大六壬寻源(卷一)
逆十二格(亦三伝をもって言う)
大六壬典籍
まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。
『大六壬尋源』巻一
序
昔黃帝伐蚩尤於涿鹿之野,九天玄女授以神式三種:一曰太乙,明天道;二曰奇門,詳地理;三曰六壬,知人事。皆變化不測,探天機而斷課,苟得其一,占象必靈。但太乙、奇門幻冥難稽,傳之後世,流為術藝之學,專言數而不通理,恐有毫釐千里之謬,故儒家所不尚。
昔、黄帝は涿鹿の曠野で蚩尤を討った際、九天玄女が天机を推演する三種の「神式」を授けた。第一は「太乙」で、天道の運行を推し明かすもの。第二は「奇門」で、地理の形勢を詳しく審らかにするもの。第三は「六壬」で、人事を占い知るものである。この三門はいずれも変化が測り難く、天机を探り取って課体を判断でき、その一つを極めれば占い出す象は必ず霊験があった。ただ「太乙」「奇門」の二家は理路が玄虚幽渺で、後人が考証し難く、後世に伝わるにつれて手芸的な学問に堕ち、ただ数を推演するばかりで背後の義理に通じず、一歩誤れば毫厘の差で千里の謬りとなる危険があるため、古来の儒者はこの二門を重んじなかった。
惟六壬一式,由庖□氏龍馬負圖之神,細闡乾坤六子之奧,推之五行生剋吉凶消長之道。始以義理斷象占之休咎,繼以象占推義理之精微,神奇顯著,當為古今笫一稽疑之書。《易》曰:知機其神乎。文王亦以先天八卦之奧,變後天八卦,遂演六十四卦之爻辭,周公、孔子繼以彖、象、繫辭,四聖之經成,而《周易》之道章矣。
ただ六壬の一門だけは、庖□氏が竜馬の負図を見て卦を画いたという神機に淵源し(底本はここに一字を欠くが、指すところは伏羲であろう)、乾・坤の両卦が生む震・坎・艮・巽・離・兌の「六子卦」の奥義を細やかに闡明し、さらに五行の生克・吉凶消長の理へと推し進めた。まず義理をもって占いの象の吉凶を判定し、次いで象の上から義理の精微を推し求める。その神妙なところは極めて顕著で、古今第一の疑義を決断する書と言うべきである。『易経』に「事の発動する先機を洞察できることは、ほぼ神に近い」とある。周文王もまた先天八卦の奥義を取り、変化させて後天八卦とし、そこから六十四卦の爻辞を推演した。周公と孔子が続いて彖辞・象辞・繋辞を作り、伏羲・文王・周公・孔子の四聖の経典がこれにより成り立ち、『周易』の理は世に明らかとなった。
於是綜《易》數而究六壬者,得元女之的沠。推數必曾通乎理,斷課必推原乎八卦,凡一事一物之應驗,鉅細信無爽者。近世以來,推測輩無慮數百家,或主元虛而近於荒誕,或由穿鑿而入於異端,各有臆斷存乎其中,《易》之本義全失,而壬學之原遂絕,無人尋矣。奧稽前代,子房、孔明以及袁、李、邵、劉諸公,並深明《易》義而推六壬,理數兼通,可謂神而明之者也。
ゆえに、『易』の理と術数を総合して六壬を研究できる人こそ、真に九天玄女のこの一脈の正伝を継いだ者と言える。術数を推演するには必ず先に義理に通じ、課体を判断するには必ず八卦の本原に遡らねばならない。そうすれば事ごと物ごとの占断の応験は、巨细を問わず確かに誤りがない。ところが近世以来、占測推断を業とする者は数百家を下らず、ある者は玄虚を専らにしてその説は誕妄に近く、ある者は穿鑿附会してそのまま異端に陥り、それぞれ主観的な臆断をその中に挟み込んだため、『易』の本義は完全に失われ、六壬の学の源も絶えて、尋ね求める者はいなくなった。前代を深く考えるに、張良(字は子房)・諸葛亮(字は孔明)、および袁天罡・李淳風・邵雍・劉基の諸先生は、いずれも『易』の義を深く明らかにしつつ六壬を推演し、義理と術数の両面に兼ね通じ、融會貫通して神として明らかにする者と称するに足る。
笫潛心參訂,竟難得其旨,後乃購明季尹希吉先生所定《六壬捷錄》,其言簡意賅,論數而合理,足以開芧塞而免望洋之患。玩索既久,更於疑賨處詳加註釋,又參以《懷慶大全》《玉書》《玉冊》《銀河棹》《視斯》《統宗》《藥師纂要》等,採其緊要而損益之,前亦己難矣。然私淑之心,若欲尋元女之源,以付剞劂,為初學之津樑云爾。
私はみずから多年潜心して参校・訂正したが、ついに六壬の宗旨を会得し難かった。後に明代末の尹希吉先生が審定した『六壬捷録』を入手した。この書は言辞が簡要で趣意は備わり、術数を講じながら義理に合致し、私の胸中の茅塞を開き、大海に面して下手のしようがない苦悩を免れさせるに足るものであった。反復して玩味すること久しく、また疑い難解なところに詳しく注釈を加え、さらに『懐慶大全』『玉書』『玉冊』『銀河棹』『視斯』『統宗』『薬師纂要』などの諸書を参校し、その緊要な部分を取って増補・删削した——ただ前のこの一歩を成し遂げるだけでも、すでに非常に容易ならざることであった。しかし前賢を私淑する思いはついに抑え難く、ただ九天玄女が伝えた六壬のためにその本源を尋ね出し、刻工に渡して印刷・刊行させ、初学の人のために河を渡る一道の橋梁としたいだけである。
嘉慶十五年歲次庚午仲冬秀水張純照謹識
嘉慶十五年、干支の紀年が庚午の年(西暦一八〇一年)仲冬十一月、秀水(今の浙江省嘉興)の人・張純照、恭謹に題して記す。
凡例
凡十二月將,不論陰陽,俱加正時而順行,蓋壬納於干,仿天道之順也。月將者,與月建所合之將也。其法於每月中氣所之前、本月節令之後,視月將出現之日支,定其陰陽,仿河圖生成之數,陰叢成數,因其數而超之,此為真月將。其論最有理,今宗之。
十二の「月将」は、陰支・陽支を分けず、一律に占問の「正時」に加え、さらに時計回りに配布する。これは六壬が天干を根本とし、天道の左旋順行に法ったためである。いわゆる「月将」とは、当月の「月建」と六合するその神将のことで、たとえば正月は寅に建つので、寅と亥が合し、正月の月将は亥位の「登明」となる。月将を定める方法は、本月の中気の前・本月の節令の後という期間内に、月将がどの日の日支に現れるかを調べ、これに基づいてその陰陽の属性を定め、さらに『河図』の生成の数——陽支は生数を取り、陰支は成数を取る——に依って、この数だけ後へ「超」えて若干日を数え、落ち着いたその日が真に将に交わる日であり、このように定めたものを「真月将」と呼ぶ。この説が最も理に合うので、本書はこれに従う。
一、占課必須誠潔專一,乃有應驗,蓋誠能感神。如事屬極切,則息心靜氣而占,玩其課象,問者、斷者各凜如在之神靈,自能明晰。若事歷緩慢,偶於間譚之間隋口問卜,漫不誠心,而斷者亦疏忽應之,其課體則茫無端緒,勉為臆斷,亦必不驗。蓋心不專一,象不得數,其理有必然者。
一、課を起こし占問するには、心が誠であり、身が潔く、意念が専一でなければならない。そうしてこそ占い出したものが応験する。誠の心のみが神明に感通できるからである。もし問うところが極めて緊要な事であれば、息を屏し気を静めて占い、得た課象を仔細に玩味すべきである。発問する人も断課する人も、神霊が眼前にいるかのごとく粛然とすれば、課意はおのずと清晰明白となる。逆に言えば、もし問う事が関わりなく、ただ閑談の合間に何げなく問い、少しも誠心を存せず、断課する人もまた漫然と敷衍して答えるならば、得られる課体は必ず茫として緒なく、無理に臆断を一つこしらえても、決して応験しない。これは心念が専一でなければ卦象が得るべき数を得られず、その理は必然としてこのようになるからである。
一、刑、沖、破、害、旬空、長生、陰陽貴人等,乃課中最不可缺,今為圓圖以更披閱。
一、「刑」「冲」「破」「害」「旬空」「長生」および昼の「陽貴人」・夜の「陰貴人」といった類は、課の中で最も欠くことのできない推断の根拠である。旧本はこれらを各处に散らしており、査検に不便なので、本書では一律に円形の図表に改めて描き、読者が翻査する際により便利なようにした。
一、祿神、二馬及吉凶神煞,猶為緊要。但名類繁瑣,諸書所載散雜難求,占者逐類推尋,未免翻閱良難,今亦然為圖示出,使用者無望洋之嘆。而神煞之中,或在此為吉,在彼成凶,十二貴人亦然。如貴人在子,名玷玉神;在丑名爵襲神之類,不勝枚舉,主事不一,吉凶無定,占者可不明乎。
一、「禄神」、「駅馬」と「天馬」の二馬、および各種の吉凶神煞は、特に緊要である。ただ名目が繁多で門類が瑣細であり、各家の書に記載されたものも零散して雑多で、非常に探し難く、課を占う人が一类ずつ推し尋ねるのは、翻検するのに実に手間がかかる。そこで本書も同様にこれらを図表に描いて列挙し、用いる人が大海に面して下手のしようがないという嘆きを持たないようにした。さらに注意すべきは、同じ神煞でもこの处に落ちれば吉、あの处に落ちれば凶となることである。十二位の天将貴人もまた同様である。たとえば貴人が子位に落ちるのを「玷玉神」と呼び、丑位に落ちるのを「爵襲神」と呼ぶ。このように例を挙げれば切りがなく、それぞれ主管する事が異なり、吉凶にも定まりがないので、課を占う人はどうしてこれを明らかにしないでいられようか。
一、起長生當宗十干八長生為是。近世之土,不分陰陽,均以五行四長生順行,而不知十二神出臨官,即日之祿神。故甲木長生在亥,自亥順行至寅,乃臨官也;乙木長生在午,自午逆行至卯亦臨官也。若混用四長生,則臨官並非干祿,舛錯甚矣。況壬課最重日干,用者何可忽略。其五行長生,用於日支,又未賞不可。
一、「長生」を起こすには十天干それぞれの長生を準とすべきである(陽干は順行、陰干は逆行し、甲・丙・戊・庚・壬と乙・丁・己・辛・癸とで合わせて八处の長生を成す)。これが正法である。近世の術士は天干の陰陽を分けず、一律に金・木・水・火・土五行の四つの長生位を順行させるだけで、十二長生神の中で「臨官」に並ぶその位が、まさに当日の日干の「禄神」であることを知らない。ゆえに甲は陽木で長生は亥にあり、亥から順に数えて寅に至り、寅はまさに甲の臨官、すなわち甲禄は寅にある。乙は陰木で長生は午にあり、午から逆に数えて卯に至り、卯はまさに乙の臨官、すなわち乙禄は卯にある。もし五行の四長生を混用するなら、推し出す「臨官」は日干の禄位ではなくなり、その誤りは実に甚だしい。まして六壬の起課は日干を最も重んじるので、用法上どうして忽略できようか。五行の長生については、日支に用いて事の盛衰を推すには、むしろ不可でもない。
一、取用三傳,惟伏吟、返吟、昴星、八專、獨足等課,初學以難入手,今依毛氏演課成式,序次佈列,凡欲取用,不患差謬。而神煞前圖所遺者,亦附於中。
一、三伝を取り定める方法の中で、「伏吟」「返吟」「昴星」「八専」「独足」という数種の課だけが最も特殊で、初学の人は往々にして下手のしようがない。本書は毛氏の演課の現成の格式に依り、これらを次序に従って配列し出した。用神を取り三伝を発するには、これに照らして排せば誤りはない。前の図表に漏れた神煞も、いっしょにこの部分の中に付して補い出した。
一、行年、本命,諸書雖載,都不精詳,今依《金口訣》訂定。一、六壬推命近世鮮能,偶得徐氏秘本,再考他書訂定,附祿於後。一、占宗、占意等篇,盡皆前賢著述而未刋刻者,今附於發蒙下之末。
一、「行年」と「本命」の二項は、各家の書に記載はあるが、いずれも精細詳備に講じられていないので、本書は『金口訣』の一書に依って改めて訂定した。一、六壬を用いて命運を推算することは、近世にできる人が少ない。私は偶然に徐氏の秘伝の写本を得て、さらに他の書を参考に訂正を加え、後に附録した。一、『占宗』『占意』等の篇は、すべて前代の賢者の著述でありながら、ずっと刻印されて流布されなかったもので、今、『発蒙下』一篇の末尾に付す。
一、國占兵占,舊本原列二條,恭逢明良撫政、敬天保庶之朝,干羽舞階、偃武修文之世,可決太平億載,無所用占。一、是編專為初學而設,故言都淺近,幸同道諸君弗以鄙陋見曬,如有訛謬,願為郢政。
一、国事を占問し兵事を占問する条は、旧本に本来二条列していたが、今は幸いにして聖明の君主と賢良の大臣がともに治め、天を敬奉して百姓を保養する朝代に当たり、干戚・羽旄の舞が階前に陳べられ、武備を止めて文教を修める太平の世であり、億万年の太平を断定できるので、この二条は用いるところがなく、删って録さない。一、この書はもっぱら初学の人のために編んだので、言葉はすべて浅く平易に言い、同道の諸氏がその粗浅簡陋をもって譏笑しないことを願う。もし書中に訛誤・謬失の处があれば、匠石が郢人のために斤を運ばせたように、私のために斧正してほしい。
一、壬學之書,皆卷帙繁多,今聊摘其緊要,以拂鏡中之塵。然奇奧通天,恐非精求不能通其淵源,而寒暑不間,功到自然精熟。精熟而誠,自能測其淵源。然數不難理,理極而數不能逃;理以明數,數靈而理愈見。其真數乎理乎,理乎數乎,神而明之,變化之妙,根乎其人。男培敬述。
一、六壬を講じる書はみな巻帙が浩繁なので、本書はしばらくその最も緊要な部分を摘取し、たとえば鏡面の塵土を払って、人にまず影像を見させるようなものである。ただし六壬は奇奥で天に通じ、苦功を下して精求しなければ、おそらくその源に通じることはできない。寒来暑往、間断なく用功すれば、火候が到って自然に純熟する。純熟した後にさらに一片の誠心を加えれば、自然にその本源を測知できる。しかし術数は義理よりも難しいわけではない。義理を極处まで推せば、術数は義理の範囲から逃れられない。義理をもって術数を闡明すれば、術数が一たび霊験すれば、義理はかえっていっそう顕豁となる。一体、数を重んずるのか理を重んずるのか、理を重んずるのか数を重んずるのか? 融會貫通して神として明らかにし、変化の妙を活かして用いることは、ついにそれを用いる人に決まる。(この条は)息子の張培が恭謹に記述した。
大六壬尋原巻一
先天八卦方位、後天八卦次序、後天八卦方位、河圖、洛書、先天卦配河圖之象、先天卦配洛書之數、後天卦配河圖之象、先天卦配河圖之象、後天卦配洛書之數、十二月闢卦、二十四節氣方位、十二辰二十八宿星象、五行生旺圖、五行用事、生旺墓三合、刑沖破害圖、旬空圖、地盤四門、干支寄、干支六合、干支相穿、干支陰陽、地支陰陽、月將圖。
以上は巻一に附された各幅の図表の名目で、底本は図題のみが存し、図版は録入できなかった。これらはおおよそ四組に分かれる。第一組は『易』学の根柢を講じ、先天八卦の方位、後天八卦の次序と方位、『河図』『洛書』の二幅の数図、および先天卦・後天卦がそれぞれ『河図』の象と『洛書』の数に配された四幅の対照図を含む(その中の「先天卦配河図之象」一題は底本に二度重出する)。第二組は天時を講じ、十二月の十二辟卦、二十四節気の配する方位、十二地支の轄する二十八宿の星象を含む。第三組は五行と刑冲を講じ、五行生旺十二宮図、四季五行当令用事表、長生・沐浴から墓・絶に至る三合局図、刑・冲・破・害の総図、各旬の旬空図を含む。第四組は六壬盤上の定式を講じ、地盤の天門・地戸・人門・鬼門の四門、天干が地支に寄る寄宮、干支の六合、干支の相穿、干支それぞれの陰陽の属性、地支の陰陽の属性を含み、末の一幅は月将図である。これらの図は後文の起課・推排の基本の工具で、読者が正文に某図とあるのに遇ったら、図題に依って各家の壬書の通行の図式を回査してよい。
姚廣孝曰:凡十二月將,不論陰陽,俱加正時而順行,蓋壬納於干,仿天道之順也。月將者,與月建所合之將也。其法於每月中氣所之前、本月節令之後,視月將出現之日支,定其陰陽,仿河圖生成之數,陰叢生數,陰叢成數,因其數而超之,乃真月將也。如亥將而待雨水後,則太陽過後,與寅不合,名曰落空,東西舛誤,而失其真矣。
明初の姚広孝(すなわち黑衣宰相・道衍)は言う。十二の月将は、それが陰支に属しても陽支に属しても、一概に占課の正時に加え、さらに十二辰の次序に順って下へ排す。これは六壬が天干を根本とし、天道の順行に效法したためである。いわゆる月将とは、本月の月建と六合するその神将である。将を定める方法は、本月の中気の前・本月の節令の後という期間内に、月将がどの日の日支に現れるかを見て、これに依ってその陰陽を定め、さらに『河図』の生成の数に倣い——陽支は生数を取り、陰支は成数を取る(底本のここの「陰叢生数」は「陽従生数」とすべきで、下句の「陰従成数」と相対する)——この数に照らして後へ超算して若干日を数え、その日に交わってこそ真の月将となる。反面の例を挙げる。正月は本来亥将「登明」を用いるべきだが、もし雨水の後まで引き延ばしてから亥将を起こせば、太陽の宮次はすでに亥宮を越えており、亥はもはや正月の建寅と六合しない。これを「落空」と呼び、東西の方位がすべてずれ、月将もその真を失う。
超神法
正月建寅,與亥將登明合,視立春後幾日是亥(即月將出日支出也),亥乃地六成數,即從本日起,超六日是辰,即以辰日亥時起亥將。二月建卯,與戌將河魁合,視驚蟄後幾日是戌,戌乃地四生數,即叢本日起,超四日是丑,即以丑日戌時起戌將。三月建辰,與酉將叢魁合,視清明後幾日是酉,酉乃天九成數,即叢本日起,超九日是巳,即以巳日酉時起酉將。
正月の月建は寅で、寅と亥が相六合するので、正月は亥位の「登明」を将とする。やり方は、立春以後の第何日目の日支が亥かを見る(これが月将の日支に現れる日である)。亥は『河図』で地六成数なので、この日から起算して後へ六日を超えて辰日を得、そこで辰日の亥時に正式に亥将を起用する。二月の月建は卯で、卯と戌が合するので、戌位の「河魁」を将とする。驚蟄以後の第何日目の日支が戌かを見、戌は地四の数に配されるので、この日から起算して後へ四日を超えて丑日を得、そこで丑日の戌時に戌将を起用する。三月の月建は辰で、辰と酉が合するので、酉位の「従魁」(底本は「叢魁」と作る)を将とする。清明以後の第何日目の日支が酉かを見、酉は天九成数に配されるので、この日から起算して後へ九日を超えて巳日を得、そこで巳日の酉時に酉将を起用する。
四月建巳,與申將傳送合,視立夏後幾日是申,申乃地四生數,即叢本日起,超四日是亥,即以亥日申時起申將。五月建午與未將小吉合,視芒種後幾日是未,未乃天七成數,即叢本日起,超七日是丑,即以丑日未時起未將。六月建未與午將勝光合,視小暑後幾日是午,午乃地二生數,即叢本日起,超二日是未,即以未日午時起午將。
四月の月建は巳で、巳と申が合するので、申位の「伝送」を将とする。立夏以後の第何日目の日支が申かを見、申は地四生数に配されるので、この日から起算して後へ四日を超えて亥日を得、そこで亥日の申時に申将を起用する。五月の月建は午で、午と未が合するので、未位の「小吉」を将とする。芒種以後の第何日目の日支が未かを見、未は天七成数に配されるので、この日から起算して後へ七日を超えて丑日を得、そこで丑日の未時に未将を起用する。六月の月建は未で、未と午が合するので、午位の「勝光」を将とする。小暑以後の第何日目の日支が午かを見、午は地二生数に配されるので、この日から起算して後へ二日を超えて未日を得、そこで未日の午時に午将を起用する。この三条は前の三条と同じく、いずれも陽支は生数を取り、陰支は成数を取る。申・午は陽支なので四と二の生数を取り、未は陰支なので七の成数を取る。
七月建申,與巳將太冊合,視立秋後幾日是巳,巳乃天七成婁,即叢本日起,超七日是亥,即以亥日巳時起巳將。八月建酉與辰將天罡合,視白露後幾日是辰,辰乃天三生數,即叢本日起,超三日是午,即以午日辰時起辰將。九月建戌與犯將太沖合,視寒露後幾日是卯,卯乃地八成數,即叢本日起,超八日是戌,即以戌日戌時起卯將。
七月の月建は申で、申と巳が合するので、巳位の「太乙」(底本は「太冊」と作るが、「太一」の訛りである)を将とする。立秋以後の第何日目の日支が巳かを見、巳は天七成数に配される(底本の「成婁」は「成数」とすべき)ので、この日から起算して後へ七日を超えて亥日を得、そこで亥日の巳時に巳将を起用する。八月の月建は酉で、酉と辰が合するので、辰位の「天罡」を将とする。白露以後の第何日目の日支が辰かを見、辰は木の庫に属し天三生数に配されるので、この日から起算して後へ三日を超えて午日を得、そこで午日の辰時に辰将を起用する。九月の月建は戌で、戌と卯が合するので、卯位の「太冲」を将とする(底本の「与犯将」の「犯」は「卯」字の訛り)。寒露以後の第何日目の日支が卯かを見、卯は地八成数に配されるので、この日から起算して後へ八日を超えて戌日を得、そこで戌日の卯時に卯将を起用する——底本はここを誤って「戌日戌時」と刻したが、全篇の通例に依れば戌日卯時であるべきである。
十月建亥與寅將功曹合,視立冬後幾日是寅,寅乃天三生數,即叢本日起,超三日是辰,即以辰日寅時起寅將。十一月建子與丑將大吉合,視大雪後幾日是丑,丑乃地六成數,即叢本日起,超六日是午,即以午日丑時起丑將。十二月建丑與子將神后合,視小寒後幾日是子,子乃天一生數,即叢本日子時起子將。
十月の月建は亥で、亥と寅が合するので、寅位の「功曹」を将とする。立冬以後の第何日目の日支が寅かを見、寅は天三生数に配されるので、この日から起算して後へ三日を超えて辰日を得、そこで辰日の寅時に寅将を起用する。十一月の月建は子で、子と丑が合するので、丑位の「大吉」を将とする。大雪以後の第何日目の日支が丑かを見、丑は水の庫に属し地六成数に配されるので、この日から起算して後へ六日を超えて午日を得、そこで午日の丑時に丑将を起用する。十二月の月建は丑で、丑と子が合するので、子位の「神后」を将とする。小寒以後の第何日目の日支が子かを見、子は天一生数に配され、超える数は一だけなので、そのままこの日の子時に直ちに子将を起用し、あらためて別の日を推す必要はない。
假如嘉慶庚午歲正月初一丙辰日立春,至初八日得癸亥,便叢癸亥起,超六日是戊辰,即定為正月十三戊辰日癸亥時起亥將。餘可仿此。
実例を一つ挙げる。嘉慶庚午年の正月初一は丙辰日に立春に交わり、下へ数えて初八日に癸亥日を得、亥将はちょうどこの日の日支に現れるので、癸亥のこの日から起算する。亥は地六成数に配され、後へ六日を超えたところがちょうど戊辰日、すなわち正月十三日である。ゆえにこの年の亥将は、正月十三戊辰日の癸亥時(戊辰日の亥時の干支はちょうど癸亥)に正式に起用するように定める。残りの各月はみなこの方法に照らして推算する。
十二支地盤定局
巳 午 未 申 丙戊 丁已 庚 辰 酉 乙 卯 戌 辛 寅 丑 子 亥 甲 癸 壬
これは六壬盤の最も底の一层「地盤」の固定の格局で、十二地支は方位に按じて一つの四角い枠に排され、永遠に動かない。上の一横列は左から右へ巳・午・未・申、左の一縦列は上から下へ辰・卯、右の一縦列は上から下へ酉・戌、下の一横列は左から右へ寅・丑・子・亥で、ちょうど一圈を巡る。南は午、北は子、東は卯、西は酉となる。地支の下に注された天干は、十天干が地支に寄居する「寄宮」である。甲は寅に寄り、乙は辰に寄り、丙・戊はともに巳に寄り、丁・己はともに未に寄る(底本の「丁已」の「已」は「己」とすべき)、庚は申に寄り、辛は戌に寄り、壬は亥に寄り、癸は丑に寄り、ただ子・午・卯・酉の四正位のみ天干を寄せない。底本は「辛」字を卯行の下に排したが、寄宮の通例に依れば戌位に属すべきである。課を起こすとき日干に遇えば、一律にまずその寄宮の地支に換えてから、地盤の上に行って対応する天盤の神を探す。たとえば甲日なら地盤の寅位を見る。
啓鑰
太始無形,自月將加時,則天運乎上,地承乎下,而兩儀是判。取法於干支所臨之神曰陰陽:干上之神曰陽,支上之神曰陰;干上所得之神曰陽中之陰,支上所得之神曰陰中之陽,剛柔定而四象分。
天地が初めて開いたときは本来形も象もなかったが、ひとたび月将を占時の上に加えると、天盤は上で回転し、地盤は下で承け、天地の両儀はここに分判され開く。つづいて日干・日支の臨む神を取法し、もって陰陽を分ける。日干の寄宮の上に得たその天盤の神を「陽」と呼び、日支の上に得たその天盤の神を「陰」と呼ぶ。さらに一层上へ、干上の神からもう一度取って得た神を「陽中之陰」と呼び、支上の神からもう一度取って得た神を「陰中之陽」と呼ぶ。このように一剛一柔がそれぞれ二重に分かれ、四課の四象が分かれ出る——干陽・干陰・支陽・支陰、まさに第一課から第四課までの来歴である。
一交而關天元曰初傳,再交而定地元曰中傳,三交而得入元曰終傳,變化定而三才立。統三元之體,合於圖書曰貴人,巳亥列左右之途,旦暮分陰陽之位,加之長生、祿馬、年命、旬空而玩之,吉凶休囚由是而定。
四課がすでに分かれたら、さらに下へ三伝を発する。第一重の交感は天元を牽動し、「初伝」と呼ぶ。第二重の交感は地元を定住させ、「中伝」と呼ぶ。第三重の交感は人元に落ち着き、「終伝」と呼ぶ(底本の「入元」はすなわち人元)。三伝の変化がひとたび定まれば、天・地・人の三才の格局が立ち上がる。この三元を統摂する主宰で、『河図』『洛書』の数と合するものが「貴人」である。貴人には昼夜の二位があり、巳・亥の二条の境界線の左右両路に分列し、昼は陽貴を用い、夜は陰貴を用い、それぞれその位を占める。この基礎の上にさらに「長生」「禄神」「駅馬」「行年・本命」「旬空」といった項目を加えていっしょに玩味すれば、一課の吉凶盛衰はすべて定めることができる。
壬課演式
即如甲子日丑將子時占,即以月將丑字加於地盤子位上順行,此即月將用正時也。其四課如何生克,如何裝法,見後占門九課式及課神圖。
課を演じる様式の例を挙げる。甲子日・丑将・子時に課を起こすと仮定し、やり方は月将の丑字を地盤の子位に圧し当て、そこから時計回りに順次天盤の残り十一辰を排す——地盤の丑の上に寅を得、寅の上に卯を得、地盤の亥の上に子を得るまで続け、天盤はこうして地盤より一位順に進む。これがいわゆる「月将加正時」である。排し出した四課が互いにどう生克するか、天将がどう装配されるかについては、後の『占門九課式』と『課神図』の二節に詳しい。
蛇 貴 六 朱 寅 丑 辰 卯 四課 三課 二課 一課 丑 子 卯 甲 巳 午 未 申 辰 酉 卯 戌 寅 丑 子 亥
これは上の甲子日・丑将・子時の一課を排し成した課盤で、原書の字序に照らして録出した。読むときは右から左へ見ること。下半幅は地盤定局で、巳・午・未・申が上に、辰・酉が両側に分列し、卯・戌がこれに次ぎ、寅・丑・子・亥が下にあって、固定して動かない。上半幅は四課で、全部で四層ある。最も底の一层は四課の「下神」で、右から左へ甲(日干、寄宮は寅)・卯・子(日支)・丑。中間の一层は第一課から第四課までの次第を標明し、これも右から左へ並ぶ。その上の一层は各課の「上神」で、右から左へ卯・辰・丑・寅。最上の一层は各上神の乗る天将で、右から左へ朱雀・六合・貴人・螣蛇。合わせて読めば、第一課は卯が甲に加わり上に朱雀を乗せ、第二課は辰が卯に加わり上に六合を乗せ、第三課は丑が子に加わり上に貴人を乗せ、第四課は寅が丑に加わり上に螣蛇を乗せる。天将がこのように排されるのは、甲日に子時の占は夜に属し、夜貴人の丑を取るからである。丑は地盤の子位に落ち、子は亥・子・丑・寅・卯・辰の順行区に属するので、貴人以下の十二天将は順行する。すなわち丑に貴人、寅に螣蛇、卯に朱雀、辰に六合と、順に配していく。
起四課法:即以上甲子一課為式。甲子課神在寅,當視地盤寅位乃天盤卯字也。即將甲子二字空一字平書於天盤之上,然後以卯字書於甲字之上,得卯、甲二字,是謂第一課;再將卯字書於甲子二字所空之中,再看地盤卯位是天盤辰字,以辰字書於卯字之上,得辰、卯二字,是謂第二課。其第三、第四總依此法,餘課均可類推。
四課を起こす具体の手法は、なお上の甲子日の一課を手本とする。甲の寄宮は寅にあるので、まず地盤の寅位の上に圧している天盤が何の字かを見る——卯である。筆を動かすとき、まず「甲」「子」の二字を天盤の一行の下に書き、二字の間に一格を空けて備えておく。第一歩、卯字を甲字の上に書き、「卯/甲」を得る。これが第一課。第二歩、さっき得た卯字を甲・子二字の間の予留した空格に写し取って下神とし、さらに地盤の卯位の上に圧している天盤が辰であるのを見て、辰字を卯字の上に書き、「辰/卯」を得る。これが第二課。第三課は改めて日支の子から起こる。地盤の子位の上は丑なので「丑/子」を得る。第四課はさらに丑を下神として、地盤の丑位の上は寅なので「寅/丑」を得る。前の二課は日干に属し、外と人を管する。後の二課は日支に属し、内と宅を管する。残りの各課は一律にこの方法に照らして類推する。
三伝起例
三傳之法,當視課中賊□,如無賊,上方尋□下。如甲子一課,所取第二課卯木賊辰土,即以辰字定為發用(元初傳天)(發用即天)。再看地盤辰位乃天盤巳字,以巳字為中傳;巳位是午,以午字為終傳。若昴星、伏吟等課,又不同此,詳後占門,餘可類推。
三伝を発する通則は、まず四課の中に「賊」があるかを見る。すなわち下神が上神を克することである(底本はここに字を欠き、「賊」の下に「克」字があるはず)。もし四課にいずれも下の上への賊がなければ、初めて転じて上神が下神を克する中に用神を尋ねる(底本の「上方尋□下」は一「克」字を欠く)。甲子のこの一課を例に取れば、第二課は辰土が上にあり卯木が下にあり、卯木が辰土を克するので、まさに下賊上である。そこで克される上神の辰字を取って「発用」と定める。すなわち初伝である(底本の二条の夾注は刻み乱れ、「元初伝天」「発用即天」は「発用即初伝」の意とすべき)。初伝が定まったら、さらに地盤の辰位の上に圧する天盤が巳であるのを見、巳がすなわち中伝となる。さらに地盤の巳位の上に圧するのは午なので、午がすなわち終伝となる。こうして三伝は辰・巳・午となる。「昴星」「伏吟」という数種の特殊な課は、取用にまた別の法があり、これとは異なる。詳しくは後の『占門九課』一節を見よ。残りの各課はすべてこの方法に照らして類推できる。
貴人起例
凡起貴人,當分日夜陰陽。如所占之時得卯、辰、巳、午、未、申,乃日也,陽也。
天乙貴人を安んずるには、必ずまず占時が昼に属するか夜に属するか、陽に属するか陰に属するかを分けなければならない。もし課を起こす正時が卯・辰・巳・午・未・申の六つの時辰の内に落ちれば、白昼とみなし、陽に属し、「陽貴人」を用いるべきである。昼貴人とも呼ぶ。
日貴人歌:甲羊戌庚牛,乙猴已鼠求,丙難丁豬位,壬癸兔蛇游,六辛逢虎上,陽貴日中□。(陽貴人取法於先天,先天十干起於坤,以德合為貴人。如甲日貴人未,未中有已與甲合也。)
昼貴人の口訣(歌の中では生肖をもって地支に代え、「戌」は「戊」字の訛り、「難」は「鶏」字の訛り、「已」は「己」字の訛り、末句は一字を欠く)。甲日の貴人は羊すなわち未位、戊日・庚日の貴人は牛すなわち丑位。乙日の貴人は猴すなわち申位、己日の貴人は鼠すなわち子位。丙日の貴人は鶏すなわち酉位、丁日の貴人は猪すなわち亥位。壬日の貴人は兎すなわち卯位、癸日の貴人は蛇すなわち巳位。辛日の貴人は虎すなわち寅位。この一套は昼だけに用いる。原注は言う、陽貴人は先天卦位に取法し、先天の十干は坤卦から起算し、日干と相合する德神のあるところをもって貴人とする——たとえば甲日の貴人は未にあり、未の中に己土を蔵し、己と甲が相合するので、未は甲の貴人となる。
如所占之時得酉、戌、亥、子、丑、寅,乃夜也,陰也。夜貴人歌:甲牛戌庚羊,乙鼠鄉,丙豬丁難上,壬中蛇癸兔藏,六辛逢午馬,陰貴夜時當。(陰貴人取法於後天,後天坤寄於申。如庚日貴人未,未中有乙,與庚合也。)
もし課を起こす正時が酉・戌・亥・子・丑・寅の六つの時辰の内に落ちれば、夜とみなし、陰に属し、改めて「陰貴人」を用いる。夜貴人とも呼ぶ。夜貴人の口訣(「戌」はなお「戊」の訛り、「難」はなお「鶏」の訛り)。甲日の貴人は牛すなわち丑位、戊日・庚日の貴人は羊すなわち未位。乙日の貴人は鼠すなわち子位。丙日の貴人は猪すなわち亥位、丁日の貴人は鶏すなわち酉位。壬日の貴人は蛇すなわち巳位、癸日の貴人は兎すなわち卯位。辛日の貴人は馬すなわち午位。この一套は夜だけに用いる。原注は言う、陰貴人は後天卦位に取法し、後天の坤卦は申宮に寄る——たとえば庚日の貴人は未にあり、未の中に乙木を蔵し、乙と庚が相合するので、未は庚の夜貴となる。
貴人左旋右轉歌:貴人在亥行叢子,在戌還將酉引前,在巳但叢辰位轉,若居辰上巳為先。順逆之法,依上十二神次序,照盤旋轉,另列四□於後。
貴人の順行・逆行の口訣は、貴人が亥位に落ちれば、次の神は子の方向へ排して行く。これが順行。貴人が戌位に落ちれば、次の神はかえって酉に退く。これが逆行。貴人が巳位に落ちれば、次の神は辰に退く。なお逆行。貴人が辰位に落ちれば、次の神はかえって巳へ向かい、また順行に転ずる。言い換えれば、貴人が亥・子・丑・寅・卯・辰の一段(亥から辰まで)に臨めば十二天将は順行し、巳・午・未・申・酉・戌の一段(巳から戌まで)に臨めば十二天将は逆行する。亥と巳がまさに左右両路の分界である。順逆がすでに定まれば、十二天将自身の次序——貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后——に依って、盤面に照らして一位ずつ回転して排布する。原書はまた後に四幅の図(底本は一字を欠き、「図」であるはず)を列して対照に便にしている。
長生起例
叢起長生,當分陰陽順逆。如甲、丙、戊、庚、壬五日為陽,其長生依次序叢天盤順行十二支;若乙、丁、己、辛、癸五日為陰,其長生亦依次序叢天□逆行十二支。
長生を起こすには、必ずまず日干の陰陽を分け、陽干は順行、陰干は逆行とする。甲・丙・戊・庚・壬の五つの陽日は、長生の後に長生・沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養の次序に依り、天盤上で時計回りに十二支を数え渡る。乙・丁・己・辛・癸の五つの陰日は、同じくこの次序に依るが、天盤上で反時計回りに十二支を数え渡る(底本の「叢天□」は一「盤」字を欠く)。「臨官」に数え至ったその位が、その日の日干の禄神のあるところである。これがまさに前の『凡例』が必ず十干長生を用い、五行四長生を混用してはならないと強調した所以である。
附五生四長生:甲乙寅卯木,長生在亥;丙丁巳午火,長生在寅;庚辛申酉金,長生在巳;戊己辰戌丑未土及壬癸亥子水,長生同在申。
附帯して五行の四長生を列する(底本の「五生」は「五行」とすべき)。この一套は干の陰陽を分けず、ただ五行に按じて論ずる。甲乙と寅卯は同じく木に属し、木の長生は亥にある。丙丁と巳午は同じく火に属し、火の長生は寅にある。庚辛と申酉は同じく金に属し、金の長生は巳にある。戊己と辰戌丑未は同じく土に属し、壬癸と亥子は同じく水に属し、水と土は同宮で、長生はいずれも申にある。この一套の四長生は、日干の禄位を推すのに用いてはならないが、日支に用いて事物の盛衰を推すには、なお可とする。
大六壬尋原巻一
行年起例
行年之法,總要人之生年起旬頭。如乙丑生則甲子旬,丁丑生則甲戌旬之類,當以男順發逆,隨盤旋推。假如戊辰生,亦甲子旬也,即以上甲子丑將一課為式:甲子旬數至戊辰乃五歲。如男人,則叢地盤寅位一歲婁起,順行五歲,至天盤未字止,即以未字定為行年;若婦人,則叢申位上起,逆數五歲,至天盤巳字為行年,而定其吉凶。(則照盤順甲則母順行,而父又逆矣。)(其推法男行,女則照盤逆行若通順產六。)
「行年」を推す方法は、要はまず本人の出生年の干支から所属する旬の旬頭を探し出すことにある。たとえば乙丑年生の人は甲子旬に属し、丁丑年生の人は甲戌旬に属し、これに類推する。旬頭を定めた後、男命は順に数え、女命は逆に数え、盤面に随って回転して推算する(底本の「男順発逆」の「発」は「女」とすべき)。例を挙げる。戊辰年生の人も甲子旬に属するので、なお上文の甲子日・丑将の一課を手本とする。甲子から戊辰まで数えて第五位なので、五歳とみなす。男命なら地盤の寅位から一歳を起こし、時計回りに五歩を数え満たし、地盤の午位に落ち、午の上に圧する天盤は未なので、未字を取って行年と定める。女命なら地盤の申位から一歳を起こし、反時計回りに五歩を数え満たし、地盤の辰位に落ち、辰の上に圧する天盤は巳なので、巳字を取って行年とする。行年がすでに定まれば、それが臨む神と乗ずる将を見て、これに依って吉凶を断ずる。底本の二条の夾注の文字はすでに残乱しているが、大意は、男命は盤に照らして順行し、女命は盤に照らして逆行し、もし父母を推すなら父母の順逆はまた本人と反対になるということである。
本命定例
本命者即天盤上字。如子命子字,亥命亥字而巳。其地盤上子位亥位,須參看,定其吉凶。
いわゆる「本命」とは、本人の生年の地支が天盤上にあるその字である。たとえば子年生の人は天盤の子字を取り、亥年生の人は天盤の亥字を取る。ただこれだけである(底本の「而巳」の「巳」は「已」とすべき)。天盤のこの字の乗ずる天将を見るほかに、必ずいっしょに地盤の子位・亥位の上に圧しているのが何の天盤の神かを参看し、両頭を対照してこそ、その人の吉凶を断定できる。行年は一時の運を管し、本命は一身の応を管し、両者は合わせて見るべきである。
生克起例
生我者為印。(陽見陰為偏印,陰風陰為母)(陽見為正印,陰見陽為父)我生者。(陰風陽為子孫,陰見陰為食神。)(陽見陰為傷官,陽見陽為食神。)克我者。(陽見陽為偏官,陰風陰為鬼。)(陽見陰為正官,陰見陽為官。)我克者。(陽見為偏聽偏信財,陰見陰為妻財。)(陽見陰為正財,陰見陽為妻財。)比肩者亦為財。(陰見陰為劫財,陰見陰為兄弟。)(陽見陰為敗財,陽見陽為兄弟。)
この段は日干を「我」として、五行の生克が六壬で配される六親の名目を講じる。底本の每条下の二行の夾注は左右両欄が並刻されたもので、字に訛脱があり、「陰風陰」はすなわち「陰見陰」、「偏聴偏信財」はすなわち「偏財」で、読むときは還元しなければならない。我を生ずる一方を「印」と呼ぶ。陽干が陰支を見れば偏印、陽干が陽支を見れば正印で、人事に配すると、陰は母、陽は父となる。我の生ずる一方は、陰が陽を見、陽が陰を見れば「傷官」の一路、陰が陰を見、陽が陽を見れば「食神」の一路で、人事に落とせばいずれも子孫を主る。我を克する一方は、陽が陽を見れば「偏官」、すなわち七殺で、凶なるものは直に「鬼」と称し、陽が陰を見、陰が陽を見れば「正官」である。我の克する一方は財で、陽が陽を見れば「偏財」、陽が陰を見、陰が陽を見れば「正財」、陰が陰を見れば「妻財」である。我と同類のものを「比肩」と呼び、財を論ずることもできる。陽が陰を見れば「敗財」、陰が陰を見れば「劫財」、同性同士が見れば「兄弟」となる。六壬がこの一套を用いるのは、課伝中の神と日干とに人事の関係を掛け合わせ、占う事がどの門に落ちるかを判断し易くするためである。
假如上甲子一課,其第一課日千甲木為我,而克初傳辰土,即我克也(土亦屬陽,偏財也)(甲木屬陽,而即陽見陽)。甲木生中傳巳火,即我生也(見陰傷官也,餘□此)(巳陰即陽,餘□此)。
なお上の甲子日の一課をもって験算する。第一課の日干(底本の「日千」はすなわち日干)の甲木が「我」であり、甲木が初伝の辰土を克するのは「我克」で、財に属する。辰土も陽、甲木も陽、陽が陽を見るので「偏財」と断ずる。甲木が中伝の巳火を生ずるのは「我生」で、子孫の一路に属する。巳は十二支の中で陰に属し、甲木は陽に属し、陽が陰を見るので「傷官」と断ずる。残りの各神と日干の関係は、みなこの方法に照らして逐一推して行く(底本の二条の夾注は各々一字を欠き、いずれも「余仿此」の意)。
天地盤陰陽神
凡占事,當審其天地盤之陰陽神。凡事有陽,不能無陰,社之陰者即事之影鄉,必須參看,定其吉凶。十二神中惟貴人日夜互為陰神,其餘各有陰神。如□蛇臨天盤申字,而居地盤子位,則地盤申位上辰字,即□蛇陰神也。其餘陰神主何吉凶,盡詳占宗。
凡そ一事を占うには、みな天盤・地盤上の「陽神」と「陰神」を審察すべきである。世間の事には陽の一面があれば、必ず陰の一面があり、陰のその面はこの事の影である(底本の「社之陰者」の「社」は「事」とし、「影郷」は「影響」とすべき)。参看せずにはいられず、そうして後にその吉凶を定めることができる。陰神を求める方法は、某位の天盤の神の落ちたその地支を取り、さらに地盤上に同名の一位を探して、その頭上に圧している天盤が何かを見れば、その一位がその陰神である。十二天将の中では貴人のみ特殊で、昼貴と夜貴が互いに陰神となり、残りの各将はみな各自の陰神を持つ。例を挙げる。螣蛇が天盤の申字に乗り、この申字が地盤の子位に落ちたとする。そこでさらに地盤の申位を見れば、申位に圧している天盤は辰なので、辰がすなわち螣蛇の陰神となる(底本は「蛇」の上に「螣」字を欠く)。残りの各位の陰神がそれぞれ何の吉凶を主るかは、詳しくは後の『占宗』一篇を見よ。
占断入門
第一門 第二門 第三門 第四門 第五門 第六門 第七門 第八門 鋒先 直事 事外 事內 端發 易移 計歸 體變
これは占断入門の八道の門戸の総表で、原書の字序に照らして録出した。原書は縦排で右より起こり、每格の二字は倒して刻まれている。還元すれば順に、第一門「先鋒」は正時を指し、第二門「直事」は月将を指し、第三門「外事」は日干を指し、第四門「内事」は日支を指し、第五門「発端」は初伝を指し、第六門「移易」は中伝を指し、第七門「帰計」は終伝を指し、第八門「変体」は年命を指す。一課を占うときはこの八門に按じて逐層見て行き、占時から年命まで見れば、事の頭尾軽重に次第ができる。下文は門ごとに解説する。
入門素:正時為先鋒。凡占事以正時為主,或為昌之德合鬼墓,或為神之刑沖破害,傳未觀,吉凶先風,故謂之先鋒。
入門の第一の条。正時は「先鋒」である。凡そ事を占うにはみな課を起こす正時を首とし、それが日干の德神か合神か、あるいは反対に日干の鬼・日干の墓となったかを見(底本の「昌」は「日」とすべき)、さらにそれと課中の諸神とに刑・冲・破・害があるかを見る。三伝がまだ排し出されないうちに、吉凶の風声はすでにまず占時の上から漏れ現れる(底本の「先風」は「先見」とすべき)。ゆえにこれを「先鋒」と呼ぶ。
月將為直事。凡占事以月將加正時,分四象之陰陽,別三才之生克,非神不能決禍福,非將不能取吉凶,故謂之直事。
第二条。月将は「直事」、すなわち当直して事を弁ずるその一位である。凡そ事を占うにはみな月将を正時の上に加えて天盤を転じ出し、これにより四課の陰陽を分け、三伝の天地人三才の間の生克を弁明する。十二辰のこれらの「神」がなければ禍福のあるところを判定する由なく、月将のこの一位の「将」がなければ吉凶の方向を取り定める由がない。ゆえにこれを「直事」と呼ぶ。
日千為外事。凡占事以日千為人,動作謀為皆主乎日,生剋制化皆應乎干,故謂之外事。□……故謂之內事。
第三条。日干は「外事」である。凡そ事を占うにはみな日干をもって人の身を代表させ、行動作為・謀画営求はみな日干が主をなし、生克制化もみな日干の上に応ずる。ゆえにこれを「外事」と呼ぶ。第四条は本日支が「内事」であることを講ずべきで、日支は家宅を代表し、相手方を代表し、凡そ宅舎・内眷・静処の事はみな日支が管する——惜しいことに底本はこの一節が整段脱漏し、末尾の「故謂之内事」の五字のみ残る。ここでは敢えて臆補せず、謹んで原様のまま録出し、欠文を標明する。
初傳為發端。凡事以初傳為應事之始,傳吉事吉,傳凶事凶,禍福之端皆叢此發,故謂之發端。中傳為移易。凡事以中傳為應事之中,如初吉而中凶者,其事其體由吉變凶;如初凶中吉,亦能由凶轉吉,故謂之移易。
第五条。初伝は「発端」である。凡そ事はみな初伝をもって事の始まりに対応させ、初伝が吉なら事が吉、初伝が凶なら事が凶、禍福の兆しはすべてここから生発して出る。ゆえにこれを「発端」と呼ぶ。第六条。中伝は「移易」である。凡そ事はみな中伝をもって事の中段に対応させ、もし初伝が吉で中伝が凶なら、この事の体勢は吉より凶に転じ、もし初伝が凶で中伝が吉なら、また凶より吉に転ずることができる。事が半途で変を生ずるかはすべて中伝を見る。ゆえにこれを「移易」と呼ぶ。
終傳為歸計。凡事以終傳為應事之終,初中雖凶而末傳若吉,事終有成;初中雖吉,末傳轉凶,事終有悔,故謂之歸計。年命為變休。凡占事以年命為事之京戲易,蓋命為一身之應,年為用事之肋。傳有一定吉凶,人有各殊年命,如傳財本吉,年命見官鬼而反凶;傳鬼本凶,年命相見子孫而成吉,故謂之變體。
第七条。終伝は「帰計」である。凡そ事はみな終伝をもって事の結局に対応させ、初伝・中伝が縦に凶でも、末伝が吉なら事は最終的にやはり成し遂げられ、初伝・中伝が縦に吉でも、末伝が一転して凶となれば、事はついに悔恨を残す。帳を結び総数を算えるのはすべてここにある。ゆえにこれを「帰計」と呼ぶ。第八条。年命は「変体」である。凡そ事を占うにはみな行年・本命をもって事の変化の枢紐とする(底本の「京戯易」は「変易」の訛り)。本命は一身の休咎に応じ、行年は一時の用事を助ける。三伝の示す吉凶は一定であるが、各人の年命が異なれば、同じ課が異なる人の身に落ちても結果は二様となる。たとえば三伝に財を見るのは本来吉だが、もしこの人の年命の上に官鬼を見れば、かえって凶に転じ、三伝に鬼を見るのは本来凶だが、もし年命の上に子孫が鬼を制するのを見れば、かえって吉に転ずる。ゆえにこれを「変体」と呼ぶ。
占門九課入式
一克賊。(賊為重審)(克為元首)二比用。(一)(即知)三涉害。(仲季為察微)(用孟為見機)四遙克。(日遙克社為彈射)(神遙剋日為蒿矢)五昴星。(日取天盤酉下為用,名冬蛇掩目)(陽日取地盤酉上為用,名虎視陰。)
三伝を取る九道の門、第一から五門は以下の通り。第一門「克賊」。四課の中にもし一处だけ下神が上神を克するのがあれば「賊」と呼び、賊される上神を取って発用とし、課名を「重審」という。もし一处だけ上神が下神を克するのがあれば「克」と呼び、その上神を取って発用とし、課名を「元首」という。第二門「比用」。上の下への克あるいは下の上への賊が同時に二处以上現れたら、日干と同じ陰陽のその一处の上神を挑んで発用とし、課名を「知一」という(底本の二条の夾注は刻み乱れ、「一」「即知」と合読してすなわち「即知一」)。第三門「渉害」。几ヶ所かの克賊の上神が日干と比でも不比でも同じであれば、各神の受ける克の深浅を比較し、受害の最も深い者を取って発用とする。もし寅・申・巳・亥の四孟の神に取り至れば「見機」と呼び、子・午・卯・酉・辰・戌・丑・未の仲神・季神に取り至れば「察微」と呼ぶ。第四門「遥克」。四課に全く上下の相克がなければ、隔位の相克を見る——日干が遥かに某神を克して発用するのを「弾射」と呼び(底本の「日遥克社」の「社」は「神」とすべき)、某神が遥かに日干を克して発用するのを「蒿矢」と呼ぶ。第五門「昴星」。克もなく遥克もなければ、柔日(陰日)は天盤の酉字の底下に圧する地盤の神を取って発用とし、名を「冬蛇掩目」という。剛日(陽日)は地盤の酉位の上頭に圧する天盤の神を取って発用とし、名を「虎視」という。
六伏吟。(上神為用名自任。陰日取支上神為用,名自。)(有克者照常取克,名不庚元克者,陽日取干信)七返吟。(取□馬為用,名元親)(有克者名無克者)八別責。(取支前三合為用,俱名無淫。)(陽日取干合上神為用。陰日)九八專。(干上神,神在天盤逆數三位以為發用,俱名帷箔不修)(剛日用在天盤順數三位以為發用,柔日用第四課上。)此占門之宗也。凡傳七百二十,總不外此。
残りの四門は以下の通り。第六門「伏吟」。月将がちょうど本時に加わり、天盤の十二辰が各々本位に伏して動かない。克があればいつも通り克を取って発用とし、克がなければ、剛日は日干上神を取って発用とし名を「自任」、柔日は日支上神を取って発用とし名を「自信」という。中伝・末伝は各々前一伝の刑神を取り、もし自身まで刑すれば改めて冲神を取る。底本のこの二条の夾注は左右欄が行を錯り、「名自」の下に「信」字を脱し、「名不庚元克者」は「名不虞・無克者」の訛りである。第七門「返吟」。月将が冲位に加わり、天盤の十二辰が各々本位の正対冲に居る。克があれば克を取って発用とし、克がなければ駅馬を取って発用とし名を「無親」という(底本の「元親」はすなわち「無親」、「取□馬」は一「駅」字を欠く)。中伝は日支上神を取り、末伝は日干上神を取り、別名「無依」ともいう。第八門「別責」。四課が全でなく、克もなく遥克もなければ、剛日は日干と相合する干の寄宮上の天盤の神を取って発用とし、柔日は日支の三合局中の前一辰を取って発用とし、中伝・末伝はいずれも日干上神を併用する。二種は一律に名を「蕪淫」という(底本は「無淫」と作る)。第九門「八専」。干支が同居一位の八専日は、剛日は日干上神から起こり天盤で順に第三位を数えて発用とし、柔日は第四課上神を取り天盤で逆に第三位を数えて発用とし、中末両伝はいずれも日干上神を用い、一律に名を「帷箔不修」という。以上が取用・発伝の総綱である。六壬の全書は全部で七百二十課あるが、どのように変化しようと、結局この九門を出ない。
元首 巳 丑 酉 巳 酉 亥 卯 酉 丑 卯 丁 丑 寅 卯 辰 子 巳 亥 午 戌 酉 申 未
これは「元首」課の成式で、原書の字序に照らして録出し、全部で三層に分かれる。最上の一縦行は三伝で、上から下へ初伝巳・中伝丑・末伝酉。中間の二横行は四課で、右から左へ読む。第一課は卯が丁に加わり、第二課は亥が卯に加わり、第三課は酉が丑に加わり、第四課は巳が酉に加わる——これにより丁丑日の課であることが分かる。最下の一つの方框は天盤が地盤に落ちた実況で、読み方はこれを固定の地盤框に套し入れること。地盤の巳・午・未・申の四位の上は順に丑・寅・卯・辰、地盤の辰位の上は子、酉位の上は巳、地盤の卯位の上は亥、戌位の上は午、地盤の寅・丑・子・亥の四位の上は順に戌・酉・申・未。これによりこの課は丑将が巳時に加わり、天盤が地盤より四位退いたことが見える。課を排す歩驟は、丁は未に寄り、地盤の未の上に卯を得て第一課を成し、卯をもって下とし地盤の卯の上に亥を得て第二課を成し、日支は丑で地盤の丑の上に酉を得て第三課を成し、酉をもって下とし地盤の酉の上に巳を得て第四課を成す。さらに生克を見ると、第四課の巳火が酉金を克する一处のみが上克下で、他处はいずれも克がないので、上神の巳を取って発用とし、課名を「元首」という。すなわち上が下を克し、尊が卑に臨む象である。初伝の巳が定まれば、地盤の巳の上に丑を得て中伝とし、地盤の丑の上に酉を得て末伝とし、三伝はついに巳・丑・酉と成る。
重審 申 亥 寅 辰 丑 亥 申 丑 戌 申 丙 申 酉 戌 亥 未 子 午 丑 巳 辰 卯 寅 (申亥寅)亥戌、酉、申。
これは「重審」課の成式である。上の一縦行は三伝で、初伝申・中伝亥・末伝寅。中間の二横行は四課で、右から左へ、第一課は申が丙に加わり、第二課は亥が申に加わり、第三課は丑が戌に加わり、第四課は辰が丑に加わる——これにより丙戌日であることが分かる。最下の方框はなお天盤が地盤に落ちた実況。地盤の巳・午・未・申の上は順に申・酉・戌・亥、地盤の辰位の上は未、酉位の上は子、地盤の卯位の上は午、戌位の上は丑、地盤の寅・丑・子・亥の上は順に巳・辰・卯・寅。これにより申将が巳時に加わり、天盤が地盤より三位順に進んだことが見える。排し方は、丙は巳に寄り、地盤の巳の上に申を得て第一課を成し、申をもって下とし地盤の申の上に亥を得て第二課を成し、日支は戌で地盤の戌の上に丑を得て第三課を成し、丑をもって下とし地盤の丑の上に辰を得て第四課を成す。生克を見ると、第一課は申金が上にあり丙火が下にあり、丙火がかえって申金を克しに行き、まさに下賊上である。残りの三課はあるいは相生あるいは比和で、いずれも克がないので、賊される上神の申を取って発用とし、課名を「重審」という。下が上を犯し、事は再び三び審察を要する義を取る。初伝は申で、地盤の申の上に亥を得て中伝とし、地盤の亥の上に寅を得て末伝とし、三伝はついに申・亥・寅と成る。末の一行はこの課の検索条目で、括弧内に三伝の申亥寅を標し、その下の亥戌・酉・申はこの課の日辰と用神である。
知一 戌 酉 申 (戌酉申)戌壬未、酉戌午、卯辰巳子、寅卯辰卯寅丑。 午庚、午未申酉
これは「知一」課の成式で、すなわち九門中の「比用」である。上の一縦行は三伝で、初伝戌・中伝酉・末伝申、三伝は逆退して相連なる。その下は原書の検索条目で、格式は前の二課の方框と異なり、日干・四課の上下神と天地盤を一行に圧縮して連写したものである。括弧内にまず三伝を標し、その後に順次日干・各課上神と天盤の诸位を記す。底本はここに字の訛脱・錯行があり、「戌壬」は壬の日干上神が戌であることを指し、「午庚」は庚の日干上神が午であることを指し、残りの数字串は天盤が地盤に落ちた省記である。この課体の構成は、四課の中に上克下あるいは下賊上が一处に止まらず、深浅も高低を分け難いので、日干と陰陽が同じその一处の上神を挑んで発用とする——陽日は陽神を取り、陰日は陰神を取り、衆多の頭緒の中で「その一を知る」ことを取って定めるのである。事を主る上では、知一課は人事が両岐し、同類の中で一つを擇んで従わねばならないことを主り、凡そ去就を選択し二者に一を取る事に最も切合する。
涉害(午辰寅)(午辰寅)辰稈巳戌、戌子辰亥、申戌卯寅丑子。見機(子未寅)(子未寅)子丙卯辰巳午、未子寅未、未子丑申、寅未子亥戌酉。察微(辰申子)(辰申子)子庚子丑寅卯、辰子亥辰、戌午戌巳、寅壬酉申未午。
以下はみな毛氏の演課成式の検索条目で、每条にまず課名を出し、次に二重の括弧をもって三伝を重ねて出し対査に便にし、その後に日干と天地盤の圧縮記法を連写する。底本は訛脱が比較的多く、ただ名と三伝に依って取用できるだけである。「渉害」の三伝は午・辰・寅、挙げるのは壬日の課式(底本の「辰秆」の「秆」は「壬」とすべき)。渉害課の構成は、四課の中に二处・三处ないし四处の上下相克があり、これらの神が日干とあるいは皆比し、あるいは皆比せず、取捨を分け難いので、各々の受克する神を地盤の本家に戻し、その一路上に歴る克神の多寡を数え、受害の最も深いその一位を発用とし、その「渉歴して艱険する」の義を取る。事に阻が多く、難を渉って行かねばならないことを主る。「見機」の三伝は子・未・寅、挙げるのは丙日の課式。これは渉害の中で寅・申・巳・亥の四孟の神を取って発用する一種で、四孟は四生の地なので、機を見て作ればなお身を脱することができ、事は険であるが先機に乗ずべきを主る。「察微」の三伝は辰・申・子、挙げるのは庚日と壬日の課式。これは渉害の中で仲神・季神を取って発用する一種で、害は隠微にあり、細かく察して初めて見え、事は曲折隠伏して表面だけ見てはならないことを主る。
蒿矢(戌丑辰)(戌丑辰)巳寅戌卯、未辰酉辰、戌未申未午巳。彈射(巳申亥)(巳申亥)寅壬亥子丑寅、巳寅戌卯、亥寅戌卯、寅亥申未午巳。虎視(丑午酉)(丑午酉)酉戊子丑寅卯、丑酉戌巳、戌午酉申未午、戌丁亥子丑寅。冬蛇掩目(午戌寅)(午戌寅)丑戊卯、寅酉辰、巳寅申未午巳。
「蒿矢」の三伝は戌・丑・辰。これは遥克の一門に属し、四課の上下に全く相克がないのに、ある上神が位を隔てて日干を克しに来るので、その神を取って発用とする。蒿草で作った矢は深く射られないので、外来の禍は声勢はあっても傷害は重くなく、虚驚が実害に勝ることを主る。「弾射」の三伝は巳・申・亥、挙げるのは壬日の課式。これは遥克の別の一種で、日を克する神はないが日干が位を隔てて某神を克しに行くので、その克される神を取って発用とする。弾丸を射出しても力道には限りがあるので、我が人を求め彼を制しに行き、事は動くが必ずしも成り難いことを主る。「虎視」の三伝は丑・午・酉、挙げるのは戊日と丁日の課式。これは昴星の一門に属し、四課に克もなく遥克もなければ、剛日は地盤の酉位の上頭に圧する天盤の神を取って発用とし、猛虎が地に踞り環顧するがごとく、事は驚疑の中にありながらなお自主でき、静かにその変を観るべきを主る。「冬蛇掩目」の三伝は午・戌・寅、挙げるのは戊日の課式。これは昴星のもう半分で、柔日は天盤の酉字の底下に圧する地盤の神を取って発用とする。冬眠の蛇は目を閉じて動かず、人事が閉塞し耳目が明らかでないことを主り、凡そ占えば多くは暗昧遅滞・進退両難の象である。
不虞(丑戌未)(丑戌未)丑癸申酉戌亥、丑丑未子、丑丑午丑、丑丑巳辰卯寅。自任(巳申寅)(巳申寅)巳丙申酉戌亥、巳巳未子、辰辰午丑、辰辰巳辰卯寅。自信(丑戌未)(丑戌未)未未未子、丑丑午丑、丑丑巳辰卯寅。
この三条はみな伏吟の一門に属する。伏吟は月将がちょうど本時に加わり、天盤の十二辰が一一地盤の本位に伏して全盤動かないので、四課の上神と下神は同字である。「不虞」の三伝は丑・戌・未、挙げるのは癸日の課式。癸は丑に寄り、干支の上神はみな丑で、取るべき克がないので、丑をもって発用とし、丑が戌を刑して中伝とし、戌が未を刑して末伝とし、三伝はすべて三刑により転じ繰られる。事が意外に出て予防する由がないので、名を「不虞」という。「自任」の三伝は巳・申・寅、挙げるのは丙日の課式。剛日に克なければ日干上神を取って発用とし、丙は巳に寄るので巳をもって初伝とし、巳が申を刑して中伝とし、申が寅を刑して末伝とする。剛日は自らその剛を恃み、一意孤行するので「自任」と呼び、人の剛愎自用・凡事に己に頼ることを主る。「自信」の三伝は丑・戌・未。柔日に克なければ、改めて日支上神を取って発用とし、中末はなお刑神を用いる。柔日は自らその柔を守り、篤信して移らないので「自信」と呼び、人の安分守旧・外に求め肯んぜざることを主る。伏吟の一門は総じて静を体とし、凡そ占えば事が原处に停頓し、守るに宜しく動くに宜しくないことを主る。
無依(寅申寅)(寅申寅)寅庚寅卯辰巳、申寅丑午、辰戌子未、戌辰亥戌酉申。無親(亥未辰)(亥未辰)辰辛寅卯辰巳、戌辰丑午、未丑子未、丑未亥戌酉申、午丙酉戌亥子。
この二条はみな返吟の一門に属する。返吟は月将が占時の対冲位に加わり、天盤の十二辰が一一地盤本位の真向かいに居り、全盤が顛倒する。「無依」の三伝は寅・申・寅、挙げるのは庚日の課式。四課に克があればいつも通り克を取って発用とし、中伝は日支上神を取り、末伝は日干上神を取る。初末両伝は往々同字で、来回冲激して安顿する処がないので「無依」と呼び、人の漂泊無着・反覆不定を主る。「無親」の三伝は亥・未・辰、挙げるのは辛日と丙日の課式。四課に全く克がなければ、改めて駅馬を取って発用とする。馬は奔馳を主り、一たび去れば返らず、六親は互いに顧み難いので「無親」と呼び、遠行・遷徙・骨肉分離の事を主る。返吟の一門は総じて動を体とし、凡そ占えば旧事が新に返り去りてまた来り、動蕩して安居できないことを主る。
無淫(亥午午)(亥午午)未子申丑、巳辰未寅、午巳午巳辰卯。無淫(丑酉酉)(丑酉酉)酉辛未申酉戌、申酉午亥、申酉巳子、未申辰卯寅丑。
この二条はみな別責課で、本書は一律に「無淫」と題し、別本は「蕪淫」と作る。別責の構成は、四課が全でなく三課のみ成り、上下の相克もなく遥克もないので、別に取用の法を立てる——剛日は日干と相合するその天干を取り、その寄宮上神をもって発用とする(たとえば甲と己が合し、己は未に寄るので、未上の神を取る)。柔日は日支の三合局中の前一辰を取って発用とする(たとえば巳酉丑の一局で、酉日は丑を用い、丑日は酉を用いる)。中伝・末伝はいずれも日干上神を併用する。前の一条の三伝は亥・午・午、後の一条の三伝は丑・酉・酉、挙げるのは辛日の課式で、二条の中末伝はいずれも同字を重出し、まさに「倶に上に并ぶ」様子である。課名は田地が荒蕪し男女に別がない義を取り、事の周全ならざること・名分の正しからざることを主り、凡そ婚姻を占えば多く苟合を主り、事を謀れば多く有名無実・一角を欠くことを主る。
不修帷箔(丑亥亥)(丑亥亥)亥甲巳午未申、申亥辰酉、亥寅卯戌、申亥寅丑子亥、戌丁亥子丑寅。不修帷箔(亥戌戌)(亥戌戌)丑戌戌卯、戌未酉辰、丑戌申未午巳。
この二条はみな八専課である。八専日は干支が同居一宮する日で(甲寅・乙卯・丁未・己未・庚申・辛酉・癸丑など)、日干の寄宮と日支が重なり、四課が并せて二課となり、克もなく遥克もないので、別に取法を立てる。剛日は日干上神から起こり、天盤上で順に第三位を数えて発用とし、柔日は第四課の上神を取り、天盤上で逆に第三位を数えて発用とし、中伝・末伝はいずれも日干上神を用いる。前の一条の三伝は丑・亥・亥、挙げるのは甲日と丁日の課式。後の一条の三伝は亥・戌・戌、中末両伝はいずれも前一伝と同字で、まさに「三伝総じて一神に帰する」独足の象である。課名の「帷箔不修」は内室の帷幕帘幔が整わないことをいい、干支同宮なら内外に別なく、家門の混雑・男女の不謹・上下の失序を主る。凡そ婚姻・家事を占えば多く穢乱を主り、公事を占えば内外の勾連・名分の不分明を主る。
占髄
(格與卦配也)(佔有一定髓即)元首:凡上克下,餘課無克,統干之髓,元亨利貞。重審:凡下賊上,餘課無克,統坤之體,柔順得貞。
この一篇は各課体の骨髓のあるところを講じ、題下の二行の夾注を合読すれば、占課にはおのずから一定の骨髓があり、課格を『易』卦と相配するということである。下文の每一課体には一つの卦を繋げ、卦德をもってこの課の性情を概括する。「元首」。四課の中に一处だけ上神が下神を克し、残りの各課はいずれも克がなく、その上神を取って発用とする。これは乾卦の骨髓に統属し、乾德は元・亨・利・貞の四字が倶に全く、尊者が卑に臨み名正言順の象で、凡そ占えば事の堂堂正正・上から下へ貫徹して通ずることを主る。「重審」。四課の中に一处だけ下神が上神を克し、残りの各課はいずれも克がなく、克される上神を取って発用とする。これは坤卦の体に統属し、坤德は柔順にして守正に利あり、下をもって上を犯し、再び三び審察を要する象で、凡そ占えば事が下位より出、柔に宜しく剛に宜しくないことを主る。
知一(用)(即此):二上克下,或二下賊上,上擇課之陰陽,與日干比者為用神,陽日陽比,陰日陰比,統比之體,貞固擇一。涉害(綴瑕□等)(即見機、察微):二三或四上下相剋賊,俱比或不比,以受克深處為用。(無克以仲季為用神。)(看孟神有克者為用,如)如孟仲季神后勤部相等,陽日取干上神,陰日取支上神,統坎之體,惹事生非盡甘來。
「知一」、すなわち「比用」(底本の夾注の「用」「即此」の二欄が行を錯り、合読してすなわち「即此比用」)。四課の中に二处の上克下、あるいは二处の下賊上があるとき、ただこの几課の陰陽の上から挑んで(底本の「上擇」は「止擇」とすべき)、日干と同類で比するその一处の上神を擇んで用神とし、陽日は陽神を取り比し、陰日は陰神を取り比する。これは比卦の体に統属し、比は親附で、貞固にして一を守る。ゆえに紛紜の中で一つを擇定し、凡そ占えば同類が相従い一を擇んで事とすることを主る。「渉害」(また綴瑕等の目に分かれ、すなわち前文の見機・察微)。四課の中に二处・三处ないし四处の上下相克があり、これらの神が日干とあるいは全て比し、あるいは全て比せず、取捨の由がないので、各神の受克の深浅を比較し、受害の最も深い一位を取って発用とする。原注は補足していう、もし四孟の神の中に受克ある者があれば孟神を取り、もし孟神に克なければ、仲神・季神をもって用神とする。もし孟・仲・季の各神の受害の深浅がまた全く相等しければ、すなわち陽日は日干上神を取り、陰日は日支上神を取る。これは坎卦の体に統属し、坎は重険で、水を渉り険を過ぎ、苦尽きて初めて甘来たる(底本の「惹事生非尽甘来」は「若苦尽甘来」とし、「后勤部」は「復」とすべき)。凡そ占えば険を歴て後に済ることを主る。
遙克(彈射)(蒿矢):凡課無克,取辰遙剋日為用;如無神遙克,則取日遙克神為用,統睽之體。昴星(蛇掩目)(虎視冬):四課無克,又無遙克,剛日取地盤酉位上神為用(末干上)(中支上);柔日取天盤酉宮下神不用(末支上)(中干上),統履之體。
「遥克」は弾射・蒿矢の二目に分かれる。四課の上下に相克がなければ、一歩退いて隔位の相克を取る——まず課上の神の遥かに日干を克する者があるかを見、あればそれを取って発用とし、これを蒿矢と呼ぶ。もし日を遥克する神がなければ、初めて日干が遥かに某神を克するのを取り、その克される神を取って発用とし、これを弾射と呼ぶ。これは睽卦の体に統属し、睽は乖離で、両下りが相接せずして彼此意あり、凡そ占えば人我相隔たり意は合して事は合せざることを主る。「昴星」は冬蛇掩目・虎視の二目に分かれる。四課に相克もなく遥克もなければ、酉位に取る——剛日は地盤の酉位の上頭に圧する天盤の神を取って発用とし、柔日は天盤の酉字の底下に圧する地盤の神を取って発用とする(底本の「不用」は「為用」とすべき)。中末両伝の取法は夾注を見よ。剛日は中伝に日支上神・末伝に日干上神を取り、柔日は中伝に日干上神・末伝に日支上神を取る。これは履卦の体に統属し、履は虎尾を踏んで行き驚きて傷つかず、凡そ占えば危疑の中に小心して規に循って動くべきことを主る。
涉害(午辰寅)(午辰寅)辰稈巳戌、戌子辰亥、申戌卯寅丑子。見機(子未寅)(子未寅)子丙卯辰巳午、未子寅未、未子丑申、寅未子亥戌酉。察微(辰申子)(辰申子)子庚子丑寅卯、辰子亥辰、戌午戌巳、寅壬酉申未午。蒿矢(戌丑辰)(戌丑辰)巳寅戌卯、未辰酉辰、戌未申未午巳。
以下の一整塊の検索成式は、前文の『占門九課入式』の後に附されたものと全く重出し、底本の刻版が一度重複したので字句にやや出入がある。今、原様のまま収録し、読むときは前文と互校してよい。ここでは角度を換え、もっぱら各課の三伝自身の格局を見る。「渉害」の三伝は午・辰・寅、逆行して一位を隔てて相連なり、三支は全て陽で、逆間伝の象である。事が節々に倒退し行くほど窄まることを主る。「見機」の三伝は子・未・寅、子未が相穿し寅がまたこれと隔断し、頭尾が相顧みず、まさに機を見て作し当断すれば則ち断ずるの意に合う。「察微」の三伝は辰・申・子、申子辰の三合水局の逆序で、水局は潤下し流れて返らず、事は成るもその勢は下行し、細微の处にその去向を察せねばならないことを主る。「蒿矢」の三伝は戌・丑・辰、三支は皆土で、順行して二を隔てて相連なり、戌丑が相刑して相生せず、矢は発すれど力は弱く、虚声恫吓・その禍の深からざることを主る。
彈射(巳申亥)(巳申亥)寅壬亥子丑寅、巳寅戌卯、亥寅戌卯、寅亥申未午巳。虎視(丑午酉)(丑午酉)酉戊子丑寅卯、丑酉戌巳、戌午酉申未午、戌丁亥子丑寅。冬蛇掩目(午戌寅)(午戌寅)丑戊卯、寅酉辰、巳寅申未午巳。
「弾射」の三伝は巳・申・亥、三支はみな四孟の神で、順行して二を隔てて相連なり、巳と申は合しまた刑し、亥はまた巳を冲し、弾丸は発しても力は中途に尽き、我が人を求め労して得るところ限りあることを主る。「虎視」の三伝は丑・午・酉、丑午が相害し午酉が相破し、一路に承くべき生気なく、猛虎は踞すれど四顧すれば皆敵で、外は強く中は怯えることを主り、静守に宜しく妄進に宜しくない。「冬蛇掩目」の三伝は午・戌・寅、まさに寅午戌の三合火局の逆序で、火局は炎上するも三伝は倒行し、光焔は盛んでも前路を照らし見えず、ゆえに蟄蛇の目を閉ずる象を取り、人事の閉塞・明知して行い得ざることを主る。この三条に附された日干の成式は、弾射は壬日を挙げ、虎視は戊日と丁日を挙げ、冬蛇掩目は戊日を挙げ、その後の字串は天地盤の圧縮記法で、底本はすでに訛脱が多い。
不虞(丑戌未)(丑戌未)丑癸申酉戌亥、丑丑未子、丑丑午丑、丑丑巳辰卯寅。自任(巳申寅)(巳申寅)巳丙申酉戌亥、巳巳未子、辰辰午丑、辰辰巳辰卯寅。自信(丑戌未)(丑戌未)未未未子、丑丑午丑、丑丑巳辰卯寅。
この三条は同じく伏吟に属し、三伝はみな三刑により転じ繰られ、伏吟課の最も鮮明な標記である。「不虞」の三伝は丑・戌・未、ちょうど丑が戌を刑し、戌が未を刑し、未がまた丑を刑し、丑戌未の三刑が首尾相銜して一環に一環を套し逃げる処がない。ゆえに名を意外の患という。「自任」の三伝は巳・申・寅、ちょうど寅巳申の三刑で、巳が申を刑し、申が寅を刑し、寅がまた巳を刑するも、また三刑が周遍する。剛日は自身の寄宮をもって発用とし、ただ己に恃んで行くので名を自任という。「自信」の三伝はなお丑・戌・未で、不虞と局を同じくしながら取用の神が異なる。柔日は改めて日支上神から起こり、その本位を守って篤信して移らない。伏吟三課の成式の中にはっきり見られるように、癸日の丑・丙日の巳は、四課の上下が同字で天盤が各々本位に伏し、まさに「不動」の二字である。凡そ三伝に三刑の周遍を見れば、事は必ず反覆して纏わり、病を占い訟を占うに特にこれを忌む。
無依(寅申寅)(寅申寅)寅庚寅卯辰巳、申寅丑午、辰戌子未、戌辰亥戌酉申。無親(亥未辰)(亥未辰)辰辛寅卯辰巳、戌辰丑午、未丑子未、丑未亥戌酉申、午丙酉戌亥子。無淫(亥午午)(亥午午)未子申丑、巳辰未寅、午巳午巳辰卯。無淫(丑酉酉)(丑酉酉)酉辛未申酉戌、申酉午亥、申酉巳子、未申辰卯寅丑。
「無依」の三伝は寅・申・寅、初伝と末伝が同じく寅字で、中間に一つの申を挟んで来回相冲し、一圈転じてなお元の处に落ち戻る。ゆえに依托するところなしと呼び、事の反覆不定・去りてまた返ることを主る。「無親」の三伝は亥・未・辰、亥未は亥卯未の木局が中神を欠いた半合で、辰はまた亥と相害し、半合は成らずして害を帯び、骨肉の間は互いに顧み難い。ゆえに名を無親という。後の二条はみな別責課で、本書は「無淫」と題す。一条の三伝は亥・午・午、一条の三伝は丑・酉・酉、中伝・末伝がいずれも前一伝と同字で、まさに別責の「中末倶に上に并ぶ」定式である。丑酉の二字はまた巳酉丑の金局のその两位を取り、局は全からず気は周らず、ちょうど「四課不備」の名に応ずる。挙げる日干は、無依は庚日、無親は辛日と丙日、無淫は辛日で、その下の字串は天地盤の圧縮記法である。
不修帷箔(丑亥亥)(丑亥亥)亥甲巳午未申、申亥辰酉、亥寅卯戌、申亥寅丑子亥、戌丁亥子丑寅。不修(亥戌戌)帷箔(亥戌戌)丑戌戌卯、戌未酉辰、丑戌申未午巳。
この二条は八専課の成式で、底本の第二条は課名の「不修帷箔」と括注を刻んで行を串らせ、「不修(亥戌戌)帷箔(亥戌戌)」と作る。字序は照録する。前の一条の三伝は丑・亥・亥、後の一条の三伝は亥・戌・戌、二条の中伝・末伝はいずれも前一伝と同字で、三伝は実際に二つの神にのみ落ち、さらに一歩進めば三伝が一神に帰する「独足」の象である。八専日は干支が同宮し、四課が并せて二課となるので、盤上にもともと内外を分け難く、ゆえに三伝も重畳して分かれず、内室の帷幔が整わず男女に別がない象である。挙げる日干は、前条は甲日と丁日、後条は日干を出さず天地盤のみを列す。凡そ八専を占得すれば、公事は内外の結託・名分の不分明を主り、家事は門庭の混雑・閨閫の不謹を主る。
占体
(佔有一定體即格與卦配也)元首:凡上克下,餘課無克,統干之體,元亨利貞。重審:凡下賊上,餘課無克,統坤之體,柔順利貞。
この一篇は上文の『占髄』の定本で、題下の夾注に、占課にはおのずから一定の体格があり、課格を『易』卦と相配し、一格に一卦を繋げ、卦德をもってこの課の大勢を断ずるという。「元首」。四課の中に一处だけ上神が下神を克し、残りの諸課は克がなく、その上神を取って発用とする。これは乾卦の体に統属し、乾德は元・亨・利・貞の四字が倶に全く、首出して庶物し綱紀端正の象で、凡そ占えば事の名正言順・上より下へ推行して開くこと・謀望の多く成ることを主る。「重審」。四課の中に一处だけ下神が上神を克し、残りの諸課は克がなく、賊される上神を取って発用とする。これは坤卦の体に統属し、坤は柔順を主り守正に利あり、下位が上を犯し反復審察を要する象で、凡そ占えば事が卑幼より起こり、柔順に承受すべく強争すべからざることを主る。
知一(即比用):二上克下,或二下賊上,上擇課之陰陽,與日干比者為用神,陽日陽比,陰日陰比,統比之體,貞固擇一。涉害(即見機、察微、綴瑕等):二三或四上下相剋賊,俱比或不比,以受克深處為用。(看孟神有克者為用,如無克以仲季為用神。)如孟仲季神復相等,陽日取干上神,陰日取支上神,統坎之體,若盡甘來。
「知一」はすなわち比用課である。四課の中に二处の上克下、あるいは二处の下賊上があり、ただこの几課の陰陽の上から揀んで(底本の「上擇」は「止擇」とすべき)、日干と同一の陰陽で彼此相比するその处の上神を取って用神とする——陽日は陽神を取り、陰日は陰神を取る。これは比卦の体に統属し、比は親輔相依で、正を守りて専一なので、両可の間に一頭を定め、凡そ占えば同類の中に一を擇んで従い、两处の相争はついに一处に帰することを主る。「渉害」、別名は見機・察微・綴瑕等。四課の中に二处・三处ないし四处の上下相克があり、これらの神と日干はあるいは全て比し、あるいは全て比せず、分別する由がないので、各々の受克する神を地盤の本家に放り戻し、その一路上に経歴する克神の多少を数え、受害の最も深い一位を発用とする。原注にいう、まず寅・申・巳・亥の四孟の神に受克の有無を見、あれば孟神を取り、孟神に克なければ、さらに仲神・季神をもって用とする。もし孟・仲・季の受害の深浅が全く相等しければ、陽日は日干上神を取り、陰日は日支上神を取る。これは坎卦の体に統属し、坎は重重の険陥で、険を渉りて過ぎ、苦尽きて初めて甘来たる(底本の「若尽甘来」は「苦尽甘来」とすべき)。
遙克(蒿矢、彈射):凡課無克,取辰遙剋日為用;如無神遙克,則取日遙克神為用,統睽之體。昴星(虎視、冬蛇掩目):四課無克,又無遙克,剛日取地盤酉位上神為用(中支上末干上);柔日取天盤酉宮下神不用(中干上末支上),統履之體,家居守靜。
「遥克」は蒿矢・弾射の二目に分かれる。四課の上下に相克がなければ、一歩退いて隔位の克を見る——まず課上の神の遥かに日干を克するその一位を取って発用とし、これを蒿矢とする。もし遥かに日干を克する神がなければ、初めて日干が遥かに某神を克するのを取り、その被克の神をもって発用とし、これを弾射とする。これは睽卦の体に統属し、睽は二女が同居して志は同行せず、彼此乖隔しながら暗中に牽連し、凡そ占えば人我が相望んで相接せず、意は到るも事は成し難いことを主る。「昴星」は虎視・冬蛇掩目の二目に分かれる。四課に相克もなく遥克もなければ、酉位の上に行って取用する——剛日は地盤の酉位の上頭に圧する天盤の神を取って発用とし、中伝は日支上神・末伝は日干上神を取る。柔日は天盤の酉字の底下に圧する地盤の神を取って発用とし(底本の「不用」は「為用」とすべき)、中伝は日干上神・末伝は日支上神を取る。これは履卦の体に統属し、虎尾を履みて咬われず、すべて小心にある。ゆえに断語に家居守静に宜しと言い、凡そ占えば危疑の際に動かざるを上とすることを主る。
別責(蕪淫):三課無遙克,別取一合神用。陽干常動而易位,故陽日初傳用合干之上神;陰支常靜而守位,故陰日以支三合前一辰為用,中未傳俱並於上。(合干者,如戊日合癸,癸課寄丑,取丑上神為用;丙日合辛,辛課寄戌,取戌上神為用是也。支三合前一辰者,如巳酉丑,酉日用丑,丑日用酉;亥卯未,未日用亥之類也。)
「別責」、本書はまた蕪淫と題す。四課が三課のみ成りて全からず、相克もなく遥克もなければ、やむなく別に一位の合神を探して発用とする。天干の性は動にして位置を改換し易いので、剛日は日干と相合するその天干を取り、その寄宮の上頭の天盤の神をもって初伝とする。地支の性は静にして各々本位を守るので、柔日は日支の属する三合局中の前一辰を取って初伝とする。中伝・末伝は一概にみな日干上神を併用する。原注は例を挙げていう、干を合する算法は、たとえば戊と癸が相合し、癸の寄宮は丑にあるので、戊日は地盤の丑位上の天盤の神を取って発用とする。丙と辛が相合し、辛の寄宮は戌にあるので、丙日は戌上の神を取って発用とする。三合の前一辰の算法は、たとえば巳酉丑の金局で、酉日は丑を取り、丑日は酉を取り、亥卯未の木局で、未日は亥を取る。残りはこれに倣う。課はすでに備わらず用はまた別に求めるので、事の缺角・名分の不正を主る。
八專(帷滔不修、獨足):八專日干支同位無克,又無遙克,陽日從干之陽神連根順數第三位為用,陰日從支之陰神連根逆數第三位為用,中末俱用干上。(如中未相併,三傳總歸一神,即名獨足。)統同人之體,恊力心同。
「八専」、別名は帷箔不修・独足(底本の「帷滔」は「帷箔」とすべき)。八専日は干と支が同居一宮し、四課が并せて二課となり、相克もなく遥克もない。取用の法は、陽日は日干上神から起こり、本位を併せ計数して天盤上で順に第三位まで数えて発用とし、陰日は日支の陰神から起こり、本位を併せ計数して天盤上で逆に第三位まで数えて発用とし、中伝・末伝は一律にみな日干上神を用いる。もし中伝・末伝がまた初伝と并せて同じ一字となれば、三伝が一神の身に帰して「独足」と呼ぶ。これは同人の体に統属し、同人は二人同心してその利は金を断ず。ゆえに断語に協力同心と言う。ただし干支同宮で内外の分別なし、人事に落とせばまた男女無別・帷幕不整の一面があり、公事を占えば同謀共事を主り、家事を占えば混雑を防がねばならない。
伏吟(自任、自信、杜傳):十二辰各居本位,辰剋日千為用。(中取初刑,末取中刑。)如無克,陽日取於上神為用,陰日取支上神為用,統艮之體,守舊待新。
「伏吟」、別名は自任・自信・杜伝。月将がちょうど本時に加わり、天盤の十二辰が一一地盤の本位に伏し、全盤動かない。取用の法は、まず日支上神に日干を克する者があるかを見、あればそれを取って発用とし(底本の「日千」はすなわち日干)、中伝は初伝の刑神を取り、末伝は中伝の刑神を取る。もし自身まで刑して再び刑すべきがなければ、改めて冲神を取る。もし四課に全く克がなければ、剛日は日干上神を取って発用とし名を自任、柔日は日支上神を取って発用とし名を自信という。これは艮卦の体に統属し、艮は山・止で、時行すれば則ち行き時止すれば則ち止す。ゆえに断語に旧を守り新を待つと言い、凡そ占えば事が原地に停まって推し動かせず、謀望は遅滞し、静守して時機を待つに宜しいことを主る。
返吟(井欄射、無親、無依):十二辰各居沖位,取相剋為用;如無克,以支神斜射為用。(中傳支,末傳干。)如丑日初傳亥,未日初傳巳是也,統為之體。
「返吟」、別名は井欄射・無親・無依。月将が占時の対冲位に加わり、天盤の十二辰が一一地盤本位の真正面に坐り、全盤が顛倒する。取用の法は、まず相克ある一处を取って発用とし、もし四課に克がなければ、「斜射」の法を用い、日支から斜めに一神を取って発用とし、中伝は日支上神・末伝は日干上神を取る。底本は例を挙げて、丑日の初伝は亥を取り、未日の初伝は巳を取るとし、まさに斜射の得るところである。原文の「統為之体」の下に卦名を脱した(諸家は多くこれを震卦に繋げ、動きて居らざるの義を取る)。ここは照録して補わない。凡そ返吟を占得すれば、事の来回反覆・去りてまた返ること・旧事の重提・動蕩して安処し難いことを主る。
三光:用神日辰旺乘吉將,統賁之體,開雲見日。(用神即春木旺火相,日辰即,春甲乙,夏丙丁。吉將即貴人、青龍、常、合之類。)
「三光」。初伝の用神と日干・日支の三者がみな当令して気を得、また吉将に乗り、三处がみな明るいので三光と呼ぶ。原注の解釈に、「用神旺相」は用神が時令に合することを指し、たとえば春は木が当旺・火は相。「日辰得気」は日干・日支もまた時令に合することを指し、たとえば春に甲乙木を見、夏に丙丁火を見る。「吉将」は天乙貴人・青龍・太常・六合の類を指す。これは賁卦の体に統属し、賁は文飾光明で、断語に雲開きて日を見ると言い、凡そ占えば障蔽が尽き去り前程が顕豁・事を謀れば成らざるなしということを主る。
三陽:天乙順行,日辰吉將旺相發用,統晉之體,龍劍呈祥。三奇:凡課得旬日之奇發用,或人傳,統豫之體,上下悅懌。(如甲子、甲戌旬用丑,甲申、甲午旬用子,甲辰、甲寅旬用亥。丑為日奇,子為月奇,亥為星奇。)乙丙丁甲戊庚(名遁奇),又(甲日午,乙日巳,丙日辰,丁日卯,戊日寅,已日丑,庚日未,辛日申,壬日酉,癸日戌)為干奇。(亥子丑至辰巳午六課)為順連茹,(巳午未至戌亥子六課)亦為三奇;(亥酉戌至午巳辰六課)為逆連茹,(巳辰卯至子亥戌六課)亦為三奇。
「三陽」。天乙貴人が順行し、日干・日支がまた吉将に乗り、また旺相の気に当たって発用すれば、陽気が三重なので三陽と呼ぶ。これは晋卦の体に統属し、晋は日の地上に出て進んで明に向かうで、断語に龍剣祥を呈すと言い、凡そ占えば歩々上進・貴人の提携を主る。「三奇」。課中に本旬の奇神を得て発用するか、あるいは奇神が三伝に入れば、この格を成す。原注は三套の奇を列する。其一は旬奇で、甲子・甲戌の两旬は丑をもって奇とし、甲申・甲午の两旬は子をもって奇とし、甲辰・甲寅の两旬は亥をもって奇とし、丑は日奇・子は月奇・亥は星奇と称す。其二は遁奇で、すなわち乙丙丁と甲戊庚のこの二組の遁甲の奇。其三は干奇で、甲日は午、乙日は巳、丙日は辰、丁日は卯、戊日は寅、己日は丑、庚日は未、辛日は申、壬日は酉、癸日は戌。このほか三伝が相連して断えぬものも奇と算え、亥子丑から辰巳午まで排するこの六課を順連茹とし、巳午未から戌亥子まで排するこの六課もまた三奇と算え、亥戌酉から倒に午巳辰まで排するこの六課を逆連茹とし、巳辰卯から倒に子亥戌まで排するこの六課もまた三奇と算える。これは豫卦の体に統属し、豫は和楽で、断語に上下歓悦と言い、凡そ占えば意外の喜・貴人の相助を主る。
六儀:旬儀支儀,發用入傳,統兌之體,家集千祥。(旬儀,如甲子旬用子之類。支儀者,子儀午,丑儀巳,寅儀辰,卯儀卯,巳儀丑,奪儀寅,午儀未,未儀申,申儀酉,酉儀戌,戌儀亥,亥儀子也。)
「六儀」。旬儀あるいは支儀が発用するか、あるいは三伝に入れば、この格を成す。原注にいう、旬儀はすなわち本旬の旬首の値する支で、甲子旬は子を用い、甲戌旬は戌を用いる類である。支儀は十二支の各々に配する一位で、底本は列して、子は午に配し、丑は巳に配し、寅は辰に配し、卯は卯に配し、巳は丑に配し、辰は寅に配し(底本の「奪」字は「辰」とすべき)、午は未に配し、未は申に配し、申は酉に配し、酉は戌に配し、戌は亥に配し、亥は子に配す。この対照表の前半は子午の一線が両両相対し、丑巳寅辰が位を隔てて相配し、後半は逐位に順に一辰進み、前後の体例が一でない。「子儀午」の一条は他書と出入が多く、底本に訛りを疑い、用いるときは他本をもって参校すべきである。この格は兌卦の体に統属し、兌は悦・沢で、断語に満門聚集して吉祥と言い、凡そ占えば喜慶が門に臨み・諸事の和順を主る。
時太:用起太歲,月建乘表龍六合,而帶財德之神,或人傳又在年命者,統泰之體,天地和暢。龍德:太歲月將,乘天乙而發用者,統萃之體,雲龍際會。
「時太」(他本は「時泰」と作る)。初伝の用神が太歳より起こり、月建の神がまた青龍・六合のごとき吉将に乗り(底本の「表龍」は「青龍」とすべき)、かつ財神・德神を帯び、あるいはこれらの神が三伝に入り、また行年・本命の上に落ちれば、この格を成す。これは泰卦の体に統属し、泰は天地交わりて万物通ずで、断語に天地和暢と言い、凡そ占えば上下相通・内外倶に吉を主り、全課中最も平順の一格である。「龍德」。太歳あるいは月将が天乙貴人に乗って発用すれば、この格を成す。これは萃卦の体に統属し、萃は聚で、断語に雲は龍に従い風は虎に従う・君臣際会と言い、凡そ占えば尊貴に遇い名位の帰するを得ることを主る。
官爵:太歲日將年命□馬印綬人傳,或發用又不落空者,統益之體,鴻鵠沖霄。富貴:天乙乘旺相,臨日干及行年發用,又干支逢祿馬,統大有之體,葵花向日。
「官爵」。太歳・日将と行年・本命の上に駅馬・印綬を帯び(底本の「年命□馬」は一「駅」字を欠く)、これらの神が三伝に入るか、あるいは自身発用であり、しかも旬空に落ちなければ、この格を成す。これは益卦の体に統属し、益は上を損じ下を益しその道大いに光るで、断語に鴻鵠直ちに雲霄を冲くと言い、凡そ占えば升遷して職を得・名位の驟かに顕れることを主る。「富貴」。天乙貴人が旺相の気に乗り、日干上あるいは行年上に臨んで発用し、日干・日支がまた禄神・駅馬に逢えば、この格を成す。これは大有の体に統属し、大有は火の天上にありて照らす者広しで、断語に葵花日に向かうと言い、凡そ占えば財禄の豊盈・衆の帰仰するところとなることを主る。
軒蓋:值勝光為用,遇太沖神后,統升之體,鵬得搖風。鑄印:戌加巳,傳中見卯,戌天魁(為印),巳,太乙也(為爐),更遇太常(為綬),又見太沖卯(為車輪),則鑄印乘軒之象,統蹇之體,鵬翼沖天。(如火少金多)為五行不備,(末傳天后元武,臨日破並水神)為鑄印不成,(火旺日乘蛇雀值空亡,日破日辰無氣)為鑄印損模。
「軒蓋」。午位の「勝光」が発用し、また卯位の「太冲」と子位の「神后」に遇えば、この格を成す。勝光は車、太冲は輪、神后は蓋で、三者が揃えばまさに華車に蓋を張る象である。これは升卦の体に統属し、升は下より上へので、断語に大鵬が扶揺の風を得る(底本の「揺風」はすなわち扶揺)と言い、凡そ占えば車に乗り任を受け・扶揺して直上することを主る。「鋳印」。天盤の戌が地盤の巳に加わり、三伝の中にまた卯を見れば、この格を成す。戌は「天魁」で、それを印とし、巳は「太乙」で、それを熔鋳の炉とし、さらに太常に遇い、それを印を繋ぐ綬帯とし、また卯位の「太冲」を見、それを車輪とする——印が成りて車に乗るは、まさに鋳印乗軒の象である。これは蹇卦の体に統属し、蹇は行き難しといえどもついに帰する処を得るで、断語に鵬翼直上青天と言う。原注はまた三種の破格を列する。火少く金多く五行全からざるは「五行不備」と呼び、末伝に天后・玄武を見、また日破に臨みあるいは水神に并り、水が来りて火を滅するは「鋳印不成」と呼び、火が太い旺しく日上に螣蛇・朱雀に乗りまた旬空に値し、あるいは日破に逢い日辰に気なきは「鋳印損模」と呼ぶ——印模すでに壊れて、好い印は鋳出せない。
斬輪:卯加庚辛發用,得辛酉,統頤之體,飛龍人淵。(卯為車輪,金為刀斧木就金斬故名。)引從:凡日辰干支前後上神發用,為初末二傳,是前引後從也,統渙之體,車馬蜂擁。
「斬輪」。天盤の卯が庚・辛の寄宮の上に加わって発用し、また辛酉の金を得れば、この格を成す。原注にいう、卯は車輪、金は刀斧で、木が金に遇えば斬り断たれるべきで、ゆえに斬輪と呼ぶ。これは頤卦の体に統属し、頤は止みて養う有りで、断語に飛龍淵に在り(底本の「人淵」は「在淵」とすべき)と言い、凡そ占えば鋒芒が挫を受け・暫く斂藏を要し・遠行に宜しくないことを主る。「引従」。日干・日支の前后两位の上神がちょうど初伝と末伝と作り、前面の一位は前で路を引き、後面の一位は後で随従すれば、この格を成す。これは涣卦の体に統属し、涣は風の水上を行き涣然として通ずで、断語に車馬前呼後擁と言い、凡そ占えば接引する人有り・護送する人有り・出行して貴に謁するに最も力を得ることを主る。
亨通:干支相生,三傳處生及旺,統漸之體,福祿來臨。繁昌(德孕旺孕):夫妻行年上下相生作合,又乘本命旺氣,兼值干支德合,或年立時令旺相之鄉,統咸之體,陰陽和合。
「亨通」。日干と日支が彼此相生し、三伝の臨む処がまたみな生気を得て旺地に居り、一路阻なければ、この格を成す。これは漸卦の体に統属し、漸は循序して進み木の山上にあって寸寸に長成するがごとくで、断語に福禄自来と言い、凡そ占えば事が按歩就班して順に成り・強いて催逼するを要せざることを主る。「繁昌」、また徳孕・旺孕の二目に分かれる。夫と妻の行年が上下相生しまた相合し、各自がまた本命の旺気に乗り、同時に日干・日支がまた德神・合神に値するか、あるいは行年が当令旺相の方位に落ちれば、この格を成す。これは咸卦の体に統属し、咸は男女感応・二気交通で、断語に陰陽和合と言い、凡そ占えば婚姻の和美・子嗣の繁衍を主り、胎孕を占うに特に吉利である。
榮華:祿馬貴從臨干支年而旺相,雙為發用及人傳,更乘吉將,又遇月將者,統師之體,土象擁從。德慶:日辰千及德神發用,並在年命乘吉將,統需之體,德神慶會。
「栄華」。禄神・駅馬・貴人という一班の随従の神が日干・日支と行年の上に臨み、またみな旺相の気に当たり、成り双んで発用するかあるいは三伝に入り、さらに吉将に乗り、また月将に遇えば、この格を成す。これは師卦の体に統属し、師は衆なり・一将が衆を統べるで、断語に士衆擁簇して相従う(底本の「土象」は「士象」とすべき)と言い、凡そ占えば声勢の隆盛・部屬の帰心を主り、仕宦がこれを得るは最も吉である。「德慶」。日干・日支が德神と同じく発用し、かつ行年・本命の上に落ちまた吉将に乗れば、この格を成す。これは需卦の体に統属し、需は待ちて孚有り・飲食宴楽して時を待つで、断語に德神聚会して慶を成すと言い、凡そ占えば喜慶の至らんとし・ただ従容して待つべきことを主る。
合歡:日辰過天干作合,及三合六合發用,並命上年上俱乘吉將,統井這體,髓婚姻團圓。和美:干支遇三合六合,上下□互相合,統豐之體,神合道合。
「合歓」。日支が日干を越えてそれと相合し、三合・六合の神が加わって発用し、本命上・行年上がまたいずれも吉将に乗れば、この格を成す。これは井卦の体に統属し(底本の「這体」は「之体」とすべき)、井は養いて窮まらず往来井井なりで、断語に婚姻の団円を主ると言い(底本の「髄」は「主」とすべき)、凡そ占えば両情の相得・聚まりて散ぜざることを主る。「和美」。日干と日支が三合あるいは六合に遇い、上神・下神が彼此また互いに合し(底本はここに一字を欠く)、処々相投じれば、この格を成す。これは豊卦の体に統属し、豊は盛大光明で、断語に神と神合し道と道合すと言い、凡そ占えば人事の融洽・内外違うことなきを主る。
斬關:魁罡加日辰發用,統□之體,豹隱南山。(旬尾加旬首,或旬首乘元武,或旬首位上神乘元武發用,名開口。旬尾加干,旬首加支,名曰一旬周遍。)更有刑德。(乙日庚為德,丁日壬為德,己日甲為德,辛日丙為德,癸日戊為德。刑月即子刑卯,卯刑子之類。)
「斬関」。戌位の「河魁」あるいは辰位の「天罡」が日干・日支の上に加臨して発用すれば、この格を成す。底本はここに卦名の字を欠き、敢えて補い入れない。断語に豹は南山に隠ると言うのは、南山の玄豹が霧に隠れて自ら晦くし、関を斬りて過ぐるがごときをいい、突囲に宜しく、潜行して禍を避くるに宜しく、凡そ占えば関隘を冲破し・身を脱して出ることを主り、逃亡・遠遁の事に最も応ずる。原注は別に二条の関連する格局を附す。旬尾の神が旬首の上に加わるか、あるいは旬首が玄武に乗るか、あるいは旬首位上の神が玄武に乗って発用するかを「開口」と呼び、旬尾が日干に加わり旬首が日支に加わるのを「一旬周遍」と呼ぶ。このほか刑德の一項がある。乙日は庚をもって德とし、丁日は壬をもって德とし、己日は甲をもって德とし、辛日は丙をもって德とし、癸日は戊をもって德とする。いわゆる刑とは、子が卯を刑し卯が子を刑するという類の互刑である。
遊子:三傳皆土,或見旬丁(每旬丁干所值之神),或天馬,統觀之體,雲萍聚散。三交:四仲日時占,課傳皆仲,將逢後爵陰合,統後之體,風運雲不測。(干臨支被克為自取。支臨干克干,為上門亂首,更兼發用。凡日克辰,乃上凌下,卻得下賊上為用;辰剋日,乃下犯上,卻得上克下為用,名凌犯。)
「遊子」。三伝が辰・戌・丑・未で全て土であるか、あるいは課中に本旬の「旬丁」(每一旬の中で丁干の値するその神)を見るか、あるいは天馬を見れば、この格を成す。これは観卦の体に統属し、観は風が地上を行き四方に周流するで、断語に浮雲飘萍聚まり散ずること常なしと言い、凡そ占えば人の外に奔走し行蹤の定まらざることを主り、行人を占うに最も切なる。「三交」。子・午・卯・酉の四仲の日・四仲の時に課を起こし、四課・三伝がまた全て仲神で、天将の上にさらに天后・太常・太陰・六合に逢えば、この格を成す。これは姤卦の体に統属し(底本の「后之体」はすなわち姤卦)、姤は期せずして遇うで、断語に風雲変幻して測度すべからずと言い、凡そ占えば男女の私会・事の意外に出るを主る。原注は附して凌犯の例を説く。日干が日支に臨んでかえって支上の神に克されるのは、自ら禍を取るで、日支が日干に臨んで日干を克するのは、門に登りて乱を作し上を犯して首を為すで、もしさらに発用を兼ねればその応はいっそう急である。凡そ日が辰を克するのは上の下への凌で、偏偏として下賊上を取って用とし、辰が日を克するのは下の上を犯すで、偏偏として上克下を取って用とする。この類を通称「凌犯」という。
贅壻:干臨支克支,臨干被克,更兼發用,統履之體,屈意叢人。(干為夫,支為婦。干臨支以動就靜,如贅壻然;支臨干以靜就動,如婦人隨男就嫁,皆舍己從人之意。)
「贅壻」。日干が日支の上に臨んで日支を克するか、あるいは日干が日支の上に臨んでかえって克されるかし、さらにこの一处がまたちょうど発用すれば、この格を成す。これは履卦の体に統属し、履は柔が剛を履み人に随いて行くで、断語に己の心意を委屈して他人に迁就するを言う。原注の解説に、日干は丈夫に譬え、日支は妻室に譬える。日干が走りて日支の上に行くのは、動をもって静に就くで、男子が女家に入贅するがごとし。日支が走りて日干の上に来るのは、静をもって動に就くで、婦人が夫に随いて嫁ぐがごとし——二様はいずれも自己の一方を捨てて相手の意に依従する。凡そこの格を占得すれば、人の籬下に寄り人の鼻息を仰ぐことを主り、事を謀るには頭を低く俯就してこそ能く成る有りを要する。
沖破:干支沖辰皆破為用,或用神與歲月日時沖破乘凶將,又加破碎煞,統夬之體,雪上加霜。淫泆:初傳卯酉為用,將乘后合。卯酉為陰私之門,后合乃淫慾之神,主淫奔泆欲,統既濟之體,陰陽配合。(初傳天后,末傳六合,名泆女;發用起六合,末傳天后,名狡童。)
「冲破」。日干・日支の臨む辰が彼此相冲し、またみな破を帯びて発用するか、あるいは用神と太歳・月建・日・時とが相冲相破し、また凶将に乗り、さらに破碎煞を加えれば、この格を成す。これは夬卦の体に統属し、夬は決してこれを去るで、断語に雪の上に霜を加うと言い、凡そ占えば旧傷未だ平せずまた新損を添え・事を謀るに中途に瓦解することを主る。「淫泆」。初伝に卯あるいは酉を取って発用し、乗る天将がまた天后・六合であれば、この格を成す。卯と酉は日月の出入の門で、历来陰私の門戸と見なされ、天后は女を主り六合は男を主り、いずれも淫欲の神である。これは既済の体に統属し、既済は水火相交じ陰陽各々その配を得るで、断語に陰陽配合と言うも、人事に落とせばかえって私奔して礼を越えることを主る。原注は二目に分かつ。初伝が天后に乗り末伝が六合に乗るのを「泆女」と呼び、女方の主動を主り、初伝が六合より起こり末伝が天后に乗るのを「狡童」と呼び、男方が挑み起こすを主る。
蕪淫:四課有克,缺一為不備,日辰交互相剋為無淫。陽日叢日上起第一課,柔日叢辰上起第一課。第一課千之陽神,第二課千之陰神,第三課支之陽神,第四課支之陰神。二陰一陽為陽不備,二陽一陰為陰不備,統小畜之體,琴瑟不調。(夫妻行年沖剋,上下神互相賊克,名解離,如孤雁出群寡。又地盤空亡為孤辰,天盤空亡為寡宿;十干不到之地、五行脫空之鄉名孤寡。孤寡者,春巳午孤、子丑寡,夏申酉孤、卯辰寡,秋亥子孤、午未寡,冬寅卯孤、酉戌寡,以初傳而定。)
「蕪淫」。四課に本相克があるのに、一課を欠いて四数を成さず、これを「不備」と呼ぶ。日干・日支が交互に相克するのを蕪淫と呼ぶ。課を数える次序は、剛日は日干上より第一課を起こし、柔日は日支上より第一課を起こす。第一課は日干の陽神、第二課は日干の陰神、第三課は日支の陽神、第四課は日支の陰神である。四課の中にもし两陰一陽なら「陽不備」と呼び、两陽一陰なら「陰不備」と呼ぶ。これは小畜の体に統属し、小畜は密雲雨せず蓄うる者小なりで、断語に琴瑟調わずと言い、凡そ占えば夫婦の失和・事の缺角して円ならざるを主る。原注はまた几つかの関連名目を附す。夫妻両人の行年が相冲相克し、上下の神がまた互いに賊克するを「解離」と呼び、孤雁が群を離るるがごとし。地盤が空亡に落ちるを「孤辰」と呼び、天盤が空亡に落ちるを「寡宿」と呼ぶ。十天干の寄宮の到らざるところ・五行の脱落して懸空する方位を通称「孤寡」という。孤寡は季節に按じて定まり、初伝の臨むところをもって準とする。春は巳午が孤・子丑が寡、夏は申酉が孤・卯辰が寡、秋は亥子が孤・午未が寡、冬は寅卯が孤・酉戌が寡である。
度厄:四課內三上克下為幼,三下賊上為長,統剝之體,六親冰炭。無祿(絕嗣):四上克下,上不容下,下難自存;或四下賊上,以下犯上,下被上奪,統否之體,上下僣亂。(干支害神上下相加發用,臨行年為侵害;三刑發用,並行的為刑傷。)
「度厄」。四課の中に三处の上神が下神を克するあれば、幼小卑弱の一方に応ずることを主り、三处の下神が上神を賊するあれば、尊長の一方に応ずることを主る。これは剥卦の体に統属し、剥は陰長じ陽消え層々剥落するで、断語に六親の間は冰炭に形のごとしと言い、凡そ占えば家人の相残し・災厄の接続することを主り、策を設けて難関を度るを要する。「無禄」、一名は絶嗣。四課が全て上神の下神を克するなら、上位は下位を容れず、下位は自ら存する由なし。あるいは四課が全て下神の上神を賊するなら、下をもって上を犯し、上位はかえって下位に奪い去られる。これは否卦の体に統属し、否は天地交わらず上下通ぜずで、断語に尊卑僭越し綱紀紊乱すと言い、凡そ占えば根基の断絶し後継ぐ人なきを主る。原注は附して言う、日干・日支の害神が上下相加して発用し、もしまた行年に臨めば「侵害」と呼び、三刑が発用し、また行年と一处に并れば「刑傷」と呼ぶ。
二煩:四仲月將遇四正(即朔望弦晦)及四平日(即四仲),占得日月宿加四仲,斗罡繫丑未,統明夷之體,刑棘滿途。(日宿臨四仲,斗罡繁丑未為天煩;月宿臨四仲,斗罡繁丑未為地煩。)
「二煩」とは、天煩と地煩の二種である。構成の法は、子・午・卯・酉の四仲の月将が、朔・望・上下弦・晦の四つの正日に碰上り、また子・午・卯・酉の四平の日(すなわち四仲日)に逢い、日宿あるいは月宿が四仲の位に加臨し、しかも天罡・河魁がまた丑・未の两位に繋がれば、この格を成す。これは明夷の体に統属し、明夷は日の地中に入り明るくして傷つくで、断語に満路の荊棘と言う。原注は両者を分弁す。日宿が四仲に臨み斗罡が丑未に係るを「天煩」と呼び、月宿が四仲に臨み斗罡が丑未に係るを「地煩」と呼ぶ。凡そこの格を占得すれば、前途の梗塞・心緒の煩擾・行人至らず・謀望阻多きを主る。
天禍:四立日占,得今日干支臨昨日干支,或昨日干支臨今日干支,統大過之體,嫩草遭霜。天獄:囚死墓神發用,斗加日本,統噬嗑之體,萎靡不振。天寇:四難日占,得月宿加難辰,統蹇之體,時勢多艱。天網:占時與用神克,統蒙之體,天網四張。
「天禍」。立春・立夏・立秋・立冬の四立の日に課を起こし、今日の干支が昨日の干支の上に臨むか、あるいは昨日の干支が今日の干支の上に臨むかを得て、節気が交替する際に新と旧が相圧すれば、この格を成す。これは大過の体に統属し、大過は棟梁の撓み本末倶に弱しで、断語に嫩草霜に遭うと言い、凡そ占えば時令未だ至らずして事已に発動し、最も夭折し易しを主る。「天獄」。囚神・死神・墓神が発用し、天罡がまた日干の本位に加われば、この格を成す。これは噬嗑の体に統属し、噬嗑は口の中に物を含みて刑獄を用いてこれを去るを要するで、断語に精神萎靡して振作し能わずと言い、凡そ占えば牢獄に拘繫し身の己に由らざるを主る。「天寇」。四難の日に課を起こし、月宿が難辰の上に加臨するを得れば、この格を成す。これは蹇卦の体に統属し、蹇は跛足して行き難しで、断語に時勢艱多しと言い、凡そ占えば外患の侵擾・歩を挙げて維艱なるを主る。「天網」。課を起こす正時がかえって用神を克制すれば、この格を成す。これは蒙卦の体に統属し、蒙は幼稚昏昧で、断語に天網四面に張ると言い、凡そ占えば処々制せられ路の出ずべきなきを主る。
魄化:白虎帶死氣,臨日辰行年發用,統蠱之體,陰害相連。三陰:太乙逆行,日辰在後發用,中末各帶囚死,將乘元武白虎,時克行年,統中孚之體,群陰當惡。(帶凶更甚。如課傳六陰俱備為六陰。)
「魄化」。白虎が死気を帯びて、日干・日支あるいは行年の上に臨んで発用すれば、この格を成す。魄化は魂魄の消散の意である。これは蠱卦の体に統属し、蠱は器久しくして虫生じ積弊すでに深しで、断語に陰間の害接続して至ると言い、凡そ占えば疾病の沈重・喪事の相尋ぐを主る。「三陰」。天乙貴人が逆行し(底本の「太乙」はすなわち天乙)、日干・日支が貴人の後に落ちて発用し、中伝・末伝がまた各々囚気・死気を帯び、天将が玄武・白虎に乗り、占時がまた行年を克すれば、陰気が三重なので、この格を成す。これは中孚の体に統属し、中孚は本誠信内に孚るも、ここではその外実中虚を取り、断語に群陰道に当たりて悪を為すと言う。原注は補充していう、もしさらに別の凶神を帯びれば禍はいっそう甚だしく、もし四課・三伝の陰神が全数揃えば、これを「六陰」と呼ぶ。
龍戰:卯酉日占,行年在卯酉上,又遇卯酉人傳,卯酉發用。卯月陽氣生,酉月他氣出;卯為日出月入之門,酉為日入月出之門,一生一殺,相戰於門,統離之體,門戶不寧。死奇:斗罡每秒日辰發用,月行度到角亢之分,或月宿臨太歲日辰,統未濟之體,憂中望喜。
「龍戦」。卯日あるいは酉日に課を起こし、行年がまた卯酉の上に落ち、卯酉がさらに三伝に入り、乃至卯酉が発用すれば、この格を成す。二月は卯に建ち陽気まさに生じ、八月は酉に建ち陰気始めて出ず(底本の「他気」は「陰気」とすべき)。卯は太陽の昇り月の沈む門戸、酉は太陽の沈み月の昇る門戸で、一辺は生を主り一辺は殺を主り、両気が門戸の上で交戦するので、『易・坤』の「龍戦于野」の名を取る。これは離卦の体に統属し、離は火・明の両相麗で、断語に門戸安寧を得ずと言い、凡そ占えば家中の口舌争闘・内外の相攻ぐるを主る。「死奇」。天罡が日干・日支に加臨して発用し(底本の「毎秒」二字は訛り有り)、月の行度が角宿・亢宿の分野に至るか、あるいは月宿が太歳・日干・日支の上に臨めば、この格を成す。これは未済の体に統属し、未済は事未だ成らずしてなお為すべしで、断語に憂の中なお喜を望むべしと言い、凡そ占えば死気に逢うといえども、事になお一線の転機有りを主る。
死絕(災厄):日之死鄉,又加死地之絕鄉發用,如甲木死於午,午火絕在亥;或喪車游魂等發用,統歸妹之體,鬼崇作造孼。
「死絶」、一名は災厄。日干の死地を取り、さらにこの死地自身の絶地を重ねて発用すれば、この格を成す。原注は例を挙げていう、甲は木に属し、木は午に死し、而して午は火に属し、火はまた亥に絶す。ゆえに甲日に午が亥に加わり発用を見ればすなわち死絶である。あるいは喪車・遊魂の類の凶煞が発用するも、この格に帰す。これは帰妹の体に統属し、帰妹は少女が人に従いその行正しからずで、断語に鬼祟妖を興し孽を作す(底本の「作造孼」は「作孽」とすべき)と言い、凡そ占えば病者の起き難き・事のすでに尽頭に至りたるを主り、喪亡の厄を防ぐを要する。
殃咎:凡三傳處克,日又夾克,內戰外戰,乘墓坐墓,統解之休,內外凌辱。九丑:凡戊子、戊午、壬子、壬午、乙卯、乙酉、己酉、辛卯、辛酉十日為九丑日。如四仲時占,丑臨日加四仲發用。子午卯酉為陰陽易絕之神,有生殺之道;乙戊己辛壬乃制殺不正之位,三光不照。此等日過丑臨仲,是名九丑,統小過之體,上下迍邅。
「殃咎」。三伝の臨む処に処々克を見、日干がまた前後に挟まれて克を受け、神が将を克するを内戦・将が神を克するを外戦と呼び、用神がさらに墓神に乗るかあるいは自ら墓郷に坐すれば、この格を成す。これは解卦の体に統属し(底本の「解之休」は「解之体」とすべき)、解は険難初めて解けて余患未だ清まらずで、断語に内外交じりて凌辱すと言い、凡そ占えば裏外に気を受け四面楚歌を主る。「九醜」。戊子・戊午・壬子・壬午・乙卯・乙酉・己酉・辛卯・辛酉のこの几日は九醜日である——底本は十日と称しながら九つを列するのみで、己卯の一日を脱した。もし四仲の時に課を起こし、丑神が日に臨みまた四仲の上に加わって発用すれば、すなわちこの格を成す。子午卯酉は陰陽の交替・断絶の神で、身に生殺の権を帯び、乙・戊・己・辛・壬のこの五干は制殺正しからざる位子に処り、日月星の三光もそれを照らさない。ゆえにこの几日に丑が仲に臨むに遇えば、九醜と呼ぶ。これは小過の体に統属し、小過は飛鳥の音を遺す・下に宜しく上に宜しからずで、断語に上下皆屯難と言い、凡そ占えば行事の乖張・醜事の外揚するを主る。
鬼墓:干支上神發用,或作干鬼干墓,支鬼支墓,既作是鬼,又為干墓,統困之體,守己待明。歷德:貴人臨卯酉為歷德。干支陰陽在貴人前為蹉跎,在貴人後為微服;陽前陰後為定,陰前陽後為失機,統隨之體,鳴驚失鳳。
「鬼墓」。日干あるいは日支の上神が発用し、この神が偏偏として既に日干の官鬼でありまた日干の墓庫であるか、あるいは既に日支の官鬼でありまた日支の墓庫であるか——既に鬼を作して我を克し、また墓を作して我を収むれば、この格を成す。これは困卦の体に統属し、困は沢の中に水なく君子は命を致し志を遂ぐで、断語に本分を守り静かに天明を待つと言い、凡そ占えば身が困頓に陥り、ただ堅忍自守すべく妄動して脱を求むべからざるを主る。「歴德」。天乙貴人が卯位あるいは酉位に臨むを、歴德と呼ぶ。日干・日支の陰陽神が貴人の前に落ちるを「蹉跎」と呼び、時機を错过することを主り、貴人の後に落ちるを「微服」と呼び、隠蔵して顕れざるを主る。陽神が前に陰神が後にあるを「定」とし、その常位を得る。陰神が前に陽神が後にあるを「失機」とし、位次が顛倒する。これは随卦の体に統属し、随は時に随いて動くで、断語は底本「鳴驚失鳳」と作るも字に訛脱あり、大意はなお一鳴の機は縦れども即逝くにあり、凡そ占えば進退に時を審らかにすべく、早き一歩も遅き一歩も成らざるを主る。
盤珠(天心):太歲月建及日時並三傳,皆在四課這中,或歲月日時俱在四課之上,統大壯之體,鳳翔丹山。全局(潤下、炎上、曲直、從革、稼穡):水局(申子辰)、火局(寅午戌)、木局(亥卯未)、金局(巳酉丑)、土局(辰戌丑未),凡三傳行三合,統大畜之體,同類歡會。
「盤珠」、又名は天心。太歳・月建と日・時および三伝が、統べて四課の内に落ち(底本の「四課這中」は「四課之中」とすべき)、あるいは太歳・月建・日・時の四者がみな四課の上に圧し、全盤の要素が一处に収攏し、珠が盤中に聚まるがごときなれば、この格を成す。これは大壮の体に統属し、大壮は剛にして動き雷の天上にありで、断語に鳳凰丹山に翔ぶと言い、凡そ占えば一挙にして衆美畢集することを主り、全課中気象最も盛んの格局である。「全局」は、潤下・炎上・曲直・従革・稼穡の五種に分かれる。申子辰が水局に合するを潤下とし、寅午戌が火局に合するを炎上とし、亥卯未が木局に合するを曲直とし、巳酉丑が金局に合するを従革とし、辰戌丑未が土局に聚まるを稼穡とする。凡そ三伝がちょうど一つの三合に走り成れば、この格を成す。これは大畜の体に統属し、大畜は剛健篤実にして蓄うる者大なりで、断語に同類相聚まりて歓会すと言い、凡そ占えば一気専旺にして力量集中し・事を成すこと甚だ速しを主るも、ただし偏枯に失するを免れず、この一局が日干に対して生か克かを見るを要する。
元胎:孟神發用,傳用四孟。蓋四孟為四生之局,又為五行受□之位。如寅加巳、巳加申,為進肯長生,名病胎,乃上生下,為五行病處;寅加亥、亥加申,為退步長生,名生胎,乃下生上,是身旺之鄉,統家人之體,花開結子。如子孫空亡為不育,返吟為絕胎。
「元胎」。寅・申・巳・亥の四孟の神が発用し、三伝の用いるところもみな四孟なれば、この格を成す。四孟は水火金木が各々長生するところであり、また五行が気を受け胎を成す位子である(底本の「受□之位」は一「気」字を欠く)。原注は二種に分かつ。寅が巳に加わり巳が申に加わる这一路は、前へ趕りて長生を過ぎ越すで(底本の「進肯」は「進歩」とすべき)、「病胎」と呼ぶ。これは上神が下神を生じて気が下に泄れ、ちょうど五行の病地に当たるからである。寅が亥に加わり亥が申に加わる这一路は、退きて長生に回るで、「生胎」と呼ぶ。これは下神が上神を生じて気が上に聚まり、まさに身旺の郷であるからである。これは家人の体に統属し、家人は内外各々その位を正しくし一家和睦するで、断語に花開きて後に子を結ぶと言い、凡そ占えば孕育の成有り・後嗣の期すべきを主る。原注はまた言う、もし子孫爻が旬空に落ちれば、不育を主り、もし課が返吟と成れば、胎気の断絶を主る。
連珠:用神在一方,相連作中末;或三傳孟傳季相連,或歲月日時連,或寅卯辰之類,統復之體,山外表山。問傳:凡課間位作三傳,統巽之體,陰陽升降。六純:三傳俱陽為六陽,俱陰為六陰,統革之體,天淵懸隔。
「連珠」。初伝の用神と中伝・末伝が同じ一方に在りて挨次相連なるか、あるいは三伝が孟神より季神に伝わり一路相接するか、あるいは太歳・月建・日・時の四者が相連なるか、あるいは三伝がちょうど寅卯辰・巳午未のごとき順序なれば、この格を成す。これは復卦の体に統属し、復は一陽来復して往来疾なきで、断語に山の外にまた山有り(底本の「山外表山」は「山外有山」とすべき)と言い、凡そ占えば一事に一事接し連綿として断えず、好事は固然踵を接するも、麻煩もまた串を成すことを主る。「間伝」。三伝が緊挨せずして、一位を隔てて取り成す(底本は「問伝」と題し、「問」は「間」字の訛り)。これは巽卦の体に統属し、巽は風・入で、断語に陰陽一升一降と言い、凡そ占えば事が跳躍して進行し中間にまた曲折有りを主る。「六純」。三伝がもし寅辰午申戌子の这一路の全陽なら「六陽」と呼び、もし卯巳未酉亥丑の这一路の全陰なら「六陰」と呼ぶ。これは革卦の体に統属し、革は水火相息び変故更新するで、断語に一は天上に在り一は深淵に在り両相接せずと言い、凡そ占えば孤陽生ぜず孤陰長ぜず・事が一頭に偏して調和し難きを主る。
順十二格(三伝をもって言う)
登三天(辰午申):巳午未申四位為天。蓋龍登天則行雨,官登天位主遷轉,惟忌空脫。占爭訟轉大,占病彌深,占行人即至,久旱而占則雨之類。出三天(午申戌):戌為天頭,凡占事情還大,病訟皆凶。涉三淵(申戌子):亥子丑寅歷地,如履春冰蹈虎尾之象,病訟危險,目前阻隔,占官不吉,課望不成之類。
以下の十二格はみな三伝の順行して位を隔てて相連なるに按じて分かつ。「登三天」、三伝は辰・午・申。巳午未申のこの四位は盤上の天位で、三伝は一路この四位へ向かって昇る。龍が天に登れば行雨をなし、官員が天位に登れば升遷調転を主る。ただ旬空に落ちるを怕れ、脱気を怕れるのみ。凡そ争訟を占えば訟事は大いに鬧ぎ、疾病を占えば病勢は加深し、行人を占えば人は即刻到り、久旱の時に雨を占えば必ず雨を得る——いずれも気勢が向上し来勢が加倍する応験である。「出三天」、三伝は午・申・戌。戌は天位の尽頭で、三伝は天位を越えて出ず。凡そ占えば事はかえっていっそう大なり(底本の「還大」は「愈大」とすべき)。病を占い訟を占えばいずれも凶を主る。「渉三淵」、三伝は申・戌・子。亥子丑寅のこの四位は盤上の地位で、三伝は一路下へ向かって走り、春の薄冰を踏み虎の尾を踏むがごとし。病を占い訟を占えばいずれも危険で、眼前に重々の阻隔あり、官を占えば吉ならず、謀望は成らず。
入三淵(戌子寅):凡舉皆凶,或末傳乘蛇虎,為鬼煞,占病必死。向陽(子寅辰):子乃北方幽暗這神,寅辰乃日出之方,自暗人明,凡事初凶後吉,病癒訟解,人情皆美。出陽(寅辰午):午后陰生,自寅傳午,有出陽之象,凡占災各相仍,病訟均凶也。
「入三淵」、三伝は戌・子・寅。渉三淵よりさらに一层深く、すでに淵の底に沈んだ。凡そ挙動有れば凶ならざるなし。もし末伝にさらに螣蛇・白虎に乗れば、すなわち鬼煞を成し、病を占えば必ず死す。「向陽」、三伝は子・寅・辰。子は北方の幽暗の神で(底本の「這神」は「之神」とすべき)、寅辰は太陽の昇る方位で、三伝は暗処より明処へ向かって走る(底本の「自暗人明」は「自暗入明」とすべき)。ゆえに凡事は初め凶にして後に吉、病は能く愈え、訟は能く和解し、人情もみな転じて好くなる。「出陽」、三伝は寅・辰・午。午の後には一陰便ち生ず。三伝は寅より午に伝わり、まさに陽気が尽頭に走りて界を出んとする様子。ゆえに凡そ占えば災禍接続して相因り(底本の「災各」は「災咎」とすべき)、病を占い訟を占えばいずれも凶。
出戶(丑卯巳):卯為門戶,巳為地戶,凡占君子長揚,小人狐疑。盈陽(卯巳未):卯巳為三陽,未乃明之始,自卯傳巳未,為日中將昃,陽盈巳極,凡事急就吉,遲干凶。變盈(巳未酉):陽至午為陰,未為一盈,凡事皆凶,占官補黜,占疾新病死,久病癒。
「出戸」、三伝は丑・卯・巳。卯は門戸、巳は地戸で、三伝は内より門を出でて行く。凡そ占えば君子がこれを得れば声名遠く揚がり(底本の「長揚」は「張揚」とすべき)、小人がこれを得ればかえって狐疑して定まらず、敢えて頭を出さない。「盈陽」、三伝は卯・巳・未。卯と巳はちょうど三陽開泰の時に当たるも、未は明より暗に転ずる起点で、三伝は卯より巳・未に伝わり、日の中天に至りて便ち西に偏せんとするがごとく、陽気はすでに盈満して極処に至る。ゆえに凡事は急いで為せば則ち吉、遅疑すれば凶(底本の「遅干凶」は「遅則凶」とすべき)。「変盈」、三伝は巳・未・酉。陽気は午に至れば陰に転じ、未は盈満の後の第一歩の下坡で、ゆえに凡事みな凶。官職を占えば貶黜を主り、疾病を占えば新病の者は死し久病の者はかえって痊愈する——久病の人はもともとすでに陽消しており、盈に変じて下るはまさにその勢に合するからである。
入冥(未酉亥):酉亥為日冥之時,陽消陰長之象,凡占事速為則可,緩則不及也,病訟官祿均不利益,此吉漸消而漸長其凶。凝陰(酉亥丑):亥丑屬北,冬令陰氣凝結,有嚴霜堅冰之象,凡占有淫慾奸盜之事,多主幽暗不明。溟濛(亥丑卯):亥丑為陰,卯乃微陽,二陰下見微陽,正在溟濛之時,凡占者事體不真,□憂懼不寧,進退未決之貌。
「入冥」、三伝は未・酉・亥。酉と亥は日光の沈没する時で、まさに陽消陰長の象。ゆえに凡そ占えば事は急いで弁ずればなお及ぶも、一たび慢くなれば及ばず。病を占い・訟を占い・官を占い・禄を占うもいずれも利益を得ず、吉処は一分々消減し凶処は一分々増長する。「凝陰」、三伝は酉・亥・丑。亥丑は北方に属し、ちょうど冬令に当たり、陰気が凝結して厳霜堅冰の象あり。凡そ占えば多く淫欲・奸盗の類の事を出し、しかも大抵幽暗にして明らかならず、光を見るべからず。「溟蒙」、三伝は亥・丑・卯。亥丑は純陰で、卯はわずかに一点の微陽、两重の陰気の下に剛めて一線の微陽を透かし出すは、まさに天将に明けんとして未だ明けず・霧気溟蒙たる時。凡そ占えば事体の真ならず虚実弁じ難く・人心の憂懼して安からず・進退に主意を拿り定め難きを主る(底本のこの句の中間に闕文あり、敢えて臆補しない)。
逆十二格(亦三伝をもって言う)
冥陰(戌寅子):寅為日出曉方,子戌陰氣盛旺,相退入陰,凡占事自明入暗,防其暗損,占官最凶。偃蹇(子戌申):申乃陰方,自子傳申,以陰入陰,凡占事迷暗不明,出入動作皆不吉。悖戾(戌申午):午乃陰氣始生,申戌由之而盛旺,占賊不狨,行人未來,作事成禍。
以下の十二格はみな三伝の逆行して位を隔てて相連なるに按じて分かつ。「冥陰」、三伝は戌・寅・子(逆行の通例に依れば寅・子・戌とすべきも、底本の字序はこの如し、姑く照録す)。寅は太陽初めて昇る清晨の方位で、子と戌は陰気まさに盛ん。三伝は明処より陰処へ退き回る。凡そ占えば事は明より暗に入り、暗中に損を受くるを提防すべく、官を占えば最も凶。「偃蹇」、三伝は子・戌・申。申は陰方に属し、三伝は子より申に伝わるは、陰をもって陰に入り、行くほど暗くなる。凡そ占えば事は迷蒙にして明らかならず、出門するも動作するもいずれも吉利ならず。「悖戻」、三伝は戌・申・午。午は陰気初めて生ずる処で、申戌はそれを承けて陰気転じて盛んとなり、一路悖逆して行く。盗賊を占えば捉え得ず(底本の「不狨」は「不獲」とすべき)、行人を占えば来らず、事を作ればかえって禍を惹く。
凝陽(申午辰):辰為一陽,申午俱陰,陽凝在陰,凡占事未了,行人來緩,占訟留連,謀望均遲。僱祖(午辰寅):午為寅之子孫,寅乃之長生,如子僱母,凡求財謀望皆吉,占行人來,庚日占病為凶,占官則大吉。涉疑(辰寅子):陽主進,寅子主退,凡占事進退不決,行人不來,官病皆凶。
「凝陽」、三伝は申・午・辰。辰は一陽初めて起こる地で、申と午はいずれも陰に属し、陽気は陰気の中に凍結されて動けない。凡そ占えば事は弁じ尽くせず、行人の来るは慢く、訟を占えば拖延して決せず、謀望もみな遅滞す。「顧祖」、三伝は午・辰・寅(底本は「雇祖」と作るも「雇」は「顧」とすべき)。午は寅の生ずる子孫で、寅はまた午の長生の地(底本の「寅乃之長生」は一字を脱し、「寅乃午之長生」とすべき)、三伝は午より寅に退き回るは、兒子が頭を回して母親を照顧するがごとし。凡そ財を求め謀を望めばいずれも吉、行人を占えば人は帰り来る。ただ庚日に病を占えば凶、官職を占えば大いに吉。「渉疑」、三伝は辰・寅・子。陽気は本前進を主るも、寅と子は一路後退し、進退相持す。凡そ占えば事は猶豫して決せず、行人は来らず、官を占い病を占えばいずれも凶。
極陰(丑亥酉):陰主退,自丑傳酉,以陰入陰而終於極,凡占事或有淫亂而生疾,若占病必死。時遁(亥酉未):酉為太陰,未中之丁為玉女,有遁走之象,占行人不來,出行不出,捕盜不獲,君子有吉,小人乃凶。歷明(酉未巳):巳為陽明之地,自酉傳巳,叢暗入明,凡舉皆由勉強而為,君子利取祿位,小人宜早營運。
「極陰」、三伝は丑・亥・酉。陰気は本後退を主り、三伝は丑より酉に退くは、陰をもって陰に入り退くに尽頭に到る。凡そ占えばあるいは淫乱によりて疾病を生ず。もし病を占えば、必ず死して疑いなし。「時遁」、三伝は亥・酉・未。酉位の乗るは太陰、未の中に蔵する丁火を玉女と称し、太陰と玉女はいずれも隠匿を主る。ゆえに遁走して身を蔵する象有り。行人を占えば来らず、出行を占えば出ずるを成さず、盗を捕えんとすれば捉え得ず。君子がこれを得れば退蔵して身を保ち吉を得べく、小人がこれを得れば責任を逃避して凶となる。「歴明」、三伝は酉・未・巳。巳は陽気まさに明の地で、三伝は酉より巳に伝わるは、暗処より明処に走り入る(底本の「叢暗」は「従暗」とすべき)。ただし退行して明に向かうゆえ、凡そ挙動有ればみな勉強して力を用いてこそ成る。君子はこれに乗じて禄位を謀取するに宜しく、小人は早めに生計を経営するに宜しい。
回明(未巳卯):未乃一陰,巳卯二陽,自未傳卯,由陰而至於陽,凡事不宜急舉,只宜緩進,久雨則睛,吉事漸成,而凶事漸消也。轉悖(巳卯丑):巳卯二陽,丑乃純陰,陽傳至陰,避明向暗,凡占主家業不振,作事邪魔,不知守分安命。斷澗(卯丑亥):卯為一陽,丑亥二陰,自卯傳亥,乃一陽深入二陰,暗長明消之象也,凡占君子退職,小人遇凶。凡課之體格備於斯矣,初學者可不明乎。
「回明」、三伝は未・巳・卯。未は一陰初めて生じ、巳と卯はいずれも陽で、三伝は未より卯に退くは、陰より陽に回る。凡事は急いで挙動するに宜しくなく、ただ慢々として推進するに宜しい。久雨にこれを得れば天は晴れ放ち(底本の「則睛」は「則晴」とすべき)、吉事は一点々成り、凶事は一点々消退す。「転悖」、三伝は巳・卯・丑。巳と卯はいずれも陽で、丑は純陰、三伝は陽より陰に伝わるは、光明を背いて黑暗に走る。凡そ占えば家業の振るわず・事を作して邪祟を招惹し・人もまた安分して己を守り天に任せるを肯んぜざるを主る。「断澗」、三伝は卯・丑・亥。卯は一陽で、丑と亥はいずれも陰、三伝は卯より亥に退くは、一点の陽気が深く两重の陰気の中に陥る、暗長じ明消ゆるの象で、行路に断崖深澗に遇うがごとし。凡そ占えば君子は退職罷官を主り、小人は兇険に遭遇するを主る。六壬各課の体格はここに至りて全て具備す。初学の人はどうしてこれを弄明白にしないでいられようか。
占要
凡占之要,大約有五:一曰年命,即占人之行年本命;二日類神,隨其所占而求其類,詳其神將之吉凶;三曰日辰,今日之干為日,今日之支為辰;四曰發用,即初傳也;五曰正時,即所占之時也。此謂五要。
凡そ課を占うに、要領はおおよそ五条ある。第一条は「年命」、すなわち事を問う人の行年と本命の二字である。第二条は「類神」、占う事に随いてそれと同類のその一位の神を探し、さらにこの位の神とその乗る天将の吉凶を詳審する(底本の「二日」の「日」は「曰」とすべき)。第三条は「日辰」、当日の天干を「日」と呼び、当日の地支を「辰」と呼ぶ。第四条は「発用」、すなわち初伝である。第五条は「正時」、すなわち課を起こすその時辰である。この五条を合わせて「五要」と称し、占断のときは一つとして欠くべからず。下文はそれぞれ申して説く。
而日辰之分屬者,不可不辨。占家宅,則日為人,辰為宅;占婚姻,則日為男,辰為女;天庭求事,則日為舉主,辰為臣,為我;占選舉,則日為占人,辰為品職;占詞訟,則日為起訟之人,辰為對訟者;占疾病,則日為人,辰為病,又這醫藥;胎產則日為子,辰為女。
五要の中で、日と辰が各々何を代表するかは、占う事に随いて変わる。これは必ず分辨し清楚にせねばならない。家宅を占うは、日干は人を代表し日支は房宅を代表する。婚姻を占うは、日干は男方を代表し日支は女方を代表する。朝廷に向かって差事を謀るは、日干は薦挙の主家を代表し日支は臣属を代表する、すなわち自己のこちら側である(底本のこの条の文字は脱乱有り)。選挙・授職を占うは、日干は占問の人を代表し日支は求める品級職位を代表する。官司を占うは、日干は訟を興す一方を代表し日支は訟に対する一方を代表する。疾病を占うは、日干は病人を代表し日支は病症を代表し、同時に医薬を兼ね見る(底本の「又這医薬」は「又主医薬」とすべき)。胎産を占うは、日干は胎児を代表し日支は産婦を代表する。
占交易,則日為人,辰為物;占墳墓,則日為人,辰為墓;占奴僕,則日為主,辰為僕;占出行,則日為住為陸,辰為往為水;占求望,則日為我,辰為他;占動靜,則日為動為來,辰為靜為應;占博奕,則日為我為我物,辰為他為他物;占漁獵,則日為人,辰為物。此皆占事之大略,所當辨者也。
さらに下へ。交易・売買を占うは、日干は人を代表し日支は貨物を代表する。墳墓・風水を占うは、日干は生人を代表し日支は墓穴を代表する。奴婢・僕従を占うは、日干は主人を代表し日支は僕役を代表する。出門・遠行を占うは、日干は留まる一方を代表しまた陸路を代表し、日支は往く一方を代表しまた水路を代表する。求め謀り期望するを占うは、日干は我を代表し日支は他人を代表する。動静・去留を占うは、日干は動を代表し来を代表し、日支は静を代表し応を代表する。賭博・博戯を占うは、日干は我と我の賭け金を代表し、日支は相手と相手の賭け金を代表する。漁猟・捕取を占うは、日干は猟人を代表し日支は猟物を代表する。以上は各類の事を占う大概の分属で、いずれも弁明すべきものである。分属が一たび定まれば、次に日と辰の間の生克を見れば、事の主客・強弱が明白となる。
而日辰之喜忌,又不可不察。所喜者曰日德、曰支德、曰月德、曰三合、曰六合、曰吉將、曰日祿、曰生曰旺;而所忌者,鬼墓刑沖破害,亦所當察者也。日辰既審,次觀發用,視其與日辰生剋制化何如?更又當審其所乘之天官何如。(天官即十二貴人)
日と辰には各々喜ぶところ有り、各々忌むところ有りで、これもまた察せずにはいられない。喜ぶところは、日德・支德・月德、三合・六合、吉将、日禄、および当生・当旺の気——この几样が日辰に臨めばいずれも順遂を主る。忌むところは、官鬼・墓庫、および刑・冲・破・害——この几样が日辰に臨めばいずれも阻滯を主る。日辰が審定された後、続いて発用を見る。すなわち初伝で、それと日干・日支との間が生か克か・制か化かを見る。さらに一歩進めて、この一位の発用の神の乗る天官が哪一位かを審察しなければならない(原注にいう、天官はすなわち十二位の貴人天将)。この一层は最も緊要に関わる。同一の神が異なる天将に乗れば、断法は全く二様となるからである。下文は日干に按じて分列する。
甲乙日用起:天乙(官中口舌)、螣蛇(虛驚不實)、朱雀(外人咒咀)、六合(和合六親)、勾陳(貴中嗔怒)、青龍(求財有害)、天后(陰暗不明)、太陰(走失之事)、元武(盜賊為妄)、太常(灑食爭鬥)、白虎(門戶不安)、天空(主人虛疑)。丙丁日用起:天乙(貴人不和)、螣蛇(寤寐不安)、朱雀(口舌之事)、六合(因財有憂)、勾陳(田財有訟)、青龍(因財有撓)、天后(陰人有爭)、太陰(求雨不決)、元武(盜來賊欺)、太常(宅中有撓)、白虎(家業不寧)、天空(奴僕為盜)。
甲日・乙日に発用の神の乗る天将は、各々一事を主る。天乙貴人に乗れば、官府の中に口舌起こるを主る。螣蛇に乗れば、虚驚一场にして実事なきを主る。朱雀に乗れば、外人の咒罵・詛咒を主る。六合に乗れば、六親の和睦相合を主る。勾陳に乗れば、貴人の面前で嗔怒に遭うを主る。青龍に乗れば、財を求めてかえって損を受くるを主る。天后に乗れば、陰私の事の晦暗不明を主る。太陰に乗れば、人口の走失を主る。玄武に乗れば、盗賊の詐妄を行うを主る。太常に乗れば、酒食により争闘を起こすを主る(底本の「洒食」は「酒食」とすべき)。白虎に乗れば、門戸の安寧を得ざるを主る。天空に乗れば、主人の心中に虚疑を生ずるを主る。丙日・丁日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、貴人と不和するを主る。螣蛇に乗れば、睡臥の安からざるを主る。朱雀に乗れば、口舌是非を主る。六合に乗れば、財により憂を生ずるを主る。勾陳に乗れば、田産・銭財に訟を興すを主る。青龍に乗れば、財により擾を受くるを主る。天后に乗れば、女子と相争うを主る。太陰に乗れば、雨を求むる事の未だ決せざるを主る。玄武に乗れば、盗賊門に上りて欺凌するを主る。太常に乗れば、家宅の中に攪擾有るを主る。白虎に乗れば、家業の寧ならざるを主る。天空に乗れば、奴僕の監守自盗を主る。
戊己日用起:天乙(見官有盜)、螣蛇(小人有撓)、朱雀(文字不明)、六合(先接和爭)、勾陳(賊盜憂疑)、青龍(因財慶賀)、天后(因外有撓)、太陰(求用開匿)、元武(有財逢盜)、太常(兄弟失理)、白虎(小口有災)、天空(家門不寧)。庚辛日用起:天乙(貴人尋事)、螣蛇(皇信有疑)、朱雀(文字不寧)、六合(求財不遂)、勾陳(交加訟起)、青龍(因財喜慶)、天后(走失小口)、太陰(人慾謀己)、元武(失財有喜)、太常(因件為害)、白虎(有病不安)、天空(有喜不成)。
戊日・己日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、官に見えて失窃に遇うを主る。螣蛇に乗れば、小人の攪擾を受くるを主る。朱雀に乗れば、文書・字据の清からざるを主る。六合に乗れば、先に和を講じて後にまた争うを主る(底本の「先接和争」の文字は訛り有り)。勾陳に乗れば、盗賊の事のため憂疑するを主る。青龍に乗れば、財によりて慶賀有るを主る。天后に乗れば、外人により擾を受くるを主る。太陰に乗れば、求むる事の人に隠匿せらるるを主る。玄武に乗れば、財有れど盗に遇うを主る。太常に乗れば、兄弟の間に道理を失うを主る。白虎に乗れば、家中の小児に災有るを主る。天空に乗れば、家門の安寧を得ざるを主る。庚日・辛日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、貴人が事を尋ね挑剔するを主る。螣蛇に乗れば、音信の疑わしきを主る。朱雀に乗れば、文書の寧ならざるを主る。六合に乗れば、財を求めて遂げざるを主る。勾陳に乗れば、訟事の交じりて起こるを主る。青龍に乗れば、財により喜慶を得るを主る。天后に乗れば、小児の走失を主る。太陰に乗れば、人の自己を図謀する有るを主る。玄武に乗れば、財を失う中にかえって喜有るを主る。太常に乗れば、某事により害を受くるを主る。白虎に乗れば、病有りて安からざるを主る。天空に乗れば、喜事の成らざるを主る。
壬癸日用起:天乙(小人有撓)、螣蛇(火怪驚疑)、朱雀(小人論官)、六合(財星有喜)、勾陳(同土勾連)、青龍(因人失事)、天后(陰小之災)、太陰(出人闇昧)、元武(途中逢盜)、太常(不家人和)、白虎(道路虛疑)、天空(詐騙不實)。
壬日・癸日に発用の乗る天将は、天乙貴人に乗れば、小人の攪擾を受くるを主る。螣蛇に乗れば、火災・怪異の驚疑を主る。朱雀に乗れば、小人が官に告げて理を論ずるを主る。六合に乗れば、財星門に臨みて喜有るを主る。勾陳に乗れば、同伙と勾連して牽累せらるるを主る(底本の「同土」は「同伴」とすべき)。青龍に乗れば、他人によりて事を誤るを主る。天后に乗れば、婦女・幼小の災を主る。太陰に乗れば、出入・行蔵の暗昧を主る(底本の「出人」は「出入」とすべき)。玄武に乗れば、途中に盗に遇うを主る。太常に乗れば、家人の和せざるを主る(底本の「不家人和」は「家人不和」とすべき)。白虎に乗れば、道路上に虚驚を生ずるを主る。天空に乗れば、人の詐騙を受け事の実に属さざるを主る。以上の五組は日干に按じて分列し、同じ一位の天将が異なる日干の上では主る事が各々相同じからず、まさに前文『凡例』の言う「此に在りては吉、彼に在りては凶と成る」の道理である。
更宜考其類神之吉凶何如,現否何如,決以年命上神吉凶如何,與日神辰神生克如何。又參以正時:如時與日合為外和,與日害為外憂,與辰合為內和,與辰害為內憂。又當審其日財、日馬、日官鬼、日印綬之類,則占無遺義矣。此難舉其大略,實五要之樞紐也。
さらに一歩進めて、なお占う事の類神の吉凶如何・この位の類神が課中に出現したや否やを考察すべきである。然る後に行年・本命上神の吉凶如何、およびそれと日干の神・日支の神とが相生するや相克するやに取り決むべし。このほかなお正時を参看すべし。占時が日干と相合すれば、外面の和順なり。占時が日干と相害すれば、外面に憂有り。占時が日支と相合すれば、家内の和順なり。占時が日支と相害すれば、家内に憂有り。最後にさらに日財・日馬・日官鬼・日印綬の類の日干と直接掛鈎する神を審察し、これらを看遍くして後、占断に遺漏の義理なからん。ここはただその大略を挙ぐるのみ(底本の「此難挙其大略」は「此謹挙其大略」とすべき)。実際、この一節はまさに「五要」運用の総枢紐である。
占応
占事尚應期,證其驗也。有取決於五行者(水一、火二、木三、金四、土五是也),有取決於大衍數者(子午九、丑未八、寅申七、卯酉六、辰戌五、巳亥四是也),有取決於末傳者(吉事取末傳合處所臨神為成期,凶事取末傳沖處所臨神為散期)。
事を占うには「応期」を最も重んずる。すなわち事がいつの時に兌現するかを断定し、これをもって課断の准否を験証する。応期を定める弁法は一種に止まらない。五行の成数に按じて取る者有り。水は一を取り、火は二を取り、木は三を取り、金は四を取り、土は五を取り、几を得れば几の日あるいは几の月に応ず。あるいは『易・繫辞』の大衍の数に按じて取る者有り。子午は九に配し、丑未は八に配し、寅申は七に配し、卯酉は六に配し、辰戌は五に配し、巳亥は四に配す。あるいは末伝に按じて取る者有り。吉事は末伝と相合するその一位の臨む神を取り、もって事の成る期とし、凶事は末伝と相冲するその一位の臨む神を取り、もって事の散ずる期とする。三法は各々宜しき所有り、用いるときは占う事の哪の類に属するかを見るべし。
然皆不如決之於發用。(用是日則日應,用是辰則旬內應,太歲一年,月建一月,四立季內,正時日前,節應半月,候應五日。大抵用起第一課、第二課,兼天乙順行,在貴人前者,應事必速;用起第三課、第四課,兼天乙逆行,在貴人後者,應事必緩。又用起第四課者,名驀越課,事難到度,驀然而成。)
ただしこの几種の弁法は、いずれも直接発用の神の上より応期を取るに如かず准なる。原注は取法を列す。初伝がもし当日の日辰ならば、すなわち当日に応ず。もし本旬の支辰ならば、本旬の内に応ず。もし太歳より起これば、一年の内に応ず。月建より起これば、一月の内に応ず。四立の神より起これば、本季の内に応ず。正時より起これば、すなわち当日の前に応ず。節の上に応ずるは半月を算え、候の上に応ずるは五日を算える。大体の規律は、用神が第一課・第二課より起こり、同時に天乙貴人が順行し、用神がまた貴人の前に落ちるは、事の応験は必ず速し。用神が第三課・第四課より起こり、同時に天乙貴人が逆行し、用神がまた貴人の後に落ちるは、事の応験は必ず慢し。このほか、用神が第四課より起こるを「蓦越課」と呼び、事は常をもってその期限を推算し難く、往々人の意表を出でて忽然として成り辦ぐ。
又有應期神之說,謂用起亥子(則以壬上神為應期),寅卯(則取辰上神),巳午(則取未上神),申酉(則取戌上神)是也。(上神者以天盤言之也)又有關格之說,謂辰加子為天開,加午為地關開,所為之事必自天時地利關阻也;辰加卯為天格,加酉為地格,凡遇之必因天時地利隔阻也。皆當參看。
このほかまた「応期神」の一説有り。用神が亥あるいは子より起こるは、すなわち壬の寄宮の上の神を取って応期と作す。寅あるいは卯より起こるは、辰上の神を取る。巳あるいは午より起こるは、未上の神を取る。申あるいは酉より起こるは、戌上の神を取る——いずれも本方の最后一位の墓庫の神を取る。原注は説明して、ここの「上神」はみな天盤に就いて言うとす。このほかまた「関格」の一説有り。天罡の辰が子に加わるを「天関」と呼び、午に加わるを「地関」と呼び(底本の「天開」「地関開」の文字は訛り有り)、凡そこれに遇えば、為す事は必ず天時あるいは地利に関し留めらる。天罡の辰が卯に加わるを「天格」と呼び、酉に加わるを「地格」と呼び、凡そこれに遇えば、事は必ず天時あるいは地利によりて隔阻して通ぜず。これらはみな併せて参看すべきである。
占宗
課傳既立,玩而占這,必有所宗,神將之類不可不審。神克將為內戰,難吉有咎;將克神為外戰,難凶可解。太歲乃天元一炁,號令四時,為五行之標,歲功之本,眾煞之主,至尊之神,是謂朝廷。若作貴人,不必人傳,皆有救肋,惟不救病。
四課・三伝がすでに排定せられ、玩味して推占する時(底本の「占這」は「占之」とすべき)、必ず帰宗する処有るべし。その中の神と将のこの一层は最も審にせずにはいられない。地支の神がその上に乗る天将を克しに行くを「内戦」と呼び、縦に吉課なりとも咎を帯び、天将がその下に乗る神を克しに行くを「外戦」と呼び、縦に凶課なりとも解す可し(底本の二つの「難」字はいずれも「虽」とすべき)。太歳は天元の一団の元気で、四時を号令し、五行の標準・一年の功業の根本・衆煞の主宰にして、最も尊貴の一位の神で、人事に比すれば朝廷である。太歳がもし貴人に充当すれば、それの三伝に入るを待つを要せず、凡事みな救助有り(底本の「救肋」は「救助」とし、「人伝」は「入伝」とすべき)。ただ疾病を占うときのみそれは救い得ず。
月將乃幽明之司,動靜之機,禍福之始。在日為福德,在辰為龍德,臨發用及行年本命皆臨支,宅生輝光;臨元武賊必敗,乘天空或空亡為光輝之象。其屬為臺省部院,帶天馬為使命,乘青龍為公卿、為太常、為武職,乘白虎為權臣,乘勾陳為大將,乘朱雀羽林,乘螣蛇為軍騎。旬丁為變動之神,附以魁罡,傳以二馬,乘以龍合太陰,萬里飛騰之象。
月将は幽明両界を掌管する官長で、動静の枢機・禍福の起点である。それが日干の上に落ちるを「福德」と呼び、日支の上に落ちるを「龍德」と呼ぶ。それが発用に臨むか、あるいは行年・本命に臨むか、あるいは日支に臨むかは、いずれも家宅に輝を生ずるを主る。それが玄武に臨めば、盗賊は必ず敗露す。それが天空に乗るかあるいは旬空に落ちれば、かえって光ありて実なき象と成る。官署に比すれば、月将は台省部院のこの一級に属す。天馬を帯びれば便ち命を奉じて出使する人、青龍に乗れば便ち公卿・太常の類の清貴の職あるいは武職、白虎に乗れば便ち権を握る臣、勾陳に乗れば便ち兵を統べる大将、朱雀に乗れば便ち羽林の近衛、螣蛇に乗れば便ち軍中の騎卒である。「旬丁」に至っては、変動を主る神で、もしさらに河魁・天罡を附し、三伝の裏にまた駅馬・天馬の両馬を帯び、併せて青龍・六合・太陰に乗れば、便ち万里飛騰の象で、遠行を主り驟かの升遷を主る。
天乙貴人握尊權,蒞天人,隨在無犯,臨日辰年命發用最吉。螣蛇為驚恐,為卑賤,若占怪異視蛇之陰,而小兒病亦責之。朱雀為口舌,為文書,若占異舉視雀之陰,月移之類亦責之。六合為私合,若占婚姻視合之陰。勾陳為遲滯,為汙蜀,為私慾鬥爭,若占詞訟視勾之陰。青龍為富貴,為生發,若占求財視龍之陰。
十二天将は各々専主有り。凡そ某類の事を占うには、その将本身を見るほかに、なおその陰神を見るべし。天乙貴人は尊貴の権柄を握り、天上人間を統臨し、至る処人の敢えて犯す者なく、それが日干・日支・行年・本命の上あるいは発用に臨めば、最も吉利である。螣蛇は驚恐を主り、また卑賤の人を主る。凡そ怪異の事を占えばすなわち螣蛇の陰神を見、小児の病もまたそれに帰して管せらる。朱雀は口舌を主り、また文書を主る。凡そ非常の挙動を占えばすなわち朱雀の陰神を見、書信の往来伝遞の類もまたそれに帰して管せらる。六合は私下の結合を主る。凡そ婚姻を占えばすなわち六合の陰神を見る。勾陳は遅滞を主り、また汚濁の糾纏・私欲の争闘を主る(底本の「汚蜀」は「汚濁」とすべき)。凡そ詞訟を占えばすなわち勾陳の陰神を見る。青龍は富貴を主り、また生発繁栄を主る。凡そ財を求めるを占えばすなわち青龍の陰神を見る。
天空為虛誕,若占僕從視空之陰。白虎為道路,為喪病,若占疾病視虎之陰;若作日鬼帶馬,為催官使者。太常為衣服,為酒食,若占筵會衣服視常之陰。元武為盜賊,為虛耗,為邪淫,若占捕盜視武之陰。太陰為不顯,若占婢媵視陰之陰。天后為恩澤,若占妻妾視後之陰,而婦人病亦責之。
天空は虚妄不実を主る。凡そ奴僕・随従を占えばすなわち天空の陰神を見る。白虎は道路を主り、また喪事・疾病を主る。凡そ疾病を占えばすなわち白虎の陰神を見る。もし白虎がちょうど日干の官鬼を作してまた駅馬を帯びれば、かえって升官を催促する使者で、仕宦を占うときは吉である。太常は衣服を主り、また酒食を主る。凡そ筵席・聚会と衣着の事を占えばすなわち太常の陰神を見る。玄武は盗賊を主り、また虚耗・損失・邪淫の事を主る。凡そ盗賊を捕捉するを占えばすなわち玄武の陰神を見る。太陰は隠晦して顕れずを主る。凡そ婢女・侍妾を占えばすなわち太陰の陰神を見る。天后は恩沢を主る。凡そ妻妾を占えばすなわち天后の陰神を見、婦人の病もまたそれに帰して管せらる。これがいわゆる「某の陰を視る」の通例である。まず占う事と同類のその位の天将を認定し、さらにその陰神を取りてもって吉凶の深浅を定める。
日德為一日之喜神,諸事之吉象,而訪謁者亦視其陰。至於十二神各有所主,而魁罡則貴人不臨,作用反多(如魁度天門、罡塞鬼戶之類);而天罡則又隨所占而操其吉凶之柄(如加孟加仲加季之類),尤為緊切。
日德は当日の喜神で、凡事みな吉象で、凡そ拜訪・謁見の事を占うもまたその陰神を見る。十二地支の神に至っては、また各々主る所有り。その中の戌位の「河魁」と辰位の「天罡」の两位は、天乙貴人が従来臨幸せず、しかもそれらの起こす作用はかえって最も多い。たとえば河魁が天門の亥位を越え、天罡が鬼戸の丑位を堵塞するという類の説法は、みなそれらの身の上より出る。而して天罡は特に緊要で、それが占う事の不同に随いて吉凶の柄を掌握する。たとえばそれが四孟に加わる・四仲に加わる・四季に加わるは、断法各々相同じからず、用いるときは務めて留意すべし。
然神將為眾課之所同,而年命為一人之所獨。故命為一身之應,不得與太歲日上神相傷;年為用之肋,不得與日用相傷。如命上見財,求財吉;見官求官吉,餘可類推。
ただし一层を看清すべきは、神と将はすべての人がこの一課を占うに相同じだが、ただ行年・本命のみがこの人の独り有するところである。ゆえに本命は一身の休咎の応験する処で、太歳と・日干上神と相冲相克すべからず。行年は用神の輔佐で(底本の「用之肋」は「用之助」とすべき)、日干と・用神と相冲相克すべからず。反対に、本命の上に財神を見れば、財を求めればすなわち吉。本命の上に官星を見れば、官を求めればすなわち吉。残りはこれに照らして類推する。同一の課が異なる人の身に落ちて吉凶が二様なる、関鍵はまさにここに在り。
而年命上見月將者,大能消一切禍,長一切福;見二馬者還官奉詔,最利還行;見天喜者凡事吉慶;見貴人者非常喜佑;見魁罡乘凶將者百事不利;見月厭作死炁者,主有冤仇人鬼相逼,風血忌有車為驚恐;見傳送乘凶將者主疾病服藥;見登明乘凶將者主水厄;見蛇凝滯;見虎乘死炁克合而無救肋者,不出四十九日其人必死;乘生炁克命,有傳尸癆瘵之疾。若乘吉神,利於仕宦,餘可類推。
行年・本命の上に見る神は、各々専断有り。月将を見れば、最も能く一切の禍患を消除し一切の福分を増長す。駅馬・天馬の両馬を見れば、復職して詔を受くるを主り、最も往返行走に利あり。天喜を見れば、凡事吉慶。天乙貴人を見れば、非常の喜慶護佑を得る。河魁・天罡を見てまた凶将に乗れば、百事利あらず。月厭を見てまた死気を作せば、冤家仇人あるいは鬼魅の相逼る有るを主り、なお血光・車馬の類の驚恐を防ぐべし。申位の「伝送」を見て凶将に乗れば、病みて薬を服するを主る。亥位の「登明」を見て凶将に乗れば、水厄を主る。螣蛇を見れば、事の凝滞して通ぜざるを主る。白虎が死気に乗りて本命を克し来り、また別神の救助なきを見れば、四十九日を出でず、この人は必ず死す。もし白虎が生気に乗りて本命を克すれば、すなわち伝尸・労瘵の類の慢性の重病に染まるを主る。反対に、年命の上に乗るがもし吉神ならば、便ち仕途功名に利あり。残りはこれに照らして類推する。
若三傳,則初傳為心之所主,事之所向,故曰用神,要上下相生,神將比和為吉。如用神克歲,歲中災咎;克月,月中災咎;剋日,優身及尊長公訟鬼賊;克辰,家宅不安;克時,心動憂驚;克中傳,有頭無尾。中傳為事體移易,子傳母為逆,母傳子為順,鬼主事壞,墓主事止,空為折腰。末傳為事之結果,克初為吉,傳空事敗。而所宗都乃初耳。此則因神將之宗,而類推之也。
三伝に至っては、初伝は問事の人の心中の主る所・事の向かうその一頭なので、「用神」と呼ぶ。それは上下相生し神と将が比和してこそ吉とする。もし用神が太歳を克しに行けば、一年の内に災咎有り。月建を克すれば、一月の内に災咎有り。日干を克すれば、則ち憂は自身と尊長に及び、なお公門の訟事・鬼賊の侵擾を主る(底本の「優身」は「憂身」とすべき)。日支を克すれば、家宅安からず。占時を克すれば、心神浮動して憂驚を生ず。中伝を克すれば、事は頭有りて尾なし。中伝は事体の中途の変化を主る。子神より母神に伝わるは逆、母神より子神に伝わるは順。中伝が鬼を作せば則ち事は敗壊し、墓を作せば則ち事は停まり、空亡に落ちれば則ち「折腰」と呼び、中間が断えたり。末伝は事の結果で、末伝が初伝を克しに行けばかえって吉を為し、末伝が空に落ちれば則ち事は終に失敗に帰す。総じて全課の帰宗する所は、なお初伝の一位に在り。以上は神将のこの一頭より帰宗し、さらに類を逐うて推衍し出した断法である。
占意
東方朔曰:魁罡乘於武后,其人妻妾懷孕;傳送若乘青龍,占者子孫財損;勝光乘於天馬,來意必問行人;太沖加於白虎,多遭疾病天災;小吉天后相逢,婦人愛生淫泆;太吉陳常相會,男子必進田財;叢魁加於天空,奴婢逃走姦淫;登明加於太陰,酒食必逢朋友。
この一篇は課の上から来人の問う何事かを予知する法を講じ、漢代の東方朔が伝えたと托名する。戌の「河魁」・辰の「天罡」が玄武あるいは天后に乗れば、来人の家中の妻妾に懐妊有り。申の「伝送」がもし青龍に乗れば、来人は子孫に損・銭財に失有るを主る。午の「勝光」が天馬に乗れば、来意は必ず行人の消息を問うなり。卯の「太冲」が白虎に加われば、多半は疾病あるいは天災に遭いしなり。未の「小吉」が天后と相逢えば、婦人が淫佚の事を生ずるを喜ぶを主る。丑の「大吉」が勾陳・太常と相会すれば(底本の「太吉」は「大吉」とし、「陳常」はすなわち勾陳・太常)、男子が田産・銭財を添置せんとするを主る。酉の「従魁」が天空に加われば(底本の「叢魁」はすなわち従魁)、奴婢の逃走あるいは奸淫の事有るを主る。亥の「登明」が太陰に加われば、将に酒食の会・朋友の相聚まる有るを主る。
功曹若乘龍合,占者子孫歡喜;魁罡乘於元武,合主奴婢逃亡;六合小吉相逢,宜問婚姻禮聘;天罡並於勾虎,來者必爭田墳;太歲或作龍常,發用官員改轉;神后若乘龍合,女人占受皇恩;大吉或乘勾虎,墓田損破必真;從魁太沖陰武,私通門戶動搖;太乙登明陰后,值此二女爭淫。
寅の「功曹」がもし青龍・六合に乗れば、来人の子孫に喜有るを主る。戌の「河魁」・辰の「天罡」が玄武に乗れば、合わせて奴婢の逃亡と断ず。六合と未の「小吉」が相逢えば、来意は宜しく婚姻の聘礼と作して看るべし。辰の「天罡」が勾陳・白虎と并れば、来人は必ず田産・墳地を相争うがためなり。太歳がもし青龍・太常を作して発用すれば、官員の職位の調転を主る。子の「神后」がもし青龍・六合に乗れば、女人の占いに来るで、皇家の恩沢を承受するを主る。丑の「大吉」がもし勾陳・白虎に乗れば、墳地・田産の確かに損壊有るを主る。酉の「従魁」・卯の「太冲」が太陰・玄武に乗れば、私通の事・門戸の動揺するを主る。巳の「太乙」・亥の「登明」が太陰・天后に乗れば、この一組に遇えば、二つの女子が風を争いて相妒るを主る。
占論
聖人作易,變通不一,豈於壬占而獨不然。課有七百二十,其中吉少凶多,世宗無惑。鈐壬歷鈐,其制未始不矛盾;袁、李、劉、邵諸人,其斷論未始不異同,皆不可舉一而廢百也。
聖人が『易』を作り、講ずるところは時に随いて変通し一端に執らずということ。豈に六壬の占課に至って偏偏として然らざらんや。六壬は全部で七百二十課あり、その中の吉は少なく凶は多い。世人はこれをもって宗とすべくして疑惑するを要せず(底本の「世宗無惑」の文字は訛脱有り)。历来の『壬鈐』『壬歴鈐』の類の課鈐の書は、その体例は未だ嘗て彼此矛盾する処なきにあらず。袁天罡・李淳風・劉基・邵雍の諸家の断語も、未だ嘗て互相に出入する処なきにあらず。これらはみな一条を執着してその余の百条を廃すべからざるものである。
即如傳生日為吉,而以占子孫之賢否則凶;傳脫日為凶,而以占生產之遲速則吉;傳剋日凶,仕宦占之則吉;日克傳吉,長病占之則凶。貴人臨獄,或臨二分,所忌也,而卯酉辰戌為日干年命,亦忌之乎?貴人啟蒙地,治事不一,所忌也,而選舉這占為廉幕登第,亦忌之乎?即舉一隅,而三隅可推。
就拿ち現成の例をもって言えば、三伝が日干を生ずるは本来吉と算えるも、これをもって子孫の賢と不賢を占えば、かえって凶(気はみな子孫に泄れ去る)。三伝が日干を脱泄するは本来凶と算えるも、これをもって生産の快慢を占えば、かえって吉(泄れれば則ち産易し)。三伝が日干を克するは本来凶なれど、仕宦の人が占えばかえって吉(官鬼すなわち官星)。日干が三伝を克するは本来吉なれど、久病の人が占えばかえって凶(病人は力なく再び物を克し能わず)。また貴人が獄地に臨み、あるいは二分の位に臨むは、历来の忌むところなれど、卯酉辰戌がもし正にこの人の日干・年命ならば、豈に一概にこれを忌むや。貴人が蒙昧の地に落ち、事を弁ずるに専一ならざるも、また忌むところなれど、これをもって選挙を占えば、かえって廉幕の職・科第の登榜に応じ作すべしとするを、豈に一概にこれを忌むや。一角を挙げれば、その余の三角は推知すべきである。
故有以課體論者(如用知一、比用、潤下、曲直之類),有以傳體論者(如登三天、涉三淵之類),有以用神相加論者(以用神上下相加而斷吉凶),有以辰神相加論者(以十二宮神輪流相加而斷吉凶),有以正時斷吉凶者(占時),有以用論者(謂上言官府事妻財,相氣論死來,喪起凶動見官刑,休時憂患病類),有以克論者(謂上克下事起男子,下賊上事起女子;將克神,神剋日,禍從外來;日克神,神克將,禍從內起;伏吟事近,反吟事遠類)。其類雖有可據,其藝雖有可呈,而終不免舉一廢百之病。一課千萬人占之各巽,一占千萬人應之不同,變化之妙,鮮有不應者也。
ゆえに課を断ずる路数は一条に止まらず。課体の上より論ずる者有り、知一・比用・潤下・曲直のこの類のごとし。伝体の上より論ずる者有り、登三天・渉三淵のこの類のごとし。用神の相加の上より論ずる者有り、すなわち用神の上下両神を相畳してもって吉凶を断ず。辰神の相加の上より論ずる者有り、すなわち十二宮神を輪番に相畳してもって吉凶を断ず。もっぱら正時を憑りて吉凶を断ずる者有り、すなわち占時を見る。旺衰の気の上より論ずる者有り、旺気は官府の事と妻財を講じ、相気は死喪の来たるを講じ、喪気一たび起これば則ち凶動して官刑を見、休気の時は則ち憂患・疾病を主る。克の上より論ずる者有り、上が下を克すれば則ち事は男子より起こり、下が上を賊すれば則ち事は女子より起こり、天将が神を克し神が日干を克すれば、禍は外面より来り、日干が神を克し神が天将を克すれば、禍は内裏より起こり、伏吟は事の近処に在るを主り、返吟は事の遠方に在るを主る。これらの路数は各々依据有り、各々観るべき処有り。しかしながら終に一を執りて百を廃するの毛病を免れず。同一の課を千万人が占えば、各人の得るところ同じからず(底本の「各巽」は「各異」とすべき)。同一の占を千万人が応ずれば、各人の応ずるところも同じからず。変化の奥妙は全く活用に在り。能く活用する者は、占って応験せざること稀なり。
凡占事,當審其天地盤之陰陽神。凡事有陽,不能無陰,社之陰者即事之影鄉,必須參看,定其吉凶。十二神中惟貴人日夜互為陰神,其餘各有陰神。如蛇臨天盤申字而居地盤子位,則地盤申位上辰字即蛇陰神也。其餘陰神主何吉凶,盡詳占宗。
全書の末尾にこの一段を重出すは、前文の『天地盤陰陽神』一節と文字相同じく、底本の刻版が重複したもので、今、照録してその旧を存す。陰神を取る口訣を再び申説し一遍す。凡そ事を占うにはみな天盤・地盤上の陽神と陰神を審看すべし。陽有れば必ず陰有り、陰の一面はすなわちこの事の影子で、必ず参看してこそ吉凶を定め得る。十二天将の中では貴人の昼夜两位のみが互いに陰神と為り、残りの各将はみな別に陰神有り。求め方は、某将の乗る天盤の字を取り、地盤の同名の位子に回り、それの頭上に何を圧するかを見る——たとえば螣蛇が天盤の申字に乗りて地盤の子位に落ちれば、すなわち地盤の申位を見、申位の上は辰で、辰は便ち螣蛇の陰神。残りの各陰神がそれぞれ何の吉凶を主るかは、すでに『占宗』一篇の裏に講じ尽くせり。
