Libo

文子

战国至汉 · 文子(辛鉨,传)

老子が言った。「物あって混成し、天地より先に生まれ、象あるのみにして形なく、窈窈冥冥、寂寥淡漠、その声を聞くこと能わず、我は強いて之に名称を…

道家典籍

まず老子と荘子内篇を読み、列子・文子・淮南子へ進む。道教が「道」をどう修持として書いたかを見るには、陰符経・黄庭・参同契・悟真篇と抱朴子を読む。

卷一

老子曰:“有物混成,先天地生,惟象無形,窈窈冥冥,寂寥淡漠,不聞其聲,吾強為之名,字之曰道。”夫道者,高不可極,深不可測,苞裹天地,稟受無形,原流泏泏,沖而不盈,濁以靜之徐清,施之無窮,無所朝夕,卷之不盈一握,約而能張,幽而能明,柔而能剛,含陰吐陽,而章三光;山以之高,淵以之深,獸以之走,鳥以之飛,麟以之遊,鳳以之翔,星曆以之行;以亡取存,以卑取尊,以退取先。古者三皇,得道之統,立於中央,神與化遊,以撫四方。是故能天運地墆,輪轉而無廢,水流而不止,與物終始。風興雲蒸,雷聲雨降,並應無窮,已雕已琢,還復於樸。無為為之而合乎生死,無為言之而通乎德,恬愉無矜而得乎和,有萬不同而便乎生。和陰陽,節四時,調五行,潤乎草木,浸乎金石,禽獸碩大,毫毛潤澤,鳥卵不敗,獸胎不殰,父無喪子之憂,兄無哭弟之哀,童子不孤,婦人不孀,虹蜺不見,盜賊不行,含德之所致也。天常之道,生物而不有,成化而不宰,萬物恃之而生,莫知其德,恃之而死,莫之能怨,收藏畜積而不加富,佈施稟受而不益貧;忽兮怳兮,不可為象兮,怳兮忽兮,用不詘兮,窈兮冥兮,應化無形兮,遂兮通兮,不虛動兮,與剛柔卷舒兮,與陰陽俯仰兮。

老子が言った。「物あって混成し、天地より先に生まれ、象あるのみにして形なく、窈窈冥冥、寂寥淡漠、その声を聞くこと能わず、我は強いて之に名称を与え、之を道(万物の本原と運行方式を指称する字で、それ自体は名づけられない)と字す」と。道は、高きは極むべからず、深きは測るべからず、天地を包裹し、無形を禀受し、源流は汨汨として、沖虚にして盈満せず、濁れば静まりて徐々に清くなり、施予は窮まりなく、朝夕なく、卷ねれば一握に満たず、約して能く張り、幽にして能く明、柔にして能く剛、陰を含み陽を吐きて、三光を彰明す。山は之に因りて高く、淵は之に因りて深く、獸は之に因りて走り、鳥は之に因りて飛び、麟は之に因りて游び、鳳は之に因りて翔り、星暦は之に因りて行く。亡を以て存を取り、卑を以て尊を取り、退を以て先を取る。古の三皇は、道の統紀を得て、中央に立ち、神與化に游び、四方を撫す。故に能く天運び地定まり、輪轉して廢せず、水流れて止まず、物與終始す。風起り雲蒸し、雷聲雨降り、一幷に無窮に應じ、已に雕り琢かれて、還た朴(彫琢されざる質地)に復歸す。無爲(主觀的意志に依りて強行干渉せず、事物を其の本性に隨わせて運行せしめる)に之を爲して生死に合し、無爲に言說して德(道が具體的事物に落實して顯れる性能)に通じ、恬愉矜らずして和を得、萬種の不同を擁して生に便す。陰陽を和し、四時を節し、五行を調え、草木に潤い、金石に浸り、禽獸碩大に、毫毛潤澤し、鳥卵敗れず、獸胎殞れず、父に喪子の憂なく、兄に哭弟の哀なく、童子孤ならず、婦人孀ならず、虹霓現れず、盜賊橫行せず、是れ含德の致す所なり。天常の道は、物を生じて據有せず、化を成して主宰せず、萬物は之に靠りて生じ、その德を知らず、之に靠りて死し、之を怨む能わず、收藏畜積して益々富まず、布施禀受して益々貧せず。忽や恍や、象を成す可からず。恍や忽や、用いて屈せず。窈や冥や、化に應じて無形。遂や通や、虚動せず。剛柔と卷舒し、陰陽と俯仰す。

老子曰:大丈夫恬然無思,惔然無慮,以天為蓋,以地為車,以四時為馬,以陰陽為御,行乎無路,遊乎無怠,出乎無門。以天為蓋則無所不覆也,以地為車則無所不載也,四時為馬則無所不使也,陰陽御之則無所不備也。是故疾而不搖,遠而不勞,四支不動,聰明不損,而照明天下者,執道之要,觀無窮之地。故天下之事不可為也,因其自然而推之,萬物之變不可救也,秉其要而歸之。是以聖人內修其本,而不外飾其末,厲其精神,偃其知見故漠然無為而無不為也,無治而無不治也。所謂無為者,不先物為也;無治者,不易自然也;無不治者,因物之相然也。

老子が言った。大丈夫は恬然として思なく、淡然として慮なく、天を以て蓋と爲し、地を以て車と爲し、四時を以て馬と爲し、陰陽を以て御と爲し、路なきを行き、怠なきに游び、門なきより出づ。天を以て蓋と爲せば覆わざるなく、地を以て車と爲せば載せざるなく、四時を以て馬と爲せば使わざるなく、陰陽駕御すれば備わらざるなし。故に疾くして摇れず、遠くして勞せず、四肢動かず、聰明損なわず、然るに天下を照明する者は、道の要を執守し、無窮の地を觀る者なり。故に天下の事は強爲すべからず、その自然(自ずから然り、本來然り)に順い推す。萬物の變は強救すべからず、その要を秉りて歸す。是の故に聖人は內に其の本を修め、外に其の末を飾らず、其の精神を磨礪し、其の知見を偃息す、故に漠然無爲にして無不爲、無治にして無不治なり。所謂無爲とは、物に先んじて爲さざるなり。無治とは、自然を改易せざるなり。無不治とは、物の彼此相然に順うなり。

老子曰:執道以御民者,事來而循之,物動而因之;萬物之化無不應也,百事之變無不耦也。故道者,虛無、平易、清靜、柔弱、純粹素樸,此五者,道之形象也。虛無者道之舍也,平易者道之素也,清靜者道之鑒也,柔弱者道之用也。反者道之常也,柔者道之剛也,弱者道之強也。純粹素樸者道之幹也。虛者中無載也,平者心無累也,嗜慾不載,虛之至也,無所好憎,平之至也,一而不變,靜之至也,不與物雜,粹之至也,不憂不樂,德之至也。夫至人之治也,棄其聰明,滅其文章,依道廢智,與民同出乎公。約其所守,寡其所求,去其誘慕,除其貴欲,捐其思慮。約其所守即察,寡其所求即得,故以中制外,百事不廢,中能得之則外能牧之。中之得也,五藏寧,思慮平,筋骨勁強,耳目聰明。大道坦坦,去身不遠,求之遠者,往而復返。

老子が言った。道を執りて民を御する者は、事來れば之に循い、物動けば之に因る。萬物の化は應ぜざるなく、百事の變は耦ならざるなし。故に道は、虛無、平易、清靜、柔弱、純粹素朴、この五者は道の形象なり。虛無は道の舍、平易は道の素、清靜は道の鑑、柔弱は道の用。返は道の常、柔は道の剛、弱は道の強。純粹素朴は道の幹なり。虛とは、中に負載なきなり。平とは、心に牽累なきなり。嗜欲裝載せざるは、虛の極。好憎する所なきは、平の極。專一にして變わらざるは、靜の極。物と雜らざるは、粹の極。憂えず樂しまざるは、德の極。至人の治は、聰明を抛弃し、文章を滅し、道に依り智を廢し、民と公に同出す。守る所を簡約し、求むる所を寡少にし、誘慕を去り、貴欲を除き、思慮を捐弃す。守る所簡約なれば明察し、求むる所寡少なれば得、故に中を以て外を制し、百事廢れず。中能く得れば、外能く牧る。中の得は、五藏安寧し、思慮平らぎ、筋骨強勁に、耳目聰明なり。大道は坦坦として、身を離るること遠からず、遠く求むる者は、去りて還た返らん。

老子曰:聖人忘乎治人,而在乎自理。貴忘乎勢位,而在乎自得,自得即天下得我矣;樂忘乎富貴,而在乎和,知大己而小天下,幾於道矣。故曰:“至虛極也,守靜篤也,萬物並作,吾以觀其復。”夫道者,陶冶萬物,終始無形,寂然不動,大通混冥,深閎廣大不可為外,折毫剖芒不可為內,無環堵之宇,而生有無之間也。真人體之以虛無、平易、清靜、柔弱、純粹素樸,不與物雜,至德天地之道,故謂之真人。真人者,大己而小天下,貴治身而賤治人,不以物滑和,不以欲亂情,隱其名姓,有道則隱,無道則見,為無為,事無事,知不知也,懷天道,包天心,噓吸陰陽,吐故納新,與陰俱閉,與陽俱開,與剛柔卷舒,與陰陽俯仰,與天同心,與道同體;無所樂,無所苦,無所喜,無所怒,萬物玄同,無非無是。夫形傷乎寒暑燥濕之虐者,形究而神壯,神傷於喜怒思慮之患者,神盡而形有餘。故真人用心杖性,依神相扶,而得終始,是以其寢不夢,覺而無憂。

老子が言った。聖人の忘るるは人を治むるに在りて、自ら理するに在乎る。貴の忘るるは勢位に在りて、自得に在乎り、自得すれば天下我を得たり。樂の忘るるは富貴に在りて、和に在乎り、大に己をして小に天下とすることを知れば、道に近づく。故に曰く、「至虛極に至り、靜を守ること篤く、萬物一幷に興起し、我は借此に其の回復を觀る」と。道は、萬物を陶冶し、終始無形、寂然として動かず、大通混冥、深閎廣大にして外を爲すべからず、毫を折り芒を剖きても內を爲すべからず、環堵の宇なく、然るに有無の間に生ず。真人は之を體認するに虛無、平易、清靜、柔弱、純粹素朴を以てし、物と雜らず、天地の道に至德す、故に真人と曰う。真人は、己を大とし天下を小とし、身を治むるを貴び人を治むるを賤しみ、物を以て和を滑亂せず、欲を以て情を亂さず、其の名姓を隱し、道あれば隱れ、道なければ現れ、其の無爲を爲し、其の無事を事とし、其の不知を知り、天道を懷き、天心を包み、陰陽を嘘吸し、故を吐き新を納れ、陰と俱に閉じ、陽と俱に開き、剛柔と卷舒し、陰陽と俯仰し、天と心を同じくし、道と體を同じくす。樂む所なく、苦しむ所なく、喜ぶ所なく、怒る所なし、萬物玄(幽深難測)同、非なく是なし。形が寒暑燥濕に虐げられて傷る者は、形盡きて神壯なり。神が喜怒思慮に患えられて傷る者は、神盡きて形餘りあり。故に真人は心を用いて性に依り、神に依りて相扶け、終始を得、是の故に睡れば夢なく、醒めれば憂なし。

孔子問道。老子曰:正汝形,一汝視,天和將至;攝汝知,正汝度,神將來舍,德將為汝容,道將為汝居。瞳子,若新生之犢,而無求其故,形若枯木,心若死灰,真其實知而不以曲故自持,恢恢無心可謀,“明白四達,能無知乎?”

孔子が道を問うた。老子が言った。あなたの形を端正し、あなたの視を專一にせよ、天和將に至らん。あなたの知を收攝し、あなたの度を端正せよ、神將に來り住まん、德將にあなたの容を爲さん、道將にあなたの居を爲さん。瞳子は新生の牛犢の如くして、其の故を求めず、形は枯木の如く、心は死灰の如く、真に實に知りて曲巧を以て自持せず、恢恢として謀るべき心なし、「明白四達、能く知なからんや」と。

老子曰:夫事生者應變而動,變生於時,知時者無常之行。故“道可道,非常道也,名可名,非常名也。”書者言之所生也,言出於智,智者不知,非常道也;名可名,非藏書者也。“多聞數窮,不如守中”,“絕學無憂”,“絕聖棄智,民利百倍”。人生而靜,天之性也;感物而動,性之害也;物至而應,智之動也;智與物接,而好憎生焉;好憎成形,而智怵於外,不能反己,而天理滅矣。是故聖人不以人易天,外與物化而內不夫情,故通於道者,反於清靜,空於物者,終於無為。以恬養智,以漠合神,即乎無垠,循天者與道遊也,隨人者與俗交也;故聖人不以事滑天,不以欲亂情,不謀而當,不言而信,不慮而得,不為而成。是以處上而民不重,居前而人不害,天下歸之,姦邪畏之,以其無爭於萬物也,故莫敢與之爭。

老子が言った。事を生ずる人は變に應じて動く、變は時に生ず、時を知る人は常行なし。故に「道は道ぐ可きも、常道に非ず、名は名ぐ可きも、常名に非ず」と。書は言の生ずる所、言は智より出づ、智は道を知らず、常道に非ず。名は名ぐ可きも、藏書の人に非ず。「多聞屢窮、中を守るに如かず」、「學を絕てば憂なし」、「聖を絕ち智を棄てば、民の利百倍」。人は生れて靜、是れ天の性なり。物に感じて動く、是れ性の害なり。物到りて應ず、是れ智の動なり。智が物と接すれば、好憎生ず。好憎成形し、智は外に怵れて、自らに返回する能わず、天理滅す。故に聖人は人を以て天を改易せず、外は物と化して內は情を失わず、故に道に通ずる者は、清靜に返回し、物に空なる者は、終に無爲なり。恬を以て智を養い、漠を以て神に合し、無垠に近づく。天に循う人は道と游び、人に隨う人は俗と交わる。故に聖人は事を以て天を滑亂せず、欲を以て情を亂さず、謀らずして當たり、言わずして信あり、慮らずして得、爲さずして成る。是の故に上に處りて民その重きを覺えず、前に居りて人その害を覺えず、天下彼に歸し、奸邪彼を怕る、彼が萬物と爭わざるを以て、故に彼と爭うを敢えてする者なし。

老子曰:夫人從欲失性,動未嘗正也,以治國則亂,以治身則穢,故不聞道者,無以反其性,不通物者,不能清靜。原人之性無邪穢,久湛於物即易,易而忘其本即合於其若性。水之性慾清,沙石穢之;人之性慾平,嗜慾害之,唯聖人能遺物反己。是故聖人不以智役物,不以欲滑和,其為樂不忻忻,其於憂不惋惋,是以高而不危,安而不傾。故聽善言便計,雖愚者知說之;稱聖德高行,雖不肖者知慕之;說之者眾而用之者寡,慕之者多而行之者少,所以然者,掔於物而繫於俗。故曰:我無為而民自化,我無事而民自富,我好靜而民自正,我無欲而民自樸。清靜者德之至也,柔弱者道之用也,虛無恬無形大,有形細,無形多,有形少,無形強,有形弱,無形實,有形虛。有形者遂事也,無形者作始也,遂事者成器也,作始者樸也。有形則有聲,無形則無聲,有形產於無形,故無形者有形之始也。廣厚有名,有名者貴全也;儉薄無名,無名者賤輕也;殷富有名,有名尊寵也;貧寡無名,無名卑弱也;雄牡有名,有名者章明也;雌牝無名,無名者隱約也;有餘者有名,有名者高賢也;不足者無名,無名者任下也。有功即有名,無功即無名,有名產於無名,無名者有名之母也,天之道有無相生也,難易相成也。是以聖人執道,虛靜微妙以成其德,故有道即有德,有德即有功,有功即有名,有名即復於道,功名長久,終身無咎,王公有功名,孤寡無功名,故曰聖人自謂孤寡,歸其根本。功成而不有,故有功以為利,無名以為用。古民童蒙,不知東西,貌不離情,言不出行,行出無容,言而不文,其衣致,神德不全於身者,不知何遠之能壞,欲害之心忘乎中者,即飢虎可尾也,而況於人?

老子が言った。人は欲に從い性を失い、動いて未だ嘗て正しからず、以て國を治むれば亂れ、以て身を治むれば穢る、故に道を聞かざる者は、その性に返回する由なく、物に通ぜざる者は、清靜する能わず。人の性を推原すれば邪穢なく、久しく物に沈めば變易し、變易して其の本を忘れれば、彼の性に似たる者に合す。水の性は清を欲し、沙石は之を穢す。人の性は平を欲し、嗜欲は之を害す、ただ聖人のみ能く物を遺りて自らに返回す。故に聖人は智を以て物を役せず、欲を以て和を滑亂せず、其の樂を爲すも忻忻ならず、其の憂に於いて惋惋ならず、是の故に高くして危うからず、安くして傾かず。故に善言を聽けば便ち計る、愚者といえども亦た喜ぶを知る。聖德高行を稱すれば、不肖者といえども亦た慕うを知る。喜ぶ者は多く用いる者は少なく、慕う者は多く實行する者は少なし、然らしむる所以は、物に牽かれ俗に繫がるを以てなり。故に曰く、我無爲にして民自ら化し、我事なくして民自ら富み、我靜を好めば民自ら正しく、我欲なければ民自ら朴なり。清靜は德の極致、柔弱は道の用。虛無恬愉、無形の大、有形の細。無形の多、有形の少。無形の強、有形の弱。無形の實、有形の虛。有形なるは遂成の事、無形なるは作始。遂事なるは成器、作始なるは朴なり。有形あれば聲あり、無形なれば聲なし、有形は無形に產す、故に無形は有形の始なり。廣厚は名あり、名有るは全を貴ぶ。儉薄は名なし、名無きは輕を賤しむ。殷富は名あり、名有るは寵を尊ぶ。貧寡は名なし、名無きは弱を卑しむ。雄牡は名あり、名有るは明を章す。雌牝は名なし、名無きは約を隱す。餘有るは名あり、名有るは賢を高うす。不足は名なし、名無きは下に任ず。功あれば名あり、功なければ名なし、有名は無名に產し、無名是有名の母、天の道は有無相生し、難易相成す。是の故に聖人は道を執り、虛靜微妙を以て其の德を成す、故に道あれば德あり、德あれば功あり、功あれば名あり、名あれば道に回復す、功名長久にして、終身咎なし。王公に功名あり、孤寡に功名なし、故に曰く聖人は自ら孤寡と稱し、其の根本に歸す。功成りて據有せず、故に功有るを以て利と爲し、名無きを以て用と爲す。古は民童蒙にして、東西を知らず、貌は情を離れず、言は行を超えず、行出に容飾なく、言いて文なし。其の衣著質朴なるは、神德身に全からざる者は、毀壞を知ること何程遠きか。害を欲する心を中に忘るる者は、饑虎をも以て尾隨す可し、況んや人をや。

體道者佚而不窮,任數者勞而無功,夫法刻刑誅者,非帝王之業也,箠策繁用者,非致遠之御也,好憎繁多,禍乃相隨,故先王之法非所作也,所因也,其禁誅非所為也,所守也,故能因則大,作即細,能守則固,為即敗。夫任耳目以聽視者,勞心而不明,以智慮為治者,苦心而無功,任一人之材,難以至治,一人之能,不足以治三畝。循道理之數,因天地之然,即六合不足均也,聽失於非譽,目淫於綵女,禮亶不足以放愛,誠心可以懷遠,故兵莫憯乎志,鏌錚為下寇,莫大於陰陽,而枹鼓為細,所謂大寇伏屍不言節,中寇藏於山,小寇遯於民間。故曰民多智能,奇物滋起,法令滋章,盜賊多有去彼取此,天殃不起。故以智治國,國之賊,不以智治國,國之德,愉者萬物之祖也,三者行則淪於無形。無形者,一之謂也,一者,無心合於天下也。佈德不溉,用之不勤,視之不見,聽之不聞,無形而有形生焉,無聲而五音鳴焉,無味而五味形焉,無色而五色成焉,故有生於無,實生於虛。音之數不過五,五音之變不可勝聽也,味之數不過五,五味之變不可勝嘗也,色之數不過五,五色之變不可勝觀也。音者宮立而五音形矣,味者甘立而五味定矣,色者白立而五色成矣,道者一立而萬物生矣。故一之理,施於四海,一之嘏,察於天地,其全也、敦兮其若樸,其散也、渾兮其若濁,濁而徐清,沖而徐盈,澹然若大海,汜兮若浮云,若無而有,若亡而存。

道を體する者は安佚にして窮せず、術數を任ずる者は勞して功なし。法刻刑誅は、帝王の業に非ず。鞭策用いること繁ければ、致遠の御に非ず。好憎繁多なれば、禍相隨う。故に先王の法は作する所に非ず、因る所なり。其の禁誅は爲する所に非ず、守る所なり。故に能く因れば大なり、作れば細なり。能く守れば固し、爲せば敗る。耳目を任して聽視する者は、心を勞して明ならず。智慮を以て治と爲す者は、心を苦して功なし。一人之材を任すれば、至治に至り難し。一人之能は、三畝を治むるに足らず。道理の數に循い、天地の然に因れば、六合といえども均平するに足らざるなり。聽は非譽に失し、目は彩女に淫し、禮雖も厚きも以て愛を放つに足らず、誠心は以て遠を懷く可し。故に兵は志より慘なるはなく、鏌鋣は下と爲す。寇は陰陽より大なるはなく、枹鼓は細と爲す。所謂大寇は尸を伏し、節を談ぜず。中寇は山に藏れ、小寇は民間に逃ぐ。故に曰く、民智能多ければ、奇物滋起し、法令滋章し、盜賊多く有り。那のを去り此のを取れば、天殃起らず。故に智を以て國を治むるは、國の賊なり。智を以て國を治めざれば、國の德なり。愉は萬物の祖、三者行われれば無形に淪す。無形は、則ち一なり。一は、心無くして天下に合すなり。德を布きて溉せず、用いて盡きず、視れど見えず、聽けど聞えず、無形にして有形生じ、無聲にして五音鳴り、無味にして五味形し、無色にして五色成る、故に有は無より生じ、實は虛より生ず。音の數は五を過ぎず、五音の變は聽き盡くす能わず。味の數は五を過ぎず、五味の變は嘗め盡くす能わず。色の數は五を過ぎず、五色の變は看盡くす能わず。音は宮立定して五音形を成し、味は甘立定して五味定まり、色は白立定して五色成り、道は一立定して萬物生ず。故に一の理は、四海に施し、一の福は、天地に察す。其の全き時は、敦厚にして朴の如し。其の散ずる時は、渾濁にして濁の如し。濁りて徐々に清く、沖りて徐々に盈ち、澹然として大海の如く、泛やとして浮雲の如く、無きに似て有り、亡きに似て存す。

老子曰:萬物之摠,皆閱一孔,百事之根,皆出一門,故聖人一度循軌,不變其故,不易其常,放準循繩,曲因其常。夫喜怒者,道之邪也;憂悲者,德之失也;好憎者,心之過也;嗜慾者,生之累也。人大怒破陰,大喜墜陽,薄氣發喑,驚怖為狂,憂悲焦心,疾乃成積,人能除此五者,即合於神明。神明者,得其內,得其內者,五藏寧,思慮平,耳目聰明,筋骨勁強,疏達而不悖,堅強而不匱,無所太過,無所不逮。天下莫柔弱於水,水為道也,廣不可極,深不可測,長極無窮,遠淪無涯,息耗減益,過於不訾,上天為雨露,下地為潤澤,萬物不得不生,百事不得不成,大苞群生而無私好,澤及蚑蟯而不求報,富贍天下而不既,德施百姓而不費,行不可得而窮極,微不可得而把握,擊之不創,刺之不傷,斬之不斷,灼之不燻,淖約流循而不可靡散,利貫金石,強淪天下,有餘不足,任天下取與,稟受萬物而無所先後,無私無公,與天地洪同,是謂至德。夫水所以能成其至德者,以其卓約潤滑也,故曰:“天下之至柔,馳騁天下之至堅,無有入於無間。”夫無形者,物之太祖,無音者,類之太宗,真人者,通於靈府,與造化者為人,執玄德於心,而化馳如神。是故不道之道,芒乎大哉,未發號施令而移風易俗,其唯心行也。萬物有所生而獨如其根,百事有所出而獨守其門,故能窮無窮,極無極,照物而不眩,響應而不知。

老子が言った。萬物の總匯は、皆な一孔より閱す。百事の根は、皆な一門より出づ。故に聖人は一度軌に循い、故を變改せず、常を改易せず、準を放し繩に循い、曲りて其の常に因循す。喜怒は、道の邪なり。憂悲は、德の失なり。好憎は、心の過なり。嗜欲は、生の累なり。人大怒すれば陰を破り、大喜すれば陽を墜とし、薄氣(萬物を構成し貫通する流れるもの)發して失音と爲り、驚怖は狂と成り、憂悲心を焦がし、疾積りて成る。人能く此の五者を除去すれば、神明に合す。神明は、其の內を得るなり。其の內を得れば、五藏安寧し、思慮平らぎ、耳目聰明に、筋骨強勁に、疏達して悖らず、堅強して匱えず、太過する所なく、逮ばざる所なし。天下に水より柔弱なるはなし、水は則ち道なり、廣きは極む可からず、深きは測る可からず、長き極りて無窮、遠き淪りて涯なし、息耗減益は計量する可からざるを超え、上天と爲れば雨露、下地と爲れば潤澤、萬物生ぜざるを得ず、百事成らざるを得ず、大きに群生を包んで私好なく、澤蚑蟯に及びて報を求めず、天下を富贍して盡きず、德百姓に施して費えず、行は窮極す可からず、微は把握す可からず、之を擊てば創せず、之を刺せば傷らず、之を斬れば斷たず、之を灼けば熏らず、淖約流循して靡散す可からず、利は金石を貫穿する能し、強は天下を淪没する能し、有餘不足は天下の取與に任じ、萬物を禀受して先後する所なく、人を私せず公せず、天地と洪同す、此を至德と謂う。水の至德を成す能う所以は、其の綽約潤滑なるを以てなり、故に曰く、「天下の至柔は、天下の至堅を馳騁し、無有は無間に入る」と。無形なるは、物の太祖なり。無音なるは、類の太宗なり。真人は靈府に通じ、造化者と偶と爲り、玄德を心裏に執りて、化は神の如く馳す。故に不道の道は、芒乎として大なるかな、未だ嘗て號令を發せずして風を移し俗を易う、ただ心行に在るのみ。萬物生ずる所有りて獨り根を知り、百事出づる所有りて獨り門を守る、故に能く無窮を窮め、無極を極め、物を照らして眩わず、響應して知らず。

老子曰:夫得道者,志弱而事強,心虛而應當。志弱者柔毳安靜,藏於不取,行於不能,澹然無為,動不失時,故“貴必以賤為本,高必以下為基。”託小以包大,在中以制外,行柔而剛,力無不勝敵無不陵,應化揆時,莫能害之。欲剛者必以柔守之,欲強者必以弱保之,積柔即剛,積弱即強,觀其所積,以知存亡。強勝不若己者,至於若己者而格,柔勝出於己者,其力不可量,故“兵強則滅,木強則折。”革強則裂,齒堅於舌而先斃,故“柔弱者生之幹也,堅強者死之徒。”先唱者窮之路,後動者達之原。夫執道以耦變,先亦制後,後亦制先,何即?不失所以制人,人亦不能制也。所謂後者,調其數而合其時,時之變則,間不容息,先之則太過,後之則不及,日迴月周,時不與人遊,故聖人不貴尺之璧,而貴寸之陰,時難得而易失。故聖人隨時而舉事,因資而立功,守清道,拘雌節,因循而應變,常後而不先,柔弱以靜,安徐以定,大堅固不能與爭也。

老子が言った。道を得る人は、志弱くして事強く、心虛にして當たりて應ず。志弱とは柔毳安靜、取らざるに藏れ、能わざるに行き、澹然無爲、動いて時を失わず、故に「貴は必ず賤を以て本と爲し、高は必ず下を以て基と爲す」と。小を托して大を包み、中に在りて外を制し、柔を行いて剛、力往きて勝たざるなく、敵往きて陵ざるなし、化に應じ時を揆して、彼を害する能う者なし。剛ならんと欲するは必ず柔を以て守り、強ならんと欲するは必ず弱を以て保つ、柔を積めば剛、弱を積めば強、其の積む所を觀れば、存亡を知る。強は己に如かざるに勝つ、己と相當するに至れば相格す。柔は己を超過するに勝つ、其の力量は量る可からず。故に「兵強ければ則ち滅び、木強ければ則ち折る」。革強ければ則ち裂け、齒は舌より堅きも先に斃る、故に「柔弱は生の主幹、堅強は死の類」。先唱は窮の路、後動は達の源。道を執りて變に耦すれば、先も能く後を制し、後も能く先を制す、何を以てや。人を制する所以を失わず、人も能く制せざるなり。所謂後とは、其の數を調え其の時に合すなり。時の變則は、間隙は喘息を容れず、先んずれば太過し、後れれば及ばず。日回り月周り、時は人と游ばず、故に聖人は尺璧を貴ばず、寸陰を貴ぶ、時は得難くして失い易し。故に聖人は時に隨いて事を舉げ、資に因りて功を立て、清道を守り、雌節を持ち、因循して變に應じ、常に後にして先せず、柔弱以て靜、安徐以て定、最堅固なるも彼と爭う能わず。

老子曰:機械之心藏於中,即純白之不粹。神德不全於身者,不知何逺之能壞,欲害之心忘乎中者,即飢虎可尾也,而況於人乎。體道者佚而不窮,任數者勞而無功。夫法刻刑誅者,非帝王之業也。箠策繁用者,非致逺之御也。好憎繁多,禍乃相隨。故先王之法,非所作也,所因也;其禁誅,非所為也,所守也。故能因即大,作即細,能守即固,為即敗。夫任耳目以聼視者,勞心而不明,以智慮為治者,苦心而無功。任一人之材,難以至治。一人之能,不足以治三畝之宅。循道理之數,因天地自然,即六合不足均也。聼失於非譽,目淫於彩色,禮亶不足以放愛,誠心可以懐逺。故兵莫憯乎志,鏌鋣為下;寇莫大於陰陽,而枹鼓為細。所謂大寇伏屍,不言節。中寇藏於山,小寇遯於民間。故曰民多智能,奇物滋起。法令滋章,盜賊多有。去彼取此,天殃不起。故,以智治國國之賊,不以智治國國之德。夫無形大,有形細。無形多,有形少。無形強,有形弱。無形實,有形虛。有形者逐事也。無形者作始也。逐事者成器也,作始者,檏也。有形則有聲,無形則無聲。有形產於無形,故無形者有形之始也。廣厚有名,有名者貴全也。儉薄無名,無名者賎輕也。殷富有名,有名者尊寵也。貧寡無名,無名者卑辱也。雄壯有名,有名者章明也。雌牝無名,無名者隱約也。有餘者有名,有名者高賢也,不足者無名,無名者任下也。有功即有名,無功即無名。有名產於無名,無名者有名之母也。夫道有無相生,難易相成也。是以聖人執道,虛靜微妙,以成其德。故有道即有德,有德即有功,有功即有名,有名即復歸於道。功名長久,終身無咎。王公有功名,孤寡無功名,故曰聖人自謂孤寡,歸其根本。功成而不有,故有功以為利,無名以為用。古者,民童蒙,不知東西,貌不離情,言不出行,行出無容。

機械の心內に藏るれば、純白粹ならず。神德身に全からざる人は、毀壞を知ること何程遠きかを知らず。害を欲する心を中に忘るる者は、饑虎をも以て尾隨す可し、況んや人をや。道を體する者は安佚にして窮せず、術數を任ずる者は勞して功なし。法刻刑誅は、帝王の業に非ず。鞭策用いること繁ければ、致遠の御に非ず。好憎繁多なれば、禍相隨う。故に先王の法は、作する所に非ず、因る所なり。其の禁誅は、爲する所に非ず、守る所なり。故に能く因れば大なり、作れば細なり。能く守れば固し、爲せば敗る。耳目を任して聽視する者は、勞心して明ならず。智慮を以て治と爲す者は、苦心して功なし。一人之材を任すれば、至治に至り難し。一人之能は、三畝之宅を治むるに足らず。道理之數に循い、天地自然に因れば、六合といえども均平するに足らざるなり。聽は非譽に失し、目は彩色に淫し、禮雖も厚きも以て愛を放つに足らず、誠心は以て遠を懷く可し。故に兵は志より慘なるはなく、鏌鋣は下と爲す。寇は陰陽より大なるはなく、枹鼓は細と爲す。所謂大寇は尸を伏し、節を談ぜず。中寇は山に藏れ、小寇は民間に逃ぐ。故に曰く、民智能多ければ、奇物滋起す。法令滋章し、盜賊多く有り。那のを去り此のを取れば、天殃起らず。故に、智を以て國を治むるは國の賊、智を以て國を治めざれば國の德なり。無形の大、有形の細。無形の多、有形の少。無形の強、有形の弱。無形の實、有形の虛。有形なるは遂成の事。無形なるは作始。遂事なるは成器、作始なるは朴。有形あれば聲あり、無形なれば聲なし。有形は無形に產す、故に無形是有形の始。廣厚は名あり、名有るは全を貴ぶ。儉薄は名なし、名無きは輕を賤しむ。殷富は名あり、名有るは寵を尊ぶ。貧寡は名なし、名無きは辱を卑しむ。雄壯は名あり、名有るは明を章す。雌牝は名なし、名無きは約を隱す。餘有るは名あり、名有るは賢を高うす。不足は名なし、名無きは下に任ず。功あれば名あり、功なければ名なし。有名は無名に產し、無名是有名の母。道は有無相生し、難易相成す。是の故に聖人は道を執り、虛靜微妙、以て其の德を成す。故に道あれば德あり、德あれば功あり、功あれば名あり、名あれば道に復歸す。功名長久、終身咎なし。王公に功名あり、孤寡に功名なし、故に曰く聖人は自ら孤寡と稱し、其の根本に歸す。功成りて據有せず、故に功有るを以て利と爲し、名無きを以て用と爲す。古は、民童蒙にして、東西を知らず、貌は情を離れず、言は行を超えず、行出に容飾なし。

言而不文,其衣煖而無綵,其兵鈍而無刃,行蹎蹎。視瞑瞑,立井而飲,耕田而食,不佈施,不求德,高下不相傾,長短不相形,風齊於俗可隨也,事周於能易為也,矜偽以惑世,軻行以迷眾,聖人不以為俗。

(続きて曰く:)言いて文なく、衣は暖にして文采なく、兵は鈍にして刃なく、行くこと慢慢として、見ること迷迷として、井を挖りて飮み、田を耕して食し、布施せず、德を求めず、高下相傾かず、長短相形せず。風が俗に齊しければ隨う可し、事が能に合すれば爲し易し。矜僞を以て世を惑わし、苛行を以て衆を迷わすは、聖人は此を以て俗と爲さず。

卷二

老子曰:天致其高,地致其厚,日月照,列星朗,陰陽和,非有為焉,正其道而物自然。陰陽四時非生萬物也,雨露時降非養草木也,神明接,陰陽和,萬物生矣。夫道者,藏精於內,棲神於心,靜漠恬惔,悅穆胸中,廓然無形,寂然無聲。官府若無事,朝廷若無人,無隱士,無逸民,無勞役,無怨刑,天下莫不仰上之象,主之旨,絕國殊俗莫不重譯而至,非家至而人見之也,推其誠心,施之天下而已。故賞善罰暴者,正令也;其所以能行者,精誠也。令雖明不能獨行,必待精誠,故摠道以被民弗從者,精誠弗包也。

老子が言った。天は其の高を致し、地は其の厚を致し、日月照り、列星朗らかに、陰陽和す、並びに有爲に非ず、其の道を正うして物は自然なり。陰陽四時は並びに萬物を生ずるに非ず、雨露時に降るは並びに草木を養うに非ず、神明相接し、陰陽相和し、萬物生ず。道は、精を內に藏し、神を心に棲め、靜漠恬淡、胸中に悅穆し、廓然無形、寂然無聲。官府は事なきが如く、朝廷は人なきが如く、隱士なく、逸民なく、勞役なく、怨刑なく、天下は上の象、主の旨を仰望せざるなく、絕國殊俗は重譯を經て來らざるなし、並びに家々に至り人人に見ゆるに非ず、ただ其の誠心を推し、天下に施すのみ。故に善を賞し暴を罰するは、令を正すなり。能く行う所以は、精誠なり。令雖も明なれど獨行する能わず、必ず精誠を待つ。故に道を總めて民を覆うも從わざる者は、精誠が包住せざるなり。

老子曰:天設日月,列星辰,張四時,調陰陽。日以暴之,夜以息之,風以乾之,雨露以濡之。其生物也,莫見其所養而萬物長;其殺物也,莫見其所喪而萬物亡。此謂神明。是故聖人象之,其起福也,不見其所以而福起;其除禍也,不見其所由而禍除。稽之不得,察之不虛,日計不足,歲計有餘,寂然無聲,一言而大動天下,是以天心動化者也。故精誠內形,氣動於天,景星見,黃龍下,鳳皇至,醴泉出,嘉穀生,河不滿溢,海不波湧;逆天暴物,即日月薄蝕,五星失行,四時相乘,晝冥宵光,山崩川涸,冬雷夏霜。天之與人,有以相通,故國之沮亡也,天文變,世俗亂,虹蜺見,萬物有以相連,精氣有以相薄,故神明之事,不可以智巧為也,不可以強力致也。故大人與天地合德,與日月合明,與鬼神合靈,與四時合信,懷天心,抱地氣,執沖含和,不下堂而行四海,變易習俗,民化遷善,若生諸己,能以神化者也。

老子が言った。天は日月を設け、星辰を列ね、四時を張り、陰陽を調す。日は來りて暴曬し、夜は來りて休息し、風は來りて吹乾し、雨露は來りて濡濕す。其の物を生ずるや、養う所を見ずして萬物長ず。其の物を殺すや、喪う所を見ずして萬物亡ぶ。此を神明と謂う。故に聖人は之に仿效し、福を起して所以を見ずして福起り、禍を除いて由る所を見ずして禍除く。稽求して得られず、察看して虛ならず、日を按じて計れば足らず、歲を按じて計れば餘りあり、寂然無聲にして、一言にして天下を大動す、是天心を以て化を動かすなり。故に精誠は內に成形し、氣は天に動き、景星現れ、黃龍下り、鳳凰至り、醴泉出で、嘉穀生じ、河は滿溢せず、海は波涌せず。天に逆い物を暴すれば、則ち日月薄蝕し、五星行を失い、四時相侵し、晝冥く夜亮く、山崩れ川涸れ、冬雷鳴り夏霜降る。天と人と相通ずる有り、故に國將に敗亡せんとすれば、天文變わり、世俗亂れ、虹霓現れ、萬物相連あり、精氣相迫あり、故に神明の事は、智巧を以て爲すべからず、強力を以て致すべからず。故に大人は天地と德を合し、日月と明を合し、鬼神と靈を合し、四時と信を合し、天心を懷き、地氣を抱き、沖を執り和を含み、堂を下らずして四海を走遍し、習俗を變易し、民は化して善に遷り、自ら生出するが如し、是能く神を以て化する者なり。

老子曰:夫人道者,全性保真,不虧其身,遭急迫難,精通乎天,若乃未始出其宗者,何為而不成,死生同域,不可脅凌,又況官天地,懷萬物,返造化,含至和,而已未嘗死者也。精誠形乎內,而外喻於人心,此不傳之道也。聖人在上,懷道而不言,澤及萬民,故不言之教,芒乎大哉!君臣乖心,倍譎見於天,神氣相應徵矣,此謂不言之辯,不道之道也。夫召遠者使無為焉,親近者言無事焉,唯夜行者能有之,卻走馬以糞,車軌不接於遠方之外,是謂坐馳陸沉。天道無私就也,無私去也,能者有餘,拙者不足,順之者利,逆之者兇。是故以智為治者難以持國,唯同乎大和而持自然應者,為能有之。

老子が言った。人道は、性を全うし眞を保ち、其の身を虧かず、急迫危難に遭えば、精は上りて天に通ず。其の宗を出でざる者に至れば、何を爲して成らざらん、死生同一域にして、脅迫欺凌すべからず、況んや天地を官し、萬物を懷き、造化を返し、至和を含みて、自ら未だ嘗て死せざる者をや。精誠は內に成形して、外に人心に喻ゆ、此れ不傳の道なり。聖人上に在り、道を懷きて言わず、澤は萬民に及ぶ、故に不言の教は、芒乎として大なり。君臣心を離れ、背譎は天に見え、神氣相應じて徵有り、此を不言の辯、不道の道と謂う。遠を召す者は無爲を用い、近を親む者は言いて事なし、ただ夜行の者のみ能く之を有す。走馬を却けて以て田を肥やし、車軌は遠方の外に接せず、此を坐して馳せ陸に沈むと謂う。天道は私する就なく、私する去なく、能くするは餘り、拙なるは足らず、順うは利、逆うは凶。故に智を以て治と爲す者は國を持し難し、ただ大和に同じく自然を持して應ずる者のみ、能く之を有す。

老子曰:夫道之與德,若圍之與革,遠之即近,近之即逺,稽之不得,察之不虛。是故聖人若鏡,不將不迎,應而不藏,萬物而不傷。其得之也,乃失之也,其失之也,乃得之也,故通於大和者,闇若醇醉而甘臥以遊其中,若未始出其宗,是謂大通,此假不用能成其用也。

老子が言った。道と德とは、車轅と皮革の如し、之を遠ざれば近づき、之を近づけば遠ざかる、稽求して得られず、察看して虛ならず。故に聖人は鏡の如く、送らず迎えず、應じて藏せず、萬物にして傷らず。之を得るは、乃ち之を失うなり。之を失うは、乃ち之を得るなり。故に大和に通ずる者は、暗く醇醉に甘んじ臥して其の中に游ぶが如く、未だ嘗て其の宗を出ざるが如し、此を大通と謂う、此れ是不用に借りて其の用を成すなり。

老子曰:昔黃帝之治天下,理日月之行,治陰陽之氣,節四時之度,正律曆之數,別男女,明上下,使強不掩弱,眾不暴寡,民保命而不夭,歲時熟而不兇,百官正而無私,上下調而無尤,法令明而不闇,輔佐公而不阿,田者讓畔,道不拾遺,市不預賈,故於此時,日月星辰不失其行,風雨時節,五穀豐昌,鳳皇翔於庭,麒麟遊於郊。虙犧氏之王天下,枕石寢繩,殺秋約冬,負方州,抱員天,陰陽所擁沉滯不通者竅理之,逆氣戾物傷民厚積者絕止之,其民童蒙不知西東,視瞑瞑,行蹎蹎,侗然自得,莫知其所由,浮游汎然,不知所本,罔養不知所如往,當此之時,禽獸蟲蛇無不懷其爪牙,藏其螫毒,功揆天地。至黃帝要繆乎太祖之下,然而不章其功,不揚其名,隱真人之道,以從天地之固然,何即道德上通,而智故消滅也。

老子が言った。昔者黃帝天下を治め、日月の行を理し、陰陽の氣を治め、四時の度を節し、律曆の數を正し、男女を別し、上下を明らかにし、強が弱を掩わず、衆が寡を暴せず、民は命を保ちて夭せず、歲時熟して凶ならず、百官正しく私なく、上下調いて尤なく、法令明にして暗からず、輔佐公にして阿らず、田を耕す者は田界を讓り、路に遺を拾わず、市上豫て價を抬げず、故に此の時日月星辰は其の行を失わず、風雨時に至り、五穀豐昌し、鳳凰は庭に翔り、麒麟は郊に游ぶ。伏羲氏天下を王たりし時、石を枕し繩を寢とし、秋殺冬藏に節あり、方州を背にし、圓天を抱き、陰陽の壅滞して通ぜざる所は之を疏通し、逆氣が物を害し民を傷り厚積する所は之を止む、民は童蒙にして西東を知らず、見ること迷迷、行くこと慢慢、侗然として自得し、由る所を知らず、浮游泛然として、本とする所を知らず、惘然として往く所を知らず。此の時、禽獸蟲蛇は爪牙を收め螫毒を藏めざるなく、功は天地を揆度す可し。黃帝に至りて太祖の下に要約するも、其の功を彰さず、其の名を揚げず、真人の道を隱し、以て天地の固然に從う。何を以てや。道德は上に通じて、智故消滅するを以てなり。

老子曰:天不定,日月無所載,地不定,草木無所立,身不寧,是非無所形,是故有真人而後有真智,其所持者不明,何知吾所謂知之非不知與?積惠重貨,使萬民欣欣,人樂其生者,仁也;舉大功,顯令名,體君臣,正上下,明親疏,存危國,繼絕世,立無後者,義也;閉九竅,藏志意,棄聰明,反無識,芒然仿佯乎塵垢之外,逍遙乎無事之業,含陰吐陽而與萬物同和者,德也。是故道散而為德,德溢而為仁義,仁義立而道德廢矣。

老子が言った。天定まらずんば、日月載する所なし。地定まらずんば、草木立つ所なし。身寧ならずんば、是非形する所なし。故に真人ありて後に真智あり。持する所明ならずんば、何を以て我が謂う知の不知ならざるを知らん。惠を積み貨を重ね、萬民を欣欣たらしめ、人その生を樂むは、仁なり。大功を舉げ、令名を顯し、君臣を體し、上下を正し、親疏を明らかにし、危國を存し、絕世を繼ぎ、後無き者の爲に後を立つるは、義なり。九竅を閉じ、志意を藏し、聰明を棄て、無識に返り、茫然として塵垢の外に彷徨し、無事の業に逍遥し、陰を含み陽を吐きて萬物と同和するは、德なり。故に道散じて德と爲り、德溢れて仁義と爲り、仁義立ちて道德廢る。

老子曰:神越者言華,德蕩者行偽,至精芒乎中,而言行觀乎外,此不免以身役物也。精有愁盡而行無窮極,所守不定而外淫於世俗之風,是故聖人內脩道術而不外飾仁義,知九竅四肢之宜,而遊乎精神之和,此聖人之遊也。

老子が言った。神外に越する者は言華なり、德放蕩する者は行僞なり。至精茫然として中に在りて、言行外に表わるれば、此れ不免に身を以て物に役せらる。精は愁盡ありて行は窮極なし、守る所定まらずして外に世俗の風に淫す、故に聖人は內に道術を修めて外に仁義を飾らず、九竅四肢の宜を知りて、精神の和に游ぶ、此れ聖人の游なり。

老子曰:若夫聖人之遊也,即動乎至虛,遊心乎太無,馳於方外,行於無門,聽於無聲,視於無形,不拘於世,不繫於俗。故聖人所以動天下者,真人不過,賢人所以矯世者,聖人不觀。夫人拘於世俗,必形繫而神洩,故不免於累,使我可拘係者,必其命有在外者。

老子が言った。聖人の游に至れば、至虛に動き、太無に心を游ばせ、方外に馳せ、無門に行き、無聲に聽き、無形に視、世に拘わらず、俗に繫がれず。故に聖人の天下を動かす所以は、真人は過ぎず。賢人の世を矯める所以は、聖人は見ず。人世俗に拘われば、必ず形繫がれて神外に泄る、故に累を免れず。我をして拘繫せらる可からしむる者は、必ず命が外に在るなり。

老子曰:人主之思,神不馳於胸中,智不出於四域,懷其仁誠之心,甘雨以時,五穀蕃殖,春生夏長,秋收冬藏,月省時考,終歲獻貢,養民以公,威厲以誠,法省不煩,教化如神,法寬刑緩,囹圄空虛,天下一俗,莫懷姦心,此聖人之恩也。夫上好取而無量,即下貪功而無讓,民貧苦而分爭生,事力勞而無功,智詐萌生,盜賊滋彰,上下相怨,號令不行,夫水濁者魚噞,政苛者民亂,上多欲即下多詐,上煩擾即下不定,上多求即下交爭,不治其本而救之於末,無以異於鑿渠而止水,抱薪而救火。聖人事省而治,求寡而贍,不施而仁,不言而信,不求而得,不為而成,懷自然,保至真,抱道推誠,天下從之如響之應聲,影之像形,所脩者本也。

老子が言った。人主の思は、神は胸中に馳せず、智は四域に出でず、仁誠の心を懷けば、甘雨時に降り、五穀蕃殖し、春生夏長、秋收冬藏し、月に省察し、時に考課し、歲終に貢を獻じ、民を養うに公を以てし、威厲するに誠を以てし、法は省いて煩わず、教化神の如く、法は寬く刑は緩く、囹圄空虛にして、情緖一にして、奸心を懷く者なし、此れ聖人の恩なり。上取るを好んで量なくんば、下は功を貪りて讓らず、民は貧苦して分爭生じ、事力勞して功なく、智詐萌生し、盜賊滋彰し、上下相怨み、號令行われず。水濁れば魚は嘴を露出して喘ぎ、政苛ければ民は亂る。上欲多ければ下詐多く、上煩擾すれば下定まらず、上求多ければ下交爭す。其の本を治めずして末に救うは、渠を鑿ちて水を止め、薪を抱きて火を救うに異ならず。聖人は事省いて治り、求寡くして充足し、施さずして仁、言わずして信、求めずして得、爲さずして成り、自然を懷き、至眞を保ち、道を抱き誠を推せば、天下彼に從うこと響が聲に回り影が形に似るが如し、修むる所は本なり。

老子曰:精神越於外,智慮蕩於內者,不能治形,神之所用者遠,則所遺者近。故“不出於戶以知天下,不窺於牖以知天道,其出彌遠,其知彌少。”此言精誠發於內,神氣動於天也。

老子が言った。精神外に越え智慮內に蕩する者は、形を治むる能わず。神の用う所遠ければ、遺る所近し。故に「戸を出でずして天下を知り、牖を窺わずして天道を知る、出づること愈遠ければ、知ること愈少なし」と。此れ精誠は內に發し、神氣は天に動くを謂うなり。

老子曰:冬日之陽,夏日之陰,萬物歸之而莫之使,極自然至精之感,弗召自來,不去而往,窈窈冥冥,不知所為者而功自成,待目而照見,待言而使命,其於治難矣。皋陶喑而為大理,天下無虐刑,有貴乎言者也,師曠瞽而為太宰,晉國無亂政,有貴乎見者也。不言之令,不視之見,聖人所以為師也,民之化上,不從其言,從其所行,故人君好勇,弗使鬥爭而國家多難,其漸必有劫殺之亂矣。人君好色,弗使風議而國家昏亂,其積至於淫佚之難,故聖人精誠別於內,好憎明於外,出言以副情,發號以明指。是故刑罰不足以移風,殺戮不足以禁姦,唯神化為貴,精至為神,精之所動,若春氣之生,秋氣之殺。故君子者,其猶射者也,於此毫末,於彼尋丈矣!故理人者,慎所以感之。

老子が言った。冬日の陽、夏日の陰、萬物は之に歸して之を使う者なし、極自然至精の感は、召さずして自ら來り、去らずして往く、窈窈冥冥、爲す所を知らずして功自ら成る。目の照見を待ち、言語使命を待つは、治に於いて難し。皐陶は痖にして大理を爲し、天下に虐刑なし、言より貴き有り。師曠は盲にして太宰を爲し、晉國に亂政なし、見より貴き有り。不言の令、不視の見は、聖人の師と爲す所以なり。民は上に化す、其の言に從わず、其の行に從う。故に人君勇を好めば、鬪爭せしめずとも國家多難にして、漸に必ず劫殺の亂あり。人君色を好めば、諷議せしめずとも國家昏亂にして、積りて淫佚の難に至る。故に聖人は精誠を內に分別し、好憎を外に顯明にし、言を出して情に副い、號を發して指を明らかにす。故に刑罰は以て風を移すに足らず、殺戮は以て奸を禁ずるに足らず、ただ神化を貴ぶのみ。精至れば則ち神、精の動くは、春氣の生、秋氣の殺の如し。故に君子は射る者の如し、此に毫末を差えば、彼に尋丈を差う。故に人を治むる者は、感ずる所以を謹愼せよ。

老子曰:懸法設賞而不能移風易俗者,誠心不抱,故聽其音則知其風,觀其樂即知其俗,見其俗即知其化。夫抱真效誠者,感動天地,神踰方外,令行禁止,誠通其道而達其意,雖無一言,天下萬民、禽獸、鬼神與之變化。故太上神化,其次使不得為非,其下賞賢而罰暴。

老子が言った。法を懸け賞を設立しても風を移し俗を易う能わざるは、誠心抱かざるなり。故に其の音を聽けば其の風を知り、其の樂を觀れば其の俗を知り、其の俗を見れば其の化を知る。眞を抱き誠を效する者は、天地に感動し、神は方外を踰え、令行われ禁止す、誠は其の道に通じ其の意に達す、雖も一言なくとも、天下萬民、禽獸、鬼神は彼と變化す。故に太上は神化し、其の次は爲非せしめず、其の下は賢を賞し暴を罰す。

老子曰:大道無為,無為即無有,無有者,不居也,不居者即處無形,無形者不動,不動者無言也,無言者即靜而無聲無形,無聲無形者,視之不見,聽之不聞,是謂微妙,是謂至神,“綿綿若存”,“是謂天地根。”道無形無聲,故聖人強為之形,以一句為名天地之道。大以小為本,多以少為始,天子以天地為品,以萬物為資,功德至大,勢名至貴,二德之美與天地配,故不可不軌大道以為天下母。

老子が言った。大道無爲、無爲は則ち無有、無有は則ち不居、不居は則ち無形に處り、無形なれば動かず、動かざれば言なく、言なきは則ち靜にして聲なく形なし。無聲無形は、之を見れば見えず、之を聽けば聞えず、此を微妙と謂い、此を至神と謂う、「綿綿として絕えず存するが如し」、「此を天地の根と謂う」。道は無形無聲、故に聖人は強いて之に形を與え、一言を以て天地の道を稱呼す。大は小を以て根本と爲し、多は少を以て開始と爲す。天子は天地を以て品級と爲し、萬物を以て資用と爲し、功德極大、勢名極貴、此の二種の德の美は天地と配す、故に大道を軌範せざる可からず、之を天下の母と爲す。

老子曰:振窮補急則名生利起,除害即功成,世無災害,雖聖無所施其德,上下和睦,雖賢無所立其功。故至人之治,含德抱道,推誠樂施,無窮之智,寢說而不言。天下莫知貴其不言者,故“道可道,非常道也,名可名,非常名也。”著於竹帛,鏤於金石,可傳於人者,皆其麤也。三皇五帝三王,殊事而同心,異路而同歸,末世之學者,不知道之所體一德之所摠要,取成事之跡跪坐而言之,雖博學多聞,不免於亂。

老子が言った。窮困を賑濟し急難を補救すれば、名生じ利起る。災害を除去すれば、功成る。世に災害なくんば、雖も聖人も其の德を施す所なし。上下和睦せば、雖も賢人も其の功を立つ所なし。故に至人の治は、德を含み道を抱き、誠を推して施與を樂しみ、無窮の智を以て、說論を收起して言わず。天下は那の不言を重んずるを知る者なし、故に「言說し出づ可き道は、則ち那の恒常の道に非ず、指稱し出づ可き名は、則ち那の恒常の名に非ず」と。竹帛に寫し金石に刻みて人に傳う可きは、皆な粗迹なり。三皇、五帝、三王は、事同じからずして心同じ、路同じからずして歸宿同じ。末世の學者は、體現する所の一、德の總持する所の要約を知らず、ただ現成事の痕迹を取りて跪坐して談論す、雖も博學多聞なれど、亂を免れず。

老子曰:心之精者,可以神化,而不可說道。聖人不降席而匡天下,情甚於●呼,故同言而信,信在言前也,同令而行,誠在令外也。聖人在上,民化如神,情以先之,動於上不應於下者,情令殊也。三月嬰兒未知利害,而慈母愛之愈篤者,情也。故言之用者,變變乎小哉,不言之用者,變變乎大哉。信君子之言,忠君子之意,忠信形於內,感動應乎外,賢聖之化也。

老子が言った。心の精なるは、神化す可し、然るに以て道を說く可からず。聖人は坐席を離れずして天下を匡正す、情は呼叫より甚だし(底本此の字殘缺)、故に同じ言にして別人は之を信ず、信は言未だ說かざる前に在り。同じ令にして別人は之を行う、誠は令文の外に在り。聖人上に在りて、民感化せらるること神の如し、是れ情が先に走るなり。上動きて下應ぜざるは、情と令と一致せざるなり。三箇月の嬰兒は未だ利害を知らざれど、慈母は彼を愛すること愈篤し、是れ情なり。故に言の用は、變化すれば小なり。不言の用は、變化すれば大なり。君子の言を信し、君子の意に忠なり、忠信は內に成形し、感動は外に響應す、此れ賢聖の教化なり。

老子曰:子之死父,臣之死君,非出以求名也,恩心藏於中而不違其難也。君子之憯怛非正為也,自中出者也,亦察其所行,聖人不慚於影,君子慎其獨也,舍近期遠,塞矣。故聖人在上則民樂其治,在下則民慕其意,志不忘乎欲利人。

老子が言った。子は父の爲に死し、臣は國君の爲に死す、出でて名を求めるに非ず、恩心內に藏して其の危難を避けざるなり。君子の慘痛惻怛は特に做すに非ず、內より出づるなり。亦た其の行う所を察看せよ。聖人は影に對して慚せず、君子は獨處する時も謹愼す。近きを放下して遠きを求むれば、路堵す。故に聖人上に在れば、民其の治を樂しみ、下に在れば、民其の意を慕う。心志は人に利せんと想うを忘れず。

老子曰:勇士一呼,三軍皆闢,其出之誠,唱而不和,意而不載,中必有不合者也。不下席而匡天下者,求諸己也,故說之所不至者,容貌至焉,容貌所不至者,感忽至焉,感乎心,發而成形,精之至者可形接,不可以照期。

老子が言った。勇士が一聲呼喊すれば、三軍皆な退避す、是れ呼喊が誠より出づるを以てなり。唱して應和なく、意あって載せられざるは、中間に必ず合わざる處あり。坐席を離れずして天下を匡正するは、己に求めるなり。故に曰く、到らざる所は容貌が到り、容貌の到らざる所は感忽が到ると。心に感じ、發して形を成す。精極まりに至れば、形を以て接す可し、然るに光照を以て約期す可からず。

老子曰:言有宗,事有本,失其宗本,伎能雖多,不如寡言。害眾著倕而使斷其指,以期大巧之不可為也,故匠人智為,不以能以時,閉不知閉也,故必杜而後開。

老子が言った。言に宗旨あり、事に根本あり、宗本を失えば、技能雖も多しとも、言を少くするに如かず。衆人が工倕(巧匠)の巧を稱道するを怕れて、彼に自ら其の指を斫斷せしめ、此を以て大巧は刻意して爲す可からざるを表明す。故に匠人の智巧の作爲は、單に能に靠る可からず、而るに時に合せん。關閉すべき時に關閉を知らずんば、故に必ず先づ堵して後に開く能し。

老子曰:聖人之從事也,所由異路而同歸,存亡定傾若一,志不忘乎欲利人也。故秦楚燕魏之歌,異傳而皆樂,九夷八狄之哭,異聲而皆哀。夫歌者樂之微,哭者哀之效也,愔於中,發於外,故在所以感之矣。聖人之心,日夜不忘乎欲利人,其澤之所及亦遠矣。

老子が言った。聖人の行事は、經由する路同じからずして歸宿同じ、存亡定傾是一回事の如し、心志は人に利せんと想うを忘れず。故に秦、楚、燕、魏の歌は、傳法同じからずして皆な樂なり。九夷八狄の哭は、聲音同じからずして皆な哀なり。歌は樂の徵象、哭は哀の效驗、內に藴蓄し、外に發す、故に何を以て感ずるかに在り。聖人の心は日夜人に利せんと想うを忘れず、其の澤の到る所も遠し。

老子曰:人無為而治,有為也即傷。無為而治者,為無為,為者不能無為也,不能無為者,不能有為也。人無言而神,有言即傷。無言而神者載無言則傷有神之神者。

老子が言った。人無爲なれば治る可し、有爲なれば傷る。無爲にして治るは、那の無爲を做すなり。有爲の人は能く無爲せず。能く無爲せざる者は、能く真に有爲せず。人無言なれば神、有言なれば傷る。無言にして神なるは、無言を載するなり。一有言あれば、那の有神の神を傷る。

文子曰:名可強立,功可強成。昔南榮疇恥聖道而獨亡於己,南見老子,受教一言,精神曉靈,屯閔脩達,勤苦十日不食,如享太牢,是以明照海內,名立後世,智略天地,察分秋毫,稱譽華語,至今不休,此謂名可強立也。故田者不強,囷倉不滿,官御不勵,誠心不精,將相不強,功烈不成,王侯懈怠,後世無名。至人潛行,譬猶雷霆之藏也,隨時而舉事,因資而立功,進退無難,無所不通。夫至人精誠內形,德流四方,見天下有利也,喜而不忘,天下有害也,憂若有喪。夫“憂民之憂者,民亦憂其憂,樂民之樂者,民亦樂其樂,故憂以天下,樂以天下,然而不王者,未之有也。”“聖人之法,始於不可見,終於不可及,處於不傾之地,積於不盡之倉,載於不竭之府。出令如流水之原,使民於不爭之官,開必得之門,不為不可成,不求不可得,不處不可久,不行不可復。”大人行可說之政,而人莫不順其命,命順則從,小而致大,命逆則以善為害,以成為敗。夫所謂大丈夫者,內強而外明,內強如天地,外明如日月,天地無不覆載,日月無不照明。大人以善示人,不變其故,不易其常,天下聽令,如草從風。政失於春,歲星盈縮,不居其常;政失於夏,熒惑逆行;政失於秋,太白不當,出入無常;政失於冬,辰星不效其鄉,四時失政,鎮星搖蕩,日月見謫,五星悖亂,彗星出。春政不失禾黍滋,夏政不失雨降時,秋政不失民殷昌,冬政不失國家寧康。

文子が言った。名は勉强して立つ可し、功は勉强して成す可し。昔者南榮疇は聖道が獨り己の身に失落するを以て恥と爲し、南に往きて老子に見え、教を受くる一言に、精神曉悟靈通し、滯塞開通し、勤苦十日食わず、然るに太牢を享用するが如し、是の故に海內を明照し、名は後世に立ち、智は天地を謀略す可し、觀察は秋毫を分辨す可し、稱譽の華美の言は今に至るも休まず、此を名は勉强して立つ可しと謂う。故に田を耕す者強力ならずんば、倉廪滿たず。官御振作せずんば、誠心精ならず。將相強力ならずんば、功烈成らず。王侯懈怠なれば、後世名なし。至人は暗中に行事し、譬えば雷霆が藏するが如く、時に隨いて事を舉げ、資用に因りて功を立て、進退難處なく、通ぜざるなし。至人は精誠內に成形し、德は四方に流布し、天下利あれば見て喜び忘れず、天下害あれば喪事あるが如く憂う。「民の憂う所を憂うる者は、民も亦た其の憂う所を憂う。民の樂む所を樂む者は、民も亦た其の樂む所を樂む。故に天下と同じく憂え、天下と同じく樂しむ、然らして王たらざるは、未だ嘗て有らず」と。「聖人の法は、見えざるに始まり、及ばざるに終わり、傾かざる地に處り、盡きざる倉に積み、竭きざる府に載す。令を出すこと流水の源の如く、民を不爭の職分に處らしめ、必ず得る所有る門を開く。成す可からざるを做さず、得る可からざるを求めず、久しき可からざるに處らず、復歸す可からざるを行わず」と。大人は講通す可き政を行えば、人其の命に順從せざるなし。命順なれば從い、小より大を致す可し。命逆なれば善を害に變じ、成を敗に變ず。所謂大丈夫は、內強にして外明、內強は天地の如く、外明は日月の如く、天地は覆載せざるなく、日月は照明せざるなし。大人は善を以て人に示し、故を變改せず、常を改易せず、天下聽令すること草が風に跟從するが如し。政春に失あれば、歲星盈縮して其の常に居らず。政夏に失あれば、熒惑逆行す。政秋に失あれば、太白は當たらず、出入常なし。政冬に失あれば、辰星其の方位に應験せず。四時政を失えば、鎮星摇蕩し、日月責を受け、五星悖亂し、彗星出現す。春政失わざれば、禾黍滋生す。夏政失わざれば、雨時に降る。秋政失わざれば、民殷實昌盛す。冬政失わざれば、國家安寧康泰す。

卷三

老子曰:天地未形,窈窈冥冥,渾而為一,寂然清澄,重濁為地,精微為天,離而為四時,分而為陰陽,精氣為人,粗氣為蟲,剛柔相成,萬物乃生。精神本乎天,骨骸根於地,精神入其門,骨骸反其根,我尚何存,故聖人法天順地,不拘於俗,不誘於人,以天為父,以地為母,陰陽為綱,四時為紀,天靜以清,地定以寧,萬物逆之死,順之生,故靜漠者神明之宅,虛無者道之所居。夫精神者所受於天也,骨骸者所稟於地也,“道生一,一生二,二生三,三生萬物。萬物負陰而抱陽,沖氣以為和。”

老子が言った。天地未だ形有らざる時、窈窈冥冥、渾として一と爲り、寂然清澄、重濁は地と成り、精微は天と成り、分離して四時と爲り、分開して陰陽と爲り、精氣は人と成り、粗氣は蟲と成り、剛柔相成し、萬物乃ち生ず。精神は天に本づき、骨骸は地に根づく、精神其の門に入り、骨骸其の根に返る、我何を存せん。故に聖人は天に法り地に順い、俗に拘わらず、人に引誘されず、天を以て父と爲し、地を以て母と爲し、陰陽を以て綱と爲し、四時を以て紀と爲す。天は靜にして清、地は定にして寧、萬物之に逆えば死し、之に順えば生ず。故に靜漠は神明の宅、虛無は道の居る所なり。精神は天より受け、骨骸は地より禀る。「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は萬物を生ず。萬物は陰を負いて陽を抱き、兩氣激蕩して沖和と成る」と。

老子曰:人受天地變化而生,一月而膏,二月血脈,三月而胚,四月而胎,五月而筋,六月而骨,七月而成形,八月而動,九月而躁,十月而生。形骸已成,五藏乃形,肝主目,腎主耳,脾主舌,肺主鼻,膽主口,外為表,中為裡,頭員法天,足方象地,天有四時、五行、九曜、三百六十日,人有四支、五藏、九竅、三百六十節。天有風雨寒暑,人有取與喜怒,膽為云,肺為氣,脾為風,腎為雨,肝為雷,人與天地相類,而心為之主。耳目者日月也,血氣者風雨也,日月失行,薄蝕無光,風雨非時,毀折生災,五星失行,州國受其殃。天地之道,至閎以大,尚由節其章光,愛其神明,人之耳目何能久燻而不息?精神何能馳騁而不乏?是故聖人守內而不失外。夫血氣者人之華也,五藏者人之精也,血氣專乎內而不外越,則胸腹充而嗜慾寡,嗜慾寡則耳目清而聽視聰達,聽視聰達謂之明。五藏能屬於心而無離,則氣意勝而行不僻,精神盛而氣不散,以聽無不聞,以視無不見,以為無不成,患禍無由入,哀氣不能襲,故所求多者所得少,所見大者所知小。夫孔竅者精神之戶牖,血氣者五藏之使候,故耳目淫於聲色,即五藏動搖而不定,血氣滔蕩而不休,精神馳騁而不守,禍福之至雖如丘山,無由識之矣,故聖人愛而不越。聖人誠使耳目精明玄達,無所誘慕,意氣無失清靜而少嗜慾,五藏便寧,精神內守形骸而不越,即觀乎往世之外,來事之內,禍福之間何足見也,故其出彌遠者,其知彌少。以言精神不可使外淫也,故五色亂目,使目不明,五音入耳,使耳不聰,五味亂口,使口生創,趣舍滑心,使行飛揚。故嗜慾使人氣淫,好憎使人精勞,不疾去之,則志氣日耗。

老子が言った。人は天地の變化を受けて生ず、一箇月は膏、二箇月は血脉、三箇月胚と成り、四箇月胎と成り、五箇月筋を生じ、六箇月骨を生じ、七箇月形と成り、八箇月動く能し、九箇月躁動し、十箇月生出す。形骸已に成りて、五藏乃ち形を成す。肝は目を主管し、腎は耳を主管し、脾は舌を主管し、肺は鼻を主管し、膽は口を主管す。外は表、中は裏。頭は圓にして天に效し、足は方にして地に像す。天に四時、五行、九曜、三百六十日あり、人に四肢、五藏、九竅、三百六十節あり。天に風雨寒暑あり、人に取與喜怒あり。膽を雲と爲し、肺を氣と爲し、脾を風と爲し、腎を雨と爲し、肝を雷と爲す。人は天地と相類して、而るに心が主を爲す。耳目は日月、血氣は風雨。日月行を失えば、薄蝕して光なし。風雨時に按せざれば、毁折して災を生ず。五星行を失えば、州國殃を受く。天地の道は、至深廣大、尚お其の章光を節制し、其の神明を愛惜す、人の耳目は何ぞ能く久しく熏灼して停歇せざらんや。精神は何ぞ能く馳騁して匱乏せざらんや。故に聖人は內を守りて外に失わしめず。血氣は人の華、五藏は人の精。血氣內に專らにして外に越えざれば、胸腹充實して嗜欲少なし。嗜欲少なければ、耳目清にして聽視聰達し、聽視聰達を明と謂う。五藏能く心に屬して離散せざれば、氣意勝れて行爲偏僻せず、精神盛んで氣散ぜず、以て聽けば聞えざるなく、以て見れば見えざるなく、以て爲せば成らざるなく、患禍入る由なく、哀氣侵襲する能わず。故に求むる所多きは得る所少なく、見る所大きは知る所小なし。孔竅は精神の門窗、血氣は五藏の使候。故に耳目聲色に淫すれば、五藏動摇して定まらず、血氣滔蕩して休まず、精神馳騁して守らず、禍福來ること丘山の如くとも、識別する由なし。故に聖人は愛惜して外に越えしめず。聖人若し耳目をして精明玄達、誘慕なく、意氣失わず、清靜にして嗜欲少なからしめば、五藏安寧し、精神內に守り、形骸外に越えず、以て往世の外、來事の內を觀る可し、禍福の間何ぞ見るに足らん。故に出づること愈遠ければ知ること愈少なし。此れ精神は外に淫放せしむ可からずを謂うなり。故に五色目を亂して目明ならず、五音耳に入りて耳聰ならず、五味口を亂して口瘡を生じ、取舍心を滑亂して行爲飛揚す。故に嗜欲は人の氣を淫せしめ、好憎は人の精を勞せしむ、速やかに去らざれば、志氣日に耗損す。

夫人所以不能終其天年者,以生生之厚,夫唯無以生為者,即所以得長生,天地運而相通,萬物摠而為一,能知一即無一之不知也,不能知一即無一之能知也。吾處天下亦為一物,而物亦物也,物之與物,何以相物,欲生不可事也,憎死不可辭也,賤之不可憎也,貴之不可喜也,因其資而寧之,弗敢極弗敢極也,即至樂極也。

(続きて曰く:)人の天年を享盡する能わざる所以は、養生太だ厚きを以てなり。ただ養生を以て事と爲さざる者のみ、乃ち此に因りて長生を得。天地運行して相通じ、萬物總匯して一と爲る。能く一を知れば、知らざる一樁なし。能く一を知らざれば、知る能う一樁なし。我は天下に處るも亦た一物、而して物も亦た物、物と物とは、何を以て彼此相物せん。生を欲して強求す可からず、死を憎みて推辭す可からず、賤なれば憎む可からず、貴なれば喜ぶ可からず、其の資用に順いて之を安寧せしめ、極端に走るを敢えてせず。極端に走るを敢えてせざれば、則ち至樂の極致なり。

《守虛》

《守虛》

老子曰:所謂聖人者,因時而安其位,當世而樂其業,夫哀樂者德之邪,好憎者心之累,喜怒者道之過,故其生也天行,其死也物化,靜即與陰合德,動即與陽同波,故心者形之主也,神者心之寶也,形勞而不休即蹶,精用而不已則竭,是以聖人遵之不敢越也。以無應有,必究其理,以虛受實,必窮其節,恬愉虛靜,以終其命,無所鉕,無所親,抱德煬和,以順於天,與道為際,與德為鄰,不為福始,不為禍先,死生無變於己,故曰至神。神則以求無不待也,以為無不成也。

老子が言った。所謂聖人は、時に因りて其の位を安んじ、世に當たりて其の業を樂しむ。哀樂は德の邪、好憎は心の累、喜怒は道の過。故に其の生は天の行、其の死は物の化、靜なれば陰と德を合し、動けば陽と波を同じくす。故に心は形の主、神は心の寶。形勞して休息せざれば跌倒し、精用いて停止せざれば枯竭す、是の故に聖人は之に遵循して越えんと敢えてせず。無を以て有に應じ、必ず其の理を窮究す。虛を以て實を受け、必ず其の節を窮盡す。恬愉虛靜を以て、其の命を過完し、疏する所なく(底本「钷」に作る、「親」に對す、當に「疏」と讀むべし)、親する所なく、德を抱き和を養い、以て天に順從し、道と交接し、德と鄰と爲り、福の始めを爲さず、禍の起頭を爲さず、死生自らに變易なし、故に至神と謂う。神に至れば、求めて得られざるなく、爲して成らざるなし。

《守無》

《守無》

老子曰:輕天下即神無累,細萬物即心不惑,齊生死則意不懾,同變化則明不眩。夫至人倚不橈之柱,行無關之途,稟不竭之府,學不死之師,無往而不遂,無之而不通,屈伸俯仰,抱命不惑而宛轉,禍福利害,不足以患心。夫為義者可迫以仁,而不可劫以兵,可正以義,不可懸以利,君子死義,不可以富貴留也,為義者不可以死亡恐也,又況於無為者乎!無為者即無累,無累之人,以天下為影柱,上觀至人之倫,深原道德之意,下考世俗之行,乃足以羞也,夫無以天下為者,學之建鼓也。

老子が言った。天下を輕しと看れば、神に牽累なし。萬物を小しと看れば、心惑わず。死生を齊しと看れば、意懼れず。變化を同じと看れば、明眩まず。至人は彎げる能わざる柱に倚り、關隘なき路を行き、竭きざる府を禀受し、死なざる老師に學ぶ、往きて遂わざるなく、到りて通ぜざるなく、屈伸俯仰、命を抱きて惑わず宛轉し、禍福利害は以て心を憂患せしむるに足らず。義を行う者は仁を以て彼を迫る可し、然るに兵を以て彼を劫す可からず。義を以て彼を正す可し、然るに利を以て彼を懸く可からず。君子は義の爲に死す、富貴を以て留む可からず。義を行う者は死亡を以て恐嚇す可からず、況んや無爲の人をや。無爲なれば牽累なし。牽累なき人は、天下を以て影柱と爲し、上は至人の倫類を觀、深く道德の意を究め、下は世俗の行を考えば、以て羞愧するに足る。天下を以て事と爲さざる者は、學問の建鼓なり。

《守平》

《守平》

老子曰:尊勢厚利,人之所貪,比之身則賤,故聖人食足以充虛接氣,衣足以蓋形禦寒,適情辭餘,不貪得,不多積,清目不視,靜耳不聽,閉口不言,委心不慮,棄聰明,反太素,休精神,去知故,無好憎,是謂大通,除穢去累,莫若未始出其宗,何為而不成。知養生之和者,即不可懸以利,通內外之符者,不可誘以勢,無外之外,至大,無內之內,至貴,能知大貴,何往不遂。

老子が言った。尊勢厚利は人の貪る所、自ら身に比すれば賤し。故に聖人は食は空虛を充實し氣を接上ぐるに足り、衣は形體を遮蓋し寒を抵禦するに足り、情に適いて餘多を辭し、貪得せず、多積せず。目を清くして見ず、耳を靜かにして聽かず、口を閉じて言わず、心を放下して思慮せず、聰明を抛弃し、太素に返回し、精神を休息し、智巧を去り、好憎なし、此を大通と謂う。穢を除き累を去るは、未だ嘗て其の宗を離れざるに如くなく、何を爲して成らざらん。養生の和を知る者は、利を以て彼を懸く可からず。內外符節に通達する者は、勢を以て彼を誘う可からず。無外の外は至大、無內の內は至貴、能く此の大と貴を知れば、往かんで遂わざらん。

《守易》

《守易》

老子曰:古之為道者,理情性,治心術,養以和,持以適,樂道而忘賤,安德而忘貧。性有不欲,無欲而不得,心有不樂,無樂而不為,無益於性者不以累德,不便於生者不以滑和。不縱身肆意而制度,可以為天下儀,量腹而食,制形而衣,容身而居,適情而行,餘天下而不有,委萬物而不利,豈為貧富貴賤失其性命哉!永若然者,可謂能體道矣。

老子が言った。古の道を爲す者は、情性を調理し、心術を治理し、和以て養い、適を以て持ち、道を樂しみて賤を忘れ、德に安んじて貧を忘る。性に欲せざる所有れば、欲して得られざるなし。心に樂しまざる所有れば、樂しまざるを爲さず。性に益なきは以て德を累さず、生に便ならざるは以て和を滑亂せず。身體を放縱し意氣を肆意せずして法度あり、天下の儀範たる可し。腹を量りて食し、形體を量りて穿ち、身を容るるに足りて住し、情に適いて行い、天下を餘しても據有せず、萬物を放下しても利を取らず、何ぞ貧富貴賤の爲に性命を失わん。永く斯の如き人は、能く道を體すと稱す可し。

《守清》

《守清》

老子曰:人受氣於天者,耳目之於聲色也,鼻口之於芳臭也,肌膚之於寒溫也,其情一也,或以死,或以生,或為君子,或為小人,所以為制者異。神者智之淵也,神清則智明,智者心之府也,智公則心平,人莫鑒於流潦而鑒於澄水,以其清且靜也,故神清意平乃能形物之情,故用之者必假於不用也。夫鑒明者則塵垢不汙也,神清者嗜慾不誤也,故心有所至,則神慨然在之,反之於虛,則消躁藏息矣,此聖人之遊。故治天下者,必達性命之情而後可也。

老子が言った。人は天より氣を受け、耳目は聲色に對し、鼻口は芳臭に對し、肌膚は寒溫に對し、其の情は一なり、或は此に因りて死し、或は此に因りて生じ、或は君子と成り、或は小人と成る、制約せらるる所の不同なり。神は智の淵、神清ければ智明なり。智は心の府、智公なれば心平なり。人は流水に對して照らさず、澄水に對して照らす、其の清にして且つ靜なるを以てなり。故に神清く意平らかなれば乃ち物の情を形現す、之を用うる者は必ず不用に借る。鏡明なれば、塵垢は污染する能わず。神清なれば、嗜欲は迷惑する能わず。故に心到る所有れば、神慨然として彼に在り。之を虛に返せば、急躁消え息藏まる、此れ聖人の游なり。故に天下を治むる者は、必ず性命の情に通達して後に可なり。

《守真》

《守眞》

老子曰:夫所謂聖人者,適情而已,量腹而食,度形而衣,節乎己而,貪汙之心無由生也,故能有天下者,必無以天下為也,能有名譽者,必不以越行求之,誠達性命之情,仁義因附。若夫神無所掩,心無所載,通洞條達,澹然無事,勢利不能誘,聲色不能淫,辯者不能說,智者不能動,勇者不能恐,此真人之遊也。夫生生者不生,化化者不化,不達此道者,雖知統天地,明照日月,辯解連環,辭潤金石,猶無益於天下也,故聖人不失所守。

老子が言った。所謂聖人は、ただ情に適うのみ、腹を量りて食し、形體を量りて穿ち、己を節制し、貪污の心生ずる由なし。故に天下を有する能う者は、必ず天下を以て事と爲さざるなり。名譽を有する能う者は、必ず分を越える行爲を用いて求めざるなり。真に性命の情に通達せば、仁義之に隨い附着す。神掩蔽する所なく、心負載する所なく、通達條暢し、淡然事なく、勢利誘う能わず、聲色淫す能わず、辯する者說動する能わず、智なる者摇動する能わず、勇なる者恐嚇する能わず、此れ真人の游なり。生ぜしむるは並びに生ぜず、化せしむるは並びに化せず。此の道に通達せざる者は、雖も智は天地を統べ可く、明は日月を照らす可く、辯は連環を解く可く、辭は金石を潤澤す可くとも、天下に對して益なし。故に聖人は守る所を失わず。

《守靜》

《守靜》

老子曰:靜漠恬惔,所以養生也,和愉虛無,所以據德也,外不亂內即性得其宜,靜不動和即德安其位,養生以經世,抱德以終年,可謂能體道矣。若然者,血脈無鬱滯,五藏無積氣,禍福不能矯滑,非譽不能塵垢,非有其世,孰能濟焉,有其才不遇其時,身猶不能脫,又況無道乎。夫目察秋毫之末者,耳不聞雷霆之聲,耳調金玉之音者,目不見太山之形,故小有所志,則大有所忘。今萬物之來,擢拔吾生,攓取吾精,若泉原也,雖欲勿稟,其可得乎?今盆水若清之經日,乃能見眉睫,濁之不過一撓,即不能見方圓也,人之精神難清而易濁,猶盆水也。

老子が言った。靜漠恬淡は、以て生を養うなり。和愉虛無は、以て德を據守するなり。外內を亂らざれば、性其の宜を得。靜和を擾動せざれば、德其の位に安んず。生を養いて世を經歷し、德を抱きて年を過完すれば、能く道を體すと稱す可し。斯の如くなれば、血脉に郁滯なく、五藏に積氣なく、禍福は矯揉滑亂する能わず、毁譽は塵垢を蒙る能わず。那の世有るに非ざれば、誰か能く事を成さん。那の才有りて那の時に遇わざれば、身尚お脱する能わず、況んや道無きをや。目は秋毫の末を察する能うも、耳は雷霆の聲を聞く能わず。耳は金玉の音を調する能うも、目は泰山の形を見る能わず。故に小處に專注所有れば、大處に忘る所有り。今萬物來りて、我が生を拔取し、我が精を奪取す、泉源の如し、雖も禀受せざらんと欲すも、能く之を爲さんや。一盆の水、若し澄めて一整天なれば、乃ち眉睫を見る可し。攪濁して一撓を過ぎざれば、方圓を見る能わず。人の精神は清く難く濁り易し、正に此の盆水の如し。

《守法》

《守法》

老子曰:上聖法天,其次尚賢,其下任臣,任臣者危亡之道也,尚賢者痴惑之原也,法天者治天地之道也,虛靜為王,虛無不受,靜無不持,知虛靜之道,乃能終始,故聖人以靜為治,以動為亂,故曰勿撓勿纓,萬物將自清,勿驚勿駭,萬物將自理,是謂天道也。

老子が言った。最上等の聖人は天に效法し、其の次は賢を崇尚し、最下は臣を任用す。臣を任ずるは危亡の路、賢を尚ぶは痴惑の源、天に法るは天地を治理する道。虛靜を以て王と爲す。虛なれば受けざるなく、靜なれば持守せざるなし。虛靜の道を知れば、乃ち終有り始有る可し。故に聖人は靜を以て治と爲し、動を以て亂と爲す。故に曰く、攪する勿れ、纏する勿れ、萬物將に自ら清からん。驚かす勿れ、駭かす勿れ、萬物將に自ら理せん。此を天道と謂う。

《守弱》

《守弱》

老子曰:天子公侯以天下一國為家,以萬物為畜,懷天下之大,有萬物之多,即氣實而志驕,大者用兵侵小,小者倨傲凌下,用心奢廣,譬猶飄風暴雨,不可長久。是以聖人以道鎮之,執一無為而不損沖氣,見小守柔,退而勿有,法於江海,江海不為,故功名自化,弗強,故能成其王,為天下牝,故能神不死,自愛,故能成其貴,萬乘之勢,以萬物為功名,權任至重,不可自輕,自輕則功名不成。夫道,大以小而成,多以少為主,故聖人以道邪天下,柔弱微妙者見小也,儉嗇損缺者見少也,見小故能成其大,見少故能成其美。天之道,抑高而舉下,損有餘奉不足,江海處地之不足,故天下歸之奉之,聖人卑謙,清靜辭讓者見下也,虛心無有者見不足也,見下故能致其高,見不足故能成其賢,矜者不立,奢者不長,強梁者死,滿溢者亡,飄風暴雨不終日,小谷不能須臾盈,飄風暴雨行強梁之氣,故不能久而滅,小谷處強梁之地,故不得不奪,是以聖人執雌牝,去奢驕,不敢行強梁之氣,執雌牝,故能立其雄牡,不敢奢驕,故能長久。

老子が言った。天子公侯は天下一國を以て家と爲し、萬物を以て畜養と爲し、懷裏に天下の大を裝い、萬物の多を擁有すれば、氣實にして志驕る。大は兵を用いて小を侵し、小は倨傲して下を凌ぐ、心を奢廣に用うるは、譬えば飄風驟雨の如く、長久す可からず。是の故に聖人は道を用いて之を鎮め、一を執守し無爲にして沖氣を損なわず、小を見て柔を守り、退きて據有せず、江海に效法す。江海は刻意作爲せず、故に功名自ら成化す。強求せず、故に能く其の王を成す。天下の雌を爲す、故に能く神にして死せず。自ら愛す、故に能く其の貴を成す。萬乘の勢は、萬物を以て功名と爲し、權任極重、自ら看輕す可からず、自ら看輕すれば功名成らず。道は、大は小に憑借して成り、多は少を以て主と爲す。故に聖人は道を用いて天下に蒞臨す(底本「邪」に作る、當に「莅」と讀むべし)。柔弱微妙は小を見るなり、儉嗇減損は少を見るなり。小を見れば故に能く其の大を成し、少を見れば故に能く其の美を成す。天の道は、高きを壓し下きを抬げ、餘有るを減損し足らざるを補う。江海は地の不足處に處る、故に天下之に歸し之に奉る。聖人は卑謙、清靜、辭讓は、下を見るなり。虛心無有は、不足を見るなり。下を見れば故に能く其の高を致し、不足を見れば故に能く其の賢を成す。矜るは立たず、奢るは長からず、強梁は死し、滿溢は亡ぶ。飄風驟雨は終日する能わず、小谷(山谷)は片刻盈滿する能わず。飄風驟雨は強梁の氣を行う、故に長久する能わずして滅す。小谷は強梁の地に處る、故に奪われざるを得ず。是の故に聖人は雌牝を執守し、奢驕を去り、強梁の氣を行うを敢えてせず。雌牝を執守すれば、故に能く其の雄牡を立つ。奢驕するを敢えてせざれば、故に能く長久す。

老子曰:天道極即反,盈即損,日月是也。聖人日損而沖氣不敢自滿,日進以牝,功德不衰,天道然也,人之情性皆好高而惡下,好得而惡亡,好利而惡病,好尊而惡卑,好貴而惡賤,眾人為之,故不能成,執之,故不能得。是以聖人法天,弗為而成,弗執而得,與人同情而異道,故能長久。故三皇五帝有戒之器,命曰侑卮,其沖即正,其盈即覆。夫物盛則衰,日中則移,月滿則虧,樂終而悲,是故聰明廣智守以愚,多聞博辯守以儉,武力勇毅守以畏,富貴廣大守以狹,德施天下守以讓,此五者先王所以守天下也。“服此道者不欲盈,夫唯不盈,是以弊不新成。”

老子が言った。天道は極に至れば返り、盈滿すれば損す、日月は即ち斯の如し。聖人は日に減損して沖氣をして自滿するを敢えてせしめず、日に雌柔を以て進取し、功德衰えず、天道は即ち斯の如し。人の情性は皆な高を好み下を惡み、得を好み失を惡み、利を好み病を惡み、尊を好み卑を惡み、貴を好み賤を惡む。衆人爲して往けば、故に成る能わず。捉えて放さざれば、故に得る能わず。是の故に聖人は天に效法し、爲さずして成り、執らずして得、人情と相同じくして道同じからず、故に能く長久す。故に三皇五帝に告誡の器具あり、之を侑卮(傾斜の酒器、空なれば正し、滿てば翻る)と謂い、其の沖虛なれば正しく、其の盈滿すれば覆る。物盛んなれば衰え、日中に至れば偏り、月滿てば虧け、樂盡きれば悲しむ。是の故に聰明廣智は愚を以て守り、多聞博辯は儉を以て守り、武力勇毅は畏を以て守り、富貴廣大は狹窄を以て守り、德天下に施すは讓を以て守る。此の五樣は先王の天下を守る所以なり。「此の道を持守する者は盈滿を求めず、正に盈滿を求めざるを以て、故に能く舊有を守りて急成を求めず」と。

老子曰:聖人與陰俱閉,與陽俱開,能至於無樂也,即無不樂也,無不樂即至樂極矣。是以內樂外,不以外樂內,故有自樂也,即有自志貴乎天下,所以然者,因而為天下之要也。不在於彼而在於我,不在於人而在於身,身得則萬物備矣。故達於心術之論者,即嗜慾好憎外矣,是故無所喜,無所怒,無所樂,無所苦,萬物玄同,無非無是。故士有一定之論,女有不易之行,不待勢而尊,不須財而富,不須力而強,不利貨財,不貪世名,不以貴為安,不以賤為危,形神氣志各居其宜。夫形者生之舍也,氣者生之元也,神者生之制也,一失其位即三者傷矣,故以神為主者形從而利,以形為制者神從而害。其生貪叨多欲之人,莫宜乎勢利,誘慕乎名位,幾以過人之知,位高於世,即精神日耗以遠,久淫而不還,形閑中拒,即無由入矣,是以時有盲忘自失之患。夫精神志氣者,靜而日充以壯,躁而日耗以老,是故聖人持養其神,和弱其氣,平夷其形,而與道浮沉,如此則萬物之化無不偶也,百事之變無不應也。

老子が言った。聖人は陰と一緒に閉じ、陽と一緒に開く。能く無樂に到れば、則ち樂しまざるなし。樂しまざるなければ、則ち至樂の極致なり。是の故に內を以て外を樂しませ、外を以て內を樂しませず、故に自ら樂有れば、則ち自ら志有りて天下に貴し。然らしむる所以は、其れ天下の要約なるが故なり。別人に在らずして我に在り、他人に在らずして自身に在り、自身得れば、萬物齊備す。故に心術の論に通達する者は、嗜欲好憎は外に在り。是の故に喜ぶ所なく、怒る所なく、樂む所なく、苦しむ所なし、萬物玄同、非なく是なし。故に士に一定の論あり、女に改易す可からざる行あり、勢を待たずして尊し、財を須とせずして富み、力を須とせずして強く、利貨財を取らず、世俗の名を貪らず、貴を以て安と爲さず、賤を以て危と爲さず、形、神、氣、志は各自其の宜處に居る。形は生の舍、氣は生の元、神は生の主宰、一が位置を失えば、三者皆な傷る。故に神を以て主と爲するは、形跟從して利を得。形を以て制と爲するは、神跟從して害を受く。其の生性貪叨多欲の人は、勢利より宜と覺るはなく、名位に誘慕され、幾ど過人の智に憑り、位世に高ければ、精神日に耗損して遠離し、久しく淫放して復歸せず、形は內を關拒して、入る由なし、是の故に時々盲目遺忘、自ら迷失の患有り。精神志氣は、靜なれば日に充實して壯、躁なれば日に耗損して老ゆ。故に聖人は其の神を持養し、其の氣を和弱し、其の形を平夷にし、道と浮沉す。斯の如くなれば、萬物の化は耦ならざるなく、百事の變は應ぜざるなし。

《守樸》

《守樸》

老子曰:所謂真人者,性合乎道也。故有而若無,實而若虛,治其內不治其外,明白太素,無為而復樸,體本抱神,以遊天地之根,芒然仿佯塵垢之外,逍遙乎無事之業,機械智巧,不載於心,審於無假,不與物遷,見事之化,而守其宗,心意專於內,通達禍福於一,居不知所為,行不知所之,不學而知,弗視而見,弗為而成,弗治而辯,感而應,迫而動,不得已而往,如光之燿,如影之效,以道為循,有待而然,廓然而虛,清靜而無,以千生為一化,以萬異為一宗。有精而不使,有神而不用,守大渾之樸,立至精之中,其寢不夢,其智不萌,其動無形,其靜無體,存而若亡,生而若死,出入無間,役使鬼神,精神之所能登假千道。使精神暢達而不失於元,日夜無隙而與物為春,即是合而生時於心者也。故形有靡而神未嘗化,以不化應化,千變萬轉而未始有極,化者復歸於無形也,不化者與天地俱生,俱生者未嘗化其所化者即化,此真人之遊純粹素道。

老子が言った。所謂真人は、性は道に合す。故に有りて無きが如く、實にして虛きが如く、其の內を治めて其の外を治めず、太素を明白し、無爲にして朴に復歸し、本を體し神を抱き、以て天地の根に游び、茫然として塵垢の外に彷徨し、無事の業に逍遥し、機械智巧は心に裝せず、假借なきを審察し、物と遷徙せず、事の化を見て那の宗を守る。心意內に專らにして、禍福を通達して一と爲し、住んで何を爲すかを知らず、行きて何處に往くかを知らず、學ばずして知り、見ずして見、爲さずして成り、治めずして明辯す、感じれば應じ、迫れば乃ち動き、不得已然れば往き、光の照耀の如く、影の效仿の如く、道を以て循と爲し、待つ所有りて然る、廓然として是れ虛、清靜として是れ無、千生を以て一化と爲し、萬種の差異を以て一宗と爲す。精有りて使喚せず、神有りて動用せず、大渾の朴を守住し、至精の中に立つ。其の睡は夢なく、其の智は萌發せず、其の動は形なく、其の靜は體なく、存して亡きが如く、生きて死せるが如く、出入に間隙なく、鬼神を役使し、精神の登る能う所は道に近し。精神をして暢達して元を失わざらしめ、日夜間隙なくして物と春に同處すれば、則ち道と相合して心裏に時を生ずる人なり。故に形に消磨ありて神未だ嘗て化せず。不化を以て化に應ずれば、千變萬轉して未だ嘗て極有らず。化の復歸は無形にし、不化は天地と一緒に生ず。一緒に生ずるは未だ嘗て化せず、其の化する所は化す。此れ真人の純粹素道に游ぶなり。

卷四

老子曰:道至高無上,至深無下,平乎準,直乎繩,圓乎規,方乎矩,包裹天地而無表裡,洞同覆蓋而無所硋,是故體道者,不怒不喜,其坐無慮,寢而不夢,見物而名,事至而應。

老子が言った。道は至高にして上なく、至深にして下なく、平らかなること水準の如く、直きこと墨繩の如く、圓なること規の如く、方なること矩の如く、天地を包裹して表裏なく、洞然同覆して阻礙なし。故に道を體する者は、怒らず喜ばず、坐して思慮なく、睡りて夢なく、物を見れば之に名を與え、事至れば應ず。

老子曰:欲屍名者必生事,事生即舍公而就私,倍道而任己,見譽而為善,立而為賢,即治不順理而事不順時,治不順理則多責,事不順時則無功,妄為要中,功成不足以塞責,事敗足以滅身。

老子が言った。名の主たらんと欲する者は必ず事を生ず、事生ずれば公を捨てて私に就き、道に背离して自らを放任し、稱譽を見て乃ち善を爲し、立ちて乃ち賢を算す、治は理に順わず、事は時に順わず。治理に順わざれば責多く、事時に順わざれば功なし。妄爲して切中を求めば、功成るも以て責を堵するに足らず、事敗れれば以て身を滅すに足る。

老子曰:無為名屍,無為謀府,無為事任,無為智主。藏於無形,行於無怠,不為福先,不為禍始,始於無形,動於不得已,欲福先無禍,欲利先遠害。故無為而寧者,失其所寧即危,無為而治者,失其所治即亂,故“不欲碌碌如玉,落落如石。”其文好者皮必剝,其角美者身必殺,甘泉必竭,直木必伐,華榮之言後為愆,石有玉傷其山,黔首之患固在言。

老子が言った。名の主を爲す勿れ、謀の府を爲す勿れ、事情の擔當を爲す勿れ、智の主宰を爲す勿れ。無形に藏れ、無怠に行き、福の先を爲さず、禍の始を爲さず。無形より始め、不得已の時に乃ち動く。福を欲すれば、先づ禍なきを致せ。利を欲すれば、先づ害を遠ざけよ。故に無爲にして安寧なるは、安んずる所を失えば危し。無爲にして治るは、治むる所を失えば亂る。故に「美玉の如く華美耀眼せんことを願わず、寧ろ山石の如く堅朴無華たらん」。文采の好看なる皮は必ず剥がれ、角美なる身は必ず殺され、甘泉は必ず枯竭し、直木は必ず砍らる。華美の話は後に過失と成り、石に玉あれば其の山を傷り、百姓の患は本來言語に在り。

老子曰:時之行動以從,不知道者福為禍。天為蓋,地為軫,善用道者終無盡,地為軫,天為蓋,善用道者終無害。陳彼五行必有勝,天之所覆無不稱,故“知不知,上,不知知,病也。”

老子が言った。時運行すれば行動跟從す、知らざる者は福も亦た禍と變ず。天は蓋、地は車軫、善く道を用うる者は終に窮盡なし。地は車軫、天は蓋、善く道を用うる者は終に害なし。其の五行を陳列すれば必ず相勝あり、天の覆う所は稱せざるなし。故に「己が尚お知らざる所有るを知るは、是れ最良なり。知らずして知ると自ら以爲するは、則ち是れ毛病なり」と。

老子曰:山生金,石生玉,反相剝,木生蟲,還自食,人生事,還自賊。夫好事者未嘗不中,爭利者未嘗不窮,善遊者溺,善騎者墮,各以所好反自為禍。得在時不在爭,治在道不在聖,土處下不爭高,故安而不危,水流下不爭疾,故去而不遲。“是以聖人無執故無失,無為故無敗。”

老子が言った。山は金を生じ、石は玉を生じ、反りて彼此剥蝕す。木は蟲を生じ、回來て自らを食う。人は事を生じ、回來て自らを賊害す。事を好む者は未だ嘗て中招せざらず、利を爭う者は未だ嘗て窮せざらず。善く游泳する者は溺水し、善く騎馬する者は摔れ下る、各自其の好む所に因りて反りて自ら禍を成す。得は時に在りて爭に在らず、治は道に在りて聖に在らず。土は下に處りて高を爭わず、故に安くして危うからず。水は下に流れて快を爭わず、故に去りて遲からず。「故に聖人は執持する所なくして因りて失わず、無爲にして因りて敗れず」と。

老子曰:一言不可窮也,二言天下宗也,三言諸侯雄也,四言天下雙也。貞信則不可窮,道德則天下宗,舉賢德,諸侯雄,惡少愛眾天下雙。

老子が言った。一句話は窮盡す可からず、兩句話は天下宗仰し、三句話は諸侯稱雄し、四句話は天下成雙す。貞信なれば則ち窮盡す可からず、道德なれば天下宗仰し、賢德を舉用すれば諸侯稱雄し、少數を惡み多數を愛すれば天下成雙す。

老子曰:人有三死非命亡焉:飲食不節,簡賤其身,病共殺之,樂得無已,好求不止,刑共殺之,以寡犯眾,以弱凌強,兵共殺之。

老子が言った。人に三種の死ありて命定の亡に非ず。飲食節制なく、己の身體を輕賤すれば、病起りて彼を殺す。樂停止なく、求むること盡きざれば、刑起りて彼を殺す。寡を以て衆に犯り、弱を以て強を凌げば、兵起りて彼を殺す。

老子曰:其施厚者其報美,其怨大者其禍深,薄施而厚望,畜怨而無患者,未之有也。察其所以往者,即知其所以來矣。

老子が言った。施すこと厚ければ、報は美なり。怨大なれば、禍は深し。施すこと薄くして厚を指望し、怨を蓄えて患なきは、未だ嘗て有らず。其の往く所以を察すれば、其の來る所以を知る。

老子曰:原天命,治心術,理好憎,適情性,即治道通矣。原天命即不惑禍福,治心術即不妄喜怒,理好憎即不貪無用,適情性即欲不過節。不惑禍福即動靜順理,不妄喜怒即賞罰不阿,不貪無用即不以欲害性,欲不過節即養生知足,凡此四者,不求於外,不假於人,反己而得矣。

老子が言った。天命を推原し、心術を治理し、好憎を理清し、情性を調適すれば、治道通ず。天命を推原すれば禍福に惑わされず、心術を治理すれば喜怒を妄せず、好憎を理清すれば用なきを貪らず、情性を調適すれば欲望節度を超えず。禍福に惑わされざれば、動靜理に順う。喜怒を妄せざれば、賞罰偏私せず。用なきを貪らざれば、欲を以て性を害せず。欲望節度を超えざれば、生を養い足を知る。此の四樣は、外に求めず、人に借らず、己に返回して得るなり。

老子曰:不求可非之行,不憎人之非己,修足譽之德,不求人之譽己。不能使禍無至,信己之不智,而不能使福必來,信己之不讓。禍之至非己之所生,故窮而不憂,福之來非己之所成,故通而不矜,是故閑居而心樂,無為而治。

老子が言った。非議せらる可き行爲を求めず、亦た人が己を非議するを憎まず。稱譽せらるに足る德を修め、亦た人が己を稱譽するを求めず。禍をして來らざらしむる能わず、己の智に非ずと確信す。福をして必ず來らしむる能わず、己の謙讓に非ずと確信す。禍の到來は己の生ずる所に非ず、故に窮しても憂えず。福の到來は己の成す所に非ず、故に通達しても矜らず。是の故に閑居して心裏樂しく、無爲にして治る。

老子曰:道者守其所已有,不求其所以未有,求其所未得即所有者亡,脩其所已有即所欲者至。治未固於不亂,而事為治者必危,行者未免於無非,而急求名者必剉,故福莫大於無禍,利莫大於不喪。故“物或益之而損,損之而益”。道不可以勸就利者,而可以安神避害,故嘗無禍不嘗有福,嘗無罪不嘗有功。道曰芒芒昧昧,從天之威,與天同氣無思慮也,無設儲也,來者不迎,去者不將,人雖東西南北,獨立中央。故處眾枉,不失其直,與天下並流,不離其域,不為善,不避醜,遵天之道,不為始,不專己,循天之理,不豫謀,不棄時,與天為期,不求得,不辭福,從天之則,內無奇福,外無奇禍,故禍福不生,焉有人賊。故至德言同略,事同福,上下一心,無歧道旁見者,退章於邪,開道之於善,而民向方矣。

老子が言った。道は已に有る所を守住して、未だ有らざる所を求めず。未だ得ざるを求むれば、已に有るは亡ぶ。已に有る所を修めれば、欲する所は至る。未だ亂れざるに穩固せずして、急いで事を爲して治を求むる者は必ず危し。行爲未だ非議す可きなきを免れずして、急いで名を求むる者は必ず挫く。故に福は禍なきより大なるはなく、利は喪失せざるより大なるはなし。故に「萬物或る時は之を增益して反りて損し、之を減損して反りて益す」と。道は以て利に趨就する者を勸す可からず、然るに神を安んじ害を避く可し。故に嘗て禍なきを經歷せん、必ずしも嘗て福有るを經歷せず。嘗て罪なきを經歷せん、必ずしも嘗て功有るを經歷せず。道曰く、茫茫昧昧、天の威に跟從し、天と同氣すと。思慮なく、儲積なく、來るは迎えず、去るは送らず。人雖も東西南北すとも、自ら中央に獨立す。故に衆枉の中に處りて、己の直を失わず。天下と并流して、己の域を離れず。善を爲して標榜せず、醜を躲避せず、天の道に遵循す。始めを搶さず、己を專執せず、天の理に循う。豫め謀劃せず、時を抛弃せず、天と約期す。獲得を求めず、福を推辭せず、天の則に跟從す。內に奇福なく、外に奇禍なし、故に禍福生ぜず、何ぞ更に人の賊害あらん。故に至德は、言は合同謀略、事は合同福、上下一心、歧路旁出の見識なく、邪を退開し、道を開いて善に向かわしめ、民は正方に朝向す。

老子曰:為善即勸,為不善即觀,勸即生責,觀即生患,故道不可以進而求名,可以退而脩身。故聖人不以行求名,不以知見求譽,治隨自然,己無所與,為者有不成,求者有不得,人有窮而道無通,有智而無為與無智同功,有能而無事與無能同德,有智若無智,有能若無能,道理達而人才滅矣。人與道不兩明,人愛名即不用道,道勝人即名息,道息人名章即危亡。

老子が言った。善を爲せば勸勉せられ、不善を爲せば圍觀せらる。勸勉すれば責求を生じ、圍觀すれば患を生ず。故に道は以て進みて名を求む可からず、退きて身を修む可し。故に聖人は行爲を以て名を求めず、知見を以て譽を求めず、治は自然に隨い、己参与せず。作爲するに成らざる有り、求むるに得られざる有り。人に窮盡ありて道に通ぜざるなし。智有りて無爲は、無智と功を同じくす。能有りて事なくは、無能と德を同じくす。智有るは無智の如く、能有るは無能の如く、道理通達して人才の鋒芒滅す。人と道とは兩明する能わず。人名を愛せば則ち道を用いず、道人に勝てば、名止息す。道止息して人名彰顯すれば、則ち危亡す。

老子曰:使信士分財,不如定分而探籌,何則?有心者之於平,不如無心者。使廉士守財,不如閉戶而全封,以為有欲者之於廉,不如無欲者也。人舉其疵則怨,鑑見其醜則自喜,人能接物而不與己,則免於累矣。

老子が言った。誠信の士人に財を分けしむるは、份額を定めて後に抽籤するに如かず、何を以てや。心有る人の公平を求むるは、心無きに如かざるなり。廉潔の士人に財を守らしむるは、門を關し封を加うるに如かず、欲有る人の廉潔を求むるは、欲無きに如かざるを以てなり。人其の疵を舉げれば彼怨み、鏡其の醜を照見すれば彼自ら能く接受す。人能く物を接して己を摻入せざれば、牽累を免る。

老子曰:凡事人者,非以寶幣,必以卑辭。幣單而欲不厭,卑體免辭,論說而交不結,約束誓盟,約定而反先日,是以君子不外飾仁義,而內脩道術。脩其境內之事,盡其地方,勸民守死,堅其城郭,上下一心,與之守社稷,即為飾者不伐無罪,為利者不攻難得,此必全之道,必利之理。

老子が言った。凡そ人に事奉する者は、寶幣を以てせざれば、必ず卑辭を以てす。幣盡きて欲尚お滿足せず、身低下し言辭謙免し、交情を論說して尚お結ばれず、約束盟誓し、約定して比先前に早く反悔す。是の故に君子は外に仁義を修飾せず、內に道術を修む。境內の事を修め、土地の力を盡し、民を勸めて死を守らしめ、城郭を堅固にし、上下一心、彼らと社稷を共守すれば、則ち文飾の爲の者は無罪を伐たず、利の爲の者は難得を攻めず。此れ必全の道、必利の理なり。

老子曰:聖人不勝其心,眾人不勝其欲,君子行正氣,小人行邪氣。內便於性,外合於義,循理而動,不繫於物者,正氣也;推於滋味,淫於聲色,發於喜怒,不顧後患者,邪氣也。邪與正相傷,欲與性相害,不可兩立,一起一廢,故聖人捐欲而從性。目好色,耳好聲,鼻好香,口好味,合而說之,不離利害,嗜慾也,耳目鼻口不知所欲,皆心為之制,各得其所,由此觀之,欲不可勝亦明矣。

老子が言った。聖人は心に戰勝せられず、衆人は欲に戰勝せられず。君子は正氣を行い、小人は邪氣を行う。內は性に便く、外は義に合し、理に循いて動き、物に牽係せられず、是れ正氣なり。滋味に推されて走り、聲色に淫し、喜怒に發し、後患を顧みず、是れ邪氣なり。邪と正と互相傷し、欲と性と互相害す、兩立す可からず、一つ起り一つ廢す、故に聖人は欲を丟きて性に從う。目は色を好み、耳は聲を好み、鼻は香を好み、口は味を好み、合しければ則ち喜歡し、利害を離れず、此れ嗜欲なり。耳目鼻口は並びに自ら其の欲する所を知らず、皆な心が制約し、彼らをして各其の所を得しむ。此より之を觀れば、欲は戰勝せらる可からざるも、亦た明なり。

老子曰:治身養性者,節寢處,適飲食,和喜怒,便動靜,內在己者得,而邪氣無由入。飾其外,傷其內,扶其情者害其神,見其文者蔽其真,無須臾忘為賢者,必困其性,百步之中忘其為容者,必累其形,故羽翼美者傷其骸骨,枝葉茂者害其根荄,能兩美者天下無之。

老子が言った。身を治め性を養う者は、寢處を節制し、飲食を調適し、喜怒を和順し、動靜を便利す、內在己の得れば、邪氣入る由なし。外面を修飾すれば、則ち內面を傷る。情を扶持するは、則ち神を害す。文采を顯露するは、則ち真を蔽う。賢を爲さんと忘るる片刻なき人は、必ず其の性を困す。百步の中に儀容を忘るる人は、必ず其の形を累す。故に羽翼美なるは骸骨を傷り、枝葉茂なるは根荄を害す、能く兩樣俱に美なるは、天下になし。

老子曰:天有明不憂民之晦也,地有財不憂民之貧也,至德道者若丘山,嵬然不動,行者以為期,直己而足物,不為人賜,用之者亦不受其德,故安而能久。天地無與也,故無奪也,無德也,無怨也。善怒者必多怨,善與者必善奪,唯隨天地之自然而能勝理。故譽見即毀隨之,善見即惡從之,利為害始,福為禍先,不求利即無害,不求福即無禍,身以全為常,富貴其寄也。

老子が言った。天に明あり、民が暗裏に處るを憂えず。地に財あり、民の貧窮を憂えず。至德道に合する者は丘山の如く、巍然として動かず、路を行く者は之を以て約期と爲す。己を端正して物を充足せしめ、人の爲に賜わず、用うる者も亦た其の德を受けず、故に安くして能く久し。天地は與うるなく、故に亦た奪うなし。德を施すなく、故に亦た怨むなし。善く怒る者は必ず怨多く、善く與うる者は必ず善く奪う、ただ天地の自然に隨うのみ能く理に勝つ。故に譽出現すれば、毁之に跟う。善出現すれば、惡之に隨う。利は害の開始、福は禍の先。利を求めざれば害なく、福を求めざれば禍なし。身は保全を以て常と爲し、富貴は寄托のみ。

老子曰:聖人無屈奇之服,詭異之行,服不雜,行不觀,通而不華,窮而不懾,榮而不顯,隱而不辱,異而不怪,同用無以名之,是謂大通。

老子が言った。聖人に奇異の衣服、詭異の行爲なく、服は駁雜せず、行は炫耀せず、通達して華麗ならず、窮困して恐懼せず、榮して顯揚せず、隱して辱を受けず、同じからずして怪しまず、同用して之に名稱を與うる由なし、此を大通と謂う。

老子曰:道者直己而待命,時之至不可迎而反也,時之去不可足而援也,故聖人不進而求,不退而讓,隨時三年,時去我走,去時三年,時在我後,無去無就,中立其所。天道無親,唯德是與,福之至非己之所求,故不伐其功,禍之來非己之所生,故不悔其行,中心其恬,不累其德,狗吠不驚,自信其情,誠無非分,故通道者不惑,知命者不憂。帝王之崩藏骸於野,其祭也祀之於明堂,神貴於形也,故神制形則從,形勝神則窮,聰明雖用,必反諸神,謂之大通。

老子が言った。道は己を端正して命を待つ。時至れば、迎え上げて之を返らしむ可からず。時去れば、脚を抬げて援引し往く可からず。故に聖人は進みて求めず、退きて讓らず。時に隨う三年、時は我を離れて行けば走らず。離去する三年、時は我の後に在り。往かず就かず、中立して彼の在る所に在り。天道は私親なく、ただ德有るに給う。福の到來は己の求むる所に非ず、故に其の功を誇らず。禍の到來は己の生ずる所に非ず、故に其の行を悔いず。中心恬靜、其の德を牽累せず。狗叫びても驚かず、其の情を自信し、確かに非分なし、故に道に通ずる者は惑わず、命を知る者は憂えず。帝王崩逝し、骸骨は野地に藏れ、祭祀は明堂上に祀る、是れ神が形より貴きなり。故に神が形を制約すれば、形順從す。形が神に勝れば、則ち窮盡す。聰明雖も用うとも、必ず神に返回せん、此を大通と謂う。

老子曰:古之存己者,樂德而忘賤,故名不動志,樂道而忘貧,故利不動心,是以謙而能樂,靜而能澹。以數筭之壽,憂天下之亂,猶憂河水之涸,泣而益之也,故不憂天下之亂,而樂其身治者,可與言道矣。

老子が言った。古の己を保存する者は、德を樂しみて賤を忘る、故に名は其の志を動かす能わず。道を樂しみて貧を忘る、故に利は其の心を動かす能わず。是の故に謙にして能く樂しみ、靜にして能く淡なり。算盡す可き壽命に憑りて、天下の亂を憂うるは、憂うること河水の乾涸に、哭泣を以て之を添うるが如し。故に天下の亂を憂えずして、己の治を得るを樂しむ者は、彼と道を談ず可し。

老子曰:人有三怨:爵高者人妒之,官大者主惡之,祿厚者人怨之。夫爵益高者意益下,官益大者心益小,祿益厚者施益博,脩此三者怨不作,故貴以賤為本,高以下為基。

老子が言った。人に三種の怨あり。爵高きは人に妒まれ、官大なるは主上に惡まれ、祿厚きは人に怨まる。爵愈高ければ意愈低下し、官愈大なれば心愈小さく、祿愈厚ければ施與愈廣し。此の三樣を修めば、怨作らず。故に尊貴は卑賤を以て根本と爲し、崇高は低下を以て根基と爲す。

老子曰:言者所以通己於人也,聞者所以通人於所也。既聞其聾,人道不通,故有聞聾之病者,莫知事通,豈獨形骸有闇聾哉!心並有之。塞也,莫知所通,此闇聾之類也。夫道之為宗也,有形者皆生焉,其為親也亦戚矣,饗穀食氣者皆壽焉,其為君也亦惠矣,諸智者學焉,其為師也亦明矣。人皆以無用害有用,故知不博而日不足,以博弈之日問道,聞見深矣,問與不問,猶闇聾之比於人也。

老子が言った。言は己を人に通達せしむ、聽は人を己に通達せしむ。暗く且つ聾なれば、人道通ぜず。故に暗聾の病有る者は、事情どう通ずるかを知らず、豈に形骸のみ暗聾あらんや。心も亦た同じく之あり。堵塞して、何處に通ずるかを知らざれば、此れ則ち暗聾の類なり。道は宗と爲り、有形は皆な之より生ず、其の親を爲すも够近し。穀を食い氣を食うは皆な之に因りて長壽し、其の君を爲すも够惠を施す。諸の智有るは皆な之に向かいて學び、其の師を爲すも够明なり。人は皆な用なきを以て用有るを害す、故に知廣からずして日足らず。博弈の日を拿して道を問えば、聞見深し。問うと問わざるとは、暗聾の人が常人に比ぶるが如し。

老子曰:人之情心服於德,不服於力,德在與不在來,是以聖人之慾貴於人者,先貴於人,欲尊於人者,先尊於人,欲勝人者,先自勝,欲卑人者,先自卑,故貴賤尊卑,道以制之。夫古之聖王以其言下人,以其身後人,即天下樂推而不猒,戴而不重,此德重有餘而氣順也,故知與之為取,後之為先,即幾於道矣。

老子が言った。人の情は心が德に服し、力に服せず。德は與うるに在り、求取するに在らず。是の故に聖人は人に對して貴からんと欲すれば、先づ人に對して貴し。人に對して尊ならんと欲すれば、先づ人に對して尊し。人に勝たんと欲すれば、先づ己に勝つ。人を卑下せしめんと欲すれば、先づ自ら卑下す。故に貴賤尊卑は、道を以て制約す。古の聖王は其の言を以て人の下に處り、其の身を以て人の後に處れば、天下樂んで推戴して厭わず、頂戴して重きを覺えず、此れ德重きに餘ありて氣順なるなり。故に與うるを知れば則ち取、後に在れば則ち先に在り、則ち道に近づく。

老子曰:德少而寵多者譏,才下而位高者危,無大功而有厚祿者微,故物或益之而損,或損之而益。眾人皆知利利,而不知病病,唯聖人知病之為利,利之為病。故再實之木其根必傷,掘藏之家其後必殃,夫大利者反為害,天之道也。

老子が言った。德少なくして寵多き人は譏られ、才下にして位高き人は危し、大功なくして厚祿有る人は衰微す。故に物は或る時は之を增益して反りて損し、或る時は之を減損して反りて益す。衆人は皆な利の利を知るも、病の病を知らず。ただ聖人のみ病は利たり得、利は病たり得るを知る。故に一年に兩度果實を結ぶ樹は、根必ず傷を受く。人の藏葬を掘る人家は、後代必ず殃を遭う。大利は反りて害と成る、是れ天の道なり。

老子曰:小人從事曰苟得,君子曰苟義。為善者,非求名者也,而名從之,名不與利期,而利歸之,所求者同,所極者異,故動有益則損隨之。言無常是,行無常宜者,小人也;察於一事,通於一能,中人也;兼覆而並有之,技能而才使之者,聖人也。

老子が言った。小人は事を爲してただ獲得を求むと說き、君子はただ義に合せんを求むと說く。善を爲す人は、名を求めるに非ざれど、名は跟いて來る。名は並びに利と相約せざれど、利は之に歸向す。求むる所同じくして、到る所同じからず。故に動いて益有れば、損之に跟う。言に常是なく行に常宜なきは、小人なり。一事に察し一能に通ずるは、中人なり。兼覆し一幷に之を有し、技能と才に按じて使用するは、聖人なり。

老子曰:生所假也,死所歸也,故世治即以義衛身,世亂即以身衛義,死之日,行之終也,故君子慎一用之而已矣。故生受於天也,命所遭於時也,有其才不遇其世,天也,求之有道,得之在命。君子能為善不能必得其福,不忍而為非而未必免於禍,故君子逢時即進,得之以義,何幸之有!不時即退,讓之以禮,何不幸之有!故雖處貧賤而猶不悔者,得其所貴也。

老子が言った。生は借る所、死は歸する所。故に世治まれば義を以て身を護り、世亂るれば身を以て義を護る。死の日は、行の終結、故に君子は此の一度の使用に謹愼するのみ。生は天より受け、命は遭遇する所の時。其の才有りて其の世に遇わざるは、天なり。之を求むるに道あり、之を得るは命に在り。君子は能く善を爲すも、必ず福を得る能わず。非を爲すに忍びざるも、未だ必ずしも禍を免れず。故に君子は時に逢えば進み、義を以て得、何の僥倖あらん。時に逢わざれば退き、禮を以て辭讓し、何の不幸あらん。故に雖も貧賤に處るも尚お悔いざるは、其の重んずる所を得たればなり。

老子曰:人有順逆之氣生於心,心治則氣順,心亂則氣逆,心之治亂在於道德,得道則心治,失道則心亂,心治則交讓,心亂則交爭,讓則有德,爭則生賊,有德則氣順,賊生則氣逆,氣順則自損以奉人,氣逆則損人以自奉,二氣者可道已而制也。天之道其猶響之報聲也,德積則福生,禍積則怨生,官敗於官茂,孝衰於妻子,患生於憂解,病甚於且瘉,故“慎終如始,無敗事也。”

老子が言った。人に順逆の氣ありて心より生出す、心治まれば氣順い、心亂るれば氣逆す。心の治亂は道德に在り、道を得れば心治まり、道を失えば心亂る。心治まれば互相辭讓し、心亂るれば互相爭奪す、讓れば則ち德有り、爭えば則ち賊を生ず、德有れば則ち氣順い、賊生ずれば則ち氣逆す。氣順えば則ち己を減損して人に奉り、氣逆せば則ち人を減損して己に奉る。此の兩種の氣は、道を以て制約す可し。天の道は回響が聲に報ゆるが如く、德積めば則ち福生じ、禍積めば則ち怨生ず。官は宦成に敗れ(底本「官茂」に作る、當に「宦成」と讀むべし)、孝は妻子に衰え、患は憂解に生じ、病は將に愈えんとする時に甚だし。故に「若し最後に至るも尚お開始の如く謹愼ならば、敗敗の事有るなし」と。

老子曰:舉枉與直,如何不得,舉直與枉,勿與遂往,所謂同汙而異泥者。

老子が言った。枉なるを舉用して直なると放ち置けば、何ぞ得ざらん。直なるを舉用して枉なると放ち置けば、跟い一直に走下去る勿れ。所謂同じく污泥にして泥質同じからず。

老子曰:聖人同死生,愚人亦同死生,聖人同生死,明於分理,愚人同生死,不知利害之所在。道懸天,物布地,和在人,人主不和即天氣不下,地氣不上,陰陽不調,風雨不時,人民疾飢。

老子が言った。聖人は死生を相同じと看る、愚人も亦た死生を相同じと看る。聖人の死生を同じくするは、分理に明なるなり。愚人の死生を同じくするは、利害が何處に在るかを知らざるなり。道は天に懸かり、物は地に布き、和は人に在り。人主和せざれば、天氣下らず、地氣上らず、陰陽調わず、風雨時ならず、人民疾病飢餓す。

老子曰:得萬人之兵,不如聞一言之當,得隋侯之珠,不如得事之所由,得和氏之璧,不如得事之所適。天下雖大,好用兵者亡,國雖安,好戰者危,故“小國寡民,使有阡陌之器而勿用。”

老子が言った。萬人の兵を得るは、一句の當たれる話を聞くに如かず。隋侯之珠を得るは、事の緣由を得るに如かず。和氏之璧を得るは、事の適宜處を得るに如かず。天下雖も大なりとも、兵を好んで用うれば滅亡す。國雖も安なりとも、戰を好めば危し。故に「國家は小さくし、百姓は少なくし、雖も什伯之器あっても使用せず」(底本「阡陌之器」に作る、老子は「什伯之器」に作る)。

老子曰:能成霸王者,必勝者也,能勝敵者,必強者也,能強者,必用人力者也,能用人力者,必得人心者也,能得人心者,必自得者也,自得者,必柔弱者已。能勝不如己者,至於若己者而挌,柔勝出於若己者,其事不可度,故能眾不勝,成大勝者也。

老子が言った。能く霸王を成すは、必ず能く勝つなり。能く敵に勝つは、必ず強なり。能く強なりは、必ず人力を用うるなり。能く人力を用うるは、必ず人心を得るなり。能く人心を得るは、必ず自得するなり。自得するは、必ず柔弱なり。能く己に如かざるに勝つは、己と相當するに至れば則ち格斗す。柔弱は己と相當するに勝てば、其の事は測度す可からず、故に能く衆人に對して皆な硬勝に往かずして、大勝を成就す。

卷八

老子曰:清虛者,天之明也,無為者,治之常也,去恩惠,舍聖智,外賢能,廢仁義,滅事故,棄佞辯,禁姦偽,則賢不肖者齊於道矣。靜則同,虛則通,至德無為,萬物皆容,虛靜之道,天長地久,神微周盈,於物無宰。十二月運行,周而復始,金木水火土,其勢相害,其道相待。故至寒傷物,無寒不可,至暑傷物,無暑不可,故可與不可皆可,是以大道無所不可,可在其理,見可不趨,見不可不去,可與不可,相為左右,相為表裡。凡事之要,必從一始,時為之紀,自古及今,未嘗變易,謂之天理。上執大明,下用其光,道生萬物,理於陰陽,化為四時,分為五行,各得其所,與時往來,法度有常,下及無能,上道不傾,群臣一意,天地之道無為而備,無求而得,“是以知其無為而有益也。”

老子が言った。清虛は、天の明なり。無爲は、治の常なり。恩惠を去り、聖智を捨て、賢能を外に放ち、仁義を廢し、事故を滅し、佞辯を抛弃し、奸僞を禁止せば、則ち賢と不肖と皆な道に齊し。靜なれば則ち同じ、虛なれば則ち通ず、至德無爲、萬物皆な容る能し。虛靜の道は、天長地久、神微周盈、物に對して主宰なし。十二月運行し、周而復始し、金木水火土、其の勢相害し、其の道相待つ。故に極寒物を傷るも、寒なければ又た不可なり。極暑物を傷るも、暑なければ又た不可なり。是の故に可と不可と可とするは、大道に不可なく、可は那の理に在り。可を見て趨赴せず、不可を見て離去せず、可と不可と互相左右と爲し、互相表裏と爲す。凡事の要は、必ず一より始まり、時を以て紀と爲し、古より今に至りて未だ嘗て變易せず、天理と謂う。上は大明を執り、下は其の光を用い、道は萬物を生じ、陰陽に理し、四時に化し、五行に分かち、各其の所を得、時と往來し、法度常有り、下は無能に及び、上道傾かず、群臣一意。天地の道は無爲にして完備し、求むるなくして得、「是の故に無爲は有益有るを知る」と。

老子曰:樸,至大者無形狀,道,至大者無度量,故天員不中規,地方不中矩。往古來今謂之宙,四方上下謂之宇,道在中而莫知其所,故見不遠者,不可與言大,知不博者,不可與論至。夫岙道與物通者,無以相非,故三皇五帝法籍殊方,其得民心一也。若夫規矩勾繩,巧之具也,而非所以巧也,故無絃雖師文不能成其曲,徒絃則不能獨悲,故絃,悲之具也,非所以為悲也。至於神和,遊於心手之間,放意寫神,論愛而形於絃者,父不能以教子,子亦不能受之於父,此不傳之道也。故肅者形之君也,而寂寞者音之主也。

老子が言った。朴は、至大にして形狀なし。道は、至大にして度量なし。故に天圓規に合せず、地方矩に合せず。往古來今を宙と謂い、四方上下を宇と謂う、道其の中に在りて人其の在る所を知る者なし。故に見遠からざるは、彼と大を言う可からず。知博からざるは、彼と至を論ず可からず。那の道が物と相通ずるは、互相非難する由なし(底本「岙道」に作る、當に「夫道」と讀むべし)。故に三皇五帝の法籍方向同じからずして、民心を得るは却って一樣なり。規矩勾繩に至れば、巧の器具なるも、巧を爲す所以の本身に非ず。故に弦なければ、雖も師文も曲を成す能わず。弦のみ有りても、獨り悲哀する能わず。故に弦は悲の器具、悲を爲す所以の本身に非ず。神和に至れば、心手の間に游び、意を放ち神を寫し、愛を論述して弦に形するは、父以て子に教う能わず、子も父より接受する能わず、此れ不傳の道なり。故に肅は形の君、寂寞は音の主なり。

老子曰:天地之道,以德為主,道為之命,物以自正。至微甚內,不以事貴,故不待功而立,不以位為尊,不待名而顯,不須禮而莊,不用兵而強。故道立而不教,明照而不察,道立而不教者,不奪人能也,明照而不察者,不害其事也。夫教道者,逆於德,害於物,故陰陽四時,金木水火土,同道而異理,萬物同情而異形。智者不相教,能者不相受,故聖人立法,以導民之心,各使自然,故生者無德,死者無怨。天地不仁,以萬物為芻狗,聖人不仁,以百姓為芻狗。夫慈愛仁義者,近狹之道也,狹者入大而迷,近者行遠而惑,聖人之道,入大不迷,行遠不惑,常虛自守,可以為極,是謂天德。

老子が言った。天地の道は、德を以て主と爲し、道は之に命を與え、物是に因りて自ら正し。至微は甚だ內裏に在り、事に因りて貴とせず、故に功を待たずして立ち、位を以て尊と爲さず、名を待たずして顯れ、禮を須とせずして莊、兵を用いずして強し。故に道立ちて教えず、明照して苛察せず。道立ちて教えざるは、人の能を奪わざるなり。明照して苛察せざるは、那の事を害せざるなり。那の教道するは、德に逆い、物に害す。故に陰陽四時、金木水火土、道を同じくして理を異にし、萬物情を同じくして形を異にす。智ある者は相教えず、能ある者は相受けず。故に聖人は法を立て、以て民の心を導き、各自然を使す、故に生きる者は感ずべき德なく、死する者は怨なし。天地は偏愛する所なく、萬物を皆な祭祀に用う草扎の狗の如くに作り、其の自生自滅に任す。聖人も亦た偏愛する所なく、百姓を皆な草扎の狗の如くに作り、其の自然生息に任す。那の慈愛仁義は、近狹の道なり。狹きは大に入れば迷い、近きは遠に走れば惑う。聖人の道は、大に入りて迷わず、遠に走りて惑わず、常に虛を自守し、以て極を爲す可し、此を天德と謂う。

老子曰:聖人天覆地載,日月照臨,陰陽和,四時化,懷萬物而不同,無故無新,無疏無親,故能法天者,天不一時,地不一材,人不一事,故緒業多端,趨行多方。故用兵者,或輕或重,或貪或廉,四者相反,不可一也,輕者欲發,重者欲止,貪者欲取,廉者不利非其有也。故勇者可令進鬥,不可令持堅,重者可令固守,不可令凌敵,貪者可令攻取,不可令分財,廉者可令守分,不可令進取,信者可令持約,不可令應變,五者,聖人兼用而材使之。夫天地不懷一物,陰陽不產一類,故海不讓水潦以成其大,山林不讓枉橈以成其崇,聖不辭其負薪之言以廣其名。夫守一隅而遺萬方,取一物而棄其餘,則所得者寡,而所治者淺矣。

老子が言った。聖人は天覆い地載せ、日月照臨し、陰陽和し、四時化し、萬物を懷抱して相同じからず、故なく新なく、疏なく親なし。故に能く天に法るは、天は一時に非ず、地は一材に非ず、人は一事に非ず、故に緒業多端、趨行多方。故に兵を用うるは、或いは輕或いは重、或いは貪或いは廉、四者相反し、一律す可からず。輕は發せんと欲し、重は止まんと欲し、貪は取らんと欲し、廉は其の所有に非ざるを以て利と爲さず。故に勇は進斗せしむ可し、持守堅城せしむ可からず。重は固守せしむ可し、敵を凌ぐせしむ可からず。貪は攻取せしむ可し、財を分かつせしむ可からず。廉は分を守らしむ可し、進取せしむ可からず。信は約を持たしむ可し、變に應ぜしむ可からず。此の五者は、聖人兼用して材に按じて使す。天地は一種の物を懷抱せず、陰陽は一類を產せず、故に海は水潦を辭讓せず其の大を成し、山林は枉橈を辭讓せず其の高を成し、聖人は負薪者の言を辭せず其の名を廣む。一隅を守りて万方を遺れば、一物を取りて其の餘を棄つれば、則ち得る所寡くして、治むる所淺し。

老子曰:天之所覆,地之所載,日月之所照,形殊性異,各有所安,樂所以為樂者,乃所以為悲也,安所以為安者,乃所以為危也。故聖人之牧民也,使各便其性,安其居,處為其所能,周其所適,施其所宜,如此即萬物一齊,無由相過。天下之物,無貴無賤,因其所貴而貴之,物無不貴,因其所賤而賤之,物無不賤,故不尚賢者,言不放魚於木,不沈鳥於淵。昔堯之治天下也,舜為司徒,契為司馬,禹為司空,后稷為田疇,奚仲為工師,其導民也,水處者漁,林處者採,谷處者牧,陵處者田,地宜事,事宜其械,械宜其材,皋澤織網,陵坡耕田,如是外民得以所有易所無,以所工易所拙。是以離叛者寡,聽從者眾,若風之過蕭,忽然而感之,各以清濁應,物莫不就其所利,避其所害。是以鄰國相望,雞狗之音相聞,而足跡不接於諸侯之境,車軌不結於千里之外,皆安其居也。故亂國若盛,治國若虛,亡國若不足,存國若有餘。虛者,非無人也,各守其職也,盛者,非多人也,皆徼於未也,有餘者,非多財也,欲節事寡也,不足者,非無貨也,民鮮而費多也,故先王之法,非所作也,所因也,其禁誅,非所為也,所守也,上德之道也。

老子が言った。天の覆う所、地の載する所、日月の照る所、形殊に性異にして、各安んずる所有り。樂む所の爲樂なるは、乃ち悲を爲す所以なり。安んずる所の爲安なるは、乃ち危を爲す所以なり。故に聖人民を牧して、各其の性に便く、其の居に安んじ、能くする所に處り、適う所に周遍し、宜しき所を施行せしむれば、斯く萬物一齊にして、互相越過する由なし。天下の物は、貴なく賤なし、其の貴ぶ所に因りて之を貴ぶれば、物貴からざるなし。其の賤しむ所に因りて之を賤しめば、物賤からざるなし。故に賢能を標榜せざるは、魚を樹上に放たず、鳥を淵裏に沈めざるを謂うなり。昔者堯天下を治め、舜を司徒と爲し、契を司馬と爲し、禹を司空と爲し、后稷田疇を管し、奚仲を工師と爲す。其の民を導くや、水に處るは漁し、林に處るは採し、谷に處るは牧し、陵に處るは田し、地は事に宜しく、事は械に宜しく、械は材に宜しく、皋澤は網を織り、陵坡は田を耕し、斯く化外の民は所有を以て所無を換え、所工を以て所拙を換るを得たり。是の故に離叛するは少なく、聽從するは衆く、風が簫を吹き過ぐるが如く、忽然として之を感じ、各自清濁を以て相應す、物は其の利に趨き其の害を避けざるなし。是の故に鄰近の國家は彼此相望え、雞鳴狗吠の聲音は彼此聽得す、然るに足跡は諸侯之境に接せず、車軌は千里之外に結ばず、皆な其の居に安んず。故に亂國は盛の如く、治國は虛の如く、亡國は不足の如く、存國は有餘の如し。虛は、人なきに非ず、各其の職を守るなり。盛は、人多きに非ず、皆な末に求取するなり。有餘は、財多きに非ず、欲節して事少なきなり。不足は、貨なきに非ず、民少なくして費多きなり。故に先王の法は、創作する所に非ず、因る所なり。其の禁誅は、爲する所に非ず、守る所なり。此れ上德の道なり。

老子曰:以道治天下,非易人性也,因其所有而循暢之,故因即大,作即小。古之瀆水者,因水之流也,生稼者,因地之宜也,征伐者,因民之慾也,能因則無敵於天下矣。物必有自然而人事有治也,故先王之製法,因民之性而為之節文,無其性,不可使順教,無其資,不可使遵道。人之性有仁義之資,其非聖人為之法度,不可使向方,因其所惡以禁姦,故刑罰不用,威行如神,因其性即天下聽從,怫其性即法度張而不用。道德者,則功名之本也,民之所懷也,懷之則功名立。古之善為君者法江海,江海無為以成其大,窪下以成其廣,故能長久,為天下谿谷,其德乃足,無為能取百川,不求故能得,不行故能至,是以取天下而無事。不自奉故富,不自見故明,不自矜故長,處不肖之地,故為天下王,不爭故莫能與之爭,終不為大故能成其大,江海近於道,故能長久,與天地相保。公正脩道,即功成不有,不有即強固,強固而不以暴人,道深即德深,德深即功名遂成,此謂玄德深矣!遠矣!其與物反矣!天下有始,莫知其理,唯聖人能知所以,非雄非雌,非牝非牡,生而不死,天地以成,陰陽以形,萬物以生。故陰與陽,有員有方,有短有長,有存有亡,道為之命,幽沉而光事,於心甚微,於道甚當,死生同理,萬物變化,合於一道。簡生忘死,何往不壽,去事與言,慎無為也。守道周密,於物不宰,至微無形,天地之始,萬物同於道而殊形,至微無物,故能周恤,至大無外,故為萬物蓋,至細無內,故為萬物貴。道之存生,德之安形,至道之度,去好去惡,無有知故,易意和心,無以道迕。夫天地專而為一,分而為二,交而合之,上下不失,專而為一,分而為五,反而合之,必中規矩。夫道至親不可疏,至近不可遠,求之近者,往而復反。

老子が言った。道を用いて天下を治むるは、人の性を改易するに非ず、其の固有する所に因りて之に循いて暢達せしむるなり。故に因れば則ち大、造作すれば則ち小。古の水道を疏通するは、水の流に因る。莊稼を生ずるは、地の宜に因る。征伐するは、民の欲に因る。能く因れば天下に敵なし。物必ず自然有りて人事に治有り。故に先王法を制し、民の性に因りて之が爲に節文を爲す。其の性なければ、教に順從せしむ可からず。其の資なければ、道を遵うせしむ可からず。人の性に仁義の資あり、若し聖人其の爲に法度を設立せざれば、方正に趨向せしむ可からず。其の惡む所に因りて奸を禁ずれば、故に刑罰用いずして、威行神の如し。其の性に因れば則ち天下聽從し、其の性に逆えば則ち法度張設して用いられず。道德は、功名の本、民の歸向する所、之に歸向すれば則ち功名立つ。古の善く君を爲すは江海に效法す。江海は無爲を以て其の大を成し、窪下して其の廣を成す、故に能く長久し、天下の谿谷を爲し、其の德乃ち充足す。無爲は能く百川を取り、求めざる故に能く得、行かざる故に能く至り、是の故に天下を取得して事なし。自ら奉養せざる故に富み、自ら顯露せざる故に明なり、自高自大せざる故に長久し、不肖の地に處る、故に天下の王と爲る。正に人と爭わざるを以て、故に天下彼と爭う能う者なし。終に大を爲さざる故に能く其の大を成す。江海は道に近し、故に能く長久し、天地と相保す。公正に道を修めば、則ち功成りて據有せず、據有せざれば則ち強固、強固にして用いて人に暴を施さず。道深ければ則ち德深く、德深ければ則ち功名遂成す。此を玄德と謂う、深し、遠し、其れ物と相反す。天下萬物皆な一箇の起始有り、其の理を知る者なし、ただ聖人のみ能く所以を知る。雄に非ず雌に非ず、牝に非ず牡に非ず、生じて死せず、天地是に因りて成り、陰陽是に因りて形し、萬物是に因りて生ず。故に陰と陽とは、圓あり方あり、短あり長あり、存あり亡あり、道之に命を與え、幽沈して事を光せり、心に於いて甚だ微に、道に於いて甚だ當たり、死生同理、萬物變化、一道に合す。生を簡にし死を忘れば、何往に壽ならざらん。事と言を去り、無爲に愼す。道を守り周密、物に對して主宰せず。至微形なく、是れ天地の始。萬物道に同じくして形殊なり。至微物なし、故に能く周恤す。至大外なし、故に萬物の蓋を爲す。至細內なし、故に萬物に貴ばる。道は以て生を存し、德は以て形を安んず。至道の度は、好を去り惡を去り、巧智の緣故なく、心意を平易にし其の心を和し、道を以て迕逆せず。天地は專にして一體と爲り、分かちて二と爲り、交りて之を合し、上下失わず。專にして一と爲り、分かちて五と爲り、反りて之を合すれば、必ず規矩に中る。道は至親にして疏す可からず、至近にして遠ざく可からず、近處に向かいて求むるは、去りて又た復歸し回來る。

老子曰:帝者有名,莫知其情,帝者貴其德,王者尚其義,霸者迫於理。聖人之道,於物無有,道挾然後任智,德薄然後任形,明淺然後任察。任智者中心亂,任刑者上下怨,任察者下求善以事上即弊。是以聖人因天地以變化,其德乃天覆而地載,道之以時,其養乃厚,厚養即治,雖有神聖,人何以易之。去心智,故省刑罰,反清靜,物將自正。道之為君如屍,儼然玄默,而天下受其福,一人被之不褒,萬人被之不褊。是故重為惠,重為暴,即道迕矣。為惠者佈施也,無功而厚賞,無勞而高爵,即守職懈於官,而遊居者亟於進矣。夫暴者妄誅也,無罪而死亡,行道者而被刑,即脩身不勸善,而為邪行者輕犯上矣。故為惠者即生姦,為暴者即生亂,姦亂之俗,亡國之風也。故國有誅者而主無怒也,朝有賞者而君無與也,誅者不怨君,罪之當也,賞者不德上,功之致也,民知誅賞之來,皆生於身,故務功脩業,不受賜於人,是以朝廷蕪而無跡,田野闢而無穢,故太上下知而有之。王道者,處無為之事,行不言之教,清靜而不動,一度而不搖,因循任下,責成不勞,謀無失策,舉無過事,言無文章,行無儀表,進退應時,動靜循理,美醜不好憎,賞罰不喜怒。名各自命,類各自以,事由自然,莫出於己,若欲狹之,乃是離之,若欲飾之,乃是賊之。天氣為魂,地氣為魄,反之玄妙,各處其宅,守之勿失,上通太一,太一之精,通合於天。天道嘿嘿,無容無則,大不可極,深不可測,常與人化,智不能得,輪轉無端,化逐如神,虛無因循,常後而不先。其聽治也,虛心弱志,清明不闇,是故群臣輻湊並進,無愚智賢不肖,莫不盡其能,君得所以制臣,臣得所以事君,即治國之所以明矣。

老子が言った。帝者に名あり、其の情實を知る人なし。帝者は其の德を貴び、王者は其の義を尚び、霸者は理に迫られん。聖人の道は、物に於いて據有なし。道狹し然る後に智を任用し、德薄し然る後に刑を任用し(底本「任形」に作る、當に「任刑」と讀むべし)、明淺し然る後に察を任用す。智を任ずるは中が心亂れ、刑を任ずるは上下怨み、察を任ずるは下が善を求めて上に事えば則ち弊す。是の故に聖人は天地に因りて變化し、其の德才は天覆い地載せ、時に按じて道えば、其の養才厚く、厚養すれば則ち治まり、雖も神聖有りとも、人は何を以て之を改易せん。心智を去り、故に刑罰を省き、清靜に返回せば、物將に自ら正からん。道は君を爲すこと尸主の如く、儼然玄默にして、天下其の福を受く、一人之を被れば褒大を覺えず、萬人之を被れば褊狹を覺えず。是の故に惠を施すを重んじ、暴を施すを重んずれば、則ち道と迕逆す。惠を施すは布施、功なくして厚賞し、勞なくして高爵すれば、則ち職を守るは官に懈怠し、游居するは進に急ぐ。暴は妄に誅殺を加え、罪なくして死亡し、道を行う者却って刑せらるれば、則ち身を修むるは善に勸めず、邪行を爲すは上を輕易に犯す。故に惠を施せば則ち奸を生じ、暴を施せば則ち亂を生ず、奸亂の俗は、亡國の風なり。故に國に誅ありて主怒りなく、朝に賞ありて君私與なし。誅せらるるは君を怨まず、罪は相當なればなり。賞を受くるは上の德を感ぜず、功は自ら致す所なればなり。民は誅賞の來るは皆な自身に生ずと知る、故に功を務め業を修め、人より賜を受けず。是の故に朝廷蕪して迹なく、田野開闢して穢なし。故に最良の君主は、百姓はただ其の斯くある人を知るのみ。王道は、事に處るに一概に無爲の方式を用い、言語を用いざる教化を施行し、清靜して動かず、一度して摇れず、因循して下を任用し、責成して勞せず、謀に失策なく、舉に過事なく、言に文章なく、行に儀表なく、進退時に應じ、動靜理に循い、美醜好憎せず、賞罰喜怒せず。名各自命じ、類各自以爲し、事は自然に由り、己に出づるなし。若し之を狹めんと欲すれば、乃ち之を離れん。若し之を飾らんと欲すれば、乃ち之を賊す。天氣を魂と爲し、地氣を魄と爲し、那の玄妙に返回し、各其の宅に處り、守りて失わず、上は太一に通ず。太一之精は、天に通合す。天道默默、容なく則なく、大は極む可からず、深は測る可からず、常に人と化し、智能く得られず、輪轉端なく、化逐神の如く、虛無因循、常に後にして先せず。其の聽治は、心を虛くし志を弱くし、清明して暗からず。是の故に群臣は輻湊して幷び進むが如く、愚智賢不肖を論わず、其の能を盡さざるなし。君は臣を制する所以を得、臣は君に事える所以を得れば、則ち國を治むる明らかなる所以なり。

老子曰:知而好問者聖,勇而好問者勝,乘眾人之智者即無不任也,用眾人之力者即無不勝也,用眾人之力者,烏獲不足恃也,乘眾人之勢者,天下不足用也。無權不可為之勢,而不循道理之數,雖神聖人不能以成名。故聖人舉事,未嘗不因其資而用之也,有一形者處一位,有一能者服一事,力勝其任,即舉者不重也,能勝其事,即為者不難也。聖人兼而用之,故人無棄人物無棄材。

老子が言った。知りて問うを好むは聖、勇にして問うを好むは能く勝つ。衆人の智に乘れば則ち任用す能わざるなく、衆人の力を用うれば則ち勝つ能わざるなし。衆人の力を用うれば、烏獲は賴るに足らず。衆人の勢に乘れば、天下は用うるに足らず。權變爲す可からざる勢なくとも、道理の數に循わざれば、雖も神聖の人も名を成す能わず。故に聖人事を舉ぐるは、未だ嘗て其の資に因らずして來り用わず。一種の形有れば一箇の位に處り、一種の能有れば一件の事に服す。力其の任に勝てば、舉ぐるは重からず。能其の事に勝てば、做すは難からず。聖人兼ねて之を用う、故に人に棄てらるる人なく、物に棄てらるる材なし。

老子曰:所謂無為者,非謂其引之不來,推之不去,迫而不應,感而不動,堅滯而不流,捲握而不散,謂其私志不入公道,嗜慾不枉正術,循理而舉事,因資而立功,推自然之勢,曲故不得容,事成而身不伐,功立而名不有,若夫水用舟,涉用䦊,泥用輴,山用樏,夏瀆冬陂,因高為山,因下為池,非吾所為也。聖人不恥身之賤,惡道之不行也,不憂命之短,憂百姓之窮也,故常虛而無為,抱素見樸,不與物雜。

老子が言った。所謂無爲とは、之を引きて來らず、之を推して去らず、迫りて應ぜず、感じて動かず、堅滯して流れず、卷握して散ぜずを謂うに非ず。私志公道に入らず、嗜欲正術を枉曲せず、理に循いて事を舉げ、資に因りて功を立て、自然の勢を推し、曲巧の緣故容るるを得ず、事成りて身自ら誇らず、功立ちて名據有せざるを謂うなり。水に於いては舟を用い、沙に涉るには橇を用い(底本「䦊」に作る)、泥には輴を用い、山には樏を用い、夏は溝を挖り冬は陂を作り、高に因りて山を爲し、下に因りて池を爲す、我の爲す所に非ず。聖人は身の賤を恥とせず、惡むは道の行われざるなり。命の短きを憂えず、憂うるは百姓の窮なり。故に常に虛にして無爲、素を抱き朴を見、物と雜らず。

老子曰:古之立帝王者,非以奉養其欲也,聖人踐位者,非以逸樂其身也,為天下之民,強陵弱,眾暴寡,詐者欺愚,勇者侵怯,又為其懷智不以相教,積財不以相分,故立天子以齊一之。一人之明,不能遍照海內,故立三公九卿以輔翼之。為絕國殊俗,不得被澤,故立諸侯以教誨之。是以天地四時無不應也,官無隱事,國無遺利,所以衣寒食飢,養老弱,息勞倦,無不以也。神農形悴,堯瘦虞,舜黧黑,禹胼胝,伊尹負鼎而幹湯,呂望鼓刀而入周,百里奚傳賣,管仲束縛,孔子無黔突,墨子無煖席,非以貪祿慕位,將欲事起於天下之利,除萬民之害也。自天子至於庶人,四體不勤,思慮不困,於事求贍者,未之聞也。

老子が言った。古の帝王を立つるは、以て其の欲を奉養するに非ず。聖人位を踐むは、以て其の身を逸樂するに非ず。天下の民は、強は弱を欺凌し、衆は寡を暴虐し、詐は愚を欺き、勇は怯を侵すを以て、又た智を懷くは以て相教えず、財を積むは以て相分かたざるを以てなり、故に天子を立てて之を齊一す。一人の明は、海內を遍照する能わず、故に三公九卿を立てて輔翼す。絕國殊俗澤を被るを得ざるを以て、故に諸侯を立てて教誨す。是の故に天地四時應ぜざるなく、官に隱事なく、國に遺利なく、以て寒に穿たせ、飢に食わせ、老弱を養い、勞倦を息ませ、用いざるなし。神農形悴せ、堯瘦瘠し、舜黧黑し、禹手脚に繭を生じ、伊尹鼎を背にして湯に求め、呂望刀を鼓して周に入り、百里奚轉賣せられ、管仲捆綁せられ、孔子燻黑の烟囱なく、墨子暖席なし、祿を貪り位を慕うに非ず、想うは天下の利を興し萬民の害を除く事に從うに在り。天子より庶人に至るまで、四體勤めず思慮困らずして、事に對して充足を求むるは、聞いたことなし。

老子曰:所謂天子者,有天道以立天下也。立天下之道,執一以為保,反本無為,虛靜無有,忽恍無際,遠無所止,視之無形,聽之無聲,是謂大道之經。

老子が言った。所謂天子は、天道有りて天下を立つ。天下を立つる道は、一を執りて保と爲し、本根に返回して無爲、虛靜して據有なく、忽恍して邊際なく、遠くして止まる所なく、之を視れど形なく、之を聽けど聲なし、此を大道の經と謂う。

老子曰:夫道者,體員而法方,背陰而抱陽,左柔而右剛,履幽而戴明,變化無常,得一之原,以應無方,是謂神明。天員而無端,故不得觀,地方而無涯,故莫窺其門,天化遂無形狀,地生長無計量。夫物有勝,唯道無勝,所以無勝者,以其無常形勢也,輪轉無形,象日月之運行,若春秋之代謝,日月之晝夜,終而復始,明而復晦,制形而無形,故功可成,物物而不物,故勝而不屈。廟戰者帝,神化者王,廟戰者法天道,神化者明四時,修正於境內,而遠方懷德,制勝於未戰,而諸侯賓服也。古之得道者,靜而法天地,動而順日月,喜怒合四時。號令比雷霆,音氣不戾八風,詘伸不獲五度。因民之慾,乘民之力,為之去殘除害,夫同利者相死,同情者相成,同行者相助,循己而動,天下為鬥。故善用兵者,用其自為用,不能用兵者,用其為己用,用其自為用,天下莫不可用,用其為己用,無一人之可用也。

老子が言った。道は、圓を體して方に法り、陰を背にして陽を抱き、左柔にして右剛、幽を履みて明を戴き、變化常なく、一の本原を得て、以て方向なきに應ず、此を神明と謂う。天圓にして端なく、故に其の全を觀るを得ず。地方にして涯なく、故に其の門を窺見する人なし。天は化遂して形狀なく、地は生長して計量なし。物に勝つ可き有り、ただ道のみ勝つ可きなし。故に勝つ可きなきは、其の常の形勢なきを以てなり、輪轉形なく、日月の運行の如く、春秋の代謝の如く、日月の晝夜、終わりて復始し、明りて復晦む。形を制して自身無形、故に功成す可し。物を物として自身物と爲らず、故に勝ちて屈せず。廟戰するは帝と爲り、神化するは王と爲る。廟戰は天道に法り、神化は四時を明らかにす。境內に修正して、遠方德を懷く。未戰に制勝して、諸侯賓服す。古の道を得るは、靜にして天地に法り、動いて日月に順い、喜怒は四時に合し、號令は雷霆に比し、音氣は八風に戾らず、屈伸は五度に違背せず。民の欲に因り、民の力に乘り、彼らの爲に殘を除き害を去る。同利は互相死し、同情は互相成し、同行は互相助け、己に循いて動けば、天下彼の爲に鬪う。故に善く兵を用うるは、彼らを用いて己が爲に用う。能く兵を用いざるは、彼らを用いて己に用えらる。彼らを用いて己が爲に用うれば、天下に用う可からざるなし。彼らを用いて己に用えられれば、一個人も用う可きなし。

卷九

老子曰:治身,太上養神,其次養形,神清意平,百節皆寧,養生之本也,肥肌膚,充腹腸,供嗜慾,養生之末也。治國,太上養化,其次正法,民交讓爭處卑,財利爭受少,事力爭就勞,日化上而遷善,不知其所以然,治之本也,利賞而勸善,畏刑而不敢為非,法令正於上,百姓服於下,治之末也,上世養本,而下世事末。

老子が言った。身を治むるは、最上は神を養い、其の次は形を養う。神清く意平らか、百節皆な安寧、是れ養生の本なり。肌膚を肥やし、腹腸を充し、嗜欲を供すは、養生の末なり。國を治むるは、最上は化を養い、其の次は法を正す。民互相辭讓し、卑に處るを爭い、財利は少なきを受くるを爭い、事力は勞に就くを爭い、日に上に化せられて善に遷り、然らしむる所以を知らず、是れ治の本なり。利賞を以て善を勸め、刑を畏れて爲非せずを敢えてせず、法令は上に正しく、百姓は下に服すは、治の末なり。上世は本を養い、下世は末に從事す。

老子曰:欲治之主不世出,可與治之臣不萬一,以不世出求不萬一,此至治所以千歲不一也。蓋霸王之功不世立也,順其善意,防其邪心,與民同出一道,則民可善,風俗可美。所貴聖人者,非貴其隨罪而作刑也,貴其知亂之所生也。若開其銳端,而縱之放僻淫佚,而棄之以法,隨之以刑,雖殘賊天下不能禁其姦矣。

老子が言った。治を欲する主は每の世代に出現せず、治と與す可き臣は萬人裏に一箇なし。世に出ざるを以て萬分の一を求むれば、此れ則ち至治の千年に一遇せざる所以なり。霸王の功も亦た每の世代に立たず。善意に順い、邪心を防備し、民と一道に同出すれば、則ち民善くす可し、風俗美しくす可し。聖人を貴ぶ所は、其の罪に隨いて刑を作るを貴ぶに非ず、其の亂の何處より生ずるかを知るを貴ぶなり。若し那の銳端を開き、彼らの放僻淫佚を放縱し、再用い法律を以て彼らを抛弃し、刑を用うるに隨えば、雖も天下を殘賊しても那の奸を禁ずる能わず。

老子曰:身處江海之上,心在魏闕之下,即重生,重生即輕利矣。猶不能自勝即從之,神無所害也,不能自勝而強不從,是謂重傷,重傷之人無壽類矣。故曰:知和曰常,知常曰明,益生曰祥,心使氣曰強,是謂玄同,用其光,復歸其明。

老子が言った。身江海の上に處り、心魏闕の下に在れば、則ち生を重んず、生を重んずれば則ち利を輕し。尚お己に勝つ能わざれば則ち之に順い、神害する所なし。己に勝つ能わずして強いて順わざれば、此を重傷と謂い、重傷の人は長壽の類なし。故に曰く、和諧を懂得すれば常と作り、常を懂得すれば明と作る、一味に生命を增益して反りて吉祥と認めらるるは實は災殃なり、心が氣を役使すれば強と作る。此を玄同と謂う。其の光を用い、再び其の內在の明に復歸す。

老子曰:天下莫易於為善,莫難於為不善。所謂為善者,靜而無為,適情辭餘,無所誘惑,循性保真,無變於己,故曰為善易也。所謂為不善難者,篡弒矯詐,躁而多欲,非人之性也,故曰為不善難也。今之以為大患者,由無常厭度量生也,故利害之地,禍福之際,不可不察。聖人無欲也,無避也,事或欲之,適足以失之,事或避之,適足以就之,志有所欲,即忘其所為,是以聖人審動靜之變,而適受與之度,理好憎之情,和喜怒之節。夫動靜得即患不侵也,受與適即罪不累也,理好憎即憂不近也,和喜怒即怨不犯也。體道之人不苟得,不讓禍,其有不棄,非其有不制,恆滿而不溢,常虛而易贍。故自當以道術度量,即食充虛,衣圉寒,足以溫飽七尺之形,無道術度量,而以自要尊貴,即萬乘之勢不足以為快,天下之富不足以為樂,故聖人心平志易,精神內守,物不能惑。

老子が言った。天下に善を爲すより容易なるはなく、不善を爲すより難なるはなし。所謂善を爲すは、靜にして無爲、情に適い餘多を辭し、誘惑する所なく、性に循い真を保ち、己に對して變なく、故に善を爲すは易しと曰う。所謂不善を爲す難きは、篡弑矯詐、躁して多欲、人の性に非ず、故に不善を爲すは難しと曰う。今大患と以爲するは、常なく、厭足、度量を產するに由る。故に利害の地、禍福の際は、察せざる可からず。聖人は欲なく、亦た避くるなし。事或る時は之を欲して、恰好以て之を失うに足る。事或る時は之を避けて、恰好以て之に就上するに足る。志欲する所有れば、則ち爲す所を忘る。是の故に聖人は動靜の變を審にし、受與の度を適え、好憎の情を理し、喜怒の節を和す。動靜當を得れば則ち患侵さず、受與適宜なれば則ち罪累さず、好憎を理すれば則ち憂近づかず、喜怒を和すれば則ち怨犯さず。道を體する者は苟得せず、當たるべき禍を推讓せず、其の所有に非ざるは抛弃せず、其の所有に非ざるは宰制せず、恒に滿ちて溢れず、常に虛にして容易に贍足す。故に自ら道術を以て度量すれば、則ち食は虛を充し衣は寒を御し、以て七尺の形を溫飽するに足る。道術度量なくして、自ら尊貴せんと欲すれば、則ち萬乘の勢以て快と爲すに足らず、天下の富以て樂と爲すに足らず。故に聖人は心平らかに志易く、精神內に守り、物惑う能わず。

老子曰:勝人者有力,自勝者強。能強者,必用人力者也,能用人力者,必得人心者也,能得人心者,必自得者也,未有得己而失人者也,未有失己而得人者也。故為治之本,務在安人,安人之本,在於足用,足用之本,在於不奪時,不奪時之本,在於省事,省事之本,在於節用,節用之本,在於去驕,去驕之本,在於虛無,故知生之情者,不務生之所無以為,知命之情者,不憂命之所無奈何。目悅五色,口惟滋味,耳淫五聲,七竅交爭,以害一性,日引邪欲竭其天和,身且不能治,奈治天下何,所謂得天下者,非謂其履勢位,稱尊號,言其運天下心,得天下力也,有南面之名,無一人之譽,此失天下也。故桀紂不為王,湯武不為放,故天下得道,在守四夷,天下失道,守在諸侯,諸侯得道,守在四境,諸侯失道,守在左右。故曰無恃其不吾奪也,恃吾不可奪也,行可奪之道,而非篡弒之行,無益於持天下矣。

老子が言った。人に戰勝するを有力と作り、己に戰勝するを乃ち強と作る。能く強なるは、必ず人力を用うるなり。能く人力を用うるは、必ず人心を得るなり。能く人心を得るは、必ず自得するなり。己を得て人を失うなく、己を失いて人を得るなし。故に治を爲す本は、務めて人を安んずるに在り。人を安んずる本は、用を足らすに在り。用を足らす本は、時を奪わざるに在り。時を奪わざる本は、事を省くに在り。事を省く本は、用を節するに在り。用を節する本は、驕を去るに在り。驕を去る本は、虛無に在り。故に生の情を知るは、生の從て爲す由なきを務めて求めず。命の情を知るは、命の如何ともする可からざるを憂えず。目は五色に悅び、口は滋味を貪り、耳は五聲に淫し、七竅交爭して、以て一性を害し、日に邪を引きて那の天然の和を竭さんと欲す、身尚お治むる能わず、何を以て天下を治めん。所謂天下を得るは、勢位を履み尊號を稱すを謂うに非ず、天下の心を運轉し天下の力を得るを謂うなり。南面の名有りて、一人の譽なきは、此れ天下を失うなり。故に桀、紂は王と算せず、湯、武は放逐と算せず。天下道を得れば、守は四夷に在り。天下道を失えば、守は諸侯に在り。諸侯道を得れば、守は四境に在り。諸侯道を失えば、守は左右に在り。故に曰く、人が我を奪わざるを仗る勿れ、我が奪わる可からざるを仗れと。奪わる可き道を實行して、篡弑の行に非ざるは、天下を持するに益なし。

老子曰:善治國者,不變其故,不易其常。夫怒者逆德也,兵者兇器也,爭者人之所亂也,陰謀逆德,好用兇器,治人之亂,逆之至也。非禍人不能成禍,不如挫其銳,解其紛,和其光,同其塵。人之性情皆願賢己而疾不及人,願賢己則爭心生,疾不及人則怨爭生,怨爭生則心亂而氣逆,故古之聖王退爭怨,爭怨不生則心治而氣順,故曰不尚賢使民不爭。

老子が言った。善く國を治むるは、其の故を變改せず、其の常を改易せず。怒は逆德、兵は凶器、爭は人の亂るる由るなり。陰謀逆德、凶器を好んで用い、以て人の亂を治むるは、逆の極致なり。人を祸害せざれば禍を成す能わず、鋒銳を挫去し、糾結を解開し、光芒を調和し、塵世に混同するに如かず。人の性情は皆な己が賢ならんと願い及ばざるを疾恨す。己が賢ならんと願えば則ち爭心生じ、及ばざるを疾恨すれば則ち怨爭生じ、怨爭生ずれば則ち心亂れて氣逆す。故に古の聖王は爭怨を退去し、爭怨生ぜざれば則ち心治まり氣順う。故に曰く、賢能を標榜せずして、百姓をして爭競せしめずと。

老子曰:治物者,不以物以和,治和者,不以和以人,治人者,不以人以君,治君者,不以君以欲,治欲者,不以欲以性,治性者,不以性以德,治德者,不以德以道。以道本人之性,無邪穢,久湛於物即忘其本,即合於若性。衣食禮俗者,非人之性也,所受於外也,故人性慾平,嗜慾害之,唯有道者能遺物反己。有以自鑒,則不失物之情,無以自鑒,則動而惑營。夫縱欲失性,動未嘗正,以治生則失身,以治國則亂人,故不聞道者無以反性。古者聖人得諸己,故令行禁止,凡舉事者,必先平意清神,神清意平,物乃可正。聽失於非譽,目淫於綵色,而欲得事正即難矣,是以貴虛。故水激則波起,氣亂則智昏,昏智不可以為正,波水不可以為平,故聖王執一,以理物之情性。夫一者,至貴無適於天下,聖王託於無適,故為天下命。

老子が言った。物を治むるは、物を以てせず和を以てす。和を治むるは、和を以てせず人を以てす。人を治むるは、人を以てせず君を以てす。君を治むるは、君を以てせず欲を以てす。欲を治むるは、欲を以てせず性を以てす。性を治むるは、性を以てせず德を以てす。德を治むるは、德を以てせず道を以てす。道を用いて人の性の本と爲せば、邪穢なし。久しく物に沉浸すれば那本を忘れ、則ち那の性に像たる者に合す。衣食禮俗は、人の性に非ず、外より受くる所なり。故に人性は平を欲し、嗜欲之を害す、ただ道有るのみ能く物を遺りて己に返回す。用いて自鑑する有れば、則ち物の情を失わず。用いて自鑑するなければ、則ち動いて惑營す。欲を縱じ性を失い、動いて未だ嘗て正しからず、以て生を治むれば則ち身を失い、以て國を治むれば則ち人を亂す。故に道を聞かざるは性に返回する由なし。古の聖人は己に之を得、故に令行われ禁止す。凡そ事を舉ぐるは、必ず先づ意を平らげ神を清くし、神清く意平らかなれば、物乃ち正す可し。聽は非譽に失し、目は彩色に淫し、然るに事正しきを得んと想えば難し、是の故に虛を貴ぶ。水激すれば則ち波起り、氣亂るれば則ち智昏く、昏智は以て正を爲す可からず、波水は以て平を爲す可からず。故に聖王は一を執りて、以て物の情性を治理す。一は、至貴にして天下匹敵なく、聖王は匹敵なきに托す、故に天下の命を爲す。

老子曰:陰陽陶冶萬物,皆乘一氣而生。上下離心,氣乃上蒸,君臣不和,五穀不登,春肅秋榮,冬雷夏霜,皆賊氣之所生也。天地之間,一人之身也,六合之內,一人之形也,故明於性者,天地不能脅也,審於符者,怪物不能惑也。聖人由近以知遠,以萬裡為一同,氣蒸乎天地,禮義廉恥不設,萬民莫不相侵暴虐,由在乎混冥之中也。廉恥陵噦,及至世之衰,害多而財寡,事力勞而養不足,民貧苦而忿爭生,是以貴仁。人鄙不齊,比周朋黨,各推其與,懷機巧詐之心,是以貴義。男女群居,雜而無別,是以貴禮。性命之情,淫而相迫於不得已,則不和,是以貴樂。故仁義禮樂者,所以救敗也,非通治之道也。誠能使神明定於天下,而心反其初,則民性善,民性善則天地陰陽從而包之,則財足而人贍,貪鄙忿爭之心不得生焉。仁義不害,而道德定而天下,而民不淫於綵色,故德衰然後飾仁義,和失然後調聲,禮淫然後飾容。故知道德,然後知仁義不足行也,知仁義,然後知禮樂不足脩也。

老子が言った。陰陽は萬物を陶冶し、皆な一氣に乘りて生ず。上下心を離れば、氣乃ち上蒸す。君臣和せざれば、五穀登らず。春肅く秋榮え、冬雷鳴り夏霜降るは、皆な賊氣の生ずる所。天地の間は、一人の身の如し。六合の內は、一人の形の如し。故に性に明なるは、天地脅迫する能わず。符に審なるは、怪物迷惑する能わず。聖人は近により遠を知り、萬里を以て一同と看る。氣天地に蒸す、禮義廉恥設けず、萬民相侵暴虐せざるなし、混冥の中に在るに由る。廉恥陵替し(底本「陵哕」に作る)、世衰に至りて、害多く財寡く、事力勞して養足らず、民貧苦して忿爭生ず、是の故に仁を貴ぶ。人鄙齊ならず、比周朋黨し、各其の黨與を推し、機巧詐の心を懷く、是の故に義を貴ぶ。男女群居し、雜して別なく、是の故に禮を貴ぶ。性命の情淫して不得已の中に相迫れば、則ち和せず、是の故に樂を貴ぶ。故に仁義禮樂は、以て敗を救うなり、通治の道に非ず。若し真能く神明を天下に定め、心を那の初に返らしめば、則ち民性善し。民性善ければ則ち天地陰陽從いて之を包み、則ち財足りて人贍し、貪鄙忿爭の心生ずるを得ず。仁義害を受けず、道德天下に定まり、民彩色に淫せず。故に德衰え然る後に仁義を修飾し、和失い然る後に聲を調え、禮淫し然る後に容を飾る。故に道德を知りて、然る後に仁義は施行するに足らざるを知る。仁義を知りて、然る後に禮樂は修むるに足らざるを知る。

老子曰:清靜之治者,和順以寂寞,質真而素樸,閑靜而不躁,在內而合乎道,出外而同乎義,其言略而循理,其行悅而順情,其心和而不偽,其事素而不飾,不謀所始,不議所終,安即即留,激即行,通體乎天地,同胃乎陰陽,一和乎四時,明朗乎日月,與道化者為人,機械詐偽莫載乎心。是以天覆以德,地載以樂,四時不失序,風雨不為虐,日月清靜而揚光,五星不失其行,此清靜之所明也。

老子が言った。清靜の治は、和順して寂寞、質真して素朴、閑靜して躁ならず、內に在りて道に合し、外に出でて義に同ず。其の言簡略して理に循い、其の行喜悅して情に順い、其の心和して僞らず、其の事素にして飾らず。始める所を謀らず、終わる所を議らず、安んずれば則ち留まり、激すれば則ち行き、體を天地に通じ、氣を陰陽に同じくし(底本「同胃」に作る、當に「同氣」か「同謂」と讀むべし)、一は四時に和し、明朗は日月に、道化と爲りて人たるは、機械詐僞は心に載らず。是の故に天は德を用いて覆い、地は樂を用いて載せ、四時序を失わず、風雨虐を爲さず、日月清靜して光を揚げ、五星其の行を失わず。此れ清靜の彰明する所なり。

老子曰:治世之職易守也,其事易為也,其禮易行也,其責易賞也。是以人不兼官,官不兼士,士農工商,鄉別州異,故農與農言藏,士與士言行,工與工言巧,商與商言數。是以士無遺行,工無苦事,農無廢功,商無折貨,各安其性。異形殊類,易事而不悖,失處而賤,得勢而貴。夫先知遠見之人,才之盛也,而治世不以責於人,博聞強志,口辯辭給,人知之溢也,而明主不以求於下,敖世賤物,不從流俗,士之伉行也,而治世不以為化民。故高不可及者,不以為人量,行不可逮者,不可為國俗,故人才不可專用,而度量道術可世傳也。故國治可與愚守也,而軍旅可以法同也,不待古之英俊,而人自足者,因其所有而並用之。末世之法,高為量而罪不及也,重為任而罰不勝也,危為其難而誅不敢也,民困於三責,即飾智而詐上,犯邪而行危,雖峻法嚴刑,不能禁其姦。獸窮即觸,鳥窮即啄,人窮即詐,此之謂也。

老子が言った。治世の職は守り易く、其の事は爲し易く、其の禮は行い易く、其の責は賞し易し。是の故に人は官を兼ねず、官は士を兼ねず、士農工商、鄉別し州異にす、故に農は農と收藏を言い、士は士と行を言い、工は工と巧を言い、商は商と數を言う。是の故に士に遺行なく、工に苦事なく、農に廢功なく、商に折貨なく、各其の性に安んず。形を異にし類を殊にし、職事を改換して悖らず、處を失いて賤、勢を得て貴し。先知遠見の人は、才の盛なり、然るに治世は此を以て人に責求せず。博聞強記、口辯辭給は、人知の溢なり、然るに明主は此を以て下に求めず。世を傲り物を賤しみ、流俗に從わざるは、士の伉行なり、然るに治世は此を以て民を化さず。故に高く及ぶ可からざるは、以て人の量を爲さず。行うに趕く可からざるは、國俗を爲す可からず。故に人才は專用す可からず、度量道術は世傳す可し。故に國治まれば愚人と共に守る可し、軍旅は法を以て齊同す可し、古の英俊を待たずして人自ら充足す、其の固有する所に因りて一幷に使用するなり。末世の法は、量を高く定めて及ばざるに罪を加え、任を重く定めて勝任せざるを懲罰し、難を危く弄して敢えてせざるを誅す。民此の三種の責に困れば、則ち智を飾りて上を詐り、邪を犯して危を行い、雖も峻法嚴刑も、那の奸を禁ずる能わず。獸窮すれば則ち觸れ、鳥窮すれば則ち啄み、人窮すれば則ち詐る、說くは即ち此れなり。

老子曰:雷霆之聲可以鐘鼓象也,風雨之變可以音律知也,大可睹者,可得而量也,明可見者,可得而蔽也,聲可聞者,可得而調也,色可察者,可得而別也。夫至大,天地不能函也,至微,神明不能見也,及至建律曆,別五色,異清濁,味甘苦,即樸散而為器矣。立仁義,脩禮樂,即德遷而為偽矣。民飾智以驚愚,設詐以攻上,天下有能持之,而未能有治之者也。夫智能彌多,而德滋衰,是以至人淳樸而不散。夫至人之治,虛無寂寞,不見可欲,心與神處,形與性調,靜而體德,動而理通,循自然之道,緣不得已矣。漠然無為而天下和,淡然無欲而民自樸,不忿爭而財足,求者不得,受者不讓,德反歸焉,而莫之惠。不言之辯,不道之道,若或通焉,謂之天府。取焉而不損,酌焉而不竭,莫知其所求由,謂之搖光,搖光者,資糧萬物者也。

老子が言った。雷霆の聲は鐘鼓を以て像る可し、風雨の變は音律を以て知る可し。大にして睹る可きは、量る可し。明にして見る可きは、蔽う可し。聲にして聞く可きは、調る可し。色にして察する可きは、別る可し。那の至大は、天地も函る能わず。至微は、神明も見る能わず。律曆を建て、五色を別し、清濁を異にし、甘苦を味わうに及んで、朴散じて器と爲る。仁義を立て、禮樂を修むれば、德遷りて僞と爲る。民智を飾りて愚を驚かし、詐を設けて上を攻むれば、天下此を持する能う有りて、未だ嘗て此を治する能う有らず。智能益々多くして、德更加に衰ゆ、是の故に至人は淳朴して散ぜず。至人の治は、虛無寂寞、欲望を勾起する能うを顯露せず、心は神と處り、形は性と調い、靜にして德を體し、動いて理に通じ、自然の道に循い、不得已に緣る。漠然無爲にして天下和し、淡然無欲にして民自ら朴、忿爭せずして財足り、求むるは得られず、受くるは讓らず、德反りて歸り來るも、人の施惠するなし。不言の辯、不道の道、若し通ずる有らば、天府と謂う。之を取りて損せず、之を酌みて竭きず、人其の求の由來を知るなし、搖光と謂う。搖光は、萬物を資糧するなり。

老子曰:天愛其精,地愛其平,人愛其情,天之精,日月星辰、雷霆風雨也,地之平,水火金木土也,人之情,思慮聰明喜怒也,故閉其四關,止五道,即與道淪。神明藏於無形,精氣反於真,目明而不以視,耳聰而不以聽,口當而不以言,心條通而不以思慮,委而不為,知而不矜,直性命之情,而知故不得害。精存於目即其視明,在於耳即其聽聰,留於口即其言當,集於心即其慮通,故閉四關即終身無患,四支九竅,莫死莫生,是謂真人。地之生財,大本不過五行,聖人節五行,即治不荒。

老子が言った。天は其の精を愛し、地は其の平を愛し、人は其の情を愛す。天の精は、日月星辰、雷霆風雨なり。地の平は、水火金木土なり。人の情は、思慮聰明喜怒なり。故に那の四關を關閉し、五道を止住せば、則ち道と沈淪して一と爲る。神明は無形に藏り、精氣は真に返回し、目明にして用いて視ず、耳聰にして用いて聽かず、口當にして用いて言わず、心條通にして用いて思慮せず、委して爲さず、知りて矜らず、性命の情を直して、巧智の緣故害するを得ず。精は目に存在すれば則ち視明、耳に在れば則ち聽聰、口に留れば則ち言當、心に集れば則ち慮通ず。故に四關を關閉すれば則ち終身患なく、四肢九竅、死なく生なし、此を真人と謂う。地は財を生じ、大本は五行を過ぎず、聖人五行を節制せば、則ち治荒れず。

老子曰:衡之於左右,無私輕重,故可以為平,繩之於內外,無私曲直,故可以為正,人主之於法,無私好憎,故可以為令,德無所立,怨無所藏,是任道而合人心者也。故為治者,知不與焉,水戾破舟,木擊折軸,不怨木石而罪巧拙者,智不載也,故道有智則亂,德有心則險,心有眼則眩。夫權衡規矩,一定而不易,常一而不邪,方行而不留,一日形之,萬世傳之,無為之為也。人之言曰:國有亡主,世亡亡道,人有窮而理無不通,故無為者,道之宗也。得道之宗,並應無窮,故不因道理之數,而專己之能,其窮中遠。夫人君者不出戶以知天下者,因物以識物,因人以知人。故積力之所舉,即無不勝也,眾智之為,即無不成也。千人之眾無絕糧,萬人之群無廢功,工無異伎,士無兼官,各守其職,不得相予,人得所宜,物得所安,是以器械不惡,職事不慢也。夫責少易償也,職寡易守也,任輕易勸也,上操約少之分,下效易為之功,是以居日久而不相厭也。

老子が言った。衡は左右に對して、私の輕重なし、故に以て平を爲す可し。繩は內外に對して、私の曲直なし、故に以て正を爲す可し。人主は法に對して、私の好憎なし、故に以て令を爲す可し。德立つ所なく、怨藏る所なし、此れ道を任じて人心に合するなり。故に治を爲すは、智其の中に参与せず。水猛して舟を破り、木擊して軸を折るも、木石を怨まずして巧拙に罪を歸す、是れ智承載せざるなり。故に道に智有れば則ち亂れ、德に心有れば則ち險し、心に眼有れば則ち眩む。權衡規矩は、一定して易えず、常一して邪らず、方行して留まらず、一日之を形成して、萬世之を傳う、是れ無爲の爲なり。人の話に曰く、國に亡主有り、世に亡道なし。人に窮有りて理に通ぜざるなし。故に無爲は道の宗なり。道の宗を得れば、一幷に無窮に應ず。故に道理の數に因らずして、己の能を專らにすれば、其の窮困は中途に於いて遠し。人君戸を出でずして天下を知るは、物に因りて物を識り、人に因りて人を知るなり。故に力を積んで舉ぐれば、則ち勝たざるなし。衆智の爲す所は、則ち成らざるなし。千人の衆に絕糧なく、萬人の群に廢功なく、工に異技なく、士官を兼ねず、各其の職を守り、相與するを得ず、人は宜しき所を得、物は安んずる所を得、是の故に器械惡からず、職事慢れず。責少なければ償い易く、職寡ければ守り易く、任輕ければ勸め易し。上は約少の分を操り、下は易き功を效す、是の故に日久く居りて相厭わず。

老子曰:帝者體太一,王者法陰陽,霸者則四時,君者用六律。體太一者,明於天地之情,通於道德之倫,聰明照於日月,精神通於萬物,動靜調於陰陽,嗔怒和於四時,覆露皆道,溥洽而無私,蜎飛蠕動,莫不依德而生,德流方外,名聲傳乎後世。法陰陽者,承天地之和,德與天地參,光明與日月並照,精神與鬼神齊靈,圓履方,枹表寢繩,內能理身,外得人心,發施號令,天下從風,則四時者,春生夏長,秋收冬藏,取與有節,出入有量,喜怒剛柔,不離其理,柔而不脆,剛而不折,寬而不肆,肅而不悖,優遊委順,以養群類,其德含愚而容不肖,無所私愛也。用六律者,生之與殺也,賞之與罰也,與之以奪也,非此無道也,伐亂禁暴,興賢廢不肖,匡邪以為正,懷險以為平,矯枉以為直,明於施令,開塞之道,乘時因勢,以服役人心者也。帝者體陰陽即寢,王者法四時即削,霸者用六律即辱,君者失準繩即廢,故小而行大即窮塞而不親,大而行小即狹隘而不容。

老子が言った。帝者は太一を體し、王者は陰陽に法り、霸者は四時を則とし、君者は六律を用う。太一を體するは、天地の情に明らかに、道德の倫に通じ、聰明は日月に照り、精神は萬物に通じ、動靜は陰陽に調い、喜怒は四時に和し(底本「嗔怒」に作る)、覆露皆な道、溥洽して私なく、蜎飛蠕動は德に依りて生ぜざるなく、德は方外に流れ、名聲は後世に傳わる。陰陽に法るは、天地の和を承け、德は天地と參し、光明は日月と幷び照り、精神は鬼神と齊靈し、圓を履み方を抱き(底本「枹表」に作る)、內は能く身を理し、外は人心を得、號令を發施し、天下風に從う。四時に法る(底本「則四時者」は上の「天下從風」を承く、當に「法四時者」と讀むべし)は、春生夏長、秋收冬藏し、取與に節あり、出入に量あり、喜怒剛柔其の理を離れず、柔にして脆からず、剛にして折れず、寬にして肆ならず、肅にして悖らず、優游委順して、以て群類を養う、其の德は愚を含み不肖を容れ、私愛する所なし。六律を用うるは、生と殺、賞と罰、給與と奪取、此に非ずんば道なし、亂を伐ち暴を禁じ、賢を興し不肖を廢し、邪を匡して正を爲し、險を懷いて平を爲し、枉を矯めて直を爲し、令を施し塞を開くの道に明らかに、時に乘り勢に因りて、以て人心を服役す。帝者は體陰陽を去れば則ち寝廢し、王者は法四時を去れば則ち削れ、霸者は用六律を去れば則ち辱められ、君者は準繩を失えば則ち廢る。故に小は大を行えば則ち窮塞して親しまず、大は小を行えば則ち狹隘して容れず。

老子曰:地廣民眾,不足以為強,甲堅兵利,不可以恃勝,城高池深,不足以為固,嚴刑峻罰,不足以為威。為存政者,雖小必存焉,為亡政者,雖大必亡焉。故善守者無與禦,善戰者無與鬥,乘時勢,因民欲,而天下服。故善為政者,積其德,善用兵者,畜其怒,德積而民可用也,怒畜而威可立也。故文之所加者,深則權之所服者大,德之所施者博,則威之所制者廣,廣即我強而適弱。善用兵者,先弱敵而後戰,故費不半而功十倍。故千乘之國行文德者王,萬乘之國好用兵者亡,王兵先勝而後戰,敗兵先戰而後求勝,此不明於道也。

老子が言った。地廣く民衆きも、以て強を爲すに足らず。甲堅く兵利なるも、以て勝を恃む可からず。城高く池深きも、以て固を爲すに足らず。嚴刑峻罰も、以て威を爲すに足らず。存政を行うは、雖も小なりとも必ず存す。亡政を行うは、雖も大なりとも必ず亡ぶ。故に善く守るは之と相御ぐるなし、善く戰うは之と相鬪うなし、時勢に乘り、民欲に因りて、天下服す。故に善く政を爲すは其の德を積み、善く兵を用うるは其の怒を畜う。德積めば民用う可し、怒畜えば威立つ可し。故に文の加うる所深ければ、則ち權の服する所大なり。德の施す所博ければ、則ち威の制する所廣し。廣ければ則ち我強く敵弱し。善く兵を用うるは、先づ敵を弱くして後に戰う、故に費は一半に及ばずして功十倍す。故に千乘之國文德を行うは王と爲り、萬乘之國兵を好んで用うるは滅亡す。王者の兵は先づ勝ちて後に戰い、敗兵は先づ戰いて後に勝を求む、此れ道に明ならざるなり。

卷十

老子曰:君子之道,靜以脩身,儉以養生。靜即下不擾,下不擾即民不怨,下擾即政亂,民怨即德薄,政亂賢者不為謀,德薄勇者不為鬥。亂主則不然,一日有天下之富,處一主之勢,竭百姓之力,以奉耳目之欲,志專於宮室臺榭,溝池苑囿,猛獸珍怪,貧民飢餓,虎狼厭芻豢,百姓凍寒,宮室衣綺繡,故人主畜茲旡用之物,而天下不安其性命矣。

老子が言った。君子の道は、靜を以て身を修め、儉を以て生を養う。靜なれば則ち下擾されず、下擾されざれば則ち民怨まず。下擾されれば則ち政亂れ、民怨めば則ち德薄し。政亂るれば賢者謀を給せず、德薄ければ勇者鬪を給せず。亂主は則ち斯の如くならず、一日に天下の富有り、一主の勢に處り、百姓の力を竭し、以て耳目の欲に奉じ、志專らに宮室臺榭、溝池苑囿、猛獸珍怪に在り。貧民飢餓すとも、虎狼は芻豢に飽き、百姓凍寒すとも、宮室は綺繡を衣る。故に人主此の無用の物を畜えば(底本「兹旡用」に作る)、天下其の性命に安んぜず。

老子曰:非惔漠無以明德,非寧靜無以致遠,非寬大無以並覆,非正平無以制斷,以天下之目視,以天下之耳聽,以天下之心慮,以天下之力爭,故號令能下究,而臣情得上聞,百官條通,群臣輻湊。喜不以賞賜,怒不以罪誅,法令察而不苛,耳目通而不闇,善否之情,日陳於前而不逆,故賢者盡其智,不肖者竭其力,近者安其性,遠者懷其德,得用人之道。夫乘輿馬者,不勞而致千里,乘舟楫者不遊而濟江海,使言之而是,雖商夫芻蕘,猶不可棄也,言之而非,雖在人君卿相,猶不可用也,是非之處,不可以貴賤尊卑論也。其計可用,不羞其位,其言可行,不貴其辯,闇主則不然,群臣盡誠效忠者,希不用其身也,而親習邪枉,賢者不能見也,疏遠卑賤,竭力盡忠者不能聞也。有言者窮之以辭,有諫者誅之以罪,如此而欲安海內、存萬方,其離聰明亦以遠矣。

老子が言った。淡漠ならざれば德を明らかにする由なく、寧靜ならざれば遠を致す由なく、寬大ならざれば幷覆する由なく、正平ならざれば制斷する由なし。天下の目を用いて視、天下の耳を用いて聽き、天下の心を用いて慮り、天下の力を用いて爭う、故に號令能く下に究まり、臣情上聞し得て、百官條通し、群臣輻湊す。喜を以て賞賜せず、怒を以て罪誅せず、法令察して苛ならず、耳目通じて暗からず、善否の情日に前に陳して逆わず。故に賢者其の智を盡し、不肖者其の力を竭し、近きは其の性に安んじ、遠きは其の德を懷く、此れ人を用うる道を得るなり。輿馬に乘るは、勞せずして千里に至り、舟楫に乘るは、游ばずして江海を濟る。假令えば話是なれば、雖も商販割草打柴の者も、棄つ可からず。話是ならざれば、雖も人君卿相に在りとも、用う可からず。是非の處斷は、以て貴賤尊卑を以て論ず可からず。計策用う可ければ、其の位を羞とせず。言行う可ければ、其の辯を貴ばず。暗主は則ち斯の如くならず、群臣誠を盡し忠を效するは、其の身を用いざる少なし、然るに邪枉に親習し、賢者見ゆる能わず。疏遠卑賤力を竭し忠を盡すは聞かる能わず。言有るは辭を以て彼を窮め、諫有るは罪を以て彼を誅す。斯くして海內を安んじ万方を存さんと欲するは、聰明を離るること已に遠し。

老子曰:能尊生,雖富貴不以養傷身,雖貧賤不以利累形。今受先祖之遺爵,必重生之所由來之矣,而輕失之,豈不惑哉。貴以身治天下,可以寄天下,愛以身治天下,所以託天下矣。

老子が言った。能く生を尊ぶは、雖も富貴なりとも養を以て身を傷らず、雖も貧賤なりとも利を以て形を累さず。今先祖の遺した爵を受くれば、必ず生の從來する所を重んず、然るに輕易に之を失うは、豈に惑ならずや。己の身を重んずること天下を重んずるが如くして天下を治むる人のみ、乃ち天下を彼に托付す可し。己の身を愛惜すること天下を愛惜するが如くして天下を治むる人のみ、乃ち天下を彼に寄托す可し。

文子問治國之本。

文子が治國の根本を問うた。

老子曰:本在於治身,未嘗聞身治而國亂,身亂而國治也。故曰:脩之身,其德乃真。道之所以至妙者,父不能以教子,子亦不能受之於父,故道可道,非常道也,名可名,非常名也。

老子が言った。根本は身を治むるに在り。未だ嘗て身治まりて國亂れ、身亂れて國治まるを聞かず。故に曰く、此の道理を自身に修持すれば、其の德純真なり。道の至妙なる所以は、父以て子に教えず、子も父より接受する能わず。故に言說し出づ可き道は、則ち那の恒常の道に非ず。指稱し出づ可き名は、則ち那の恒常の名に非ず。

文子問曰:何行而民親其上?

文子が問うて曰く、怎んに行事せば、民は其の上に親附せん。

老子曰:使之以時而敬慎之,如臨深淵,如履薄冰,天地之間,善即吾畜也,不善即吾讎也,昔者夏商之臣,反讎桀紂,而臣湯武,宿沙之民,自攻其君,歸神農氏,故曰:“人之所畏,不可不畏也。”

老子が言った。彼らを使用するに時に合し敬慎して待つこと、深淵に臨み薄氷を履むが如し。天地の間、善なるは我の畜養、不善なるは我の仇。昔者夏商の臣は、反りて桀紂を仇視して、湯武に臣服し、宿沙の民は、自ら其の君を攻めて、神農氏に歸附したり。故に曰く、「人の畏懼する所は、畏れざる可からず」と。

老子曰:治大者,道不可以小,地廣者,制不可以狹,位高者,事不可以煩,民眾者,教不可以苛。事煩難治,法苛難行,求多難贍,寸而度之,至丈必差,銖而解之,至石必過,石稱丈量,徑而寡失,大較易為智,曲辯難為慧。故無益於治,有益於亂者,聖人不為也,無益於用者,有益於費者,智者不行也。故功不厭約,事不厭省,求不厭寡,功約易成,事省易治,求寡易贍,任於眾人則易。故小辯害義,小義破道,道小必不通,通必簡。河以逶迆故能遠,山以陵遲故能高,道以優遊故能化。夫通於一伎,審於一事,察於一能,可以曲說,不可以廣應也。夫調音者,小絃急,大絃緩,立事者,賤者勞,貴者佚。道之言曰:芒芒昧昧,因天之威,與天同氣。同氣者帝,同義者王,同功者霸,無一焉者亡。故不言而信,不施而仁,不怒而威,是以天心動化者也。施而仁,言而信,怒而威,是以精誠為之者也,施而不仁,言而不信,怒而不威,是以外貌為之者也。故有道以理之,法雖少,足以治,無道以理之,法雖眾,足以亂。

老子が言った。大を治むるは、道は小なる可からず。地廣きは、制は狹なる可からず。位高きは、事は煩なる可からず。民衆きは、教は苛なる可からず。事煩ければ治め難く、法苛ければ行い難く、求多ければ贍い難し。寸を以て量れば、丈に至りて必ず差う。銖を以て分ければ、石に至りて必ず過つ。石を用い丈を以て量れば、徑直にして失少なし。大較は智を爲し易く、曲辯は慧を爲し難し。故に治に益なく亂に益有るは、聖人做さず。用に益なく費に益有るは、智者行わず。故に功は約を厭わず、事は省を厭わず、求は寡を厭わず。功約なれば成り易く、事省ければ治め易く、求寡ければ贍い易く、衆人を任用すれば易し。故に小辯は義を害し、小義は道を破り、道小なれば必ず通ぜず、通ずれば必ず簡なり。河は逶迤なるを以て故に能く遠く、山は陵遲なるを以て故に能く高く、道は優游なるを以て故に能く化す。一技に通じ、一事に審に、一能に察するは、曲說す可し、廣應す可からず。音を調えるは、小弦急に大弦緩。事を立つるは、賤は勞に貴は佚。道の話に曰く、芒芒昧昧、天の威に因り、天と同氣すと。同氣するは帝と爲り、同義するは王と爲り、同功するは霸と爲り、一樣も皆な無きは滅亡す。故に言わずして信、施さずして仁、怒らずして威、此れ天心を用いて化を動かすなり。施して仁、言いて信、怒りて威、此れ精誠を用いて做すなり。施して不仁、言いて不信、怒りて不威、此れ外貌を用いて做すなり。故に道有りて治理すれば、法雖も少しとも、以て治むるに足る。道無くして治理すれば、法雖も衆しとも、以て亂るに足る。

老子曰:鯨魚失水,則制於螻蟻,人君舍其所守,而與臣爭事,則制於有司,以無為持位,守職者以聽從取容,臣下藏智而不用,反以事專其上。人君者,不任能而好自為,則智日困而自負責,數窮於下,則不能申理,行墮於位,則不能持制,智不足以為治,威不足以行刑,則無以與下交矣。喜怒形於心,嗜慾見於外,則守職者離正而阿上,有司枉法而從風,賞不當功,誅不應罪,則上下乖心,君臣相怨,百官煩亂而智不能解,非譽萌生而明不能照,非己之失而反自責,則人主愈勞,人臣愈佚,是以代大匠斲者,希有不傷其手。與馬逐走,筋絕不能及也,上車攝轡,馬死衡下,伯樂相之,王良御之,明主求之,無御相之勞而致千里,善乘人之賢也。人君之道,無為而有就也,有立而無好也,有為即議,有好即諛,議即可奪,諛即可誘。夫以建而制於人者,不能持國,故善建者不拔,言建之無形也,唯神化者,物莫能勝。中欲不出謂之賴,外邪不入謂之閉,中賴外閉,何事不節,外閉中賴,何事不成。故不用之,不為之,而有用之,而有為之,不伐之言,不奪之事,循名責實,使自有司,以不知為道,以禁苛為主,如此則百官之事,各有所考。

老子が言った。鯨魚水を失えば、則ち螻蟻に制服せらる。人君其の守る所を舍てて、臣と事を爭えば、則ち有司に制服せらる。無爲を用いて位を持すれば、職を守るは聽從を以て容を取り、臣下智を藏して用いず、反りて事を以て其の上を專擅す。人君能を任用せずして自ら做すを好めば、則ち智日に困みて自ら負責し、數下に窮すれば則ち申理する能わず、行位に墮ちれば則ち持制する能わず、智以て治を爲すに足らず、威以て刑を行うに足らず、則ち下と交接する由なし。喜怒心に形し、嗜欲外に見えれば、則ち職を守るは正を離れて上に阿り、有司は法を枉げて風に從い、賞功に當たらず、誅罪に應ぜず、則ち上下心を乖にし、君臣相怨み、百官煩亂して智解く能わず、非譽萌生して明照る能わず、己の失に非ざるに却って自責すれば、則ち人主愈勞れ、人臣愈佚す。是の故に高明の木匠に代わりて砍削する者は、其の手を砍傷せざる少なし。馬と賽走すれば、筋絕えても及ばず。車に上り轡を攬れば、馬衡下に死す。伯樂之を相し、王良之を御し、明主之を求むれば、御相の勞なくして千里に至る、是れ人の賢に乘るに善きなり。人君の道は、無爲にして成就する所有り、立つる所有りて偏好なし。有爲なれば則ち議論せられ、好有れば則ち諛られ、議論すれば則ち奪わる可し、諛れば則ち誘わる可し。那の建樹する所有りて人に制せらるるに因るは、國を持する能わず。故に善く建樹するは、別人拔く能わず、是れ無形に建つを謂う。ただ神化するのみ、物は能く勝つなし。中欲出でざるを扃と謂い(底本「賴」に作る、當に「扃」と讀むべし)、外邪入らざるを閉と謂う。中扃外閉なれば、何事か節せざらん。外閉中扃なれば、何事か成らざらん。故に之を用いず之を爲さずして、之を用うる有り之を爲す有り、其の言を伐さず、其の事を奪わず、名に循いて實を責め、各有司をして自ら負責せしめ、不知を以て道と爲し、苛を禁ずるを以て主と爲す、斯く則ち百官の事は、各考える所有り。

老子曰:食者人之本也,民者國之基也,故人君者,上因天時,下盡地理,中用人力。是以群生遂長,萬物蕃殖,春伐枯槁,夏收百果,秋蓄蔬食,冬取薪杪,以為民資,生無乏用,死無傳屍。先王之法,不掩群而取镺●,不涸澤而漁,不焚林而獵,豺未祭獸,罝罘不得通於野,獺未祭魚,網罟不得入於水,鷹隼未擊,羅網不得張於皋,草木未落,斤斧不得入於山林,昆蟲未蟄,不得以火田,育孕不牧,鷇卵不探,魚不長尺不得取,犬豕不期年不得食,是故萬物之發若蒸氣出,先王之所以應時脩備,富國利民之道也,非目見而足行之,欲利民者也不忘乎心,即人自備矣。

老子が言った。食は人の本、民は國の基。故に人君は上は天時に因り、下は地理を盡し、中は人力を用う。是の故に群生遂長し、萬物蕃殖す。春は枯槁を伐ち、夏は百果を收め、秋は蔬食を蓄え、冬は薪梢を取り、以て民の資と爲し、生に乏用なく、死に轉尸なし。先王の法は、獸群を掩殺して幼獸を取らず(底本「镺」下に殘字あり、當に「麛」一類の幼獸と讀むべし)、澤を淘乾して魚を打たず、林を焚して獵せず。豺未だ獸を祭せざれば、罝罘野に通ずるを得ず。獺未だ魚を祭せざれば、網罟水に入るを得ず。鷹隼未だ擊たざれば、羅網皋に張るを得ず。草木未だ落ちざれば、斤斧山林に入るを得ず。昆蟲未だ蟄せざれば、火を以て田るを得ず。懷孕するは牧殺せず、鷇卵は探らず、魚尺に滿たざれば取るを得ず、犬豕一年に滿たざれば食するを得ず。是の故に萬物の發は蒸氣の出づるが如し。先王の時に應じ備を修める所以は、國を富し民に利する道なり、目見て足行するに非ず、民に利せんと想うは心裏に忘れざれば、人自ら具備す。

老子曰:古者,明君取下有節,自養有度,必計歲而收,量民積聚,知有餘不足之數,然後取奉,如此,即得承所受於天地,而離於飢寒之患。其憯怛於民也,國有飢者,食不重味,民有寒者,冬不被裘,與民同苦樂,即天下無哀民。闇主即不然,取民不裁其力,求下不量其積,男女不得耕織之業,以供上求,力勤財盡,有旦無暮,君臣相疾。且人之為生也,一人蹠來而耕,不益十獁,中田之收不過四石,妻子老弱仰之而食,或時有災害之患,以供上求,即人主愍之矣。貪主暴君,涸漁其下,以適無極之慾,則百姓不被天和、履地德矣。

老子が言った。古の明君は下より取るに節あり、自養に度あり、必ず歲を計りて收め、民の積聚を量り、有餘不足の數を知りて、然る後に奉を取る。斯くれば、天地より受くる所に承うるを得て、飢寒の患を離る。其の民に慘怛すること、國に飢有れば、食味を重ねず。民に寒有れば、冬裘を披かず。民と苦樂を同じくすれば、則ち天下に哀民なし。暗主は則ち斯の如くならず、民より取りて其の力を裁せず、下に求めて其の積を量らず、男女耕織の業を得ずして上求に供し、力勤め財盡き、旦有りて暮なし、君臣相疾む。況んや人の生を爲すは、一人耒を踏みて耕し(底本「跖來」に作る、來即ち耒)、十畝を過ぎず(底本「十犸」に作る)、中田の收は四石を過ぎず、妻子老弱は之に仰仗して食し、或いは時に災害の患有り、再び上求に供すれば、人主則ち憫むべし。貪主暴君は、其の下を涸漁して、極なき欲に適うれば、則ち百姓天和を被らず地德を履まず。

老子曰:天地之氣,莫大於和,和者,陰陽調,日夜分,故萬物春分而生,秋分而成,生與成,必得和之精。故積陰不生,積陽不化,陰陽交接,乃能成和。是以聖人之道,寬而栗,嚴而溫,柔而直,猛而仁。夫太剛則折,太柔則卷,道正在於剛柔之間。夫繩之為度也,可卷而懷也,引而申之,可直而布也,長而不撗,短而不窮,直而不剛,故聖人體之。夫恩推即懦,懦即不威,嚴推即猛,猛即不和,愛推即縱,縱即不令,刑推即禍,禍即無親,是以貴和也。

老子が言った。天地の氣は、和より大なるはなし。和は、陰陽調い、日夜分つ。故に萬物春分に生じ、秋分に成る、生と成とは必ず和の精を得。故に陰を積めば生ぜず、陽を積めば化せず、陰陽交接して、乃ち和を成す能し。是の故に聖人の道は、寬にして栗、嚴にして溫、柔にして直、猛にして仁。太剛なれば則ち折れ、太柔なれば則ち卷く、道は正に剛柔の間に在り。繩は度と爲りて、卷きて懷く可し、引きて之を伸ばせば直にして布く可し、長くして橫ならず、短くして窮せず、直にして剛ならず、故に聖人之を體す。恩推して過ぐれば則ち懦、懦なれば則ち威ならず。嚴推して過ぐれば則ち猛、猛なれば則ち和せず。愛推して過ぐれば則ち縱、縱なれば則ち令行われず。刑推して過ぐれば則ち禍、禍なれば則ち親なし。是の故に和を貴ぶ。

老子曰:國之所以存者,得道也,所以亡者,理塞也,故聖人見化以觀其徵。德有昌衰,風為先萌,故得生道者,雖小必大,有亡徵者,雖成必敗。國之亡也,大不足恃,道之行也,小不可輕,故存在得道,不在於小,亡在失道,不在於大。故亂國之主,務於地廣,而不務於仁義,務在高位,而不務於道德,是舍其所以存,造其所以亡也。若上亂三光之明,下失萬民之心,孰不能承,故審其己者,不備諸人也。古之為道者,深行之謂之道德,淺行之謂之仁義,薄行之謂之禮智,此六者,國家之綱維也。深行之則厚得福,淺行之則薄得福,盡行之天下服。古者脩道德即正天下,脩仁義即正一國,脩禮智即正一鄉,德厚者大,德薄者小。故道不以雄武立,不以堅強勝,不以貪競得,立在天下推己,勝在天下自服,得在天下與之,不在於自取,故雌牝即立,柔弱即勝,仁義即得,不爭即莫能與之爭,故道之在於天下也,譬猶江海也。天之道,為者敗之,執者失之,夫欲名是大而求之爭之,吾見其不得已,而雖執而得之,不留也。夫名不可求而得也,在天下與之,與之者歸之,天下所歸者,德也,故云:上德者天下歸之,上仁者海內歸之,上義者一國歸之,上禮者一鄉歸之,無此四者,民不歸也。不歸用兵即危道也,故曰:“兵者,不祥之器,不得已而用之。”殺傷人,養而勿美,故曰:“死地,荊棘生焉,以悲哀泣之,以喪禮居之。”是以君子務於道德,不重用兵也。

老子が言った。國の存する所以は、道を得るなり。亡ぶる所以は、理塞がるなり。故に聖人は化を見て其の徵を觀る。德に昌衰あれば、風が先萌を爲す。故に生道を得るは、雖も小なりとも必ず大なり。亡徵有るは、雖も成るとも必ず敗る。國の亡は、大は恃むに足らず。道の行は、小は輕んず可からず。故に存は道を得るに在りて、小に在らず。亡は道を失うに在りて、大に在らず。故に亂國の主は、地廣を務めて仁義を務めず、高位に在るを務めて道德を務めず、此れ存する所以を舍棄して亡ぶる所以を造作す。若し上は三光の明を亂り、下は萬民の心を失わば、誰も承く能わず。故に己に審なるは、人に防備せず。古の道を爲すは、深く之を行うを道德と謂い、淺く之を行うを仁義と謂い、薄く之を行うを禮智と謂う、此の六者は國家の綱維なり。深行すれば則ち福を厚得し、淺行すれば則ち福を薄得し、盡行すれば則ち天下服す。古は道德を修めれば天下を正し、仁義を修めれば一國を正し、禮智を修めれば一鄕を正す。德厚きは大、德薄きは小。故に道は雄武を以て立たず、堅強を以て勝たず、貪競を以て得ず。立つは天下が推戴して己とするに在り、勝つは天下が自ら服するに在り、得は天下が給與するに在りて、己が取るに在らず。故に雌牝なれば則ち立ち、柔弱なれば則ち勝ち、仁義なれば則ち得、爭わざれば則ち彼と爭う能う者なし。故に道の天下に在るは、譬えば江海の如し。天の道は、爲すは之を敗り、執るは之を失う。那の名大にして之を求め之を爭わんと欲するは、我其の得を見ざるなり。雖も執りて得たりとも、留まらず。名は求めて得る可からず、天下の給與に在り。給與するは之に歸向し、天下の歸する所は德なり。故に上德は天下之に歸向し、上仁は海內之に歸向し、上義は一國之に歸向し、上禮は一鄕之に歸向し、此の四者無ければ、民歸せず。歸せずして兵を用うれば、則ち危道なり。故に曰く、「兵器は不吉祥の物、萬不得已にして乃ち之を動用す」と。人を殺傷して、畜養して美事と爲さず。故に曰く、「死の地は、荆棘生い起る。悲哀を以て之を哭泣し、喪禮を以て之に處れ」と。是の故に君子は道德を務めて、兵を用うるを看重せず。

文子問:仁義禮何以為薄於道德也?

文子が問うた。仁義禮は何を以て道德よりも尚お薄きか。

老子曰:為仁者,必以哀樂論之,為義者,必以取與明之,四海之內,哀樂不能遍,竭府庫之財貨,不足以贍萬民,故知不如脩道而行德,因天地之性,萬物自正而天下贍,仁義因附,“是以大丈夫居其厚,不居其薄。”夫禮者,實之文也,仁者,恩之效也,故禮因人情而制,不過其實,仁不溢恩,悲哀抱於情,送死稱於仁。夫養生不強人所不能及,不絕人所不能已,度量不失其適,非譽無由生矣,故制樂足以合歡,喜不出於和,明於死生之分,通於侈儉之適也。末世即不然,言與行相悖,情與貌相反,禮飾以煩,樂擾以淫,風俗溺於世,非譽華於朝,故至人廢而不用也。與驥逐走,即人不勝驥,託於車上,即驥不勝人,故善用道者,乘人之資以立功,以其所能,託其所不能。主興之以時,民報之以財,主遇之以禮,民報之以死,故有危國無安君,有憂主無樂臣。德過其位者尊,祿過其德者兇,德貴無高,義取無多,不以德貴竊位,不以義取盜財。聖人安貧樂道,不以欲傷生,不以利累己,故不違義而取安。古者無德不尊,無能不官,無功不賞,無罪不誅,其進人也以禮,其退人也以義,小人之世,其進人也若上之天,其退人也若內之淵,言古者以疾今也。相馬失之瘦,選士失之貧,豚肥充廚,骨骴不官。君子察實,無信讒言,君過而不諫,非忠臣也,諫而不聽,君不明也,民沉溺而不憂,非賢言也,故守節死難,人臣之職也,衣寒食飢,慈父之恩也。以大事小謂之變人,以小犯大謂之逆天,前雖祭天,後必入淵,故鄉裡以齒,老窮不遺,朝廷以爵,尊卑有差。夫崇貴者,為其近君也,尊老者,謂其近親也,敬長者,謂其近兄也。生而貴者驕,生而富者奢,故富貴不以明道自鑑,而能無為非者寡矣。學而不厭,所以治身也,教而不倦,所以治民也,賢師良友,舍而為非者寡矣。

老子が言った。仁を爲すは、必ず哀樂を以て之を論ず。義を爲すは、必ず取與を以て之を明らかにす。四海之內、哀樂は遍く能わず。府庫の財貨を竭しても、萬民を贍うに足らず。故に道を修め德を行いて、天地の性に因り、萬物自ら正くして天下贍足すれば、仁義是に因りて附從するを知るに如かず。「是の故に大丈夫は其の厚に處り、其の薄に居らず」。禮は實の文、仁は恩の效。故に禮は人情に因りて制し、其の實を超過せず。仁は恩を溢過せず。悲哀は情に抱き、死を送るは仁に稱す。生を養うは人の及ぶ能わざるを強いず、人の已む能わざるを絕たず、度量は其の適を失わず、非譽生ずる由なし。故に樂を制して以て歡に合するに足り、喜は和より出でず、死生の分に明らかに、侈儉の適に通ず。末世は則ち斯の如くならず、言と行と相悖り、情と貌と相反し、禮は煩を以て飾り、樂は淫を以て擾し、風俗は世に溺れ、非譽は朝に華す、故に至人は廢して用いず。驥と賽走すれば、人は驥に勝つ能わず。車上に托せば、驥は人に勝つ能わず。故に善く道を用うるは、人の資に乘りて功を立て、其の能くする所を用い、其の能わざる所に托す。主時に按じて興れば、民財報を以て答す。主禮を以て遇すれば、民死を以て答す。故に危國有りて安君なく、憂主有りて樂臣なし。德其の位を超過するの尊、祿其の德を超過するの凶。德は貴くも高ならず、義は取るも多ならず、德貴を以て位を竊まず、義取を以て財を盜まず。聖人は貧に安んじ道を樂しみ、欲を以て生を傷らず、利を以て己を累さず、故に義に違わずして安を取る。古は德なくんば尊からず、能なくんば官せず、功なくんば賞せず、罪なくんば誅せず、人を進むるに禮を以てし、人を退くるに義を以てす。小人の世は、人を進むるは天に送るが如く、人を退くるは淵に納るるが如し、古を說くは以て今を疾むなり。馬を相するは瘦に失し、士を選ぶは貧に失す、豚肥えて廚を充てど、骨骸は官せず。君子は實を察し、讒言を信ぜず。君過有りて諫めざれば、忠臣に非ず。諫めて聽かざれば、君明ならず。民沉溺して憂えざれば、賢言に非ず。故に節を守り難に死するは、人臣の職。寒に穿たせ飢に食わせるは、慈父の恩。大を以て小に事えるを變人と謂い、小を以て大に犯るを逆天と謂う、前雖も天を祭るとも、後必ず淵に入る。故に鄕里は齒を以てし、老窮遺えず。朝廷は爵を以てし、尊卑差あり。貴を崇ぶは、其の君に近きを以てなり。老を尊ぶは、其の親に近きを說くなり。長を敬うは、其の兄に近きを說くなり。生れて貴きは驕り、生れて富めるは奢る、故に富貴は明道を以て自鑑して能く非を爲さざるは少なし。學びて厭かざれば、故に身を治む。教えて倦まざれば、故に民を治む。賢師良友は、舍てて非を爲すは少なし。

知賢之謂智,愛賢之謂仁,尊仁之謂義,敬賢之謂禮,樂賢之謂樂。古之善為天下者,無為而無不為也,故為天下有容,能得其容,無為而有功,不得其容,動作必兇。為天下容曰,“與兮其若冬涉大川,猶兮其若畏四鄰,儼兮其若容,渙兮其若冰之液,敦兮其若樸,混兮其若濁,廣兮其若谷”,此為天下容。與兮其若冬涉大川者,不敢行也,猶兮其若畏四鄰者,恐四傷也,儼兮其若容者,謙恭敬也,渙兮其若冰之液者,不敢積藏也,敦兮其若樸者,不敢廉成也,混兮其若濁者,不敢明清也,廣兮其若谷者,不敢盛盈也,不敢行者,退不敢先也,恐自傷者,守柔弱不敢矜也,謙恭敬者,自卑下尊敬人也,不敢積藏者,自損弊不敢堅也,不敢廉成者,自虧缺不敢全也,不敢清明者,處濁辱而不敢新鮮也,不敢盛盈者,見不足而不敢自賢也。夫道,退故能先,守柔弱故能矜,自卑下故能高人,自損弊故實堅,自虧缺故盛全,處濁辱故新鮮,見不足故能賢,道無為而無不為也。

賢を知るを智と謂い、賢を愛するを仁と謂い、仁を尊ぶを義と謂い、賢を敬うを禮と謂い、賢を樂しむを樂と謂う。古の善く天下を爲すは、無爲にして無不爲。故に天下を爲すに容有り、能く其の容を得れば、無爲にして功有り。其の容を得ざれば、動作必ず凶。天下を爲すの容に曰く、「遲疑するや、冬大河を涉るが如し。警惕するや、四鄰の窺伺を提防するが如し。莊重するや、客人を做すが如し。融和するや、氷將に消融せんとするが如し。敦厚するや、未だ彫琢せざる原木の如し。渾濁するや、未だ澄清せざる濁水の如し。空曠するや、深邃の山谷の如し」と。此れ天下を爲すの容なり。遲疑するや冬大河を涉るが如しは、敢えて行わざるなり。警惕するや四鄰を提防するが如しは、四面傷るるを怕るなり。莊重するや客人を做すが如しは、謙恭敬なり。融和するや氷將に消せんとするが如しは、敢えて積藏せざるなり。敦厚するや原木の如しは、敢えて棱角を廉成せざるなり。渾濁するや濁水の如しは、敢えて明清せざるなり。空曠するや山谷の如しは、敢えて盛盈せざるなり。敢えて行わざるは、退きて敢えて先せざるなり。自傷を怕るは、柔弱を守りて敢えて矜らざるなり。謙恭敬は、自ら卑下して人を尊敬するなり。敢えて積藏せざるは、自ら損弊して敢えて堅ならざるなり。敢えて廉成せざるは、自ら虧缺して敢えて全からざるなり。敢えて清明せざるは、濁辱に處りて敢えて新鮮ならざるなり。敢えて盛盈せざるは、不足を見て敢えて自賢せざるなり。道は、退くるを以て能く先んじ、柔弱を守るを以て能く矜り、自ら卑下するを以て能く人に高く、自ら損弊するを以て實堅に、自ら虧缺するを以て盛全に、濁辱に處るを以て新鮮に、不足を見るを以て能く賢なり。道は無爲にして無不爲。

卷十一

老子曰:凡學者,能明於天人之分,通於治亂之本,澄心清意以存之,見其終始反其虛無,可謂達矣。治之本,仁義也,其末,法度也。人之所生者,本也,其所不生者,末也,本末,一體也,其兩愛之,性也,先本後末,謂之君子,先末後本,謂之小人。法之生也,以輔義,重法棄義,是貴其冠履而忘其首足也。重仁義者,廣崇也,不益其厚而張其廣者毀,不廣其基而增其高者覆,故不大其棟,不能任重,任重莫若棟,任國莫若德。人主之有民,猶城中之有基,木之有根,根深即本固,基厚即上安。故事不本於道德者,不可以為經,言不合於先王者,不可以為道,便說掇取,一行一切之術,非天下通道也。

老子が言った。凡そ學者は、能く天人之分に明らかに、治亂の本に通じ、心を澄め意を清くして之を存し、其の終始を見て虛無に返回せば、以て達と謂う可し。治の本は仁義、其の末は法度。人の生ずる所は本、生ぜざる所は末。本末是一體、兩邊之を愛するは性なり。本を先にし末を後にするを君子と謂い、末を先にし本を後にするを小人と謂う。法の產生は、以て義を輔くなり。法を重んじ義を棄つるは、其の冠履を貴びて其の首足を忘るるなり。仁義を重んずるは廣崇なり。其の厚を增加せずして其の廣を張るの毁、其の基を廣めずして其の高を增すの覆。故に其の棟を加大せざれば、重を任ずる能わず。重を任ずるは棟より良きはなく、國を任ずるは德より良きはなし。人主民有るは、城中に基有り木に根有るが如し。根深ければ則ち本固く、基厚ければ則ち上安し。故に事道德に本づかざるは、以て經を爲す可からず。言先王に合せざるは、以て道を爲す可からず。便巧の說が一行一切の術を掇取するは、天下の通道に非ず。

老子曰:治人之道,其猶造父之御駟馬也,齊輯之乎轡銜,正度之乎胸膺,內得於中心,外合乎馬志,故能取道致遠,氣力有餘,進退還曲,莫不如意,誠得其術也。今夫權勢者,人主之車輿也,大臣者,人主之駟馬也,身不可離車輿之安,手不可失駟馬之心,故駟馬不調,造父不能以取道,君臣不和,聖人不能以為治。執道以御之,中才可盡,明分以示之,姦邪可止,物至而觀其變,事來而應其化,近者不亂即遠者治矣,不用適然之教,而得自然之道,萬舉而不失矣。

老子が言った。人を治むる道は、造父が駟馬を駕御するが如し。轡銜を用いて齊輯し、胸膺を用いて度を正し、內中心に得て、外馬志に合す、故に能く道を取り遠を致し、氣力餘り有り、進退回曲如意せざるなし、實に其の術を得たればなり。今權勢は人主の車輿、大臣は人主の駟馬、身は車輿の安を離る可からず、手は駟馬の心を失う可からず。故に駟馬調わざれば、造父も道を取る能わず。君臣和せざれば、聖人も治を爲す能わず。道を執りて駕御すれば、中才盡く可し。分を明らかにして顯示すれば、奸邪止む可し。物至れば則ち其の變を觀、事來れば則ち其の化に應じ、近き亂れざれば則ち遠き治まる。偶然の教を用いずして、自然の道を得れば、萬舉して失わず。

老子曰:凡為道者,塞邪道,防未然,不貴其自是也,貴其不得為非也,故曰勿使可欲,無日不求,勿使可奪,無日不爭,如此即人慾釋,而公道行矣。有餘者止於度,不足者逮於用,故天下可一也。夫釋職事而聽非譽,棄功勞而用朋黨,即奇伎天長,守職不進,民俗亂於國,功臣爭於朝,故有道以御人,無道則制於人矣。

老子が言った。凡そ道を爲すは、邪道を塞ぎ、未然を防備し、其の自ら以て是とするを貴ばず、其の爲非するを得ざるを貴ぶ。故に曰く、可欲を出現せしむる勿れ、則ち日々求むるなし。可奪を出現せしむる勿れ、則ち日々爭うなし。斯くれば人欲放下して、公道行わる。有餘は度に止まり、不足は用に達す、故に天下一と爲す可し。職事を放下して非譽を聽き、功勞を抛弃して朋黨を用うれば、則ち奇技夭長し、職を守るは進まず、民俗國に亂れ、功臣朝に爭う。故に道有れば以て人を御し、道無ければ則ち人に制せらる。

老子曰:治國有常而利民為本,政教有道而今行為古,苟利於民,不必法古,苟周於事,不必循俗。故聖人法與時變,禮與俗化,衣服器械,各便其用,法度制令,各因其宜,故變古未可非,而循俗未足多也。誦先王之書不若聞其言,聞其言,不若得其所以言,得其所以言者,言不能言也,故“道可道,非常道也,名可名,非常名也。”聖人所由曰道,猶金石也,一調不可更,事,猶琴瑟也,每終改調。故法制禮樂者,治之具也,非所以為治也,故曲士不可與論至道者,訊寤於俗而束於教。

老子が言った。國を治むるに常有りて民に利するを以て本と爲し、政教に道有りて今行を以て古と爲す。假令民に利あれば、必ずしも古に法らず。假令事に周すれば、必ずしも俗に循わず。故に聖人は法時と變わり、禮俗と化し、衣服器械各用に便く、法度制令各其の宜に因る。故に古を變ずるは未だ非す可からず、俗に循うは稱多するに足らず。先王の書を誦するは其の言を聞くに如かず、其の言を聞くは其の言う所以を得るに如かず。其の言う所以を得るは、言の言う能わざるなり。故に「言說し出づ可き道は、則ち那の恒常の道に非ず。指稱し出づ可き名は、則ち那の恒常の名に非ず」。聖人の由る所を道と謂い、金石の如く、一箇の調は更改す可からず。事は琴瑟の如く、每に一曲を終えれば調を改む。故に法制禮樂は治の器具、治を爲す所以の本身に非ず。是の故に曲士は彼と至道を論ず可からず、俗に訊寤せられ教に束縛せらるるを以てなり。

老子曰:天下幾有常法哉!當於世事,得於人理,順於天地,詳於鬼神,即可以正治矣。昔者三皇無制令而民從,五帝有制令而無刑罰,夏后氏不負言,殷人誓,周人盟。末世之衰也,忍垢而輕辱,貪得而寡羞,故法度制令者,論民俗而節緩急,器械者,因時變而制宜適。夫制於法者,不可與遠舉,拘禮之人,不可使應變,必有獨見之明,獨聞之聰,然後能擅道而行。夫知法之所由生者,即應時而變,不知治道之源者,雖循終亂,今為學者,循先襲業,握篇籍,守文法,欲以為治,非此不治,猶持方枘而內員鑿,欲得宜適亦難矣。夫存危治亂,非智不能,道先稱古,雖愚有餘,故不用之法,聖人不行也,不驗之言,明主不聽也。

老子が言った。天下何處に常法あらん。世事に當たり、人理に得、天地に順い、鬼神に詳なれば、則ち正治す可し。昔者三皇は制令なくして民從い、五帝は制令有りて刑罰なし、夏后氏は言に負かず、殷人は誓い、周人は盟す。末世の衰は、垢を忍びて辱を輕し、得を貪りて羞少なし。故に法度制令は、民俗を論じて緩急を節す。器械は、時變に因りて宜適を制す。法に制せらるるは、彼と遠擧す可からず。禮に拘るは、彼をして變に應ぜしむ可からず。必ず獨見の明、獨聞の聰有りて、然る後に能く道を擅にして行う。法の生ずる所由を知るは、則ち時に應じて變ず。治道の源を知らざるは、雖も遵循しても終に亂る。今學を爲すは、先に循い業を襲い、篇籍を握り、文法を守り、以て治を爲さんと欲し、此に非ずんば治せざれば、方榫を拿して圓鑿に塞ぐが如く、宜適を得んと想うも難し。危を存し亂を治むるは、智に非ずんば能わず。先古を稱道するは、雖も愚も餘り有り。故に用いざる法は、聖人行わず。驗なき言は、明主聽かず。

文子問曰:法安所生?

文子が問うて曰く、法は何處より生ずるか。

老子曰:法生於義,義生於眾適,眾適合乎人心,此治之要也。法非從天下也,非從地出也,發乎人間,反己自正。誠達其本,不亂於末,知其要,不惑於疑,有諸已,不非於人,無諸己,不責於所立,立於下者,不廢於上,所禁於民者,不行於身,故人主之製法也,先以自為檢式,故禁勝於身,即令行於民。夫法者,天下之準繩也,人主之度量也,縣法者,法不法也,法定之後,中繩者賞,缺繩者誅,雖尊貴者不輕其賞,卑賤者不重其刑,犯法者,雖賢必誅,中度者,雖不肖無罪,是故公道行而和欲塞也。古之置有司也,所以禁民使不得恣也,其立君也,所以制有司使不得專行也,法度道術,所以禁君使無得撗斷也。人莫得恣,即道勝而理得矣,故反樸無為,無為者,非謂其不動也,言其從己出也。

老子が言った。法は義より生じ、義は衆人の適する所より生じ、衆適は人心に合す、此れ治の要なり。法は天下より從うに非ず、地より出づるに非ず、人間に發して、己に返回して自ら正し。真に其の本に達すれば、則ち末に亂れず。其の要を知れば、則ち疑に惑わず。己有るは、人に非せず。己無きは、立つ所に責めず。下に立つは、上に廢せず。民に禁ずる所は、自身に行わず。故に人主法を制して、先づ己を以て檢式と爲し、禁令己に勝てば、則ち令民に行わる。法は天下の準繩、人主の度量。法を懸くるは、以て那の法ならざるに法るなり。法定まるの後、繩に中るは賞し、繩に缺くるは誅し、雖も尊貴なるも其の賞を減輕せず、卑賤なるも其の刑を加重せず。法を犯すは、雖も賢なりとも必ず誅す。度に中るは、雖も不肖なりとも罪なし。是の故に公道行われて私欲塞がる。古の有司を設置するは、以て民を禁じて恣を得ざらしむなり。君を立つるは、以て有司を制して專行を得ざらしむなり。法度道術は、以て君を禁じて專斷を得ざらしむなり。人恣を得ざれば、則ち道勝ちて理得る。故に朴に返回して無爲なり。無爲は、其の動かざるを說くに非ず、己より發出するを說くなり。

老子曰:善賞者,費少而勸多,善罰者,刑省而禁姦,善與者,用約而為德,善取者,入多而無怨,故聖人因民之所喜以勸善,因民之所憎以禁姦,賞一人而天下趨之,罰一人而天下畏之,是以至賞不費,至刑不濫,聖人守約而治廣,此之謂也。

老子が言った。善く賞するは、費少なくして勸多し。善く罰するは、刑省にして奸を禁ず。善く與うるは、用約にして德を爲す。善く取るは、入多くして怨なし。故に聖人は民の喜ぶ所に因りて善を勸め、民の憎む所に因りて奸を禁ず。一人を賞して天下趨赴し、一人を罰して天下畏る。是の故に至賞費えず、至刑濫れず。聖人約を守りて治廣し、說くは即ち此れなり。

老子曰:臣道,方論是處,當為事先唱,守職明分,以立成功,故君臣異道即治,同道即亂,各得其宜,處有其當,即上下有以相使也。故枝不得大於榦,末不得強於本,言輕重大小有以相制也。夫得威勢者,所持甚小,所任甚大,所守甚約,所制甚廣,十圍之木,持千鈞之屋,得所勢也,五寸之關,能制開闔,所居要也。下必行之令,順之者利,逆之即兇,天下莫不聽從者,順也,發號令行禁止者,以眾為勢也。義者,非能盡利於天下之民也,利一人而天下從之,暴者,非能盡害於海內也,害一人而天下叛之,故舉措廢置,不可不審也。

老子が言った。臣道は、方正に論ずるは處、擔當は事を爲して先倡導し、職を守り分を明らかにし、以て成功を立つ。故に君臣道を異にすれば則ち治まり、道を同じくすれば則ち亂る。各其の宜を得、處其の當有れば、則ち上下用いて相使する有り。故に枝は干より大なるを得ず、末は本より強なるを得ず、是れ輕重大小用いて相制する有るを謂うなり。威勢を得るは、持する所甚だ小、任する所甚だ大、守る所甚だ約、制する所甚だ廣し。十圍の木は、千鈞の屋を持つ、是れ其の所勢を得るなり。五寸の關は、能く開闔を制す、是れ居る所が要に在るなり。下必ず行う令は、順うは利、逆うは凶、天下聽從せざるなし、是れ順なり。號令を發し禁止を行うは、衆を以て勢と爲すなり。義は、能く天下の民を盡利するに非ず、一人を利して天下從う。暴は、能く海內を盡害するに非ず、一人を害して天下叛く。故に舉措廢置は、審ならざる可からず。

老子曰:屈寸而申尺,小枉而大直,聖人為之,今人君之論臣也,不計其大功,總其略行,而求其小善,即失賢之道也。故人有厚德,無間其小節,人有大譽,無疵其小故。夫人情莫不有所短,成其大略是也,雖有小過,不以為累也,成其大略非也,閭裡之行未足多也。故小謹者無成功,訾行者不容眾,體大者節疏,度巨者譽遠,論臣之道也。

老子が言った。一寸を屈して一尺を伸ばし、小さく枉げて大きく直くす、聖人此を爲す。今人君臣を論ずるは、其の大功を計らず、其の大略の行を總めて、其の小善を求むれば、則ち賢を失うの道なり。故に人厚德有れば、其の小節を挑剔する勿れ。人大譽有れば、其の小故を疵議する勿れ。人情は短無きはなし。其の大略を成す是なれば、雖も小過有りとも、以て累と爲さず。其の大略を成す是ならざれば、閭里之行は稱多するに足らず。故に小謹なるは成功なく、人行を訾議するは衆に容れられず。體大なるは節疏、度巨なるは譽遠し、此れ臣を論ずる道なり。

老子曰:自古及今,未有能全其行者也,故君子不責備於一人,方而不割,廉而不劌,直而不肆,博達而不訾,道德文武,不責備於人以力,自脩以道,而不責於人,易賞也,自修以道,則無病矣。夫夏后氏之璜,不能無瑕,明月之珠,不能無穢,然天下寶之者,不以小惡妨大美。今志人之所短,忘人之所長,而欲求賢於天下,即難矣。夫眾人之見,位之卑身之賤,事之洿辱,而不知其大略,故論人之道,貴即觀其所舉,富即觀其所施,窮即觀其所受,賤即觀其所為,視其所患難以智勇,動以喜樂以觀其守,委以貨財以觀其仁,振以恐懼以觀其節,如此則人情可知矣。

老子が言った。古より今に至り、能く其の行を全うする者なし。故に君子は一人に責備せず。方正にして人を割傷せず、棱角有りて人を刺傷せず、直にして放肆せず、博達にして訾議せず。道德文武は、力を拿して人を責めず、己道を以て修めて、人に責めず、賞し易し。己道を以て修めば、則ち病なし。夏后氏の璜は、瑕無き能わず。明月之珠は、穢無き能わず。然るに天下之を寶とするは、小惡を以て大美を妨げざるなり。今人の短を記住して、人の長を忘記して、天下に賢を求めんと欲すれば、則ち難し。衆人の見識は、ただ位卑く身賤く、事の污辱を看て、其の大略を知らず。故に人を論ずる道は、貴なれば則ち其の舉ぐる所を觀、富めば則ち其の施す所を觀、窮すれば則ち其の受くる所を觀、賤なれば則ち其の爲す所を觀る。其の患難する所を看て以て智勇を觀、喜樂を以て彼を動かして其の守を觀、貨財を以て委ねて其の仁を觀、恐懼を以て彼を振して其の節を觀る。斯くすれば則ち人情知る可し。

老子曰:屈者所以求申也,枉者所以求直也,屈寸申尺,小枉大直,君子為之,百川並流,不注海者不為谷,趨行殊方,不歸善者不為君子。善言貴乎可行,善行貴乎仁義,夫君子之過,猶日月之蝕,不害於明,故智者不妄為,勇者不妄殺,擇是而為之,計禮而行之,故事成而功足恃也,身立而名足稱也,雖有智能,必以仁義為本而後立,智能並行,聖人以仁義為準繩,中繩者謂之君子,不中繩者謂之小人。君子雖死亡,其名不滅,小人雖得勢,其罪不除。左手據天下之圖,而右手刎其喉,雖愚者不為,身貴於天下也。死君親之難者,視死如歸,義重於身也。故天下大利也,比身即小,身之所重也,比之仁義即輕,此以仁義為準繩者也。

老子が言った。屈は以て伸を求めるなり、枉は以て直を求めるなり。寸を屈し尺を伸ばし、小枉して大直す、君子此を爲す。百川竝流し、海に注入せざるは谷と算せず。趨行方向同じからずして、善に歸せざるは君子と算せず。善言は可行を貴び、善行は仁義を貴ぶ。君子の過は、日月の蝕の如く、明に害せず。故に智者は妄爲せず、勇者は妄殺せず、是を擇んで爲し、禮を計りて行う、故に事成りて功恃むに足り、身立ちて名稱うに足る。雖も智能有りとも、必ず仁義を以て本と爲して後に立つ。智能幷行し、聖人は仁義を以て準繩と爲す。繩に中るを君子と謂い、繩に中らざるを小人と謂う。君子雖も死亡すとも、其の名滅びず。小人雖も勢を得とも、其の罪除かれず。左手に天下之圖を據り、右手に其の喉を刎ぬるは、雖も愚者も爲さず、身天下より貴きを以てなり。君親の難に死するは、死を視ること歸の如し、義身より重きを以てなり。故に天下は大利、身に比すれば則ち小。身は重んずる所、仁義に比すれば則ち輕し。此れ仁義を以て準繩と爲すなり。

老子曰:道德之備猶日月也,夷狄蠻貊不能易其指,趣舍同即非譽在俗,意行均即窮達在時,事周於世即功成,務合於時即名立。是故立功名之人,簡於世而謹於時,時之至也,即間不容息。古之用兵者,非利土地而貪寶賂也,將以存亡平亂為民除害也,貪叨多欲之人,殘賊天下,萬民騷動,莫寧其所。有聖人勃然而起,討強暴,平亂世,為天下除害,以濁為清,以危為寧,故不得不中絕。赤帝為火炎,故黃帝擒之,共工為水害,故顓頊誅之。教人以道,導之以德而不聽,即臨之以威武,臨之不從,則制之以兵革。殺無罪之民,養不義之主,害莫大也,聚天下之財,贍一人之慾,禍莫深焉,肆一人之慾,而長海內之患,此天倫所不取也。所為立君者,以禁暴亂也,今乘萬民之力,反為殘賊,是以虎傅翼,何謂不除。夫畜魚者,必去其蝙獺,養禽獸者,必除其豺狼,又況牧民乎!是故兵革之所為起也。

老子が言った。道德の完備は日月の如く、夷狄蠻貊も其の指向を改易する能わず。趣舍相同じければ則ち非譽俗に在り、意行均等なれば則ち窮達時に在り。事世に周ければ則ち功成り、務時に合すれば則ち名立つ。是の故に功名を立つる者は、世に簡にして時に謹んず。時至れば、間隙は一息を容れず。古の兵を用うるは、土地を利し寶賂を貪るに非ず、將に存亡平亂し、民の爲に害を除かんとするなり。貪叨多欲の人は天下を殘賊し、萬民騷動し、其の所に寧んじなし。聖人勃然として起る有り、強暴を討ち、亂世を平げ、天下の爲に害を除き、濁を變じて清と爲し、危を變じて寧と爲す、故に中絕せざるを得ず。赤帝火炎と爲りしを以て、故に黃帝彼を擒す。共工水害と爲りしを以て、故に顓頊彼を誅す。人を用うるに道を以て教え、德を以て導きて聽かざれば、則ち威武を以て之に臨む。之に臨みて從わざれば、則ち兵革を以て之を制す。無罪の民を殺し、不義の主を養うは、害此より大なるはなし。天下の財を聚め、一人の欲を贍うは、禍此より深きはなし。一人の欲を放肆して、海內の患を長ずるは、此れ天倫の取らざる所なり。故に君を立つるは、以て暴亂を禁ずるなり。今萬民の力に乘りて、反りて殘賊を做すは、此れ虎に翼を添ゆ、何ぞ除かずと謂わん。魚を畜うは必ず蝙獺を去り、禽獸を養うは必ず豺狼を除去す、況んや民を牧するをや。是の故に兵革興起する所以なり。

老子曰:為國之道,上無苛令,官無煩治,士無偽行,工無淫巧,其事任而不擾,其器完而不飾。亂世即不然,為行者相揭以高,為禮者相矜以偽,車輿極於雕琢,器用遂於刻鏤,求貨者爭難得以為寶,詆文者逐煩撓以為急,事為詭辯,久稽而不決,無益於治,有益於亂,工為奇器,歷歲而後成,不周於用。故神農之法曰:丈夫丁壯不耕,天下有受其飢者,婦人當年不織,天下有受其寒者。故身親耕,妻親織,以為天下先,其導民也,不貴難得之貨,不重無用之物。是故耕者不強,無以養生,織者不力,無以衣形,有餘不足,各歸其身,衣食饒裕,姦邪不生,安樂無事,天下和平,智者無所施其策,勇者無所錯其威。

老子が言った。國を爲す道は、上苛令なく、官煩治なく、士僞行なく、工淫巧なく、其の事任にして擾せず、其の器完にして飾らず。亂世は則ち斯の如くならず、行を爲すは互相揭擧して高を爭い、禮を爲すは互相矜持して僞を做し、車輿は雕琢に極まり、器用は刻鏤に竟り、貨を求むるは難得を爭りて以て寶と爲し、文を詆るは煩撓を追逐して以て急と爲し、事は詭辯を做し、久しく稽して決せず、治に益なく、亂に益あり。工は奇器を做して、歲を歷て後に成り、用に周からず。故に神農之法に曰く、丈夫丁壯耕さざれば、天下其の飢を受くる者有り。婦人當年織らざれば、天下其の寒を受くる者有りと。故に身親ら耕し、妻親ら織りて、以て天下の先を爲す。其の民を導くや、難得の貨を貴ばず、無用の物を重んぜず。是の故に耕する強からざれば、生を養う由なし。織る力なければ、形を衣る由なし。有餘不足は、各其身に歸し、衣食饒裕し、奸邪生ぜず、安樂事なく、天下和平、智者其の策を施す由なく、勇者其の威を措く由なし。

老子曰:霸王之道,以謀慮之,以策圖之,挾義而動,非以圖存也,將以存亡也。故聞敵國之君,有暴虐其民者,即舉兵而臨其境,責以不義,刺以過行。兵至其郊,令軍帥曰:無伐樹木,無掘墳墓,無敗五穀,無焚積聚,無捕民虜,無聚六畜,乃發號施令曰:其國之君,逆天地,侮鬼神,決獄不平,殺戮無罪,天之所誅,民之所讎也,兵之來也,以廢不義而授有德也,有敢逆天道,亂民之賊者,身死族滅,以家聽者祿以家,以裡聽者賞以裡,以鄉聽者封以鄉,以縣聽者侯其縣。剋其國不及其民,廢其君,易其政,尊其秀士,顯其賢良,振其孤寡,恤其貧窮,出其囹圄,賞其有功,百姓開戶而內之,漬米而儲之,唯恐其不來也。義兵至於境,不戰而止,不義之兵,至於伏屍流血,相交以前。故為地戰者,不能成其王,為身求者,不能立其功,舉事以為人者,眾助之,以自為者,眾去之,眾之所動,雖弱必強,眾之所去,雖大必亡。

老子が言った。霸王の道は、謀を用いて慮り、策を用いて圖り、義を挾みて動き、以て己の存を圖るに非ず、將に存を亡せしめんとするなり。故に敵國の君に其の民を暴虐する有るを聞けば、則ち兵を舉げて其の境に臨み、不義を以て責め、過行を以て刺す。兵其の郊に至れば、軍帥に令して曰く、樹木を伐る勿れ、墳墓を掘る勿れ、五穀を敗る勿れ、積聚を焚く勿れ、民を捕えて俘虜を爲す勿れ、六畜を聚むる勿れと。是に號令を發施して曰く、其の國の君は、天地に逆い、鬼神を侮り、獄を決して平ならず、無罪を殺戮す、是れ天の誅する所、民の仇する所なり。兵の來るは、以て不義を廢して德有るに授くるなり。敢えて天道に逆い亂民の賊を做す有らば、身死して族滅す。家を以て聽從するは家を以て祿し、里を以て聽從するは里を以て賞し、鄕を以て聽從するは鄕を以て封じ、縣を以て聽從するは其の縣に侯す。其の國を攻克して民に延及せず、其の君を廢し、其の政を改め、其の秀士を尊び、其の賢良を顯し、其の孤寡を振い、其の貧窮を恤れ、囹圄を放出し、功有るを賞す。百姓門を開きて納入し、米を淘み儲存して、其の來らざるを恐るるのみ。義兵境に到れば、戰わずして止まる。不義の兵到れば、則ち尸を伏し血を流し、相交りて前す。故に地の爲に戰うは、其の王を成す能わず。自身の爲に求むるは、其の功を立つ能わず。事を舉げて以て人の爲とするは、衆彼を助く。以て己の爲とするは、衆彼を離る。衆の動く所は、雖も弱なりとも必ず強し。衆の離るる所は、雖も大なりとも必ず亡ぶ。

老子曰:上義者,治國家,理境內,行仁義,布德施惠,立正法,塞邪道,群臣親附,百姓和輯,上下一心,群臣同力,諸侯服其威,四方懷其德,脩正廟堂之上,折沖千里之外,發號行令而天下響應,此其上也。地廣民眾,主賢將良,國富兵強,約束信,號令明,兩敵相當,未交兵接刃,而敵人奔亡,此其次也。知土地之宜,習險隘之利,明苛政之變,察行陣之事,白刃合,流矢接,輿死扶傷,流血千里,暴骸滿野,義之下也。兵之勝敗習在於政,政勝其民,下附其上,即兵強,民勝其政,下叛其上,即兵弱。義足以懷天下之民,事業足以當天下之急,選舉足以得賢士之心,謀慮足以決輕重之權,此上義之道也。

老子が言った。上義のは、國家を治め、境內を理し、仁義を行い、德を布き惠を施し、正法を立て、邪道を塞ぎ、群臣親附し、百姓和輯し、上下一心、群臣同力、諸侯其の威を服し、四方其の德を懷き、廟堂の上に修正して、千里之外に折衝し、號令を發行して天下響應す、此れ其の上なり。地廣く民衆く、主賢く將良く、國富み兵強く、約束信に、號令明に、兩敵相當して、未だ交兵接刃せずして敵人奔亡す、此れ其の次なり。土地の宜を知り、險隘の利を習い、苛政の變を明らかにし、行陣の事を察し、白刃合し、流矢接し、車死傷を扶え、血を流すこと千里、骸を暴すこと野に滿つ、是れ義の下なり。兵の勝敗は、政に習るに在り。政其の民に勝てば、下其の上に附し、則ち兵強し。民其の政に勝てば、下其の上に叛き、則ち兵弱し。義以て天下の民を懷くに足り、事業以て天下の急に當たるに足り、選擧以て賢士の心を得るに足り、謀慮以て輕重の權を決するに足るは、此れ上義の道なり。

老子曰:國之所以強者必死也,所以必死者義也,義之所以行者威也,是故令之以文,齊之以武,是謂必取,威義並行,是謂必強。白刃交接,矢石若雨,而士爭光者,賞信而罰明也。上視下如子,下事上如父,上視下如弟,下事上如兄,上視下如子,必王四海,下事上如父,必政天下,上視下如弟,即必難為之死,下事上如兄,即必難為之亡,故父子兄弟之寇,不可與之鬥。是故義君內脩其政以積其德,外塞於邪以明其勢,察其勞佚以知飢飽,戰期有日,視死若歸,恩之加也。

老子が言った。國の強なる所以は、必ず死するなり。必ず死する所以は、義なり。義の行わる所以は、威なり。是の故に文を用いて令し、武を用いて齊えば、此を必取と謂う。威義幷行すれば、此を必強と謂う。白刃交接し、矢石雨の如くして、士光に爭うは、賞信にして罰明なればなり。上は下を視ること子の如く、下は上に事えること父の如し。上は下を視ること弟の如く、下は上に事えること兄の如し。上が下を視ること子の如くなれば、必ず四海を王たり。下が上に事えること父の如くなれば、必ず天下を正す(底本「必政天下」に作る)。上が下を視ること弟の如くなれば、必ず彼の爲に死するを難とす。下が上に事えること兄の如くなれば、必ず彼の爲に亡するを難とす。故に父子兄弟の寇は、彼と鬪う可からず。是の故に義君は內其の政を修めて其の德を積み、外邪に塞いで其の勢を明らかにし、其の勞佚を察して飢飽を知る。戰期日有りて、死を視ること歸の如きは、恩の加わる所なり。

卷十二

老子曰:上古真人,呼吸陰陽,而群生莫不仰其德以和順,當此之時,領理隱密,自成純樸,純樸未散,而萬物大優。及世之衰也,至伏羲氏,昧昧懋懋,皆欲離其童蒙之心,而覺悟乎天地之間,其德煩而不一。及至神農、黃帝,核領天下,紀綱四時,和調陰陽,於是萬民莫不竦身而思,戴聽而視,故治而不和。下至夏、殷之世,嗜慾達於物,聰明誘於外,性命失其真。施及周室,澆醇散樸,離道以為偽,險德以為行,智巧萌生,狙學以擬聖,華誣以脅眾,琢飾詩書,以賈名譽,各欲以行其智偽,以容於世,而失大宗之本,故世有喪性命,衰漸所由來久矣。是故至人之學也,欲以反性於無,遊心於虛,世俗之學,擢德攓性,內愁五藏,暴行越知,以譊名聲於世,此至人所不為也。擢德自見也,攓性絕生也,若夫至人定乎死生之意,通乎榮辱之理,舉世譽之而不益勸,舉世非之而不加沮,得至道之要也。

老子が言った。上古真人は、陰陽を呼吸し、群生其の德を仰ぎて和順せざるなし。此の時に當たり、領理隱密、自ら純朴を成し、純朴未だ散ぜずして、萬物大優す。世衰に及び、伏羲氏に至りて、昧昧懋懋、皆な那の童蒙の心を離れんと欲し、天地の間に覺悟せんと欲す、其の德煩にして一ならず。神農、黃帝に至りて、天下を核領し、四時を紀綱し、陰陽を和調す、是に萬民竦身して思い戴聽して視ざるなし、故に治まりて和せず。夏、殷之世に下りて、嗜欲物に通達し、聰明外に誘われ、性命其の真を失う。周室に延及して、其の醇を澆薄し其の朴を離散し、道を離れて僞を做し、德を險薄して行を爲し、智巧萌生し、狙學して聖に擬し、華誣して衆を脅し、詩書を琢飾して名譽を買い、各智僞を以て世に容れられんと欲して、大宗の本を失う。故に世に性命を喪う有り、衰漸の從來する已に久し。是の故に至人の學は、以て性を無に返回し、心を虛に游ばせんと欲す。世俗の學は、德を擢擧し、性を牽扯し、內五藏を愁え、暴行知を越え、以て名聲を世に喧嘩す、此れ至人の做さざる所なり。德を擢ぐは自ら顯露、性を牽扯するは生を絕つなり。至人の死生の意に定まり、榮辱の理に通ずるに至れば、舉世彼を譽めても更に勸めず、舉世彼を非しても更に沮まず、是れ至道の要を得るなり。

老子曰:古者被髮而無卷領,以王天下,其德生而不殺,與而不奪,天下非其服,同懷其德,當此之時,陰陽和平,萬物蕃息,飛鳥之巢可俯而探也,走獸可係而從也。及其衰也,鳥獸蟲蛇,皆為民害,故鑄鐵鍛刃以禦其難,故民迫其難則求其便,因其患則操其備,各以其智去其所害,就其所利,常故不可循,器械不可因,故先王之法度,有變易者也,故曰:名可名,非常名也。五帝異道而德覆天下,三王殊事而名後世,因時而變者也。譬猶師曠之調五音也,所推移上下無常,尺寸以度,而靡不中者,故通於樂之情者能作,音有本主於中。而知規矩鉤繩之所用者能治人,故先王之制,不宜即廢之,末世之事善即著之。故聖人之制禮樂者,而不制於禮樂,制物者,不制於物,製法者,不制於法,故曰:道可道,非常道也。

老子が言った。古は髮を披きて卷領なくして、以て天下を王たりし、其の德は生じて殺さず、與えて奪わず、天下其の服に非ずとも、一同に其の德を懷く。此の時に當たり、陰陽和平し、萬物蕃息し、飛鳥の巢は俯身して探る可し、走獸は繫ぎて跟從す可し。衰に及んで、鳥獸蟲蛇皆な民の害と爲る、故に鐵を鑄し刃を鍛して以て那の難を抵禦す。民難に迫られれば則ち其の便を求め、患に因れば則ち其の備を操り、各其の智を用いて害する所を去り、利する所に趨就す。常故循う可からず、器械因る可からず、故に先王の法度は、變易有るなり。故に曰く、指稱し出づ可き名は、則ち那の恒常の名に非ずと。五帝道を異にして德天下を覆い、三王事を殊にして名後世に留るは、時に因りて變ずるなり。譬えば師曠五音を調えるが如く、推移上下常なく、尺寸を用いて度れば中らざるなし。故に樂の情に通ずるは能く作す。音に中に主する本有りて、規矩鉤繩の用う所を知るは能く人を治む。故に先王の制は、宜ならざれば則ち之を廢す。末世の事は、善なれば則ち之を著す。故に聖人は禮樂を制して、禮樂に制せられず。物を制して、物に制せられず。法を制して、法に制せられず。故に曰く、言說し出づ可き道は、則ち那の恒常の道に非ずと。

老子曰:昔者之聖王,仰取象於天,俯取度於地,中取法於人,調陰陽之氣,和四時之節,察陵陸水澤肥墽高下之宜,以立事生財,除飢寒之患,闢疾疢之災,中受人事,以制禮樂,行仁義之道,以治人倫。列金木水火土之性,以立父子之親而成家,聽五音清濁六律相生之數,以立君臣之義而成國,察四時孟仲季之序,以立長幼之節而成官,列地而州之,分國而治之,立大學以教之,此治之綱紀也。得道則舉,失道則廢,夫物未嘗有張而不弛,盛而不敗者也。唯聖人可盛而不敗,聖人初作樂也,以歸神杜淫,反其天心,至其衰也,流而不反,淫而好色,不顧正法,流及後世,至於亡國,其作書也,以領理百事,愚者以不忘,智者以記事,及其衰也,為姦偽以解有罪而殺不辜,其作囿也,以成宗廟之具,簡士卒以戒不虞,及其衰也,馳騁弋獵以奪民時,以罷民力,其上賢也,以平教化,正獄訟,賢者在位,能者在職,澤施於下,萬民懷德,至其衰也,朋黨比周,各推其所與,廢公趣私,外內相舉,姦人在位,賢者隱處。天地之道,極則反,益則損,故聖人治弊而改制,事終而更為,其美在和,其失在權。聖人之道曰:非修禮義,廉恥不立,民無廉恥,不可以治,不知禮義,法不能正,非崇善廢醜,不嚮禮義,無法不可以為治,不知禮義不可以行法,法能殺不孝者,不能使人孝,能刑盜者不能使人廉。聖王在上,明好惡以示人,經非譽以導之,親而進之,賤不肖而退之,刑錯而不用,禮義修而任賢德也。故天下之高,以為三公,一州之高,以為九卿,一國之高,以為二十七大夫,一鄉之高,以為八十一元士。智過萬人者謂之英,千人者謂之俊,百人者謂之傑,十人者謂之豪。明於天地之道,通於人情之理,大足以容眾,惠足以懷遠,智足以知權,人英也。

老子が言った。從前の聖王は、仰いで象を天に取り、俯して度を地に取り、中に法を人に取り、陰陽の氣を調え、四時の節を和し、陵陸水澤肥磽高下の宜を察し、以て事を立て財を生じ、飢寒の患を除き、疾疢の災を避く。中に人事を受けて、以て禮樂を制し、仁義の道を行い、以て人倫を治む。金木水火土の性を列ねて、以て父子の親を立て家を成す。五音清濁、六律相生の數を聽きて、以て君臣の義を立て國を成す。四時孟仲季の序を察して、以て長幼の節を立て官を成す。地を列ねて州とし、國を分かちて之を治め、大學を立てて之を教う、此れ治の綱紀なり。道を得れば則ち舉り、道を失えば則ち廢る。物未だ嘗て張りて弛まざる、盛んにして敗れざる有らず。ただ聖人のみ盛んにして敗れざる可し。聖人初めて樂を作るは、以て神を歸し淫を杜し、天心に返回せんとするなり。其の衰に至りて、流れて返らず、淫して色を好み、正法を顧みず、後世に流及して、亡國に至る。其の書を作るは、以て百事を領理し、愚は是に因りて忘れず、智は是に因りて事を記す。其の衰に至りて、奸僞を做して有罪を開脫し無辜を殺す。其の囿を作るは、以て宗廟の具を成し、士卒を簡閱して不虞を戒む。其の衰に至りて、弋獵を馳騁して民時を奪い、民力を疲れしむ。其の賢を上るは、以て教化を平げ獄訟を正し、賢者位に在り、能者職に在り、澤下に施し、萬民德を懷く。其の衰に至りて、朋黨比周し、各其の與する所を推し、公を廢して私に趨り、外内相擧し、奸人位に在り、賢者隱處す。天地の道は、極まれば則ち反り、益せば則ち損す。故に聖人は弊を治めて制を改め、事終わりて更に爲す、其の美は和に在り、其の失は權に在り。聖人の道に曰く、禮義を修めざれば、廉恥立たず。民廉恥なければ、以て治む可からず。禮義を知らざれば、法正す能わず。善を崇び醜を廢せざれば、禮義に趨向せず。法なくんば以て治む可からず、禮義を知らずんば以て法を行う可からず。法は能く不孝を殺すも、人をして孝ならしむ能わず。能く盜を刑するも、人をして廉ならしむ能わず。聖王上に在り、好惡を明らかにして人に示し、非譽を經て彼らを導き、親して彼らを進め、不肖を賤みて彼らを退け、刑措して用いず、是れ禮義修まりて賢德を任ずるなり。故に天下の高は、用いて三公と爲す。一州の高は、用いて九卿と爲す。一國の高は、用いて二十七大夫と爲す。一鄕の高は、用いて八十一元士と爲す。智萬人を過ぐるを英と謂い、千人を過ぐるを俊と謂い、百人を過ぐるを傑と謂い、十人を過ぐるを豪と謂う。天地の道に明らかに、人情の理に通じ、大以て衆を容れ、惠以て遠を懷き、智以て權を知るに足るは、是れ人英なり。

德足以教化,行足以隱義,信足以得眾,明足以照下,人俊也。行可以為儀表,智足以決嫌疑,信可以守約,廉可以使分財,作事可法,出言可道,人傑也。守職不廢,處義不比,見難不苟免,見利不苟得,人豪也。英俊豪傑,各以大小之材處其位,由本流末,以重製輕,上唱下和,四海之內,一心同歸,背貪鄙,嚮仁義,其於化民,若風之靡草。今使不肖臨賢,雖嚴刑不能禁其姦,小不能制大,弱不能使強,天地之性也。故聖人舉賢以立功,不肖之主舉其所與同,觀其所舉,治亂分矣,察其黨與,賢不肖可論也。

德以て教化するに足り、行以て義を隱すに足り、信以て衆を得るに足り、明以て下を照らすに足るは、是れ人俊なり。行以て儀表を爲す可く、智以て嫌疑を決するに足り、信以て約を守る可く、廉以て財を分つを使す可く、事を作して法と爲す可く、言を出して道と爲す可きは、是れ人傑なり。職を守りて廢せず、義に處りて黨を結ばず、難を見て苟免せず、利を見て苟得せず、是れ人豪なり。英俊豪傑は、各大小の材を以て其の位に處り、本より末に流れ、重を以て輕を制し、上唱え下和し、四海之內一心同歸し、貪鄙を背き、仁義に向かう、其の民を化するに於いては、風が草を披靡せしむるが如し。今不肖をして賢に臨ましめば、雖も嚴刑も那の奸を禁ずる能わず。小は大を制する能わず、弱は強を使する能わず、是れ天地の性なり。故に聖人は賢を擧げて功を立て、不肖の主は其の與に同じきを擧ぐ。其の擧ぐる所を觀れば、治亂分かる。其の黨與を察すれば、賢不肖論ず可し。

老子曰:為禮者雕琢人性,矯拂其情,目雖欲之禁以度,心雖樂之節以禮,趣翔周旋,屈節卑拜,肉凝而不食,酒徵而不飲,外束其形,內愁其德,鉗陰陽之和而迫性命之情,故終身為哀人。何則?不本其所以欲,而禁其所欲,不原其所以樂,而防其所樂,是猶圈獸而不塞其垣,禁其野心,決江河之流而壅之以手,故曰:開其兌,濟其事,終身不救。夫禮者,遏情閉欲,以義自防,雖情心㖥噎,形性飢渴,以不得已自強,故莫能終其天年。禮者,非能使人不欲也,而能止之,樂者,非能使人勿樂也,而能防之。夫使天下畏刑而不敢盜竊,豈若使無有盜心哉!故知其無所用,雖貪者皆辭之,不知其所用,廉者不能讓之。夫人之所以亡社稷,身死人手,為天下笑者,未嘗非欲也,知冬日之扇,夏日之裘,無用於己,萬物變為塵垢矣!故揚湯止沸,沸乃益甚,知其本者,去火而已。

老子が言った。禮を爲すは人性を雕琢し、其の情を矯拂す。目雖も之を欲するも、度を用いて禁ず。心雖も之を樂しむも、禮を用いて節す。趨翔周旋し、節を屈し拜を卑しくし、肉凝結して食わず、酒澄清して飮まず、外其の形を束縛し、內其の德を愁え、陰陽の和を鉗住して性命の情を迫る、故に終身哀人を做す。何を以てや。欲する所以に本づかずして、欲する所を禁ず。樂しむ所以を原せずして、樂しむ所を防ぐ。此れ獸を圈住して其の垣を塞がずして、其の野心を禁ずるが如く、江河の流を決開して手を以て之を壅ぐが如し。故に曰く、嗜欲の孔竅を打開して、那の事務を成就せんと去れば、終身救藥す可きなし。禮は、情を遏め欲を閉じ、義を用いて自防す、雖も情心哽噎し、形性飢渴するも、不得已に因りて自強す、故に其の天年を終わる能う者なし。禮は、能く人をして欲せざらしむるに非ず、而るに之を止むる能し。樂は、能く人をして樂しまざらしむるに非ず、而るに之を防ぐ能し。天下をして刑を畏れて盗竊するを敢えてせざらしむるは、何ぞ彼らをして盗心なからしむるに及ばん。故に其の用うる所なきを知れば、雖も貪なるも之を辭す。其の用う所を知らざれば、廉なるも之を讓る能わず。人の社稷を亡し身死人の手に死し天下に笑わるる所以は、未だ嘗て欲ならざらず。冬日の扇、夏日の裘を知れば、己に用なし、萬物則ち塵垢と變成す。故に湯を揚げて沸を止むるは、沸益々厲害し。其の本を知るは、火を去るのみ。

老子曰:循性而行謂之道,得其天性謂之德,性失然後貴仁義,仁義立而道德廢,純樸散而禮樂飾,是非形而百姓眩,珠玉貴而天下爭。夫禮者,所以別尊卑貴賤也,義者,所以和君臣父子兄弟夫婦人道之際也。末世之禮,恭敬而交。為義者,佈施而得,君臣以相非,骨肉以生怨也,故水積則生相食之蟲,土積則生自肉之狩,禮樂飾則生詐偽。末世之為治,不積於養生之具,澆天下之醇,散天下之樸,滑亂萬民,以清為濁,性命飛揚,皆亂以營,貞信熳爛,人失其性,法與義相背,行與利相反,貧富之相傾,人君之與僕虜,不足以論。夫有餘則讓,不足則爭,讓則禮義生,爭則暴亂起,故多欲則事不省,求贍則爭不止,故世治則小人守正,而利不能誘也,世亂則君子為姦,而法不能禁也。

老子が言った。性に循いて行うを道と謂い、其の天性を得るを德と謂う。性失い然る後に仁義を貴び、仁義立ちて道德廢れ、純朴散じて禮樂飾り、是非形して百姓眩み、珠玉貴くして天下爭う。禮は以て尊卑貴賤を別するなり。義は以て君臣父子兄弟夫婦人道の際を和するなり。末世の禮は、恭敬して相交わる。義を爲すは、布施して得る所有り。君臣是に因りて相非し、骨肉是に因りて怨を生ず。故に水積れば則ち相食する蟲を生じ、土積れば則ち自肉の獸を生ず(底本「狩」に作る)、禮樂飾れば則ち詐僞を生ず。末世の治を爲すは、養生の具を積まず、天下の醇を澆薄し、天下の朴を離散し、萬民を滑亂し、清を以て濁と爲し、性命飛揚し、皆な亂れて營惑し、貞信漫爛し、人其の性を失う。法と義と相背き、行と利と相反し、貧富相傾き、人君と僕虜とは、以て論ずるに足らず。有餘なれば則ち讓り、不足なれば則ち爭う。讓れば則ち禮義生じ、爭えば則ち暴亂起る。故に欲多ければ則ち事省からず、贍を求めれば則ち爭止まず。故に世治まれば則ち小人正を守りて、利誘う能わず。世亂るれば則ち君子奸を爲して、法禁ずる能わず。

老子曰:衰世之主,鑽山石,挈金玉,擿礱蜃,消銅鐵,而萬物不滋,刳胎焚郊,覆巢毀卵,鳳凰不翔,麒麟不遊,構木為臺,焚林而畋,竭澤而漁,積壤而丘處,掘地而井飲,濬川而為池,築城而為固,拘獸以為畜,則陰陽繆戾,四時失序,雷霆毀折,雹霜為害,萬物焦夭,處於太半,草木夏枯,三川絕而不流,分山川谿谷,使有壤界,計人眾寡,使有分數,設機械險阻以為備,制服色等異貴賤,老賢不肖行賞罰,則兵革起而忿爭生,虐殺不辜,誅罰無罪,於是興矣。

老子が言った。衰世の主は、山石を鑽り、金玉を提起し、蜃蛤を剔磨し、銅鐵を銷熔して、萬物滋さず。胎を剖き郊を焚き、巢を覆し卵を毀れば、鳳凰翔らず、麒麟游ばず。木を構えて臺と爲し、林を焚きて畋り、澤を竭して漁り、壤を積みて丘に處り、地を掘りて井飲み、川を疏浚して池と爲し、城を築きて固と爲し、獸を拘して以て畜と爲れば、則ち陰陽錯戾し、四時序を失い、雷霆毁折し、雹霜害を爲し、萬物焦夭し、大半に處り、草木夏枯れ、三川絕えて流れず。山川谿谷を分かち、壤界有らしめ、人衆寡を計り、分數有らしめ、機械險阻を設けて以て備と爲し、服色等を制して以て貴賤を異にし、賢不肖を考して賞罰を行えば(底本「老賢」に作る)、則ち兵革起りて忿爭生じ、無辜を虐殺し、無罪を誅罰し、是に興起す。

老子曰:世之將喪性命,猶陰氣之所起也,主闇昧而不明,道廢而不行,德滅而不揚,舉事戾於天,發號逆四時,春秋縮其和,天地除其德,人君處位而不安,大夫隱遁而不言,群臣推上意而壞常,疏骨肉而自容,邪人諂而陰謀遽載,驕主而像其意,亂人以成其事,是故君臣乖而不親,骨肉疏而不附,田無立苖,路無緩步,金積折廉,壁襲無贏,殼龜無腹,蓍筮日施,天下不合而為一家,諸侯製法各異習俗,悖拔其根而棄其本,鑿五刑,為刻削,爭於錐刀之末,斬刈百姓,盡其太半,舉兵為難,攻城濫殺,覆高危安,大沖車,高重壘,除戰隊,使陣死路,犯嚴敵,百姓一反,名聲苟盛,兼國有地,伏屍數十萬,老弱飢寒而死者不可勝計。自此之後,天下未嘗得安其性命,樂其習俗也。賢聖勃然而起,持以道德,輔以仁義,近者進其智,遠者懷其德,天下混而為一,子孫相代輔佐,黜讒佞之端,息未辯之說,除刻削之法,去煩苛之事,屏流言之跡,塞朋黨之門,消智能,循大常,隳枝體,黜聰明,大通混冥,萬物各復歸其根。夫聖人非能生時,時至而不失也,是以不得中絕。

老子が言った。世將に性命を喪わんとするは、陰氣の起る所の如し。主暗昧して明ならず、道廢れて行われず、德滅して揚がらず、事を舉げて天に戾り、號を發して四時に逆い、春秋其の和を縮め、天地其の德を除く。人君位に處りて安んぜず、大夫隱遁して言わず、群臣上意を推して常を壞り、骨肉を疏して自容し、邪人諂い陰謀急載し、主を驕らして其の意を仿い、亂人來りて其の事を成す。是の故に君臣乖して親しまず、骨肉疏して附せず、田に立苗なく(底本「立苖」に作る)、路に緩步なく、金積みて廉を折れ、璧疊ねて贏なく(底本「壁襲」に作る)、占卜の龜甲に腹なく、蓍筮日に施行す。天下合して一と爲らず、諸侯法を制して各習俗を異にし、悖逆に其の根を拔き其の本を棄て、五刑を開鑿し、刻削を做し、錐刀の末に爭い、百姓を斬刈し、其の大半を盡し、兵を舉げて難と爲し、城を攻め濫殺し、高きを覆し安きを危うくし、大衝車、高重壘、戰隊を除去し、陣を死路と爲し、嚴敵を犯す。百姓一反して、名聲苟盛んに、國を兼ね地有りて、尸を伏す數十萬、老弱飢寒して死するは計るに勝えず。此より後、天下未だ嘗て其の性命を安んじ其の習俗を樂しむを得ず。賢聖勃然として起り、道德を用いて持し、仁義を用いて輔き、近きは其の智を進め、遠きは其の德を懷き、天下混として一と爲り、子孫相代わりて輔佐し、讒佞の端を黜し、末辯の說を息め、刻削の法を除き、煩苛の事を去り、流言の迹を屏し、朋黨の門を塞ぎ、智能を消し、大常に循い、肢體を隳し、聰明を黜し、大通混冥、萬物各其の根に復歸す。聖人は能く時を生ずるに非ず、時至りて失わざるなり。是の故に中絕するを得ず。

老子曰:酆水之深十仞而不受塵垢,金石在中,形見於外,非不深且清也,魚鱉蛟龍莫之歸也。石上不生五穀,秀山不遊麋鹿,無所蔭蔽也。故為政以苛為察,以切為明,以刻下為忠,以計多為功,如此者譬猶廣革者也,大敗大裂之道也,其政悶悶,其民淳淳,其政察察,其民缺缺。

老子が言った。酆水の深き十仞にして塵垢を受けず、金石其の中に在りて、形外に見ゆ、深く且つ清ならざるに非ずとも、魚鼈蛟龍之に歸するなし。石上は五穀を生ぜず、秀山は麋鹿游ばず、是れ蔭蔽する所なし。故に政を爲すに苛を以て察と爲し、切を以て明と爲し、下を刻するを以て忠と爲し、計多きを以て功と爲すは、斯の如きは譬えば皮革を擴張するが如く、是れ大敗大裂の道なり。政治寬厚朴鈍なれば、百姓淳厚老實なり。政治苛察精明なれば、百姓澆薄缺缺なり。

老子曰:以政治國,以奇用兵。先為不可勝之政,而後求勝於敵,以未治而攻人之亂,是猶以火應火,以水應水也,同莫足以相治,故以異為奇,奇靜為躁奇,治為亂奇,飽為飢奇,逸為勞奇,正之相應,若水火金木之相伐也,何往而不勝,故德均則眾者勝寡,力敵則智者制愚,智同則有數者禽無數。

老子が言った。清正の道を用いて國家を治理し、出奇の法を用いて兵を帶び戰を打つ。先づ勝つ可からざる政を做して、然る後に敵に向かいて勝を求む。未治を用いて人の亂を攻むるは、譬えば火を以て火に應じ、水を以て水に應ずるが如く、同は以て相治するに足らず、故に異を用いて奇と爲す。奇は靜を以て躁の奇と爲し、治を以て亂の奇と爲し、飽を以て飢の奇と爲し、逸を以て勞の奇と爲す。正の相應は、水火金木相伐するが如く、何往に勝たざらん。故に德均しければ則ち衆の寡に勝ち、力敵すれば則ち智の愚を制服し、智同じければ則ち數有るの數無きを擒す。

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