传习录
伝習録
儒家典籍
初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。
傳習錄
伝習録
捲上
巻上
(徐愛引言)
(徐愛の引言)
先生於大學格物諸說,悉以舊本為正,蓋先儒所謂誤本者也。愛始聞而駭,既而疑,已而殫精竭思。參互錯綜,以質於先生,然後知先生之說,若水之寒,若火之熱,斷斷乎百世以俟聖人而不惑者也。先生明睿天授,然和樂坦易,不事邊幅。人見其少時豪邁不羈,又嘗氾濫於詞章,出入二氏之學。驟聞是說,皆目以為立異好奇,漫不省究。不知先生居夷三載,處困萶桌取精一之功,固已超入聖域,粹然大中至正之歸矣。愛朝夕炙門下,但見先生之道,即之若易,而仰之愈高。見之若粗,而探之愈精。就之若近,而造之愈益無窮。十餘年來,竟未能窺其藩籬。世之君子,或與先生僅交一面,或猶未聞其韾欬,或先懷忽易憤潡之心,而遠欲於立談之間,傳聞之說,臆斷懸度。如之何其可得也?從遊之士,聞先生之教,往往得一而遺二。見其牝牡驪黃,而棄其所謂千里者。故愛備錄平日之所聞,私以示夫同志,相與考正之。庶無負先生之教雲。門人徐愛書。以下門人徐愛錄。
先生(王守仁)が《大学》の格物(推究して心中に対する事を正しくする)の各条の説に対して、一概に旧本を正とされ、すなわち先儒の言う誤本であります。わたくし徐愛は初め聞いて驚駭を感じ、続いて疑い、後に心を尽くし力を竭くし、交錯して比較し、これを持って先生に請教して、始めて先生の学説が、水の寒く火の熱きが如く、断じて百世後の聖人が出ても駁倒されないことを知りました。先生の明叡は天の賦す所でありながら、和楽坦易にして辺幅を講じません。人が彼の少年の時の豪邁不羈を見、またかつて詞章に沈溺し仏老の学に出入したことを見て、驟にこの説を聞くと、皆異を立て奇を好むと見做して、軽々に理会しません。先生が蠻夷に貶居すること三年、困窮の中に処って精一の功を養い(底本「萶桌」は疑わしく誤り)、もともとすでに聖域に超入し、純然として大中至正に帰したことを知りません。わたくしが朝夕門下に在って親炙するに、ただ先生の道を見るに、近づけば容易きが如く、仰げば愈々高く、見れば粗浅きが如く、探れば愈々精しく、湊り近づけば遠からざるが如く、真に至れば愈々無窮です。十余年来、竟に藩籬を窺見すること能わず。世の君子は、或いは先生と一面の見あるのみ、或いは未だその謦咳を聞かず、或いは先に軽忽憤激の心を懐きて、却って遠く立談の間・伝聞の説の上に臆断懸度せんと欲するは、どうして得ることができましょうか。従う交游の士は、先生の教えを聞きて、往々にして一を得て二を遺し、牝牡驪黄の外表を見て、却ってその所謂千里の真意を失います。故にわたくしは平日聞く所を一々記し、私に同志に示して、彼此考正し、先生の教えに辜かざらんことを希います。門人徐愛書す。以下は門人徐愛の録す所です。
○愛問,「『在親民』,朱子謂當作新民。後章『作新民』之文似亦有據。先生以為宜從舊本『作親民』,亦有所據否」?先生曰,「『作新民』之『新』,是自新之民,與『在新民』之『新』不同。此豈足為據?『作』字卻與『親』字相對。然非『親』字義。下面治國平天下處,皆於『新』字無發明。如雲『君子賢其賢而親其親。小人樂其樂而利其利』。『如保赤子』。『民之所好好之。民之所惡惡之。此之謂民之父母之類』。皆是『親』字意。『親民』猶孟子『親親仁民』之謂。親之即仁之也。百姓不親,舜使契為司徒,敬敷五教,所以親之也。堯典『克明峻德』便是『明明德』。『以親九族』,至『平章協和』,便是『親民』,便是『明明德於天下』。又如孔子言『修己以安百姓』。『修己』便是『明明德』。『安百姓』便是『親民』。說親民便是兼教養意。說新民便覺偏了」。
徐愛問う。「『親民に在り』、朱子は新民と作すべしと言う。後の一章の『新民を作す』の文字もまた拠る所有るが如し。先生は旧本に依従して『親民』と作すべしと為されるも、また拠る所有りや」と。先生曰く。「『新民を作す』の『新』は、自ら新たなるの民にして、『新民に在り』の『新』と同じからず。これどうして拠りと為すに足らん。『作』の字は却って『親』の字と相対すれども、『親』の字の意に非ず。下に治国平天下の各処は、皆『新』の字に対して発明する所有らず。例えば『君子は其の賢を賢とし其の親を親しみ、小人は其の楽を楽しみ其の利を利す』と言い、『赤子を保するが如し』、『民の好む所を好み、民の悪む所を悪む、これを民の父母と謂う』の類は、皆『親』の字の意なり。『親民』は孟子の言う所の『親を親しみ民を仁にす』の如し。彼を親しむは即ち彼を仁にするなり。百姓親睦せざれば、舜は契をして司徒と為し、敬慎して五教を布陳せしめたるは、即ち以て彼らを親しむなり。尭典の『克く俊徳を明らかにす』は便ち『徳を明らかにす』(本有の光明の徳を彰明して出す)なり。『以て九族を親しむ』より『平章協和』に至るまで、便ち『親民』なり、便ち『徳を天下に明らかにす』なり。また孔子の言う『己を修めて以て百姓を安んず』の如き。『己を修む』は便ち『徳を明らかにす』なり。『百姓を安んず』は便ち『親民』なり。親民と言えば便ち教と養の意を兼ね有す。新民と言えば便ち偏れるを覚ゆ」と。
○愛問,「『知止而後有定』,朱子以為『事事物物皆有定理』,似與先生之說相戾」。先生曰,「於事事物物上求至善,卻是義外也。至善是心之本體。只是明明德到至精至一處便是。然亦未嘗離卻事物。本注所謂『盡夫天理之極,而無一毫人慾之私』者,得之」。
徐愛問う。「『止るを知りて而る後に定有り』、朱子は『事事・物物に皆定理有り』と為す、先生の説と相反るが如し」と。先生曰く。「事事・物物の上に至善を求むるは、却って義を外に在りと為すなり。至善は心の本体なり。ただ徳を明らかにすること至精至一に至る便ち是れなり。然るに亦た事物を離れざるなり。旧注の所謂『那の天理の極致を尽くして、一毫の人欲の私も無し』とは、言うこと是れなり」と。
○愛問,「至善只求諸心。恐於天下事理,有不能盡」。先生曰,「心即埋也。天下又有心外之事,心外之理乎」?愛曰,「如事父之孝,事君之忠,交友之信,治民之仁,其間有許多理在。恐亦不可不察」。先生嘆曰,「此說之蔽久矣。豈一語所能悟?今姑就所問者言之。且如事父,不成去父上求個孝的理。事君,不成去君上求個忠的理交友治民,不成去友上民上求個信與仁的理。都只在此心。心即理也。此心無私慾之蔽,即是天理。不頂外面添一分。以此純乎天理之心,發之事父便是孝。發之事君便是忠。發之交友治民便是信與仁。只在此心去人慾存天理上用功便是」。愛曰,「聞先生如此說,愛已覺有省悟處。但舊說纏於胸中,尚有未脫然者。如事父一事,其間溫凊定省之類,有許叫多節目。不知亦須講求否」?先生曰,「如何不講求?只是有個頭腦。只是就此心去人慾存天理上講求。就如講求冬溫,也只是要盡此心之孝,恐怕有一毫人慾間雜。講求夏清,也只是要盡此心之孝,恐怕有一毫人慾間雜。只是講求得此心。此心若無人慾,純是天理,是個誠於孝親的心,冬時自然思量父母的寒,便自要求個溫的道理。夏時自然思量父母的熱,便自要求個清的道理。這都是那誠孝的心發出來的條件。卻是須有這誠孝的心,然後有這條件發出來。譬之樹木,這誠孝的心便便是根。許多條件便枝葉。須先有根,然後有枝葉。不是先尋了枝葉,然後去種根。禮記言『孝子之有深愛者,必有和氣。有和氣者,必有欲愉色。有愉色者,必有婉容』。須是有個深愛做根,便自然如此」。
徐愛問う。「至善はただ心の裡に向かいて求む、天下の事理に窮尽し得ざる有らんことを恐る」と。先生曰く。「心即ち理なり(心の本体は即ち天理にして、心の外に別に求めず)。天下にまた心外の事・心外の理有らんや」と。徐愛曰く。「例えば父に事うるの孝・君に事うるの忠・友に交わるの信・民を治むるの仁は、中間に許多の理在りて、亦た察せざるべからざるを恐る」と。先生嘆息して曰く。「この説の蔽塞するやすでに久し、どうして一言にして覚悟せしめんや。今しばらく問う所に就いて言わん。例えば父に事うるは、豈に父の身に至りて孝の理を求めんや。君に事うるは、豈に君の身に至りて忠の理を求めんや。友に交わり民を治むるは、豈に友と百姓の身に至りて信と仁の理を求めんや。皆ただ此の心有るのみ。心即ち理なり。此の心に私欲の遮蔽なければ、即ち天理なり、外面に一分を添うるを須いず。これを拿りて純は天理の心と為し、発用して父に事えば便ち孝、発用して君に事えば便ち忠、発用して友に交わり民を治むれば便ち信と仁なり。ただ此の心に於て人欲を去り天理を存する上に用功すれば便ちなり」と。徐愛曰く。「先生の此の如く言うを聞き、すでに省悟する処有るを覚ゆ。但し旧説は胸中に纏い、未だ脱然たらざる有り。例えば父に事うるの此の一事は、中間に温清定省の類、許多の節目有りて、もまた講求せざるべからざるを知らずや」と。先生曰く。「どうして講求せざらん。ただ頭脳有るのみ。ただ此の心に就きて人欲を去り天理を存する上に講求す。例えば冬の温暖を講求するは、亦ただ此の心の孝を尽くさんと要し、一毫の人欲の夾雑有らんことを恐る。夏の清凉を講求するは、亦ただ此の心の孝を尽くさんと要し、一毫の人欲の夾雑有らんことを恐る。ただ此の心を講求し得るのみ。此の心若し人欲なく純は天理ならば、是れ孝親に誠なる心にして、冬は自然に父母の寒を思量すれば、便ち自然に温暖の道理を求めんことを要し、夏は自然に父母の熱を思量すれば、便ち自然に清凉の道理を求めんことを要す。此れらは皆那の誠孝の心より発出するの条件なり。却って必ず先に此の誠孝の心有りて、然る後に此れらの条件発出す。譬えるに樹木の如し、此の誠孝の心は便ち根、許多の条件は便ち枝葉。必ず先に根有りて、然る後に枝葉有り。先に枝葉を尋ねて、然る後に去りて根を種うるに非ず。《礼記》に『孝子の深愛有る者は、必ず和気有り。和気有る者は、必ず愉色有り。愉色有る者は、必ず婉容有り』とあり、必ず深愛を根と為す有るを須い、便ち自然此の如し」と。
○鄭朝朔問,「至善亦須有從事物上求者」,先生曰,「至善只是此心純乎天理之極便是。更於事物上怎生求?且試說幾件看」。朝朔曰,「且如事親,如何而為溫清之節,如何而為奉養之宜,須求個是當,方是至善。所以有學問思辨之功」。先生曰,「若只是溫清之節,奉養之宜,可一日二日講之而盡。用得甚學問思辨?惟於溫清時,也只要此心純乎天理之極。奉養時,也只要此心純乎天理之極。此則非有學問思辨之功,將不免於毫釐千里之繆。所以雖在聖人,猶加精一之訓。若只是那些儀節求得是當,便謂至善,即如今扮戲子扮得許多溫清奉養得儀節是當,亦可謂之至善矣」。愛於是日又有省。
鄭朝朔問う。「至善もまた必ず事物の上より求むる有るべし」と。先生曰く。「至善はただ此の心の純乎たる天理の極致便ち是れ。再び事物の上に於てどうして求めん。且く試みに几件か説いて見よ」と。朝朔曰く。「例えば親に事うるは、如何にしてか是れ温清の節度ならん、如何にしてか是れ奉養の合宜ならん、必ず個の是当を求めて、始めて至善と為す。故に学問思辨の功有り」と。先生曰く。「若し只是温清の節度・奉養の合宜ならば、以て一两天に講じ尽くすべし。何の学問思辨か用いん。惟れ独り温清の時に於ても、亦ただ此の心の純乎たる天理の極致を要し、奉養の時に於ても、亦ただ此の心の純乎たる天理の極致を要す。これ即ち学問思辨の功有るに非ざれば、將に毫厘千里の差錯を免れざらんとす。故に聖人に在りても、なお精一の訓誡を加う。若し只是那の儀節を求めて是当を得ば、便ち至善と称するならば、則ち今の戯子の扮する許多の温清奉養の儀節の是当なるも、亦た至善と称すべきか」と。徐愛、此の日また省悟有り。
○愛因未會先生知行合一之訓,與宗賢惟賢往復辯論,未能決。以問於先生。先生曰,「試舉看」。愛曰,「如今人盡有知得父當孝,兄當弟者,卻不能孝,不能弟。便是知與行分明是兩件」。先生曰,「此已被私慾隔斷,不是知行的本體了。未有而不行耆。知而不行,只是未和聖蕢教人知行,正是要復那本體。不是著你只恁的便罷。故大學指個真知行與人看,說『如好好色』,『如惡惡臭』。見好色屬知,好好色屬行。只見那好色時,已自好了。不是見了後,又立個心去好。聞惡臭屬知,惡惡臭屬行。只聞那惡臭時,已自惡了。不是聞了後,別立個心去惡。如鼻塞人雖貝惡臭在前,鼻中不曾聞得,便亦不甚惡。亦只是不曾知臭。就如稱某人知孝,某人知弟。必是其人已曾行孝行弟,方可稱他知孝知弟。不成只是曉得說些孝弟的話,便可稱為知孝弟。又如知痛,必已自痛了,方知痛。知寒,必已自寒了。知飢,必已自磯了。知行如何分得開?此便是知行的本體,不曾有私意隔斷的。聖人教人,必要是如此,方可謂之知。,不然,只是不曾知。此卻是何等緊切著實的工夫。如今苫苫定要說知行做兩個,是甚麼意?。某要說做一個,是什麼意?若不知立言宗旨。只管說一個兩個,亦有甚用」?愛曰,「古人說知行做兩個,亦是要人見個分曉一行做知的功夫,一行做行的功夫,即功夫始有下落」。先生曰,「此卻失了古人宗旨也。某嘗說知是行的主意。行是知的功夫。知是行之始。行是知之成。若會得時,只說一個知,已自有行在。只說一個行,已自有知在。古人所以既說一個知,又說一個行者,只為七間有一種人,懵懵懂懂的任意去做,全不解思惟省察。也只是個冥行妄作。所以必說個知,方才行得是。又有一種人,茫茫蕩蕩,懸空去思一索。全不肯著實躬行。也只是個揣摸影響。
徐愛、未だ先生の知行合一(知と行は本是一件にして、先に知って後に行くに非ず)の訓誡を領会せざるを以て、宗賢・惟賢と往复辯論すれども、決断すること能わず、拿りて先生に問う。先生曰く。「試みに例子を挙げて見よ」と。徐愛曰く。「今の人に尽く父に當に孝すべし兄に當に悌すべしを知る有り、而して孝すること能わず悌すること能わず。便ち知と行は分明として两件なり」と。先生曰く。「これすでに私欲に隔断せらる、知行の本体に非ず。未だ知りて行わざる有らず。知りて行わざるは、只是未知なり。聖賢が人に知行を教うるは、正しく是那の本体を恢復せんと要するにして、汝に教えて只此の如くすれば便ち罷むに非ず。故に《大学》は個の真知行を指して人に看えしむるに、『好色を好むが如し』『悪臭を悪むが如し』と曰う。好色を見るは知に属し、好色を好むは行に属す。只那の好色を見る時に、すでに自ら之を好めり、見ての後にまた別に一箇の心を立てて去りて好むに非ず。悪臭を聞くは知に属し、悪臭を悪むは行に属す。只那の悪臭を聞く時に、すでに自ら之を悪めり、聞きての後にまた別に一箇の心を立てて去りて悪むに非ず。鼻の塞がる人の如きは、悪臭を見て前に在るといえども、鼻の中にかつて聞き得ず、便ち亦た太も悪まず、亦た只かつて臭を知らざるのみ。例えば某人は孝を知り某人は悌を知ると称すれば、必ず是れ那人すでに孝を行い悌を行いしを須い、始めて彼を称して孝を知り悌を知ると可なり。豈に只晓く些かの孝悌の話を説くを得ば、便ち以て孝悌を知ると称すべけんや。また痛を知るが如きは、必ず己すでに痛みて、始めて痛を知るを須い。寒を知るは、必ず己すでに寒きを須い。飢を知るは、必ず己すでに飢えたるを須い。知行はどうして分け開くべけん。これ便ち知行の本体にして、かつて私意の隔断有らざるなり。聖人の人に教うるは、必ず是れ此の如くして、始めて以て知と称すべし。然らざれば、只是かつて知らざるなり。これは却って何等なるか緊切着実の工夫ぞや。今や苦々定めて知行を説きて両箇と為さんと要すは、是れ何の意か。我は説きて一箇と為さんと要すは、是れ何の意か。若し立言の宗旨を知らざれば、只管に一箇両箇を説く、また何の用か有らん」と。徐愛曰く。「古人が知行を説きて両箇と為すは、亦た人をして個の分暁を見しめんと要するなり。一辺は知の功夫を做し、一辺は行の功夫を做して、功夫始めて下落有り」と。先生曰く。「これは却って古人の宗旨を失えり。我かつて言わく、知は行の主意、行は知の功夫。知は行の開始、行は知の完成。若し領会する時を得ば、只一箇の知を説くに、すでに自ら行有り。只一箇の行を説くに、すでに自ら知有り。古人が既に一箇の知を説き、また一箇の行を説く所以は、只世間に一種の人ありて、懵懵懂懂として任意に去りて做し、全く思維省察を解せず、亦た只個の冥行妄作なれば、故に必ず一箇の知を説きて、行乃ち能く行って是れならしむるを要す。また一種の人ありて、茫茫蕩蕩として懸空に去りて思索し、全く肯んじて着実に躬行せず、亦た只個の揣摸影響なり」。
所以必說一個行,方才知得真。此是古人不得已,補偏救弊的說話。若見得這個意時,即一言而足。今人卻就將知行分作兩件去做。以為必先知了,然後能行。我如今且去講習討論做知的工夫。待知得真了,方去做行的工夫。故遂終身不行,亦遂終身不知。此不是小病痛,其來已非一日矣。某今說個知行合一,正是對病的藥。又不是某鑿空杜撰。知行本體,原是如此。今若知得宗旨時,即說兩個亦不妨。亦只是一個。若不會宗旨,便說一個,亦濟得甚事?只是閒說話」。
(先生続いて曰く:)故に必ず一箇の行を説きて、知乃ち能く知って真ならしむるを要す。これ是れ古人の已むことを得ず、偏を補い弊を救うの話なり。若し此の意思を見る時を得ば、即ち一言にして足れり。今の人は却って便ち知行を分けて两件と作して做し、以て必ず先に知りて然る後に能く行うと為す。我は今且く去りて講習討論して知の工夫を做り、知って真なるを待ちて、始めて去りて行の工夫を做らんとす。是に於て終身行わず、亦た便ち終身知らず。これ是小の病痛に非ず、其の來由はすでに一日に非ず。我は今個の知行合一を説くは、正しく是れ病に対するの薬なり。また我の憑空に杜撰するに非ず。知行の本体は、原來便ち是れ此の如し。今若し宗旨を知る時を得ば、两箇を説くといえども妨げず、亦た只是一箇なり。若し宗旨を会せざれば、便ち一箇を説くも、また何の事か濟さん。只是閑話を説くのみ。
○愛問,「昨聞先生止至善之教,已覺功夫有用力處。但礜宋子格物之訓思之終不能合」。先生曰,「格物是止至善之功。既知至善,即知格物矣」。愛曰,「昨以先生之教,推之格物之說,似亦見得大略。但朱子之訓,其於書之『精一』,論語之『博約』,孟子之『盡心知性』,皆有所證據。以是未能釋然」。先生曰,「子夏篤信聖人。曾子反求諸己。篤信固亦是,然不如反求之切。今既不得於心,安可狃於舊聞,不求是當?就如朱子亦尊信程子。至其不得於心處,亦何嘗茍從?精一博約盡心,本自與吾說﹝吻﹞合,但未之思耳。朱子格物之訓,未免牽合附會。非其本旨。精是一之功,博是約之功。曰仁既明知行合一之說,此可一言而喻。盡心知性知天,是生知安行事。存心養性事天,是學知利行事。『夭壽不貳,修身以俟』,是困知勉行事。朱子錯訓格物。只為倒看了此意,以盡心知性為物格知至,要初學便去做生知安行事。如何做得」?愛問,「盡心知性,何以為生知安行」?先生曰,「性是心之體。天是性之原。盡心即是儘性。『惟天下至誠為能盡其性,知天地之化育』,存心者,心有未盡也。知天如知州知縣之知,是自己分上事。己與天為二事天如子之事父,臣之事君。須是恭敬奉承,然後能無失。尚與天為二。此便是聖贀之別。至於夭壽不貳其心,乃是敢學者一心為善。不可以窮通夭壽之故,便把為善的心變動了。只去修身以俟命,見得窮通壽夭,有個命在。我亦不必以此動心。事天雖與天為二,已自見得個天在面前。俟命,便是未曾見面,在此等候相似。此便是初學立心之始,有個困勉的意在。今卻倒做了,所以使學者無下手處」。愛曰,「昨聞先生之教。亦影影見得功夫須是如此。今聞此說,益無可疑。愛昨曉思,格物的『物』字,即是『事』字。皆從心上說」。先生曰,「然。
徐愛問う。「昨日、先生の至善に止るの教えを聞き、すでに功夫に用力する処有るを覚ゆ。但し朱子の格物の訓を拿りて想えば、終に合すること能わず」と。先生曰く。「格物は至善に止るの功なり。既に至善を知れば、即ち格物を知れり」と。徐愛曰く。「昨日、先生の教えを用いて、格物の説に推るに、亦た大略を見るが如き似たり。但し朱子の訓は、《尚書》の『精一』・《論語》の『博約』・孟子の『心を尽くして性を知る』に対して、皆証拠有る所なれば、此に因りて未だ释然たること能わず」と。先生曰く。「子夏は聖人を篤信し、曾子は反りて己に求む。篤信は固より亦た對なり、却って反求するに如く來りて切ならず。今既に心に得ざれば、どうして旧聞に狃して、是当を求めざるべけん。例えば朱子もまた程子を尊信す、彼の心に得ざる処に至れば、又何ぞかつて苟且に依従せむ。精一・博約・尽心は、本より自ら我が説と吻合す、只是未だ去想せざるのみ。朱子の格物の訓は、未だ牽合附會を免れず、本旨に非ず。精は一の功、博は約の功。汝既に知行合一の説を明らかにすれば、これ以て一言にして明白すべし。心を尽くして性を知り天を知るは、是れ生知安行の事なり。心を存し性を養い天に事うるは、是れ学知利行の事なり。『夭寿二ならず、身を修めて以て俟つ』は、是れ困知勉行の事なり。朱子が錯りて格物を訓するは、只此の意思を倒看するに因るのみ、心を尽くして性を知るを把りて物格知至と當成し、初学をして便ち去りて生知安行の事を做らしめんと要す、どうして做り得べけん」と。徐愛問う。「心を尽くして性を知るは、何を以て生知安行と為すや」と。先生曰く。「性は心の体、天は性の原。心を尽くすは即ち性を尽くすなり。『惟れ天下の至誠は能く其の性を尽くし、天地の化育を知る』。心を存すは、是れ心になお未だ尽くさざる有り。天を知るは、知州知県の『知』の如く、是れ自己の分上の事にして、己と天とはなお二なり。天に事うるは子の父に事い臣の君に事うるに如同じく、必ず恭敬奉承して、然る後に能く過失無し、なお天と二を為す。これ便ち聖と賢の分別なり。夭寿に於て其の心を二ならざるに至るまで、乃ち是れ学者を教えて一心に善を為さしめ、以て窮通夭寿の緑故に因りて、便ち善を為すの心を変動せず、只去りて身を修めて以て命を待つ、窮通寿夭に個の命有るを見て、我も亦た必ずしも此に因りて心を動かさず。天に事うるは天と二を為すといえども、すでに自ら個の天の面前に在るを見得たり。命を俟つは、便ち未曾面見せず、此に在りて等候するに相似たり。これ便ち初学の心を立つるの開始にして、個の困知勉行の意思有る在り。今や却って倒して來りて做す、故に学者をして下手する処無からしむ」と。徐愛曰く。「昨日、先生の教えを聞きて、亦た隠隠として功夫は必ず是れ此の如くならんを見得たり。今此の番の話を聞きて、更加うるに疑う可き無し。我は昨日の早朝想うに、格物の『物』の字は、便ち『事』の字にして、皆心の上より説く」と。先生曰く。「對なり。」
身之主宰便是心。心之所發便是意。意之本體便是知。意之所在便是物。如意在於事親,即事親便是一物。意在於事君,即事君便是一物。意在於仁民愛物,即仁民愛物便是一物。意在於視聽言動,即視聽言動便是一物。所以某說無心外之理,無心外之物。中庸言『不誠無物』,大學『明明德』之功,只是個誠意。誠意之功,只是個格物。
(先生続いて曰く:)身の主宰は便ち心。心の発用する所は便ち意。意の本体は便ち知。意の所在するは便ち物。意が親に事うるに在るが如きは、即ち親に事うるは便ち一物なり。意が君に事うるに在れば、即ち君に事うるは便ち一物なり。意が民を仁し物を愛するに在れば、即ち民を仁し物を愛するは便ち一物なり。意が視聴言動に在れば、即ち視聴言動は便ち一物なり。故に我の言うに、心外の理なく、心外の物なし。《中庸》に『誠ならざれば物無し』とあり、《大学》の『徳を明らかにす』の功は、只是個の意を誠にす。意を誠にするの功は、只是個の物を格す。
○先生又曰,「『格物』如孟子『大人格君心』之『格』。是去其心之不正,以全其本體之正。但意念所在,即要去其不正,以全其正。即無時無處不是存天理。即是窮理。天理即是明德。窮埋即是明明德」。
先生また曰く。「『格物』は孟子の『大人は君の心を格す』の『格』の如く、是れ那の心の不正を去りて、以て本体の正を保全す。但だ凡そ意念の所在するは、便ち不正を去るを要し、以て那の正を保全す。即ち時無く処無くして天理を存せざるなし。即ち是れ理を窮む。天理は即ち明徳。理を窮むるは即ち徳を明らかにす」と。
○又曰,「知是心之本體。心自然會知。見父自然知孝,見兄自然知弟,見孺子入井,自然知惻隱。此便是良知。不假外求。若良知之發,更無私意障礙。即所謂『充其惻隱之心。而仁不可勝用矣』。然在常人不能無私意障礙。所以須用致知格物之功,勝私復理。即心之良知更無障礙,得以充塞流行。便是致其知。知致則意誠」。
先生また曰く。「知は心の本体なり。心は自然に知るを会す。父を見れば自然に孝を知り、兄を見れば自然に悌を知り、小孩子の井に墜入るを見れば、自然に惻隠を知る。これ便ち良知(心の本体が自然に知るを会するの明覚にして、外に求めるを待たず)なり。外面より求めず。若し良知発用すれば、更に私意の障碍無ければ、便ち所謂『惻隠の心を拡充して、仁は勝用すべからず』なり。然るに常人は能く私意の障碍無からざれば、故に須く致知格物の功を用い、私に勝ち理に復すべし。即ち心の良知更に障碍無く、充塞流行するを得れば、便ち其の知を致す。知致れば則ち意誠なり」と。
○愛問,「先生以博文為約禮功夫。深思之未能得略。請開示」先生曰,『禮』字即是『理』字。理之發見可見者謂之文。文之隱微不可貝者謂之理。只是一物。約禮只是要此心純是一個天理。要此心純是天理,須就理之發見處用功。如發見於事親時,就在事親上學存此天理。發貝於事君時,就在事看上學存此天理。發見於處富貴貧賤時,就在處富貴貧賤上學存此天理。發貝於處患難夷狄時,就在處患難夷狄上學存此天理。至於作止語默,無處不然。隨他發見處,即就那上面學個存天理。這便是博學之於文,便是約禮的功夫。博文即是惟精。約禮即是惟一。
徐愛問う。「先生は博文を把りて約礼の功夫と當す。深く思えども未だ個の大略を得ず。請い示開せよ」と。先生曰く。「『礼』の字は便ち『理』の字なり。理の発見して看る可きを文と称し、文の隠微にして見る可からざるを理と称す、只是一物なり。礼を約するは、ただ此の心をして純に一箇の天理ならしめんと要するのみ。此の心をして純に天理ならしめんと要するには、須く理の発見する処に就きて用功すべし。例えば親に事うる時に発見すれば、便ち親に事うる上に在りて此の天理を存するを学べ。君に事うる時に発見すれば、便ち君に事うる上に在りて此の天理を存するを学べ。富貴貧賤に処る時に発見すれば、便ち富貴貧賤に処る上に在りて此の天理を存するを学べ。患難夷狄に処る時に発見すれば、便ち患難夷狄に処る上に在りて此の天理を存するを学べ。作止語黙に至るまで、処として此の如くならざる無し。其の発見する処に随い、即ち那の上面に就きて個の天理を存するを学べ。これ便ち文に博く学ぶなり、便ち礼を約するの功夫なり。博文は即ち惟精、約礼は即ち惟一」と。
○愛問,「『道心常為一身之主,而人心每聽命』。以先生精一之訓推之,此語似有弊」先生曰,「然。心一也。未雜於人謂之道心。雜以人偽謂之人心人心之得其正者即道心。道心之矢其正者即人心。初非有三心也。程子謂人心即人慾,道心即天理。語若分析,而意實得之。今曰『道心為生,而人心聽命』,是三心也。天理人慾不併立。安有天理為主,人慾又從而聽命者」?
徐愛問う。「『道心は常に一身の主と為りて、而して人心は毎に命を聽く』。先生の精一の訓を用いて推るに、此の話は弊有るが似たり」と。先生曰く。「對なり。心は一箇なり。未だ人為に雑らざるを道心と称し、人偽を以て雑るを人心と称す。人心が其の正を得るは便ち是れ道心、道心が其の正を失うは便ち是れ人心。初めは並びて两箇の心有るに非ず。程子曰く、人心は即ち人欲、道心は即ち天理。話は似て分析して两截と為すが如く、意思は其の実對なり。今『道心を主と為して、而して人心は命を聽く』と言うは、是れ两箇の心なり。天理人欲は併立せず。どうして天理を主と為し、人欲また従いて命を聽かんや」と。
○愛問文中子韓退之。先生曰,「退之文人之雄耳。文中子儒也。後人徒以文詞之故,推尊退之。其實退之去文中子遠甚」。愛問何以有擬經之矢。先生曰,「擬經恐未可盡非。且說後世儒者著述之意與擬經如何」?愛曰,「世儒著述,近名之意不無。然期以明道。擬經純若為名」。先生曰,「著述以明道,亦何所劾法」?曰,「孔子刪迦六經,以明道也」。先生曰,「然則擬經獨非效法孔子乎」?愛曰,「著述即於道有所發明。擬經似徒擬其跡。恐於道無補」。先生曰,「子以明道者使其反僕還淳,而貝諸行事之實乎?抑將美其言辭,而徒以譊譊於世也?天下之大亂,由虛文勝而實行衰也。使道明於天下,則六經不必述。刪述六經,孔子不得已也。自伏義晝卦,至於文王周公。其間言易,如連山歸藏之屬。紛紛籍籍,不知其幾。易道大亂。孔子以天下好文之風日盛,知其說之將無紀極,於是取文王周公之說而贊之。以為惟此為得其宗。於是紛紛之說盡廢。而天下之言易者始一。書詩禮樂春秋皆然。書自典謨以後,詩自二南以降,如九丘八索,一切淫哇逸蕩之詞,蓋不知其幾千百篇。禮樂之名物度數,至是亦不可勝窮。孔子皆刪削而述正之,然後其說始廢。如書詩禮樂中,孔子何嘗加一語?今之禮記諸說,皆後儒附會而成。已非孔子之舊。至於春秋,雖稱孔子作之,其實皆魯史舊文。所謂筆者,筆其舊。所謂削者,削其繁。是有減無增。孔子述六經,懼繁文之亂天下。惟簡之而不得。使天下務去其文,以求其實。非以文教之也。春秋以後,繁文益盛,天下益亂。始皇焚書得罪,是出於私意。又不合焚六經。若當時志在明道,其諸反經叛理之說,悉取而焚之,亦正暗合刪述之意。自秦漢以降,文又日盛。若欲盡去之,斷不能去。只宜取法孔子。錄其近是者而表章之。則其諸怞悖之說,亦宜漸漸自廢。
徐愛、文中子王通と韓退之(韓愈)を問う。先生曰く。「退之は文人中の雄傑なるのみ。文中子は是れ儒者なり。後人は只文詞の緑故に因りて退之を推尊す、其の実退之は文中子を離るること甚だ遠し」と。徐愛、何を以て經を擬するの過失有るかを問う。先生曰く。「經を擬するは恐らく未だ一概に否定すべからず。且く説くに後世の儒者の著述の意思は經を擬するに比べて如何」と。徐愛曰く。「世儒の著述は、名に近きの意思は説くに無しと能わず、然れども以て道を明らかにせんと期望す。經を擬するは純然として名の為めに似たり」と。先生曰く。「著述は以て道を明らかにす、また何を效法するか」と。徐愛曰く。「孔子は六經を刪述して、以て道を明らかにす」と。先生曰く。「則ち經を擬するは独り孔子を效法するに非ずや」と。徐愛曰く。「著述は即ち道に対して発明する所有り。經を擬するは只是形跡を模擬するに似たり、恐らく道に対して補益無し」と。先生曰く。「汝は道を明らかにするを以て人をして朴に反り淳に還らしめ、而して行事に見ゆるの実か、將に言辞を美化して、只世上に喧嘩せんとするかと為すや。天下の大乱は、虚文盛んで実行衰うるに由る。仮使道すでに天下に明らかならば、則ち六經は必ずしも再び述ぶるを須いず。六經を刪述するは、孔子の已むことを得ざるなり。伏羲の卦を画くより、文王周公に至るまで、中間に《易》を講ずる者、連山・帰蔵の類の如く、紛紛籍籍として、知る所幾何ならんや、《易》の道大乱す。孔子は天下の文を好むの風気一日盛ん一日なるを以て、那の説法の將に紀極なからんを知り、是に於て文王周公の説を取りて贊輔し、以て只此の其の宗を得ると為す。是に於て紛紛の説法尽く廃して、而して天下の《易》を講ずる者始めて一に帰す。《書》《詩》《礼》《楽》《春秋》は皆此の如し。《書》は典謨より後、《詩》は二南以降、九丘八索の如き、一切の淫哇逸蕩の詞は、大概幾千百篇有るかを知らず。礼楽の名物度數は、此の時に至りても亦た勝窮すべからず。孔子は皆刪削して述正し、然る後に那の説法始めて廃す。《書》《詩》《礼》《楽》の中に於けるが如きは、孔子何ぞかつて一句の話を加えん。今《礼記》の諸説は、皆後儒の附會して成るにして、すでに孔子の旧に非ず。《春秋》に至りては、孔子が之を作ると称すといえども、其の実皆魯史の旧文なり。所謂筆は、是れ其の旧を筆録し、所謂削は、是れ其の繁を削去す。是れ減有りて増無し。孔子の六經を述ぶるは、繁文の天下を乱るを怕れ、只是之を簡にして得ざればなり。天下をして務めて其の文を去りて、以て其の実を求めしめんと要するにして、文を用いて彼らに教えるに非ず。《春秋》の後、繁文更に盛ん、天下更に乱る。始皇が書を焚いて罪を得るは、是れ私意より出で、また六經を焚くべからざるなり。若し当時に志は道を明らかにせんに在らば、把りて那の經に反き理に叛くの説法を、皆取り來りて燒掉すれば、亦た正しく刪述の意思に暗合す。秦漢以降より、文また一天盛ん一天。若し尽く去らんと欲せば、断然去り得べからず。只宜しく孔子に取法し、那の近是なるを録して之を表彰せば、則ち那の乖悖の説法も、亦た宜しく漸々自ら廢すべし」と。
不知文中子當時擬經之意如何。某切深有取於其事。以為聖人復起,不能易也。天下所以不治,只因文盛實衰。入出己見。新奇相高,以眩俗取譽。徒以亂天下之聰明,塗天下之耳目。使天下靡然爭務修飾文詞,以求知於世。而不復知有敦本尚實,反僕還淳之行。是皆著述者有以啟之」。愛曰,「著述亦有不可缺者。如春秋一經,若無左傳,恐亦難曉」。先生曰,「春秋必待傳而後明,是歇後謎語矣。聖人何苦為此艱深隱晦之詞?左傳多是魯史舊文。若春秋須此而後明,孔子何必削之」?愛曰,「伊川亦云,『傳是案,經是斷』。如書弒某君,伐某國。若不明其事,恐亦難斷」。先生曰,「伄川此言,恐亦是相沿世儒之說。未得聖人作經之意。如書弒君,即弒君便是罪。何必更問其弒君之詳。征伐當自天子出。書伐國,即伐國便是罪。何必更問其伐國之詳?聖人述六經,只是要正人心。只是要存天理,去人慾。於存天理去人慾之事,則嘗言之。或因人請問,各隨分量而說。亦不肯多道。恐人專求之言語。故曰『予欲無言』。若是一切縱人慾滅天理的事,又安肯詳以示人?是長亂導奸也。故孟子云,『仲尼之門,無道桓文之事者。是以後世無傳焉』。此便是孔門家法。世儒只講得一個伯者的學問。所以要知得許多陰謀詭計。純是一片功利的心。與聖人作經的意思正相反。如何思量得通」?因嘆曰,「此非達天德。者未易與言此也」又曰,「孔子云,『吾猶及史之闕文也』。孟子云,『盡信書,不如無書。吾於武成取二三策而已』。孔子刪書,於唐虞夏四五百年間,不過數篇。豈更無一事,而所述止此?聖人之意可知矣。聖人只是要刪去繁文,後儒郄只要添上」。愛曰,「聖人作經,只是要去人慾,存天理。如五伯以下事,聖人不欲詳以示人。則誠然矣。至如堯舜以前事,如何略不少見」?
(先生続いて曰く:)文中子が当時經を擬するの意思如何を知らず。我は此の事に深く取る所有り、以て聖人再び起つといえども、能く改易すべからずと為す。天下の治まらざる所以は、只文盛んで実衰うるに因るのみ。人人各々己見を出だし、新奇相高きを以て、來りて流俗を眩惑し名誉を求取し、只是天下の聡明を擾乱し、天下の耳目を塗塞し、天下をして靡然として争い修飾文詞せしめ、以て世上に知られんと求め、而して更に敦本尚実・反朴還淳の行為有るを知らず。これ皆著述する人の開啓する所有りに因るなり」と。徐愛曰く。「著述もまた缺くべからざる有り。《春秋》の一經の如きは、若し《左伝》無ければ、恐らく亦た曉り難し」と。先生曰く。「《春秋》は必ず伝を待ちて而る後に明らかならば、即ち是れ歇後謎語なり。聖人何ぞ苦しんで此の種の艱深隠晦の詞を做らんや。《左伝》は多く是れ魯史の旧文なり。若し《春秋》は此れを須いて而る後に明らかならば、孔子何を以て之を削らんや」と。徐愛曰く。「伊川も亦た曰く『伝は案、經は断』。《書》が弑某君・伐某国と書するが如きは、若し那の事を明らかにせざれば、恐らく亦た断じ難し」と。先生曰く。「伊川の此の話は、恐らく亦た世儒の説法に相沿して、未だ聖人の經を作るの意思を得ず。《書》が弑君を書するが如きは、即ち弑君は便ち罪、何を以て必ずしも再び弑君の詳情を問わんや。征伐は當に天子より出づべし。《書》が国を伐つを書せば、即ち国を伐つは便ち罪、何を以て必ずしも再び国を伐つの詳情を問わんや。聖人の六經を述ぶるは、只是人心を正さんと要し、只是天理を存し人欲を去らんと要す。天理を存し人欲を去るの事に対しては、則ちかつて言う所有り。或いは人の請問に因りて、各々分量に随いて説く、亦た肯んじて多く道わず、人をして専門に言語に於て之を求めんことを怕れば、故に『予言無からんと欲す』と曰う。若し是れ一切の人欲を縦にし天理を滅するの事は、又怎ぞ肯んじて詳細に人に看えせんや。那は乱を助長し姦を引導するなり。故に孟子曰く『仲尼の門には、桓文の事を道う者無し、是れ後世に伝えざるなり』。これ便ち孔門の家法なり。世儒は只講じて一箇の霸者の学問を得る、故に許多の陰謀詭計を知らんと要す、純は一片の功利の心なり、聖人の經を作るの意思と正しく相反す。どうして思量して通ずるを得んや」と。因りて嘆息して曰く。「これは天徳に通達する人に非ざれば、彼と此を言うこと容易ならず」と。また曰く。「孔子曰く『吾なお史の闕文に及べり』。孟子曰く『尽く《書》を信ずれば、《書》無きに如かず。吾は《武成》に於て二三策を取るのみ』。孔子が《書》を刪するは、唐虞夏の四五百年間に在りて、不過数篇なり。豈に再び一事有らざらんや、而して述ぶ所只此れのみや。聖人の意思は知る可し。聖人は只是繁文を刪去せんと要するにして、後儒は却って只添え上げんと要す」と。徐愛曰く。「聖人が經を作るは、只是人欲を去り天理を存せんと要す。五霸以下の事の如きは、聖人は詳細に人に看えんことを想わず、那は誠然として是れなり。尭舜以前の事に至りては、何を以て略して見えざるや」と。
先生曰,「義黃之世,其事闊疏,傳之者觲矣。此亦可以想見。其時全是淳龐僕素,略無文采的氣象。此便是太古之治。非後世可及」。愛曰,「如三墳之類,亦有傳者。孔子何以刪之」?先生曰,「縱有傳者,亦於世變漸非所宜。風氣益開,文采日勝。至於週末,雖欲變以夏商之俗,已不可挽。況唐虞乎又況義黃之世乎然其治不同,其道則二孔子於堯舜,則祖述之。於文武,則憲章之。文武之法,即是堯舜之道。但因時致治。其設施政令,已自不同。即夏商事業,施之於周,已有不合。故周公思兼三王。其有不合,仰而思之,夜以繼日。況太古之治,豈復能行?斯固聖人之所可峈也」。又曰,「專事無為,不能如三王之因時致治,而必欲行以太古之俗,即是佛老的學術。因時致治,不能如三王之一本於道,而以功利之心行之,即是伯者以下事業。後世儒者許多講來講去,只是講得個伯術」。
先生曰く。「伏羲・黄帝の世代は、那の事は濶疎にして、伝説するもすでに少なし。これ亦た想見する可し。那の時は全く是れ淳厚朴素・略く文采無きの気象なり。これ便ち太古の治にして、後世の及ぶ可きに非ず」と。徐愛曰く。「三墳の類の如きは、亦た伝わり下る有り。孔子は何を以て之を刪掉するや」と。先生曰く。「縦い伝わり下る有るといえども、亦た世変に漸々適宜せず。風気は更加うるに開通し、文采は一天勝り一天。周末に至りては、夏商の風俗に變回らんと欲すといえども、すでに挽回する可からず、況んや唐虞をや。又況んや伏羲黄帝の世代をや。然るに治は同じからず、道は則ち一箇なり。孔子は尭舜に対しては則ち彼らを祖述し、文王武王に対しては則ち彼らを憲章す。文武の法は、便ち尭舜の道なり、只是時に因りて治を致して、設施する政令すでに自ら同じからず。即ち夏商の事業を、周に施行するに於いても、すでに合せざる有り。故に周公は兼ねて三王を取らんと欲するに、合せざる有れば、仰いで之を思い、夜を以て日に継ぐ。況んや太古の治、豈にまた能く行わんや。これは本より聖人の略する可き所なり」と。また曰く。「専ら無為に従事して、能く三王の如く時に因りて治を致すこと能わざりて、而して必ず太古の風俗を行わんと要するは、便ち仏老の学術なり。時に因りて治を致して、能く三王の如く道に一本すること能わざりて、而して功利の心を以て行うは、便ち霸者以下の事業なり。後世の儒者は許多講じて講じ去るも、只是講じて個の霸術を得るのみ」と。
○又曰,「唐虞以上之治,後世不可復也。略之可也。三代以下之治,後世不可法也。削之可也。惟三代之治可行。然而世之論三代者,不明其本,而徒事其末。則亦不可復矣」。
先生また曰く。「唐虞以上の治は、後世は恢復する可からず、略去すれば可なり。三代以下の治は、後世は效法する可からず、削去すれば可なり。只三代の治は以て行う可し。然るに世上の三代を論ずる者は、其の本を明らかにせず、而して只其の末に従事すれば、則ち亦た恢復する可からず」と。
○愛曰,「先儒論六經,以春秋為史。史專記事。恐與五經事體終或稍異」。先生曰,「以事言謂之史。以道言謂之經。事即道。道即事。春秋亦經。五經亦史。易是包犧氏之史。書是堯舜下史。禮樂是三代史。其事同。其道同。安有所謂異」?
徐愛曰く。「先儒が六經を論ずるは、《春秋》を把りて史と當す。史は専ら事を記するは、恐らく五經の事体と終に稍有りて同じからず」と。先生曰く。「事を以て言えば則ち史と称し、道を以て言えば則ち經と称す。事は即ち道、道は即ち事。《春秋》も亦た是れ經、五經も亦た是れ史。《易》は是れ包犠氏の史、《書》は是れ尭舜以下の史、礼楽は是れ三代の史。其の事同じ、其の道同じ、どうして所謂同じからざる有らん」と。
○又曰,「五經亦只是史。史以叨善惡,示訓戒。善可為訓者,時存其逃,以示法。惡可為戒者,存其戒而削其事,以杜奸」。愛曰,「存其《跡》以示法,亦是存天理之本然。削其事以杜奸,亦是遏人慾於將萌否」?先生曰,「聖人作經,固無非是此意。然又不必泥著文句」。愛又問,「惡可為戒者,存其戒而削其事,以杜奸。何獨於詩而不刪鄭衛?先儒謂『惡者可以懲創人之逸志』。然否」?先生曰,「詩非孔門之舊本矣。孔子云,『放鄭聲,鄭聲淫』。又曰,『惡鄭聲之亂雅樂也』。『鄭衛之音,亡國之音也』。此是孔門家法。孔子所定三百篇,皆所謂雅樂。皆可奏之郊廟,奏之鄉黨。皆所以資暢和平,涵拯偲性。移風易俗,安得有此?是長淫導奸矣。此必秦火之後,世儒附會,以足三百萹之數。蓋淫泆之詞,世俗多所喜傳。如今閭巷皆然。惡者可以懲創人之逸志。是求其說而不得,從而為之辭」。
先生また曰く。「五經も亦た只是史。史は以て善悪を彰明し、訓戒を顕示す。善は以て訓と為す可きは、時に其の迹を保存し、來りて示範す。悪は以て戒と為す可きは、其の戒を保存して其の事を削去し、以て姦邪を杜絶す」と。徐愛曰く。「其の迹を保存して來りて示範するは、亦た是れ天理の本然を保存す。其の事を削去して以て姦邪を杜絶するは、亦た人欲の將に萌さんとする時に遏るに在るか」と。先生曰く。「聖人が經を作るは、固より此の意思に非ざるは無し。然るに又必ずしも文句に拘泥せず」と。徐愛また問う。「悪は以て戒と為す可きは、其の戒を保存して其の事を削去し、以て姦邪を杜絶す。何を以て独り《詩》に於て鄭衛を刪せざるや。先儒曰く『悪者は以て人の逸志を懲創すべし』と、對なりや」と。先生曰く。「《詩》はすでに孔門の旧本に非ず。孔子曰く『鄭声を放せ、鄭声は淫なり』。又曰く『鄭声の雅楽を乱るを悪む』。『鄭衛の音は、亡国の音なり』。これ是れ孔門の家法なり。孔子の定むる所の三百篇は、皆所謂雅楽にして、皆郊廟に奏する可く、郷党に奏する可く、皆是れ以て和平を資暢し徳性を涵養し風俗を移易するに用う、どうして此れらの有るを得ん。那是れ淫を助長し姦を引導するなり。これは必ず秦火の後、世儒の附會して、以て三百篇の數目を凑足したるなり。大概淫佚の詞は、世俗多く之を伝うるを喜び、今の里巷は皆此の如し。『悪者は以て人の逸志を懲創すべし』とは、其の説を求めて得ざれば、従いて彼の為めに円場を做るなり」と。
(徐愛跋)
(徐愛の跋)
愛因舊說汩沒,始聞先生之教,實是駭愕不定,無人頭處。其後聞之既久,漸知反身實踐。然後始信先生之學,為孔門嫡傳。舍是皆傍蹊小徑,斷港絽河矣。如說格物是誠意的工夫。明善是誠身的工夫。窮理是儘性的工夫。道問學是尊德性的工夫。博文是約禮的工夫。惟精是惟一的工夫。諸如此類,始皆落落難合。其後思之既久,不覺手舞足蹈。
わたくし徐愛は旧説に沈溺するに因り、初め先生の教えを聞くに、実に駭愕して定まらず、入頭する処無し。其の後聞くこと久しきに及び、漸々反身して実践するを知り、然る後に乃ち先生の学は、是れ孔門の嫡伝なるを信ず。此れを除きては皆旁蹊小径・断港絶河なり。例えば格物は是れ意を誠にするの工夫、善を明らかにするは是れ身を誠にするの工夫、理を窮むるは是れ性を尽くすの工夫、学を問う道は是れ徳性を尊ぶの工夫、博文は是れ礼を約するの工夫、惟精は是れ惟一の工夫と言うが如き、此の類の如くは、初め皆落落として合し難し。其の後想うこと久しきに及び、覚えず手舞い足蹈す。
以下門人陸澄錄
以下は門人陸澄の録
○陸澄問,「主一之功,如讀書,則一心在讀書上。接客,則一心在接客上。可以為主。乎」?先生曰,「好色則一心在好色上。好貨則一心在好貨上。可以為主一乎?是所謂遂物。非主一也。主一是專主一個天理」。
陸澄問う。「主一の功は、書を読めば則ち一心に読書の上に在り、客を接すれば則ち一心に客を接するの上に在り、以て主一と称する可きか」と。先生曰く。「色を好めば則ち一心に色を好むの上に在り、貨を好めば則ち一心に貨を好むの上に在り、以て主一と称する可きか。那是れ所謂物を逐うにして、主一に非ず。主一は是れ専ら一箇の天理を主とす」と。
○問立志。先生曰,「只念念要存天理,即是立志。能不忘乎此,久則自然心中凝聚。猶道冢所謂結聖胎也。此天理之念常存。馴至於美大聖神,亦只從此一念存養擴充去耳」。
志を立つるを問う。先生曰く。「只念念に天理を存せんと要すれば、便ち是れ志を立つ。能く此れを忘れざれば、久しければ自然に心中凝聚し、道家の所謂聖胎を結ぶの如し。此の天理の念頭は常に存して、漸々美・大・聖・神に到るも、亦た只此の一念より存養拡充して去るのみ」と。
○日間工夫覺紛擾,則靜坐。覺懶看書,則且看書。是亦因病而藥。
白天に工夫して紛擾するを覚えれば、便ち静坐す。書を看るに懶きを覚えれば、且く書を看れ。これ亦た病に因りて薬を用うるなり。
○處朋友,務相下,則得益。相上則損。
朋友に処るは、務めて相互に下に処れば、則ち益を得。相互に上に処れば則ち損を受く。
○孟源有自是好名之病。先生屢責之。曰,警責方已。友自陳日來工夫詩正。源從傍曰,「此方是尋著源舊時家當」。先生曰,「爾病又發」。源色變。議擬欲有所辨。先生曰,「爾病又發」。因喻之曰,「此是汝一生大病根。譬如方丈地內,種此一大樹。雨露之滋,土胍之力,只滋養得這個大根。四傍縱要種些嘉榖,上面被此樹葉遮覆,下面被此樹根盤結,如何生長得成?須用伐去此樹,纖根勿留,力可種植嘉種。不然,任汝耕耘培壅,只是滋養得此根」。
孟源は自ら是と為し名を好むの病有り。先生は屢々彼を責備す。曰く、警責は剛く停まる。朋友は自ら陳述して近來の工夫稍正しきと。孟源は旁より曰く「これ始めて我が旧時の家当を尋ね着く」と。先生曰く「汝の病はまた発せり」と。孟源は脸色変じ、思量して辨解する所有らんと欲す。先生曰く「汝の病はまた発せり」と。因りて曉喩して彼に曰く「これ是れ汝の一生の大病根なり。譬えるに一方丈の地に此の一棵の大樹を種うるが如し、雨露の滋潤・土壤の力は、只此の大根を滋養し得るのみ。四旁縦い些かの好穀を種えんと欲すとも、上面は此の樹葉に遮覆され、下面は此の樹根に盤結せらる、どうして生長し成るを得ん。必ず此の樹を伐去り、細根留めずして、始めて好種を種植する可し。然らざれば、汝に耕耘培壅するを任うとも、只是此の根を滋養するのみ」と。
○問,「後世著述之多,恐亦有亂正學」。先生曰,「人心天理渾然。聖賢筆之書,如寫真傳神。不過示人以形狀大略,使之因此而討求其真耳。其精神意氣,言笑動止,固有所不能傳也。後世著述,是又將聖人所晝,摹仿謄寫,而妄自分析加增,以逞其技。其失真愈遠矣」。
問う。「後世の著述は此の如く多し、恐らく亦た正学を擾乱せん」と。先生曰く。「人心天理は渾然たり。聖賢は書の上に寫す、寫真伝神するが如く、不過人に形狀の大略を看えしめ、彼をして此に因りて去りて那の真を討求せしむるのみ。那の精神意氣・言笑動止は、本來伝うる能わざる有り。後世の著述は、是れまた聖人の画く所を摹仿謄寫して、而して妄りに自ら分析加増し、來りて己の技を逞しう、真を失うは更に遠し」と。
○問,「聖人應變不窮,莫亦是預先講求否」?先生曰,「如何講求得許多?聖人之心如明鏡。只是一個明,則隨感而應,無物不照。未有已往之形尚在,未照之形先具者。若後世所講,邞是如此。是以與聖人之學大背。周公制禮作樂,以文天下。皆聖人所能為。堯舜何不盡為之,而待於周公?孔子刪述六經,以詔萬世,亦聖人所能為。周公何不先為之,而有待於孔子?是知聖人遇此時,方有此事。只怕鏡不明。不怕物來不能照。講求事變,亦是照時事。然學者邞須先有個明的工夫。學者惟患此心之未能明,不患事變之不能盡」。日,「然則所謂『仲漠無朕,而萬象森然已具』者,其言何如」?日,「是說本自好。只不善看,亦便有病痛」。
問う。「聖人は變に應じて窮まる無し、莫非れ亦た予め講求するか」と。先生曰く。「どうして講求して許多を得ん。聖人の心は明鏡の如し。只是個の明のみ、則ち感に随いて應じ、物として照らさざるなし。已往の形がなお在ること無く、未照の形が先に具備する無し。若し後世の講ずる所の如くは、却って此の如し、此に因りて聖人の学と大相違背す。周公は礼楽を制して、來りて天下を文飾す、皆是れ聖人の能く為す所なり。尭舜は何を以て尽く為して、而して周公を待たざるや。孔子は六經を刪述して、來りて万世に詔示す、亦た是れ聖人の能く為す所なり。周公は何を以て先に為して、而して孔子に待つ有るや。此に由りて聖人は此の時に遇えば、始めて此の事有るを知る。只怕るらくは鏡の明ならざるを、物の來りて照らす能わざるを怕れず。事變を講求するは、亦た是れ照する時の事なり。然るに学者は却って須く先に個の明の工夫有るべし。学者は只怕る此の心の未だ明ならざるを、事變の尽くす能わざるを患えず」と。問う。「則ち所謂『沖漠として朕無く、而して万象森然としてすでに具る』の話は如何」と。先生曰く。「此の説は本より自ら好し。只是善く看ざれば、亦た便ち病痛有り」と。
○「義理無定在,無窮盡。吾與子言,不可以少有所得,而遂謂止此也。再言之十年,二十年,五十年,未有止也」。他日又曰,「聖如堯舜。然堯舜之上,善無盡。惡如桀紂。然桀籿之下,惡無盡。使桀紂未死,惡寧止此乎?使善有盡時,文王何以望道而未之見」?
先生曰く。「義理は固定の所在無く、亦た窮尽無し。我は汝と講ず、以て稍有りて得る可からず、便ち以て此に止まると為す。再び十年・二十年・五十年を講ずるも、止境無し」と。他の日また曰く。「聖は尭舜の如く、然るに尭舜の上は、善は窮尽無し。悪は桀紂の如く、然るに桀紂の下は、悪は窮尽無し。仮使桀紂未だ死せざれば、悪は豈に此に止まらんや。仮使善に尽くる時有らば、文王は何を以て道を望みてなお未曾見るが如くせんや」と。
○問,「靜時亦覺意思好。才遇事,便不同。如何」?先生曰,「是徒知養靜,而不用克已工夫也。如此臨事便要傾倒。人須在事上磨,方立得住,方能諍亦定,動亦定」。
問う。「静の時も亦た意思好きを覚ゆ。才に事に遇えば、便ち同じからず。何を以てか」と。先生曰く。「これ是れ只静を養うを知りて、而して己に克つの工夫を用いず。此の如くは事に臨めば便ち傾倒せんと要す。人は須く事の上に在りて磨練(具体的事情の上に於て此の心を磨練す)して、始めて立ち得住し、能く静も亦た定かに動も亦た定かならん」と。
○問上達工夫。先生曰,「後儒教人才涉精微,便謂上達,未當學,且說下學。是分下學上達為二也。夫目可得見,耳可得聞,口可得言,心可得思者,皆下學也。目不可得見,耳不可得聞,口不可得言,心不可得思者,上達也。如木之栽培灌溉,是下學也。至於日夜之所息,條達暢茂,乃是上達。人安能預其力哉?故凡可用功,可告語者,皆下學。上達只在下學裡。凡聖人所說,雖極精微,俱是下學。學者只從下學裡用功,自然上達去。不必別尋個上達的工夫」。
上達の工夫を問う。先生曰く。「後儒の人に教うるは、才に一たび精微に渉れば、便ち上達と称し、未だ学ぶべからざると言い、且く下学を言う。これ是れ下学と上達を分けて两箇と為す。凡そ目は以て見る可く耳は以て聞く可く口は以て言う可く心は以て想う可きは、皆是れ下学。目は得て見る可からず耳は得て聞く可からず口は得て言う可からず心は得て想う可からざるは、是れ上達。例えば樹木の栽培灌溉は、是れ下学。日夜の生息する所・条達暢茂するに至りては、才に是れ上達。人はどうして予め用力する能わん。故に凡そ用功する可く告語する可きは、皆是れ下学。上達は只在りて下学の裡に在り。凡そ聖人の説く所は、極精微なるといえども、皆是れ下学。学者は只下学の裡より用功すれば、自然に上達して去る。必ずしも別に個の上達の工夫を尋ねず」と。
○問,「惟精惟一,是如何用功」?先生曰,「惟一是惟精主意,惟精是惟一功夫。非惟精之外復有惟一也。『精』字從『米』。姑以米譬之。要得此米純然潔白,便是惟一意。然非加舂簸篩揀惟精之工,則不能純然潔白也。舂簸篩揀,是惟精之功。然亦不過要此米到純然潔白而已。博學,審問,慎思,明辨,篤行者,皆所以為惟精而求惟一也。他如博文者即約禮之功。格物致知者即誠意之功。道問學即尊德性之功。明善即誠身之功,無二說也」。
問う。「惟精惟一は、是れ如何様に用功するか」と。先生曰く。「惟一は是れ惟精の主意、惟精は是れ惟一の功夫。是れ惟精の外に別に惟一有るに非ず。『精』の字は『米』に従う。且く米を用いて譬えん。此の米を得て純然潔白たらんと要すれば、便ち是れ惟一の意思なり。然るに舂簸篩揀の此の惟精の工を加えざれば、純然潔白なること能わず。舂簸篩揀は、是れ惟精の功なり、然るに亦不過此の米をして純然潔白に到らしめんと要するのみ。博学・審問・慎思・明辨・篤行は、皆是れ以て惟精を為して惟一を求むるに用う。其の他博文の如きは便ち礼を約するの功、格物致知は便ち意を誠にするの功、学を問う道は便ち徳性を尊ぶの功、善を明らかにするは便ち身を誠にするの功、两様の説法無し」と。
○知者行之始。行者知之成。聖學只一個功夫。知行不可分作兩事。
知は行の開始、行は知の完成。聖学は只一箇の功夫。知行は分けて两件事と作る可からず。
○漆雕開曰,「吾斯之未能信」。夫子說之。子路使子羔為費宰。子曰,「賊夫人之子」。曾點言志,夫子許之。聖人之意可見矣。
漆彫開曰く。「吾は斯に未だ信ぜず」と。孔子は之を喜ぶ。子路は子羔をして費宰と為らしむ。孔子曰く。「これ是れ人の子弟を害う」と。曾点が志を言うに、孔子は彼を許す。聖人の意思は以て見る可し。
○問,「寧靜存心時,可為未發之中否」?先生曰,「今人存心,只定得氣。當其寧靜時,亦只是氣寧靜。不可以為未發之中」。日,「未便是中。莫亦是求中功夫」?曰,「只要去人慾,存天理,方是功夫。靜時念念去人慾,存天理。動時念念去人慾,存天理。不管寧靜不寧靜。若靠那寧靜,不惟漸有富靜厭動之弊。中間許多病痛,只是潛伏在。終不能絕去,遇事依舊滋長。以循理為生,何嘗不寧靜?以寧靜為主,未必能循理」。
問う。「寧静に心を存する時は、以て未発の中と算する可きか」と。先生曰く。「今の人の心を存するは、只氣を定め得るのみ。其の寧静する時に當りても、亦た只氣の寧静なり。以て未発の中と當做する可からず」と。問う。「なお中に非ざるは、莫非れ亦た中を求むるの功夫か」と。先生曰く。「只要く人欲を去り天理を存して、才に是れ功夫。静の時は念念に人欲を去り天理を存し、動の時は念念に人欲を去り天理を存す、寧静するか否かを管せず。若し那の寧静に靠れば、但だ漸々静を喜び動を厭うの弊病有るのみならず、中間に許多の病痛は只是潛伏して、終に絶去する能わず、事に遇えば依旧として滋長す。理に循うを主と為せば、何ぞかつて寧静ならざらん。寧静を主と為せば、未だ必ずしも理に循う能わず」と。
○問,「孔門言志,由求任政事。公西赤任禮樂。多少實用?及曾竹說來,卻似耍的事。聖人卻許他,是意何如」?曰,「三子是有意必。有意必,便偏著一邊。能此未必能彼。曾點這意思卻無意必。便是『素其位而行,不願乎其外。素夷狄,行乎夷狄。素患難,行乎患難。無人而不自得矣』。三子所謂『汝器也』。曾點便有不器意。然三子之才,各卓然成章。非若世之空言無實者。故夫子亦皆許之」。
問う。「孔門が志を言うに、子路・冉求は政事を担任し、公西赤は礼楽を担任す、多么実用なり。曾点の説き來るに及んでは、却って耍の事に似たり、聖人は却って彼を許すは、是れ何の意か」と。先生曰く。「三子は是れ意必有り。意必有れば、便ち一辺に偏着し、此れに能くするも未だ必ずしも彼に能くせず。曾点の此の意思は却って意必無し。便ち是れ『其の位に素して行い、其の外に願わず。夷狄に素れば、夷狄に行い。患難に素れば、患難に行い。人無しとして自ら得ざるなし』なり。三子は是れ所謂『汝は器なり』。曾点は便ち器ならざるの意思有り。然るに三子の才は、各々卓然として章を成し、世上の空言にして実無きの人に似ず。故に夫子も亦た皆彼らを許す」と。
○問,「知識不長進如何」?先生曰,「為學須有本原。須從本原上用力。漸漸盈科而進。仙家說嬰兒亦善。譬嬰兒在母腹時,只是純氣。有何知識?出胎後,方始能啼。既而後能笑。又既而後能認識其父母兄弟。又既而後能立,能行,能持,能負。卒乃天下之事,無不可能。皆是精氣日足,則筋力日強,聰明日開。不是出胎日便講求推尋得來。故須有個本原。聖人到位天地,育萬物,也只從喜怒哀樂未發之中上養來。後儒不明格物之說。見聖人無不知,無不能。便欲於初下手時講求得盡。豈有此理」。又曰,「立志用功,如種樹然。方其根芽,猶未有幹。及其有幹,尚未有枝。枝而後葉。葉而後花實。初種根時,只管栽培灌溉。勿作枝想。勿作葉想。勿作花想。勿作實想。懸想何益?但不忘栽培之功,怕。沒有枝葉花寅」?
問う。「知識が長進せざれば如何せん」と。先生曰く。「学を為すには須く本原有るべし。須く本原の上より用力して、漸々盈科して進め。仙家が嬰児を説くも亦た好し。譬えるに嬰児が母腹に在る時は、只是純氣にして、何の知識か有らん。胎を出でて後に始めて能く啼き、既にして能く笑い、又既にして能く父母兄弟を認識し、又既にして能く立ち能く行き能く持し能く負い、終に天下の事として能わざる無し。皆是れ精氣一天充足すれば、則ち筋力一天強く、聰明一天開くなり。胎を出ずる那の日に便ち講求推尋して得來るに非ず。故に須く個の本原有るべし。聖人が天地を定位し萬物を養育するに至るも、亦た只喜怒哀樂の未發の中の上より養い來る。後儒は格物の説を明らかにせず、聖人は知らざる無く能わざる無しを見て、便ち初めて下手する時に講求して尽くさんと欲す。どうして此の理有らん」と。また曰く。「志を立て用功するは、樹を種うるが如し。正しく當りて根芽にして、未だ樹幹有らず。樹幹有るに及んでも、未だ枝有らず。枝有りて後に葉有り、葉有りて後に花果有り。初め根を種うる時は、只管に栽培灌溉せよ。枝を想うを作すな、葉を想うを作すな、花を想うを作すな、果を想うを作すな。懸想して何の益か有らん。只是栽培の功を忘れざれば、なお枝葉花果無からんことを怕れんや」と。
○問,「看書不能明如何」?先生曰,「此只是在文義上穿求,故不明。如此,又不如為舊時學問。他到看得多,解得去。只是他為學雖極解得明曉,亦終身無得。須於心體上用功。凡明不得,行不去,須反在自心上體當。即可通。蓋四書五經,不過說這心體。這心體即所謂道心。體明即是道明。更無二。此是為學頭腦處」。
問う。「書を看るも明白なること能わざれば如何せん」と。先生曰く。「これ只是文義の上に於て穿求すれば、故に明らかならず。此の如くは、又旧時の学問を做るに如かず。彼らは倒って看ること多く、解し去ることを得。只是彼らの学を為すは極めて解して明曉するといえども、亦た終身得る所無し。須く心体の上に於て用功すべし。凡そ明らかなるを得ず行き去るを得ざれば、須く反りて自心の上に於て體當せば、即ち通ずべし。大概四書五經は、不過此の心体を説く。此の心体は即ち所謂道心なり。体明らかなれば即ち道明らかなり、更に两箇無し。これ是れ学を為すの頭脳の処なり」と。
○「虛靈不眛,眾理而萬事出」。心外無理。心外無事。
「虛靈昧まず、衆理具備して而して萬事此より出づ」。心の外に理無し。心の外に事無し。
○或問,「晦庵先生曰,『人之所以為學者,心與理而已』。此語如何」?曰,「心即性,性即理。下一『與』字,恐未免為二。此在學者善觀之」。
或る人問う。「晦庵先生(朱熹)曰く『人の学を為す所以は、心と理とのみ』。此の話は如何」と。先生曰く。「心即ち性、性即ち理。一箇の『與』の字を下せば、恐らく未だ分かれて两箇と為るを免れず。これ在りて学者は善く觀察せよ」と。
○或曰,「人皆有是心。心即理。何以有為善有為不善」?先生曰,「惡人之心矢其本體」。
或る人曰く。「人皆此の心有り。心即ち理。何を以て善を為す有り不善を為す有るや」と。先生曰く。「惡人の心は本体を失えり」と。
○問,「『析之有以極其精而不亂,然後合之有以盡其大而無餘』。此言如何」?先生曰,「恐亦未盡。此理豈容分析?又何須湊合得?聖人說精一,自是盡」。
問う。「『之を析れば以て其の精を極めて而して乱れず、然る後之を合すれば以て其の大を盡くして而して余無し』。此の話は如何」と。先生曰く。「恐らく亦た未だ尽くさず。此の理はどうして分析を容れん、又どうして凑合することを須いん。聖人が精一を説けば、自然に便ち尽くれり」と。
○省察是有事時存養,存養是無事時省察。
省察は是れ事有る時の存養、存養は是れ事無き時の省察。
○澄嘗問象山在人情事變上做工夫之說。先生曰,「除了人情事變,則無事矣。喜怒哀樂非人情乎?自視聽言動以至富貴貧賤患難死生,皆事變也。事變亦只在人情裡。其要只在致中和。致中和只在謹獨」。
陸澄かつて象山(陸九淵)の人情事變の上に於て工夫を做るの説を問う。先生曰く。「人情事變を除きては、則ち事無し。喜怒哀樂は人情に非ずや。視聽言動より以至り富貴貧賤患難死生に至るまで、皆是れ事變なり。事變も亦た只人情の裡に在り。其の要は只中和を致すに在り。中和を致すは只獨を慎むに在り」と。
○澄問,「仁義禮智之名,因已發而有」。曰,「然」。他日澄曰,「惻隱羞惡辭讓是非,是性之表德邪」?曰,「仁義禮智也是表德。性一而已。自其形體也,謂之天。主宰也,市之帝。流行也,謂之命。賦於人也,謂之性。主於身也,謂之心。心之發也,遇父便謂之孝,遇君便謂之忠。自此以往,名至於無窮,只一性而已。猶人一而已。對父謂之子,對子謂之父。自此以往,至於無窮,只一人而已。人只要在性上用功。看得一性字分明,即萬理燦然」。
陸澄問う。「仁義禮智の名は、已發に因りて有るか」と。先生曰く。「對なり」と。他の日陸澄曰く。「惻隱・羞惡・辭讓・是非は、是れ性の表德か」と。先生曰く。「仁義禮智も亦た是れ表德。性は只是一箇。其の形體よりして、之を天と称す。主宰よりして、之を帝と称す。流行よりして、之を命と称す。人に賦するよりして、之を性と称す。身に主たるよりして、之を心と称す。心の發用するは、父に遇えば便ち孝と称し、君に遇えば便ち忠と称す。此より以往して、名は無窮に至るも、只是一性なるのみ。人が只是一箇なるが如し。父に對しては子と称し、子に對しては父と称す。此より以往して、無窮に至るも、只是一人なるのみ。人は只要在りて性の上に用功せよ。一性の字を分明に看れば、即ち萬理燦然たり」と。
○一日論為學工夫。先生曰,「教人為學不可執一偏。初學時心猿意馬,拴縛不定。其所思慮多是人慾一邊。故且教之靜坐息思慮。久之,俟其心意稍定。只懸空靜守,如槁木死灰,亦無用。須教他省察克治。省察克治之功,則無時而可間。如去盜賊,須有個掃除廓清之意。無事時,將好色好貨好名等私,逐一追究搜尋出來。定要拔去病根,永不復起,方始為快。常如貓之捕鼠。一眼看著,一耳聽著。才有一念萌動,即與克去。斬釘截鐵,不可姑容與他方便。不可窩藏。不可放他出路。方是真實用功。方能掃除廓清。到得無私可克,自有端拱時在。雖曰『何思何慮』,非初學時事。初學必須思省察克治。即是思誠。只思一個天理。到得天理純全,便是何思何慮矣」。
一天に學の工夫を論ず。先生曰く。「人に教えて學を為さしむるに執著一偏する可からず。初學の時は心猿意馬にして、拴縛して定まらず、所思慮するは多く是れ人欲の一辺なれば、故に且く彼に教えて靜坐して思慮を息めしむ。久しければ、其の心意稍定まるを待て。只懸空に靜守すれば、槁木死灰の如く、亦た用無し。須く彼に教えて省察克治せしめよ。省察克治の功は、則ち時として間斷する可からず。盗賊を去除するに如同じく、須く個の掃除廓清するの意思有るべし。事無き時は、色を好み貨を好み名を好む等の私を、逐一追究して搜尋して出だし、定めて病根を拔去りて、永不復起さしめて、才に痛快と算す。常に猫の鼠を捕えるが如く、一眼看て一耳聽き、才に一念萌動有れば、即ち與に克去れ。釘を斬り鐵を截つが如く、姑容して彼に方便を與う可からず、窩藏する可からず、彼に出路を放つ可からず。才に是れ真實に用功して、才に能く掃除廓清す。私無くして克る可きに到得れば、自然に端拱の時有る在り。『何の思慮か有らん』と説くといえども、是れ初學の時の事に非ず。初學は必ず省察克治を思うを須い、便ち是れ誠を思うなり。只一箇の天理を思え。天理純全に到得れば、便ち是れ何の思慮か有らんなり」と。
○澄問,「有人夜怕鬼者奈何」?先生曰,「只是平日不能集義而心有所慊,故怕。若素行合於神明,何怕之有」?子莘曰,「正直之鬼不須怕。恐邪鬼不管人善惡,故未免怕」。先生曰,「豈有邪鬼能迷正人乎?只此一怕即是心邪。故有迷之者。非鬼迷也,心自迷耳。如人好色,即是色鬼迷。好貨,即是貨鬼迷。怒所不當怒,是怒鬼迷。懼所不當懼,是懼鬼迷也」。
陸澄問う。「或る人夜に鬼を怕るは如何せん」と。先生曰く。「只是平日能く義を集めずして心に歉有る所有れば、故に怕る。若し素來行事して神明に合せば、何の怕るべきか有らん」と。子莘曰く。「正直の鬼は須く怕るべからず。恐らく邪鬼は人の善惡を管せず、故に未だ怕るを免れず」と。先生曰く。「どうして邪鬼の能く正人を迷わす有らん。只此の一箇の怕るは即ち心の邪なれば、故に彼を迷わす有るなり。是れ鬼迷に非ず、是れ心の自ら迷うのみ。例えば人が色を好めば、即ち是れ色鬼に迷わる。貨を好めば、即ち是れ貨鬼に迷わる。當に怒るべからざる所を怒るは、是れ怒鬼に迷わる。當に懼るべからざる所を懼るは、是れ懼鬼に迷わる」と。
○定者心之本體。天理也。動靜所遇之時也。
定は是れ心の本体、即ち是れ天理。動靜は是れ遇う所の時。
○澄問學庸同異。先生曰,「子思括大學一書之義為中庸首章」。
陸澄、《大學》《中庸》の同異を問う。先生曰く。「子思は《大學》一書の義を概括して、《中庸》の首章と作れり」と。
○問,「孔子正名。先儒說上告天子,下告方伯。廢輒立郢。此意如何」?先生曰,「恐難如此。豈有一人致敬盡禮,待我而為政,我就先去廢他,豈人情天理?孔子既肯與輒為政,必已是他能傾心委國而聽。聖人盛德至誠,必已感化衛輒。使知無父之不可以為人。必將痛哭奔走,往迎其父。父子之愛本於天性。輒能悔痛真切如此,蒯聵豈不感動底豫?蒯聵既還,輒乃致國詩戮。聵已見化於子,又有夫子至誠調和其間,當亦決不肯受。仍以命輒。群臣百姓又必欲得輒為君。輒乃自暴其罪惡。請於天子,告於方伯諸侯。而必欲致國於父。聵與群臣臣姓,亦皆表輒悔悟仁孝之美,請於天子,告於力伯諸戾。必欲得輒而為之君。於是集命於輒。使之復君衛國。輒不得已,乃如後世上皇故事。率群臣百姓尊聵為太公。備物致養。而始退復其位焉。則君君臣臣父父子子,名正言順。一舉而可為政於天下矣。孔子正名或是如此」。
問う。「孔子は名を正す。先儒は上は天子に告げ、下は方伯に告げ、輒を廢して郢を立つと説く。此の意思は如何」と。先生曰く。「恐らく此の如くは難し。どうして一人が致敬盡禮して、我を待ちて彼の為めに政を執らしめれば、我は便ち先去りて彼を廢せん、どうして是れ人情天理ならん。孔子既に肯んじて輒と為めに政せば、必ずすでに是れ彼の能く傾心して國事を委託して聽從せしむ。聖人の盛德至誠は、必ずすでに衛輒を感化し、彼をして父無きは以て人を為す可からざるを知らしめ、必ず將に痛哭奔走して、去りて其の父を迎接せん。父子の愛は天性に本づく。輒能く悔痛真切记此の如くなれば、蒯聵豈に感動和悅せざらんや。蒯聵既に回來れば、輒是に於て國を把りて交付して并びに戮を受けんことを請う。聵已に子に化せられるを見、又夫子の至誠中間に在りて調和有れば、當に亦た決して肯んじて受けず、仍お國命を輒に給う。群臣百姓も又必ず輒を得て君と為さんことを想わん。輒是に於て自ら罪惡を暴露し、天子に請い方伯諸侯に告げ、而して必ず國を把りて父に交けんと要す。聵與群臣百姓も、亦た皆輒の悔悟仁孝の美を表彰し、天子に請い方伯諸侯に告げ、必ず輒を得て彼の君と為さんことを要す。是に於て命を輒に集め、彼をして再び衛國に君臨せしむ。輒已むことを得ず、才に後世の太上皇の故事の如く、群臣百姓を率領して聵を尊んで太公と為し、物を備えて養を致し、然る後に乃ち退きて其の位を恢復す。則ち君君臣臣父父子子、名正しく言順なり、一挙して以て天下に政を為す可し。孔子が名を正すは或いは此の如くなるか」と。
○澄在鴻臚寺倉居。忽家信至,言兒病危。澄心甚憂悶不能堪。先生曰,「此時正宜用助。若此時放過,閒時講學何用?人正要在此時磨鍊?父之愛子,自是至情。然天理亦自有個中和處。過即是私意。人於此處多認做天理當憂,則一向憂苦,不知己,是『有所憂患,不得其正』。大抵七情所感,多隻是過,少不及者。才過便非心之本體。必須調停適中始得。就如父母之喪。人子豈不欲一哭便死,方快於心?然卻曰『毀不滅性』。非聖人強制之也。天理本體,自有分限。不可過也。人但要識得心體,自然增減分毫不得」。
陸澄、鴻臚寺倉に居る。忽ち家信至り、兒子病危なりと曰う。陸澄は心裡甚だ憂悶にして、堪えざる。先生曰く。「此の時正しく宜しく用功すべし。若し此の時に放過せば、閑の時に學を講じて何の用か有らん。人は正要く此の時に於て磨鍊すべし。父の子を愛するは、自ら是れ至情なり。然るに天理も亦た自ら個の中和の処有り、過ぐれば便ち是れ私意なり。人は此の処に在りて多く天理と認做して當に憂うべしとすれば、便ち一向に憂苦し、自ら己のすでに『憂患有る所、其の正を得ず』なるを知らず。大抵七情の感ずる所は、多く只過ぎるのみ、及ばざるは少なし。才に過ぐれば便ち心の本体に非ず、必ず調停適中して乃ち得べし。父母の喪の如し。人子豈に一哭して便ち死せば、才に心に快からんと想わざる。然るに却って『毁は性を滅せず』と説く。是れ聖人の彼を強制するに非ず。天理の本体は、自ら分限有り、過ぐる可からず。人は但だ心体を識り得れば、自然に增減分毫するを得ず」と。
○不可謂未發之中常人俱有。蓋體用一源。有是體,即有是用。有未發之中,即有發而皆中節之和。今人未能有發而皆中節之和。須知是他未發之中亦未能全得。
未發の中は常人皆之有りと言う可からず。體用一源を以てなり。此の體有れば、即ち此の用有り。未發の中有れば、即ち發して皆節に中るの和有り。今の人は未だ能く發して皆節に中るの和有らざれば、須く是れ彼の未發の中も亦た未だ能く全く得ざるを知るべし。
○易之辭是「初九潛龍勿用」六字。易之象是初晝。易之變是值其晝。易之占是用其辭。
《易》の辭は「初九潜龍用うなかれ」の六字。《易》の象は是れ初畫。《易》の變は是れ正しく其の畫に値う。《易》の占は是れ其の辭を用う。
○夜氣是就常人說。學者能用功,則日間有事無事,皆是此氣翕聚發生處。聖人則不消說夜氣。
夜氣は是れ常人に就いて説く。學者能く用功すれば、則ち白天に事有り無きも、皆是れ此の氣の翕聚發生する処なり。聖人は則ち夜氣を説くを須いず。
○澄問操存舍亡章。曰,「『出入無時,莫知其鄉』。此雖就常人心說。學者亦須是知得心之本體,亦元是如此。則操存功夫,始沒病痛。不可便謂出為亡人為存。若論本體,元是無出無入的。若論出入,則其思慮運用是出。然主宰常昭昭在此,何出之有?既無所出,何人之有?程子所謂腔子,亦只是天理而已。雖終日應酬,而不出天理,即是在腔子裡。若出天理,斯謂之放,斯謂之亡」。又曰,「出入亦只是動靜。動靜無端。豈有鄉邪」?
陸澄、操存舍亡の那の章を問う。先生曰く。「『出入に時無く、其の鄉を知る莫し』。これ雖れ常人心に就いて説くなりといえども、學者も亦た須く是れ心の本体の原來亦た此の如しを知り得て、則ち操存の功夫才に病痛無からん。便ち以て出ずるは即ち亡、入るは即ち存と為す可からず。若し本体を論ずれば、原來是れ出無く入無し。若し出入を論ずれば、則ち那の思慮運用する是れ出なり。然るに主宰は常に昭昭として此に在り、何の出づるか有らん。既に出づる所無ければ、何の入るか有らん。程子の所謂腔子は、亦た只天理なるのみ。雖れ終日應酬すとも天理を出でざれば、便ち是れ腔子の裡に在り。若し天理を出でば、これ便ち放と称し、これ便ち亡と称す」と。また曰く。「出入も亦た只動靜なり。動靜に端緒無し、どうして鄉有らん」と。
○王嘉秀問,「佛以出離生死誘人入道。仙以長生久視誘人入道。其心亦不是要人做不好。究其極至,亦是貝得聖人上一截。然非人道正路。如今仕者,有由科,有由貢,有由傳奉一般做到大官。畢竟非人仕正路,君子不由也。仙佛到極處,與儒者略同。但有了上一截,遺了下一截。終不似聖人之全。然其上一截同者,不可誣也。後世儒者又只得聖人下一截。分裂失真。流而為記誦,詞章,功利,訓詀。亦卒不免為異端。是四冢者,終身勞苦於身心。無分毫益。祝彼仙佛之徒,清心寡慾,超然於世累之外者,反若有所不及矣。今學者不必先排仙佛。且當篤志為聖人之學。聖人之學明,則仙佛自泯。不然,則此之所學,恐彼或有不屑。而反欲其俯就,不亦難乎?鄙見如此。先生以為何如」?先生曰,「所論大略亦是。但謂上一截,下一截,亦是人見偏了如此。若論聖人大中至正之道,徹上徹下。只是一貫。更有甚上一截,下一截?『「陰一陽之謂道但仁者見之便謂之仁。知者見之便謂之智。百姓又曰用而不知。故君子之道鮮矣』。仁智豈可不謂之道?但見得偏了,便有弊病」。
王嘉秀問う。「佛は生死を出離するを用いて人を誘い道に入らしめ、仙は長生久視を用いて人を誘い道に入らしむ。彼らの心も亦た人をして好からざるを為さしめんと要するに非ず。其の極至を究むれば、亦た是れ聖人の上一截を見得たり。然るに是れ人道の正路に非ず。今の官を做る者は、科舉に由る有り、貢擧に由る有り、傳奉に由る有り、一様に大官に做到するも、畢竟是れ入仕の正路に非ず、君子は走らず。仙佛は極処に到れば、儒者と略同じ。但し上一截有りて、下一截を遺し、終に聖人の全に似ず。然るに其の上一截の相同じきは、誣る可からず。後世の儒者は又只得て聖人の下一截を得るに過ぎず、分裂して真を失い、流れて記誦・詞章・功利・訓詁と為る、亦た終に異端と為るを免れず。此の四家は、終身身心に勞苦すれども、分毫の益無し。那の仙佛の徒を看るに、清心寡欲にして世累の外に超然たるは、反倒って不及有るが如し。今學者は必ずしも先に仙佛を排斥せず、且く當に篤志して聖人の學を做るべし。聖人の學明らかなれば、則ち仙佛は自然に泯滅す。然らざれば、則ち此の邊の學ぶ所は、恐らく那の邊或いは不屑有らん、而して反って彼らをして俯就せしめんと想わん、不亦た難し。鄙見此の如し。先生は以て如何」と。先生曰く。「論ずる所大略亦た對なり。但し上一截・下一截を説くは、亦た人の見偏れる才に此の如し。若し聖人の大中至正の道を論ずれば、徹上徹下にして、只是一貫、何の上一截・下一截か有らん。『一陰一陽之を道と謂う。仁者之を見れば便ち之を仁と謂い、知者之を見れば便ち之を智と謂う、百姓は日用之を用い而して知らず、故に君子の道鮮し』。仁智豈に以て道と称する可からざらん。但し偏れて見れば、便ち弊病有り」と。
○蓍固是易。龜亦是易。
蓍草は固より是れ《易》、龜甲も亦た是れ《易》。
○問,「孔子謂武王未盡善,恐亦有不滿意」。先生曰,「在武王自合如此」。曰,「使文王未沒,畢竟如何」?曰,「文王在時,天下三分已有其二。若到武王伐商之時,文王若在,或者不致興兵。必然這一分亦來歸了文王。只善處籿,使不得縱惡而已」。
問う。「孔子は武王が未だ善を尽くさずと説く、恐らく亦た不滿意有り」と。先生曰く。「武王に在りては自ら本來當に此の如くすべし」と。問う。「仮使文王未だ死せざれば、畢竟如何」と。先生曰く。「文王在りし時は、天下三分すでに其の二有り。若し武王の商を伐つの時に至りて、文王若し在らば、或いは兵を興すに致らず、必然此の一分も亦た來りて文王に帰せん。只是妥善に紂を處置して、彼をして惡を縦にするを得ざらしむるのみ」と。
○問,「孟於言『執中無權猶執一』」。先生曰,「中只有天理,只是易。隨時變易,如何執得?須是因時制宜。難預先定一個規矩在。如後世儒者要將道理一一說得無罅漏。立定個格式。此正是執一」。
問う。「孟子曰く『中を執るも權無ければ猶ほ一を執るがごとし』」と。先生曰く。「中は只有る天理、只是易。時に隨いて變易す、どうして執るを得ん。須く是れ時に因りて宜を制す、難く預め一箇の規矩を定在すること以てならず。後世の儒者が道理を一一説得して縫隙無からしめんと要し、個の格式を立定するが如きは。此れ正しく是れ一を執るなり」と。
○唐詡問,「立志是常存個善念要為善去惡否」?曰,「善念存時,即是天理。此念即更思何善?此念非惡,更去何惡?此念如樹之根芽。立志者長立此善念而已。『從心所欲。不踰矩』,只是志到熟處」。
唐詡問う。「立志は是れ常に個の善念を存し、善を為して惡を去らんと要するか」と。先生曰く。「善念存する時は、便ち是れ天理。此の念即ち在れば、更に何の善か思わん。此の念是れ惡に非ざれば、更に何の惡か去らん。此の念は樹の根芽の如し。立志する人は長く此の善念を立つるのみ。『心の欲する所に從いて、矩を踰えず』は、只是志の熟する処に到るなり」と。
○精神,道德,言動,大率收斂為主。發散是不得已。天地人物皆然。
精神・道德・言動は、大抵収斂を主と為す。發散は是れ已むことを得ず。天地人物皆此の如し。
○問,「文中子是如何人」?先生曰,「文中子庶幾『具體而微』。惜其蚤死」。問,「如何卻有續經之非」?曰,「續經亦未可盡非」。請問。良久,曰,「更覺『良工心獨苦』」。
問う。「文中子是れ怎樣の人か」と。先生曰く。「文中子は差不多『具体にして微』なり、惜しむべし早死せり」と。問う。「何を以て却って經を續くの不對有るや」と。先生曰く。「經を續くも亦た未だ一概に否定する可からず」と。請うて問う。良久、曰く「更に『良工の心独り苦しむ』を覺ゆ」と。
○許魯齋謂儒者以。治生為先之說亦誤人。
許魯齋(許衡)は儒者は生計を經營するを以て先と為すと説く、此の説法も亦た人を誤る。
○問仙家元氣,元神,元精。先生曰,「只是一件。流行為氣。凝聚為精。妙用為神」。
仙家の元氣・元神・元精を問う。先生曰く。「只是一件事。流行は是れ氣、凝聚は是れ精、妙用は是れ神」と。
○喜怒哀樂,本體自是中和的。才自家看些意思,便過不及,便是私。
喜怒哀樂は、本体自ら是れ中和なり。才に自家些かの意思を看れば、便ち過ぐるか或いは及ばざるか、便ち是れ私なり。
○問,「哭則不歌」。先生曰,「聖人心體自然如此」。
問う。「哭すれば則ち歌わず」と。先生曰く。「聖人の心体自然此の如し」と。
○克己須要掃除廓清,一毫不存方是。有一毫在,則眾惡相引而來。
己に克つには須く掃除廓清し、一毫も存せざる才に是れ。一毫有れば、則ち衆惡相引きて來る。
○問律呂新書,先生曰,「學者當務為急。算得此數熟,亦恐未有用。必須心中先具禮樂之本方可。且如其書說,冬用管以候氣。然至冬至那一刻時,管灰之飛,或有先後須臾之間。焉知那管正值冬至之刻?須自心中先曉得冬至之刻始得。此便有不通處。學者須先從禮樂本原上用功」。
《律吕新書》を問う。先生曰く。「學者は當に緊急該做するを做るべし。把りて此れらの數を算得して熟すとも、恐らく亦た未だ用有らん。必ず心中先に禮楽の本を具備して乃ち可なり。那の書の説くが如く、冬は管を用いて氣を候す。然るに冬至の那一刻の時に至れば、管灰の飛ぶは、或いは先後須臾の間有り。どうして那の管が正しく冬至の刻に値うを知らん。須く自己の心中先に冬至の刻を曉得して乃ち得べし。これ便ち通ぜざる処有り。學者は須く先に禮楽の本原の上に於て用功すべし」と。
○曰仁云,「心猶鏡也。聖人心如明鏡。常人心如昏鏡。近世格物之說,如以鏡照物,照上用功。不知鏡尚昏在,何能照?先生之格物,如磨鏡而使之明。磨上用功。明瞭後亦未嘗廢照」。
徐愛(曰仁)曰く。「心は鏡子の如同じ。聖人の心は明鏡の如く、常人の心は昏鏡の如し。近世の格物の説は、鏡を用いて物を照らすが如く、照の上に於て用功す。鏡子なお昏きを知らず、どうして能く照らさん。先生の格物は、鏡を磨いて彼を明ならしむるが如く、磨の上に於て用功す。明なりての後も亦たかつて照を廢せず」と。
○問道之精粗。先生曰,「道無精粗。人之所貝有精粗。如這一間房。人初進來,只貝一個大規模如此。處久便柱壁之類,一一看得明白。再久,如柱上有些文藻,細細都看出來。然只是一間房」。
道の精粗を問う。先生曰く。「道に精粗無し。人の見る所才に精粗有り。此の一間の房の如し、人初めて進み入れば、只一箇の大規模此の如しを見るのみ。處ること久しければ、便ち柱壁の類一一看得て明白なり。再び久しければ、柱の上に些かの文采有るが如きも、細細として皆看て出づ。然るに只是一間の房なり」と。
○先生曰,「諸公近見時,少疑問。何也?人不用力,莫不自以為己知。為學只循而行之是矣。殊不知私慾日生。如地上塵一日不掃,便又有一層。看實用功,便見道無終窮。愈探愈深。必使精白無一毫不徹方可」。
先生曰く。「諸公近來見面する時、疑問少なし、何を以てか。人は用力せざれば、自ら以て已に知れりと為さざる無し。學を為すは只循りて之を行えば則ち足れり。殊に私欲一天生ずる一天するを知らず、地上の塵土の如く、一天掃わざれば便ち又一層有り。著實に用功すれば、便ち道の終窮無きを見、愈々探れば愈々深し。必ず精白に到らしめて一毫の透徹せざる無くして乃ち可なり」と。
○問,「知至然後可以言誠意。今天理人慾知之未盡,如何用得克己工夫」?先生曰,「人若真宣切己用功不已,則於此心天理之精微,日見一日。私慾之細微,亦日見一日。若不用克己工夫,終日只是說話而已。天理格不自見,私慾亦胳不自貝。如人走路一般。走得一段,方認得一段。走到歧路處,有疑便問。問了又走。方漸能到得欲到之處。今人於己知之天理不肯存。己知之人慾不肯去。且只管愁不能盡知。只管閒講。何益之有?巨待克得自己無私可克,方愁不能盡知,亦未遲在」。
問う。「知至りて然る後以て意を誠にするを言う可し。今や天理人欲は之を知る未だ尽くさず、どうして克己の工夫を用い得ん」と。先生曰く。「人若し真切に自己の身上に於て用功已まざれば、則ち此の心天理の精微に於いては、一天見る一天。私欲の細微は、亦た一天見る一天。若し克己の工夫を用いざれば、終日只是話を説くのみ。天理終に能く自ら見えず、私欲も亦た終に能く自ら見えず。人の路を走るに一般、走りて一段を得て、才に一段を認得す。歧路の処に走り至りて、疑有れば便ち問い、問いて又走り、才に漸漸要到らんとするの処に到り得る能くす。今の人は已に知る所の天理を肯んじて存せず、已に知る所の人欲を肯んじて去らず、且く只管に尽く知る能わざるを愁い、只管に閑講す、何の益か有らん。且く克り得て自己に克る可き私無きに到りて、才に尽く知る能わざるを愁うも、亦た遲からず」と。
○問,「道一而已。古人論道往往不同。求之亦有要乎」?先生曰,「道無方體。不可執著。卻拘滯於文義上求道遠矣。如今人只說天。其實何嘗見天?謂日月風雷即天,不可。謂人物草木不是天,亦不可。道鄎是天。若識得時,何莫而非道?人但各以其一隅之見,認定以為道止如此,所以不同。若解向裡尋求,見得自己心體,即無時無處不是此道。旦古一旦今。無終無始。更有甚同異?心即道。道即天。知心則知道知天」。又曰,「諸君要實見此道,須從自己心上體認,不假外求始得」。
問う。「道は只是一箇。古人の道を論ずるは往々同じからず。之を求むるも亦た要領有るか」と。先生曰く。「道に方所形體無し、執著する可からず。却って文義の上に拘滞して道を求むれば、則ち遠し。今の人は只天を説く、其の実何ぞかつて天を見ん。日月風雷を説けば即ち天なりと、可ならず。人物草木を説けば天に非ずと、亦た可ならず。道は便ち是天。若し識り得る時は、何の処か道に非ざらん。人は只各々自己の一隅の見を拿りて、認定して以て道は此の如くに止まると為す、故に同じからず。若し曉得して裡に向かいて尋求し、自己の心体を見得れば、即ち時無く処無くして此の道に非ざるなし。亘古亘今、終無く始無し、また何の同異か有らん。心即ち道、道即ち天。心を知れば則ち道を知り天を知る」と。また曰く。「諸君は實に此の道を見んと要せば、須く自己の心上より體認して、外面より求めざる才に得べし」と。
○問,「名物度數。亦須先講求否」?先生曰,「人只要成就自家心體,則用在其中。如養得心體果有未發之中,自然有發而中節之和。自然無施不可。茍無是心,雖預先講得世上許多名物度數,與己原不相干。只是裝綴臨時,自行不去。亦不是將名物度數全然不理。只要『知所先後,則近道』」。又曰,「人要隨才成就,才是其所能為。如夔之樂,稷之種。是他資性合下便如此。成就之者,亦只是要他心體純乎天理。其運用處,皆從天理上發來,然後謂之才。到得純乎天理處,亦能不器。使薆稷易藝而為,當亦能之」。又曰,「如『素富貴,行乎富貴。素患難,行乎患難』,皆是不器。此惟養得心體正者能之」。
問う。「名物度數も、亦た須く先に講求するか」と。先生曰く。「人は只要く自家の心体を成就せば、則ち用は便ち其の中に在り。例えば心体を養い得て果して未發の中有らば、自然に發して節に中るの和有り、自然に施す可からざる無し。仮使此の心無ければ、雖れ預め講じ得る世上の許多の名物度數も、自己とは原來相干らず、只是臨時に裝綴して、自ら行き去ること能わず。亦た是れ名物度數を全然理せずに非ず、只要く『先後する所を知れば、則ち道に近し』なり」と。また曰く。「人は須く才に隨いて成就して、才に是れ彼の能く為す所なり。例えば夔の樂・稷の種は、是れ彼の資性本來便ち此の如し。彼を成就するも、亦た只是彼の心体をして純乎たる天理ならしめんと要す、其の運用する処は皆天理の上より發來して、然る後に才と称す。純乎たる天理の処に到得れば、亦た能く器ならず。仮使夔稷が職事を換えて來りて做るとも、亦た當に能くすべし」と。また曰く。「『富貴に素れば、富貴に行い。患難に素れば、患難に行う』の如きは、皆是れ器ならず。これ只有りて心体正しきを養い得る人の能くす」と。
○「與其為數頃無源之塘水,不若為數尺有源之井水,生意不窮」。時先生在塘邊坐。傍有井,故以之喻學雲。
「與其れ數頃の源頭無き塘水を做るは、數尺の源頭有る井水を做るに如かず、生意無窮」。当時先生は塘邊に坐し、旁に井有り、故に此の譬喻を用いて學問を論ず。
○問,「世道日降。太古時氣象,如何復見得」?先生曰,「一日便是一元。人平日一時起坐,未與物接。此心清明景象,便如在伏羲時遊一般」。
問う。「世道一天降り一天。太古の時の氣象は、どうして再び見るを得ん」と。先生曰く。「一日は便ち一元。人が平日一時起坐して、未だ物と接せざれば、此の心清明の景象は、便ち伏羲の時に於て遊ぶが如し」と。
○問,「心要逐物。如何則可」?先生曰,「人君端拱清穆,六卿分職,天下乃治。心統五官,亦要如此。今眼要視時,心便逐在色上。耳要聽時,心便逐在聲上。如人君要選官時,便自去坐在吏部。要調軍時,便自去坐在兵部。如此,豈惟失卻君體?六卿亦皆不得其職」。
問う。「心が外物を追逐せんと要するは、如何にして乃ち可ならん」と。先生曰く。「人君は端拱清穆にして、六卿は職を分ち、天下始めて治まる。心は五官を統べ、亦た此の如くなるを要す。今や眼が看んと要する時は、心便ち色の上に追逐して到り、耳が聽かんと要する時は、心便ち聲の上に追逐して到る。人君が官を選ばんと要する時に、便ち自ら去りて吏部に坐し、軍を調せんと要する時に、便ち自ら去りて兵部に坐するが如し。此の如くは、豈に止まりて君體を失わんや。六卿も亦た皆其の職を得ず」と。
○善念發而知之,而充之。惡念發而知之,而遏之。知眾充與遏者,志也。天聰明也。聖人只有此。學者當存此。
善念發せば則ち之を知り、并びて之を擴充せよ。惡念發せば則ち之を知り、并びて之を遏止せよ。該擴充と該遏止を知るは、是れ志にして、是天の賦するの聰明なり。聖人は只有りて此れ有るのみ。學者は當に此れを存すべし。
○澄曰,「好色,好利,好名等心,固是私慾。如閒思雉慮,如何亦謂之私慾」?先生曰,「畢竟從好色,好利,好名等根上起。自尋其根便見。如汝心中決知是無有做劫盜的思慮。何也?以汝元無是心也。汝若於貨色名利等心,一切皆如不做劫盜之心一般,都消滅了。光光只是心之本體。看有甚閒思慮?此便是『寂然不動』。便是『未發之中』。便是『廓然大公』。自然『感而遂通』。自然『發而中節』。自然『物來順應』」。
陸澄曰く。「色を好み利を好み名を好む等の心は、固より是れ私欲なり。閑思雜慮の如きは、何を以て亦た私欲と称するや」と。先生曰く。「畢竟是れ色を好み利を好み名を好む等の根の上より起こる。自ら其の根を尋ねれば便ち見えん。汝の心中に决然として劫盜を做るの思慮無きを知るが如きは、何を以てか。汝が原來此の心無きを以てなり。汝若し貨色名利等の心に對して、一切皆劫盜を做らざるの心に一般にして、皆消滅して、光光として只是心の本体ならば、看よまた何の閑思慮か有らん。此れ便ち是れ『寂然として動かず』、便ち是れ『未發の中』、便ち是れ『廓然大公』、自然『感じて遂に通ず』、自然『發して節に中る』、自然『物來れば順應す』」と。
○問志至氣次。先生日,「『志之所至,氣亦至焉』之謂。非『極至次貳』之謂。『持其志』,則養氣在其中。『無暴其氣』,則亦持其志矣。孟子救告子之偏,故如此夾持說」。
『志至り氣次ぐ』を問う。先生曰く。「是れ『志は到る所に至り、氣も亦た彼の処に到る』の意思にして、『極至と次貳』の意思に非ず。『其の志を持す』は、則ち氣を養う其の中に在り。『其の氣を暴する無かれ』は、則ち亦た是れ其の志を持すなり。孟子は告子の偏を救わんがため、故に此の如く両邊夾持して説く」と。
○問,「先儒曰,『聖人之道,必降而自卑。賢人之言,則引而自高』。如何」?先生日,「不然。如此卻乃偽也。聖人如天。無往而非天。三光之上,天也。九地之下,亦天也。天何嘗有降而自卑?此所謂大而化之也。賢人如山嶽。守其高而已。然百仞者不能引而為千仞。千仞者不能引而為萬仞。是賢人未嘗引而自高也。引而自高,則偽矣」。
問う。「先儒曰く『聖人の道は、必ず降りて自ら卑し。賢人の言は、則ち引きて自ら高し』。怎麼樣か」と。先生曰く。「是れ此の如くに非ず。此の如くは却って是れ偽なり。聖人は天に象る、処とし天に非ざる無し。三光の上は、是れ天。九地の下も、亦た是れ天。天何ぞかつて降りて自ら卑しまんや。これ即ち所謂大にして之を化すなり。賢人は山岳に象る、其の高を守るのみ。然るに百仞の能く引きて千仞と成る能わず、千仞の能く引きて萬仞と成る能わず。是れ賢人は未曾て引きて自ら高くせず。引きて自ら高くせば、則ち偽なり」と。
○問,「伊川謂『不當於喜怒哀樂未發之前求中』。延平卻教學者看未發之前氣象。何如」?先生日,「皆是也。伊川恐人於未發前討個中,把中做一物看。如吾向所謂認氣定時做中。故令只於涵養省察上用功。延平恐人未便有下手處,故令入時時刻刻求末發而氣象。使人正目而視惟此,傾耳而聽惟此。即是『戒慎不睹。恐懼不聞』的工夫。皆古人不得已誘人之言也」。
問う。「伊川(程頤)は『當に喜怒哀樂未發の前に於て中を求むべからず』と曰う。延平(李侗)は却って學者に教えて未發の前の氣象を看しむ。怎麼樣か」と。先生曰く。「皆對なり。伊川は人が未發の前に個の中を討んことを怕れ、中を把りて一件の物と當て看る、我が一向に所謂氣定の時を把りて認做して中と為すが如し、故に只人をして涵養省察の上に於て用功せしむ。延平は人が未だ下手の処無きを怕れ、故に人をして時時刻刻に未發前の氣象を求めしめ、人をして目を正しくして視れば只此に在り、耳を傾けて聽けば只此に在らしむ。便ち是れ『睹る無きに戒慎し、聞こえざるに恐懼す』の工夫なり。皆是れ古人の已むことを得ず人を誘導するの話なり」と。
○澄問,「喜怒哀樂之中和。其全體常人固不能有。如一件小事當喜怒者,平時無喜怒之心。至其臨時,亦能中節。亦可謂之中和乎」?先生曰,「在一時之事,固亦可謂之中和。然未可謂之大本達道。人性皆善。中和是人人原有的。豈可謂無?但常人之心既有所昏蔽,則其本體蜼亦時時發見,終是暫明暫滅,非其全體大用矣。無所不中,然後謂之大本。無所不和,然後謂之達道。惟天下之至誠,然後能立天下之大本」。曰,「澄於中字之義尚未明」。曰,「此須自心體認出來。非言語所能喻。中只是天理」。曰,「何者為天理」?曰,「去得人慾,便識天理」。曰,「天理何以謂之中」?曰,「無所偏倚」。曰,「無所偏倚,是何等氣象」?曰,「如明鏡然。全體瑩徹,略無纖塵染著」。曰,「偏倚是有所染著。如著在好色好利好名等項上,方見得偏倚。若未發時,美色名利皆未相看。何以便知其有所偏倚」?曰,「雖未相著,然平日好色好利好名之心,原未嘗無。既未嘗無,即謂之有。既謂之有,則亦不可謂無偏倚。譬之病瘧之人,雖有時不發,而病根原不曾除,則亦不得謂之無病之人矣。須是平日好色好利好名等項一應私心,掃除盪滌,無復纖毫留滯。而此心全體廓然,純是天理。方可謂之喜怒哀樂未發之中。方是天下之大本」。
陸澄問う。「喜怒哀樂の中和は、其の全體は常人固より能く有らざるなり。一件の小事本來當に喜怒すべきの如き、平時喜怒の心無し、臨時に到りても亦た能く節に中る、亦た以て中和と称する可きか」と。先生曰く。「一時の事の上に在りては、固より亦た以て中和と称する可し、然るに未だ能く大本達道と称する可からず。人性は皆善なり。中和は是れ人人の原來有る所、豈に説く無しと能わんや。但し常人の心は既に昏蔽有る所、則ち其の本体は雖れ亦た時時發見すとも、終に是れ暫明暫滅にして、是れ全體大用に非ず。中らざる所無くして、然る後に大本と称し、和せざる所無くして、然る後に達道と称す。惟れ天下の至誠、然る後に能く天下の大本を立つ」と。陸澄曰く。「澄は中の字の意思に於て未だ明白ならず」と。先生曰く。「これは必ず自己の心裡より體認して出ださんことを須い、言語の能く喩する所に非ず。中は只是天理」と。問う。「何を以て天理と為すか」。曰く「人欲を去掉すれば、便ち天理を識る」。問う。「天理は何を以て中と称するか」。曰く「偏倚する所無し」。問う。「偏倚する所無きは、何等の氣象か」。曰く「明鏡の如く、全體瑩徹して、略く纖塵の染着無し」。問う。「偏倚は是れ染着有る所なり。色を好み利を好み名を好む等項の上に着すれば、才に偏倚有るを見得。若し未發の時は、美色名利皆未曾て相着せず、何を以て便ち彼の偏倚有る所を知らんや」。曰く「雖れ未曾て相着せずとも、然るに平日色を好み利を好み名を好むの心は、原來未曾て無からず。既に未曾て無からざれば、便ち有と称す。既に有と称せば、亦た便ち以て偏倚無しと説く可からず。譬えるに病瘧の人の如く、雖れ時に發せざる有るとも、而して病根は原來かつて除かず、亦た以て病無きの人と称するを得ず。必ず是れ平日色を好み利を好み名を好む等項一切の私心を、掃除蕩滌して、更に纖毫の留滯有ること無からしめ、而して此の心全體廓然として、純は是れ天理、才に以て喜怒哀樂未發の中と称する可く、才に是れ天下の大本なり」と。
○問,「『顏子沒而聖學亡』。此語不能無疑」。先生曰,「見聖道之全者惟顏子。觀喟然一嘆可見。其謂『夫子循循然善誘人。博我以文,約我以禮』。是見破後如此說。博文約禮,如何是善誘人。學者須恩之。道之全體,聖人亦難以語人。須是學者自修自俉。顏子『雖欲從之,未由也已』即文王望道未見意。望道未見,乃是真見。顏子沒,而聖學之正派,遂不盡傳矣」。
問う。「『顔子沒して聖學亡ぶ』、此の話は能く疑無からしむる能わず」と。先生曰く。「聖道の全を見るを得るは只有りて顏子なり。彼の喟然たる一歎を看て則ち以て見る可し。彼の言う『夫子は循循然として善く人を誘い、我を文に博くし、我を禮に約す』は、看破しての後始めて此の如く説く。博文約禮は、怎麼是れ善く人を誘うや、學者は必ず想うを須い。道の全體は、聖人も亦た人に告げ難し、必ず是れ學者の自修自悟なり。顏子の『從わんと欲すといえども、由る未だ已まず』は、便ち是れ文王の道を望みて未だ見ざるの意思なり。道を望みて未だ見ざるは、才に是れ真の見なり。顏子沒すれば、聖學の正派は便ち能く尽く伝えざらん」と。
○問,「身之主為心,心之靈明是知。知之發動是意。意之所看為物。是如此否」?先生曰,「亦是」。
問う。「身の主宰は心、心の靈明は知、知の發動は意、意の所在は物。是れ此の如くか」と。先生曰く。「亦た是れなり」と。
○只存得此心常見在便是學。過去未來事,思之何益?徒放心耳。
只此の心を存し得て常常に在れば、便ち是れ學。過去未來の事は、之を想えば何の益か有らん。只是把りて心を放ち出すのみ。
○言語無序,亦足以見心之不存。
言語に次序無きは、亦た以て心の存住せざるを見るに足り。
○尚謙問,「孟子之不動心與告子異」。先生曰,「告子是硬把捉著此心,要他不動。孟子卻是集義到自然不動」。又曰,「心之本體原自不動。心之本體即是性。性即是理。性元不動。理元不動。集義是復其心之本體」。
薛侃(字は尚謙)問う。「孟子の不動心は告子と同じからず」と。先生曰く。「告子是れ硬に此の心を把捉して、之を不動せしめんと要す。孟子は却って是れ義を集めて自然不動に到る」と。また曰く。「心の本体は原來自己動かず。心の本体は便ち是れ性。性は便ち是れ理。性原來動かず、理原來動かず。義を集むるは是れ心の本体を回復す」と。
○萬象森然時亦沖漠無朕沖漠無朕,即萬象森然。沖漠無朕者一之父。萬象森然者精之母。一中有精。精中有一。
萬象森然の時も亦た是れ沖漠無朕。沖漠無朕は、便ち是れ萬象森然。沖漠無朕は是れ一の父、萬象森然は是れ精の母。一の中に精有り、精の中に一有り。
○心外無物。如吾心發一念孝親,即孝親便是物。
心の外に物無し。我が心が一念の孝親を發するが如し、即ち孝親は便ち是れ物。
○先生曰,「今為吾所謂格物之學者,尚多流於口耳。況為口耳之學者,能反於此乎?天理人慾,其精微必時時用力省察克治,方日漸有見。如今一說話之間,雖只講天理。不知心中倏忽之間,已有多少私慾。蓋有竊發而不知者。雖用力察之,尚不易見。況徒口講而可得盡知乎?今只管講天理來頓放著不循,講人慾來頓放著不去,豈格物致知之學?後世之學,其極至,只做得個義襲而取的工夫」。
先生曰く。「今や我が所謂格物の學を做る者も、還た多く口耳に流る。況んや口耳の學を做る者、能く此に反らんや。天理人欲は、其の精微は必ず時時用力して省察克治して、才に日漸見る所有らん。今や一説話の間に、雖れ只天理を講ずとも、心中倏忽の間に已に多少の私欲有るを知らず。大概暗發して知らざる有り。雖れ用力して之を察すとも、なお容易に見えず、況んや只靠りて口講すれば便ち能く尽く知らんや。今や只管天理を講じて却って擱著して循わず、人欲を講じて却って擱著して去らず、豈に是れ格物致知の學ならんや。後世の學は、其の極至は、只做り得て個の義襲して取るの工夫なり」と。
○問,「知止者,知至善只在吾心,元不在外也,而後志定」。曰,「然」。
問う。「止るを知るは、是れ至善が只吾が心に在り、原來外に在らざるを知りて、而る後志向才に定まる」と。先生曰く。「對なり」と。
○問格物。先生曰,「格者,正也。正其不正,以歸於正也」。
格物を問う。先生曰く。「格は、便ち是れ正。其の不正を正して、以て正に歸す」と。
○問,「格物於動處用功否」?先生曰,「格物無間動靜。靜亦物也。孟子謂『必有事焉』。是動靜皆有事」。
問う。「格物是れ動の処に在りて用功するか」と。先生曰く。「格物は動靜を論ぜず。靜も亦た是れ物。孟子曰く『必ず事有らん』は、是れ動靜皆事有り」と。
○工夫難處,全在格物致知上。此即誠意之事。意既誠,大段心亦自正,身亦自修。但正心修身工夫,亦各有用力處。修身是日發邊。正心是未發邊。心正則中。身修則和。
工夫の難き処は、全く格物致知の上に在り。これ便ち是れ意を誠にするの事。意既に誠なれば、大體心も亦た自然に正しく、身も亦た自然に修まる。但し心を正し身を修むるの工夫も、亦た各々用力する処有り。身を修むるは是れ已發の一邊、心を正すは是れ未發の一邊。心正しければ便ち是れ中、身修まれば便ち是れ和。
○自格物致知至平天下,只是一個明明德。雖親民亦明德事也。明德是此心之德,即是仁。「仁者以天地萬物為一體」。使有一物失所,便是吾仁有未盡處。
格物致知より天下を平げるに至るまで、只是一箇の明明德。雖れ親民も亦た是れ明德の事。明德是れ此の心の德、便ち是れ仁(人と人・人と物の相感通する那の生意にして、『仁愛』一詞の能く代替する所に非ず)。『仁者は天地萬物を以て一體と為す』。仮使一物の所を失う有れば、便ち是れ吾が仁の未だ尽くさざる処有り。
○只說明明德而不說親民,便似老佛。
只明明德を説きて親民を説かざれば、便ち老莊佛氏に象る。
○至善者性。性元無一毫之惡,故曰至善。止之,是復其本然而已。
至善なる者は性なり(底本の此字は生僻字)。性は原來一毫の惡無し、故に至善と称す。之に止まるは、是れ其の本然を回復するのみ。
○問,「知至善即吾性。吾性具吾心。吾心乃至善所止之地。則不為向時之紛然外求,而定則不擾,不擾而靜。靜而不妄動則安。安則一心一意只在此處。千思萬想,務求必得此至善。是能慮而得矣。如此說是否」?先生曰,「大略亦是」。
問う。「至善が便ち吾が性なり、吾が性は吾が心に具備し、吾が心才に是れ至善の止まるの地なるを知れば、便ち再び從前の如く紛然として外に向かいて求めず、而して定まれば則ち擾らず、擾らざれば而して靜なり、靜にして妄動せざれば則ち安し、安ければ則ち一心一意只此の處に在り、千思萬想して、務めて必ず此の至善を得んことを求む、これ便ち是れ能く慮して得るなり。此の如く説くは對なりか」と。先生曰く。「大略亦た是れなり」と。
○問,「程子云,『仁者以天地萬物為一體』。何墨氏兼愛,反不得謂之仁」?先生曰,「此亦甚難言。須是諸君自體認出來始得。仁是造化生生不息之理。雖瀰漫周遍,無處不是。然其流行發生,亦只有個漸。所以生生不息。如冬至一陽生。必自一陽生,而後漸漸至於六陽,若無一陽之生,豈有六陽?陰亦然。惟有漸,所以便有個發端處。惟其有個發端處,所以生。惟其生,所以不息。譬之木。其始抽芽,便是木之生意發端處。抽芽然後發乾。發乾然後生枝生葉。然後是生生不息。若無芽,何以有幹有枝葉?能抽芽,必是下面有個根在。有根方生。無根便死。無根何從抽芽?父子兄弟之愛,便是人心生意發端處。如木之抽芽。自此而仁民,而愛物。便是發乾生枝生葉。墨氏兼愛無苦等。將自家父子兄弟與途人一般看。便自沒了發端處。不抽芽,便知得他無根。便不是生生不息。安得謂之仁?孝弟為仁之本。卻是仁理從裡面發生出來」。
問う。「程子曰く『仁者は天地萬物を以て一體と為す』。何を以て墨氏の兼愛は、反って得て仁と称せざるや」と。先生曰く。「これも亦た甚だ講じ難し。必ず是れ諸君が自己體認して出ださんことを須い。仁是れ造化の生生不息の理なり。雖れ彌漫周遍して、処として是れならざる無しとも、然るに其の流行發生も、亦た只有りて個の漸漸有り。故に生生不息。冬至一陽生ずるが如きは、必ず一陽より生じて、而る後漸漸六陽に至るを須い。若し一陽の生無ければ、どうして六陽有らん。陰も亦た此の如し。正しく漸有るを以て、故に便ち個の發端の処有り。正しく個の發端の処有るを以て、故に生ず。正しく生ずるを以て、故に息まず。譬えるに樹木の如く、其の始めて芽を抽くは、便ち是れ木の生意の發端の処なり。芽を抽きて然る後に幹を發し、幹を發して然る後に枝を生じ葉を生じ、然る後に是れ生生不息なり。若し芽無ければ、何を以て幹有り枝葉有らん。能く芽を抽くは、必ず是れ下に個の根在り。根有りて才に生じ、根無ければ便ち死す。根無ければ何の処よりか芽を抽かん。父子兄弟の愛は、便ち是れ人心の生意の發端の処にして、木の芽を抽くが如し。此より而して民を仁し、而して物を愛するは、便ち是れ幹を發し枝を生じ葉を生ず。墨氏の兼愛は差等無く、自家の父子兄弟を把りて路人と一般に看れば、便ち自ら發端の処無し。芽を抽かざれば、便ち彼の根無きを知り、便ち是れ生生不息に非ず、怎麼能く仁と称せん。孝弟は仁の本と為るは、却って是れ仁理の裡面より發生して出づ」と。
○問,「延平云,『當理而無私心』。當理與無私心,如何分別」?先生曰,「心即理也。無私心,即是當理。未當理,便是私心。若析心與理言之,恐亦未善」。又問,「釋氏於世間一切情慾之私,都不染著。似無私心。但外棄人倫。卻是未當理」。曰,「亦只是一統事。都只是成就他一個私己的心」。
問う。「延平曰く『理に當りて私心無し』。理に當ると私心無きと、如何に分別するか」と。先生曰く。「心即ち理。私心無きは、便ち是れ理に當る。未だ理に當らざれば、便ち是れ私心。若し心と理を把りて分析開きて講せば、恐らく亦た妥當ならず」と。また問う。「釋氏は世間一切の情欲の私に對して、皆染着せず、似乎私心無し。但し外に人倫を棄て、却って是れ未だ理に當らず」と。先生曰く。「亦た只是一回事、都只是彼の一箇の私己の心を成就するのみ」と。
以下門人薛侃錄
以下門人薛侃の録
○侃問,「持志如心痛。一心在痛人安有工夫說閒語,管閒事」?先生曰,「初學工夫如此用亦好。但要使知『出入無時,莫知其鄉』。心之神明,原是如此。工伕力有著落。若只死死守著著,恐於工夫上又發病」。
薛侃問う。「志を持するは心痛に如同じ。一心皆痛の上に在り、どうして工夫有りて閑話を説き閑事を管せんや」と。先生曰く。「初學の工夫此の如く用うも亦た好し。但要く人をして『出入に時無く、其の鄉を知る莫し』を知らしめよ。心の神明は、原來便ち此の如し。工夫才に著落有り。若し只死死として守れば、恐らく工夫の上に於て又病を發さん」と。
○侃問,「專涵養而不務講求,將認欲作理。則如之何」?先生曰,「人須是知學講求,亦只是涵養。不講求,只是涵養之志不切」。曰,「何謂知學」?曰,「且道為何而學?學個甚」?曰,「嘗聞先生教。學是學存天理。心之本體,即是天理。體認天理,只要自心地無私意」。曰,「如此則只須克去私意便是。又愁甚理欲不明」?曰,「正恐這些私意認不真」?曰,「總是志未切。志切,目視耳聽皆在此。安有認不真的道理?是非之心,人皆有之。不假外求。講求亦只是體當自心所見。不成去心外別有個見」。
薛侃問う。「専ら涵養して務めて講求せざれば、將に欲を把りて認作して理と為さん、那は如何せん」と。先生曰く。「人は必ず學を知るを須い。講求も亦た只是涵養。講求せざるは、只是涵養の志が切ならざるなり」と。問う。「何を以て學を知ると称するか」。曰く「且く説け、何の為めに而して學ぶか。個の何を學ぶか」。曰く「かつて先生の教えを聞く、學は是れ學びて天理を存す。心の本体便ち是れ天理。天理を體認するは、只要自己の心地に私意無ければよい」。曰く「此の如くは則ち只須く私意を克去すれば便ちなり、又愁う何の理欲明らかならざるを」。曰く「正しく怕る此れらの私意を認めて真ならざるを」。曰く「總じて是れ志向未だ切ならず。志切れば、眼睛看るも耳朵聽くも皆此に在り、どうして認めて真ならざるの道理有らん。是非の心は、人皆之有り、外面より求めず。講求も亦た只是當に自己心里の見る所を體し、豈に去りて心の外に別に個の見有らんや」と。
○先生問在坐之友,此來工夫何似?一友舉虛明意思。先生曰,「此是說光景」。一友敘今昔異同。先生曰,「此是說效驗」。二友惘然。請是。先生曰,「吾翡今日用功,只是要為善之心真切。此心真切,見善即遷,有過即改,力是真切工夫。如此則人慾日消,天理日明。若只管求光景,說效驗,卻是助長外馳病痛,不是工夫」。
先生、座に在る朋友を問う、近來工夫如何。一朋友は虛明の意思を擧ぐ。先生曰く。「これ是れ光景を説く」。一朋友は今昔の異同を敘述す。先生曰く。「これ是れ效驗を説く」。两朋友惘然として、怎麼才に是れなるかを請教す。先生曰く。「我ら今日用功するは、只是善を為すの心を真切にせんと要するのみ。此の心真切なれば、善を見れば即ち遷り、過有れば即ち改む、才に是れ真切の工夫。此の如くは則ち人欲一天消し一天、天理一天明らかにする一天。若し只管光景を求め效驗を説かば、却って是れ外馳を助長するの病痛にして、是れ工夫に非ず」と。
○朋友觀書,多有摘議晦庵者。先生曰,「是有心求異,即不是。吾說與晦庵時有不同者,為入門下手處有毫釐千里之分。不得不辯。然吾之心與晦庵之心,未嘗異也。若其餘文羲解得明當處,如何動得一字」?
朋友が書を看るに、多く指摘議論して朱熹(晦庵)する有り。先生曰く。「これ是れ心有心を求めて異なる、便ち不對なり。我の説く所は晦庵と時に同じからざる有るは、是れ入門下手の処に毫厘千里の分別有れば、辯せざるを得ず。然るに我が心と晦庵の心とは、未曾て異有らず。若し其の余の文義を解して明白妥當なる処は、怎麼能く一字を動かすを得ん」と。
○希淵問,「聖人可學而至。然伯夷伊尹於孔子,才力終不同。其同謂之聖者安在」?先生曰,聖人之所以為聖,只是其心純乎天理,而無人慾之雜。猶精金之所以為精,但以其成色足而無銅鉛之雜也。人到純乎天理方是聖。金到足色方是精。然聖人之才力,亦有大小不同。猶金之分兩有輕重。堯舜猶萬鎰。文王孔子猶九千鎰。禹湯武王猶七八千鎰。伯夷伊尹猶四五千鎰。才力不同,而純乎天理則同。皆可謂之聖人。猶分兩雖不同,而足色則同。皆可謂之精金。以五千鎰者而人於萬鎰之中,其足色同也。以夷尹而廁之堯孔之間。其純乎天理同也。蓋所以為精金者,在足角,而不在分兩。所以為聖者,在純乎天理,而不在才力也。故雖凡人。而肯為學,使此心純乎天理,則亦可為聖人。猶一兩之金,此之萬鎰。分兩雖懸絕,而其到足色處,可以無愧。故曰『人皆可以為堯舜』者以此。學者學聖人,不過是去人慾而存天理耳。猶鍊金而求其足色。金之成色,所爭不多,則煅煉之工省,而功易成。成色愈下,則煅煉愈難。人之氣質,清濁粹駁。有中人以上,中人以下。其於道,有生知安行,學知利行,其下者,必須人一己百,人十己千。及其成功則一。後世不知作聖之本是純乎天理。卻專去知識才能上求聖人。以為聖人無所不知,無所不能。我須是將聖人許多知識才能,逐一理會始得。故不務去天理上看工夫。徒弊精竭力。從冊子上鑽研,名物上考索,形逃上此擬。知識愈廣而人慾愈滋。才力愈多而天理愈蔽。正如見人有萬鎰精金,不務煅煉成色,求無愧於彼之精純。而乃妄希分兩,務同彼之萬鎰。錫鉛銅鐵,雜然而投。分兩愈增,而成色愈下。既其梢末,無復有金矣」。時曰仁在傍曰,「先生此喻,足以破世儒支離之惑。大有功於後學」。先生又曰,「吾輩用力,只求日減,不求日增。
蔡希淵問う。「聖人は以て學びて至る可し。然るに伯夷・伊尹は孔子に比ぶるに、才力終究同じからず。彼ら同じく聖と称せらるるは、根據は何の処に在るか」と。先生曰く。「聖人の聖と為る所以は、只是其の心純乎たる天理にして、而して人欲の夾雜無し。精金の精と為る所以に如同じく、只其の成色足りて而して銅鉛の夾雜無きを以てなり。人は純乎たる天理に到りて才に是れ聖、金は足色に到りて才に是れ精。然るに聖人の才力も、亦た大小の同じからざる有り、金の分两の輕重有るが如し。尭舜は萬鎰に如同じく、文王・孔子は九千鎰に如同じく、禹・湯・武王は七八千鎰に如同じく、伯夷・伊尹は四五千鎰に如同じ。才力同じからず、而して純乎たる天理は則ち同じ、皆以て聖人と称する可し。分两雖れ同じからずとも、而して足色は則ち同じ、皆以て精金と称する可し。五千鎰のを拿りて萬鎰の中に放れば、其の足色是れ一樣なり。伯夷・伊尹を拿りて尭・孔の間に放れば、其の純乎たる天理是れ一樣なり。故に精金と為る所以は、足色に在りて、而して分两に在らず。聖と為る所以は、純乎たる天理に在りて、而して才力に在らず。故に雖れ凡人も、而して肯んじて學を為して、此の心をして純乎たる天理ならしめば、則ち亦た以て聖人を做る可し。一兩の金の萬鎰に比するが如く、分两雖れ懸絕すとも、而して足色の処に到りては、以て愧る無し。故に『人皆為りて尭舜と為る可し』と説く、根據此に在り。學者が聖人を學ぶは、不過人欲を去りて天理を存するのみ、金を煉りて其の足色を求むるが如し。金の成色の差し多からざる所は、則ち煅煉の工夫省けり、而して功效容易に成る。成色愈下れば、則ち煅煉愈難し。人の氣質は、清濁粹駁にして、中人以上・中人以下有り。其の道に於けるは、生知安行・學知利行有り、其の下は必ず人一己百・人十己千せんことを須い、其の成功に及べば則ち一なり。後世は聖と作るの根本は純乎たる天理なるを知らず、却って専ら去りて知識才能の上に於て聖人を求め、以て聖人は知らざる無く能わざる無し、我は必ず聖人の許多の知識才能を把りて逐一理會して乃ち行くべし。故に務めて天理の上に於て工夫を看ず、徒然に精を弊し力を竭くし、册子の上より鑽研し、名物の上に考索し、形迹の上に比擬す。知識愈廣くして而して人欲愈滋し、才力愈多くして而して天理愈蔽す。正しく人の萬鎰の精金有るを見て、務めて成色を煅煉せず、其の精純に愧る無きを求めず、却って妄りに分两を圖り、務めて必ず彼の萬鎰に同じからんと要す、錫鉛銅鐵雜然として投ぜば、分两愈增して、而して成色愈下、銷熔の末了に到りて、更に金有らず」。當時徐愛旁に在りて曰く。「先生此の譬喻は、以て世儒の支離の迷惑を破除するに足り、大有りて後學に功勞す」と。先生又曰く。「我ら用力するは、只求めて日に減ぜん、求めず日に增さんと。一分の人欲を減じ得れば、便ち是れ一分の天理を復得す。何等なるか輕快脫灑。何等なるか簡易」と。
減得一分人慾,便是復得一分天理。何等輕快脫灑?何等簡易」?
(先生続いて曰く:)減り得る一分の人欲は、便ち是れ復得る一分の天理なり。何等なるか輕快脫灑、何等なるか簡易」と。
○士德問曰,「格物之說,如先生所教,明白簡易,人人見得。文公聰明絕世,於此反有未審。何也」?先生曰,「文公精神氣魄大。是他早年合下便要繼往開來。故一向只就考索著述上用功。若先切己自修,自然不暇及此。到得德盛後,果憂道之不明,如孔子退修六籍,刪繁就簡,開示來學,亦大段不費甚考索。文公早歲便著許多書。晚年方悔是倒做了」。士德曰,「晚年之悔,如謂『向來定本之悟』。又謂『雖讀得書,何益於吾事』?又謂『此與守書籍,泥言語,全無交涉』,是他到此方悔從前用功之錯,方去切己自修矣」。曰,「然。此是文公不可及處。他力量大。一悔便轉。可惜不久即去世。平日許多錯處皆不及改正」。
楊士德問う。「格物の説は、先生の教うる所の如く、明白簡易にして、人人見得す。文公(朱熹)聰明絶世、此に於て反って未審有るは、何を以てか」と。先生曰く。「文公の精神氣魄大なり。是れ彼の早年本來便ち往を繼ぎ來を開かんと要す、故に一向只考索著述の上に就きて用功す。若し先に己に切りて自ら修めば、自然に此れらに顧る暇無し。德盛なるの後に到得れば、果して道の明ならざるを憂い、孔子の退きて六籍を修め、繁を刪りて簡に就き、來學に開示するが如く、亦た大體多少の考索を費さず。文公早年便ち許多の書を著し、晚年才に悔う是れ倒して做るなりと」と。士德曰く。「晚年の悔は、『向來定本之誤』(底本は「悟」、「悟」は「誤」の訛)と説くが如く、又曰く『雖れ書を讀得すとも、吾事に何の益か』、又曰く『此れ書籍を守り言語に泥まると、全く交涉無し』とは、是れ彼此に到りて才に從前用功の錯を悔い、才に去りて己に切りて自修す」と。先生曰く。「是れなり。これ是れ文公の及ぶ可からざる処。彼の力量大にして、一悔して便ち轉ず。惜しむべし久しからずして即ち去世し、平日許多の錯處皆改正するに及ばず」と。
○侃去花問草。因曰,「天地間何善難培,惡難去」?先生曰,「未培未去耳」。少間曰,「此等看善惡,皆從軀殼起念。便會錯」。侃未達。曰,「天地生意,花草一般。何曾有善惡之分?子欲觀花,則以花為善,以草為惡。如欲用草時,復以草為善矣。此等善惡,皆由汝心好惡所生。故知是錯」。曰,「然則無善無惡乎」?曰,「無善無惡者理之靜。有善有惡者氣之動。不動於氣,即無善無惡。是謂至善」。曰,「佛氏亦無善無惡。何以異」?曰,「佛氏著在無善無惡上,便一切都不管。不可以治天下。聖人無善無惡。只是無有作好,無有作惡。不動於氣。然遵王之道,會其有極。便自一循天理。便有個裁成輔相」。曰,「草既非惡,即草不宜去矣」?曰,「如此卻是佛老意見。草若是礙,何妨汝去」?曰,「如此又是作好作惡」。曰,「不作好惡,非是全無好惡。卻是無知覺的人。謂之不作者,只是好惡一循於理。不去,又著一分意思。如此即是不曾好惡一般」。曰,「去草如何是一循於埋,不看意思」?曰,「草有妨礙,理亦宜去。去之而已。偶未即去,亦不累心。若著了一分意思,即心體便有貽累,便有許多動氣處」。曰,「然則善惡全不在物」。曰,「只在汝心。循理便是善。動氣便是惡」。曰,「畢竟抑無善惡」。曰,「在心如此。在物亦然,世儒惟不知此,舍心逐物。將格物之學錯看了。絳日馳求於外,只做得個義襲而取。終身行不著,習不察」。曰,「如好好色,如惡惡臭,則如何」?曰,「此正是一循於理。是天理合如此。本無私意作好作惡」。曰,「如好好色,如惡惡臭。安得非意」?曰,「卻是誠意。不是私意。誠意只是循天理。雖是循天理,亦看不得一分意。故有所念懥好樂,則不得其正。須是廓然大公,方是心之本體。
薛侃、花間の草を除去す。因りて曰く。「天地間何を以て善は培い難く惡は去り難きか」と。先生曰く。「未だ去りて培わず、未だ去りて去らざるのみ」。過ぎること一會兒して曰く。「此の如く善惡を看るは、皆是れ軀殼より念を起こす、便ち錯なり」。薛侃未だ明白ならず。先生曰く。「天地の生意は、花草一般にして、何ぞかつて善惡の分有らん。汝想うに花を看れば、便ち花を以て善と為し草を以て惡と為す。如果草を用いんと要する時は、又草を以て善と為す。此れらの善惡は、皆汝の心の好惡より生ずる所に由る、故に是れ錯なるを知る」。問う。「則ち是れ善無く惡無きか」。曰く「善無く惡無きは是れ理の靜、善有り惡有るは是れ氣の動。氣に動かざれば、即ち善無く惡無し、これ至善と称す」。問う。「佛氏も亦た善無く惡無し、何の同じからざるか有る」。曰く「佛氏は善無く惡無きの上に著けば、便ち一切皆管せず、以て天下を治むる可からず。聖人の善無く惡無きは、只是好を作す無く惡を作す無く、氣に動かず。然るに王の道に遵い、其の極有るを會すれば、便ち自然に一たび天理に循い、便ち個の裁成輔相有り」。問う。「草既に是れ惡に非ざれば、則ち宜しく去掉すべからざるか」。曰く「此の如くは却って是れ佛老の意見。草若し是れ礙事あれば、何ぞ妨げん汝去掉せんことを」。問う。「此の如くは又是れ好を作し惡を作す」。曰く「好惡を作さざるは、全く好惡無きに非ず、却って成りて知覺無きの人。『不作』と称するは、只是好惡一たび理に循いて、去りて又一分の意思を著けず。此の如くは即ち不曾好惡するに一般なり」。問う。「草を去るは怎麼是れ一たび理に循い、意思を著けざるか」。曰く「草に妨礙有れば、理も亦た宜しく去掉すべし、去掉するのみ。偶然即に刻んで去掉せざるも、亦た心に累わず。若し一分の意思を著けば、即ち心體便ち拖累有り、便ち許多の氣を動かす処有り」。問う。「則ち善惡全く物に在らず」。曰く「只在りて汝の心。理に循えば便ち是れ善、氣を動かせば便ち是れ惡」。問う。「畢竟物に善惡無し」。曰く「心に在りて此の如し、物に在りても亦た是れ此の如し。世儒只是此れを知らず、心を舍てて物を逐い、格物の學を把りて錯看す。終日外に馳求して、只做り得て個の義襲して取る、終身行いて著せず習いて察せず」。問う。「好色を好むが如し、惡臭を惡むが如し、又怎麼樣」。曰く「此れ正しく是れ一たび理に循う、是れ天理該當此の如し、本來私意有りて好を作し惡を作さず」。問う。「好色を好むが如し、惡臭を惡むが如し、怎麼得て是れ意に非ざらん」。曰く「却って是れ誠意、是れ私意に非ず。誠意只是天理に循う。雖れ是れ天理に循うとも、亦た著ける可からず一分の意。故に忿懥好樂有る所は、則ち其の正を得ず。必ず是れ廓然大公にして、才に是れ心の本体なり」。
知此即知未發之中」,伯生曰,「先生云,『草有妨礙,理亦宜去』。緣何又是軀殼起念」?曰,「此須汝心自體當。汝要去草,是甚麼心?周茂叔窗前草不除,是甚麼心」?
(先生続いて曰く:)此を知れば即ち未發の中を知る」。孟伯生曰く。「先生曰く『草に妨礙有れば、理も亦た宜しく去掉すべし』。何を以て又是れ軀殼より念を起こすや」。先生曰く。「これは須く汝心裡自ら體當せよ。汝は草を去らんと要す、是れ何の心か。周敦頤(茂叔)の窓前の草除かざるは、是れ何の心か」と。
○先生謂學者曰,「為學須得個頭腦工夫,方有看落。縱未能無間,如舟之有舵,一提便醒。不然,雖從事於學,只做個義襲而取。只是行不著,習不察,非大本達道也」。又曰,「見得時,橫說豎說皆是。若於此處通,彼處不通,只是未見得」。
先生、學者に對して曰く。「學を為すには須く個の頭腦工夫を得て、才に著落有り。縱令未だ能く間斷無からざるとも、船の舵有るが如く、一提すれば便ち醒む。然らざれば、雖れ學に從事すとも、只做りて個の義襲して取る、只是行いて著せず習いて察せず、是れ大本達道に非ず」と。また曰く。「見得る時は、橫に説き竪に説くも皆是れ。若し此の處に於て通じ彼の處に於て通ぜざれば、只是未だ見得ざるなり」と。
○或問,「為學以親故,不免業舉之累」。先生曰,「以親之故而業舉為累於學,則治田以養其親者亦有累於學乎?先正云,『惟患奪志』。但恐為學之志不真切耳」。
或る人問う。「學を為すは雙親の緑故に因りて、科擧の牽累有るを免れず」と。先生曰く。「雙親の緑故に因りて科擧に應ずれば便ち學問に拖累すると算せば、則ち田を種りて來りて親を養うも亦た學に累する有るか。先正曰く『惟れ志を奪わるるを患う』。只怕るらくは學を為すの志向の真切ならざるのみ」と。
○崇一問,「尋常意思多忙。有事固忙,無事亦忙。何也」?先生曰,「天地氣機,元無一息之停。然有個主宰。故不先不後,不急不緩。雖千變萬化,而主宰常定。人得此而生。若主宰定時,與天運一般不忌。雖酬酢萬變,常是從容自在。所謂『天君泰然,百體從令』。若無主宰,便只是這氣奔放。如何不忙」?
歐陽崇一問う。「尋常意思多く忙し。事有れば固より忙し、事無きも亦た忙し。何を以てか」と。先生曰く。「天地の氣機は、原來一息の停止無し。然るに個の主宰有り、故に先せず後せず、急せず緩せず。雖れ千變萬化すとも、而して主宰常に定まる。人は此れを得て以て生ず。若し主宰定まる時は、天運と一般に息まず。雖れ酬酢萬變すとも、常に是れ從容自在なり。所謂『天君泰然として、百體令に從う』。若し主宰無ければ、便ち只此の氣の奔放なり、怎麼忙しからざらん」と。
○先生曰,「為學大病在好名」。侃曰,「從前歲,自謂此病已輕。此來精察,乃知全未。豈必務外為人?只聞譽而喜,聞毀而悶,即是此病發來」。曰,「最是。名與實對。務實之心重一分,則務名之心輕一分。全是務實之心,即全無務名之心。若務實之心,如飢之求食,渴之求飲,安得更有工夫好名」?又曰,「『疾沒世而名不稱』。稱字去聲讀。亦『聲聞過情,君子恥之』之意。實不稱名,生猶可補。沒則無及矣。『四十五十而無聞』,是不聞道,非無聲聞也。孔子云,『是聞也,非達也』。安肯以此忘人」?
先生曰く。「學を為すの大病は名を好むに在り」。薛侃曰く。「從前年より、自ら謂う此の病已に輕し。近來精察して、才に知る全く未だなり。豈に必ず務めて外に為り人に為るを須いん。只是譽を聞きて喜び毁を聞きて悶る、便ち是れ此の病の發來なり」と。先生曰く。「正しく是れ。名は實と相對す。實を務むるの心重き一分は、則ち名を務むるの心輕き一分。全く是れ實を務むるの心なれば、即ち全く名を務むるの心無し。若し實を務むるの心は、飢の食を求め渴の飲を求むるが如く、怎麼得て更に工夫有りて名を好まん」。又曰く。「『世に沒して名の称せられざるを疾む』、称の字は去聲に讀む、亦た是れ『聲聞情に過ぐるは、君子之を恥ず』の意思なり。實名に称せざれば、生きるは還た以て補う可し。死せば則ち來りて及ばず。『四十五十にして聞ゆる無き』は、是れ道を聞かざるなり、是れ聲聞無きに非ず。孔子曰く『是れ聞なり、達に非ず』。怎麼肯んじて此れを拿りて人に教えんや」と。
○侃多悔。先生曰,「悔悟是去病之藥。以改之為貴。若留滯於中,則又因藥發病」。
薛侃多く悔ゆ。先生曰く。「悔悟是れ病を去るの藥にして、改むるを以て貴しと為す。若し心裡に留滯せば、則ち又藥に因りて病を發す」と。
○德章曰,「聞先生以精金喻聖,以分兩喻聖人之分量,以煅煉喻學者之工夫。最為深切。惟謂堯舜為萬鎰,孔子為九千鎰。疑未安」。先生曰,「此又是軀殼上起念,故替聖人爭分兩。若不從軀殼上起念,即郋堯舜萬鎰不為多,孔子九千鎰不為少。堯舜萬鎰,只是孔子的。孔子尢千鎰,只是堯舜的。原無彼我。所以謂之聖。只論精一,不論多寡。只要此心純乎天理處同。便同謂之聖。若是力量氣魄,如何盡同得?後儒只在分兩上較量,所以流入功利。若除去了此較分兩的心,各人盡著自己力量精神,只在此心純天理上用功,即人人自有,個個圓成,便能大以成大,小以成小。不假外慕,無不具足。此便是實實落落,明善誠身的事。後儒不明聖學。不知就自己心地良知良能上體認擴充。卻去求知其所不知,求能其所不能。一味只是希高慕大。不知自己是桀籿心地。動輒要做堯舜事業。如何做得?終年碌碌,至於老死。竟不知成就了個甚麼。可哀也已」。
德章曰く。「先生が精金を以て聖に喩え、分两を以て聖人の分量に喩え、煅煉を以て學者の工夫に喩うるを聞くに、最も深切なり。只是尭舜を萬鎰と為し孔子を九千鎰と為すと説くは、疑うに未だ安からず」と。先生曰く。「此れ又軀殼の上より念を起こす、故に聖人に替わりて分两を爭う。若し軀殼の上より念を起こさざれば、便ち尭舜の萬鎰は多と為さず、孔子の九千鎰は少と為さざるを知らん。尭舜の萬鎰は、只是孔子のなり。孔子の九千鎰は、只是尭舜のなり。原來彼我無し。故に聖と称するは、只精一を論じて、多寡を論ぜず。只要く此の心純乎たる天理の処相同じければ、便ち同じく聖と称す。若し是れ力量氣魄なれば、怎麼能く尽く同じくせん。後儒は只分两の上に於て較量すれば、故に功利に流入す。若し两分两を比較するの心を除去すれば、各人尽くして自己の力量精神に即き、只此の心の純天理の上に於て用功すれば、即ち人人自ら有り、個個圓成し、便ち能く大に以て大成り、小に以て小成る。外面より羨まず、具足せざる無し。此れ便ち是れ實實落落・明善誠身の事。後儒は聖學を明らかにせず、自己の心地の良知良能の上に就きて體認擴充するを知らず、却って去りて其の知らざる所を求知り、其の能わざる所を求能とし、一味只是高を希い大を慕う。自己が是れ桀紂の心地を知らず、動すれば輙ち尭舜の事業を做さんと要す、怎麼做り得ん。終年碌碌として、老死に至りて、竟に成就是れ個の何なるかを知らず。哀むべし」と。
○侃問,「先儒以心之靜為體,心之動為用。如何」?先生曰,「心不可以動靜為體用。動靜時也。即體而言用在體。即用而言體在用。是謂『體用一源』。若說靜可以見其體,動可以見其用,卻不妨」。
薛侃問う。「先儒は心の靜を以て體と為し、心の動を以て用と為す。怎麼樣か」と。先生曰く。「心は以て動靜を體用と為す可からず。動靜は是れ時。體に即いて言えば用は體に在り、用に即いて言えば體は用に在り、これ『體用一源』と称す。若し説く靜は以て其の體を見、動は以て其の用を見る可しとは、却って妨げず」と。
○問,「上智下愚,如何不可移」?先生曰,不是不可移。只是不肯移」。
問う。「上智下愚は、何を以て移す可からざるか」と。先生曰く。「是れ移す可からざるに非ず、只是肯んじて移さざるなり」と。
○問「子夏門人問交」章。先生曰,「子夏星言小子之交。子張是言成人之交。若善用之,亦俱是」。
「子夏の門人、交を問う」の一章を問う。先生曰く。「子夏は是れ小孩子の交友を説き、子張は是れ成人の交友を説く。若し善く之を用いれば、亦た皆對なり」と。
○子仁問,「『學而時舀之,不亦說乎』?先儒以學為效先覺之所為。如何」?先生曰,「學是學去人慾,存天理。從事於去人慾存天理,則自正諸先覺,考諸古訓。自下許多間辨思索存省克治工夫。然不過欲去此心之人慾,存吾心之天理耳。若曰效先覺之所為,則只說得學中一件事。事亦似專求諸外了。『時習』者,『坐如屍』,非專習坐也。坐時習此心也。『立如齋』,非專習立也。立時習此心也。『說』是『理義之說我心』之『說』。人心本自說理義。如目本說色,耳本說聲。惟為人慾所蔽所累,始有不說。今人慾日去,則理羲日洽浹。安得不說」?
子仁問う。「『學びて時に之を習えば、不亦た説ばしいか』。先儒は學を以て先覺の為す所を效法すと為す。怎麼樣か」と。先生曰く。「學是れ學びて人欲を去り天理を存す。人欲を去り天理を存すの事に從事すれば、則ち自然に諸を先覺に正し、諸を古訓に考え、自然に許多の問辨思索存省克治の工夫有り。然るに不過要く此の心の人欲を去掉し吾が心の天理を存するのみ。若し先覺の為す所を效法すと説かば、則ち只説得て學中の一件事、事も亦た好く専ら外面より求むるに似たり。『時習』の意思:『坐すること尸の如し』は、是れ専ら坐を習うに非ず、是れ坐する時此の心を習うなり。『立つこと齊の如し』は、是れ専ら立を習うに非ず、是れ立つ時此の心を習うなり。『説』是れ『理義の我心を説ばしむ』の『説』なり。人心は本來自ら理義を喜悅す、眼が本來色を喜悅し耳が本來聲を喜悅するが如し。只人欲の蔽う所累する所に因りて、才に喜悅せざる有り。今や人欲一天去れば、則ち理義一天洽浹す、怎麼能く喜悅せざらん」と。
○國英問,「曾子三省雖切。恐是未聞一貫時工夫」。先生曰,「一貫是夫子見曾子未得用功之要,故告之。學者果能忠恕上用力,豈不是一貫?一如樹之根本,貫如樹之枝葉。未種根,何枝葉之可得?體用一慷,體未立,用安從生!謂『曾子於其用處蓋已隨事精察而力行之。但未知其體之一』。此恐未盡」。
陳國英問う。「曾子の三省は雖れ切なりといえども、恐らく是れ未だ一貫を聞かざる時の工夫なり」と。先生曰く。「一貫は是れ夫子が曾子の未だ用功の要領を得ざるを見て、故に彼に告ぐ。學者果して能く忠恕の上に於て用力せば、豈に是れ一貫ならざらん。一は樹の根本の如く、貫は樹の枝葉の如し。未だ根を種えず、どうして枝葉を得る有らん。體用一源、體未だ立たず、用は何の処よりか生ぜん。『曾子は其の用の処に於て蓋し已に事に隨い精察して而して力行之す、但し未だ其の體の一なるを知らず』と説くは、これ恐らく未だ尽くさず」と。
○黃誠甫問,「汝與回也孰愈」章。先生曰,「子貢多學而識,在聞見上用力。顏子在心地上用功。故聖人間以啟之。而子貢所對,又只在知見上。故聖人嘆惜之。非許之也」。
黄誠甫、「汝と回と孰れか愈れん」の一章を問う。先生曰く。「子貢は多く學びて識る、聞見の上に於て用功す。顏子は心地の上に於て用功す。故に聖人問い來りて彼を啟發す、而して子貢の對うる所は、又只知見の上に在り。故に聖人彼を歎惜す、是れ彼を許可するに非ず」と。
○顏子不遷怒,不貳過,亦是有未發之中始能。
顏子の怒を遷さず過を貳らざるも、亦た是れ未發の中有るを以て能くすなり。
○種樹者必培其根。種德者必養其心。欲樹之長,必於始生時刪其繁枝。欲德之盛,必於始學時去夫外好。如外好詩文,則精神日漸漏洩在詩文上去。凡百外好皆然。又曰,「我此論學,是無中生有的工夫。諸公須要信得及。只是立志。學者一念為善之志,如樹之種,但勿助勿忘,只管培植將去。自然日夜滋長。生氣日完,枝葉日茂。樹初生時,便抽繁枝。亦須刊落。然後根幹能大。初學時亦然。故立志貴專一」。
樹を種うるは必ず其の根を培い、德を種うるは必ず其の心を養うを須い。樹を長ぜんと要せば、必ず始生の時に其の繁枝を刪るを須い。德を盛んにせんと要せば、必ず始學の時に那れらの外好を去掉するを須い。外好詩文の如きは、則ち精神一天天漏泄して詩文の上に去る。凡そ百の外好は皆此の如し。又曰く。「我が此の如く學を論ずるは、是れ無中に有を生ずるの工夫なり。諸公須く信じて及ぶべし。只是立志。學者の一念善を為すの志向は、樹の種子の如く、只是助けず忘れず、只管培植し下して、自然に日夜滋長す。生氣一天完備すれば、枝葉一天茂盛す。樹初生の時便ち繁枝を抽くも、亦た須く刊落して、然る後に根幹能く大なり。初學の時も亦た是れ此の如し。故に立志は貴しとする専一なり」と。
○因論先生之門。某人在涵養上用功,某人在識見上用功。先生曰,「專涵養者,日見其不足。專識見者,日見其有餘。日不足者,日有餘矣。日有餘者,日不足矣」。
因りて先生の門下に論及す。某人は涵養の上に於て用功し、某人は識見の上に於て用功す。先生曰く。「専ら涵養するは、一天自己の不足を見る。専ら識見するは、一天自己の有余を見る。日に不足するは、日に有余矣。日に有余するは、日に不足矣」と。
○梁日孚問,「居敬窮理是兩事。先生以為一事。何如」?先生曰,「天地間只有此一事。安有兩事?若論萬殊,禮儀三百,威儀三千,又何止兩?公且道居敬是如何?窮理是如何」?曰,「居敬是存養工夫。窮理是窮事物之理」。曰,「存養個甚」?曰,「是存養此心之天理」。曰,「如此亦只是窮理矣」。曰,「且道如何窮事物之理」?曰,「如事親,便要窮孝之理。事君,便要窮忠之理」。曰,「忠興孝之理,在君親身上?在自己心上?若在自己心上,亦只是窮此心之理矣。且道如何是敬」?曰,「只是主一」。「如何是主一」?曰,「如讀書,便一心在讀書上。接事,便一心在接事上」。曰,「如此則飲酒便一心在飲酒上,好色便一心在好色上。卻是逐物。成甚居敬功夫」?日孚請問曰,「一者,天理。主一是一心在天理上。若只知主一,不知一即是理,有事時便是逐物,無事時便是看空。惟其有事無事,一心皆在天理上用功。所以居敬亦即是窮理。就窮理專一處說,便謂之居敬。就居敬精密處說,便謂之窮理。卻不是居敬了,別有個心窮理。窮理時,別有個心居敬。名睢不同。功夫只是一事。就如易言『敬以直內,義以方外』。敬即是無事時羲,羲即是有事時敬。兩句合說一件。如孔子言『修己以敬』,即不須言義。孟子言集義,即不須言敬。會得時,橫說璧說,工夫總是一般。若泥文逐句,不識本領,即支離決裂。工夫都無下落」。問,「窮理何以即是儘性」?曰,「心之體,性也。性即理也。窮仁之理,真要仁極仁。窮義之理,真要義極義。仁義只是吾性。故窮理即是儘性。如孟子說『充其惻隱之心,至仁不可勝用』。這便是窮理工夫」。日孚曰,「先儒謂『一草一木亦皆有理。不可不察』。如何」?先生曰,「夫我則不暇。公且先去理會自己性情。須能盡人之性,然後能盡物之性」。
梁日孚問う。「居敬と窮理は是れ两件事。先生は以て是一件事と為す。怎麼樣か」と。先生曰く。「天地間は只此の一件事有り、どうして两件有らん。若し萬殊を論ずれば、禮儀三百・威儀三千、又何ぞ止まらん两件に。汝且く説け、居敬是れ怎樣、窮理是れ怎樣」。曰く「居敬是れ存養の工夫、窮理是れ事物の理を窮む」。曰く「個の何を存養するか」。曰く「是れ此の心の天理を存養す」。曰く「此の如くは亦た只是窮理矣」。曰く「且く説け、怎樣事物の理を窮むるか」。曰く「親に事えるが如くは、便ち要く孝の理を窮めん。君に事えるが如くは、便ち要く忠の理を窮めん」。曰く「忠と孝の理は、君親の身上に在るか、自己の心上に在るか。若し自己の心上に在れば、亦た只此の心の理を窮めん。且く説け、怎樣是れ敬か」。曰く「只是主一」。「怎樣是れ主一か」。曰く「書を讀まば、便ち一心書を讀むの上に在り。事に接すれば、便ち一心事に接するの上に在るが如し」。曰く「此の如くは則ち酒を飲めば便ち一心酒を飲むの上に在り、色を好めば便ち一心色を好むの上に在り、却って是れ物を逐う、成す何の居敬の功夫か」。日孚請うて問いて曰く「一便ち是れ天理。主一是れ一心天理の上に在り。若し只主一を知りて、一即ち是れ理なるを知らざれば、事有る時は便ち是れ物を逐い、事無き時は便ち是れ空に著く。惟れ其の事有り事無きも、一心皆天理の上に於て用功せば、故に居敬も亦た即ち是れ窮理。窮理の専一の処に就きて説けば、便ち居敬と称し、居敬の精密の処に就きて説けば、便ち窮理と称す。却って是れ居敬して、別に個の心窮理有らず。窮理する時は、別に個の心居敬有らず。名雖れ同じからずとも、功夫只是一件。就中《易》の説くが如く『敬以て内を直くし、義以て外を方く』。敬即ち是れ事無き時の義、義即ち是れ事有る時の敬。两句は合せて一件を説く。孔子の『己を修めて以て敬す』と説くが如くは、即ち須く義を説かず。孟子の集義を説くは、即ち須く敬を説かず。領會する時を得れば、橫に説き竪に説くも、工夫總じて是一般。若し文に泥み句を逐いて、本領を識らざれば、即ち支離決裂して、工夫皆下落無し」。問う。「窮理は何を以て即ち是れ盡性なるか」。曰く「心の體是れ性。性即ち理。仁の理を窮むれば、真要く仁に極まり仁ならん。義の理を窮むれば、真要く義に極まり義ならん。仁義只是吾が性、故に窮理即ち是れ盡性。孟子の『其の惻隱の心を充して、仁に至れば勝用す可からず』と説くが如きは、此れ便ち是れ窮理の工夫」。日孚曰く「先儒曰く『一草一木も亦た皆理有り、察せざる可からず』。怎麼樣か」。先生曰く。「我は則ち暇無し。汝且く先去りて自己の性情を理會せよ。須く能く人の性を尽くして、然る後に能く物の性を尽くさん」と。
日孚悚然有悟。
日孚悚然として悟る有り。
○惟幹問,「知如何是心之本體」?先生曰,「知是理之靈處。就其主宰處說便謂之心。就其稟賦處說便謂之性。孩提之童,無不知愛其親,無不知敬其兄。只是這個靈能不為私慾遮隔,充拓得盡,便完完是他本體。便與天地合德。自聖人以下,不能無蔽。故須格物以致其知」。
惟幹問う。「知は怎麼是れ心の本体か」と。先生曰く。「知是れ理の靈なる処。其の主宰する処に就きて説けば便ち之を心と謂い、其の稟賦する処に就きて説けば便ち之を性と謂う。孩提の童は、其の親を愛するを知らざる無く、其の兄を敬するを知らざる無し。只此の靈能が私欲の遮隔せられず、充拓して尽くすを得れば、便ち完完全全是れ彼の本体にして、便ち天地と德を合す。聖人以下は、蔽無き能わず、故に須く物を格して以て其の知を致すべし」と。
○守衡問,「大學工夫只是誠意。誠意工夫只是格物修齊治平。只誠意盡矣。又有正心之功。有所念懥好樂,則不得其正。何也」?先生曰,「此要自思得之。知此則知未發之中矣」。守衡再三請。曰,「為學工夫有淺深。初時若不看實用意去好善惡惡,如何能為善去惡?這著實用意,便是誠意。然不知心之本體原無一物,一向著意去好善惡惡,便又多了這分意思,便不是廓然大公。書所謂『無有作好作惡』,方是本體。所以說有所念懥好樂,則不得其正。正心只是誠意工夫裡面。體當自家心體,常要鑑空衡平,這便是未發之中」。
守衡問う。「《大學》の工夫只是意を誠にす。意を誠にするの工夫只是格物修齊治平。只意を誠にすれば便ち尽くれり。又心を正すの功有り。忿懥好樂有る所は、則ち其の正を得ず。何を以てか」と。先生曰く。「これ要く自ら想い出ださん。此を知れば則ち未發の中を知らん」。守衡再三請教す。先生曰く。「學を為すの工夫に淺深有り。初時若し當に實用意して善を好み惡を惡まざれば、怎麼能く善を為し惡を去らん。此の著實に意を用うるは、便ち是れ意を誠にす。然るに心の本体は原來一物無きを知らず、一向に意を著けて善を好み惡を惡めば、便ち又多く了此の分の意思、便ち是れ廓然大公に非ず。《書》の所謂『好を作す無く惡を作す無し』、才に是れ本体。故に忿懥好樂有る所は則ち其の正を得ずと説く。心を正すは只是意を誠にするの工夫の裡面。自家の心體を體當し、常に要く鑑空衡平せよ、此れ便ち是れ未發の中」と。
○正之問,「戒懼是己所不知時工夫。慎獨是己所獨知時工夫。此說如何」?先生曰,「只是一個工夫。無事時固是獨知。有事時亦是獨知。人若不知於此獨知之地用力,只在人所共知處用功,便是作偽,便是『貝君子而後厭然』。此獨知處便是誠的萌芽。此處不論善念惡念,更無虛假。一是百是,一錯百錯。正是王霸義利誠偽善惡界頭。於此一立立定,便是端本澄源,便是立誠。古人許多誠身的工夫。精神命脈,全體只在此虛。真是莫見莫顯,無時無處,無終無始。只是此個工夫。今若又分戒懼為己所不知。即工夫便支離,亦有間斷。既戒懼,即是知。己若不知,是誰戒懼?如此見解,便要流入斷滅禪定」。曰,「不論善念惡念,更無虛假。則獨知之地,更無無念時邪」?曰,「戒懼亦是念。戒懼之念,無時可息。若戒懼之心稍有不存,不是昏瞶,便已流入惡念。自朝至暮,自少至老,若要無念,即是己不知。此除是昏睡,除是槁木死灰」。
黄正之問う。「戒懼是れ自己の知らざる時の工夫、慎獨是れ自己の獨り知る時の工夫。此の説怎麼樣か」と。先生曰く。「只是一箇の工夫。事無き時固より是れ獨知、事有る時も亦た是れ獨知。人若し此の獨知の地に在りて用力するを知らず、只人の共に知る所の処に於て用功すれば、便ち是れ偽を作す、便ち是れ『君子を見て而る後厭然とす』。此の獨知の処は便ち是れ誠の萌芽。此の處は善念惡念を論ぜず、更に虚偽無し。一是なれば百是、一錯れば百錯。正しく是れ王霸・義利・誠偽・善惡の界頭。此に於て一たび立て立定せば、便ち是れ本を端にし源を澄まし、便ち是れ誠を立つ。古人の許多の身を誠にするの工夫、精神命脉全體只此の處に在り。真に是れ見る莫し顯る莫し、時無く處無く、終無く始無く、只是此の工夫。今や若し又戒懼を分かちて己の知らざる所と為せば、即ち工夫便ち支離にして、亦た間斷有り。既に戒懼すれば、即ち是れ知。自己若し知らざれば、是れ誰が在りて戒懼する。此の樣の見解は、便ち斷滅禪定に流入せんことを要す」。問う。「善念惡念を論ぜず更に虚偽無ければ、則ち獨知の地は、更に念無き時無きか」。曰く「戒懼も亦た是れ念。戒懼の念は、時として息む可き無し。若し戒懼の心稍不存すれば、是れ昏聵ならざれば、便ち已に惡念に流入せり。朝より暮に至り、少より老に至るまで、若し念無からんと要せば、即ち是れ自己知らざるなり。これ是れ昏睡に非ざれば是れ槁木死灰に非ざればならず」と。
○志道問,「荀子云,『養心莫善於誠』。先儒非之,何也」?先生曰,「此亦未可便以為非。『誠』字有以工夫說者。誠是心之本體。求復其本體,便是思誠的工夫。明道說『以誠敬存之』,亦是此意。大學『欲正其心,先誠其意』。荀子之言固多病,然不可一例吹毛求疵。大凡看人言語,若先有個意見,便有過當處。『為富不仁』之言,孟子有取於陽虎。此便見聖賢大公之心」。
志道問う。「荀子曰く『心を養うは誠より善きは莫し』。先儒彼を非難す、何を以てか」と。先生曰く。「これも亦た未だ便ち以て非と為す可からず。『誠』の字は工夫に就きて説く有り。誠是れ心の本体。其の本体を復せんことを求むれば、便ち是れ誠を思うの工夫。明道(程顥)の『誠敬を以て之を存す』と説くも、亦た是れ此の意。《大學》『其の心を正さんと欲せば、先ず其の意を誠にせよ』。荀子の話は固より多く病有り、然るに一例に毛を吹きて疵を求む可からず。大凡人の言語を看るに、若し先に個の意見有れば、便ち過當の処有り。『富を為して仁ならず』の話は、孟子は陽虎に取る有り。此れ便ち聖賢の大公の心を見るなり」と。
○蕭惠問,「己私難克。奈何」?先生曰,「將汝己私來替汝東」。又曰,「人頂有為己之心,方能克己。能克己,方能成己」。蕭惠曰,「惠亦頗有為己之心。不知緣何不能克己」?先生曰,「且說汝有為己之心是如何」。惠良久曰,「惠亦一心要做好人。便自謂頗有為己之心。今思之,看來亦只是為得個軀殼的己。不曾為個真己」。先生曰,「真己何曾離著軀殼?恐汝連那軀殼的己也不曾為。且道汝所謂軀殼的己,豈不是耳目囗鼻四肢」?惠曰,「正是為此,目便要色,耳便要聲,囗便要味,四肢便要逸樂,所以不能克」。先生曰,「美色令人目盲。美聲令人耳聾。美味令人囗爽。馳騁田獵令人發狂,這都是害汝耳目囗鼻四肢的。豈得是為汝耳目囗鼻四肢?若為看耳目囗鼻四肢時,便須思量耳如何聽,目如何祝,囗如何言,四肢如何動。必須非禮勿視聽言動,方才成得個耳目囗鼻四肢。這個才是為著耳目囗鼻四肢。汝今終日向外馳求,為名為利一逼都是為著軀殼外面的物事。汝若為著耳目囗鼻四肢,要非禮勿視聽言動時,豈是汝之耳目囗鼻四肢自能勿視聽言動?須由汝心。這視聽言動,皆是汝心。汝心之動發竅於目。汝心之聽發竅於耳。汝心之言發竅於囗。汝心之動發竅於四肢。若無汝心,便無耳目囗鼻。所謂汝心,亦不專是那一團血肉。若是那一團血肉,如今已死的人,那一團血肉還在。緣何不能視聽言動?所謂汝心,卻是那能視聽言動的。這個便是性,便是天理。有這個性,才能生這性之生理。便謂之仁。這性之生理,發在目便會視。發在耳便會聽。發在囗便會言。發在四肢便會動。都只是那天理髮生。以其主宰一身,故謂之心。這心之本體,原只是個天理。原無非禮。這個便是汝之真己。這個真己,是軀殼的主宰。若無真己,便無軀殼。真是有之即生,無之即死。
蕭惠問う。「己私克ち難し、怎麼辦せん」と。先生曰く。「把りて汝の己私を拿來して、汝に替わりて克たん」。又曰く。「人は須く己の為めの心有りて、才に能く己に克たん。能く己に克ちて、才に能く己を成さん」。蕭惠曰く。「惠も亦た頗る己の為めの心有り。知らず何を以て能く己に克たざるか」。先生曰く。「且く説け、汝の己の為めの心有るは怎樣」。惠好久にして才に曰く「惠も亦た一心好人を做さんと要し、便ち自ら謂う頗る己の為めの心有りと。今や想い來れば、看來も亦た只是個の軀殼の己を為すを得て、不曾個の真己を為せず」。先生曰く。「真己何ぞかつて軀殼を離れん。恐らく汝は那の軀殼の己をも亦た不曾為せざらん。且く説け、汝の所謂軀殼の己は、豈に耳目口鼻四肢に非ずや」。惠曰く「正しく是れ此を為す。眼は便ち色を要し、耳は便ち聲を要し、口は便ち味を要し、四肢は便ち逸樂を要す、故に能く克たず」。先生曰く。「美色は人の目を盲ならしめ、美聲は人の耳を聾ならしめ、美味は人の口を爽ならしめ、馳騁田獵は人をして狂を發せしむ、此れら皆汝の耳目口鼻四肢を害するを是れ、怎麼得て是れ汝の耳目口鼻四肢を為すや。若し耳目口鼻四肢を為す時は、便ち須く思量せよ、耳如何に聽き、目如何に視、口如何に言い、四肢如何に動かん。必ず禮に非ざれば視聽言動勿かれして、方に成り得て個の耳目口鼻四肢。此れ才に是れ耳目口鼻四肢を為す。汝今や終日外に向かいて馳求し、名を為し利を為し、一概皆是れ軀殼の外面の物事を為す。汝若し耳目口鼻四肢を為して、禮に非ざれば視聽言動勿からんと要する時は、豈に汝の耳目口鼻四肢自ら能く視聽言動を勿れとせんや。須く汝の心に由らん。此の視聽言動は、皆汝の心なり。汝の心の視は目に發竅し、汝の心の聽は耳に發竅し、汝の心の言は口に發竅し、汝の心の動は四肢に發竅す。若し汝の心無ければ、便ち耳目口鼻無し。所謂汝の心も、亦た専ら是れ那の一團の血肉に非ず。若し是れ那の一團の血肉ならば、今や已に死せる人は、那の一團の血肉還た在り、何を以て能く視聽言動せざるや。所謂汝の心は、却って是れ那の能く視聽言動するなり。此れ便ち是れ性、便ち是れ天理。此の性有りて、才に能く此の性の生理を生じ、便ち之を仁と謂う。此の性の生理は、目に發すれば便ち能く視、耳に發すれば便ち能く聽き、口に發すれば便ち能く言い、四肢に發すれば便ち能く動く、都只是那の天理の發生なり。其の一身を主宰するを以て、故に之を心と謂う。此の心の本体は、原來只是個の天理、原來禮に非ず無し。此れ便ち是れ汝の真己。此の真己は、是れ軀殼の主宰。若し真己無ければ、便ち軀殼無し。真に是れ之有れば即ち生じ、之無ければ即ち死す」。
汝若真為那個軀殼的己,必須用著這個真己。便須常常保守著這個真己的本體。戒慎不《睹》,恐懼不聞。惟恐虧損了他一些。才有一毫非禮萌動,便如刀割,如針刺。忍耐不過。必須去了刀,拔了針。這才是有為己之心,力能克己。汝今正是認賊作子。緣何卻說有為己之心,不能克己」?
(先生続いて曰く:)汝若し真に那の軀殼の己を為さば、必ず此の真己を用い著けんことを須い、便ち須く常常に此の真己の本体を保守すべし。睹る無きに戒慎し、聞こえざるに恐懼して、惟恐るらくは彼を虧損して一些せんことを。才に一毫の禮に非ざる萌動有れば、便ち刀割るが如く針刺すが如く、忍耐して過ぎず、必ず刀を去り針を拔かんことを須い。此れ才に是れ己の為めの心有り、才に能く己に克つ。汝今や正しく是れ賊を認めて子と作す。何を以て却って己の為めの心有りて能く己に克たずと説くや」と。
○有一學者病目。慼慼甚憂。先生曰,二苖乃貴目賤心」。
一箇の學者眼睛を病み、戚戚然として甚だ憂愁す。先生曰く。「汝是れ目を貴び心を賤しむ」(底本は「二苖」、當に「爾」の訛とすべし)。
○蕭惠好仙釋。先生警之曰,「吾亦自幼篤志二氏。自謂既有所得,謂儒者為不足學。其後居夷三載,貝得聖人之學若是其簡易廣大。始自嘆悔錯用了三十年氣力。大抵二氏之學,其妙與聖人只有毫釐之間。汝今所學,乃其土苴。輒自信自好若此。真鴟鴞竊腐鼠耳」。惠請問二氏之妙。先生曰,「向汝說聖人之學簡易廣大。汝卻不問我悟的。只問我悔的」。惠慚謝。請問聖人之學。先生曰,「汝今只是了人事問。待汝辨個真要求為聖人的心來與汝說」。惠再三請。先生曰,「已與汝一句道盡。汝尚自不會」。
蕭惠は仙佛を好む。先生彼を警醒して曰く。「我も亦た幼より佛老二氏に篤志し、自ら謂う既に得る所有り、以て儒者は學ぶに足らずと認めり。後來蠻夷に貶居すること三年、聖人の學は是れ此の如く簡易廣大なるを見得て、才に自ら歎悔して錯りて三十年の氣力を用いり。大抵二氏の學は、其の妙は聖人と只有りて毫釐の間。汝今や學ぶ所は、乃ち是れ其の土苴、便ち此の樣に自信自好し、真に是れ鴟鴞の腐鼠を竊むのみ」。惠請うて二氏の妙を問う。先生曰く。「剛才汝に跟と説く聖人の學簡易廣大、汝却って我に覺悟する所を問わず、只我に後悔する所を問う」。惠慚愧して道歉し、聖人の學を請問す。先生曰く。「汝今や只是人事を了えて問問す。汝を待ちて個の真に聖人を為さんと求むるの心を辨出して、再び汝に跟と説かん」。惠再三請う。先生曰く。「已經汝に一句に道り尽くして給わり、汝還た自ら會せず」と。
○劉觀時問,「未發之中是如何」?先生曰,「汝但戒慎不《睹》,恐懼不聞,養得此心純是天理,便自然見」。觀時請略示氣象。先生曰,「啞子吃苦瓜,與你說不得。你要知此苦,還須你自吃」。時曰仁在傍曰,「如此才是真知即是行矣」。一時在座諸友皆有省。
劉觀時問う。「未發の中是れ怎樣か」と。先生曰く。「汝只睹る無きに戒慎し聞こえざるに恐懼して、此の心を養い得て純是れ天理ならば、便ち自然に見えん」。觀時請い略く氣象を示さんことを。先生曰く。「啞子が苦瓜を苦しむ、汝に與に説くを得ず。汝要く此の苦を知らば、還た須く汝自ら苦しむべし」。當時徐愛旁に在りて曰く。「此の樣才に是れ真知即ち是れ行なるを知る」。一時座に在る諸友皆省悟有り。
○蕭惠問死生之道。先生曰,「知晝夜,即知死生」。問晝夜之道。曰,「知晝則知夜」。曰,「晝亦有所不知乎」?先生曰,「汝能知晝,懵懵而興,蠢蠢而食。行不著,習不察。終日昏昏,只是夢晝。惟『息有養,瞬有存』。此心惺惺明明,天理無一忌間斷,才是能知晝。這便是天德。便是通乎晝夜之道而知。更有甚麼死生」?
蕭惠、死生の道を問う。先生曰く。「晝夜を知れば、即ち死生を知らん」。晝夜の道を問う。曰く「晝を知れば則ち夜を知らん」。問う。「晝も亦た知らざる所有るか」。先生曰く。「汝能く晝を知らんか。懵懵然として起き、蠢蠢然として飯を喫し、行いて著せず習いて察せず、終日昏昏として、只是晝を夢む。惟有る『息に養有り、瞬に存有り』、此の心惺惺明明にして、天理に一息の間斷無くして、才に是れ能く晝を知る。此れ便ち是れ天德、便ち是れ晝夜の道に通じて知るなり。還た何の死生か有らん」と。
○馬子莘問,「修道之教,舊說謂聖人品節吾性之固有,以為法於天下,若禮樂刑政之屬。此意如何」?先生曰,「道即性即命。本是完完全全,增減不得,不假修飾的。何須要聖人品節?卻是不完全的對象。禮樂刑政是治天下之法,固亦可謂之教。但不是子思本旨。若如先儒之說,下面由教入道的,緣何舍了聖人禮樂刑政之教,別說出一段戒慎恐懼工夫?卻是聖人之敢為虛設矣」。子莘請問。先生曰,「子思性道教,皆從本原上說。天命於人,則命便謂之性。率性而行,則性便謂之道。修道而學,則道便謂之教。率性是誠者事。所謂『自誠明,謂之性』也。修道是誠之者事。所謂「自明誠,謂之教』也。聖人率性而行,即是道。聖人以下,未能率性於道。未免有過不及。故須修道,修道則賢知者不得而過,愚不肯者不得而不及。都要循著這個道,則道便是個教。此『教』字與『天道至教。風雨霜露,無非教也』之『教』同。『修道』字與『修道以仁』同。人能修道,然後能不違於道,以復其性之本體。則亦是聖人率性之道矣。下面戒慎恐懼便是修道的工夫。中和便是復其性之本體。如易所謂『窮理盡性,以至於命』。中和位育,便是儘性至命」。
馬子莘問う。「道を修むの教は、舊説は謂う聖人は吾が性の固有を品節して、以て天下に法と為す、禮樂刑政の類の若し。此の意怎麼樣か」と。先生曰く。「道即ち性即ち命、本是れ完完全全にして、增減するを得ず、修飾するを須いず。何ぞ須いん聖人の品節を。那は倒って成りて不完全の對象。禮樂刑政是れ天下を治むるの法、固より亦た教と称する可し、但し是れ子思の本旨に非ず。若し先儒の説の如くなれば、下面の教に由りて道に入るは、何を以て聖人の禮樂刑政の教を舍てて、別に一段の戒慎恐懼の工夫を説出せん。那は却って是れ聖人の教成りて虚設矣」。子莘請問す。先生曰く。「子思の性・道・教を講ずるは、皆本原の上より説く。天の人に命ずれば、則ち命便ち之を性と謂い、性に率いて行えば、則ち性便ち之を道と謂い、道を修めて學べば、則ち道便ち之を教と謂う。性に率うは是れ誠者の事、所謂『誠より明し、之を性と謂う』。道を修むは是れ之を誠ならしむる者の事、所謂『明より誠し、之を教と謂う』。聖人は性に率いて行う、即ち是れ道。聖人以下は、未だ能く道に性に率わず、未免過と不及有り、故に須く道を修むべし。道を修めば則ち賢知の者は得て過ぐるを得ず、愚不肖の者は得て及ばざるを得ず、皆要く此の道に循いて、則ち道便ち是れ個の教。此の『教』の字は『天道至教、風雨霜露、非ず教なり無し』の『教』と相同じ。『道を修む』の字は『道を修むるに仁を以てす』と相同じ。人能く道を修めば、然る後に能く道に違わず、以て其の性の本体を復すれば、則ち亦た是れ聖人の性に率うの道矣。下面の戒慎恐懼は便ち是れ道を修むの工夫、中和は便ち是れ其の性の本体を復す。《易》の所謂『理を窮め性を尽くし、以て命に至る』の如し。中和位育は、便ち是れ性を尽くし命に至る」と。
○黃誠甫問,「先儒以孔子告顏淵為邦之問,是立萬世常行之道。如何」?先生曰,「顏子具體聖人。其於為邦的大本大原,都已完備。夫子平日知之已深。到此都不必言。只就制度文為上說。此等處亦不可忽略。須要是如此方盡善。又不可因自己本領是當了,便於防範上疏闊。須是要『放鄭聲,遠佞人』蓋顏子是個克己向裡德上用心的人。孔子恐其外面末節,或有疏略,故就他不足處幫補說。若在他人,須告以為政在人,取人以身,修身以道,修道以仁,達道九經,及誠身許多工夫,方始做得這個,方是萬世常行之道。不然,只去行了夏時,乘了殷輅,服了周冕,作了韶舞,天下便治得。後人但見顏子是孔門第一人,又問個為邦,便把做天大事看了」。
黄誠甫問う。「先儒は孔子の顏淵の邦を為すの問に答うるを以て、是れ萬世常行の道を立つと為す。怎麼樣か」と。先生曰く。「顏子是れ具體の聖人、其の邦を為すの大本大原に於いては、皆已に完備す。夫子平日之を知る已に深し、此に到りて皆必ずしも説かず、只制度文為の上に就きて説く。此れらの地方も亦た忽略する可からず、必ず是れ此の樣にして才に善を尽くす。又自己の本領妥當するに因りて、便ち防範の上に疏闊す可からず。必ず須く『鄭聲を放ち、佞人を遠ざく』。顏子是れ個の己に克ち裡に向かい、德の上に於て心を用うるの人を以て、孔子怕るらくは彼の外面の末節或いは疏略有らんと、故に彼の不足の処に就きて幫補して説く。若し別人に在りては、須く彼に告げて政を為すは人に在り、人を取るは身を以てし、身を修むるは道を以てし、道を修むるは仁を以てし、達道九經、及び身を誠にする許多の工夫、方に始めて此れを做り得て、才に是れ萬世常行の道。然らざれば、只去りて夏の時を行い、殷の輅に乘り、周の冕を服し、韶舞を作して、天下便ち治まるを得んや。後人は但だ顏子是れ孔門の第一人を見て、又個の邦を為すを問うを、便ち當て作りて天大の事と看るのみ」と。
○蔡希淵問,「文公大學新本,先格致而後誠意工夫。似與首章次第相合。若如先生從舊本之說,即誠意反在格致之前。於此尚未釋然」。先生曰,「大學工夫即是明明德。明明德只是個誠意。誠意的工夫只是格物致知。若以誠意為主,去用格物致知的工夫,即工夫始有下落。即為善去惡,無非是誠意的事。如新本先去窮格事物之理。即茫茫蕩蕩,都無著落處。須用添個敬字,方才牽扯得向身心上來。然終是沒根原。若須用添個敬字,緣何孔門倒將一個最緊要的字落了,直待千餘年後要人來補出?正謂以誠意為主,即不須添敬字。所以舉出個誠意來說。正是學問的大頭腦處。於此不察,真所謂毫釐之差,千里之繆。大抵中庸工夫只是誠身。誠身之極便是至誠。大學工夫只是誠意。誠意之極便是至善。工夫總是一般。今說這裡補個敬字,那裡補個誠字,未免晝蛇添足」。
蔡希淵問う。「文公の《大學》新本は、先に格致して而る後意を誠にするの工夫、似乎首章の次第と相合す。若し先生の舊本に從うの説の如くなれば、則ち意を誠にする反って格致の前に在り。此に於て還た未だ釋然ならず」と。先生曰く。「《大學》の工夫即ち是れ明を德に明らかにす。明を德に明らかにすは只是個の意を誠にす。意を誠にするの工夫只是物を格し知を致す。若し意を誠にするを以て主と為して、去りて物を格し知を致すの工夫を用いれば、即ち工夫才に下落有り。即ち善を為し惡を去るも、非ず是れ意を誠にするの事無し。新本が先去りて事物の理を窮格するが如きは、即ち茫茫蕩蕩として、皆著落の処無し。須く個の敬の字を添えて、方に牽扯して得て身心の上に向かわん、然るに終に是れ根原無し。若し須く個の敬の字を添えば、何を以て孔門は倒って一箇の最も緊要の字を落了して、直に千余年後を待ちて人をして補出せしめん。正しく所謂意を誠にするを以て主と為せば、即ち須く敬の字を添えず。故に個の意を誠にするを擧出して説くは、正しく是れ學問の大頭腦の處。此に於て察せざれば、真に所謂毫釐の差、千里の繆。《中庸》の工夫只是身を誠にし、身を誠にするの極は便ち是れ至誠。《大學》の工夫只是意を誠にし、意を誠にするの極は便ち是れ至善。工夫總じて是一般。今や此處に個の敬の字を補い、彼處に個の誠の字を補うと説くは、未免蛇を畫きて足を添う」と。
傳習錄卷中
傳習録卷中
錢德洪序
錢德洪序
德洪曰:昔南元善刻《博習錄》于越,凡二冊。下冊摘錄之。先師手書,凡八篇。其答徐成之二書,吾師自謂「天下是朱非陸,論定既久,一旦反之為難﹔二書姑為調渟兩可之說,便人自思得之。」故元善錄為下冊之首者,意亦以是歟?今朱、陸之耕明於天下久矣;洪刻先師文錄,置二書於外集者,示未全也,故今不復錄。其餘指知,行之本體,莫詳於答人論學與答周道通、陸清伯、歐陽崇一四書;而謂格物為學者用力日可見之地,莫詳於答羅年庵一書。平生冒天下之非詆,推陷萬死,一生遑遑然不忘講學,惟恐吾人不聞斯道,流於功利、機智以日墮於匈狄、禽獸而不叫,其一體同物之心,譊譊終身,至於斃而後已;此孔、孟以來賢聖苦心,雖門人子弗未足以慰其情也;是情也,莫貝於笞聶文蔚之第一書:此皆仍元善所錄之舊:而揭「必有事焉」即「致良知」功夫,明白簡切,使人言下即得入手,此又莫詳於答文蔚之第二書,故增錄之。元善當時洶洶,乃能以身明斯道,卒至遭奸被斥,油油然惟以此生得聞斯學為慶,而絕無有纖芥憤鬱不平之氣。斯錄之刻,人見其有功於同志甚大,而不知其虎時之甚艱也。今所去取,裁之時義則然,非忍有所加損於其間也。
錢德洪曰く。從前南元善は越中に於て《傳習録》を刻し、共に二册。下册是れ先師の手書を摘録し、共に八篇。其の中徐成之に答えるの两封の信は、吾師自ら曰く「天下是れ朱を是とし陸を非とし、論定既に久し、一旦之を反くは難し。二書は姑く調停両可の説を為し、人をして自ら思いて之を得せしむ」。故に元善録して下册の首と為す、意思も亦た此に在るか。今や朱・陸の辨は天下に明らかなる已に久し。我が先師の《文録》を刻するに、此の两封の信を把りて外集に放るは、未だ全からざるを表示す、故に今や再び收録せず。其の余の知・行の本体を指點するは、《答人論學》與答周道通・陸清伯・歐陽崇一の此の四封の信より詳しき無し。而して格物是れ學者の用力日に見る可きの地を説くは、羅整庵に答える一封の信より詳しき無し。先師平生天下の非議詆毁を冒し、萬死を推陷すとも、一生遑遑然として學を講ずるを忘れず、惟恐るらくは我らが此の道を聞かざらん、功利・機智に流れ、一天天夷狄・禽獸に堕して知らざらんことを、其の一體同物の心は、嘵嘵として終身し、死に至りて而る後已む。これ是れ孔・孟以來聖賢の苦心、雖れ門人子弟も亦た以て其の情を安慰するに足らず。此の情は、聶文蔚に答える第一書より能く見る無し。此れら皆仍お元善の録する所の舊。而して『必ず事有らん』即ち『良知を致す』(心の本体の自ら知るの明覺を事事物物の上に推致す)の功夫を揭出し、明白簡切にして、人をして言下に即ち入手を得せしむ、此れ又文蔚に答える第二書より詳しき無し、故に增録して進め入る。元善當時汹汹として、乃ち能く身を以て此の道を明らかにし、終に姦に遭い斥けられしも、却って油油然として只此の生此の學を聞くを得るを以て慶と為し、絶えて纖芥の憤鬱不平の氣有る無し。此の録の刻は、人其の同志に功有る甚だ大なるを見て、而して彼の時に處るの甚だ艱なるを知らず。今や去取する所は、是れ時義に按じて裁斷此の如く、是れ其の間に於て加損有るに忍心するに非ず。
答顧東撟書
顧東橋に答える書
○來書云:近時學者務外遺內,博而寡要,故先生特倡「試意」一義,鉽砭千育,誠大惠也吾子洞貝時弊如此矣,亦將同以救之乎?然則鄙人之心,吾子固已一句道盡,復何言哉!復同言哉!若「詼意」之說,自是聖門教人用功第一義:但近世學者乃作第二義看,故稍與提掇緊要出來,非鄙人所能特倡也。
來書曰く。近時の學者は外を務めて內を遺し、博にして要寡し、故に先生は特に『意を誠にす』一義を倡し、膏肓を針砭す、誠に是れ大惠。汝時弊を洞見する此の如く矣、又將に何を以て之を救わん。則ち我が心は、汝已經一句に道り尽くす、還た何をか説かん、還た何をか説かん。至りて『意を誠にす』の説は、本是れ聖門が人に教えて用功するの第一義。但し近世の學者は却って當て作りて第二義と看る、故に稍其の緊要を把りて提掇して出だす、并びに是れ我の能く特に倡する所に非ず。
○來書云:但恐立說太高,用功太捷,後生師傅,影響謬誤,未免墜於佛氏明心、見性,定慧,頓悟之機拭,無怪聞者見疑。區區格,致、詖、正之說,是就學者本心、日用事為間,體究踐履,實地用功,是多少次第、多少積累在,正與空虛頓悟之說相反;聞者本無求為聖人之志,又未嘗講突其詳,篴以見疑,亦無足怪:若吾子之高明,自當一語之下挭瞭然矣:力亦謂立說太高,用功太捷,何邪?
來書曰く。只怕るらくは説を立つる太も高く、用功太も捷ければ、後生轉相傳授して、影響謬誤して、未免佛氏の明心見性・定慧頓悟の機智に墜ちん、難怪聽く者の疑を見る。我此の格物・致知・誠意・正心の説は、是れ學者の本心・日用的の事為の間に就きて、體究踐履して、實地に用功し、中間に多少の次第・多少の積累有り、正しく空虚頓悟の説と相反す。聽く者は本來聖人を為さんと求むるの志向無く、又未曾て其の詳を講究せず、遂に以て疑を見る、亦た怪しむに足らず。若し汝の高明を以てせば、自ら當に一語の下便ち了然すべし。却って亦た説を立つる太も高し用功太も捷しと説く、何を以てか。
○來書云:所喻知,行並進,不宜分別前後,即《中庸》尊德性而道問學之功,交養互發,內外本末,以寸之之道。然工夫次第,不能無先後之差:如知食乃食,知湯乃飲,知路乃行。未有不見是物,先有是事:此亦毫釐倏忽之間,非謂有等今日知之,而明日乃行也。既雲「交養互發,內外本末一以貫之」,則知行並進之說,無復可疑矣。又云「工夫次第能不無先後之差。」無乃自相矛盾已乎?知食乃食等說,此尤明白易見。但吾子為近聞障蔽自不察耳。夫人必有欲食之心,然後知食,欲食之心即是意,即是行之姶矣:食味之美惡待人口而後知,豈有不待入口而已先知食味之美惡者邪?必有欲行之心,然後知路,即是意、即是行之姶矣:路岐之險夷,必待身親履歷而後知,豈有不待身親履歷而已先知路岐之險夷者邪?知湯「飲,知衣服,以此例之,皆無可疑。若如吾子之喻,是乃所謂不見是物,而先有是事者矣。吾子又謂「此亦毫釐倏忽之間,非謂截然有等今日知之,而明日乃行也是亦察之尚有未精。然就加吾子之說,則知行之為合一併進,亦自斷無可疑矣。
來書曰く。喻する所知・行并びに進み、宜しく前後を分別すべからず、即ち《中庸》の德性を尊びて而して學を問うの功、交養互發して、內外本末、一を以て之を貫くの道。然るに工夫の次第は、能く先後の差無からしむ可からず。食を知りて乃ち食し、湯を知りて乃ち飲し、路を知りて乃ち行くが如し。未だ此の物を見ずして、先に此の事有らず。これも亦た是れ毫釐倏忽の間、是れ截然として等有りて今日之を知りて而して明日才行うを説くに非ず。既に『交養互發、內外本末一を以て之を貫く』と説けば、則ち知行并進の説は、再び疑う可き無し。又『工夫次第は能く先後の差無からしむ可からず』と説くは、豈に自ら矛盾するに非ずや。食を知りて乃ち食する等の説は、これ尤も明白易見、但し汝近聞の障蔽せられ、自ら察せざるのみ。人は必ず食せんと欲するの心有りて、然る後に食を知る。食せんと欲するの心即ち是れ意、即ち是れ行の開始矣。食味の美惡は、口に入るを等しうして然る後に才に知る、豈に口に入るを待たずして已經先に食味の美惡を知る有らん。必ず行かんと欲するの心有りて、然る後に路を知る。行かんと欲するの心即ち是れ意、即ち是れ行の開始矣。路歧の險夷は、必ず親身履歷するを等しうして然る後に才に知る、豈に親身履歷を待たずして已經先に路歧の險夷を知る有らん。湯を知りて乃ち飲し、衣を知りて乃ち服すは、此の例に照らして之れば、皆疑う可き無し。若し汝の譬喻の如くなれば、那才是れ所謂此の物を見ずして先に此の事有る矣。汝又『これも亦た是れ毫釐倏忽の間、是れ截然として等有りて今日之を知りて而して明日才行うを説くに非ず』と曰う、これも亦た是れ之を察する還た未だ精ならず。然るに汝の説く所の如くなれば、則ち知行の合一并進と為すも、亦た自ら斷じて疑う可き無し。
○來書云:真知即所以為行,不行不足謂之知,此為學者吃緊立教,俾務躬行則可。若真謂行即是知,恐其專求本心,遂遺物理,必有闇而不達之處,抑豈聖門知行並進之成法哉?知之真切篤實處。既是行,行之明覺精察處。即是知,知行工夫,本不可離。只為後世學者分作兩截用功,先卻知、行本體,故有合一併進之說,真知即所以為行,不行不足謂之知。雲「知茛乃食」等說,可見前已略言之矣。此雖吃緊救弊而發,然知、行之體本來加是。非以己意抑揚其間,姑為是說,以苟一時之效者也。「專求本心,遂遺物理,」此蓋先其本心者也:夫物理小外於吾心,外吾心而求物理,無物理矣。遺物理而求吾心,吾心又何物邪?心之體,性也,性既理也。故有孝親之心,即有孝之理,無孝親之心,即無孝之理矣。有忠君之心,即有忠之理,無忠君之心,即無忠之理矣。理豈外於吾心邪?晦庵謂人之所以為學者與理而已:心雖主乎一身,而實管乎天下之理:理雖散在萬事,而實不外乎一人之心。是其一分一合之間,而未免已啟學者心、理為二之弊。此後世所以有「專求本心,遂遺物理」之患,正由不知心即理耳。夫外心以求物理,是以有誾而不達之處:此告子義外之說,孟子所以謂之不知義也。心一而已,以其全體惻怛而言,謂之仁,以其得宜而言謂之義,以其條理而言謂之理。不可外心以求仁,不可外心以求義,獨可外心以求理乎?外心以求理,此知、行之斫以二也。求理於吾心,此聖門知、行合一之教,吾子又何疑乎!
來書曰く。真知即ち行を為す所以にして、行わざれば足りて知と謂う可からず、此れ學者の為めに喫緊立教して、務めて躬行せば則ち以て可なり。若し真に行即ち是れ知と謂わば、恐らく専ら本心を求めて、遂に物理を遺し、必ず暗にして達せざるの處有らん、これ豈に是れ聖門知行并進の成法ならん。之を知るの真切篤實の処即ち是れ行、之を行うの明覺精察の処即ち是れ知。知行の工夫本來離る可からず。只後世の學者分かちて两截を作して用功し、知・行の本体を失えりを以て、故に合一并進の説有り。真知即ち行を為す所以、行わざれば足りて知と謂う可からず。所謂『食を知りて乃ち食す』等の説は、前面已に大略説き過ぐるを見る可し。これ雖れ喫緊弊を救わんがため發すとも、然る而知・行の本体は本來便ち此の如く、是れ己意を以て其間を抑揚し、姑く此の説を立て、以て苟にも一時の效を求むるに非ず。『専ら本心を求め、遂に物理を遺す』は、這大概は本心を失える人なり。物理は吾が心に外ならず、吾が心を外にして物理を求めれば、就きて物理無し。物理を遺して吾が心を求めれば、吾が心又て何の物ぞ。心の體是れ性、性即ち是れ理。故に親に孝するの心有れば、即ち孝の理有り、親に孝するの心無ければ、即ち孝の理無し。君に忠なるの心有れば、即ち忠の理有り、君に忠なるの心無ければ、即ち忠の理無し。理豈に吾が心の外に在らん。晦庵は人の學を為す所以は、心と理とのみと説く。心雖れ一身に主たるも、而して實に天下の理を管す。理雖れ萬事に散在すとも、而して實に一人の心に外ならず。此の一分一合の間は、未免已經學者をして心・理を把りて當て作りて两回事と為すの弊病を開啟す。此れ後世の故に『専ら本心を求め、遂に物理を遺す』の患有る、正しく心即ち理を知らざるに由るのみ。心を外にして以て物理を求むれば、故に暗にして達せざるの處有り。これ是れ告子の義外の説、孟子の彼を不知義と為す所以。心只是一箇、其の全體惻怛を以て言えば之を仁と謂い、其の宜を得るを以て言えば之を義と謂い、其の條理を以て言えば之を理と謂う。心を外にして以て仁を求む可からず、心を外にして以て義を求む可からず、豈に獨り心を外にして以て理を求む可けんや。心を外にして以て理を求むれば、此れ便ち是れ知・行の分成して两截と為る所以。吾が心に於て理を求むれば、此れ是れ聖門知行合一の教、汝又て何の疑う可きか有らん。
○來書云.所釋大學古本謂「致其本體之知」。此固孟子盡心之旨。朱子亦以虛靈知覺為此心之量。然盡心由於知性。致知在於格物。「盡心由於知性。致知在於格物」。此語然矣。然而推本吾子之意,則其所以為是語者,尚有未明也。朱子以盡心知性知天為物格知致。以存心養性事天為誠意正心修身。以殀壽不貳修身以俟為知至仁盡。聖人之事。若鄙人之見,則與朱子正相反矣。未盡心知性知天者,生知安行,聖人之事也。存心養性事天者,學知利行,賢人之事也。殀壽不貳,修身以俟者,困知勉行,學者之事也。豈可專以盡心知性為如,存心養性為行乎?吾子驟聞此言,必又以為大駭矣。然其間實無可疑者。一為吾子言之。夫心之體,性也。性之原,天也。能盡其心,是能盡其性矣。中庸云,「惟天下至誠。為能盡其性」。又云,「知天地之化育」。「質諸鬼神而無疑,知天也」。此惟聖人而後能然。故曰,此生知安行,聖人之事也。存其心者,未能盡其心者也。故須加存之之功。必存之既久,不待於存,而自無不存,然後可以進而言盡。蓋知天之如,如知州知縣之知。知州,則一州之事皆己事也。知縣,則一縣之事皆己事也。是與天為一者也。事天則如子之事父,臣之事君。猶與天為二也。天之所以命於我者,心也,性也。吾但存之而不敢失,養之而不敢害,如「父母全而生之,子全而歸之」者也。故曰,此學知利行,賢人之事也。至於殀壽不貳,則與存其心者又有間矣。存其心者,雖未能盡其心,固己一心於為善。時有不存,則存之而已。今使之殀壽不貳,是猶以殀壽貳其心者也。猶以殀壽貳其心,是其為善之心猶未能一也。存之尚有所未可,而何盡之可云乎?今且使之不以殀壽貳其為善之心。若日死生殀壽,皆有定命,吾但一心於為善,修吾之身以俟天命而已。是其平日尚未知有天命也。
來書曰く。釋する所の《大學》古本は『其の本体の知を致す』と謂う、これ固より是れ孟子の心を尽くすの旨。朱子も亦た虛靈知覺を以て此の心の量と為す。然るに心を尽くすは性を知るに由り、知を致すは物を格するに在り。『心を尽くすは性を知るに由り、知を致すは物を格するに在り』、此の話は對なり。然るに汝の此の話を説く所以の意思を推求すれば、則ち還た未だ明らかならざるの處有り。朱子は心を尽くし性を知り天を知るを以て物格し知致ると為し、心を存し性を養い天に事えるを以て意を誠にし心を正しくし身を修むると為し、夭壽貳らず身を修めて以て俟つを以て知至り仁尽くる・聖人の事と為す。若し我が見解に依れば、則ち朱子と正しく相反す。心を尽くし性を知り天を知るは、是れ生知安行、聖人の事。心を存し性を養い天に事えるは、是れ學知利行、賢人の事。夭壽貳らず身を修めて以て俟つは、是れ困知勉行、學者の事。豈に専ら心を尽くし性を知るを以て知と為し、心を存し性を養うを以て行と為す可けんや。汝驟に此の話を聞けば、必ず又以て大駭と為さん。然るに其間實に疑う可き無し、且く汝の為めに之を一説せん。心の體是れ性、性の原是れ天。能く其の心を尽くすは、便ち是れ能く其の性を尽くすなり。《中庸》曰く『惟れ天下の至誠は、能く其の性を尽くすと為す』、又曰く『天地の化育を知る』、『諸を鬼神に質して而して疑無きは、天を知るなり』。此れ只有りて聖人然る後に能く此の如し。故に曰く、此れ是れ生知安行、聖人の事。其の心を存するは、是れ未だ能く其の心を尽くさざるの人、故に須く之を存するの功を加うべし。必ず之を存すること既に久しく、存するを待たずして自ら存せざる無くして、然る後に以て進みて尽を言う可し。所謂天を知るの『知』は、知州・知縣の『知』の如し。知州は、則ち一州の事皆是れ自己の事。知縣は、則ち一縣の事皆是れ自己の事。これ是れ天と一と為るなり。天に事えるは則ち子の父に事え臣の君に事えるが如く、還た是れ天と二と為す。天の我に命ずる所以は、是れ心、是れ性。我只之を存して敢えて失わず、之を養いて敢えて害せず、『父母全くして之を生じ、子全くして之に歸す』が如し。故に曰く、此れ是れ學知利行、賢人の事。至りて夭壽貳らずは、則ち其の心を存する者と與に又間隔有り。其の心を存するは、雖れ未だ能く其の心を尽くさずとも、固より已に一心善を為すに於いて、時に存せざる有れば、則ち之を存するのみ。今や之をして夭壽に貳らざらしむるは、是れ還た在りて夭壽を以て其の心を貳にす。夭壽を以て其の心を貳にするは、是れ其の善を為すの心還た未だ能く一ならず。之を存する尚お未だ可ならざる所有り、又何の尽くすの言う可きか有らん。今や且く之をして夭壽を以て其の善を為すの心を貳にせず、若し説く死生夭壽皆定命有り、我只一心善を為すに於いて、我が身を修めて以て天命を俟つのみ、是れ其の平日還た天命有るを知らず。
事天雖與天為二,然己真知天命之所在。但惟恭敬奉承之而已耳。若俟之雲者,則尚未能真知天命之所在,猶有所俟者也。故曰,所以立命。立者,創立之立。如立德,立言,立功,立名之類。凡言立者,皆是昔未嘗有,而今始建立之謂。孔子所謂「不知命,無以為君子」者也。故日,此困知勉行,學者之事也。今以盡心知性知天為格物致知,使初學之士,尚未能不貳其心者。而遽責之以聖人生知安行之事。如捕風捉影,茫然莫知所措。其心幾何而不至於「率天下而路」也?今世致知格物之弊,亦居然可見矣。吾子所謂務外遺內,博而寡要者,無乃亦是過歟?此學問最緊要處。於此而差,將無往而不差矣。此鄙人之所以冒天下之非笑,忘其身之陷於罪戮,呶呶其言,其不容己者也。
(先生続いて曰く:)天に事えるは雖れ天と二と為すとも、然るに已經真に天命の所在を知る、只是恭敬して之を奉承するのみ。若し『俟』の字の説く所は、則ち還た未だ能く真に天命の所在を知らず、還た等待する所有り。故に『以て命を立つ』と説く。立は、是れ創立の立、德を立て言を立て功を立て名を立つるの類の如し。凡そ立を説くは、皆是れ從前未嘗て有らずして、而今始めて建立するの意思。便ち是れ孔子の所謂『命を知らざれば、以て君子と為る無し』。故に曰く、此れ是れ困知勉行、學者の事。今や心を尽くし性を知り天を知るを以て格物致知と為し、初學の士をして還た未だ能く其の心を貳にせざらざるに、却って驟に之を聖人の生知安行の事を以て責むれば、風を捕え影を捉うるが如く、茫然として措く所を知る莫し、其の心幾何にして『天下を率いて路ならしめん』に至らざらんや。今世の致知格物の弊病も、亦た居然として見る可し。汝の所謂外を務めて內を遺し、博にして要寡しは、莫非れ亦た是れ此の過か。これ是れ學問の最も緊要の處。此に於て而して差えば、將に往きて而して差えざる無からん。此れ便ち是れ我が天下の非笑を冒し、其の身の罪戮に陷るを忘れて、還た呶呶として言い容れず自己する所以の緣故。
○來書云:聞語學者,乃謂「即物窮理」之說亦是玩物喪志,人取萁「厭繁就約」「涵養本原」數說標示學者,指為晚年定論,此亦恐非。朱子所謂格物雲者,在即物而窮其理也。即物窮理是就事事物物上求其所謂定理者也,是以吾心而求理於事事物物十「中,忻心與理為二矣;夫求理於事事物物者,如求孝之理於其親之謂也:求孝之理於其親,則孝之理其果在於吾之心邪?抑果在於親之身邪?假而果在於親之身,則親沒之後,吾心遂無孝之理歟?見孺子之入井,必有惻隱之理;是惻隱之理果在於孺子之身歟?抑在於吾心之良知歟?其或不可以從之於井歟?其或可以手而援之歟?是皆所謂理也。是果在於孺子之身歟?抑果出於吾心之良知歟?以是例之,萬事萬物之理莫不皆然。是可以知析心與理為二之非矣。夫析心與理而為二,此告於義外之說,孟子之所深闢也:「務外遺內,博而寡要」,吾子既已知之矣,是果何謂而然哉?謂之玩物喪志,尚猶以為不可歟?若鄙人所謂致知格物者,致吾心之良知於事事物物也。吾心之良知,即所謂「天理」也。致吾心良知之「天理」於事事物物,則事事物物皆得其理矣。致吾心之良知者,致知也。事事物物皆得其理者,格物也。是合心與理而為一者也。合心與理而為一,則凡區區前之所云,與朱子晚年之論,皆可以不言而喻矣。
來書曰く。聞くに學生に對して講ずるに、乃ち『即物窮理』の説も亦た是れ物を翫びて志を喪うと謂う。又那れらの『繁を厭い約に就く』『本原を涵養す』數説を取りて學者に標示し、指して晚年の定論と為す、これも亦た恐らく不對。朱子の所謂格物は、是れ物に即きて其の理を窮むに在り。即物窮理は是れ事事物物の上に就きて其の所謂定理を求め、是れ吾が心を以て事事物物の中に於て理を求め、心と理を析かちて二と為す矣。事事物物に於て理を求むるは、其の親に於て孝の理を求むるの謂の如し。其の親に於て孝の理を求むれば、則ち孝の理果して吾が心に在るか、還た是れ果して親の身に在るか。假如果し親の身に在れば、則ち親沒したの後、吾が心遂に孝の理無からんか。小孩子の井に掉墮するを見れば、必ず惻隱の理有り。此の惻隱の理果して孩子の身に在るか、還た是れ吾が心の良知に在るか。或いは以て之に從い井に入る可からずや、或いは以て手を伸べて去りて援救す可きか。此れら皆是れ所謂理。是れ果して孩子の身に在るか、還た是れ果して吾が心の良知より出ずるか。此を以て例と為せば、萬事萬物の理皆然らざる莫し。此に由りて以て心と理を析かちて二と為すは不對なるを知る可し。心と理を析かちて而して二と為すは、此れ是れ告子の義外の説、孟子の深く駁斥を加うる所。『外を務めて內を遺し、博にして要寡し』は、汝既に之を知る矣、此れ果して何に因りて然るか。之を説きて物を翫びて志を喪うと為すは、還た以て不可と為さんや。若し我が所謂致知格物に依れば。吾が心の良知を致して事事物物に於てす。吾が心の良知は、即ち所謂『天理』。吾が心の良知の『天理』を致して事事物物に於てすれば、則ち事事物物皆其の理を得矣。吾が心の良知を致すは、便ち是れ知を致す。事事物物皆其の理を得るは、便ち是れ物を格す。これ是れ心と理を合して一と為す。心と理を合して而して一と為せば、則ち凡そ我が前面の説く所は、朱子晚年の論と與に、皆以て言わずして喻る可し。
○來書云:人之心體,本無不明。而氣拘物蔽,鮮有不昏。非學問思辨,以明天下之理,則善惡之機,真妄之辨,不能自覺,任情恣意。其害有不可勝言者矣。此段大略,似是而非。蓋承沿舊說之弊。不可以不辨也夫學間思辨行,皆所以為學。末有學而不行者也。如言學孝,則必服勞奉養,躬行孝道,然後謂之學。豈徒懸空口耳講說,而遂可以謂之學孝乎?學射,則必張弓挾矢,引滿中的。學書,則必伸紙執筆,操觚染翰。盡天下之學,無有不行而可以言學者。則學之始,固已即是行矣。篤者,敦實篤厚之意。義行矣。而敦篤其行,不息其功之謂爾。蓋學之不能以無疑,則有間。間印學也,即行也。又不能無疑,則有思。思即學也,即行也。又不能無疑,則有辨。辨即學也,即行也。辨既明矣,思既慎矣,間即審矣,學既能矣,又從而不息其功焉,斯之謂篤行。非謂學問思辨之後而始措之於行也。是故以求能其事而言,謂之學。以求解其惑而言,謂之間。以求通其說而言,謂之思。以求精其察而言,謂之辨。以求履其實而言,謂之行。蓋析其功而言,則有五。合其事而言,則一而已。此區區心理合一之體,知行並進之功,所以異於後世之說者,正在於是。今吾子特舉學問思辨以窮天下之理,而不及篤行。是專以學問思辨為如,而謂窮理為無行也已。天下豈有不行而學者邪?豈有不挽而遂可謂之窮理者邪?明道云,「只窮理便儘性至命」。故必仁極仁,而後謂之能窮仁之理。義極義,而後謂之能窮義之理。仁極仁,則盡仁之性矣。義極義,則盡義之性矣。學至於窮理至矣,而尚未措之於行。天下寧有是邪?是故知不行之不可以為學,則知不行之不可以為窮理矣。知不行之不可以為窮理,則知知行之合一併進,而不可以分為兩箾事矣。夫萬事萬物之理,不外於吾心。而必日窮天下之埋。
來書曰く。人の心體本來明ならざる無し、而して氣に拘われ物に蔽われ、少しく昏ならざる有り。學問思辨に非ざれば以て天下の理を明らかにせず、則ち善惡の機・真妄の辨は能く自覺せず、情を任し意を恣にすれば、其の害は言うに勝えざる者有り。此の段の大略は、似て是れにして非ず、是れ舊説の弊を承沿す、以て辨せざる可からず。學問思辨行は、皆是れ學を為す所以にして、未だ學びて而して行わざる有らず。學びて孝と説かば、則ち必ず勞を服し養を奉じ、躬ら孝道を行いて、然る後に學と称す、豈に是れ徒然に懸空に口耳に講説して、便ち以て學びて孝と称する可けんや。射を學べば、則ち必ず弓を張り矢を挾み、滿を引きて的に中てん。書を學べば、則ち必ず紙を伸べ筆を執り、觚を操り翰に染む。天下の學を尽くすに、行わずして以て學と言う可き無し。則ち學の始は、固より已に即ち是れ行。篤は、是れ敦實篤厚の意思。已經行いて、而又其の行を敦篤し其の功を息まざるの謂。學は能く疑無からしむ可からず、則ち問有り。問は即ち是れ學、即ち是れ行。又て能く疑無からしむ可からず、則ち思有り。思は即ち是れ學、即ち是れ行。又て能く疑無からしむ可からず、則ち辨有り。辨は即ち是れ學、即ち是れ行。辨既に明了し、思既に謹愼し、問既に審らかにし、學既に能し、又從りて其の功を息まざれば、此れ才に篤行と称す。是れ學問思辨の後始めて措して行に於けるを説くに非ず。故に其の事を能くせんことを求むるを以て言えば学と称し、其の惑を解せんことを求むるを以て言えば問と称し、其の説を通ぜんことを求むるを以て言えば思と称し、其の察を精ならんことを求むるを以て言えば辨と称し、其の實を履せんことを求むるを以て言えば行と称す。其の功を析かちて言えば則ち五有り、其の事を合して言えば則ち一のみ。此れ便ち是れ我が心理合一の體・知行并進の功の後世の説と同じからざる所以の地方、正しく此に在り。今や汝特に學問思辨を擧げて以て天下の理を窮め、而して篤行に及ばざれば、是れ専ら學問思辨を以て知と為し、而して窮理を謂うて行無しと為す。天下豈に行わずして學ぶ有らん。豈に行わずして而して就きて窮理と称する可き有らん。明道曰く『只窮理すれば便ち性を尽くし命に至る』。故に必ず仁に極まり仁して、然る後に能く仁の理を窮むと称し、義に極まり義して、然る後に能く義の理を窮むと称す。仁に極まり仁すれば、則ち仁の性を尽くし矣。義に極まり義すれば、則ち義の性を尽くし矣。學は窮理に至りて至れども、而して還た未だ措して行に於けざれば、天下寧に此の事有らん。故に行わざるの以て學と為す可からざるを知れば、則ち行わざるの以て窮理と為す可からざるを知らん。行わざるの以て窮理と為す可からざるを知れば、則ち知行の合一并進にして、而して以て分かちて两截の事と為す可からざるを知らん。萬事萬物の理は、吾が心に外ならず、却って一定に天下の理を窮むと説く。
是殆以吾心之良知為未足,而必外求於天下之廣,以裨補增益之。是猶析心與理而為二也。夫學問思辨篤行之功,雖其困勉至於人一己百,而擴充之極,至於儘性知天,亦不過致吾心之良知而已。良知之外,豈復有加於毫末乎?今必曰窮天下之理,而不知反求諸其心,則凡所謂善惡之機,真妄之辨者,舍吾心之良知,亦將何所致其體察乎?吾子所謂氣拘物蔽者,拘此蔽此而已。今欲去此之蔽,不知致力於此,而欲以外求。是猶目之不明者,不務服.樂調理以治其目,而徒倀倀然求明於其外。明豈可以自外而得哉?任情恣意之害,亦以不毻精察天埋於此心之良知而已。此誠毫釐千里之謬者,不容於不拂。吾子毋謂其論之太刻也。
(先生続いて曰く:)これ大概は吾が心の良知を以て未だ足らずと為し、而して必ず外に天下の廣に求めて、以て裨補增益せん、仍お是れ心と理を析かちて而して二と為す。學問思辨篤行の功は、雖れ其の困勉人一己百に至るとも、而して擴充の極は性を尽くし天を知るに至るも、亦不過吾が心の良知を致すのみ。良知の外は、豈に復た毫末に加うる有らん。今や必ず天下の理を窮むと説きて、而して反りて其の心に求むるを知らざれば、則ち凡そ所謂善惡の機・真妄の辨は、吾が心の良知を舍てて、又將に何を以て其の體察を致さん。汝の所謂氣拘物蔽は、便ち是れ此を拘え此を蔽うのみ。今や此の蔽を去らんと要すに、此に致力するを知らず、而して外を以て求めんと欲するは、眼睛明ならざるの人の、務めて藥を服し調理して以て其の目を治せず、而して徒らに倀倀然として其の外に於て明を求むるが如し。明豈に以て外より自ら得る可けん。情を任し意を恣にするの害も、亦た是れ能く此の心の良知に於て天理を精察せざるに因るのみ。此れ誠に是れ毫釐千里の謬、容れて辨せざるを得ず。汝は我が話の太も刻薄なるを以てすな勿れ。
○來書云:教人以致知明德,而戒其即物窮理,試使昏闇之士,深居端坐,不聞教告,遂能至於知玫而德明乎?縱令靜而有覺,稍悟本性,則亦定慧無用之見:果能知十今,達事燮而玫用於天下國家之實否乎?其曰:「知者意之骷,物者意之用,格物如格君心之非之格。」語雖超悟,獨得不踵陳見,抑恐於道未相胳合?區區論致知恪物,正所以窮理,未嘗戒人窮理,使之深居端坐而一無所事也。若謂即物窮理,如前所云務外而遺內者,則有所不可耳。昏誾之士,果能隨事隨物精察此心之天理,以致其本然之良知,則雖愚必明,雖柔必強,大本立而達道行,九經之屬,可一以貫之而無遺矣:尚何患其無致用之實乎?彼頑空虛靜之徒,正惟不脬隨事隨物精察此心之天理,以致其本然之良知,而遺棄倫理、寂滅虛無以為常,是以要之不可以治家國天下。孰謂聖人窮理盡性之學,而亦有是弊哉!心者,身之主也,而心之虛靈明覺,即所謂本然之良知也。其虛靈明覺之良知應感而動者,謂之意。有知而後有意,無知則無意矣。知非意之體乎?意之所用,必有其物,物即事也。如意用於事親,既事親為一物,意用於治民,即治民為一物,意用於讀書,即讀書為一物,意用於聽訟,郥聽訟為一物。凡意之所用,無有無物者:有是意即有是物,無是意即無是物矣。物非意之用乎?「格」字之義,有以「至」字之訓者,如「格於文祖」,「有苗來格」,是以「至」訓者也。然「恪於文祖」,必純孝詼敬,幽明之間無一不得其理,而後謂之「格」:有苗之頑,實以文德誕敷而後格,則亦兼有「正」字之義在其間,未可專以「至」字盡之也。加「格其非心」,「大臣挌君心之非」之類,是則一皆「正其不正以歸於正」之義,而不可以「至」字為訓矣。且《大學》「格物」之訓,又安知其不以「正」字為訓,而必以「至」字為義乎?
來書曰く。人に教えて以て知を致し德を明らかにせしめ、而して其の物に即きて理を窮むるを戒む、試しに昏暗の士をして深居端坐し、教告を聞かざらしめば、便ち能く知致りて德明らかに至らんか。縱令靜にして覺有り、稍本性を悟るとも、則ち亦た是れ定慧無用の見、果して能く當今を周知し事變に達して以て天下國家の實に致用せんか。又曰く『知る者は意の體、物は意の用、格物は君心の非を格するの格の如し』。語雖れ超悟すとも、獨り得て陳見を踵まず、抑も恐らく道に於て未だ相吻合せざらん。我が致知格物を論ずるは、正しく理を窮むる所以にして、未曾て人に理を窮むるを戒め、之をして深居端坐して而して一事も為さざらしめず。若し即物窮理を謂うは、前面の説く所の外を務めて而して內を遺すが如きは、則ち可ならざる有るのみ。昏暗の士は、果して能く事に隨い物に隨い此の心の天理を精察して、以て其の本然の良知を致せば、則ち雖れ愚も必ず明らかに、雖れ柔も必ず強く、大本立ちて達道行われ、九經の類は、一を以て之を貫きて而して遺す無き可し、還た何の致用の實無きを患えん。那れらの空虛靜を頑むの徒は、正しく是れ能く事に隨い物に隨い此の心の天理を精察せず、以て其の本然の良知を致さず、而して倫理を遺棄し寂滅虛無を以て常と為す、故に終に以て家國天下を治む可からず。誰か聖人の窮理盡性の學も亦た此の弊病有ると説かん。心是れ身の主宰、而して心の虛靈明覺は、即ち所謂本然の良知。其の虛靈明覺の良知の感に應じて動くは、之を意と謂う。知有りて後に意有り、知無ければ則ち意無し。知は意の體に非ずや。意の用する所は、必ず其の物有り、物即ち是れ事。意の親に事えるに用うるが如きは、即ち親に事えるを一物と為す。意の民を治むるに用うるが如きは、即ち民を治むるを一物と為す。意の書を讀むに用うるが如きは、即ち書を讀むを一物と為す。意の訟を聽くに用うるが如きは、即ち訟を聽くを一物と為す。凡そ意の用する所は、物無き無し。是の意有れば即ち是の物有り、是の意無ければ即ち是の物無し。物は意の用に非ずや。『格』の字の義は、『至』の字を以て訓する有り、『文祖に格す』『有苗來り格す』の如きは、是れ『至』を以て訓す。然るに『文祖に格す』は、必ず純孝誠敬にして、幽明の間一も其の理を得ざる無くして、然る後に『格』と称す。有苗の頑は、實に文德を以て誕敷して然る後に格すれば、則ち亦た兼ねて『正』の字の義其の間に在り、未だ専ら『至』の字を以て之を尽くす可からず。『其の非心を格す』『大臣は君心の非を格す』の類の如きは、則ち一概皆是れ『其の不正を正して以て正に歸す』の義にして、而して『至』の字を以て訓と為す可からず。況んや《大學》の『格物』の訓は、又怎麼彼の『正』の字を以て訓と為さずして、而して必ず『至』の字を以て義と為すを知らん。
如以「至」字為義者,必日「窮至事物之理」,而後其說始通。是其用功之要,全在一「窮」字,用力之地,全在一「理」字也。若上去一窮,下去一理字,而直曰「致知在至物」,其可通乎?夫「窮理盡性」,聖人之成訓,見於繄辭者也。荀「恪物」之說而果即「窮理」之義,則聖人何不直口「致知在窮理」,而必為此轉折不完之語,以啟後世之弊邪?蓋《大學》「挌物」之說,自與「繄辭,」「窮理」大旨雖同,而微有分辨:「窮理」者,兼格致誠正而為功也。故言「窮理」,則挌、致、誠、正之功皆在其中,言「恪物」,則必兼舉致知、誠意、正心,而後其功始備而密。今偏舉「格物」而遂謂之「窮理」,此所以專以「窮理」屬「知」,而謂「格物」未常有行。非惟不得「恪物」之旨,並「窮理」之義而矢之矣。此後世之學所以析知、行為先後兩截,日以支離決裂,而聖學益以殘晦者,其端實始於此。吾子蓋亦未免承沿積習,則見以為「於道未相吻合」,不為過矣。
(先生続いて曰く:)『至』の字を以て義と為さば、必ず『事物の理を窮至す』と説きて、然る後に其の説才に通ず。是れ其の用功の要は、全く一箇の『窮』の字に在り、用力の地は、全く一箇の『理』の字に在り。若し上に一箇の窮を去り下に一箇の理の字を去りて、而して直に『知を致すは物に至るに在り』と説かば、説きて通ぜんか。『窮理盡性』是れ聖人の成訓、《繫辭》に見ゆ。仮使『格物』の説果して即ち是れ『窮理』の義ならば、則ち聖人は何を以て直に『知を致すは理を窮むるに在り』と説かずして、而して必ず此の轉折不完の話を為し、以て後世の弊を啟せん。《大學》の『格物』の説は、自ら《繫辭》の『窮理』の大旨と與に雖れ同じなりとも、而して微に分辨有り。『窮理』是れ兼ねて格致誠正を而して功と為す。故に『窮理』を言えば、則ち格・致・誠・正の功皆其の中に在り。『格物』を言えば、則ち必ず兼ねて致知・誠意・正心を擧げて、然る後に其の功才に備わりて而して密なり。今や偏に『格物』を擧げて而して遂に之を『窮理』と謂えば、此れ便ち是れ専ら『窮理』を以て『知』に屬し、而して『格物』未嘗て行有らずと謂う。不但『格物』の旨を得ず、『窮理』の義をも連ねて失えり。此れ後世の學の故に知・行を析かちて先後两截と為し、一天天支離決裂して、而して聖學益々以て殘晦なるは、其の端實に此より始まる。汝大概も亦た未免積習を承沿し、則ち見て以て『道に於て未だ相吻合せず』と為すも、亦た過と為さず。
○來書云:謂致知之功,將如何為溫清、如何為奉養即是「誠意」,非別有所謂「格物」,此亦恐非。此乃吾子自以己意揣度鄙見而為是說,非鄙人之所以告吾子者矣。若果如吾子之言,寧復有可通乎!蓋鄙人之見,則謂意欲溫清、意欲奉養者.所謂「意」也,而未可謂之「誠意」:必實行其溫清奉養之意,務求自慷而無自欺,然後謂之「誠意」。知如何而為溫清之節.知如何而為奉養之宜者,所謂「知」也,而未可謂之「致知」:必致其知如何為溫清之節者之知,而實以之溫清,致其知如何為奉養之宜者之知,而實以之奉養,然後謂之「致知」。溫清之事,奉養之事,所謂「物」也而未可謂之「格物」:必其於溫清之事也,一如其良知之所知當如何為溫清之節者而為之,無一毫之不盡,於奉養之事也,一如其良知之所知當如何為奉養之宜者而為之,無一毫之不盡,然後謂之「格物」。溫清之物格,然後知溫清之良知始致:奉養之物格,然後知奉養之良知始致。故日「物格而後知至」:致其知溫清之良知,而後溫清之意始誠:致其知奉養之良知,而後奉養之意始誠。故曰「知至而後意誠誠」;此區區「誠詼意、致知、格物」之說蓋如此:吾子更熟思之,將亦無可疑者矣。
來書曰く。謂う知を致すの功は、將に如何に温清を為し如何に奉養を為すか即ち是れ『意を誠にす』にして、別に所謂『物を格す』有るに非ず、これも亦た恐らく不對。これ乃ち是れ汝自ら己意を以て我が見解を揣度して而して此の説を作す、是れ我が汝に告ぐる所以に非ず。若し果して汝の話の如くなれば、還た説き得て通ぜんか。我が見解に依れば、則ち意は温清せんと欲し意は奉養せんと欲するを謂うは、是れ所謂『意』にして、而して還た以て『意を誠にす』と称する可からず。必ず其の温清奉養の意を實行して、務めて自ら慊して而して自ら欺かざるを求めて、然る後に『意を誠にす』と称す。如何にして温清の節を為し如何にして奉養の宜を為すかを知るを謂うは、是れ所謂『知』にして、而して還た以て『知を致す』と称する可からず。必ず其の如何に温清の節を為すかを知る者の知を致して、而して實に之を以て温清し、其の如何に奉養の宜を為すかを知る者の知を致して、而して實に之を以て奉養し、然る後に『知を致す』と称す。温清の事・奉養の事は、是れ所謂『物』にして、而して還た以て『物を格す』と称する可からず。必ず温清の事に於いて、一たび其の良知の知る所の當に如何に温清の節を為すべき者の如くして之を為して、一毫の尽くさざる無く、奉養の事に於いて、一たび其の良知の知る所の當に如何に奉養の宜を為すべき者の如くして之を為して、一毫の尽くさざる無くして、然る後に『物を格す』と称す。温清の物格して、然る後に温清を知るの良知才に致る。奉養の物格して、然る後に奉養を知るの良知才に致る。故に『物格して而る後知至る』と説く。其の温清を知るの良知を致して、而る後温清の意才に誠なり。其の奉養を知るの良知を致して、而る後奉養の意才に誠なり。故に『知至りて而る後意誠なり』と説く。我此の『誠意・致知・格物』の説は大概此の如し。汝再び之を熟思せば、亦た將に疑う可き無からん。
○來書云:道之大瑞,易於明臺,所謂「良知,良能」,愚夫愚埽可與及者。至於節目時燮之詳,毫釐千里之謬,必待學而後知。今語孝於溫泠定省,孰不知之?至於舜之不告而娶,式之不葬而興師,養志、冬口,小杖,大杖,剖股,廬墓等事,處常,處燮,過與不及之,必須討論是非,以為制事之本,然後心體無蔽,臨事無失。道之大端易於明白,此語誠然。顧後之學者忽其易於明白者而弗由,而求其難於明白者以為學,此其所以「道在邇而求諸遠,事在易而求諸難「也。孟子云:「夫道若大路然,豈難知哉?人病不由耳。」良知、良能,愚夫、愚婦與聖人同:但惟聖人能致其良知,而愚夫、愚婦不能致,此聖愚之所由分也。節目時變,聖人夫豈不知,但不專以此為學:而其所謂學者,正惟致其真知,以精審此心之天理,而與後世之學不同耳。吾子未暇真知之致,而汲汲焉顧是之憂,此正求其離於明白者以為學之蔽也。夫良知之於節目時變,猶規矩尺度之於方圓長短也:節目時變之不可預定,猶方圓長短之不可勝窮也。故規矩誠立,則不可欺以方圓,而天下之方圓不可勝用矣:尺度誠陳,則不可欺以長短,而天下之長短不可勝用矣:良知誠致,則不可欺以節目時變,而天下之節目時變不可勝應矣。毫釐千里之繆,不於吾心真知一念之微而察之,亦將何所用其學乎!是不以規矩而欲定天下之方圓,不以尺哽而欲盡天下之長短,吾見其乖張謬戾,日勞而無成也已。吾子謂「語孝於溫清定省,孰不知之。」然而能致其知者鮮矣。若謂粗知溫清定省之儀節,而遂謂之能致其知,則凡知君之當仁者,皆可謂之能致其仁之知,知臣之當忠者,皆可謂之能致其忠之知,則天下孰非致知者邪?以是而言可以知致知之必在於行,而不行之不可以為致知也,明矣。知、行合一之體,不益較然矣乎?
來書曰く。道の大端は明白に易く、所謂『良知・良能』は、愚夫愚婦も與に及ぶ可きなり。至りて節目時變の詳は、毫釐千里の謬を、必ず學を待ちて而る後知らん。今や温清定省に於て孝を語れば、誰か知らざらん。至りて舜の告げずして娶り、武王の葬らずして師を興す、志を養い口體を養い、小杖大杖、股を割き墓に廬する等の事は、常に處り變に處り、過と不及と、必ず是非を討論して、以て事を制するの本と為して、然る後に心體蔽無く、事に臨みて失無からん。道の大端は明白に易し、此の話誠に然り。只是後來の學者は那の明白に易きを忽略して由らず、却って那の明白に難きを求めて以て學と為す、此れ便ち是れ故に『道は邇きに在りて而して諸を遠きに求め、事は易きに在りて而して諸を難きに求む』矣。孟子曰く『夫れ道は大路の若くば、豈に知り難からんや。人は由らざるを病むのみ』。良知・良能は、愚夫・愚婦も聖人と同じ。但し惟れ聖人は能く其の良知を致し、而して愚夫・愚婦は能く致さず、此れ便ち是れ聖愚の分かるる所由。節目時變は、聖人豈に知らざる有らん、但し専ら此を以て學と為さず。而して其の所謂學のは、正しく惟れ其の良知を致して、以て此の心の天理を精審して、而して後世の學と同じからざるのみ。汝は未だ良知の致すに暇なくして、而して汲汲然として此れらを顧慮す、此れ正しく是れ那の明白に難きを求めて以て學と為すの蔽。良知の節目時變に於けるは、規矩尺度の方圓長短に於けるに如同じ。節目時變の預定す可からざるは、方圓長短の窮めて勝えざるに如同じ。故に規矩誠に立てば、則ち以て方圓を欺く可からず、而して天下の方圓は用い勝えず。尺度誠に陳べば、則ち以て長短を欺く可からず、而して天下の長短は用い勝えず。良知誠に致れば、則ち以て節目時變を欺く可からず、而して天下の節目時變は應じ勝えず。毫釐千里の繆は、吾が心良知の一念の微に於いて而して之を察せずんば、又將に何を以て其の學を用いんや。これ是れ規矩を以てせずして而して天下の方圓を定めんと欲し、尺度を以てせずして而して天下の長短を尽くさんと欲す、我看るに其の乖張謬戾、日に勞して而して成る無し。汝曰く『温清定省に於て孝を語れば、誰か知らざらん』、然るに能く其の知を致すは少なし。若し謂う粗く温清定省の儀節を知りて、而して遂に之を能く其の知を致すと謂わば、則ち凡そ君の當に仁すべきを知るは、皆以て能く其の仁の知を致すと称する可く、臣の當に忠なるべきを知るは、皆以て能く其の忠の知を致すと称する可く、則ち天下誰か是れ知を致すの人に非ざらん。此を以て言えば、以て知を致すの必ず行に在り、而して行わざるの以て知を致すと為す可からざるを知る可し、便ち明白矣。知行合一の體は、不更か加えて較然たらんや。
夫舜之不告而娶,豈舜之前已有不告而娶者為之準則,故舜得以考之何典,問諸何人,而為此邪?抑亦求諸其心一念之真知,權輕重之宜,不得已而為此邪?武之不葬而興師,豈武之前已有不葬而興師者為之準則,故武得以考之何典,問諸何人,而為此邪?抑亦求諸其心一念之良知,權輕重之宜,不得已而為此邪?使舜之心而非誠,武之心而非誠於為救民,則其不告而娶與不葬而興師,乃不孝.不忠之大者。而後之人不務致其良知,以精察義理於此心感應酬酢之間,顧欲懸空討論此等變常之事,執之以為制事之本,以求臨事之無失,其亦遠矣。其餘數端,皆可類推,則古人致知之學,從可知矣。
(先生続いて曰く:)舜の告げずして娶るは、豈に舜の前已に告げずして娶る者有りて之に準則を為し、故に舜得て之を何典に考え諸を何人に問いて、而して此を為すや。還た是れ諸を其の心一念の良知に求め、輕重の宜を權して、已むことを得ずして此を為すか。武王の葬らずして師を興すは、豈に武の前已に葬らずして師を興す者有りて之に準則を為し、故に武得て之を何典に考え諸を何人に問いて、而して此を為すや。還た是れ諸を其の心一念の良知に求め、輕重の宜を權して、已むことを得ずして此を為すか。仮使舜の心并非りて親を慕うに誠ならず、武の心并非りて民を救うに誠ならざれば、則ち其の告げずして娶ると葬らずして師を興すとは、乃ち是れ不孝・不忠の大なる者。而して後の人は務めて其の良知を致さず、以て此の心の感應酬酢の間に於て義理を精察せず、却って懸空に此れらの變常の事を討論し、之を執りて以て事を制するの本と為し、以て事に臨むの失無きを求めんと欲すれば、亦た就きて遠し。其の余の數端は、皆以て類推す可し、則ち古人の致知の學は、此に由りて知る可し。
○來書云:謂《大學》「格物」之說,專求本心,猶可牽合:至於六經、四書所載「多閃多見」,「前古往行」,「好古敏求」,「博學審問」,「,溫故知新」、「博學詳說」,「奸問好察」,是皆明臺求於事為之際、資於論說之間者,用功節目固不容紊矣。「格物」之義,前已詳悉,牽合之疑,想已不俟復解矣。至於「多聞多見」,乃孔子因子張之務外好高,徒欲以多聞多見為學,而不能求諸其心,以闕疑殆,此其言行所以不免於尤悔,而所謂見聞者,適以資其務外好高而已:蓋所以救子張多聞多見之病,而非以是教之為學也:夫子嘗曰:「蓋有不知而作之者,我無是也。」是猶孟子「是非之心,人皆有之」之義也。此言正所以明德性之良知非由於聞見耳。若日「多聞擇其善者而從之,多見而識之」,則是專求諸見聞之末,而已落在第二義矣,故日「如之次也。」夫以見聞之知為次,則所謂知之上者果安所指乎?是可以窺聖門致知用力之地矣。夫子謂子貢曰:「賜也,汝以予為多學而識之者歟?非也,予一以貫之。」使誠在於「多學而識」,則夫子胡力謬為是說,以欺子貢者邪?「一以貫之」,非致其良知而何?《易》曰:「君子多識前言往行,以畜其德。」夫以畜其德為心,則凡多識前言往行者,孰非畜德之事:此正知、行合一之功矣。「好古敏求」者,好古人之學,而敏求此心之理耳。心即理也。學者,學此心也:求者,求此心也。盂子云:「學問之道無他,求其放心而已矣。」非若後世廣記博誦古人之言詞,以為好古,而汲汲然惟以求功名利達之具於外者也。「博學、審問」,前言已盡。「溫故、知新」,朱子亦以「溫故」屬之「摩德性」矣:德性豈可以外求哉?惟夫「知新」必由於「溫故」,而「溫故」乃所以「知新」,則亦可以驗知、行之非兩節矣。「博學而詳說之者,將以反說約也。
來書曰く。《大學》の『格物』の説を謂う専ら本心を求めるは、還た以て牽合す可し。至りて六經・四書の載する所の『多聞多見』『前言往行』『好古敏求』『博學審問』『温故知新』『博學詳説』『好問好察』は、此れら皆明白是れ事為の際に於て求め論説の間に資る、用功節目固より紊亂を容れず。『格物』の義は、前面已經詳悉、牽合の疑は、想い來らば已に再び解するを待たず。至りて『多聞多見』は、乃ち是れ孔子が子張の外を務め高を好み、徒らに多聞多見を以て學と為さんと欲して、而して能く諸を其の心に求めず、以て疑殆を闕かしめざるに因りて、故に其の言行は尤悔を免れず、而して所謂見聞のは、適に以て其の外を務め高を好むに資るのみ。これ是れ故に子張の多聞多見の病を救うにして、而して是れ此れを拿りて彼に教えて學を為さしむるに非ず。夫子かつて曰く『蓋し知らずして之を作す者有れども、我は是れ無し』。これ還た是れ孟子の『是非の心は、人皆之有り』の義。此の話正しく以て德性の良知は并非りて聞見に由るを明らかにす。若し『多聞して其の善なる者を擇びて之に從い、多見して而して之を識る』と説かば、則ち是れ専ら諸を見聞の末に求め、已經第二義に落ち矣、故に『知之次なる』と説く。見聞の知を以て次と為せば、則ち所謂知の上なる者は果して何を指す所か。此に由りて以て聖門の知を致す用力の地を窺見する可し。夫子は子貢に對して曰く『賜や、汝は予を以て多く學びて之を識る者と為すか。非ず、予は一を以て之を貫く』。仮使誠に『多學而識』に在らば、則ち夫子何を以て乃ち謬りて是の説を為して以て子貢を欺かん。『一を以て之を貫く』は、其の良知を致すに非ずして何ぞ。《易》曰く『君子は前言往行を多識して、以て其の德を畜う』。其の德を畜うを以て心と為せば、則ち凡そ前言往行を多識するは、哪個か是れ德を畜うの事に非ざらん。此れ正しく是れ知行合一の功。『好古敏求』のは、是れ古人の學を好みて、而して敏に此の心の理を求むるのみ。心即ち理。學は、是れ此の心を學ぶ。求は、是れ此の心を求む。孟子曰く『學問の道は他無し、其の放心を求むるのみ』。是れ後世の廣記博誦して古人の言詞を以て好古と為し、而して汲汲然として只功名利達の具を外に於て求むるに象らず。『博學・審問』は、前面已經説き尽くす。『温故・知新』は、朱子も亦た『温故』を以て之を『德性を尊ぶ』に屬す矣。德性豈に以て外に求む可けん。惟れ夫の『知新』は必ず『温故』に由り、而して『温故』は乃ち『知新』する所以、則ち亦た以て知・行の两節に非ざるを證驗する可し。『博く學びて詳しく之を説くは、將に以て反りて約を説かんとするなり』。
」若無「反約」之云,則「博學.詳說」者,果何事邪?舜之「好問好察」,惟以用中而致其精一於道心耳。道心者,良知之謂也。君子之學,何嘗離去事為而廢論說:但其從事於事為、論說者,要皆知、行合一之功,正所以致其本心之良知,而非若世之徒事口耳談說以為知者,分知、行為兩事,而果有節目先後之可言也。
(先生続いて曰く:)若し『約に反る』此の話無ければ、則ち『博學・詳説』のは、果して是れ何事か。舜の『好問好察』は、只是中を用いて而して其の精一を道心に致すのみ。道心は、便ち是れ良知の謂。君子の學は、何ぞかつて事為を離れて而して論説を廢せん。但し其の事為・論説に從事するは、要く皆是れ知行合一の功にして、正しく以て其の本心の良知を致し、而して是れ世上の徒らに口耳談説に事えて以て知と為すに象らず、知・行を分かちて两事と為し、而して果して節目先後の言う可き有り。
○來書云:楊、墨之為仁義,鄉愿之亂忠信,堯舜子之之禪讓,湯,武,楚項之放伐,周公,莽操之攝輔,謾無印證,又焉適從?且於古今事變,禮樂、名物,未常考識,使國家欲興明堂,建辟雍,制歷律,草封禪,人將何所玫其用乎?故《論語》曰「生而知之」者,義理耳。若夫禮樂,名物,古今事變,亦必待學而後有以驗其行事之實。此則可謂定論矣;所喻楊、墨、鄉愿、堯、舜、子之、湯、武、楚項、周公、莽、操之辨,與前舜、武之論,大略可以類推,古今事變之疑,前於良知之說,已有規矩尺度之喻,當亦無俟多贅矣。至於明堂、辟雍諸事,似尚未容於無言者:然其說甚長,姑就吾子之言而取正焉,則吾子之惑將亦可少釋矣。失明堂.辟雍之制,始見於呂氏之「月令」,漢濡之訓疏,六經、四書之中,未嘗詳及也。豈呂氏、漢懦之知,乃賢於三代之賢聖乎?齊宣之時,明堂尚有未毀,則幽、厲之世,周之明堂皆無恙也。堯、舜茅茨土階,明堂之制末必備,而不害其為治幽、厲之明堂,固猶文武成康之舊,而無救於其亂:何邪?豈能「以不忍人之心,而行不忍人之政」,則雖茅茨土階,固亦明堂也:以幽、厲之心,而行幽、厲之政,則雖明堂,亦暴政所自出之地邪?武帝肇講於漢,而武盾盛作於唐,其治亂何如邪?天子之學日辟雍,諸侯之學日汻宮,皆象地形而為之名耳。然三代之學,其要皆所以明人倫,非以肝不肝,汻不汻為重輕也。孔子云:「人而不仁,如禮何!人而不仁,如樂何!」制禮作樂,必具中和之德,聲為律而身為度者,然後可以語此。若夫器數之末,樂工之事,祝史之守。故曾子曰:「君子所貴乎道者三,籩豆之事,則有司存也。」堯「命羲和,欽若昊天,曆象日月星!星辰」,其重在於「敬授入時」也。舜「在璇璣玉衡」,其重在於「以齊七政」也。
來書曰く。楊・墨の仁義を為す、鄉願の忠信を亂る、尭舜・子之の禪讓、湯武・楚項の放伐、周公・莽操の攝輔は、漫として印證無く、又怎れ焉んぞ從う所を適せん。況んや古今の事變・禮樂名物に於いて、未曾て考識せざれば、國家をして明堂を興し辟雍を建て曆法樂律を制し封禪を議らんと欲せしめば、人は將に何を以て其の用を致さん。故に《論語》に『生じて之を知る』を説くは、義理のみ。至りて禮樂・名物・古今事變も、亦た必ず學を待ちて而る後以て其の行事の實を驗する有らん。これ則ち以て定論と謂う可し。喻する所の楊・墨・鄉願・尭・舜・子之・湯・武・楚項・周公・莽・操の辨は、前面の舜・武の論と與に、大略以て類推す可し。古今事變の疑は、前面良知の説に於て已に規矩尺度の喻有り、當に亦た多く贅するを待たず。至りて明堂・辟雍の諸事は、似乎還た容れて言無からしめず。然るに其の説甚だ長し、姑く汝の話に就きて而して正を取れば、則ち汝の惑も亦た將に以て稍釋する可からん。夫れ明堂・辟雍の制は、始めて呂氏の《月令》・漢儒の訓疏に見ゆ、六經・四書の中は未曾て詳しく及ばず。豈に是れ呂氏・漢儒の知は、乃ち三代の賢聖より賢しきか。齊宣の時は、明堂尚お毀れざる有り、則ち幽・厲の世は、周の明堂皆恙無し。尭・舜は茅茨土階にして、明堂の制未だ必ずしも具備せずとも、而して其の治を為るを害せず。幽・厲の明堂は、固より猶ほ文武成康の舊なり、而して其の亂を救う無し。何を以てか。豈に是れ能く『人を忍びざるの心を以て、而して人を忍びざるの政を行えば』、則ち雖れ茅茨土階も、固より亦た是れ明堂。幽・厲の心を以て、而して幽・厲の政を行えば、則ち雖れ明堂も、亦た是れ暴政の自ら出ずる所の地なるか。武帝は漢に於て講を肇め、而して武后は唐に於て盛んに作す、其の治亂如何。天子の學は辟雍と称し、諸侯の學は泮宮と称す、皆是れ地形に象りて而して之が名を為すのみ。然るに三代の學は、其の要皆是れ以て人倫を明らかにする所以、是れ辟不辟・泮不泮を以て輕重と為すに非ず。孔子曰く『人にして仁ならざれば、禮を如何。人にして仁ならざれば、樂を如何』。禮を制し樂を作すには、必ず中和の德を具え、聲は律と為り身は度と為る者にして、然る後に以て此を語る可し。至りて器數の末は、是れ樂工の事・祝史の守。故に曾子曰く『君子の道に貴ぶ所は三、籩豆の事は、則ち有司存れり』。尭の『羲和に命じ、昊天に欽若し、日月星辰を曆象す』は、其の重は『敬して人時を授く』に在り。舜の『璇璣玉衡に在り』は、其の重は『以て七政を齊えん』に在り。
是皆汲汲然以仁民之心而行其養民之政,治歷明時之本,固在於此也。羲和歷數之學,皋、契未必能之也,禹、稷未必能之也,堯、舜之知而不偏物,雖堯、舜亦未必能之也:然至於今循羲和之法而世修之,雖曲知小慧之人,星術淺陋之士,亦能推步占侯而無所忒。則是後世曲知小慧之人,反賢於禹、稷、堯、舜者邪?「封禪」之說尤為不經,是乃後世佞人諛士所以求媚於其上,倡為誇侈,以蕩君心而靡國贊:蓋欺天罔人無恥之大者,君子之所不道,司馬相如之所以見譏於天下後世也。吾子乃以是為懦者所宜學,殆亦未之思邪?夫聖人之所以為聖者,以其生而知之也。而釋論語者曰:「『生而知之』者,義理耳。若夫禮樂、名物、占今事變:亦必待學而後有以驗其行事之實;」失禮樂、名物之類,果有關於作聖之功也,而聖人亦必待學而後能知焉,則是聖人亦不可以謂之「生知」矣。謂聖人為「生知」者,專指義理而言,而不以禮樂、名物之類,則是禮樂、名物之類無關於作聖之功矣,聖人之所以謂之「生知」者,專指義理而不以禮堤、名物之類,則是「學而知之」者,亦惟當學知此義理而已。「困而知之」者,亦惟當困知此義理而已。今學者之學聖人,於聖人之所能知者,未能「學而知之」,而顧汲汲焉求知聖人之所不能知者以為學,無乃失其所以希聖之方歟?凡此皆就吾子之聽惑者而稍為之分釋,末及乎拔本塞源之論也。
(先生続いて曰く:)此れら皆是れ汲汲然として民を仁するの心を以て而して其の民を養うの政を行う、曆を治め時を明らかにするの本は、固より此に在り。羲和の曆數の學は、皋・契も未だ必ずしも能くせず、禹・稷も未だ必ずしも能くせず、尭・舜の知は而して物に遍わず、雖れ尭・舜も亦た未だ必ずしも能くせず。然るに今に至りて羲和の法に循い而して世々之を修むれば、雖れ曲知小慧の人・星術淺陋の士も、亦た能く推步占候して而して差忒する所無し。則ち後世の曲知小慧の人は、反って禹・稷・尭・舜より賢しきか。『封禪』の説は尤も經に合わず、乃ち是れ後世の佞人諛士の其上に媚を求むる所以、誇侈を倡為して、以て君心を蕩し而して國費を靡かす。是れ天を欺き人を罔くする無恥の大なる者、君子の道らざる所、司馬相如の天下後世に譏られる所以。汝乃ち此を以て儒者の宜しく學ぶべき所と為す、大概も亦た未だ之を思わざるか。聖人の聖と為る所以は、其の生じて之を知るを以てなり。而して《論語》を解釋する者は曰く『『生じて之を知る』は、義理のみ。至りて禮樂・名物・古今事變も、亦た必ず學を待ちて而る後以て其の行事の實を驗する有らん』。若し禮樂・名物の類果して聖を作すの功に關有りて、而して聖人も亦た必ず學を待ちて而る後能く知らば、則ち聖人も亦た以て『生知』と称する可からず。聖人を謂うて『生知』と為すは、専ら義理を指して言えり、而して禮樂・名物の類を以てせざれば、則ち是れ禮樂・名物の類は聖を作すの功に關無し。聖人の之を『生知』と謂わるる所以は、専ら義理を指し而して禮樂・名物の類を以てせざれば、則ち『學びて之を知る』のも、亦た只當に此の義理を學知すべし。『困んで之を知る』のも、亦た只當に此の義理を困知すべし。今や學者の聖人を學ぶは、聖人の能く知る所に於いて、未だ能く『學びて之を知らず』、却って汲汲然として聖人の能く知らざる所を求知りて以て學と為す、豈に是れ聖を希う所以の方を失うに非ずや。凡そ此れ皆是れ汝の惑う所に就きて稍め分釋を為す、還た未だ本を拔き源を塞ぐの論に及ばず。
○夫拔本塞源之論不明於天下,則天下之學聖人者,將日繁日難,斯人倫於禽獸夷夥,而猶自以為聖人之學:吾之說雖或暫明於一時,終將凍解於西而冰堅於東,霧釋於前而云滃於後,呶呶焉危困以死,而卒無救於天下之分毫也已。夫聖人之心,以天地萬物為一體,其視天下之人,無外內遠近:凡有血氣,皆其昆弟赤子之親,莫不欲安全而教養之,以遂其萬物一體之念。天下之人心,其始亦非有異於聖人也,特其間於有我之私,隔於物欲之蔽,大者以小,通者以塞,人各有心,至有視其父、子、兄、弗如仇讎者。聖人有憂之,是以推其天地萬物一體之仁以教天下,使之皆有以克其私,去其蔽,以復其心體之同然。其教之大端,則堯、舜、禹之相授受,所謂「道心惟微,惟精惟一,允執厥中」:而其節目,則舜之命契,斫謂「父子有親,君臣有義,夫婦有別,長幼有序,胡友有信」五者而已。唐、虞、三代之世,教者惟以此為教,而學者惟以此為學。當是之時,人無異見,家無異習,安此者謂之聖,勉此者謂之貿,而背此者,雖其啟明如朱,亦謂之不肖。下至閭井、田野、農、工、商、賈之賤,莫不皆有是學,而惟以成其德行為務。何者?無有聞見之雜,記誦之煩,辭章之靡濫,功利之馳逐,而但使孝其親,弟其長,信其朋友,以復其心體之同然:是蓋性分之所固有,而非有假於外者,則人亦孰不能之乎?學挍之中,惟以成德為事:而才能之異,或有長於禮樂,長於政教,長於水土播值者,則就其成德,而因使益精其能於學挍之中。迨夫舉德而任,則使之終身居其職而不易。用之者惟知同心一德,以共安天下之民,視才之稱否,而不以崇卑為輕重,勞逸為美惡:效用者亦惟知同心一德,以共安天下之民,苟當其能,則終身扈於煩劇而不以為勞,安於卑瑣而不以為琖。
本を拔き源を塞ぐの論は天下に明らかならざれば、則ち天下の聖人を學ぶは、將に日に繁く日に難く、斯の人は禽獸夷狄に淪して、而して還た自ら以て聖人の學と為さん。我が説は雖れ或いは暫く一時に明らかなるとも、終に將に西に凍解して而して東に冰堅く、前に霧釋して而して後に雲滃とし、呶呶焉として危困して死し、而して終に天下の分毫を救う無からん。聖人の心は、天地萬物を以て一體と為し、其の天下の人を視るに、外內遠近無し。凡そ血氣有れば、皆是れ其の昆弟赤子の親、安全して而して教養せんことを欲する莫し、以て其の萬物一體の念を遂げん。天下の人心は、其の始も并びに非ず聖人に異なり、只是間く有我の私に、隔てられ物慾の蔽に、大なるは變じて小と為り、通ずるは變じて塞と為り、人各々心有り、甚至りて其の父子兄弟を視て仇仇の如くする有り。聖人此に憂有り、故に其の天地萬物一體の仁を推して以て天下に教え、之をして皆能く其の私に克ち其の蔽を去らしめ、以て其の心體の同然を復せしむ。其の教の大端は、則ち是れ尭・舜・禹の相授受する所謂『道心惟れ微、惟れ精惟れ一、允に其の中を執れ』。而して其の節目は、則ち是れ舜が契に命じる所謂『父子に親有り、君臣に義有り、夫婦に別有り、長幼有序有り、朋友に信有り』の五者のみ。唐・虞・三代の世は、教うる者は惟れ此を以て教と為し、學ぶ者は惟れ此を以て學と為す。當是の時、人は異見無く、家は異習無し、此に安んずるは之を聖と称し、此に勉むるは之を賢と称し、而して此に背くは、雖れ其の啟明丹朱の如きも、亦た之を不肖と謂う。下は閭井・田野・農工商賈の賤に至るまで、莫く皆此の學有りて、而して惟れ以て其の德行を成すを務めと為す。何を以てか。聞見の雜・記誦の煩・辭章の靡濫・功利の馳逐無くして、而して只其の親に孝し其の長に悌し其の朋友に信ならしめ、以て其の心體の同然を復さん。これ本是れ性分の固有する所にして、而して是れ外に假る有るに非ず、則ち人又て誰か能わざらん。學校の中は、惟れ德を成すを以て事と為す。而して才能の異は、或いは禮樂に長じ、或いは政教に長じ、或いは水土播種に長ずる有れば、則ち其の成德に就きて、而して因りて益々其の能を學校の中に於て精ならしむ。德を擧げて任ずるに及べば、則ち之をして終身其の職に居りて易えざらしむ。之を用うる者は惟れ同心一德を知りて、以て天下の民を共に安んじ、才の稱否を視るも、而して崇卑を以て輕重と為さず勞逸を以て美惡と為さず。效用する者も亦た惟れ同心一德を知りて、以て天下の民を共に安んじ、苟くも其の能に當れば、則ち終身煩劇に處りて而して以て勞と為さず、卑瑣に安んじて而して以て賤と為さず。
當是之時,天下之人熙熙皞皞,皆相視如一家之親。其才質之下者,則安其農、工、商、賈之分,各勤其業,以相生相養,而無有乎希高慕外之心。其才能之異,若皋、夔、稷、契者,則出而各效其能。若一家之務,或營其衣食,或通其有無,或傭其器用,集謀併力,以求遂其仰事俯育之願,惟恐當其事者之或怠而重己之累也。故復勤其稼,而不恥其不知教,視契之善教,即己之善教也:夔司其樂,而不恥於不明禮,視其夷之通禮,郥己之通禮也。蓋其心學純明,而有以全其萬物一體之仁,故其精神流貫,志氣通達,而無有乎己之分,物我之間:譬之一人之身,目視,耳聽,手持,足行,以濟一身之用,目不恥其無聰,而耳之所涉,目必營焉,是不恥其無執,而手之所探,足必前焉:蓋其元氣充同,血脈牒暢,是以癢痾呼吸,感觸神應,有不言而喻之妙。此聖人之學斫以至易至簡,易知易從,學易能而才易成者,正以大端惟在復心體之同然,而知識技能非斫與論也。
(先生続いて曰く:)當是の時、天下の人熙熙皞皞として、皆相視ること一家の親の如し。其の才質の下なるは、則ち其の農工商賈の分に安んじ、各々其の業を勤め、以て相生相養して、而して高を希い外を慕うの心無し。其の才能の異なるは、皋・夔・稷・契の若きは、則ち出でて各々其の能を效す。一家の務の若くは、或いは其の衣食を營み、或いは其の有無を通じ、或いは其の器用を備え、謀を集め力を并せ、以て其の仰ぎ事え俯し育つるの願を遂げんことを求め、惟恐るらくは其の事に當るの或いは怠りて而して自己の累を加重せんことを。故に稷は其の稼を勤めて、而して其の教を知らざるを恥とせず、契の善く教うるを視れば、即ち自己の善く教うるなり。夔は其の樂を司りて、而して禮を明らかにせざるに恥ぢず、伯夷の禮に通ずるを視れば、即ち自己の禮に通ずるなり。蓋し其の心學純明にして、而して以て其の萬物一體の仁を全くする有り、故に其の精神流貫し、志氣通達して、而して人己の分・物我の間有る無し。譬えるに一人の身、目は視、耳は聽、手は持、足は行き、以て一身の用を濟す。目は其の聰無きを恥とせず、而して耳の渉る所は、目必ず之を營む。手は其の執無きを恥とせず、而して手の探る所は、足必ず之に前す。蓋し其の元氣充周し、血脉條暢し、是を以て痒疴呼吸、感觸神應して、言わずして喻るの妙有り。此れ聖人の學の至易至簡・易知易從・學易く能くし而して才易く成る所以は、正しく大端惟れ心體の同然を復するに在るを以て、而して知識技能は與に論ずる所に非ず。
○三代之衰,王道熄而霸術倡:孔、孟既沒,聖學晦而邪說橫:教者不復以此為教,而學者不復以此為學,霸者之徒,竊取先王之近似者,假之於外以內濟其私己之慾,天下靡然而宗之,聖人之道遂以蕪塞。相仿相效,日求所以富強之說,傾詐之謀,攻伐之計,一切欺天罔人,荀一時之得,以獵取聲利之術,若管、商、蘇、張之屬者,至不可名數。既其久也,鬥爭劫奪,不勝其禍,斯人惀於禽獸、夷狄,而霸術亦有所不能行矣。世之懦者慨然悲傷,搜臘先聖王之典一草法制而掇拾修補於煨燼之餘,蓋其為心頁亦欲以挽回先王之道。聖學既遠,霸術之慱積已深,雖在賢知,皆不免於習染,其所以講明修飾,以求宣暘光復於世者,僅是以增霸者之藩癱,而聖學之門穡,遂不復可靚:於是乎有訓詀之學,而慱之以為名,有記誦之學,而言之以為博,有詞章之學,而侈之以為麗:若是者,紛紛籍籍,堊超角立於天下,又不知其幾家,萬徑千蹊,莫知所適。世之學者如人百戲之場,讙謔跳踉、騁奇鬥巧、獻笑爭妍者,四面而競出,前瞻後盼,應接不遑,而耳目眩瞀,精神恍惑,日夜遨遊淹息其間,如病狂喪心之人,莫自知其家業之所歸:時君世主亦皆昏迷顛倒於其說,而終身從事於無用之虛文,莫自知其聽謂。間有覺其空疏謬妄:支離牽滯,而卓然自奮,欲以見諸行事之實者,極其所抵,亦不過為富強功利、五霸之事業而止。聖人之學囗遠日晦,而功利之習愈趨愈下:其間雖嘗瞽惑於佛、老,而佛、老之說卒亦未能有以勝其功利之心:雖又嘗折衷於群懦,而群濡之論終亦未能有以破其功利之見。蓋至於今,功利之毒淪浹於人之心髓,而習以成性也,幾千年矣。
三代の衰は、王道熄びて霸術倡まる。孔・孟既に沒し、聖學晦みて邪説橫たわる。教うる者は再び此を以て教と為さず、學ぶ者は再び此を以て學と為さず。霸者の徒は、先王の近似する者を竊取して、之に外に假りて以て內に其の私己の慾を濟し、天下靡然として之を宗とし、聖人の道は遂に以て蕪塞す。相仿相效して、日に富強の説・傾詐の謀・攻伐の計を求め、一切天を欺き人を罔くし、苟くも一時の得を以て、以て聲利を獵取するの術は、管・商・蘇・張の屬の若く、至りて名數す可からず。其の久しきに既みて、鬪爭劫奪して、其の禍に勝えず、斯の人は禽獸・夷狄に淪して、而して霸術も亦た能く行う所有らず。世上の儒者は慨然として悲傷し、先聖王の典章法制を搜羅して而して掇拾修補して煨燼の餘に於てす、蓋し其の心を為すは、亦た欲す以て先王の道を挽回せんと。聖學既に遠く、霸術の潛積已に深し、雖れ賢知に在りても、皆習染を免れず、其の講明修飾して以て世に宣揚光復せんことを求むる所以は、僅かに以て霸者の藩籬を增すに足り、而して聖學の門墻は遂に復た覿る可からず。是に於て訓詁の學有りて、而して之を誇りて以て名と為す。記誦の學有りて、而して之を言いて以て博と為す。詞章の學有りて、而して之を侈りて以て麗と為す。是の若き者は紛紛籍籍として、天下に於て互相角立し、又て其の幾家なるかを知らず、萬徑千蹊にして、適う所を知る莫し。世上の學者は百戲の場に入るが如く、讙謔跳踉・騁奇鬥巧・獻笑爭妍の四面競出し、前に瞻り後に盼り、應接に遑あらず、而して耳目眩瞀し、精神恍惑し、日夜其間に遨遊淹息して、病狂喪心の人の如く、自ら其の家業の歸る所を知る莫し。時君世主も亦た皆其の説に昏迷顛倒して、而して終身無用の虚文に從事し、自ら其の為す所を知る莫し。間に其の空疏謬妄・支離牽滯を覺えて、而して卓然として自ら奮い、欲す以て諸を行事の實に見んとする有れば、其の抵る所を極むれば、亦不過富強功利・五霸の事業と為りて而して止む。聖人の學は日に遠く日に晦み、而して功利の習は愈々趨りて愈々下る。其間雖れかつて佛・老に迷惑せりとも、而して佛・老の説は終に未だ能く其の功利の心に勝たず。雖れ又かつて群儒に折衷せりとも、而して群儒の論は終に未だ能く其の功利の見を破らず。今日に至りては、功利の毒は人の心髓に淪浹して、而して習い以て性と成る、已經幾千年矣。
相矜以知,相軋以勢,相爭以利,相高以技能,相取以聲譽:其出而仕也,理錢榖者則欲兼夫兵刑,典禮樂者又欲與於銓軸,處郡縣則思藩臬之高,居臺諫則望宰執之要。故不能其事則不得以兼其官,不通其說則不可以要其譽:記諵之廣,適以長其放他:知識之多,適以行其惡也:聞見之博,適以肆其辨也:辭章之富,適以飾其為也。是以梟、夒、復、契所不能兼之事,而今之初學小生皆欲通其說,究其術。其稱名僭號,未嘗不囗吾欲以共成天下之務,而其誠心實意之所在,以為不如是則無以濟其私而滿其欲也。嗚呼,以若是之積染,以若是之心志,而又講之以若是之學術,宜其聞吾聖人之教,而視之以為贅疣衲鑿:則其以良知為未是,而謂聖人之學為無所用,亦其勢有所必至矣!嗚呼,士生期世,而尚同以求聖人之學乎!尚同以論聖人之學乎!土生斯世,而欲以為學者,不亦勞苫而繁難乎!不亦拘湍而險艱乎!嗚呼,可悲也已!所幸天理之在人心,終有所不可泯,而良知之明,萬占一日,則其聞吾拔本塞源之論,必有惻然而悲,戚然而痛,憤然而起,沛然若決匚河,而有岓不可御者矣。非夫豪傑之士,無所待而興起者,吾誰與望乎?
(先生続いて曰く:)相い矜るに知を以てし、相い軋るに勢を以てし、相い爭うに利を以てし、相い高むるに技能を以てし、相い取るに聲譽を以てす。其の出でて仕うる也、錢穀を理するは則ち兼ねんと欲す夫の兵刑を、禮樂を典するは又欲す與らん銓軸に、郡縣に處れば則ち思う藩臬の高、台諫に居れば則ち望む宰執の要。故に能く其の事せざれば則ち以て其の官を兼ぬるを得ず、其の説を通ぜざれば則ち以て其の譽を要る可からず。記誦の廣は、適に以て其の傲を長ず。知識の多は、適に以て其の惡を行う。聞見の博は、適に以て其の辨を肆にす。辭章の富は、適に以て其の偽を飾る。是を以て皋・夔・稷・契の能く兼ぬる能わざるの事を、而今の初學小生は皆其の説を通じ其の術を究めんと欲す。其の名を称し號を僭するに、未嘗て『吾は欲す以て天下の務を共に成さん』と説かざる無し、而して其の誠心實意の在る所は、以て是の如くせざれば則ち以て其の私を濟し其の慾を滿たす無しと為す。嗚呼、是の若きの積染を以て、是の若きの心志を以て、而又之を講ずるに是の若きの學術を以てすれば、宜しいか其の吾が聖人の教を聞きて、而して之を視て以て贅疣枘鑿と為す。則ち其の良知を以て未だ足らずと為し、而して聖人の學を謂うて用無き所と為すも、亦た其の勢の必ず至る所有る矣。嗚呼、士此の世に生まれて、而して尚お何を以て聖人の學を求めん。尚お何を以て聖人の學を論ぜん。士此の世に生まれて、而して以て學を為さんと欲するは、不亦た勞苦にして繁難か。不亦た拘滯にして險艱か。嗚呼、悲しむ可し。幸いなるは天理の人心に在るは、終に泯す可からざる所有り、而して良知の明は、萬古一日、則ち其の吾が本を拔き源を塞ぐの論を聞けば、必ず惻然として悲しみ、戚然として痛み、憤然として起き、沛然として江河を決するが若く、而して之を禦ぐ能くする莫き者有らん。夫の豪傑の士・待つ所無くして興起するに非ざれば、我誰と與に望まん。
答周道通書
周道通に答える書
○吳、曾兩生至,備道道通懇切為道之意,殊慰相念。若道通真可謂篤信好學者矣。憂病中會不能與兩生細論,然兩生亦自有志向、肯用功者,,每見輒覺有進,在區區誠不能無負於兩生之遠來,在兩生則亦庶幾無負其遠來之意矣。臨別以此冊致道通意,請書數語。荒憒無可言者,輒以道通來書中所問數節,略下轉語奉酬。草草殊不詳細,兩生當亦自能口悉也。來書云:用工夫只是「立志」,近來於先生每吉時時骷檢,念益明臺。然於朋友不能一時相離。若得朋友講習,則此志繞精健闊大,才有生意:若三五日不得朋友相講,便覺微弱,遏事便會困,亦時會忘。乃今蕪朋友相講之日,還只靜坐,或看書,或遊衍經行,凡寓目、措身,悉取以培養志,頗覺意思和適:然終不如朋友講聚,精神流動,生意更多也。林本索居之人,當更有何法以處之?此段足驗道通日用工夫聽得,工夫大略亦只是如此用,只要無間斷,到得純熟後,意思又自不同矣。大抵吾人為學,緊要大頭惱,只是「立志」所謂「困、忘」之病,亦只是志欠真切。今好色之人,未嘗病於困忘,只是一真切耳。自家痛庠,自家須會知得,自家須會搔摩得;既自知得痛癢,自家須不能不搔摩得。佛家謂之「方便法門」,須是自家調停斟酌,他人總難與力,亦更無別法可設也。
吳・曾両生來り至り、備らに道通の懇切に道を為すの意を道り、甚だ相念を安慰す。若し道通は真に以て篤信好學の人と謂う可し。憂病の中竟に能く両生と細論する能わず、然るに両生も亦た自ら志向有り肯んじて用功し、每見れば輙ち覺ゆ進有りと。我に在りては誠に能く両生の遠來に負く無からず、両生に在りては則ち亦た庶幾く其の遠來の意に負かず。別れに臨みて此の册を以て道通の意を致し、數語を寫さんことを請う。荒憒言う可き無きは、便ち道通の來書の中の問う所の數節を以て、略く轉語を下して奉酬す。草草甚だ詳細ならず、両生も亦た當に能く口述して其の詳なるべし。來書曰く。工夫を用うるは只是『志を立つ』。近來先生に於て每に時時點檢を言えば、意思愈加明白なり。然るに朋友に於て能く一時相離れず。若し朋友の講習を得れば、則ち此の志才に精健闊大にして、才に生意有り。若し三五日朋友の相講を得ざれば、便ち覺ゆ微弱、事に遇えば便ち困會し、亦た時時忘る會す。今や朋友の相講する無きの日は、還た只靜坐し、或いは書を看、或いは游衍經行し、凡そ目に寓め身を措くも、皆取りて以て此の志を培養す、頗る意思の和適を覺ゆ。然るに終に朋友の講聚に如かず、精神流動して、生意更に多し。群を離れ索居するの人は、當に更に何の法有りて以て之に處せん。此の段は以て道通の日用の工夫の得る所を證驗するに足り、工夫大略も亦た只是此の如く用う、只要く間斷無く、純熟に到得れば、意思又自ら同じからず。大抵我ら學を為すは、緊要大頭腦は、只是『志を立つ』。所謂『困・忘』の病も、亦た只是志欠けて真切ならざるなり。今や色を好むの人は、未嘗て困忘に病まず、只是一真切なるのみ。自家の痛痒は、自家須く會して知るを得、自家須く會して搔摩するを得べし。既に自ら痛痒を知るを得れば、自家須く搔摩するを得ざる能わず。佛家は之を『方便法門』と称す、須く是れ自家調停斟酌して、他人總じて與に力し難く、也更に別法設く可き無し。
○來書云:上蔡常問天下何思何慮。伊川雲;「有此理,只是發得太早。」在學者工夫,固是「必有事焉而勿忘」,然亦須識得「何思何慮」底氣象,一併看為是。若不識得這氣象,便有正與助長之病;若認得「何思何慮」,而忘「必有事焉」工夫,恐人墮於「無」也。須是不滯於「有」,不墮於「無」。然乎否也?所論亦相去不遠矣,只是契悟未盡。上蔡之問,與伊川之答,亦只是上蔡、尹川之意,與孔子「繄辭」原旨稍有不同。「繄」言「何思何慮」,是言斫思所慮只是一個天理,更無別思別慮耳,非謂無思無慮也。故曰:「與歸而殊途,一致而百慮,天下何思何慮。」雲「殊途」,雲「百慮」,則豈謂無思無慮邪?心之本體即是天理。天理只是一個,更有何可思慮得?天理原自寂然不動,原自感而遂通,學者用功,雖千思萬慮,只是要復他本來體用而已,不是以私意去安排思索出來。故明道云:「君子之學,莫若廓然而大公,物來而順應。」若以私意去安排思索便是用智自私矣。「何思何慮」正是工夫。在聖人分上,便是自然的:在學者分上,便是勉然的。尹川卻是把作效驗看了,斫以有「發得太早」之說。既而云:「卻好用功」,則已自覺其前言之有未盡矣。濂溪主靜之論亦是此意。今道通之言,雖已不為無見,然亦未免尚有兩事也。
來書曰く。上蔡(謝良佐)はかつて天下の何思何慮を問う。伊川曰く『此の理有り、只是發する得太も早し』。學者の工夫に在りては、固より是れ『必ず事有らんにして忘る勿かれ』、然るに亦た須く『何思何慮』の氣象を識り得て、一並びに看て才に是れ。若し此の氣象を識り得ざれば、便ち正與助長の病有り。若し『何思何慮』を認りて、而して『必ず事有らん』の工夫を忘れば、恐らく又『無』に堕ちん。須く是れ『有』に滯らず、『無』に堕ちざらんことを。對なりか。論ずる所も亦た去ること遠からず、只是契悟未だ尽くさず。上蔡の問と伊川の答とは、亦た只是上蔡・伊川の意、孔子《繫辭》の原旨と稍々同じからず。《繫辭》の『何思何慮』を説くは、是れ所思所慮は只是一箇の天理を説き、更に別思別慮無きのみ、是れ無思無慮を説くに非ず。故に曰く『同歸して殊途、一致して百慮、天下何の思慮か有らん』。既に『殊途』と説き、又『百慮』と説けば、則ち豈に是れ無思無慮を謂うか。心の本体即ち是れ天理。天理只是一箇、更に何の思慮す可きか有らん。天理原來自ら寂然不動、原來自ら感じて遂に通ず。學者用功するは、雖れ千思萬慮すとも、只是要く彼の本來の體用を復せんのみ、是れ私意を以て去りて安排思索して出だすに非ず。故に明道曰く『君子の學は、廓然として大公、物來れば而して順應するに若くは莫し』。若し私意を以て去りて安排思索せば、便ち是れ智を用いて自ら私す。『何思何慮』正しく是れ工夫。聖人の分上に在りては、便ち是れ自然。學者の分上に在りては、便ち是れ勉然。伊川は却って把りて作して效驗と看る、故に『發する得太も早し』の説有り。既而して又曰く『却って用功す可し』と、則ち已に自ら其の前言の未だ尽くさざる有るを覺ゆ。濂溪(周敦頤)の靜を主とするの論も亦た是れ此の意。今や道通の話は、雖れ已に見無きと為さずとも、然るに亦た未免尚お两事有り。
○來書云:凡學者才曉得做工夫,便要識得聖人氣象。蓋認得聖人氣象,把做準的,乃就寧地做工夫去,才不會差,才是作聖工夫。未知走不?先認聖人氣象,昔人嘗有是言矣,然亦欠有頭惱,聖人氣象自是聖人的,我從何處識認?若不就自己良知上真切體認,如以無星之稱而權輕重,未開之鏡而照妍榿,真斫謂以小人之腹,而度君子之心矣。聖人氣象何由認得自己良知原與聖人一般,若體認得自己良知明白,郥聖人氣象不在聖人而在我矣。程子嘗雲;「覷著堯學他行事,無仙許多聰明睿智,安能如彼之動容周旋中禮?」又云:「心通於道,然後能辨是非。」今且說通於道在何處?聰明睿智從何處出來?
來書曰く。凡そ學者才に做工夫を曉得せば、便ち要く聖人の氣象を識り得べし。聖人の氣象を認得し、把りて準的を做して、才に實地に就きて做工夫去れば、才に差えず、才に是れ聖を作すの工夫。知らず對か不對か。先に聖人の氣象を認むるは、昔人かつて是の言有り、然るに亦た頭腦有るを欠く。聖人の氣象自ら是れ聖人の、我何の處よりか識認せん。若し自己の良知の上に就きて真切に體認せざれば、星無きの秤を以て而して輕重を權し、未開の鏡而して妍媸を照らすに如同じ、真に所謂小人の腹を以て而して君子の心を度る矣。聖人の氣象は何に由りて認得せん。自己の良知は原來聖人と一般、若し自己の良知を體認して明白を得れば、則ち聖人の氣象は聖人に在らずして而して我に在り。程子かつて曰く『尭を覷著して彼の行事を學べば、彼の許多の聰明睿智無ければ、安んぞ能く彼の動容周旋禮に中るが如くせん』。又曰く『心は道に通じて、然る後に能く是非を辨ず』。今や且く説け、道に通ずるは何の處に在るか。聰明睿智は何の處より出づるか。
○來書古云:事上磨練。一日之內,不管無事,只一意培養本原。若遇事來感,或自己有惑,心上既有覺,安可謂無事?但因事凝心一會,大段覺得事理當如此,只如無事處之,盡吾心而已。然仍有處得善與未善,何也?人或事來得多,須要次第與處,每因才力不足,輒為所困,雖極力扶起而精神已千衰弱。遇此未免要十分退省,寧不了事,不可不加培冬。如何?所說工夫,就道通分上也只是如此用,然未免有出入在。凡人為學,終身只為這一事。自少至老,自朝至暮,不論有事無事,只是做得這一件,所謂「必有事焉」者也。若說「寧不了事,不同不加培養」,卻是尚為兩事也。「必有事焉而勿忘勿助」,事物之來,但盡吾心之良知以應之,所謂「忠恕違道不遠」矣。凡處得有善有未善及有困頓失次之患者,皆是牽於譭譽得喪,不能實致其良知耳。若能實致其良知,然後見得平日所謂善者未必是善,所謂末善者,卻恐正是牽於譭譽得喪,自賊其真知者也。
來書曰く。事の上に磨鍊す。一日の內は、事有り無きを管せず、只一意本原を培養す。若し事來りて感ずるに遇い、或いは自己惑有れば、心上既に覺有り、安んぞ以て事無しと謂う可けん。但し事に因りて心を凝めて一會すれば、大段覺ゆ事理當に此の如しと、只事無きに處するが如く、吾が心を尽くすのみ。然るに仍お處り得る善と未善有り、何を以てか。人或いは事の來る得多ければ、須く次第に處去すべし、每に才力不足に因りて、輙ち困る所と為り、雖れ極力して扶起すとも而して精神已に先に衰弱す。此に遇えば未免要く十分退省して、寧ろ事を了えずとも、培養を加えざる可からず。怎麼樣か。説く所の工夫は、道通の分上に就きても亦た只是此の如く用う、然るに未免出入有る在り。凡そ人の學を為すは、終身只此の一事を為す。少より老に至り、朝より暮に至るまで、事有り無きを論ぜず、只是做り得て此の一件、所謂『必ず事有らん』者なり。若し『寧ろ事を了えずとも、培養を加えざる可からず』と説かば、却って是れ尚お两事と為す。『必ず事有らんにして忘る勿く助くる勿かれ』、事物の來れば、但し吾が心の良知を尽くして以て之に應ず、所謂『忠恕は道に違うこと遠からず』矣。凡そ處り得て善有り未善有り及び困頓失次の患有るは、皆是れ毁譽得喪に牽かれて、能く實に其の良知を致さざるのみ。若し能く實に其の良知を致せば、然る後に見得る平日の所謂善は未だ必ずしも是れ善ならず、所謂未善は、却って恐らく正しく是れ毁譽得喪に牽かれて、自ら其の良知を賊するなり。
○來書云:致知之說,春間再承誨益,已頗知用力,覺得比舊尤為簡易。但鄙心則謂與初學吉之,還須帶「格物」意思,使之知下手處。本來「致知」「格物一一併下,但在初學未知下手用功,還說與「格物」,方曉得「致知」云云。「格物」是「致知」功夫,知得「致知」便已知得「格物」:若是未知「格物」,則是「致知」工夫亦未嘗知也。近有一書與友人論此頗悉,今往一通,細觀之,當自見矣。
來書曰く。致知の説は、春間再び教誨を承け、已に頗る用力を知り、舊に比べて尤も簡易なるを覺ゆ。但し鄙心は則ち初學に與に言うを謂う、還た須く『格物』の意思を帶びて、之をして下手の處を知らしめよ。本來『致知』『格物』は一并びに下す、但し初學は未だ下手用功を知らず、還た『格物』と説き與えて、方に『致知』の云云を曉得す。『格物』是れ『致知』の功夫、『致知』を知り得れば便ち已に『格物』を知れり。若し是れ未だ『格物』を知らざれば、則ち是れ『致知』の工夫も亦た未嘗て知らず。近に一書有りて友人と與に此を論ずる頗る詳し、今一通を寄せ、之を細看せば、當に自ら見えん。
○來書云:今之為朱,陸之辨者尚未已:每對朋友吉,正學不明已久,且不須枉費心力為朱,陸爭是非,只依先生「.二志」二字點化人。,若其人果能辨得此志來,決意要知此學,已走大段明臺了;朱,陸雖不辨,彼自能分得。又常見朋友中見有人議先生之言者,輒為動氣;昔在朱,陸二先生所以近後世紛紛之議者,亦見二先生工夫有未純熟,分明亦有動氣之病:若明道則無此矣。觀其典吳師禮論介甫之學云:「為我盡達諸介甫,不有益於他,必有益於我也。」氣象何竽從容!常見先生與人書中亦引此言,願朋友皆如此,如何?此節議論得極是極是,願道通遍以告於同志,各自且論自己是非,莫論朱、陸是非也。以言語謗人,其謗淺,若自己不能身體實踐,而徒入耳出口,呶呶哽日,是以身謗也,其謗深矣。凡今天下之論議我者,苟能取以為善,皆是砥礪切磋我也,則在我無非譥惕修省進德之地矣。昔人謂攻吾之短者是吾師,師又可惡乎?
來書曰く。今や朱・陸の辨を為すは還た未だ已まず。每に朋友に對して説く、正學明らかならざる已に久し、且く枉げて心力を費して朱・陸の為めに是非を爭うを須いず、只先生の『立志』の二字に依りて人を點化せよ。若し其の人果して能く此の志を辨得して、決意して此の學を知らんと要せば、已に是れ大段明白矣。朱・陸雖れ辨ぜずとも、彼自ら能く之を分かつ。又常に朋友の中に或る人の先生の言を議するを見れば、輙ち氣を動かすを為す。從前朱・陸二先生の後世の紛紛の議に近き所以も、亦た二先生の工夫未だ純熟ならざる有るを見、分明にも亦た氣を動かすの病有り。若し明道は則ち此無し。彼の吳師禮と與に介甫(王安石)の學を論ずるを看るに、曰く『我の為めに尽く諸を介甫に達せよ、彼に益有らざれば、必ず我に益有らん』。氣象何等か從容。常に先生の人に與うの書の中にも亦た此の言を引くを見、願くば朋友皆此の如くならん、怎麼樣か。此の節議論する得て極めて是れ極めて是れ、願くば道通遍く以て同志に告げん、各自且く自己の是非を論じ、朱・陸の是非を論ずる莫れ。言語を以て人を謗るは、其の謗淺し。若し自己に能く身體實踐せず、而して徒らに耳に入り口に出だし、呶呶として終日するは、是れ身を以て謗る、其の謗深し。凡そ今天下の我を議論するは、苟くも能く取りて以て善と為せば、皆是れ我を砥礪切磋す、則ち我に在りては非ず警惕修省して德を進むるの地無し。昔人は我が短を攻むる者は是れ吾が師と謂う、師又て惡む可けんや。
○來書云﹕有引程子「人生而靜,以上不容說,才說性便已不是性。」何故不容說..何故不是性?晦庵答云:「不容說者,未有性之可言:不是性者,已不能無氣仃之雜矣。」二先生之言皆未能曉,每看書至此,輒為一惑,請問。「生之謂性」,生字即是氣字,猶言「氣即是性」也:氣即是性;「人生而靜,以上不容說」,才說「氣即是性」,即已落在一邊,不是性之本原矣。孟子性善,是從本原上說。然性善之端,須在氣上始見得,若無氣亦無可見矣。惻隱、羞惡、辭讓、是非即是氣。程子謂「論性不論氣,不備;論氣不論性,不明。」亦是為學者各認一邊,只得如此說。若見得自性明白時,氣即是性,性即是氣,原無性、氣之可分也。
來書曰く。或る人は程子の『人の生まれて靜以上は説くを容れず、才に性を説けば便ち已に是れ性に非ず』を引く。何を以て説くを容れざるか。何を以て是れ性に非ざるか。晦庵答えて曰く『説くを容れざるは、未だ性の言う可き有らず。是れ性に非ざるは、已に能く氣質の雜無からしむ可からず』。二先生の話皆未だ能く曉せず、每に書を看て此に至れば、輙ち一惑を為す、請問す。『生を性と謂う』は、生の字即ち是れ氣の字、猶ほ『氣即ち是れ性』と説くがごとし。氣即ち是れ性。『人の生まれて靜以上は説くを容れず』は、才に『氣即ち是れ性』と説けば、即ち已に一邊に落ち、是れ性の本原に非ず。孟子の性善は、是れ本原の上より説く。然るに性善の端は、須く氣の上に於て才に見得、若し氣無ければ亦た見る可き無し。惻隱・羞惡・辭讓・是非即ち是れ氣。程子曰く『性を論じて氣を論ぜざれば、備わらず。氣を論じて性を論ぜざれば、明らかならず』も、亦た是れ學者各々一邊を認むるを為す、只得て此の如く説く。若し自ら性を見得て明白なる時は、氣即ち是れ性、性即ち是れ氣、原來性・氣の分かつ可き無し。
答陸原靜書
陸原靜に答える書
○來書云;下手工夫,分比心無時寧靜,妄心固動也,照心亦動也;心既恆動,則蕪刻足停也。是有意於求寧靜,是以愈不寧靜耳。夫妄心則動也,照心非動也;照照則恆動恆靜,天地之所以恆久而不已也;照心固照也,妄心亦照也。其為物不貳,則其生物下息,有刻暫停,則息矣,非至誠無息之學矣。
來書曰く。下手の工夫は、此の心時に寧靜無きを覺ゆ。妄心固より動く、照心も亦た動く。心既に恒に動けば、則ち刻として或いは停まる無し。これ是れ意有りて寧靜を求むる、故に愈々寧靜ならざるのみ。妄心は則ち動く、照心は動に非ず。恒に照れば則ち恒に動き恒に靜なり、天地の恒久にして已まざる所以。照心固より照る、妄心も亦た照る。其の物と為る貳らざれば、則ち其の物を生ずる息まず、刻暫く停まれば則ち息み矣、便ち是れ至誠息まざるの學に非ず。
○來書云:良知亦有起處,云云。此或聽之末審;良知者,心之本體,即前所謂恆照者也。心之本體,無起無不起。雖妄念之發,而良知未嘗不在,但人不知存,則有時而或放耳:雖昏塞之極,而良知未嘗不明,但人不知察,則有時而或蔽耳。雖有時而或放,其體實未嘗不在也,存之而已耳:雖有時而或蔽,其體實未嘗不明也,察之而已耳。若謂真知亦有起處,則是有時而不在也,非其本體之謂矣。
來書曰く。良知も亦た起こる處有り、云云。これ或いは是れ之を聽く未だ審ならざるなり。良知是れ心の本体、即ち前面の所謂恒に照る者。心の本体は、起こる無く起こらざる無し。雖れ妄念の發すとも、而して良知未嘗て在らざる無し、但し人は存するを知らず、則ち時に而して或いは放つるのみ。雖れ昏塞の極とも、而して良知未嘗て明ならざる無し、但し人は察するを知らず、則ち時に而して或いは蔽わるのみ。雖れ時に而して或いは放つるとも、其の體實に未嘗て在らず、之を存するのみ。雖れ時に而して或いは蔽わるとも、其の體實に未嘗て明ならず、之を察するのみ。若し良知も亦た起こる處有りと謂わば、則ち是れ時にして而して在らざる有り、便ち是れ其の本体の謂に非ず。
○來書云:前日精一之論,即作聖之功否?「精一」之「精」以理言,「精神」之「精」以氣言。理者,氣之條理;氣者,理之運用。無條理則不能運用;無運用則亦無以見其所謂條理者矣。精則精,精則明,精則一,精則神,精則誠,一則精,一則明,一則神,一則誠,原非有二事也。但後世儒者之說與養生之說各湍於一隔,是以不相為用。前日「精一」之論,雖為原靜愛養精神而發,然而怍聖之功,實亦不外是矣。
來書曰く。前日の精一の論は、即ち是れ聖を作すの功か。『精一』の『精』は理を以て言い、『精神』の『精』は氣を以て言う。理是れ氣の條理、氣是れ理の運用。條理無ければ則ち能く運用せず、運用無ければ則ち亦た以て其の所謂條理を見る無し。精なれば則ち精、精なれば則ち明、精なれば則ち一、精なれば則ち神、精なれば則ち誠。一なれば則ち精、一なれば則ち明、一なれば則ち神、一なれば則ち誠、原來二事有るに非ず。但し後世の儒者の説と養生の説とは各々一隅に滯る、故に相い以て用いる無し。前日の『精一』の論は、雖れ原靜の精神を愛養するを為め發すとも、然るに聖を作すの功は、實に亦た此に外ならず。
○來書云:元神,元氣,元精必各有寄藏發生之處:又有真陰之精,真陽之氣,云云。夫良知一也,以其妙用而言謂之神,以其流行而言謂之氣,以其凝聚而壬呈昍之精,安可形象方斫求哉?真陰之精,即真陽之氣之母,真陽之氣,即真陰之精之父:陰根陽,陽桹陰,亦非有二也:苟吾良知之說明,即凡若此類,皆可以不言而喻;不然,則如來書所云三關、七返、九還之屬,尚有無窮可疑者也。
來書曰く。元神・元氣・元精は必ず各々寄藏發生の處有り。又真陰の精・真陽の氣有り、云云。良知只是一箇、其の妙用を以て言えば之を神と謂い、其の流行を以て言えば之を氣と謂い、其の凝聚を以て言えば之を精と謂う、怎麼形象方所に向かい去りて求めんや。真陰の精は、即ち真陽の氣の母。真陽の氣は、即ち真陰の精の父。陰は陽を根とし、陽は陰を根とす、亦た是れ二有るに非ず。假如我が良知の學明白を説けば、則ち凡そ此の類の若きは、皆以て言わずして喻る可し。然らざれば、則ち來書の説く所の三關・七返・九還の類の如く、還た無窮疑う可き有り。
又
又
○來書云:良知,心之本體,即所謂性善也,未發之中也,寂然不動之體也,廓然大公也,何常人皆不能而必待於學邪?中也,寂也,公也,既以屬心之二體,則良知是矣。今驗之於心,知無不良,而中、寂、大公實未有也,豈良知復超然於體用之外乎?性無不善,故知無不良。真知即是未發之中,郥是廓然大公,寂然不動之本體,人人之所同具者也:怛不能不昏蔽於物欲,故須學以去其昏蔽;然於良知之本體,初不能有帕損於毫末也。知無不良,而中、寂、大公未能全者,是昏蔽之未盡去,而存之未純耳。體既良知之體,用即良知之用,寧復有超然於體用之外者乎?
來書曰く。良知は、心の本体、即ち所謂性善・未發之中・寂然不動の體・廓然大公。何を以て常人皆能くせずして而して必ず學に待つか。中・寂・公は、既に已に心の本体に屬すれば、則ち良知便ち是れ矣。今や之を心に驗すれば、知は良ならざる無し、而して中・寂・大公は實に未だ有らず、豈に是れ良知又超然として體用の外に在るか。性は善ならざる無し、故に知は良ならざる無し。良知即ち是れ未發之中、即ち是れ廓然大公・寂然不動の本体、人人の同じく具える所。但し能く物慾の昏蔽せられざるを受けず、故に須く學びて以て其の昏蔽を去るべし。然るに良知の本体に於いては、初めて能く毫末に於て加損有る無し。知は良ならざる無く、而して中・寂・大公は未だ能く全からざるは、是れ昏蔽の未だ尽く去らざる、而して之を存する未だ純ならざるのみ。體既に是れ良知の體、用即ち是れ良知の用、寧に復た超然として體用の外に有らんや。
○來書云:周子曰「主靜」,程子曰「動亦定,靜亦定」,先生曰「定者心之本體」,是靜定也,決非不親不聞,無燕思無蕪為、二謂,必常知常存,常主於理之謂也。失常知常存、常主於理,明是動也,已發也,何以謂之靜?何以謂之本體?豈是靜定也,又有以貫乎心之動靜者邪?理無動者也。常知常存、常主於理,即不靚不聞,無思無為之謂也。不靚不聞,無思無為,非稿木死灰之謂也:靚聞思為一於理,而未嘗有所靚聞思為,即是動而未嘗動也;所謂「動亦定靜亦定」,體用一原者也。
來書曰く。周子曰く『靜を主とす』、程子曰く『動も亦た定、靜も亦た定』、先生曰く『定なる者は心の本体』、此の靜定は、決して睹聞せず思為せずの意思に非ず、必ず是れ常知常存・常に理に主たるの謂。既に常知常存・常に理に主たれば、明らかに是れ動き矣、已に發し矣、何を以て之を靜と謂う。何を以て之を本体と謂う。豈に是れ此の靜定、又て以て心の動靜に貫く有らん。理是れ動無し。常知常存・常に理に主たるは、即ち是れ睹聞せず思為せずの謂。睹聞せず思為せずは、是れ槁木死灰の謂に非ず。睹聞思為は一に理に於いて、而して未嘗て睹聞思為有る所無し、即ち是れ動きて而して未嘗て動かず。所謂『動も亦た定、靜も亦た定』は、體用一源なり。
○來書云;此心未發之體,其在已發之前乎?其在已發之中而為之主乎,其無前後、內外而渾然之體者乎?今謂心之動、靜者,其主有事,無事而言乎?其主寂然,感通而言乎其主循理,從欲而吉乎?若以循理為靜,從欲為動,則於所謂「動中有靜,靜中有動,動極而靜,靜極而動」者,不可通矣。若以有事而感通為動,無事而寂然為靜,則於所謂「動而無動,靜而無靜」者,不可通矣。若謂未發在已發之先,靜而生動,走至試有息也,聖人有復也,人不可矣。若謂未發在已發之中,則不知未發,已發俱當主靜乎?抑未發為靜而已發為動乎?抑未發、已發俱無動無靜乎?俱有動有靜乎?幸教。未發之中,即良知也,無前後內外,而渾然一體者也。有事、無事可以言動、靜,而良知無分於有事、無事也;寂然、感通可以言動、靜,而良知無分於寂然、感通也。動、靜者,所遇之時;心之本體,固無分於動、靜也。理無動者也,動即為欲。循理則雖酬酢萬變,而未嘗動也。從欲則雖槁心一念,而未嘗靜也;「動中有靜,靜中有動」,又何疑乎?有事而感通,固可以言動,然而寂然者未嘗有增也。無事而寂然,固可以言靜,然而感通者未嘗有減也:「動而無動,靜而無靜」,又何疑乎?無前後內外而厙然一體,則至誠有息之疑,不待解矣:未狻在已發之中,而已發之中未嘗別有未發者在,已發在未發之中,而未發之中未嘗別有已發者存;是未嘗無動、靜,而不可以動、靜分者也。凡觀古人言語,在以意逆志而得其大旨:若必拘湍於文義,則「靡有孑遺」者,是周果無遺民也。周子「靜極而動」之說,荀不善觀,亦未免有病;蓋其意從「太極動而生陽,靜而生陰」說來。太極生生之理,妙用無息,而常體不易。太極之生生,即陰陽之生生。
來書曰く。此の心未發の體は、是れ已發の前に在るか。是れ已發の中に在りて而して之に主たるか。還た是れ前後・內外無くして而して浑然たるの體か。今や心の動・靜を謂うは、是れ事有り事無きに主りて言うか。是れ寂然・感通に主りて言うか。還た是れ理に循い欲に從うに主りて言うか。若し理に循うを以て靜と為し欲に從うを以て動と為せば、則ち所謂『動中に靜有り、靜中に動有り、動極まりて而して靜、靜極まりて而して動』に於いて、通ず可からず。若し事有りて感通するを以て動と為し、事無き而して寂然を以て靜と為せば、則ち所謂『動きて而して動無し、靜にして而して靜無し』に於いて、通ず可からず。若し未發は已發の先に在り、靜にして而して動を生ずと謂わば、是れ至誠息有り、聖人復有り、便ち説きて通ぜず。若し未發は已發の中に在りと謂わば、則ち知らず未發・已發俱に當に靜を主とすべきか。還た是れ未發は靜と為して而して已發は動と為すか。還た是れ未發・已發俱に動無く靜無きか。俱に動有り靜有りか。請教す。未發の中は、即ち是れ良知、前後內外無くして、而して浑然一體。事有り事無きは以て動・靜を言う可し、而して良知は事有り事無きに分無し。寂然・感通は以て動・靜を言う可し、而して良知は寂然・感通に分無し。動・靜は、是れ遇う所の時。心の本体は、固より動・靜に分無し。理是れ動無し、動けば即ち是れ欲。理に循えば則ち雖れ酬酢萬變すとも、而して未嘗て動かず。欲に從えば則ち雖れ心を槁れ一念すとも、而して未嘗て靜ならず。『動中に靜有り、靜中に動有り』、又何の疑う可きか有らん。事有りて感通すれば、固より以て動を言う可し、然るに寂然たる者は未嘗て增有らず。事無き而して寂然たれば、固より以て靜を言う可し、然るに感通する者は未嘗て減有らず。『動きて而して動無し、靜にして而して靜無し』、又何の疑う可きか有らん。前後內外無くして而して浑然一體なれば、則ち至誠息有りの疑は、解するを待たず。未發は已發の中に在りて、而して已發の中は未嘗て別に未發の者有る在らず。已發は未發の中に在りて、而して未發の中は未嘗て別に已發の者存る在らず。是れ未嘗て動・靜無きに非ず、而して以て動・靜に分かつ可からず。凡そ古人の言語を觀るは、意を以て志に逆らい而して其の大旨を得るに在り。若し必ず文義に拘滯せば、則ち『孑遺有る靡し』は、是れ周果して遺民無し。周子の『靜極まりて而して動く』の説は、若し善く觀ぜざれば、亦た未免病有り。蓋し其の意は『太極動きて而して陽を生じ、靜にして而して陰を生ず』より説き來る。太極生生の理は、妙用息無く、而して常體易らず。太極の生生は、即ち陰陽の生生なり。
就其生生之中,指其妙用無息者而謂之動,謂之陽之生,非謂動而徒生陽也:就其生生之中,指其常體不易者而謂十「靜,謂之陰之生,非謂靜而後生陰也;若果靜而後生隆,動而後生陽,則是陰陽動靜,截然各自為一物矣。陰陽一氣也,一氣屈伸而為陰陽:動靜一理也,一理隱顯而為動、靜。春夏可以為隅錢為動,而未嘗無陰與靜也:秋冬可以為陰、為靜,而未嘗無陽與動也。春夏此不息,秋冬此不息,皆可謂十「陽,謂之動也:春夏此常體,秋冬此常體,皆可謂之陰,謂之靜也。自元、會、運、世、哉、月、日、時以至刻、杪、忽、微,莫不皆然。所謂動靜無端,陰陽無始,在知道者默而識之,非可以言語窮也。若只牽文泥句,比擬仿像,則所謂心從法華轉,非是轉法華矣。
(先生続いて曰く:)其の生生の中に就きて、其の妙用息無き者を指して而して之を動と謂い、之を陽の生と謂う、是れ動きて而る後陽を生ずを説くに非ず。其の生生の中に就きて、其の常體易らざる者を指して而して之を靜と謂い、之を陰の生と謂う、是れ靜にして而る後陰を生ずを説くに非ず。若し果して靜にして而る後陰を生じ動きて而る後陽を生ぜば、則ち是れ陰陽動靜は、截然として各々自ら一物と為る矣。陰陽是れ一氣、一氣屈伸して而して陰陽と為る。動靜是れ一理、一理隱顯して而して動・靜と為る。春夏は以て陽と為し動と為す可し、而して未嘗て陰と靜無からず。秋冬は以て陰と為し靜と為す可し、而して未嘗て陽と動無からず。春夏は此れ息まず、秋冬は此れ息まず、皆之を陽と謂い之を動と謂う可し。春夏は此の常體、秋冬は此の常體、皆之を陰と謂い之を靜と謂う可し。元・會・運・世・歲・月・日・時より以て刻・杪・忽・微に至るまで、莫く皆然らず。所謂動靜端無く、陰陽始無しは、道を知る者に在りて默して而して之を識る、以て言語に窮む可きに非ず。若し只文を牽き句に泥み、比擬仿像せば、則ち所謂心《法華》に從りて轉ず、是れ《法華》を轉ずに非ず。
○來書云:嘗試於心,喜、怒、憂、懼之感發也,雖動氣之極,而吾心良知一覺,即罔然消阻,或遏於初,式制於中,式悔於後。然則良知常若居優閒無事之地而為之主,於喜、怒、憂、懼若不與焉者,何歟?知此,則知末發之中、寂然不動之體,而有狻而中節之和、感而遂通之妙矣。然謂「良妯常若居於懮閒無事之地」,語尚有病。蓋良知雖不端於喜、怒、憂、懼,而喜、怒、憂、懼亦不外於良知也。
來書曰く。かつて心に試す、喜・怒・憂・懼の感發は、雖れ氣を動かすの極とも、而して吾が心良知一たび覺れば、即ち惘然として消阻し、或いは初に於て遏え、或いは中に於て制し、或いは後に於て悔ゆ。則ち良知常に若く優閑無事の地に居りて而して之に主たり、喜・怒・憂・懼に於いて若く與らざるが如し、何を以てか。此を知れば、則ち未發の中・寂然不動の體を知り、而して發して節に中るの和・感じて遂に通ずるの妙有るを知らん。然るに『良知常に若く優閑無事の地に居る』と説くは、語尚お病有り。蓋し良知雖れ喜・怒・憂・懼に滯らずとも、而して喜・怒・憂・懼も亦た良知に外ならず。
○來書云:夫子昨以良知為照心。竊謂良知心之本體也,照心人所用功,乃戒慎恐催之心也。猶思也,而遂以戒慎恐催為良知,何歈?能戒慎恐懼者,是良知也。
來書曰く。夫子昨良知を以て照心と為す。竊かに謂う良知是れ心の本体、照心是れ人の用功する所、乃ち是れ戒慎恐懼の心、猶ほ思の如し。而して遂に戒慎恐懼を以て良知と為すは、何を以てか。能く戒慎恐懼するは、便ち是れ良知。
○來書云:先生又曰:「照心非動也。」豈以其循理而謂之靜歟?「妄心亦照也。」豈以其良知未常不在於其中,未常不明於其中,而視聽言動之不過則者,皆天理歟?且既曰妄心,則在妄心可謂之照,而在照心則謂之妄矣。妄與息何異?今假妄之照以續至試之無息,竊所未明,幸再啟蒙。「照心非動」者,以其蒰於本體明覺之自然,而未嘗有斫動也:有岓動即妄矣:「妄心亦照」者,以其本體明覺之自然者,未嘗不在於其中,但有所動耳;無所動即照矣。無妄、無照,非以妄為照,以照為妄也。照心為照,妄心為妄,是猶有妄、有照也。有妄、有照,則猶貳也,貳則息矣。無妄、無照則不貳,不貳則不息矣。
來書曰く。先生又曰く『照心は動に非ず』、豈に是れ其の理に循うを以て之を靜と謂うか。『妄心も亦た照る』は、豈に是れ其の良知未嘗て其の中に在らず、未嘗て其の中に明ならざる無きを以て、而して視聽言動の則を過ぎざるは、皆是れ天理なり。且く既に妄心と曰えば、則ち妄心に在りては之を照と謂う可く、而して照心に在りては之を妄と謂う。妄と照と何の異か。今や假りに妄の照を以て至誠の息まざるに續ぐ、竊かに明らかならざる所、請い再び啟蒙せん。『照心は動に非ず』のは、是れ其の本体明覺の自然に循いて、而して未嘗て動く所有らざるを以てなり。動く所有れば即ち妄矣。『妄心も亦た照る』のは、是れ其の本体明覺の自然なる者、未嘗て其の中に在らざる無きを以て、但し動く所有るのみ。動く所無ければ即ち照矣。妄無く照無きは、是れ妄を以て照と為し照を以て妄と為すに非ず。照心は照と為り妄心は妄と為るは、是れ還た妄有り照有り。妄有り照有れば、則ち還た是れ貳、貳なれば則ち息み矣。妄無く照無ければ則ち貳らず、貳らざれば則ち息まず。
○來書云:養生以清心寡慾為要。夫清心寡慾,作聖之功畢矣。然欲寡則心自清,清心非舍辛人事而獨居求靜之謂也:蓋欲使此心純乎天理,而無一毫人慾之私耳。今欲為此之功,而隨人慾生而克之,則病根常在,未危滅於東而生於西:若欲刊剝洗盪於釆欲未萌之先,則又無所用其力,徒使此心之不清。且欲未萌而搜剔以求去之,是猶引太上堂而逐之也,念不可矣。必欲此心純乎天理,而無一毫人慾之私,此阼聖之功也:必欲此心純乎天理,而蛀二毫人慾之私,非防於未萌之先而克於方萌之際不能也。防於未萌之先而克於方萌之際,此正《中庸》「戒慎恐懼」、《大學》「致知恪物」之功:舍此之外,無別功矣:夫謂滅於東而生於西、引太上堂而逐之者,是自私自利、將迎意必之為累,而非克治洗盪之為患也。今日「養生以清心寡慾為要」,只養生二字,便是自私自利、將迎意必之根。有此病桹潛伏於中,宜其有滅於東而生於西、引犬上堂而逐之之患也。
來書曰く。養生は清心寡慾を以て要と為す。清心寡慾は、聖を作すの功就りて完了す。然るに慾寡ければ則ち心自ら清し、清心は是れ人事を舍棄して而して獨居靜を求むるの謂に非ず。是れ要く此の心をして純乎たる天理ならしめ、而して一毫の人慾の私無からしむるのみ。今や此の功を做さんと要して、而して人慾の生ずるに隨いて之に克たば、則ち病根常に在り、未免東に滅して而して西に生ず。若し人慾の未だ萌えざるの先に於て刊剥洗蕩せんと要せば、則ち又其の力を用うる所無く、徒らに此の心をして清からざらしむ。且く慾未だ萌えずして而して搜剔して以て之を去らんと求むるは、犬を引きて堂に上らしめて而して之を逐うが如し、必ず了う可からず。必ず此の心純乎たる天理ならんと欲し、而して一毫の人慾の私無からんとするは、此れ是れ聖を作すの功。必ず此の心純乎たる天理ならんと欲し、而して一毫の人慾の私無からんとするは、未萌の先に於て防ぎ而して方萌の際に於て克たざれば能わず。未萌の先に於て防ぎ而して方萌の際に於て克つは、此れ正しく是れ《中庸》の『戒慎恐懼』・《大學》の『致知格物』の功。此の外に舍てば、別功無し。所謂東に滅して而して西に生じ、犬を引きて堂に上らしめて而して之を逐うは、是れ自私自利・將迎意必の累と為るにして、而して是れ克治洗蕩の患と為るに非ず。今や『養生は清心寡慾を以て要と為す』と説くは、只『養生』の二字は、便ち是れ自私自利・將迎意必の根。此の病根中に潛伏有れば、宜しいか其の東に滅して而して西に生じ、犬を引きて堂に上らしめて而して之を逐うの患有る。
○來書云:佛氏於「不思善,不思惡,時認本來面」,於吾儒「隨物而格」之功不同。吾若於不思善,不思惡時,用玫知之功,則已涉于思善矣。欲善惡不思,而心之良知清靜臺在,惟有寐而方醒之時耳。斯正孟子「夜氣」之說。但於斯光景不能久,倏忽之際,思慮已生:不知用功久者,其常寐初醒而思未起之時否乎?今澄欲求寧靜,念不寧靜,慾念無生,則念念生,如之何而能使此心前念易減,後念不生,良知獨顯,而與造物者遊乎?「不思善、不思惡,時認本來面目。」此佛氏為未識本來面目者設此方便:本來面目郥吾聖門斫謂真知;今訞認得真知明白,即已不消如北欣矣。「隨物而格」,是致知之功,即佛氏之「常惺惺」,亦是常存他本來面目耳,體段工夫大略相似,但佛氏有個自私自利之心,所以便有不同耳。今欲善惡不思,而心之良知清靜自在,此便有自私自利、將迎意必之心,所以有「不思善、不思惡時,用致知之功,則已涉于思善」之患。孟子說「夜氣」,亦只是為矢其良心之人指出個良心萌動處,使他從此培養將去,今已知得良知明白,常用致知之功,即已不消說「夜氣」:卻是得兔後不知守兔,而仍去守枺,免將復先之矣。欲求寧靜,慾念無生,此正是自私自利、將迎意必之病,是以念愈生而愈不寧靜。良知只是一個良知,而善惡自瓣,更有何善何惡可思﹗良知之體本自寧靜,今卻又添一個求寧靜,本自生生,今卻又添一個欲無生,非獨聖門致知之功不如此,雖佛氏之學亦未如此將迎意必也。只是一念良知,徹頭徹尾,無始無終,即是前念不滅,後念不生,今卻欲前念易滅,而後念不生,是佛氏所謂斷滅種性,人於槁木死灰之謂矣。
來書曰く。佛氏は『善を思わず惡を思わざる時に本來面目を認む』に於いて、吾が儒の『物に隨いて而して格す』の功と同じからず。我若し善を思わず惡を思わざる時に於て致知の功を用いれば、則ち已に善を思うに渉る。善惡を思わざらんと欲して、而して心の良知清靜自在は、惟有りて寐て而して方に醒むるの時のみ。此れ正しく是れ孟子の『夜氣』の説。但し此の光景に於て能く久しからず、倏忽の際に、思慮已に生ず。知らず用功久しきは、其の常に能く寐初め醒めて而して思未だ起こらざるの時か。今や澄は寧靜を求めんと欲するに、愈々寧靜ならず。念生ずる無からんと欲すれば、則ち念愈々生ず。如何にして能く此の心の前念易く滅し後念生ぜざらしめ、良知獨り顯れて、而して造物者と與に游ばん。『善を思わず惡を思わざる時に本來面目を認む』は、此れ是れ佛氏の未だ本來面目を識らざるの人の為めに此の方便を設く。本來面目即ち吾が聖門の所謂良知。今や既に良知を認得して明白なれば、即ち已に消えず此の如く説く。『物に隨いて而して格す』是れ致知の功、即ち佛氏の『常惺惺』も、亦た是れ常に彼の本來面目を存するのみ、體段工夫大略相似たり、但し佛氏は個の自私自利の心有り、故に便ち同じからざる有り。今や善惡を思わずして而して心の良知清靜自在ならんと欲するは、此れ便ち自私自利・將迎意必の心有り、故に『善を思わず惡を思わざる時に致知の功を用いれば、則ち已に善を思うに渉る』の患有り。孟子の『夜氣』を説くも、亦た只是其の良心を失える人の為めに個の良心萌動の處を指出し、彼をして此より培養將去らしむ。今や已に良知を知り得て明白なれば、常に致知の功を用いれば、即ち已に消えず『夜氣』を説く。却って是れ兎を得て後守兎を知らず、而して仍お去りて株を守れば、兎將に復た失われん。寧靜を求めんと欲し、念生ずる無からんと欲するは、此れ正しく是れ自私自利・將迎意必の病、故に念愈々生じて而して愈々寧靜ならず。良知只是一箇の良知、而して善惡自ら辨ず、更に何の善何の惡か思う可き。良知の體本來自ら寧靜、今や又て一箇の寧靜を求むるを添う。本來自ら生生、今や又て一箇の生無からんと欲するを添う。不但聖門の致知の功此の如くならず、雖れ佛氏の學も亦た未だ此の如く將迎意必せず。只是一念の良知、徹頭徹尾にして、始無く終無し、即ち是れ前念滅せず後念生ぜず。今や却って前念易く滅して而して後念生ぜざらんと欲するは、是れ佛氏の所謂斷滅種性、槁木死灰に入るの謂矣。
○來書云:佛氐人有常提念頭之說,其猶孟子所謂「必有事」,夫子所謂「玫良知」之說乎?其印「常惺惺,常記得,常知得,常存得」者乎?於此念頭提在之時,而事至物來,應之必有其道。但恐此念頭提起時少,放下時多,則工夫間斷耳。且念頭放矢,多因私慾客氣之動而始,忽然驚醒而後提,其放而未提之問心之昏雜多不臺覺,今欲日精日明,常提不放,以何道乎?只此常提不放,即全功乎?押於常提不放之中,更宜加省克之功乎?雖日常提不放,而不加戒懼克治之功,恐私慾不去:若加戒懼克治之功焉,又為「思善」之事,而於「本來面目」人未迭一問也。如之何則可?戒懼克治即是常提不放之功,即是「必有事焉」,豈有兩事邪!此節所問,前一段已自說得分曉,末後卻是自生迷惑,說得支離,及有「『本來面目』未達一間」之疑,都是自私自利、將迎一意必之為病,去此病自無此疑矣。
來書曰く。佛氏又常に念頭を提げるの説有り、其れ猶ほ孟子の所謂『必ず事有らん』・夫子の所謂『良知を致す』の説か。抑も亦た『常惺惺・常に記得し・常に知得し・常に存得し』か。此の念頭提起するの時に於いて、而して事至り物來れば、之に應ずるに必ず其の道有り。但し恐らく此の念頭提起する時少なく放下する時多ければ、則ち工夫間斷するのみ。且く念頭放失するは、多く私欲客氣の動に因りて而して始まり、忽然驚醒して而る後提ぐ。其の放ちて而して未だ提げざるの間は、心の昏雜多く能く覺えず。今や日精日明・常に提げて放たざらんと欲するは、何の道を以てか。只此の常に提げて放たざる即ち是れ全功か。還た是れ常に提げて放たざるの中に於いて更に宜しく省克の功を加うべきか。雖れ常に提げて放たずと曰うとも、而して戒懼克治の功を加えざれば、恐らく私欲去らず。若し戒懼克治の功を加えば、又て『善を思う』の事と為り、而して『本來面目』に於いて猶ほ未だ一間に達せず。如何にして才に可ならん。戒懼克治即ち是れ常に提げて放たざるの功、即ち是れ『必ず事有らん』、豈に两事有らん。此の節の問う所は、前の一段已に自ら説きて分曉、末後は却って是れ自ら迷惑を生じ、説きて支離して、乃至『本來面目』未だ一間に達せずの疑有るに至る、皆是れ自私自利・將迎意必の病と為る。此の病を去れば自ら此の疑無し。
○來書云:質美者明得盡,渣滓便渾化。如何謂明得盡?如何而能便渾化?良知本來自明。氣質不美者,渣滓多,障蔽厚,不易開明:賈美者,渣滓原少,無多障蔽,略加致知之功,此良知便自瑩徹,些少渣滓,如湯中浮雪,如同能怍障蔽。此本不甚難曉,原靜所以致疑於此,想是因一「明」字不明白,亦是稍有欲速之心。向曾面論明善之義,明則誠矣,非若後懦所謂明善之淺也。
來書曰く。質美なる者は明得て尽くし、渣滓便ち渾化す。如何に明得て尽くすと称するか。如何にして而して能く便ち渾化するか。良知本來自ら明。氣質美ならざるは、渣滓多く、障蔽厚く、開明し易からず。質美なるは、渣滓原來少なく、多く障蔽無く、略く致知の功を加えれば、此の良知便ち自ら瑩徹し、些少の渣滓は湯中の浮雪の如く、如何に能く障蔽を作さん。此れ本來甚だ曉え難からず。原靜の此に疑を致す所以は、想うに是れ一箇の『明』の字明白ならざるに因り、亦た是れ稍有りて速を欲するの心。從前かつて面當して明善の義を論ず。明なれば則ち誠矣、是れ後儒の所謂明善の如き淺に非ず。
○來書云:聰明睿知,果質乎?仁義禮智果性乎?車怒哀樂果情乎?私慾客氣呆一物乎?二物乎?古之其才,若子房、仲舒、叔度、孔明、文中、韓、範諸么,德業表著,皆良知中所發也,而不得謂之聞道者,果何在乎?苟曰此特生質之美耳,則生知安行者,不念於學知、困勉者乎?愚意竊雲謂諸公見道偏則可,謂全無聞則恐後儒崇尚記誦訓詁之近也。然乎否乎?性一而已。仁、義、禮、知,性之性也,聰、明、睿、知,性之質也,喜、怒、哀、樂,性之情也,私慾、客氣,性之蔽也:質有清濁,故情有過不及,而蔽有淺深也:私慾、客氣,一病兩痛,非二物也。張、黃、諸葛及韓、範諸公,皆天質之美,自多堷合道妙,雖末可盡謂之知學,盡謂之聞道,然亦自其有學,違道不遠者也:使其聞學知道,即伊、傅、周、召矣。若文中子則又不可謂之不知學者,其書雖多出於其徒,亦多有未是虛,然其大略則亦居然可見,但今相去遼遠,無有的然憑證,不可懸斷其所至矣。夫良知即是道。良知之在人心,不但聖貿、雖常人亦無不如此,若無有物慾牽蔽,但佰著真知發用流行將去,郥無不是道:但在常人多為物慾牽蔽,不能循得良知。如數公者,天質既自清明,自少物慾為之牽蔽,則其良知之發用流行處,自然是多,自然違道不遠。學者學循此良知而已。謂之知學,只是知得專在學循良知。數公雖未知專在良知上用功,而或氾濫於多岐,疑迷於影響,是以或離或合而末純:若知得時,便是聖人矣。後懦嘗以數子者,尚皆是氣質用事,末免於行不著,習不察:此亦未為過論。但後懦之所謂著、察者,亦是狃於聞見之俠,蔽於沿習之非,而依擬仿像於影響形跡之間,尚非聖門之所謂著、察者也。則亦安得以己之昏昏,而求人之昭昭也乎?所謂生知、安行,知、行二字,亦是就用功上說;
來書曰く。聰明睿智は、果して是れ質か。仁義禮智は果して是れ性か。喜怒哀樂は果して是れ情か。私欲客氣は果して是れ一物か。還た是れ二物か。古の英才は、子房・仲舒・叔度・孔明・文中・韓・范の諸公の若く、德業表著して、皆是れ良知の中より發す、而して得て之を道を聞くと謂わざるは、果して何の處に在るか。若し説く此れ特に是れ生質の美なるのみ、則ち生知安行のは、學知・困勉より優れるに不若か。愚意竊かに謂う諸公の道を見る偏なれば則ち可なり、全く聞無しと謂わば則ち恐らく是れ後儒の記誦訓詁を崇尚するの過。對なりか。性只是一箇。仁・義・禮・智は、是れ性の性。聰・明・睿・智は、是れ性の質。喜・怒・哀・樂は、是れ性の情。私欲・客氣は、是れ性の蔽。質に清濁有り、故に情に過不及有り、而して蔽に淺深有り。私欲・客氣は、一病両痛にして、是れ二物に非ず。張良・黄憲・諸葛及び韓琦・范仲淹の諸公は、皆是れ天質の美、自ら多く道妙に暗合す、雖れ未だ尽く之を學を知ると謂い尽く之を道を聞くと謂う可からずとも、然るに亦た自ら其の學有りて、道に違うこと遠からず。彼をして學を聞き道を知らしめば、即ち伊尹・傅説・周公・召公矣。若し文中子は則ち又て之を學を知らざると謂う可からず、其の書雖れ多く其の徒より出づとも、亦た多く是ならざる處有り、然るに其の大略は則ち亦た居然として見る可し、但し今相去ること遼遠にして、的然たる憑證有る無く、懸斷して其の至る所を知る可からず。良知即ち是れ道。良知の人心に在るは、不但聖賢、雖れ常人も亦た此の如くならざる無し。若し物慾の牽蔽有る無ければ、但し良知に循い著きて發用流行將去れば、則ち是れ道ならざる無し。但し常人に在りては多く物慾に牽蔽せられ、能く良知に循い得ず。數公の者の如きは、天質既に自ら清明にして、自ら少なく物慾之に牽蔽を為さしめず、則ち其の良知の發用流行する處は、自然是れ多く、自然道に違うこと遠からず。學者は學びて此の良知に循うのみ。之を學を知ると謂うは、只是知り得て専ら良知に循うを學ぶに在り。數公雖れ未だ専ら良知の上に於て用功するを知らずとも、而して或いは多歧に泛濫し、影響に疑迷し、故に或いは離れ或いは合して而して未だ純ならず。若し知り得る時は、便ち是れ聖人矣。後儒かつて數子の者を以て尚お皆是れ氣質用事して、未免行いて著せず習いて察せずと為す、これも亦た未だ過論と為さず。但し後儒の所謂著・察のも、亦た是れ聞見の狹に狃れ、沿習の非に蔽われ、而して影響形迹の間に依擬仿像す、尚お非ず聖門の所謂著・察の。則ち又怎麼得て己の昏昏を以て而して人の昭昭を求めん。所謂生知・安行は、『知』『行』の二字も亦た是れ用功の上に就きて説く。
若是知、行本體即是良知、良能,雖在困勉之人,亦皆可謂之生知、安行矣。知、行二字更宜精察。
(先生続いて曰く:)若し是れ知・行の本体即ち是れ良知・良能なれば、雖れ困勉の人に在りても、亦た皆以て生知・安行と称する可し。『知』『行』の二字は更に宜しく精察すべし。
○來書云:昔周茂叔每令伯淳尋仲尼,顏子樂處。敢問是樂也,與七情之樂同乎、否乎、若同,則常人之一遂所欲,皆能樂矣,何必聖賢?若別有真樂,則聖賢之遇大憂、大怒、大驚、大懼之事,此樂亦在否乎?且君子之心常存戒懼,是蓋終身之憂也,惡得樂?澄平生多悶,未常見真樂之走,令切願尋之。樂是心之本醴,雖不同於七情之樂,而亦不外於七情之樂;雖則聖賢別有真樂,而亦常人之所同有,但常人有之而不自知,反自求許多憂苦,自加迷棄。雖在憂苦迷棄之中,而此樂又未嘗不存,但一念開明,反身而誠,則即此而在矣。每與原靜論,無非此意,而原靜尚有「何道可得」之問,是猶未免於騎驢覓驢之蔽也。
來書曰く。從前周茂叔は每に伯淳(程顥)に令して仲尼・顏子の樂しむ處を尋ねしむ。敢えて問う此の樂は、七情の樂と同じか同じからざるか。若し同じからば、則ち常人一たび其の欲する所を遂げれば皆能く樂し、何ぞ必ずしも聖賢せん。若し別に真樂有れば、則ち聖賢は大憂・大怒・大驚・大懼の事に遇うも、此の樂も亦た在るか。且く君子の心常に戒懼を存す、これ蓋し是れ終身の憂、怎麼得て樂せん。澄平生多く悶し、未だかつて真樂の趣を見ず、今切に之を尋ねんことを願う。樂是れ心の本体、雖れ七情の樂と同じからずとも、而して亦た七情の樂に外ならず。雖れ則ち聖賢別に真樂有りとも、而して亦た是れ常人の同じく有る所、但し常人之を有りて而して自ら知らず、反って自ら許多の憂苦を求め、自ら迷棄を加う。雖れ憂苦迷棄の中に在りても、而して此の樂又未嘗て存せず、但し一念開明して、身に反りて而して誠なれば、則ち即ち此に在りて了せん。每に原靜と與に論ずれば、非ず此の意無し、而して原靜尚お『何の道以て得べきか』の問有り、是れ還た未だ驢に騎りて驢を覓るの蔽を免れず。
○來書云:《大學》以「心有好樂、忿懥、憂患,恐懼」為「不得其正」,而程子亦謂「聖人情順萬事而無情。」所謂有者,《傳習錄》中以病瘧譬之,極精切矣:若程子之言,則是聖人之付不生於心而生於物也,何謂耶?且事感而情應,則是走非非可以就格;事或未感時,謂之有則未形也,謂之無則病根在有無之間,何以玫吾知乎?學務魚情,累雖輕,而出儒入佛矣,可乎?聖人致知之功,至誠無息;其良知之體,皦如明鏡,略無纖翳,妍媸之來,隨物見形,而明鏡曾無留染:所謂「情順萬事而無情」也。「無所斫住而生其心」佛氏曾有是言,未為非也;明鏡之應物,妍者妍,媸者媸,一照而皆真,即是生其心處:妍者妍,媸者媸,一過而不留,即是無所住處。病瘧之喻,既已見其精切,則此節所問可以釋然,病瘥之人,瘧雖未發,而病根自在,則亦安可以其瘧之未發而遂忘其服藥調理之功乎?若必待瘥蒰而後服藥調理,則既晚矣;致知之功,無間於有事、無事,而豈論於病之已發、未發邪?大抵原靜所疑,前後雖若不一,然皆起於自私自利、將迎意必之為崇:此恨一去,則前後所疑,自將冰消霧澤,有不待於問辨者矣。
來書曰く。《大學》は『心に好樂・忿懥・憂患・恐懼有る』を以て『其の正を得ず』と為し、而して程子も亦た曰く『聖人の情は萬事に順い而して情無し』。所謂有のは、《傳習録》の中は病瘧を以て之に譬え、極めて精切矣。若し程子の話は、則ち是れ聖人の情は心に生ぜずして而して物に生ず、怎麼講せん。且く事感じて而して情應ずれば、則ち是非非に以て豫格す可からず。事或いは未だ感ぜざる時は、之を有と謂えば則ち未だ形われず、之を無と謂えば則ち病根在有無の間、何を以て吾が知を致さん。學は務めて情無きは、累雖れ輕しとも、却って儒を出でて佛に入る、可なりか。聖人の致知の功は、至誠息まず。其の良知の體は、皦如として明鏡の如く、略く纖翳無く、妍媸の來れば、物に隨いて形を見、而して明鏡曾て留染無し。所謂『情は萬事に順い而して情無し』。『住する所無くして而して其の心を生ず』は、佛氏かつて是の言有り、未だ非と為さず。明鏡の物に應ずるは、妍なる者は妍、媸なる者は媸、一照して而して皆真なり、即ち是れ其の心を生ずる處。妍なる者は妍、媸なる者は媸、一過して而して留まらず、即ち是れ住する所無き處。病瘧の喻既に已に其の精切を見れば、則ち此の節の問う所は以て釋然す可し。病瘥の人は、瘧雖れ未だ發せずとも而して病根自在ずれば、則ち又怎麼以て其の瘧の未だ發せざるを以て而して遂に其の服藥調理の功を忘れんや。若し必ず病發するを待ちて而る後服藥調理せば、則ち已に晚し。致知の功は、事有り事無きに間無く、而して豈に病の已發・未發に於て論ぜん。大抵原靜の疑う所は、前後雖れ若く一ならずとも、然るに皆自私自利・將迎意必の祟と為るより起こる。此の根一たび去れば、則ち前後の疑う所自ら將に冰消霧釋して、問辨を待たざる有らん。
錢德洪跋:答原靜書出,讀者皆喜澄善問師善答,皆得聞所未聞。師曰:「原靜所是知解上轉,不得已與之逐節分疏:若信得良知,只在良知上用工,雖千經萬典無不朏合,異端典學一勘盡破矣,何必如此節節分解!佛家有『撲人逐塊』之喻,見塊撲人,則得人矣,見塊逐塊,於塊奚得哉?」在座諸友聞之,惕然皆有惺悟。此學貴反求,非知解可人也。
錢德洪跋。原靜に答える書の出づるや、讀者皆澄の善く問い師の善く答うを喜び、皆聞かざる所を聞くを得たり。先生曰く。「原靜の問う所は是れ知解の上に於て轉ず、已むことを得ず彼と與に節々に分疏す。若し良知を信得ば、只在りて良知の上に工を用う、雖れ千經萬典も吻合せざる無く、異端曲學は一たび勘なれば尽く破る、何ぞ必ずしも此の如く節々に分解せん。佛家に『人に撲して塊を逐う』の喻有り、人に見て人に撲せば則ち人を得たり、塊に見て塊を逐うは、塊に於て何か得ることを得んや」。座の諸友之を聞きて、惕然として皆省悟す。此の學は反求を貴ぶ、知解を以て入る可きに非ず。
答歐陽崇一
歐陽崇一に答える
○崇一來書云;師云:「德性之良知,非由於聞見,若曰多擇其車者而從之,多見而識之」,則是專求之見聞之未,而已落在第二義。」竊意良知雖不由見聞而有,然學者之知,未常不由見聞而發:滯於見聞固非,而見聞亦良知之用也;今日「落在第二義」,恐為寺以幾聞為學者而古,若玫其良知而求之見問,似亦知,行合一、二功矣:如何?良知不由見聞而有,而見聞莫非良知之用;故良知不滯於見聞,而亦不離於見聞。孔子云:「吾有知乎哉?無知也。」良知之外,別無知矣;故「致良知」是學問大頭腦,是聖人教人第一義:今雲專求之見聞之末,則是先卻頭惱,而已落在第二羕矣。近時同志中,蓋已莫不知有「致良妯」之說,然其功夫尚多鶻突者,正是欠此一問。大抵學問功夫只要主意頭惱是當:若主意頭惱專以「致良知」為事,則凡多聞、多見,莫非「致良知」之功;蓋日用之間,見聞醅酢,雖千頭萬緒,莫非良知之發竅用流行,除卻見聞醅酢,亦無良知可致矣;故只是一事:若曰致其良知而求之見聞,則語意之間未免為二。此與專求之見聞之末者雖稍不同,其為未得精一之旨,則一而已。「多聞擇其善者而從之,多見而識之。」既雲擇,又云識,其真知亦未嘗不行於其間:但其用意乃專在多聞多見上去擇、識,則已失卻頭惱矣。崇一於此等處見得當已分曉,今日之間,正為發明此學,於同志中極有益;但語意未瑩,則毫釐千里,亦不容不精察之也。
崇一の來書曰く。老師曰く『德性の良知は、聞見に由るに非ず。若し多聞して其の善なる者を擇びて之に從い、多見して而して之を識ると曰わば、則ち是れ専ら之を見聞の末に求め、而して已に第二義に落ち矣』。竊かに意う良知雖れ聞見に由らずして有りとも、然るに學者の知は、未嘗て聞見に由らずして發せず。見聞に滯るは固より非なり、而して見聞も亦た是れ良知の用。今や『第二義に落ち』と説くは、恐らく是れ専ら見聞を以て學と為すの人の為めに言うなり。若し其の良知を致して而して之を見聞に求めれば、似乎も亦た是れ知行合一の功。怎麼樣か。良知は聞見に由らずして有り、而して見聞は良知の用に非ざる莫し。故に良知は見聞に滯らず、而して亦た見聞に離れず。孔子曰く『吾に知有らんか、知無きなり』。良知の外は、別に知無し。故に『良知を致す』は是れ學問の大頭腦、是れ聖人の人に教える第一義。今や専ら之を見聞の末に求むと説かば、則ち是れ先に頭腦を失い、而して已に第二義に落ち矣。近時同志の中は、蓋し已に『致良知』の説有るを知らざる莫し、然るに其の功夫尚お多く鶻突なるは、正しく是れ此の一問を欠く。大抵學問功夫は只要く主意頭腦妥當ならん。若し主意頭腦専ら『致良知』を以て事と為せば、則ち凡そ多聞・多見は、『致良知』の功に非ざる莫し。蓋し日用の間は、見聞酬酢す、雖れ千頭萬緒も、良知の發用流行に非ざる莫し。見聞酬酢を除却せば、亦た致す可き良知無し。故に只是一事。若し其の良知を致して而して之を見聞に求むと説かば、則ち語意の間未免二と為す。此の専ら之を見聞の末に求めるのと雖れ稍々同じからずとも、其の未だ精一の旨を得ざると為るは、則ち一なるのみ。『多聞して其の善なる者を擇びて之に從い、多見して而して之を識る』。既に擇ぶと説き、又識ると説けば、其の良知も亦た未嘗て其間に行わざらず。但し其の意を用うるは乃ち専ら多聞多見の上に在りて去りて擇び識れば、則ち已に頭腦を失却す。崇一は此の等の處に於いて見る當に已に分曉なるべし。今日の問は、正しく此の學を發明するを為す、同志の中に於いて極めて益有り。但し語意未だ瑩ならざれば、則ち毫釐千里、亦た容れて精察せざる可からず。
○來書云:師云:「『罊』」言「何思何慮」,是言所思所慮只是天理,更無別思別慮耳,非謂無蕪思無慮也。心之本骷即是天理,有何丁思慮得!學者用功,雖千思萬慮,只是要復他本付,不走以私意去安排思索出來:若安排思索,便是自私用智矣。」學者之蔽,大率非沉空守寂,則安排思索。德辛壬之歲著前一病,近又著後一病。但思索亦是良知發用,其與私意安排者何所取別?恐認賊作子,惑而不知也。「思日睿,睿作聖。」「心之官則思,思則得之。」思其可少乎?沉空守寂,與安排思索,正是自私用智,其為喪失良知一也。良知是天理之昭明靈覺處。故良知即是天理,思是良知之發用。若是良知發用之思,則所思莫非天理矣。良知發用之思,自然明白簡易,良知亦自能知得。若是私意安排之思,自是紛紜勞擾,良知亦自會分別得。蓋思之是非邪正,良知無有不自知者。所以認賊怍子,正為致知之學不明,不知在良知上體認之耳。
來書曰く。老師曰く『《繫辭》の『何思何慮』と言うは、是れ所思所慮は只是天理を言い、更に別思別慮無きのみ、是れ無思無慮を説くに非ず。心の本体即ち是れ天理、何の思慮す可きか有らん。學者用功するは、雖れ千思萬慮すとも、只是要く彼の本体を復せん、是れ私意を以て去りて安排思索して出だすに非ず。若し安排思索せば、便ち是れ自私にして智を用う』。學者の蔽は、大率沈空守寂に非ざれば、則ち安排思索なり。辛壬の歲は前の一病に著き、近來は又後の一病に著く。但し思索も亦た是れ良知の發用、其の私意安排するのと何の區別する所か。恐らく賊を認めて子と作し、惑いて而して知らず。『思を睿と曰い、睿は聖を作す』『心の官は則ち思、思えば則ち之を得』。思は其れ少くす可けんか。沈空守寂と安排思索とは、正しく是れ自私にして智を用い、其の良知を喪失するは是れ一樣なり。良知是れ天理の昭明靈覺する處、故に良知即ち是れ天理、思是れ良知の發用。若し是れ良知の發用するの思なれば、則ち思う所天理に非ざる莫し。良知發用の思は、自然明白簡易にして、良知も亦た自ら能く知り得。若し是れ私意安排の思なれば、自ら是れ紛紜勞擾にして、良知も亦た自ら分別し得。蓋し思の是非邪正は、良知は自ら知らざる有る無し。故に賊を認めて子と作すは、正しく致知の學明らかならず、良知の上に於て體認するを知らざるを為すのみ。
○來書又云:師云:「為學終身只是一事,不論有事無事,只是這一件。若說寧不了事,不可不加培養,卻是分為兩事也。」寂意覺籵力衰弱,不足以終豐者,良知也。寧不了事,且加休冬,玫知也。如何卻為兩豐?若事變之來,有事勢不容不了而精力雖衰,稍鼓舞亦能支持,則持志以帥氣可矣。然言動終無氣力,畢事則困憊已甚,不幾於暴其氣已乎?此其輕重緩急,良知固未嘗不知,然或迫於事勢,安能傾精力?或因於精力,安能傾事券?如之何則可?「寧不了事,不可不加培養之」意,且與初學如此詬亦不為無益。但怍兩事看了,挭有病扁。在孟子言必有事焉,則君子之學終身只是「集義」一事。義者,宜也,心得其宜之謂義。能致良知則心得其宜矣,故「集義」亦只是致良知,君子之酬酢萬變,當行則行,當止則止,當生則生,當死則死,斟酌調停,無非是致其真知,以求自慊而已。故「君子素其位而行」,「思不出其泣」。凡謀其力之所不及,而強其知之所不能者,皆不得為致真知,而凡「勞其筋骨,餓其體膚,空乏其身,行拂亂其所為,動心忍性以增益其所不能」者,皆所以致其真知也。若雲寧不了事,不可不加培養者,亦是先有功利之心,計較成敗利鈍而愛憎取捨於其間,是以將了事自阼一事,而培養又別怍一事,此便有是內、非外之意,便是自私用智,便是「義外」,便有「不得於心,勿求於氣」之病,便不是致真知以求自慊之功矣。所云「鼓舞支持,畢事則困憊已甚」,又云「迫於事勢,因於精力」,皆是把怍兩事做了,所以有此。凡學問之功,一則誠,二則為。凡此皆是致真知之意,欠誠一真切之故。《大學》言「誠其意者,如惡惡臭,如好好色,此之謂自慊。」曾見有惡惡臭,好好色,而須鼓舞支持者乎?曾見畢事則困憊已甚者乎?曾有迫於事勢,因於精力者乎?
來書又曰く。老師曰く『學を為すは終身只是一事、事有り無きを論ぜず、只是此の一件。若し寧ろ事を了えず、培養を加えざる可からずと説かば、却って分かちて两事と為す』。竊かに意う覺ゆ精力衰弱して以て事を終うるに足らざるは、是れ良知。寧ろ事を了えず且く休養を加うるは、是れ致知。如何に却って两事を為すか。若し事變の來る、事勢容れて了えざらざる有りて而して精力雖れ衰うとも、稍々鼓舞すれば亦た能く支持すれば、則ち志を持して以て氣を帥りて以て了う可し。然るに言動終に氣力無く、事を畢れば則ち困憊已に甚だし、幾ならず其の氣を暴するに於いてか。此れ其の輕重緩急は、良知固より未嘗て知らず、然るに或いは事勢に迫られ、怎能其の精力を顧みざらん。或いは精力に困み、怎能其の事勢を顧みざらん。如何にして才に可ならん。『寧ろ事を了えず、培養を加えざる可からず』の意は、且く初學と與に此の如く説くも亦た益無きを為さず。但し两事と作りて看れば、便ち病痛有り。孟子の言う必ず事有らんは、則ち君子の學は終身只是『義を集む』の一事。義は、宜なり、心其の宜を得るを義と謂う。能く良知を致せば則ち心其の宜を得矣、故に『義を集む』も亦た只是良知を致す。君子の酬酢萬變は、當に行くべければ則ち行き、當に止むべければ則ち止み、當に生くべければ則ち生き、當に死すべければ則ち死し、斟酌調停して、非ず其の良知を致して以て自ら慊せんことを求むるのみ。故に『君子は其の位に素して行う』『思は其の位を出でず』。凡そ其の力の及ばざる所を謀り、而して其の知の能わざる所を強うるは、皆良知を致すを為るを得ず。而して凡そ『其の筋骨を勞し、其の體膚を餓えしめ、其の身を空乏し、行いて其の為す所を拂亂し、心を動かし性を忍ばせて以て其の能わざる所を增益す』は、皆是れ其の良知を致す所以。若し寧ろ事を了えず培養を加えざる可からずと説くは、亦た是れ先に功利の心有りて、成敗利鈍を計較して而して愛憎取舍其間に於てす、故に事を了うるを將りて自ら一事と作り、而して培養は又別に一事と作す、此れ便ち是れ內を是とし外を非とするの意有り、便ち是れ自私にして智を用い、便ち是れ『義外』、便ち『心に得ず、氣に求むる勿かれ』の病有り、便ち是れ良知を致して以て自ら慊せんことを求むるの功に非ず。説く所の『鼓舞支持して、事を畢れば則ち困憊已に甚だし』、又説く『事勢に迫られ、精力に困む』は、皆是れ把りて作して两事做す、故に此有り。凡そ學問の功は、一なれば則ち誠、二なれば則ち僞。凡そ此れ皆是れ良知を致すの意誠に一切切を欠くの緣故。《大學》曰く『其の意を誠にするは、惡臭を惡むが如く、好色を好むが如し、此れ之を自ら慊すと謂う』。かつて惡臭を惡み好色を好みて而して鼓舞支持を須うる有るを見んや。かつて事を畢れば則ち困憊已に甚だしき有るを見んや。かつて事勢に迫られ精力に困むる有らんや。
此可以知其受病之所從來矣。
(先生続いて曰く:)此に由りて以て其の病を受けるの從來する所を知る可し。
○來書又有云:人情機詐百出,御之以不疑,往往為所欺,覺則自人於逆、億。夫逆詐,印詐也,億不信,印非信也,為人欺,又非覺也:不逆,不億而常先覺,其惟良知瑩徹乎。然而出入毫忽之閒,背覺合詐者多矣。不逆、不意而先覺,此孔子因當時人專以逆詐、億不信為心,而自陷於詐與不信,又有不逆、不憶者,然不知致良知之功,而往往又為人岓欺詐,故有是言:非教人以是存心,而專欲先覺人之詐與不信也。以是存心,即是後世猜忌險薄者之事:而只此一念,已不可與入堯、舜之道矣。不逆、不憶而為人所欺者,尚亦不先為善:但不如能致其良知,而自然先覺者之尤為賢耳。崇一謂「其惟良知瑩徹」者,蓋已得其旨矣。然亦穎悟斫及,恐未實際也。蓋良知之在人心,亙萬古、塞宇宙而不同;不慮而知,恆易以知險,不學而能,恆簡以知阻:「先天而天不違,天且不違,而況於人乎?況於鬼神乎?」夫謂背覺合詐者,是雖不逆人而或未能自欺也,雖不憶人而或未能果自信也,是或常有先覺之心,而未能常自覺也。常有求先覺之心,即已流於逆、億而足以自蔽其良知矣,此背覺合詐之所以未免也。君子學以為己:未嘗虞人之欺己也,恆不自欺其良知而已。是故不欺則良知無所偽而誠,誠則明矣:自信則良知無所惑而明,明則誠矣。明、誠相生,是故良知常覺,常照:常覺,常照則如明鏡之懸,而物之來者自不能遁其妍榿矣。何者?不欺而誠,則無所容其欺,荀有欺焉而覺矣:自信而明,則無所容其不信,苟不信焉而覺矣。
來書又曰く。人情機詐百出して、之を御するに疑わざるを以てすれば、往往欺かる所と為る。覺れば則ち又逆・億に入る。逆詐即ち是れ詐、億不信即ち是れ信ならざる、人に欺かれて又覺に非ず。逆らず億らずして而して常に先覺するは、其れ惟れ良知の瑩徹か。然るに出入毫忽の間は、覺に背き詐に合する多し。逆らず億らずして而して先覺するは、此れ是れ孔子が當時の人専ら逆詐・億不信を以て心と為して、而して自ら詐と不信とに陷るに因り。又逆らず億らざるの有りて、却って良知を致すの功を知らず、而して往往又人に欺詐せらるる所と為る、故に是の言有り。是れ人に教えて是を以て心を存せしめ、而して専ら人の詐と不信とを先覺せんと欲するに非ず。是を以て心を存するは、即ち是れ後世の猜忌險薄する者の事。而して只此の一念は、已に以て尭・舜の道に入ると與にす可からず。逆らず億らずして而して人に欺かるる所と為るは、尚お亦た善を失わず。但し能く其の良知を致して而して自然先覺する者の尤も賢なるに如かざるのみ。崇一の『其れ惟れ良知の瑩徹』と謂うは、蓋し已に其の旨を得矣。然るに亦た是れ穎悟の及ぶ所、恐らく未だ實際ならず。蓋し良知の人心に在るは、萬古を亘り宇宙を塞ぎて而して變わらず。慮らずして知り、恒に易くして以て險を知り、學ばずして能くし、恒に簡にして以て阻を知る。『天に先んじて而して天違わず、天且つ違わず、而して況んや人に於いてをや。況んや鬼神に於いてをや』。所謂覺に背き詐に合するは、是れ雖れ人を逆らずとも而して或いは未だ能く自ら欺かざる能わず、雖れ人を億らずとも而して或いは未だ能く果して自ら信ずる能わず、是れ或いは常に先覺の心有りて、而して未だ能く常に自覺せず。常に先覺を求むるの心有れば、即ち已に逆・億に流れて而して以て自ら其の良知を蔽うに足る、此れ便ち是れ覺に背き詐に合するの未免する所以。君子の學は以て己を為す。未嘗て人の己を欺くを虞れず、恒に自ら其の良知を欺かざるのみ。故に欺かざれば則ち良知僞る所無くして而して誠、誠なれば則ち明らか矣。自ら信ずれば則ち良知惑う所無くして而して明、明なれば則ち誠矣。明・誠相生ず、故に良知常に覺え常に照る。常に覺え常に照れば則ち明鏡の懸くるが如く、而して物の來る者は自ら能く其の妍媸を遁れず。何を以てか。欺かずして誠なれば、則ち其の欺くを容るる所無し、苟くも欺く有らば焉んぞ而して覺えん。自ら信じて明なれば、則ち其の信ぜざるを容るる所無し、苟くも信ぜざらば焉んぞ而して覺えん。
是謂易以知險,簡以知阻,子思所謂「至誠如神,可以前知」者也,然子思謂「如神」,謂「可以前知」,猶二而言之,是蓋推言思誠者之功效,是猶為不能先覺者說也:若就至誠而言,則至誠之妙用,即謂之「神」,不必言「如神」,至誠則「無知而無不知」,不必言「可以前知」矣。
(先生続いて曰く:)此れ便ち是れ易くして以て險を知り簡にして以て阻を知る、子思の所謂『至誠は神の如し、以て前知す可し』。然るに子思の『神の如し』と説く『以て前知す可し』と説くは、還た是れ兩句の話に分かちて説く、これ蓋し是れ誠を思う者の功效を推言す、還た是れ能く先覺せざるの人の為めに説く。若し至誠に就きて言えば、則ち至誠の妙用即ち之を『神』と謂い、必ずしも『神の如し』と説くを須いず。至誠なれば則ち『知無くして而して知らざる無し』、必ずしも『以て前知す可し』と説くを須いず。
答羅整庵少宰書
羅整庵少宰に答える書
○某頓首啟:昨承教及《大學》,撥舟匆匆,未能奉答。曉來江行稍暇,復取手教而讀之。恐至贛後人事復紛沓,先具其略以請。來教雲;「見道固難,而體道尤難。道誠未易明,而學詼不可不講:恐未可安於所見而遂以為極則也。」幸甚幸甚!何以得聞斮言乎?其敢自以為極則而安之乎?正思就天下之道以講明之耳。而數年以來,聞其說而非笑之者有矣,詬訾之者有矣,置之不是較量辨議之者有矣,其肯遂以教我乎?其肯遂以教我,而反覆曉諭,惻然惟恐不及救正之乎?然則天下之愛我者,固莫有如執事之心深且至矣,感激當同如哉!夫「德之不修,學之不講」,孔子以為憂。而世之學者稍能傳習訓詀,即皆自以為知學,不復有所謂講學之求,可悲矣!夫道必體而後見,非已見道而後加體道之功也:道必學而後明,非外講學而復有所謂明道之事也。然世之講學者有二,有講之以身心者,有講之以口耳者。講之以口耳,揣摸測哽,求之影響者也:講之以身心,行著習察,實有諸己者也。知此,則知孔門之學矣。
某頓首啟す。昨教を承けて《大學》に及ぶ、舟を撥りて匆匆として、未だ能く奉答せず。曉來江を行きて稍々暇有り、復た手教を取りて而して之を讀む。恐らく贛に到らば後人事又紛沓せん、先に其の略を具えて以て請わん。來教曰く『道を見るは固より難く、而して道を體するは尤も難し。道誠に未だ明らかに易からず、而して學誠に講ぜざる可からず。恐らく未だ其の見る所に安んじて而して遂に以て極則と為す可からず』。幸甚なり幸甚なり。何を以て此の言を聞くを得んや。我敢えて自ら以て極則と為し而して之に安んぜんか。正しく是れ天下の道に就きて以て之を講明せんと欲するのみ。而して數年已來、其の説を聞きて而して非笑する有り、詬訾する有り、之を置きて而して較量辨議するに屑とせざる有り、其れ肯んじて遂に以て我に教えんか。其れ肯んじて遂に以て我に教え、而して反覆曉諭し、惻然として惟恐らくは救正に及ばざるか。則ち天下の我を愛するは、固より執事の心の深く且つ至るの如く莫し、感激當に如何せん。『德の修まらざる、學の講ぜざる』は、孔子以て憂と為す。而して世上の學者稍々能く傳習訓詁すれば、即ち皆自ら以て學を知ると為し、更に所謂講學の求有らず、悲しむ可し。道は必ず體して而る後見え、是れ已に道を見て而る後體道の功を加うるに非ず。道は必ず學びて而る後明らかなり、是れ講學の外に復た所謂道を明らかにするの事有るに非ず。然るに世上の講學するに二有り。身心を以て之を講ずる有り、口耳を以て之を講ずる有り。口耳を以て之を講ずるは、揣摸測度して、之を影響に求むる。身心を以て之を講ずるは、行著習察して、實に諸を己に有り。此を知れば、則ち孔門の學を知らん。
○來教謂某「《大學》古本之復,以人之為學但當求之於內,而程、朱『格物』之說不免求之於外,遂去朱子之分章,而削其所補之傳。」非敢然也。學豈有內外乎?《大學》古本乃孔門相慱舊本耳。朱子疑其有所脫誤而改正補緝之,在某則謂其本無脫誤,悉從其舊而已矣。失在於過信孔子則有之,非故去朱子之分章而削其慱也。失學貴得之心,求之於心而非也,雖其言之出於孔子,不敢以為是也,而況其未及孔子者乎?求之於心而是也,雖其言之出於庸常,不敢以為非也,而況其出於孔子者乎?且舊本之傳數千載矣,今讀其文詞,郥明白而可通,論其工夫,又易簡而可人:亦何所按據而斷其此段之必在於彼,彼段之必在於此,與此之如何而缺,彼之如何而補?而遂改正補緝之,無乃重於背朱而輕於叛孔已乎?
來教は某に謂う『《大學》古本の復は、以て人の學を為すは但し當に之を內に求むべく、而して程・朱の『格物』の説は之を外に求むるを免れず、遂に朱子の分章を去り、而して其の補する所の傳を削る』。敢えて此の如くせず。學豈に內外有らん。《大學》古本は乃ち孔門相傳の舊本のみ。朱子其の脫誤有る所を疑いて而して之を改正補緝す、我に在りては則ち其の本來脫誤無しと謂い、悉く其の舊に從うのみ。過失は孔子を過信するに於いて則ち之有り、是れ故わざと朱子の分章を去りて而して其の傳を削るに非ず。夫れ學は之を心に得るを貴ぶ。之を心に求めて而して是ならざれば、雖れ其の言の孔子より出づるも、敢えて以て是と為さず、而して況んや其の孔子に及ばざるに於いてをや。之を心に求めて而して是なれば、雖れ其の言の庸常より出づるも、敢えて以て非と為さず、而して況んや其の孔子より出づるに於いてをや。且く舊本の傳は數千年矣、今其の文詞を讀めば、則ち明白にして而して通ず可し。其の工夫を論ずれば、又易簡にして而して入る可し。又何の按據有りて而して其の此の段の必ず彼に在り、彼の段の必ず此に在るを斷じ、此の如何にして缺け彼の如何にして補うと與にし、而して遂に之を改正補緝す、豈に是れ朱に背くに重くして而して孔に叛くに輕きに非ずや。
○來教謂「如必以學不資於外求,但當反觀、內省以為務,則『正心誠意』四字亦何不盡之有,何必於入門之際,便困以『格物一段工夫也?」誠然誠然!若語其要,則「惰身」二字亦足矣!何必又言「正心」?「正心」二字亦足矣,何必又言「誠意」?「誠意」二字亦足矣,何必又言「致知」,又言「格物」?惟其工夫之詳密,而要之只是一事,此斫以為「精一」之學,此正不可不思者也。夫理無內外,性無內外,故學無內外。講習、討論,未嘗非內也;反觀、內省,未嘗遺外也。夫謂學必資於外求,是以己性為有外也,是「義外」也,用智者也;謂反觀、內省為求之於內,是以己性為有內也,是有我也,自私者也:是皆不知性之無內外也。故日:「精義入神,以致用也;利用安身,以崇德也」:「性之德也,合內外之道也。」此可以知「格物」之學矣。「格物」者,《大學》之實下手處,徹首徹尾,自始學至聖人,只此工夫而已,非但入門之際有此一段也。夫「正心」、「誠意」、「致知」、「挌物」,皆所以「修身」:而「格物」者,其所用力,日可見之地。故「格物」者,格其心之物也,格其意之物也,挌其知之物也:「正心」者,正其物之心也:「誠意」者,誠其物之意也:「致知」者,致其物之知也。此豈有內外彼此之分哉?理一而已:以其理之凝聚而言則謂之「性」,以其凝聚之主宰而言則謂之「、心」,以其主宰之狻動而言則謂之「意」,以其猣動之明覺而言則謂之「知」,以其明覺之感應而言則謂之「物」:故就物而言謂之「格」,就知而言謂之「致」,就意而言謂之「誠」,就心而言謂之「正」。正者,正此也;誠者,誠此也;致者,致此也;格者,格此也;皆所謂窮理以儘性也;天下無性外之理,無性外之物。
來教曰く『如し必ず學は外求に資らず、但し當に反觀・內省して以て務と為すべしと以てせば、則ち『正心誠意』の四字も亦た何ぞ尽くさざる之有らん、何ぞ必ず入門の際に於て、便ち格物の一段工夫を以て困まさん』。誠然誠然。若し其の要を語れば、則ち『修身』の二字も亦た足り矣、何ぞ必ずしも又『正心』を説かん。『正心』の二字も亦た足り矣、何ぞ必ずしも又『誠意』を説かん。『誠意』の二字も亦た足り矣、何ぞ必ずしも又『致知』を説き、又『格物』を説かん。惟れ其の工夫の詳密なる、而して要するに只是一事、此れ便ち是れ『精一』の學と為る所以、此れ正しく思わざる可からず。理に內外無く、性に內外無し、故に學に內外無し。講習・討論は、未嘗て內に非ず。反觀・內省は、未嘗て外を遺てず。學は必ず外求に資ると謂うは、是れ己の性を以て外有りと為す、是れ『義外』、是れ智を用う。反觀・內省を以て之を內に求むと為すは、是れ己の性を以て內有りと為す、是れ我有り、是れ自私なり。皆是れ性の內外無きを知らざるなり。故に曰く『義を精しくして神に入るは、以て用を致すなり。用を利し身を安んずるは、以て德を崇くするなり』『性の德なり、內外の道を合するなり』。此に由りて以て『格物』の學を知る可し。『格物』是れ《大學》の實に下手する處、徹首徹尾にして、學を始むるより聖人に至るまで、只此の工夫のみ、非但入門の際に此の一段有る。『正心』『誠意』『致知』『格物』は、皆是れ『身を修むる』所以。而して『格物』是れ其の力を用い日に見る可きの地。故に『格物』とは、其の心の物を格し、其の意の物を格し、其の知の物を格す。『正心』とは、其の物の心を正しくす。『誠意』とは、其の物の意を誠にす。『致知』とは、其の物の知を致す。此れ豈に內外彼此の分有らん。理只是一箇。其の理の凝聚するを以て言えば則ち之を『性』と謂い、其の凝聚の主宰するを以て言えば則ち之を『心』と謂い、其の主宰の發動するを以て言えば則ち之を『意』と謂い、其の發動の明覺するを以て言えば則ち之を『知』と謂い、其の明覺の感應するを以て言えば則ち之を『物』と謂う。故に物に就きて言えば之を『格』と謂い、知に就きて言えば之を『致』と謂い、意に就きて言えば之を『誠』と謂い、心に就きて言えば之を『正』と謂う。正とは、此を正しくす。誠とは、此を誠にす。致とは、此を致す。格とは、此を格す。皆是れ所謂理を窮めて以て性を尽くす。天下に性外の理無く、性外の物無し。
學之不明,皆由世之懦者認理為外,認物為外,而不知「義外」之說,孟子蓋嘗闢之,力至襲陷其內而不覺,豈非亦有似是而難明者歟?不可以不察也!
(先生続いて曰く:)學の明らかならざるは、皆世上の儒者理を認めて外と為し物を認めて外と為し、而して『義外』の説は孟子蓋し曾て之を辟きたるを知らず、乃至襲い其の中に陷りて而して覺えず、豈に非ず亦た似て是にして明らかに難き有らんや。察せざる可からず。
○凡執事所以致疑於「格物」之說者,必謂其是內而非外也,必謂其專事於反觀、內省之為,而遺棄其講習討論之功也,必謂其一意於綱領、本原之約,而脫略於支條、節目之詳也,必謂其沉溺於枯槁、虛寂之偏,而不盡於物理、人事之變也。審如是,豈但獲罪於聖門,獲罪於朱子,是邪說誣民,叛道亂正,人得而誅之也:而況於執事之正直哉?審如是,世之稍明訓詁,聞先哲之緒論者,皆知其非也:而況執事之高明哉?凡某之所謂「挌物」,其於朱子九條之說,皆包羅統括於其中:但為之有要,作用不同,正所謂毫釐之差耳。無毫釐之差,而千里之繆,實起於此,不可不辨。
凡そ執事の『格物』の説に疑を致す所以は、必ず其の是れ內にして外に非ずと謂い、必ず其の専ら反觀・內省の為に事えて、而して其の講習討論の功を遺棄すと謂い、必ず其の一意綱領・本原の約に於いて、而して支條・節目の詳に脱略すと謂い、必ず其の枯槁・虚寂の偏に沉溺して、而して物理・人事の變に尽くさざると謂わん。審らかに是の如くならば、豈に但聖門に罪を獲朱子に罪を獲るのみならん、是れ邪説民を誣き道に叛き正を亂る、人得て而して之を誅す、而して況んや執事の正直に於いてをや。審らかに是の如くならば、世上稍々訓詁を明らかにし先哲の緒論を聞くは、皆其の非を知らん、而して況んや執事の高明に於いてをや。凡そ我が所謂『格物』は、其の朱子九條の説に於いて、皆其の中に包羅統括す。但し之を為すに要有り、作用同じからず、正しく所謂毫釐の差のみ。毫釐の差無きに、而して千里の繆は、實に此より起こる、辨ぜざる可からず。
○孟子闢揚、墨,至於「無父、無君」。二子亦當時之賢者,使與孟子並世而生,未必不以之為貿;墨子兼愛,行仁而過耳,,楊子為我,行義而過耳,此其為說亦豈誠滅理亂常之甚,而足以眩天下哉?而其流之弊,孟子則比於禽獸、夷狄,所諝以學術殺天下後世也。今世學術之弊,其謂之學仁而過者乎?謂之學義而過者乎?抑謂之學不仁、不義而過者乎?吾不知其於洪水、猛獸何如也。孟子云;「予豈好辯哉?予不得已也。」楊、墨之道塞天下。孟子之時,天下之拿信楊、墨,當不下於今日之崇尚朱之說:而孟子獨以一人呶呶於其閒,噫,可哀矣!韓氏云:「佛、老之害甚於楊、墨。」韓愈之賢不及孟子,孟子不能救之於未壞之先,而韓愈乃欲全之於已壞之後,其亦不量其力,且見其身之危,莫之救以死也。嗚呼!若某者,其尤不量其力,果見其身之危,莫之救以死也矣!夫眾力嘻嘻之中,而猶出涕嗟若,舉世恬然以趨,而獨疾首蹙額以為憂,此其非病狂喪心,殆必誠有大苦者隱於其中,而非天下之至仁,其孰能察之。其為「朱子晚年定論」,蓋亦不得已而然。中間年歲早晚,誠有所未考,雖不必盡出於晚年,固多出於晚年者矣。然大意在委曲調停,以明此學為重。平生於朱子之說,如神明蓍龜,一日一與之背馳,心誠有所未忍,故不得已而為此。「知我者諝我心憂,不知我者謂我何求。」蓋不忍牴牾朱子者,其本心也,不得已而與之牴牾者,道固如是,不直則道不見也。執事所謂「決與朱子異」者,僕敢自欺其心哉?夫道,天下之公道也,學,天下之公學也,非朱子可得而私也,非孔子可得而私也,天下之公也,公言之而已矣。故言之而是,雖異於己,乃益於己也言。之而非,雖同於己,適損於己也。益於己者,己必喜之:損於己者,己必惡之;然則某今日之論,雖或於朱子異,未必非其所喜也。
孟子は楊・墨を辟き、至りて『父無く君無し』。二子も亦た是れ當時の賢者、使い孟子と與に世を并びて生ぜしめば、未だ必ずしも之を賢と為さざらん。墨子の兼愛は、仁を行いて而して過ぐるのみ。楊子の我を為すは、義を行いて而して過ぐるのみ。此れ其の説を為すも、亦た豈に誠に理を滅し常を亂るの甚しき、而して以て天下を眩すに足らん。而して其の流の弊は、孟子則ち之を禽獸・夷狄に比す、所謂學術を以て天下後世を殺す。今世の學術の弊は、是れ之を仁を學びて而して過ぐると謂うか。之を義を學びて而して過ぐると謂うか。還た是れ之を不仁・不義を學びて而して過ぐると謂うか。我其の洪水・猛獸に於いて如何なるかを知らず。孟子曰く『予豈に辨を好まんや。予已むことを得ざるなり』。楊・墨の道は天下を塞ぐ。孟子の時は、天下翕然として楊・墨を信ず、當に今日の朱子の説を崇尚するに下らざらん。而して孟子獨り一人を以て其間に呶呶とす、嗚呼、哀しむ可し。韓氏曰く『佛・老の害は楊・墨より甚だし』。韓愈の賢は孟子に及ばず、孟子は能く之を未だ壞れざるの先に救わず、而して韓愈乃ち之を已に壞れたるの後に全くせんと欲す、其れ亦た其の力を量らず、且く其の身の危うきを見て、之を救うに死を以てする莫し。嗚呼。我の如き者は、其れ尤も其の力を量らず、果して其の身の危うきを見て、之を救うに死を以てする莫し。夫れ衆方に嘻嘻の中にして、而して猶ほ涕を出だし嗟若たり。世を擧げて恬然として以て趨るに、而して獨り疾首蹙額して以て憂を為す。此れ其れ若し病狂喪心に非ざれば、殆ど必ず誠に大苦の者其の中に隱れ有り、而して天下の至仁に非ざれば、其れ孰か能く之を察せん。其の『朱子晚年定論』を為すは、蓋し亦た已むことを得ずして然り。中間の年歲早晚は、誠に未だ考ある所ならず、雖れ必ずしも尽く晚年より出づとはせずとも、固より多く晚年より出づ矣。然るに大意は委曲調停に在りて、以て此の學を明らかにするを重と為す。平生朱子の説に於いては、神明蓍龜の如く、一旦之と與に背馳すれば、心誠に忍びざる所有り、故に已むことを得ずして此を為す。『我を知る者は我が心の憂を謂い、我を知らざる者は我に何を求むるかと謂う』。蓋し朱子に抵牾するに忍びざるは、是れ其の本心。已むことを得ずして之と與に抵牾するは、道固より是の如し、直ならざれば則ち道見えず。執事の所謂『決して朱子と異なる』は、僕敢えて其の心を自ら欺かんや。夫れ道は、天下の公道。學は、天下の公學。朱子の得て而して私にす可きに非ず、孔子の得て而して私にす可きに非ず。天下の公は、公に之を言うのみ。故に言う是なれば、雖れ己と異なるも、乃ち己に益す。言う非なれば、雖れ己と同じくも、適に己を損う。己に益するは、己必ず之を喜ぶ。己を損うは、己必ず之を惡む。則ち我が今日の論は、雖れ或いは朱子と異なるとも、未だ必ずしも其の喜ぶ所に非ず。
君子之過,如日月之食,其更七人皆仰之:而小人之過也必文。某雖不肖,固不敢以小人之心事朱子也。
(先生続いて曰く:)君子の過は、日月の食の如し、其の更するや人皆之を仰ぐ。而して小人の過も必ず文る。某雖れ不肖なりとも、固より敢えて小人の心を以て朱子に事えず。
○執事所以教,反覆數百言,皆以未悉鄙人「格物」之說;若鄙說一明,則此數百言皆可以不待辨說而釋然無滯,故今不敢縷縷,以滋瑣屑之洹,然鄙脫非面陳囗析,斷亦未能了了於紙筆閒也。嗟乎!執事所以開導啟迪於我者,可謂懇到詳切矣,人之愛我,寧有如執事者乎!僕雖甚愚下,寧不知所感刻佩服:然而不敢遽舍其中心之誠然而姑以聽受雲者,正不敢有負於深愛,亦思有以報之耳。秋盡東還,必求一面,以卒所請,千萬終教!
執事の教える所以は、反覆數百言して、皆是れ未だ我が『格物』の説を悉くせざるに因る。若し我が説一たび明らかなれば、則ち此の數百言皆以て辨説を待たずして釋然として滯無し。故に今や敢えて縷縷せず、以て瑣屑の瀆を滋するを免れん。然るに我が説は面當して陳析せざれば、斷じて亦た未だ能く紙筆の間に於て了了ならず。嗚呼。執事の我に於て開導啟迪する所以は、以て懇到詳切と謂う可し。人の我を愛する、寧に執事の如き有らん。僕雖れ甚だ愚下なりとも、寧に感刻佩服する所を知らざらん。然るに敢えて遽に其の中心の誠然を舍てて而して姑く聽受を以てせざるは、正しく敢えて深愛に負く有らざらんと、亦た想う以て之に報ゆる有らんと。秋尽きて東に還れば、必ず一面を求め、以て請う所を卒えん、千萬終に教えんことを。
答聶文蔚
聶文蔚に答える
○春閒遠勞迂途,枉顧問證,惓倦此情,何可當也!已期二三同志,更處靜地,扳留旬囗,少效其鄙見,以求切劘之益:而公期俗絆,勢有不能,別去極怏怏如有所矢。忽承箋惠,反覆千餘言,讀之無甚浣慰,中間推許太過,蓋亦獎掖之盛心,而規礪真切,思欲納之於買聖之域,又托諸崇一以致其勤勤懇懇之懷,此非深交篤愛何以及是:知感知媿,且懼其無以堪之也。雖然,僕亦何敢不自鞭勉,而徒以感媿辭讓為乎哉!其謂「思、孟、周、程無意相遭於千載之下,與其盡信於天下,不若真信於一人;道固自在,學亦自在,天下信之不為多,一人信之不為少」者,斮固君子「不見是而無悶」之心,豈世之認譾屑屑者知足以及之乎!乃僕之情,則有大不得已者存乎其間,而非以計人之信與不信也。
春間遠く途を迂りて勞し、顧問證を枉げ、惓惓たる此の情は、何ぞ當る可けん。已に二三の同志に期し、更に靜地に處り、旬日を扳留し、少しく其の鄙見を效して、以て切磋の益を求めんとす。而して公期俗絆して、勢能くせざる有り、別れ去りて極めて怏怏として失う所有るが如し。忽ち箋惠を承け、反覆千餘言して、之を讀めば浣慰に任えず。中間の推許太も過ぐるは、蓋し亦た是れ獎掖の盛心。而して規礪真切にして、之を聖人の域に納れんことを思欲し、又諸を崇一に託して以て其の勤勤懇懇の懷を致す、此れ深交篤愛に非ざれば何を以て此に及ばん。知りて感じ知りて愧じ、且く其の以て之に堪うる無きを懼る。雖れ然りとも、僕も亦た何ぞ敢えて自ら鞭勉せず、而して徒らに感愧辭讓を以て事と為さん。其の『思・孟・周・程は意無くして千載の下に相遭う、其の天下に尽く信ぜらるると與に、真に一人に信ぜられんには若かず。道固より自在、學も亦た自在、天下之を信ずるも多きと為さず、一人之を信ずるも少なきと為さず』と謂うは、これ固より是れ君子の『是と見えずして而して悶え無し』の心、豈に是れ世上の譾劣屑屑の人の及ぶ能くする所か。至りて僕の情は、則ち大に已むことを得ざる者其間に存して、而して是れ人の信と不信とを計るを以てせず。
○夫人者,天地之心,天地萬物本吾一體者也。生民之困苦荼毒,孰非疾痛之切於吾身者乎?不知吾身之疾痛,無是非之心者也;是非之心,不慮而知,不學而能,所謂「良知」也:良知之在人心,無間於聖愚,天下古今之所同也,世之君子惟務其良知,則自能公是非,同好惡,視人猶己,視國猶家,而以天地萬物為一體,求天下無冶,不可得矣。古之人所以能見善不啻若己出,見惡不啻若己人,視民之飢猶己之飢溺,而一夫不獲若己推而納諸溝中者,非故為是而以蘄天下之信己也,務致其良知求自慊而已矣。堯、舜、三王之聖,言而民莫不信者,致其良知而言之也;行而民莫不說者,致其真知而行之也。是以其民熙熙皞皞,殺之不怨,利之不庸,施及蠻貊,而凡有血氣者莫不尊親;為其良知之同也。嗚呼!聖人之治天下,何其簡且易哉!○後世良知之學不明,天下之人用其私智以相比軋,是以人各有心,而偏瑣僻陋之見,狡偽陰邪之術,至於不可勝說:外假仨義之名,而內以行其自私自利之實,洈辭以阿俗,嬌行以幹譽:損人之善而襲以為己長,訐人之私而竊以為己直:忿以相勝而猶謂之徇義,險以相頄而猶謂之疾惡;妒賢忌能而猶自以為公是非,恣情縱欲而猶自以為同好惡;相陵相賊,自其一家骨肉之親,已不能無爾我勝負之意、彼此藩籬之形,而況於天下之大,民物之眾,又何能一體而視之,則無怪於紛紛籍籍而禍亂相尋於無窮矣。
人は、是れ天地の心。天地萬物本來吾と一體。生民の困苦荼毒は、哪個か是れ疾痛の吾が身に切なるに非ざらん。吾が身の疾痛を知らざるは、是れ是非の心無きの人。是非の心は、慮らずして知り、學ばずして能くす、所謂『良知』。良知の人心に在るは、聖愚に間無く、天下古今の同じくする所。世上の君子は惟れ其の良知を務めば、則ち自ら能く是非を公にし、好惡を同じくし、人を視ること猶ほ己のごとく、國を視ること猶ほ家のごとく、而して天地萬物を以て一體と為し、天下に治無きを求めば、得る可からざる矣。古の人の能く善を見て己の出だすに若かず、惡を見て己の入るに若かず、民の飢溺を視ること猶ほ己の飢溺のごとく、而して一夫獲わざれば己推して而して諸を溝中に納るが若き所以は、是れ故わざと此を為して以て天下の己を信ずるを求むるに非ず、務めて其の良知を致して自ら慊せんことを求むるのみ。尭・舜・三王の聖は、言いて而して民信ぜざる莫きは、是れ其の良知を致して而して之を言う。行いて而して民悅ばざる莫きは、是れ其の良知を致して而して之を行う。是を以て其の民熙熙皞皞として、之を殺しても怨まず、之を利しても庸とせず、蠻貊に施し及び、而して凡そ血氣有るは尊親せざる莫し。其の良知の同じきを為すなり。嗚呼。聖人の天下を治むる、何其れ簡にして且つ易きか。後世良知の學明らかならず、天下の人其の私智を用いて以て相い比軋す、故に人各々心有りて、而して偏瑣僻陋の見・狡僞陰邪の術は、至りて説き勝えざる可からず。外に仁義の名を假りて、而して內以て其の自私自利の實を行う。詭辭を以て俗に阿り、矯行を以て名譽を干求す。人の善を損いて而して襲い以て己の長と為し、人の私を訐えて而して竊り以て己の直と為す。忿に以て相い勝ちて而して猶ほ之を義に徇ると謂い、險に以て相い傾けて而して猶ほ之を惡を疾むと謂う。賢を妬み能を忌みて而して猶ほ自ら以て是非を公にすと為し、情を恣り慾を縱にして而して猶ほ自ら以て好惡を同じくすと為す。相い陵ぎ相い賊いて、其の一家骨肉の親より自ら已に爾我勝負の意・彼此藩籬の形無くする能わず、而して況んや天下の大・民物の衆に於いて、又何ぞ能く一體にして而して之を視ん。則ち紛紛籍籍して而して禍亂相尋ぐること無窮なるを怪しむ無し。
○僕詼賴天之靈,偶有見於良知之學,以為必由此而後天下可得而治。是以每念斯民之陷溺,則為之戚然痛心,忘其身之不肖,而思以此救之,亦不自知其量者。天下之人見其若是,遂相與非笑而詆斥之,以為是病狂喪心之人耳。嗚呼,是奚足恤哉!吾方疾痛之切體,而瑕計人之非笑乎?人固有見其父子兄弟之墜溺於深淵者,呼號匍匐,裸跣顛頓,扳懸崖壁而下拯之。士之見者,方相與揖讓談笑於其旁,以為是棄其禮貌衣冠而呼號顛頓若此,是病珏喪心者也。故夫揖讓談笑於溺人之旁而不知救,此惟行路之人,無親戚骨肉之情者能之,然已謂之無惻隱之心,非人矣;若失在父子兄弗之愛者,則固未有不痛心疾首,狂奔盡氣,匍匐而拯之,彼將陷溺之禍有不顧,而況於病狂喪心之識乎?而又況於蘄人信與不信乎?嗚呼!今之人雖謂僕為病狂喪心之人,亦無不可矣。天下之人,皆吾之心也:天下之人猶有病狂者矣,吾安得而非病狂乎?猶有喪心者矣,吾安得而非喪心乎?
僕誠に天の靈に賴りて、偶有りて良知の學に見え、以て必ず此に由りて而る後天下得て而して治む可しと為す。故に每に斯の民の陷溺を念えば、則ち之が為めに戚然として心を痛め、其の身の不肖を忘れて、而して此を以て之を救わんことを思うも、亦た自ら其の量を知らず。天下の人其の此の如きを見て、遂に相與に非笑して而して之を詆斥し、以て是れ病狂喪心の人と為すのみ。嗚呼、これ何の恤むに足らん。我正しく疾痛の體に切なる、而して人の非笑を計るに暇あらん。人固より其の父子兄弟の深淵に墜溺するを見る有りて、呼號匍匐し、裸跣顛頓して、懸崖壁を扳りて而下りて之を拯う。士之を見る者は、方に相與に其の旁に於て揖讓談笑して、以て是れ其の禮貌衣冠を棄てて而して呼號顛頓する此の如く、是れ病狂喪心なりと為す。故に溺人の旁に於て揖讓談笑して而して救うを知らざるは、此れ惟れ行路の人・親戚骨肉の情無きの能くす、然るに已に之を惻隱の心無し、人に非ずと謂う。若し夫の父子兄弟の愛に在るは、則ち固より未だ心を痛め首を疾め、狂奔し氣を尽くし、匍匐して而して之を拯わざる有らず。彼將に陷溺の禍有らんとするも顧みず、而して況んや病狂喪心の譏に於いてをや。而又況んや人の信與不信を求むるに於いてをや。嗚呼。今の人雖れ僕を謂うて病狂喪心の人と為すとも、亦た可ならざる無し。天下の人は、皆是れ吾が心。天下の人猶ほ病狂の有る矣、我怎麼得て而して病狂に非ざらん。猶ほ喪心の有る矣、我怎麼得て而して喪心に非ざらん。
○昔者孔子之在當時,有議其為陷者,有譏其為佞者,有毀其未賢,詆其為不知禮,而侮之以為東家丘者,有嫉而沮之者,有惡而欲殺之者,晨門、荷蕢之徒,皆當時之賢士,且曰「是知其不可而為之者歟?」「鄙哉硜硜乎!莫己知也,斯已而已矣。」雖子路在升堂之列,尚不能無疑於其所見,不悅於其所欲往,而且以之為迂,則當時之不信夫子者,豈特十之二三而已乎?然而夫子汲汲遑遑,若求亡子於道路,而不暇於暖席者,寧以蘄人之知我、信我而已哉?蓋其天地萬物一體之仁,疾痛迫切,雖欲已之而自有所不容已,故其言曰:「吾非期人之徒與而誰與?」「欲潔其身而亂大倫。」「果哉,末之難矣!」嗚呼!此非誠以天地萬物為一體者,孰能以知夫子之心乎?若其遯世無悶,樂天知命者,則固無人而不自得,道並行而不相悖也。
從前孔子は當時に在りて、彼を議して諂と為す有り、彼を譏りて佞と為す有り、彼を毁りて未だ賢ならず、彼を詆りて禮を知らず、而して彼を侮りて東家丘と為す有り、嫉みて而して彼を阻攔する有り、惡みて而して彼を殺さんと欲する有り。晨門・荷蕢の徒は、皆是れ當時の賢士、且く曰く『是れ其の可ならざるを知りて而して之を為す者か』『鄙なる哉硜硜乎。己を知る莫ければ、斯れ已むのみ』。雖れ子路升堂の列に在りても、尚お能く其の見る所に疑無からず、其の往かんと欲する所に悅ばず、而且ち之を以て迂と為す、則ち當時の夫子を信ぜざるは、豈に特に十之二三のみならん。然るに夫子汲汲遑遑として、亡子を道路に求むるが若く、而して暖席に暇無し、豈に是れ人の我を知り我を信ずるを求むるを以てするのみか。蓋し其の天地萬物一體の仁は、疾痛迫切にして、雖れ之を已めんと欲するとも而して自ら容れて已まざる所有り、故に彼曰く『吾は斯の人の徒與に非ずして而して誰と與にせん』『其の身を潔くせんと欲して而して大倫を亂る』『果なる哉、之に難くする末し』。嗚呼。此れ誠に天地萬物を以て一體と為すに非ざれば、孰か能く以て夫子の心を知らん。若し其の世を遁れて悶え無く、天を樂しみ命を知るは、則ち固より人無くして而して自ら得ざる無し、道并びに行われて而して相い悖らず。
○僕之不肖,何敢以夫子之道為己任;顧其心亦已稍加疾扁之在身,是以彷徨四顧,將求其有助於我者,相與講去其病耳。今誠得豪傑同志之士,扶持匡翼,共明良知之學於天下,使天下之人皆知自致其良知,以柑安相養,去其自私自利之蔽,一洗讒妒勝忿之習,以濟於大同,則僕之狂病固將睨然以愈,而終免於喪心之患矣,豈不快哉?嗟乎!今誠欲求豪傑同志之士於天下,非如吾文蔚者,而誰望之乎?如吾文蔚之才與志,誠足以援天下之溺者,今又既知其具之在我,而無假於外求矣,循是而充,若決河注海,孰得而御哉?文蔚所謂一人信之不為少,其又能遜以委之何人乎?
僕の不肖は、何ぞ敢えて夫子の道を以て己の任と為さん。只是其の心も亦た已に稍々疾病の身に在るが如し、故に彷徨して四顧し、將に其の我を助くる有るを求め、相與に講じて其の病を去らんのみ。今誠に豪傑同志の士を得て、扶持匡翼し、共に良知の學を天下に明らかにして、天下の人をして皆自ら其の良知を致さしめ、以て相い安んじ相い養い、其の自私自利の蔽を去り、一たび其の讒妒勝忿の習を洗い、以て大同に濟らば、則ち僕の狂病固より將に霍然として以て愈え、而して終に喪心の患を免れん、豈に快ならずや。嗚呼。今誠に豪傑同志の士を天下に求めんと欲すれば、吾が文蔚の如きに非ずして、而して誰を望まん。吾が文蔚の才與志の如きは、誠に以て天下の溺れるを援ぐるに足る、今又既に其の具の我に在るを知りて、而して外求に假る無し、是に循い而して充つれば、河を決して海に注ぐが若く、孰か得て而して之を禦がん。文蔚の所謂一人之を信ずるも少なきと為さずは、其れ又て能く遜りて以て之を何人に委ねん。
○會稽素啑山水之區,深林長谷,信步皆是,寒暑晦明,無時不宜,安居飽食,塵囂無擾,良朋四集,道蓑日新,懮哉遊哉,天地之閒寧復有樂於是者?孔子云:「不怨天,不尤人,下學而上達。」僕與二三同志力將請事斯語,奚暇外慕?燭其切膚之痛,乃有未能恝然者,輒復云云爾。咳疾暑毒,書札絕懶,盛使遠來,遲留經月,臨歧執筆,又不覺累紙,蓋於相知之深,雖已縷縷至此,殊覺有所未能盡也。
會稽は素より山水之區と号す、深林長谷して、信步すれば皆是れ、寒暑晦明にして、時に宜ならざる無し。安居飽食して、塵囂の擾無く、良朋四集して、道義日に新たに、優哉游哉として、天地の間寧に復た此より樂しき有らん。孔子曰く『天を怨まず、人を尤めず、下學して而して上達す』。僕と二三の同志は方に將に斯の語に請い事えんとす、奚ぞ外を慕うに暇あらん。只是其の切膚の痛は、乃ち未だ能く恝然たらざる有りて、輙ち復た云云するのみ。咳疾暑毒して、書札絕えて懶し、盛使遠く來り、遲留經月し、岐に臨みて筆を執れば、又覺えず紙を累ねる。蓋し相知の深きに於いては、雖れ已に縷縷此に至るとも、殊に覺ゆ未だ能く尽くさざる所有りと。
二
二
○得書,見近來所學之驟進,喜慰不可言。諦視數過,其間雖亦有一二未瑩徹處,卻是致良知之功尚未純熟,到純熟時自無此矣:譬之驅車,既已由於康莊大道之中或時橫斜迂曲者,乃馬性末調,銜勒不齊之故,然已只在康莊大道中,決不賺入旁蹊曲徑矣一近時海內同志,到此地位者曾末多見,喜慰不可言,斯道之幸也!琖軀舊有咳嗽畏熱之病,近入炎方,輒復大作。主上聖明洞察,責付甚重,不敢遽辭:地力軍務冗沓,皆輿疾從事。今卻幸已平定,已具本乞回養病,得在林下稍就清涼,或可廖耳。人還,伏枕草草,不盡傾企外惟歷一簡幸達致之。
書を得て、近來學ぶ所の驟進を見る、喜慰言う可からず。諦かに數過を視れば、其間雖れ亦た一二未だ瑩徹ならざる處有りとも、却って是れ良知を致すの功尚お未だ純熟ならざる、純熟に到れば時自ら此無し。之を譬えんに車を驅るに、既に已に康莊大道の中に由れば、或いは時橫斜迂曲するは、乃ち是れ馬性未だ調わず銜勒齊わざるの緣故、然るに已に只在りて康莊大道の中、決して旁蹊曲徑に賺入らず。近時海內の同志、此の地位に到るは曾て未だ多く見ず、喜慰言う可からず、斯道の幸なり。賤軀舊に咳嗽熱を畏るるの病有り、近く炎方に入れば、輙ち復た大いに作す。主上聖明洞察して、責付甚だ重し、敢えて遽に辭せず。地方軍務冗沓して、皆輿疾して事に從う。今却って幸いに已に平定し、已に本を具えて回りて病を養わんことを乞う、林下に在りて稍々清凉に就くを得ば、或いは瘳ゆ可けんのみ。人還れば、枕に伏して草草として、傾企を尽くさず。外に惟浚に一簡を與う、幸いに之を達せしめんことを。
○來書所詢,草草奉復一二:近歲來山中講學者,往往多說「勿忘、勿助」工夫甚難。問之,則雲才著意便是助,才不著意便是忘,所以甚難。區區因問之雲「忘是忘個甚麼?助是助個甚麼?」其人默然無對,始請問。區區因與說,我此閒講學,卻只說個「必有事焉」,不說「勿忘、勿助」。「必有事焉」者只是時時去「集義」。若時時去用「必有事」的工夫,而或有時間斷,此便是忘了,即須二勿忘」:時時去用「必有事」的工夫,而或有時欲速求效,此便是助了,郥須「勿助」。其工夫全在「必有事焉」上用:「勿忘、勿助」,只就其間提撕警覺而已。若是工夫原不間斷,郥不須更說「勿忘」:原不欲速求效,即不須更說「勿助」。此其工夫何等明白簡易!何等儷脫自在!今卻不去「必有事」上用工,而乃懸空守著一個「勿忘、勿助」,此正如燒鍋煮飯,鍋內不曾漬水下米,而乃專去添柴放火,不知畢竟煮出個甚麼物來!吾恐火候未及調停,而鍋已先破裂矣。近日,種專在「勿忘、勿助」上用工者,其病正是如此:終日懸空去做個「勿忘」,又懸空去做個「勿助」,奔奔蕩蕩,全無實落下手虛,究一竟工夫,只做得個沉空守寂,學成一個痴騃漢,才遇些子事來,即便牽滯紛擾,不復能經綸宰制。此皆有志之士,而乃使之勞苫纏縛,擔擱一生,皆由學術誤人之故,甚可憫矣!
來書の詢る所に、草草一二を奉復す。近歲來山中に講學するは、往往多く『忘る勿かれ助くる勿かれ』の工夫甚だ難しと説く。之を問えば、則ち説く才に意に著けば便ち是れ助、才に意に著けざれば便ち是れ忘、故に甚だ難し。我因りて彼に問う『忘は是れ個の什麼を忘る、助は是れ個の什麼を助くる』。其の人默然として對無し、始めて請問す。我因りて彼と與に説く、我此の處に講學するは、却って只個の『必ず事有らん』を説き、『忘る勿かれ助くる勿かれ』を説かず。『必ず事有らん』のは、只是時時に去りて『義を集む』。若し時時に去りて『必ず事有らん』の工夫を用いて、而して或いは時間斷有れば、此れ便ち是れ忘矣、即ち須く『忘る勿かれ』。時時に去りて『必ず事有らん』の工夫を用いて、而して或いは時速に効を求めんと欲すれば、此れ便ち是れ助矣、即ち須く『助くる勿かれ』。其の工夫全く『必ず事有らん』の上に在りて用う。『忘る勿かれ助くる勿かれ』は只其間に就きて提撕警覺するのみ。若し是れ工夫原來間斷無ければ、即ち須く更に『忘る勿かれ』を説かず。原來速に効を求めんと欲せざれば、即ち須く更に『助くる勿かれ』を説かず。此れ其の工夫何等か明白簡易、何等か灑脫自在。今や却って去りて『必ず事有らん』の上に工を用いず、而して乃ち懸空に一箇の『忘る勿かれ助くる勿かれ』を守り著す、此れ正しく鍋を燒きて飯を煮るが如し、鍋內曾て水を漬け米を下さず、而して乃ち専ら去りて柴を添え火を放つ、知らず畢竟個の什麼物を煮出ださん。我恐るらくは火候未だ調停に及ばずして、而して鍋已に先に破裂せん。近日の那の専ら『忘る勿かれ助くる勿かれ』の上に於て工を用うるは、其の病正しく是れ此の如し。終日懸空に去りて個の『忘る勿かれ』を做し、又懸空に去りて個の『助くる勿かれ』を做し、奔奔蕩蕩として、全く實落の下手の處無し、究竟工夫只是個の沈空守寂を做得、個の癡騃漢を學成して、才に些子の事に遇い來れば、即便ち牽滯紛擾して、復た能く經綸宰制せず。此れら皆是れ志有るの士、而して乃ち之をして勞苦纏縛して、一生を擔擱せしむ、皆學術の人を誤るの緣故に由る、甚だ憫む可し。
○夫「必有事焉」只是「集義」,「集義」只是「致良知」。說「集義」則一時末見頭惱,說「致良知」即當下便有實地步可用功;故區區專說「致良知」。隨時就事上致其良知,便是「格物」:著實去致良知,便是「誠意」,著實致其良知,而無一毫意必固我,便是「正心」。著實致真知,則自無忘之病:無一毫意必固我,則自無助之病。故說「格、致、詼、正」,則不必更說個「忘、助」。孟子說「忘、助」,亦就告子得病處立力。告子強制其心,是助的病痛,故孟子專說助長之害。告子助長,亦是他以義為外,不知就自心上「集義」,在「必有事焉」上用功,是以如此。若時時刻刻就自心上「集義」,則良知之體洞然明白,自然是是非非纖毫莫遁,又焉「不得於言,勿求於心;不得於心,勿求於氣」之弊乎?孟子「集義」、「養氣」之說,固大有功於後學,然亦是因病立方,說得大段,不若《大學》「格、致、誠、正」之功,尤極精一簡易,為徹上徹下,萬世無弊者也。
『必ず事有らん』は只是『義を集む』、『義を集む』は只是『良知を致す』。『義を集む』と説けば則ち一時未だ頭腦を見ず、『良知を致す』と説けば即ち當下に便ち實地步有りて用功す可し。故に我専ら『良知を致す』を説く。隨時に事の上に就きて其の良知を致すは、便ち是れ『物を格す』。著實に去りて良知を致すは、便ち是れ『意を誠にす』。著實に其の良知を致して、而して一毫の意必固我無きは、便ち是れ『心を正しくす』。著實に良知を致せば、則ち自ら忘の病無し。一毫の意必固我無ければ、則ち自ら助の病無し。故に『格・致・誠・正』と説けば、則ち必ずしも更に個の『忘・助』を説くを須いず。孟子の『忘・助』を説くも、亦た是れ告子の病を得る處に就きて方を立つ。告子其の心を強制す、是れ助の病痛、故に孟子専ら助長の害を説く。告子の助長するも、亦た是れ彼義を以て外と為し、自ら心の上に就きて『義を集む』を知らず、『必ず事有らん』の上に於て用功せず、故に此の如し。若し時時刻刻自ら心の上に就きて『義を集むれば』、則ち良知の體洞然として明白、自然是是非非纖毫遁るる莫し、又焉んぞ『言に得ず、心に求むる勿かれ。心に得ず、氣に求むる勿かれ』の弊有らん。孟子の『義を集む』『氣を養う』の説は、固より大いに後學に功有り、然るに亦た是れ病に因りて方を立つ、説き得て大段なり、不若《大學》の『格・致・誠・正』の功の、尤も極めて精一簡易にして、徹上徹下・萬世弊無きを為すに。
○聖賢論學,多是隨時就事,雖言若人殊,而要其工夫頭腦,若合符節。緣天地之閒,原只有此性,只有此理,只有此良知,只有此一件事耳,故凡就古人論學虛說工夫,更不必攙和兼搭而說,自然無不朏合貫通者,才須攙和兼搭而說,即是自己工夫未明徹也。近時有謂「集義」之功,必須兼搭個「致良知」而後備者,則是「集義」之功尚未了徹也:「集養」之功尚未了徹,適足以為「致良知」之累而已矣。謂「致真知」之功,必須兼搭一個「勿忘、勿助」而後明者,則是「致良知」之功尚未了徹也;「致良知」之功尚未了徹也,適足以為「勿忘、勿助」之累而已矣。若此者,皆是就文義上解釋牽附,以求混融湊泊,而不曾就自己實工夫上體驗,是以論之愈精,而去之愈遠。文蔚之論,其於大本達道既已沛然無疑,至於「致知」「窮理」及「忘、助」等說,時亦有攙和兼搭處,卻是區區所謂康莊大道之中,或時橫斜迂曲者,到得工夫熟後,自將澤然矣。
聖賢の學を論ずるは、多く是れ隨時に事に就く、雖れ言若く人殊なりとも、而して其の工夫頭腦を要すれば、符節を合するが若し。緣るに天地の間は、原來只此の性有り、只此の理有り、只此の良知有り、只此の一件事有るのみ。故に凡そ古人の學を論ずる處に就きて工夫を説けば、更に必ずしも搀和兼搭して而して説くを須いず、自然吻合貫通せざる無し。才に搀和兼搭して而して説かんと須すれば、即ち是れ自己の工夫未だ明徹ならざるなり。近時『義を集む』の功必ず兼ねて個の『良知を致す』を搭し而る後備わると謂う有れば、則ち是れ『義を集む』の功尚お未だ了徹ならざるなり。『義を集む』の功尚お未だ了徹ならざれば、適に以て『良知を致す』の累と為るに足るのみ。『良知を致す』の功必ず兼ねて一箇の『忘る勿かれ助くる勿かれ』を搭し而る後明らかならんと謂えば、則ち是れ『良知を致す』の功尚お未だ了徹ならざるなり。『良知を致す』の功尚お未だ了徹ならざれば、適に以て『忘る勿かれ助くる勿かれ』の累と為るに足るのみ。此の若き者は、皆是れ文義の上に就きて解釋牽附して、以て混融湊泊を求め、而して曾て自ら實工夫の上に於て體驗せず、故に之を論ずること愈々精く、而して之を去ること愈々遠し。文蔚の論は、其れ大本達道に於いて既に已に沛然として疑無し、至りて『致知』『窮理』及び『忘・助』等の説は、時にも亦た搀和兼搭の處有り、却って是れ我が所謂康莊大道の中或いは時橫斜迂曲する、工夫熟するに到得れば、自ら將に灑然たらん。
○文蔚謂「致知」之說,求之事親、從兄之閒,挭覺有所持循者,此段最見近來真切篤實之功。但以此自為不妨,自有得力處,以此遂為定說教人,卻未免又有因藥發病之患,亦不可不一講也。蓋良知只是一個天理自然明覺發見處,只是一個真誠惻怛,便是他本體。故致此良知之真誠惻怛以事親便是孝,致此真知之真詼惻怛以從兄健是弟,致此真知之真詼惻怛以事君便是忠,只是一個真知,一個真詼惻怛。若是從兄的良知不能致其真誠惻怛,即是事親的真知不能致其真詼惻怛矣:事君的真知不能致其真詖惻怛,郥是從兄的真知不能致其真誠惻怛矣。故致得事君的真知,便是致卻從兄的真知,致得從兄的真知,便是致卻事親的良知。不是事君的真知不能致,卻須又從事親的良知上去擴充將來。如此,又是脫卻本原,著在支節上求了。真知只是一個,隨他發見流行處,當下具足,更無去來,不須假借。然其發見流行啑,卻自有輕重厚薄,毫髮不容增減者,所謂天然自有之中也。雖則輕重厚薄,毫髮不容增減,而原又只是一個:雖則只是一個,而其間輕重厚薄,又毫髮不容增減:若可得增減,若須假借,即已非其真誠惻坦之本體矣;此良知之妙用,所以無力體,無窮盡,語大天下莫能載,語小天下莫能破者也。
文蔚は『致知』の説を謂う、之を親に事え兄に從うの間に求めれば、便ち覺ゆ持循する所有りと、此の段最も近來の真切篤實の功を見る。但し此を以て自ら為すは妨げ無く、自ら得力の處有り。此を以て遂に定説と為して人に教えれば、却って未免又て藥に因りて病を發するの患有り、亦た一たび講ぜざる可からず。蓋し良知只是一箇の天理自然明覺發見の處、只是一箇の真誠惻怛、便ち是れ彼の本体。故に此の良知の真誠惻怛を致して以て親に事えば便ち是れ孝、此の良知の真誠惻怛を致して以て兄に從えば便ち是れ悌、此の良知の真誠惻怛を致して以て君に事えば便ち是れ忠、只是一箇の良知、一箇の真誠惻怛。若し是れ兄に從うの良知能く其の真誠惻怛を致さざれば、即ち是れ親に事えるの良知能く其の真誠惻怛を致さざるなり。君に事えるの良知能く其の真誠惻怛を致さざれば、即ち是れ兄に從うの良知能く其の真誠惻怛を致さざるなり。故に君に事えるの良知を致し得れば、便ち是れ兄に從うの良知を致却す。兄に從うの良知を致し得れば、便ち是れ親に事えるの良知を致却す。是れ君に事えるの良知能く致さざるに非ず、却って須く又親に事えるの良知の上に從りて去りて擴充將來せん。此の如くは、又是れ本原を脱却して、支節の上に著いて求め矣。良知只是一箇、彼の發見流行する處に隨い、當下に具足して、更に去來無く、假借を須いず。然るに其の發見流行する處は、却って自ら輕重厚薄有りて、毫髮增減を容れざる、所謂天然自有の中。雖れ則ち輕重厚薄毫髮增減を容れざるとも、而して原來又只是一箇。雖れ則ち只是一箇とも、而して其間の輕重厚薄又毫髮增減を容れず。若し增減し得、若し假借を須うれば、即ち已に其の真誠惻怛の本体に非ず。此の良知の妙用は、方體無く窮盡無き所以、大を語れば天下載する能くする莫く、小を語れば天下破る能くする莫し。
○孟氏「堯舜之道,孝弟而已」者,是就人之良知發見得最真切篤厚、不容蔽昧處提省人,於人於事君、處友、仁民、愛物、與凡動靜語默閒,皆只是致他那一念事親、從兄真誠惻怛的良知,即自然無不是道。蓋天下之事雖千變萬化,至於不可窮詰,而但惟致此事親,從兄一念真誠惻怛之良知以應之,則更無有遺缺滲漏者,正謂其只有此一個良知故也。事親、從兄一念良知之外,更無有良知可致得者。故曰:「堯舜之道,孝弟而已矣。」此所以為「惟精惟一」之學,放之四海而皆準,「施諧後世而無朝夕」者也。文蔚云:「欲於事親、從兄之閒,而求所謂良知之學。」就自己用功得力處如此說,亦無不可:若日致其良知之誠惻怛以求盡夫事親,從兄之道焉,亦無不可也。明道云:「行仁自孝、弟始。孝、弟是仁之一事,謂之行仁之本則可,謂是仁之本則不可。」其說是矣。
孟子の『尭舜の道は、孝弟のみ』のは、是れ人の良知の發見する最も真切篤厚・蔽昧を容れざる處に就きて人を提省す、君に事え友に處り民を仁し物を愛し、與に凡そ動靜語默の間は、都只是彼の那一念の親に事え兄に從う真誠惻怛の良知を致す、即ち自然道ならざる無し。蓋し天下の事雖れ千變萬化して、至りて窮詰す可からずとも、而して但し惟れ此の親に事え兄に從う一念の真誠惻怛の良知を致して以て之に應ずれば、則ち更に遺缺滲漏の有る無し、正しく其の只此の一箇の良知有るの緣故を謂う。親に事え兄に從う一念の良知の外は、更に致し得る可き良知有る無し。故に曰く『尭舜の道は、孝弟のみ矣』。此れ便ち是れ『惟精惟一』の學と為る所以、之を四海に放けば而して皆準たり、『諸を後世に施して而して朝夕無し』。文蔚曰く『親に事え兄に從うの間に於て、而して所謂良知の學を求めんと欲す』。自己の用功得力する處に就きて此の如く説くも、亦た可ならざる無し。若し其の良知の真誠惻怛を致して以て夫の親に事え兄に從うの道を尽くさんことを求むと説くも、亦た可ならざる無し。明道曰く『仁を行うは孝・弟より始まる。孝・弟是れ仁の一事、之を仁を行うの本と謂えば則ち可なり、是れ仁の本と謂えば則ち可ならず』。其の説是れ矣。
○「億、逆、先覺」之說,文蘭謂「誠則旁行曲防,皆良知之用」,甚善甚善!閒有攙搭處,則前已言之矣。惟浚之言,亦未為不是。在文蔚須有取於惟浚之言而後盡,在惟浚又須有取於文蔚之言而後明:不然,則亦未免各有倚著之病也。舜察邇言而詢芻堯,非是以邇言當察,芻堯當詢,而後如此,乃良知之發見流行,光明圓瑩,更無罣礙遮隔處,此所以謂之大知;才有執著意必,其知便小矣。講學中自有去取分辨,然就心地上著實用工夫,卻須如此方是。
『億・逆・先覺』の説は、文蔚は『誠なれば則ち旁行曲防して、皆良知の用』と謂う、甚だ善甚だ善。間に搀搭の處有れば、則ち前面已に説き過ぎ矣。惟浚の言も、亦た未だ是ならざるを為さず。文蔚に在りては須く惟浚の言に取る所有りて而る後尽くし、惟浚に在りては又須く文蔚の言に取る所有りて而る後明らかならん。然らざれば、則ち亦た未免各々倚著の病有り。舜は邇言を察して而して芻蕘に詢うは、是れ邇言を以て當に察すべく芻蕘を以て當に詢うべくして而る後此の如くするに非ず、乃ち是れ良知の發見流行して、光明圓瑩にして、更に罣礙遮隔の處無し、此れ便ち是れ大知と謂う所以。才に執著意必有れば、其の知便ち小矣。講學の中自ら去取分辨有り、然るに心地の上に就きて著實に工夫を用うるは、却って須く此の如くして才に是れ。
○「盡心」三節,區區曾有「生知、學知、困知」之說,頗已明白,無可疑者。蓋盡心、知性、知天者,不必說存心、養性,事天不必說殀壽不貳、修身以俟,而存心、養悾與修身以俟之功已在其中矣:存心、養性、事天者,雖未到得盡心、知天的地位,然已是在那裡做個求到盡心、知天的工夫,更不必說殀壽不貳,修身以俟,而殀壽不貳,修身己俟之功已在其中矣。譬之行路,盡心、知天者,如年力壯健之人,既能奔走往來於數千裡之間者也:存心、事天者,如童樨之年,使之學習步趨於庭除之間者也。殀壽不貳、修身以俟者,如襁褓之孩,方便之扶穡傍壁,而慚學起立移步者也。既已能奔走往來於數千裡之間者,則不必更使之於庭除之間而學步趨,而步趨於硅除之間,自無弗能矣。既已能步趨於庭除之間,則不必更使之扶牆傍壁而學起立移步,而起立栘步自無弗能矣。然學起立移步,便是學步趨庭除之始,學步趨啀除,便是學奔走往來於數千裡之基,固非有二事,但其工夫之難易則相去懸絕矣。心也,性也,天也,一也。故及其知之成功則一。然而三者人品力量,自有階級,不可躐等而能也。細觀文蘭之論,其意以恐盡心、知天者,廢卻存心、修身之功,而反為盡心、知天之病:是蓋為聖人憂工夫之或間斷,而不知為自己憂工夬之未真切也。吾躋用工,卻須專心致志,在殀壽不貳、修身以俟上做,只此便是做盡心、知天工夫之始:正如學期起立移步,便是學奔走千里之始。吾方自慮其不能起立移步,而豈遽其不能奔走千里,又況為奔走千里者而慮其或遺忘於赸立移步之習哉?文蔚識見本自超絕邁往,而所論云然者,亦是未能脫去舊時解說文羕之習,是為此三段書分疏比臺,以求融會貫通,而自添許多薏見纏繞,反使用功不專一也;
『心を尽くす』の三節は、我曾て『生知・學知・困知』の説有り、頗る已に明白にして、疑う可き無し。蓋し心を尽くし性を知り天を知るは、必ずしも心を存し性を養い天に事えるを説くを須いず、亦た必ずしも夭壽貳らず身を修めて以て俟つを説くを須いず、而して心を存し性を養い與に身を修めて以て俟つの功已に其の中に在り。心を存し性を養い天に事えるは、雖れ未だ心を尽くし天を知るの地位に到得ずとも、然るに已に是れ那の處に在りて個の心を尽くし天を知るに到らんことを求むるの工夫を做し、更に必ずしも夭壽貳らず身を修めて以て俟つを説くを須いず、而して夭壽貳らず身を修めて以て俟つの功已に其の中に在り。之を譬えんに路を行くに、心を尽くし天を知るは、年力壯健の人の如く、已に能く數千里の間に奔走往來する。心を存し天に事えるは、童稚の年の如く、之をして庭除の間に步趨を學習せしむ。夭壽貳らず身を修めて以て俟つは、襁褓の孩の如く、方に之をして牆を扶け壁を傍えて、而して漸く起立移步を學ばしむ。既に已に能く數千里の間に奔走往來すれば、則ち必ずしも更に之をして庭除の間に於て而して步趨を學ばしめず、而して庭除の間に步趨するは、自ら能わざる弗し。既に已に能く庭除の間に步趨すれば、則ち必ずしも更に之をして牆を扶け壁を傍えて而して起立移步を學ばしめず、而して起立移步は自ら能わざる弗し。然るに起立移步を學ぶは、便ち是れ步趨庭除を學ぶの始。步趨庭除を學ぶは、便ち是れ數千里の間に奔走往來を學ぶの基、固より二事有るに非ず、但し其の工夫の難易は則ち相去ること懸絕す。心也、性也、天也は、一なり。故に其の知之成る功に及べば則ち一。然るに三者の人品力量は、自ら階級有り、躐等して而して能くす可からず。細かに文蔚の論を觀れば、其の意似乎恐らくは心を尽くし天を知るの心を存し身を修むるの功を廢却して、而して反って心を尽くし天を知るの病と為らんと、これ蓋し是れ聖人の為めに工夫の或いは間斷するを憂えて、而して自己の為めに工夫の未だ真切ならざるを憂うるを知らず。我ら工を用うるは、却って須く専心致志して、夭壽貳らず身を修めて以て俟つの上に於て做し、只此れ便ち是れ心を尽くし天を知るの工夫を做すの始。正しく那の起立移步を學ぶが如く、便ち是れ千里を奔走するを學ぶの始。我方に自ら其の能く起立移步せざるを慮る、而して豈に遽に其の能く千里を奔走せざるを慮らん、又況んや千里を奔走するの為めに而して其の或いは起立移步の習に遺忘するを慮るに於いてをや。文蔚の識見本來自ら超絕邁往す、而して論ずる所此の如きは、亦た是れ未だ能く舊時の文義を解説するの習を脱去せず、是れ此の三段の書の為めに分疏比擬して、以て融會貫通を求め、而して自ら許多の意見纏繞を添え、反って用功をして専一ならざらしむ。
近時懸空去做勿忘、勿助者,其意見正有此病,最能擔誤人,不可不滌除耳。
(先生続いて曰く:)近時懸空に去りて忘る勿かれ助くる勿かれを做するは、其の意見正しく此の病有り、最も能く人を耽誤す、滌除せざる可からず。
○所謂「兼德性而道問學」一節至當歸一,更無可疑。此便是文蔚曾著實用功,然後能為此言。此本不是險僻難見的道理,人或意見不同者,還是良知尚有纖翳潛伏,若除去此纖翳,即自無不洞然矣。
所謂『德性を尊びて而して學を問うに道る』の一節は、至當にして一に歸す、更に疑う可き無し。此れ便ち是れ文蔚曾て著實に用功して、然る後に能く此の言を為す。此れ本是れ險僻難見の道理に非ず。人或いは意見同じからざるは、還た是れ良知尚お纖翳潛伏有り。若し此の纖翳を除去せば、即ち自ら洞然たらざる無し。
○已作書後,移臥薝閒,偶遇無事,遂復答此文蔚之學既已得其大者,此等處久當釋然自解,本不必屑屑如此分疏:但承相愛之厚,千里差人遠及,諄諄下問,而竟虛來意,又自不能已於言也。然直憨煩縷已甚,恃在信愛,當不為罪,惟浚處及謙之崇一處,各得轉錄一通寄視之,尤承一體之好也。
已に書を作し後、臥を檐間に移し、偶に事無きに遇い、遂に復た此に答う。文蔚の學既に已に其の大なる者を得れば、此の等の處は久しく當に釋然として自ら解せん、本來必ずしも屑屑として此の如く分疏するを須いず。但し相愛の厚きを承け、千里人を差して遠く及び、諄諄として下問し、而して竟に來意を虛しくす、又自ら能く言に已まざる無し。然るに直憨煩縷已に甚だし、信愛に恃む在り、當に罪を為さざるべし。惟浚の處及び謙之・崇一の處は、各々一通を轉錄して寄せて之を視しめんことを得たり、尤も一體の好を承く。
右南大吉錄
右は南大吉の錄
訓蒙大意示教讀劉伯頌等
蒙を訓する大意を教讀の劉伯頌等に示す
○古之教者,教以人倫:後世記誦詞章之習超,而先王之教亡。今教童子,惟當以孝弟忠信禮義廉恥為專務;其栽培涵養之方,則宜誘之歌詩以發其志意,導之習禮以肅其威儀,諷之讀書以開其知覺。今人往往以歌詩、習禮為不切時務,此皆末俗庸鄙之見,烏足以知古人立教之意哉!大抵童子之情,樂嬉遊而憚拘檢,如草木之始萌芽,舒暢之則利達,摧撓之則衰痿。今教童子必使其趨向鼓舞,中心喜悅,則其進自不能已:譬之時雨春風,沾被卉木,莫不萌動狻赸,自然日長月化:若冰霜剝落,則生意蕭索,日就枯槁矣:故凡誘之歌詩者,非但發其志意而已,亦所以洩其跳號呼嘯於詠歌,宣其幽抑結滯於音節也:導之習禮者,非但肅其威儀而已,亦所以周旋揖讓而動盪其血脈,拜起屈伸而固束其筋骸也:諷之讀書者,非但開其知覺而已,亦所以沉潛反覆而存其心,抑揚諷誦以宣其志也:凡此皆所以順導其志意,調理其性情,潛消其鄙吝,默化其廘頑,日使之漸於禮義而不苦其難,人於中和而不知其故,是蓋先王立教之微意也;若近世之訓蒙摨者,日惟督以句讀課仿,責其檢束而不知導之以禮,求其聰明而不知養之以善,鞭撻繩縛,若待拘囚;彼視學舍如囹獄而不肯入,視師長如寇仇而不欲見,窺避掩覆以遂其嬉遊,設詐飾洈以肆其頑鄙,偷薄庸劣,日趨下流。是蓋驅之於惡而求其為善也,何可得乎!凡吾所以教,其意實在於此。恐時俗不察,視以為迂,且吾亦將去,故特叮嚀以告。爾諸教讀其務體吾意,永以為訓,毋輒因時俗之言,妀廢其繩墨,庶成「蒙以養正」之功矣,念之念之!
古の教うる者は、人倫を以て教う。後世記誦詞章の習起こりて、而して先王の教亡ぶ。今童子を教うるは、惟れ當に孝弟忠信禮義廉恥を以て專務と為すべし。其の栽培涵養の方は、則ち宜しく之を歌詩に誘い以て其の志意を發し、之を習禮に導き以て其の威儀を肅くし、之を讀書に諷め以て其の知覺を開くべし。今人往往歌詩・習禮を以て時務に切ならずと為す、此れら皆是れ末俗庸鄙の見、哪裡に古人の教を立つるの意を知るに足らん。大抵童子の情は、嬉游を樂しみ而して拘檢を憚る、草木の萌芽を始むるが如し、之を舒暢すれば則ち利達し、之を摧撓すれば則ち衰痿す。今童子を教うるに必ず其の趨向鼓舞して、中心喜悅せしめば、則ち其の進自ら能く已まず。之を譬えんに時雨春風、卉木に沾被して、萌動發越せざる莫く、自然日に長じ月に化す。若し冰霜剥落すれば、則ち生意蕭索として、日に枯槁に就き矣。故に凡そ之を歌詩に誘うは、非但其の志意を發するのみ、亦た以て其の跳號呼嘯を詠歌に泄し、其の幽抑結滯を音節に宣ぐ所以。之を習禮に導くは、非但其の威儀を肅くするのみ、亦た以て周旋揖讓して而して其の血脉を動蕩し、拜起屈伸して而して其の筋骸を固束する所以。之を讀書に諷めるは、非但其の知覺を開くのみ、亦た以て沉潛反覆して而して其の心を存し、抑揚諷誦して以て其の志を宣ぐる所以。凡そ此れ皆是れ其の志意を順導し、其の性情を調理し、其の鄙吝を潛消し、其の粗頑を默化し、日に之をして漸く禮義に於いて而して其の難を苦しまず、中和に入りて而して其の故を知らざらしむる所以。これ蓋し是れ先王の教を立つるの微意。若し近世の蒙稚を訓するは、日に惟れ句讀課仿を以て督し、其の檢束を責めて而して之を禮を以て導くを知らず、其の聰明を求めて而して之を善を以て養うを知らず、鞭撻繩縛して、拘囚を待つが若し。彼は學舍を視ること囹獄の如くして而して入るを肯んじず、師長を視ること寇仇の如くして而して見んことを欲せず、窺避掩覆して以て其の嬉游を遂げ、詐を設け詭を飾りて以て其の頑鄙を肆にし、偷薄庸劣にして、日に下流に趨る。これ蓋し是れ之を惡に驅りて而して其の善を為さんことを求む、何ぞ得る可けん。凡そ我が教える所以は、其の意實に此に在り。恐らく時俗察せず、視て以て迂と為し、且く我も亦た將に去らん、故に特に叮嚀して以て告ぐ。爾の諸の教讀務めて必ず吾が意を體し、永く以て訓と為し、輙ち時俗の言に因りて其の繩墨を改廢する毋れ、庶幾くは『蒙は以て正を養う』の功を成さん。之を念え之を念え。
教約
教約
○每日清晨,諸生參揖畢,教讀以次偏詢諧生:在家所以愛親敬畏之心,得無懈忽未能填切否?溫清定省之儀,得無虧缺未能實賤否?往來街衢步趨禮節,得無放蕩未能謹飭否?一應言行心術,得無欺妄非僻未能忠信篤敬否?諸童子務要各以實對,有則改之,無則加勉;教讀復隨時就事,曲加誨諭開發,然後各退就席肄業。
每日清晨、諸生參揖畢り、教讀依次に遍く諸生に詢う。家に在りて親を愛し長を敬する心は、懈忽せず、未だ真切ならざるを得ざるか。温清定省の儀は、虧缺せず、未だ實踐ならざるを得ざるか。往來街衢步趨の禮節は、放蕩せず、未だ謹飭ならざるを得ざるか。一應言行心術は、欺妄非僻せず、未だ忠信篤敬ならざるを得ざるか。諸童子務めて要く各々實を以て對え、有れば則ち之を改め、無ければ則ち勉めを加えよ。教讀再び隨時に事に就きて、曲く誨諭を加えて開發し、然る後に各々退きて席に就きて肄業す。
○凡歌詩須要整容定氣,清朗其聲音,均審其筇調,毋躁而急,毋蕩而囂,毋餒而懾;久則精神宣暢,心氣和平矣。每學量童生多寡分為四班。每日輪一班歌詩,其餘皆就席斂容肅聽;每五日則總四班遞歌於本學。每朔望集各學會歌於書院。
凡そ歌詩には須く容を整え氣を定め、其の聲音を清朗にし、其の節調を均審にして、躁して急なる毋れ、蕩して囂なる毋れ、餒して懾る毋れ。久しければ則ち精神宣暢し、心氣和平矣。毎學は童生の多寡を量りて四班に分かつ。每日一班を輪にして歌詩せしめ、其の余は皆席に就きて容を斂めて肅く聽く。毎五日は則ち總て四班を本學に於て歌を遞がしむ。毎朔望は各學を集めて書院に於て歌を會す。
○凡習禮需要澄心肅慮,審其儀節,度其容止,毋忽而惰,毋沮而怍,毋徑而野,從容而不失之迂緩,修謹而不矢之拘局。久則禮貌習熟,德性堅定矣。童生班次皆如歌詩。每閒一日則輪一班習禮,其餘皆就席斂容肅觀。習禮之日,免其課仿。每十日則總四班遞習於本學。每朔望則集各學會習於書院。
凡そ禮を習うには須く心を澄まし慮を肅くし、其の儀節を審らかにし、其の容止を度り、忽して惰る毋れ、沮して怍る毋れ、徑して野なる毋れ、從容にして而して之を迂緩に失せず、修謹にして而して之を拘局に失せず。久しければ則ち禮貌習熟し、德性堅定矣。童生の班次は皆歌詩の如し。一日を隔てれば則ち一班を輪にして禮を習わしめ、其の余は皆席に就きて容を斂めて肅く觀る。禮を習うの日は、其の課仿を免ず。毎十日は則ち總て四班を本學に於て習を遞がしむ。毎朔望は則ち各學を集めて書院に於て習を會す。
○凡授書不在徒多,但貴精熟,量其資稟,能二百字者止可挼以一百字,常使精神力量有餘,則無厭苦之患,而有自得之美。諷諵之際;務令專心一志,口誦心惟,字字句句紬繹反覆,抑揚其音節,寬虛其心意,久則義禮浹洽,聰明日開矣。
凡そ書を授くるは徒らに多きに在らず、但し精熟を貴ぶ。其の資稟を量りて、二百字能くするは只可く一百字を以て授け、常に精神力量餘有らしめれば、則ち厭苦の患無くして、而して自得の美有り。諷誦の際は、務めて必ず専心一志、口に誦し心に惟れ、字字句句を䌷繹反覆し、其の音節を抑揚し、其の心意を寬虚にせよ。久しければ則ち義理浹洽して、聰明日に開け矣。
○每日工夫,先考德,次背書誦書,次習禮或作課仿,次複誦書講書,次歌詩。凡習禮歌詩之數,皆所以常存童子之心,使其樂習不倦,而無瑕及於邪僻。教者如此,則知所施矣。雖然,此其大略也;神而明之,則存乎其人。
每日の工夫は、先に德を考え、次に書を背し書を誦し、次に禮を習い或いは課仿を作り、次に復た書を誦し書を講じ、次に詩を歌う。凡そ禮を習い詩を歌うの數は、皆是れ以て常に童子の心を存し、其の習いを樂しみ倦まざらしめ、而して邪僻に及ぶに暇無からしむる所以。教うる者此の如くなれば、則ち施す所を知り矣。雖れ然りとも、此れ是れ其の大略。神にして明らかにするは、則ち其の人に存り。
傳習錄卷下
傳習録卷下
門人漺丸川錄
門人の漺九川の錄
○正德乙亥,九川初見先生於龍江。先生與甘泉先生論「格物」之說。甘泉持舊說。先生日;「是求之於外了,」甘泉曰:「若以格物理為外,是自小其心也。」九川甚喜舊說之是。先生又論「盡心」一章,九川一聞卻遂無疑。後家居,復以「格物」遺質。先生答云:「但能賈地用功,入當自釋。」山閒方自錄《大學》舊本讀之,覺朱子「格物」之說非是:然亦疑先生以意之所在為物,物字未明。巳卯歸自京師,再見先生於洪都。先生兵務倥傯,乘隙講授,首問:「近年用功何如?」九川曰:「近年體驗得『明明德』功夫只是『誠意』。自『明明德於天下』,步步推入根源,到『誠意』上再去不得,如何以前又有『格致』工夫?後又體驗,覺得意之誠撝必先知覺乃可,以顏子『有不善未嘗不知,知之未嘗復行』為證,豁然若無疑:卻又多了『格物』工夫。又思來吾心之靈何有不知意之善惡?只是物慾蔽了:須格去物慾,始能如顏子未嘗不知耳。又自疑功夫顛倒,與『誠意』不成片段。後問希顏。希顏曰:『先生謂挌物致知是誠意功夫,極好。』九川曰:如何是誠意功夫?二希顏令再思體看。九川終不悟,請問。」先生曰:「惜哉!此可一言而悟,惟浚所舉顏子事便是了。只要知身、心、意、知、物是一件。」九川疑曰:「物在外,如何與身、心、意、知是一件?」先生曰:「耳、目、口、鼻、四肢,身也,非心安能視、聽、言、動?心欲視、聽、言、動,無耳、目、口、鼻、四肢亦不能。故無心則無身,無身則無心。但指其充塞處言之謂之身,指其主宰處言之謂之心,指心之發動處謂之意,指意之靈明處謂之知,指意之涉著處謂之物,只是一件。意未有懸空的,必著事物,故欲誠意,則隨意所在某事而挌之,去其人慾而歸於理,則良知之在此事者,無蔽而得致矣。此便是誠意的功夫。
正德乙亥、九川初めて先生に龍江に於て見ゆ。先生は甘泉先生と與に『格物』の説を論ず。甘泉は舊説を持す。先生曰く『是れ之を外に求め矣』。甘泉曰く『若し物を格する理を以て外と為さば、是れ自ら其の心を小にす』。九川甚だ舊説の是を喜ぶ。先生又『心を尽くす』の一章を論ずれば、九川一聞して却って遂に疑無し。後家に居りて、復た『格物』を以て往きて質す。先生答えて曰く『但し能く實地に用功せば、久しく當に自ら釋せん』。山間方に自ら《大學》舊本を錄して之を讀み、朱子の『格物』の説是に非ずと覺え、然るに亦た先生の意の在る所を以て物と為すを疑い、物の字未だ明らかならず。己卯京師より歸りて、再び先生に洪都に於て見ゆ。先生兵務倥偬として、隙に乗じて講授し、首に問う『近年用功如何』。九川曰く『近年體驗して「明德を明らかにす」の功夫只是「意を誠にす」を得たり。「明德を天下に明らかにす」より、步步根源に推入して、「意を誠にす」の上に到りて去りて更に得ず、如何に以前に又「格致」の工夫有るか。後に又體驗して、覺ゆ意の誠僞は必ず先に知覺あらば乃ち可なりと、顏子の「不善有れば未嘗て知らず、知りて未嘗て復た行う」を以て證と為して、豁然として疑無きが若し。却って又「格物」の工夫を多くす。又思い來るに吾が心の靈は何ぞ意の善惡を知らざる有らん。只是物慾蔽い矣。須く物慾を格去して、始めて能く顏子の未嘗て知らざる無きが如くせん。又自ら功夫の顛倒を疑い、與に「意を誠にす」と片段を成さず。後に希顏に問う。希顏曰く「先生は格物致知は是れ誠意の功夫と謂う、極めて好し」。九川曰く「如何に是れ誠意の功夫か」。希顏令して再び思い體して看よ。九川終に悟らず、請問す』。先生曰く『惜しいかな。此れ一言を以て悟る可し。惟浚の擧ぐる所の顏子の事便ち是れ矣。只要く身・心・意・知・物は一件なるを知れ』。九川疑いて曰く『物は外に在り、如何に身・心・意・知と與に是れ一件か』。先生曰く『耳・目・口・鼻・四肢は、是れ身、心に非ざれば怎能視・聽・言・動せん。心視・聽・言・動せんと欲すれども、耳・目・口・鼻・四肢無ければ亦た能わず。故に心無ければ則ち身無く、身無ければ則ち心無し。但し其の充塞する處を指して之を身と謂い、其の主宰する處を指して之を心と謂い、心の發動する處を指して之を意と謂い、意の靈明する處を指して之を知と謂い、意の渉著する處を指して之を物と謂う、只是れ一件。意は未だ懸空の有らず、必ず事物に著く。故に意を誠にせんと欲せば、則ち意の在る所の某事に隨いて而して之を格して、其の人慾を去りて而して理に歸すれば、則ち良知の此事に在る者は、蔽無くして而して致るを得矣。此れ便ち是れ誠意の功夫』。
」九川乃釋然破數年之疑。又問:「甘泉近亦信用《大學》古本,謂『格物』猶言『造道』,又謂窮如窮其巢穴之窮,以身至之也,故格物亦只是隨處醴認天理:似與先生之說漸同。」先生曰:「甘泉用功,所以轉得來。當時與說「親民」字不須改,他亦不信今論『格物」亦近但不須換物字作理字,只還他一物字便是。」後有人問九川曰:「今何不疑物字?」曰:《中庸》曰:『不誠無物。』程子曰:『物來順應』又如『物各付物氣胸中無物』之類皆古人常用字也。」他日先生亦云然。
(九川続いて記す:)九川乃ち釋然として、數年の疑を破る。又問う『甘泉近く亦た《大學》古本を信用して、「格物」を謂う猶ほ「道を造る」を言うがごとく、又窮を謂う其の巢穴を窮むるの窮の如く、身を以て之に至る、故に格物も亦た只是處々に隨いて天理を體認する、似乎先生の説と與に漸く同じ』。先生曰く『甘泉用功する、故に轉じて來るを得たり。當時之と與に「民に親しむ」の字は改むるを須いずと説くも、彼も亦た信ぜず。今「格物」を論ずるも亦た近し、但し須く「物」の字を換えて「理」の字と作すを須いず、只彼に一箇の「物」の字を還せば便ち是れ』。後に或る人九川に問う『今何ぞ物の字を疑わざる』。曰く『《中庸》曰く「誠ならざれば物無し」。程子曰く「物來れば順應す」、又「物各々物に付す」「胸中物無し」の類の如く、皆是れ古人の常用の字』。他日先生も亦た此の如く説く。
○九川問:「近年因厭氾濫之學,每要靜坐,求屏息念慮,非惟不能,愈覺擾擾,如何?」先生曰:「念如何可息?只是要正。」曰:「當自有無念時否?」先生曰:「實無無念時。」曰:「如此卻如何言靜?」曰:「靜未嘗不動,動未嘗不靜。戌謹恐懼即是念,何分動靜。」曰:「周子何以言「定之以中正,仁而主靜?』」曰:「無慾故靜,是「靜亦定,動亦定』的定字,主其本體也;戒懼之念,是活潑潑地,此是天機不息處,所謂『維天之命,於穆不已。』一息便是死,非本體之念郥是私念。」
九川問う『近年泛濫の學を厭うに因りて、每に靜坐せんことを要して、念慮を屏息せんことを求むるに、非惟能わず、愈々擾擾を覺ゆ、怎麼樣か』。先生曰く『念如何に息む可けん。只是要く正ならん』。問う『當に自ら念無きの時有らんか』。先生曰く『實に念無きの時無し』。問う『此の如くは却って如何に靜を言わん』。曰く『靜未嘗て動かざらず、動未嘗て靜ならざらず。戒慎恐懼即ち是れ念、何の動靜を分かたん』。問う『周子何を以て「中正仁義を以て定めて而して靜を主とす」と言うか』。曰く『慾無き故に靜、是れ「靜も亦た定、動も亦た定」の定の字、其の本体に主たり。戒懼の念は、是れ活潑潑地、此れ是れ天機息まざる處、所謂「天の命を維ぐは、於穆として已まず」。一息すれば便ち是れ死。本体の念に非ざれば即ち是れ私念』。
○又問:「用功收心時,有聲、色在前,如常聞、見,恐不是專一。」曰:「如何欲不聞、見?除是槁木死灰,耳聾、目盲則可。只是雖聞、見而不流去便是。」曰:「昔有人靜坐,其子隔壁讀書,不知其勤惰。程子稱其甚敬。何如?」曰:「伊川恐亦是譏地。」
又問う『用功して心を收める時、聲・色前に在りて、常に聞き見るが如く、恐らく是れ専一に非ず』。曰く『如何に聞き見ざらんと欲する。除非れ槁木死灰・耳聾・目盲にして才に可なり。只是雖れ聞き見て而して流れ去らざれば便ち是れ』。問う『從前或る人静坐して、其の子隔壁に讀書せば、其の勤惰を知らず。程子は其の甚だ敬を稱す。怎麼樣か』。曰く『伊川恐らくも亦た是れ彼を譏る』。
○又問:「靜坐用功,頗覺此心收斂;遇事又斷了,旋起個念頭去事上省察:事過又尋舊功,還覺有內外,打不作一片。」先生曰:「此『格物』之說未透。心何嘗有內外?即如惟僣今在此講論,又豈有一心在內照管?這聽講說時專敬,即是那靜坐時心。功夫一貫,何須更起念頭?人須在事上磨練做功夫乃有益:若只好靜,遇事便亂,終無長進。那靜時功夫亦差似收斂,而實放溺也。」後在洪都,復與於中國裳論內外之說,渠皆雲物自有內外,但要內外並著功夫,不可有閒耳,以篔先生。曰:「功夫不離本體,本體原無內外:只為後來做功夫的分了內外,先其本體了,如今正要講明功夫不要有內外,乃是本體功夫:」是日俱有省。
又問う『靜坐用功して、頗る此の心收斂するを覺ゆ。事に遇えば又斷えて、旋に個の念頭を起して事の上に去りて省察す。事過ぎれば又舊功を尋ね、還た覺ゆ內外有りて、一片に打成たざると』。先生曰く『此れ是れ「格物」の説未だ透らざるなり。心何ぞかつて內外有らん。即ち惟浚今此に在りて講論するが如きも、又豈に一心在りて內に照管する有らん。此の聽き講じ説く時の専敬は、即ち是れ那の靜坐する時の心。功夫一貫にして、何ぞ須く更に念頭を起さん。人須く事の上に於て磨鍊して功夫を做して乃ち益有らん。若し只靜を好めば、事に遇えば便ち亂れ、終に長進無し。那の靜時の功夫も差え似たりて收斂するに、而して實に是れ放溺』。後に洪都に在りて、復た于中・國裳と與に內外の説を論ずれば、彼ら皆物自ら內外有り、但し要く內外并びに功夫を著け、間有る可からずと説き、拏りて來りて先生に問う。先生曰く『功夫は本体に離れず、本體原來內外無し。只後來功夫を做するの分かちて內外と為し、本体を失うを為すなり。今や正しく功夫內外有る要無きを講明せんと欲す、乃ち是れ本体の功夫』。是の日皆省有り。
○又問:「陸子之學何加?」先生曰;「濂溪、明道之後,還是象山:只是粗些。」九川曰:「看他論學,篇篇說出骨髓,句句似針膏肓,卻不見他粗。」先生曰:「然尥心上用過功夫,與揣摹依仿、求之文義自不同,但細看有粗扈。用功久,當見之。」
又問う『陸子の學如何』。先生曰く『濂溪・明道の後は、還た是れ象山、只是粗些』。九川曰く『彼の學を論ずるを看るに、篇篇骨髓を説き出だし、句句膏肓に鍼するが似たり、却って彼の粗を見ず』。先生曰く『然り彼心の上に功夫を用い過ぐるは、揣摹依仿して之を文義に求むると與に自ら同じからず、但し細看すれば粗處有り。用功久しくすれば、當に之を見ん』。
○庚辰往虔州再見先生,問:「近來功夫雖若稍知頭惱,然難尋個穩當快樂扈。」先生曰:「爾卻去心上尋個天理,此正所謂理障。此閒有個訣竅。」曰:「請問如何?」曰:「只是致知。」曰:「如何致知。」曰:「爾那一點良知,是爾自家底準則。爾意念著扈,他是便知是,非便知非,更瞞地一些不得。爾只不要欺他,實實落落依著他做去,善便存,惡便去,他這裡何等穩當快樂;此便是『格物』的真訣,『致知』的實功。若不靠著這些真飢,如何去格物?我亦近年體貼出來如此分明,初猶疑只依尥恐有不足,精細看,無些小欠闕。」
庚辰虔州に往きて再び先生に見えて、問う『近來功夫雖れ若く稍々頭腦を知るとも、然るに個の穩當快樂の處を尋ね難し』。先生曰く『汝却って去りて心の上に個の天理を尋ぬ、此れ正しく所謂理障。此の處に個の訣竅有り』。問う『請問如何』。曰く『只是知を致す』。問う『如何に知を致すか』。曰く『汝の那一點の良知は、是れ汝の自家の準則。汝の意念の著く處は、彼是なれば便ち是を知り、非なれば便ち非を知り、更に彼を瞞すに一些も得ず。汝只彼を欺かざるを要せず、實實落落として彼に依りて做し去れば、善なれば便ち存し、惡なれば便ち去れ、彼此の處何等か穩當快樂。此れ便ち是れ「格物」の真訣、「致知」の實功。若し此れらの真機に靠著せざれば、如何に去りて物を格せん。我も亦た是れ近年體貼して出だす此の如く分明、初め猶ほ疑う只彼に依れば恐らく足らざる有らんと、精細に看れば、些小の欠缺無し』。
○在虔與於中謙之同侍。先生曰:「人胸中各有個聖人,只自信不及,都自埋倒了。」因顧於中曰:「爾胸中原是聖人。」於中起不敢當。先生曰:「此是爾自家有的,如何要推?」於中又曰:「不敢。」先生曰:「眾人皆有之,況在於中,卻何故謙起來?謙亦不得;」於中乃笑受。又論「良知在人,隨你如何不能泯滅,雖盜賊亦自知不當為盜,喚尥怍娀,地還忸怩;」於中曰:「只是物慾遮蔽:良心在內,自不會失,如雲自蔽日,口何嘗矢了;」先生曰:「於中如此聰明,地人見不及此。」
虔に在りて、于中・謙之と與に同じく侍す。先生曰く『人の胸中各々個の聖人有り、只自信及ばず、皆自ら埋倒す』。因りて于中を顧みて曰く『汝の胸中原來是れ聖人』。于中起きて敢えて當らず。先生曰く『此れ是れ汝の自家の有る所、如何に推せんことを要する』。于中又曰く『敢えてせず』。先生曰く『衆人皆之を有り、況んや于中に在りては、却って何故謙し來る。謙するも亦た得ず』。于中乃ち笑みて受く。又『良知は人に在りて、汝如何にするに隨うとも能く泯滅せず、雖れ盜賊も亦た自ら當に盜を為すべからずを知り、彼を喚びて賊と作さば、彼還た忸怩す』と論ず。于中曰く『只是物慾遮蔽す。良心は內に在りて、自ら失う會す無し、雲自ら日を蔽うが如く、日何ぞかつて失せん』。先生曰く『于中此の如く聰明、他人の見は此に及ばず』。
○先生曰:「這些子看得透徹,隨他千言萬語是非誠偽,到前便明,合得的便是,臺不得的便非,如佛家說『心印』相似,真是個試金石,指南針。」
先生曰く『此れらの子看ること透徹すれば、彼の千言萬語是非誠僞に隨うとも、前に到れば便ち明らか、合するを得れば便ち是れ是、合するを得ざれば便ち是れ非、佛家の「心印」を説くに相似たり、真に個の試金石・指南針』。
○先生曰:「人若知章良心訣竅,隨他多少邪思枉念,這裡一覺,都自消融;真個是靈丹一粒,點鐵成金。」
先生曰く『人若し此の良心訣竅を知れば、彼の多少の邪思妄念に隨うとも、此の處に一たび覺れば、皆自ら消融す。真に個の靈丹一粒、鐵を點じて金と成す』。
○崇一曰:「先生『致知』之旨發盡精縊,看來這裡再去不得。」先生曰:「何言之易也上再用功半年看如何,又用功一年看如何。功夫愈久,愈覺不同,此難口說。」
歐陽崇一曰く『先生の「致知」の旨は精蘊を發尽し、看來此の處に再び去りて得ざらん』。先生曰く『何ぞ言うことの易きや。再び半年用功して看よ如何、又一年用功して看よ如何。功夫愈々久しければ、愈々同じからざるを覺ゆ、此れ口説に難し』。
○先生問:「九川於『致知』之說體驗如何?」九川曰:「自覺不同:往時操持常不得個恰好處,此乃是恰好處。」先生曰:「可知是體來與聽講不同。我初與講時,知爾只是忽易,未有滋味;只這個要妙再體到深處,日見不同,是無窮盡的。」又曰:「此『致知』二字,真是個千古聖傳之秘,見到一逼裡,『百世以俟聖人而不惑』。」
先生問う『九川は「致知」の説に於て體驗如何』。九川曰く『自ら覺ゆ同じからずと。往時操持すれば常に個の恰好處を得ず、此れ乃ち是れ恰好處』。先生曰く『以て是れ體來と聽講と與に同じからざるを知る可し。我初めて與に講ずる時は、汝只是忽易にして、未だ滋味有らざるを知れり。只此の要妙再び深處に體到れば、日に同じからざるを見る、是れ窮盡無し』。又曰く『此の「致知」の二字は、真に個の千古聖傳の祕、此の處に見到れば、「百世以て聖人を俟てども而して惑わず」』。
○九川問曰:「伊川說到體用一原、顯微無間處,門人已說是洩天穖:先生『致知』之說,莫亦洩天撥太甚否?」先生曰:「聖人已指以示人,只為後人揜匿,我發明耳,何故說洩?此是人人自有的,覺來甚不打緊一般,然與不用實功人說,亦甚輕忽,可惜彼此無益;無實用功而不得其要者,提撕之甚沛然得力。」
九川問う『伊川體用一源・顯微無間の處を説き到れば、門人已に是れ天機を泄すと説けり。先生の「致知」の説は、莫れ亦た天機を泄する太も甚だしか』。先生曰く『聖人已に指して以て人に示す、只後人の掩匿するを為す、我發明するのみ、何故泄すと説かん。此れ是れ人人自ら有る所、覺え來れば甚だ打緊ならざるが一般。然るに實功を用いざるの人と與に説かば、亦た甚だ輕忽、彼此益無きを惜しむ可し。若し實に用功して而して其の要を得ざるは、之を提撕せば、甚だ沛然として力を得』。
○又曰:「知來本無知,覺來本無覺,然不知則遂淪埋。」
又曰く『知り來れば本來知無く、覺え來れば本來覺無し、然るに知らざれば則ち遂に淪埋す』。
○先生曰:「大凡朋友須箴規指摘處少,誘掖獎勸意多,方是。」後又戒九川云:「與朋友論學,須委曲謙下,寬以居之。」
先生曰く『大凡朋友は須く箴規指摘する處少なく、誘掖獎勸の意多くして、才に是れ』。後に又九川を戒めて曰く『朋友と與に學を論ずるは、須く委曲謙下して、寬に以て之に居らんことを』。
○九川臥病虔州。先生云:「病物亦難格,覺得如何?」對曰:「功夫甚難。」先生曰:「常快活便是功夫。」
九川虔州に臥病す。先生曰く『病の物も亦た格し難し、覺えたる如何』。對えて曰く『功夫甚だ難し』。先生曰く『常に快活すれば便ち是れ功夫』。
○九川問:「自省念慮,或涉邪妄,或預料理天下事,思到極處,井井有味,便繾綣難屏,覺得早則易覺遲則難,用力克治,愈覺扞格,惟稍遷念他事,則隨兩忘。如此廓清,亦似無害。」先生曰:「何須如此,只要在良知上著功夫。」九川曰:「正謂那一時不知。」先生曰:「我這裹自有功夫,何緣得他來:只為爾功夫斷了,便蔽其知。既斷了,則纆續舊功便是,何必如此?」九川曰:「直是難鏖,雖知丟他不去。」先生曰:「須是勇;用功久,自有勇。故曰『是集義所生者;』勝得容易,便是大賈。」
九川問う『自ら念慮を省するに、或いは邪妄に渉り、或いは預め天下の事を料理し、思いて極處に到れば、井井として味有りて、便ち繾綣として屏し難し。覺える早ければ則ち易く、覺る遲ければ則ち難し。力を用いて克治すれば、愈々捍格を覺ゆ。惟れ稍々念を他事に遷せば、則ち隨即両忘す。此の如く廓清するも、亦た似たり害無きと』。先生曰く『何ぞ須く此の如くせん、只要く良知の上に於て功夫を著けよ』。九川曰く『正しく那の一時知らざるを謂う』。先生曰く『我此の處自ら功夫有り、何の緣か彼を來るを得ん。只汝の功夫斷えたるを為す、便ち其の知を蔽う。既に斷えれば、則ち舊功を接續すれば便ち是れ、何ぞ必ずしも此の如くせん』。九川曰く『直に是れ鏖し難し、雖れ知るとも却って彼を丢りて去らず』。先生曰く『須く是れ勇。用功久しければ、自ら勇有り。故に「是れ義を集むるの生ずる所」と説く。勝ち得ること易ければ、便ち是れ大賢』。
○九川問:「此功夫卻於心上禮驗明白,只解書不通。」先生曰:「只要解心。心明白,書自然融會。若心上不通,只要書上文義通,卻自生意見。」
九川問う『此の功夫は却って心の上に於て體驗明白す、只是書を解して通ぜず』。先生曰く『只要く心を解せよ。心明白なれば、書自然融會す。若し心の上に於て通ぜざれば、只要く書の上の文義通ぜんとするは、却って自ら意見を生ず』。
○有一屬官,因久聽講先生之學,曰:「此學甚好,只是簿書訟獄繁難,不得為學。」先生聞之,曰:「我何嘗教爾離了簿書訟獄懸空去講學?爾既有官司之事,便從官司的事上為學,才是真格物。如問一詞訟,不可因其應對無狀,起個怒心:不可因他言語圓轉,生個喜心:不可惡其囑託,加意治之:不可因其請求,屈意從之:不可因自己事務煩冗,隨意苟且斷之;不可因旁人譖毀羅織,隨人意思處之:這許多意思皆私,只爾自知,須精細省察克治,惟恐此心有一毫偏倚,杜人是非,這便是格物致知。簿書訟獄之閒,無非實學。若離了事物為學,卻是著空。」
一箇の屬官有りて、久しく先生の學を聽講するに因りて、曰く『此の學甚だ好し、只是簿書訟獄繁難にして、學を為るを得ず』。先生之を聞きて曰く『我何ぞかつて汝に教えて簿書訟獄を離れて懸空に去りて講學せんとせしめん。汝既に官司の事有れば、便ち官司の事の上に從りて學を為せば、才に是れ真の格物。如し一の詞訟を問えば、其の應對狀無きに因りて、個の怒心を起す可からず。彼の言語圓轉するに因りて、個の喜心を生ず可からず。其の囑託を惡みて、意を加えて之を治め可からず。其の請求に因りて、意を屈して之に從う可からず。自己の事務煩冗するに因りて、意に隨いて苟且して之を斷ず可からず。旁人の譖毁羅織するに因りて、人の意思に隨いて之に處す可からず。此の許多の意思は皆是れ私、只汝自ら知る、須く精細に省察克治して、惟恐るらくは此の心一毫の偏倚有りて、人を是非に枉げんことを、此れ便ち是れ格物致知。簿書訟獄の間は、實學に非ざる無し。若し事物を離れて學を為さば、却って是れ空に著く』。
○虔州將歸,有詩別先生云:「良知何事系多聞,妙合當時已種恨,好惡從之為聖學,將迎無處是幹元」。先生曰,「若未來講此學,不知說好惡從之從個甚麼?」敷英在座曰,「誠然。嘗讀先生大學古本序,不知所說何事。及來聽講許時,乃稍知大意。」
虔州將に歸らんとす、詩有りて先生に別れて曰く『良知何事か多聞に係らん、妙合當時已に根を種え、好惡之に從うは聖學と為り、將迎する處無きは是れ乾元』。(「乾」は底本「干」に作る、此の處當に乾坤の乾に從うべし)先生曰く『若し未だ來りて此の學を講ぜざれば、知らず好惡之に從うは個の什麼に從うと説かん』。敷英座に在りて曰く『誠然。かつて先生の《大學》古本序を讀み、説く所何事なるかを知らず。及び來りて聽講すること許時して、乃ち稍々大意を知る』。
○於中國裳輩同侍食,先生曰︰「凡飲食只是要養我身,食了要消化;若徒蓄橫在肚裡,便成痞了,加何長得肌官?後世擘者博聞多識,留滯胸中,皆傷食之病也。」
于中・國裳の輩同じく食を侍す。先生曰く『凡そ飲食は只是要く我が身を養う、食えば消化せんことを要す。若し徒らに肚裡に蓄積せば、便ち痞と成る、如何に肌膚を長じ得ん。後世の學者は博聞多識して、胸中に留滯す、皆是れ食を傷るの病』。
○先生日﹕「聖人亦是『學知』,眾人亦是『生知』。」問曰︰「何如?」曰︰「這良知人人皆有,聖人只是保全無些障蔽,兢兢業業,疊疊翼翼,自然不息,便也是學,只是生的分敷多,所謂之『生知、安行』;眾人自孩提之童,莫不完具此知,只是障蔽多,然本髓之知自難泯息,雖問學克冶,也只憑他,只是學的分敷多,所以謂之『學知、利行』。」
先生曰く『聖人も亦た是れ「學知」、衆人も亦た是れ「生知」』。問う『怎麼樣か』。曰く『此の良知は人人皆之有り。聖人只是保全して些の障蔽無く、兢兢業業、亹亹翼翼として、自然息まず、便ち亦た是れ學、只是生の分數多し、故に之を「生知・安行」と謂う。衆人は孩提の童より自ら、此の知を完具せざる莫し、只是障蔽多し、然るに本体の知は自ら泯息し難し、雖れ學を問い克治するも、也只彼に憑る、只是學の分數多し、故に之を「學知・利行」と謂う』。
門人黃直錄
門人の黄直の錄
○黃以方問,「先生格致之說,隨時恪物以致其知,則知是一節之知,非全體之知也,何以到得『溥博如天,淵泉如淵』地位?」先生曰:「人心是天.淵。心之本體,無所不該,原是一個天,只為私慾障礙,則天之本體失了:心之理無窮盡,原是一個淵,只為私慾窒塞,則淵之本體失了。如今念念致真知,將此障礙窒塞一齊去盡,則本體已復,便是天、淵了。」乃指天以示之曰:「比如面前見天,是昭昭之天,四外見天,也只是眧眧之天。只為許多房子牆壁遮蔽,便不見天之全體,若撤去房子牆壁,總是一個天矣。不可道跟前天是昭昭之天,外面又不是昭昭之天也。於此便見一節之知郥全體之知,全體之知郥一節之知,總是一個本體。」
黄以方問う『先生の格致の説は、時に隨いて物を格して以て其の知を致せば、則ち知是れ一節の知にして、全體の知に非ず、何を以て「溥博として天の如く、淵泉として淵の如し」の地位に到得せん』。先生曰く『人心是れ天淵。心の本体は、該せざる所無く、原來是一箇の天、只私欲障礙するを為す、則ち天の本体失い矣。心の理は窮盡無く、原來是一箇の淵、只私欲窒塞するを為す、則ち淵の本体失い矣。今や念念に良知を致して、此の障礙窒塞を一齊に去り尽くせば、則ち本体已に復す、便ち是れ天淵矣』。乃ち天を指して以て之に示して曰く『面前天を見るは比するに、是れ昭昭の天。四外に天を見るも、也只是昭昭の天。只許多の房子牆壁の遮蔽するを為す、便ち天の全體を見ず。若し房子牆壁を撤去せば、總て是一箇の天矣。眼前の天是れ昭昭の天、外面は又昭昭の天に非ずと道う可からず。此に於て便ち一節の知即ち全體の知、全體の知即ち一節の知を見る、總て是一箇の本体』。
○先生曰:「聖賢非無功業氣節:但其循著這天理則便是道,不可以事功氣節名矣。」
先生曰く『聖賢并非りて功業氣節無きに、但し其の此の天理に循い著くは便ち是れ道、以て事功氣節に來りて名を称す可からず』。
○「『發憤忘食』是聖人之志如此,真無有已時。『樂以忘憂』是聖人之道如此,真無有戚時。恐不必雲得不得也。」
『「憤を發して食を忘る」は是れ聖人の志向此の如し、真に已むるの時無し。「樂しみて以て憂を忘る」は是れ聖人の道此の如し、真に戚たるの時無し。恐らく必ずしも得ると得ざるとを説き得ず』。
○先生曰﹕「我輩知,只是名隨分限所及;今日良知見在如此,只隨今日所知擴充到底,明日晨知又有開悟,便從明日所知擴充到底,如此方是精一功夫。與人論學,亦須隨人分限所及;如樹有這些萌芽,只把這些水去灌慨,萌芽再長,便又加水,自拱把以至合抱,灌溉之功皆是隨其分限所及,若些小萌芽,有一桶水在,盡要傾上,便浸壤他了。」
先生曰く『我輩の知は、只是各々其の分限の及ぶ所に隨う。今日良知見在る此の如し、只今日の知る所に隨いて擴充して底に到れ。明日良知又開悟有れば、便ち明日の知る所に從りて擴充して底に到れ。此の如くして才に是れ精一の功夫。人と與に學を論ずるも、亦た須く人の分限の及ぶ所に隨うべし。樹に此れらの萌芽有るが如く、只此れらの水を把りて去りて灌溉せよ。萌芽再び長ずれば、便ち又水を加えよ。拱把より以て合抱に至るまで、灌溉の功は皆是れ其の分限の及ぶ所に隨う。若し些小の萌芽に、一桶の水在りて、尽く傾けんと要せば、便ち彼を浸壞す』。
○問知行合一。先生曰:「此須識我立言言宗旨今人學問,只因知、行分作兩件,故有一念猣動,雖是不善,然卻未曾行,便不去禁止。我今說個『知、行合一』,正要人曉得一念發動虛,便即是行了;猣動虛有不善,就將這不善的念克倒了,須要徹根徹底不使那一念不善潛伏在胸中:此是我上上言宗旨。」
知行合一を問う。先生曰く『此れ須く我が立言の宗旨を識れ。今人の學問は、只因りて知・行を分かちて兩件と作す、故に一念發動有れば、雖れ是れ不善なりとも、然るに却って未嘗て行わず、便ち去りて禁止せず。我今個の「知行合一」を説くは、正しく人をして一念の發動する處に曉得せしめんと要す、便ち即ち是れ行い矣。發動する處に不善有れば、就きて此の不善の念を將りて倒し克て、須く徹根徹底して、那の一念不善をして胸中に潛伏せしめざらんことを。此れ是れ我が立言の宗旨』。
○「聖人無所不知,只是知個天理:無所不能,只是能個天理。聖人本體明白,故事事知個天理所在,便去盡個天理:不是本體明後,卻於天下事物都便知得,便做得來也。天下事物,如名物度數、草木鳥獸之類,不勝其煩,聖人須是本體明瞭,亦何緣能盡知得。但不必知的,聖人自不消求知,其所當知的,聖人自能閒人:如『子入太廟,序事間』之類。先儒謂『雖知亦問,敬謹之至』;此說不可通。聖人於禮樂名物,不必盡知,然他知得一個天理,便自有許多節文度數出來,不知能問,亦即是天理節文所在。」
『聖人は知らざる所無し、只是個の天理を知る。能わざる所無し、只是個の天理を能くす。聖人は本体明白にして、故に事事に個の天理の所在を知りて、便ち去りて個の天理を尽くす。是れ本体明らかなる後、却って天下の事物に於て皆便ち知り得都便ち做し來るに非ず。天下の事物は、名物度數・草木鳥獸の類の如く、其の煩に勝えず。聖人須く是れ本体明瞭なれども、亦た何の緣か能く尽く知り得ん。但し必ずしも知らざる可きは、聖人自ら求知るを消えず。其の當に知るべき所は、聖人自ら能く人に問う。「子太廟に入りて、事毎に問う」の類の如し。先儒は「雖れ知るとも亦た問う、敬謹の至り」と謂う、此の説通ず可からず。聖人は禮樂名物に於いて、必ずしも尽く知るを須いず、然るに彼一箇の天理を知り得れば、便ち自ら許多の節文度數出來る有り。知らずして能く問うは、亦た即ち是れ天理節文の所在』。
○問:「先生嘗謂善、惡只是一物。善、惡兩端,如冰、炭相反,如同謂只一物?」先生曰:「至善者,心之本體。本體上才過當些子,便是惡了;不是有一個善,卻又有一個惡來相對也。故善、惡只是一物。」直因聞先生之說,則知程子所謂「善固性也,惡亦不可不謂之性。」又曰:「善、惡皆天理。謂之惡者,本非惡,但於本性上過與不及之閒耳。」其說皆無可疑。○先生嘗謂「人但得好善如好好色,惡惡如惡惡臭,便是聖人。」直初聞之,覺甚易,後禮驗得來,此個功夫著實是難。如一念雖知好善、惡惡,然不知不覺,又夾雜去了。才有夾雜,便不是好善如好好色、惡惡如惡惡臭的心。善能實實的好,是無一念不善矣:惡能實實的惡,是無念及惡矣。如同不是聖人?故聖人之學,只是一誠而已。
問う『先生かつて善・惡は只是一物と謂う。善・惡の兩端は、冰・炭の相反するが如く、如何に只一物と謂うか』。先生曰く『至善なる者は、心の本体。本体の上才に些子過當せば、便ち是れ惡矣。是れ一箇の善有りて、却又一箇の惡有りて來りて相對するに非ず。故に善・惡は只是一物』。黄直因りて先生の説を聞きて、則ち程子の所謂「善固より性なり、惡も亦た之を性と謂わざる可からず」、又「善・惡皆天理。之を惡と謂うは、本來惡に非ず、但し本性の上に於て過と不及の間のみ」を知る、其の説皆疑う可き無し。先生かつて謂う「人但し善を好むこと好色を好むが如く、惡を惡むこと惡臭を惡むが如くなるを得れば、便ち是れ聖人」。黄直初めて之を聞きて、甚だ易しと覺え、後體驗して得來れば、此の個の功夫著實是れ難し。如し一念雖れ善を好み惡を惡むを知るとも、然るに知らず覺えず、又夾雜して去る。才に夾雜有れば、便ち是れ善を好むこと好色を好むが如く、惡を惡むこと惡臭を惡むが如くの心に非ず。善能く實實の好は、是れ善ならざるの念無し。惡能く實實の惡は、是れ惡に及ぶの念無し。如何に是れ聖人に非ざらん。故に聖人の學は、只是一誠のみ。
○問「修道說」言﹁率性之謂道」屬聖人分上事,「修道之謂教」屬賢人分上事。先生日︰﹁眾人亦率性也,但率性在聖人分上較多,故﹃率性之謂道﹄屬聖人事;聖人亦修道也,但修道在賢人分上多,故﹃修道之謂教﹄屬賢人事。」又日︰「︿中庸﹀一書,大抵皆是說修道的事︰放後面凡說君子,說顏淵,說子路,皆是能修道的;說小人,說賢知、愚不肖,說庶民,皆是不能修道的;其它言舜、文、周公、仲尼,至誠至聖之類,則又聖人之自能修道者也。」
《修道説》の「性に率うを道と謂う」は聖人の分上の事に屬し、「道を修むるを教と謂う」は賢人の分上の事に屬すを問う。先生曰く『衆人も亦た性に率う、但し性に率うは聖人の分上に於て較く多し、故に「性に率うを道と謂う」は聖人の事に屬す。聖人も亦た道を修む、但し道を修むは賢人の分上に於て多し、故に「道を修むるを教と謂う」は賢人の事に屬す』。又曰く『《中庸》一書は、大抵皆是れ道を修むるの事を説く。故に後面凡そ君子を説き、顏淵を説き、子路を説くは、皆是れ能く道を修むる。小人を説き、賢知・愚不肖を説き、庶民を説くは、皆是れ能く道を修めざる。其の他舜・文・周公・仲尼を言い、至誠至聖の類は、則ち又是れ聖人自ら能く道を修むる』。
○問︰「儒者到三更時分,掃蕩胸中思慮,空空靜靜,與釋氏之靜只一般,兩下皆不用,此時何所分別?﹂先生日︰「動、靜只是一個。那三更詩分,空空靜靜的,只是存天理,即是如今應事接物的心,如今應事接物的心,亦是循此理,便是那三更時分空空靜靜的心。故動、靜只是一個,分別不得。知得動、靜合一,釋氏毫釐差處亦自莫掩矣。」
問う『儒者三更の時分に到りて、胸中の思慮を掃蕩して、空空靜靜として、釋氏の靜と與に只一般、两下皆用いず、此の時何を以て分別せん』。先生曰く『動・靜只是一箇。那の三更の時分空空靜靜のは、只是天理を存す、即ち是れ如今事に應じ物に接するの心。如今事に應じ物に接するの心も、亦た是れ此の理に循う、便ち是れ那の三更の時分空空靜靜の心。故に動・靜只是一箇、分別するを得ず。動・靜合一を知り得れば、釋氏の毫釐差うる處も亦た自ら掩う莫し』。
○門人在座,有動止甚矜持者。先生曰︰「人若矜持太過,終是有弊。」日﹕「衿得太過,如何有弊?」日︰「人只有許多精神,若專茌容貌上用功,刖於中心照管不及者多矣。」有太直率者,先生曰︰「如今講此學,卻外面全不檢束,又分心與事為二矣。」
門人座に在りて、動止甚だ矜持する有り。先生曰く『人若し矜持太も過ぐれば、終に是れ弊有り』。問う『矜持太も過ぐれば、如何に弊有らん』。曰く『人只有りて許多の精神、若し専ら容貌の上に於て用功せば、則ち中心に於て照管及ばざる多し』。太も直率なる有りて、先生曰く『今や此の學を講ずるに、却って外面全く檢束せず、又心と事とを分かちて二と為す』。
○門人作文送友行,問先生曰︰「作文字不免費思,作了後又一二日常記茌懷。」曰︰「文字思索亦無害;但作了常記在懷,則為文所累,心中有一物矣,此則未可也。」又作詩送人。先生看詩畢,謂日︰「凡作文字要隨我分限所及;若說得太過了,亦非修辭立誠矣。」
門人が文を作りて友の行を送り、先生に問う『文の字を作るに費えて思うを免れず、作し了りて後一二日も常に懷に記す』。曰く『文字思索するも亦た害無し。但し作し了りて常に懷に記すれば、則ち文の累と為る所と為り、心中に一物有り矣、此れ則ち未だ可ならず』。又詩を作りて人を送る。先生詩を看畢りて曰く『凡そ文字を作るは要く我が分限の及ぶ所に隨え。若し説き得て太も過ぐれば、亦た辭を修め誠を立つに非ず』。
○「文公『格物』之說,只是少頭腦。如所謂『察之於念慮之微』,此一句不該與『求之文字之中,驗之於事為之著,索之講論之際』混作一例看,是無輕重也。」
『文公の「格物」の説は、只是少なく頭腦。如し所謂「之を念慮の微に於て察す」の一句は、該せず「之を文字の中に求め、之を事為の著に於て驗し、之を講論の際に索め」と與に混じて作して一例に看るべからず、是れ輕重無し』。
○問有所忿懥一條。先生曰:「忿懥畿件,人心怎能無得,只是不可『有所』耳。幾人忿懥,著了一分意思,便怒得過當,非廓然大公之體了。故有所忿懥,便不得其正也。如今於凡忿懥等件,只是個物來順應,不要著一分意思,便心體廓然大公,得其本體之正了。且如出外見人相鬫,其不是的,我心亦怒:然雖怒,卻此心廓然,不曾動些子氣。如今怒人,亦得如此,方才是正。」
忿懥有る所の一條を問う。先生曰く『忿懟の幾件は、人心怎能無からん、只是「所有る」ならざる可きのみ。凡そ人の忿懥は、一分の意思に著けば、便ち怒りて過當に過ぎ、廓然大公の體に非ず。故に忿懥所有れば、便ち其の正を得ず。今や凡そ忿懥等の件に於いては、只是個の物來れば順應す、一分の意思に著くる要らず、便ち心體廓然大公にして、其の本体の正を得矣。且く外に出でて人の相い鬥うを見るが如く、其の是ならざるは、我が心も亦た怒る。然るに雖れ怒るとも、却って此の心廓然として、曾て些子の氣を動かさず。今や人を怒るも、亦た此の如くなるを得て、才に是れ正なり』。
○先生嘗言:「佛氏不著相,其實著了相,吾儒著相,其實不著相。」請問。曰:「佛怕父子累,卻逃了父子,怕君臣累,卻逃了君臣,怕夫婦累,卻逃了夫婦,都是為個君臣、父子、夫婦著了相,便須逃避。如吾懦有個父子,還他以仁,有個君臣,還尥以義,有個夫婦,還他以別,何曾著父子、君臣、夫婦的相?以下門人黃修易錄
先生かつて言う『佛氏は相に著かず、其の實相に著き矣。吾が儒は相に著く、其の實相に著かず』。請問す。曰く『佛は父子の累を怕れて、却って父子を逃げ矣。君臣の累を怕れて、却って君臣を逃げ矣。夫婦の累を怕れて、却って夫婦を逃げ矣。皆是れ個の君臣・父子・夫婦に相に著きたるを為す、便ち須く逃避せん。吾が儒の個の父子有るが如くは、彼に仁を以て還す。個の君臣有れば、彼に義を以て還す。個の夫婦有れば、彼に別を以て還す。何ぞかつて父子・君臣・夫婦の相に著けん』。以下は門人の黄修易の錄する所。
○黃勉叔問:「心無惡念時,此心空空蕩蕩的,不知亦須存個善念否?」先生曰:「既去惡念,便是善念,便復心之本體矣:譬如日光被雲來遮蔽,雲去光已復矣。若惡念既去,又要存個善念,即是日光之中添燃一燈。
黄勉叔問う『心に惡念無き時は、此の心空空蕩蕩なり、知らず亦た須く個の善念を存するか』。先生曰く『既に惡念を去れば、便ち是れ善念、便ち心の本体を復す矣。譬如ば日光雲に被來られて遮蔽せられ、雲去れば光已に復す。若し惡念既に去りて、又要く個の善念を存せば、即ち是れ日光の中に一燈を燃し添うる』。
○問﹕「近來用功,亦頗覺妄念不生,但腔子裡黑窸窸的,不知如何打得光明?」先生曰﹕「初下手用功,如何腔子裡便得光明?譬如奔流濁水,繞聹在缸裡,初然雖定,也只是昏濁的;須矣澄定既久,自然渣滓盡去,復得清來。汝只要在良知上用功;良知存入,黑窸窸自能光明也。今便要責效,卻是助長,不成工夫。」
問う『近來用功して、亦た頗る妄念生ぜざるを覺ゆ、但し腔子裡黑窣窣として、如何に光明を打ち得るかを知らず』。先生曰く『初めて下手して用功すれば、如何に腔子裡便ち光明を得ん。譬如ば奔流の濁水を、才に缸裡に貯えて、初め然として雖れ定まるとも、也只是昏濁なり。須く是れ澄定既に久しく、自然渣滓尽く去りて、復た清を得來らん。汝只要在りて良知の上に用功せよ。良知存ること久しければ、黑窣窣自ら能く光明す。今便ち效を責めんと要するは、却って是れ助長、功夫を成さず』。
○先生曰﹕「吾教人『致良知』,在『格物』上用功,卻是有根本的學問;日長貂一日,愈久愈覺精明。世儒教人事事物物上去尋討,卻是無根本的學問;方其莊時,雖暫能外面飾,不見有過,老則精神衰邁,終須放倒;譬如無根之樹,移栽水邊,雖暫時鮮好,終久要憔悴。」
先生曰く『我人に教えて「良知を致す」に「物を格す」の上に於て用功せしむるは、却って是れ根本有るの學問、日に長進して一日、愈々久しく愈々精明を覺ゆ。世の儒者は人に教えて事事物物の上に去りて尋討せしむるは、却って是れ根本無きの學問。方に其の壯の時は、雖れ暫く能く外面粉飾して過有るを見ずとも、老すれば則ち精神衰邁して、終に須く放倒せん。譬如ば根無きの樹を、水邊に移栽して、雖れ暫時鮮好なりとも、終久憔悴せんと要す』。
○問「志於道」一章。先生曰﹕「只『志道』一句,便含下面數句功夫,自住不得。譬如做此屋,『志於道』是念念要去擇地鳩材,經營成個區宅;『據德』卻是經畫已成,有付據矣;『依仁』卻是常常住在區宅內,更不離去;『遊藝』卻是加些畫採,美此區宅。藝者義也,理之所宜者也。如誦詩、讀書、彈琴、習射之類,皆所以調習此心,使之熟於道也。苟不知道而遊藝,卻如無狀小子,不先去置造區宅,只管要去買畫掛做門面。不知將掛在何處?」
『道に志す』の一章を問う。先生曰く『只「道に志す」の一句は、便ち下面の數句の功夫を含む、自ら住るを得ず。譬如ば此の屋を做るに、「道に志す」是れ念念に去りて地を擇び材を鳩め、經營して個の宅子を成さんとす。「德に據る」は却って是れ經畫已に成りて、據る所有り。「仁に依る」は却って是れ常常に宅子の內に住在して、更に離れ去らず。「藝に游ぶ」は却って是れ些の畫采を加えて、此の宅子を美しくす。藝とは、義なり、理の宜しい所。如し詩を誦し書を讀み琴を彈き射を習うの類は、皆是れ以て此の心を調習して、之を道に熟せしむる所以。假如道を知らずして而して藝に游べば、却って狀無き小子の如く、先に去りて宅子を置造せずして、只管去りて畫を買い掛けて門面を做さんと要し、將に何の處に掛けんとするを知らず』。
○問:「讀書所以調攝此心,不可缺的。但讀之之時,一種科目意思牽引而來,不知同以免此?」先主曰:「只要良知真切,雖做舉榮,不為心累,雖有累,亦易覺克之而已。且如讀書時,良知知得強記之心不是,即克去之,有欲速之心不是,即克去之,有誇多鬥靡之心不是,即克去之:如此亦只是終日與聖賢印對,是個純乎天理之心。任他讀書,亦只是調攝此心而已,何累之有?」曰:「雖蒙開示,奈負質庸下,實難免累:竊聞窮通有命,上智之人,恐不屑此不肖為聲利牽纖,甘心為此,徙自苫耳。欲屏棄之,又制於親,不能捨去,奈何?」先生曰:「此事歸辭於親者多矣;其實只是無志。志立得時,良知千事萬事只是一事。讀書作文,安能累人,人自累於得失耳!」因嘆曰:「此學不明,不知此處擔擱了幾多英雄漢!」
問う『讀書は以て此の心を調攝する所以、缺く可からざるなり。但し之を讀むの時は、一種の科目の意思牽引して而して來る、如何に以て此を免れんかを知らず』。先生曰く『只要く良知真切ならん、雖れ科擧を做すとも、心の累と為らず。雖れ累有りとも、亦た易く覺えて而して之に克つのみ。且く讀書する時の如くは、良知知り得て強記の心是ならざれば、即ち之を克去す。速を欲するの心是ならざる有れば、即ち之を克去す。多を誇り靡を鬥わすの心是ならざる有れば、即ち之を克去す。此の如くも亦た只是終日聖賢と與に印對して、是れ個の純乎たる天理の心。彼の讀書に任せるも、也只是此の心を調攝するのみ、何の累か之有らん』。曰く『雖れ開示を蒙るとも、資質庸下にして、實に累を免れ難し。竊かに聞く窮通は命有り、上智の人は恐らく此を屑とせず。不肖は聲利に牽纏せられ、甘心して此を為す、徒らに自ら苦しむのみ。之を屏棄せんと欲すれば、又親に制せられ、能く舍て去る能わず、奈何』。先生曰く『此の事は親に歸辭する多し、其の實只是志無し。志立ち得る時は、良知は千事萬事只是一事。讀書作文は、安んぞ能く人を累さん。人自ら得失に於て累わるのみ』。因りて歎息して曰く『此の學明らかならず、此の處に於て幾多の英雄漢を擔擱したるかを知らず』。
○問:「『生之謂性』,告子亦說得是,孟子如何非之?」先生曰﹕「固是性,但告子認得一邊去了,不曉得頭腦;若曉得頭腦,如此說亦是。孟子亦曰:「形色,天性也」,這也是指氣說。」又曰﹕「凡人信口說,任意行,皆說此是依我心性出來,此是所謂生之謂性;然卻要有過差。若曉得頭腦,依吾良知上說出來,行將去,便自是停當。然良知亦只是這口說,這身行,巖能外得氣,別有個去行去說:故曰:『論性不論氣,不備:論氣不論性,不明。』氣亦性也,性亦氣也,但須認得頭腦是當。」
問う『「生を性と謂う」は、告子も亦た説き得て是なり、孟子如何に之を非とすか』。先生曰く『固より是れ性、但し告子は一邊を認得して去り矣、頭腦を曉得せず。若し頭腦を曉得せば、此の如く説くも亦た是なり。孟子も亦た曰く「形色は、天性なり」、此れも亦た是れ氣を指して説く』。又曰く『凡そ人信口に説き任意に行うは、皆此を是れ我が心性に依りて出來ると説く、此れ是れ所謂生を性と謂う、然るに却って要く過差有らん。若し頭腦を曉得して、吾が良知の上に依りて説き出だし行い將去れば、便ち自ら是れ停當。然るに良知も亦た只是此の口説、此の身行い、豈に能く氣の外に得て、別に個の去りて行い去りて説く有らん。故に曰く「性を論じて氣を論ぜざれば、備わらず。氣を論じて性を論ぜざれば、明らかならず」。氣も亦た是れ性、性も亦た是れ氣、但し須く頭腦妥當を認得すべし』。
○又曰:「諸君功夫,最不可『助長』。上智絕少,學者無超入聖人之理。一起一伏,一進一退,自是功夫節次。不可以我前日用得功夫了,今卻不濟,便要矯強做出一個沒破綻的模樣,這便便是『助長』,連前些子功夫都壞了。此非小過。譬如行路的人遭一蹶跌,起來便走,不要欺人做那不曾跌倒的樣子出來。諸君只要常常懷個『遁世無悶,不見是而無悶』之心,依此良知忍耐做去,不管人非笑,不管人毀謗,不管人榮辱,任他功夫有進有退,我只是這致良知的主宰,不息久久,自然有得力處,一切外事亦自能不動。」又曰:「人若著實用功隨人毀謗,隨人欺慢,處處得益,處處是進德之資;若不用功,只是魔也,終被累倒。」
又曰く『諸君の功夫は、最も「助長」す可からず。上智絕えて少なし、學者は超入して聖人の理無し。一起一伏・一進一退は、自ら是れ功夫の節次。以て我前日に功夫を用い得たり、今却って濟らず、便ち矯強して一箇の破綻無きの模樣を做出さんと要する可からず、此れ便ち是れ「助長」、前の些子の功夫を連ねて皆壞れ矣。此れ小過に非ず。譬如ば路を行くの人一蹶跌に遭うて、起きて便ち走る、人を欺きて那の曾て跌倒せざるの樣子を做出す要らず。諸君只要く常常に個の「世を遁れて悶え無く、是と見えずして而して悶え無し」の心を懷き、此の良知に依りて忍耐して做し去りて、人の非笑を管せず、人の毁謗を管せず、人の榮辱を管せず、彼の功夫の進有り退有るに任せて、我只是此の良知を致すの主宰息まず、久久自然に得力の處有りて、一切の外事も亦た自ら能く動かざらん』。又曰く『人若し著實に用功せば、人の毁謗に隨い、人の欺慢に隨い、處處に益を得、處處是れ德を進むるの資。若し用功せざれば、只是魔、終に累い倒されん』。
○先生一日出遊禹穴,顧田間禾曰:「能幾同時,又如此長了!」範兆期茌旁曰:「此只是有根。學問能自植根,亦不患無長。」先生曰:「人孰無根,良知即是天植靈根,自生生不息;但著了私累,把此恨戕賊蔽寒,不得發生耳。」
先生一日出でて禹穴に游び、田間の禾を顧みて曰く『能く幾時ならば、又此の如く長ぜり』。范兆期旁に在りて曰く『此れ只是根有り。學問能く自ら根を植えば、亦た長無きを患えず』。先生曰く『人孰か根無からん。良知即ち是れ天の植えたる靈根、自ら生生不息す。但し私累に著いて、此の根を把りて戕賊蔽塞し、發生するを得ざるのみ』。
○一友常易動氣責人,先生警之曰:「學須反己;若徒責人,只見得人不是,不見自已非;若能反己,方見自己有許多未盡處,奚瑕責人?舜能化得象的傲,其機括只是不見象的不是。若舜只要正他的奸惡,就見得象的不是矣;象是傲人必不肯相下,如同感化得他?」是友感悔。曰:「你今後只不要去論人之是非,「當責辨人時,就把做一件大己私,克去方可。」
一友常に易く氣を動かして人を責む。先生彼を警醒して曰く『學は須く己に反るべし。若し徒らに人を責めれば、只人の是ならざるを見て、自己の非を見ず。若し能く己に反れば、方に自己に許多の未だ尽くさざる處有るを見ん、奚ぞ人を責むるに暇あらん。舜能く象の傲を化し得たるは、其の機括只是象の是ならざるを見ざるなり。若し舜只要く彼の姦惡を正さんとせば、就きて象の是ならざるを見得矣。象是れ傲るの人、必ず肯んじて相い下らず、如何に感じ化し彼を得ん』。此の友感じ悔ゆ。先生曰く『汝今後只去りて人の是非を論ずる要らず。正しく當に人を責め辨ずる時は、就きて把りて做して一件の大きな己の私と為して、克去して才に可なり』。
○先生曰:「凡朋友問難,縱有淺近粗疏,或露才揚己,皆是病發。當因其病而藥之可也,不可便懷鄙薄之心,非君子與人為善之心矣。」
先生曰く『凡そ朋友の問難は、縱い淺近粗疏有りとも、或いは才を露し己を揚ぐるも、皆是れ病發なり。當に其の病に因りて而して之を藥す可し、便ち鄙薄の心を懷く可からず、那は是れ君子の人と與に善を為すの心に非ず』。
○問:「《易》,朱子主卜筮,程《傳》主理,何如?」先生曰:「卜筮是理,理亦是卜筮。天下之理孰有大於卜筮者乎?只為後世將卜筮專主在占卦上看了,所以看得卜筮似小藝。不知今之「師友問答,博學、審問、慎思、明辨、篤行之類,皆是卜筮。卜筮者,不過求決狐疑,神明吾心而已。《易》是間諸天;人有疑,自信不及,故以《易》問天;謂人心尚有所涉,惟天不容偽耳。」
問う『《易》は、朱子は卜筮に主とし、程《傳》は理に主とす、怎麼樣か』。先生曰く『卜筮是れ理、理も亦た是れ卜筮。天下の理孰れか卜筮より大なる有らん。只後世卜筮を將りて専ら占卦の上に主たりて看るを為す、故に卜筮を看ること小藝に似たりと為す。知らず今の師友の問答・博學・審問・慎思・明辨・篤行の類は、皆是れ卜筮。卜筮とは、不過狐疑を決し、吾が心を神明にするのみ。《易》是れ諸を天に問う。人疑有りて、自ら信ずるに及ばず、故に《易》を以て天に問う。人心尚お渉る所有るを謂う、惟れ天は容れて僞らざるのみ』。
以下門人黃省曾錄
以下門人の黄省曾の錄
○黃勉之問:「『無適也,無莫也,義之與比。』事事要如此否?」先生曰:「固是事事要如此,須是識得個頭腦乃可。義即是良知,曉得良知是個頭腦,方無執著。且如受人饋送,也有今日當受的,他日不當受的。也有今日不當受的,他日當受的。你若執著了今日當受的,便一切受去。執著了今日不當受的,便一切不受去。便是適莫。便不是良知的本體。如何喚得做義?」
黄勉之問う『「適する無く、莫む無し、義と與に比す」、事事に要く此の如くか』。先生曰く『固より是れ事事要く此の如く、須く是れ個の頭腦を識り得て才に可なり。義即ち是れ良知。良知個の頭腦なるを曉得して、方に執著無し。且く人の饋送を受くるが如く、亦た今日當に受くべき・他日當に受くべからざる有り、亦た今日當に受くべからざる・他日當に受くべき有り。汝若し今日當に受くべきに執著すれば、便ち一切受け去らん。今日當に受くべからざるに執著すれば、便ち一切受けず去らん。便ち是れ適莫、便ち是れ良知の本体に非ず。如何に喚び得て義を做さん』。
○問,「『思無邪』一言,如何便蓋得三百篇之義?」先生曰,「豈特三百篇?六經只此一言,便可該貫,以至窮古今天下聖賢的話。『思無邪』一言,也可該貫。此外便有何說?此是一了百當的功夫。」
問う『「思邪無し」の一言は、如何に便ち三百篇の義を蓋い得るか』。先生曰く『豈に特に三百篇のみならん。六經只此の一言は、便ち以て該貫す可し、以て古今天下の聖賢の話を窮むるに至るまで、「思邪無し」の一言も亦た以て該貫す可し。此の外は便ち何の説か有らん。此れ是れ一了百當の功夫』。
○問道心人心。先生曰,「『率性之為道』,便是道心。但著些人的意思在,便是人心。道心本是無聲無臭,故曰微。依著人心行去,便有許多不安穩處,故曰惟危。」
道心人心を問う。先生曰く『「性に率うを道と謂う」は、便ち是れ道心。但し些の人の意思に著いて在れば、便ち是れ人心。道心本來是れ聲無く臭無し、故に微と説く。人心に依り著きて行い去れば、便ち許多の不安穩の處有り、故に惟れ危と説く』。
○問:「『中人以下,不可以語上』,愚的人與之語上尚且不進,況不與之語可乎?」先生曰:「不是聖人終不與語,聖人的心憂不得人人都做聖人;只是人的資質不同,施教不可躐等,中人以下的人,便與他說性、說命,他也不省得,也須慢慢琢磨他起來。」
問う『「中人以下は、以て上を語る可からず」、愚なる人は之と與に上を語るとも尚お進まず、況んや之と與に語らざれば可なりか』。先生曰く『是れ聖人終に與に語らざるに非ず。聖人の心は人々皆聖人を做すを得ざるを憂う。只是人の資質同じからず、教を施すは躐等す可からず。中人以下の人は、便ち之と與に性を説き命を説くとも、彼も亦た省り得ず、亦た須く慢慢彼を琢磨して起き上がらしむべし』。
○一友問:「讀書不記得如何?」先生曰:「只要曉得,如何要記得?要曉得已是落第二義了,只要明得自家本體。若徒要記得,便不曉得:若徒要曉得,便明不得自家的本體。」
一友問う『讀書記え得ざれば如何』。先生曰く『只要く曉得せん、如何に記得せんを要する。曉得せんことを要するは已に第二義に落ち矣、只要く自家の本体を明らかに得よ。若し徒らに記得せんことを要せば、便ち曉得せず。若し徒らに曉得せんことを要せば、便ち自家の本体を明らかに得ず』。
○問:「『逝者如斯』是說自家心性活潑潑地否?」先生曰:「然。須要時時用致良知的功夬,方才活潑潑地,方才與他川水一般;若須臾閒斷,便與天地不相似。此是學問極至處,聖人也只如此。」
問う『「逝く者は斯の如し」は是れ自家の心性活潑潑地を説くか』。先生曰く『是の如し。須く時時に良知を致すの功夫を用いて、方に活潑潑地して、方に那の川水と與に一般ならん。若し須臾間斷すれば、便ち天地と與に相似ず。此れ是れ學問極至の處、聖人も亦た只此の如し』。
○問志士、仁人章。先生曰:「只為世上人都把生身命子看得太重,不問當死不當死,定要宛轉委曲保全,以此把天理卻丟去了,忍心害理,同者不為。若違了天理,便與禽獸無異,便偷生茌世上百千年,也不過做了千百年的禽獸。學者要於此等處看得明白;比干、龍逢,只為也看得分明,所以能成就得他的仁。」
志士・仁人の章を問う。先生曰く『只世上の人皆生身命子を把りて看ること太も重きを為す、當に死すべきか當に死すべからざるかを問わず、定めて要く宛轉委曲して保全し、此を以て天理を把りて却って丢去し、心を忍びて理を害し、何者か為さざらん。若し天理に違えば、便ち禽獸と與に異なる無し、便ち世上に偷生すること百千年すとも、亦不過做して千百年の禽獸と為る。學者は要く此の等の處に於て看ること明白ならん。比干・龍逢は、只亦た看ること分明なるを為す、故に能く其の仁を成就し得たり』。
○問:「叔孫武叔毀仲尼,大聖人如何猶不免於毀謗?」先生曰:「毀謗自外來的雖聖人如同免得?人只貴於自修,若自己實實落落是個聖賢,縱然人都毀他,也說他不著;卻若浮雲揜日如何損得日的光明。若自己是個象恭色莊、不堅不介的,縱然沒一個人說他,他的惡意終須一日發露。所以孟子說『有求全之毀,有不虞之譽:』譭譽在外的,安能避得,只要自修何如爾。」
問う『叔孫武叔仲尼を毁る、大聖人如何に猶ほ毁謗を免れざるか』。先生曰く『毁謗自ら外より來る、雖れ聖人如何に免れ得ん。人只自ら修むるに貴ぶ。若し自己實實落落として個の聖賢なれば、縱令い人皆彼を毁るとも、亦た彼を説き著けず、却って浮雲の日を掩うが若し、如何に日の光明を損じ得ん。若し自己個の恭に象り莊に色して、堅ならず介ならざるなれば、縱令い一人も彼を説く無くとも、彼の惡終に須く一日發露せん。故に孟子曰く「全を求むるの毁有り、虞らざるの譽有り」。毁譽は外に在る、安んぞ能く避け得ん、只要く自ら修むる如何のみ』。
○劉君亮要在山中靜坐。先生曰:「汝若以厭外物之心去求之靜,是反養成一個驕惰之氣了;汝若不厭外物,復於靜處涵養,卻好。」
劉君亮山中に於て靜坐せんことを要す。先生曰く『汝若し外物を厭うの心を以て去りて之を靜に求めば、是れ反って一箇の驕惰の氣を養成せん。汝若し外物を厭わず、復た靜の處に於て涵養せば、却って好し』。
○王汝中、省曾侍坐。先生握扇命曰﹕「你們用扇。」省曾起對日﹕「不敢。」先生曰:「聖人之學不是這等捆縛苦楚的。不是裝做道學的模樣。」汝中曰:「觀仲尼與曾點言志一章略見。」先生曰:「然。以此章觀之,聖人何等寬洪,包含氣象。且為師者問志於群弟子,三子皆整頓以對,至於曾點,瓢飄然不看那三子在眼,自去鼓起瑟來,何等狂態:及至言志,又不對師之問目,都是狂言。設在伊川,彧斥罵起來了。聖人乃複稱許他,何等氣象。聖人教人,不是個束縛尥通做一般,只如狂者便從狂處成就他,狷者便從狷處成就地,人之才氣如何同得。」
王汝中・省曾坐を侍す。先生扇を握りて命じて曰く『你們扇を用いよ』。省曾起きて對えて曰く『敢えてせず』。先生曰く『聖人の學是れ此の等の捆縛苦楚するに非ず、是れ道學の模樣を裝做するに非ず』。汝中曰く『仲尼の曾點と與に志を言うの一章を觀れば略く見えん』。先生曰く『是の如し。此の章を以て之を觀れば、聖人何等か寬洪にして包含の氣象あるか。且く師と為る者は群弟子に志を問うて、三子皆整頓して以て對え、曾點に至りては、飄飄然として那の三子を看て眼に在らず、自ら去りて瑟を鼓起し來る、何等か狂態。及び至りて志を言えば、又師の問目に對えず、皆是れ狂言。設し伊川に在らば、或いは斥罵して起き上がらん。聖人乃ち復た彼を稱許す、何等か氣象。聖人の人に教えるは、個の彼を束縛して通じて一般を做すに非ず。只狂者は便ち狂の處より從りて彼を成就し、狷者は便ち狷の處より從りて彼を成就す。人の才氣如何に同じくするを得ん』。
○先生語陸元靜曰:「元靜少年亦要解五經,志亦好博。但聖人教人,只怕人不簡易,他說的皆是簡易之規:以今人好博之心觀之,卻似聖人教人差了。」
先生陸元靜に語りて曰く『元靜少年も亦た五經を解せんと要し、志も亦た好く博。但し聖人の人に教えるは、只怕るらくは人の簡易ならざるを、彼の説くは皆是れ簡易の規。今人の好博の心を以て之を觀れば、却って似たり聖人の人に教える差えたると』。
○先生曰:「孔子無不知而作;顏子有不善未嘗不知:此是聖學真血脈路。」
先生曰く『孔子は知らずして作す無し。顏子は不善有れば未嘗て知らず。此れ是れ聖學の真血脉路』。
○何廷仁、黃正之、李侯璧、汝中、德洪侍坐。先生顧而言曰:「汝輩學問不得長進,只是卡小上止志。侯璧起而對曰:「珙亦願立志。」先生曰:「難說不立,未是必為聖人之志耳。」對曰:「願立必為聖人之志。」先生曰:「你真有聖人之志,良知上更無不盡:良知上留得些子別唸掛帶,便非必為聖人之志矣。」洪初聞時心若未服,聽說到不覺悚汗。
何廷仁・黄正之・李侯璧・汝中・德洪坐を侍す。先生顧みて而して言いて曰く『汝輩の學問長進を得ざるは、只是未だ小小立志せざるなり』。侯璧起きて而して對えて曰く『珙も亦た立志せんことを願う』。先生曰く『難し立たずと説く、未だ是れ必ず聖人を為すの志のみ』。對えて曰く『願くば必ず聖人を為すの志を立てん』。先生曰く『汝真に聖人の志有れば、良知の上に更に尽くさざる無し。良知の上に些子の別念掛帶を留め得れば、便ち必ず聖人を為すの志に非ず矣』。德洪初めて聞く時心若く未だ服せず、此の處に聽き到りて不覺悚汗す。
○先生曰;「良知是造化的精靈,這些精靈,生天生地,成鬼成帝,皆從此出,真是與物無對。人若復得他完完全全,無少虧欠,自不覺手舞足蹈,不知天地閒更有何樂可代。」
先生曰く『良知是れ造化の精靈。此れらの精靈は、天を生じ地を生じ、鬼を成し帝を成す、皆此より出づ、真に是れ物と與に對無し。人若し彼を復し得て完完全全、少の虧欠無ければ、自ら覺えず手舞足蹈して、天地間に更に何の樂か代わる可きかを知らず』。
○一友靜坐有見,馳問先生。答曰:「吾昔居滁時,見諸生多務知解,口耳異同,無益於得,姑教之靜坐;一時藽見光景,頗收近效:久之漸有喜靜厭動,流入枯槁之病,或務為玄解妙覺,動人聽聞。故邇來只說『致良知』。良知明白,隨你去靜處體悟也好。隨你去事上磨練也好,良知本體原是無動無靜的:此便是學問頭腦。我這個話頭,自滁州到今,亦較過幾番,只是『致良知』三字無病。醫經摺肱,方能察人病理。」
一友靜坐して見有り、馳せて先生に問う。答えて曰く『我昔滁に居る時、諸生の多く知解を務め、口耳に異同して、得に益無きを見、姑く之を靜坐に教えしめり。一時光景を窺見して、頗る近效を收めり。久しくして漸く靜を喜び動を厭い、枯槁に流入するの病有り、或いは務めて玄解妙覺を為して、人の聽聞を動かす。故に邇來只是「良知を致す」を説く。良知明白なれば、汝の去りて靜の處に於て體悟するに隨うも亦た好し、汝の去りて事の上に於て磨鍊するに隨うも亦た好し、良知の本体原來是れ動無く靜無し。此れ便ち是れ學問の頭腦。我此の個の話頭は、滁州より今に到るまで、亦た幾番か較え過ぐり、只是「良知を致す」の三字病無し。醫は肱を折るを經て、方能く人の病理を察す』。
○一友問:「功夫欲得此知時時接續,一切應感處反覺照管不及,若去事上週旋,又覺不見了。如何則可?」先生曰:「此只認良知未真,尚有內外之閒。我這裡功夫不由人急心,認得良知頭惱是當,去樸實用功,自會透徹。到此便是內外兩忘,又何心事不合一。」
一友問う『功夫此の知を得て時時に接續せんと欲するに、一切の應感する處反って照管及ばざるを覺ゆ。若し去りて事の上に於て周旋せば、又見えず了るを覺ゆ。如何にして才に可ならん』。先生曰く『此れ只是良知を認むる未だ真ならず、尚お內外の間有り。我此の處の功夫は人の急心に由らず。良知の頭腦妥當を認得して、去りて樸實に用功せば、自ら會して透徹せん。此に到れば便ち是れ內外両忘、又何の心事合一せざるか有らん』。
○又曰:「功夫不是透得這個真機,如何得他充實光輝?若能透得時,不由你聰明知解接得來。須胸中渣滓渾化,不使有毫髮沾帶始得。」
又曰く『功夫是れ此の個の真機を透り得ざれば、如何に彼を得て充實光輝せん。若し能く透り得る時は、汝の聰明知解の接し得來るに由らず。須く胸中の渣滓渾化して、毫髮の沾帶有らしめざらして才に得』。
○先生曰:「『天命之謂性』,命即是性。『率性之謂道』,性即是道;『修道之謂教』,道即是教。」
先生曰く『「天の命を性と謂う」は、命即ち是れ性。「性に率うを道と謂う」は、性即ち是れ道。「道を修むるを教と謂う」は、道即ち是れ教』。
○問:「如何道即是教?」曰:「道即是良知:真知原是完完全全,是的還他是,非的還他非,是非只依著他,更無有不是處,這真知還是你的明師。」問:「『不睹不聞』是說本禮,『戒慎恐懼』是說功夫否?」先生曰:「此處須信得本體原是不睹不聞的,亦原是戒慎恐懼的,戒慎恐懼不曾在不睹不聞上加得些子。見得真時,便謂戒慎恐懼是本體,不睹不聞是功夫亦得。」
問う『如何に道即ち是れ教か』。曰く『道即ち是れ良知。良知原來是れ完完全全、是なるは彼を還して是と為し、非なるは彼を還して非と為し、是非只彼に依り著いて、更に是ならざるの處有る無し。此の良知還た是れ汝の明師』。問う『「睹えず聞こえず」是れ本体を説き、「戒慎恐懼」是れ功夫を説くか』。先生曰く『此の處須く信じ得て本体原來是れ睹えず聞こえざる、亦た原來是れ戒慎恐懼なり。戒慎恐懼は曾て睹えず聞こえざるの上に於て些子を加え得ず。真を見得る時は、便ち戒慎恐懼を是れ本体、睹えず聞こえずを是れ功夫と謂うも亦た得』。
○問:「通乎畫夜之道而知。」先生曰:「良知原是知畫知夜的。」又間:「人睡熟時,良知亦不知了。」曰:「不知何以一叫便應?」曰:「良知常知,如何有睡熟時..」曰:「嚮晦宴息,此亦造化常理。夜來天地混沌,形色俱泯,人亦耳目無岓睹聞,眾竅慏翕,此即良知收斂凝一時。天地既開、庶物露生,人亦耳目無所賭聞,眾竅俱闢,北郥良知妙用發生時。可見人心與天地一體。故上下與天地同流。今人不會宴息,夜來不是昏睡,郥是妄思黶寐。」曰:「睡時功夫如何用。」先生曰:「知畫即知夜矣。日閒良知是順應無湍的,夜間良知即是收斂凝一的,有夢即先兆。」
問う『晝夜の道に通じて而して知る』。先生曰く『良知原來是れ晝を知り夜を知る』。又問う『人睡熟する時は、良知も亦た知らず矣』。曰く『知らざれば何を以て一たび叫べば便ち應ずるか』。問う『良知常に知る、如何に睡熟する時有らん』。曰く『晦に向い宴息す、此れも亦た是れ造化の常理。夜來れば天地混沌して、形色俱に泯び、人も亦た耳目睹聞する所無く、衆竅俱に翕す、此れ即ち良知の收斂凝一する時。天地既に開けて、庶物露生して、人も亦た耳目睹聞する所有り、衆竅俱に闢く、此れ即ち良知の妙用發生する時。以て人心天地と與に一體なるを見る可し、故に上下天地と與に同じく流る。今人會して宴息せず、夜來れば是れ昏睡に非ざれば、即ち是れ妄思魘寐』。問う『睡る時功夫如何に用いん』。先生曰く『晝を知れば即ち夜を知り矣。日間の良知是れ順應滯無き、夜間の良知即ち是れ收斂凝一。夢有れば即ち先兆』。
○又曰:「良知在夜氣發的力是本體,以其無物慾之雜也。學者要使事物紛擾之時,常如夜氣一般,就是『通乎畫夜之道而知。』。」
又曰く『良知の夜氣に於て發する才に是れ本体、其の物慾の雜無きを以てなり。學者は要く事物紛擾の時をして、常に夜氣の一般の如くせしめよ、便ち是れ「晝夜の道に通じて而して知る」』。
○先生曰:「僊家說到虛,聖人豈能虛上加得一毫?佛氏說到無,聖人豈能無上加得一毫有?但僊家說虛從養生上來,佛氏說無從出離生死苫海上來,卻於本上加卻這些子意思在,便不是他虛無的本色了,便於本體有障礙。聖人只是還他良知的本色更不著些子意在。真知之虛便是天之太虛,良知之無便是太虛之無形,日、月、風、雷、山川、民、物,凡有貌象形色,皆在太虛無形中發用流行。未嘗作得天的障礙。聖人只是順其良知之發用,天地萬物慏在我真知的發用流行中,何嘗又有一物起於良知之外能怍得障礙?」
先生曰く『仙家虚に説き到れば、聖人豈に能く虚の上に一毫を加え得ん。佛氏無に説き到れば、聖人豈に能く無の上に一毫の有を加え得ん。但し仙家の虚を説くは養生の上より來り、佛氏の無を説くは生死苦海を出離する上より來る、却って本体の上に於て此れらの子の意思を加却して在れば、便ち是れ彼の虚無の本色に非ず、便ち本体に於て障礙有り。聖人只是彼に良知の本色を還す、更に些子の意を著けて在らず。良知の虚便ち是れ天の太虚、良知の無便ち是れ太虚の無形。日・月・風・雷・山川・民・物、凡そ貌象形色有るは、皆太虚無形の中に於て發用流行し、未嘗て天の障礙を作し得ず。聖人只是其の良知の發用に順う、天地萬物俱に我が良知の發用流行の中に在り、何ぞかつて又一物良知の外に超えて能く障礙を作し得る有らん』。
○或問:「釋氏亦務養心,然要之不可以治天下,何也?」先生曰:「吾懦養心未嘗離卻事物,只順其天則自然就是功夫。釋氏卻要盡絕事物,把心看做幻相,漸入虛寂去了;與世間若嫵些子交涉,所以不可冶天下。」
或いは問う『釋氏も亦た務めて心を養う、然るに要するに以て天下を治む可からず、何を以てか』。先生曰く『吾が儒の心を養うは未嘗て事物を離却せず、只其の天則自然に順えば便ち是れ功夫。釋氏は却って要く事物を尽く絕して、心を把りて看て幻相と做して、漸く虚寂に入り去り矣、世間と與に若く些子の交涉無きが如し、故に以て天下を治む可からず』。
○或問:「異端。」先生曰:「與愚夫、愚婦同的,是謂同德;與愚夫、愚婦異的,是謂異端。」
或いは問う『異端』。先生曰く『愚夫・愚婦と與に同じくするは、是れ之を同德と謂う。愚夫・愚婦と與に異なるは、是れ之を異端と謂う』。
○先生曰:「孟子不動心與告子不動心,所異只在毫釐閒。告子只在不動心上著功,孟子便直從此心原不動處分曉。心之本體原是不動的:只為所行有不合義便動了。孟子不論心之動與不動,只是『集義』,所行無不是義,此心自然無可動扈。若告子只要此心不動,便是把捉此心,將他生生不息之根反阻橈了,此非徒無益,而又害之。孟子『集義』工夫,自是養得充滿,並無餒歉,自是縱橫自在,活潑潑地;此伊是浩然之氣。」
先生曰く『孟子の心を動かさざると告子の心を動かさざるとは、異なる所只在りて毫釐の間。告子只在りて心を動かさざるの上に功を著き、孟子便ち直に此の心の原來動かざる處より分曉す。心の本体原來是れ動かざる、只所行に義に合せざる有るを為す便ち動き矣。孟子は心の動と不動とを論ぜず、只是「義を集む」、所行是れ義ならざる無し、此の心自然動かす可きの處無し。若し告子只要く此の心動かざらんとせば、便ち是れ此の心を把捉して、彼の生生不息の根を反って阻撓し矣。此れ徒らに益無きに非ず、而又之を害す。孟子の「義を集む」の工夫は、自ら是れ養い得て充滿して、并びに餒歉無く、自ら是れ縱橫自在して、活潑潑地。此れ便ち是れ浩然の氣』。
○又曰:「告子病源,從性無善無不善上見來。性無善無不善,雖如此說,亦無大差。但告子執定看了,便有個無善無不善的性在內,有善有惡又在物感上看,便有個物在外:卻做兩邊看了,便會差。無善無不善,性原是如此:悟得及時,只此一句便盡了,更無有內外之閒。告子見一個性在內,見一個物在外,便見他於性有未透徹虛。」
又曰く『告子の病源は、性に善無く不善無きの上より見て來る。性に善無く不善無しは、雖れ此の如く説くとも、亦た大差無し。但し告子は執定して看れば、便ち個の善無く不善無きの性在りて內にし、善有り惡有りて又物感の上に於て看れば、便ち個の物在りて外にす。却って兩邊と做して看れば、便ち會して差えん。善無く不善無きは、性原來是れ此の如し。悟り得て時に及べば、只此の一句便ち尽くし矣、更に內外の間有る無し。告子は一箇の性在りて內を見、一箇の物在りて外を見れば、便ち彼を性に於て未だ透徹ならざる處有るを見る』。
○朱本思問:「人有虛靈,方有良知。若草、木、瓦、石之頊,亦有良知否?」先生曰:「人的良知,就是草、木、瓦、石的真知:若草、木、瓦、石無人的良知,不可以為草、木、瓦、石矣。豈惟草、木、瓦、石為然,天、地無人的良知,亦不可為天、地矣。蓋天、地、萬物與人原是一體,其發竅之最精扈,是人心一點靈明,風、雨、露、雷,日、月、星、辰,禽、獸、草、木,山、川、土、石,與人原只一體。故五穀、禽獸之類皆可以責人,藥石之類皆可以療疾,只為同此一氣,故能相通耳。」
朱本思問う『人虚靈有りて、方に良知有り。若し草・木・瓦・石の類も、亦た良知有らんか』。先生曰く『人の良知は、就きて是れ草・木・瓦・石の良知。若し草・木・瓦・石に人の良知無ければ、以て草・木・瓦・石と為す可からず。豈に惟れ草・木・瓦・石然りと為すのみならん、天・地に人の良知無ければ、亦た以て天・地と為す可からず。蓋し天・地・萬物と人とは原來是れ一體、其の發竅する最も精なる處は、是れ人心一點の靈明。風・雨・露・雷、日・月・星・辰、禽・獸・草・木、山・川・土・石は、人と與に原來只是一體。故に五穀・禽獸の類皆以て人を養う可く、藥石の類皆以て疾を療す可し、只此の一氣に同じきを為す、故に能く相通ずるのみ』。
○先生遊南鎮,一友指巖中花樹問曰:「天下無心,外之物:如此花樹,在深山中自開自落,於我心亦何相關?」先生曰:「你未看此花時,此花與汝心同歸於寂:你來看此花時,則此花顏色一時明白起來:便知此花不在你的心外。」
先生南鎮に游ぶ、一友岩中の花樹を指して問う『天下に心外の物無し。此の花樹の如くは、深山の中に於て自ら開き自ら落つ、我が心と與に亦た何の相關か有らん』。先生曰く『汝未だ此の花を看ざる時は、此の花汝が心と與に同じく寂に歸す。汝來りて此の花を看る時は、則ち此の花の顏色一時に明白して起き來る。便ち此の花の汝の心の外に在らざるを知らん』。
○問:「大人與物同體,如何《大學》又說個厚薄?」先生曰:「惟是道理自有厚薄。比如身是一體,把手足捍頭目,豈是隔要薄手足,其道理合如此。禽獸與草木同是愛的,把草木去養禽獸,心又忍得:人與禽獸同是愛的,宰禽獸以養親與供祭祀,燕賓客,心又忍得:至親與路人同是愛的,如簞食豆羹,得則生,不得則死,不能兩全,寧救至親,不救路人,心又忍得:這是道理合該如此。及至吾身與至親,更不得分別彼此厚薄。蓋以仁民愛物皆從此出,此處可忍,更無所不忍矣。《大學》所謂厚薄,是良知上自然的條理,不可踰越,此便謂之義:順言個牒理,便謂之禮;知此條理,便謂之智;終始是這個條理,便謂之信。」
問う『大人物と與に同體す、如何に《大學》又個の厚薄を説くか』。先生曰く『惟れ是れ道理自ら厚薄有り。比するに身是れ一體、手足を把りて頭目を捍ぐ、豈に是れ硬く手足を薄くせんと要せん、其の道理合して此の如し。禽獸と草木と與に同是れ之を愛する、草木を把りて去りて禽獸を養う、又怎麼忍び得ん。人と禽獣と與に同是れ之を愛する、禽獸を宰りて以て親を養い、與に祭祀を供え賓客を宴す、又怎麼忍び得ん。至親と路人と與に同是れ之を愛する、如し簞食豆羹の、得之れば則ち生き、得ざれば則ち死す、能く両全せず、寧ろ至親を救い、路人を救わず、又怎麼忍び得ん。此れ是れ道理合して該く此の如し。及び至りて吾が身と至親とは、更に彼此厚薄を分別するを得ず。蓋し以て民を仁し物を愛する皆此より出づ、此の處忍ぶ可ければ、更に忍ぶ無き所矣。《大學》の所謂厚薄は、是れ良知の上の自然の條理、逾越す可からず、此れ便ち之を義と謂う。此の個の條理に順えば、便ち之を禮と謂う。此の條理を知れば、便ち之を智と謂う。終始是れ此の個の條理なれば、便ち之を信と謂う』。
○又曰:「目無體,以萬物之色為體;耳無體,以萬物之聲為體;鼻無體,以萬物之臭為體:口無體,以萬物之味為體;心無體,以天地萬物感之是非為體。」
又曰く『目に體無し、萬物の色を以て體と為す。耳に體無し、萬物の聲を以て體と為す。鼻に體無し、萬物の臭を以て體と為す。口に體無し、萬物の味を以て體と為す。心に體無し、天地萬物の感應するの是非を以て體と為す』。
○問:「天壽不貳:」先生曰:「學問功夫,於一切聲利、嗜好,俱能脫落殆盡,尚有一種生死念頭毫髮掛帶,便於全體有末融釋處。人於生死念頭,本從生身命桹上帶來,故不易去;若於此處見得破,透得過,此心全體方是流行無礙,方是盡悾至命之學。」
問う『夭壽貳らず』。先生曰く『學問功夫は、一切の聲利・嗜好に於いて、俱に能く脱落して殆ど尽くし、尚お一種の生死の念頭毫髮の掛帶有れば、便ち全體に於て未だ融釋ならざる處有り。人は生死の念頭に於いて、本來生身命根の上より帶び來る、故に易く去らず。若し此の處に於て見ること破れ透ること過ぎ得れば、此の心全體方に是れ流行礙無く、方に是れ性を尽くし命に至るの學』。
○一友問:「欲於靜坐時,將好名,好色、好貨等根,逐一搜尋,掃除廓清,恐是剜肉做瘡否?」先生正色曰:「這是我醫人的方子,真是去得人病根,更有大本事人過了十數年,亦還用得著。你如不用,且放起,不要怍壞我的力子!」是友愧謝。少閒曰:「此量非你事,必吾們稍知意思者為此說以誤汝。」在坐者皆悚然。
一友問う『靜坐する時に於て、名を好み色を好み貨を好む等の根を將りて、逐一搜尋し、掃除廓清せんと欲す、恐らく是れ肉を剜りて瘡を做すか』。先生正色して曰く『此れ是れ我が人を醫するの方子、真に是れ人の病根を去るを得。更に大本事の人は十數年を過ぎても、亦た還た之を用い著くを得。汝如し用いざれば、且く放り起き、我が方子を作壞する要れ』。此の友愧じて謝す。一會兒を過ぎて曰く『此の量は汝の事に非ず、必ず是れ吾們の稍々意思を知るの此の説を為して以て汝を誤れる』。座に在る者皆悚然たり。
○一友問功夫不切。先生曰:「學問功夫,我已曾一句道盡,如何今日轉說轉遠,都不著根!」對曰:「致良知蓋聞教矣,然亦須講明。」先生曰:「既知致良知,又何可講明?良知本是明白,實落用功便是;不肯用功,只在語一言上轉說轉楜塗。」曰:「正求講明致之之功。」先生曰:「此亦須你自家求,我亦無別法可道。昔有禪師,人來問法,只把塵尾提起。一日,其徒將其塵尾藏過,試他如何設法。禪師尋塵尾不見,又只空手提起。我這個良知就是設法的塵尾,舍了這個,有何可提得?」少閒,又一友請問功夫切要。先生旁顧曰:「我塵尾安在?」一時在坐著皆躍然。
一友功夫切ならざるを問う。先生曰く『學問功夫は、我已に曾て一句に道り尽くし、如何に今日轉じて説く轉じて遠し、皆根に著かず』。對えて曰く『良知を致すは蓋し教を聞き了り、然るに亦た須く講明せんことを』。先生曰く『既に良知を致すを知れば、又何の講明す可きか有らん。良知本來是れ明白、實落に用功すれば便ち是れ。肯んじて用功せず、只在りて語言の上に轉説して轉じて糊涂す』。曰く『正しく之を致すの功を講明せんことを求む』。先生曰く『此れも亦た須く汝自家求めよ、我も亦た別法道る可き無し。昔に禪師有りて、人來りて法を問えば、只塵尾を把りて提起す。一日、其の徒其の塵尾を將りて藏過して、彼如何に法を設くるかを試みんとす。禪師塵尾を尋ねて見えず、又只空手提起す。我此の個の良知就きて是れ法を設くるの塵尾。此の個を舍てば、何の提げ得る可きか有らん』。一會兒を過ぎて、又一友功夫の切要を請問す。先生旁を顧みて曰く『我が塵尾安んぞ在り』。一時座に在る者皆躍然たり。
○或問至誠前知。先生曰:「誠是實理,只是一個良知。實理之妙用流行就是神,其萌動處就是幾。詼神幾曰聖人。聖人不貴前知;禍福之來,雖聖人有所不免,聖人只是知幾,遇變而通耳。良知無前後,只知得見在的幾,便是一了百了。若有個前知的心,就是私心,就有趨避利害的意。邵子必於前知,終是利害心未盡扈。」
或いは至誠の前知を問う。先生曰く『誠是れ實理、只是一箇の良知。實理の妙用流行は就きて是れ神、其の萌動する處は就きて是れ幾。誠・神・幾を曰く聖人。聖人は前知を貴ばず。禍福の來るは、雖れ聖人も免れざる所有り。聖人只是幾を知りて、變に遇い而して通ずるのみ。良知に前後無し、只見在るの幾を知り得れば、便ち是れ一了百了。若し個の前知の心有れば、就きて是れ私心、就きて利害を趨避するの意有り。邵子は必ず前知に於てす、終に是れ利害の心未だ尽くさざる處』。
○先生曰:「無知無不知,本體原是如此。譬如日未嘗有心照物,而自無物不照,無照無不照,原是日的本體。良知本無知,今卻要有知,本無不知,今卻疑有不知,只是信不及耳。」
先生曰く『知無く知らざる無し、本体原來是れ此の如し。譬如ば日未嘗て心に物を照らす有りとも、而して自ら物照らさざる無し。照る無く照らさざる無し、原來是れ日の本体。良知本來知無し、今却って知有らんと要す。本來知らざる無し、今却って知らざる有るを疑う。只是信及ばざるのみ』。
○先生曰:「『惟天下之聖,為能聰明睿知』,舊看何等玄妙,今看來原是人人自有的;耳原是聰,目原是明,心思原是睿知,聖人只是一能之爾,能處正是良知。眾人不能,只是個不致知。何等明白簡易!」
先生曰く『「惟れ天下の至聖は、能く聰明睿知と為る」、舊に看れば何等か玄妙、今看來れば原來是れ人人自ら有る所。耳原來是れ聰、目原來是れ明、心思原來是れ睿知。聖人只是一能く之のみ、能くする處正しく是れ良知。衆人は能わず、只是個の知を致さざるなり。何等か明白簡易』。
○問:「孔子所謂遠慮,周公夜以日,與將迎不同何如?」先生曰:「遠慮不是茫茫蕩蕩去思慮,只是要存這天理。天理在人心,互古亙今,無有終始。天理郥是良知,千思萬慮,只是要致良知。良知愈思愈精明,若不精思,漫然隨事應去,真知便粗了。若只著在事上茫茫蕩蕩去思,教做遠慮,便不免有譭譽、得喪、人慾,攙入其中,就是將迎了。周公終夜以思,只是『戒慎不睹,恐懼不聞』的功夫;見得時其氣象與將迎自別。」
問う『孔子の所謂遠慮は、周公の夜を以て日に繼ぐと、將迎と與に同じからず、怎麼樣か』。先生曰く『遠慮是れ茫茫蕩蕩として去りて思慮するに非ず、只是要く此の天理を存せん。天理は人心に在りて、亙古亙今にして、終始有る無し。天理即ち是れ良知。千思萬慮は、只是要く良知を致せん。良知は愈々思う愈々精明。若し精思せざれば、漫然として事に隨いて應じ去れば、良知便ち粗矣。若し只事の上に著いて茫茫蕩蕩として去りて思えば、之を遠慮と叫ぶ、便ち不免毁譽・得喪・人欲其の中に搀入して、就きて是れ將迎矣。周公の終夜を以て思うは、只是「睹えざるに戒慎し聞こえざるに恐懼す」の功夫。見得る時は、其の氣象は將迎と與に自ら別なり』。
○問:「『一日克己復禮,天下歸仁』,朱子作效驗說,如何?」先生曰:「聖賢只是為己之學,重功不重效驗。仁者以萬物為體:不能一體,只是己私未忘。全得仁體,則天下皆歸於吾仁,就是八荒皆在我闥意:天下皆與;其仁亦在其中。如『在邦無怨,在家無怨』,亦只是自家不怨,如『不怨天,不尤人』之意;然家邦無怨於我,亦在其中,但所重不在此。」
問う『「一日己に克ち禮に復れば、天下仁に歸す」、朱子は效驗と作して説く、怎麼樣か』。先生曰く『聖賢只是己を為すの學、功を重んじて效驗を重んぜず。仁者は萬物を以て體と為す。能く一體せざれば、只是己私未だ忘れざるなり。全く仁體を得れば、則ち天下皆吾が仁に歸す、就きて是れ八荒皆我が闥に在るの意思。天下皆其の仁に與するも、亦た其の中に在り。如し「邦に在りて怨無く、家に在りて怨無し」も、也只是自家怨まず、「天を怨まず人を尤めず」の意の如し。然るに家邦我に於て怨無きも、亦た其の中に在り、但し重んずる所此に在らず』。
○問:「孟子『巧力、聖智』之說,朱子云:『三子力有餘而巧不足。』何如?」先生曰:「三子固有力亦有巧。巧、力實非兩事,巧亦只在用力處,力而不巧,亦是徒力。三子譬如射,一能步箭,一能馬箭,一能遠箭,他射得到俱謂之力,中虛俱可謂之巧;但步不能馬,馬不能遠,各有斫長,便是才力分限有不同處。孔子則三者皆長。然孔子之和只到得柳下惠而極,清只到得伯夷而極,任只到得伊尹而極,何曾加得些子。若謂『三子力有餘而巧不足』,則其力反過孔子了。『巧、力』只是發明『聖、知』之義,若識得『聖、知』本體是何物,便自了然。」
問う『孟子の「巧力・聖智」の説は、朱子曰く「三子は力餘有りて而して巧足らず」、怎麼樣か』。先生曰く『三子固より力有り亦た巧有り。巧・力實に兩事に非ず。巧も亦た只在りて力を用いる處、力にして而して巧ならざれば、亦た是れ徒力。三子譬如ば射、一は能く步箭し、一は能く馬箭し、一は能く遠箭す。彼射ること到り得るは俱に之を力と謂い、中る處は俱に之を巧と謂う可し。但し步は能く馬せず、馬は能く遠くせず、各々長ずる所有り、便ち是れ才力分限同じからざる處有り。孔子は則ち三者皆長ず。然るに孔子の和は只柳下惠に到り得て而して極まり、清は只伯夷に到り得て而して極まり、任は只伊尹に到り得て而して極まる、何ぞかつて些子を加え得ん。若し「三子力餘有りて而して巧足らず」と謂わば、則ち其の力反って孔子に過ぎ矣。「巧・力」只是「聖・知」の義を發明す。若し「聖・知」の本体是れ何物なるかを識り得れば、便ち自ら了然たらん』。
○先生曰:「『先天而天弗違』,天郥真知也。『後天而奉天時』,良知即天也。」
先生曰く『「天に先んじて而して天違わず」は、天即ち良知。「天に後れて而して天時を奉ず」は、良知即ち天』。
○「良知只是個是非之心:是非只是個好惡,只好惡就盡了是非,只是非就盡了萬事萬變。」又曰:「是非兩字是個大規矩,巧處則存乎其人。」
『良知只是個の是非の心。是非只是個の好惡。只好惡すれば就きて是非を尽くし、只是非すれば就きて萬事萬變を尽くす』。又曰く『是非の兩字是れ個の大きな規矩、巧の處は則ち其の人に存り』。
○「聖人之知,如青天之日,賢人如浮雲天日,愚人如陰霾天日,雖有昏明不同,其能辨黑白則一。雖昏黑夜裡,亦影影見得黑白,就是日之餘光未盡處。因學功夫,亦只從這點明處精察去耳。」
『聖人の知は、青天の日の如し。賢人は浮雲の天日の如し。愚人は陰霾の天日の如し。雖れ昏明同じからざる有りとも、其の能く黑白を辨ずれば則ち一。雖れ昏き暗夜の裡も、亦た影影として黑白を見得る、就きて是れ日の餘光未だ尽きざる處。困學の功夫も、也只此の點の明の處より精察して去るのみ』。
○問:「知譬日,欲譬云,雲雖能蔽日,亦是天之一氣合有的,欲亦莫非人心臺有否?」先生曰:「喜、怒、哀、懼、愛、惡、欲,諝之七情,七者俱是人心臺有的:但要認得良知明白。比如日光,亦不可指著力斫,一隙通明,皆是日光所在:雖雲霧四塞:太虛中色象可辨,亦是日光不滅處:不可以雲能蔽日,教天不要生雲。七情順其自然之流行,皆是良知之目,不可分別善惡;但不可有所著。七情有著,俱謂之慾,俱為良知之蔽。然才有著時,良知亦自會覺,覺即蔽去,復其體矣。此處能勘得破,力是簡易透徹功夫。」
問う『知譬れば日、慾譬れば雲。雲雖れ能く日を蔽うとも、亦た是れ天の一氣の合して有る所、慾も亦た人心の合して有る所に非ざる莫しか』。先生曰く『喜・怒・哀・懼・愛・惡・慾を、之を七情と謂う。七者俱に是れ人心の合して有る所、但し要く良知明白を認得せん。比するに日光の如く、亦た何の處を指す可からず、一隙通明して、皆是れ日光の所在。雖れ雲霧四塞すとも、太虚の中色象辨ず可きは、亦た是れ日光滅せざる處。以て雲能く日を蔽うを、天に教えて雲を生ぜしめざらしむ可からず。七情其の自然の流行に順えば、皆是れ良知の用、善惡を分別す可からず、但し所有るに著く可からず。七情著有れば、俱に之を慾と謂い、俱に良知の蔽と為る。然るに才に著有る時は、良知も亦た自ら會して覺え、覺えば即ち蔽去りて、其の體を復し矣。此の處能く勘破し得て、才に是れ簡易透徹の功夫』。
○問:「聖人生知、安行是自然的,如何有甚功夫?」先生曰:「知、行二字,即是功夫,但有淺深難易之殊耳。良知原是精精明明的。如欲孝親生知,安行的只是依此真知落實盡孝而已,學知、利行者只是時時省覺,務要依此真知盡孝已:至於困知、勉行者,蔽錮已深,雖要依此良知去孝,又為私慾所阻,是以不能,必須加人一己百、人十己千之功,方能依此真知以盡其孝。聖人雖是生知、安行,然其心不敢自是肯做困知、勉行的功夫。困知、勉行的卻要思量做生知、安行的事,怎生成得?」
問う『聖人の生知・安行是れ自然、如何に甚だ功夫有らん』。先生曰く『知・行の二字即ち是れ功夫、但し淺深難易の殊有るのみ。良知原來是れ精精明明。如し親に孝せんと欲すれば、生知・安行のは只是此の良知に依りて落實して孝を尽くすのみ。學知・利行のは只是時時に省覺して、務めて要く此の良知に依りて孝を尽くすのみ。至りて困知・勉行のは、蔽錮已に深し、雖れ要く此の良知に依りて去りて孝せんとも、又私欲の阻む所と為る、故に能わず、必ず須く人一己百・人十己千の功を加えて、方能く此の良知に依りて以て其の孝を尽くさん。聖人雖れ是れ生知・安行なりとも、然るに其の心敢えて自ら是とせず、肯んじて困知・勉行の功夫を做す。困知・勉行のは却って要く思量して生知・安行の事を做せんとす、怎麼成り得ん』。
○問:「樂是心之本體,不知遇大故,於哀哭時,此樂還在否?」先生曰:「須是大哭一番了方樂,不哭便不樂矣;雖哭,此心安處是樂也;本體未嘗有動。」
問う『樂是れ心の本体、知らず大故に遇いて、哀哭する時に於て、此の樂還た在るか』。先生曰く『須く是れ大哭して一番して方に樂、哭せざれば便ち樂ならず。雖れ哭すとも、此の心安んずる處即ち是れ樂。本体未嘗て動有らず』。
○問:「良知一而已,文王作彖,周公系爻,孔子贊《易》,同以各自看理不同?」先生曰:「聖人何能拘得死格,大要出於良知同,便各為說何害?且如一園竹,只要同此忮節,便是大同:若拘定枝枝節節,都要高下大小一樣,便非造化妙手矣。汝輩只要去培養良知:良知同,更不妨有異處。汝輩若不肯用功,連芛也不曾抽得,何處去論枝節?」
問う『良知一のみ、文王彖を作り、周公爻を繫ぎ、孔子《易》を贊す、何以て各々自ら理を看ること同じからざるか』。先生曰く『聖人何ぞ能く死格を拘え得ん。大要良知に出づること同じければ、便ち各々説を為す何の害か有らん。且く一園の竹の如く、只要く此の枝節に同じからば、便ち是れ大同。若し拘定して枝枝節節皆高下大小一樣ならんことを要せば、便ち造化の妙手に非ず。汝輩只要く去りて良知を培養せん。良知同じければ、更に異處有るを妨げず。汝輩若し肯んじて用功せざれば、笋を連ねても曾て抽くを得ず、何の處に去りて枝節を論ぜん』。
○鄉人有父子訟獄請訴於先生,侍者欲阻之,先生聽之,言不終辭,其父子相抱慟哭而去:柴鳴治人問曰:「先生何言,致伊感悔之速?」先生曰:我言舜是世間大不孝的子,瞽是世間大慈的父。」鳴冶愕然請問。先生曰:「舜常自以為大不孝,所以能孝:瞽瞍常自以為大慈,所以下能慈:瞽瞍記得舜是我提孩長的,今何不曾豫悅我,不知自心已為後妻所移了,尚謂自家能慈,斫以愈不能慈:舜只思父提孩我時如何愛我,今日不愛,只是我不能盡孝,日思所以不能盡孝虛,所以愈能孝。及至瞽瞍底豫時,又不過復得此心原慈的本體。所以後世稱舜是個古今大孝的子,瞽瞍亦做成個慈父。」
鄉人に父子訟獄有りて、先生に訴えんことを請う。侍者之を阻まんと欲す。先生之を聽きて、言辭を終えずして、其の父子相い抱きて慟哭して而して去る。柴鳴治入りて問う『先生何を言いて、伊を致して感悔するの速やかなるか』。先生曰く『我舜是れ世間大不孝の子、瞽瞍是れ世間大慈の父と言えり』。鳴治愕然として請問す。先生曰く『舜常に自ら以て大不孝と為す、故に能く孝。瞽瞍常に自ら以て大慈と為す、故に能く慈ならず。瞽瞍は記え得て舜是れ我が孩を提げて長じたり、今何ぞ曾て我を豫悅せざる、知らず自ら心已に後妻の移す所と為る、尚お自家能く慈と謂う、故に愈々能く慈ならず。舜只父の孩を提げて我としたる時如何に我を愛せしかを思う、今日愛せざるは、只是我の能く孝を尽くさざるなり、日に能く孝を尽くさざる處を思う、故に愈々能く孝。及び至りて瞽瞍豫を底す時は、又不過此の心の原來慈の本体を復し得るのみ。故に後世舜を稱して個の古今大孝の子と為し、瞽瞍も亦た做し成りて個の慈父と為る』。
○先生曰:「孔子有鄙夫來問,未嘗先有知識以應之,其心只空空而已:但叩他自知的是非兩端,與之一剖決,鄙夫之心便已瞭然。鄙夫自知的是非,便是尥本來天則,雖聖人聰明,如何可與增減得一毫?他只不能自信,夫子與之一剖決,便已竭盡無餘了。若夫子與鄙失言時,留得些子知識在,便是不掛竭他的良知,道體即有二了。」
先生曰く『孔子に鄙夫來りて問う有り、未嘗て先に知識有りて以て之に應ず、其の心只空空のみ。但し彼を叩きて自ら知るの是非の兩端を、之と與に一たび剖決すれば、鄙夫の心便ち已に了然たり。鄙夫の自ら知るの是非は、便ち是れ彼の本來の天則。雖れ聖人聰明なりとも、如何に與に一毫を增減し得ん。彼只自ら信ずる能わざるのみ、夫子之と與に一たび剖決すれば、便ち已に竭くして餘無し。若し夫子鄙夫と與に言う時、些子の知識を留め得て在らば、便ち是れ彼の良知を竭くさざる不盡、道體即ち二有り矣』。
○先生曰:「『烝烝乂,不格奸』,本注說象已進於義,不至大為奸惡。舜徵庸後,象猶日以殺舜為事,何大奸惡如之!舜只是自進於乂,以乂熏烝,不去正地奸惡。凡文過揜慝,此是惡人常態;若要指摘他是非,反去激尥惡性。舜初時致得象要殺己,亦是要象好的心太急,此就是舜之過處。經過來,乃知功夫只在自己,不去責人,所以致得『克諧』;此是舜動心忍性、增益不能處。古人言語,俱是自家經歷過來,所以說得親切,遺之後世,曲當人情:若非自家經過,如何得他許多苦心處。」
先生曰く『「烝烝乂にして、奸を格さず」、本注は象已に義に進みて、至らず大いに奸惡を為すと説く。舜征庸の後、象猶ほ日に舜を殺すを以て事と為す、何の大奸惡か之の如くあらん。舜只是自ら乂に進みて、乂を以て熏烝し、去りて彼の奸惡を正さず。凡そ過を文り慝を掩うは、此れ是れ惡人の常態。若し要く彼の是非を指摘せば、反って去りて彼の惡性を激す。舜初めの時致り得て象をして己を殺さんと欲せしめたるは、亦た要く象の好き心の太も急なるを象らんとするなり、此れ就きて是れ舜の過の處。經て來りて、乃ち功夫只在りて自己にして、去りて人を責めざるを知る、故に致り得て「克く諧す」。此れ是れ舜の心を動かし性を忍び、能わざるを增益する處。古人の言語は、俱に是れ自家經歷して過來る、故に説き得て親切して、之を後世に遺し、人情に曲當す。若し自家經過せざらば、如何に彼の許多の苦心の處を得ん』。
○先生曰:「古樂不作久矣:今之戲子,尚與古樂意思相近。」未達,請問。先生曰:「『韶』之九成,便是舜的一本戲子:『武』之九變,便是武王的一本戲子。聖人一生實事,俱播在樂中,所以有德者聞之,便知他盡善、盡美與盡美未盡善處。若後世作樂,只是做些詞調,於民俗風化絕無關涉,何以化民善俗!今要民俗反樸還淳,取今之戲子,將妖淫詞調俱去了,只取忠臣、孝子故事,使愚俗百姓人人易曉,無意中感激他良知起來,卻於風化有益;然後古樂漸次可復矣。」曰:「洪要求元聲不可得,恐於古樂亦難復。」先生曰:「你說元聲在何處求?」對曰:「古人制管侯氣,恐是求元聲之法。」先生曰:「若要去葭灰黍粒中求元聲,卻如水底撈月,如何可得?元聲只在你心上求。」曰:「心如何求?」先生曰:「古人為治,先養得人心和平,然後作樂。比如在此歌詩,你的心氣和平,聽者自然悅懌興起,只此便是元聲之始。《書》云:『詩言志』,志便是樂的本:『歌永言』,歌便是作樂的本:『聲依永,律和聲』,律只要和聲,和聲便是制律的本:何嘗求之於外?」曰:「古人制侯氣法,是意何取?」先生曰:「古人具中和之體以作樂,我的中和原與天地之氣相應,候天地之氣,協鳳凰之音,不過去驗我的氣果和否:此是成律已後事,非必待此以成律也。今要侯灰管,必須定至曰:然至日子時恐又不準,又何處取得準來?」
先生曰く『古樂作らざること久し。今の戲子は、尚お古樂の意思と與に相近し』。未だ達せず、請問す。先生曰く『「韶」の九成は、便ち是れ舜の一本の戲子。「武」の九變は、便ち是れ武王の一本の戲子。聖人の一生の實事は、俱に樂の中に播在す、故に德有る者之を聞けば、便ち彼の善を尽くし美を尽くすと美を尽くして善を尽くさざる處とを知る。若し後世樂を作れば、只是些の詞調を做して、民俗風化に於て絕えて關渉無し、何以て民を化し俗を善くせん。今要く民俗をして朴に反り淳に還らしめ、今の戲子を取りて、妖淫の詞調を將りて俱に去り、只忠臣・孝子の故事を取りて、愚俗の百姓をして人人易曉せしめ、意無き中に彼の良知を感激して起き上がらしめば、却って風化に於て益有り。然る後に古樂漸次として復す可し』。曰く『洪元聲を求めて得る可からざるを要す、恐らく古樂に於ても亦た復し難し』。先生曰く『汝元聲を何の處に於て求むると説く』。對えて曰く『古人管を制して氣を候す、恐らく是れ元聲を求むるの法』。先生曰く『若し去りて葭灰黍粒の中に於て元聲を求めんと要せば、却って水底に月を捞うが如く、如何に得る可けん。元聲只汝の心の上に於て求めよ』。問う『心如何に求めん』。先生曰く『古人の治を為すは、先に人心和平を養い得て、然る後に樂を作る。比するに此に於て詩を歌うに、汝の心氣和平なれば、聽く者自然悦懌して興起す、只此れ便ち是れ元聲の始。《書》曰く「詩は志を言う」、志便ち是れ樂の本。「歌は言を永くす」、歌便ち是れ樂を作るの本。「聲は永に依り、律は聲を和す」、律只要く聲を和せん、聲を和すれば便ち是れ律を制するの本。何ぞかつて之を外に求めん』。問う『古人の候氣の法を制するは、是れ意何を取るか』。先生曰く『古人中和の體を具えて以て樂を作る。我が中和原來天地の氣と與に相應ず。天地の氣を候して、鳳凰の音に協うは、不過去りて我が氣果して和なるか否かを驗す。此れ是れ律を成す以後の事、必ず此を待ちて以て律を成すに非ず。今要く灰管を候せば、必ず須く至日を定めよ。然るに至日の子時恐らく又准ならず、又何の處に取りて准を得來らん』。
○先生曰:「學問也要點化,但不如自家解化者,自一了百當:不然,亦點化許多不得。」
先生曰く『學問も亦た要く點化せん、但し自家解化するに如かず、自ら一了百當す。然らざれば、亦た點化すとも許多得る可からず』。
○「孔子氣魄極大,凡帝王事業,無不一一理會,也只從那心上來:譬如大樹有多少枝葉,也只是根本上用得培養功夫,故自然能如此,非是從枝葉上用功做得根本也。學者學孔子,不在心上用功,汲汲然去學那氣魄,卻倒做了。」
『孔子の氣魄極めて大、凡そ帝王の事業は、一一として理會せざる無し、也只那の心の上より來る。譬如ば大樹の多少の枝葉有るも、也只是根本の上に於て培養の功夫を用い得たり、故に自然能く此の如し、是れ枝葉の上より用功して做して根本を得るに非ず。學者孔子に學ぶに、心の上に於て用功せずして、汲汲然として去りて那の氣魄に學ぶは、却って倒れて做し矣』。
○「人有過,多於過上用功,就是補甑,其流必歸於文過。」
『人過有れば、多く過の上に於て用功すれば、就きて是れ甑を補う、其の流必ず過を文るに歸せん』。
○「今人於吃飯時,雖伏二事在前,其心常沒役不寧,只緣此心忙憒了,所以收攝不住。」
『今人飯を喫する時に於て、雖れ一事も前に在る無し、其の心常に役役として寧らず、只此の心忙くして愦れたるに緣る、故に收攝して住るを得ず』。
○「琴、瑟、簡編,學者不可無,蓋有業以居之,心就不放。」
『琴・瑟・簡編は、學者無かる可からず。蓋し業有りて以て之に居れば、心就きて放たれず』。
○先生嘆曰:「世間知學的人,只有這些病痛打不破,就不是善與人同。」崇一曰:「這病痛只是個好高不能忘己爾。」
先生歎息して曰く『世間學を知るの人は、只有りて此れらの病痛打破せず、便ち是れ人と與に同じくするを善くせざるなり』。崇一曰く『此の病痛只是個の高を好みて己を忘るる能わざるのみ』。
○問:「良知原是中和的,如何卻有過、不及?」先生曰:「知得過、不及處,就是中和。」
問う『良知原來是れ中和、如何に却って過・不及有らん』。先生曰く『過・不及の處を知り得れば、就きて是れ中和』。
○「『所惡於上」是良知,『毋以使下」即是致知。」
『「上に於て惡む所」是れ良知、「以て下に使わしめる毋れ」即ち是れ知を致す』。
○先生曰:「蘇秦、張儀之智,也是聖人之資。後世事業文章,許多豪傑名家,只是學得儀、秦故智。儀、秦學術善揣摸人情,無一些不中人肯綮,故其說不能窮。儀、秦亦是窺見得良知妙用處,但用之於不善爾。」
先生曰く『蘇秦・張儀の智は、亦た是れ聖人の資。後世の事業文章は、許多の豪杰名家、只是儀・秦の故智を學び得たり。儀・秦の學術は善く人情を揣摸し、一些も人の肯綮に中らざる無し、故に其の説窮まる能わず。儀・秦も亦た是れ良知の妙用の處を窺見し得たり、但し之を不善に用いるのみ』。
○或問未發已發。先生曰,「只緣後儒將未發已發分說了。只得劈頭說個無未發已發,使人自思得之。若說有個已發未發,聽者依舊落在後儒見解。若真見得無未發已發,說個有未發已發,原不妨。原有個未發已發在」。問曰,「未發未嘗不和。已發未嘗不中。譬如鐘聲,未扣不付謂無,即扣不付謂有。畢竟有個扣與不扣,「何如」?先生曰,「未扣時原是驚天動地。即扣時也只是寂天默地」。
或いは未發已發を問う。先生曰く『只後儒未發已發を將りて分かち説きたるに緣る、只得て劈頭に個の未發已發無きを説き、人をして自ら思い得せしむ。若し個の已發未發有りと説かば、聽く者依舊後儒の見解に落ちん。若し真に未發已發無きを見得て、個の未發已發有りと説くは、原來妨げず、原來個の未發已發在り』。問う『未發未嘗て和せず、已發未嘗て中せず。譬如ば鐘の聲は、未だ扣かざれば無しと謂う可からず、即ち扣けば有りと謂う可からず。畢竟個の扣くと扣かざると有り、怎麼樣か』。先生曰く『未だ扣かざる時原來是れ天を驚かし地を動かす、即ち扣く時も也只是寂たる天默たる地』。
○問:「古人論性,各有異同,何者乃為定論?」先生曰:「性無定體,論亦無定體,有自本體上說者,有自發用上說者,有自源頭上說者,有自流弊處說者:總而言之,只是一個性,但所見有淺深爾。若執定一邊,便不是了。悾之本體,原是無善、無惡的,發用上也原是可以為善、可以為不善的,其流弊也原是一定善、一定惡的。譬如眼,有喜時的眼,有怒時的眼,直視就是看的眼,微視就是覷的眼:總而言之,只是這個眼。若見得怒時眼,就說未嘗有喜的眼,見得看時眼,就說未嘗有覷的眼,皆是執定,就知是錯。孟子說性,直從源頭上說來,亦是說個大溉如此。荀子性惡之說,是從流弊上來,也未可盡說他不是:只是見得未精耳。眾人則失了心之本體。」問:「孟子從源頭上說性,要人用功在源頭上明徹:荀子從流弊說性,功夫只在末流上救正,便費力了。」先生曰:「然。」
問う『古人の性を論ずるは、各々異同有り、何者か乃ち定論と為るか』。先生曰く『性に定體無し、論も亦た定體無し。自ら本体の上に説く有り、自ら發用の上に説く有り、自ら源頭の上に説く有り、自ら流弊の處に説く有り。總じて之を言えば、只是一箇の性、但し見る所淺深有るのみ。若し一邊を執定せば、便ち是ならず。性の本体は、原來是れ善無く惡無し。發用の上も亦た原來是れ以て善と為す可く不善と為す可し。其の流弊も亦た原來是れ一定に善・一定に惡。譬如ば眼の、喜ぶ時の眼有り、怒る時の眼有り、直視すれば就きて是れ看るの眼、微視すれば就きて是れ覗うの眼。總じて之を言えば、只是此の個の眼。若し怒る時の眼を見得て、就きて未嘗て喜ぶの眼有らずと説き、看る時の眼を見得て、就きて未嘗て覗うの眼有らずと説くは、皆是れ執定、就きて是れ錯なるを知る。孟子の性を説くは、直に源頭の上より説き來る、亦た是れ個の大概此の如くを説く。荀子の性惡の説は、是れ流弊の上より來る、亦た未だ彼を説きて是ならずと尽くす可からず、只是見ること未だ精ならざるのみ。衆人は則ち心の本体を失い矣』。問う『孟子は源頭の上より性を説く、人に要く功夫して源頭の上に於て明徹せしむ。荀子は流弊より性を説く、功夫只在りて末流の上に於て救正す、便ち力を費やし矣』。先生曰く『是の如し』。
○先生曰:「用功到精處,愈著不得言語,說理愈難。若著意在精微上,全體功夫反蔽泥了。」
先生曰く『用功精の處に到れば、愈々言語を著くるを得ず、理を説く愈々難し。若し意を精微の上に著けば、全體の功夫反って蔽い泥まり矣』。
○楊慈湖不為無見,又著在無聲無臭上見了。」
『楊慈湖は無見と為さず、又無聲無臭の上に著いて見えり』。
○人一日間,古今世界都經過一番,只是人不見耳。夜氣清明時,無視無聽,無思無怍,淡然平懷,就是羲皇世界。平旦時,神清氣朗,雍雍穆穆,就是堯、舜世界;日中以前,禮巖交會,氣象秩然,就是三代世界:日中以後,神氣漸昏,往來雜擾,就是春秋、戰國世界;漸漸昏夜,萬物寢息,景象寂寥,就是人消物盡世界。學者信得良知過,不為氣所亂,便常做個羲皇已上人。」
人一日の間に、古今の世界皆一番經て過ぐ、只是人見えざるのみ。夜氣清明の時は、視る無く聽く無く、思う無く作す無く、淡然として平懷、就きて是れ羲皇の世界。平旦の時は、神清く氣朗かにして、雍雍穆穆として、就きて是れ堯・舜の世界。日中以前は、禮儀交會して、氣象秩然として、就きて是れ三代の世界。日中以後は、神氣漸く昏れ、往來雜擾して、就きて是れ春秋・戰國の世界。漸々昏夜にして、萬物寢息し、景象寂寥として、就きて是れ人消え物尽くるの世界。學者は良知過ぐるを信じ得て、氣の亂る所と為らざれば、便ち常に個の羲皇以上の人を做す。
○薛尚謙,鄒謙之,馬子萃,王汝止待坐。因嘆先生自徵寧藩以來,天下謗議益眾。請各言其故。有言先生功業勢位日隆,天下忌之者日眾。有言先生之學日明故為宋儒爭是非者亦日博。有言先生自南都以後,同志信從者日眾,而四方排阻者日力。先曰,「諸君之言,信皆有之。但吾一段自知處,諸君俱未道及耳」。諸友請問。先生曰,「我在南都已前,尚有些子鄉愿的意思在。我今信得這良知真是真非。信手行去。更不著些覆藏。我今繞做得個狂者的胸次。使天下之人都說我行不掩言也罷」。尚謙出曰,「信得此過,方是聖人的真血脈」。
薛尚謙・鄒謙之・馬子莘・王汝止坐を侍す。因りて先生の寧藩を征してより以來、天下の謗議益々衆きを歎じ、各々其の故を言わんことを請う。或るは先生の功業勢位日に隆くして、天下之を忌む者日に衆しと言い、或るは先生の學日に明らかにして、故に宋儒の為に是非を爭う者も亦た日に博しと言い、或るは先生南都より以後、同志信從する者日に衆くして、而して四方の排阻する者日に力めりと言う。先生曰く『諸君の言は、信に皆有り。但し我が一段の自ら知る處は、諸君俱に未だ道び及ばざるのみ』。諸友請問す。先生曰く『我南都に在る已前は、尚お些子の鄉愿の意思在りて有りき。我今信じ得て此の良知真に是れ真に非なり、手に信かせて行い去りて、更に些の覆藏を著けず。我今才に個の狂者の胸次を做し得たり。天下の人をして皆我が行言を掩わずと説かしむるも亦た罷む』。尚謙出でて曰く『此の過を信じ得て、方に是れ聖人の真血脉』。
○先生鍛鍊人處,一言之下,感人最深。一日,王汝止出遊歸,先生問曰:「遊何見?對曰:「見滿街人都是聖人。」先生曰:「你看滿街人是聖人,滿街人倒看你是聖人在。」又一日,董蘿石出遊而歸,見先生曰:「今日見一異事。」先生曰﹕「何異?」對曰:「見滿街人都是聖人。」先生曰:「此亦常事耳,何足為異?」蓋汝止圭角未融,蘿石恍見有悟,故問同答異,皆反其言而進之。洪與黃正之、張叔謙、汝中丙戌會試歸,為先生道塗中講學,有信有不信。先生曰:「你們拏一個聖人去與人講學,人見聖人來,都怕走了,如何講得行!須做得個愚夫、愚婦,方可與人講學。」洪又言今日要見人品高下最易。先生曰:「何以見之?,」對曰:「先生譬如泰山在前,有不知仰者,須是無目人。」先生曰:「泰山不如平地大,平地有何可見?」先生一言翦裁,剖破終年為外好高之病,在座者莫不悚懼。
先生の人を鍛鍊する處は、一言の下に、人を感ずること最も深し。一日、王汝止出でて游び歸り、先生問いて曰く『游びて何を見たるか』。對えて曰く『滿街の人是れ聖人なるを見たり』。先生曰く『汝滿街の人是れ聖人を看れば、滿街の人倒って汝を看て是れ聖人在り』。又一日、董蘿石出でて游び而して歸り、先生に見えて曰く『今日一の異事を見たり』。先生曰く『何の異ぞ』。對えて曰く『滿街の人是れ聖人なるを見たり』。先生曰く『此れ亦た常事のみ、何ぞ以て異と為すに足らん』。蓋し汝止圭角未だ融けず、蘿石恍として悟有るを見る、故に問同じく答異なり、皆其の言に反して而して之を進む。德洪與に黄正之・張叔謙・汝中丙戌の會試より歸りて、先生の為に途中に於て學を講じたるを道ぶ、信ずる有り信ぜざる有り。先生曰く『你們一箇の聖人を拏りて去りて人と與に學を講ずれば、人聖人の來るを見て、皆怕れて走り去らん、如何に講じ得て行わん。須く個の愚夫・愚婦を做し得て、方に以て人と與に學を講ず可し』。德洪又曰く今日人品の高下を見ること最も易しと要す。先生曰く『何以て之を見るか』。對えて曰く『先生譬如ば泰山前に在りて、仰がざるを知らざる有らば、須く是れ目無き人』。先生曰く『泰山は平地の大なるに如かず、平地に何の見る可きか有らん』。先生一言翦裁して、終年外を為して高を好むの病を剖破す、座に在る者悚懼せざる莫し。
○癸末春,鄒謙之來越問學,居數日,先生送別於浮峰。是夕與希淵諸友移舟宿延壽寺,秉燭夜坐,先生慨悵不已,曰:「江濤煙柳,故人倏在百里外矣!」一友問曰:「先生何念謙之之深也?」先生曰:「曾子所謂「以能問於不能,以多問於寡,有若無,宜若虛,犯而不校」,若謙之者良近之矣。」
癸未の春、鄒謙之越に來りて學を問う、數日を居りて、先生浮峰に於て別れを送る。是の夕蔡希淵の諸友と與に舟を移して延壽寺に宿り、燭を秉りて夜坐して、先生慨怅已まず、曰く『江濤烟柳、故人倏として百里の外に在り矣』。一友問いて曰く『先生何ぞ謙之を念うことの深きや』。先生曰く『曾子の所謂「能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有りて無きが若く、實にして虚の若く、犯されて而して校えず」、謙之の若き者は良く之に近し』。
○丁亥年九月,先生起復徵思田,將命行時,德洪與汝中論學;汝中舉先生教言:「無善無惡是心之體,有善有惡是意之動,知善知惡是良知,為善去惡是格物。」德洪曰:「此意如何?」汝中曰:「此恐未是究竟話頭:若說心體是無善、無惡,意亦是無善,無惡的意,知亦是無善、無惡的知,物亦是無善、無惡的物矣。若說意有善、惡,畢竟心體還有善、惡在。」德洪曰:「心體是『天命之性』,原是無善、無惡的:但人有習心,意念上貝有善惡在,格、致、誠、正、修,此正是復那性體功夫,若原無善惡,功夫亦不消說矣:」是夕侍坐天泉橋,各舉詩正。先生曰:「我今將行,正要你們來講破此意。二君之見,正好相資為用,不可各執一邊:我這裡接人,原有此二種。利根之人,直從本原上悟入,人心本體原是明瑩無湍的,原是個未發之中:利根之人一悟本體即是功夫,人己內外一齊俱透了。其次不免有習心在,本體受蔽,故且教在意念上實落為善、去惡,功夫熟後,渣滓去得盡時,本體亦明盡了;。汝中之見,是我這裡接利根人的:德洪之見,是我這裡為其次立法的。二君相取為用,則中人上下皆可引入於道:若各執一邊,跟前便有夫人,便於道體各有未盡。」既而曰:「已後與朋友講學,切不可矢了我的宗旨。無善,無惡是心之禮,有善、有惡是意之動,知善、知惡是良知,為善、去惡是格物。只依我這話頭隨人指點,自沒病痛,此原是徹上徹下功夫。利根之人,世亦難遇。本體功夫一悟盡透,此顏子、明道所不敢承當,豈可輕易望人。人有習心,不教他在良知上實用為善.去惡功夫,只去懸空想個本體,一切事為俱不著實,不過養成一個虛寂;此個病痛不是小小,不可不早說破。」是日德洪、汝中俱有省。
丁亥年九月、先生起きて復た思・田を征せんとし、將に命して行かんとする時、德洪汝中と與に學を論ず。汝中先生の教言を擧ぐ『善無く惡無きは是れ心の體、善有り惡有るは是れ意の動、善を知り惡を知るは是れ良知、善を為し惡を去るは是れ物を格す』。德洪曰く『此の意如何』。汝中曰く『此れ恐らく未だ是れ究竟の話頭ならず。若し心體是れ善無く惡無しと説かば、意も亦た是れ善無く惡無きの意、知も亦た是れ善無く惡無きの知、物も亦た是れ善無く惡無きの物矣。若し意に善惡有りと説かば、畢竟心體還た善惡在り』。德洪曰く『心體是れ「天の命の性」、原來是れ善無く惡無し。但し人に習心有りて、意念の上に於て善惡在るを見る。格・致・誠・正・修、此れ正しく是れ那の性體を復するの功夫。若し原來善惡無ければ、功夫も亦た説くを消えず』。是の夕天泉橋に坐を侍して、各々擧げて正を請う。先生曰く『我今將に行かんとす、正しく你們をして來りて此の意を講破せんことを要す。二君の見正しく好く相い資して以て用を為す可く、各々一邊を執る可からず。我此の處人を接する原來此の二種有り。利根の人は、直に本源の上より悟り入る。人心の本体原來是れ明瑩にして滯無く、原來是れ個の未發の中。利根の人は一たび本体を悟れば即ち是れ功夫、人己內外一齊に俱に透れり。其の次は不免習心在りて、本体蔽を受く、故に且く意に教えて念の上に於て實落に善を為し惡を去らしむ。功夫熟するの後、渣滓去り得て尽くる時は、本体も亦た明らかに尽く矣。汝中の見は、是れ我此の處利根の人を接する。德洪の見は、是れ我此の處其の次の為に法を立つる。二君相い取りて以て用を為せば、則ち中人上下皆引入して道に於てす可し。若し各々一邊を執れば、眼前便ち人を失う有りて、便ち道體に於て各々未だ尽くさざる有り』。既にして曰く『以後朋友と與に學を講ずるに、切に我が宗旨を失う可からず。善無く惡無きは是れ心の體、善有り惡有るは是れ意の動、善を知り惡を知るは是れ良知、善を為し惡を去るは是れ物を格す。只我が此の話頭に依りて人に隨いて指點せば、自ら病痛無し。此れ原來是れ上を徹し下を徹するの功夫。利根の人は、世も亦た遇い難し。本体功夫一悟して尽く透るは、此れ顏子・明道の敢えて承當せざる所、豈に輕易に人を望む可けん。人に習心有り、彼を良知の上に於て實に善を為し惡を去るの功夫を用いしめず、只去りて懸空に個の本体を想うて、一切の事為俱に著實せず、不過養成して一箇の虚寂と為す。此の個の病痛是れ小小ならず、早く説破せざる可からず』。是の日德洪・汝中俱に省有り。
(錢德洪序)
(錢德洪の序)
先生初歸越時,朋友蹤跡尚寥落,既後四方來遊者日進:癸末年已後,環先生而居者比屋,如天妃、光相諸剎,每當一室,常合食者數十人,夜無臥處,更相就帟,歌聲徹昏旦。南鎮、禹穴、陽明洞諸山遠近寺剎,徒足所列,無非同志遊寓所在。先生每臨講座,前後左右環坐而聽者,常不下數百人,送往迎來,月無虛曰:至有在侍更歲,不能遍記其姓名者。每臨別,先生常嘆日;「君等雖別,不出天地間,苟同此志,吾亦可以忘形似矣。」諸生每聽講出門,未嘗不跳躍稱快。嘗聞之同門先輩曰:「南都以前,朋友從遊者雖眾。末有如在越之盛者。此雖講學日久,孚信漸博,要亦先生之學日進,感召之機,申變無力,亦自有不同也。」此後門人黃以方錄
先生初めて越に歸る時、朋友の蹤跡尚お寥落たり、既にして後四方より來り游ぶ者日に進む。癸未年より以後、先生を環めて而居る者屋を比べ、天妃・光相の諸刹の如く、每當に一室を當てば、常に食を合する者數十人、夜に臥する處無くて、更相い席に就き、歌聲昏旦に徹す。南鎮・禹穴・陽明洞の諸山遠近の寺刹は、徒步の列する所、非ざる無し同志の游寓する所在。先生每に講座に臨めば、前後左右環坐して而して聽く者、常に數百人を下らず、往くを送り來るを迎えて、月に虚日無し。至りて侍に在りて歲を更えても、能く其の姓名を遍く記えざる者有り。每に別に臨めば、先生常に歎息して曰く『君等雖れ別るとも、天地間を出でず、苟も此の志に同じからば、我も亦た以て形似を忘る可し』。諸生每に聽講して門を出でば、未嘗て跳躍して快を稱せざる無し。嘗に之を同門の先輩に聞いて曰く『南都より以前は、朋友從り游ぶ者雖れ衆し、未だ越に在るの盛んなるが如き有らず。此れ雖れ學を講ずる日久しく、孚信漸く博しといえども、要するに亦た先生の學日に進み、感召の機・神變方無きも、亦た自ら同じからざる有り』。此の後門人の黄以方の錄。
○黃以方問:「『博學於文」為隨事學存此天理,然則謂『行有餘力,則以學文』,其說似不相合。」先生曰:「《詩》、《書》、六藝皆是天理之發見,文字都包在其中,考之《詩》、《書》、六藝,皆所以學存此天理也,不特發見於事為者方為文耳。「餘力學文」,亦只「博學於文』中事。」或問「學而不思」二句。曰:「此亦有為而言,其實思即學也。學有所疑,便須恩之。『思而不學』者,蓋有此等人,只懸空去思,要想出一個道理,卻不在身心上宜用其力,以學存此天理:思與學作兩事做,故有『罔」與「殆」之病。其穴思只是思其所學,原非兩事也。」
黄以方問う『「文に於て博學す」は事に隨いて學して此の天理を存すと為す、然れば則ち「行いて餘力有れば、則ち以て文に學ぶ」と謂うは、其の説似たり相い合せず』。先生曰く『《詩》・《書》・六藝皆是れ天理の發見、文字皆其の中に包在す。之を《詩》・《書》・六藝に考うれば、皆所以學して此の天理を存するなり、特に事為に發見する方に文と為るのみならず。「餘力に文を學ぶ」も、亦た只「文に於て博學す」の中の事』。或いは「學んで而して思わざる」の二句を問う。曰く『此れも亦た為す有りて而して言う、其の實思即ち學なり。學に疑有れば、便ち須く之を思え。「思うて而して學ばざる」とは、蓋し此の等の人有り、只懸空に去りて思い、一箇の道理を想出さんと要して、却って身心の上に於て實に其の力を用いず、以て學して此の天理を存せず。思と學とを作して兩事を做す、故に「罔」と「殆」の病有り。其の實思只是其の學ぶ所を思う、原來兩事に非ず』。
○先生曰:「先儒解「格物」為『格天下之物」,天下之物如何格得?且謂一草一木亦皆有理,今如何去格?縱格得草木來,如何反來誠得自家意?我解『格』作『正』字義,『物』作『事』字義。(大學》之所謂『身』,即耳、目、口、鼻、四肢是也。欲修身便是要目非禮勿視,耳非禮勿聽,口非禮勿言,四肢非禮勿動。要修這個身,身上如何用得工夫?心者身之主宰,目雖視而所以視者心也,耳雖聽而所以聽者心也,口與四肢雖言、動而所以言、動者心也,故欲修身在於體當自家心愷,常令廓然大公,無有些子不正處。主宰一正,則發竅於目,自無非禮之視;發竅於耳,自無非禮之聽;發竅於口與四肢,自無非禮之言、動;此便是修身在正其心。然至善者,心之本體也,心之本體那有不善?如今要正心,本體上何處用得功?必就心之援動處才可著力也。心之發動不能無不善,故須就此處著力,便是在誠意。如一念發在好善上,便實實落落去好善,一念發在惡惡上,便實實落落去惡惡,意之所發,既無不誠,則其本體如何有不正的?故欲正其心在誠意。工夫到誠意,始有著落處。然誠意之本,又在於致知也。斫謂人雖不知而已所獨知者,此正是吾心良知處。然知得善,卻不依這個良知便做去,知得不善,卻不依這個真知便不去做,則這個真知便遮蔽了,是不能致知也。吾心良知既不得擴充到底,則善雖知好,不能著實好了,惡雖知惡,不能著實惡了,如何得意誠?故致知者,意誠之本也。然亦不是孫空的致知,致知在實事上格。如意在於為善,便就這件事上去為,意在於去惡,便就這件事上去不為;去惡固是格不正以歸於正,為善則不善正了,亦是格不正以歸於正也。如此,則吾心良知無私慾蔽了,得以致其極,而意之所發,好善、去惡,無有不誠矣。誠意工夫實下手處在挌物也。
先生曰く『先儒「物を格す」を解して「天下の物を格す」と為す、天下の物如何に格し得ん。且く一草一木も亦た皆理有りと謂う、今如何に去りて格せん。縱い草木を格し得て來るとも、如何に反って來りて自家の意を誠に得ん。我「格」を解して「正」の字義と作し、「物」を「事」の字義と作す。《大學》の所謂「身」は、即ち耳・目・口・鼻・四肢是れ。身を修めんと欲すれば便ち是要く目禮に非ざれば視る勿れ、耳禮に非ざれば聽く勿れ、口禮に非ざれば言う勿れ、四肢禮に非ざれば動く勿れ。此の個の身を修めんと要するに、身の上如何に功夫を用い得ん。心は身の主宰、目雖れ視るとも視る所以は心なり、耳雖れ聽くとも聽く所以は心なり、口と四肢雖れ言い動くとも言い動く所以は心なり、故に身を修めんと欲すれば自家の心意を體當するに在り、常に廓然大公にして、些子の正ならざる處無からしめよ。主宰一たび正しければ、則ち目に竅を發して、自ら禮に非ざるの視無し。耳に竅を發して、自ら禮に非ざるの聽無し。口と四肢に竅を發して、自ら禮に非ざるの言・動無し。此れ便ち是れ身を修むるは其の心を正すに在り。然るに至善は、心の本体なり。心の本体那か不善有らん。今や心を正さんと要するに、本体の上何の處に功を用い得ん。必ず心の發動する處に就きて才に力を著く可し。心の發動は能く不善ならざる無し、故に須く此の處に就きて力を著けよ、便ち是れ意を誠にするに在り。如し一念善を好むに發すれば、便ち實實落落として去りて善を好め。一念惡を惡むに發すれば、便ち實實落落として去りて惡を惡め。意の發する所は、既に誠ならざる無し、則ち其の本体如何に正ならざる有らん。故に其の心を正さんと欲すれば意を誠にするに在り。功夫意を誠にするに到れば、始めて著落の處有り。然るに意を誠にするの本は、又知を致すに在るなり。所謂人雖れ知らずとも己の獨り知る所は、此れ正しく是れ吾が心の良知の處。然るに善を知り得て、却って此の個の良知に依らず便ち做し去る。不善を知り得て、却って此の個の良知に依らず便ち去りて做さず、則ち此の個の良知便ち遮蔽せられ矣、是れ能く知を致さざるなり。吾が心の良知既に擴充して底に到るを得ざれば、則ち善雖れ好むを知るとも、能く著實に好むを得ず。惡雖れ惡むを知るとも、能く著實に惡むを得ず、如何に意誠を得ん。故に知を致すとは、意を誠にするの本なり。然るにも亦た是れ懸空の知を致すに非ず、知を致すは實事の上に於て格す。如し意善を為すに在れば、便ち此の件の事の上に就きて去りて為せ。意惡を去るに在れば、便ち此の件の事の上に就きて去りて為さず。惡を去るは固より是れ正ならざるを格して以て正に歸す、善を為せば則ち不善正しくなるも、亦た是れ正ならざるを格して以て正に歸すなり。此の如くすれば、則ち吾が心の良知私慾の蔽無く、其の極を致すを以て得て、而して意の發する所は、善を好み惡を去りて、誠ならざる無し矣。意を誠にするの功夫の實に手を下す處は物を格すに在るなり』。
若如此格物,人人便做得:人皆可以為堯、舜,正在此也。」
(先生続いて曰く:)『若し此の如く物を格せば、人人便ち做し得ん。人皆堯・舜と為る可きは、正しく此に在るなり』。
○先生曰:「眾人只說「格物」要依晦翁,何曾把他的說去用!我著實曾用來。初年與錢友同論做聖賢要格天下之物,如今安得這等大的力量:因指亭前竹子,令去挌看。錢子早夜去窮格竹子的道理,竭其心思至於三日,便致勞神成疾。當初說他這是精力不足,某因自去箬格,早夜不得其理,到七日,亦以勞思致疾,遂相與嘆聖賢是做不得的他大力量去格物了。及在夷中三年,頗見得此意思,方知天下之物本無可格者;其格物之功,只在身心上做;決然以聖人為人人可到,便自有擔當了。這裡意思,卻要說與諸公知道。」
先生曰く『衆人只「物を格す」は要く晦翁に依れと説く、何ぞかつて彼の説を把りて去りて用いん。我著實に曾て之を用いり。初年錢友と與に同じく聖賢を做すには要く天下の物を格せんことを論じて、今や那に得ん此の等の大きな力量を。因りて亭前の竹子を指して、令して去りて格して看しめり。錢子早夜去りて竹子の道理を窮格し、其の心思を竭くして三日に至れば、便ち神を勞して疾を成すを致しき。當初彼を説く此れ是れ精力足らず、某因りて自ら去りて窮格して、早夜其の理を得ず、七日に到りて、亦た思を勞して疾を致すを以てし、遂に相與に歎じて聖賢是れ做し得ざる、他の大力量無くして去りて物を格すと。及び夷中に在ること三年、頗る此の意思を見得て、方に天下の物本來格す可き者無きを知る。其の物を格すの功は、只在りて身心の上に做す。決然として聖人を以て人人の到る可きと為せば、便ち自ら擔當有り矣。此の裡の意思は、却って要く諸公と與に知らしめん』。
○門人有言邵端峰論童子不能格物,只教以儷掃、應對之說。先生曰:「儷掃、應對就是一件物。童子良知只到此便教去儷掃、應對,就是致他這一點頁知了。又如童子知畏先生長者,此亦是他良知了。故雖嬉戲中見了先生長者,便去作揖恭敬,是他能格物以致敬師長之頁知了。童子自有童子的挌物致知。」又曰:「我這裡言挌物,自童子以至聖人,皆是此等工夬:但聖人格物,便更熟得些子,不消費力如此格物,雖賣柴人亦是做得,雖公卿大夫以至天子,皆是如此做。」
門人に言有り邵端峰童子は能く物を格せず、只教えて以て灑掃・應對の説と論ず。先生曰く『灑掃・應對就きて是れ一件の物。童子の良知只此に到れば、便ち教えて去りて灑掃・應對せしむれば、就きて是れ彼の此の一點の良知を致す矣。又如し童子先生長者を畏るるを知るは、此れ亦た是れ彼の良知矣。故に雖れ嬉戲の中に先生長者を見れば、便ち去りて揖を作し恭敬す、是れ彼能く物を格して以て師長を敬するの良知を致す矣。童子自ら童子の格物致知有り』。又曰く『我此の裡に物を格すを言うは、童子より自ら以て聖人に至るまで、皆是れ此の等の功夫。但し聖人の物を格すは、便ち更に些子熟し得て、力を費やすを消えず。此の如く物を格すれば、雖れ柴を賣る人も亦た是れ做し得、雖れ公卿大夫より以て天子に至るまで、皆是れ此の如く做す』。
○或疑知行不合一,以「知之匪艱」二句為問。先生曰:「良知自知,原是容易的;只是不能致那良知,便是『知之匪艱,行之惟艱』;」
或いは知行合一せざるを疑い、「之を知るは艱しからず」の二句を以て問を為す。先生曰く『良知自ら知るは、原來是れ容易なり。只是能く那の良知を致さざれば、便ち是れ「之を知るは艱しからず、之を行うは惟れ艱し」』。
○門人問曰:「知、行如何得合一?且如《中庸》言『博學之」,又說個「篤行之」,分明知、行是兩件。」先生曰:「博學只是事事學存此天理,篤行只是學之不已之意。」又問:「《易》『學以聚之』,又言『仁以行之』,此是如何?」先生曰:「也是如此。事事去學存此天理,則此心更無放矢時,故曰:「學以聚之。」然常常學存此天理,更無私慾間斷,此即是此心不息處,故曰「仁以行之」。」又問:「孔子言『知及之,仁不能守之」,知行卻是兩個了。」先生曰:「說「及之」,已是行了,但不能常常行,已為私慾間斷,便是「仁不能守」。」又問:「心郥理之說,程子云『在物為理」,如何謂心即理?」先生曰:「在物為理,在字上當添一心字:此心在物則為理,如此心在事父則為孝,在事君則為忠之類。」先生因謂之曰:「諸君要識得我立言宗旨。我如今說個心即理是如何,只為世人分心與理為二,故便有許多病痛。如五伯掇夷狄,弅周室,都是一個私心,使不當理,人卻說他做得當理,只心有未純,往往悅慕其所為,要來外面做得好看,卻與心全不相干。分心與理為二,其流至於伯道之偽而不自知。故我說個心即理,要使知心理是一個?便來心上做工夫,不去英義於外,便是王道之真。此我立言宗旨。」又問:「聖賢言語許多,如何卻要打做一個?」曰:「我不是要打做一個,如日「夫道一而已矣。』又曰「其為物不二,則其生物不測。」天地聖人皆是一個,如何二得?」
門人問いて曰く『知・行如何に合一を得ん。且く《中庸》が「之を博學す」と説き、又個の「之を篤行す」と説く、分明知・行是れ兩件』。先生曰く『博學只是事事學して此の天理を存す、篤行只是之を學びて已まざるの意』。又問う『《易》の「學して以て之を聚む」、又「仁して以て之を行う」と説くは、此れ是れ如何』。先生曰く『も亦た此の如し。事事學して此の天理を存せば、則ち此の心更に放失する時無し、故に「學して以て之を聚む」と説く。然るに常常學して此の天理を存して、更に私慾間斷無し、此れ就きて是れ此の心の息まざる處、故に「仁して以て之を行う」と説く』。又問う『孔子「之に及ぶを知りて、仁能く之を守らず」と説く、知行却って是れ兩個矣』。先生曰く『「之に及ぶ」と説けば、已に是れ行い矣、但し能く常常行わず、已に私慾の間斷する所と為る、便ち是れ「仁能く守らず」』。又問う『心即ち理の説は、程子曰く「物に在りて理と為す」、如何に心即ち理と謂うか』。先生曰く『物に在りて理と為すは、「在」の字の上に當に一の「心」の字を添うべし、此の心物に在れば則ち理と為す。此の心父に事うるに在れば則ち孝と為し、君に事うるに在れば則ち忠と為すの類の如し』。先生因りて彼らに對して曰く『諸君要く我が立言の宗旨を識れ。我今個の心即ち理是如何なるかを説くは、只世人の心と理とを分かちて二と為すを為す、故に便ち許多の病痛有り。如し五伯の夷狄を攘い周室を尊ぶは、皆是一箇の私心、當に理ならざるを使す。人却って彼を説きて當に理を做し得たりと為す、只心未だ純ならざる有り、往往其の為す所を悅慕して、要く來りて外面に做し得て好く看さんとす、却って心と與に全く相干らず。心と理とを分かちて二と為すは、其の流至りて伯道の僞にして而して自ら知らず。故に我個の心即ち理と説くは、要く心理是れ一箇なるを知らしめ、便ち來りて心の上に功夫を做して、去りて義を外に襲わず、便ち是れ王道の真。此れ我が立言の宗旨』。又問う『聖賢の言語許多、如何に却って要く打ちて一箇を做さん』。曰く『我是れ打ちて一箇を做さんと要するに非ず。如し「夫れ道一のみ」と説き、又「其の物と為るや二ならず、則ち其の物を生ずるや測る可からず」と説く。天地聖人皆是一箇、如何に二と為るを得ん』。
○「心不是一塊血肉,凡知覺處便是心;如耳目之知視聽,手足之知痛癢,此知覺便是心也。」
『心是れ一塊の血肉に非ず、凡そ知覺する處便ち是れ心。如し耳目の視聽を知る、手足の痛癢を知る、此の知覺便ち是れ心なり』。
○以方問曰:「先生之說「格物」,凡《中庸》之「慎獨」及「集義」「博約」等說,皆為『格物」之事。」先生曰:「非也,格物即慎擉,即戒懼;至於『集義』『博約』,工夫只一般,不是以那數件都做『格物』底事。」
黄以方問いて曰く『先生の「物を格す」の説は、凡そ《中庸》の「獨を慎む」及び「義を集む」「博約」等の説は、皆「物を格す」の事と為る』。先生曰く『是に非ず。物を格すは即ち獨を慎む、即ち戒懼。至りて「義を集む」「博約」は、功夫只一般、是れ那の數件を把りて皆「物を格す」の事を做すに非ず』。
○以方問「咠德性」一條。先生曰:「『道問學』即所以「尊德性』也。晦翁言子靜以『尊德性』晦人,某教人豈不是『道問學」處多了些子,是分『尊德性氣道問學』作兩件且如今講習討論下許多工夫,無非只是存此心,不失其德性而已:豈有『尊德性』只空空去尊,更不去問學,問學只是空空去問學,更與德性無關涉?如此,則不知今之所以講習討論者,更學何事!」問「致廣大」二句。曰:「『盡精微』即所以「致廣大」也,「道中庸」郥所以『極高明』也。蓋心之本體自是廣大底,人不能『盡精微』,則便為私慾所蔽,有不勝其小者矣。故能細微曲折,無所不盡,則私意不足以蔽之,自無許多障礙遮隔處,如何廣大不致?」又問:「精微還是念慮之精微,事理之精微?」曰:「念慮之精微,即事理之精微也。」
黄以方「德性を尊ぶ」の一條を問う。先生曰く『「問學に道る」即ち所以「德性を尊ぶ」なり。晦翁は子靜を説きて以て「德性を尊ぶ」に誨人す、某人に教える豈に是れ「問學に道る」の處多く些子と為す、是れ「德性を尊ぶ」「問學に道る」を分かちて兩件と作す。且く今の講習討論の下し來る許多の功夫は、非ざる無し只是此の心を存して、其の德性を失わざるのみ。豈に「德性を尊ぶ」只空空として去りて尊び、更に去りて問學せざる有らん。問學只是空空として去りて問學して、更に德性と與に關渉無き有らん。此の如くなれば、則ち知らず今の講習討論する所以の者は、更に何事を學ばん』。「廣大を致す」の二句を問う。曰く『「精微を尽くす」即ち所以「廣大を致す」なり、「中庸に道る」即ち所以「高明を極むる」なり。蓋し心の本体自ら是れ廣大、人能く「精微を尽くさ」ざれば、則ち便ち私慾の蔽う所と為りて、其の小なるに勝えざる者有り矣。故に能く細微曲折して、尽くさざる所無ければ、則ち私意以て之を蔽うに足らず、自ら許多の障礙遮隔の處無し、如何に廣大致らざらん』。又問う『精微は還た是れ念慮の精微か、事理の精微か』。曰く『念慮の精微は、即ち事理の精微なり』。
○先生曰:「今之論性者,紛紛異同,皆是說性,非見性也。見性者無異同之可言矣。」
先生曰く『今の性を論ずる者は、紛紛として異同し、皆是れ性を説く、性を見るに非ず。性を見る者は異同の言う可き無し矣』。
○問:「聲、色、貨、利,恐良知亦不能無。」先生曰:「固然。但初學用功,卻須掃除盪滌,勿使留積,則適然來遇,始不為累,自然順而應之。良知只在聲、色、貨、利上用功。能致得良知精精明明,毫髮無蔽,則聲、色、貨、利之交,無非天則流行矣。」
問う『聲・色・貨・利は、恐らく良知も亦た能く無からざらん』。先生曰く『固然。但し初學用功には、却って須く掃除蕩滌して、留積せしめる勿かれ、則ち適然來り遇いて、始めて累と為らず、自然順えて而して之に應ず。良知只在りて聲・色・貨・利の上に用功す。能く良知を致し得て精精明明、毫髮蔽無ければ、則ち聲・色・貨・利の交は、非ざる無し天則の流行矣』。
○先生曰:「吾與諸公講『致知』『格物』,日日是此,講一二十年俱是如此。諸君聽吾言,實去用功,見吾講一番,自覺長進一番;否則只怍一場話說,雖聽之一同用。」
先生曰く『我諸公と與に「知を致す」「物を格す」を講ずるは、日日是れ此、講ずること一二十年俱に是れ此の如し。諸君我が言を聽きて、實に去りて用功せば、我が一番講ずるを見て、自ら覺えて一番長進す。否れば只作して一場の話説と為し、雖れ之を聽くとも聽かざると與に同じ』。
○先生曰:「人之本體,常常是寂然不動的,常常是感而遂通的。未應不是先,已應不是後。」
先生曰く『人の本体は、常常是れ寂然として動かず、常常是れ感じて而して遂に通ず。未だ應ぜざる是れ先に非ず、已に應ずる是れ後に非ず』。
○一友舉佛家以手指顯出,問曰,「眾曾見否」?眾曰,「見之」。復以手指入袖。問曰,「眾還見否」?眾曰,「不見」。佛說還未見性。此義未明。先生曰,「手指有見有不見。爾之見性,常在人之心神。只在有睹有聞上馳騖。不在不睹不聞上著實用功。盡不睹不聞,實良知本體。戒慎恐懼,是致良知的功夫。學者時時刻刻常睹其所不睹,常聞其所不聞,功夫方有個實落處。久久成熟後,則不須著力,不待防檢,而真性自不息亦。豈以在外者之聞見為累哉」?
一友佛家の手指を以て出だし顯すを擧げて、問いて曰く『衆曾て見るか否か』。衆曰く『之を見たり』。復た手指を以て袖に入れて、問いて曰く『衆還た見るか否か』。衆曰く『見ず』。佛説く還た未だ性を見ず。此の義未だ明らかならず。先生曰く『手指は見る有り見ざる有り。爾の見性は、常在り。人の心神只在りて睹有り聞有りの上に馳騖して、睹えず聞こえざるの上に於て著實に用功せず。蓋し睹えず聞こえずは、實に良知の本体。戒慎恐懼は、是れ良知を致すの功夫。學者時時刻刻常に其の睹えざる所を睹て、常に其の聞こえざる所を聞けば、功夫方に個の實落の處有り。久久成熟の後は、則ち須く力を著けず、防檢を待たずして、而して真性自ら息まず矣。豈に在外の者の聞見を以て累と為さん哉』。
○問:「先儒謂鳶飛魚躍,與『必有事焉」,同一活潑潑地。」先生曰:「亦是。天地閒活潑潑地,無非此理,便是吾良知的流行不息,『致良知」便是『必有事」的工夫。此理非惟不可離,實亦不得而離也。無往而非道,無往而非工夫。」
問う『先儒鳶飛び魚躍ると謂うと、「必ず事有らん」とは、同一の活潑潑地』。先生曰く『も亦た是なり。天地間活潑潑地として、非ざる無し此の理、便ち是れ吾が良知の流行息まず。「良知を致す」便ち是れ「必ず事有る」の功夫。此の理非惟離る可からず、實に亦た得て而して離るるなり。往くとして道に非ざる無く、往くとして功夫に非ざる無し』。
○先生曰:「諸公在此,務要立個必為聖人之心,時時刻刻須是一棒一條痕,一摑一拳血,方能聽吾說話,句句得力。若茫茫蕩蕩度日,譬如一塊死肉,打也不知得痛症,恐終不濟事,回家只尋得舊時伎倆而已,豈不惜哉?」
先生曰く『諸公此に在りて、務めて要く個の必ず聖人を為すの心を立てよ。時時刻刻須く是れ一棒に一條の痕、一掴に一掌の血ならん、方能く我が説話を聽きて、句句力を得ん。若し茫茫蕩蕩として日を度れば、譬如ば一塊の死肉、打てども亦た痛癢を知るを得ず、恐らく終に事を濟さざらん。家に歸りて只舊時の伎倆を尋ね得るのみ、豈に惜しまざらん哉』。
○問:「近來妄念也覺少,亦覺不曾著想定要如何用功,不知此是工夫否?」先生曰:「汝且去著實用功,便多這些著想也不妨,久久自會妥帖;若才下得些功,便說效驗,何足為恃!」
問う『近來妄念も亦た覺えて少なし、亦た覺えて曾て著想して定めて要く如何に用功せんとせず、知らず此れ是れ功夫か否か』。先生曰く『汝且く去りて著實に用功せよ、便ち此れらの著想多きも亦た妨げず、久久自ら會して妥帖せん。若し才に些の功を下して、便ち效驗を説かば、何ぞ以て恃と為すに足らん』。
○一友自嘆:「私意萌時,分明自心知得,只是不能使他即去。」先生曰:「你萌時,這一知處便是你的命根,當下即去消磨,便是立命工夫。」
一友自ら歎じて曰く『私意萌える時は、分明自ら心知り得る、只是能く彼をして即ち去らしむる能わず』。先生曰く『汝萌える時、此の一知の處便ち是れ汝の命根。當下即ち去りて消磨すれば、便ち是れ命を立つるの功夫』。
○「夫子說「性相近』,即孟子說「性善』,不可專在氣質上說。若說氣質,如剛與柔對,如何相近得,惟性善則同耳。人生初時善,原是同的,但剛的習於善則為剛善,習於惡則為剛惡,柔的習於善則為柔善,習於惡則為柔惡,便日相遠了。」
『夫子「性相近し」と説くは、即ち孟子「性善」と説く、専ら氣質の上に於て説く可からず。若し氣質を説かば、如し剛と柔と對すれば、如何に相近し得ん。惟れ性善すれば則ち同じのみ。人生初めの時善は、原來是れ同じ。但し剛なるは善に習えば則ち剛善と為り、惡に習えば則ち剛惡と為る。柔なるは善に習えば則ち柔善と為り、惡に習えば則ち柔惡と為る、便ち日に相い遠ざかる』。
○先生嘗語學者曰:「心禮上著不得一念留滯,就如眼著不得些子塵沙,些子能得幾多;滿眼便昏天黑地了。」又曰:「這一念不但是私念;便好的念頭亦著不得些子如眼中放些金玉屑,眼亦開不得了。」
先生嘗に學者に對して曰く『心體の上に於て一念の留滯を著くるを得ず、就きて眼些子の塵沙を著くるを得ざるが如し。些子能く幾多を得ん、滿眼便ち昏天黑地矣』。又曰く『此の一念不但是れ私念、便ち好き念頭も亦た些子を著くるを得ず。如し眼の中に些の金玉の屑を放れば、眼も亦た開くを得ず矣』。
○問:「人心與物同體,如吾身原是血氣流通的,所以謂之同體:若於人便異體了,禽、獸、草、木益遠矣。而何謂之同體?」先生曰:「你只在感應之几上看;豈但禽、獸、草、木,雖天、地也與我同體的,鬼、神也與我同體的。」請問。先生曰:「你看這個天、地中間,甚麼是天、地的心?」對曰:「嘗聞人是天地的心。」曰:「人又甚麼叫做心?」對曰:「只是一個靈明。」「可妯充天塞地中間,只有這個靈明。人只為形體自問隔了。我的靈明,便是天、地、苨、神的主宰。天沒有我的靈明,誰去仰地高?地沒有我的靈明,誰去俯他深?鬼、神沒有我的靈明,誰去辯他吉、兇、災、祥?天、地、鬼、神、萬物,離卻我的靈明,便沒有天、地、鬼、神、萬物了;我的亞明,離卻天、地、鬼、神、萬物,亦沒有我的靈明。如此,便是一氣流通的,如何與他間隔得?」又問:「天、地、鬼、神、萬物,千古見在,何沒了我的靈明,便俱無了?」曰:「今看死的人,他這些精靈遊散了,他的天、地、鬼、神、萬物尚在何處?」
問う『人心物と與に同體す。如し吾が身原來是れ血氣流通する、故に之を同體と謂う。若し人に於ては便ち異體矣、禽・獸・草・木益々遠し。而して何を以て之を同體と謂うか』。先生曰く『汝只在りて感應の幾の上に於て看よ。豈に但に禽・獸・草・木のみならん、雖れ天・地も亦た我と與に同體す、鬼・神も亦た我と與に同體す』。請問す。先生曰く『汝此の個の天・地の中間を看よ、什麼か是れ天・地の心』。對えて曰く『嘗に人是れ天地の心と聞く』。曰く『人又什麼を以て心と叫ぶか』。對えて曰く『只是一箇の靈明』。『以て充天塞地の中間、只有りて此の個の靈明を知る可し。人只形體に為して自ら間隔せられ矣。我が靈明は、便ち是れ天・地・鬼・神の主宰。天我が靈明無ければ、誰か去りて彼の高きを仰がん。地我が靈明無ければ、誰か去りて彼の深きを俯さん。鬼・神我が靈明無ければ、誰か去りて彼の吉・凶・災・祥を辨ぜん。天・地・鬼・神・萬物は、我が靈明を離却せば、便ち天・地・鬼・神・萬物無し。我が靈明は、天・地・鬼・神・萬物を離却せば、亦た我が靈明無し。此の如く、便ち是れ一氣流通する、如何に彼と與に間隔し得ん』。又問う『天・地・鬼・神・萬物は、千古見在す、何ぞ我が靈明無ければ、便ち俱に無からん』。曰く『今死するの人を看よ、彼此れらの精靈游散せば、彼の天・地・鬼・神・萬物尚お何の處に在らん』。
○先生起行徵思田,德洪與汝中追送嚴灘,汝中舉佛家寅相幻相之說。先生曰:「有心俱是實,無心俱是幻;無心俱是實,有心俱是幻。」汝中曰:「有心俱是穴,無心俱是幻,是本體上說工夫:無心俱是寅,有心俱是幻,是工夫上說本體。」先生然其言。洪於是時尚未了達,數年用功,始信本體、工夫合一。但先生是時因問偶談,若吾儒指點人處,不必藉此立言耳。」
先生起きて行きて思・田を征せんとし、德洪汝中と與に追いて嚴灘に送る。汝中佛家の實相・幻相の説を擧ぐ。先生曰く『心有れば俱に是れ實、心無ければ俱に是れ幻。心無ければ俱に是れ實、心有れば俱に是れ幻』。汝中曰く『心有れば俱に是れ實、心無ければ俱に是れ幻は、是れ本体の上に説きて功夫す。心無ければ俱に是れ實、心有れば俱に是れ幻は、是れ功夫の上に説きて本体す』。先生其の言を然とす。洪是の時に於て尚お未だ了達せず、數年用功して、始めて本体・功夫合一を信ず。但し先生是の時問うに因りて偶さま談ず、若し吾が儒の人を指點する處は、必ずしも此を借りて立言するを須いざるのみ』。
○嘗見先生送二三耆宿出門,退坐於中軒,若有憂色。德洪趨進請問。先生曰:「頃與諸老論及此學,真員鑿方柄。此道坦如道路,世儒往往自加荒塞,終身陷荊棘之場而不悔,吾不知其何說也?」德洪退謂朋友曰:「先生誨人,不擇衰朽,仁人憫物之心也。」
嘗に先生の二三の耆宿を送りて門を出づるを見て、退きて中軒に坐す、若く憂色有るが如し。德洪趨り進みて請問す。先生曰く『剛才諸老と與に論じて此の學に及べば、真に是れ圓鑿方枘。此の道坦たること道路の如し、世儒往往自ら荒塞を加えて、終身荆棘の場に陷りて而して悔いず、我其の何の説かを知らず』。德洪退きて朋友に對して曰く『先生の人を誨えるは、衰朽を擇ばず、仁人の物を憫むの心なり』。
○先生曰:「人生大病,只是一傲字。為子而傲必不孝,為臣而傲必不忠,為父而傲必不慈,為友而傲必不信。故象與丹朱俱不肖,亦只一傲字,便結果了此生。諸君常要體此人心本是天然之理,精精明明,無致介染著,只是一無我而已:胸中切不可有,有即傲也。古先聖人許多好處,也只是無我而已,無我自能謙。謙者眾善之基,傲者眾惡之魁。」
先生曰く『人生の大病は、只是一の傲の字。子と為りて而して傲なれば必ず不孝、臣と為りて而して傲なれば必ず不忠、父と為りて而して傲なれば必ず不慈、友と為りて而して傲なれば必ず不信。故に象と丹朱と俱に不肖なり、亦た只一の傲の字、便ち此の生を結果し了れり。諸君常に要く此を體せよ。人心本來是れ天然の理、精精明明にして、纖介の染著無し、只是一の我無しのみ。胸中切に有る可からず、有れば即ち傲なり。古先聖人許多の好處は、也只是我無しのみ。我無ければ自ら能く謙す。謙は衆善の基、傲は衆惡の魁』。
○又曰:「此道至簡至易的,亦至精至微的。孔子曰:『其如示諸掌乎:』且人於掌何日不見,及至問他掌中多少文理,卻便不知,即如我良知二字,一講便明,誰不知得:若欲的見良知,卻誰能見得?」問曰:「此知恐是無方體的,最離捉摸。」先生曰,二真知即是《易》,『其為道也屢遷,變動不居,周流六虛,上下無常,剛柔相易,不可為典要,惟變所適。』此知如何捉摸得?見得透時便是聖人。」
(先生続いて曰く:)『此の道至簡至易、亦た至精至微。孔子曰く「其れ諸を掌に示すが如し」と。且く人掌に於て何の日か見ざらん、及び至りて彼を問いて掌中多少の文理あるか、却って便ち知らず。即ち我が「良知」の二字の如く、一たび講ずれば便ち明らか、誰か知り得ざらん。若し的に良知を見んと欲せば、却って誰か能く見得ん』。問いて曰く『此の知恐らく是れ方體無き、最も捉摸し難し』。先生曰く『良知即ち是れ《易》、「其の道と為るや屢遷し、變動して居らず、六虚に周流して、上下常無く、剛柔相い易え、以て典要と為す可からず、惟れ變の適う所」。此の知如何に捉摸し得ん。見ること透きれば便ち是れ聖人』。
○問:「孔子曰:『回也非助我者也。』是聖人果以相助望門弟子否?」先生曰:「亦是實話。此道本無窮盡,問難愈多,則精微愈顯。聖人之言本自周遍,但有問難的人胸中窒礙,聖人被他一難,發揮得愈加精神。若顏子聞一知十,胸中瞭然,如何得問難:故聖人亦寂然不動,無所發揮,故日非助。」
問う『孔子曰く「回や我を助くる者に非ず」、是れ聖人果して相助を以て門弟子に望むか否か』。先生曰く『も亦た是れ實話。此の道本來窮盡無し、問難愈々多ければ、則ち精微愈々顯れん。聖人の言本來自ら周遍す、但し問難するの人胸中窒礙有り、聖人彼の一難に被りて、發揮し得て愈々精神を加う。若し顏子の一を聞きて十を知るが如くは、胸中瞭然として、如何に問難を得ん。故に聖人も亦た寂然として動かず、發揮する所無し、故に「助に非ず」と説く』。
○鄒謙之嘗語德洪曰:「舒國裳曾持一張紙,請先生寫『拱把之恫梓』一章。先生懸筆為書到『至於身而不知所以養之者』,顧而笑曰:『國裳讀書,中過狀元來豈誠不知身之所以當養,還須誦此以求警。』一時在侍諸友皆惕然。」
鄒謙之嘗に德洪に對して曰く『舒國裳曾て一張の紙を持して、先生に「拱把の桐梓」の一章を寫さんことを請う。先生筆を懸けて書と為して、「身に至りて而して之を養う所以を知らざる」に到りて、顧みて而して笑いて曰く「國裳書を讀みて、狀元を中過して來れり、豈に誠に身の當に養うべき所以を知らざらん。還た須く此を誦して以て警を求めよ」。一時侍に在る諸友皆惕然たり』。
錢德洪跋
錢德洪の跋
嘉靖戊子冬德洪與王汝中奔師喪至廣信,訃告同門,約三年收錄遺言。後同門各以所記遺。洪擇其於問正者,合所私錄,得若干條。居吳時,將與文錄並刻矣。適以憂去,未遂當是時也,方講學日眾,師門宗旨既明,若無事於贅刻者,故不復縈念。去年,同門曾子漢得洪手抄復傍為採輯,名曰遺言,以刻行於荊。洪誑之,覺當時採錄精,力為刪其重,削去蕪蔓存其三分之一,名曰《傳習續錄》,復刻於寧國之水西精舍。今年夏,洪來遊蘄,沉君思長曰:「師門之教久行於四方,而獨未及於蘄。蘄之士得讀遺言若親,夫子之教,指見良知,若重靚日月之光。惟恐傳習之不博,而未以重複之為繁也,請哀其所逸者增刻之。若何?」洪曰:「然師門致知格物之旨,開示來學,學者躬修默悟,不敢以知解承,而惟以實體得,故吾師終日言是而不憚其煩,學者終日聽是而不厭其數。蓋指示專一,則皚悟日精,幾迎於言前,神發於言外,感遇之誠也。今吾師之沒未及三紀,而格言微旨漸覺淪晦,豈非吾黨身踐之不力,多言有以病之耶?學者之趨不一,師門之教不宣也。」乃復取逸稿,採其語之不背者,得一卷。其餘影響不真,與文錄既載者,皆削之。並易中卷為問答語,以付黃梅尹張君增刻之。庶幾誑者不以知解承而惟以實體得,則無疑於是錄矣。各靖丙辰夏四月,門人錢德洪拜古於斬之崇正書院。
嘉靖戊子の冬、德洪王汝中と與に師の喪に奔りて廣信に至り、同門に訃告し、三年遺言を收錄せんことを約す。後に同門各々記する所を以て來る。洪其の問正に於てする者を擇びて、私に錄する所に合して、若干條を得たり。吳に居る時、將に《文錄》と與に并びて刻せんとし了れり。適ぞ憂を以て去りて、未だ遂げず。當是の時也、方に學を講ずる日に衆くして、師門の宗旨既に明らかにして、若く贅刻するに事無き者の如し、故に復た萦念せず。去年、同門の曾子漢洪の手抄を得て、復た傍ら采輯を為して、名づけて《遺言》と曰し、以て荊に於て刻し行わんとす。洪之を覽じて、當時の采錄未だ精ならざるを覺え、力めて其の重複を刪り、蕪蔓を削去して、其の三分之一を存し、名づけて《傳習續錄》と曰し、復た寧國の水西精舍に於て刻す。今年の夏、洪蘄に來り游ぶ。沈君思畏曰く『師門の教久しく四方に行われて、而して獨り蘄に及ばず。蘄の士《遺言》を讀むを得て、若く夫子の教に親しむが如く、良知を見るを指して、若く日月の光を重ねて睹るが如し。惟恐るらくは傳習の博ならざるを、而して未だ重複の繁を為さず。其の逸する所を裒めて增刻せんことを請う、如何』。洪曰く『然り。師門の致知格物の旨は、來學に開示して、學者躬ら修め默悟して、敢えて知解を以て承けず、而して惟れ實體を以て得んとす。故に吾が師終日此を言いて而して其の煩を憚らず、學者終日此を聽きて而して其の數を厭わず。蓋し指示専一なれば、則ち覺悟日に精し、幾に言の前に迎え、神言の外に發する、感遇の誠なり。今吾が師の沒してより三紀に及ばずして、而して格言微旨漸く淪晦するを覺ゆ、豈に吾黨の身に踐むの力めざる、多言以て之を病むる有るに非ざらんや。學者の趨く一ならざれば、師門の教宣ならざるなり』。乃ち復た逸稿を取りて、其の語の背かざるを采めて、一卷を得たり。其の余の影響真ならざると、《文錄》既に載する者とは、皆之を削る。并びて中卷を易えて問答の語と為して、以て黄梅尹の張君に付して增刻せしむ。庶くは覽る者知解を以て承けず而して惟れ實體を以て得れば、則ち是の錄に於て疑無からん。嘉靖丙辰の夏四月、門人の錢德洪蘄の崇正書院に於て拜書す。
