Libo

淮南子

西汉 · 刘安

道(老子が万物の本原と運行のあり方を指すために借りた字で、それ自体は名づけ得ない)は、天を覆い、地を載せ、四方を開き、八極を分け、高くて極ま…

道家典籍

まず老子と荘子内篇を読み、列子・文子・淮南子へ進む。道教が「道」をどう修持として書いたかを見るには、陰符経・黄庭・参同契・悟真篇と抱朴子を読む。

原道訓

夫道者,覆天載地,廓四方,柝八極,高不可際,深不可測,包裹天地,稟授無形。原流泉浡,沖而徐盈,混混滑滑,濁而徐清。故植之而塞於天地,橫之而彌於四海,施之無窮而無所朝夕。舒之幎於六合,卷之不盈於一握。約而能張,幽而能明,弱而能強,柔而能剛。橫四維而含陰陽,紘宇宙而章三光。甚淖而滒,甚纖而微。山以之高,淵以之深,獸以之走,鳥以之飛,日月以之明,星歷以之行,麟以之遊,鳳以之翔。

道(老子が万物の本原と運行のあり方を指すために借りた字で、それ自体は名づけ得ない)は、天を覆い、地を載せ、四方を開き、八極を分け、高くて極まりがなく、深くて測れず、天地を包み、無形を万物に与える。それは泉の湧き出るように、空虚でありながら徐々に満ち、混々として流れ、濁りながら徐々に澄む。だから立てれば天地に充ち、横たえれば四海に弥(わた)り、施すこと窮まりなく朝夕の間もない。広げれば六合を覆い、巻けば一握に満たない。約すればよく張り、幽くてよく明らかになり、弱くてよく強くなり、柔くてよく剛となる。四維を横断して陰陽を含み、宇宙を維して日月星の三光を明らかにする。それはとても潤って滑らかであり、また極めて細かく微かである。山はこれによって高く、淵はこれによって深く、獣はこれによって走り、鳥はこれによって飛び、日月はこれによって明るく、星辰と暦はこれによって行われ、麒麟はこれによって游び、鳳凰はこれによって翔ける。

泰古二皇,得道之柄,立於中央,神與化遊,以撫四方。是故能天運地滯,輪轉而無廢,水流而不止,與萬物終始。風興雲蒸,事無不應;雷聲雨降,並應無窮。鬼出電入,龍興鸞集;鈞旋轂轉,周而復匝。已彫已琢,還反於樸。無為為之而合於道,無為言之而通乎德,恬愉無矜而得於和,有萬不同而便於性,神託於秋豪之末,而大宇宙之總。其德優天地而和陰陽,節四時而調五行。呴諭覆育,萬物群生,潤於草木,浸於金石,禽獸碩大,豪毛潤澤,羽翼奮也,角觡生也,獸胎不贕,鳥卵不毈,父無喪子之憂,兄無哭弟之哀,童子不孤,婦人不孀,虹蜺不出,賊星不行,含德之所致也。

太古の二皇は道の枢柄を得て中央に立ち、神を造化とともに游ばせて四方を撫した。だから天を運行させ地を安定させ、輪のように転がり続け、水のように流れ止まず、万物と終始をともにした。風が興り雲が蒸せば、事として応じないものはなく、雷が鳴り雨が降れば、ともに応えて窮まらない。鬼のように出で、電のように入り、龍が興り鸞が集まり、陶鈞の旋転・車轂の回転のように、一周してまた巡る。すでに彫りすでに琢(みが)いても、なお朴(加工されていない原木。人為に彫琢されていない本真な状態の喩え)に返る。無為(主観的な意志で強引に介入せず、物をその本性のままに行わせること。何もしないことではない)をもって事をなせば道に合い、無為をもって言えば徳(道が具体的な物に落ちて現れる性能で、倫理上の徳目ではない)に通じ、恬愉にして矜(おご)らなければ和を得、万物はそれぞれ異なりながら皆おのが性に便(たよ)る。神は秋毫の末に託し、また大きくは宇宙の総体となる。その徳は天地に優りて陰陽を和し、四時を節して五行を調える。温かく覆育して万物が群生し、草木に潤い、金石に浸み、禽獣は大きく、毫毛は潤沢し、羽翼は奮い立ち、角觡は生じ、獣の胎は夭死せず、鳥の卵は毈(くだ)け敗れず、父に子を喪う憂いなく、兄に弟を哭する哀れなく、童子は孤にならず、婦人は孀(やもめ)にならず、虹蜺は出ず、賊星は行われない。これは皆、徳を含んだことの致すところである。

夫太上之道,生萬物而不有,成化像而弗宰。跂行喙息,蠉飛蝡動,待而後生,莫之知德;待之後死,莫之能怨。得以利者不能譽,用而敗者不能非。收聚畜積而不加富,佈施稟授而不益貧。旋縣而不可究,纖微而不可勤。累之而不高,墮之而不下,益之而不眾,損之而不寡,斲之而不薄,殺之而不殘,鑿之而不深,填之而不淺。忽兮怳兮,不可為象兮;怳兮忽兮,用不屈兮;幽兮冥兮,應無形兮;遂兮洞兮,不虛動兮。與剛柔卷舒兮,與陰陽俛仰兮。昔者馮夷、大丙之御也,乘雲車,入雲蜺,遊微霧,騖怳忽,歷遠彌高以極往,經霜雪而無跡,照日光而無景,扶搖抮抱羊角而上,經紀山川,蹈騰昆侖,排閶闔,淪天門。末世之御,雖有輕車良馬,勁策利鍛,不能與之爭先。是故大丈夫恬然無思,澹然無慮;以天為蓋,以地為輿;四時為馬,陰陽為御;乘雲陵霄,與造化者俱。縱志舒節,以馳大區。可以步而步可以驟而驟。令雨師灑道,使風伯埽塵。電以為鞭策,雷以為車輪。上游於霄雿之野,下出於無垠之門。劉覽偏照,復守以全。經營四隅,還反於樞。故以天為蓋,則無不覆也;以地為輿,則無不載也;四時為馬,則無不使也;陰陽為御,則無不備也。是故疾而不搖,遠而不勞,四支不動,聰明不損,而知八紘九野之形埒者,何也?執道要之柄,而遊於無窮之地。是故天下之事,不可為也,因其自然而推之。萬物之變,不可究也,秉其要歸之趣。

あの最上の道は、万物を生じても有とせず、形象を成しても宰(つかさど)らない。足で行き口で息するもの、飛ぶもの蠕(うご)くものは、それを待って後に生じ、徳を知る者はなく、それを待って後に死し、怨むことができる者もない。利を得た者はそれを誉めることができず、それを用いて敗れた者はそれを非とすることができない。聚め蓄えても富まず、布施し与えても貧しくならない。それは旋り懸(か)かって窮めることができず、纖微にして数え尽くせない。累ねても高くならず、堕としても下がらず、益しても衆くならず、損じても寡くならず、斫っても薄くならず、殺しても残(のこ)らず、鑿(うが)っても深くならず、填めても浅くならない。恍惚として、象をなすことができず、惚恍として、用いられて屈(つ)きず、幽冥として、応じて形なく、遂洞として、動いて虚しくない。剛柔とともに巻舒し、陰陽とともに俛仰する。昔、馮夷・大丙が御したとき、雲車に乗り、雲蜺に入り、微霧に游び、恍惚に騖(はし)り、遠く高く歴て極まりまで往き、霜雪を経て跡なく、日光を照りて影なく、扶揺に乗り羊角の風を捲いて上り、山川を経紀し、昆侖を蹈騰し、閶闔を排して天門に淪(しず)む。末世の御者は、軽車良馬・硬鞭利刺があっても、彼らと先を争うことができない。だから大丈夫は恬然として思索なく、淡然として計慮ない。天をもって蓋とし、地をもって輿とし、四時をもって馬とし、陰陽をもって御者とする。雲に乗り霄に陵(のぼ)り、造化者とともにあり、志を放ち節を緩めて、広大の域に馳騁する。緩く行くべきときは緩く行き、馳せるべきときは馳せる。雨師に道を洒(そそ)がせ、風伯に塵を掃わせる。電をもって鞭策とし、雷をもって車輪とする。上は高遠空曠の郊に游び、下は無際の門より出る。覧れば遍く照らし、また守りて完全を保つ。四方を経営し、枢軸に反る。だから天をもって蓋とすれば覆わざるなく、地をもって輿とすれば載せざるなく、四時をもって馬とすれば使わざるなく、陰陽をもって御とすれば備わらざるない。だから疾(と)くして搖れず、遠くして労せず、四肢動かず聡明損なわれずして、八紘九野の形埒を知ることができる。なぜか。道の枢要を執りて無窮の地に游ぶからである。だから天下の事は強いてすべからず、自然(自ずから然る。本来そうであることで、「大自然」ではない)に順って推し求めるべきである。万物の変化は窮められないが、その帰する要領を掴むのである。

夫鏡水之與形接也,不設智故,而方圓曲直弗能逃也。是故響不肆應,而景不一設,叫呼彷彿,默然自得。人生而靜,天之性也。感而後動,性之害也。物至而能神應,知之動也。知與物接,而好憎生焉。憎成形,而知誘於外,不能反己,而天理滅矣。故達於道者,不以人易天,外與物化,而內不失其情。至無而供其求,時聘而要其宿。小大修短,各有其具,萬物之至,騰踴餚亂而不失其數。是以處上而民弗重,居前而眾弗害,天下歸之,姦邪畏之。以其無爭於萬物也,故莫敢與之爭。

鏡と水が物の形に接するや、智巧を設けないのに、方円曲直で逃れられるものはない。だから響は肆(ほしいまま)に応えず、影は一々に設けず、叫呼は彷彿(ほうふつ)として、黙然と自ら得る。人は生まれながらに静である。これが天の性である。感じて後に動くのは、性の害(そこな)いである。物が至りて神のごとく応ずるのは、知の動きである。知が物に接すれば好憎が生じ、憎が形を成せば知は外に誘われて己に反ることができず、天理は滅する。だから道に達した者は、人為をもって天を易(か)えず、外は物とともに化し、内はその情を失わない。至無にしてその求めに供し、時に騁(は)せてもその宿(やど)りを要する。小大脩短、それぞれ具(そな)わりあり、万物が至り、騰踴淆乱してもその数を失わない。こうして上に処りて民は重しとせず、前に居りて衆は害されず、天下はこれに帰し、姦邪はこれを畏れる。万物と争わないから、敢えてこれと争う者がないのである。

夫臨江而釣,曠日而不能盈羅,雖有鉤箴芒距,微綸芳餌,加之以詹何、娟嬛之數,猶不能與網罟爭得也。射者扞烏號之弓,彎棋衛之箭,重之羿、逢蒙子之巧,以要飛鳥,猶不能與羅者競多。何則?以所持之小也。張天下以為之籠,因江海以為之罟,又何亡魚失鳥之有乎!故矢不若繳,繳不若無形之像。

江に臨んで釣れば、曠日しても一籮に盈(み)たず、鉤箴芒距・微綸芳餌があって、詹何・娟嬛の術を加えても、なお網罟と所得を争えない。射る者は烏号の弓を扞(ひ)き、綦衛の箭を彎(ひ)き、羿・逢蒙子の巧みを重ねて飛鳥を要(もと)めても、なお羅(あみ)を張る者と多さを競えない。なぜか。持つところが小さいからである。天下を張って籠となし、江海に因って罟となせば、逃げる魚・失う鳥があろうか。だから矢は繳(しるしの糸を付けた矢)に如かず、繳は無形の象(像)に如かない。

夫釋大道而任小數,無以異於使蟹捕鼠,蟾蠩捕蚤,不足以禁姦塞邪,亂乃逾滋。昔者夏鯀作三仞之城,諸侯背之,海外有狡心。禹知天下之叛也,乃壞城平池,散財物,焚甲兵,施之以德,海外賓伏,四夷納職,合諸侯於塗山,執玉帛者萬國。故機械之心藏於胸中,則純白不粹,神德不全,在身者不知,何遠之所能懷!是故革堅則兵利,城成則沖生,若以湯沃沸,亂乃逾甚。是故鞭噬狗,策蹄馬,而欲教之,雖伊尹、造父弗能化。欲寅之心亡於中,則飢虎可尾,何況狗馬之類乎!故體道者逸而不窮,任數者勞而無功。

大道を釈(す)てて小技を任ずるのは、蟹に鼠を捕らせ、蟾蜍(せんじょ)に蚤を捕らせるのに異ならず、姦を禁じ邪を塞ぐに足らず、乱はかえってますます滋(まさ)る。昔、夏の鮌(こん)が三仞の城を作ると、諸侯は彼に背き、海外に狡(こつ)の心があった。禹は天下の叛くを知り、城を壊し池を平らげ、財物を散じ、甲兵を焚き、徳をもって施した。すると海外は賓伏し、四夷は職を納め、塗山に諸侯を合して、玉帛を執って来た者は万国であった。だから機械の心を胸中に蔵すれば、純白は粹(すなお)でなくなり、神德は全からず、身に在る者も知らず、何の遠きを懐(なつ)けることができよう。甲革堅ければ兵は利となり、城成れば衝(突車)は生じ、湯をもって沸を沃(そそ)ぐようなもので、乱はますます甚しくなるだけである。だから噬(か)む狗を鞭ち、蹄(け)る馬を策して、これを教えようとしても、伊尹・造父といえども化することができない。害しようとする心(底本は「寅」。旧校は多く「害」類の義とする)が内より亡(な)くなれば、飢えた虎でも尾行できる。まして狗馬の類をや。だから道を体する者は逸して窮せず、数を任ずる者は労して功なし。

夫峭法刻誅者,非霸王之業也;箠策繁用者,非致遠之術也。離朱之明,察箴末於百步之外,不能見淵中之魚。師曠之聰,合八風之調,而不能聽十里之外。故任一人之能,不足以治三畝之宅也。脩道理之數,因天地之自然,則六合不足均也。是故禹之決瀆也,因水以為師;神農之播穀也,因苗以為教。

峭刻な法・苛酷な誅は、霸王の業ではない。箠策を繁く用いるのは、致遠の術ではない。離朱の明は百歩の外に箴の末を察しても、淵中の魚を見ることができない。師曠の聡は八風の調を合しても、十里の外を聴くことができない。だから一人の能を任じても、三畝の宅を治めるに足らない。道理の数を脩め、天地の自然に因れば、六合も均(なら)するに足りない。だから禹が瀆(みぞ)を決するや、水をもって師となし、神農が穀を播くや、苗をもって教(きょう)としたのである。

夫萍樹根於水,木樹根於土,鳥排虛而飛,獸蹠實而走,蛟龍水居,虎豹山處,天地之性也。兩木相摩而然,金火相守而流,員者常轉,窾者主浮,自然之勢也。是故春風至則甘雨降,生育萬物,羽者嫗伏,毛者孕育,草木榮華,鳥獸卵胎,莫見其為者,而功既成矣。秋風下霜,倒生挫傷,鷹鵰搏鷙,昆蟲蟄藏,草木註根,魚鱉湊淵,莫見其為者,滅而無形。木處榛巢,水居窟穴,禽獸有芄,人民有室,陸處宜牛馬,舟行宜多水,匈奴出穢裘,於越生葛絺,各生所急以備燥溼,各因所處以禦寒暑,並得其宜,物便其所。由此觀之,萬物固以自然,聖人又何事焉!九疑之南,陸事寡而水事眾,於是民人被髮文身,以像鱗蟲,短綣不恊,以便涉遊,短袂攘卷,以便刺舟,因之也。鴈門之北,狄不穀食,賤長貴壯,俗尚氣力,人不弛弓,馬不解勒,便之也。故禹之裸國,解衣而入,衣帶而出,因之也。今夫徙樹者,失其陰陽之性,則莫不枯槁。故橘樹之江北則化而為枳,鴝鵒不過濟,貈渡汶而死,形性不可易,勢居不可移也。是故達於道者,反於清淨;究於物者,終於無為。以恬養性,以漠處神,則入於天門。所謂天者,純粹樸素,質直皓白,未始有與雜糅者也。所謂人者,偶䁟智故,曲巧偽詐,所以俛仰於世人而與俗交者也。故牛岐蹄而戴角,馬被髦而全足者,天也。絡馬之口,穿牛之鼻者,人也。循天者,與道遊者也。隨人者,與俗交者也。

浮萍は水に根を紮(つ)け、樹木は土に根を紮け、鳥は虚空を排して飛び、獣は実地を蹴って走り、蛟龍は水に住み、虎豹は山に住む。これが天地の性である。両木は相摩すれば燃え、金と火は相守れば鎔け流れ、円なるものは常に転がり、空なるものは浮くを主とする。これが自然の勢である。だから春風が至れば甘雨を降らし、万物を生育し、羽あるものは孵伏し、毛あるものは孕育し、草木は栄華し、鳥獣は卵胎する。為す者を見る者はいないのに、功はすでに成る。秋風が霜を下せば、倒生の草木は挫傷し、鷹雕は搏擊し、昆虫は蟄蔵し、草木は養分を根に注ぎ返し、魚鳖は深淵に湊(あつ)まる。為す者を見る者はいないのに、滅して形がない。木に住む者は榛の巣を用い、水に住む者は窟穴を用い、禽獣には草蓐があり、人民には室がある。陸に処るには牛馬が宜しく、舟行は水の多いところが宜しく、匈奴は粗裘を出し、于越は葛𫄨を出す。それぞれ急に需(もと)むるところを産して燥湿に備え、それぞれ処るところに就いて寒暑を禦(ふせ)ぎ、一斉にその宜しきを得、物はおのおのその所に便(よ)る。これより観れば、万物はもとより自然に依るのに、聖人はなぜ事をなさんや。九疑山以南は、陸の事が少なく水の事が多い。そこで人民は髪を披き身に文(あや)をして鱗虫を模し、短衣に絝(こ)を加えずして涉水游渡に便(よ)くし、短袖を捲って撑船に便くする。これは当地に因循するのである。雁門以北では、狄人は穀食せず、年長を軽んじ壮健を重んじ、風俗は気力を尚び、人は弓を弛めず、馬は勒を解かない。これは当地に便るのである。だから禹は裸国に至るや、衣を解いて入り、衣帯を著けて出た。これも因循である。今、樹木を移し植える者が、その陰陽の性を失えば、枯槁しないことはない。だから橘樹は江北に植えれば枳に化し、鸜鵒は済水を過ぎて飛べず、貉は汶水を渡れば死ぬ。形性は改易すべからず、処る所の勢は挪移すべからざるものである。だから道に達した者は清浄に反り、物を窮める者は無為に帰する。恬をもって性を養い、淡漠をもって神を安んじ処れば、天門に入る。いわゆる天とは、純粹朴素・質直皓白にして、いまだ雑糅と混ざらないものである。いわゆる人とは、偶差智巧・曲巧偽詐にして、世人に俛仰し流俗と交わるためのものである。だから牛が蹄を分け角を戴き、馬が鬃を被り蹄の全きは、天である。馬の口を絡め、牛の鼻を穿つのは、人である。天に循う者は、道とともに游ぶ。人為に従う者は、俗と交わる。

夫井魚不可與語大,拘於隘也;夏蟲不可與語寒,篤於時也;曲士不可與語至道,拘於俗,束於教也。故聖人不以人滑天,不以欲亂情,不謀而當,不言而信,不慮而得,不為而成,精通於靈府,與造化者為人。

井の中の魚には广大を語るべからず。狭隘に拘されているからである。夏の虫には寒さを語るべからず。時節に限(かぎ)られているからである。郷曲の士には至道を語るべからず。流俗に拘され教条に束されているからである。だから聖人は人為をもって天を乱さず、欲望をもって情を擾(みだ)さず、謀らずして当たり、言わずして信じられ、慮らずして得、為さずして成る。精気は霊府に通じ、造化者と伴(ともな)うのである。

夫善遊者溺,善騎者墮,各以其所好,反自為禍。是故好事者未嘗不中,爭利者未嘗不窮也。昔共工之力,觸不周之山,使地東南傾。與高辛爭為帝,遂潛於淵,宗族殘滅,繼嗣絕祀。越王翳逃山穴,越人燻而出之,遂不得已。由此觀之,得在時,不在爭;治在道,不在聖。土處下,不爭高,故安而不危;水下流,不爭先,故疾而不遲。昔舜耕於歷山,期年,而田者爭處墝埆,以封壤肥饒相讓;釣於河濱,期年,而漁者爭處湍瀨,以曲隈深潭相予。當此之時,口不設言,手不指麾,執玄德於心,而化馳若神。使舜無其志,雖口辯而戶說之,不能化一人。是故不道之道,莽乎大哉!夫能理三苗,朝羽民,徙裸國,納肅慎;未發號施令而移風易俗者,其唯心行者乎!法度刑罰,何足以致之也?是故聖人內修其本,而不外飾其末,保其精神,偃其智故,漠然無為而無不為也,澹然無治也而無不治也。所謂無為者,不先物為也;所謂無不為者,因物之所為。所謂無治者,不易自然也;所謂無不治者,因物之相然也。

水に游ぶに善(よ)い者はしばしば溺れ、馬に乗るに善い者はしばしば墜ちる。それぞれ好むところによって、かえって自ら禍をなすのである。だから事を好む者で中傷されざるはなく、利を争う者で窮せざるはない。昔、共工が力をもって不周山に撞(つ)くと、地は東南に傾いた。高辛と帝を争い、ついに深淵に沈み、宗族は残滅し、継嗣は祭祀を絶った。越王の翳は山穴に逃げたが、越人は煙で燻(いぶ)り出し、已むを得ずして立った。これより観れば、得は時に在りて争に在らず、治は道に在りて聖に在らず。土は下に処りて高を争わず、だから安くして危うからず。水は下に流れて先を争わず、だから疾くして遅れず。昔、舜は暦山に耕し、一年満つるや、田を耕す者は争って磽薄の地に処り、封壤の肥饒を人に譲った。河濱に釣るや一年満ちて、魚を取る者は争って急湍に処り、曲岸の深潭を人に譲った。この時において、口は言辞を設けず、手は指揮せず、玄徳を心に持して、教化は神のごとく馳走した。もし舜にその志なかりせば、口才善弁・戸ごとに説いても、一人を化する能(あた)わざりしならん。だから道べからざるの道は、莽莽として大いかな。三苗を治め、羽民を朝せしめ、裸国を徙(うつ)し、肅慎を収納し、号令を発せずして風俗を移易するは、おそらく心行の者のみであろう。法度刑罰は、どうしてこれを致すに足らん。だから聖人は内にその本を脩めて、外に末を飾らず、精神を保全し、智巧を停息し、漠然として無為にして成らざるなく、淡然として無治にして治まらざるなし。いわゆる無為とは、物の先に立って為さないこと。いわゆる無不為とは、物の自ら為すに因循すること。いわゆる無治とは、自然を改易しないこと。いわゆる無不治とは、物と物の彼此相宜するに因循することである。

萬物有所生,而獨知守其根;百事有所出,而獨知守其門。故窮無窮,極無極,照物而不眩,響應而不乏,此之謂天解。故得道者志弱而事強,心虛而應當。所謂志弱而事強者,柔毳安靜,藏於不敢,行於不能,恬然無慮,動不失時,與萬物回周旋轉,不為先唱,感而應之。是故貴者必以賤為號,而高者必以下為基。託小以包大,在中以制外,行柔而剛,用弱而強,轉化推移,得一之道,而以少正多。所謂其事強者,遭變應卒,排患扞難,力無不勝,敵無不凌,應化揆時,莫能害之。是故欲剛者必以柔守之,欲強者必以弱保之。積於柔則剛,積於弱則強,觀其所積,以知禍福之鄉。強勝不若己者,至於若己者而同;柔勝出於己者,其力不可量。故兵強則滅,木強則折,革固則裂,齒堅於舌而先之敝。是故柔弱者,生之榦也;而堅強者,死之徒也。先唱者,窮之路也;後動者,達之原也。何以知其然也?凡人中壽七十歲,然而趨舍指湊,日以月悔也,以至於死,故蘧伯玉年五十而有四十九年非。何者?先者難為知,而後者易為攻也。先者上高,則後者攀之;先者踰下,則後者蹶之;先者隤陷,則後者以謀;先者敗績,則後者違之。由此觀之,先者,則後者之弓矢質的也。猶錞之與刃,刃犯難而錞無患者,何也?以其託於後位也。此俗世庸民之所公見也,而賢知者弗能避也。所謂後者,非謂其底滯而不發,凝結而不流,貴其周於數而合於時也。

万物はそれぞれ生じる所があるが、道を得た者のみが根を守るを知る。百事はそれぞれ出づる所があるが、彼のみが門を守るを知る。だから無窮を窮め、無極に至り、物を照らして眩惑せず、応じて匱(つ)きない。これを天解という。だから道を得た者は志弱くして事強く、心虚くして応対当たる。いわゆる志弱くして事強きは、柔毳安静にして、敢えてせずに蔵れ、能(あた)わざるに行い、恬然として計慮なく、動きて時機を失わず、万物と回旋周転し、先んじて倡(とな)えず、感ずる所ありて応ずる。だから貴き者は必ず賤をもって称号となし、高き者は必ず下をもって根基となす。小に寄託して大を包み、中に処りて外を制し、柔を行いて能く剛となり、弱を用いて能く強となる。転化推移して一の道を得、少をもって多を正す。いわゆるその事強きは、変故に遭い突然に応じ、患難を排除し、力に勝れざるなく、敵に凌駕せられず、変化に応じ時機を揆(はか)り、害すること能わざるものなし。だから剛ならんと欲する者は必ず柔をもって守り、強ならんと欲する者は必ず弱をもって保つ。柔に積めば剛となり、弱に積めば強となる。積む所を観れば、禍福の向かうを知り得る。強は己に如かざるに勝つのみ、己と同じきに遇(あ)えば拉(ひし)がれる。柔は己に超出するに勝ち、その力は量り難い。だから兵強ければ滅び、木強ければ折れ、革固ければ裂け、歯は舌より堅きも先に敝(やぶ)れる。だから柔弱は生の主たり、堅強は死の徒なり。先んじて倡えるは窮の路、後れて発するは達の源である。何をもってかくのごとくを知る。凡人は中寿七十歳なれど、趨舎指湊(むきかいの取捨)は日に月に悔いて死に至る。だから蘧伯玉は五十歳にして四十九年の非を知った。なぜか。前に走る者は預(あらかじ)め知り難く、後に走る者は取り易い。前の者が高きに登れば、後の者はこれに攀(よ)じ、前の者が躍び下れば、後の者はこれを蹴り、前の者が崩陥すれば、後の者は計をもちい、前の者が敗績すれば、後の者は避ける。これより観れば、前に走る者は、後の者の弓矢の的なり。譬えば矛の柄と刃のごとし。刃は危難を犯して柄は患(わずら)いなし。なぜか。後位に寄託するをもってなり。これは世俗庸民の皆見るところなれど、賢智の者は偏(あえ)て避くること能わざる。いわゆる後とは、停滞して発せず、凝結して流れざるを謂うにあらず。貴ぶべきは術数に周全して時機に合するにある。

夫執道理以耦變,先亦制後,後亦制先。是何則?不失其所以制人,人不能制也。時之反側,間不容息,先之則太過,後之則不逮。夫日回而月周,時不與人遊,故聖人不貴尺之璧,而重寸之陰,時難得而易失也。禹之趨時也,履遺而弗取,冠掛而弗顧,非爭其先也,而爭其得時也。是故聖人守清道而抱雌節,因循應變,常後而不先。柔弱以靜,舒安以定,攻大䃺堅,莫能與之爭。

道理を執りて変化に配すれば、先もまた後を制し、後もまた先を制する。これはなぜか。人を制する所以のものを失わなければ、人も彼を制することができないからである。時の反側は、間隙に一息を容れず、先んずれば過ぎ、後れれば及ばない。日は回り月は周るも、時は人とともに游ばない。だから聖人は尺大の璧を貴ばず、寸陰を貴ぶ。時は得難くして失い易い。禹は時を趨(お)うや、鞋が落ちても拾わず、冠が挂(か)かっても顧みなかった。彼の先を争わんとするにあらず、時を得んと争うなり。だから聖人は清道を守りて雌節を抱き、因循して変に応じ、常に後に処りて先を争わず。柔弱をもって静を求め、舒安をもって定を求め、大を攻め堅を磨しても、これと争う能わざるなし。

天下之物,莫柔弱於水,然而大不可極,深不可測,修極於無窮,遠淪於無涯,息耗減益,通於不訾,上天則為雨露,下地則為潤澤,萬物弗得不生,百事不得不成,大包群生而無好憎,澤及蚑蟯而不求報,富贍天下而不既,德施百姓而不費,行而不可得窮極也,微而不可得把握也,擊之無創,刺之不傷,斬之不斷,焚之不然,淖溺流遁,錯繆相紛而不可靡散,利貫金石,強濟天下,動溶無形之域,而翱翔忽區之上,邅回川穀之間,而滔騰大荒之野,有餘不足,與天地取與,授萬物而無所前後,是故無所私而無所公,靡濫振蕩,與天地鴻洞,無所左而無所右,蟠委錯紾,與萬物始終,是謂至德。夫水所以能成其至德於天下者,以其淖溺潤滑也。故老聃之言曰:「天下至柔,馳騁天下之至堅。出於無有,入於無間。吾是以知無為之有益。」夫無形者,物之大祖也;無音者,聲之大宗也。其子為光,其孫為水,皆生於無形乎!夫光可見而不可握,水可循而不可毀,故有像之類,莫尊於水。

天下の物に、水より柔弱なるはなし。しかるに大にして終極なく、深にして測れず、長にして窮まらず、遠沈して涯岸なく、消長増減して計量すべからず。天に上れば雨露となり、地に下れば潤沢となる。万物これを得ずんば生ぜず、百事これを得ずんば成らず。大いに群生を包みて好悪なく、恩沢は細虫に及んで報いを求めず、天下を富贍して窮まらず、徳は百姓に施して費(つ)きず。行えども窮極すべからず、微細にして把握すべからず。撃てども創(いた)まず、刺せども傷まず、斬れども断たず、焼けども燃えず。湿軟にして流遁し、錯雑紛糾にして消散すべからず。鋭くして金石を貫き、強力にして天下を済助す。無形の区域に活動し、恍惚の区宇の上に翱翔し、渓谷の間に徘徊し、大荒の野に滔騰す。余あるも不足あるも、皆天地とともに取与し、万物に授けて先後なし。だから私もなく公もなく、浩蕩振蕩して天地と相通じ、左もなく右もなく、蟠曲錯綜して万物と終始をともにす。これを至徳という。水が天下にその至徳を成し得る所以は、その湿軟滑潤なるがゆえである。だから老聃の言に曰く、「天下に最も柔なるものは、天下に最も堅なるものを馳騁す。無有より出で、無間隙に入る。吾これをもって無為の有益なるを知る」と。無形は物の大祖、無音は声の大宗。その子は光、その孫は水、皆無形より生ずるにあらずや。光は見るべくして握るべからず、水は循(した)いて摸(さぐ)るべくして毀(こわ)すべからず。だから形象ある類のなかに、水より尊きはなし。

出生入死,自無蹠有,自有蹠無,而以衰賤矣。是故清靜者,德之至也;而柔弱者,道之要也;虛無恬愉者,萬物之用也。肅然應感,殷然反本,則淪於無形矣。所謂無形者,一之謂也。所謂一者,無匹合於天下者也。卓然獨立,塊然獨處,上通九天,下貫九野,員不中規,方不中矩,大渾而為一葉,累而無根,懷囊天地,為道關門,穆忞隱閔,純德獨存,佈施而不既,用之而不勤。是故視之不見其形,聽之不聞其聲,循之不得其身,無形而有形生焉,無聲而五音鳴焉,無味而五味形焉,無色而五色成焉。是故有生於無,實出於虛,天下為之圈,則名實同居。音之數不過五,而五音之變不可勝聽也。味之和不過五,而五味之化不可勝嘗也。色之數不過五,而五色之變不可勝觀也。故音者,宮立而五音形矣;味者,甘立而五味亭矣;色者,白立而五色成矣;道者,一立而萬物生矣。是故一之理,施四海;一之解,際天地。其全也,純兮若樸;其散也,混兮若濁。濁而徐清,沖而徐盈,澹兮其若深淵,汎兮其若浮云,若無而有,若亡而存。萬物之總,皆閱一孔;百事之根,皆出一門。其動無形,變化若神;其行無跡,常後而先。是故至人之治也,掩其聰明,滅其文章,依道廢智,與民同出於公。約其所守,寡其所求,去其誘慕,除其嗜慾,損其思慮。約其所守則察,寡其所求則得。夫任耳目以聽視者,勞形而不明;以知慮為治者,苦心而無功。是故聖人一度循軌,不變其宜,不易其常,放準修繩,曲因其當。

生より出でて死に入り、無より有に走り、有より無に走れば、これによって衰賤す。だから清靜は徳の極至、柔弱は道の枢要、虚無恬愉は万物の用なり。肅然として感に応じ、殷然として本に反れば、無形に沈む。いわゆる無形とは一なり。いわゆる一とは、天下に匹合するものなきなり。卓然として独立し、塊然として独り処り、上は九天に通じ、下は九野を貫き、円なれど規に合わず、方なれど矩に合わず、大いに渾として一(底本は「一葉」)となり、累積して根なく、懐抱して天地を囊括し、道の關門となり、穆然として隱閔し、純徳独り存し、布施して窮まらず、これを用いて労せず。だから之を視るに形を見ず、聴くに声を聞かず、摸するに身を得ず。無形にして有形はここより生じ、無声にして五音はここより鳴り、無味にして五味はここより顯れ、無色にして五色はここより成る。だから有は無より生じ、実は虚より出づ。天下は一圏をなし、名と実と同居す。音の数は五に過ぎざれど、五音の変化は聴くとも尽くせず。味の和は五に過ぎざれど、五味の変化は嘗むとも尽くせず。色の数は五に過ぎざれど、五色の変化は視るとも尽くせず。だから音についていえば、宮立ち定まりて五音形を成し、味についていえば、甘立ち定まりて五味停匀し、色についていえば、白立ち定まりて五色成就し、道についていえば、一立ち定まりて万物出生す。だから一の理は四海に施行し、一の解は天地に際接す。その完整なるときは純なること朴のごとく、その散ずるときは混なること濁のごとし。濁なれど徐々に清く、虚なれど徐々に盈ち、淡として淵のごとく、飄として浮雲のごとく、無に似て有り、亡に似て存す。万物の總会は皆一孔を経由し、百事の根は皆一門より出づ。その動きに形なく、変化すること神のごとく、その往くに跡なく、常に後に処りて先んず。だから至人の治は、聡明を掩い、文采を滅し、道に依りて智を廃し、民とともに公より出づ。守る所を約し、求むる所を減じ、誘慕を去り、嗜欲を除き、思慮を減損す。所守を約すれば明察し、所求を減ずれば得。耳目を任じて聴視する者は、形を労して明ならず。智慮をもって治むる者は、心を苦しめて功なし。だから聖人は法度を統一し軌跡を循遵し、所宜を改変せず、常道を改易せず、水準を放(なら)え、墨繩を脩め、曲折に当(た)る所に因循する。

夫喜怒者,道之邪也;憂悲者,德之失也;好憎者,心之過也;嗜慾者,性之累也。人大怒破陰,大喜墜陽;薄氣發瘖,驚怖為狂;憂悲多恚,病乃成積;好憎繁多,禍乃相隨。故心不憂樂,德之至也;通而不變,靜之至也;嗜慾不載,虛之至也;無所好憎,平之至也;不與物散,粹之至也。能此五者,則通於神明。通於神明者,得其內者也。是故以中制外,百事不廢;中能得之,則外能收之。中之得,則五藏寧,思慮平,筋力勁強,耳目聰明,疏達而不悖,堅強而不鞼,無所大過而無所不逮,處小而不逼,處大而不窕,其魂不躁,其神不嬈,湫漻寂寞,為天下梟。

喜怒は道の邪(よこしま)なり、憂悲は徳の過なり、好悪は心の過なり、嗜欲は性の累なり。人は大怒すれば陰を破り、大喜すれば陽を墜(おと)す。薄気発すれば音を失い、驚怖すれば狂となる。憂悲多怒すれば病は積み成り、好悪繁多すれば禍はこれに従う。だから心に憂なく楽なきは徳の極至、通達して妄変せざるは静の極至、嗜欲を載せざるは虚の極至、好悪なきは平の極至、物とともに散乱せざるは粹の極至。能くこの五者をなせば、神明に通ず。神明に通ずる者は、内を得たる者なり。だから中をもって外を制すれば百事廃れず、中能く得れば外能く収まる。中に得る所あれば、五臓は安寧し、思慮は平らぎ、筋力は強勁にして耳目は聡明、疏達にして悖乱せず、堅強にして折れず、大過なく達せざるなく、小に処りて逼仄せず、大に処りて空疏せず、魂躁(さわ)がず神擾れず、清靜寂寞にして天下の雄長となる。

大道坦坦,去身不遠,求之近者,往而復反。迫則能應,感則能動;物穆無窮,變無形像。優遊委縱,如響之與景;登高臨下,無失所秉;履危行險,無忘玄伏。能存之此,其德不虧,萬物紛糅,與之轉化,以聽天下,若背風而馳,是謂至德。至德則樂矣。古之人有居巖穴而神不遺者,末世有勢為萬乘而日憂悲者。由此觀之,聖亡乎治人,而在於得道;樂亡乎富貴,而在於德和。知大己而小天下,則幾於道矣。所謂樂者,豈必處京臺、章華,遊雲夢、沙丘,耳聽九韶、六瑩,口味煎熬芬芳,馳騁夷道,釣射鷫鷞之謂樂乎?吾所謂樂者,人得其得者也。夫得其得者,不以奢為樂,不以廉為悲,與陰俱閉,與陽俱開。故子夏心戰而臞,得道而肥。聖人不以身役物,不以欲滑和,是故其為懽不忻忻,其為悲不惙惙,萬方百變,消搖而無所定,吾獨慷慨,遺物而與道同出。是故有以自得之也,喬木之下,空穴之中,足以適情。無以自得也,雖以天下為家,萬民為臣妾,不足以養生也。能至於無樂者,則無不樂;無不樂,則至極樂矣。

大道は坦坦として、身を離れて遠からず。近きに求め、往きてもまた反る。逼(せま)れば応じ、感すれば動く。深微無窮にして変化に形象なし。優游委縦して、響の声に随い影の形に随うがごとし。高に登り下に臨みても秉持する所を失わず、危を履み険を行いても玄伏を忘れず。能くこれを心に存すれば、徳は虧(か)けず、万物の紛乱駁雑はこれとともに転化す。これをもって天下を聴けば、風を背負いて馳するがごとし。これを至徳という。至徳あれば即ち楽し。古人に巖穴に住みて神離散せざるあり、末世に権勢万乘にして日々憂悲するあり。これより観れば、聖は人を治するに在らず、道を得るに在り、楽は富貴に在らず、徳和に在り。己の大なるを知り天下の小なるを知れば、道に近づく。いわゆる楽とは、必ずしも京台・章華に住み、雲夢・沙丘に游び、耳に九韶・六瑩を聴き、口に煎熬芬芳を嘗め、平坦の大道に馳騁し、鹔鷞を釣射するを謂わんや。我が謂うところの楽とは、人がその当に得るべきを得るなり。当に得るを得る者は、奢をもって楽とせず、儉をもって悲とせず、陰とともに閉じ、陽とともに開く。だから子夏は心の交戦すれば癈(や)せ、道を得れば肥えた。聖人は身をもって物に役せず、欲望をもって和を攪乱せず。だからその歓喜は忻忻たらず、その悲傷は惙惙たらず。万方百変して逍遙に定まる所なく、我は独り慷慨して、物を遺棄して道とともに出づ。だから自ら得る以(よ)るものあれば、喬木の下・空穴の中も、亦た情を適(かな)うるに足る。自ら得る以るものなければ、天下をもって家となし萬民をもって臣妾となすとも、生を養うに足らず。能く無楽の地に至れば、楽しまざるなし。楽しまざるなければ、即ち極楽なり。

夫建鍾鼓,列管絃,席旃茵,傅旄象,耳聽朝歌北鄙靡靡之樂,齊靡曼之色,陳酒行觴,夜以繼日,強弩弋高鳥,走犬逐狡兔,此其為樂也,炎炎赫赫,怵然若有所誘慕。解車休馬,罷酒徹樂,而心忽然若有所喪,悵然若有所亡也。是何則?不以內樂外,而以外樂內,樂作而喜,曲終而悲,悲喜轉而相生,精神亂營,不得須臾平。察其所以,不得其形,而日以傷生,失其得者也。是故內不得於中,稟授於外而以自飾也,不浸於肌膚,不浹於骨髓,不留於心志,不滯於五藏。故從外入者,無主於中,不止。從中出者,無應於外,不行。故聽善言便計,雖愚者知說之;稱至德高行,雖不肖者知慕之。說之者眾而用之者鮮,慕之者多而行之者寡。所以然者,何也?不能反諸性也。夫內不開於中而強學問者,不入於耳而不著於心。此何以異於聾者之歌也?效人為之而無以自樂也,聲出於口則越而散矣。

鍾鼓を建て、管弦を陳べ、旃茵を鋪き、旄象を附け、耳は朝歌北鄙の靡靡の楽を聴き、柔曼の女色を配え、酒を陳べ觴を行き、夜をもって日に継ぎ、強弩に高鳥を射、狗を放ちて狡兎を追う。かくのごとき快楽は、炎炎赫赫として、怵然として引き慕うものあるがごとし。車を解き馬を休め、酒を罷め楽を撤するに及んで、心は忽然として喪う所あるがごとく、悵然として亡くしたるがごとし。これはなぜか。内の楽をもって外に対せずして、外の楽をもって内を娯しめばなり。楽作れば喜び、曲終れば悲しみ、悲喜転々相生して、精神乱れ営み、片刻も平らぐなし。察るにその然らしむる所以、形を得ることなきも、日々生命を傷つく。これは当に得る所を失える者なり。だから内に中に得ずして、外より禀受して自ら修飾するは、肌膚に浸らず、骨髓に透らず、心志に留まらず、五臓に滞らず。だから外より入るものは、中に主なければ停まらず、中より出るものは、外に応なければ行われず。だから善言便計を聞くや、愚人といえども喜ぶを知り、至徳高行を称するや、不肖の者といえども慕うを知る。然るに喜ぶ者は多くして用いる者は少なく、慕う者は多くして行う者は少ない。然らしむる所以はなぜか。性に反る能わざればなり。内に中に向かいて開かずして強いて学問する者は、耳に入らず心にも著かず。これ聾の歌うと何ぞ異ならん。人に倣(なら)いて為すも自ら楽しむに以(よ)るなきは、声口より出づれば越えて散ずるなり。

夫心者,五藏之主也,所以制使四支,流行血氣,馳騁於是非之境,而出入於百事之門戶者也。是故不得於心而有經天下之氣,是猶無耳而欲調鐘鼓,無目而欲喜文章也,亦必不勝其任矣。故天下神器,不可為也,為者敗之,執者失之。夫許由小天下而不以己易堯者,志遺於天下也。所以然者,何也?因天下而為天下也。天下之要,不在於彼而在於我,不在於人而在於我身,身得則萬物備矣。徹於心術之論,則嗜慾好憎外矣。是故無所喜而無所怒,無所樂而無所苦,萬物玄同也,無非無是,化育玄燿,生而如死。

心は五臓の主宰にして、四肢を制使し、血気を流行せしめ、是非の境に馳騁し、百事の門戸に出入する。だから心に得ずして天下を経営するの気あるは、耳なしにして鍾鼓を調えんとし、目なしにして文采を好まんとするに譬ゆ。必ずその職任に勝てざるなり。だから天下は神器にして、強為すべからず。為す者はこれを敗り、執持する者はこれを失う。許由は天下を軽んじて自らをもって堯に替えざりしは、心志が天下を遺棄せしなり。然らしむる所以はなぜか。天下に因循して天下を為せばなり。天下の要は、彼に在らずして我に在り、人に在らずして我が身に在り。自得すれば、万物備わる。心術の議論に透徹すれば、嗜欲好悪は外に在り。だから喜ぶべきも怒るべきもなく、楽しむべきも苦しむべきもなし。万物玄同して、非なく是なし。化育玄耀して、生きて死せるがごとし。

夫天下者亦吾有也,吾亦天下之有也,天下之與我,豈有間哉!夫有天下者,豈必攝權持勢,操殺生之柄而以行其號令邪?吾所謂有天下者,非謂此也,自得而已。自得,則天下亦得我矣。吾與天下相得,則常相有,己又焉有不得容其間者乎!所謂自得者,全其身者也。全其身,則與道為一矣。故雖遊於江潯海裔,馳要褭,建翠蓋,目觀掉羽、武象之樂,耳聽滔朗奇麗激抮之音,揚鄭、衛之浩樂,結激楚之遺風,射沼濱之高鳥,逐苑囿之走獸,此齊民之所以淫泆流湎,聖人處之,不足以營其精神,亂其氣志,使心怵然失其情性。處窮僻之鄉,側谿谷之間,隱於榛薄之中,環堵之室,茨之以生茅,蓬戶甕牖,揉桑為樞,上漏下溼,潤浸北房,雪霜滖灖,浸潭眾蔣,逍遙於廣澤之中,而仿洋於山峽之旁,此齊民之所為形植黎黑,憂悲而不得志也,聖人處之,不為愁悴怨懟,而不失其所以自樂也。是何也?則內有以通於天機,而不以貴賤貧富勞逸失其志德者也。故夫烏之啞啞,鵲之唶唶,豈嘗為寒暑燥溼變其聲哉!是故夫得道已定,而不待萬物之推移也,非以一時之變化而定吾所以自得也。吾所謂得者,性命之情處其所安也。

天下もまた我の有とする所、我もまた天下の有とする所。天下と我、何ぞ間隔あらん。天下を有する者は、必ずしも権柄を攝(と)り勢位を把持し、殺生の柄を操りて号令を施さんや。我が謂う天下を有するとは、これを謂うにあらず、ただ自得するのみ。自得すれば、天下もまた我を得たり。我と天下と互相得れば、常に相保ち、己はまた何ぞ其間に容(い)れざることあらん。いわゆる自得とは、身を全うする者なり。身を全うすれば、即ち道と一を為す。だから江の辺・海の裔に游び、要裊の駿馬に馳騁し、翠蓋を樹て、目に掉羽・武象の楽舞を視、耳に滔朗奇麗激蕩の音を聴き、鄭・衛の浩大の楽を揚げ、激楚の遺風を収結し、沼濱の高鳥を射、苑囿の走獣を追うとも、これ斉民の淫佚流湎する所以なれど、聖人その中に処りて、以てその精神を営擾し、気志を擾乱し、心を怵然として情性を失わしむるに足らず。窮僻の郷に処り、溪谷の間に側身し、榛薄の中に隠れ、環堵の屋、生茅をもって頂(いただ)きを蓋い、蓬戸瓮牖、桑を揉みて門枢と為し、上漏り下湿り、北房に潤浸し、雪霜交下り、衆蒋に浸漬すとも、広沢の中に逍遙し、山峡の旁(かたわ)らに徜徉す。これ斉民の形を銷(や)せ黎黒にし、憂悲して志を得ざる所以なれど、聖人その中に処りて、これによって愁悴怨懟せずして、自ら楽しむ所以を失わず。これはなぜか。内に以て天機に通ずるものありて、貴賤貧富労逸をもってその志徳を失わざればなり。だから烏鴉は啞啞、喜鵲は唶唶、何ぞ寒暑燥湿によってその声を改変せんや。だから道を得ることすでに定まれば、万物の推移を待たず、一時の変化をもって我が自得する所以を定めざるなり。我が謂う得とは、性命の情がその安んずる所に処るなり。

夫性命者,與形俱出其宗,形備而性命成,性命成而好憎生矣。故士有一定之論,女有不易之行,規矩不能方圓,鉤繩不能曲直。天地之永,登丘不可為脩,居卑不可為短。是故得道者,窮而不懾,達而不榮,處高而不機,持盈而不傾,新而不朗,久而不渝,入火不焦,入水不濡。是故不待勢而尊,不待財而富,不待力而強,平虛下流,與化翱翔。若然者,藏金於山,藏珠於淵,不利貨財,不貪勢名。是故不以康為樂,不以慊為悲,不以貴為安,不以賤為危,形神氣志,各居其宜,以隨天地之所為。夫形者,生之舍也;氣者,生之充也;神者,生之制也。一失位,則三者傷矣。是故聖人使人各處其位,守其職,而不得相乾也。故夫形者非其所安也而處之則廢,氣不當其所充而用之則洩,神非其所宜而行之則昧。此三者,不可不慎守也。

性命は形とともにあの宗より出で、形具われば性命成り、性命成れば好悪生ず。だから士には一定の議論があり、女には改易すべからざる行いがある。規矩は別に方円をなす能わず、鈎縄は別に曲直をなす能わず。天地はかくのごとく長久なれど、丘に登るを脩長と算すべからず、卑下に処るを短と算すべからず。だから道を得た者は、窮しても懾(おそ)れず、達しても自ら栄とせず、高に処りて危殆せず、盈を持して傾覆せず、新なれど炫耀せず、久しくして改変せず、火に入りて焦げず、水に入りて濡れず。だから勢を待たずして尊く、財を待たずして富み、力を待たずして強し。平虚にして下流に処り、造化と翱翔す。かくのごとき者は、金を山に蔵し、珠を淵に蔵し、貨財をもって利ありとせず、勢名を貪らず。だから安康をもって楽とせず、不足をもって悲とせず、貴をもって安とせず、賤をもって危とせず、形・神・気・志は各々その宜しき所に居りて、天地の為す所に隨順す。形は生の房舎、気(万物を構成し貫通する流動するもの)は生の充実、神は生の主宰なり。一たび位を失えば、三者皆傷つく。だから聖人は人をして各々その位に処りその職を守らしめて、相い干犯せしめず。だから形もしその安んずる所にあらずしてそこに処らしめれば廃し、気もしその充実する所に当たらずしてこれを用いれば泄(も)れ、神もしその宜しきにあらずしてこれを行えば暗昧となる。この三者、謹んで守らざるべからず。

夫舉天下萬物,蚑蟯貞蟲,蝡動蚑作,皆知其所喜憎利害者,何也?以其性之在焉而不離也,忽去之,則骨肉無倫矣。今人之所以眭然能視,營然能聽,形體能抗,而百節可屈伸,察能分白黑、視醜美,而知能別同異、明是非者,何也?氣為之充,而神為之使也。何以知其然也?凡人之志各有所在而神有所繫者,其行也,足蹪趎埳、頭抵植木而不自知也,招之而不能見也,呼之而不能聞也。耳目非去之也,然而不能應者,何也?神失其守也。故在於小則忘於大,在於中則忘於外,在於上則忘於下,在於左則忘於右。無所不充,則無所不在。是故貴虛者以豪末為宅也。

天下の万物を挙げるに、細虫・甲虫、蠕動爬行するものまで、皆おのが喜悪利害を知る。なぜか。その性そこに在りて離れざればなり。忽ち去れば、骨肉に倫序なからん。今人の能く目を開いて見、鋭く聴き、形体の抗挙し、百節の屈伸すべきは、察に能く白黒を分かち美醜を見、知に能く同異を別ち是非を明らかにするはなぜか。気がこれがために充実し、神がこれがために役使せばなり。何をもってかくのごとくを知る。凡人の志それぞれ在る所あり神繋がる所あるとき、彼歩けば、足は坑に踐(ふ)み入り頭は木柱に撞(ぶつ)かるも自ら知らず、これを呼ぶも見えず、これを喚(よ)ぶも聞こえず。耳目去らざるも、然るに応ずる能わず。なぜか。神が守る所を失えばなり。だから小に在れば大を忘れ、内に在れば外を忘れ、上に在れば下を忘れ、左に在れば右を忘る。充実せざるなければ、在らざるなし。だから虚を重んずる者は、毫末をもって宅とす。

今夫狂者之不能避水火之難而越溝瀆之險者,豈無形神氣志哉?然而用之異也。失其所守之位,而離其外內之舍,是故舉錯不能當,動靜不能中,終身運枯形於連嶁列埒之門,而蹪蹈於汙壑阱陷之中,雖生俱與人鈞,然而不免為人戮笑者,何也?形神相失也。故以神為主者,形從而利;以形為制者,神從而害。貪饕多欲之人,漠歐於勢利,誘慕於名位,冀以過人之智植於高世,則神日以耗而彌遠,久淫而不還,形閉中距,則神無由入矣。是以天下時有盲妄自失之患。此膏燭之類也,火逾然而消逾亟。夫精神氣志者,靜而日充者以壯,躁而日耗者以老。是故聖人將養其神,和弱其氣,平夷其形,而與道沈浮俛仰,恬然則縱之,迫則用之。其縱之也若委衣,其用之也若發機。如是,則萬物之化無不遇,而百事之變無不應。

今の狂人は水火の災難を避け、溝瀆の険阻を越ゆる能わざるも、豈に形神気志なからんや。然るに用い方が異なるなり。守る所の位を失い、外内の房舎を離るれば、挙措して当を得ず、動静して節に中(あ)たらず、終身枯形を連綿たる高地・列埒の門に運転して、污壑阱陷の中に跌(まず)く。生きて人と同等なれど、人の戮笑を免れず。なぜか。形と神と相い失えばなり。だから神をもって主とする者は、形これに従いて利あり。形をもって制する者は、神これに従いて害を受く。貪饕多欲の者は、茫然として勢利に駆使され、名位に誘慕せられ、人に過ぎたる智をもって世に高出する所に立たんと希望すれば、神は日々に消耗してますます遠く、久しく淫(ひた)りて反らず、形閉じ中拒まれば、神は入るに由なし。これによって天下にしばしば盲目妄為・自ら迷失するの禍患あり。これ膏燭の類のごとし。火ますます燃ゆれば、消ゆることますます急なり。精神気志は、静かにして日々に充実するは壮(さかん)なり、躁(さわ)がしくして日々に消耗するは老なり。だから聖人はその神を将養し、その気を和弱し、その形を平夷にし、道とともに沈浮俛仰し、恬然として放ち、急迫すれば用いる。これを放つこと衣を脱ぐがごとき自然、これを用いること弩機を扳(ひ)くがごとき迅疾なり。かくのごときなれば、万物の変化に遇(あ)わざるなく、百事の変遷に応ぜざるなし。

俶真訓

有始者,有未始有有始者,有未始有夫未始有有始者。有有者,有無者,有未始有有無者,有未始有夫未始有有無者。

始まりあるの段階あり、いまだ「始まりあり」あらざるの段階あり、いまだあの「いまだ始まりありあらざる」あらざるの段階あり。「有」あり、「無」あり、いまだ「有無」あらざるの段階あり、いまだあの「いまだ有無あらざる」あらざるの段階あり。

所謂有始者,繁憤未發,萌兆牙櫱,未有形埒垠堮,無無蝡蝡,將欲生興而未成物類。有未始有有始者,天氣始下,地氣始上,陰陽錯合,相與優遊競暢於宇宙之間,被德含和,繽紛蘢蓯,欲與物接而未成兆朕。有未始有夫未始有有始者,天含和而未降,地懷氣而未揚,虛無寂寞,蕭條霄雿,無有彷彿,氣遂而大通冥冥者也。有有者,言萬物摻落,根莖枝葉,青蔥苓蘢,萑蔰炫煌,蠉飛蝡動,蚑行噲息,可切循把握而有數量。有無者,視之不見其形,聽之不聞其聲,捫之不可得也,望之不可極也,儲與扈冶,浩浩瀚瀚,不可隱儀揆度而通光耀者。有未始有有無者,包裹天地,陶冶萬物,大通混冥,深閎廣大,不可為外,析豪剖芒,不可為內,無環堵之宇而生有無之根。有未始有夫未始有有無者,天地未剖,陰陽未判,四時未分,萬物未生,汪然平靜,寂然清澄,莫見其形,若光燿之間於無有,退而自失也,曰:「予能有無,而未能無無也。及其為無無,至妙何從及此哉!」

いわゆる始まりありとは、繁盛の生機いまだ発せず、萌芽牙蘖いまだ形埒の边界なし。蠕蠕として動き、将に生じ興らんとして未だ物類を成さず。いわゆるいまだ「始まりあり」あらざるとは、天気始めて下降し、地気始めて上昇し、陰陽錯合し、彼此宇宙の間に優游競暢し、徳を披き和を含み、繽紛葱蘢として、物と接せんと欲して未だ兆朕を成さず。いわゆるいまだあの「いまだ始まりありあらざる」あらざるとは、天は和を含みて未だ降らず、地は気を懐きて未だ揚がらず、虚無寂寞・蕭条空曠にして、彷彿の形影なく、気通達して冥冥の中に大通す。いわゆる「有」ありとは、万物錯落し、根茎枝葉、青葱苓蘢、華彩炫煌として、飛ぶもの蠕くもの、爬(は)うもの喘ぐもの、触摸把握すべくして数量あるを謂う。いわゆる「無」ありとは、之を視るに形を見ず、之を聴くに声を聞かず、之を摸するに得られず、之を望むに辺を見ず、寛広浩瀚にして儀表をもって測度すべからざれど、光耀に通ずる能し。いわゆるいまだ「有無」あらざるとは、天地を包裹し、万物を陶冶し、大通混冥・深閎広大にして、外をなすべからず、毫を析り芒を剖くとも内をなすべからず。環堵の宇なきも有無の根を生ず。いわゆるいまだあの「いまだ有無あらざる」あらざるとは、天地いまだ剖(わか)たれず、陰陽いまだ判別せず、四時いまだ分かたれず、万物いまだ生ぜず、汪然として平静、寂然として清澄にして、其の形を見る者なし。光耀の無有の間に一閃するがごとく、退きて即ち自ら失い、曰く「我は有無する能し、然れど未だ無無する能わず。無無を成すを待たば、至妙また何処をもってか此に及ばん」と。

夫大塊載我以形,勞我以生,逸我以老,休我以死。善我生者,乃所以善我死也。夫藏舟於壑,藏山於澤,人謂之固矣。雖然,夜半有力者負而趨,寐者不知,猶有所遁。若藏天下於天下,則無所遁其形矣。

大地は形をもって我を載せ、生をもって我を労せしめ、老をもって我を安んぜしめ、死をもって我を休ましむ。我が生を処り得たるは、即ち我が死を処り得たるなり。船を山谷に蔵し、山を大沢に蔵するも、人は固しと為す。然りと雖も、夜半に気力ある者之を負うて走れば、睡(ねむ)れる者知らず、仍(よ)りて逃遁する所有り。若し天下を天下に蔵せば、即ち其の形を逃遁すべきの地なし。

物豈可謂無大揚攉乎?一範人之形而猶喜。若人者,千變萬化而未始有極也。弊而復新,其為樂也,可勝計邪!譬若夢為鳥而飛於天,夢為魚而沒於淵,方其夢也,不知其夢也,覺而後知其夢也。今將有大覺,然後知今此之為大夢也。始吾未生之時,焉知生之樂也?今吾未死,又焉知死之不樂也?昔公牛哀轉病也,七日化為虎。其兄掩戶而入覘之,則虎搏而殺之。是故文章成獸,爪牙移易,志與心變,神與形化。方其為虎也,不知其嘗為人也;方其為人,不知其且為虎也。二者代謝舛馳,各樂其成形。狡猾鈍惛,是非無端,孰知其所萌!

物は豈に大概の輪郭なしと謂うべけんや。一たび模子をもって人の形に鋳られれば即ち喜ぶ。人のごときは、千変万化して未だ終極あらず。敝れて又新たなれば、其の楽しみ、何ぞ数え尽くさんや。譬えば夢に鳥と成りて天に飛び、夢に魚と成りて淵に沈むがごとし。夢に当たりては夢なるを知らず、醒めて後に夢なるを知る。今将に大覚あらんとし、然る後に眼前の此の大夢なるを知らん。當初我未だ生まれざるの時、何ぞ生の楽を知らんや。今我未だ死せず、又何ぞ死の楽ならざるを知らんや。昔、公牛哀は転化の病を得て、七日にして虎と化した。其の兄門を掩いて入りて窺えば、虎即ち搏殺せり。故に文彩は獣と変じ、爪牙移易し、志と心と変り、神と形と化す。彼が虎たるに当たりては、曾て人たりしを知らず、彼が人たるに当たりては、将に虎と成らんを知らず。二者代謝して錯馳し、各々已に成れる形を楽しむ。狡猾と遅鈍と、是非端緒なし。誰か其の萌する所を知らん。

夫水嚮冬則凝而為冰,冰迎春則泮而為水,冰水移易於前後,若周員而趨,孰暇知其所苦樂乎!是故形傷於寒暑燥溼之虐者,形苑而神壯;神傷乎喜怒思慮之患者,神盡而形有餘。故罷馬之死也,剝之若槁;狡狗之死也,割之猶濡。是故傷死者其鬼嬈,時既者其神漠。是皆不得形神俱沒也。夫聖人用心,杖性依神,相扶而得終始,是故其寐不夢,其覺不憂。

水は冬に向えば凝結して氷と成り、氷は春に迎えば消融して水と成る。氷と水と前後に移易し、円周のごとく趨走す。誰か閑暇ありて其の苦楽を知らん。故に形は寒暑燥湿に虐傷せらるる者は、形枯れて神なお壮んなり。神は喜怒思慮に傷害せらるる者は、神尽きて形なお余あり。故に疲馬死すれば、剥ぎて枯木のごとし。狡狗死すれば、割きてなお湿る。故に傷れて死する者は、其の鬼人を擾(みだ)し、年寿尽きたるは、其の神淡漠なり。是れ皆形神をして倶に沈没せしめざる能わざるなり。聖人は心を用い、性に依仗し神に依託し、相扶持して終始を得。故に睡りて夢見ず、覚めて憂えず。

古之人有處混冥之中,神氣不蕩於外,萬物恬漠以愉靜,攙搶衡杓之氣莫不彌靡,而不能為害。當此之時,萬民猖狂,不知東西,含哺而遊,鼓腹而熙,交被天和,食於地德,不以曲故是非相尤,茫茫沈沈,是謂大治。於是在上位者,左右而使之,毋淫其性;鎮撫而有之,毋遷其德。是故仁義不布而萬物蕃殖,賞罰不施而天下賓服。其道可以大美興,而難以算計舉也。是故日計之不足,而歲計之有餘。

古の人は混冥の中に処り、神気は外に蕩(と)がず、万物恬漠にして愉静なり。彗孛・衡杓の類の妖気披靡せざるなきも、害を成す能わず。是の時に当たりて、萬民猖狂自適して東西を知らず、食を含みて游走し、腹を鼓して嬉戯し、交相天和を披き、地徳を食らい、曲巧是非をもって相責めず、茫茫沈沈として、是を大治と謂う。是に於て上位に在る者は、左右これを使嗾(しそう)して性を淫濫せしめず、鎮撫してこれを保有し、徳を遷改せしめず。故に仁義布施せずして万物蕃殖し、賞罰施加せずして天下賓服す。其の道は大美をもって興発すべきも、算計をもって挙げること難し。故に日を按じて計れば不足と覚え、年を按じて計れば余あり。

夫魚相忘於江湖,人相忘於道術。古之真人,立於天地之本,中至優遊,抱德煬和,而萬物雜累焉,孰肯解構人間之事,以物煩其性命乎!夫道有經紀條貫,得一之道,連千枝萬葉。是故貴有以行令,賤有以忘卑,貧有以樂業,困有以處危。夫大寒至,霜雪降,然後知松柏之茂也。據難履危,利害陳於前,然後知聖人之不失道也。是故能戴大員者履大方,鏡太清者視大明,立太平者處大堂,能遊冥冥者與日月同光。是故以道為竿,以德為綸,禮樂為鉤,仁義為餌,投之於江,浮之於海,萬物紛紛,孰非其有!

魚は江湖の中に相忘れ、人は道術の中に相忘る。古の真人は天地の本根に立ち、中正にして優游し、徳を抱き和に煦(あたた)まれ、万物錯雑して彼に積累す。誰か肯(あえ)て人間の事を糾纏し、外物をもって己の性命を煩擾せんや。道に経紀条貫あり、一の道を得れば、千枝万葉を連ねる能し。故に貴き者には以て令を行うあり、賤き者には以て卑下を忘るるあり、貧しき者には以て業を楽しむあり、困む者には以て危に処るあり。大寒至り、霜雪降りて、然る後に松柏の茂盛を知る。危難に拠守し危険を蹈んで、利害前に陳ぶるに、然る後に聖人の道を失わざるを知る。故に能く大円の天を頂く者は、大方の地を蹈み、能く太清の鏡を為す者は、大明を見、能く太平に立つ者は、大堂に処り、能く冥冥に游ぶ者は、日月と同光す。故に道をもって釣竿と為し、徳をもって釣線と為し、礼楽をもって鈎と為し、仁義をもって餌と為し、江に投げ海に浮かべば、万物紛紛として、何れか其の有とする所にあらざらん。

夫挾依於跂躍之術,提挈人間之際,撢掞挺挏世之風俗,以摸蘇牽連物之微妙,猶得肆其志,充其欲,何況懷瑰瑋之道,忘肝膽,遺耳目,獨浮游無方之外,不與物相弊摋,中徙倚無形之域而和以天地者乎!若然者,偃其聰明而抱其太素,以利害為塵垢,以死生為晝夜,是故目觀玉輅琬象之狀,耳聽白雪、清角之聲,不能以亂其神。登千仞之谿,臨蝯眩之岸,不足以滑其和。譬若鍾山之玉,炊以鑪炭,三日三夜而色澤不變。則至德天地之精也。是故生不足以使之,利何足以動之;死不足以禁之,害何足以恐之。明於死生之分,達於利害之變,雖以天下之大,易骭之一毛,無所概於志也。

彼の蹦跳の小術に依り、人間の交際を提挈し、世上の風俗を撥弄挺撞して、物の微妙を摸索牽連するも、なお能く心志を放肆し欲望を充満せしむ。況んや瑰瑋の道を懐き、肝膽を忘れ、耳目を遺棄し、独り無方の外に浮游し、物と相毀損せず、中途無形の区域に倚靠して天地と相和する者をや。是のごとき者は、聡明を放下して太素を抱き、利害を塵垢と視、死生を昼夜と視る。故に目は玉輅琬象の形状を視、耳は白雪・清角の楽声を聴くも、其の神を擾乱する能わず。千仞の溪谷に登り、猿猴も眩暈する岸に臨むも、其の和を擾乱するに足らず。譬えば鍾山の玉を、爐炭をもって炊(た)くとも、三日三夜色沢変わらず。是れ至徳・天地の精なり。故に生は以て彼を使嗾するに足らず、利は何ぞ以て彼を打動するに足らん。死は以て彼を禁止するに足らず、害は何ぞ以て彼を恐嚇するに足らん。死生の分際を明白にし、利害の変遷に通達すれば、天下のごとき大をもってすとも、小腿の一毛と換うとも、心志に触動する所なし。

夫貴賤之於身也,猶條風之時麗也;毀譽之於己,猶蚊虻之一過也。夫秉皓白而不黑,行純粹而不糅,處玄冥而不闇,休於天鈞而不䃣,孟門、終隆之山不能禁,雖體道能不敗,湍瀨旋淵、呂梁之深不能留也,太行石澗、飛狐、句望之險不能難也。是故身處江海之上,而神遊魏闕之下。非得一原,孰能至於此哉!

貴賤の身に於けるは、譬えば條風の一時吹き過ぐるがごとし。毀誉の己に於けるは、譬えば蚊虻の一度飛び過ぐるがごとし。皓白を秉持して変じて黑とならず、純粹を實行して駁雜せず、玄冥に處りて暗ならず、天鈞に休息して毀れず、孟門・終隆の山もこれを禁じ得ず。道を體認するも能く敗れず、急湍旋淵・呂梁の深も彼を留め得ず、太行石澗・飛狐・句望の險も彼を難(なや)め得ず。故に身は江海の上に在れども、神は魏闕の下に游ぶ。彼の一の本原を得るにあらずんば、誰か此の地步に到らんや。

是故與至人居,使家忘貧,使王公簡其富貴而樂卑賤,勇者衰其氣,貪者消其欲。坐而不教,立而不議,虛而往者實而歸,故不言而能飲人以和。是故至道無為,一龍一蛇,盈縮卷舒,與時變化。外從其風,內守其性,耳目不燿,思慮不營。其所居神者,臺簡以遊太清,引楯萬物,群美萌生。是故事其神者神去之,休其神者神居之。道出一原,通九門,散六衢,設於無垓坫之宇,寂漠以虛無。非有為於物也,物以有為於己也。是故舉事而順於道者,非道之所為也,道之所施也。

故に至人と同じく住せば、家に貧を忘れしめ、王公に富貴を輕んじ卑賤を樂しましめ、勇者に氣を衰減せしめ、貪者に欲を消せしむ。坐すれども教えず、立つれども議せず、空虚にして往く者は充實して反る。故に言わずして人をして和を飲ましむ。故に至道は無為にして、或いは龍となり或いは蛇となり、盈縮卷舒して時と變化す。外は風に隨い、内は性を守り、耳目眩耀せず、思慮營擾せず。其の神を安居せしむる所は、臺簡にして太清に游び、萬物を引挽し、群美萌生す。故に神を役使する者は神彼を離れ、神を休息せしむる者は神彼に住す。道は同じ本原より出で、九門を通り、六衢に散じ、無邊際の宇に設く。寂寞にして虛無なり。物に對して作為するにあらず、物自ら來りて己に對して作為す。故に事を辦りて道に順うは、道の為す所にあらず、道の施予する所なり。

夫天之所覆,地之所載,六合所包,陰陽所呴,雨露所濡,道德所扶,此皆生一父母而閱一和也。是故槐榆與橘柚合而為兄弟,有苗與三危通為一家。夫目視鴻鵠之飛,耳聽琴瑟之聲,而心在雁門之間,一身之中,神之分離剖判,六合之內,一舉而千萬裡。是故自其異者視之,肝膽胡、越;自其同者視之,萬物一圈也。百家異說,各有所出,若夫墨、楊、申、商之於治道,猶蓋之無一橑,而輪之無一輻,有之可以備數,無之未有害於用也。己自以為獨擅之,不通之於天地之情也。今夫治工之鑄器,金踴躍於鑪中,必有波溢而播棄者,其中地而凝滯,亦有以象於物者矣。其形雖有所小用哉,然未可以保於周室之九鼎也,又況比於規形者乎?其與道相去亦遠矣!

天の覆う所、地の載する所、六合の包む所、陰陽の噓暖する所、雨露の沾濡する所、道德の扶持する所、是れ皆一の父母より生じ、同一の和を經る。故に槐榆と橘柚と合して兄弟を成し、有苗と三危と通じて一家を成す。目は鴻鵠の飛を視、耳は琴瑟の聲を聽き、心は雁門の間に在り。一身の中、神は分離剖判す。六合の内、一擧すれば千萬里なり。故に差異の處より觀れば、肝と膽とは胡と越のごとく、同一の處より觀れば、萬物は一圏なり。百家異說して、各々出づる所有り。墨・楊・申・商の治道に於けるに至るは、譬えば車蓋に一橑を少くし、車輪に一輻を少くするがごとく、これ有れば數に備え、これ無くとも未だ用に害あらず。自ら以て獨擅と為すは、天地の實情に通ぜざるなり。今の冶工器を鑄るに、金爐中に踊躍して、必ず波溢して潑棄する有り、地に墮ちて凝滯し、亦た某かの物に象(に)たる有り。其の形雖も小用あるも、周室九鼎のごとく保つべからず。又何況規に合う形に比せんや。道と相去ること亦た遠し。

今夫萬物之疏躍枝舉,百事之莖葉條櫱,皆本於一根,而條循千萬也。若此則有所受之矣,而非所授者。所受者無授也而無不受也。無不受也者,譬若周雲之蘢蓯,遼巢彭濞而為雨,沈溺萬物而不與為溼焉。今夫善射者有儀表之度,如工匠有規矩之數,此皆所得以至於妙。然而奚仲不能為逢蒙,造父不能為伯樂者,是曰諭於一曲,而不通於萬方之際也。今以涅染緇則黑於涅,以藍染青則青於藍。涅非緇也,青非藍也,茲雖遇其母而無能復化已。是何則?以諭其轉而益薄也。何況夫未始有涅藍造化之者乎,其為化也,雖鏤金石,書竹帛,何足以舉其數!由此觀之,物莫不生於有也,小大優遊矣。

今の萬物は疏落躍起し、枝條擧伸し、百事の莖葉條蘖、皆一根に本づきて、條貫循行して千萬に至る。是のごとくは、即ち受くる所有り、然れど彼の授くる者にあらず。受くる所に授くる者なきも、受けざるなし。受けざるなきは、譬えば周密の雲の葱蘢たるがごとく、蓬蓬勃勃として雨を成し、萬物を沉溺せしむれども、彼らと倶に濕らず。今の善射する者に儀容法度あり、工匠に規矩の數あるがごとし。是れ皆得る所有りて妙に到れるなり。然れど奚仲は逢蒙を為す能わず、造父は伯樂を為す能わず。是れ一隅に通じて、萬方の邊際に通ぜざるを謂うなり。今、涅をもって緇を染むれば涅より黑く、藍をもって青を染むれば藍より青し。涅は緇にあらず、青は藍にあらず。此に到りて、再び其の母に遇うとも、更に變化する能わざるなり。是れ何を謂うか。以て轉ずるほど薄くなるを說明するなり。況んや未だ涅藍をもって造化せざるのや。其の變化は、金石を鏤刻し竹帛を書するも、何ぞ其の數を擧げ盡くすに足らん。此より觀れば、物は有より生ぜざるなし。小大皆優游すべし。

夫秋豪之末,淪於無間而復歸於大矣;蘆苻之厚,通於無㙬而復反於敦龐。若夫無秋豪之微,蘆苻之厚,四達無境,通於無圻,而莫之要御夭遏者,其襲微重妙,挺挏萬物,揣丸變化,天地之間何足以論之!夫疾風絎木,而不能拔毛髮;雲臺之高,墮者折脊碎腦,而鶫勁適足以翱翔。夫與蚑蟯同乘天機,夫受形於一圈,飛輕微細者,猶足以脫其命,又況未有類也?由此觀之,無形而生有形,亦明矣。是故聖人託其神於靈府,而歸於萬物之初,視於冥冥,聽於無聲,冥冥之中獨見曉焉,寂漠之中獨有照焉。其用之也以不用,其不用也而後能用之;其知也乃不知,其不知也而後能知之也。

秋毫の末、間隙なきの地に沈み、而も大に回歸す。蘆葦の膜のごとき薄さ、邊際なきに通じ、而も敦厚に反る。秋毫の微・蘆膜の厚も無きに至るは、四達して境なく、圻岸なきに通じ、能く要約攔阻する者なし。其れ微を承襲し妙を推重し、萬物を挺撞し、變化を摶弄す。天地の間、何ぞ以て之を討論するに足らん。疾風は樹木を折斷す(底本は「絎」。舊校は多く「折」の類とす)れども、毛髮を拔く能わず。雲臺のごとき高さ、墮下する人は脊を折り腦を碎くれども、小鳥は恰好翱翔に足る。細蟲と倶に天機に乘り、同一の圈より形を受け、飛びて輕く體微細なるは、尚お以て其の命を逃脫するに足る。又何況未だ物類せざるのや。此より觀れば、無形にして有形を生ず、亦た明白なり。故に聖人は神を靈府に寄託し、萬物の起初に回歸し、冥冥の中に視、無聲の中に聽く。冥冥の中に獨り曉明を見、寂寞の中に獨り照有り。其の用は是れ不用、正に不用なるが故に而る後に能用い。其の知は乃ち不知、正に不知なるが故に而る後に能知る。

夫天不定,日月無所載;地不定,草木無所植;所立於身者不寧,是非無所形。是故有真人然後有真知。其所持者不明,庸詎知吾所謂知之非不知歟?今夫積惠重厚,累愛襲恩,以聲華嘔苻嫗掩萬民百姓,使知之訢訢然,人樂其性者,仁也。舉大功,立顯名,體君臣,正上下,明親疏,等貴賤,存危國,繼絕世,決挐治煩,興毀宗,立無後者,義也。閉九竅,藏心志,棄聰明,反無識,芒然仿佯於塵埃之外,而消搖於無事之業,含陰吐陽,而萬物和同者,德也。是故道散而為德,德溢而為仁義,仁義立而道德廢矣。

天定まらずんば、日月載する所なし。地定まらずんば、草木植する所なし。身を立つる其の物寧(やす)んぜずんば、是非形を成す所なし。故に真人ありて而る後真知あり。其の把持する所明白ならざるに、又安んぞ我が謂うところの知は不知にあらざるを知らんや。今厚恩惠を積み、慈愛を累疊し、聲華をもって萬民百姓を撫煦して歡欣せしめ、人々おのが性を樂しましむは、是れ仁なり。大功を擧げ、顯名を立て、君臣を體認し、上下を端正し、親疏を標明し、貴賤を分別し、危國を保存し、絕世を接續し、紛亂を決斷し煩擾を治理し、毁れたる宗を興起し、後嗣なき者のために後を立つは、是れ義なり。九竅を閉じ、心志を藏め、聰明を抛棄し、無識に返回し、茫然として塵埃の外に徜徉し、無事の事業に逍遙し、陰を含み陽を吐き、萬物と和同すは、是れ德なり。故に道は散じて德と成り、德は滿溢して仁義と成る。仁義一たび立てば、道德廢る。

百圍之木,斬而為犧尊,鏤之以剞𠜾,雜之以青黃,華藻鎛鮮,龍蛇虎豹,曲成文章,然其斷在溝中,壹比犧尊、溝中之斷,則醜美有間矣,然而失木性,鈞也。是故神越者其言華,德蕩者其行偽。至精亡於中,而言行觀於外,此不免以身役物矣。夫趨舍行偽者,為精求於外也,精有湫盡,而行無窮極,則滑心濁神,而惑亂其本矣。其所守者不定,而外淫於世俗之風,所斷差跌者,而內以濁其清明,是故躊躇以終,而不得須臾恬澹矣。

百圍の大木、斫りて犧尊を作り、剞劂(底本「刾」の類は生僻なる剖刻字)をもって鏤刻し、青黃を雜え、華藻鮮亮にして、龍蛇虎豹、曲折して文彩を織成す。然るに其の斫斷せられたる一截は溝中に棄つ。犧尊を溝中の一截と比ぶれば、醜美差別有り。然れど木の性を失うは一なり。故に神離散する者は言說浮華、德放蕩する者は行爲虛僞なり。至精内に亡失し、言行外に觀視せらるるは、即ち自らを物に役せしむるを免れず。趨舍と虛僞の行爲は、精外に向かいて求むるなり。精に枯竭の時ありて、行爲に窮極なければ、心を攪亂し神を渾濁し、其の本を惑亂す。其の守る所定まらず、外に世俗の風氣に淫し、決斷する所差跌して、内に清明を濁す。故に躊躇して終るに至るまで、片刻の恬淡を得る能わず。

是故聖人內修道術,而不外飾仁義,不知耳目之宣,而遊於精神之和。若然者,下揆三泉,上尋九天,橫廓六合,揲貫萬物,此聖人之遊也。若夫真人,則動溶於至虛,而遊於滅亡之野,騎蜚廉而從敦圄,馳於外方,休乎宇內,燭十日而使風雨,臣雷公,役夸父,妾宓妃,妻織女,天地之間,何足以留其志!是故虛無者道之舍,平易者道之素。

故に聖人は内に道術を脩めて、外に仁義を修飾せず、耳目の炫耀を理會せずして、精神の和に游ぶ。是のごとき者は、下は三泉を揆度し、上は九天を尋ね、六合を橫開し、萬物を貫穿す。是れ聖人の游なり。真人に至りては、則ち至虛に活動し、滅亡の郊野に游び、蜚廉に騎り敦圄に從い、外方に馳せ、宇内に休息し、十日を照らし風雨を使嗾し、雷公を以て臣と爲し、夸父を役使し、宓妃を以て妾と爲し、織女を以て妻と爲す。天地の間、何ぞ其の志を留むるに足らん。故に虛無は道の房舍、平易は道の素質なり。

夫人之事其神而嬈其精,營慧然而有求於外,此皆失其神明而離其宅也。是故凍者假兼衣於春,而暍者望冷風於秋,夫有病於內者必有色於外矣。夫梣木色青翳,而蠃瘉蝸睆,此皆治目之藥也。人無故求此物者,必有蔽其明者。聖人之所以駭天下者,真人未嘗過焉;賢人之所以矯世俗者,聖人未嘗觀焉。夫牛蹄之涔,無尺之鯉;塊阜之山,無丈之材。所以然者何也?皆其營宇狹小,而不能容巨大也。又況乎以無裹之者邪!此其為山淵之勢亦遠矣。夫人之拘於世也,必形繫而神洩,故不免於虛。使我可係羈者,必其有命在於外也。

人が自らの神を役使して精を擾動し、營營として聡明を外に求めるのは、皆神明を失いてその宅を離れることである。だから凍えた者は春に重ねて衣を着、暑さに中(あた)った者は秋に冷風を盼(のぞ)み、内に病ある者は外に必ず気色がある。梣木は青翳を治し、螺類は目疾を愈(いや)す。これらは皆目を治す薬である。人が故もなくこれらの物を求めるのは、必ずその明を蔽(おお)うものがあるからである。聖人が天下を驚動した所以は、真人いまだ経(へ)たらず。賢人が世俗を矯正した所以は、聖人いまだ観たらず。牛の蹄の窪みの积水には尺の鯉なく、土塊のごとき小山には丈の材なし。然らしむる所以はなぜか。皆営宇狭小にして、巨大を容れる能わざればなり。況んや「無」をもって包裹するものをや。これ山淵の勢とも遠し。人が世に拘わるるは、必ず形繋がれて神外に泄(も)る。だから虚を免れず。假使我が繋縛羈絆せらるべくんば、必ず命外に在る有り。

至德之世,甘瞑於溷澖之域,而徙倚於汗漫之宇,提挈天地而委萬物,以鴻濛為景柱,而浮揚乎無畛崖之際。是故聖人呼吸陰陽之氣,而群生莫不顒顒然,仰其德以和順。當此之時,莫之領理,決離隱密而自成,渾渾蒼蒼,純樸未散,旁薄為一,而萬物大優,是故雖有羿之知而無所用之。

至德の世は、甘心瞑目して渾涵の区域に在り、汗漫の宇に倚靠し、天地を提挈して萬物を付與し、鴻蒙を以て影柱と爲し、畛崖なきの邊際に浮揚す。故に聖人は陰陽の氣を呼吸し、群生仰がざるなく、其の德を仰いで和順す。是の時に當たりて、領理する者なく、決離隱密して自ら成就し、渾渾蒼蒼、純樸未だ散ぜず、磅礴して一を爲し、萬物大いに優裕す。故に羿のごとき智ありとも、用うる所なし。

及世之衰也,至伏羲氏,其道昧昧芒芒然,吟德懷和,被施頗烈,而知乃始昧昧晽晽,皆欲離其童蒙之心,而覺視於天地之間,是故其德煩而不能一。乃至神農、黃帝,剖判大宗,竅領天地,襲九竅,重九窽,提挈陰陽,嫥捖剛柔,枝解葉貫,萬物百族,使各有經紀條貫,於此萬民睢睢盱盱然,莫不竦身而載聽視,是故治而不能和下。棲遲至於昆吾、夏後之世,嗜慾連於物,聰明誘於外,而性命失其得。施及周室之衰,澆淳散樸,雜道以偽,儉德以行,而巧故萌生。周室衰而王道廢,儒墨乃始列道而議,分徒而訟。於是博學以疑聖,華誣以脅眾,絃歌鼓舞,緣飾《詩》、《書》以買名譽於天下。繁登降之禮,飾紱冕之服,聚眾不足以極其變,積財不足以贍其費,於是萬民乃始慲觟離跂,各欲行其知偽,以求鑿枘於世而錯擇名利,是故百姓曼衍於淫荒之陂,而失其大宗之本。夫世之所以喪性命,有衰漸以然,所由來者久矣。

世衰えて伏羲氏に及ぶに至りて、其の道昧昧茫茫として、德を含み和を懷き、被施なお廣烈なれど、智始めて昧昧として看清楚せんと欲し、皆童蒙の心を離れ、天地の間に於て覺醒して看んと欲す。故に其の德煩雜にして一にする能わず。神農・黃帝に至り、大宗を剖判し、天地を疏通し、九竅に因襲し、九竅を重疊し、陰陽を提挈し、剛柔を摶弄し、枝葉を分解貫穿し、萬物百族、各々經紀條貫あらしめ、此に於て萬民目を大きく睜(ひら)きて、竦身して聽き看ざらんはなし。故に治むる能しと雖も、和して下せず。棲遲して昆吾・夏后の世に至り、嗜欲外物に連なり、聰明外に誘はれ、性命其の當に得る所を失う。周室の衰に延及し、淳を澆薄し、樸を散開し、僞を以て道に雜え、行を以て德を儉約せば、巧故萌生す。周室衰えて王道廢れ、儒墨始めて道を分かちて議論し、門徒を分かちて爭訟す。是に於て博學を以て聖を疑い、浮華誣辭を以て衆人を脅迫し、弦歌鼓舞して、《詩》《書》を緣飾して天下に名譽を買う。繁瑣登降の禮、修飾紱冕の服、衆人を聚むるも其の變を窮むるに足らず、財貨を積累するも其の費を供するに足らず。是に於て萬民始めて勉力跂求し、各々智僞を施行せんと欲し、以て世上に榫卯相合・名利を選擇せんと求む。故に百姓淫荒の坡に蔓延し、大宗の本を失う。世の性命を喪失する所以は、衰頹漸々然る有りて、來る所既に久し。

是故聖人之學也,欲以返性於初,而遊心於虛也。達人之學也,欲以通性於遼廓,而覺於寂漠也。若夫俗世之學也則不然,握德𢶊性,內愁五藏,外勞耳目,乃始招蟯振繾物之豪芒,搖消掉捎仁義禮樂,暴行越智於天下,以招號名聲於世。此我所羞而不為也。

故に聖人の學は、性を以て起初に返回し、心を虛に游ばしめんと欲す。達人の學は、性を遼廓に通じ、寂寞の中に覺醒せんと欲す。俗世の學に至りては然らず、德を握住し性を攪擾し(底本此の字は生僻字)、内に五臟を愁苦し、外に耳目を勞苦せしめ、始めて招惹して物の毫芒を牽引し、仁義禮樂を搖掉撥弄し、行爲と智を天下に暴露して、世上に名聲を招號せんとす。是れ我が羞じて爲さざる所なり。

是故與其有天下也,不若有說也;與其有說也,不若尚羊物之終始也,而條達有無之際。是故舉世而譽之不加勸,舉世而非之不加沮,定於死生之境,而通於榮辱之理,雖有炎火洪水彌靡於天下,神無虧缺於胸臆之中矣。若然者,視天下之間,猶飛羽浮芥也,孰肯分分然以物為事也!水之性真清而土汨之,人性安靜而嗜慾亂之。夫人之所受於天者,耳目之於聲色也,口鼻之於芳臭也,肌膚之於寒燠,其情一也,或通於神明,或不免於痴狂者,何也?其所為制者異也。是故神者智之淵也,淵清則智明矣;智者心之府也,智公則心平矣。

故に天下を有するよりも、彼の愉悅を有するに如かず。愉悅を有するよりも、物の終始に徜徉し、有無の邊際を條達するに如かず。故に擧世稱譽すとも更に勤勉ならず、擧世非議すとも更に沮喪せず、死生の境地に定まり、榮辱の道理に通ずれば、炎火洪水天下に瀰漫すとも、神胸臆の中に虧缺なし。是のごとき者は、天下の間を視ること、譬えば飛羽浮芥のごとし。誰か肯(あえ)て紛紛然として外物を以て事と爲さんや。水の性本真清澈なれど、土往きて之を攪亂す。人の性本安静なれど、嗜欲往きて之を擾亂す。人の天より受くる所は、耳目の聲色に於ける、口鼻の芳臭に於ける、肌膚の寒暖に於ける、其の情一なり。或いは神明に通じ、或いは癡狂を免れざるはなぜか。是れ以て制する所の物同じからざればなり。故に神は智の淵、淵清ければ智明なり。智は心の府、智公なれば心平なり。

人莫鑑於流沫,而鑑於止水者,以其靜也;莫窺形於生鐵,而窺於明鏡者,以睹其易也。夫唯易且靜,形物之性也。由此觀之,用也必假之於弗用也,是故虛室生白,吉祥止也。夫鑑明者塵垢弗能薶,神清者嗜慾弗能亂。精神已越於外,而事復返之,是失之於本,而求之於末也。外內無符而欲與物接,弊其玄光而求知之於耳目,是釋其炤炤,而道其冥冥也,是之謂失道。心有所至而神喟然在之,反之於虛則消鑠滅息,此聖人之遊也。故古之治天下也,必達乎性命之情。其舉錯未必同也,其合於道一也。

人は流動する沫に向かいて照する者なく、靜止する水に向かいて照するは、其の靜なるが故なり。生鐵に向かいて形を窺う者なく、明鏡に向かいて窺うは、其の平易を見ればなり。平易にして且つ靜なるのみ、乃ち物形の性なり。此より觀れば、用は必ず不用に假藉せざるべからず。故に虛室白を生じ、吉祥即ち彼に止まる。鏡明なれば塵垢埋め能わず、神清ければ嗜欲亂れ能わず。精神既に外に越ゆるも、又た事を用いて之を返回せしむるは、本に於て之を失いて、末に向かいて之を求むなり。外と内と符應なくして物と接せんと欲し、彼の玄光を敝壞して耳目に向かいて知を求むるは、是れ昭昭を丟棄して冥冥に向かう、是を失道と謂う。心至る所有りて神喟然として隨い在り、虛に返回すれば消熔滅息す。是れ聖人の游なり。故に古の天下を治むるは、必ず性命の情に通達す。其の舉措必ずしも同じからざれど、道に合するは一なり。

夫夏日之不被裘者,非愛之也,燠有餘於身也。冬日之不用翣者,非簡之也,清有餘於適也。夫聖人量腹而食,度形而衣,節於己而已,貪汙之心奚由生哉!故能有天下者,必無以天下為也;能有名譽者,必無以趨行求者也。聖人有所於達,達則嗜慾之心外矣;孔、墨之弟子,皆以仁義之術教導於世,然而不免於儡。身猶不能行也,又況所教乎?是何則?其道外也。夫以末求返於本,許由不能行也,又況齊民乎!誠達於性命之情,而仁義固附矣,趨舍何足以滑心!

夏日裘を披かざるは、其の裘を愛惜するにあらず、身上の暖既に餘あればなり。冬日扇を用いざるは、其の扇を簡慢するにあらず、淸涼の安適に對して既に餘あればなり。聖人は腹を量りて食い、形體を度りて穿ち、己が身に節制するのみ。貪污の心何處より生ぜん。故に能く天下を有する者は、必ず天下を以て一事と爲さざるなり。能く名譽を有する者は、必ず奔走を假りて求めざるなり。聖人通達する所有れば、通達すれば嗜欲の心外に在り。孔・墨の弟子は、皆仁義の術を以て世上を教導す。然れど敗衂を免れず。自身猶お實行する能わず、又何況教うる所の人をや。是れ何を謂うか。其の道外に在ればなり。末を以て本に返回せんを求むは、許由も行う能わず。又何況齊民をや。眞に性命の情に通達すれば、仁義自ら附著し、趨舍何ぞ以て心を攪亂するに足らん。

若夫神無所掩,心無所載,通洞條達,恬漠無事,無所凝滯,虛寂以待,勢利不能誘也,辯者不能說也,聲色不能淫也,美者不能濫也,智者不能動也,勇者不能恐也,此真人之道也。若然者,陶冶萬物,與造化者為人,天地之間,宇宙之內,莫能夭遏。夫化生者不死,而化物者不化,神經於驪山、太行而不能難,入於四海九江而不能濡,處小隘而不塞,橫扃天地之間而不窕。不通此者,雖目數千羊之群,耳分八風之調,足蹀陽阿之舞,而手會綠水之趨,智終天地,明照日月,辯解連環,澤潤玉石,猶無益於治天下也。靜漠恬澹,所以養性也;和愉虛無,所以養德也。外不滑內,則性得其宜;性不動和,則德安其位。養生以經世,抱德以終年,可謂能體道矣。若然者,血脈無鬱滯,五藏無蔚氣,禍福弗能撓滑,非譽弗能塵垢,故能致其極。非有其世,孰能濟焉?有其人不遇其時,身猶不能脫,又況無道乎?且人之情,耳目應感動,心志知憂樂,手足之㩌疾𧒃、闢寒暑,所以與物接也。蜂蠆螫指而神不能憺,蚉蝱噆膚而知不能平,夫憂患之來,攖人心也,非直蜂蠆之螫毒而蚊勁之慘怛也,而欲靜漠虛無,柰之何哉!

神に掩蔽する所なく、心に裝載する所なく、通洞條達し、恬漠無事にして、凝滯なく、虛寂にして待つに至るは、勢利誘引する能わず、善辯の者說動する能わず、聲色淫す能わず、美の物之を泛濫せしむる能わず、智者打動する能わず、勇者恐嚇する能わず。是れ眞人の道なり。是のごとき者は、萬物を陶冶し、造化者と伴う。天地の間・宇宙の内、之を夭遏する能くあるなし。化生する者は死せず、化物する者は化せず。神驪山・太行を經て難(なや)め能わず、四海九江に入りて沾濕する能わず、小隘に處りて塞がらず、天地の間を橫貫して空疎ならず。此に通ぜざる者は、目に能く數千の羊の群を數へ、耳に能く八風の調を分かち、足に能く陽阿の舞を蹈み、手に能く綠水の節奏を合し、智天地を窮め、明日月を照らし、辯能く連環を解き、潤澤玉石のごとくすとも、天下を治するに於てなお益處なし。靜漠恬淡は以て性を養うなり。和愉虛無は以て德を養うなり。外に内を攪亂せざれば、性其の宜しきを得。性に和を擾動せざれば、德其の位に安んず。生を養い以て世を經歷し、德を抱き以て年を終うるは、能く道を體認すと謂うべし。是のごとき者は、血脈鬱滯なく、五臟穢氣なく、禍福撓亂する能わず、非譽塵垢に染むる能わず。故に極至に到達する能し。彼の世有るにあらずんば、誰か成就せん。彼の人有りて時に遇わずんば、自身猶お脫身する能わず、又何況無道をや。且つ人の情は、耳目感動に應じ、心志憂樂を知り、手足急疾に寒暑を躲避す。是れ以て物と接するなり。蜂蠆指を螫(さ)せば、神安んずる能わず。蚊虻膚を叮(さ)せば、知平らぐ能わず。憂患來りて人の心を攫(つか)むは、蜂蠆の螫毒・蚊虻の慘痛のみならずして、靜漠虛無せんと欲すとも、又何かせん。

夫目察秋豪之末,耳不聞雷霆之聲;耳調玉石之聲,目不見太山之高。何則?小有所志而大有所忘也。今萬物之來,擢拔吾性,攓取吾情,有若泉源,雖欲勿稟,其可得邪!今夫樹木者,灌以瀿水,疇以肥壤,一人養之,十人拔之,則必無餘櫱,又況與一國同伐之哉?雖欲久生,豈可得乎!今盆水在庭,清之終日,未能見眉睫;濁之不過一撓,而不能察方員。人神易濁而難清,猶盆水之類也,況一世而撓滑之,曷得須臾平乎!

目は秋毫の末を察する能くするも、耳は雷霆の聲を聽く能わず。耳は玉石の聲を調うる能くするも、目は泰山の高を見る能わず。何を謂うか。小に專注する所有れば、大に忘るる所有ればなり。今萬物來りて、我が性を拔取し、我が情を攫取す。泉源のごとく、受けざらんと欲すとも、何ぞ能く成さんや。今樹を種る者は、流水を以て灌ぎ、肥壤を以て培う。一人養い十人拔けば、必ず餘蘖なし。又何況一國の人倶に之を伐るをや。久生せんと欲すとも、何ぞ得んや。今盆水を庭中に置き、澄淸すること一整天なれど、猶お未だ必ずしも眉睫を照見する能わず。攪濁すること一撓に過ぎざれば、方圓を察する能わず。人の神は濁り易く清き難し。譬えば盆水の類のごとし。況んや一世を以て之を撓亂するをや。何ぞ片刻の平あらんや。

古者至德之世,賈便其肆,農樂其業,大夫安其職,而處士脩其道。當此之時,風雨不毀折,草木不夭,九鼎重味,珠玉潤澤,洛出丹書,河出綠圖,故許由、方回、善卷、披衣得達其道。何則?世之主有欲利天下之心,是以人得自樂其間。四子之才,非能盡善,蓋今之世也,然莫能與之同光者,遇唐、虞之時。逮至夏桀、殷紂,燔生人,辜諫者,為炮烙,鑄金柱,剖賢人之心,析才士之脛,醢鬼侯之女,葅梅伯之骸。當此之時,嶢山崩,三川涸,飛鳥鎩翼,走獸擠腳。當此之時,豈獨無聖人哉?然而不能通其道者,不遇其世。夫鳥飛千仞之上,獸走叢薄之中,禍猶及之,又況編戶齊民乎?由此觀之,體道者不專在於我,亦有繫於世矣。

古の至德の世は、商人其の市肆に便(たの)しみ、農人其の業を樂しみ、大夫其の職に安んじ、處士其の道を脩む。是の時に當たりて、風雨毀折せず、草木夭折せず、九鼎の滋味厚重にして、珠玉潤澤し、洛水丹書を出し、黃河綠圖を出す。故に許由・方回・善卷・披衣能く其の道に通達す。何を謂うか。世上の主に天下を利せんと欲する心有れば、人其の間に自樂する能ければなり。此の四人の才、善を盡くす能わざるも、今世に比ぶるに及ぶべし。然れど彼らと同じく光耀する能く有るにあらざるは、唐・虞の時に遇えばなり。夏桀・殷紂に至りては、活人を燒烤し、諫者を肢解し、炮烙を作り、金柱を鑄て、賢人の心を剖き、才士の脛を斫り、鬼侯の女を醬に剁(た)ち、梅伯の骸を菹と爲す。是の時に當たりて、嶢山崩れ、三川枯竭し、飛鳥翼を折り、走獸脚を傷(や)ぶる。是の時に當たりて、豈に獨り聖人なからんや。然れど其の道を通ずる能わざるは、彼の世に遇わざればなり。鳥は千仞の上に飛び、獸は叢薄の中に走るも、禍尚お彼らに趕及す。又何況編戶齊民をや。此より觀れば、道を體認するは我に在るのみならず、亦た世に係る有り。

夫歷陽之都,一夕反而為湖,勇力聖知與罷怯不肖者同命。巫山之上,順風縱火,膏夏紫芝與蕭艾俱死。故河魚不得明目,稚稼不得育時,其所生者然也。故世治則愚者不能獨亂,世亂則智者不能獨治。身蹈於濁世之中,而責道之不行也,是猶兩絆騏驥,而求其致千里也。置猿檻中,則與豚同,非不巧捷也,無所肆其能也。舜之耕陶也,不能利其裡;南面王,則德施乎四海,仁非能益也,處便而勢利也。古之聖人,其和愉寧靜,性也;其志得道行,命也。是故性遭命而後能行,命得性而後能明。烏號之弓,谿子之弩,不能無弦而射。越舲蜀艇,不能無水而浮。今矰繳機而在上,罔罟張而在下,雖欲翱翔,其勢焉得?故《詩》云:「采采卷耳,不盈傾筐。嗟我懷人,寘彼周行。」以言慕遠世也。

歷陽の都城、一夕にして翻(あひ)るて湖と爲る。勇力聖智と疲怯不肖の人と同一の命なり。巫山の上、風に順いて火を放てば、膏夏紫芝も蕭艾と倶に死す。故に河の魚は目を明らかにする能わず、幼嫩の莊稼は時を以て育成する能わず。是れ其の生ずる所の地の然らしむなり。故に世治まれば、愚人獨り世を攪亂する能わず。世亂るれば、智者獨り世を治する能わず。自身濁世の中に陷りて、道の行われざるを責むるは、譬えば騏驥の兩脚を絆して、千里に跑らんを求むるがごとし。猿を檻中に置けば、豬と同じ。巧捷ならざるにあらず、其の能を施展するの地なきなり。舜の田を耕し陶を作るの時は、鄕里を利する能わざりしも、南面して王と稱すれば、德四海に施加す。仁の增加するにあらず、所處便利・情勢有利なればなり。古の聖人は、和愉寧靜なるは性なり。志得道行わるるは命なり。故に性命に遇いて而る後能く行い、命性を得て而る後能く明らかなり。烏號の弓・溪子の弩も、弦なくんば射る能わず。越の舲・蜀の艇も、水なくんば浮かぶ能わず。今矰繳の機上に在り、網罟下に張らるれば、翱翔せんと欲すとも、其の情勢何ぞ得んや。故に《詩經》に曰く「采めど采めど卷耳、斜口の筐に滿たず。嗟(あ)あ我懷かしむ彼の人、筐を大路に置く」と。以て遠世を慕念するを表すなり。

天文訓

天墬未形,馮馮翼翼,洞洞灟灟,故曰太昭。道始於虛霩,虛霩生宇宙,宇宙生氣。氣有涯垠,清陽者薄靡而為天,重濁者凝滯而為地。清妙之合專易,重濁之凝竭難,故天先成而地後定。天地之襲精為陰陽,陰陽之專精為四時,四時之散精為萬物。積陽之熱氣生火,火氣之精者為日;積陰之寒氣為水,水氣之精者為月。日月之淫為精者為星辰。

天と地と未だ成形せざるの時、馮馮翼翼・洞洞灟灟として、混茫一體なり。故に太昭と謂う。道は虛廓より始まり、虛廓宇宙を生じ、宇宙氣を生ず。氣に邊際あり。清くして陽なる者は薄靡して上りて天と爲り、重くして濁る者は凝滯して下りて地と爲る。清妙の會合專一なるは較べて易く、重濁の凝結なるは較べて難し。故に天先に成りて地後に定まる。天地相襲の精は陰陽と爲り、陰陽專聚の精は四時と爲り、四時散開の精は萬物と爲る。陽を積むの熱氣は火を生じ、火氣の精は日と爲る。陰を積むの寒氣は水と爲り、水氣の精は月と爲る。日月の餘精は星辰と爲る。

天受日月星辰,地受水潦塵埃。昔者共工與顓頊爭為帝,怒而觸不周之山,天柱折,地維絕。天傾西北,故日月星辰移焉;地不滿東南,故水潦塵埃歸焉。天道曰圓,地道曰方。方者主幽,圓者主明。明者,吐氣者也,是故火曰外景;幽者,含氣者也,是故水曰內景。吐氣者施,含氣者化,是故陽施陰化。天之偏氣,怒者為風;地之含氣,和者為雨。

天は日月星辰を承受し、地は水潦塵埃を承受す。昔共工と顓頊と帝を爭い、怒りて不周山に撞(つ)くに、天柱折れ、地維斷(た)ゆ。天西北に傾き、故に日月星辰彼に移る。地東南に滿たず、故に水潦塵埃彼に歸す。天道は圓と謂い、地道は方と謂う。方は幽に主し、圓は明に主す。明は氣を吐くなり、故に火は外景と謂う。幽は氣を含むなり、故に水は内景と謂う。氣を吐くは施予し、氣を含むは變化す。故に陽施して陰化す。天の偏氣は、怒るは風と爲る。地の含氣は、和するは雨と爲る。

陰陽相薄,感而為雷,激而為霆,亂而為霧。陽氣勝則散而為雨露,陰氣勝則凝而為霜雪。毛羽者,飛行之類也,故屬於陽。介鱗者,蟄伏之類也,故屬於陰。

陰陽互相迫近し、感應して雷と爲り、激蕩して霆と爲り、散亂して霧と爲る。陽氣勝れば散開して雨露と爲り、陰氣勝れば凝結して霜雪と爲る。毛有り羽有る者は、飛行の類なり。故に陽に屬す。甲有り鱗有る者は、蟄伏の類なり。故に陰に屬す。

日者,陽之主也,是故春夏則群獸除,日至而麋鹿解。月者,陰之宗也,是以月虛而魚腦減,月死而蠃蛖膲。火上蕁,水下流,故鳥飛而高,魚動而下。物類相動,本標相應,故陽燧見日則燃而為火,方諸見月則津而為水,虎嘯而谷風至,龍舉而景雲屬,麒麟鬥而日月食,鯨魚死而彗星出,蠶珥絲而商弦絕,賁星墜而勃海決。

日は陽の主宰なり。故に春夏群獸毛を脱ぎ、日至れば麋鹿角を解く。月は陰の宗なり。故に月虧(か)くれば魚腦減損し、月死すれば螺蚌瘦縮す。火は上に延び、水は下に流る。故に鳥は高く飛び、魚は下に游ぶ。物類互相觸動し、本と末と互相響應す。故に陽燧日を見れば燃えて火と成り、方諸月を見れば津潤して水と成り、虎嘯すれば山谷風到り、龍擧ぐれば景雲附著し、麒麟爭鬥すれば日月食し、鯨魚死すれば彗星出で、蠶絲を吐けば商弦斷(た)え、賁星墜落すれば渤海決口す。

人主之情,上通於天,故誅暴則多飄風,枉法令則多蟲螟,殺不辜則國赤地,令不收則多淫雨。

人主の情は、上は天に通ず。故に誅殺暴虐なれば多く飄風あり、枉曲法令なれば多く蟲螟あり、不辜を殺せば國中赤地となり、號令發して收めざれば多く淫雨あり。

四時者,天之吏也;日月者,天之使也;星辰者,天之期也;虹蜺彗星者,天之忌也。

四時は天の官吏、日月は天の使者、星辰は天の期會、虹霓彗星は天の禁忌なり。

天有九野,九千九百九十九隅,去地五億萬裡,五星,八風,二十八宿,五官,六府,紫宮,太微,軒轅,咸池,四守,天阿。

天に九野あり、九千九百九十九の角落、地を離るること五億萬里。又た五星・八風・二十八宿・五官・六府、及び紫宮・太微・軒轅・咸池・四守・天阿あり。

何謂九野?中央曰鈞天,其星角、亢、氐。東方曰蒼天,其星房、心、尾。東北曰變天,其星箕、鬥、牽牛。北方曰玄天,其星須女、虛、危、營室。西北方曰幽天,其星東壁、奎、婁。西方曰顥天,其星胃、昴、畢。西南方曰朱天,其星觜嶲、參、東井。南方曰炎天,其星輿鬼、柳、七星。東南方曰陽天,其星張、翼、軫。

何をか九野と謂う。中央は鈞天と曰い、其の星は角・亢・氐。東方は蒼天と曰い、其の星は房・心・尾。東北は變天と曰い、其の星は箕・斗・牽牛。北方は玄天と曰い、其の星は須女・虛・危・營室。西北方は幽天と曰い、其の星は東壁・奎・婁。西方は顥天と曰い、其の星は胃・昴・畢。西南方は朱天と曰い、其の星は觜嶲・參・東井。南方は炎天と曰い、其の星は輿鬼・柳・七星。東南方は陽天と曰い、其の星は張・翼・軫。

何謂五星?東方,木也,其帝太皞,其佐句芒,執規而治春。其神為歲星,其獸蒼龍,其音角,其日甲乙。南方,火也,其帝炎帝,其佐朱明,執衡而治夏。其神為熒惑,其獸朱鳥,其音徵,其日丙丁。中央,土也,其帝黃帝,其佐后土,執繩而制四方。其神為鎮星,其獸黃龍,其音宮,其日戊己。西方,金也,其帝少昊,其佐蓐收,執矩而治秋。其神為太白,其獸白虎,其音商,其日庚辛。北方,水也,其帝顓頊,其佐玄冥,執權而治冬。其神為辰星,其獸玄武,其音羽,其日壬癸。

何をか五星と謂う。東方は木、其の帝は太皞、佐臣は句芒、規を執りて春を治む。其の神は歳星、獸は蒼龍、音は角、日は甲乙。南方は火、其の帝は炎帝、佐臣は朱明、衡を執りて夏を治む。其の神は熒惑、獸は朱鳥、音は徵、日は丙丁。中央は土、其の帝は黃帝、佐臣は后土、繩を執りて四方を制約す。其の神は鎮星、獸は黃龍、音は宮、日は戊己。西方は金、其の帝は少昊、佐臣は蓐收、矩を執りて秋を治む。其の神は太白、獸は白虎、音は商、日は庚辛。北方は水、其の帝は顓頊、佐臣は玄冥、權を執りて冬を治む。其の神は辰星、獸は玄武、音は羽、日は壬癸。

太陰在四仲,則歲星行三宿;太陰在四鉤,則歲星行二宿。二八十六,三四十二,故十二歲而行二十八宿。日行十二分度之,歲行三十度十六分度之七,十二歲而周。熒惑常以十月入太微,受制而出行列宿,司無道之國,為亂為賊,為疾為喪,為饑為兵,出入無常,辯變其色,時見時匿。鎮星以甲寅元始建鬥,歲鎮行一宿,當居而弗居,其國亡土;未當居而居之,其國益地,歲熟。日行二十八分度之一,歲行十三度百一十二分度之五,二十八歲而周。太白元始以正月建寅,與熒惑晨出東方,二百四十日而入,入百二十日而夕出西方,二百四十日而入,入三十五日而復出東方。出以辰戌,入以丑未。當出而不出,未當入而入,天下偃兵;當入而不入,當出而不出,天下興兵。辰星正四時,常以二月春分效奎、婁,以五月夏至效東井、輿鬼,以八月秋分效角、亢,以十一月冬至效鬥、牽牛。出以辰戌,入以丑未,出二旬而入。晨候之東方,夕候之西方。一時不出,其時不和;四時不出,天下大飢。

太陰が四仲(子・午・卯・酉)に在れば、歳星は三宿を行き、太陰が四鈎に在れば、歳星は二宿を行く。二八は十六を得、三四は十二を得る。故に十二年にして二十八宿を行き尽くす。毎日十二分度の一を行き(底本此處疑い脱文あり)、毎年三十度又た十六分度の七を行き、十二年にして一周す。熒惑は常に十月に太微に入り、制約を受けて再び出でて列宿を行經し、無道の國を監察して、亂・賊・疾・喪・饑・兵を造る。出入常規なく、辯變其の顏色して、或いは現れ或いは藏匿す。鎮星は甲寅元より始めて斗に建てられ、毎年一宿を鎮守して行き、居るべきに居らざれば、其の國土地を喪失し、居るべからざるに居れば、其の國土地を增益し年成成熟す。毎日二十八分度の一を行き、毎年十三度又た一百一十二分度の五を行き、二十八年にして一周す。太白元始は正月寅に建てられ、熒惑とともに早晨東方に現れ、二百四十日にして入り、入ること一百二十日にして傍晚西方に現れ、二百四十日にして入り、入ること三十五日にして再び東方に現る。現るるに辰戌を以てし、入るに丑未を以てす。出ずべきに出でず、入るべからざるに入れば、天下兵を息む。入るべきに入らず、出ずべきに出でざれば、天下兵を興す。辰星は以て四時を正しくす。常に二月春分に奎・婁に效驗し、五月夏至に東井・輿鬼に效驗し、八月秋分に角・亢に效驗し、十一月冬至に斗・牽牛に效驗す。現るるに辰戌を以てし、入るに丑未を以てし、出づること二旬にして入る。早晨東方に於て之を候い、傍晚西方に於て之を候う。一の時令出でざれば、其の時令和せず。四時皆出でざれば、天下大いに饑ゆ。

何謂八風?距日冬至四十五日條風至,條風至四十五日明庶風至,明庶風至四十五日清明風至,清明風至四十五日景風至,景風至四十五日涼風至,涼風至四十五日閶闔風至,閶闔風至四十五日不周風至,不周風至四十五日廣莫風至。條風至則出輕繫,去稽留。明庶風至則正封疆,修田疇。清明風至則出幣帛,使諸侯。景風至則爵有位,賞有功。涼風至則報地德,祀四郊。閶闔風至則收縣垂,琴瑟不張。不周風至則修宮室,繕邊城。廣莫風至則閉關梁,決刑罰。

何をか八風と謂う。冬至を離れて四十五日にして條風至り、條風至りて後四十五日にして明庶風至り、明庶風至りて後四十五日にして清明風至り、清明風至りて後四十五日にして景風至り、景風至りて後四十五日にして涼風至り、涼風至りて後四十五日にして閶闔風至り、閶闔風至りて後四十五日にして不周風至り、不周風至りて後四十五日にして廣莫風至る。條風至れば輕罪の囚を放出し、稽留を去る。明庶風至れば封疆を端正し、田疇を修治す。清明風至れば幣帛を出だし、諸侯に出使す。景風至れば位有る者に爵し、功有る者を賞す。涼風至れば地德に報答し、四郊を祭祀す。閶闔風至れば懸掛の樂器を收起し、琴瑟再び弦を張らず。不周風至れば宮室を脩め、邊城を繕う。廣莫風至れば關梁を關閉し、刑罰を決斷す。

何謂五官?東方為田,南方為司馬,西方為理,北方為司空,中央為都。

何をか五官と謂う。東方は田、南方は司馬、西方は理、北方は司空、中央は都なり。

何謂六府?子午、丑未、寅申、卯酉、辰戌、巳亥是也。

何をか六府と謂う。子午・丑未・寅申・卯酉・辰戌・巳亥是れなり。

太微者,太一之庭也。紫宮者,太一之居也。軒轅者,帝妃之舍也。咸池者,水魚之囿也。天阿者,群神之闕也。四宮者,所以為司賞罰。太微者主朱雀,紫宮執鬥而左旋,日行一度,以周於天。日冬至峻狼之山,日移一度,凡行百八十二度八分度之五,而夏至牛首之山。反覆三百六十五度四分度之一而成一歲。

太微は太一の庭なり。紫宮は太一の居處なり。軒轅は帝妃の房舍なり。咸池は水魚の園囿なり。天阿は群神の闕門なり。四宮は以て賞罰を主管するなり。太微は朱雀を主管す。紫宮は北斗を執掌して左に旋轉し、每日一度を行き、以て天を周行す。日は冬至に峻狼山に至り、每日一度を移し、凡そ一百八十二度又た八分度の五を行きて、夏至の牛首山に至る。反覆三百六十五度又た四分度の一にして、一歳と成る。

天一元始,正月建寅,日月俱入營室五度。天一以始建七十六歲,日月復以正月入營室五度,無餘分,名曰一紀。凡二十紀,一千五百二十歲大終,日月星辰復始甲寅元。日行一度,而歲有奇四分度之一,故四歲而積千四百六十一日而復合故舍,八十歲而復故日。

天一の元始は、正月寅に建てられ、日月皆營室五度に入る。天一始建より七十六年にして、日月再び正月に營室五度に入り、餘分なく、名づけて一紀と曰う。凡そ二十紀、一千五百二十年を大終と爲し、日月星辰重ねて甲寅元より始まる。日は每日一度を行きて、一歳に奇數四分度の一有り。故に四年積累して一千四百六十一日にして重ねて舊次舍に合し、八十年にして舊日に歸る。

子午、卯酉為二繩,丑寅、辰巳、未申、戌亥為四鉤。東北為報德之維也,西南為背陽之維,東南為常羊之維,西北為蹏通之維。日冬至則鬥北中繩,陰氣極,陽氣萌,故曰冬至為德。日夏至則斗南中繩,陽氣極,陰氣萌,故曰夏至為刑。陰氣極則北至北極,下至黃泉,故不可以鑿地穿井。萬物閉藏,蟄蟲首穴,故曰德在室。陽氣極則南至南極,上至朱天,故不可以夷丘上屋。萬物蕃息,五穀兆長,故曰德在野。日冬至則水從之,日夏至則火從之,故五月火正而水漏,十一月水正而陰勝。陽氣為火,陰氣為水。水勝故夏至溼,火勝故冬至燥。燥故炭輕,溼故炭重。日冬至井水盛,盆水溢,羊脫毛,麋角解,鵲始巢;八尺之修,日中而景丈三尺。日夏至而流黃澤,石精出,蟬始鳴,半夏生,蟁蝱不食駒犢,鷙鳥不搏黃口;八尺之景,脩徑尺五寸。景脩則陰氣勝,景短則陽氣勝。陰氣勝則為水,陽氣勝則為旱。陰陽刑德有七舍。何謂七舍?室、堂、庭、門、巷、術、野。十二月德居室三十日,先日至十五日,後日至十五日而徙,所居各三十日。德在室則刑在野,德在堂則刑在術,德在庭則刑在巷,陰陽相德則刑德合門。八月、二月,陰陽氣均,日夜分平,故曰刑德合門。德南則生,刑南則殺,故曰二月會而萬物生,八月會而草木死。

子午・卯酉は二繩、丑寅・辰巳・未申・戌亥は四鈎なり。東北は報德之維、西南是背陽之維、東南是常羊之維、西北是蹄通之維なり。日冬至すれば北斗北指し、正中繩に當たり、陰氣極點に到り、陽氣萌生す。故に曰く冬至は德なりと。日夏至すれば北斗南指し、正中繩に當たり、陽氣極點に到り、陰氣萌生す。故に曰く夏至は刑なりと。陰氣極點に到れば北は北極に至り、下は黃泉に至る。故に地を鑿ち井を穿つべからず。萬物閉藏し、蟄蟲頭を穴に縮め入る。故に曰く德は室に在りと。陽氣極點に到れば南は南極に至り、上は朱天に至る。故に丘を夷平し屋に登るべからず。萬物蕃息し、五穀始めて長ず。故に曰く德は野に在りと。日冬至すれば水之に隨い、日夏至すれば火之に隨う。故に五月火令に當たりて水渗漏し、十一月水令に當たりて陰勝る。陽氣は火、陰氣は水なり。水勝る故に夏至濕し、火勝る故に冬至燥す。燥する故に炭輕く、濕する故に炭重し。日冬至井水盛んにして、盆水溢れ、羊毛を脫ぎ、麋角解け、鵲始めて巢を築く。八尺の表は、日中の影長さ一丈三尺。日夏至すれば硫黃澤より出で、石精現れ、蟬始めて鳴き、半夏生じ、蚊虻馬駒牛犢を叮(さ)さず、鷙鳥黃口の小鳥を搏たず。八尺の表は、影長さ一尺五寸。影長ければ陰氣勝ち、影短ければ陽氣勝つ。陰氣勝れば水と爲り、陽氣勝れば旱と爲る。陰陽刑德に七舍あり。何をか七舍と謂う。室・堂・庭・門・巷・術・野なり。十二月德は室に住し三十日、日至に先んずること十五日、日至に後るること十五日にして再び遷徙し、住する所各々三十日。德室に在れば刑野に在り、德堂に在れば刑術に在り、德庭に在れば刑巷に在り、陰陽相當すれば刑德門に合す。八月・二月、陰陽の氣均しく、日夜平分す。故に曰く刑德門に合すと。德南に向かえば生じ、刑南に向かえば殺す。故に曰く二月相會して萬物生じ、八月相會して草木死すと。

兩維之間,九十一度十六分度之五,而升日行一度,十五日為一節,以生二十四時之變。鬥指子則冬至,音比黃鐘;加十五日指癸則小寒,音比應鐘;加十五日指醜則大寒,音比無射;加十五日指報德之維,則越陰在地,故曰距日冬至四十六日而立春,陽氣凍解,音比南呂;加十五日指寅則雨水,音比夷則;加十五日指甲則雷驚蟄,音比林鐘;加十五日指卯中繩,故曰春分則雷行,音比蕤賓;加十五日指乙則清明風至,音比仲呂;加十五日指辰則穀雨,音比姑洗;加十五日指常羊之維,則春分盡,故曰有四十六日而立夏,大風濟,音比夾鐘;加十五日指巳則小滿,音比太蔟;加十五日指丙則芒種,音比大呂;加十五日指午則陽氣極,故曰有四十六日而夏至,音比黃鐘;加十五日指丁則小暑,音比大呂;加十五日指未則大暑,音比太蔟;加十五日指背陽之維則夏分盡,故曰有四十六日而立秋,涼風至,音比夾鐘;加十五日指申則處暑,音比姑洗;加十五日指庚則白露降,音比仲呂;加十五日指酉中繩,故曰秋分雷戒,蟄蟲北鄉,音比蕤賓;加十五日指辛則寒露,音比林鐘;加十五日指戌則霜降,音比夷則;加十五日指𨂜通之維,則秋分盡,故曰有四十六日而立冬,草木畢死,音比南呂;加十五日指亥則小雪,音比無射;加十五日指壬則大雪,音比應鐘;加十五日指子。故曰:陽生於子,陰生於午。陽生於子,故十一月日冬至,鵲始加巢,人氣鍾首。陰生於午,故五月為小刑,薺麥亭歷枯,冬生草木必死。

兩維の間は九十一度又た十六分度の五。升日は每日一度を行き、十五日を一節と爲し、以て二十四時の變化を生ず。斗柄子を指せば即ち冬至、音は黃鐘に比す。再び十五日を經て癸を指せば即ち小寒、音は應鐘に比す。再び十五日を經て丑を指せば即ち大寒、音は無射に比す。再び十五日を經て報德之維を指せば、越陰地に在り。故に曰く冬至を離れて四十六日にして立春、陽氣凍を解く。音は南呂に比す。再び十五日を經て寅を指せば即ち雨水、音は夷則に比す。再び十五日を經て甲を指せば即ち雷驚蟄、音は林鐘に比す。再び十五日を經て卯を指し正中繩に當たれば、故に曰く春分則ち雷行す。音は蕤賓に比す。再び十五日を經て乙を指せば則ち清明風至り、音は仲呂に比す。再び十五日を經て辰を指せば即ち穀雨、音は姑洗に比す。再び十五日を經て常羊之維を指せば春分盡き、故に曰く又た四十六日にして立夏、大風止む。音は夾鐘に比す。再び十五日を經て巳を指せば即ち小滿、音は太蔟に比す。再び十五日を經て丙を指せば即ち芒種、音は大呂に比す。再び十五日を經て午を指せば則ち陽氣極點に到り、故に曰く又た四十六日にして夏至。音は黃鐘に比す。再び十五日を經て丁を指せば即ち小暑、音は大呂に比す。再び十五日を經て未を指せば即ち大暑、音は太蔟に比す。再び十五日を經て背陽之維を指せば則ち夏分盡き、故に曰く又た四十六日にして立秋、涼風至る。音は夾鐘に比す。再び十五日を經て申を指せば即ち處暑、音は姑洗に比す。再び十五日を經て庚を指せば則ち白露降り、音は仲呂に比す。再び十五日を經て酉を指し正中繩に當たれば、故に曰く秋分雷收まり、蟄蟲北に向かう。音は蕤賓に比す。再び十五日を經て辛を指せば即ち寒露、音は林鐘に比す。再び十五日を經て戌を指せば即ち霜降、音は夷則に比す。再び十五日を經て蹄通之維を指せば(底本此の字は生僻字)秋分盡き、故に曰く又た四十六日にして立冬、草木皆死す。音は南呂に比す。再び十五日を經て亥を指せば即ち小雪、音は無射に比す。再び十五日を經て壬を指せば即ち大雪、音は應鐘に比す。再び十五日を經て又た子を指す。故に曰く、陽は子に生じ、陰は午に生ずと。陽子に生ずれば、故に十一月日冬至して、鵲始めて巢を加え、人の氣頭に集まる。陰午に生ずれば、故に五月は小刑にして、薺麥・葶藶枯れ、冬生の草木必ず死す。

斗杓為小歲,正月建寅,月從左行十二辰。咸池為太歲,二月建卯,月從右行四仲,終而復始。太歲迎者辱,背者強,左者衰,右者昌。小歲東南則生,西北則殺,不可迎也,而可背也,不可左也,而可右也,其此之謂也。大時者,咸池也;小時者,月建也。

斗杓は小歲、正月寅に建てられ、每月左より十二辰を行く。咸池は太歲、二月卯に建てられ、每月右より四仲を行き、終りて再び始まる。太歲は、之に迎えば辱められ、之に背けば強く、之の左に在れば衰え、之の右に在れば昌んず。小歲東南に在れば生じ、西北に在れば殺し、迎うべからずして背くべく、左すべからずして右すべし。之を謂う即ち此れなり。大時は咸池、小時は月建なり。

天維建元,常以寅始起,右徙一歲而移,十二歲而大周天,終而復始。

天維元を建つるは、常に寅より始めて起こり、右に向かいて遷徙し、一年一辰を移し、十二年にして大周天し、終りて再び始まる。

淮南元年冬,太一在丙子,冬至甲午,立春丙子。二陰一陽成氣二,二陽一陰成氣三,合氣而為音,合陰而為陽,合陽而為律,故曰五音六律。音自倍而為日,律自倍而為辰,故日十而辰十二。月日行十三度七十六分度之二十六,二十九日九百四十分日之四百九十九而為月,而以十二月為歲。歲有餘十日九百四十分日之八百二十七,故十九歲而七閏。日冬至子午,夏至卯酉,冬至加三日,則夏至之日也。歲遷六日,終而復始。

淮南元年冬、太一丙子に在り、冬至は甲午、立春は丙子。二陰一陽合して氣二を成し、二陽一陰合して氣三を成し、合氣して音と爲り、合陰して陽と爲り、合陽して律と爲る。故に曰く五音六律と。音自ら倍して日と爲り、律自ら倍して辰と爲る。故に日十ありて辰十二あり。月は每日十三度又た七十六分度の二十六を行き、二十九日又た九百四十分日の四百九十九にして一月と爲り、十二月を以て一歲と爲す。一歲なお餘す所十日又た九百四十分日の八百二十七。故に十九年に七の閏月あり。日冬至子午に在り、夏至卯酉に在り。冬至に三日を加えれば、即ち夏至の日なり。一歲六日を遷し、終りて再び始まる。

壬午冬至,甲子受制,木用事,火煙青。七十二日丙子受制,火用事,火煙赤。七十二日戊子受制,土用事,火煙黃。七十二日庚子受制,金用事,火煙白。七十二日壬子受制,水用事,火煙黑。七十二日而歲終,庚子受制。歲遷六日,以數推之,七十歲而復至甲子。甲子受制則行柔惠,挺群禁,開闔扇,通障塞,毋伐木。丙子受制則舉賢良,賞有功,立封侯,出貨財。戊子受制則養老鰥寡,行糦鬻,施恩澤。庚子受制則繕牆垣,修城郭,審群禁,飾兵甲,儆百官,誅不法。壬子受制則閉門閭,大搜客,斷刑罰,殺當罪,息關梁,禁外徙。

壬午冬至、甲子制を受け、木令に當たり、火煙青し。七十二日丙子制を受け、火令に當たり、火煙赤し。七十二日戊子制を受け、土令に當たり、火煙黃し。七十二日庚子制を受け、金令に當たり、火煙白し。七十二日壬子制を受け、水令に當たり、火煙黑し。七十二日にして歲終わり、庚子制を受く。一歲六日を遷し、數を按じて推せば、七十年にして再び甲子に歸る。甲子制を受くれば柔惠を施行し、群禁を寬放し、門扇を打開き、障塞を打通し、木を伐る勿れ。丙子制を受くれば賢良を擧げ、功有るを賞し、封侯を立て、貨財を出す。戊子制を受くれば老人鰥寡を奉養し、粥食を施行し、恩澤を施加す。庚子制を受くれば牆垣を繕い、城郭を脩め、群禁を審察し、兵甲を整飭し、百官を儆戒し、不法を誅す。壬子制を受くれば門閭を關閉し、外來の客を大搜し、刑罰を決斷し、罪に當たる者を殺し、關梁を止息し、外に向かいて遷徙するを禁止す。

甲子氣燥濁,丙子氣燥陽,戊子氣溼濁,庚子氣燥寒,壬子氣清寒。丙子干甲子,蟄蟲早出,故雷早行。戊子干甲子,胎夭卵毈,鳥蟲多傷。庚子干甲子,有兵。壬子干甲子,春有霜。戊子干丙子,霆。庚子干丙子,夷。壬子干丙子,雹。甲子干丙子,地動。庚子干戊子,五穀有殃。壬子干戊子,夏寒雨霜。甲子干戊子,介蟲不為。丙子干戊子,大旱,眾封熯。壬子干庚子,大剛,魚不為。甲子干庚子,草木再死再生。丙子干庚子,草木復榮。戊子干庚子,歲或存或亡。甲子干壬子,冬乃不藏。丙子干壬子,星隊。戊子干壬子,蟄蟲冬出其鄉。庚子干壬子,冬雷其鄉。

甲子の氣燥濁、丙子の氣燥陽、戊子の氣濕濁、庚子の氣燥寒、壬子の氣淸寒なり。丙子甲子を干犯すれば、蟄蟲早く出で、故に雷早く行わる。戊子甲子を干犯すれば、胎夭し卵敗れ、鳥蟲多く傷(やぶ)る。庚子甲子を干犯すれば、兵あり。壬子甲子を干犯すれば、春霜あり。戊子丙子を干犯すれば、霆あり。庚子丙子を干犯すれば、夷傷あり。壬子丙子を干犯すれば、雹あり。甲子丙子を干犯すれば、地動く。庚子戊子を干犯すれば、五穀殃あり。壬子戊子を干犯すれば、夏寒くして霜下る。甲子戊子を干犯すれば、甲蟲成らず。丙子戊子を干犯すれば、大旱にして多くの封壤焦乾す。壬子庚子を干犯すれば、剛に過ぎて魚成らず。甲子庚子を干犯すれば、草木再び死し再び生ず。丙子庚子を干犯すれば、草木再び榮ゆ。戊子庚子を干犯すれば、歲或いは存し或いは亡ぶ。甲子壬子を干犯すれば、冬竟に閉藏せず。丙子壬子を干犯すれば、星墜落す。戊子壬子を干犯すれば、蟄蟲冬天に其の鄕より出離す。庚子壬子を干犯すれば、冬天其の鄕にて雷打つ。

季春三月,豐隆乃出,以將其雨。至秋三月,地氣不藏,乃收其殺,百蟲蟄伏,靜居閉戶,青女乃出,以降霜雪。行十二時之氣,以至於仲春二月之夕,乃收其藏而閉其寒,女夷鼓歌,以司天和,以長百穀禽鳥草木。孟夏之月,以熟穀禾,雄鳩長鳴,為帝候歲。

季春三月、豐隆乃ち出でて、雨を帶領す。秋三月に至り、地氣閉藏せざれば、殺氣を收起し、百蟲蟄伏し、靜居閉戸して、靑女乃ち出でて、霜雪を降下す。十二時の氣を運行し、仲春二月の夕に至りて、乃ち藏する所を收起し寒氣を關閉し、女夷鼓を撃ち歌を歌い、天和を主管し、以て百穀・禽鳥・草木を長養す。孟夏の月、穀禾を成熟せしめ、雄鳩長鳴して、帝のために年成を候う。

是故天不發其陰,則萬物不生;地不發其陽,則萬物不成。天圓地方,道在中央。日為德,月為刑。月歸而萬物死,日至而萬物生。遠山則山氣藏,遠水則水蟲蟄,遠木則木葉槁。日五日不見,失其位也,聖人不與也。

故に天其の陰を發せざれば、萬物生ぜず。地其の陽を發せざれば、萬物成らず。天圓地方、道中央に在り。日は德、月は刑なり。月歸來すれば萬物死し、日到來すれば萬物生ず。山を遠離すれば山氣閉藏し、水を遠離すれば水蟲蟄伏し、木を遠離すれば木葉枯槁す。日五日見えざれば、是れ其の位を失う。聖人は之を贊成せず。

日出於暘谷,浴於咸池,拂於扶桑,是謂晨明。登於扶桑,爰始將行,是謂朏明。至於曲阿,是謂旦明。至於曾泉,是謂蚤食。至於桑野,是謂晏食。至於衡陽,是謂隅中。至於昆吾,是謂正中。至於鳥次,是謂小還。至於悲谷,是謂餔時。至於女紀,是謂大還。至於淵虞,是謂高舂。至於連石,是謂下舂。至於悲泉,爰止其女,爰息其馬,是謂縣車。至於虞淵,是謂黃昏。至於蒙谷,是謂定昏。日入於虞淵之汜,曙於蒙谷之浦,行九州七舍,有五億萬七千三百九里,禹以為朝、晝、昏、夜。

日は暘谷より出で、咸池に沐浴し、扶桑を拂(はら)う。是れを晨明と謂う。扶桑に登り、是に於て始めて將に行かんとす。是れを朏明と謂う。曲阿に至る。是れを旦明と謂う。曾泉に至る。是れを早食と謂う。桑野に至る。是れを晏食と謂う。衡陽に至る。是れを隅中と謂う。昆吾に至る。是れを正中と謂う。鳥次に至る。是れを小還と謂う。悲谷に至る。是れを餔時と謂う。女紀に至る。是れを大還と謂う。淵虞に至る。是れを高舂と謂う。連石に至る。是れを下舂と謂う。悲泉に至り、是に於て羲和を止め、是に於て馬を歇(やす)む。是れを懸車と謂う。虞淵に至る。是れを黃昏と謂う。蒙谷に至る。是れを定昏と謂う。日虞淵の水邊に入り、蒙谷の浦口に曙を發し、九州七舍を行き、五億萬七千三百九里あり。禹之を以て朝・晝・昏・夜に分作す。

夏日至則陰乘陽,是以萬物就而死;冬日至則陽乘陰,是以萬物仰而生。晝者陽之分,夜者陰之分,是以陽氣勝則日修而夜短,陰氣勝則日短而夜修。

夏至すれば陰陽に乘じ、是れを以て萬物趨いて死す。冬至すれば陽陰に乘じ、是れを以て萬物仰ぎて生ず。晝は陽の分、夜は陰の分なり。是れを以て陽氣勝てば日長く夜短く、陰氣勝てば日短く夜長し。

帝張四維,運之以鬥,月徙一辰,復反其所。正月指寅,十二月指醜,一歲而匝,終而復始。指寅,則萬物螾螾也,律受太蔟。太蔟者,蔟而未出也。指卯,卯則茂茂然,律受夾鐘。夾鐘者,種始莢也。指辰,辰則振之也,律受姑洗。姑洗者,陳去而新來也。指巳,巳則生已定也,律受仲呂。仲呂者,中充大也。指午,午者,忤也,律受蕤賓。蕤賓者,安而服也。指未,未,昧也,律受林鐘。林鐘者,引而止也。指申,申者,呻之也,律受夷則。夷則者,易其則也,德以去矣。指酉,酉者,飽也,律受南呂。南呂者,任包大也。指戌,戌者,滅也,律受無射。無射,入無厭也。指亥,亥者,閡也,律受應鐘。應鐘者,應其鐘也。指子,子者,茲也,律受黃鐘。黃鐘者,鐘已黃也。指醜,醜者,紐也,律受大呂。大呂者,旅旅而去也。其加卯酉,則陰陽分,日夜平矣。故曰規生矩殺,衡長權藏,繩居中央,為四時根。

帝四維を張り、北斗を以て運轉し、每月一辰を遷徙し、再び原處に返回す。正月寅を指し、十二月丑を指し、一年にして一周し、終りて再び始まる。寅を指せば、則ち萬物蠕蠕として動く。律は太蔟を受く。太蔟とは、蔟聚して未だ出でざるなり。卯を指せば、卯は即ち茂茂然なり。律は夾鐘を受く。夾鐘とは、種始めて莢を結ぶなり。辰を指せば、辰は即ち之を振起するなり。律は姑洗を受く。姑洗とは、舊き去り新しき來るなり。巳を指せば、巳は即ち生已に定まるなり。律は仲呂を受く。仲呂とは、中充實して大なり。午を指せば、午は即ち忤逆なり。律は蕤賓を受く。蕤賓とは、安くして服すなり。未を指せば、未は即ち昧なり。律は林鐘を受く。林鐘とは、引きて止むるなり。申を指せば、申は即ち呻なり。律は夷則を受く。夷則とは、其の則を改易して、德已に離去するなり。酉を指せば、酉は即ち飽なり。律は南呂を受く。南呂とは、擔任して大を包住するなり。戌を指せば、戌は即ち滅なり。律は無射を受く。無射とは、入りて厭(あ)きざるなり。亥を指せば、亥は即ち隔閡なり。律は應鐘を受く。應鐘とは、彼の鐘に應合するなり。子を指せば、子は即ち兹生なり。律は黃鐘を受く。黃鐘とは、鐘已に黃なり。丑を指せば、丑は即ち紐結なり。律は大呂を受く。大呂とは、旅旅として去るなり。卯酉に加われば、則ち陰陽分開し、日夜平らかなり。故に曰く、規は生を主とし、矩は殺を主とし、衡は長を主とし、權は藏を主とし、繩は中央に居りて、四時の根たりと。

道曰規,始於一,一而不生,故分而為陰陽,陰陽合和而萬物生,故曰「一生二,二生三,三生萬物」。天地三月而為一時,故祭祀三飯以為禮,喪紀三踴以為節,兵重三罕以為制。以三參物,三三如九,故黃鐘之律九寸而宮音調。因而九之,九九八十一,故黃鐘之數立焉。黃者,土德之色;鐘者,氣之所種也。日冬至德氣為土,土色黃,故曰黃鐘。律之數六,分為雌雄,故曰十二鐘,以副十二月。十二各以三成,故置一而十一,三之,為積分十七萬七千一百四十七,黃鐘大數立焉。凡十二律,黃鐘為宮,太蔟為商,姑洗為角,林鐘為徵,南呂為羽。物以三成,音以五立,三與五如八,故卵生者八竅。律之初生也,寫鳳之音,故音以八生。黃鐘為宮,宮者,音之君也,故黃鐘位子,其數八十一,主十一月,下生林鐘。林鐘之數五十四,主六月,上生太蔟。太蔟之數七十二,主正月,下生南呂。南呂之數四十八,主八月,上生姑洗。姑洗之數六十四,主三月,下生應鐘。應鐘之數四十二,主十月,上生蕤賓。蕤賓之數五十七,主五月,上生大呂。大呂之數七十六,主十二月,下生夷則。夷則之數五十一,主七月,上生夾鐘。夾鐘之數六十八,主二月,下生無射。無射之數四十五,主九月,上生仲呂。仲呂之數六十,主四月,極不生。徵生宮,宮生商,商生羽,羽生角,角生姑洗,姑洗生應鐘,比於正音,故為和。應鐘生蕤賓,不比正音,故為繆。日冬至,音比林鐘,浸以濁。日夏至,音比黃鐘,浸以清。以十二律應二十四時之變,甲子,仲呂之徵也;丙子,夾鐘之羽也;戊子,黃鐘之宮也;庚子,無射之商也;壬子,夷則之角也。

道は規と謂い、一より始まる。一は生ぜず、故に分かれて陰陽と爲り、陰陽合和して萬物生ず。故に曰く「一は二を生じ、二は三を生じ、三は萬物を生ず」と。天地三箇月を以て一時と爲す。故に祭祀三飯を以て禮と爲し、喪紀三踊を以て節と爲し、兵事三申を以て制と爲す。三を以て物を參驗し、三三九を得る。故に黃鐘の律九寸にして宮音調和す。是れを以て再び九倍し、九九八十一。故に黃鐘の數立定す。黃は土德の色、鐘は氣の種植する所なり。日冬至德氣は土、土色黃なり。故に黃鐘と謂う。律の數は六、分かれて雌雄と爲る。故に十二鐘と曰い、以て十二月に匹配す。十二各々三を以て成す。故に一を置きて十一と爲し、三を以て乘じて、積分十七萬七千一百四十七。黃鐘の大數立定す。凡そ十二律、黃鐘を宮と爲し、太蔟を商と爲し、姑洗を角と爲し、林鐘を徵と爲し、南呂を羽と爲す。物は三を以て成り、音は五を以て立つ。三と五と八を得る。故に卵生する者八竅あり。律初めて生ずるの時、鳳の音を摹寫す。故に音は八を以て生ず。黃鐘を宮と爲す。宮は音の君なり。故に黃鐘子に位し、其の數八十一、十一月を主管し、下に林鐘を生ず。林鐘の數五十四、六月を主管し、上に太蔟を生ず。太蔟の數七十二、正月を主管し、下に南呂を生ず。南呂の數四十八、八月を主管し、上に姑洗を生ず。姑洗の數六十四、三月を主管し、下に應鐘を生ず。應鐘の數四十二、十月を主管し、上に蕤賓を生ず。蕤賓の數五十七、五月を主管し、上に大呂を生ず。大呂の數七十六、十二月を主管し、下に夷則を生ず。夷則の數五十一、七月を主管し、上に夾鐘を生ず。夾鐘の數六十八、二月を主管し、下に無射を生ず。無射の數四十五、九月を主管し、上に仲呂を生ず。仲呂の數六十、四月を主管し、極點に到りて再び生ぜず。徵は宮を生じ、宮は商を生じ、商は羽を生じ、羽は角を生じ、角は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生ず。正音に比附すれば、故に和と爲す。應鐘は蕤賓を生ず。正音に比附せず、故に繆と爲す。日冬至、音は林鐘に比し、漸々濁る。日夏至、音は黃鐘に比し、漸々清し。十二律を以て二十四時の變化に應ず。甲子は仲呂の徵、丙子は夾鐘の羽、戊子は黃鐘の宮、庚子は無射の商、壬子は夷則の角なり。

古之為度量輕重,生乎天道。黃鐘之律脩九寸,物以三生,三九二十七,故幅廣二尺七寸。音以八相生,故人脩八尺,尋自倍,故八尺而為尋。有形則有聲,音之數五,以五乘八,五八四十,故四丈而為匹。匹者,中人之度也。一匹而為制。秋分蔈定,蔈定而禾熟。律之數十二,故十二蔈而當一粟,十二粟而當一寸。律以當辰,音以當日,日之數十,故十寸而為尺,十尺而為丈。其以為量,十二粟而當一分,十二分而當一銖,十二銖而當半兩。衡有左右,因倍之,故二十四銖為一兩。天有四時,以成一歲,因而四之,四四十六,故十六兩而為一觔。三月而為一時,三十日為一月,故三十觔為一鈞。四時而為一歲,故四鈞為一石。其以為音也,一律而生五音,十二律而為六十音,因而六之,六六三十六,故三百六十音以當一歲之日。故律曆之數,天地之道也。下生者倍,以三除之;上生者四,以三除之。

古の度量輕重を作るは、天道より生ず。黃鐘の律長さ九寸、物は三を以て生ず。三九二十七。故に幅廣さ二尺七寸。音は八を以て遞(かは)り相生す。故に人長さ八尺。尋は己が一倍なり。故に八尺を以て尋と爲す。形あれば聲あり。音の數は五、五を以て八に乘じて、五八四十。故に四丈を以て匹と爲す。匹は中等の人の度なり。一匹にして一制と爲る。秋分、蔈(禾穗の芒)定まり、蔈定まりて禾熟す。律の數は十二。故に十二蔈は一粟に當たり、十二粟は一寸に當たる。律は以て辰に當て、音は以て日に當つ。日の數は十。故に十寸を以て尺と爲し、十尺を以て丈と爲す。以て量を作れば、十二粟は一分に當たり、十二分は一銖に當たり、十二銖は半兩に當たる。衡に左右あり、是れを以て加倍す。故に二十四銖を以て一兩と爲す。天に四時ありて、以て一歲を成す。是れを以て四に乘じて、四四十六。故に十六兩を以て一斤と爲す。三月を以て一時と爲り、三十日を以て一月と爲る。故に三十斤を以て一鈞と爲す。四時を以て一歲と爲る。故に四鈞を以て一石と爲す。以て音を作れば、一律五音を生じ、十二律六十音と爲る。是れを以て六に乘じて、六六三十六。故に三百六十音にして一歲の日に當つ。故に律曆の數は、即ち天地の道なり。下生するは倍して、復た三を以て除す。上生するは四を乘じて、復た三を以て除す。

太陰元始,建於甲寅,一終而建甲戌,二終而建甲午,三終而復得甲寅之元。歲徙一辰,立春之後,得其辰而遷其所順,前三後五,百事可舉。

太陰の元始は、甲寅に建てられ、一終にして甲戌に建てられ、二終にして甲午に建てられ、三終にして再び甲寅の元を得。每年一辰を遷徙し、立春の後、其の辰を得て再び順う所に遷り、前三後五、百事擧辦すべし。

太陰所建,蟄蟲首穴而處,鵲巢鄉而為戶。太陰在寅,朱烏在卯,勾陳在子,玄武在戌,白虎在酉,蒼龍在辰。

太陰の建つる所は、蟄蟲頭を穴に縮め入りて住み、鵲巢の門を其の方に向かわしむ。太陰寅に在れば、朱鳥卯に在り、勾陳子に在り、玄武戌に在り、白虎酉に在り、蒼龍辰に在り。

寅為建,卯為除,辰為滿,巳為平,主生;

寅は建、卯は除、辰は滿、巳は平、生を主管す。

午為定,未為執,主陷;

午は定、未は執、陷を主管す。

申為破,主衡;

申は破、衡を主管す。

酉為危,主杓;

酉は危、杓を主管す。

戌為成,主少德;

戌は成、少德を主管す。

亥為,主大德;

亥は(底本此處疑い脱文あり。建除十二神此處當に「收」たるべし)、大德を主管す。

子為開,主太歲;

子は開、太歲を主管す。

醜為閉,主太陰。

丑は閉、太陰を主管す。

太陰在寅,歲名曰攝提格,其雄為歲星,舍鬥、牽牛,以十一月與之晨出東方,東井、輿鬼為對。

太陰寅に在れば、歲名は攝提格、其の雄は歲星、斗・牽牛に舍(やど)り、十一月にて之と早晨東方に現れ、東井・輿鬼は對衝なり。

太陰在卯,歲名曰單閼,歲星舍須女、虛、危,以十二月與之晨出東方,柳、七星、張為對。

太陰卯に在れば、歲名は單閼、歲星須女・虛・危に舍り、十二月にて之と早晨東方に現れ、柳・七星・張は對衝なり。

太陰在辰,歲名曰執,歲星營室、東壁,以正月與之晨出東方,翼、軫為對。

太陰辰に在れば、歲名は執徐(底本は「執」)、歲星營室・東壁に在り、正月にて之と早晨東方に現れ、翼・軫は對衝なり。

太陰在巳,歲名曰大荒落,歲星舍奎、婁,以二月與之晨出東方,角、亢為對。

太陰巳に在れば、歲名は大荒落、歲星奎・婁に舍り、二月にて之と早晨東方に現れ、角・亢は對衝なり。

太陰在午,歲名曰敦,歲星舍胃、昴、畢,以三月與之晨出東方,氐、房、心為對。

太陰午に在れば、歲名は敦牂(底本は「敦」)、歲星胃・昴・畢に舍り、三月にて之と早晨東方に現れ、氐・房・心は對衝なり。

太陰在未,歲名曰協洽,歲星舍觜、參,以四月與之晨出東方,尾、箕為對。

太陰未に在れば、歲名は協洽、歲星觜・參に舍り、四月にて之と早晨東方に現れ、尾・箕は對衝なり。

太陰在申,歲名曰涒灘,歲星舍東井、輿鬼,以五月與之晨出東方,鬥、牽牛為對。

太陰申に在れば、歲名は涒灘、歲星東井・輿鬼に舍り、五月にて之と早晨東方に現れ、斗・牽牛は對衝なり。

太陰在酉,歲名曰作鄂,歲星舍柳、七星、張,以六月與之晨出東方,須女、虛、危為對。

太陰酉に在れば、歲名は作鄂、歲星柳・七星・張に舍り、六月にて之と早晨東方に現れ、須女・虛・危は對衝なり。

太陰在戌,歲名曰閹茂,歲星舍翼、軫,以七月與之晨出東方,營室、東壁為對。

太陰戌に在れば、歲名は閹茂、歲星翼・軫に舍り、七月にて之と早晨東方に現れ、營室・東壁は對衝なり。

太陰在亥,歲名曰大淵獻,歲星舍角、亢,以八月與之晨出東方,奎、婁為對。

太陰亥に在れば、歲名は大淵獻、歲星角・亢に舍り、八月にて之と早晨東方に現れ、奎・婁は對衝なり。

太陰在子,歲名曰困敦,歲星舍氐、房、心,以九月與之晨出東方,胃、昴、畢為對。

太陰子に在れば、歲名は困敦、歲星氐・房・心に舍り、九月にて之と早晨東方に現れ、胃・昴・畢は對衝なり。

太陰在醜,歲名曰赤奮若,歲星舍尾、箕,以十月與之晨出東方,觜雟、參為對。

太陰丑に在れば、歲名は赤奮若、歲星尾・箕に舍り、十月にて之と早晨東方に現れ、觜嶲・參は對衝なり。

太陰在甲子,刑德合東方宮,常徙所不勝,合四歲而離,離十六歲而復合。所以離者,刑不得入中宮,而徙於木。太陰所居德,辰為刑。德,綱日自倍因,柔日徙所不勝。刑,水辰之木,木辰之水,金、火立其處。

太陰甲子に在れば、刑と德と東方宮に合し、常に勝たざる所に遷徙す。四年を合して離れ、離れて十六年にして再び合す。離るる所以は、刑の中宮に入る能わずして木に遷ればなり。太陰の居る所は德、辰は刑なり。德は、剛日は自ら倍して因循し、柔日は勝たざる所に遷る。刑は、水の辰は木に至り、木の辰は水に至り、金・火は元の處に立つ。

凡徙諸神,朱鳥在太陰前一,鉤陳在後三,玄武在前五,白虎在後六,虛星乘鉤陳而天地襲矣。

凡そ諸神を遷徙するに、朱鳥は太陰の前一位に在り、鉤陳は後三位、玄武は前五位、白虎は後六位、虛星は鉤陳に乘りて天地相襲す。

凡日,甲剛乙柔,丙剛丁柔,以至於癸。

凡そ日は、甲は剛、乙は柔、丙は剛、丁は柔、癸に至るまで然り。

木生於亥,壯於卯,死於未,三辰皆木也。

木は亥に生じ、卯に壯び、未に死す。此の三辰は皆木なり。

火生於寅,壯於午,死於戌,三辰皆火也。

火は寅に生じ、午に壯び、戌に死す。此の三辰は皆火なり。

土生於午,壯於戌,死於寅,三辰皆土也。

土は午に生じ、戌に壯び、寅に死す。此の三辰は皆土なり。

金生於巳,壯於酉,死於醜,三辰皆金也。

金は巳に生じ、酉に壯び、丑に死す。此の三辰は皆金なり。

水生於申,壯於子,死於辰,三辰皆水也。

水は申に生じ、子に壯び、辰に死す。此の三辰は皆水なり。

故五勝生一,壯五,終九,五九四十五,故神四十五日而一徙;以三應五,故八徙而歲終。

故に五勝の法は、生は一に在り、壯は五に在り、終は九に在り、五九は四十五。故に神は四十五日に一度遷徙す。三を以て五に應ず。故に八度遷りて一歲終わる。

凡用太陰,左前刑,右背德,擊鉤陳之沖辰,以戰必勝,以攻必剋。

凡そ太陰を用うれば、左前方は刑、右後方は德、鉤陳の衝辰を攻むれば、以て戰えば必ず勝ち、以て攻めれば必ず克つ。

欲知天道,以日為主,六月當心,左周而行,分而為十二月,與日相當,天地重襲,後必無殃。

天道を知らんと欲せば、日を以て主と爲し、六月は心宿に對し、左に周行し、分かちて十二月と爲り、日と相當る。天地重疊して相襲えば、後必ず殃なからん。

星正月建營室,二月建奎、婁,三月建胃,四月建畢,五月建東井,六月建張,七月建翼,八月建亢,九月建房,十月建尾,十一月建牽牛,十二月建虛。

星は、正月營室に建ち、二月奎・婁に建ち、三月胃に建ち、四月畢に建ち、五月東井に建ち、六月張に建ち、七月翼に建ち、八月亢に建ち、九月房に建ち、十月尾に建ち、十一月牽牛に建ち、十二月虛に建つ。

星分度:

星の度數は、次の如し。

角十二,亢九,氐十五,房五,心五,尾十八,箕十一四分一,鬥二十六,牽牛八,須女十二,虛十,危十七,營室十六,東壁九,奎十六,婁十二,胃十四,昴十一,畢十六,觜雟二,參九,東井三十,輿鬼四,柳十五,,張、翼各十八,軫十七,凡二十八宿也。

角十二、亢九、氐十五、房五、心五、尾十八、箕十一又四分の一、斗二十六、牽牛八、須女十二、虛十、危十七、營室十六、東壁九、奎十六、婁十二、胃十四、昴十一、畢十六、觜嶲二、參九、東井三十、輿鬼四、柳十五、(底本此處疑い脱文あり。舊本多く「七星七」一類あり)、張・翼各十八、軫十七、合して二十八宿なり。

星部地名:

星宿の對應する地名は、次の如し。

角、亢,鄭;氐、房、心宋;尾、箕,燕;鬥、牽牛,越;須女,吳;虛、危,齊;營室、東壁,衛;奎、婁,魯;胃、昴、畢,魏;觜雟、參,趙;東井、輿鬼,秦;柳、七星、張,周;翼、軫,楚。

角・亢は鄭、氐・房・心は宋、尾・箕は燕、斗・牽牛は越、須女は吳、虛・危は齊、營室・東壁は衛、奎・婁は魯、胃・昴・畢は魏、觜嶲・參は趙、東井・輿鬼は秦、柳・七星・張は周、翼・軫は楚なり。

歲星之所居,五榖豐昌,其對為沖,歲乃有殃。當居而不居,越而之他處,主死國亡。

歲星の居る所は五穀豐昌す。其の對衝する所は其の年殃あり。居るべきにして居らず、越えて他處に至れば、君主死に國滅亡す。

太陰治春則欲行柔惠溫涼,太陰治夏則欲佈施宣明,太陰治秋則欲脩備繕兵,太陰治冬則欲猛毅剛彊。三歲而改節,六歲而易常,故三歲而一饑,六歲而一衰,十二歲一康。

太陰の春を治むれば柔惠溫凉を施行せんと欲し、太陰の夏を治むれば布施宣明せんと欲し、太陰の秋を治むれば兵を修備繕飾せんと欲し、太陰の冬を治むれば猛毅剛強せんと欲す。三年節を改め、六年常を易う。故に三年に一饑、六年に一衰、十二年に一康なり。

甲齊,乙東夷,丙楚,丁南夷,戊魏,己韓,庚秦,辛西夷,壬衛,癸越,子周,醜翟,寅楚,卯鄭,辰晉,巳衛,午秦,未宋,申齊,酉魯,戌趙,亥燕。

甲は齊、乙は東夷、丙は楚、丁は南夷、戊は魏、己は韓、庚は秦、辛は西夷、壬は衛、癸は越、子は周、丑は翟、寅は楚、卯は鄭、辰は晉、巳は衛、午は秦、未は宋、申は齊、酉は魯、戌は趙、亥は燕なり。

甲乙寅卯,木也;丙丁巳午,火也;戊己四季,土也;庚辛申酉,金也;壬癸亥子,水也。

甲乙寅卯は木、丙丁巳午は火、戊己四季は土、庚辛申酉は金、壬癸亥子は水なり。

水生木,木生火,火生土,土生金,金生水。

水は木を生じ、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生ず。

子生母曰義,母生子曰保,子母相得曰專,母勝子曰制,子勝母曰困。

子の母を生ずるを義と謂い、母の子を生ずるを保と謂い、子母相得るを專と謂い、母の子に勝つを制と謂い、子の母に勝つを困と謂う。

以勝擊殺,勝而無報。以專從事,專而有功。以義行理,名立而不墯。以保畜養,萬物蕃昌。以困舉事,破滅死亡。

勝を用いて撃殺せば、勝ちて而も報應なし。專を用いて事を辦ずれば、專一にして功あり。義を用いて理を行えば、名立ちて墮落せず。保を用いて畜養すれば、萬物蕃昌す。困を用いて事を擧げれば、即ち破滅死亡す。

北斗之神有雌雄,十一月始建於子,月從一辰,雄左行,雌右行,五月合午謀刑,十一月合子謀德。

北斗の神に雌雄あり、十一月より子に建て始め、每月一辰に隨い、雄は左に行き、雌は右に行き、五月に午に會して刑を謀り、十一月に子に會して德を謀る。

太陰所居辰為猒日,猒日不可以舉百事。堪輿徐行,雄以音知雌,故為奇辰。數從甲子始,子母相求,所合之處為合。十日十二辰,週六十日,凡八合。合於歲前則死亡,合於歲後則無殃。

太陰の居る辰は厭日なり。厭日は以て百事を擧辦すべからず。堪輿徐々に行き、雄は音に靠りて雌を知る。故に奇辰なり。數は甲子より始まり、子母相求め、合する所を合と爲す。十日十二辰、一周六十日、合して八合なり。歲前に合せば死亡し、歲後に合せば殃なし。

甲戌,燕也;乙酉,齊也;丙午,越也;丁巳,楚也;庚申,秦也;辛卯,戎也;壬子,代也;癸亥,胡也;戊戌、己亥,韓也;己酉、己卯,魏也;戊午、戊子,八合天下也。

甲戌は燕、乙酉は齊、丙午は越、丁巳は楚、庚申は秦、辛卯は戎、壬子は代、癸亥は胡、戊戌・己亥は韓、己酉・己卯は魏、戊午・戊子、是れ八合天下に於けるなり。

太陰、小歲、星、日、辰五神皆合,其日有雲氣風雨,國君當之。

太陰・小歲・星・日・辰五神皆合すれば、其の日雲氣風雨あり、國君之を承當す。

天神之貴者,莫貴於青龍,或曰天一,或曰太陰。太陰所居,不可背而可鄉。北斗所擊,不可與敵。

天神の中に貴きは、青龍より貴きなし。或いは天一と謂い、或いは太陰と謂う。太陰の居る所は、背くべからず向かうべし。北斗の擊つ所は、之と敵すべからず。

天地以設,分而為陰陽,陽生於陰,陰生於陽,陰陽相錯,四維乃通,或死或生,萬物乃成。蚑行喙息,莫貴於人。孔竅肢體,皆通於天。

天地設立されて後、分かれて陰陽と爲り、陽は陰より生じ、陰は陽より生ず。陰陽交錯して四維乃ち通じ、或いは死し或いは生きて、萬物乃ち成る。爬行喘息する者は、人より貴きなし。孔竅肢體、皆天に通ず。

天九重,人亦有九竅。天有四時,以制十二月;人亦有四肢,以使十二節。天有十二月,以制三百六十日;人亦有十二肢,以使三百六十節。故舉事而不順天者,逆其生者也。

天に九重あり、人にも亦九竅あり。天に四時ありて、以て十二月を制す。人にも亦四肢ありて、以て十二節を使う。天に十二月ありて、以て三百六十日を制す。人にも亦十二肢ありて、以て三百六十節を使う。故に事を辦して天に順わざる者は、其の生を逆らうなり。

以日冬至數來歲正月朔日,五十日者,民食足;不滿五十日,日減一;有餘日,日益一升。有其歲司也。

冬至より數えて來年正月朔日に至り、五十日に滿つれば民食足る。五十日に滿たざれば每日一を減ず。餘日あれば每日一升を增ず。各其の年の司掌あり。

攝提格之歲:歲早水晚旱,稻疾,蠶不登,菽、麥昌,民食四升,寅。在甲曰閼蓬

攝提格の歲は、年成早く澇し晚く旱き、稻病害あり、蠶收せず、豆・麥昌盛し、民食四升。寅に對應す。甲に在りて阏逢と曰う。

單閼之歲:歲和,稻、菽、麥、蠶昌,民食五升,卯。在乙曰旃蒙。

單閼の歲は、年成和ぎ、稻・豆・麥・蠶皆昌盛し、民食五升。卯に對應す。乙に在りて旃蒙と曰う。

執徐之歲:歲早旱晚水,小饑,蠶閉,麥熟,民食三升,辰。在丙曰柔兆。

執徐の歲は、年成早く旱き晚く澇し、小饑あり、蠶閉藏し、麥熟し、民食三升。辰に對應す。丙に在りて柔兆と曰う。

大荒落之歲:歲有小兵,蠶小登,麥昌,菽疾,民食二升,巳。在丁曰強圉。

大荒落の歲は、年に小兵あり、蠶小さく收あり、麥昌盛し、豆病害あり、民食二升。巳に對應す。丁に在りて強圉と曰う。

敦之歲:歲大旱,蠶登,稻疾,菽、麥昌,禾不為,民食二升,午。在戊曰著雝。

敦牂の歲は(底本は「敦」)、年大いに旱き、蠶收あり、稻病害あり、豆・麥昌盛し、禾成らず、民食二升。午に對應す。戊に在りて著雍と曰う。

協洽之歲:歲有小兵,蠶登,稻昌,菽、麥不為,民食三升,未。在己曰屠維。

協洽の歲は、年に小兵あり、蠶收あり、稻昌盛し、豆・麥成らず、民食三升。未に對應す。己に在りて屠維と曰う。

涒灘之歲:歲和,小雨行,蠶登,菽、麥昌,民食三升,申。在庚曰上章。

涒灘の歲は、年成和ぎ、小雨流行し、蠶收あり、豆・麥昌盛し、民食三升。申に對應す。庚に在りて上章と曰う。

作鄂之歲:歲有大兵,民疾,蠶不登,菽、麥不為,禾蟲,民食五升,酉。在辛曰重光。

作鄂の歲は、年に大兵あり、民疾病あり、蠶收せず、豆・麥成らず、禾に蟲生じ、民食五升。酉に對應す。辛に在りて重光と曰う。

掩茂之歲:歲小饑,有兵,蠶不登,麥不為,菽昌,民食七升,戌。在壬曰玄黓。

掩茂の歲は、年小さく饑え、兵あり、蠶收せず、麥成らず、豆昌盛し、民食七升。戌に對應す。壬に在りて玄黓と曰う。

大淵獻之歲:歲有大兵,大饑,蠶開,菽、麥不為,禾蟲,民食三升。

大淵獻の歲は、年に大兵あり、大いに饑え、蠶開き、豆・麥成らず、禾に蟲生じ、民食三升。

困敦之歲:歲大霧起,大水出,蠶、稻、菽、麥昌,民食三鬥,子。在癸曰昭陽。

困敦の歲は、年に大霧起こり、大水出で、蠶・稻・豆・麥昌盛し、民食三斗。子に對應す。癸に在りて昭陽と曰う。

赤奮若之歲:歲有小兵,早水,蠶不出,稻疾,菽不為,麥昌,民食一升。

赤奮若の歲は、年に小兵あり、早く澇し、蠶出でず、稻病害あり、豆成らず、麥昌盛し、民食一升。

正朝夕,先樹一表東方,操一表卻去前表十步,以參望日始出北廉。日直入,又樹一表於東方,因西方之表以參望日,方入北廉則定東方。兩表之中,與西方之表,則東西之正也。日冬至,日出東南維,入西南維。至春、秋分,日出東中,入西中。夏至,出東北維,入西北維,至則正南。

朝夕を正さんと欲せば、先ず東方に一の表を樹て、更に一の表を取りて前の表を去ること十步退き、以て日の出づる始めの北廉を參望す。日直ちに入り、又東方に一の表を樹て、西方の表に就きて日を參望し、正しく北廉に入れば東方定まる。兩表の中間と、西方の表と、即ち東西の正なり。日冬至には、日東南維に出で、西南維に入る。春分・秋分に至れば、日正東に出で、正西に入る。夏至には、東北維に出で、西北維に入り、至れば正南なり。

欲知東西、南北廣袤之數者,立四表以為方一里韻,先春分若秋分十餘日,從韻北表參望日始出及旦,以候相應,相應則此與日直也。輒以南表參望之,以入前表數為法,除舉廣,除立表袤,以知從此東西之數也。假使視日出,入前表中一寸,是寸得一里也。一里積萬八千寸,得從此東萬八千里。視日方入,入前表半寸,則半寸得一里。半寸而除一里積寸,得三萬六千里,除則從此西里數也。並之東西里數也,則極徑也。未春分而直,已秋分而不直,此處南也。未秋分而直,已春分而不直,此處北也。分、至而直,此處南北中也。從中處欲知中南也,未秋分而不直,此處南北中也。從中處欲知南北極遠近,從西南表參望日,日夏至始出與北表參,則是東與東北表等也,正東萬八千里,則從中北亦萬八千里也。倍之,南北之裡數也。其不從中之數也,以出入前表之數益損之,表入一寸,寸減日近一里,表出一寸,寸益遠一里。

東西南北の廣袤の數を知らんと欲せば、四表を立てて方一里の埒(底本は「韵」)を作り、春分或いは秋分の前十余日に、埒北の表より日の出づる始め及び旦を參望し、相應ずるを候い、相應ずれば此處日と直線を成す。即ち南表を以て參望し、前表に入る數を取りて法と爲し、以て擧げる所の廣を除き、立てる所の表の袤を除きて、以て此より東西に向かうの數を知る。假に日出を望めば、前表の中に一寸入れば、即ち一寸にして一里を得。一里積もりて一萬八千寸、此より東に一萬八千里を得。日の正しく入るを望めば、前表に半寸入れば、則ち半寸にして一里を得。半寸を以て一里の積寸を除きて、三萬六千里を得、除得するは即ち此より西の里數なり。之を倂せれば、即ち東西の里數にして、亦極の直徑なり。未だ春分に至らずして直なれば、已に秋分を過ぎて未だ直ならざるは、此處南に在り。未だ秋分に至らずして直なれば、已に春分を過ぎて未だ直ならざるは、此處北に在り。分・至にして直なるは、此處南北の中に在り。中處より以て偏南を知らんと欲せば、未だ秋分に至らずして直ならざるは、此も南北の中の一類の情形なり。中處より以て南北南北極の遠近を知らんと欲せば、西南表より日を參望し、日夏至出づる始め北表と參齊すれば、則ち東と東北表と相等しく、正東一萬八千里、則ち中より北に向かうも亦一萬八千里なり。之を倍せば、即ち南北の里數なり。其の中よりせざるの數は、前表に出入する數を以て增減す。表一寸入れば、每寸日に近き一里を減じ、表一寸出づれば、每寸遠き一里を加う。

欲知天之高,樹表高一丈,正南北相去千里,同日度其陰,北表一尺,南表尺九寸,是南千里陰短寸,南二萬裡則無景,是直日下也。陰二尺而得高一丈者,南一而高五也,則置從此南至日下里數,因而五之,為十萬裡,則天高也。若使景與表等,則高與遠等也。

天の高さを知らんと欲せば、表を樹てて高さ一丈、正南北千里を距て、同じ日に其の影を量るに、北表の影一尺、南表の影一尺九寸、是れ南に千里にして影一寸短し。南に二萬里にして影なからんは、是れ正しく日下に當たるなり。影二尺にして高一丈を得るは、南一にして高五なり。即ち此より南の日下に至るの里數を取り、五を乘じて、十萬里と爲す。即ち天高なり。假に影と表と相等しければ、則ち高と遠と相等し。

時則訓

(闕文)

春

孟春之月,招搖指寅,昏參中,旦尾中。其位東方,其日甲乙,盛德在木,其蟲鱗,其音角,律中太蔟,其數八,其味酸,其臭羶,其祀戶,祭先脾。東風解凍,蟄蟲始振蘇,魚上負冰,獺祭魚,候鴈北。天子衣青衣,乘蒼龍,服蒼玉,建青旗,食麥與羊,服八風水,爨萁燧火,東宮御女青色,衣青採,鼓琴瑟,其兵矛,其畜羊,朝於青陽左丟,以出春令。布德施惠,行慶賞,省徭賦。立春之日,天子親率三公九卿大夫以迎歲於東郊,修除祠位,幣禱鬼神,犧牲用牡。禁伐木,毋覆巢、殺胎夭,毋麛,毋卵,毋聚眾、置城郭,掩骼薶骴。孟春行夏令,則風雨不時,草木旱落,國乃有恐。行秋令,則其民大疫,飄風暴雨總至,黎莠蓬蒿並興。行冬令,則水潦為敗,雨霜大雹,首稼不入。正月官司空,其樹楊。

孟春の月、招搖星寅を指し、昏に參星中に在り、旦に尾星中に在り。其の位は東方に在り、其の日は甲乙、盛德は木に在り、其の蟲は鱗、其の音は角、律は太蔟に中り、其の數は八、其の味は酸、其の臭は膻、祀るは戶、祭には先ず脾を用う。東風凍を解き、蟄蟲始めて振蘇し、魚上に冰に負い、獺魚を祭り、候雁北に向かう。天子青衣を衣、蒼龍の馬に乘り、蒼玉を佩び、青旗を樹て、麥と羊とを食い、八風の水を服し、萁燧を以て火を取り、東宮の御女青色を衣、青彩を服し、琴瑟を鼓し、其の兵は矛、其の畜は羊、青陽の左个(底本は「左丢」、當に「个」たるべし)に朝見して、以て春令を布す。德を布き惠を施し、慶賞を擧行し、徭賦を省減す。立春の日、天子親ら三公九卿大夫を率ゐて東郊に歲を迎え、祠位を修除し、幣帛を以て鬼神に禱告し、犧牲は牡を用う。木を伐るを禁じ、巢を覆し胎夭を殺すこと毋く、幼鹿を取ること毋く、卵を取ること毋く、衆を聚め城郭を置くこと毋く、枯骨腐肉を掩埋す。孟春若し夏令を行えば、則ち風雨時に逮ばず、草木旱く落ち、國中恐あり。若し秋令を行えば、其の民大いに疫し、飄風暴雨倂に至り、藜莠蓬蒿竝び興る。若し冬令を行えば、則ち水潦災と爲り、雨霜大雹、首の莊稼入ること能わず。正月の官は司空、其の樹は楊なり。

仲春之月,招搖指卯,昏弧中,旦建星中。其位東方,其日甲乙,其蟲鱗,其音角,律中夾鍾,其數八,其味酸,其臭羶,其祀戶,祭先脾。始雨水,桃李始華,蒼庚鳴,鷹化為鳩。天子衣青衣,乘蒼龍,服蒼玉,建青旗,食麥與羊,服八風水,爨萁燧火,東宮御女青色,衣青採,鼓琴瑟,其兵矛,其畜羊,朝於青陽太廟。命有司,省囹圄,去桎梏,毋笞掠,止獄訟,養幼小,存孤獨,以通句萌。擇元日,令民社。是月也,日夜分,雷始發聲,蟄蟲鹹動蘇。先雷三日,振鐸以令於兆民曰:「雷且發聲,有不戒其容止者,生子不備,必有兇災。」令官市,同度量,鈞衡石,角鬥稱,端權概。毋竭川澤,毋漉陂池,毋焚山林,毋作大事,以妨農功。祭不用犧牲,用圭璧,更皮幣。仲春行秋令,則其國大水,寒氣總至,寇戎來徵。行冬令,則陽氣不勝,麥乃不熟,民多相殘。行夏令,則其國大旱,颼氣早來,蟲螟為害。二月官倉,其樹杏。

仲春の月、招搖卯を指し、昏に弧星中に在り、旦に建星中に在り。其の位は東方に在り、其の日は甲乙、其の蟲は鱗、其の音は角、律は夾鐘に中り、其の數は八、其の味は酸、其の臭は膻、祀るは戶、祭には先ず脾を用う。始めて雨し、桃李始めて花ひらき、倉庚鳴き、鷹鳩と化す。天子青衣を衣、蒼龍の馬に乘り、蒼玉を佩び、青旗を樹て、麥と羊とを食い、八風の水を服し、萁燧を以て火を取り、東宮の御女青色を衣、青彩を服し、琴瑟を鼓し、其の兵は矛、其の畜は羊、青陽の太廟に朝見す。有司に命じて、囹圄を省察し、桎梏を去り、笞掠すること毋く、獄訟を止め、幼小を養い、孤獨を存問して、以て句屈の萌芽を通ず。元日を擇びて、百姓をして社を祭らしむ。是の月、日夜分かたれ、雷始めて聲を發し、蟄蟲咸動き蘇る。雷に先だつこと三日、鐸を振りて以て兆民に號令して曰く、雷將に聲を發せんとす、其の容止に戒めざる者あらば、子を生むこと備わらず、必ず凶災あらん、と。官市に命じて、度量を同じくし、衡石を均平し、斗稱を角正し、權概を端正す。川澤を竭くすこと毋く、陂池を漉すこと毋く、山林を焚燒すること毋く、大事を作すこと毋く、以て農功を妨げざらんとす。祭祀は犧牲を用いず、圭璧を用い、皮幣を更う。仲春若し秋令を行えば、則ち其の國大水あり、寒氣總に至り、寇戎來り征す。若し冬令を行えば、則ち陽氣勝たず、麥乃ち熟せず、民多く相残す。若し夏令を行えば、則ち其の國大いに旱き、熱氣早く來り、蟲螟害と爲す。二月の官は倉、其の樹は杏なり。

季春之月,招搖指辰,昏七星中,旦牽牛中。其位東方,其日甲乙,其蟲鱗,其音角,律中姑洗,其數八,其味酸,其臭羶,其祀戶,祭先脾。桐始華,田鼠化為鴽,虹始見,萍始生。天子衣青衣,乘蒼龍,服蒼玉,建青旗,食麥與羊,服八風水,爨萁燧火,東宮御女青色,衣青採,鼓琴瑟,其兵矛,其畜羊,朝於青陽右丟。舟牧覆舟,五覆五反,乃言具於天子。天子烏始乘舟,薦鮪於寢廟,乃為麥祈實。是月也,生氣方盛,陽氣發洩,句者畢出,萌者盡達,不可以內。天子命有司,發囷倉,助貧窮,振乏絕,開府庫,出幣帛,使諸侯,聘名士,禮賢者。命司空,時雨將降,下水上騰,循行國邑,周視原野,修利隄防,導通溝瀆,達路除道,從國始,至境止。田獵畢弋,罝罘羅𦉾,餧毒之藥,毋出九門。乃禁野虞,毋伐桑柘。鳴鳩奮其羽,戴鵀降於桑,具撲曲筥筐,后妃齋戒,東鄉親桑,省婦使,勸蠶事。命五庫,令百工審金鐵皮革、筋角箭榦、脂膠丹漆,無有不良。擇下旬吉日,大合樂,致歡欣。乃合㹎牛騰馬,遊牝於牧。令國儺,九門磔攘,以畢春氣。行是月令,甘雨至三旬。季春行冬令,則寒氣時發,草木皆肅,國有大恐。行夏令,則民多疾疫,時雨不降,山陵不登。行秋令,則天多沈陰,淫雨早降,兵革並起。三月官鄉,其樹李。

季春の月、招搖辰を指し、昏に七星中に在り、旦に牽牛中に在り。其の位は東方に在り、其の日は甲乙、其の蟲は鱗、其の音は角、律は姑洗に中り、其の數は八、其の味は酸、其の臭は膻、祀るは戶、祭には先ず脾を用う。桐始めて花ひらき、田鼠鵪鶉と化し、虹始めて見え、萍始めて生ず。天子青衣を衣、蒼龍の馬に乘り、蒼玉を佩び、青旗を樹て、麥と羊とを食い、八風の水を服し、萁燧を以て火を取り、東宮の御女青色を衣、青彩を服し、琴瑟を鼓し、其の兵は矛、其の畜は羊、青陽の右个(底本は「右丢」、當に「个」たるべし)に朝見す。舟牧船を覆看し、五覆五反して、乃ち天子に具備を告ぐ。天子是に於て始めて舟に乘り、鮪魚を寝廟に薦じて、麥の實りを祈らんが爲す。是の月、生氣方に盛んにして、陽氣發泄し、句なる者畢れ出で、萌る者盡く達し、以て內納すべからず。天子有司に命じて、囷倉を開き、貧窮を助け、乏絕を賑い、府庫を開き、幣帛を出して、諸侯に使いし、名士を聘問し、賢者に禮遇す。司空に命じて曰く、時雨將に降らんとし、下水上に騰がる。國邑を循行し、原野を周視し、堤防を修利し、溝瀆を疏通し、道路を達し、道途を除きて、國都より始めて邊境に至るまで、と。田獵の網・弋射・罝罘羅網・毒を餧う藥は、九門より出すこと毋かれ。是に於て野虞をして桑柘を伐らしむるを禁ず。鳴鳩其の羽を奮い、戴勝桑に降り、薄曲筥筐を具え、后妃齋戒し、東に向かい自ら桑を采り、婦使を省察し、蠶事を勸勉す。五庫に命じて、百工をして金鐵皮革・筋角箭杆・脂膠丹漆を審察せしめ、良からざるなからしむ。下旬の吉日を擇びて、大いに樂を合し、以て歡欣を致す。是に於て公牛騰馬を會して、牝畜を牧に遊ばしむ。國中をして儺を行い、九門磔攘して、以て春氣を畢えしむ。此の月の令を行えば、甘雨三旬に至る。季春若し冬令を行えば、則ち寒氣時々發し、草木皆肅殺し、國中に大恐あり。若し夏令を行えば、則ち民多く疾疫し、時雨降らず、山陵收なし。若し秋令を行えば、則ち天多く陰沈し、淫雨早く降り、兵革竝び興る。三月の官は鄕、其の樹は李なり。

夏

孟夏之月,招搖指巳,昏翼中,旦婺女中。其位南方,其日丙丁,盛德在火,其蟲羽,其音徵,律中仲呂,其數七,其味苦,其臭焦,其祀灶,祭先肺。螻蟈鳴,丘螾出,王瓜生,苦菜秀。天子衣赤衣,乘赤騮,服赤玉,建赤旗,食菽與雞,服八風水,爨柘燧火,南宮御女赤色,衣赤採,吹竽笙,其兵戟,其畜雞,朝於明堂左丟,以出夏令。立夏之日,天子親率三公九卿大夫以迎歲於南郊。還,乃賞賜,封諸侯,修禮樂,饗左右。命太尉,贊傑俊,選賢良,舉孝悌,行爵出祿,佐天長養。繼修增高,無有隳壞,毋興土功,毋伐大樹。令野虞,行田原,勸農事,驅獸畜,勿令害穀。天子以彘嘗麥,先薦寢廟。聚畜百藥,靡草死,麥秋至,決小罪,斷薄刑。孟夏行秋令,則苦雨數來,五穀不滋,四鄰入保。行冬令,則草木早枯,後乃大水,敗壞城郭。行春令,則螽蝗為敗,暴風來格,秀草不實。四月官田,其樹桃。

孟夏の月、招搖巳を指し、昏に翼星中に在り、旦に婺女中に在り。其の位は南方に在り、其の日は丙丁、盛德は火に在り、其の蟲は羽、其の音は徵、律は仲吕に中り、其の數は七、其の味は苦、其の臭は焦、祀るは竈、祭には先ず肺を用う。螻蟈鳴き、丘蚓出で、王瓜生じ、苦菜秀づ。天子赤衣を衣、赤騮に乘り、赤玉を佩び、赤旗を樹て、豆と雞とを食い、八風の水を服し、柘燧を以て火を取り、南宮の御女赤色を衣、赤彩を服し、竽笙を吹き、其の兵は戟、其の畜は雞、明堂の左个(底本は「左丢」、當に「个」たるべし)に朝見して、以て夏令を布す。立夏の日、天子親ら三公九卿大夫を率ゐて南郊に歲を迎う。反りて、即ち賞賜し、諸侯を封じ、禮樂を修め、左右を宴饗す。太尉に命じて、傑俊を贊め、賢良を選拔し、孝悌を擧げ、爵を行い祿を出して、天の長養を佐助す。高さを續き增すも、毀壞すること毋く、土功を興すこと毋く、大樹を伐ること毋かれ。野虞に命じて、田原を巡行し、農事を勸め、獸畜を驅て、谷を害せしむること毋からしむ。天子豕を以て麥を嘗め、先ず寝廟に獻ず。百藥を聚蓄し、靡草死し、麥秋至り、小罪を決し、薄刑を斷ず。孟夏若し秋令を行えば、則ち苦雨數至り、五穀滋長せず、四鄰城堡に入る。若し冬令を行えば、則ち草木早く枯れ、後乃ち大水あり、城郭を敗壞す。若し春令を行えば、則ち螽蝗害と爲り、暴風來至り、秀草實らず。四月の官は田、其の樹は桃なり。

仲夏之月,招搖指午,昏亢中,旦危中。其位南方,其日丙丁,其蟲羽,其音徵,律中蕤賓,其數七,其味苦,其臭焦,其祀灶,祭先肺。小暑至,螳蜋生,鵙始鳴,反舌無聲。天子衣赤衣,乘赤騮,服赤玉,載赤旗,食菽與雞,服八風水,爨柘燧火,南宮御女赤色,衣赤採,吹竽笙,其兵戟,其畜雞,朝於明堂太廟。命樂師,修鞀鼙琴瑟管簫,調竽篪,飾鐘磬,執干鏚戈羽。命有司,為民祈祀山川百源,大雩帝,用盛樂。天子以雉嘗黍,羞以含桃,先薦寢廟。禁民無刈藍以染,毋燒灰,毋暴布,門閭無閉,關市無索,挺重囚,益其食,存鰥寡,振死事,遊牝別其群,執騰駒,班馬政。日長至,陰陽爭,死生分,君子齋戒,慎身無躁,節聲色,薄滋味,百官靜,事無徑,以定晏陰之所成。鹿角解,蟬始鳴,半夏生,木堇榮。禁民無發火,可以居高明,遠眺望,登丘陵,處臺榭。仲夏行冬令,則雹霰傷穀,道路不通,暴兵來至。行春令,則五穀不孰,百螣時起,其國乃饑。行秋令,則草木零落,果實蚤成,民殃於疫。五月官相,其樹榆。

仲夏の月、招搖午を指し、昏に亢星中に在り、旦に危星中に在り。其の位は南方に在り、其の日は丙丁、其の蟲は羽、其の音は徵、律は蕤賓に中り、其の數は七、其の味は苦、其の臭は焦、祀るは竈、祭には先ず肺を用う。小暑至り、螳螂生じ、伯勞始めて鳴き、反舌聲なし。天子赤衣を衣、赤騮に乘り、赤玉を佩び、赤旗を載せ、豆と雞とを食い、八風の水を服し、柘燧を以て火を取り、南宮の御女赤色を衣、赤彩を服し、竽笙を吹き、其の兵は戟、其の畜は雞、明堂の太廟に朝見す。樂師に命じて、鞀鼙琴瑟管簫を修治し、竽篪を調和し、鐘磬を飾り、盾斧戈羽を執らしむ。有司に命じて、百姓の爲に山川百源を祈祀し、大いに雩して帝に雨を求め、盛樂を用う。天子雉を以て黍を嘗め、含桃を進めて、先ず寝廟に獻ず。民をして藍を割りて染むるを禁じ、灰を燒くこと毋く、布を暴すこと毋く、門閭關閉すること毋く、關市索征すること毋く、重囚を寬み其の食を益し、鰥寡を存問し、公事に死する者を賑恤し、游牝其の群を別ち、騰駒を執維し、馬政を班す。日長きこと極まり、陰陽相爭い、死生分かる。君子齋戒し、身を愼み躁せず、聲色を節し、滋味を薄くし、百官静かにして、事を爲し徑急すること毋く、以て晏陰の成す所を安んず。鹿角解け、蟬始めて鳴き、半夏生じ、木堇榮ゆ。民をして火を發せしむるを禁じ、高明に居るべく、遠望し、丘陵に登り、臺榭に處るべし。仲夏若し冬令を行えば、則ち雹霰穀を傷つけ、道路通ぜず、暴兵來至る。若し春令を行えば、則ち五穀熟せず、百螣時に起こり、國中饑う。若し秋令を行えば、則ち草木零落し、果實早く成り、民殃於疫病す。五月の官は相、其の樹は楡なり。

季夏之月,招搖指未,昏心中,旦奎中。其位中央,其日戊己,盛德在土,其蟲蠃,其音宮,律中百鐘,其數五,其味甘,其臭香,其祀中霤,祭先心。涼風始至,蟋蟀居奧,鷹乃學習,腐草化為蚈。天子衣黃衣,乘黃騮,服黃玉,建黃旗,食稷與牛,服八風水,爨柘燧火,中宮御女黃色,衣黃採,其兵劍,其畜牛,朝於中宮。乃命漁人,伐蛟取鼉,登龜取黿。令滂人,入材葦。命四監大夫,令百縣之秩芻以養犧牲,以供皇天上帝、名山大川、四方之神、宗廟社稷,為民祈福行惠。令弔死問疾,存視長老,行稃鬻,厚席蓐,以送萬物歸也。命婦官染採,黼黻文章,青黃白黑,莫不質良,以給宗廟之服,必宣以明。是月也,樹木方盛,勿敢斬伐;不可以合諸侯,起土功,動眾興兵,必有天殃。土潤溽暑,大雨時行,利以殺草糞田疇,以肥土疆。季夏行春令,則穀實解落,多風欬,民乃遷徙。行秋令,則丘隰水潦,稼牆不孰,乃多女災。行冬令,則風寒不時,鷹隼蚤摯,四鄙入保。六月官少內,其樹梓。

季夏の月、招搖未を指し、昏に心星中に在り、旦に奎星中に在り。其の位は中央に在り、其の日は戊己、盛德は土に在り、其の蟲は倮、其の音は宮、律は百鐘に中り、其の數は五、其の味は甘、其の臭は香、祀るは中霤、祭には先ず心を用う。凉風始めて至り、蟋蟀室內西南角に居り、鷹乃ち搏擊を學び、腐草螢と化す。天子黃衣を衣、黃騮に乘り、黃玉を佩び、黃旗を樹て、稷と牛とを食い、八風の水を服し、柘燧を以て火を取り、中宮の御女黃色を衣、黃彩を服し、其の兵は劍、其の畜は牛、中宮に朝見す。是に於て漁師に命じて、蛟を伐り鼉を取り、登實に龜・黿を取らしむ。滂人に命じて、材葦を納收せしむ。四監大夫に命じて、百縣をして秩に依り芻藁を合斂して犧牲を養い、以て皇天上帝・名山大川・四方之神・宗廟社稷を供え、百姓の爲に福を祈り惠を行わしむ。命じて死を吊い疾を問い、耆艾に存視し、食を稀粥に施し、席蓐を加厚し、以て萬物を歸せしむ。婦官に命じて彩を染め、黼黻文章、青黃白黑、質良ならざるなからしめて、以て宗廟の服に給し、必ず宣明ならしむ。是の月、樹木方に盛んにして、斬伐を敢えてせず。諸侯を會合し、土功を興し、衆を動かし兵を興すべからず、必ず天殃あらん。土潤溽暑、大雨時行して、以て草を殺し田疇を肥やすに利あり、以て土疆を肥やす。季夏若し春令を行えば、則ち穀實鮮落し、風咳多く、民乃ち遷徙す。若し秋令を行えば、則ち丘隰水潦し、禾稼牆圍にて熟せず、乃ち多く女災あり。若し冬令を行えば、則ち風寒時に逮ばず、鷹隼早く搏ち、四鄙城堡に入る。六月の官は少內、其の樹は梓なり。

秋

孟秋之月,招搖指申,昏鬥中,旦畢中。其位西方,其日庚辛,盛德在金,其蟲毛,其音商,律中夷則,其數九,其味辛,其臭腥,其祀門,祭先肝。涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。天子衣白衣,乘白駱,服白玉,建白旗,食麻與犬,服八風水,爨柘燧火,西宮御女白色,衣白採,撞白鐘,其兵戈,其畜狗,朝於總章左丟,以出秋令。求不孝不悌、戮暴傲悍而罰之,以助損氣。立秋之日,天子親率三公九卿大夫以迎秋於西郊。還,乃賞軍率武人於朝。命將率,選卒厲兵,簡練桀俊,專任有功,以徵不義,詰誅暴慢,順彼四方。命有司,修法制,繕囹圄,禁姦塞邪,審決獄,平詞訟。天地始肅,不可以贏。是月農始升穀,天子嘗新,先薦寢廟。命百官,始收斂,完隄防,謹障塞,以備水潦,修城郭,繕宮室,毋以封侯,立大官,行重幣,出大使。行是月令,涼風至三旬。孟秋行冬令,則陰氣大勝,介蟲敗穀,戎兵乃來。行春令,則其國乃旱,陽氣復還,五穀無實。行夏令,則冬多火災,寒暑不節,民多瘧疾。七月官庫,其樹楝。

孟秋の月、招搖申を指し、昏に斗星中に在り、旦に畢星中に在り。其の位は西方に在り、其の日は庚辛、盛德は金に在り、其の蟲は毛、其の音は商、律は夷則に中り、其の數は九、其の味は辛、其の臭は腥、祀るは門、祭には先ず肝を用う。凉風至り、白露降り、寒蟬鳴き、鷹乃ち鳥を祭り、始めて刑戮を行う。天子白衣を衣、白駱に乘り、白玉を佩び、白旗を樹て、麻と犬とを食い、八風の水を服し、柘燧を以て火を取り、西宮の御女白色を衣、白彩を服し、白鐘を撞き、其の兵は戈、其の畜は犬、總章の左个(底本は「左丢」、當に「个」たるべし)に朝見して、以て秋令を布す。不孝不悌・戮暴傲悍なる者を搜求して之を誅して、以て損氣を助成す。立秋の日、天子親ら三公九卿大夫を率ゐて西郊に秋を迎う。反りて、即ち朝に軍帥武人を賞す。將帥に命じて、卒を選び兵を厲め、傑俊を簡練し、有功の者を專任して、以て不義を征討し、暴慢を詰誅し、彼の四方に順う。有司に命じて、法制を修め、囹圄を繕い、奸を禁じ邪を塞ぎ、獄を審決し、詞訟を平らかにす。天地始めて肅殺し、以て盈滿すべからず。是の月、農始めて穀物を進獻し、天子新を嘗め、先ず寝廟に獻ず。百官に命じて、始めて收斂し、堤防を完固し、障塞を謹守して、以て水潦に備え、城郭を修め、宮室を繕うも、以て侯を封じ、大官を立て、重幣を行い、大使を出すこと毋かれ。此の月の令を行えば、凉風三旬に至る。孟秋若し冬令を行えば、則ち陰氣大いに勝ち、介蟲穀を敗り、戎兵乃ち來る。若し春令を行えば、其の國旱き、陽氣復た還り、五穀實なし。若し夏令を行えば、冬多く火災あり、寒暑節せず、民多く瘧疾す。七月の官は庫、其の樹は楝なり。

仲秋之月,招搖指酉,昏牽牛中,旦觜嶲中。其位西方,其日庚辛,其蟲毛,其音商,律中南呂,其數九,其味辛,其臭腥,其祀門,祭先肝。涼風至,候鴈來,玄鳥歸,群鳥翔。天子衣白衣,乘白駱,服白玉,建白旗,食麻與犬,服八風水,爨柘燧火,西宮御女白色,衣白採,撞白鐘,其兵戈,其畜犬,朝於總章太廟。命有司,申嚴百刑,斬殺必當,無或枉撓。決獄不當,反受其殃。是月也,養長老,授几杖,行稃鬻飲食。乃命宰祝,行犧牲,案芻豢,視肥臞全粹,察物色,課比類,量小大,視少長,莫不中度。天子乃儺,以御秋氣。以犬嘗麻,先薦寢廟。是月可以築城郭,建都邑,穿竇窖,修囷倉。乃命有司,趣民收斂畜採,多積聚,勸種宿麥,若或失時,行罪無疑。是月也,雷乃始收,蟄蟲培戶,殺氣浸盛,陽氣日衰,水始涸,日夜分。一度量,平權衡,正鈞石角鬥稱,理關市,來商旅,入貨財,以便民事。四方來集,遠方皆至,財物不匱,上無乏用,百事乃遂。仲秋行春令,則秋雨不降,草木生榮,國有大恐。行夏令,則其國乃旱,蟄蟲不藏,五穀皆復生。行冬令,則風災數起,收雷先行,草木蚤死。八月官尉,其樹柘。

仲秋の月、招搖酉を指し、昏に牽牛中に在り、旦に觜嶲中に在り。其の位は西方に在り、其の日は庚辛、其の蟲は毛、其の音は商、律は南吕に中り、其の數は九、其の味は辛、其の臭は腥、祀るは門、祭には先ず肝を用う。凉風至り、候雁來り、玄鳥歸り、群鳥飛翔す。天子白衣を衣、白駱に乘り、白玉を佩び、白旗を樹て、麻と犬とを食い、八風の水を服し、柘燧を以て火を取り、西宮の御女白色を衣、白彩を服し、白鐘を撞き、其の兵は戈、其の畜は犬、總章の太廟に朝見す。有司に命じて、百刑を申嚴し、斬殺必ず當たり、枉曲あること毋かれ。獄を決するに當たらざれば、反りて自ら殃を受く。是の月、老人を奉養し、几杖を授け、食に糜粥を施す。是に於て宰祝に命じて、犧牲を巡視し、芻豢を瞻視し、肥瘦全粹を視、物色を察し、比類を課し、小大を量り、少長を視て、中度せざるなからしむ。天子是に於て儺を行い、以て秋氣を禦ぐ。犬を以て麻を嘗め、先ず寝廟に獻ず。是の月、城郭を築き、都邑を建て、竇窖を穿ち、囷倉を修むべし。是に於て有司に命じて、民を趣めて收斂畜采せしめ、多く積聚し、冬麥を種うるを勸め、若し時を失わば、罪を行うに疑うこと毋かれ。是の月、雷乃ち始めて收まり、蟄蟲戶を培い、殺氣浸々盛んにして、陽氣日に衰え、水始めて涸渇し、日夜分かたる。度量を同じくし、權衡を平らかにし、鈞石を正し、斗稱を角正し、關市を治め、商旅を來たらしめ、貨賄を納收して、以て民事を便にす。四方來集し、遠鄕皆至り、財物匱せず、上用乏しからず、百事乃ち遂げることを得。仲秋若し春令を行えば、秋雨降らず、草木榮を生じ、國中に大恐あり。若し夏令を行えば、其の國旱き、蟄蟲藏れず、五穀皆再生す。若し冬令を行えば、風災數起こり、收雷先に至り、草木早く死す。八月の官は尉、其の樹は柘なり。

季秋之月,招搖指戌,昏虛中,旦柳中。其位西方,其日庚辛,其蟲毛,其音商,律中無射,其數九,其味辛,其臭腥,其祀門,祭先肝。候鴈來,賓雀入大水為蛤,菊有黃華,豺乃祭獸戮禽。天子衣白衣,乘白駱,服白玉,建白旗,食麻與犬,服八風水,爨柘燧火,西宮御女白色,衣白採,撞白鐘,其兵戈,其畜犬,朝於總章右丟。命有司,申嚴號令,百官貴賤,無不務入,以會天地之藏,無有宣出。乃命冢宰,農事備收,舉五穀之要,藏帝籍之收於神倉。是月也,霜始降,百工休。乃命有司曰:寒氣總至,民力不堪,其皆入室。上丁入學習吹,大饗帝,嘗犧牲,合諸侯,制百縣,為來歲受朔日,與諸侯所稅於民,輕重之法,貢歲之數,以遠近土地所宜為度。乃教於田獵,以習五戎。命太僕及七騶,鹹駕戴荏,授車以級,皆正設於屏外。司徒搢樸,北嚮以贊之。天子乃厲服廣飾,執弓操矢以獵。命主祠,祭禽四方。是月草木黃落,乃伐薪為炭,蟄蟲鹹俛,乃趨獄刑,毋留有罪,收祿秩之不當,供養之不宜者。通路除道,從境始,至國而後已。是月,天子乃以犬嘗麻,先薦寢廟。季秋行夏令,則其國大水,冬藏殃敗,民多鼽窒。行冬令,則國多盜賊,邊竟不寧,土地分裂。行春令,則颼風來至,民氣解隋,師旅並興。九月官候,其樹槐。

季秋の月、招搖戌を指し、昏に虛星中に在り、旦に柳星中に在り。其の位は西方に在り、其の日は庚辛、其の蟲は毛、其の音は商、律は無射に中り、其の數は九、其の味は辛、其の臭は腥、祀るは門、祭には先ず肝を用う。候雁來り、賓雀大水に入りて蛤と爲り、菊に黃花あり、豺乃ち獸を祭り禽を戮す。天子白衣を衣、白駱に乘り、白玉を佩び、白旗を樹て、麻と犬とを食い、八風の水を服し、柘燧を以て火を取り、西宮の御女白色を衣、白彩を服し、白鐘を撞き、其の兵は戈、其の畜は犬、總章の右个(底本は「右丢」、當に「个」たるべし)に朝見す。有司に命じて、號令を申嚴し、百官貴賤、務めて收內せざるなからしめて、以て天地の閉藏に會し、泄出すること毋からしむ。是に於て冢宰に命じて、農事收備を擧げ、五穀の要藏を藏めて、帝籍の收を神倉に藏む。是の月、霜始めて降り、百工休む。是に於て有司に命じて曰く、寒氣總に至り、民力堪えず、皆入室せしめよ、と。上丁學宮に入り吹を習い、大いに帝を饗し、犧牲を嘗め、諸侯を會し、百縣を制して、來年の爲に朔日を授け、諸侯の民に税する輕重之法・貢歲之數を頒ち、遠近土地の宜なる所を以て度と爲す。是に於て田獵を教え、以て五兵を習う。太僕及び七騶に命じて、咸駕を趣き荏を載せ、級に任じて車を授け、皆正僕に就きて屏の外に設す。司徒搢朴して、北向に誓衆す。天子是に於て厲服を飾り、飾物を飾り、弓を執り矢を操りて獵す。主祠に命じて、禽を四方に祭らしむ。是の月、草木黃落し、乃ち薪を伐り炭と爲し、蟄蟲咸俯伏し、乃ち獄刑を趣めて、罪あるを留めること毋く、祿秩不當・供養不宜なる者を收斂す。道路を通じ道を除き、邊境より始めて、國都に至りて後已む。是の月、天子犬を以て麻を嘗め、先ず寝廟に獻ず。季秋若し夏令を行えば、則ち其の國大水あり、冬藏殃敗され、民多く鼽嚏す。若し冬令を行えば、國多く盜賊あり、邊境寧ならず、土地分裂す。若し春令を行えば、則ち暖風來至り、民氣懈惰し、師旅竝び興る。九月の官は候、其の樹は槐なり。

冬

孟冬之月,招搖指亥,昏危中,旦七星中。其位北方,其日壬癸,盛德在水,其蟲介,其音羽,律中應鐘,其數六,其味鹹,其臭腐,其祀井,祭先腎。水始冰,地始凍,雉入大水為蜃,虹藏不見。天子衣黑衣,乘玄驪,服玄玉,建玄旗,食黍與彘,服八風水,爨松燧火,北宮御女黑色,衣黑採,擊磬石,其兵鎩,其畜彘,朝於玄堂左丟,以出冬令。命有司,修群禁,禁外徙,閉門閭,大鶉客,斷罰刑,殺當罪,阿上亂法者誅。立冬之日,天子親率三公九卿大夫以迎歲於北郊。還,乃賞死事,存孤寡。是月,命太祝禱祀神位,占龜策,審卦兆,以察吉凶。於是天子始裘,命百官謹蓋藏,命司徒行積聚,修城郭,警門閭,修楗閉,慎管籥,固封璽,修邊境,完要塞,絕蹊徑,飭喪紀,審棺槨衣衾之薄厚,營丘壟之小大高痺,使貴賤卑尊各有等級。是月也,工師效功,陳祭器,案度程,堅致為上。工事苦慢,作為淫巧,必行其罪。是月也,大飲蒸,天子祈來年於天宗,大禱祭於公社,畢,饗先祖。勞農夫,以休息之。命將率講武,肄射御,角力勁。乃命水虞漁師,收水泉池澤之賦,毋或侵牟。孟冬行春令,則凍閉不密,地氣發洩,民多流亡。行夏令,則多暴風,方冬不寒,蟄蟲復出。行秋令,則雪霜不時,小兵時起,土地侵削。十月官司馬,其樹檀。

孟冬の月、招搖亥を指し、昏に危星中に在り、旦に七星中に在り。其の位は北方に在り、其の日は壬癸、盛德は水に在り、其の蟲は介、其の音は羽、律は應鐘に中り、其の數は六、其の味は鹹、其の臭は腐、祀るは井、祭には先ず腎を用う。水始めて冰り、地始めて凍え、雉大水に入りて蜃と爲り、虹藏れて見えず。天子黑衣を衣、玄驪に乘り、玄玉を佩び、玄旗を樹て、黍と彘とを食い、八風の水を服し、松燧を以て火を取り、北宮の御女黑色を衣、黑彩を服し、磬石を擊ち、其の兵は鎩、其の畜は彘、玄堂の左个(底本は「左丢」、當に「个」たるべし)に朝見して、以て冬令を布す。有司に命じて、群禁を修治し、外に遷徙するを禁じ、門閭を閉閉し、大に外來の客(底本は「鶉」、當に「搜」たるべし)を搜し、罰刑を決斷し、罪に當たる者を殺し、上に阿附して法を亂る者を誅殺す。立冬の日、天子親ら三公九卿大夫を率ゐて北郊に歲を迎う。反りて、即ち公事に死する者を賞し、孤寡を存問す。是の月、太祝に命じて神位を禱祀し、龜策を以て占問し、卦兆を審察して、以て吉凶を察す。是に於て天子始めて裘を衣、百官をして蓋藏を謹守せしめ、司徒に命じて積聚を循行し、城郭を修め、門閭を警戒し、鍵閉を修め、管籥を愼み、封璽を固くし、邊境を修め、要塞を完め、蹊徑を絕ち、喪紀を飭り、棺椁衣衾の薄厚を審察し、丘壟の小大高卑を營造して、貴賤卑尊各等級あらしむ。是の月、工師功效を上げ、祭器を陳し、度程を按じ、堅致を上と爲す。工事の粗惡にして淫巧を作す者は、必ず其の罪を行う。是の月、大いに蒸を飲み、天子來年を天宗に祈求し、公社に大いに禱祭し、畢りて、先祖を宴饗す。農夫を勞い、以て休息せしむ。將帥に命じて武を講じ、射御を肄習し、筋力を角力せしむ。是に於て水虞漁師に命じて、水泉池澤の賦を收め、侵牟すること毋からしむ。孟冬若し春令を行えば、則ち凍閉密ならず、地氣發泄し、民多く流亡す。若し夏令を行えば、方に多く暴風あり、冬に當たるも寒からず、蟄蟲復た出ず。若し秋令を行えば、則ち雪霜時に逮ばず、小兵時に起こり、土地侵削せらる。十月の官は司馬、其の樹は檀なり。

仲冬之月,招搖指子,昏壁中,旦軫中。其位北方,其日壬癸,其蟲介,其音羽,律中黃鐘,其數六,其味鹹,其臭腐,其祀井,祭先腎。冰益壯,地始坼,鳱鴠不鳴,虎始交。天子衣黑衣,乘鐵驪,服玄玉,建玄旗,食黍與彘,服八風水,爨松燧火,北宮御女黑色,衣黑採,擊磬石,其兵鎩,其畜彘,朝於玄堂太廟。命有司曰:土事無作,無發室居,及起大眾,是謂發天地之藏,諸蟄則死,民必疾疫,有隨以喪。急捕盜賊,誅淫泆詐偽之人,命曰騮月。命奄尹,申宮令,審門閭,謹房室,必重閉,省婦事。乃命大酋,秫稻必齊,麴蘗必時,湛竪必潔,水泉必香,陶器必良,火齊必得,無有差忒。天子乃命有司,祀四海大川名澤。是月也,農有不收藏積聚、牛馬畜獸有放失者,取之不詰。山林藪澤,有能取疏食、田獵禽獸者,野虞教導之。其有相侵奪,罪之不赦。是月也,日短至,陰陽爭,君子齋戒,處必掩,身欲靜,去聲色,禁嗜慾,寧身體,安形性。是月也,荔挺出,芸始生,丘螾結,麋角解。水泉動則伐樹木,取竹箭,罷官之無事、器之無用者,塗闕庭門閭,築囹圄,所以助天地之閉。仲冬行夏令,則其國乃旱,氛霧冥冥,雷乃發聲。行秋令,則其時雨水,瓜瓠不成,國有大兵。行春令,則蟲螟為敗,水泉鹹竭,民多疾癘。十一月官都尉,其樹棗。

仲冬の月、招搖子を指し、昏に壁星中に在り、旦に軫星中に在り。其の位は北方に在り、其の日は壬癸、其の蟲は介、其の音は羽、律は黃鐘に中り、其の數は六、其の味は鹹、其の臭は腐、祀るは井、祭には先ず腎を用う。冰益々壯び、地始めて坼け、鶡旦鳴かず、虎始めて交る。天子黑衣を衣、鐵驪に乘り、玄玉を佩び、玄旗を樹て、黍と彘とを食い、八風の水を服し、松燧を以て火を取り、北宮の御女黑色を衣、黑彩を服し、磬石を擊ち、其の兵は鎩、其の畜は彘、玄堂の太廟に朝見す。有司に命じて曰く、土事を作すこと毋く、室居を發掘する毋く、大衆を發するを及ばず、是を天地の藏を發掘するを謂うなり。諸蟄即ち死し、民必ず疾疫し、喪ありて從う。急に盜賊を捕え、淫佚詐僞の人を誅殺せよ。是の月、名づけて暢月(底本は「騮月」)と曰う。奄尹に命じて、宮令を申し、門閭を審にし、房室を愼み、必ず重ねて閉ざし、婦事を省減せしむ。是に於て大酋に命じて曰く、秫稻必ず齊一に、麴蘖必ず時に、湛熾必ず潔に、水泉必ず香に、陶器必ず良に、火齊必ず得に、差忒あること毋かれ、と。天子是に於て有司に命じて、四海大川名澤を祀らしむ。是の月、農に收蓄積聚せざる者あり、牛馬畜獸に放失する者あれば、取之も責めず。山林藪澤に、蔬食を取り、禽獸を田獵する能き者あれば、野虞之を教導す。其有りて相侵奪すれば、罪して赦さず。是の月、日短きこと極まり、陰陽相爭う。君子齋戒し、居處必ず掩蔽し、身要靜にして、聲色を去り、嗜欲を禁じ、身體を安寧し、事に靜を安じ、性を安んず。是の月、荔挺出で、芸始めて生じ、丘蚓結び、麋角解く。水泉動けば樹木を伐り、竹箭を取り、事なき官・用なき器を罷め、闕庭門閭を塗塞し、囹圄を修築して、以て天地の閉藏を助成す。仲冬若し夏令を行えば、其の國旱き、氛霧冥冥たり、雷乃ち聲を發す。若し秋令を行えば、其の時雨水あり、瓜瓠成らず、國に大兵あり。若し春令を行えば、則ち蟲螟害と爲り、水泉咸竭き、民多く疾癘す。十一月の官は都尉、其の樹は棗なり。

季冬之月,招搖指醜,昏婁中,旦氐中。其位北方,其日壬癸,其蟲介,其音羽,律中大呂,其數六,其味鹹,其臭腐,其祀井,祭先腎。鴈北鄉,鵲加巢,雉雊,雞呼卵。天子衣黑衣,乘鐵驪,服玄玉,建玄旗,食麥與彘,服八風水,爨松燧火,北宮御女黑色,衣黑採,擊磬石,其兵鎩,其畜彘,朝於玄堂右丟。命有司,大儺旁磔,出土牛。命漁師始漁,天子親往射漁,先薦寢廟。令民出五種,令農計耦耕事,修耒耜,具田器。命樂師大合吹而罷。乃命四監,收秩薪,以供寢廟及百祀之薪燎。是月也,日窮於次,月窮於紀,星周於天,歲將更始,令靜農民,無有所使。天子乃與公卿大夫飾國典,論時令,以待嗣歲之宜。乃命太史,次諸侯之列,賦之犧牲,以供皇天上帝社稷之芻享。乃命同姓之國,供寢廟之芻豢;卿士大夫至於庶民,供山林名川之祀。季冬行秋令,則白露早降,介蟲為䄏,四鄙入保。行春令,則胎夭傷,國多痼疾,命之曰逆。行夏令,則水潦敗國,時雪不降,冰凍消釋。十二月官獄,其樹櫟。

季冬の月、招搖丑を指し、昏に婁星中に在り、旦に氐星中に在り。其の位は北方に在り、其の日は壬癸、其の蟲は介、其の音は羽、律は大吕に中り、其の數は六、其の味は鹹、其の臭は腐、祀るは井、祭には先ず腎を用う。雁北に向かい、鵲巢を加え、雉雊鳴き、雞卵を呼ぶ。天子黑衣を衣、鐵驪に乘り、玄玉を佩び、玄旗を樹て、麥と彘とを食い、八風の水を服し、松燧を以て火を取り、北宮の御女黑色を衣、黑彩を服し、磬石を擊ち、其の兵は鎩、其の畜は彘、玄堂の右个(底本は「右丢」、當に「个」たるべし)に朝見す。有司に命じて、大儺旁磔を竝び、土牛を出ださしむ。漁師に命じて始めて漁し、天子親ら往きて射漁し、先ず寝廟に獻ず。民をして五穀の種を出さしめ、農人をして耦耕の事を計らしめ、耒耜を修め、田器を具え、耕耨の事を具えしむ。樂師に命じて大いに吹を合せて後罷ましむ。是に於て四監に命じて、秩收薪を以て、以て寝廟及び百祀の薪燎を供えしむ。是の月、日次に窮まり、月紀に窮まり、星天に周行し、歲將に始めんとす。農民をして静にして、使う所なからしむ。天子是に於て公卿大夫と國典を整飭し、時令を論じて、以て嗣歲の宜を待つ。是に於て太史に命じて、諸侯の列を次にし、犧牲を賦して、以て皇天上帝社稷の芻享を供えしむ。是に於て同姓の國に命じて、寝廟の芻豢を供えしむ。卿士大夫庶民に至るまで、山林名川の祀を供えしむ。季冬若し秋令を行えば、則ち白露早く降り、介蟲妖と爲り、四鄙城堡に入る。若し春令を行えば、則ち胎夭傷し、國多く痼疾あり、之を逆と謂う。若し夏令を行えば、則ち水潦國を敗り、時雪降らず、冰冻消釋す。十二月の官は獄、其の樹は櫟なり。

五位

東方之極,自碣石山過朝鮮,貫大人之國,東至日出之次,榑木之地,青土樹木之野,太皞、句芒之所司者,萬二千里。其令曰:挺群禁,開閉闔,通窮窒,達障塞,行優遊,棄怨惡,解役罪,免憂患,休罰刑,開關梁,宣出財,和外怨,撫四方,行柔惠,止剛強。

東方の極は、碣石山より朝鮮を過ぎ、大人の國を貫き、東の日出づる次・扶桑の地・青土樹木の野に至るは、太皞・句芒の司る所にして、一萬二千里。其の令に曰く、群禁を寬め、閉闔を開き、窮窒を通じ、障塞を達し、行うに優游し、怨惡を棄て、役罪を解き、憂患を免じ、罰刑を止め、關梁を開き、財貨を宣出し、外怨を和し、四方を撫柔し、柔惠を施し、剛強を止めよ、と。

南方之極,自北戶孫之外,貫顓頊之國,南至委火炎風之野,赤帝、祝融之所司者,萬二千里。其令曰:爵有德,賞有功,惠賢良,救飢渴,舉力農,振貧窮,惠孤寡,憂罷疾,出大祿,行大賞,起毀宗,立無後,封建侯,立賢輔。

南方の極は、北戶孫の外より、顓頊の國を貫き、南の委火炎風の野に至るは、赤帝・祝融の司る所にして、一萬二千里。其の令に曰く、德ある者に爵し、功ある者を賞し、賢良を惠み、飢渴を救濟し、力農の者を擧用し、貧窮を賑濟し、孤寡を惠み、疲病を憂念し、大祿を發し、大賞を施し、毁せる宗を興し、後嗣なき者に後を立て、諸侯を封建し、賢輔を樹てよ、と。

中央之極,自昆侖東絕兩恆山,日月之所道,江、漢之所出,眾民之野,五穀之所宜,龍門、河、濟相貫,以息壤堙洪水之州,東至於碣石,黃帝、后土之所司者,萬二千里。其令曰:平而不阿,明而不苛,包裹覆露,無不囊懷,溥氾無私,正靜以和,行稃鬻,養老衰,弔死問疾,以送萬物之歸。

中央の極は、崑崙より東に兩恆山を越え、日月の經る所の道、江・漢の出づる所、衆民の野、五穀の宜る所、龍門・河・濟の相貫き、息壤を以て洪水の州を填塞し、東碣石に至るは、黃帝・后土の司る所にして、一萬二千里。其の令に曰く、平正にして阿私せず、明察にして苛刻ならず、包裹覆露して、囊括懷藏せざるなし、溥泛私なく、正靜にして和し、粥食を施行し、老衰を奉養し、死を吊い疾を問い、以て萬物を歸せしめよ、と。

西方之極,自昆侖絕流沙、沈羽,西至三危之國,石城金室,飲氣之民,不死之野,少皞、蓐收之所司者,萬二千里。其令曰:審用法,誅必辜,備盜賊,禁姦邪,飾群牧,謹著聚,修城郭,補決竇,塞蹊徑,遏溝瀆,止流水,雝谿谷,守門閭,陳兵甲,選百官,誅不法。

西方の極は、崑崙より流沙・沈羽を越え、西の三危の國・石城金室・飲氣の民・不死の野に至るは、少皞・蓐收の司る所にして、一萬二千里。其の令に曰く、法を用るを愼審し、誅必ず其の罪に當たり、盜賊を防備し、奸邪を禁絕し、群牧を整飭し、蓄聚を愼み、城郭を修め、決口を補い、蹊徑を塞ぎ、溝瀆を遏止し、流水を止め、谿谷を壅塞し、門閭を守り、兵甲を陳し、百官を選拔し、不法を誅せよ、と。

北方之極,自九澤窮夏晦之極,北至令正之谷,有凍寒積冰、雪雹霜霰、漂潤群水之野,顓頊、玄冥之所司者,萬二千里。其令曰:申群禁,固閉藏,修障塞,繕關梁,禁外徙,斷罰刑,殺當罪,閉關閭,大搜客,止交遊,禁夜樂,蚤閉晏開,以塞姦人,已德,執之必固。天節已幾,刑殺無赦,雖有盛尊之親,斷以法度。毋行水,毋發藏,毋釋罪。

北方の極は、九澤より夏晦の極に窮まり、北の令正の山谷、凍寒積冰・雪雹霜霰・漂潤群水の野あるに至るは、顓頊・玄冥の司る所にして、一萬二千里。其の令に曰く、群禁を申明し、閉藏を固くし、障塞を修め、關梁を繕い、外に遷徙するを禁じ、罰刑を決斷し、罪に當たる者を殺し、關閭を關閉し、大に外來の客を搜し、交游を止め、夜樂を禁じ、早く關り晚く開き、以て奸人を塞ぎ、已に得て執持必ず固くせよ。天節已に將に終わらんとすれば、刑殺赦する毋かれ、盛尊の親ありと雖も、亦法度を以て決斷せよ。水を行う毋く、藏する所を發掘する毋く、罪ある者を釋放する毋かれ、と。

六合

孟春與孟秋為合,仲春與仲秋為合,季春與季秋為合,孟夏與孟冬為合,仲夏與仲冬為合,季夏與季冬為合。孟春始贏,孟秋始縮;仲春始出,仲秋始內;季春大出,季秋大內;孟夏始緩,孟冬始急;仲夏至修,仲冬至短;季夏德畢,季冬刑畢。故正月失政,七月涼風不至;二月失政,八月雷不藏;三月失政,九月不下霜;四月失政,十月不凍;五月失政,十一月蟄蟲冬出其鄉;六月失政,十二月草木不脫;七月失政,正月大寒不解;八月失政,二月雷不發;九月失政,三月春風不濟;十月失政,四月草木不實;十一月失政,五月下雹霜;十二月失政,六月五穀疾狂。春行夏令洩,行秋令水,行冬令肅。夏行春令風,行秋令蕪,行冬令格。秋行夏令華,行春令榮,行冬令耗。冬行春令洩,行夏令旱,行秋令霧。

孟春は孟秋と合し、仲春は仲秋と合し、季春は季秋と合し、孟夏は孟冬と合し、仲夏は仲冬と合し、季夏は季冬と合す。孟春始めて贏餘し、孟秋始めて收縮す。仲春始めて出で、仲秋始めて納る。季春大いに出で、季秋大いに納る。孟夏始めて緩やかにし、孟冬始めて急す。仲夏日最も長く、仲冬日最も短し。季夏德畢わり、季冬刑畢わる。故に正月政を失えば、七月凉風至らず。二月政を失えば、八月雷收まらず。三月政を失えば、九月霜下らず。四月政を失えば、十月凍えず。五月政を失えば、十一月蟄蟲冬に其の鄉を出離す。六月政を失えば、十二月草木落ちず。七月政を失えば、正月大寒解けず。八月政を失えば、二月雷發せず。九月政を失えば、三月春風止まず。十月政を失えば、四月草木結實せず。十一月政を失えば、五月雹霜を下す。十二月政を失えば、六月五穀疾狂す。春に夏令を行えば泄し、秋令を行えば水し、冬令を行えば肅す。夏に春令を行えば風し、秋令を行えば蕪し、冬令を行えば格す。秋に夏令を行えば華し、春令を行えば榮し、冬令を行えば耗す。冬に春令を行えば泄し、夏令を行えば旱き、秋令を行えば霧す。

制度

制度陰陽,大制有六度:天為繩,地為準,春為規,夏為衡,秋為矩,冬為權。繩者,所以繩萬物也。準者,所以準萬物也。規者,所以員萬物也。衡者,所以平萬物也。矩者,所以方萬物也。權者,所以權萬物也。繩之為度也,直而不爭,脩而不窮,久而不弊,遠而不忘,與天合德,與神合明,所欲則得,所惡則亡,自古及今,不可移匡,厥德孔密,廣大以容,是故上帝以為物宗。準之為度也,平而不險,均而不阿,廣大以容,寬裕以和,柔而不剛,銳而不挫,流而不滯,易而不穢,發通而有紀,周密而不洩,準平而不失,萬物皆平,民無險謀,怨惡不生,是故上帝以為物平。規之為度也,轉而不復,員而不垸,優而不縱,廣大以寬,感動有理,發通有紀,優優簡簡,百怨不起,規度不失,生氣乃理。衡之為度也,緩而不後,平而不怨,施而不德,弔而不責,當平民祿,以繼不足,絎絎陽陽,唯德是行,養長化育,萬物蕃昌,以成五穀,以實封疆,其政不失,天地乃明。矩之為度也,肅而不悖,剛而不憒,取而無怨,內而無害,威厲而不懾,令行而不廢,殺伐既得,仇敵乃克,矩正不失,百誅乃服。權之為度也,急而不贏,殺而不割,充滿以實,周密而不洩,敗物而弗取,罪殺而不赦,誠信以必,堅愨以固,糞除苛慝,不可以曲,故冬正將行,必弱以強,必柔以剛,權正而不失,萬物乃藏。明堂之制,靜而法準,動而法繩,春治以規,秋治以矩,冬治以權,夏治以衡,是故燥溼寒暑以節至,甘雨膏露以時降。

陰陽を制するに、大制六度あり。天は繩、地は準、春は規、夏は衡、秋は矩、冬は權なり。繩は、以て萬物を度するなり。準は、以て萬物を平にするなり。規は、以て萬物を周するなり。衡は、以て萬物を均にするなり。矩は、以て萬物を方にするなり。權は、以て萬物を權するなり。繩を以て度と爲すれば、直にして亂れず、長くして脩遠なく、久しくして敝壞せず、遠くして遺忘せず、天と德を合し、神と明を合し、欲する所は得、惡む所は亡う。古より今に至る、移易匡正すべからず。其の德微微たり、廣大にして容る。故に上帝以て物の宗と爲す。準を以て度と爲すれば、平にして險ならず、均にして阿らず、廣大にして容れ、寬裕にして和し、柔にして剛ならず、銳にして挫けず、流れて壅せず、平易にして穢れず、開通にして紀あり、周密にして泄れず、準平にして失せず、萬物皆平、民險謀なく、怨惡生ぜず。故に上帝以て物の平と爲す。規を以て度と爲すれば、轉じて生じて、圓にして員にせず、優裕にして縱せず、廣大にして寬く、感動理あり、開通紀あり、優優簡簡たり、百怨起こらず、規度失わず、生氣乃ち理う。衡を以て度と爲すれば、緩にして後れず、平にして怨せず、施して德せず、吊して責めず、平民の祿に當たり、以て不足に濟う。洋洋陽陽たり(底本は「綌綌」)、唯德を行い、養長化育し、萬物蕃昌し、以て五穀を成し、以て封疆を充實す。其の政失わず、天地乃ち明らかなり。矩を以て度と爲すれば、肅にして悖亂せず、剛にして昏亂せず、取るも怨せず、納るも害せず、威厲にして懾せず、令行にして廢せず、殺伐當たりて、仇讐乃ち克つ。矩正失わず、百誅乃ち服す。權を以て度と爲すれば、急にして贏せず、殺して割せず、充實にして固く、周密にして泄れず、敗物にして取らず、罪殺に赦さず、誠信にして必ず行い、堅愨にして牢なり。苛慝を糞除し、以て曲げるべからず。故に冬正將に行われんとすれば、必ず弱より強に、必ず柔より剛にす。權正失わず、萬物乃ち閉藏す。明堂の制は、静は準に法し、動は繩に法す。春は規を以て治め、秋は矩を以て治め、冬は權を以て治め、夏は衡を以て治む。故に燥濕寒暑節を以て至り、甘雨膏露時を以て降る。

覽冥訓

昔者,師曠奏白雪之音,而神物為之下降,風雨暴至。平公癃病,晉國赤地。庶女叫天,雷電下擊,景公臺隕,支體傷折,海水大出。夫瞽師、庶女,位賤尚葈,權輕飛羽,然而專精厲意,委務積神,上通九天,激厲至精。由此觀之,上天之誅也,雖在壙虛幽間,遼遠隱匿,重襲石室,界障險阻,其無所逃之亦明矣。

昔、師曠白雪の音を奏すれば、神物此に降り、風雨暴至す。平公癃病を得、晉國赤地なり。庶女天に呼ばえば、雷電下擊し、景公の臺隕ち、支體傷折し、海水大出す。盲樂師・庶女は、位は尚葈より賤く、權は飛羽より輕し。然れども專精厲意し、委務積神し、上九天に通じ、激厲至精す。此より之を觀れば、上天の誅罰は、雖も在りて虛曠幽閒・遼遠隱匿・重襲石室・界障險阻にあれども、其の逃るる所なきは明らかなり。

武王伐紂,渡於孟津,陽侯之波,逆流而擊,疾風晦冥,人馬不相見。於是武王左操黃鉞,右秉白旄,瞋目而捴之曰:“餘任天下,誰敢害吾意者!”於是,風濟而波罷。魯陽公與韓構難,戰酣日暮,援戈而捴之,日為之反三舍。夫全性保真,不虧其身,遭急迫難,精通於天。若乃未始出其宗者,何為而不成!夫死生同域,不可脅陵,勇武一人,為三軍雄。彼直求名耳,而能自要者尚猶若此,又況夫宮天地,懷萬物,而友造化,含至和,直偶於人形,觀九鑽一,知之所不知,而心未嘗死者乎!

武王紂を伐つに、孟津に河を渡るに、陽侯の波逆に流れて擊ち、疾風晦冥にして、人馬相見えず。是に於て武王左に黃鉞を操り、右に白旄を秉り、目を瞋めて之を麾りて曰く、余天下を任う、敢て余の志を害する者誰ぞ、と。是に於て風止み波歇む。魯陽公韓と難を構え戰い、戰酣なりて日暮る。戈を援りて之を撝れば、日の爲に三舍を反る。性を全うし真を保ち、身を虧かず、急難に遭い、精天通ず。未だ其の宗を離れざる者に至れば、何をか爲して成らざらん。死生同域、脅凌すべからず。勇武一人、三軍の雄を爲す。彼は名を求むるに過ぎず、自ら要する能き者尚且く此の如し。況んや宮室天地を懷抱し、造化と友と爲り、至和を含み、僅に人形を偶し、九を觀て一を鑽研し、知らざる所を知りて、而も心未だ嘗て死せざる者をや。

昔雍門子以哭見於孟嘗君,已而陳辭通意,撫心發聲。孟嘗君為之增欷歍唈,流涕狼戾不可止。精神形於內,而外諭哀於人心,此不傳之道。使俗人不得其君形者而效其容,必為人笑。故蒲且子之連鳥於百仞之上,而詹何之騖魚於大淵之中,此皆得清淨之道,太浩之和也。夫物類之相應,玄妙深微,知不能論,辯不能解,故東風至而酒湛溢,蠶咡絲而商弦絕,或感之也。畫隨灰而月運闕,鯨魚死而彗星出,或動之也。故聖人在位,懷道而不言,澤及萬民。君臣乖心,則背譎見於天,神氣相應,徵矣。故山雲草莽,水雲魚鱗,旱雲煙火,涔雲波水,各象其形類,所以感之。

昔、雍門子哭を以て孟嘗君に見ゆ。已にして辭を陳して意を通じ、心を撫でて聲を發す。孟嘗君是に於て欷歔を增し咽唈し、流涕狼藉して止むべからず。精神內に形を成し、而も外に哀を人の心に曉論するは、此れ傳うべからざるの道なり。庸人をして其の君形を得ざらしめて而も其の容を仿效せば、必ず人に笑われん。故に蒲且子百仞の上に鳥を連にし、詹何大淵の中に魚を驅使す。是れ皆清淨の道・太浩の和を得たればなり。物類相感応して、玄妙深微にして、智能論ぜず、辨能く解せず。故に東風至りて酒溢湛し、蠶珥絲して商絃絕ゆ。或いは感ずる所有らん。灰を以て畫けば月闕し、鯨魚死して彗星出づ。或いは動する所有らん。故に聖人在位して、道を懷きて言わざれば、澤萬民に及ぶ。君臣心を離れ、背譎天に見え、神氣相應じ、徵驗昭著なり。故に山雲草莽に似、水雲魚鱗に似、旱雲煙火に似、涔雲波水に似、各其の形類に似たるは、感應する所以なり。

夫陽燧取火於日,方諸取露於月,天地之間,巧曆不能舉其數,手徽忽怳,不能覽其光,然以掌握之中,引類於太極之上,而水火可立致者,陰陽同氣相動也。此傅說之所以騎辰尾也。故至陰飂々,至陽赫赫,兩者交接成和,而萬物生焉。眾雄而無雌,又何化之所能造乎?所謂不言之辯,不道之道也。故召遠者使無為焉,親近者使無事焉,惟夜行者為能有之。故卻走馬以糞,而車軌不接於遠方之外,是謂坐馳陸沈,晝冥宵明,以冬鑠膠,以夏造冰。夫道者,無私就也,無私去也。能者有餘,拙者不足,順之者利,逆之者兇。譬如隋侯之珠,和氏之璧,得之者富,失之者貧,得失之度,深微窈冥,難以知論,不可以辯說也。何以知其然?今夫地黃主屬骨,而甘草主生肉之藥也,以其屬骨,責其生肉,以其生肉,論其屬骨,是猶王孫綽之慾倍偏枯之藥,而欲以生殊死之人,亦可謂失論矣!

陽燧日より火を取り、方諸月より露を取る。天地之閒に在りて、巧歷の人も其の數を擧げる能わず、手微忽之閒に在りて、其の光を攬る能わず。然れども掌握之閒に在りて、太極の上より以て同類を引けば、水火立ちどころに致すべし。是れ陰陽同氣相動せるなり。此れ傅說の辰尾に騎る所以なり。故に至陰飂飂、至陽赫赫として、兩者交接して和を成せば、萬物生ず。衆雄にして雌無かれば、又なんの化か能く造らん。所謂言わざるの辨・道わざるの道なり。故に遠方の人を召すには無為、親近の人を用るには無事、唯夜行の人の之有り。故に卻走馬に糞せしめ、車軌遠方之外に接せず。是を坐して馳・陸沈・晝冥・宵明・冬膠を鎔し夏冰を造ると謂う。夫の道は、私自ら來るなし、私自ら去るなし。能ある者は餘あり、拙なる者は足らず。其の利に順い、其の凶に逆らう。隋侯之珠・和氏之璧の如く、之を得る者は富み、之を失う者は貧なり。得失の度は、深微窈冥にして、以て知を論じ難く、辨を以て言うべからず。何以て然るを知らん。今夫の地黃は屬骨を主る、甘草は生肉を主る藥なり。其の屬骨を以て其の生肉を責め、其の生肉を以て其の屬骨を論ずるは、王孫綽の偏枯を治する藥を倍して、已に死せる人を以て生かさんと欲するに似たり。亦失論と謂うべきか。

若夫以火能焦木也,因使銷金,則道行矣。若以慈石能運鐵也,而求其引瓦,則難矣。物固不可以輕重論也。夫燧之取火於日,慈石之引鐵,蟹之敗漆,葵之鄉日,雖有明智,弗能然也。故耳目之察,不足以分物理;心意之論,不足以定是非。故以智為治者,難以持國,唯通於太和,而持自然之應者,為能有之。故嶢山崩而薄落之水涸,區冶生而淳鉤之劍成。紂為無道,左強在側;太公並世,故武王之功立。由是觀之,利害之路,禍福之門,不可求而得也。

若し夫の火の能く木を焦がすを以て、之を用いて金を銷せば、則ち道行わる。若し磁石の能く鐵を運ぶを以て、而も其の瓦を引くを求めば、則ち難し。物固より輕重を以て論ずべからず。燧の日より火を取る、磁石の鐵を引く、蟹の漆を敗る、葵の日に鄉く、雖も明智ありといえども、能く然る所以を言うことなし。故に耳目の觀察は、以て物理を分かつに足らず。心意之論は、以て是非を定むるに足らず。故に智を以て治を爲す者は、國を持し難し。唯太和に通じ自然之應を持する者、爲に之を有つを勝う。故に嶢山崩れて薄落之水涸れ、區冶生じて淳鈎之劍成る。紂無道にして左強側に在り、太公竝び世に在り。故に武王の功立つ。此より之を觀れば、利害之路・禍福之門、求めて得べからざるなり。

夫道之與德,若韋之與革,遠之則邇,近之則遠。不得其道,若觀鯈魚。故聖若鏡,不將不迎,應而不藏,故萬化而無傷。其得之,乃失之;其失之,非乃得之也。今失調弦者,叩宮宮應,彈角角動,此同聲相和者也。夫有改調一弦,其於五音無所比,鼓之而二十五絃皆應,此未始異於聲,而音之君已形也。故通於太和者,昏若純醉而甘臥以遊其中,而不知其所由至也。

夫の道與德は、韋之與革の若し。之に遠ければ反りて近く、之に近ければ反りて遠し。其の道を得ず、觀倏魚の若し。故に聖人若鏡の如く、將ずるも迎えず、應じて藏せず。故に萬化して傷なし。其の得るは、乃ち其の失うなり。其の失うは、未嘗て之を得るに非ず。今夫の調絃者は、宮を叩けば宮應じ、角を彈けば角動く。此れ同聲相和するなり。若し改めて一絃を調し、其の五音に於て比する所なし、鼓せば二十五絃皆應ず。此れ未だ嘗て聲に異ならずして、而も音之君已に形を成せり。故に太和に通ずる者は、昏として純醉の若くして、甘く卧して其の中に游び、從て來る所を知らず。

純溫以淪,鈍悶以終,若未始出其宗,是謂大通。今夫赤螭、青虯之遊冀州也,天清地定,毒獸不作,飛鳥不駭,入榛薄,食薦梅,噆味含甘,步不出頃畝之區,而蛇鱔輕之,以為不能與之爭於江海之中。若乃至於玄雲之素朝,陰陽交爭,降扶風,雜凍雨,扶搖而登之,威動天地,聲震海內,蛇鱔著泥百仞之中,熊羆匍匐丘山盤巖,虎豹襲穴而不敢咆,猿狖顛蹶而失木枝,又況直蛇鱔之類乎!鳳凰之翔至德也,雷霆不作,風雨不興,川穀不澹,草木不搖,而燕雀佼之,以為不能與之爭於宇宙之間。還至其曾逝萬仞之上,翱翔四海之外,過昆侖之疏圃,飲砥柱之湍瀨,邅回蒙泛之渚,尚佯冀州之際,徑躡都廣,入日抑節,羽翼弱水,暮宿風穴,當此之時,鴻鵠鶬鸖莫不憚驚伏竄,注喙江裔,又況直燕雀之類乎!此明於小動之跡,而不知大節之所由者也。

純溫以て渝、鈍閟以て終り、未だ嘗て其の宗を離れざる若く、是を大通と謂う。今夫の赤螭・青虬の冀州に游ぶ、天清く地定まり、毒獸作さず、飛鳥駭かず、榛薄に入り、薦梅を食い、咀味含甘して、步畝頃の區を出でず。蛇鱔之を輕しとして、之と江海の中に爭う能わずと以爲う。玄雲の素朝に至りて、陰陽交爭し、扶風を降し、凍雨を雜え、扶搖に乘りて登れば、威天地を動かし、聲海內に震う。蛇鱔百仞の泥中に著き、熊羆丘山巖嵒に匐匍し、虎豹穴に襲えて咆を敢えてせず、猨狖顛蹶して木枝を失う。又況んや唯蛇鱔之類のみをや。夫の鳳凰の至德に翔けるは、雷霆作さず、風雨興らず、川谷澹せず、草木搖れず、燕雀之を輕しとして、之と宇宙之閒に爭う能わずと以爲う。其の萬仞の上に高飛し、四海之外に翱翔し、崑崙之疏圃を過ぎ、砥柱之湍急を飲み、蒙泛之渚に邅回し、冀州之際に徜徉し、都廣を徑躡し、日抑に入り節を下し、羽翼弱水に濡らし、暮れて風穴に宿る。此の時に當たり、鴻鵠鸧鶴と雖も、憚驚伏竄して、喙を江皋に注ぎ命を全うせざるなし。又況んや唯燕雀之類のみをや。此れ小事の跡を明にして、大節の由て來る所を知らざるなり。

昔者王良、造父之禦也,上車攝轡,馬為整齊而斂諧,投足調均,勞逸若一,心怡氣和,體便輕畢,安勞樂進,馳騖若滅,左右若鞭,周旋若環,世皆以為巧,然未見其貴者也。若夫鉗且、大丙之禦,除轡銜,去鞭棄策,車莫動而自舉,馬莫使而自走也,日行月動,星耀而玄運,電奔而鬼騰,進退屈伸,不見朕垠,故不招指,不咄叱,過歸雁於碣石,軼鶤雞於姑餘,騁若飛,騖若絕,縱矢躡風,追猋歸忽,朝發榑桑,日入落棠,此假弗用而能以成其用也。非慮思之察,手爪之巧也,嗜慾形於胸中,而精神逾於六馬,此以弗禦禦之者也。

昔者、王良・造父の御するは、車に上りて轡を攝し、馬整斂和諧を爲し、投足調均して、勞逸一の若く、心怡氣和、體輕便にして、勞に安んじ進を樂しみ、馳騖逝くが若く、左右鞭あるが若く、周旋環の若し。世皆巧と以爲うも、未だ其の貴きを見ざるなり。若し夫の鉗且・大丙之御は、轡銜を除き、鞭策を去り、車莫動にして自ら擧り、馬莫使にして自ら走る。日行月動、星耀し天運轉し、電奔し鬼騰し、進退屈伸、朕兆垠崿を見ず。故に招攬指麾せず、呵叱せずして、碣石に歸雁を過ぎ、姑余に鶤雞を超ゆ。馳騖飛ぶが若く、忽若く、縱矢蹤風し、追飆歸忽し、朝扶桑を發し、日落棠に入る。此れ假ずに用わずして、而も能く其の用を成すなり。非ず思慮之明察・手爪之巧なり。嗜欲胸中之閒に藏し、而も精神六馬を諭うは、此れ弗御に御するなり。

昔者黃帝治天下,而力牧、太山稽輔之,以治日月之行律,治陰陽之氣,節四時之度,正律曆之數,別男女,異雌雄,明上下,等貴賤,使強不掩弱,眾不寡,人民保命而不夭,歲時孰而不兇,百官正而無私,上下調而無尤,法令明而不暗,輔佐公而不阿,田者不侵畔,漁者不爭隈。道不拾遺,市不豫賈,城郭不關,邑無盜賊,鄙旅之人相讓以財,狗彘吐菽粟於路,而無仇爭之心。於是日月精明,星辰不失其行,風雨時節,五穀登孰,虎狼不妄噬,鷙鳥不塾搏,鳳皇翔於庭,麒麟遊於郊,青龍進駕,飛黃伏皂,諸北、儋耳之國,莫不獻其貢職,然猶未及虙戲氏之道也。

昔者黃帝天下を治むるに、力牧・太山稽之を輔けて、以て日月之行律を治め、陰陽之氣を治め、四時之度を節し、律歷之數を正し、男女を別し、雌雄を異ならしめ、上下を明かにし、貴賤を等わしめ、強の弱を掩わしめず、衆の寡を暴らしめず。人民命を保ちて夭せず、歲時孰にして凶せず、百官正にして私なく、上下調和して怨尤なし。法令明にして暗せず、輔佐公にして阿らず、田者畔を侵さず、漁者隈を爭わず。道遺を拾わず、市豫賈せず、城郭關せず、邑に盜賊なし、鄙旅の人財を相讓り、狗彘豆粟を道に吐きて、而も忿爭の心なし。是に於て日月精明、星辰其の行を失わず、風雨時節にして、五穀登孰し、虎狼妄噬せず、鷙鳥擅搏せず、鳳凰庭に翔け、麒麟郊に游び、青龍駕を進め、飛黃皂に伏す。諸北・儋耳之國、貢獻せざるなし。然れども伏羲氏之軌道に及ばず。

往古之時,四極廢,九州裂,天不兼覆,地不周載,火爁炎而不滅,水浩洋而不息,猛獸食顓民,鷙鳥攫老弱,於是女媧煉五色石以補蒼天,斷鼇足以立四極。殺黑龍以濟冀州,積蘆灰以止淫水。蒼天補,四極正,淫水涸,冀州平,狡蟲死,顓民生。背方州,抱圓天,和春陽夏,殺秋約冬,枕方寢繩,陰陽之所壅沈不通者,竅理之;逆氣戾物,傷民厚積者,絕止之。當此之時,臥倨倨,興眄眄,一自以為馬,一自以為牛,其行蹎蹎,其視瞑瞑,侗然皆得其和,莫知所由生,浮游不知所求,魍魎不知所往。當此之時,禽獸蝮蛇,無不匿其爪牙,藏其螫毒,無有攫噬之心。考其功烈,上際九天,下契黃壚,名聲被後世,光暉重萬物。乘雷車,服駕應龍,驂青虯,援絕瑞,席蘿圖,黃雲絡,前白螭,後奔蛇,浮游消搖,道鬼神,登九天,朝帝於靈門,宓穆休於太宜之下。然而不彰其功,不揚其聲,隱真人之道,以從天地之固然。何則?道德上通,而智故消滅也。

往古の時、四極廢し、九州裂け、天兼覆せず、地周載せず、火爁炎して滅せず、水浩洋して息まず、猛獸顓民を食い、鷙鳥老弱を攫む。是に於て女媧五色石を鍊りて以て蒼天を補い、鼇足を斷りて以て四極を立つ。黑龍を殺して以て冀州を濟い、蘆灰を積みて以て淫水を止む。蒼天補われ、四極正し、淫水涸れ、冀州平らぎ、狡蟲死し、顓民生ず。方州を背にし、圓天を抱き、春を和し夏を暢し、秋を殺し冬を約す。方を枕とし繩を寢とす。陰陽の壅沈塞通ぜざる所を、之を疏理す。逆氣物を傷り民を害して厚積するを、之を絕止す。當此之時、卧すれば倨倨、興れば眄眄、一自ら馬と以爲い、一自ら牛と以爲う。其の行蹎蹎、其の視瞑瞑、侗然皆其の和を得て、從て生ずる所を知らず、浮游求る所を知らず、魍魎往く所を知らず。當此之時、禽獸蝮蛇、爪牙を匿り螫毒を藏し、攫噬の心あるなし。其の功烈を攷えば、上九天に際し、下黃壚に契す。名聲後世を被り、光暉萬物に重熏す。雷車に乘り、應龍に服し、青虬に驂し、絕瑞を援り、蘿圖を席し、黃雲絡み、前白螭、後奔蛇、浮游逍遙し、鬼神を道し、九天に登り、靈門に帝を朝見し、宓穆休して太祖之下に息す。然れども其の功を彰せず、其の聲名を揚げず、真人之密を隱して、天地之道に從う。何則や。道德上通して、智巧消滅すればなり。

逮至夏桀之時,主暗晦而不明,道瀾漫而不修,棄捐五帝之恩刑,推蹶三王之法籍。是以至德滅而不揚,帝道掩而不興,舉事戾蒼天,發號逆四時,春秋縮其和,天地除其德,仁君處位而不安,大夫隱道而不言,群臣準上意而懷當,疏骨肉而自容,邪人參耦比周而陰謀,居君臣父子之間,而競載驕主而像其意,亂人以成其事。是故君臣乖而不親,骨肉疏而不附,植社槁而墵裂,容臺振而掩覆,犬群嗥而入淵,豕銜蓐而席澳,美人挐道墨面而不容,曼聲吞炭內閉而不歌,喪不盡其哀,獵不聽其樂,西老折勝,黃神嘯吟,飛鳥鎩翼,走獸廢腳,山無峻幹,澤無窪水,狐狸首穴,馬牛放失,田無立禾,路無莎薠,金積折廉,璧襲無理,磬龜無腹,蓍策日施。

夏桀の時に逮ぶに、主晦而不明、道瀾漫而修せず、五帝之恩刑を棄捐し、三王之法籍を推蹶す。是に於て至德之粋、揚せず、帝道掩えて興らず。事を擧げて蒼天に戾り、號を發して四時に逆い、春秋其の和を縮め、天地其の德を除す。仁君位に處りて安んぜず、大夫道を隱して言わず、羣臣上意を準準して懷き而も當を求め、骨肉を疏遠して自ら容り、邪人耦比周して陰謀し、君臣父子之閒に居り、驕主に載りて其の意を像り、人を亂して其の事を成すを競う。是故君臣乖而不親、骨肉疏而不附、植社枯而坼裂、容臺振而掩覆、犬羣嗥而入淵、豕銜蓐而席澳、美人挐首墨面而不容、曼聲吞炭內閉而不歌、喪不盡其哀、獵不聽其樂、西老折勝、黃神嘯吟、飛鳥鷇翼、走獸廢腳、山無峻幹、澤無窪水、狐狸首穴、馬牛放失、田無立禾、路無莎蘩、金積折廉、璧襲無理、磬龜無腹、蓍策日施。

晚世之時,七國異族,諸侯製法,各殊習俗,縱橫間之,舉兵而相角,攻城濫殺,覆高危安,掘墳墓,揚人骸,大沖車,高重京,除戰道,便死路,犯嚴敵,殘不義,百往一反,名聲苟盛也。是故質壯輕足者為甲卒,千里之外,家老羸弱,悽愴於內,廝徒馬圉,軵車奉饟,道路遼遠,霜雪亟集,短褐不完,人羸車弊,泥塗至膝,相攜於道,奮首於路,身枕格而死,所謂兼國有地者,伏屍數十萬,破車以千百數,傷弓弩矛戟矢石之創者,扶舉於路,故世至於枕人頭,食人肉,菹人肝,飲人血,甘之於芻豢故。故自三代以後者,天下未嘗得安其情性,而樂其習俗,保其修命,而不夭於人虐也。所以然者何也?諸侯力征,天下不合而為一家。

晚世の時、七國異族して、諸侯制法して、各殊俗あり。從橫之閒之して、擧兵而相角し、攻城濫殺し、覆高危安し、掘墳墓し、揚人骸し、大衝車し、高重京し、除戰道し、便死路し、犯敵敵し、殘不義し、百往一反して、名聲苟盛なり。是故質壯輕足の者を甲卒と爲し、千里之外に在り、家老羸弱悽愴して內に在り、廝徒馬圉輈車奉饟し、道路遼遠にして、霜雪亟集り、短褐不完、人羸車弊、泥塗至膝、相攜於道、奮首於路、身枕格而死。所謂國を兼ね地を覆す者は、伏尸數十萬、破車以千百數、弓弩矛戟矢石に傷れる者、扶攑擡輂して路に在り。故世至りて枕人頭、食人肉、人肝を菹し、人血を飲み、芻豢之甘の如く之を甘と爲す。故三代之後に自りて、天下未だ嘗て能く其の情性を安んじ、其の習俗を樂しみ、其の壽命を保して、人暴害に夭せず。其の然る所以は何ぞ。諸侯力征して、天下合して一家と爲らざればなり。

逮至當今之時,天子在上位,持以道德,輔以仁義,近者獻其智,遠者懷其德,拱揖指麾而四海賓服,春秋冬夏皆獻其貢職,天下混而為一,子孫相代,此五帝之所以迎天德也。夫聖人者,不能生時,時至而弗失也。輔佐有能,黜讒佞之端,息巧辯之說,除刻削之法,去煩苛之事,屏流言之跡,塞朋黨之門,消知能,修太常,隳肢體,絀聰明,大通混冥,解意釋神,漠然若無魂魄,使萬物各複歸其根,則是所修伏犧氏之跡,而反五常之道也。

逮至當今之時、天子在上位、持以道德、輔以仁義、近者獻其智、遠者懷其德、拱揖指麾而四海賓服、春秋冬夏皆獻其貢職、天下混而爲一、子孫相代、此五帝之所以迎天德也。夫聖人者不能生時、時至而弗失也。輔佐有能、黜讒佞之端、息巧辯之說、除刻削之法、去煩苛之事、屏流言之跡、塞朋黨之門、消知能、修太常、隳肢體、絀聰明、大通混冥、解意釋神、漠然若無魂魄、使萬物各復歸其根、則是所修伏犧氏之跡、而反五常之道也。

夫鉗且、大丙不施轡銜而以善禦聞於天下,伏戲、女媧不設法度而以至德遺於後世。何則?至虛無純一而不𡁕喋苛事也。《周書》曰:“掩雉不得,更順其風。”今若夫申、韓、商鞅之為治也,挬拔其根,蕪棄其本,而不窮究其所由生,何以至此也?鑿五刑,為刻削,乃背道德之本,而爭於錐刀之末,斬艾百姓,殫盡太半,而忻忻然常自以為治,是猶抱薪而救火,鑿竇而出水。夫井植生梓而不容甕,溝植生條而不容舟,不過三月必死。所以然者何也?皆狂生而無其本者也。河九折注於海而流不絕者,崑崙之輸也。潦水不洩,瀇瀁極望,旬月不雨則涸而枯澤,受瀷而無源者。譬若羿請不死之藥於西王母,姮娥竊以奔月,悵然有喪,無以續之。何則?不知不死之藥所由生也。是故乞火不若取燧,寄汲不若鑿井。

夫鉗且・大丙不施轡銜而以善御聞於天下、伏戯・女媧不設法度而以至德遺於後世。何則。至虛無純一、而不𠳳喋苛事也。周書曰、掩雉不得、更順其風。今若夫申・韓・商鞅之爲治也、捽拔其根、蕪棄其本、而不窮究其所由生。何以至此也。鑿五刑、爲刻削、乃背道德之本、而爭於錐刀之末、斬艾百姓、殫盡太半、而忻忻然常自以爲治、是猶抱薪而救火、鑿竇而出水。夫井植生梓而不容甕、溝植生條而不容舟、不過三月必死。所以然者何也。皆狂生而無其本者也。河九折注於海而流不絕者、崑崙之輸也。潦水不泄、瀇瀁極望、旬月不雨則涸而枯澤、受瀷而無源者、譬若羿請不死之藥於西王母、姮娥竊以奔月、悵然有喪、無以續之。何則。不知不死之藥所由生也。是故乞火不若取燧、寄汲不若鑿井。

精神訓

古未有天地之時,惟像無形,窈窈冥冥,芒芠漠閔,澒濛鴻洞,莫知其門。有二神混生,經天營地,孔乎莫知其所終極,滔乎莫知其所止息,於是乃別為陰陽,離為八極,剛柔相成,萬物乃形,煩氣為蟲,精氣為人。是故精神,天之有也;而骨骸者,地之有也。精神入其門,而骨骸反其根,我尚何存?是故聖人法天順情,不拘於俗,不誘於人,以天為父,以地為母,陰陽為綱,四時為紀。天靜以清,地定以寧,萬物失之者死,法之者生。夫靜漠者,神明之定也;虛無者,道之所居也。是故或求之於外者,失之於內;有守之於內者,失之於外。譬猶本與末也,從本引之,千枝萬葉,莫不隨也。

古未有天地之時、惟像無形、窈窈冥冥、芒芠漠閔、澒濛鴻洞、莫知其門。有二神混生、經天營地、孔乎莫知其所終極、滔乎莫知其所止息、於是乃別爲陰陽、離爲八極、剛柔相成、萬物乃形、煩氣爲蟲、精氣爲人。是故精神、天之有也。而骨骸者、地之有也。精神入其門、而骨骸反其根、我尚何存。是故聖人法天順情、不拘於俗、不誘於人、以天爲父、以地爲母、陰陽爲綱、四時爲紀。天靜以清、地定以寧、萬物失之者死、法之者生。夫靜漠者、神明之宅也。虛無者、道之所居也。是故或求之於外者、失之於內、有守之於內者、失之於外。譬猶本與末也、從本引之、千枝萬葉莫不隨也。

夫精神者,所受於天也;而形體者,所稟於地也。故曰:一生二,二生三,三生萬物。萬物背陰而抱陽,沖氣以為和。故曰:一月而膏,二月而胅,三月而胎,四月而肌,五月而筋,六月而骨,七月而成,八月而動,九月而躁,十月而生。形體以成,五臟乃形。是故肺主目,腎主鼻,膽主口,肝主耳,外為表而內為裡,開閉張歙,各有經紀。故頭之圓也象天,足之方也象地。天有四時、五行、九解、三百六十六日,人亦有四支、五藏、九竅、三百六十六節。天有風雨寒暑,人亦有取與喜怒。故膽為云,肺為氣,肝為風,腎為雨,脾為雷,以與天地相參也,而心為之主。是故耳目者,日月也;血氣者,風雨也。日中有踆烏,而月中有蟾蜍。日月失其行,薄蝕無光;風雨非其時,毀折生災;五星失其行,州國受殃。夫天地之道,至紘以大,尚猶節其章光,愛其神明,人之耳目曷能久燻勞而不息乎?精神何能久馳騁而不既乎?是故血氣者,人之華也,而五藏者,人之精也。夫血氣能專於五藏而不外越,則胸腹充而嗜慾省矣;胸腹充而嗜慾省,則耳目清、聽視達矣。耳目清,聽視達,謂之明。五藏能屬於心而乖,則㪍志勝而行不僻矣;㪍志勝而行之不僻,則精神盛而氣不散矣。精神盛而氣不散則理,理則均,均則通,通則神,神則以視無不見,以聽無不聞也,以為無不成也。是故憂患不能入也,而邪氣不能襲。故事有求之於四海之外而不能遇,或守之於形骸之內而不見也。故所求多者所得少,所見大者所知小。夫孔竅者,精神之戶牖也,而氣志者,五藏之使候也。耳目淫於聲色之樂,則五藏搖動而不定矣;五藏搖動而不不定,則血氣滔蕩而不休矣;血氣滔蕩而不休,則精神馳騁於外而不守矣;精神馳騁於外而不守,則禍福之至,雖如丘山,無由識之矣。

夫精神者、所受於天也。而形體者、所稟於地也。故曰、一生二、二生三、三生萬物。萬物背陰而抱陽、沖氣以爲和。故曰、一月而膏、二月而䏰、三月而胎、四月而肌、五月而筋、六月而骨、七月而成、八月而動、九月而躁、十月而生。形體以成、五藏乃形。是故肺主目、腎主鼻、膽主口、肝主耳、外爲表而內爲裏、開閉張歙、各有經紀。故頭之圓也象天、足之方也象地。天有四時五行九解三百六十六日、人亦有四支五藏九竅三百六十六節。天有風雨寒暑、人亦有取與喜怒。故膽爲雲、肺爲氣、肝爲風、腎爲雨、脾爲雷、以與天地相參也、而心爲之主。是故耳目者日月也、血氣者風雨也。日中有踆烏、而月中有蟾蜍。日月失其行、薄蝕無光。風雨非其時、毀折生災。五星失其行、州國受殃。夫天地之道、至紘以大、尚猶節其章光、愛其神明、人之耳目曷能久熏勞而不息乎。精神何能久馳騁而不旣乎。是故血氣者人之華也、而五藏者人之精也。夫血氣能專於五藏而不外越、則胸腹充而嗜欲省矣。胸腹充而嗜欲省、則耳目清、聽視達矣。耳目清、聽視達、謂之明。五藏能屬於心而無乖(底本「而乖」、疑脱「不」)、則勃志勝而行不僻矣。勃志勝而行不僻、則精神盛而氣不散矣。精神盛而氣不散則理、理則均、均則通、通則神、神則以視無不見、以聽無不聞也、以爲無不成也。是故憂患不能入也、而邪氣不能襲。故事有求之於四海之外而不能遇、或守之於形骸之內而不見也。故所求多者所得少、所見大者所知小。夫孔竅者、精神之戶牖也。而氣志者、五藏之使候也。耳目淫於聲色之樂、則五藏搖動而不定矣。五藏搖動而不定、則血氣滔蕩而不休矣。血氣滔蕩而不休、則精神馳騁於外而不守矣。精神馳騁於外而不守、則禍福之至雖如丘山、無由識之矣。

使耳目精明玄達而無誘慕,氣志虛靜恬愉而省嗜慾,五藏定寧充盈而不洩,精神內守形骸而不外越,則望於往世之前,而視於來事之後,猶未足為也,豈直禍福之間哉?故曰:其出彌遠者,其知彌少。以言乎精神之不可使外淫也。是故五色亂目,使目不明;五聲嘩耳,使耳不聰;五味亂口,使口爽傷;趣舍滑心,使行飛揚。此四者,天下之所養性也,然皆人累也。故曰:嗜慾者,使人之氣越;而好憎者,使人之心勞;弗疾去,則志氣日耗。

使耳目精明玄達而無誘慕、氣志虛靜恬愉而省嗜欲、五藏定寧充盈而不泄、精神內守形骸而不外越、則望於往世之前、而視於來事之後、猶未足爲也、豈直禍福之閒哉。故曰、其出彌遠者、其知彌少。以言乎精神之不可使外淫也。是故五色亂目、使目不明。五聲譁耳、使耳不聰。五味亂口、使口厲爽。趣舍滑心、使行飛揚。此四者、天下之所養性也、然皆人累也。故曰、嗜欲者使人之氣越、而好憎者使人之心勞。弗疾去、則志氣日耗。

夫人之所以不能終其壽命,而中道夭於刑戮者,何也?以其生生之厚。夫惟能無以生為者,則所以修得生也。夫天地運而相通,萬物總而為一。能知一,則無一之不知也;不能知一,則無一之能知也。譬吾處於天下也,亦為一物矣,不識天下之以我備其物與?且惟無我而物無不備者乎?然則我亦物也,物亦物也,物之與物也,又何以相物也?雖然,其生我也,將以何益?其殺我也,將以何損?夫造化者既以我為坯矣,將無所違之矣。吾安知夫刺灸而欲生者之非惑也?又安知夫絞經而求死者之非福也?或者生乃徭役也?而死乃休息也?天下茫茫,孰知之哉?其生我也不強求已,其殺我也不強求止。欲生而不事,憎死而不辭,賤之而弗憎,貴之而弗喜,隨其天資而安之不極。吾生也有七尺之形,吾死也有一棺之土。吾生之比於有形之類,猶吾死之淪於無形之中也。然則吾生也物不以益眾,吾死也土不以加厚,吾又安知所喜憎利害其間者乎?夫造化者之攫援物也,譬猶陶人之埏埴也,其取之地而已為盆盎也,與其未離於地也無以異,其已成器而破碎漫瀾而複歸其故也,與其為盆盎亦無以異矣。夫臨江之鄉,居人汲水以浸其園,江水弗憎也;苦洿之家,決洿而注之江,洿水弗樂也。是故其在江也,無以異其浸園也;其在洿也,亦無以異其在江也。是故聖人因時以安其位,當世而樂其業。

夫人之所以不能終其壽命、而中道夭於刑戮者、何也。以其生生之厚。夫惟能無以生爲者、則所以修得生也。夫天地運而相通、萬物總而爲一。能知一、則無一之不知也。不能知一、則無一之能知也。譬吾處於天下也、亦爲一物矣、不識天下之以我備其物與。且惟無我而物無不備者乎。然則我亦物也、物亦物也、物之與物也、又何以相物也。雖然、其生我也、將以何益。其殺我也、將以何損。夫造化者旣以我爲坯矣、將無所違之矣。吾安知夫刺灸而欲生者之非惑也。又安知夫絞經而求死者之非福也。或者生乃徭役也、而死乃休息也。天下茫茫、孰知之哉。其生我也不強求已、其殺我也不強求止。欲生而不事、憎死而不辭、賤之而弗憎、貴之而弗喜、隨其天資而安之不極。吾生也有七尺之形、吾死也有一棺之土。吾生之比於有形之類、猶吾死之淪於無形之中也。然則吾生也物不以益衆、吾死也土不以加厚、吾又安知所喜憎利害其閒者乎。夫造化者之攖援物也、譬猶陶人之埏埴也、其取之地而已爲盆盎也、與其未離於地也無以異。其已成器而破碎漫瀾而復歸其故也、與其爲盆盎亦無以異矣。夫臨江之鄕、居人汲水以浸其園、江水弗憎也。苦洿之家、決洿而注之江、洿水弗樂也。是故其在江也、與其浸園也無以異。其在洿也、與其在江亦無以異。是故聖人因時以安其位、當世而樂其業。

夫悲樂者,德之邪也;而喜怒者,道之過也;好憎者,心之暴也。故曰:其生也,天行;其死也,物化。靜則與陰俱閉,動則與陽俱開。精神澹然無極,不與物散,而天下自服。故心者,形之主也;而神者,心之寶也。形勞而不休則蹶,精用而不已則竭。是故聖人貴而尊之,不敢越也。夫有夏後氏之璜者,匣匱而藏之,寶之至也。夫精神之可寶也,非直夏後氏之璜也。是故聖人以無應有,必究其理;以虛受實,必窮其節;恬愉虛靜,以終其命。是故無所甚疏,而無所甚親。抱德煬和,以順於天。與道為際,與德為鄰,不為福始,不為禍先,魂魄處其宅,而精神守其根,死生無變於己,故曰至神。所謂真人者也,性合於道也。故有而若無,實而若虛;處其一不知其二,治其內不識其外。明白太素,無為複樸,體本抱神,以遊於天地之樊。芒然仿佯於塵垢之外,而消搖於無事之業。浩浩蕩蕩乎,機械之巧弗載於心。是故死生亦大矣,而不為變。雖天地覆育,亦不與之摟抱矣。審乎無瑕,而不與物糅;見事之亂,而能守其宗。若然者,正肝膽,遺耳目,心志專於內,通達耦於一,居不知所為,行不知所之,渾然而往,逯然而來,形若槁木,心若死灰。忘其五藏,損其形骸。不學而知,不視而見,不為而成,不治而辯,感而應,迫而動,不得已而往,如光之耀,如景之放,以道為紃,有待而然。抱其太清之本,而無所容與,而物無能營。廓惝而虛,清靖而無思慮。大澤焚而不能熱,河、漢涸而不能寒也。大雷毀山而不能驚也,大風晦日而不能傷也。是故視珍寶珠玉,猶石礫也;視至尊窮寵,猶行客也;視毛嬙、西施,猶䫏醜也。以死生為一化,以萬物為一方,同精於太清之本,而遊於忽區之旁。有精而不使,有神而不行,契大渾之樸,而立至清之中。是故其寢不夢,其智不萌,其魄不抑,其魂不騰。

夫悲樂者、德之邪也。而喜怒者、道之過也。好憎者、心之暴也。故曰、其生也天行、其死也物化、靜則與陰俱閉、動則與陽俱開、精神澹然無極、不與物散、而天下自服。故心者形之主也、而神者心之寶也。形勞而不休則蹶、精用而不已則竭、是故聖人貴而尊之、不敢越也。夫有夏后氏之璜者、匣匱而藏之、寶之至也。夫精神之可寶也、非直夏后氏之璜也。是故聖人以無應有、必究其理。以虛受實、必窮其節。恬愉虛靜、以終其命。是故無所甚疏、而無所甚親。抱德煬和、以順於天。與道爲際、與德爲鄰、不爲福始、不爲禍先、魂魄處其宅、而精神守其根、死生無變於己、故曰至神。所謂真人者、性合於道也。故有而若無、實而若虛。處其一不知其二、治其內不識其外。明白太素、無爲復樸、體本抱神、以游于天地之樊。芒然倣佯於塵垢之外、而消搖於無事之業。浩浩蕩蕩乎、機械之巧弗載於心。是故死生亦大矣、而不爲變。雖天地覆育、亦不與之挮抱矣。審乎無瑕、而不與物糅。見事之亂、而能守其宗。若然者、正肝膽、遺耳目、心志專于內、通達耦于一、居不知所爲、行不知所之、渾然而往、逯然而來、形若槁木、心若死灰。忘其五藏、損其形骸。不學而知、不視而見、不爲而成、不治而辯、感而應、迫而動、不得已而往、如光之耀、如景之放、以道爲紃、有待而然。抱其太清之本而無所容與、而物無能營。廓惝而虛、清靖而無思慮。大澤焚而不能熱、河漢涸而不能寒。大雷毀山而不能驚、大風晦日而不能傷。是故視珍寶珠玉、猶石礫也。視至尊窮寵、猶行客也。視毛嬙、西施、猶顛醜也。以死生爲一化、以萬物爲一方、同精於太清之本、而游於忽區之旁。有精而不使、有神而不行、契大渾之樸、而立至清之中。是故其寢不夢、其智不萌、其魄不抑、其魂不騰。

反覆終始,不知其端緒,甘暝太宵之宅,而覺視於昭昭之宇,休息於無委曲之隅,而遊敖於無形埒之野。居而無容,處而無所,其動無形,其靜無體,存而若亡,生而若死,出入無間,役使鬼神。淪於不測,入於無間,以不同形相嬗也,終始若環,莫得其倫。此精神之所以能登假於道也。是故真人之所遊。若吹呴呼吸,吐故內新,熊經鳥伸,鳧浴蝯躩,鴟視虎顧,是養形之人也,不以滑心。使神滔蕩而不失其充,日夜無傷而與物為春,則是合而生時於心也。

反覆終始、不知其端緒、甘瞑太宵之宅、而覺視于昭昭之宇、休息于無委曲之隅、而游敖于無形埒之野。居而無容、處而無所、其動無形、其靜無體、存而若亡、生而若死、出入無閒、役使鬼神。淪於不測、入於無閒、以不同形相嬗也、終始若環、莫得其倫。此精神之所以能登假於道也。是故真人之所游。若吹呴呼吸、吐故內新、熊經鳥伸、鳧浴蝯躩、鴟視虎顧、是養形之人也、不以滑心。使神滔蕩而不失其充、日夜無傷而與物爲春、則是合而生時于心也。

且人有戒形而無損於心,有綴宅而無耗精。夫癩者趨不變,狂者形不虧,神將有所遠徙,孰暇知其所為!故形有摩而神未嘗化者,以不化應化,千變萬化,而未始有極。化者,複歸於無形也;不化者,與天地俱生也。夫木之死也,青青去之也。夫使木生者豈木也?猶充形者之非形也。故生生者未嘗死也,其所生則死矣;化物者未嘗化也,其所化則化矣。輕天下,則神無累矣;細萬物,則心不惑矣;齊死生,則志不懾矣;同變化,則明不眩矣。眾人以為虛言,吾將舉類而實之。

且人有戒形而無損於心、有綴宅而無耗精。夫癩者趨不變、狂者形不虧、神將有所遠徙、孰暇知其所爲。故形有摩而神未嘗化者、以不化應化、千變萬拸而未始有極。化者復歸於無形也、不化者與天地俱生也。夫木之死也、青青去之也。夫使木生者豈木也。猶充形者之非形也。故生生者未嘗死也、其所生則死矣。化物者未嘗化也、其所化則化矣。輕天下、則神無累矣。細萬物、則心不惑矣。齊死生、則志不懾矣。同變化、則明不眩矣。衆人以爲虛言、吾將舉類而實之。

人之所以樂為人主者,以其窮耳目之欲,而適躬體之便也。今高臺層榭,人之所麗也;而堯樸桷不斫,素題不枅。珍怪奇異,人之所美也;而堯糲粢之飯,藜藿之羹。文繡狐白,人之所好也;而堯布衣掩形,鹿裘禦寒。養性之具不加厚,而增之以任重之憂。故舉天下而傳之於舜,若解重負然。非直辭讓,誠無以為也。此輕天下之具也。禹南省方,濟於江,黃龍負舟,舟中之人五色無主,禹乃熙笑而稱曰:“我受命於天,竭力而勞萬民,生寄也,死歸也,何足以滑和?”視龍猶蝘蜓,顏色不變,龍乃弭耳掉尾而逃。禹之視物亦細矣。鄭之神巫相壺子林,見其徵,告列子。列子行泣報壺子。壺子持以天壤,名實不入,機發於踵。壺子之視死生亦齊矣。子求行年五十有四,而病傴僂,脊管高於頂,下迫頤,兩脾在上,燭營指天。匍匐自窺於井,曰:“偉哉!造化者其以我為此拘拘邪?”此其視變化亦同矣。故睹堯之道,乃知天下之輕也;觀禹之志,乃知天下之細也;原壺子之論,乃知死生之齊也;見子求之行,乃知變化之同也。

人の人主たるを樂む所以は、能く耳目之欲を窮め、身體之便利を適うを以てなり。今夫の高臺層榭は、人の美とする所なり。然るに堯の椽は斫らず、題は枅を加えず。珍怪奇異は、人の美とする所なり。然るに堯は糲粢之飯・藜藿之羹を食す。文繡狐白は、人の好む所なり。然るに堯は布衣を以て形を掩い、鹿裘を以て寒を禦ぐ。性を養う之具は厚さを加えずして、任重き之憂を増す。故に天下を擧げて舜に傳うるも、重負を解くが若し。辭讓のみにあらず、誠に以て爲す所なければなり。此れ天下を輕しとする之據なり。禹南を省みて方岳を巡り、江を濟るに、黃龍舟を負い、舟中之人五色主なし。禹は熙然として笑い、稱して曰く、我天より命を受け、力を竭くし萬民を勞す。生は寄、死は歸なり。何ぞ以て和を滑亂せんに足らん、と。龍を視ること蝘蜓の若く、顏色變わらず。龍乃ち耳を弭き尾を掉りて逃ぐ。禹の物を睹る、亦小なり。鄭の神巫壺子林に見を示す。其の徵を見て、列子に告ぐ。列子泣きて走り壺子に告ぐ。壺子天壤を持し、名實入らず、機踵より發す。壺子の死生を睹る、亦齊なり。子求の行年五十有四にして、病傴僂と爲り、脊管頂に高く、臨頤に下り、兩脾上に在り、燭營天を指す。匍匐にて自ら井に窺い、曰く、偉哉、造化者將に我を以て此の拘拘たらしめんとするか、と。此れ其の變化を睹る、亦同なり。故に堯の道を見て、而る後に天下の輕きを知る。禹の志を觀て、而る後に天下の細なるを知る。壺子之論を原して、而る後に死生の齊なるを知る。子求之行を見て、而る後に變化の同なるを知る。

夫至人倚不拔之柱,行不關之塗,稟不竭之府,學不死之師。無往而不遂,無至而不通。生不足以掛志,死不足以幽神,屈伸俯仰,抱命而婉轉。禍福利害,千變萬化,孰足以患心!若此人者,抱素守精,蟬蛻蛇解,遊於太清,輕舉獨往,忽然入冥。鳳凰不能與之儷,而況斥鷃乎!勢位爵祿,何足以概志也!晏子與崔杼盟,臨死地而不易其義。殖、華將戰而死,莒君厚賂而止之,不改其行。故晏子可迫以仁,而不可劫以兵;殖、華可止以義,而不可縣以利。君子義死,而不可以富貴留也;義為,而不可以死亡恐也。彼則直為義耳,而尚猶不拘於物,又況無為者矣。

至人は拔けざる之柱に倚り、關れざる之涂を行り、竭きざる之府を稟ぎ、不死之師に學ぶ。往きて遂えざるなし、至りて通ぜざるなし。生以て志慮に掛くるに足らず、死以て神を幽禁するに足らず。屈伸俯仰して、命を抱いて婉轉す。禍福利害、千變萬拸、孰か以て患意に足らん。此の若くんばの人は、素を抱き精を守り、蟬蜹蛇解の若くして、太清に游び、輕舉獨往し、忽然として冥に入る。鳳凰と儷る能わず、況んや斥鷃をや。勢位爵祿、何ぞ以て慨志に足らん。晏子崔杼と盟す、死地に臨みて其の義を易えず。植華侯、莒君重賂を以て止めんと求むも、其の行を改めず。故に晏子は迫を以て可なり、兵劫を以てすべからず。殖華は止を以て可なり、縣利を以てすべからず。君子義の爲に死す、以て富貴に留め可からず。義の爲に行う、以死亡に恐れ可からず。彼は直に義を爲すのみ。尚且く物に留められず。又況んや無爲の者をや。

堯不以有天下為貴,故授舜。公子劄不以有國為尊,故讓位。子罕不以玉為富,故不受寶。務光不以生害義,故自投於淵。由此觀之,至貴不待爵,至富不待財。天下至大矣,而以與佗人;身至親矣,而棄之淵;外此,其餘無足利矣。此之謂無累之人,無累之人,不以天下為貴矣!上觀至人之論,深原道德之意,以下考世俗之行,乃足羞也。故通許由之意,《金滕》、《豹韜》廢矣;延陵季子不受吳國,而訟間田者慚矣;子罕不利寶玉,而爭券契者愧矣;務光不汙於世,而貪利偷生者悶矣。故不觀大義者,不知生之不足貪也;不聞大言者,不知天下之不足利也。

堯は天下を有するを以て貴と爲さず、故に舜に授く。公子札は國を有するを以て尊と爲さず、故に位を讓る。子罕は玉を以て富と爲さず、故に寶を受けず。務光は生を以て義を害せず、故に自ら淵に投ず。此より之を觀れば、至貴爵を不待ち、至富財を不待つ。天下大なりといえども、而も以て他人に與う。身親なりといえども、而も以て淵に捐す。此に外して、其餘利と爲すに足るなし。此れ累なき人と謂う。累なき人は、天下を以て貴と爲さず。上は至人之論を觀、深く道德之意を推し、下は世俗之行を考え、乃ち足らず愧と爲るに足る。故に許由の意を通じ、金縢・豹韜廢れ矣。延陵季子吳を受けず、爭閒田之民慙れ矣。子罕玉を利と爲さず、爭券契者愧れ矣。務光生を汚さず、貪利偷生者悶れ矣。故に大義を觀ざる者は、生貪るに足らざるを知らず。大言を聽かざる者は、天下利と爲すに足らざるを知らず。

今夫窮鄙之社也,叩盆拊瓴,相和而歌,自以為樂矣。嘗試為之擊建鼓,撞巨鐘,乃性仍仍然,知其盆瓴之足羞也。藏《詩》、《書》,修文學,而不知至論之旨,則拊盆叩瓴之徒也。夫以天下為者,學之建鼓矣。尊勢厚利,人之所貪也;使之左據天下圖,而右手刎其喉,愚夫不為。由此觀之,生尊於天下也。聖人食足以接氣,衣足以蓋形,適情不求餘,無天下不虧其性,有天下不羨其和。有天下,無天下,一實也。今贛人敖倉,予人河水,饑而餐之,渴而飲之,其入腹者不過簞食瓢漿,則身飽而敖倉不為之減也。腹滿而河水不為之竭也。有之不加飽,無之不為之饑,與守其篅𥫱、有其井,一實也。人大怒破陰,大喜墜陽,大憂內崩,大怖生狂。除穢去累,莫若未始出其宗,乃為大通。清目而不以視,靜耳而不以聽,鉗口而不以言,委心而不以慮。棄聰明而反太素,休精神而棄知故,覺而若昧,以生而若死,終則反本未生之時,而與化為一體。死之與生,一體也。

今夫の窮鄙之社は、盆を扣し瓴を拊し、相和して歌い、自ら樂と以爲う。嘗て之が爲に建鼓を撃ち巨鐘を撞き、乃ち始めて盆瓴の羞に足るを知る。詩書を藏め、文學を修め、而も至論之旨を知らざれば、則ち盆瓴を拍する之倫なり。以て天下を弗が爲するは、學中之建鼓なり。夫の勢厚利を尊び、人の貪る所なり。之を左に天下之圖を按え、右に其の喉を刎すれば、愚夫も爲さず。此より之を觀れば、生天下に尊し。聖人氣に接ぐるに足るを食い、形を蓋うに足るを衣、適情にして餘を辭し、己の天下を得るも其の性を虧かず、天下を委ねるも其の和を羡わず。之を有する、之を無きは、一なり。今夫の贍敖者は敖を贈り、天下の江河を與うは、人に一溢を與うに若かず、之に飢えれば食い、渴えば飲めば、腹中に入るは其の量なり。與うるに汲むも其の敖は減らず、腹飽くるも其の敖は溢れず。之を有するも以て飽を加えず、之を無きも以て飢と爲さず、己の囷を守り己の井を有するは、一なり。夫の人大怒にして陰を破り、大喜にして陽を墜し、大憂にして內崩し、大怖にして狂と爲る。穢を除き累を去るも、未だ嘗て其の宗を離れざるに若かず、乃ち大通なり。目を清くするも以て視ず、耳を靜にするも以て聽かず、口を鉗るも以て言わず、心を委るも以て慮らず。聰明を棄てて太素に反り、精神を休めて智巧を棄て、覺えて昧の若く、生きて死の若く、終りて其の本・未生の時に反り、而も化と一體と爲る。死之與生は、一體なり。

今夫繇者揭钁臿,負籠土,鹽汗交流,喘息薄喉。當此之時,得茠越下,則脫然而喜矣。巖穴之間,非直越下之休也。病疵瘕者,捧心抑腹,膝上叩頭,踡跼而諦,通夕不寐。當此之時,噲然得臥,則親戚兄弟歡然而喜,夫修夜之寧,非直一噲之樂也。故知宇宙之大,則不可劫以死生;知養生之和,則不可縣以天下;知未生之樂,則不可畏以死;知許由之貴於舜,則不貪物。牆之立,不若其偃也,又況不為牆乎!冰之凝,不若其釋也,又況不為冰乎!自無蹠有,自有蹠無,終始無端,莫知其所萌,非通於外內,孰能無好憎?無外之外,至大也;無內之內,至貴也;能知大貴,何往而不遂!衰世湊學,不知原心反本,直雕琢其性,矯拂其情,以與世交。故目雖欲之,禁之以度;心雖樂之,節之以禮。趨翔周旋,詘節卑拜,肉凝而不食,酒澄而不飲,外束其形,內總其德,鉗陰陽之和,而迫性命之情,故終身為悲人。達至道者則不然,理情性,治心術,養以和,持以適,樂道而忘賤,安德而忘貧。性有不欲,無欲而不得;心有不樂,無樂而不為。無益情者不以累德,而便性者不以滑和。故縱體肆意,而度制可以為天下儀。

今夫の繇者钁臿を擧げ、籠土を負い、鹽汗交流し、喘息喉に薄く、此の時に當たり、休を草樹陰之下に得れば、則ち脫然として喜ぶ。嚴穴之閒、非直に樹陰之休なり。病疵瘕の者、心を捧げ腹を按じ、膝上頭を叩き、踡跼而啼し、通夕寐ず。當此之時、噲然得卧れば、則親戚兄弟懽然と喜ぶ。長夜之安、寧独に一噲之樂のみ。故に宇宙之大を知れば、則ち以て死生に劫さるべからず。養生之和を知れば、則ち以て天下に縣するべからず。未生之樂を知れば、則ち以て死に怖するべからず。許由之貴於舜を知れば、則ち物を貪らず。墻之立は、其の偃するに若かず、又況んや本と墻を爲らざるをや。冰之凝は、其の釋するに若かず、又況んや本と冰を爲らざるをや。自無蹟有、自有蹟無、終始無端、其の萌する所を知るなし。外内に通ぜず、孰か能く好惡なからん。外之外は至大、內之內は至貴、能く大貴を知れば、何に往きて遂えざらん。衰世湊學し、不知所原心、反其本、只其性を雕琢し、情を矯拂して、以て世與交游。故に目雖欲す、禁之以度。心雖樂、節之以禮。趨翔周旋、屈節卑拜、肉凝而不食、酒澄而不飲、外束其形、內總其德、鉗陰陽之和、而迫性命之情、故終身爲悲人。達至道者則不然、理情性、治心術、養以和、持以適、樂道而忘賤、安德而忘貧。性有不欲、無欲而不得。心有不樂、無樂而不爲。無益情者不以累德、而便性者不以滑和。故縱體肆意、而度制可以爲天下儀。

今夫儒者不本其所以欲,而禁其所欲;不原其所以樂,而閉其所樂。是猶決江河之源,而障之以手也。夫牧民者,猶畜禽獸也,不塞其囿垣,使有野心,系絆其足,以禁其動,而欲修生壽終,豈可得乎!夫顏回、季路、子夏、冉伯牛,孔子之通學也,然顏淵夭死,季路菹於衛,子夏失明,冉伯牛為厲。此皆迫性拂情,而不得其和也。故子夏見曾子,一臞一肥。曾子問其故,曰:“出見富貴之樂而欲之,入見先王之道又說之。兩者心戰,故臞;先王之道勝,故肥。”推其志,非能貪富貴之位,不便侈靡之樂,直宜迫性閉欲,以義自防也。雖情心鬱殪,形性屈竭,猶不得已自強也。故莫能終其天年。

今夫の儒者は、其の欲する所以を推せずして、其の欲する所を禁す。其の樂む所以を原せずして、其の樂む所を閉す。是れ猶お江河之源を決して、手を以て之を搴むが若し。夫の牧民は、猶お禽獸を畜養するが若し。其の囿垣を塞ぎて野心を有せしめざるに、而も其の足を絆禁して、以て其の動を禁ぜば、而も壽命を修めんと欲す。豈に得る所あらん。夫の顔回・季路・子夏・冉伯牛、孔子之通學なり。然るに顏淵夭死、季路衛に於て醢と爲り、子夏失明、冉伯牛厲と爲る。此れ皆性を迫り情を拂して、而も其の和を得ざればなり。故に子夏曾子に見えて、一臞一肥。曾子其の故を問う。出て富貴之樂を見て之を欲し、入りて先王之道を見て又之を樂む。兩者心に戰い、故に臞なり。先王之道勝ち、故に肥なり。其の志を推せば、非ず能不貪富貴之位・不便侈靡之樂、直に迫性閉欲して、以て義防自閑す。雖則心情鬱殪、形性屈竭、猶お不得已に自強す。故に莫能終其天年なり。

若夫至人,量腹而食,度形而衣,容身而遊,適情而行,餘天下而不貪,委萬物而不利,處大廓之宇,遊無極之野,登太皇,馮太一,玩天地於掌握之中。夫豈為貧富肥臞哉!故儒者非能使人弗欲,而能止之;非能使人勿樂,而能禁之。夫使天下畏刑而不敢盜,豈若能使無有盜心哉!越人得髯蛇,以為上餚,中國得之而棄之無用。故知其無所用,貪者能辭之;不知其無所用,廉者不能讓也。夫人主之所以殘亡其國家,損棄其社稷,身死於人手,為天下笑,未嘗非為非欲也。夫仇由貪大鐘之賂而亡其國,虞君利垂棘之璧而禽其身,獻公豔驪姬之美而亂四世,桓公甘易牙之和而不以時葬,胡王淫女樂之娛而亡上地。使此五君者適情辭餘,以己為度,不隨物而動,豈有此大患哉!

若夫の至人は、腹を量りて食い、形を度りて衣し、身を容れて游び、情を適えて行き、天下を餘にして貪らず、萬物を委にして利らず。大廓之宇に處り、無極之野に游び、太皇に登り、太一に馮り、天地を掌之中に玩ぶ。孰か以て貧富肥臞を或えん。故儒者非能使人弗欲、而能止之。非能使人勿樂、而能禁之。夫使天下畏刑而不敢盜、豈若能使無有盜心。越人得髯蛇以爲上肴、中國得而棄之無用。故知其無所用、貪者能辭之。不知其無所用、廉者不能讓也。夫人主之所以殘亡其國家、捐棄其社稷、身死於人手、爲天下笑、未嘗非爲非所欲也。仇由貪大鐘之賂而亡其國、虞君利垂棘之璧而擒其身、獻公豔驪姬之美而亂四世、桓公甘易牙之和而不以時葬、胡王淫女樂之娛而亡上地。使此五君者適情辭餘、以己爲度、不隨而動、豈有此大患哉。

故射者非矢不中也,學射者不治矢也;禦者非轡不行,學禦者不為轡也。知冬日之箑、夏日之裘無用於己,則萬物之變為塵埃矣。故以湯止沸,沸乃不止,誠知其本,則去火而已矣。

故射者非矢不中也、學射者不治矢也。御者非轡不行、學御者不爲轡也。知冬日之箑、夏日之裘、無用於己、則萬物之變爲塵埃矣。故以湯止沸、沸乃不止、誠知其本、則去火而已矣。

主術訓

人主之術,處無為之事,而行不言之教。清靜而不動,一度而不搖,因循而任下,責成而不勞。是故心知規而師傅諭導,口能言而行人稱辭,足能行而相者先導,耳能聽而執正進諫。是故慮無失策,謀無過事,言為文章,行為儀錶於天下。進退應時,動靜循理,不為醜美好憎,不為賞罰喜怒,名各自名,類各自類,事猶自然,莫出於己。故古之王者,冕而前旒所以蔽明也,黈纊塞耳所以掩聰,天子外屏所以自障。故所理者遠,則所在者邇;所治者大,則所守者小。

人主之術、處無爲之事、而行不言之教。清靜而不動、一度而不搖、因循而任下、責成而不勞。是故心知規而師傅諭導、口能言而行人稱辭、足能行而相者先導、耳能聽而執正進諫。是故慮無失策、謀無過事、言爲文章、行爲儀表於天下。進退應時、動靜循理、不爲醜美好憎、不爲賞罰喜怒、名各自名、類各自類、事猶自然、莫出於己。所以古之爲王者、冕而前旒、所以蔽明也。黈纊塞耳、所以掩聰。天子外屏、所以自障。故所理者遠、則所在者邇。所治者大、則所守者小。

夫目妄視則淫,耳妄聽則惑,口妄言則亂。夫三關者,不可不慎守也。若欲規之,乃是離之;若欲飾之,乃是賊之。天氣為魂,地氣為魄,反之玄房,各處其宅,守而勿失,上通太一。太一之精,通於天道,天道玄默,無容無則,大不可極,深不可測,尚與人化,知不能得。昔者神農之治天下也,神不馳於胸中,智不出於四域,懷其仁誠之心。甘雨時降,五穀蕃植,春生夏長,秋收冬藏。月省時考,歲終獻功,以時嘗谷,祀於明堂。明堂之制,有蓋而無四方,風雨不能襲,寒暑不能傷,遷延而入之,養民以公。其民樸重端愨,不紛爭而財足,不勞形而功成。因天地之資而與之和同,是故威厲而不殺,刑錯而不用,法省而不煩。故其化如神。其地南至交阯,北至幽都,東至暘穀,西至三危,莫不聽從。當此之時,法寬刑緩,囹圄空虛,而天下一俗,莫懷奸心。

夫目妄視則淫、耳妄聽則惑、口妄言則亂。夫三關者、不可不慎守也。若欲規之、乃是離之。若欲飾之、乃是賊之。天氣爲魂、地氣爲魄、反之玄房、各處其宅。守而勿失、上通太一。太一之精、通於天道。天道玄默、無容無則、大不可極、深不可測、尚與人化、知不能得。昔者神農之治天下也、神不馳於胸中、智不出於四域、懷其仁誠之心、甘雨時降、五穀蕃植、春生夏長、秋收冬藏、月省時考、歲終獻功、以時嘗穀、祀于明堂。明堂之制、有蓋而無四方、風雨不能襲、寒暑不能傷、遷延而入之、養民以公。其民樸重端愨、不忿爭而財足、不勞形而功成。因天地之資而與之和同、是故威厲而不殺、刑錯而不用、法省而不煩、故其化如神。其地南至交阯、北至幽都、東至暘谷、西至三危、莫不聽從。當此之時、法寬刑緩、囹圄空虛、而天下一俗、莫懷奸心。

末世之政則不然。上好取而無量,下貪狼而無讓,民貧苦而仇爭,事力勞而無功,智詐萌興,盜賊滋彰,上下相怨,號令不行。執政有司,不務反道矯拂其本,而事修其末,削薄其德,曾累其刑,而欲以為治,無以異於執彈而來鳥,捭梲而狎犬也,亂乃逾甚。夫水濁則魚噞,政苛則民亂。故夫養虎豹犀象者,為之圈檻,供其嗜慾,適其饑飽,違其怒恚。然而不能終其天年者,形有所劫也。是以上多故則下多詐,上多事則下多態,上煩擾則下不定,上多求則下交爭。不直之於本,而事之於末,璧猶揚堁而弭塵,抱薪以救火也。故聖人事省而易治,求寡而易澹,不施而仁,不言而信,不求而得,不為而成。塊然保真,抱德推誠,天下從之,如響之應聲,景之像形,其所修者本也。刑罰不足以移風,殺戮不足以禁奸,唯神化為貴。至精為神。

末世之政則不然、上好取而無量、下貪狼而無讓、民貧苦而忿爭、事力勞而無功、智詐萌興、盜賊滋彰、上下相怨、號令不行。執政有司、不務反道矯拂其本、而事修其末、削薄其德、曾累其刑、而欲以爲治、無以異於執彈而來鳥、捙梲而狎犬也、亂乃逾甚。夫水濁則魚噞、政苛則民亂。故夫養虎豹犀象者、爲之圈檻、供其嗜欲、適其饑飽、違其怒恚。然而不能終其天年者、形有所劫也。是以上多故則下多詐、上多事則下多態、上煩擾則下不定、上多求則下交爭。不直之於本、而事之於末、譬猶揚堁而弭塵、抱薪以救火也。故聖人事省而易治、求寡而易澹、不施而仁、不言而信、不求而得、不爲而成、塊然保真、抱德推誠、天下從之、如響之應聲、景之像形、其所修者本也。刑罰不足以移風、殺戮不足以禁奸、唯神化爲貴、至精爲神。

夫疾呼不過聞百步,志之所在,逾於千里。冬日之陽,夏日之陰,萬物歸之,而莫使之然。故至精之像,弗招而自來,不麾而自住,窈窈冥冥,不知為之者誰,而功自成。智者弗能誦,辯者弗能形。昔孫叔敖恬臥,而郢人無所害其鋒;市南宜遼弄丸,而兩家之難無所關其辭。鞅鞈鐵鎧,瞋目扼腕,其於以禦兵刃,縣矣;券契束帛,刑罰斧鉞,其於以解難,薄矣;待目而照見,待言而使令,其於為治,難矣。蘧伯玉為相,子貢往觀之,曰:“何以治國?”曰:“以弗治治之。”簡子欲伐衛,使史黯往覿焉,還報曰:“蘧伯玉為相,未可以加兵。”固塞險阻,何足以致之!故皋陶瘖而為大理,天下無虐刑,有貴於言者也;師曠瞽而為太宰,晉無亂政,有貴於見者也。故不言之令,不視之見,此伏犧、神農之所以為師也。

夫疾呼不過聞百步、志之所在、踰于千里。冬日之陽、夏日之陰、萬物歸之、而莫使之然。故至精之像、弗招而自來、不麾而自往、窈窈冥冥、不知爲之者誰、而功自成。智者弗能誦、辯者弗能形。昔孫叔敖恬臥、而郢人無所害其鋒。市南宜遼弄丸、而兩家之難無所關其辭。鞅鞈鐵鎧、瞋目扼搤、其於以禦兵刃、縣矣。券契束帛、刑罰斧鉞、其於以解難、薄矣。待目而照見、待言而使令、其於爲治、難矣。蘧伯玉爲相、子貢往觀之、曰、何以治國。曰、以弗治治之。簡子欲伐衛、使史黯往覿焉、還報曰、蘧伯玉爲相、未可以加兵。固塞險阻、何足以致之。故皋陶瘖而爲大理、天下無虐刑、有貴於言者也。師曠瞽而爲太宰、晉無亂政、有貴於見者也。故不言之令、不視之見、此伏犧、神農之所以爲師也。

故民之化也,不從其所言而從所行。故齊莊公好勇,不使鬥爭,而國家多難,其漸至於崔杼之亂。頃襄好色,不使風議,而民多昏亂,其積至昭奇之難。故至精之所動,若春氣之生,秋氣之殺也,雖馳傳鶩置,不若此其亟。故君人者,共猶射者乎!於此豪末,於彼尋常矣。故慎所以感之也。夫榮啟期一彈,而孔子三日樂,感於和;鄒忌一徽,而威王終夕悲,感於憂。動諸琴瑟,形諸音聲,而能使人為之哀樂,縣法設賞而不能移風易俗者,其誠心弗施也。甯戚商歌車下,桓公喟然而寤。至精入人深矣。故曰:樂聽其音,則知其俗;見其俗,則知其化。孔子學鼓琴於師襄,而諭文王之志,見微以知明矣。延陵季子聽魯樂,而知殷、夏之風,論近以識遠也。作之上古,施及千歲,而文不滅;況於並世化民乎!湯之時,七年旱,以身禱於桑林之際,而四海之雲湊,千里之雨至。抱質效誠,感動天地,神諭方外。令行禁止,豈足為哉!古聖王至精形於內,而好憎忘於外,出言以副情,發號以明旨,陳之以禮樂,風之以歌謠,業貫萬世而不壅,橫扃四方而不窮,禽獸昆蟲與之陶化,又況於執法施令乎!

故民之化也、不從其所言而從所行。故齊莊公好勇、不使鬥爭、而國家多難、其漸至于崔杼之亂。頃襄好色、不使風議、而民多昏亂、其積至昭奇之難。故至精之所動、若春氣之生、秋氣之殺也、雖馳傳鶩置、不若此其亟。故人君者、其猶射者乎。於此豪末、於彼尋常矣。故慎所以感之也。夫榮啟期一彈、而孔子三日樂、感于和。鄒忌一徽、而威王終夕悲、感於憂。動諸琴瑟、形諸音聲、而能使人爲之哀樂、縣法設賞而不能移風易俗者、其誠心弗施也。寧戚商歌車下、桓公喟然而寤。至精入人深矣。故曰、樂聽其音則知其俗、見其俗則知其化。孔子學鼓琴於師襄、而諭文王之志、見微以知明矣。延陵季子聽魯樂、而知殷、夏之風、論近以識遠也。作之上古、施及千歲、而文不滅、況於並世化民乎。湯之時、七年旱、以身禱於桑林之際、而四海之雲湊、千里之雨至。抱質效誠、感動天地、神諭方外。令行禁止、豈足爲哉。古聖王至精形於內、而好憎忘於外、出言以副情、發號以明旨、陳之以禮樂、風之以歌謠、業貫萬世而不壅、橫扃四方而不窮、禽獸昆蟲、與之陶化、又況於執法施令乎。

故太上神化,其次使不得為非,其次賞賢而罰暴。衡之於左右,無私輕重,故可以為平;繩之於內外,無私曲直,故可以為正。人主之於用法,無私好憎,故可以為命。夫權輕重不差蟁首,扶撥枉橈不失針鋒,直施矯邪不私闢險。奸不能枉,讒不能亂,德無所立,怨無所藏,是任術而釋人心者也。故為治者不與焉。

故太上神化、其次使不得爲非、其次賞賢而罰暴。衡之於左右、無私輕重、故可以爲平。繩之於內外、無私曲直、故可以爲正。人主之於用法、無私好憎、故可以爲命。夫權輕重不差蚊首、扶撥枉橈不失鋒鍼、直施矯邪、不私辟險、奸不能枉、讒不能亂、德無所立、怨無所藏、是任術而釋人心者也、故爲治者不與焉。

夫舟浮於水,車轉於陸,此勢之自然也。木擊折轊,水戾破舟,不怨木石而罪巧拙者,知故不載焉。是故道有智則惑,德有心則險,心有目則眩。兵莫憯於志,而莫邪為下;寇莫大於陰陽,而枹鼓為小。

夫舟浮於水、車轉於陸、此勢之自然也。木擊折轊、水戾破舟、不怨木石而罪巧拙、知故不載焉。是故道有智則惑、德有心則險、心有目則眩。兵莫憯於志、而莫邪爲下。寇莫大於陰陽、而枹鼓爲小。

今夫權衡規矩,一定而不易,不為秦、楚變節,不為胡、越改容,常一而不邪,方行而不流,一日刑之,萬世傳之,而以無為為之,故國有亡主,而世無廢道;人有困窮,而理無不通。由此觀之,無為者,道之宗。故得道之宗,應物無窮,任人之才,難以至治。湯、武,聖主也,而不能與越人乘幹舟而浮於江湖;伊尹,賢相也,而不能與胡人騎騵馬而服駒駼;孔、墨博通,而不能與山居者入榛薄險阻也。由此觀之,則人知之於物也淺矣,而欲以遍照海內,存萬方,不因道之數,而專己之能,則其窮不達矣。故智不足以治天下也。桀之力,制觡伸鉤,索鐵歙金,椎移大犧,水殺黿鼉,陸捕熊羆;然湯革車三百乘,困之鳴條,擒之焦門。由此觀之,勇力不足以持天下矣。智不足以為治,勇不足以為強,則人材不足任,明也。而君人者不下廟堂之上,而知四海之外者,因物以識物,因人以知人也。故積力之所舉,則無不勝也;眾智之所為,則無不成也。陷井之無黿鼉,隘也;園中之無修木,小也。夫舉重鼎者,力少而不能勝也,及至其移徙之,不待其多力者。故千人之群無絕梁,萬人之聚無廢功。

今夫權衡規矩、一定而不易、不爲秦楚變節、不爲胡越改容、常一而不邪、方行而不流、一日刑之、萬世傳之、而以無爲爲之。故國有亡主、而世無廢道。人有困窮、而理無不通。由此觀之、無爲者、道之宗。故得道之宗、應物無窮。任人之才、難以至治。湯、武、聖主也、而不能與越人乘干舟而浮於江湖。伊尹、賢相也、而不能與胡人騎騏驎而服騊駼。孔、墨博通、而不能與山居者入榛薄險阻也。由此觀之、則人知之於物也淺矣、而欲以徧照海內、存萬方、不因道之數、而專己之能、則其窮不達矣。故智不足以治天下也。桀之力、制觡伸鉤、索鐵歙金、椎移大犧、水殺黿鼉、陸捕熊羆、然湯革車三百乘、困之鳴條、擒之焦門。由此觀之、勇力不足以持天下矣。智不足以爲治、勇不足以爲強、則人材不足任、明也。而君人者、不下廟堂之上、而知四海之外者、因物以識物、因人以知人也。故積力之所舉、則無不勝也。衆智之所爲、則無不成也。埳井之無黿鼉、隘也。園中之無修木、小也。夫舉重鼎者、力少而不能勝也、及至其移徙之、不待其多力也。故千人之群無絕梁、萬人之聚無廢功。

夫華騮、綠耳,一日而至千里,然其使之搏兔,不如豺狼,伎能殊也。鴟夜撮蚤蚊,察分秋豪,晝日顛越,不能見丘山,形性詭也。夫螣蛇遊霧而動,應龍乘雲而舉,猿得木而捷,魚得水而鶩。故古之為車也,漆者不畫,鑿者不斫,工無二伎,士不兼官,各守其職,不得相姦,人得其宜,物得其安。是以器械不苦,而職事不嫚。夫責少者易償,職寡者易守,任輕者易權。上操約省之分,下效易為之功,是以君臣彌久而不相厭。君人之道,其猶零星之屍也,儼然玄默,而吉祥受福。是故得道者不為醜飾,不為偽善,一人被之而不袤,萬人蒙之而不褊。是故重為惠,若重為暴,則治道通矣。為惠者,尚佈施也。無功而厚賞,無勞而高爵,則守職者懈於官,而遊居者亟於進矣。為暴者,妄誅也。無罪者而死亡,行直而被刑,則修身者不勸善,而為邪者輕犯上矣。故為惠者生奸,而為暴者生亂。奸亂之俗,亡國之風。是故明主之治,國有誅者而主無怒焉,朝有賞者而君無與焉。誅者不怨君,罪之所當也;賞者不德上,功之所致也。民知誅賞之來,皆在於身也。故務功修業,不受贛於君。是故朝廷蕪而無跡,田野闢而無草。故太上,下知有之。橋直植立而不動,俯仰取制焉;人主靜漠而不躁,百官得修焉。譬而軍之持麾者,妄指則亂矣。慧不足以大寧,智不足以安危,與其譽堯而毀桀也,不如掩聰明而反修其道也。

夫華騮、綠耳、一日而至千里、然其使之搏兔、不如豺狼、伎能殊也。鴟夜撮蚤、察分秋豪、晝日顛越、不能見丘山、形性詭也。夫螣蛇游霧而動、應龍乘雲而舉、猿得木而捷、魚得水而騖。故古之爲車也、漆者不畫、鑿者不斵、工無二伎、士不兼官、各守其職、不得相姦、人得其宜、物得其安、是以器械不苦、而職事不嫚。夫責少者易償、職寡者易守、任輕者易權。上操約省之分、下效易爲之功、是以君臣彌久而不相猒。君人之道、其猶零星之尸也、儼然玄默、而吉祥受福。是故得道者不爲醜飾、不爲僞善、一人被之而不襃、萬人蒙之而不褊。是故重爲惠、若重爲暴、則治道通矣。爲惠者、尚布施也。無功而厚賞、無勞而高爵、則守職者懈於官、而游居者亟於進矣。爲暴者、妄誅也。無罪者而死亡、行直而被刑、則修身者不勸善、而爲邪者輕犯上矣。故爲惠者生奸、而爲暴者生亂。奸亂之俗、亡國之風。是故明主之治、國有誅者而主無怒焉、朝有賞者而君無無與焉。誅者不怨君、罪之所當也。賞者不德上、功之所致也。民知誅賞之來、皆在於身也。是故務功修業、不受命於君。是故朝廷蕪而無跡、田野辟而無草。故太古、上知而忘之。橋直立而不動、俯仰取制焉。人主靜漠而不躁、百官得修焉。譬若軍之持麾者、妄指則亂矣。慧不足以大寧、智不足以安危、與其譽堯而毀桀也、不如掩聰明而反修其道也。

清靜無為,則天與之時;廉儉守節,則地生之財;處愚稱德,則聖人為之謀。是故下者萬物歸之,虛者天下遺之。夫人主之聽治也,清明而不暗,虛心而弱志。是故群臣輻湊並進,無愚智賢不肖,莫不盡其能。於是乃始陳其禮,建以為基。是乘眾勢以為車,禦眾智以為馬。雖幽野險途,則無由惑矣。

清靜無爲、則天與之時。廉儉守節、則地生之財。處愚稱德、則聖人爲之謀。是故下者萬物歸之、虛者天下遺之。夫人主之聽治也、清明而不暗、虛心而弱志、是故群臣輻湊並進、無愚智賢不肖、莫不盡其能。於是乃始陳其禮、建以爲基。是乘衆勢以爲車、以衆智以爲馬、雖幽野險塗、則無由惑矣。

人主深居隱處以避燥濕,閨門重襲以避奸賊,內不知閭裡之情,外不知山澤之形,帷幕之外,目不能見十裡之前,耳不能聞百步之外;天下之物,無不通者,其灌輸之者大,而斟酌之者眾也。是故不出戶而知天下,不窺牖而知天道,乘眾人之智,則天下之不足有也。專用其心,則獨身不能保也。是故人主覆之以德,不行其智,而因萬人之所利。夫舉踵天下而得所利,故百姓載之上,弗重也,錯之前,弗害也,舉之而弗高也,推之而弗厭。

人主深居隱處以避燥濕、閨門重襲以避奸賊、內不知閭里之情、外不知山澤之形、帷幕之外、目不能見十里之前、耳不能聞百步之外、天下之物、無不通者、其灌輸之者大、而斟酌之者衆也。是故不出於戶、而知天下。不窺於牖、而知天道。乘衆人之智、則天下之不足有也。專用其心、則獨身不能保也。是故人主覆之以德、不行其智、而因萬人之所利。夫舉踵天下而得所利、故百姓載之上、弗重也、錯之前、弗害也、舉之而弗高也、推之而弗猒。

主道員者,運轉而無端,化育如神,虛無因循,常後而不先也;臣道員者,運轉而無方,論是而處當,為事先倡,守職分明,以立成功也。是故君臣異道則治,同道則亂。各得其宜,處其當,則上下有以相使也。夫人主之聽治也,虛心而弱志,清明而不暗。是故群臣輻湊並進,無愚智賢不肖,莫不盡其能者,則君得所以制臣,臣得所以事君,治國之道明矣。文王智而好問,故聖;武王勇而好問,故勝。夫乘眾人之智,則無不任也;用眾人之力,則無不勝也。千鈞之重,烏獲不能舉也;眾人相一,則百人有餘力矣。是故任一人之力者,則烏獲不足恃;乘眾人之制者,則天下不足有也。

主の道は円であって、運転して端がなく、化育は神のごとく、虚無に因循して、常に後に処って先んじない。臣の道は方であって(底本は「員」、旧校はあるいは「方」と読む)、運転して定まった方がなく、是を論じて当に処り、事を先んじて唱え、職を守って分かれて、これをもって成功を立てる。だから君臣の道が同じでなければ治まり、道が同じなら乱れる。それぞれその宜しきを得て、その当たるべき所に処れば、上下は互いに使いうるものを持つ。人主が政を聴くには、心を虚にして志を弱め、清明にして暗くしない。だから群臣が輻のように湊り並んで進み、愚智賢不肖を問わず、その能を尽くさぬ者がなければ、君は臣を制する拠り所を得、臣は君に仕える拠り所を得て、治国の道が明らかになる。文王は智にして問を好んだ、だから聖。武王は勇にして問を好んだ、だから勝った。衆人の智に乗れば、任せられないものはなく、衆人の力を用いれば、勝てないものはない。千鈞の重さでも烏獲は挙げられないが、衆人が一つに合わされば、百人でも余力がある。だから一人の力だけを任せるなら、烏獲でも頼るに足らず、衆人の制に乗れば、天下も有するに足りないのである。

禹決江疏河,以為天下興利,而不能使水西流;稷闢土墾草,以為百姓力農,然不能使禾冬生。豈其人事不至哉?其勢不可也。夫推而不可為之勢,而不修道理之數,雖神聖人不能以成其功,而況當世之主乎!夫載重而馬羸,雖造父不能以致遠;車輕馬良,雖中工可使追速。是故聖人舉事也,豈能拂道理之數,詭自然之性,以曲為直,以屈為伸哉!未嘗不因其資而用之也。是以積力之所舉,無不勝也,而眾智之所為,無不成也。聾者可令嚼筋,而不可使有聞也;瘖者可使守圉,而不可使言也。形有所不周,而能有所不容也。是故有一形者處一位,有一能者服一事。力勝其任,則舉之者不重也;能稱其事,則為之者不難也。毋小大修短,各得其宜,則天下一齊,無以相過也。聖人兼而用之,故無棄才。人主貴正而尚忠,忠正在上位,執正營事,則讒佞奸邪無由進矣。譬猶方員之不相蓋,而巨直之不相入。夫鳥獸之不可同群者,其類異也;虎鹿之不同遊者,力不敵也。是故聖人得志而在上位,讒佞奸邪而欲犯主者,譬猶雀之見鸇而鼠之遇狸也,亦必無餘命也。

禹は江を決し河を疏いて、天下のために利を興したが、水を西へ流させることはできなかった。稷は土地を開き草莱を墾して、百姓のために農に力を尽くしたが、禾を冬に生えさせることはできなかった。あえて人事がまだ至らなかったのか。それは勢が許さないのだ。そのできない勢を推して道理の数を修めなければ、神聖な人でもその功を成せない。まして当世の人主においてをや。積み荷が重く馬が羸れていれば、造父でも遠方に至れない。車が軽く馬が良ければ、中程度の御者でも速さに追いつける。だから聖人が事を挙げるに、あえて道理の数を戾り、自然の性を詭め、曲を直とし屈を伸とするだろうか。いつもその資に因って用いないことはない。これをもって積力が挙げるところは勝たないものがなく、衆智が為すところは成らないものがない。聾者には筋を噛ませることはできても、聞かせることはできない。瘖者には城を守らせることはできても、言わせることはできない。形には周りきらない所があり、能には容れられない所がある。だから一つの形を持つ者は一つの位に処り、一つの能を持つ者は一つの事を服する。力がその任に勝てば、挙げる者は重く感じず、能がその事に称えば、為す者は難しく感じない。小大長短を問わず、それぞれその宜しきを得れば、天下は斉しく一つとなり、互いに超過するものがない。聖人は兼ねてこれらを用いる、だから棄てられる才がない。人主が正を貴び忠を尚べば、忠正が上位にあって正道を執って事を営み、讒佞姦邪は入る由がない。ちょうど方と円が互いに蓋えず、曲と直が互いに入らないようなものだ。鳥獣が同じ群にいられないのは、その類が異なるからだ。虎と鹿がともに遊ばないのは、力が敵しないからだ。だから聖人が志を得て上位にあれば、讒佞姦邪で主を犯そうとする者は、雀が鸇を見、鼠が狸に遇うようなもので、必ず余命がない。

是故人主之一舉也,不可不慎也。所任者得其人,則國家治,上下和,群臣親,百姓附。所任非其人,則國家危,上下乖,群臣怨,百姓亂。故一舉而不當,終身傷。得失之道,權要在主。是繩正於上,木直於下,非有事焉,所緣以修者然也。故人主誠正,則直士任事,而奸人伏匿矣;人主不正,則邪人得志,忠者隱蔽矣。夫人主之所以莫抓玉石而抓瓜瓠者,何也?無得於玉石,弗犯也。使人主執正持平,如從繩準高下,則群臣以邪來者,猶以卵投石,以火投水。故靈王好細要,而民有殺食自饑也;越王好勇,而民皆處危爭死。由此觀之,權勢之柄,其以移風易俗矣。堯為匹夫,不能仁化一裡,桀在上位,令行禁止。由此觀之,賢不足以為治,而勢可以易俗明矣。《書》曰:“一人有慶,萬民賴之。”此之謂也。

だから人主の一挙動は慎まなければならない。任せる所がその人を得れば、国家は治まり、上下は和し、群臣は親しみ、百姓は附く。任せる所がその人でなければ、国家は危うく、上下は乖れ、群臣は怨み、百姓は乱れる。だから一挙が当たらなければ、終身傷つく。得失の道は、権の要は主にある。これは縄が上で正しく、木が下で直いのと同じで、別に事があるのではなく、縁って修められるものがそうさせるのだ。だから人主が誠正なら、直士が事を任じて姦人は伏匿し、人主が正しくなければ、邪人が志を得て忠者は隠蔽される。人主が玉石を取らず瓜瓠を取るのはなぜか。玉石からは得るものがないから、犯さないのだ。人主に正道を執り公平を持させ、縄墨に従って高下を量るようにすれば、群臣が邪をもって来るのは、卵をもって石に投げ、火をもって水に投げるようなものだ。だから楚の霊王が細腰を好めば、民に食を減らして自ら飢える者があり、越の王が勇を好めば、民は皆危難に処って死を争った。これより観れば、権勢の柄は風俗を移し易えるものだ。堯が匹夫なら、仁で一里を化することもできない。桀が上位にあれば、令は行われ禁は止まる。これより観れば、賢は治に足らず、勢は風俗を易えられることが明らかだ。《尚書》にいう、「一人に慶あれば、萬民これに頼る」と。これを謂うのだ。

天下多眩於名聲,而寡察其實。是故處人以譽尊,而遊者以辯顯,察其所尊顯,無它故焉,人主不明分數利害之地,而賢眾口之辯也。治國則不然,言事者必究於法,而為行者必治於官。上操其名以責其實,臣守其業以效其功,言不得過其實,行不得逾其法。群臣輻湊,莫敢專君。事不在法律中,而可以便國佐治,必參五行之,陰考以觀其歸,並用周聽,以察其化。不偏一曲,不黨一事。是以中立而遍,運照海內,群臣公正,莫敢為邪,百官述職,務致其公跡也。主精明於上,官勸力於下,奸邪滅跡,庶功日進,是以勇者盡於軍。亂國則不然。有眾鹹譽者無功而賞,守職者無罪而誅。主上暗而不明,群臣黨而不忠,說談者遊於辯,修行者競於住。主上出令,則非之以與;法令所禁,則犯之以邪。為智者務於巧詐,為勇者務於鬥爭。大臣專權,下吏持勢,朋黨周比,以弄其上。國雖若存,古之人曰亡矣。且夫不治官職,而被甲兵,不隨南畝而有賢聖之聲者,非所以教於國也。騏驥、騄駬,天下之疾馬也,驅之不前,引之不止,雖愚者不加體焉。今治亂之機,轍跡可見也,而世主莫之能察,此治道之所以塞。權勢者,人主之車輿;爵祿者,人臣之轡銜也。是故人主處權勢之要,而持爵祿之柄,審緩急之度,而適取予之節。是以天下盡力而不倦。

天下は多く名声に眩惑されて、その実を察することが少ない。だから閑居する者は称誉によって尊ばれ、遊説する者は弁によって顕れる。彼らが尊顕される所以を察すれば、他の故はなく、人主が分数と利害の在る所を明らかにせず、衆口の弁を賢としたからだ。治国はそうではない。事を論ずる者は必ず法に究め、事を行う者は必ず官によって治める。上は名を操ってその実を責め、臣はその業を守ってその功を献ずる。言はその実を過ぎず、行はその法を踰えない。群臣は輻のように湊り、君を独り占めにしようとする者はいない。事が法律の中になくても、国家を便にし治を佐けることができるなら、必ず参伍して行い、陰に考えてその帰りを観、併せ用いて周く聴き、その化を察する。一曲に偏せず、一事に党せず。だから中立して遍く、運転して海内を照らし、群臣は公正で、邪を為す者はおらず、百官は職事を述べて、その公なる跡を致すことを務める。主が上で精明であれば、官は下で勉力し、姦邪は跡を滅し、衆功は日々進む。だから勇ある者は軍中に力を尽くす。乱国はそうではない。衆がそろって誉める者は功なくして賞され、職を守る者は罪なくして誅される。主上は暗昧にして明らかでなく、群臣は党を結んで忠でなく、談説する者は弁に游び、修行する者は位を争う(底本は「住」、「住」は「位」の譌)。主上が令を出せば、党与をもってそれを非議し、法令の禁ずる所は、邪をもってそれを犯す。智を為す者は巧詐を務め、勇を為す者は闘争を務める。大臣は権を専らにし、下吏は勢を把持し、朋党は周比して、上を弄ぶ。国家は存するが如くでも、古人はすでに亡びたと言った。しかも官職を治めず甲兵を被り、南畝に従わずして賢聖の名があるのは、国に教える所以ではない。騏驥・騄駬は天下の疾馬だが、駆っても前せず引いても止まらなければ、愚者でもそれを身に加えない。いま治乱の機枢は、轍の跡がすでに見えるのに、当世の人主には察する者がない。これが治道の塞がれる所以だ。権勢は人主の車輿、爵禄は人臣の轡と銜だ。だから人主が権勢の要に処り、爵禄の柄を持ち、緩急の度を審らかにして取与の節を適えれば、天下は力を尽くして倦まない。

夫臣主之相與也,非有父子之厚,骨肉之親也,而竭力殊死,不辭其軀者,何也?勢有使之然也。昔者豫讓,中行文子之臣。智伯伐中行氏,併吞其地。豫讓背其主而臣智伯。智伯與趙襄子戰於晉陽之下,身死為戮,國分為三。豫讓欲報趙襄子,漆身為厲,吞炭變音,擿齒易貌。夫以一人之心而事兩主,或背而去,或欲身徇之,豈其趨舍厚薄之勢異哉?人之恩澤使之然也。紂兼天下,朝諸侯,人跡所及,舟楫所通,莫不賓服。然而武王甲卒三千人,禽之於牧野。豈周民死節,而殷民背叛哉?其主之義德厚而號令行也。夫疾風而波興,木茂而鳥集,相生之氣也。是故臣不得其所欲於君者,君亦不能得其所求於臣也。君臣之施者,相報之勢也。是故臣盡力死節以與君,君計功垂爵以與臣。是故君不能賞無功之臣,臣亦不能死無德之君。君德不下流於民,而欲用之,如鞭蹄馬矣。是猶不待雨而熟稼,必不可之數也。

臣と主が相與するに、父子のような厚さも骨肉のような親さもないのに、力を竭くし殊死してその躯を辞さないのはなぜか。勢がそうさせるのだ。昔、豫譲は中行文子の臣だった。智伯が中行氏を伐ってその地を併呑した。豫譲はその主を背いて智伯の臣となった。智伯が趙襄子と晋陽の城下で戦い、智伯は身を殺されて戮され、国は三つに分けられた。豫譲は趙襄子に報いようと、漆で身を塗って癩となし、炭を呑んで声を変え、歯を擿いて容貌を易えた。一人の心をもって二つの主に仕え、あるいは背いて去り、あるいは身を徇げようとしたのは、あえてその趨舎と厚薄の勢が異なるからか。人の恩沢がそうさせるのだ。紂は天下を兼ね、諸侯を朝せしめ、人跡の及ぶ所・舟楫の通ずる所は賓服しないところがなかった。しかし武王は甲卒三千人を率いて牧野で彼を擒にした。あえて周の民が節に死し殷の民が背叛したのか。その主の義と徳が厚くて号令が行われたのだ。疾風あれば波が興り、木が茂れば鳥が集まるのは、相生の気だ。だから臣は君からその欲する所を得られず、君も臣からその求める所を得られない。君臣の施与は相報いる勢だ。だから臣は力を尽くし節に死して君に与し、君は功を計り爵を垂れて臣に与える。だから君は功なき臣を賞することができず、臣も徳なき君のために死ぬことができない。君の徳が下に流れて民に届かないのに彼らを用いようとするのは、羈を受けない馬を鞭打つようなものだ。これは雨を待たずして稼を熟らせようとするようなもので、必ず得られない数だ。

君人之道,處靜以修身,儉約以率下。靜則下不擾矣,儉則民不怨矣;下擾則政亂,民怨則德薄;政亂則賢者不為謀,德薄則勇者不為死。是故人主好鷙鳥猛獸,珍怪奇物,狡躁康荒,不愛民力,馳騁田獵,出入不時,如此,則百官務亂,事勤財匱,萬民悉苦,生業不修矣。人主好高臺深池,雕琢刻鏤,黼黻文章,絺綌綺繡,寶玩珠玉;則賦斂無度,而萬民力竭矣。堯之有天下也,非貪萬民之富而安人主之位也,以為百姓力征,強淩弱,眾暴寡,於是堯乃身服節儉之行,而明相愛之仁,以和輯之。是故茅茨不翦,採椽不斷,大路不畫,越席不緣,大羹不和,粢食不毇。巡狩行教,勤勞天下,周流五嶽。豈其奉養不足樂哉!舉天下而以為社稷,非有利焉。年衰志憫,舉天下而傳之舜,猶卻行而脫屣也。衰世則不然。一日而有天下之富,處人主之勢,則竭百姓之力,以奉耳目之欲,志專在宮室臺榭,陂池苑囿,猛獸熊羆,玩好珍怪。是故貧民糟糠不接於口,而虎狼熊羆厭芻豢;百姓短褐不完,而宮室衣錦繡。人主急茲無用之功,百姓黎民,憔悴於天下。是故使天下不安其性。

人君たるの道は、静に処って身を修め、倹約をもって下の率いとする。静なら下は擾されず、倹なら民は怨まない。下が擾されれば政は乱れ、民が怨めば徳は薄くなる。政が乱れれば賢者はそのために謀らず、徳が薄ければ勇者はそのために死しない。だから人主が鷙鳥猛獣・珍怪奇物を好み、狡躁して欲を縦にし安楽に荒れ、民力を愛せず、田猟に馳騁して出入りが時を得なければ、このようになれば百官は乱を務め、事は勤んで財は匱し、萬民はみな愁苦して生業は修まらない。人主が高台深池・雕琢刻鏤・黼黻文章・絺綌綺繡・宝玩珠玉を好めば、賦斂に度がなく萬民の力は竭きる。堯が天下を有したのは、萬民の富を貪り人主の位に安んじたのではなく、百姓が力で征し、強が弱を凌ぎ、衆が寡を暴れたので、ここに堯はみずから節儉の行を行い、相愛の仁を明らかにして、彼らを和輯したのだ。だから茅茨は翦らず、采椽は斫らず、大路は画かず、越席は縁らず、大羹は和せず、粢食は毇らない。巡狩して教を行い、天下に勤労して五岳を周流した。あえてその奉養が楽しみに足らなかったのか。天下を挙げて社稷としたのは、自ら利があったのではない。年が衰え志が愍れ、天下を挙げて舜に伝えたのは、却行して蹝を脱ぐように軽かった。衰世はそうではない。一旦天下の富を有し人主の勢に処れば、百姓の力を竭くして耳目の欲に奉じ、志は専ら宮室台榭・陂池苑囿・猛獣熊羆・玩好奇怪にある。だから貧民は糟糠が口に接せず、虎狼熊羆は芻豢に猒き、百姓は短褐が完ならず、宮室は錦繡を衣る。人主がこの無用の功を急ぎ、百姓黎民は天下に顦顇する。だから天下をしてその性に安んじさせないのだ。

人主之居也,如日月之明也。天下之所同側目而視,側耳而聽,延頸舉踵而望也。是故非澹薄無以明德,非寧靜無以致遠,非寬大無以兼覆,非慈厚無以懷眾,非平正無以制斷。是故賢主之用人也,猶巧工之制木也,大者以為舟航柱梁,小者以為楫楔,修者以為櫚榱,短者以為朱儒枅櫨。無小大修短,各得其所宜;規矩方圓,各有所施。天下之物,莫兇於雞毒,然而良醫橐而藏之,有所用也。是故林莽之材,猶無可棄者,而況人乎?今夫朝廷之所不舉,鄉曲之所不譽,非其人不肖也,其所以官之者非其職也。鹿之上山,獐不能跂也,及其下,牧豎能追之;才有所修短也。是故有大略者,不可責以捷巧;有小智者,不可任以大功。人有其才,物有其形,有任一而太重,或任百而尚輕。是故審豪釐計者,必遺天下之大數;不失小物之選者,惑於大數之舉。譬猶狸之不可使搏牛,虎之不可使捕鼠也。今人之才,或欲平九州,並方外,存危國,繼絕世,志在直道正邪,決煩理挐,而乃責之以閨閣之禮,奧窔之間;或佞巧小具,諂進愉說,隨鄉曲之俗,卑下眾人之耳目,而乃任之以天下之權,治亂之機。是猶以斧劗毛,以刀抵木也,皆失其宜矣。

人主の居る所は、日月のように明るく、天下がともに側目して視、側耳して聴き、延頸舉踵して望む所だ。だから澹薄でなければ徳を明らかにする由なく、寧静でなければ遠く致す由なく、寛大でなければ兼ね覆う由なく、慈厚でなければ衆を懐く由なく、平正でなければ制断する由がない。だから賢主の人を用いるは、巧工が木を制するが如し。大きい者は舟航柱梁とし、小さい者は楫と楔とし、長い者は櫩と榱とし、短い者は朱儒と枅櫨とする。小大長短を問わず、それぞれその宜しきを得る。規矩方円は、それぞれ施す所がある。天下の物で鶏毒ほど凶いものはないが、良医はこれを橐に入れて蔵する、用いる所があるからだ。だから林莽の材でも棄てるべきものはない。まして人においてをや。いま朝廷が挙げず郷曲が誉めない者は、その人が不肖なのではなく、官とする所以がその職でないのだ。鹿が山に登れば、麞は跂って追いつけない。および下れば、牧童でも追いつける、才に長短があるからだ。だから大略ある者には捷巧を責められず、小智ある者には大功を任せられない。人にはその才があり、物にはその形があり、あるいは一つを任されても重すぎ、あるいは百を任されてもなお軽い。だから豪釐を審らかにして計る者は、必ず天下の大数を遺す。小物の選びを失わない者は、大数の挙に惑う。狸をもって牛を搏たせることはできず、虎をもって鼠を捕らせることはできない。いま人の才に、あるいは九州を平らげ方外を併せ、危国を存して絶世を継ぎ、志は直道・正邪・煩を決し挐を理することに在りながら、閨閤の礼・奥窔の間を責める者があり、あるいは佞巧の小具・諂進愉説・郷曲の俗に随い衆人の耳目に卑下する者に、天下の権・治乱の機を任せる。このようなことは、斧をもって毛を劗り、刀をもって木を抵るようなもので、皆その宜しきを失う。

人主者,以天下之目視,以天下之耳聽,以天下之智慮,以天下之力爭。是故號令能下究,而臣情得上聞。百官修同,群君輻湊,喜不以賞賜,怒不以罪誅。是故威立而不廢,聰明光而不蔽,法令察而不苛,耳目達而不暗,善否之情,日陳於前而無所逆。是故賢者盡其智,而不肖者竭其力。德澤兼覆而不偏,群臣勸務而不怠,近者安其性,遠者懷其德。所以然者,何也?得用人之道,而不任己之才者也。故假輿馬者,足不勞而致千里;乘舟楫者,不能遊而絕江海。夫人主之情,莫不欲總海內之智,盡眾人之力,然而群臣志達效忠者,希不困其身。使言之而是,雖在褐夫芻蕘,猶不可棄也;使言之而非也,雖在卿相人君,揄策於廟堂之上,未必可用。是非之所在,不可以貴賤尊卑論也。是明主之聽於群臣,其計乃可用,不羞其位;其言可行,而不責其辯。暗主則不然。所愛習親近者,雖邪枉不正,不能見也;疏遠卑賤者,竭力盡忠,不能知也。有言者窮之以辭,有諫者誅之以罪。如此而欲照海內,存萬方,是猶塞耳而聽清濁,掩目而視青黃也,其離聰明則亦遠矣!

人主が治を聴くには、天下の目をもって視、天下の耳をもって聴き、天下の智をもって慮り、天下の力をもって争う。だから号令は下に究まり、臣の情は上に聞かれる。百官は整治して協同し、群臣は輻のように湊り(底本は「群君」)、喜びは賞賜をもって表わさず、怒りは罪誅をもって表わさない。だから威は立って廃せず、聡明は光って蔽われず、法令は察して苛にならず、耳目は達して暗くならず、善不善の情は日々前に陳べられて逆うことがない。だから賢者はその智を尽くし、不肖者はその力を竭くす。徳沢は兼ね覆いて偏らず、群臣は勉力して事に任じて怠らず、近い者はその性に安んじ、遠い者はその徳を懐く。そうなる所以は何か。人を用いる道を得て、己の才だけを任せないからだ。だから車馬を仮る者は、足を労せずして千里に至り、舟楫に乗る者は、泳げなくても江海を横断する。人主の情は、海内の智を総し衆人の力を尽くしたいと思わないものはないが、群臣が志を達し忠を効す者は、まれにその身を困らせない。たとえ言が是でも、褐夫芻蕘の中にあっても、なお棄てられない。たとえ言が非でも、卿相人君・廟堂の上で策を揄する者でも、必ずしも用いられない。是非の在る所は、貴賤尊卑をもって論じられない。だから明主が群臣を聴くに、その計が用いられれば、その位を羞じず、その言が行われれば、その弁を責めない。暗主はそうではない。親愛して習い親しむ者は、邪枉不正でも見ることができず、疏遠卑賤の者は、力を竭くし忠を尽くしても知ることができない。言ある者は辞をもって窮め、諫める者は罪をもって誅する。このようにして海内を照らし万方を存しようとするのは、耳を塞いで清濁を聴き、目を掩って青黄を視るようなもので、聡明から離れることも遠い。

法者,天下之度量,而人主之準繩也。縣法者,法不法也;設賞者,賞當賞也。法定之後,中程者賞,缺繩者誅。尊貴者不輕其罰,而卑賤者不重其刑,犯法者雖賢必誅,中度者雖不肖必無罪,是故公道通而私道塞矣。古之置有司也,所以禁民,使不得自恣也;其立君也,所以剬有司,使無專行也;法籍禮儀者,所以禁君,使無擅斷也。人莫得自恣,則道勝;道勝而理達矣,故反於無為。無為者,非謂其凝滯而不動也,以其言莫從己出也。夫寸生於𥢕,𥢕生於日,日生於形,形生於景,此度之本也。樂生於音,音生於律,律生於風,此聲之宗也。法生於義,義生於眾適,眾適合於人心,此治之要也。故通於本者不亂於末,睹於要者不惑於詳。法者,非天墮,非地生,發於人間,而反以自正。是故有諸己不非諸人,無諸己不求諸人。所立於下者,不廢於上;所禁於民者,不行於身。所謂亡國,非無君也,無法也。變法者,非無法也,有法者而不用,與無法等。是故人主之立法,先自為檢式儀錶,故令行於天下。孔子曰:“其身正,不令而行;其身不正,雖令不從。”故禁勝於身,則令行於民矣。

法とは、天下の度量であって、人主の準縄だ。法を縣けるのは、法でない者に法をもって処するためだ。賞を設けるのは、賞すべき者を賞するためだ。法が定まった後は、程に中る者を賞し、縄を缺く者を誅する。尊貴者はその罰を軽くせず、卑賤者はその刑を重くせず、法を犯す者は賢でも必ず誅し、度に中る者は不肖でも必ず罪なしとする。だから公道は通じて私道は塞がれる。昔、有司を置いたのは、民を禁じて自ら恣にならせないためだ。君を立てたのは、有司を裁制して専行させないためだ。法籍礼義は、君を禁じて擅断させないためだ。人が自ら恣にできなければ道が勝ち、道が勝てば理が達する。だから無為に反る。無為とは、凝滞して動かないことではなく、その言が己から出ないことだ。寸は䅺(底本は生僻字)から生じ、䅺は日から生じ、日は形から生じ、形は影から生じる。これが度の本だ。楽は音から生じ、音は律から生じ、律は風から生じる。これが声の宗だ。法は義から生じ、義は衆の適う所から生じ、衆の適う所は人心に合う。これが治の要だ。だから本に通ずる者は末に乱れず、要を覩る者は詳に惑わない。法は天から堕ちたのでも地から生じたのでもなく、人間から発して、また反って自らを正す。だから己に有る者は人を非せず、己に無き者は人に求めない。下に立てる所は、上で廃さない。民に禁ずる所は、身に行わない。いわゆる亡国とは、君がないのではなく、法がないことだ。法を変える者とは、法がないのではなく、法がありながら用いないことで、法がないのと等しい。だから人主が法を立てるには、まず自らを検式儀表とし、それからこそ令が天下に行われる。孔子がいう、「その身正しければ、令せずとも行われる。その身正しからざれば、令すとも従われない」と。だから禁が身に勝てば、令は民に行われる。

聖主之治也,其猶造父之禦。齊輯之於轡銜之際,而急緩之於唇吻之和;正度於胸臆之中,而執節於掌握之間;內得於心中,外合於馬志。是故能進退履繩,而旋曲中規;取道致遠,而氣力有餘。誠得其術也。是故權勢者,人主之車輿也;大臣者,人主之駟馬也。體離車輿之安,而手失駟馬之心,而能不危者,古今未有也。是故輿馬不調,王良不足以取道;君臣不和,唐、虞不能以為治。執術而禦之,則管、晏之智盡矣;明分以示之,則蹠、蹻之奸止矣。夫據除而窺井底,雖達視猶不能見其晴,借明於鑒以照之,則寸分可得而察也。是故明主之耳目不勞,精神不竭,物至而觀其象,事來而應其化,近者不亂,遠者治也。是故不用適然之數,而行必然之道,故萬舉而無遺策矣。今夫禦者,馬體調於車,禦心和於馬,則歷險致遠,進退周遊,莫不如志。雖有騏驥騄駬之良,臧獲禦之,則馬反自恣,而人弗能制矣。故治者不貴其自是,而貴其不得為非也。故曰:勿使可欲,毋曰弗求,勿使可奪,毋曰不爭。如此,則人材釋而公道行矣。美者正於度,而不足者建於用,故海內可一也。夫釋職事而聽非譽,棄公勞而用朋黨,則奇材佻長而幹次,守官者雍遏而不進。如此,則民俗亂於國,而功臣爭於朝。故法律度量者,人主之所以執下,釋之而不用,是猶無轡銜而馳也,群君百姓反弄其上。是故有術則制人,無術則制於人。吞舟之魚,蕩而失水,則制於螻蟻,離其居也;猿狖失木,而禽於狐狸,非其處也。君人者釋所守而與臣下爭,則有司以無為持位,守職者以從君取容。是以人臣藏智而弗用,反以事轉任其上矣。夫富貴者之於勞也,達事者之於察也,驕恣者之於恭也,勢不及君;君人者不任能而好自為之,則智日困而自負其責也。數窮於下,則不能伸理;行墮於國,則不能專制。

聖主が天下を治めるは、造父が御するが如し。轡銜の際で馬を斉え、脣吻の和で急緩を握る。胸臆の中で法度を正し、掌握の間で節度を執る。内は心に得て、外は馬の志に合う。だから進退して縄墨を履み、旋曲して規に中り、道を取って遠く致しても気力に余りがある。誠にその術を得たのだ。だから権勢は人主の車輿、大臣は人主の駟馬だ。身が車輿の安を離れ、手が駟馬の心を失って、危うくない者は古今いない。だから輿馬が調わなければ、王良でも道を取るに足らず、君臣が和しなければ、唐虞でも治められない。術を執って御すれば、管仲・晏嬰の智も尽きる。分を明らかにして示せば、盗蹠・荘蹻の奸も止まる。井の欄に拠って井底を窺えば、視が達してもなおその晴明を見られない。鏡の明を借りて照らせば、寸分でも察することができる。だから明主の耳目は労せず、精神は竭きない。物が至ればその象を観、事が来ればその変に応じ、近い者は乱れず、遠い所も治まる。だから偶然の数を用いず、必然の道を行う。だから万挙して遺策がない。いま御する者は、馬の体が車に調い、御者の心が馬に和すれば、険阻を経て遠く致し、進退周游して志に如かないことがない。たとえ騏驥・騄駬のような良馬でも、臧獲が御すれば、馬はかえって自ら恣になり、人も制できない。だから治める者は己の是を貴ばず、人が非を為せないことを貴ぶ。だからいう、「欲することができる者を出さず、求めないとは言わず。争うことができる者を出さず、争わないとは言わない」と。このようであれば、人材は私を釈れて公道が行われる。美しき者は法度に正し、足らざる者は用に建つ。だから海内は斉一できる。職事を釈れて非議称誉を聴き、公の労を棄てて朋党を用いれば、奇材は級を躥えて次を干し、官を守る者は壅遏されて進めない。このようであれば、民俗は国に乱れ、功臣は朝に争う。だから法律度量は人主が下を執る所以だ。これを釈れて用いなければ、轡銜なしに馳騁するようなもので、群臣百姓はかえって上を弄ぶ(底本は「群君」)。だから術があれば人を制し、術がなければ人に制される。舟を呑む魚でも、蕩れて水を失えば螻蟻に制される、それはその居を離れたからだ。猿狖が木を失えば狐狸に擒にされる、それはその処にいないからだ。人君たる者が守る所を釈れて臣下と争えば、有司は無為をもって位を持し、職を守る者は君に従って容を取る。だから人臣は智を蔵して用いず、かえって事を転じて上に任せる。富貴者が労に対し、達事者が察に対し、驕恣者が恭に対しても、勢は君に及ばない。人君たる者が能ある者を任せず自ら為すことを好めば、智は日々困って自らその責を負う。数が下で窮すれば、理を伸べられず、行が国に墮ちれば、専制できない。

智不足以為治,威不足以行誅,則無以與天下交也。喜怒形於心者,欲見於外,則守職者離正而阿上,有司枉法而從風,賞不當功,誅不應罪,上下離心,而君臣相怨也。是以執政阿主,而有過則無以責之。有罪而不誅,則百官煩亂,智弗能解也;毀譽萌生,而明不能照也。不正本而反自然,則人主逾勞,人臣逾逸,是猶代庖宰剝牲,而為大匠斫也。與馬競走,筋絕而弗能及,上車執轡,則馬死於衡下。故伯樂相之,王良禦之,明主乘之,無禦相之勞而致千里者,乘於人資以為羽翼也。是故君人者,無為而有守也,有為而無好也。有為則讒生,有好則諛起。昔者齊桓公好味,而易牙烹其首子而餌之;虞君好寶,而晉獻以璧馬釣之;胡王好音,而秦穆公以女樂誘之。是皆以利見制於人也。故善建者不拔。夫火熱而水滅之,金剛而火銷之,木強而斧伐之,水流而土遏之,唯造化者,物莫能勝也。故中欲不出謂之扃,外邪不入謂之塞。中扃外閉,何事之不節!外閉中扃,何事之不成?弗用而後能用之,弗為而後能為之。精神勞則越,耳目淫則竭。故有道之主,滅想去意,清虛以待,不伐之言,不奪之事,循名責實,使有司,任而弗詔,責而弗教,以不知為道,以奈何為寶。如此,則百官之事,各有所守矣。攝權勢之柄,其於化民易矣。衛君役子路,權重也;景、桓公臣管晏,位尊也。怯服勇而愚制智,其所託勢者勝也。故枝不得大於幹,末不強於本,則輕重大小,有以相制也。若五指之屬於臂,搏援攫捷,莫不如志。言以小屬於大也。是故得勢之利者,所持甚小,其存甚大;所守甚約,所制甚廣。是故十圍之木,持千鈞之屋;五寸之鍵,制開闔之門。豈其材之巨小足哉?所居要也。孔丘、墨翟,修先聖之術,通六藝之論,口道其言,身行其志,慕義從風,而為之服役者不過數十人。

智が治に足らず、威が誅罰を行うに足らなければ、天下と交わる由がない。喜怒が心に形を成し、欲が外に現れれば、職を守る者は正を離れて上に阿り、有司は法を枉げて風に従い、賞は功に当たらず、誅は罪に応じず、上下は心を離れ、君臣は相怨む。だから執政する者が主に阿れば、過ちがあっても責める由がない。罪あって誅せなければ、百官は煩乱して智も解けず、毀誉が萌生して明も照らせない。本を正さず自然に反らなければ、人主はますます労し、人臣はますます逸する。これは庖宰に代わって牲を剥ぎ、大匠に代わって斫るようなものだ。馬と競走すれば、筋が絶えても追いつけない。車に上って轡を執れば、馬は衡木の下で死ぬ。だから伯楽は馬を相し、王良は御し、明主はこれに乗る。御し相する労なくして千里に至るのは、人の資に乗って羽翼とするからだ。だから人君たる者は、無為にして守る所有り、有為にして偏好なし。有為なれば讒が生じ、偏好あれば諛が起こる。昔、斉桓公が美味を好めば、易牙はその長子を烹って餌とした。虞の君が宝を好めば、晋献公は璧と馬をもって彼を釣った。胡の王が音楽を好めば、秦穆公は女楽をもって彼を誘った。これらは皆利によって人に制されたのだ。だから善く建つ者は抜けない。火は熱くても水がこれを滅し、金は剛くても火がこれを銷し、木は強くても斧がこれを伐り、水は流れても土がこれを遏める。造化者のみ、物はこれに勝つものがない。だから中の欲が出ないのを扃といい、外の邪が入らないのを塞という。中を扃ぎ外を閉ざせば、何事か節せられぬ。外を閉ざし中を扃げば、何事か成らぬ。用いずして後に能く用い、為さずして後に能く為す。精神が労すれば散じ、耳目が淫せば竭きる。だから道ある主は、想を滅し意を去り、清虚をもって待ち、己の言を矜らず、臣下の事を侵奪せず、名に循って実を責め、有司を使い、任せて詔せず、責めて親しく教えず、知らざるを以て道とし、「奈何」を以て宝とする。このようであれば、百官の事はそれぞれ守る所有る。権勢の柄を摂持すれば、民を化するに易い。衛の君が子路を役したのは、権が重かったからだ。斉景公・桓公が管仲・晏嬰を臣としたのは、位が尊かったからだ。怯が勇を服し、愚が智を制するのは、その託する勢が勝ったからだ。だから枝は榦より大きくならず、末は本より強くならない。そうすれば軽重大小は互いに制する所有る。五指が臂に属するが如く、搏援攫捷して志に如かないことがない、これは小が大に属するを謂うのだ。だから勢の利を得た者は、持つ所は甚だ小さく、存する所は甚だ大きい。守る所は甚だ約で、制する所は甚だ広い。だから十囲の木が千鈞の屋を持ち、五寸の鍵が開闔の門を制する。あえてその材の巨小が足るのか。その居る所が要だからだ。孔丘・墨翟は先聖の術を修め六芸の論に通じ、口にはその言を道び、身にはその志を行い、義を慕い風に従ってこれに服役する者は数十人を過ぎなかった。

使居天子之位,則天下遍為儒、墨矣。楚莊王傷文無畏之死於宋也,奮袂而起,衣冠相連於道,遂成軍宋城之下,權重也。楚文王好服獬冠,楚國效之,趙武靈王貝帶鵔鸃而朝,趙國化之。使在匹夫布衣,雖冠獬冠,帶貝帶、鵔鸃而朝,則不免為人笑也。夫民之好善樂正,不待禁誅而自中法度者,萬無一也。下必行之令,從之者利,逆之者兇,日陰未移,而海內莫不被繩矣。故握劍鋒,以離北宮子,司馬蒯蕢不使應敵;操其觚,招其末,則庸人能以制勝。今使烏獲、藉蕃從後牽牛尾,尾絕而不從者,逆也;若指之桑條以貫其鼻,則五尺童子,牽而週四海者,順也。夫七尺之橈而制船之左右者,以水為資;天子發號,令行禁止,以眾為勢也。夫防民之所害,開民之所利,威行也,若發堿決唐。故循流而下易以至,背風而馳易以遠。桓公立政,去食肉之獸,食粟之鳥,系罝之網,三舉而百姓說。紂殺王子比干而骨肉怨,斮朝涉者之脛而萬民叛,再舉而天下失矣。故義者,非能遍利天下之民也,利一人而天下從風;暴者,非盡害海內之眾也,害一人而天下離叛。故桓公三舉而九合諸侯,紂再舉而不得為匹夫。故舉錯不可不審。

もし彼らを天子の位に居らせれば、天下は遍く儒・墨となるだろう。楚荘王は文無畏が宋に死んだのを傷み、袂を奮って起ち、衣冠は道に連なり、ついに宋城の下で軍を成した、これは権が重かったからだ。楚文王は獬冠を服するを好み、楚国はこれに效った。趙武霊王は貝帯・鵕鸃をもって朝し、趙国はこれに化した。もし匹夫布衣に居れば、獬冠を冠り貝帯・鵕鸃を帯びて朝しても、人に笑われるを免れない。民が善を好み正を楽しみ、禁誅を待たずして自ら法度に中る者は、万人に一人もいない。下に必ず行われる令があれば、従う者は利を得、逆う者は凶に遭い、日の陰が移らないうちに、海内は縄墨に被らないものがない。だから剣の鋒を握れば、北宮子・司馬蒯蕢でも敵に応じられない。その觚を操りその末を挙げれば、庸人でも勝を制できる。いま烏獲・籍蕃に後ろから牛の尾を牽かせれば、尾が絶えても牛は従わない、これは逆だ。もし桑条をもってその鼻を貫けば、五尺の童子が牽いて四海を周れる、これは順だ。七尺の橈が船の左右を制するのは、水を資とするからだ。天子が号を発して令行禁止なるのは、衆を勢とするからだ。民の受ける害を防ぎ、民の得る利を開けば、威は行われる。堿を発き塘を決するが如し。だから流れに循って下れば至り易く、風に背いて馳せれば遠く行き易い。桓公が政を立てて、肉を食う獣・粟を食う鳥・捕る罝の網を去り、三挙して百姓が説んだ。紂は王子比干を殺して骨肉が怨み、朝に渉る者の脛を斮って萬民が叛き、再挙して天下を失った。だから義とは、天下の民を遍く利することではなく、一人を利して天下が風に従うことだ。暴とは、海内の衆を尽く害することではなく、一人を害して天下が離叛することだ。だから桓公は三挙して九合諸侯し、紂は再挙して匹夫となることもできなかった。だから挙錯は審らかにせざるべからず。

人主租斂於民也。必先計歲收,量民積聚,知饑饉有餘不足之數,然後取車輿衣食供養其欲。高臺層榭,接屋連閣,非不麗也,然民有掘穴狹廬所以託身者,明主弗樂也。肥醲甘脆,非不美也,然民有糟糠菽粟不接於口者,則明主弗甘也。匡床蒻席,非不寧也,然民有處邊城,犯危難,澤死暴骸者,明主弗安也。故古之君人者,其慘怛於民也。國有饑者,食不重味;民有寒者,而冬不被裘。歲登民豐,乃始縣鐘鼓,陳干鏚,君臣上下,同心而樂之,國無哀人。故古之為金石管絃者,所以宣樂也;兵革斧鉞者,所以飾怒也;觴酌俎豆,酬酢之禮,所以效善也;衰絰菅屨,闢踴哭泣,所以諭哀也。此皆有充於內而成像於外。及至亂主,取民則不裁其力,求於下則不量其積,男女不得事耕織之業,以供上之求,力勤財匱,君臣相疾也。故民至於焦唇沸肝,有今無儲,而乃始撞大鍾,擊鳴鼓,吹竽笙,彈琴瑟,是猶貫甲冑而入宗廟,被羅紈而從軍旅,失樂之所由生矣。夫民之為生也,一人蹠耒而耕,不過十畝,中田之獲,卒歲之收,不過畝四石,妻子老弱,仰而食之,時有涔旱災害之患,無以給上之徵賦車馬兵革之費。由此觀之,則人之生,憫矣!夫天地之大,計三年耕而餘一年之食,率九年而有三年之畜,十八年而有六年之積,二十七年而有九年之儲,雖涔旱災害之殃,民莫困窮流亡也。故國無九年之畜,謂之不足;無六年之積,謂之憫急;無三年之畜,謂之窮乏。故有仁君明王,其取下有節,自養有度,則得承受於天地,而不離饑寒之患矣。若貪主暴君,撓於其下,侵漁其民,以適無窮之慾,則百姓無以被天和而履地德矣。

人主が民から租賦を収めるには、必ず先に歳收を計り、民の積聚を量り、飢饉と有余不足の数を知って、それから車輿衣食を取ってその欲を供養する。高台層榭・屋が接し閣が連なるのは、麗しくないことはないが、しかし民に掘穴狭廬をもって身を託する者があれば、明主は楽しまない。肥醲甘脆は、美しくないことはないが、しかし民に糟糠菽粟が口に接しない者があれば、明主は甘しとしない。匡床蒻席は、寧でないことはないが、しかし民に辺城に処り危難を犯し沢に死んで骸骨を暴す者があれば、明主は安んじない。だから古の人君たる者は、その民に対して慘怛だった。国に飢える者があれば、食に重ねて味を加えず、民に寒い者があれば、冬にも裘を被らなかった。歳が登り民が豊かになって、初めて鐘鼓を縣け干戚を陳べ、君臣上下が心を同じくしてこれを楽しみ、国に哀む人がなかった。だから古が金石管絃を為したのは、楽を宣洩する所以だ。兵革斧鉞は、怒を文飾する所以だ。觴酌俎豆・酬酢の礼は、善を效験する所以だ。衰絰菅屨・辟踊哭泣は、哀を喻わす所以だ。これらは皆内に充ちて外に象を成す。乱主に至っては、民から取るにその力を裁せず、下に求めるにその積を量らず、男女は耕織の業を事とすることができず、上の求に供するに力は勤んで財は匱し、君臣は相疾む。だから民は唇焦れ肝腸沸き、今日あって儲なきに至り、それから初めて大鐘を撞き鳴鼓を撃ち竽笙を吹き琴瑟を彈く。これは甲冑を貫いて宗廟に入り、羅紈を被って軍旅に従うようなもので、楽の生ずる所以を失ったのだ。民の生を為すに、一人が耒を蹠って耕せば、十畝を過ぎず、中田の獲・卒歳の収は、畝四石を過ぎない。妻子老弱は仰いでこれを食い、時に涔旱災害の患があり、上の征賦車馬兵革の費に給する由がない。これより観れば、人の生は愍れるべきだ。天地の大計は、三年耕して一年の食を余し、率いて九年にして三年の畜があり、十八年にして六年の積があり、二十七年にして九年の儲がある。たとえ涔旱災害の殃があっても、民は困窮流亡しない。だから国に九年の畜がなければ不足といい、六年の積がなければ愍急といい、三年の畜がなければ窮乏という。だから仁君明王あれば、その下から取るに節があり、自ら養うに度があり、天地を承受して飢寒の患を離れない。貪主暴君に至っては、その下を撓し、その民を侵漁して、無窮の欲に適えようとすれば、百姓は天の和を被り地の徳を履む由がない。

食者,民之本也;民者,國之本也;國者,君之本也。是故人君者,上因天時,下盡地財,中用人力,是以群生遂長,五穀蕃殖,教民養育六畜,以時種樹,務修田疇,滋植桑麻,肥墝高下,各因其宜,丘陵阪險不生五穀者,以樹竹木。春伐枯槁,夏取果蓏,秋畜疏食,冬伐薪蒸,以為民資。是故生無乏用,死無轉屍。故先王之法,畋不掩群,不取蓏夭。不涸澤而漁,不焚林而獵。豺未祭獸,罝罦不得布於野;獺未祭魚,網罟不得入於水;鷹隼未摯,羅網不得張於溪穀;草木未落,斤斧不得入山林;昆蟲未蟄,不得以火燒田。孕育不得殺,鷇卵不得探,魚不長尺不得取,彘不期年不得食。是故草木之發若蒸氣,禽獸之歸若流泉,飛鳥之歸若煙云,有所以致之也。故先王之政,四海之雲至,而修封疆;蝦蟆鳴燕降,而達路除道;陰降百泉,則修橋梁;昏張中,則務種穀;大火中,則種黍菽;虛中,則種宿麥;昴中,則收斂畜積,伐薪木。上告於天,下布之民。先王之所以應時修備,富國利民,實曠來遠者,其道備矣。非能目見而足行之也,欲利之也。欲利之也,不忘於心,則官自備矣。心之於九竅四支也,不能一事焉。然而動靜聽視皆以為主者,不忘於欲利之也。故堯為善而眾善至矣,桀為非而眾非來矣。善積則功成,非積則禍極。

食は民の本、民は国の本、国は君の本だ。だから人君たる者は、上は天時に因り、下は地財を尽くし、中は人力を用いる。こうして群生は順調に長じ、五穀は蕃殖する。民を教えて六畜を養育し、時をもって樹を種え、田疇を修めるを務め、桑麻を滋植し、肥墝高下は各々その宜に因る。丘陵阪險で五穀を生じない所は、竹木を樹える。春は枯槁を伐り、夏は果蓏を取り、秋は疏食を畜し、冬は薪蒸を伐って、民の資とする。だから生は用に乏しくなく、死に転尸がない。だから先王の法は、畋は群を掩わず、麛夭を取らない。沢を涸らして漁せず、林を焚いて猟しない。豺がまだ獣を祭らなければ、罝罦は野に布けられず、獺がまだ魚を祭らなければ、網罟は水に入れられず、鷹隼がまだ摯らなければ、羅網は谿谷に張られず、草木がまだ落ちなければ、斤斧は山林に入れられず、昆虫がまだ蟄しなければ、火をもって田を焼けない。孕育する者は殺されず、鷇卵は探られず、魚は尺に長たらざれば取られず、彘は期年に満たなければ食べられない。だから草木の発は蒸気の如く、禽獣の帰は流泉の如く、飛鳥の帰は煙雲の如し、これらを致す所以有るからだ。だから先王の政は、四海の雲が至れば封疆を修め、蝦蟆が鳴き燕が降れば路を達え道を除き、陰が百泉に降れば橋梁を修め、昏に張が中すれば穀を種えるを務め、大火が中すれば黍菽を種え、虚が中すれば宿麦を種え、昴が中すれば收斂して畜積し薪木を伐る。上は天に告げ、下は民に布く。先王が時に応じて備を修め、国を富め民を利し、曠を実して遠きを来たらしめる所以は、その道が備わっていたからだ。目で見て足で行くことができるのではなく、心が彼らを利したいと思ったのだ。彼らを利したいと思って心に忘れなければ、官は自ら備わる。心が九竅四支に対して、一事を為すことはできないが、動静聴視は皆これを主とする、それは彼らを利したいと思うことを忘れないからだ。だから堯が善を為せば衆善が至り、桀が非を為せば衆非が来る。善が積もれば功が成り、非が積もれば禍が極まる。

凡人之論,心欲小而志欲大,智欲員而行欲方,能欲多而事欲鮮。所以心欲小者,慮患未生,備禍未發,戒過慎微,不敢縱其欲也;志欲大者,兼包萬國,一齊殊俗,並覆百姓,若合一族,是非輻湊而為之轂;智欲員者,環複轉運,終始無端,旁流四達,淵泉而不竭,萬物並興,莫不回應也;行欲方者,直立而不撓,素白而不汙,窮不易操,通不肆志;能欲多者,文武備具,動靜中儀,舉動廢置,曲得其宜,無所擊戾,無不畢宜也;事欲鮮者,執柄持術,得要以應眾,執約以治廣,處靜持中,運於璿樞,以一合萬,若合符者也。故心小者,禁於微也;志大者,無不懷也;智員者,無不知也;行方者,有不為也;能多者,無不治也;事鮮者,約所持也。

およそ人の論は、心は小さく志は大きく、智は円く行は方く、能は多く事は少なくしたい。心を小さくしたい所以は、患いの未だ生ぜざるに慮り、禍の未だ発せざるに備え、過を戒め微を慎み、敢えてその欲を縦にしないからだ。志を大きくしたいのは、萬国を兼ね包み、殊俗を一斉にし、百姓を併せ覆い、一族を合するが如く、是非が輻湊してこれを轂とするためだ。智を円くしたいのは、環復転運して終始に端なく、旁流四達して淵泉の如く竭きず、萬物並び興りて応えないものがないためだ。行を方くしたいのは、直立して撓まず、素白にして污されず、窮しても操を易えず、通じても志を肆にしないためだ。能を多くしたいのは、文武が備具し、動静が儀に中り、挙動廃置が曲げてその宜を得て、撃戾する所なく、畢く宜しいためだ。事を少なくしたいのは、柄を執り術を持ち、要を得て衆に応じ、約を執って広を治め、静に処り中を持ち、璇枢に運転し、一をもって万に合し、符を合するが如くするためだ。だから心が小さいのは、微に禁ずるからだ。志が大きいのは、懐かないものがないからだ。智が円いのは、知らないことがないからだ。行が方いのは、為さないことがあるからだ。能が多いのは、治められないことがないからだ。事が少ないのは、持つ所が約だからだ。

古者天子聽朝,公卿正諫,博士誦詩,瞽箴師誦,庶人傳語,史書其過,宰徹其膳。猶以為未足也,故堯置敢諫之鼓,舜立誹謗之木,湯有司直之人,武王立戒慎之鞀。過若豪釐,而既已備之也。夫聖人之於善也,無小而不舉;其於過也,無微而不改。堯、舜、禹、湯、文、武,皆坦然天下而南面焉。當此之時,鼛鼓而食,奏《雍》而徹,已飯而祭灶,行不用巫祝,鬼神弗敢祟,山川弗敢禍,可謂至貴矣。然而戰戰慄栗,日慎一日。由此觀之,則聖人之心小矣。《詩》云:惟此文王,小心翼翼,昭事上帝,聿懷多福。”其斯之謂歟!武王伐紂,發鉅橋之粟,散鹿臺之錢,封比干之墓,表商容之閭,朝成湯之廟,解箕子之囚。使各處其宅,田其田,無故無新,惟賢是親,用非其有,使非其人,晏然若故有之。由此觀之,則聖人之志大也。文王、周公觀得失,遍覽是非,堯、舜所以昌,桀、紂所以亡者,皆著於明堂,於是略智博問,以應無方。由此觀之,則聖人之智員矣。成、康繼文、武之業,守明堂之制,觀存亡之跡,見成敗之變,非道不言,非義不行,言不苟出,行不苟為,擇善而後從事焉。由此觀之,則聖人之行方矣。孔子之通,智過於萇弘,勇服於孟賁,足躡效菟,力招城關,能亦多矣。然而勇力不聞,伎巧不知,專行教道,以成素王,事亦鮮矣。《春秋》二百四十二年,亡國五十二,弒君三十六,採善鉏醜,以成王道,論亦博矣。然而圍於匡,顏色不變,絃歌不輟,臨死亡之地,犯患難之危,據義行理而志不懾,分亦明矣。然為魯司寇,聽獄必為斷,作為《春秋》,不道鬼神,不敢專己。夫聖人之智,固已多矣。其所守者約,故舉而必榮。愚人之智,固已少矣,其所事者多,故動而必窮矣。吳起、張儀,智不若孔、墨,而爭萬乘之君,此其所以車裂支解也。夫以正教化者,易而必成;

古、天子が朝を聴くに、公卿は正諫し、博士は詩を誦し、瞽は箴め師は誦し、庶人は語を伝え、史はその過を書き、宰はその膳を徹した。それでもまだ足らないと思い、だから堯は敢諫の鼓を置き、舜は誹謗の木を立て、湯は司直の人を置き、武王は戒慎の鼗を立てた。過が豪釐の如くでも、すでに備えられていた。聖人が善に対しては、小さくても挙げないことはなく、過に対しては、微でも改めないことはない。堯・舜・禹・湯・文・武は、皆坦然として天下に南面した。この時に当たり、鼛鼓を撃って食し、《雍》を奏して徹し、飯を已えて竈を祭り、行に巫祝を用いず、鬼神も敢えて祟らず、山川も敢えて禍を降さなかった。まさに至貴と言うべきだ。しかしなお戦戦慄慄として、日に日に慎んだ。これより観れば、聖人の心は小さい。《詩》にいう、「この文王、小心翼翼地、昭かに上帝に事え、もって多くの福を懐く」と。これを謂うのだろう。武王が紂を伐ち、鉅橋の粟を発き、鹿台の銭を散じ、比干の墓を封じ、商容の閭を表し、成湯の廟に朝し、箕子の囚を解いた。各々その宅に処らせその田を田せしめ、故なく新なく、ただ賢を親しみ、用いるは其有る所に非ず、使うは其人に非ず、晏然として故あるが如し。これより観れば、聖人の志は大きい。文王・周公は得失を観、是非を遍く覧、堯舜が昌えた所以・桀紂が亡びた所以を、皆明堂に著した。ここに略智して博く問い、方なきに応じた。これより観れば、聖人の智は円い。成王・康王は文武の業を継ぎ、明堂の制を守り、存亡の跡を観、成敗の変を見て、道でなければ言わず、義でなければ行わず、言は苟にも出さず、行は苟にも為さず、善を擇んで後に事に従った。これより観れば、聖人の行は方い。孔子の通は、智は萇弘を過ぎ、勇は孟賁に服し、足は効菟を躡み、力は城關を招く、能もまた多い。しかし勇力は聞かれず、伎巧は知られず、専ら教道を行じて素王を成した、事もまた少ない。《春秋》二百四十二年に、亡国五十二、弑君三十六、善を采り醜を鉏って王道を成した、論もまた博い。しかし匡に囲まれても顔色を変えず、弦歌を輟めず、死亡の地に臨み患難の危を犯して、義に拠り理を行い志が懾れなかった、分もまた明らかだった。しかし魯の司寇となり、獄を聴けば必ず断を為し、《春秋》を作って鬼神を道わず、敢えて己を専らにしなかった。聖人の智は、もともとすでに多い。しかしその守る所は約だ、だから動けば必ず栄える。愚人の智は、もともとすでに少ない。しかしその事する所は多い、だから動けば必ず窮する。呉起・張儀は、智は孔墨に如かないのに、万乗の君を争った。これが彼らが車裂支解された所以だ。正をもって教化する者は、易くて必ず成る。

以邪巧世者,難而必敗。凡將設行立趣於天下,舍其易成者,而從事難而必敗者,愚惑之所致也。凡此六反者,不可不察也。遍知萬物而不知人道,不可謂智;遍愛群生而不愛人類,不可謂仁。仁者愛其類也,智者不可惑也。仁者雖在斷割之中,其所不忍之色可見也。智者雖煩難之事,其不暗之效可見也。內恕反情,心之所欲,其不加諸人,由近知遠,由己知人,此仁智之所合而行也。小有教而大有存也,小有誅而大有寧也,唯惻隱推而行之,此智者之所獨斷也。故仁智錯,有時合,合者為正,錯者為權,其義一也。府吏守法,君制義,法而無義,亦府吏也,不足以為政。

邪をもって世に巧む者は、難しくて必ず敗れる。およそ天下に行を設け趣を立てようとする者は、その易く成る者を捨てて、難しくて必ず敗れる者に従事するのは、愚惑の致す所だ。およそこの六つの反は、察せざるべからず。万物を遍く知って人道を知らなければ、智とは言えない。群生を遍く愛して人類を愛さなければ、仁とは言えない。仁とはその類を愛することだ。智とは惑わされないことだ。仁者は断割の中にあっても、その忍びざる色は見える。智者は煩難の事にあっても、その暗まらざる効は見える。内に恕して情に反り、心の欲する所を人に加えず、近から遠を知り、己から人を知る、これが仁智の合して行われる所だ。小に教あって大に存あり、小に誅あって大に寧あり、惻隠を推してこれを行うのみ、これが智者の独断する所だ。だから仁智は錯って時に合し、合する者は正、錯れる者は権、その義は一つだ。府吏は法を守り、君は義を制す。法あって義なければ、また府吏に過ぎず、政を為すに足らない。

耕之為事也勞,織之為事也擾,擾勞之事而民不捨者,知其可以衣食也。人之情不能無衣食,衣食之道,必始於耕織,萬民之所公見也。物之若耕織者,始初甚勞,終必利也。眾愚人之所見者寡,事可權者多,愚之所權者少,此愚者之所多患也。物之可備者,智者盡備之;可權者,盡權之;此智者所以寡患也。故智者先忤而後合,愚者始於樂而終於哀。今日何為而榮乎?旦日何為而義乎?此易言也。今日何為而義,旦日何為而榮,此難知也。問瞽師曰:“白素何如?”曰:“縞然。”曰:“黑何若?”曰:“黮然。”授白黑而示之,則不處焉。人之視白黑以目,言白黑以口,瞽師有以言白黑,無以知白黑,故言白黑與人同,其別白黑與人異。

耕を事とするは労であり、織を事とするは擾である。擾労の事を民が捨てないのは、これで衣食できると知るからだ。人の情に衣食がないことはできず、衣食の道は必ず耕織から始まる、これは萬民が公に見る所だ。物の耕織のようなものは、始めは甚だ労だが、終わりには必ず利がある。衆愚人の見る所は寡く、事の権変できる所は多く、愚人の権変できる所は寡い、これが愚者の患いが多い所以だ。物の備えられる所は、智者は皆備える。権変できる所は、皆権変する。これが智者の患いが寡い所以だ。だから智者は先に忤って後に合し、愚者は楽しみに始まって哀に終わる。今日何をもって栄えるか、旦日何をもって義に合うか、これは言い易い。今日何をもって義に合い、旦日何をもって栄えるか、これは知り難い。瞽師に問う、「白素は如何」。曰く「縞然」。曰く「黒は何如」。曰く「黮然」。白黒を授けて示せば、処ることができない。人は目をもって白黒を視、口をもって白黒を言う。瞽師は白黒を言う所以はあっても、白黒を知る所以はない。だから白黒を言うことは人と同じで、白黒を別することは人と異なる。

入孝於親,出忠於君,無愚智賢不肖,皆知其為義也,使陳忠孝行而知所出者,鮮矣!凡人思慮,莫不先以為可而後行之,其是或非,此愚智之所以異。凡人之性,莫貴於仁,莫急於智。仁以為質,智以行之,兩者為本,而加之以勇力、辯慧、捷疾、劬錄、巧敏、遲利、聰明、審察,盡眾益也。身材未修,伎藝曲備,而無仁智以為表幹,而加之以眾美,則益其損。故不仁而有勇力果敢,則狂而操利劍;不智而辯慧懷給,則棄驥而不式。雖有材能,其施之不當,其處之不宜,適足以輔偽飾非,伎藝之眾,不如其寡也。故有野心者,不可借便勢;有愚質者,不可與利器。魚得水而遊焉則樂,唐決水涸,則為螻蟻所食。有掌修其堤防,補其缺漏,則魚得而利之,國有以存,人有以生。國之所以存者,仁義是也;人之所以生者,行善是也。國無義,雖大必亡;人無善志,雖勇必傷。治國上使不得與焉。孝於父母,弟於兄嫂,信於朋友,不得上令而可得為也。釋己之所得為,而責於其所不得制,悖矣。士處卑隱,欲上達,必先反諸己。上達有道,名譽不起,而不能上達矣;取譽有道,不信於友,不能得譽;信於友有道,事親不說,不信於友;說親有道,修身不誠,不能事親矣;誠身有道,心不專一,不能專誠。道在易而求之難,驗在近而求之遠,故弗得也。

入って親に孝し、出でて君に忠なることは、愚智賢不肖を問わず、皆それが義であると知る。しかし忠孝の行を陳べてその出る所以を知る者は少ない。およそ人の思慮は、まず可と思って後に行わないものはない。その是か非かは、愚智の異なる所以だ。およそ人の性は、仁より貴いものはなく、智より急ぐものはない。仁をもって質とし、智をもってこれを行い、両者を本として、これに勇力辯慧・捷疾劬録・巧敏遟利・聡明審察を加えれば、衆益を尽くす。身材が未だ修まらず伎藝が曲備えても、仁智を表幹とせず、これに衆美を加えれば、かえってその損を増す。だから不仁にして勇力果敢あれば、狂して利剣を操るようなものだ。不智にして辯慧懐給あれば、驥を棄てて式せないようなものだ。たとえ材能があっても、その施しが当たらず、その処りが宜しくなければ、僞を輔け非を飾るに足るのみ。伎藝が多いことは、寡いに如かない。だから野心ある者には、便勢を借すことができない。愚質ある者には、利器を与えることができない。魚が水を得て游べば楽しいが、塘が決し水が涸れれば、螻蟻に食われる。これを掌って堤防を修め缺漏を補う者があれば、魚は利を得る。国に存する所以有り、人に生ずる所以有る。国が存する所以は仁義だ。人が生ずる所以は善を行うことだ。国に義がなければ、大きくても必ず亡びる。人に善の志がなければ、勇でも必ず傷つく。治国は上が人に参与させない。父母に孝し、兄嫂に悌し、朋友に信なことは、上の令を待たずとも為すことができる。己の為し得る所を釈れて、己の制し得ない所を責めるのは悖だ。士が卑隠に処って上達しようとすれば、必ず先ず己に反らなければならない。上達に道あり、名譽が起こらなければ上達できない。譽を取るに道あり、友に信なければ譽を得られない。友に信なるに道あり、親に事えて説ばなければ友に信ならない。親を説ばしめるに道あり、身を修めて誠でなければ親に事えられない。身を誠にするに道あり、心が専一でなければ専誠できない。道は易い所にあるのに難い所に求め、験は近い所にあるのに遠い所に求める、だから得られないのだ。

繆稱訓

道至高無上,至深無下,平乎準,直乎繩,圓乎規,方乎矩,包裹宇宙而無表裡,洞同覆載而無所礙。是故體道者,不哀不樂,不喜不怒,其坐無慮,其寢無夢,物來而名,事來而應。主者,國之心,心治則百節皆安,心擾則百節皆亂。故其心治者,支體相遺也;其國治者,君臣相忘也。黃帝曰:「芒芒昧昧,從天之道,與元同氣。」故至德者,言同略,事同指,上下一心,無岐道旁見者,遏障之於邪,開道之於善,而民鄉方矣。故《易》曰:「同人於野,利涉大川。」道者,物之所導也;德者,性之所扶也;仁者,積恩之見證也;義者,比於人心而合於眾適者也。故道滅而德用,德衰而仁義生。故上世體道而不德,中世守德而弗壞也,末世繩繩乎唯恐失仁義。君子非仁義無以生,失仁義,則失其所以生;小人非嗜慾無以活,失嗜慾,則失其所以活。故君子懼失仁義,小人懼失利。觀其所懼,知各殊矣。《易》曰:「即鹿無虞,惟入於林中,君子幾不如舍,往吝。」其施厚者其報美,其怨大者其禍深。薄施而厚望,畜怨而無患者,古今未之有也。是故聖人察其所以往,則知其所以來者。聖人之道,猶中衢而致尊邪:過者斟酌,多少不同,各得其所宜。是故得一人,所以得百人也。人以其所願於上,以交其下,誰弗戴?以其所欲於下,以事其上,誰弗喜?《詩》云:「媚茲一人,應侯慎德。」慎德大矣,一人小矣。能善小,其能善大矣。

道は高くして上なし、深くして下なし、平は水準の如く、直は縄墨の如く、円は規の如く、方は矩の如く、宇宙を包裹して表裏なく、洞然として覆載と同じくして礙なし。だから道を體する者は、哀まず樂まず、喜ばず怒らず、坐れば思慮なく、寢れば夢なく、物來れば名を與え、事來れば應じる。主とは國の心であって、心が治まれば百節皆安んじ、心が擾れれば百節皆亂れる。だからその心が治まる者は、肢體が互いに忘れ、その國が治まる者は、君臣が互いに忘れる。黃帝がいう、「芒芒昧昧、天の道に從い、元と氣を同じくす」と。だから至德の人は、言は一つの謀に同じく、事は一つの指に同じく、上下心を一つにして、岐路傍見する者なく、邪を遏止障蔽し、善を開通引導すれば、民は方正に趨く。だから《周易》にいう、「人と郊野に同人す、大川を涉るに利あり」と。道とは物の導かれる所、德とは性の扶持される所、仁とは積恩の見、義とは人心に比べて衆適に合うものだ。だから道が滅びて德が用いられ、德が衰えて仁義が生まれる。だから上世は道を體して德を講じず、中世は德を守って敗壊せず、末世は翼翼としてただ仁義を失うを畏れる。君子は仁義なければ存する由なく、仁義を失えば存する所以を失う。小人は嗜欲なければ活する由なく、嗜欲を失えば活する所以を失う。だから君子は仁義を失うを畏れ、小人は利を失うを畏れる。彼らの畏るる所を觀れば、おのずと別があることが分かる。《周易》にいう、「鹿を就けて虞なし、ただ林中に入る、君子幾不如舎、往けば吝」と。施與が厚ければ報いが美しく、怨が大きければ禍が深い。施しが薄くて望みが厚く、怨を畜積して患なきは、古今いまだあらず。だから聖人はその往く所以を觀て、その來る所以を知る。聖人の道は、四通の大路に酒尊を設けるが如し、過ぎ行く人が斟酌して多少同じからず、各々その宜しきを得る。だから一人を得るは、百人を得るために用いられる。人が上に於いて願う所を以て下に結び交われば、誰か擁戴せざらん。下に於いて求める所を以て上に事えれば、誰か喜悅せざらん。《詩》にいう、「この一人を愛し、乃ち其の德を愼む」と。德を愼むは大、一人は小。小を善く能くすれば、亦大を能くす。

君子見過忘罰,故能諫;見賢忘賤,故能讓;見不足忘貧,故能施。情繫於中,行形於外。凡行戴情,雖過無怨;不戴其情,雖忠來惡。后稷廣利天下,猶不自矜。禹無廢功,無廢財,自視猶觖如也。滿如陷,實如虛,盡之者也。凡人各賢其所說,而說其所快。世莫不舉賢,或以治,或以亂,非自遁,求同乎己者也。己未必得賢,而求與己同者,而欲得賢,亦不幾矣!使堯度舜則可,使桀度堯,是猶以升量石也。今謂狐狸,則必不知狐,又不知狸。非未嘗見狐者,必未嘗見狸也。狐、狸非異,同類也。而謂狐狸,則不知狐、狸。是故謂不肖者賢,則必不知賢;謂賢者不肖,則必不知不肖者矣。

君子は過を見て罰を忘る、だから能く諫む。賢を見て賤を忘る、だから能く讓る。足らざるを見て貧を忘る、だから能く施す。情は內に繋り、行は外に現れる。およそ行が情を載せれば、過ありとも怨なし。情を載せなければ、忠なるも憎を致す。后稷は天下を廣く利しても、猶お自ら矜誇せず。禹は廢せざる功なく、廢せざる財なく、己を視るに猶お缺の如し。滿ちるは隕の如く、實るは虛の如く、是れ之を盡くす人なり。およそ人は各々其の喜む所を以て賢と爲し、而も其の快する所を喜ぶ。世に賢を擧げざるなし、或いは以て治り、或いは以て亂る。自ら欺くにあらず、己と同じを求むるなり。己必ずしも賢を得ざりて、而も己と同じを求め、尚賢を得んと欲す、亦幾ならん。堯を以て舜を度る可し、桀を以て堯を度るは、升を以て石を量るが若し。今の狐狸と言えば、則ち狐を知らず、又狸を知らず。未だ嘗て狐を見ざるにあらず、則ち未だ嘗て狸を見ず。狐狸は異類にあらず、同類なり。而も狐狸と言えば、則ち狐・狸を知らざるなり。故に不肖を以て賢と謂えば、則ち必ず賢を知らず。賢を以て不肖と謂えば、則ち必ず不肖を知らざるなり。

聖人在上,則民樂其治;在下,則民慕其意。小人在上位,如寢關曝纊,不得須臾寧。故《易》曰:「乘馬班如,泣血漣如。」言小人處非其位,不可長也。物莫無所不用,天雄烏喙,藥之兇毒也,良醫以活人;侏儒鼓師,人之困慰者也,人主以備樂。是故聖人制其剟材,無所不用矣。勇士一呼,三軍皆闢,其出之也誠。故倡而不和,意而不戴,中心必有不合者也。故舜不降席而王天下者,求諸己也。故上多故,則民多詐矣,身曲而景直者,未之聞也。說之所不至者,容貌至焉;容貌之所不至者,感忽至焉。感乎心,明乎智,發而成形,精之至也。可以形勢接,而不可以昭誋。戎、翟之馬,皆可以馳驅,或近或遠,唯造父能盡其力;三苗之民,皆可使忠信,或賢或不肖,唯唐、虞能齊其美。必有不傳者。中行繆伯手搏虎,而不能生也,蓋力優而克不能及也。用百人之所能,則得百人之力;舉千人之所愛,則得千人之心。闢若伐樹而引其本,千枝萬葉則莫得弗從也。慈父之愛子,非為報也,不可內解於心;聖人之養民,非求用也,性不能已。若火之自熱,冰之自寒。夫有何修焉!及恃其力,賴其功者,若失火舟中。故君子見始,其知終矣。媒妁譽人,而莫之德也;取庸而強飯之,莫之愛也。雖親父慈母,不加於此,有以為,則恩不接矣。故送往者,非所以迎來也;施死者,非專為生也。誠出於己,則所動者遠矣。錦繡登廟,貴文也;圭璋在前,尚質也。文不勝質,之謂君子。故終年為車,無三寸之鎋,不可以驅馳;匠人斫戶,無一尺之楗,不可以閉藏。故君子行斯乎其所結。心之精者,可以神化,而不可以導人;目之精者,可以消澤,而不可以昭誋。在混冥之中,不可諭於人。故舜不降席而天下治,桀不下陛而天下亂,蓋情甚乎叫呼也。無諸己,求諸人,古今未之聞也。

聖人上に在れば、民其の治を樂しむ。下に在れば、民其の意を慕う。小人上位に在れば、關の上に寢たるが若く、絲綿を曝すが若し。故に《易》に曰く、「乘馬班如、泣血漣如」、これは小人の位に處る、久しき可からずと謂うなり。物に用ひる可からざる所なし。天雄烏喙は、藥之大毒なり、良醫以て活人を救う。侏儒鼗師は、人之困窮なり、人主以て樂を備う。故に聖人其の餘材を裁制して、用ひる可からざるなし。勇士一呼して三軍皆辟す、其の出する所誠なればなり。故に倡して和する者なく、意して戴する者なければ、心中必ず合せざる有り。故に舜席を下らずして天下に王たるは、己に求めたればなり。故に上多巧故なれば、民多詐なり。身曲にして影直ならんは、未だ聞かざるなり。言の至らざる所は、容貌至る。容貌の至らざる所は、感忽至る。心に感じ、智に明らかにして、出して形を成す、精之至なり。以て形勢接し、而も以て明白告する可からず。戎翟之馬、皆可以馳驅、或近或遠、唯造父能盡其力。三苗之民、皆可使忠信、或賢或不肖、唯唐虞能齊其美。必有傳者而不可傳者。中行繆伯手搏虎、而不能生也、蓋其力優而德不能及也。用百人之所能、則得百人之力。舉千人之所愛、則得千人之心。譬若伐樹而引其本、千枝萬葉莫不從也。慈父之愛子、非爲報也、不可內解於心。聖人之養民、非求用也、性不能已。若火之自熱、冰之自寒、夫有何修焉。及恃其力、賴其功、若舟中失火。故君子見其始、則知其終矣。媒妁譽人、而莫之德也。取庸而強飯之、莫之愛也。雖親父慈母、不加於此、有所爲、則恩不接矣。故送往者、非所以迎來也。施死者、非專爲生者也。誠出於己、則所動者遠矣。錦繡登廟、貴文也。圭璋在前、尚質也。文不勝質、之謂君子。故終年爲車、無三寸之轄、不可以驅馳。匠人斲戶、無一尺之楗、不可以閉藏。故君子行斯乎其所結。心之精者、可以神化、而不可以導人。目之精者、可以消澤、而不可以昭誋。在混冥之中、不可諭於人。故舜不降席而天下治、桀不下陛而天下亂、蓋情甚乎叫呼也。無諸己、求諸人、古今未之聞也。

同言而民信,信在言前也;同令而民化,誠在令外也。聖人在上,民遷而化,情以先之也。動於上,不應於下者,情與令殊也。故《易》曰:「亢龍有悔。」三月嬰兒,未知利害也,而慈母之愛諭焉者,情也。故言之用者,昭昭乎小哉!不言之用者,曠曠乎大哉!身君子之言,信也;中君子之意,忠也。忠信形於內,感動應於外,故禹執干鏚,舞於兩階之間,而三苗服。鷹翔川,魚鱉沈,飛鳥揚,必遠害也。子之死父也,臣之死君也,世有行之者矣,非出死以要名也,恩心之藏於中,而不能違其難也。故人之甘甘,非正為蹠也,而蹠焉往。君子之慘怛,非正為偽形也,諭乎人心。非從外入,自中出者也。義正乎君,仁親乎父。故君之於臣也,能死生之,不能使為苟簡易;父之於子也,能發起之,不能使無憂尋。故義勝君,仁勝父,則君尊而臣忠,父慈而子孝。聖人在上,化育如神。太上曰:「我其性與!」其次曰:「微彼,其如此乎!」故《詩》曰:「執轡如組。」《易》曰:「含章可貞。」運於近,成文於遠。

同じ言にして民信ずは、言に先だつ信有ればなり。同じ令にして民化すは、令に外なる誠有ればなり。聖人上に在れば、民遷化せしめらる、其の情先に在るが故なり。上に動くも下應下應ぜざれば、情と令と殊なればなり。故に《易》に曰く、「亢龍有悔」なり。三月之嬰兒、未だ利害を知らざるも、慈母之愛諭する所以は、情なり。故に言之用は昭昭として小なり。不言之用は曠曠として大なり。身君子之言を踐うは、信なり。中君子之意に合うは、忠なり。忠信內に形を成し、感動外に應ず。故に禹干戚を執り、兩階之閒に舞い、有苗乃ち服す。鷹翔川上、魚鱉沈み、飛鳥高揚、必ず害を遠ざく。子爲父死、臣爲君死、世に之を行う者有り、非有以死好名、蓋恩藏於心、而不能避其難也。故人之甘甘、非正爲蹠也、而蹠焉往。君子之慘怛、非正爲僞也、而諭乎人心。此非從外來也、出自中出者也。義以正君、仁以親父。故君之於臣也、能死生之、不能使爲苟簡。父之於子也、能發起之、不能使無憂尋。故義勝君、仁勝父、則君尊而臣忠、父慈而子孝。聖人在上、化育如神。太上曰、我其性與。其次曰、微彼其如此乎。故詩曰、執轡如組。易曰、含章可貞。運於近、成文於遠。

夫察所夜行,周公慚乎景,故君子慎其獨也。釋近斯遠,塞矣。聞善易,以正身難。夫子見禾之三變也,滔滔然曰:「狐向丘而死,我其首禾乎!」故君子見善則痛其身焉。身苟正,懷遠易矣。故《詩》曰:「弗躬弗親,庶民弗信。」小人之從事也,曰苟得,君子曰苟義。所求者同,所期者異乎!擊舟水中,魚沈而鳥揚,同聞而殊事,其情一也。僖負羈以壺餐表其閭。趙宣孟以束脯免其軀,禮不隆,而德有餘,仁心之感恩接而よ怛生。故其入人深。俱之叫呼也,在家老則為恩厚,其在責人則生爭鬥。故曰:兵莫憯於意志,莫邪為下;寇莫大於陰陽,枹鼓為小。聖人為善,非以求名,而名從之。名不與利期,而利歸之。故人之憂喜,非為蹗,蹗焉往生也。故至人不容。故若眯而撫,若跌而據。聖人之為治,漠然不見賢焉,終而後知其可大也。若日之行,騏驥不能與之爭遠。

察於夜之所行、周公惭於影、故君子愼其獨也。釋近斯遠、斯塞矣。聞善易、以正身難。夫子見禾之三變也、滔滔然曰、狐鄉丘而死、我其首禾乎。故君子見善則痛其身焉。身苟正、懷遠易矣。故詩曰、弗躬弗親、庶民弗信。小人之從事也曰苟得、君子曰苟義。所求者同、所期者異乎。擊舟水中、魚沈而鳥揚、同聞而殊事、其情一也。僖負羈以壺餐表其閭、趙宣孟以束脯免其軀、禮不隆而德有餘、仁心之感恩接而慘怛生(底本「よ怛」、「よ」は転写残留、文意は惨怛たるべし)、故能入人深也。同呼而吸、於家老人爲恩厚、於責人者爲鬥爭。故曰、兵莫憯於志、而莫邪爲下。寇莫大於陰陽、而枹鼓爲小。聖人爲善、非以求名、而名從之。名不與利期、而利歸之。故人之憂喜、非爲蹠、蹠焉往。故至人無容飾焉。若眯而撫、若跌而據。聖人之治、漠然不見賢焉、終而後知其可大也。若日之行、騏驥不能與之爭遠。

今夫夜有求,與瞽師併,東方開,斯照矣。動而有益,則損隨之。故《易》曰:「剝之不可遂盡也。故受之以複。」積薄為厚,積卑為高,故君子日孳孳以成輝,小人日怏怏以至辱。其消息也,離朱弗能見也。文王聞善如不及,宿不善如不祥。非為日不足也,其憂尋推之也。故《詩》曰:「周雖舊邦,其命維新。」懷情抱質,天弗能殺,地弗能霾也。聲揚天地之間,配日月之光,甘樂之者也。苟向善,雖過無怨;苟不向善,雖忠來患。故怨人不如自怨,求諸人不如求諸己得也。聲自召也,貌自示也,名自命也,文自官也,無非己者。操銳以刺,操刃以擊,何怨乎人?故管子文錦也,雖醜登廟;子產練染也,美而不尊。虛而能滿,淡而有味,被褐懷玉者。故兩心不可以得一人,一心可以得百人。男子樹蘭,美而不芳,繼子得食,肥而不澤,情不相與往來也。

今夫夜有所求、與瞽師等。東方開、則照見矣。一動而有益、損隨之。故易曰、剥之不可遂盡也、故受之以復。積薄爲厚、積卑爲高、故君子日孳孳以成煇、小人日怏怏以至辱。其消息也、離朱弗能見也。文王聞善如不及、宿不善如不祥。非爲日不足也、其憂尋推之也。故詩曰、周雖舊邦、其命維新。懷情抱質、天弗能殺、地弗能霾。聲揚於天地之閒、配日月之光、甘樂之者也。苟鄉善、雖過無怨。苟不鄉善、雖忠來患。故怨人不如自怨、求諸人不如求諸己得也。聲自召也、貌自示也、名自命也、文自官也、無非己者。操銳以刺、操刃以擊、何怨乎人。故管子文錦也、雖醜登廟。子產練染也、美而不尊。虛而能滿、淡而有味、被褐懷玉者。故兩心不可以得一人、一心可以得百人。男子樹蘭、美而不芳。繼子得食、肥而不澤、情不相與往來也。

生所假也,死所歸也。故宏演直仁而立死,王子閭張掖而受刃,不以所託害所歸也。故世治則以義衛身,世亂則以身衛義。死之日,行之終也,故君子慎一用之。無勇者,非先懾也,難至而失其守也;貪婪者,非先欲也,見利而忘其害也。虞公見垂棘之璧,而不知虢禍之及己也。故至道之人,不可遏奪也。人之慾榮也,以為己也,於彼何益?聖人之行義也,其憂尋出乎中也,於己何以利?故帝王者多矣,而三王獨稱;貧賤者多矣,而伯夷獨舉。以貴為聖乎?則聖者眾矣;以賤為仁乎?則賤者多矣。何聖人之寡也。獨專之意樂哉!忽乎日滔滔以自新,忘老之及己也。始乎叔季,歸乎伯孟,必此積也。不身遁,斯亦不遁人。故若行獨梁,不為無人不兢其容。故使人信己者易,而蒙衣自信者難。情先動,動無不得;無不得,則無莙,發莙而後快。故唐、虞之舉錯也,非以偕情也,快己而天下治;桀、紂非正賊之也,快己而百事廢。喜憎議而治亂分矣。

生所假也、死所歸也。故宏演直仁而立死、王子閭張掖而受刃、不以所託害所歸也。故世治則以義衛身、世亂則以身衛義。死之日、行之終也、故君子愼一用之。無勇者、非先懾也、難至而失其所守也。貪婪者、非先欲也、見利而忘其害也。虞公見垂棘之璧、而不知虢禍之及己也。故至道之人、不可遏奪。人欲於榮、爲己也、於彼何益。聖人之行義也、其憂尋出於中、於己何利。故帝王者多矣、而三王獨稱。貧賤者多矣、而伯夷獨舉。以貴爲聖乎、則聖者衆矣。以賤爲仁乎、則賤者多矣。何聖人之寡也。獨專之意樂哉。忽乎日滔滔以自新、忘老之及己也。始乎叔季、歸乎伯孟、必此積也。不身遁斯、亦不人遁。故獨行如橋、不爲無人不兢其容。故使人信己者易、而蒙衣自信者難。情先動、動無不得者、無不得則無著、著發而後快。故唐虞之舉錯也、非以偕情也、快己而天下治。桀紂非正賊之也、快己而百事廢。喜憎議而治亂分矣。

聖人之行,無所合,無所離,譬若鼓,無所與調,無所不比。絲管金石,小大修短有敘,異聲而和;君臣上下,官職有差,殊事而調。夫織者日以進,耕者日以卻,事相反,成功一也。申喜聞乞人之歌而悲,出而視之,其母也。艾陵之戰也,夫差曰:「夷聲陽,句吳其庶乎!」同是聲而取信焉異。有諸情也。故心哀而歌不樂,心樂而哭不哀。夫子曰:「弦則是也,其聲非也。」文者,所以接物也,情繫於中而欲發外者也。以文滅情,則失情;以情滅文,則失文。文情理通,則鳳麟極矣。言至德之懷遠也。輸子陽謂其子曰:「良工漸乎矩鑿之中。」矩鑿之中,固無物而不周。聖王以治民,造父以治馬,醫駱以治病。同材而各自取焉。上意而民載,誠中者也。未言而信,弗召而至,或先之也,忣於不己知者,不自知也。矜怛生於不足,華誣生於矜。誠中之人,樂而不忣,如鴞好聲,熊之好經。夫有誰為矜。春女思,秋士悲,而知物化矣。號而哭,嘰而哀,而知聲動矣;容貌顏色,理詘𠈐倨佝,徇知情偽矣。故聖人慄慄乎其內,而至乎至極矣。

聖人之行、無所合、無所離、譬若鼓、無所與調、無所不比。絲管金石、小大脩短有敘、異聲而和。君臣上下、官職有差、殊事而調。夫織者日以進、耕者日以卻、事相反、成功一也。申喜聞乞人之歌而悲、出而視之、其母也。艾陵之戰、夫差曰、夷聲陽、句吳其庶乎。同是聲而取信焉異、有諸情也。故心哀而歌不樂、心樂而哭不哀。夫子曰、絃則是也、其聲非也。文者所以接物也、情繫於中而欲發外者也。以文滅情、則失情。以情滅文、則失文。文情理通、則鳳麟極矣。輸子陽謂其子曰、良工漸乎矩鑿之中。矩鑿之中、固無物而不周。聖王以治民也、造父以治馬、醫駱以治病。同材而各自取焉。上意而民載、誠中者也。未言而信、弗召而至、或先之也。恱於不己知者、不自知也。矜怛生於不足、華誣生於矜。故誠中之人、樂而不忣、如鴟鴞好聲、熊之好經。夫有誰爲矜。春女思、秋士悲、而知物化矣。號而哭、嘰而哀、而知聲動矣。容貌顏色、理詘倨佝(底本此字爲生僻字)、知情僞矣。故聖人栗栗乎其內、而至乎至極矣。

功名遂成,天也;循理受順,人也。太公望、周公旦,天非為武王造之也;崇侯、惡來,天非為紂生之也;有其世,有其人也。教本乎君子,小人被其澤;利本乎小人,君子享其功。昔東戶季子之世,道路不拾遺,耒耜餘糧宿諸畮首,使君子小人各得其宜也。故一人有慶,兆民賴之。凡高者貴其左,故下之於上曰左之,臣辭也;下者貴其右,故上之於下曰右之,君讓也。故上左遷,則失其所尊也;臣右還,則失其所貴矣。小快害道,斯須害儀。子產騰辭,獄繁而無邪,失諸情者,則塞於辭矣。成國之道,工無偽事,農無遺力,士無隱行,官無失法。譬若設網者,引其綱而萬目開矣。舜、禹不再受命,堯、舜傳大焉,先形乎小也。刑于寡妻,至於兄弟,禪於家國,而天下從風。故戎兵以大知小,人以小知大。君子之道,近而不可以至,卑而不可以登,無載焉而不勝,大而章,遠而隆,知此之道,不可求於人,斯得諸己也。釋己而求諸人,去之遠矣。

功名遂成、天也。循理受順、人也。太公望、周公旦、天非爲武王造之也。崇侯、惡來、天非爲紂生之也。有其世、有其人也。教本乎君子、小人被其澤。利本乎小人、君子享其功。昔東戶季子之世、道路不拾遺、耒耜餘糧宿諸畮、使君子小人各得其宜也。故一人有慶、兆民賴之。凡高者貴其左、故下之於上曰左之、臣辭也。下者貴其右、故上之於下曰右之、君讓也。故上左遷則失其所尊也、臣右還則失其所貴矣。小快害道、斯須害儀。子產騰辭、獄繁而無邪、失諸情者、則塞於辭矣。成國之道、工無僞事、農無遺力、士無隱行、官無失法。譬若設網者、引其綱而萬目開矣。舜、禹不再受命、堯、舜傳大焉、先形乎小也。刑於寡妻、至于兄弟、禪於家國、而天下從風。故戎兵以大知小、人以小知大。君子之道、近而不可以至、卑而不可以登、無載焉而不勝、大而章、遠而隆、知此之道、不可求於人、斯得諸己也。釋己而求諸人、去之遠矣。

君子者,樂有餘而名不足,小人樂不足而名有餘。觀於有餘不足之相去,昭然遠矣。含而弗吐,在情而不萌者,未之聞也。君子思義而不慮利,小人貪利而不顧義。子曰:「鈞之哭也,曰:『子予奈何兮乘我何』其哀則同,其所以哀則異。」故哀樂之襲人情也深矣。鑿地漂池,非止以勞苦民也。各從其蹠而亂生焉。其載情一也,施人則異矣。故唐、虞日孳孳以致於王,桀、紂日怏怏以致於死,不知後世之譏己也。凡人情,說其所苦即樂,失其所樂則哀。故知生之樂,必知死之哀。有義者不可欺以利,有勇者不可劫以懼,如饑渴者不可欺以虛器也。人多欲虧義,多憂害智,多懼害勇。嫚生乎小人,蠻夷皆能之;善生乎君子,誘然與日月爭光,天下弗能遏奪。故治國樂其所以存,亡國亦樂其所以亡也。金錫不消釋則不流刑,上憂尋不誠則不法民。憂尋不在民,則是絕民之系也。君反本,而民系固也。至德小節備,大節舉。齊桓舉而不密,晉文密而不舉。晉文得之乎閨內,失之乎境外;齊桓失之乎閨內,而得之乎本朝。

君子者、樂有餘而名不足。小人者、樂不足而名有餘。觀於有餘不足之相去、昭然遠矣。含而弗吐、在情而不萌者、未之聞也。君子思義而不慮利、小人貪利而不顧義。子曰、鈎之哭也、曰子予奈何兮乘我何、其哀則同、其所以哀則異。故哀樂之襲人情也深矣。鑿地漂池、非止以勞苦民也、各從其蹠而亂生焉。其載情一也、施人則異矣。故唐、虞日孳孳以致於王、桀、紂日怏怏以致於死、不知後世之譏己也。凡人情、說其所苦即樂、失其所樂即哀。故知生之樂、必知死之哀。有義者不可欺以利、有勇者不可劫以懼、如饑渴者不可欺以虛器也。人多欲虧義、多憂害智、多懼害勇。嫚生乎小人、蠻夷皆能之。善生乎君子、誘然與日月爭光、天下弗能遏奪。故治國樂其所以存、亡國亦以樂其所以亡也。金錫不消釋則不流刑、上憂尋不誠則不法民。憂尋不在民、則是絕民之繫也。君反本、而民繫固也。至德小節備、大節舉。齊桓舉而不密、晉文密而不舉。晉文得之乎閨內、失之乎境外。齊桓失之乎閨內、而得之乎本朝。

水下流而廣大,君下臣而聰明。君不與臣爭功,而治道通矣。管夷吾、百里奚經而成之,齊桓、秦穆受而聽之。照惑者,以東為西,惑也;見日而寤矣。衛武侯謂其臣曰:「小子無謂我老而羸我,有過必謁之。」是武侯如弗羸之必得羸。故老而弗舍,通乎存亡之論者也。人無能作也,有能為也;有能為也,而無能成也。人之為,天成之。終身為善,非天不行;終身為不善,非天不亡。故善否,我也;禍福,非我也。故君子順其在己者而已矣。性者,所受於天也;命者,所遭於時也。有其材,不遇其世,天也。太公何力,比干何罪,循性而行指,或害或利。求之有道,得之在命。故君子能為善,而不能必其得福;不忍為非,而未能必免其禍。君,根本也;臣,枝葉也。根本不美,枝葉茂者,未之聞也。有道之世,以人與國;無道之世,以國與人。堯王天下而憂不解,授舜而憂釋。憂而守之,而樂與賢終,不私其利矣。

水之下流而廣大、君之下臣而聰明。君不與臣爭功而治道通矣。管夷吾、百里奚經而成之、齊桓、秦穆受而聽之。照惑者以東爲西、惑也、見日而寤矣。衛武侯謂其臣曰、小子無謂我老而羸我、有過必謁之。是武侯如弗羸之必得羸也。故老而弗舍、通乎存亡之論者也。人無能作也、有能爲也。有能爲也、而無能成也。人之爲、天成之。終身爲善、非天不行。終身爲不善、非天不亡。故善否、我也。禍福、非我也。故君子順其在己者而已矣。性者、所受於天也。命者、所遭於時也。有其材、不遇其世、天也。太公何力、比干何罪、循性而行指、或害或利。求之有道、得之在命。故君子能爲善、而不能必其得福。不忍爲非、而未能必免其禍。君、根本也。臣、枝葉也。根本不美、枝葉茂者、未之聞也。有道之世、以人與國。無道之世、以國與人。堯王天下而憂不解、授舜則憂釋。憂而守之、而樂與賢終、不私其利矣。

凡萬物有所施之,無小不可;為無所用之,碧瑜糞土也。人之情,於害之中爭取小焉,於利之中爭取大焉。故同味而嗜厚膊者,必其甘之者也;同師而超群者,必其樂之者也。弗甘弗樂,而能為表者,未之聞也。君子時則進,得之以義,何幸之有!不時則退,讓之以義,何不幸之有!故伯夷餓死首陽之下,猶不自悔,棄其所賤,得其所貴也。福之萌也綿綿,禍之生也分分。禍福之始萌微,故民嫚之。唯聖人見其始而知其終。故傳曰:「魯酒薄而邯鄲圍,羊羹不斟而宋國危。」明主之賞罰,非以為己也,以為國也。適於己而無功於國者,不施賞焉;逆於己便於國者,不加罰焉。故楚莊謂共雍曰:「有德者受吾爵祿,有功者受吾田宅。是二者,女無一焉,吾無以與女。」可謂不逾於理乎!其謝之也,猶未之莫與。周政至,殷政善,夏政行。行政善,善未必至也。至至之人,不慕乎行,不慚乎善。含德履道,而上下相樂也,不知其所由然。有國者多矣,而齊桓、晉文獨名;泰山之上有七十壇焉,而三王獨道。君不求諸臣,臣不假之君,修近彌遠,而後世稱其大。不越鄰而成章,而莫能至焉。故孝己之禮可為也,而莫能奪之名也。必不得其所懷也。

凡萬物有所施之、無小不可。爲無用、碧瑜糞土也。人之情、於害之中爭取小焉、於利之中爭取大焉。故同味而嗜厚膊者、必其甘之者也。同師而超群者、必其樂之者也。弗甘弗樂而能爲表者、未之聞也。君子時則進、得之以義、何幸之有。不時則退、讓之以義、何不幸之有。故伯夷餓死首陽之下、猶不自悔、棄其所賤、得其所貴也。福之萌也綿綿、禍之生也分分。福禍之始萌微、故民嫚之。唯聖人見其始而知其終。故傳曰、魯酒薄而邯鄲圍、羊羹不斟而宋國危。明主之賞罰、非以爲己也、以爲國也。適於己而無功於國者、不施賞焉。逆於己便於國者、不加罰焉。故楚莊謂共雍曰、有德者受吾爵祿、有功者受吾田宅、是二者、女無一焉、吾無以與女。可謂不踰於理乎。其謝之也、猶未之莫與。周政至、殷政善、夏政行。行政善、善未必至也。至至之人、不慕乎行、不慚乎善。含德履道、上下相樂、不知所以然。有國者多矣、而齊桓、晉文獨名。泰山之上有七十壇焉、而三王獨道。君不求諸臣、臣不假諸君、修近彌遠、後世稱其大。不越鄰而成章、而莫能至焉。故孝己之禮可爲也、而莫能奪之名也。必不得其所懷也。

義載乎宜之謂君子,宜遺乎義之謂小人。通智得而不勞,其次勞而不病,其下病而不勞。古人味而弗貪也,今人貪而弗味。歌之修其音也,音之不足於其美者也。金石絲竹,助而奏之,猶未足以至於極也。人能尊道行義,喜怒取予,欲如草之從風。召公桑蠶耕種之時,馳獄出拘,使百姓皆得反業修職。文王辭千里之地,而請去炮烙之刑。故聖人之舉事也,進退不失時,若夏就絺綌,上車授綏之謂也。老子學商容,見舌而知守柔矣;列子學壺子,觀景柱而知持後矣。故聖人不為物先,而常制之,其類若積薪樵,後者在上。人以義愛,以黨群,以群強。是故德之所施者博,則威之所行者遠;義之所加者淺,則武之所制者小矣。鐸以聲自毀,膏濁以明自鑠,虎豹之文來射,猿狖之捷來措。故子路以勇死,萇弘以智困。能以智知,而未能以智不知也。故行險者不得履繩,出林者不得直道,夜行瞑目而前其手,事有所至,而明有所害。人能貫冥冥入於昭昭,可與言至矣。鵲巢知風之所起,獺穴知水之高下,暉目知晏,陰諧知雨,為是謂人智不如鳥獸,則不然。故通於一伎,察於一辭,可與曲說,未可與廣應也。甯戚擊牛角而歌,桓公舉以大政;雍門子以哭見孟嘗君,涕流沾纓。歌哭,眾人之所能為也,一發聲,入人耳,感人心,情之至者也。故唐、虞之法可效也。其諭人心,不可及也。簡公以懦殺,子陽以猛劫,皆不得其道者也。故歌而不比於律者,其清濁一也;繩之外與繩之內,皆失直者也。紂為象箸而箕子嘰,魯以偶人葬而孔子歎,見所始則知所終。故水出於山,入於海;稼生乎野,而藏乎倉。聖人見其所生,則知其所歸矣。

義載於宜謂之君子、宜遺乎義謂之小人。通智得而不勞、其次勞而不病、其下病而益勞。古之人味而不貪、今之人貪而不味。歌之修其音也、音之不足於其美也、金石絲竹助而奏之、猶未足以至於極也。人能尊道行義、喜怒取予、欲如草之從風。召公以桑蠶耕種之時、馳獄出拘、使百姓皆得反業修職。文王辭千里之地、而請去炮烙之刑。故聖人之舉事也、進退不失時、若夏就絺綌、上車授綏之謂也。老子學商容、見舌而知守柔矣。列子學壺子、觀景柱而知持後矣。故聖人不爲物先、而常制之、其類若積薪樵、後者在上。人以義愛、以黨爲群、以群強。是故德之所施者博、而威之所行者遠。義之所加者淺、而武之所制者小矣。鐸以聲自毀、膏燭以明自鑠、虎豹之文來射、蝯狖之捷來措。故子路以勇死、萇弘以智困。能以智知也、而未能以智不知也。故行險者不得履繩、出林者不得直道、夜行瞑目而前其手、事有所至、而明有所害。人能貫冥冥入於昭昭、可與言至矣。鵲巢知風之所起、獺穴知水之高下、暉目知晏、陰諧知雨、爲是謂人智不如鳥獸、則不然。故通於一伎、察於一辭、可與曲說、未可廣應也。寧戚擊牛角而歌、桓公舉以大政。雍門子以哭見孟嘗君、涕流沾纓。歌哭、衆人之所能爲也、一發聲、入人耳、感人心、情之至者也。故唐虞之法可效也、其諭人心不可及也。簡公以懦殺、子陽以猛劫、皆不得其道者也。故歌而不比於律者、其清濁一也。繩之外與繩之內、皆失直者也。紂爲象箸而箕子唏、魯以偶人葬而孔子嘆、見所始則知所終。故水出於山而入於海、稼生於野而藏於廩、聖人見其所生、則知其所歸矣。

水濁者魚噞,令苛者民亂。城峭者必崩,岸青者必陀。故商鞅立法而支解,吳起刻削而車裂。治國譬若張瑟,大絃絚,則小絃絕矣。故急轡數策者,非千里之禦也。有聲之聲,不過百里;無聲之聲,施於四海。是故祿過其功者損,名過其實者蔽。情行合而名副之,禍福不虛至矣。身有醜夢,不勝正行;國有妖祥,不勝善政。是故前有軒冕之賞,不可以無功取也;後有斧鉞之禁,不可以無罪蒙也。素修正者,弗離道也。君子不謂小善不足為也而舍之,小善積而為大善;不謂小不善為無傷也而為之,小不善積而為大不善。是故積羽沈舟,群輕折軸。故君子禁於微。壹快不足以成善,積快而為德;壹恨不足以成非,積恨而成怨。故三代之稱,千歲之積譽也;桀、紂之謗,千歲之積毀也。

水濁則魚噞、政苛則民亂。城峭者必崩、岸崝者必陀。故商鞅立法而支解、吳起刻削而車裂。治國譬若張瑟、大絃縆則小絃絕矣。故急轡數策者、非千里之御也。有聲之聲、不過百里。無聲之聲、施於四海。是故祿過其功者損、名過其實者蔽。情行合而名副之、禍福不虛至矣。身有醜夢、不勝正行。國有妖祥、不勝善政。是故前有軒冕之賞、不可以無功取也。後有斧鉞之禁、不可以無罪蒙也。素修正者、弗離道也。君子不謂小善不足爲也而舍之、小善積而爲大善。不謂小不善爲無傷也而爲之、小不善積而爲大不善。是故積羽沈舟、群輕折軸。故君子禁於微。壹快不足以成善、積快而爲德。壹恨不足以成非、積恨而成怨。故三代之稱、千歲之積譽也。桀紂之謗、千歲之積毀也。

天有四時,人有四用。何謂四用?視而形之,莫明於目;聽而精之,莫聰於耳;重而閉之,莫固於口;含而藏之,莫深於心。目見其形,耳聽其聲,口言其誠,而心致之精,則萬物之化鹹有極矣。地以德廣,君以德尊,上也;地以義廣,君以義尊,次也;地以強廣,君以強尊,下也。故粹者王,駁者霸,無一焉者亡。昔二皇鳳皇至於庭,三代至乎門,周室至乎澤。德彌粗,所至彌遠;德彌精,所至彌近。君子誠仁,施亦仁,不施亦仁;小人誠不仁,施亦不仁,不施亦不仁。善之由我,與其由人若,仁德之盛者也,故情勝欲者昌,欲勝情者亡。欲知天道,察其數;欲行地道,物其樹;欲知人道,從其欲。勿驚勿駭,萬物將自理;勿撓勿攖,萬物將自清。

天有四時、人有四用。何謂四用。視而形之、莫明於目。聽而精之、莫聰於耳。重而閉之、莫固於口。含而藏之、莫深於心。目見其形、耳聽其聲、口言其誠、而心致之精、則萬物之化咸有極矣。地以德廣、君以德尊、上也。地以義廣、君以義尊、次也。地以強廣、君以強尊、下也。故粹者王、駮者霸、無一焉者亡。昔二皇鳳皇至於庭、三代至乎門、周室至乎澤。德彌麤、所至彌遠。德彌精、所至彌近。君子誠仁、施亦仁、不施亦仁。小人誠不仁、施亦不仁、不施亦不仁。善之由我、與其由人若、仁德之盛者也。故情勝欲者昌、欲勝情者亡。欲知天道、察其數。欲行地道、物其樹。欲知人道、從其欲。勿驚勿駭、萬物將自理。勿撓勿攖、萬物將自清。

察一曲者,不可與言化;審一時者,不可與言大。日不知夜,月不知晝,日月為明而弗能兼也,唯天地能函之。能包天地,曰唯無形者也。驕溢之君無忠臣,口慧之人無必信。交拱之木,無把之枝;尋常之溝,無吞舟之魚。根淺則末短,本傷則枝枯。福生於無為,患生於多欲,害生於弗備,穢生於弗耨。聖人為善若恐不及,備禍若恐不免。蒙塵而欲毋眯,涉水而欲無濡,不可得也。是故知己者不怨人,知命者不怨天。福由己發,禍由己生。

察一曲者、不可與言化。審一時者、不可與言大。日不知夜、月不知晝、日月爲明而弗能兼也、唯天地能函之。能包天地、曰唯無形者也。驕溢之君無忠臣、口慧之人無必信。交拱之木、無把之枝。尋常之溝、無吞舟之魚。根淺則末短、本傷則枝枯。福生於無爲、患生於多欲、害生於弗備、穢生於弗耨。聖人爲善若恐不及、備禍若恐不免。蒙塵而欲毋眯、涉水而欲無濡、不可得也。是故知己者不怨人、知命者不怨天。福由己發、禍由己生。

聖人不求譽,不闢誹,正身直行,眾邪自息。今釋正而追曲,倍是而從眾,是與俗儷走,而內無繩,故聖人反己而弗由也。道之有篇章形埒者,非至者也。嘗之而無味,視之而無形,不可傳於人。大戟去水,亭曆愈張,用之不節,乃反為病。物多類之而非,唯聖人知其微。善禦者不忘其馬,善射者不忘其弩,善為人上者不忘其下。誠能愛而利之,天下可從也。弗愛弗利,親子叛父。天下有至貴而非勢位也,有至富而非金玉也,有至壽而非千歲也。原心反性,則貴矣;適情知足,則富矣;明死生之分,則壽矣。言無常是,行無常宜者,小人也;察於一事,通於一伎者,中人也;兼覆蓋而並有之,度伎能而裁使之者,聖人也。

聖人不求譽、不辟誹、正身直行、衆邪自息。今釋正而追曲、倍是而從衆、是與俗儷走、而內行無繩、故聖人反己而弗由也。道之有篇章形埒者、非至者也。嘗之而無味、視之而無形、不可傳於人。大戟去水、亭歷愈張、用之不節、乃反爲病。物多類之而非、唯聖人知其微。善御者不忘其馬、善射者不忘其弩、善爲人上者不忘其下。誠能愛而利之、天下可從也。弗愛弗利、親子叛父。天下有至貴而非勢位也、有至富而非金玉也、有至壽而非千歲也。原心反性則貴矣、適情知足則富矣、明死生之分則壽矣。言無常是、行無常宜者、小人也。察於一事、通於一伎者、中人也。兼覆蓋而并有之、度伎能而裁使之者、聖人也。

齊俗訓

率性而行謂之道,得其天性謂之德。性失然後貴仁,道失然後貴義。是故仁義立而道德遷矣,禮樂飾則純樸散矣,是非形則百姓眩矣,珠玉尊則天下爭矣。凡此四者,衰世之造也,末世之用也。夫禮者,所以別尊卑,異貴賤;義者,所以合君臣、父子、兄弟、夫妻、朋友之際也。今世之為禮者,恭敬而忮;為義者,佈施而德;君臣以相非,骨肉以生怨,則失禮義之本也,故搆而多責。夫水積則生相食之魚,土積則生自淫之獸,禮義飾則生偽匿之本。夫吹灰而欲無眯,涉水而欲無濡,不可得也。古者,民童蒙不知東西,貌不羨乎情,而言不溢乎行。其衣致煖而無文,其兵戈銖而無刃,其歌樂而無轉,其哭哀而無聲。鑿井而飲,耕田而食。無所施其美,亦不求得。親戚不相毀譽,朋友不相怨德。及至禮義之生,貨財之貴,而詐偽萌興,非譽相紛,怨德並行,於是乃有曾參、孝己之美,而生盜蹠、莊蹻之邪。故有大路龍旂,羽蓋垂緌,結駟連騎,則必有穿窬拊楗、抽箕踰備之姦;有詭文繁繡,弱緆羅紈,必有菅屩跐踦,短褐不完者。故高下之相傾也,短脩之相形也,亦明矣。夫蝦蟆為鶉,水蠆為𧐟莣,皆生非其類,唯聖人知其化。夫胡人見黂,不知其可以為布也;越人見毳,不知其可以為旃也。故不通於物者,難與言化。昔太公望、周公旦受封而相見,太公問周公曰:「何以治魯?」周公曰:「尊尊親親。」太公曰:「魯從此弱矣!」周公問太公曰:「何以治齊?」太公曰:「舉賢而上功。」周公曰:「後世必有劫殺之君!」其後,齊日以大,至於霸,二十四世而田氏代之;魯日以削,至三十二世而亡。故易曰:「履霜,堅冰至。」聖人之見終始微言!故糟丘生乎象箸,炮烙生乎熱鬥。子路撜溺而受牛謝,孔子曰:「魯國必好救人於患。」子贛贖人而不受金於府,孔子曰:「魯國不復贖人矣。

率性而行謂之道、得其天性謂之德。性失然後貴仁、道失然後貴義。是故仁義立而道德遷矣、禮樂飾則純樸散矣、是非形則百姓眩矣、珠玉尊則天下爭矣。凡此四者、衰世之造也、末世之用也。夫禮者、所以別尊卑、異貴賤。義者、所以合君臣、父子、兄弟、夫妻、朋友之際也。今世之爲禮者、恭敬而忮。爲義者、布施而德。君臣以相非、骨肉以生怨、則失禮義之本也、故搆而多責。夫水積則生相食之魚、土積則生自宂之獸、禮義飾則生僞匿之本。夫吹灰而欲無眯、涉水而欲無濡、不可得也。古者民童蒙不知東西、貌不羨乎情、而言不溢乎行。其衣緻煖而無文、其兵鈍而無刃、其歌樂而無轉、其哭哀而無聲。鑿井而飲、耕田而食。無所施其美、亦不求得。親戚不相毀譽、朋友不相怨德。及至禮義之生、貨財之貴、而詐僞萌興、非譽相紛、怨德竝行、於是乃有曾參、孝己之美、而生盜蹠、莊蹻之邪。故有大路龍旗、羽蓋垂緌、結駟連騎、則必有穿窬拊楗、抽箕踰備之奸。有詭文繁繡、弱緆羅紈、必有菅屨跐踦、短褐不完者。故高下之相傾也、短修之相形也、亦明矣。夫蝦蟆爲鶉、水蠆爲𧒢(底本此字爲生僻字)、皆生非其類、唯聖人知其化。夫胡人見䴠、不知其可以爲布也。越人見毳、不知其可以爲旃也。故不通於物者、難與言化。昔太公望、周公旦受封而相見、太公問周公曰、何以治魯。周公曰、尊尊親親。太公曰、魯從此弱矣。周公問太公曰、何以治齊。太公曰、舉賢而上功。周公曰、後世必有劫殺之君。其後、齊日以大、至於霸、二十四世而田氏代之。魯日以削、至三十二世而亡。故易曰、履霜堅冰至。聖人之見終始微言。故糟丘生乎象櫡、炮烙生乎熱斗。子路撜溺而受牛謝、孔子曰、魯國必好救人於患。子贛贖人而不受金於府、孔子曰、魯國不復贖人矣。子路受而勸德、子贛讓而止善。孔子之明、以小知大、以近知遠、通於論者也。由此觀之、廉有所在、而不可公行也。

」子路受而勸德,子贛讓而止善。孔子之明,以小知大,以近知遠,通於論者也。由此觀之,廉有所在,而不可公行也。故行齊於俗,可隨也;事周於能,易為也。矜偽以惑世,伉行以違眾,聖人不以為民俗。廣廈闊屋,連闥通房,人之所安也,鳥入之而憂。高山險阻,深林叢薄,虎豹之所樂也,人入之而畏。川穀通原,積水重泉,黿鼉之所便也,人入之而死。咸池、承云,九韶、六英,人之所樂也,鳥獸聞之而驚。深谿峭岸,峻木尋枝,猿狖之所樂也,人上之而慄。形殊性詭,所以為樂者乃所以為哀,所以為安者乃所以為危也。乃至天地之所覆載,日月之所照誋,使各便其性,安其居,處其宜,為其能。故愚者有所脩,智者有所不足;柱不可以摘齒,筐不可以持屋;馬不可以服重,牛不可以追速;鉛不可以為刀,銅不可以為弩;鐵不可以為舟,木不可以為釜。各用之於其所適,施之於其所宜,即萬物一齊,而無由相過。夫明鏡便於照形,其於以函食,不如簞;犧牛粹毛,宜於廟牲,其於以致雨,不若黑蜧。由此觀之,物無貴賤。因其所貴而貴之,物無不貴也;因其所賤而賤之,物無不賤也。夫玉璞不厭厚,角䚩不厭薄;漆不厭黑,粉不厭白。此四者相反也,所急則均,其用一也。今之裘與蓑,孰急?見雨則裘不用,升堂則蓑不御,此代為常者也。譬若舟、車、楯、肆、窮廬,故有所宜也。故老子曰「不上賢」者,言不致魚於木,沉鳥於淵。故堯之治天下也,舜為司徒,契為司馬,禹為司空,后稷為大田師,奚仲為工。其導萬民也,水處者漁,山處者木,谷處者牧,陸處者農。地宜其事,事宜其械,械宜其用,用宜其人。澤皋織網,陵阪耕田,得以所有易所無,以所工易所拙,是故離叛者寡,而聽從者眾。譬若播棋丸於地,員者走澤,方者處高,各從其所安,夫有何上下焉!

是故行齊於俗、可隨也。事周於能、易爲也。矜僞以惑世、伉行以違衆、聖人不以爲民俗。廣廈闊屋、連闥通房、人之所安也、鳥入之而憂。高山險阻、深林叢薄、虎豹之所樂也、人入之而畏。川谷通原、積水重泉、黿鼉之所便也、人入之而死。咸池承雲、九韶六英、人之所樂也、鳥獸聞之而驚。深谿峭岸、峻木尋枝、猨狖之所樂也、人上之而慄。形殊性詭、所以爲樂者、乃所以爲哀。所以爲安者、乃所以爲危也。乃至天地之所覆載、日月之所昭誋、使各便其性、安其居、處其宜、爲其能。故愚者有所脩、智者有所不足。柱不可以擿齒、筐不可以持屋、馬不可以服重、牛不可以追速、鉛不可以爲刀、銅不可以爲弩、鐵不可以爲舟、木不可以爲釜。各用之於其所適、施之於其所宜、卽萬物一齊、而無由相過。夫明鏡便於照形、其於以函食、不如簞。犧牛粹毛、宜於廟牲、其於以致雨、不若黑蜧。由此觀之、物無貴賤。因其所貴而貴之、物無不貴也。因其所賤而賤之、物無不賤也。夫玉璞不厭厚、角䚩不厭薄(底本此字爲生僻字)、漆不厭黑、粉不厭白。此四者相反也、所急則均、其用一也。今之裘與蓑、孰急。見雨則裘不用、升堂則蓑不御、此代爲常者也。譬若舟、車、楯、肆、窮廬、故有所宜也。故老子曰不上賢者、言不致魚於木、沈鳥於淵。故堯之治天下也、舜爲司徒、契爲司馬、禹爲司空、后稷爲大田師、奚仲爲工。其導萬民也、水處者漁、山處者木、谷處者牧、陸處者農。地宜其事、事宜其械、械宜其用、用宜其人。澤皋織網、陵阪耕田、得以所有易所無、以所工易所拙。是故離叛者寡、而聽從者衆。譬若播棊丸於地、員者走澤、方者處高、各從其所安、夫有何上下焉。

若風之遇簫,忽然感之,各以清濁應矣。夫猿狖得茂木,不捨而穴;狟貉得埵防,弗去而緣;物莫避其所利而就其所害。是故鄰國相望,雞狗之音相聞,而足跡不接諸侯之境,車軌不結千里之外者,皆各得其所安。故亂國若盛,治國若虛,亡國若不足,存國若有餘。虛者非無人也,皆守其職也;盛者非多人也,皆徼於末也;有餘者非多財也,欲節事寡也;不足者非無貨也,民躁而費多也。故先王之法籍,非所作也,其所因也。其禁誅,非所為也,其所守也。凡以物治物者不以物,以睦;治睦者不以睦,以人;治人者不以人,以君;治君者不以君,以欲;治欲者不以欲,以性;治性者不於性,以德;治德者不以德,以道。原人之性,蕪濊而不得清明者,物或堁之也。羌、氐、僰、翟,嬰兒生皆同聲,及其長也,雖重象狄騠,不能通其言,教俗殊也。今三月嬰兒,生而徙國,則不能知其故俗。由此觀之,衣服禮俗者,非人之性也,所受於外也。夫竹之性浮,殘以為牒,束而投之水,則沉,失其體也。金之性沉,託之於舟上則浮,勢有所支也。夫素之質白,染之以涅則黑;縑之性黃,染之以丹則赤。人之性無邪,久湛於俗則易。易而忘本,合於若性。故日月欲明,浮雲蓋之;河水欲清,沙石濊之;人性慾平,嗜慾害之。惟聖人能遺物而反己。夫乘舟而惑者,不知東西,見鬥極則寤矣。夫性,亦人之鬥極也。有以自見也,則不失物之情;無以自見,則動而惑營。譬若隴西之遊,愈躁愈沉。孔子謂顏回曰:「吾服汝也忘,而汝服於我也亦忘。雖然,汝雖忘乎,吾猶有不忘者存。」孔子知其本也。夫縱欲而失性,動未嘗正也,以治身則危,以治國則亂,以入軍則破。是故不聞道者,無以反性。故古之聖王,能得諸己,故令行禁止,名傳後世,德施四海。是故凡將舉事,必先平意清神。神清意平,物乃可正。

風が簫に遇うが如く、忽然としてそれを感發し、各々清濁をもって應ずる。猿猴が茂木を得れば、捨てずして穴を作らず、貉が土埂堤防を得れば、離れずして沿うて行く。物は利する所を避けて害する所に趨くものがない。だから鄰國は相望見し、雞狗の聲は相聞こえるが、足跡は諸侯の境內に接せず、車軌は千里之外に結び交わらない。皆各々その安んずる所を得たのだ。だから亂國は盛んの如く、治國は虛の如く、亡國は不足の如く、存國は有餘の如し。虛とは人がいないのではなく、皆職を守るのだ。盛とは人が多いのではなく、皆末業を求めるのだ。有餘とは財が多いのではなく、欲に節があり事が少ないのだ。不足とは貨がないのではなく、民が躁急にして費やすことが多いのだ。だから先王の法籍は、自ら造作したのではなく、因循した所だ。その禁誅は、自ら作為したのではなく、守住した所だ。およそ物をもって物を治めるには、物を用いず和睦を用いる。和睦を治めるには和睦を用いず人を用いる。人を治めるには人を用いず君を用いる。君を治めるには君を用いず欲を用いる。欲を治めるには欲を用いず性を用いる。性を治めるには性に在らず德を用いる。德を治めるには德を用いず道を用いる。人の性を推原すれば、蕪穢して清明を得ないのは、物あるいは塵土がこれを蒙ったからだ。羌・氐・僰・翟の嬰兒は、生まれるや聲皆同じだが、長ずるに及べば、象胥狄鞮を重ねて譯しても、その言を通ずることはできない、教と俗が異なるからだ。いま三月の嬰兒を、生まれて他國に遷せば、その故俗を知ることができない。これより觀れば、衣服禮俗は人の性ではなく、外から受けたものだ。竹の性は浮だが、殘破して牒となし、束ねて水に投げれば沈む、本體を失ったからだ。金の性は沈だが、船に託せば浮く、勢に支える所有るからだ。素の質は白だが、涅をもって染めれば黑く、縑の性は黃だが、丹をもって染めれば赤くなる。人の性に邪はなく、久しく俗に湛えば改まる。改まって本を忘れれば、その性に合する。だから日月は明らかならんと欲するも浮雲がこれを蓋い、河水は清からんと欲するも沙石がこれを穢濁し、人性は平らかならんと欲するも嗜欲がこれを妨害する。聖人のみ能く物を離れて己に反る。船に乘って迷惑する者は東西を知らず、北斗と北極を見て寤める。性もまた人の北斗北極だ。自ら見る所以があれば、物の情を失わず。自ら見る所以がなければ、一動すれば迷惑營亂する。隴西の游水の如く、急げば急ぐほど沈む。孔子が顏回に謂う、「吾は女を服しても忘れ、女も吾を服して忘る。雖然、女忘る可し、吾に忘れざる者有り」と。孔子はその本を知る。欲を縱にして性を失えば、動に嘗て正なし。以て身を治めれば危うく、以て國を治めれば亂れ、以て軍に入れば破敗する。だから道を聞かざる者は、性に反る由なし。古の聖王は能く己より得之、故に令行禁止、名は後世に傳わり、德は四海に施く。だからおよそ事を將に爲さんとすれば、必ず先ず意を平らげ神を清める。神清く意平らかなれば、物乃ち正にすることが可なり。

若璽之抑埴,正與之正,傾與之傾。故堯之舉舜也,決之於目;桓公之取甯戚也,斷之於耳而已矣。為是釋術數而任耳目,其亂必甚矣。夫耳目之可以斷也,反情性也;聽失於誹譽,而目淫於采色,而欲得事正,則難矣。夫載哀者聞歌聲而泣,載樂者見哭者而笑。哀可樂者,笑可哀者,載使然也,是故貴虛。故水擊則波興,氣亂則智昏。智昏不可以為政,波水不可以為平。故聖王執一而勿失,萬物之情既矣,四夷九州服矣。夫一者至貴,無適於天下。聖人託於無適,故民命繫矣。為仁者必以哀樂論之,為義者必以取予明之。目所見不過十里,而欲遍照海內之民,哀樂弗能給也。無天下之委財,而欲遍澹萬民,利不能足也。且喜怒哀樂,有感而自然者也。故哭之發於口,涕之出於目,此皆憤於中而形於外者也。譬若水之下流,煙之上尋也,夫有孰推之者!故強哭者雖病不哀,強親者雖笑不和。情發於中而聲應於外,故釐負羈之壺餐,愈於晉獻公之垂棘;趙宣孟之束脯,賢於智伯之大鐘。故禮豐不足以效愛,而誠心可以懷遠。故公西華之養親也,若與朋友處,曾參之養親也,若事嚴主烈君,其於養,一也。故胡人彈骨,越人契臂,中國歃血也,所由各異,其於信,一也。三苗髽首,羌人括領,中國冠笄,越人劗鬋,其於服,一也。帝顓頊之法,婦人不闢男子於路者,拂之於四達之衢,今之國都,男女切踦,肩摩於道,其於俗,一也。故四夷之禮不同,皆尊其主而愛其親,敬其兄;獫狁之俗相反,皆慈其子而嚴其上。夫鳥飛成行,獸處成群,有孰教之!故魯國服儒者之禮,行孔子之術,地削名卑,不能親近來遠。越王句踐劗髮文身,無皮弁搢笏之服,拘罷拒折之容,然而勝夫差於五湖,南面而霸天下,泗上十二諸侯皆率九夷以朝。胡、貉、匈奴之國,縱體拖髮,箕倨反言,而國不亡怴A未必無禮也。

璽印を黏土に按ずるが如く、正には正を、傾には傾を與える。だから堯が舜を擧げたのは目に決し、桓公が甯戚を取ったのは耳に斷じて足りた。これをもって術數を釋れて耳目を任せば、亂は必ず益す。耳目が裁斷し得る所以は、情性に反るからだ。誹譽に聴を失し、采色に目を淫して、事の正を得んと欲すれば難い。哀を載せる者は歌聲を聞いて哭し、樂を載せる者は哭する者を見て笑う。樂すべきを哀と爲し、哀すべきを笑と爲すは、載せる所がこれを然らしめる。だから虛を貴ぶ。水は撃たれれば波を興し、氣は亂れれば智は昏れる。智昏れば以て政を爲すべからず、波の水は以て平準を爲すべからず。だから聖王は一を執って失わず、萬物の情盡き、四夷九州服す。一は至貴にして、天下に敵なし。聖人は無敵に身を託し、民の命繫がる。仁を爲す者は必ず哀樂をもってこれを論じ、義を爲す者は必ず取與をもってこれを明らかにす。目の見る所十里を過ぎず、而も遍く海內の民を照らさんと欲すれば、哀樂給せざらん。天下の委積の財なくして、遍く萬民を贍さんと欲すれば、利給せざらん。況んや喜怒哀樂は、感じて自ら然る有り。だから哭は口より發し、涕は目より出で、皆內に憤りて外に形を成す。水の下に流れ、煙の上に升るが如く、誰か之を排するや。だから強いて哭せしむる者は、哭して病めども哀まず、強いて親しましむる者は、笑えども和せず。情は內より發して聲は外に應ず。だから僖負羈の一壺の飱は、晉獻公の垂棘之璧に勝ち、趙宣孟の一束の脯は、智伯の大鐘に勝つ。だから禮豐厚なるも以て愛を效するに足らず、誠心は以て遠を懐く可し。公西華の親を養うや、朋友に處するが若し。曾參の親を養うや、嚴主烈君に事えるが若し。養に於いて一なり。胡人は骨を敲し、越人は臂を契り、中國は血を歃し、由る所各々同じからざるも、信に於いて一なり。三苗は髦首し、羌人は領を括し、中國は冠笄し、越人は翦髮す、服に於いて一なり。帝顓頊の法は、婦人辟男子於路者、拂之於四達之衢。今之國都、男女切踦、肩摩於道、俗に於いて一なり。故に四夷之禮不同、皆尊其主而愛其親、敬其兄。獫狁之俗相反、皆慈其子而嚴其上。鳥飛成行、獸處成群、有孰教者。故魯國服儒者之禮、行孔子之術、地削名卑、不能親近來遠。越王句踐翦髮文身、無皮弁搢笏之服、拘罷拒折之容、然而勝夫差於五湖、南面而霸天下、泗上十二諸侯皆率九夷以朝。胡、貉、匈奴之國、縱體拖髮、箕踞反言、而國不亡者(底本「怴A」は転寫殘留、文意は「者」たるべし)、未必無禮也。

楚莊王裾衣博袍,令行乎天下,遂霸諸侯。晉文君大布之衣,牂羊之裘,韋以帶劍,威立於海內。豈必鄒、魯之禮之謂禮乎!是故入其國者從其俗,入其家者避其諱,不犯禁而入,不忤逆而進,雖之夷狄徒裸之國,結軌乎遠方之外,而無所困矣。禮者,實之文也;仁者,恩之效也。故禮因人情而為之節文,而仁發恲以見容。禮不過實,仁不溢恩也,治世之道也。夫三年之喪,是強人所不及也,而以偽輔情也。三月之服,是絕哀而迫切之性也。夫儒、墨不原人情之終始,而務以行相反之制,五縗之服。悲哀抱於情,葬薶稱於養,不強人之所不能為,不絕人之所能已,度量不失於適,誹譽無所由生。古者,非不知繁升降槃還之禮也,蹀採齊、肆夏之容也,以為曠日煩民而無所用,故制禮足以佐實喻意而已矣。古者,非不能陳鐘鼓,盛筦簫,揚干鏚,奮羽旄,以為費財亂政,制樂足以合歡宣意而已,喜不羨於音。非不能竭國麋民,虛府殫財,含珠鱗施,綸組節束,追送死也,以為窮民絕業而無益於槁骨腐肉也,故葬薶足以收斂蓋藏而已。昔舜葬蒼梧,市不變其肆;禹葬會稽之山,農不易其畝;明乎生死之分,通乎侈儉之適者也。亂國則不然,言與行相悖,情與貌相反,禮飾以煩,樂優以淫,崇死以害生,久喪以招行,是以風俗濁於世,而誹譽萌於朝,是故聖人廢而不用也。義者,循理而行宜也;禮者,體情制文者也。義者宜也,禮者體也。昔有扈氏為義而亡,知義而不知宜也;魯治禮而削,知禮而不知體也。有虞氏之祀,其社用土,祀中霤,葬成畝,其樂咸池、承雲、九韶,其服尚黃。夏后氏,其社用松,祀戶,葬牆置翣,其樂夏籥、九成、六佾、六列、六英,其服尚青。殷人之禮,其社用石,祀門,葬樹松,其樂大濩、晨露,其服尚白。周人之禮,其社用栗,祀灶,葬樹柏,其樂大武、三象、棘下,其服尚赤。

楚莊王は裾博衣寬、令天下に行われ、諸侯を覇す。晉文君は大布之衣、牂羊之裘、韋以帶劍、威海內に立つ。豈に必ず鄒・魯之禮を以て禮と謂わんや。故に其の國に入れば其の俗に從い、其の家に入れば其の諱を避け、犯禁せずして入り、迕逆せずして進めば、雖夷狄祼國、車轍結於遐方之外、無所困矣。禮は實之文也、仁は恩之效也。故禮因人情而爲之節文、而仁發恲以見容。禮不過實、仁不溢恩、治世之道也。夫三年之喪、是強人所不及也、而以僞輔情也。三月之服、是絕哀而迫切之性也。夫儒墨不原人情之終始、而務以行相反之制、五縗之服、悲哀抱於情、葬薶稱於養、不強人所不能、不絕人所止、度量不失於適、誹譽無所由生。古者非不知繁升降槃還之禮也、蹀采齊肆夏之容也、以爲曠日煩民而無所用、故制禮足以佐實喻意而已矣。古者非不能陳鐘鼓、盛管簫、揚干戚、奮羽旄、以爲費財亂政、制樂足以合歡宣意而已、喜不羨於音。非不能竭國麋民、虛府殫財、含珠鱗施、綸組節束、追送死也、以爲窮民絕業而無益於槁骨腐肉也、故葬薶足以收斂蓋藏而已。昔舜葬蒼梧、市不變其肆。禹葬會稽之山、農不易其畝。明乎生死之分、通乎侈儉之適者也。亂國則不然、言與行相悖、情與貌相反、禮飾以煩、樂優以淫、崇死以害生、久喪以招行、是以風俗濁於世、而誹譽萌於朝、是故聖人廢而不用也。義者、循理而行宜也。禮者、體情制文者也。義者宜也、禮者體也。昔有扈氏爲義而亡、知義而不知宜也。魯治禮而削、知禮而不知體也。有虞氏之祀、其社用土、祀中霤、葬成畝、其樂咸池承雲九韶、其服尚黃。夏后氏、其社用松、祀戶、葬牆置翣、其樂夏籥九成六佾六列六英、其服尚青。殷人之禮、其社用石、祀門、葬樹松、其樂大濩晨露、其服尚白。周人之禮、其社用栗、祀竈、葬樹柏、其樂大武三象棘下、其服尚赤。禮樂相詭、服制相反、然而皆不失親疏之恩、上下之倫。

禮樂相詭,服制相反,然而皆不失親疏之恩,上下之倫。今握一君之法籍,以非傳代之俗,譬由膠柱而調瑟也。故明主制禮義而為衣,分節行而為帶。衣足以覆形,從典墳,虛循撓,便身體,適行步,不務於奇麗之容,隅眥之削。帶足以結紐收衽,束牢連固,不亟於為文句疏短之。故制禮義,行至德,而不拘於儒墨。所謂明者,非謂其見彼也,自見而已。所謂聰者,非謂聞彼也,自聞而已。所謂達者,非謂知彼也,自知而已。是故身者,道之所託,身得則道得矣。道之得也,以視則明,以聽則聰,以言則公,以行則從。故聖人裁製物也,猶工匠之斲削鑿枘也,宰庖之切割分別也,曲得其宜而不折傷。拙工則不然,大則塞而不入,小則窕而不周,動於心,枝於手,而愈醜。夫聖人之斲削物也,剖之判之,離之散之;已淫已失,復揆以一;既出其根,復歸其門;已雕已琢,還反於樸。合而為道德,離而為儀表。其轉入玄冥,其散應無形。禮義節行,又何以窮至治之本哉!世之明事者,多離道德之本,曰禮義足以治天下,此未可與言術也。所謂禮義者,五帝三王之法籍風俗,一世之跡也。譬若芻狗土龍之始成,文以青黃,絹以綺繡,纏以朱絲,尸祝袀袨,大夫端冕以送迎之。及其已用之後,則壤土草薊而已,夫有孰貴之!故當舜之時,有苗不服,於是舜修政偃兵,執干鏚而舞之。禹之時,天下大雨,禹令民聚土積薪,擇丘陵而處之。武王伐紂,載屍而行,海內未定,故不為三年之喪始。禹遭洪水之患,陂塘之事,故朝死而暮葬。此皆聖人之所以應時耦變,見形而施宜者也。今之修干鏚而笑钁插,知三年非一日,是從牛非馬,以徵笑羽也。以此應化,無以異於彈一絃而會棘下。夫以一世之變,欲以耦化應時,譬猶冬被葛而夏被裘。夫一儀不可以百發,一衣不可以出歲。儀必應乎高下,衣必適乎寒暑。

禮樂相詭、服制相反、而皆不失親疏之恩、上下之倫。今握一君之法籍、以非傳代之俗、譬由膠柱而調瑟也。故明主制禮義而爲衣、分節行而爲帶。衣足以覆形、從典墳、虛循撓、便身體、適行步、不務於奇麗之容、隅眥之削。帶足以結紐收衽、束牢連固、不亟於爲文句疏短之鞵(底本此字爲生僻字、轉寫後失落)。故制禮義、行至德、而不拘於儒墨。所謂明者、非謂其見彼也、自見而已。所謂聰者、非謂聞彼也、自聞而已。所謂達者、非謂知彼也、自知而已。是故身者、道之所託、身得則道得矣。道之得也、以視則明、以聽則聰、以言則公、以行則從。故聖人財制物也、猶工匠之斲削鑿枘也、宰庖之切割分別也、曲得其宜而不折傷。拙工則不然、大則塞而不入、小則窺而不周、動於心、枝於手、而愈醜。夫聖人之斲削物也、剖之判之、離之散之。已淫已失、復揆以一。旣出其根、復歸其門。已雕已琢、還反於樸。合而爲道德、離而爲儀表。其轉入玄冥、其散應無形。禮義節行、又何以窮至治之本哉。世之明事者、多離道德之本、曰禮義足以治天下、此未可與言術也。所謂禮義者、五帝三王之法籍風俗、一世之跡也。譬若芻狗土龍之始成、文以青黃、絹以綺繡、纏以朱絲、尸祝袀袨、大夫端冕、以送迎之。及其已用之後、則壤土草䵀而已、夫有孰貴之。故當舜之時、有苗不服、於是舜修政偃兵、執干戚而舞之。禹之時、天下大雨、禹令民聚土積薪、擇丘陵而處之。武王伐紂、載尸而行、海內未定、故不爲三年之喪始禹遭洪水之患、陂塘之事、故朝死而暮葬。此皆聖人之所以應時耦變、見形而施宜者也。今之修干戚而笑鑊插、知三年非一日、是從牛非馬、以徵笑羽也。以此應化、無以異於彈一弦而會棘下。夫以一世之變、欲以耦化應時、譬猶冬被葛而夏被裘。夫一儀不可以百發、一衣不可以出歲。儀必應乎高下、衣必適乎寒暑。是故世異則事變、時移則俗易。

是故世異則事變,時移則俗易。故聖人論世而立法,隨時而舉事。尚古之王,封於泰山,禪於梁父,七十餘聖,法度不同,非務相反也,時世異也。是故不法其已成之法,而法其所以為法。所以為法者,與化推移者也。夫能與化推移為人者,至貴在焉爾。故狐梁之歌可隨也,其所以歌者不可為也;聖人之法可觀也,其所以作法不可原也;辯士言可聽也,其所以言不可形也。淳均之劍不可愛也,而歐冶之巧可貴也。今夫王喬、赤誦子,吹嘔呼吸,吐故內新,遺形去智,抱素反真,以遊玄眇,上通雲天。今欲學其道,不得其養氣處神,而放其一吐一吸,時詘時伸,其不能乘雲升假亦明矣。五帝三王,輕天下,細萬物,齊死生,同變化,抱大聖之心,以鏡萬物之情,上與神明為友,下與造化為人。今欲學其道,不得其清明玄聖,而守其法籍憲令,不能為治亦明矣。故曰:「得十利劍,不若得歐冶之巧;得百走馬,不若得伯樂之數。」樸至大者無形狀,道至眇者無度量,故天之圓也不得規,地之方也不得矩。往古來今謂之宙,四方上下謂之宇,道在其間,而莫知其所。故其見不遠者,不可與語大;其智不閎者,不可與論至。昔者馮夷得道,以潛大川;鉗且得道,以處昆侖。扁鵲以治病;造父以御馬,羿以之射,倕以之斲,所為者各異,而所道者一也。夫稟道以通物者,無以相非也。譬若同陂而溉田,其受水均也。今屠牛而烹其肉,或以為酸,或以為甘,煎熬燎炙,齊味萬方,其本一牛之體。伐楩柟豫樟而剖梨之,或為棺槨,或為柱梁,披斷撥檖,所用萬方,然一木之樸也。故百家之言,指奏相反,其合道一體也。譬若絲竹金石之會樂同也,其曲家異而不失於體。伯樂、韓風、秦牙、管青,所相各異,其知馬一也。故三皇五帝,法籍殊方,其得民心均也。

故世異則事變、時移則俗易。故聖人論世而立法、隨時而舉事。尚古之王、封於泰山、禪於梁父、七十餘聖、法度不同、非務相反也、時世異也。是故不法其已成之法、而法其所以爲法。所以爲法者、與化推移者也。夫能與化推移爲人者、至貴在焉爾。故狐梁之歌可隨也、其所以歌者不可爲也。聖人之法可觀也、其所以作法不可原也。辯士言可聽也、其所以言不可形也。淳均之劍不可愛也、而歐冶之巧可貴也。今夫王喬、赤誦子、吹呴呼吸、吐故納新、遺形去智、抱素反真、以游玄眇、上通雲天。今欲學其道、不得其養氣處神、而放其一吐一吸、時詘時伸、不能乘雲升假、亦明矣。五帝三王、輕天下、細萬物、齊死生、同變化、抱大聖之心、以鏡萬物之情、上與神明爲友、下與造化爲人。今欲學其道、不得其清明玄聖、而守其法籍憲令、不能爲治、亦明矣。故曰、得十利劍、不若得歐冶之巧。得百走馬、不若得伯樂之數。樸至大者無形狀、道至眇者無度量、故天之圓也不得規、地之方也不得矩。往古來今謂之宙、四方上下謂之宇、道在其閒、而莫知其所。故見不遠者不可與語大、智不閎者不可與論至。昔者馮夷得道、以潛大川。鉗且得道、以處崑崙。扁鵲以治病、造父以御馬、羿以之射、倕以之斲、所爲者各異、而所道者一也。夫稟道以通物者、無以相非也。譬若同陂而溉田、其受水均也。今屠牛而烹其肉、或以爲酸、或以爲甘、煎熬燎炙、齊和萬方、其本一牛之體。伐楩柟豫樟而剖梨之、或爲棺椁、或爲柱梁、披斷撥檖、所用萬方、然一木之樸也。故百家之言、指奏相反、其合道一體也。譬若絲竹金石之會樂同也、其曲家異而不失於體。伯樂、韓風、秦牙、管青、所相各異、其知馬一也。故三皇五帝、法籍殊方、其得民心均也。

故湯入夏而用其法,武王入殷而行其禮,桀、紂之所以亡,而湯、武之所以為治。故剞劂銷鋸陳,非良工不能以制木;鑪橐埵坊設,非巧冶不能以冶金。屠牛吐一朝解九牛,而刀以剃毛;庖丁用刀十九年,而刀如新剖硎。何則?遊乎眾虛之閒。若夫規矩鉤繩者,此巧之具也,而非所以巧也。故瑟無絃,雖師文不能以成曲;徒絃,則不能悲。故絃,悲之具也,而非所以為悲也。若夫工匠之為連鐖、運開、陰閉、眩錯,入於冥冥之眇,神調之極,遊乎心手眾虛之閒,而莫與物為際者,父不能以教子。瞽師之放意相物,寫神愈舞,而形乎絃者,兄不能以喻弟。今夫為平者準也,為直者繩也。若夫不在於繩準之中,可以平直者,此不共之術也。故叩宮而宮應,彈角而角動,此同音之相應也。其於五音無所比,而二十五絃皆應,此不傳之道也。故蕭條者,形之君;而寂寞者,音之主也。天下是非無所定,世各是其所是而非其所非,所謂是與非各異,皆自是而非人。由此觀之,事有合於己者,而未始有是也;有忤於心者,而未始有非也。故求是者,非求道理也,求合於己者也;去非者,非批邪施也,去忤於心者也。忤於我,未必不合於人也;合於我,未必不非於俗也。至是之是無非,至非之非無是,此真是非也。若夫是於此而非於彼,非於此而是於彼者,此之謂一是一非也。此一是非,隅曲也;夫一是非,宇宙也。今吾欲擇是而居之,擇非而去之,不知世之所謂是非者,不知孰是孰非。老子曰:「治大國若烹小鮮。」為寬裕者曰勿數撓,為刻削者曰致其鹹酸而已矣。晉平公出言而不當,師曠舉琴而撞之,跌衽宮壁。左右欲塗之,平公曰:「舍之!以此為寡人失。」孔子聞之曰:「平公非不痛其體也,欲來諫者也。」韓子聞之曰:「群臣失禮而弗誅,是縱過也。有以也夫,平公之不霸也!

故湯入夏而用其法、武王入殷而行其禮、桀紂之所以亡也、而湯武之所以爲治也。故刻剞削鋸陳、非良工不能以制木。爐橐埵坊設、非巧冶不能以治金。屠牛吐一朝解九牛、而刀可以剃毛。庖丁用刀十九年、而刀如新剖硎。何則、游乎衆虛之閒。若夫規矩鉤繩者、此巧之具也、而非所以巧也。故瑟無弦、雖師文不能以成曲。徒弦則不能悲。故弦、悲之具也、而非所以爲悲也。若夫工匠之爲連釱運開、陰閉眩錯、入於冥冥之眇、神調之極、游乎心手衆虛之閒、而莫與物爲際者、父不能以教子。瞽師之放意相物、寫神愈舞、而形乎弦者、兄不能以喻弟。今夫爲平者準也、爲直者繩也。若夫不在於繩準之中、可以平直者、此不共之術也。故叩宮而宮應、彈角而角動、此同音之相應也。其於五音無所比、而二十五弦皆應、此不傳之道也。故蕭條者、形之君。而寂寞者、音之主也。天下是非無所定、世各是其所是而非其所非、所謂是與非各異、皆自是而非人。由此觀之、事有合於己者、而未始有是也。有忤於心者、而未始有非也。故求是者、非求道理也、求合於己者也。去非者、非批邪施也、去忤於心者也。忤於我、未必不合於人也。合於我、未必不非於俗也。至是之是無非、至非之非無是、此真是非也。若夫是於此而非於彼、非於此而是於彼者、此之謂一是一非也。此一是非、隅曲也。夫一是非、宇宙也。今吾欲擇是而居之、擇非而去之、不知世之所謂是非者、不知孰是孰非。老子曰、治大國若烹小鮮。爲寬裕者曰勿數撓、爲刻削者曰致其醎酸而已矣。晉平公出言而不當、師曠舉琴而撞之、跌衽宮壁。左右欲塗之、平公曰、舍之、以此爲寡人失。孔子聞之曰、平公非不痛其體也、欲來諫者也。韓子聞之曰、群臣失禮而弗誅、是縱過也。平公之所以不霸也、有以夫。

」故賓有見人於宓子者,賓出,宓子曰:「子之賓獨有三過:望我而笑,是攓也。談語而不稱師,是返也。交淺而言深,是亂也。」賓曰:「望君而笑,是公也。談語而不稱師,是通也。交淺而言深,是忠也。」故賓之容一體也,或以為君子,或以為小人,所自視之異也。故趣舍合,即言忠而益親;身疏,即謀當而見疑。親母為其子治扢禿,而血流至耳,見者以為其愛之至也;使在於繼母,則過者以為嫉也。事之情一也,所從觀者異也。從城上視牛如羊,視羊如豕,所居高也。窺面於盤水則員,於杯則隋。面形不變其故,有所員、有所隋者,所自窺之異也。今吾雖欲正身而待物,庸遽知世之所自窺我者乎!若轉化而與世競走,譬猶逃雨也,無之而不濡。常欲在於虛,則有不能為虛矣;若夫不為虛而自虛者,此所慕而不能致也。故通於道者,如車軸,不運於己,而與轂致千里,轉無窮之原也。不通於道者,若迷惑,告以東西南北,所居聆聆,一曲而闢,然忽不得,復迷惑也。故終身隸於人,闢若俔之見風也,無須臾之閒定矣。故聖人體道反性,不化以待化,則幾於免矣。治世之體易守也,其事易為也,其禮易行也,其責易償也。是以人不兼官,官不兼事,士農工商,鄉別州異。是故農與農言力,士與士言行,工與工言巧,商與商言數。是以士無遺行,農無廢功,工無苦事,商無折貨,各安其性,不得相干。故伊尹之興土功也,修脛者使之蹠钁,強脊者使之負土,眇者使之準,傴者使之塗,各有所宜,而人性齊矣。胡人便於馬,越人便於舟,異形殊類,易事而悖,失處而賤,得勢而貴。聖人總而用之,其數一也。夫先知遠見,達視千里,人才之隆也,而治世不以責於民。博聞強志,口辯辭給,人智之美也,而明主不以求於下。敖世輕物,不汙於俗,士之伉行也,而治世不以為民化。

故賓有見人於宓子者、賓出、宓子曰、子之賓獨有三過。望我而笑、是攓也。談語而不稱師、是返也。交淺而言深、是亂也。賓曰、望君而笑、是公也。談語而不稱師、是通也。交淺而言深、是忠也。故賓之容一體也、或以爲君子、或以爲小人、所自視之異也。故趣舍合、卽言忠而益親。身疏、卽謀當而見疑。親母爲其子治扢禿、而血流至耳、見者以爲其愛之至也。使在於繼母、則過者以爲嫉也。事之情一也、所從觀者異也。從城上視牛如羊、視羊如豕、所居高也。窺面於盤水則員、於杯則隋。面形不變其故、有所員有所隋者、所自窺之異也。今吾雖欲正身而待物、庸遽知世之所自窺我者乎。若轉化而與世競走、譬猶逃雨也、無之而不濡。常欲在於虛、則有不能爲虛矣。若夫不爲虛而自虛者、此所慕而不能致也。故通於道者如車軸、不運於己、而與轂致千里、轉無窮之原也。不通於道者若迷惑、告以東西南北、所居聆聆、壹曲而辟、然忽不得、復迷惑也。故終身隸於人、辟若伣之見風也、無須臾之間定矣。故聖人體道反性、不化以待化、則幾於免矣。治世之體易守也、其事易爲也、其禮易行也、其責易償也。是以人不兼官、官不兼事、士農工商、鄉別州異。是故農與農言力、士與士言行、工與工言巧、商與商言數。是以士無遺行、農無廢功、工無苦事、商無折貨、各安其性、不得相干。故伊尹之興土功也、修脛者使之蹠䦆、強脊者使之負土、眇者使之準、傴者使之塗、各有所宜、而人性齊矣。胡人便於馬、越人便於舟、異形殊類、易事而悖、失處而賤、得勢而貴。聖人總而用之、其數一也。夫先知遠見、達視千里、人才之隆也、而治世不以責於民。博聞強志、口辯辭給、人智之美也、而明主不以求於下。敖世輕物、不污於俗、士之伉行也、而治世不以爲民化。

神機陰閉,剞劂無跡,人巧之妙也,而治世不以為民業。故萇弘、師曠,先知禍福,言無遺策,而不可與眾同職也;公孫龍折辯抗辭,別同異,離堅白,不可與眾同道也;北人無擇非舜而自投清泠之淵,不可以為世儀;魯般、墨子以木為鳶而飛之,三日不集,而不可使為工也。故高不可及者,不可以為人量;行不可逮者,不可以為國俗。夫挈輕重不失銖兩,聖人弗用,而縣之乎銓衡;視高下不差尺寸,明主弗任,而求之乎浣準。何則?人才不可專用,而度量可世傳也。故國治可與愚守也,而軍制可與權用也。夫待騕褭飛兔而駕之,則世莫乘車;待西施、毛嬙而為配,則終身不家矣。然非待古之英俊,而人自足者,因所有而並用之。夫騏驥千里,一日而通;駑馬十舍,旬亦至之。由是觀之,人材不足專恃,而道術可公行也。亂世之法,高為量而罪不及,重為任而罰不勝,危為禁而誅不敢。民困於三責,則飾智而詐上,犯邪而幹免。故雖峭法嚴刑,不能禁其姦。何者?力不足也。故諺曰:「鳥窮則噣,獸窮則,人窮則詐。」此之謂也。道德之論,譬猶日月也,江南河北不能易其指,馳鶩千里不能易其處。趨舍禮俗,猶室宅之居也,東家謂之西家,西家謂之東家,雖皋陶為之理,不能定其處。故趨舍同,誹譽在俗;意行鈞,窮達在時。湯、武之累行積善,可及也;其遭桀、紂之世,天授也。今有湯、武之意,而無桀、紂之時,而欲成霸王之業,亦不幾矣。昔武王執戈秉鉞以伐紂勝殷,搢笏杖殳以臨朝。武王既沒,殷民叛之,周公踐東宮,履乘石,攝天子之位,負扆而朝諸侯,放蔡叔,誅管叔,克殷殘商,祀文王於明堂,七年而致政成王。夫武王先武而後文,非意變也,以應時也;周公放兄誅弟,非不仁也,以匡亂也。故事周於世則功成,務合於時則名立。昔齊桓公合諸侯以乘車,退誅於國以斧鉞;

神機陰閉、剞劂無迹、人巧之妙也、而治世不以爲民業。故萇弘師曠、先知禍福、言無遺策、而不可與衆同職也。公孫龍折辯抗辭、別同異、離堅白、不可與衆同道也。北人無擇非舜而自投清泠之淵、不可以爲世儀。魯般墨子以木爲鳶而飛之、三日不集、而不可使爲工也。故高不可及者、不可以爲人量。行不可逮者、不可以爲國俗。夫挈輕重不失銖兩、聖人弗用、而縣之乎銓衡。視高下不差尺寸、明主弗任、而求之乎浣準。何則、人才不可專用、而度量可世傳也。故國治可與愚守也、而軍制可與權用也。夫待騕褭飛兔而駕之、則世莫乘車。待西施毛嬙而爲配、則終身不家矣。然非待古之英俊、而人自足者、因所有而竝用之。夫騏驥千里、一日而通。駑馬十舍、旬亦至之。由是觀之、人材不足專恃、而道術可公行也。亂世之法、高爲量而罪不及、重爲任而罰不勝、危爲禁而誅不敢。民困於三責、則飾智而詐上、犯邪而干免。故雖峭法嚴刑、不能禁其奸。何者、力不足也。故諺曰、鳥窮則噣、獸窮則𢧵(底本此字爲生僻字、轉寫後失落)、人窮則詐。此之謂也。道德之論、譬猶日月也、江南河北不能易其指、馳騖千里不能易其處。趨舍禮俗、猶室宅之居也、東家謂之西家、西家謂之東家、雖皋陶爲之理、不能定其處。故趨舍同、誹譽在俗。意行鈞、窮達在時。湯武之累行積善、可及也。其遭桀紂之世、天授也。今有湯武之意、而無桀紂之時、而欲成霸王之業、亦不幾矣。昔武王執戈秉鉞以伐紂勝殷、搢笏杖殳以臨朝。武王旣沒、殷民叛之、周公踐東宮、履乘石、攝天子之位、負扆而朝諸侯、放蔡叔、誅管叔、克殷殘商、祀文王於明堂、七年而致政成王。夫武王先武而後文、非意變也、以應時也。周公放兄誅弟、非不仁也、以匡亂也。故事周於世則功成、務合於時則名立。昔齊桓公合諸侯以乘車、退誅於國以斧鉞。

晉文公合諸侯以革車,退行於國以禮義。桓公前柔而後剛,文公前剛而後柔,然而令行乎天下,權制諸侯鈞者,審於勢之變也。顏闔,魯君欲相之,而不肯,使人以幣先焉,鑿培而遁之,為天下顯武。使遇商鞅、申不害,刑及三族,又況身乎!世多稱古之人而高其行,並世有與同者而弗知貴也,非才下也,時弗宜也。故六騏驥、四駃騠,以濟江河,不若窾木便者,處世然也。是故立功之人,簡於行而謹於時。今世俗之人,以功成為賢,以勝患為智,以遭難為愚,以死節為戇,吾以為各致其所極而已。王子比干非不知箕子被髮佯狂以免其身也,然而樂直行盡忠以死節,故不為也。伯夷、叔齊非不能受祿任官以致其功也,然而樂離世伉行以絕眾,故不務也。許由、善卷非不能撫天下、寧海內以德民也,然而羞以物滑和,故弗受也。豫讓、要離非不知樂家室、安妻子以偷生也,然而樂推誠行,必以死主,故不留也。今從箕子視比干,則愚矣;從比干視箕子,則卑矣;從管、晏視伯夷,則戇矣;從伯夷視管、晏,則貪矣。趨舍相非,嗜慾相反,而各樂其務,將誰使正之?曾子曰:「擊舟水中,鳥聞之而高翔,魚聞之而淵藏。」故所趨各異,而皆得所便。故惠子從車百乘以過孟諸,莊子見之,棄其餘魚。鵜胡飲水數鬥而不足,鱔鮪入口若露而死,智伯有三晉而欲不澹,林類、榮啟期衣若縣衰而意不慊。由此觀之,則趣行各異,何以相非也!夫重生者不以利害己,立節者見難不苟免,貪祿者見利不顧身,而好名者非義不苟得。此相為論,譬猶冰炭鉤繩也,何時而合!若以聖人為之中,則兼覆而並之,未有可是非者也。夫飛鳥主巢,狐狸主穴,巢者巢成而得棲焉,穴者穴成而得宿焉。趨舍行義,亦人之所棲宿也,各樂其所安,致其所蹠,謂之成人。故以道論者,總而齊之。

晉文公合諸侯以革車、退行於國以禮義。桓公前柔而後剛、文公前剛而後柔、然而令行乎天下、權制諸侯鈞者、審於勢之變也。顏闔、魯君欲相之、而不肯、使人以幣先焉、鑿培而遁之、爲天下顯武。使遇商鞅、申不害、刑及三族、又況身乎。世多稱古之人而高其行、並世有與同者、而弗知貴也、非才下也、時弗宜也。故六騏驥四駃騠以濟江河、不若窾木便者、處世然也。是故立功之人、簡於行而謹於時。今世俗之人、以功成爲賢、以勝患爲智、以遭難爲愚、以死節爲戇、吾以爲各致其所極而已。王子比干非不知箕子被髮佯狂以免其身也、然而樂直行盡忠以死節、故不爲也。伯夷叔齊非不能受祿任官以致其功也、然而樂離世伉行以絕衆、故不務也。許由善卷非不能撫天下寧海內以德民也、然而羞以物滑和、故弗受也。豫讓要離非不知樂家室安妻子以偷生也、然而樂推誠行、必以死主、故不留也。今從箕子視比干、則愚矣。從比干視箕子、則卑矣。從管晏視伯夷、則戇矣。從伯夷視管晏、則貪矣。趨舍相非、嗜欲相反、而各樂其務、將誰使正之。曾子曰、擊舟水中、鳥聞之而高翔、魚聞之而淵藏。故所趨各異、而皆得所便。故惠子以百乘過於孟諸、莊子見之、棄其餘魚。鵜胡飲水數斗而不足、鱓鮪入口若露而死、智伯有三晉而欲不澹、林類榮啓期衣若縣衰而意不慊。由此觀之、則趣行各異、何以相非也。夫重生者不以利害己、立節者見難不苟免、貪祿者見利不顧身、而好名者非義不苟得。此相爲論、譬猶冰炭鉤繩也、何時而合。若以聖人爲之中、則兼覆而并有之、未有可是非者也。夫飛鳥主巢、狐狸主穴、巢者巢成而得栖焉、穴者穴成而得宿焉。趨舍行義、亦人之所栖宿也、各樂其安、致其所蹠、謂之成人。故以道論者、總而齊之。

治國之道,上無苛令,官無煩治,士無偽行,工無淫巧,其事經而不擾,其器完而不飾。亂世則不然。為行者相揭以高,為禮者相矜以偽,車輿極於雕琢,器用逐於刻鏤,求貨者爭難得以為寶,詆文者處煩撓以為慧,爭為佹辯,久稽而不訣,無益於治。工為奇器,歷歲而後成,不周於用。故神農之法曰:「丈夫丁壯而不耕,天下有受其飢者。婦人當年而不織,天下有受其寒者。」故身自耕,妻親織,以為天下先。其導民也,不貴難得之貨,不器無用之物。是故其耕不強者,無以養生;其織不強者,無以揜形;有餘不足,各歸其身。衣食饒溢,姦邪不生,安樂無事而天下均平,故孔丘、曾參無所施其善,孟賁、成荊無所行其威。衰世之俗,以其知巧詐偽,飾眾無用,貴遠方之貨,珍難得之財,不積於養生之具。澆天下之淳,析天下之樸,牿服馬牛以為牢。滑亂萬民,以清為濁,性命飛揚,皆亂以營。貞信漫瀾,人失其情性。於是,乃有翡翠犀象、黼黻文章以亂其目,芻豢黍梁、荊吳芬馨以嚂其口,鐘鼓管簫、絲竹金石以淫其耳,趨舍行義、禮節謗議以營其心。於是,百姓糜沸豪亂,暮行逐利,煩挐澆淺,法與義相非,行與利相反。雖十管仲,弗能治也。且富人則車輿衣纂錦,馬飾傅旄象,帷幕茵席,綺繡絛組,青黃相錯,不可為象;貧人則夏被褐帶索,含菽飲水以充腸,以支暑熱,冬則羊裘解札,短褐不掩形,而煬灶口;故其為編戶齊民無以異,然貧富之相去也,猶人君與僕虜,不足以論之。夫乘奇技、偽邪施者,自足乎一世之閒;守正修理、不苟得者,不免乎飢寒之患;而欲民之去末反本,由是發其原而壅其流也。夫雕琢刻鏤,傷農事者也;錦繡纂組,害女工者也。農事廢,女工傷,則飢之本而寒之原也。夫飢寒並至,能不犯法幹誅者,古今之未聞也。故仕鄙在時不在行,利害在命不在智。

治國之道、上無苛令、官無煩治、士無僞行、工無淫巧、其事經而不擾、其器完而不飾。亂世則不然。爲行者相揭以高、爲禮者相矜以僞、車輿極於雕琢、器用逐於刻鏤、求貨者爭難得以爲寶、詆文者處煩撓以爲慧、爭爲佹辯、久稽而不訣、無益於治。工爲奇器、歷歲而後成、不周於用。故神農之法曰、丈夫丁壯而不耕、天下有受其飢者。婦人當年而不織、天下有受其寒者。故身自耕、妻親織、以爲天下先。其導民也、不貴難得之貨、不器無用之物。是故其耕不強者、無以養生。其織不強者、無以掩形。有餘不足、各歸其身。衣食饒溢、奸邪不生、安樂無事、而天下均平、故孔丘曾參無所施其善、孟賁成荊無所行其威。衰世之俗、以其知巧詐僞、飾衆無用、貴遠方之貨、珍難得之財、不積於養生之具。澆天下之淳、析天下之樸、牿服馬牛以爲牢。滑亂萬民、以清爲濁、性命飛揚、皆亂以營。貞信漫瀾、人失其情性。於是乃有翡翠犀象黼黻文章以亂其目、芻豢黍粱荊吳芬馨以嚂其口、鐘鼓管簫絲竹金石以淫其耳、趨舍行義禮節謗議以營其心。於是百姓糜沸豪亂、暮行逐利、煩拏澆薄、法與義相非、行與利相反。雖十管仲弗能治也。且富人則車輿衣纂錦、馬飾傅旄象、帷幕茵席、綺繡絛組、青黃相錯、不可爲象。貧人則夏被褐帶索、含菽飲水以充腸、以支暑熱、冬則羊裘解札、短褐不掩形、而煬竈口。故同爲編戶齊民、無以異、而貧富之相去也、猶人君與僕虜、不足以論之。夫乘奇技僞邪施者、自足乎一世之閒。守正修理不苟得者、不免乎飢寒之患。而欲民之去末反本、由是發其原而壅其流也。夫雕琢刻鏤、傷農事者也。錦繡纂組、害女工者也。農事廢、女工傷、則飢之本而寒之原也。夫飢寒竝至、能不犯法干誅者、古今未之聞也。故仕鄙在時不在行、利害在命不在智。

夫敗軍之卒,勇武遁逃,將不能止也;勝軍之陳,怯者死行,懼不能走也。故江河決,沉一鄉,父子兄弟相遺而走,爭升陵阪,上高丘,輕足先升,不能相顧也;世樂志平,見鄰國之人溺,尚猶哀之,又況親戚乎!故身安則恩及鄰國,志為之滅;身危則忘其親戚,而人不能解也。遊者不能拯溺,手足有所急也;灼者不能救火,身體有所痛也。夫民有餘即讓,不足則爭。讓則禮義生,爭則暴亂起。扣門求水,莫弗與者,所饒足也;林中不賣薪,湖上不鬻魚,所有餘也。故物豐則欲省,求澹則爭止。秦王之時,或人葅子,利不足也;劉氏持政,獨夫收孤,財有餘也。故世治則小人守政,而利不能誘也;世亂則君子為姦,而法弗能禁也。

敗軍之卒、勇武遁逃、將不能止也。勝軍之陳、怯者死行、懼不能走也。故江河決、沉一鄉、父子兄弟相遺而走、爭升陵阪、上高丘、輕足先升、不能相顧也。世樂志平、見鄰國之人溺、尚猶哀之、又況親戚乎。故身安則恩及鄰國、志爲之滅。身危則忘其親戚、而人不能解也。游者不能拯溺、手足有所急也。灼者不能救火、身體有所痛也。夫民有餘卽讓、不足則爭。讓則禮義生、爭則暴亂起。扣門求水、莫弗與者、所饒足也。林中不賣薪、湖上不鬻魚、所有餘也。故物豐則欲省、求澹則爭止。秦王之時、或人葅子、利不足也。劉氏持政、獨夫收孤、財有餘也。故世治則小人守政、而利不能誘也。世亂則君子爲奸、而法弗能禁也。

道應訓

太淸問於無窮子曰:「子知道乎?」無窮子曰:「吾弗知也。」又問於無為「吾知道有數。」曰:「其數奈何?」無為曰:「吾知道之可以弱,可以強;可以柔,可以剛;可以陰,可以陽;可以窈,可以明;可以包裹天地,可以應待無方。此吾所以知道之數也。」太淸又問於無始曰:「曏者,吾道於無窮,曰:『吾弗知之。」又問於無為,無為曰:『吾知道。』曰:『子之知道,亦有數乎?』無為曰:『吾知道有數。』曰:『其數奈何?』無為曰:『吾知道之可以弱,可以強;可以柔,可以剛;可以陰,可以陽;可以窈,可以明;可以包裹天地,可以應待無方。吾所以知道之數也。』若是,則無為知與無窮之弗知,孰是孰非?」無始曰:「弗知之深,而知之淺;弗知內,而知之外;弗知精,而知之粗。」太淸仰而歎曰:「然則不知乃知邪?知乃不知邪?孰知知之為弗知,弗知之為知邪?」無始曰:「道不可聞,聞而非也;道不可見,見而非也;道不可言,言而非也。孰知形之不形者乎?」故老子曰:「天下皆知善之為善,斯不善也。」故「知者不言,言者不知」也。

太清問於無窮曰、子知道乎。無窮曰、吾不知。又問乎無爲、無爲曰、吾知道之可以弱、可以強、可以柔、可以剛、可以陰、可以陽、可以窈、可以明、可以包裹天地、可以應待無方、此吾所以知道之數也。太清又問於無始曰、鄉者吾問道於無窮、曰吾不知。又問乎無爲、無爲曰吾知道。曰子之知道、亦有數乎。無爲曰吾知道有數。曰其數奈何。無爲曰吾知道之可以弱、可以強、可以柔、可以剛、可以陰、可以陽、可以窈、可以明、可以包裹天地、可以應待無方、吾所以知道之數也。若是則無爲之知與無窮之不知、孰是孰非。無始曰、不知深矣、知之淺矣。弗知內矣、知之外矣。弗知精矣、知之粗矣。太清仰而嘆曰、然則不知乃知邪、知乃不知邪、孰知知之爲不知、不知之爲知邪。無始曰、道不可聞、聞而非也。道不可見、見而非也。道不可言、言而非也。孰知形之不形者乎。故老子曰、天下皆知善之爲善、斯不善矣。故知者不言、言者不知。

白公問於孔子曰:「人可以微言?」孔子不應。白公曰:「若以石投水中,何如?」曰:「呉、越之善沒者能取之矣。」曰:「若以水投水,何如?」孔子曰:「菑、澠之水合,易牙嘗而知之。」白公曰:「然則人固不可以微言乎?」孔子曰:「何謂不可?誰知言之謂者乎?夫知言之謂者,不以言言也。爭魚者濡,逐獸者趨,非樂之也。故至言去言,至為無為,夫淺知之所爭者,末矣。」白公不得也,故死於浴室。故老子曰:「言有宗,事有君。夫唯無知,是以不吾知也。」白公之謂也。

白公問於孔子曰、人可以微言。孔子不應。白公曰、若以石投水中、何如。曰、吳越之善沒者能取之矣。曰、若以水投水、何如。孔子曰、菑澠之水合、易牙嘗而知之。白公曰、然則人固不可與微言乎。孔子曰、何謂不可。誰知言之謂者乎。夫知言之謂者、不以言言也。爭魚者濡、逐獸者趨、非樂之也。故至言去言、至爲無爲、淺知之所爭者末矣。白公不得也、故死於浴室。故老子曰、言有宗、事有君、夫唯無知、是以不吾知也。白公之謂也。

惠子為惠王為國法,已成而示諸先生,先生皆善之,奏之惠王。惠王甚説之。以示翟煎,曰:「善」!惠王曰:「善,可行乎?」翟煎曰:「不可。」惠王曰:「善而不可行,何也?」翟煎對曰:「今夫舉大木者,前呼邪許,後亦應之。此舉重勸力之歌也,豈無鄭、衞激楚之音哉?然而不用者,不若此其宜也。治國有禮,不在文辯。」故老子曰:「法令滋彰,盜賊多有。」此之謂也。

惠子爲惠王爲國法、已成而示諸先生、先生皆善之、奏之惠王。惠王甚說之。以示翟煎、曰善。惠王曰、善、可行乎。翟煎曰、不可。惠王曰、善而不可行、何也。對曰、今夫舉大木者、前呼邪許、後亦應之、此舉重勸力之歌也、豈無鄭衛激楚之音哉、然而不用者、不若此其宜也。治國有禮、不在文辯。故老子曰、法令滋彰、盜賊多有。此之謂也。

田駢以道術説齊王,王應之曰:「寡人所有,齊國也。道術雖以除患,願聞國之政。」田駢對曰:「臣之言無政,而可以為政。譬之若林木無材,而可以為材。願王察其所謂,而自取齊國之政焉已。雖無除其患害,天地之間,六合之內,可陶冶而變化也。齊國之政,何足問哉!」此老聃之所謂「無狀之狀,無物之象」者也。若王之所問者,齊也;田駢所稱者,材也。材不及林,林不及雨,雨不及陰陽,陰陽不及和,和不及道。

田駢以道術說齊王、王應之曰、寡人所有、齊國也。道術雖以除患、願聞國之政。田駢對曰、臣之言無政而可以爲政。譬之若林木無材而可以爲材。願王察其所謂、而自取齊國之政焉已。雖無除其患害、天地之閒、六合之內、可陶冶而變化也。齊國之政、何足問哉。此老聃之所謂無狀之狀、無物之象者也。若王之所問者齊也、田駢所稱者材也。材不及林、林不及雨、雨不及陰陽、陰陽不及和、和不及道。

白公勝得荊國,不能以府庫分人。七日,石乙入曰:「不義得之,又不能佈施,患必至矣!不能予人,不若焚之,毋令人害我!」白公弗聽也。九日,葉公入,乃發大府之貨以予眾,出髙庫之兵以賦民,因而攻之。十有九日而禽白公。夫國非其有也,而欲有之,可謂至貪也;不能為人,又無以自為,可謂至愚矣!譬白公之嗇也,何以異於梟之愛其子也?故老子曰:「持而盈之,不如其已。揣而鋭之,不可長保也。」

白公勝得荊國、不能以府庫分人。七日、石乙入曰、不義得之、又不能布施、患必至矣。不能予人、不若焚之、毋令人害我。白公弗聽也。九日、葉公入、乃發大府之貨以予衆、出高庫之兵以賦民、因而攻之。十有九日而禽白公。夫國非其有也、而欲有之、可謂至貪也。不能爲人、又無以自爲、可謂至愚矣。譬白公之嗇也、何以異於梟之愛其子也。故老子曰、持而盈之、不如其已。揣而銳之、不可長保也。

趙簡子以襄子為後,董閼於曰:「無恤賤,今以為後,何也?」簡子曰:「是為人也,能為社稷忍羞。」異日,知伯與襄子飲,而批襄子之首。大夫請殺之。襄子曰:「先君之立我也,曰:能為社稷忍羞。豈曰能刺人哉!」處十月,知伯圍襄子於晉陽,襄子疎隊而撃之,大敗知伯,破其首以為飲器。故老子曰:「知其雄,守其雌,其為天下谿。」

趙簡子以襄子爲後、董閼于曰、無恤賤、今以爲後、何也。簡子曰、是爲人也、能爲社稷忍羞。異日、知伯與襄子飲、而批襄子之首。大夫請殺之。襄子曰、先君之立我也、曰能爲社稷忍羞。豈曰能刺人哉。處十月、知伯圍襄子於晉陽、襄子疏隊而擊之、大敗知伯、破其首以爲飲器。故老子曰、知其雄、守其雌、爲天下谿。

齧缺問道於被衣,被衣曰:「正女形,壹女視,天和將至。攝女知,正女度,神將來舍。德將來附若美,而道將為女居。憃乎若新生之犢,而無求其故。」言未卒,齧缺繼以仇夷。被衣行歌而去,曰:「形若槁骸,心如死灰。直實不知,以故自持。墨墨恢恢,無心可與謀。彼何人哉!」故老子曰:「明白四達。能以無知乎!」

齧缺問道於被衣、被衣曰、正女形、壹女視、天和將至。攝女知、正女度、神將來舍。德將來附若美、而道將爲女居。憃乎若新生之犢、而無求其故。言未卒、齧缺繼以仇夷。被衣行歌而去、曰、形若槁骸、心如死灰、直實不知、以故自持、墨墨恢恢、無心可與謀。彼何人哉。故老子曰、明白四達、能無以知乎。

趙襄子攻翟而勝之,取尤人、終人。使者來謁之,襄子方將食,而有憂色。左右曰:「一朝而兩城下,此人之所喜也。今君有憂色,何也?」襄子曰:「江、河之大也,不過三日,飄風暴雨,日中不須臾。今趙氏之德行無所積,今一朝兩城下,亡其及我乎!」孔子聞之,曰:「趙氏其昌乎!」夫憂,所以為昌也;而喜,所以為亡也。勝非其難也,持之者其難也。賢主以此持勝,故其福及後世。齊、楚、呉、越,皆嘗勝矣,然而卒取亡焉,不能乎持勝也。唯有道之主能持勝。孔子勁杓國門之關,而不肯以力聞。墨子為守攻,公輸般服,而不肯以兵知。善持勝者,以強為弱。故老子曰:「道沖,而用之又弗盈也。」

趙襄子攻翟而勝之、取尤人終人。使者來謁之、襄子方將食、而有憂色。左右曰、一朝而兩城下、此人之所喜也。今君有憂色、何也。襄子曰、江河之大也、不過三日、飄風暴雨、日中不須臾。今趙氏之德行無所積、今一朝兩城下、亡其及我乎。孔子聞之曰、趙氏其昌乎。夫憂所以爲昌也、而喜所以爲亡也。勝非其難者也、持之者其難者也。賢主以此持勝、故其福及後世。齊楚吳越、皆嘗勝矣、然而卒取亡焉、不能持勝也。唯有道之主能持勝。孔子勁杓國門之關、而不肯以力聞。墨子爲守攻、公輸般服、而不肯以兵知。善持勝者、以強爲弱。故老子曰、道沖而用之又弗盈也。

惠孟見宋康王,蹀足謦欬,疾言曰:「寡人所説者,勇有功也,不説為仁義者也客將何以教寡人?」惠孟對曰:「臣有道於此,人雖勇,刺之不入。雖巧有力,撃之不中。大王獨無意邪?」宋王曰:「善。此寡人之所欲聞也。」惠孟曰:「夫刺之而不入,撃之而不中,此猶辱也。臣有道於此,使人雖有勇弗敢刺,雖有力不敢撃,夫不敢刺不敢撃,非無其意也。臣有道於此,使人本無其意也。夫無其意,未有愛利之也。臣有道於此,使天下丈夫、女子,莫不歡然皆欲愛利之心。此其賢於勇有力也,四累之上也。大王獨無意邪!」宋王曰:「此寡人所欲得也。」惠孟對曰:「孔、墨是已。孔丘、墨翟,無地而為君,無官而為長。天下丈夫、女子,莫不延頸舉踵,而願安利之者。今大王,萬乘之主也。誠有其志,則四境之內皆得其利矣。此賢於孔、墨也遠矣。」宋王無以應。惠孟出。宋王謂左右曰:「辯矣!客之以説勝寡人也。」故老子曰:「勇於不敢則活。」由此觀之,大勇反為不勇耳。昔堯之佐九人,舜之佐七人,武王之佐五人;堯、舜、武王於九、七、五者,不能一事焉。然而垂拱受成功者,善乘人之資耳。故人與驥逐走,則不勝驥;託於車上,則驥不能勝人。北方有獸,其名曰蹶,鼠前而兔後,趨則頓,走則顛,常為蛩蛩駏驉取甘草以與之。蹶有患害,蛩蛩駏驉必負而走。此以其能,託其所不能。故老子曰:「夫代大匠斫者,希不傷其手。」

惠孟が宋康王を見えて、足を頓み咳して急ぎ曰く、「寡人の說ぶ所は、勇而有功、不說爲仁義者也(底本此處疑有脫文)。客將何以教寡人。」惠孟對曰、「臣有道於此、人雖勇、刺之不入。雖巧有力、擊之不中。大王獨無意邪。」宋王曰、「善、此寡人之所欲聞也。」惠孟曰、「夫刺之而不入、擊之而不中、此猶辱也。臣有道於此、使人雖有勇弗敢刺、雖有力弗敢擊。夫不敢刺、不敢擊、非無其意也。臣有道於此、使人本無其意。夫無其意、未有愛利之心也。臣有道於此、使天下丈夫女子、莫不驩然皆欲愛利之心。此其賢於勇有力也、四累之上也。大王獨無意邪。」宋王曰、「此寡人所欲得也。」惠孟對曰、「孔墨是已。孔丘墨翟、無地而爲君、無官而爲長。天下丈夫女子、莫不延頸舉踵、而願安利之者。今大王萬乘之主也。誠有其志、則四境之內、皆得其利矣。此賢於孔墨也遠矣。」宋王無以應。惠孟出。宋王謂左右曰、「辯矣。客之以說勝寡人也。」故老子曰、「勇於不敢則活。」由此觀之、大勇反爲不勇耳。昔堯之佐九人、舜之佐七人、武王之佐五人。堯舜武王之於九七五者、一事不能爲也。然而垂拱受成功焉、善乘人之資也。故人與驥逐走、則人不勝驥矣。託於車上、則驥不能勝人。北方有獸、其名曰蹶、鼠前而兔後、趨則頓、走則顛、常爲蛩蛩駏驉取甘草以以與之。蹶有患害、蛩蛩駏驉必負而走。此以其能、託其所不能。故老子曰、「夫代大匠斲者、希不傷其手。」

薄疑説衞嗣君以王術。嗣君應之曰:「予所有者,千乘也。願以受教。」薄疑對曰:「烏獲舉千鈞,又況一斤乎?」杜赫以安天下説周昭文君,文君謂杜赫曰:「願學所以安周。」赫對曰:「臣之所言不可,則不能安周;臣之所言可,則周自安矣。」此所謂弗安而安者也。故老子曰:「大制無割,故致數輿無輿也。」

薄疑以王術說衛嗣君。嗣君對曰、「寡人所有千乘也。願因是而受教。」薄疑對曰、「烏獲舉千鈞、又況斤乎。」杜赫以安天下說周昭文君、文君謂杜赫曰、「願學所以安周。」赫對曰、「臣之所言不可、則不能安周。臣之所言可、則周自安矣。」此之謂弗安而安者也。故老子曰、「大制無割、故致數輿無輿。」

魯國之法,魯人為人妾於諸侯,有能贖之者,取金於府。子贛贖魯人於諸侯。來,而辭不受金。孔子曰:「賜失之矣。夫聖人之舉事也,可以移風易俗,而受教順可施後世,非獨以適身之行也。今國之富者寡而貧者眾,贖而受金,則為不廉;不受金,則不復贖人。自今以來,魯人不復贖人於諸侯矣。」孔子亦可謂知禮矣。故老子曰:「見小曰明。」

魯國之法、魯人爲人臣妾於諸侯、有能贖之者、取金於府。子贛贖魯人於諸侯。來而辭不受金。孔子曰、「賜失之矣。夫聖人之舉事也、可以移風易俗、而受順教可以施於後世、非獨以適身之行也。今國之富者寡而貧者衆、贖而受金則爲不廉、不受金則不復贖人。自今以來、魯人不復贖人於諸侯矣。」孔子亦可謂知禮矣。故老子曰、「見小曰明。」

魏武侯問於李克曰:「呉之所以亡者,何也?」李克對曰:「數戰而數勝。」武侯曰:「數戰數勝,國之福。其獨以亡,何故也?」對曰:「數戰則民疲,數勝則主驕。以驕主使疲民,而國不亡者,天下鮮矣!驕則恣,恣則極物;疲則怨,怨則極慮;上下倶極,呉之亡猶晩矣!夫差之所以自剄於幹遂也。」老子曰:「功成名遂,身退,天之道也。」

魏武侯問於李克曰、「吳之所以亡者、何也。」李克對曰、「數戰而數勝。」武侯曰、「數戰數勝、國之福。其獨以亡、何故也。」對曰、「數戰則民罷、數勝則主憍。以憍主使罷民、而國不亡者、天下鮮矣。憍則恣、恣則極物。罷則怨、怨則極慮。上下俱極、吳之亡猶晚矣。夫差之所以自剄於干遂也。」老子曰、「功成名遂身退、天之道也。」

甯越欲干齊桓公,困窮無以自達,於是為商旅,將任車,以商於齊,暮宿於郭門之外。桓公郊迎客,夜開門,辟任車,爝火甚盛,從者甚眾,甯越飯牛車下,望見桓公而悲。撃牛角而疾商歌。桓公聞之,撫其僕之手曰:「異哉!歌者非常人也。」命後車載之。桓公及至,從者以請。桓公贛之衣冠而見,説以為天下。桓公大説,將任之。君臣爭之曰:「客,衞人也。衞之去齊不遠,君不若使人問之。問之而故賢者也,用之未晩。」桓公曰:「不然。問之,患其有小惡也。以人之小惡而忘人之大美,此人主之所以失天下之士也。」凡聽必有驗,一聽而弗復問,合其所以也。且人固難合也,權而用其長者而已矣。當是舉也,桓公得之矣。故老子曰:「天大、地大、道大、王亦大,域中有四大,而王處其一焉。」以言其能包裹之也。

甯越欲干齊桓公、困窮無以自達、於是爲商旅、將任車、以商於齊、暮宿於郭門之外。桓公郊迎客、夜開門、辟任車、爝火甚盛、從者甚衆、甯越飯牛車下、望見桓公而悲、擊牛角而疾商歌。桓公聞之、撫其僕之手曰、「異哉、之歌者非常人也。」命後車載之。桓公及至、從者以請、桓公贛之衣冠而見、說以爲天下。桓公大說、將任之。群臣爭之曰、「客衛人也。衛之去齊不遠、君不若使人問之。問之而故賢也、用之未晚。」桓公曰、「不然、問之、患其有小惡也。以人之小惡而忘人之大美、此人主之所以失天下之士也。」凡聽必有驗、一聽而弗復問、合其所以也。且人固難合也、權而用其長者而已矣。當是舉也、桓公得之矣。故老子曰、「天大、地大、道大、王亦大、域中有四大、而王處其一焉。」以言其能包裹之也。

大王亶父居邠,翟人攻之。事之以皮帛、珠玉而弗受。曰「翟人之所求者地。無以財物為也。」大王亶父曰:「與人之兄居而殺其弟,與人之父處而殺其子,吾弗為。皆勉處矣!為吾臣,與翟人奚以異?且吾聞之也,不以其所養害其養。」杖策而去。民相連而從之,遂成國於岐山之下。大王亶父可謂能保生矣。雖富貴,不以養傷身;雖貧賤,不以利累形。今受其先人之爵祿,則必重失之。所自來者久矣,而輕失之,豈不惑哉!故老子曰:「貴以身為天下,焉可以託天下;愛以身為天下,焉可以寄天下矣!」

大王亶父居邠、翟人攻之。事之以皮帛珠玉而弗受、曰「翟人之所求者地、無以財物爲也。」大王亶父曰、「與人之兄居而殺其弟、與人之父處而殺其子、吾弗爲。皆勉處矣。爲吾臣、與翟人臣奚以異。且吾聞之也、不以其所養害其養。」杖策而去。民相連而從之、遂成國於岐山之下。大王亶父可謂能保生矣。雖富貴、不以養傷身。雖貧賤、不以利累形。今受其先人之爵祿、則必重失之。生之所自來者久矣、而輕失之、豈不惑哉。故老子曰、「貴以身爲天下焉、可以託天下。愛以身爲天下焉、可以寄天下矣。」

中山公子牟謂詹子曰:「身處江海之上,心在魏闕之下,為之奈何?」詹子曰:「重生。重生則輕利。」中山公子牟曰:「雖知之,猶不能自勝。」詹子曰:「不能自勝,則從之;從之,神無怨乎!不能自勝而強弗從者,此之謂重傷。重傷之人,無壽類矣。」故老子曰:「知和曰常,知常曰明,益生曰祥,心使氣曰強。」是故「用其光,復歸其明也。」

中山公子牟謂詹子曰、「身在江海之上、心居魏闕之下、奈何。」詹子曰、「重生。重生則輕利。」中山公子牟曰、「雖知之、猶不能自勝也。」詹子曰、「不能自勝、則縱之。縱之、神無惡乎。不能自勝而強弗縱者、此之謂重傷。重傷之人、無壽類矣。」故老子曰、「知和曰常、知常曰明、益生曰祥、心使氣曰強。」是故「用其光、復歸其明」也。

楚莊王問詹何曰:「治國奈何?」對曰:「何明於治身,而不明於治國?」楚王曰:「寡人得立宗廟社稷,願學所以守之。」詹何對曰:「臣未嘗聞身治而國亂者也,未嘗聞身亂而國治者也。故本任於身,不敢對以末。」楚王曰:「善。」故老子曰:「修之身,其德乃眞也。」

楚莊王問詹何曰、「治國奈何。」對曰、「何明於治身、而不明於治國也。」楚王曰、「寡人得立宗廟社稷、願學所以守之。」詹何對曰、「臣未嘗聞身治而國亂者也、未嘗聞身亂而國治者也。故本在身、不敢對以末。」楚王曰、「善。」故老子曰、「修之身、其德乃真。」

桓公讀書於堂,輪扁斫輪於堂下。釋其椎鑿,而問桓公曰:「君之所讀者,何書也?」桓公曰:「聖人之書。」輪扁曰:「其人焉在?」桓公曰:「已死矣。」輪扁曰:「是直聖人之糟粕耳。」桓公曰悖然作色而怒曰:「寡人讀書,工人焉得而譏之哉!有説則可,無説則死!」輪扁曰:「然。有説。臣試以臣之斫輪語之。大疾則苦而不入,大徐則甘而不固,不甘不苦,應於手,厭於心,而可以至妙者,臣不能以教臣之子,而臣之子亦不能得之於臣。是以行年七十,老而為輪。今聖人之所言者,亦以懷其實,窮而死,獨其糟粕在耳。」故老子曰:「道可道,非常道;名可名,非常名。」

桓公讀書於堂上、輪扁斲輪於堂下。釋其椎鑿、而問桓公曰、「君之所讀者何書也。」桓公曰、「聖人之書。」輪扁曰、「其人在焉。」桓公曰、「已死矣。」輪扁曰、「是直聖人之糟粕耳。」桓公勃然變色而怒曰、「寡人讀書、工人焉得而譏之哉。有說則可、無說說則死。」輪扁曰、「然有說。臣試以臣之斲輪語之。太疾則苦而不入、太徐則甘而不固。不甘不苦、應於手、厭於心、而可以至妙者、臣不能以教臣之子、而臣之子亦不能得之於臣。是以行年七十、老而爲輪。今聖人之所言者、亦以懷其實、窮而死、獨其糟粕在耳。」故老子曰、「道可道、非常道。名可名、非常名。」

昔者,司城子罕相宋,謂宋君曰:「夫國家之安危,百姓之治亂,在君行賞罰。夫爵賞賜予,民之所好也,君自行之;殺戮刑罰,民之所怨也,臣請當之。」宋君曰:「善。寡人當其美,子受其怨。寡人自知不為諸侯笑矣。」國人皆知殺戮之專,制在子罕也,大臣親之,百姓畏之,居不至期年,子罕遂卻宋君而專其政。故老子曰:「魚不可脫於淵,國之利器,不可以示人。」

昔者司城子罕相宋、謂宋君曰、「夫國家之安危、百姓之治亂、在君行賞罰。夫爵賞賜予、民之所好也、君自行之。殺戮刑罰、民之所怨也、臣請當之。」宋君曰、「善。寡人當其美、子受其怨。寡人自知不爲諸侯笑矣。」國人皆知殺戮之專制在子罕也、大臣親之、百姓畏之、居不至期年、子罕遂去宋君而專其政。故老子曰、「魚不可脫於淵、國之利器、不可以示人。」

王壽負書而行,見徐馮於周,徐馮曰:「事者,應變而動,變生於時,故知時者無常行。書者,言之所出也。言出於知者,知者藏書。」於是王壽乃焚書而舞之。故老子曰:「多言數窮,不如守中。」

王壽負書而行、見徐馮於周。徐馮曰、「事者應變而動、變生於時、故知時者無常行。書者言之所出也、言出於知者、知者藏書。」於是王壽乃焚書而舞之。故老子曰、「多言數窮、不如守中。」

令尹子佩請飲莊王。莊王許諾。子佩疎揖,北面立於殿下。曰:「昔者君王許之,今不果往。意者臣有罪乎?」莊王曰:「吾聞子具於強臺。強臺者,南望料山,以臨方皇,左江而右淮,其樂忘死,若吾薄德之人,不可以當此樂也。恐留而不能反。」故老子曰:「不見可欲,使心不亂。」

令尹子佩請飲莊王、莊王許諾。子佩疏揖、北面立於殿下、曰、「昔者君王許之、今不果往。意者臣有罪乎。」莊王曰、「吾聞子具於強臺。強臺者、南望料山、以臨方皇、左江而右淮、其樂忘死。若寡人者、不可以當此樂也、恐留而不能反。」故老子曰、「不見可欲、使心不亂。」

晉公子重耳出亡,過曹,無禮焉。釐負羈之妻謂釐負羈曰:「君無禮於晉公子,吾觀其從者,皆賢人也。若以相夫子反晉國,必伐曹,子何不先加德焉?」釐負羈遺之壺飯而加璧焉。重耳受其飯而反其璧。及其反國,起師伐曹,克之。令三軍無入釐負羈之里。故老子曰:「曲則全,枉則正。」

晉公子重耳出亡、過曹、曹君對之無禮。釐負羈之妻謂釐負羈曰、「君無禮於晉公子、吾觀其從者、皆賢人也。若以相夫子反晉國、必伐曹、子胡不先施德乎。」釐負羈遺之壺飱而加璧焉。重耳受其飱而反其璧。及其反國、起兵伐曹、剋之。令三軍毋入釐負羈之里。故老子曰、「曲則全、枉則直。」

越王勾踐與呉戰而不勝,國破身亡,困於會稽。忿心張膽,氣如湧泉,選練甲卒,赴火若滅。然而請身為臣,妻為妾,親執戈,為呉兵先馬走,果禽之於幹遂。故老子曰:「柔之勝剛也,弱之勝強也,天下莫不知,而莫之能行。」越王親之,故霸中國。

越王句踐與吳戰而不勝、國破身亡、困於會稽。忿心張膽、氣如涌泉、選練甲卒、赴火若滅。然而請身爲臣、妻爲妾、親執戈爲吳兵先馬走、果禽之於干遂。故老子曰、「柔之勝剛也、弱之勝強也、天下莫不知、而莫之能行。」越王親之、故霸中國。

趙簡子死,未葬,中牟入齊。已葬五日,襄子起兵攻圍之。未合而城自壞者數十丈。襄子撃金而退之。軍吏諫曰:「君誅中牟之罪,而城自壞,是天助我,何故去之?」襄子曰:「吾聞之叔向曰:『君子不乘人於利,不迫人於險。』使之治城,城治而後攻之。」中牟聞其義,乃請降。故老子曰:「夫唯不爭,故天下莫能與之爭。」

趙簡子死、未葬、中牟入齊。已葬五日、襄子起兵攻圍之。未合而城自壞者十丈。襄子擊金而退之。軍吏諫曰、「君誅中牟之罪、而城自壞、是天助我、何故去之。」襄子曰、「吾聞之叔向曰、君子不乘人於利、不迫人於險。使之治城、城治而後攻之。」中牟聞其義、乃請降。故老子曰、「夫唯不爭、故天下莫能與之爭。」

秦穆公謂伯樂曰:「子之年長矣。子姓有可使求馬者乎?」對曰:「良馬者,可以形容筋骨相也。相天下之馬者,若滅若失,若亡其一。若此馬者,絶塵弭轍。臣之子皆下材也,可告以良馬,而不可告以天下之馬。臣有所與供儋纏採薪者方九堙,此其於馬,非臣之下也。請見之。」穆公見之,使之求馬。三月而反報曰:「已得馬矣。在於沙丘。」穆公曰:「何馬也?」對曰:「牡而黃。」使人往取之,牝而驪。穆公不説。召伯樂而問之曰:「敗矣。子之所使求者。毛物、牝牡弗能知,又何馬之能知?」伯樂喟然大息曰:「一至此乎!是乃其所以千萬臣而無數者也。若堙之所觀者,天機也。得其精而忘其粗,在內而忘其外,見其所見而不見其所不見,視其所視而遺其所不視。若彼之所相者,乃有貴乎馬者!」馬至,而果千里之馬。故老子曰:「大直若屈,大巧若拙。」

秦穆公謂伯樂曰、「子之年長矣。子姓有可使求馬者乎。」對曰、「良馬者、可以形容筋骨相也。相天下之馬者、若滅若失、若亡其一。若此馬者、絕塵弭轍。臣之子皆下材也、可告以良馬、而不可告以天下之馬。臣有所與供儋纏采薪者方九堙、此其於馬、非臣之下也。請見之。」穆公見之、使之求馬。三月而反報曰、「已得馬矣、在於沙丘。」穆公曰、「何馬也。」對曰、「牡而黃。」使人往取之、牝而驪。穆公不說、召伯樂而問之曰、「敗矣。子之所使求者、毛物牝牡弗能知、又何馬之能知。」伯樂喟然大息曰、「一至於此乎。是乃其所以千萬臣而無數者也。若堙之所觀者、天機也。得其精而忘其粗、在內而忘其外、見其所見而不見其所不見、視其所視而遺其所不視。若彼之所相者、乃有貴乎馬者。」馬至而果千里之馬。故老子曰、「大直若屈、大巧若拙。」

呉起為楚令尹,適魏。問屈宜若曰:「王不知起之不肖,而以為令尹。先生試觀起之為人也。」屈子曰:「將奈何?」呉起曰:「將衰楚國之爵,而平其制祿;損其有餘,而綏其不足;砥礪甲兵,時爭利於天下。」屈子曰:「宜若聞之,昔善治國家者,不變其故,不易其常。今子將衰楚國之爵,而平其制祿;損其有餘,而綏其不足;是變其故,易其常也。行之者不利。宜若聞之曰:『怒者,逆德也,兵者兇器也。爭者人之所本也。』今子陰謀逆德,好用㐫器,始人之所本,逆之至也。且子用魯兵,不宜得志於齊,而行志焉;子用魏兵,不宜得志於秦,而得志焉。宜若聞之,非禍人不能成禍。吾固惑吾王之數逆天道,戾人理,至今無禍。差須夫子也。」呉起惕然曰:「尚可更乎?」屈子曰:「成形之徒,不可更也。子不若敦愛而篤行之。」老子曰:「挫其鋭,解其紛,和其光,同其塵。」

吳起爲楚令尹、適魏。問屈宜若曰、「王不知起不肖、而以爲令尹。先生試觀起爲人也何如。」屈子曰、「將奈何。」吳起曰、「將衰楚國之爵、而平其制祿。損其有餘、而綏其不足。砥礪甲兵、時爭利於天下。」屈子曰、「宜若聞之、昔善治國家者、不變其故、不易其常。今子將衰楚國之爵、而平其制祿。損其有餘、而綏其不足。是變其故、易其常也。行之者不利。宜若聞之曰、怒者逆德也、兵者凶器也、爭者人之所本也(底本「㐫器」爲「凶」之譌)。今子陰謀逆德、好用凶器、始人之所本、逆之至也。且子用魯兵、不宜得志於齊、而得志焉。子用魏兵、不宜得志於秦、而得志焉。宜若聞之、非禍人不能成禍。吾固惑吾王之數逆天道、戾人理、至今無禍。差須夫子也。」吳起惕然曰、「尚可更乎。」屈子曰、「成形之徒、不可更也。子不若敦愛而篤行之。」老子曰、「挫其銳、解其紛、和其光、同其塵。」

晉伐楚,三舍不止。大夫請撃之。莊王曰:「先君之時,晉不伐楚。及孤之身,而晉伐楚,是孤之過也。若何其辱群大夫?」曰:「先臣之時,晉不伐楚。今臣之身,而晉伐楚,此臣之罪也。請三撃之。」王俯而泣,涕沾襟,起而拜群大夫。晉人聞之,曰:「君臣爭以過為在己,且輕下其臣,不可伐也。」夜還師而歸。老子曰:「能受國之垢,是謂社稷主。」

晉伐楚、三舍不止。大夫請擊之。莊王曰、「先君之時、晉不伐楚。及孤之身、而晉伐楚、是孤之過也。若何其辱群大夫。」大夫曰、「先臣之時、晉不伐楚。今臣之身、而晉伐楚、此臣之罪也。請三擊之。」王俯而泣、涕沾襟、起而拜群大夫。晉人聞之曰、「君臣爭以過爲在己、且輕下其臣、不可伐也。」夜還師而歸。老子曰、「能受國之垢、是謂社稷主。」

宋景公之時,熒惑在心。公懼,召子韋而問焉。曰:「熒惑在心,何也?」子韋曰:「熒惑,天罰也;心,宋分野,禍且當君。雖然,可移於宰相。」公曰:「宰相,所使治國家也。而移死焉。不祥。」子韋曰:「可移於民。」公曰:「民死,寡人誰為君乎?寧獨死耳!」子韋曰:「可移於歳。」公曰「歳,民之命;歳饑,民必死矣。為人君而欲殺其民以自活也,其誰以我為君者乎?是寡人之命,固已盡矣!子韋無復言矣。」子韋還走,北面再拜曰:「敢賀君。天之處髙而聽卑。君有君人之言三,天必有三賞君。今夕星必徙三舍,君延年二十一歳。」公曰:「子奚以知之?」對曰:「君有君人之言三,故有三賞,星必三徙舍。舍行七里,三七二十一,故君移年二十一歳。臣請伏於陛下以伺之。星不徙,臣請死之。」公曰:「可」。是夕也,星果三徙舍。故老子曰:「能受國之不祥,是謂天下王。」

宋景公之時、熒惑在心。公懼、召子韋而問焉、曰、「熒惑在心、何也。」子韋曰、「熒惑、天罰也。心、宋分野、禍且當君。雖然、可移於宰相。」公曰、「宰相、所使治國家也、而移死焉、不祥。」子韋曰、「可移於民。」公曰、「民死、寡人將誰爲君乎。寧獨死耳。」子韋曰、「可移於歲。」公曰、「歲、民之命。歲饑、民必死矣。爲人君而欲殺其民以自活也、其誰以我爲君者乎。是寡人之命、固已盡矣。子韋無復言矣。」子韋還走、北面再拜曰、「敢賀君。天之處高而聽卑。君有君人之言三、天必有三賞君。今夕星必徙三舍、君延年二十一歲。」公曰、「子奚以知之。」對曰、「君有君人之言三、故有三賞、星必三徙舍。舍行七里、三七二十一、故君移年二十一歲。臣請伏於陛下以伺候之。熒惑不徙、臣請死。」公曰、「可。」是夕也、火星果徙三舍。故老子曰、「能受國之不祥、是謂天下王。」

昔者,公孫龍在趙之時,謂弟子曰:「人而無能者,龍不能與遊。」有客衣褐帶索而見曰:「臣能呼。」公孫龍顧謂弟子曰:「門下故有能呼者乎?」對曰:「無有。」公孫龍曰:「與之弟子籍。」後數日,往説燕王。至於河上,而航在一汜,使善呼者呼之。一呼而航來。故曰:聖人之處世,不逆有伎能之士。故老子曰:「人無棄人,物無棄物,是謂襲明。」

昔者公孫龍在趙之時、謂弟子曰、「人而無能者、龍不能與游。」有客衣褐帶索而見曰、「臣能呼。」公孫龍顧謂弟子曰、「門下故有能呼者乎。」對曰、「無有。」公孫龍曰、「與之弟子之籍。」後數日、往說燕王。至於河上、而航在一汜。使善呼者呼之、一呼而航來。故曰、聖人之處世、不逆有伎能之士。故老子曰、「人無棄人、物無棄物、是謂襲明。」

子發攻蔡,逾之。宣王郊迎,列田百頃,而封之執圭。子發辭不受。曰:「治國立政,諸侯入賓,此君之德也;發號施令,師未合而失敵遁,此將軍之威也;兵陳戰而勝敵者,此庶民之力也。夫乘民之功勞,而取其爵祿者,非仁義之道也。」故辭而弗受。故老子曰:「功成而不居。夫惟不居,是以不去。」

子發が蔡を攻めて踰えた。宣王は郊に迎え、列田百頃を出して執圭に封じた。子發は辭して受けず、曰く、「治國立政、諸侯入賓服は、君之德也。發號施令、師未合而敵走、將軍之威也。兵陳戰而勝敵、庶民之力也。乘民之功勞、而取其爵祿者、非仁義之道也。」故辭而不受。故老子曰、「功成而不居。夫唯不居、是以不去。」

晉文公伐原,與大夫期三日。三日而原不降。文公令去之。軍吏曰:「原不過一二日將降矣。」君曰:「吾不知原三日而不得下也。以與大夫期,盡而不疲,失信得原,吾弗為也。」原人聞之,曰:「有君若此,可弗降也?」遂降。溫人聞,亦請降。故老子曰:「窈兮冥兮,其中有精,其精甚眞,其中有信。」故「美言可以市尊,美行可以加人」。

晉文公伐原、與大夫期三日。三日而原不降。文公令去之。軍吏曰、「原不過一二日將降矣。」君曰、「吾不知原三日而不可得下也。以與大夫期、盡而不罷、失信得原、吾弗爲也。」原人聞之曰、「有君若此、可弗降也。」遂降。溫人聞、亦請降。故老子曰、「窈兮冥兮、其中有精、其精甚真、其中有信。」故「美言可以市尊、美行可以加人」。

公儀休相魯,而嗜魚。一國獻魚,公儀子弗受。其弟子諫曰:「夫子嗜魚。弗受,何也?」答曰:「夫唯嗜魚,故弗受。夫受魚而免於相,雖嗜魚,不能自給魚;毋受魚而不免於相,則能長自給魚。」此明於為人為己者也。故老子曰:「後其身而身先,外其身而身存。非以其無私邪?故能成其私。」一曰:知足不辱。

公儀休相魯、而嗜魚。一國獻魚、公儀子不受。其弟子諫曰、「夫子嗜魚、弗受、何也。」答曰、「夫唯嗜魚、故不受也。受魚而免於相、雖嗜魚、不能自給魚。無受魚而不免於相、則能長自給魚。」此明於爲人爲己者也。故老子曰、「後其身而身先、外其身而身存。非以其無私邪、故能成其私。」一曰、知足不辱。

狐丘丈人謂孫叔敖曰:「人有三怨,子知之乎?」孫叔敖曰:「何謂也?」對曰:「爵髙者,士妬之;官大者,主惡之;祿厚者,怨處之。」孫叔敖曰:「吾爵益髙,吾志益下;吾官益大,吾心益小;吾祿益厚,吾施益博。是以免三怨,可乎?」故老子曰:「貴必以賤為本,髙必以下為基。」

狐丘丈人謂孫叔敖曰、「人有三怨、子知之乎。」孫叔敖曰、「何謂也。」對曰、「爵高者士妬之、官大者主惡之、祿厚者怨處之。」孫叔敖曰、「吾爵益高、吾志益下。吾官益大、吾心益小。吾祿益厚、吾施益博。是以免三怨、可乎。」故老子曰、「貴必以賤爲本、高必以下爲基。」

大司馬捶鉤者,年八十矣,而不失鉤芒。大司馬曰:「子巧邪?有道邪?」曰:「臣有守也。臣年二十好捶鉤,於物無視也。非鉤無察也。」是以用之者,必假於弗用也,而以長得其用。而況持而不用者乎?物孰不濟焉!故老子曰:「從事於道者,同於道。」

大司馬捶鉤者、年八十矣、而不失鉤芒。大司馬曰、「子巧邪、有道邪。」曰、「臣有守也。臣之年二十而好捶鉤、於物無視也、非鉤無察也。」是用之者、假不用者也、以長得其用。而況持無不用者乎。物孰不濟焉。故老子曰、「從事於道者、同於道。」

文王砥德修政,三年而天下二垂歸之。紂聞而患之,曰:「余夙興夜寐,與之競行,則苦心勞形,縱而置之,恐伐余一人。」崇侯虎曰:「周伯昌行仁義而善謀,太子發勇敢而不疑,中子旦恭儉而知時。若與之從,則不堪其殃;縱而赦之,身必危亡。冠雖弊,必加於頭。及未成,請圖之。」屈商乃拘文王於羑里。於是散宜生乃以千金求天下之珍怪,得騶虞、鷄斯之乘,玄玉百工,大貝百朋,玄豹、黃羆、靑豻、白虎文皮千合,以獻於紂。因費仲而通。紂見而説之,乃免其身,殺牛而賜之。文王歸,乃為玉門,築靈臺,相女童,撃鐘鼓,以待紂之失也。紂聞之,曰:「周伯昌改道易行,吾無憂矣。」乃為炮烙,剖比干,剔孕婦,殺諫者。文王乃遂其謀。故老子曰:「知其榮,守其辱,為天下穀。」

文王砥德修政、三年而天下二垂歸之。紂聞而患之、曰、「余夙興夜寐與之競行、則苦心勞形。縱而置之、恐伐余一人。」崇侯虎曰、「周伯昌行仁義而善謀、太子發勇敢而不疑、中子旦恭儉而知時。若與之從、則不堪其殃。縱而赦之、身必危亡。冠雖弊、必加於頭。及未成、請圖之。」屈商乃拘文王於羑里。於是散宜生乃以千金求天下之珍怪、得騶虞、雞斯之乘、玄玉百工、大貝百朋、玄豹、黃羆、青豻、白虎文皮千合、以獻於紂。因費仲而通。紂見而說之、乃免其身、殺牛而賜之。文王歸、乃爲玉門、築靈臺、相女童、擊鐘鼓、以待紂之失也。紂聞之曰、「周伯昌改道易行、吾無憂矣。」乃爲炮烙、剖比干、剔孕婦、殺諫者。文王乃遂其謀。故老子曰、「知其榮、守其辱、爲天下谷。」

成王問政於尹佚曰:「吾何德之行,而民親其上?」對曰:「使之時而敬順之。」王曰:「其度安在?」曰:「如臨深淵,如履薄冰。」王曰:「懼哉!王人乎。」尹佚曰:「天地之間,四海之內,善之則吾畜也,不善則吾仇也。昔夏、商之臣反仇桀、紂,而臣湯、武,宿沙之民皆自攻其君,而歸神農,此世之所明知也。如何其無懼也?」故老子曰:「人之所畏,不可不畏也。」

成王問政於尹佚曰、「吾何德之行、而民親其上。」對曰、「使之時而敬順之。」王曰、「其度安在。」曰、「如臨深淵、如履薄冰。」王曰、「懼哉、王人乎。」尹佚曰、「天地之閒、四海之內、善之則吾畜也、不善則吾讎也。昔夏商之臣反讎桀紂、而臣湯武、宿沙之民皆自攻其君、而歸神農、此世之所明知也。如何其無懼也。」故老子曰、「人之所畏、不可不畏。」

蹠之徒問蹠曰:「盜亦有盜乎?」蹠曰:「奚適其無道也!夫意而中藏者,聖也;入先者,勇也;出後者,義也;分均者,仁也;知可否者,智也。五者不備,而能成大盜者,天下無之。」由此觀之,盜賊之心,必托聖人之道而後可行。故老子曰:「絶聖棄智,民利百倍。」

跖之徒問跖曰、「盜亦有道乎。」跖曰、「奚適其無道也。夫意而中藏者、聖也。入先者、勇也。出後者、義也。分均者、仁也。知可否者、智也。五者不備、而能成大盜者、天下無之。」由是觀之、盜賊之心、必託聖人之道而後可行也。故老子曰、「絕聖棄智、民利百倍。」

楚將子發好求技道之士。楚有善為偸者,往見曰:「聞君求技道之士。臣,偸也,願以技齎一卒。」子發聞之,衣不給帶,冠不暇正,出見而禮之。左右諫曰:「偸者,天下之盜也。何為之禮?」君曰:「此非左右之所得與。」後無幾何,齊興兵伐楚,子發將師以當之,兵三卻。楚賢良大夫皆盡其計而悉其誠,齊師愈強。於是市偸進請曰:「臣有薄技,願為君行之。」子發曰:「諾」。不問其辭而遣之。偸則夜解齊將軍之幬帳而獻之。子發因使人歸之。曰:「卒有出薪者,得將軍之帷,使歸之於執事。」明又復往,取其枕。子發又使人歸之。明日又復往,取其簪。子發又使歸之。齊師聞之,大駭。將軍與軍吏謀曰:「今日不去,楚君恐取吾頭。」乃還師而去。故曰:無細而能薄,在人君用之也。故老子曰:「不善人,善人之資也。」

楚將子發好求技道之士。楚有善爲偷者、往見曰、「聞君求技道之士、臣偷也、願以技齎一卒。」子發聞之、衣不給帶、冠不暇正、出見而禮之。左右諫曰、「偷者、天下之盜也、何爲禮之。」君曰、「此非左右之所得與。」後無幾何、齊興兵伐楚、子發將師以當之、兵三卻。楚賢良大夫皆盡其計而悉其誠、齊師愈強。於是市偷進請曰、「臣有薄技、願爲君行之。」子發曰、「諾。」不問其辭而遣之。偷則夜解齊將軍之幬帳而獻之。子發因使人歸之、曰、「卒有出薪者、得將軍之帷、使歸於執事。」明又復往、取其枕。子發又使人歸之。明日又復往、取其簪。子發又使歸之。齊師聞之、大駭。將軍與軍吏謀曰、「今日不去、楚君恐取吾頭。」乃還師而去。故曰、無細而能薄、在人君用之也。故老子曰、「不善人、善人之資也。」

顏回謂仲尼曰:「回益矣。」仲尼曰:「何謂也?」曰:「回忘禮樂矣。」仲尼曰:「可矣。猶未也。」異日復見,曰:「回益矣。」仲尼曰:「何謂也?」曰:「回忘仁義也。」仲尼曰:「可矣。猶未也。」異日復見。曰:「回坐忘矣。」仲尼遽然曰:「何謂坐忘?」顏回曰:「墮支體,黜聰明,離形去知,洞於化通。是謂坐忘。」仲尼曰:「洞則無善也,化則無常矣。而夫子薦賢。丘請從之後。」故老子曰:「載營魄抱一,能無離乎!專氣至柔,能如嬰兒乎!」

顏回謂仲尼曰、「回益矣。」仲尼曰、「何謂也。」曰、「回忘禮樂矣。」仲尼曰、「可矣、猶未也。」異日復見、曰、「回益矣。」仲尼曰、「何謂也。」曰、「回忘仁義矣。」仲尼曰、「可矣、猶未也。」異日復見、曰、「回坐忘矣。」仲尼遽然曰、「何謂坐忘。」顏回曰、「隳支體、黜聰明、離形去知、洞於化通。是謂坐忘。」仲尼曰、「洞則無善也、化則無常矣。而夫子薦賢、丘請從之後。」故老子曰、「載營魄抱一、能無離乎。專氣至柔、能嬰兒乎。」

秦穆公興師,將以襲鄭。蹇叔曰:「不可。臣聞襲國者,以車不過百里,以人不過三十里,為其謀未及發洩也,甲兵未及鋭弊也,糧食未及乏絶也,人民未及疲病也。皆以其氣之髙與其力之盛至,是以犯敵能威。今行數千里,又數絶諸侯之地;以襲國,臣不知其可也。君重圖之。」穆公不聽。蹇叔送師,衰絰而哭之。師遂行,過周而東。鄭賈人絃髙矯鄭伯之命,以十二牛勞秦師而賓之。三師乃懼而謀曰:「吾行數千里以襲人,未至而人已知之。其備必先成,不可襲也。」還師而去。當此之時,晉文公適薨,未葬。先軫言於襄公曰:「昔吾先君與穆公交,天下莫不聞,諸侯莫不知,今君薨未葬,而不弔吾喪,而不假道,是死吾君而弱吾孤也。請撃之。」襄公許諾。先軫舉兵而與秦師遇於殽。大破之,禽其三帥以歸。穆公聞之,素服廟臨,以説於眾。故老子曰:「知而不知,尚矣;不知而知,病也!」

秦穆公興兵、將以襲鄭。蹇叔曰、「不可。臣聞襲國者、以車不過百里、以人不過三十里。爲其謀未及發泄也、甲兵未及銳弊也、糧食未及乏絕也、人民未及罷病也。皆以其氣之高與其力之盛至、是以犯敵能威。今行數千里、又數過諸侯之地、以襲國、臣不知其可也。君重圖之。」穆公不聽。蹇叔送師、衰絰而哭之。師於是行、過周而東。鄭賈人弦高矯鄭伯之命、以十二牛犒秦師而賓之。三師乃懼而謀曰、「吾行數千里以襲人、未至而人已先知之矣。其備必先成、不可襲也。」還師而去。當此之時、晉文公適薨、未葬。先軫言於襄公曰、「昔吾先君與穆公交、天下莫不聞、諸侯莫不知。今吾君薨未葬、而不弔吾喪、又不假道、是死吾君而弱吾孤也。請擊。」襄公許諾。先軫舉兵而與秦師遇於殽。大破之、禽其三帥以歸。穆公聞之、素服廟臨、以說於衆。故老子曰、「知而不知、上矣。不知而知、病矣。」

齊王后死,王欲置後而未定。使群臣議。薛公欲中王之意,因獻十珥而美其一。旦日,因問美珥之所在。因勸立以為王后。齊王大説,遂尊重薛公。故人主之意欲見於外,則為人臣之所制。故老子曰:「塞其兌,閉其門,終身不勤。」

齊王后死、王欲置后而未定。使群臣議。薛公欲中王之意、因獻十珥而美其一。旦日、因問美珥之所在。因勸立以爲王后。齊王大說、遂尊重薛公。故人主之意欲見於外、則爲人臣之所制。故老子曰、「塞其兌、閉其門、終身不勤。」

盧敖游乎北海,經乎太陰,入乎玄闕,至於蒙穀之上。見一士焉,深目而玄鬢,涙注而鳶肩,豐上而殺下。軒軒然方迎風而舞。顧見盧敖,慢然下其臂,遁逃乎碑。盧敖就而視之,方倦龜殼而食蛤梨。盧敖與之語曰:「唯敖為背群離黨,窮觀於六合之外者,非敖而已乎?敖幼而好遊,至長不渝。周行四極,唯北陰之未窺。今卒睹夫子於是,子殆可與敖為友乎?」若士者,齤然而笑曰:「嘻!子,中州之民,寧肯而遠至此,此猶光乎日月而載列星,陰陽之所行,四時之所生,其比夫不名之地,猶窔奧也。若我南遊乎岡㝗之野,北息乎沉墨之鄕,西窮窅冥之黨,東關鴻蒙之光,此其下無地而上無天,聽焉無聞,視焉無眴。此其外猶有汰沃之汜。其餘一舉而千萬里,吾猶未能之在。今子游始於此,乃語窮觀,豈不亦遠哉!然子處矣!吾與汗漫期於九垓之外,吾不可以久駐。」若士舉臂而竦身,遂入雲中。盧敖仰而視之,弗見,乃止駕,柸治,悖若有喪也。曰:「吾比夫子,猶黃鵠與壤蟲也。終日行,不離咫尺,而自以為遠。豈不悲哉!」故莊子曰:「小年不及大年,小知不及大知,朝菌不知晦朔,蟪蛄不知春秋。」此言明之有所不見也。

盧敖游乎北海、經乎太陰、入乎玄闕、至於蒙穀之上。見一士焉、深目而玄鬢、淚注而鳶肩、豐上而殺下。軒軒然方迎風而舞。顧見盧敖、慢然下其臂、遯逃乎碑。盧敖就而視之、方倦龜殼而食蛤梨。盧敖與之語曰、「唯敖爲背群離黨、窮觀於六合之外者、非敖而已乎。敖幼而好游、至長不渝。周行四極、唯北陰之未窺。今卒睹夫子於是、子殆可與敖爲友乎。」若士者齤然而笑曰、「嘻、子中州之民、寧肯而遠至此、此猶光乎日月而載列星、陰陽之所行、四時之所生、其比夫不名之地、猶窔奧也。若我南游乎岡㝗之野(底本此字爲生僻字)、北息乎沉墨之鄉、西窮窅冥之黨、東開鴻濛之光。此其下無地而上無天、聽焉無聞、視焉無眴。此其外猶有汰沃之汜。其餘一舉而千萬里、吾猶未能之在。今子游始於此、乃語窮觀、豈不亦遠哉。然子處矣、吾與汗漫期於九垓之外、吾不可以久駐。」若士舉臂而竦身、遂入雲中。盧敖仰而視之、弗見、乃止駕、柸治、悖若有喪也。曰、「吾比夫子、猶黃鵠與壤蟲也。終日行、不離咫尺、而自以爲遠、豈不悲哉。」故莊子曰、「小年不及大年、小知不及大知、朝菌不知晦朔、蟪蛄不知春秋。」此言明之有所不見也。

季子治亶父三年,而巫馬期絻衣短褐,易容貌,往觀化焉。見得魚釋之。巫馬期問焉,曰:「凡子所為魚者,欲得也。今得而釋之,何也?」漁者對曰:「季子不欲人取小魚也。所得者小魚,是以釋之。」巫馬期歸,以報孔子曰:「季子之德至矣。使人暗行,若有嚴刑在其側者。季子何以至於此?」孔子曰:「丘嘗問之以治,言曰:『誡於此者刑於彼。』季子必行此術也。」故老子曰:「去彼取此。」

季子治亶父三年、巫馬期絰衣短褐、易容貌、往觀化焉。見得魚釋之。巫馬期問焉、曰、「凡子所爲魚者、欲得也。今得而釋之、何也。」漁者對曰、「季子不欲人取小魚也。所得者小魚、是以釋之。」巫馬期歸、以報孔子曰、「季子之德至矣。使人暗行、若有嚴刑在其側者。季子何至於此。」孔子曰、「丘嘗問之以治、言曰誡於此者刑於彼。季子必行此術也。」故老子曰、「去彼取此。」

罔兩問於景曰:「昭昭者,神明也?」景曰:「非也。」罔兩曰:「子何以知之?」景曰:「扶桑受謝,日照宇宙,昭昭之光,輝燭四海,闔戸塞牖,則無由入矣。若神明,四通並流,無所不極,上際於天,下蟠於地。化育萬物而不可為象,俯仰之間而撫四海之外。昭昭何足以明之!」故老子曰:「天下之至柔,馳騁天下之至堅。」

罔兩問於景曰、「昭昭者、神明也。」景曰、「非也。」罔兩曰、「子何以知之。」景曰、「扶桑受謝、日照宇宙、昭昭之光、輝燭四海。闔戶塞牖、則無由入矣。若神明四通竝流、無所不極、上際於天、下蟠於地、化育萬物而不可爲象、俛仰之閒而撫四海之外。昭昭何足以明之。」故老子曰、「天下之至柔、馳騁天下之至堅。」

光耀問於無有曰:」子果有乎?其果無有乎?」無有弗應也。光耀不得問,而就視其狀貌,冥然、忽然,視之不見其形,聽之不聞其聲,搏之不可得,望之不可極也。光耀曰:「貴矣哉!孰能至於此乎!予能有無矣,未能無無也;及其為無無,又何從至於此哉!」故老子曰:「無有入於無間,吾是以知無為之有益也。」

光耀問於無有曰、「子果有乎、其果無有乎。」無有弗應也。光耀不得問、而就視其狀貌、冥然忽然、視之不見其形、聽之不聞其聲、搏之不可得、望之不可極也。光耀曰、「貴矣哉、孰能至於此乎。予能有無矣、未能無無也。及其爲無無、又何從至於此哉。」故老子曰、「無有入於無閒、吾是以知無爲之有益也。」

白公勝慮亂。罷朝而立,倒杖策,錣上貫頤,血流至地而弗知也。鄭人聞之,曰:「頤之忘,將何不忘哉!」此言精神之越於外,智慮之蕩於內,則不能漏理其形也。是故神之所用者遠,則所遺者近也。故老子曰:「不出戸以知天下,不窺牖以見天道。其出彌遠,其知彌少。」此之謂也。

白公勝慮亂。罷朝而立、倒杖策、錣上貫頤、血流至地而弗知也。鄭人聞之曰、「頤之忘、將何不忘哉。」此言精神之越於外、智慮之蕩於內、則不能漏理其形也。是故神之所用者遠、則所遺者近也。故老子曰、「不出戶以知天下、不窺牖以見天道。其出彌遠、其知彌少。」此之謂也。

秦皇帝得天下,恐不能守,發邊戍,築長城,修關梁,設障塞,具傳車,置邊吏。然劉氏奪之,若轉閉錘。昔者武王伐紂,破之牧野,乃封比干之墓,表商容之閭,柴箕子之門,朝成湯之廟,發鉅橋之粟,散鹿臺之錢,破鼓折枹,馳弓絶絃,去舍露宿以示平易,解劍帶笏以示無仇。於此天下歌謠而樂之,諸侯執幣相朝,三十四世不奪。故老子曰:「善閉者,無關鍵而不可開也;善結者,無繩約而不可解也。」

秦皇帝得天下、恐不能守、發邊戍、築長城、修關梁、設障塞、具傳車、置邊吏。然劉氏奪之、若轉閉錘。昔者武王伐紂、破之牧野、乃封比干之墓、表商容之閭、柴箕子之門、朝成湯之廟、發鉅橋之粟、散鹿臺之錢、破鼓折枹、弛弓絕絃、去舍露宿以示平易、解劍帶笏以示無讎。於此天下歌謠而樂之、諸侯執幣相朝、三十四世不奪。故老子曰、「善閉者、無關楗而不可開也。善結者、無繩約而不可解也。」

尹需學禦,三年而無得焉。私自苦痛,常寢想之。中夜,夢受秋駕於師。明日往朝,師望之,謂之曰:「吾非愛道於子也,恐子不可予也。今日教子以秋駕。」尹需反走,北面再拜曰:「臣有天幸,今夕固夢受之。」故老子曰:「致虛極,守靜篤,萬物並作,吾以觀其復也。」

尹需學御、三年而無得焉。私自苦痛、常寢想之。中夜、夢受秋駕於師。明日往朝、師望而謂之曰、「吾非愛道於子也、恐子不可予也。今日教子以秋駕。」尹需反走、北面再拜曰、「臣有天幸、今夕固夢受之。」故老子曰、「致虛極、守靜篤、萬物竝作、吾以觀其復也。」

昔孫叔敖三得令尹,無喜志;三去令尹,無憂色。延陵季子,呉人願一以為王而不肯;許由,讓天下而弗受;晏子與崔杼盟,臨死地不變其儀;此皆有所遠通也。精神通於死生,則物孰能惑之!荊有佽非,得寶劍於干隊,還反度江,至於中流,陽侯之波,兩蛟挾繞其船,佽非謂枻船者曰:「嘗有如此而得活者乎?」對曰:「未嘗見也。」於是佽非瞑目,勃然攘臂拔劍曰:「武士可以仁義之禮説也,不可劫而奪也。此江中之腐肉朽骨,棄劍而已。余有奚愛焉!」赴江刺蛟,遂斷其頭,船中人盡活。風波畢除,荊爵為執圭。孔子聞之,曰:「夫善哉!腐肉朽骨棄劍者,佽非之謂乎!」故老子曰:「夫唯無以生為者,是賢於貴生焉。」

昔者孫叔敖三得令尹、無喜志。三去令尹、無憂色。延陵季子、吳人願一以爲王而不肯。許由、讓天下而弗受。晏子與崔杼盟、臨死地不變其儀。此皆有所遠通也。精神通於死生、則物孰能惑之。荊有佽非、得寶劍於干隊、還反度江、至於中流、陽侯之波、兩蛟俠繞其船。佽非謂楫船者曰、「嘗有如此而得活者乎。」對曰、「未嘗見也。」於是佽非瞑目、勃然攘臂拔劍曰、「武士可以仁義之禮說也、不可劫而奪也。此江中之腐肉朽骨、棄劍而已。余有奚愛焉。」赴江刺蛟、遂斷其頭、船中人盡活。風波畢除、荊爵爲執圭。孔子聞之曰、「夫善載腐肉朽骨棄劍者、佽非之謂乎。」故老子曰、「夫唯無以生爲者、是賢於貴生焉。」

齊人淳于髡以從説魏王,魏王辯之。約車十乘,將使荊,辭而行。人以為從未足也,復以衡説,其辭若然。魏王乃止其行而疎其身。失從心志,而又不能成衡之事。是其所以固也。夫言有宗,事有本,失其宗本,技能雖多,不若其寡也。故周鼎著倕,而使齧其指,先王以見大巧之不可也。故愼子曰:「匠人知為門,能以門,所以不知門也,故必杜,然後能門」。

齊人淳于髡、以合從說魏王、魏王辯之。約車十乘、將使荊、辭而行。人以爲從未足也、因復以衡說、其辭若然。魏王乃止其行、而疏其身。失從之志、而又不能成衡之事、是其所以固也。夫言有宗、事有本、失其宗本、技能雖多、不若其寡也。故周鼎著倕、而使齕其指、先王以見大巧之不可也。故慎子曰、「匠人知爲門、能以門、所以不知門也、故必杜、然後能門。」

墨者有田鳩者,欲見秦惠王。約車申轅,留於秦,週年不得見。客有言之楚王者,往見楚王,楚王甚悅之。予以節,使於秦。至,因見。予之將軍之節。惠王見而説之。出舍,喟然而歎,告從者曰:「吾留秦三年不得見,不識道之可以從楚也。」物故有近之而遠,遠之而近者。故大人之行,不掩以繩,至所極而已矣。此所謂《管子》「梟飛而維繩」者。

墨者有田鳩者、欲見秦惠王。約車申轅、留於秦、周年不得見。客有言之楚王者、往見楚王、楚王甚悅之。予以節、使於秦。至、因見。予之將軍之節。惠王見而說之。出舍、喟然而嘆、告從者曰、「吾留秦三年不得見、不識道之可以從楚也。」物故有近之而遠、遠之而近者。故大人之行、不掩以繩、至所極而已矣。此管夷吾所謂鴟飛而維繩者。

灃水之深千仞,而不受塵垢,投金鐵針焉,則形見於外。非不深且淸也,魚鱉龍蛇莫之肯歸也。是故石上不生五穀,禿山不遊麋鹿,無所陰蔽隱也。昔趙文子問於叔向曰:「晉六將軍,其孰先亡乎?」對曰:「中行、知氏。」文子曰:「何乎?」對曰:「其為政也,以苛以察,以切為明,以刻下為忠,以計多為功,譬之猶廓革者也。廓之,大則大矣,裂之道也。」故老子曰:「其政悶悶,其民純純,其政察察,其民缺缺。」

灃水之深千仞、而不受塵垢。投金鐵鍼焉、則形見於外。非不深且清也、魚鱉龍蛇莫之肯歸也。是故石上不生五穀、禿山不游麋鹿、無所陰蔽隱也。昔趙文子問於叔向曰、「晉六將軍、其孰先亡乎。」對曰、「中行、知氏。」文子曰、「何乎。」對曰、「其爲政也、以苛爲察、以切爲明、以刻下爲忠、以計多爲功。譬之猶廓革者也、廓之、大則大矣、裂之道也。」故老子曰、「其政悶悶、其民純純。其政察察、其民缺缺。」

景公謂太卜曰:「子之道何能?」對曰:「能動地。」晏子往見公,公曰:「寡人問太卜曰:『子之道何能?』對曰:『能動地。』地可動乎?」晏子默然不對。出,見太卜,曰:「昔吾見句星在房、心之間,地其動乎?」太卜曰:「然」。晏子出。太卜走往見公曰:「臣非能動地,地固將動也。」田子陽聞之,曰:「晏子默然不對者,不欲太卜之死;往見太卜者,恐公之欺也。晏子可謂忠於上而惠於下矣。」故老子曰:「方而不割,廉而不劌。」

景公謂太卜曰、「子之道何能。」對曰、「能動地。」晏子往見公、公曰、「寡人問太卜曰、子之道何能、對曰能動地。地可動乎。」晏子默然不對。出、見太卜、曰、「昔吾見句星在房心之閒、地其動乎。」太卜曰、「然。」晏子出。太卜走往見公曰、「臣非能動地、地固將動也。」田子陽聞之曰、「晏子默然不對者、不欲太卜之死。往見太卜者、恐公之欺也。晏子可謂忠於上而惠於下矣。」故老子曰、「方而不割、廉而不劌。」

魏文侯觴諸大夫於曲陽,飲酒酣,文侯喟然歎曰:「吾獨無豫讓以為臣乎?」蹇重舉白而進之,曰:「請浮君。」君曰:「何也?」對曰:「臣聞之,有命之父母,不知孝子;有道之君,不知忠臣。夫豫讓之君,亦何如哉?」文侯受觴而飲釂不獻。曰:「無管仲、鮑叔以為臣,故有豫讓之功。」故老子曰:「國家昏亂有忠臣。」

魏文侯觴諸大夫於曲陽、飲酒酣、文侯喟然嘆曰、「吾獨無豫讓以爲臣乎。」蹇重舉白而進之曰、「請浮君。」君曰、「何也。」對曰、「臣聞之、有命之父母、不知孝子。有道之君、不知忠臣。夫豫讓之君、亦何如哉。」文侯受觴而飲釂不獻、曰、「無管仲、鮑叔以爲臣、故有豫讓之功。」故老子曰、「國家昏亂、有忠臣。」

孔子觀桓公之廟,有器焉,謂之宥巵。孔子曰:善哉!予得見此器。」顧曰:「弟子取水。」水至,灌之。其中則正,其盈則覆。孔子造然革容曰:「善哉,持盈者乎!」子貢在側曰:「請問持盈。」曰:「益而損之。」曰:』何謂益而損之?」曰:「夫物盛而衰,樂極則悲,日中而移,月盈而虧。是故聰明睿智,守之以愚;多聞博辯,守之以陋;武力毅勇,守之以畏;富貴廣大,守之以儉;德施天下,守之以讓。此五者,先王所以守天下而弗失也;反此五者,未嘗不危也。」故老子曰:「服此道者不欲盈。夫唯不盈,故能弊而不新成。」

孔子觀桓公之廟、有器焉、謂之宥卮。孔子曰、「善哉、予得見此器。」顧曰、「弟子取水。」水至、灌之。其中則正、其盈則覆。孔子造然革容曰、「善哉持盈者乎。」子貢在側曰、「請問持盈。」曰、「益而損之。」曰、「何謂益而損之。」曰、「夫物盛而衰、樂極則悲、日中而移、月盈而虧。是故聰明睿智、守之以愚。多聞博辯、守之以陋。武力毅勇、守之以畏。富貴廣大、守之以儉。德施天下、守之以讓。此五者、先王所以守天下而弗失也。反此五者、未嘗不危也。」故老子曰、「服此道者不欲盈。夫唯不盈、故能弊而不新成。」

武王問太公曰:「寡人伐紂天下,是臣殺其主而下伐其上也。吾恐後世之用兵不休,鬥爭不已,為之奈何?」太公曰:「甚善,王之問也!夫未得獸者,唯恐其創之小也;已得之,唯恐傷肉之多也。王若欲久持之,則塞民於兌,道全為無用之事,煩擾之教,彼皆樂其業,供其情,昭昭而道冥冥,於是乃去其瞀而載之木,解其劍而帶之笏。為之三年之喪,令類不蕃,髙辭卑讓,使民不爭。酒肉以通之,竽瑟以娯之,鬼神以畏之,繁文滋禮以弇其質,厚葬久喪以亶其家,含珠鱗、施綸組以貧其財,深鑿髙壟以盡其力,家貧族少,慮患者貧,以此移風,可以持天下弗失。」故老子曰:「化而欲作,吾將鎭之以無名之樸也。」

武王問太公曰、「寡人伐紂天下、是臣殺其主而下伐其上也。吾恐後世之用兵不休、鬥爭不已、爲之奈何。」太公曰、「甚善、王之問也。夫未得獸者、唯恐其創之小也。已得之、唯恐傷肉之多也。王若欲久持之、則塞民於兌、道令爲無用之事、煩擾之教、使皆樂其業、佚其情、昭昭而道冥冥。於是乃去其瞀而載之木、解其劍而帶之笏。爲三年之喪、令類不蕃。高辭卑讓、使民不爭。酒肉以通之、竽瑟以娛之、鬼神以畏之、繁文滋禮以弇其質、厚葬久喪以亶其家、含珠鱗施綸組以貧其財、深鑿高壟以盡其力。家貧族少、慮患者貧、以此移風、可以持天下弗失。」故老子曰、「化而欲作、吾將鎮之以無名之樸也。」

氾論訓

卷十三氾論訓

卷十三氾論訓

古者有鍪而綣領以王天下者矣,其德生而不辱,予而不奪,天下不非其服,同懷其德。當此之時,陰陽和平,風雨時節,萬物蕃息,烏鵲之巢可俯而探也,禽獸可羈而從也,豈必褒衣博帶,句襟委章甫哉!古者民澤處復穴,冬日則不勝霜雪霧露,夏日則不勝暑蟄蚊虻。聖人乃作為之築土構木,以為宮室,上棟下宇,以蔽風雨,以避寒暑,而百姓安之。伯余之初作衣也,緂麻索縷,手經指掛,其成猶網羅。後世為之機杼勝複以便其用,而民得以揜形禦寒。古者剡耜而耕,摩蜃而耨,木鉤而樵,抱甀而汲,民勞而利薄。後世為之耒耜耰鉏,斧柯而樵,桔皋而汲,民逸而利多焉。古者大川名谷,沖絕道路,不通往來也,乃為窬木方版,以為舟航,故地勢有無,得相委輸。乃為靻蹻而超千里,肩荷負儋之勤也,而作為之楺輪建輿,駕馬服牛,民以致遠而不勞。為鷙禽猛獸之害傷人而無以禁御也,而作為之鑄金鍛鐵,以為兵刃,猛獸不能為害。故民迫其難則求其便,困其患則造其備,人各以其所知,去其所害,就其所利。常故不可循,器械不可因也,則先王之法度有移易者矣。古之制,婚禮不稱主人,舜不告而娶,非禮也。立子以長,文王舍伯邑考而用武王,非制也。禮三十而娶,文王十五而生武王,非法也。夏后氏殯於阼階之上,殷人殯於兩楹之間,周人殯於西階之上,此禮之不同者也。有虞氏用瓦棺,夏后氏堲周,殷人用槨,周人牆置翣,此葬之不同者也。夏后氏祭於闇,殷人祭於陽,周人祭於日出以朝,此祭之不同者也。堯大章,舜九韶,禹大夏,湯大濩,周武象,此樂之不同者也。故五帝異道而德覆天下,三王殊事而名施後世,此皆因時變而制禮樂者。譬猶師曠之施瑟柱也,所推移上下者無寸尺之度,而靡不中音。故通於禮樂之情者能作音,有本主於中,而以知榘彠之所周者也。

古者有鍪而綣領以王天下者矣、其德生而不辱、予而不奪、天下不非其服、同懷其德。當此之時、陰陽和平、風雨時節、萬物蕃息、烏鵲之巢可俯而探也、禽獸可羈而從也、豈必褒衣博帶、句襟委章甫哉。古者民澤處復穴、冬日則不勝霜雪霧露、夏日則不勝暑熱蚊蝱。聖人乃作爲之築土構木、以爲宮室、上棟下宇、以蔽風雨、以避寒暑、而百姓安之。伯余之初作衣也、緂麻索縷、手經指挂、其成猶網羅。後世爲之機杼勝復、以便其用、而民得以揜形禦寒。古者剡耜而耕、磨蜃而耨、木鉤而樵、抱甀而汲、民勞而利薄。後世爲之耒耜耰鉏、斧柯而樵、桔皋而汲、民逸而利多焉。古者大川名谷衝絕道路、不通往來也、乃爲窬木方版、以爲舟航、故地勢有無、得相委輸。乃爲靻蹻而超千里、肩荷負儋之勤也、而作爲之楺輪建輿、駕馬服牛、民以致遠而不勞。爲鷙禽猛獸之害傷人、而無以禁御也、而作爲之鑄金鍛鐵、以爲兵刃、猛獸不能爲害。故民迫其難則求其便、困其患則造其備、人各以其所知、去其所害、就其所利。常故不可循、器械不可因也、則先王之法度、有移易者矣。古之制、婚禮不稱主人、舜不告而娶、非禮也。立子以長、文王舍伯邑考而用武王、非制也。禮三十而娶、文王十五而生武王、非法也。夏后氏殯於阼階之上、殷人殯於兩楹之閒、周人殯於西階之上、此禮之不同者也。有虞氏用瓦棺、夏后氏堲周、殷人用椁、周人牆置翣、此葬之不同者也。夏后氏祭於闇、殷人祭於陽、周人祭於日出以朝、此祭之不同者也。堯大章、舜九韶、禹大夏、湯大濩、周武象、此樂之不同者也。故五帝異道、而德覆天下。三王殊事、而名施後世。此皆因時變而制禮樂者也。譬猶師曠之施瑟柱也、所推移上下者、無寸尺之度、而靡不中音。故通於禮樂之情者能作音、有本主於中、而以知榘彠之所周者也。

魯昭公有慈母而愛之,死為之練冠,故有慈母之服。陽侯殺蓼侯而竊其夫人,故大饗廢夫人之禮。先王之制,不宜則廢之;末世之事,善則著之;是故禮樂未始有常也。故聖人制禮樂,而不制於禮樂。治國有常,而利民為本。政教有經,而令行為上。苟利於民,不必法古。苟周於事,不必循舊。夫夏、商之衰也,不變法而亡。三代之起也,不相襲而王。故聖人法與時變,禮與俗化,衣服器械各便其用,法度制令各因其宜。故變古未可非,而循俗未足多也。百川異源而皆歸於海,百家殊業而皆務於治。王道缺而詩作,周室廢、禮義壞而春秋作。詩、春秋,學之美者也,皆衰世之造也,儒者循之以教導於世,豈若三代之盛哉!以詩、春秋為古之道而貴之,又有未作詩、春秋之時。夫道其缺也,不若道其全也。誦先王之詩、書,不若聞得其言;聞得其言,不若得其所以言。得其所以言者,言弗能言也。故道可道者,非常道也。周公事文王也,行無專制,事無由己;身若不勝衣,言若不出口,有奉持於文王,洞洞屬屬,而將不能,恐失之,可謂能子矣。武王崩,成王幼少,周公繼文王之業,履天子之籍,聽天下之政,平夷狄之亂,誅管、蔡之罪,負扆而朝諸侯,誅賞制斷,無所顧問,威動天地,聲懾四海,可謂能武矣。成王既壯,周公屬籍致政,北面委質而臣事之,請而後為,復而後行,無擅姿之志,無伐矜之色,可謂能臣矣。故一人之身而三變者,所以應時矣。何況乎君數易世,國數易君,人以其位達其好憎,以其威勢供嗜慾,而欲以一行之禮,一定之法,應時偶變,其不能中權,亦明矣。故聖人所由曰道,所為曰事。道猶金石,一調不更;事猶琴瑟,每絃改調。故法制禮義者,治人之具也,而非所以為治也。故仁以為經,義以為紀,此萬世不更者也。若乃人考其才,而時省其用,雖日變可也。天下豈有常法哉!

魯昭公有慈母而愛之、死爲之練冠、故有慈母之服。陽侯殺蓼侯而竊其夫人、故大饗廢夫人之禮。先王之制、不宜則廢之。末世之事、善則著之。是故禮樂未始有常也。故聖人制禮樂、而不制於禮樂。治國有常、而利民爲本。政教有經、而令行爲上。苟利於民、不必法古。苟周於事、不必循舊。夫夏商之衰也、不變法而亡。三代之起也、不相襲而王。故聖人法與時人法與時變、禮與俗化、衣服器械、各便其用、法度制令、各因其宜。故變古未可非、而循俗未足多也。百川異源、而皆歸於海。百家殊業、而皆務於治。王道缺而詩作、周室廢禮義壞、而春秋作。詩春秋、學之美者也、皆衰世之造也、儒者循之、以教導於世、豈若三代之盛哉。以詩春秋爲古之道而貴之、又有未作詩春秋之時。夫道其缺也、不若道其全也。誦先王之詩書、不若聞得其言。聞得其言、不若得其所以言。得其所以言者、言弗能言也。故道可道者、非常道也。周公事文王也、行無專制、事無由己、身若不勝衣、言若不出口、有奉持於文王、洞洞屬屬、而將不能、恐失之、可謂能子矣。武王崩、成王幼少、周公繼文王之業、履天子之籍、聽天下之政、平夷狄之亂、誅管蔡之罪、負扆而朝諸侯、誅賞制斷、無所顧問、威動天地、聲懾四海、可謂能武矣。成王旣壯、周公屬籍致政、北面委質而臣事之、請而後爲、復而後行、無擅恣之志、無伐矜之色、可謂能臣矣。故一人之身而三變者、所以應時矣。何況乎君數易世、國數易君、人以其位達其好憎、以其威勢供嗜欲、而欲以一行之禮、一定之法、應時偶變、其不能中權亦明矣。故聖人所由曰道、所爲曰事。道猶金石、一調不更。事猶琴瑟、每弦改調。故法制禮義者、治人之具也、而非所以爲治也。故仁以爲經、義以爲紀、此萬世不更者也。若乃人考其才、而時省其用、雖日變可也。天下豈有常法哉。

當於世事,得於人理,順於天地,祥於鬼神,則可以正治矣。古者人醇工龐,商樸女重,是以政教易化,風俗易移也。今世德益衰,民俗益薄,欲以樸重之法,治既弊之民,是猶無鏑銜策錣而御馯馬也。昔者,神農無制令而民從,唐、虞有制令而無刑罰,夏后氏不負言,殷人誓,周人盟。逮至當今之世,忍詢而輕辱,貪得而寡羞,欲以神農之道治之,則其亂必矣。伯成子高辭為諸侯而耕,天下高之。今時之人,辭官而隱處,為鄉邑之下,豈可同哉!古之兵,弓劍而已矣,槽矛無擊,脩戟無刺。晚世之兵,隆沖以攻,渠幨以守,連弩以射,銷車以鬥。古之伐國,不殺黃口,不獲二毛。於古為義,於今為笑。古之所以為榮者,今之所以為辱也。古之所以為治者,今之所以為亂也。夫神農、伏羲不施賞罰而民不為非,然而立政者不能廢法而治民。舜執干鏚而服有苗,然而征伐者不能釋甲兵而制彊暴。由此觀之,法度者,所以論民俗而節緩急也;器械者,因時變而制宜適也。夫聖人作法而萬物制焉,賢者立禮而不肖者拘焉。製法之民,不可與遠舉;拘禮之人,不可使應變。耳不知清濁之分者,不可令調音;心不知治亂之源者,不可令製法。必有獨聞之耳,獨見之明,然後能擅道而行矣。夫殷變夏,周變殷,春秋變周,三代之禮不同,何古之從!大人作而弟子循。知法治所由生,則應時而變;不知法治之源,雖循古,終亂。今世之法籍與時變,禮義與俗易,為學者循先襲業,據籍守舊教,以為非此不治,是猶持方枘而周員鑿也,欲得宜適致固焉,則難矣。今儒墨者稱三代、文武而弗行,是言其所不行也;非今時之世而弗改,是行其所非也。稱其所是,行其所非,是以盡日極慮而無益於治,勞形竭智而無補於主也。今夫圖工好畫鬼魅,而憎圖狗馬者,何也?鬼魅不世出,而狗馬可日見也。夫存危治亂,非智不能;

當於世事、得於人理、順於天地、祥於鬼神、則可以正治矣。昔者民人醇工龐、商朴女重、是以政教易化、風俗易移也。今世德益衰、民俗益薄、欲以樸重之法、治旣弊之民、是猶無鏑銜橜策鍛而御馯馬也(底本此字爲生僻字、轉寫後失落)。昔者神農無制令而民從、唐虞有制令而無刑罰、夏后氏不負言、殷人誓、周人盟。逮至當今之世、忍訽而輕辱、貪得而寡羞、欲以神農之道治之、則其亂必矣。伯成子高辭爲諸侯而耕、天下高之。今時之人、辭官而隱處、爲鄉邑之下、豈可同哉。古之兵、弓劍而已矣、槽矛無擊、脩戟無刺。晚世之兵、隆衝以攻、渠幨以守、連弩以射、銷車以鬥。古之伐國、不殺黃口、不獲二毛、於古爲義、於今爲笑。古之所以爲榮者、今之所以爲辱也。古之所以爲治者、今之所以爲亂也。夫神農伏羲不施賞罰、而民不爲非、然而立政者、不能廢法而治民。舜執干戚而服有苗、然而征伐者、不能釋甲兵而制強暴。由此觀之、法度者、所以論民俗而節緩急也。器械者、因時變而制宜適也。夫聖人作法、而萬物制焉。賢者立禮、而不肖者拘焉。制法之民、不可與遠舉。拘禮之人、不可使應變。耳不知清濁之分者、不可令調音。心不知治亂之源者、不可令制法。必有獨聞之耳、獨見之明、然後能擅道而行矣。夫殷變夏、周變殷、春秋變周、三代之禮不同、何古之從。大人作而弟子循。知法治所由生、則應時而變。不知法治之源、雖循古終亂。今世之法籍與時與時變、禮義與俗易、爲學者循先襲業、據籍守舊教、以爲非此不治、是猶持方枘而周員鑿也、欲得宜適致固焉、則難矣。今儒墨者稱三代文武而弗行、是言其所不行也。非今時之世而弗改、是行其所非也。稱其所是、行其所非、是以盡日極慮而無益於治、勞形竭智而無補於主也。今夫圖工好畫鬼魅、而憎圖狗馬者、何也。鬼魅不世出、而狗馬可日見也。夫存危治亂、非智不能。

道而先稱古,雖愚有餘。故不用之法,聖王弗行;不驗之言,聖王弗聽。天地之氣,莫大於和。和者,陰陽調,日夜分,而生物。春分而生,秋分而成,生之與成,必得和之精。故聖人之道,寬而栗,嚴而溫,柔而直,猛而仁。太剛則折,太柔則卷,聖人正在剛柔之間,乃得道之本。積陰則沉,積陽則飛,陰陽相接,乃能成和。夫繩之為度也,可卷而伸也,引而伸之,可直而睎,故聖人以身體之。夫脩而不橫,短而不窮,直而不剛,久而不忘者,其唯繩乎!故恩推則懦,懦則不威;嚴推則猛,猛則不和;愛推則縱,縱則不令;刑推則虐,虐則無親。昔者,齊簡公釋其國家之柄,而專任大臣將相,攝威擅勢,私門成黨,而公道不行,故使陳成田常、鴟夷子皮得成其難。使呂氏絕祀而陳氏有國者,此柔懦所生也。鄭子陽剛毅而好罰,其於罰也,執而無赦。舍人有折弓者,畏罪而恐誅,則因猘狗之驚以殺子陽,此剛猛之所致也。今不知道者,見柔懦者侵,則矜為剛毅;見剛毅者亡,則矜為柔懦。此本無主於中,而見聞舛馳於外者也,故終身而無所定趨。譬猶不知音者之歌也,濁之則鬱而無轉,清之則燋而不謳。及至韓娥、秦青、薛談之謳,侯同、曼聲之歌,憤於志,積於內,盈而發音,則莫不比於律而和於人心。何則?中有本主以定清濁,不受於外而自為儀表也。今夫盲者行於道,人謂之左則左,謂之右則右,遇君子則易道,遇小人則陷溝壑。何則?目無以接物也。故魏兩用樓翟、吳起而亡西河,湣王專用淖齒而死於東廟,無術以御之也。文王兩用呂望、召公奭而王,楚莊王專任孫叔敖而霸,有術以御之也。夫絃歌鼓舞以為樂,盤旋揖讓以修禮,厚葬久喪以送死,孔子之所立也,而墨子非之。兼愛尚賢,右鬼非命,墨子之所立也,而楊子非之。全性保真,不以物累形,楊子之所立也,而孟子非之。

道先稱古、雖愚有餘。故不用之法、聖王弗行。不驗之言、聖王弗聽。天地之氣、莫大於和。和者、陰陽調、日夜分、而生物。春分而生、秋分而成、生之與成、必得和之精。故聖人之道、寬而栗、嚴而溫、柔而直、猛而仁。太剛則折、太柔則卷、聖人正在剛柔之閒、乃得道之本。陰積則沈、陽積則飛、陰陽相接、乃能成和。夫繩之爲度也、可卷而伸也、引而伸之、可直而睎。故聖人以身體之。夫脩而不橫、短而不窮、直而不剛、久而不忘者、其唯繩乎。故恩推則懦、懦則不威。嚴推則猛、猛則不和。愛推則縱、縱則不令。刑推則虐、虐則無親。昔者齊簡公釋其國家之柄、而專任大臣將相、攝威擅勢、私門成黨、而公道不行、故使陳成田常、鴟夷子皮得成其難。使呂氏絕祀、而陳氏有國者、此柔懦所生也。鄭子陽剛毅而好罰、其於罰也、執而無赦。舍人有折弓者、畏罪而恐誅、則因猘狗之驚、以殺子陽、此剛猛之所致也。今不知道者、見柔懦者侵、則矜爲剛毅。見剛毅者亡、則矜爲柔懦。此本無主於中、而見聞舛馳於外者也、故終身而無所定趨。譬猶不知音者之歌也、濁之則郁而無轉、清之則燋而不謳。及至韓娥秦青薛談之謳、侯同曼聲之歌、憤於志、積於內、盈而發音、則莫不比於律而和於人心。何則、中有本主以定清濁、不受於外而自爲儀表也。今夫盲者行於道、人謂之左則左、謂之右則右、遇君子則易道、遇小人則陷溝壑。何則、目無以接物也。故魏兩用樓翟、吴起、而亡西河、湣王專用淖齒、而死於東廟、無術以御之也。文王兩用呂望、召公奭而王、楚莊王專任孫叔敖而霸、有術以御之也。夫弦歌鼓舞以爲樂、盤旋揖讓以修禮、厚葬久喪以送死、孔子所立也、而墨子非之。兼愛上賢、右鬼非命、墨子之所立也、而楊朱非之。全性保真、不以物累形、楊子之所立也、而孟子非之。

趨捨人異,各有曉心。故是非有處,得其處則無非,失其處則無是。丹穴、太蒙、反踵、空同、大夏、北戶、奇肱、脩股之民,是非各異,習俗相反,君臣上下,夫婦父子,有以相使也。此之是,非彼之是也;此之非,非彼之非也;譬若斤斧椎鑿之各有所施也。禹之時,以五音聽治,懸鐘鼓磬鐸,置鞀,以待四方之士,為號曰:「教寡人以道者擊鼓,諭寡人以義者擊鐘,告寡人以事者振鐸,語寡人以憂者擊磬,有獄訟者搖鞀。」當此之時,一饋而十起,一沐而三捉髮,以勞天下之民,此而不能達善效忠者,則才不足也。秦之時,高為臺榭,大為苑囿,遠為馳道,鑄金人,發適戍,入芻稿,頭會箕賦,輸於少府。丁壯丈夫,西至臨洮、狄道,東至會稽、浮石,南至豫章、桂林,北至飛狐、陽原,道路死人以溝量。當此之時,忠諫者謂之不祥,而道仁義者謂之狂。逮至高皇帝,存亡繼絕,舉天下之大義,身自奮袂執銳,以為百姓請命於皇天。當此之時,天下雄俊豪英暴露於野澤,前蒙矢石,而後墮谿壑,出百死而紿一生,以爭天下之權,奮武厲誠,以決一旦之命。當此之時,豐衣博帶而道儒墨者,以為不肖。逮至暴亂已勝,海內大定,繼文之業,立武之功,履天子之圖籍,造劉氏之貌冠,總鄒、魯之儒墨,通先聖之遺教,戴天子之旗,乘大路,建九斿,撞大鐘,擊鳴鼓,奏咸池,揚干鏚。當此之時,有立武者見疑。一世之間,而文武代為雌雄,有時而用也。今世之為武者則非文也,為文者則非武也,文武更相非,而不知時世之用也。此見隅曲之一指,而不知八極之廣大也。故東面而望,不見西牆;南面而視,不睹北方;唯無所嚮者,則無所不通。國之所以存者,道德也;家之所以亡者,理塞也。堯無百戶之郭,舜無置錐之地,以有天下。禹無十人之眾,湯無七里之分,以王諸侯。

趨捨人異、各有曉心。故是非有處、得其處則無非、失其處則無是。丹穴太蒙反踵空同大夏北戶奇肱脩股之民、是非各異、習俗相反、君臣上下、夫婦父子、有以相使也。此之是、非彼之是也。此之非、非彼之非也。譬若斤斧椎鑿之各有所施也。禹之時、以五音聽治、懸鍾鼓磬鐸、置鞀、以待四方之士、爲號曰、教寡人以道者擊鼓、諭寡人以義者擊鐘、告寡人以事者振鐸、語寡人以憂者擊磬、有獄訟者搖鞀。當此之時、一饋而十起、一沐而三捉髮、以勞天下之民、此而不能達善效忠者、則才不足也。秦之時、高爲臺榭、大爲苑囿、遠爲馳道、鑄金人、發適戍、入芻稾、頭會箕賦、輸於少府。丁壯丈夫、西至臨洮狄道、東至會稽浮石、南至豫章桂林、北至飛狐陽原、道路死人以溝量。當此之時、忠諫者謂之不祥、而道仁義者謂之狂。逮至高皇帝、存亡繼絕、舉天下之大義、身自奮袂執銳、以爲百姓請命於皇天。當此之時、天下雄俊豪英、暴露於野澤、前蒙矢石、而後墮谿壑、出百死而紿一生、以爭天下之權、奮武厲誠、以決一旦之命。當此之時、豐衣博帶而道儒墨者、以爲不肖。逮至暴亂已勝、海內大定、繼文之業、立武之功、履天子之圖籍、造劉氏之貌冠、總鄒魯之儒墨、通先聖之遺教、戴天子之旗、乘大路、建九斿、撞大鐘、擊鳴鼓、奏咸池、揚干戚。當此之時、有立武者見疑。一世之閒、而文武代爲雌雄、有時而用也。今世之爲武者則非文也、爲文者則非武也、文武更相非、而不知時世之用也。此見隅曲之一指、而不知八極之廣大也。故東面而望、不見西牆。南面而視、不睹北方。唯無所嚮者、則無所不通。國之所以存者、道德也。家之所以亡者、理塞也。堯無百戶之郭、舜無植錐之地、以有天下。禹無十人之衆、湯無七里之分、以王諸侯。

文王處岐周之間也,地方不過百里,而立為天子者,有王道也。夏桀、殷紂之盛也,人跡所至,舟車所通,莫不為郡縣,然而身死人手,而為天下笑者,有亡形也。故聖人見化以觀其徵。德有盛衰,風先萌焉。故得王道者,雖小必大;有亡形者,雖成必敗。夫夏之將亡,太史令終古先奔於商,三年而桀乃亡。殷之將敗也,太史令向藝先歸文王,年而紂乃亡。故聖人之見存亡之跡,成敗之際也,非待鳴條之野,甲子之日也。今謂彊者勝則度地計眾,富者利則量粟稱金,若此,則千乘之君無不霸王者,而萬乘之國無不破亡者矣。存亡之跡,若此其易知也,愚夫惷婦皆能論之。趙襄子以晉陽之城霸,智伯以三晉之地擒;湣王以大齊亡,田單以即墨有功。故國之亡也,雖大不足恃;道之行也,雖小不可輕。由此觀之,存在得道而不在於大也,亡在失道而不在於小也。詩云:「乃眷西顧,此惟與宅。」言去殷而遷於周也。故亂國之君,務廣其地而不務仁義,務高其位而不務道德,是釋其所以存,而造其所以亡也。故桀囚於焦門,而不能自非其所行,而悔不殺湯於夏臺;紂居於宣室,而不反其過,而悔不誅文王於羑里。二君處彊大勢位,修仁義之道,湯、武救罪之不給,何謀之敢當!若上亂三光之明,下失萬民之心,雖微湯、武,孰弗能奪也?今不審其在己者,而反備之於人,天下非一湯、武也,殺一人,則必有繼之者也。且湯、武之所以處小弱而能以王者,以其有道也;桀、紂之所以處彊大而見奪者,以其無道也。今不行人之所以王者,而反益己之所以奪,是趨亡之道也。武王克殷,欲築宮於五行之山。周公曰:「不可!夫五行之山,固塞險阻之地也。使我德能覆之,則天下納其貢職者迴也。使我有暴亂之行,則天下之伐我難矣。」此所以三十六世而不奪也。周公可謂能持滿矣。

文王處岐周之閒、地方不過百里、而立爲天子者、有王道也。夏桀殷紂之盛也、人跡所至、舟車所通、莫不爲郡縣、然而身死人手、而爲天下笑者、有亡形也。故聖人見化以觀其徵。德有盛衰、風先萌焉。故得王道者、雖小必大。有亡形者、雖成必敗。夫夏之將亡、太史令終古先奔於商、三年而桀乃亡。殷之將敗也、太史令向藝先歸文王、(底本此字爲生僻字、轉寫後失落)年而紂乃亡。故聖人見存亡之跡、成敗之際也、非待鳴條之野、甲子之日也。今謂強者勝則度地計衆、富者利則量粟稱金、若此則千乘之君無不霸王者、而萬乘之國無不破亡者矣。存亡之跡若此其易知也、愚夫憃婦皆能論之。趙襄子以晉陽之城霸、智伯以三晉之地擒、湣王以大齊亡、田單以即墨有功。故國之亡也、雖大不足恃。道之行也、雖小不可輕。由此觀之、存在得道、而不在於大也。亡在失道、而不在於小也。詩云、乃眷西顧、此惟與宅。言去殷而遷於周也。故亂國之君、務廣其地而不務仁義、務高其位而不務道德、是釋其所以存、而造其所以亡也。故桀囚於焦門、而不能自非其所行、而悔不殺湯於夏臺。紂居於宣室、而不反其過、而悔不誅文王於羑里。二君處強大勢位、修仁义之道、湯武救罪之不給、何謀之敢當。若上亂三光之明、下失萬民之心、雖微湯武、孰弗能奪也。今不審其在己者、而反備於人、天下非一湯武也、殺一人、則必有繼之者也。且湯武之所以處小弱而能以王者、以其有道也。桀紂之所以處強大而見奪者、以其無道也。今不行人之所以王者、而反益己之所以奪、是趨亡之道也。武王克殷、欲築宮於五行之山。周公曰、「不可。夫五行之山、固塞險阻之地也。使我德能覆之、則天下納其貢職者回也。使我有暴亂之行、則天下之伐我難矣。」此所以三十六世而不奪也。周公可謂能持滿矣。

昔者,周書有言曰:「上言者,下用也;下言者,上用也。上言者,常也;下言者,權也。」此存亡之術也。唯聖人為能知權。言而必信,期而必當,天下之高行也。直躬其父攘羊而子證之,尾生與婦人期而死之。直而證父,信而溺死,雖有直信,孰能貴之!夫三軍矯命,過之大者也。秦穆公興兵襲鄭,過周而東。鄭賈人弦高將西販牛,道遇秦師於周、鄭之間,乃矯鄭伯之命,犒以十二牛,賓秦師而卻之,以存鄭國。故事有所至,信反為過,誕反為功。何謂失禮而有大功?昔楚恭王戰於陰陵,潘尪、養由基、黃衰微、公孫丙相與篡之。恭王懼而失體,黃衰微舉足蹶其體,恭王乃覺。怒其失禮,奪體而起,四大夫載而行。昔蒼吾繞娶妻而美,以讓兄,此所謂忠愛而不可行者也。是故聖人論事之局曲直,與之屈伸偃仰,無常儀表,時屈時伸。卑弱柔如蒲韋,非攝奪也;剛強猛毅,志厲青云,非本矜也;以乘時應變也。夫君臣之接,屈膝卑拜,以相尊禮也;至其迫於患也,則舉足蹶其體,天下莫能非也。是故忠之所在,禮不足以難之也。孝子之事親,和顏卑體,奉帶運履;至其溺也,則捽其髮而拯,非敢驕侮,以救其死也。故溺則捽父,祝則名君,勢不得不然也。此權之所設也。故孔子曰:「可以共學矣,而未可以適道也。可與適道,未可以立也。可以立,未可與權。」權者,聖人之所獨見也。故忤而後合者,謂之知權;合而後舛者,謂之不知權。不知權者,善反醜矣。故禮者,實之華而偽之文也,方於卒迫窮遽之中也,則無所用矣。是故聖人以文交於世,而以實從事於宜,不結於一跡之塗,凝滯而不化,是故敗事少而成事多,號令行於天下而莫之能非矣。猩猩知往而不知來,乾鵠知來而不知往,此脩短之分也。

昔者周書有言曰、「上言者、下用也。下言者、上用也。上言者、常也。下言者、權也。」此存亡之術也。唯聖人爲能知權。言而必信、期而必當、天下之高行也。直躬其父攘羊而子證之、尾生與婦人期而死之。直而證父、信而溺死、雖有直信、孰能貴之。夫三軍矯命、過之大者也。秦穆公興兵襲鄭、過周而東。鄭賈人弦高將西販牛、道遇秦師於周鄭之閒、乃矯鄭伯之命、犒以十二牛、賓秦師而卻之、以存鄭國。故事有所至、信反爲過、誕反爲功。何謂失禮而有大功。昔楚恭王戰於陰陵、潘尪、養由基、黃衰微、公孫丙相與篡之。恭王懼而失體、黃衰微舉足蹴其體、恭王乃覺。怒其失禮、奮體而起、四大夫載而行。昔蒼吾繞娶妻而美、以讓兄、此所謂忠愛而不可行者也。是故聖人論事之局曲直、與之屈伸偃仰、無常儀表、時屈時伸。卑弱柔如蒲葦、非攝奪也。剛強猛毅、志厲青雲、非本矜也、以乘時應變也。夫君臣之接、屈膝卑拜、以相尊禮也。至其迫於患也、則舉足蹴其體、天下莫能非也。是故忠之所在、禮不足以難之也。孝子之事親、和顏卑體、奉帶運履。至其溺也、則捽髮而拯、非敢驕侮、以救其死也。故溺則捽父、祝則名君、勢不得不然也。此權之所設也。故孔子曰、「可以共學矣、而未可以適道也。可與適道、未可以立也。可與立、未可與權。」權者、聖人之所獨見也。故忤而後合者、謂之知權。合而後舛者、謂之不知權。不知權者、善反醜矣。故禮者、實之華而僞之文也、方於卒迫窮遽之中、則無所用矣。是故聖人以文交於世、而以實從事於宜、不結於一跡之途、凝滯而不化、是故敗事少而成事多、而號令於天下莫之能非也。猩猩知往而不知來、乾鵠知來而不知往、此脩短之分也。

昔者萇弘,周室之執數者也,天地之氣,日月之行,風雨之變,律曆之數,無所不通,然而不能自知,車裂而死。蘇秦,匹夫徒步之人也,靻蹻贏蓋,經營萬乘之主,服諾諸侯,然不自免於車裂之患。徐偃王被服慈惠,身行仁義,陸地之朝者三十二國,然而身死國亡,子孫無類。大夫種輔翼越王句踐,而為之報怨雪恥,擒夫差之身,開地數千里,然而身伏屬鏤而死。此皆達於治亂之機,而未知全性之具者。故萇弘知天道而不知人事,蘇秦知權謀而不知禍福,徐偃王知仁義而不知時,大夫種知忠而不知謀。聖人則不然,論世而為之事,權事而為之謀,是以舒之天下而不窕,內之尋常而不塞。使天下荒亂,禮義絕,綱紀廢,彊弱相乘,力征相攘,臣主無差,貴賤無序,甲冑生蟣蝨,燕雀處帷幄,而兵不休息,而乃始服屬臾之貌,恭儉之禮,則必滅抑而不能興矣。天下安寧,政教和平,百姓肅睦,上下相親,而乃始立氣矜,奪勇力,則必不免於有司之法矣。是故聖人者,能陰能陽,能弱能彊,隨時而動靜,因資而立功,物動而知其反,事萌而察其變,化則為之象,運則為之應,是以終身行而無所困。故事有可行而不可言者,有可言而不可行者,有易為而難成者,有難成而易敗者。所謂可行而不可言者,趨舍也;可言而不可行者,偽詐也;易為而難成者,事也;難成而易敗者,名也。此四策者,聖人之所獨見而留意也。誳寸而伸尺,聖人為之;小枉而大直,君子行之。周公有殺弟之累,齊桓有爭國之名,然而周公以義補缺,桓公以功滅醜,而皆為賢。今以人之小過揜其大美,則天下無聖王賢相矣。故目中有疵,不害於視,不可灼也;喉中有病,無害於息,不可鑿也。河上之丘冢,不可勝數,猶之為易也。水激興波,高下相臨,差以尋常,猶之為平。昔者曹子為魯將兵,三戰不勝,亡地千里。

昔者萇弘、周室之執數者也、天地之氣、日月之行、風雨之變、律曆之數、無所不通、然而不能自知、車裂而死。蘇秦、匹夫徒步之人也、靼蹻嬴蓋、經營萬乘之主、服諾諸侯、然不自免於車裂之患。徐偃王被服慈惠、身行仁義、陸地之朝者三十二國、然而身死國亡、子孫無類。大夫種輔翼越王句踐、而爲之報怨雪恥、擒夫差之身、開地數千里、然而身伏屬鏤之劍而死。此皆達於治亂之機、而未知全性之具者。故萇弘知天道而不知人事、蘇秦知權謀而不知禍福、徐偃王知仁義而不知時、大夫種知忠而不知謀。聖人則不然、論世而爲之事、權事而爲之謀、是以舒之天下而不窺、內之尋常而不塞。使天下荒亂、禮義絕、綱紀廢、強弱相乘、力征相攘、臣主無差、貴賤無序、甲胄生蟣虱、鷰雀處帷幄、而兵不休息、而乃始服屬臾之貌、恭儉之禮、則必滅抑而不能興矣。天下安寧、政教和平、百姓肅睦、上下相親、而乃始立氣矜、奮勇力、則必不免於有司之法矣。是故聖人者、能陰能陽、能弱能強、隨時而動靜、因資而立功、物動而知其反、事萌而察其變、化則爲之象、運則爲之應、是以終身行而無所困。故事有可行而不可言者、有可言而不可行者、有易爲而難成者、有難成而易敗者。所謂可行而不可言者、趨舍也。可言而不可行者、僞詐也。易爲而難成者、事也。難成而易敗者、名也。此四策者、聖人之所獨見而留意也。誳寸而伸尺、聖人爲之。小枉而大直、君子行之。周公有殺弟之累、齊桓公有爭國之名、然而周公以義補缺、桓公以功滅醜、而皆爲賢。今以人之小過、掩其大美、則天下無聖王賢相矣。故目中有疵、不害於視、不可灼也。喉中有病、無害於息、不可鑿也。河之上冊、蓬不可以數計、猶之爲易也。水激興波、高下相臨、差以尋常、猶之爲平。昔者曹子爲魯將兵、三戰不勝、亡地千里。

使曹子計不顧後,足不旋踵,刎頸於陳中,則終身為破軍擒將矣。然而曹子不羞其敗,恥死而無功。柯之盟,揄三尺之刃,造桓公之胸,三戰所亡,一朝而反之,勇聞於天下,功立於魯國。管仲輔公子糾而不能遂,不可謂智;遁逃奔走,不死其難,不可謂勇;束縛桎梏,不諱其恥,不可謂貞。當此三行者,布衣弗友,人君弗臣。然而管仲免於累紲之中,立齊國之政,九合諸侯,一匡天下。使管仲出死捐軀,不顧後圖,豈有此霸功哉!今人君論其臣也,不計其大功,總其略行,而求其小善,則失賢之數也。故人有厚德,無問其小節;而有大譽,無疵其小故。夫牛蹄之涔不能生鱣鮪,而蜂房不容鵠卵,小形不足以包大體也。夫人之情,莫不有所短。誠其大略是也,雖有小過,不足以為累。若其大略非也,雖有閭裡之行,未足大舉。夫顏喙聚,梁父之大盜也,而為齊忠臣。段幹木,晉國之大駔也,而為文侯師。孟卯妻其嫂,有五子焉,然而相魏,寧其危,解其患。景陽淫酒,被髮而御於婦人,威服諸侯。此四人者,皆有所短,然而功名不滅者,其略得也。季襄、陳仲子立節抗行,不入洿君之朝,不食亂世之食,遂餓而死。不能存亡接絕者何?小節伸而大略屈。故小謹者無成功,訾行者不容於眾,體大者節疏,蹠距者舉遠。自古及今,五帝三王,未有能全其行者也。故易曰:「小過亨,利貞。」言人莫不有過,而不欲其大也。夫堯、舜、湯、武,世主之隆也;齊桓、晉文,五霸之豪英也。然堯有不慈之名,舜有卑父之謗,湯、武有放弒之事,五伯有暴亂之謀。是故君子不責備於一人,方正而不以割,廉直而不以切,博通而不以訾,文武而不以責。求於一人則任以人力,自修則以道德。責人以人力,易償也;自修以道德,難為也。難為則行高矣,易償則求澹矣。

使曹子計不顧後、足不旋踵、刎脰於陳中、則終身爲破軍擒將矣。然而曹子不羞其敗、恥死而無功。柯之盟、揄三尺之刃、造桓公之胸、三戰所亡、一朝而反之、勇聞於天下、功立於魯國。管仲輔公子糾而不能遂、不可謂智。遁逃奔走、不死其難、不可謂勇。束縛桎梏、不諱其恥、不可謂貞。當此三行者、布衣弗友、人君弗臣。然而管仲免於纍紲之中、立齊國之政、九合諸侯、一匡天下。使管仲出死捐軀、不顧後圖、豈有此霸功哉。今人君論其臣也、不計其大功、總其略行、而求其小善、則失賢之數也。故人有厚德、無問其小節。而有大譽、無疵其小故。夫牛蹄之涔、不能生鱣鮪。而蜂房不容鵠卵、小形不足以包大體也。夫人之情、莫不有所短。誠其大略是也、雖有小過、不足以爲累。若其大略非也、雖有閭里之行、未足大舉。夫顏喙聚、梁父之大盜也、而爲齊忠臣。段干木、晉國之大駔也、而爲文侯師。孟卯妻其嫂、有五子焉、然而相魏、寧其危、解其患。景陽淫酒、被髮而御於婦人、威服諸侯。此四人者、皆有所短、然而功名不滅者、其略得也。季襄、陳仲子立節抗行、不入洿君之朝、不食亂世之食、遂餓而死。不能存亡接絕者何、小節伸而大略屈。故小謹者無成功、訾行者不容於衆、體大者節疏、蹠距者舉遠。自古及今、五帝三王、未有能全其行者也。故易曰、「小過亨、利貞。」言人莫不有過、而不欲其大也。夫堯舜湯武、世主之隆也。齊桓晉文、五霸之豪英也。然堯有不慈之名、舜有卑父之謗、湯武有放弒之事、五伯有暴亂之謀。是故君子不責備於一人、方正而不以割、廉直而不以切、博通而不以訾、文武而不以責。求於一人則任以人力、自脩則以道德。責人以人力、易償也。自脩以道德、難爲也。難爲則行高矣、易償則求澹矣。

夫夏后氏之璜不能無考,明月之珠不能無纇,然而天下寶之者,何也?其小惡不足妨大美也。今志人之所短,而忘人之所修,而求得其賢乎天下,則難矣。夫百里奚之飯牛,伊尹之負鼎,太公之鼓刀,甯戚之商歌,其美有存焉者矣。眾人見其位之卑賤,事之洿辱,而不知其大略,以為不肖。及其為天子三公,而立為諸侯賢相,乃始信於異眾也。夫發於鼎俎之間,出於屠酤之肆,解於累紲之中,興於牛頜之下,洗之以湯沐,祓之以爟火,立之於本朝之上,倚之於三公之位,內不慚於國家,外不愧於諸侯,符勢有以內合。故未有功而知其賢者,堯之知舜;功成事立而知其賢者,市人之知舜也。為是釋度數而求之於朝肆草莽之中,其失人也必多矣。何則?能效其求,而不知其所以取人也。夫物之相類者,世主之所亂惑也;嫌疑肖象者,眾人之所眩耀。故狠者類知而非知,愚者類仁而非仁,戇者類勇而非勇。使人之相去也,若玉之與石,美之與惡,則論人易矣。夫亂人者,芎藭之與藳本也,蛇床之與麋蕪也,此皆相似者。故劍工惑劍之似莫邪者,唯歐冶能名其種;玉工眩玉之似碧盧者,唯猗頓不失其情;闇主亂於姦臣小人之疑君子者,唯聖人能見微以知明。故蛇舉首尺,而修短可知也;象見其牙,而大小可論也。薛燭庸子,見若狐甲於劍而利鈍識矣;臾兒、易牙,淄、澠之水合者,嘗一哈水而甘苦知矣。故聖人之論賢也,見其一行而賢不肖分矣。孔子辭廩丘,終不盜刀鉤;許由讓天子,終不利封侯。故未嘗灼而不敢握火者,見其有所燒也;未嘗傷而不敢握刃者,見其有所害也。由此觀之,見者可以論未發也,而觀小節可以知大體矣。故論人之道,貴則觀其所舉,富則觀其所施,窮則觀其所不受,賤則觀其所不為,貧則觀其所不取。視其更難,以知其勇;動以喜樂,以觀其守;委以財貨,以論其仁;

夫夏后氏之璜、不能無瑕。明月之珠、不能無顇。然而天下寶之者、何也、其小惡不足以妨大美也。今志人之所短、而忘人之所脩、而欲求賢乎天下、則難矣。夫百里奚之飯牛、伊尹之負鼎、太公之鼓刀、甯戚之商歌、其美有存焉者矣。衆人見其位之卑賤、事之洿辱、而不知其大略、以爲不肖。及其爲天子三公、立爲諸侯賢相、乃始信於異衆也。夫發於鼎俎之閒、出於屠酤之肆、解於纍紲之中、興於牛頷之下、洗之以湯沐、祓之以爟火、立之於本朝之上、倚之於三公之位、內不慚於國家、外不慚於諸侯、符勢有以內合。故未有功而知其賢者、堯之知舜。功成事立而知其賢者、市人之知舜也。爲是釋度數而求之於朝肆草莽之中、其失人也必多矣。何則、能效其求、而不知其所以取人也。夫物之相類者、世主之所亂惑也。嫌疑肖象者、衆人之所眩耀也。故狠者類知而非知、愚者類仁而非仁、戇者類勇而非勇。使人之相去也、若玉之與石、美之與惡、則論人易矣。夫亂人者、芎藭之與藁本也、蛇床之與蘼蕪也、此皆相似者。故劍工惑劍之似莫邪者、唯歐冶能名其種。玉工眩玉之似碧盧者、唯猗頓不失其情。暗主亂於奸臣小人之疑君子者、唯聖人能見微以知明。故蛇舉首尺、而脩短可知也。象見其牙、而大小可論也。薛燭庸子、見若狐甲於劍、而利鈍識矣。臾兒易牙、淄澠之水合者、嘗一哈水、而甘苦知矣。故聖人之論賢也、見其一行、而賢不肖分矣。孔子辭廩丘、終不盜刀鉤。許由讓天子、終不利封侯。故未嘗灼而不敢握火者、見其有所燒也。未嘗傷而不敢握刃者、見其有所害也。由此觀之、見者可以論未發也、而觀小節可以知大體矣。故論人之道、貴則觀其所舉、富則觀其所施、窮則觀其所不受、賤則觀其所不爲、貧則觀其所不取。視其更難、以知其勇。動以喜樂、以觀其守。委以財貨、以論其仁。振以恐懼、以知其節、則人情備矣。

振以恐懼,以知其節;則人情備矣。古之善賞者,費少而勸眾;善罰者,刑省而姦禁;善予者,用約而為德;善取者,入多而無怨。趙襄子圍於晉陽,罷圍而賞有功者五人,高赫為賞首。左右曰:「晉陽之難,赫無大功,今為賞首,何也?」襄子曰:「晉陽之圍,寡人社稷危,國家殆,群臣無不有驕侮之心,唯赫不失君臣之禮。」故賞一人,而天下為忠之臣者莫不終忠於其君。此賞少而勸善者眾也。齊威王設大鼎於庭中,而數無鹽令曰:「子之譽,日聞吾耳。察子之事,田野蕪,倉廩虛,囹圄實。子以姦事我者也。」乃烹之。齊以此三十二歲道路不拾遺。此刑省姦禁者也。秦穆公出遊而車敗,右服失馬,野人得之。穆公追而及之岐山之陽,野人方屠而食之。穆公曰:「夫食駿馬之肉,而不還飲酒者,傷人。吾恐其傷汝等。」遍飲而去之。處一年,與晉惠公為韓之戰,晉師圍穆公之車,梁由靡扣穆公之驂,獲之。食馬肉者三百餘人,皆出死為穆公戰於車下,遂克晉,虜惠公以歸。此用約而為德者也。齊桓公將欲征伐,甲兵不足,令有重罪者出犀甲一戟,有輕罪者贖以金分,訟而不勝者出一束箭。百姓皆說,乃矯箭為矢,鑄金而為刃,以伐不義而徵無道,遂霸天下。此入多而無怨者也。故聖人因民之所喜而勸善,因民之所惡而禁姦,故賞一人而天下譽之,罰一人而天下畏之。故至賞不費,至刑不濫。孔子誅少正卯而魯國之邪塞,子產誅鄧析而鄭國之姦禁,以近諭遠,以小知大也。故聖人守約而治廣者,此之謂也。天下莫易於為善,而莫難於為不善也。所謂為善者,靜而無為也;所謂為不善者,躁而多欲也。適情辭餘,無所誘惑,循性保真,無變於己,故曰為善易。越城郭,踰險塞,姦符節,盜管金,篡弒矯誣,非人之性也,故曰為不善難。

古之善賞者、費少而勸衆。善罰者、刑省而奸禁。善予者、用約而爲德。善取者、入多而無怨。趙襄子圍於晉陽、罷圍而賞有功者五人、高赫爲賞首。左右曰、「晉陽之難、赫無大功、今爲賞首、何也。」襄子曰、「晉陽之圍、寡人社稷危、國家殆、群臣無不有驕侮之心、唯赫不失君臣之禮。」故賞一人、而天下爲忠之臣者莫不終於其君。此賞少而勸善者衆也。齊威王設大鼎於庭中、而數無鹽令曰、「子之譽、日聞吾耳。察子之事、田野蕪、倉廩虛、囹圄實。子以奸事寡人也。」於是烹之。齊以此三十二歲道路不拾遺。此刑省而奸禁也。秦穆公出游而車敗、右服失馬、野人得之。穆公追而及之岐山之陽、野人方屠而食之。穆公曰、「食駿馬之肉、而不還飲酒、傷人。吾恐其傷汝等。」遍飲而去之。處一年、與晉惠公爲韓之戰、晉師圍穆公之車、梁由靡扣穆公之驂、獲之。食馬肉三百餘人、皆出死爲穆公戰於車下、遂克晉、虜惠公以歸。此用約而爲德也。齊桓公將欲征伐、甲兵不足、令有重罪者出犀甲一戟、有輕罪者贖以金分、訟而不勝者出一束箭。百姓皆說、乃矯箭爲矢、鑄金而爲刃、以伐不義而征無道、遂霸天下。此入多而無怨者也。故聖人因民之所喜而勸善、因民之所惡而禁奸、故賞一人而天下譽之、罰一人而天下畏之。故至賞不費、至刑不濫。孔子誅少正卯而魯國之邪塞、子產誅鄧析而鄭國之奸禁、以近諭遠、以小知大也。故聖人守約而治廣者、此之謂也。天下莫易於爲善、而莫難於爲不善也。所謂爲善者、靜而無爲也。所謂爲不善者、躁而多欲也。適情辭餘、無所誘惑、循性保真、無變於己、故曰爲善易。越城郭、踰險塞、奸符符節、盜管金、篡弒矯誣、非人之性也、故曰爲不善難。

今人所以犯囹圄之罪,而陷於刑戮之患者,由嗜慾無厭,不循度量之故也。何以知其然?天下縣官法曰:「發墓者誅,竊盜者刑。」此執政之所司也。夫法令者罔其姦邪,勒率隨其蹤跡,無愚夫憃婦,皆知為姦之無脫也,犯禁之不得免也。然而不材子不勝其欲,蒙死亡之罪,而被刑戮之羞。然而立秋之後,司寇之徒繼踵於門,而死市之人血流於路。何則?惑於財利之得,而蔽於死亡之患也。夫今陳卒設兵,兩軍相當,將施令曰:「斬首拜爵,而屈撓者要斬。」然而隊階之卒皆不能前遂斬首之功,而後被要斬之罪,是去恐死而就必死也。故利害之反,禍福之接,不可不審也。事或欲之,適足以失之;或避之,適足以就之。楚人有乘船而遇大風者,波至而自投於水。非不貪生而畏死也,惑於恐死而反忘生也。故人之嗜慾,亦猶此也。齊人有盜金者,當市繁之時,至掇而走。勒問其故曰:「而盜金於市中,何也?」對曰:「吾不見人,徒見金耳!」志所欲,則忘其為矣。是故聖人審動靜之變,而適受與之度,理好憎之情,和喜怒之節。夫動靜得,則患弗過也;受與適,則罪弗累也;好憎理,則憂弗近也;喜怒節,則怨弗犯也。故達道之人,不苟得,不讓福;其有弗棄,非其有弗索;常滿而不溢,恆虛而易足。今夫霤水足以溢壺榼,而江,河不能實漏卮,故人心猶是也。自當以道術度量,食充虛,衣禦寒,則足以養七尺之形矣。若無道術度量而以自儉約,則萬乘之勢不足以為尊,天下之富不足以為樂矣。孫叔敖三去令尹而無憂色,爵祿不能累也;荊佽非兩蛟夾繞其船而志不動,怪物不能驚也。聖人心平志易,精神內守,物莫足以惑之。夫醉者,俛入城門,以為七尺之閨也;超江、淮,以為尋常之溝也;酒濁其神也。怯者,夜見立表,以為鬼也;見寢石,以為虎也;懼揜其氣也。又況無天地之怪物乎!

今人之所以犯囹圄之罪、而陷於刑戮之患者、由嗜欲無厭、不循度量之故也。何以知其然。天下縣官法曰、「發墓者誅、竊盜者刑。」此執政之所司也。夫法令網其奸邪、勒率隨其蹤跡、無愚夫憃婦皆知爲奸之無脫也、犯禁之不得免也。然而不材之子不勝其欲、蒙死亡之罪、而被刑戮之羞。然而立秋之後、司寇之徒繼踵於門、而死市之人血流於路。何也。惑於財利之得、而蔽於死亡之患也。今夫陳卒設兵、兩軍相當、將施令曰、「斬首拜爵、而屈撓者要斬。」然而隊階之卒、皆不能前遂斬首之功、而後被要斬之罪、是去恐死而就必死也。故利害之反、禍福之接、不可不審也。事或欲之、適足以失之。或避之、適足以就之。楚人有乘船而遇大風者、波至而自投於水。非不貪生而畏死也、惑於畏死而反忘生也。故人之嗜欲、亦猶此矣。齊人有盜金者、當市繁之時、至掇而走。勒問其故曰、「而盜金於市中、何也。」對曰、「吾不見人、徒見金耳。」志所欲則忘其爲矣。是故聖人審動靜之變、而適受與之度、理好憎之情、和喜怒之節。夫動靜得、則患弗過也。受與適、則罪弗累也。好憎理、則憂弗近也。喜怒節、則怨弗犯也。故達道之人、不苟得、不讓福。其有弗棄、非其有弗索。常滿而不溢、常虛而易足。今夫霤水足以溢壺榼、而江河不能實漏卮、故人心猶是也。自當以道術度量、食充虛、衣禦寒、則足以養七尺之形矣。若無道術度量、而自儉約、則萬乘之勢不足以爲尊、天下之富不足以爲樂矣。孫叔敖三去令尹而無憂色、爵祿不能累也。荊佽非兩蛟夾繞其船而志不動、怪物不能驚也。聖人心平志易、精神內守、物莫足以惑之。夫醉者、俛入城門、以爲七尺之閨也。渡江淮、以爲尋常之溝也、酒濁其神也。怯者、夜見立表、以爲鬼也。見寢石、以爲虎也、懼揜其氣也。又況無天地之怪物邪。

夫雌雄相接,陰陽相薄,羽者為雛,毛者為駒犢,柔者為皮肉,堅者為齒角,人弗怪也;水生蠬蜄,山生金玉,人弗怪也;老槐生火,久血為燐,人弗怪也。山出梟陽,水生罔象,木生畢方,井生墳羊,人怪之,聞見鮮而識物淺也。天下之怪物,聖人之所獨見;利害之反覆,知者之所獨明達也。同異嫌疑者,世俗之所眩惑也。夫見不可布於海內,聞不可明於百姓,是故因鬼神禨祥而為之立禁,總形推類而為之變象。何以知其然也?世俗言曰:「饗大高者而彘為上牲,葬死人者裘不可以藏,相戲以刃者太祖軵其肘,枕戶橉而臥者鬼神蹠其首。」此皆不著於法令,而聖人之所不口傳也。夫饗大高而彘為上牲者,非彘能賢於野獸麋鹿也,而神明獨饗之,何也?以為彘者,家人所常畜而易得之物也,故因其便以尊之。裘不可以藏者,非能具綈綿曼帛溫煖於身也,世以為裘者,難得貴賈之物也,而不可傳於後世,無益於死者,而足以養生,故因其資以讋之。相戲以刃太祖軵其肘者,夫以刃相戲,必為過失,過失相傷,其患必大,無涉血之仇爭忿鬥,而以小事自內於刑戮,愚者所不知忌也,故因太祖以累其心。枕戶橉而臥,鬼神履其首者,使鬼神能玄化,則不待戶牖之行,若循虛而出入,則亦無能履也,夫戶牖者,風氣之所從往來,而風氣者,陰陽相捔者也,離者必病,故託鬼神以伸誡之也。凡此之屬,皆不可勝著於書策竹帛而藏於官府者也,故以禨祥明之。為愚者之不知其害,乃借鬼神之威以聲其教,所由來者遠矣。而愚者以為禨祥,而狠者以為非,唯有道者能通其志。今世之祭井灶、門戶、箕、臼杵者,非以其神為能饗之也,恃賴其德,煩苦之無已也。是故以時見其德,所以不忘其功也。觸石而出,膚寸而合,不崇朝而雨天下者,唯太山;赤地三年而不絕流,澤及百里而潤草木者,唯江、河也;

雌雄相接、陰陽相薄、羽者爲嫗伏(底本此字爲生僻字、轉寫後失落)、毛者爲孕犢、柔者爲皮肉、堅者爲齒角、人弗怪也。水生蠐蜃、山生金玉、人弗怪也。老槐生火、久血爲燐、人弗怪也。山出梟陽、水生罔象、木生畢方、井生墳羊、人怪之、聞見鮮而識物淺也。天下之怪物、聖人之所獨見。利害之反覆、知者之所獨明達也。同異嫌疑者、世俗之所眩惑也。夫見不可布於海內、聞不可明於百姓、是故因鬼神禨祥、而爲之立禁、總形推類、而爲之變象。何以知其然也。世俗言曰、「饗大高者、而彘爲上牲。葬死人者、裘不可以藏。相戲以刃者、太祖軵其肘。枕戶橉而臥者、鬼神蹠其首。」此皆不著於法令、而聖人之所不口傳也。夫饗大高而彘爲上牲者、非彘能賢於野獸麋鹿也、而神明獨饗之、何也。以爲彘者、家人所常畜而易得之物也、故因其便以尊之。裘不可以藏者、非能具綈綿曼帛溫暖於身也、世以爲裘者難得貴賈之物也、而不可傳於後世、無益於死者、而足以養生、故因其資以讋之。相戲以刃、太祖軵其肘者、夫以刃相戲、必爲過失。過失相傷、其患必大。無涉血之仇爭忿鬥、而因小事自內於刑戮、愚者所不知忌也、故因太祖以累其心。枕戶橉而臥、鬼神履其首者、使鬼神能玄化、則不待戶牖之行。若循虛而出入、則亦無能履也。夫戶牖者、風氣之所從往來、而風氣者、陰陽相觤者也、離者必病、故託鬼神以伸誡之也。凡此之屬、皆不可勝著於書策竹帛、而藏於官府者也、故以禨祥明之。爲愚者之不知其害、乃借鬼神之威、以聲其教、所由來者遠矣。而愚者以爲禨祥、而狠者以爲非、唯有道者能通其志。今世之祭井竈門戶箕(底本此字爲生僻字、轉寫後失落)臼杵者、非以其神爲能饗之也、恃賴其德、煩苦之無已也。是故以時見其德、所以不忘功也。觸石而出、膚寸而合、不崇朝而雨天下者、唯太山。赤地三年而不絕流、澤及百里而潤草木者、唯江河也。

是以天子秩而祭之。故馬免人於難者,其死也葬之;牛,其死也,葬以大車為薦。牛馬有功,猶不可忘,又況人乎!此聖人所以重仁襲恩。故炎帝於火,死而為灶;禹勞天下,死而為社;后稷作稼穡,死而為稷;羿除天下之害,死而為宗布。此鬼神之所以立。北楚有任俠者,其子孫數諫而止之,不聽也。縣有賊,大搜其廬,事果發覺,夜驚而走,追,道及之,其所施德者皆為之戰,得免而遂反,語其子曰:「汝數止吾為俠。今有難,果賴而免身。而諫我,不可用也。」知所以免於難,而不知所以無難,論事如此,豈不惑哉!宋人有嫁子者,告其子曰:「嫁未必成也。有如出,不可不私藏。私藏而富,其於以復嫁易。」其子聽父之計,竊而藏之。若公知其盜也,逐而去之。其父不自非也,而反得其計。知為出藏財,而不知藏財所以出也,為論如此,豈不勃哉!今夫僦載者,救一車之任,極一牛之力,為軸之折也,有如轅軸其上以為造,不知軸轅之趣軸折也。楚王之佩玦而逐菟,為走而破其玦也,因珮兩玦以為之豫,兩玦相觸,破乃逾疾。亂國之治,有似於此。夫鴟目大而視不若鼠,蚈足眾而走不若蛇,物固有大不若小,眾不若少者。及至夫彊之弱,弱之彊,危之安,存之亡也,非聖人,孰能觀之!大小尊卑,未足以論也,唯道之在者為貴。何以明之?天子處於郊亭,則九卿趨,大夫走,坐者伏,倚者齊。當此之時,明堂太廟,懸冠解劍,緩帶而寢。非郊亭大而廟堂狹小也,至尊居之也。天道之貴也,非特天子之為尊也,所在而眾仰之。夫蟄蟲鵲巢,皆嚮天一者,至和在焉爾。帝者誠能包稟道,合至和,則禽獸草木莫不被其澤矣,而況兆民乎!

是以天子秩而祭之。夫馬免人於難者、其死也葬之。牛、其死也、葬以大車爲薦。夫牛馬有功猶不可忘、又況人乎。此聖人所以重仁襲恩。故炎帝於火、死而爲竈。禹勞天下、死而爲社。后稷作稼穡、死而爲稷。羿除天下之害、死而爲宗布。此鬼神之所以立。北楚有任俠者、其子孫數諫而止之、不聽也。縣有賊、大搜其廬、事果發覺、夜驚而走、追、道及之、其所施德者皆爲之戰、得免而遂反、語其子曰、「汝數止吾爲俠。今有難、果賴而免身。而諫我、不可用也。」知所以免於難、而不知所以無難、論事如此、豈不惑哉。宋人有嫁子者、告其子曰、「嫁未必成也。有如出、不可不私藏。私藏而富、其於以復嫁易。」子聽父之計、竊而藏之。若公知其盜也、逐而去之。其父不自非也、而反得其計。知爲出藏財、而不知藏財所以出也、爲論如此、豈不勃哉。今夫僦載者、救一車之任、極一牛之力、爲軸之折也、有如轅軸其上以爲造、不知轅轅之趣軸折也。楚王之佩玦而逐菟、爲走而破其玦也、因珮兩玦以爲之豫、兩玦相觸、破乃逾疾。亂國之治、有似於此。夫鴟目大而眎不若鼠、蚈足衆而走不若蛇、物固有大不若小、衆不若少者。及至夫強之弱、弱之強、危之安、存之亡也、非聖人、孰能觀之。大小尊卑、未足以論也、唯道之在者爲貴。何以明之。天子處郊亭、則九卿趨、大夫走、坐者伏、倚者齊。當此之時、明堂太廟、懸冠解劍、緩帶而寢。非郊亭大而廟堂狹也、至尊居之也。天道之貴也、非特天子之爲尊也、所在而衆仰焉。夫蟄蟲鵲巢、皆嚮天一者、至和在焉爾。帝誠能包稟道、合至和、則禽獸草木、莫不被其澤矣、而況兆民乎。

詮言訓

洞同天地,渾沌為樸,未造而成物,謂之太一。同出於一,所為各異,有鳥、有魚、有獸,謂之分物。方以類別,物以群分,性命不同,皆形於有。隔而不通,分而為萬物,莫能及宗,故動而謂之生,死而謂之窮。皆為物矣,非不物而物物者也,物物者亡乎萬物之中。稽古太初,人生於無,形於有,有形而制於物。能反其所生,故未有形,謂之真人。真人者,未始分於太一者也。聖人不為名屍,不為謀府,不為事任,不為智主。藏無形,行無跡,遊無朕,不為福先,不為禍始,保於虛無,動於不得已。欲福者或為禍,欲利者或離害。故無為而寧者,失其所以甯則危;無事而治者,失其所以治則亂。星列於天而明,故人指之;義列於德而見,故人視之。人之所指,動則有章;人之所視,行則有跡。動有章則詞,行有跡則議。故聖人掩明於不形,藏跡於無為。王子慶忌死於劍,羿死於桃棓,子路菹於衛,蘇秦死於口。人莫不貴其所有,而賤其所短,然而皆溺其所貴,而極其所賤。所貴者有形,所賤者無朕也。故虎豹之強來射,蝯狖之捷來措。人能貴其所賤,賤其所貴,可與言至論矣。

洞同天地、渾沌爲樸、未造而成物、謂之太一。同出於一、所爲各異、有鳥、有魚、有獸、謂之分物。方以類別、物以群分、性命不同、皆形於有。隔而不通、分而爲萬物、莫能及宗、故動而謂之生、死而謂之窮。皆爲物矣、非不物而物物者也、物物者亡乎萬物之中。稽古太初、人生於無、形於有、有形而制於物。能反其所生、故未有形、謂之真人。真人者、未始分於太一者也。聖人不爲名尸、不爲謀府、不爲事任、不爲智主。藏無形、行無跡、游無朕、不爲福先、不爲禍始、保於虛無、動於不得已。欲福者或爲禍、欲利者或離害。故無爲而寧者、失其所以寧則危。無事而治者、失其所以治則亂。星列於天而明、故人指之。義列於德而見、故人視之。人之所指、動則有章。人之所視、行則有跡。動有章則詞、行有跡則議。故聖人揜明於不形、藏跡於無爲。王子慶忌死於劍、羿死於桃棓、子路菹於衛、蘇秦死於口。人莫不貴其所所有、而賤其所短、然而皆溺其所貴、而極其所賤。所貴者有形、所賤者無朕也。故虎豹之強來射、蝯狖之捷來刺。人能貴其所賤、賤其所貴、可與言至論矣。

自信者,不可以誹譽遷也;知足者,不可以勢利誘也。故通性情者,不務性之所無以為;通命之情者,不憂命之所無奈何;通於道者,物莫不足滑其調。詹何曰:「未嘗聞身治而國亂者也,未嘗聞身亂而國治者也。」矩不正,不可以為方;規不正,不可以為員;身者,事之規矩也。未聞枉己而能正人者也。原天命,治心術,理好憎,適情性,則治道通矣。原天命,則不惑禍福;治心術,則不妄喜怒;理好憎,則不貪無用;適情性,則欲不過節。不惑禍福,則動靜循理;不妄喜怒,則賞罰不阿;不貪無用,則不以欲用害性;欲不過節,則養性知足。凡此四者,弗求於外,弗假於人,反己而得矣。

自信者、不可以誹譽遷也。知足者、不可以勢利誘也。故通性之情者、不務性之所無以爲。通命之情者、不憂命之所無奈何。通於道者、物莫足滑其調。詹何曰、「未嘗聞身治而國亂者也、未嘗聞身亂而國治者也。」矩不正、不可以爲方。規不正、不可以爲員。身者事之規矩也。未聞枉己而能正人者也。原天命、治心術、理好憎、適情性、而治道通矣。原天命則不惑禍福、治心術則不妄喜怒、理好憎則不貪無用、適情性則欲不過節。不惑禍福、則動靜循理。不妄喜怒、則賞罰不阿。不貪無用、則不以欲用害性。欲不過節、則養性知足。凡此四者、弗求於外、弗假於人、反己而得矣。

天下不可以智為也,不可以慧識也,不可以事治也,不可以仁附也,不可以強勝也。五者皆人才也,德不盛,不能成一焉。德立則五無殆,五見則德無位矣。故得道則愚者有餘,失道則智者不足。渡水而無遊數,雖強必沉;有遊數,雖羸必遂。又況托於舟航之上乎!為政之本,務在於安民;安民之本,在於足用;足用之本,在於勿奪時;勿奪時之本,在於省事;省事之本,在於節欲;節欲之本,在於反性;反性之本,在於去載。去載則虛,虛則平。平者,道之素也;虛者,道之舍也。能有天下者,必不失其國;能有其國者,必不喪其家;能治其家者,必不遺其身;能修其身者,必不忘其心;能原其心者,必不虧其性;能全其性者,必不惑於道。故廣成子曰:「慎守而內,周閉而外,多知為敗。毋視毋聽,抱神以靜,形將自正。不得之己而能知彼者,未之有也。」故《易》曰:「括囊,無咎無譽。」能成霸王者,必得勝者也;能勝敵者,必強者也;能強者,必用人力者也;能用人力者,必得人心也;能得人心者,必自得者也;能自得者,必柔弱也。強勝不若己者,至於與同則格,柔勝出於己者,其力不可度。故能以眾不勝成大勝者,唯聖人能之。

天下不可以智爲也、不可以慧識也、不可以事治也、不可以仁附也、不可以強勝也。五者皆人才也、德不盛、不能成一焉。德立則五無殆、五見則德無位矣。故得道則愚者有餘、失道則智者不足。渡水而無游數、雖強必沈。有游數、雖羸必遂。又況託於舟航之上乎。爲治之本、務在於安民。安民之本、在於足用。足用之本、在於勿奪時。勿奪時之本、在於省事。省事之本、在於節欲。節欲之本、在於反性。反性之本、在於去載。去載則虛、虛則平。平者、道之素也。虛者、道之舍也。能有天下者、必不失其國。能有其國者、必不喪其家。能治其家者、必不遺其身。能修其身者、必不忘其心。能原其心者、必不虧其性。能全其性者、必不惑於道。故廣成子曰、「慎守而內、周閉而外、多知爲敗。毋視毋聽、抱神以靜、形將自正。不得之己而能知彼者、未之有也。」故易曰、「括囊、無咎無譽。」能成霸王者、必得勝者也。能勝敵者、必強者也。能強者、必用人力者也。能用人力者、必得人心者也。能得人心者、必自得者也。能自得者、必柔弱也。強勝不若己者、至於與同則格。柔勝出於己者、其力不可量。故能以衆不勝成大勝者、唯聖者能之。

善遊者,不學刺舟而便用之,勁者,不學騎馬而便居之。輕天下者,身不累於物,故能處之。泰王亶父之居邠,狄人攻之,事之以皮幣珠玉而不聽,乃謝耆老而徙岐周。百姓攜幼扶老而從之,遂成國焉。推此意,四世而有天下,不亦宜乎!無以天下為者,必能活天下者。霜雪雨露,生殺萬物,天無為焉,猶之貴天也。厭文搔法,治官理民者,有司也,君無事焉,猶尊君也。闢地墾草者,后稷也;決河濬江者,禹也;聽獄制中者,皋陶也;有聖名者,堯也。故得道以禦者,身雖無能,必使能者為己用。不得其道,伎藝雖多,未有益也。方船濟乎江,有虛船從一方來,觸而覆之,雖有忮心,必無怨色。有一人在其中,一謂張之,一謂歙之,再三呼而不應,必以醜聲隨其後。向不怒而今怒,向虛而今實也。人能虛己以遊於世,孰能訾之!

善游者、不學刺舟而便用之。勁筋者、不學騎馬而便居之。輕天下者、身不累於物、故能處之。太王亶父處邠、狄人攻之、事之以皮幣珠玉而不聽、乃謝耆老而徙岐周。百姓攜幼扶老而從之、遂成國焉。推此意、四世而有天下、不亦宜乎。不以天下爲者、必能生天下者也。霜雪雨露、生殺萬物、天無爲焉、猶之貴天也。厭文搔法、治官理民者、有司也、君無事焉、猶尊君也。辟地墾草者、后稷也。決河濬江者、禹也。聽獄制中者、皋陶也。有聖名者、堯也。故得道以御者、身雖無能、必使能者爲己用。不得其道、伎藝雖多、未有益也。方船濟乎江、有虛船從一方來、觸而覆之、雖有忮心、必無怨色。有一人在其中、一謂張之、一謂歙之、再三呼而不應、必以醜聲隨其後。向不怒而今怒、向虛而今實也。人能虛己以游於世、孰能訾之。

釋道而任智者必危,棄數而用才者必困。有以欲多而亡者,未有以無欲而危者也;有以欲治而亂者,未有以守常而失者也。故智不足免患,愚不足以至於失寧。守其分,循其理,失之不憂,得之不喜,故成者非所為也,得者非所求也。入者有受而無取,出者有授而無予,因春而生,因秋而殺,所生者弗德,所殺者非怨,則幾於道也。聖人不為可非之行,不憎人之非己也;修足譽之德,不求人之譽己也;不能使禍不至,信己之不迎也;不能使福必來,信己之不攘也。禍之至也,非其求所生,故窮而不憂;福之至也,非其求所成,故通而弗矜。知禍福之制不在於己也,故閒居而樂,無為而治。聖人守其所以有,不求其所未得。求其所無,則所有者亡矣;修其所有,則所欲者至。故用兵者,先為不可勝,以待敵之可勝也;治國者,先為不可奪,待敵之可奪也。舜修之曆山,而海內從化;文王修之岐周,而天下移風。使舜趨天下之利,而忘修己之道,身猶弗能保,何尺地之有!

釋道而任智者必危、棄數而用才者必困。有以欲多而亡者、未有以無欲而危者也。有以欲治而亂者、未有以守常而失者也。故智不足以免患、愚不足以至於失寧。守其分、循其理、失之不憂、得之不喜、故成者非所爲也、得者非所求也。入者有受而無取、出者有授而無予、因春而生、因秋而殺、所生者弗德、所殺者非怨、則幾於道也。聖人不爲可非之行、不憎人之非己也。修足譽之德、不求人之譽己也。不能使禍不至、信己之不迎也。不能使福必來、信己之不攘也。禍之至也、非其求所生、故窮而不憂。福之至也、非其求所成、故通而弗矜。知禍福之制不在於己也、故閑居而樂、無爲而治。聖人守其所以有、不求其所未得。求其所無、則所有者亡矣。修其所有、則所欲者至。故用兵者、先爲不可勝、以待敵之可勝也。治國者、先爲不可奪、以待敵之可奪也。舜修之歷山、而海內從化。文王修之岐周、而天下移風。使舜趨天下之利、而忘修己之道、身猶弗能保、何尺地之有。

故治未固於不亂,而事為治者,必危;行未固於無非,而急求名者,必挫也。福莫大無禍,利莫美不喪。動之為物,不損則益,不成則毀,不利則病,皆險,道之者危。故秦勝乎戎,而敗乎殽;楚勝乎諸夏,而敗乎栢莒。故道不可以勸而就利者,而可以寧避害者。故常無禍,不常有福;常無罪,不常有功。聖人無思慮,無設儲,來者弗迎,去者弗將。人雖東西南北,獨立中央,故處眾枉之中,不失其直,天下皆流,獨不離其壇域。故不為善,不避醜,遵天之道;不為始,不專己,循天之理;不豫謀,不棄時,與天為期;不求得,不辭福,從天之則。不求所無,不失所得,內無旁禍,外無旁福。禍福不生,安有人賊!

故治未固於不亂、而事爲治者、必危。行未固於無非、而急求名者、必剉也。福莫大無禍、利莫美不喪。動之爲物、不損則益、不成則毀、不利則病、皆險也、道之者危。故秦勝乎戎、而敗乎殽。楚勝乎諸夏、而敗乎柏莒。故道不可以勸而就利者、而可以寧避害者。故常無禍、不常有福。常無罪、不常有功。聖人無思慮、無設儲焉、來者弗迎、去者弗將。人雖東西南北、獨立中央、故處衆枉之中、不失其直、天下皆流、獨不離其壇域。故不爲善、不避醜、遵天之道。不爲始、不專己、循天之理。不豫謀、不棄時、與天爲期。不求得、不辭福、從天之則。不求所無、不失所得、內無旁禍、外無旁福。禍福不生、安有人賊。

為善則觀,為不善則議;觀則生貴,議則生患。故道術不可以進而求名,而可以退而修身;不可以得利,而可以離害。故聖人不以行求名,不以智見譽。法修自然,己無所與。慮不勝數,行不勝德,事不勝道。為者有不成,求者有不得。人有窮而道無不通,與道爭則兇。故《詩》曰:「弗識弗知,順帝之則。」有智而無為,與無智者同道;有能而無事,與無能者同德。其智也,告之者至,然後覺其動也;使之者至,然後覺其為也。有智若無智,有能若無能,道理為正也。故功蓋天下,不施其美;澤及後世,不有其名。道理通而人偽滅也。

爲善則觀、爲不善則議。觀則生貴、議則生患。故道術不可以進而求名、而可以退而修身。不可以得利、而可以離害。故聖人不以行求名、不以智求譽。法修自然、己無所與。慮不勝數、行不勝德、事不勝道。爲者有不成、求者有不得。人有窮而道無不通、與道爭則凶。故詩曰、「弗識弗知、順帝之則。」有智而無爲、與無智者同道。有能而無事、與無能者同德。其智也、告之者至、然後覺其動。使之者至、然後覺其爲。有智若無智、有能若無能、道理爲正也。故功蓋天下、不施其美。澤及後世、不有其名。道理通而人僞滅矣。

名與道不兩明,人受名則道不用,道勝人則名息矣。道與人競長。章人者,息道者也;人章道息,則危不遠矣。故世有盛名,則衰之日至矣。欲屍名者必為善,欲為善者必生事,事生則釋公而就私,貨數而任己。欲見譽於為善,而立名於為質,則治不修故,而事不須時。治不修故,則多責;事不須時,則無功。責多功鮮,無以塞之,則妄發而邀當,妄為而要中。功之成也,不足以更責;事之敗也,不足以敝身。故重為善若重為非,而幾於道矣。

名與道不兩明、人受名則道不用、道勝人則名息矣。道與人競長。章人者、息道者也。人章道息、則危不遠矣。故世有盛名、則衰之日至矣。欲尸名者必爲善、欲爲善者必生事、事生則釋公而就私、貨數而任己。欲見譽於爲善、而立名於爲質、則治不修故、而事不須時。治不修故、則多責。事不須時、則無功。責多功鮮、無以塞之、則妄發而邀當、妄爲而要中。功之成也、不足以更責。事之敗也、不足以敝身。故重爲善若重爲非、而幾於道矣。

天下非無信士也,臨貨分財,必控籌而定分,以為有心者之於平,不若無心者也。天下非無廉士也,然而守重寶者必關戶而全封,以為有欲者之於廉,不若無欲者也。人舉其疵則怨人,鑒見其醜則善鑒,人能接物而不與己焉,則免於累矣。公孫龍粲於辭而貿名,鄧析巧辯而亂法,蘇秦善說而亡國。由其道,則善無章;修其理,則巧無名。故以巧鬥力者,始於陽,常卒於陰;以慧治國者,始於治,常卒於亂。使水流下,孰弗能治;激而上之,非巧不能。故文勝則質掩,邪巧則正塞之也。德可以自修,而不可以使人暴;道可以自治,而不可以使人亂;雖有聖賢之寶,不遇暴亂之世,可以全身,而未可以霸王也。湯、武之王也,遇桀、紂之暴也;桀、紂非以湯、武之賢暴也,湯、武遭桀、紂之暴而王也。故雖賢王,必待遇。遇者,能遭於時而得之也,非智能所求而成也。君子修行而使善無名,佈施而使仁無章,故士行善而不知善之所由來,民澹利而不知利之所由出。故無為而自治。善有章則士爭名,利有本則民爭功,二爭者生,雖有賢者,弗能治。

天下非無信士也、臨貨分財、必探籌而定分、以爲有心者之於平、不若無心者也。天下非無廉士也、然而守重寶者、必關戶而全封、以爲有欲者之於廉、不若無欲者也。人舉其疵則怨人、鑒見其醜則善鑒、人能接物而不與己焉、則免於累矣。公孫龍粲於辭而貿名、鄧析巧辯而亂法、蘇秦善說而亡國。由其道、則善無章。修其理、則巧無名。故以巧鬥力者、始於陽、常卒於陰。以慧治國者、始於治、常卒於亂。使水流下、孰弗能治。激而上之、非巧不能。故文勝則質揜、邪巧則正塞之也。德可以自修、而不可以使人暴。道可以自治、而不可以使人亂。雖有聖賢之寶、不遇暴亂之世、可以全身、而未可以霸王也。湯武之王也、遇桀紂之暴也。桀紂非以湯武之賢暴也、湯武遭桀紂之暴而王也。故雖賢王、必待遇。遇者、能遭於時而得之也、非智能所求而成也。君子修行而使善無名、布施而使仁無章、故士行善而不知善之所由來、民澹利而不知利之所由出。無爲而自治。善有章、則士爭名。利有本、則民爭功。二爭者生、雖有賢者、弗能治。

故聖人掩跡於為善,而息名於為仁也。外交而為援,事大而為安,不若內治而待時。凡事人者,非以寶幣,必以卑辭。事以玉帛,則貨殫而欲厭;卑禮婉辭,則論說而交不結;約束誓盟,則約定而反無日。雖割國之錙錘以事人,而無自恃之道,不足以為全。若誠外釋交之策,而慎修其境內之事。盡其地力,以多其積;厲其民死,以牢其城;上下一心,君臣同志;與之守社稷,斅死而民弗離,則為名者不伐無罪,而為利者不攻難勝,此必全之道也。民有道所同道,有法所同守,為義之不能相固,威之不能相必也,故立君以一民。君執一則治,無常則亂。君道者,非所以為也,所以無為也。何謂無為?智者不以位為事,勇者不以位為暴,仁者不以位為患,可謂無為矣。夫無為,則得於一也。一也者,萬物之本也,無敵之道也。

故聖人揜跡於爲善、而息名於爲仁。外交而爲援、事大而爲安、不若內治而待時。凡事人者、非以寶幣、必以卑辭。事以玉帛、則貨殫而欲不饜。卑體婉辭、則諭說而交不結。約束誓盟、則約定而反無日。雖割國之錙錘以事人、而無自恃之道、不足以爲全。若誠外釋交之策、而慎修境內之事、盡其地力以多其積、厲其民死以牢其城、上下一心、君臣同志、與之守社稷、斅死而民弗離、則爲名者不伐無罪、而爲利者不攻難勝、此必全之道。民有道所同道、有法所同守、爲義之不能相固、威之不能相必也、故立君以一民。君執一則治、無常則亂。君道者、非所以爲也、所以無爲也。何謂無爲。智者不以位爲事、勇者不以位爲暴、仁者不以位爲患、可謂無爲矣。夫無爲、則得於一也。一也者、萬物之本也、無敵之道也。

凡人之性,少則倡狂,壯則暴強,老則好利,一人之身,既數變矣,又況君數易法,國數易君!人以其位通其好憎,下之徑衢,不可勝理,故君失一則亂,甚於無君之時。故《詩》曰:「不愆不忘,率由舊章。」此之謂也。君好智則倍時而任己,棄數而用慮,天下之物博而智淺,以淺澹博,未有能者也。獨任其智,失必多矣。故好智,窮術也;好勇,則輕敵而簡備,自負而辭助。一人之力以禦強敵,不杖眾多而專用身才,必不堪也。故好勇,危術也。好與,則無定分。上之分不定,則下之望無止。若多賦斂,實府庫,則與民為仇。少取多與,數未之有也。故好與,來怨之道也。仁智勇力,人之美才也,而莫足以治天下。由此觀之,賢能之不足任也,而道術之可修明矣。

凡人之性、少則猖狂、壯則暴強、老則好利、一人之身旣數變矣、又況君數易法、國數易君。人以其位通其好憎、下之徑衢不可勝理、故君失一則亂、甚於無君之時。故詩曰、「不愆不忘、率由舊章。」此之謂也。君好智則倍時而任己、棄數而用慮、天下之物博而智淺、以淺澹博、未有能者也。獨任其智、失必多矣。故好智、窮術也。好勇、則輕敵而簡備、自負而辭助。以一人之力而御強敵、不杖衆多而專用身之才、必不堪也。故好勇、危術也。好與、則無定分。上之分不定、則下之望無止。若多賦斂、實府庫、則與民爲讎。少取多與、數未之有也。故好與、來怨之道。仁智勇力、人之美才也、而莫足以治天下。由此觀之、賢能之不足任也、而道術之可修明矣。

聖人勝心,眾人勝欲。君子行正氣,小人行邪氣。內便於性,外合於義,循理而動,不繫於物者,正氣也。重於滋味,淫於聲色,發於喜怒,不顧後患者,邪氣也。邪與正相傷,欲與性相害,不可兩立。一置一廢。故聖人損欲而從事於性。目好色,耳好聲,口好味,接而說之,不知利害,嗜慾也。食之不甯於體,聽之不合於道,視之不便於性。三官交爭,以義為制者,心也。割痤疽,非不痛也;飲毒藥,非不苦也;然而為之者,便於身也。渴而飲水,非不快也;饑而大飧,非不澹也;然而弗為者,害於性也。此四者,耳目鼻口不知所取去,必為之制,各得其所。由是觀之,欲之不可勝,明矣。

聖人勝心、衆人勝欲。君子行正氣、小人行邪氣。內便於性、外合於義、循理而動、不繫於物者、正氣也。重於滋味、淫於聲色、發於喜怒、不顧後患者、邪氣也。邪與正相傷、欲與性相害、不可兩立、一置一廢。故聖人損欲而從事於性。目好色、耳好聲、口好味、接而說之、不知利害、嗜欲也。食之不寧於體、聽之不合於道、視之不便於性。三官交爭、以義爲制者、心也。割痤疽、非不痛也。飲毒藥、非不苦也。然而爲之者、便於身也。渴而飲水、非不快也。飢而大飱、非不澹也。然而弗爲者、害於性也。此四者、耳目鼻口不知所取去、必爲之制、各得其所。由是觀之、欲之不可勝、明矣。

凡治身養性,節寢處,適飲食,和喜怒,便動靜,使在己者得,而邪氣因而不生,豈若憂瘕疵之與痤疽之發,而豫備之哉!夫函牛之鼎沸,而蠅蚋弗敢入;崑山之玉瑱,而塵垢弗能汙也。聖人無去之心,而心無醜;無取之美,而美不失。故祭祀思親不求福,饗賓脩敬不思德,唯弗求者能有之。處尊位者,以有公道而無私說,故稱尊焉,不稱賢也;有大地者,以有常術而無鈐謀,故稱平焉,不稱智也。內無暴事以離怨於百姓,外無賢行以見忌於諸侯,上下之禮,襲而不離,而為論者莫然不見所觀焉,此所謂藏無形者。非藏無形,孰能形!三代之所道者,因也。故禹決江河,因水也;后稷播種樹穀,因地也;湯、武平暴亂,因時也。故天下可得而不可取也,霸王可受而不可求也。

凡治身養性、節寢處、適飲食、和喜怒、便動靜、使在己者得、而邪氣因而不生、豈若憂瘕疵之與痤疽之發、而豫備之哉。夫函牛之鼎沸、而蠅蚋弗敢入。昆山之玉瑱、而塵垢弗能污。聖人無去之心、而心無醜。無取之美、而美不失。故祭祀思親不求福、饗賓修敬不思德、唯弗求者能有之。處尊位者、以有公道而無私說、故稱尊焉、不稱賢也。有大地者、以有常術而無鈐謀、故稱平焉、不稱智也。內無暴事以離怨於百姓、外無賢行以見忌於諸侯、上下之禮、襲而不離、而爲論者莫然不見所觀焉、此所謂藏於無形。非藏於無形、孰能形。三代之所道者、因也。故禹決江河、因水也。后稷播種樹穀、因地也。湯武平暴亂、因時也。故天下可得而不可強也、霸王可受而不可求也。

在智則人與之訟,在力則人與之爭。未有使人無智者,有使人不能用其智於己者也;未有使人無力者,有使人不能施其力於己者也。此兩者,常在久見。故君賢不見,諸侯不備;不肖不見,則百姓不怨;百姓不怨,則民用可得;諸侯弗備,則天下之時可承。事所與眾同也,功所與時成也,聖人無焉。故老子曰:「虎無所措其爪,兕無所措其角。」蓋謂此也。鼓不滅於聲,故能有聲;鏡不沒於形,故能有形;金石有聲,弗叩弗鳴;管簫有音,弗吹無聲。聖人內藏,不為物先倡,事來而制,物至而應。飾其外者傷其內,扶其情者害其神,見其文者蔽其質,無須臾忘為質者,必困於性。百步之中,不忘其容者,必累其形。

在智、人與之訟。在力、人與之爭。未有使人無智者、有使人不能用其智於己者也。未有使人無力者、有使人不能施其力於己者也。此兩者、常在久見。故君賢不見、諸侯不備。不肖不見、百姓不怨。百姓不怨、則民用可得。諸侯不備、則天下之時可承。事所與衆同也、功所與時成也、聖人無焉。故老子曰、「虎無所措其爪、兕無所措其角。」蓋謂此也。鼓不滅於聲、故能有聲。鏡不沒於形、故能有形。金石有聲、弗叩弗鳴。管簫有音、弗吹無聲。聖人內藏、不爲物先倡、事來而制、物至而應。飾其外者傷其內、扶其情者害其神、見其文者蔽其質。無須臾忘爲質者、必困於性。百步之中不忘其容者、必累其形。

故羽翼美者傷骨骸,枝葉美者害根莖,能兩美者,天下無之也。天有明,不憂民之晦也,百姓穿戶鑿牖,自取照焉;地有財,不憂民之貧也,百姓伐木芟草,自取富焉。至德道者若丘山,嵬然不動,行者以為期也。直己而足物,不為人贛,用之者亦不受其德,故寧而能久。天地無予也,故無奪也;日月無德也,故無怨也。喜德者必多怨,喜予者必善奪。唯滅跡於無為,而隨天地自然者,唯能勝理,而為受名。名興則道行,道行則人無位矣。故譽生則毀隨之,善見則怨從之。利則為害始,福則為禍先。唯不求利者為無害,唯不求福者為無禍。侯而求霸者,必失其侯;霸而求王者,必喪其霸。故國以全為常,霸王其寄也;身以生為常,富貴其寄也。能不以天下傷其國,而不以國害其身者,為可以托天下也。

故羽翼美者傷骨骸、枝葉美者害根荄、能兩美之、天下無之也。天有明、不憂民之晦也、百姓穿戶鑿牖、自取照焉。地有財、不憂民之貧也、百姓伐木芟草、自取富焉。至德道者若丘山、嵬然不動、行者以爲期也。直己而足物、不爲人贛、用之者亦不受其德、故寧而能久。天地無予也、故無奪也。日月無德也、故無怨也。喜德者必多怨、喜予者必善奪。唯滅跡於無爲、而隨天地自然者、唯能勝理、而爲受名。名興則道行、道行則人無位矣。故譽生則毀隨之、善見則怨從之。利則爲害始、福則爲禍先。唯不求利者爲無害、唯不求福者爲無禍。侯而求霸者必失其侯、霸而求王者必喪其霸。故國以全爲常、霸王其寄也。身以生爲常、富貴其寄也。能不以天下傷其國、而不以國害其生者、可以託天下。

不知道者,釋其所已有,而求其所未得也。苦心愁慮以行曲,故福至則喜,禍至則怖,神勞於謀,智遽於事,禍福萌生,終身不悔,己之所生,乃反愁人。不喜則憂,中未嘗平。持無所監,謂之狂生。人主好仁,則無功者賞,有罪者釋;好刑,則有功者廢,無罪者誅。及無好者,誅而無怨,施而不德,放準循繩,身無與事,若天若地,何不覆載!故合而舍之者,君也;制而誅之者,法也。民已受誅,怨無所滅,謂之道。道勝,則人無事矣。聖人無屈奇之服,無瑰異之行,服不視,行不觀,言不議,通而不華,窮而不懾,榮而不顯,隱而不窮,異而不見怪,容而與眾同;無以名之,此之謂大通。升降揖讓,趨翔周遊,不得已而為也,非性所有於身,情無符檢,行所不得已之事,而不解構耳,豈加故為哉!

不知道者、釋其所已有、而求其所未得也。苦心愁慮以行曲、故福至則喜、禍至則怖、神勞於謀、智遽於事、禍福萌生、終身不悔、己之所生、乃反愁人。不喜則憂、中未嘗平。持無所監、謂之狂生。人主好仁、則無功者賞、有罪者釋。好刑、則有功者廢、無罪者誅。及無好者、誅而無怨、施而不德、放準循繩、身無與事、若天若地、何不覆載。故合而舍之者君也、制而誅之者法也。民已受誅、怨無所滅、謂之道。道勝、則人無事矣。聖人無屈奇之服、無瑰異之行、服不視、行不觀、言不議、通而不華、窮而不懾、榮而不顯、隱而不窮、異而不見怪、容而與衆同也、無以名之、此之謂大通。升降揖讓、趨翔周游、不得已而爲也、非性所有於身、情無符檢、行所不得已之事、而不解構耳、豈加故爲哉。

故不得已而歌者,不事為悲;不得已而舞者,不矜為麗。歌舞而不事為悲麗者,皆無有根心者。善博者不欲牟,不恐不勝,平心定意,捉得其齊,行由其理,雖不必勝,得籌必多。何則?勝在於數,不在於欲。駎者不貪最先,不恐獨後,緩急調乎手,禦心調乎馬,雖不能必先載,馬力必盡矣。何則?先在於數,而不在於欲也。是故滅欲則數勝,棄智則道立矣。賈多端則貧,工多技則窮,心不一也。故木之大者害其條,水之大者害其深。有智而無術,雖鑽之不通;有百技而無一道,雖得之弗能守。故《詩》曰:「淑人君子,其儀一也。其儀一也,心如結也。」君子其結於一乎!舜彈五絃之琴,而歌《南風》之詩,以治天下。周公殽臑不收於前,鐘鼓不解於縣,以輔成王而海內平。匹夫百畮一守,不遑啟處,無所移之也。以一人兼聽天下,日有餘而治不足,使人為之也。處尊位者如屍,守官者如祝宰。屍雖能剝狗燒彘,弗為也,弗能無虧;俎豆之列次,黍稷之先後,雖知弗教也,弗能害也。不能祝者,不可以為祝,無害於為屍;不能禦者,不可以為僕,無害於為佐。故位愈尊而身愈佚;身愈大而事愈少。譬如張琴,小弦雖急,大弦必緩。

所以不得已而歌者、不事爲悲。不得已而舞者、不矜爲麗。歌舞而不事爲悲麗者、皆無有根心者。善博之人、不欲牟、不恐不勝、平心定意、投得其齊、行由其理、雖不必勝、得籌必多。何則、勝在於數、不在於欲。駎者、不貪最先、不恐獨後、緩急調乎手、御心調乎馬、雖不能必先載、馬力必盡矣。何則、先在於數、而不在於欲。是故滅欲則數勝、棄智則道立矣。賈多端則貧、工多技則窮、心不一也。故木之大者害其條、水之大者害其深。有智而無術、雖鑽之不通。有百技而無一道、雖得之弗能守。故詩云、「淑人君子、其儀一兮。其儀一兮、心如結兮。」君子其結於一乎。舜彈五弦之琴、歌南風之詩、而天下治。周公肴臑不收於前、鐘鼓不解於縣、以輔成王而海內平。匹夫百畝一守、不遑啟處、無所移之也。以一人兼聽天下、日有餘而治不足、使人爲之也。處尊位者如尸、守官者如祝宰。尸雖能剥狗燒豚、弗爲也、弗能無虧。俎豆之列次、黍稷之先後、雖知弗教也、弗能無害也。不能祝者不可以爲祝、無害於爲尸。不能御者不可以爲僕、無害於爲佐。故位愈尊而身愈佚、身愈大而事愈少。譬如張琴、小弦雖急、大弦必緩。

無為者,道之體也;執後者,道之容也。無為制有為,術也;執後之制先,數也。放於術則強,審於數則寧。今與人卞氏之璧,未受者,先也;求而致之,雖怨不逆者,後也。三人同舍,二人相爭,爭者各自以為直,不能相聽,一人雖愚,必從旁而決之,非以智,不爭也。兩人相鬥,一羸在側,助一人則勝,救一人則免,鬥者雖強,必制一羸,非以勇也,以不鬥也。由此觀之,後之制先,靜之勝躁,數也。倍道棄數,以求苟遇,變常易故,以知要遮,過則自非,中則以為候,暗行繆改,終身不寤,此之謂狂。有禍則詘,有福則嬴,有過則悔,有功則矜,遂不知反,此謂狂人。員之中規,方之中矩,行成獸,止成文,可以將少,而不可以將眾。蓼菜成行,瓶甌有堤,量粟而舂,數米而炊,可以治家,而不可以治國。滌杯而食,洗爵而飲,浣而後饋,可以養家老,而不可以饗三軍。

無爲者、道之體也。執後者、道之容也。無爲制有爲、術也。執後制先、數也。放於術則強、審於數則寧。今與人卞氏之璧、未受者、先也。求而致之、雖怨不逆者、後也。三人同舍、二人相爭、爭者各自以爲直、不能相聽、一人雖愚、必從旁而決、非以智、不爭也。兩人相鬥、一羸者在側、助一人則勝、救一人則免、鬥者雖強、必制一羸、非以勇、以不鬥也。由此觀之、後之制先、靜之勝躁、數也。倍道棄數、以求苟遇、變常易故、以知要遮、過則自非、中則以爲候、闇行繆改、終身不寤、此之謂狂。有禍則詘、有福則盈、有過則悔、有功則矜、遂不知反、此謂狂人。員之中規、方之中矩、行成獸、止成文、可以將少、而不可以將衆。蓼菜成行、瓶甌有堤、量粟而舂、數米而炊、可以治家、而不可以治國。滌杯而食、洗爵而飲、浣而後饋、可以養家老、而不可以饗三軍。

非易不可以治大,非簡不可以合眾。大樂必易,大禮必簡。易故能天,簡故能地。大樂無怨,大禮不責,四海之內,莫不繫統,故能帝也。心有憂者,筐床衽席,弗能安也;菰飯犓牛,弗能甘也;琴瑟鳴竽,弗能樂也。患解憂除,然後食甘寢甯,居安遊樂。由是觀之,生有以樂也,死有以哀也。今務益性之所不能樂,而以害性之所以樂,故雖富有天下,貴為天子,而不免為哀之人。凡人之性,樂恬而憎憫,樂佚而憎勞。心常無欲,可謂恬矣;形常無事,可謂佚矣。遊心於恬,舍形於佚,以俟天命。自樂於內,無急於外,雖天下之大,不足以易其一概。日月廋而無溉於志,故雖賤如貴,雖貧如富。大道無形,大仁無親,大辯無聲,大廉不嗛,大勇不矜。五者無棄,而幾向方矣。軍多令則亂,酒多約則辯;亂則降北,辯則相賊。故始於都者,常大於鄙;始於樂者,常大於悲;其作始簡者,其終本必調。今有美酒嘉餚以相饗,卑體婉辭以接之,欲以合歡;爭盈爵之間反生鬥,鬥而相傷,三族結怨,反其所憎,此酒之敗也。

非易不可以治大、非簡不可以衆。大樂必易、大禮必簡。易故能天、簡故能地。大樂無怨、大禮不責、四海之內莫不繫統、故能帝也。心有憂者、筐床衽席弗能安也。菰飯犓牛、弗能甘也。琴瑟鳴竽、弗能樂也。患解憂除、然後食甘寢寧、居安游樂。由是觀之、生有以樂也、死有以哀也。今務益性之所不能樂、而以害性之所以樂、故雖富有天下、貴爲天子、而不免爲哀之人。凡人之性、樂恬而憎憫、樂佚而憎勞。心常無欲、可謂恬矣。形常無事、可謂佚矣。游心於恬、舍形於佚、以俟天命。自樂於內、無急於外、雖天下之大、不足以易其一概。日月廋而無溉於志、故雖賤如貴、雖貧如富。大道無形、大仁無親、大辯無聲、大廉不嗛、大勇不矜。五者無棄、幾鄉方矣。軍多令則亂、酒多約則辯。亂則降北、辯則相賊。故始於都者、常大於鄙。始於樂者、常大於悲。其作始簡者、其終本必調。今有美酒嘉肴以相饗、卑體婉辭以接之、欲以合歡、爭盈爵之閒、乃反生鬥、鬥而相傷、三族結怨、反其所憎、此酒之敗也。

《詩》之失僻,樂之失刺,禮之失責。徵音非無羽聲也,羽音非無徵聲也,五音莫不有聲,而以徵羽定名者,以勝者也。故仁義智勇,聖人之所備有也,然而皆立一名者,言其大者也。陽氣起於東北,盡於西南,;陰氣起於西南,盡於東北。陰陽之始,皆調適相似,日長其類,以侵相遠,或熱焦沙,或寒凝水,故聖人謹慎其所積。水出於山,而入於海;稼生於野,而藏於廩。見所始則知終矣。席之先雚蕈,樽之上玄酒,俎之先生魚,豆之先泰羹,此皆不快於耳目,不適於口腹,而先王貴之,先本而後末。聖人之接物,千變萬軫,必有不化而應化者。夫寒之與暖相反,大寒地坼水凝,火弗為衰其暑;大熱爍石流金,火弗為益其烈。寒暑之變,無損益於己,質有之也。聖人常後而不先,常應而不唱;不進而求,不退而讓;隨時三年,時去我先;去時三年,時在我後;無去無就,中立其所。

詩之失僻、樂之失刺、禮之失責。徵音非無羽聲也、羽音非無徵聲也、五音莫不有聲、而以徵羽定名者、以勝者也。故仁義智勇、聖人之所備有也、然而皆立一名者、言其大者也。陽氣起於東北、盡於西南。(底本此處疑有衍文)陰氣起於西南、盡於東北。陰陽之始、皆調適相似、日長其類、以侵相遠、或熱焦沙、或寒凝水、故聖人謹慎其所積。水出於山、而入於海。稼生於野、而藏於廩。見所始則知終矣。席之先雚蕈、樽之上玄酒、俎之先生魚、豆之先泰羹、此皆不快於耳目、不適於口腹、而先王貴之、先本而後末。聖人之接物、千變萬轉、必有不化而應化者。夫寒之與暖相反、大寒地坼水凝、火弗爲衰其暑。大熱鑠石流金、火弗爲益其烈。寒暑之變、無損益於己、質有之也。聖人常後而不先、常應而不唱。不進而求、不退而讓。隨之三年、而去我在先。去之三年、而在我後。無去無就、中立其所。

天道無親,唯德是與。有道者,不失時與人;無道者,失於時而取人。直己而待命,時之至不可迎而反也;要遮而求合,時之去不可追而援也。故不曰我無以為而天下遠,不曰我不欲而天下不至。古之存己者,樂德而忘賤,故名不動志;樂道而忘貧。故利不動心。名利充天下,不足以概志,故廉而能樂,靜而能澹。故其身治者,可與言道矣。自身以上,至於荒芒爾遠矣,自死而天下無窮爾滔矣,以數雜之壽,憂天下之亂,猶憂河水之少,泣而益之也。龜三千歲,浮游不過三日,以浮游而為龜憂養生之具,人必笑之矣。故不憂天下之亂,而樂其身之治者,可與言道矣。君子為善,不能使福必來;不為非,而不能使禍無至。福之至也,非其所求,故不伐其功;禍之來也,非其所生,故不悔其行。內修極而橫禍至者,皆天也,非人也。故中心常恬漠,累積其德,狗吠而不驚,自信其情。故知道者不惑,知命者不憂。萬乘之主卒,葬其骸於廣野之中,祀其鬼神於明堂之上,神貴於形也。故神制則形從,形勝則神窮。聰明雖用,必反諸神,謂之太沖。

天道無親、唯德是與。有道者、不失時與人。無道者、失於時而取人。直己而待命、時之至不可迎而反也。要遮而求合、時之去不可追而援也。故不曰我無以爲而天下遠、不曰我不欲而天下不至。古之存己者、樂德而忘賤、故名不動志。樂道而忘貧、故利不動心。名利充天下、不足以概志、故廉而能樂、靜而能澹。故其身治者、可與言道矣。自身以上、至於荒芒爾遠矣、自死而天下無窮爾滔矣、以數雜之壽、憂天下之亂、猶憂河水之少、泣而益之也。龜三千歲、浮游不過三日、以浮游而爲龜憂養生之具、人必笑之矣。故不憂天下之亂、而樂其身之治者、可與言道矣。君子爲善、不能使福必來。不爲非、而不能使禍無至。福之至也、非其所求、故不伐其功。禍之來也、非其所生、故不悔其行。內修極而橫禍至者、皆天也、非人也。故中心常恬漠、累積其德、狗吠而不驚、自信其情。故知道者不惑、知命者不憂。萬乘之主卒、葬其骸於廣野之中、祀其鬼神於明堂之上、神貴於形也。故神制、則形從。形勝、則神窮。聰明雖用、必反諸神、謂之太沖。

兵略訓

古之用兵者,非利土壤之廣而貪金玉之略,將以存亡繼絕,平天下之亂,而除萬民之害也。凡有血氣之蟲,含牙帶角,前爪後距,有角者觸,有齒者噬,有毒者螫,有蹄者趹。喜而相戲,怒而相害,天之性也。人有衣食之情,而物弗能足也。故群居雜處,分不均,求不澹,則爭;爭,則強脅弱,而勇侵怯。人無筋骨之強,爪牙之利,故割革而為甲,鑠鐵而為刃。貪昧饕餮之人,殘賊天下,萬人搔動,莫寧其所。有聖人勃然而起,乃討強暴,平亂世,夷險除穢,以濁為清,以危為寧,故不得不中絕。兵之所由來者遠矣!黃帝嘗與炎帝戰矣,顓頊嘗與共工爭矣。故黃帝戰於涿鹿之野,堯戰于丹水之浦,舜伐有苗,啟攻有扈。自五帝而弗能偃也,又況衰世乎!

古之用兵者、非利土壤之廣、而貪金玉之略、將以存亡繼絕、平天下之亂、而除萬民之害也。凡有血氣之蟲、含牙帶角、前爪後距、有角者觸、有齒者噬、有毒者螫、有蹏者趹。喜而相戲、怒而相害、天之性也。人有衣食之情、而物弗能足也。故群居雜處、分不均、求不澹、則爭。爭、則強脅弱而勇侵怯。人無筋骨之強、爪牙之利、故割革而爲甲、鑠鐵而爲刃。貪昧饕餮之人、殘賊天下、萬人搔動、莫寧其所。有聖人勃然而起、乃討強暴、平亂世、夷險除穢、以濁爲清、以危爲寧、故不得不中絕。兵之所由來者遠矣。黃帝嘗與炎帝戰矣、顓頊嘗與共工爭矣。故黃帝戰於涿鹿之野、堯戰於丹水之浦、舜伐有苗、啟攻有扈。自五帝而弗能止也、又況衰世乎。

夫兵者,所以禁暴討亂也。炎帝為火災,故黃帝禽之;共工為水害,故顓頊誅之。教之以道,導之以德而不聽,則臨之以威武;臨之威武而不從,則制之以兵革。故聖人之用兵也,若櫛發耨苗,所去者少,而所利者多。殺無辜之民,而養無義之君,害莫大焉;殫天下之財,而澹一人之慾,禍莫深焉。使夏桀、殷紂有害於民而立被其患,不至於為炮烙;晉厲、宋康行一不義而身死國亡,不至於侵奪為暴。此四君者,皆有小過而莫之討也,故至於攘天下,害百姓,肆一人之邪,而長海內之禍,此大倫之所不取也。所為立君者,以禁暴討亂也。今乘萬民之力,而反為殘賊,是為虎傅翼,曷為弗除!夫畜池魚者必去猵獺,養禽獸者必去豺狼,又況治人乎!

夫兵者、所以禁暴討亂也。炎帝爲火災、故黃帝禽之。共工爲水害、故顓頊誅之。教之以道、導之以德而不聽、則臨之以威武。臨之威武而不從、則制之以兵革。故聖人之用兵也、若櫛髮耨苗、所去者少、而所利者多。殺無罪之民、而養無義之君、害莫大焉。殫天下之財、而澹一人之欲、禍莫深焉。使夏桀殷紂有害於民而立被其患、不至於爲炮烙。晉厲宋康行一不義而身死國亡、不至於侵奪爲暴。此四君者、皆有小過而莫之討也、故至於攘天下、害百姓、肆一人之邪、而長海內之禍、此大倫之所不取也。所爲立君者、以禁暴討亂也。今乘萬民之力、而反爲殘賊、是爲虎傅翼、曷爲弗除。夫畜池魚者、必去猵獺。養禽獸者、必去豺狼。又況治人乎。

故霸王之兵,以論慮之,以策圖之,以義扶之,非以亡存也,將以存亡也。故聞敵國之君,有加虐於民者,則舉兵而臨其境,責之以不義,刺之以過行。兵至其郊,乃令軍師曰:“毋伐樹木,毋抉墳墓,毋燒五穀,毋焚積聚,毋捕民虜,毋收六畜。”乃發號施令曰:“其國之君,傲天悔鬼,決獄不辜,殺戮無罪,此天之所以誅也,民之所以仇也。兵之來也,以廢不義而複有德也。有逆天之道,帥民之賊者,身死族滅!以家聽者,祿以家;以裡聽者,賞以裡;以鄉聽者,封以鄉;以縣聽者,侯以縣。”克國不及其民,廢其君而易其政。尊其秀士而顯其賢良,振其孤寡,恤其貧窮,出其囹圄,賞其有功,百姓開門而待之,淅米而儲之,唯恐其不來也。此湯、武之所以致王,而齊桓之所以成霸也。故君為無道,民之思兵也,若旱而望雨,渴而求飲。夫有誰與交兵接刃乎!故義兵之至也,至於不戰而止。

故霸王之兵、以論慮之、以策圖之、以義扶之、非以亡存也、將以存亡也。故聞敵國之君、有加虐於民者、則舉兵而臨其境、責之以不義、刺之以過行。兵至其郊、乃令軍師曰、「毋伐樹木、毋抉墳墓、毋爇五穀、毋焚積聚、毋捕民虜、毋收六畜。」乃發號施令曰、「其國之君、傲天侮鬼、決獄不辜、殺戮無罪、此天之所以誅也、民之所以仇也。兵之來也、以廢不義而復有德也。有逆天之道、帥民之賊者、身死族滅。以家聽者、祿以家。以里聽者、賞以里。以鄉聽者、封以鄉。以縣聽者、侯以縣。」剋國不及其民、廢其君而易其政。尊其秀士而顯其賢良、振其孤寡、恤其貧窮、出其囹圄、賞其有功、百姓開門而待、淅米而儲之、唯恐其不來也。此湯武之所以致王、而齊桓之所以成霸也。故君爲無道、民之思兵也、若旱而望雨、渴而求飲。夫有誰與交兵接刃乎。故義兵之至也、至於不戰而止。

晚世之兵,君雖無道,莫不設渠塹,傅堞而守,攻者非以禁暴除害也,欲以侵地廣壤也。是故至於伏屍流血,相支以日,而霸王之功不世出者,自為之故也。夫為地戰者,不能成其王;為身戰者,不能立其功。舉事以為人者,眾助之;舉事以自為者,眾去之。眾之所助,雖弱必強;眾之所去,雖大必亡。兵失道而弱,得道而強;將失道而拙,得道而工;國得道而存,失道而亡。所謂道者,體圓而法方,背陰而抱陽,左柔而右剛,履幽而戴明。變化無常,得一之原,以應無方,是謂神明。

晚世之兵、君雖無道、莫不設渠壑傅堞而守、攻者非以禁暴除害也、欲以侵地廣壤也。是故至於伏屍流血、相支以日、而霸王之功不世出者、自爲之故也。夫爲地戰者、不能成其王。爲身戰者、不能立其功。舉事以爲人者、衆助之。舉事以自爲者、衆去之。衆之所助、雖弱必強。衆之所去、雖大必亡。兵失道而弱、得道而強。將失道而拙、得道而工。國得道而存、失道而亡。所謂道者、體員而法方、背陰而抱陽、左柔而右剛、履幽而戴明。變化無常、得一之原、以應無方、是謂神明。

夫圓者,天也;方者,地也。天圓而無端,故不可得而觀;地方而無垠,故莫能窺其門。天化育而無形象,地生長而無計量,渾渾沉沉,孰知其藏。凡物有朕,唯道無朕。所以無朕者,以其無常形勢也。輪轉而無窮,象日月之運行,若春秋有代謝,若日月有晝夜,終而複始,明而複晦,莫能得其紀。制刑而無刑,故功可成;物物而不物,故勝而不屈。刑,兵之極也,至於無刑,可謂極之矣。是故大兵無創,與鬼神通,五兵不厲,天下莫之敢當。建鼓不出庫,諸侯莫不慴㥄沮膽其處。故廟戰者帝,神化者王。所謂廟戰者,法天道也;神化者,法四時也。修政於境內,而遠方慕其德;制勝於未戰,而諸侯服其威。內政治也。

夫圓者、天也。方者、地也。天圓而無端、故不可得而觀。地方而無垠、故莫能窺其門。天化育而無形象、地生長而無計量、渾渾沉沉、孰知其藏。凡物有朕、唯道無朕。所以無朕者、以其無常形勢也。輪轉而無窮、象日月之行、若春秋有代謝、若日月有晝夜、終而復始、明而復晦、莫能得其紀。制形而無形、故功可成。物物而不物、故勝而不屈。形、兵之至也、至於無形、可謂極矣。是故大兵無創、與鬼神通、五兵不厲、天下莫之敢當。建鼓不出庫、諸侯莫不憺㥄沮膽處其焉(底本「㥄」爲生僻字)。故廟戰者帝、神化者王。所謂廟戰者、法天道也。神化者、法四時也。修政於境內、而遠方慕其德。制勝於未戰、而諸侯服其威。內政治也。

古得道者,靜而法天地,動而順日月,喜怒而合四時,叫呼而比雷霆,音氣不戾八風,詘伸不獲五度。下至介鱗,上及毛羽,條修葉貫,萬物百族,由本至末,莫不有序。是故入小而不逼,處大而不窕,浸乎金石,潤乎草木,宇中六合,振豪之末,莫不順比。道之浸洽,滒淖纖微,無所不在,是以勝權多也。夫射,儀度不得,則格的不中;驥,一節不用,而千里不至。夫戰而不勝者,非鼓之日也,素行無刑久矣。故得道之兵,車不發軔,騎不被鞍,鼓不振塵,旗不解卷,甲不離矢,刃不嘗血,朝不易位,賈不去肆,農不離野。招義而責之,大國必朝,小城必下。因民之慾,乘民之力,而為之去殘除賊也。故同利相死,同情相成,同欲相助。順道而動,天下為向;因民而慮,天下為鬥。獵者逐禽,車馳人趨,各盡其力,無刑罰之威,而相為斥闉要遮者,同所利也;同舟而濟於江,卒遇風波,百族之子,捷捽招杼船,若左右手,不以相德,其憂同也。故明王之用兵也,為天下除害,而與萬民共用其利。民之為用,猶子之為父,弟之為兄。威之所加,若崩山決塘,敵孰敢當!故善用兵者,用其自為用也;不能用兵者,用其為己用也。用其自為用,則天下莫不可用也;用其為己用,所得者鮮矣。兵有三詆,治國家,理境內,行仁義,佈德惠,立正法,塞邪隧,群臣親附,百姓和輯,上下一心,君臣同力,諸侯服其威,而四方懷其德。修政廟堂之上,而折沖千里之外,拱揖指捴,而天下回應,此用兵之上也。地廣民眾,主賢將忠,國富兵強,約束信,號令明,兩軍相當,鼓錞相望,未至兵交接刃,而敵奔亡,此用兵之次也。知土地之宜,羽險隘之利,明奇正之變,察行陳解贖之數,維枹綰而鼓之,白刃合,流矢接,涉血屬腸,輿死扶傷,流血千里,暴骸盈場,乃以決勝,此用兵之下也。

古得道者、靜而法天地、動而順日月、喜怒而合四時、叫呼而比雷霆、音氣不戾八風、詘伸不獲五度。下至介鱗、上及毛羽、條修葉貫、萬物百族、由本至末、莫不有序。是故入小而不偪、處大而不窕、浸乎金石、潤乎草木、宇中六合、振豪之末、莫不順比。道之浸洽、滒淖纖微、無所不在、是以勝權多也。夫射、儀度不得、則格的不中。驥、一節不用、而千里不至。夫戰而不勝者、非鼓之日也、素行無刑久矣。故得道之兵、車不發軔、騎不被鞍、鼓不振塵、旗不解卷、甲不離矢、刃不嘗血、朝不易位、賈不去肆、農不離野。招義而責之、大國必朝、小城必下。因民之欲、乘民之力、而爲之去殘除賊也。故利同則死相、情同則成相、欲同則相助。循道而動、天下爲嚮。因民而慮、天下爲鬥。獵者逐禽、車馳人趨、各盡其力、無刑罰之威、而相爲斥闉要遮者、同所利也。同舟而濟乎江、卒遇風波、百族之子、捷捽招杼船、若左右手、不以相德、其憂同也。故明王之用兵也、爲天下除害、而與萬民共享其利。民之爲用、猶子之爲父、弟之爲兄。威之所加、若崩山決塘、敵孰敢當。故善用兵者、用其自爲用也。不能用兵者、用其爲己用也。用其自爲用、則天下莫不可用也。用其爲己用、所得者鮮矣。兵有三抵、治國家、理境內、行仁義、布德惠、立正法、塞邪隧、群臣親附、百姓和輯、上下一心、君臣同力、諸侯服其威、而四方懷其德。修政廟堂之上、而折衝千里之外、拱揖指㧑、而天下響應、此用兵之上也。地廣民衆、主賢將忠、國富兵強、約束信、號令明、兩軍相當、鼓錞相望、未至兵交接刃、而敵人奔亡、此用兵之次也。知土地之宜、習險隘之利、明奇正之變、察行陳解贖之數、維枹而鼓之、白刃合、流矢接、涉血屬腸、輿死扶傷、流血千里、暴骸盈場、乃以決勝、此用兵之下也。

今夫天下皆知事治其末,而莫知務修其本,釋其根而樹其枝也。夫兵之所以佐勝者眾,而所以必勝者寡。甲堅兵利,車固馬良,畜積給足,士卒殷軫,此軍之大資也,而勝亡焉。明於星辰日月之運,刑德奇該之數,背鄉左右之便,此戰之助也,而全亡焉。良將之所以必勝者,恆有不原之智,不道之道,難以眾同也。夫論除謹,動靜時,吏卒辨,兵甲治,正行伍,連什伯,明鼓旗,此尉之官也。前後知險易,見敵知難易,發斥不忘遺,此候之官也。隧路亟,行輜治,賦丈均,處軍輯,井灶通,此司空之官也。收藏於後,遷舍不離,無淫輿,無遺輜,此輿之官也。凡此五官之於將也,猶身之有股肱手足也。必擇其人,技能其才,使官勝其任,人能其事。告之以政,申之以令,使之若虎豹之有爪牙,飛鳥之有六翮,莫不為用。然皆佐勝之具也,非所以必勝也。

夫天下皆知事治其末、而莫知務修其本、是釋其根而樹其枝也。夫兵之所以佐勝者衆、而所以必勝者寡。甲堅兵利、車固馬良、畜積給足、士卒殷軫、此軍之大資也、而勝不在焉。明於星辰日月之運、刑德奇賌之數、背鄉左右之便、此戰之助也、而全亡焉。良將之所以必勝者、恒有不原之智、不道之道、難以衆同也。夫論除謹、動靜時、吏卒辨、兵甲治、正行伍、連什伯、明鼓旗、此尉之官也。前後知險易、見敵知難易、發斥不忘遺、此候之官也。隧路亟、行輜治、賦丈均、處軍輯、井竈通、此司空之官也。收藏於後、遷舍不離、無淫輿、無遺輜、此輿之官也。凡此五官之於將也、猶身之有股肱手足也。必擇其人、技能其才、使官勝其任、人能其事。告之以政、申之以令、使之若虎豹之有爪牙、飛鳥之有六翮、莫不爲用。然皆佐勝之具也、非所以必勝也。

兵之勝敗,本在於政。政勝其民,下附其上,則兵強矣;民勝其政,下畔其上,則兵弱矣。故德義足以懷天下之民,事業足以當天下之急,選舉足以得賢士之心,謀慮足以知強弱之勢,此必勝之本也。地廣人眾,不足以為強;堅甲利兵,不足以為勝;高城深池,不足以為固;嚴令繁刑,不足以為威。為存政者,雖小必存;為亡政者,雖大必亡。昔者楚人地,南卷沅、湘,北繞潁、泗,西包巴、蜀,東裹郯、淮,潁、汝以為洫,江、漢以為池,垣之以鄧林,綿之以方城,山高尋云,溪肆無景,地利形便,卒民勇敢。蛟革犀兕,以為甲冑,修鎩短鏦,齊為前行,積弩陪後,錯車衛旁,疾如錐矢,合如雷電,解如風雨。然而兵殆於垂沙,眾破於栢舉。楚國之強,大地計眾,中分天下,然懷王北畏孟嘗君,背社稷之守,而委身強秦,兵挫地削,身死不還。二世皇帝,勢為天子,富有天下。人跡所至,舟楫所通,莫不為郡縣,然縱耳目之欲,窮侈靡之變,不顧百姓之饑寒窮匱也。興萬乘之駕,而作阿房之宮,發閭左之戍,收太半之賦,百姓之隨逮肆刑,挽輅首路死者,一旦不知千萬之數。天下敖然若焦熱,傾然若苦烈,上下不相寧,吏民不相憀。戍卒陳勝,興於大澤,攘臂袒右,稱為大楚,而天下回應。當此之時,非有牢甲利兵,勁弩強沖也,伐棘棗而為矜,周錐鑿而為刃,剡摲筡,奮儋钁,以當修戟強弩,攻城掠地,莫不降下,天下為之麋沸螘動,雲徹席捲,方數千里。勢位至賤,而器械甚不利,然一人唱而天下應之者,積怨在於民也。武王伐紂,東面而迎歲,至汜而水,至共頭而墜,彗星出而授殷人其柄。當戰之時,十日亂於上,風雨擊於中,然而前無蹈難之賞,而後無遁北之刑,白刃不畢拔而天下得矣。

兵之勝敗、本在於政。政勝其民、下附其上、則兵強矣。民勝其政、下畔其上、則兵弱矣。故德義足以懷天下之民、事業足以當天下之急、選舉足以得賢士之心、謀慮足以知強弱之勢、此必勝之本也。地廣人衆、不足以爲強。堅甲利兵、不足以爲勝。高城深池、不足以爲固。嚴令繁刑、不足以爲威。爲存政者、雖小必存。爲亡政者、雖大必亡。昔者楚人地、南卷沅湘、北繞潁泗、西包巴蜀、東裹郯淮、潁汝以爲洫、江漢以爲池、垣之以鄧林、綿之以方城、山高尋雲、谿肆無景、地利形便、卒民勇敢。蛟革犀兕、以爲甲胄、脩鎩短鏦、齊爲前行、積弩陪後、錯車衛旁、疾如錐矢、合如雷霆、解如風雨。然而兵殆於垂沙、衆破於柏舉。楚國之強、大地計衆、中分天下、然懷王北畏孟嘗君、背社稷之守、而委身強秦、兵挫地削、身死不還。二世皇帝、勢爲天子、富有天下。人跡所至、舟楫所通、莫不爲郡縣、然縱耳目之欲、窮侈靡之變、不顧百姓之饑寒窮匱也。興萬乘之駕、而作阿房之宮、發閭左之戍、收大半之賦、百姓之隨逮肆刑、挽輅首路死者、一旦不知千萬之數。天下敖然若焦熱、傾然若苦烈、上下不相寧、吏民不相㑊。戍卒陳勝、興於大澤、攘臂袒右、稱爲大楚、而天下響應。當此之時、非有牢甲利兵、勁弩強衝也、伐棘棗而爲矜、周錐鑿而爲刃、剡摲筡、奮儋䦆、以當脩戟強弩、攻城略地、莫不降下、天下爲之麋沸螘動、雲徹席卷、方數千里。勢位至賤、而器械甚不利、然一人唱而天下應之者、積怨在於民也。武王伐紂、東面而迎歲、至汜而水、至共頭而墜、彗星出而授殷人其柄。當戰之時、十日亂於上、風雨擊於中、然而前無蹈難之賞、而後無遁北之刑、白刃不畢拔、而天下得矣。

是故善守者無與禦,而善戰者無與鬥,明於禁舍開塞之道,乘時勢,因民欲,而取天下。故善為政者積其德,善用兵者畜其怒;德積而民可用,怒畜而威可立也。故文之所以加者淺,則勢之所勝者小;德之所施者博,而威之所制者廣;威之所制者廣,則我強而敵弱矣。故善用兵者,先弱敵而後戰者也,故費不半而功自倍也。湯之地方七十裡而王者,修德也;智伯有千里之地而亡者,窮武也。故千乘之國,行文德者王;萬乘之國,好用兵者亡。故全兵先勝而後戰,敗兵先戰而後求勝。德均則眾者勝寡,力敵則智者勝愚,智侔則有數者禽無數。凡用兵者,必先自廟戰。主孰賢?將孰能?民孰附?國孰治?蓄積孰多?士卒孰精?甲兵孰利?器備孰便?故運籌於廟堂之上,而決勝乎千里之外矣。

是故善守者無與御、而善戰者無與鬥、明於禁舍開塞之道、乘時勢、因民欲、而取天下。故善爲政者積其德、善用兵者畜其怒。德積而民可用、怒畜而威可立也。故文之所以加者淺、則勢之所勝者小。德之所施者博、而威之所制者廣。威之所制者廣、則我強而敵弱矣。故善用兵者、先弱敵而後戰者也、故費不半而功自倍也。湯之地方七十里而王、修德也。智伯有千里之地而亡者、窮武也。故千乘之國、行文德者王。萬乘之國、好用兵者亡。故全兵先勝而後戰、敗兵先戰而後求勝。德均、則衆者勝寡。力敵、則智者勝愚。智侔、則有數者禽無數。凡用兵者、必先自廟戰、主孰賢、將孰能、民孰附、國孰治、蓄積孰多、士卒孰精、甲兵孰利、器備孰便、故運籌於廟堂之上、而決勝乎千里之外矣。

夫有形埒者,天下訟見之;有篇籍者,世人傳學之。此皆以形相勝者也。善形者弗法也,所貴道者,貴其無形也。無形則不可制迫也,不可度量也,不可巧詐也,不可規慮也。智見者,人為之謀;形見者,人為之功;眾見者,人為之伏;器見者,人為之備。動作周還,倨句詘伸,可巧詐者,皆非善者也。善者之動也,神出而鬼行,星耀而玄逐,進退詘伸,不見朕㙬,鸞舉麟振,鳳飛龍騰。發如秋風,疾如駭龍。當以生擊死,以盛乘衰,以疾掩遲,以飽制饑。若以水滅火,若以湯沃雪,何往而不遂!何之而不用達!在中虛神,在外漠志,運於無形,出於不意。與飄飄往,與忽忽來,莫知其所之;與條出,與間入,莫知其所集。卒如雷霆,疾如風雨,若從地出,若從天下,獨出獨入,莫能應圉。疾如鏃矢,何可勝偶?一晦一明,孰知其端緒!未見其發,固已至矣。

有形埒者、天下競見之。有篇籍者、世人傳學之。此皆以形相勝者也。善形者弗法也、所貴道者、貴其無形也。無形則不可制迫也、不可度量也、不可巧詐也、不可規慮也。智見者、人爲之謀。形見者、人爲之功。衆見者、人爲之伏。器見者、人爲之備。動作周還、倨句詘伸、可巧詐者、皆非善者也。善者之動也、神出而鬼行、星耀而玄逐、進退詘伸、不見朕𦏝(底本此字爲生僻字)、鸞舉麟振、鳳飛龍騰。發如秋風、疾如駭龍。當以生擊死、以盛乘衰、以疾掩遲、以飽制飢。若以水滅火、若以湯沃雪、何往而不遂、何之而不用達。在內虛神、在中漠志、運於無形、出於不意。與飄飄往、與忽忽來、莫知其所之。與條出、與間入、莫知其所集。卒如雷霆、疾如風雨、若從地出、若從天下、獨出獨入、莫能應圉。疾如鏃矢、何可勝偶。一晦一明、孰知其端緒。未見其發、固已至矣。

故善用兵者,見敵之虛,乘而勿假也,追而勿舍也,迫而勿去也。擊其猶猶,陵其與與,疾雷不及塞耳,疾霆不暇掩目。善用兵,若聲之與響,若鏜之與鞈,眯不給撫,呼不給吸。當此之時,仰不見天,俯不見地,手不麾戈,兵不盡拔,擊之若雷,薄之若風,炎之若火,淩之若波。敵之靜不知其所守,動不知其所為。故鼓鳴旗麾,當者莫不廢滯崩阤,天下孰敢厲威抗節而當其前者!故淩人者勝,待人者敗,為人杓者死。兵靜則固,專一則威,分決則勇,心疑則北,力分則弱。故能分人之兵,疑人之心,則錙銖有餘;不能分人之兵,疑人之心,則數倍不足。故紂之卒,百萬之心;武王之卒,三千人皆專而一。故千人同心,則得千人力;萬人異心,則無一人之用。將卒吏民,動靜如身,乃可以應敵合戰。故計定而發,分決而動,將無疑謀,卒無二心,動無墮容,口無虛言,事無嘗試,應敵必敏,發動必亟。

故善用兵者、見敵之虛、乘而勿假也、追而勿舍也、迫而勿去也。擊其猶猶、陵其與與、疾雷不及塞耳、疾霆不暇掩目。善用兵、若聲之與響、若鎌之與軻、眯不給撫、呼不給吸。當此之時、仰不見天、俯不見地、手不麾戈、兵不盡拔、擊之若雷、薄之若風、燔之若火、陵之若波。敵之靜不知其所守、動不知其所爲。故鼓鳴旗麾、當者莫不廢滯崩阤、天下孰敢厲威抗節而當其前者。故陵人者勝、待人者敗、爲人杓者死。兵靜則固、專一則威、分決則勇、心疑則北、力分則弱。故能分人之兵、疑人之心、則錙銖有餘。不能分人之兵、疑人之心、則數倍不足。故紂之卒、百萬之心。武王之卒、三千人皆專而一。故千人同心、則得千人力。萬人異心、則無一人之用。將卒吏民、動靜如身、乃可以應敵合戰。故計定而發、分決而動、將無疑謀、卒無二心、動無墮容、口無虛言、事無嘗試、應敵必敏、發動必亟。

故將以民為體,而民以將為心。心誠則支體親刃,心疑則支體撓北。心不專一,則體不節動;將不誠心,則卒不勇敢。故良將之卒,若虎之牙,若兕之角,若鳥之羽,若蚈之足,可以行,可以舉,可以噬,可以觸。強而不相敗,眾而不相害,一心以使之也。故民誠從其令,雖少無畏;民不從令,雖眾為寡。故下不親上,其心不用;卒不畏將,其形不戰。守有必固,而攻有必勝,不待交兵接刃,而存亡之機固以形矣。

故將以民爲體、而民以將爲心。心誠則支體親刃、心疑則支體撓北。心不專一、則體不節動。將不誠心、則卒不勇敢。故良將之卒、若虎之牙、若兕之角、若鳥之羽、若蚈之足、可以行、可以舉、可以噬、可以觸。強而不相敗、衆而不相害、一心以使之也。故民誠從其令、雖少無畏。民不從令、雖衆爲寡。故下不親上、其心不用。卒不畏將、其形不戰。守有必固、而攻有必勝、不待交兵接刃、而存亡之機固以形矣。

兵有三勢,有二權。有氣勢,有地勢,有因勢。將充勇而輕敵,卒果敢而樂戰,三軍之眾,百萬之師,志厲青云,氣如飄風,聲如雷霆,誠積逾而威加敵人,此謂之氣勢。硤路津關,大山名塞,龍蛇蟠,卻笠居,羊腸道,發笱門,一人守隘,而千人弗敢過也,此謂地勢。因其勞倦怠亂,饑渴凍暍,推其摿摿,擠其揭揭,此謂因勢。善用間諜,審錯規慮,設蔚施伏,隱匿其形,出於不意,敵人之兵無所適備,此謂知權。陳卒正,前行選,進退俱,什伍搏,前後不相撚,左右不相干,受刃者少,傷敵者眾,此謂事權。

兵有三勢、有二權。有氣勢、有地勢、有因勢。將充勇而輕敵、卒果敢而樂戰、三軍之衆、百萬之師、志厲青雲、氣如飄風、聲如雷霆、誠積踰而威加敵人、此謂氣勢。硤路津關、大山名塞、龍蛇蟠、卻笠居、羊腸道、魚笱門、一人守隘、而千人弗敢過也、此謂地勢。因其勞倦怠亂、饑渴凍暍、推其摿摿、擠其揭揭、此謂因勢。善用間諜、審錯規慮、設草木伏、隱其形、出於不意、敵人之兵無所適備、此謂知權。陳卒正、前行選、進退俱、什伍搏、前後不相撚、左右不相干、受刃者少、傷敵者衆、此謂事權。

權勢必形,吏卒專精,選良用才,官得其人,計定謀決,明於死生,舉錯得失,莫不振驚,故攻不待沖隆雲梯而城拔,戰不至交兵接刃而敵破,明於必勝之攻也。故兵不必勝,不苟接刃;攻不必取,不為苟發。故勝定而後戰,鈴縣而後動。故眾聚而不虛散,兵出而不徒歸。唯無一動,動則淩天振地。抗泰山,蕩四海,鬼神移徙,鳥獸驚駭。如此,則野無校兵,國無守城矣。靜以合躁,治以待亂,無形而制有形,無為而應變,雖未能得勝於敵,敵不可得勝之道也。敵先我動,則是見其形也;彼躁我靜,則是疲其力也。形見則勝可制也,力疲則威可立也。視其所為,因與之化;觀其邪正,以制其命。餌之以所欲,以疲其足。彼若有間,急填其隙,極其變而束之,盡其節而僕之。敵若反靜,為之出奇,彼不吾應,獨盡其調。若動而應,有見所為,彼持後節,與之推移。彼有所積,必有所虧。精若轉左,陷其右陂。敵潰而走,後必可移。敵迫而不動,名之曰奄遲,擊之如雷霆,斬之若草木,耀之若火電,欲疾以速,人不及步鋗,車不及轉轂,兵如植木,弩如羊角,人雖眾多,勢莫敢格。

權勢必形、吏卒專精、選良用才、官得其人、計定謀決、明於死生、舉錯得失、莫不振驚、故攻不待衝隆雲梯而城拔、戰不至交兵接刃而敵破、明於必勝之攻也。故兵不必勝、不苟接刃。攻不必取、不爲苟發。故勝定而後戰、鈐縣而後動。故衆聚而不虛散、兵出而不徒歸。唯無一動、動則凌天振地。抗泰山、蕩四海、鬼神移徙、鳥獸驚駭。如此、則野無校兵、國無守城矣。以靜合躁、以治待亂、無形而制有形、無爲而應變、雖未能得勝於敵、敵不可得勝之道也。敵先我動、則是見其形也。彼躁我靜、則是罷其力也。形見則勝可制也、力罷則威可立也。視其所爲、因與之化。觀其邪正、以制其命。餌之以所欲、以罷其足。彼若有閒、急填其隙、極其變而束之、盡其節而仆之。敵若反靜、爲之出奇、彼不吾應、獨盡其調。若動而應、有見所爲、彼持後節、與之推移。彼有所積、必有所虧。精若轉左、陷其右陂。敵潰而走、後必可移。敵迫而不動、名之曰奄遲、擊之如雷霆、斬之若草木、耀之若火電、欲疾以遬、人不及步鋗、車不及轉轂、兵如植木、弩如羊角、人雖衆多、勢莫敢格。

諸有象者,莫不可勝也;諸有形者,莫不可應也。是以聖人藏形於無,而遊心於虛。風雨可障蔽,而寒暑不可開閉,以其無形故也。夫能滑淖精微,貫金石,窮至遠,放乎九天之上,蟠乎黃盧之下,唯無形者也。善用兵者,當擊其亂,不攻其治,是不襲堂堂之寇,不擊填填之旗。容未可見,以數相持,彼有死形,因而制之。敵人執數,動則就陰,以虛應實,必為之禽。虎豹不動,不入陷阱;麋鹿不動,不離罝罘;飛鳥不動,不絓網羅;魚鱉不動,不擐蜃喙。物未有不以動而制者也。是故聖人貴靜,靜則能應躁,後則能應先,數則能勝疏,博則能禽缺。故良將之用卒也,同其心,一其力,勇者不得獨進,怯者不得獨退。止如丘山,發如風雨,所淩必破,靡不毀沮,動如一體,莫之應圉。是故傷敵者眾,而手戰者寡矣。夫五指之更彈,不若卷手之一挃;萬人之更進,不如百人之俱至也。今夫虎豹便捷,熊羆多力,然而人食其肉而席其革者,不能通其知而壹其力也。夫水勢勝火,章華之臺燒,以升勺沃而救之,雖涸井而竭池,無奈之何也;舉壺榼盆盎而以灌之,其滅可立而待也。

凡有象者、無不可勝。凡有形者、無不可應。是以聖人藏形於無、而游心於虛。風雨可障蔽、而寒暑不可開閉、以其無形故也。夫能滑淖精微、貫金石、窮至遠、放乎九天之上、蟠乎黃盧之下、唯無形者也。善用兵者、當擊其亂、不攻其治、是不襲堂堂之寇、不擊填填之旗。容未可見、以數相持、彼有死形、因而制之。敵人執數、動則就陰、以虛應實、必爲之禽。虎豹不動、不入陷阱。麋鹿不動、不罹罝罘。飛鳥不動、不絓網羅。魚鱉不動、不擐蜃喙。物未有不以動而制者也。是故聖人貴靜、靜則能應躁、後則能應先、數則能勝疏、博則能禽缺。故良將之用卒也、同其心一其力、勇者不得獨進、怯者不得獨退。止如丘山、發如風雨、所陵必破、靡不毀沮、動如一體、莫之應圉。是故傷敵者衆、而手戰者寡矣。夫五指更彈、不若卷手之一挃。萬人更進、不如百人之俱至也。今夫虎豹便捷、熊羆多力、然而人食其肉而席其革者、不能通其知而壹其力也。夫水勢勝火、章華之臺燒、以升勺沃而救之、雖涸井而竭池、無奈之何也。舉壺榼盆盎而以灌之、其滅可立而待也。

今人之與人,非有水火之勝也,而欲以少耦眾,不能成其功,亦明矣。兵家或言曰:“少可以耦眾。”此言所將,非言所戰也。或將眾而用寡者,勢不齊也;將寡而用眾者,用力諧也。若乃人盡其才,悉用其力,以少勝眾者,自古及今,未嘗聞也。神莫貴於天,勢莫便於地,動莫急於時,用莫利於人。凡此四者,兵之幹植也。然必待道而後行,可一用也。夫地利勝天時,巧舉勝地利,勢勝人。故任天者可迷也,任地者可束也,任人者可迫也,任人者可惑也。夫仁勇信廉,人之美才也,然勇者可誘也,仁者可奪也,信者易欺也,廉者易謀也。將眾者有一見焉,則為人禽矣。由此觀之,則兵以道理制勝,而不以人才之賢,亦自明矣。

今人之與人、非有水火之勝也、而欲以少耦衆、不能成其功、亦明矣。兵家或言曰、「少可以耦衆。」此言所將、非言所戰也。或將衆而用寡者、勢不齊也。將寡而用衆者、用力諧也。若乃人盡其才、悉用其力、以少勝衆者、自古及今、未嘗聞也。神莫貴於天、勢莫便於地、動莫急於時、用莫利於人。凡此四者、兵之幹植也、然必待道而後行、可一用也。夫地利勝天時、巧舉勝地利、勢勝人。故任天者可迷也、任地者可束也、任人者可迫也、任人者可惑也。夫仁勇信廉、人之美才也、然勇者可誘也、仁者可奪也、信者易欺也、廉者易謀也。將衆者有一見焉、則爲人禽矣。由此觀之、則兵以道理制勝、而不以人才之賢、亦自明矣。

是故為麋鹿者,則可以罝罘設也;為魚鱉者,則可以網罟取也;為鴻鵠者,則可以矰繳加也;唯無形者,無可奈也。是故聖人藏於無原,故其情不可得而觀;運於無形,故其陳不可得而經。無法無儀,來而為之宜;無名無狀,變而為之象。深哉睭々,遠哉悠悠,且冬且夏,且春且秋,上窮至高之末,下測至深之底,變化消息,無所凝滯,建心乎窈冥之野,而藏志乎九旋之淵,雖有明目,孰能窺其情!兵之所隱議者,天道也;所圖畫者,地形也;所明言者,人事也;所以決勝者,鈐勢也。故上將之用兵也,上得天道,下得地利,中得人心,乃行之以機,發之以勢,是以無破軍敗兵。及至中將,上不知天道,下不知地利,專用人與勢,雖未必能萬全,勝鈐必多矣。下將之用兵也,博聞而自亂,多知而自疑,居則恐懼,發則猶豫,是以動為人禽矣。

是故爲麋鹿者、則可以罝罘設也。爲魚鱉者、則可以網罟取也。爲鴻鵠者、則可以矰繳加也。唯無形者、無可奈也。是故聖人藏於無原、故其情不可得而觀。運於無形、故其陳不可得而經。無法無儀、來而爲之宜。無名無狀、變而爲之象。深哉睭睭、遠哉悠悠、且冬且夏、且春且秋、上窮至高之末、下測至深之底、變化消息、無所凝滯、建心乎窈冥之野、而藏志乎九旋之淵、雖有明目、孰能窺其情。兵之所隱議者、天道也。所圖畫者、地形也。所明言者、人事也。所以決勝者、鈐勢也。故上將之用兵也、上得天道、下得地利、中得人心、乃行之以機、發之以勢、是以無破軍敗兵。及至中將、上不知天道、下不知地利、專用人與勢、雖未必能萬全、勝鈐必多矣。下將之用兵、博聞而自亂、知多而自疑、居則恐懼、發則猶豫、是以動爲人禽矣。

今使兩人接刃,巧詘不異,而勇士必勝者,何也?其行之誠也。夫以巨斧擊桐薪,不待利時良日而後破之。加巨斧於桐薪之上,而無人力之奉,雖順招搖,挾刑德,而弗能破者,以其無勢也。故水激則悍,矢激則遠。夫栝淇衛箘簵,載以銀錫,雖有薄縞之幨,腐荷之矰,然猶不能獨射也。假之筋角之力,弓弩之勢,則貫兕甲而徑於革盾矣。夫風之疾,至於飛屋折木,虛舉之下大遲,自上高丘,人之有所推也。是故善用兵者,勢如決積水於千仞之堤,若轉員石於萬丈之溪,天下見吾兵之必用也,則孰敢與我戰者!故百人之必死也,賢於萬人之必北也。況以三軍之眾,赴水火而不還踵乎!雖誂合刃於天下,誰敢在於上者!

今使兩人接刃、巧拙不異、而勇士必勝者何也、其行之誠也。夫以巨斧擊桐薪、不待利時良日而後破之。加巨斧於桐薪之上、而無人力之奉、雖順招搖、挾刑德、而弗能破者、以其無勢也。故水激則悍、矢激則遠。夫栝淇衛箘簬、載以銀錫、雖有薄縞之幨、腐荷之矰、然猶不能獨射也。假之筋角之力、弓弩之勢、則貫兕甲而徑於革盾矣。夫風之疾、至於飛屋折木。虛輿之下大遲、自上高丘、人之有所推也。是故善用兵者、勢如決積水於千仞之堤、若轉員石於萬丈之谿、天下見吾兵之必用也、則孰敢與我戰者。故百人之必死也、賢於萬人之必北也。況以三軍之衆、赴水火而不還踵乎。雖誂合刃於天下、誰敢在其上者。

所謂天數者,左青龍,右白虎,前朱雀,後玄武。所謂地利者,後生而前死,左牡而右牝。所謂人事者,慶賞信而刑罰必。動靜時,舉錯疾。此世傳之所以為儀錶者,固也,然而非所以生。儀錶者,因時而變化者也。是故處於堂上之陰,而知日月之次序;見瓶中之冰,而知天下之寒暑。夫物之所以相形者微,唯聖人達其至。故鼓不與於五音,而為五音主;水不與於五味,而為五味調;將軍不與於五官之事,而為五官督。故能調五音者,不與五音者也;能調五味者,不與五味者也;能治五官之事者,不可揆度者也。是故將軍之心,滔滔如春,曠曠如夏,湫漻如秋,典凝如冬,因形而與之化,隨時而與之移。夫景不為曲物直,響不為清音濁。觀彼之所以來,各以其勝應之。是故扶義而動,推理而行,掩節而斷割,因資而成功。使彼知吾所出,而不知吾所入;知吾所舉,而不知吾所集。始如狐狸,彼故輕來;合如兕虎,敵故奔走。夫飛鳥之摯也,俯其首;猛獸之攫也,匿其爪;虎豹不外其爪,而噬不見齒。故用兵之道,示之以柔,而迎之以剛;示之以弱,而乘之以強;為之以歙,而應之以張;將欲西,而示之以東;先忤而後合,前冥而後明。若鬼之無跡,若水之無創。故所向非所之也,所見非所謀也。舉措動靜,莫能識也。若雷之擊,不可為備。所用不復,故勝可百全。與玄明通,莫知其門,是謂至神。

所謂天數者、左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武也。所謂地利者、後生而前死、左牡而右牝也。所謂人事者、慶賞信而刑罰必也。動靜時、舉錯疾。此世傳之所以爲儀表者、固也、然而非所以生也。儀表者、因時而變化者也。是故處於堂上之陰、而知日月之次序。見瓶中之冰、而知天下之寒暑。夫物之所以相形者微、唯聖人達其至。故鼓不與於五音、而爲五音主。水不與於五味、而爲五味調。將軍不與於五官之事、而爲五官督。故能調五音者、不與五音者也。能調五味者、不與五味者也。能治五官之事者、不可揆度者也。是故將軍之心、滔滔如春、曠曠如夏、湫漻如秋、典凝如冬、因形而與之化、隨時而與之移。夫景不爲曲物直、響不爲清音濁。觀彼之所以來、各以其勝應之。是故扶義而動、推理而行、掩節而斷割、因資而成功。使彼知吾所出、而不知吾所入。知吾所舉、而不知吾所集。始如狐狸、彼故輕來。合如兕虎、敵故奔走。夫飛鳥之摯也、俯其首。猛獸之攫也、藏其爪。虎豹不外其爪、而噬不見齒。故用兵之道、示之以柔、而迎之以剛。示之以弱、而乘之以強。爲之以歙、而應之以張。將欲西、而示之以東。先忤而後合、前冥而後明。若鬼之無跡、若水之無創。故所鄉非所之也、所見非所謀也。舉措動靜、莫能識也。若雷之擊、不可爲備。所用不復、故勝可百全。與玄明通、莫知其門、是謂至神。

兵之所以強者,民也;民之所以必死者,義也;義之所以能行者,威也。是故合之以文,齊之以武,是謂必取。威儀並行,是謂至強。夫人之所樂者,生也;而所憎者,死也。然而高城深池,矢石若雨,平原廣澤,白刃交接,而卒爭先合者,彼非輕死而樂傷也,為其賞信而罰明也。是故上視下如子,則下視上如父;上視下如弟,則下視上如兄。上視下如子,則必王四海;下視上如父,則必正天下。上親下如弟,則不難為之死;下視上如兄,則不難為之亡。是故父子兄弟之寇,不可與鬥者,積恩先施也。故四馬不調,造父不能以致遠;弓矢不調,羿不能以必中;君臣乘心,則孫子不能以應敵。是故內修其政,以積其德;外塞其醜,以服其威;察其勞佚,以知其飽饑。故戰日有期,視死若歸。故將必與卒同甘苦,俟饑寒,故其死可得而盡也。故古之善將者,必以其身先之。暑不張蓋,寒不被裘,所以程寒暑也;險隘不乘,上陵必下,所以齊勞佚也;軍食孰然後敢食,軍井通然後敢飲,所以同饑渴也;合戰必立矢射之所及,以共安危也。故良將之用兵也,常以積德擊積怨,以積愛擊積憎,何故而不勝!

兵之所以強者、民也。民之所以必死者、義也。義之所以能行者、威也。是故合之以文、齊之以武、是謂必取。威儀竝行、是謂至強。夫人之所樂者生也、而所憎者死也。然而高城深池、矢石若雨、平原廣澤、白刃交接、而卒爭先合者、彼非輕死而樂傷也、爲其賞信而罰明也。是故上視下如子、則下視上如父。上視下如弟、則下視上如兄。上視下如子、則必王四海。下視上如父、則必正天下。上親下如弟、則不難爲之死。下視上如兄、則不難爲之亡。是故父子兄弟之寇、不可與鬥者、積恩先施也。故四馬不調、造父不能以致遠。弓矢不調、羿不能以必中。君臣乘心、則孫子不能以應敵。是故內修其政、以積其德。外塞其醜、以服其威。察其勞佚、以知其飽飢。故戰日有期、視死若歸。故將必與卒同甘苦、俟飢寒、故其死可得而盡也。古之善將者、必以其身先之。暑不張蓋、寒不被裘、所以度寒暑也。險隘不乘、上陵必下、所以齊勞佚也。軍食熟然後敢食、軍井通然後敢飲、所以同飢渴也。合戰必立矢射之所及、以共安危也。故良將之用兵也、常以積德擊積怨、以積愛擊積憎、何故而不勝。

主之所求於民者二:求民為之勞也,欲民為之死也。民之所望於主者三:饑者能食之,勞者能息之,有功者能德之。民以償其二積,而上失其三望,國雖大,人雖眾,兵猶且弱也。若苦者必得其樂,勞者必得其利,斬首之功必全,死事之後必賞,四者既信於民矣,主雖射雲中之鳥,而釣深淵之魚,彈琴瑟,聲鍾竽,敦六博,投高壺,兵猶且強,令猶且行也。是故上足仰,則下可用也;德足慕,則威可立也。

主之所求於民者二、求民爲之勞也、欲民爲之死也。民之所望於主者三、飢者能食之、勞者能息之、有功者能德之。民以償其二積、而上失其三望、國雖大、人雖衆、兵猶且弱也。若苦者必得其樂、勞者必得其利、斬首之功必全、死事之後必賞、四者旣信於民矣、主雖射雲中之鳥、而釣深淵之魚、彈琴瑟、擊鐘竽、敦六博、投高壺、兵猶且強、令猶且行也。是故上足仰則下可用也、德足慕則威可立也。

將者必有三隧、四義、五行、十守。所謂三隧者,上知天道,下習地形,中察人情。所謂四義者,便國不負兵,為主不顧身,見難不畏死,決疑不闢罪。所謂五行者,柔而不可卷也,剛而不可折也,仁而不可犯也,信而不可欺也,勇而不可淩也。所謂十守者,神清而不可濁也,謀遠而不可慕也,操固而不可遷也,知明而不可蔽也,不貪於貨,不淫於物,不嚂於辯,不推於方,不可喜也,不可怒也。是謂至於,窈窈冥冥,孰知其情!發必中銓,言必合數,動必順時,解必中揍。通動靜之機,明開塞之節,審舉措之利害,若合符節。疾如彍弩,勢如發矢。一龍一蛇,動無常體,莫見其所中,莫知其所窮。攻則不可守,守則不可攻。

將者必有三隧、四義、五行、十守。所謂三隧者、上知天道、下習地形、中察人情。所謂四義者、便國不負兵、爲主不顧身、見難不畏死、決疑不辟罪。所謂五行者、柔而不可卷也、剛而不可折也、仁而不可犯也、信而不可欺也、勇而不可陵也。所謂十守者、神清而不可濁也、謀遠而不可慕也、操固而不可遷也、知明而不可蔽也、不貪於貨、不淫於物、不嚂於辯、不推於方、不可喜也、不可怒也。是謂至於、窈窈冥冥、孰知其情。發必中銓、言必合數、動必順時、解必中揍。通動靜之機、明開塞之節、審舉措之利害、若合符節。疾如彍弩、勢如發矢。一龍一蛇、動無常體、莫見其所中、莫知其所窮。攻則不可守、守則不可攻。

蓋聞善用兵者,必先修諸己,而後求諸人;先為不可勝,而後求勝;修己於人,求勝於敵。己未能治也,而攻人之亂,是猶以火救火,以水應水也。何所能制!今使陶人化而為埴,則不能成盆盎;工女化而為絲,則不能織文錦。同莫足以相治也,故以異為奇。兩爵相與鬥,未有死者也;鸇鷹至,則為之解,以其異類也。故靜為躁奇,治為亂奇,飽為饑奇,佚為勞奇。奇正之相應,若水火金木之代為雌雄也。善用兵者持五殺以應,故能全其勝;拙者處五死以貪,故動而為人禽。兵貴謀之不測也,形之隱匿也。出於不意,不可以設備也。謀見則窮,形見則制。

聞善用兵者、必先修諸己、而後求諸人。先爲不可勝、而後求勝。修己於人、求勝於敵。己未能治也、而攻人之亂、是猶以火救火、以水應水也、何所能制。今使陶人化而爲埴、則不能成盆盎。工女化而爲絲、則不能織文錦。同莫足以相治也、故以異爲奇。兩爵相與鬥、未有死者也。鸇鷹至、則爲之解、以其異類也。故靜爲躁奇、治爲亂奇、飽爲飢奇、佚爲勞奇。奇正之相應、若水火金木之代爲雌雄也。善用兵者持五殺以應、故能全其勝。拙者處五死以貪、故動而爲人擒。兵貴謀之不測也、形之隱匿也。出於不意、不可以設備也。謀見則窮、形見則制。

故善用兵者,上隱之天,下隱之地,中隱之人。隱之天者,無不制也。何謂隱之天?大寒甚暑,疾風暴雨,大霧冥晦,因此而為變者也。何謂隱之地?山陵丘阜,林叢險阻,可以伏匿而不見形者也。何謂隱之人?蔽之於前,望之於後,出奇行陳之間,發如雷霆,疾如風雨,扌搴巨旗,止鳴鼓,而出入無形,莫知其端緒者也。故前後正齊,四方如繩,出入解續,不相越淩,翼輕邊利,或前或後,離合散聚,不失行伍,此善修行陳者也。明於奇正賌、該陰陽、刑德、五行、望氣、候星、龜策、禨祥,此善為天道者也。設規慮,施蔚伏,見用水火,出珍怪,鼓譟軍,所以營其耳也。曳梢肆柴,揚塵起堨,所以營其目者,此善為詐佯者也。錞鉞牢重,固植而難恐,勢利而不能誘,死亡不能動,此善為充榦者也。剽疾輕悍,勇敢輕敵,疾若滅沒,此善用輕出奇者也。相地形,處次舍,治壁壘,審煙斥,居高陵,捨出處,此善為地形者也。因其饑渴凍暍,勞倦怠亂,恐懼窘步,乘之以選卒,擊之以宵夜,此善因時應變者也。易則用車,險則用騎,涉水多弓,隘則用弩,晝則多旌,夜則多火,晦冥多鼓,此善為設施者也。凡此八者,不可一無也,然而非兵之貴者也。

故善用兵者、上隱之天、下隱之地、中隱之人。隱之天者、無不制也。何謂隱之天。大寒甚暑、疾風暴雨、大霧冥晦、因此而爲變者也。何謂隱之地。山陵丘阜、林叢險阻、可以伏匿而不見形。何謂隱之人。蔽之於前、望之於後、出奇行陳之閒、發如雷霆、疾如風雨、搴巨旗、止鳴鼓、出入無形、莫知其端緒者也。故前後正齊、四方如繩、出入解續、不相越淩、翼輕邊利、或前或後、離合散聚、不失行伍、此善修行陳者也。明於奇正賅、陰陽、刑德、五行、望氣、候星、龜策、禨祥、此善爲天道者也。設規慮、施蔚伏、見用水火、出珍怪、鼓諠軍中、所以營其耳也。曳梢肆柴、揚塵起堨、所以營其目者、此善爲詐佯者也。錞鉞牢重、固植而難恐、勢利不能誘、死亡不能動、此善爲充榦者也。剽疾輕悍、勇敢輕敵、疾若滅沒、此善用輕出奇者也。相地形、處次舍、治壁壘、審煙斥、居高陵、舍出處、此善爲地形者也。因其饑渴凍暍、勞倦怠亂、恐懼窘步、乘之以選卒、擊之以宵夜、此善因時應變者也。易則用車、險則用騎、涉水多弓、隘則用弩、晝多旌、夜多火、晦冥多鼓、此善爲設施者也。凡此八者、不可無一也、然而非兵之貴者也。

夫將者,必獨見獨知。獨見者,見人所不見也;獨知者,知人所不知也。見人所不見,謂之明;知人所不知,謂之神。神明者,先勝者也。先勝者,守不可攻,戰不可勝,攻不可守,虛實是也。上下有隙,將吏不相得,所持不直,卒心積不服,所謂虛也。主明將良,上下同心,氣意俱起,所謂實也。若以水投火,所當者陷,所薄者移,牢柔不相通而勝相奇者,虛實之謂也。故善戰者不在少,善守者不在小,勝在得威,敗在失氣。夫實則鬥,虛則走,盛則強,衰則北。吳王夫差地方二千里,帶甲七十萬,南與越戰,棲之會稽,北與齊戰,破之艾陵,西遇晉公,禽之黃池,此用民氣之實也。其後驕溢縱欲,拒諫喜諛,憢悍遂過,不可正喻,大臣怨懟,百姓不附,越王選卒三千人,禽之幹隧,因制其虛也。夫氣之有虛實也,若明之必晦也。故勝兵者非常實也,敗兵者非常虛也。善者能實其民氣,以待人之虛也;不能者虛其民氣,以待人之實也。故虛實之氣,兵之貴者也。

夫將者、必獨見獨知。獨見者、見人所不見也。獨知者、知人所不知也。見人所不見、謂之明。知人所不知、謂之神。神明者、先勝者也。先勝者、守不可攻、戰不可勝、攻不可守、虛實是也。上下有隙、將吏不相得、所持不直、卒心積不服、所謂虛也。主明將良、上下同心、氣意俱起、所謂實也。若以水投火、所當者陷、所薄者移、牢柔不相通、而勝相奇者、虛實之謂也。故善戰者不在少、善守者不在小、勝在得威、敗在失氣。夫實則鬥、虛則走、盛則強、衰則北。吳王夫差地方二千里、帶甲七十萬、南與越戰、棲之會稽。北與齊戰、破之艾陵。西遇晉公、擒之黃池。此用民氣之實也。其後驕溢縱欲、拒諫喜諛、憢悍遂過、不可正喻、大臣怨懟、百姓不附、越王選卒三千人、擒之干隧、因制其虛也。夫氣之有虛實也、若明之必晦也。故勝兵者非常實也、敗兵者非常虛也。善者能實其民氣、以待人之虛也。不能者虛其民氣、以待人之實也。故虛實之氣、兵之貴者也。

凡國有難,君自宮召將,詔之曰:“社稷之命在將軍,即今國有難,願請子將而應之。”將軍受命,乃令祝史太卜齋宿三日,之太廟,鑽靈龜,卜吉日,以受鼓旗。君入設廟門,西面而立,將入廟門,趨至堂下,北面而立。主親操鉞,持頭,授將軍其柄,曰:“從此上至天者,將軍制之。”複操斧,持頭,授將軍其柄,曰:“從此下至淵者,將軍制之。”將已受斧鉞,答曰:“國不可從外治也,軍不可從中禦也。二心不可以事君,疑志不可以應敵。臣既以受制於前矣,鼓旗斧鉞之威,臣無還請。願君亦以垂一言之命於臣也。君若不許,臣不敢將。君若許之,臣辭而行。”乃爪鬋,設明衣也,鑿兇門而出。乘將軍車,載旌旗斧鉞,累若不勝。其臨敵決戰,不顧必死,無有二心。是故無天於上,無地於下,無敵於前,無主於後,進不求名,退不避罪,唯民是保,利合於主,國之實也,上將之道也。如此,則智者為之慮,勇者為之鬥,氣厲青云,疾如馳騖。是故兵未交接而敵人恐懼,若戰勝敵奔,畢受功賞,吏遷官,益爵祿,割地而為調,決於封外,卒論斷於軍中。顧反於國,放旗以入斧鉞,報畢於君,曰:“軍無後治。”乃縞素闢舍,請罪於君。君曰:“赦之。”退,齋服。大勝三年反舍,中勝二年,下勝期年。兵之所加者,必無道國也,故能戰勝而不報,取地而不反。民不疾疫,將不夭死,五穀豐昌,風雨時節,戰勝於外,福生於內,是故名必成而後無餘害矣。

凡國有難、君自宮召將、詔之曰、「社稷之命在將軍、即今國有難、願請子將而應之。」將軍受命、乃令祝史太卜齋宿三日、之太廟、鑽靈龜、卜吉日、以受鼓旗。君入設廟門、西面而立。將入廟門、趨至堂下、北面而立。主親操鉞、持頭、授將軍其柄曰、「從此上至天者、將軍制之。」復操斧、持頭、授將軍其柄曰、「從此下至淵者、將軍制之。」將已受斧鉞、答曰、「國不可從外治也、軍不可從中御也。二心不可以事君、疑志不可以應敵。臣旣以受制於前矣、鼓旗斧鉞之威、臣無還請。願君亦以垂一言之命於臣也。君若不許、臣不敢將。君若許之、臣辭而行。」乃爪鬋、設明衣也、鑿凶門而出。乘將軍車、載旌旗斧鉞、累若不勝。其臨敵決戰、不顧必死、無有二心。是故無天於上、無地於下、無敵於前、無主於後、進不求名、退不避罪、唯民是保、利合於主、國之實也、上將之道也。如此、則智者爲之慮、勇者爲之鬥、氣厲青雲、疾如馳騖。是故兵未交接而敵人恐懼、若戰勝敵奔、畢受功賞、吏遷官、益爵祿、割地而爲調、決於封外、卒論斷於軍中。顧反於國、放旗以入斧鉞、報畢於君曰、「軍無後治。」乃縞素辟舍、請罪於君。君曰、「赦之。」退、齋服。大勝三年反舍、中勝二年、下勝期年。兵之所加者、必無道國也、故能戰勝而不報、取地而不反。民不疾疫、將不夭死、五穀豊昌、風雨時節、戰勝於外、福生於內、是故名必成而後無餘害矣。

説山訓

卷十六說山訓

巻十六 説山訓

魄問於魂曰:「道何以為體?」曰:「以無有為體。」魄曰:「無有有形乎?」魂曰:「無有。」「何得而聞也?」魂曰:「吾直有所遇之耳!視之無形,聽之無聲,謂之幽冥。幽冥者,所以喻道,而非道也。」魄曰:「吾聞得之矣!乃內視而自反也。」魂曰:「凡得道者,形不可得而見,名不可得而揚。今汝已有形名矣,何道之所能乎!」魄曰:「言者,獨何為者?」「吾將反吾宗矣。」魄反顧,魂忽然不見,反而自存,亦以淪於無形矣。人不小學,不大迷;不小慧,不大愚。人莫鑑於沫雨,而鑑於澄水者,以其休止不蕩也。詹公之釣,千歲之鯉不能避;曾子攀柩車,引輴者為之止也;老母行歌而動申喜,精之至也。瓠巴鼓瑟,而淫魚出聽;伯牙鼓琴,駟馬仰秣;介子歌龍蛇,而文君垂泣。故玉在山而草木潤,淵生珠而岸不枯。螾無筋骨之強,爪牙之利,上食晞堁,下飲黃泉,用心一也。清之為明,杯水見眸子;濁之為闇,河水不見太山。視日者眩,聽雷者聾,人無為則治,有為則傷。無為而治者,載無也。為者,不能有也;不能無為者,不能有為也。人無言而神,有言者則傷。無言而神者載無,有言則傷其神。之神者,鼻之所以息,耳之所以聽,終以其無用者為用矣。物莫不因其所有而用其所無,以為不信,視籟與竽。念慮者不得臥,止念慮,則有為其所止矣。兩者俱忘,則至德純矣。聖人終身言治,所用者非其言也,用所以言也。歌者有詩,然使人善之者,非其詩也。鸚鵡能言,而不可使長。是何則?得其所言,而不得其所以言。故循跡者,非能生跡者也。神蛇能斷而復續,而不能使人勿斷也。神龜能見夢元王,而不能自出漁者之籠。四方皆道之門戶牖嚮也,在所從闚之。故釣可以教騎,騎可以教御,御可以教刺舟。越人學遠射,參天而發,適在五步之內,不易儀也。

魄(はく・形体に宿る陰の精気)が魂(こん・陽の精気)に尋ねて言った。「道は何をもって体とするのか。」魂が言った。「無有(むう・無そのもの)をもって体とする。」魄が言った。「無有に形はあるのか。」魂が言った。「ない。」「ではどうしてそれを聞き知ることができよう。」魂が言った。「私はただそれに触れただけだ。見ても形はなく、聞いても声もない、これを幽冥(暗くかすかな有様)という。幽冥は道を喩えるための言葉であって、道そのものではない。」魄が言った。「私はすでに得たと聞いた。内に向かって見て、自らを返し観るのだ。」魂が言った。「およそ道を得た者は、形は見えず、名は顕れない。いまお前はすでに形と名を持っているのに、どうして道があろうか。」魄が言った。「では語る者は、何のために語るのか。」魂が言った。「私はわが宗(もと)に帰るのだ。」魄が振り返って見ると、魂は忽然として見えず、帰って自らを省みると、これも無形のうちに沈んでしまった。人に小さな学びがなければ大きな迷いはなく、小さな慧がなければ大きな愚もない。泡立つ雨水に姿を映す者はいないが、澄んだ水には映す。それが静止して揺れないからである。詹公(しょうこう・釣りの名人)が釣りをすれば千歳の鯉も逃れられず、曾子が柩車にすがれば輴(てん・棺車)を引く者もそのために足を止め、老母が歩き歌いして申喜を感動させたのは、精誠が極まったからである。瓠巴が瑟を弾けば游魚が出て聴き、伯牙が琴を弾けば輓馬が仰いで芻を食み、介子推が龍蛇の歌を歌えば文君(晋の文公)が涙を落とした。だから玉が山にあれば草木は潤い、淵に珠があれば岸は枯れない。蚯蚓は筋骨の強さも爪牙の鋭さもないのに、上は乾いた土を食らい、下は黄泉の水を飲む。心を一つにしているからである。澄んで明らかなら一杯の水でも瞳が見え、濁って暗ければ河水をもってしても泰山は見えない。太陽を見る者は目が眩み、雷を聴く者は耳が聾する。人は無為なれば治まり、有為なれば傷つく。無為にして治まる者は、無を載せて行うのである。作為する者は保つことができず、無為でない者も有為ではいられない。人は言葉がなければ神となり、言葉があれば傷つく。無言にして神なる者は無を載せ、言葉ある者はその神を傷つける。この神は、鼻はこれをもって呼吸し、耳はこれをもって聴くが、ついにはあの用なきものをもって用とするのである。物で、その有する所に凭れて、有さない所を用いないものはない。信じなければ籟(らい)と竽(う)を見よ。念慮する者は眠ることができず、念慮を止めれば、またその止めた所の作為がある。両者とも忘れれば、至徳は純一となる。聖人は終身治理を説くが、その用いる所はその言葉ではなく、言葉を言わせるその所以である。歌う者には詩があるが、人をして善しと感じさせるのはその詩ではない。鸚鵡は言葉を話せるが、それによって言葉を長く続けさせることはできない。なぜか。言われた言葉は得ても、言葉を言うその所以を得ないからである。だから足跡に従って歩く者は、足跡を生む者ではない。神蛇は断たれても再びつなぐことができるが、人にそれを断たせないことはできない。神亀は元王(宋の元王)に夢を託すことができるが、自ら漁者の籠から逃れることはできない。四方は皆道の門戸・窓であって、どの方から窺うかによる。だから釣りは騎乗を教え、騎乗は車の操りを教え、車の操りは船こぎを教えることができる。越人が遠射を学んで天に向かって射れば、矢は五步の内に落ちる。儀法(射の型)を改めないからである。

世已變矣,而守其故,譬猶越人之射也。月望,日奪其光,陰不可以乘陽也。日出星不見,不能與之爭光也。故末不可以強於本,指不可以大於臂。下輕上重,其覆必易。一淵不兩鮫。水定則清正,動則失平。故惟不動,則所以無不動也。江、河所以能長百穀者,能下之也。夫惟能下之,是以能上之。天下莫相憎於膠漆,而莫相愛於冰炭。膠漆相賊,冰炭相息也。牆之壞,愈其立也,冰之泮,愈其凝也,以其反宗。泰山之容,巍巍然高,去之千里,不見埵堁,遠之故也。秋豪之末,淪於不測。是故小不可以為內者,大不可以為外矣。蘭生幽谷,不為莫服而不芳。舟在江海,不為莫乘而不浮。君子行義,不為莫知而止休。夫玉潤澤而有光,其聲舒揚,渙乎其有似也。無內無外,不匿瑕穢,近之而濡,望之而隧。夫照鏡見眸子,微察秋豪,明照晦冥。故和氏之璧,隨侯之珠,出於山淵之精,君子服之,順祥以安寧,侯王寶之,為天下正。陳成子恆之劫子淵捷也,子罕之辭其所不欲而得其所欲,孔子之見黏蟬者,白公勝之倒杖策也,衛姬之請罪於桓公,子見子夏曰「何肥也」,魏文侯見之反被裘而負芻也,兒說之為宋王解閉結也,此皆微眇可以觀論者。人有嫁其子而教之曰:「爾行矣,慎無為善!」曰:「不為善,將為不善邪?」應之曰:「善且由弗為,況不善乎!」此全其天器者。拘囹圄者以日為脩,當死市者以日為短。日之脩短有度也,有所在而短,有所在而脩也,則中不平也。故以不平為平者,其平不平也。嫁女於病消者,夫死則後難復處也。故沮舍之下不可以坐,倚牆之傍不可以立。執獄牢者無病,罪當死者肥澤,刑者多壽,心無累也。良醫者,常治無病之病,故無病。聖人者,常治無患之患,故無患也。夫至巧不用劍,善閉者不用關楗。淳于髡之告失火者,此其類。以清入濁必困辱,以濁入清必覆傾。

世がすでに変わったのに旧法を守るのは、越人の射法のようなものだ。月がちょうど円いとき、太陽はその光を奪う。陰は陽の上に圧することができない。太陽が出れば星は見えなくなり、それと光を争うことはできない。だから末は本より強くなれず、指は臂(ひじ・腕)より大きくなれない。下が軽く上が重ければ、転覆は必ず容易い。一つの深淵に二匹の鲛(蛟龍)は容れられない。水は定まれば清く正しく、動けば平を失う。だから動かぬものだけが、すべての動かぬものの依拠となる。江・河が百谷の長たりうるのは、それらの下に処ることができるからである。下に処ることができるからこそ、上に処ることができるのだ。天下に膠漆ほど互いに憎み合うものはなく、氷炭ほど互いに愛し合うものもない。膠漆は互いに賊害し、氷炭は互いに休ませ合う。壁は壊れた方が立っているよりもよく、氷は解けた方が凝っているよりもよい。本宗(もと)に帰ったからである。泰山の姿は巍巍として高いが、千里離れれば一つまみの土塊も見えない。遠いからである。秋毫の末は、測り知れないところまで沈む。だから小はさらに内をなすことができず、大はさらに外をなすことができない。蘭は幽谷に生え、佩ぶ人がいなくても香らないわけではない。船は江海にあり、乗る人がいなくても浮ばないわけではない。君子が義を行うのも、知る人がいなくても止まらない。玉は潤沢で光があり、声は舒揚し、涣然として何かに象るところがある。内もなく外もなく、瑕穢を蔵さず、近づけば濡れるようで、望めば深く幽遠である。鏡に映れば瞳が見え、微しく秋毫を察し、光明は晦冥にまで及ぶ。だから和氏の璧・随侯の珠は、山淵の精から出たもので、君子が佩びれば順祥にして安寧となり、侯王が宝愛すれば天下の正となる。陳成子恒が子淵捷を脅迫したこと、子罕が欲しがらないものを辞退してかえって欲しいものを得たこと、孔子が蝉を粘り取る者を見たこと、白公勝が馬鞭を倒して拄いたこと、衛姫が桓公に罪を請うたこと、孔子が子夏に会って「どうして太ったか」と言ったこと、魏文侯が皮衣を裏返しに着て芻を背負う者を見たこと、兒説が宋王のために死に結びを解いたこと、これらは皆微眇でありながら観察し論ずることができる。ある人が娘を嫁がせるとき教えて言った。「行きなさい、くれぐれも善い事をしてはいけない。」娘が言った。「善を為さなければ、不善を為せというのですか。」答えて言った。「善ですら為さないのだから、まして不善を為すものか。」これはその天与の器を全うする者である。牢獄に入れられた者は日が長いと感じ、棄市に処された者は日が短いと感じる。日の長短には度数があるが、処する所があれば短く、処する所があれば長い。心の中が平らでないからである。だから平らでないものをもって平らとする者の平は、平らではない。娘を消渇の病(糖尿病)の者に嫁がせれば、夫が死んだ後は処しにくい。だから倒れそうな屋の下に坐ってはならず、傾いた壁の傍に立ってはならない。牢獄を司る者は病がなく、罪が死に当たる者は肥えて沢があり、刑を受けた者は多く長寿である。心に累がないからである。良い医者は常にまだ病にならない病を治すので、病がない。聖人は常にまだ患とならない患を治すので、患がない。まことに巧みな者は剣を用いず、よく閉ざす者は門關を用いない。淳于髡が人に失火を予め告げたのは、この類である。清をもって濁に入れば必ず困辱し、濁をもって清に入れば必ず覆傾する。

君子之於善也,猶採薪者見一芥掇之,見青蔥則拔之。天二氣則成虹,地二氣則洩藏,人二氣則成病。陰陽不能且冬且夏;月不知晝,日不知夜。善射者發不失的,善於射矣,而不善所射。善釣者無所失,善於釣矣,而不善所釣。故有所善,則不善矣。鐘之與磬也,近之則鐘音充,遠之則磬音章,物固有近不若遠,遠不若近者。今曰稻生於水,而不能生於湍瀨之流;紫芝生於山,而不能生於盤石之上;慈石能引鐵,及其於銅,則不行也。水廣者魚大,山高者木脩。廣其地而薄其德,譬猶陶人為器也,揲挻其土而不益厚,破乃愈疾。聖人不先風吹,不先雷毀,不得已而動,故無累。月盛衰於上,則蠃蛖應於下,同氣相動,不可以為遠。執彈而招鳥,揮梲而呼狗,欲致之,顧反走。故魚不可以無餌釣也,獸不可以虛氣召也。剝牛皮,鞟以為鼓,正三軍之眾,然為牛計者,不若服於軛也。狐白之裘,天子被之而坐廟堂,然為狐計者,不若走於澤。亡羊而得牛,則莫不利失也;斷指而免頭,則莫不利為也。故人之情,於利之中則爭取大焉,於害之中則爭取小焉。將軍不敢騎白馬,亡者不敢夜揭炬,保者不敢畜噬狗。雞知將旦,鶴知夜半,而不免於鼎俎。山有猛獸,林木為之不斬;園有螫蟲,藜藿為之不採。為儒而踞裡閭,為墨而朝吹竽,欲滅跡而走雪中,拯溺者而欲無濡,是非所行而行所非。今夫闇飲者,非嘗不遺飲也,使之自以平,則雖愚無失矣。是故不同於和而可以成事者,天下無之矣。求美則不得美,不求美則美矣;求醜則不得醜,求不醜則有醜矣;不求美又不求醜,則無美無醜矣,是謂玄同。申徒狄負石自沉於淵,而溺者不可以為抗;弦高誕而存鄭,誕者不可以為常。事有一應,而不可循行。人有多言者,猶百舌之聲。人有少言者,猶不脂之戶也。六畜生多耳目者不詳,讖書著之。

君子が善に対するさまは、薪を採る者が一本の草を見れば摘み取り、青葱を見れば抜くようなものだ。天に二気があれば虹となり、地に二気があれば蔵する所が漏れ、人に二気があれば病となる。陰陽は冬と夏を兼ねることはできない。月は白昼を知らず、太陽は夜を知らない。よく射る者は矢を放って的を外さないが、これは射に巧いのであって、射るそのものに巧いわけではない。よく釣る者は失うことがないが、これは釣りに巧いのであって、釣るそのものに巧いわけではない。だから善い所があれば、善くない所もある。鐘と磬は、近づけば鐘の音が満ち、離れれば磬の音が明らかになる。物にはもともと近くても遠に及ばず、遠くても近に及ばないことがある。いま稲は水の中に生えると言うが、湍急な流れには生えられない。紫芝は山に生えるが、盤石の上には生えられない。磁石は鉄を引くが、銅に至れば及ばない。水が広ければ魚は大きく、山が高ければ木は長くなる。地を広げて徳を薄くするのは、陶人が器を作るのにその土を揉み捏ねて厚さを増さなければ、破れるのが速いようなものだ。聖人は風に先んじて吹き、雷に先んじて毀ることはせず、已むを得ずして動くので、累がない。月は上で盛衰し、螺蚌は下で応える。同気が互いに打ち動かすので、遠いからといって数外にしてはならない。弾弓を持って鳥を呼び、棒を振って狗を呼ぶのは、招こうとしてかえって逃げ去るようなものだ。だから魚は餌なくして釣ることはできず、獣は空しく呼んで来ない。牛皮を剥いで鼓に張れば三軍の衆を斉えることができるが、牛のために計れば、轅軛の下に在り続けるに如かない。狐白の裘は天子が着て廟堂に坐するが、狐のために計れば、草沢に走っているに如かない。羊を失って牛を得れば、失を利としない者はいない。指を断ちて頭を保てば、そうすることを利としない者はいない。だから人の情は、利にあれば争って大を取り、害にあれば争って小を取る。将軍は白馬に騎ることを敢えてせず、逃亡する者は夜に火を挙げることを敢えてせず、護衛する者は人を噛む狗を飼うことを敢えてしない。鶏は天が明けようとすることを知り、鶴は夜半を知るが、鼎俎に入ることを免れない。山に猛獣があれば、林木はそのために伐られない。園に螫虫があれば、藜藿はそのために採られない。儒を為そうとして里巷の門に蹲り、墨を為そうとして朝に竽を吹き、跡を滅ぼそうとして雪の中に走り、溺れる者を救おうとして濡れないことを欲するのは、為すべからざる所を為し、反対する所を為すものだ。いま暗がりで酒を飲む者は、こぼさなかったことがないわけではないが、自ら平らに保てば、愚かな者も失わない。だから和を同じくせずして事を成しうる者は、天下にない。美を求めれば美を得られず、美を求めなければ美となる。醜を求めれば醜を得られず、醜でないことを求めれば醜がある。美を求めず醜も求めなければ、美もなく醜もない。これを玄同という。申徒狄は石を負って自ら淵に沈んだが、溺れる者は彼を高亢な手本とすることはできない。弦高は虚偽を言って鄭を全うしたが、虚偽を言う者は彼を常法とすることはできない。事には偶々一回応じることがあっても、常に照らして行うことはできない。人に言葉の多い者は、百舌(もず)の鳴き声のようだ。人に言葉の少ない者は、油をささない門のようだ。六畜が余分な耳や目を生ずるのは不祥であり、讖書に書かれている。

百人抗浮,不若一人挈而趨。物固有眾而不若少者,引車者二六而後之。事固有相待而成者,兩人俱溺,不能相拯,一人處陸則可矣。故同不可相治,必待異而後成。千年之松,下有茯苓,上有兔絲;上有叢蓍,下有伏龜;聖人從外知內,以見知隱也。喜武非俠也,喜文非儒也,好方非醫也,好馬非騶也,知音非瞽也,知味非庖也,此有一概而未得主名也。被甲者,非為十步之內也,百步之外則爭深淺,深則達五藏,淺則至膚而止矣。死生相去,不可為道里。楚王亡其猿,而林木為之殘;宋君亡其珠,池中魚為之殫;故澤失火而林憂。上求材,臣殘木;上求魚,臣乾谷。上求楫,而下致船;上言若絲,下言若綸。上有一善,下有二譽;上有三衰,下有九殺。大夫種知所以強越,而不知所以存身;萇弘知周之所存,而不知身所以亡;知遠而不知近。畏馬之闢也不敢騎,懼車之覆也不敢乘,是以虛禍距公利也。不孝弟者或詈父母,生子者所不能任其必孝也,然猶養而長之。范氏之敗,有竊其鐘,負而走者,鎗然有聲,懼人聞之,遽掩其耳。憎人聞之,可也;自掩其耳,悖矣。升之不能大於石也,升在石之中;夜之不能修其歲也,夜在歲之中;仁義之不能大於道德也,仁義在道德之包。先針而後縷,可以成帷;先縷而後針,不可以成衣。針成幕,虆成城。事之成敗,必由小生,言有漸也。染者先青而後黑則可,先黑而後青則不可。工人下漆而上丹則可,下丹而上漆則不可。萬事由此,所先後上下,不可不審。水濁而魚噞,形勞則神亂。故國有賢君,折沖萬裡。因媒而嫁,而不因媒而成;因人而交,不因人而親。行合趨同,千里相從;行不合趨不同,對門不通。海水雖大,不受胔芥。日月不應非其氣,君子不容非其類也。人不愛倕之手,而愛己之指;不愛江、漢之珠,而愛己之鉤。以束薪為鬼,以火煙為氣。

百人が瓢を掲げて水に浮かぶより、一人が提げて疾く往くに如かない。物にはもともと人多きがかえって人少なきに及ばないことがあり、車を挽くのに十二人を要してなお後に落ちることがある。事にはもともと互いに待ちあって成るものがあり、二人とも溺れれば互いに救えず、一人が岸にいればできる。だから同じものは互いに治められず、必ず異なるものを待って後に成る。千年の松は下に茯苓があり、上に兎絲がある。上に叢蓍があれば、下に伏せる亀がある。聖人は外から内を知り、見える所から隠れた所を知る。武を好む者は必ずしも俠ではなく、文を好む者は必ずしも儒ではなく、方術を好む者は必ずしも医ではなく、馬を好む者は必ずしも馬官ではなく、音を知る者は必ずしも盲の楽師ではなく、味を知る者は必ずしも庖人ではない。これは一つの梗概があるだけで、主名を得ていないのである。甲を被く者は十步の内のためではなく、百步の外で深浅を争う。深ければ五臓に達し、浅ければ皮肤に止まる。死と生の相距ることは、道路の里数をもって量ることはできない。楚王が猿を失えば林木はそのために伐り残され、宋君が珠を失えば池の魚はそのために獲り尽くされる。だから草沢に火が出れば樹林は憂える。上が材を求めれば臣下は樹木を残害し、上が魚を求めれば臣下は谿谷を涸らす。上が船櫂を求めれば下は全船を送り届ける。上の言は糸のようで、下の言は粗縄のようだ。上に一分の善があれば下に二分の称誉があり、上に三分の減損があれば下に九分の削減がある。大夫種は越を強盛にする術を知ったが、身を全うする術を知らなかった。萇弘は周の存する所以を知ったが、身の亡ぶ所以を知らなかった。遠を知って近を知らなかったのだ。馬の驚くことを怕れて騎らず、車の覆ることを怕れて乗らないのは、虚禍をもって公利を遮るものだ。孝悌でない者でもあるいは父母を罵ることがあり、子を生む者は必ず孝となると保証できないが、それでも養って大きくする。范氏が敗れると、ある者がその鐘を盗んで背負って走ったが、鐘が鎗鎗と音を立てるので、人に聞かれるのを怕れて急いで自らの耳を塞いだ。他人に聞かれることを憎むのはよいが、自ら耳を塞ぐのは悖(もと)れである。升は石より大きくなれず、升は石の中にある。夜は歳より長くなれず、夜は歳の中にある。仁義は道徳より大きくなれず、仁義は道徳の中に包まれている。先に針を用い後に糸を用いれば帷を為すことができるが、先に糸を用い後に針を用いれば衣を為すことはできない。針は幕を成すことができ、土筐は城を成すことができる。事の成敗は必ず小さき時より生ずる。漸進あるということだ。染める者は先に青にして後に黒にすればよいが、先に黒にして後に青にすることはできない。工人は先に漆して後に丹にすればよいが、先に丹にして後に漆することはできない。万事これに由る。先後上下は、審かにせざるべからない。水が濁れば魚は口を出して喘ぎ、形が労すれば神は乱れる。だから国に賢君があれば、万里の外で敵の衝突を折ることができる。媒人を介して嫁ぐが、媒人を介して親を成すのではない。他人を介して交わるが、他人を介して親しくなるのではない。行いが合い趨向が同じならば千里も相従い、行いが合わず趨向が異なれば対門も通じない。海水は大きいが腐肉草芥を受け入れない。日月はその気でないものに応えず、君子はその類でないものを容れない。人は倕の手を愛さないで自らの指を愛し、江・漢の珠を愛さないで自らの帶鉤を愛する。一束の柴を鬼と見、火烟を気と見るのである。

以束薪為鬼,朅而走;以火煙為氣,殺豚烹狗。先事如此,不如其後。巧者善度,知者善豫。羿死桃部,不給射;慶忌死劍鋒,不給搏。滅非者戶告之曰:「我實不與我諛亂。」謗乃愈起。止言以言,止事以事,譬猶揚堁而弭塵,抱薪而救火。流言雪汙,譬猶以涅拭素也。矢之於十步貫兕甲,於三百步不能入魯縞;騏驥一日千里,其出致釋駕而僵。大家攻小家則為暴,大國並小國則為賢。小馬非大馬之類也,小知非大知之類也。被羊裘而賃,固其事也;貂裘而負籠,甚可怪也。以潔白為汙辱,譬猶沐浴而抒溷,薰燧而負彘。治疽不擇善惡醜肉而並割之,農夫不察苗莠而並耘之,豈不虛哉!壞塘以取龜,發屋而求狸,掘室而求鼠,割唇而治齲,桀、蹠之徒,君子不與。殺戎馬而求狐狸,援兩鱉而失靈龜,斷右臂而爭一毛,折鏌邪而爭錐刀,用智如此,豈足高乎!寧百刺以針,無一刺以刀;寧一引重,無久持輕;寧一月饑,無一旬餓。萬人之蹪,愈於一人之隧。有譽人之力儉者,舂至旦,不中員呈,猶謫之。察之,乃其母也。故小人之譽人,反為損。東家母死,其子哭之不哀。西家子見之,歸謂其母曰:「社何愛速死,吾必悲哭社。」夫欲其母之死者,雖死亦不能悲哭矣。謂學不暇者,雖暇亦不能學矣。見窾木浮而知為舟,見飛蓬轉而知為車,見鳥跡而知著書,以類取之。以非義為義,以非禮為禮,譬猶裸走而追狂人,盜財而予乞者,竊簡而寫法律,蹲踞而誦詩、書。割而舍之,鏌邪不斷肉;執而不釋,馬氂截玉。聖人無止,無以歲賢昔,日愈昨也。馬之似鹿者千金,天下無千金之鹿;玉待礛諸而成器,有千金之璧而無錙錘之礛諸。受光於隙照一隅,受光於牖照北壁,受光於戶照室中無遺物,況受光於宇宙乎?天下莫不藉明於其前矣!由此觀之,所受者小則所見者淺,所受者大則所照者博。

一束の柴を鬼と見れば起きて走り、火烟を気と見れば猪を殺し狗を烹る。事前にこのようであるよりは、事後の方がましである。巧い者は度量に善く、智ある者は予見に善い。羿は桃棓(桃木の棒)の下に死して射るに及ばず、慶忌は剣鋒の上に死して搏つに及ばなかった。是非を滅ぼそうとする者が戸ごとに告げて言うには、「私は実に参与しなかった、他人が私を取り上げて乱言したのだ」と。誹謗はかえってますます起こる。言をもって言を止め、事をもって事を止めるのは、土を揚げて塵を止め、柴を抱いて火を救うようなものだ。流言をもって污垢を洗うのは、黒涅をもって白絹を擦るようなものだ。箭は十步の内では犀甲を貫けるが、三百步では魯縞に入れない。騏驥(きき・駿馬)は一日に千里を行くが、全力を出し尽くして駕を卸けば僵仆する。大家が小家を攻めれば暴と言い、大国が小国を併呑すれば賢とする。小馬は大馬の類ではなく、小知は大知の類ではない。羊裘を着て雇われるのはもともと分内の事だが、貂裘を着て籠を負うのは大いに怪しまれる。潔白を污辱とするのは、浴した後に厠を淘い、香を点じて猪を背負うようなものだ。疽を治すのに好肉悪肉を問わず一斉に割き、農夫が苗と莠を分かたず一斉に鉏るのは、虚妄ではないか。塘を毀って龜を捉え、屋を拆いて狸を求め、室を掘って鼠を求め、唇を割いて齲(むしば)を治するのは、桀・跖の類であって、君子は与らない。戦馬を殺して狐狸を求め、二匹の鼈を獲って霊龜を失い、右臂を断って一本の毛を争い、鏌鋣(名剣)を折って錐刀を争う。智をこのように用いるのは、どうして推挙に値しよう。寧ろ針に百回刺されても、刀に一たび刺されるな。寧ろ一度に重きを引いても、長く軽きを持つな。寧ろ一月飢えても、一旬餓えるな。万人が顛仆するのは、一人が墜落するよりましだ。人の力の勤倹を称する者がいた。米を舂いて夜明けに至ってもなお定額に達せず、なお責められた。察するに、もとは彼の母であった。だから小人が人を称すれば、かえって損害となる。東家の母が死んで、子が哭するに哀ならず。西家の子が見て、帰って母に言うには、「母はどうして吝嗇なのか。早く死ねば、私は必ず哀しく母を哭しよう」と。母の死を欲する者は、死しても哀しく哭することはできない。学ぶに暇がないと言う者は、暇があっても学ぶことはできない。空木の浮くを見て船を為しうるを知り、飛蓬の轉るを見て車を為しうるを知り、鳥の跡を見て書を著わしうるを知るのは、類を按じて取るものだ。義でないものを義とし、禮でないものを禮とするのは、裸で走って狂人を追い、財を偸んで乞食に与え、簡を竊んで法律を書き、蹲踞して詩・書を誦するようなものだ。一たび割いて放てば、鏌鋣をもってしても肉を断てない。持って放さなければ、馬尾をもってしても玉を截る。聖人は止まることがなく、歳月をもって往古を賢とせず、今日をもって昨日に勝るとする。馬が鹿に似れば千金に値するが、天下に千金に値する鹿はない。玉は礓諸(こうしょ・玉を磨く石)を待って器を成すが、千金の璧はあれど錙銖の値の礓諸はない。隙間より光を受ければ一隅を照らし、窓より光を受ければ北壁を照らし、門戸より光を受ければ室中の物に遺漏なし。まして宇宙より光を受けるにおいては。天下に前の明に假らざるものはない。これより見れば、受くる所が小さければ見る所も浅く、受くる所が大きければ照らす所も広い。

江出岷山,河出昆侖,濟出王屋,潁出少室,漢出嶓冢,分流舛馳,注於東海,所行則異,所歸則一。通於學者若車軸,轉之中,不運於己,與之致千里,終而復始,轉無窮之源。不通於學者若迷惑,告之以東西南北,所居聆聆,背而不得,不知凡要。寒不能生寒,熱不能生熱,不寒不熱能生寒熱。故有形出於無形,未有天地能生天地者也,至深微廣大矣!雨之集無能霑,待其止而能有濡;矢之發無能貫,待其止而能有穿;唯止能止眾止。因高而為臺,就下而為池,各就其勢,不敢更為。聖人用物,若用朱絲約芻狗,若為土龍以求雨。芻狗待之而求福,土龍待之而得食。魯人身善制冠,妻善織履,往徙於越而大困窮。以其所修而遊不用之鄉,譬若樹荷山上,而畜火井中。操釣上山,揭斧人淵,欲得所求,難也。方車而蹠越,乘桴而入胡,欲無窮,不可得也。楚王有白蝯,王自射之,則搏矢而熙;使養由基射之,始調弓矯矢,未發而蝯擁柱號矣,有先中中者也。咼氏之璧,夏後之璜,揖讓而進之,以合歡;夜以投入,則為怨;時與不時。畫西施之面,美而不可說;規孟賁之目,大而不可畏;君形者亡焉。人有昆弟相分者,無量,而眾稱義焉。夫惟無量,故不可得而量也。登高使人慾望,臨深使人慾闚,處使然也。射者使人端,釣者使人恭,事使然也。曰殺罷牛可以贖良馬之死,莫之為也。殺牛,必亡之數,以必亡贖不必死,未能行之者矣。季孫氏劫公家,孔子說之,先順其所為,而後與之入政,曰:「舉枉與直,如何而不得?舉直與枉,勿與遂往。」此所謂同汙而異塗者。眾曲不容直,眾枉不容正,故人眾則食狼,狼眾則食人。欲為邪者必相明正,欲為曲者必相達直。公道不立,私慾得容者,自古及今,未嘗聞也。此以善託其醜。眾議成林,無翼而飛,三人成市虎,一里能撓椎。

江は岷山より出で、河は崑崙より出で、済は王屋より出で、潁は少室より出で、漢は嶓冢より出でる。分流して錯り馳せ、東海に注ぐ。行く道は異なるが帰る所は一つである。学に通ずる者は車軸のようで、轅(底本のこの字は生僻字で転写後に失われた)の中に転り、自ら運ばずして、それと共に千里に至り、終わりてまた始まり、窮りなき源を転る。学に通に通ぜざる者は迷惑のようで、東西南北を告げても、その場で聞いて明らかでも、身を回せば得られず、要領を知らない。寒は寒を生ぜず、熱は熱を生ぜず、寒ならず熱ならざるが寒熱を生ず。だから有形は無形より出で、未だ天地あらざるに天地を生ずるは、至り深く微にして広大である。雨は聚まる時は濡らすことができず、その止むを待って濡るるを得る。箭は發る時は貫くことができず、その止むを待って穿つを得る。止のみが衆止を止めることができる。高きに就いて台を為し、低きに就いて池を為す。各々その勢に就き、敢えて別に改作しない。聖人が物を用うるは、朱絲をもって芻狗を捆るが如く、土龍を作りて雨を求めるが如し。芻狗はそれに倚りて福を求め、土龍はそれに倚りて食を得る。魯人は自ら冠を為るに巧く、その妻は履を織るに巧かったが、越地に遷って大いに困窮した。修習した所をもって用いられない鄉に遊ぶのは、山上に荷を種え、井中に火を畜するようなものだ。釣竿を持って山に登り、斧を挙げて淵に入る。求める所を得んと欲するは難しい。車を並べて越地に走り、筏を乗じて胡地に入る。困窮なからんと欲すも得べからない。楚王に白猿があった。王自らこれを射れば、すなわち箭を把って玩耍した。養由基に射させれば、纔かに弓を調へ矢を矧め、未だ發らざるに猿は已に柱を抱いて號叫した。中るに先だちて中ることがあるのだ。和氏の璧・夏后の璜は、揖譲して進獻し、もって歡を合する。夜にこれをもって人に投げれば怨を成す。時と不时とである。西施の面を畫いても、美であっても愛悦すべからず。孟賁の目を規畫しても、大であっても畏るべからず。形を主宰するものが亡びたからである。人に兄弟で財産を分ける者があった。限量がなく、衆人はこれを義と稱した。まさに限量がないがゆえに、量ることができないのだ。高きに登れば人をして望ましめ、深きに臨めば人をして窺わしむ。處所が然らしめるのだ。射箭は人をして端正ならしめ、釣魚は人をして恭敬ならしむ。事情が然らしめるのだ。疲れた牛を殺して良馬の死を贖うべしと言っても、為す者はいない。牛を殺すは必亡の数にして、必亡をもって必ずしも死なぬものを贖うは、行うべからざることである。季孫氏は公家を劫し、孔子往きてこれを説いた。先ずその為す所に順い、然る後にこれと政に入りて曰く、「枉げたると直きとを並べて用いれば、何ぞ得ざらん。直きと枉げたるとを並べて用いて、直に往くに従うな」と。これが所謂污に同じくして途を異にするだ。衆曲は直を容れず、衆枉は正を容れない。だから人多ければ狼を食らい、狼多ければ人を食らう。邪を為さんと欲する者は必ず互いに正を標榜し、曲を為さんと欲する者は必ず互いに直を通達する。公道立たずして私欲が容れられる所を得るは、古より今に至るまで、曾て聞いたことがない。これは善をもってその醜を寄託するのである。衆議は聚まって林を成すことができ、羽翼なくして飛び、三人は市に虎ありと言い、一里は椎を曲げることができるのである。

夫遊沒者,不求沐浴,已自足其中矣。故食草之獸不疾易藪,水居之蟲不疾易水,行小變而不失常。信有非禮而失禮:尾生死其梁柱之下,此信之非也;孔氏不喪出母,此禮之失者。曾子立孝,不過勝母之閭;墨子非樂,不入朝歌之邑;曾子立廉,不飲盜泉;所謂養志者也。紂為象箸而箕子唏,魯以偶人葬而孔子嘆,故聖人見霜而知冰。有鳥將來,張羅而待之,得鳥者,羅之一目也;今為一目之羅,則無時得鳥矣。今被甲者,以備矢之至;若使人必知所集,則懸一札而已矣。事或不可前規,物或不可慮,卒然不戒而至,故聖人畜道以待時。髡屯犁牛,既犐以㹋,決鼻而羈,生子而犧,尸祝齊戒以沉諸河,河伯豈羞其所從出,辭而不享哉!得萬人之兵,不如聞一言之當。得隋侯之珠,不若得事之所由。得咼氏之璧,不若得事之所適。撰良馬者,非以逐狐狸,將以射麋鹿。砥利劍者,非以斬縞衣,將以斷兕犀。故「高山仰止,景行行止」,鄉者其人。見彈而求鴞炙,見卵而求晨夜,見黂而求成布,雖其理哉,亦不病暮。象解其牙,不憎人之利之也;死而棄其招簀,不怨人取之。人能以所不利利人,則可。狂者東走,逐者亦東走,東走則同,所以東走則異。溺者入水,拯之者亦入水,入水則同,所以入水者則異。故聖人同死生,愚人亦同死生,聖人之同死生通於分理,愚人之同死生不知利害所在。徐偃王以仁義亡國,國亡者非必仁義;比干以忠靡其體,被誅者非必忠也。故寒顫,懼者亦顫,此同名而異實。明月之珠出於蛖蜄,周之簡圭生於垢石,大蔡神龜出於溝壑。萬乘之主,冠錙錘之冠,履百金之車。牛皮為賤,正三軍之眾。欲學歌謳者,必先徵羽樂風;欲美和者,必先始於陽阿、採菱;此皆學其所不學,而欲至其所欲學者。燿蟬者務在明其火,釣魚者務在芳其餌。明其火者,所以燿而致之也;

泳ぎも潜りも能くする者は沐浴を求めない。すでに自ら水の中に足りているからである。だから草を食む獣は草沢を換えようと急がず、水に住む虫は水を換えようと急がない。小さく変じても常を失わないのである。信にも礼に合わず礼を失うことがある。尾生が梁柱の下に死んだのは信の誤りであり、孔氏が出母のために喪に服さなかったのは礼の欠けである。曾子は孝を立てて「勝母」という名の里巷を通らず、墨子は楽を非として朝歌の城邑に入らず、曾子は廉を立てて盗泉を飲まなかった。これらは所謂志を養う者である。紂が象牙の箸を作ると箕子が嘆息し、魯が偶人を殉葬に用いると孔子が感嘆した。だから聖人は霜を見れば氷を知る。鳥が将に来ようとするとき、羅を張ってこれを待つが、鳥を得るのは羅の一つの網目である。いま一つの網目だけの羅を作れば、鳥を得る時はない。いま甲を被るのは箭の来るのに備えるためである。もし人に必ずどこに中るか知らせることができれば、一片の甲札を懸けるだけで足りる。事には予め規画できないものがあり、物には思慮の及ばないものがある。突然戒めのないままに至る。だから聖人は道を蓄え積み上げて時を待つのだ。雑毛の犁牛はすでに去勢され、さらに(底本のこの字は生僻字)鼻を割いて羈を繋がれたが、その生んだ犢は犠牲となり、尸祝(祭祀を司る者)が斎戒して河に沈めれば、河伯はその来りし所を恥じて、辞して享けないだろうか。万人の兵を得るより一句の当を得た言を聞くに如かず、随侯の珠を得るより事の原由を得るに如かず、和氏の璧を得るより事の適当を得るに如かない。良馬を選ぶ者は狐狸を追うためではなく麋鹿を射るためであり、利剣を磨ぐ者は縞衣を斬るためではなく兕犀を斫るためである。だから「高山仰止、景行行止」(高き山は仰ぎ止められ、大きな道は歩まれる)とはその人を慕うことである。弾弓を見れば炙った鴞を求め、卵を見れば朝に鳴き夜に伏す鶏を求め、枲麻を見ればできた布を求める。その道理はあっても、その遅きを病むには及ばない。象はその牙を解き棄てても人が利を貪るのを憎まず、人は死んで牀墊を棄てても人が取るのを怨まない。人が自らの不利をもって人を利することができればよいのである。狂人は東に走り、追う者も東に走る。東に走るのは同じだが、東に走る所以は異なる。溺れる者は水に入り、救う者も水に入る。水に入るのは同じだが、水に入る所以は異なる。だから聖人は死生を一と見、愚人も死生を一と見る。聖人が死生を同じくするのは分理に通ずればであり、愚人が死生を同じくするのは利害の在る所を知らないからである。徐偃王は仁義によって国を亡ぼしたが、国を亡ぼす者は必ずしも仁義ではない。比干は忠によって身を剖かれたが、殺される者は必ずしも忠ではない。だから寒ければ顫え、惧れる人も顫える。これは名は同じくして実は異なるものだ。明月の珠は蚌蛤より出で、周の簡圭は垢石より生じ、大蔡の神亀は溝壑より出でる。万乗の主は錙銖に値する冠を戴き、百金に値する車を踏む。牛皮は賤しいが、三軍の衆を斉えることができる。歌を学ぼうとする者は必ず先に徴羽の楽風を学び、美しく和することを学ぼうとする者は必ず先に陽阿・採菱から始める。これらは皆その学ばない所を学んで、その学ぼうとする所に至るものである。蝉を照らす者は務めて火を明らかにし、魚を釣る者は務めて餌を芳香にする。火を明らかにするのは、照らしてこれを招き寄せるためである。

芳其餌者,所以誘而利之也。欲致魚者先通水,欲致鳥者先樹木。水積而魚聚,木茂而鳥集。好弋者先具繳與矰,好魚者先具罟與罛,未有無其具而得其利。遺人馬而解其羈,遺人車而稅其𨏢,所愛者少而所亡者多,故里人諺曰:「烹牛而不鹽,敗所為也。」堯有遺道,嫫母有所美,西施有所醜。故亡國之法有可隨者,治國之俗有可非者。琬琰之玉,在洿泥之中,雖廉者弗釋;弊箄甑瓾,在袇茵之上,雖貪者不搏。美之所在,雖汙辱,世不能賤;惡之所在,雖高隆,世不能貴。春貸秋賦民皆欣,春賦秋貸眾皆怨;得失同,喜怒為別,其時異也。為魚德者,非挈而入淵,為蝯賜者,非負而緣木,縱之其所而已。貂裘而雜,不若狐裘而粹,故人莫惡於無常行。有相馬而失馬者,然良馬猶在相之中。今人放燒,或操火往益之,或接水往救之,兩者皆未有功,而怨德相去亦遠矣。郢人有買屋棟者,求大三圍之木,而人予車轂,跪而度之,巨雖可,而修不足。蘧伯玉以德化,公孫鞅以刑罪,所極一也。病者寢席,醫之用針石,巫之用糈藉,所救鈞也。貍頭愈鼠,雞頭已瘻,虻散積血,斲木愈齲,此類之推者也。膏之殺鱉,鵲矢中蝟,爛灰生蠅,漆見蟹而不乾,此類之不推者也。推與不推,若非而是,若是而非,孰能通其微!天下無粹白狐,而有粹白之裘,掇之眾白也。善學者,若齊王之食雞,必食其蹠數十而後足。刀便剃毛,至伐大木,非斧不剋,物固有以剋適成不逮者。視方寸於牛,不知其大於羊;總視其體,乃知其大相去之遠。孕婦見兔而子缺唇,見麋而子四目。小馬大目,不可謂大馬;大馬之目眇,可謂之眇馬;物固有似然而似不然者。故決指而身死,或斷臂而顧活,類不可必推。厲利劍者必以柔砥,擊鐘磬者必以濡木,轂強必以弱輻,兩堅不能相和,兩強不能相服。故梧桐斷角,馬氂截玉。

餌を芳香にするのは、誘ってこれを得るのを利するためである。魚を招こうとすれば先に水路を通じ、鳥を招こうとすれば先に樹木を植える。水が積もれば魚は聚まり、樹木が茂れば鳥は集まる。弋射を好む者は先に繳(しゃく・糸付きの矢)と矰(そう)を備え、魚を捕るのを好む者は先に罟と罛(大きな網)を備える。器具を具えずしてその利を得た者はいない。人に馬を送るのにその羈を解き、人に車を送るのにその伏兎(車の止め具)を卸すのは、愛する所が少なく失う所が多い。だから里人の諺に言う、「牛を烹るに塩を入れなければ、その為す事を敗る」と。堯にも遺漏の道があり、嫫母(醜女と伝わる黄帝の妃)にも美しい所があり、西施にも醜い所がある。だから亡国の法にも依るべきがあり、治国の俗にも非ずべきがある。琬琰の玉は污泥の中にあっても、廉潔の人は手放さない。破れた箕・爛れた甑は、錦の茵の上に置いても、貪婪の人も執らない。美の在る所は、污辱あっても世はこれを賤しめず、悪の在る所は、高隆あっても世はこれを貴ばない。春に貸して秋に賦を收めれば民は皆歓び、春に賦を收めて秋に貸せば衆人は皆怨む。得失は同じなのに喜怒が別れるのは、時が異なるからである。魚に德を施すのは、提げて淵に入れるのではなく、猿に賜與するのは、負うて木に緣らせるのではなく、放ってその在るべき所に至らせるだけである。貂裘は駁雜なれば狐裘の純粹に如かない。だから人は常行のないことほど惡しいものはない。馬を相して見誤る者はあっても、良馬はなお相した中に在る。いま火を放てば、ある者は火を持って添え、ある者は水を汲んで救う。両者とも未だ功はないが、怨と德の相距ることもまた遠い。郢人に屋梁を買う者があった。三圍の太さの大木を求めたのに、人はこれに車轂を与えた。跪いて量れば、太さは足りても長さが足りなかった。蘧伯玉は德をもって化し、公孫鞅(商鞅)は刑をもって罪を治めたが、至る所は一つである。病人が席に臥すとき、医は針石を用い、巫は精米と草墊を用いるが、救う所は同じである。狸の頭は鼠瘻を愈すことができ、鶏の頭は瘻瘡を止めることができ、虻は積血を散じ、啄木鳥は齲を愈す。これは類推できることである。油は鱉を殺し、鵲の糞は猬に中り、爛灰は蠅を生じ、漆は蟹に遇えば乾かない。これは類推できないことである。推と不推は、非に似て是であり、是に似て非である。誰がその微を通じえよう。天下に純白の狐はいないが、純白の裘はある。衆多の白より掇り集めたものである。よく学ぶ者は、斉王が鶏を食らうが如く、必ず数十の鶏の蹠(足の裏)を食らって後に足る。刀は毛を剃るに便であるが、大木を伐るに至っては斧でなければ克たない。物には本来、その用いる所ではかえって及ばないことがある。牛の一方寸だけを見れば、それが羊より大きいことを知らない。その体を総めて見れば、大きさの差が遠いことを知る。孕婦が兎を見れば子は缺唇し、麋を見れば子は四つの目を持つ。小馬は目が大きくても大馬と称することはできず、大馬は目が瞎えば瞎馬と称する。物には本来、是のようであってまた然らぬものがある。だからあるいは指頭を割断すれば身は死に、あるいは臂を斫ってもかえって活きる。類は一概に推すことはできない。利剣を磨くには必ず柔軟の砥を用い、鐘磬を敲くには必ず柔潤の木を用い、轂が強硬なれば必ず柔弱の輻を用いる。両堅は相和せず、両強は相服しない。だから梧桐は角を断ち、馬尾は玉を截ることができるのである。

媒但者,非學謾也,但成而生不信。立慬者,非學鬥爭也,慬立而生不讓。故君子不入獄,為其傷恩也;不入市,為其侳廉也;積不可不慎者也。走不以手,縛手走不能疾;飛不以尾,屈尾飛不能遠;物之用者必待不用者。故使之見者,乃不見者也;使鼓鳴者,乃不鳴者也。嘗一臠肉,知一鑊之味;懸羽與炭,而知燥溼之氣;以小明大。見一葉落,而知歲之將暮;睹瓶中之冰,而知天下之寒;以近論遠。三人比肩,不能外出戶;一人相隨,可以通天下。足蹍地而為跡,暴行而為影,此易而難。莊王誅裡史,孫叔敖制冠浣衣;文公棄荏席,後黴黑,咎犯辭歸,故桑葉落而長年悲也。鼎錯日用而不足貴,周鼎不爨而不可賤,物固有以不用而為有用者。地平則水不流,重鈞則衡不傾,物之尤必有所感,物固有以不用為大用者。先裸而浴則可,以浴而裸則不可;先祭而後饗則可,先饗而後祭則不可;物之先後各有所宜也。祭之日而言狗生,取婦夕而言衰麻,置酒之日而言上冢,渡江、河而言陽侯之波。或曰知其且赦也而多殺人,或曰知其且赦也而多活人,其望赦同,所利害異。故或吹火而然,或吹火而滅,所以吹者異也。烹牛以饗其裡,而罵其東家母,德不報而身見殆。文王汙膺,鮑申傴背,以成楚國之治。裨諶出郭而知,以成子產之事。朱儒問徑天高於脩人,脩人曰:「不知。」曰:「子雖不知,猶近之於我。」故凡問事,必於近者。寇難至,躄者告盲者,盲者負而走,兩人皆活,得其所能也。故使盲者語,使躄者走,失其所也。郢人有鬻其母,為請於買者曰:「此母老矣!幸善食之而勿苦。」此行大不義,而欲為小義者。介蟲之動以固,貞蟲之動以毒螫,熊羆之動攫搏,兕牛之動以觝觸,物莫措其所修而用其短也。治國者若鎒田,去害苗者而已。今沐者墮髮,而猶為之不止,以所去者少,所利者多。

媒をするのに虚偽を言う者は、欺瞞を学んだのではないが、虚偽が成り立てば信ぜられなくなる。勇悍を立てる者は、闘爭を学んだのではないが、勇悍が立てば謙譲しなくなる。だから君子は監獄に入らない。恩を傷つけるのを恐れるからである。市場に踏み入らない。廉を挫かれるのを恐れるからである。積習は慎まなければならない。走るのは手によるのではないが、手を縛って走れば速くなれない。飛ぶのは尾によるのではないが、尾を屈めて飛べば遠くまでいけない。物が用いられるということは、必ず用いられないものに待ち受けているのである。だから人に見えるようにするのは、あの見えないものであり、鼓に声を出させるのは、あの鳴らないものである。一塊の肉を嘗めれば一鍋の味が分かり、羽毛と炭を懸ければ燥湿の気が分かる。小をもって大を明らかにするのである。一片の葉が落ちるのを見れば歳の暮れゆくを知り、瓶の中の氷を見れば天下の寒さを知る。近をもって遠を論ずるのである。三人が肩を並べれば門戸を出られないが、一人が相従って往けば天下に通ずることができる。足が地を踏めば跡となり、日光の下を行けば影となる。これは容易いようで難しい。楚荘王が里史を殺すと、孫叔敖は冠を作り衣を洗った。文公が墊席を棄てて後に黴び黒ずむと、咎犯は辞して帰ろうとした。だから桑の葉が落ちれば年長の人は悲しむのである。鼎錯(日常の鼎)は日々用いても貴ぶに足らず、周鼎は火を熾すのに用いなくても賤しめない。物には本来、用いないがゆえに有用となるものがある。地が平らなら水は流れず、重さが均しければ衡は傾かない。物が極まれば必ず感応する所がある。物には本来、用いないがゆえに大いに用となるものがある。先に裸になって後に浴するのはよいが、浴し終えて後に裸になるのは不可である。先に祭って後に饗するのはよいが、先に饗して後に祭るのは不可である。物の先後には各々宜しき所がある。祭祀の日に狗が崽を生んだと言い、婦を娶る夜に衰麻(喪服)のことを言い、酒宴を設ける日に墓参りのことを言い、江・河を渡る時に陽侯の波のことを言う。ある人は大赦があろうと知って多く人を殺し、ある人は大赦があろうと知って多く人を活かす。赦免を望むのは同じだが利害は異なる。だからある者が火を吹けば燃え、ある者が吹けば滅びる。吹き方が異なるのだ。牛を烹って里人を宴しながら、東家の母を罵れば、德は報いられずして身に危険が及ぶ。文王は胸窩が陥没し、鮑申は駝背であったが、楚国の治を成就した。裨諶は外城に出れば知ることができて、子産の事を成就した。矮人が背の高い者に天の高さを問えば、高い者は「知らない」と言う。矮人は言う、「あなたは知らないとはいえ、なお私より近い」と。だからおよそ事を問うには、必ず近い人に問うものである。寇難が至れば、瘸子が瞎子に告げ、瞎子はこれを背負って走り、両人とも生き延びた。各々その能くする所を得たのだ。だから瞎子に言わせ、瘸子に走らせれば、その所を失う。郢人に母を売る者がいて、買う人に請うて言うには、「この母は老いている。願わくばよく養い、苦しめることなかれ」と。これは大いに不義を為しながら小義を為そうとする者である。甲虫が動くのは堅固を用い、蜂類が動くのは毒螫を用い、熊羆が動くのは攫搏を用い、兕牛が動くのは抵触を用いる。物でその長ずる所を捨ててその短ずる所を用いるものはない。国を治める者は田を鋤くが如く、苗を害するものを去るだけである。いま頭を洗う者は髪を落とすが、なお止めずに洗う。去る所が少なく、利する所が多いからである。

砥石不利而可以利金,擏不正而可以正弓,物固有不正而可以正,不利而可以利。力貴齊,知貴捷。得之同,速為上;勝之同,遲為下。所以貴鏌邪者,以其應物而斷割也。𠟣靡勿釋,牛車絕轔。為孔子之窮於陳、蔡而廢六藝,則惑;為醫之不能自治其病,病而不就藥,則勃矣。

砥石は鋭くないが金を利することができ、檠(けい・弓を正す具)は正しくないが弓を正すことができる。物には本来、正しくなくても正すことができ、利でなくても利することができるものがある。力は斉一を貴び、智は敏捷を貴ぶ。得る所が同じなら速きを上とし、勝る所が同じなら遲きを下とする。だから鏌鋣を重んずるのは、物に応じてすなわち割断できるからである。(底本のこの字は生僻字)を磨り放さなければ、牛車も門限を軋断できる。孔子が陳・蔡に困ったことをもって六藝を廢するは惑であり、醫生が自らの病を治すこと能わざるをもって、病んで藥に就かざるは悖である。

説林訓

卷十七說林訓

巻十七 説林訓

以一世之度制治天下,譬猶客之乘舟,中流遺其劍,遽契其舟桅,暮薄而求之,其不知物類亦甚矣!夫隨一隅之跡,而不知因天地以遊,惑莫大焉。雖時有所合,然而不足貴也。譬若旱歲之土龍,疾疫之芻狗,是時為帝者也。曹氏之裂布,蛷者貴之,然非夏后氏之璜。無古無今,無始無終,未有天地而生天地,至深微廣大矣。足以蹍者淺矣,然待所不蹍而後行;智所知者褊矣,然待所不知而後明。遊者以足蹶,以手㧊,不得其數,愈蹶愈敗;及其能遊者,非手足者矣。鳥飛反鄉,兔走歸窟,狐死首丘,寒將翔水,各哀其所生。毋貽盲者鏡,毋予躄者履,毋賞越人章甫,非其用也。椎固有柄,不能自椓;目見百步之外,不能自見其眥。狗彘不擇甂甌而食,偷肥其體而顧近其死;鳳皇高翔千仞之上,故莫之能致。月照天下,蝕於詹諸;騰蛇遊霧,而殆於蝍蛆;烏力勝日,而服於鵻禮;能有修短也。莫壽於殤子,而彭祖為夭矣。短綆不可以汲深,器小不可以盛大,非其任也。怒出於不怒,為出於不為。視於無形,則得其所見矣;聽於無聲,則得其所聞矣。至味不慊,至言不文,至樂不笑,至音不叫,大匠不斲,大豆不具,大勇不鬥,得道而德從之矣。譬若黃鐘之比宮,太簇之比商,無更調焉。以瓦鉒者全,以金鉒者跋,以玉鉒者發,是故所重者在外,則內為之掘。逐獸者目不見太山,嗜慾在外,則明所蔽矣。聽有音之音者聾,聽無音之音者聰;不聾不聰,與神明通。卜者操龜,筮者端策,以問於數,安所問之哉!舞者舉節,坐者不期而𢬵皆如一,所極同也。日出暘谷,入於虞淵,莫知其動,須臾之間,俛人之頸。人莫欲學御龍,而皆欲學御馬,莫欲學治鬼,而皆欲學治人,急所用也。解門以為薪,塞井以為臼,人之從事,或時相似。水火相憎,鏏在其間,五味以和。骨肉相愛,讒賊間之,而父子相危。

一世の制度をもって天下を治めるのは、客が船に乗って中流で劍を失い、急いで船の桅に記しを刻み、夕暮れに岸に着いてから探しに行くようなものだ。物の類を知らないことも甚だしい。一隅の痕跡だけを追って、天地に凭れて遊ぶことを知らない。これより大きい迷惑はない。偶に当たることがあっても貴ぶに足らない。旱年の土龍、疫病の時の芻狗のように、その時だけ尊ばれるものである。曹氏が裂き取った布は蛷虫を治す人に重んぜられるが、夏后氏の璜ではない。古もなく今もなく、始もなく終もなく、まだ天地がないのに天地を生むとは、至り深く微にして広大である。足りて踏む所は浅いが、その踏まない所を待って後に行くことができる。智の知る所は褊狭だが、その知らない所を待って後に明らかとなる。水に泳ぐ者は脚で蹬り手で掻くが、その術数を得なければ蹬るほど敗れる。真に泳げるようになれば、もはや手脚に依らない。鳥は飛んで郷に返り、兎は走って窟に帰り、狐は死して頭を丘に向け、寒将鳥は水上を翔ける。各々その生まれた所を哀れみ慕うのだ。鏡を盲人に贈るな、鞋を瘸子に贈るな、章甫(礼冠)を越人に賞するな。彼らの用いる所ではないからである。椎にはもちろん柄があるが、自らを敲くことはできない。目は百步の外を見ることができても、自らの目眦を見ることはできない。猪狗は盆罐を選ばずに食い、こっそり身を肥やせばかえって死に近づく。鳳凰は千仞の上に高く翔れば、招ける者はいない。月は天下を照らすが蟾蜍に蝕まれ、騰蛇は霧に游ぶが蜈蚣に危うくされ、烏鴉の力は日に勝るが鵻礼に服する。長ずる能くし短ずる能くすることがある。殤子より長寿なものはないが、彭祖は夭折となる。短い縄は深井を汲めず、小さい器は大事を盛れない。それが擔當できる所ではないからである。怒は不怒より出で、為は不為より出る。その無形を視れば、見る所を得る。その無聲を聽けば、聞く所を得る。至味は貪り飽くことをせず、至言は文飾せず、至樂は發笑せず、至音は叫喊せず、大匠は砍削せず、大豆は備齊せず、大勇は爭鬪しない。道徳を得れば従いて來る。譬えば黄鐘が宮に比し、太簇が商に比するが如く、更に調を改めるを要しない。瓦をもって賭する者は保全し、金をもって賭する者は偏斜し、玉をもって賭する者は發散する。だから重んずる所が外に在れば、内は刳り空かされる。獸を追う者は目に泰山を見ず、嗜慾が外に在れば明は遮蔽される。有音の音を聴けば聾し、無音の音を聴けば聰明となる。聾せず聰ならず、神明と相通ずる。卜する者は龜を持ち、筮する者は策を執る。その數を問うが、また何を問わんとするのか。舞う者は節に按じて擧げ、坐する者は約せずして皆一のようになる。至る所が同じだからである。日は暘谷より出で虞淵に入るが、その動くを知る者はいない。片刻の間に、人の頸を低くする。人に龍に駕することを学ぼうと欲する者はいないが、皆馬に騎ることを学ぼうと欲する。鬼を治めるを学ぼうと欲する者はいないが、皆人を治めるを学ぼうと欲する。これは用に急ぐからである。門を拆いて柴と為し、井を塞いで臼と為す。人が事を為すのに、時にこのようなことがある。水火は相憎むが、鼎がその間に在れば、五味はこれに因りて調和する。骨肉は相愛するが、讒賊が離間すれば、父子は相危害する。

夫所以養而害所養,譬猶削足而適履,殺頭而便冠。昌羊去蚤蝨而來蚙窮,除小害而致大賊,欲小快而害大利。牆之壞也,不若無也,然逾屋之覆。璧瑗成器,礛諸之功;鏌邪斷割,砥礪之力。狡兔得而獵犬烹,高鳥盡而強弩藏。虻與驥,致千里而不飛,無糗糧之資而不飢。失火而遇雨,失火則不幸,遇雨則幸也,故禍中有福也。鬻棺者欲民之疾病也,畜粟者欲歲之荒饑也。水靜則平,平則清,清則見物之形,弗能匿也,故可以為正。川竭而谷虛,丘夷而淵塞,唇竭而齒寒。河水之深,其壤在山。鈞之縞也,一端以為冠,一端以為𥿉,冠則戴致之,𥿉則蹍履之。知己者不可誘以物,明於死生者不可卻以危,故善遊者不可懼以涉。親莫親於骨肉,節族之屬連也,心失其制,乃反自害,況疏遠乎!聖人之於道,猶葵之與日也,雖不能與終始哉,其鄉之誠也。宮池涔則溢,旱則涸;江水之原,淵泉不能竭。蓋非橑不能蔽日,輪非輻不能追疾,然而橑輻未足恃也。金勝木者,非以一刃殘林也;土勝水者,非以一墣塞江也。躄者見虎而不走,非勇,勢不便也。傾者易覆也,倚者易軵也。幾易助也,濕易雨也。設鼠者機動,釣魚者泛杭,任動者車鳴也。芻狗能立而不能行,蛇床似麋蕪而不能芳。謂許由無德,烏獲無力,莫不醜於色,人莫不奮於其所不足。以兔之走,使犬如馬,則逮日歸風;及其為馬,則又不能走矣。冬有雷電,夏有霜雪,然而寒暑之勢不易,小變不足以妨大節。黃帝生陰陽,上駢生耳目,桑林生臂手,此女媧所以七十化也。終日之言必有聖之事,百發之中必有羿、逢蒙之巧,然而世不與也,其守節非也。牛蹄彘顱亦骨也,而世弗灼,必問吉凶於龜者,以其歷歲久矣。近敖倉者不為之多飯,臨江、河者不為之多飲,期滿腹而已。蘭芝以芳,未嘗見霜;鼓造闢兵,壽盡五月之望。舌之與齒,孰先礱也?

養うために用いたものがかえって養われる所を害するのは、譬えば足を削って履に適わせ、頭を斬って冠に便くするようなものだ。菖羊は跳蚤や虱を去るが蚰蜒を招き、小害を除いて大賊を招き、小さな快を欲して大きな利を害する。牆が壊れるのは牆がないより悪いと言うが、それでも屋が倒塌するよりはましである。璧瑗が器となるのは礓諸の功であり、鏌鋣が割断できるのは砥礪の力である。狡兎が得られれば獵犬は烹られ、高鳥が尽きれば強弩は藏される。虻は驥に従って、千里に至っても飛ばず、乾糧がなくても餓えない。火を失して雨に遇う。火を失するのは不幸、雨に遇うのは幸。だから禍の中に福がある。棺を賣る者は民に疾病あらんことを望み、粟を囤積する者は年歲の荒饑を望む。水は靜なれば平、平なれば清、清なれば物の形を見ることができて藏れない。だからこれをもって正と為せる。河川が枯竭すれば谿谷は虚空し、丘が夷平になれば深淵は塡塞される。唇が亡びれば齒は寒い。河水の深さは、その土壤が山上にある。同じ縞でも、一方を冠とし一方を襪とすれば、冠はこれを戴き、襪はこれを踐む。己を知る者は物をもって誘うことはできず、死生を明らかにする者は危をもって逼り退かせることはできない。だからよく泳ぐ者は水を渉ることをもってこれを懼れさせることはできない。親しいのは骨肉より親しいものはないが、筋節骨族が連なっていても、心が制することを失えば、かえって自らを害する。まして疎遠な者においてはなおさらだ。聖人の道に對するさまは、葵の日に對するが如く、共に終始することはできなくても、その向かう所は誠である。宮池は雨を積めば溢れ、天旱なれば乾く。江水の源たる淵泉は竭きることがない。車蓋は椽なくば日を蔽うことができず、輪は輻なくば疾く走ることができない。それでも椽と輻はなお依仗に足らない。金は木に勝つが、一刃をもって樹林を残害することはできない。土は水に勝つが、一塊をもって江を塞ぐことはできない。瘸子が虎を見ても走らないのは、勇ではなく勢が不便だからである。傾いているものは覆り易く、倚っているものは轉り易い。將に近づかんとするものは幫け易く、潮濕したものは雨を降らせ易い。鼠を捕える機關が一動し、魚を釣る浮子が一晃すれば、負載が動いて車が響く。芻狗は立つことはできるが走ることはできない。蛇床は麋蕪に似ているが香らない。許由に德なしと言い、烏獲に力なしと言えば、顔面に難きを覚えない者はいない。人は己に足らざる所において奮起しない者はいない。兎のように走るに凭り、狗を馬のようにすれば、日に追いつき風を追うこともできよう。馬になってしまっては、またそのようには走れない。冬に雷電があり、夏に霜雪があるが、寒暑の勢は改まらない。小さな変は大節を妨げるに足らない。黄帝は陰陽を生み、上駢は耳目を生み、桑林は臂手を生んだ。これが女媧の七十化する所以である。終日の言には必ず聖の事があり、百發の中には必ず羿・逢蒙の巧がある。それでも世人が許さないのは、守る節が正しくないからである。牛蹄や猪の顱も骨であるが、世人はこれを灼いて問わず、必ず亀に吉凶を問う。その経歴した年歲が久しいからである。敖倉に近い人はこれによって多く飯を食わず、江・河に臨む人はこれによって多く水を飲まない。满腹を期するだけである。蘭芝は香によって、曾て霜を見ない。鼓造は兵を辟くことができるが、寿命は五月の望に尽きる。舌と齒は、どちらが先に磨り尽きるか。

錞之與刃,孰先獘也?繩之與矢,孰先直也?今媆之與蛇,蠶之與蠋,狀相類而愛憎異。晉以垂棘之璧得虞、虢,驪戎以美女亡晉國。聾者不歌,無以自樂;盲者不觀,無以接物。觀射者遺其𠙜,觀書者忘其愛,意有所在,則忘其所守。古之所為不可更,則推車至今無蟬匷。使但吹竽,使氐厭竅,雖中節而不可聽,無其君形者也。與死者同病,難為良醫;與亡國同道,難與為謀。為客治飯而自藜藿,名尊於實也。乳狗之噬虎也,伏雞之搏狸也,恩之所加,不量其力。使景曲者,形也;使響濁者,聲也。情洩者,中易測。華不時者,不可食也。蹠越者,或以舟,或以車,雖異路,所極一也。佳人不同體,美人不同面,而皆說於目;梨橘棘栗不同味,而皆調於口。人有盜而富者,富者未必盜;有廉而貧者,貧者未必廉。蔐苗類絮而不可為絮,黂不類布而可以為布。出林者不得直道,行險者不得履繩。羿之所以射遠中微者,非弓矢也;造父之所以追速致遠者,非轡銜也。海內其所出,故能大;輪復其所過,故能遠。羊肉不慕螘,螘慕於羊肉,羊肉羶也;醯酸不慕蚋,蚋慕於醯酸。嘗一臠肉而知一鑊之味,懸羽與炭而知燥濕之氣,以小見大,以近喻遠。十頃之陂可以灌四十頃,而一頃之陂可以灌四頃,大小之衰然。明月之光可以遠望,而不可以細書;甚霧之朝可以細書,而不可以遠望尋常之外。畫者謹毛而失貌,射者儀小而遺大。治鼠穴而壞裡閭,潰小皰而發痤疽,若珠之有纇,玉之有瑕,置之而全,去之而虧。榛巢者處林茂,安也;窟穴者託埵防,便也。王子慶忌足躡麋鹿,手搏兕虎,置之冥室之中,不能搏龜鱉,勢不便也。湯放其主而有榮名,崔杼弒其君而被大謗,所為之則同,其所以為之則異。呂望使老者奮,項託使嬰兒矜,以類相慕。使葉落者風搖之,使水濁者魚撓之。虎豹之文來射,蝯狖之捷來乍。

鐘の口と刃とではどちらが先に毀れるか。綱と矢とではどちらが先に直なりうるか。今、鱔と蛇、蠶と蠋とは、形狀が似ているのに愛憎は同じではない。晉は垂棘の璧をもって虞・虢を得、驪戎は美女をもって晉を亡ぼした。聾は歌わない。自ら樂しむ術がないからである。盲は物を見ない。物を接する術がないからである。射を見る者は己の酒器を忘れ(底本のこの字は生僻字)、書を看る者は己の愛する所を忘れる。意の在る所があれば守る所を忘れるのである。古の作りしものが改むべからざるものならば、車を推すこと今に至るまで未だ蟬蛻のごとき車はなかったであろう。倡優に竽を吹かせ氐人に孔を按じさせるならば、節に合うとも聽くべからず。形を主宰するものがないからである。死者と病を同じくする者は良醫となること難く、亡國と道を同じくする者はこれと謀ること難し。客のために飯を作りながら自ら藜藿を食うは、名が實より尊きなり。乳狗が虎を咬み伏卵の鶏が狸を搏つのは、恩が上に加われば自らの力を量らざるなり。影を曲がらしむるは形なり。響きを濁らしむるは聲なり。情漏れれば中測りやすし。花時ならざるに開くは食うべからず。越に往く者は或は船に乘り或は車に乘る。路同じからざれども至る所は一なり。佳人は身の丈同じからず、美人は顏同じからざれども皆目を悅ばしむ。梨橘棗栗は味同じからざれども皆口に可なり。人に盜んで富む者あれど富む者は必ずしも盜むにあらず。廉潔にして貧しき者あれど貧しき者は必ずしも廉ならず。荻の苗は絮に似て絮と為すべからず、枲麻は布に似ざれども布を成すべし。林を出づる者は直道を行くこと能わず、險路を行く者は墨線を履むこと能わず。羿の射て遠く微に中る所以は弓矢にあらず、造父の追て疾く遠く至る所以は轡銜にあらず。海はその出づる所を容るるがゆえに大なるを得、輪はその過ぐる所を反覆するがゆえに遠く至るを得る。羊肉は螘を慕わず螘は羊肉を慕う。羊肉の膻きなり。酢酸は蚋を慕わず蚋は酢酸を慕う。肉一片を嘗めて一鍋の味を知り、羽毛と炭を懸けて燥濕の氣を知る。小を以て大を見、近を以て遠に喩うるなり。十頃の陂は四十頃を灌ぐべく一頃の陂は四頃を灌ぐ。大小の等差かくのごとし。明月の光は遠望すべくして細字を書くべからず。霧の濃き朝は細字を書くべくして尋常の外を遠望すべからず。畫を作る者は毛に拘て貌を失い、射する者は小を儀して大を遺す。鼠穴を治めて里巷を毀り、小疱を擠して痤疽を發すは、珠に纇あり玉に瑕あるがごとし。置けば全く去れば虧く。榛巢に在る者は茂林に處るがごとき安んずるなり。窟穴に在る者は堤防の土壟に依託するがごとき便とするなり。王子慶忌は脚に麋鹿を踐み手に兕虎を搏つあれど、暗室に放たれては龜鱉を搏つこと能わず。勢便ならざればなり。湯はその主を放つも榮名を有し、崔杼はその君を弑するも大いに謗議せらる。為す所は同じく為す所以は同じからざればなり。呂望は老人を奮い立たしめ項橐は嬰兒を驕らしむ。類を按じて相慕うなり。葉を落とすは風のこれを搖るなり。水を濁らすは魚のこれを撓るなり。虎豹の文采は射を招き猿狖の敏捷は刺を招く。

行一棋不足以見智,彈一弦不足以見悲。三寸之管而無當,天下弗能滿;十石而有塞,百鬥而足矣。以篙測江,篙終而以水為測,惑矣。漁者走淵,木者走山,所急者存也。朝之市則走,夕過市則步,所求者亡也。豹裘而雜,不若狐裘之粹;白璧有考,不得為寶;言至純之難也。戰兵死之鬼憎神巫,盜賊之輩醜吠狗。無鄉之社易為黍肉,無國之稷易為求福。鱉無耳,而目不可以瞥,精於明也。瞽無目,而耳不可以察,精於聰也。遺腹子不思其父,無貌於心也;不夢見像,無形於目也。蝮蛇不可為足,虎豹不可使緣木。馬不食脂,桑扈不啄粟,非廉也。秦通崤塞,而魏築城也。飢馬在廄,寂然無聲;投芻其旁,爭心乃生。引弓而射,非弦不能發矢,弦之為射,百分之一也。道德可常,權不可常,故遁關不可復,亡犴不可再。環可以喻員,不必以輪;絛可以為繶,不必以紃。日月不並出,狐不二雄,神龍不匹,猛獸不群,鷙鳥不雙。循繩而斲則不過,懸衡而量則不差,植表而望則不惑。損年則嫌於弟,益年則疑於兄,不如循其理,若其當。人不見龍之飛,舉而能高者,風雨奉之。蠹眾則木折,隙大則牆壞。懸垂之類,有時而隧;枝格之屬,有時而弛。當凍而不死者,不失其適;當暑而不暍者,不亡其適;未嘗適,亡其適。湯沐具而蟣蝨相弔,大廈成而燕雀相賀,憂樂別也。柳下惠見飴,曰可以養老;盜蹠見飴,曰可以黏牡;見物同,而用之異。蠶食而不飲,二十二日而化;蟬飲而不食,三十日而脫;蜉蝣不食不飲,三日而死;人食礜石而死,蠶食之而不飢;魚食巴菽而死,鼠食之而肥;類不可必推。瓦以火成,不可以得火;竹以水生,不可以得水。揚堁而欲弭塵,被裘而以翣翼,豈若適衣而已哉!槁竹有火,弗鑽不燃;土中有水,弗掘無泉。蛖象之病,人之寶也;人之病,將有誰寶之者乎?

一步の碁を進むるも智を見るに足らず、一弦を彈くも悲を見るに足らず。三寸の管に底なければ天下もて滿たすべからず。十石にして塞ぐあれば百斗以て足る。篙を以て江を測り、篙盡きて水を以て測り盡せりと為すは惑なり。魚を打つ者は深淵に走り、木を斫る者は山に走る。急ぐ所彼に在ればなり。朝に市に至れば走り、暮に市を過ぎれば行く。求むる所なければなり。豹裘駁雜なれば狐裘の純粹に如かず。白璧に瑕あれば寶と為すべからず。至純の難きを言うなり。戰死の兵鬼は神巫を憎み、盜賊の徒は吠狗を惡む。鄕なき社は黍肉を備え易く、國なき稷は福を求め易し。鼈に耳なしといえども目は瞥視すべからず。明に精ければなり。瞽者に目なしといえども耳は察すべからず。聰に精ければなり。遺腹の子は父を念わず。心に容貌なきなり。形象を夢見ず。目に形なきなり。蝮蛇に足を添うべからず、虎豹に木に緣らしむべからず。馬は油脂を食わず桑扈は粟を啄まず。廉ならざるにあらず。秦崤塞を通ずれば魏城を築く。飢馬廐に在りて寂然として聲なし。芻を傍に投ぐれば爭心乃ち生ず。弓を拉て射るに弦なければ箭を發すべからず。弦の射に於けるは百分の一なり。道德は常たるべし、權は常たるべからず。故に關を逃出でれば再び來らず、牢獄を逃出でれば再び犯さず。環は圓に喩うべきも輪を用いるを要せず。絛は繩を為すべきも纮を用いるを要せず。日月倶に出ず、狐に二雄なく、神龍は匹せず、猛獸は群れず、鷙鳥は雙ばず。繩に順て斫れば過ぎず、衡を懸けて量れば差わず、表を立てて望めば惑わず。年歲を減ずれば弟と嫌い、年歲を加えれば兄と疑う。その理に順てその當なるがごとくなるに如かず。人は龍の飛舉を見ざれども能く高し。風雨これを捧ぐればなり。蠹多ければ木折れ隙大なれば牆壞る。懸垂の類は時に墜つることあり、枝格の類は時に弛むことあり。凍るべくして死せざるはその適を失わざるがゆえ、暑なるべくして暑に中らざるはその適を忘れざるがゆえ。曾て適せざるは乃ち適を失うなり。湯沐備われば虱相吊い、大厦成れば燕雀相賀す。憂樂別あり。柳下惠飴を見て養老すべしと曰い、盜跖飴を見て門牡を粘すべしと曰う。見る物同じくして之を用うるは異なり。蠶は食えども飲まず二十二日にして變化す。蟬は飲めども食わず三十日にして脫す。蜉蝣は食わず飲まず三日にして死す。人は砒石を食えば死し蠶は之を食えども飢えず。魚は巴豆を食えば死し鼠は之を食えば肥ゆ。類は一定に推すべからず。瓦は火を以て成るも復た火を得べからず。竹は水を假て生ずるも復た水を得べからず。土を揚げて塵を止めんと欲し、裘を著て扇を以て扇ぐは何ぞ衣服の宜しきに及ばん。乾竹の中に火あり鑽らざれば燃えず。土の中に水あり掘らざれば泉なし。蚌與象の病は人の寶なり。人の病はまた將に誰か之を寶愛せん。

為酒人之利而不酤,則竭;為車人之利而不僦,則不達。握火提人,反先之熱。鄰之母死,往哭之,妻死而不泣,有所劫以然也。西方之裸國,鳥獸弗闢,與為一也。一膊炭熯,掇之則爛指;萬石俱熯,去之十步而不死;同氣異積也。大勇小勇,有似於此。今有六尺之席,臥而越之,下材弗難;植而踰之,上材弗易;勢施異也。百梅足以為百人酸,一梅不足以為一人和。有以飯死者而禁天下之食,有以車為敗者而禁天下之乘,則悖矣。釣者靜之,𦋯者扣舟;罩者抑之,罣者舉之;為之異,得魚一也。見象牙乃知其大於牛,見虎尾乃知其大於狸,一節見而百節知也。小國不鬥於大國之間,兩鹿不鬥於伏兕之旁。佐祭者得嘗,救鬥者得傷。蔭不祥之木,為雷電所撲。或謂冢,或謂隴;或謂笠,或謂簦。頭蝨與空木之瑟,名同實異也。日月欲明而浮雲蓋之,蘭芝欲修而秋風敗之。虎有子,不能搏攫者,輒殺之,為墮武也。龜紐之璽,賢者以為佩;土壤布在田,能者以為富。予拯溺者金玉,不若尋常之纏索。視書,上有酒者,下必有肉,上有年者,下必有月,以類而取之。蒙塵而眯,固其理也;為其不出戶而堁之也。屠者羹藿,為車者步行,陶者用缺盆,匠人處狹廬,為者不必用,用者弗肯為。轂立,三十輻各盡其力,不得相害。使一輻獨入,眾輻皆棄,豈能致千里哉?夜行者掩目而前其手,涉水者解其馬載之舟,事有所宜,而有所不施。橘柚有鄉,雚葦有叢。獸同足者相從遊,鳥同翼者相從翔。田中之潦,流入於海;附耳之言,聞於千里也。蘇秦步,曰何故;趍,曰何趍馳;有為則議,多事固苛。皮將弗睹,毛將何顧!畏首畏尾,身凡有幾!欲觀九州之土,足無千里之行;心無政教之原,而欲為萬民之上;則難。旳旳者獲,提提者射,故大白若辱,大德若不足。

酒人利あれば酒を沽らざれば則ち竭き、車人利あれば車を僦わざれば則ち至ること能わず。火を握て人に抔がんとすれば反て先づ自ら熱す。鄰家の母死せば往きて之を哭し、妻死せば哭せざるは脅する所有ればなり。西方の裸國は鳥獸避けず。之と一と為ればなり。一塊の膊炭之を燒かば掇れば指を爛す。萬石俱に焚けば十步を離れて死せず。氣の積同じからざればなり。大勇小勇これに似たり。今六尺の席あり臥て跨ぐは下材も難ならず。立てて越ゆは上材も易ならず。勢の施設同じからざればなり。百の梅は百人を酸せしむるに足り、一の梅は一人の和調に足らず。或人の食て噎して死するを以て天下の食を禁じ、或人の車に乘て覆るを以て天下の車に乘るを禁ずれば悖なり。釣る者は靜かにし、船を敲く者は舟を叩き、罩る者は下壓し、網を掛くる者は上擧す。做法同じからざれども魚を得るは一なり。象牙を見て乃ち牛より大なるを知り、虎尾を見て乃ち狸より大なるを知る。一節見れば百節知るなり。小國は大國の間に爭わず、兩鹿は伏兕の傍に爭わず。祭を助くる者は嘗むるを得、鬬を救う者は傷つく。不祥の樹下に乘涼すれば雷電に撃たる。或は冢と曰い或は隴と曰う。或は笠と曰い或は簦と曰う。頭上の虱と空木の瑟は名同じくして實異なり。日月は明ならんと欲すれども浮雲これを蓋い、蘭芝は長ぜんと欲すれども秋風これを敗る。虎に幼子あれば搏攫能わざるは之を殺す。武を堕さんことを懼れればなり。龜紐の璽は賢者之を佩び、土壤田に布けば能者之を以て富を致す。溺を救う者に金玉せしむるは尋常の繩に如かず。書を看るに上に酒あれば下に必ず肉あり、上に年あれば下に必ず月あり。類を按じて取ればなり。塵に蒙て目を眯るは本とその理なるに、戸を出でずして土を揚ぐるを怪む。屠戸は藿羹を啜り、車を造る者は步行し、陶人は缺盆を用い、匠人は狹屋に居る。作る者は必ずしも用いず、用うる者は肯て作らず。轂立ちて三十の輻各その力を盡して相害すること能わず。一輻をして獨り入らしめ衆輻皆棄てられば豈千里に至らんや。夜行の者は目を捂て前に手を伸ばし、水を涉る者は馬を解て船に載す。事に宜なる所有りまた施さざる所有り。橘柚に鄕あり蘆葦に叢あり。獸の脚同じきは相從て游び、鳥の翼同じきは相從て翔る。田中の積水は海に流入り、耳に附する言は千里に傳わる。蘇秦行けば人何の為めにと問い、走れば人何の為めに馳するやと問う。作為あれば議論せられ事多ければ本と苛責せらる。皮將に見えざらんとすれば毛また何をか顧みん。首を畏れ尾を畏れれば身餘ること幾何ぞ。九州の土を見んと欲するに脚千里の行なく、心に政教の源なくして萬民の上たらんと欲すれば難し。明として捉えられ安として射らる。故に大白は辱けらるるがごとく大德は足らざるがごとし。

未嘗稼穡粟滿倉,未嘗桑蠶絲滿囊,得之不以道,用之必橫。海不受流胔,太山不上小人,旁光不升俎,?駁不入牲。中夏用箑,快之,至冬而不知去;褰衣涉水,至陵而不知下;未可以應變。有山無林,有谷無風,有石無金。滿堂之坐,視鉤各異,於環帶一也。獻公之賢,欺於驪姬;叔孫之智,欺於豎牛。故鄭詹入魯,春秋曰「佞人來,佞人來」。君子有酒,鄙人鼓缶,雖不見好,亦不見醜。人性便絲衣帛,或射之則被鎧甲,為其所不便以得所便。輻之入轂,各值其鑿,不得相通,猶人臣各守其職,不得相干。嘗被甲而免射者,被而入水;嘗抱壺而度水者,抱而蒙火;可謂不知類矣。君子之居民上,若以腐索御奔馬,若蹍薄冰,蛟在其下,若入林而遇乳虎。善用人者,若蚈之足,眾而不相害;若唇之與齒,堅柔相摩而不相敗。清醠之美,始於耒耜;黼黻之美,在於杼軸。布之新不如紵,紵之獘不如布,或善為新,或惡為故。𩉇䩉在頰則好,在顙則醜。繡,以為裳則宜,以為冠則譏。馬齒非牛蹄,檀根非椅枝,故見其一本而萬物知。石生而堅,蘭生而芳,少自其質,長而愈明。扶之與提,謝之與讓,故之與先,諾之與已也,之與矣,相去千里。汙準而粉其顙;腐鼠在壇,燒薰於宮;入水而憎濡,懷臭而求芳;雖善者弗能為工。再生者不穫,華大旱者不胥時落。毋曰不幸,甑終不墮井。抽簪招燐,有何為驚!使人無度河,可;中河使無度,不可。見虎一文,不知其武;見驥一毛,不知善走。水蠆為蟌,孑孑為蚊,兔齧為螚,物之所為,出於不意,弗知者驚,知者不怪。銅英青,金英黃,玉英白,𢊱燭捔,膏燭澤也,以微知明,以外知內。象肉之味不知於口,鬼神之貌不著於目,捕景之說不形於心。冬冰可折,夏木可結,時難得而易失。木方茂盛,終日採而不知;秋風下霜,一夕而殫。

未だ嘗て稼穡せざるに粟は倉に滿ち、未だ嘗て桑蠶せざるに絲は囊に滿つ。得るに道を以てせざれば之を用うるに必ず放縱なり。海は漂流の腐肉を受けず、泰山は小人を上らしめず、膀胱は俎に上らず、(底本この字脫落し轉錄後に失われた)駁色は犧牲に入らず。盛夏に扇を用ゆは痛快を圖るなり。冬に至るに收むることを知らず。衣裳を提起して水を涉るに丘陵に至れば放下することを知らず。應變すべからざるなり。山有りて林なく、谷有りて風なく、石有りて金なし。堂に滿ちて坐すれば帶鉤を看るに各々同じからざるも、帶を環るに於いては一なり。獻公の賢なるがごときも驪姬に欺かれ、叔孫の智なるがごときも豎牛に欺かる。故に鄭詹魯に入れば春秋に「佞人來れり佞人來れり」と曰う。君子に酒あり鄙人缶を敲く。見るべき好なしと雖も亦た見るべき醜なし。人の性は絲衣帛に便す。或人之を射るに鎧を披くは便ならざる所を以て便なる所を得るなり。輻は轂に入り各々その鑿孔に對し相通ずること能わず。人臣の各々職分を守り相干涉せざるがごとし。曾て甲を披て射を免れたる者は甲を披て水に入り、曾て壺を抱て水を渡りたる者は壺を抱て火を擋ぐ。類を知らざると謂うべし。君子民の上に居るは朽繩を以て奔馬を御するがごとく、薄冰を履むがごとく、蛟は下に在り、林に入りて乳虎に遭うがごとし。善く人を用うる者は蚈の足のごとく多くして相害せず、唇齒のごとく堅柔相磨れども相敗れず。清酢の美は耒耜より始まり、黼黻の美は杼軸に在り。布の新なりし時は苧に如かず、苧壞れば布に如かず。或は新を作るに善し或は舊を作るに惡む。酒靨は頰に在れば好く額に在れば醜し。繡は裳を成せば宜しく冠を成せば譏らる。馬齒は牛蹄にあらず、檀根は椅枝にあらず。故にその一本を見れば萬物知るなり。石は生れて堅く蘭は生れて香し。小よりその質然り、長じて愈明なり。扶と提、謝と讓、故と先、諾と已、之と矣、相去ること千里。鼻を汚して額を粉し、腐鼠堂上に在りて宮裏に香を薰す。水に入て沾濕を憎み、臭を懷て香を求む。善く為す者と雖も工なること能わず。再生は收穫せず、花大にして旱は時を待たずして落つ。幸ならざるを言うこと勿れ。甑は終に井に墮ちざるなり。簪を抽て燐火を招く何の驚くべきことかあらん。人に河を渡るなかれと謂うは可なり。河中に至て渡るなかれと謂うは不可なり。虎の一の文を見てその武を知らず、驥の一毛を見てその善走を知らず。水蠆は蜻蜓と化し孑孓は蚊と化し兔齧は螚と化す。物の為す所は不意より出づ。知らざる者は驚き知る者は怪しまず。銅英は青く金英は黃く玉英は白し。麻燭は傾き膏燭は澤す。微を以て明を知り外を以て內を知る。象肉の味は口に在らずして知り、鬼神の容貌は目に顯れずして知り、影を捕捉する說は心に形を成さず。冬の冰は折るべく夏の木は結ぶべし。時は得難くして失い易し。樹木正に茂れるとき終日采りとも覺えず。秋風霜を下せば一夕にして盡く。

病熱而強之餐,救暍而飲之寒,救經而引其索,拯溺而授之石,欲救之,反為惡。雖欲謹亡馬,不發戶轔;雖欲豫就酒,不懷蓐。孟賁探鼠穴,鼠無時死,必噬其指,失其勢也。山雲蒸,柱礎潤;伏苓掘,兔絲死。一家失熛,百家皆燒;讒夫陰謀,百姓暴骸。粟得水濕而熱,甑得火而液,水中有火,火中有水。疾雷破石,陰陽相薄。湯沐之於河,有益不多。流潦注海,雖不能益,猶愈於已。一目之羅,不可以得鳥;無餌之釣,不可以得魚;遇士無禮,不可以得賢。兔絲無根而生,蛇無足而行,魚無耳而聽,蟬無口而鳴,有然之者也。鶴壽千歲,以極其遊;蜉朝生而暮死,而盡其樂。紂醢梅伯,文王與諸侯構之;桀辜諫者,湯使人哭之。狂馬不觸木,猘狗不自投於河,雖聾蟲而不自陷,又況人乎!愛熊而食之鹽,愛獺而飲之酒,雖欲養之,非其道。心所說,毀舟為杕;心所欲,毀鐘為鐸。管子以小辱成大榮,蘇秦以百誕成一誠。質的張而弓矢集,林木茂而斧斤入,非或召之,形勢所致者也。待利而後拯溺人,亦必以利溺人矣。舟能沉能浮,愚者不加足。騏驥驅之不進,引之不止,人君不以取道里。刺我行者,欲與我交;訾我貨者,欲與我市。以水和水不可食,一絃之瑟不可聽。駿馬以抑死,直士以正窮;賢者擯於朝,美女擯於宮。行者思於道,而居者夢於床;慈母吟於巷,適子懷於荊。赤肉懸則烏鵲集,鷹隼鷙則眾鳥散,物之散聚,交感以然。食其食者不毀其器,食其實者不折其枝。塞其源者竭,背其本者枯。交畫不暢,連環不解,其解之不以解。臨河而羨魚,不如歸家織網。明月之珠,蛖之病而我之利;虎爪象牙,禽獸之利而我之害。易道良馬,使人慾馳;飲酒而樂,使人慾歌。是而行之,故謂之斷;非而行之,必謂之亂。矢疾,不過二里也;步之遲,百舍不休,千里可致。聖人處於陰,眾人處於陽;

熱を病めるに强て食を進め、暍を救うに冷を飲ましめ、縊を救うにその繩を拉き、溺を救うに石を遞す。之を救わんと欲して反て惡を成す。亡馬を謹み尋ねんと欲すれども車の門限を啟かず、豫め酒に就かんと欲すれども席を懷かず。孟賁鼠穴を探れば鼠時を移さずして死せんも必ずその指を咬む。勢を失えばなり。山雲蒸れば柱礎潤い、茯苓掘られれば兔絲死す。一家火苗を失せば百家皆燒け、讒人陰謀すれば百姓骸骨を暴露す。粟は水濕を得れば熱し、甑は火を得れば汁と化す。水の中に火あり火の中に水あり。疾雷石を破るは陰陽の相迫るなり。洗浴の水を以て河に傾ぐは益すれども多からず。積水海に注ぐは增益すること能わざれども猶お停止に勝れり。一の網眼の羅は鳥を得べからず、餌なき釣は魚を得べからず、士に待するに禮なければ賢を得べからず。兔絲は根なきも生じ、蛇は足なきも走り、魚は耳なきも聽き、蟬は口なきも鳴く。然る所以あるなり。鶴壽千歲にしてその游を窮めに來り、蜉蝣朝生暮死すれどもその樂を盡す。紂は梅伯を醢と為し文王は諸侯と之を謀り、桀は諫者を陳尸し湯は人を遣て之を哭す。狂馬は樹に撞かず、瘋狗は自ら河に投ぜず。無知の蟲と雖も自ら陷らず。又況んや人をや。熊を愛して鹽を食わしめ、獺を愛して酒を飲ましむ。之を養わんと欲すと雖もその道にあらず。心喜びて船を拆て欄と為し、心欲して鐘を毁て鐸と為す。管子は小辱を以て大榮を成し、蘇秦は百の誕を以て一の誠を成す。靶子一張れば弓矢集まり、林木茂れば斧斤入る。召す者有るにあらず形勢の致す所なり。利有るを待て溺るる人を救わんは亦た必ず利を以て人に溺れしむ。船は沈み浮くこと能く、愚なる人は足を上げざるなり。騏驥は之を趕るも進まず之を拉くも止まらず。人君之を以て道路を行かず。我が行を刺す者は我と交わらんと欲するなり。我が貨を貶す者は我と易えんと欲するなり。水を以て水と和するは食うべからず、一弦の瑟は聽くべからず。駿馬は抑止せらるるを以て死し、直士は正を以て窮す。賢者は朝廷に擯せられ美女は宮裏に擯せらる。行く人は路上に思念し、住む人は牀上に夢見る。慈母は巷裏に嘆息し、出門の子は楚地に懷念す。赤肉懸れば烏鵲聚集し、鷹隼搏擊すれば衆鳥散ず。物の散聚交感して然るなり。その食を食えばその器を毁せず、その實を食えばその枝を折らず。源を塞げば竭き本を背けば枯る。交錯畫く線は暢達せず連環は解くべからず。之を解くは强解に由らず。河に臨て魚を羡むは歸家して網を織るに如かず。明月の珠は蚌の病にして我が利なり。虎爪象牙は禽獸の利にして我が害なり。平坦の路と好馬は人をして馳せんと欲せしめ、酒飲快樂は人をして唱わんと欲せしむ。是にして實行すれば故に斷と謂い、不對にして實行すれば必ず亂と謂う。箭は疾しと雖も二里を過ぎず。歩行は遲しと雖も百舍休まざれば千里到るべし。聖人は陰に處り衆人は陽に處る。

聖人行於水,眾人行於霜。異音者不可聽以一律,異形者不可合於一體。農夫勞而君子養焉,愚者言而智者擇焉。捨茂林而集於枯,不弋鵠而弋烏,難與有圖。寅丘無壑,泉原不溥;尋常之壑,灌千頃之澤。見之明白,處之如玉石;見之闇晦,必留其謀。以天下之大,託於一人之才,譬若懸千鈞之重於木之一枝。負子而登牆,謂之不祥,為其一人隕而兩人傷。善舉事者,若乘舟而悲歌,一人唱而千人和。不能耕而欲黍粱,不能織而喜採裳,無事而求其功,難矣。有榮華者必有憔悴,有羅紈者必有麻蒯。鳥有沸波者,河伯為之不潮,畏其誠也;故一夫出死,千乘不輕。蝮蛇螫人,傅以和堇則愈,物故有重而害反為利者。聖人之處亂世,若夏暴而待暮,桑榆之間,逾易忍也。水雖平,必有波;衡雖正,必有差;尺寸雖齊,必有詭。非規矩不能定方圓,非準繩不能正曲直;用規矩準繩者,亦有規矩準繩焉。舟覆乃見善遊,馬奔乃見良御。嚼而無味者弗能內於喉,視而無形者不能思於心。兕虎在於後,隨侯之珠在於前,弗及掇者,先避患而後就利。逐鹿者不顧兔,決千金之貨者不爭銖兩之價。弓先調而後求勁,馬先馴而後求良,人先信而後求能。陶人棄索,車人掇之;屠者棄銷,而鍛者拾之;所緩急異也。百星之明不如一月之光,十牖之開不如一戶之明。矢之於十步貫兕甲,及其極,不能入魯縞。太山之高,背而弗見;秋豪之末,視之可察。山生金,反自刻;木生蠹,反自食;人生事,反自賊。巧治不能鑄木,工巧不能斲金者,形性然也。白玉不琢,美珠不文,質有餘也。故跬步不休,跛鱉千里;累積不輟,可成丘阜。城成於上,木直於下,非有事焉,所緣使然。凡用人之道,若以燧取火,疏之則弗得,數之則弗中,正在疏數之間。從朝視夕者移,從枉準直者虧;聖人之偶物也,若以鏡視形,曲得其情。

聖人は水上を行き衆人は霜上を行く。同じからざる音は一律を以て聽くべからず、同じからざる形は一體を合成すべからず。農夫勞作すれば君子養を得、愚人言すれば智者選擇す。茂林を舍てて枯樹に止り、天鵝を射ずして烏鴉を射る。之と謀ること難し。土丘に壑なければ泉源廣からず。尋常の壑も千頃の澤を灌ぐべし。明白を見れば處置は玉石の分るるがごとく、暗昧を見れば必ず謀慮を留む。天下の大なるを以て一人の才に託付するは千鈞の重を一枝の上に懸くるに譬ゆ。子を背負て牆に登るは不祥と謂う。一人墮ちて二人傷つくればなり。善く事を擧ぐる者は乘船して悲歌するがごとく一人唱えば千人應和す。耕すこと能わずして黍粱を欲し、織ること能わずして彩裳を好む。事を為さずしてその功を求めば難し。榮華あるは必ず憔悴あり、羅紈あるは必ず麻蒯あり。鳥に波濤を掀起するあり、河伯之に因りて潮を漲らさざるはその誠を懼るればなり。故に一匹夫死力を出せば千乘も敢て輕視せず。蝮蛇人を螫せば和堇を敷て愈ゆ。物本と重害に看なえて反て利を成す有り。聖人の亂世に處るは夏天暴曬して暮晚を待つがごとく、桑榆の間は更加に易く忍ぶべし。水は平なりと雖も必ず波あり、衡は正なりと雖も必ず差あり、尺寸は齊なりと雖も必ず詭あり。規矩なくば方圓を定むべからず、準繩なくば曲直を正すべからず。規矩準繩を用うる者も亦た規矩準繩を用うるなり。船覆れて乃ち善く游ぐ者を見、馬奔れて乃ち好御者を見。無味を嚼るは喉に吞べからず、無形を看るは心に想うべからず。兕虎は後に在り隨侯の珠は前に在り。拾うに及ばず。患を先に避けて利に就くなり。鹿を追う者は兔を顧みず、千金の貨を決斷する者は銖兩の價を爭わず。弓は先づ調えて後に勁を求め、馬は先づ馴らして後に良を求め、人は先づ信して後に能を求む。陶人繩を丟棄すれば造車の人之を撿拾し、屠戸銷鐵を丟棄すれば鍛工之を撿拾す。緩急する所同じからざればなり。百顆の星の明は一箇の月の光に如かず、十扇の窗を開くは一扇の門を開くの明に如かず。箭は十步の内に犀甲を射穿すること能く、極に到れば魯縞に射入ること能わず。泰山のごとき高きも之に背けば見えず、秋毫の末も注視すれば察すべし。山は金を生出して反て自ら刻まれ、木は蠹を生出して反て自ら食われ、人は事を生出して反て自ら賊害す。巧冶は木を鑄造すること能わず、工巧は金を砍ること能わず。形性かくのごとし。白玉は雕琢せず美珠は文飾せず。質餘りあればなり。故に半步を停止せざれば跛鼈も千里に至るべく、累積中斷せざれば丘阜を成すべし。城は上に在りて成り、木は下に在りて直なり。意を有して事を做すにあらず、順う所の然らしむるなり。凡そ人を用うるの道は燧を以て火を取るがごとし。疏なれば得ず密なれば中らず。正在疏密の間なり。朝より成を看れば暮に移り、枉より直を准ずれば虧く。聖人外物に匹配するは鏡を以て形を看るがごとく、曲盡してその情を得るなり。

楊子見逵路而哭之,為其可以南可以北;墨子見練絲而泣之,為其可以黃可以黑。趍舍之相合,猶金石之一調,相去千歲,合一音也。鳥不幹防者,雖近弗射;其當道,雖遠弗釋。酤酒而酸,買肉而臭,然酤酒買肉不離屠沽之家,故求物必於近之者。以詐應詐,以譎應譎,若披蓑而救火,毀瀆而止水,乃愈益多。西施、毛嬙,狀貌不可同,世稱其好,美鈞也。堯、舜、禹、湯,法籍殊類,得民心一也。聖人者,隨時而舉事,因資而立功,涔則具擢對,旱則修土龍。臨淄之女,織紈而思行者,為之悖戾。室有美貌,繒為之纂繹。徵羽之操,不入鄙人之耳;抮和切適,舉坐而善。過府而負手者,希不有盜心;故侮人之鬼者,過社而搖其枝。晉陽處父伐楚以救江,故解捽者不在於捌格,在於批伔。木大者根擢,山高者基扶,蹠巨者志遠,體大者節疏。狂者傷人,莫之怨也;嬰兒詈老,莫之疾也;賊心亡。尾生之信,不如隨牛之誕,而又況一不信者乎!憂父之疾者子,治之者醫;進獻者祝,治祭者庖。

楊子は歧路を見て哭す。南すべく北すべきがゆえなり。墨子は練絲を見て泣す。黃すべく黑すべきがゆえなり。取舍相合するは金石の同一の調なるがごとく、相去ること千歲にして一音を合成す。鳥は防護を衝犯せざれば近しと雖も射ず。路を擋るれば遠しと雖も放過せず。買う酒酸し買う肉臭しとも、酒を買い肉を買うは屠沽人家を離るべからず。故に物を求むるは必ず近きを求む。詐を以て詐に應對し、譎を以て譎に應對するは、蓑衣を披て火を救い、溝を毁て水を止むるがごとく、反て更多し。西施・毛嬙は狀貌同じくする能わざれども世人其れを好しと稱す。美は均しきなり。堯・舜・禹・湯は法籍の類別同じからざれども民心を得るは一なり。聖人は時に隨て事を擧げ、資材に就て功を立つ。水積れば汲器を備え、天旱れば土龍を修む。臨淄の女子は紈を織りて遠行の人を思う。織り出せば悖戾す。室裏に美貌あれば繒帛は密に織る。徵羽の操曲は鄙人の耳に入るべからず。急促適意の調は滿座皆好しと叫ぶ。府庫を經過して手を背う者は鮮しく盜心なきことなし。故に人鬼を侮弄する者は社を經てその樹枝を搖る。晉の陽處父は楚を伐て江を救う。故に扭打を解くは格鬬を掰開するに在らず、要害を批擊するに在り。樹大なれば根拔け開き、山高ければ基扶え得、脚大なれば志向遠く、體大なれば骨節疏なり。狂人は人を傷つくれども怨む者なく、嬰兒は老人を罵れども恨む者なし。賊心なきがゆえなり。尾生の信は隨牛の誕に如かず。又況んや一貫して信ならざる人をや。父の疾病を憂うるは子なり。治するは醫なり。進獻するは祝なり。祭品を治するは庖なり。

人間訓

清淨恬愉,人之性也;儀表規矩,事之制也。知人之性,其自養不勃;知事之制,其舉錯不惑。發一端,散無竟,周八極,總一筦,謂之心。見本而知末,觀指而睹歸,執一而應萬,握要而治詳,謂之術。居智所為,行智所之,事智所秉,動智所由,謂之道。道者,置之前而不𨎌,錯之後而不軒,內之尋常而不塞,布之天下而不窕。是故使人高賢稱譽己者,心之力也;使人卑下誹謗己者,心之罪也。夫言出於口者不可止於人,行發於邇者不可禁於遠。事者,難成而易敗也;名者,難立而易廢也。千里之隄,以螻螘之穴漏;百尋之屋,以突隙之煙焚。

淸靜恬愉は人の性なり。儀表規矩は事の制度なり。人の性を知れば自ら養うに悖らず、事の制度を知れば擧動に惑わず。一の端より發して散じて窮まることなく、八極に周し總て一管に歸す。これを心と謂う。本を見て末を知り、指を觀て歸を見、一を執て萬に應じ、要を握て詳を治む。これを術と謂う。居るに為す所を知り、行くに往く所を知り、事に秉る所を知り、動くに由る所を知る。これを道と謂う。道は前に置て後に墜ちず、後に置て前に軒せず、尋常に納て塞がらず、天下に布て隙あらず。故に人をして高賢の譽を己に著かしむるは心の力なり。人をして卑下の謗を己に著かしむるは心の罪なり。言は口より出づれば人に止めず、行は近きより發せば遠きに禁めず。事は成り難く敗れ易く、名は立ち難く廢れ易し。千里の堤は螻蟻の穴を以て漏り、百尋の屋は煙突の隙の煙を以て焚る。

堯戒曰:「戰戰慄慄,日慎一日。人莫蹪於山,而蹪於蛭。」是故人皆輕小害,易微事,以多悔。患至而後憂之,是猶病者已惓而索良醫也,雖有扁鵲、俞跗之巧,猶不能生也。夫禍之來也,人自生之;福之來也,人自成之。禍與福同門,利與害為鄰,非神聖人,莫之能分。凡人之舉事,莫不先以其知規慮揣度,而後敢以定謀。其或利或害,此愚智之所以異也。曉自然以為智,知存亡之樞機,禍福之門戶,舉而用之,陷溺於難者,不可勝計也。使知所為是者,事必可行,則天下無不達之塗矣。是故知慮者,禍福之門戶也;動靜者,利害之樞機也。百事之變化,國家之治亂,待而後成。是故不溺於難者成,是故不可不慎也。

堯が誡めて曰く、「戰戰栗栗として日に一日と謹み増す。人は山に躓かずして垤に躓く」と。故に人は小害を輕んじ微事を易しと視るを以て悔い多し。患至りて後に憂うは、病已に困れて良醫を求むるに譬ゆ。扁鵲・兪跗の巧ありと雖も生かしむること能わず。禍の來るは人の自ら生ずるなり。福の來るは人の自ら成すなり。禍と福とは同門にして利と害とは鄰を爲す。神聖の人にあらざれば之を分かつこと能わず。凡人の事を擧ぐるは先づその智を以て規慮揣度して後敢て謀を定むることなし。或は利あり或は害あり。此れ愚智の同じからざる所以なり。自然を以て智と爲し、存亡の樞機を知り禍福の門戶を知りて擧げて用い、難に陷るは數ふるに勝えず。假に爲す所の是なるを知りて事必ず行なるべしと爲さば、則ち天下に通達せざるの路なし。故に知慮は禍福の門戶なり。動靜は利害の樞機なり。百事の變化と國家の治亂とは待つて後成る。故に難に陷らざるは乃ち成るなり。故に慎まざるべからざるなり。

天下有三危:少德而多寵,一危也;才下而位高,二危也;身無大功而受厚祿,三危也。故物或損之而益,或益之而損。何以知其然也?昔者楚莊王既勝晉於河、雍之間,歸而封孫叔敖,辭而不受,病疽將死,謂其子曰:「吾則死矣,王必封女。女必讓肥饒之地,而受沙石之間有寑丘者,其地確石而名醜。荊人鬼,越人禨,人莫之利也。」孫叔敖死,王果封其子以肥饒之地,其子辭而不受,請有寑之丘。楚國之俗,功臣二世而爵祿,惟孫叔敖獨存。此所謂損之而益也。

天下に三の危あり。德少くして寵多きは一の危なり。才下にして位高きは二の危なり。身に大功なくして厚祿を受くるは三の危なり。故に物に之を損して反て之を益するあり、之を益して反て之を損するあり。何以てかくのごとしを知るや。昔者楚莊王已に河雍の間に晉に勝ち、歸て孫叔敖を封ぜんとして辭して受けず。疽を病み將に死せんとして其子に謂いて曰く、「我若し死なば王必ず汝を封ぜん。汝必ず肥饒の地を讓て沙石の間の寢丘を受けよ。彼の地确石にして名醜し。荆人は鬼を信じ越人は禨を信ず。其の利を貪る者なし」と。孫叔敖死して王果て肥饒の地を以て其子を封ず。其子辭して受けず寢之丘を請う。楚國の俗は功臣二世にして爵祿を奪う。唯だ孫叔敖獨り存す。此れ之を損して反て之を益するを謂うなり。

何謂益之而損?昔晉厲公南伐楚,東伐齊,西伐秦,北伐燕,兵橫行天下而無所綣,威服四方而無所詘,遂合諸侯於嘉陵。氣充志驕,淫侈無度,暴虐萬民。內無輔拂之臣,外無諸侯之助。戮殺大臣,親近導諛。明年出遊匠驪氏,欒書、中行偃劫而幽之,諸侯莫之救,百姓莫之哀,三月而死。夫戰勝攻取,地廣而名尊,此天下之所願也,然而終於身死國亡。此所謂益之而損者也。

何をか之を益して反て之を損するを謂うや。昔者晉厲公は南に楚を伐ち、東に齊を伐ち、西に秦を伐ち、北に燕を伐つ。兵は天下を橫行して曲げず、威は四方を服して屈せず。乃ち嘉陵に諸侯を合す。氣充ち志驕り、淫侈度なく萬民に暴虐す。內に輔拂の臣なく、外に諸侯の助なし。大臣を殺戮し諂諛を親近す。明年匠驪氏に出游すれば欒書・中行偃之を劫て幽禁す。諸侯之を救う者なく百姓之を哀れむ者なし。三月にして死す。戰勝攻取して地廣く名尊きは天下の願う所なれども、乃ち身死し國亡ぶ。此れ之を益して反て之を損するを謂うなり。

夫孫叔敖之請有寑之丘,沙石之地,所以累世不奪也;晉厲公之合諸侯於嘉陵,所以身死於匠驪氏也。眾人皆知利利而病病也,唯聖人知病之為利,知利之為病也。夫再實之木根必傷,掘藏之家必有殃,以言大利而反為害也。張武教智伯奪韓、魏之地而擒於晉陽,申叔時教莊王封陳氏之後而霸天下。孔子讀《易》至《損》《益》,未嘗不憤然而歎,曰:「益損者,其王者之事與!事或欲以利之,適足以害之;或欲害之,乃反以利之。利害之反,禍福之門戶,不可不察也。」

孫叔敖の寢之丘・沙石の地を請うは、故に累世奪われず。晉厲公の嘉陵に諸侯を合するは、故に匠驪氏に身死す。衆人は皆利を以て利と爲し病を以て病と爲す。唯だ聖人は病の利と爲るべきを知り、利の病と爲るべきを知る。再實の木はその根必ず傷つき、臧を掘る家は必ず殃あり。大利反て害と爲るを謂うなり。張武は智伯をして韓・魏の地を奪わしめて晉陽に禽えられ、申叔時は莊王をして陳氏の後を封ぜしめて天下に覇たり。孔子は周易を讀みて損・益に至れば嘗て憤然として嘆息せざることなく、曰く「益と損とは其れ王者の事か。事に之を利せんと欲して適足りて之を害するあり、之を害せんと欲して反て之を利するあり。利害の反は禍福の門戶にして察せざるべからざるなり」と。

陽虎為亂於魯,魯君令人閉城門而捕之,得者有重賞,失者有重罪。圍三匝,而陽虎將舉劍而伯頤。門者止之曰:「天下探之不窮,我將出子。」陽虎因赴圍而逐,揚劍提戈而走。門者出之,顧反取其出之者,以戈推之,攘袪薄腋。出之者怨之曰:「我非故與子反也,為之蒙死被罪,而乃反傷我。宜矣其有此難也!」魯君聞陽虎失,大怒,問所出之門,使有司拘之,以為傷者受大賞,而不傷者被重罪。此所謂害之而反利者也。

陽虎魯に亂を作す。魯君人をして城門を閉ぢて之を捕えしめ、之を獲るには重賞あり、之を走らすには重罪あり。三匝を圍みて陽虎將に劍を擧げて刎せんとす。門を守る者之を止めて曰く、「天下之を探ること窮まり無窮なり。我將に子を出さんとす」と。陽虎因て圍を出でて逐はれ、劍を提げ戈を提て走る。門を守る者彼を出だせば、反顧て彼の己を出だせし者を取り、戈を以て之を摳り、袂を破て腋に連く。之を出だせし者之を怨みて曰く、「我固より子に逆うにあらざるなり。子の爲に死を蒙りて罪せられん。乃ち反て我を傷づく。子の此の難あるや亦た宜なり」と。魯君陽虎の走失を聞きて大怒り、何の門より出でしかを問い、有司をして之を拘しめ、傷つきたる者を大いに賞し、傷つかざる者を重く罪す。此れ之を害して反て之を利するを謂うなり。

何謂欲利之而反害之?楚恭王與晉人戰於鄢陵,戰酣,恭王傷而休。司馬子反渴而求飲,豎陽穀奉酒而進之。子反之為人也,嗜酒而甘之,不能絕於口,遂醉而臥。恭王欲復戰,使人召司馬子反,辭以心痛。王駕而往視之,入幄中而聞酒臭。恭王大怒曰:「今日之戰,不穀親傷,所恃者,司馬也,而司馬又若此,是亡楚國之社稷,而不率吾眾也。不穀無與復戰矣!」於是罷師而去之,斬司馬子反為僇。故豎陽穀之進酒也,非欲禍子反也,誠愛而欲快之也,而適足以殺之。此所謂欲利之而反害之者也。

何をか之を利せんと欲して反て之を害するを謂うや。楚恭王は晉人と鄢陵に戰う。戰酣なりて恭王傷つきて休む。司馬子反渴して飮を求むれば豎陽穀酒を奉て進す。子反の爲人は酒を嗜みて甘と爲し、口を絕つこと能わず。於是乎醉て臥す。恭王復た戰わんと欲して人をして司馬子反を召さしめれば、辭て心に疾ありと曰う。王駕して往きて之を視るに、帳中に入て酒臭を聞く。恭王大怒りて曰く、「今日の戰、不穀自ら傷つき、恃む所は司馬にして司馬また是くのごとし。是れ楚國の社稷を亡し吾が衆を率ゐざるなり。不穀は復た戰う與なし」と。於是乎師を罷めて之を斬して戮と爲す。故に豎陽穀の酒を進すは、子反を害せんと欲するにあらず。實に之を愛して之を快せしめんと欲して、適足りて之を殺す。此れ之を利せんと欲して反て之を害するを謂うなり。

夫病溼而強之食,病暍而飲之寒,此眾人之所以為養也,而良醫之所以為病也。悅於目,悅於心,愚者之所利也,然而有道者之所闢也。故聖人先忤而後合,眾人先合而後忤。有功者,人臣之所務也;有罪者,人臣之所闢也。

濕に病めるに强て之を食せしめ、暑に中るに之を冷飮せしむるは、衆人の以て養う所にして良醫の以て病を致す所なり。目を悅ばし心を樂ばしむるは愚者の利にして有道者の避くる所なり。故に聖人は先づ忤して後に合し、衆人は先づ合して後に忤す。功あるは人臣の務る所にして、罪あるは人臣の辟くる所なり。

或有功而見疑,或有罪而益信,何也?則有功者離恩義,有罪者不敢失仁心也。魏將樂羊攻中山,其子執在城中,城中縣其子以示樂羊。樂羊曰:「君臣之義,不得以子為私。」攻之愈急。中山因烹其子,而遺之鼎羹與其首,樂羊循而泣之,曰:「是吾子。」已,為使者跪而啜三杯。使者歸報,中山曰:「是伏約死節者也,不可忍也。」遂降之。為魏文侯大開地,有功。自此之後,日以不信。此所謂有功而見疑者也。

有る者は功あれども疑われ、有る者は罪あれども彌が上に信ぜらる。何の故ぞや。功ある者は恩義を離れ、罪ある者は仁心を失わんことを敢てせざるなり。魏の將樂羊は中山を攻む。その子城に扣えられ、城中にその子を懸けて樂羊に視せしむ。樂羊曰く「君臣の義は子を以て私と爲すべからず」と。攻むること愈急なり。中山乃ちその子を烹て鼎羹と其の頭とを樂羊に遺す。樂羊撫でて之を泣きて曰く「此れ吾が子なり」と。已にして使者に對して跪きて三杯を啜る。使者歸りて報ゆれば、中山曰く「此れ伏約死節の人なり。忍び難し」と。於是乎降す。其れ魏文侯の爲に地を大いに闢きて功あり。此より後日に一日と信ぜられず。此れ功あれども疑わるるを謂うなり。

何謂有罪而益信?孟孫獵而得麑,使秦西巴持歸烹之,麑母隨之而。秦西巴弗忍,縱而予之。孟孫歸,求麑安在,秦西巴對曰:「其母隨而啼,臣誠弗忍,竊縱而予之。」孟孫怒,逐秦西巴。居一年,取以為子傅。左右曰:「秦西巴有罪於君,今以為子傅,何也?」孟孫曰:「夫一麑而不忍,又何況於人乎!」此謂有罪而益信者也。

何をか罪あれども彌が上に信ぜらるるを謂うや。孟孫獵して麑を得、秦西巴に將て歸りて烹らしむ。麑の母之に隨う(底本のこの字は生僻字にして轉錄後に失われた)。秦西巴忍びず、放て之に還す。孟孫歸りて麑の在る所を問う。秦西巴對へて曰く「其の母之に隨いて啼く。臣實に忍びず、竊かに放て之に還しました」と。孟孫怒りて秦西巴を逐う。一歲を踰えて復た取て子の傅と爲す。左右曰く「秦西巴君に罪あり。今乃ち子の傅と爲すは何ぞや」と。孟孫曰く「夫れ一麑をも忍びず、又況んや人に於いてをや」と。此れ罪ありて彌が上に信ぜらるるなり。

故趨舍不可不審也,此公孫鞅之所以抵罪於秦,而不得入魏也。功非不大也,然而累足無所踐者,不義之故也。事或奪之而反與之,或與之而反取之。

故に取舍審かにせざるべからざるなり。此れ公孫鞅の秦に抵罪して魏に入ること能わざる所以なり。功は大ならざるにあらざれども、脚を疊ねて踏む地なし。不義なるがゆえなり。事に之を奪て反て之に與うるあり、之に與えて反て之を取るあり。

智伯求地於魏宣子,宣子弗欲與之。任登曰:「智伯之強,威行於天下,求地而弗與,是為諸侯先受禍也。不若與之。」宣子曰:「求地不已,為之奈何?」任登曰:「與之,使喜,必將復求地於諸侯,諸侯必植耳。與天下同心而圖之,一心所得者,非直吾所亡也。」魏宣子裂地而授之。又求地於韓康子,韓康子不敢不予。諸侯皆恐。又求地於趙襄子,襄子弗與。於是智伯乃從韓、魏圍襄子於晉陽。三國通謀,禽智伯而三分其國。此所謂奪人而反為人所奪者也。

智伯魏宣子に地を求む。宣子與えんと欲せず。任登曰く「智伯の強は威天下に行はる。地を求めて與えざるは諸侯の爲に先んじて禍を受くるなり。與うるに如かず」と。宣子曰く「地を求むるに已まずば如何せん」と。任登曰く「之に與えて之を喜ばしめば、必ず復た諸侯に地を求めん。諸侯必ず耳を竪つ。天下と同心して之を謀れば同心の得る所は吾らの失う所のみならず」と。魏宣子地を割きて之に授く。又韓康子に地を求むれば韓康子敢て與えざることなし。諸侯皆恐懼す。又趙襄子に地を求むれば襄子與えず。於是乎智伯乃ち韓・魏を將て襄子を晉陽に圍む。三國通謀して智伯を擒へて其の國を三分す。此れ人を奪て反て人に奪わるるを謂うなり。

何謂與之而反取之?晉獻公欲假道於虞以伐虢,遺虞垂棘之璧與屈產之乘。虞公惑於璧與馬,而欲與之道。宮之奇諫曰:「不可!夫虞之與虢,若車之有輪,輪依於車,車亦依輪。虞之與虢,相恃而勢也。若假之道,虢朝亡而虞夕從之矣。」虞公弗聽,遂假之道。荀息伐虢,遂克之。還反伐虞,又拔之。此所謂與之而反取者也。

何をか之に與えて反て之を取るを謂うや。晉獻公虞に道を假りて虢を伐たんと欲す。虞に垂棘の璧と屈產の乘を遺す。虞公璧と馬に惑いて道を假さんと欲す。宮之奇諫めて曰く「不可なり。虞と虢とは車の輪あるがごとく、輪は車に依り車も亦た輪に依る。虞と虢とは相恃むの勢なり。若し一たび假さば虢朝に亡びて虞夕に從わん」と。虞公聽かず。乃ち道を假す。荀息虢を伐て乃ち之を克つ。反顧て虞を伐て又之を拔く。此れ之に與えて反て之を取るを謂うなり。

聖王布德施惠,非求其報於百姓也;郊望禘嘗,非求福於鬼神也。山致其高而雲起焉,水致其深而蛟龍生焉,君子致其道而福祿歸焉。夫有陰德者必有陽報,有陰行者必有昭名。古者,溝防不修,水為民害,禹鑿龍門,闢伊闕,平治水土,使民得陸處。百姓不親,五品不慎,契教以君臣之義,父子之親,夫妻之辨,長幼之序。田野不脩,民食不足,后稷乃教之闢地墾草,糞土種穀,令百姓家給人足。故三後之後,無不王者,有陰德也。周室衰,禮義廢,孔子以三代之道教導於世,其後繼嗣至今不絕者,有隱行也。秦王趙政兼吞天下而亡,智伯侵地而滅,商鞅支解,李斯車裂,三代種德而王,齊桓繼絕而霸。故樹黍者不獲稷,樹怨者無報德。

聖王德を布き惠を施すは百姓に報を求むるにあらず。郊望禘嘗は鬼神に福を求むるにあらず。山其の高きに至れば雲起り、水其の深きに至れば蛟龍生じ、君子其の道に至れば福祿歸す。陰德有る者は必ず陽報あり、陰行有る者は必ず昭著の名あり。古の時溝渠堤防修まらず水民の害と爲す。禹は龍門を鑿開き伊闕を闢き、水土を平治して民をして陸地に居らしむ。百姓親しまず五品遜ならず。契は君臣の義・父子の親・夫妻の辨・長幼の序を以て之を敎う。田野修まらず民食足らず。后稷乃ち之に地を開き草を墾し糞土して穀を種え、百姓をして家給人足ならしむるを敎う。故に三后の嗣は王と稱せざることなし。陰德有ればなり。周室衰え禮義廢る。孔子は三代の道を以て世を敎導し、その後嗣今に至るまで絕えざるは隱行有ればなり。秦王趙政は天下を兼呑して亡び、智伯は地を侵して滅び、商鞅は支解せられ李斯は車裂せらる。三代德を種て王と稱し、齊桓は絕世を繼續して覇を爲す。故に黍を種くる者は稷を收めず、怨を種くる者は德の報を得ざるなり。

昔者,宋人好善者,三世不解。家無故而黑牛生白犢,以問先生,先生曰:「此吉祥,以饗鬼神。」居一年,其父無故而盲,牛又復生白犢,其父又復使其子以問先生。其子曰:「前聽先生言而失明,今又復問之,奈何?」其父曰:「聖人之言,先忤而後合。其事未究,固試往復問之。」其子又復問先生,先生曰:「此吉祥也,復以饗鬼神。」歸致命其父,其父曰:「行先生之言也。」居一年,其子又無故而盲。其後楚攻宋,圍其城。當此之時,易子而食,析骸而炊,丁壯者死,老病童兒皆上城,牢守而不下。楚王大怒,城已破,諸城守者皆屠之。此獨以父子盲之故,得無乘城。軍罷圍解,則父子俱視。夫禍福之轉而相生,其變難見也。

昔者宋人に善を好む者有り。三世怠らず。家故なく黑牛白犢を生ず。先生に問えば先生曰く「此れ吉祥なり。以て鬼神を祭れ」と。一歲を踰えて父故なく目盲す。牛又白犢を生ず。父又子をして先生に問えしむ。子曰く「前に先生の言を聽きて失明せり。今又た問わん如何せん」と。父曰く「聖人の言は先づ忤て後に合す。事未だ竟らず。姑く復た問え」と。子又往きて先生に問えば先生曰く「此れ吉祥なり。復た以て鬼神を祭れ」と。歸て父に復命すれば父曰く「先生の言に從へ」と。一歲を踰えて子又故なく目盲す。其後楚宋を攻て城を圍む。此の時子を易えて食い骸骨を劈きて炊き、丁壯は死し老病兒童皆城に上る。牢守りて攻め下さず。楚王大怒りて城已に破れれば凡そ城を守る者皆屠る。此の一家唯だ父子の盲するを以て登城せずして免る。軍罷り圍解けて父子皆復た視力を復す。故に福は禍と爲り禍は福と爲り轉て相生ず。其の變化見難し。

近塞上之人有善術者,馬無故亡而入胡,人皆弔之。其父曰:「此何遽不為福乎!」居數月,其馬將胡駿馬而歸,人皆賀之。其父曰:「此何遽不能為禍乎!」家富良馬,其子好騎,墮而折其髀,人皆弔之。其父曰:「此何遽不為福乎!」居一年,胡人大入塞,丁壯者引弦而戰,近塞之人,死者十九,此獨以跛之故,父子相保。故福之為禍,禍之為福,化不可極,深不可測也。

塞上に近き人に術數を善くする者有り。馬故なく胡地に亡入す。人皆之を弔問す。其の父曰く「此れ何ぞ福と爲らざらんや」と。數月を居て其の馬胡の駿馬を將て歸る。人皆之を賀す。其の父曰く「此れ何ぞ禍と爲る能わざらんや」と。家富みて良馬多く子騎を好みて墮ちて大腿を折る。人皆之を弔問す。其の父曰く「此れ何ぞ福と爲らざらんや」と。一年を居て胡人大いに塞に入る。丁壯は弦を引て戰う。塞に近き者は死者十に九を居る。此の一家唯だ跛なるを以て父子相保つ。故に福は禍と爲り禍は福と爲る。變化窮極すべからず深き測度すべからず。

或直於辭而不害於事者,或虧於耳以忤於心而合於實者。高陽魋將為室,問匠人。匠人對曰:「未可也。木尚生,加塗其上,必將撓。以生材任重塗,今雖成,後必敗。」高陽魋曰:「不然。夫木枯則益勁,塗乾則益輕。以勁材任輕塗,今雖惡,後必善。」匠人窮於辭,無以對,受令而為室。其始成,竘然善也,而後果敗。此所謂直於辭而不可用者也。

有る言は直にして事に妨げず、有るは聽けば虧き心に忤うれども實に合す。高陽魋將に室を爲らんとす。匠人に問えば匠人對へて曰く「未だ可ならず。木尚ほ生なり。涂を加えば必ず將に橈ならん。生材を以て重涂を任ず。今成すと雖も後必ず敗れん」と。高陽魋曰く「然るにあらず。木乾けば彌が上に勁く、涂乾けば彌が上に輕し。勁材を以て輕涂を任ず。今惡しと雖も後必ず好からん」と。匠人辭窮まりて對うるに言無く、命を受けて室を爲る。其の始めの成れるや壯好極まりなし。其の後果て敗る。此れ言直にして用うべからざるを謂うなり。

何謂虧於耳、忤於心而合於實?靖郭君將城薛,賓客多止之,弗聽。靖郭君謂謁者曰:「無為賓通言。」齊人有請見者曰:「臣請道三言而已;過三言,請烹。」靖郭君聞而見之,賓趨而進,再拜而興,因稱曰:「海大魚。」則反走。靖郭君止之曰:「願聞其說。」賓曰:「臣不敢以死為熙。」靖郭君曰:「先生不遠道而至此,為寡人稱之!」賓曰:「海大魚,網弗能止也,釣弗能牽也。蕩而失水,則螻螘皆得志焉。今夫齊,君之淵也。君失齊,則薛能自存乎?」靖郭君曰:「善。」乃止不城薛。此所謂虧於耳、忤於心而得事實者也。

何をか聽けば虧き心に忤うれども實に合するを謂うや。靖郭君將に薛に城を築かんとす。賓客多く之を止むる者あり。聽かず。靖郭君謁者に謂いて曰く「賓客に爲に通することなかれ」と。齊人に請見を請う者有りて曰く「臣請う三言を言うのみ。三言を益さば請う烹らん」と。靖郭君聞きて之を見る。賓客趨て進み、再拜して起ち、因て稱して曰く「海大魚」と。因て反て走る。靖郭君之を止めて曰く「願くは其の說を聞かん」と。賓客曰く「臣敢て死を以て戲るること爲さず」と。靖郭君曰く「先生遠道ここに至る。寡人に爲に之を道え」と。賓客曰く「海大魚は網之を止むる能わず、釣之を牽る能わず。一たび蕩て水を失へば螻蟻も志を得ん。今齊は君の淵なり。君齊を失はば薛また能く自ら存せんや」と。靖郭君曰く「善し」と。乃ち止て薛に城を築かず。此れ聽けば虧き心に忤うれども事實を得るを謂うなり。

夫以「無城薛」止城薛,其於以行說,乃不若「海大魚」。故物或遠之而近,或近之而遠;或說聽計當而身疏,或言不用、計不行而益親。

「薛に城を築くことなかれ」を以て城を止むるは、行說に於いて反て「海大魚」に如かざるなり。故に物に之を遠ざけて反て近く、之を近づけて反て遠きあり。說聽せられ計當て身疏くあり、言用いられず計行はれずして彌が上に親しきあり。

何以明之?三國伐齊,圍平陸。括子以報於牛子曰:「三國之地不接於我,踰鄰國而圍平陸,利不足貪也。然則求名於我也。請以齊侯往。」牛子以為善。括子出,無害子入,牛子以括子言告無害子。無害子曰:「異乎臣之所聞。」牛子曰:「國危而不安,患結而不解,何謂貴智!」無害子曰:「臣聞之,有裂壤土以安社稷者,聞殺身破家以存其國者,不聞出其君以為封疆者。」牛子不聽無害子之言,而用括子之計,三國之兵罷,而平陸之地存。自此之後,括子日以疏,無害子日以進。故謀患而患解,圖國而國存,括子之智得矣。無害子之慮無中於策,謀無益於國,然而心調於君,有義行也。今人待冠而飾首,待履而行地。冠履之於人也,寒不能煖,風不能障,暴不能蔽也,然而冠冠履履者,其所自託者然也。夫咎犯戰勝城濮,而雍季無尺寸之功,然而雍季先賞而咎犯後存者,其言有貴者也。故義者,天下之所賞也。百言百當,不如擇趨而審行也。或無功而先舉,或有功而後賞。何以明之?昔晉文公將與楚戰城濮,問於咎犯曰:「為奈何?」咎犯曰:「仁義之事,君子不厭忠信;戰陳之事,不厭詐偽。君其詐之而已矣。」辭咎犯,問雍季,雍季對曰:「焚林而獵,愈多得獸,後必無獸。以詐偽遇人,雖愈利,後無復。君其正之而已矣。」於是不聽雍季之計,而用咎犯之謀,與楚人戰,大破之。還歸賞有功者,先雍季而後咎犯。左右曰:「城濮之戰,咎犯之謀也。君行賞先雍季,何也?」文公曰:「咎犯之言,一時之權也。雍季之言,萬世之利也。吾豈可以先一時之權,而後萬世之利也哉!」智伯率韓、魏二國伐趙,圍晉陽,決晉水而灌之。城下緣木而處,縣釜而炊。襄子謂張孟談曰:「城中力已盡,糧食匱乏,大夫病,為之奈何?」張孟談曰:「亡不能存,危不能安,無為貴智士。

何以て明らかにせんや。三國齊を伐て平陸を圍む。括子牛子に報じて曰く「三國の地は我と接せず。鄰國を越えて平陸を圍むは利貪るに足らず。然る則ち我に名を求むるなり。齊侯をして往かしめんことを請う」と。牛子之を善しとす。括子出でて無害子入る。牛子括子の言を無害子に告ぐ。無害子曰く「臣の聞ける所と異なり」と。牛子曰く「國危うしと雖も安んぜず、患結べて解けず、智を貴ぶを奈何せん」と。無害子曰く「臣聞く、壤土を割裂して社稷を安んずる有り、身を殺し家を破て其の國を存する有るを聞けども、其の君をして出でて封疆を爲さしむるは未だ聞かず」と。牛子無害子の言を聽かず、括子の計を用う。三國の兵罷み平陸之地存す。此より後括子日に疏遠し無害子日に進用す。故に患を謀て患解け、國を圖て國存す。括子の智得る所あり。無害子の慮は中策なく、謀は國に益なしと雖も、心君と調い義行あり。今人冠を待て首を飾り、履を待て地を践む。冠履の人に於けるは、寒に暖むる能わず、風に擋ぐ能わず、暴曬に蔽う能わざるも、然も冠を戴き履を穿つは托する所の然らしむるなり。咎犯城濮に戰勝すれども雍季尺寸の功なく、然るに雍季先んじて賞を受け咎犯後に存せらるは、その言貴ぶべき有ればなり。故に義は天下の賞する所なり。百言百當たるは趨を擇びて審かに行うに如かず。或は功なくして先んじて擧げられ、或は功ありて後に賞せらる。何以て明らかにせんや。昔者晉文公將に楚と城濮に戰わんとして咎犯に問うて曰く「奈何せん」と。咎犯曰く「仁義の事は君子忠信を厭わず。戰陳の事は詐僞を厭わず。君其れ之を詐るのみ」と。咎犯を辭して雍季に問う。雍季對へて曰く「林を焚て田するは獸を愈多く得るも後必ず獸無し。詐僞を以て人に對するは愈利ありと雖も後復た可ならず。君其れ正ならんのみ」と。於是乎雍季の計を聽かず咎犯の謀を用い、楚人と戰て大いに之を破る。歸て功有る者を賞すに雍季を先んじ咎犯を後にす。左右曰く「城濮の戰は咎犯の謀なり。君賞を行て雍季を先んずるは何の故ぞや」と。文公曰く「咎犯の言は一時の權なり。雍季の言は萬世の利なり。吾豈に一時の權を先んじ萬世の利を後にせんや」と。智伯韓・魏二國を率ゐて趙を伐ち晉陽を圍み、晉水を決て以て之を灌ぐ。城下木に緣て居り、釜を懸けて炊ぐ。襄子張孟談に謂いて曰く「城中力已に盡き糧食乏しく大夫病む。奈何せん」と。張孟談曰く「亡して存する能わず危して安んずる能わざれば、智士を貴ぶを奈何せん。

臣請試潛行,見韓、魏之君而約之。」乃見韓、魏之君,說之曰:「臣聞之,唇亡而齒寒。今智伯率二君而伐趙,趙將亡矣。趙亡,則君為之次矣。及今而不圖之,禍將及二君。」二君曰:「智伯之為人也,粗中而少親。我謀而洩,事必敗。為之奈何?」張孟談曰:「言出君之口,入臣之耳,人孰知之者乎?且同情相成,同利相死,君其圖之!」二君乃與張孟談陰謀,與之期。張孟談乃報襄子。至其日之夜,趙氏殺其守隄之吏,決水灌智伯。智伯軍救水而亂,韓、魏翼而擊之,襄子將卒犯其前,大敗智伯軍,殺其身而三分其國。襄子乃賞有功者,而高赫為賞首。群臣請曰:「晉陽之存,張孟談之功也。而赫為賞首,何也?」襄子曰:「晉陽之圍也,寡人國家危,社稷殆,群臣無不有驕侮之心者,唯赫不失君臣之禮,吾是以先之。」由此觀之,義者,人之大本也。雖有戰勝存亡之功,不如行義之隆。故君子曰:「美言可以市尊,美行可以加人。」或有罪而可賞也,或有功而可罪也。西門豹治鄴,廩無積粟,府無儲錢,庫無甲兵,官無計會,人數言其過於文侯。文侯身行其縣,果若人言。文侯曰:「翟璜任子治鄴,而大亂。子能道則可,不能,將加誅於子。」西門豹曰:「臣聞:王主富民,霸主富武,亡國富庫。今王欲為霸王者也,臣故蓄積於民。君以為不然,臣請升城鼓之,甲兵粟米可立具也。」於是乃升城而鼓之。一鼓,民被甲括矢,操兵弩而出。再鼓,負輦粟而至。文侯曰:「罷之!」西門豹曰:「與民約信,非一日之積也。一舉而欺之,後不可復用也。燕常侵魏八城,臣請北擊之,以復侵地。」遂舉兵擊燕,復地而後反。此有罪而可賞者也。解扁為東封,上計而入三倍,有司請賞之。文侯曰:「吾土地非益廣也,人民非益眾也,入何以三倍?」對曰:「以冬伐木而積之,於春浮之河而鬻之。

(之に續けて曰く)「臣請う竊かに出て行て韓・魏の君を見て之と約せん」と。於是乎韓・魏の君を見て說きて曰く「臣聞く、唇亡びて齒寒しと。今智伯二君を率ゐて趙を伐つ。趙將に亡びんとす。趙亡なば則ち君之に次がん。今を乘じて之を謀らざれば禍將に二君に及ばん」と。二君曰く「智伯の爲人は麄中にして親少し。吾らの謀泄るれば事必ず敗れん。奈何せん」と。張孟談曰く「言君の口より出て臣の耳に入る。人誰か之を知らん。且つ同情は相成し同利は相死す。君其れ之を圖れ」と。二君乃ち張孟談と陰謀し、之と期を約す。張孟談乃ち往きて襄子に報ゆ。其の夜に至り趙氏守堤の吏を殺し、水を決て智伯を灌ぐ。智伯軍水を救て大亂す。韓・魏翼に夾擊し、襄子士卒を將て其の前に犯す。大いに智伯軍を敗て其身を殺して其の國を三分す。襄子乃ち功有る者を賞して高赫を賞の首と爲す。群臣請て問うて曰く「晉陽の存するは張孟談の功なり。赫を賞の首と爲すは何の故ぞや」と。襄子曰く「晉陽の圍まるるとき寡人の國家危うく社稷殆し。群臣驕侮の心を帶びざるはなく、唯だ赫のみ君臣の禮を失わず。吾之に因りて先んず」と。此に由りて觀れば義は人の大本なり。戰勝存亡の功ありと雖も行義の隆盛に如かず。故に君子曰く「美言は尊を市うべく、美行は人の上に加うべし」と。或は罪ありて賞すべく、或は功ありて罪すべし。西門豹鄴を治む。倉に積粟なく府に儲錢なく、庫に甲兵なく官に計會なし。人數文侯に其の過を言う。文侯身その縣を行れば果て人の言うがごとし。文侯曰く「翟璜子を任じて鄴を治めしむるに乃ち大亂す。(之に續けて曰く)「子能く道せば則ち已。能わざれば將に誅を加えん」と。西門豹曰く「臣聞く、王主は民を富し、霸主は武を富し、亡國は庫を富すと。今王霸王たらんと欲すれば、臣故に積蓄を民に置けり。君若以て然らずとせば、臣請う城に登て鼓を撃たん。甲兵粟米立ちどきに具備すべし」と。於是乎城に登て鼓を撃つ。一鼓すれば民甲を被り矢を束て兵弩を操て出づ。再鼓すれば又輦して粟を載せて至る。文侯曰く「之を罷めよ」と。西門豹曰く「民と信を約すは一日の積みにあらず。一擧して之を欺けば後復た用うべからず。燕嘗て魏の八城を侵す。臣請う北に擊て侵地を復せん」と。乃ち兵を擧げて燕を擊ち地を復して後乃ち反る。此れ罪ありて賞すべきなり。解扁東の封疆を爲す。上計の收入三倍なり。有司請て之を賞せんとす。文侯曰く「吾が土地益すことなく人民衆ならず、收入何の故に三倍なるや」と。對へて曰く「冬に木を伐て之を積み、春に之を河に浮べて賣る。

」文侯曰:「民春以力耕,暑以強耘,秋以收斂。冬間無事,以伐林而積之,負軛而浮之河,是用民不得休息也。民以敝矣,雖有三倍之入,將焉用之?」此有功而可罪者也。賢主不苟得,忠臣不苟利。何以明之?中行穆伯攻鼓,弗能下。餽聞倫曰:「鼓之嗇夫,聞倫知之。請無罷武大夫,而鼓可得也。」穆伯弗應。左右曰:「不折一戟,不傷一卒,而鼓可得也,君奚為弗使?」穆伯曰:「聞倫為人,佞而不仁。若使聞倫下之,吾可以勿賞乎?若賞之,是賞佞人。佞人得志,是使晉國之武舍仁而後佞,雖得鼓,將何所用之!」攻城者,欲以廣地也。得地不取者,見其本而知其末也。秦穆公使孟盟舉兵襲鄭,過周以東。鄭之賈人弦高、蹇他相與謀曰:「師行數千里,數絕諸侯之地,其勢必襲鄭。凡襲國者,以為無備也。今示以知其情,必不敢進。」乃矯鄭伯之命,以十二牛勞之。三率相與謀曰:「凡襲人者,以為弗知。今已知之矣,守備必固,進必無功。」乃還師而反。晉先軫舉兵擊之,大破之殽。鄭伯乃以存國之功賞弦高,弦高辭之曰:「誕而得賞,則鄭國之信廢矣。為國而無信,是俗敗也。賞一人而敗國俗,仁者弗為也。以不信得厚賞,義者弗為也。」遂以其屬徙東夷,終身不反。故仁者不以欲傷生,知者不以利害義。聖人之思修,愚人之思叕。忠臣者務崇君之德,諂臣者務廣君之地。何以明之?陳夏徵舒弒其君,楚莊王伐之,陳人聽令。莊王以討有罪,遣卒戍陳,大夫畢賀。申叔時使於齊,反還而不賀。莊王曰:「陳為無道,寡人起九軍以討之,徵暴亂,誅罪人,群臣皆賀,而子獨不賀,何也?」申叔時曰:「牽牛蹊人之田,田主殺其人而奪之牛。罪則有之,罰亦重矣。今君王以陳為無道,興兵而攻,因以誅罪人,遣人戍陳。諸侯聞之,以王為非誅罪人也,貪陳國也。蓋聞君子不棄義以取利。

(之に續けて曰く)」文侯曰く「民春に力めて耕り、夏に强めて耘り、秋に收斂す。冬は閑いて事なく、之をして林を伐て之を積ましめ、軛を負て河に浮ばる。此れ民をして休息を得ざらしむるなり。民已に疲弊す。縱三倍の收入有るとも將に之を以て何をか爲さん」と。此れ功ありて罪すべきなり。賢主は苟得せず忠臣は苟利せず。何以て明らかにせんや。中行穆伯鼓を攻めて下す能わず。饋聞倫曰く「鼓の嗇夫は聞倫之を知れり。請う武士大夫を勞せずして鼓得べし」と。穆伯應ぜず。左右曰く「一戟を折らず一卒を傷つけずして鼓得べし。君何ぞ使わざる」と。穆伯曰く「聞倫の爲人は佞にして仁ならず。聞倫をして之を下さしめば、我能く賞せざらんや。若し之を賞せば是れ佞人を賞するなり。佞人志を得れば是れ晉國の士をして仁を舍てて佞を後にせしめん。鼓を得ると雖も將に之を以て何をか爲さん」と。城を攻むるは地を廣めんと欲するなり。地を得て取らざるは本を見て末を知るなり。秦穆公孟明をして兵を擧げて鄭を襲わしむ。周を過ぎて東す。鄭の賈人弦高・蹇他相與謀て曰く「師數千里を行き數諸侯之地を穿つ。其の勢必ず鄭を襲わん。凡そ國を襲うは以て備えなしと爲すなり。今示すに已知れる情を以てせば必ず敢て進まざらん」と。乃ち鄭伯之命を矯て十二の牛を以て勞す。三師相與謀て曰く「凡そ人を襲うは以て人の知らざると爲すなり。今已に知之。守備必ず固し。進めば必ず功なからん」と。乃ち師を還す。晉の先軫兵を擧げて之を擊ち、崤に於いて大いに之を破る。鄭伯乃ち存國の功を以て弦高を賞す。弦高辭して曰く「誕を以て賞を得れば鄭國の信廢れん。國を治むるに信なくば風俗を敗るなり。一人を賞して國俗を敗るは仁者爲さざるなり。不信を以て厚賞を得るは義者爲さざるなり」と。乃ち其の徒屬を將て東夷に遷り、終身反らず。故に仁者は欲を以て生を傷らず、智者は利を以て義を害せず。聖人の慮は脩く愚人の慮は短し。忠臣は君の德を崇めんことを務め、諂臣は君の地を廣めんことを務む。何以て明らかにせんや。陳の夏徵舒其の君を弑す。楚莊王往きて之を伐てば陳人令を聽く。莊王罪有るを討つを以て卒を遣て陳を戍らしめ、大夫畢賀す。申叔時齊に使して反て還りて賀せず。莊王曰く「陳無道を爲す。寡人九軍を起して之を討ち、暴亂を征し罪人を誅す。群臣皆賀す。子獨り賀せざるは何の故ぞ」と。申叔時曰く「牛を牽きて人の田を蹊ぐ。田主其の人を殺して其の牛を奪う。罪は之を有つも罰亦た重し。今君王陳の無道を以て兵を興して攻め、因て罪人を誅し人を遣て陳を戍らしむ。諸侯之を聞かば王を以て罪人を誅するに非ず、陳國を貪るなりと爲さん。蓋し聞く、君子は義を棄てて利を取らずと。

」王曰:「善!」乃罷陳之戍,立陳之後。諸侯聞之,皆朝於楚。此務崇君之德者也。張武為智伯謀曰:「晉六將軍,中行文子最弱,而上下離心,可伐以廣地。」於是伐範、中行。滅之矣,又教智伯求地於韓、魏、趙。韓、魏裂地而授之,趙氏不與,乃率韓、魏而伐趙,圍晉陽三年。三國陰謀同計,以擊智氏,遂滅之。此務為君廣地者也。夫為君崇德者霸,為君廣地者滅。故千乘之國,行文德者王,湯、武是也;萬乘之國,好廣地者亡,智伯是也。非其事者勿仞也,非其名者勿就也,無故有顯名者勿處也,無功而富貴者勿居也。夫就人之名者廢,仞人之事者敗,無功而大利者後將為害。譬猶緣高木而望四方也,雖愉樂哉,然而疾風至,未嘗不恐也。患及身,然後憂之,六驥追之,弗能及也。是故忠臣之事君也,計功而受賞,不為苟得;積力而受官,不貪爵祿。其所能者,受之勿辭也;其所不能者,與之勿喜也。辭所能則匿,欲所不能則惑。辭所不能而受所能,則得無損墮之勢,而無不勝之任矣。昔者智伯驕,伐範、中行而克之,又劫韓、魏之君而割其地。尚以為未足,遂興兵伐趙。韓、魏反之,軍敗晉陽之下,身死高梁之東,頭為飲器,國分為三,為天下笑。此不知足之禍也。老子曰:「知足不辱,知止不殆,可以修久。」此之謂也。或譽人而適足以敗之,或毀人而乃反以成之。何以知其然也?費無忌復於荊平王曰:「晉之所以霸者,近諸夏也。而荊之所以不能與之爭者,以其僻遠也。楚王若欲從諸侯,不若大城城父,而令太子建守焉,以來北方,王自收其南。是得天下也。」楚王悅之,因命太子建守城父,命伍子奢傅之。居一年,伍子奢遊人於王側,言太子甚仁且勇,能得民心。王以告費無忌,無忌曰:「臣固聞之,太子內撫百姓,外約諸侯,齊、晉又輔之,將以害楚,其事已構矣。

」王曰く「善し」と。乃ち戍陳を罷めて陳の後嗣を立つ。諸侯之を聞きて皆楚に朝す。此れ君の德を崇めんことを務むるなり。張武智伯に謀て曰く「晉の六將軍は中行文子最も弱し。且つ上下離心なり。伐て以て地を廣むべし」と。於是乎范・中行を伐つ。之を滅して又智伯を敎えて韓・魏・趙に地を求めしむ。韓・魏地を割きて之に授け、趙氏與えず。於是乎韓・魏を率ゐて趙を伐て晉陽を圍むこと三年。三國陰謀同計して智氏を擊て乃ち之を滅す。此れ君の地を廣めんことを務むるなり。君の德を崇むるは覇たり、君の地を廣むるは亡ぶ。故に千乘の國文德を行うは王たる、湯・武是れなり。萬乘の國地を廣めんことを好むは亡ぶ、智伯是れなり。其の事ならざるは認めず、其の名ならざるは就かず、故なく顯名有るは處らず、功なくして富貴は居らず。人の名に就く者は廢れ、人の事を認むる者は敗れ、功なく大利を得る者は後將に害と爲らん。譬へば高樹に緣て四方を望むがごとし。愉樂すと雖も疾風一至れば恐懼せざるなし。患身に至て後憂うるは六驥を以て之を追うも及ぶ能わず。故に忠臣君に事え、功を計て賞を受けて苟得せず、力を積て官を受けて爵祿を貪らず。能くする所は受けて辭するなかれ、能わざる所は與えられて喜ぶなかれ。能くする所を辭すれば則ち匿す、能わざる所を欲すれば則ち惑う。能わざる所を辭して能くする所を受くれば、則ち損墮の勢なくして不勝の任なし。昔者智伯驕りて范・中行を伐て之を克ち、又韓・魏の君を脅して其の地を割かしむ。猶お以て足らずと爲し乃ち兵を興して趙を伐つ。韓・魏反て軍は晉陽の下に敗れ、身は高梁の東に死し、頭は飮器と爲され、國は三に分たれ天下に笑はる。此れ足らざるを知らざるの禍なり。老子曰く「足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆うからず。以て長久ならん」と。此れを謂うなり。或は人を稱して適足りて之を敗り、或は人を毀して反て之を成す。何以て其の然るを知るや。費無忌荊平王に復して曰く「晉の覇たる所以は諸夏に近ければなり。荊の之と爭う能わざる所以は僻遠なればなり。楚王若し諸侯に從わんと欲せば、不如城父を大いに築き太子建をして之を守らしめ、以て北方を招來し、王自ら南方を收取せよ。此れ天下を得るなり」と。楚王之を喜び、乃ち太子建に命じて城父を守らしめ、伍子奢に命じて其の傅と爲さしむ。一歲を踰えて伍子奢人をして王の側に游說せしめて、太子甚だ仁にして且つ勇あり民心を得べしと曰わしむ。王費無忌に告ぐ。無忌曰く「臣固より之を聞けり。太子內に百姓を撫し外に諸侯を約し、齊・晉又之を輔く。將に楚を害せんとす。事已に構を成せり」と。

」王曰:「為我太子,又尚何求?」曰:「以秦女之事怨王。」王因殺太子建而誅伍子奢。此所謂見譽而為禍者也。何謂毀人而反利之?唐子短陳駢子於齊威王威王欲殺之,陳駢子與其屬出亡,奔薛。孟嘗君聞之,使人以車迎之。至,而養以芻豢黍粱五味之膳,日三至。冬日被裘罽,夏日服絺紵,出則乘牢車,駕良馬。孟嘗君問之曰:「夫子生於齊,長於齊,夫子亦何思於齊?」對曰:「臣思夫唐子者。」孟嘗君曰:「唐子者,非短子者耶?」曰:「是也。」孟嘗君曰:「子何為思之?」對曰:「臣之處於齊也,糲粢之飯,藜藿之羹,冬日則寒凍,夏日則暑傷。自唐子之短臣也,以身歸君,食芻豢,飯黍粢,服輕煖,乘牢良,臣故思之。」此謂毀人而反利之者也。是故毀譽之言,不可不審也。或貪生而反死,或輕死而得生,或徐行而反疾。何以知其然也?魯人有為父報讎於齊者,刳其腹而見其心,坐而正冠,起而更衣,徐行而出門,上車而步馬,顏色不變。其御欲驅,撫而止之曰:「今日為父報讎以出死,非為生也。今事已成矣,又何去之!」追者曰:「此有節行之人,不可殺也。」解圍而去之。使被衣不暇帶,冠不及正,蒲伏而走,上車而馳,必不能自免於千步之中矣。今坐而正冠,起而更衣,徐行而出門,上車而步馬,顏色不變,此眾人所以為死也,而乃反以得活。此所謂徐而馳,遲於步也。夫走者,人之所以為疾也;步者,人之所以為遲也。今反乃以人之所為遲者反為疾,明於分也。有知徐之為疾,遲之為速者,則幾於道矣。故黃帝亡其玄珠,使離朱、捷剟索之,而弗能得之也,於是使忽怳,而後能得之。聖人敬小慎微,動不失時,百射重戒,禍乃不滋。計福勿及,慮禍過之;同日被霜,蔽者不傷;愚者有備,與知者同功。夫爝火在縹煙之中也,一指所能息也;唐漏若鼷穴,一墣之所能塞也。

」王曰く「彼は我が太子なり。又た何を求めん」と。曰く「秦女の事を以て王を怨む」と。王乃ち太子建を殺し伍子奢を誅す。此れ稱せられて反て禍と爲るを謂うなり。何をか人を毀して反て之を利するを謂うや。唐子齊威王の前に陳駢子の短を言う。威王之を殺さんと欲す。陳駢子其の屬と出亡して薛に奔る。孟嘗君之を聞きて人をして車を以て之を迎えしむ。至れば芻豢黍粱五味之具を以て之を養い、日に三至す。冬は裘罽を被り夏は𫄨苧を服し、出でれば牢車に乘り良馬を駕す。孟嘗君之に謂いて曰く「夫子齊に生まれ齊に長ず。夫子齊に何の思うかある」と。對へて曰く「臣は夫の唐子を思う」と。孟嘗君曰く「唐子は即ち子の短を言う者にあらずや」と。曰く「然り」と。孟嘗君曰く「子何の故に之を思うや」と。對へて曰く「臣の齊に處りし時、糲飯に藜藿の羹。冬は寒凍し夏は暑傷す。自から唐子臣の短を言うに由りて、身を君に歸し、芻豢を食し黍粱を飯し、輕暖を服し牢良を乘る。臣の之を思う所以なり」と。此れ人を毀して反て之を利するなり。故に毁譽の言は審かにせざるべからざるなり。或は生を貪て反て死し、或は死を輕んじて生を得、或は徐行して反て疾し。何以て其の然るを知るや。魯人に父の爲に齊に報讐する者有り。腹を刳て心を見、坐して冠を正し、起て衣服を更え、徐行して門を出で、車に登て馬を步ましめ、顏色變えず。其の御者馳せんと欲すれば撫でて之を止めて曰く「今日父の爲に讐を報ずるは死を求めて出づ。生の爲にあらず。今事已に成る。又何ぞ去らん」と。追う者曰く「此れ節行有るの人なり。殺すべからず」と。圍を解きて去る。假に衣を披て帶を結ぶに及ばず、冠を正すに及ばず、匍匋して走り車に登て馳騁せば、必ず千步の内に自ら免るる能わず。今坐して冠を正し起て衣服を更え徐行して門を出で、車に登て馬を步ましめ顏色變えざるは、衆人の以て死せんとする所なり。乃ち反て此に因て生を得る。此れ徐は馳より疾く遲は步より速きを謂うなり。走るは人の以て快と爲す所、行くは人の以て遲と爲す所なり。今反て人の以て遲と爲す所を以て快と爲すは名分を明かにするなり。徐の能く疾と爲り遲の能く速と爲るを知る者有れば道に近し。故に黄帝其の玄珠を亡い、離朱・捷剡をして索めしむるも能く得ず。於是乎忽怳をして乃ち能く之を得しむ。聖人は小を敬し微を慎み、動くに時を失わず、百射の御重ねて戒備すれば禍乃ち生ぜず。福を計るは及ばざるを慮り、禍を慮るは之を過たんと欲す。同日霜を被る者傷つかず。愚者備え有れば智者と功同じ。炬火縹渺の煙の中に在れば一指以て之を熄す。堤漏れて鼷鼠の穴のごときは一塊の土以て之を塞ぐべし。

及至火之燔孟諸而炎雲臺,水決九江而漸荊州,雖起三軍之眾,弗能救也。夫積愛成福,積怨成禍。若癰疽之必潰也,所浼者多矣。諸御鞅復於簡公曰:「陳成常、宰予二子者,甚相憎也。臣恐其構難而危國也。君不如去一人。」簡公不聽。居無幾何,陳成常果攻宰予於庭中,而弒簡公於朝。此不知敬小之所生也。魯季氏與郈氏鬥雞,郈氏介其雞,而季氏為之金距。季氏之雞不勝,季平子怒,因侵郈氏之宮而築之。郈昭伯怒,傷之魯昭公曰:「

火孟諸に及び雲臺を焼き、水九江を決て荆州を没すれば、三軍の衆を發すと雖も救う能わざるなり。愛を積て福と爲し、怨を積て禍と爲す。癰疽の必ず潰するがごとく、染むる所多ければなり。諸御鞅簡公に復して曰く「陳成常・宰予の二人は甚だ相憎しみ合う。臣恐る其の構難して國を危うくせんことを。君一を去るに如かず」と。簡公聽かず。居て幾久しくなく陳成常果て庭中に宰予を攻め、朝上に簡公を弑す。此れ小を敬するを知らざるの生ずる所なり。魯の季氏と郈氏と鬬鶏す。郈氏其の鶏に甲を介がしめ、季氏其の鶏に金距を施す。季氏の鶏勝たず。季平子怒りて乃ち郈氏の宮室を侵して之を築く。郈昭伯怒りて魯昭公に中傷して曰く

禱於襄公之廟,舞者二人而已,其餘盡舞於季氏。季氏之無道無上,久矣。弗誅,必危社稷。」公以告子家駒子家駒曰:「季氏之得眾,三家為一。其德厚,其威強,君胡得之!」昭公弗聽,使郈昭伯將卒以攻之。仲孫氏、叔孫氏相與謀曰:「無季氏,死亡無日矣。」遂興兵以救之。郈昭伯不勝而死,魯昭公出奔齊。故禍之所從生者,始於雞定;及其大也,至於亡社稷。故蔡女蕩舟,齊師大侵楚。兩人搆怨,廷殺宰予,簡公遇殺,身死無後,陳氏代之,齊乃無呂。兩家鬥雞,季氏金距,郈公作難,魯昭公出走。故師之所處,生以棘楚。禍生而不蚤滅,若火之得燥,水之得濕,浸而益大。癰疽發於指,其痛遍於體。故蠹啄剖梁柱,虻走牛羊,此之謂也。人皆務於救患之備,而莫能知使患無生。夫使患無生,易於救患,而莫能加務焉,則未可與言術也。晉公子重耳過曹,曹君欲見其骿脅,使之袒而捕魚。釐負羈止之曰:「公子非常也。從者三人,皆霸王之佐也。遇之無禮,必為國憂。」君弗聽。重耳反國,起師而伐曹,遂滅之。身死人手,社稷為墟,禍生於袒而捕魚。齊、楚欲救曹,不能存也。聽釐負羈之言,則無亡患矣。今不務使患無生,患生而救之,雖有聖知,弗能為謀耳。患禍之所由來者,萬端無方。是故聖人深居以避辱,靜安以待時。小人不知禍福之門戶,妄動而絓羅網,雖曲為之備,何足以全其身!譬猶失火而鑿池,被裘而用箑也。且唐有萬穴,塞其一,魚何遽無由出?室有百戶,閉其一,盜何遽無從入?夫牆之壞也於隙,劍之折必有齧,聖人見之密,故萬物莫能傷也。太宰子朱侍飯於令尹子國,令尹子國啜羹而熱,投卮漿而沃之。明日,太宰子朱辭官而歸。其僕曰:「楚太宰,未易得也。辭官去之,何也?」子朱曰:「令尹輕行而簡禮,其辱人不難。」明年,伏郎尹而笞之三百。

(之に續けて曰く)「襄廟に禱るに舞者二人のみ。其餘は皆季氏に在りて舞う。季氏の無道無上久しきこと已に甚し。誅せざれば必ず社稷に危なからん」と。公子家駒に告ぐ。子家駒曰く「季氏衆を得る。三家合一を成す。其の德厚く其の威強し。君安んぞ能く得ん」と。昭公聽かず。郈昭伯をして士卒を率ゐて往て攻めしむ。仲孫氏・叔孫氏相與謀て曰く「季氏無くんば死亡日なからん」と。乃ち兵を興して之を救う。郈昭伯勝たずして死し、魯昭公出でて齊に奔る。故に禍の從て生ずる所は鬬鶏より始まり、其の大なるに及て社稷を亡すに至る。故に蔡女舟を蕩かせば齊師大いに擧りて楚を侵す。兩人怨を結びて朝廷に宰予を殺し、簡公殺せられて身死し後嗣なし。陳氏代はりて齊乃ち呂氏無し。兩家鬬鶏して季氏金距を裝い、郈公難を發して魯昭公出走す。故に師の處る所は荆棘生ず。禍生じて早く滅さざれば、火の燥に遭い水の濕に遭うがごとく、浸漬して彌が上に大なり。癰疽は指より發し、痛身に遍し。故に蠹啄は梁柱を剖る能く、(底本のこの字は生僻字にして轉錄後に失われた)虻は牛羊を趕て亂走せしむ。此れを謂うなり。人皆務めて患を救う備えを爲れども、患を生ぜしめざるを知る能くする者なし。患を生ぜしめざるは患を救うより易し。而るに之を務むる能くする者なければ、之と術を語るべからず。晉公子重耳曹を過ぐ。曹君其の駢脅を觀たく欲して袒して魚を捕えしむ。釐負羈止めて曰く「公子非常の人なり。從者三人は皆霸王の輔なり。之に待するに禮なければ必ず國の憂と爲らん」と。君聽かず。重耳國に返り師を興して曹を伐て乃ち之を滅す。身他人の手に死し社稷丘墟と爲る。禍は袒して魚を捕うるに生ず。齊・楚曹を救わんと欲すれども存す能わざるなり。釐負羈の言を聽かば則ち亡患なし。今患を生ぜしめざるを務めず、患生じて後之を救わば、聖智有ると雖も謀る能わず。患禍の從て來る所は萬端にして定方なし。故に聖人は深居して辱を避け靜安して時を待つ。小人は禍福の門戶を知らず、妄動して羅網に挂かる。雖曲折に備うとも豈に身を全うするに足らん。譬へば火失せて後池を鑿り、裘を著て扇を用うるがごとし。且つ塘に萬穴あれば一を塞ぐとも魚何ぞ出づるに路なからん。室に百門あれば一を閉づとも盜何ぞ入るに路なからん。墻の壞は隙に在り、劍の折は必ず缺あり。聖人は細密を見る。故に萬物之を傷つくる能わず。太宰子朱令尹子國に飯を侍す。令尹子國羹を啜て熱し、卮に過ぎる漿を投て之に沃ぐ。明日太宰子朱辭して歸る。其の僕曰く「楚の太宰易得にあらず。辭去するは何の故ぞ」と。子朱曰く「令尹行輕く禮簡なり。其の人を辱むること難からず」と。明年郎尹を抶て三百す。

夫仕者先避之,見終始微矣。夫鴻鵠之未孚於卵也,一指蔑之,則靡而無形矣;及至其筋骨之已就,而羽翮之既成也,淩乎浮云,背負青天,膺摩赤霄,翱翔乎忽荒之上,析惕乎虹蜺之間,雖有勁弩利矰微繳,蒲且子之巧,亦弗能加也。江水之始出於岷山也,可攓衣而越也;及至乎下洞庭,騖石城,經丹徒,起波濤,舟杭一日不能濟也。是故聖人者,常從事於無形之外,而不留思盡慮於成事之內,是故患禍弗能傷也。人或問孔子曰:「顏回何如人也?」曰:「仁人也。丘弗如也。」「子貢何如人也?」曰:「辯人也。丘弗如也。」「子路何如人也?」曰:「勇人也。丘弗如也。」賓曰:「三人皆賢夫子,而為夫子役,何也?」孔子曰:「丘能仁且忍,辯且訥,勇且怯。以三子之能,易丘一道,丘弗為也。」孔子知所施之也。秦牛缺徑於山中而遇盜,奪之車馬,解其橐笥,拖其衣被。盜還反顧之,無懼色憂志,驩然有以自得也。盜遂問之曰:「吾奪子財貨,劫子以刀,而志不動,何也?」秦牛缺曰:「車馬所以載身也,衣服所以揜形也。聖人不以所養害其養。」盜相視而笑曰:「夫不以欲傷生,不以利累形者,世之聖人也。以此而見王者,必且以我為事也。」還反殺之。此能以知知矣,而未能以知不知也;能勇於敢,而未能勇於不敢也。凡有道者,應卒而不乏,遭難而能免,故天下貴之。今知所以自行也,而未知所以為人行也,其所論未之究者也。人能由昭昭於冥冥,則幾於道矣。詩曰:「人亦有言,無哲不愚。」此之謂也。事或為之,適足以敗之;或備之,適足以致之。何以知其然也?秦皇挾錄圖,見其傳曰:「亡秦者,胡也。」因發卒五十萬,使蒙公、楊翁子將,築脩城,西屬流沙,北擊遼水,東結朝鮮,中國內郡輓車而餉之。

官を爲る者は先んじて避く。終始の微を見ればなり。鴻鵠の未だ卵に在りて成らざるは、一指之を按ずれば糜爛して形なし。其の筋骨已成り羽翮已に長ずるに及てば、浮雲を凌ぎ青天を負き、赤霄を摩し忽荒の上に翱翔し、虹霓の間に徘徊す。勁弩利矰纖繳あり蒲且子の巧ありと雖も之に加うべからず。江水の始め岷山より出づるは裳を提起して跨ぐべし。其の洞庭に下り石城に奔り丹徒を經るに及てば、波濤を起し舟航一日も渡る能わず。故に聖人は常に無形の外に事を爲し、思慮を已成の内に留めず。故に患禍之を傷つくる能わず。或人孔子に問て曰く「顔回は何如の人ぞ」と。曰く「仁人なり。丘如かず」と。「子貢は何如の人ぞ」と。曰く「辯人なり。丘如かず」と。「子路は何如の人ぞ」と。曰く「勇人なり。丘如かず」と。賓曰く「三子皆夫子より賢なるに、夫子の役を爲すは何の故ぞ」と。孔子曰く「丘は能く仁にして且つ忍、辯にして且つ訥、勇にして且つ怯。三子の能を以て丘の一道と易うるも丘爲さず」と。孔子其の施用する所を知るなり。秦牛缺山中の逕に於いて盜に遇う。其の車馬を奪い其の橐笥を解き其の衣被を拖す。盜顧て其の懼色憂志なく歡然として自得する有るを視る。盜乃ち之に問て曰く「吾ら子の財貨を奪い刀を以て子を脅す。子の志動かざるは何ぞ」と。秦牛缺曰く「車馬は身を載する所以、衣服は形を蔽う所以なり。聖人は養う所を以て其の養う所を害せず」と。盜相視て笑て曰く「欲を以て生を傷らず利を以て形を累さざるは世の聖人なり。此を以て王を見んは必ず將に我らを事と爲さん」と。顧て反て之を殺す。此れ能く智を以て知るも能く智を以て知らざる能わず、能く敢に勇づるも能く敢えざるに勇づる能わざるなり。凡そ道有る者は應對倉卒に匱えず、患難に遭て免る。故に天下之を貴ぶ。今自ら行う所以を知れども人に行わしむる所以を知らざれば、其の論ずる所未だ窮まらず。人能く昭昭より冥冥に往かば道に近し。詩に曰く「人亦有言、哲人なきことなし」と。此れを謂うなり。事之を爲して適足りて之を敗るあり、之を備えて適足りて之を致すあり。何以て其の然るを知るや。秦始皇錄圖を挾て其の傳上に「秦を亡す者は胡なり」と見る。於是乎卒五十萬を發し、蒙公・楊翁子を將として長城を修築し、西は流沙に屬し、北は遼水を擊ち、東は朝鮮を結ぶ。中國內郡は車を挽て餉を往ぐ。

又利越之犀角、象齒、翡翠、珠璣,乃使尉屠睢發卒五十萬,為五軍,一軍塞鐔城之嶺,一軍守九疑之塞,一軍處番禺之都,一軍守南野之界,一軍結餘幹之水,三年不解甲弛弩,使監祿無以轉餉,又以卒鑿渠而通糧道,以與越人戰,殺西嘔君譯籲宋。而越人皆入叢薄中,與禽獸處,莫肯為秦虜。相置桀駿以為將,而夜攻秦人,大破之,殺尉屠睢,伏屍流血數十萬。乃發適戍以備之。當此之時,男子不得脩農畝,婦人不得剡麻考縷,羸弱服格於道,大夫箕會於衢,病者不得養,死者不得葬。於是陳勝起於大澤,奮臂大呼,天下席捲,而至於戲。劉、項興義兵隨,而定若折槁振落,遂失天下。禍在備胡而利越也。欲知築脩城以備亡,不知築脩城之所以亡也;發適戍以備越,而不知難之從中發也。夫鵲先識歲之多風也,去高木而巢扶枝,大人過之則探鷇,嬰兒過之則挑其卵,知備遠難而忘近患。故秦之設備也,烏鵲之智也。或爭利而反強之,或聽從而反止之。何以知其然也?魯哀公欲西益宅,史爭之,以為西益宅不祥。哀公作色而怒,左右數諫不聽,乃以問其傅宰折睢曰:「吾欲益宅,而史以為不祥。子以為何如?」宰折睢曰:「天下有三不祥,西益宅不與焉。」哀公大悅而喜。頃,復問曰:「何謂三不祥?」對曰:「不行禮義,一不祥也。嗜慾無止,二不祥也。不聽強諫,三不祥也。」哀公默然深念,憤然自反,遂不西益宅。夫史以爭為可以止之,而不知不爭而反取之也。智者離路而得道,愚者守道而失路。夫兒說之巧,於閉結無不解。非能閉結而盡解之也,不解不可解也。至乎以弗解解之者,可與及言論矣。或明禮義、推道體而不行,或解搆妄言而反當。何以明之?孔子行遊,馬失,食農夫之稼,野人怒取馬而繫之。子貢往說之,卑辭而不能得也。

又越地の犀角・象牙・翡翠・珠璣を貪り、乃ち尉屠睢をして卒五十萬を發して五軍と爲さしむ。一軍は鐔城の嶺を塞ぎ、一軍は九疑之塞を守り、一軍は番禺の都に處り、一軍は南野の界を守り、一軍は餘干之水に結ぶ。三年甲を解かず弩を弛めず、監祿をして轉餉する以てなく、又以て士卒を以て渠を鑿て糧道を通じ、越人と戰て西嘔君譯吁宋を殺す。越人皆叢薄に入り禽獸と處りて秦の虜と爲るに肯せず。相與桀俊を置て將と爲し、夜秦人を攻て大いに之を破り、尉屠睢を殺す。伏尸流血數十萬。乃ち讁戍を發して之を備う。此の時男子農畝を修むる能わず、婦人麻を剮て績む能わず、羸弱は道上に服轭し、大夫は衢に箕會し、病者養えず死者葬えず。於是乎陳勝大澤より興り、臂を奮て大呼すれば天下席を卷くがごとく戲に至る。劉・項義兵を興して之に隨い、平定は枯を折り落を振うがごとし。於是乎天下を失う。禍は胡を備えて越を貪るに在り。長城を修築して亡を備えんと欲して、長城の修築は乃ち亡ゆる所以なるを知らず。讁戍を發して越を備うるに、患難の内より發するを知らざるなり。鵲は歲の多風なるを先知りて高木を去り扶枝に巢を爲す。大人過ぎれば雛を探り、嬰兒過ぎれば卵を挑る。遠害を備えて近患を忘るるを知るなり。故に秦の設備は烏鵲の智なり。或は利を爭て反て之を强め、或は聽從して之を止む。何以て其の然るを知るや。魯哀公西に室を廣めんと欲す。史爭て以て不祥と爲す。哀公色を作して怒る。左右數諫めて聽かず。乃ち其の傅宰折睢に問て曰く「吾室を廣めんと欲す。史以て不祥と爲す。子以爲如何」と。宰折睢曰く「天下に三の不祥あり。西に室を廣むるは其れに與らず」と。哀公大いに喜ぶ。有頃又問て曰く「何をか三不祥と謂うや」と。對へて曰く「禮義を行わざるは一不祥。嗜欲止まざるは二不祥。强諫を聽かざるは三不祥」と。哀公默然として深念し、憤然として自ら反し、遂に西に室を廣めず。史以て爭て之を止むべしと爲すも、爭わざるに反て取るを知らざるなり。智者は路を離れて道を得、愚者は道を守て路を失う。兒說の巧は死結に於いて解けざるなし。死結を皆解く能うにあらず、解くべからざるを解かざるなり。解かざるを以て解く者に至てば、之と言論に與言すべし。或は禮義を闡明し道體を推るれども行はれず、或は構結を解て妄言すれども當たる。何以て明らかにせんや。孔子行きて馬亡きて野人の稼を食す。野人怒りて馬を取て繫ぐ。子貢往きて之を說く。辭卑くして得べからず。

孔子曰:「夫以人之所不能聽說人,譬以大牢享野獸,以九韶樂飛鳥也。予之罪也,非彼人之過也。」乃使馬圉往說之。至,見野人曰:「子耕於東海,至於西海。吾馬之失,安得不食子之苗?」野人大喜,解馬而與之。說若此其無方也,而反行。事有所至,而巧不若拙,故聖人量鑿而正枘。夫歌採菱,發陽阿,鄙人聽之,不若此延路、陽局,非歌者拙也,聽者異也。故交畫不暢,連環不解,物之不通者,聖人不爭也。仁者,百姓之所慕也;義者,眾庶之所高也。為人之所慕,行人之所高,此嚴父之所以教子,而忠臣之所以事君也。然世或用之而身死國亡者,不同於時也。昔徐偃王好行仁義,陸地之朝者三十二國。王孫厲謂楚莊王曰:「王不伐徐,必反朝徐。」王曰:「偃王,有道之君也,好行仁義,不可伐。」王孫厲曰:「臣聞之,大之與小,強之與弱也,猶石之投卵,虎之啗豚,又何疑焉!且夫為文而不能達其德,為武而不能任其力,亂莫大焉。」楚王曰:「善!」乃舉兵而伐徐,遂滅之。知仁義而不知世變者也。申菽、杜茞,美人之所懷服也,及漸之於滫,則不能保其芳矣。古者,五帝貴德,三王用義,五霸任力。今取帝王之道,而施之五霸之世,是由乘驥逐人於榛薄,而蓑笠盤旋也。今霜降而樹穀,冰泮而求穫,欲其食則難矣。故易曰「潛龍勿用」者,言時之不可以行也。故「君子終日干乾,夕惕若厲,無咎」。終日干乾,以陽動也;夕惕若厲,以陰息也。因日以動,因夜以息,唯有道者能行之。夫徐偃王為義而滅,燕子噲行仁而亡,哀公好儒而削,代君為墨而殘。滅亡削殘,暴亂之所致也,而四君獨以仁義儒墨而亡者,遭時之務異也。非仁義儒墨不行,非其世而用之,則為之擒矣。夫戟者,所以攻城也;鏡者,所以照形也。宮人得戟則以刈葵,盲者得鏡則以蓋卮,不知所施之也。

孔子曰く「人の聽く能わざる所を以て人を說くは、譬へば太牢を以て野獸を饗し、九韶を以て飛鳥を樂まするがごとし。予の罪なり。彼の人の過にあらず」と。乃ち馬圉をして往て說かしむ。至りて野人を見て曰く「子東海より耕りて西海に至る。吾が馬失せば安くんぞ子の苗を食わざらん」と。野人大いに喜び馬を解て之に與う。說くこと此の如くに方無しと雖も乃ち行はる。事至る所有り。巧は拙に如かず。故に聖人は鑿を量りて後榫を正す。采菱を唱え陽阿を發するに、鄙人聽くは延路・陽局に如かず。歌う者の拙にあらず、聽く者の異なればなり。故に交錯畫く線は暢達せず連環は解くべからず。物の通ぜざるは聖人爭わず。仁は百姓の慕う所、義は衆庶の高む所なり。人の慕う所を爲し、人の高む所を行うは、此れ嚴父の以て子を敎え忠臣の以て君に事ゆる所以なり。然れども世に之を用て身死し國亡ぶ者有り。時に同じからざればなり。昔者徐偃王仁義を行うを好む。陸行して朝する者三十二國。王孫厲楚莊王に謂て曰く「王徐を伐たざれば必ず反て徐に朝せん」と。王曰く「偃王は有道の君にして仁義を行うを好む。伐つべからず」と。王孫厲曰く「臣聞く、大之與小、強之與弱は、石を以て卵を投げ、虎之豚を啖うがごとし。又何の疑ふべきかあらん。且つ文を爲して其の德を達する能わず、武を爲して其の力を任する能わざれば、亂此より大なるはなし」と。楚王曰く「善し」と。乃ち兵を擧げて徐を伐て遂に之を滅す。此れ仁義を知れども世變を知らざる者なり。申菽・杜芷は美人の懷服する所なれども、潲水に浸されば其の香を保つ能わず。古之時五帝は德を貴び三王は義を用い五霸は力を任ず。今帝王の道を以て五霸の世に施せば、譬へば驥に乘て榛薄に人を逐い、蓑笠を被て盤桓するがごとし。今霜降りて後穀を種え、冰解して後収穫を求むるは、食を得んと欲すれば難し。故に周易に曰く「潛龍勿用」とは、時の行うべからざるを言うなり。故に「君子終日乾乾、夕惕若厲、咎无し」と。終日乾乾は陽に以て動くなり。夕惕若厲は陰に以て息うなり。日に因て動き夜に因て息うは、有道の者の能く行う所なり。徐偃王義を以て滅び、燕の子噲仁を行うを以て亡び、哀公儒を好みて削せられ、代君墨を以て殘せらる。滅亡削殘は暴亂の致す所にして、此の四君獨り仁義儒墨を以て亡ぶは、遭う所の時務同じからざればなり。仁義儒墨の行はれざるにあらず。其の世に非ざるして之を用いれば則ち禽えらる。戟は以て城を攻むるなり。鏡は以て形を照るなり。宮人戟を得て以て葵を刈り、盲人鏡を得て以て卮を蓋う。施用する所を知らざるなり。

故善鄙不同,誹譽在俗;趨舍不同,逆順在君。狂譎不受祿而誅,段幹木辭相而顯,所行同也,而利害異者,時使然也。故聖人雖有其志,不遇其世,僅足以容身,何功名之可致也!知天之所為,知人之所行,則有以任於世矣。知天而不知人,則無以與俗交;知人而不知天,則無以與道遊。單豹倍世離俗,巖居谷飲,不衣絲麻,不食五穀,行年七十,猶有童子之顏色,卒而遇飢虎,殺而食之。張毅好恭,過宮室廊廟必趨,見門閭聚眾必下,冢徒馬圉,皆與伉禮,然不終其壽,內熱而死。豹養其內而虎食其外,毅修其外而疾攻其內。故直意適情,則堅強賊之;以身役物,則陰陽食之。此皆載務而戲乎其調者也。得道之士,外化而內不化。外化,所以入人也;內不化,所以全其身也。故內有一定之操,而外能詘伸、贏縮、卷舒,與物推移,故萬舉而不陷。所以貴聖人者,以其能龍變也。今捲捲然守一節,推一行,雖以毀碎滅沉,猶且弗易者,此察於小好,而塞於大道也。趙宣孟活飢人於委桑之下,而天下稱仁焉;荊佽非犯河中之難,不失其守,而天下稱勇焉;是故見小行則可以論大體矣。田子方見老馬於道,喟然有志焉,以問其御曰:「此何馬也?」其御曰:「此故公家畜也。老罷而不為用,出而鬻之。」田子方曰:「少而貪其力,老而棄其身,仁者弗為也。」束帛以贖之。罷武聞之,知所歸心矣。齊莊公出獵,有一蟲舉足將搏其輪,問其御曰:「此何蟲也?」對曰:「此所謂螳螂者也。其為蟲也,知進而不知卻,不量力而輕敵。」莊公曰:「此為人,而必為天下勇武矣!」迴車而避之。勇武聞之,知所盡死矣。故田子方隱一老馬而魏國載之,齊莊公避一螳螂而勇武歸之。湯教祝網者,而四十國朝;文王葬死人之骸,而九夷歸之;武王蔭暍人於樾下,左擁而右扇之,而天下懷其德;

故に善と鄙とは同じからず、誹譽は俗に在り。取舍同じからず、逆順は君に在り。狂譎祿を受けずして誅せられ、段干木相を辭して顯る。行う所同じく利害同じからざるは、時の然らしむるなり。故に聖人其の志有ると雖も、其の世に遇わざれば、僅かに身を容るるに足るのみ。何の功名の至るべきかあらん。天の爲す所を知り人の行う所を知れば、則ち以て世に處る有り。天を知れども人を知らざれば、則ち俗と交わる以てなし。人を知れども天を知らざれば、則ち道と游ぶ以てなし。單豹世を背き俗を離れ、岩に居て谿谷の水を飮み、絲麻を衣ず五穀を食わず。行年七十にして猶お童子の顏色有り。卒に餓虎に遇て殺され食わる。張毅恭を好み、宮室廊廟を過れば必ず趨り、門閭衆聚を見れば必ず下る。冢人馬夫も皆彼と鈞禮す。然れども其の壽を終る能わず、內熱して死す。豹其の內を養えども虎其の外を食い、毅其の外を修めども疾病其の內を攻む。故に徑情に順えば堅强則ち之を賊害し、身を以て物に役せば陰陽則ち之を蝕す。此れ皆事務を負戴して其の調和を戱るなり。道を得る士は外化して內不化なり。外化は以て人に入る所以、內不化は以て身を全うする所以なり。故に內に一定の操有りて外に能く屈伸・贏縮・卷舒して物と推移す。故に萬擧に陷らず。故に聖人を貴ぶは其の能く龍變するなり。今卷卷然として一節を守り一行を推す。是を以て毁碎滅沈せられて猶お改めざるは、此れ小好に察して大道に塞ぐなり。趙宣孟委桑の下に餓人を活す。天下仁を稱す。荆佽非河中の難に犯るも守る所を失わず。天下勇を稱す。故に小行を見れば大體を論ずべきなり。田子方道に老馬を見て喟然として感有り。其の御者に問て曰く「此れ何の馬ぞ」と。御者曰く「此れ故公家の畜なり。老憊して用うべからず。出て之を賣らんとす」と。田子方曰く「少き時其の力を貪り、老て其の身を棄つるは仁者の爲さざる所なり」と。束帛を以て之を贖う。疲武の士之を聞きて歸向する所を知るなり。齊莊公出獵す。一の蟲足を擧げて將に其の輪を搏たんとす。御者に問て曰く「此れ何の蟲ぞ」と。對へて曰く「此れ所謂螳螂なり。其れ蟲と爲りて進を知りて退を知らず。力を量らずして敵を輕んず」と。莊公曰く「此れ人爲りなば必ず天下の勇武ならん」と。回車して之を避く。勇武之を聞きて盡死すべきを知る。故に田子方一匹の老馬に蔭を垂れて魏國之を擁戴し、齊莊公一の螳螂を避けて勇武之に歸す。湯祝網を敎えば四十國來朝し、文王死骸を葬れば九夷之に歸し、武王蔭下に暍人を蔭して左拥て右扇せば天下其の德を懷す。

越王句踐一決獄不辜,援龍淵而切其股,血流至足,以自罰也,而戰武士必其死。故聖人行之於小,則可以覆大矣;審之於近,則可以懷遠矣。孫叔敖決期思之水而灌雩婁之野,莊王知其可以為令尹也。子發辯擊劇而勞佚齊,楚國知其可以為兵主也。此皆形於小微,而通於大理者也。聖人之舉事,不加憂焉,察其所以而已矣。今萬人調鐘,不能比之律;誠得知者,一人而足矣。說者之論,亦猶此也。誠得其數,則無所用多矣。夫車之所以能轉千里者,以其要在三寸之轄。夫勸人而弗能使也,禁人而弗能止也,其所由者非理也。昔者,衛君朝於吳,吳王囚之,欲流之於海。說者冠蓋相望,而弗能止。魯君聞之,撤鐘鼓之縣,縞素而朝。仲尼入見曰:「君胡為有憂色?」魯君曰:「諸侯無親,以諸侯為親。大夫無黨,以大夫為黨。今衛君朝於吳王,吳王囚之而欲流之於海。孰意衛君之仁義而遭此難也!吾欲免之而不能,為奈何?」仲尼曰:「若欲免之,則請子貢行。」魯君召子貢,授之將軍之印,子貢辭曰:「貴無益於解患,在所由之道。」斂躬而行,至於吳,見太宰嚭。太宰嚭甚悅之,欲薦之於王。子貢曰:「子不能行說於王,奈何吾因子也!」太宰嚭曰:「子焉知嚭之不能也?」子貢曰:「衛君之來也,衛國之半曰,不若朝於晉;其半曰,不若朝於吳。然衛君以為吳可以歸骸骨也,故束身以受命。今子受衛君而囚之,又欲流之於海,是賞言朝於晉者,而罰言朝於吳也。且衛君之來也,諸侯皆以為蓍龜兆。今朝於吳而不利,則皆移心於晉矣。子之慾成霸王之業,不亦難乎!」太宰嚭入,復之於王。王報出令於百官曰:「比十日,而衛君之禮不具者死!」子貢可謂知所以說矣。魯哀公為室而大,公宣子諫曰:「室大,眾與人處則譁,少與人處則悲。願公之適。」公曰:「寡人聞命矣。」築室不輟。

越王勾踐一たび獄を決て人を冤枉すれば、龍淵を抽て自ら股を割き血流れて足に至り、以て自ら罰す。戰士必ず死を爲さんとす。故に聖人は小に於いて之を行えば以て大を覆うべく、近に於いて之を審かにすれば以て遠を懷柔すべし。孫叔敖期思之水を決て雩婁之野を灌ぐ。莊王其の令尹たるべきを知る。子發勞逸を別て勞逸を齊しからしむ。楚其の兵主たるべきを知る。此れ皆微より形を成して大理に通ず。聖人事を擧ぐるに加憂を爲さず、其の然る所以を察するのみ。今萬人鐘を調うるも音律に比合する能わず。真に知る者を得れば一人にして足る。說士の論も亦た此のごとし。真に其の數を得れば多く用いず。車の千路を轉ずる所以は要三寸の轄に在り。人を勸めて之を爲さしむる能わず、人を禁めて之を止めしむる能わざるは、經由する所の理ならざればなり。昔者衞君吳に朝す。吳王之を囚へ海に流さんと欲す。說士冠蓋相望なるも能く止めず。魯君之を聞きて鍾鼓を撤て縞素を被て往き朝見す。仲尼入り見て曰く「君何の故か憂色有る」と。魯君曰く「諸侯親なし。諸侯を以て親と爲す。大夫黨なし。大夫を以て黨と爲す。今衞君吳王に朝す。吳王之を囚へて海に流さんと欲す。孰料衞君此の如く仁義にして此の難に遭わん。吾之を免れんと欲して能わず。如何せん」と。仲尼曰く「若し之を免れんと欲せば、則ち子貢を請て行かしめよ」と。魯君子貢を召し將軍之印を授く。子貢辭して曰く「貴は患を解くに益なし。經由の道に在り」と。身を斂て往きて吳に至り、太宰嚭を見る。太宰嚭甚だ之を說びて王に薦めんと欲す。子貢曰く「子能く王に行說せずば、我安くんぞ子を以てせん」と。太宰嚭曰く「子焉んぞ嚭の能わざるを知る」と。

公宣子復見曰:「國小而室大,百姓聞之必怨吾君,諸侯聞之必輕吾國。」魯君曰:「聞命矣。」築室不輟。公宣子復見曰:「左昭而右穆,為大室以臨二先君之廟,得無害於子乎?」公乃令罷役除版而去之。魯君之慾為室誠矣,公宣子止之必矣,然三說而一聽者,其二者非其道也。夫臨河而釣,日入而不能得一鯈魚者,非江河魚不食也,所以餌之者非其欲也。及至良工執竿,投而擐唇吻者,能以其所欲而釣者也。夫物無不可奈何,有人無奈何。鉛之與丹,異類殊色,而可以為丹者,得其數也。故繁稱文辭,無益於說,審其所由而已矣。物類之相摩,近而異門戶者,眾而難識也。故或類之而非,或不類之而是;或若然而不然者,或不若然而然者。諺曰:「鳶墮腐鼠,而虞氏以亡。」何謂也?曰:虞氏,梁之大富人也。家充盈殷富,金錢無量,財貨無貲。升高樓,臨大路,設樂陳酒,積博其上。遊俠相隨而行樓下。博上者射朋張,中反兩而笑,飛鳶適墮其腐鼠而中游俠。遊俠相與言曰:「虞氏富樂之日久矣,而常有輕易人之志。吾不敢侵犯,而乃辱我以腐鼠。如此不報,無以立務於天下。請與公僇力一志,悉率徒屬,而必以滅其家。」此所謂類之而非者也。何謂非類而是?屈建告石乞曰:「白公勝將為亂。」石乞曰:「不然。白公勝卑身下士,不敢驕賢。其家無筦籥之信,關楗之固。大斗斛以出,輕斤兩以內。而乃論之,以不宜也。」屈建曰:「此乃所以反也。」居三年,白公勝果為亂,殺令尹子椒、司馬子期。此所謂弗類而是者也。何謂若然而不然?子發為上蔡令,民有罪當刑,獄斷論定,決於令尹前,子發喟然有悽愴之心。罪人已刑而不忘其恩。此其後,子發盤罪威王而出奔。刑者遂襲恩者,恩者逃之於城下之廬。追者至,踹足而怒曰:「子發視決吾罪而被吾刑,怨之憯於骨髓。

子貢曰く「衞君之來るや、衞國半ば曰く不如晉に朝せん、半ば曰く不如吳に朝せんと。然れども衞君以て吳に骸骨を歸すべしと爲し、故に束身して命を受命しに來れり。今子衞君を受けて之を囚へ、又海に流さんと欲す。是れ晉に朝せんと曰う者を賞し、吳に朝せんと曰う者を罰するなり。且つ衞君之來るや、諸侯皆以て蓍龜の兆と爲す。今吳に朝して利あらざれば、則ち皆心を晉に移さん。子霸王之業を成さんと欲する亦た難からずや」と。太宰嚭入りて王に復命す。王百官に令して曰く「十日に至るに衞君之禮具備せざる者は死さん」と。子貢は謂うべき所以の游說を知れるなり。魯哀公室を爲ること大なり。公宣子諫めて曰く「室大なれば衆人と處れば喧く、少人と處れば悲し。願くは公適ならん」と。公曰く「寡人命を聞けり」と。室を築く已まず。公宣子復見して曰く「國小にして室大なれば、百姓之を聞かば必ず吾が君を怨み、諸侯之を聞かば必ず吾が國を輕んじん」と。魯君曰く「命を聞けり」と。室を築く已まず。公宣子復見して曰く「左昭右穆大室を爲て以て二先君之廟に臨む。子に害なきことを得んや」と。公乃ち令を下して役を罷め版築を除きて去る。魯君の室を爲らんと欲するは誠にして、公宣子の之を止めんと欲するは必なり。然れども三說して一聽く。其の二は其の道にあらざるなり。河に臨て釣るに日暮れて小魚を得る能わざるは、江河之魚食わざるにあらず、其の餌と爲す所の其の欲する所にあらざればなり。及び良工竿を執て投げて唇吻に掛くるは、其の欲する所を以て釣る能うなり。物奈何すべからざるなし、人或有て奈何する所なし。鉛之與丹は類を異にし色を殊にすれども丹と爲るべし。其の數を得ればなり。故に繁稱文辭は游說に益なく、審かに經由する所のみなり。物類の相摩すれども近くして門戶同じからざるは、衆くして識別し難し。故に或は之に似て非く、或は之に似ずして是なり。或は此の如くにして此の如くならず、或は此の如くならずして此の如くなるはなり。諺語に曰く「鳶腐鼠を墮し虞氏以て亡ぶ」と。何の謂ぞや。曰く、虞氏は梁之大富なり。家充盈殷富にして金錢無量、財貨無貲。高樓に登り大路に臨み、樂を設け酒を陳て其の上に博塞す。游俠相隨て樓下に行す。上博塞する者投げて反兩に中て笑う。飛鳶適腐鼠を墮して游俠に中る。游俠相與曰く「虞氏富樂の日久し。常有輕人之心あり。我ら侵犯すること敢へざれども、乃ち腐鼠を以て我を辱む。此の如くにして報いざれば、天下に名を立つる以てなし。請う公と力を一心に合し徒屬を盡率ゐ、必ず其の家を滅さん」と。此れ之に似て非と謂うなり。何をか之に似ずして是を謂うや。屈建石乞に告げて曰く「白公勝將に亂を爲さんとす」と。石乞曰く「然らず。白公勝身を卑くして士に接し、賢者に驕ること敢へず。其の家管籥之信、關閉之固なし。大斗斛以て出だし小斤兩以て收む。而も子之を論ずるは宜ならず」と。屈建曰く「此れ乃ち其の反せん所以なり」と。三年にして白公勝果て亂を爲し、令尹子椒・司馬子期を殺す。此れ之に似ずして是を謂うなり。何をか此の如くにして此の如くならざるを謂うや。子發上蔡令と爲す。民罪ありて刑に當たる。獄已に論定して令尹の前に決す。子發喟然として凄愴の心有り。罪人已に刑せられて其の恩を忘れず。此の後子發罪を以て威王を逃れて出奔す。刑を受けたる者乃ち恩を施せし者を掩蔽す。恩を施せし者城下之屋に逃る。追う者至りて頓脚して怒りて曰く「子發親く吾が罪を決て吾が刑を上げたり。怨恨骨髓に痛し」と。

使我得其肉而食之,其知厭乎!」追者以為然而不索其內,果活子發。此所謂若然而不然者。何謂不然而若然者?昔越王句踐卑下吳王夫差,請身為臣,妻為妾,奉四時之祭祀,而入春秋之貢職,委社稷,效民力,隱居為蔽,而戰為鋒行,禮甚卑,辭甚服,其離叛之心遠矣,然而甲卒三千人以擒夫差於姑胥。此四策者,不可不審也。夫事之所以難知者,以其竄端匿跡,立私於公,倚邪於正,而以勝惑人之心者也。若使人之所懷於內者,與所見於外者,若合符節,則天下無亡國敗家矣。夫狐之捕雉也,必先卑體彌耳,以待其來也。雉見而信之,故可得而擒也。使狐瞋目植睹,見必殺之勢,雉亦知驚憚遠飛,以避其怒矣。夫人偽之相欺也,非直禽獸之詐計也,物類相似若然,而不可從外論者,眾而難識矣,是故不可不察也。

我をして其の肉を得て食わしめば、何ぞ足るを知らん」と。追う者以て實と爲して屋裏を搜索せず。果て子發を救活す。此れ此の如くにして此の如くならざるを謂うなり。何をか此の如くならずして此の如くなるを謂うや。昔者越王勾踐は吳王夫差に對して卑下し、自ら臣妾と爲ることを請い、四時之祭を奉り、春秋之職を貢し、社稷を委ね民力を輸す。居を隱して扞蔽と爲し、戰い先鋒と爲す。禮甚だ卑く辭甚だ服す。其の離叛の心遠きがごとし。然れども甲卒三千人姑胥に於いて夫差を禽す。此の四策は察せざるべからざるなり。事の難き所以知るは、端倪を藏め蹤跡を匿み、公の裏面に私を立て、正の上に邪を倚り、勝利を以て人心を迷するなり。若し人の懷內する所と見る所の外と符節の合するがごとくならしめば、則ち天下に亡國败家なからん。狐の雉を捕うは必ず先づ身を庳め耳を垂れて其の來るを待つ。雉見て信を爲す。故に禽る能う。若し狐をして瞠目聳視して必ず之を殺す勢を見せしめば、雉も亦た驚憚して遠飛し、以て其の怒を避けん。人の僞は相欺く、禽獸の詐計のみならざるなり。物類相似て此の如くにして外より論ずべからざるは、衆くして識別し難し。故に察せざるべからざるなり。

脩務訓

或曰:「無為者,寂然無聲,漠然不動,引之不來,推之不往。如此者,乃得道之像。」吾以為不然。嘗試問之矣:「若夫神農、堯、舜、禹、湯,可謂聖人乎?」有論者必不能廢。以五聖觀之,則莫得無為,明矣。古者,民茹草飲水,採樹木之實,食蠃蠬之肉。時多疾病毒傷之害,於是神農乃始教民播種五穀,相土地宜,燥濕肥墝高下,嘗百草之滋味,水泉之甘苦,令民知所闢就。當此之時,一日而遇七十毒。堯立孝慈仁愛,使民如子弟。西教沃民,東至黑齒,北撫幽都,南道交趾。放讙兜於崇山,竄三苗於三危,流共工於幽州,殛鯀於羽山。舜作室,築牆茨屋,闢地樹穀,令民皆知去巖穴,各有家室。南征三苗,道死蒼梧。禹沐浴霪雨,櫛扶風,決江疏河,鑿龍門,闢伊闕,修彭蠡之防,乘四載,隨山刊木,平治水土,定千八百國。湯夙興夜寐,以致聰明,輕賦薄斂,以寬民氓,布德施惠,以振困窮,吊死問疾,以養孤孀。百姓親附,政令流行,乃整兵鳴條,困夏南巢,譙以其過,放之曆山。此五聖者,天下之盛主,勞形盡慮,為民興利除害而不懈。奉一爵酒不知於色,挈一石之尊則白汗交流,又況贏天下之憂,而海內事者乎?其重於尊亦遠也!且夫聖人者,不恥身之賤,而愧道之不行;不憂命之短,而憂百姓之窮。是故禹之為水,以身解於陽盱之河。湯旱,以身禱於桑山之林。聖人憂民,如此其明也,而稱以「無為」,豈不悖哉!

或人曰く「無爲とは寂然として聲なく、漠然として動かず、之を引て來らず、之を推て往かず。此の如くにて乃ち道の像を得るなり」と。吾は以て然らずと爲す。嘗て試みに問て曰く「神農・堯・舜・禹・湯の如きは、以て聖人と謂うべきか」と。論有る者は必ず能く之を廢せざらん。此の五聖を以て觀れば、無爲能くする者なしと明なり。古者民は草を茹み水を飮み、樹木の實を采り、螺蚌の肉を食う。時多く疾病毒傷の害あり。於是乎神農乃ち始めて民に五穀を播種することを敎え、土地の宜する所を相て燥濕肥瘠高下を察し、百草の滋味と水泉の甘苦を嘗め、民をして避くべき所と就くべき所を知らしむ。此の時一日にして七十の毒に遭う。堯は孝慈仁愛を立て民をして子弟の如くせしむ。西は沃民を敎誨し、東は黑齒に至り、北は幽都を撫し、南は交趾に道を取る。驩兜を崇山に放ち、三苗を三危に竄め、共工を幽州に流し、鯀を羽山に誅殛す。舜は室を作り墻を築て屋を茨き、地を闢き穀を種え、民をして皆知りて岩穴を去り各々家室有らしむ。南に三苗を征して蒼梧の道に死す。禹は霪雨に沐浴し、疾風を以て梳と爲し、江を決て河を疏し、龍門を鑿開き伊闕を闢き、彭蠡之防を修め、四種の載に乘り、山に隨て木を刊て表を爲し、水土を平治して千八百國を安定す。湯は夙興夜寐して其の聰明を盡し、賦斂を輕く收斂を薄めて民氓を寬待し、德を布き惠を施して困窮を振救し、死を弔い疾を問て孤孀を養う。百姓親附し政令流行す。乃ち鳴條に兵を整え、夏を南巢に困め、其の過を責めて歷山に放つ。此の五聖は天下の盛主なり。形を勞し慮を盡して民の爲に利を興し害を除きて懈らず。一觴の酒を捧げれば顏色知ることなく、一石の尊を擧げれば白汗交流す。又況んや天下の憂・海内の事を膺うるをや。其の重尊よりも遠し。且つ聖人は身の賤を以て恥と爲さず、道の行はれざるを以て愧と爲す。命の短きを憂えず、百姓の窮するを憂う。故に禹水を治めて陽盱之河に身を以て解罪し、湯旱に遭て桑山之林に身を以て禱す。聖人の民を憂う此の如く明なり。而るに之を無爲と稱す。豈に悖ならずや。

且古之立帝王者,非以奉養其欲也;聖人踐位者,非以逸樂其身也。為天下強掩弱,眾暴寡,詐欺愚,勇侵怯,懷知而不以相教,積財而不以相分,故立天子以齊一之。為一人聰明而不足以遍照海內,故立三公九卿以輔翼之。絕國殊俗、僻遠幽間之處,不能被德承澤,故立諸侯以教誨之。是以地無不任,時無不應,官無隱事,國無遺利。所以衣寒食饑,養老弱而息勞倦也。若以布衣徒步之人觀之,則伊尹負鼎而幹湯,呂望鼓刀而入周,百里奚轉鬻,管仲束縛,孔子無黔𥥍,墨子無暖席。是以聖人不高山,不廣河,蒙恥辱以幹世主,非以貪祿慕位,欲事起天下利,而除萬民之害。蓋聞傳書曰:「神農憔悴,堯瘦,舜黴黑,禹胼胝。」由此觀之,則聖人之憂勞百姓甚矣。故自天子以下至於庶人,四胑不動,思慮不用,事治求澹者,未之聞也。

且つ古の帝王を立つるは、以て其の欲を奉養するにあらず。聖人位に登るは、以て其の身を逸樂するにあらず。天下強は弱を掩い、衆は寡を暴れ、詐は愚を欺き、勇は怯を侵す。知を懷て以て相敎えず、財を積て以て相分かたざるがゆえに、天子を立て之を齊一す。一人の聰明遍く海内を照らすに足らざるがゆえに、三公九卿を立て輔翼せしむ。絕遠之國・殊俗・僻遠幽閑の地は德を被り恩澤を承くる能わざるがゆえに、諸侯を立て敎誨せしむ。是以地任せざるなく、時應ぜざるなく、官隱事なく、國遺利なし。故に寒き者に衣し饑るる者に食わしめ、老弱を養て勞倦を息ましむ。布衣徒步の人を以て觀るに、伊尹は鼎を負て湯に用を求め、呂望は刀を鼓して周に入り、百里奚は輾轉賣られ、管仲は束縛せらる。孔子の竈突黑まらず、墨子之席暖まらず。故に聖人は山の高きを以て爲さず、河の廣きを以て爲さず。耻辱を蒙りて當世の主に用を求むるは、祿を貪り位を慕うにあらず。事を爲して天下の利を興し萬民の害を除かんと欲すればなり。傳書に「神農憔悴し堯臞瘦し舜黧黑し禹胼胝す」と聞くを聞く。此に由りて觀れば聖人の百姓を憂勞する甚だしきなり。故に天子より以下庶人に至るまで、四支動かず思慮用ゐずして事治り求め給たるは未だ嘗て聞かざるなり。

夫地勢,水東流,人必事焉,然後水潦得穀行。禾稼春生,人必加功焉,故五穀得遂長。聽其自流,待其自生,則鯀、禹之功不立,而後稷之智不用。若吾所謂無為者,私志不得入公道,嗜慾不得枉正術,循理而舉事,因資而立,權自然之勢,而曲故不得容者,事成而身弗伐,功立而名弗有,非謂其感而不應,攻而不動者。若夫以火熯井,以淮灌山,此用己而背自然,故謂之有為。若夫水之用舟,沙之用鳩,泥之用輴,山之用虆,夏瀆而冬陂,因高為田,因下為池,此非吾所謂為之。聖人之從事也,殊體而合於理,其所由異路而同歸,其存危定傾若一,志不忘於欲利人也。何以明之?昔者楚欲攻宋,墨子聞而悼之,自魯趨而十日十夜,足重趼而不休息,裂衣裳裹足,至於郢,見楚王。曰:「臣聞大王舉兵將攻宋,計必得宋而後攻之乎?亡其苦眾勞民,頓兵挫銳,負天下以不義之名,而不得咫尺之地,猶且攻之乎?」王曰:「必不得宋,又且為不義,曷為攻之!」墨子曰:「臣見大王之必傷義而不得宋。」王曰:「公輸,天下之巧士,作雲梯之械,設以攻宋,曷為弗取!」墨子曰:「令公輸設攻,臣請守之。」於是公輸般設攻宋之械,墨子設守宋之備,九攻而墨子九卻之,弗能入。於是乃偃兵,輟不攻宋。段干木辭祿而處家,魏文侯過其閭而軾之。其僕曰:「君何為軾?」文侯曰:「段干木在,是以軾。」其僕曰:「段干木布衣之士,君軾其閭,不已甚乎?」文侯曰:「段干木不趨勢利,懷君子之道,隱處窮巷,聲施千里,寡人敢勿軾乎!段干木光於德,寡人光於勢;段干木富於義,寡人富於財。勢不若德尊,財不若義高。干木雖以己易寡人不為。吾日悠慚於影,子何以輕之哉!

地勢は水東流し、人必ず事を爲して後潦水乃ち河道に順て走るべし。禾稼春生じ、人必ず工を加えて後五穀乃ち長成すべし。其の自流を聽き其の自生を待てば、則ち鯀・禹の功立たず、后稷の智用いられず。吾の謂う所の無爲は、私志公道に入るを得ず、嗜欲正術を枉曲するを得ず、理に循て事を擧げ、資材に因て立て、自然之勢を權衡し、巧詐容るるを得ず。事成れば身自ら伐らず、功立れば名據らず。感して應ぜず攻して動かざるを謂うにあらず。夫れ火を以て井を熇し、淮を以て山を灌ぐがごときは、己を用て自然を背く。故に之を有爲と謂う。夫れ水に船を用い、沙に鳩車を用い、泥に輴を用い、山に蔂を用い、夏に瀆を爲し冬に陂を作り、高に因て田を爲し、低に因て池を爲すは、此れ吾の謂う所の爲にあらず。聖人之事を從るは形體同じからざれども理に合し、經由の路同じからざれども歸を同じくす。其の危を存し傾を安んずるは一のごとく、志は人に利あらんことを念うを忘れず。何以て明らかにせんや。昔者楚宋を攻めんと欲す。墨子之を聞きて哀しみ、魯より趨て行くこと十日十夜、足重繭にして休息せず、衣裳を裂て足を裹み、郢に至て楚王を見る。曰く「臣聞く、大王兵を擧げ將に宋を攻めんとす。計て必ず宋を得る能くして後攻めんとするか、抑も衆を苦しめ民を勞し、兵銳を頓挫し、天下に不義之名を負て咫尺之地を得ざるも、將に攻めんとするか」と。王曰く「必ず宋を得る能わざれば、又將に不義を爲さん。何の攻めんや」と。墨子曰く「臣竊かに大王の義を傷つけて宋を得る能わざるを視る」と。王曰く「公輸は天下の巧士にして雲梯之械を爲り、設て以て宋を攻む。何ぞ得ざらん」と。墨子曰く「公輸をして攻を設けしめ、臣請う守を設けん」と。於是乎公輸般宋を攻むる器械を設け、墨子宋を守る備えを設く。九攻めて墨子九之を却き、入る能わず。乃ち休みて兵を輟め、宋を攻めずして止む。段干木祿を辭して家に處る。魏文侯其の閭を過れば軾を憑て之を敬す。其の僕曰く「君何の故ぞや軾を憑る」と。文侯曰く「段干木在り。是を以て軾を憑る」と。僕曰く「段干木は布衣之士なり。君其の閭に軾を憑るは、亦た過ぐるに過ぎざらんや」と。文侯曰く「段干木は勢利に趨附せず、君子の道を懷き、窮巷に隱處して聲名千里に施す。寡人敢て軾を憑れざらんや。段干木光を德に於いてし、寡人光を勢に於いてす。段干木富を義に於いてし、寡人富を財に於いてす。勢は德の尊きに如かず、財は義の高きに如かず。干木は己を以て寡人と易うるも爲さず。我日々影に對して悠然として愧ず。子何ぞ之を輕んずるや」と。

」其後秦將起兵伐魏,司馬庾諫曰:「段干木賢者,其君禮之,天下莫不知,諸侯莫不聞,舉兵伐之,無乃妨於義乎!」於是秦乃偃兵,輟不攻魏。

(之に續けて曰く)「此の後秦將に兵を起て魏を伐たんとす。司馬庾諫めて曰く「段干木は賢者にして其の君禮遇す。天下之を知らざるなく、諸侯之を聞かざるなし。兵を擧げて往て伐たば、恐らくは義を妨げん」と。於是乎秦乃ち休み兵を輟め、魏を攻めずして止む。

夫墨子跌蹄而趨千里,以存楚、宋;段干木闔門不出,以安秦、魏。夫行與止也,其勢相反,而皆可以存國,此所謂異路而同歸者也。今夫救火者,汲水而趨之,或以甕瓴,或以盆盂,其方員銳橢不同,盛水各異,其於滅火鈞也。故秦、楚、燕、魏之歌也,異轉而皆樂;九夷八狄之哭也,殊聲而皆悲;一也。夫歌者,樂之徵也;哭者,悲之效也。憤於中則應於外,故在所以感。夫聖人之心,日夜不忘於欲利人,其澤之所及者,效亦大矣。

墨子跌胝して千里を行き、楚・宋を存さんとす。段干木闔門不出して秦・魏を安んず。行與止勢相反すれども皆國を存すべし。此れ所謂路同じからざるして歸を同じくするなり。今火を救う者は水を挹て趨る。或は瓮瓴、或は盆盂、方圓鋭橢同じからず、水を盛るも各異なり。火を滅すに於いては均なり。故に秦・楚・燕・魏の歌は轉調同じからざれども皆樂しく、九夷八狄之哭は聲音殊異なれども皆悲し。一なるがゆえなり。歌うは樂の徵、哭くは悲の效なり。憤中に應じて外に應ず。故に感ずる所に在り。聖人之心は日夜人に利あらんことを思うを忘れず。其の恩澤の及ぶ所は效驗亦た大なり。

世俗廢衰,而非學者多。「人性各有所修短,若魚之躍,若鵲之駁,此自然者,不可損益。」吾以為不然。夫魚者躍,鵲者駁也,猶人馬之為人馬,筋骨形體,所受於天,不可變。以此論之,則不類矣。夫馬之為草駒之時,跳躍揚蹄,翹尾而走,人不能制,齧咋足以噆肌碎骨,蹶蹄足以破顱陷匈;及至圉人擾之,良禦教之,掩以衡扼,連以轡銜,則雖歷險超塹弗敢辭。故其形之為馬,馬不可化;其可駕禦,教之所為也。馬,聾蟲也,而可以通氣志,猶待教而成,又況人乎!且夫身正性善,發憤而成仁,帽憑而為義,性命可說,不待學問而合於道者,堯、舜、文王也;沉湎耽荒,不可教以道,不可喻以德,嚴父弗能正,賢師不能化者,丹朱、商均也。曼頰皓齒,形誇骨佳,不待脂粉芳澤而性可說者,西施、陽文也;啳𦝢哆噅,籧蒢戚施,雖粉白黛黑弗能為美者,嫫母、仳倠也。夫上不及堯、舜,下不及商均,美不及西施,惡不若嫫母,此教訓之所諭也,而芳澤之所施。且子有弒父者,然而天下莫疏其子,何也?愛父者眾也。儒有邪辟者,而先王之道不廢,何也?其行之者多也。今以為學者之有過而非學者,則是以一飽之故,絕穀不食,以一蹪之難,輟足不行,惑也。

世俗廢衰して學習を非する者多し。「人性各々長短有り。魚の跳躍し鵲の毛色駁雜なるがごときは、此れ自然なり。增減すべからず」と。吾は以て然らずと爲す。魚の跳躍し鵲の駁雜なるは、人馬の人馬と爲るがごとく、筋骨形體天より所受にして變ずべからず。此れを以て論ずれば類ならず。馬猶お草駒の時、跳躍揚蹄し尾を翹て走る。人之を制約する能わず。嚙めば肌を嚙り骨を碎くに足り、蹴れば顱を破り胸を陷すに足る。其の圉人之を馴し良御之を敎うるに及び、衡轭を掩い轡銜を連れば、險阻を經て壕塹を越ゆとも辭する敢てせず。故に其の形馬と爲るは變化すべからず。其れ駕御すべきは敎の成す所なり。馬は無知の蟲なれども氣志に通ずべし。而も敎を俟て成る。又況んや人をや。且つ身正しく性善く、發憤して仁と爲り憤激して義と爲り、性命悦ぶべく、學問を俟たずして道に合するは堯・舜・文王なり。沉湎耽荒して道を以て敎うべからず、德を以て曉喻すべからず、嚴父も能く正さず賢師も能く化せざるは丹朱・商均なり。柔頰皓齒形美骨佳にして、脂粉芳澤を俟たずして性悦ぶべきは西施・陽文なり。㖞口侈脣鶏胸駝背にして粉白黛黑と雖も美を成す能わざるは嫫母・仳倠なり。上は堯・舜に及ばず下は商均に似ず、美は西施に及ばず惡は嫫母に似ず。此れ敎訓の曉喻する所にして芳澤の施加する所なり。且つ子に父を弑する者有るも天下其子を疏くする者なし。何の故ぞ。父を愛する者多ければなり。儒に邪僻有るも先王之道廢れず。何の故ぞ。其れを實行する者多ければなり。今學者の過有るを以て學習を非難するは、是れ一飽を以て穀を斷て食わず、一蹇の難を以て足を停めて行かざるなり。惑なり。

今有良馬,不待策錣而行,駑馬,雖兩錣之不能進,為此不用策錣而禦,則愚矣。夫怯夫操利劍,擊則不能斷,刺則不能入,及至勇武攘卷一搗,則摺肋傷幹,為此棄幹將、鏌邪而以手戰,則悖矣。所謂言者,齊於眾而同於俗。今不稱九天之頂,則言黃泉之底,是兩末之端議,何可以公論乎!夫橘柚冬生,而人曰冬死,死者眾;薺麥夏死,人曰夏生,生者眾。江、河之回曲,亦時有南北者,而人謂江、河東流;攝提鎮星日月東行,而人謂星辰日月西移者;以大氐為本。胡人有知利者,而人謂之駤;越人有重遲者,而人謂之訬;以多者名之。若夫堯眉八彩,九竅通洞,而公正無私,一言而萬民齊;舜二瞳子,是謂重明,作事成法,出言成章;禹耳參漏,是謂大通,興利除害,疏河決江;文王四乳,是謂大仁,天下所歸,百姓所親;皋陶馬喙,是謂至信,決獄明白,察於人情;禹生於石;契生於卵;史皇產而能書;羿左臂修而善射。若此九賢者,千歲而一齣,猶繼踵而生。今無五聖之天奉,四俊之才難,欲棄學而循性,是謂猶釋船欲蹍水也。

今良馬有れば鞭策を俟たずして走り、駑馬は鞭策を再びしても進まず。此れを以て鞭策を用いずして駕御せんとするは愚なり。怯夫利劍を持つも撃てば斷たず刺れば入らず。勇武袖を卷て一たび搗けば脇骨を折り軀幹を傷つく。此れを以て干將・鏌鋣を棄てて手を以て戰わば悖なり。所謂言論は衆人と齊く習俗と同じくするを謂うなり。今九天の頂を稱せざれば則ち黄泉の底を言う。此れ兩頭の端議にして焉んぞ以て公論と爲さん。橘柚は冬生じ、人冬死すと曰うは死する者多ければなり。薺麦は夏死し、人夏生ずと曰うは生ずる者多ければなり。江・河は回曲して時に南北有れども、人則ち江・河の東流を稱す。攝提鎮星日月は東に遷れども、人則ち星辰日月の西移を稱す。大勢を以て本と爲すなり。胡人に智巧有れども人則ち之を愚頓と謂い、越人に遲重有れども人則ち之を輕疾と謂う。多を以て類を名づくるなり。夫れ堯の眉八彩、九竅通洞し、公正無私にして一言に萬民齊し。舜の二瞳子は重明と謂い、事を作れば法と成り、言を出せば章と成る。禹の耳三漏は大通と謂い、利を興し害を除き、河を疏し江を決す。文王の四乳は大仁と謂い、天下の歸する所百姓の親する所なり。皋陶の馬喙は至信と謂い、獄を決めて明白にして人情に察し。禹は石より生れ、契は卵より生れ、史皇は生れて能く書し、羿は左臂脩くして射に善し。夫れ此の九賢の如きは千歲にして一出づるも、猶お踵を繼げて生ずるがごとし。今五聖の天奉なく四俊の才難有るに、學を棄てて性に循わんと欲するは、是れ船を釋て水を蹴らんと欲するを謂うなり。

夫純鉤、魚腸之始下型,擊則不能斷,刺則不能入,及加之以砥礪,摩其鋒鍔,則水斷龍舟,陸剸犀甲。明鏡之始下型,矇然未見形容,及其粉以玄錫,摩以白旃,鬢眉微豪,可得而察。夫學,亦人之砥錫也,而謂學無益者,所以論之過。知者之所短,不若愚者之所修;賢者之所不足,不若眾人之有餘。何以知其然?夫宋畫吳冶,刻刑鏤法,亂修曲出,其為微妙,堯、舜之聖不能及。蔡之幼女,衛之稚質,梱纂組,雜奇彩,抑墨質,揚赤文,禹、湯之智不能逮。夫天之所覆,地之所載,包於六合之內,托於宇宙之間,陰陽之所生,血氣之精,含牙戴角,前爪後距,奮翼攫肆,蚑行蟯動之蟲,喜而合,怒而鬥,見利而就,避害而去,其情一也。雖所好惡,其與人無以異。然其爪牙雖利,筋骨雖強,不免制於人者,知不能相通,才力不能相一也。各有其自然之勢,無稟受於外,故力竭功沮。

純鈎・魚腸の始め模より下るときは、擊てば斷たず刺れば入らず。其の砥礪を加え鋒鍔を摩すに及てば、水に龍舟を斷り陸に犀甲を截る能う。明鏡の始め模より下るときは、朦然として形容を見る能わず。其の玄錫を粉し白旃を摩するに及てば、鬢眉微毫皆察すべし。學も亦た人の砥錫なり。而るに學益なしと謂うは、其の過を論ずる所以なり。智者の短は愚者の長に如かず、賢者の不足は衆人の有餘に如かず。何以て其の然るを知るや。宋之畫と吳之冶とは、冶に鑄て金錫して工治らず。其の微妙は堯・舜之聖も及ぶ能わず。蔡之幼女衛之稚質は纂組を織り、奇彩を雜え、墨質を抑えて赤文を揚ぐ。禹・湯之智も逮ばざるなり。天の覆う所、地の載する所、六合の内に包み宇宙の間に託し、陰陽の生ずる所、血氣之精、牙を含み角を戴き、前爪後距、翼を奮て攫取し、爬行蠕動の蟲は、喜ぶれば合し怒れば鬬い、利を見れば就き、害を辟けば去る。其の情一なり。雖其の好惡は人と異なること無し。然れども爪牙利ありと雖も筋骨強しと雖も、人に制されるを免れず。智相通ずる能わざればなり。才力相一ならざればなり。各々自然之勢有りて外より禀受せず。故に力竭えて功敗るなり。

夫雁順風,以愛氣力,銜蘆而翔,以備矰弋。螘知為垤,獾貉為曲穴,虎豹有茂草,野彘有艽莦,槎櫛堀虛,連比以像宮室,陰以防雨,景以蔽日。此亦鳥獸之所以知求合於其所利。今使人生於闢陋之國,長於窮櫩漏室之下,長無兄弟,少無父母,目未嘗見禮節,耳未嘗聞先古,獨守專室而不出門,使其性雖不愚,然其知者必寡矣。昔者,蒼頡作書,容成造曆,胡曹為衣,后稷耕稼,儀狄作酒,奚仲為車,此六人者,皆有神明之道,聖智之跡,故人作一事而遺後世,非能一人而獨兼有之。各悉其知,貴其所欲達,遂為天下備。今使六子者易事,而明弗能見者何?萬物至眾,而知不足以奄之。周室以後,無六子之賢,而皆修其業;當世之人,無一人之才,而知其六賢之道者何?教順施續,而知能流通。由此觀之,學不可已,明矣!

雁は風に順りて氣力を愛み、蘆を銜えて飛翔して矰弋を備う。螘蟻は垤を爲るを知り、獾貉は曲穴を爲り、虎豹は茂草有り、野豬は蓈艽有り。槎枿して堀洞を爲り、連比して宮室のごとく、陰は以て雨を防ぎ景は以て日を蔽う。此れ亦た鳥獸の以て所利に合を求むるを知るなり。今人をして僻陋之國に生れ、窮檐漏室の下に長ち、長じて兄弟なく、少くして父母なく、目未だ嘗て禮節を見ず、耳未だ嘗て先古を聞かず、獨り專室を守て門を出でざれば、其の性愚ならざると雖も、其の知る所は必ず少なし。昔者蒼頡書を作り、容成曆を造り、胡曹衣を爲り、后稷耕稼し、儀狄酒を作り、奚仲車を爲す。此の六人は皆神明の道と聖智之蹟有り。故人一事を作りて後世に遺す。一人能く獨り兼るにあらず。各々其の知を盡して其の達せんと欲する所を貴ぶ。於是乎天下の備と爲る。今此の六人をして事を易えしめば、明見る能わざるは何の故ぞ。萬物甚だ多くて知覆うに足らざればなり。周室より後、六子之賢無し。而るに皆其の業を修む。當世之人、一人之才無し。而るに六賢之道を知るは何の故ぞ。敎順施繼して知能流通せばなり。此に由りて觀れば學止むべからずと明なるなり。

今夫盲者目不能別晝夜,分白黑,然而搏琴撫弦,參彈複徽,攫援摽拂,手若蔑蒙,不失一弦。使未嘗鼓瑟者,雖有離朱之明,攫掇之捷,猶不能屈伸其指。何則?服習積貫之所致。故弓待檠而後能調,劍待砥而後能利。玉堅無敵,鏤以為獸,首尾成形,礛諸之功。木直中繩,揉以為輪,其曲中規,檃括之力。唐碧堅忍之類,猶可刻鏤,揉以成器用,又況心意乎!且夫精神滑淖纖微,倏忽變化,與物推移,雲蒸風行,在所設施。君子有能精搖摩監,砥礪其才,自試神明,覽物之博,通物之壅,觀始卒之端,見無外之境,以逍遙仿佯於塵埃之外,超然獨立,卓然離世,此聖人之所以遊心。若此而不能,間居靜思,鼓琴讀書,追觀上古及賢大夫,學問講辯,日以自娛,蘇援世事,分白黑利害,籌策得失,以觀禍福,設儀立度,可以為法則,窮道本末,究事之情,立是廢非,明示後人,死有遺業,生有榮名。如此者,人才之所能逮。然而莫能至焉者,偷慢懈惰,多不暇日之故。夫瘠地之民多有心力者,勞也;沃地之民多不才者,饒也。由此觀之,知人無務,不若愚而好學。自人君公卿至於庶人,不自強而功成者,天下未之有也。《詩》云:「日就月將,學有緝熙於光明。」此之謂也。名可務立,功可強成,故君子積志委正,以趣明師,勵節亢高,以絕世俗。

今盲者は目晝夜を別け白黑を分たずと雖も、琴を撫し絃を彈いて、參彈復徽して攫援摽拂すれば、手は蔑蒙飛塵のごとく一絃を失わず。曾て鼓瑟せざる者を使すれば、離朱之明攫掇之捷有ると雖も、其の指を屈伸する能わざるなり。何の故ぞ。服習積貫の致す所なり。故に弓は檠を待て後能く調い、劍は砥を待て後能く利なり。玉は堅无敌なれども、鏤て獸と爲せば首尾成形す。礓諸之功なり。木は直繩に中るも、揉て輪と爲せば曲規に中る。檃括之力なり。唐碧之堅忍類可と雖も、猶お刻鏤して揉て器用と爲すべし。又況んや心意をや。且つ精神滑淖纖微にして、倏忽變化して物と推移し、雲蒸風行して設施する所に在り。君子若し精搖磨鑒して其の才を砥礪し、自ら神明を試驗し、物之博を覽て物之壅塞を通じ、始終之端を觀て无外之境を見、以て逍遙徜徉於塵埃之外、超然獨立、卓然離世せば、此れ聖人の游心する所以なり。若し此の如く能わざれば、閑居靜思して琴を鼓し書を讀み、上古及び賢大夫を追觀し、學問講辨して日以て自娛し、世事を理して白黑利害を分け、得失を籌策して禍福を觀、儀を設け度を立て以て法則たるべく、道之本末を窮め、事之情を究盡し、是を立て非を廢し、明白に指示して人後に遺業を留め、生れて榮名有る。此の如くは人之才能の及ぶ所なり。然れども能く至る者莫きは、偷慢懈惰にして暇日多からざる故なり。瘠土之民心力多きは勞なり。沃土之民不才は逸なり。此に由りて觀れば、智なる者の務求なきは愚にして學を好むに如かず。人君公卿より庶人に至るまで、自ら强めずして功成るは天下に嘗て有らざるなり。詩に曰く「日に就き月に將し、學は緝熙して光明に於り」と。此れを謂うなり。名は務求して立つべく、功は强めて成るべし。故に君子志を積み正を委て、明師に趣して節操を激勵亢高し、以て世俗と絕つ。

何以明之?昔者南榮疇恥聖道之獨亡於己,身淬霜露,敕蹻趹,跋涉山川,冒蒙荊棘,百舍重跰,不敢休息,南見老聃。受教一言,精神曉泠,純聞條達,欣然七日不食,如饗太牢,是以明照四海,名施後世,達略天地,察分秋豪,稱譽葉語,至今不休。此所謂名可強立者。吳與楚戰,莫囂大心撫其禦之手曰:「今日距強敵,犯白刃,蒙矢石,戰而身死,卒勝民治,全我社稷,可以庶幾乎?」遂入不返,決腹斷頭,不旋踵運軌而死。申包胥竭筋力以赴嚴敵,伏屍流血,不過一卒之才,不如約身卑辭,求於諸侯。於是乃贏糧跣走,跋涉穀行,上峭山,赴深溪,遊川水,犯津關,躐蒙籠,蹶沙石,蹠達膝曾繭重胝,七日七夜,至於秦庭。鶴跱而不食,晝吟宵哭,面若死灰,顏色黴墨,涕液交集,以見秦王。曰:「吳為封豨修蛇,蠶食上國,虐始於楚。寡君失社稷,越在草茅,百姓離散,夫婦男女,不遑啟處,使下臣告急。」秦王乃發車千乘,步卒七萬,屬之子虎,逾塞而東,擊吳濁水之上,果大破之,以存楚國。烈藏廟堂,著於憲法。此功之可強成者也。夫七尺之形,心知憂愁勞苦,膚知疾痛寒暑,人情一也。聖人知時之難得,務可趣也,苦身勞形,焦心怖肝,不避煩難,不違危殆。蓋聞子發之戰,進如激矢,合如雷電,解如風雨,員之中規,方之中矩,破敵陷陳,莫能壅禦,澤戰必克,攻城必下。彼非輕身而樂死,務在於前,遺利於後,故名立而不墮。此身強而成功者也。是故田者不強,囷倉不盈;官禦不厲,心意不精;將相不強,功烈不成;侯王懈惰,後世無名。《詩》云:「我馬唯騏,六轡如絲。載馳載驅,周爰諮謨。」以言人之有所務也。

何以て明らかにせんや。昔者南榮疇は聖道の己身に獨り亡失するを恥と爲し、霜露に身を淬し、草履を整えて趨り、山川を跋涉して荊棘を冒し、百舍を走りて繭を重ねて敢て休まず。南に老聃を見う。敎を受けて一言に精神暢清泠し、純粹條達して欣然として七日不食す。太牢を饗するがごとし。是を以て明四海を照らし名を後世に施し、略天地に達し秋毫を察分す。譽を稱る語至今に至て止まず。此れ名の强めて立つべきを謂うなり。吳與楚戰う。莫敖大心御者之手を撫でて曰く「今日強敵に距り白刃を冒し矢石を蒙り、戰て身死し、卒に民治り我が社稷を全うするは庶幾なり」と。於是乎入りて返らず、腹を決め頭を斷り、踵を旋めず轍を回さずして死す。申包胥筋力を竭して嚴敵に赴き、伏尸流血して一卒之才に過ぎず。身を束て辭を卑めて諸侯に赴かず。於是乎糧を贏て跣足して走り、谿谷を跋涉して峭山に上り、深溪に赴き川水を游ぎ、津關を冒し蒙籠を履み沙石を蹶り、蹠膝達して繭重なり胝疊る。七日七夜にして秦庭に至る。鶴立して食わず、晝吟夜哭して面死灰のごとく黧黑にして涕泪交集す。秦王を見て曰く「吳は封豕長蛇のごとく上國を蠶食して虐を楚より始む。寡君社稷を失いて草茅に逃る。百姓離散し夫婦男女安處に遑遑ならず。下臣を遣て急を告げしむ」と。秦王乃ち車千乘歩卒七萬を發して子虎に屬す。塞を踰えて東し、濁水之上に吳を擊ち、果て大いに之を破り楚國を存す。功烈廟堂に藏れ憲法に書さる。此れ功の强めて成るべきなり。七尺之形は心憂勞を知り、膚疾痛寒暑を知る。人情一なり。聖人は時の得難きを知り、事務之趨くべきを知り、身を苦しめ形を勞し、心を焦し肝を怖れ、煩難を避けず危殆を避けず。聞くならく、子發之戰は進みて激矢のごとく、合して雷電のごとく、解して風雨のごとく、圓規方矩にして、敵を破り陣を陷るに壅御する者莫し。澤戰必ず克ち攻城必ず下す。彼は身を輕んじ死を樂しむにあらず。務めて前面に在りて利を後面に遺す。故に名立て堕さざるなり。此れ自身の强めて成る所以なり。故に田夫强からざれば倉廩盈ちず、官御勵せざれば心意精からず、將相强からざれば功烈成らず、侯王懈惰せば後世名なし。詩に曰く「我が馬維駟、六轡如絲。載馳載驅、周爰諮諏」と。人之務求する所有るを言うなり。

通於物者,不可驚以怪;喻於道者,不可動以奇;察於辭者,不可耀以名;審於形者,不可遯以狀。世俗之人,多尊古而賤今,故為道者必托之於神農、黃帝而後能入說。亂世暗主,高遠其所從來,因而貴之。為學者蔽於論而尊其所聞,相與危坐而稱之,正領而誦之。此見是非之分不明。夫無規矩,雖奚仲不能以定方圓;無準繩,雖魯般不能定曲直。是故鍾子期死而伯牙絕弦破琴,知世莫賞也;惠施死而莊子寢說言,見世莫可為語者也。夫項託七歲為孔子師,孔子有以聽其言也。以年之少,為閭丈人說,救敲不給,何道之能明也?

物に通ずる者は以て怪を驚かす能わず、道に曉喻する者は以て奇を動かす能わず、辭に察する者は以て名を炫わす能わず、形に審する者は以て狀を逃るる能わず。世俗之人は多くは古を尊び今を賤む。故に道を爲る者は必ず神農・黃帝に託して後能く說に入る。亂世之晝主は其の來る所を高遠に言て因て之を貴ぶ。學を爲る者は議に蔽て其所聞を尊び、相危坐して稱說し、領を正して誦讀す。此れ是非之分を明らかに見ずるなり。規矩無くば奚仲と雖も方圓を定む能わず、準繩無くば魯般と雖も曲直を定む能わず。故に鍾子期死して伯牙弦を絕ち琴を破るは、世之賞する人なきを知ればなり。惠施死して莊子説を寝るは、世の語を與する者なきを見ればなり。項橐七歲にして孔子之師と爲る。孔子其の言を聽く所以有り。年歲の少を以て閭丈に爲さば、救を敲て及ばざらん。何の道の明ならんや。

昔者,謝子見於秦惠王,惠王說之,以問唐姑梁,唐姑梁曰:「謝子,山東辯士,固權說以取少主。」惠王因藏怒而待之。後日複見,逆而弗聽也。非其說異也,所以聽者易。夫以徵為羽,非弦之罪;以苦為甘,非味之過。楚國有烹猴而召其鄰人,以為狗羹也,而甘之。後聞其猴也,據地而吐之,盡寫其食。此未始知味者也。邯鄲師有出新曲者,託之李奇,諸人皆爭學之。後知其非也,而皆棄其曲,此未始知音者也。鄙人有得玉璞者,喜其狀,以為寶而藏之。以示人,人以為石也,因而棄之。此未始知玉者也。故有符於中,則貴是而同今古;無以聽其說,則所從來者遠而貴之耳。此和氏之所以泣血於荊山之下。

昔者謝子秦惠王を見う。惠王說びて之を以て唐姑梁に問う。唐姑梁曰く「謝子は山東之辯士にして固より權説を以て少主に悅す」と。惠王因て怒を藏めて之を待つ。他日復見えば逆して弗聽と爲す。其の說異なりにあらず、聽く所以替るなり。以て徵爲羽せば絃之罪にあらず、以て苦爲甘せば味之過にあらず。楚人に猴を烹て鄰人を召する者有り。以て狗羹と爲して之を甘美せしむ。後猴と聞きて地に據て吐き、其の食する所を盡瀉す。此れ始めて味を知らざる者なり。邯鄲師に新曲を出だす者有り。之を李奇に託す。諸人皆爭て之を學ぶ。後其の非を知りて皆其の曲を棄つ。此れ始めて音を知らざる者なり。鄙人に玉璞を得る者有り。其の狀を喜びて以爲寶と爲して藏る。人を以て視れば人以爲石と爲して因て棄つ。此れ始めて玉を知らざる者なり。故に符應中に合すれば、則ち對を貴びて今古を一に視す。其の說を聽く無ければ、則ち其の來遠きを以て貴しと爲す。此れ和氏の荊山之下に泣血する所以なり。

今劍或絕側羸文,齧缺卷銋,而稱以頂襄之劍,則貴人爭帶之;琴或撥刺枉橈,闊解漏越,而稱為楚莊之琴,側室爭鼓之。苗山之鋋,羊頭之銷,雖水斷龍舟,陸剸兕甲,莫之服帶。山桐之琴,澗梓之腹,雖鳴廉修營,唐牙莫之鼓也。通人則不然。服劍者期於銛利,而不期於墨陽、莫邪;乘馬者期於千里,而不期於驊騮、綠耳;鼓琴者期於鳴廉修營,而不期於濫肋、號鍾;誦《詩》、《書》者期於通道略物,而不期於《洪範》、《商頌》。聖人見是非,若白黑之於目辨,清濁之於耳聽。眾人則不然。中無主以受之,譬若遺腹子之上隴,以禮哭泣之,而無所歸心。故夫孿子之相似者,唯其母能知之;玉石之相類者,唯良工能識之;書傳之微者,惟聖人能論之。今取新聖人書,名之孔、墨,則弟子句指而受者必眾矣。故美人者,非必西施之種;通士者,不必孔、墨之類。曉然意有所通於物,故作書以喻意,以為知者也。誠得清明之士,執玄鑒於心,照物明白,不為古今易意,攄書明指以示之,雖闔棺亦不恨矣。

今劍或は側に絶文羸齒して缺卷するを、稱て頃襄之劍と爲す。貴人爭て之を帶びる。琴或は撥刺枉橈して闊解漏越するを、稱て楚莊之琴と爲す。側室爭て之を鼓す。苗山之鋋・羊頭之銷は、水に龍舟を斷り陸に兕甲を截る能くするも、莫之を佩ぶ者なし。山桐之琴・澗梓之腹は、鳴廉修營にして、師雜牙也撥れども人其れを鼓せざるなり。通人は則ち然らず。劍を佩ぶは鋒利を期して墨陽・莫邪を期せず。馬を乘るは千里を期して驊騮・綠耳を期せず。琴を鼓するは鳴廉修營を期して濫脇・號鍾を期せず。詩・書を誦するは道略を通じて物を通ずるを期して洪範・商頌を期せず。聖人之是非を見るは、白黑を目に分き清濁を耳に聽くがごとし。衆人は則ち然らず。中に主なきを以て受く。譬へば遺腹子之隴上に上りて禮を以て哭泣するがごとく、而も歸する心無し。故に孪生児子相似なるは、唯だ其の母能く之を知る。玉石相類なるは、唯だ良工能く識る。書傳之微は、唯だ聖人能く論ず。今新聖人書を取て名づけて孔・墨と爲せば、則ち弟子句指して受誦する者必ず多し。故に美人は必ずしも西施之種に非ざるなり。通士は必ずしも孔・墨之類に非ざるなり。曉然として意物に通ずる所有るがゆえに、書を作して意を喻うは知る者の爲めなり。誠に清明之士を得て玄鑒を執て物を照して明白にし、古今を以て意を易えず、書意を舒て之に指すれば、則ち蓋棺して恨まず。

昔晉平公令官為鍾。鍾成,而示師曠。師曠曰:「鍾音不調。」平公曰:「寡人以示工,工皆以為調。而以為不調,何也?」師曠曰:「使後世無知音者則已,若有知音者,必知鍾之不調。」故師曠之慾善調鍾也,以為後之有知音者也。三代與我同行,五伯與我齊智,彼獨有聖智之實,我曾無有閭裡之聞,窮巷之知者何?彼並身而立節,我誕謾而悠忽。今夫毛嬙、西施,天下之美人,若使之銜腐鼠,蒙蝟皮,衣豹裘,帶死蛇,則布衣韋帶之人過者,莫不左右睥睨而掩鼻。嘗試使之施芳澤,正娥眉,設笄珥,衣阿錫,曳齊紈,粉白黛黑,佩玉環,揄步,雜芝若,籠蒙目視,冶由笑,目流眺,口曾撓,奇牙出,𩉇酺搖,則雖王公大人,有嚴志頡頏之行者,無不憚悇癢心而悅其色矣。今以中人之才,蒙愚惑之智,被汙辱之行,無本業所修,方術所務,焉得無有睥面掩鼻之容哉!

昔者晉平公官に鐘を作らしむ。鐘成りて師曠に示す。師曠曰く「鐘音調わず」と。平公曰く「寡人工匠を以て之を示せば皆調うと爲す。而も子以爲調わざるは何の故ぞ」と。師曠曰く「後世音を知る者無ければ則ち已む。若し知音有らば必ず鐘の調わざるを知らん」と。故に師曠の鐘を調えんと欲するは、後の知音の人の爲なり。三代我と行を同じくし、五霸我と智を齊くす。彼等獨り聖智の實有りて、我竟に閭里之聞窮巷之知無し。何の故ぞ。彼らは身を竝て節を立て、我誕謾悠忽なり。今毛嬙・西施は天下之美人なり。若し之をして腐鼠を銜え、猬皮を蒙り、豹裘を衣、死蚖を帶びしめば、布衣韋帶之人の過ぎて左右而視して鼻を掩わざる者無し。試みに之をして芳澤を施し、娥眉を正し、笄珥を設け、阿錫を衣、齊紈を曳き、粉白黛黑にして、玉環を佩び、步を掎て、芝若を雜え、籠蒙視て、冶由笑い、目流眺し、口曾撓し、奇牙出づ、囁輔搖ぐれば、王公大人の嚴志亢行有ると雖も、心搖し瘙して其の色を說ばざる者無し。今中人之才を以て愚惑之智を蒙り、汚辱之行を被り、本業の修と方術之務無し。安んぞ而視掩鼻之容なからん。

今鼓舞者,繞身若環,曾撓摩地,扶旋猗那,動容轉曲,便媚擬神。身若秋藥被風,發若結旌,騁馳若騖;木熙者,舉梧檟,據句枉,蝯自縱,好茂葉,龍夭矯,燕枝拘,援豐條,舞扶疏,龍從鳥集,搏援攫肆,蔑蒙踴躍。且夫觀者莫不為之損心酸足,彼乃始徐行微笑,被衣修擢。夫鼓舞者非柔縱,而木熙者非眇勁,淹浸漬漸摩使然也。是故生木之長,莫見其益,有時而修;砥礪靡堅,莫見其損,有時而薄。藜藿之生,蠕蠕然日加數寸,不可以為櫨棟;楩楠豫章之生也,七年而後知,故可以為棺舟。夫事有易成者名小,難成者功大。君子修美,雖未有利,福將在後至。故《詩》云:「日就月將,學有緝熙於光明。」此之謂也。

今鼓舞する人は繞身して環のごとく、曾撓地に靡かし、扶旋猗那して動容轉曲し、便媚神のごとし。身は秋草の被風するがごとく、髮は結旌のごとく、驅馳は鶩のごとし。木戲を作る人は梧檟を擧げ、枉曲に據りて、猿の自縱し茂葉を好むがごとく、龍之夭矯し、燕枝之拘、豐條を緣て舞扶疏して、龍從鳥集し、搏援攫取して、蔑蒙踴躍のごとし。且つ觀る人の以て銷酸損足せざる莫し。彼ら徐行微笑して披衣修擢す。鼓舞する人は生て柔縱を性とせず、木戲を作る人は生て眇勁を性とせず。淹浸漸摩の然らしめるなり。故に生木之長は其の益を見ず、日に時長ずるあり。砥礪堅を摩るは其の損を見ず、日に時薄くなるあり。藜藿之生は蠕蠕然として日に數寸を加うるも以て櫨棟と爲さず。楩柟豫章之生は七年にして後知る。故に以て棺舟と爲す。事易成する者名小、難成する者功大。君子美を修む。雖未だ利有らず、福將に後に至らんとす。故に詩に曰く「日に就き月に將し、學は緝熙して光明に於り」と。此れを謂うなり。

泰族訓

天設日月,列星辰,調陰陽,張四時,日以暴之,夜以息之,風以幹之,雨露以濡之。其生物也,莫見其所養而物長;其殺物也,莫見其所喪而物亡。此之謂神明。聖人象之,故其起福也,不見其所由而福起;其除禍也,不見其所以而禍除。遠之則邇,延之則疏;稽之弗得,察之不虛;日計無算,歲計有餘。夫濕之至也,莫見其形而炭已重矣;風之至也,莫見其象而木已動矣。日之行也,不見其移;騏驥倍日而馳,草木為之靡;縣烽未轉,而日在其前。故天之且風,草木未動而鳥已翔矣;其且雨也,陰曀未集而魚已噞矣。以陰陽之氣相動也。

天は日月を設け、星辰を陳べ、陰陽を調和し、四時を張る。日は以て晝し、夜は以て息し、風は以て乾かし、雨露は以て濡す。其れ物を生ずるに養う所を見ずして物長ち、其れ物を殺するに喪う所を見ずして物亡ぶ。此れを神明と謂う。聖人之に象りて、故に福を興すに經由する所を見ずして福起り、禍を除く所以然を見ずして禍除く。之を疏ければ反て近く、之を延ばせば反て疏し。考えて得ず察して虚ならず。日を計て筭なく、歲を計て餘有り。濕至れば其の形を見ずして炭已に重し。風至れば其の象を見ずして木已に動く。日之行は其の移るを見ず、騏驥日を倍して馳せば草木以て靡れず。懸烽未だ轉かざるに日已に前に在り。故に天將に風らんとすれば草木未だ動かざるに鳥已に翔り、將に雨らんとすれば陰翳未だ集まらざるに魚已に喞して喘ぐ。是れ陰陽之氣相動くなり。

故寒暑燥濕,以類相從;聲響疾徐,以音應也。故《易》曰:「鳴鶴在陰,其子和之。」高宗諒暗,三年不言,四海之內寂然無聲;一言聲然,大動天下。是以天心呿唫者也,故一動其本而百枝皆應,若春雨之灌萬物也,渾然而流,沛然而施,無地而不澍,無物而不生。故聖人者懷天心,聲然能動化天下者也。故精誠感於內,形氣動於天,則景星見,黃龍下,祥鳳至,醴泉出,嘉穀生,河不滿溢,海不溶波。故《詩》云:「懷柔百神,及河嶠嶽。」逆天暴物,則日月薄蝕,五星失行,四時干乖,晝冥宵光,山崩川涸,冬雷夏霜。《詩》曰:「正月繁霜,我心憂傷。」天之與人,有以相通也。

故に寒暑燥濕は類を以て相從し、聲響疾徐は音を以て相應す。易に曰く「鳴鶴在陰、其子和之」と。高宗喪に居り三年不言、四海之内寂然無聲。一言聲を發せば大に天下を動かす。此れ天心開闔す。故に一動して其の本、百枝皆應ず。春雨の灌ぎ注ぐ萬物のごとく、渾然として流れ、沛然として施し、潤せざる地なく生生ぜざる物なし。故に聖人は天心を懷きて、一聲天下を動かし變化する能うなり。精誠内に感發し、形氣天を動かせば、則ち景星見、黄龍下り、祥鳳至り、醴泉出、嘉禾生、河溢滿せず、海波涌起せず。故に詩に曰く「懷柔百神、及河喬嶽」と。天に逆て物を暴れば、則ち日月薄蝕、五星失行、四時干乘、晝冥宵光、山崩川涸、冬雷夏霜す。詩に曰く「正月繁霜、我心憂傷」と。天與人は以て相通ずる有り。

故國危亡而天文變,世惑亂而虹霓現,萬物有以相連,精祲有以相蕩也。故神明之事,不可以智巧為也,不可以筋力致也。天地所包,陰陽所嘔,雨露所濡,化生萬物,瑤碧玉珠,翡翠玳瑁,文彩明朗,潤澤若濡,摩而不玩,外而不渝,奚仲不能旅,魯般不能造,此謂之大巧。宋人有以象為其君為楮葉者,三年而成,莖柯豪芒,鋒殺顏澤,亂之楮葉之中而不可知也。列子曰:「使天地三年而成一葉,則萬物之有葉者寡矣。夫天地之施化也,嘔之而生,吹之而落,豈此契契哉!」故凡可度者,小也;可數者,少也。至大,非度所能及也,至眾,非數所能領也。故九州不可頃畝也,八極不可道里也,太山不可丈尺也,江海不可鬥斛也。

故に國危亡なれば天文變じ、世惑亂すれば虹蜺見る。萬物以て相連る所有り、精祲以て相蕩る所有り。故に神明之事は智巧を以て爲すべからず、筋力を以て致すべからず。天地の包む所、陰陽の呕う所、雨露の濡す所、化生萬物す。瑤碧玉珠、翡翠玳瑁、文彩明朗、潤澤濡るるがごとく、摩れども損せず、外に改わらず。奚仲能く之を列せず、魯般能く之を造らず。此れを大巧と謂う。宋人象牙を以て其の君の爲に楮葉を爲る者有り。三年にして成り、莖柯毫芒鋒殺顏色潤澤し、眞楮葉之中に亂れて知るべからず。列子曰く「天地をして三年にして一葉を成らしめば、則ち萬物の葉有る者寡し。天地の施化は育てば生じ、吹けば落つ。何ぞ此の契契を用いんや」と。故に凡そ度量すべきは小なり。數べきは少なり。至大は度量の及ぶ所に非ず、至衆は數の領る所に非ず。故に九州は頃畝を以て量るべからず、八極は道里を以て數るべからず、太山は丈尺を以て量るべからず、江海は斗斛を以て量るべからず。

故大人者,與天地合德,日月合明,鬼神合靈,與四時合信。故聖人懷天氣,抱天心,執中含和,不下廟堂而衍四海,變習易俗,民化而遷善,若性諸己,能以神化也。《詩》云:「神之聽之,終和且平。」夫鬼神視之無形,聽之無聲,然而郊天、望山川,禱祠而求福,雩兌而請雨,卜筮而決事。《詩》云:「神之格思,不可度思,矧可射思。」此之謂也。天致其高,地致其厚,月照其夜,日照其晝,陰陽化,列星朗,非其道而物自然。故陰陽四時,非生萬物也;雨露時降,非養草木也。神明接,陰陽和,而萬物生矣。故高山深林,非為虎豹也;大木茂枝,非為飛鳥也;流源千里,淵深百仞,非為蛟龍也。致其高崇,成其廣大,山居木棲,巢枝穴藏,水潛陸行,各得其所寧焉。

故に大人は天地と德を合し、日月と明を合し、鬼神と靈を合し、四時と信を合す。故に聖人は天氣を懷き天心を抱き、中含和を執て、廟堂を下らずして四海に衍及し、習氣を變易し風俗を改易し、民化せられて善に遷る、性己に在るがごとし。是れ神を以て化する能うなり。詩に曰く「神之を聽きて、終に和且つ平なり」と。鬼神は視るに形なく聽くに聲なし。然れども郊天し山川を望み、禱祠して福を求め、雩祭して雨を請い、卜筮して事を決す。詩に曰く「神之來す、測度すべからず、矧んや以て射思せんや」と。此れを謂うなり。天は其の高に至り、地は其の厚に至り、月は其の夜を照らし、日は其の晝を照らす。陰陽變化し列星朗るるは、意其の道を爲るに非ざるして物自然なり。故に陰陽四時は萬物を生ずるに非ず、雨露時に降るは草木を養うに非ず。神明交接し陰陽調和すれば萬物生ず。故に高山深林は虎豹の爲ならず、大木茂枝は飛鳥の爲ならず、流源千里淵深百仞は蛟龍の爲ならず。其の高崇に至り其の廣大を成す。山居木棲し、巢枝穴藏し、水潜陸行して各々其の安んずる所を得るなり。

夫大生小,多生少,天之道也。故丘阜不能生雲雨,滎水不能生魚鱉者,小也。牛馬之氣蒸,生蟣蝨;蟣蝨之氣蒸,不能生牛馬。故化生於外,非生於內也。夫蛟龍伏寢於淵,而卵割於陵。螣蛇雄鳴於上風,雌鳴於下風而化成形,精之至也。故聖人養心,莫善於誠,至誠而能動化矣。今夫道者,藏精於內,棲神於心,靜漠恬淡,訟繆胸中,邪氣無所留滯,四枝節族,毛蒸理洩,則機樞調利,百脈九竅莫不順比,其所居神者得其位也,豈節拊而毛修之哉!

大は小を生じ、多は少を生ずるは天之道なり。故に丘阜は雲雨を生ぜず、淺水は魚鼈を生ぜず。小なり。牛馬之氣蒸して蟣虱を生ずるも、蟣虱之氣蒸して牛馬を生ぜず。故に化は外より生ず、内より生ずるに非ず。蛟龍淵に伏寢すれども卵は陵上に剖かる。螣蛇雄は上風に鳴き雌は下風に鳴いて化して形を成すは、精極まるなり。故に聖人の心を養うは誠に善きことなし。至誠則ち能く動化す。今道有る人は精内に藏れ神心に棲み、靜漠恬淡にして和穆胸中に在り。邪氣留滞せず、四支節族毛蒸理泄すれば機枢調利し、百脉九竅順比せざることなし。所居の神其の位を得れば、豈に節節て撫で毛毛て修めんを用いんや。

聖主在上,廓然無形,寂然無聲,官府若無事,朝廷若無人。無隱士,無軼民,無勞役,無冤刑,四海之內,莫不仰上之德,象主之指,夷狄之國,重譯而至,非戶辯而家說之也,推其誠心,施之天下而已矣。《詩》曰:「惠此中國,以綏四方。」內順而外寧矣。太王亶父處邠,狄人攻之,杖策而去。百姓攜幼扶老,負釜甑,逾梁山,而國乎岐周,非令之所能召也。秦穆公為野人食駿馬肉之傷也,飲之美酒,韓之戰,以其死力報,非券之所責也。密子治亶父,巫馬期往觀化焉,見夜漁者,得小即釋之,非刑之所能禁也。孔子為魯司寇,道不拾遺,市買不豫賈,田漁皆讓長,而斑白不戴負,非法之所能致也。

聖主上に在れば廓然として形なく寂然として聲なく、官府事無きがごとく朝廷人無きがごとし。隱士なく逸民なく、勞役なく冤枉之刑なし。四海之内、上の德を仰ぎ主之指向を象らざる者莫し。夷狄之國は重譯を經て至る。戸を挨りて辯說し人を挨りて曉喻するにあらず。唯だ其の誠心を推て天下に施すのみ。詩に曰く「惠を此の中國に及ぼし、以て四方を綏んず」と。内順みて外寧んず。太王亶父邠に處る。狄人來りて攻む。策を拄て去る。百姓幼を攜へ老を扶け、釜甑を負て梁山を踰え、岐山之下周に國を立つ。令の能く召す所にあらず。秦穆公野人の駿馬を食うを以て傷れ、美酒を以て飲ましむ。韓原之戰、彼ら死力を以て報う。券契の能く責求する所にあらず。密子亶父を治む。巫馬期往きて觀化を觀るに、夜漁する者を見るに、小なるを得て則ち放つ。刑の能く禁止する所にあらず。孔子魯司寇と爲す。道遺を拾わず、市買賈せず、田獵漁釣は皆長を讓り、斑白は提攜荷負せず。法の能く致す所にあらず。

夫矢之所以射遠貫牢者,弩力也;其所以中的剖微者,正心也;賞善罰暴者,政令也;其所以能行者,精誠也。故弩雖強,不能獨中;令雖明,不能獨行;必自精氣所以與之施道。故攄道以被民,而民弗從者,誠心弗施也。天地四時,非生萬物也,神明接,陰陽和,而萬物生之。聖人之治天下,非易民性也,拊循其所有而滌蕩之,故因則大,化則細矣。禹鑿龍門,闢伊闕,決江濬河,東注之海,因水之流也。后稷墾草發菑,糞土樹穀,使五種各得其宜,因地之勢也。湯、武革車三百乘,甲卒三千人,討暴亂,制夏、商,因民之慾也。故能因,則無敵於天下矣。夫物有以自然,而後人事有治也。故良匠不能斫金,巧冶不能鑠木,金之勢不可斫;而木性不可鑠也。埏埴而為器,窬木而為舟,鑠鐵而為刃,鑄金而為鍾,因其可也。駕馬服牛,令雞司夜,令狗守門,因其自然也。民有好色之性,故有大婚之禮;有飲食之性,故有大饗之誼;有喜樂之性,故有鐘鼓管絃之音;有悲哀之性,故有衰絰哭踴之節。故先王之製法也,因民之所好而為之節文者也。因其好色而制婚姻之禮,故男女有別;因其喜音而正《雅》、《頌》之聲,故風俗不流;因其甯家室、樂妻子,教之以順,故父子有親;因其喜朋友而教之以悌,故長幼有序。然後修朝聘以明貴賤,饗飲習射以明長幼,時搜振旅以慣用兵也,入學庠序以修人倫。此皆人之所有於性,而聖人之所匠成也。

矢の以て射遠し牢に中る所以は弩之力なり。以て的に中り微を剖く所以は正心なり。善を賞し暴を罰する所以は政令なり。以て行う能う所以は精誠なり。故に弩強しと雖も獨り中る能わず、令明なりと雖も獨り行る能わず。必ず精氣以て之と道を施すを要す。故に道を舒て以て民を覆えば民從わざるは、誠心施さざればなり。天地四時は萬物を生ずるに非ず。神明交接し陰陽調和すれば萬物乃ち生ず。聖人天下を治むるは民性を改易するにあらず。其の所有を撫循して之を滌蕩す。故に因て大を就す。變化に强えば細なり。禹龍門を鑿開き伊闕を闢き、江を決て河を疏し東に注て海に入るは、水之流に因るなり。后稷草を墾て壤を開き糞土して穀を種え、五穀をして各々其の宜を得しむるは、地之勢に因るなり。湯・武革車三百乘甲卒三千人を以て暴亂を討ち夏・商を制すは、民之欲に因るなり。故に能く因れば天下に敵なし。物自然有りて後人事治有り。故に良匠能く金を斫らず、巧冶能く木を銷さず。金之勢斫るべからざればなり。木之性銷すべからざればなり。埴を揉て器と爲し、木を空て舟と爲し、鐵を銷て刃と爲し、金を鑄て鍾と爲すは、其の可に因るなり。馬を駕し牛を服し、鶏をして夜を司らしめ、狗をして門を守らしむるは、自然に因るなり。民好色之性有り。故に大婚之禮有り。飲食之性有り。故に大饗之誼有り。喜樂之性有り。故に鍾鼓管弦之音有り。悲哀之性有り。故に衰絰哭踊之節有り。故に先王法を制するは、民の好する所に因て其の節文を爲るなり。好色に因て婚姻之禮を制すれば故に男女別有り。喜音に因て雅頌之聲を正せば故に風俗流蕩せず。家室を安んじ妻子を樂みて以て順を敎えば故に父子親有り。朋友を喜びて以て悌を敎えば故に長幼序有り。然る後朝聘を修て以て貴賤を明らかにし、饗飲習射して以て長幼を明らかにし、時に搜閱振旅して以て用兵に習い、庠序に入て以て人倫を修む。此れ皆人の性の所有にして、聖人の之を匠成する所なり。

故無其性,不可教訓;有其性,無其養,不能遵道。繭之性為絲,然非得工女煮以熱湯而抽其統紀,則不能成絲;卵之化為雛,非慈雌嘔暖覆伏,累日積久,則不能為雛;人之性有仁義之資,非聖人為之法度而教導之,則不可使向方。故先王之教也,因其所喜以勸善,因其所惡以禁奸。故刑罰不用,而威行如流;政令約省,而化耀如神。故因其性則天下聽從,拂其性則法縣而不用。昔者,五帝三王之蒞政施教,必用參五。何謂參五?仰取象於天,俯取度於地,中取法於人,乃立明堂之朝,行明堂之令,以調陰陽之氣,以和四時之節,以闢疾病之菑。俯視地理,以制度量,察陵陸水澤肥墽高下之宜,立事生財,以除饑寒之患。中考乎人德,以制禮樂,行仁義之道,以治人倫而除暴亂之禍。乃澄列金木水火土之性,故立父子之親而成家;別清濁五音六律相生之數,以立君臣之義而成國;察四時季孟之序,以立長幼之禮而成官。此之謂參。制君臣之義,父子之親,夫婦之辨,長幼之序,朋友之際,此之謂五。乃裂地而州之,分職而治之,築城而居之,割宅而異之,分財而衣食之,立大學而教誨之,夙興夜寐而勞力之。此治之綱紀也。

故に其の性無ければ以て敎訓すべからず。其の性有りて其の養無ければ能く道に遵えず。繭之性は絲なり。然れども工女の熱湯を以て煮て其の統紀を抽かざれば絲と成る能わず。卵變化して雛と爲るに、慈雌覆暖して伏し日を累ね久しくせざれば雛と成る能わず。人之性仁義之資有り。聖人法度を爲て之を敎導せざれば、之をして方正に鄕かしむる能わず。故に先王之敎は其の所喜に因て善を勸め、其の所惡に因て奸を禁ず。故に刑罰用ゐずして威行流水のごとく、政令約省して敎化燿神のごとし。故に性に因れば則ち天下從服し、性に拂えば則ち法懸けて用いられず。昔者五帝三王政を蒞め敎を施くに、必ず參五を用ゐる。何をか參五と謂うや。仰て象を天に取り、俯て度を地に取り、中て法を人に取る。於是乎明堂之朝を立て明堂之令を行い、以て陰陽之氣を調和し、以て四時之節を和し、以て疾病之災を辟く。俯て地理を視て以て度量を制す。陵陸水澤肥瘠高下の宜を察して事を立て財を生じ、以て饑寒之患を除く。中て人德を考えて以て禮樂を制し、仁義之道を行いて以て人倫を治め暴亂之禍を除く。於是乎金木水火土之性を澄列して、以て父子之親を立て家を成す。清濁五音六律相生之數を別て、以て君臣之義を立て國を成す。四時季孟之序を察して、以て長幼之禮を立て官を成す。此れを參と謂う。君臣之義、父子之親、夫婦之辨、長幼之序、朋友之際を制する。此れを五と謂う。於是乎地を裂て州に分し、職を分て以て治め、城を築て以て居り、宅を割て以て別け、財を分て以て衣食を給し、大學を立て以て敎誨し、夙興夜寐して力を勞す。此れ治之綱紀なり。

然得其人則舉,失其人則廢。堯治天下,政教平,德潤洽,在位七十載,乃求所屬天下之統,令四嶽揚側陋。四嶽舉舜而薦之堯。堯乃妻以二女,以觀其內;任以百官,以觀其外。既入大麓,烈風雷雨而不迷,乃屬以九子,贈以昭華之玉,而傳天下焉。以為雖有法度,而朱弗能統也。夫物未嘗有張而不馳,成而不毀者也。惟聖人能盛而不衰,盈而不虧。神農之初作琴也,以歸神;及其淫也,反其天心。夔之初作樂也,皆合六律而調五音,以通八風;及其衰也,以沉湎淫康,不顧政治,至於滅亡。蒼頡之初作書,以辯治百官,領理萬事,愚者得以不忘,智者得以志遠;至其衰也,為奸刻偽書,以解有罪,以殺不辜。湯之初作囿也,以奉宗廟鮮犞之具,簡士卒,習射禦,以戒不虞;及至其衰也,馳騁獵射,以奪民時,疲民之力。堯之舉禹、契、后稷、皋陶,政教平,奸宄息,獄訟止而衣食足,賢者勸善而不肖者懷其德;及至其末,朋黨比周,各推其與,廢公趨私,內外相推舉,奸人在朝,而賢者隱處。

然れども其の人を得れば擧り、其の人を失えば廢る。堯天下を治めて政教平かに德潤洽し、位に在ること七十載、乃ち天下を屬する所を求め、四岳をして側陋を擧げしむ。四岳舜を擧げて堯に薦む。堯乃ち二女を以て之に妻せり、以て其の内を觀る。百官を以て之に任ぜり、以て其の外を觀る。已に大麓に入て烈風雷雨に迷わざれば、乃ち九男を以て之に屬し、昭華之玉を贈て天下を傳う。法度有れば即ち丹朱と雖も統すべからずと爲すなり。物嘗て張て弛まず成て毁れざる有らず。唯だ聖人能く盛にして衰えず、盈ちて虧けず。神農始めて琴を作て以て神を歸す。其の淫るに及てば反て天心と爲す。夔始めて樂を作て皆六律に合し五音を調へ以て八風を通ず。其の衰うるに及てば沉湎淫康して政治を顧みず。以て滅亡に至る。蒼頡始めて書を作て以て百官を辯治し萬事を領理し、愚者以て忘れず、智者以て遠を志す。其の衰うるに及てば奸僞之書を爲て以て罪を解き辜を殺す。湯始めて囿を作て以て宗廟鮮牲之具を奉け、士卒を簡練し射御を習いて以て不虞を戒備す。其の衰うるに及てば馳騁獵射して民時を奪い民力を罷す。堯禹・契・后稷・皋陶を擧げて政教平かに奸宄止息し獄訟停止して衣食足れり。賢者勸善して不肖之民其の德を懷す。其の末に及てば朋黨比周して各々其の黨を擧げ、公を廢て私に趨り、内外相擧げて奸人朝に在り賢者隱處す。

故《易》之失也,卦;《書》之失也,敷;樂之失也,淫;《詩》之失也,闢;禮之失也,責;《春秋》之失也,刺。天地之道,極則反,盈則損。五色雖朗,有時而渝;茂木豐草,有時而落;物有隆殺,不得自若。故聖人事窮而更為,法弊而改制,非樂變古易常也,將以救敗扶衰,黜淫濟非,以調天地之氣,順萬物之宜也。聖人天覆地載,日月照,陰陽調,四時化,萬物不同,無故無新,無疏無親,故能法天。天不一時,地不一利,人不一事,是以緒業不得不多端,趨行不得不殊方。五行異氣而皆適調,六藝異科而皆同道。溫惠柔良者,《詩》之風也;淳龐敦厚者,《書》之教也;清明條達者,《易》之義也;恭儉尊讓者,禮之為也;寬裕簡易者,樂之化也;刺幾辯義者,《春秋》之靡也。故《易》之失,鬼;樂之失,淫;《詩》之失,愚;《書》之失,拘;禮之失,忮;《春秋》之失,訾。六者,聖人兼用而財制之。失本則亂,得本則治。其美在和,其失在權。

故に易之失は卦、書之失は敷、樂之失は淫、詩之失は僻、禮之失は責、春秋之失は刺に在り。天地之道は極れば則ち反り、盈てば則ち損す。五色明朗なりと雖も時に變ずる有り。茂木豐草も時に落つる有り。物隆殺有りて自ら故を仍えず。故に聖人事窮まれば則ち更爲し、法弊れば則ち改制す。古を變じ常を改めを樂むに非ず。將に敗を救い衰を扶け、淫を黜て非を濟て、以て天地之氣を調和し、萬物之宜に順わんとす。聖人は天のごとく覆い地のごとく載せ、日月のごとく照り、陰陽のごとく調い、四時のごとく化して、萬物に同じからず。故無く新無く、疏無く親無し。故に能く天に法る。天は一時に非ず、地は一利に非ず、人は一事に非ず。此れを以て緒業多端ならざるを得ず、趨向殊方ならざるを得ず。五行之氣同じからざれども皆適調す。六藝之科同じからざれども皆道に同ず。温惠柔良は詩之風、淳龐敦厚は書之敎、清明條達は易之義、恭儉尊讓は禮之爲、寬裕簡易は樂之化、刺幾辯義は春秋之靡なり。故に易之失は鬼、樂之失は淫、詩之失は愚、書之失は拘、禮之失は忮、春秋之失は訾に在り。六者は聖人兼用て裁制す。本を失えば則ち亂り、本を得れば則ち治まる。其の美は和に在り、其の失は權に在り。

水火金木土穀,異物而皆任;規矩權衡準繩,異形而皆施;丹青膠漆,不同而皆用,各有所適,物各有宜。輪圓輿方,轅從衡橫,勢施便也;驂欲馳,服欲步,帶不厭新,鉤不厭故,處地宜也。《關睢》興於鳥,而君子美之,為其雌雄之不乖居也;《鹿鳴》興於獸,君子大之,取其見食而相呼也;泓之戰,軍敗君獲,而《春秋》大之,取其不鼓不成列也;宋伯姬坐燒而死,《春秋》大之,取其不逾禮而行也。成功立事,豈足多哉!方指所言而取一概焉爾。王喬、赤松,去塵埃之間,離群慝之紛,吸陰陽之和,食天地之精,呼而出故,吸而入新,虛輕舉,乘雲遊霧,可謂養性矣,而未可謂孝子也。周公誅管叔、蔡叔,以平國弭亂,可謂忠臣也,而未可謂弟也。湯放桀,武王伐紂,以為天下去殘除賊,可謂惠君,而未可謂忠臣矣。樂羊攻中山未能下,中山烹其子,而食之以示威,可謂良將,而未可謂慈父也。

水火金木土穀は物同じからざれども皆任さる。規矩權衡準繩は形同じからざれども皆施さる。丹青膠漆は同じからざれども皆用いらる。各々適する所有り、物各々宜しき有り。輪圓輿方に轅從衡橫するは勢之設便なり。驂は馳せんと欲し服は步せんと欲するは、帶其の新を厭わず鈎其の舊を厭わず、處地之宜なり。關雎鳥より興る。君子美と爲すは、其の雌雄乖離して居せずと爲るなり。鹿鳴獸より興る。君子之を取るは、其の食を見て相呼ぶを取るなり。泓水之戰、軍敗れ君獲らる。春秋之を貴ぶは、其の列を成さざるを鼓せざるを取るなり。宋伯姬坐て燒而死す。春秋之を貴ぶは、其の禮を逾えて行かざるを取るなり。功を成し事を立つるは何ぞ多道に足らん。唯だ其の指す所に就て其の梗概を取るのみ。王喬・赤松は塵埃之間を去り群慝之紛を離れ、陰陽之和を吸い天地之精を食い、故を呼出し新を吸入れ、空虚輕擧して雲に乘り霧に游ぶ。以て性を養うと謂うべきも以て孝子と謂うべからず。周公管叔・蔡叔を誅して以て國を定め亂を止む。以て忠臣と謂うべきも以て弟弟と謂うべからず。湯桀を放ち武王紂を伐て以て天下の殘賊を去る。以て惠君と謂うべきも以て忠臣と謂うべからず。樂羊中山を攻めて下る能わず、中山其の子を烹て之を食いて以て示威す。以て良將と謂うべきも以て慈父と謂うべからず。

故可乎可,而不可乎不可;不可乎不可,而可乎可。舜、許由異行而皆聖,伊尹、伯夷異道而皆仁,箕子、比干異趨而皆賢。故用兵者,或輕或重,或貪或廉,此四者相反,而不可一無也。輕者欲發,重者欲止,貪者欲取,廉者不利非其有。故勇者可令進鬥,而不可令持牢;重者可令埴固,而不可令淩敵;貪者可令進取,而不可令守職;廉者可令守分,而不可令進取;信者可令持約,而不可令應變。五者相反,聖人兼用而財使之。夫天地不包一物,陰陽不生一類。海不讓水潦以成其大,山不讓土石以成其高。夫守一隅而遺萬方,取一物而棄其餘,則所得者鮮矣,而所治者淺矣。

故に可に就て可を非せず、不可に就て不可を非す。舜・許由は行異なれども皆聖、伊尹・伯夷は道異なれども皆仁、箕子・比干は趨異なれども皆賢なり。故に兵を用うる者は輕有り重有り、貪有り廉有り。此の四者相反す。一を缺くべからず。輕は發せんと欲し、重は止せんと欲し、貪は取らんと欲し、廉は其の所有に非ざるを以て利と爲さず。故に勇の者は以て進鬬せしむべくも以て牢を守らしむべからず、重の者は以て守を固くせしむべくも以て敵に凌ぐべからず、貪の者は以て進取せしむべくも以て職を守らしむべからず、廉の者は以て分を守らしむべくも以て進取せしむべからず、信の者は以て約を持たしむべくも以て變に應ぜしむべからず。五者相反すれども聖人兼用て財使す。天地は一物を包むにあらず、陰陽は一類を生ずにあらず。海は水潦を辭せずして其の大を成し、山は土石を辭せずして其の高を成す。一隅を守て萬方を遺し、一物を取て其の餘を棄てば、所得鮮く所治淺し。

治大者道不可以小,地廣者制不可以狹,位高者事不可以煩,民眾者教不可以苛。夫事碎難治也,法煩難行也,求多難澹也。寸而度之,至丈必差;銖而稱之,至石必過。石稱丈量,徑而寡失;簡絲數米,煩而不察。故大較易為智,曲辯難為慧。故無益於治,而有益於煩者,聖人不為;無益於用,而有益於費者,智者弗行也。故功不厭約,事不厭省,求不厭寡。功約,易成也;事省,易治也;求寡,易澹也。眾易之,於以任人,易矣。孔子曰:「小辯破言,小利破義,小藝破道,小見不達,必簡。」河以逶蛇,故能遠;山以陵遲,故能高;陰陽無為,故能和;道以優遊,故能化。

大を治むる道は以て小にすべからず、地廣制は以て狹にすべからず、位高事は以て煩にすべからず、民衆敎は以て苛にすべからず。事碎れば難治、法煩なれば難行、求多ければ難贍なり。寸を以て量れば丈に至り必ず差あり、銖を以て稱れば石に至り必ず過あり。石を以て稱し丈を以て量れば逕而少失す。絲を枚數し米を粒數すれば煩にして察せざるなり。故に大略易く智と爲し、曲辯難く慧と爲す。故に治に益なく煩に益有るは聖人爲さず、用に益なく費に益有るは智者行わず。故に功は約約を厭わず、事は省省を厭わず、求は少少を厭わず。功約なれば易成、事省なれば易治、求少なれば易足なり。衆人皆易と爲す。以て人を任えば則ち易し。孔子曰く「小辯言を破り、小利義を破り、小藝道を破る。小見達せず、必ず簡を言う」と。河は逶迤を以て故に能く遠く、山は陵遲を以て故に能く高く、陰陽無爲を以て故に能く和し、道は優游を以て故に能く化す。

夫徹於一事,察於一辭,審於一技,可以曲說,而未可廣應也。蓼菜成行,甂甌有𦳚,稱薪而爨,數米而炊,可以治小,而未可以治大也。員中規,方中矩,動成獸,止成文,可以愉舞,而不可以陳軍。滌杯而食,洗爵而飲,盥而後饋,可以養少,而不可以饗眾。今夫祭者,屠割烹殺,剝狗燒豕,調平五味者,庖也;陳簠簋,列樽俎,設籩豆者,祝也;齊明盛服,淵默而不言,神之所依者,屍也。宰、祝雖不能,屍不越樽俎而代之。故張瑟者,小弦急而大弦緩;立事者,賤者勞而貴者逸。舜為天子,彈五絃之琴,歌《南風》之詩,而天下治。周公餚臑不收於前,鐘鼓不解於懸,而四夷服。趙政晝決獄而夜理書,御史冠蓋接於郡縣,覆稽趨留,戍五嶺以備越,築修城以守胡,然奸邪萌生,盜賊群居,事愈煩而亂愈生。

一事に通じ、一言に察し、一技に審らかならば、曲說すべくも廣應すべからず。蓼菜成行なり、盆罐提梁有り。薪を稱て火を爨き、米を數て飯を炊ぐは、小を治むべくも大を治むべからず。圓規に中り方矩に中り、動て本獸と成り止て文采と成るは、愉舞すべくも軍を陳べべからず。盃を洗て飯を食い、爵を洗て酒を飮み、手を洗て後饋食するは、少を養うべくも衆を饗すべからず。今祭祀を爲れば、屠割烹殺して狗を剥ぎ猪を燒き五味を調和するは庖なり。簠簋を陳べ樽俎を列べ籩豆を設くるは祝なり。齊明盛服して淵默不言、神の憑依する所は尸なり。宰・祝能わずと雖も尸も樽俎を越えて代を爲さず。故に瑟を張る人は小弦急にして大弦緩く、事を立つる人は賤は勞して貴は逸なり。舜天子と爲り五弦之琴を彈て南風之詩を歌えば天下治まる。周公肴臑前に收まらず、鍾鼓縣に解かざれば四夷服す。趙政晝に獄を決し夜に書を理し、御史冠蓋郡縣に相望じ、覆核稽留して戍五嶺以て越を備え、長城を修て以て胡を守る。然れども奸邪萌生し、群盜居して、事愈煩亂すれば愈生ず。

故法者,治之具也,而非所以為治也,而猶弓矢,中之具,而非所以為中也。黃帝曰:「芒芒昧昧,因天之威,與元同氣。」故同氣者帝,同義者王,同力者霸,無一焉者亡。故人主有伐國之志,邑犬群嗥,雄雞夜鳴,庫兵動而戎馬驚。今日解怨偃兵,家老甘臥,巷無聚人,妖菑不生,非法之應也,精氣之動也。故不言而信,不施而仁,不怒而威;是以天心動化者也。施而仁,言而信,怒而威;是以精誠感之者也。施而不仁,言而不信,怒而不威,是以外貌為之者也。故有道以統之,法雖少,足以化矣;無道以行之,法雖眾,足以亂矣。

故に法は治之具なれども以て治を爲る所以に非ず。譬へば弓矢は射中の具なれども以て射中の所以に非ざるがごとし。黃帝曰く「芒芒昧昧、天之威に因て與元氣同」と。故に氣を同じくするは帝、義を同じくするは王、力を同じくするは霸なり。一も有らざれば亡ぶ。故に人主國を伐たん之志有れば、邑狗群れて嗥え、雄鶏夜鳴し、庫兵動て戎馬驚く。今日怨を解て兵を止めば、家老甘心して卧し、巷聚する人なく、妖灾生ぜず。法之應にあらず、精氣之動なり。故に言わざれども信、施さざれども仁、怒らざれども威なり。此れ天心を以て變化を動かすなり。施して仁、言て信、怒て威なり。此れ精誠を以て感發するなり。施して不仁、言て不信、怒て不威なり。此れ外貌を以て之を爲すなり。故に道以て統あれば、法寡しと雖も以て化を洽すに足る。道以て行う無ければ、法衆しと雖も以て亂るるに足る。

治身,太上養神,其次養形;治國,太上養化,其次正法。神清志平,百節皆寧,養性之本也;肥肌膚,充腸腹,供嗜慾,養生之末也。民交讓爭處卑,委利爭受寡,力事爭就勞,日化上遷善而不知其所以然,此治之上也。利賞而勸善,畏刑而不為非,法令正於上而百姓服於下,此治之末也。上世養本,而下世事末,此太平之所以不起也。夫欲治之主不世出,而可與興治之臣不萬一,以萬一求不世出,此所以千歲不一會也。水之性,淖以清,窮穀之汙,生以青苔,不治其性也。掘其所流而深之,茨其所決而高之,使得循勢而行,乘衰而流,雖有腐髊流漸,弗能汙也。其性非異也,通之與不通也。風俗猶此也。誠決其善志,防其邪心,啟其善道,塞其奸路,與同出一道,則民性可善,而風俗可美也。所以貴扁鵲者,非貴其隨病而調藥,貴其息脈血,知病之所從生也。所以貴聖人者,非貴隨罪而鑒刑也,貴其知亂之所由起也。若不修其風俗,而縱之淫闢,乃隨之以刑,繩之以法,雖殘賊天下,弗能禁也。

身を治むるは神を養うを上とし、形を養うを次とす。國を治むるは化を養うを上とし、法を正すを次とす。神清く志平かに百節寧んずるは、性を養う本なり。肌膚を肥やし腸腹を充て嗜欲を供ぐるは、生を養う末なり。民交讓して卑に處るを爭い、利を委て少を受くるを爭い、力事して勞に就くを爭い、日化せられて善に遷るも其の然る所以を知らず。此れ治之上なり。利賞を以て善を勸め、刑を畏れて非を爲さず、法令上に端正して百姓下に從服す。此れ治之末なり。上世は本を養い、下世は末に事を爲す。此れ太平の興らざる所以なり。治まるを欲する主は世に出づるに非ず、之と興治なるべき臣は萬一に及ばず。萬一を以て世出ざるに非ざるを求むるは、此れ千歲一會せざる所以なり。水之性は潤して清なり。谿谷之污を極めて青衣之苔を生ずるは、其の性を治せざればなり。其の流るる所を掘りて深め、其の決する所を以て茅で填めて高め、之をして勢に順いて走り卑に乘て流れしめば、腐骨流淅有ると雖も污れず。性は同じからざるにあらず。通と不通なり。風俗も亦た此のごとし。誠に其の善志を決開し、其の邪心を防止し、其の善道を開啓し、其の奸路を塞絶し、之と一道に同出すれば、民性善なるべく風俗美なるべし。故に扁鵲を貴ぶは、其の病に隨て藥を調うを貴ぶにあらず、其の脉血を厭撚て病の生ずる所を知るを貴ぶなり。故に聖人を貴ぶは、其の罪に隨て刑を鑑るを貴ぶにあらず、其の亂の由て起る所を知るを貴ぶなり。若し風俗を修めざれば、淫僻を放縱し、然る後刑を隨て法を以て繩せば、天下を殘賊すと雖も禁ずる能わず。

禹以夏王,桀以夏亡;湯以殷王,紂以殷亡。非法度不存也,紀綱不張,風俗壞也。三代之法不亡,而世不治者,無三代之智也;六律具存,而莫能聽者,無師曠之耳也。故法雖在,必待聖而後治;律雖具,必待耳而後聽。故國之所以存者,非以有法也,以有賢人也;其所以亡者,非以無法也,以無賢人也。晉獻公欲伐虞,宮之奇存焉,為之寢不安席,食不甘味,而不敢加兵焉。賂以寶玉駿馬,宮之奇諫而不聽,言而不用,越疆而去,荀息伐之,兵不血刃,抱寶牽馬而去。故守不待渠塹而固,攻不待沖降而拔,得賢之與失賢也。故臧武仲以其智存魯,而天下莫能亡也;璩伯玉以其仁甯衛,而天下莫能危也。《易》曰:「豐其屋,蔀其家,窺其戶,闃其無人。」無人者,非無眾庶也,言無聖人以統理之也。民無廉恥,不可治也;非修禮義,廉恥不立。民不知禮義,弗能正也;非崇善廢醜,不向禮義。無法不可以為治也;不知禮義,不可以行法。法能殺不孝者,而不能使人為孔、曾之行;法能刑竊盜者,而不能使人為伯夷之廉。孔子弟子七十,養徒三千人,皆入孝出悌,言為文章,行為儀錶,教之所成也。墨子服役者百八十人,皆可使赴火蹈刃,死不還踵,化之所致也。夫刻肌膚,鑱皮革,被創流血,至難也;然越為之,以求榮也。聖王在上,明好惡以示之,經誹譽以導之,親賢而進之,賤不肖而退之,無被創流血之苦,而有高世尊顯之名,民孰不從!

禹は夏を以て王と稱し、桀は夏を以て亡ぶ。湯は殷を以て王と稱し、紂は殷を以て亡ぶ。法度存せざるに非ず。紀綱張らずして風俗壞れたればなり。三代之法亡びずと雖も世治まらざるは、三代之智無きなり。六律具はるも能く聽く者無きは、師曠之耳無きなり。故に法存すると雖も必ず聖を待て後能く治まるべし。律具はると雖も必ず耳を待て後能く聽くべし。故に國の存する所以は、法有るに以てあらず。賢人に以て也。其の亡する所以は、法無きに以てあらず。賢人無きに以て也。晉獻公虞を伐たんと欲す。宮之奇在り。是を爲て席を安んぜず、味を甘んぜず、敢て兵を加えず。寶玉駿馬を以て之を賂う。宮之奇諫めて聽かず、言用いられず、疆を越えて去る。荀息往きて之を伐ち、兵血を刃せず、寶を抱て馬を牽て之に於いて歸る。故に守は溝塹を待て固く、攻は衝車を待て下るは、賢を得と失なり。故に臧武仲其の智を以て魯を存せしむれば天下之を亡す能わず、蘧伯玉其の仁を以て衞を安んずれば天下之を危うくする能わず。易に曰く「其の屋を豐め、其の家を蔀し、其の戸を闚げば、闃其无人」と。人無きは衆庶無きにあらず。統理する聖人無きを言うなり。民廉耻無ければ以て治むべからず。禮義を修めざれば廉耻立つ能わず。民禮義を知らざれば以て正すべからず。善を崇び醜を廢さざれば禮義に向わず。法無ければ以て治むべからず。禮義を知らざれば以て法を行うべからず。法は不孝之人を殺す能くするも以て人をして孔・曾之行を爲さしむる能わず、法は竊盜之人を刑する能くするも以て人をして伯夷之廉を爲さしむる能わず。孔子弟子七十人養徒三千人にして、皆入りて孝し出でて悌し、言は文章と成り行は儀表と成るは、敎之成す所なり。墨子之服役者百八十人は、皆可火を赴き刃を蹈ませて死に旋らざらしむべし。化之致す所なり。肌膚を刻み皮革を鑿て創を被り血を流すは至難なり。然れども越人之を爲して以て榮を求む。聖王上に在りて好惡を明らかにして以て之に示し、誹譽を經て以て之を導き、賢を親て之を進用し、不肖を賤て之を退かしめば、創を被り血を流す苦無くして高世尊顯之名有り。民孰か從わざらん。

古者設法而不犯,刑錯而不用,非可刑而不刑也;百工維時,庶績咸熙,禮義修而任賢德也。故舉天下之高,以為三公;一國之高,以為九卿;一縣之高,以為二十七大夫;一鄉之高,以為八十一元士。故智過萬人者謂之英,千人者謂之俊,百人者謂之豪,十人者謂之傑。明於天道,察於地理,通於人情。大足以容眾,德足以懷遠,信足以一異,知足以知變者,人之英也;德足以教化,行足以隱義,仁足以得眾,明足以照下者,人之俊也;行足以為儀錶,知足以決嫌疑,廉足以分財,信可使守約,作事可法,出言可道者,人之豪也;守職而不廢,處義而不比,見難不苟免,見利不苟得者,人之傑也。英、俊、豪、傑,各以小大之材,處其位,得其宜,由本流末,以重製輕,上唱而民和,上動而下隨,四海之內,一心同歸,背貪鄙而向義理,其於化民也,若風之搖草木,無之而不靡。今使愚教知,使不肖臨賢,雖嚴刑罰,民弗從也。小不能制大,弱不能使強也。

古者法を設て犯れず、刑罰厝て用ゐず。刑すべくして刑せざるに非ず。百工維時して庶績咸熈すは、禮義修まりて賢德を任すればなり。故に天下之高を擧げて三公と爲し、一國之高を擧げて九卿と爲し、一縣之高を擧げて二十七大夫と爲し、一鄕之高を擧げて八十一元士と爲す。故に智萬人に過ぐるを英と謂い、千人に過ぐるを俊と謂い、百人に過ぐるを豪と謂い、十人に過ぐるを杰と謂う。天道を明らかにし、地理に察し、人情に通じ、大衆を容るるに足り、德遠きを懷柔するに足り、信異を一にするに足り、智變を知るに足るは、此れ人之英なり。德以て敎化するに足り、行以て隱義するに足り、仁以て衆を得るに足り、明以て下を照らすに足るは、此れ人之俊なり。行儀表と爲るに足り、智嫌疑を決するに足り、廉財を分るに足り、信以て約を守るに足り、作事法と爲るに足り、出言以て道を稱るに足るは、此れ人之豪なり。職を守て廢せず、義に處て逆らわず、難を見て苟免せず、利を見て苟得せざるは、此れ人之杰なり。英・俊・豪・杰は各々小大之材を以て其の位に處り、其の宜を得て、本より末に流れ、重を以て輕を制し、上唱えば民和し、上動けば下隨う。四海之内一心同歸して、貪鄙を背け義理に趣き、以て民を化するは、風の草木を搖るがごとく、仆れざる者無し。今愚に智を敎えしめ、不肖に賢に臨ましめば、嚴刑を峻にすと雖も民從わず。小は大を制する能わず、弱は強を使う能わず。

故聖主者舉賢以立功,不肖主舉其所與同。文王舉太公望、召公奭而王,桓公任管仲、隰朋而霸,此舉賢以立功也。夫差用太宰嚭而滅,秦任李斯、趙高而亡,此舉所與同。故觀其所舉,而治亂可見也;察其黨與,而賢不肖可論也。夫聖人之屈者,以求伸也;枉者,以求直也;故雖出邪辟之道,行幽昧之途,將欲以直大道,成大功。猶出林之中不得直道,拯溺之人不得不濡足也。伊尹憂天下之不治,調和五味,負鼎俎而行。五就桀,五就湯,將欲以濁為清,以危為寧也。周公股肱周室,輔翼成王,管叔、蔡叔奉公子祿父而欲為亂,周公誅之以定天下,緣不得已也。管子憂周室之卑,諸侯之力征,夷狄伐中國,民不得寧處,故蒙恥辱而不死,將欲以憂夷狄之患,平夷狄之亂也。孔子欲行王道,東西南北七十說而無所偶,故因衛夫人、彌子瑕而欲通其道。此皆欲平險除穢,由冥冥至炤炤,動於權而統於善者也。

故に聖主は賢を擧げて功を立つ。不肖之主は己に同類なるを擧ぐ。文王太公望・召公奭を擧げて王と爲り、桓公管仲・隰朋を任して霸と爲るは、此れ賢を擧げて功を立つなり。夫差太宰嚭を用て滅び、秦李斯・趙高を任して亡ぶは、此れ己に同類なるを擧ぐるなり。故に其の擧ぐる所を觀れば治亂見るべく、其の黨與を察れば賢不肖論ずべし。聖人之屈は以て伸を求め、枉は以て直を求む。故に邪僻之道を出て幽昧之途を行き、將に以て大道に至り大功を成さんと欲す。譬へば山林を出るに直道を行る能わず、溺れる人を救うに足を濡らさざる能わざるがごとし。伊尹天下之治まらざるを憂へ、鼎俎を負て五味を調和して行く。五に桀に就き五に湯に就き、將に濁を以て清と爲し、危を以て寧と爲さんと欲す。周公周室之股肱と爲り、成王を輔翼す。管叔・蔡叔公子祿父を奉て亂を爲さんと欲す。周公之を誅して以て天下を安んず。不得已より出づるなり。管子周室の卑弱を憂へ、諸侯力征して夷狄中國を伐ち、民安處する能わざれば、故に耻辱を蒙て死せざるは、將に夷狄之患を憂へ夷狄之亂を平らげんと欲するなり。孔子王道を行わんと欲して、東西南北七十説して遇わざるに合わず。故に衞夫人・彌子瑕に因て其の道を通ぜんと欲す。此れ皆險を平らげ穢を除き、冥冥より昭昭に至りて、權に動て善に統すなり。

夫觀逐者於其反也,而觀行者於其終也。故舜放弟,周公殺兄,猶之為仁也;文公樹米,曾子架羊,猶之為知也。當今之世,醜必托善以自為解,邪必蒙正以自為闢。遊不論國,仕不擇官,行不闢汙,曰伊尹之道也;分別爭財,親戚兄弟構怨,骨肉相賊,曰周公之義也;行無廉恥,辱而不死,曰管子之趨也;行貨賂,趣勢門,立私廢公,比周而取容,曰孔子之術也。此使君子小人,紛然淆亂,莫知其是非者也。故百川並流,不注海者不為川穀;趨行蹐馳,不歸善者不為君子。故善言歸乎可行,善行歸乎仁義。田子方、段幹木輕爵祿而重其身,不以欲傷生,不以利累形,李克竭股肱之力,領理百官,輯穆萬民,使其君生無廢事,死無遺憂,此異行而歸於善者。張儀、蘇秦家無常居,身無定君,約從衡之事,為傾覆之謀,濁亂天下,撓滑諸侯,使百姓不遑啟居,或從或橫,或合眾弱,或輔富強,此異行而歸於醜者也。

逐う人を見るは其の返るを見、行く人を見るは其の終るを見る。故に舜弟を放ち、周公兄を殺すも、猶お仁なり。文公米を種え、曾子羊を架ぐも、猶お智なり。今之世は、醜は必ず善に託て己に説を爲し、邪は必ず正に蒙て己に解を爲す。游歴國を論ぜず、居官官を擇ばず、行污を避けず、曰く伊尹之道と爲す。財を別て爭い、親戚兄弟怨を結び、骨肉相賊るるを、曰く周公之義と爲す。行廉耻なく、辱を受て死せざるを、曰く管子之趨と爲す。賄賂を行て勢門に趨附し、私を立て公を廢て、黨を結て容を取るを、曰く孔子之術と爲す。此れ君子小人をして紛然淆亂せしめ、誰か是非を知る者無し。故に百川竝流して海に注がざるは河に非ず、趨走して善に歸せざるは君子に非ず。故に善言は可行に歸し、善行は仁義に歸す。田子方・段干木は爵祿を輕んじ身を重んじ、欲を以て生を害せず、利を以て形を累さず。李克股肱之力を竭して百官を領理し、萬民を輯睦し、其の君をして生くるに廢事なく死するに遺憂なからしむ。此れ行同じからざるして善に歸するなり。張儀・蘇秦は家常居なく身定君なし。從橫之事を約し傾覆之謀を爲し、天下を濁亂し諸侯を撓亂し、百姓をして安んずるに遑遑ならず。或は從り或は橫し、或は衆弱を合し或は富強を輔く。此れ行同じからざるして醜に歸するなり。

故君子之過也,猶日月之蝕,何害於明!小人之可也,猶狗之晝吠,鴟之夜見,何益於善!夫知者不妄發,擇善而為之,計義而行之,故事成而功足賴也,身死而名足稱也。雖有知能,必以仁義為之本,然後可立也,知能蹐馳,百事並行。聖人一以仁義為之準繩,中之者謂之君子,弗中者謂之小人。君子雖死亡,其名不滅;小人雖得勢,其罪不除。使人左據天下之圖而右刎喉,愚者不為也,身貴於天下也。死君親之難,視死若歸,義重於身也。天下,大利也,比之身則小;身之重也,比之義則輕;義所全也。《詩》曰:「愷悌君子,求福不回。」言以信義為準繩也。欲成霸王之業者,必得勝者也;能得勝者,必強者也;能強者,必用人力者也;能用人力者,必得人心者也;能得人心者,必自得者也。

故に君子之過は、日月之蝕のごとし。何ぞ其の明を害せん。小人之可取は、狗之晝吠と鵂之夜目のごとし。何ぞ善に益あらん。智者妄發せず、擇善而爲して、計義而行う。故に事成て功賴るに足り、身死して名稱るに足る。知能有りと雖も必ず仁義を以て本と爲して後立つべし。知能馳聘して百事竝行す。聖人一に仁義を以て準繩と爲す。之に中るを君子と謂い、之に中らざるを小人と謂う。君子は死亡すと雖も名は滅せず、小人は勢を得ると雖も罪は除かれず。人をして左手天下之圖を案え右手喉を刎らしむれば、愚者も爲さず。是れ身天下より貴ければなり。君親之難を爲て死するは、死を歸と視る。是れ義身より重ければなり。天下は大利なれども身に比すれば小なり。身之重は義に比すれば輕し。義は以て全うする所なり。詩に曰く「愷悌君子、福を求めて回らず」と。此れ信義を以て準繩と爲すを言うなり。霸王之業を成さんと欲するは、必ず勝人者なり。能く勝人者は必ず強人者なり。能く強人者は必ず人力を用うる者なり。能く人力を用うる者は必ず人心を得る者なり。能く人心を得る者は必ず自得する者なり。

故心者,身之本也;身者,國之本也。未有得己而失人者也,未有失己而得人者也。故為治之本,務在寧民;寧民之本,在於足用;足用之本,在於勿奪時;勿奪時之本,在於省事;省事之本,在於節用;節用之本,在於反性。未有能搖其本而靜其末,濁其源而清其流者也。故知性之情者,不務性之所無以為;知命之情者,不憂命之所無奈何。故不高宮室者,非愛木也;不大鐘鼎者,非愛金也。直行性命之情,而制度可以為萬民儀。

故に心は身之本、身は國之本なり。己を得て人を失う有らず、己を失て人を得る有らず。故に治を爲る本は民の寧きに務め、民の寧きの本は足用に在り、足用の本は時を奪わざるに在り、時を奪わざるの本は事を省くに在り、事を省くの本は用を節するに在り、用を節するの本は性に反るに在り。能く本を搖て末を靜かにし、源を濁て流を清くする有らず。故に性之情を知る者は性の以て爲す能わざるを務めず、命之情を知る者は命の奈何する所を憂えず。故に宮室を高くせずは木を愛すにあらず、鍾鼎を大にせずは金を愛すにあらず。直に性命之情を行えば、制度以て萬民之儀たるべし。

今目悅五色,口嚼滋味,耳淫五聲,七竅交爭以害其性,日引邪欲而澆其身夫調和,身弗能治,奈天下何!故自養得其節,則養民得其心矣。所謂有天下者,非謂其履勢位,受傳籍,稱尊號也,言運天下之力,而得天下之心。紂之地,左東海,右流沙,前交趾,後幽都,師起容關,至浦水,士億有餘萬,然皆倒矢而射,傍戟而戰。武王左操黃鉞,右執白旄以麾之,則瓦解而走,遂土崩而下。紂有南面之名,而無一人之德,此失天下也。故桀、紂不為王,湯、武不為放。周處酆鎬之地,方不過百里,而誓紂牧之野,入據殷國,朝成湯之廟,表商容之閭,封比干之墓,解箕子之囚。乃折枹毀鼓,偃五兵,縱牛馬,搢笏而朝天下,百姓歌謳而樂之,諸侯執禽而朝之,得民心也。闔閭伐楚,五戰入郢,燒高府之粟,破九龍之鍾,鞭荊平王之墓,舍昭王之宮,昭王奔隨,百姓父兄攜幼扶老而隨之,乃相率而為致勇之寇,皆方命奮臂而為之鬥。當此之時,無將卒以行列之,各致其死,卻吳兵,復楚地。靈王作章華之臺,發乾溪之役,外內搔動,百姓疲敝,棄疾乘民之怨而立公子比。百姓放臂而去之,餓於乾溪,食莽飲水,枕塊而死。楚國山川不變,土地不易,民性不殊,昭王則相率而殉之,靈王則倍畔而去之,得民之與失民也。

今目は五色を說び、口は滋味を嚼み、耳は五聲に淫し、七竅交爭て以て其の性を害し、日に邪欲を引て其の身を灌ぐ。調和せば身も治めず、況んや天下をや。故に自養節を得れば民を養て心を得。所謂天下有るは、其の勢位を履み傳籍を受け尊號を稱すを謂うにあらず、天下之力を運て天下之心を得るを謂うなり。紂之地は左は東海、右は流沙、前は交趾、後は幽都、師は容關より蒲水に起り、士億餘萬有るも、皆矢を倒して射て戟を衡て戰う。武王左に黄鉞を秉り右に白旄を執て以て麾けば、瓦解して走り、遂に土崩して下る。紂南面之名有れども一人之德無し。此れ天下を失うなり。故に桀・紂は王に當たらず、湯・武は放に當たらず。周酆鎬之地に處りて方百里に過ぎず、牧野に師を誓て紂を討ち、殷國に入て據り、成湯之廟に朝し、商容之閭を表し、比干之墓を封じ、箕子之囚を解く。乃ち枹を折ち鼓を毁し、五兵を偃き、牛馬を縱し、笏を搢て天下に朝し、百姓歌謡して樂み、諸侯禽を執て朝す。是れ民心を得なり。闔閭楚を伐ち五戰して郢に入る。高府之粟を燒き、九龍之鍾を破り、荆平王之墓を鞭し、昭王之宮に居る。昭王隨に奔る。百姓父兄幼を攜へ老を扶けて隨き、乃ち相率て致死之寇を爲し、皆命を拼て臂を奮て之と鬬う。此の時將卒行列するなく各々致死して、吳兵を敗て楚地を復す。靈王章華之臺を作り乾溪之役を發し、外内騷動して百姓疲弊す。棄疾民怨に乘て公子比を立つ。百姓臂を放て之を去り、乾溪に餓れ、草を食い水を飮み、塊を枕て死す。楚國山川移らず、土地改まらず、民性殊ならず。昭王に則ち相率て殉す、靈王に則ち倍叛して去る。是れ民を得と失なり。

故天子得道,守在四夷;天子失道,守在諸侯。諸侯得道,守在四鄰;諸侯失道,守在四境。故湯處亳七十里,文王處酆百里,皆令行禁止於天下。周之衰也,戎伐凡伯於楚丘以歸。故得道則以百里之地令於諸侯,失道則以天下之大畏於冀州。故曰:無恃其不吾奪也,恃吾不可奪。行可奪之道,而非篡弒之行,無益於持天下矣。凡人之所以生者,衣與食也,今囚之冥室之中,雖養之以芻豢,衣之以綺繡,不能樂也。以目之無見,耳之無聞,穿隙穴,見雨零,則快然而歎之,況開戶發牖,從冥冥見炤々乎!從冥冥見炤々,猶尚肆然而喜,又況出室坐堂,見日月光乎!見日月光,曠然而樂,又況登泰山,履石封,以望八荒,視天都若蓋,江河若帶,又況萬物在其間者乎!其為樂豈不大哉!且聾者,耳形具而無能聞也;盲者,目形存而無能見也。夫言者,所以通己於人也;聞者,所以通人於己也,喑者不言,聾者不聞,既喑且聾,人道不通。故有喑、聾之病者,雖破家求醫,不顧其費,豈獨形骸有喑、聾哉!心志亦有之。夫指之拘也,莫不事申也;心之塞也,莫知務通也;不明於類也。夫觀六藝之廣崇,窮道德之淵深,達乎無上,至乎無下,運乎無極,翔乎無形,廣於四海,崇於太山,富於江河,曠然而通,昭然而明,天地之間無所繫戾,其所以監觀,豈不大哉!人之所知者淺,而物變無窮,曩不知而今知之,非知益多也,問學之所加也。夫物常見則識之,嘗為則能之,故因其患則造其備,犯其難則得其便。夫以一世之壽,而觀千歲之知,知今古之論,雖未嘗更也,其道理素具,可不謂有術乎!人慾知高下而不能,教之用管準則說;欲知輕重而無以,予之以權衡則喜;欲知遠近而不能,教之以金目則快射。又況知應無方而不窮哉!犯大難而不懾,見煩繆而不惑,晏然自得,其為樂也,豈直一說之快哉!

故に天子道を得れば守を四夷に在り、天子道を失えば守を諸侯に在り。諸侯道を得れば守を四鄰に在り、諸侯道を失えば守を四境に在り。故に湯亳に處り七十里、文王酆に處り百里、皆天下に令行禁止す。周之衰し、戎楚丘に凡伯を伐て以て歸る。故に道を得れば則ち百里之地を以て諸侯に令す能く、道を失えば則ち天下の大を以て冀州を畏る。故に曰く、人の我を奪わざるを恃む勿れ、我の奪はれざるを恃め。奪はるべき道を行て篡弑之行を非議するは、天下を持するに益なし。夫人の生ずる所以は衣與食なり。今之を暗室に囚えば、芻豢を以て養い綺繡を以て衣すと雖も樂む能わず。目見る能わず耳聽く能わざればなり。隙を穿て雨の下るを見れば、則ち開然嘆く。況んや戶を開き牖を闢きて、冥冥より昭昭を見るをや。冥冥より昭昭を見る尚お肆肆然喜ぶ。又況んや室を出て堂に坐り、日月光を見るをや。日月光を見て曠然樂し。又況んや泰山に登り石封を履み、八荒を望て天の蓋のごとく江河の帶のごときを見、又況んや萬物其の間に在るをや。其の樂豈に大ならずや。且つ聾の人は耳形具はれども聞く能わず、盲の人は目形存れども見る能わず。言は以て己を人に通ず、聞は以て人を己に通ず。瘂は言わず聾は聽かず。瘂且つ聾なれば人道通ぜず。故に瘂聾之病有る者は、家を破て醫を求め其の費を顧みず。豈に獨り形骸の瘂聾のみならん。心志も亦た有り。指拘攣するも伸ばさんことを求めざる莫し。心塞れども通さんことを務めて知る者莫し。是れ類に明らかならざるなり。六藝之廣崇を觀、道德之淵深を窮め、无上に至り无下に至り、无極に運し無形に翔り、四海より廣く泰山より高く江河より富み、曠然として通じ昭然として明なれば、天地之間乖戾なく以て監觀す。豈に又大ならずや。人の知る所は淺く物の變は窮まらず。昔知らざるを今知るは、知の增多したるにあらず、問學の加えたればなり。物常見れば則ち識り、嘗て爲せば則ち能う。故に患に因て防備を造り、難を冒て方便を得る。一世之壽を以て千歲之知を觀、今古之論を知る。雖嘗て歷せざれども其の理具に具はる。能く術有りと謂わずや。人高下を知らんと欲して能わず、之に敎えて管準を用いれば則ち喜ぶ。輕重を知らんと欲して無術なれば、之に權衡を與うれば則ち喜ぶ。遠近を知らんと欲して能わざれば、之に敎えて金目を用いれば則ち射るに快し。又況んや應對の定方なくして窮まざるを知るをや。大難を冒て恐れず、煩亂を見て惑わず、晏然自得す。其の樂は豈に獨り說痛快のみならん。

夫道,有形者皆生焉,其為親亦戚矣;享穀食氣者皆受焉,其為君亦惠矣;諸有智者皆學焉,其為師亦博矣。射者數發不中,人教之以儀則喜矣,又況生儀者乎!人莫不知學之有益於己也,然而不能者,嬉戲害人也。人皆多以無用害有用,故智不博而日不足,以鑿觀池之力耕,則田野必闢矣;以積土山之高修堤防,則水用必足矣;以食狗馬鴻雁之費養士,則名譽必榮矣;以弋獵博弈之日誦《詩》讀《書》,聞識必博矣。故不學之與學也,猶喑、聾之比於人也。凡學者能明於天下之分,通於治亂之本,澄心清意以存之,見其終始,可謂知略矣。天之所為,禽獸草木;人之所為,禮節制度。構而為宮室,制而為舟輿是也。治之所以為本者,仁義也;所以為末者,法度也。凡人之所以事生者,本也;其所以事死者,末也。本末,一體也;其兩愛之,一性也。先本後末,謂之君子;以末害本,謂之小人。君子與小人之性非異也,所在先後而已矣。草木之性,洪者為本,而殺者為末;禽獸之性,大者為首,而小者為尾。末大於本則折,尾大於要則不掉矣。故食其口而百節肥,灌其本而枝葉美,天地之性也。天地之生物也有本末,其養物也有先後,人之於治也,豈得無終始哉!

道は有形者皆之より生ず。其れ親と爲るに亦た親なり。谷食氣を享る者皆之より受く。其れ君と爲るに亦た惠なり。諸有智は皆之に學ぶ。其れ師と爲るに亦た博なり。射の人數發して中らず、人之に敎えて儀を得れば則ち喜ぶ。又況んや儀を生ずる者をや。人學の己に益有るを知らざる莫し。然れども能わざるは嬉戲之害なり。人皆多く無用を以て有用を害す。故に智博からずして日足らず。鑿池之固を以て耕せば田野必ず闢け、土山之高を以て堤防を修めば水用必ず足り、狗馬鴻雁之費を以て士を養えば名譽必ず榮え、弋獵博弈之日を以て詩を誦し書を讀まば聞識必ず博なり。故に學ばざると學ぶとは、瘂聾の人に比するがごとし。凡そ學の人は能く天下之分を明らかにし、治亂之本に通じ、澄心清意して之を存し、終始を見る。以知大略と謂うべし。天之爲すは禽獸草木なり。人之爲すは禮節制度なり。宮室を構え舟輿を制すれば是なり。治の以て本と爲すは仁義、以て末と爲すは法度なり。夫人の從事生ずる所以は本、從事死する所以は末なり。本末は一體にして兩愛するは一性なり。先本後末は君子と謂い、末を以て本を害するは小人と謂う。君子與小人の性は同じからざるに非ず、在る所は先後のみ。草木之性は大なる者は本小なる者は末、禽獸之性は大なる者は頭小なる者は尾なり。末本より大なれば折れ、尾腰より大なれば掉れず。故に其の口を飼えば百節肥え、其の本を灌れば枝葉美なり。是れ天地之性なり。天地の物を生ずるに本末有り、物を養うに先後有り。人之治に於いて獨り終始無からんや。

故仁義者,治之本也。今不知事修其本,而務沼其末,是釋其根而灌其枝也。且法之生也,以輔仁義,今重法而棄義,是貴其冠履而忘其頭足也。故仁義者,為厚基者也。不益其厚而張其廣者毀,不廣其基而增其高者覆。趙政不增其德而累其高,故滅;智伯不行仁義而務廣地,故亡其國。語曰:不大其棟,不能任重。重莫若國,棟莫若德。國主之有民也,猶城之有基,木之有根。根深則本固,基美則上寧。五帝三王之道,天下之綱紀,治之儀錶也。今商鞅之啟塞,申子之三符,韓非之孤憤,張儀、蘇秦之從衡,皆掇取之權,一切之術也。非治之大本,事之恆常,可博聞而世傳者也。子囊北而全楚,北不可以為庸;弦高誕而存鄭,誕不可以為常。今夫《雅》、《頌》之聲,皆發於詞,本於情,故君臣以睦,父子以親,故《韶》、《夏》之樂也,聲浸乎金石,潤乎草木。今取怨思之聲,施之於弦管,聞其音者,不淫則悲,淫則亂男女之辨,悲則感怨思之氣。豈所謂樂哉!

故に仁義は治之本なり。今修本に事を爲るを知らずして末を治むるを務むるは、根を釋て枝を灌ぐなり。且つ法之生ずるは以て仁義を輔く。今法を重んじて義を棄つるは、冠履を貴びて頭足を忘るるなり。故に仁義は厚之基なり。其の厚を益さずして其の廣を張るは毁る、其の基を拓かずして其の高を增すは覆る。趙政德を增さずして高を累る。故に滅ぶ。智伯仁義を行わずして地を拓くを務むる。故に其の國を亡す。俗語に曰く、棟を大にせざれば重を任する能わずと。重は國より重きは莫し、棟は德より棟は莫し。國主民有るは、城基有り、木根有るがごとし。根深ければ本固く、基美なれば上寧し。五帝三王之道は天下之綱紀、治之儀表なり。今商鞅之啓塞、申子之三符、韓非之孤憤、張儀・蘇秦之從橫は、皆掇取之權、一切之術なり。治之大本、事之恒常に非ず。博聞して世に傳うべきにあらず。子囊敗北して楚國を全うすれども、敗北以て常法と爲すべからず。弦高誕詐して鄭國を存すれども、誕詐以て常と爲すべからず。今雅頌之聲は皆詞に發し情に本づく。故に君臣以て睦み父子以て親し。故に韶夏之樂は聲金石に浸て草木に潤す。今怨思之聲を取て弦管に施せば、其の音を聞く者は淫すれば則ち男女之辨を亂し、悲しければ則ち怨思之氣を感發す。豈に所謂樂ならんや。

趙王遷流於房陵,思故鄉,作《山水》之謳,聞者莫不殞涕。荊軻西刺秦王,高漸離、宋意為擊築而歌於易水之上。聞者莫不瞋目裂眥,髮植穿冠。因以此聲為樂而入宗廟,豈古之所謂樂哉!故弁冕輅輿,可服而不可好也;大羹之和,可食而不可嘗也;朱弦漏越,一唱而三歎,可聽而不可快也。故無聲者,正其可聽者也;其無味者,正其足味者也。吠聲清於耳,兼味快於口,非其貴也。故事不本於道德者,不可以為儀;言不合乎先王者,不可以為道;音不調乎《雅》、《頌》者,不可以為樂。故五子之言,所以便說掇取也,非天下之通義也。聖王之設政施教也,必察其終始,其縣法立儀,必原其本末,不苟以一事備一物而已矣。見其造而思其功,觀其源而知其流,故博施而不竭,彌久而不垢。未水出於山而入於海,稼生於田而藏於倉。聖人見其所生,則知其所歸矣。故舜深藏黃金於嶄巖之山,所以塞貪鄙之心也。儀狄為酒,禹飲而甘之,遂疏儀狄而絕旨酒,所以遏流湎之行也。師延為平公鼓朝歌北鄙之音,師曠曰:「此亡國之樂也。」大息而撫之,所以防淫闢之風也。

趙王遷房陵に流れて故鄉を思い、山水之謳を作る。聞く者哀涕淚を墮さざる莫し。荆軻西に秦王を刺さんとす。高漸離・宋意易水之上に筑を擊て歌う。聞く者瞋目裂眦、髮植て冠を穿つ。此れを以て樂と爲して宗廟に入る。豈に古所謂樂と爲さんや。故に弁冕輅輿は服すべくも好むべからず、大羹之和は食すべくも求めて甘とすべからず、朱弦漏越は一唱三歎して聽くべくも快を求むべからず。故に聲無きは以て其の聽くべきを正し、味無きは以て其の足味を正す。好聲耳に清く、兼味口に快きは、貴ぶ所に非ず。故に事道德に本づかざるは以て儀と爲すべからず、言先王に合せざるは以て道と爲すべからず、音雅頌に調わざるは以て樂と爲すべからず。故に五子之言は以て便說掇取するなり、天下之通義に非ず。聖王政を設け敎を施くるに、必ず終始を察し、法を懸け儀を樹て、必ず本末を推原し、苟も一事を以て一備するのみならず。其の造作を見て其の功を思い、其の源を觀て其の流を知る。故に博施して竭さず、彌久して垢らず。水山より出て海に入り、稼田に生れて倉に藏る。聖人其の生ずる所を見て其の歸する所を知る。故に舜黄金を斬岩之山に藏めて以て貪鄙之心を塞ぎ、儀狄酒を爲て禹之を飮て甘く、於是乎儀狄を疏て美酒を絶ち、以て流湎之行を遏す。師延平公の爲に朝歌北鄙之音を鼓す。師曠曰く「此れ亡國之樂なり」と。太息して撫止し、以て淫僻之風を防ぐ。

故民知書而德衰,知數而厚衰,知券契而信衰,知機械而實衰也。巧詐藏於胸中,則純白不備,而神德不全矣。琴不鳴,而二十五絃各以其聲應;軸不運,而三十輻各以其力旋。弦有緩急小大,然後成曲;車有勞逸動靜,而後能致遠。使有聲者,乃無聲者也;能致千里者,乃不動者也。故上下異道則治,同道則亂。位高而道大者從,事大而道小者兇。故小快害義,小慧害道,小辯害治,苛削傷德。大政不險,故民易道;至治寬裕,故下不相賊;至忠復素,故民無匿情。商鞅為秦立相坐之法,而百姓怨矣;吳起為楚減爵祿之令。而功臣畔矣。商鞅之立法也,吳起之用兵也,天下之善者也。然商鞅之法亡秦,察於刀筆之跡,而不知治亂之本也。吳起以兵弱楚,習於行陳之事,而不知廟戰之權也。晉獻公之伐驪,得其女,非不善也,然而史蘇歎之,見其四世之被禍也。吳王夫差破齊艾陵,勝晉黃池,非不捷也,而子胥憂之,見其必禽於越也。小白奔莒,重耳奔曹,非不困也,而鮑叔、咎犯隨而輔之,知其可與至於霸也。勾踐棲於會稽,修政不殆,謨慮不休,知禍之為福也。襄子再勝而有憂色,畏福之為禍也。

故に民書を知れば德衰え、數を知れば厚衰え、券契を知れば信衰え、機械を知れば樸衰む。巧詐胸中に藏るれば、則ち純白不備、神德不全なり。琴自ら鳴らず、二十五弦各々其の聲を以て應ず。軸自ら轉らず、三十輻各々其の力を以て旋る。弦緩急小大有りて後曲を成し、車勞逸動靜有りて後遠に至る。之をして聲有らしむるは、乃ち其の聲無きなり。能く千里に至るは、乃ち其の不動なり。故に上下同道なれば則ち治まり、同道なれば則ち亂る。位高して道大なる人は從う。事大して道小なる人は凶なり。故に小快は義を害し、小慧は道を害し、小辯は治を害し、苛削は德を傷る。大政險ならざれば故に民易循なり。至治寬裕なれば故に下相賊せず。至忠素に復歸すれば故に民匿情なし。商鞅秦の爲に相坐之法を立てれば百姓怨す。吴起楚の爲に爵祿之令を減すれば功臣叛く。商鞅法を立て、吴起兵を用ゆるは天下之善なり。然れども商鞅之法秦を亡す。刀筆之蹟に察して治亂之本を知らず。吴起兵を以て楚を弱む。行陣之事に習て廟戰之權を知らず。晉獻公驪を伐て其の女を獲る。好まざるに非ず。然れども史蘇歎きて四世將に被禍せんと見る。吳王夫差艾陵に齊を破り黃池に晉を勝つ。捷ならざるに非ず。然れども子胥憂へて必ず越に禽らるるを見る。小白莒に奔り重耳曹に奔る。困せざるに非ず。然れども鮑叔・咎犯從て輔けて以て之と霸に至るを知る。勾踐會稽に棲みて政を修め怠らず謀慮休まず。禍の以て福と爲るを知る。襄子再勝して憂色有り。福の以て禍と爲るを懼る。

故齊桓公亡汶陽之田而霸,智伯兼三晉之地而亡。聖人見禍福於重閉之內,而慮患於九拂之外者也。原蠶一歲再收,非不利也,然而王法禁之者,為其殘桑也。離先稻熟,而農夫耨之,不以小利傷大獲也。家老異飯而食,殊器而享,子婦跣而上堂,跪而斟羹,非不費也,然而不可省者,為其害義也。待媒而結言,聘納而取婦,初絻而親迎,非不煩也,然而不可易者,所以防淫也。使民居處相司,有罪相覺,於以舉奸,非不掇也,然而傷和睦之心,而構仇讎之怨。故事有鑿一孔而生百隟,樹一物而生萬葉者,所鑿不足以為便,而所開足以為敗,所樹不足以為利,而所生足以為濊。愚者惑於小利,而忘其大害。昌羊去蚤蝨,而人弗庠者,為其來蛉窮也;狸執鼠,而不可脫於庭者,為捕雞也。故事有利於小而害於大,得於此而亡於彼者。故行棋者或食兩而路窮,或予踦而取勝。偷利不可以為行,而智術不可以為法。

故に齊桓公汶陽之田を失て霸す。智伯三晉之地を兼して亡ぶ。聖人閉闔之内に禍福を見、拂逆之外於患を憂う。原蠶一歲再登す。利ならざるに非ず。然れども王法之を禁ず。其の殘桑なるがゆえなり。穞先稻熟す。農夫之を鉏す。小利を以て大穫を害せざればなり。家老異飯異器に享かず。子婦跣して堂に上り跪て羹を斟る。費ならざるに非ず。然れども省くべからず。其の義を害すればなり。媒氏を待て言を結て聘納して婦を娶り、冕を服て以て親迎す。煩ならざるに非ず。然れども改易すべからず。以て淫を防ぐなり。民をして居處相覘察し、有罪相糾發せしめて以て奸を擧ぐ。捷ならざるに非ず。然れども和睦之心を傷め仇讎之怨を結ぶ。故に事一孔を鑿て百隙を生じ、一物を樹て萬葉を生ずる有り。鑿る所は以て便するに足らず、開る所は以て敗るに足る。樹る所は以て利するに足らず、生ずる所は以て穢るに足る。愚者小利に惑て大害を忘る。菖羊蚤虱を去る。然れども人之を席と爲さず。其の蛉窮を招くを以てなり。狸能く鼠を搏つ。然れども庭に畜うべからず。其の鶏を捕うを以てなり。故に事小に利して大に害し、此に得て彼に失う有り。故に棊或は兩子を食て路窮まり、或は單子を與て勝を取る。偷利は以て行と爲すべからず、智術は以て法と爲すべからず。

故仁知,人材之美者也。所謂仁者,愛人也;所謂知者,知人也。愛人則無虐刑矣,知人則無亂政矣。治由文理,則無悖謬之事矣;刑不侵濫,則無暴虐之行矣。上無煩亂之治,下無怨望之心,則百殘除而中和作矣,此三代之所昌。故《書》曰:「能哲且惠,黎民懷之。何憂讙兜,何遷有苗。」智伯有五過人之材,而不免於身死人手者,不愛人也;齊王建有三過人之巧,而身虜於秦者,不知賢也。故仁莫大於愛人,知莫大於知人,二者不立,雖察慧捷巧,劬祿疾力,不免於亂也。

故に仁智は人材之美なり。所謂仁は人を愛するなり。所謂智は人を知るなり。人を愛すれば則ち虐刑無く、人を知れば則ち亂政無し。治は文理由りて經れば悖謬之事無く、刑侵濫せざれば暴虐之行無し。上煩亂之治無く、下怨望之心無く、百殘除かれて中和作る。此れ三代の昌盛する所以なり。書に曰く「能く哲にして且つ惠なれば、黎民之を懷ふ。何ぞ驩兜を憂えん、何ぞ有苗を遷さん」と。智伯五の人に過ぐる材有れども身人に殺さるるを免れず。人を愛せざればなり。齊王建三の人に過ぐる巧有れども身秦に虜せらる。賢を知らざればなり。故に仁は人を愛するより大なるは莫く、智は人を知るより大なるは莫し。二者立たざれば、察慧捷巧、劬勞疾力するも亂を免れず。

要略

夫作為書論者,所以紀綱道德,經緯人事,上考之天,下揆之地,中通諸理,雖未能抽引玄妙之中才,繁然足以觀終始矣。總要舉凡,而語不剖判純樸,靡𢿱大宗,懼為人之惽惽然弗能知也;故多為之辭,博為之說,又恐人之離本就末也。故言道而不言事,則無以與世浮沉;言事而不言道,則無以與化遊息。故著二十篇,有《原道》、有《俶真》、有《天文》、有《墜形》、有《時則》、有《覽冥》、有《精神》、有《本經》、有《主術》、有《繆稱》、有《齊俗》、有《道應》、有《氾論》、有《詮言》、有《兵略》、有《說山》、有《說林》、有《人間》、有《修務》、有《泰族》也。

書を著し論を作すは、以て道德を紀綱し人事を經緯し、上は天に考へ下は地に度り、中は諸理を貫通す。玄妙之中より才を抽く能わずと雖も、繁然として以て終始を觀るに足る。要領を總攝て大凡を擧ぐ。然れども言淳樸を剖判せず大宗を散らさざれば、人昏昏として知る能わざるを恐る。故に之に辭を多く措き之に說を廣く立つ。又人の本を離れ末に就くを恐る。故に道を說て事を說かざれば、以て世と浮沈する無し。事を說て道を說かざれば、以て化と游息する無し。故に二十篇を著す。原道有り、俶真有り、天文有り、墜形有り、時則有り、覽冥有り、精神有り、本經有り、主術有り、繆稱有り、齊俗有り、道應有り、泛論有り、詮言有り、兵略有り、說山有り、說林有り、人間有り、脩務有り、泰族有り。

《原道》者,盧牟六合,混沌萬物,象太一之容,測窈冥之深,以翔虛無之軫,托小以苞大,守約以治廣,使人知先後之禍富,動靜之利害。誠通其志,浩然可以大觀矣。欲一言而寤,則尊天而保真;欲再言而通,則賤物而貴身;欲參言而究,則外物而反情。執其大指,以內治五藏,瀸濇肌膚,被服法則,而與之終身,所以應待萬方,鑒耦百變也。若轉丸掌中,足以自樂也。

原道は六合を籠罩し萬物を混沌し、太一之容に象り、窈冥之深を測りて、以て虚無之畛域に翱翔し、小に託て以て大を包み、約を守て以て廣を治む。人をして先後之禍福、動靜之利害を知らしむ。其の志を眞に通ぜば、浩然として以て大觀す。一言を以て寤通せんと欲すれば、則ち天を尊て眞を保つ。再言を以て通ぜんと欲すれば、則ち物を賤て身を貴ぶ。三言を以て窮究せんと欲すれば、則ち物を外にして情に反る。大指を執て以て内に五藏を治め、肌膚を浸潤し、法則を被服し、之と終身すれば、故に萬方に應對し百變に鑑對す。丸を掌中に轉ずるがごとく、以て自樂するに足る。

《俶真》者,窮逐終始之化,嬴垀有無之精,離別萬物之變,合同死生之形。使人遺物反己,審仁義之間,通同異之理,觀至德之統,知變化之紀,說符玄妙之中,通回造化之母也。

俶真は終始之變化を窮逐し、盈縮有無之精を窮め、萬物之變を分別し、死生之形を合同す。人をして物を離れ己に反らしめ、仁義之間を審察し、同異之理を貫通し、至德之統を觀て、變化之紀を知り、符應玄妙之中を說き、造化之母に通達せしむ。

《天文》者,所以和陰陽之氣,理日月之光,節開塞之時,列星辰之行,知逆順之變,避忌諱之殃,順時運之應,法五神之常,使人有以仰天承順,而不亂其常者也。

天文は以て陰陽之氣を和し、日月之光を理し、開塞之時を節し、星辰之行を列し、逆順之變を知り、忌諱之殃を避け、時運之應に順い、五神之常に法る。人をして以て天に仰ぎ承順して其の常を亂らざらしむ。

《地形》者,所以窮南北之修,極東西之廣,經山陵之形,區川穀之居,明萬物之主,知生類之眾,列山淵之數,規遠近之路。使人通回周備,不可動以物,不可驚以怪者也。

地形は以て南北之長を窮め、東西之廣を極め、山陵之形を經營し、河川谿谷之居を區劃し、萬物之主を標明し、生類之衆を知り、山淵之數を列し、遠近之路を規す。人をして通達周備にして、物を以て動かす能わず、怪を以て驚かす能わざらしむ。

《時則》者,所以上因天時,下盡地力,據度行當,合諸人則,形十二節,以為法式,終而複始,轉於無極,因循仿依,以知禍福,操舍開塞,各有龍忌,發號施令,以時教期。使君人者知所以從事。

時則は以て上は天時に因り、下は地力を盡し、度數に據て行事當に中り、人之則に合い、十二節を成て以て法式と爲し、終而復始して轉て極無く、因循仿依して以て禍福を知り、操持舍置開塞して各々龍忌有り、發號施令して時に按て教に期會す。君たる人をして事に從る所以を知らしむ。

《覽冥》者,所以言至精之通九天也,至微之淪無形也,純粹之入至清也,昭昭之通冥冥也。乃始攬物引類,覽取撟掇,浸想宵類,物之可以喻意象形者,乃以穿通窘滯,決瀆壅塞,引人之意,系之無極,乃以明物類之感,同氣之應,陰陽之合,形埒之朕,所以令人遠觀博見者也。

覽冥は以て至精九天に通じ、至微無形に沉み、純粹至清に入り、昭昭冥冥に通ずるを説明す。乃ち始めて物を攬り類を引き、覽取捃拾し、浸て同類を想い、物の以て意象を喻し形を象る者を以て、窘滯を穿通し、壅塞之瀆を決開し、人之意を引て無極に係け、以て物類之感、同氣之應、陰陽之合、形埒之朕兆を標明し、故に人をして遠觀博見せしむ。

《精神》者,所以原本人之所由生,而曉寤其形骸九竅,取象與天,合同其血氣,與雷霆風雨比類其喜怒,與晝宵寒暑並明,審死生之分,別同異之跡,節動靜之機,以反其性命之宗,所以使人愛養其精神,撫靜其魂魄,不以物易己,緊守虛無之宅者也。

精神は以て人の本の生ずる所を推原して、其の形骸九竅の天に象を取るを曉悟し、其の血氣を合同し、雷霆風雨と其の喜怒を比類し、晝夜寒暑と並明にして、死生之分を審察し、同異之跡を分別し、動靜之機を節制して、以て性命之宗に反らしむ。故に人をして精神を愛養し、魂魄を撫靜し、物を以て己を改換せず、虚無之宅を緊守せしむ。

《本經》者,所以明大聖之德,通維初之道,埒略衰世古今之變,以褒先世之隆盛,而貶末世之曲政也。所以使人黜耳目之聰明,精神之感動,樽流遁之觀,節養性之和,分帝王之操,列小大之差者也。

本經は以て大聖之德を標明し、維初之道を貫通し、衰世古今之變を約略して、以て先世之隆盛を褒め末世之曲政を貶す。故に人をして耳目之聰明を黜去し、精神之感動を止め、流遁之觀覽を抑え、養性之和を節制し、帝王之操を分別し、小大之差を列さしむ。

《主術》者,君人之事也。所以因作任督責,使群臣各盡其能也。明攝權操柄,以制群下,提名責實,考之參伍,所以使人主秉數持要,不妄喜怒也。其數直施而正邪,外私而立公,使百官條通而輻輳,各務其業,人致其功。此主術之明也。

主術は君たる人之事なり。故に任職督責に因て、群臣各々其の能を盡さしむ。權柄を明らかに執て以て群下を制御し、名を擧げて實を責め、參伍を以て考核す。故に人主をして數を秉り要を持して、喜怒を妄せざらしむ。其の數は直に施て以て邪を正し、私を排て公を立て、百官をして條通して輻輳のごとく、各々其の業を務め、人其の功を致さしむ。此れ主術之明なり。

《繆稱》者,破碎道德之論,差次仁義之分,略雜人間之事,總同乎神明之德,假像取耦,以相譬喻,斷短為節,以應小具。所以曲說攻論,應感而不匱者也。

繆稱は道德之論を碎破し、仁義之分を差次し、人間之事を約略雜入して、神明之德に總同し、形象を假借て匹配を取て以て相譬喻し、短を截て節を做成て以て小具に應對す。故に曲說攻論、感應して匱えず。

《齊俗》者,所以一群生之短修,同九夷之風氣,通古今之論,貫萬物之理,財制禮義之宜,擘畫人事之終始者也。

齊俗は以て群生之短長を齊へ、九夷之風氣を合同し、古今之論を貫通し、萬物之理を貫穿し、禮義の宜る所を裁制し、人事之終始を擘畫す。

《道應》者,攬掇遂事之蹤,追觀往古之跡,察禍福利害之反,考驗乎老莊之術,而以合得失之勢者也。

道應は已成之事之蹤跡を攬取し、往古之迹を追觀し、禍福利害之反覆を察看し、老莊之術に考驗して、以て得失之勢を合す。

《氾論》者,所以箴縷縩繺之間,攕揳唲齵之郤也。接徑直施,以推本樸,而兆見得失之變,利病之反,所以使人不妄沒於勢利,不誘惑於事態,有符曮晲,兼稽時勢之變,而與化推移者也。

泛論は以て縫隙之間を縫補し、參差之隙を填塞す。直道を接て施き、以て本樸を推求し、得失之變、利病之反覆を豫め見て、故に人をして勢利に妄沉没せず、事態に誘惑せられず、符驗以て観る有り、兼ねて時勢之變を考核して、化と推移せしむ。

《詮言》者,所以譬類人事之指,解喻治亂之體也。差擇微言之眇,詮以至理之文,而補縫過失之闕者也。

詮言は以て人事之意旨を譬類し、治亂之體を解喻す。微言之妙を差擇し、至理之文を以て詮釋して、過失之缺を補縫す。

《兵略》者,所以明戰勝攻取之數,形機之勢,詐譎之變,體因循之道,操持後之論也。所以知戰陣分爭之非道不行也,知攻取堅守之非德不強也。誠明其意,進退左右無所失擊危,乘勢以為資,清靜以為常,避實就虛,若驅群羊,此所以言兵者也。

兵略は以て戰勝攻取之數、形機之勢、詐譎之變を標明し、因循之道を體察し、後發之論を操持す。故に戰陣分爭は道あらざれば行う能わず、攻取堅守は德あらざれば強からざるを知る。其の意を眞に明らかにすれば、進退左右失する有らず、勢に乘て資に當り、清靜にして常に當り、實を避け虚に就き、群羊を驅るがごとし。此れ兵を說く所以なり。

《說山》、《說林》者,所以竅窕穿鑿百事之壅遏,而通行貫扃萬物之窒塞者也。假譬取象,異類殊形,以領理人之意,解除結細,說捍摶囷而以明事埒事者也。

說山・說林は以て百事之壅遏を開通穿鑿し、萬物之窒塞を通行貫穿す。譬喻を假借して象を取り、異類殊形にして、以て人之意を領理し、糾結を解除し、盤繞を解說して以て事之朕兆を標明す。

《人間》者,所以觀禍福之變,察利害之反,鑽脈得失之跡,標舉終始之壇也。分別百事之微,敷陳存亡之機,使人知禍之為福,亡之為得,成之為敗,利之為害也。誠喻至意,則有以傾側偃仰世俗之間,而無傷乎讒賊螫毒者也。

人間は以て禍福之福之變を觀看し、利害之反覆を察看し、得失之迹を鑽研し、終始之壇變を標擧す。百事之微を分別し、存亡之機を敷陳して、人をして禍の以て福と爲り、亡の以て得と爲り、成の以て敗と爲り、利の以て害と爲るを知らしむ。至意に眞に喻せば、則ち以て世俗之間に傾側偃仰して、讒賊螫毒の傷に遇わざる有り。

《修務》者,所以為人之於道未淹,味論未深,見其文辭,反之以清靜為常,恬淡為本,則懈墮分學,縱欲適情,欲以偷自佚,而塞於大道也。今夫狂者無憂,聖人亦無憂。聖人無憂,和以德也;狂者無憂,不知禍福也。故通而無為也,與塞而無為也同;其無為則同,其所以無為則異。故為之浮稱流說其所以能聽,所以使學者孳孳以自幾也。

脩務は人の道に於いて未だ淹通せず、味論未だ深からざれば、文辭を見て、反て清靜を以て常と爲し、恬淡を以て本と爲して、則ち懈墮して學を分け、欲を放縱して情に適い、自佚を偸んで大道に塞がるを以てなり。今狂人は憂無く、聖人も亦た憂無し。聖人の憂無きは德を以て和するなり。狂人の憂無きは禍福を知らざればなり。故に通達之無爲と堵塞之無爲は同じ。無爲同じければ其の無爲の然る所は同じからず。故に之に浮稱流說を爲て人をして聽かしめ、學者をして孜孜として自ら近からしむ。

《泰族》者,橫八極,致高乘,上明三光,下和水土,經古今之道,治倫理之序,總萬方之指,而歸之一本,以經緯治道,紀綱王事,乃原心術,理性情,以館清平之靈,澄澈神明之精,以與天和相嬰薄,所以覽五帝三王,懷天氣,抱天心,執中含和,德形於內,以莙凝天地,發起陰陽,序四時,正流方,綏之斯寧,推之斯行,乃以陶冶萬物,遊化群生,唱而和,動而隨,四海之內,一心同歸。故景星見,祥風至,黃龍下,鳳巢列樹,麟止郊野。德不內形,而行其法藉,專用制度,神祇弗應,福祥不歸,四海不賓,兆民弗化。故德形於內,治之大本。此《鴻烈》之《泰族》也。

泰族は八極を橫貫し、高乘に至り、上は三光を明らかにし、下は水土を和し、古今之道を經營し、倫理之序を治め、萬方之指を總括して一の本に歸し、以て治道を經緯し、王事を紀綱し、乃ち心術を推原し、性情を調理して、以て清平之靈を館養し、神明之精を澄澈し、天和と纏薄す。故に五帝三王を覽て、天氣を懷、天心を抱き、中を執て和を含み、德内より形と成りて、以て天地を凝結し、陰陽を發起し、四時を序して流方を正し、撫して安んずれば寧く、推して行えば行はる。乃ち萬物を陶冶し、群生を游化し、唱へば和し、動けば隨いて、四海之内一心同歸す。故に景星見え、祥風至り、黄龍下り、鳳凰列樹に巢り、麒麟郊野に止まる。德内より形と成らずして法籍を施行し、制度を專用すれば、神祇應えず、福祥歸せず、四海賓服せず、兆民化せられず。故に德の内より形と成るは治之大本なり。此れ鴻烈之泰族なり。

凡屬書者,所以窺道開塞,庶後世使知舉錯取捨之宜適,外與物接而不眩,內有以處神養氣,宴煬至和,而己自樂所受乎天地者也。故言道而不明終始,則不知所仿依;言終始而不明天地四時,則不知所避諱;言天地四時而不引譬援類,則不知精微;言至精而不原人之神氣,則不知養生之機;原人情而不言大聖之德,則不知五行之差;言帝道而不言君事,則不知小大之衰;言君事而不為稱喻,則不知動靜之宜;言稱喻而不言俗變,則不知合同大指;已言俗變而不言往事,則不知道德之應;知道德而不知世曲,則無以耦萬方;知氾論而不知詮言,則無以從容;通書文而不知兵指,則無以應卒已;知大略而不知譬喻,則無以推明事;知公道而不知人間,則無以應禍福;知人間而不知修務,則無以使學者勸力。欲強省其辭,覽總其要,弗曲行區入,則不足以窮道德之意。故著書二十篇,則天地之理究矣,人間之事接矣,帝王之道備矣!

凡そ書に屬するは、以て道之開塞を窺き、後世をして擧錯取舍の宜適を知らしむ。外は物と交接して眩らず、内は以て神を處り氣を養い、至和に宴暖して、天地の受くる所に從て自樂す。故に道を說て終始を明らかにせざれば、則ち仿依する所を知らず。終始を說て天地四時を明らかにせざれば、則ち避諱する所を知らず。天地四時を說て譬を引き類を援けざれば、則ち精微を知らず。至精を說て人之神氣を推原せざれば、則ち養生之機を知らず。人情を推原して大聖之德を說かざれば、則ち五行之差を知らず。帝道を說て君事を說かざれば、則ち小大之等差を知らず。君事を說て稱喻を爲さざれば、則ち動靜の宜る所を知らず。稱喻を說て俗變を說かざれば、則ち合同大旨を知らず。已に俗變を說て往事を說かざれば、則ち道德之應を知らず。道德を知て世曲を知らざれば、則ち以て萬方に匹配する無し。泛論を知て詮言を知らざれば、則ち以て從容する無し。書文に通じて兵之意旨を知らざれば、則ち以て突然に應對する無し。大略を知て譬喻を知らざれば、則ち以て事を推明する無し。公道を知て人間を知らざれば、則ち以て禍福に應對する無し。人間を知て脩務を知らざれば、則ち學者をして勸力せしむる無し。文辭を勉强て減省し、要領を總攬して、曲折區入せざれば、以て道德之意を窮めるに足らず。故に書二十篇を著し、天地之理窮究し、人間之事接ぎ、帝王之道備はれり。

其言有小有巨,有微有粗,指奏卷異,各有為語。今專言道,則無不在焉,然而能得本知末者,其唯聖人也。今學者無聖人之才,而不為詳說,則終身顛頓乎混溟之中,而不知覺寤乎昭明之術矣。今《易》之《乾》、《坤》,足以窮道通義也,八卦可以識吉凶、知禍福矣,然而伏羲為之六十四變,周室增以六爻,所以原測淑清之道,而扌麏逐萬物之祖也。夫五音之數不過宮商角徵羽,然而五絃之琴不可鼓也。必有細大駕和,而後可以成曲。今畫龍首,觀者不知其何獸也,具其形,則不疑矣。今謂之道則多,謂之物則少,謂之術則博,謂之事則淺,推之以論,則無可言者,所以為學者,固欲致之不言而已也。夫道論至深,故多為之辭,以抒其情;萬物至眾,故博為之說,以通其意。辭雖壇卷連漫,絞紛遠緩,所以洮汰滌蕩至意,使之無凝竭底滯,卷握而不散也。夫江河之腐胔,不可勝數,然祭者汲焉,大也。一杯酒白,蠅漬其中,匹夫弗嘗者,小也。誠通乎二十篇之論,睹凡得要,以通九野,徑十門,外天地,捭山川,其於逍遙一世之間,宰匠萬物之形,亦優遊矣。若然者,挾日月而不烑,潤萬物而不秏。曼兮洮兮,足以覽矣,藐兮浩兮,曠曠兮,可以遊矣。

其の言は小有り大有り、微有り粗有り。意旨卷卷として同じからず、各々爲す所有りて語る。今專ら道を說けば、則ち在らざる所無し。然れども本を得て末を知る者は、唯だ聖人のみ。今學者聖人之才無きに、之に詳說せざれば、則ち終身混溟之中に顛頓して、昭明之術に醒悟するを知らず。今周易之乾・坤は以て道を窮め義を通ずるに足り、八卦は以て吉凶を識別し禍福を知るべし。然れども伏羲六十四變を爲し、周室六爻を加うるは、以て淑清之道を推原測度し、萬物之祖を捃拾追逐するなり。五音之數は宮商角徵羽に過ぎず。然れども五弦之琴彈く能わず。必ず細大相和して後曲を成すべし。今龍首を畫て觀る人何の獸かを知らず。其の形を具へば則ち疑わず。今道を說けば多く、物を說けば少なく、術を說けば博く、事を說けば淺し。推て之を論ずれば、則ち說くべき無し。故に學を爲る者は、固より其の說かざるに至らんと欲すのみ。道論極めて深ければ、故に之に辭を多く措き、以て其の情を發抒す。萬物極めて衆ければ、故に之に說を廣く立て、以て其の意を通ず。辭盤繞連漫、絞紛遠緩なりと雖も、以て至意を淘洗滌蕩して、之をして凝竭滯積なく、卷握して散らざらしむ。江河之腐肉は數えて勝えず。然れども祭の人水を酌むは、其の大に以てなり。一杯之白酒は蠅其の中に漬れば、匹夫も嘗めず。其の小に以てなり。二十篇之論に眞に通じ、大凡を見て要領を得て、以て九野に通じ、十門を經て、天地を外に措き、山川を分けて、以て一世之間に逍遥し、萬物之形を宰制するも、亦た優游なり。此のごとくして、日月を挾て灼けず、萬物を潤澤して耗さず。曼然洮然、以て覽るに足り、藐然浩然、曠曠然、以て游ぶべし。

文王之時,紂為天子,賦斂無度,殺戮無止,康梁沉湎,宮中成市,作為炮烙之刑,刳諫者,剔孕婦,天下同心而苦之。文王四世累善,修德行義,處岐周之間,地方不過百里,天下二垂歸之。文王欲以卑弱制強暴,以為天下去殘除賊而成王道,故太公之謀生焉。

文王之時、紂天子と爲す。賦斂度無く、殺戮止む無く、康樂沉湎して、宮中市を成し、炮烙之刑を爲し、諫者を刳き、孕婦を剔る。天下同心に苦めり。文王四世善を累ね、德を修め義を行い、岐周之間に處り、地方百里に過ぎず。天下兩垂して之に歸す。文王卑弱を以て強暴を制し、天下の爲に殘賊を去て王道を成さんと欲す。故に太公之謀生ず。

文王業之而不卒,武王繼文王之業,用太公之謀,悉索薄賦,躬擐甲冑,以伐無道而討不義,誓師牧野,以踐天子之位。天下未定,海內未輯,武王欲昭文王之令德,使夷狄各以其賄來貢,遼遠未能至,故治三年之喪,殯文王於兩楹之間,以俟遠方。武王立三年而崩,成王在褓繈之中,未能用事,蔡叔、管叔,輔公子祿父而欲為亂,周公繼文王之業,持天子之政,以股肱周室,輔翼成王,懼爭道之不塞,臣下之危上也,故縱馬華山,放牛桃林,敗鼓折枹,搢笏而朝,以寧靜王室,鎮撫諸侯。成王既壯,能從政事,周公受封於魯,以此移風易俗。孔子修成、康之道,述周公之訓,以教七十子,使服其衣冠,修其篇籍,故儒者之學生焉。

文王經營して成らず。武王文王之業を繼ぎ、太公之謀を用て、兵車を悉く發し、薄賦少斂して、甲冑を自ら被て、以て無道を伐ち不義を討ち、牧野に師を誓て天子之位に踐む。天下未だ定まらず、海内未だ輯睦せず。武王文王之令德を昭明せんと欲し、夷狄をして各々其の財賄を以て貢せしめんとす。遼遠未だ至る能わず。故に三年之喪を治め、文王を兩楹之間に殯して、以て遠方を待つ。武王三年にして崩ず。成王繈褓之中に在り、未だ事を用る能わず。蔡叔・管叔公子祿父を輔して亂を爲さんと欲す。周公文王之業を繼、天子之政を持ち、周室之股肱と爲り、成王を輔翼す。爭道塞がる能わず、臣下上を害するを懼る。故に馬を華山に放ち、牛を桃林に放ち、鼓を敗て枹を折り、笏を搢て朝見して、以て王室を寧靜し、諸侯を鎭撫す。成王已に壯にして政事に從る能し。周公魯に封を受け、以此れ風を移し俗を易ふ。孔子成・康之道を修め、周公之訓を述て、以て七十子を敎え、其の衣冠を服せしめ、其の篇籍を修む。故に儒者之學生ず。

墨子學儒者之業,受孔子之術,以為其禮煩擾而不說,厚葬靡財而貧民,服傷生而害事,故背周道而行夏政。禹之時,天下大水,禹身執虆垂,以為民先,剔河而道九岐,鑿江而通九路,闢五湖而定東海,當此之時,燒不暇撌,濡不給扢,死陵者葬陵,死澤者葬澤,故節財、薄葬、閑服生焉。

墨子儒者之業を學び孔子之術を受く。其の禮の煩擾して說ばず、厚葬の財を靡費して民を貧にし、服喪の生を傷て事を害するを以てなり。故に周道を背て夏政を行う。禹之時、天下大水なり。禹身畚鍤を執て以て民の先を爲す。河を疏剔て九支を開通し、江を鑿て九路を通じ、五湖を闢て東海を定む。此の時燒て撲すに遑遑、濡て拭うに遑遑なり。陵に死するは陵に葬り、澤に死するは澤に葬る。故に節財・薄葬・簡服生ず。

齊桓公之時,天子卑弱,諸侯力征,南夷北狄,交伐中國,中國之不絕如線。齊國之地,東負海而北障河,地狹田少,而民多智巧,桓公憂中國之患,苦夷狄之亂,欲以存亡繼絕,崇天子之位,廣文、武之業,故《管子》之書生焉。齊景公內好聲色,外好狗馬,獵射亡歸,好色無辨。作為路寢之臺,族鑄大鍾,撞之庭下,郊雉皆呴,一朝用三千鍾贛,梁丘據、子家噲導於左右,故晏子之諫生焉。

齊桓公之時、天子卑弱、諸侯力征して、南夷北狄交伐して中國を伐つ。中國絕えずこと線のごとし。齊國之地は東海に負て河に阻み、地狹田少く、民智巧多し。桓國中國之患を憂へ、夷狄之亂を苦め、存亡繼絕して、天子之位を崇め、文・武之業を廣げんと欲す。故に管子之書生ず。齊景公内は聲色を好み、外は狗馬を好み、獵射歸るを忘れ、色を好て辨無し。路寝之臺を作て、大鍾を鑄て之を庭下に撞けば、郊之雉皆雊く。一朝三千鍾を以て賜う。梁丘據・子家噲左右に導く。故に晏子之諫生ず。

晚世之時,六國諸侯,溪異谷別,水絕山隔,各自治其境內,守其分地,握其權柄,擅其政令。下無方伯,上無天子,力征爭權,勝者為右,恃連與國,約重致,剖信符,結遠援,以守其國家,持其社稷,故縱橫修短生焉。

晚世之時、六國諸侯、谿異谷別、水絕山隔して、各々其の境內を自ら治め、分地を守り、權柄を握り、政令を檀にす。下方伯なく上天子なく、力征して權を爭奪し、勝を上と爲す。連與之國を恃て、重幣を約し、信符を剖て、遠援を結て以て其の國家を守り、其の社稷を持す。故に從橫脩短生ず。

申子者,朝昭釐之佐,韓、晉別國也。地墽民險,而介於大國之間,晉國之故禮未滅,韓國之新法重出,先君之令未收,後君之令又下,新故相反,前後相繆,百官背亂,不知所用。故刑名之書生焉。

申子は韓昭釐之佐、韓晉別國なり。地は瘠民は險、大國之間に介して、晉國之故禮未だ滅せず、韓國之新法重出す。先君之令未だ收めず、後君之令又下す。新故相反、前後相繆して、百官背亂、用る所を知らず。故に刑名之書生ず。

秦國之俗,貪狼強力,寡義而趨利。可威以刑,而不可化以善;可勸以賞,而不可厲以名。被險而帶河,四塞以為固,地利形便,畜積殷富。孝公欲以虎狼之勢而吞諸侯,故商鞅之法生焉。

秦國之俗、貪狼強力、義寡く利に趨る。刑を以て威すべきも善を以て化すべからず、賞を以て勸すべきも名を以て砥礪すべからず。險を被て河を帶び、四塞固たり。地利形便、畜積殷富なり。孝公虎狼之勢を以て諸侯を吞幷せんと欲す。故に商鞅之法生ず。

若劉氏之書,觀天地之象,通古今之事,權事而立制,度形而施宜,原道之心,合三王之風,以儲與扈冶。玄眇之中,精搖靡覽,棄其畛挈,斟其淑靜,以統天下,理萬物,應變化,通殊類,非循一跡之路,守一隅之指,拘繫牽連之物,而不與世推移也。故置之尋常而不塞,布之天下而不窕。

若し劉氏之書は、天地之象を觀、古今之事を通し、事を權衡して制度を立て、形を度量して所宜を施き、道之心を推原し、三王之風を合して、以て儲與廣大す。玄眇之中、精搖遍覽して、其の粗芳を棄擲し、其の淑靜を斟酌して、以て天下を統理し、萬物を理し、變化に應じ、殊類を通じ、一の路徑の迹に順わず、一隅之指に守らず、拘繋牽連之物とせず、世と推移す。故に尋常に置て塞らず、天下に布て隙なし。

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