Libo

大方广圆觉修多罗了义经

唐 · 佛陀多罗译

大唐・罽賓(現在のカシミール一帯)の三蔵・佛陀多羅による漢訳。

仏家典籍

短いものは心経・金剛経・四十二章経・壇経から読み始められる。浄土は阿弥陀経・無量寿経・観経を見る。大乗の叙事と禅を見るなら、法華・維摩・楞厳・円覚・地蔵へ進む。

大方広円覚修多羅了義経

大唐、罽賓三藏佛陀多羅譯

大唐・罽賓(現在のカシミール一帯)の三蔵・佛陀多羅による漢訳。

如是我聞:

私はこのように聞いた。

一時,婆伽婆入於神通大光明藏,三昧正受,一切如來光嚴住持,是諸眾生清淨覺地;身心寂滅平等本際,圓滿十方不二隨順,於不二境現諸淨土。與大菩薩摩訶薩十萬人俱,其名曰文殊師利菩薩、普賢菩薩、普眼菩薩、金剛藏菩薩、彌勒菩薩、清淨慧菩薩、威德自在菩薩、辯音菩薩、淨諸業障菩薩、普覺菩薩、圓覺菩薩、賢善首菩薩等,而為上首;與諸眷屬皆入三昧,同住如來平等法會。

ある時、婆伽婆(世尊の音写尊号)は神通大光明蔵に入り、三昧(心を一処に集中させて散らさない定境)において正受していた。これは一切の如来が光明をもって荘厳し住持する境地であり、すなわち諸衆生の清浄な覚の地である。身心は寂滅し、平等な本際にあって十方に円満し、不二に随順して、不二の境に諸々の浄土を現じていた。大菩薩摩訶薩十万人とともに在った。その名は文殊師利菩薩(菩提薩埵の略称で、覚りを求めまた衆生を度する者)、普賢菩薩、普眼菩薩、金剛蔵菩薩、弥勒菩薩、清浄慧菩薩、威徳自在菩薩、弁音菩薩、浄諸業障菩薩、普覚菩薩、円覚菩薩、賢善首菩薩などで、上首とされた。諸々の眷属とともに皆三昧に入り、如来の平等な法会に同住していた。

於是文殊師利菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!願為此會諸來法眾,說於如來本起清淨因地法行,及說菩薩於大乘中發清淨心,遠離諸病,能使未來末世眾生求大乘者不墮邪見。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると文殊師利菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!願わくはこの会に来た諸々の法衆のために、如来の本起の清浄なる因地の法行を説き、また菩薩が大乗において清浄心を発し諸々の病を遠離することを説き、未来の末世の衆生で大乗を求める者が邪見に堕ちないようにしてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告文殊師利菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩諮詢如來因地法行,及為末世一切眾生求大乘者,得正住持不墮邪見。汝今諦聽!當為汝說。」時,文殊師利菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は文殊師利菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩のために如来の因地の法行を諮問し、また末世の一切衆生で大乗を求める者のために、正しく住持して邪見に堕ちないようにできる。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、文殊師利菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!無上法王有大陀羅尼門,名為圓覺,流出一切清淨真如菩提涅槃及波羅蜜教授菩薩。一切如來本起因地,皆依圓照清淨覺相,永斷無明方成佛道。云何無明?善男子!一切眾生從無始來種種顛倒,猶如迷人四方易處,妄認四大為自身相,六塵緣影為自心相;譬彼病目見空中花及第二月。善男子!空實無花,病者妄執。由妄執故,非唯惑此虛空自性,亦復迷彼實花生處,由此妄有輪轉生死,故名無明。善男子!此無明者非實有體,如夢中人夢時非無,及至於醒了無所得;如眾空花滅於虛空,不可說言有定滅處,何以故?無生處故。一切眾生於無生中,妄見生滅,是故說名輪轉生死。善男子!如來因地修圓覺者,知是空花,即無輪轉,亦無身心受彼生死,非作故無,本性無故。彼知覺者猶如虛空,知虛空者即空花相,亦不可說無知覺性。有、無俱遣,是則名為淨覺隨順。何以故?虛空性故,常不動故,如來藏中無起滅故,無知見故,如法界性究竟圓滿遍十方故;是則名為因地法行。菩薩因此於大乘中發清淨心,末世眾生依此修行不墮邪見。」

「善男子よ!無上法王に大陀羅尼(総持。善を持して失わない呪文または法門)の門があり、名を円覚(円満した覚性。本経の説く、人々に本具し十方に周遍する覚り)という。そこから一切の清浄真如、菩提、涅槃(煩悩が止まり、もはや生死を流転しない境地)および波羅蜜(「彼岸に到る」の意。生死の此岸から解脱の彼岸へ渡ること)が流出し、菩薩を教授する。一切如来の本起の因地は、皆円照の清浄な覚相に依り、永く無明を断じて仏道を成ずる。無明とは何か。善男子よ!一切衆生は無始以来種々に顛倒し、方角を迷う者が四方を取り違えるように、妄りに四大(地・水・火・風)を自身の相と認め、六塵(色・声・香・味・触・法)の縁影を自心の相と認める。譬えれば病んだ目が空の花と第二の月を見るようなものだ。善男子よ!空には実には花はなく、病める者が妄りに執するのである。妄執のゆえに、ただ虚空の自性を惑うのみならず、また実の花の生ずる処をも迷い、このゆえに妄りに生死を輪転するので、名づけて無明という。善男子よ!この無明は実有の体ではない。夢中の人が夢の時は無くはなく、覚めるに及んで得るところが無いようなものだ。衆の空花が虚空に滅するが如く、その定まった滅処を言うことはできない。何故か。生ずる処が無いからだ。一切衆生は無生の中に妄りに生滅を見るので、説いて輪転生死と名づける。善男子よ!如来の因地に円覚を修する者は、これが空花と知れば、すなわち輪転無く、身心が生死を受けることも無い。作って無いのではなく、本性がもとより無いのだ。彼の知覚する者は虚空の如く、虚空を知る者はすなわち空花の相であり、また知覚の性が無いとも言うことはできない。有・無を倶に遣り除けることが、すなわち名づけて浄覚随順という。何故か。虚空の性であるがゆえに、常に動かないがゆえに、如来蔵(衆生に本具し、如来たりうる覚性)の中に起滅が無いがゆえに、知見が無いがゆえに、法界の性のように究竟円満して十方に遍じるがゆえだ。これを名づけて因地の法行という。菩薩はこれによって大乗の中に清浄心を発し、末世の衆生はこれに依って修行して邪見に堕ちない。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「文殊汝當知,一切諸如來,

「文殊よ、まさに知るべし、一切の諸如来は、

從於本因地,皆以智慧覺,

本因地に従って、皆智慧の覚をもって、

了達於無明。知彼如空花,

無明を了達す。彼が空花の如しと知れば、

即能免流轉,又如夢中人,

すなわち流転を免る。また夢中の人が、

醒時不可得。覺者如虛空,

覚める時は得ること能わざるが如し。覚る者は虚空の如く、

平等不動轉,覺遍十方界,

平等にして動転せず、覚は十方界に遍し、

即得成佛道。眾幻滅無處,

すなわち仏道を成ずることを得ん。衆の幻は滅して処無く、

成道亦無得,本性圓滿故。

成道にも亦得ること無し、本性円満なるが故なり。

菩薩於此中,能發菩提心,

菩薩この中において、能く菩提心を発し、

末世諸眾生,修此免邪見。」

末世の諸衆生、これを修して邪見を免れん。」

於是普賢菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!願為此會諸菩薩眾,及為末世一切眾生修大乘者,聞此圓覺清淨境界,云何修行?世尊!若彼眾生,知如幻者,身心亦幻,云何以幻還修於幻?若諸幻性,一切盡滅,則無有心,誰為修行?云何復說修行如幻?若諸眾生本不修行,於生死中常居幻化,曾不了知如幻境界,令妄想心云何解脫?願為末世一切眾生,作何方便漸次修習,令諸眾生永離諸幻。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると普賢菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!願わくはこの会の諸菩薩衆のために、及び末世の一切衆生で大乗を修する者のために、この円覚の清浄な境界を聞いて、如何に修行すべきかを説いてください。世尊よ!もし彼の衆生が幻の如しと知るならば、身心も幻であり、如何に幻をもって還って幻を修するのか。もし諸々の幻性が一切尽きて滅するならば、すなわち心無く、誰が修行する者となるのか。どうしてまた修行も幻の如しと説くのか。もし諸衆生が本より修行せず、生死の中に常に幻化に居して、曾て幻の如き境界を了知せず、妄想の心をいかにして解脱せしめるべきか。願わくは末世の一切衆生のために、いかなる方便をもって漸次修習すべきか、諸衆生をして永く諸幻を離れしめることを説いてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告普賢菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,修習菩薩如幻三昧,方便漸次,令諸眾生得離諸幻。汝今諦聽!當為汝說。」時,普賢菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は普賢菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、菩薩の如幻三昧の修習と方便漸次を問い、諸衆生をして諸幻を離れることを得せしめる。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、普賢菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切眾生種種幻化,皆生如來圓覺妙心,猶如空花從空而有,幻花雖滅空性不壞;眾生幻心還依幻滅,諸幻盡滅覺心不動。依幻說覺亦名為幻,若說有覺猶未離幻,說無覺者亦復如是。是故,幻滅名為不動。善男子!一切菩薩及末世眾生,應當遠離一切幻化虛妄境界,由堅執持遠離心故,心如幻者亦復遠離,遠離為幻亦復遠離,離遠離幻亦復遠離,得無所離即除諸幻。譬如鑽火兩木相因,火出木盡灰飛煙滅;以幻修幻亦復如是,諸幻雖盡不入斷滅。善男子!知幻即離,不作方便;離幻即覺,亦無漸次。一切菩薩及末世眾生依此修行,如是乃能永離諸幻。」

「善男子よ!一切衆生の種々の幻化は、皆如来の円覚妙心から生ずる。譬えれば空花が空から有るが如く、幻花は滅するとも空性は壊れない。衆生の幻心は還って幻に依って滅し、諸幻が尽き滅しても覚心は動かない。幻に依って覚を説くのもまた幻と名づけ、もし覚有りと説くも猶お幻を離れず、覚無しと説く者もまた同じである。ゆえに、幻の滅することを名づけて不動という。善男子よ!一切菩薩及び末世の衆生は、一切の幻化虚妄の境界を遠離すべきである。堅く遠離の心を執持するがゆえに、幻の如き心もまた遠離し、遠離することも幻としてまた遠離し、遠離の幻を離れることもまた遠離して、離るること無きを得ればすなわち諸幻を除く。譬えれば鑽火(火を起こすために木を擦ること)の二本の木が相依り、火が出て木が尽き灰となり煙が滅するが如し。幻をもって幻を修するもまた同じで、諸幻は尽きるとも断滅に入らない。善男子よ!幻を知ればすなわち離れ、方便を作さない。幻を離れればすなわち覚りであって、漸次もない。一切菩薩及び末世の衆生がこの修行に依れば、かくのごとくして乃ち永く諸幻を離れることができる。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「普賢汝當知,一切諸眾生,

「普賢よ、まさに知るべし、一切の諸衆生は、

無始幻無明,皆從諸如來,

無始の幻の無明、皆諸如来の、

圓覺心建立。猶如虛空花,

円覚の心に建立せり。譬えば虚空の花の、

依空而有相,空花若復滅,

空に依って相有るが如く、空花若し復た滅するも、

虛空本不動。幻從諸覺生,

虚空は本より動かず。幻は諸の覚より生じ、

幻滅覺圓滿,覺心不動故。

幻滅して覚円満す、覚心動かざるが故なり。

若彼諸菩薩,及末世眾生,

若し彼の諸菩薩、及び末世の衆生は、

常應遠離幻,諸幻悉皆離。

常に幻を遠離すべし、諸幻悉く皆離れん。

如木中生火,木盡火還滅,

木の中に火を生ずるが如く、木尽きて火還って滅す、

覺則無漸次,方便亦如是。」

覚れば則ち漸次無し、方便も亦かくの如し。」

於是普眼菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!願為此會諸菩薩眾及為末世一切眾生,演說菩薩修行漸次,云何思惟?云何住持?眾生未悟作何方便普令開悟?世尊!若彼眾生無正方便及正思惟,聞佛如來說此三昧心生迷悶,則於圓覺不能悟入。願興慈悲,為我等輩及末世眾生假說方便。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると普眼菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!願わくはこの会の諸菩薩衆及び末世の一切衆生のために、菩薩の修行の漸次を演説してください。如何に思惟し、如何に住持すべきか。衆生が未だ悟らない時、いかなる方便をもって普く開悟せしめるべきか。世尊よ!もし彼の衆生に正しい方便と正しい思惟が無ければ、仏如来がこの三昧を説くのを聞いて心に迷悶を生じ、円覚において悟入することができないでしょう。願わくは慈悲を興して、我等の輩及び末世の衆生のために、仮に方便を説いてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告普眼菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,問於如來修行漸次、思惟、住持乃至假說種種方便,汝今諦聽!當為汝說。」時,普眼菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は普眼菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来に修行の漸次・思惟・住持乃至種々の方便を仮説することを問う。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、普眼菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!彼新學菩薩及末世眾生,欲求如來淨圓覺心,應當正念遠離諸幻,先依如來奢摩他行,堅持禁戒,安處徒眾,宴坐靜室,恆作是念:『我今此身四大和合,所謂髮毛、爪齒、皮肉、筋骨、髓腦、垢色皆歸於地,唾涕、膿血、津液、涎沫、痰淚、精氣、大小便利皆歸於水,暖氣歸火,動轉歸風。四大各離,今者妄身當在何處?』即知此身畢竟無體,和合為相,實同幻化。四緣假合,妄有六根;六根、四大中外合成,妄有緣氣,於中積聚,似有緣相假名為心。善男子!此虛妄心若無六塵則不能有,四大分解無塵可得,於中緣塵各歸散滅,畢竟無有緣心可見。

「善男子よ!彼の新学の菩薩及び末世の衆生で、如来の浄円覚心を求めようと欲する者は、正しく念じて諸幻を遠離すべきである。まず如来の奢摩他(止。心を寂静にする)の行に依り、禁戒を堅持し、徒衆を安処し、静室に宴坐して、恒にこの念を作す。『我が今この身は四大の和合であり、いわゆる髪・毛・爪・歯・皮・肉・筋・骨・髄・脳・垢色は皆地に帰し、唾・涕・膿・血・津液・涎沫・痰・涙・精気・大小便は皆水に帰し、暖気は火に帰し、動転は風に帰す。四大が各々離れれば、今の妄身は一体何処に在るべきか。』すなわちこの身が畢竟体無く、和合を相とし、実に幻化に同じと知る。四縁が仮合して、妄りに六根有り。六根・四大が中外を合成して、妄りに縁の気有りて、その中に積聚し、縁相あるが如く見えて仮に名づけて心とする。善男子よ!この虚妄の心は六塵無くんば有ること能わず。四大が分解すれば塵得るべからず、その中の縁塵は各々帰して散滅し、畢竟に縁心の見えべきもの無し。

「善男子!彼之眾生幻身滅故幻心亦滅,幻心滅故幻塵亦滅,幻塵滅故幻滅亦滅,幻滅滅故非幻不滅;譬如磨鏡垢盡明現。善男子!當知身心皆為幻垢,垢相永滅十方清淨。善男子!譬如清淨摩尼寶珠,映於五色隨方各現,諸愚痴者見彼摩尼實有五色。善男子!圓覺淨性現於身心隨類各應,彼愚痴者說淨圓覺實有如是身心自相,亦復如是;由此不能遠於幻化。是故我說身心幻垢,對離幻垢說名菩薩;垢盡對除,即無對垢及說名者。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!彼の衆生は幻身が滅するがゆえに幻心も滅し、幻心が滅するがゆえに幻塵も滅し、幻塵が滅するがゆえに幻滅も滅し、幻滅が滅するがゆえに非幻は滅しない。譬えれば鏡を磨いて垢が尽きれば明らかさが現れるが如し。善男子よ!まさに身心は皆幻垢なることを知るべし。垢相が永く滅すれば十方清浄なり。善男子よ!譬えば清浄な摩尼宝珠が五色に映じて方に随って各々現ずれば、諸々の愚痴なる者は彼の摩尼に実に五色有りと見る。善男子よ!円覚の浄性が身心に現じて類に随って各々応ずれば、彼の愚痴なる者が浄円覚に実にかかる身心の自相有りと説くも、またかくの如し。このゆえに幻化を遠ざかること能わず。ゆえに我は身心を幻垢と説き、幻垢を離れる対治に対して名づけて菩薩という。垢尽きて対治も除かれれば、すなわち対治する垢も説名する者も無し。

「善男子!此菩薩及末世眾生,證得諸幻滅影像故,爾時便得無方清淨,無邊虛空覺所顯發。覺圓明故顯心清淨,心清淨故見塵清淨,見清淨故眼根清淨,根清淨故眼識清淨,識清淨故聞塵清淨,聞清淨故耳根清淨,根清淨故耳識清淨,識清淨故覺塵清淨;如是乃至鼻、舌、身、意亦復如是。善男子!根清淨故色塵清淨,色清淨故聲塵清淨,香、味、觸、法亦復如是。善男子!六塵清淨故地大清淨,地清淨故水大清淨,火大、風大亦復如是。善男子!四大清淨故,十二處、十八界、二十五有清淨。彼清淨故,十力、四無所畏、四無礙智、佛十八不共法、三十七助道品清淨,如是乃至八萬四千陀羅尼門一切清淨。善男子!一切實相性清淨故一身清淨,一身清淨故多身清淨,多身清淨故如是乃至十方眾生圓覺清淨。善男子!一世界清淨故多世界清淨,多世界清淨故如是乃至盡於虛空圓裹三世一切平等清淨不動。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!この菩薩及び末世の衆生が、諸幻の滅した影像を証得するがゆえに、その時すなわち方無き清浄を得て、辺なき虚空を覚が顕発する。覚が円明なるがゆえに心の清浄を顕し、心が清浄なるがゆえに見塵清浄なり。見が清浄なるがゆえに眼根清浄なり。根が清浄なるがゆえに眼識清浄なり。識が清浄なるがゆえに聞塵清浄なり。聞が清浄なるがゆえに耳根清浄なり。根が清浄なるがゆえに耳識清浄なり。識が清浄なるがゆえに覚塵清浄なり。かくのごとく乃至鼻・舌・身・意もまたかくの如し。善男子よ!根が清浄なるがゆえに色塵清浄なり。色が清浄なるがゆえに声塵清浄なり。香・味・触・法もまたかくの如し。善男子よ!六塵が清浄なるがゆえに地大清浄なり。地が清浄なるがゆえに水大清浄なり。火大・風大もまたかくの如し。善男子よ!四大が清浄なるがゆえに、十二処(眼耳鼻舌身意の六根と色声香味触法の六塵)、十八界(六根・六塵・六識)、二十五有(三界の二十五種の生存形態)清浄なり。彼が清浄なるがゆえに、十力・四無所畏・四無礙智・仏十八不共法・三十七助道品(四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道)清浄なり。かくのごとく乃至八万四千陀羅尼門一切清浄なり。善男子よ!一切の実相性が清浄なるがゆえに一身清浄なり。一身が清浄なるがゆえに多身清浄なり。多身が清浄なるがゆえにかくのごとく乃至十方の衆生の円覚清浄なり。善男子よ!一世界が清浄なるがゆえに多世界清浄なり。多世界が清浄なるがゆえにかくのごとく乃至虚空に尽くして三世を円裹し一切平等に清浄にして不動なり。

「善男子!虛空如是平等不動,當知覺性平等不動;四大不動故,當知覺性平等不動;如是乃至八萬四千陀羅尼門平等不動,當知覺性平等不動。善男子!覺性遍滿清淨不動。圓無際故,當知六根遍滿法界;根遍滿故,當知六塵遍滿法界;塵遍滿故,當知四大遍滿法界;如是乃至陀羅尼門遍滿法界。善男子!由彼妙覺性遍滿故,根性、塵性無壞無雜;根、塵無壞故,如是乃至陀羅尼門無壞無雜;如百千燈光照一室,其光遍滿無壞無雜。善男子!覺成就故,當知菩薩不與法縛,不求法脫,不厭生死,不愛涅槃,不敬持戒,不憎毀禁,不重久習,不輕初學。何以故?一切覺故,譬如眼光曉了前境,其光圓滿得無憎愛,何以故?光體無二無憎愛故。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!虚空がかくのごとく平等不動なる時、まさに覚性が平等不動なるを知るべし。四大が不動なるがゆえに、まさに覚性が平等不動なるを知るべし。かくのごとく乃至八万四千陀羅尼門が平等不動なる時、まさに覚性が平等不動なるを知るべし。善男子よ!覚性は遍満して清浄にして不動なり。円に際なきがゆえに、まさに六根が法界に遍満するを知るべし。根が遍満するがゆえに、まさに六塵が法界に遍満するを知るべし。塵が遍満するがゆえに、まさに四大が法界に遍満するを知るべし。かくのごとく乃至陀羅尼門が法界に遍満す。善男子よ!彼の妙覚性が遍満するがゆえに、根性・塵性は壊れず雑ならず。根・塵が壊れざるがゆえに、かくのごとく乃至陀羅尼門も壊れず雑ならず。百千の灯の光が一室を照らせば、その光遍満して壊れず雑ならざるが如し。善男子よ!覚が成就するがゆえに、まさに菩薩は法に縛られず、法の脱を求めず、生死を厭わず、涅槃を愛せず、持戒を敬せず、毀禁を憎まず、久習を重んぜず、初学を軽んぜざるを知るべし。何故か。一切覚りなるがゆえに、譬えば眼の光が前境を暁了して、その光円満にして憎愛を得ざるが如し。何故か。光の体は二無く憎愛無きが故なり。

「善男子!此菩薩及末世眾生,修習此心得成就者,於此無修亦無成就。圓覺普照寂滅無二,於中百千萬億不可說阿僧祇恆河沙諸佛世界,猶如空花亂起、亂滅,不即、不離,無縛、無脫;始知眾生本來成佛,生死、涅槃猶如昨夢。善男子!如昨夢故,當知生死及與涅槃無起、無滅、無來、無去,其所證者無得、無失、無取、無捨,其能證者無作、無止、無任、無滅,於此證中無能、無所,畢竟無證亦無證者,一切法性平等不壞。善男子!彼諸菩薩如是修行,如是漸次,如是思惟,如是住持,如是方便,如是開悟,求如是法,亦不迷悶。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!この菩薩及び末世の衆生がこの心を修習して成就を得れば、これにおいて修も成就も無し。円覚は普く照らして寂滅にして二無し。その中の百千万億不可説阿僧祇(無数)恒河沙の諸仏世界は、空花の乱起・乱滅するが如く、不即・不離、無縛・無脱なり。ここに初めて衆生は本来成仏せるを知り、生死・涅槃は昨夢の如し。善男子よ!昨夢の如きがゆえに、まさに生死及び涅槃は起もなく滅もなく、来もなく去もなく、証する所は得もなく失もなく、取もなく捨もなく、能く証する者は作もなく止もなく任もなく滅もなく、この証において能も所もなく、畢竟に証無くまた証者も無く、一切法性は平等にして壊れざるを知るべし。善男子よ!彼の諸菩薩はかくのごとく修行し、かくのごとく漸次し、かくのごとく思惟し、かくのごとく住持し、かくのごとく方便し、かくのごとく開悟し、かくのごとき法を求めて、また迷悶せず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「普眼汝當知,一切諸眾生,

「普眼よ、まさに知るべし、一切の諸衆生は、

身心皆如幻,身相屬四大,

身心皆幻の如く、身の相は四大に属し、

心性歸六塵。四大體各離,

心の性は六塵に帰す。四大の体は各々離れ、

誰為和合者?如是漸修行,

誰か和合する者ぞ。かくのごとく漸に修行して、

一切悉清淨。不動遍法界,

一切悉く清浄なり。不動にして法界に遍く、

無作止任滅,亦無能證者。

作・止・任・滅無く、亦能証の者も無し。

一切佛世界,猶如虛空花,

一切の仏世界、虚空の花の如く、

三世悉平等,畢竟無來去。

三世悉く平等、畢竟に来去無し。

初發心菩薩,及末世眾生,

初発心の菩薩、及び末世の衆生、

欲求入佛道,應如是修習。」

仏道に入らんと欲求せば、応にかくのごとく修習すべし。」

於是金剛藏菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!善為一切諸菩薩眾宣揚如來圓覺清淨大陀羅尼因地法行漸次方便,與諸眾生開發矇昧;在會法眾承佛慈誨,幻翳朗然,慧目清淨。世尊!若諸眾生本來成佛,何故復有一切無明?若諸無明眾生本有,何因緣故,如來復說本來成佛?十方異生本成佛道,後起無明;一切如來,何時復生一切煩惱?唯願不捨無遮大慈,為諸菩薩開秘密藏,及為末世一切眾生,得聞如是修多羅教了義法門永斷疑悔。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると金剛蔵菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!よく一切の諸菩薩衆のために如来の円覚清浄の大陀羅尼・因地の法行・漸次の方便を宣揚し、諸衆生とともに蒙昧を開発しました。会の法衆は仏の慈誨を承って、幻翳朗然として慧目清浄となりました。世尊よ!もし諸衆生が本来成仏しているならば、何故にまた一切の無明があるのですか。もし諸々の無明が衆生に本有ならば、いかなる因縁をもって、如来はまた本来成仏と説くのですか。十方の異生が本より仏道を成じて後に無明を起こしたならば、一切如来はいつの時にかまた一切の煩悩を生ずるのですか。ただ願わくは無遮の大慈を捨てずに、諸菩薩のために秘密蔵を開き、及び末世の一切衆生のために、かくのごとき修多羅(契経)の教の了義法門を聞いて永く疑悔を断ぜしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告金剛藏菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,問於如來甚深秘密究竟方便,是諸菩薩最上教誨了義大乘,能使十方修學菩薩及諸末世一切眾生,得決定信,永斷疑悔。汝今諦聽!當為汝說。」時,金剛藏菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は金剛蔵菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来の甚深秘密究竟の方便を問う。これは諸菩薩の最上の教誨・了義の大乗であり、十方の修学の菩薩及び諸々の末世の一切衆生をして、決定の信を得て永く疑悔を断ぜしむることができる。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、金剛蔵菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切世界始終生滅,前後有無,聚散起止,念念相續,循環往復,種種取捨,皆是輪迴。未出輪迴而辨圓覺,彼圓覺性即同流轉;若免輪迴,無有是處。譬如動目能搖湛水;又如定眼猶迴轉火;雲駛月運,舟行岸移亦復如是。善男子!諸旋未息,彼物先住尚不可得;何況輪轉生死垢心曾未清淨,觀佛圓覺而不旋復?是故汝等便生三惑。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切世界の始終・生滅・前後・有無・聚散・起止、念々相続き循環し往復して、種々に取捨するのが、みな輪廻である。まだ輪廻を出離せぬうちに円覚を認辨すれば、その円覚性もまた流転に随う。もしこれをもって輪廻を免れようとすれば、その道理は無い。譬えば目を動かせば澄んだ水を揺がせることができるが如く、また定まった目で見れば火輪がなお回転するが如く、雲が馳せれば月が走ると覚え、船が走れば岸が移ると覚えるも、これも同じである。善男子よ!諸般の旋転がまだ止息せぬうちに、外物を先に止まらせることすら得べからず。いわんや生死を輪転する垢心が未だ清浄ならざるに、仏の円覚を観てどうして旋転に随わざることがあろうか。ゆえにあなたたちはこの三種の疑惑を生ずるのである。

「善男子!譬如幻瞖妄見空花,幻翳若除,不可說言:『此瞖已滅,何時更起一切諸翳?』何以故?瞖花二法非相待故。亦如空花滅於空時,不可說言虛空何時更起空花?何以故?空本無花非起滅故。生死涅槃同於起滅,妙覺圓照離於花瞖。善男子!當知虛空非是暫有亦非暫無,況復如來圓覺隨順,而為虛空平等本性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!譬えば幻翳が妄りに空花を見れば、幻翳が除かれた時、『この翳はすでに滅した。いつの時にかまた一切の諸翳を起こさん』とは言うべからず。何故か。翳と花の二法は互いに相待って有るのではないからだ。また空花が空に滅する時、虚空がいつの時にかまた空花を起こすとは言うべからず。何故か。空はもとより花無く、起滅あること非ざればなり。生死・涅槃は起滅に同じく、妙覚円照は花翳を離れたり。善男子よ!まさに虚空は暫く有るのでも暫く無いのでもないことを知るべし。いわんや如来の円覚は随順して、虚空平等の本性と為るをや。

「善男子!如銷金鑛,金非銷有;既已成金不重為鑛,經無窮時金性不壞。不應說言本非成就,如來圓覺亦復如是。善男子!一切如來妙圓覺心本無菩提及與涅槃,亦無成佛及不成佛,無妄輪迴及非輪迴。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!金鉱を銷錬するが如く、金は銷錬によってあるのではない。すでに金と成れば、もはや鉱石に変わり返ることなく、無窮の時を経て金性は壊れない。本来成就せぬと説くべからず。如来の円覚もまたかくの如し。善男子よ!一切如来の妙円覚心は、もとより菩提および涅槃無く、また成仏および不成仏無く、妄輪廻および非輪廻無し。

「善男子!但諸聲聞所圓境界身心語言皆悉斷滅,終不能至彼之親證所現涅槃,何況能以有思惟心測度如來圓覺境界。如取螢火燒須彌山,終不能著;以輪迴心生輪迴見,入於如來大寂滅海,終不能至。是故我說一切菩薩及末世眾生,先斷無始輪迴根本。善男子!有作思惟從有心起,皆是六塵,妄想緣氣,非實心體,已如空花。用此思惟辨於佛境,猶如空花復結空果,展轉妄想無有是處。善男子!虛妄浮心多諸巧見,不能成就圓覺方便。如是分別,非為正問。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!ただ声聞(仏の語を聞いて解脱を証する者)の円成する境界に就いて言えば、身心・言語は皆断滅し、畢竟に彼らの自ら証得して現ずる涅槃に至ること能わず。いわんや思惟ある心をもって如来の円覚境界を測度せんことをや。譬えば蛍火をもって須弥山を焼かんとすれども、畢竟に焼くこと能わざるが如し。輪廻の心をもって輪廻の見を生じ、如来の大寂滅海に入るも、畢竟に至ること能わず。ゆえに我は一切菩薩及び末世の衆生は先に無始輪廻の根本を断ずべしと説く。善男子よ!造作ある思惟は有心より起り、皆六塵・妄想の縁気にして、真実の心体に非ず、すでに空花の如し。この思惟をもって仏境を認辨するは、空花がまた空果を結ぶが如く、展転妄想してその道理無し。善男子よ!虚妄の浮心は巧見多くして、円覚の方便を成就すること能わず。かくのごとき分別は正問に非ず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「金剛藏當知,如來寂滅性,

「金剛蔵よ、まさに知るべし、如来の寂滅性は、

未曾有終始。若以輪迴心,

未だ曾て終始有らず。若し輪廻の心をもって、

思惟即旋復,但至輪迴際,

思惟すれば即ちまた旋転し、但だ輪廻の辺際に至るのみ、

不能入佛海。譬如銷金鑛,

仏海に入ること能わず。譬えば金鉱を銷錬するが如く、

金非銷故有,雖復本來金,

金は銷錬によってあるに非ずと雖も、復た本来金なるが、

終以銷成就,一成真金體,

畢竟に銷錬に依って成就するを要す。一たび真金の体と成れば、

不復重為鑛。生死與涅槃,

もはや鉱石に変わり返らず。生死と涅槃、

凡夫及諸佛,同為空花相。

凡夫及び諸仏、同じく空花の相なり。

思惟猶幻化,何況詰虛妄?

思惟すら尚ほ幻化の如し、いわんや虚妄を追問せんことをや。

若能了此心,然後求圓覺。」

若しこの心を了すること能わば、然る後に円覚を求めよ。」

於是彌勒菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!廣為菩薩開秘密藏,令諸大眾深悟輪迴、分別邪正,能施末世一切眾生無畏道眼,於大涅槃生決定信,無復重隨輪轉境界起循環見。世尊!若諸菩薩及末世眾生,欲遊如來大寂滅海,云何當斷輪迴根本?於諸輪迴有幾種性?修佛菩提幾等差別?迴入塵勞,當設幾種教化方便度諸眾生?唯願不捨救世大悲,令諸修行一切菩薩及末世眾生,慧目肅清照曜心鏡,圓悟如來無上知見。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると弥勒菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!広く菩薩のために秘密蔵を開き、諸々の大衆をして深く輪廻を悟り、邪正を分別せしめ、末世の一切衆生に無畏の道眼を施し、大涅槃において決定の信を生じて、もはや重ねて輪転の境界に随って循環の見を起こさざることを得せしめてください。世尊よ!もし諸菩薩及び末世の衆生が如来の大寂滅海に遊ばんと欲するならば、いかにして輪廻の根本を断ずべきか。諸々の輪廻に几種の性ありや。仏の菩提を修するに几等の差別ありや。再び塵労に入るに、几種の教化の方便を設けて諸衆生を度すべきか。ただ願わくは救世の大悲を捨てずに、諸々の修行する一切菩薩及び末世の衆生をして、慧目粛清にして心鏡を照曜し、如来の無上知見を円悟せしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告彌勒菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,請問如來深奧秘密微妙之義,令諸菩薩潔清慧目,及令一切末世眾生永斷輪迴,心悟實相具無生忍。汝今諦聽!當為汝說。」時,彌勒菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は弥勒菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来の深奥秘密微妙の義を請問して、諸菩薩をして慧目を潔清にし、及び一切の末世の衆生をして永く輪廻を断じ、心に実相を悟り、無生忍を具えしめる。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、弥勒菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切眾生從無始際,由有種種恩愛、貪欲故有輪迴。若諸世界一切種性,卵生、胎生、濕生、化生,皆因婬欲而正性命,當知輪迴愛為根本。由有諸欲,助發愛性,是故能令生死相續。欲因愛生,命因欲有,眾生愛命還依欲本;愛欲為因,愛命為果。由於欲境起諸違順,境背愛心而生憎、嫉,造種種業,是故復生地獄、餓鬼;知欲可厭,愛厭業道,捨惡樂善,復現天、人;又知諸愛可厭惡故,棄愛樂捨,還滋愛本,便現有為增上善果,皆輪迴故,不成聖道。是故眾生欲脫生死免諸輪迴,先斷貪欲及除愛渴。

「善男子よ!一切衆生は無始の際より、種々の恩愛・貪欲あるがゆえに、輪廻あることを得たり。もし諸世界の一切種性、卵生・胎生・湿生・化生は、皆淫欲によって正しく性命と為る。まさに輪廻は愛を以って根本と為すを知るべし。諸欲あるがゆえに、愛性を助発し、よって生死を相続せしむることを得たり。欲は愛に因って生じ、命は欲に因って有り、衆生は命を愛して還って欲の本に依る。愛欲を因と為し、愛命を果と為す。欲境に対して諸々の違順を起こすがゆえに、境が愛心に背けばすなわち憎・嫉を生じ、種々の業を造る。ゆえにまた地獄・餓鬼を生ず。欲が厭うべきを知り、あの厭業の道を愛して、悪を捨て善を楽えば、また天・人を現ず。また諸愛が厭うべく悪むべきを知って、愛を棄てて捨を楽うも、やはり愛の根本を滋長すれば、すなわち有為の増上善果を現ずるも、皆なお輪廻に因るがゆえに、聖道を成ぜず。ゆえに衆生が生死を脱れ諸輪廻を免れんと欲せば、先ず貪欲を断じ及び愛渇を除くべし。

「善男子!菩薩變化示現世間非愛為本,但以慈悲令彼捨愛,假諸貪欲而入生死。若諸末世一切眾生能捨諸欲,及除憎愛永斷輪迴,勤求如來圓覺境界,於清淨心便得開悟。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!菩薩が変化して世間に示現するは愛を本とせず、ただ慈悲をもって彼をして愛を捨てしめ、仮に諸々の貪欲を借りて生死に入るのみ。もし諸々の末世の一切衆生が諸欲を捨て、及び憎愛を除いて永く輪廻を断じ、勤めて如来の円覚境界を求めれば、清浄心において便ち開悟を得ん。

「善男子!一切眾生由本貪欲,發揮無明顯出五性,差別不等;依二種障,而現深淺。云何二障?一者理障礙正知見,二者事障續諸生死。云何五性?善男子!若此二障未得斷滅名未成佛;若諸眾生永捨貪欲,先除事障未斷理障,但能悟入聲聞、緣覺,未能顯住菩薩境界。善男子!若諸末世一切眾生,欲泛如來大圓覺海,先當發願勤斷二障,二障已伏即能悟入菩薩境界;若事、理障已永斷滅即入如來微妙圓覺,滿足菩提及大涅槃。善男子!一切眾生皆證圓覺,逢善知識依彼所作因地法行,爾時修習便有頓漸;若遇如來無上菩提正修行路,根無大小皆成佛果;若諸眾生雖求善友遇邪見者,未得正悟,是則名為外道種性,邪師過謬,非眾生咎。是名眾生五性差別。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切衆生は本来の貪欲に由って無明を発揮し、五性を顕出して差別等ならず。二種の障に依って深浅を現ず。二障とは何か。一つには理障、正知見を障碍す。二つには事障、諸々の生死を続ぐ。五性とは何か。善男子よ!もしこの二障が断滅を得ざれば、名づけて未だ成仏せずという。もし諸衆生が永く貪欲を捨て、先ず事障を除いて未だ理障を断ぜざれば、但だ声聞・縁覚(十二因縁を観て独覚する者)に悟入すること能くし、未だ菩薩境界に顕住すること能わず。善男子よ!もし諸々の末世の一切衆生が如来の大円覚海に泛かんと欲せば、先ずまさに願を発して勤めて二障を断ずべし。二障すでに伏せればすなわち菩薩境界に悟入すること能くす。もし事・理の障がすでに永く断滅すれば、すなわち如来の微妙円覚に入り、菩提及び大涅槃を満足す。善男子よ!一切衆生は皆円覚を証す。善知識に逢い、彼の作す所の因地法行に依れば、その時修習に便ち頓渐有り。もし如来の無上菩提正修行路に遇えば、根の大小無く皆仏果を成ず。もし諸衆生が善友を求むると雖も邪見の者に遇いて、正悟を得ざれば、これを名づけて外道種性という。邪師の過謬にして、衆生の咎に非ず。これを名づけて衆生の五性差別という。

「善男子!菩薩唯以大悲方便入諸世間開發未悟,乃至示現種種形相逆順境界,與其同事化令成佛,皆依無始清淨願力。若諸末世一切眾生於大圓覺起增上心,當發菩薩清淨大願,應作是言:『願我今者住佛圓覺,求善知識莫值外道及與二乘。』依願修行,漸斷諸障,障盡願滿,便登解脫清淨法殿,證大圓覺妙莊嚴域。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!菩薩は唯だ大悲の方便をもって諸世間に入りて未悟を開発し、乃至種々の形相・逆順の境界を示現して、これと同事して化して成仏せしむ。皆無始の清浄願力に依る。もし諸々の末世の一切衆生が大円覚において増上心を起こさば、まさに菩薩の清浄大願を発すべし。応にこの言を作す。『願わくは我が今、仏の円覚に住し、善知識を求めて、外道及び二乗に値遇すること莫れ。』願に依って修行し、漸に諸障を断じ、障尽き願満ちて、便ち解脱清浄の法殿に登り、大円覚の妙荘厳の域を証せん。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「彌勒汝當知,一切諸眾生,

「弥勒よ、まさに知るべし、一切の諸衆生は、

不得大解脫,皆由貪欲故,

大解脱を得ず、皆貪欲の故に、

墮落於生死。若能斷憎愛,

生死に堕落す。若し憎愛を断じ、

及與貪瞋痴,不因差別性,

及び貪瞋癡を、差別性に因らずして、

皆得成佛道。二障永銷滅,

皆仏道を成ずることを得ん。二障永く銷滅し、

求師得正悟,隨順菩提願,

師を求めて正悟を得、菩提願に随順し、

依止大涅槃。十方諸菩薩,

大涅槃に依止せん。十方の諸菩薩は、

皆以大悲願,示現入生死。

皆大悲願を以って、示現して生死に入る。

現在修行者,及末世眾生,

現在修行の者、及び末世の衆生は、

勤斷諸愛見,便歸大圓覺。」

勤めて諸愛見を断ぜば、便ち大円覚に帰せん。」

於是清淨慧菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右繞三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!為我等輩廣說如是不思議事,本所不見本所不聞,我等今者蒙佛善誘,身心泰然得大饒益,願為一切諸來法眾重宣法王圓滿覺性,一切眾生及諸菩薩、如來世尊所證所得云何差別?令末世眾生聞此聖教,隨順開悟漸次能入。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると清浄慧菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!我等の輩のために広くかくのごとき不可思議の事を説き、本より見ず聞かざりし所なり。我等は今、仏の善誘を蒙って身心泰然として大いに饒益を得たり。願わくは一切の諸来法衆のために法王の円満覚性を重ねて宣べ、一切衆生及び諸菩薩・如来世尊の証得する所は如何なる差別ありや。末世の衆生をしてこの聖教を聞き、随順して開悟し漸次に入ることを得せしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告清淨慧菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,請問如來漸次差別。汝今諦聽!當為汝說。」時,清淨慧菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は清浄慧菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来の漸次差別を請問す。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、清浄慧菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!圓覺自性,非性性有,循諸性起,無取無證,於實相中實無菩薩及諸眾生。何以故?菩薩眾生皆是幻化,幻化滅故無取證者。譬如眼根不自見眼,性自平等。無平等者,眾生迷倒,未能除滅一切幻化,於滅未滅,妄功用中便顯差別;若得如來寂滅隨順,實無寂滅及寂滅者。

「善男子よ!円覚の自性は、或る固定した性に非ず。しかして性は自ずから有りて、諸性に循って起り、取ること無く証すること無し。実相の中に実に菩薩及び諸衆生無し。何故か。菩薩・衆生は皆幻化なればなり。幻化滅するがゆえに証取の者無し。譬えば眼根は自らその眼を見ること能わざるが如く、性は自ずから平等なり。並びに「平等の者」無し。衆生は迷倒して一切の幻化を除滅すること能わず、滅と未滅の妄功用の中において便ち差別を顕出す。もし如来の寂滅随順を得れば、実に寂滅及び寂滅する者無し。

「善男子!一切眾生從無始來由妄想我及愛我者,曾不自知念念生滅,故起憎愛,耽著五欲;若遇善友教令開悟淨圓覺性發明起滅,即知此生性自勞慮。若復有人勞慮永斷得法界淨,即彼淨解為自障礙,故於圓覺而不自在。此名凡夫隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切衆生は無始以来、妄想によって我及び我を愛する者有りて、曾て自ら念々の生滅を知らず。ゆえに憎愛を起こし、五欲に耽着す。もし善友に遇いて淨円覚性を開悟し、起滅を発明するを教えられれば、すなわちこの生の性は自ずから労慮なるを知る。もし復た人有りて労慮が永く断じ法界浄を得れば、すなわちその浄解を取って自らの障碍と為すがゆえに、円覚において自在ならず。これを名づけて凡夫の随順覚性という。

「善男子!一切菩薩,見解為礙,雖斷解礙,猶住見覺,覺礙為礙而不自在;此名菩薩未入地者隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切菩薩は、見解が障碍と成りて、解碍を断ずると雖も、猶お見覚に住し、覚が碍と為るを碍として自在ならず。これを名づけて菩薩の未入地者の随順覚性という。

「善男子!有照有覺俱名障礙,是故菩薩常覺不住,照與照者同時寂滅,譬如有人自斷其首,首已斷故無能斷者;則以礙心自滅諸礙,礙已斷滅無滅礙者。修多羅教如標月指,若復見月,了知所標畢竟非月;一切如來種種言說開示菩薩亦復如是。此名菩薩已入地者隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!照有ると覚有ると皆名づけて障碍という。ゆえに菩薩は常に覚りて住せず、照と照する者と同時に寂滅す。譬えば人有りて自らその首を断ぜば、頭すでに断われたるがゆえに能く断ずる者無きが如し。則ち碍の心をもって自ら諸碍を滅し、碍すでに断滅して碍を滅する者無し。修多羅の教は月を標す指の如し。もし復た月を見れば、標する所は畢竟に月に非ざるを了知せん。一切如来の種々の言説にして菩薩を開示するもまたかくの如し。これを名づけて菩薩の已入地者の随順覚性という。

「善男子!一切障礙即究竟覺,得念、失念無非解脫,成法、破法皆名涅槃,智慧、愚痴通為般若,菩薩、外道所成就法同是菩提,無明、真如無異境界,諸戒、定、慧及婬、怒、痴俱是梵行,眾生、國土同一法性,地獄、天宮皆為淨土,有性、無性齊成佛道;一切煩惱畢竟解脫,法界海慧照了諸相猶如虛空。此名如來隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切の障碍はすなわち究竟の覚なり。念を得るも念を失うも解脱に非ずんばあらず。法を成るも法を破るも皆名づけて涅槃という。智慧・愚痴は通じて般若(はんにゃ。実相を見抜く智慧を指し、世間の聡明さとは別物)なり。菩薩・外道の成就する法は同じく菩提なり。無明・真如は異なる境界無し。諸々の戒・定・慧及び淫・怒・痴は俱に是れ梵行なり。衆生・国土は同一法性なり。地獄・天宮は皆浄土なり。有性・無性は斉しく仏道を成ず。一切の煩悩は畢竟解脱なり。法界海慧は諸相を照了して虚空の如し。これを名づけて如来の随順覚性という。

「善男子!但諸菩薩及末世眾生,居一切時不起妄念,於諸妄心亦不息滅,住妄想境不加了知,於無了知不辨真實。彼諸眾生聞是法門,信解受持不生驚畏。是則名為隨順覺性。善男子!汝等當知!如是眾生已曾供養百千萬億恆河沙諸佛及大菩薩,植眾德本;佛說是人名為成就一切種智。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!ただ諸菩薩及び末世の衆生は、一切の時に居て妄念を起こさず、諸々の妄心においても息滅せず、妄想の境に住して了知を加えず、了知無きにおいて真実を辨ぜず。彼の衆生この法門を聞きて、信解受持して驚畏を生ぜず。是れ則ち名づけて随順覚性という。善男子よ!あなたたちはまさに知るべし!かくのごとき衆生はすでに曾て百千万億恒河沙の諸仏及び大菩薩を供養して、衆の徳本を植えたり。仏はこの人を説いて一切種智を成就すと為す。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「清淨慧當知,圓滿菩提性,

「清浄慧よ、まさに知るべし、円満菩提性は、

無取亦無證,無菩薩眾生。

取るも無くまた証も無く、菩薩・衆生無し。

覺與未覺時,漸次有差別,

覚と未覚の時、漸次に差別有り、

眾生為解礙,菩薩未離覺。

衆生は解に碍げられ、菩薩は未だ覚を離れず。

入地永寂滅,不住一切相,

入地は永く寂滅して、一切の相に住せず、

大覺悉圓滿,名為遍隨順。

大覚悉く円満して、名づけて遍随順という。

末世諸眾生,心不生虛妄,

末世の諸衆生、心に虚妄を生ぜず、

佛說如是人,現世即菩薩。

仏説かくのごとき人、現世に即ち菩薩なり。

供養恆沙佛,功德已圓滿,

恒沙の仏を供養して、功徳すでに円満し、

雖有多方便,皆名隨順智。」

多くの方便有ると雖も、皆名づけて随順智という。」

於是威德自在菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!廣為我等分別如是隨順覺性,令諸菩薩覺心光明承佛圓音,不因修習而得善利。世尊!譬如大城外有四門,隨方來者非止一路,一切菩薩莊嚴佛國及成菩提非一方便。唯願世尊!廣為我等宣說一切方便漸次,並修行人總有幾種?令此會菩薩及末世眾生求大乘者,速得開悟,遊戲如來大寂滅海。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると威徳自在菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!広く我等のためにかくのごとき随順覚性を分別し、諸菩薩をして覚心光明たらしめ、仏の円音を承って、修習に因らずして善利を得しめたり。世尊よ!譬えば大城の外に四門有りて、方に随って来る者は一路に止まるに非ざるが如し。一切菩薩が仏国を荘厳し菩提を成ずるも一種の方便に非ず。ただ願わくは世尊、広く我等のために一切の方便漸次を宣説し、併せて修行の人は総じて几種ありや。この会の菩薩及び末世の衆生で大乗を求める者をして、速やかに開悟を得て、如来の大寂滅海に遊戯せしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告威德自在菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,問於如來如是方便。汝今諦聽!當為汝說。」時,威德自在菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は威徳自在菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来にかくのごとき方便を問う。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、威徳自在菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!無上妙覺遍諸十方出生如來,與一切法同體平等,於諸修行實無有二。方便隨順其數無量,圓攝所歸,循性差別當有三種。

「善男子よ!無上の妙覚は諸十方に遍じて如来を出生し、一切法と同体平等にして、諸々の修行において実に二無し。方便随順はその数無量なり。円く摂して帰する所、性に循って差別ありてまさに三種あるべし。

「善男子!若諸菩薩悟淨圓覺,以淨覺心,取靜為行;由澄諸念,覺識煩動,靜慧發生,身心客塵從此永滅,便能內發寂靜輕安;由寂靜故,十方世界諸如來心於中顯現,如鏡中像。此方便者名奢摩他。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸菩薩が浄円覚を悟り、浄覚の心をもって、静を取って行と為す。諸念を澄ますに由って、覚識の煩動を覚じ、静慧発生して、身心の客塵これより永く滅し、便ち内に寂静軽安を発す。寂静なるに由って、十方世界の諸如来の心その中に顕現して、鏡中の像の如し。この方便を名づけて奢摩他(止)という。

「善男子!若諸菩薩悟淨圓覺,以淨覺心,知覺心性及與根塵皆因幻化,即起諸幻以除幻者,變化諸幻而開幻眾;由起幻故便能內發大悲輕安,一切菩薩從此起行,漸次增進。彼觀幻者非同幻故,非同幻觀皆是幻故,幻相永離;是諸菩薩所圓妙行,如土長苗。此方便者名三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸菩薩が浄円覚を悟り、浄覚の心をもって、心性及び根塵は皆幻化に因るを知覚して、すなわち諸幻を起こして幻を除く者と為り、諸幻を変化して幻衆を開く。幻を起こすに由って便ち内に大悲軽安を発し、一切菩薩これより行を起こして漸次に増進す。彼の幻を観ずる者は幻に同じからず。幻に同じからざる観もまた皆幻にして、幻相は永く離る。是れ諸菩薩の円く妙なる行にして、土に苗の長ずるが如し。この方便を名づけて三摩鉢提(観。幻化を観じて大悲を起こす)という。

「善男子!若諸菩薩悟淨圓覺,以淨覺心不取幻化及諸靜相,了知身心皆為罣礙;無知覺明不依諸礙,永得超過礙無礙境、受用世界及與身心,相在塵域;如器中鍠聲出於外,煩惱涅槃不相留礙,便能內發寂滅輕安、妙覺隨順、寂滅境界,自他身心所不能及,眾生壽命皆為浮想。此方便者名為禪那。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸菩薩が浄円覚を悟り、浄覚の心をもって幻化及び諸静相を取らず、身心は皆挂碍なるを了知す。知覚明は諸碍に依らず、永く碍と無碍の境・受用世界及び身心を超過することを得、相は塵域に在り。器の中の锽声の外に出るが如く、煩悩・涅槃は相い留め碍げず、便ち内に寂滅軽安・妙覚随順・寂滅境界を発し、自他の身心の及ぶ所に非ず、衆生の寿命は皆浮想なり。この方便を名づけて禅那(静慮。幻化及び静相を取らざる)という。

「善男子!此三法門皆是圓覺。親近隨順十方如來,因此成佛十方菩薩種種方便,一切同異皆依如是三種事業,若得圓證即成圓覺。善男子!假使有人修於聖道,教化成就百千萬億阿羅漢、辟支佛果,不如有人聞此圓覺無礙法門,一剎那頃隨順修習。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!この三法門は皆円覚なり。十方如来に親近随順して、これに因って仏と成る。十方菩薩の種々の方便、一切の同異は皆かくのごとき三種の事業に依る。もし円証を得ればすなわち円覚を成ず。善男子よ!仮に人有りて聖道を修し、百千万億の阿羅漢(煩悩を断尽して再び生を受けざる聖者)・辟支仏果を教化成就するも、人有りてこの円覚無碍の法門を聞きて一刹那の頃随順修習するに如かず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「威德汝當知,無上大覺心,

「威徳よ、まさに知るべし、無上大覚心は、

本際無二相,隨順諸方便,

本際に二相無く、諸方便に随順すれば、

其數即無量。如來總開示,

その数すなわち無量なり。如来総べて開示すれば、

便有三種類,寂靜奢摩他,

便ち三種類有り、寂静なる奢摩他は、

如鏡照諸像;如幻三摩提,

鏡の諸像を照らすが如し。如幻の三摩提は、

如苗漸增長;禪那唯寂滅,

苗の漸く増長するが如し。禅那は唯だ寂滅にして、

如彼器中鍠。三種妙法門,

あの器中の锽の如し。三種の妙法門は、

皆是覺隨順,十方諸如來,

皆覚の随順にして、十方の諸如来、

及諸大菩薩,因此得成道。

及び諸大菩薩、これに因って道を成ることを得たり。

三事圓證故,名究竟涅槃。」

三事が円証するがゆえに、名づけて究竟涅槃という。」

於是辯音菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!如是法門甚為希有!世尊!此諸方便一切菩薩於圓覺門有幾修習?願為大眾及末世眾生,方便開示令悟實相。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると弁音菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!かくのごとき法門は甚だ希有です!世尊よ!これらの諸方便において、一切菩薩は円覚門において几つか修習があるのですか。願わくは大衆及び末世の衆生のために、方便をもって開示して実相を悟らせてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告辯音菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸大眾及末世眾生,問於如來,如是修習。汝今諦聽!當為汝說。」時,辯音菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は弁音菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸々の大衆及び末世の衆生のために、如来にかくのごとき修習を問う。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、弁音菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切如來圓覺清淨本無修習及修習者,一切菩薩及末世眾生依於未覺幻力修習,爾時便有二十五種清淨定輪:

「善男子よ!一切如来の円覚清浄は、もとより修習及び修習する者無し。一切菩薩及び末世の衆生は未覚の幻力に依って修習すれば、その時便ち二十五种の清浄定輪あり。

「若諸菩薩唯取極靜,由靜力故永斷煩惱究竟成就,不起於座便入涅槃;此菩薩者,名單修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が唯だ極静を取って、静力によって永く煩悩を断じ究竟成就して、座を起たずして涅槃に入らば、この菩薩を名づけて単修奢摩他という。

「若諸菩薩唯觀如幻,以佛力故變化世界種種作用,備行菩薩清淨妙行,於陀羅尼不失寂念及諸靜慧,此菩薩者,名單修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が唯だ幻の如きを観て、仏力によって世界の種々の作用を変化し、菩薩の清浄妙行を備えて行じ、陀羅尼において寂念及び諸静慧を失わざれば、この菩薩を名づけて単修三摩鉢提という。

「若諸菩薩唯滅諸幻,不取作用獨斷煩惱,煩惱斷盡便證實相;此菩薩者,名單修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が唯だ諸幻を滅して、作用を取らず独り煩悩を断じ、煩悩断尽すれば便ち実相を証すれば、この菩薩を名づけて単修禅那という。

「若諸菩薩先取至靜,以靜慧心照諸幻者,便於是中起菩薩行;此菩薩者,名先修奢摩他,後修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が先ず至静を取って、静慧の心をもって諸幻を照らす者は、便ちこの中において菩薩行を起こす。この菩薩を名づけて先ず奢摩他を修し、後に三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以靜慧故證至靜性,便斷煩惱永出生死;此菩薩者,名先修奢摩他,後修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が静慧によって至静の性を証して、便ち煩悩を断じ永く生死を出れば、この菩薩を名づけて先ず奢摩他を修し、後に禅那を修すという。

「若諸菩薩以寂靜慧,復現幻力種種變化度諸眾生,後斷煩惱而入寂滅;此菩薩者,名先修奢摩他,中修三摩缽提,後修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂静の慧をもって、また幻力の種々の変化を現じて諸衆生を度し、後に煩悩を断じて寂滅に入れば、この菩薩を名づけて先ず奢摩他を修し、中に三摩鉢提を修し、後に禅那を修すという。

「若諸菩薩以至靜力斷煩惱已,後起菩薩清淨妙行度諸眾生;此菩薩者,名先修奢摩他,中修禪那,後修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が至静の力をもって煩悩を断じて已り、後に菩薩の清浄妙行を起こして諸衆生を度すれば、この菩薩を名づけて先ず奢摩他を修し、中に禅那を修し、後に三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以至靜力心斷煩惱,復度眾生建立世界;此菩薩者,名先修奢摩他,齊修三摩缽提禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が至静の力をもって心に煩悩を断じ、また衆生を度して世界を建立すれば、この菩薩を名づけて先ず奢摩他を修し、斉しく三摩鉢提・禅那を修すという。

「若諸菩薩以至靜力資發變化,後斷煩惱;此菩薩者,名齊修奢摩他、三摩缽提,後修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が至静の力をもって変化を資発し、後に煩悩を断ぜば、この菩薩を名づけて斉しく奢摩他・三摩鉢提を修し、後に禅那を修すという。

「若諸菩薩以至靜力用資寂滅,後起作用變化境界;此菩薩者,名齊修奢摩他、禪那,後修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が至静の力をもって寂滅を資し、後に作用を起こして境界を変化せば、この菩薩を名づけて斉しく奢摩他・禅那を修し、後に三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以變化力種種隨順,而取至靜;此菩薩者,名先修三摩缽提,後修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力をもって種々に随順して、至静を取れば、この菩薩を名づけて先ず三摩鉢提を修し、後に奢摩他を修すという。

「若諸菩薩以變化力種種境界,而取寂滅;此菩薩者,名先修三摩缽提,後修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力をもって種々の境界にして、寂滅を取れば、この菩薩を名づけて先ず三摩鉢提を修し、後に禅那を修すという。

「若諸菩薩以變化力而作佛事,安住寂靜,而斷煩惱;此菩薩者,名先修三摩缽提,中修奢摩他,後修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力をもって仏事を作して、寂静に安住して煩悩を断ぜば、この菩薩を名づけて先ず三摩鉢提を修し、中に奢摩他を修し、後に禅那を修すという。

「若諸菩薩以變化力無礙作用,斷煩惱故,安住至靜;此菩薩者,名先修三摩缽提,中修禪那,後修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力の无碍なる作用をもって、煩悩を断ずるがゆえに至静に安住すれば、この菩薩を名づけて先ず三摩鉢提を修し、中に禅那を修し、後に奢摩他を修すという。

「若諸菩薩以變化力方便作用,至靜、寂滅二俱隨順;此菩薩者,名先修三摩缽提,齊修奢摩他、禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力の方便なる作用をもって、至静・寂滅に二倶に随順すれば、この菩薩を名づけて先ず三摩鉢提を修し、斉しく奢摩他・禅那を修すという。

「若諸菩薩以變化力種種起用,資於至靜,後斷煩惱;此菩薩者,名齊修三摩缽提、奢摩他,後修禪那。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力の種々に起用するをもって至静に資して、後に煩悩を断ぜば、この菩薩を名づけて斉しく三摩鉢提・奢摩他を修し、後に禅那を修すという。

「若諸菩薩以變化力資於寂滅,後住清淨,無作靜慮;此菩薩者,名齊修三摩缽提、禪那,後修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が変化の力をもって寂滅に資し、後に清浄に住して作無き静慮すれば、この菩薩を名づけて斉しく三摩鉢提・禅那を修し、後に奢摩他を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力而起至靜,住於清淨;此菩薩者,名先修禪那,後修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力をもって至静を起こして、清浄に住すれば、この菩薩を名づけて先ず禅那を修し、後に奢摩他を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力而起作用,於一切境寂用隨順;此菩薩者,名先修禪那,後修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力をもって作用を起こして、一切の境において寂用随順すれば、この菩薩を名づけて先ず禅那を修し、後に三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力種種自性,安於靜慮,而起變化;此菩薩者,名先修禪那,中修奢摩他,後修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力の種々の自性をもって、静慮に安んじて変化を起こせば、この菩薩を名づけて先ず禅那を修し、中に奢摩他を修し、後に三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力無作自性起於作用,清淨境界歸於靜慮;此菩薩者,名先修禪那,中修三摩缽提,後修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力の作無き自性をもって作用を起こして、清浄の境界を静慮に帰せば、この菩薩を名づけて先ず禅那を修し、中に三摩鉢提を修し、後に奢摩他を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力種種清淨,而住靜慮起於變化;此菩薩者,名先修禪那,齊修奢摩他、三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力の種々の清浄をもって、静慮に住して変化を起こせば、この菩薩を名づけて先ず禅那を修し、斉しく奢摩他・三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力資於至靜,而起變化;此菩薩者,名齊修禪那、奢摩他,後修三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力をもって至静に資して、変化を起こせば、この菩薩を名づけて斉しく禅那・奢摩他を修し、後に三摩鉢提を修すという。

「若諸菩薩以寂滅力資於變化,而起至靜清明境慧;此菩薩者,名齊修禪那、三摩缽提,後修奢摩他。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が寂滅の力をもって変化に資して、至静清明の境慧を起こせば、この菩薩を名づけて斉しく禅那・三摩鉢提を修し、後に奢摩他を修すという。

「若諸菩薩以圓覺慧圓合一切,於諸性相無離覺性;此菩薩者,名為圓修三種自性清淨隨順。

(仏は続けて言った。)「もし諸菩薩が円覚の慧をもって一切を円合して、諸々の性相において覚性を離れざれば、この菩薩を名づけて円修三種自性清浄随順という。

「善男子!是名菩薩二十五輪,一切菩薩修行如是。若諸菩薩及末世眾生依此輪者,當持梵行,寂靜思惟,求哀懺悔,經三七日。於二十五輪各安標記,至心求哀,隨手結取;依結開示便知頓漸,一念疑悔即不成就。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!是れを名づけて菩薩の二十五輪という。一切菩薩の修行はかくの如し。もし諸菩薩及び末世の衆生がこの輪に依るには、まさに梵行を持し、寂静に思惟し、哀を求めて懴悔して、三七日を経るべし。二十五輪において各々標記を安じ、至心に哀を求めて、手に随って結取せよ。結んだ所に依って開示すれば、すなわち頓渐を知る。一念の疑悔あればすなわち成就せず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「辯音汝當知,一切諸菩薩,

「弁音よ、まさに知るべし、一切の諸菩薩の、

無礙清淨慧,皆依禪定生。

无碍清浄の慧は、皆禅定に依って生ず。

所謂奢摩他,三摩提禪那,

いわゆる奢摩他、三摩提・禅那の、

三法頓漸修,有二十五種。

三法の頓渐の修に、二十五种有り。

十方諸如來,三世修行者,

十方の諸如来、三世の修行の者、

無不因此法,而得成菩提;

この法に因らずして菩提を成ずること得たること無し。

唯除頓覺人,並法不隨順。

唯だ頓覚の人を除き、併せて法に随順せざるを除く。

一切諸菩薩,及末世眾生,

一切の諸菩薩、及び末世の衆生は、

常當持此輪,隨順勤修習,

常にまさにこの輪を持して、随順して勤めて修習し、

依佛大悲力,不久證涅槃。」

仏の大悲力に依って、久しからずして涅槃を証せん。」

於是淨諸業障菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右繞三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!為我等輩廣說如是不思議事一切如來因地行相,令諸大眾得未曾有,覩見調御歷恆沙劫勤苦境界,一切功用猶如一念,我等菩薩深自慶慰。世尊!若此覺心本性清淨,因何染汙,使諸眾生迷悶不入?唯願如來廣為我等開悟法性,令此大眾及末世眾生作將來眼。」說是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると浄諸業障菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!我等の輩のために広くかくのごとき不可思議の事・一切如来の因地行相を説き、諸々の大衆をして未曾有を得せしめ、調御が恒沙の劫を歴る勤苦の境界を睹見して、一切の功用は一念の如く、我等の菩薩は深く自ら慶慰します。世尊よ!もしこの覚心の本性が清浄ならば、何に因って染汚せられ、諸衆生をして迷悶して入らざらしめるのですか。ただ願わくは如来、広く我等のために法性を開悟して、この大衆及び末世の衆生をして将来の眼と為らしめてください。」この語を説き終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告淨諸業障菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸大眾及末世眾生,諮問如來如是方便。汝今諦聽!當為汝說。」時,淨諸業障菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は浄諸業障菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸々の大衆及び末世の衆生のために、如来にかくのごとき方便を諮問す。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、浄諸業障菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切眾生從無始來,妄想執有我、人、眾生及與壽命,認四顛倒為實我體,由此便生憎愛二境。於虛妄體重執虛妄,二妄相依生妄業道,有妄業故妄見流轉,厭流轉者妄見涅槃。由此不能入清淨覺,非覺違拒諸能入者,有諸能入,非覺入故。是故動念及與息念皆歸迷悶,何以故?由有無始本起無明為己主宰,一切眾生生無慧目,身心等性皆是無明,譬如有人不自斷命。是故當知!有愛我者我與隨順,非隨順者便生憎怨,為憎愛心養無明故,相續求道皆不成就。

「善男子よ!一切衆生は無始以来、妄想して我・人・衆生及び寿命有りと執し、四顛倒を取って実我の体と認め、これに由って便ち憎愛の二境を生ず。虚妄の体の上に重ねて虚妄を執して、二妄相依りて妄業の道を生じ、妄業あるがゆえに妄りに流転を見、流転を厭う者は妄りに涅槃を見る。これに由って清浄覚に入ること能わず。覚が諸々の能く入る者を違拒するに非ず。諸々の能く入る者有るも、覚に入るがゆえに非ず。ゆえに念を動かすも念を息めるも皆迷悶に帰す。何故か。無始本起の無明有りて自ら主宰と為るがゆえに、一切衆生は生れながらにして慧目無く、身心等の性は皆是れ無明なり。譬えば人有りて自らその命を断たざるが如し。ゆえにまさに知るべし!我を愛する者有れば我はこれに随順し、随順せざる者は便ち憎怨を生ず。憎愛の心が無明を養うがゆえに、相続いて道を求むるも皆成就せず。

「善男子!云何我相?謂諸眾生心所證者。善男子!譬如有人百骸調適忽忘我身;四支絃緩,攝養乖方,微加針艾,則知有我。是故證取方現我體。善男子!其心乃至證於如來,畢竟了知清淨涅槃皆是我相。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!何をか我相と為す。諸衆生の心の証する所を謂うなり。善男子よ!譬えば人有りて百骸調適して忽然として我が身を忘るるも、四肢弦緩して摂養方に乖り、微かに鍼艾を加えれば、則ち我有るを知るが如し。ゆえに証取して方に我体を現ず。善男子よ!その心乃至如来に証し、畢竟に清浄涅槃を了知するも、皆是れ我相なり。

「善男子!云何人相?謂諸眾生心悟證者。善男子!悟有我者,不復認我,所悟非我,悟亦如是。悟已超過一切證者,悉為人相。善男子!其心乃至圓悟涅槃俱是我者,心存少悟備殫證理,皆名人相。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!何をか人相と為す。諸衆生の心の悟証する所を謂うなり。善男子よ!我有りと悟る者は、復た我を認めず。悟る所は我に非ず、悟るもまたかくの如し。悟はすでに一切の証する者を超過して、悉く人相と為す。善男子よ!その心乃至円悟の涅槃も俱に我なるは、心に少き悟を存して証理を備殚すも、皆名づけて人相という。

「善男子!云何眾生相?謂諸眾生心自證悟所不及者。善男子!譬如有人作如是言:『我是眾生。』則知彼人說眾生者非我非彼。云何非我?我是眾生,則非是我。云何非彼?我是眾生,非彼我故。善男子!但諸眾生了證了悟皆為我、人,而我、人相所不及者,存有所了,名眾生相。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!何をか衆生相と為す。諸衆生の心が自ら証悟して及ばざる所を謂うなり。善男子よ!譬えば人有りてかくのごとき言を作す。『我は衆生なり。』則ち彼の人の衆生と説くは我に非ず彼に非ざるを知る。何故に我に非ずや。我は衆生なれば、則ち我に非ざればなり。何故に彼に非ずや。我は衆生なれば、彼の我に非ざるが故なり。善男子よ!但だ諸衆生の証を了し悟を了するは皆我・人なり。しかして我・人の相の及ばざる所に、了する所有りて存すれば、名づけて衆生相という。

「善男子!云何壽命相?謂諸眾生心照清淨覺所了者,一切業智所不自見猶如命根。善男子!若心照見一切覺者皆為塵垢,覺、所覺者不離塵故;如湯銷氷無別有氷,知氷銷者,存我、覺我亦復如是。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!何をか寿命相と為す。諸衆生の心が照らして清浄なるを覚し了する所、一切の業智の自ら見ざる所にして、命根の如きを謂うなり。善男子よ!もし心に照見して一切の覚る者は皆塵垢なるが、覚と覚する所の者は塵を離れざるが故なり。湯の氷を銷すに並びて別に氷有りて氷の銷ゆるを知る者無きが如く、我を存し我を覚するもまたかくの如し。

「善男子!末世眾生不了四相,雖經多劫勤苦修道,但名有為,終不能成一切聖果,是故名為正法末世。何以故?認一切我為涅槃故,有證有悟名成就故。譬如有人以賊為子,其家財寶終不成就。何以故?有我愛者亦愛涅槃,伏我愛根為涅槃相;有憎我者亦憎生死,不知愛者真生死故,別憎生死,名不解脫。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!末世の衆生は四相を了せず、多劫を経て勤苦して道を修すと雖も、但だ名づけて有為と為し、終に一切の聖果を成ずること能わず。ゆえに名づけて正法の末世という。何故か。一切の我を認めて涅槃と為すが故に、証有り悟有りて名づけて成就と為すが故なり。譬えば人有りて賊を以って子と為せば、その家の財宝は終に成就せざるが如し。何故か。我を愛する者有ればまた涅槃を愛して、我愛の根を伏せて涅槃の相と為す。我を憎む者有ればまた生死を憎むも、愛する者こそ真の生死なるを知らず、別に去って生死を憎めば、名づけて解脱せずという。

「云何當知法不解脫?善男子!彼末世眾生習菩提者,以己微證為自清淨,猶未能盡我相根本。若復有人讚歎彼法,即生歡喜便欲濟度;若復誹謗彼所得者便生瞋恨。則知我相堅固執持,潛伏藏識,遊戲諸根曾不間斷。善男子!彼修道者不除我相,是故不能入清淨覺。善男子!若知我空,無毀我者,有我說法,我未斷故,眾生、壽命亦復如是。

(仏は続けて言った。)「如何にしてかまさに法の解脱せざるを知るべき。善男子よ!彼の末世の衆生で菩提を習う者は、己が微証を以って自ら清浄と為し、猶お未だ我相の根本を尽くすこと能わず。もし復た人有りて彼の法を讃嘆すれば、すなわち歓喜を生じて便ち済度せんと欲す。もしまた彼の得る所を誹謗すれば便ち瞋恨を生ず。則ち我相の堅固に執持して、蔵識に潜伏して諸根に遊戯して曾て間断せざるを知る。善男子よ!彼の道を修する者は我相を除かざれば、清浄覚に入ること能わざるを以ってなり。善男子よ!もし我の空なるを知れば、我を毀る者無し。我有りて法を説けば、我未だ断ぜざるが故なり。衆生・寿命もまたかくの如し。

「善男子!末世眾生說病為法,是故名為可憐愍者;雖勤精進增益諸病,是故不能入清淨覺。善男子!末世眾生不了四相,以如來解及所行處為自修行終不成就。或有眾生未得謂得、未證謂證,見勝進者心生嫉妬;由彼眾生未斷我愛,是故不能入清淨覺。善男子!末世眾生希望成道無令求悟,唯益多聞增長我見;但當精勤降伏煩惱起大勇猛,未得令得、未斷令斷,貪、瞋、愛、慢、諂曲、嫉妬對境不生,彼我恩愛一切寂滅,佛說是人漸次成就。求善知識不墮邪見,若於所求別生憎愛,則不能入清淨覺海。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!末世の衆生は病を説いて法と為す。ゆえに名づけて可憐愍の者という。勤めて精進すると雖も諸病を增益す。ゆえに清浄覚に入ること能わず。善男子よ!末世の衆生は四相を了せず、如来の解及び行く所を以って自らの修行と為せば、終に成就せず。或いは衆生有りて未だ得ずして得たりと謂い、未だ証せずして証せりと謂い、勝進の者を見て心に嫉妬を生ず。彼の衆生は未だ我愛を断ぜざるに由って、清浄覚に入ること能わざればなり。善男子よ!末世の衆生が成道を希望するに、彼をしてただ悟解を求めしむること莫れ。それはただ多聞を增益し我見を増長するのみ。但だまさに精勤して煩悩を降伏し、大勇猛を起こし、未だ得ざるを得せしめ、未だ断ぜざるを断ぜしめ、貪・瞋・愛・慢・諂曲・嫉妬が境に対して生ぜず、彼我の恩愛一切寂滅せば、仏はこの人を説いて漸次に成就すと為す。善知識を求めて邪見に堕ちず。もし求むる所において別に憎愛を生ぜば、則ち清浄覚海に入ること能わず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「淨業汝當知,一切諸眾生,

「浄業よ、まさに知るべし、一切の諸衆生は、

皆由執我愛,無始妄流轉,

皆我愛を執るに由り、無始より妄りに流転し、

未除四種相,不得成菩提。

四種の相を除かざれば、菩提を成ずることを得ず。

愛憎生於心,諂曲存諸念,

愛憎は心に生じ、諂曲は諸念に存し、

是故多迷悶,不能入覺城。

ゆえに多く迷悶して、覚城に入ること能わず。

若能歸悟剎,先去貪瞋痴,

若し悟の刹に帰すること能わば、先ず貪瞋癡を去り、

法愛不存心,漸次可成就。

法愛を心に存せざれば、漸次に成就すべし。

我身本不有,憎愛何由生?

我が身は本より有らず、憎愛何に由ってか生ぜん。

此人求善友,終不墮邪見。

この人が善友を求めれば、終に邪見に堕ちず。

所求別生心,究竟非成就。」

求むる所に別の心生ずれば、究竟に成就に非ず。」

於是普覺菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!快說禪病!令諸大眾得未曾有,心意蕩然獲大安隱。世尊!末世眾生去佛漸遠,賢聖隱伏邪法增熾,使諸眾生求何等人?依何等法?行何等行?除去何病?云何發心令彼群盲不墮邪見?」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると普覚菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!快く禅の病を説いてください!諸々の大衆をして未曾有を得せしめ、心意荡然として大安穏を獲得せしめました。世尊よ!末世の衆生は仏を去ること漸く遠く、賢聖は隠伏して邪法増熾す。諸衆生をしていかなる人を求め、いかなる法に依り、いかなる行を行じ、いかなる病を除去し、いかに発心して彼の群盲をして邪見に堕ちざらしめるべきか。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告普覺菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能諮問如來如是修行,能施末世一切眾生無畏道眼,令彼眾生得成聖道。汝今諦聽!當為汝說。」時,普覺菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は普覚菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは如来にかくのごとき修行を諮問し、末世の一切衆生に無畏の道眼を施して、彼の衆生をして聖道を成ずることを得せしめることを能くす。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、普覚菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!末世眾生將發大心求善知識欲修行者,當求一切正知見人。心不住相,不著聲聞、緣覺境界,雖現塵勞心恆清淨,示有諸過讚歎梵行,不令眾生入不律儀。求如是人即得成就阿耨多羅三藐三菩提;末世眾生見如是人應當供養不惜身命。彼善知識四威儀中常現清淨,乃至示現種種過患,心無憍慢,況復摶財、妻子、眷屬。若善男子於彼善友不起惡念,即能究竟成就正覺,心花發明照十方剎。

「善男子よ!末世の衆生で大心を発して善知識を求め修行せんと欲する者は、まさに一切の正知見の人を求むべし。心は相に住せず、声聞・縁覚の境界に著せず、塵労を現ずと雖も心は恒に清浄にして、諸過有るを示して梵行を讃嘆し、衆生をして不律儀に入らしめず。かくのごとき人を求むればすなわち阿耨多羅三藐三菩提(「無上正等正覚」の意。仏の証した円満な覚り)を成就することを得ん。末世の衆生はかくのごとき人を見れば、まさに供養して身命を惜しむべからず。彼の善知識は四威儀の中に常に清浄を現じ、乃至種々の過患を示現するも、心に憍慢無し。いわんや団財・妻子・眷属をや。もし善男子が彼の善友において悪念を起こさざれば、すなわち究竟に正覚を成就して、心花発明して十方の刹を照らすことを能くす。

「善男子!彼善知識所證妙法應離四病。云何四病?一者作病,若復有人作如是言:『我於本心作種種行欲求圓覺。』彼圓覺性非作得故,說名為病。二者任病,若復有人作如是言:『我等今者不斷生死、不求涅槃,涅槃、生死無起滅念,任彼一切隨諸法性慾求圓覺。』彼圓覺性非任有故,說名為病。三者止病,若復有人作如是言:『我今自心永息諸念得一切性,寂然平等欲求圓覺。』彼圓覺性非止合故,說名為病。四者滅病,若復有人作如是言:『我今永斷一切煩惱,身心畢竟空無所有,何況根塵虛妄境界,一切永寂欲求圓覺。』彼圓覺性非寂相故,說名為病。離四病者則知清淨,作是觀者名為正觀,若他觀者名為邪觀。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!彼の善知識の証する妙法は四病を離るべし。四病とは何か。一つには作病。もし復た人有りてかくのごとき言を作さば『我は本心において種々の行を作して円覚を求めんと欲す』と。彼の円覚性は作によって得るに非ず。説いて病と名づく。二つには任病。もし復た人有りてかくのごとき言を作さば『我等は今、生死を断ぜず涅槃を求めず、涅槃・生死に起滅の念無く、彼の一切に任せて諸法性に随い円覚を求めんと欲す』と。彼の円覚性は任によって有るに非ず。説いて病と名づく。三つには止病。もし復た人有りてかくのごとき言を作さば『我は今、自心に永く諸念を息めて一切性を得、寂然平等にして円覚を求めんと欲す』と。彼の円覚性は止によって合するに非ず。説いて病と名づく。四つには滅病。もし復た人有りてかくのごとき言を作さば『我は今、永く一切の煩悩を断じ、身心は畢竟空無所有、いわんや根塵虚妄の境界をや、一切永寂にして円覚を求めんと欲す』と。彼の円覚性は寂相に非ず。説いて病と名づく。四病を離るる者は則ち清浄を知る。この観を作す者を名づけて正観という。他を観ずる者を名づけて邪観という。

「善男子!末世眾生欲修行者,應當盡命供養善友、事善知識,彼善知識欲來親近應斷憍慢,若復遠離應斷瞋恨;現逆順境猶如虛空,了知身心畢竟平等,與諸眾生同體無異,如是修行方入圓覺。善男子!末世眾生不得成道,由有無始自他憎愛一切種子故未解脫。若復有人,觀彼怨家如己父母心無有二,即除諸病;於諸法中自他憎愛亦復如是。善男子!末世眾生欲求圓覺應當發心作如是言:『盡於虛空一切眾生,我皆令入究竟圓覺,於圓覺中無取覺者,除彼、我、人一切諸相。』如是發心不墮邪見。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!末世の衆生で修行せんと欲する者は、まさに命を尽くして善友を供養し善知識に事うべし。彼の善知識が来たりて親近せんと欲すればまさに憍慢を断ずべし。もし復た遠離すればまさに瞋恨を断ずべし。逆順の境を現ずるに虚空の如く、身心は畢竟平等にして諸衆生と同体にして異なること無きを了知し、かくのごとく修行して方に円覚に入る。善男子よ!末世の衆生が道を成ずることを得ざるは、無始より自他の憎愛の一切種子有るがゆえに未だ解脱せざればなり。もし復た人有りて、彼の怨家を観じて己が父母の如く心に二無ければ、すなわち諸病を除く。諸法の中の自他憎愛もまたかくの如し。善男子よ!末世の衆生が円覚を求めんと欲せば、まさに心を発してかくのごとき言を作すべし。『虚空に尽くる一切の衆生、我皆な究竟円覚に入らしめん。円覚の中に覚を取る者無く、彼・我・人の一切諸相を除かん。』かくのごとく発心すれば邪見に堕ちず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「普覺汝當知,末世諸眾生,

「普覚よ、まさに知るべし、末世の諸衆生が、

欲求善知識,應當求正見,

善知識を求めんと欲せば、まさに正見を求むべし、

心遠二乘者。法中除四病,

心に二乗の者を遠ざけ。法の中に四病を除く、

謂作止任滅;親近無憍慢,

謂く作・止・任・滅なり。親近に憍慢無く、

遠離無瞋恨。見種種境界,

遠離に瞋恨無し。種種の境界を見て、

心當生希有,還如佛出世。

心にまさに希有を生じ、還って仏の出世の如くすべし。

不犯非律儀,戒根永清淨,

非律儀を犯さず、戒根永く清浄にして、

度一切眾生,究竟入圓覺。

一切衆生を度して、究竟に円覚に入らん。

無彼我人相,常依止智慧,

彼・我・人の相無く、常に智慧に依止して、

便得超邪見,證覺般涅槃。」

便ち邪見を超えて、覚般涅槃を証することを得ん。」

於是圓覺菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!為我等輩廣說淨覺種種方便,令末世眾生有大增益。世尊!我等今者已得開悟,若佛滅後末世眾生未得悟者,云何安居修此圓覺清淨境界?此圓覺中三種淨觀以何為首?唯願大悲為諸大眾及末世眾生施大饒益。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると円覚菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!我等の輩及び末世の衆生のために広く浄覚の種種の方便を説き、末世の衆生をして大いに增益有らしめてください。世尊よ!我等は今すでに開悟を得たり。もし仏滅後、末世の衆生で未だ悟を得ざる者は、如何に安居してこの円覚の清浄境界を修すべきか。この円覚の中の三種の浄観は何を以って首と為すか。ただ願わくは大悲をもって諸々の大衆及び末世の衆生のために大饒益を施してください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告圓覺菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能問於如來如是方便,以大饒益施諸眾生。汝今諦聽!當為汝說。」時,圓覺菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は円覚菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは如来にかくのごとき方便を問い、大饒益をもって諸衆生に施すことを能くす。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、円覚菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切眾生,若佛住世,若佛滅後、若法末時,有諸眾生具大乘性,信佛秘密大圓覺心,欲修行者,若在伽藍安處徒眾,有緣事故隨分思察,如我已說;若復無有他事因緣,即建道場當立期限,若立長期百二十日,中期百日,下期八十日,安置淨居。若佛現在,當正思惟;若佛滅後,施設形像,心存目想生正憶念,還同如來常住之日。懸諸幡花經三七日,稽首十方諸佛名字,求哀懺悔;遇善境界得心輕安。過三七日,一向攝念。

「善男子よ!一切衆生は、若し仏が世に住し、若し仏滅後、若し法末の時に、諸衆生有りて大乗の性を具え、仏の秘密大円覚心を信じて修行せんと欲せば、もし伽藍(僧園)に在って徒衆を安処するは、縁の事故あるに随分思察せよ。我がすでに説けるが如し。もし復た他事の因縁無ければ、すなわち道場を建てて期限を立つべし。長期を立てれば一百二十日、中期は百日、下期は八十日にして、浄居を安置せよ。もし仏現在なれば、まさに正思惟すべし。もし仏滅後なれば、形像を施設して、心に存し目に想いて正憶念を生じ、還って如来の常住の日に同じくせよ。諸々の幡花を懸けて三七日を経て、十方の諸仏の名字に稽首して、哀を求めて懴悔せよ。善境界に遇いて心に軽安を得ん。三七日を過ぎて、一向に念を摂せよ。

「若經夏首,三月安居,當為清淨菩薩止住,心離聲聞不假徒眾。至安居日即於佛前作如是言:『我比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷某甲,踞菩薩乘修寂滅行,同入清淨實相住持,以大圓覺為我伽藍,身心安居,平等性智,涅槃自性,無繫屬故。今我敬請不依聲聞,當與十方如來及大菩薩三月安居,為修菩薩無上妙覺大因緣故不繫徒眾。』善男子!此名菩薩示現安居,過三期日隨往無礙。善男子!若彼末世修行眾生求菩薩道入三期者,非彼所聞一切境界終不可取。

(仏は続けて言った。)「もし夏首を経て、三月安居するに、まさに清浄の菩薩の止住と為し、心に声聞を離れて徒衆を假らざるべし。安居の日に至ればすなわち仏前においてかくのごとき言を作せ。『我比丘(出家の男衆)・比丘尼(出家の女衆)・優婆塞(在家の男居士)・優婆夷(在家の女居士)某甲は、菩薩乗に踞して寂滅行を修し、同じく清浄実相の住持に入り、大円覚を以って我が伽藍と為し、身心安居す。平等性智・涅槃自性は繋属無きが故なり。今我敬んで声聞に依らず、まさに十方の如来及び大菩薩と三月安居せん。菩薩の無上妙覚を修する大因縁と為すがゆえに徒衆に繋がらず。』善男子よ!これを名づけて菩薩の示現安居という。三期の日を過ぎて往くに随って碍無し。善男子よ!もし彼の末世の修行の衆生で菩薩道を求めて三期に入る者は、彼の聞く所の一切境界を取るべからず、終に取るべからず。

「善男子!若諸眾生修奢摩他,先取至靜不起思念,靜極便覺。如是初靜,從於一身至一世界,覺亦如是。善男子!若覺遍滿一世界者,一世界中有一眾生起一念者皆悉能知,百千世界亦復如是;非彼所聞一切境界終不可取。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸衆生が奢摩他を修すれば、先ず至静を取って思念を起こさず、静極まれば便ち覚る。かくのごとく初静は、一身より一世界に至るまで、覚るもまたかくの如し。善男子よ!もし覚が一世界に遍満すれば、一世界の中に一衆生有りて一念を起こす者は皆悉く知ることを能くす。百千の世界もまたかくの如し。彼の聞く所の一切境界を取るべからず、終に取るべからず。

「善男子!若諸眾生修三摩缽提,先當憶想十方如來、十方世界一切菩薩,依種種門漸次修行勤苦三昧,廣發大願自燻成種;非彼所聞一切境界終不可取。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸衆生が三摩鉢提を修すれば、先ずまさに十方の如来・十方世界の一切菩薩を憶想し、種種の門に依って漸次に修行して勤苦三昧し、広く大願を発して自ら熏して種と成すべし。彼の聞く所の一切境界を取るべからず、終に取るべからず。

「善男子!若諸眾生修於禪那,先取數門,心中了知生住滅念,分齊頭數,如是周遍四威儀中,分別念數無不了知,漸次增進乃至得知百千世界一滴之雨,猶如目覩所受用物;非彼所聞一切境界終不可取。是名三觀初首方便。若諸眾生,遍修三種勤行精進,即名如來出現於世;若後末世鈍根眾生心欲求道,不得成就由昔業障,當勤懺悔常起希望,先斷憎、愛、嫉妬、諂曲,求勝上心,三種淨觀隨學一事,此觀不得復習彼觀,心不放捨漸次求證。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸衆生が禅那を修すれば、先ず数門を取って、心中に生・住・滅の念を了知し、分斉頭数して、かくのごとく四威儀の中に周遍して、念数を分別して了知せざる無し。漸次増進して乃至百千世界の一滴の雨を知るに至り、目睹して受用する物の如し。彼の聞く所の一切境界を取るべからず、終に取るべからず。是れを名づけて三観の初首方便という。もし諸衆生が遍く三種を修して勤行精進すれば、すなわち名づけて如来世に出現すという。もし後の末世の鈍根の衆生で心に道を求めんと欲するも成就を得ざるは、昔の業障に由る。まさに勤めて懴悔し常に希望を起こし、先ず憎・愛・嫉妬・諂曲を断じ、勝上心を求め、三種の浄観は学ぶ一事に随い、この観は更に彼の観を習うことを得ず、心に放捨せず漸次に証を求めよ。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「圓覺汝當知,一切諸眾生,

「円覚よ、まさに知るべし、一切の諸衆生が、

欲求無上道,先當結三期,

無上の道を求めんと欲せば、先ずまさに三期を結び、

懺悔無始業。經於三七日,

無始の業を懴悔すべし。三七日を経て、

然後正思惟,非彼所聞境,

然る後に正思惟す。彼の聞く所の境に非ざれば、

畢竟不可取。奢摩他至靜,

畢竟に取るべからず。奢摩他は至静、

三摩正憶持,禪那明數門,

三摩は正憶持、禅那は明数門、

是名三淨觀。若能勤修習,

是れを名づけて三浄観という。若し能く勤めて修習すれば、

是名佛出世。鈍根未成者,

是れを名づけて仏出世という。鈍根の未成の者は、

常當勤心懺,無始一切罪,

常にまさに心を勤めて懴すべし、無始の一切の罪、

諸障若銷滅,佛境便現前。」

諸障若し銷滅せば、仏境便ち現前せん。」

於是賢善首菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!廣為我等及末世眾生,開悟如是不思議事。世尊!此大乘教名字何等?云何奉持?眾生修習得何功德?云何使我護持經人?流佈此教至於何地?」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると賢善首菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!広く我等及び末世の衆生のために、かくのごとき不可思議の事を開悟してください。世尊よ!この大乗教の名字はいかなるか。如何に奉持すべきか。衆生が修習していかなる功徳を得るか。如何にして我をして経を護持する人と為すか。この教を流布して何地に至らしめるか。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告賢善首菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,問於如來如是經教功德名字。汝今諦聽!當為汝說。」時,賢善首菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は賢善首菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来にかくのごとき経教の功徳名字を問う。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、賢善首菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!是經百千萬億恆河沙諸佛所說,三世如來之所守護,十方菩薩之所歸依,十二部經清淨眼目,是經名大方廣圓覺陀羅尼,亦名修多羅了義,亦名秘密王三昧,亦名如來決定境界,亦名如來藏自性差別,汝當奉持。善男子!是經唯顯如來境界,唯佛如來能盡宣說;若諸菩薩及末世眾生依此修行,漸次增進至於佛地。善男子!是經名為頓教大乘,頓機眾生從此開悟,亦攝漸修一切群品。譬如大海不讓小流,乃至蚊虻及阿修羅飲其水者,皆得充滿。

「善男子よ!この経は百千万億恒河沙の諸仏の説く所にして、三世如来の守護する所、十方菩薩の帰依する所、十二部経の清浄眼目なり。この経の名は大方広円覚陀羅尼、また修多羅了義と名づけ、また秘密王三昧と名づけ、また如来決定境界と名づけ、また如来蔵自性差別と名づく。あなたはまさに奉持すべし。善男子よ!この経は唯だ如来境界を顕す。唯だ仏如来能く尽く宣説す。もし諸菩薩及び末世の衆生がこれに依って修行すれば、漸次増進して仏地に至らん。善男子よ!この経は名づけて頓教大乗という。頓機の衆生はこれより開悟し、また渐修の一切の群品を摂す。譬えば大海は小流を譲らず、乃至蚊蝱及び阿修羅(非天。好闘の一類の有情)のその水を飲む者も皆充满を得るが如し。

「善男子!假使有人純以七寶積滿三千大千世界以用佈施,不如有人聞此經名及一句義。善男子!假使有人教百恆河沙眾生得阿羅漢果,不如有人宣說此經分別半偈。善男子!若復有人聞此經名信心不惑,當知是人非於一佛二佛種諸福慧,如是乃至盡恆河沙一切佛所種諸善根聞此經教。汝善男子!當護末世是修行者,無令惡魔及諸外道惱其身心令生退屈。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!仮に人有りて純に七宝を以って三千大千世界に積み満てて布施に用うるも、人有りてこの経の名及び一句の義を聞くに如かず。善男子よ!仮に人有りて百恒河沙の衆生を教えて阿羅漢果を得せしむるも、人有りてこの経を宣説して半偈を分別するに如かず。善男子よ!もし復た人有りてこの経の名を聞きて信心惑わざれば、まさにこの人は一仏二仏に諸々の福慧を種したるに非ず、かくのごとく乃至恒河沙の一切の仏所に諸善根を種してこの経教を聞けりと知るべし。あなた善男子は、まさに末世の是の修行の者を護り、悪魔及び諸外道をしてその身心を悩まして退屈を生ぜしむること無からしめよ。」

爾時,會中有火首金剛、摧碎金剛、尼藍婆金剛等八萬金剛並其眷屬即從座起,頂禮佛足,右繞三匝而白佛言:「世尊!若後末世,一切眾生有能持此決定大乘,我當守護如護眼目;乃至道場所修行處,我等金剛自領徒眾晨夕守護,令不退轉。其家乃至永無災障,疫病銷滅,財寶豐足常不乏少。」

その時、会中に火首金剛・摧碎金剛・尼藍婆金剛等の八万金剛并びにその眷属が座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して仏に言った。「世尊よ!もし後の末世に、一切衆生の中に能くこの決定大乗を持する者有らば、我はまさに守護して眼目を護るが如くせん。乃至道場の修行の処において、我等の金剛は自ら徒衆を領して晨夕に守護して退転せしめず。その家は乃至永く災障無く、疫病銷滅し、財宝豊足して常に乏少せざらん。」

爾時,大梵天王、二十八天王並須彌山王、護國天王等即從座起,頂禮佛足,右繞三匝而白佛言:「世尊!我亦守護是持經者,常令安隱心不退轉。」

その時、大梵天王・二十八天王并びに須弥山王・護国天王等が座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して仏に言った。「世尊よ!我もまた是の経を持する者を守護して、常に安穏にして心退転せざらしめん。」

爾時,有大力鬼王名吉槃茶與十萬鬼王即從座起,頂禮佛足,右繞三匝而白佛言:「世尊!我亦守護是持經人,朝夕侍衛令不退屈,其人所居一由旬內,若有鬼神侵其境界,我當使其碎如微塵。」

その時、大力鬼王有りて名を吉槃茶といい、十万の鬼王とともに座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して仏に言った。「世尊よ!我もまた是の経を持する人を守護して、朝夕に侍衛して退屈せしめず。その人の居る所の一由旬(約二三十里)の内に、もし鬼神有りてその境界を侵さば、我はまさにそれをして微塵の如く碎かしめん。」

佛說此經已,一切菩薩、天龍、鬼神八部眷屬及諸天王、梵王等一切大眾,聞佛所說,皆大歡喜,信受奉行。

仏がこの経を説き終えた時、一切の菩薩・天龍・鬼神八部の眷属及び諸天王・梵王等の一切大衆は、仏の説く所を聞いて、皆大いに歓喜し、信受奉行した。

大方広円覚修多羅了義経

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