Libo

庄子

战国 · 庄周

故に古の大道を明らかにする者は、先ず天を明らかにして道德之に次ぎ、道德已に明らかにして仁義之に次ぎ、仁義已に明らかにして分守(ぶんしゅ)之に…

道家典籍

まず老子と荘子内篇を読み、列子・文子・淮南子へ進む。道教が「道」をどう修持として書いたかを見るには、陰符経・黄庭・参同契・悟真篇と抱朴子を読む。

逍遙遊

北冥有魚,其名為鯤。鯤之大,不知其幾千里也。化而為鳥,其名為鵬。鵬之背,不知其幾千里也;怒而飛,其翼若垂天之雲。是鳥也,海運則將徙於南冥。南冥者,天池也。《齊諧》者,志怪者也。《諧》之言曰:「鵬之徙於南冥也,水擊三千里,摶扶搖而上者九萬裡,去以六月息者也。」野馬也,塵埃也,生物之以息相吹也。天之蒼蒼,其正色邪?其遠而無所至極邪?其視下也,亦若是則已矣。且夫水之積也不厚,則負大舟也無力。覆杯水於坳堂之上,則芥為之舟;置杯焉則膠,水淺而舟大也。風之積也不厚,則其負大翼也無力。故九萬裡,則風斯在下矣,而後乃今培風;背負青天而莫之夭閼者,而後乃今將圖南。

北の大海の中に一尾の魚がいて、その名を鯤(こん)という。鯤の大きさは、幾千里あるか分からない。鳥に化して、名を鵬(ほう)という。鵬の背は、幾千里あるか分からない。奮い立って飛ぶと、その翼は天の果てに垂れ下がる雲のようだ。この鳥は、海が動くとき南方の大海へ移る。南方の大海とは、天池である。『斉諧』は怪異な事物を記した書物である。『斉諧』に言う、「鵬が南方の大海へ移るとき、翼で水を打って三千里、旋風に乗って旋回しながら九万里まで昇り、去るときは六月の風を頼りにする」と。野馬(陽炎)も、塵埃も、みな生物が息をもって互いに吹き合ってできたものである。天の蒼蒼たるは、あれが本当の色なのか。それとも遠くて果てがないからなのか。鵬が下を見ても、ただこのようであるだけだ。さて水の積み方が厚くなければ、大きな舟を載せる力がない。一杯の水を堂上の窪みに注げば、草の芥が舟になる。しかし杯を置けば膠着してしまう。水が浅くて舟が大きいからだ。風の積み方が厚くなければ、巨大な翼を載せる力がない。だから九万里に至れば風はその下にあり、その後初めて風に乗り、青天を背負って遮るものなく、その後初めて南を図るのである。

蜩與學鳩笑之曰:「我決起而飛,榆枋,時則不至,而控於地而已矣,奚以之九萬裡而南為!」適莽蒼者,三而反,腹猶果然;適百里者,宿舂糧;適千里者,三月聚糧。之二蟲又何知!小知不及大知,小年不及大年。奚以知其然也?朝菌不知晦朔,蟪蛄不知春秋,此小年也。楚之南有冥靈者,以五百歲為春,五百歲為秋;上古有大椿者,以八千歲為春,八千歲為秋。而彭祖乃今以久特聞,眾人匹之,不亦悲乎!

蝉と学鳩(小鳩)はこれを笑って言った、「われらはぱっと飛び立てば、楡や枋の木に届き、時には届かなくて地面に落ちるだけだ。何のために九万里も飛んで南へ行く必要があるのか」と。蒼茫たる近郊へ行く者は、三食で帰り、腹はまだ膨れている(底本はここを「三而反」と作る。「餐」の字が脱けた疑いがある)。百里へ行く者は、前の夜から米を舂いて糧を備える。千里へ行く者は、三か月の糧食を用意する。この二匹の小虫に何が分かるものか。小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばない。どうしてそうだと分かるのか。朝菌は晦日と朔日を知らず、蟪蛄(春蝉の類)は春と秋を知らない。これが小年である。楚の南に冥霊というものがあって、五百年をもって春とし、五百年をもって秋とする。上古に大椿というものがあって、八千年をもって春とし、八千年をもって秋とした。しかるに彭祖は今、長生きしたことだけで特に名を知られ、衆人がこれに比べようとする。悲しいことではないか。

湯之問棘也是已。窮髮之北有冥海者,天池也。有魚焉,其廣數千里,未有知其脩者,其名為鯤。有鳥焉,其名為鵬,背若太山,翼若垂天之云,摶扶搖羊角而上者九萬裡,絕雲氣,負青天,然後圖南,且適南冥也。斥鴳笑之曰:「彼且奚適也?我騰躍而上,不過數仞而下,翱翔蓬蒿之間,此亦飛之至也。而彼且奚適也?」此小大之辨也。故夫知效一官,行比一鄉,德合一君,而徵一國者,其自視也亦若此矣。而宋榮子猶然笑之。且舉世而譽之而不加勸,舉世而非之而不加沮,定乎內外之分,辨乎榮辱之境,斯已矣。彼其於世,未數數然也。雖然,猶有未樹也。夫列子御風而行,泠然善也,旬有五日而後反。彼於致福者,未數數然也。此雖免乎行,猶有所待者也。若夫乘天地之正,而御六氣之辨,以遊無窮者,彼且惡乎待哉!故曰:至人無己,神人無功,聖人無名。

湯が棘に問うたのは、まさにこの事である。草木も生えない北の果てに冥海があって、それは天池である。そこに魚がいて、幅は数千里、長さを知る者はいない。名を鯤という。そこに鳥がいて、名を鵬という。背は泰山のようで、翼は天に垂れる雲のようだ。羊角のような旋風に乗って旋回しながら九万里まで昇り、雲気を貫き、青天を背負い、それから南を図り、南冥へ行こうとする。斥鴳(小さな鶉)はこれを笑って言った、「あいつは一体どこへ行こうというのか。私は躍り上がっても数仞ばかりで下り、蓬蒿の間を飛び回る。これも飛ぶことの極致だ。それなのにあいつはどこへ行こうというのか」と。これが小と大の区別である。だから才智が一官に堪え、品行が一郷をまとめ、徳が一君と合致し、能力が一国に信頼されるような者も、自分を見る目は斥鴳と同じようなものだ。そして宋栄子はなお彼らを嗤笑した。全世界が彼を誉めても、それによって奮励せず、全世界が彼を非難しても、それによって沮喪しない。内と外の分際を定め、栄と辱の境を辨えた。ただそれだけである。彼は世に対して汲々として求めなかった。とはいえ、なお樹立されていないものがあった。列子は風を御して行き、軽妙そのもので、十五日後に帰った。彼は福を求めることに汲々としなかった。これは歩くのを免れたにせよ、なお待つところがあった。まして天地の正に乗り、六気(万物を構成し貫く流動するもの)の変化を御して、無窮を遊ぶ者は、いったい何を待つことがあろうか。だから言う。至人は己無く、神人は功無く、聖人は名無し、と。

堯讓天下於許由,曰:「日月出矣而爝火不息,其於光也,不亦難乎!時雨降矣而猶浸灌,其於澤也,不亦勞乎!夫子立而天下治,而我猶屍之,吾自視缺然,請致天下。」許由曰:「子治天下,天下既已治也。而我猶代子,吾將為名乎?名者,實之賓也。吾將為賓乎?鷦鷯巢於深林,不過一枝;偃鼠飲河,不過滿腹。歸休乎君,予無所用天下為!庖人雖不治庖,尸祝不越樽俎而代之矣。」

尭は天下を許由に譲って言った、「日月がすでに出たのに炬火が消えないなら、光を顕そうとしても難しいではないか。時雨がすでに降ったのにまだ浸灌するなら、潤そうとしても徒労ではないか。夫子が立てば天下は治まる。それなのに私はなおこの位に尸っている。自分を顧みて足りないと思う。どうか天下をお渡ししたい」と。許由は言った、「あなたが天下を治めて、天下はすでに治まっている。それなのに私があなたに代わるなら、名のためになるのでしょうか。名とは実の賓客です。私が賓客になるのでしょうか。鷦鷯は深林に巣を作っても、占めるのは一枝に過ぎません。偃鼠は河に飲んでも、腹を満たすだけです。お帰りなさい、君よ。天下は私に用はありません。庖人が厨房を治めなくても、尸祝は樽俎を越えて彼に代わりはしません」と。

肩吾問於連叔曰:「吾聞言於接輿,大而無當,往而不返。吾驚怖其言,猶河漢而無極也,大有逕庭,不近人情焉。」連叔曰:「其言謂何哉?」曰:「『藐姑射之山,有神人居焉,肌膚若冰雪,淖約若處子。不食五穀,吸風飲露。乘雲氣,御飛龍,而遊乎四海之外。其神凝,使物不疵癘而年穀熟。』吾以是狂而不信也。」連叔曰:「然。瞽者無以與乎文章之觀,聾者無以與乎鍾鼓之聲。豈唯形骸有聾盲哉?夫知亦有之。是其言也,猶時女也。之人也,之德也,將旁礡萬物以為一。世蘄乎亂,孰弊弊焉以天下為事!之人也,物莫之傷,大浸稽天而不溺,大旱金石流、土山焦而不熱,是其塵垢秕穅,將猶陶鑄堯、舜者也,孰肯以物為事!」宋人資章甫而適諸越,越人斷髮文身,無所用之。堯治天下之民,平海內之政,往見四子藐姑射之山,汾水之陽,窅然喪其天下焉。

肩吾が連叔に問うて言った、「私は接輿から話を聞いたが、大きくて当たるところがなく、言い放って収まらない。私はその言に驚怖した。銀河のように果てがなく、常理と甚だ径庭で、人情に近くない」と。連叔は言った、「その言は何と言ったのか」と。肩吾は言った、「『藐姑射の山に神人が住んでいて、肌膚は冰雪のよう、柔美は処子のようだ。五穀を食べず、風を吸い露を飲む。雲気に乗り、飛龍を御して、四海の外を遊ぶ。その神が凝れば、物は疵癘を受けず年穀は熟す』と。私はこれを狂言と思い、信じなかった」と。連叔は言った、「そうだ。盲者は文彩の観賞に与れず、聾者は鐘鼓の音に与れない。形骸だけに聾盲があると思うか。知にもあるのだ。彼の言は、まさに汝のような者を言ったのだ。あの人のあの徳(道が具体的事物に落ちて顕れた性能で、倫理の意味の徳ではない)は、万物を磅礴して一となすであろう。世の人は治を求めているが、誰がわざわざ天下を事としようか。あの人は、物も彼を傷つけず、大水が天に達しても溺れず、大旱で金石が流れ土山が焦げても熱くない。その塵垢秕糠すら尭・舜を陶鋳するであろう。誰が外物を事とするのを肯んじようか」と。宋人が礼帽を仕入れて越に行ったが、越人は断髪文身で、それを用いなかった。尭は天下の民を治め、海内の政を平らげて、藐姑射の山、汾水の陽に四人の先生を見に行き、窅然としてその天下を失った。

惠子謂莊子曰:「魏王貽我大瓠之種,我樹之成而實五石。以盛水漿,其堅不能自舉也。剖之以為瓢,則瓠落無所容。非不呺然大也,吾為其無用而掊之。」莊子曰:「夫子固拙於用大矣。宋人有善為不龜手之藥者,世世以洴澼絖為事。客聞之,請買其方百金。聚族而謀曰:『我世世為洴澼絖,不過數金;今一朝而鬻技百金,請與之。』客得之,以說吳王。越有難,吳王使之將,冬與越人水戰,大敗越人,裂地而封之。能不龜手,一也;或以封,或不免於洴澼絖,則所用之異也。今子有五石之瓠,何不慮以為大樽而浮乎江湖,而憂其瓠落無所容?則夫子猶有蓬之心也夫!」

恵子が荘子に言った、「魏王が大きな葫蘆の種を私に贈った。植えて成らせたら、実は五石の大きさになった。水漿を盛るには固さが足りず自分で持ち上げられない。割って瓢にすれば、平浅くて何も入らない。大きくないわけではないが、私はその無用を嫌って割って捨てた」と。荘子は言った、「あなたは実に大きい物を使うのが下手だ。宋人に手の皴れない薬を作るのが上手い者がいて、代々絲絮を漂洗するのを業としていた。客がそれを聞いて、百金でその方を買いたいと言った。族人を集めて相談して言った、『われらは代々絲絮を漂洗して、せいぜい数金を稼ぐだけだ。今一挙に術を百金で売れる。彼に売ろう』と。客は方を得て、呉王に遊説した。越が侵してきて、呉王は彼に兵を率いさせ、冬に越人と水戦して越人を大いに破り、呉王は地を割いて彼を封じた。同じく手を皴れさせないことでも、ある者はこれによって封を受け、ある者はなお漂洗を免れない。用いるところが違うからだ。今あなたは五石の大葫蘆を持っている。なぜそれを縛って腰舟として江湖に浮かべないのか。それなのに平浅で物が入らないと憂えるとは、あなたの心はまだ茅草に塞がれているのだ」と。

惠子謂莊子曰:「吾有大樹,人謂之樗。其大本擁腫而不中繩墨,其小枝捲曲而不中規矩,立之塗,匠者不顧。今子之言,大而無用,眾所同去也。」莊子曰:「子獨不見狸狌乎?卑身而伏,以候敖者;東西跳梁,不避高下;中於機闢,死於罔罟。今夫牛,其大若垂天之雲。此能為大矣,而不能執鼠。今子有大樹,患其無用,何不樹之於無何有之鄉,廣莫之野,彷徨乎無為其側,逍遙乎寢臥其下?不夭斤斧,物無害者,無所可用,安所困苦哉!」

恵子が荘子に言った、「私に大きな木がある。人はそれを樗と呼ぶ。その大本は腫れて繩墨に中らず、小枝は曲がって規矩に中らない。道に立っていても、匠人は顧みない。今あなたの言も、大きくて用がなく、みな捨て去る」と。荘子は言った、「あなたは狸狌(野猫の類)を見たことがないのか。身を低く伏せて、出て遊ぶ獲物を待つ。東西に跳梁し、高下を避けない。機辟に踏み込んで、罔罟の中で死ぬ。あの牛を見よ。大きさは天に垂れる雲のようだ。大きくはなれるが、鼠を捕ることはできない。今あなたには大樹がある。その無用を患えるなら、なぜそれを无何有の郷、広莫の野に植えて、無為(主観的な意志で強引に干渉せず、事物をその本性のままに行わせること。何もしないことではない)の傍らに彷徨い、逍遥(荘子がこの字を借りて、待つところなく自適に遊ぶ処を言う。単なる悠々自適ではない)としてその下に寝そべらないのか。斧斤に夭折せず、傷つける物もなく、用いるところがなければ、どこに困苦があろうか」と。

(闕文)

齊物論

南郭子綦隱幾而坐,仰天而噓,嗒焉似喪其耦。顏成子游立侍乎前,曰:「何居乎?形固可使如槁木,而心固可使如死灰乎?今之隱幾者,非昔之隱幾者也。」子綦曰:「偃,不亦善乎,而問之也!今者吾喪我,汝知之乎?汝聞人籟而未聞地籟,汝聞地籟而未聞天籟夫!」子游曰:「敢問其方。」子綦曰:「夫大塊噫氣,其名為風。是唯無作,作則萬竅怒呺。而獨不聞之翏翏乎?山林之畏隹,大木百圍之竅穴,似鼻,似口,似耳,似枅,似圈,似臼,似窪者,似汙者;激者,謞者,叱者,吸者,叫者,譹者,宎者,咬者,前者唱於而隨者唱喁,泠風則小和,飄風則大和,厲風濟則眾竅為虛。而獨不見之調調、之刁刁乎?」子游曰:「地籟則眾竅是已,人籟則比竹是已。敢問天籟。」子綦曰:「夫吹萬不同,而使其自己也。鹹其自取,怒者其誰邪!」

南郭子綦は几案に凭れて坐り、天に向かって嘘き、形体は涣散として、自分の対偶を失ったようであった。顔成子游が侍立して言った、「これはどうしたことですか。形は固より枯木のようになし得、心は固より死灰のようになし得るのですか。今几に凭れているのは、かつて几に凭れていたあの人ではありません」と。子綦は言った、「偃よ、汝はこの問をよく問うた。今われは我を喪った。汝は知っているか。汝は人籟を聞いたが地籟を聞いたことがなく、地籟を聞いたが天籟を聞いたことがないのだろう」と。子游は言った、「あえてその理を問わせてください」と。子綦は言った、「大地が気を吐く、名を風という。それはただ発しないだけで、一たび発すれば万竅が怒号する。あなたはあの呼々たる音を聞いたことがないのか。山林の険しい崖や、百囲の大木の竅穴は、鼻のよう、口のよう、耳のよう、梁上の方孔のよう、圈のよう、臼のよう、窪のよう、污池のようだ。あるものは激流のよう、あるものは箭の飛ぶよう、あるものは叱喝のよう、あるものは吸気のよう、あるものは叫喚のよう、あるものは哭号のよう、あるものは沈深のよう、あるものは哀切のようだ。前が于と唱えれば後が喁と唱え、小風なら小さく和し、大風なら大きく和する。烈風が止めば衆竅は虚空になる。あなたはあの摇摇、あの刁刁を見なかったのか」と。子游は言った、「地籟とは衆竅で、人籟とは竹を並べて作った楽器です。あえて天籟を問います」と。子綦は言った、「風は万種に吹き分けて、それぞれに自ら止まらせる。みな自ずからそうなのだ。発動させるのは誰か」と。

大知閑閑,小知間間;大言炎炎,小言詹詹。其寐也魂交,其覺也形開,與接為構,日以心鬬。縵者,窖者,密者。小恐惴惴,大恐縵縵。其發若機栝,其司是非之謂也;其留如詛盟,其守勝之謂也;其殺如秋冬,以言其日消也;其溺之所為之,不可使復之也;其厭也如緘,以言其老洫也。近死之心,莫使復陽也。喜怒哀樂,慮嘆變慹,姚佚啟態,樂出虛,蒸成菌。日夜相代乎前,而莫知其所萌。已乎,已乎!旦暮得此,其所由以生乎!非彼無我,非我無所取,是亦近矣,而不知其所為使。若有真宰,而特不得其朕,可行已信,而不見其形,有情而無形。百骸、九竅、六藏,賅而存焉,吾誰與為親?汝皆悅之乎?其有私焉?如是,皆有為臣妾乎?其臣妾不足以相治乎?其遞相為君臣乎?其有真君存焉。如求得其情與不得,無益損乎其真。一受其成形,不亡以待盡,與物相刃相靡,其行盡如馳,而莫之能止,不亦悲乎!終身役役而不見其成功,然疲役而不知其所歸,可不哀邪!人謂之不死,奚益!其形化,其心與之然,可不謂大哀乎?人之生也,固若是芒乎?其我獨芒,而人亦有不芒者乎?夫隨其成心而師之,誰獨且無師乎?奚必知代而心自取者有之?愚者與有焉。未成乎心而有是非,是今日適越而昔至也,是以無有為有。無有為有,雖有神禹,且不能知,吾獨且奈何哉!

大知は閑閑として、小知は間間とす。大言は炎炎として、小言は詹詹とす。眠るときは魂魄が交錯し、覚めるときは形体が開かれる。外物と交接し糾葛して、日々心をもって闘う。寛大な者もあれば、陥穽を設ける者も、厳密な者もある。小さな恐れは惴惴とし、大きな恐れは漫漫とす。発すれば機栝のよう、それは是非を司っている。留まって去らざれば盟誓のよう、それは勝つことを守っている。秋冬のように粛殺するのは、日々消損するを言う。自分の為すことに沉溺して、再び恢復させることができない。緘封されたように閉塞するのは、すでに枯竭衰老したを言う。死に近い心には、再び陽に返らせるものはない。喜怒哀楽、憂慮・感嘆・反復・恐懼、軽佻放縦・姿態の開張。楽は虚空から出て、蒸気は菌を成す。日夜目前で交替するが、どこから萌するかを知らない。やめよ、やめよ。旦暮の間にこれを得たなら、おそらくそれが生じて来たところなのだろう。あれがなければ我はなく、我がなければ取るところもない。これも近いのだが、何がこれを役使するかを知らない。真宰があるようだが、偏偏その朕兆を得ない。行事でき信従されているが、その形は見えない。情はあるが形はない。百骸・九竅・六蔵は、備わって存在する。私はどれと親しむべきか。あなたはすべてを好むのか。それとも偏私するのか。そうであれば、みな臣妾となって互いに治められないのか。それとも輪番に君臣となるのか。それとも真君が存在するのか。その実情を求めても求めなくても、その真には増減がない。一たびこの形体を受ければ、亡びるまで、耗尽するを待ち、物と相刃し相磨き、馳せるように行き尽くす。止めるものは何もない。悲しくないか。終身役役として成功を見ず、疲弊困憊して帰るところを知らない。哀しむべきではないか。人は彼がまだ死んでいないと言うが、何の益があるのか。形は変化し、心もそれに随う。大哀と言わずして何と言うか。人の生は本来このように茫昧なのか。それとも私だけが茫昧で、他人にも茫昧でない者がいるのか。自分の成心に随ってこれを師と奉ずれば、誰が独り師を持たないか。何も更迭を知り心が自ら取捨できる者を待たなくても、愚者にもある。心がいまだ成らないうちに是非があるのは、今日越に行って昨日すでに着いたようなもので、無有をもって有とするのだ。無有をもって有とするなら、神明の禹があっても知ることはできない。私にどうできようか。

夫言非吹也,言者有言,其所言者特未定也。果有言邪?其未嘗有言邪?其以為異於鷇音,亦有辯乎?其無辯乎?道惡乎隱而有真偽?言惡乎隱而有是非?道惡乎往而不存?言惡乎存而不可?道隱於小成,言隱於榮華。故有儒墨之是非,以是其所非而非其所是。欲是其所非而非其所是,則莫若以明。物無非彼,物無非是。自彼則不見,自知則知之。故曰:彼出於是,是亦因彼。彼、是,方生之說也。雖然,方生方死,方死方生;方可方不可,方不可方可;因是因非,因非因是。是以聖人不由,而照之於天,亦因是也。是亦彼也,彼亦是也。彼亦一是非,此亦一是非。果且有彼是乎哉?果且無彼是乎哉?彼是莫得其偶,謂之道樞。樞始得其環中,以應無窮。是亦一無窮,非亦一無窮也。故曰「莫若以明」。

言葉は風を吹くのではない。言う者には言うところがあるが、彼らの言うところは偏偏まだ定まっていない。果たして言があるのか。それともかつて言があったのか。彼らは雛鳥の声と違うと自負するが、果たして分別があるのか。分別がないのか。道(老子がこの字を借りて万物の本原と運行の仕方を指し、それ自体は名づけられない。荘子もこの字を沿い用いて、それを決めつけない)はどこに隠れて真偽が生じたのか。言はどこに隠れて是非が生じたのか。道はどこへ行って存在しないのか。言はどこにあって可ならないのか。道は小成に隠れ、言は栄華に隠れる。だから儒墨の是非がある。己の非とするところを是とし、己の是とするところを非とする。己の非とするところを是とし己の是とするところを非としようとするなら、明をもってするに如くはない。物で彼でないものはなく、物で此でないものはない。彼の方からは見えず、己の知る一面からは知れる。だから言う。彼は此より出て、此もまた彼に因る、と。彼・此は、ちょうど生まれたものの言い方である。とはいえ、ちょうど生まれてちょうど死に、ちょうど死んでちょうど生き、ちょうど可としてちょうど不可とし、ちょうど不可としてちょうど可とし、是に因り非に因り、非に因り是に因る。だから聖人はこの道を行かず、これを天に照らす。これもまたこの「是」に因るのだ。此もまた彼であり、彼もまた此である。彼にも是非の一套があり、此にも是非の一套がある。果たして彼此があるのか。果たして彼此がないのか。彼此がその対偶を得ないことを道枢という。枢はこれで初めて環中を得て、無窮に応ずる。是もまた一無窮、非もまた一無窮である。だから「明をもってするに如くはない」と言う。

以指喻指之非指,不若以非指喻指之非指也;以馬喻馬之非馬,不若以非馬喻馬之非馬也。天地一指也,萬物一馬也。可乎可,不可乎不可。道行之而成,物謂之而然。惡乎然?然於然。惡乎不然?不然於不然。物固有所然,物固有所可。無物不然,無物不可。故為是舉莛與楹,厲與西施,恢恑憰怪,道通為一。其分也,成也;其成也,毀也。凡物無成與毀,復通為一。唯達者知通為一,為是不用而寓諸庸。庸也者,用也;用也者,通也;通也者,得也。適得而幾矣,因是已。已而不知其然,謂之道。勞神明為一而不知其同也,謂之朝三。何謂朝三?曰:狙公賦芧,曰:「朝三而暮四。」眾狙皆怒。曰:「然則朝四而暮三。」眾狙皆悅。名實未虧而喜怒為用,亦因是也。是以聖人和之以是非而休乎天均,是之謂兩行。

指をもって指が指でないことを明らかにするより、指でないものをもって指が指でないことを明らかにするに如くはない。馬をもって馬が馬でないことを明らかにするより、馬でないものをもって馬が馬でないことを明らかにするに如くはない。天地は一指であり、万物は一馬である。可ならば可として可とし、不可ならば不可として不可とする。道は行によって成り、物は謂によって然る。なぜ然るか。然るをもって然るのだ。なぜ然らないか。然らないをもって然らないのだ。物は本来然るところがあり、物は本来可とするところがある。然らざる物なく、可ならざる物なし。だからこのために草茎と庭柱を挙げ、醜い癘と西施を挙げる。種々の恢恑憰怪も、道に通じて一となる。その分かれるは成であり、その成るは毁である。およそ物に成毁なく、また通じて一となる。達者のみが通じて一となるを知り、このために成心を用いず庸に寄託する。庸とは用である。用とは通である。通とは得である。得に至れば、ほぼそれで済む。この「是」に因るだけだ。すでに然りとして、なぜ然りとするかを知らない。これを道という。神明を労費して一を求めても、本来同じであるを知らない。これを朝三という。朝三とは何か。曰く、猴を養う者が橡子を与えて言った、「朝に三つ、夕に四つ」と。衆猴はみな怒った。言った、「では朝に四つ、夕に三つ」と。衆猴はみな喜んだ。名も実も損なわれないのに、喜怒が用いられた。これもこの「是」に因るのだ。だから聖人は是非をもってこれを調和し、天均に止息する。これを両行という。

古之人,其知有所至矣。惡乎至?有以為未始有物者,至矣,盡矣,不可以加矣。其次以為有物矣而未始有封也,其次以為有封焉而未始有是非也。是非之彰也,道之所以虧也。道之所以虧,愛之所以成。果且有成與虧乎哉?果且無成與虧乎哉?有成與虧,故昭氏之鼓琴也;無成與虧,故昭氏之不鼓琴也。昭文之鼓琴也,師曠之枝策也,惠子之據梧也,三子之知幾乎,皆其盛者也,故載之末年。唯其好之也,以異於彼,其好之也,欲以明之彼。非所明而明之,故以堅白之昧終。而其子又以文之綸終,終身無成。若是而可謂成乎,雖我亦成也;若是而不可謂成乎,物與我無成也。是故滑疑之耀,聖人之所圖也。為是不用而寓諸庸,此之謂以明。

昔の人の知には、極処に達した者があった。どこに達したか。ある者はいまだ物あらざると思い、達して尽きて、これ以上加えられなかった。その次は、物あってまだ封界なきと思い、その次は、封界あってまだ是非なきと思った。是非が彰かれれば、道はこれによって損う。道の損うゆえんは、愛の成るゆえんである。果たして成亏があるのか。果たして成亏がないのか。成亏があるから昭氏は琴を鼓し、成亏がないから昭氏は琴を鼓さない。昭文の琴を鼓し、師旷の杖に柱れて聴き、恵子の梧桐に凭れる。三人の知はほぼ極まった。みな盛んに極まったので、晚年まで載せられた。ただ彼らがこれを好んだので、これをもって人と異なるを示し、彼らがこれを好んで、これをもって人に明らかにしようとした。人の明らかにし得ないところを強いて明らかにしようとしたので、堅白の弁の暗昧に終わった。その子はまた昭文の余緒を継いで終わるまで続け、終身成らなかった。もしこのようなを成と言えるなら、私も成ったのだ。もしこのようなを成と言えないなら、物も私も成らなかったのだ。だからあの滑乱疑惑の光耀は、まさに聖人の取るところである。このために成心を用いず庸に寄託する。これを以明という。

今且有言於此,不知其與是類乎?其與是不類乎?類與不類,相與為類,則與彼無以異矣。雖然,請嘗言之。有始也者,有未始有始也者,有未始有夫未始有始也者;有有也者,有無也者,有未始有無也者,有未始有夫未始有無也者。俄而有無矣,而未知有無之果孰有孰無也。今我則已有謂矣,而未知吾所謂之,其果有謂乎?其果無謂乎?天下莫大於秋豪之末,而太山為小;莫壽乎殤子,而彭祖為夭。天地與我並生,而萬物與我為一。既已為一矣,且得有言乎?既已謂之一矣,且得無言乎?一與言為二,二與一為三。自此以往,巧歷不能得,而況其凡乎!故自無適有,以至於三,而況自有適有乎!無適焉,因是已。

今ここに姑く一言を置く。それがこの「是」と類するか、それともこの「是」と類しないか。類するも類しないも、互いに類となれば、あれと分別がなくなる。とはいえ、試みに言ってみよう。「始」という情形があり、「始あらざる」という情形があり、「あの『始あらざる』あらざる」という情形がある。「有」という情形があり、「無」という情形があり、「無あらざる」という情形があり、「あの『無あらざる』あらざる」という情形がある。忽然として有と無があったが、有と無のいずれが有でいずれが無かをいまだ知らない。今私はすでに言うところがあったが、私の言うところが、果たして言うところがあったのか。果たして言うところがなかったのか。天下に秋毫の末より大きいものはなく、泰山は小さい。夭折した子より長寿なものはなく、彭祖は夭である。天地は我と並んで生じ、万物は我と一である。すでに一である以上、なお言があろうか。すでにこれを一と称した以上、言がなかろうか。一に言を加えて二となり、二に一を加えて三となる。これより往けば、巧みに計算する者も尽くすことができない。いわんや凡夫をや。だから無より有に至るだけで、すでに三に至った。いわんや有より有に至るをや。あちらへ往くな。この「是」に因るだけだ。

夫道未始有封,言未始有常,為是而有畛也,請言其畛:有左、有右,有倫、有義,有分、有辯,有競、有爭,此之謂八德。六合之外,聖人存而不論;六合之內,聖人論而不議。《春秋》經世,先王之志,聖人議而不辯。故分也者,有不分也;辯也者,有不辯也。曰:何也?聖人懷之,眾人辯之以相示也,故曰:辯也者,有不見也。夫大道不稱,大辯不言,大仁不仁,大廉不嗛,大勇不忮。道昭而不道,言辯而不及,仁常而不成,廉清而不信,勇忮而不成,五者園而幾向方矣。故知止其所不知,至矣。孰知不言之辯,不道之道?若有能知,此之謂天府。注焉而不滿,酌焉而不竭,而不知其所由來,此之謂葆光。

道はかつて封界なく、言はかつて定准がない。このために畛域が生じた。これらの畛域を言ってみよう。左あり右あり、倫あり義あり、分あり弁あり、競あり争あり。これを八徳という。六合の外は、聖人は存して論ぜず。六合の内は、聖人は論じて議せず。『春秋』が治世を記すは、先王の志である。聖人は議して弁ぜず。だから分あれば分かざるところあり、弁あれば弁ざるところある。問う、なぜか。聖人はこれを心に含み、衆人は弁して互いに誇示する。だから言う。弁とは、見えないところがあるからだ、と。大道は称せず、大弁は言わず、大仁は仁ならず、大廉は謙んで人に示さず、大勇は忮害せず。道は昭かになれば道でなく、言は弁すれば及ばざるところあり、仁は常すれば成らず、廉は清すぎれば信実なく、勇は忮害すれば成らない。この五者はもと円なのに、ほぼ方になろうとする。だから知はその知らざるに止まれば至る。誰が言を用いない弁、称しない道を知るか。もし知り得る者あれば、これを天府という。注いでも満たず、酌んでも竭きず、その来るところを知らない。これを葆光という。

故昔者堯問於舜曰:「我欲伐宗、膾、胥敖,南面而不釋然,其故何也?」舜曰:「夫三子者,猶存乎蓬艾之間。若不釋然,何哉?昔者十日並出,萬物皆照,而況德之進乎日者乎!」

だから昔尭が舜に問うて言った、「われは宗・膾・胥敖を討とうとして、南面して坐るも釈然としない。なぜか」と。舜は言った、「あの三つは、なお蓬艾の間に存している。あなたが釈然としないのは、なぜですか。昔十の日が並んで出て、万物はみな照らされた。いわんや日よりも進んだ徳をや」と。

齧缺問乎王倪曰:「子知物之所同是乎?」曰:「吾惡乎知之!」「子知子之所不知邪?」曰:「吾惡乎知之!」「然則物無知邪?」曰:「吾惡乎知之!雖然,嘗試言之。庸詎知吾所謂『知之』非不知邪?庸詎知吾所謂『不知』之非知邪?且吾嘗試問乎汝:民溼寢則腰疾偏死,鰌然乎哉?木處則惴慄恂懼,猨猴然乎哉?三者孰知正處?民食芻豢,麋鹿食薦,蝍蛆甘帶,鴟鴉耆鼠,四者孰知正味?猨猵狙以為雌,麋與鹿交,鰌與魚遊。毛嬙、麗姬,人之所美也,魚見之深入,鳥見之高飛,麋鹿見之決驟,四者孰知天下之正色哉?自我觀之,仁義之端,是非之塗,樊然殽亂,吾惡能知其辯!」齧缺曰:「子不知利害,則至人固不知利害乎?」王倪曰:「至人神矣!大澤焚而不能熱,河漢沍而不能寒,疾雷破山、風振海而不能驚。若然者,乘雲氣,騎日月,而遊乎四海之外。死生無變於己,而況利害之端乎!」

天道は運行して積滞(しゃくたい)する所なし。故に萬物成る。帝道は運行して積滞する所なし。故に天下歸(き)す。聖道は運行して積滞する所なし。故に海内服す。天に明らかにして聖に通じ、六通四辟(りくつうしへき)帝王の徳に於(おい)ては、其の自ら為すや、昧(まい)として靜かならざる莫し。聖人の靜は、善を靜と曰すに非ざるなり。故に靜なり。萬物、心を撓(たが)やすに足る無し。故に靜なり。水靜ければ則ち明らかに鬚眉(しゅび)を燭(てら)し、平は中(たい)匠(しょう)に準(ひつ)ぎ、大匠法を取る。水靜きも猶お明らかなり。況(いわ)んや精神をや。聖人の心は靜かなり。天地の鑑(かがみ)にして、萬物の鏡なり。夫の虛靜恬淡寂漠無為なるは、天地の平にして、道德之至なり。故に帝王聖人は此に休(やす)む。休れば則ち虛、虛ければ則ち實、實ければ則ち倫(りん)あらん。虛ければ則ち靜、靜ければ則ち動、動けば則ち得る。靜ければ則ち無為、無為なれば則ち事を任ずる者責(せき)を盡さん。無為なれば則ち兪兪(ゆゆ)たり。兪兪たる者は、憂患其の處(お)る能はず、年壽長し。夫の虛靜恬淡寂漠無為なるは、萬物の本なり。此を明らかにして以南面すれば、堯の君と為る所以なり。此を明らかにして以北面すれば、舜の臣と為る所以なり。此を以て上に處るは、帝王天子の徳なり。此を以て下に處るは、玄聖素王(げんせいそおう)の道なり。此を以て退居して江海に閑遊すれば、山林の士服す。此を以て進為して世を撫(ぶ)すれば、則ち功大名顯にして天下一ならん。靜にして聖、動にして王、無為にして尊かれ、素樸にして天下莫(な)く與(とも)に美を爭う能(あた)はざるなり。夫の天地の徳を明らかにするは、此れを大本大宗と謂い、天和に與(とも)するなり。以て天下を均調するは、人和に與するなり。人和に與するを人樂と謂い、天和に與するを天樂と謂う。

瞿鵲子問乎長梧子曰:「吾聞諸夫子,聖人不從事於務,不就利,不違害,不喜求,不緣道,無謂有謂,有謂無謂,而遊乎塵垢之外。夫子以為孟浪之言,而我以為妙道之行也。吾子以為奚若?」長梧子曰:「是黃帝之所聽瑩也,而丘也何足以知之!且汝亦大早計,見卵而求時夜,見彈而求鴞炙。予嘗為汝妄言之,汝以妄聽之。奚旁日月,挾宇宙,為其䐇合,置其滑涽,以隸相尊?眾人役役,聖人愚芚,參萬歲而一成純。萬物盡然,而以是相蘊。予惡乎知悅生之非惑邪?予惡乎知惡死之非弱喪而不知歸者邪?麗之姬,艾封人之子也。晉國之始得之也,涕泣沾襟;及其至於王所,與王同匡床,食芻豢,而後悔其泣也。予惡乎知夫死者不悔其始之蘄生乎?夢飲酒者,旦而哭泣;夢哭泣者,旦而田獵。方其夢也,不知其夢也。夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也,而愚者自以為覺,竊竊然知之。君乎,牧乎,固哉!丘也與汝,皆夢也;予謂汝夢,亦夢也。是其言也,其名為弔詭。萬世之後,而一遇大聖知其解者,是旦暮遇之也。既使我與若辯矣,若勝我,我不若勝,若果是也,我果非也邪?我勝若,若不吾勝,我果是也,而果非也邪?其或是也,其或非也邪?其俱是也,其俱非也邪?我與若不能相知也。則人固受其黮闇,吾誰使正之?使同乎若者正之,既與若同矣,惡能正之?使同乎我者正之,既同乎我矣,惡能正之?使異乎我與若者正之,既異乎我與若矣,惡能正之?使同乎我與若者正之,既同乎我與若矣,惡能正之?然則我與若與人,俱不能相知也,而待彼也邪?何謂和之以天倪?曰:是不是,然不然。是若果是也,則是之異乎不是也亦無辯;然若果然也,則然之異乎不然也亦無辯。化聲之相待,若其不相待。和之以天倪,因之以曼衍,所以窮年也。

莊子曰く、吾が師や、吾が師や。萬物を韲(ざい)すも戾(れい)と為さず、澤(たく)は萬世に及ぶも仁と為さず、上古に長ずるも壽と為さず、天地を覆載し衆形を刻彫すも巧と為さず。此れを天樂と謂う。故に曰く、天樂を知る者は、其の生は天行なり、其の死は物化なり。靜にして陰と同徳し、動にして陽と同波す。故に天樂を知る者は、天の怨なく、人の非なく、物の累(るい)なく、鬼の責めなし。故に曰く、其の動くは天なり、其の靜かは地なり。一心定(じょう)して天下に王(おう)たり。其の鬼崇(すい)せず、其の魂疲れず。一心定して萬物服す。言(い)は以て虛靜を天地に推(お)し、萬物に通ず。此れを天樂と謂う。天樂は聖人の心にして、以て天下を畜(やしな)うなり、と。

忘年忘義,振於無竟,故寓諸無竟。」

帝王の徳は、天地を以て宗と為し、道德を以て主と為し、無為を以て常と為す。無為なれば則ち天下を用うるも餘(あま)り有り。有為なれば則ち天下に用いられて足らず。故に古の人は夫の無為を貴ぶ。上無為なれば下も亦た無為、是れ下與上と同徳す。下與上と同徳すれば則ち臣たらず。下有為なれば上も亦た有為、是れ上與下と同道す。上與下と同道すれば則ち主たらず。上必ず無為にして天下を用い、下必ず有為にして天下に用いらる。此れ不易の道なり。故に古の天下に王たる者は、知は天地を絡(らく)すと雖も、自ら慮(おもんぱか)らず。辯は萬物を雕(ちょう)すと雖も、自ら説かず。能は海内を窮(きわ)むるも、自ら為さず。天は産せずして萬物化し、地は長(ちょう)せずして萬物育ち、帝王無為にして天下功(こう)成る。故に曰く、神乎るは天に莫(し)く、富乎るは地に莫く、大乎るは帝王に莫し。故に曰く、帝王の徳は天地に配(はい)す。此れ天地に乘じ、萬物を馳(はせ)て、人羣を用うるの道なり。

罔兩問景曰:「曩子行,今子止;曩子坐,今子起,何其無特操與?」景曰:「吾有待而然者邪?吾所待又有待而然者邪?吾待蛇蚹蜩翼邪?惡識所以然?惡識所以不然?」

本は上に在りて、末は下に在り。要は主に在りて、詳は臣に在り。三軍五兵の運は、徳の末なり。賞罰利害・五刑之辟(へき)は、教の末なり。禮法數度・形名比詳は、治の末なり。鐘鼓之音・羽旄(うぼう)之容は、樂の末なり。哭泣衰絰(すいてつ)・隆殺(りゅうさつ)之服は、哀の末なり。此の五末は、精神の運・心術の動を須(ま)ちて、而る後に從う者なり。

昔者莊周夢為胡蝶,栩栩然胡蝶也,自喻適志與,不知周也。俄然覺,則蘧蘧然周也。不知周之夢為胡蝶與?胡蝶之夢為周與?周與胡蝶,則必有分矣,此之謂物化。

末學は、古の人之れ有るなり。而して以て先きと為すに非ざるなり。君先んじて臣從い、父先んじて子從い、兄先んじて弟從い、長先んじて少從い、男先んじて女從い、夫先んじて婦從う。夫の尊卑先後は、天地の行なり。故に聖人象(かたど)りを取る。天尊く地卑(ひく)し、神明の位なり。春夏先にして秋冬後に、四時の序なり。萬物化して作(おこ)り、萌牙(ほうが)區(く)して有状(ゆうじょう)に、盛衰の殺(さい)は變化の流なり。夫の天地は至神なりて、尚お尊卑先後の序有り。而して況んや人道をや。宗廟親を尚(とうと)び、朝廷尊を尚び、郷黨齒を尚び、行事賢を尚ぶ。是れ大道の序なり。道を語りて其の序を非とするは、其の道に非ざるなり。道を語りて其の道を非とするは、惡(なん)ぞ道を取らんや。

故に古の大道を明らかにする者は、先ず天を明らかにして道德之に次ぎ、道德已に明らかにして仁義之に次ぎ、仁義已に明らかにして分守(ぶんしゅ)之に次ぎ、分守已に明らかにして形名之に次ぎ、形名已に明らかにして因任(いんにん)之に次ぎ、因任已に明らかにして原省(げんせい)之に次ぎ、原省已に明らかにして是非之に次ぎ、是非已に明らかにして賞罰之に次ぐ。賞罰已に明らかにして、愚知處宜(しょぎ)し、貴賤位を履(ふ)む。仁賢不肖は情に襲(あ)い、必ず其の能を分かち、必ず其の名に由る。此を以て上に事へ、此を以て下を畜(やしな)い、此を以て物を治め、此を以て身を修む。知謀用ゐず、必ず其の天に歸す。此れを大平と謂う。治の至なり。

吾生也有涯,而知也無涯。以有涯隨無涯,殆已。已而為知者,殆而已矣。為善無近名,為惡無近刑,緣督以為經,可以保身,可以全生,可以養親,可以盡年。

故に書に曰く、形有り名有る、と。形名は、古の人之れ有るなり。而して以て先きと為すに非ざるなり。古の大道を語る者は、五變にして形名擧(あ)ぐ可し、九變にして賞罰言ふ可し。驟(はや)りて形名を語るは、其の本を知らざるなり。驟りて賞罰を語るは、其の始を知らざるなり。道を倒(たふ)して言い、道を迕(さか)えて言う者は、人之治める所なり。安(なん)ぞ能く人を治めんや。驟りて形名賞罰を語るは、此れ治の器を知る有り。治の道を知るに非ざるなり。以て天下を用う可し。以て天下を用うるに足らざるなり。此れを辯士と謂い、一曲の人なり。禮法數度・形名比詳は、古の人之れ有るなり。是れ下の以て上に事ふる所なり。上の以て下を畜(やしな)う所に非ざるなり。

庖丁為文惠君解牛,手之所觸,肩之所倚,足之所履,膝之所踦,砉然嚮然,奏刀騞然,莫不中音,合於《桑林》之舞,乃中《經首》之會。文惠君曰:「譆,善哉!技蓋至此乎?」庖丁釋刀對曰:「臣之所好者,道也,進乎技矣。始臣之解牛之時,所見無非牛者。三年之後,未嘗見全牛也。方今之時,臣以神遇而不以目視,官知止而神欲行,依乎天理,批大郤,導大窾,因其固然。技經肯綮之未嘗,而況大軱乎?良庖歲更刀,割也;族庖月更刀,折也。今臣之刀十九年矣,所解數千牛矣,而刀刃若新發於硎。彼節者有間,而刀刃者無厚,以無厚入有間,恢恢乎其於遊刃必有餘地矣,是以十九年而刀刃若新發於硎。雖然,每至於族,吾見其難為,怵然為戒,視為止,行為遟,動刀甚微,謋然已解,如土委地。提刀而立,為之四顧,為之躊躇滿志,善刀而藏之。」文惠君曰:「善哉!吾聞庖丁之言,得養生焉。」

昔者舜、堯に問うて曰く、天王の用心は何如(いか)ん、と。

公文軒見右師而驚,曰:「是何人也?惡乎介也?天與?其人與?」曰:「天也,非人也。天之生是使獨也,人之貌有與也,以是知其天也,非人也。」澤雉十步一啄,百步一飲,不蘄畜乎樊中。神雖王,不善也。

堯曰く、吾は敖(あ)らざる無告(むこく)、廢(はい)せざる窮民(きゅうみん)を苦しめず、死者を苦(く)しみ、孺子を嘉(よみ)して婦人を哀(あい)す。此れ吾が心を用うる所以なり、と。

老聃死,秦失弔之,三號而出。弟子曰:「非夫子之友邪?」曰:「然。」「然則弔焉若此,可乎?」曰:「然。始也吾以為其人也,而今非也。向吾入而弔焉,有老者哭之,如哭其子;少者哭之,如哭其母。彼其所以會之,必有不蘄言而言,不蘄哭而哭者,是遁天倍情,忘其所受,古者謂之遁天之刑。適來,夫子時也;適去,夫子順也。安時而處順,哀樂不能入也,古者謂是帝之縣解。」指窮於為薪,火傳也,不知其盡也。

舜曰く、美しきならんも、而して未だ大ならざるなり、と。

堯曰く、然らば則ち何如(いか)ん、と。

顏回見仲尼,請行。曰:「奚之?」曰:「將之衛。」曰:「奚為焉?」曰:「回聞衛君,其年壯,其行獨,輕用其國,而不見其過;輕用民死,死者以國量乎澤若蕉,民其無如矣。回嘗聞之夫子曰:『治國去之,亂國就之,醫門多疾。』願以所聞思其則,庶幾其國有瘳乎!」仲尼曰:「譆!若殆往而刑耳!夫道不欲雜,雜則多,多則擾,擾則憂,憂而不救。古之至人,先存諸己,而後存諸人。所存於己者未定,何暇至於暴人之所行!且若亦知夫德之所蕩而知之所為出乎哉?德蕩乎名,知出乎爭。名也者,相軋也;知也者,爭之器也。二者兇器,非所以盡行也。且德厚信矼,未達人氣;名聞不爭,未達人心,而彊以仁義繩墨之言術暴人之前者,是以人惡有其美也,命之曰菑人。菑人者,人必反菑之,若殆為人菑夫!且苟為悅賢而惡不肖,惡用而求有以異?若唯無詔,王公必將乘人而鬭其捷,而目將熒之,而色將平之,口將營之,容將形之,心且成之。是以火救火,以水救水,名之曰益多,順始無窮。若殆以不信厚言,必死於暴人之前矣!且昔者桀殺關龍逢,紂殺王子比干,是皆脩其身以下傴拊人之民,以下拂其上者也,故其君因其脩以擠之。是好名者也。昔者堯攻叢枝、胥敖,禹攻有扈,國為虛厲,身為刑戮,其用兵不止,其求實無已。是皆求名實者也,而獨不聞之乎:名實者,聖人之所不能勝也,而況若乎!雖然,若必有以也,嘗以語我來!」顏回曰:「端而虛,勉而一,則可乎?」曰:「惡!惡可!夫以陽為充孔揚,采色不定,常人之所不違,因案人之所感,以求容與其心,名之曰『日漸之德』不成,而況大德乎!將執而不化,外合而內不訾,其庸詎可乎!」「然則我內直而外曲,成而上比。內直者,與天為徒。與天為徒者,知天子之與己皆天之所子,而獨以己言蘄乎而人善之,蘄乎而人不善之邪?

舜曰く、天徳に出でて寧(やす)く、日月照りて四時行なり、若(ごと)く晝夜の經有りて、雲行きて雨施(し)するが如し、と。

若然者,人謂之童子,是之謂與天為徒。外曲者,與人之為徒也。擎跽曲拳,人臣之禮也,人皆為之,吾敢不為邪!為人之所為者,人亦無疵焉,是之謂與人為徒。成而上比者,與古為徒。其言雖教,讁之實也。古之有也,非吾有也。若然者,雖直不為病,是之謂與古為徒。若是則可乎?」仲尼曰:「惡!惡可!太多政法而不諜,雖固,亦無罪。雖然,止是耳矣,夫胡可以及化!猶師心者也。」顏回曰:「吾無以進矣,敢問其方。」仲尼曰:「齋,吾將語若!有而為,其易邪?易之者,皞天不宜。」顏回曰:「回之家貧,唯不飲酒、不茹葷者數月矣。若此,則可以為齋乎?」曰:「是祭祀之齋,非心齋也。」回曰:「敢問心齋。」仲尼曰:「若一志,無聽之以耳而聽之以心,無聽之以心而聽之以氣。聽止於耳,心止於符。氣也者,虛而待物者也。唯道集虛。虛者,心齋也。」顏回曰:「回之未始得使,實自回也;得使之也,未始有回也,可謂虛乎?」夫子曰:「盡矣。吾語若。若能入遊其樊而無感其名,入則鳴,不入則止,無門無毒,一宅而寓於不得已,則幾矣。絕跡易,無行地難。為人使,易以偽;為天使,難以偽。聞以有翼飛者矣,未聞以無翼飛者也;聞以有知知者矣,未聞以無知知者也。瞻彼闋者,虛室生白,吉祥止止;夫且不止,是之謂坐馳。夫徇耳目內通而外於心知,鬼神將來舍,而況人乎!是萬物之化也,禹、舜之所紐也,伏羲、幾蘧之所行終,而況散焉者乎!」

堯曰く、膠膠擾擾(こうこうじょうじょう)なるかな。子は天に合し、我は人に合す、と。

葉公子高將使於齊,問於仲尼曰:「王使諸梁也甚重,齊之待使者,蓋將甚敬而不急。匹夫猶未可動也,而況諸侯乎!吾甚慄之。子常語諸梁也,曰:『凡事若小若大,寡不道以懽成。事若不成,則必有人道之患;事若成,則必有陰陽之患。若成若不成而後無患者,唯有德者能之。』吾食也埶粗而不臧,爨無慾清之人。今吾朝受命而夕飲冰,我其內熱與?吾未至乎事之情,而既有陰陽之患矣;事若不成,必有人道之患。是兩也,為人臣者不足以任之,子其有以語我來?」仲尼曰:「天下有大戒二:其一,命也;其一,義也。子之愛親,命也,不可解於心;臣之事君,義也,無適而非君也,無所逃於天地之間,是之謂大戒。是以夫事其親者,不擇地而安之,孝之至也;夫事其君者,不擇事而安之,忠之盛也;自事其心者,哀樂不易施乎前,知其不可奈何而安之若命,德之至也。為人臣子者,固有所不得已,行事之情而忘其身,何暇至於悅生而惡死?夫子其行可矣!丘請復以所聞:凡交,近則必相靡以信,遠則必忠之以言,言必或傳之。夫傳兩喜兩怒之言,天下之難者也。夫兩喜必多溢美之言,兩怒必多溢惡之言。凡溢之類妄,妄則其信之也莫,莫則傳言者殃。故法言曰:『傳其常情,無傳其溢言,則幾乎全。』且以巧鬭力者,始乎陽,常卒乎陰,泰至則多奇巧;以禮飲酒者,始乎治,常卒乎亂,泰至則多奇樂。凡事亦然,始乎諒,常卒乎鄙;其作始也簡,其將畢也必巨。言者,風波也;行者,實喪也。夫風波易以動,實喪易以危。故忿設無由,巧言偏辭。獸死不擇音,氣息茀然,於是並生心厲。剋核太至,則必有不肖之心應之,而不知其然也。苟為不知其然也,孰知其所終?故法言曰:『無遷令,無勸成。』過度,益也,遷令、勸成殆事。美成在久,惡成不及改,可不慎與!

夫の天地は、古の大と為す所なり。黃帝堯舜の共に美す所なり。故に古の天下に王たる者は、奚(なに)をか為さん。天地のみなり。

且夫乘物以遊心,託不得已以養中,至矣,何作為報也?莫若為致命,此其難者。」

孔子、書を西藏して之を周室に藏せんと欲す。子路謀(はか)りて曰く、由は聞く、周の徵藏史(ちょうぞうし)に老聃有りて、免(めん)して歸居す。夫子の書を藏せんと欲するは、則ち試みに往きて因(よ)らんと、と。

顏闔將傅衛靈公太子,而問於蘧伯玉曰:「有人於此,其德天殺。與之為無方,則危吾國;與之為有方,則危吾身。其知適足以知人之過,而不知其所以過。若然者,吾奈之何?」蘧伯玉曰:「善哉問乎!戒之,慎之,正汝身哉!形莫若就,心莫若和。雖然,之二者有患。就不欲入,和不欲出。形就而入,且為顛為滅,為崩為蹶;心和而出,且為聲為名,為妖為孽。彼且為嬰兒,亦與之為嬰兒;彼且為無町畦,亦與之為無町畦;彼且為無崖,亦與之為無崖。達之,入於無疵。汝不知夫螳蜋乎?怒其臂以當車轍,不知其不勝任也,是其才之美者也。戒之,慎之!積伐而美者以犯之,幾矣。汝不知夫養虎者乎?不敢以生物與之,為其殺之之怒也;不敢以全物與之,為其決之之怒也。時其飢飽,達其怒心。虎之與人異類,而媚養己者,順也;故其殺者,逆也。夫愛馬者,以筐盛矢,以蜄盛溺;適有蚉䖟僕緣,而拊之不時,則缺銜毀首碎胷。意有所至而愛有所亡,可不慎邪!」

孔子曰く、善(よ)し、と。

匠石之齊,至乎曲轅,見櫟社樹。其大蔽牛,絜之百圍,其高臨山十仞而後有枝,其可以為舟者旁十數。觀者如市,匠伯不顧,遂行不輟。弟子厭觀之,走及匠石,曰:「自吾執斧斤以隨夫子,未嘗見材如此其美也。先生不肯視,行不輟,何邪?」曰:「已矣,勿言之矣!散木也,以為舟則沈,以為棺槨則速腐,以為器則速毀,以為門戶則液樠,以為柱則蠹。是不材之木也,無所可用,故能若是之壽。」匠石歸,櫟社見夢曰:「汝將惡乎比予哉?若將比予於文木邪?夫柤梨橘柚,果蓏之屬,實熟則剝則辱,大枝折,小枝洩,此以其能苦其生者也,故不終其天年而中道夭,自掊擊於世俗者也。物莫不若是。且予求無所可用久矣,幾死,乃今得之,為予大用。使予也而有用,且得有此大也邪?且也若與予也,皆物也,奈何哉其相物也?而幾死之散人,又惡知散木!」匠石覺而診其夢,弟子曰:「趣取無用,則為社何邪?」曰:「密!若無言。彼亦直寄焉,以為不知己者詬厲也。不為社者,且幾有翦乎!且也彼其所保與眾異,而以義譽之,不亦遠乎!」

往きて老聃に見(まみ)え、而して老聃許さず。於(ここ)に繙(ひもと)きて十二經を以て説く。

南伯子綦遊乎商之丘,見大木焉,有異,結駟千乘,隱將芘其所藾。子綦曰:「此何木也哉?此必有異材夫!」仰而視其細枝,則拳曲而不可以為棟梁;俯而視其大根,則軸解而不可以為棺槨;咶其葉,則口爛而為傷;嗅之,則使人狂酲三日而不已。子綦曰:「此果不材之木也,以至於此其大也。嗟乎,神人以此不材!」宋有荊氏者,宜楸柏桑。其拱把而上者,求狙猴之杙者斬之;三圍四圍,求高名之麗者斬之;七圍八圍,貴人富商之家求禪傍者斬之。故未終其天年,而中道之夭於斧斤,此材之患也。故解之以牛之白顙者,與豚之亢鼻者,與人有痔病者,不可以適河,此皆巫祝以知之矣,所以為不祥也,此乃神人之所以為大祥也。

老聃其の説を中(なかば)して曰く、大(たい)だ謾(まん)なり。願はくは其の要を聞かん、と。

支離疏者,頤隱於齊,肩高於頂,會撮指天,五管在上,兩髀為脅。挫針治繲,足以餬口;鼓筴播精,足以食十人。上徵武士,則支離攘臂於其間;上有大役,則支離以有常疾不受功;上與病者粟,則受三鍾與十束薪。夫支離其形者,猶足以養其身,終其天年,又況支離其德者乎!

孔子曰く、要は仁義に在り、と。

孔子適楚,楚狂接輿遊其門,曰:「鳳兮鳳兮,何如德之衰也!來世不可待,往世不可追也。天下有道,聖人成焉;天下無道,聖人生焉。方今之時,僅免刑焉。福輕乎羽,莫之知載;禍重乎地,莫之知避。已乎已乎,臨人以德;殆乎殆乎,畫地而趨!迷陽迷陽,無傷吾行。吾行郤曲,無傷吾足。」山木自寇也,膏火自煎也。桂可食,故伐之;漆可用,故割之。人皆知有用之用,而莫知無用之用也。

老聃曰く、請問(しょうもん)、仁義は人之性(じんせい)なりや、と。

孔子曰く、然り。君子仁ならざれば則ち成(せい)せず、義ならざれば則ち生(せい)せず。仁義は真人之性(しんじんのせい)なり。又將(まさ)に奚(なに)をか為さんとす、と。

魯有兀者王駘,從之遊者與仲尼相若。常季問於仲尼曰:「王駘,兀者也,從之遊者與夫子中分魯。立不教,坐不議,虛而往,實而歸。固有不言之教,無形而心成者邪?是何人也?」仲尼曰:「夫子,聖人也。丘也直後而未往耳。丘將以為師,而況不若丘者乎!奚假魯國,丘將引天下而與從之。」常季曰:「彼兀者也,而王先生,其與庸亦遠矣。若然者,其用心也獨若之何?」仲尼曰:「死生亦大矣,而不得與之變,雖天地覆墜,亦將不與之遺。審乎無假而不與物遷,命物之化而守其宗也。」常季曰:「何謂也?」仲尼曰:「自其異者視之,肝膽楚越也;自其同者視之,萬物皆一也。夫若然者,且不知耳目之所宜,而遊心乎德之和;物視其所一而不見其所喪,視喪其足,猶遺土也。」常季曰:「彼為己,以其知得其心,以其心得其常心,物何為最之哉?」仲尼曰:「人莫鑑於流水而鑑於止水。唯止,能止眾止。受命於地,唯松柏獨也在,冬夏青青;受命於天,唯舜獨也正,幸能正生,以正眾生。夫保始之徵,不懼之實,勇士一人,雄入於九軍。將求名而能自要者,而猶若是,而況官天地,府萬物,直寓六骸,象耳目,一知之所知,而心未嘗死者乎!彼且擇日而登假,人則從是也。彼且何肯以物為事乎!」

老聃曰く、請問、何をか仁義と謂う、と。

申徒嘉,兀者也,而與鄭子產同師於伯昏無人。子產謂申徒嘉曰:「我先出則子止,子先出則我止。」其明日,又與合堂同席而坐。子產謂申徒嘉曰:「我先出則子止,子先出則我止。今我將出,子可以止乎,其未邪?且子見執政而不違,子齊執政乎?」申徒嘉曰:「先生之門,固有執政焉如此哉?子而悅子之執政而後人者也?聞之曰:『鑑明則塵垢不止,止則不明也。久與賢人處則無過。』今子之所取大者,先生也,而猶出言若是,不亦過乎!」子產曰:「子既若是矣,猶與堯爭善。計子之德,不足以自反邪?」申徒嘉曰:「自狀其過,以不當亡者眾;不狀其過,以不當存者寡。知不可奈何而安之若命,唯有德者能之。遊於羿之彀中,中央者,中地也,然而不中者,命也。人以其全足笑吾不全足者眾矣,我怫然而怒,而適先生之所,則廢然而反,不知先生之洗我以善邪?吾與夫子遊,十九年矣,而未嘗知吾兀者也。今子與我遊於形骸之內,而子索我於形骸之外,不亦過乎!」子產蹵然改容更貌,曰:「子無乃稱!」

孔子曰く、中心に物と愷樂(がいらく)し、兼愛無私(けんあいむし)。此れ仁義の情なり、と。

魯有兀者叔山無趾,踵見仲尼。仲尼曰:「子不謹,前既犯患若是矣。雖今來,何及矣!」無趾曰:「吾唯不知務而輕用吾身,吾是以亡足。今吾來也,猶有尊足者存,吾是以務全之也。夫天無不覆,地無不載,吾以夫子為天地,安知夫子之猶若是也!」孔子曰:「丘則陋矣。夫子胡不入乎,請講以所聞。」無趾出。孔子曰:「弟子勉之!夫無趾,兀者也,猶務學,以復補前行之惡,而況全德之人乎?」無趾語老聃曰:「孔丘之於至人,其未邪?彼何賓賓以學子為?彼且蘄以諔詭幻怪之名聞,不知至人之以是為己桎梏邪?」老聃曰:「胡不直使彼以死生為一條,以可不可為一貫者,解其桎梏,其可乎?」無趾曰:「天刑之,安可解!」

老聃曰く、意(おも)うに、後言(こうげん)殆(あや)うし。夫の兼愛は、不(ふ)か亦た迂(う)ならずや。無私は乃(すなは)ち私なり。夫子若し天下をして其の牧(ぼく)を失はざらんと欲せば、則ち天地固(もと)より常(じょう)有り、日月固より明有り、星辰固より列有り、禽獸固より羣有り、樹木固より立有り。夫子も亦た徳に放(なら)いて行い、道に循(したが)いて趨(はし)れ。已に至る。又何ぞ偈偈(けいけい)乎として仁義を揭(かか)げ、若(ごと)く鼓を撃ちて亡子(ぼうし)を求むるが如くせん。意、夫子は人の性を乱る、と。

魯哀公問於仲尼曰:「衞有惡人焉,曰哀駘它。丈夫與之處者,思而不能去也;婦人見之,請於父母曰『與為人妻,寧為夫子妾』者,十數而未止也。未嘗有聞其唱者也,常和人而已矣。無君人之位以濟乎人之死,無聚祿以望人之腹,又以惡駭天下,和而不唱,知不出乎四域,且而雌雄合乎前,是必有異乎人者也。寡人召而觀之,果以惡駭天下。與寡人處,不至以月數,而寡人有意乎其為人也;不至乎期年,而寡人信之。國無宰,寡人傳國焉,悶然而後應,氾若而辭。寡人醜乎,卒授之國。無幾何也,去寡人而行。寡人卹焉,若有亡也,若無與樂是國也。是何人者也?」仲尼曰:「丘也嘗使於楚矣,適見豚子食於其死母者,少焉眴若,皆棄之而走,不見己焉爾,不得類焉爾。所愛其母者,非愛其形也,愛使其形者也。戰而死者,其人之葬也不以翣資,刖者之屨,無為愛之,皆無其本矣。為天子之諸御,不爪翦,不穿耳,取妻者止於外,不得復使。形全猶足以為爾,而況全德之人乎!今哀駘它未言而信,無功而親,使人授己國,唯恐其不受也,是必才全而德不形者也。」哀公曰:「何謂才全?」仲尼曰:「死生存亡、窮達貧富、賢與不肖、毀譽、飢渴、寒暑,是事之變,命之行也,日夜相代乎前,而知不能規乎其始者也,故不足以滑和,不可入於靈府。使之和豫通而不失於兌,使日夜無郤而與物為春,是接而生時乎心者也,是之謂才全。」「何謂德不形?」曰:「平者,水停之盛也。其可以為法也,內保之而外不蕩也。德者,成和之脩也。德不形者,物不能離也。」哀公異日以告閔子曰:「始也吾以南面而君天下,執民之紀而憂其死,吾自以為至通矣。今吾聞至人之言,恐吾無其實,輕用吾身而亡吾國。吾與孔丘,非君臣也,德友而已矣!」

士成綺(しせいき)、老子に見えて曰く、吾聞く、夫子は聖人なりと。吾固(もと)より辭せずして遠道を來りて、願見(げんけん)す。百舍(ひゃくしゃ)を重(かさ)ねて、跡(せき)を繭(けん)せりて、而も敢へて息(やす)まず。今吾夫子を觀るに、聖人に非ざるなり。鼠壤(そじょう)有りて餘蔬(よそ)を棄て、而して妹(まい)を棄つるは、不仁なり。生熟(せいじゅく)は前に盡(つ)きずして、而して斂(あつ)めて崖(がい)無し、と。

闉跂支離無脤說衞靈公,靈公悅之,而視全人,其脰肩肩。甕㼜大癭說齊桓公,桓公說之,而視全人,其脰肩肩。故德有所長而形有所忘。人不忘其所忘,而忘其所不忘,此謂誠忘。故聖人有所遊,而知為孽,約為膠,德為接,工為商。聖人不謀,惡用知?不斲,惡用膠?無喪,惡用德?不貨,惡用商?四者,天鬻也。天鬻也者,天食也。既受食於天,又惡用人?有人之形,無人之情。有人之形,故群於人;無人之情,故是非不得於身。眇乎小哉,所以屬於人也;謷乎大哉,獨成其天!

老子漠然(ばくぜん)として應(おう)ぜず。

惠子謂莊子曰:「人故無情乎?」莊子曰:「然。」惠子曰:「人而無情,何以謂之人?」莊子曰:「道與之貌,天與之形,惡得不謂之人?」惠子曰:「既謂之人,惡得無情?」莊子曰:「是非吾所謂情也。吾所謂無情者,言人之不以好惡內傷其身,常因自然而不益生也。」惠子曰:「不益生,何以有其身?」莊子曰:「道與之貌,天與之形,無以好惡內傷其身。今子外乎子之神,勞乎子之精,倚樹而吟,據槁梧而瞑。天選子之形,子以堅白鳴!」

士成綺明日復た見えて曰く、昔者吾は子に刺(し)す。今吾心正に卻(しりぞ)く。其の故は何ぞ、と。

老子曰く、夫の巧知(こうち)神聖の人は、吾自ら以て脱(だっ)せりと為す。昔者子吾に牛と呼べば、則ち吾れ之を牛と謂う。子吾に馬と呼べば、則ち吾れ之を馬と謂う。苟(も)し其の實有れば、人與(とも)に名を與へて、己受けざれば、再(ふたた)び其の殃(わざはい)を受けん。吾が服するは恒(つね)に服するなり。吾服するを以て服するに非ざるなり、と。

知天之所為,知人之所為者,至矣。知天之所為者,天而生也;知人之所為者,以其知之所知以養其知之所不知,終其天年而不中道夭者,是知之盛也。雖然,有患。夫知有所待而後當,其所待者特未定也。庸詎知吾所謂天之非人乎?所謂人之非天乎?且有真人而後有真知。

士成綺雁行(がんこう)として影を避け、履(り)を蹑(じょう)じて遂に進みて問う。修身(しゅうしん)は奈何(いか)ん、と。

何謂真人?古之真人,不逆寡,不雄成,不謩士。若然者,過而弗悔,當而不自得也。若然者,登高不慄,入水不濡,入火不熱,是知之能登假於道也若此。古之真人,其寢不夢,其覺無憂,其食不甘,其息深深。真人之息以踵,眾人之息以喉。屈服者,其嗌言若哇。其耆欲深者,其天機淺。古之真人,不知悅生,不知惡死;其出不訢,其入不距;翛然而往,翛然而來而已矣。不忘其所始,不求其所終;受而喜之,忘而復之,是之謂不以心捐道,不以人助天,是之謂真人。若然者,其心志,其容寂,其顙頯,淒然似秋,煖然似春,喜怒通四時,與物有宜而莫知其極。故聖人之用兵也,亡國而不失人心,利澤施乎萬世,不為愛人。故樂通物,非聖人也;有親,非仁也;天時,非賢也;利害不通,非君子也;行名失己,非士也;亡身不真,非役人也。若狐不偕、務光、伯夷、叔齊、箕子、胥餘、紀他、申徒狄,是役人之役,適人之適,而不自適其適者也。古之真人,其狀義而不朋,若不足而不承;與乎其觚而不堅也,張乎其虛而不華也;邴邴乎其似喜乎,崔乎其不得已乎;滀乎進我色也,與乎止我德也;厲乎其似世乎,謷乎其未可制也;連乎其似好閉也,悗乎忘其言也。以刑為體,以禮為翼,以知為時,以德為循。以刑為體者,綽乎其殺也;以禮為翼者,所以行於世也;以知為時者,不得已於事也;以德為循者,言其與有足者至於丘也,而人真以為勤行者也。故其好之也一,其弗好之也一。其一也一,其不一也一。其一與天為徒,其不一與人為徒。天與人不相勝也,是之謂真人。

老子曰く、而(なんじ)の容は崖然(がいぜん)として、而の目は衝然(しょうぜん)として、而の顙(そう)は頯然(きぜん)として、而の口は闞然(かんぜん)として、而の狀は義然(ぎぜん)として、繋馬に似(に)て止む。動けば則ち持(じ)し、發すれば則ち機(き)、察すれば則ち審(しん)、知巧して覩(と)驕泰(きょうたい)。凡(およ)そ以て信(しん)と為さざるなり。邊竟(へんけい)有人焉(あるひとあ)り、名を竊(せつ)と曰う、と。

死生,命也;其有夜旦之常,天也。人之有所不得與,皆物之情也。彼特以天為父,而身猶愛之,而況其卓乎?人特以有君為愈乎己,而身猶死之,而況其真乎?泉涸,魚相與處於陸,相呴以濕,相濡以沫,不如相忘於江湖。與其譽堯而非桀也,不如兩忘而化其道。夫大塊載我以形,勞我以生,佚我以老,息我以死,故善吾生者,乃所以善吾死也。夫藏舟於壑,藏山於澤,謂之固矣,然而夜半有力者負之而走,昧者不知也。藏小大有宜,猶有所遯。若夫藏天下於天下而不得所遯,是恆物之大情也。特犯人之形而猶喜之,若人之形者,萬化而未始有極也,其為樂可勝計邪!故聖人將遊於物之所不得遯而皆存。善夭善老,善始善終,人猶效之,又況萬物之所係,而一化之所待乎!

夫子曰く、夫の道は、大に於て終(おは)らず、小に於て遺(い)さず。故に萬物備はる。廣廣乎(こうこうこ)其の不容(ふよう)なること無きや、淵乎(えんこ)其の測る可からざるや。形徳仁義は、神の末なり。至人に非ざれば孰(たれ)か能く之を定めん。夫の至人は世(せい)を任(にん)ずるも、不(ふ)か亦た大ならずや。而して以て累(るい)と為すに足らざるなり。天下は棄(き)權(けん)を奮(ふる)うも、而して之與(とも)にせず。无假(むか)於(お)りて與利(より)と遷(うつ)らず。物の真を極(きわ)めて、能く其の本を守る。故に天地を外にし、萬物を遺(い)にし、而して神未だ嘗て困(くん)する所有らざるなり。道に通じ徳に合し、仁義を退(しりぞ)け、賓禮樂を以てし、至人の心有る所定(じょう)なり、と。

夫道,有情有信,無為無形;可傳而不可受,可得而不可見;自本自根,未有天地,自古以固存;神鬼神帝,生天生地;在太極之先而不為高,在六極之下而不為深;先天地生而不為久,長於上古而不為老。狶韋氏得之,以挈天地;伏戲得之,以襲氣母;維鬥得之,終古不忒;日月得之,終古不息;堪壞得之,以襲崐崘;馮夷得之,以遊大川;肩吾得之,以處大山;黃帝得之,以登雲天;顓頊得之,以處玄官;禺強得之,立乎北極;西王母得之,坐乎少廣,莫知其始,莫知其終;彭祖得之,上及有虞,下及五伯;傅說得之,以相武丁,奄有天下,乘東維,騎箕尾,而比於列星。

世の道を貴ぶ所は、書なり。書は語に過ぎず。語は貴ぶ所有り。語の貴ぶ所は、意に在り。意の隨(したが)ふ所は、言に傳(つた)ふ可からず。而して世は言を貴びて書を傳ふ。世之を貴ぶと雖も、我猶お以て貴ぶに足らざるなり。其の貴ぶ所を為(な)すに非ざればなり。故に視て見る可きは、形と色なり。聽きて聞く可きは、名と聲なり。悲しいかな。世人は形色名聲を以て、足りて彼の情實(じょうじつ)を得んとす。夫の形色名聲、果て彼の情實を得るに足らざるならば、則ち知る者は言わず、言う者は知らず。而して世豈(あに)識(し)らんや。

南伯子葵問乎女偊曰:「子之年長矣,而色若孺子,何也?」曰:「吾聞道矣。」南伯子葵曰:「可得學邪?」曰:「惡!惡可!子非其人也。夫卜梁倚有聖人之才而無聖人之道,我有聖人之道而無聖人之才。吾欲以教之,庶幾其果為聖人乎?不然,以聖人之道告聖人之才,亦易矣,吾猶守而告之,參日而後能外天下;已外天下矣,吾又守之,七日而後能外物;已外物矣,吾又守之,九日而後能外生;已外生矣,而後能朝徹;朝徹而後能見獨,見獨而後能無古今,無古今而後能入於不死不生。殺生者不死,生生者不生。其為物,無不將也,無不迎也,無不毀也,無不成也。其名為攖寧。攖寧也者,攖而後成者也。」南伯子葵曰:「子獨惡乎聞之?」曰:「聞諸副墨之子,副墨之子聞諸洛誦之孫,洛誦之孫聞之瞻明,瞻明聞之聶許,聶許聞之需役,需役聞之於謳,於謳聞之玄冥,玄冥聞之參寥,參寥聞之疑始。」

桓公、堂上に讀書す。輪扁(りんぺん)は堂下に輪を斲(きざ)む。椎鑿(ついさく)を釋(はな)ちて堂上に上がり、桓公に問うて曰く、敢へて問はん、公の讀む所は何の言ぞ、と。

子祀、子輿、子犁、子來四人相與語曰:「孰能以無為首,以生為脊,以死為尻?孰知死生存亡之一體者,吾與之友矣。」四人相視而笑,莫逆於心,遂相與為友。俄而子輿有病,子祀往問之。曰:「偉哉,夫造物者將以予為此拘拘也!」曲僂發背,上有五管,頤隱於齊,肩高於頂,句贅指天,陰陽之氣有沴,其心閒而無事,跰𨇤而鑑於井,曰:「嗟乎,夫造物者又將以予為此拘拘也!」子祀曰:「汝惡之乎?」曰:「亡,予何惡!浸假而化予之左臂以為雞,予因以求時夜;浸假而化予之右臂以為彈,予因以求鴞炙;浸假而化予之尻以為輪,以神為馬,予因而乘之,豈更駕哉?且夫得者時也,失者順也,安時而處順,哀樂不能入也,此古之所謂縣解也。而不能自解者,物有結之。且夫物不勝天久矣,吾又何惡焉!」俄而子來有病,喘喘然將死,其妻子環而泣之。犁往問之,曰:「叱避,無怛化!」倚其戶,與之語曰:「偉哉,造化又將奚以汝為?將奚以汝適?以汝為鼠肝乎?以汝為蟲臂乎?」子來曰:「父母於子,東西南北,唯命之從。陰陽於人,不翅於父母。彼近吾死,而我不聽,我則捍矣,彼何罪焉?夫大塊載我以形,勞我以生,佚我以老,息我以死,故善吾生者,乃所以善吾死也。今大冶鑄金,金踴躍曰:『我且必為鏌鋣!』大冶必以為不祥之金。今一犯人之形,而曰『人耳人耳』,夫造化者必以為不祥之人。今一以天地為大鑪,以造化為大冶,惡乎往而不可哉!」成然寐,蘧然覺,發然汗出。

桓公曰く、聖人之言なり、と。

子桑戶、孟子反、子琴張三人相與友,曰:「孰能相與於無相與,相為於無相為?孰能登天遊霧,撓挑無極,相忘以生,無所終窮?」三人相視而笑,莫逆於心,遂相與友。莫然有間而子桑戶死,未葬。孔子聞之,使子貢往待事焉。或編曲,或鼓琴,相和而歌曰:「嗟來桑戶乎!嗟來桑戶乎!而已反其真,而我猶為人猗!」子貢趨而進曰:「敢問臨屍而歌,禮乎?」二人相視而笑曰:「是惡知禮意!」子貢反,以告孔子,曰:「彼何人者邪?脩行無有,而外其形骸,臨屍而歌,顏色不變,無以命之。彼何人者邪?」孔子曰:「彼,遊方之外者也;而丘,遊方之內者也。外內不相及,而丘使汝往弔之,丘則陋矣。彼方且與造物者為人,而遊乎天地之一氣。彼以生為附贅縣疣,以死為決𤴯潰癕。夫若然者,又惡知死生先後之所在!假於異物,託於同體,忘其肝膽,遺其耳目,反覆終始,不知端倪,芒然彷徨乎塵垢之外,逍遙乎無為之業。彼又惡能憒憒然為世俗之禮以觀眾人之耳目哉!」子貢曰:「然則夫子何方之依?」孔子曰:「丘,天之戮民也。雖然,吾與汝共之。」子貢曰:「敢問其方。」孔子曰:「魚相造乎水,人相造乎道。相造乎水者,穿池而養給;相造乎道者,無事而生定。故曰:魚相忘乎江湖,人相忘乎道術。」子貢曰:「敢問畸人。」曰:「畸人者,畸於人而侔於天。故曰:天之小人,人之君子;人之君子,天之小人也。」

曰く、聖人在(やま)しや、と。

顏回問仲尼曰:「孟孫才,其母死,哭泣無涕,中心不慼,居喪不哀。無是三者,以善喪蓋魯國。固有無其實而得其名者乎?回壹怪之。」仲尼曰:「夫孟孫氏,盡之矣,進於知矣。唯簡之而不得,夫已有所簡矣。孟孫氏不知所以生,不知所以死;不知就先,不知就後;若化為物,以待其所不知之化已乎!且方將化,惡知不化哉?方將不化,惡知已化哉?吾特與汝,其夢未始覺者邪?且彼有駭形而無損心,有旦宅而無情死。孟孫氏特覺,人哭亦哭,是自其所以乃,且也相與吾之耳矣,庸詎知吾所謂吾之乎?且汝夢為鳥而厲乎天,夢為魚而沒於淵,不識今之言者,其覺者乎,其夢者乎?造適不及笑,獻笑不及排,安排而去化,乃入於寥天一。」

桓公曰く、已に死せり、と。

意而子見許由,許由曰:「堯何以資汝?」意而子曰:「堯謂我:『汝必躬服仁義而明言是非。』」許由曰:「而奚來為軹?夫堯既已黥汝以仁義而劓汝以是非矣,汝將何以遊夫遙蕩恣睢轉徙之塗乎?」意而子曰:「雖然,吾願遊於其藩。」許由曰:「不然。夫盲者無以與乎眉目顏色之好,瞽者無以與乎青黃黼黻之觀。」意而子曰:「夫無莊之失其美,據梁之失其力,黃帝之亡其知,皆在鑪錘之間耳。庸詎知夫造物者之不息我黥而補我劓,使我乘成以隨先生邪?」許由曰:「噫!未可知也。我為汝言其大略。吾師乎!吾師乎!䪠萬物而不為義,澤及萬世而不為仁,長於上古而不為老,覆載天地、刻彫眾形而不為巧。此所遊已!」

曰く、然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄(そうはく)のみ、と。

顏回曰:「回益矣。」仲尼曰:「何謂也?」曰:「回忘仁義矣。」曰:「可矣,猶未也。」它日復見,曰:「回益矣。」曰:「何謂也?」曰:「回忘禮樂矣。」曰:「可矣,猶未也。」它日復見,曰:「回益矣。」曰:「何謂也?」曰:「回坐忘矣。」仲尼蹵然曰:「何謂坐忘?」顏回曰:「墮枝體,黜聰明,離形去知,同於大通,此謂坐忘。」仲尼曰:「同則無好也,化則無常也。而果其賢乎,丘也請從而後也。」

桓公曰く、寡人讀書す。輪人安(なん)ぞ議(ぎ)せん。説有らば則ち可なり。説無ければ則ち死せん、と。

子輿與子桑友,而淋雨十日。子輿曰:「子桑殆病矣。」裹飯而往食之。至子桑之門,則若歌若哭,鼓琴曰:「父邪,母邪?天乎,人乎?」有不任其聲而趨舉其詩焉。子輿入,曰:「子之歌詩,何故若是?」曰:「吾思夫使我至此極者而弗得也。父母豈欲吾貧哉?天無私覆,地無私載,天地豈私貧我哉?求其為之者而不得也。然而至此極者,命也夫!」

輪扁曰く、臣も亦た臣の事を以て之を觀る。輪を斲むる、徐(じょ)なれば則ち甘くして固からず、疾(しつ)なれば則ち苦(く)して入らず。不徐不疾(ふじょふしつ)にして、之を手に得て心に應ず。口言ふ能(あた)はず。數(すう)其の間に存す。臣以て臣の子に喻(さと)す能はず、臣の子も亦た臣に受くる能はず。是以て行年七十にして老いて輪を斲む。古の人は其の可ならざる傳ふる所と與(とも)に死せり。然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄のみなり、と。

天運

齧缺問於王倪,四問而四不知。齧缺因躍而大喜,行以告蒲衣子。蒲衣子曰:「而乃今知之乎?有虞氏不及泰氏。有虞氏,其猶藏仁以要人,亦得人矣,而未始出於非人。泰氏,其臥徐徐,其覺于于;一以己為馬,一以己為牛;其知情信,其德甚真,而未始入於非人。」

天運第十四

肩吾見狂接輿。狂接輿曰:「日中始何以語汝?」肩吾曰:「告我:君人者以己出經式義度,人孰敢不聽而化諸?」狂接輿曰:「是欺德也。其於治天下也,猶涉海鑿河而使蚉負山也。夫聖人之治也,治外乎?正而後行,確乎能其事者而已矣。且鳥高飛以避矰弋之害,鼷鼠深穴乎神丘之下以避燻鑿之患,而曾二蟲之無知!」

天は其れ運するか。地は其れ處(お)るか。日月は其れ所を爭うか。孰(たれ)か是れを主張(しゅちょう)する。孰か是れを綱維(こうい)する。孰か居(こ)して無事にして、推(すい)して是れを行はしむ。意(おも)うに機械(きかい)有りて已(や)む能はざるか。意うに運轉して自ら已む能はざるか。雲は雨の為か。雨は雲の為か。孰か隆(りゅう)興(こう)して是れを施す。孰か居して無事、淫樂(いんがく)して是れを勸(すす)む。風北方に起こり、一西一東、上に彷徨(ほうこう)す。孰か嘘吸(きょきゅう)して是れを為す。孰か居して無事にして披拂(ひふつ)する。敢へて問はん、其の故は何ぞや、と。

天根遊於殷陽,至蓼水之上,適遭無名人而問焉,曰:「請問為天下。」無名人曰:「去!汝鄙人也,何問之不豫也?予方將與造物者為人,厭則又乘夫莽眇之鳥,以出六極之外,而遊無何有之鄉,以處壙埌之野。汝又何帠以治天下感予之心為?」又復問。無名人曰:「汝遊心於淡,合氣於漠,順物自然而無容私焉,而天下治矣。」

巫咸祒(ぶかんしょう)曰く、來れ、吾れ女(なんじ)に語らん。天有る六極五常(ごくごじょう)。帝王之に順へば則ち治まり、之に逆(さか)えば則ち凶(きょう)なり。九洛(きゅうらく)之事、治成(ちせい)して徳備(とくび)し、監(かん)せらるる下土(かど)に、天下之を戴(いただ)く。此れを上皇(じょうこう)と謂う、と。

陽子居見老聃,曰:「有人於此,嚮疾彊梁,物徹疏明,學道不勌。如是者,可比明王乎?」老聃曰:「是於聖人也,胥易技係,勞形怵心者也。且也虎豹之文來田,猨狙之便執斄之㣘來藉。如是者,可比明王乎?」陽子居蹵然曰:「敢問明王之治。」老聃曰:「明王之治,功蓋天下而似不自己,化貸萬物而民弗恃,有莫舉名,使物自喜,立乎不測,而遊於無有者也。」

宋の大宰蕩(だいさいとう)、莊子に仁を問う。莊子曰く、虎狼も亦た仁なり、と。

鄭有神巫曰季咸,知人之死生存亡、禍褔壽夭,期以歲月旬日,若神。鄭人見之,皆棄而走。列子見之而心醉,歸以告壺子,曰:「始吾以夫子之道為至矣,則又有至焉者矣。」壺子曰:「吾與汝,既其文,未既其實,而固得道與?眾雌而無雄,而又奚卵焉?而以道與世亢,必信,夫故使人得而相汝。嘗試與來,以予示之。」明日,列子與之見壺子。出而謂列子曰:「嘻!子之先生死矣!弗活矣!不以旬數矣!吾見怪焉,見濕灰焉。」列子入,泣涕沾襟以告壺子。壺子曰:「曏吾示之以地文,萌乎不震不正。是殆見吾杜德機也。嘗又與來。」明日,又與之見壺子。出而謂列子曰:「幸矣,子之先生遇我也!有瘳矣,全然有生矣!吾見其杜權矣!」列子入,以告壺子。壺子曰:「曏吾示之以天壤,名實不入,而機發於踵。是殆見吾善者機也。嘗又與來。」明日,又與之見壺子。出而謂列子曰:「子之先生不齊,吾無得而相焉。試齊,且復相之。」列子入,以告壺子。壺子曰:「吾曏示之以太沖莫勝。是殆見吾衡氣機也。鯢桓之審為淵,止水之審為淵,流水之審為淵。淵有九名,此處三焉。嘗又與來。」明日,又與之見壺子。立未定,自失而走。壺子曰:「追之!」列子追之不及,反以報壺子,曰:「已滅矣,已失矣,吾弗及已!」壼子曰:「曏吾示之以未始出吾宗。吾與之虛而委蛇,不知其誰何,因以為弟靡,因以為波流,故逃也。」然後列子自以為未始學而歸,三年不出,為其妻爨,食豕如食人,於事無與親,彫琢復樸,塊然獨以其形立,紛而封哉,一以是終。

曰く、何をか謂う、と。

無為名屍,無為謀府,無為事任,無為知主。體盡無窮,而遊無朕,盡其所受乎天,而無見得,亦虛而已。至人之用心若鏡,不將不迎,應而不藏,故能勝物而不傷。

莊子曰く、父子相親(あいした)しまざれば、何をか仁と為さん、と。

南海之帝為儵,北海之帝為忽,中央之帝為渾沌。儵與忽時相與遇於渾沌之地,渾沌待之甚善。儵與忽謀報渾沌之德,曰:「人皆有七竅,以視聽食息。此獨無有,嘗試鑿之。」日鑿一竅,七日而渾沌死。

曰く、請問、至仁(しじん)、と。

莊子曰く、至仁は親無し、と。

駢拇枝指,出乎性哉,而侈於德;附贅縣疣,出乎形哉,而侈於性。多方乎仁義而用之者,列於五藏哉,而非道德之正也。是故駢於足者,連無用之肉也;枝於手者,樹無用之指也;多方駢枝於五藏之情者,淫僻於仁義之行,而多方於聰明之用也。是故駢於明者,亂五色,淫文章,青黃黼黻之煌煌,非乎?而離朱是已。多於聰者,亂五聲,淫六律,金石絲竹、黃鍾大呂之聲,非乎?而師曠是已。枝於仁者,擢德塞性以收名聲,使天下簧鼓,以奉不及之法,非乎?而曾、史是已。駢於辯者,纍瓦、結繩、竄句,遊心於堅白同異之間,而敝跬譽無用之言,非乎?而楊、墨是已。故此皆多駢旁枝之道,非天下之至正也。

大宰曰く、蕩聞く、親無ければ則ち愛せず、愛せざれば則ち孝ならずと。至仁不孝を謂うは、可なりや、と。

彼正正者,不失其性命之情,故合者不為駢,而枝者不為跂;長者不為有餘,短者不為不足。是故鳧脛雖短,續之則憂;鶴脛雖長,斷之則悲。故性長非所斷,性短非所續,無所去憂也。意仁義其非人情乎?彼仁人何其多憂也?且夫駢於拇者,決之則泣;枝於手者,齕之則啼。二者或有餘於數,或不足於數,其於憂一也。今世之仁人,蒿目而憂世之患;不仁之人,決性命之情而饕貴富。故意仁義其非人情乎!自三代以下者,天下何其囂囂也!且夫待鉤繩規矩而正者,是削其性也;待繩約膠漆而固者,是侵其德也;屈折禮樂,呴俞仁義,以慰天下之心者,此失其常然也。天下有常然。常然者,曲者不以鉤,直者不以繩,圓者不以規,方者不以矩,附離不以膠漆,約束不以纆索。故天下誘然皆生,而不知其所以生;同焉皆得,而不知其所以得。故古今不二,不可虧也,則仁義又奚連連如膠漆纆索而遊乎道德之間為哉,使天下惑也!

莊子曰く、然らず。夫の至仁は尚(なお)髙(たか)し。孝は固(もと)より以て之を言うに足らざるなり。此れ孝を過ぐる之言に非ざるなり。孝に及ばざる之言なり。夫の南に行者は郢(えい)に至りて、北面して冥山(めいざん)を見ざるは、何ぞや。去ること遠ければなり。故に曰く、敬を以て孝するは易く、愛を以て孝するは難し。愛を以て孝するは易く、親を忘るるは難し。親を忘るるは易く、親をして我を忘れしむるは難し。親をして我を忘れしむるは易く、兼ねて天下を忘るるは難し。兼ねて天下を忘るるは易く、天下をして兼ねて我を忘れしむるは難し。夫の徳は堯舜を遺(い)して為さざるなり。利澤(りたく)は萬世に施すも、天下之を知る莫し。豈(あに)直に大息(たいそく)して仁孝を言わんのみならんや。夫の孝悌仁義・忠信貞廉は、此れ皆自ら勉(つと)めて以て其の徳を役するなり。以て貴ぶに足らざるなり。故に曰く、至貴は國爵并(あは)せて屏(へい)す。至富は國財并せて屏す。至願は名譽并せて屏す。是以て道渝(か)わらざるなり、と。

夫小惑易方,大惑易性。何以知其然邪?自虞氏招仁義以撓天下也,天下莫不奔命於仁義。是非以仁義易其性與?故嘗試論之:自三代以下者,天下莫不以物易其性矣。小人則以身殉利,士則以身殉名,大夫則以身殉家,聖人則以身殉天下。故此數子者,事業不同,名聲異號,其於傷性以身為殉,一也。臧與穀,二人相與牧羊,而俱亡其羊。問臧奚事,則挾筴讀書;問穀奚事,則博塞以遊。二人者,事業不同,其於亡羊,均也。伯夷死名於首陽之下,盜蹠死利於東陵之上。二人者,所死不同,其於殘生傷性,均也,奚必伯夷之是而盜蹠之非乎?天下盡殉也。彼其所殉仁義也,則俗謂之君子;其所殉貨財也,則俗謂之小人。其殉一也,則有君子焉,有小人焉。若其殘生損性,則盜蹠亦伯夷已,又惡取君子小人於其間哉!

北門成(ほくもんせい)、黃帝に問うて曰く、帝は咸池(かんち)の樂を洞庭の野に張り、吾始めて之を聞きて懼(おそ)れ、復た聞きて怠(たい)し、卒(つい)に之を聞きて惑(まど)う。蕩蕩默默(とうとうもくもく)として、乃ち自ら得ず、と。

且夫屬其性乎仁義者,雖通如曾、史,非吾所謂臧也;屬其性於五味,雖通如俞兒,非吾所謂臧也;屬其性乎五聲,雖通如師曠,非吾所謂聰也;屬其性乎五色,雖通如離朱,非吾所謂明也。吾所謂臧,非仁義之謂也,臧於其德而已矣;吾所謂臧者,非所謂仁義之謂也,任其性命之情而已矣;吾所謂聰者,非謂其聞彼也,自聞而已矣;吾所謂明者,非謂其見彼也,自見而已矣。夫不自見而見彼,不自得而得彼者,是得人之得而不自得其得者也,適人之適而不自適其適者也。夫適人之適而不自適其適,雖盜蹠與伯夷,是同為淫僻也。餘愧乎道德,是以上不敢為仁義之操,而下不敢為淫僻之行也。

黃帝曰く、汝其れ殆(ほと)んど然(しか)らん哉。吾れ之を人を以て奏(そう)し、天を以て徵(ちょう)し、禮義を以て行い、太清を以て建(た)つ。夫の至樂は、先ず人理に應じ、天理に順い、五徳を以て行い、自然に應じ、然る後に四時を調(ちょう)し、太和(たいわ)に萬物す。四時迭(たが)いに起こり、萬物循(じゅん)して生ず。一盛一衰は、文武の倫經(りんけい)。一清一濁は、陰陽調和し、聲光を流光(りゅうこう)す。蟄蟲(ちっちゅう)始めて作(おこ)り、吾れ之を雷霆(らいてい)に驚かす。其の卒は尾無く、其の始は首無し。一死一生、一僨(ふん)一起。所の常窮(きわ)まり無く、而して一不可待(ふかたい)なり。女(なんじ)の懼るる所以なり。

吾れ又之を陰陽之和を以て奏し、日月之明を以て燭(しょく)す。其の聲は能く短く能く長く、能く柔(じゅう)にして能く剛(ごう)なり。變化齊一(せいいつ)にして、主故常(しゅこじょう)せず。谷に在れば谷に盈(み)ち、阬(こう)に在れば阬に盈つ。塗郤(とげき)して神を守り、以て物を量(はか)る。其の聲は揮綽(きしゃく)して、其の名は高明なり。故に鬼神其の幽を守り、日月星辰其の紀を行う。我之を止むるは窮(きう)有り、之を流すは止(し)無きに在り。予之を慮(おもんぱか)らんと欲するも知る能はず、之を望むも見る能はず、之を逐(お)うも及ぶ能はず。倘然(とうぜん)として四虛(しきょ)の道に立ち、槁梧(こうご)に倚(よ)りて吟(ぎん)ず。目知は欲する所に窮(きわ)まり、力は欲する所に屈(くっ)し。吾既に之に及ぶ能はざるなり。形は空虚に充(み)ちて、乃至(ないし)委蛇(いい)なり。女委蛇なり。故に怠る、と。

馬,蹄可以踐霜雪,毛可以禦風寒,齕草飲水,翹足而陸,此馬之真性也,雖有義臺路寢,無所用之。及至伯樂,曰:「我善治馬。」燒之剔之,刻之雒之,連之以羈馽,編之以皂棧,馬之死者十二三矣;飢之渴之,馳之驟之,整之齊之,前有橛飾之患,而後有鞭筴之威,而馬之死者已過半矣。陶者曰:「我善治埴,圓者中規,方者中矩。」匠人曰:「我善治木,曲者中鉤,直者應繩。」夫埴木之性,豈欲中規矩鉤繩哉?然且世世稱之曰「伯樂善治馬,而陶匠善治埴木」,此亦治天下者之過也。

吾れ又之を無怠の聲を以て奏し、自然の命を以て調(ちょう)す。故に混逐(こんちく)叢生(そうせい)の若く、林樂(りんがく)して無形なり。布揮(ふき)して曳(えい)せず、幽昏(ゆうこん)して聲無し。動くは方(ほう)無きに於(お)り、居るは窈冥(ようめい)に在り。或いは之を死と謂い、或いは之を生と謂う。或いは之を實(じつ)と謂い、或いは之を榮(えい)と謂う。行流散徙(ぎょうりゅうさんし)して、常聲を主(しゅ)とせず。世之を疑う。聖人に稽(かんが)ふ。聖也者は、情に達して命に遂(すい)う。天機(てんき)張らずして五官(ごかん)皆備(そな)はる。此れを天樂と謂う。無言にして心説(しんえつ)す。故に焱(えん)氏之に頌(しょう)して曰く、之を聽くに其の聲を聞かず、之を視るに其の形を見ず。天地を充(み)ち、六極を苞(つつ)む、と。女之を聽かんと欲するも、以て接する無し。女の惑う所以なり、と。

吾意善治天下者不然。彼民有常性,織而衣,耕而食,是謂同德;一而不黨,命曰天放。故至德之世,其行填填,其視顛顛。當是時也,山無蹊隧,澤無舟梁;萬物群生,連屬其鄉;禽獸成群,草木遂長。是故禽獸可係羈而遊,鳥鵲之巢可攀援而闚。夫至德之世,同與禽獸居,族與萬物並,惡乎知君子小人哉!同乎無知,其德不離;同乎無慾,是謂素樸,素樸而民性得矣。及至聖人,蹩躠為仁,踶跂為義,而天下始疑矣;澶漫為樂,擿僻為禮,而天下始分矣。故純樸不殘,孰為犧樽?白玉不毀,孰為珪璋?道德不廢,安取仁義?性情不離,安用禮樂?五色不亂,孰為文采?五聲不亂,孰應六律?

樂也者は、懼に始まり、懼る故に崇(すい)す。吾又之に怠を次(つ)ぐ。怠る故に遁(とん)す。之を惑に卒(おわ)る。惑う故に愚(ぐ)なり。愚る故に道なり。道は以て載せ與(とも)にす可し、と。

夫殘樸以為器,工匠之罪也;毀道德以為仁義,聖人之過也。夫馬,陸居則食草飲水,喜則交頸相靡,怒則分背相踶,馬知已此矣。夫加之以衡扼,齊之以月題,而馬知介倪、闉枙、騺曼、詭銜、竊轡。故馬之知而能至盜者,伯樂之罪也。夫赫胥氏之時,民居不知所為,行不知所之,含哺而熙,鼓腹而遊,民能以此矣。及至聖人,屈折禮樂以匡天下之形,縣跂仁義以慰天下之心,而民乃始踶跂好知,爭歸於利,不可止也。此亦聖人之過也。

孔子西に遊びて衛に於(お)り、顏淵、師金(しきん)に問うて曰く、夫子の行を以て何如(いか)んと為す、と。

師金曰く、惜(せき)しきかな、子の夫子は窮(きゅう)せん、と。

將為胠篋探囊發匱之盜而為守備,則必攝緘縢,固扃鐍,此世俗之所謂知也。然而巨盜至,則負匱揭篋擔囊而趨,唯恐緘縢扃鐍之不固也。然則向之所謂知者,不乃為大盜積者也?

顏淵曰く、何ぞや、と。

故嘗試論之:世俗所謂知者,有不為大盜積者乎?所謂聖者,有不為大盜守者乎?何以知其然邪?昔者齊國鄰邑相望,雞狗之音相聞,罔罟之所布,耒耨之所刺,方二千餘裡。闔四境之內,所以立宗廟社稷,治邑屋州閭鄉曲者,曷嘗不法聖人哉?然而田成子一旦殺齊君而盜其國。所盜者豈獨其國邪?並與其聖知之法而盜之。故田成子有乎盜賊之名,而身處堯、舜之安,小國不敢非,大國不敢誅,十二世有齊國。則是不乃竊齊國,並與其聖知之法,以守其盜賊之身乎?

師金曰く、夫の芻狗(すうく)の未だ陳(ちん)ぜざる也、盛(も)りて篋(きょう)に衍(えん)じ、巾(きん)を以て文繡(ぶんしゅう)を覆(ふ)せり。尸祝(ししゅく)齋戒(さいかい)して以て之を將(まつ)る。其の已に陳ぜし也、行者其の首脊(しゅせき)を践(ふ)み、蘇者(そしゃ)取りて之を爨(さん)せりのみ。將(まさ)に復た取りて篋に盛り、巾を以て文繡を覆い、遊居寝臥(ゆうきょしんが)其の下にせんとせば、彼其の夢(む)せずと雖も、必ず數(しば)しば魘(えん)れん。今子の夫子も、亦た先王の已に陳ぜし芻狗を取りて、弟子を聚(あつ)めて遊居寝臥其の下せり。故に宋に樹を伐(う)たれ、衛に迹を削(さく)られ、商周に窮(きゅう)す。是れ其の夢に非ずや。陳蔡の間に圍(い)まれ、七日火食(かしょく)せず、死生與(とも)に隣(りん)と為す。是れ其の魘に非ずや。

嘗試論之:世俗之所謂至知者,有不為大盜積者乎?所謂至聖者,有不為大盜守者乎?何以知其然邪?昔者龍逢斬,比干剖,萇弘肔,子胥靡,故四子之賢,而身不免乎戮。故蹠之徒問於蹠曰:「盜亦有道乎?」蹠曰:「何適而無有道邪?夫妄意室中之藏,聖也;入先,勇也;出後,義也;知可否,知也;分均,仁也。五者不備而能成大盜者,天下未之有也。」由是觀之,善人不得聖人之道不立,蹠不得聖人之道不行。天下之善人少,而不善人多,則聖人之利天下也少,而害天下也多。故曰:唇竭則齒寒,魯酒薄而邯鄲圍,聖人生而大盜起。

夫の水行は舟に莫(し)く、陸行は車に莫し。以て舟の以て水に行く可きを為すなり。而して之を推(お)して陸に行かしめば、則ち沒世(ぼっせい)尋常(じんじょう)に及ばず。古今は水陸に非ずや。周魯は舟車に非ずや。今蘄(き)して周を魯に行はんとするは、是れ猶(な)ほ舟を推して陸に行かしむるが若し。勞して功無く、身必ず殃(わざわい)有らん。彼は夫の無方(むほう)之傳(てん)を知らざるなり。物に應じて窮(きわ)まらざるなり。

掊擊聖人,縱舍盜賊,而天下始治矣。夫川竭而谷虛,丘夷而淵實。聖人已死,則大盜不起,天下平而無故矣。聖人不死,大盜不止,雖重聖人而治天下,則是重利盜蹠也。為之鬥斛以量之,則並與鬥斛而竊之;為之權衡以稱之,則並與權衡而竊之;為之符璽以信之,則並與符璽而竊之;為之仁義以矯之,則並與仁義而竊之。何以知其然邪?彼竊鉤者誅,竊國者為諸侯,諸侯之門而義士存焉,則是非竊仁義聖知邪?故逐於大盜,揭諸侯,竊仁義並鬥斛、權衡、符璽之利者,雖有軒冕之賞弗能勸,斧鉞之威弗能禁。此重利盜蹠而使不可禁者,是乃聖人之過也。故曰:魚不可脫於淵,國之利器不可以示人。

且つ子獨り桔橰(けっこう)を見ざるか。之を引けば則ち俯(ふ)し、之を舍(しゃ)てば則ち仰(ぎょう)す。彼は人之引く所にして、人を引くに非ざるなり。故に俯仰して人に罪(つみ)するを得ざるなり。故に夫の三皇五帝の禮義法度は、其の同なるを矜(ほこ)らず、而して其の治むるを矜る。故に夫の三皇五帝の禮義法度を譬(たと)うるは、其れ柤(さ)梨橘柚(りきつゆう)の若きか。其の味は相い反するも、而して口に可なり。

彼聖人者,天下之利器也,非所以明天下也。故絕聖棄知,大盜乃止;擿玉毀珠,小盜不起;焚符破璽,而民樸鄙;掊斗折衡,而民不爭;殫殘天下之聖法,而民始可與論議。擢亂六律,鑠絕竽瑟,塞瞽曠之耳,而天下始人含其聰矣;滅文章,散五采,膠離朱之目,而天下始人含其明矣;毀絕鉤繩而棄規矩,攦工倕之指,而天下始人有其巧矣。故曰:大巧若拙。削曾、史之行,鉗楊、墨之口,攘棄仁義,而天下之德始玄同矣。彼人含其明,則天下不鑠矣;人含其聰,則天下不累矣;人含其知,則天下不惑矣;人含其德,則天下不僻矣。彼曾、史、楊、墨、師曠、工倕、離朱者,皆外立其德而以爚亂天下者也,法之所無用也。

故に夫の禮義法度は、時に應じて變ずる者なり。今夫の猿狙を挈(ひっさ)げて周公の服を衣せしめば、彼必ず齧囓(げっけつ)して裂き、盡く去りて而る後に慊(あきた)る。古今の異を觀る、其れ猶(な)ほ猿狙の周公に同じからざるが若し。故に西施は心を病みて其の里に矉(ひそ)みしに、其の里の醜人見て之を美とし、歸りて亦た其の心を捧(ほう)じて其の里に矉めり。其の里の富人見て、堅く門を閉ぢて出でず、貧人見て、妻子を挈げて之を去り走る。彼は矉みの美しきを知るも、而して其の美しき所以を知らざるなり。惜しきかな、子の夫子は窮せん、と。

子獨不知至德之世乎?昔者容成氏、大庭氏、伯皇氏、中央氏、栗陸氏、驪畜氏、軒轅氏、赫胥氏、尊盧氏、祝融氏、伏戲氏、神農氏,當是時也,民結繩而用之,甘其食,美其服,樂其俗,安其居,鄰國相望,雞狗之音相聞,民至老死而不相往來。若此之時,則至治已。今遂至使民延頸舉踵曰:「某所有賢者。」贏糧而趣之,則內棄其親,而外去其主之事,足跡接乎諸侯之境,車軌結乎千里之外,則是上好知之過也。

孔子行年五十一にして未だ道を聞かざりしかば、乃ち南の沛(はい)に老聃を見に行けり。

上誠好知而無道,則天下大亂矣。何以知其然邪?夫弓弩、畢弋、機變之知多,則鳥亂於上矣;鉤餌、罔罟、罾笱之知多,則魚亂於水矣;削格、羅落、罝罘之知多,則獸亂於澤矣;知詐漸毒、頡滑堅白、解垢同異之變多,則俗惑於辯矣。故天下每每大亂,罪在於好知。故天下皆知求其所不知,而莫知求其所已知者;皆知非其所不善,而莫知非其所已善者,是以大亂。故上悖日月之明,下爍山川之精,中墮四時之施,喘耎之蟲,肖翹之物,莫不失其性。甚矣,夫好知之亂天下也,自三代以下者是已!舍夫種種之民而悅伕役役之佞,釋夫恬淡無為而悅夫啍啍之意,啍啍已亂天下矣!

老聃曰く、子來れりか。吾れ聞く、子は北方の賢者なりと。子も亦た道を得たるか、と。孔子曰く、未だ得ざるなり、と。

老子曰く、子惡(なん)ぞ之を求めしや、と。

聞在宥天下,不聞治天下也。在之也者,恐天下之淫其性也;宥之也者,恐天下之遷其德也。天下不淫其性,不遷其德,有治天下者哉?昔堯之治天下也,使天下欣欣焉,人樂其性,是不恬也;桀之治天下也,使天下瘁瘁焉,人苦其性,是不愉也。夫不恬不愉,非德也。非德也而可長久者,天下無之。

曰く、吾れ之を度數(どすう)に求め、五年にして未だ得ざるなり、と。

人大喜邪,毗於陽;大怒邪,毗於陰。陰陽並毗,四時不至,寒暑之和不成,其反傷人之形乎!使人喜怒失位,居處無常,思慮不自得,中道不成章,於是乎天下始喬詰卓鷙,而後有盜蹠、曾、史之行。故舉天下以賞其善者不足,舉天下以罰其惡者不給,故天下之大,不足以賞罰。自三代以下者,匈匈焉終以賞罰為事,彼何暇安其性命之情哉?而且悅明邪,是淫於色也;悅聰邪,是淫於聲也;悅仁邪,是亂於德也;悅義邪,是悖於理也;悅禮邪,是相於技也;悅樂邪,是相於淫也;悅聖邪,是相於藝也;悅知邪,是相於疵也。天下將安其性命之情,之八者,存可也,亡可也;天下將不安其性命之情,之八者,乃始臠卷傖囊而亂天下也,而天下乃始尊之惜之。甚矣,天下之惑也!豈直過也而去之邪?乃齊戒以言之,跪坐以進之,鼓歌以儛之。吾若是何哉?故君子不得已而臨蒞天下,莫若無為。無為也,而後安其性命之情。故貴為身於為天下,則可以託天下;愛以身為天下,則可以寄天下。故君子苟能無解其五藏,無擢其聰明,屍居而龍見,淵默而雷聲,神動而天隨,從容無為,而萬物炊累焉。吾又何暇治天下哉!

老子曰く、子又惡ぞ之を求めしや、と。

崔瞿問於老聃曰:「不治天下,安臧人心?」老聃曰:「汝慎無攖人心。人心排下而進上,上下囚殺,淖約柔乎剛彊。廉劌彫琢,其熱焦火,其寒凝冰,其疾俛仰之間而再撫四海之外,其居也淵而靜,其動也縣而天。僨驕而不可係者,其唯人心乎!昔者黃帝始以仁義攖人之心,堯、舜於是乎股無胈、脛無毛以養天下之形,愁其五藏以為仁義,矜其血氣以規法度,然猶有不勝也。堯於是放讙兜於崇山,投三苗於三峗,流共工於幽都,此不勝天下也。夫施及三王,而天下大駭矣,下有桀、蹠,上有曾、史,而儒墨畢起。於是乎喜怒相疑,愚知相欺,善否相非,誕信相譏,而天下衰矣;大德不同,而性命爛漫矣;天下好知,而百姓求竭矣。於是乎釿鋸制焉,繩墨殺焉,椎鑿決焉。天下脊脊大亂,罪在攖人心。故賢者伏處大山嵁巖之下,而萬乘之君憂慄乎廟堂之上。今世殊死者相枕也,桁楊者相推也,形戮者相望也,而儒墨乃始離跂攘臂乎桎梏之間。意,甚矣哉!其無愧而不知恥也甚矣!吾未知聖知之不為桁楊椄槢也,仁義之不為桎梏鑿枘也,焉知曾、史之不為桀、蹠嚆矢也?故曰:絕聖棄知,而天下大治。」

曰く、吾れ之を陰陽に求め、十有二年にして未だ得ざるなり、と。

黃帝立為天子十九年,令行天下,聞廣成子在於空同之上,故往見之,曰:「我聞吾子達於至道,敢問至道之精。吾欲取天地之精,以佐五穀,以養民人。吾又欲官陰陽,以遂群生。為之奈何?」廣成子曰:「而所欲問者,物之質也;而所欲官者,物之殘也。自而治天下,雲氣不待族而雨,草木不待黃而落,日月之光益以荒矣。而佞人之心翦翦者,又奚足以語至道!」黃帝退,捐天下,築特室,席白茅,閒居三月,復往邀之。廣成子南首而臥,黃帝順下風,膝行而進,再拜稽首而問曰:「聞吾子達於至道,敢問治身奈何而可以長久?」廣成子蹷然而起,曰:「善哉問乎!來,吾語汝至道。至道之精,窈窈冥冥;至道之極,昏昏默默。無視無聽,抱神以靜,形將自正。必靜必清,無勞汝形,無搖汝精,乃可以長生。目無所見,耳無所聞,心無所知,汝神將守形,形乃長生。慎汝內,閉汝外,多知為敗。我為汝遂於大明之上矣,至彼至陽之原也;為汝入於窈冥之門矣,至彼至陰之原也。天地有官,陰陽有藏,慎守汝身,物將自壯。我守其一,以處其和,故我脩身千二百歲矣,吾形未常衰。」黃帝再拜稽首曰:「廣成子之謂天矣!」廣成子曰:「來,餘語汝。彼其物無窮,而人皆以為終;彼其物無測,而人皆以為極。得吾道者,上為皇而下為王;失吾道者,上見光而下為土。今夫百昌,皆生於土而反於土,故餘將去汝,入無窮之門,以遊無極之野。吾與日月參光,吾與天地為常。當我,緡乎!遠我,昏乎!人其盡死,而我獨存乎!」

老子曰く、然(しか)り。使(も)し道の獻(けん)ずべからば、則ち人其の君に獻せざる莫し。使道の進(しん)ずべからば、則ち人其の親に進せざる莫し。使道の人に告ぐべからば、則ち人其の兄弟に告げざる莫し。使道の人に與ふべからば、則ち人其の子孫に與へざる莫し。然而(しかしなが)るに不可なるは、佗(た)の故無し。中主無ければ止まらず、外正無ければ行なはれず。中より出づるは、外受けざれば、聖人は之を出さず。外より入るは、中主無ければ、聖人は之を藏(ざう)せず。名は公器なり、多く取る可からず。仁義は先王の蘧廬(きょろ)なり。止めて一宿(しゅく)す可し、久しく處る可からず。觏(ごう)せば則ち多責(たせき)なり。

雲將東遊,過扶搖之枝而適遭鴻蒙。鴻蒙方將拊髀爵躍而遊。雲將見之,倘然止,贄然立,曰:「叟何人邪?叟何為此?」鴻蒙拊髀爵躍不輟,對雲將曰:「遊!」雲將曰:「朕願有問也。」鴻蒙仰而視雲將曰:「籲!」雲將曰:「天氣不和,地氣鬱結,六氣不調,四時不節。今我願合六氣之精以育群生,為之奈何?」鴻蒙拊脾爵躍,掉頭曰:「吾弗知,吾弗知!」雲將不得問。又三年,東遊,過有宋之野而適遭鴻蒙。雲將大喜,行趨而進,曰:「天忘朕邪?天忘朕邪?」再拜稽首,願聞於鴻蒙。鴻蒙曰:「浮遊不知所求,猖狂不知所往,遊者鞅掌,以觀無妄。朕又何知!」雲將曰:「朕也自以為猖狂,而民隨予所往。朕也不得已於民,今則民之放也。願聞一言。」鴻蒙曰:「亂天之經,逆物之情,玄天弗成;解獸之群,而鳥皆夜鳴;災及草木,禍及昆蟲。噫,治人之過也!」雲將曰:「然則吾奈何?」鴻蒙曰:「噫,毒哉!僊僊乎歸矣!」雲將曰:「吾遇天難,願聞一言。」鴻蒙曰:「噫,心養!汝徒處無為,而物自化。墮爾形體,吐爾聰明,倫與物忘;大同乎涬溟,解心釋神,莫然無魂。萬物云云,各復其根,各復其根而不知;渾渾沌沌,終身不離。若彼知之,乃是離之。無問其名,無闚其情,物故自生。」雲將曰:「天降朕以德,示朕以默。躬身求之,乃今也得。」再拜稽首,起辭而行。

古の至人は、仁に道を假(か)り、義に宿(しゅく)して、以て逍遙の墟(きょ)に遊び、苟簡(こうかん)の田に食(し)し、不貸(ふたい)の圃に立つ。逍遙は無為なり、苟簡は易くして養(やしな)う、不貸は出す無し。古は此れを採真之遊(さいしんのゆう)と謂う。

世俗之人,皆喜人之同乎己,而惡人之異於己也。同於己而欲之,異於己而不欲者,以出乎眾為心也。夫以出乎眾為心者,曷常出乎眾哉?因眾以寧所聞,不如眾技眾矣。而欲為人之國者,此攬乎三王之利,而不見其患者也。此以人之國僥倖也,幾何僥倖而不喪人之國乎?其存人之國也,無萬分之一;而喪人之國也,一不成而萬有餘喪矣。悲夫,有土者之不知也!夫有土者,有大物也。有大物者,不可以物;物而不物,故能物物。明夫物物者之非物也,豈獨治天下百姓而已哉?出入六合,遊乎九州,獨往獨來,是謂獨有。獨有之人,是之謂至貴。

富を以て是(ぜ)と為す者は、祿を讓る能はず。顯を以て是と為す者は、名を讓る能はず。權に親(ちか)づく者は、柄を人に與ふる能はず。操(あやつ)りて則ち慄(りつ)し、舍(しゃ)てば則ち悲しむ。而して一無鑑(いちむかん)にして、其の休まざる所を闚(うかが)う。是れ天の戮(りく)する民なり。怨恩取與諫教生殺、此の八者は、正の器なり。唯(ただ)大變に循(したが)いて湮(いん)ぜざる者のみ、為(な)す能(あた)はり。故に曰く、正者は正なり。其の心以て然らずと為すは、則ち天門開(ひら)かず、と。

大人之教,若形之於影,聲之於響,有問而應之,盡其所懷,為天下配。處乎無響,行乎無方,挈汝適復之撓撓,以遊無端,出入無旁,與日無始;頌論形軀,合乎大同,大同而無己。無己,惡乎得有有?覩有者,昔之君子;覩無者,天地之友。

孔子、老聃に見えて、與(とも)に仁義を語る。老聃曰く、夫の糠(ぬか)を播(ま)きて目に眯(べい)れば、則ち天地四方は位(い)を易(か)う。蚊䖟(ぶんぼう)は噆膚(ざんぷ)すれば、則ち通昔(つうせき)寐(び)せず。夫の仁義は憯然(ざんぜん)として乃ち吾が心を憤(ふん)す。乱(みだ)るること莫大(ばくだい)なり。吾が子天下をして其の樸を失はざらしめば、子亦た風に放(なら)いて動き、總(そう)して徳に執(と)りて立て。又奚ぞ偈偈乎(けいけいこ)として、若(ごと)く大鼓を負ひて亡子を求むるが如くせん。夫の鵠(こく)は日に浴(よく)せずして白く、烏は日に黔(けん)せずして黒し。黒白の樸は、以て觀(かん)と為すに足らざるなり。名譽の觀は、以て廣(こう)と為すに足らざるなり。泉涸(せんこ)して、魚は相與に陸に處り、相呴(あいく)に以て湿(しつ)し、相濡(あいじゅ)に以て沫(まつ)す。不若(しか)も相忘(あいわす)るるは江湖に於(おい)てなり、と。

賤而不可不任者,物也;卑而不可不因者,民也;匿而不可不為者,事也;麤而不可不陳者,法也;遠而不可不居者,義也;親而不可不廣者,仁也;節而不可不積者,禮也;中而不可不高者,德也;一而不可不易者,道也;神而不可不為者,天也。故聖人觀於天而不助,成於德而不累,出於道而不謀,會於仁而不恃,薄於義而不積,應於禮而不諱,接於事而不辭,齊於法而不亂,恃於民而不輕,因於物而不去。物者莫足為也,而不可不為。不明於天者,不純於德;不通於道者,無自而可;不明於道者,悲夫!何謂道?有天道,有人道。無為而尊者,天道也;有為而累者,人道也。主者,天道也;臣者,人道也。天道之與人道也,相去遠矣,不可不察也。

孔子、老聃を見て歸りて、三日談せず。弟子問うて曰く、夫子の老聃を見るや、亦た將(まさ)に何をか諫(かん)せんとするや、と。

孔子曰く、吾乃ち今是れ於(ここ)に龍を見る。龍は合すれば體を成し、散ずれば章を成し、雲氣に乘りて陰陽に養はる。予口を張りて而して噛(か)む能はず。予又何ぞ老聃を諫めん、と。

天地雖大,其化均也;萬物雖多,其治一也;人卒雖眾,其主君也。君,原於德而成於天。故曰:玄古之君天下,無為也,天德而已矣。以道觀言,而天下之君正;以道觀分,而君臣之義明;以道觀能,而天下之官治;以道汎觀,而萬物之應備。故通於天地者,德也;行於萬物者,道也;上治人者,事也;能有所藝者,技也。技兼於事,事兼於義,義兼於德,德兼於道,道兼於天。故曰:古之畜天下者,無慾而天下足,無為而萬物化,淵靜而百姓定。《記》曰:「通於一而萬事畢,無心得而鬼神服。」

子貢曰く、然らば則ち人固より尸居(しきょ)して龍見(りゅうけん)し、雷聲(らいせい)して淵黙(えんもく)し、發動(はつどう)するや天地の如き者有らん。賜も亦た觀る可きや、と。遂に孔子の聲(せい)を以て老聃を見る。

夫子曰:「夫道,覆載萬物者也,洋洋乎大哉!君子不可以不刳心焉。無為為之之謂天,無為言之之謂德,愛人利物之謂仁,不同同之之謂大,行不崖異之謂寬,有萬不同之謂富。故執德之謂紀,德成之謂立,循於道之謂備,不以物挫志之謂完。君子明於此十者,則韜乎其事心之大也,沛乎其為萬物逝也。若然者,藏金於山,藏珠於淵;不利貨財,不近貴富;不樂壽,不哀夭;不榮通,不醜窮;不拘一世之利以為己私分,不以王天下為己處顯。顯則明。萬物一府,死生同狀。」

老聃方に堂上に踞(きょ)して應(おう)じ、微(び)に曰く、吾年運(ねんうん)は往(ゆ)けり。子將に何以(なにをも)て吾を戒めん、と。

夫子曰:「夫道,淵乎其居也,漻乎其清也。金石不得無以鳴,故金石有聲,不考不鳴。萬物孰能定之?夫王德之人,素逝而恥通於事,立之本原而知通於神,故其德廣。其心之出,有物採之。故形非道不生,生非德不明。存形窮生,立德明道,非王德者邪?蕩蕩乎,忽然出,勃然動,而萬物從之乎!此謂王德之人。視乎冥冥,聽乎無聲。冥冥之中,獨見曉焉;無聲之中,獨聞和焉。故深之又深,而能物焉;神之又神,而能精焉。故其與萬物接也,至無而供其求,時騁而要其宿。大小、長短、脩遠。」

子貢曰く、夫の三王五帝の治天下や、其の治は同じからざるも、其の聲名に係(けい)るは一なり。而して先生獨り以て非聖と為すは、如何(いか)ん、と。

黃帝遊乎赤水之北,登乎崐崘之丘而南望,還歸,遺其玄珠。使知索之而不得,使離朱索之而不得,使吃詬索之而不得也,乃使象罔。象罔得之。黃帝曰:「異哉,象罔乃可以得之乎!」

老聃曰く、小子少(しょう)く前(ぜん)れ。子奚(なに)を以て不同と謂う、と。

堯之師曰許由,許由之師曰齧缺,齧缺之師曰王倪,王倪之師曰被衣。堯問於許由曰:「齧缺可以配天乎?吾藉王倪以要之。」許由曰:「殆哉圾乎天下!齧缺之為人也,聰明叡知,給數以敏,其性過人,而又乃以人受天。彼審乎禁過,而不知過之所由生。與之配天乎?彼且乘人而無天,方且本身而異形,方且尊知而火馳,方且為緒使,方且為物絯,方且四顧而物應,方且應眾宜,方且與物化而未始有恆,夫何足以配天乎?雖然,有族有祖,可以為眾父,而不可以為眾父父。治,亂之率也,北面之禍也,南面之賊也。」

對(たい)して曰く、堯は舜に授け、舜は禹に授く。禹は力を用い、湯は兵を用い。文王は紂に順いて敢へて逆はらず、武王は紂に逆いて而も肯(か)て順はざるなり。故曰く、不同なり、と。

堯觀乎華,華封人曰:「嘻,聖人!請祝聖人,使聖人壽!」堯曰:「辭。」「使聖人富!」堯曰:「辭。」「使聖人多男子!」堯曰:「辭。」封人曰:「壽、富、多男子,人之所欲也。汝獨不欲,何邪?」堯曰:「多男子則多懼,富則多事,壽則多辱。是三者,非所以養德也,故辭。」封人曰:「始也我以汝為聖人邪,今然君子也。天生萬民,必授之職。多男子而授之職,則何懼之有!富而使人分之,則何事之有!夫聖人,鶉居而鷇食,鳥行而無彰;天下有道,則與物皆昌;天下無道,則脩德就閒;千歲厭世,去而上僊;乘彼白云,至於帝鄉;三患莫至,身常無殃,則何辱之有!」封人去之。堯隨之,曰:「請問。」封人曰:「退已!」

老聃曰く、小子少く前れ、吾れ女に語らん、三皇五帝の治天下を。黃帝の治天下や、民の心をして一ならしむ。民其の親死して哭(こく)せざる者有るも、而して民之を非ざらず。堯の治天下や、民の心をして親せしむ。民其の親の為に其の親を殺(さい)する者有るも、而して民之を非ざらず。舜の治天下や、民の心をして競はしむ。民は孕婦十月して子を生み、子生れて五月して言ふ能はり。孩(がい)に至らずして誰何(すいか)を識り始む。人始めて夭折(ようせつ)有り。禹の治天下や、民の心をして變(か)えしむ。人心有りて兵順(じゅん)有り。盜を殺すは殺に非ざるなり。人自ら為(な)して天下を蟻(ぎ)耳(じ)なりとす。是以て天下大いに駭(がい)し、儒墨皆起こる。其の作(おこ)るに倫有るも、而今(こ)也(や)女(じょ)乎。又何の言か有らん。吾れ女に語らん、三皇五帝の治天下は、名を治と曰すも、而して乱は之に莫(し)く大(はなは)なり。三皇の知は、上は日月の明を悖(もと)り、下は山川の精を睽(けい)し、中は四時の施を隳(き)す。其の知は蠣蠆(れきたい)の尾より慘(さん)なり。鮮規(せんき)之獸、其の性を安(やす)んずるを得ざる莫し。而して猶お自ら以て聖人と為す。不(ふ)か可恥(かち)ならずや。其の無恥(むち)なりや、と。

堯治天下,伯成子高立為諸侯。堯授舜,舜授禹,伯成子高辭為諸侯而耕。禹往見之,則耕在野。禹趨就下風,立而問焉,曰:「昔堯治天下,吾子立為諸侯。堯授舜,舜授予,而吾子辭為諸侯而耕,敢問其故何也?」子高曰:「昔堯治天下,不賞而民勸,不罰而民畏。今子賞罰而民且不仁,德自此衰,刑自此立,後世之亂自此始矣。夫子闔行邪?無落吾事!」俋俋乎耕而不顧。

子貢蹴蹴然(しゅくしゅくぜん)として立ちて安からず。

泰初有無,無有無名。一之所起,有一而未形。物得以生,謂之德;未形者有分,且然無間,謂之命;留動而生物,物成生理,謂之形;形體保神,各有儀則,謂之性。性脩反德,德至同於初,同乃虛,虛乃大。合喙鳴;喙鳴合,與天地為合。其合緡緡,若愚若昏,是謂玄德,同乎大順。

孔子、老聃に謂(い)いて曰く、丘は詩・書・禮・樂・易・春秋の六經を治めて、自ら以て久しと為し、其の故を孰(つまびら)かに知りて、以て七十二君に奸(かん)す。先王の道を論じて周公召公(しょうこう)之迹(せき)を明らかにす。一君も鈎(こう)取せざる莫し。甚(はなは)だ矣、人の説(と)き難きや、道の明かり難きや、と。

夫子問於老聃曰:「有人治道若相放,可不可,然不然。辯者有言曰:『離堅白,若縣㝢。』若是則可謂聖人乎?」老聃曰:「是胥易技係,勞形怵心者也。執留之狗成思,猨狙之便自山林來。丘,予告若而所不能聞與而所不能言:凡有首有趾無心無耳者眾,有形者與無形無狀而皆存者盡無。其動,止也;其死,生也;其廢,起也。此又非其所以也。有治在人,忘乎物,忘乎天,其名為忘己。忘己之人,是之謂入於天。」

老子曰く、幸なるかな、子の治世の君に遇はざりしや。夫の六經は、先王の陳迹(ちんせき)なり。豈(あに)其の迹を成す所以ならんや。今子の言う所は、猶お迹なり。夫の迹は、履(り)の出づる所なり。而して迹豈に履ならんや。夫の白鶂(はくげき)之相視るや、眸子(ぼうし)運(うん)せずして風化(ふうか)す。蟲は雄は上風に鳴き、雌は下風に應じて風化す。類(るい)は自ら雌雄を為して、故に風化す。性は易(か)う可からず、命は變(か)う可からず、時は止まる可からず、道は壅(よう)ぐ可からず。苟(も)し道を得れば、自(よ)りて出ずる可からざる無し。失せる者は、自りて出ずる可き無し、と。

蔣閭葂見季徹,曰:「魯君謂葂也曰:『請受教。』辭不獲命。既已告矣,未知中否,請嘗薦之。吾謂魯君曰:『必服恭儉,拔出公忠之屬而無阿私,民孰敢不輯?』」季徹局局然笑曰:「若夫子之言,於帝王之德,猶螳蜋之怒臂以當車軼,則必不勝任矣!且若是,則其自為處危,其觀臺多物,將往投跡者眾。」蔣閭葂覤覤然驚曰:「葂也汒若於夫子之所言矣!雖然,願先生之言其風也。」季徹曰:「大聖之治天下也,搖蕩民心,使之成教易俗,舉滅其賊心,而皆進其獨志,若性之自為,而民不知其所由然。若然者,豈兄堯、舜之教民,溟涬然弟之哉?欲同乎德而心居矣!」

孔子、三月出でずして復た見えて曰く、丘之を得たり。烏鵲(うじゃく)孺(じゅ)し、魚傅沫(ふまつ)し、細要(さいよう)者化(か)す。弟有りて兄啼(てい)す。久しきかな、丘の化與に人を為さざるや。化與に人を為さずば、烏(なん)ぞ能く人を化せんや、と。

子貢南遊於楚,反於晉,過漢陰,見一丈人方將為圃畦,鑿隧而入井,抱甕而出灌,搰搰然用力甚多而見功寡。子貢曰:「有械於此,一日浸百畦,用力甚寡而見功多,夫子不欲乎?」為圃者仰而視之,曰:「奈何?」曰:「鑿木為機,後重前輕,挈水若抽,數如泆湯,其名為槔。」為圃者忿然作色而笑曰:「吾聞之吾師,有機械者必有機事,有機事者必有機心。機心存於胷中則純白不備,純白不備則神生不定。神生不定者,道之所不載也。吾非不知,羞而不為也。」子貢瞞然慙,俯而不對。有間,為圃者曰:「子奚為者邪?」曰:「孔丘之徒也。」為圃者曰:「子非夫博學以擬聖,於於以蓋眾,獨弦哀歌以賣名聲於天下者乎?汝方將忘汝神氣,墮汝形骸,而庶幾乎!而身之不能治,而何暇治天下乎?子往矣,無乏吾事!」

老子曰く、可なり。丘得之、と。

子貢卑陬失色,頊頊然不自得,行三十里而後愈。其弟子曰:「向之人何為者邪?夫子何故見之變容失色,終日不自反邪?」曰:「始吾以為天下一人耳,不知復有夫人也。吾聞之夫子,事求可、功求成、用力少、見功多者,聖人之道。今徒不然,執道者德全,德全者形全,形全者神全。神全者,聖人之道也。託生與民並行,而不知其所之,汒乎淳備哉!功利機巧,必忘夫人之心。若夫人者,非其志不之,非其心不為,雖以天下譽之,得其所謂,謷然不顧;以天下非之,失其所謂,儻然不受,天下之非譽無益損焉,是謂全德之人哉!我之謂風波之民。」反於魯,以告孔子。孔子曰:「彼假脩渾沌氏之術者也。識其一,不知其二;治其內,而不治其外。夫明白入素,無為復樸,體性抱神,以遊世俗之間者,汝將固驚邪?且渾沌氏之術,予與汝何足以識之哉!」

刻意

諄芒將東之大壑,適遇苑風於東海之濱。苑風曰:「子將奚之?」曰:「將之大壑。」曰:「奚為焉?」曰:「夫大壑之為物也,注焉而不滿,酌焉而不竭,吾將遊焉。」苑風曰:「夫子無意於橫目之民乎?願聞聖治。」諄芒曰:「聖治乎?官施而不失其宜,拔舉而不失其能,畢見其情事而行其所為,行言自為而天下化;手撓頤指,四方之民莫不俱至,此之謂聖治。」「願聞德人。」曰:「德人者,居無思,行無慮,不藏是非美惡;四海之內,共利之之為悅,共給之之為安;怊乎若嬰兒之失其母也,儻乎若行而失其道也;財用有餘而不知其所自來,飲食取足而不知其所從,此謂德人之容。」「願聞神人。」曰:「上神乘光,與形滅亡,是謂照曠。致命盡情,天地樂而萬事銷亡,萬物復情,此之謂混冥。」

刻意第十五

門無鬼與赤張滿稽觀於武王之師。赤張滿稽曰:「不及有虞氏乎!故離此患也。」門無鬼曰:「天下均治,而有虞氏治之邪?其亂而後治之與?」赤張滿稽曰:「天下均治之為願,而何計以有虞氏為?有虞氏之藥瘍也,禿而施髢,病而求醫。孝子操藥,以脩慈父,其色燋然,聖人羞之。至德之世,不尚賢,不使能,上如標枝,民如野鹿,端正而不知以為義,相愛而不知以為仁,實而不知以為忠,當而不知以為信,蠢動而相使,不以為賜,是故行而無跡,事而無傳。」

意を刻(こく)して行(こう)を尚(たか)く、世を離れ俗に異なり、高論(こうろん)して怨誹(えんぴ)す。為(な)す亢(こう)のみなり。此れ山谷の士・非世の人・枯槁赴淵(ここうふえん)の者の好む所なり。仁義忠信を語り、恭儉推讓(きょうけんすいじょう)す。為す修(しゅう)のみなり。此れ平世の士・教誨の人・遊居學者の好む所なり。大功を語り、大名を立て、君臣を禮(れい)し、上下を正(せい)す。為す治のみなり。此れ朝廷の士・尊主彊國の人・致功(ちこう)并兼(へいけん)の者の好む所なり。藪澤(そうたく)に就き、閑曠(かんこう)に處り、釣魚(ちょうぎょ)して閑(かん)に處る。為す無為のみなり。此れ江海の士・避世の人・閑暇(かんか)の者の好む所なり。吹呴(すいく)呼吸(こきゅう)し、故を吐き新を納(と)れ、熊經(ゆうけい)鳥申(ちょうしん)す。為す壽のみなり。此れ導引(どういん)の士・養形(ようけい)の人・彭祖の壽考(じゅこう)の者の好む所なり。

孝子不諛其親,忠臣不諂其君,臣子之盛也。親之所言而然,所行而善,則世俗謂之不肖子;君之所言而然,所行而善,則世俗謂之不肖臣,而未知此其必然邪?世俗之所謂然而然之,所謂善而善之,則不謂之導諛之人也。然則俗故嚴於親而尊於君邪?謂己導諛則勃然作色,謂己眾人則怫然作色,而終身導諛也,終身眾人也,合譬飾辭聚眾也,是終始本末不相坐。垂衣裳,設采色,動容貌,以媚一世,而不自謂導諛;與夫人之為徒,通是非,而不自謂眾人,愚之至也。知其愚者,非大愚也;知其惑者,非大惑也。大惑者,終身不解;大愚者,終身不靈。三人行而一人惑,所適者猶可致也,惑者少也;二人惑則勞而不至,惑者勝也。而今也以天下惑,予雖有祈嚮,不可得也,不亦悲乎!大聲不入於里耳,《折楊》《皇華》則嗑然而笑,是故高言不止於眾人之心,至言不出,俗言勝也。以二缶鍾惑,而所適不得矣。而今也以天下惑,予雖有祈嚮,其庸可得邪!知其不可得也而強之,又一惑也,故莫若釋之而不推。不推,誰其比憂?厲之人夜半生其子,遽取火而視之,汲汲然唯恐其似己也。

若し夫の刻せずして高き、仁義無くして修まり、功名無くして治まり、江海無くして閑(かん)なり、導引せずして壽なるは、忘るる無く有る無きなり。澹然(たんぜん)として無極にして、衆美從(つ)ふ。此れ天地の道・聖人之德なり。

百年之木,破為犧樽,青黃而文之,其斷在溝中。比犧樽於溝中之斷,則美惡有間矣,其於失性一也。蹠與曾、史,行義有間矣,然其失性均也。且夫失性有五:一曰五色亂目,使目不明;二曰五聲亂耳,使耳不聰;三曰五臭薰鼻,困惾中顙;四曰五味濁口,使口厲爽;五曰趣舍滑心,使性飛揚。此五者,皆生之害也,而楊、墨乃始離跂,自以為得,非吾所謂得也。夫得者困,可以為得乎?則鳩鴞之在於籠也,亦可以為得矣。且夫趣舍聲色以柴其內,皮弁、鷸冠、搢笏、紳脩以約其外,內支盈於柴柵,外重纆繳,睆睆然在纆繳之中而自以為得,則是罪人交臂歷指而虎豹在於囊檻,亦可以為得矣!

故に曰く、夫の恬淡寂漠虛無無為は、此れ天地の平にして道德之質なり。故に曰く、聖人休焉(ここにやす)めば則ち平易(へいい)す、平易すれば則ち恬淡(てんだん)す。平易恬淡すれば、則ち憂患入る能はず、邪氣襲ふ能はず。故に其の德全(まった)くして神虧(か)けず。

故に曰く、聖人の生は天行なり、其の死は物化なり。靜にして陰と同德し、動にして陽と同波す。福の先と為らず、禍の始と為らず。感じて而る後に應じ、迫られて而る後に動き、已む能はずして而る後に起こる。知與巧故(こうこ)を去りて、天の理に循(したが)う。故に天災無く、物累(ぶっるい)無く、人非無く、鬼責(きせき)無し。其の生は浮(ふ)の若く、其の死は休の若し。思慮せず、豫謀(よぼう)せず。光にして耀(よう)せず、信にして期(き)せず。其の寝るや無夢(むむ)し、其の覺るや無憂(むゆう)なり。其の神純粹(じゅんすい)にして、其の魂不罷(ふひ)なり。虛無恬淡にして、乃ち天德に合す。

故に曰く、夫の悲樂は德の邪(や)なり、喜怒は道の過(か)なり、好惡は德の失(しつ)なり。故に心憂樂無くんば德之至なり、一にして變(か)わらざるは靜之至なり、無所(むしょ)於(お)りて忤(ご)するは虛之至なり、物與(とも)に交(まじ)はらざるは淡之至なり、無所於りて逆(さか)ふは粹(すい)之至なり。故に曰く、形勞して休まざれば則ち弊(へい)し、精用いて已(や)まざれば則ち勞(ろう)し、勞すれば則ち竭(けつ)す。

天道運而無所積,故萬物成;帝道運而無所積,故天下歸;聖道運而無所積,故海內服。明於天,通於聖,六通四辟於帝王之德者,其自為也,昧然無不靜者矣!聖人之靜也,非曰靜也善,故靜也。萬物無足以鐃心者,故靜也。水靜則明燭鬚眉,平中準,大匠取法焉。水靜猶明,而況精神!聖人之心靜乎!天地之鑑也,萬物之鏡也。夫虛靜恬淡寂漠無為者,天地之平而道德之至。故帝王聖人休焉。休則虛,虛則實,實則倫矣。虛則靜,靜則動,動則得矣。靜則無為,無為也則任事者責矣。無為則俞俞,俞俞者憂患不能處,年壽長矣。夫虛靜恬淡寂漠無為者,萬物之本也。明此以南鄉,堯之為君也;明此以北面,舜之為臣也。以此處上,帝王天子之德也;以此處下,玄聖素王之道也。以此退居而閒遊江海,山林之士服;以此進為而撫世,則功大名顯而天下一也。靜而聖,動而王,無為也而尊,樸素而天下莫能與之爭美。夫明白於天地之德者,此之謂大本大宗,與天和者也。所以均調天下,與人和者也。與人和者,謂之人樂;與天和者,謂之天樂。

水之性は、雜(ぞう)せざれば則ち清し、動かせざれば則ち平(へい)なり。鬱閉(うつへい)して流れざるも、亦た以て清ならず。此れ天德之象(しょう)なり。故に曰く、純粹にして雜ぜず、靜一にして變わらず、淡にして無為、動にして天行を以てす。此れ神を養ふ之道なり。夫の干越(かんえつ)之劍有る者は、柙(こう)して之を藏(ぞう)し、敢へて用ゐず、寳之至(し)るなり。精神四達(したつ)並(へい)して流る、所(しょ)不(ふ)際(さい)する無し。上は天に際し、下は地に蟠(ばん)し、萬物を化育し、為(な)る象(しょう)す可からず。其の名を同帝(どうてい)と謂う。

莊子曰:「吾師乎,吾師乎!𩐈萬物而不為戾,澤及萬世而不為仁,長於上古而不為壽,覆載天地、刻彫眾形而不為巧,此之謂天樂。故曰:知天樂者,其生也天行,其死也物化。靜而與陰同德,動而與陽同波。故知天樂者,無天怨,無人非,無物累,無鬼責。故曰:其動也天,其靜也地,一心定而王天下;其鬼不祟,其魂不疲,一心定而萬物服。言以虛靜推於天地,通於萬物,此之謂天樂。天樂者,聖人之心,以畜天下也。」

純素之道は、唯(ただ)神を守る。守りて失はざれば、神與(とも)に一(いつ)と為らん。一の精通(せいつう)は、天倫(てんりん)に合す。野語(やご)有りて之を曰く、衆人は利を重(ちょう)んじ、廉士は名を重んじ、賢人は志を尚(たっと)び、聖人は精を貴(とうと)ぶ、と。故に素也者は、其の雜する所無きを謂うなり。純也者は、其の神を虧(か)かざるを謂うなり。能く純素を體するを、真人と謂う。

夫帝王之德,以天地為宗,以道德為主,以無為為常。無為也,則用天下而有餘;有為也,則為天下用而不足。故古之人貴夫無為也。上無為也,下亦無為也,是下與上同德。下與上同德則不臣。下有為也,上亦有為也,是上與下同道。上與下同道則不主。上必無為而用天下,下必有為為天下用。此不易之道也。故古之王天下者,知雖落天地,不自慮也;辯雖彫萬物,不自說也;能雖窮海內,不自為也。天不產而萬物化,地不長而萬物育,帝王無為而天下功。故曰:莫神於天,莫富於地,莫大於帝王。故曰:帝王之德配天地。此乘天地,馳萬物,而用人群之道也。

繕性

本在於上,末在於下;要在於主,詳在於臣。三軍五兵之運,德在末也;賞罰利害,五刑之闢,教之末也;禮法度數,形名比詳,治之末也;鐘鼓之音,羽旄之容,樂之末也;哭泣衰絰,隆殺之服,哀之末也。此五末者,須精神之運,心術之動,然後從之者也。

繕性第十六

末學者,古人有之,而非所以先也。君先而臣從,父先而子從,兄先而弟從,長先而少從,男先而女從,夫先而婦從。夫尊卑先後,天地之行也,故聖人取象焉。天尊,地卑,神明之位也;春夏先,秋冬後,四時之序也。萬物化作,萌區有狀;盛衰之殺,變化之流也。夫天地至神,而有尊卑先後之序,而況人道乎!宗廟尚親,朝廷尚尊,鄉黨尚齒,行事尚賢,大道之序也。語道而非其序者,非其道也;語道而非其道者,安取道!

俗に繕(ぜん)して學(がく)を以て其の初を復(ふ)せんを求め、俗に滑(こつ)して思(し)を以て明を致(ち)せんを求む。之を蔽蒙(へいもう)之民と謂う。

是故古之明大道者,先明天而道德次之,道德已明而仁義次之,仁義已明而分守次之,分守已明而形名次之,形名已明而因任次之,因任已明而原省次之,原省已明而是非次之,是非已明而賞罰次之。賞罰已明而愚知處宜,貴賤履位;仁賢不肖襲情,必分其能,必由其名。以此事上,以此畜下,以此治物,以此修身,知謀不用,必歸其天。此之謂大平,治之至也。

古之治道者は、恬(てん)を以て知を養う。知生じて而して知を以て為(な)さず。之を知を以て恬を養うと謂う。知與恬と交相養(こうごうやしな)えば、和理(わり)之性に出ず。夫の德は和なり、道は理なり。德容(よう)せざる無きは仁なり、道理(り)せざる無きは義なり、義明らかにして物親(しん)するは忠(ちゅう)なり、中(なか)純實にして情(じょう)に反(かえ)るは樂(がく)なり、信(しん)容體(ようたい)に行はれて文に順ふは禮なり。禮樂徧(あまね)く行はるれば、則ち天下乱(みだ)れん。彼方正(せい)して蒙(もう)を冒(ぼう)せざれば、德冒せざるなり。冒せば則ち物必ず其の性を失はん。

故書曰:「有形有名。」形名者,古人有之,而非所以先也。古之語大道者,五變而形名可舉,九變而賞罰可言也。驟而語形名,不知其本也;驟而語賞罰,不知其始也。倒道而言,迕道而說者,人之所治也,安能治人!驟而語形名賞罰,此有知治之具,非知治之道。可用於天下,不足以用天下,此之謂辯士,一曲之人也。禮法數度,形名比詳,古人有之。此下之所以事上,非上之所以畜下也。

古之人は、混芒(こんぼう)之中に在りて、一世與(とも)に澹漠(たんばく)を得たり。當(とう)是の時は、陰陽和靜(わせい)して、鬼神不擾(ふじょう)し、四時節(せつ)を得て、萬物不傷(ふしょう)し、群生不夭(ふよう)し、人知有りと雖も、之を用ゐる無し。此れを至一と謂う。當是の時は、為(な)す莫(な)くして常に自然(しぜん)なり。

昔者舜問於堯曰:「天王之用心何如?」

德に逮(お)うて衰(すい)え、燧人(すいじん)伏羲に及びて始めて天下を為す。是れ順(じゅん)にして一ならず。德又下りて衰え、神農黃帝に及びて始めて天下を為す。是れ安(あん)にして順ならず。德又下りて衰え、唐虞に及びて始めて天下を為す。治化(ちか)之流を興こし、淳(じゅん)を漶(かん)して樸を散(さん)じ、道を離れて以て善と為し、德を險(けん)して以て行(こう)す。然る後に性を去りて心に從う。心與心と相識知(あいしきち)して、而して以て天下を定(じょう)ぐるに足らず。然る後に文(ぶん)を附(ふ)し、博(はく)を益(えき)す。文は質(しつ)を滅(めつ)し、博は心を溺(でき)す。然る後に民始めて惑亂(わくらん)し、以て其の性情に反(かえ)りて其の初を復(ふく)する無(な)し。

堯曰:「吾不敖無告,不廢窮民,苦死者,嘉孺子而哀婦人,此吾所以用心已。」

是れ由(よ)りて之を觀れば、世は道を喪(そう)し、道は世を喪し、世與道と交相喪(こうごうそう)す。道の人有りて、何(なに)を以て世に興(こう)せん。世亦た何を以て道に興せん。道は以て世に興る無く、世は以て道に興る無し。聖人山林之中に在らずと雖も、其の德隱(いん)なり。

舜曰:「美則美矣,而未大也。」

隱とは、故に自ら隱るるに非ざるなり。古之所謂隱士は、身を伏して見えざるに非ざるなり、言を閉して出さざるに非ざるなり、知を藏して發せざるに非ざるなり。時命(じめい)大(だい)に謬(びゅう)すればなり。時命に當りて天下に大行(だいこう)せば、則ち一に反りて無迹(むせき)なり。時命に當らずして天下に大窮(だいきゅう)せば、則ち其の根を深藏し、其の極を寧(ねい)して待つ。此れ身を存(そん)する之道なり。

堯曰:「然則何如?」

古之行身(こうしん)者は、辯を以て知を飾(しょく)せず、知を以て天下を窮(きわ)めず、知を以て德を窮めず。危然(きぜん)として其の所に處りて、其の性に反るのみ。又奚ぞ為せんや。道は固より小行(しょうこう)に非ざるなり。德は固より小識(しょうしき)に非ざるなり。小識は德を傷り、小行は道を傷る。故に曰く、正(せい)己(き)のみなり。樂(らく)に全(まった)きを樂むを、之を得志(とくし)と謂う。

舜曰:「天德而出寧,日月照而四時行,若晝夜之有經,雲行而雨施矣!」

古之所謂得志は、軒冕(けんべん)に非ざるなり。其の樂に加(か)ふる無きを謂うのみ。今之所謂得志は、軒冕を謂う。軒冕は身に在りて、性命に非ざるなり。物の儻(とう)來(らい)して寄(き)する者なり。寄する者は、其の來は以て圉(ぎょ)す可からず、其の去は以て止め可からず。故に軒冕を為(た)めて志肆(しし)せず、窮約(きゅうやく)を為めて俗に趨(しゅ)せず。彼の樂此に同(おな)じければ、故に無憂(むゆう)のみ。今寄(き)すれば則ち去(きょ)して樂しまず。是れ由りて觀れば、樂むと雖も、未だ嘗て荒(こう)せず。故に曰く、己を物に喪(そう)し、性を俗に失ふ者を、倒置之民と謂う、と。

堯曰:「膠膠擾擾乎!子,天之合也;我,人之合也。」

秋水

夫天地者,古之所大也,而黃帝堯舜之所共美也。故古之王天下者,奚為哉?天地而已矣。

秋水第十七

孔子西藏書於周室,子路謀曰:「由聞周之徵藏史有老聃者,免而歸居,夫子欲藏書,則試往因焉。」

秋水、時に至りて、百川河(せんかくわ)に灌(かん)す。涇流(けいりゅう)之大(だい)なり。兩涘(りょうし)渚崖(しょがい)之間、不辯牛馬(ふべんぎゅうば)。於(ここ)に焉(えん)河伯欣然(きんぜん)として自喜し、以て天下之美を為す。己に在るを盡(ことごと)くす。流れに順いて東に行き、北海に至り、東面して視るに、水の端(たん)を見ず。於焉河伯始めて其の面目を旋(まわ)し、洋(よう)に望みて若(にゃく)に向(かう)て歎(たん)して曰く、野語(やご)有りて之を曰く、道百(ひゃく)を聞くに、己に若(し)くは莫(な)しと為す、とは我を謂うなり。且つ夫れ我嘗て聞く、仲尼之聞を少(しょう)にして伯夷之義を輕(けい)する者有りと。始め吾れ弗信(ふしん)。今我子の窮(きわ)め難きを睹(と)す。吾れ子の門に至らざれば則ち殆(あや)うし。吾れ長く大方之家(だいほうのか)に笑はれん、と。

孔子曰:「善。」

北海若曰く、井鼃(せいあ)は以て海を語る可からざるは、虛(きょ)に拘(こう)せばなり。夏蟲(かちゅう)は以て氷を語る可からざるは、時に篤(とく)せばなり。曲士(きょくし)は以て道を語る可からざるは、教に束(そく)せばなり。今爾(じ)崖(がい)を出(い)づて、大海を觀れば、乃ち爾の醜(しゅう)を知る。爾將(まさ)に大理を語る可からん。天下之水、海より大なるは莫し。萬川之に歸(き)し、知らず何(い)つの時か止め、而して盈(えい)ちず。尾閭(びり)之を泄(せつ)し、知らず何の時か已め、而して虛(きょ)せず。春秋變(か)わらず、水旱(すいかん)知らず。此れ其の江河の流に過(か)ぐる、以て量(はか)る可からざるなり。而して吾未だ嘗て以て自ら多(た)と為さざるなり。自ら以て形を天地に比(ひ)して、氣を陰陽に受く。吾天地の間に在るや、猶(な)ほ小石小木の大山に在るが若し。方(ほう)に乎(こ)少(しょう)と見(み)ゆ。又奚(なに)を以て自ら多と為さん。計(けい)して四海の天地の間に在るや、不似(ふじ)壘空(るいくう)之大澤(たいたく)に在るか。計して中國の海内に在るや、不似稊米(ていべい)之大倉(たいそう)に在るか。物を號(ごう)する之數を萬と謂う。人是れ其一(そのいち)を處(お)る。人卒(じんそつ)は九州に、穀食(こくしょく)之所生、舟車(しゅうしゃ)之所通に、人是れ其一を處る。此れ其の萬物に比するは、不似豪末(ごうまつ)之馬體に在るや。五帝之連(れん)する所、三王之爭(そう)する所、仁人之憂ふ所、任士(にんし)之勞(ろう)する所、此れに盡(つ)く。伯夷之を辭して以て名を求め、仲尼之を語(かた)りて以て博を求め、此れ其の自ら多と為す。不似爾之向(さき)に水を多と為すや、と。

往見老聃,而老聃不許,於是繙十二經以說。

河伯曰く、然らば則ち吾天地を大と為し、毫末を小と為すは、可(か)なりや、と。

老聃中其說,曰:「大謾,願聞其要。」

北海若曰く、否(いな)。夫の物は量(りょう)窮(きわ)まり無く、時止(し)まる無く、分(ぶん)常(じょう)無く、終始故(こ)無し。是の故に大知は遠邇(えんじ)を觀(かん)ず。故に小にして寡(か)と為さず、大にして多と為さず。量窮まり無きを知ればなり。證(しょう)曏(きょう)今故(こんこ)を明(めい)す。故に遥(よう)として悶(もん)せず、掇(てつ)して跂(き)せず。時止まる無きを知ればなり。盈虛(えいきょ)を察すれば、得て喜ばず、失して憂えず。分常無きを知ればなり。坦塗(たんと)を明かにすれば、生きて說(えつ)と為さず、死して禍(か)と為さず。終始之を故と為す可からざるを知ればなり。計(けい)して人の知る所は、其の知らざる所に若(し)かず。其の生くる時は、其の未だ生きざる時に若かず。以其(いき)の至小を以て、其の至大之域を窮めんことを求めば、是の故に迷亂(めいらん)して自ら得る能はず。此れ由りて之を觀れば、又何以(なにをも)て豪末の足りて至細(しさい)之倪(げい)を定むるを知らん。又何以て天地の足りて至大之域を窮むるを知らん。

孔子曰:「要在仁義。」

河伯曰く、世之議(ぎ)する者は皆曰く、至精は無形(むぎょう)にして、至大は圍(い)う可からず。是れ信(しん)なりや、と。

老聃曰:「請問:仁義,人之性邪?」

北海若曰く、夫の細を自(よ)りて大を視る者は盡(つ)きず、大を自りて細を視る者は明(めい)ならず。夫の精は小之微(しょうのび)なり、垺(ふ)は大之殷(だいのいん)なり。故に異便(いべん)なり。此れ勢(せい)之有(ゆう)するなり。夫の精粗(せいそ)は、有形(ゆうけい)に期(き)するなり。無形(むぎょう)は、數(すう)の圍(い)う能はざるなり。圍(い)う可からざるは、數の窮め得ざるなり。以て言論(げんろん)する可きは、物之粗なり。以て意致(いち)する可きは、物之精なり。言論の論ず能はざる、意致の察致(さつち)す能はざるは、精粗に期せざるなり。

孔子曰:「然,君子不仁則不成,不義則不生。仁義,真人之性也,又將奚為矣?」

是の故に大人之行(こう)は、乎(こ)害(がい)に出(い)でず、仁恩(じんおん)を多(た)と為さず。動けば利を為(な)さず、門隸(もんれい)を賤(せん)と為さず。貨財(かざい)弗爭(ふそう)するも、辭讓(じじょう)を多と為さず。事(じ)は人を借(か)りず、食(じき)力(りき)を多と為さず、貪汚(たんお)を賤と為さず。行は俗に異(い)なるも、辟異(へきい)を多と為さず。為(な)す衆に在(ざい)すも、佞諂(ねいせん)を賤と為さず。世之爵祿(しゃくろく)は以て勸(かん)すに足らず、戮恥(りくち)は以て辱(ぢょく)すに足らず。是非之を塗(と)と為す可からざるを知り、細大之を倪(げい)と為す可からざるを知る。聞(ぶん)く、道人は聞(ぶん)を不(ふ)求(ぐ)し、至德は得を不求し、大人は無己(むき)なり、とは。分(ぶん)を約(やく)する之至(し)るなり。

老聃曰:「請問:何謂仁義?」

河伯曰く、若(にゃく)物之外(がい)、若物之内、惡(なん)ぞ至りて貴賤を施(し)せん。惡ぞ至りて小大を倪(げい)せん、と。

孔子曰:「中心物愷,兼愛無私,此仁義之情也。」

啮缺が王倪に問うて言った、「あなたは万物が共に是と認める『是』を知っていますか」と。王倪は言った、「われはどうして知っていようか」。「あなたは自分の知らないことを知っていますか」。言った、「われはどうして知っていようか」。「では物は知ることがないのですか」。言った、「われはどうして知っていようか。とはいえ、試みに言ってみよう。どうしてわれのいう『知』が不知でないと知れようか。どうしてわれのいう『不知』が知でないと知れようか。試みにあなたに問う。人は湿った所に寝れば腰が痛み半身不随になるが、泥鰌もそうなのか。人は木の上にいれば恐れ戦慄くが、猿猴もそうなのか。この三つで誰が正しい処を知っているか。人は飼い育てた牲畜を食べ、麋鹿は草を食べ、蜈蚣は小蛇を甘美とし、猫头鹰・烏は鼠を好んで食べる。この四つで誰が正しい味を知っているか。猿は猵狙と雌を成し、麋は鹿と交わり、泥鰌は魚と游ぶ。毛嬙・麗姫は、人が美とするものだが、魚は見れば深く潜り、鳥は見れば高く飛び、麋鹿は見ればたちまち駆ける。この四つで誰が天下の正しい色を知っているか。われから見れば、仁義の端緒、是非の途は、紛然として錯乱し、われはどうしてその分別を知ろうか」と。啮缺は言った、「あなたが利害を知らないなら、至人はもともと利害を知らないのですか」と。王倪は言った、「至人は神である。大沢が焚かれても彼を熱くできず、河漢が凍っても彼を寒くできず、疾雷が山を劈き大風が海を震わせても彼を驚かせられない。このような人は、雲気に乗り、日月に騎りて、四海の外に遊ぶ。死生も彼に変易なく、いわんや利害の端緒をや」と。

老聃曰:「意,幾乎後言!夫兼愛,不亦迂乎!無私焉,乃私也。夫子若欲使天下無失其牧乎?則天地固有常矣,日月固有明矣,星辰固有列矣,禽獸固有群矣,樹木固有立矣。夫子亦放德而行,遁道而趨,已至矣!又何偈偈乎揭仁義,若擊鼓而求亡子焉?意,夫子亂人之性也。」

瞿鵲子が長梧子に問うて言った、「私は夫子から聞いた。聖人は事務に従事せず、利に趨らず、害を避けず、求索を喜ばず、道に縁附せず、謂なくして謂あり、謂ありて謂なく、塵垢の外に遊ぶ、と。夫子はこれを孟浪の言とし、私はこれを妙道の実行と思う。あなたはどう思うか」と。長梧子は言った、「これは黄帝が聞いても惑うもので、丘がどうして知るに足りよう。しかもあなたは算えるのが早すぎる。卵を見て報暁の鶏を求め、弾丸を見て焼いた梟肉を求める。試みにあなたのために妄言しよう。あなたは妄聴せよ。どうか日月に依り傍い、宇宙を挟持し、これに合和して、その滑乱を脇に置き、奴僕と尊長を一視しようか。衆人は役役とし、聖人は愚鈍として、万歳を参合して一つの純を成す。万物は皆然りで、これをもって互いに蘊積する。われはどうして生を悦ぶが惑いでないと知ろうか。われはどうして死を悪むが幼年に流落して帰るを知らぬ人でないと知ろうか。麗姫は、艾の地の守疆人の娘である。晋が初めて彼女を得たとき、涕泣して襟を霑したが、王宮に至り、王と牀を同じくし、飼い育てた牲畜を食べて、初めて当初の泣いたことを悔いた。われはどうして死する者が初めに生を祈ったことを悔いないと知ろうか。夢に酒を飲む者は、昼に泣き、夢に泣く者は、昼に狩る。まさに夢を見ているとき、夢とは知らない。夢の中でまたこの夢を圓えて、覚めて後にそれが夢と知る。しかも大覚あって後にこれが大夢と知るのに、愚者は自ら覚めたと思い、窃窃然として知ったと思う。君上か、牧奴か、固陋である。丘とあなたは、皆夢である。われがあなたを夢というのも、また夢である。この言、その名を弔詭という。万世の後、一旦大聖に遇ってその解説を知れば、旦暮に遇うがごときである。われをあなたと弁論させた以上、あなたがわれに勝ち、われがあなたに勝たなければ、あなたは果たして是で、われは果たして非か。われがあなたに勝ち、あなたがわれに勝たなければ、われは果たして是で、あなたは果たして非か。それともあるものは是で、あるものは非か。それとも皆是で、皆非か。われとあなたとは互いに知ることができない。ならば人はもともと昏暗を受けている。われは誰にこれを正させようか。あなたと同じ人に正させるなら、すでにあなたと同じなのに、どうして正せようか。われと同じ人に正させるなら、すでにわれと同じなのに、どうして正せようか。われとあなたとに異なる人に正させるなら、すでにわれとあなたとに異なるのに、どうして正せようか。われとあなたとに同じ人に正させるなら、すでにわれとあなたとに同じなのに、どうして正せようか。ならばわれとあなたと人とは、皆互いに知ることができず、なおあれを待つのか。何をか天倪をもってこれを和するという。曰く、是でないを是とし、然らぬを然とす。是が果たして是なら、是の不是に異なるも弁する须はない。然が果たして然なら、然の不然に異なるも弁する须はない。化声の相待ちは、相待たないがごとし。天倪をもってこれを和し、曼衍をもってこれに因りて、年歳を窮めるに用いる

士成綺見老子而問曰:「吾聞夫子聖人也,吾固不辭遠道而來願見,百舍重趼而不敢息。今吾觀子,非聖人也,鼠壤有餘蔬,而棄妹之者,不仁也!生熟不盡於前,而積斂無崖。」

(長梧子が続けて言った:)年歳を忘れ、義を忘れ、無窮に暢達する。だから一切を無窮に寄託するのだ」と。

老子漠然不應。

罔两が影に問うて言った、「先刻はあなたは行き、今は停まり、先刻はあなたは坐り、今は起つ。どうしてこうも独立の操守がないのか」と。影は言った、「われは待つところがあってこうなのか。われの待つところがまた待つところがあってこうなのか。われの待つのは蛇の腹の鱗、蝉の翼なのか。どうしてこうかを知ろうか。どうしてこうでないかを知ろうか」と。

士成綺明日復見,曰:「昔者吾有剌於子,今吾心正卻矣,何故也?」

昔荘周が夢に自ら胡蝶となるを見て、栩栩然として胡蝶であった。自ら適意と覚えて、周あるを知らなかった。忽然として覚めると、すれば蘧蘧然として周であった。周が夢に胡蝶となったのか、胡蝶が夢に周となったのか、分からない。周と胡蝶は、必ず分別がある。これを物化(物と物との転化で、近代のいう物質変化ではない)という。

老子曰:「夫巧知神聖之人,吾自以為脫焉。昔者子呼我牛也而謂之牛,呼我馬也而謂之馬。苟有其實,人與之名而弗受,再受其殃。吾服也恆服,吾非以服有服。」

養生主

士成綺鴈行避影,履行遂進而問:「修身若何。」

われの生は涯あるが、知は涯ない。涯あるをもって涯なきに随えば、殆い。すでに殆くしてなお知を求めれば、ただ殆いのみである。善を為すも名に近づかず、惡を為すも刑に近づかず、督に縁って常経とする。以て身を保ち、以て生を全うし、以て親を養い、以て年を尽くすことができる。

老子曰:「而容崖然,而目沖然,而顙頯然,而口闞然,而狀義然,似繫馬而止也。動而持,發也機,察而審,知巧而覩於泰,凡以為不信。邊竟有人焉,其名為竊。」

庖丁が文惠君のために牛を解くとき、手の触れるところ、肩の倚るところ、足の履むところ、膝の踦るところは、砉然として響き、刀を進めれば騞然として、音律に合わないところがなく、《桑林》の舞に合い、また《経首》の節奏に合った。文惠君は言った、「ああ、善いかな。技は竟にこの地に至るか」と。庖丁は刀を釋して対えて言った、「臣の好むところは道で、すでに技より一層進んでおります。臣が初めて牛を解いたとき、見るところは整った牛でないものはありませんでした。三年の後、全き牛を見ることはありませんでした。今に至って、臣は神をもって遇い、目をもって見ません。器官の知覚は停まり、神欲は自ら行い、天理に依って、大きな縫を批き、大きな空に導き入れ、その本然に順います。經絡肯綮のところは少しも觸れず、いわんや大骨をや。良い厨子は一年に一把の刀を換えます。割くを用いるからです。尋常の厨子は一月に一把の刀を換えます。折るを用いるからです。今臣の刀は十九年、解いた牛は数千頭になりますが、刀刃はなお磨石から新たに出たがごとしです。あの骨節には間があり、刀刃には厚さがない。無厚をもって有間に入れば、寛寛綽綽として、刀刃の遊るに必ず余裕があります。だから十九年にして刀刃はなお磨石から新たに出たがごとしです。とはいえ、筋骨の交錯する所に至るごとに、臣はその難しさを見て、怵然として戒め、視はこれに集中し、行はこれに遲緩し、刀を動かすこと極めて微かにすれば、謋然として已に解け、土の地に委ねるがごとしです。刀を提げて立ち、これに四面を見、これに躊躇満志し、刀を善くして藏めます」と。文惠君は言った、「善いかな。われは庖丁の言を聞いて、養生を得た」と。

夫子曰:「夫道,於大不終,於小不遺,故萬物備。廣廣乎其無不容也,淵乎其不可測也。形德仁義,神之末也,非至人孰能定之!夫至人有世,不亦大乎!而不足以為之累。天下奮棅而不與之偕,審乎無假而不與利遷,極物之真,能守其本,故外天地,遺萬物,而神未嘗有所困也。通乎道,合乎德,通仁義,賓禮樂,至人之心有所定矣。」

公文軒が右師を見て、驚いて言った、「これは何人か。どうして一足だけなのか。天か。それとも人か」と。言った、「天であって、人ではない。天が彼を生じて、独足にした。人の形貌は天が備えを與えたものだ。これによってこれが天であって人でないを知る」。沢雉は十歩行って一啄し、百歩行って一飲するが、樊籠の中に養われることを求めない。神は旺盛でも、善くはない。

世之所貴道者,書也。書不過語,語有貴也。語之所貴者,意也,意有所隨。意之所隨者,不可以言傳也,而世因貴言傳書。世雖貴之,我猶不足貴也,為其貴非其貴也。故視而可見者,形與色也;聽而可聞者,名與聲也。悲夫,世人以形色名聲為足以得彼之情!夫形色名聲果不足以得彼之情,則知者不言,言者不知,而世豈識之哉!

老聃が死んだ。秦失が弔いに行き、三声号して出た。弟子は言った、「彼は夫子の朋友ではありませんか」。言った、「そうだ」。「ではこのように弔うのは、よろしいのですか」。言った、「よろしい。初めわれは彼をその人と思ったが、今はそうではない。さきほど入って弔うと、老いたる者が彼を哭するは己の子を哭するがごとく、少なき者が彼を哭するは己の母を哭するがごとくであった。彼らがここに會聚するには、必ず言いたくないのに言い、哭したくないのに哭する者がある。これは天を逃遁し情に背倍し、己の受けるところを忘れたもので、古はこれを遁天の刑という。来るべきは、夫子は時に應じた。去るべきは、夫子は順に應じた。時に安んじ順に處すれば、哀楽は入ることができない。古はこれを帝の縣解(倒悬の解かれるがごとし)という」と。底本は「指窮于為薪」と作る。「指」は「脂」の訛である。脂膏は薪として燒き盡くされるが、火は傳わって、その窮りを知らない。

桓公讀書於堂上,輪扁斲輪於堂下,釋椎鑿而上,問桓公曰:「敢問:公之所讀者何言邪?」

人間世

公曰:「聖人之言也。」

顔回が仲尼に謁して、出行を請うた。仲尼は言った、「どこへ行くのか」。言った、「衛へ行こうと思います」。言った、「何をしに行くのか」。言った、「回が聞くところでは、衛君は年壮で、事を行うに独断で、軽々しく国を動かして自らの過ちを見ず、軽々しく民を死なせて、死んだ者は国中で数えられ、草芥が沢を埋めるようで、民はすでに行く所がありません。回はかつて夫子に聞きました、『治まった国はこれを去り、乱れた国にはこれに就け。医の門には病人が多い』と。どうか聞いたことをもって方策を立て、あるいはその国を治められないでしょうか」と。仲尼は言った、「ああ。お前はただ刑を受けに行くだけだろう。道は雑を欲しない。雑になれば多くなり、多くなれば乱れ、乱れれば憂い、憂えば救えなくなる。古の至人は、まず己のうちに存して、それから人のうちに存した。己に存することすらまだ定まらないのに、暴人の行いに立ち入る暇があろうか。しかもお前は、徳が蕩失するゆえん、知が生じるゆえんを知っているか。徳は名によって蕩け、知は争いから出る。名は互いに傾軋するものであり、知は争いの器具である。この二つは皆凶器であって、尽くして行うべきものではない。しかも徳が厚く信が堅実であっても、まだ人の気に通じず、名声を争わなくても、まだ人の心に通じない。それなのに強いて仁義・繩墨の言を暴人の前に売り示せば、これは人の醜をもって己の美を顕すのであって、これを人を災うという。人を災う者は、人は必ず返って彼を災う。お前はおそらく人に災われるだろう。しかも彼が果たして賢を好み不肖を悪むなら、何のためにお前が人と異なろうと求める必要があるか。お前はただ諫めなければよいのだ。王公は必ず人に乗じてその敏捷な弁を闘わせ、お前の目はこれに眩惑し、顔色はこれに柔和になり、口はこれに弁護し、容貌はこれに屈服し、心もまた彼を助け成すようになる。これは火をもって火を救い、水をもって水を救うのであって、これを益々多くするという。始めに従えば窮まりがない。お前がもし彼のいまだ信じない深い言を執って往けば、必ず暴人の前に死ぬだろう。しかも昔、桀は関龍逢を殺し、紂は王子比干を殺した。彼らはみな身を修め、下にあって人の民を体恤し、下にあってその上に逆らった者だ。だからその君は彼らの修養によって彼らを排斥した。これは名を好んだ者である。昔、堯は叢枝・胥敖を攻め、禹は有扈を攻めて、国は墟となり身は刑戮を受けた。彼らは兵を用いることを止めず、実を求めることをやめなかった。これは皆名を求め実を求めた者で、お前は聞かなかったのか。名と実は、聖人をもってしても勝ち得ないものだ。いわんやお前をや。とはいえ、お前にはきっと拠るところがあるのだろう。試みに言って私に聞かせよ」と。顔回は言った、「端として虚、勉めて一であれば、よろしいでしょうか」。言った、「いや、どうしてよかろうか。彼は盛んな陽気に満ち、孔竅が張り揚がり、神色は定まらず、常人は敢えて逆らわず、なお人の感じを抑えて己の心の畅快を求める。これでは『日々少しずつ積む徳』さえ成らない。いわんや大徳をや。彼は固執して変化せず、外は附和して内は訾議しない。これをどうして可とできようか」。「では私は内に直く外に曲げ、成すところあれば上は古人に比します。内に直とは、天と徒を為すことです。天と徒を為す者は、天子も己もみな天の子であることを知ります。どうして独り己の言をもって人に善しとされ、人に善からずとされようと求めましょうか。

曰:「聖人在乎?」

(顔回が続けて言った:)このようであれば、人は彼を童子と呼びます。これを天と徒を為すといいます。外に曲とは、人と徒を為すことです。笏を擎げ跪き拳を曲げるのは、人臣の礼で、皆がこれを行います。私が敢えて行わないことがありましょうか。人の行うところを行えば、人もまた疵議する由がありません。これを人と徒を為すといいます。成すところあれば上は古人に比すれば、古と徒を為すことです。その言は教訓のようですが、実は責め備えることです。古よりあることで、私が始めて持ち出したのではありません。このようであれば、直くても病とはなりません。これを古と徒を為すといいます。これでよろしいでしょうか」。仲尼は言った、「いや、どうしてよかろうか。法度が多すぎて安穩でない。固陋ではあるが罪はない。しかし、ただそれだけだ。どうして感化を語るに足りよう。まだ己の心を師とする人だ」。顔回は言った、「私にはこれ以上進むべきものがありません。あえてその方を問います」。仲尼は言った、「斎せよ。お前に語ろう。成心を持ってそれを為すのは、どうして容易であろうか。これを容易と思うなら、皓天も宜しきとしないだろう」。顔回は言った、「回の家は貧しく、ただ酒を飲まず葷を食わないで数か月です。このようであれば、斎ということができますか」。言った、「これは祭祀の斎であって、心斎(荘子の造語。下文では『虚』をもって定義する。斎戒を心の中に持ち込むことではない)ではない」。回は言った、「あえて心斎を問います」。仲尼は言った、「お前の志を一にせよ。耳をもって聴くなかれ、心をもって聴け。心をもって聴くなかれ、気をもって聴け。聴は耳に止まり、心は符応に止まる。気とは、虚にして物を待つものである。ただ道は虚に集まる。虚、すなわち心斎である」。顔回は言った、「回がまだ教えを受けないときは、実に回がありました。教えを受けてからは、回というものがなかったようです。これを虚ということができますか」。夫子は言った、「尽きた。お前に教えよう。お前があの樊籠の中に入って名に動かされなければ、入れれば鳴き、入れなければ止めよ。門径なく毒術なく、一つ所に居って不得已に寄託すれば、ほぼ至れる。足跡を絶つのは易しいが、歩んで地に着かないのは難しい。人に使われれば偽を為し易く、天に使われれば偽を為し難い。翼があって飛ぶのは聞いたことがあるが、翼なくして飛ぶのは聞いたことがない。知があって知るのは聞いたことがあるが、知なくして知るのは聞いたことがない。あの空き所を見よ。虚室は白を生じ、吉祥は止まる所に止まる。もしまだ止まらなければ、これを坐馳という。耳目を内に通じさせて心知を外に置けば、鬼神もまた来たって栖止するだろう。いわんや人をや。これは万物の転化で、禹・舜が枢紐としたところ、伏羲・几蘧が終身行ったものだ。いわんや疏散の人をや」

公曰:「已死矣。」

葉公子高が齊に出使しようとして、仲尼に問うて言った、「王が諸梁に委ねた使命は重い。齊が使者を遇する様は、大概は甚だ恭敬だが急がないだろう。匹夫ですら動かせないのに、いわんや諸侯をや。私は甚だ恐れている。あなたは常に諸梁に語って言いました、『およそ事は小大を問わず、道に因らずして歡然として成れることは少ない。事が成らなければ、必ず人道の患いがある。事が成れば、必ず陰陽の患いがある。成ると成らぬとを問わず後に患いのないのは、ただ徳ある者の能くするところだ』と。私の食もまた粗食で精を求めず、炊事をする者に涼を求めて思う者もありません。今私は朝に命を受けて夕に氷を飲む。私は内熱なのでしょうか。私はまだ事の実情に至らないうちに、すでに陰陽の患いがあります。事が成らなければ、必ず人道の患いがあるでしょう。これは両頭です。人臣としては担當に足りません。あなたに言うべき言はありますか」と。仲尼は言った、「天下に大戒が二つある。その一は命、その一は義である。子が親を愛するのは命であって、心に解くべからず。臣が君に事えるのは義であって、行く所に君ならぬことなく、天地の間に逃れる所がない。これを大戒という。だから親に事える者は、地を擇ばずこれに安んずるが孝の至りである。君に事える者は、事を擇ばずこれに安んずるが忠の盛りである。己の心に事える者は、哀楽を眼前で移易せず、奈何すべからざるを知ってこれに安んじ命のごとくするが徳の至りである。人臣・人子となる者は、もともと不得已のところがある。事の実情を行って自身を忘れれば、どの暇があって生を悦び死を悪もうか。夫子は行くがよい。丘はさらに聞いたことを言おう。およそ交際は、近ければ必ず信をもって親しみ、遠ければ必ず言をもって忠を尽くす。言は必ず人が伝える。両喜・両怒の言を伝えるのは、天下の難事である。両喜には必ず溢美の言が多く、両怒には必ず溢悪の言が多い。およそ溢れた言は皆妄に近い。妄であれば人の信じることが薄く、信じなければ言を伝える者が殃を被る。だから法言に言う、『その常情を伝え、その溢れた言を伝えるな。そうすればほぼ全うできよう』と。しかも巧をもって力を闘わす者は、始めは陽であって、常に陰に終わる。過分であれば奇巧が多くなる。礼をもって酒を飲む者は、始めは治であって、常に乱に終わる。過分であれば奇楽が多くなる。およそ事もまたこのようである。始めは誠であって、常に鄙に終わる。その作り始めは簡であって、将に終わらんとするときは必ず巨となる。言は風波であり、行は実の喪失である。風波は動き易く、実の喪失は危うき易い。だから忿怒の設立に由はなく、巧言・偏辞から生じる。獣が死するや声を擇ばず、気息勃然として、ここに併せて狠心が生ずる。苛察が過分であれば、必ず不肖の心をもってこれに応ずるが、自らその然る所以を知らない。もしその然る所以を知らなければ、誰がその終わりを知ろうか。だから法言に言う、『命を改動するな、成を強要するな』と。度を過ぐれば、すなわち余計な添えとなる。命を改動し成を強要すれば、みな事を危うくする。美の成は久しきにあり、惡の成は改に及ばない。慎まないことがあろうか」

曰:「然則君之所讀者,古人之糟粕已夫!」

(孔子が続けて言った:)しかも物に乗じて心を遊ばせ、不得已に託して中を養えば、至れたのだ。何ぞ作為して報いることを須いようか。如実に命を致すに如くはない。これが難しいことなのだ」と。

桓公曰:「寡人讀書,輪人安得議乎?有說則可,無說則死。」

顔闔が衛靈公の太子の師傅となろうとして、蘧伯玉に問うて言った、「ここにこのような人がいます。その徳は生まれつき刻薄です。彼と法なく事えれば、わが国を危うくし、彼と法をもって事えれば、わが身を危うくします。彼の知は人の過ちを知るに足るのみで、過ちがどこから来るかを知りません。このような場合、私はどうすればよいでしょうか」と。蘧伯玉は言った、「よい問いだ。これを戒め、これを慎み、お前自身を正しくせよ。形は就くに如かず、心は和するに如かず。しかし、この二つには皆患いがある。就いて陥り込むなかれ、和して顯れ出るなかれ。形が就いて陥り込めば、将に顛覆・滅絕・崩壞・蹶倒せんとする。心が和して顯れ出れば、将に声名となり、妖孽となるだろう。彼が嬰児となろうとすれば、お前もまた彼と嬰児となれ。彼が町畦をなくそうとすれば、お前もまた彼と町畦をなくせ。彼が崖岸をなくそうとすれば、お前もまた彼と崖岸をなくせ。通達して、疵病なきに入れ。お前はあの螳螂を知らないか。その臂を怒らせて伸ばし、車轍に当たるが、己の勝任できないことを知らない。これは自ら才美と思うものだ。戒めよ、慎めよ。お前の自誇の美を積んで彼に触れ犯せば、危ない。お前はあの虎を養う者を知らないか。敢えて生きた物を与えない。その殺食のときの怒りを懼れるからだ。敢えて全き物を与えない。その撕裂のときの怒りを懼れるからだ。その飢飽を時にかなえ、その怒心を疎通する。虎は人と類を同じくしないのに、養う者に媚び事える。順だからである。だからその人を殺すのは、逆だからである。馬を愛する者は、筐をもって糞を盛り、蛤殻をもって溺を盛る。たまたま蚊虻が馬に縁って、それを払うに時を得なければ、馬は銜勒を咬み断ち、首を毀り、胸を碎く。意の至る所あって、愛の亡ぶ所がある。慎まないことがあろうか」と。

輪扁曰:「臣也以臣之事觀之。斲輪,徐則甘而不固,疾則苦而不入,不徐不疾,得之於手而應於心,口不能言,有數存焉於其間。臣不能以喻臣之子,臣之子亦不能受之於臣,是以行年七十而老斲輪。古之人與其不可傳也死矣,然則君之所讀者,古人之糟魄已夫!」

北海若曰く、道を以て之を觀れば、物は貴賤無し。物を以て之を觀れば、自ら貴びて相賤(あいせん)す。俗を以て之を觀れば、貴賤己に在らず。差(さ)を以て之を觀れば、其の大とする所に因りて大と為せば、則ち萬物大ならざる莫し。其の小とする所に因りて小と為せば、則ち萬物小ならざる莫し。天地を以て稊米(ていべい)と知り、豪末を以て丘山と知れば、差數(さすう)睹(と)らるるなり。功を以て之を觀れば、其の有る所に因りて有と為せば、則ち萬物有らざる莫し。其の無き所に因りて無と為せば、則ち萬物無ならざる莫し。東西の相反(あいはん)して相(あい)無き可からざるを知れば、功分(こうぶん)定まる。趣(しゅ)を以て之を觀れば、其の然とする所に因りて然と為せば、則ち萬物然ならざる莫し。其の非とする所に因りて非と為せば、則ち萬物非ならざる莫し。堯桀(ぎょうけつ)之自然(じねん)して相非(あいひ)するを知れば、趣操(しゅそう)睹らるるなり。

昔者堯舜讓(じょう)して帝と為り、之噲(しかい)讓して絶(ぜつ)し、湯武爭(そう)して王と為り、白公爭して滅(めつ)す。此れ由りて之を觀れば、爭讓之禮・堯桀之行、貴賤は時有り。未(ま)だ以て常と為す可からざるなり。梁麗(りょうれい)は以て城を衝(と)す可し、而して以て穴を窒(ち)す可からず。器殊(きしゅ)なるを言うなり。騏驥驊騮(ききかりゅう)は、一日にして千里を馳(は)す。鼠を捕(ほ)するは貍(り)と鼬(ゆう)とに若(し)かず。伎(ぎ)殊なるを言うなり。鴟(し)は夜蚤(やそう)を撮(さつ)し、毫末を察す。晝(ちゅう)出づて瞋目(しんもく)して丘山を見ず。性殊なるを言うなり。故に曰く、蓋(こそ)師是(しぜ)して無非(むひ)・師治(しち)して無亂(むらん)は、是れ未だ天地之理・萬物之情を明らかにせざる者なり。是れ猶(な)ほ師天(してん)して無地(むち)、師陰して無陽なり。其の不可行や明(あきら)かなり。然而(しかしなが)るに且(まさ)に語りて舍(しゃ)せざるは、非愚則誣(ひぐそくふ)なり。帝王殊(しゅ)に禪(ぜん)し、三代殊に繼(けい)す。其の時に差(さ)り俗に逆(さか)える者を、之を篡夫(さんぷ)と謂い、其の時に當り俗に義(ぎ)する者を、之を義徒(ぎと)と謂う。默默(もくもく)せよ河伯。女惡(なん)ぞ貴賤之門・小大之家を知らんや、と。

河伯曰く、然らば則ち我何をか為さん。何をか為さざらん。吾れ辭受趣舍(じじゅしゅしゃ)は、吾終に奈何(いか)せん、と。

「天其運乎?地其處乎?日月其爭於所乎?孰主張是?孰維綱是?孰居無事推而行是?意者其有機緘而不得已邪?意者其運轉而不能自止邪?雲者為雨乎?雨者為雲乎?孰隆施是?孰居無事淫樂而勸是?風起北方,一西一東,有上彷徨。孰噓吸是?孰居無事而披拂是?敢問何故?」

北海若曰く、道を以て之を觀れば、何(いず)れをか貴び、何れをか賤(せん)とせん。是れを反衍(はんえん)と謂う。志意(しい)を拘(こう)する無くして、道與(とも)大(おお)に蹇(けん)せん。何れをか少(しょう)とし、何れをか多とせん。是れを謝施(しゃし)と謂う。無一而行(むいちにこう)して、道與參差(しんし)す。嚴乎(げんこ)國之有君(ゆうくん)の若く、私德(してく)無し。繇繇乎(ようようこ)社之有祭(ゆうさい)の若く、私福(しふく)無し。泛泛乎(はんぱんこ)四方之無窮(むきゅう)の若く、無所(むしょ)畛域(しんいき)す。萬物を兼懷(けんかい)し、孰(たれ)をか承翼(しょうよく)せん。是れを無方と謂う。萬物一齊(いっせい)して、孰をか短(たん)とし孰をか長とせん。道終始無く、物死生有りて、其の成を恃(たの)まず。一虛一滿(いっきょいちまん)して、乎(こ)形に位(い)せず。年擧(あ)ぐ可からず、時止め可からず。消息盈虛(しょうそくえいきょ)して、終れば則ち始め有り。是れ大義之方(ほう)を語り、萬物之理を論ずる所以なり。物之生や、若(ごと)驟(しゅう)若(ごと)馳(は)し、動かざる而(なん)して變(か)わらざる無し、時まる而して移(うつ)らざる無し。何をか為さん、何をか為さざらん。夫れ固より將に自(みずか)ら化せんとす、と。

巫咸祒曰:「來,吾語女。天有六極五常,帝王順之則治,逆之則兇。九洛之事,治成德備,監照下土,天下戴之,此謂上皇。」

河伯曰く、然らば則ち何ぞ道を貴(たっと)ぶや、と。

商大宰蕩問仁於莊子。莊子曰:「虎狼,仁也。」

北海若曰く、道を知る者は必ず理(り)に達し、理に達する者は必ず權(けん)に明らかにして、權に明らかなる者は物を以て己を害(がい)せず。至德者は、火能く之を熱せず、水能く之を溺(でき)せず、寒暑能く之を害せず、禽獸能く之を賊(ぞく)せず。其の薄(せま)れるに非ざるを謂うなり。其の安危を察し、福禍に寧(ねい)じ、去就(きょしゅう)を謹(きん)じて、之を害す能(あた)はざる莫(な)きを謂うなり。故に曰く、天は内に在り、人は外に在り。德は乎(こ)天に在り。天與人の行を知るは、乎天に本づき、乎德(とく)に位(い)し、蹢躅(てきちょく)して屈伸(くっしん)し、樞(すう)に反りて而して極を語らん、と。

曰:「何謂也?」

曰く、何をか天と謂い、何をか人と謂う、と。

莊子曰:「父子相親,何為不仁?」

北海若曰く、牛馬四足は、是れを天と謂う。馬首を落(らく)し、牛鼻を穿(せん)するは、是れを人と謂う。故に曰く、人を以て天を滅する無く、故を以て命を滅する無く、得を以て名に殉(じゅん)ずる無かれ。謹(きん)して守りて失はざれば、是れを其の真に反ると謂う、と。

曰:「請問至仁。」

夔(き)は蚿(げん)を憐(あはれ)み、蚿は蛇を憐み、蛇は風を憐み、風は目を憐み、目は心を憐む。

莊子曰:「至仁無親。」

夔、蚿に謂いて曰く、吾れ一足を以て趻踔(てんちゃく)して行く。予無如(むじょ)なり。今子の萬足を使うや、獨(ひと)り奈何(いか)せん、と。

大宰曰:「蕩聞之,無親則不愛,不愛則不孝。謂至仁不孝,可乎?」

蚿曰く、然(しか)らず。子獨(ひと)り唾(だ)を噴(ふん)する者を見ざるか。噴(ふん)れば大なる者珠(しゅ)の如く、小なる者霧(む)の如くして、雜(ぞう)して下る者數(すう)し勝(あ)げず。今予吾が天機(てんき)を動かすも、而して其の然る所以を知らざるなり、と。

莊子曰:「不然,夫至仁尚矣,孝固不足以言之。此非過孝之言也,不及孝之言也。夫南行者至於郢,北面而不見冥山,是何也?則去之遠也。故曰:以敬孝易,以愛孝難;以愛孝易,以忘親難;忘親易,使親忘我難;使親忘我易,兼忘天下難;兼忘天下易,使天下兼忘我難。夫德遺堯舜而不為也,利澤施於萬世,天下莫知也,豈直大息而言仁孝乎哉!夫孝悌仁義,忠信貞廉,此皆自勉以役其德者也,不足多也。故曰,至貴,國爵並焉;至富,國財並焉;至願,名譽並焉。是以道不渝。」

蚿、蛇に謂いて曰く、吾衆足を以て行くも、而して子の無足に及ばざるは何ぞ、と。

北門成問於黃帝曰:「帝張咸池之樂於洞庭之野,吾始聞之懼,復聞之怠,卒聞之而惑;蕩蕩默默,乃不自得。」

蛇曰く、夫の天機の動く所は、惡(なん)ぞ易(か)う可けんや。吾何ぞ足を用ゐんや、と。

帝曰:「汝殆其然哉!吾奏之以人,徵之以天,行之以禮義,建之以大清。夫至樂者,先應之以人事,順之以天理,行之以五德,應之以自然,然後調理四時,太和萬物。四時迭起,萬物循生;一盛一衰,文武倫經;一清一濁,陰陽調和,流光其聲;蟄蟲始作,吾驚之以雷霆;其卒無尾,其始無首;一死一生,一僨一起;所常無窮,而一不可待。汝故懼也。

蛇、風に謂いて曰く、予吾が脊脅(せききょう)を動かして行けば、則ち有似(ゆうじ)なり。今子蓬蓬然(ほうほうぜん)として北海に起こり、蓬蓬然として南海に入る。而して無有(むゆう)なるが似(に)るは何ぞ、と。

吾又奏之以陰陽之和,燭之以日月之明;其聲能短能長,能柔能剛;變化齊一,不主故常;在谷滿谷,在阬滿阬;塗卻守神,以物為量。其聲揮綽,其名高明。是故鬼神守其幽,日月星辰行其紀。吾止之於有窮,流之於無止。予欲慮之而不能知也,望之而不能見也,逐之而不能及也;儻然立於四虛之道,倚於槁梧而吟。目知窮乎所欲見,力屈乎所欲逐,吾既不及已夫!形充空虛,乃至委蛇。汝委蛇,故怠。

風曰く、然り。予蓬蓬然として北海に起こりて南海に入る。然而(しかしなが)るに我を指するは則ち我に勝(か)ち、我を蹴(ちゃ)するも亦た我に勝つ。然りと雖も、夫の大木を折(せつ)し大屋を蜚(ひ)するは、唯(ただ)我能(あた)はり。故に衆小不勝(しゅうしょうふしょう)を以て大勝(たいしょう)と為すなり。大勝と為すは、唯聖人能(あた)はり、と。

吾又奏之以無怠之聲,調之以自然之命,故若混逐叢生,林樂而無形;布揮而不曳,幽昏而無聲。動於無方,居於窈冥;或謂之死,或謂之生;或謂之實,或謂之榮;行流散徙,不主常聲。世疑之,稽於聖人。聖也者,達於情而遂於命也。天機不張而五官皆備。此之謂天樂,無言而心說。故有焱氏為之頌曰:『聽之不聞其聲,視之不見其形,充滿天地,苞裹六極。』汝欲聽之而無接焉,而故惑也。

孔子、匡(きょう)に遊(ゆう)す。宋人(そうじん)之を圍(い)むこと數匝(すうそう)。而して弦歌(げんか)不惙(ふてつ)。子路入りて見えて曰く、何(いか)ぞ夫子之娛(ぐ)なる、と。

樂也者,始於懼,懼故祟;吾又次之以怠,怠故遁;卒之於惑,惑故愚;愚故道,道可載而與之俱也。」

孔子曰く、來れ、吾れ女(なんじ)に語(かた)らん。吾窮(きゅう)を諱(い)むこと久しきも、而して免(まぬか)るる能はざるは命なり。通(つう)を求むること久しきも、而して得ざるは時なり。堯舜の時に當りて、天下窮人(きゅうじん)無く、知(ち)の得る所に非ざるなり。桀紂の時に當りて、天下通人無く、知の失ふ所に非ざるなり。時勢(じせい)適(あ)たま然(しか)るなり。夫の水行に蛟龍(こうりゅう)を避(さ)けざるは、漁夫(ぎょふ)之勇なり。陸行に兕虎(じこ)を避けざるは、獵夫(りょうふ)之勇なり。白刃(はくじん)前に交(まじ)え、死を視ること生の若きは、烈士(れっし)之勇なり。窮なること命有るを知り、通なること時有るを知り、大難(だいなん)に臨みて懼(おそ)れざるは、聖人之勇なり。由(ゆう)、處(お)れ。吾命(めい)は制(せい)する所有り、と。

孔子西遊於衞,顏淵問師金曰:「以夫子之行為奚如?」

無幾何(むきか)にして、將(しょう)甲(こう)者進みて至り、辭(じ)して曰く、陽虎(ようこ)と為(な)して故に圍めり。今非ざれば、辭して退(しりぞ)かんことを請う、と。

師金曰:「惜乎!而夫子其窮哉!」

公孫龍(こうそんりゅう)、魏牟(ぎぼう)に問うて曰く、龍は少(しょう)にして先王之道を學び、長(ちょう)して仁義之行を明らかにす。合同異(ごうどうい)、離堅白(りけんぱく)し、然(ぜん)不然(ふぜん)と為し、可(か)不可(ふか)と為す。百家之知を困(くん)し、衆口之辯を窮(きゅう)す。吾自ら以て至達(したつ)と為せり。今吾莊子之言を聞く、汒焉(ぼうえん)として之を異(い)とす。知(ち)の及ばざるや、言(げん)の及ばざるやを知らず。今吾れ口を開く無(な)し。敢へて其の方を問はん、と。

顏淵曰:「何也?」

公子牟、机(き)に執(と)りて大息(たいそく)し、仰(ぎょう)して天に笑うて曰く、子獨(ひと)り夫の埳井(かんせい)之鼃(あ)を聞かざるか。東海之鼈(べつ)に謂(い)いて曰く、吾樂(らく)なり。出でて梁(りょう)に跳(ちょう)す井幹(せいかん)之上、入りて缺甓(けってき)之崖に休(やす)む。水に赴(ふ)けば則ち腋(えき)を接(しょう)し頤(い)を持(じ)し、泥に蹶(けつ)けば則ち足を沒(ぼつ)し跗(ふ)を滅(めつ)す。還(かえ)りて虷(かん)蟹(かい)と科斗(かと)とを視るに、吾に若(し)くは莫(な)し。且つ夫の一壑(いっかく)之水を擅(せん)して、而して埳井之樂を跨跱(かじ)す。此れ亦(ま)た至(し)れるなり。夫子奚(なん)ぞ時に來りて入りて觀(み)ざる、と。東海之鼈、左足未だ入らざるに、右膝已(すで)に縶(ちっ)せり。於是(ここ)に逡巡(しゅんじゅん)して卻(しりぞ)き、之に海を告げて曰く、夫の千里之遠も、以て其の大を稱(しょう)するに足らず。千仞(せんじん)之高も、以て其の深を極(き)むるに足らず。禹之時、十年に九潦(りょう)し、而して水は加(か)ふる者鴻(こう)なり。湯之時、八年に七旱(かん)し、而して崖は損(そん)ぜざる者不爲(い)せず。夫の頃久(けいきゅう)を為(な)して推移(すいい)せず、多少を為して進退(しんたい)せざるは、此れ亦た東海之大樂なり、と。於是埳井之鼃之を聞きて、適適然(てきてきぜん)として驚き、規規然(ききぜん)として自ら失せり。

師金曰:「夫芻狗之未陳也,盛以篋衍,巾以文繡,尸祝齊戒以將之。及其已陳也,行者踐其首脊,蘇者取而爨之而已;將復取而盛以篋衍,巾以文繡,遊居寢臥其下,彼不得夢,必且數眯焉。今而夫子,亦取先王已陳芻狗,聚弟子游居寢臥其下。故伐樹於宋,削跡於衞,窮於商周,是非其夢邪?圍於陳蔡之間,七日不火食,死生相與鄰,是非其眯邪?

且つ夫の知(ち)は非(ひ)の境(きょう)を知らざるも、而して猶お莊子之言を觀(かん)せんと欲するは、是れ猶ほ蚊䖟(ぶんぼう)をして山を負(ふ)せしめ、商蚷(しょうきょく)をして河を馳(は)せしむるが若し。必ず任(にん)に勝(か)ふ能はず。且つ夫の知は妙(みょう)を論ずるに及ばざるも、而して自ら利(り)一時(いちじ)に適(てき)する者は、是れ非ざるか埳井之鼃(かんせいのあ)に。彼方(ひかた)に黄泉(こうせん)を蹴(しゅう)して大皇(たいこう)に登(とう)る。無南無北(むなんむほく)にして、奭然(せきぜん)として四解(しかい)し、不測(ふそく)に淪(りん)す。無東無西にして、玄冥(げんめい)に始めて大通に反る。子乃ち規規然として、察(さつ)を以て之を求め、辯を以て之を索(さく)す。是れ直(ただ)管を以て天を窺(き)い、錐(すい)を以て地を指(し)するのみ。不(ふ)か亦た小(しょう)ならずや。子往(おう)け。且つ子獨り壽(じゅりょう)餘子(よし)之學行(がっこう)於(お)邯鄲(かんたん)を聞かざるか。未だ國能(こくのう)を得ざるに、又其の故行(こぎょう)を失えり。直(ただ)匍匍(ほふく)して歸(き)せりのみ。今子往かざれば、將に子の故を忘れ、子之業(ぎょう)を失はんとす、と。

夫水行莫如用舟,而陸行莫如用車。以舟之可行於水也而求推之於陸,則沒世不行尋常。古今非水陸與?周魯非舟車與?今蘄行周於魯,是猶推舟於陸也,勞而無功,身必有殃。彼未知夫無方之傳,應物而不窮者也。

公孫龍、口呿(か)して合(かん)せず、舌擧(きょ)して下(げ)せず。乃ち逸(いつ)して走(そう)れり。

且子獨不見夫桔槔者乎?引之則俯,舍之則仰。彼,人之所引,非引人也。故俯仰而不得罪於人。故夫三皇五帝之禮義法度,不矜於同而矜於治。故譬三皇五帝之禮義法度,其猶柤■{梨}橘柚邪!其味相反而皆可於口。

莊子、濮水(ぼくすい)に釣る。楚王、大夫二人をして先に往きて言わしめて曰く、願はくは境內(きょうだい)を以て累(るい)とせん、と。

故禮義法度者,應時而變者也。今取猨狙而衣以周公之服,彼必齕齧挽裂,盡去而後慊。觀古今之異,猶猨狙之異乎周公也。故西施病心而矉其裡,其裡之醜人見之而美之,歸亦捧心而矉其裡。其裡之富人見之,堅閉門而不出,貧人見之,挈妻子而去走。彼知矉美而不知矉之所以美。惜乎,而夫子其窮哉!」

莊子、竿(かん)を持ちて顧(かえり)みずして曰く、吾聞く、楚に神龜(しんき)有り、死せる已に三千歳なり。王は巾笥(きんし)して之を廟堂の上に藏(ぞう)す。此の龜は、其の死して骨を留(とど)めて貴(とうと)ばんことを寧(むし)ろ寧(ねんご)ろにするか、其の生きて尾を塗中(とちゅう)に曳(えい)せんことを寧ろにするか、と。

孔子行年五十有一而不聞道,乃南之沛見老聃。

二大夫曰く、寧(むし)ろ生きて尾を塗中に曳かん、と。

老聃曰:「子來乎?吾聞子,北方之賢者也!子亦得道乎?」孔子曰:「未得也。」

莊子曰く、往け。吾將に尾を塗中に曳かん、と。

老子曰:「子惡乎求之哉?」

惠子、梁に相(しょう)と爲(な)る。莊子往きて之を見んとす。或る人惠子に謂いて曰く、莊子來りて、子を代(か)えて相と爲(な)らんと欲す、と。於是(ここ)に惠子恐(おそ)れ、國中を搜(さが)すこと三日三夜。

曰:「吾求之於度數,五年而未得也。」

莊子往きて之を見えて曰く、南方に鳥有り、其の名を鵷鶵(えんすう)と謂う。子之を知るや。夫の鵷鶵は、南海を發(はつ)して北海に飛ぶ。梧桐(ごとう)に非ざれば止まらず、練實(れんじつ)に非ざれば食(し)せず、醴泉(れいせん)に非ざれば飲まず。於是鴟(し)は腐鼠(ふそ)を得、鵷鶵之を過ぎれば、仰ぎて之を視て曰く、嚇(かく)、と。今子欲する、子之梁國を以て我を嚇(かく)せむとするや、と。

老子曰:「子又惡乎求之哉?」

莊子と惠子と濠梁(ごうりょう)之上に遊ぶ。

曰:「吾求之於陰陽,十有二年而未得也。」

莊子曰く、儵魚(しゅくぎょ)出遊(しゅつゆう)して從容(しょうよう)たり。是れ魚之樂なり、と。

老子曰:「然,使道而可獻,則人莫不獻之於其君;使道而可進,則人莫不進之於其親;使道而可以告人,則人莫不告其兄弟;使道而可以與人,則人莫不與其子孫。然而不可者,無佗也,中無主而不止,外無正而不行。由中出者,不受於外,聖人不出;由外入者,無主於中,聖人不隱。名,公器也,不可多取。仁義,先王之蘧廬也,止可以一宿而不可久處,覯而多責。

惠子曰く、子魚に非ざれば、安(なん)ぞ魚之樂を知らん、と。

古之至人,假道於仁,託宿於義,以遊逍遙之虛,食於苟簡之田,立於不貸之圃。逍遙,無為也;苟簡,易養也;不貸,無出也。古者謂是採真之遊。

莊子曰く、子我に非ざれば、安ぞ我之魚之樂を知らざるを知らん、と。

以富為是者,不能讓祿;以顯為是者,不能讓名。親權者,不能與人柄,操之則慄,舍之則悲,而一無所鑒,以闚其所不休者,是天之戮民也。怨恩取與諫教生殺,八者,正之器也,唯循大變無所湮者為能用之。故曰,正者,正也。其心以為不然者,天門弗開矣。」

惠子曰く、我子に非ざれば、固(もと)より子を知らざるなり。子固より魚に非ざれば、子之魚之樂を知らざるは、全(まった)きなり、と。

孔子見老聃而語仁義。老聃曰:「夫播穅眯目,則天地四方易位矣;蚊虻噆膚,則通昔不寐矣。夫仁義憯然乃憤吾心,亂莫大焉。吾子使天下無失其樸,吾子亦放風而動,總德而立矣,又奚傑然若負建鼓而求亡子者邪?夫鵠不日浴而白,烏不日黔而黑。黑白之樸,不足以為辯;名譽之觀,不足以為廣。泉涸,魚相與處於陸,相呴以溼,相濡以沫,不若相忘於江湖!」

莊子曰く、其の本に循(したが)うを請う。子之汝(なんじ)安ぞ魚樂を知ると曰ふ也。既に吾之知之を知りて而して我に問へり。我之を濠上に知るなり、と。

孔子見老聃歸,三日不談。弟子問曰:「夫子見老聃,亦將何規哉?」

至樂

孔子曰:「吾乃今於是乎見龍!龍,合而成體,散而成章,乘雲氣而養乎陰陽。予口張而不能嗋。予又何規老聃哉?」

至樂第十八

子貢曰:「然則人固有屍居而龍見,雷聲而淵默,發動如天地者乎?賜亦可得而觀乎?」遂以孔子聲見老聃。

天下有(ゆう)至樂(しらく)無(む)有耶(や)。有以(ゆうい)活身(かっしん)無有耶。今奚(なに)をか爲(な)し、奚をか據(きょ)せん。奚をか避(ひ)け、奚をか處(お)らん。奚をか就(しゅう)け、奚をか去らん。奚をか樂しみ、奚をか惡(お)まん。

老聃方將倨堂而應,微曰:「予年運而往矣,子將何以戒我乎?」

夫の天下の尊(とう)ぶ所は、富貴壽善なり。所樂(しょらく)は、身安厚味美服好色音聲なり。所下(しょげ)は、貧賤夭惡なり。所苦(しょく)は、身は安逸(あんいつ)を得ず、口は厚味を得ず、形は美服を得ず、目は好色を得ず、耳は音聲を得ざるなり。若し之を得ざれば則ち大(たい)に憂(ゆう)而(なん)して懼(おそ)る。其の形(けい)と爲(な)るは、亦(ま)た愚(ぐ)なり。

子貢曰:「夫三王五帝之治天下不同,其係聲名一也。而先生獨以為非聖人,如何哉?」

夫の富の者は、身を苦(くる)しめて疾(しつ)に作(さ)し、財を多く積(せき)して而して盡(つ)くし用(もち)ゐず。其の形と爲るは、亦た外(がい)なり。夫の貴(き)の者は、夜以(やい)日(じつ)を繼(けい)ぎ、善否(ぜんぴ)を思慮(しりょ)す。其の形と爲るは、亦た疎(そ)なり。人之生(せい)也、憂與(とも)に生(しょう)ず。壽(じゅ)の者は惽惽(こんこん)として、久(ひさ)しく憂(ゆう)して死せざるは、何苦(なんのく)之(これ)也(や)。其の形と爲るは、亦た遠(えん)なり。烈士は天下に善(ぜん)と見(けん)るも、未だ足りて活身(かっしん)せざるなり。吾此の善之果(か)に善なる邪(や)、果に不善なる邪を知らず。若以(じゃくい)善と爲せば、足らずして活身せず。以て不善と爲せば、足りて人を活(かっ)するに足る。故に曰く、忠諫(ちゅうかん)聽(ちょう)せざれば、蹲循(そんじゅん)して爭(そう)す勿かれ、と。故に子胥(しじょ)之を爭いて、以て其の形を殘(ざん)す。之を爭わざれば、名亦た成らず。誠(せい)に善有るや無きや。

老聃曰:「小子少進!子何以謂不同?」

今俗(ぞく)之爲(な)す所、樂む所、吾又知(ち)之樂果(か)に樂(らく)なる邪、果不樂なる邪を知らず。吾俗之樂む所を觀るに、擧(きょ)羣(ぐん)趣(そう)き、誙誙然(こうこうぜん)として將(まさ)に已む能はざるが如くして、而して皆樂と爲す。吾未だ之を樂と爲さず、亦た未だ之を不樂と爲さざるなり。果に樂有るや無きや。吾以て無爲(むい)を誠(まこと)樂(らく)と爲す。又俗之大苦(だいく)する所なり。故に曰く、至樂は無樂(むらく)にして、至譽(しよ)は無譽(むよ)なり、と。

對曰:「堯授舜,舜授禹,禹用力而湯用兵,文王順紂而不敢逆,武王逆紂而不肯順,故曰不同。」

天下是非果(か)に未(ま)だ定(じょう)すべからざるなり。雖然、無爲は以て是非を定む可し。至樂活身は、唯(ただ)無爲幾(き)に存(そん)す。請(しょう)嘗(こころ)みに之を言はん。天無爲にして之(こ)に清(せい)し、地無爲にして之に寧(ねい)す。故に兩無爲相合(りょうむいあいごう)して、萬物皆化(か)して生(しょう)ず。芒(ぼう)乎芴(はつ)乎、而して從(しょう)乎出(い)づ無き哉。芴乎芒乎、而して象(しょう)有る無き哉。萬物職職(しょくしょく)として、皆無爲に從(しょう)りて殖(しょく)す。故に曰く、天地無爲也、而(なん)して無不爲(むふい)也。人孰(たれ)か能く無爲を得んや。

老聃曰:「小子少進,餘語汝三皇五帝之治天下。黃帝之治天下,使民心一,民有其親死不哭而民不非也。堯之治天下,使民心親。民有為其親殺其殺而民不非也。舜之治天下,使民心競,民孕婦十月生子,子生五月而能言,不至乎孩而始誰,則人始有夭矣。禹之治天下,使民心變,人有心而兵有順,殺盜非殺,人自為種而天下耳,是以天下大駭,儒墨皆起。其作始有倫,而今乎婦女,何言哉!餘語汝,三皇五帝之治天下,名曰治之,而亂莫甚焉。三皇之知,上悖日月之明,下睽山川之精,中墮四時之施。其知憯於𧓽蠆之尾,鮮規之獸,莫得安其性命之情者,而猶自以為聖人,不可恥乎?其無恥也?」

莊子妻死(さいし)。惠子弔(ちょう)之。莊子則ち方に箕踞(ききょ)して盆(ぼん)を鼓(こ)して歌(か)せり。

子貢蹴蹴然立不安。

惠子曰く、人與居(じょ)して、長(ちょう)子老身(ちょうしろうしん)、死(し)て哭(こく)せざる亦(ま)た足矣。又盆を鼓して歌ふは、不(ふ)亦(ま)た甚(じん)ならず乎(こ)、と。

孔子謂老聃曰:「丘治《詩》、《書》、《禮》、《樂》、《易》、《春秋》六經,自以為久矣,孰知其故矣,以奸者七十二君,論先王之道而明周召之跡,一君無所鉤用。甚矣夫!人之難說也,道之難明邪?」

莊子曰く、不然。是(か)れ其の始(し)死する也、我獨(ひと)り何(なん)ぞ能く慨然(がいぜん)無(な)からん。其の始を察(さつ)すれば、而(なん)して本(もと)無生(むせい)なり。非徒(ひと)り無生也、而して本無形(むけい)なり。非徒り無形也、而して本無氣(むき)なり。雜(ぞう)乎芒芴(ぼうはつ)之間に、變(へん)而(なん)して氣有り、氣變而して形有り、形變而して生有り。今又變而して之死(し)す。是れ相與(あいとも)に春秋冬夏四時行(しじこう)なり。人且(まさ)に偃然(えんぜん)として巨室(きょしつ)に寢(しん)せむとす。而して我噭噭然(きょうきょうぜん)として隨(ずい)て之を哭す。自ら以て命(めい)に通(つう)ぜずと爲(な)す。故に止(し)る、と。

老子曰:「幸矣子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!今子之所言,猶跡也。夫跡,履之所出,而跡豈履哉!夫白鶂之相視,眸子不運而風化;蟲,雄鳴於上風,雌應於下風而風化;類自為雌雄,故風化。性不可易,命不可變,時不可止,道不可壅。苟得於道,無自而不可;失焉者,無自而可。」

支離叔(しりしゅく)與滑介叔(かつかいしゅく)、冥伯(めいはく)之丘・崑崙之虛に觀(かん)す。黃帝之休(きゅう)する所なり。俄(が)而(に)柳(りゅう)其(き)左肘(さちゅう)に生(しょう)ず。其の意(い)蹶蹶然(けつけつぜん)として之を惡(お)む。

孔子不出三月,復見,曰:「丘得之矣。烏鵲孺,魚傅沫,細要者化,有弟而兄啼。久矣夫丘不與化為人!不與化為人,安能化人!」

支離叔曰く、子之を惡むか、と。

老子曰:「可,丘得之矣!」

滑介叔曰く、亡(な)し。予何をか惡まん。生者は假借(かしゃ)なり。假(か)りて之を生(しょう)ずる者は、生之塵垢(じんこう)なり。死生は晝夜(ちゅうや)なり。且つ吾與子化を觀る。化及(きゅう)我に及べば、我又惡(なん)ぞ惡まんや、と。

莊子、楚に之(ゆ)く。空髑髏(くうどくろ)を見る。髐然(こうぜん)形(けい)有り。撽(きゃく)して馬撾(ばか)を以て、因(よ)りて之に問うて曰く、夫子は生を貪(たん)して理(り)を失い、此れ爲(な)るに至(し)れるか。將(まさ)に亡國之事・斧鉞之誅を遭(あ)いて、此れ爲るに至れるか。將に不善之行有り、父母妻子之醜(しゅう)に愧(き)して、此れ爲るに至れるか。將に凍餒(とうだい)之患有りて、此れ爲るに至れるか。將に春秋(しゅんじゅう)の及ぶところに及ぶか、と。

於是(ここ)に語(ご)卒(そつ)して、髑髏を援(えん)し、枕(ちん)して臥(が)す。夜半(やはん)、髑髏夢(む)に見(けん)して曰く、子之談(だん)は辯士(べんし)に似(に)る。子の言う所を視るに、皆生人之累(るい)なり。死せば則ち此れ無し。子死人之説を聞かんと欲するか、と。

刻意尚行,離世異俗,高論怨誹,為亢而已矣;此山谷之士,非世之人,枯槁赴淵者之所好也。語仁義忠信,恭儉推讓,為修而已矣;此平世之士,教誨之人,遊居學者之所好也。語大功,立大名,禮君臣,正上下,為治而已矣;此朝廷之士,尊主強國之人,致功併兼者之所好也。就藪澤,處閒曠,釣魚閒處,無為而已矣;此江海之士,避世之人,閒暇者之所好也。吹呴呼吸,吐故納新,熊經鳥申,為壽而已矣;此道引之士,養形之人,彭祖壽考者之所好也。

莊子曰く、然(ぜん)、と。

若夫不刻意而高,無仁義而修,無功名而治,無江海而閒,不道引而壽,無不忘也,無不有也,澹然無極而眾美從之。此天地之道,聖人之德也。

髑髏曰く、死は上(じょう)君(くん)無く、下臣(げしん)無く、亦(ま)た四時之事無し。從然(しょうぜん)として天地を以て春秋(しゅんじゅう)と爲(な)す。南面王(なんめんおう)之樂も、過(か)ぐる能(あた)はざるなり、と。

故曰,夫恬淡寂漠虛無無為,此天地之平而道德之質也。故曰,聖人休休焉則平易矣,平易則恬淡矣。平易恬淡,則憂患不能入,邪氣不能襲,故其德全而神不虧。

莊子信(しん)ぜずして曰く、吾れ司命(しめい)をして子之形を復(ふく)せしめ、子に骨肉肌膚(こつにくきふ)を生(しょう)ぜしめ、子を反(かえ)して父母妻子閭里知識(りょりしき)に歸(き)せしめん。子之を欲するか、と。

故曰,聖人之生也天行,其死也物化;靜而與陰同德,動而與陽同波;不為福先,不為禍始;感而後應,迫而後動,不得已而後起。去知與故,循天之理。故無天災,無物累,無人非,無鬼責。其生若浮,其死若休。不思慮,不豫謀。光矣而不耀,信矣而不期。其寢不夢,其覺無憂。其神純粹,其魂不罷。虛無恬惔,乃合天德。

髑髏深矉(しんぴん)蹙頞(しゅくあく)して曰く、吾安(なん)ぞ能く南面王樂を棄てて、復た人間之勞(ろう)と爲(な)らんや、と。

故曰,悲樂者,德之邪;喜怒者,道之過;好惡者,德之失。故心不憂樂,德之至也;一而不變,靜之至也;無所於忤,虛之至也;不與物交,惔之至也;無所於逆,粹之至也。故曰:形勞而不休則弊,精用而不已則勞,勞則竭。

顏淵、東に之齊(せい)に之かんとす。孔子憂色(ゆうしょく)有り。子貢下席(げせき)して問うて曰く、小子敢へて問はん。回、東に之齊に之かんとす。夫子憂色有る。何ぞ邪、と。

水之性,不雜則清,莫動則平;鬱閉而不流,亦不能清,天德之象也。故曰:純粹而不雜,靜一而不變,惔而無為,動而以天行,此養神之道也。夫有幹越之劍者,柙而藏之,不敢用也,寶之至也,精神四達並流,無所不極,上際於天,下蟠於地,化育萬物,不可為象,其名為同帝。

孔子曰く、善なる哉、女(なんじ)之問(もん)や。昔者管子(かんし)有言(ゆうげん)、丘甚(じん)に之を善(ぜん)と爲(な)す。曰く、褚小(ちょしょう)なる者は、以て大を懷(かい)す可からず。緶短(べんたん)なる者は、以て深(しん)を汲(きゅう)す可からず。夫の若是(じゃくぜ)の者は、以て命(めい)之成(せい)有りて、形(けい)之適(てき)有りと爲(な)す。損益(そんえき)す可からざるなり。吾恐(おそ)れ、回之齊侯に堯舜黃帝之道を言い、而(なん)して重(おも)に燧人神農之言を以てせんことを。彼將(まさ)に内を求めて得ざらん。得ざれば則ち惑(わく)せん。人惑えば則ち死せん、と。

純素之道,唯神是守。守而勿失,與神為一;一之精通,合於天倫。野語有之曰:「眾人重利,廉士重名,賢人尚志,聖人貴精。」故素也者,謂其無所與雜也;純也者,謂其不虧其神也。能體純素,謂之真人。

且(まつ)し女(なんじ)獨(ひと)り聞(ぶん)かざる邪。昔者海鳥魯郊(ろこう)に止まる。魯侯之を御(ぎょ)し、觴(しょう)を廟(びょう)に施(し)し、九韶(きゅうしょう)を奏(そう)して以て樂(がく)と爲し、太牢(たいろう)を具(ぐ)して以て膳(ぜん)と爲す。鳥乃ち眩視(げんし)憂悲(ゆうひ)して、敢へて一臠(いちれん)を食(しょく)せず、敢へて一杯(いっぱい)を飲せず。三日にして死せり。此れ己を養うを以て鳥を養うなり。鳥を養うを以て鳥を養うに非ざるなり。夫の鳥を養うを以て鳥を養うは、宜(よろ)しく之を深林に棲(せい)せしめ、壇陸(だんりく)に遊ばせ、江湖に浮(ふ)せしめ、鰍鰷(しゅうちょう)を食之(しょくし)、行列に隨(ずい)て止まらしめ、委蛇(いい)に處(お)らしむべし。彼唯(ただ)人言之惡聞(おもん)す。奚(なん)ぞ夫の譊譊(どうどう)を為さん。咸池九韶之樂、之を洞庭之野に張(ちょう)す。鳥之を聞きて飛(ひ)し、獸之を聞きて走(そう)し、魚之を聞きて下(げ)さる。人卒之を聞きて、相與に環(かん)して觀(かん)す。魚水に處りて生(しょう)じ、人水に處りて死す。彼必ず與(とも)に相(あい)異(い)なる。好惡(こうお)異(い)なればなり。故に先聖其の能を一(いつ)ならず、其の事を同(どう)ならず。名は實(じつ)に止(し)まり、義は適(てき)に設(せつ)せらる。是れを條達(じょうたつ)して福持(ふくじ)と謂う。

列子行(こう)して道傍(どうぼう)に食(しょく)す。百歳の髑髏を見る。攓蓬(けんぼう)して之を指(し)して曰く、唯(ただ)予與汝(じょ)と、汝未だ嘗て死せず、未だ嘗て生ぜざるを知る。汝果(か)に養(よう)か。我果に歡(かん)か、と。

種(しゅ)有幾(ゆうき)に、水を得れば則ち㶆(ちょ)と爲(な)る。水土之際を得れば、則ち蛙(あ)之衣(い)と爲る。陵屯(りょうとん)に生ずれば、則ち陵舄(りょうせき)と爲る。陵舄鬱栖(うっせい)を得れば、則ち烏足(うそく)と爲る。烏足之根は蠐螬(せいそう)と爲り、其の葉は胡蝶(こちょう)と爲る。胡蝶胥(しょ)に化(か)して蟲と爲り、竈下(そうか)に生ず。其の狀は脱(だつ)の若(じゃく)く、其の名を鴝掇(こうせつ)と曰う。鴝掇は千日して鳥と爲る。其の名を乾餘骨(かんよこつ)と曰う。乾餘骨之沫(まつ)は斯彌(しび)と爲り、斯彌は食醯(しょくけい)と爲る。頤輅(いろ)食醯に生(しょう)ず。黃軦(こうきょう)九猷(きゅうゆう)に生ず。瞀芮(ぼうぜい)腐蠸(ふけん)に生ず。羊奚(ようけい)は不筍(ふじゅん)久竹(きゅうちく)に比(ひ)し、久竹は青寧(せいねい)を生(しょう)ず。青寧は程(てい)を生ず。程は馬を生ず。馬は人を生ず。人又反(かえ)りて機(き)に入る。萬物皆機に出でて、皆機に入る。

繕性於俗,俗學以求復其初;滑欲於俗,思以求致其明;謂之蔽蒙之民。

達生

古之治道者,以恬養知;生而無以知為也,謂之以知養恬。知與恬交相養,而和理出其性。夫德,和也;道,理也。德無不容,仁也;道無不理,義也;義明而物親,忠也;中純實而反乎情,樂也;信行容體而順乎文,禮也。禮樂徧行,則天下亂矣。彼正而蒙己德,德則不冒。冒則物必失其性也。

達生第十九

古之人,在混芒之中,與一世而得澹漠焉。當是時也,陰陽和靜,鬼神不擾,四時得節,萬物不傷,群生不夭,人雖有知,無所用之,此之謂至一。當是時也,莫之為而常自然。

生之情(じょう)に達する者は、生之所(しょ)無(む)以爲(い)を務めず。命之情に達する者は、知(ち)之所無奈何(むないか)を務めず。形を養うは必先(ひさ)ぎ物を以てす。物餘(あま)り有りて、而して形養はれざる者有り。生有るは必先ず形を離れず。形離れずして而生(せい)亡(ぼう)する者有り。生之來(らい)は、能く卻(しりぞ)く可からず。其の去は、能く止(し)め可からず。悲(ひ)なる哉。世之人、以て形を養う足りて生を存(そん)すと爲(な)す。而して形を養うは果(か)に生を存するに足らざるならば、則ち世奚(なに)をか足りて爲さん。足らずと雖も、而して爲さざる可からざる者は、其の爲(な)す免(めん)ぜざるなり。

逮德下衰,及燧人伏羲始為天下,是故順而不一。德又下衰,及神農黃帝始為天下,是故安而不順。德又下衰,及唐虞始為天下,興治化之流,𣻏淳散樸,離道以善,險德以行,然後去性而從於心。心與心識知而不足以定天下,然後附之以文,益之以博。文滅質,博溺心,然後民始惑亂,無以反其性情而復其初。

夫の形事(けいじ)を免(めい)せんと欲するは、不若(ふじゃく)世を棄(き)す。世を棄てば則ち無累(むるい)す。無累すれば則ち正平(せいへい)す。正平すれば則ち彼の更生(こうせい)與(とも)にする。更生すれば則ち幾(き)す。事奚ぞ足りて棄つ、生奚ぞ足りて遺(い)せん。事を棄てば則ち形勞(ろう)せず、生を遺れば則ち精虧(き)せず。夫の形全(まった)く精復(ふく)すれば、天與(とも)に一(いつ)と爲らん。天地は萬物之父母なり。合すれば則ち體を成(な)し、分(ぶん)すれば則ち始を成す。形精(けいせい)虧けざれば、是れを能移(のうい)と謂う。精を精(せい)して、又天を輔(ほ)す。

由是觀之,世喪道矣,道喪世矣,世與道交相喪也,道之人何由興乎世,世亦何由興乎道哉!道無以興乎世,世無以興乎道,雖聖人不在山林之中,其德隱矣。

子列子、關尹(かんいん)に問うて曰く、至人(しじん)は行(こう)を潛(せん)して窒(ちつ)せず、火を蹈(とう)して熱(ねつ)せず、萬物之上に行(こう)して慄(りつ)せず。請問(しょうもん)、何以(いい)て此に至る、と。

隱,故不自隱。古之所謂隱士者,非伏其身而弗見也,非閉其言而不出也,非藏其知而不發也,時命大謬也。當時命而大行乎天下,則反一無跡;不當時命而大窮乎天下,則深根寧極而待;此存身之道也。

關尹曰く、是れ純氣之守なり。知巧果敢之列に非ざるなり。居(きょ)れ、吾れ女に語らん。凡(ぼん)そ有貌象聲色(ゆうぼうしょうせいしょく)者は、皆物なり。物與物、何以(いい)て相遠(あいえん)せん。夫の奚(なに)ぞ以て乎(こ)先(せん)と爲(な)すに足らん。是れ唯(ただ)色而已(い)。則ち物之造(ぞう)して不形(ふけい)、乎無所化(むしょか)に止まる。夫の是れ得て而して之を窮める者は、物奚ぞ焉(ここ)に止めん。彼將(まさ)に乎不淫之度に處(お)り、乎無端之紀に藏(ぞう)し、乎萬物之所終始に遊ばん。壹(いつ)して其の性を壹(いち)し、其の氣を養い、其の德を合し、以て乎物之所造に通ぜん。夫の若是(かくのごと)の者は、其の天守(てんしゅ)全(まった)く、其の神郤(きゃく)無く、物奚(なに)ぞ奚(いず)くに入らん。

古之行身者,不以辯飾知,不以知窮天下,不以知窮德,危然處其所而反其性已,又何為哉!道固不小行,德固不小識。小識傷德,小行傷道。故曰,正己而已矣。樂全之謂得志。

夫の醉者之墜車(すいしゃ)や、疾(しつ)すと雖も不死(ふし)す。骨節人與同(こうせつじんよどう)じく、而して犯害(はんがい)人與異(い)なるは、其の神全きなり。乘(じょう)せば亦た知らず、墜(つい)せば亦た知らず。死生驚懼(きょうく)乎(こ)其の胸中に入らず。是故(ぜふ)忤(ご)物而(なん)して不慴(ふしょう)。彼全を酒に得て猶(な)ほ若(も)し是(か)れ。而(なん)して況(いはん)や全を天に得るをや。聖人、天に藏(ぞう)す。故に莫(な)き之を傷(しょう)する能(あた)はざるなり。復讐(ふくしゅう)する者、鏌鎁(もや)を折(せつ)せず。忮心(ししん)有ると雖も、飄瓦(ひょうが)を怨(えん)ぜず。是以(しぜ)天下平均(へいきん)す。故に攻戰之亂(こうせんのらん)無く、殺戮之刑無きは、此の道に由(よ)るなり。

古之所謂得志者,非軒冕之謂也,謂其無以益其樂而已矣。今之所謂得志者,軒冕之謂也。軒冕在身,非性命也,物之儻來,寄者也。寄之,其來不可圉,其去不可止。故不為軒冕肆志,不為窮約趨俗,其樂彼與此同,故無憂而已矣。今寄去則不樂,由(之)[是]觀之,雖樂,未嘗不荒也。故曰,喪己於物,失性於俗者,謂之倒置之民。

人之天を開(かい)せず、而して天之天を開く。天を開く者は德生(とくしょう)す。人を開く者は賊生(ぞくしょう)す。其の天を厭(えん)せず、人に忽(こつ)せざれば、民幾(き)乎(こ)其の真を以てせん、と。

仲尼、楚に適(てき)す。林中(りんちゅう)に出(い)づて、痀僂(くるう)者の承蜩(しょうちょう)を見る。猶(な)ほ掇(てつ)するが若(ごと)し。

仲尼曰く、子巧(こう)なり。道有る邪(や)、と。

秋水時至,百川灌河,涇流之大,兩涘渚崖之間,不辯牛馬。於是焉河伯欣然自喜,以天下之美為盡在己。順流而東行,至於北海,東面而視,不見水端。於是焉河伯始旋其面目,望洋向若而歎曰:「野語有之曰:『聞道百以為莫己若者』,我之謂也。且夫我嘗聞少仲尼之聞而輕伯夷之義者,始吾弗信;今我睹子之難窮也,吾非至於子之門則殆矣,吾長見笑於大方之家。」

曰く、我道有り。五六月(ごろくげつ)、纍丸(るいがん)二(ふた)つして而して墜(つい)せざれば、則ち失ふ者錙銖(ししゅ)なり。三(みつ)纍して墜せざれば、則ち失ふ者十一(じゅういち)なり。五(いつつ)纍して墜せざれば、猶(な)ほ掇(てつ)する之(これ)也。吾れ身を處(お)ること、若(ごと)撅株駒(けつしゅく)の如し。吾れ臂(ひ)を執(しゅう)すること、若(ごと)槁木之枝の如し。天地之大(だい)、萬物之多(た)雖(すえど)も、而して唯(ただ)蜩翼(ちょうよく)之知(ち)。吾不反(ふはん)不側(ふそく)、萬物を以て蜩之翼(よく)に易(か)えず。何(なに)をか爲(な)して而して得ざらん、と。

北海若曰:「井蛙不可以語於海者,拘於虛也;夏蟲不可以語於冰者,篤於時也;曲士不可以語於道者,束於教也。今爾出於崖涘,觀於大海,乃知爾醜,爾將可與語大理矣。天下之水,莫大於海,萬川歸之,不知何時止而不盈;尾閭洩之,不知何時已而不虛;春秋不變,水旱不知。此其過江河之流,不可為量數。而吾未嘗以此自多者,自以比形於天地,而受氣於陰陽,吾在[於]天地之間,猶小石小木之在大山也,方存乎見小,又奚以自多!計四海之在天地之間也,不似礨空之在大澤乎?計中國之在海內,不似稊米之在大倉乎?號物之數謂之萬,人處一焉;人卒九州,穀食之所生,舟車之所通,人處一焉;此其比萬物也,不似豪末之在於馬體乎?五帝之所連,三王之所爭,仁人之所憂,任士之所勞,盡此矣。伯夷辭之以為名,仲尼語之以為博,此其自多也,不似爾向之自多於水乎?」

孔子、顧(かえ)りて弟子に謂(い)いて曰く、志(し)を用(もち)ふるに分(ふん)せざれば、乃ち神に凝(ぎょう)す。其(き)痀僂丈人(くるうじょうじん)之謂(い)う邪(や)、と。

河伯曰:「然則吾大天地而小豪末,可乎?」

顏淵、仲尼に問うて曰く、吾嘗(つね)て乎觴深(しょうしん)之淵を濟(せい)す。津人(しんじん)、舟を操(そう)すること神(しん)の若(ごと)し。吾之に問うて曰く、操舟(そうしゅう)は學ぶ可き邪、と。曰く、可なり。善游(ぜんゆう)する者は數(しゅく)にして能(のう)す。若(にゃく)夫の善沒(ぜんぼつ)する者は、未だ嘗て舟を見ずして而して舟を操(あやつ)る、と。吾之に問へども而して吾に告げざるなり。敢へて何を謂うか問はん、と。

北海若曰:「否。夫物,量無窮,時無止,分無常,終始無故。是故大知觀於遠近,故小而不寡,大而不多:知量無窮。證曏今故,故遙而不悶,掇而不跂,知時無止;察乎盈虛,故得而不喜,失而不憂,知分之無常也;明乎坦塗,故生而不說,死而不禍,知終始之不可故也。計人之所知,不若其所不知;其生之時,不若未生之時;以其至小求窮其至大之域,是故迷亂而不能自得也。由此觀之,又何以知(毫)[豪]末之足以定至細之倪!又何以知天地之足以窮至大之域!」

仲尼曰く、善游する者は數にして能くす。若(にゃく)夫の善沒する者の未だ嘗て舟を見ずして而して舟を操るは、彼淵を視ること陵(りょう)の若く、舟之覆(ふく)を視ること、其の車行(しゃこう)之卻(きゃく)の若きなり。覆卻萬方(ふくきゃくばんぽう)乎(こ)前に陳(ちん)すとも、而して乎(こ)其の舍(しゃ)に入る能はず。惡往(おこう)して而して暇(か)ならざらん。瓦(が)を以て注(ちゅう)する者は巧(こう)し、鉤(こう)を以て注する者は憚(たん)し、黃金を以て注する者は殙(こん)す。其の巧は一(いつ)なり。而して矜(きょう)する所有(あ)るは、外を重(ちょう)ぜばなり。凡そ外重き者は、內拙(ないせつ)なり、と。

河伯曰:「世之議者皆曰:『至精無形,至大不可圍。』是信情乎?」

田開之(でんかいし)、周威公を見る。威公曰く、吾聞く、祝腎(しゅくじん)は學生(がくせい)す。吾子祝腎與(とも)に遊ぶ。亦(ま)た何をか之を聞きしや、と。

北海若曰:「夫自細視大者不盡,自大視細者不明。夫精,小之微也;垺,大之殷也,故異便。此勢之有也。夫精粗者,期於有形者也;無形者,數之所不能分也;不可圍者,數之所不能窮也。可以言論者,物之粗也;可以意致者,物之精也;言之所不能論,意之所不能察致者,不期精粗焉。

田開之曰く、開之は帚(そう)を操りて門侍(もんじ)す。亦た何をか夫子に聞くことを得んや、と。

是故大人之行,不出乎害人,不多仁恩;動不為利,不賤門隸;貨財弗爭,不多辭讓;事焉不借人,不多食乎力,不賤貪汙;行殊乎俗,不多闢異;為在從眾,不賤佞諂;世之爵祿不足以為勸,戮恥不足以為辱;知是非之不可為分,細大之不可為倪。聞曰:『道人不聞,至德不得,大人無己。』約分之至也。」

威公曰く、田子無(む)讓(じょう)。寡人願はくは之を聞かん、と。

河伯曰:「若物之外,若物之內,惡至而倪貴賤?惡至而倪小大?」

開之曰く、夫子之言を聞く、善(ぜん)養生(ようせい)者は、牧羊(ぼくよう)の若し。其の後(ご)鞭(べん)して鞭(べん)するを視(み)る、と。

北海若曰:「以道觀之,物無貴賤;以物觀之,自貴而相賤;以俗觀之,貴賤不在己。以差觀之,因其所大而大之,則萬物莫不大;因其所小而小之,則萬物莫不小;知天地之為稊米也,知(毫)[豪]末之為丘山也,則差數覩矣。以功觀之,因其所有而有之,則萬物莫不有;因其所無而無之,則萬物莫不無;知東西之相反而不可以相無,則功分定矣。以趣觀之,因其所然而然之,則萬物莫不然;因其所非而非之,則萬物莫不非;知堯、桀之自然而相非,則趣操覩矣。

威公曰く、何をか謂う、と。

昔者堯舜讓而帝,之噲讓而絕;湯武爭而王,白公爭而滅。由此觀之,爭讓之禮,堯桀之行,貴賤有時,未可以為常也。梁麗可以沖城,而不可以窒穴,言殊器也;騏驥驊騮,一日而馳千里,捕鼠不如狸狌,言殊技也;鴟鵂夜撮蚤,察毫末,晝出瞋目而不見丘山,言殊性也。故曰,蓋師是而無非,師治而無亂乎?是未明天地之理,萬物之情者也。是猶師天而無地,師陰而無陽,其不可行明矣。然且語而不捨,非愚則誣也。帝王殊禪,三代殊繼。差其時,逆其俗者,謂之篡夫;當其時,順其俗者,謂之義[之]徒。默默乎河伯!女惡知貴賤之門,小大之家!」

田開之曰く、魯に單豹(せんひょう)有り。巖居(がんきょ)して水飲(すいいん)し、民利(みんり)與(とも)にせず。行年七十にして、猶お嬰兒之色(えいじのしょく)有り。不幸にして餓虎(がこ)に遇(あ)い、餓虎之を殺(さつ)して食(しょく)せり。張毅(ちょうき)有りて、高門縣薄(こうもんけんぱく)無不(むふ)走(そう)也。行年四十にして、內熱之病(ないねつのびょう)有りて死す。豹は其の內を養うて而して虎其の外を食ふ。毅は其の外を養うて而して病其の內を攻(こう)す。此の二人は、皆其の後鞭(ごべん)を鞭(べん)せざるなり、と。

河伯曰:「然則我何為乎?何不為乎?吾辭受趣舍,吾終奈何?」

仲尼曰く、入りて而して藏(ぞう)する無(な)かれ、出でて而して陽(よう)する無かれ。柴立(さいりつ)其(き)中(ちゅう)央(おう)。三者若(にゃく)得(とく)せば、其の名必ず極(きわ)まらん。夫の畏塗(いと)する者は、十人(じゅうにん)に一人を殺(さつ)すれば、則ち父子兄弟相戒(あいかい)めて、必ず盛(せい)に徒衆(としゅう)を集めて而る後に敢(かん)て出(い)づ。不(ふ)亦た知(ち)ならず乎。人之所(しょ)最(さい)畏(い)るは、衽席之上(じんせきのじょう)、飮食(いんしょく)之間に在るも、而して之を戒(かい)することを知らざる者は、過(か)也、と。

北海若曰:「以道觀之,何貴何賤,是謂反衍;無拘而志,與道大蹇。何少何多,是謂謝施;無一而行,與道參差。嚴乎若國之有君,其無私德;繇繇乎若祭之有社,其無私福;泛泛乎其若四方之無窮,其無所畛域。兼懷萬物,其孰承翼?是謂無方。萬物一齊,孰短孰長?道無終始,物有死生,不恃其成;一虛一滿,不位乎其形。年不可舉,時不可止;消息盈虛,終則有始。是所以語大義之方,論萬物之理也。物之生也,若驟若馳,無動而不變,無時而不移。何為乎,何不為乎?夫固將自化。」

祝宗人(しゅくそうじん)、玄端(げんたん)を以て牢筴(ろうきょう)に臨(りん)し、彘(てい)を説(せつ)いて曰く、女奚(なん)ぞ惡(お)むや死(し)を。吾將(まさ)に女を豢(けん)む三月(さんげつ)、十日戒(じっかい)し、三日齋(さい)し、白茅(はくぼう)を藉(しゃ)きて、女之肩尻(けんきょう)を乎雕俎(ちょうそ)之上に加(か)えん。女之を欲する與(か)、と。彘の爲に謀(ぼ)りて曰く、不如(ふじょ)食(しょく)すに糟糠(そうこう)を以てして、而して其の牢筴之中に錯(さく)せん。自ら爲(な)めば、則ち苟(も)し生(せい)に軒冕之尊(けんべんのそん)有り、死(し)に腞楯(さんじゅん)之上・聚僂之中(じゅるうのなか)を得ば則ち之を爲(な)さん。彘の爲に謀れば、則ち去(きょ)す。自ら爲めば、則ち取る。其の彘に異(い)なる所は何(なん)ぞ也。

河伯曰:「然則何貴於道邪?」

桓公、澤(たく)に田(てん)す。管仲御(ぎょ)す。鬼を見る。公管仲之手を撫(ぶ)して曰く、仲父(ちゅうほ)何をか見る、と。對(たい)して曰く、臣無所見(むしょけん)、と。

北海若曰:「知道者必達於理,達於理者必明於權,明於權者不以物害己。至德者,火弗能熱,水弗能溺,寒暑弗能害,禽獸弗能賊。非謂其薄之也,言察乎安危,寧於禍福,謹於去就,莫之能害也。故曰,天在內,人在外,德在乎天。知天人之行,本乎天,位乎得,蹢䠱而屈伸,反要而語極。」

公反(かえ)る。詒詒(いい)として爲病(いびょう)し、數日出でず。齊士(せいし)皇子告敖(こうしこうごう)有りて曰く、公則ち自ら傷(しょう)す。鬼惡(なん)ぞ能く公を傷せん。夫の忿滀(ふんちく)之氣は、散(さん)して而して反(かえ)らざれば、則ち不足(ふそく)と爲(な)る。上(じょう)して而して下(げ)せざれば、則ち人をして善怒(ぜんど)せしむ。下して而して上せざれば、則ち人をして善忘(ぜんぼう)せしむ。不上不下(ふじょうふげ)にして、中(ちゅう)身に當りて心に當(とう)るれば、則ち病(びょう)と爲る、と。

曰:「何謂天?何謂人?」

桓公曰く、然らば則ち鬼有る與、と。

北海若曰:「牛馬四足,是謂天;落馬首,穿牛鼻,是謂人。故曰,無以人滅天,無以故滅命,無以得殉名。謹守而勿失,是謂反其真。」

曰く、有り。沈(ちん)有履(ゆうり)、竈有髻(そうゆうけい)。戸内之煩壤(はんじょう)には、雷霆(らいてい)之處(お)り。東北方之下(げ)者、倍阿鮭蠪(ばいあかいりょう)之躍(やく)り。西北方之下者、則ち泆陽(いつよう)之處り。水罔象(すいもうぞう)有り、丘崒(きゅうそつ)有り、山夔(さんき)有り、野彷徨(やぼうこう)有り、澤委蛇(たくいい)有り、と。

夔憐蚿,蚿憐蛇,蛇憐風,風憐目,目憐心。

桓公曰く、請(しょう)問(もん)、委蛇之狀(じょう)何(いか)ん、と。

夔謂蚿曰:「吾以一足趻踔而行,予無如矣。今子之使萬足,獨柰何?」

皇子曰く、委蛇は、其の大は轂(こく)の若(じゃく)く、其の長は轅(えん)の若く、紫衣(しい)して朱冠(しゅかん)す。其の爲(な)る物也、雷車之聲を惡聞(おもん)すれば、則ち其の首を捧(ほう)して立(りつ)す。見る之者、殆(たい)乎霸(は)せん、と。

蚿曰:「不然。子不見夫唾者乎?噴則大者如珠,小者如霧,雜而下者不可勝數也。今予動吾天機,而不知其所以然。」

桓公冁然(さんぜん)として笑うて曰く、此れ寡人之所見(しょけん)なり、と。於是正衣冠(せいいかん)して與之坐(ともにざ)す。不終日(ふしゅうじつ)にして、病之去(きょ)するを知らざるなり。

蚿謂蛇曰:「吾以眾足行,而不及子之無足,何也?」

紀渻子(きしょうし)、王の爲(な)めに雞(けい)を養(やしな)ふ。

蛇曰:「夫天機之所動,何可易邪?吾安用足哉!」

十日(じゅうじつ)して問(もん)う。雞已(すで)に乎(こ)可(か)なりや、と。曰く、未だ。方に虛憍(きょきょう)して氣を恃(じ)む、と。

蛇謂風曰:「予動吾脊脅而行,則有似也。今子蓬蓬然起於北海,蓬蓬然入於南海,而似無有,何也?」

十日して又問う。曰く、未だ。猶お嚮影(きょうえい)に應(おう)ず、と。

風曰:「然,予蓬蓬然起於北海而入於南海也,然而指我則勝我,鰌我亦勝我。雖然,夫折大木,蜚大屋者,唯我能也。故以眾小不勝為大勝也。為大勝者,唯聖人能之。」

十日して又問う。曰く、未だ。猶お疾視(しつし)して盛氣(せいき)す、と。

孔子遊於匡,宋人圍之數帀,而絃歌不惙。子路入見,曰:「何夫子之娛也?」

十日して又問う。曰く、幾(き)矣。雞鳴(けいめい)する者有りと雖も、已(すで)に變(へん)無(な)し。之を望(ぼう)むに、木雞(もっけい)に似(じ)たり。其の德全(まった)し。異雞(いけい)敢へて應(おう)ずる無(な)く、反(はん)て走(そう)れり、と。

孔子曰:「來,吾語女。我諱窮久矣,而不免,命也;求通久矣,而不得,時也。當堯舜而天下無窮人,非知得也;當桀紂而天下無通人,非知失也,時勢適然。夫水行不避蛟龍者,漁父之勇也;陸行不避兕虎者,獵夫之勇也;白刃交於前,視死若生者,烈士之勇也;知窮之有命,知通之有時,臨大難而不懼者,聖人之勇也。由處矣!吾命有所制矣。」

孔子、呂梁(りょりょう)を觀(かん)す。縣水(けんすい)三十仞(さんじゅうじん)、流沫(りゅうまつ)四十里(しじゅうり)。鼋鼉(げんだ)魚鱉(ぎょへつ)之所能游(ゆう)せざるなり。一丈夫(いちじょうふ)の之に游(ゆう)するを見る。以て苦(く)有りて死せんと欲する者と爲(な)す。弟子をして竝(へい)流(りゅう)して之を拯(じょう)せしむ。數百步(すうひゃくほ)して而(なん)して出(い)づ。被髮(ひはつ)行歌(こうか)して、塘下(とうげ)に游(ゆう)せり。

無幾何,將甲者進,辭曰:「以為陽虎也,故圍之。今非也,請辭而退。」

孔子從(しょう)りて之に問うて曰く、吾子を以て鬼(き)と爲(な)せり。察(さつ)すれば則ち人なり。請問(しょうもん)、蹈水(とうすい)有道(ゆうどう)乎、と。

公孫龍問於魏牟曰:「龍少學先王之道,長而明仁義之行;合同異,離堅白;然不然,可不可;困百家之知,窮眾口之辯;吾自以為至達已。今吾聞莊子之言,汒焉異之。不知論之不及與,知之弗若與?今吾無所開吾喙,敢問其方。」

曰く、亡(な)し。吾道無(な)し。吾乎故(こ)に始(し)め、乎性(せい)に長(ちょう)し、乎命(めい)に成(じょう)ず。齊(せい)與(とも)に入り、汩(こつ)與に偕(かい)に出づ。水之道に從(したが)いて而して私(し)を爲(な)さざるなり。此れ吾之所以蹈水なり、と。

公子牟隱机大息,仰天而笑曰:「子獨不聞夫埳井之鼃乎?謂東海之鱉曰:『吾樂與!出跳梁乎井幹之上,入休乎缺甃之崖;赴水則接腋持頤,蹶泥則沒足滅跗;還虷蟹與科斗,莫吾能若也。且夫擅一壑之水,而跨跱埳井之樂,此亦至矣。夫子奚不時來入觀乎?』東海之鱉左足未入,而右膝已縶矣。於是逡巡而卻,告之海曰:『夫千里之遠,不足以舉其大;千仞之高,不足以極其深。禹之時十年九潦,而水弗為加益;湯之時八年七旱,而崖不為加損。夫不為頃久推移,不以多少進退者,此亦東海之大樂也。』於是埳井之鼃聞之,適適然驚,規規然自失也。

孔子曰く、何をか乎故に始まり、乎性に長じ、乎命に成(じょう)ずると謂う、と。

且夫知不知是非之竟,而猶欲觀於莊子之言,是猶使蚊負山,商蚷馳河也,必不勝任矣。且夫知不知論極妙之言,而自適一時之利者,是非埳井之鼃與?且彼方跐黃泉而登大皇,無南無北,奭然四解,淪於不測;無東無西,始於玄冥,反於大通。子乃規規然而求之以察,索之以辯,是直用管闚天,用錐指地也,不亦小乎!子往矣!且子獨不聞夫壽陵餘子之學於邯鄲與?未得國能,又失其故行矣,直匍匐而歸耳。今子不去,將忘子之故,失子之業。」

曰く、吾陵(りょう)に生(しょう)じて陵に安(あん)んずるは、故なり。水に長(ちょう)じて水に安んずるは、性なり。吾之所以然を知らずして然(ぜん)たるは、命なり、と。

公孫龍口呿而不合,舌舉而不下,乃逸而走。

梓慶(しけい)、木を削(さく)して爲(な)す鐻(きょ)。鐻成(じょう)じて、見る者は驚(きょう)して猶鬼神(ゆうきしん)の如(じょ)し。魯侯見て之に問うて曰く、子何術(なんのじゅつ)を以て之を爲(な)せし與、と。

莊子釣於濮水,楚王使大夫二人往先焉,曰:「願以境內累矣!」

對(たい)して曰く、臣は工人(こうじん)なり。何の術か有らん。雖然、有一(ゆいち)焉。臣將に鐻を爲(な)さんとす。未だ嘗て敢へて氣を耗(こう)せず。必ず齋(さい)して以て心を靜(せい)す。齋(さい)三日にして、而して敢へて慶賞爵祿(けいしょうしゃくろく)を懷(かい)せず。齋五日にして、敢へて非譽巧拙(ひよこうせつ)を懷せず。齋七日にして、輒(ちゃく)然(ぜん)として吾有四肢形體(ゆうししけいたい)を忘る。當是の時也、公朝(こうちょう)無(な)し。其の巧專(せん)して而外滑消(げわいしょう)す。然る後に山林に入りて、天性を觀(かん)す。形軀(けいく)至(し)れば、然る後に成(せい)見(けん)す。然る後に加手(かしゅ)す。不然(ふぜん)なれば則ち已(い)る。則ち天を以て天に合(ごう)す。器之所以疑神(ぎしん)するは、其(き)是(ぜ)與(よ)、と。

莊子持竿不顧,曰:「吾聞楚有神龜,死已三千歲矣,王巾笥而藏之廟堂之上。此龜者,寧其死為留骨而貴乎?寧其生而曳尾於塗中乎?」

東野稷(とうやしょく)、御(ぎょ)を以て莊公に見えんとす。進退中繩(しんたいちゅうじょう)して、左右旋中規(さうせんちゅうき)す。莊公以て文弗過(ぶんふつか)也と爲(な)し、之を使之鉤百(こうひゃく)して而して反(かえ)らしむ。

二大夫曰:「寧生而曳尾塗中。」

顏闔(がんこう)之に遇(あ)い、入りて見えて曰く、稷之馬將に敗(はい)せん、と。公黙(もく)して而して應(おう)ぜず。

莊子曰:「往矣!吾將曳尾於塗中。」

少焉(しょうえん)、果(か)に敗れて而して反(かえ)る。公曰く、子何以(いい)て之を知れしや、と。

惠子相梁,莊子往見之。或謂惠子曰:「莊子來,欲代子相。」於是惠子恐,搜於國中三日三夜。

曰く、其の馬力竭(りょくけつ)す。而して猶お之を求む。故に曰く敗なり、と。

莊子往見之,曰:「南方有鳥,其名為鵷鶵,子知之乎?夫鵷鶵,發於南海而飛於北海,非梧桐不止,非練實不食,非醴泉不飲。於是鴟得腐鼠,鵷鶵過之,仰而視之曰:『嚇!』今子欲以子之梁國而嚇我邪?」

工倕(こうすい)、旋(せん)して而して蓋規矩(かいきく)す。指與物化(しよぶつか)して、而して心稽(しんけい)を以てせず。故に其の靈臺(れいたい)一(いつ)にして而して桎(しつ)せず。足を忘れれば屨之適(くのてき)也、要(よう)を忘れれば帶之適也。是非を忘れて知(ち)ざれば、心之適也。內不變(ないふへん)にして、外不從(げふじゅう)す。事會(じかい)之適なり。始(し)乎適にして未だ嘗て不適(ふてき)ならざるは、忘適之適(ぼうてきのてき)なり。

莊子與惠子遊於濠梁之上。

孫休(そんきゅう)有り。踵門(しょうもん)して詫(た)して子扁慶子(しへんけいし)に問うて曰く、休鄉里(きょうり)に居(きょ)して、不修(ふしゅう)と謂(い)はれず、難(なん)に臨(りん)して、不勇(ふゆう)と謂はれず。然而(しかしなが)るに田(てん)は乎不遇歲(ふぐうさい)、事(じ)は乎不遇世(ふぐうせい)に遇(あ)えり。鄉里に賓(ひん)せられ、州部(しゅうぶ)に逐(ちく)せらる。則ち胡(なん)ぞ天に罪(ざい)有らん。休惡(なん)ぞ此の命を遇ふる、と。

莊子曰:「鯈魚出游從容,是魚之樂也。」

扁子曰く、子獨(ひと)り聞(ぶん)かざりしや、夫の至人之自行(じこう)を。其の肝膽(かんたん)を忘れ、其の耳目(じもく)を遺(い)し、芒然(ぼうぜん)彷徨(ほうこう)乎(こ)塵垢之外(じんこうのそと)、逍遙乎無事之業(むじのぎょう)。是れ爲而(いいなん)不恃(ふじ)、長而(ちょうなん)不宰(ふさい)と謂う。今汝(なんじ)知(ち)を飾(しょく)して愚(ぐ)を驚(きょう)し、身を修(しゅう)して汚(お)を明(めい)にし、昭昭乎(しょうしょうこ)若(ごと)く日月を揭(けい)して行(こう)するが如し。汝の形軀を全(まった)くし、九竅(きゅうきょう)を具(ぐ)し、中夭(ちゅうよう)於(お)聾盲跛蹇(ろうもんはけん)して人數(にんすう)に比(ひ)せらるる無きは、而して幸(こう)なり。又何(なに)ぞ暇(か)有りて天を怨(えん)ぜん。子往(おう)け、と。

惠子曰:「子非魚,安知魚之樂?」

孫子出づ。扁子入る。坐(ざ)すること有間(ゆうかん)、仰(ぎょう)して天を嘆(たん)す。弟子問うて曰く、先生何(なに)をか爲(な)して嘆(たん)ずる、と。

莊子曰:「子非我,安知我不知魚之樂?」

扁子曰く、向者(こうじゃ)休來れり。吾至人之德を告げし也。吾恐(おそ)れ其の驚きて而して遂(つい)に惑(わく)せんことを、と。

惠子曰:「我非子,固不知子矣;子固非魚也,子之不知魚之樂,全矣!」

弟子曰く、不然(ふぜん)。孫子之所言是(ぜ)なり、則ち先生之所言非(ひ)なり。非者固(もと)より能く是を惑(わく)する能(あた)はざるなり。孫子之所言非なり、則ち先生之所言是なり。彼固より惑うて而して來(き)たる。又奚(なに)ぞ罪(ざい)歸(き)せんや、と。

莊子曰:「請循其本。子曰『汝安知魚樂』云者,既已知吾知之而問我,我知之濠上也。」

扁子曰く、不然。昔者鳥有りて魯郊(ろこう)に止まる。魯君説(えつ)し、具太牢(ぐたいろう)して以て之を饗(きょう)し、九韶を奏(そう)して以て之を樂(らく)せしむ。鳥乃(こそ)始めて憂悲眩視(ゆうひげんし)し、敢へて飲食(いんしょく)せず。此れ己を養うを以て鳥を養うと謂うなり。若(にゃく)夫の鳥を養うを以て鳥を養うは、宜(よろ)しく之を深林に棲(せい)せしめ、江湖に浮(ふ)せしめ、委蛇(いい)を食之(しょくし)べし。則ち平陸(へいりく)已(い)矣。今夫の休は、啓窶(けいる)寡聞(かぶん)之民なり。吾至人之德を告ぐるは、譬(ひ)へば猶ほ載鼷鼠(さいげきそ)に車馬を以てし、樂鷃雀(がくえんじゃく)に鐘鼓(しょうこ)を以てするが若し。彼又惡(なん)ぞ驚(きょう)せざらん哉、と。

山木

山木第二十

天下有至樂無有哉?有可以活身者無有哉?今奚為奚據?奚避奚處?奚就奚去?奚樂奚惡?

莊子、山中を行(こう)す。大木を見る。枝葉盛茂(せいも)なり。伐木者(ばつぼくしゃ)其の傍(ぼう)に止まりて而して取らず。其の故を問ふ。曰く、無所可用(むしょかよう)、と。莊子曰く、此の木不材(ふざい)を以て、其の天年を終(しゅう)うるを得たり、と。

夫天下之所尊者,富貴壽善也;所樂者,身安厚味美服好色音聲也;所下者,貧賤夭惡也;所苦者,身不得安逸,口不得厚味,形不得美服,目不得好色,耳不得音聲。若不得者,則大憂以懼,其為形也亦愚哉!

夫子、山に出(い)づ。故人之家(こじんのか)に舍(しゃ)す。故人喜(き)し、竪子(じゅし)に命じて雁(がん)を殺(さつ)して而して烹(ほう)せしむ。竪子請(しょう)うて曰く、其一(そのいち)は能く鳴(めい)す、其一は能く鳴せず。請問、奚(なに)をか殺さん、と。主人曰く、能く鳴せざるを殺せ、と。

夫富者,苦身疾作,多積財而不得盡用,其為形也亦外矣。夫貴者,夜以繼日,思慮善否,其為形也亦疏矣。人之生也,與憂俱生,壽者惽惽,久憂不死,何苦也!其為形也亦遠矣。烈士為天下見善矣,未足以活身。吾未知善之誠善邪?誠不善邪?若以為善矣,不足活身;以為不善矣,足以活人。故曰:「忠諫不聽,蹲循勿爭。」故夫子胥爭之以殘其形,不爭,名亦不成。誠有善無有哉?

明日(みょうじつ)、弟子莊子に問うて曰く、昨日の山中之木は、不材を以て其の天年を終うるを得たり。今主人之雁は、不材を以て死せり。先生將(まさ)に何(いず)れに處(お)らん、と。

今俗之所為與其所樂,吾又未知樂之果樂邪,果不樂邪?吾觀夫俗之所樂,舉群趣者,誙誙然如將不得已,而皆曰樂者,吾未之樂也,亦未之不樂也。果有樂無有哉?吾以無為誠樂矣,又俗之所大苦也。故曰:「至樂無樂,至譽無譽。」

莊子笑うて曰く、周將に乎材與不材之間(ざいふざいのかん)に處らん。材與不材之間は、之に似(じ)て而(なん)して非(ひ)也。故に未免乎累(みめんこるい)也。若(にゃく)夫の道德(どうとく)に乘(じょう)して而して浮遊(ふゆう)するは、則ち不然(ふぜん)。无譽无訾(むよむし)にして、一龍一蛇(いちりゅういちだ)して、時に與(とも)に化(か)して、而して一爲(いちい)に專(せん)せず。一上一下(いちじょういちげ)して、和を以て量(りょう)と爲(な)す。浮遊乎萬物之祖(ばんぶつのそ)。物を物(ぶつ)して、而して物に物せられず。則ち胡(なん)ぞ累(るい)有るを得んや。此れ神農黃帝之法則(ほうそく)なり。若(にゃく)夫の萬物之情(じょう)・人倫之傳(でん)は、則ち不然。合(ごう)すれば則ち離(り)し、成(じょう)ずれば則ち毀(き)す。廉(れん)すれば則ち挫(ざ)し、尊(そん)すれば則ち議(ぎ)す。有爲(ゆうい)すれば則ち虧(き)し、賢(けん)すれば則ち謀(ぼう)られ、不肖(ふしょう)すれば則ち欺(ぎ)せらる。胡ぞ必(ひつ)を得ん哉。悲(ひ)夫(ふ)。弟子志(し)せ、其の道德之鄕(きょう)のみ、と。

天下是非果未可定也。雖然,無為可以定是非。至樂活身,唯無為幾存。請嘗試言之。天無為以之清,地無為以之寧。故兩無為相合,萬物皆化生。芒乎芴乎,而無從出乎!芴乎芒乎,而無有象乎!萬物職職,皆從無為殖。故曰,天地無為也而無不為也,人也孰能得無為哉!

市南宜僚(しなんぎりょう)、魯侯を見る。魯侯憂色(ゆうしょく)有り。市南子曰く、君憂色有る。何(なん)ぞ也、と。

莊子妻死,惠子弔之,莊子則方箕踞鼓盆而歌。

魯侯曰く、吾先王之道を學び、先君之業を修(しゅう)す。吾鬼を敬(けい)し賢を尊(そん)び、親(しん)而行(こう)し、無須臾(むしゅゆ)離居(りきょ)す。然(しか)も不免於患(ふめんこかん)。吾是(ぜ)を以て憂(ゆう)う、と。

惠子曰:「與人居,長子老身,死不哭亦足矣,又鼓盆而歌,不亦甚乎!」

市南子曰く、君之除患(じょかん)之術(じゅつ)淺(せん)矣。夫の豊狐文豹(ほうこぶんぴょう)は、山林に棲(せい)し、岩穴(がんけつ)に伏(ふく)す。靜(せい)也。夜行晝居(やこうちゅうきょ)は、戒(かい)也。飢渴困約(きかつくんやく)すと雖も、猶お旦(たん)胥(そ)して乎江湖之上(こうこのじょう)に疏(そ)して而して食(しょく)を求む。定(じょう)也。然も且つ不免於罔羅機辟之患(ぼうらきへきのかん)。是(か)れ何罪之有(なんのざいのゆう)。其の皮爲之災(がいしのわざわい)なり。今魯國は獨(ひと)り非(ひ)君之皮邪(や)。吾願(がん)君刳形(くけい)去皮(きょひ)し、灑心(さいしん)去欲(きょよく)して、而して无人之野(むじんのや)に遊ばん。南越有邑(なんえつゆうえつ)、名を建德之國(けんとくのこく)と曰う。其の民愚(ぐ)而(なん)朴(ぼく)、少私而寡欲(しょうしえんかよく)し、作(さく)を知りて藏(ぞう)を知らず、與(よ)して而して其の報(ほう)を求めず。義之所適(しょてき)を知らず、禮之所將(しょしょう)を知らず。猖狂妄行(しょうきょうぼうこう)して、乃ち大方(だいほう)を蹈(とう)む。其の生は樂(らく)す可(か)し、其の死は葬(そう)す可し。吾願君國を去(きょ)り、俗を捐(えん)して、道與(とも)相輔(あいほ)して行(こう)せん、と。

莊子曰:「不然。是其始死也,我獨何能無概然!察其始而本無生,非徒無生也,而本無形,非徙無形也而本無氣。雜乎芒芴之間,變而有氣,氣變而有形,形變而有生。今又變而之死。是相與為春秋冬夏四時行也。人且偃然寢於巨室,而我噭噭然隨而哭之,自以為不通乎命,故止也。」

君曰く、彼其道遠(どうえん)而(なん)險(けん)、又有江山(ゆうこうさん)有り。我无舟車(むしゅうしゃ)。奈何(いか)せん、と。

支離叔與滑介叔觀於冥伯之丘,崑崙之虛,黃帝之所休。俄而柳生其左肘,其意蹶蹶然惡之。

市南子曰く、君無(む)倨形(こけい)、無留居(るきょ)せよ。以て君之車輿(しゃよ)と爲(な)せ、と。

支離叔曰:「子惡之乎?」

君曰く、彼其道幽遠(ゆうえん)而(なん)无人(むじん)。吾誰(たれ)と與(とも)隣(りん)と爲(な)らん。吾无糧(むりょう)、我无食(むしょく)。安(なん)ぞ得(え)て而至(し)せん邪、と。

滑介叔曰:「亡,予何惡!生者,假借也。假之而生生者,塵垢也。死生為晝夜。且吾與子觀化而化及我,我又何惡焉!」

市南子曰く、君之費(ひ)を少(しょう)にし、君之欲を寡(か)にせば、雖无糧(すいむりょう)而(なん)乃(だい)足(そく)せり。君乎江に涉(しょう)して海に浮(ふ)せば、之を望(ぼう)むに崖(がい)を見ず。愈往(ゆおう)して而して其の窮(きゅう)を知らず。君を送る者、皆崖に自(よ)りて反(かえ)る。君此れ自り遠(えん)矣。故有人者(ゆうじんしゃ)累(るい)有り。見(けん)有於人者(ゆうこじんしゃ)憂(ゆう)有り。故堯は人を有せず、人に有せられず。吾願君之累を去り、君之憂を除(じょ)して、而して獨(ひと)り道與(とも)大莫之國(だいばくのこく)に遊ばん。方舟(ほうしゅう)して而して河を濟(せい)す。虛船(きょせん)來りて觸(しょく)舟(しゅう)す。雖(すえど)褊心(へんしん)之人、不怒(ふぬ)す。有一人(いちにん)其上(じょう)に在れば、則ち呼(こ)張歙(ちょうきゅう)を呼(こ)す。一呼(いっこ)して而して聞(ぶん)ぜざれば、再呼(さいこ)して而して聞ぜざれば、於是(ここ)に三呼(さんこ)す。則ち必ず惡聲(あくせい)を以て之に隨(ずい)す。向(きょう)も不怒、而(なん)今怒(ぬ)。向も虛(きょ)、而今實(じつ)。人能(あた)は虛己(きょき)して以て世に遊ばば、孰(たれ)か能く之を害(がい)せん。

莊子之楚,見空髑髏,髐然有形,撽以馬捶,因而問之,曰:「夫子貪生失理,而為此乎?將子有亡國之事,斧鉞之誅,而為此乎?將子有不善之行,愧遺父母妻子之醜,而為此乎?將子有凍餒之患,而為此乎?將子之春秋故及此乎?」

北宮奢(ほくきゅうしゃ)、衛靈公の爲(な)めに賦斂(ふれん)して以て鐘(しょう)と爲(な)す。乎(こ)郭門之外(かくもんのそと)壇(だん)を爲(な)す。三月(さんげつ)して而して上下之縣(じょうげのけん)成(じょう)ず。

於是語卒,援髑髏,枕而臥。夜半,髑髏見夢曰:「子之談者似辯士,視子所言,皆生人之累也,死則無此矣。子欲聞死之說乎?」

王子慶忌(おうしけいき)之を見て而して之に問うて曰く、子何術(なんのじゅつ)之設(せつ)けしや、と。

莊子曰:「然。」

奢曰く、一之間(いちのかん)无(な)敢へて設(せつ)けず。奢聞(ぶん)く、既(き)彫(ちょう)既琢(たく)、復(ふ)于朴(ほく)に歸(き)す。侗乎(どうこ)其(き)無識(むしき)、儻乎(とうこ)其の怠疑(たいぎ)。萃乎(すいこ)芒乎(ぼうこ)、其の送往(そうおう)而迎來(げいらい)。來る者勿禁(もっきん)、往く者勿止(もっし)。其の彊梁(きょうりょう)に從(じゅう)い、其の曲傅(きょくふ)に隨(ずい)い、其の自窮(じきゅう)に因(いん)す。故に朝夕賦斂(ちょうせきふれん)して、而して毫毛(ごうもう)挫(ざ)せられず。而(なん)して況(いはん)や大塗(だいと)有る者をや、と。

髑髏曰:「死,無君於上,無臣於下,亦無四時之事,從然以天地為春秋,雖南面王樂,不能過也。」

孔子、陳蔡之間(ちんさいのかん)に圍(い)められて、七日不火食(ふかしょく)。

莊子不信,曰:「吾使司命復生子形,為子骨肉肌膚,反子父母妻子閭裡知識,子欲之乎?」

大公任(たいこうにん)往きて弔(ちょう)して曰く、子幾(き)死(し)せんとす、と。曰く、然(ぜん)、と。

髑髏深矉蹙頞曰:「吾安能棄南面王樂而復為人閒之勞乎!」

子惡(お)む邪死を、と。曰く、然、と。

顏淵東之齊,孔子有憂色。子貢下席而問曰:「小子敢問,回東之齊,夫子有憂色,何邪?」

任曰く、予嘗(こころ)みに不死之道を言はん。東海鳥有り、名を意怠(いだい)と曰う。其(き)之爲(な)る鳥也、翂翂(ふんふん)翐翐(てつてつ)して、而(なん)无(な)能(のう)の似(じ)たり。引援(いんえん)して而して飛(ひ)し、迫脅(はくきょう)して而して棲(せい)す。進(しん)みて敢へて前(ぜん)と爲(な)らず、退(たい)して敢へて後(こう)と爲らず。食(しょく)して敢へて嘗(しょう)せず、必ず其の緒餘(しょよ)を取る。是故(ぜふ)其の行列(ぎょうれつ)不斥(ふせき)して、而して外人卒(そつ)不得害(ふとくがい)。是以(しぜ)於患(おかん)を免(めん)す。直木(ちょくぼく)先(せん)に伐(ばつ)せられ、甘井(かんせい)先に竭(けつ)す。子其の意(い)は、知(ち)を飾(しょく)して愚を驚し、身を修して汚を明にし、昭昭乎若(ごと)く日月を揭(けい)して而行(にこう)す。故に不免(ふめん)なり。昔者吾聞く大成之人(だいせいのじん)に曰く、自伐者(じばつしゃ)无功(むこう)、功成者堕(こうせいじゃだ)、名成者虧(めいせいじゃき)、と。孰(たれ)か能く功與名を去(きょ)りて、而して還(かん)衆人(しゅうじん)に與(よ)せん。道流(どうりゅう)して而(なん)明居(めいきょ)せず、得(とく)て而して名(めい)に處(お)らず。純純常常(じゅんじゅんじょうじょう)として、乃ち狂(きょう)に比(ひ)す。削迹捐勢(さくせきえんせい)して、功名(こうみょう)を爲(な)さず。是故无責於人(むせきこじん)、人亦无責焉(じんえむせきえん)。至人(しじん)不聞(ふぶん)。子何(なに)をか喜(き)と爲(な)す邪、と。

孔子曰:「善哉汝問!昔者管子有言,丘甚善之,曰:『褚小者不可以懷大,綆短者不可以汲深。』夫若是者,以為命有所成而形有所適也,夫不可損益。吾恐回與齊侯言堯舜黃帝之道,而重以燧人神農之言。彼將內求於己而不得,不得則惑,人惑則死。

孔子曰く、善(ぜん)哉、と。其の交遊(こうゆう)を辭(じ)し、其の弟子を去(きょ)り、大澤(たいたく)に逃(とう)す。衣裘褐(いきゅうかつ)、食杼栗(しょくしょりつ)。獸に入りて其の羣(ぐん)を亂(らん)せず、鳥に入りて其の行(こう)を亂せず。鳥獸不惡(ふお)人、而(なん)況(いはん)や人乎、と。

且女獨不聞邪?昔者海鳥止於魯郊,魯侯御而觴之於廟,奏九韶以為樂,具太牢以為膳。鳥乃眩視憂悲,不敢食一臠,不敢飲一杯,三日而死。此以己養養鳥也,非以鳥養養鳥也。夫以鳥養養鳥者,宜棲之深林,遊之壇陸,浮之江湖,食之鰌䱔,隨行列而止,委虵而處。彼唯人言之惡聞,奚以夫譊譊為乎!咸池九韶之樂,張之洞庭之野,鳥聞之而飛,獸聞之而走,魚聞之而下入,人卒聞之,相與還而觀之。魚處水而生,人處水而死,彼必相與異,其好惡故異也。故先聖不一其能,不同其事。名止於實,義設於適,是之謂條達而福持。」

孔子、子桑雽(しそうこ)に問うて曰く、吾魯に再逐(さいちく)せられ、宋に樹(じゅ)を伐(ばつ)せられ、衛に迹(せき)を削(さく)せられ、商周に窮(きゅう)し、陳蔡之間に圍めらる。吾此の數患(すうかん)を犯(おか)し、親交益(えき)疏(そ)し、徙友(しゆう)益散(さん)ず。奚(なに)に與(か)、と。

列子行食於道從,見百歲髑髏,攓蓬而指之曰:「唯予與汝知而未嘗死,未嘗生也。若果養乎?予果歡乎?」

子桑雽曰く、子獨り假人(かじん)之亡(ぼう)を聞かざりし邪。林回(りんかい)、千金之璧(せんきんのへき)を棄(き)て、赤子(せきし)を負(ふ)して趨(すう)す。或(ある)曰く、其の布(ふ)を爲(な)しや。赤子之布寡(か)矣。其の累(るい)を爲しや。赤子之累多(た)矣。千金之璧を棄て、赤子を負して趨す。何(なに)をか爲(な)す也、と。林回曰く、彼は以利合(いりごう)するなり、此れ以天屬(いてんぞく)するなり、と。夫の以利合する者は、窮禍患害(きゅうかかんがい)に迫(せま)れば、相棄(あいき)す。以天屬する者は、窮禍患害に迫れば、相收(あいしゅう)す。夫の相收與(あいしゅうよ)相棄とは、亦(ま)た遠(えん)矣。且(まつ)し君子之交(こう)は淡若水(たんじゃくすい)の若く、小人之交は甘若醴(かんじゃくれい)の若し。君子淡(たん)して以て親(しん)し、小人甘(かん)して以て絕(ぜつ)す。彼无(な)故(こ)を以て合(ごう)する者は、則ち无故を以て離(り)す、と。

種有幾,得水則為㡭,得水土之際則為鼃蠙之衣,生於陵屯則為陵舄,陵舄得鬱棲則為烏足,烏足之根為蠐螬,其葉為胡蝶。胡蝶胥也化而為蟲,生於灶下,其狀若脫,其名為鴝掇。鴝掇千日為鳥,其名為乾餘骨。乾餘骨之沫為斯彌,斯彌為食醯。頤輅生乎食醯,黃軦生乎九猷,瞀芮生乎腐蠸,羊奚比乎不箰,久竹生青寧,青寧生程,程生馬,馬生人,人又反入於機。萬物皆出於機,皆入於機。

孔子曰く、敬(けい)して命(めい)を聞く矣、と。徐行翔佯(じょこうしょうよう)して而(なん)して歸(き)す。學を絕(ぜつ)し書を捐(えん)す。弟子無挹學(むゆうがく)於(お)前(ぜん)、其の愛(あい)益(えき)加進(かしん)せり。

異日(いじつ)、桑雽又曰く、舜之將(まさ)に死せんとする也、乃(だい)禹(う)に命(めい)して曰く、汝(なんじ)戒(かい)之。形(けい)は若(にゃく)緣(えん)に莫(な)し、情(じょう)は若率(そつ)に莫し。緣すれば則ち不離(ふり)、率すれば則ち不勞(ふろう)。不離不勞、則ち文(ぶん)を求めて形(けい)を待(たい)せず。文を求めて形を待たざれば、固(もと)より物(ぶつ)を待(たい)せざるなり、と。

匠石が斉に行き、曲轅に至って、櫟の社の木を見た。その大きさは牛を蔭蔽し、量れば百囲あり、山に臨んで十仞にして後に枝があり、船に造れる旁枝は十数本あった。見る人は市に趨くがごとく、匠伯は顧みず、行って止まらなかった。弟子は飽き足りるまで見て、走って匠石に追いつき、言った、「私が斧斤を執って夫子に随って以来、かつてこれほど美しい材を見たことがありません。先生は肯じて見ず、歩いて止まらないのは、なぜですか」と。言った、「もうよい、言うな。散木だ。これで船を作れば沈み、棺槨を作れば速やかに腐り、器を作れば速やかに毀れ、門戸を作れば脂液が滲み出、柱を作れば蠹が生じる。これは不材の木で、用いるところがない。だからこそこのように長寿なのだ」と。匠石が帰ると、櫟の社が夢に託して言った、「あなたは何をもってわれに比すのか。文木をもってわれに比すのか。あの柤・梨・橘・柚、果蓏の類は、実が熟すれば剥がされ辱められ、大枝は折られ、小枝は扯がれる。これは己の能をもって己の生を苦しめるので、天年を終えず中道で夭折する。自ら世俗の打撃を招いたのだ。物で然らざるはない。しかもわれが用いられないことを求めて久しく、ほぼ死ぬところだったが、今やっと得て、われの大用となった。もしわれにも用があれば、なおこのような大きさがあろうか。しかもあなたとわれは、皆物である。どうしてこのように彼此で物を相見るのか。ほぼ死ぬべき散人のあなたが、どうして散木を知ろうか」と。匠石が覚めてその夢を人に告げた。弟子は言った、「それは無用を取ることを趣としているのに、どうして社となったのですか」と。言った、「黙れ。言うな。それはここに寄託して、己を知らない人に詬病されるに過ぎない。社とならなければ、ほぼ翦られていただろう。しかもそれが保つところは衆人と同じでないのに、義をもってこれを称誉するのは、遠く離れすぎではないか」と。

達生之情者,不務生之所無以為;達命之情者,不務知之所無柰何。養形必先之以物,物有餘而形不養者有之矣。有生必先無離形,形不離而生亡者有之矣。生之來不能卻,其去不能止。悲夫!世之人以為養形足以存生;而養形果不足以存生,則世奚足為哉!雖不足為而不可不為者,其為不免矣。

南伯子綦が商丘に遊んで、一本の大木を見た。特異なところがあって、四匹の馬を繋げた車が千乘あっても、その樹蔭に隠庇されようとしていた。子綦は言った、「これは何の木か。これは必ず特異な材があるのだろう」と。仰いでその細枝を見れば、拳曲して棟梁にすべからず。俯いてその大根を見れば、軸心が裂けて棺槨にすべからず。その葉を舐めれば、口が爛れて傷つく。それを嗅げば、人を狂醉させて三日已まない。子綦は言った、「これは果たして不材の木で、だからこそこのように大きくなった。ああ、神人はこの不材を用いるのだ」と。宋に荊氏という地があって、楸・柏・桑に適す。拱把以上のものは、猿を繫ぐ杭を求める者がそれを伐り、三囲四囲のものは、高名な棟梁を求める者がそれを伐り、七囲八囲のものは、貴人富商の家で全边の棺木を求める者がそれを伐る。だから天年を終えず、中道で斧斤に夭折する。これは材の患いである。だから祭祀で牲を解くとき、額の白い牛、鼻孔の上を向いた豚、痔病のある人は、河に沈めてはならない。これは巫祝がみな知っているので、不祥とする。これがすなわち神人の大祥とするところである。

夫欲免為形者,莫如棄世。棄世則無累,無累則正平,正平則與彼更生,更生則幾矣。事奚足棄而生奚足遺?棄事則形不勞,遺生則精不虧。夫形全精復,與天為一。天地者,萬物之父母也。合則成體,散則成始。形精不虧,是謂能移。精而又精,反以相天。

支離疏という人がいて、顎は臍の中に隠れ、肩は頂より高く、髮髻は天を指し、五管は上にあり、両の大腿は肋となった。衣を縫い旧きを洗えば、口を糊するに足り、米を簸き糠を揚げれば、十人を養うに足った。上が武士を徴すれば、支離はその間で袂を捲り臂を伸ばし、上に大役あれば、支離は常疾あるをもって功役を受けず、上が病者に粟を與えれば、三鍾と十束の薪を受けた。あの形を支離する者すら、なお身を養い天年を終えるに足る。いわんや徳を支離する者をや。

子列子問關尹曰:「至人潛行不窒,蹈火不熱,行乎萬物之上而不慄。請問何以至於此?」

孔子が楚に至ると、楚の狂接輿がその門を過ぎて言った、「鳳よ鳳よ、なんとその徳の衰えたことか。来世は待つべからず、往世は追うべからず。天下に道あれば、聖人は事業を成す。天下に道なければ、聖人は世に生き存えるのみ。方今の時、ただ刑を免れるのみ。福は羽毛より軽いのに、これを載せるを知る者なし。禍は地より重いのに、これを避けるを知る者なし。已めよ已めよ、徳をもって人に臨む。危ないぞ危ないぞ、地を畫して走る。迷陽迷陽、わが行を傷つけるな。わが行は郤曲、わが足を傷つけるな」と。山木は自ら寇を招き、膏火は自ら煎ず。桂は食うべきゆえに伐られ、漆は用うべきゆえに割かれる。人は皆有用の用を知るが、無用の用を知る者なし。

關尹曰:「是純氣之守也,非知巧果敢之列。居,予語女!凡有貌象聲色者,皆物也,物與物何以相遠?夫奚足以至乎先?是色而已。則物之造乎不形而止乎無所化,夫得是而窮之者,物焉得而止焉!彼將處乎不淫之度,而藏乎無端之紀,遊乎萬物之所終始。壹其性,養其氣,合其德,以通乎物之所造。夫若是者,其天守全,其神無郤,物奚自入焉!

德充符

夫醉者之墜車,雖疾不死。骨節與人同而犯害與人異,其神全也,乘亦不知也,墜亦不知也,死生驚懼不入乎其胷中,是故𨕣物而不慴。彼得全於酒而猶若是,而況得全於天乎?聖人藏於天,故莫之能傷也。復讎者不折鏌幹,雖有忮心者不怨飄瓦,是以天下平均。故無攻戰之亂,無殺戮之刑者,由此道也。

魯国に脚を断たれた王駘という者がいて、彼に従って游學する者は仲尼とほぼ同じ数だった。常季が仲尼に問うて言った、「王駘は兀者(脚のない人)ですが、彼に従って游學する者は夫子と魯国を半々に分けています。立って教えず、坐って議せず、虚しく往って実りて帰る。本当に言わざる教え、形なくして心のうちに成すものがあるのですか。これは何者ですか」と。仲尼は言った、「あの方は聖人だ。私はただ遅れてまだ往っていないだけだ。私も將に彼を師としようとしている。まして私に及ばない者ならなおさらだ。魯国だけではない。私は天下を引き連れて彼に従わせよう」と。常季は言った、「彼は兀者なのに先生に勝っている。平庸な人とも懸絶しています。このような者の心の用い方は、一体どのようなものですか」と。仲尼は言った、「死生もまた大きいが、彼はそれと共に変じない。天地が覆り墜ちても、それと共に失われない。假借するところのないものを審らかにして、物と共に遷徙せず、物の変化に任せてその宗を守るのだ」と。常季は言った、「これは何を言うのですか」。仲尼は言った、「相異なる面から見れば、肝と胆も楚と越ほど違う。相同じき面から見れば、万物は皆一である。あのような人は、耳目が宜しいとする所を知らず、心を徳の和に遊ばせ、物を見てその同一の所だけを見て、その喪失する所を見ない。己の足を失ったのを見ること、土の塊を落としたようである」と。常季は言った、「彼は己を修め、その知をもってその心を得、その心をもって常心を得た。ではなぜ物は彼にこれほど歸附するのですか」。仲尼は言った、「人は流水に姿を映さず、止水に映す。ただ止まるものだけが、止まろうとする衆を止められる。命を地に受けて、松柏だけが独り冬夏青青としている。命を天に受けて、舜だけが独り正しい。幸いにも己の生を正し得て、もって衆人の生を正した。あの始初を保つ徵驗、惧れぬ充実は、勇士一人でも雄々しく九軍の中に入る。名を求めようとして自ら求められる者でさえこのようだ。まして天地を主宰し、万物を府藏し、六骸にただ寄寓し、耳目を以て迹象とし、知の知る所を一にして、心がかつて死んだことのない者ならなおさらだ。彼は將に日を擇んで高遠に登らんとする。人はすなわちこれに従う。彼がどうして肯んじて外物を事としようか」と。

不開人之天,而開天之天,開天者德生,開人者賊生。不厭其天,不忽於人,民幾乎以其真!」

申徒嘉は兀者であるが、鄭の子産と共に伯昏無人に師事していた。子産が申徒嘉に言った、「私が先に出ればあなたは留まり、あなたが先に出れば私が留まる」と。その翌日、また同じ堂の同じ席に坐った。子産が申徒嘉に言った、「私が先に出ればあなたは留まり、あなたが先に出れば私が留まる。今私は出ようとしている。あなたは留まりますか、それともまだですか。しかもあなたは執政を見ても回避しない。あなたは執政と対等であろうとするのか」と。申徒嘉は言った、「先生の門下に、執政のこのような者がもともといるのですか。あなたは自分の執政を喜んで他人を後に退ける人ですか。聞くに、『鏡が明るければ塵垢は留まらず、留まれば明るくない。久しく賢人と共に居れば過ちがない』と。今あなたが大とするところは先生なのに、なおこのような言を出すとは、あまりに過ぎるではありませんか」と。子産は言った、「あなたはすでにこのようだ。それなのに堯と善を争おうとする。あなたの徳を量れば、自ら反省するにも足りないのではないか」。申徒嘉は言った、「自分の過ちを陳べて足を失うべきでなかったと思う者は多い。過ちを陳べず足を保つべきでなかったと思う者は少ない。奈何すべからざるを知って安んじて命のごとくするのは、ただ徳ある者だけだ。羿の彀中(弓の射程内)に游ぶ。中央は必中の地だ。それでも中たらないのは命である。人がその両足の全きをもって私の両足の全からざるを笑う者は多く、私は怫然として怒った。だが先生のもとに来れば、怒りは廃然として返る。知らず、先生が善をもって私を洗ったのだろうか。私は夫子と游んで十九年になるが、かつて私が兀者であることを知らなかった。今あなたと私は形骸の内に游んでいるのに、あなたは形骸の外で私を求める。あまりに過ぎるではないか」と。子産は蹵然として容を改め貌を更えて言った、「あなたはもう言わないでください」と。

仲尼適楚,出於林中,見痀僂者承蜩,猶掇之也。

魯国に兀者の叔山無趾という者がいて、踵で歩いて仲尼に見えた。仲尼は言った、「あなたは謹まず、先にすでに患いを犯してこのような境地に至った。今來ても、どうして間に合おうか」と。無趾は言った、「私はただ時務を識らずに我が身を軽く用いたので、足を失いました。今私が来たのは、なお足より尊いものが残っているからです。だから務めてそれを全うしようと思う。天に覆わないものなく、地に載せないものなし。私は夫子を天地と思っていた。どうして夫子がまだこのようだとは知らなかった」と。孔子は言った、「丘は実に浅陋だった。夫子よ、どうか入って、聞いたところを教えてください」と。無趾は出て行った。孔子は言った、「弟子たちよ、勉めよ。あの無趾は兀者だ。なお務めて學んで、前の行いの惡を補おうとする。まして全徳の人ならなおさらだ」と。無趾が老聃に語って言った、「孔丘は至人に対して、まだ至っていないのではないでしょうか。彼はなぜ賓賓然として學子をもって自ら居するのですか。彼はまた詭譎幻怪の名をもって世に聞こえようと求めている。至人がこれを己の桎梏とするのを知らないのですか」と。老聃は言った、「どうして直接、彼に死生を一條とし、可不可を一貫とさせ、その桎梏を解かせないのか。できるだろうか」と。無趾は言った、「天が彼を刑した。どうして解けよう」と。

仲尼曰:「子巧乎!有道邪?」

魯哀公が仲尼に問うて言った、「衛に醜い人がいて、哀駘它という。丈夫が彼と居れば、思慕して離れられず、婦人は彼を見て父母に請うて『人の妻となるよりは、むしろ夫子の妾となりたい』と言う者が、すでに十数人いても止まらない。かつて彼が何かを唱道したと聞かず、常に人に應和するだけだ。人君の位がなくて人の死を救済するでもなく、積聚の祿がなくて人の腹を望ませるでもなく、しかも醜陋をもって天下を驚駭させ、和して唱えず、知は四域を出ないのに、雌雄は皆その前に集まる。これは必ず人と異なるところがある。寡人が召して見れば、果たして醜陋をもって天下を驚駭させる者だった。寡人と居ること一月に至らずして、寡人はその為人に意あるを覚え、一年に至らずして、寡人は彼を信じた。国に宰相がなく、寡人は国を彼に伝えようとしたが、彼は悶然として後になって應え、泛然として辭した。寡人は自分が醜く思えて、ついに国を授けた。ほどなくして、彼は寡人を去って行った。寡人は憂恤して、何かを失ったようで、この国を共に樂しむ人がいないようだ。これは何者だろうか」と。仲尼は言った、「丘もかつて楚に使いして、たまたま豚の子が死んだ母の上で乳を飲んでいるのを見た。しばらくして皆それを棄てて走り去った。己を見なくなったからだ。その類を得なくなったからだ。彼らが母を愛するのは、その形を愛するのではなく、その形を動かすものを愛するのだ。戦死した者は、その葬に棺飾りを用いない。刖刑を受けた者の履物は、これを愛する理由がない。みなその本を失ったからだ。天子の侍御となる者は、爪を剪らず、耳を穿たない。妻を娶った者は外に止まり、再び使われることはない。形の全きですらこのようだ。まして徳を全うする者をや。今哀駘它はまだ言わないうちに信じられ、功なくして親しまれ、人にその国を授けさせ、ただ彼が受けないのを恐れる。これは必ず才が全くして徳が形われない者だ」と。哀公は言った、「何を才全というのか」。仲尼は言った、「死生・存亡・窮達・貧富・賢と不肖・毀譽・飢渴・寒暑は、事の変、命の行である。日夜、目前で相代わるが、知はその始めを窺うことができない。だからあの和を滑らかに乱すには足らず、靈府に入れるべきではない。それを和豫に通じて悦を失わせず、日夜に隙なく物と春となるようにする。これは物に接して時を心に生ずることだ。これを才全という」。「何を徳不形というのか」。言った、「平とは、水が停まることの極みである。それを法度とすることができる。内に保って外に盪れない。徳とは、和を成す修養である。徳が形われないとは、物がそれを離れることができないことだ」。哀公は他日、閔子に告げて言った、「初め私は南面して天下に君臨し、民の紀綱を執ってその死を憂えた。私は至通だと思っていた。今、至人の言を聞いて、おそらく私はその実がなく、軽く我が身を用いて我が国を亡ぼすのではないかと恐れる。私と孔丘とは、君臣ではない。徳友であるだけだ」と。

曰:「我有道也。五六月累丸二而不墜,則失者錙銖;累三而不墜,則失者十一;累五而不墜,猶掇之也。吾處身也,若厥株拘;吾執臂也,若槁木之枝。雖天地之大,萬物之多,而唯蜩翼之知。吾不反不側,不以萬物易蜩之翼,何為而不得。」

闉跂支離無脤が衛靈公を説いた。靈公は彼を悦び、全き人を見れば、その頸はかえって細々と小さく見えた。瓮盎大癭が齊桓公を説いた。桓公は彼を悦び、全き人を見れば、その頸はかえって細々と小さく見えた。だから徳に長ずる所があれば、形に忘れる所がある。人がもし忘るべき所を忘れず、忘るべからざる所を忘れれば、これを誠の忘という。だから聖人には游ぶ所がある。知は孽となり、約は膠となり、徳は接となり、工は商となる。聖人は謀らない。どうして知を用いよう。削らない。どうして膠を用いよう。喪う所がない。どうして徳を用いよう。貨さない。どうして商を用いよう。この四つは天の養いである。天の養いとは、天の食である。すでに食を天に受けた。ならばどうして人を用いよう。人の形はあるが、人の情はない。人の形があるから、人と群を為す。人の情がないから、是非は身に及ばない。眇として小さいのは、人に属する所以である。謷として大きいのは、独りその天を成す所以である。

孔子顧謂弟子曰:「用志不分,乃凝於神,其痀僂丈人之謂乎!」

惠子が荘子に言った、「人は本来、情がないのですか」。荘子は言った、「そうだ」。惠子は言った、「人に情がなければ、どうして人と呼べるのですか」。荘子は言った、「道が彼に貌を与え、天が彼に形を与えた。どうして人と呼ばないことがあろう」。惠子は言った、「すでに人と呼ぶ以上、どうして情がないことがあろうか」。荘子は言った、「それは私の言う情ではない。私の言う情がないとは、人が好惡をもって内にその身を傷つけないことを言う。常に自然(自ら然り、本来然りの意で『大自然』ではない)に因って生を増し益さないのだ」。惠子は言った、「生を増し益さなければ、どうしてその身を保てますか」。荘子は言った、「道が彼に貌を与え、天が彼に形を与えた。好惡をもって内にその身を傷つけるな。今あなたはその神を外に置き、その精を労させ、木に倚って吟じ、枯れた梧桐に據って瞑する。天があなたの形を選んだのに、あなたは堅白の弁をもって鳴く」。

顏淵問仲尼曰:「吾嘗濟乎觴深之淵,津人操舟若神。吾問焉,曰:『操舟可學邪?』曰:『可。善遊者數能。若乃夫沒人,則未嘗見舟而便操之也。』吾問焉而不吾告,敢問何謂也?」

大宗師

仲尼曰:「善遊者數能,忘水也;若乃夫沒人之未嘗見舟而便操之也,彼視淵若陵,視舟之履猶其車卻也。覆卻萬方陳乎前而不得入其舍,惡往而不暇!以瓦注者巧,以鉤注者憚,以黃金注者㱪。其巧一也,而有所矜,則重外也。凡外重者內拙。」

天の為す所を知り、人の為す所を知る者は、至ったと言える。天の為す所を知るとは、天に生まれることだ。人の為す所を知るとは、その知の知り得る所をもってその知の知り得ない所を養い、その天年を終えて中道で夭せないことだ。これは知の盛んである。しかしながら患いがある。知は待つ所があって後に當たるのだが、その待つ所は偏偏まだ定まっていない。どうして私の言う天が人でないと知れよう。言う人が天でないと知れよう。しかも真人あって後に真知がある。

田開之見周威公,威公曰:「吾聞祝腎學生,吾子與祝腎遊,亦何聞焉?」

何を真人というか。古の真人は、寡少に逆らわず、成功をもって雄たらず、事務を謀らない。このような者は、過っても悔いず、當たっても自得しない。このような者は、高きに登っても慄れず、水に入っても濡れず、火に入っても熱くない。これは知が道に升るに至った者がこのようである。古の真人は、寝ても夢を見ず、覚めても憂いなく、食は甘美を求めず、その息は深々としている。真人の息は踵をもってし、衆人の息は喉をもってする。屈服する者は、その咽の言は吐き出すようだ。嗜欲の深い者は、その天機は浅い。古の真人は、生を悦ぶことを知らず、死を惡むことを知らなかった。出ても欣ばず、入っても拒まず、翛然として往き、翛然として来るのみである。始める所を忘れず、終わる所を求めない。受けてこれを喜び、忘れてこれに復る。これを心をもって道を捐てず、人をもって天を助けないという。これを真人という。このような者は、その心は専らで、その容は寂として、その額は寛い。凄然として秋のごとく、煖然として春のごとく、喜怒は四時に通じ、物と宜しくして、その極を知る者はない。だから聖人が兵を用いるとき、国を亡ぼしても人心を失わず、利澤は万世に施しても、人を愛するためではない。だから物に通ずるを樂しむ者は聖人ではない。親疎がある者は仁ではない。天時を待つ者は賢ではない。利害が通じない者は君子ではない。行いを名のためにして己を失う者は士ではない。身を亡くして真でない者は、人を役する者ではない。狐不偕・務光・伯夷・叔齊・箕子・胥餘・紀他・申徒狄のような者は、みな人に役せられる所を役し、人の適う所に適い、自らその適う所に適わない者である。古の真人は、その状貌は巍として朋せず、足りないようでいて承けない。角立っても堅執せず、開かれ空しくして浮華でない。邴邴として喜ぶがごとく、崔として已むべからざるがごとし。色は充実して人を進ませ、徳は寛和して人を留まらせる。厳しく世俗のごとく、高くして制し難いがごとく、連綿として閉藏を好むがごとく、悶然としてその言を忘れたがごとし。刑を以て體とし、禮を以て翼とし、知を以て時とし、徳を以て循とす。刑を以て體とする者は、殺伐もまた綽綽たり。禮を以て翼とする者は、世に行わるる所以である。知を以て時とする者は、事に已むべからざるがある。徳を以て循とする者は、足ある者と俱に丘に至ると言う。しかし人は真に彼を勤行者と思う。だから彼の好む所も一、好まない所も一。その一は一、その不一も一。その一は天と徒を為し、その不一は人と徒を為す。天と人と相勝たないこと、これを真人という。

田開之曰:「開之操拔篲以侍門庭,亦何聞於夫子!」

死生は命である。昼夜の常があるのは天である。人が与ることのできない所は、みな物の実情である。彼らはただ天を父として、その身すらこれを愛する。ましてあの卓然たるものをや。人はただ君が己に勝ると思い、その身すらこれに死する。ましてあの真なるものをや。泉が涸れて、魚が相与に陸に居り、湿気をもって互いに呴き、沫をもって互いに濡らすより、江湖の中で互いに忘れるに如かない。堯を誉めて桀を非とするよりは、両方を忘れてあの道に化するに如かない。大地は形をもって我を載せ、生をもって我を労し、老をもって我を佚にし、死をもって我を息ませる。だから我が生を善くするものは、すなわち我が死を善くする所以である。船を藏して谷に置き、山を藏して沢に置くのは、固いと言える。しかし夜半に力ある者がこれを負って走れば、眠っている者は知らない。小を藏し大を藏しても、それぞれ宜しき所があっても、なお遁げる所がある。もし天下を天下に藏すれば、遁げるべき所はない。これは恒物の大実情である。ただ人の形に遭うだけでなお喜ぶ。人の形のようなものは、萬化してまだ極まりがない。その樂しみはどうして数え尽くせよう。だから聖人は將に物の遁げることのできず皆存する所に游ばんとする。夭を善くし老を善くし、始を善くし終を善くする者を、人はなおこれに傚う。まして萬物の係属する所、一化の待つ所をや。

威公曰:「田子無讓,寡人願聞之。」

道には情があり信がある。為なく形なし。伝えることはできても授けることはできず、得ることはできても見ることはできない。自ら本となり自ら根となる。天地がまだないときから、古より固より存する。鬼神を神とし帝を神とし、天を生じ地を生ず。太極の先にあっても高とせず、六極の下にあっても深とせず。天地に先んじて生まれても久とせず、上古より長くても老としない。狶韋氏はこれを得て天地を挈げ、伏戲はこれを得て氣母を襲い、維斗はこれを得て終古忒らず、日月はこれを得て終古息まず、堪坏はこれを得て崑崙を襲い、馮夷はこれを得て大川に游び、肩吾はこれを得て大山に處り、黃帝はこれを得て雲天に登り、顓頊はこれを得て玄宮に處り、禺強はこれを得て北極に立ち、西王母はこれを得て少廣に坐す。その始めを知る者なく、その終わりを知る者なし。彭祖はこれを得て、上は有虞に及び下は五伯に及んだ。傅說はこれを得て武丁に相い、奄に天下を有し、東維に乘り、箕尾に騎って、列星に比した。

開之曰:「聞之夫子曰:『善養生者,若牧羊然,視其後者而鞭之。』」

莊子は大布(たいふ)を衣て而して補(ほ)す。緳(けい)して係(けい)して魏王を見る。魏王曰く、何(なん)ぞ先生之憊(はい)なり邪(や)、と。

威公曰:「何謂也?」

莊子曰く、貧(ひん)也、非(ひ)憊也。士有道徳(どうとく)有りて而して行(こう)せざるは、憊也。衣弊履決(いへいりけつ)は、貧也、非憊也。此れ所謂(いわゆる)不遭時(ふそうじ)也。王獨(ひと)り夫の騰猿(とうえん)を見ざる邪。其の柟梓豫章(なんしよしょう)を得れば、攬蔓(らんばん)して其の間に王長(おうちょう)す。羿(げい)・蓬蒙(ほうもう)と雖も、不能眄睨(ふのうげいげい)す。其の柘棘枳枸(しゃきょくきく)之間に得ば、危行(きこう)側視(そくし)して、振動悼慄(しんどうとうりつ)す。此れ筋骨(きんこつ)加急(かきゅう)して而(なん)柔(じゅう)ならざるに非ざる也。處勢(しょせい)不便(ふべん)にして、未(ま)だ以て其の能を逞(てい)するに足らざるなり。今夫の昏君亂相(こんくんらんそう)之間に處りて、而して憊れずと欲せば、惡(なん)ぞ可(か)ならん邪。此れ比干之剖心(ぼうしん)に徵(ちょう)する可き也、と。

田開之曰:「魯有單豹者,巖居而水飲,不與民共利,行年七十而猶有嬰兒之色,不幸遇餓虎,餓虎殺而食之。有張毅者,高門縣薄,無不走也,行年四十而有內熱之病以死。豹養其內而虎食其外,毅養其外而病攻其內,此二子者,皆不鞭其後者也。」

孔子、陳蔡之間に窮(きゅう)す。七日不火食。左(さ)は槁木(こうぼく)を據(きょ)し、右(う)は槁枝(こうし)を擊(げき)して、猋氏之風(ぎょうしのふう)を歌う。其の具(ぐ)有りて而して數(すう)無(な)し、其の聲有りて而して宮角(きゅうかく)無し。木聲與人聲(ぼくせいよじんせい)、犁然(れいぜん)として人心(じんしん)に當(とう)る。

仲尼曰:「無入而藏,無出而陽,柴立其中央。三者若得,其名必極。夫畏塗者,十殺一人,則父子兄弟相戒也,必盛卒徒而後敢出焉,不亦知乎!人之所取畏者,袵席之上,飲食之閒,而不知為之戒者,過也!」

顏回端拱(たんこう)還目(かんもく)して而(なん)而(に)之を窺(き)す。仲尼其の己を廣(こう)して造大(ぞうだい)し、己を愛(あい)して造哀(ぞうあい)せんことを恐(おそ)る。曰く、回(かい)、天損(てんそん)を受けざるは易(えき)し、人益(じんえき)を受けざるは難(なん)し。始(し)無(な)而不終(ふしゅう)なり、人與天は一(いつ)也。夫の今之歌う者は其(き)誰(たれ)と爲(な)る邪。

祝宗人玄端以臨牢筴,說彘曰:「汝奚惡死!吾將三月㹖汝,十日戒,三日齊,藉白茅,加汝肩尻乎彫俎之上,則汝為之乎?」為彘謀,曰不如食以糠糟而錯之牢筴之中。自為謀,則苟生有軒冕之尊,死得於腞楯之上、聚僂之中則為之。為彘謀則去之,自為謀則取之,所異彘者何也?

回曰く、敢へて何をか天損を受けざる易しと謂うや、と。

桓公田於澤,管仲御,見鬼焉。公撫管仲之手曰:「仲父何見?」對曰:「臣無所見。」

仲尼曰く、飢渴寒暑(きかつかんしょ)、窮桎(きゅうしつ)不行(ふこう)は、天地之運(うん)行(こう)也、物之泄(せつ)也。言(げん)與之偕逝(かいせい)と謂う之(これ)也。人臣(じんしん)と爲(な)る者は、之を去(きょ)るを敢へてせず。執(しゅう)臣之道(しんのみち)猶(な)ほ若(も)し是(ぜ)。而(なん)況(いはん)や所以待天(しょいだいてん)をや、と。

公反,誒詒為病,數日不出。齊士有皇子告敖者曰:「公則自傷,鬼惡能傷公!夫忿滀之氣,散而不反,則為不足;上而不下,則使人善怒;下而不上,則使人善忘;不上不下,中身當心,則為病。」

何をか人益を受けざる難しと謂う、と。

桓公曰:「然則有鬼乎?」

仲尼曰く、始用(しよう)四達(したつ)して、爵祿竝至(しゃくろくへいし)而不窮(ふきゅう)す。物之所利(しょり)は、乃(だい)己(き)なり。吾之命(めい)の外(げ)に在る者なり。君子不爲盗(ふいとう)、賢人不爲竊(ふいせつ)。吾若(にゃく)之を取らば、奚(なに)爲(い)邪。故に曰く、鳥は知(ち)乎(こ)燕(えん)に莫(な)し。目之所宜(しょぎ)處(お)らざれば、給視(きゅうし)せざる。雖(すえど)落其實(らっきつ)、之を棄(き)て而(なん)而走(そう)す。其の人を畏(い)れて、而して諸(しょ)人間(じんかん)に襲(しゅう)す。社稷(しゃしょく)存(そん)焉(えん)也。

曰:「有。沈有履。灶有髻。戶內之煩壤,雷霆處之;東北方之下者,倍阿鮭蠪躍之;西北方之下者,則泆陽處之。水有罔象,丘有崒,山有夔,野有彷徨,澤有委蛇。」

何をか始無而不終と謂う、と。

公曰:「請問委蛇之狀何如?」

仲尼曰く、化其萬物(かきばんぶつ)而(なん)不知其禪(ふちぜん)之者は、焉(なん)ぞ知(ち)其所終(しょしゅう)を、焉ぞ知其所始を。正(せい)而待(たい)之のみ也。

皇子曰:「委蛇,其大如轂,其長如轅,紫衣而朱冠。其為物也,惡聞雷車之聲,則捧其首而立。見之者殆乎霸。」

何をか人與天一邪と謂う、と。

桓公辴然而笑曰:「此寡人之所見者也。」於是正衣冠與之坐,不終日而不知病之去也。

仲尼曰く、有人(ゆうじん)は天(てん)也。有天は亦(ま)た天也。人之不能有(ゆう)天者は、性(せい)也。聖人晏然(あんぜん)體逝(たいせい)而終(しゅう)矣。

紀渻子為王養鬬雞。

莊周、雕陵之樊(ちょうりょうのはん)に遊ぶ。一異鵲(いちいじゃく)の南より來るを睹(と)す。翼廣七尺(よくこうしちせき)、目大運寸(もくだいうんすん)。周之額(さん)に觸(しょく)して而(なん)栗林(りつりん)に集(しゅう)す。莊周曰く、此れ何(なん)の鳥邪。翼殷(いん)不逝(ふせい)、目大不睹(ふと)。蹇裳(けんしょう)躩步(きゃくほ)して、執彈(しゅうだん)而留(りゅう)す。睹(と)一蟬(せん)方(ほう)に得美蔭(とくびいん)而(なん)忘其身(ぼうきしん)。螳蜋(とうろう)執翳(しゅうえい)而搏(はく)之。得(とく)而忘其形(ぼうきけい)。異鵲從(しょう)而利(り)之。見利而忘其真(ぼうきしん)。莊周怵然(しゅつぜん)曰く、噫(あい)。物固相累(ふつそうるい)、二類(にるい)相召(そうしょう)也。捐彈(えんだん)而反走(はんそう)。虞人(ぐじん)逐(ちく)而誶(すい)之。

十日而問:「雞已乎?」曰:「未也,方虛憍而恃氣。」

莊周反入(はんにゅう)三月(さんげつ)不庭(ふてい)。藺且(りんしょ)從而問之曰く、夫子何爲頃(なんのいきょうけい)甚不庭(じんふてい)邪、と。

十日又問,曰:「未也,猶應嚮景。」

莊周曰く、吾守形(しゅけい)而忘身、濁水(だくすい)を觀(かん)而迷(めい)於清淵(せいえん)。且(まつ)し吾聞(ぶん)諸(しょ)夫子(ふうし)曰く、入其俗、從其令(にゅうごそく、じゅうごれい)也。今吾遊於雕陵而忘吾身、異鵲感吾額(かんががく)、遊於栗林而忘真、栗林虞人以吾爲戮(いがいりく)。吾是以不庭也、と。

十日又問,曰:「未也,猶疾視而盛氣。」

陽子之宋(しそう)、宿於逆旅(ぎゃくりょ)。逆旅人有妾(しょう)二人、其一人美(び)、其一人惡(あく)。惡者貴而美者賤(きせん)。陽子問其故(もんきこ)。逆旅小子對曰く、其美者自美(じび)。吾不知其美也。其惡者自惡(じあく)。吾不知其惡也。

十日又問,曰:「幾矣,雞雖有鳴者,已無變矣,望之似木雞矣,其德全矣。異雞無敢應者,反走矣。」

陽子曰く、弟子記(き)之。行賢而去自賢之行(こうけんえんきょじけんのこう)、安往(あんおう)而不愛哉(ふあいさい)。

孔子觀於呂梁,縣水三十仞,流沫四十里,黿鼉魚鼈之所不能遊也。見一丈夫遊之,以為有苦而欲死也,使弟子並流而拯之。數百步而出,被髮行歌而遊於塘下。

田子方

孔子從而問焉,曰:「吾以子為鬼,察子則人也。請問,蹈水有道乎?」

田子方第二十一

曰:「亡,吾無道。吾始乎故,長乎性,成乎命。與齊俱入,與汩偕出,從水之道而不為私焉。此吾所以蹈之也。」

田子方、魏文侯(ぎぶんこう)に侍坐(じざ)す。數稱(すうしょう)谿工(けいこう)。

孔子曰:「何謂始乎故,長乎性,成乎命?」

文侯曰く、谿工、子之師邪(や)、と。

曰:「吾生於陵而安於陵,故也;長於水而安於水,性也;不知吾所以然而然,命也。」

子方曰く、非也。无擇(むたく)之里人(りじん)也。稱道數當(しょうどうすうとう)。故无擇稱之。

梓慶削木為鐻,鐻成,見者驚猶鬼神。魯侯見而問焉,曰:「子何術以為焉?」

文侯曰く、然則子無師邪、と。

對曰:「臣,工人,何術之有!雖然,有一焉。臣將為鐻,未嘗敢以耗氣也,必齊以靜心。齊三日,而不敢懷慶賞爵祿;齊五日,不敢懷非譽巧拙;齊七日,輒然忘吾有四枝形體也。當是時也,無公朝,其巧專而外骨消;然後入山林,觀天性,形軀至矣,然後成見鐻,然後加手焉,不然則已。則以天合天,器之所以疑神者,其是與!」

曰く、有。

東野稷以御見莊公,進退中繩,左右旋中規。莊公以為文弗過也,使之鉤百而反。

曰く、子之師誰邪(だれや)、と。

顏闔遇之,入見曰:「稷之馬將敗。」公密而不應。

子方曰く、東郭順子(とうかくじゅんし)。

少焉,果敗而反。公曰:「子何以知之?」

文侯曰く、然則夫子何故未嘗稱之(いかこうみそうしょうし)。

曰:「其馬力竭矣,而猶求焉,故曰敗。」

子方曰く、其爲人也真(じん)。人貌而天虛(じんぼうえんてんきょ)。緣而葆真(えんえんほうしん)。清而容物(せいえんようぶつ)。物无道、正容以悟之(むどう、せいよういごし)、使人之意也消(しんのいしょう)。无擇何足以稱之(いそくしょうし)。

工倕旋而蓋規矩,指與物化而不以心稽,故其靈臺一而不桎。忘足,履之適也;忘要,帶之適也;知忘是非,心之適也;不內變,不外從,事會之適也。始乎適而未嘗不適者,忘適之適也。

子方出。文侯儻然(とうぜん)終日不言。召前立臣(ぜんりつしん)而語之曰く、遠矣全德之君子(えんよぜんとくのくんし)。始吾以聖知之言仁義之行爲至(しせいちのごんじんぎのこういし)。吾聞子方之師、吾形解(がい)而不欲動、口鉗(かん)而不欲言。吾所學者直土梗耳(ちょくどこうじ)。魏真爲我累耳(ぎしんいがるいじ)。

有孫休者,踵門而詫子扁慶子曰:「休居鄉不見謂不脩,臨難不見謂不勇;然而田原不遇歲,事君不遇世,賓於鄉裡,逐於州部,則胡罪乎天哉?休惡遇此命也?」

溫伯雪子(おんぱくせつし)適齊(てきせい)、舍於魯(しゃころ)。魯人有請見之者。溫伯雪子曰く、不可(ふか)。吾聞中國之君子明乎禮義而陋於知人心(めいこうれいぎにろうこちじんしん)。吾不欲見也。

扁子曰:「子獨不聞夫至人之自行邪?忘其肝膽,遺其耳目,芒然彷徨乎塵垢之外,逍遙乎無事之業,是謂為而不恃,長而不宰。今汝飾知以驚愚,脩身以明汙,昭昭乎若揭日月而行也。汝得全而形軀,具而九竅,無中道夭於聾盲跛蹇而比於人數,亦幸矣,又何暇乎天之怨哉!子往矣!」

至於齊、反舍於魯。是人也又請見。溫伯雪子曰く、往也蘄見我(おうしきけんが)、今也又蘄見我。是必有以振我也(ひつゆういしんが)。

孫子出,扁子入。坐有閒,仰天而歎。弟子問曰:「先生何為歎乎?」

出而見客、入而嘆。明日見客、又入而嘆。其僕(ぼく)曰く、每見之客(まいけんのきゃく)、必入而嘆。何耶、と。

扁子曰:「曏者休來,吾告之以至人之德,吾恐其驚而遂至於惑也。」

曰く、吾固告子矣(ごこくしよ)。中國之民明乎禮義而陋乎知人心。昔之見我者、進退一成規一成矩(しんたいいっせいきいっせいく)、從容一若龍一若虎(しょうよういちじゃくりゅういちじゃくこ)。其諫我也似子(かんがいしし)、其道我也似父(どうがいしふ)。是以嘆也。

弟子曰:「不然。孫子之所言是邪,先生之所言非邪,非固不能惑是;孫子所言非邪?先生所言是邪?彼固惑而來矣,又奚罪焉!」

仲尼見之而不言。子路曰く、吾子欲見溫伯雪子久矣(くし)。見之而不言。何邪、と。

扁子曰:「不然。昔者有鳥止於魯郊,魯君說之,為具太牢以饗之,奏九韶以樂之。鳥乃始憂悲眩視,不敢飲食。此之謂以己養養鳥也。若夫以鳥養養鳥者,宜棲之深林,浮之江湖,食之以委蛇,則平陸而已矣。今休,款啟寡聞之民也,吾告以至人之德,譬之若載鼷以車馬,樂鴳以鐘鼓也,彼又惡能無驚乎哉!」

仲尼曰く、若夫人者(じゃくふじんしゃ)、目擊而道存矣(もくげきえんどうぞんい)。亦不可以容聲矣(ふかいいようせいい)。

顏淵問於仲尼曰く、夫子步亦步(ふしほえきほ)、夫子趨亦趨(しゅえきしゅ)、夫子馳亦馳(ちえきち)。夫子奔逸絕塵(ぼんいつぜつじん)、而回瞠若乎後矣(かいどうじゃくこうごい)。

夫子曰く、回、何謂邪(かいいえんや)。

莊子行於山中,見大木,枝葉盛茂。伐木者止其旁而不取也。問其故,曰:「無所可用。」莊子曰:「此木以不材得終其天年。」

曰く、夫子步亦步也、夫子言亦言也(ごんえきごん)。夫子趨亦趨也、夫子辯亦辯也(べんえきべん)。夫子馳亦馳也、夫子言道回亦言道也(ごんどうかいえきごんどう)。及奔逸絕塵而回瞠若乎後者(きゅうぼんいつぜつじんえんかいどうじゃくこうご)、夫子不言而信(ふごんえんしん)、不比而周(ふひえんしゅう)、无器而民滔乎前(むきえんみんとうこうぜん)、而不知所以然而已矣(ふちしょいぜんえんいい)。

夫子出於山,舍於故人之家。故人喜,命豎子殺雁而烹之。豎子請曰:「其一能鳴,其一不能鳴,請奚殺?」主人曰:「殺不能鳴者。」

仲尼曰く、惡(あ)。可不察與(ふかさつよ)。夫哀莫大於心死(あいぼうだいこうしんし)、而人死亦次之(じんしえきじし)。日出東方而入於西極(にしゅつとうほうえんにゅうこうせいきょく)、萬物莫不比方(ばんぶつぼつひほう)。有目有趾者(ゆうもくゆうししゃ)、待是而後成功(たいぜんえんこうせいこう)。是出則存(ぜしゅつそくそん)、是入則亡(ぜにゅうそくぼう)。萬物亦然、有待也而死(ゆうたいえんし)、有待也而生(ゆうたいえんせい)。吾一受其成形(いつじゅきせいけい)、而不化以待盡(ふかえんたいじん)。效物而動(こうぶつえんどう)、日夜无隙(じつやむげき)、而不知其所終(ふちきしょしゅう)。薰然其成形(くんぜんきせいけい)、知命不能規乎其前(ちめいふのうきこうきぜん)。丘以是日徂(きゅういぜにちそ)。

明日,弟子問於莊子曰:「昨日山中之木,以不材得終其天年;今主人之雁,以不材死;先生將何處?」

吾終身與女交一臂而失之(しゅうしんよじょこういちびえんしっし)。可不哀與。女殆著乎吾所以著也(がたいちゃくこうがしょいちゃく)。彼已盡矣(ひいじんい)、而女求之以爲有(えんじょぐういいゆう)。是求馬於唐肆也(ぜぐうばこうとうし)。吾服女也甚忘(がふくじょえんじんぼう)、女服吾也亦甚忘(じょふくがえきじんぼう)。雖然、女奚患焉(じょきかんえん)。雖忘乎故吾(すいぼうここが)、吾有不忘者存(がゆうふぼうしゃそん)。

莊子笑曰:「周將處乎材與不材之間。材與不材之間,似之而非也,故未免乎累。若夫乘道德而浮遊則不然。無譽無訾,一龍一蛇,與時俱化,而無肯專為;一上一下,以和為量,浮遊乎萬物之祖;物物而不物於物,則胡可得而累邪!此神農黃帝之法則也。若夫萬物之情,人倫之傳,則不然。合則離,成則毀;廉則挫,尊則議,有為則虧,賢則謀,不肖則欺。胡可得而必乎哉!悲夫,弟子志之,其唯道德之鄉乎!」

孔子見老聃。老聃新沐(しんもく)、方將被髮而乾(ほうしょうひはつえんかん)。慹然似非人(じゅうぜんじふじん)。孔子便而待之(べんえんたいし)。少焉見曰(しょうえんけんわく)、丘也眩與(きゅうえんよ)、其信然與(きしんぜんよ)。向者先生形體掘若槁木(こうじゃせんせいけいたいくつじゃくこうぼく)、似遺物離人而立於獨也(じいぶつりじんえんりつこうどく)。

市南宜僚見魯侯,魯侯有憂色。市南子曰:「君有憂色,何也?」

老聃曰く、吾游心於物之初(ゆうしんこうぶつのしょ)。

魯侯曰:「吾學先王之道,脩先君之業;吾敬鬼尊賢,親而行之,無須臾離居;然不免於患,吾是以憂。」

孔子曰く、何謂邪。

市南子曰:「君之除患之術淺矣!夫豐狐文豹,棲於山林,伏於巖穴,靜也;夜行晝居,戒也;雖飢渴隱約,猶旦胥疏於江湖之上而求食焉,定也;然且不免於罔羅機闢之患。是何罪之有哉?其皮為之災也。今魯國獨非君之皮邪?吾願君刳形去皮,灑心去欲,而遊於無人之野。南越有邑焉,名為建德之國。其民愚而樸,少私而寡慾;知作而不知藏,與而不求其報;不知義之所適,不知禮之所將。猖狂妄行,乃蹈乎大方。其生可樂,其死可葬。吾願君去國捐俗,與道相輔而行。」

曰く、心困焉而不能知(しんこんえんえんふのうち)、口辟焉而不能言(こうへきえんえんふのうごん)。嘗爲女議乎其將(しょういじょぎこうきしょう)。至陰肅肅(しいんしゅくしゅく)、至陽赫赫(しようかくかく)。肅肅出乎天(しゅくしゅくしゅつこうてん)、赫赫發乎地(かくかくはつこうち)。兩者交通成和而物生焉(りょうしゃこうつうせいわえんぶつしょうえん)。或爲之紀而莫見其形(わくいのきえんぼくけんきけい)。消息滿虛(しょうそくまんきょ)、一晦一明(いっかいいちめい)、日改月化(じつかいげつか)。日有所爲而莫見其功(じつゆうしょいえんぼくけんきこう)。生有所乎萌(せいゆうしょこうほう)、死有所乎歸(しゆうしょこうき)。始終相反乎無端(ししゅうそうはんこうむたん)、而莫知其所窮(えんぼくちきしょきゅう)。非是也(ひぜ)、且孰爲之宗(しょたくいのしゅう)。

君曰:「彼其道遠而險,又有江山,我無舟車,柰何?」

孔子曰く、請問游是(しょうもんゆうぜ)。

市南子曰:「君無形倨,無畱居,以為君車。」

老聃曰く、夫得是至美至樂也(ふとくぜんしびしらく)。得至美而游乎至樂(とくしびえんゆうこうしらく)、謂之至人(いのしじん)。

君曰:「彼其道幽遠而無人,吾誰與為鄰?吾無糧,我無食,安得而至焉?」

孔子曰く、願聞其方(がんもんきほう)。

市南子曰:「少君之費,寡君之慾,雖無糧而乃足。君其涉於江而浮於海,望之而不見其崖,愈往而不知其所窮。送君者皆自崖而反。君自此遠矣!故有人者累,見有於人者憂。故堯非有人,非見有於人也。吾願去君之累,除君之憂,而獨與道遊於大莫之國。方舟而濟於河,有虛船來觸舟,雖有惼心之人不怒;有一人在其上,則呼張歙之;一呼而不聞,再呼而不聞,於是三呼邪,則必以惡聲隨之。向也不怒而今也怒,向也虛而今也實。人能虛己以遊世,其孰能害之!」

曰く、草食之獸不疾易藪(そうしょくのじゅうふしつえきそう)、水生之蟲不疾易水(すいせいのちゅうふしつえきすい)。行小變而不失其大常也(こうしょうへんえんふしつきだいじょう)。喜怒哀樂不入於胸次(きどあいらくふにゅうこうきょうじ)。夫天下也者萬物之所一也(ふてんかえんぶつのしょいつ)。得其所一而同焉(とくきしょいつえんどうえん)。則四支百體將爲塵垢(ししひゃくたいしょういじんこう)、而死生終始將爲晝夜(えんししゅうししょういちゅうや)。而莫之能滑(えんぼくのかつ)。而況得喪禍福之所介乎(えんこうとくそうかふくのしょかい)。棄隸者若棄泥塗(きれいしゃじゃくきでいと)。知身貴於隸也(ちしんきこうれい)。貴在於我而不失於於變(きざいこうがえんふしつこうへん)。且萬化而未始有極也(しょばんかえんみしゆうきょく)。夫孰足以患心(ふたくそくいかんしん)。已爲道者解乎此(いいどうしゃかいこうし)。

北宮奢為衞靈公賦斂以為鐘,為壇乎郭門之外。三月而成上下之縣。

孔子曰く、夫子德配天地(ふうしとくはいてんち)、而猶假至言以修心(えんゆうかしごんいしゅうしん)。古之君子孰能脫焉(このくんしたくのうだつえん)。

王子慶忌見而問焉,曰:「子何術之設?」

老聃曰く、不然(ふぜん)。夫水之於汋也(ふすいのこうしゃく)、无爲而才自然矣(むいえんさいじねんい)。至人之於德也(しじんのこうとく)、不修而物不能離焉(ふしゅうえんぶつふのうりえん)。若天之自高(じゃくてんのじこう)、地之自厚(ちのじこう)、日月之自明(じつげつのじめい)。夫何修焉(ふかしゅうえん)。

奢曰:「一之閒,無敢設也。奢聞之,『既彫既琢,復歸於樸。』侗乎其無識,儻乎其怠疑;萃乎芒乎,其送往而迎來;來者勿禁,往者勿止;從其強梁,隨其曲(傳)[傅],因其自窮。故朝夕賦斂而毫毛不挫,而況有大塗者乎!」

孔子出、以告顏回曰く、丘之於道也(きゅうのこうどう)、其猶醯雞與(きゆうけいけいよ)。微夫子之發吾覆也(びふうしのはつがふく)。吾不知天地之大全也(がふちてんちのだいぜん)。

孔子圍於陳蔡之間,七日不火食。

莊子見魯哀公(ろあいこう)。哀公曰く、魯多儒士(ろたじゅし)、少爲先生方者(しょういせんせいほうしゃ)。

大公任往弔之,曰:「子幾死乎?」曰:「然。」

莊子曰く、魯少儒(ろしょうじゅ)。

「子惡死乎?」曰:「然。」

哀公曰く、舉魯國而儒服(きょろこくえんじゅふく)。何謂少乎(かいしょうこう)。

任曰:「予嘗言不死之道。東海有鳥焉,其名曰意怠。其為鳥也,翂翂翐翐,而似無能;引援而飛,迫脅而棲;進不敢為前,退不敢為後;食不敢先嘗,必取其緒。是故其行列不斥,而外人卒不得害,是以免於患。直木先伐,甘井先竭。子其意者飾知以驚愚,修身以明汙,昭昭乎如揭日月而行,故不免也。昔吾聞之大成之人曰:『自伐者無功,功成者墮,名成者虧。』孰能去功與名而還與眾人!道流而不明,居得行而不名處;純純常常,乃比於狂;削跡捐勢,不為功名。是故無責於人,人亦無責焉。至人不聞,子何喜哉?」

莊子曰く、周聞之、儒者冠圜冠者知天時(じゅしゃかんえんかんしゃちてんじ)、履句屨者知地形(りくくえんちちけい)、緩佩玦者事至而斷(かんはいけつしゃじしえんだん)。君子有其道者未必爲其服也(くんしゆうきどうしゃみひついきふく)、爲其服者未必知其道也(いきふくしゃみひつちきどう)。公固以爲不然(こうこいいふぜん)、何不號於國中曰(かふごうこうこくちゅうわく)、无此道而爲此服者其罪死(むしどうえんいしふくしゃきざいし)。

孔子曰:「善哉!」辭其交遊,去其弟子,逃於大澤;衣裘褐,食杼栗;入獸不亂群,入鳥不亂行。鳥獸不惡,而況人乎!

於是哀公號之五日、而魯國无敢儒服者(ろこくむかんじゅふくしゃ)。獨有一丈夫儒服而立乎公門(どくゆういちじょうふじゅふくえんりつこうこうもん)。公即召而問以國事(こうそくしょうえんもんいこくじ)。千轉萬變而不窮(せんてんばんぺんえんふきゅう)。

孔子問子桑雽曰:「吾再逐於魯,伐樹於宋,削跡於衞,窮於商周,圍於陳蔡之間。吾犯此數患,親交益疏,徙友益散,何與?」

莊子曰く、以魯國而儒者一人耳(いろこくえんじゅしゃいちじんじ)。可謂多乎(かいたこう)。

子桑雽曰:「子獨不聞假人之亡與?林回棄千金之璧,負赤子而趨。或曰:『為其布與?赤子之布寡矣;為其累與?赤子之累多矣;棄千金之璧,負赤子而趨,何也?』林回曰:『彼以利合,此以天屬也。』夫以利合者,迫窮禍患害相棄也;以天屬者,迫窮禍患害相收也。夫相收之與相棄亦遠矣,且君子之交淡若水,小人之交甘若醴;君子淡以親,小人甘以絕。彼無故以合者,則無故以離。」

百里奚(ひゃくりけい)爵祿不入於心(しゃくろくふにゅうこうしん)。故飯牛而牛肥(こはんぎゅうえんぎゅうひ)。使秦穆公忘其賤(ししんぼくこうぼうきせん)。與之以政也(よいせい)。有虞氏死生不入於心(ゆうぐうししせいふにゅうこうしん)。故足以動人(こそくいどうじん)。

孔子曰:「敬聞命矣!」徐行翔佯而歸,絕學捐書,弟子無挹於前,其愛益加進。

宋元君將畫圖(そうげんくんしょうがと)。衆史皆至(しゅうしかいし)。受揖而立(じゅゆうえんりつ)。舐筆和墨(しひつわぼく)。在外者半(ざいがいしゃはん)。有一史後至者(いちしこうししゃ)。儃儃然不趨(たんたんぜんふしゅう)。受揖不立(じゅゆうふりつ)。因之舍(いんのしゃ)。公使人視之(こうしじんしし)。則解衣槃礴臝(かいいばんはくら)。君曰く、可矣(かい)。是真畫者也(ぜしんがしゃ)。

異日,桑雽又曰:「舜之將死,真泠禹曰:『汝戒之哉!形莫若緣,情莫若率。緣則不離,率則不勞;不離不勞,則不求文以待形;不求文以待形,固不待物。』」

文王觀於臧(ぶんおうかんこうぞう)。見一丈夫釣(けんいちじょうふちょう)。而其釣莫釣(えんきちょうぼくちょう)。非持其釣有釣者也(ひじきちょうゆうちょうしゃ)。常釣也(じょうちょう)。

莊子衣大布而補之,正緳係履而過魏王。魏王曰:「何先生之憊邪?」

文王欲舉而授之政(おうよきょえんじゅのせい)。而恐大臣父兄之弗安也(えんきょうだいしんふけいのふつあん)。欲終而釋之(よしゅうえんしゃくし)。而不忍百姓之无天也(えんふにんひゃくせいのむてん)。於是旦而屬之大夫曰(ぜたんえんぞくのだいふわく)。昔者寡人夢見良人(せきじゃかじんむけんりょうじん)。黑色而頯(こくしょくえんき)。乘駁馬而偏朱蹄(じょうはくばえんへんしゅてい)。號曰(ごうわく)、寓而政於臧丈人(ぐうえんせいこうぞうじょうじん)。庶幾乎民有瘳乎(しょきこうみんゆうちゅう)。

莊子曰:「貧也,非憊也。士有道德不能行,憊也;衣弊履穿,貧也,非憊也;此所謂非遭時也。王獨不見夫騰猿乎?其得柟梓豫章也,攬蔓其枝而王長其間,雖羿、蓬蒙不能眄睨也。及其得柘棘枳枸之間也,危行側視,振動悼慄;此筋骨非有加急而不柔也,處勢不便,未足以逞其能也。今處昏上亂相之間,而欲無憊,奚可得邪?此比干之見剖心徵也夫!」

諸大夫蹴然曰(しょだいふしゅくぜんわく)、先君王也(せんくんおう)。

孔子窮於陳蔡之間,七日不火食,左據槁木,右擊槁枝,而歌猋氏之風,有其具而無其數,有其聲而無宮角,木聲與人聲,犁然有當於人之心。

文王曰く、然則卜之(ぜんそくぼくし)。

顏回端拱還目而窺之。仲尼恐其廣己而造大也,愛己而造哀也,曰:「回,無受天損易,無受人益難。無始而非卒也,人與天一也。夫今之歌者其誰乎?」

諸大夫曰く、先君之命王其无它(せんくんのめいおうきむた)。又何卜焉(えんゆうかぼくえん)。

回曰:「敢問無受天損易。」

遂迎臧丈人而授之政(すいげいぞうじょうじんえんじゅのせい)。典法无更(てんぽうむこう)。偏令无出(へんれいむしゅつ)。三年、文王觀於國(さんねんぶんおうかんこうこく)。則列士壞植散群(そくれっしかいしょくさんぐん)。長官者不成德(ちょうかんしゃふせいとく)。斔斛不敢入於四竟(よっこくふかんにゅうこうしきょう)。列士壞植散群、則尚同也(そくしょうどう)。長官者不成德、則同務也(そくどうむ)。斔斛不敢入於四竟、則諸侯无二心也(そくしょこうむにしん)。

仲尼曰:「飢渴寒暑,窮桎不行,天地之行也,運物之洩也,言與之偕逝之謂也。為人臣者,不敢去之。執臣之道猶若是,而況乎所以待天乎!」

文王於是焉以爲大師(ぶんおうぜえんいいだいし)。北面而問曰(ほくめんえんもんわく)、政可以及天下乎(せいかいいきゅうてんか)。臧丈人昧然而不應(ぞうじょうじんまいぜんえんふおう)。汎然而辭(はんぜんえんじ)。朝令而夜遁(ちょうれいえんやとん)。終身无聞(しゅうしんむぶん)。

「何謂無受人益難?」

顏淵問於仲尼曰く、文王其猶未邪(ぶんおうきゆうみや)。又何以夢爲乎(えんかいいむい)。

仲尼曰:「始用四達,爵祿並至而不窮,物之所利,乃非己也,吾命其在外者也。君子不為盜,賢人不為竊。吾若取之,何哉!故曰,鳥莫知於鷾鴯,目之所不宜處不給視,雖落其實,棄之而走。其畏人也,而襲諸人間。社稷存焉爾。」

仲尼曰く、默(もく)。汝无言(じょむごん)。夫文王盡之也(ふぶんおうじんし)。而又何論刺焉(えんゆうかろんしえん)。彼直以循斯須也(ひちょくいじゅんししゅ)。

「何謂無始而非卒?」

列御寇爲伯昏无人射(れつぎょくういはくこんむじんしゃ)。引之盈貫(いんのえいかん)。措杯水其肘上(そはいすいきちゅうじょう)。發之(はつの)。適矢復沓(てきしふくとう)。方矢復寓(ほうしふくぐう)。當是時也(とうぜじ)。猶象人也(ゆうぞうじん)。

仲尼曰:「化其萬物而不知其禪之者,焉知其所終?焉知其所始?正而待之而已耳。」

伯昏无人曰く、是射之射(ぜしゃのしゃ)。非不射之射也(ひふしゃのしゃ)。嘗與汝登高山履危石臨百仞之淵(しょうよじょとうこうざんりきせきりんひゃくじんのえん)。若能射乎(じゃくのうしゃ)。

「何謂人與天一邪?」

於是无人遂登高山履危石臨百仞之淵(ぜむじんすいとうこうざんりきせきりんひゃくじんのえん)。背逡巡(はいしゅんじゅん)。足二分垂在外(そくにぶんすいざいがい)。揖御寇而進之(ゆうぎょくえんしんし)。御寇伏地(ぎょくふくち)。汗流至踵(かんりゅうししょう)。

仲尼曰:「有人,天也;有天,亦天也。人之不能有天,性也,聖人晏然體逝而終矣!」

伯昏无人曰く、夫至人者(ふしじんしゃ)。上闚青天(じょうきせいてん)。下潛黃泉(げせんこうせん)。揮斥八極(きせきはっきょく)。神氣不變(しんきふへん)。今女怵然有恂目之志(こんじょしゅつぜんゆうじゅんもくのし)。爾於中也殆矣夫(じこうちゅうたいいふ)。

莊周遊於雕陵之樊,覩一異鵲自南方來者,翼廣七尺,目大運寸,感周之顙而集於栗林。莊周曰:「此何鳥哉,翼殷不逝,目大不覩?」蹇裳躩步,執彈而留之。覩一蟬,方得美蔭而忘其身;螳螂執翳而搏之,見得而忘其形;異鵲從而利之,見利而忘其真。莊周怵然曰:「噫!物固相累,二類相召也。」捐彈而反走,虞人逐而誶之。

肩吾問於孫叔敖曰(けんごもんこうそんしゅくごうわく)、子三爲令尹而不榮華(しさんいれいいんえんふえいか)。三去之而无憂色(さんきょのえんむゆうしょく)。吾始也疑子(がしえぎし)。今視子之鼻間栩栩然(こんししのびかんくくぜん)。子之用心獨奈何(しのようしんどくないか)。

莊周反入,三日不庭。藺且從而問之:「夫子何為頃間甚不庭乎?」

孫叔敖曰く、吾何以過人哉(がいいかじんさい)。吾以其來不可卻也(がいきらいふかきゃく)。其去不可止也(ききょふかし)。吾以爲得失之非我也(がいいとくしつのひが)。而无憂色而已矣(えんむゆうしょくえんいい)。我何以過人哉。且不知其在彼乎其在我乎(しょふちきざいひこうきざいがこう)。其在彼邪亡乎我(きざいひやぼうこうが)。在我邪亡乎彼(ざいがやぼうこうひ)。方將躊躇方將四顧(ほうしょうちゅうちょほうしょうしこ)。何暇至乎人貴人賤哉(かかしこうじんきじんせんさい)。

莊周曰:「吾守形而忘身,觀於濁水而迷於清淵。且吾聞諸夫子曰:『入其俗,從其(俗)[令]。』今吾遊於雕陵而忘吾身,異鵲感吾顙,遊於栗林而忘真,栗林虞人以吾為戮,吾所以不庭也。」

仲尼聞之曰、古之真人(このしんじん)。知者不得說(ちしゃふとくせつ)。美人不得濫(びじんふとくらん)。盜人不得劫(とうじんふとくきょう)。伏戲黃帝不得友(ふくきこうていふとくゆう)。死生亦大矣(しせいえきだいい)。而无變乎己(えんむへんこうき)。況爵祿乎(こうしゃくろく)。若然者(じゃくぜんしゃ)。其神經乎大山而无介(きしんけいこうだいざんえんむかい)。入乎淵泉而不濡(にゅうこうえんせんえんふじゅ)。處卑細而不憊(しょひさいえんふはい)。充滿天地(じゅうまんてんち)。既以與人己愈有(きいよじんきゆゆう)。

陽子之宋,宿於逆旅。逆旅人有妾二人,其一人美,其一人惡,惡者貴而美者賤。陽子問其故,逆旅小子對曰:「其美者自美,吾不知其美也;其惡者自惡,吾不知其惡也。」

楚王與凡君坐(そうおうよぼんくんざ)。少焉楚王左右曰凡亡者三(しょうえんそうおうさゆうわくぼんぼうしゃさん)。凡君曰(ぼんくんわく)、凡之亡也不足以喪吾存(ぼんのぼうふそくいそうがそん)。夫凡之亡不足以喪吾存(ふぼんのぼうふそくいそうがそん)。則楚之存不足以存存(そくそのそんふそくいそんそん)。由是觀之(ゆうぜかんし)。則凡未始亡而楚未始存也(そくぼんみしぼうえんそみしそん)。

陽子曰:「弟子記之:行賢而去自賢之行,安往而不愛哉!」

知北遊

知北遊第二十二

知北遊於玄水之上(ちほくゆうこうげんすいのじょう)。登隱弅之丘(とういんぷんのきゅう)。適遭无爲謂焉(てきそうむいいえん)。知謂无爲謂曰(ちいむいいわく)。予欲有問乎若(よよくゆうもんこうじゃく)。何思何慮則知道(かしかりょくそくちどう)。何處何服則安道(かしょかふくそくあんどう)。何從何道則得道(かじゅうかどうそくとくどう)。三問而无爲謂不答也(さんもんえんむいいふとう)。非不答、不知答也(ひふとうふちとう)。

田子方侍坐於魏文侯,數稱谿工。

知不得問(ちふとくもん)。反於白水之南(はんこうはくすいのなん)。登狐阕之上(とうこけつのじょう)。而睹狂屈焉(えんときょうくつえん)。知以之言也問乎狂屈(ちいのごんえんもんこうきょうくつ)。狂屈曰(きょうくつわく)。唉(あい)。予知之(よちし)。將語若(しょうごじゃく)。中欲言而忘其所欲言(ちゅうよくごんえんぼうきしょよくごん)。

文侯曰:「谿工,子之師邪?」

知不得問、反於帝宮。見黃帝而問(けんこうていえんもん)。黃帝曰(こうていわく)。无思无慮始知道(むしむりょしちどう)。无處无服始安道(むしょむふくしあんどう)。无从无道始得道(むじゅうむどうしとくどう)。

子方曰:「非也,無擇之里人也;稱道數當,故無擇稱之。」

知問黃帝曰(ちもんこうていわく)。我與若知之(がよじゃくちし)。彼與彼不知也(ひよひふち)。其孰是邪(きたくぜや)。

文侯曰:「然則子無師邪?」

黃帝曰、彼无爲謂眞是也(ひむいいしんぜ)。狂屈似之(きょうくつじし)。我與汝終不近也(がよじょしゅうふきん)。夫知者不言言者不知(ふちしゃふごんごんしゃふち)。故聖人行不言之教(こせいじんこうふごんのきょう)。道不可致(どうふかち)。德不可至(とくふかし)。仁可爲也(じんかい)。義可虧也(ぎかき)。禮相僞也(れいそうぎ)。故曰(こわく)。失道而後德(しつどうえんこうとく)。失德而後仁(しつとくえんこうじん)。失仁而後義(しつじんえんこうぎ)。失義而後禮(しつぎえんこうれい)。禮者道之華而亂之首也(れいしゃどうのかえんらんのしゅ)。故曰、爲道者日損(いどうしゃじつそん)。損之又損(そんのゆうそん)。以至於无爲(いしこうむい)。无爲而无不为也(むいえんむふい)。今已爲物也(こんいいぶつ)。欲復歸根(よくふくきこん)。不亦難乎(ふえきなん)。其易也其唯大人乎(きえききゆいだいじん)。

子方曰:「有。」

生也死之徒(せいえんしのと)。死也生之始(しえんせいのし)。孰知其紀(たくちきき)。人之生氣之聚也(じんのせいきのじゅう)。聚則爲生(じゅうそくいせい)。散則爲死(さんそくいし)。若死生爲徒(じゃくしせいいと)。吾又何患(がゆうかかん)。故萬物一也(こばんぶついつ)。是其所美者爲神奇(ぜききびしゃいしんき)。其所惡者爲臭腐(ききおしゃいしゅうふ)。臭腐復化爲神奇(しゅうふふくかいしんき)。神奇復化爲臭腐(しんきふくかいしゅうふ)。故曰(こわく)。通天下一氣耳(つうてんかいっきじ)。聖人故貴一(せいじんこきいつ)。

曰:「子之師誰邪?」

知謂黃帝曰(ちいこうていわく)。吾問无爲謂(もんむいい))。无爲謂不應我(むいいふおうが)。非不應我(ひふおうが)。不知應我也(ふちおうが)。吾問狂屈(がもんきょうくつ)。狂屈中欲告我而不我告(きょうくつちゅうよくこくがえんふがこく)。非不我告(ひふがこく)。中欲告而忘之也(ちゅうよくこくえんぼうし)。今予問乎若(こんよもんこうじゃく)。若知之(じゃくちし)。奚故不近(きこふきん)。

子方曰:「東郭順子。」

黃帝曰、彼其眞是也(ひきしんぜ)。以其不知也(いきふち)。此其似之也(しきじし)。以其忘之也(いきぼうし)。予與若終不近也(よよじゃくしゅうふきん)。以其知之也(いきちし)。

文侯曰:「然則夫子何故未嘗稱之?」

狂屈聞之(きょうくつぶんし)。以黃帝爲知言(いこうていいちごん)。

子方曰:「其為人也真,人貌而天虛,緣而葆真,清而容物。物無道,正容以悟之,使人之意也消。無擇何足以稱之!」

天地有大美(だいび)ありて言(げん)わず。四時有明法(めいほう)ありて議(ぎ)せず。萬物有成理(せいり)ありて說(せつ)せざる也。聖人は、天地之美を原(はら)して、萬物之理に達(たっ)す。是故至人无爲(むい)、大聖不作(ふさく)。是れ天地を觀(かん)ずる之謂(い)也。

子方出,文侯儻然終日不言,召前立臣而語之曰:「遠矣,全德之君子!始吾以聖知之言、仁義之行為至矣。吾聞子方之師,吾形解而不欲動,口鉗而不欲言。吾所學者直土梗耳,夫魏真為我累耳!」

今夫神明至精(しんめいしせい)、與彼百化(ひゃっか)あり。物已死生方圓(しせいほうえん)、莫知其根(ぼくちきこん)。而扁然(へんぜん)萬物、自古以固存(じこいこそん)。六合爲巨(りくごういきょ)、未離其內(みりきない)。秋豪爲小(しゅうごういしょう)、待之成體(たいしせいたい)。天下莫不沈浮(てんかぼつちんふ)、終身不故(しゅうしんふこ)。陰陽四時運行(いんようしじうんこう)、各得其序(かくとくきじょ)。惛然若亡而存(こんぜんじゃくぼうえんそん)。油然不形而神(ゆうぜんふけいえんしん)。萬物畜而不知(ばんぶつちくえんふち)。此之謂本根(しのいほんこん)。可以觀於天矣(かいかんこうてんい)。

溫伯雪子適齊,舍於魯。魯人有請見之者,溫伯雪子曰:「不可。吾聞中國之君子,明乎禮義而陋於知人心,吾不欲見也。」

齧缺(げっけつ)問道於被衣(ひい)。被衣曰く、若正汝形(じゃくせいじょけい)、一汝視(いちじょし)、天和將至(てんわしょうし)。攝汝知(しょうじょち)、一汝度(いちじょど)、神將來舍(しんしょうらいしゃ)。德將爲汝美(とくしょういじょび)、道將爲汝居(どうしょういじょきょ)。汝瞳焉如新生之犢(じょどうえんじょしんせいのとく)、而无求其故(えんむきゅうきこ)。

至於齊,反舍於魯,是人也又請見。溫伯雪子曰:「往也蘄見我,今也又蘄見我,是必有以振我也。」

言未卒(ごんみそつ)。齧缺睡寐(げっけつすいび)。被衣大說(だいえつ)、行歌而去之(こうかえんきょし)。曰く、形若槁骸(けいじゃくこうがい)、心若死灰(しんじゃくしかい)。真其實知(しんきじつち)。不以故自持(ふいこじじ)。媒媒晦晦(ばいばいかいかい)。无心而不可與謀(むしんえんふかよぼう)。彼何人哉(ひかじんさい)。

出而見客,入而歎。明日見客,又入而歎。其僕曰:「每見之客也,必入而歎,何耶?」

舜問乎丞曰(しゅんもんこうじょうわく)。道可得而有乎(どうかとくえんゆう)。

曰:「吾固告子矣:『中國之民,明乎禮義而陋乎知人心。』昔之見我者,進退一成規,一成矩,從容一若龍,一若虎。其諫我也似子,其道我也似父,是以歎也。」

曰、汝身非汝有也(じょしんひじょゆう)。汝何得有夫道(じょかとくゆうふどう)。

仲尼見之而不言。子路曰:「吾子欲見溫伯雪子久矣,見之而不言,何邪?」

舜曰、吾身非吾有也(がしんひがゆう)。孰有之哉(たくゆうしさい)。

仲尼曰:「若夫人者,目擊而道存矣,亦不可以容聲矣!」

曰、是天地之委形也(ぜてんちのいけい)。生非汝有(せいひじょゆう)。是天地之委和也(ぜてんちのいわ)。性命非汝有(せいめいひじょゆう)。是天地之委順也(ぜてんちのいじゅん)。孫子非汝有(そんしひじょゆう)。是天地之委蛻也(ぜてんちのいぜい)。故行不知所往(こうんふちしょおう)。處不知所持(しょふちしょじ)。食不知所味(しょくふちしょみ)。天地之强陽氣也(てんちのきょうようき)。又胡可得而有邪(ゆうこかとくえんゆうや)。

顏淵問於仲尼曰:「夫子步亦步,夫子趨亦趨,夫子馳亦馳;夫子奔逸絕塵,而回瞠若乎後矣!」

孔子問於老聃曰(こうしもんこうろうたんわく)。今日晏閒(こんじつあんかん)。敢問至道(かんもんしどう)。

夫子曰:「回,何謂邪?」

老聃曰、汝齊戒(じょさいかい)。疏瀹而心(そやくえんしん)。澡雪而精神(そうせつえんせいしん)。掊擊而知(ほうげきえんち)。夫道窅然難言哉(ふどうようぜんなんごんさい)。將爲汝言其崖略(しょういじょごんきりゃくりゃく)。

曰:「夫子步,亦步也;夫子言,亦言也;夫子趨,亦趨也;夫子辯,亦辯也;夫子馳,亦馳也;夫子言道,回亦言道也;及奔逸絕塵而回瞠若乎後者,夫子不言而信,不比而周,無器而民滔乎前,而不知所以然而已矣。」

夫昭昭生於冥冥(ふしょうしょうしょうこうめいめい)。有倫生於无形(ゆうりんしょうこうむけい)。精神生於道(せいしんしょうこうどう)。形本生於精(けいほんしょうこうせい)。而萬物以形相生(えんばんぶついけいそうしょう)。故九竅者胎生(こきゅうきょうしゃたいせい)。八竅者卵生(はっきょうしゃらんせい)。其來无迹(きらいむせき)。其往无崖(きおうむがい)。无門无房(むもんむぼう)。四達之皇皇也(したつのこうこう)。邀於此者(ようこうししゃ)。四枝彊(ししきょう)。思慮恂達(しりょしゅんたつ)。耳目聰明(じもくそうめい)。其用心不勞(きようしんふろう)。其應物无方(きおうぶつむほう)。天不得不高(てんふとくふこう)。地不得不廣(ちふとくふこう)。日月不得不行(じつげつふとくふこう)。萬物不得不昌(ばんぶつふとくふしょう)。此其道與(しきどうよ)。

仲尼曰:「惡!可不察與!夫哀,莫大於心死,而人死亦次之。日出東方而入於西極,萬物莫不比方,有目有趾者,待是而後成功,是出則存,是入則亡。萬物亦然,有待也而死,有待也而生。吾一受其成形,而不化以待盡,效物而動,日夜無隙,而不知其所終;薰然其成形,知命不能規乎其前,丘以是日徂。

且夫博之不必知(しょふはくのふひつち)。辯之不必慧(べんのふひつけい)。聖人以斷之矣(せいじんいだんしい)。若夫益之而不加益(じゃくふえきのえんふかえき)。損之而不加損(そんのえんふかそん)者。聖人之所保也(せいじんのしょほう)。淵淵乎其若海(えんえんこうきじゃくかい)。魏魏乎其終則復始也(ぎぎこうきしゅうそくふくし)。運量萬物而不匱(うんりょうばんぶつえんふき)。則君子之道(そくくんしのどう)。彼其外與(ひきげよ)。萬物皆往資焉而不匱(ばんぶつかいおうしえんふき)。此其道與。

吾終身與汝交一臂而失之,可不哀與!女殆著乎吾所以著也。彼已盡矣,而女求之以為有,是求馬於唐肆也。吾服女也甚忘,女服吾也甚忘。雖然,女奚患焉!雖忘乎故吾,吾有不忘者存。」

中國有人焉(ちゅうごくゆうじんえん)。非陰非陽(ひいんひよう)。處於天地之間(しょこうてんちのかん)。直且爲人(ちょくしょいじん)。將反于宗(しょうはんこうそう)。自本觀之(じほんかんし)。生者喑醷物也(せいしゃいんあいぶつ)。雖有壽夭(すいゆうようよう)。相去幾何(そうきょきか)。須臾之說也(しゅゆのせつ)。奚足以爲堯桀之是非(きそくいいぎょうけつのぜひ)。果蓏有理(かれいゆうり)。人倫雖難(じんりんすいなん)。所以相齒(しょいそうし)。聖人遭之而不違(せいじんそうのえんふい)。過之而不守(かのえんふしゅ)。調而應之德也(ちょうえんおうのとく)。偶而應之道也(ぐうえんおうのどう)。帝之所興(ていのしょこう)。王之所起也(おうのしょき)。

孔子見老聃,老聃新沐,方將被髮而干,慹然似非人。孔子便而待之,少焉見,曰:「丘也眩與?其信然與?曏者先生形體掘若槁木,似遺物離人而立於獨也。」

人生天地之間(じんせいてんちのかん)。若白駒之過郤(じゃくはっくのかげき)。忽然而已(こつぜんいい)。注然勃然(ちゅうぜんぼつぜん)。莫不出焉(ぼつふしゅつえん)。油然漻然(ゆうぜんりゅうぜん)。莫不入焉(ぼつふにゅうえん)。已化而生(いかえんせい)。又化而死(ゆうかえんし)。生物哀之(せいぶつあいし)。人類悲之(じんるいひし)。解其天弢(かいきてんとう)。墮其天袠(だきてんちつ)。紛乎宛乎(ふんこうえんこう)。魂魄將往(こんぱくしょうおう)。乃身從之(なんしんじゅうし)。乃大歸乎(なんたいきこう)。不形之形(ふけいのけい)。形之不形(けいのふけい)。是人之所同知也(ぜじんのしょどうち)。非將至之所務也(ひしょうしのしょむ)。此衆人之所同論也(ししゅうじんのしょどうろん)。彼至則不論(ひしそくふろん)。論則不至(ろんそくふし)。明見无値(めいけんむち)。辯不若默(べんふじゃくもく)。道不可聞(どうふかぶん)。聞不若塞(ぶんふじゃくそく)。此之謂大得(しのいだいとく)。

老聃曰:「吾遊心於物之初。」

東郭子(とうかくし)問於莊子曰(もんこうそうしわく)。所謂道(しょいどう)。惡乎在(おこうざい)。

孔子曰:「何謂邪?」

莊子曰、无所不在(むしょふざい)。

曰:「心困焉而不能知,口闢焉而不能言,嘗為汝議乎其將。至陰肅肅,至陽赫赫;肅肅出乎天,赫赫發乎地;兩者交通成和而物生焉,或為之紀而莫見其形。消息滿虛,一晦一明,日改月化,日有所為,而莫見其功。生有所乎萌,死有所乎歸,始終相反乎無端,而莫知乎其所窮。非是也,且孰為之宗!」

東郭子曰、期而後可(きえんこうか)。

孔子曰:「請問遊是。」

莊子曰、在螻蟻(ざいろうぎ)。

老聃曰:「夫得是,至美至樂也。得至美而遊乎至樂,謂之至人。」

曰、何其下邪(かきげや)。

孔子曰:「願聞其方。」

曰、在稊稗(ざいていはい)。

曰:「草食之獸不疾易藪,水生之蟲不疾易水,行小變而不失其大常也,喜怒哀樂不入於胸次。夫天下也者,萬物之所一也。得其所一而同焉,則四支百體將為塵垢,而死生終始將為晝夜而莫之能滑,而況得喪禍福之所介乎!棄隸者若棄泥塗,知身貴於隸也,貴在於我而不失於變。且萬化而未始有極也,夫孰足以患心!已為道者解乎此。」

曰、何其愈下邪(かきゆげや)。

孔子曰:「夫子德配天地,而猶假至言以修心,古之君子,孰能脫焉?」

曰、在瓦甓(ざいがぺき)。

老聃曰:「不然。夫水之於汋也,無為而才自然矣。至人之於德也,不修而物不能離焉,若天之自高,地之自厚,日月之自明,夫何脩焉!」

曰、何其愈甚邪(かきゆじんや)。

孔子出,以告顏回曰:「丘之於道也,其猶醯雞與!微夫子之發吾覆也,吾不知天地之大全也。」

曰、在屎溺(ざいしでき)。

莊子見魯哀公,哀公曰:「魯多儒士,少為先生方者。」

東郭子不應。莊子曰、夫子之問也(ふうしのもん)。固不及質(こふきゅうしつ)。正獲之問於監市履獮也(せいかくのもんこうかんしりせん)。每下愈況(まいげゆきょう)。女唯无必(じょゆいむひつ)。无乎逃物(むこうとうぶつ)。至道若是(しどうじゃくぜ)。大言亦然(だいげんえきぜん)。周遍咸三者(しゅうへんかんさんしゃ)。異名同實(いめいどうじつ)。其指一也(きしいつ)。

莊子曰:「魯少儒。」

嘗相與游乎无何有之宮(しょうそうよゆうこうむかゆうのみや)。同合而論(どうごうえんろん)。无所終窮乎(むしょしゅうきゅう)。嘗相與无爲乎(しょうそうよむい)。澹而靜乎(たんえんせい)。漠而清乎(ばくえんせい)。調而閒乎(ちょうえんかん)。寥已吾志(りょういがし)。无往焉而不知其所至(むおうえんえんふちきしょし)。去而來不知其所止(きょえんらいふちきしょし)。吾已往來焉而不知其所終(がいおうらいえんえんふちきしょしゅう)。彷徨乎馮閎(ほうこうこうひょうこう)。大知入焉而不知其所窮(だいちにゅうえんえんふちきしょきゅう)。物物者與物无際(ぶつぶつしゃよぶつむさい)。而物有際者(えんぶつゆうさいしゃ)。所謂物際者也(しょいぶつさいしゃ)。不際之際(ふさいのさい)。際之不際者也(さいのふさい)。謂盈虛衰殺(いえいきょすいさつ)。彼爲盈虛非盈虛(ひいえいきょひえいきょ)。彼爲衰殺非衰殺(ひいすいさつひすいさつ)。彼爲本末非本末(ひいほんまつひほんまつ)。彼爲積散非積散也(ひいせきさんひせきさん)。

哀公曰:「舉魯國而儒服,何謂少乎?」

妸荷甘(あかかん)與神農同學於老龍吉(しんのうどうがくこうろうりゅうきち)。神農隱几闔戶晝瞑(しんのういんきこうこちゅうめい)。妸荷甘日中奓戶而入(あかかんにっちゅうしゃこえんにゅう)。曰、老龍死矣(ろうりゅうしい)。神農隱几擁杖而起(いんきようじょうえんき)。嚗然放杖而笑(はくぜんほうじょうえんしょう)。曰、天知予僻陋慢訑(てんちよへきろうまんい)。故棄予而死(こきよえんし)。已矣夫子(いいふうし)。无所發予之狂言而死矣夫(むしょはつよのきょうげんえんしいふ)。

莊子曰:「周聞之,儒者冠圜冠者,知天時;履句屨者,知地形;緩佩玦者,事至而斷。君子有其道者,未必為其服也;為其服者,未必知其道也。公固以為不然,何不號於國中曰:『無此道而為此服者,其罪死!』」

弇堈弔(えんこうちょう)聞之曰(ぶんしわく)。夫體道者(ふたいどうしゃ)。天下之君子所繫焉(てんかのくんししょけいえん)。今於道(こんこうどう)。秋豪之端萬分未得處一焉(しゅうごうのたんばんぶんみとくしょいつえん)。而猶知藏其狂言而死(えんゆうちぞうききょうげんえんし)。又況夫體道者乎(ゆうこうふたいどうしゃこう)。視之无形(しのむけい)。聽之无聲(ちょうのむせい)。於人之論者(こうじんのろんしゃ)。謂之冥冥(いのめいめい)。所以論道而非道也(しょいろんどうえんひどう)。

於是哀公號之五日,而魯國無敢儒服者,獨有一丈夫儒服而立乎公門。公即召而問以國事,千轉萬變而不窮。

於是泰清問乎无窮曰(ぜたいせいもんこうむきゅうわく)。子知道乎(しちどう)。

莊子曰:「以魯國而儒者一人耳,可謂多乎?」

无窮曰、吾不知(がふち)。

百里奚爵祿不入於心,故飯牛而牛肥,使秦穆公忘其賤,與之政也。有虞氏死生不入於心,故足以動人。

又問乎无爲(ゆうもんこうむい)。无爲曰、吾知道(がちどう)。

宋元君將畫圖,眾史皆至,受揖而立;舐筆和墨,在外者半。有一史後至者,儃儃然不趨,受揖不立,因之舍。公使人視之,則解衣般礡臝。君曰:「可矣,是真畫者也。」

曰、子之知道亦有數乎(しのちどうえきゆうすう)。

文王觀於臧,見一丈夫釣,而其釣莫釣;非持其釣有釣者也,常釣也。

曰、有。

文王欲舉而授之政,而恐大臣父兄之弗安也;欲終而釋之,而不忍百姓之無天也。於是旦而屬之大夫曰:「昔者寡人夢見良人,黑色而劔,乘駁馬而偏朱蹄,號曰:『寓而政於臧丈人,庶幾乎民有瘳乎!』」

曰、其數若何(きすうじゃくか)。

諸大夫蹴然曰:「先君王也。」

无爲曰、吾知道之可以貴(がちどうのかいき)。可以賤(かいせん)。可以約(かいやく)。可以散(かいさん)。此吾所以知形之數也(しがしょいちけいのすう)。

文王曰:「然則卜之。」

泰清以之言也問乎无始曰(たいせいいのごんえんもんこうむしわく)。若是(じゃくぜ)。則无窮之弗知與无爲之知(そくむきゅうのふつちよむいのち)。孰是而孰非乎(たくぜえんたくひこう)。

諸大夫曰:「先君之命,王其無它,又何卜焉!」

无始曰、不知深矣(ふちしんい)。知之淺矣(ちのせんい)。弗知內矣(ふつちないい)。知之外矣(ちのがいい)。

遂迎臧丈人而授之政。典法無更,偏令無出。三年,文王觀於國,則列士壞植散群,長官者不成德,斔斛不敢入於四竟。列士壞植散群,則尚同也;長官者不成德,則同務也,斔斛不敢入於四竟,則諸侯無二心也。

於是泰清中而嘆曰(ぜたいせいちゅうえんたんわく)。弗知乃知乎(ふつちなんちこう)。知乃不知乎(ちなんふちこう)。孰知不知之知(たくちふちのち)。

文王於是焉以為大師,北面而問曰:「政可以及天下乎?」臧丈人昧然而不應,泛然而辭,朝令而夜遁,終身無聞。

无始曰、道不可聞(どうふかぶん)。聞而非也(ぶんえんひ)。道不可見(どうふかけん)。見而非也(けんえんひ)。道不可言(どうふかごん)。言而非也(ごんえんひ)。知形形之不形乎(ちけいけいのふけい)。道不當名(どうふとうめい)。

顏淵問於仲尼曰:「文王其猶未邪?又何以夢為乎?」

无始曰、有問道而應之者(ゆうもんどうえんおうのしゃ)。不知道也(ふちどう)。雖問道者(すいもんどうしゃ)。亦未聞道(えきみぶんどう)。道无問(どうむもん)。問无應(もんむおう)。无問問之(むもんもんの)。是問窮也(ぜもんきゅう)。无應應之(むおうおうの)。是无內也(ぜむない)。以无內待問窮(いむないだいもんきゅう)。若是者(じゃくぜしゃ)。外不觀乎宇宙(げふかんこううちゅう)。內不知乎太初(ないふちこうたいしょ)。是以不過乎崑崙(ぜいふかこうこんろん)。不游乎太虛(ふゆうこうたいきょ)。

仲尼曰:「默,汝無言!夫文王盡之也,而又何論剌焉!彼直以循斯須也。」

光曜問乎无有曰(こうようもんこうむゆうわく)。夫子有乎(ふうしゆう)。其无有乎(きむゆう)。

列禦寇為伯昏無人射,引之盈貫,措杯水其肘上,發之,適矢復沓,方矢復寓。當是時,猶象人也。

光曜不得問(こうようふとくもん)。而孰視其狀貌(えんじゅくしきじょうぼう)。窅然空然(ようぜんくうぜん)。終日視之而不見(しゅうじつしのえんふけん)。聽之而不聞(ちょうのえんふぶん)。搏之而不得也(はくのえんふとく)。

伯昏無人曰:「是射之射,非不射之射也。嘗與汝登高山,履危石,臨百仞之淵,若能射乎?」

光曜曰、至矣(しい)。其孰能至此乎(きたくのうししこう)。予能有无矣(よのうゆうむい)。而未能无无也(えんみのうむむ)。及爲无有矣(きゅういむゆうい)。何從至此哉(かじゅうししさい)。

於是無人遂登高山,履危石,臨百仞之淵,背逡巡,足二分垂在外,揖禦寇而進之。禦寇伏地,汗流至踵。

大司馬(だいしば)捶鉤者(すいこうしゃ)。年八十矣(ねんはちじゅうい)。而不失豪芒(えんふしつごうぼう)。大司馬曰、子巧邪(しこうや)。有道邪(ゆうどうや)。

伯昏無人曰:「夫至人者,上闚青天,下潛黃泉,揮斥八極,神氣不變。今汝怵然有恂目之志,爾於中也殆矣夫!」

曰、臣有守也(しんゆうしゅ)。臣之年二十而好捶鉤(しんのねんにじゅうえんこうすいこう)。於物无視也(こうぶつむし)。非鉤无察也(ひこうむさつ)。是用之者(ぜようのしゃ)。假不用者也以長得其用(かふようしゃえいちょうとくきよう)。而況乎无不用者乎(えんこうこうむふようしゃこう)。物孰不資焉(ぶつたくふしえん)。

肩吾問於孫叔敖曰:「子三為令尹而不榮華,三去之而無憂色。吾始也疑子,今視子之鼻間栩栩然,子之用心獨柰何?」

冉求問於仲尼曰(ぜんきゅうもんこうちゅうにわく)。未有天地可知邪(みゆうてんちかちや)。

孫叔敖曰:「吾何以過人哉!吾以其來不可卻也,其去不可止也,吾以為得失之非我也,而無憂色而已矣。我何以過人哉!且不知其在彼乎?其在我乎?其在彼邪?亡乎我;在我邪?亡乎彼。方將躊躇,方將四顧,何暇至乎人貴人賤哉!」

仲尼曰、可(か)。古猶今也(こゆうこん)。

仲尼聞之曰:「古之真人,知者不得說,美人不得濫,盜人不得劫,伏戲黃帝不得友。死生亦大矣,而無變乎己,況爵祿乎!若然者,其神經乎大山而無介,入乎淵泉而不濡,處卑細而不憊,充滿天地,既以與人,己愈有。」

冉求失問而退(ぜんきゅうしつもんえんたい)。明日復見曰(みょうじつふくけんわく)。昔者吾問未有天地可知乎(せきじゃがもんみゆうてんちかち)。夫子曰(ふうしわく)。可。古猶今也。昔日吾昭然(せきじつがしょうぜん)。今日吾昧然(こんじつがまいぜん)。敢問何謂也(かんもんかいい)。

楚王與凡君坐,少焉,楚王左右曰凡亡者三。凡君曰:「凡之亡也,不足以喪吾存。夫『凡之亡不足以喪吾存』,則楚之存不足以存存。由是觀之,則凡未始亡而楚未始存也。」

仲尼曰、昔之昭然也(せきのしょうぜん)。神者先受之(しんしゃせんじゅし)。今之昧然也(こんのまいぜん)。且又爲不神者求邪(しょゆういふしんしゃきゅうや)。无古无今(むこむこん)。无始无終(むしむしゅう)。未有子孫而有子孫可乎(みゆうしそんえんゆうしそんか)。

冉求未對。仲尼曰、已矣(いい)。未應矣(みおうい)。不以生生死(ふいせいしょうし)。不以死死生(ふいししせい)。死生有待邪(しせいゆうたいや)。皆有所一體(かいゆうしょいったい)。有先天地生者物邪(ゆうせんてんちせいしゃぶつや)。物物者非物(ぶつぶつしゃひぶつ)。物出不得先物也(ぶつしゅつふとくせんぶつ)。猶其有物也(ゆうきゆうぶつ)。猶其有物也无已(ゆうきゆうぶつむい)。聖人之愛人也終无已者(せいじんのあいじんえんしゅうむいしゃ)。亦乃取於是者也(えきなんしゅうこうぜしゃ)。

顏淵問於仲尼曰(がんえんもんこうちゅうにわく)。回嘗聞諸夫子曰(かいじょうぶんしょふうしわく)。无有所將(むゆうしょしょう)。无有所迎(むゆうしょげい)。回敢問其遊(かいかんもんきゆう)。

知北遊於玄水之上,登隱弅之丘,而適遭無為謂焉。知謂無為謂曰:「予欲有問乎若:何思何慮則知道?何處何服則安道?何從何道則得道?」三問而無為謂不答也。非不答,不知答也。

仲尼曰、古之人外化而內不化(このじんげかえんないふか)。今之人內化而外不化(こんのじんないかえんげふか)。與物化者(よぶつかしゃ)。一不化者也(いちふかしゃ)。安化安不化(あんかあんふか)。安與之相靡(あんよのそうび)。必與之莫多(ひつよのぼくた)。狶韋氏之囿(きいしのゆう)。黃帝之圃(こうていのほ)。有虞氏之宮(ゆうぐうしのきゅう)。湯武之室(とうぶのしつ)。君子之人(くんしのじん)。若儒墨者師(じゃくじゅぼくしゃし)。故以是非相齎也(こいぜひそうせい)。而況今之人乎(えんこうこんのじんこう)。聖人處物不傷物(せいじんしょぶつふしょうぶつ)。不傷物者(ふしょうぶつしゃ)。物亦不能傷也(ぶつえきふのうしょう)。唯无所傷者(ゆいむしょしょうしゃ)。爲能與人相將迎(いのうよじんそうしょうげい)。山林與(さんりんよ)。皋壤與(こうじょうよ)。使我欣欣然而樂與(しがきんきんぜんえんらくよ)。樂未畢也(らくみひつ)。哀又繼之(あいゆうけいし)。哀樂之來(あいらくのらい)。吾不能禦(がふのうぎょ)。其去弗能止(ききょふのうし)。悲夫(ひふ)。世人直爲物逆旅耳(せじんちょくいぶつぎゃくりょじ)。夫知遇而不知所不遇(ふちぐうえんふちしょふぐう)。知能能而不能所不能(ちのうのうえんふのうしょふのう)。无知无能者(むちむのうしゃ)。固人之所不免也(こじんのしょふめん)。夫務免乎人之所不免者(ふむめんこうじんのしょふめんしゃ)。豈不亦悲哉(きふえきひさい)。至言去言(しげんきょごん)。至爲去爲(しいきょい)。齊知之所知則淺矣(せいちのしょちそくせんい)。

知不得問,反於白水之南,登狐闋之上,而睹狂屈焉。知以之言也問乎狂屈。狂屈曰:「唉!予知之,將語若,中欲言而忘其所欲言。」

(底本附注、経文に非ず)この字の正字は「敕」が「韭」の上にある形だが、「束」は「朿」に換えるべきである。UTF-8にこの正字がないため、類似字で代用した。

知不得問,反於帝宮,見黃帝而問焉。黃帝曰:「無思無慮始知道,無處無服始安道,無從無道始得道。」

庚桑楚

知問黃帝曰:「我與若知之,彼與彼不知也,其孰是邪?」

庚桑楚第二十三

黃帝曰:「彼無為謂真是也,狂屈似之;我與汝終不近也。夫知者不言,言者不知,故聖人行不言之教。道不可致,德不可至。仁可為也,義可虧也,禮相偽也。故曰,『失道而後德,失德而後仁,失仁而後義,失義而後禮。禮者,道之華而亂之首也。』故曰,『為道者日損,損之又損之以至於無為,無為而無不為也。』今已為物也,欲復歸根,不亦難乎!其易也,其唯大人乎!

老聃之役(ろうたんのえき)有庚桑楚者(ゆうこうそうそしゃ)。偏得老聃之道(へんとくろうたんのどう)。以北居畏壘之山(いほくきょいるいのざん)。其臣之畫然知者去之(きしんのかくぜんちしゃきょし)。其妾之挈然仁者遠之(きしょうのけつぜんじんしゃえんし)。擁腫之與居(ようしゅのよきょ)。鞅掌之爲使(おうしょうのいし)。居三年(きょさんねん)。畏壘大壤(いるいだいじょう)。畏壘之民相與言曰(いるいのみんそうよごんわく)。庚桑子之始來(こうそうしのしらい)。吾洒然異之(がさんぜんいし)。今吾日計之而不足(こんがにっけいのえんふそく)。歲計之而有餘(さいけいのえんゆうよ)。庶幾其聖人乎(しょききせいじん)。子胡不相與尸而祝之(しこふそうよしえんしゅくし)。社而稷之乎(しゃえんしょくのこう)。

生也死之徙,死也生之始,孰知其紀!人之生,氣之聚也;聚則為生,散則為死。若死生為徙,吾又何患!故萬物一也。是其所美者為神奇,其所惡者為臭腐。臭腐復化為神奇,神奇復化為臭腐。故曰:『通天下一氣耳。』聖人故貴一。」

庚桑子聞之(こうそうしぶんし)。南面而不釋然(なんめんえんふしゃくぜん)。弟子異之(でいしいし)。庚桑子曰、弟子何異於予(でいしかいこうよ)。夫春氣發而百草生(ふしゅんきはつえんひゃくそうせい)。正得秋而萬寶成(せいとくしゅうえんばんぽうせい)。夫春與秋(ふしゅんよしゅう)。豈无得而然哉(きむとくえんぜんさい)。天道已行矣(てんどういこうい)。吾聞至人(がぶんしじん)。尸居環堵之室(しきょかんとのしつ)。而百姓猖狂不知所如往(えんひゃくせいしょうきょうふちしょじょおう)。今以畏壘之細民(こんいいるいのさいみん)。而竊竊焉欲俎豆予于賢人之間(えんせっせつえんよくそうとうよこうけんじんのかん)。我其杓之人邪(がきしゃくのじんや)。吾是以不釋於老聃之言(がぜいふしゃくこうろうたんのごん)。

知謂黃帝曰:「吾問無為謂,無為謂不應我,非不我應,不知應我也。吾問狂屈,狂屈中欲告我而不我告,非不我告,中欲告而忘之也。今予問乎若,若知之,奚故不近?」

弟子曰、不然(ふぜん)。夫尋常之溝(ふじんじょうのこう)。巨魚无所還其體(きょぎょむしょかんきたい)。而鯢鰌爲之制(えんげいそういのせい)。步仞之丘陵(ほじんのきゅうりょう)。巨獸无所隱其軀(きょじゅうむしょいんきく)。而孽狐爲之祥(えんげっこいのしょう)。且夫尊賢授能(しょふそんけんじゅのう)。先善與利(せんぜんよい)。自古堯舜以然(じこぎょうしゅんいぜん)。而況畏壘之民乎(えんこういるいのみんこう)。夫子亦聽矣(ふうしえきちょうい)。

黃帝曰:「彼其真是也,以其不知也;此其似之也,以其忘之也;予與若終不近也,以其知之也。」

庚桑子曰、小子來(しょうしらい)。夫函車之獸(ふかんしゃのじゅう)。介而離山(かいえんりざん)。則不免於網罟之患(そくふめんこうもうこのかん)。吞舟之魚(とんしゅうのぎょ)。碭而失水(とうえんしっすい)。則蟻能苦之(そくぎのうくし)。故鳥獸不厭高(こちょうじゅうふえんこう)。魚鱉不厭深(ぎょへつふえんしん)。夫全其形生之人(ふぜんきけいせいのじん)。藏其身也(ぞうきしん)。不厭深眇而已矣(ふえんしんびょうえんいい)。且夫是二子者(しょふぜにししゃ)。又何足以稱揚哉(ゆうかそくいしょうようさい)。是其於辯也(ぜきこうべん)。將妄鑿垣牆而殖蓬蒿也(しょうぼうさくえんしょうえんしょほうこう)。簡髮而櫛(かんぱつえんしつ)。數米而炊(すうべいえんすい)。竊竊乎又何足以濟世哉(せっせつこうゆうかそくいさいせいさい)。舉賢則民相軋(きょけんそくみんそうあつ)。任知則民相盜(にんちそくみんそうとう)。之數物者(のすうぶつしゃ)。不足以厚民(ふそくいこうみん)。民之於利甚勤(みんのこうりじんきん)。子有殺父(しゆうさつふ)。臣有殺君(しんゆうさつくん)。正晝爲盜(せいちゅういとう)。日中穴阫(にっちゅうけつがい)。吾語女(がごじょ)。大亂之本(だいらんのほん)。必生於堯舜之間(ひつしょうこうぎょうしゅんのかん)。其末存乎千世之後(きまつそんこうせんせいのこう)。千世之後(せんせいのこう)。其必有人與人相食者也(きひつゆうじんよじんそうしょくしゃ)。

狂屈聞之,以黃帝為知言。

南榮趎(なんえいちゅう)蹴然正坐曰(しゅくぜんせいざわく)。若趎之年者已長矣(じゃくちゅうのねんしゃいちょうい)。將惡乎託業以及此言邪(しょうおこうたくぎょういきゅうしごんや)。

天地有大美而不言,四時有明法而不議,萬物有成理而不說。聖人者,原天地之美而達萬物之理。是故至人無為,大聖不作,觀於天地之謂也。

庚桑子曰、全汝形(ぜんじょけい)。抱汝生(ほうじょせい)。无使汝思慮營營(むしじょしりょえいえい)。若此三年(じゃくしさんねん)。則可以及此言矣(そくかいいきゅうしごんい)。

今彼神明至精,與彼百化。物已死生方圓,莫知其根也,扁然而萬物自古以固存。六合為巨,未離其內;秋豪為小,待之成體。天下莫不沉浮,終身不故;陰陽四時運行,各得其序。惛然若亡而存,油然不形而神,萬物畜而不知。此之謂本根,可以觀於天矣。

南榮趎曰、目之與形(もくのよけい)。吾不知其異也(がふちきい)。而盲者不能自見(えんもうしゃふのうじけん)。耳之與形(じのよけい)。吾不知其異也。而聾者不能自聞(えんろうしゃふのうじぶん)。心之與形(しんのよけい)。吾不知其異也。而狂者不能自得(えんきょうしゃふのうじとく)。形之與形亦辟矣(けいのよけいえきへきい)。而物或間之邪(えんぶつわくかんのや)。欲相求而不能相得(よくそうきゅうえんふのうそうとく)。今謂趎曰(こんいちゅうわく)。全汝形。抱汝生。勿使汝思慮營營(ふつしじょしりょえいえい)。趎勉聞道達耳矣(ちゅうべんぶんどうたつじい)。

齧缺問道乎被衣,被衣曰:「若正汝形,一汝視,天和將至;攝汝知,一汝度,神將來舍。德將為汝美,道將為汝居,汝瞳焉如新生之犢而無求其故!」

庚桑子曰、辭盡矣(じじんい)。曰(わく)。奔蜂不能化藿蠋(ほんぽうふのうかかくちょく)。越雞不能伏鵠卵(えつけいふのうふくこくらん)。魯雞固能矣(ろけいこのうい)。雞之與雞(けいのよけい)。其德非不同也(きとくひふどう)。有能與不能者(ゆうのうよふのうしゃ)。其才固有巨小也(きさいこゆうきょしょう)。今吾才小(こんがさいしょう)。不足以化子(ふそくいかし)。子胡不南見老子(しこふなんけんろうし)。

言未卒,齧缺睡寐。被衣大說,行歌而去之,曰:「形若槁骸,心若死灰,真其實知,不以故自持。媒媒晦晦,無心而不可與謀。彼何人哉!」

南榮趎贏糧(なんえいちゅうえいりょう)。七日七夜至老子之所(しちじつしちやしろうしのしょ)。

舜問乎丞曰:「道可得而有乎?」

老子曰、子自楚之所來乎(しじそのしょらいこう)。南榮趎曰、唯(ゆい)。

曰:「汝身非汝有也,汝何得有夫道!」

老子曰、子何與人偕來之衆也(しかよじんかいらいのしゅう)。南榮趎懼然顧其後(くぜんこうきこう)。

舜曰:「吾身非吾有也,孰有之哉?」

老子曰、子不知吾所謂乎(しふちがしょいこう)。

曰:「是天地之委形也;生非汝有,是天地之委和也;性命非汝有,是天地之委順也;孫子非汝有,是天地之委蛻也。故行不知所往,處不知所持,食不知所味。天地之強陽氣也,又胡可得而有邪!」

南榮趎俯而慚(ふえんざん)。仰而嘆曰(ぎょうえんたんわく)。今者吾忘吾答(こんじゃがぼうがとう)。因失吾問(いんしつがもん)。

孔子問於老聃曰:「今日晏閒,敢問至道。」

老子曰、何謂也(かいい)。

老聃曰:「汝齊戒,疏𤅢而心,澡雪而精神,掊擊而知!夫道,窅然難言哉!將為汝言其崖略。

南榮趎曰、不知乎(ふちこう)。人謂我朱愚(じんいがしゅぐ)。知乎(ちこう)。反愁我軀(はんしゅうがく)。不仁則害人(ふじんそくがいじん)。仁則反愁我身(じんそくはんしゅうがしん)。不義則傷彼(ふぎそくしょうひ)。義則反愁我己(ぎそくはんしゅうがき)。我安逃此而可(があんとうしいか)。此三言者(しさんごんしゃ)。趎之所患也(ちゅうのしょかん)。願因楚而問之(がんいんそえんもんの)。

夫昭昭生於冥冥,有倫生於無形,精神生於道,形本生於精,而萬物以形相生。故九竅者胎生,八竅者卵生。其來無跡,其往無崖,無門無房,四達之皇皇也。邀於此者,四肢彊,思慮恂達,耳目聰明。其用心不勞,其應物無方。天不得不高,地不得不廣,日月不得不行,萬物不得不昌,此其道與!

老子曰、向吾見若眉睫之間(こうがけんじゃくびしょうのかん)。吾因以得汝矣(がいんいとくじょい)。今汝又言而信之(こんじょゆうごんえんしんの)。若規規然若喪父母(じゃくききぜんじゃくそうふぼ)。揭竿而求諸海也(けいかんえんきゅうしょかい)。女亡人哉(じょぼうじんさい)。惘惘乎(もうもうこう)。汝欲反汝情性而无由入(じょよくはんじょじょうせいえんむゆうにゅう)。可憐哉(かれんさい)。

且夫博之不必知,辯之不必慧,聖人以斷之矣!若夫益之而不加益,損之而不加損者,聖人之所保也。淵淵乎其若海,(巍巍)[魏魏]乎其終則復始也。運量萬物而不匱。則君子之道,彼其外與!萬物皆往資焉而不匱。此其道與!

南榮趎請入就舍(なんえいちゅうしょうにゅうしゅうしゃ)。召其所好(しょうきしょこう)。去其所惡(きょきしょお)。十日自愁(じゅうじつじしゅう)。復見老子(ふくけんろうし)。

中國有人焉,非陰非陽,處於天地之間,直且為人,將反於宗。自本觀之,生者,喑醷物也。雖有壽夭,相去幾何?須臾之說也,奚足以為堯桀之是非!果蓏有理,人倫雖難,所以相齒。聖人遭之而不違,過之而不守。調而應之,德也;偶而應之,道也;帝之所興,王之所起也。

老子曰、汝自洒濯(じょじたくたく)。熟哉郁郁乎(じゅくさいいくいくこう)。然而其中津津乎猶有惡也(ぜんじきちゅうしんしんこうゆうゆうあく)。夫外韄者不可繁而捉(ふげかくしゃふかはんえんそく)。將內揵(しょうないけん)。內韄者不可繆而捉(ないかくしゃふかびゅうえんそく)。將外揵(しょうげけん)。外內韄者(げないかくしゃ)。道德不能持(どうとくふのうじ)。而況放道而行者乎(えんこうほうどうえんこうしゃこう)。

人生天地之間,若白駒之過郤,忽然而已。注然勃然,莫不出焉;油然寥然,莫不入焉。已化而生,又化而死。生物哀之,人類悲之。解其天弢,墮其天袟,紛乎宛乎,魂魄將往,乃身從之,乃大歸乎!不形之形,形之不形,是人之所同知也,非將至之所務也,此眾人之所同論也。彼至則不論,論則不至。明見無值,辯不若默。道不可聞,聞不若塞。此之謂大得。」

南榮趎曰、里人有病(りじんゆうびょう)。里人問之(りじんもんの)。病者能言其病(びょうしゃのうごんきびょう)。然其病病者猶未病也(ぜんきびょうびょうしゃゆうみびょう)。若趎之聞大道(じゃくちゅうのぶんだいどう)。譬猶飲藥以加病也(ひゆういんやくいかびょう)。趎願聞衛生之經而已(ちゅうがんぶんえいせいのけいえんい)。

東郭子問於莊子曰:「所謂道,惡乎在?」

老子曰、衛生之經(えいせいのけい)。能抱一乎(のうほういつこう)。能勿失乎(のうふつしつこう)。能无卜筮而知吉凶乎(のうむぼくせいえんちきつきょうこう)。能止乎(のうしこう)。能已乎(のういこう)。能舍諸人而求諸己乎(のうしゃしょじんえんきゅうしょきこう)。能翛然乎(のうしょうぜんこう)。能侗然乎(のうどうぜんこう)。能兒子乎(のうじしこう)。兒子終日嗥而嗌不嗄(じししゅうじつごうえんあくふしゃ)。和之至也(わのし)。終日握而手不掜(しゅうじつあくえんしゅふげい)。共其德也(きょうきとく)。終日視而目不瞚(しゅうじつしえんもくふしゅん)。偏不在外也(へんふざいげ)。行不知所之(こうふちしょし)。居不知所爲(きょふちしょい)。與物委蛇而同其波(よぶついいえんどうきは)。是衛生之經已(ぜえいせいのけいい)。

莊子曰:「無所不在。」

南榮趎曰、然則是至人之德已乎(ぜんそくぜしじんのとくいこう)。

東郭子曰:「期而後可。」

曰、非也(ひ)。是乃所謂冰解凍釋者能乎(ぜなんしょいひょうかいとうしゃくしゃのうこう)。夫至人者(ふしじんしゃ)。相與交食乎地而交樂乎天(そうよこうしょくこうちえんこうらくこうてん)。不以人物利害相攖(ふいじんぶつりがいそうえい)。不相與爲怪(ふそうよいかい)。不相與爲謀(ふそうよいぼう)。不相與爲事(ふそうよいじ)。翛然而往(しょうぜんえんおう)。侗然而來(どうぜんえんらい)。是謂衛生之經已(ぜいえいせいのけいい)。

莊子曰:「在螻蟻。」

曰、然則是至乎(ぜんそくぜしこう)。

曰:「何其下邪?」

曰、未也(み)。吾固告汝曰(がここくじょわく)。能兒子乎(のうじしこう)。兒子動不知所爲(じしどうふちしょい)。行不知所之(こうふちしょし)。身若槁木之枝而心若死灰(しんじゃくこうぼくのしえんしんじゃくしかい)。若是者(じゃくぜしゃ)。禍亦不至(かえきふし)。福亦不來(ふくえきふらい)。禍福无有(かふくむゆう)。惡有人災也(おゆうじんさい)。

曰:「在稊稗。」

南伯子葵(なんぱくしくい)が女偊(じょく)に尋ねて言った。「あなたは年を重ねているのに、顔色は幼子のようだ。どうしてですか」。言った。「道を聞いたのです」。南伯子葵が言った。「学ぶことができますか」。言った。「いや、できるものか。あなたはそういう人ではない。卜梁倚(ぼくりょうい)は聖人の才はあるが聖人の道はなく、私には聖人の道はあるが聖人の才がない。私が彼を教えれば、あるいは彼は本当に聖人になれるかもしれない。そうでなくても、聖人の道を聖人の才に告げるのはたやすい。私は守りながら教えて、三日で天下を外に置けるようになり、天下を外に置いてからまた守り、七日で物を外に置けるようになり、物を外に置いてからまた守り、九日で生を外に置けるようになった。生を外に置いてから、朝が徹するように清明になり、朝徹してから独り(独・絶対者)を見ることができ、独を見てから古今が無くなり、古今無くなってから死なず生まれずの境地に入ることができた。生を殺すものは死なず、生を生むものは生まれない。それは物として、送らないものはなく、迎えないものはなく、毀さないものはなく、成さないものはない。その名を攖寧(えいねい)という。攖寧とは、撹乱に触れて(攖)から成るのである」。南伯子葵が言った。「あなたはどこからそれを聞いたのですか」。言った。「副墨(ふくぼく)の子から聞き、副墨の子は洛誦(らくしょう)の孫から聞き、洛誦の孫は瞻明(せんめい)から聞き、瞻明は聶許(じょうきょ)から聞き、聶許は需役(じゅえき)から聞き、需役は于謳(うおう)から聞き、于謳は玄冥(げんめい)から聞き、玄冥は参寥(さんりょう)から聞き、参寥は疑始(ぎし)から聞いたのです」。

曰:「何其愈下邪?」

子祀(しし)・子輿(しよ)・子犁(しれい)・子来(しらい)の四人が互いに言った。「誰か、無を首とし、生を脊とし、死を尻とすることができるか。死生存亡が一体であることを知る者がいれば、私はその人と友になろう」。四人は顔を見合わせて笑い、心に逆らうことなく、そこで互いに友となった。まもなく子輿が病気になり、子祀が見舞いに行った。言った。「偉大な造物者が、私をこのような拘攣(ぐつかん)した者にしようとしている」。背骨は曲がり、上に五管があり、顎は臍に隠れ、肩は頭の上に高く、項椎は天を指し、陰陽の気が乱れていたが、その心は閑かで何事もなく、よろめいて井戸に臨み、言った。「ああ、造物者はまた私をこのような拘攣した者にしようとしている」。子祀が言った。「あなたはそれを憎むか」。言った。「いや、何を憎もうか。次第にもし私の左臂を鶏に化したなら、私はそれで時を告げてもらおう。次第にもし私の右臂を弾丸に化したなら、私はそれで鴞(きょう)を炙って食べよう。次第にもし私の尻を輪に、神を馬に化したなら、私はそれに乗る。さらに車駕を求める必要があるだろうか。そもそも得るは時であり、失うは順である。時に安んじ順に処れば、哀楽は入ってこられない。これを古えに懸解(けんかい)と言った。自ら解けないのは、物の纏結があるためだ。そもそも物が天に勝てないのは久しい。私は何を憎もうか」。まもなく子来が病気になり、喘ぐように死に瀕した。その妻子が取り囲んで泣いた。子犁が見舞いに行き、言った。「ああ、退きなさい。化を驚かせてはいけない」。門によりかかって言った。「偉大な造化は、またあなたを何にしようとしているのか。あなたをどこへ連れて行こうとしているのか。あなたを鼠の肝にするのか。あなたを虫の臂にするのか」。子来が言った。「父母が子に対して、東西南北、ただ命に従う。陰陽が人に対するのは、父母だけではない。それは私を死に近づけているのに、私が従わないなら、私が抗っていることになる。それに何の罪があるだろうか。大地は形で私を載せ、生で私を労わせ、老で私を安らかにし、死で私を休ませる。だから私の生をよくするものが、すなわち私の死をよくするものである。今、大冶が金を鋳れば、金が跳ね上がって『私は必ず鏌鋣(もや)にならねば』と言えば、大冶は必ずそれを不祥の金と見なす。今、人の形に遇うや『人だ人だ』と言えば、造化者は必ずそれを不祥の人と見なす。今、ひとたび天地を大炉とし、造化を大冶とするなら、どこへ行ってよくないことがあろうか」。

曰:「在瓦甓。」

子桑戸(しそうこ)・孟子反(もうしはん)・子琴張(しきんちょう)の三人が互いに友となり、言った。「誰か、交わることなく交わり、助けることなく助けることができるか。誰か天に登り霧に遊び、無極を環り、生を以て相忘れ、終わりなく窮まらないか」。三人は顔を見合わせて笑い、心に逆らうことなく、そこで互いに友となった。黙然としているうちに子桑戸が死んだ。まだ葬られていない。孔子がこれを聞き、子貢を遣わして丧事を助けさせた。ある者は曲を編み、ある者は琴を鼓し、互いに唱和して言った。「ああ桑戸よ、ああ桑戸よ。あなたはすでに真に帰ったのに、私はまだ人をしている」。子貢が急ぎ足で進み、言った。「敢えて問う。屍に向かって歌うのは、礼に合いますか」。二人は顔を見合わせて笑い、言った。「これは礼の意をどこに知ろうか」。子貢が帰って孔子に告げ、言った。「彼らは何者ですか。修行はないのに形骸を外に置き、屍に向かって歌い、顔色を変えず、名づけようがありません。彼らは何者ですか」。孔子が言った。「彼らは方の外に遊ぶ者であり、丘は方の内に遊ぶ者である。外と内は相い及ばないのに、丘があなたに弔わせたのは、丘が浅陋だったのだ。彼らはまさに造物者と伴い、天地の一気に遊んでいる。彼らは生を附贅懸疣(ふぜいけんゆう)と見なし、死を瘡の潰れ破れると見なしている。このような者が、またどこに死生の先後を知ろうか。異物を仮借し、同体に託寄し、肝胆を忘れ、耳目を遺落し、終始を反覆し、端倪を知らず、茫然と塵垢の外に彷徨し、逍遥と無為の業に遊んでいる。彼らがまたどうして昏々と世俗の礼をなして衆人の耳目に見せようか」。子貢が言った。「では夫子はどちらの方に依るのですか」。孔子が言った。「丘は天の戮民である。そうであっても、私はあなたと共にそれに向かう」。子貢が言った。「敢えてその方を問う」。孔子が言った。「魚は水に相適い、人は道に相適う。水に相適う者は、池を穿って養い給足り、道に相適う者は、事なくして生が定まる。だから言う、魚は江湖に相忘れ、人は道術に相忘れる、と」。子貢が言った。「敢えて畸人を問う」。言った。「畸人とは、人には畸(き)でありながら天に合う者である。だから言う、天の小人は人の君子であり、人の君子は天の小人である、と」。

曰:「何其愈甚邪?」

顔回が仲尼に尋ねて言った。「孟孫才は母が死んだとき、哭泣して涕なく、心中戚しくなく、居喪して哀しまなかった。この三つがないのに、善く喪をすることで魯国を覆うほどの名を得ました。本当にその実がなくてその名を得るものがあるのでしょうか。回は実に怪しいと思います」。仲尼が言った。「孟孫氏は尽くした。知よりもさらに進んでいる。ただ簡化しようとして得られなかったのに、彼はすでに簡化したところがある。孟孫氏は生のゆえんを知らず、死のゆえんを知らない。先に趨ることを知らず、後に趨ることを知らない。化物のようになって、彼の知らない化を待つだけである。そもそも化している最中に、どうして化しないと知ろうか。化していない最中に、どうしてすでに化したと知ろうか。私とあなたは、おそらく夢であってまだ覚めないのだろう。そもそも彼は駭人の形はあっても損心はなく、旦宅はあっても真の死はない。孟孫氏は独り覚めていて、人が哭けば彼も哭く。彼自身がそうあるだけである。そもそも互いに『我』と称するだけで、どうして私のいわゆる『我』を知ろうか。そもそもあなたは夢で鳥となり天に飛び、夢で魚となり淵に没する。今話しているのが、覚めているのか夢なのかを知らない。適意を造れば笑いに及ばず、笑いを発すれば安排に及ばない。安排に安んじて化に随う。これが寥天(りょうてん)の一に入るのである」。

曰:「在屎溺。」

意而子(いじし)が許由に会い、許由が言った。「堯は何をあなたに資したのか」。意而子が言った。「堯は私に言った。『あなたは必ず身をもって仁義を履み、是非を明らかに言いなさい』」。許由が言った。「あなたはまた何のために来たのか。堯はすでに仁義であなたの顔に黥(けい)を刻み、是非であなたの鼻を割った。あなたは何を以て遥蕩恣睢(ようとうしすい)・輾転遷徙の途に遊ぼうか」。意而子が言った。「そうであっても、私はその藩籬に遊びたい」。許由が言った。「そうではない。盲人は眉目の美しさに与らず、瞽人は青黄黼黻の観賞に与らない」。意而子が言った。「無荘はその美を失い、据梁はその力を失い、黄帝はその知を亡くした。みな炉鎚のあいだにあるだけです。どうして造物者が私の黥を平らげ、私の劓(ぎ)を補い、私を完整に乗せて先生に従わせないと知ろうか」。許由が言った。「ああ。まだ知れない。私はあなたに大略を言おう。我が師よ、我が師よ。万物を調和しながら義とはせず、恩沢を万世に及ぼしながら仁とはせず、上古に長けて老とはせず、天地を覆載し衆形を刻彫しながら巧とはしない。遊ぶところはここにある」。

東郭子不應。莊子曰:「夫子之問也,固不及質。正獲之問於監市履狶也,每下愈況。汝唯莫必,無乎逃物。至道若是,大言亦然。周徧鹹三者,異名同實,其指一也。

顔回が言った。「回は進益しました」。仲尼が言った。「どういうことか」。言った。「回は仁義を忘れました」。言った。「それでよい。まだ至っていない」。数日して再び会い、言った。「回は進益しました」。言った。「どういうことか」。言った。「回は礼楽を忘れました」。言った。「それでよい。まだ至っていない」。数日して再び会い、言った。「回は進益しました」。言った。「どういうことか」。言った。「回は坐忘(ざぼう)しました」。仲尼が蹴然として言った。「坐忘とは何か」。顔回が言った。「肢体を堕壊し、聡明を廃黜し、形を離れ知を去り、大通(だいつう)に同ずる。これを坐忘という」。仲尼が言った。「同ずれば偏好がなく、化すれば常執がない。あなたは果たして賢い。丘も後ろに従うことを請おう」。

嘗相與遊乎無何有之宮,同合而論,無所終窮乎!嘗相與無為乎!澹而靜乎!漠而清乎!調而閒乎!寥已吾志,無往焉而不知其所至。去而來而不知其所止,吾已往來焉而不知其所終;彷徨乎馮閎,大知入焉而不知其所窮。物物者與物無際,而物有際者,所謂物際者也;不際之際,際之不際者也。謂盈虛衰殺,彼為盈虛非盈虛,彼為衰殺非衰殺,彼為本末非本末,彼為積散非積散也。」

子輿と子桑が友となり、陰雨が十日降った。子輿が言った。「子桑はおそらく病んだだろう」。飯を包んで彼に与えに行った。子桑の門前に着くと、歌うような泣くような声で、琴を鼓して言っていた。「父か、母か。天か、人か」。声が支えられずに詩を促して唱い出していた。子輿が入って言った。「あなたの歌詩は、どうしてこのようなのか」。言った。「私は私をこの極みに至らせたものを思い求めて得られない。父母は私を貧しくしようと思うだろうか。天は私なく覆い、地は私なく載せる。天地は私を貧しくしようと思うだろうか。その為す者を求めて得られない。しかるにこの極みに至るのは、命である」。

妸荷甘與神農同學於老龍吉。神農隱幾,闔戶晝瞑。妸荷甘日中奓戶而入,曰:「老龍死矣!」神農隱幾擁杖而起,嚗然放杖而笑,曰:「天知予僻陋慢訑,故棄予而死。已矣夫子!無所發予之狂言而死矣夫!」

応帝王

弇堈弔聞之,曰:「夫體道者,天下之君子所繫焉。今於道,秋豪之端萬分未得處一焉,而猶知藏其狂言而死,又況夫體道者乎!視之無形,聽之無聲,於人之論者,謂之冥冥,所以論道,而非道也。」

齧缺(けつけつ)が王倪におうに四回尋ねて、四回とも知らなかった。齧缺はそこで跳び上がって大いに喜び、蒲衣子(ほいし)に告げに行った。蒲衣子が言った。「あなたは今知ったか。有虞氏は泰氏に及ばない。有虞氏は、まだ仁を蔵して人を邀結し、人を得ても、まだ非人に出ていない。泰氏は、眠れば徐徐として、覚めれば于于(うう)として、あるいは己を馬とし、あるいは己を牛とした。その知は信実で、その徳は真で、まだ非人に入っていない」。

於是泰清問乎無窮曰:「子知道乎?」

肩吾(けんご)が狂接輿に会った。狂接輿が言った。「日中始は何をあなたに告げたか」。肩吾が言った。「告げた。『人君たる者は己で経式義度を出して、人は誰か敢えて聴かずして化しないか』」。狂接輿が言った。「これは欺徳である。それを天下を治めるに用いれば、海を渉って河を鑿(ほ)り、蚊虻に山を背負わせるようなものだ。聖人の治は、外を治めるのか。自ら正してから行い、確然としてその事を為すだけである。そもそも鳥は高く飛んで矰弋(しょうよく)の害を避け、鼷鼠(けいそ)は深く穴って神丘の下に煙熏と掘削の患を避ける。あなたはこの二虫の知さえもないのか」。

無窮曰:「吾不知。」

天根(てんこん)が殷陽に遊び、蓼水(りょうすい)の上に至り、ちょうど無名人に遇って尋ねた。「請う、天下を治めること」。無名人が言った。「去れ。あなたは鄙陋な人だ。問いのなんと不愉快なことか。私はまさに造物者と伴い、厭きればまた莽眇(ぼうびょう)の鳥に乗り、六極の外に出て、無何有の郷に遊び、圹埌(こうろう)の野に処る。あなたはまた何を以て天下を治めることを私の心に感じさせるのか」。再び問うた。無名人が言った。「あなたは心を淡に遊ばせ、気を漠に合わせ、物の自然に順い私を容れないなら、天下は治まる」。

又問乎無為,無為曰:「吾知道。」

陽子居(ようしく)が老聃に会い、言った。「ここに一人、敏捷で強悍で、事事に徹明であり、道を学んで倦まない者がいます。このような者は、明王に比べられますか」。老聃が言った。「これは聖人から見れば、胥(しょ)に役せられ技に繋がれ、形を労し心を驚かす者である。そもそも虎豹は文のために田猟を来し、猿猴は便のために、狗は狸を執るがために縄縛を来す。このような者は、明王に比べられるか」。陽子居が蹴然として言った。「敢えて明王の治を問う」。老聃が言った。「明王の治は、功が天下に蓋(おお)うも己によることなく、化を万物に貸して民は恃まず、あって名を挙げず、物に自ら喜ばせ、測りがたきに立ち、無有に遊ぶ」。

曰:「子之知道,亦有數乎?」

鄭に神巫の季咸(きかん)がいて、人の死生存亡・禍福寿夭を知り、これを歳月旬日に期して神のようであった。鄭人は彼を見て、皆棄てて走った。列子は彼を見て心に酔い、帰って壺子(こし)に告げた。「初め私は夫子の道は至りと思った。しかしさらに至るものがあった」。壺子が言った。「私があなたに与えたのは、すでに文であって、まだ実に至っていない。あなたは道を得たと思っているのか。衆雌あって雄なければ、どうして卵があろうか。あなたは道を以て世に勝を争い、必ず人の信を求める。だから人にあなたを相させることができるのだ。試みに彼と来て、彼に私を見せよう」。翌日、列子が彼とともに壺子に見えた。出て列子に言った。「ああ。あなたの先生は死ぬ。生きられない。十日を持たない。私は怪異を見た。湿灰を見た」。列子が入り、涕泣して襟を沾(うるお)して壺子に告げた。壺子が言った。「さきに私が彼に見せたのは地文である。萌して動かず正さない。彼はおそらく私が徳機を杜塞したのを見たのだ。試みに彼と再び来い」。翌日、また彼とともに壺子に見えた。出て列子に言った。「幸いだ。あなたの先生は私に遇った。瘳(い)える。全く生がある。私はその杜塞の中の権変を見た」。列子が入り、壺子に告げた。壺子が言った。「さきに私が彼に見せたのは天壤である。名実は入らず、機は踵(きびす)から発する。彼はおそらく私の善者機を見たのだ。試みに彼と再び来い」。翌日、また彼とともに壺子に見えた。出て列子に言った。「あなたの先生は斉(せい)がない。私は相するに由がない。試みに斉えて、再び相しよう」。列子が入り、壺子に告げた。壺子が言った。「私がさきに彼に見せたのは太冲莫勝(たいちゅうぼくしょう)である。彼はおそらく私の衡気機を見たのだ。鯢(げい)の桓(まわ)る審(したた)かなるを淵とし、止水の審かなるを淵とし、流水の審かなるを淵とする。淵に九つの名がある。ここに三つを用いた。試みに彼と再び来い」。翌日、また彼とともに壺子に見えた。まだ立ち定まらないうちに、色を失して走った。壺子が言った。「追え」。列子は追い及ばず、帰って壺子に報告した。「すでに滅し、すでに失われた。私は及ばなかった」。壺子が言った。「さきに私が彼に見せたのは、未曾だ我が宗に出ざるである。私は彼と虚して委蛇(いい)し、誰を以て彼を知ることなく、故に弟靡(ていび)の如く、故に波流の如く、故に逃げたのだ」。ここにおいて列子は、自ら未だ学んだことがないと思って帰り、三年出ず。妻のために炊き、豕に食わせること人の如く、事に於て親しむところ無く、彫琢(ちょうたく)して朴に復し、塊然として独りその形を以て立ち、紛(ふん)として封(こ)え、一にして是を終えた。

曰:「有。」

名の尸主とならず、謀の府庫とならず、事の任当とならず、知の主宰となるなかれ。無窮に体を尽くし、朕兆(ちんちょう)なきに遊び、天の受くるところを尽くして、得るを見ず、ただ虚なるのみ。至人の心を用いること鏡の如し。送らず迎えず、応じて蔵せず、故能く物に勝てて傷を受けず。

曰:「其數若何?」

南海の帝を儵(しゅく)とし、北海の帝を忽(こつ)とし、中央の帝を渾沌(こんとん)とした。儵と忽はしばしば渾沌の地で相遇し、渾沌は彼らを善く遇した。儵と忽は渾沌の徳に報いることを謀り、言った。「人は皆七竅を有し、以て視聴食息を為す。これ独り無い。試みにこれを鑿(ほ)ろう」。日に一竅を鑿つ、七日にして渾沌は死んだ。

無為曰:「吾知道之可以貴,可以賤,可以約,可以散,此吾所以知道之數也。」

駢拇(へんぼ)

泰清以之言也問乎無始,曰:「若是,則無窮之弗知與無為之知,孰是而孰非乎?」

趾が駢(あわ)さり指が枝(えだ)出るは、性に出づるか、徳の有すべきに多し。附贅懸疣(ふぜいけんゆう)は形に出づるか、性の有すべきに多し。仁義に多方に駢枝してこれを用いるは、五蔵に列なるか、道徳の正には非ざるなり。故に足の駢さるは、連に無用の肉を垂れ、手の枝出ずるは、樹に無用の指を樹て、五蔵の情に多方に駢枝して、仁義の行に淫僻し、又聡明の用に多方す。故に明に駢枝するは、五色を乱し、文章を淫せしめ、青黄黼黻(ふふ)の煌煌たるを以て、非か。離朱(りしゅ)これなり。聡に多きは、五声を乱し、六律を淫せしめ、金石・絲竹・黄鐘・大呂の声を以て、非か。師曠(しくう)これなり。仁に枝るは、徳を擢(ぬき)んで塞(ふさ)ぎ、名を収め、天下を簧鼓して奉ずる法に及ばざらしむるは、非か。曾参・史鰌(しぐ)これなり。駢の辯は、累瓦・結繩・竄句を為し、堅白・同異のあいだに心を遊ばしめ、敝に跬誉(きよ)して無用の言を誉むるは、非か。楊朱・墨翟これなり。故にこれ皆多駢旁枝の道にして、天下の至正に非ざるなり。

無始曰:「不知深矣,知之淺矣;弗知內矣,知之外矣。」

彼の正至なるは、その性命の情を失わざるなり。故に合するは駢と為さず、枝るは跂と為さず、長くは余りあるに非ず、短くは足らずに非ず。故に鳧(ふ)の脛は短きも、之を続けば則ち憂え、鶴の脛は長きも、之を断てば則ち悲しむ。故に性長きは断たるべきに非ず、性短きは続がるべきに非ず、去るべき憂え無し。意(おも)うに仁義は人情に非ざるか。彼の仁人は何ぞ多く憂えるか。且つ足の駢さるは、之を決せば則ち哭し、手の枝るは、之を齕(か)れば則ち啼く。二者或いは数に余り、或いは数に足らず、其の憂えるに於て一なり。今世の仁人は、蒿目(こうもく)して世の患いを憂え、不仁の人は、性命の情を決裂して貴富を饕(とう)り貪る。故に意うに仁義は人情に非ざるか。三代より已降、天下は何ぞ囂囂(ごうごう)たるか。且つ鉤・縄・規・矩を待ちて正すは、是れ其の性を削るなり。縄約・膠漆を待ちて固するは、是れ其の徳を侵すなり。屈折を礼楽に、呴俞(くゆ)を仁義に、以て天下の心を慰むるは、是れ其の常を失うなり。天下に常然あり。常然とは、曲るは鉤を以てせず、直るは縄を以てせず、円なるは規を以てせず、方なるは矩を以てせず、附するは膠漆を以てせず、約するは纆索(ぼうさく)を以てせず。故に天下は誘然として皆生まるも、其の生まる所以を知らず、同然として皆得るも、其の得る所以を知らず。故に古今は二つに非ず、虧(か)くべからず。則ち仁義は又奚(なん)ぞ連連として膠漆纆索の如く、道徳の間に遊んで、天下を惑わさんや。

於是泰清中而歎曰:「弗知乃知乎!知乃不知乎!孰知不知之知?」

小惑は方を易え、大惑は性を易う。何を以て其の然るを知るか。虞氏が仁義を招きて天下を撓(た)がめしより、天下は仁義に奔命せざる莫し。是れ其の性を仁義を以て易うるに非ずや。故に嘗試(しょうし)して之を論ず。三代より已降、天下は外物を以て其の性を易えざる莫し。小人は則ち身を利に殉じ、士は則ち身を名に殉じ、大夫は則ち身を家に殉じ、聖人は則ち身を天下に殉ず。故に此の数子は、事業は同からず、名号の異なりも、其の性を傷り身を以て殉ずるに於て一なり。臧(そう)と穀(こく)と二人相与(あいとも)に羊を牧して、倶(とも)に其の羊を亡(うしな)う。臧を問うに、則ち筴(ささ)を挟みて書を読む。穀を問うに、則ち博塞(はくさい)して遊ぶ。二人の事業は同からず、其の羊を亡うに於て均し。伯夷は名の為に首陽の下に死し、盗蹠は利の為に東陵の上に死す。二人の死する所は同からず、其の生を残り性を傷るに於て均し。奚ぞ必ず伯夷を是とし盗蹠を非とせんや。天下は尽く殉ず。其の殉ずる所は仁義なれば、則ち俗に之を君子と謂い、所殉ずるは貨財なれば、則ち俗に之を小人と謂う。其の殉ずるは一なりも、則ち君子あり、則ち小人あり。若し夫の生を残り性を損るを見ば、則ち盗蹠も亦た是れ伯夷。又惡(なん)ぞ君子小人を其の間に取らんや。

無始曰:「道不可聞,聞而非也;道不可見,見而非也;道不可言,言而非也。知形形之不形乎!道不當名。」

宇泰定者(うたいじょうしゃ)は、乎(こ)天光(てんこう)より發(はっ)す。天光より發する者は、人是れを見て人と爲(な)る。人有脩(ゆうしゅう)して、乃(だい)今恒(こう)有り。有恒(ゆうこう)者は、人之舍(しゃ)し、天助(てんじょ)之。人之所舍は、之を天民(てんみん)と謂う。天之所助は、之を天子(てんし)と謂う。

無始曰:「有問道而應之者,不知道也。雖問道者,亦未聞道。道無問,問無應。無問問之,是問窮也;無應應之,是無內也。以無內待問窮,若是者,外不觀乎宇宙,內不知乎大初,是以不過乎崑崙,不遊乎太虛。」

學(がく)する者は、其の學ぶ能はざる所を學び、行(こう)する者は、其の行ふ能はざる所を行い、辯(べん)する者は、其の辯ずる能はざる所を辯ず。知(ち)は其の知らざる所に止(し)まれば、至(し)矣。若(も)し不以是(ふいぜ)有らば、天鈞(てんきん)之を敗(はい)す。

光曜問乎無有曰:「夫子有乎?其無有乎?」

物を備(び)して以て形を養(やしな)い、不虞(ふぐ)を藏(ぞう)して以て心を生(しょう)じ、中(ちゅう)を敬(けい)して以て彼(ひ)に達(たっ)す。若是(じゃくぜ)にして而(なん)萬惡(ばんあく)至(し)る者は、皆天(てん)也、而(なん)而非(ひ)人也。以て亂(らん)成(せい)するに足らず、靈臺(れいたい)に納(のう)す可からず。靈臺者持(じ)する所有(ゆう)して、而(なん)其の持する所を知(ち)らず。而(なん)且(まさ)不可持(ふかじ)也。

光曜不得問,而孰視其狀貌,窅然空然,終日視之而不見,聽之而不聞,搏之而不得也。

其の誠(せい)を見ざる而して發する者は、發する每(ごと)に而(なん)不當(ふとう)。業(ぎょう)入りて而(なん)不舍(ふしゃ)。毎(まい)更(こう)失(しつ)す。明(めい)之中に不善(ふぜん)を爲(な)す者は、人之を誅(ちゅう)す。幽(ゆう)之中に不善を爲す者は、鬼之を誅す。人に明(めい)、鬼に明(めい)せば、然る後に能く獨行(どっこう)す。

光曜曰:「至矣,其孰能至此乎!予能有無矣,而未能無無也。及為無有矣,何從至此哉!」

其の內に契(けい)する者は、名(めい)無きに行(こう)す。其の外に契する者は、志(し)期費(きひ)す。名無きに行する者は、唯(ただ)庸(よう)にして光(こう)有り。志期費(きひ)する者は、唯(ただ)賈人(こじん)也。人其の跂(き)するを見れば、猶(な)ほ魁然(かいぜん)と爲(な)す。物與(とも)窮(きゅう)する者は、物入(にゅう)焉(えん)。物與且(しょ)する者は、其身(きしん)尚(な)を容(よう)する能はず。焉(なん)ぞ能く人を容せん。人を容する能はざる者は无親(むしん)。无親(むしん)者は盡人(じんじん)。兵は志(し)より慘(さん)なるは莫(な)し、鏌鎁(もや)之を下(げ)す。寇は陰陽より大なるは莫し、无(な)所(しょ)於(お)天地之間に逃(とう)る。非(ひ)陰陽賊之(ぞくし)、心則使之然(しんそくしのぜん)也。

大馬之捶鉤者,年八十矣,而不失豪芒。大馬曰:「子巧與?有道與?」

道通(どうつう)是(ぜ)。其分(きぶん)也、其成(きせい)也、毀(き)也。其の分に惡(お)む所以(しょい)者は、其の備(び)を以て分(ぶん)と爲(な)せばなり。其の備に惡む所以者は、其の備あるを以て備(び)と爲せばなり。故に出(しゅつ)で而(なん)不反(ふはん)すれば、其の鬼(き)を見(けん)す。出で而(なん)有所得(ゆうしょとく)は、是れを得死(とくし)と謂う。滅(めつ)して而(なん)有實(ゆうじつ)は、是れ鬼(き)之一(いち)也。有(ゆう)形(けい)を以て而(なん)无(む)形(けい)に象(しょう)すれば、則ち定(じょう)矣。

曰:「臣有守也。臣之年二十而好捶鉤,於物無視也,非鉤無察也。是用之者,假不用者也以長得其用,而況乎無不用者乎!物孰不資焉!」

出(しゅつ)无(む)本(ほん)に、入(にゅう)无竅(むきょう)に。有實(ゆうじつ)而(なん)无乎處(むこしょ)。有長(ゆうちょう)而(なん)无乎本末(むこほんまつ)。有所出(ゆうしょしゅつ)而(なん)无竅者(むきょうしゃ)有實(ゆうじつ)。有實而(なん)无乎處者(むこしょしゃ)は、宇(う)也。有長而(なん)无本剽(むほんひょう)者は、宙(ちゅう)也。有乎生(ゆうこうせい)、有乎死。有乎出、有乎入。入出(にゅうしゅつ)而(なん)不見其形(ふけんきけい)は、是れを天門(てんもん)と謂う。天門者(てんもんしゃ)は、无(む)有(ゆう)也。萬物出乎无有(ばんぶつしゅつこうむゆう)。有不能以有爲有(ゆうふのういゆういゆう)。必出乎无有(ひつしゅつこうむゆう)。而无有一无有(えんむゆういちむゆう)。聖人藏(ぞう)焉(えん)。

冉求問於仲尼曰:「未有天地可知邪?」

古之爲人者(このいじんしゃ)、其(き)知(ち)有所至(ゆうしょし)。惡乎至(おこうし)。有以爲未始有物者(ゆういいみしゆうぶつしゃ)。至矣(しい)。盡矣(じんい)。弗可以加矣(ふつかかいい)。其次以爲有物矣(きじいいゆうぶつい)。將以生爲喪也(しょういせいいそう)。以死爲反也(いしいはん)。是以分已(ぜいぶんい)。其次曰始无有(きじわくしむゆう)。既而有生(きえんゆうせい)。生俄而死(せいがえんし)。以无有爲首(いむゆういしゅ)。以生爲體(いせいいたい)。以死爲尻(いしいこう)。孰知有无死生之一守者(たくちゆうむしせいのいっしゅしゃ)。吾與之爲友(がよのいゆう)。三者雖異(さんしゃすいい)。公族也(こうぞく)。昭景也(しょうけい)。著戴也(ちゃくたい)。甲氏也(こうし)。著封也(ちゃくほう)。非一也(ひいつ)。

仲尼曰:「可。古猶今也。」

有生(ゆうせい)は黬(あん)也。披然(ひぜん)として移是(いぜ)を曰う。請(しょう)移是を言はん。是れ言(げん)ふべき所に非ざるなり。然(しか)りと雖も、是れ知(ち)るべからざるなり。腊(せき)の人は膍臄(ひきゃく)有りて、散(さん)す可きも、而して散す可からざるなり。室屋を觀(かん)ずる者は、寢廟(しんびょう)に周(あまね)き、又其の偃溲(えんしゅう)に之(ゆ)く。是れの爲に移是を擧(きょ)す。

冉求失問而退。明日復見,曰:「昔者吾問『未有天地可知乎?』夫子曰:『可。古猶今也。』昔日吾昭然,今日吾昧然。敢問何謂也?」

請(しょう)嘗(こころ)みに移是を言はん。是れ以生(いせい)爲本(いほん)し、以知(いち)爲師(いし)し、因(よ)りて以て是非に乘(じょう)す。果(か)名實(めいじつ)有りて、因りて以て己を質(しつ)と爲(な)す。人以て己節(きせつ)と爲(な)さしめ、因りて以て死を償(しょう)節(せつ)す。若然(じゃくぜん)の者は、用(よう)を以て知(ち)と爲(な)し、不用(ふよう)を以て愚(ぐ)と爲(な)す。徹(てつ)を以て名(めい)と爲(な)し、窮(きゅう)を以て辱(じょく)と爲(な)す。移是は、今之人(こんのじん)也。是れ蜩與學鳩(ちょうよがくきゅう)之同(どう)於(お)同(どう)也。

仲尼曰:「昔之昭然也,神者先受之;今之昧然也,且又為不神者求邪?無古無今,無始無終。未有子孫而有子孫,可乎?」

市人の足(しじんのそく)を臑(じゅう)せば、則ち放驁(ほうごう)を以て辭(じ)す。兄(けい)なれば則ち嫗(おう)を以てし、大親(だいしん)なれば則ち已(い)矣。故に曰く、至禮(しれい)人(じん)と爲(な)さざる者有り、至義(しぎ)物(ぶつ)と爲さず、至知(しち)謀(ぼう)せず、至仁(しじん)親(しん)無(な)し、至信(ししん)金(きん)を辟(へき)す、と。

冉求未對。仲尼曰:「已矣,末應矣!不以生生死,不以死死生。死生有待邪?皆有所一體。有先天地生者物邪?物物者非物,物出不得先物也,猶其有物也。猶其有物也,無已。聖人之愛人也終無已者,亦乃取於是者也。」

徹志之勃(てっしのぼつ)。解心之繆(かいしんのびゅう)。去德之累(きょとくのるい)。達道之塞(たつどうのそく)。貴富顯嚴名利六者(きふけんげんめいりろくしゃ)。勃志也(ぼっし)。容動色理氣意六者(ようどうしょくりきいろくしゃ)。繆心也(びゅうしん)。惡欲喜怒哀樂六者(おくよくきどあいらくろくしゃ)。累德也(るいとく)。去就取與知能六者(きょしゅうしゅよちのうろくしゃ)。塞道也(そくどう)。此四六者(ししろくしゃ)。不蕩胸中則正(ふとうきょうちゅうそくせい)。正則靜(せいそくせい)。靜則明(せいそくめい)。明則虛(めいそくきょ)。虛則无爲而无不为也(きょそくむいえんむふい)。道者德之欽也(どうしゃとくのきん)。生者德之光也(せいしゃとくのこう)。性者生之質也(せいしゃせいのしつ)。性之動謂之爲(せいのどういのい)。爲之僞謂之失(いのぎいのしつ)。知者接也(ちしゃせつ)。知者謨也(ちしゃぼ)。知者之所不知(ちしゃのしょふち)。猶睨也(ゆうげい)。動以不得已之謂德(どういふとくいのいとく)。動无非我之謂治(どうむひがのいち)。名相反而實相順也(めいそうはんえんじつそうじゅん)。

顏淵問乎仲尼曰:「回嘗聞諸夫子曰:『無有所將,無有所迎。』回敢問其遊。」

羿工乎中微(げいこうこうちゅうび)。而拙乎使人无己譽(えんせっこうしじんむきよ)。聖人工乎天而拙乎人(せいじんこうこうてんえんせっこうじん)。夫工乎天而俍乎人者(ふこうこうてんえんりょうこうじんしゃ)。唯全人能之(ゆいぜんじんのうし)。唯蟲能蟲(ゆいちゅうのうちゅう)。唯蟲能天(ゆいちゅうのうてん)。全人惡天(ぜんじんおくてん)。惡人之天(おくじんのてん)。而況吾天乎人乎(えんこうがてんこうじんこう)。

仲尼曰:「古之人,外化而內不化,今之人,內化而外不化。與物化者,一不化者也。安化安不化,安與之相靡,必與之莫多。狶韋氏之囿,黃帝之圃,有虞氏之宮,湯武之室。君子之人,若儒墨者師,故以是非相x韲x*也,而況今之人乎!聖人處物不傷物。不傷物者,物亦不能傷也。唯無所傷者,為能與人相將迎。山林與!皋壤與!使我欣欣然而樂與!樂未畢也,哀又繼之。哀樂之來,吾不能禦,其去弗能止。悲夫,世人直為物逆旅耳!夫知遇而不知所不遇,知能能而不能所不能。無知無能者,固人之所不免也。夫務免乎人之所不免者,豈不亦悲哉!至言去言,至為去為。齊知之所知,則淺矣。」

一雀適羿(いちじゃくてきげい)。羿必得之(げいひつとくし)。或也(わく)。以天下爲之籠(いてんかいのろう)。則雀无所逃(そくじゃくむしょとう)。是故湯以庖人籠伊尹(ぜこうとういほうじんろういいん)。秦穆公以五羊之皮籠百里奚(しんぼくこういごようのひろうひゃくりけい)。是故非以其所好籠之而可得者(ぜこうひいきしょこうろうのえんかとくしゃ)。无有也(むゆう)。

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介者拸畫(かいしゃちが)。外非譽也(げひよ)。胥靡登高而不懼(しょびとうこうえんふく)。遺死生也(いしせい)。夫復謵不饋而忘人(ふふくしゅうふきえんぼうじん)。忘人因以爲天人矣(ぼうじんいんいいてんじんい)。故敬之而不喜(こけいのえんふき)。侮之而不怒者(ぶのえんふぬしゃ)。唯同乎天和者爲然(ゆいどうこうてんわしゃいぜん)。出怒不怒(しゅつぬふぬ)。則怒出於不怒矣(そくぬしゅつこうふぬい)。出爲无爲(しゅついむい)。則爲出於无爲矣(そくいしゅつこうむいい)。欲靜則平氣(よくせいそくへいき)。欲神則順心(よくしんそくじゅんしん)。有爲也(ゆうい)。欲當則緣於不得已(よくとうそくえんこうふとくい)。不得已之類(ふとくいのるい)。聖人之道(せいじんのどう)。

徐無鬼

徐無鬼第二十四

老聃之役有庚桑楚者,偏得老聃之道,以北居畏壘之山,其臣之畫然知者去之,其妾之挈然仁者遠之;擁腫之與居,鞅掌之為使。居三年,畏壘大壤。畏壘之民相與言曰:「庚桑子之始來,吾灑然異之。今吾日計之而不足,歲計之而有餘。庶幾其聖人乎!子胡不相與屍而祝之,社而稷之乎?」

徐無鬼因女商以見魏武侯(じょむきいんじょしょういけんぎぶこう)。武侯勞之曰(ぶこうろうしわく)。先生病矣(せんせいびょうい)。苦於山林之勞(くこうさんりんのろう)。故乃肯見於寡人(こなんこうけんこうかじん)。

庚桑子聞之,南面而不釋然。弟子異之。庚桑子曰:「弟子何異於予?夫春氣發而百草生,正得秋而萬寶成。夫春與秋,豈無得而然哉?天道已行矣。吾聞至人,屍居環堵之室,而百姓猖狂不知所如往。今以畏壘之細民而竊竊焉欲俎豆予於賢人之間,我其杓之人邪?吾是以不釋於老耼之言。」

徐無鬼曰、我則勞於君(がそくろうこうくん)。君有何勞於我(くんゆうかろうこうが)。君將盈耆欲(くんしょうえいしよく)。長好惡(ちょうこうお)。則性命之情病矣(そくせいめいのじょうびょうい)。君將黜耆欲(くんしょうちゅつしよく)。掔好惡(けんこうお)。則耳目病矣(そくじもくびょうい)。我將勞君(がしょうろうくん)。君有何勞於我。武侯超然不對(ぶこうしょうぜんふたい)。

弟子曰:「不然。夫尋常之溝,巨魚無所還其體,而鯢鰌為之制;步仞之丘陵,巨獸無所隱其軀,而㜸狐為之祥。且夫尊賢授能,先善與利,自古堯舜以然,而況畏壘之民乎!夫子亦聽矣!」

少焉(しょうえん)。徐無鬼曰、嘗語君(しょうごくん)。吾相狗也(がそうこう)。下之質執飽而止(げのしつしゅうほうえんし)。是狸德也(ぜりとく)。中之質若視日(ちゅうのしつじゃくしじつ)。上之質若亡其一(じょうのしつじゃくぼうきいつ)。吾相狗又不若吾相馬也(がそうこうゆうふじゃくがそうば)。吾相馬、直者中繩(ちょくしゃちゅうじょう)。曲者中鉤(きょくしゃちゅうこう)。方者中矩(ほうしゃちゅうく)。圓者中規(えんしゃちゅうき)。是國馬也(ぜこくば)。而未若天下馬也(えんみじゃくてんかば)。天下馬有成材(てんかばゆうせいざい)。若卹若失(じゃくしゅつじゃくしつ)。若喪其一(じゃくそうきいつ)。若是者(じゃくぜしゃ)。超軼絕塵(ちょういつぜつじん)。不知其所(ふちきしょ)。武侯大說而笑(ぶこうだいえつえんしょう)。

庚桑子曰:「小子來!夫函車之獸,介而離山,則不免於罔罟之患;吞舟之魚,碭而失水,則蟻能苦之。故鳥獸不厭高,魚鼈不厭深。夫全其形生之人,藏其身也,不厭深眇而已矣!且夫二子者,又何足以稱揚哉!是其於辯也,將妄鑿垣牆而殖蓬蒿也,簡髮而櫛,數米而炊,竊竊乎又何足以濟世哉!舉賢則民相軋,任知則民相盜。之數物者,不足以厚民。民之於利甚勤,子有殺父,臣有殺君,正晝為盜,日中穴阫。吾語女,大亂之本,必生於堯舜之間,其末存乎千世之後。千世之後,其必有人與人相食者也。」

徐無鬼出。女商曰、先生獨何以說吾君乎(せんせいどくかいいえつがくんこう)。吾所以說吾君者(がしょいえつがくんしゃ)。橫說之則以詩書禮樂(おうせつのそくいししょれいがく)。從說之則以金板六弢(じゅうせつのそくいきんぱんりゅうとう)。奉事而大有功者不可爲數(ほうじえんだいゆうこうしゃふかいすう)。而吾君未嘗啟齒(えんがくんみじょうしし)。今先生何以說吾君(こんせんせいかいいえつがくん)。可使吾君說若此乎(かしがくんえつじゃくしこう)。

南榮趎蹵然正坐曰:「若趎之年者已長矣,將惡乎託業以及此言邪?」

徐無鬼曰、吾直告之吾相狗馬耳(がちょくこくのがそうこうばじ)。

庚桑子曰:「全汝形,抱汝生,無使汝思慮營營。若此三年,則可以及此言矣。」

女商曰、若是乎(じゃくぜこう)。

南榮趎曰:「目之與形,吾不知其異也,而盲者不能自見;耳之與形,吾不知其異也,而聾者不能自聞;心之與形,吾不知其異也,而狂者不能自得。形之與形亦闢矣,而物或間之邪,欲相求而不能相得?今謂趎曰:『全汝形,抱汝生,勿使汝思慮營營。』趎勉聞道達耳矣!」

曰、子不聞夫越之流人乎(しふぶんふえつのりゅうじん)。去國數日(きょこくすうじつ)。見其所知而喜(けんきしょちえんき)。去國旬月(きょこくしゅんげつ)。見所嘗見於國中者而喜(けんしょじょうけんこうこくちゅうしゃえんき)。及期年也(きゅうきねん)。見似人者而喜矣(けんじじんしゃえんき)。不亦去人滋久思人滋深乎(ふえききょじんじきゅうしじんじしん)。夫逃虛空者(ふとうきょくうしゃ)。藜藿柱乎鼪鼬之逕(れいかくちゅうこうしょうゆうのけい)。踉位其空(りょういきくう)。聞人足音跫然而喜矣(ぶんじんそくおんけいぜんえんき)。而況乎昆弟親戚之謦欬其側者乎(えんこうこうこんていしんせきのけいがいきそくしゃ)。久矣夫莫以真人之言謦欬吾君之側乎(きゅういふぼくいしんじんのごんけいがいがくんのそく)。

庚桑子曰:「辭盡矣。曰,奔蜂不能化藿蠋,越雞不能伏鵠卵,魯雞固能矣。雞之與雞,其德非不同也,有能與不能者,其才固有巨小也。今吾才小,不足以化子。子胡不南見老子!」

徐無鬼見武侯。武侯曰、先生居山林(せんせいきょさんりん)。食芧栗(しょくじょりつ)。厭蔥韭(えんそうきゅう)。以賓寡人(いひんかじん)。日久矣夫(じつきゅういふ)。今老邪(こんろうや)。其欲干酒肉之味邪(きよくかんしゅにくのみや)。其寡人亦有社稷之福邪(きかじんえきゆうしゃしょくのふくや)。

南榮趎贏糧,七日七夜至老子之所。

徐無鬼曰、无鬼生於貧賤(むきせいこうひんせん)。未嘗敢飲食君之酒肉(みじょうかんいんしょくくんのしゅにく)。將來勞君也(しょうらいろうくん)。

老子曰:「子自楚之所來乎?」南榮趎曰:「唯。」

君曰、何哉(かさい)。奚勞寡人(きろうかじん)。

老子曰:「子何與人偕來之眾也?」南榮趎懼然顧其後。

曰、勞君之神與形(ろうくんのしんよけい)。

老子曰:「子不知吾所謂乎?」

武侯曰、何謂邪(かいいや)。

南榮趎俯而慙,仰而歎曰:「今者吾忘吾答,因失吾問。」

徐無鬼曰、天地之養也一(てんちのよういつ)。登高不可以爲長(とうこうふかいいちょう)。居下不可以爲短(きょげふかいいたん)。君獨爲萬乘之主(くんどくいばんじょうのしゅ)。以苦一國之民(いくいっこくのみん)。以養耳目鼻口(いようじもくびこう)。夫神者不自許也(ふしんしゃふじきょ)。夫神者好和而惡姦(ふしんしゃこうわえんおくかん)。夫姦病也(ふかんびょう)。故勞之(ころうし)。唯君所病之何也(ゆいくんしょびょうのか)。

老子曰:「何謂也?」

武侯曰、欲見先生久矣(よくけんせんせいきゅうい)。吾欲愛民而爲義偃兵(がよくあいみんえんいぎえんへい)。其可乎(きか)。

南榮趎曰:「不知乎?人謂我朱愚。知乎?反愁我軀。不仁則害人,仁則反愁我身;不義則傷彼,義則反愁我己。我安逃此而可?此三言者,趎之所患也,願因楚而問之。」

徐無鬼曰、不可(ふか)。愛民害民之始也(あいみんがいみんのし)。爲義偃兵造兵之本也(いぎえんへいぞうへいのほん)。君自此爲之(くんじしいし)。則殆不成(そくたいふせい)。凡成美惡器也(ぼんせいびあくき)。君雖爲仁義(くんすいいじんぎ)。幾且僞哉(きしょぎさい)。形固造形(けいこぞうけい)。成固有伐(せいこゆうばつ)。變固外戰(へんこげせん)。君亦必无盛鶴列於麗譙之間(くんえきひつむせいかくれつこうれいしょうのかん)。无徒驥於錙壇之宮(むとうきこうしたんのきゅう)。无藏逆於得(むぞうぎゃくこうとく)。无以巧勝人(むいこうしょうじん)。无以謀勝人(むいぼうしょうじん)。无以戰勝人(むいせんしょうじん)。夫殺人之士民(ふさつじんのしみん)。兼人之土地(けんじんのどち)。以養吾私與吾神者(いようがしよがしんしゃ)。其戰不知孰善(きせんふちたくぜん)。勝之惡乎在(しょうのおこうざい)。君若勿已矣(くんじゃくふついい)。脩胸中之誠(しゅうきょうちゅうのせい)。以應天地之情而勿攖(いおうてんちのじょうえんふつえい)。夫民死已脫矣(ふみんしいだつい)。君將惡乎用夫偃兵哉(くんしょうおこうようふえんへいさい)。

老子曰:「向吾見若眉睫之間,吾因以得汝矣。今汝又言,而信之。若規規然若喪父母,揭竿而求諸海也。女亡人哉!惘惘乎,汝欲反汝情性而無由入,可憐哉!」

黃帝將見大隗乎具茨之山(こうていしょうけんだいいこうぐしのざん)。方明爲御(ほうめいいぎょ)。昌㝢驂乘(しょううさんじょう)。張若謵朋前馬(ちょうじゃくしゅうほうぜんば)。昆閽滑稽後車(こんこんこっかいこうしゃ)。至於襄城之野(しこうじょうじょうのや)。七聖皆迷(しちせいかいめい)。无所問塗(むしょもんと)。

南榮趎請入就舍,召其所好,去其所惡,十日自愁,復見老子。

適遇牧馬童子(てきぐうぼくばどうじ)。問塗焉(もんとえん)。曰、若知具茨之山乎(じゃくちぐしのざん)。曰、然(ぜん)。

老子曰:「汝自灑濯,熟哉鬱鬱乎!然而其中津津乎猶有惡也。夫外韄者不可繁而捉,將內揵;內韄者不可繆而捉,將外揵。外內韄者,道德不能持,而況放道而行者乎!」

若知大隗之所存乎(じゃくちだいいのしょそん)。曰、然。

南榮趎曰:「里人有病,里人問之,病者能言其病,病者猶未病也。若趎之聞大道,譬猶飲藥以加病也,趎願聞衞生之經而已矣。」

黃帝曰、異哉小童(いさいしょうどう)。非徒知具茨之山(ひとちぐしのざん)。又知大隗之所存(ゆうちだいいのしょそん)。請問爲天下(しょうもんいてんか)。

老子曰:「衞生之經,能抱一乎?能勿失乎?能無卜筮而知吉凶乎?能止乎?能已乎?能捨諸人而求諸己乎?能翛然乎?能侗然乎?能兒子乎?兒子終日嗥而嗌不嗄,和之至也;終日握而手不掜,共其德也;終日視而目不瞚,偏不在外也。行不知所之,居不知所為,與物委蛇而同其波。是衞生之經已。」

小童曰、夫爲天下者(ふいてんかしゃ)。亦若此而已矣(えきじゃくしえんいい)。又奚事焉(ゆうきじえん)。予少而自游於六合之內(よしょうえんじゆうこうりくごうのない)。予適有瞀病(よてきゆうぼうびょう)。有長者教予曰(ゆうちょうしゃきょうよわく)。若乘日之車而游於襄城之野(じゃくじょうじつのしゃえんゆうこうじょうじょうのや)。今予病少痊(こんよびょうしょうせん)。予又且復游於六合之外(よゆうしょふくゆうこうりくごうのげ)。夫爲天下亦若此而已(ふいてんかえきじゃくしえんい)。予又奚事焉(よゆうきじえん)。

南榮趎曰:「然則是至人之德已乎?」

黃帝曰、夫爲天下者則誠非吾子之事(ふいてんかしゃそくせいひがしのじ)。雖然、請問爲天下(すいぜんしょうもんいてんか)。小童辭(しょうどうじ)。

曰:「非也。是乃所謂冰解凍釋者,能乎?夫至人者,相與交食乎地而交樂乎天,不以人物利害相攖,不相與為怪,不相與為謀,不相與為事,翛然而往,侗然而來。是謂衞生之經已。」

黃帝又問。小童曰、夫爲天下者(ふいてんかしゃ)。亦奚以異乎牧馬者哉(えききいいこうぼくばしゃさい)。亦去其害馬者而已矣(えききょきがいばしゃえんいい)。

曰:「然則是至乎?」

黃帝再拜稽首(こうていさいはいけいしゅ)。稱天師而退(しょうてんしえんたい)。

曰:「未也。吾固告汝曰:『能兒子乎!』兒子動不知所為,行不知所之,身若槁木之枝而心若死灰。若是者,禍亦不至,福亦不來。禍福無有,惡有人災也!」

知士无思慮之變則不樂(ちしむしりょのへんそくふらく)。辯士无談說之序則不樂(べんしむだんせつのじょそくふらく)。察士无淩誶之事則不樂(さつしむりょうすいのじそくふらく)。皆囿於物者也(かいゆうこうぶつしゃ)。

宇泰定者,發乎天光。發乎天光者,人見其人,[物見其物。]人有脩者,乃今有恆;有恆者,人舍之,天助之。人之所舍,謂之天民;天之所助,謂之天子。

招世之士興朝(しょうせいのしこうちょう)。中民之士榮官(ちゅうみんのしえいかん)。筋國之士矜難(きんこくのしきょうなん)。勇敢之士奮患(ゆうかんのしふんかん)。兵革之士樂戰(へいかくのしらくせん)。枯槁之士宿名(ここうのししゅくめい)。法律之士廣治(ほうりつのしこうち)。禮教之士敬容(れいきょうのしけいよう)。仁義之士貴際(じんぎのしきさい)。農夫无草萊之事則不比(のうふむそうらいのじそくふひ)。商賈无市井之事則不比(しょうこむしせいのじそくふひ)。庶人有旦暮之業則勸(しょじんゆうたんぼのぎょうそくかん)。百工有器械之巧則壯(ひゃっこうゆうきかいのこうそくそう)。錢財不積則貪者憂(せんざいふせきそくたんしゃゆう)。權勢不尤則夸者悲(けんせいふゆうそくこしゃひ)。勢物之徒樂變(せいぶつのとらくへん)。遭時有所用(そうじゆうしょよう)。不能无爲也(ふのうむい)。此皆順比於歲(しかいじゅんひこうさい)。不物於易者也(ふぶつこうえきしゃ)。馳其形性(ちきけいせい)。潛之萬物(せんのばんぶつ)。終身不反(しゅうしんふはん)。悲夫(ひふ)。

學者,學其所不能學也;行者,行其所不能行也;辯者,辯其所不能辯也。知止乎其所不能知,至矣;若有不即是者,天鈞敗之。

莊子曰、射者非前期而中(しゃしゃひぜんきえんちゅう)。謂之善射(いのぜんしゃ)。天下皆羿也(てんかかいげい)。可乎(か)。

備物以將形,藏不虞以生心,敬中以達彼,若是而萬惡至者,皆天也,而非人也,不足以滑成,不可內於靈臺。靈臺者有持,而不知其所持,而不可持者也。

惠子曰、可(か)。

不見其誠己而發,每發而不當,業入而不捨,每更為失。為不善乎顯明之中者,人得而誅之;為不善乎幽閒之中者,鬼得而誅之。明乎人、明乎鬼者,然後能獨行。

莊子曰、天下非有公是也(てんかひゆうこうぜ)。而各是其所是(えんかくぜきしょぜ)。天下皆堯也(てんかかいぎょう)。可乎。

券內者,行乎無名;券外者,志乎期費。行乎無名者,唯庸有光;志乎期費者,唯賈人也。人見其跂,猶之魁然。與物窮者,物入焉;與物且者,其身之不能容,焉能容人!不能容人者無親,無親者盡人。兵莫憯於志,鏌鋣為下;寇莫大於陰陽,無所逃於天地之間。非陰陽賊之,心則使之也。

惠子曰、可。

道通,其分也。其成也毀也。所惡乎分者,其分也以備;所以惡乎備者,其有以備。故出而不反,見其鬼;出而得,是謂得死。滅而有實,鬼之一也。以有形者象無形者而定矣!

莊子曰、然則儒墨楊秉四(ぜんそくじゅぼくようへいし)。與夫子爲五(よふうしいご)。果孰是邪(かたくぜや)。或者若魯遽者邪(わくしゃじゃくろきょや)。其弟子曰(きでいしわく)。我得夫子之道矣(がとくふうしのどうい)。吾能冬爨鼎而夏造冰矣(がのうとうさんていえんかぞうひょうい)。魯遽曰(ろきょわく)。是直以陽召陽(ぜちょくいようしょうよう)。以陰召陰(いいんしょういん)。非吾所謂道也(ひがしょいどう)。吾示子乎吾道(がじしこうがどう)。於是爲之調瑟(ぜいのちょうしつ)。廢一於堂(はいいつこうどう)。廢一於室(はいいつこうしつ)。鼓宮宮動(こきゅうきゅうどう)。鼓角角動(こかくかくどう)。音律同矣(おんりつどうい)。夫或改調一弦(ふわくかいちょういつげん)。於五音无當也(こうごおんむとう)。鼓之(この)。二十五弦皆動(にじゅうごげんかいどう)。未始異於聲(みしいこうせい)。而音之君已(えんおんのくんい)。且若是者邪(しょじゃくぜしゃや)。

出無本,入無竅,有實而無乎處,有長而無乎本剽,有所出而無竅者有實。有實而無乎處者,宇也;有長而無本剽者,宙也。有乎生,有乎死;有乎出,有乎入。入出而無見其形,是謂天門。天門者,無有也。萬物出乎無有。有不能以有為有,必出乎無有,而無有一無有。聖人藏乎是。

惠子曰、今乎儒墨楊秉(こんこうじゅぼくようへい)。且方與我以辯(しょほうよがいべん)。相拂以辭(そうふついじ)。相鎭以聲(そうちんいせい)。而未始吾非也(えんみしがひ)。則何如矣(そくかじょい)。

古之人,其知有所至矣。惡乎至?有以為未始有物者,至矣,盡矣,弗可以加矣!其次以為有物矣,將以生為喪也,以死為反也,是以分已。其次曰始無有,既而有生,生俄而死;以無有為首,以生為體,以死為尻;孰知有無死生之一守者,吾與之為友。是三者雖異,公族也,昭景也,著戴也,甲氏也,著封也:非一也。

莊子曰、齊人蹢子於宋者(せいじんてきしこうそうしゃ)。其命閽也不以完(きめいこんふいかん)。其求鈃鍾也以束縛(ききゅうけいしょういそくばく)。其求唐子也而未始出域(ききゅうとうしえんみししゅついき)。有遺類矣(ゆういるいい)。夫楚人寄而蹢閽者(ふそじんきえんてきこんしゃ)。夜半於无人之時而與舟人鬬(やはんこうむじんのじえんよしゅうじんとう)。未始離於岑而足以造於怨也(みしりこうしんえんそくいぞうこうえん)。

有生,黬也,披然曰移是。嘗言移是,非所言也。雖然,不可知者也。臘者之有膍胲,可散而不可散也;觀室者周於寢廟,又適其偃焉!為是舉移是。

莊子送葬(そうしそうそう)。過惠子之墓(かけいしのぼ)。顧謂從者曰(こいじゅうしゃわく)。郢人堊慢其鼻端(えいじんあくまんきびたん)。若蠅翼(じゃくようよく)。使匠石斵之(ししょうせきちゃくし)。匠石運斤成風(しょうせきうんきんせいふう)。聽而斵之(ちょうえんちゃくし)。盡堊而鼻不傷(じんあくえんびふしょう)。郢人立不失容(えいじんりつふしつよう)。宋元君聞之(そうげんくんぶんし)。召匠石曰(しょうしょうせきわく)。嘗試爲寡人爲之(しょうしいかじんいし)。匠石曰、臣則嘗能斵之(しんそくじょうのうちゃくし)。雖然、臣之質死久矣(すいぜんしんのしつしきゅうい)。自夫子之死也(じふうしのし)。吾无以爲質矣(がむいいしつい)。吾无與言之矣(がむよごんのい)。

請常言移是。是以生為本,以知為師,因以乘是非。果有名實,因以己為質。使人以為己節,因以死償節。若然者,以用為知,以不用為愚;以徹為名,以窮為辱。移是,今之人也,是蜩與學鳩同於同也。

管仲有病(かんちゅうゆうびょう)。桓公問之曰(かんこうもんのわく)。仲父之病病矣(ちゅうほのびょうびょうい)。可不諱云(ふかきうん)。至於大病(しこうだいびょう)。則寡人惡乎屬國而可(そくかじんおこうぞくこくえんか)。

蹍市人之足,則辭以放驁,兄則以嫗,大親則已矣。故曰,至禮有不人,至義不物,至知不謀,至仁無親,至信闢金。

管仲曰、公誰欲與(こうすいよくよ)。

徹志之勃,解心之謬,去德之累,達道之塞。貴富顯嚴名利六者,勃志也。容動色理氣意六者,謬心也。惡欲喜怒哀樂六者,累德也。去就取與知能六者,塞道也。此四六者,不蕩胸中則正,正則靜,靜則明,明則虛,虛則無為而無不為也。道者,德之欽也;生者,德之光也;性者,生之質也。性之動,謂之為,為之偽謂之失。知者,接也;知者,謨也。知者之所不知,猶睨也。動以不得已之謂德,動無非我之謂治,名相反而實相順也。

公曰、鮑叔牙(ほうしゅくが)。

羿工乎中微而拙乎使人無己譽;聖人工乎天而拙乎人;夫工乎天而俍乎人者,唯全人能之。唯蟲能蟲,唯蟲能天。全人惡天,惡人之天,而況吾天乎人乎!

曰、不可(ふか)。其爲人絜廉善士也(きいじんけいれんぜんし)。其於不己若者不比之(きこうふきじゃくしゃふひの)。又一聞人之過(ゆういつぶんじんのか)。終身不忘(しゅうしんふぼう)。使之治國(しのちこく)。上且鉤乎君(じょうしょこうこうくん)。下且逆乎民(げしょぎゃくこうみん)。其得罪於君也(きとくざいこうくん)。將弗久矣(しょうふつきゅうい)。

一雀適羿,羿必得之,或也。以天下為之籠,則雀無所逃。是故湯以胞人籠伊尹,秦穆公以五羊之皮籠百里奚。是故非以其所好籠之而可得者,無有也。

公曰、然則孰可(ぜんそくたくか)。

介者拸畫,外非譽也。胥靡登高而不懼,遺死生也。夫復謵不餽而忘人,忘人,因以為天人矣!故敬之而不喜,侮之而不怒者,唯同乎天和者為然。出怒不怒,則怒出於不怒矣;出為無為,則為出於無為矣!欲靜則平氣,欲神則順心。有為也。欲當則緣於不得已,不得已之類,聖人之道。

對曰、勿已(ふつい)。則隰朋其可(そくじゅうほうきか)。其爲人也(きいじん)。上忘而下畔(じょうぼうえんげはん)。愧不若黃帝(きふじゃくこうてい)。而哀不己若者(えんあいふきじゃくしゃ)。以德分人謂之聖(いとくぶんじんいのせい)。以財分人謂之賢(いざいぶんじんいのけん)。以賢臨人(いけんりんじん)。未有得人者也(みゆうとくじんしゃ)。以賢下人(いけんげじん)。未有不得人者也(みゆうふとくじんしゃ)。其於國有不聞也(きこうこくゆうふぶん)。其於家有不見也(きこうけゆうふけん)。勿已、則隰朋其可(ふついそくじゅうほうきか)。

吳王浮於江(ごおうふこうこう)。登乎狙之山(とうこうそのざん)。衆狙見之(しゅうそけんし)。恂然棄而走(しゅんぜんきえんそう)。逃於深蓁(とうこうしんしん)。有一狙焉(ゆういつそえん)。委蛇攫搔(いいかくそう)。見巧乎王(けんこうこうおう)。王射之(おうしゃし)。敏給搏捷矢(びんきゅうはくしょうし)。王命相者趨射之(おうめいそうしゃしゅうしゃし)。狙執死(そしゅうし)。

王顧謂其友顏不疑曰(おうこいきゆうがんふぎわく)。之狙也(のそ)。伐其巧(ばつきこう)。恃其便以敖予(じきべんいごうよ)。以至此殛也(いししきょく)。戒之哉(かいのさい)。嗟乎(かこう)。无以汝色驕人哉(むいじょしょくきょうじんさい)。顏不疑歸而師董梧(がんふぎきえんしとうご)。以助其色(いじょきしょく)。去樂辭顯(きょらくじけん)。三年而國人稱之(さんねんえんこくじんしょうし)。

徐無鬼因女商見魏武侯,武侯勞之曰:「先生病矣!苦於山林之勞,故乃肯見於寡人。」

南伯子綦(なんはくしき)隱几而坐(いんきえんざ)。仰天而噓(ぎょうてんえんきょ)。顏成子入見曰(がんせいしにゅうけんわく)。夫子物之尤也(ふうしぶつのゆう)。形固可使若槁骸(けいこかしじゃくこうがい)。心固可使若死灰乎(しんこかしじゃくしかいこう)。

徐無鬼曰:「我則勞於君,君有何勞於我!君將盈耆欲,長好惡,則性命之情病矣;君將黜耆欲,掔好惡,則耳目病矣。我將勞君,君有何勞於我!」武侯超然不對。

曰、吾嘗居山穴之中矣(がじょうきょさんけつのちゅうい)。當是時也(とうぜじ)。田禾一覩我(でんかいっとが)。而齊國之衆三賀之(えんせいこくのしゅうさんがし)。我必先之(がひつせんの)。彼故知之(ひこちし)。我必賣之(がひつばいし)。彼故鬻之(ひこいくし)。若我而不有之(じゃくがえんふゆうの)。彼惡得而知之(ひおとくえんちし)。若我而不賣之(じゃくがえんふばいし)。彼惡得而鬻之(ひおとくえんいくし)。嗟夫(かふ)。我悲人之自喪者(がひじんのじそうしゃ)。吾又悲夫悲人者(がゆうひふひじんしゃ)。吾又悲夫悲人之悲者(がゆうひふひじんのひしゃ)。其後而日遠矣(きこうえんじつえんい)。

少焉,徐無鬼曰:「嘗語君,吾相狗也。下之質執飽而止,是狸德也;中之質若視日,上之質若亡其一。吾相狗,又不若吾相馬也。吾相馬,直者中繩,曲者中鉤,方者中矩,圓者中規,是國馬也,而未若天下馬也。天下馬有成材,若卹若失,若喪其一,若是者,超軼絕塵,不知其所。」武侯大悅而笑。

仲尼之楚(ちゅうにのそ)。楚王觴之(そうおうしょうし)。孫叔敖執爵而立(そんしゅくごうしゅうしゃくえんりつ)。市南宜僚受酒而祭(しなんぎりょうじゅしゅえんさい)。曰、古之人乎(このじん)。於此言已(こうしごんい)。

徐無鬼出,女商曰:「先生獨何以說吾君乎?吾所以說吾君者,橫說之則以《詩》、《書》、《禮》、《樂》,從說則以《金板》、《六弢》,奉事而大有功者不可為數,而吾君未嘗啟齒。今先生何以說吾君,使吾君說若此乎?」

曰、丘也聞不言之言矣(きゅうえぶんふごんのごんい)。未之嘗言(みのじょうごん)。於此乎言之(こうしこうごんの)。市南宜僚弄丸而兩家之難解(しなんぎりょうろうがんえんりょうかのなんかい)。孫叔敖甘寢秉羽而郢人投兵(そんしゅくごうかんしんへいうえんえいじんとうへい)。丘願有喙三尺(きゅうがんゆうかいさんせき)。

徐無鬼曰:「吾直告之吾相狗馬耳。」

彼之謂不道之道(ひのいふどうのどう)。此之謂不言之辯(しのいふごんのべん)。故德總乎道之所一(ことくそうこうどうのしょいつ)。而言休乎知之所不知(えんごんきゅうこうちのしょふち)。至矣(しい)。道之所一者(どうのしょいつしゃ)。德不能同也(とくふのうどう)。知之所不能知者(ちのしょふのうちしゃ)。辯不能舉也(べんふのうきょ)。名若儒墨而凶矣(めいじゃくじゅぼくえんきょうい)。故海不辭東流(こかいふじとうりゅう)。大之至也(だいのし)。聖人并包天地(せいじんへいほうてんち)。澤及天下(たくきゅうてんか)。而不知其誰氏(えんふちきすいし)。是故生无爵(ぜこうせいむしゃく)。死无諡(しむし)。實不聚(じつふじゅ)。名不立(めいふりつ)。此之謂大人(しのいだいじん)。狗不以善吠爲良(くふいぜんはいいりょう)。人不以善言爲賢(じんふいぜんごんいけん)。而況爲大乎(えんこういだい)。夫爲大不足以爲大(ふいだいふそくいいだい)。而況爲德乎(えんこういとく)。夫大備矣(ふだいびい)。莫若天地(ぼくじゃくてんち)。然奚求焉(ぜんききゅうえん)。而大備矣(えんだいびい)。知大備者(ちだいびしゃ)。无求(むきゅう)。无失(むしつ)。无棄(むき)。不以物易己也(ふいぶつえきき)。反己而不窮(はんきえんふきゅう)。循古而不摩(じゅんこえんふま)。大人之誠(だいじんのせい)。

女商曰:「若是乎?」

子綦有八子(しきゆうはっし)。陳諸前(ちんしょぜん)。召九方歅曰(しょうきゅうほういんわく)。爲我相吾子(いがそうがし)。孰爲祥(たくいしょう)。

曰:「子不聞夫越之流人乎?去國數日,見其所知而喜;去國旬月,見所嘗見於國中者喜;及期年也,見似人者而喜矣;不亦去人滋久,思人滋深乎?夫逃虛空者,藜藋柱乎鼪鼬之逕,踉位其空,聞人足音跫然而喜矣,又況乎昆弟親戚之謦欬其側者乎!久矣夫莫以真人之言謦欬吾君之側乎!」

九方歅曰、梱也爲祥(こんいしょう)。

徐無鬼見武侯,武侯曰:「先生居山林,食芧栗,厭蔥韭,以賓寡人,久矣夫!今老邪?其欲幹酒肉之味邪?其寡人亦有社稷之福邪?」

子綦瞿然喜曰(しきくぜんきわく)。奚若(きじゃく)。曰、梱也將與國君同食以終其身(こんしょうよこくくんどうしょくいしゅうきしん)。

徐無鬼曰:「無鬼生於貧賤,未嘗敢飲食君之酒肉,將來勞君也。」

子綦索然出涕曰(しきさくぜんしゅつていわく)。吾子何爲以至於是極也(がしかいいしこうぜきょく)。

君曰:「何哉!奚勞寡人?」

九方歅曰、夫與國君同食(ふよこくくんどうしょく)。澤及三族(たくきゅうさんぞく)。而況父母乎(えんこうふぼ)。今夫子聞之而泣(こんふうしぶんのえんきゅう)。是禦福也(ぜぎょふく)。子則祥矣(しそくしょうい)。父則不祥(ふそくふしょう)。

曰:「勞君之神與形。」

子綦曰、歅(いん)。女惡足以識此(じょおそくいしきし)。而夫梱也爲祥(えんふこんいしょう)。其盡於酒肉入於鼻口矣(きじんこうしゅにくにゅうこうひこうい)。而何足以知其所自來(えんかそくいちきしょじらい)。吾未嘗爲牧而牂生於奧(がみじょういぼうえんそうせいこうおう)。未嘗好田而鶉生於宎(みじょうこうでんえんしゅんせいこうえん)。若勿怪何故(じゃくふつかいかこ)。吾與吾子所游者(がよがししょゆうしゃ)。游於天地(ゆうこうてんち)。吾與之邀樂乎天(がよのようらくこうてん)。吾與之邀食乎地(がよのようしょくこうち)。吾不與之爲事(がふよのいじ)。不與之爲謀(ふよのいぼう)。不與之爲怪(ふよのいかい)。吾與之乘天地之誠而不以物與之相攖(がよのじょうてんちのせいえんふいぶつよのそうえい)。吾與之一委蛇而不與之爲事所宜(がよのいちいいえんふよのいじしょぎ)。今然有世俗之償焉(こんぜんゆうせいぞくのしょうえん)。凡有怪徵者(ぼんゆうかいちょうしゃ)。必有怪行(ひつゆうかいこう)。殆哉(たいさい)。非吾與吾子之罪(ひがよがしのざい)。幾天與之也(きてんよの)。吾以是泣(がいしきゅう)。

武侯曰:「何謂邪?」

无何(むか)。使梱之燕(しこんのえん)。盜得於道(とうとくこうどう)。全而鬻之則難(ぜんえんいくのそくなん)。不若刖之則易(ふじゃくげつのそくい)。於是乎刖而鬻之於齊(ぜこうげつえんいくのこうせい)。適當渠公之街(てきとうきょこうのがい)。然身食肉而終(ぜんしんしょくにくえんしゅう)。

徐無鬼曰:「天地之養也一,登高不可以為長,居下不可以為短。君獨為萬乘之主,以苦一國之民,以養耳目鼻口,夫神者不自許也。夫神者,好和而惡姦;夫姦,病也,故勞之。唯君所病之何也?」

齧缺遇許由(げっけつぐうきょゆう)。曰、子將奚之(ししょうきの)。

武侯曰:「欲見先生久矣。吾欲愛民而為義偃兵,其可乎?」

曰、將逃堯(しょうとうぎょう)。

徐無鬼曰:「不可。愛民,害民之始也;為義偃兵,造兵之本也;君自此為之,則殆不成。凡成美,惡器也;君雖為仁義,幾且偽哉!形固造形,成固有伐,變固外戰。君亦必無盛鶴列於麗譙之間,無徙驥於錙壇之宮,無藏逆於得,無以巧勝人,無以謀勝人,無以戰勝人。夫殺人之士民,兼人之土地,以養吾私與吾神者,其戰不知孰善?勝之惡乎在?君若勿已矣!脩胷中之誠,以應天地之情而勿攖。夫民死已脫矣,君將惡乎用夫偃兵哉!」

曰、奚謂邪(きいや)。

黃帝將見大隗乎具茨之山,方明為御,昌㝢驂乘,張若謵朋前馬,昆閽滑稽後車;至於襄城之野,七聖皆迷,無所問塗。

曰、夫堯畜畜然仁(ふぎょうちくちくぜんじん)。吾恐其爲天下笑(がこうきいてんかしょう)。後世其人與人相食與(こうせいきじんよじんそうしょくよ)。夫民不難聚也(ふみんふなんじゅう)。愛之則親(あいのそくしん)。利之則至(りのそくし)。譽之則勸(よのそくかん)。致其所惡則散(ちきしょおそくさん)。愛利出乎仁義(あいりしゅつこうじんぎ)。捐仁義者寡(えんじんぎしゃか)。利仁義者衆(りじんぎしゃしゅう)。夫仁義之行(ふじんぎのこう)。唯且无誠(ゆいしょむせい)。且假乎禽貪者器(しょかこうきんたんしゃき)。是以一人之斷制利天下(ぜいいちじんのだんせいりてんか)。譬之猶一覕也(ひのゆういつへつ)。夫堯知賢人之利天下也(ふぎょうちけんじんのりてんか)。而不知其賊天下也(えんふちきぞくてんか)。夫唯外乎賢者知之矣(ふゆいげこうけんしゃちしい)。

適遇牧馬童子,問塗焉,曰:「若知具茨之山乎?」曰:「然。」

有暖姝者(ゆうだんじゅくしゃ)。有濡需者(ゆうじゅしゅしゃ)。有卷婁者(ゆうけんるしゃ)。

「若知大隗之所存乎?」曰:「然。」

所謂暖姝者(しょいだんじゅくしゃ)。學一先生之言(がくいつせんせいのごん)。則暖暖姝姝而私自說也(そくだんだんじゅくじゅくえんじしえつ)。自以爲足矣(じいいそくい)。而未知未始有物也(えんみちみしゆうぶつ)。是以謂暖姝者也(ぜいいだんじゅくしゃ)。

黃帝曰:「異哉小童!非徒知具茨之山,又知大隗之所存。請問為天下。」

濡需者(じゅしゅしゃ)。豕虱是也(ししつぜ)。擇疏鬣自以爲廣宮大囿(たくそりょうじいいこうきゅうだいゆう)。奎蹄曲隈乳間股脚(けいていきょくわいにゅうかんこきゃく)。自以爲安室利處(じいいあんしつりしょ)。不知屠者之一旦鼓臂布草操煙火(ふちとしゃのいったんこうぶほそうそうえんか)。而已與豕俱焦也(えんいよしぐしょう)。此以域進(しいきしん)。以域退(いきたい)。此其所謂濡需者也(しきしょいじゅしゅしゃ)。

小童曰:「夫為天下者,亦若此而已矣,又奚事焉!予少而自遊於六合之內,予適有瞀病,有長者教予曰:『若乘日之車而遊於襄城之野。』今予病少痊,予又且復遊於六合之外。夫為天下亦若此而已。予又奚事焉!」

卷婁者(けんるしゃ)。舜也(しゅん)。羊肉不慕蟻(ようにくふぼぎ)。蟻慕羊肉(ぎぼようにく)。羊肉羶也(ようにくせん)。舜有羶行(しゅんゆうせんこう)。百姓悅之(ひゃくせいえつし)。故三徙成都(こさんしせいと)。至鄧之虛(しとうのきょ)。而十有萬家(えんじゅうゆうばんか)。堯聞舜之賢(ぎょうぶんしゅんのけん)。舉之童土之地(きょのどうどのち)。曰冀得其來之澤(わくきとくきらいのたく)。舜舉乎童土之地(しゅんきょこうどうどのち)。年齒長矣(ねんしちょうい)。聰明衰矣(そうめいすいい)。而不得休歸(えんふとくきゅうき)。所謂卷婁者也(しょいけんるしゃ)。

黃帝曰:「夫為天下者,則誠非吾子之事。雖然,請問為天下。」小童辭。

是以神人惡衆至(ぜいしんじんおくしゅうし)。衆至則不比(しゅうしそくふひ)。不比則不利也(ふひそくふり)。故无所甚親(こむしょじんしん)。无所甚疏(むしょじんそ)。抱德煬和以順天下(ほうとくようわいじゅんてんか)。此謂真人(しいしんじん)。於蟻棄知(こうぎきち)。於魚得計(こうぎょとくけい)。於羊棄意(こうようきい)。

黃帝又問。小童曰:「夫為天下者,亦奚以異乎牧馬者哉!亦去其害馬者而已矣!」

以目視目(いもくしもく)。以耳聽耳(いじちょうじ)。以心復心(いしんふくしん)。若然者(じゃくぜんしゃ)。其平也繩(きへいじょう)。其變也循(きへんじゅん)。古之真人(このしんじん)。以天待人(いてんだいじん)。不以人入天(ふいじんにゅうてん)。古之真人(このしんじん)。得之也生(とくのせい)。失之也死(しつのし)。得之也死(とくのし)。失之也生(しつのせい)。

黃帝再拜稽首,稱天師而退。

藥也(やく)。其實(きじつ)。堇也(きん)。桔梗也(きっこう)。雞癕也(けいよう)。豕零也(しれい)。是時爲帝者也(ぜじいていしゃ)。何可勝言(かかしょうごん)。

知士無思慮之變則不樂,辯士無談說之序則不樂,察士無淩誶之事則不樂,皆囿於物者也。

句踐也以甲楯三千棲於會稽(こうせんいこうじゅんさんぜんせいこうかいけい)。唯種能知亡之所以存(ゆいしゅうのうちぼうのしょいそん)。唯種也不知其身之所以愁(ゆいしゅうふちきしんのしょいしゅう)。故曰、鴟目有所適(ちもくゆうしょてき)。鶴脛有所節(かくけいゆうしょせつ)。解之也悲(かいのひ)。

招世之士興朝,中民之士榮官,筋力之士矜難,勇敢之士奮患,兵革之士樂戰,枯槁之士宿名,法律之士廣治,禮教之士敬容,仁義之士貴際。農夫無草萊之事則不比,商賈無市井之事則不比。庶人有旦暮之業則勸,百工有器械之巧則壯。錢財不積則貪者憂,權勢不尤則誇者悲。勢物之徒樂變,遭時有所用,不能無為也。此皆順比於歲,不物於易者也。馳其形性,潛之萬物,終身不反,悲夫!

故曰、風之過河也有損焉(ふうのかかゆうそんえん)。日之過河也有損焉(じつのかかゆうそんえん)。請風與日相與守河(しょうふうよじつそうよしゅうか)。而河以爲未始其攖也(えんかいいみしきえい)。恃源而往者也(じげんえんおうしゃ)。故水之守土也審(こすいのしゅうどしん)。影之守人也審(えいのしゅうじんしん)。物之守物也審(ぶつのしゅうぶつしん)。

莊子曰:「射者非前期而中,謂之善射,天下皆羿也,可乎?」

故目之於明也殆(こもくのこうめいたい)。耳之於聰也殆(じのこうそうたい)。心之於殉也殆(しんのこうじゅんたい)。凡能其於府也殆(ぼんのうきこうふたい)。殆之成也不給改(たいのせいふきゅうかい)。禍之長也茲萃(かのちょうしすい)。其反也緣功(きはんえんこう)。其果也待久(きかたいきゅう)。而人以爲己寶(えんじんいいきほう)。不亦悲夫(ふえきひふ)。故有亡國戮民无已(こゆうぼうこくりくみんむい)。不知問是也(ふちもんぜ)。

惠子曰:「可。」

故足之於地也踐(こそくのこうちせん)。雖踐(すいせん)。恃其所不蹍而後善博也(じきしょふてんえんこうぜんはく)。人之於知也少(じんのこうちしょう)。雖少(すいしょう)。恃其所不知而後知天之所謂也(じきしょふちえんこうちてんのしょい)。知大一(ちだいいつ)。知大陰(ちだいいん)。知大目(ちだいもく)。知大均(ちだいきん)。知大方(ちだいほう)。知大信(ちだいしん)。知大定(ちだいじょう)。至矣(しい)。大一通之(だいいつつうの)。大陰解之(だいいんかいの)。大目視之(だいもくしの)。大均緣之(だいきんえんの)。大方體之(だいほうたいの)。大信稽之(だいしんけいの)。大定持之(だいじょうじの)。

莊子曰:「天下非有公是也,而各是其所是,天下皆堯也,可乎?」

盡有天(じんゆうてん)。循有照(じゅんゆうしょう)。冥有樞(めいゆうすう)。始有彼(しゆうひ)。則其解之也似不解之者(そくきかいのえじふかいのしゃ)。其知之也似不知之也(きちのえじふちの)。不知而後知之(ふちえんこうちの)。其問之也(きもんの)。不可以有崖(ふかいゆうがい)。而不可以无崖(えんふかいむがい)。頡滑有實(けいかつゆうじつ)。古今不代(ここんふたい)。而不可以虧(えんふかいき)。則可不謂有大揚搉乎(そくかふいゆうだいようかく)。闔不亦問是已(こうふえきもんぜい)。奚惑然爲(きわくぜんい)。以不惑解惑(いふわくかいわく)。復於不惑(ふくこうふわく)。是尚大不惑(ぜしょうだいふわく)。

惠子曰:「可。」

則陽

莊子曰:「然則儒墨楊秉四,與夫子為五,果孰是邪?或者若魯遽者邪?其弟子曰:『我得夫子之道矣!吾能冬爨鼎而夏造冰矣。』魯遽曰:『是直以陽召陽,以陰召陰,非吾所謂道也。吾示子乎吾道。』於是為之調瑟,廢一於堂,廢一於室,鼓宮宮動,鼓角角動,音律同矣。夫或改調一弦,於五音無當也,鼓之,二十五絃皆動,未始異於聲,而音之君已。且若是者邪?」

則陽第二十五

惠子曰:「今乎儒墨楊秉,且方與我以辯,相拂以辭,相鎮以聲,而未始吾非也,則奚若矣?」

則陽游於楚(そくようゆうこうそ)。夷節言之於王(いせつごんのこうおう)。王未之見(おうみのけん)。夷節歸(いせつき)。

莊子曰:「齊人蹢子於宋者,其命閽也不以完,其求鈃鍾也以束縛,其求唐子也而未始出域,有遺類矣!夫楚人寄而蹢閽者,夜半於無人之時而與舟人鬬,未始離於岑而足以造於怨也。」

彭陽見王果曰(ほうようけんおうかわく)。夫子何不譚我於王(ふうしかふたんがこうおう)。

莊子送葬,過惠子之墓,顧謂從者曰:「郢人堊慢其鼻端若蠅翼,使匠人斲之。匠石運斤成風,聽而斲之,盡堊而鼻不傷,郢人立不失容。宋元君聞之,召匠石曰:『嘗試為寡人為之。』匠石曰:『臣則嘗能斲之。雖然,臣之質死久矣。』自夫子之死也,吾無以為質矣,吾無與言之矣。」

王果曰、我不若公閱休(がふじゃくこうえつきゅう)。

管仲有病,桓公問之曰:「仲父之病病矣,可不謂,雲至於大病,則寡人惡乎屬國而可?」

彭陽曰、公閱休奚爲者也(こうえつきゅうきいしゃ)。

管仲曰:「公誰欲與?」

曰、冬則擉鱉於江(とうそくさくべつこうこう)。夏則休乎山樊(かそくきゅうこうざんはん)。有過而問者(ゆうかえんもんしゃ)。曰、此予宅也(しよたく)。夫夷節已不能(ふいせついふのう)。而況我乎(えんこうが)。我又不如夷節(がゆうふじゃくいせつ)。夫夷節之爲人也(ふいせつのいじん)。无德而有知(むとくえんゆうち)。不自許(ふじきょ)。以之神其交(いのしんきこう)。固顛冥乎富貴之地(こてんめいこうふきのち)。非相助以德(ひそうじょいとく)。相助消也(そうじょしょう)。夫凍者假衣於春(ふとうしゃかいこうしゅん)。暍者反冬乎冷風(あつしゃはんとうこうれいふう)。夫楚王之爲人也(ふそおうのいじん)。形尊而嚴(けいそんえんげん)。其於罪也(きこうざい)。无赦如虎(むしゃじょこ)。非夫佞人正德(ひふねいじんせいとく)。其孰能橈焉(きたくのうどうえん)。

公曰:「鮑叔牙。」

故聖人(こせいじん)。其窮也使家人忘其貧(ききゅうしかじんぼうきひん)。其達也使王公忘爵祿而化卑(きたつしかおうこうぼうしゃくろくえんかひ)。其於物也(きこうぶつ)。與之爲娛矣(よのいぐい)。其於人也(きこうじん)。樂物之通而保己焉(らくぶつのつうえんほうきえん)。故或不言而飲人以和(こわくふごんえんいんじんいわ)。與人並立而使人化(よじんへいりつえんしじんか)。父子之宜(ふしのぎ)。彼其乎歸居(ひきこうききょ)。而一閒其所施(えんいっかんきしょし)。其於人心者(きこうじんしんしゃ)。若是其遠也(じゃくぜきえん)。故曰待公閱休(こわくだいこうえつきゅう)。

曰:「不可。其為人絜廉善士也,其於不己若者不比之,又一聞人之過,終身不忘。使之治國,上且鉤乎君,下且逆乎民。其得罪於君也,將弗久矣!」

聖人達綢繆(せいじんたつちゅうびゅう)。周盡一體矣(しゅうじんいったいい)。而不知其然(えんふちきぜん)。性也(せい)。復命搖作而以天爲師(ふくめいようさくえんいてんいし)。人則從而命之也(じんそくじゅうえんめいの)。若憂知而所行恒无几時(じゃくゆうちえんしょこうこうむきじ)。其有止也若之何(きゆうしじゃくのか)。

公曰:「然則孰可?」

生而美者(せいえんびしゃ)。人與之鑑(じんよのかん)。不告則不知其美於人也(ふこくそくふちきびこうじん)。若知之(じゃくちの)。若不知之(じゃくふちの)。若聞之(じゃくぶんの)。若不聞之(じゃくふぶんの)。其可喜也終无已(きかきしゅうむい)。人之好之亦无已(じんのこうのえきむい)。性也(せい)。聖人之愛人也(せいじんのあいじん)。人與之名(じんよのめい)。不告則不知其愛人也(ふこくそくふちきあいじん)。若知之。若不知之。若聞之。若不聞之。其愛人也終无已(きあいじんしゅうむい)。人之安之亦无已(じんのあんのえきい)。性也。

對曰:「勿已,則隰朋可。其為人也,上忘而下畔,愧不若黃帝而哀不己若者。以德分人謂之聖,以財分人謂之賢。以賢臨人,未有得人者也;以賢下人,未有不得人者也。其於國有不聞也,其於家有不見也。勿已,則隰朋可。」

舊國舊都(きゅうこくきゅうと)。望之暢然(ぼうのちょうぜん)。雖使丘陵草木之緡(すいしきゅうりょうそうぼくのみん)。入之者十九(にゅうのしゃじゅうきゅう)。猶之暢然(ゆうのちょうぜん)。況見見聞聞者也(こうけんけんぶんぶんしゃ)。以十仞之臺縣衆閒者也(いじゅうじんのだいけんしゅうかんしゃ)。

吳王浮於江,登乎狙之山。眾狙見之,恂然棄而走,逃於深蓁。有一狙焉,委蛇攫,見巧乎王。王射之,敏給搏捷矢。王命相者趨射之,狙執死。

冉相氏得其環中以隨成(ぜんそうしとくきかんちゅういずいせい)。與物无終无始(よぶつむしゅうむし)。无几无時(むきむじ)。日與物化者(じつよぶつかしゃ)。一不化者也(いちふかしゃ)。闔嘗舍之(こうしょうしゃの)。夫師天而不得師天(ふしてんえんふとくしてん)。與物皆殉(よぶつかいじゅん)。其以爲事也若之何(きいいじじゃくのか)。夫聖人未始有天(ふせいじんみしゆうてん)。未始有人(みしゆうじん)。未始有始(みしゆうし)。未始有物(みしゆうぶつ)。與世偕行而不替(よせいかいこうえんふたい)。所行備而不恤(しょこうびえんふじゅつ)。其合之也若之何(きごうのじゃくのか)。湯得其司御門尹登恒爲之傅(とうとくきしぎょもんいんとうこういのふ)。從師而不囿(じゅうしえんふゆう)。得其隨成(とくきずいせい)。爲之司其名(いのしきめい)。之名嬴法(のめいえいほう)。得其兩見(とくきりょうけん)。仲尼之盡慮(ちゅうにのじんりょ)。爲之傅之(いのふの)。容成氏曰(ようせいしわく)。除日无歲(じょじつむさい)。无內无外(むないむげ)。

王顧謂其友顏不疑曰:「之狙也,伐其巧恃其便以敖予,以至此殛也!戒之哉!嗟乎,無以汝色驕人哉!」顏不疑歸而師董梧以助其色,去樂辭顯,三年而國人稱之。

魏瑩與田侯牟約(ぎえいよでんこうぼうやく)。田侯牟背之(でんこうぼうはいし)。魏瑩怒(ぎえいぬ)。將使人刺之(しょうしじんしし)。

南伯子綦隱幾而坐,仰天而噓。顏成子入見曰:「夫子,物之尤也。形固可使若槁骸,心固可使若死灰乎?」

犀首聞而恥之(さいしゅぶんえんちし)。曰、君爲萬乘之君也(くんいばんじょうのくん)。而以匹夫從讎(えんいひっぷじゅうしゅう)。衍請受甲二十萬(えんしょうじゅこうにじゅうまん)。爲君攻之(いくんこうし)。虜其人民(りょきじんみん)。繫其牛馬(けいきぎゅうば)。使其君內熱發於背(しきくんないねつはつこうはい)。然後拔其國(ぜんこうばつきこく)。忌也出走(きそうしゅつそう)。然後抶其背(ぜんこうちつきはい)。折其脊(せつきせき)。

曰:「吾嘗居山穴之中矣。當是時也,田禾一覩我,而齊國之眾三賀之。我必先之,彼故知之;我必賣之,彼故鬻之。若我而不有之,彼惡得而知之?若我而不賣之,彼惡得而鬻之?嗟乎!我悲人之自喪者,吾又悲夫悲人者,吾又悲夫悲人之悲者,其後而日遠矣。」

季子聞而恥之(きしぶんえんちし)。曰、築十仞之城(ちくじゅうじんのじょう)。城者既十仞矣(じょうしゃきじゅうじんい)。則又壞之(そくゆうかいの)。此胥靡之所苦也(ししょびのしょく)。今兵不起七年矣(こんへいふきしちねんい)。此王之基也(しおうのき)。衍亂人(えんらんじん)。不可聽也(ふかちょう)。

仲尼之楚,楚王觴之。孫叔敖執爵而立,市南宜僚受酒而祭,曰:「古之人乎!於此言已。」

華子聞而醜之(かしぶんえんしゅうし)。曰、善言伐齊者(ぜんごんばつせいしゃ)。亂人也(らんじん)。善言勿伐者(ぜんごんふつばつしゃ)。亦亂人也(えきらんじん)。謂伐之與不伐亂人也者(いばつのよふばつらんじんしゃ)。又亂人也(ゆうらんじん)。

曰:「丘也聞不言之言矣,未之嘗言,於此乎言之。市南宜僚弄丸而兩家之難解,孫叔敖甘寢秉羽而郢人投兵。丘願有喙三尺。」

君曰、然則若何(ぜんそくじゃくか)。

彼之謂不道之道,此之謂不言之辯,故德總乎道之所一。而言休乎知之所不知,至矣。道之所一者,德不能同也;知之所不能知者,辯不能舉也;名若儒墨而兇矣。故海不辭東流,大之至也;聖人幷包天地,澤及天下,而不知其誰氏。是故生無爵,死無諡,實不聚,名不立,此之謂大人。狗不以善吠為良,人不以善言為賢,而況為大乎!夫為大不足以為大,而況為德乎!夫大備矣,莫若天地;然奚求焉,而大備矣。知大備者,無求,無失,無棄,不以物易己也。反己而不窮,循古而不摩,大人之誠。

曰、君求其道而已矣(くんきゅうきどうえんいい)。

子綦有八子,陳諸前,召九方歅曰:「為我相吾子,孰為祥?」

惠子聞之而見戴晉人(けいしぶんのえんけんたいしんじん)。戴晉人曰、有所謂蝸者(ゆうしょいかしゃ)。君知之乎(くんちのこう)。

九方歅曰:「梱也為祥。」

曰、然(ぜん)。

子綦瞿然喜曰:「奚若?」曰:「梱也將與國君同食以終其身。」

有國於蝸之左角者曰觸氏(ゆうこくこうかのさかくしゃわくしょくし)。有國於蝸之右角者曰蠻氏(ゆうこくこうかのうかくしゃわくばんし)。時相與爭地而戰(じそうよそうちえんせん)。伏尸數萬(ふくしすうまん)。逐北旬有五日而後反(ちくほくしゅんゆうごじつえんこうはん)。

子綦索然出涕曰:「吾子何為以至於是極也!」

君曰、噫(い)。其虛言與(ききょごんよ)。

九方歅曰:「夫與國君同食,澤及三族,而況父母乎!今夫子聞之而泣,是禦福也。子則祥矣,父則不祥。」

曰、臣請爲君實之(しんしょういくんじつの)。君以意在四方上下有窮乎(くんいいざいしほうじょうげゆうきゅう)。

子綦曰:「歅,汝何足以識之。而梱祥邪?盡於酒肉,入於鼻口矣,而何足以知其所自來?吾未嘗為牧而牂生於奧,未嘗好田而鶉生於宎,若勿怪,何邪?吾所與吾子遊者,遊於天地。吾與之邀樂於天,吾與之邀食於地;吾不與之為事,不與之為謀,不與之為怪;吾與之乘天地之誠而不以物與之相攖,吾與之一委蛇而不與之為事所宜。今也然有世俗之償焉!凡有怪徵者,必有怪行,殆乎。非我與吾子之罪,幾天與之也!吾是以泣也。」

君曰、无窮(むきゅう)。

無幾何而使梱之於燕,盜得之於道,全而鬻之則難,不若刖之則易。於是乎刖而鬻之於齊,適當渠公之街,然身食肉而終。

曰、知游心於无窮(ちゆうしんこうむきゅう)。而反在通達之國(えんはんざいつうたつのこく)。若存若亡乎(じゃくそんじゃくぼうこう)。

齧缺遇許由,曰:「子將奚之?」

君曰、然(ぜん)。

曰:「將逃堯。」

曰、通達之中有魏(つうたつのちゅうゆうぎ)。於魏之中有梁(こうぎのちゅうゆうりょう)。於梁之中有王(こうりょうのちゅうゆうおう)。王與蠻氏有辯乎(おうよばんしゆうべん)。

曰:「奚謂邪?」

君曰、无辯(むべん)。

曰:「夫堯,畜畜然仁,吾恐其為天下笑。後世其人與人相食與!夫民,不難聚也;愛之則親,利之則至,譽之則勸,致其所惡則散。愛利出乎仁義,捐仁義者寡,利仁義者眾。夫仁義之行,唯且無誠,且假乎禽貪者器。是以一人之斷制利天下,譬之猶一覕也。夫堯知賢人之利天下也,而不知其賊天下也,夫唯外乎賢者知之矣。」

客出而君惝然若有亡也(かくしゅつえんくんしょうぜんじゃくゆうぼう)。

有暖姝者,有濡需者,有卷婁者。

客出(かくしゅつ)。惠子見(けいしけん)。君曰、客(かく)。大人也(だいじん)。聖人不足以當之(せいじんふそくいとうし)。

所謂暖姝者,學一先生之言,則暖暖姝姝而私自說也,自以為足矣,而未知未始有物也,是以謂暖姝者也。

惠子曰、吹筦也(すいかん)。猶有嗃也(ゆうゆうかく)。吹劍首者(すいけんしゅしゃ)。吷而已矣(けつえんいい)。堯舜(ぎょうしゅん)。人之所譽也(じんのしょよ)。道堯舜於戴晉人之前(どうぎょうしゅんこうたいしんじんのぜん)。譬之猶一吷也(ひのゆういっけつ)。

濡需者,豕蝨是也,擇疏鬣自以為廣宮大囿,奎蹏曲隈,乳間股腳,自以為安室利處,不知屠者之一旦鼓臂布草操煙火,而己與豕俱焦也。此以域進,此以域退,此其所謂濡需者也。

孔子之楚(こうしのそ)。舍於蟻丘之賣漿之家(しゃこうぎきゅうのばいしょうのけ)。其鄰有夫妻臣妾登極者(きりんゆうふさいしんしょうとうきょくしゃ)。子路曰(しろわく)。是稯稯何爲者邪(ぜしゅうしゅうかいしゃや)。

卷婁者,舜也。羊肉不慕蟻,蟻慕羊肉,羊肉羶也。舜有羶行,百姓悅之,故三徙成都,至鄧之虛而十有萬家。堯聞舜之賢,舉之童土之地,曰冀得其來之澤。舜舉乎童土之地,年齒長矣,聰明衰矣,而不得休歸,所謂卷婁者也。

仲尼曰、是聖人僕也(ぜせいじんぼく)。是自埋於民(ぜじばいこうみん)。自藏於畔(じぞうこうはん)。其聲銷(きせいしょう)。其志无窮(きしむきゅう)。其口雖言(きこうすいごん)。其心未嘗言(きしんみじょうごん)。方且與世違而心不屑與之俱(ほうしょよせいいえんしんふせつよのぐ)。是陸沈者也(ぜりくちんしゃ)。是其市南宜僚邪(ぜきしなんぎりょうや)。

是以神人惡眾至,眾至則不比,不比則不利也。故無所甚親,無所甚疏,抱德煬和以順天下,此謂真人。於蟻棄知,於魚得計,於羊棄意。

子路請往召之(しろしょうおうしょうの)。

以目視目,以耳聽耳,以心復心。若然者,其平也繩,其變也循。古之真人,以天待(之)[人],不以人入天。古之真人,得之也生,失之也死;得之也死,失之也生。

孔子曰、已矣(いい)。彼知丘之著於己也(ひちきゅうのちゃくこうき)。知丘之適楚也(ちきゅうのてきそ)。以丘爲必使楚王之來召(いきゅういひつしそおうのらいしょう)。彼且以丘爲佞人也(ひしょいきゅういねいじん)。夫若然者(ふじゃくぜんしゃ)。其於佞人也羞聞其言(きこうねいじんしゅうぶんきごん)。而況親見其身乎(えんこうしんけんきしん)。而何以爲存(えんかいいいそん)。

藥也其實,堇也,桔梗也,雞也,豕零也,是時為帝者也,何可勝言!

子路往視之(しろおうしし)。其室虛矣(きしつきょい)。

句踐也以甲楯三千棲於會稽。唯種也能知亡之所以存,唯種也不知其身之所以愁。故曰,鴟目有所適,鶴脛有所節,解之也悲。

長梧封人問子牢曰(ちょうごほうじんもんしろうわく)。君爲政焉勿鹵莽(くんいせいえんふつろぼう)。治民焉勿滅裂(ちみんえんふつめつれつ)。昔予爲禾(せきよいか)。耕而鹵莽之(こうえんろぼうの)。則其實亦鹵莽而報予(そくきじつえきろぼうえんほうよ)。芸而滅裂之(うんえんめつれつの)。其實亦滅裂而報予(きじつえきめつれつえんほうよ)。予來年變齊(よらいねんへんさい)。深其耕而熟耰之(しんきこうえんじゅくゆうの)。其禾蘩以滋(きかはんいじ)。予終年厭飱(よしゅうねんえんそん)。

故曰,風之過河也有損焉,日之過河也有損焉。請只風與日相與守河,而河以為未始其攖也,恃源而往者也。故水之守土也審,影之守人也審,物之守物也審。

莊子聞之曰(そうしぶんのわく)。今人之治其形(こんじんのちきけい)。理其心(りきしん)。多以似封人之所言(たいじほうじんのしょごん)。遁其天(とんきてん)。離其性(りきせい)。滅其情(めつきじょう)。亡其神(ぼうきしん)。以衆爲(いしゅうい)。故鹵莽其性者(ころぼうきせいしゃ)。欲惡之孽(よくおのげつ)。爲性萑葦蒹葭(いせいかんいけんか)。始萌以扶吾形(しぼういふがけい)。尋擢吾性(じんちゃくがせい)。並潰漏發(へいかいろうはつ)。不擇所出(ふたくしょしゅつ)。漂疽疥癰(ひょうそかいよう)。內熱溲膏是也(ないねつそうこうぜ)。

故目之於明也殆,耳之於聰也殆,心之於殉也殆。凡能其於府也殆,殆之成也不給改。禍之長也茲萃,其反也緣功,其果也待久。而人以為己寶,不亦悲乎!故有亡國戮民無已,不知問是也。

柏矩學於老聃(はくくがくこうろうたん)。曰、請之天下游(しょうのてんかゆう)。

故足之於地也踐,雖踐,恃其所不蹍而後善博也;人之於知也少,雖少,恃其所不知而後知天之所謂也。知大一,知大陰,知大目,知大均,知大方,知大信,知大定,至矣。大一通之,大陰解之,大目視之,大均緣之,大方體之,大信稽之,大定持之。

老聃曰、已矣(いい)。天下猶是也(てんかゆうぜ)。

盡有天,循有照,冥有樞,始有彼。則其解之也似不解之者,其知之也似不知之也,不知而後知之。其問之也,不可以有崖,而不可以無崖。頡滑有實,古今不代,而不可以虧,則可不謂有大揚搉乎!闔不亦問是已,奚惑然為!以不惑解惑,復於不惑,是尚大不惑。

又請(ゆうしょう)。老聃曰、汝將何始(じょしょうかし)。

曰、始於齊(しこうせい)。

至齊(しせい)。見辜人焉(けんこじんえん)。推而强之(すいえんきょうの)。解朝服而幕之(かいちょうふくえんばくの)。號天而哭之(ごうてんえんこくの)。曰、子乎(しこう)。子乎(しこう)。天下有大菑(てんかゆうだいさい)。子獨先離之(しどくせんりの)。曰、莫爲盜(ばくいとう)。莫殺人(ばくさつじん)。榮辱立(えいじょくりつ)。然後覩所病(ぜんこうとしょびょう)。貨財聚(かざいじゅう)。然後覩所爭(ぜんこうとしょそう)。今立人之所病(こんりつじんのしょびょう)。聚人之所爭(じゅうじんのしょそう)。窮困人之身使无休時(きゅうこんじんのしんしむきゅうじ)。欲无至此得乎(よくむししとくこう)。

則陽遊於楚,夷節言之於王,王未之見,夷節歸。

古之君人者(このくんじんしゃ)。以得爲在民(いとくいざいみん)。以失爲在己(いしついざいき)。以正爲在民(いせいいざいみん)。以枉爲在己(いおういざいき)。故一形有失其形者(こいっけいゆうしつきけいしゃ)。退而自責(たいえんじせき)。今則不然(こんそくふぜん)。匿爲物而愚不識(とくいぶつえんぐふしき)。大爲難而罪不敢(だいいなんえんざいふかん)。重爲任而罰不勝(じゅういにんえんばつふしょう)。遠其塗而誅不至(えんきとえんちゅうふし)。民知力竭(みんちりょくけつ)。則以僞繼之(そくいぎけいし)。日出多僞(じつしゅつたぎ)。士民安取不僞(しみんあんしゅふぎ)。力不足則僞(りょくふそくそくぎ)。知不足則欺(ちふそくそくぎ)。財不足則盜(ざいふそくそくとう)。盜竊之行(とうせつのこう)。於誰責而可乎(こうすいせきえんか)。

彭陽見王果曰:「夫子何不譚我於王?」

蘧伯玉行年六十而六十化(きょはくぎょくこうねんろくじゅうえんろくじゅうか)。未嘗不始於是之(みじょうふしこうぜの)。而卒詘之以非也(えんそつくつのいひ)。未知今之所謂是之(みちこんのしょいぜの)。非五十九非也(ひごじゅうくひ)。萬物有乎生而莫見其根(ばんぶつゆうこうせいえんぼくけんきこん)。有乎出而莫見其門(ゆうこうしゅつえんぼくけんきもん)。人皆尊其知之所知(じんかいそんきちのしょち)。而莫知恃其知之所不知而後知(えんぼくちじきちのしょふちえんこうち)。可不謂大疑乎(かふいだいぎ)。已乎(い)。已乎(い)。且无所逃(しょむしょとう)。此所謂然與(ししょいぜんよ)。然乎(ぜん)。

王果曰:「我不若公閱休。」

仲尼問於大史大弢伯常騫狶韋曰(ちゅうにもんこうだいしだいとうはくじょうけんきいわく)。夫衛靈公飲酒湛樂(ふえいれいこういんしゅたんらく)。不聽國家之政(ふちょうこっかのせい)。田獵畢弋(でんりょうひつよく)。不應諸侯之際(ふおうしょこうのさい)。其所以爲靈公者何邪(きしょいいれいこうしゃかや)。

彭陽曰:「公閱休奚為者邪?」

大弢曰、是因是也(だいとうわくぜいんぜ)。

曰:「冬則擉鼈於江,夏則休乎山樊。有過而問者,曰:『此予宅也。』夫夷節已不能,而況我乎!吾又不若夷節。夫夷節之為人也,無德而有知,不自許,以之神其交固,顛冥乎富貴之地,非相助以德,相助消也。夫凍者假衣於春,暍者反冬乎冷風。夫楚王之為人也,形尊而嚴;其於罪也,無赦如虎;非夫佞人正德,其孰能橈焉!

伯常騫曰、夫靈公有妻三人(ふれいこうゆうさいさんじん)。同濫而浴(どうらんえんよく)。史䲡奉御而進所(しくほんぎょえんしんしょ)。搏幣而扶翼(はくへいえんふよく)。其慢若彼之甚也(きまんじゃくひのじん)。見賢人若此其肅也(けんけんじんじゃくしきしゅく)。是其所以爲靈公也(ぜきしょいいれいこう)。

故聖人,其窮也使家人忘其貧,其達也使王公忘爵祿而化卑。其於物也,與之為娛矣;其於人也,樂物之通而保己焉;故或不言而飲人以和,與人並立而使人化。父子之宜,彼其乎歸居,而一閒其所施。其於人心者若是其遠也。故曰待公閱休。」

狶韋曰、夫靈公也死(ふれいこうし)。卜葬於故墓不吉(ぼくそうこうこぼふきつ)。卜葬於沙丘而吉(ぼくそうこうさきゅうえんきつ)。掘之數仞(くつのすうじん)。得石槨焉(とくせきかくえん)。洗而視之(せんえんしの)。有銘焉(ゆうめいえん)。曰、不馮其子(ふひょうきし)。靈公奪而里之(れいこうだつえんりの)。夫靈公之爲靈也久矣(ふれいこうのいれいきゅうい)。之二人又何足以識之(のにじんゆうかそくいしきし)。

聖人達綢繆,周盡一體矣,而不知其然,性也。復命搖作而以天為師,人則從而命之也。憂乎知而所行恆無幾時,其有止也若之何!

少知問於大公調曰(しょうちもんこうだいこうちょうわく)。何謂丘里之言(かいきゅうりのごん)。

生而美者,人與之鑑,不告則不知其美於人也。若知之,若不知之,若聞之,若不聞之,其可喜也終無已,人之好之亦無已,性也。聖人之愛人也,人與之名,不告則不知其愛人也。若知之,若不知之,若聞之,若不聞之,其愛人也終無已,人之安之亦無已,性也。

大公調曰、丘里者(きゅうりしゃ)。合十姓百名而以爲風俗也(ごうじゅうせいひゃくめいえんいいふうぞく)。合異以爲同(ごういいいどう)。散同以爲異(さんどういいい)。今指馬之百體而不得馬(こんしばのひゃくたいえんふとくば)。而馬係於前者(えんばけいこうぜんしゃ)。立其百體而謂之馬也(りつきひゃくたいえんいのば)。是故丘山積卑而爲高(ぜこうきゅうざんせきひえんいこう)。江河合水而爲大(こうがごうすいえんいだい)。大人合并而爲公(だいじんごうへいえんいこう)。是以自外入者(ぜいじげにゅうしゃ)。有主而不執(ゆうしゅえんふしゅう)。由中出者(ゆうちゅうしゅつしゃ)。有正而不距(ゆうせいえんふきょ)。四時殊氣(しじしゅき)。天不賜(てんふし)。故歲成(こさいせい)。五官殊職(ごかんしゅしょく)。君不私(くんふし)。故國治(ここくち)。文武大人不賜(ぶんぶだいじんふし)。故德備(ことくび)。萬物殊理(ばんぶつしゅり)。道不私(どうふし)。故无名(こむめい)。无名故无爲(むめいこむい)。无爲而无不为(むいえんむふい)。時有終始(じゆうしゅうし)。世有變化(せいゆうへんか)。禍福淳淳(かふくじゅんじゅん)。至有所拂者而有所宜(しゆうしょふつしゃえんゆうしょぎ)。自殉殊面(じじゅんしゅめん)。有所正者有所差(ゆうしょせいしゃゆうしょさ)。比於大澤(ひこうだいたく)。百材皆度(ひゃくざいかいど)。觀於大山(かんこうだいざん)。木石同壇(ぼくせきどうだん)。此之謂丘里之言(しのいきゅうりのごん)。

舊國舊都,望之暢然;雖使丘陵草木之緡,入之者十九,猶之暢然。況見見聞聞者也,以十仞之臺縣眾閒者也。

少知曰、然則謂之道足乎(ぜんそくいのどうそく)。

冉相氏得其環中以隨成,與物無終無始,無幾無時。日與物化者,一不化者也,闔嘗舍之!夫師天而不得師天,與物皆殉,其以為事也若之何?夫聖人未始有天,未始有人,未始有始,未始有物,與世偕行而不替,所行之備而不洫,其合之也若之何?湯得其司御門尹登恆為之傅之,從師而不囿;得其隨成。為之司其名;之名嬴法,得其兩見。仲尼之盡慮,為之傅之。容成氏曰:「除日無歲,無內無外。」

大公調曰、不然(ふぜん)。今計物之數(こんけいぶつのすう)。不止於萬(ふしこうばん)。而期曰萬物者(えんきわくばんぶつしゃ)。以數之多者號而讀之也(いすうのたしゃごうえんとくの)。是故天地者形之大者也(ぜこうてんちしゃけいのだいしゃ)。陰陽者氣之大者也(いんようしゃきのだいしゃ)。道者爲之公(どうしゃいのこう)。因其大以號而讀之則可也(いんきだいいごうえんとくのそくか)。已有之矣(いゆうのい)。乃將得比哉(なんしょうとくひさい)。則若以斯辯(そくじゃくいしべん)。譬猶狗馬(ひゆうくば)。其不及遠矣(きふきゅうえんい)。

魏瑩與田侯牟約,田侯牟背之,魏瑩怒,將使人剌之。

少知曰、四方之內(しほうのない)。六合之裏(りくごうのり)。萬物之所生惡起(ばんぶつのしょせいおき)。

犀首[公孫衍]聞而恥之,曰:「君為萬乘之君也,而以匹夫從讎!衍請受甲二十萬,為君攻之,虜其人民,係其牛馬,使其君內熱發於背。然後拔其國。忌也出走,然後抶其背,折其脊。」

大公調曰、陰陽相照相蓋相治(いんようそうしょうそうがいそうち)。四時相代相生相殺(しじそうだいそうせいそうさつ)。欲惡去就於是橋起(よくおきょしゅうこうぜぎょうき)。雌雄片合於是庸有(しゆうへんごうこうぜようゆう)。安危相易(あんきそうえき)。禍福相生(かふくそうせい)。緩急相摩(かんきゅうそうま)。聚散以成(じゅうさんいせい)。此名實之可紀(しめいじつのかき)。精微之可志也(せいびのかし)。隨序之相理(ずいじょのそうり)。橋運之相使(ぎょううんのそうし)。窮則反(きゅうそくはん)。終則始(しゅうそくし)。此物之所有(しぶつのしょゆう)。言之所盡(ごんのしょじん)。知之所至(ちのしょし)。極物而已(きょくぶつえんい)。覩道之人(とどうのじん)。不隨其所廢(ふずいきしょはい)。不原其所起(ふげんきしょき)。此議之所止(しぎのしょし)。

季子聞而恥之,曰:「築十仞之城,城者既十仞矣,則又壞之,此胥靡之所苦也。今兵不起七年矣,此王之基也。衍亂人,不可聽也。」

少知曰、季真之莫爲(しんしんのばくい)。接子之或使(しょうしのわくし)。二家之議(にかのぎ)。孰正於其情(たくせいこうきじょう)。孰偏於其理(たくへんこうきり)。

華子聞而醜之,曰:「善言伐齊者,亂人也;善言勿伐者,亦亂人也;謂伐之與不伐亂人也者,又亂人也。」

大公調曰、雞鳴狗吠(けいめいくばい)。是人之所知(ぜじんのしょち)。雖有大知(すいゆうだいち)。不能以言讀其所自化(ふのういごんとくきしょじか)。又不能以意其所將爲(ゆうふのういいきしょうい)。斯而析之(しえんせきの)。精至於无倫(せいしこうむりん)。大至於不可圍(だいしこうふかい)。或之使(わくのし)。莫之爲(ばくのい)。未免於物而終以爲過(みめんこうぶつえんしゅういいか)。或使則實(わくしそくじつ)。莫爲則虛(ばくいそくきょ)。有名有實(ゆうめいゆうじつ)。是物之居(ぜぶつのきょ)。无名无實(むめいむじつ)。在物之虛(ざいぶつのきょ)。可言可意(かごんかい)。言而愈疏(ごんえんゆそ)。未生不可忌(みせいふかき)。已死不可徂(いしふかそ)。死生非遠也(しせいひえん)。理不可覩(りふかと)。或之使(わくのし)。莫之爲(ばくのい)。疑之所假(ぎのしょか)。吾觀之本(がかんのほん)。其往无窮(きおうむきゅう)。吾求之末(がきゅうのまつ)。其來无止(きらいむし)。无窮无止(むきゅうむし)。言之无也(ごんのむ)。與物同理(よぶつどうり)。或使莫爲(わくしばくい)。言之本也(ごんのほん)。與物終始(よぶつしゅうし)。道不可有(どうふかゆう)。有不可无(ゆうふかむ)。道之爲名(どうのいめい)。所假而行(しょかえんこう)。或使莫爲(わくしばくい)。在物一曲(ざいぶついっきょく)。夫胡爲於大方(ふこいこうだいほう)。言而足(ごんえんそく)。則終日言而盡道(そくしゅうじつごんえんじんどう)。言而不足(ごんえんふそく)。則終日言而盡物(そくしゅうじつごんえんじんぶつ)。道物之極(どうぶつのきょく)。言默不足以載(ごんもくふそくいざい)。非言非默(ひごんひもく)。議有所極(ぎゆうしょきょく)。

君曰:「然則若何?」

外物

曰:「君求其道而已矣!」

外物第二十六

惠子聞之而見戴晉人。戴晉人曰:「有所謂蝸者,君知之乎?」

外物(げぶつ)は不可必(ふかひつ)なり。外物不可必(げぶつふかひつ)なれば、故(こ)に龍逢(りゅうほう)誅(ちゅう)せられ、比干(ひかん)戮(りく)せられ、箕子(きし)狂(きょう)せられ、惡來(あくらい)死(し)し、桀紂(けつちゅう)亡(ぼう)す。人主(じんしゅ)は其の臣の忠(ちゅう)ならんことを欲(よく)せざるは莫(な)し、而(なん)ども忠(ちゅう)は未必信(みひつしん)せらる。故に伍員(ごうん)江(こう)に漂(ひょう)え、萇弘(ちょうこう)蜀(しょく)に死(し)し、其の血(けつ)を藏(ぞう)して三年(さんねん)にして碧(へき)と化(か)す。人親(じんしん)は其の子の孝(こう)ならんことを欲せざるは莫し、而ども孝(こう)は未必愛(みひつあい)せらる。故に孝己(こうき)憂(ゆう)え、曾參(そうしん)悲(ひ)す。木(もく)與木(とも)相摩(そうま)すれば則(そく)然(ねん)す。金(きん)與火(とも)相守(そうしゅ)すれば則ち流(りゅう)す。陰陽(いんよう)錯行(さくこう)すれば、則ち天地(てんち)大(だい)骇(がい)し。於是乎(こうしこう)雷(らい)有(ゆ)り霆(てい)有り。水中(すいちゅう)有火(ゆうか)。乃(だい)大槐(だいかい)を焚(ふん)す。有(ゆ)甚(じん)憂兩陷(ゆうりょうかん)而(なん)无所逃(むしょとう)者。螴蜳(ちんとん)不得成(ふとくせい)。心若縣於天地之間(しんじゃくけんこうてんちのかん)。慰暋(いびん)沈屯(ちんとん)。利害(りがい)相摩(そうま)。生火甚多(しょうかじんた)。衆人焚和(しゅうじんふんわ)。月固不勝火(げつこふしょうか)。於是乎有(こうしこうゆう)僓然而道盡(だいぜんえんどうじん)。

曰:「然。」

莊周家貧(そうしゅうかひん)。故往貸粟於監河侯(こおうだいしゃくこうかんかこう)。監河侯曰(かんかこうわく)。諾(だく)。我將得邑金(がしょうとくゆうきん)。將貸子三百金(しょうだいしさんびゃくきん)。可乎(か)。

「有國於蝸之左角者曰觸氏,有國於蝸之右角者曰蠻氏。時相與爭地而戰,伏屍數萬,逐北旬有五日而後反。」

莊周忿然作色曰(そうしゅうふんぜんさくしょくわく)。周昨來(しゅうさくらい)。有中道而呼者(ゆうちゅうどうえんこしゃ)。周顧視車轍中(しゅうこうししゃてつちゅう)。有鮒魚焉(ゆうふぎょえん)。周問之曰(しゅうもんのわく)。鮒魚來(ふぎょらい)。子何爲者邪(しかいしゃや)。對曰(たいわく)。我東海之波臣也(がとうかいのはしん)。君豈有斗升之水而活我哉(くんきゆうとしょうのすいえんかつがさい)。周曰(しゅうわく)。諾(だく)。我且南游吳越之王(がしょなんゆうごえつのおう)。激西江之水而迎子(げきせいこうのすいえんげいし)。可乎(か)。鮒魚忿然作色曰(ふぎょふんぜんさくしょくわく)。吾失我常與(がしつがじょうよ)。我无所處(がむしょしょ)。吾得斗升之水然活耳(がとくとしょうのすいぜんかつじ)。君乃言此(くんなんごんし)。曾不如早索我於枯魚之肆(そうふじゃくそうさくがこうこぎょのし)。

君曰:「噫!其虛言與?」

任公子爲大鉤巨緇(にんこうしいだいこうきょし)。五十犗以爲餌(ごじゅうかいいいじ)。蹲乎會稽(そんこうかいけい)。投竿東海(とうかんとうかい)。旦旦而釣(たんたんえんちょう)。期年不得魚(きねんふとくぎょ)。已而大魚食之(いえんだいぎょしょくの)。牽巨鉤(けんきょこう)。錎沒而下騖(がんもつえんげぶ)。揚奮鬐(ようふんき)。白波若山(はくはじゃくさん)。海水震蕩(かいすいしんとう)。聲侔鬼神(せいぼうきしん)。憚赫千里(たんかくせんり)。任公子得若魚(にんこうしとくじゃくぎょ)。離而腊之(りえんせきの)。自制河以東(じせいがいとう)。蒼梧已北(そうごいほく)。莫不厭若魚者(ぼつふえんじゃくぎょしゃ)。已而後世輇才諷說之徒(いえんこうせいせんざいふうせいのと)。皆驚而相告也(かいきょうえんそうこく)。夫揭竿累(ふけつかんるい)。趣灌瀆(しゅうかんとく)。守鯢鮒(しゅうげいふ)。其於得大魚難矣(きこうとくだいぎょなんい)。飾小說以干縣令(しょくしょうせついかんけんれい)。其於大達亦遠矣(きこうだいたつえきえんい)。是以未嘗聞任氏之風俗(ぜいみじょうぶんにんしのふうぞく)。其不可與經於世亦遠矣(きふかよけいこうせいえきえんい)。

曰:「臣請為君實之。君以意在四方上下有窮乎?」

儒以詩禮發冢(じゅいしれいはっちょう)。大儒臚傳曰(だいじゅりょでんわく)。東方作矣(とうほうさくい)。事之何若(じのかじゃく)。

君曰:「無窮。」

小儒曰(しょうじゅわく)。未解裙襦(みかいぐんじゅ)。口中有珠(こうちゅうゆうしゅ)。詩固有之曰(しこゆうのわく)。青青之麥(せいせいのばく)。生於陵陂(せいこうりょうひ)。生不布施(せいふふせ)。死何含珠爲(しかがんしゅい)。接其鬢(せつきびん)。壓其顪(あっきがい)。儒以金椎控其頤(じゅいきんついこうきい)。徐別其頰(じょべつききょう)。无傷口中珠(むしょうこうちゅうしゅ)。

曰:「知遊心於無窮,而反在通達之國,若存若亡乎?」

老萊子之弟子出薪(ろうらいしのでいししゅつしん)。遇仲尼(ぐうちゅうに)。反以告(はんいこく)。曰(わく)。有人於彼(ゆうじんこうひ)。脩上而趨下(しゅうじょうえんしゅうげ)。末僂而後耳(まつるうえんこうじ)。視若營四海(しじゃくえいしかい)。不知其誰氏之子(ふちきすいしのし)。

君曰:「然。」

老萊子曰(ろうらいしわく)。是丘也(ぜきゅう)。召而來(しょうえんらい)。

曰:「通達之中有魏,於魏中有梁,於梁中有王。王與蠻氏,有辯乎?」

仲尼至(ちゅうにし)。曰(わく)。丘去汝躬矜與汝容知(きゅうきょじょきゅうきんよじょようち)。斯爲君子矣(しいくんしい)。

君曰:「無辯。」

仲尼揖而退(ちゅうにゆうえんたい)。蹙然改容而問曰(しゅくぜんかいようえんもんわく)。業可得進乎(ぎょうかとくしん)。

客出而君惝然若有亡也。

老萊子曰、夫不忍一世之傷(ふふにんいっせいのしょう)。而驁萬世之患(えんごうばんせいのかん)。抑固窶邪(よくこくうや)。亡其略弗及邪(ぼうきりゃくふきゅうや)。惠以歡爲驁(けいいかんいごう)。終身之醜(しゅうしんのしゅう)。中民之行進焉耳(ちゅうみんのこうしんえんじ)。相引以名(そういんいめい)。相結以隱(そうけついいん)。與其譽堯而非桀(よきよぎょうえんひけつ)。不如兩忘而閉其所譽(ふじゃくりょうぼうえんへいきしょよ)。反无非傷也(はんむひしょう)。動无非邪也(どうむひじゃ)。聖人躊躇以興事(せいじんちゅうちょいこうじ)。以每成功(いまいせいこう)。奈何哉(ないかさい)。其載焉終矜爾(きさいえんしゅうきょうじ)。

客出,惠子見。君曰:「客,大人也,聖人不足以當之。」

宋元君夜半而夢人被髮闚阿門(そうげんくんやはんえんぼうじんひはつきあもん)。曰、予自宰路之淵(よじさいろのえん)。予爲清江使河伯之所(よいせいこうしかはくのしょ)。漁者余且得予(ぎょしゃよしょとくよ)。

惠子曰:「夫吹莞也,猶有嗃也;吹劍首者,吷而已矣。堯舜,人之所譽也;道堯舜於戴晉人之前,譬猶一吷也。」

元君覺(げんくんかく)。使人占之(しじんせんの)。曰、此神龜也(ししんき)。

孔子之楚,舍於蟻丘之漿。其鄰有夫妻臣妾登極者,子路曰:「是稯稯何為者邪?」

君曰、漁者有余且乎(ぎょしゃゆうよしょ)。

仲尼曰:「是聖人僕也。是自埋於民,自藏於畔。其聲銷,其志無窮,其口雖言,其心未嘗言,方且與世違而心不屑與之俱。是陸沈者也,是其市南宜僚邪?」

左右曰、有(ゆう)。

子路請往召之。

君曰、令余且會朝(れいよしょかいちょう)。

孔子曰:「已矣!彼知丘之著於己也,知丘之適楚也,以丘為必使楚王之召己也,彼且以丘為佞人也。夫若然者,其於佞人也羞聞其言,而況親見其身乎!而何以為存?」

明日、余且朝(みょうじつよしょちょう)。君曰、漁何得(ぎょかとく)。

子路往視之,其室虛矣。

對曰、且之網得白龜焉(しょのぼうとくはくきえん)。其圓五尺(きえんごしゃく)。

長梧封人問子牢曰:「君為政焉勿鹵莽,治民焉勿滅裂。昔予為禾,耕而鹵莽之,則其實亦鹵莽而報予;芸而滅裂之,其實亦滅裂而報予。予來年變齊,深其耕而熟耰之,其禾蘩以滋,予終年厭飧。」

君曰、獻若之龜(けんじゃくのき)。

莊子聞之曰:「今人之治其形,理其心,多有似封人之所謂,遁其天,離其性,滅其情,亡其神,以眾為。故鹵莽其性者,欲惡之孽,為性萑葦蒹葭,始萌以扶吾形,尋擢吾性;並潰漏發,不擇所出,漂疽疥癕,內熱溲膏是也。」

龜至(きし)。君再欲殺之(くんさいよくさつし)。再欲活之(さいよくかつし)。心疑(しんぎ)。卜之(ぼくの)。曰、殺龜以卜吉(さつきいぼくきつ)。乃刳龜(なんこき)。七十二鑽而无遺筴(しちじゅうにさんえんむいそう)。

柏矩學於老耼,曰:「請之天下遊。」

仲尼曰、神龜能見夢於元君(しんきのうけんむこうげんくん)。而不能避余且之網(えんふのうひよしょのぼう)。知能七十二鑽而无遺筴(ちのうしちじゅうにさんえんむいそう)。不能避刳腸之患(ふのうひこちょうのかん)。如是(じょぜ)。則知有所困(そくちゆうしょこん)。神有所不及也(しんゆうしょふきゅう)。雖有至知(すいゆうしち)。萬人謀之(ばんじんぼうし)。魚不畏網而畏鵜鶘(ぎょふいぼうえんいだいこう)。去小知而大知明(きょしょうちえんだいちめい)。去善而自善矣(きょぜんえんじぜんい)。嬰兒生无石師而能言(えいじせいむせきしえんのうごん)。與能言者處也(よのうごんしゃしょ)。

老耼曰:「已矣!天下猶是也。」

惠子謂莊子曰(けいしいそうしわく)。子言无用(しごんむよう)。

又請之,老耼曰:「汝將何始?」

莊子曰、知无用而始可與言用矣(ちむようえんしかよごんようい)。夫地非不廣且大也(ふちひふこうしょだい)。人之所用容足耳(じんのしょようようそくじ)。然則廁足而墊之致黃泉(ぜんそくさくそくえんてんのちこうせん)。人尚有用乎(じんしょうゆうよう)。惠子曰、无用(むよう)。

曰:「始於齊。」

莊子曰、然則无用之爲用也亦明矣(ぜんそくむようのいようえきめいい)。

至齊,見辜人焉,推而強之,解朝服而幕之,號天而哭之,曰:「子乎!子乎!天下有大菑,子獨先離之,曰莫為盜!莫為殺人!榮辱立,然後覩所病;貨財聚,然後覩所爭。今立人之所病,聚人之所爭,窮困人之身使無休時,欲無至此,得乎!」

莊子曰、人有能游(じんゆうのうゆう)。且得不游乎(しょとくふゆう)。人而不能游(じんえんふのうゆう)。且得游乎(しょとくゆう)。夫流遁之志(ふりゅうとんのし)。決絕之行(けつぜつのこう)。噫(い)。其非至知厚德之任與(きひしちこうとくのにんよ)。覆墜而不反(ふくついえんふはん)。火馳而不顧(かちえんふこ)。雖相與爲君臣(すいそうよいくんしん)。時也(じ)。易世而无以相賤(えきせいえんむいそうせん)。故曰至人不留行焉(こわくしじんふりゅうこうえん)。

「古之君人者,以得為在民,以失為在己;以正為在民,以枉為在己;故一形有失其形者,退而自責。今則不然,匿為物而愚不識,大為難而罪不敢,重為任而罰不勝,遠其塗而誅不至。民知力竭,則以偽繼之,日出多偽,士民安取不偽!伕力不足則偽,知不足則欺,財不足則盜。盜竊之行,於誰責而可乎?」

夫尊古而卑今(ふそんこえんひこん)。學者之流也(がくしゃのりゅう)。且以狶韋氏之流觀今之世(しょいきいしのりゅうかんこんのせい)。夫孰能不波(ふたくのうふは)。唯至人乃能游於世而不僻(ゆいしじんなんのうゆうこうせいえんふへき)。順人而不失己(じゅんじんえんふしつき)。彼教不学(ひきょうふがく)。承意不彼(しょういふひ)。

蘧伯玉行年六十而六十化,未嘗不始於是之而卒詘之以非也,未知今之所謂是之非五十九非也。萬物有乎生而莫見其根,有乎出而莫見其門。人皆尊其知之所知,而莫知恃其知之所不知而後知,可不謂大疑乎!已乎!已乎!且無所逃。此所謂然與,然乎?

目徹爲明(もくてついめい)。耳徹爲聰(じてついそう)。鼻徹爲顫(びてついせん)。口徹爲甘(こうてついかん)。心徹爲知(しんてついち)。知徹爲德(ちてついとく)。凡道不欲壅(ぼんどうふよくよう)。壅則哽(ようそくこう)。哽而不止則跈(こうえんふしそくてん)。跈則衆害生(てんそくしゅうがいせい)。物之有知者恃息(ぶつのゆうちしゃじそく)。其不殷(きふいん)。非天之罪(ひてんのざい)。天之穿之(てんのせんの)。日夜无降(じつやむこう)。人則顧塞其竇(じんそくこそくきとう)。胞有重閬(ほうゆうじゅうろう)。心有天游(しんゆうてんゆう)。室无空虛(しつむくうきょ)。則婦姑勃豀(そくふこぼっけい)。心无天游(しんむてんゆう)。則六鑿相攘(そくろくさくそうじょう)。大林丘山之善於人也(だいりんきゅうざんのぜんこうじん)。亦神者不勝(えきしんしゃふしょう)。

仲尼問於大史大弢、伯常騫、狶韋曰:「夫衞靈公飲酒湛樂,不聽國家之政;田獵畢弋,不應諸侯之際;其所以為靈公者何邪?」

德溢乎名(とくいつこうめい)。名溢乎暴(めいいつこうぼう)。謀稽乎誸(ぼうけいこうけん)。知出乎爭(ちしゅつこうそう)。柴生乎守(さいせいこうしゅ)。官事果乎衆宜(かんじかこうしゅうぎ)。春雨日時(しゅんうじつじ)。草木怒生(そうもくどせい)。銚鎒於是乎始脩(ちょうどうこうぜこうししゅう)。草木之到植者過半(そうもくのとうしょくしゃかはん)。而不知其然(えんふちきぜん)。

大弢曰:「是因是也。」

靜然可以補病(せいぜんかいほびょう)。眥搣可以休老(せいべつかいきゅうろう)。寧可以止遽(ねいかいしきょ)。雖然(すいぜん)。若是(じゃくぜ)。勞者之務也(ろうしゃのむ)。非佚者之所未嘗過而問焉(ひいつしゃのしょみじょうかえんもんえん)。聖人之所以驘天下(せいじんのしょいかいてんか)。神人未嘗過而問焉(しんじんみじょうかえんもんえん)。賢人所以驘世(けんじんしょいかいせい)。聖人未嘗過而問焉(せいじんみじょうかえんもんえん)。君子所以驘國(くんししょいかいこく)。賢人未嘗過而問焉(けんじんみじょうかえんもんえん)。小人所以合時(しょうじんしょいごうじ)。君子未嘗過而問焉(くんしみじょうかえんもんえん)。演門有親死者(えんもんゆうしんししゃ)。以善毀爵爲官師(いぜんきしゃくいかんし)。其黨人毀而死者半(きとうじんきえんししゃはん)。堯與許由天下(ぎょうよきょゆうてんか)。許由逃之(きょゆうとうし)。湯與務光(とうよむこう)。務光怒之(むこうぬし)。紀他聞之(きたぶんの)。帥弟子而踆於窾水(すいでいしえんそんこうかんすい)。諸侯弔之(しょこうちょうし)。三年(さんねん)。申徒狄因以踣河(しんとてきいんいはくか)。荃者所以在魚(せんしゃしょいざいぎょ)。得魚而忘荃(とくぎょえんぼうせん)。蹄者所以在兔(ていしゃしょいざいと)。得兔而忘蹄(とくとえんぼうてい)。言者所以在意(ごんしゃしょいざいい)。得意而忘言(とくいえんぼうごん)。吾安得夫忘言之人而與之言哉(があんとくふぼうごんのじんえんよのごんさい)。

伯常騫曰:「夫靈公有妻三人,同濫而浴。史鰌奉御而進所,搏幣而扶翼。其慢若彼之甚也,見賢人若此其肅也,是其所以為靈公也。」

寓言

狶韋曰:「夫靈公也死,卜葬於故墓不吉,卜葬於沙丘而吉。掘之數仞,得石槨焉,洗而視之,有銘焉,曰:『不馮其子,靈公奪而裡之。』夫靈公之為靈也久矣,之二人何足以識之!」

寓言第二十七

少知問於大公調曰:「何謂丘裡之言?」

寓言十九(ぐうごんじゅうく)。重言十七(ちょうごんじゅうしち)。卮言日出(しごんじつしゅつ)。和以天倪(わいてんげい)。

大公調曰:「丘裡者,合十姓百名而以為風俗也,合異以為同,散同以為異。今指馬之百體而不得馬,而馬係於前者,立其百體而謂之馬也。是故丘山積卑而為高,江河合水而為大,大人合併而為公。是以自外入者,有主而不執;由中出者,有正而不距。四時殊氣,天不賜,故歲成;五官殊職,君不私,故國治;文武大人不賜,故德備;萬物殊理,道不私,故無名。無名故無為,無為而無不為。時有終始,世有變化。禍福淳淳,至有所拂者而有所宜;自殉殊面,有所正者有所差。比於(太)[大]澤,百材皆度;觀於大山,木石同壇。此之謂丘裡之言。」

寓言十九(ぐうごんじゅうく)。藉外論之(しゃくげろんの)。親父不爲其子媒(しんぷふいきしばい)。親父譽之(しんぷよの)。不若非其父者也(ふじゃくひきふしゃ)。非吾罪也(ひがざい)。人之罪也(じんのざい)。與己同則應(よきどうそくおう)。不與己同則反(ふよきどうそくはん)。同於己爲是之(どうこうきいぜの)。異於己爲非之(いこうきいひの)。

少知曰:「然則謂之道,足乎?」

重言十七(ちょうごんじゅうしち)。所以已言也(しょいいごん)。是爲耆艾(ぜいきがい)。年先矣(ねんせんい)。而无經緯本末以期年耆者(えんむけいいくほんまついきねんきしゃ)。是非先也(ぜひせん)。人而无以先人(じんえんむいせんじん)。无人道也(むじんどう)。人而无人道(じんえんむじんどう)。是之謂陳人(ぜのいちんじん)。

大公調曰:「不然。今計物之數,不止於萬,而期曰萬物者,以數之多者號而讀之也。是故天地者,形之大者也;陰陽者,氣之大者也;道者為之公。因其大以號而讀之則可也,已有之矣,乃將得比哉!則若以斯辯,譬猶狗馬,其不及遠矣。」

卮言日出(しごんじつしゅつ)。和以天倪(わいてんげい)。因以曼衍(いんいばんえん)。所以窮年(しょいきゅうねん)。不言則齊(ふごんそくせい)。齊與言不齊(せいよごんふせい)。言與齊不齊也(ごんよせいふせい)。故曰无言(こわくむごん)。言无言(ごんむごん)。終身言(しゅうしんごん)。未嘗不言(みじょうふごん)。終身不言(しゅうしんふごん)。未嘗不言(みじょうふごん)。有自也而可(ゆうじえんか)。有自也而不可(ゆうじえんふか)。有自也而然(ゆうじえんぜん)。有自也而不然(ゆうじえんふぜん)。惡乎然(おこうぜん)。然於然(ぜんこうぜん)。惡乎不然(おこうふぜん)。不然於不然(ふぜんこうふぜん)。惡乎可(おこうか)。可於可(かこうか)。惡乎不可(おこうふか)。不可於不可(ふかこうふか)。物固有所然(ぶつこゆうしょぜん)。物固有所可(ぶつこゆうしょか)。无物不然(むぶつふぜん)。无物不可(むぶつふか)。非卮言日出(ひしごんじつしゅつ)。和以天倪(わいてんげい)。孰得其久(たくとくききゅう)。萬物皆種也(ばんぶつかいしゅ)。以不同形相禪(いふどうけいそうぜん)。始卒若環(しそつじゃくかん)。莫得其倫(ぼくとくきりん)。是謂天均(ぜいてんきん)。天均者(てんきんしゃ)。天倪也(てんげい)。

少知曰:「四方之內,六合之裡,萬物之所生惡起?」

莊子謂惠子曰(そうしいけいしわく)。孔子行年六十而六十化(こうしこうねんろくじゅうえんろくじゅうか)。始時所是(しじしょぜ)。卒而非之(そつえんひの)。未知今之所謂是之(みちこんのしょいぜの)。非五十九非也(ひごじゅうくひ)。

大公調曰:「陰陽相照相蓋相治,四時相代相生相殺,欲惡去就於是橋起,雌雄片合於是庸有。安危相易,禍福相生,緩急相摩,聚散以成。此名實之可紀,精微之可志也。隨序之相理,橋運之相使,窮則反,終則始。此物之所有,言之所盡,知之所至,極物而已。覩道之人,不隨其所廢,不原其所起,此議之所止。」

惠子曰、孔子勤志服知也(こうしきんしふくち)。

少知曰:「季真之莫為,接子之或使,二家之議,孰正於其情,孰徧於其理?」

莊子曰、孔子謝之矣(こうししゃしい)。而其未之嘗言(えんきみのじょうごん)。孔子云(こうしうん)。夫受才乎大本(ふじゅさいこうだいほん)。復靈以生(ふくれいいせい)。鳴而當律(めいえんとうりつ)。言而當法(ごんえんとうほう)。利義陳乎前(りぎちんこうぜん)。而好惡是非直服人之口而已矣(えんこうおぜひちょくふくじんのこうえんいい)。使人乃以心服(しじんなんいしんふく)。而不敢蘁立(えんふかんごうりつ)。定天下之定(じょうてんかのじょう)。已乎(い)。已乎(い)。吾且不得及彼乎(がしょふとくきゅうひ)。

大公調曰:「雞鳴狗吠,是人之所知;雖有大知,不能以言讀其所自化,又不能以意其所將為。斯而析之,精至於無倫,大至於不可圍,或之使,莫之為,未免於物而終以為過。或使則實,莫為則虛。有名有實,是物之居;無名無實,在物之虛。可言可意,言而愈疏。未生不可忌,已死不可徂。死生非遠也,理不可覩。或之使,莫之為,疑之所假。吾觀之本,其往無窮;吾求之末,其來無止。無窮無止,言之無也,與物同理;或使莫為,言之本也,與物終始。道不可有,有不可無。道之為名,所假而行。或使莫為,在物一曲,夫胡為於大方?言而足,則終日言而盡道;言而不足,則終日言而盡物。道物之極,言默不足以載;非言非默,議有所極。」

曾子再仕而心再化(そうしさいしえんしんさいか)。曰、吾及親仕(がきゅうしんし)。三釜而心樂(さんふえんしんらく)。後仕(こうし)。三千鍾不洎(さんぜんしょうふき)。吾心悲(がしんひ)。

弟子問於仲尼曰(でいしもんこうちゅうにわく)。若參者(じゃくしんしゃ)。可謂无所縣其罪乎(かいむしょけんきざい)。

曰、既已縣矣(きいけんい)。夫无所縣者(ふむしょけんしゃ)。可以有哀乎(かいゆうあい)。彼視三釜三千鍾(ひしさんふさんぜんしょう)。如觀雀蚊虻相過乎前也(じょかんじゃくぶんぼうそうかこうぜん)。

外物不可必,故龍逢誅,比干戮,箕子狂,惡來死,桀紂亡。人主莫不欲其臣之忠,而忠未必信,故伍員流於江,萇弘死於蜀,藏其血三年而化為碧。人親莫不欲其子之孝,而孝未必愛,故孝己憂而曾參悲。木與木相摩則然,金與火相守則流。陰陽錯行,則天地大絯,於是乎有雷有霆,水中有火,乃焚大槐。有甚憂兩陷而無所逃,螴蜳不得成,心若縣於天地之間,慰暋沈屯,利害相摩,生火甚多,眾人焚和,月固不勝火,於是乎有僓然而道盡。

顏成子游謂東郭子綦曰(がんせいしゆういとうかくしきわく)。自吾聞子之言(じがぶんしのごん)。一年而野(いちねんえんや)。二年而從(にねんえんじゅう)。三年而通(さんねんえんつう)。四年而物(しねんえんぶつ)。五年而來(ごねんえんらい)。六年而鬼入(ろくねんえんきにゅう)。七年而天成(しちねんえんてんせい)。八年而不知死不知生(はちねんえんふちしふちせい)。九年而大妙(きゅうねんえんだいみょう)。

莊周家貧,故往貸粟於監河侯。監河侯曰:「諾。我將得邑金,將貸子三百金,可乎?」

生有爲(せいゆうい)。死也(し)。勸公(かんこう)。以其死也有自也(いきしゆうじ)。而生陽也(えんせいよう)。无自也(むじ)。而果然乎(えんかぜん)。惡乎其所適(おこうきしょてき)。惡乎其所不適(おこうきしょふてき)。天有曆數(てんゆうれきすう)。地有人據(ちゆうじんきょ)。吾惡乎求之(がおこうきゅうの)。莫知其所終(ぼくちきしょしゅう)。若之何其无命也(じゃくのかきむめい)。莫知其所始(ぼくちきしょし)。若之何其有命也(じゃくのかきゆうめい)。有以相應也(ゆういそうおう)。若之何其无鬼邪(じゃくのかきむきや)。无以相應也(むいそうおう)。若之何其有鬼邪(じゃくのかきゆうきや)。

莊周忿然作色曰:「周昨來,有中道而呼者。周顧視車轍,中有鮒魚焉。周問之曰:『鮒魚來,子何為者耶?』對曰:『我,東海之波臣也。君豈有斗升之水而活我哉?』周曰:『諾,我且南遊吳越之王,激西江之水而迎子,可乎?』鮒魚忿然作色曰:『吾失我常與,我無所處。吾得斗升之水然活耳,君乃言此,曾不如早索我於枯魚之肆!』」

衆罔兩問於景曰(しゅうぼうりょうもんこうえいわく)。若向也俯而今也仰(じゃくこうふえんこんぎょう)。向也括而今也被髮(こうかつえんこんひはつ)。向也坐而今也起(こうざえんこんき)。向也行而今也止(こうこうえんこんし)。何也(か)。

任公子為大鉤巨緇,五十犗以為餌,蹲乎會稽,投竿東海,旦旦而釣,期年不得魚。已而大魚食之,牽巨鉤,錎沒而下騖,揚而奮鬐,白波若山,海水震蕩,聲侔鬼神,憚赫千里。任公子得若魚,離而臘之,自制河以東,蒼梧已北,莫不厭若魚者。已而後世輇才諷說之徒,皆驚而相告也。夫揭竿累,趣灌瀆,守鯢鮒,其於得大魚難矣,飾小說以幹縣令,其於大達亦遠矣,是以未嘗聞任氏之風俗,其不可與經於世亦遠矣。

景曰、搜搜也(そうそう)。奚稍問也(きしょうもん)。予有而不知其所以(よゆうえんふちきしょい)。予蜩甲也(よちょうこう)。蛇蛻也(だぜい)。似之而非也(じのえんひ)。火與日(かよじつ)。吾屯也(がとん)。陰與夜(いんよや)。吾代也(がたい)。彼吾所以有待邪(ひがしょいゆうたいや)。而況乎以无有待者乎(えんこうこういむゆうたいしゃ)。彼來則我與之來(ひらいそくがよのらい)。彼往則我與之往(ひおうそくがよのおう)。彼强陽則我與之强陽(ひきょうようそくがよのきょうよう)。强陽者(きょうようしゃ)。又何以有問乎(ゆうかいいゆうもん)。

儒以《詩》、《禮》發冢,大儒臚傳曰:「東方作矣,事之何若?」

陽子居南之沛(ようしきょなんのはい)。老聃西游於秦(ろうたんせいゆうこうしん)。邀於郊(ようこうこう)。至於梁而遇老子(しこうりょうえんぐうろうし)。老子中道仰天而嘆曰(ろうしちゅうどうぎょうてんえんたんわく)。始以汝爲可教(しいじょいかきょう)。今不可也(こんふか)。

小儒曰:「未解裙襦,口中有珠。詩固有之曰:『青青之麥,生於陵陂。生不佈施,死何含珠為!』接其鬢,壓其顪,儒以金椎控其頤,徐別其頰,無傷口中珠!」

陽子居不答(ようしきょふとう)。至舍(ししゃ)。進盥漱巾櫛(しんかんそうきんしつ)。脫屨戶外(だつくこうげ)。膝行而前(しつこうえんぜん)。曰、向者弟子欲請夫子(こうしゃでいしよくしょうふうし)。夫子行不閒(ふうしこうふかん)。是以不敢(ぜいふかん)。今閒矣(こんかんい)。請問其過(しょうもんきか)。

老萊子之弟子出薪,遇仲尼,反以告,曰:「有人於彼,脩上而趨下,末僂而後耳,視若營四海,不知其誰氏之子。」

老子曰、而睢睢盱盱(じそいそいくく)。而誰與居(えんすいよきょ)。大白若辱(だいはくじゃくじょく)。盛德若不足(せいとくじゃくふそく)。

老萊子曰:「是丘也。召而來。」

陽子居蹵然變容曰(ようしきょしゅくぜんへんようわく)。敬聞命矣(けいぶんめいい)。

仲尼至。曰:「丘!去汝躬矜與汝容知,斯為君子矣。」

其往也(きおう)。舍者迎將(しゃしゃげいしょう)。其家公執席(きかこうしゅうせき)。妻執巾櫛(さいしゅうきんしつ)。舍者避席(しゃしゃひせき)。煬者避竈(ようしゃひそう)。其反也(きはん)。舍者與之爭席矣(しゃしゃよのそうせきい)。

仲尼揖而退,蹙然改容而問曰:「業可得進乎?」

讓王

老萊子曰:「夫不忍一世之傷而驁萬世之患,抑固窶邪,亡其略弗及邪?惠以歡為驁,終身之醜,中民之行進焉耳,相引以名,相結以隱。與其譽堯而非桀,不如兩忘而閉其所譽。反無非傷也。動無非邪也。聖人躊躇以興事,以每成功。柰何哉其載焉終矜爾!」

讓王第二十八

宋元君夜半而夢人被髮闚阿門,曰:「予自宰路之淵,予為清江使河伯之所,漁者餘且得予。」

堯以天下讓許由(ぎょういてんかじょうきょゆう)。許由不受(きょゆうふじゅ)。又讓於子州支父(ゆうじょうこうししゅうしほ)。子州支父曰(ししゅうしほわく)。以我爲天子(いがいてんし)。猶之可也(ゆうのか)。雖然(すいぜん)。我適有幽憂之病(がてきゆうゆうゆうのびょう)。方且治之(ほうしょちの)。未暇治天下也(みかちてんか)。夫天下至重也(ふてんかしじゅう)。而不以害其生(えんふいがいきせい)。又況他物乎(ゆうこうたぶつ)。唯无以天下爲者(ゆいむいてんかいしゃ)。可以託天下也(かいたくてんか)。

元君覺,使人占之,曰:「此神龜也。」

舜讓天下於子州支伯(しゅんじょうてんかこうししゅうしはく)。子州支伯曰(ししゅうしはくわく)。予適有幽憂之病(よてきゆうゆうゆうのびょう)。方且治之(ほうしょちの)。未暇治天下也(みかちてんか)。故天下大器也(こてんかだいき)。而不以易生(えんふいえきせい)。此有道者之所以異乎俗者也(しゆうどうしゃのしょいいこうぞくしゃ)。

君曰:「漁者有餘且乎?」

舜讓天下於善卷(しゅんじょうてんかこうぜんけん)。善卷曰(ぜんけんわく)。余立於宇宙之中(よりつこううちゅうのちゅう)。冬日衣皮毛(とうじついひもう)。夏日衣葛絺(かじついかっち)。春耕種(しゅんこうしゅ)。形足以勞動(けいそくいろうどう)。秋收斂(しゅうしゅうれん)。身足以休食(しんそくいきゅうしょく)。日出而作(じつしゅつえんさく)。日入而息(じつにゅうえんそく)。逍遙於天地之間(しょうようこうてんちのかん)。而心意自得(えんしんいじとく)。吾何以天下爲哉(がかいいてんかいさい)。悲夫(ひふ)。子之不知余也(しのふちよ)。遂不受(すいふじゅ)。於是去之而入深山(ぜきょのえんにゅうしんざん)。莫知其處(ぼくちきしょ)。

左右曰:「有。」

舜讓天下於其友石戶之農(しゅんじょうてんかこうきゆうせきこののう)。石戶之農曰(せきこののうわく)。捲捲乎后之爲人(けんけんこうごのいじん)。葆力之士也(ほうりょくのし)。以舜之德爲未至也(いしゅんのとくいみし)。於是夫負妻戴(ぜふさいたい)。攜子以入於海(けいしいにゅうこうかい)。終身不反也(しゅうしんふはん)。

君曰:「令餘且會朝。」

大王亶父居邠(だいおうたんぷきょひん)。狄人攻之(てきじんこうし)。事之以皮帛而不受(じのいひはくえんふじゅ)。事之以犬馬而不受(じのいけんばえんふじゅ)。事之以珠玉而不受(じのいしゅぎょくえんふじゅ)。狄人之所求者土地也(てきじんのしょきゅうしゃどち)。大王亶父曰(だいおうたんぷわく)。與人之兄居而殺其弟(よじんのけいきょえんさつきてい)。與人之父居而殺其子(よじんのふきょえんさつきし)。吾不忍也(がふにん)。子皆勉居矣(しかいべんきょい)。爲吾臣與爲狄人臣奚以異(いがしんよいてきじんしんきいい)。且吾聞之(しょがぶんの)。不以所用養害所養(ふいしょようようがいしょよう)。因杖筴而去之(いんじょうそうえんきょの)。民相連而從之(みんそうれんえんじゅうの)。遂成國於岐山之下(すいせいこくこうきざんのか)。夫大王亶父可謂能尊生矣(ふだいおうたんぷかいのうそんせいい)。能尊生者(のうそんせいしゃ)。雖貴富不以養傷身(すいきふふいようしょうしん)。雖貧賤不以利累形(すいひんせんふいりるいけい)。今世之人居高官尊爵者(こんせいのじんきょこうかんそんしゃくしゃ)。皆重失之(かいじゅうしつの)。見利輕亡其身(けんりけいぼうきしん)。豈不惑哉(きふわくさい)。

明日,餘且朝。君曰:「漁何得?」

越人三世弒其君(えつじんさんせいしきくん)。王子搜患之(おうしそうかんの)。逃乎丹穴(とうこうたんけつ)。而越國无君(えんえつこくむくん)。求王子搜不得(きゅうおうしそうふとく)。從之丹穴(じゅうのたんけつ)。王子搜不肯出(おうしそうふこうしゅつ)。越人薰之以艾(えつじんくんのいがい)。乘以王輿(じょういおうよ)。王子搜援綏登車(おうしそうえんすいとうしゃ)。仰天而呼曰(ぎょうてんえんこわく)。君乎(くん)。君乎(くん)。獨不可以舍我乎(どくふかいしゃが)。王子搜非惡爲君也(おうしそうひおくいくん)。惡爲君之患也(おくいくんのかん)。若王子搜者(じゃくおうしそうしゃ)。可謂不以國傷生矣(かいふいこくしょうせいい)。此固越人之所欲得爲君也(しこえつじんのしょよくとくいくん)。

對曰:「且之網得白龜焉,其圓五尺。」

韓魏相與爭侵地(かんぎそうよそうしんち)。子華子見昭僖侯(しかしけんしょうきこう)。昭僖侯有憂色(しょうきこうゆうゆうしょく)。子華子曰、今使天下書銘於君之前(こんしてんかしょめいこうくんのぜん)。書之言曰(しょのごんわく)。左手攫之則右手廢(さしゅうかくのそくうしゅうはい)。右手攫之則左手廢(うしゅうかくのそくさしゅうはい)。然而攫之者必有天下(ぜんじかくのしゃひつゆうてんか)。君能攫之乎(くんのうかくの)。

君曰:「獻若之龜。」

昭僖侯曰、寡人不攫也(かじんふかく)。

龜至,君再欲殺之,再欲活之,心疑,卜之。曰:「殺龜以卜吉。」乃刳龜,七十二鑽而無遺筴。

子華子曰、甚善(じんぜん)。自是觀之(じしかんの)。兩臂重於天下也(りょうひじゅうこうてんか)。身又重於兩臂(しんゆうじゅうこうりょうひ)。韓之輕於天下也遠矣(かんのけいこうてんかえんい)。今之所爭者(こんのしょそうしゃ)。其輕於韓又遠(きけいこうかんゆうえん)。君固愁身傷生(くんこしゅうしんしょうせい)。以憂戚不得也(いゆうせきふとく)。

仲尼曰:「神龜能見夢於元君,而不能避餘且之網;知能七十二鑽而無遺筴,不能避刳腸之患。如是,則知有所困,神有所不及也。雖有至知,萬人謀之。魚不畏網而畏鵜鶘。去小知而大知明,去善而自善矣。嬰兒生無石師而能言,與能言者處也。」

僖侯曰、善哉(ぜんさい)。教寡人者衆矣(きょうかじんしゃしゅうい)。未嘗得聞此言也(みじょうとくぶんしごん)。子華子可謂知輕重矣(しかしかいちけいじゅうい)。

惠子謂莊子曰:「子言無用。」

魯君聞顏闔得道之人也(ろくんぶんがんこうとくどうのじん)。使人以幣先焉(しじんいへいせんえん)。顏闔守陋閭(がんこうしゅうろうりょ)。苴布之衣而自飯牛(しょふのいえんじはんぎゅう)。魯君之使者至(ろくんのししゃし)。顏闔自對之(がんこうじたいの)。使者曰(ししゃわく)。此顏闔之家與(しがんこうのけよ)。顏闔對曰(がんこうたいわく)。此闔之家也(しこうのけ)。使者致幣(ししゃちへい)。顏闔對曰(がんこうたいわく)。恐聽者謬而遺使者罪(こうちょうしゃびゅうえんいししゃざい)。不若審之(ふじゃくしんの)。使者還反審之(ししゃかんはんしんの)。復來求之(ふくらいきゅうの)。則不得已(そくふとくい)。故若顏闔者(こじゃくがんこうしゃ)。真惡富貴也(しんおくふき)。

莊子曰:「知無用而始可與言用矣。夫地非不廣且大也,人之所用容足耳。然則廁足而墊之致黃泉,人尚有用乎?」惠子曰:「無用。」

故曰(こわく)。道之真以治身(どうのしんいちしん)。其緒餘以爲國家(きしょよいいこっか)。其土苴以治天下(きどしょいちてんか)。由此觀之(ゆうしかんの)。帝王之功(ていおうのこう)。聖人之餘事也(せいじんのよじ)。非所以完身養生也(ひしょいかんしんようせい)。今世俗之君子(こんせいぞくのくんし)。多危身棄生以殉物(たきしんきせいいじゅんぶつ)。豈不悲哉(きふひさい)。凡聖人之動作也(ぼんせいじんのどうさく)。必察其所以之與其所以爲(ひつさつきしょいのよきしょいい)。今且有人於此(こんしょゆうじんこうし)。以隨侯之珠彈千仞之雀(いずいこうのしゅだんせんじんのじゃく)。世必笑之(せいひつしょうし)。是何也(ぜか)。則其所用者重而所要者輕也(そくきしょようしゃじゅうえんしょようしゃけい)。夫生者豈特隨侯之重哉(ふせいしゃきとくずいこうのじゅうさい)。

莊子曰:「然則無用之為用也亦明矣。」

子列子窮(しれっしきゅう)。容貌有飢色(ようぼうゆうきしょく)。客有言之於鄭子陽者曰(かくゆうごんのこうていしようしゃわく)。列御寇(れつぎょこう)。蓋有道之士也(がいゆうどうのし)。居君之國而窮(きょくんのこくえんきゅう)。君无乃爲不好士乎(くんむなんいふこうし)。鄭子陽即令官遺之粟(ていしようそくれいかんいのぞく)。子列子見使者(しれっしけんししゃ)。再拜而辭(さいはいえんじ)。

莊子曰:「人有能遊,且得不遊乎?人而不能遊,且得遊乎?夫流遁之志,決絕之行,噫,其非至知厚德之任與!覆墜而不反,火馳而不顧,雖相與為君臣,時也,易世而無以相賤。故曰至人不留行焉。

使者去(ししゃきょ)。子列子入(しれっしにゅう)。其妻望之而拊心曰(きさいぼうのえんふしんわく)。妾聞爲有道者之妻子(しょうぶんいゆうどうしゃのさいし)。皆得佚樂也(かいとくいつらく)。今有飢色(こんゆうきしょく)。君過而遺先生食(くんかえんいせんせいしょく)。先生不受(せんせいふじゅ)。豈不命邪(きふめいや)。

夫尊古而卑今,學者之流也。且以狶韋氏之流觀今之世,夫孰能不波,唯至人乃能遊於世而不僻,順人而不失己。彼教不學,承意不彼。

子列子笑謂之曰(しれっししょういのわく)。君非自知我也(くんひじちが)。以人之言而遺我粟(いじんのごんえんいがぞく)。至其罪我也又且以人之言(しきざいがゆうしょいじんのごん)。此吾所以不受也(しがしょいふじゅ)。其卒(きそつ)。民果作難而殺子陽(みんかさくなんえんさつしよう)。

目徹為明,耳徹為聰,鼻徹為顫,口徹為甘,心徹為知,知徹為德。凡道不欲壅,壅則哽,哽而不止則跈,跈則眾害生。物之有知者恃息,其不殷,非天之罪。天之穿之,日夜無降,人則顧塞其竇。胞有重閬,心有天遊。室無空虛,則婦姑勃谿;心無天遊,則六鑿相攘,大林丘山之善於人也,亦神者不勝。

楚昭王失國(そしょうおうしつこく)。屠羊說走而從昭王(とようえつそうえんじゅうしょうおう)。昭王反國(しょうおうはんこく)。將賞從者(しょうしょうじゅうしゃ)。及屠羊說(きゅうとようえつ)。屠羊說曰(とようえつわく)。大王失國(だいおうしつこく)。說失屠羊(えつしつとよう)。大王反國(だいおうはんこく)。說亦反屠羊(えつえきはんとよう)。臣之爵祿已復矣(しんのしゃくろくいふくい)。又何賞之有(ゆうかしょうのゆう)。

德溢乎名,名溢乎暴,謀稽乎誸,知出乎爭,柴生乎守,官事果乎眾宜。春雨日時,草木怒生,銚鎒於是乎始脩,草木之到植者過半而不知其然。

王曰、强之(きょうの)。

靜然可以補病,眥𡟬可以休老,寧可以止遽。雖然,若是,勞者之務也,非佚者之所未嘗過而問焉。聖人之所以駴天下,神人未嘗過而問焉;賢人之所以駴世,聖人未嘗過而問焉;君子所以駴國,賢人未嘗過而問焉;小人所以合時,君子未嘗過而問焉。演門有親死者,以善毀爵為官師,其黨人毀而死者半。堯與許由天下,許由逃之;湯與務光,務光怒之,紀他聞之,帥弟子而踆於窾水,諸侯弔之,三年,申徒狄因以踣河。荃者所以在魚,得魚而忘荃;蹄者所以在兔,得兔而忘蹄;言者所以在意,得意而忘言。吾安得夫忘言之人而與之言哉!」

屠羊說曰、大王失國(だいおうしつこく)。非臣之罪(ひしんのざい)。故不敢伏其誅(こふかんふくきちゅう)。大王反國(だいおうはんこく)。非臣之功(ひしんのこう)。故不敢當其賞(こふかんとうきしょう)。

王曰、見之(けんの)。

そもそも己の性を仁義に附属する者は、たとい通達が曽参・史鰌のようでも、私のいう善ではない。己の性を五味に附属する者は、たとい通達が兪児(ゆじ)のようでも、私のいう善ではない。己の性を五声に附属する者は、たとい通達が師曠のようでも、私のいう聡ではない。己の性を五色に附属する者は、たとい通達が離朱のようでも、私のいう明ではない。私のいう善とは、仁義をいうのではない、その徳において善いことをいうだけである。私のいう善とは、いわゆる仁義のようなものではなく、性命の実情を任せることをいうだけである。私のいう聡とは、それを聞くことをいうのではなく、自ら己を聞くことをいうだけである。私のいう明とは、それを見ることをいうのではなく、自ら己を見ることをいうだけである。自ら見ずしてそれを見、自ら得ずしてそれを得る者は、人の得るところを得て自らその得を得ず、人の適うところに適い自らその適に適わない者である。人の適うところに適い自らその適に適わないのは、たとい盗蹠と伯夷でも、同じく淫僻である。私は道徳に愧じる。だから上は仁義の操を敢えてせず、下は淫僻の行いを敢えてしない。

寓言十九,重言十七,巵言日出,和以天倪。

馬蹄

寓言十九,藉外論之。親父不為其子媒。親父譽之,不若非其父者也;非吾罪也,人之罪也。與己同則應,不與己同則反;同於己為是之,異於己為非之。

馬は、蹄で霜雪を蹈み、毛で風寒を禦ぎ、草を龁(か)み水を飲み、足を翹げて跳躍する。これが馬の真性である。たとい義台路寝(ぎだいろしん)があっても、それには用がない。伯楽が出て『私は馬を治めるのが善い』と言うや、これを焼き、これを剔(てき)り、これを刻み、これを烙(らく)し、羈(き)で連ね、皁棧(そうさん)で編めば、馬の死ぬことすでに十分の二三。さらにこれを飢えさせ、これを渇かせ、これを馳せさせ、これを驟(はし)らせ、これを整えこれを斉えば、前には銜橛(かんけつ)の患、後には鞭策の威があって、馬の死ぬこと半ばを過ぎる。陶工が言う。『私は埴(しょく)を治めるのが善い。円は規に中(あ)て、方は矩に中てる』。木匠が言う。『私は木を治めるのが善い。曲は鉤に中て、直は縄に応える』。埴と木の性が、規・矩・鉤・縄に中てることを欲すると思うか。しかるに世世に『伯楽は馬を治めるのが善い、陶・匠は埴と木を治めるのが善い』と称する。これもまた天下を治める者の過ちである。

重言十七,所以已言也,是為耆艾。年先矣,而無經緯本末以期年耆者,是非先也。人而無以先人,無人道也;人而無人道,是之謂陳人。

私は思うに、天下を善く治める者はこのようではない。あの民には常性があり、織れば衣、耕れば食う。これを同徳という。渾一して党を結ばず、これを天放と名づける。だから至徳の世では、その歩くこと填填(てんてん)として、その視ること顛顛(てんてん)として専一である。その当時は、山に蹊隧(けいずい)なく、沢に舟梁(しゅうりょう)なく、万物群生して、連属して郷をなし、禽獣は群を成し、草木は順に長ず。だから禽獣は羈を繋いで遊ばせることができ、鳥鵲の巣は攀援して窺うことができる。至徳の世では、禽獣とともに居り、万物とともに族をなして並び立つ。どこに君子・小人を知ろうか。同じく知なければ、その徳は離れず、同じく欲なければ、これを素朴という。素朴にして民性が得られる。聖人が出るに及んで、蹩躠(べつせつ)として仁を為し、踶跂(ていき)として義を為せば、天下は始めて惑い、澶漫(たんまん)として楽を為し、摘僻(てきへき)として礼を為せば、天下は始めて分かれる。だから純樸が残されなければ、誰が犧樽(ぎそん)を作ろうか。白玉が毀されなければ、誰が珪璋を作ろうか。道徳が廃れなければ、どこに仁義を取ろうか。性情が離れなければ、どこに礼楽を用いようか。五色が乱れなければ、誰が文采を作ろうか。五声が乱れなければ、誰が六律に応えようか。

巵言日出,和以天倪,因以曼衍,所以窮年。不言則齊,齊與言不齊,言與齊不齊也,故曰無言。言無言,終身言,未嘗不言;終身不言,未嘗不言。有自也而可,有自也而不可;有自也而然,有自也而不然。惡乎然?然於然。惡乎不然?不然於不然。惡乎可?可於可。惡乎不可?不可於不可。物固有所然,物固有所可,無物不然,無物不可。非巵言日出,和以天倪,孰得其久!萬物皆種也,以不同形相禪,始卒若環,莫得其倫,是謂天均。天均者,天倪也。

樸を残して器を成すは、工匠の罪である。道徳を毀して仁義を為すは、聖人の過ちである。馬は、陸に居れば草を龁み水を飲み、喜べば頸を交えて相摩し、怒れば背を分かちて相踶(てい)る。馬の知はこれに尽きる。衡轭(こうやく)を加え、月題・当顱(とうろ)を斉えれば、馬は介倪(かいげい)・闉扼(いんやく)・鷙曼(しまん)・詭銜(きかん)・竊轡(せっぴ)を知る。だから馬の知が盗の態に至ることができるのは、伯楽の罪である。赫胥氏(かくきょし)の時、民は居るも為すことを知らず、行くも往くところを知らず、食を含んで嬉(き)し、腹を鼓して遊んだ。民の能くするところはこれだけであった。聖人が出るに及んで、礼楽を屈折して天下の形を匡(ただ)し、仁義を縣(けん)げて天下の心を慰めれば、民は始めて跂(き)して知を好み、利に帰ることを争う。止めることができない。これもまた聖人の過ちである。

莊子謂惠子曰:「孔子行年六十而六十化,始時所是,卒而非之,未知今之所謂是之非五十九非也。」

胠篋(こうきょう)

惠子曰:「孔子勤志服知也。」

篋を探り、嚢を発き、匱を破る盗を備えて守りを為すには、必ず縢緘(とうかん)を攝(おさ)め、扃鐍(けいけつ)を固くする。これが世俗のいわゆる知である。しかるに大盗が至れば、匱を負い、篋を擔(たん)い、嚢を荷(か)いで趨(はし)る。ただ縢緘・扃鐍の固からざるを恐れるのみ。ではさきのいわゆる知は、大盗のために積むものではないか。

莊子曰:「孔子謝之矣,而其未之嘗言也。孔子云:『夫受才乎大本,復靈以生。』鳴而當律,言而當法,利義陳乎前,而好惡是非直服人之口而已矣。使人乃以心服,而不敢蘁立,定天下之定。已乎已乎!吾且不得及彼乎!」

だから試みにこれを論ずる。世俗のいわゆる知に、大盗のために積まざるものがあるか。いわゆる聖に、大盗のために守らざるものがあるか。何を以てその然るを知るか。昔、斉国は隣邑相い望み、鶏狗の音相い聞ゆるほどで、罔罟(もうこ)の布く所、耜耨(しどう)の刺す所、方二千余里。四境の内を闔(あ)わせて、宗廟社稷を立て、邑屋・州閭・郷曲を治める所以は、嘗て聖人に法らざることがあったか。しかるに田成子は一旦斉君を弑してその国を盗んだ。その盗んだところは、ただその国のみならんや。与(とも)にその聖知の法をも盗んだ。だから田成子は盗賊の名はあるが、身は堯・舜の安きに処り、小国は敢えて非せず、大国は敢えて誅せず、十二世斉国を有した。これは斉国を竊(ぬす)んで、与にその聖知の法をも竊み、以てその盗賊の身を守るにあらずや。

曾子再仕而心再化,曰:「吾及親仕,三釜而心樂;後仕,三千鍾而不洎,吾心悲。」

試みにこれを論ずる。世俗のいわゆる至知に、大盗のために積まざるものがあるか。いわゆる至聖に、大盗のために守らざるものがあるか。何を以てその然るを知るか。昔、關龍逢は斬られ、比干は剖かれ、萇弘は刳(く)られ、子胥は糜爛(びらん)せられた。だからこの四人の賢も、身は戮を免れなかった。このゆえに蹠の徒が蹠に問うていった。『盗にも道がありますか』。蹠が言った。『どこに適いて道があろうか。妄に意(おも)って中の蔵を中てるは聖であり、先んじて入るは勇であり、後れて出るは義であり、可否を知るは知であり、分つこと均しきは仁である。五者備わらずして能く大盗となる者は、天下未だ有らざるなり』。これ由りて之を觀れば、善人は聖人の道を得ずして立たず、蹠は聖人の道を得ずして行かれず。天下の善人は少なく不善人は多い。則ち聖人の天下を利することは少なく、天下を害することは多い。故に曰く、唇は竭(つ)きて則ち歯寒し、魯酒薄くして邯鄲(かんたん)囲まれ、聖人生じて大盗起こる、と。

弟子問於仲尼曰:「若參者,可謂無所縣其罪乎?」

聖人を掊(ほう)撃(げき)し、盗賊を縱(はな)てば、天下始めて治まる。川が竭くれば谷は虚しく、丘が夷(たい)らげば淵は実く。聖人すでに死せば、大盗起こらず、天下平らかにして故なし。聖人死せざれば、大盗止まず。聖人を重ねて天下を治むるも、是れ亦た盗蹠を利するのみ。之が為に斗斛を為して以て量れば、則ち斗斛を与にして竊み、之が為に権衡を為して以て稱(はか)れば、則ち権衡を与にして竊み、之が為に符璽を為して以て信とすれば、則ち符璽を与にして竊み、之が為に仁義を為して以て矯(た)めば、則ち仁義を与にして竊む。何を以て其の然るを知るか。彼の帯鉤を竊む者は誅せられ、国を竊む者は諸侯と為り、諸侯の門に仁義存(や)まる。是れ仁義聖知を竊むに非ずや。故に大盗に逐い、諸侯を擧げ、仁義を竊み、并せて斗斛・権衡・符璽の利を竊む者は、軒冕の賞ありと雖も勧むる能わず、斧鉞の威ありと雖も禁ずる能わず。此の盗蹠を重ねて禁ぜしめ得ざるは、是れ聖人の過なり。故に曰く、魚は淵を脱すべからず、国の利器は人に示すべからず、と。

曰:「既已縣矣。夫無所縣者,可以有哀乎?彼視三釜三千鍾,如觀雀蚊虻相過乎前也。」

彼の聖人は、天下の利器にして、以て天下を明らかにする所以に非ざるなり。故に聖を絶ち知を棄てば、大盗乃ち止まり、玉を擿(てき)し珠を毀れば、小盗起こらず、符を焚き璽を破れば、民朴鄙(ぼくひ)なり、斗を掊(ほう)ち衡を折れば、民争わず、天下の聖法を殫(つく)して殘賊せば、民始めて与に論議すべし。六律を擢(ぬき)乱し、竽瑟を鑠(しゃく)絶し、瞽曠(ここう)の耳を塞げば、天下始めて人其の聡を含む。文章を滅し、五采を散らし、離朱の目を膠(こう)せば、天下始めて人其の明を含む。鉤縄を毀絶して規矩を棄て、工倕(こうすい)の指を攦(れき)せば、天下始めて人其の巧を有つ。故に曰く、大巧は拙きが若し、と。曾・史の行を削(さく)ぎ、楊・墨の口を鉗(かん)ぎ、仁義を攘棄(じょうき)すれば、天下の徳始めて玄同す。人其の明を含めば、天下鑠(と)けず、人其の聡を含めば、天下累(るい)せず、人其の知を含めば、天下惑わず、人其の徳を含めば、天下僻(よこしま)ならず。彼の曾・史・楊・墨・師曠・工倕・離朱は、皆外に其の徳を立てて、以て天下を乱(みだ)すを為す者なり。法の用いる所に非ざるなり。

顏成子游謂東郭子綦曰:「自吾聞子之言,一年而野,二年而從,三年而通,四年而物,五年而來,六年而鬼入,七年而天成,八年而不知死,不知生,九年而大妙。

子は独り至徳の世を知らざるか。昔者、容成氏・大庭氏・伯皇氏・中央氏・栗陸氏・驪畜氏・軒轅氏・赫胥氏・尊盧氏・祝融氏・伏犧氏・神農氏。是の時に於ては、民は結繩して之を用い、其の食を甘とし、其の服を美とし、其の俗を楽とし、其の居を安とし、隣国相い望み、鶏狗の音相い聞ゆるも、民は老死するまで相い往来せず。此の若き時は、即ち至治なり。今遂に民をして延頸擧踵(えんけいきょしょう)して曰わしむ、某の所有りて賢者有りと。贏(か)ちて糧を齎(もた)らして之に趣き、則ち内に其の親を棄て、外に其の主の事を去り、足跡は諸侯の境に接し、車軌は千里之外に結ばる。是れ上の知を好むの過なり。

生有為,死也。勸公,以其死也,有自也;而生陽也,無自也。而果然乎?惡乎其所適?惡乎其所不適?天有曆數,地有人據,吾惡乎求之?莫知其所終,若之何其無命也?莫知其所始,若之何其有命也?有以相應也,若之何其無鬼邪?無以相應也,若之何其有鬼邪?」

上誠に知を好みて道無くんば、則ち天下大いに乱れん。何を以て其の然るを知るか。夫の弓弩・畢弋・機変の知多ければ、則ち鳥は上に乱れ、鉤餌・罔罟・罾笱(しょうこう)の知多ければ、則ち魚は水に乱れ、削格・羅落・罝罘(しょふ)の知多ければ、則ち獣は沢に乱れ、知詐・漸毒・頡滑(けっかつ)・堅白・解垢(かいこう)・同異の変多ければ、則ち俗は辯に惑う。故に天下は每每として大乱す。罪は知を好むに在り。故に天下は皆其の知らざる所を求むるを知るも、其の已に知れる所を求むるを知らず、皆其の善からざる所を非するを知るも、其の已に善とせる所を非するを知らず。是を以て大乱なり。故に上は日月の明を悖(もと)り、下は山川の精を鑠(と)かし、中は四時の施を毀(やぶ)り、惴耎(ちゃくせん)の蟲、肖翹(しょうぎょう)の物、其の性を失わざる莫し。甚だしきかな、知を好みて天下を乱るや。三代より已降是の如し。夫の恬惔(てんだん)無為を舍てて、啍啍(とんとん)の意を悦ぶ。啍啍は已に天下を乱れり。

眾罔兩問於景曰:「若向也俯而今也仰,向也括[撮]而今也被髮,向也坐而今也起,向也行而今也止,何也?」

在宥(ざいゆう)

景曰:「搜搜也,奚稍問也!予有而不知其所以。予,蜩甲也,蛇蛻也,似之而非也。火與日,吾屯也;陰與夜,吾代也。彼吾所以有待邪?而況乎以[無]有待者乎!彼來則我與之來,彼往則我與之往,彼強陽則我與之強陽。強陽者,又何以有問乎?」

聞く、天下を在宥するを、未だ天下を治むるを聞かざるなり。在とは、天下をして其の性を淫せしめざるを恐るるなり。宥とは、天下をして其の徳を遷ぜしめざるを恐るるなり。天下其の性を淫せず、其の徳を遷ぜざれば、天下を治むる有らんや。昔者、堯の天下を治むるや、天下をして欣欣として其の性を楽しましむ。是れ恬(てん)からざるなり。桀の天下を治むるや、天下をして瘁瘁(すいすい)として其の性を苦しめしむ。是れ愉(ゆ)からざるなり。恬ならず愉ならざれば、則ち徳に非ざるなり。徳に非ざるにして可なりて久しきは、天下未だ嘗て有らざるなり。

陽子居南之沛,老耼西遊於秦,邀於郊,至於梁而遇老子。老子中道仰天而歎曰:「始以汝為可教,今不可也。」

人大いに喜べば、則ち陽に毗(ひ)す。大いに怒れば、則ち陰に毗す。陰陽并せ毗せば、四時至らず、寒暑の和成らず。其の反て人の形を傷らんや。人をして喜怒位を失わしめ、居処常無く、思慮自ら得ず、中道章を成さざれば、天下始めて喬詰(ぎょうきつ)卓鷙(たくし)なり、而る後に盗蹠・曾・史の行有り。故に天下を擧げて善を賞するも足らず、天下を擧げて悪を罰するも給せず。天下の大いなる、以て賞罰を為すに足らざるなり。三代より已降、匈匈(きょうきょう)として終に賞罰を以て事と為すのみ。彼何の暇あらん、其の性命の情を安んぜんや。且つ明を悦ぶは、色に淫するなり。聡を悦ぶは、声に淫するなり。仁を悦ぶは、徳に乱るなり。義を悦ぶは、理に悖るなり。礼を悦ぶは、技を相(すけ)くるなり。楽を悦ぶは、淫を相くるなり。聖を悦ぶは、芸を相くるなり。知を悦ぶは、疵(し)を相くるなり。天下将に其の性命の情を安んぜんとせば、之の八者は、存す可し亡す可しなり。天下将に其の性命の情を安んぜざらんとせば、之の八者、乃ち始めて臠卷(れんけん)獊囊(そうのう)して天下を乱れん。而して天下乃ち始めて之を尊び之を惜しむ。甚だしきかな、天下の惑や。豈に直に過ぐるも而して乃ち去らんのみならんや。乃ち斎戒して以て之を言い、跪坐して以て之を進め、鼓歌して以て之を儛(ぶ)す。吾是を何(いか)んせんや。故に君子苟も已む能わずして天下に臨莅(りんり)せば、則ち無為に若(し)くは莫し。無為にして而る後に其の性命の情を安んず。故に身を貴びて天下を為すに過ぐれば、則ち可なりて天下を彼に託せん。身を愛して天下を為すに過ぐれば、則ち可なりて天下を彼に寄せん。故に君子苟も能く其の五蔵を解かず、其の聡明を擢(ぬ)かざれば、尸居して龍見し、淵黙して雷の声あり、神動して天に随い、従容無為にして、万物は炊累の如くならん。我又何の暇あらん、天下を治めんや。

陽子居不答。至舍,進盥漱巾櫛,脫履戶外,膝行而前,曰:「曏者弟子欲請夫子,夫子行不閒,是以不敢。今閒矣,請問其過。」

崔瞿(さいく)が老聃に問うて曰く、天下を治めざれば、惡(なん)ぞ人の心を臧(たく)えん、と。老聃曰く、女(なんじ)愼(つつし)んで人の心を攖(う)ること毋かれ。人心は排せられて下り、進められて上る。上下は囚殺(しゅうさつ)し、淖約(たくやく)は剛強に勝つ。廉劌(れんき)彫琢す。其の熱すること焦火の如く、其の寒さること凝氷の如く、其の疾きこと俛仰(ふぎょう)のあいだに再び四海の外を撫す。其の居るや淵として静か、其の動くや縣(けん)として天なり。僨驕(ふんきょう)として係るべからざるは、其の人心を惟(おも)わんのみ。昔者、黄帝始めて仁義を以て人の心を攖る。堯舜是れ於て股に胈(はつ)無く、脛に毛無きも、以て天下の形を養い、其の五蔵を愁えて以て仁義を為し、其の血気を衿(きん)して以て法度を規(き)す。然るも猶お勝たざる有り。堯是れ於て讙兜(かんとう)を崇山に放ち、三苗を三危に投じ、共工を幽都に流す。此れ天下に勝たざるなり。夫れ三王に及びて、天下大いに駭(がい)れり。下に桀蹠有り、上に曾史有り、而して儒墨畢(ひつ)に起こる。是れ於て喜怒相い疑い、愚知相い欺き、善否相い非し、誕信相い譏(き)し、而して天下衰(すい)えり。大德同じからずして、性命爛漫(らんまん)す。天下知を好みて、百姓竭(つ)きり。是れ於て釿鋸(きんきょ)を制し、禮義を殺し、椎鑿を決す。天下脊脊(せきせき)として大乱す。罪は人の心を攖るに在り。故に賢者は大山嵁巖(かんがん)の下に伏處し、萬乘の君は廟堂の上に憂慄(ゆうりつ)す。今世は殊死者相い枕ぎ、桁楊者相い推し、刑戮者相い望むも、而して儒墨乃ち始めて桎梏(しっこく)のあいだに跂(あが)き攘臂(じょうひ)す。意(おも)うに甚だしきかな、其の愧(は)ざるを知らざるの甚だしきや。吾未だ聖知の桁楊(こうよう)の椄槢(せっしゅう)に非ざる、仁義の桎梏の鑿枘(さくぜい)に非ざるを知らず。焉(なん)ぞ知らん、曾史の桀蹠の嚆矢(こうし)に非ざるを。故に曰く、聖を絶ち知を棄てば、天下大いに治まらん、と。

老子曰:「而睢睢盱盱,而誰與居?大白若辱,盛德若不足。」

黄帝立ちて天子となり十九年、令は天下に行われ、広成子(こうせいし)が空同(くうどう)の上に在るを聞き、故に往きて之を見て曰く、我聞く、吾子は至道に達すと。敢えて至道の精を問わん。我は天地の精を取りて、以て五穀を佐(たす)け、以て民人を養わんと欲す。我又陰陽を官(かん)して、以て群生を遂げんと欲す。其の奈何せん、と。広成子曰く、而(なんじ)の問わんと欲する所は、物の質なり。而の官せんと欲する所は、物の残なり。而の天下を治めしより、雲気は族せずして雨り、草木は黄せずして落ち、日月の光は益々荒れゆ。而して佞人の心は翦翦(せんせん)なる者、又奚ぞ足りて至道を語らんや。黄帝退きて天下を捐(す)て、特室を築き、白茅を席(しき)き、閑居三月、復た往きて之を邀(う)う。広成子は南首(なんしゅ)して臥(ふ)せり。黄帝は下風に順い、膝行して進み、再拝稽首して問うて曰く、聞く、吾子は至道に達すと。敢えて問わん、身を治めて奈何(いか)にすれば而して長く存せんや、と。広成子蹶然として起きて曰く、善なるかな問や。来れ、女(なんじ)に至道を語らん。至道の精は、窈窈冥冥(ようようめいめい)。至道の極は、昏昏默默。視ること無く聴くこと無く、神を抱きて以て静けくせば、形は将に自ら正しからん。必ず静かに必ず清けく、女の形を勞する無く、女の精を搖(ゆ)るがす無くせば、乃ち長生すべし。目は睹る所無く、耳は聞く所無く、心は知る所無くせば、女の神は将に形を守り、形は乃ち長生せん。女の内を愼(つつし)み、女の外を閉じ、知多きは敗なり。我は女の為に大明の上に遂げ、彼の至陽の原に至り、女の為に窈冥の門に入り、彼の至陰の原に至る。天地は官有り、陰陽は蔵有り。愼みて女の身を守れば、物は将に自ら壮(さか)んならん。我は其の一を守りて、以て其の和に処る。故に我は身を修むること千二百歳にして、吾が形未だ嘗て衰えず、と。黄帝再拝稽首して曰く、広成子は之を天と謂うべし、と。広成子曰く、来れ、余は女に語らん。彼の物は窮り無きも、而して人皆以て終り有りと為す。彼の物は測る無きも、而して人皆以て極有りと為す。吾が道を得る者は、上にして皇と為り下にして王と為る。吾が道を失う者は、上にして光を見て下にして土と為る。今夫れ百昌(ひゃくしょう)は皆土に生まれて土に反(かえ)る。故に余は将に女を去り、窮り無き門に入り、以て無極の野に遊ばんとす。我は日月と参(さん)して光を同じくし、我は天地と為に常なり。我に当たるは昏まん。我に遠ざかるは昏まん。人は其れ死を尽くさん。而して我独り存せんか、と。

陽子居蹵然變容曰:「敬聞命矣!」

雲将(うんしょう)東に遊び、扶揺(ふよう)の枝を過ぎて、適(あ)たま鴻蒙(こうもう)に遭う。鴻蒙は方に脾(もも)を拊(う)ち雀躍(じゃくやく)して遊べり。雲将之を見て、倘然(とうぜん)として止まり、贄然(しぜん)として立ちて曰く、叟(おきな)は何人ぞや、叟は何を為して此れ為る、と。鴻蒙は脾を拊ち雀躍して輟(や)めず、雲将に対して曰く、遊、と。雲将曰く、朕(しん)は願わくば問わんことを、と。鴻蒙仰いで雲将を視て曰く、吁(く)、と。雲将曰く、天気和せず、地気鬱結し、六気調わず、四時節せず。今我願わくは六気の精を合せて以て群生を育さん。為に奈何せん、と。鴻蒙脾を拊ち雀躍して掉頭(とうとう)して曰く、吾は弗(し)ら知り、吾は弗知り、と。雲将問うことを得ず。居ること三年、又た東に遊び、有宋(ゆうそう)の野を過ぎて、適鴻蒙に遭う。雲将大いに喜び、行きて趨(はし)り進みて曰く、天は朕を忘れたまいしか、天は朕を忘れたまいしか、と。再拝稽首して鴻蒙の言を聞かんことを願う。鴻蒙曰く、浮遊は求むる所を知らず、猖狂(しょうきょう)は往く所を知らず、遊ぶ者は鞅掌(おうしょう)として、以て無妄を觀る。朕は又何をか知らん、と。雲将曰く、朕も自ら以て猖狂なりとするも、而して民は予の往く所に随う。朕も民に於ては已むことを得ざるなり。今則ち民の放(なら)う所と為る。願わくは一言を聞かん、と。鴻蒙曰く、天の經を乱れ、物の情を逆(さか)え、玄天の成を成らず、獣の群を解きて鳥は皆夜に鳴き、災は草木に及び、禍は止蟲(しちゅう)に及ぶ。意(おも)うに此れ人を治むるの過なり、と。雲将曰く、然らば則ち吾奈何せん、と。鴻蒙曰く、意、毒なるかな。仙仙(せんせん)として帰れ、と。雲将曰く、吾は天に遭うこと難し。願わくは一言を聞かん、と。鴻蒙曰く、意、心を養え。汝は徒らに無為に處りて、而して物自ら化せよ。爾の形體を堕(おと)し、爾の聰明を吐き、倫は物と與(とも)に忘れ、大同乎(こうじょう)涬溟(せいめい)に、心を解き神を釋(はな)ち、莫然(ばくぜん)として魂無し。萬物云云として、各(おのおの)其の根に復(かえ)る。各其の根に復るも知らず。渾渾沌々(こんこんとんとん)として、終身離れず。若し彼(か)れ之を知らば、是れ之を離るるなり。其の名を問うこと無く、其の情を闚(うかが)うこと無かれ。物は固(もと)より自ら生ず、と。雲将曰く、天は朕に徳を降し、朕に黙を示せり。躬(みずか)ら之を求めて、乃ち今焉(ここ)に得たり、と。再拝稽首して起き、辭して行けり。

其往也,舍者迎將,其家公執席,妻執巾櫛,舍者避席,煬者避灶。其反也,舍者與之爭席矣!

屠羊說曰(とようえつわく)。楚國之法(そこくのほう)。必有重賞大功而後能見(ひつゆうちゅうしょうだいこうえんこうのうけん)。今臣之知不足以存國(こんしんのちふそくいそんこく)。而勇不足以死寇(えんゆうふそくいしこう)。吳軍入郢(ごぐんにゅうえい)。說畏難而避寇(えついなんえんひこう)。非故隨大王也(ひこずいだいおう)。今王欲廢法毀約而見說(こんおうよくはいほうきやくえんけんえつ)。此非臣之所以聞於天下也(しひしんのしょいぶんこうてんか)。

王謂司馬子綦曰(おういしばしきわく)。屠羊說居處卑賤而陳義甚高(とようえつきょしょひせんえんちんぎじんこう)。子綦爲我延之三旌之位(しきいがえんのさんせいのい)。

屠羊說曰、夫三旌之位(ふさんせいのい)。吾知其貴於屠羊之肆矣(がちききこうとようのし)。萬鍾之祿(ばんしょうのろく)。吾知其富於屠羊之利矣(がちきふこうとようのり)。然豈可以貪爵祿之故(ぜんきかいたんしゃくろくのこ)。而使吾君有妄施之名乎(えんしがくんゆうぼうしのめい)。說不敢當(えつふかんとう)。願復反吾屠羊之肆(がんふくはんがとようのし)。遂不受也(すいふじゅ)。

堯以天下讓許由,許由不受。又讓於子州支父,子州之父曰:「以我為天子,猶之可也。雖然,我適有幽憂之病。方且治之,未暇治天下也。」夫天下至重也,而不以害其生,又況他物乎!唯無以天下為者,可以託天下也。

原憲居魯(げんけんきょろ)。環堵之室(かんとのしつ)。茨以生草(しいせいそう)。蓬戶不完(ほうこふかん)。桑以爲樞(そういいすう)。而甕牖二室(えんおうゆうにしつ)。褐以爲塞(かついいそく)。上漏下濕(じょうろうげしつ)。匡坐而絃(きょうざえんげん)。

舜讓天下於子州支伯,子州支伯曰:「予適有幽憂之病,方且治之,未暇治天下也。」故天下大器也,而不以易生,此有道者之所以異乎俗者也。

子貢乘大馬(しこうじょうだいば)。中紺而表素(ちゅうこんえんひょうそ)。軒車不容巷(けんしゃふようこう)。往見原憲(おうけんげんけん)。原憲華冠縰履(げんけんかかんしり)。杖藜而應門(じょうれいえんおうもん)。

舜以天下讓善卷,善卷曰:「餘立於宇宙之中,冬日衣皮毛,夏日衣葛絺;春耕種,形足以勞動;秋收斂,身足以休食;日出而作,日入而息,逍遙於天地之間而心意自得。吾何以天下為哉!悲夫,子之不知餘也!」遂不受。於是去而入深山,莫知其處。

子貢曰、嘻(き)。先生何病(せんせいかびょう)。

舜以天下讓其友石戶之農。石戶之農曰:「捲捲乎後之為人,葆力之士也!」以舜之德為未至也。於是夫負妻戴,攜子以入於海,終身不反也。

原憲應之曰(げんけんおうのわく)。憲聞之(けんぶんの)。无財謂之貧(むざいいのひん)。學而不能行謂之病(がくえんふのうこういのびょう)。今憲貧也(こんけんひん)。非病也(ひびょう)。子貢逡巡而有愧色(しこうしゅんじゅんえんゆうきしょく)。

大王亶父居邠,狄人攻之;事之以皮帛而不受,事之以犬馬而不受,事之以珠玉而不受,狄人之所求者土地也。大王亶父曰:「與人之兄居而殺其弟,與人之父居而殺其子,吾不忍也。子皆勉居矣!為吾臣與為狄人臣奚以異!且吾聞之,不以所用養害所養。」因杖筴而去之。民相連而從之,遂成國於岐山之下。夫大王亶父,可謂能尊生矣。能尊生者,雖貴富不以養傷身,雖貧賤不以利累形。今世之人,居高官尊爵者,皆重失之,見利輕亡其身,豈不惑哉!

原憲笑曰、夫希世而行(ふきせいえんこう)。比周而友(ひしゅうえんゆう)。學以爲人(がくいいじん)。教以爲己(きょういいき)。仁義之慝(じんぎのとく)。輿馬之飾(よばのしょく)。憲不忍爲也(けんふにんい)。

越人三世弒其君,王子搜患之,逃乎丹穴。而越國無君,求王子搜不得,從之丹穴。王子搜不肯出,越人薰之以艾。乘以王輿。王子搜援綏登車,仰天而呼曰:「君乎,君乎!獨不可以舍我乎!」王子搜非惡為君也,惡為君之患也。若王子搜者,可謂不以國傷生矣,此固越人之所欲得為君也。

曾子居衛(そうしきょえい)。縕袍无表(おんぼうむひょう)。顏色腫噲(がんしょくしゅかい)。手足胼胝(しゅそくへんち)。三日不舉火(さんじつふきょか)。十年不製衣(じゅうねんふせいい)。正冠而纓絕(せいかんえんえいぜつ)。捉衿而肘見(しゅくきんえんちゅうけん)。納屨而踵決(のうくえんしょうけつ)。曳縰而歌商頌(えいしえんかしょうしょう)。聲滿天地(せいまんてんち)。若出金石(じゃくしゅつきんせき)。天子不得臣(てんしふとくしん)。諸侯不得友(しょこうふとくゆう)。故養志者忘形(こようししゃぼうけい)。養形者忘利(ようけいしゃぼうり)。致道者忘心矣(ちどうしゃぼうしんい)。

韓魏相與爭侵地。子華子見昭僖侯,昭僖侯有憂色。子華子曰:「今使天下書銘於君之前,書之言曰:『左手攫之則右手廢,右手攫之則左手廢,然而攫之者必有天下。』君能攫之乎?」

孔子謂顏回曰(こうしいがんかいわく)。回來(かいらい)。家貧居卑(かひんきょひ)。胡不仕乎(こふし)。

昭僖侯曰:「寡人不攫也。」

顏回對曰(がんかいたいわく)。不願仕(ふがんし)。回有郭外之田五十畝(かいゆうかくげのでんごじゅうぼ)。足以給𫗴粥(そくいきゅうちしゅく)。郭內之田十畝(かくないのでんじゅうぼ)。足以爲絲麻(そくいいしま)。鼓琴足以自娛(こきんそくいじぐ)。所學夫子之道足以自樂(しょがくふうしのどうそくいじらく)。回不願仕也(かいふがんし)。

子華子曰:「甚善!自是觀之,兩臂重於天下也,身亦重於兩臂。韓之輕於天下亦遠矣,今之所爭者,其輕於韓又遠。君固愁身傷生以憂戚不得也!」

孔子愀然變容曰(こうししゅうぜんへんようわく)。善哉回之意(ぜんさいかいのい)。丘聞之(きゅうぶんの)。知足者不以利自累也(ちそくしゃふいりじるい)。審自得者失之而不懼(しんじとくしゃしつのえんふく)。行脩於內者无位而不怍(こうしゅうこうないしゃむいえんふさく)。丘誦之久矣(きゅうしょうのきゅうい)。今於回而後見之(こんこうかいえんこうけんの)。是丘之得也(ぜきゅうのとく)。

僖侯曰:「善哉!教寡人者眾矣,未嘗得聞此言也。」子華子可謂知輕重矣。

中山公子牟謂瞻子曰(ちゅうざんこうしぼういせんしわく)。身在江海之上(しんざいこうかいのじょう)。心居乎魏闕之下(しんきょこうぎけつのか)。爲之奈何(いのないか)。

魯君聞顏闔得道之人也,使人以幣先焉。顏闔守陋閭,苴布之衣而自飯牛。魯君之使者至,顏闔自對之。使者曰:「此顏闔之家與?」顏闔對曰:「此闔之家也。」使者致幣,顏闔對曰:「恐聽者謬而遺使者罪,不若審之。」使者還,反審之,復來求之,則不得已。故若顏闔者,真惡富貴也。

瞻子曰、重生(じゅうせい)。重生則利輕(じゅうせいそくりけい)。

故曰,道之真以治身,其緒餘以為國家,其土苴以治天下。由此觀之,帝王之功,聖人之餘事也,非所以完身養生也。今世俗之君子,多危身棄生以殉物,豈不悲哉!凡聖人之動作也,必察其所以之與其所以為。今且有人於此,以隨侯之珠彈千仞之雀,世必笑之,是何也?則其所用者重而所要者輕也。夫生者,豈特隨侯之重哉!

中山公子牟曰、雖知之(すいちの)。未能自勝也(みのうじしょう)。

子列子窮,容貌有飢色。客有言之於鄭子陽者,曰:「列禦寇,葢有道之士也,居君之國而窮,君無乃為不好士乎?」鄭子陽即令官遺之粟。子列子見使者,再拜而辭。

瞻子曰、不能自勝則從(ふのうじしょうそくじゅう)。神无惡乎(しんむおく)。不能自勝而强不從者(ふのうじしょうえんきょうふじゅうしゃ)。此之謂重傷(しのいじゅうしょう)。重傷之人(じゅうしょうのじん)。无壽類矣(むじゅるいい)。

使者去,子列子入,其妻望之而拊心曰:「妾聞為有道者之妻子,皆得佚樂,今有飢色。君過而遺先生食,先生不受,豈不命邪!」

魏牟(ぎぼう)。萬乘之公子也(ばんじょうのこうし)。其隱巖穴也(きいんがんけつ)。難爲於布衣之士(なんいこうふいのし)。雖未至乎道(すいみしこうどう)。可謂有其意矣(かいゆうきいい)。

子列子笑謂之曰:「君非自知我也,以人之言而遺我粟,至其罪我也又且以人之言,此吾所以不受也。」其卒,民果作難而殺子陽。

孔子窮於陳蔡之間(こうしきゅうこうちんさいのかん)。七日不火食(しちじつふかしょく)。藜羹不糝(れいこうふさん)。顏色甚憊(がんしょくじんはい)。而絃歌於室(えんげんかこうしつ)。顏回擇菜(がんかいたくさい)。子路子貢相與言曰(しろしこうそうよごんわく)。夫子再逐於魯(ふうしさいちくこうろ)。削跡於衛(さくせきこうえい)。伐樹於宋(ばつじゅこうそう)。窮於商周(きゅうこうしょうしゅう)。圍於陳蔡(いこうちんさい)。殺夫子者无罪(さつふうししゃむざい)。藉夫子者无禁(しゃくふうししゃむきん)。絃歌鼓琴(げんかこきん)。未嘗絕音(みじょうぜつおん)。君子之无耻也若此乎(くんしのむちじゃくし)。

楚昭王失國,屠羊說走而從於昭王。昭王反國,將賞從者,及屠羊說。屠羊說曰:「大王失國,說失屠羊;大王反國,說亦反屠羊。臣之爵祿已復矣,又何賞之有!」

顏回无以應(がんかいむいおう)。入告孔子(にゅうこくこうし)。孔子推琴喟然而嘆曰(こうしすいきんきぜんえんたんわく)。由與賜(ゆうよし)。細人也(さいじん)。召而來(しょうえんらい)。吾語之(がごの)。

王曰:「強之。」

子路子貢入(しろしこうにゅう)。子路曰(しろわく)。如此者可謂窮矣(じょししゃかいきゅうい)。

屠羊說曰:「大王失國,非臣之罪,故不敢伏其誅;大王反國,非臣之功,故不敢當其賞。」

孔子曰、是何言也(ぜかごん)。君子通於道之謂通(くんしつうこうどうのいつう)。窮於道之謂窮(きゅうこうどうのいきゅう)。今丘抱仁義之道(こんきゅうほうじんぎのどう)。以遭亂世之患(いそうらんせいのかん)。其何窮之爲(きかきゅうのい)。故內省而不窮於道(こないせいえんふきゅうこうどう)。臨難而不失其德(りんなんえんふしつきとく)。天寒既至(てんかんきし)。霜雪既降(そうせつきこう)。吾是以知松柏之茂也(がぜいちしょうはくのも)。陳蔡之隘(ちんさいのあい)。於丘其幸乎(こうきゅうきこう)。

王曰:「見之!」

孔子削然反琴而絃歌(こうしさくぜんはんきんえんげんか)。子路扢然執干而舞(しろこつぜんしゅうかんえんぶ)。子貢曰(しこうわく)。吾不知天之高也(がふちてんのこう)。地之下也(ちのげ)。

屠羊說曰:「楚國之法,必有重賞大功而後得見,今臣之知不足以存國而勇不足以死寇。吳軍入郢,說畏難而避寇,非故隨大王也。今大王欲廢法毀約而見說,此非臣之所以聞於天下也。」

古之得道者(このとくどうしゃ)。窮亦亦樂(きゅうえきらく)。通亦樂(つうえきらく)。所樂非窮通也(しょらくひきゅうつう)。道德在於此(どうとくざいこうし)。則窮通爲寒暑風雨之序矣(そくきゅうつういかんしょふううのじょい)。故許由娛於潁陽(こきょゆうぐこうえいよう)。而共伯得乎共首(えんきょうはくとくこうきょうしゅ)。

王謂司馬子綦曰:「屠羊說居處卑賤而陳義甚高,子綦為我延之以三旌之位。」

舜以天下讓其友北人无擇(しゅんいてんかじょうきゆうほくじんむたく)。北人无擇曰(ほくじんむたくわく)。異哉后之爲人也(いさいごのいじん)。居於畎畝之中而遊堯之門(きょこうけんぼのちゅうえんゆうぎょうのもん)。不若是而已(ふじゃくぜえんい)。又欲以其辱行漫我(ゆうよくいきじょくこうまんが)。吾羞見之(がしゅうけんの)。因自投清泠之淵(いんじとうせいれいのえん)。

屠羊說曰:「夫三旌之位,吾知其貴於屠羊之肆也;萬鍾之祿,吾知其富於屠羊之利也;然豈可以貪爵祿而使吾君有妄施之名乎!說不敢當,願復反吾屠羊之肆。」遂不受也。

湯將伐桀(とうしょうばつけつ)。因卞隨而謀(いんべんずいえんぼう)。卞隨曰(べんずいわく)。非吾事也(ひがじ)。

原憲居魯,環堵之室,茨以生草;蓬戶不完,桑以為樞;而甕牖二室,褐以為塞;上漏下溼,匡坐而弦。

湯曰、孰可(たくか)。

子貢乘大馬,中紺而表素,軒車不容巷,往見原憲。原憲華冠縰履,杖藜而應門。

曰、吾不知也(がふち)。

子貢曰:「嘻!先生何病?」

湯又因瞀光而謀(とうゆういんぼうこうえんぼう)。瞀光曰(ぼうこうわく)。非吾事也(ひがじ)。

原憲應之曰:「憲聞之,無財謂之貧,學而不能行謂之病。今憲,貧也,非病也。」子貢逡巡而有愧色。

湯曰、孰可(たくか)。

原憲笑曰:「夫希世而行,比周而友,學以為人,教以為己,仁義之慝,輿馬之飾,憲不忍為也。」

曰、吾不知也(がふち)。

曾子居衞,縕袍無表,顏色腫噲,手足胼胝。三日不舉火,十年不製衣,正冠而纓絕,捉衿而肘見,納屨而踵決。曳縰而歌商頌,聲滿天地,若出金石。天子不得臣,諸侯不得友。故養志者忘形,養形者忘利,致道者忘心矣。

湯曰、伊尹何如(いいんかじょ)。

孔子謂顏回曰:「回,來!家貧居卑,胡不仕乎?」

曰、强力忍垢(きょうりょくにんこう)。吾不知其他也(がふちきた)。

顏回對曰:「不願仕。回有郭外之田五十畝,足以給飦粥;郭內之田十畝,足以為絲麻;鼓琴足以自娛,所學夫子之道者足以自樂也。回不願仕。」

湯遂與伊尹謀伐桀(とうすいよいいんぼうばつけつ)。克之(こくの)。以讓卞隨(いじょうべんずい)。卞隨辭曰(べんずいじわく)。后之伐桀也謀乎我(ごのばつけつぼうこうが)。必以我爲賊也(ひついがいぞく)。勝桀而以我爲讓(しょうけつえんいがいじょう)。必以我爲貪也(ひついがいたん)。吾生乎亂世(がせいこうらんせい)。而无道之人再來漫我以其辱行(えんむどうのじんさいらいまんがいきじょくこう)。吾不忍數聞也(がふにんさくぶん)。乃自投椈水而死(なんじとうきくすいえんし)。

孔子愀然變容曰:「善哉回之意!丘聞之:『知足者不以利自累也,審自得者失之而不懼,行修於內者無位而不作。』丘誦之久矣,今於回而後見之,是丘之得也。」

湯又讓瞀光(とうゆうじょうぼうこう)。曰、知者謀之(ちしゃぼうし)。武者遂之(ぶしゃすいし)。仁者居之(じんしゃきょし)。古之道也(このどう)。吾子胡不立乎(がしこふりつ)。

中山公子牟謂瞻子曰:「身在江海之上,心居乎魏闕之下,柰何?」

瞀光辭曰(ぼうこうじわく)。廢上(はいじょう)。非義也(ひぎ)。殺民(さつみん)。非仁也(ひじん)。人犯其難(じんはんきなん)。我享其利(がきょうきり)。非廉也(ひれん)。吾聞之曰(がぶんのわく)。非其義者(ひきぎしゃ)。不受其祿(ふじゅきろく)。无道之世(むどうのせい)。不踐其土(ふせんきど)。況尊我乎(こうそんが)。吾不忍久見也(がふにんきゅうけん)。乃負石而自沈於廬水(なんふせきえんじちんこうろすい)。

瞻子曰:「重生。重生則利輕。」

昔周之興(せきしゅうのこう)。有士二人處於孤竹(ゆうしにじんしょこうこちく)。曰伯夷叔齊(わくはくいしゅくせい)。二人相謂曰(にじんそういわく)。吾聞西方有人(がぶんせいほうゆうじん)。似有道者(じゆうどうしゃ)。試往觀焉(しいおうかんえん)。至於岐陽(しこうきよう)。武王聞之(ぶおうぶんの)。使叔旦往見之(ししゅくたんおうけんの)。與之盟曰(よのめいわく)。加富二等(かふにとう)。就官一列(しゅうかんいちれつ)。血牲而埋之(けつせいえんばいし)。

中山公子牟曰:「雖知之,未能自勝也。」

二人相視而笑曰(にじんそうしえんしょうわく)。譆(き)。異哉(いさい)。此非吾所謂道也(しひがしょいどう)。昔者神農之有天下也(せきしゃしんのうのゆうてんか)。時祀盡敬而不祈喜(じしじんけいえんふきき)。其於人也(きこうじん)。忠信盡治而无求焉(ちゅうしんじんちえんむきゅうえん)。樂與政爲政(らくよせいいせい)。樂與治爲治(らくよちいち)。不以人之壞自成也(ふいじんのかいじせい)。不以人之卑自高也(ふいじんのひじこう)。不以遭時自利也(ふいそうじじり)。今周見殷之亂(こんしゅうけんいんのらん)。而遽爲政(えんきょいせい)。上謀而下行貨(じょうぼうえんげこうか)。阻兵而保威(そへいえんほうい)。割牲而盟以爲信(かつせいえんめいいいしん)。揚行以說衆(ようこういえつしゅう)。殺伐以要利(さつばついようり)。是推亂以易暴也(ぜすいらんいえきぼう)。吾聞古之士(がぶんこのし)。遭治世不避其任(そうちせいふひきにん)。遇亂世不爲苟存(ぐうらんせいふいこうそん)。今天下闇(こんてんかあん)。周德衰(しゅうとくすい)。其並乎周以塗吾身也(きへいこうしゅういとがしん)。不如避之以絜吾行(ふじゃくひのいけつがこう)。二子北至於首陽之山(にしほくしこうしゅようのざん)。遂餓而死焉(すいがえんしえん)。若伯夷叔齊者(じゃくはくいしゅくせいしゃ)。其於富貴也(きこうふき)。苟可得已(こうかとくい)。則必不賴(そくひつふらい)。高節戾行(こうせつれいこう)。獨樂其志(どくらくきし)。不事於世(ふじこうせい)。此二士之節也(しにしのせつ)。

瞻子曰:「不能自勝則從,神無惡乎?不能自勝而強不從者,此之謂重傷。重傷之人,無壽類矣!」

盜跖

魏牟,萬乘之公子也,其隱巖穴也,難為於布衣之士;雖未至乎道,可謂有其意矣。

盜跖第二十九

孔子窮於陳蔡之間,七日不火食,藜羹不糝,顏色甚憊,而絃歌於室。顏回擇菜,子路子貢相與言曰:「夫子再逐於魯,削跡於衞,伐樹於宋,窮於商周,圍於陳蔡,殺夫子者無罪,藉夫子者無禁。絃歌鼓琴,未嘗絕音,君子之無恥也若此乎?」

孔子與柳下季爲友(こうしよりゅうかきいゆう)。柳下季之弟名曰盜跖(りゅうかきのていめいわくとうせき)。盜跖從卒九千人(とうせきじゅうそつきゅうせんじん)。橫行天下(おうこうてんか)。侵暴諸侯(しんぼうしょこう)。穴室樞戶(けつしつすうこ)。驅人牛馬(くじんぎゅうば)。取人婦女(しゅじんふじょ)。貪得忘親(たんとくぼうしん)。不顧父母兄弟(ふこふぼけいてい)。不祭先祖(ふさいせんそ)。所過之邑(しょかのゆう)。大國守城(だいこくしゅうじょう)。小國入保(しょうこくにゅうほう)。萬民苦之(ばんみんくし)。

顏回無以應,入告孔子。孔子推琴喟然而歎曰:「由與賜,細人也。召而來,吾語之。」

孔子謂柳下季曰(こうしいりゅうかきわく)。夫爲人父者(ふいじんぷしゃ)。必能詔其子(ひつのうしょうきし)。爲人兄者(いじんけいしゃ)。必能教其弟(ひつのうきょうきてい)。若父不能詔其子(じゃくふふのうしょうきし)。兄不能教其弟(けいふのうきょうきてい)。則无貴父子兄弟之親矣(そくむきふしけいていのしんい)。今先生世之才士也(こんせんせいせいのさいし)。弟爲盜跖(ていいとうせき)。爲天下害(いてんかがい)。而弗能教也(えんふつのうきょう)。丘竊爲先生羞之(きゅうせついせんせいしゅうの)。丘請爲先生往說之(きゅうしょういせんせいおうせつの)。

子路子貢入。子路曰:「如此者可謂窮矣!」

柳下季曰、先生言爲人父者必能詔其子(せんせいごんいじんぷしゃひつのうしょうきし)。爲人兄者必能教其弟(いじんけいしゃひつのうきょうきてい)。若子不聽父之詔(じゃくしふちょうふのしょう)。弟不受兄之教(ていふじゅけいのきょう)。雖今先生之辯(すいこんせんせいのべん)。將奈之何哉(しょうないのかさい)。且跖之爲人也(しょせきのいじん)。心如涌泉(しんじゃくようせん)。意如飄風(いじゃくひょうふう)。强足以距敵(きょうそくいきょてき)。辯足以飾非(べんそくいしょくひ)。順其心則喜(じゅんきしんそくき)。逆其心則怒(ぎゃくきしんそくど)。易辱人以言(いじょくじんいごん)。先生必无往(せんせいひつむおう)。

孔子曰:「是何言也!君子通於道之謂通,窮於道之謂窮。今丘抱仁義之道以遭亂世之患,其何窮之為!故內省而不窮於道,臨難而不失其德,天寒既至,霜雪既降,吾是以知松柏之茂也。陳蔡之隘,於丘其幸乎!」

孔子不聽(こうしふちょう)。顏回爲馭(がんかいいぎょ)。子貢爲右(しこういう)。往見盜跖(おうけんとうせき)。盜跖乃方休卒徒太山之陽(とうせきなんほうきゅうそつとたいざんのよう)。膾人肝而餔之(かいじんかんえんほの)。孔子下車而前(こうしげしゃえんぜん)。見謁者曰(けんえっしゃわく)。魯人孔丘(ろじんこうきゅう)。聞將軍高義(ぶんしょうぐんこうぎ)。敬再拜謁者(けいさいはいえっしゃ)。

孔子削然反琴而絃歌,子路扢然執幹而舞。子貢曰:「吾不知天之高也,地之下也。」

謁者入通(えっしゃにゅうつう)。盜跖聞之大怒(とうせきぶんのだいぬ)。目如明星(もくじゃくめいせい)。髮上指冠(はつじょうしかん)。曰、此夫魯國之巧僞人孔丘與(しふろこくのこうぎじんこうきゅうよ)。爲我告之(いがこくの)。爾作言造語(じさくごんぞうご)。妄稱文武(ぼうしょうぶんぶ)。冠枝木之冠(かんしぼくのかん)。帶死牛之脅(たいしぎゅうのきょう)。多辭繆說(たじびゅうせつ)。不耕而食(ふこうえんしょく)。不織而衣(ふしょくえんい)。搖脣鼓舌(ようしんこぜつ)。擅生是非(せんせいぜひ)。以迷天下之主(いめいてんかのしゅ)。使天下學士不反其本(してんかがくしふはんきほん)。妄作孝弟(ぼうさくこうてい)。而徼幸於封侯富貴者也(えんぎょうこうこうほうこうふき)。子之罪大極重(しのざいだいきょくじゅう)。疾走歸(しっそうき)。不然(ふぜん)。我將以子肝益晝餔之膳(がしょういしかんえきちゅうほのぜん)。

古之得道者,窮亦樂,通亦樂。所樂非窮通也,道德於此,則窮通為寒暑風雨之序矣。故許由娛於潁陽而共伯得乎共首。

孔子復通曰(こうしふくつうわく)。丘得幸於季(きゅうとくこうき)。願望履幕下(がんぼうりゃくばくか)。

舜以天下讓其友北人無擇,北人無擇曰:「異哉後之為人也,居於畎畝之中而遊堯之門!不若是而已,又欲以其辱行漫我。吾羞見之。」因自投清泠之淵。

謁者復通(えっしゃふくつう)。盜跖曰(とうせきわく)。使來前(しらいぜん)。

湯將伐桀,因卞隨而謀,卞隨曰:「非吾事也。」

孔子趨而進(こうししゅうえんしん)。避席反走(ひせきはんそう)。再拜盜跖(さいはいとうせき)。盜跖大怒(とうせきだいぬ)。兩展其足(りょうてんきそく)。案劍瞋目(あんけんしんもく)。聲如乳虎(せいじゃくにゅうこ)。曰、丘來前(きゅうらいぜん)。若所言順吾意則生(じゃくしょごんじゅんがいそくせい)。逆吾心則死(ぎゃくがしんそくし)。

湯曰:「孰可?」

孔子曰、丘聞之(きゅうぶんの)。凡天下有三德(ぼんてんかゆうさんとく)。生而長大美好无雙(せいえんちょうだいびこうむそう)。少長貴賤見而皆說之(しょうちょうきせんけんえんかいえつの)。此上德也(しじょうとく)。知維天地(ちいてんち)。能辯諸物(のうべんしょぶつ)。此中德也(しちゅうとく)。勇悍果敢(ゆうかんかかん)。聚衆率兵(しゅうしゅうそつへい)。此下德也(しげとく)。凡人有此一德者(ぼんじんゆうしいちとくしゃ)。足以南面稱孤矣(そくいなんめんしょうこい)。今將軍兼此三者(こんしょうぐんけんしさんしゃ)。身長八尺二寸(しんちょうはちしゃくにすん)。面目有光(めんもくゆうこう)。脣如激丹(しんじゃくげきたん)。齒如齊貝(しじゃくせいばい)。音中黃鍾(おんちゅうこうしょう)。而名曰盜跖(えんめいわくとうせき)。丘竊爲將軍恥不取焉(きゅうせついしょうぐんちふしゅえん)。將軍有意聽臣(しょうぐんゆういちょうしん)。臣請南使吳越(しんしょうなんしごえつ)。北使齊魯(ほくしせいろ)。東使宋衛(とうしそうえい)。西使晉楚(せいししんそ)。使爲將軍造大城數百里(しいしょうぐんぞうだいじょうすうひゃくり)。立數十萬戶之邑(りつすうじゅうまんこのゆう)。尊將軍爲諸侯(そんしょうぐんいしょこう)。與天下更始(よてんかこうし)。罷兵休卒(ひへいきゅうそつ)。收養昆弟(しゅうようこんてい)。共祭先祖(ぐうさいせんそ)。此聖人才士之行(しせいじんさいしのこう)。而天下之願也(えんてんかのがん)。

曰:「吾不知也。」

盜跖大怒曰(とうせきだいぬわく)。丘來前(きゅうらいぜん)。夫可規以利而可諫以言者(ふかきいりえんかかんいごんしゃ)。皆愚陋恆民之謂耳(かいぐろうこうみんのいじ)。今長大美好(こんちょうだいびこう)。人見而悅之者(じんけんえんえつのしゃ)。此吾父母之遺德也(しがふぼのいとく)。丘雖不吾譽(きゅうすいふがよ)。吾獨不自知邪(がどくふじちや)。

湯又因務光而謀,務光曰:「非吾事也。」

且吾聞之(しょがぶんの)。好面譽人者(こうめんよじんしゃ)。亦好背而毀之(えきこうはいえんきの)。今丘告我以大城衆民(こんきゅうこくがいだいじょうしゅうみん)。是欲規我以利(ぜよくきがいり)。而恆民畜我也(えんこうみんちくが)。安可久長也(あんかきゅうちょう)。城之大者(じょうのだいしゃ)。莫大乎天下(ぼくだいこうてんか)。堯舜有天下(ぎょうしゅんゆうてんか)。子孫无置錐之地(しそんむちすいのち)。湯武立爲天子(とうぶりついてんし)。而後世絕滅(えんこうせいぜつめつ)。豈非以其利大故邪(きひいきりだいこや)。

湯曰:「孰可?」

且吾聞之(しょがぶんの)。古者禽獸多而人少(こしゃきんじゅうたえんじんしょう)。於是民皆巢居以避之(ぜみんかいそうきょいひの)。晝拾橡栗(ちゅうしゅうしょうりつ)。暮棲木上(ぼせいぼくじょう)。故命之曰有巢氏之民(こめいのわくゆうそうしのみん)。古者民不知衣服(こしゃみんふちいふく)。夏多積薪(かたせきしん)。冬則煬之(とうそくようの)。故命之曰知生之民(こめいのわくちせいのみん)。神農之世(しんのうのせい)。臥則居居(がそくきょきょ)。起則于于(きそくうう)。民知其母(みんちきぼ)。不知其父(ふちきふ)。與麋鹿共處(よびろくきょうしょ)。耕而食(こうえんしょく)。織而衣(しょくえんい)。无有相害之心(むゆうそうがいのしん)。此至德之隆也(ししとくのりゅう)。然而黃帝不能致德(ぜんじこうていふのうちとく)。與蚩尤戰於涿鹿之野(よしゆうせんこうたくろくのや)。流血百里(りゅうけつひゃくり)。堯舜作(ぎょうしゅんさく)。立群臣(りつぐんしん)。湯放其主(とうほうきしゅ)。武王殺紂(ぶおうさつちゅう)。自是之後(じしのこう)。以强陵弱(いきょうりょうじゃく)。以衆暴寡(いしゅうぼうか)。湯武以來(とうぶいらい)。皆亂人之徒也(かいらんじんのと)。

曰:「吾不知也。」

今子脩文武之道(こんししゅうぶんぶのどう)。掌天下之辯(しょうてんかのべん)。以教後世(いきょうこうせい)。縫衣淺帶(ほういせんたい)。矯言僞行(きょうごんぎこう)。以迷惑天下之主(いめいわくてんかのしゅ)。而欲求富貴焉(えんよくきゅうふきえん)。盜莫大於子(とうぼくだいこうし)。天下何故不謂子爲盜丘(てんかかこふいしいとうきゅう)。而乃謂我爲盜跖(えんなんいがいとうせき)。

湯曰:「伊尹何如?」

子以甘辭說子路而使從之(しいかんじえつしろえんしじゅうの)。使子路去其危冠(ししろきょききかん)。解其長劍(かいきちょうけん)。而受教於子(えんじゅきょうこうし)。天下皆曰孔丘能止暴禁非(てんかかいわくこうきゅうのうしぼうきんひ)。其卒之也(きそつの)。子路欲殺衛君而事不成(しろよくさつえいくんえんじふせい)。身菹於衛東門之上(しんしょこうえいとうもんのじょう)。是子教之不至也(ぜしきょうのふし)。

曰:「強力忍垢,吾不知其他也。」

子自謂才士聖人邪(しじいさいしせいじんや)。則再逐於魯(そくさいちくこうろ)。削跡於衛(さくせきこうえい)。窮於齊(きゅうこうせい)。圍於陳蔡(いこうちんさい)。不容身於天下(ふようしんこうてんか)。子教子路菹此患(しきょうしろしょしかん)。上无以爲身(じょうむいいしん)。下无以爲人(げむいいじん)。子之道豈足貴邪(しのどうきそくきや)。

湯遂與伊尹謀伐桀,剋之,以讓卞隨。卞隨辭曰:「後之伐桀也謀乎我,必以我為賊也;勝桀而讓我,必以我為貪也。吾生乎亂世,而無道之人再來漫我以其辱行,吾不忍數聞也。」乃自投椆水而死。

世之所高(せいのしょこう)。莫若黃帝(ぼくじゃくこうてい)。黃帝尚不能全德(こうていしょうふのうぜんとく)。而戰涿鹿之野(えんせんたくろくのや)。流血百里(りゅうけつひゃくり)。堯不慈(ぎょうふじ)。舜不孝(しゅんふこう)。禹偏枯(うへんこ)。湯放其主(とうほうきしゅ)。武王伐紂(ぶおうばつちゅう)。文王拘羑里(ぶんおうこうゆうり)。此六子者(しろくししゃ)。世之所高也(せいのしょこう)。孰論之(たくろんの)。皆以利惑其真而强反其情性(かいいりわくきしんえんきょうはんきじょうせい)。其行乃甚可羞也(きこうなんじんかしゅう)。

湯又讓務光,曰:「知者謀之,武者遂之,仁者居之,古之道也。吾子胡不立乎?」

世之所謂賢士(せいのしょいけんし)。伯夷叔齊(はくいしゅくせい)。伯夷叔齊辭孤竹之君(はくいしゅくせいじこちくのくん)。而餓死於首陽之山(えんがしこうしゅようのざん)。骨肉不葬(こつにくふそう)。鮑焦飾行非世(ほうしょうしょくこうひせい)。抱木而死(ほうぼくえんし)。申徒狄諫而不聽(しんとてきかんえんふちょう)。負石自投於河(ふせきじとうこうが)。爲魚鱉所食(いぎょべつしょしょく)。介子推至忠也(かいしすいしちゅう)。自割其股以食文公(じかつきこいしょくぶんこう)。文公後背之(ぶんこうこうはいし)。子推怒而去(しすいぬえんきょ)。抱木而燔死(ほうぼくえんはんし)。尾生與女子期於梁下(びせいよじょしきこうりょうか)。女子不來(じょしふらい)。水至不去(すいしふきょ)。抱梁柱而死(ほうりょうちゅうえんし)。此六子者(しろくししゃ)。无異於磔犬流豕操瓢而乞者(むいこうたくけんりゅうしそうひょうえんきつしゃ)。皆離名輕死(かいりめいけいし)。不念本養壽命者也(ふねんほんようじゅめいしゃ)。

務光辭曰:「廢上,非義也;殺民,非仁也;人犯其難,我享其利,非廉也。吾聞之曰,非其義者,不受其祿,無道之世,不踐其土。況尊我乎!吾不忍久見也。」乃負石而自沈於廬水。

世之所謂忠臣者(せいのしょいちゅうしんしゃ)。莫若王子比干伍子胥(ぼくじゃくおうしひかんごししょ)。子胥沈江(ししょちんこう)。比干剖心(ひかんぼうしん)。此二子者(しにししゃ)。世謂忠臣也(せいいちゅうしん)。然卒爲天下笑(ぜんそついてんかしょう)。自上觀之(じじょうかんの)。至於子胥比干(しこうししょひかん)。皆不足貴也(かいふそくき)。

昔周之興,有士二人處於孤竹,曰伯夷叔齊。二人相謂曰:「吾聞西方有人,似有道者,試往觀焉。」至於岐陽,武王聞之,使叔旦往見之,與盟曰:「加富二等,就官一列。」血牲而埋之。

丘之所以說我者(きゅうのしょいえつがしゃ)。若告我以鬼事(じゃくこくがいきじ)。則我不能知也(そくがふのうち)。若告我以人事者(じゃくこくがいじんじしゃ)。不過此矣(ふかしい)。皆吾所聞知也(かいがしょぶんち)。

二人相視而笑,曰:「嘻,異哉!此非吾所謂道也。昔者神農之有天下也,時祀盡敬而不祈喜;其於人也,忠信盡治而無求焉。樂與政為政,樂與治為治,不以人之壞自成也,不以人之卑自高也,不以遭時自利也。今周見殷之亂而遽為政,上謀而下行貨,阻兵而保威,割牲而盟以為信,揚行以說眾,殺伐以要利,是推亂以易暴也。吾聞古之士,遭治世不避其任,遇亂世不為苟存。今天下闇,殷德衰,其並乎周以塗吾身也,不如避之以絜吾行。」二子北至於首陽之山,遂餓而死焉。若伯夷叔齊者,其於富貴也,苟可得已,則必不賴。高節戾行,獨樂其志,不事於世。此二士之節也。

今吾告子以人之情(こんがこくしいじんのじょう)。目欲視色(もくよくししょく)。耳欲聽聲(じよくちょうせい)。口欲察味(こうよくさつみ)。志氣欲盈(しきよくえい)。人上壽百歲(じんじょうじゅひゃくさい)。中壽八十(ちゅうじゅはちじゅう)。下壽六十(げじゅろくじゅう)。除病瘦死喪憂患(じょびょうそうしそうゆうかん)。其中開口而笑者(きちゅうかいこうえんしょうしゃ)。一月之中不過四五日而已矣(いちげつのちゅうふかしごじつえんいい)。天與地无窮(てんよちむきゅう)。人死者有時(じんししゃゆうじ)。操有時之具而託於无窮之間(そうゆうじのぐえんたくこうむきゅうのかん)。忽然无異騏驥之馳過隙也(こつぜんむいききのちかげき)。不能說其志意(ふのうえつきしい)。養其壽命者(ようきじゅめいしゃ)。皆非通道者也(かいひつうどうしゃ)。

丘之所言(きゅうのしょごん)。皆吾之所棄也(かいがのしょき)。亟去走歸(きゅうきょそうき)。无復言之(むふくごんの)。子之道(しのどう)。狂狂汲汲(きょうきょうきゅうきゅう)。詐巧虛僞事也(さこうきょぎじ)。非可以全真也(ひかいぜんしん)。奚足論哉(きそくろんさい)。

孔子再拜趨走(こうしさいはいしゅうそう)。出門上車(しゅつもんじょうしゃ)。執轡三失(しゅうひさんしつ)。目芒然无見(もくぼうぜんむけん)。色若死灰(しょくじゃくしかい)。據軾低頭(きょしょくていとう)。不能出氣(ふのうしゅつき)。歸到魯東門外(きとうろとうもんげ)。適遇柳下季(てきぐうりゅうかき)。柳下季曰(りゅうかきわく)。今者闕然數日不見(こんじゃけつぜんすうじつふけん)。車馬有行色(しゃばゆうこうしょく)。得微往見跖邪(とくびおうけんせきや)。

孔子與柳下季為友,柳下季之弟名曰盜蹠。盜蹠從卒九千人,橫行天下,侵暴諸侯,穴室樞戶,驅人牛馬,取人婦女,貪得忘親,不顧父母兄弟,不祭先祖。所過之邑,大國守城,小國入保,萬民苦之。

孔子仰天而嘆曰(こうしぎょうてんえんたんわく)。然(ぜん)。

孔子謂柳下季曰:「夫為人父者,必能詔其子;為人兄者,必能教其弟。若父不能詔其子,兄不能教其弟,則無貴父子兄弟之親矣。今先生,世之才士也,弟為盜蹠,為天下害,而弗能教也,丘竊為先生羞之。丘請為先生往說之。」

柳下季曰、跖得无逆汝意若前乎(せきとくむぎゃくじょいじゃくぜん)。

柳下季曰:「先生言為人父者必能詔其子,為人兄者必能教其弟,若子不聽父之詔,弟不受兄之教,雖今先生之辯,將柰之何哉?且蹠之為人也,心如湧泉,意如飄風,強足以距敵,辯足以飾非,順其心則喜,逆其心則怒,易辱人以言。先生必無往。」

孔子曰、然(ぜん)。丘所謂无病而自灸也(きゅうしょいむびょうえんじきゅう)。疾走料虎頭(しっそうりょうことう)。編虎須(へんこしゅ)。幾不免虎口哉(きふめんここうさい)。

孔子不聽,顏回為馭,子貢為右,往見盜蹠。盜蹠乃方休卒徒大山之陽,膾人肝而餔之。孔子下車而前,見謁者曰:「魯人孔丘,聞將軍高義,敬再拜謁者。」

子張問於滿苟得曰(しちょうもんこうまんこうとくわく)。盍不爲行(こうふいこう)。无行則不信(むこうそくふしん)。不信則不任(ふしんそくふにん)。不任則不利(ふにんそくふり)。故觀之名(こかんのめい)。計之利(けいのり)。而義真是也(えんぎしんぜ)。若棄名利(じゃくきめいり)。反之於心(はんのこうしん)。則夫士之爲行(そくふしのいこう)。不可一日不爲乎(ふかいちじつふい)。

謁者入通,盜蹠聞之大怒,目如明星,髮上指冠,曰:「此夫魯國之巧偽人孔丘非邪?為我告之:『爾作言造語,妄稱文武,冠枝木之冠,帶死牛之脅,多辭繆說,不耕而食,不織而衣,搖唇鼓舌,擅生是非,以迷天下之主,使天下學士不反其本,妄作孝弟,而儌倖於封侯富貴者也。子之罪大極重,疾走歸!不然,我將以子肝益晝餔之膳。』」

滿苟得曰、无耻者富(むちしゃふ)。多信者顯(たしんしゃけん)。夫名利之大者(ふめいりのだいしゃ)。幾在无耻而信(きざいむちえんしん)。故觀之名(こかんのめい)。計之利(けいのり)。而信真是也(えんしんしんぜ)。若棄名利(じゃくきめいり)。反之於心(はんのこうしん)。則夫士之爲行(そくふしのいこう)。抱其天乎(ほうきてん)。

孔子復通曰:「丘得幸於季,願望履幕下。」

子張曰、昔者桀紂貴爲天子(せきしゃけつちゅうきいてんし)。富有天下(ふゆうてんか)。今謂臧聚曰(こんいぞうじゅうわく)。汝行如桀紂(じょこうじょけつちゅう)。則有怍色(そくゆうさくしょく)。有不服之心(ゆうふふくのしん)。者小人所賤也(しゃしょうじんしょせん)。仲尼墨翟(ちゅうにぼくてき)。窮爲匹夫(きゅういひっぷ)。今謂宰相曰(こんいさいしょうわく)。子行如仲尼墨翟(しこうじょちゅうにぼくてき)。則變容易色稱不足(そくへんよういしょくしょうふそく)。士誠貴也(しせいき)。故勢爲天子(こせいいてんし)。未必貴也(みひつき)。窮爲匹夫(きゅういひっぷ)。未必賤也(みひつせん)。貴賤之分(きせんのぶん)。在行之美惡(ざいこうのびお)。

謁者復通,盜蹠曰:「使來前!」

滿苟得曰、小盜者拘(しょうとうしゃこう)。大盜者爲諸侯(だいとうしゃいしょこう)。諸侯之門(しょこうのもん)。義士存焉(ぎしそんえん)。昔者桓公小白殺兄入嫂(せきしゃかんこうしょうはくさつけいにゅうそう)。而管仲爲臣(えんかんちゅういしん)。田成子常殺君竊國(でんせいしじょうさつくんせっこく)。而孔子受幣(えんこうしじゅへい)。論則賤之(ろんそくせんの)。行則下之(こうそくげの)。則是言行之情悖戰於胸中也(そくぜごんこうのじょうはいせんこうきょうちゅう)。不亦拂乎(ふえきふつ)。故書曰(こしょわく)。孰惡孰美(たくおくたくび)。成者爲首(せいしゃいしゅ)。不成者爲尾(ふせいしゃいび)。

孔子趨而進,避席反走,再拜盜蹠。盜蹠大怒,兩展其足,案劍瞋目,聲如乳虎,曰:「丘來前!若所言,順吾意則生,逆吾心則死。」

子張曰、子不爲行(しふいこう)。即將疏戚无倫(そくしょうそそくむりん)。貴賤无義(きせんむぎ)。長幼无序(ちょうゆうむじょ)。五紀六位(ごきりくい)。將何以爲別乎(しょうかいいいべつ)。

孔子曰:「丘聞之,凡天下有三德:生而長大,美好無雙,少長貴賤見而皆說之,此上德也;知維天地,能辯諸物,此中德也;勇悍果敢,聚眾率兵,此下德也。凡人有此一德者,足以南面稱孤矣。今將軍兼此三者,身長八尺二寸,面目有光,唇如激丹,齒如齊貝,音中黃鍾,而名曰盜蹠,丘竊為將軍恥不取焉。將軍有意聽臣,臣請南使吳越,北使齊魯,東使宋衞,西使晉楚,使為將軍造大城數百里,立數十萬戶之邑,尊將軍為諸侯,與天下更始,罷兵休卒,收養昆弟,共祭先祖。此聖人才士之行,而天下之願也。」

滿苟得曰、堯殺長子(ぎょうさつちょうし)。舜流母弟(しゅんりゅうぼてい)。疏戚有倫乎(そそくゆうりん)。湯放桀(とうほうけつ)。武王殺紂(ぶおうさつちゅう)。貴賤有義乎(きせんゆうぎ)。王季爲適(おうきいてき)。周公殺兄(しゅうこうさつけい)。長幼有序乎(ちょうゆうゆうじょ)。儒者僞辭(じゅしゃぎじ)。墨子兼愛(ぼくしけんあい)。五紀六位將有別乎(ごきりくいしょうゆうべつ)。

盜蹠大怒曰:「丘來前!夫可規以利而可諫以言者,皆愚陋恆民之謂耳。今長大美好,人見而悅之者,此吾父母之遺德也。丘雖不吾譽,吾獨不自知邪?

且子正爲名(しょしせいいめい)。我正爲利(がせいいり)。名利之實(めいりのじつ)。不順於理(ふじゅんこうり)。不監於道(ふかんこうどう)。吾日與子訟於无約(がじつよししょうこうむやく)。曰、小人殉財(しょうじんじゅんざい)。君子殉名(くんしじゅんめい)。其所以變其情易其性則異(きしょいへんきじょうえききせいそくい)。至於棄其所爲而殉其所不爲則一也(しこうききしょいえんじゅんきしょふいそくいつ)。故曰(こわく)。无爲小人(むいしょうじん)。反殉而天(はんじゅんじてん)。无爲君子(むいくんし)。從天之理(じゅうてんのり)。若枉若直(じゃくおうじゃくちょく)。相而天極(そうじてんきょく)。面觀四方(めんかんしほう)。與時消息(よじしょうそく)。若是若非(じゃくぜじゃくひ)。執而圓機(しゅうじえんき)。獨成而意(どくせいじい)。與道徘徊(よどうはいかい)。无專而行(むせんえんこう)。无成而義(むせいえんぎ)。將失而所爲(しょうしつじしょい)。无赴而富(むふえんふ)。无殉而成(むじゅんえんせい)。將棄而天(しょうきじてん)。

且吾聞之,好面譽人者,亦好背而毀之。今丘告我以大城眾民,是欲規我以利而恆民畜我也,安可久長也!城之大者,莫大乎天下矣。堯舜有天下,子孫無置錐之地;湯武立為天子,而後世絕滅;非以其利大故邪?

比干剖心(ひかんぼうしん)。子胥抉眼(ししょけつがん)。忠之禍也(ちゅうのか)。直躬證父(ちょっきゅうしょうふ)。尾生溺死(びせいできし)。信之患也(しんのかん)。鮑子立乾(ほうしりつかん)。申子不自理也(しんしふじり)。廉之害也(れんのがい)。孔子不見母(こうしふけんぼ)。匡子不見父(きょうしふけんふ)。義之失也(ぎのしつ)。此皆上世之所傳(しかいじょうせいのしょでん)。下世之所語也(げせいのしょご)。以爲士者正其言(いいししゃせいきごん)。必其行(ひつきこう)。故服其殃(こふくきおう)。受其殃也(じゅきおう)。

且吾聞之,古者禽獸多而人少,於是民皆巢居以避之,晝拾橡栗,暮棲木上,故命之曰有巢氏之民。古者民不知衣服,夏多積薪,冬則煬之,故命之曰知生之民。神農之世,臥則居居,起則于于。民知其母,不知其父,與麋鹿共處,耕而食,織而衣,無有相害之心,此至德之隆也。然而黃帝不能致德,與蚩尤戰於涿鹿之野,流血百里。堯舜作,立群臣,湯放其主,武王殺紂。自是之後,以強陵弱,以眾暴寡。湯武以來,皆亂人之徒也。

无足問於知和曰(むそくもんこうちわわく)。人卒未有不興名就利者(じんそつみゆうふこうめいしゅうりしゃ)。彼富則人歸之(ひふそくじんきし)。歸則下之(きそくげの)。下則貴之(げそくきの)。夫見下貴者(ふけんげきしゃ)。所以長生安體樂意之道也(しょいちょうせいあんたいらくいのどう)。今子獨无意焉(こんしどくむいえん)。知不足邪(ちふそくや)。意知而力不能行邪(いちえんりょくふのうこうや)。故推正不忘邪(こすいせいふぼうや)。

今子脩文武之道,掌天下之辯,以教後世,縫衣淺帶,矯言偽行,以迷惑天下之主,而欲求富貴焉,盜莫大於子。天下何故不謂子為盜丘,而乃謂我為盜蹠?

知和曰、今夫此人以爲與己同時而生(こんふしじんいいよきどうじえんせい)。同鄉而處者(どうきょうえんしょしゃ)。以爲夫絕俗過世之士焉(いいふぜつぞくかせいのしえん)。是專无主正(ぜせんむしゅせい)。所以覽古今之時(しょいらんここんのじ)。是非之分也(ぜひのぶん)。與俗化(よぞくか)。世去至重(せいきょしじゅう)。棄至尊(きしそん)。以爲其所爲也(いいきしょい)。此其所以論長生安體樂意之道(しきしょいろんちょうせいあんたいらくいのどう)。不亦遠乎(ふえきえん)。慘怛之疾(さんたつのしつ)。恬愉之安(てんゆのあん)。不監於體(ふかんこうたい)。怵惕之恐(じゅつてきのきょう)。欣歡之喜(きんかんのき)。不監於心(ふかんこうしん)。知爲爲其所爲而不知所爲(ちいいきしょいえんふちしょい)。是以貴爲天子(ぜいきいてんし)。富有天下(ふゆうてんか)。而不免于患矣(えんふめんこうかんい)。

子以甘辭說子路而使從之,使子路去其危冠,解其長劍,而受教於子,天下皆曰孔丘能止暴禁非。其卒之也,子路欲殺衞君而事不成,身菹於衞東門之上,是子教之不至也。

无足曰、夫富之於人(ふふのこうじん)。无所不利(むしょふり)。窮美究勢(きゅうびきゅうせい)。至人之所不能逮(しじんのしょふのうたい)。賢人之所不能及(けんじんのしょふのうきゅう)。挾人之勇力而以爲威强(きょうじんのゆうりょくえんいいいきょう)。秉人之知謀而以爲明察(へいじんのちぼうえんいいめいさつ)。因人之德而以爲賢良(いんじんのとくえんいいけんりょう)。非享國而嚴若君父(ひきょうこくえんげんじゃくくんぷ)。且夫聲色滋味權勢之於人(しょふせいしょくじみけんせいのこうじん)。心不待學而樂之(しんふたいがくえんらくの)。體不待象而安之(たいふたいしょうえんあんの)。夫欲惡避就(ふよくおくひしゅう)。固不待師(こふたいし)。此人之性也(しじんのせい)。天下雖非我(てんかすいひが)。孰能辭之(たくのうじの)。

子自謂才士聖人邪,則再逐於魯,削跡於衞,窮於齊,圍於陳蔡,不容身於天下。子教子路菹此患,上無以為身,下無以為人,子之道豈足貴邪?

知和曰、知者之爲(ちしゃのい)。故動以百姓(こどういひゃくせい)。不違其度(ふいきど)。是以足而不爭(ぜいそくえんふそう)。无以爲故不求(むいいこふきゅう)。不足故求之(ふそくこきゅうの)。爭四處而不自以爲貪(そうししょえんふじいたん)。有餘故辭之(ゆうよこじの)。棄天下而不自以爲廉(きてんかえんふじいれん)。廉貪之實(れんたんのじつ)。非以迫外也(ひいはくげ)。反覆而監其度也(はんぷくえんかんきど)。勢爲天子而不以貴驕人(せいいてんしえんふいききょうじん)。富有天下而不以財戲人(ふゆうてんかえんふいざいぎじん)。計其患(けいきかん)。慮其反(りょきはん)。以爲害於性(いいがいこうせい)。故辭而不受也(こじえんふじゅ)。非以要名譽也(ひいようめいよ)。堯舜爲帝而雍(ぎょうしゅんいていえんよう)。非仁天下也(ひじんてんか)。不以美害生也(ふいびがいせい)。善卷許由得帝而不受也(ぜんけんきょゆうとくていえんふじゅ)。非虛辭讓也(ひきょじじょう)。不以事害己(ふいじがいき)。此皆就其利(しかいしゅうきり)。辭其害(じきがい)。而天下稱賢焉(えんてんかしょうけんえん)。則可以有之(そくかいゆうの)。彼非以興名譽也(ひひいこうめいよ)。

世之所高,莫若黃帝,黃帝尚不能全德,而戰於涿鹿之野,流血百里。堯不慈,舜不孝,禹偏枯,湯放其主,武王伐紂,文王拘羑里。此六子者,世之所高也,孰論之,皆以利惑其真而強反其情性,其行乃甚可羞也。

无足曰、必持其名(ひつじきめい)。苦體絕甘(くたいぜつかん)。約養以持生(やくよういじせい)。則亦久病長阨而不死者也(そくえききゅうびょうちょうあくえんふししゃ)。

世之所謂賢士,伯夷叔齊。伯夷叔齊辭孤竹之君而餓死於首陽之山,骨肉不葬。鮑焦飾行非世,抱木而死。申徒狄諫而不聽,負石自投於河,為魚鼈所食。介子推至忠也,自割其股以食文公,文公後背之,子推怒而去,抱木而燔死。尾生與女子期於梁下,女子不來,水至不去,抱梁柱而死。此六子者,無異於磔犬流豕操瓢而乞者,皆離名輕死,不念本養壽命者也。

知和曰、平爲福(へいいふく)。有餘爲害者(ゆうよいがいしゃ)。物莫不然(ぶつぼくふぜん)。而財其甚者也(えんざいきじんしゃ)。今富人(こんふじん)。耳營鍾鼓筦籥之聲(じえいしょうこかんやくのせい)。口嗛於芻豢醪醴之味(こうかんこうすうかんろうれいのみ)。以感其意(いかんきい)。遺忘其業(いぼうきぎょう)。可謂亂矣(かいらんい)。侅溺於馮氣(がいできこうほうき)。若負重行而上(じゃくふじゅうこうえんじょう)。可謂苦矣(かいくい)。貪財而取慰(たんざいえんしゅうい)。貪權而取竭(たんけんえんしゅうけつ)。靜居則溺(せいきょそくでき)。體澤則馮(たいたくそくほう)。可謂疾矣(かいしつい)。爲欲富就利(いよくふしゅうり)。故滿若堵耳而不知避(こまんじゃくとじえんふちひ)。且馮而不舍(しょほうえんふしゃ)。可謂辱矣(かいじょくい)。財積而无用(ざいせきえんむよう)。服膺而不舍(ふくようえんふしゃ)。滿心戚醮(まんしんせきしょう)。求益而不止(きゅうえきえんふし)。可謂憂矣(かいゆうい)。內則疑劫請之賊(ないそくぎせいしょうのぞく)。外則畏寇盜之害(げそくいこうとうのがい)。內周樓疏(ないしゅうろうそ)。外不敢獨行(げふかんどっこう)。可謂畏矣(かいいい)。此六者(しろくしゃ)。天下之至害也(てんかのしがい)。皆遺忘而不知察(かいいぼうえんふちさつ)。及其患至(きゅうきかんし)。求盡性竭財(きゅうじんせいけつざい)。單以反一日之无故而不可得也(たんいはんいちじつのむこえんふかとく)。故觀之名則不見(こかんのめいそくふけん)。求之利則不得(きゅうのりそくふとく)。繚意絕體而爭此(りょういぜったいえんそうし)。不亦惑乎(ふえきわく)。

世之所謂忠臣者,莫若王子比干伍子胥。子胥沉江,比干剖心,此二子者,世謂忠臣也,然卒為天下笑。自上觀之,至於子胥比干,皆不足貴也。

說劍

丘之所以說我者,若告我以鬼事,則我不能知也;若告我以人事者,不過此矣,皆吾所聞知也。

說劍第三十

今吾告子以人之情,目欲視色,耳欲聽聲,口欲察味,志氣欲盈。人上壽百歲,中壽八十,下壽六十,除病瘦死喪憂患,其中開口而笑者,一月之中不過四五日而已矣。天與地無窮,人死者有時,操有時之具而托於無窮之閒,忽然無異騏驥之馳過隙也。不能說其志意,養其壽命者,皆非通道者也。

昔者趙文王喜劍(せきしゃちょうぶんおうきけん)。劍士夾門而客三千餘人(けんしきょうもんえんかくさんぜんよじん)。日夜相擊於前(じつやそうげきこうぜん)。死傷者歲百餘人(ししょうしゃさいひゃくよじん)。好之不厭(こうのふえん)。如是三年(じょぜさんねん)。國衰(こくすい)。諸侯謀之(しょこうぼうし)。

丘之所言,皆吾之所棄也,亟去走歸,無復言之!子之道,狂狂汲汲,詐巧虛偽事也,非可以全真也,奚足論哉!」

太子悝患之(たいしりかんの)。募左右曰(ぼさうわく)。孰能說王之意止劍士者(たくのうえつおうのいしけんししゃ)。賜之千金(しのせんきん)。左右曰(さうわく)。莊子當能(そうしとうのう)。

孔子再拜趨走,出門上車,執轡三失,目芒然無見,色若死灰,據軾低頭,不能出氣。歸到魯東門外,適遇柳下季。柳下季曰:「今者闕然數日不見,車馬有行色,得微往見蹠邪?」

太子乃使人以千金奉莊子(たいしなんしじんいせんきんほうそうし)。莊子弗受(そうしふつじゅ)。與使者俱往見太子(よししゃぐおうけんたいし)。曰、太子何以教周(たいしかいいきょうしゅう)。賜周千金(ししゅうせんきん)。

孔子仰天而歎曰:「然!」

太子曰、聞夫子明聖(ぶんふうしめいせい)。謹奉千金以幣從者(きんほうせんきんいへいじゅうしゃ)。夫子弗受(ふうしふつじゅ)。悝尚何敢言(りしょうかかんごん)。

柳下季曰:「蹠得無逆汝意若前乎?」

莊子曰、聞太子所欲用周者(ぶんたいししょよくようしゅうしゃ)。欲絕王之喜好也(よくぜつおうのきこう)。使臣上說大王而逆王意(ししんじょうせつだいおうえんぎゃくおうい)。下不當太子(げふとうたいし)。則身刑而死(そくしんけいえんし)。周尚安所事金乎(しゅうしょうあんしょじきん)。使臣上說大王(ししんじょうせつだいおう)。下當太子(げとうたいし)。趙國何求而不得也(ちょうこくかきゅうえんふとく)。

孔子曰:「然。丘所謂無病而自灸也,疾走料虎頭,編虎須,幾不免虎口哉!」

太子曰、然(ぜん)。吾王所見唯劍士也(がおうしょけんゆいけんし)。

子張問於滿苟得曰:「盍不為行?無行則不信,不信則不任,不任則不利。故觀之名,計之利,而義真是也。若棄名利,反之於心,則夫士之為行,不可一日不為乎!」

莊子曰、諾(だく)。周善爲劍(しゅうぜんいけん)。

滿苟得曰:「無恥者富,多信者顯。夫名利之大者,幾在無恥而信。故觀之名,計之利,而信真是也。若棄名利,反之於心,則夫士之為行,抱其天乎!」

太子曰、然吾王所見劍士(ぜんがおうしょけんけんし)。皆蓬頭突鬢垂冠(かいほうとうとつびんすいかん)。曼胡之纓(まんこのえい)。短後之衣(たんこうのい)。瞋目而語難(しんもくえんごなん)。王乃說之(おうなんえつの)。今夫子必儒服而見王(こんふうしひつじゅふくえんけんおう)。事必大逆(じひつだいぎゃく)。

子張曰:「昔者桀紂貴為天子,富有天下,今謂臧聚曰,汝行如桀紂,則有怍色,有不服之心者,小人所賤也。仲尼墨翟,窮為匹夫,今謂宰相曰,子行如仲尼墨翟,則變容易色稱不足者,士誠貴也。故勢為天子,未必貴也;窮為匹夫,未必賤也;貴賤之分,在行之美惡。」

莊子曰、請治劍服(しょうちけんぷく)。治劍服三日(ちけんぷくさんじつ)。乃見太子(なんけんたいし)。太子乃與見王(たいしなんよけんおう)。王脫白刃待之(おうだつはくじんたいの)。莊子入殿門不趨(そうしにゅうでんもんふしゅう)。見王不拜(けんおうふはい)。王曰、子欲何以教寡人(しよくかいいきょうかじん)。令太子先(れいたいしせん)。

滿苟得曰:「小盜者拘,大盜者為諸侯,諸侯之門,義士存焉。昔者桓公小白殺兄入嫂而管仲為臣,田成子常殺君竊國而孔子受幣。論則賤之,行則下之,則是言行之情悖戰於胸中也,不亦拂乎!故《書》曰:『孰惡孰美?成者為首,不成者為尾。』」

曰、臣聞大王喜劍(しんぶんだいおうきけん)。故以劍見王(こいけんけんおう)。

子張曰:「子不為行,即將疏戚無倫,貴賤無義,長幼無序;五紀六位,將何以為別乎?」

王曰、子之劍何能禁制(しのけんかのうきんせい)。

滿苟得曰:「堯殺長子,舜流母弟,疏戚有倫乎?湯放桀,武王殺紂,貴賤有義乎?王季為適,周公殺兄,長幼有序乎?儒者偽辭,墨子兼愛,五紀六位將有別乎?

曰、臣之劍十步一人(しんのけんじっぽいちじん)。千里不留行(せんりふりゅうこう)。

且子正為名,我正為利。名利之實,不順於理,不監於道。吾日與子訟於無約,曰『小人殉財,君子殉名。其所以變其情,易其性,則異矣;乃至於棄其所為而殉其所不為,則一也。』故曰,無為小人,反殉而天;無為君子,從天之理。若枉若直,相而天極;面觀四方,與時消息。若是若非,執而圓機;獨成而意,與道徘徊。無轉而行,無成而義,將失而所為。無赴而富,無殉而成,將棄而天。

王大說、曰、天下无敵矣(てんかむてきい)。

比干剖心,子胥抉眼,忠之禍也;直躬證父,尾生溺死,信之患也;鮑子立乾,申子不自理,廉之害也;孔子不見母,匡子不見父,義之失也。此上世之所傳,下世之所語,以為士者正其言、必其行,故服其殃、離其患也。」

莊子曰、夫爲劍者(ふいけんしゃ)。示之以虛(じのいきょ)。開之以利(かいのいり)。後之以發(こうのいはつ)。先之以至(せんのいし)。願得試之(がんとくしの)。

無足問於知和曰:「人卒未有不興名就利者。彼富則人歸之,歸則下之,下則貴之。夫見下貴者,所以長生安體樂意之道也。今子獨無意焉,知不足邪,意知而力不能行邪,故推正不妄邪?」

王曰、夫子休就舍(ふうしきゅうしゅうしゃ)。待命設戲請夫子(たいめいせつぎしょうふうし)。

知和曰:「今夫此人以為與己同時而生,同鄉而處者,以為夫絕俗過世之士焉;是專無主正,所以覽古今之時,是非之分也,與俗化。世去至重,棄至尊,以為其所為也;此其所以論長生安體樂意之道,不亦遠乎!慘怛之疾,恬愉之安,不監於體;怵惕之恐,欣懽之喜,不監於心;知為為而不知所以為,是以貴為天子,富有天下,而不免於患也。」

王乃校劍士七日(おうなんこうけんししちじつ)。死傷者六十餘人(ししょうしゃろくじゅうよじん)。得五六人(とくごろくじん)。使奉劍於殿下(しほうけんこうでんか)。乃召莊子(なんしょうそうし)。王曰、今日試使士敦劍(こんじつしししとんけん)。

無足曰:「夫富之於人,無所不利,窮美究埶,至人之所不得逮,賢人之所不能及,俠人之勇力而以為威強,秉人之知謀以為明察,因人之德以為賢良,非享國而嚴若君父。且夫聲色滋味權勢之於人,心不待學而樂之,體不待象而安之。夫欲惡避就,固不待師,此人之性也。天下雖非我,孰能辭之!」

莊子曰、望之久矣(ぼうのきゅうい)。

知和曰:「知者之為,故動以百姓,不違其度,是以足而不爭,無以為故不求。不足故求之,爭四處而不自以為貪;有餘故辭之,棄天下而不自以為廉。廉貪之實,非以迫外也,反監之度。勢為天子而不以貴驕人,富有天下而不以財戲人。計其患,慮其反,以為害於性,故辭而不受也,非以要名譽也。堯舜為帝而雍,非仁天下也,不以美害生;善卷許由得帝而不受,非虛辭讓也,不以事害己。此皆就其利、辭其害,而天下稱賢焉,則可以有之,彼非以興名譽也。」

王曰、夫子所御杖(ふうししょぎょじょう)。長短何如(ちょうたんかじょ)。

無足曰:「必持其名,苦體絕甘,約養以持生,則亦久病長阨而不死者也。」

曰、臣之所奉皆可(しんのしょほうかいか)。然臣有三劍(ぜんしんゆうさんけん)。唯王所用(ゆいおうしょよう)。請先言而後試(しょうせんごんえんこうし)。

知和曰:「平為福,有餘為害者,物莫不然,而財其甚者也。今富人,耳營鐘鼓莞籥之聲,口嗛於芻豢醪醴之味,以感其意,遺忘其業,可謂亂矣;侅溺於馮氣,若負重行而上阪,可謂苦矣,貪財而取慰,貪權而取竭,靜居則溺,體澤則馮,可謂疾矣;為欲富就利,故滿若堵耳而不知避,且馮而不捨,可謂辱矣;財積而無用,服膺而不捨,滿心戚醮,求益而不止,可謂憂矣;內則疑劫請之賊,外則畏寇盜之害,內周樓疏,外不敢獨行,可謂畏矣。此六者,天下之至害也,皆遺忘而不知察,及其患至,求盡性竭財,單以反一日之無故而不可得也。故觀之名則不見,求之利則不得,繚意體而爭此,不亦惑乎!」

王曰、願聞三劍(がんぶんさんけん)。

曰、有天子之劍(ゆうてんしのけん)。有諸侯之劍(ゆうしょこうのけん)。有庶人之劍(ゆうしょじんのけん)。

王曰、天子之劍何如(てんしのけんかじょ)。

昔趙文王喜劍,劍士夾門而客三千餘人,日夜相擊於前,死傷者歲百餘人,好之不厭。如是三年,國衰,諸侯謀之。

曰、天子之劍(てんしのけん)。以燕谿石城爲鋒(いえんけいせきじょういほう)。齊岱爲鍔(せいたいいがく)。晉衛爲脊(しんえいいせき)。周宋爲鐔(しゅうそういしん)。韓魏爲夾(かんぎいきょう)。包以四夷(ほういしい)。繞以四時(じょういしじ)。帶以渤海(たいいぼっかい)。繞以常山(じょういじょうざん)。制以五行(せいいごぎょう)。論以刑德(ろんいけいとく)。開以陰陽(かいいいんよう)。持以春夏(じいしゅんか)。行以秋冬(こういしゅうとう)。此劍直之无前(しけんちょくのむぜん)。舉之无上(きょのむじょう)。案之无下(あんのむげ)。運之无旁(うんのむぼう)。上決浮雲(じょうけつふうん)。下絕地紀(げぜつちき)。此劍一用(しけんいちよう)。匡諸侯(きょうしょこう)。天下服矣(てんかふくい)。此天子之劍也(してんしのけん)。

太子悝患之,募左右曰:「孰能說王之意止劍士者,賜之千金。」左右曰:「莊子當能。」

文王芒然自失曰(ぶんおうぼうぜんじしつわく)。諸侯之劍何如(しょこうのけんかじょ)。

太子乃使人以千金奉莊子。莊子弗受,與使者俱,往見太子曰:「太子何以教周,賜周千金?」

曰、諸侯之劍(しょこうのけん)。以知勇士爲鋒(いちゆうしいほう)。以清廉士爲鍔(いせいれんしいがく)。以賢良士爲脊(いけんりょうしいせき)。以忠聖士爲鐔(いちゅうせいしいしん)。以豪桀士爲夾(いごうけつしいきょう)。此劍直之亦无前(しけんちょくのえきむぜん)。舉之亦无上(きょのえきむじょう)。案之亦无下(あんのえきむげ)。運之亦无旁(うんのえきむぼう)。上法圓天以順三光(じょうほうえんてんいじゅんさんこう)。下法方地以順四時(げほうほうちいじゅんしじ)。中和民意(ちゅうわみんい)。以安四鄉(いあんしきょう)。此劍一用(しけんいちよう)。如雷霆之震也(じょらいていのしん)。四封之內(しほうのない)。无不賓服而聽從君令者矣(むふひんふくえんちょうじゅうくんれいしゃい)。此諸侯之劍也(ししょこうのけん)。

太子曰:「聞夫子明聖,謹奉千金以幣從者。夫子弗受,悝尚何敢言!」

王曰、庶人之劍何如(しょじんのけんかじょ)。

莊子曰:「聞太子所欲用周者,欲絕王之喜好也。使臣上說大王而逆王意,下不當太子,則身刑而死,周尚安所事金乎?使臣上說大王,下當太子,趙國何求而不得也!」

曰、庶人之劍(しょじんのけん)。蓬頭突鬢垂冠(ほうとうとつびんすいかん)。曼胡之纓(まんこのえい)。短後之衣(たんこうのい)。瞋目而語難(しんもくえんごなん)。相擊於前矣(そうげきこうぜんい)。上斬頸領(じょうざんけいりょう)。下決肝肺(げけつかんはい)。此庶人之劍(ししょじんのけん)。无異於鬥雞(むいこうとうけい)。一旦命已絕矣(いったんめいいぜつい)。无所用於國事(むしょようこうこくじ)。今大王有天子之位(こんだいおうゆうてんしのい)。而好庶人之劍(えんこうしょじんのけん)。臣竊爲大王薄之(しんせついだいおうはくの)。

太子曰:「然。吾王所見,唯劍士也。」

王乃牽而上殿(おうなんけんえんじょうでん)。宰人上食(さいじんじょうしょく)。王三環之(おうさんかんの)。莊子曰、大王安坐定氣(だいおうあんざじょうき)。劍事已畢奏矣(けんじいひつそうい)。

莊子曰:「諾。周善為劍。」

於是文王不出宮三月(ぜぶんおうふしゅつきゅうさんげつ)。劍士皆服斃其處也(けんしかいふくへいきしょ)。

太子曰:「然吾王所見劍士,皆蓬頭突鬢垂冠,曼胡之纓,短後之衣,瞋目而語難,王乃說之。今夫子必儒服而見王,事必大逆。」

漁父

莊子曰:「請治劍服。」治劍服三日,乃見太子。太子乃與見王,王脫白刃待之。莊子入殿門不趨,見王不拜。王曰:「子欲何以教寡人,使太子先?」

漁父第三十一

曰:「臣聞大王喜劍,故以劍見王。」

孔子游乎緇帷之林(こうしゆうこうしいのりん)。休坐乎杏壇之上(きゅうざこうあんだんのじょう)。弟子讀書(でいしどくしょ)。孔子絃歌鼓琴(こうしげんかこきん)。奏曲未半(そうきょくみはん)。

王曰:「子之劍何能禁制?」

有漁父者(ゆうぎょほしゃ)。下船而來(げせんえんらい)。須眉交白(しゅびこうはく)。被髮揄袂(ひはつゆうべい)。行原以上(こうげんいじょう)。距陸而止(きょりくえんし)。左手據膝(さしゅきょしつ)。右手持頤以聽(うしゅうじいいちょう)。曲終而招子貢子路(きょくしゅうえんしょうしこうしろ)。二人俱對(にじんぐたい)。

曰:「臣之劍十步一人,千里不留行。」

客指孔子曰(かくしこうしわく)。彼何爲者也(ひかいしゃ)。

王大悅之,曰:「天下無敵矣!」

子路對曰(しろたいわく)。魯之君子也(ろのくんし)。

莊子曰:「夫為劍者,示之以虛,開之以利,後之以發,先之以至。願得試之。」

客問其族(かくもんきぞく)。子路對曰(しろたいわく)。族孔氏(ぞくこうし)。

王曰:「夫子休就舍,待命令設戲請夫子。」

客曰、孔氏者何治也(こうししゃかち)。

王乃校劍士七日,死傷者六十餘人,得五六人,使奉劍於殿下,乃召莊子。王曰:「今日試使士敦劍。」

子路未應(しろみおう)。子貢對曰(しこうたいわく)。孔氏者(こうししゃ)。性服忠信(せいふくちゅうしん)。身行仁義(しんこうじんぎ)。飾禮樂(しょくれいがく)。選人倫(せんじんりん)。上以忠於世主(じょういちゅうこうせいしゅ)。下以化於齊民(げいかこうせいみん)。將以利天下(しょういりてんか)。此孔氏之所治也(しこうしのしょち)。

莊子曰:「望之久矣。」

又問曰、有土之君與(ゆうどのくんよ)。

王曰:「夫子所御杖,長短何如?」

子貢曰、非也(ひ)。

曰:「臣之所奉皆可。然臣有三劍,唯王所用,請先言而後試。」

侯王之佐與(こうおうのさよ)。

王曰:「願聞三劍。」

子貢曰、非也(ひ)。

曰:「有天子劍,有諸侯劍,有庶人劍。」

客乃笑而還(かくなんしょうえんかん)。行言曰(こうごんわく)。仁則仁矣(じんそくじんい)。恐不免其身(こうふめんきしん)。苦心勞形(くしんろうけい)。以危其真(いききしん)。嗚呼(おこ)。遠哉其分於道也(えんさいきぶんこうどう)。

王曰:「天子之劍何如?」

子貢還(しこうかん)。報孔子(ほうこうし)。孔子推琴而起(こうしすいきんえんき)。曰、其聖人與(きせいじんよ)。乃下求之(なんげきゅうの)。至於澤畔(しこうたくはん)。方將杖拏而引其船(ほうしょうじょうどえんいんきせん)。顧見孔子(こけんこうし)。還鄉而立(かんきょうえんりつ)。孔子反走(こうしはんそう)。再拜而進(さいはいえんしん)。

曰:「天子之劍,以燕谿石城為鋒,齊岱為鍔,晉衞為脊,周宋為鐔,韓魏為夾;包以四夷,裹以四時;繞以渤海,帶以常山;制以五行,論以刑德;開以陰陽,持以春夏,行以秋冬。此劍,直之無前,舉之無上,案之無下,運之無旁,上決浮云,下絕地紀。此劍一用,匡諸侯,天下服矣。此天子之劍也。」

客曰、子將何求(ししょうかきゅう)。

文王芒然自失,曰:「諸侯之劍何如?」

孔子曰、曩者先生有緒言而去(のうしゃせんせいゆうしょごんえんきょ)。丘不肖(きゅうふしょう)。未知所謂(みちしょい)。竊待於下風(せつたいこうかふう)。幸聞咳唾之音(こうぶんかたのおん)。卒以相丘也(そついそうきゅう)。

曰:「諸侯之劍,以知勇士為鋒,以清廉士為鍔,以賢良士為脊,以忠聖士為鐔,以豪桀士為夾。此劍,直之亦無前,舉之亦無上,案之亦無下,運之亦無旁;上法圓天以順三光,下法方地以順四時,中和民意,以安四鄉。此劍一用,如雷霆之震也,四封之內,無不賓服而聽從君命者矣。此諸侯之劍也。」

客曰、嘻(き)。甚矣子之好學也(じんいしのこうがく)。

王曰:「庶人之劍何如?」

孔子再拜而起曰(こうしさいはいえんきわく)。丘少而脩學(きゅうしょうえんしゅうがく)。以至於今(いしこうこん)。六十九歲矣(ろくじゅうくさいい)。无所得聞至教(むしょとくぶんしきょう)。敢不虛心(かんふきょしん)。

曰:「庶人之劍,蓬頭突鬢垂冠,曼胡之纓,短後之衣,瞋目而語難。相擊於前,上斬頸領,下決肝肺。此庶人之劍,無異於鬬雞,一旦命已絕矣,無所用於國事。今大王有天子之位而好庶人之劍,臣竊為大王薄之。」

客曰、同類相從(どうるいそうじゅう)。同聲相應(どうせいそうおう)。固天之理也(こてんのり)。吾請釋吾之所有而經子之所以(がしょうしゃくがのしょゆうえんけいしのしょい)。子之所以者(しのしょいしゃ)。人事也(じんじ)。天子諸侯大夫庶人(てんししょこうだいふしょじん)。此四者自正(しししゃじせい)。治之美也(ちのび)。四者離位而亂莫大焉(ししゃりいえんらんぼくだいえん)。官治其職(かんちきしょく)。人憂其事(じんゆうきじ)。乃无所陵(なんむしょりょう)。故田荒室露(こでんこうしつろ)。衣食不足(いしょくふそく)。徵賦不屬(ちょうふふぞく)。妻妾不和(さいしょうふわ)。長少无序(ちょうしょうむじょ)。庶人之憂也(しょじんのゆう)。能不勝任(のうふしょうにん)。官事不治(かんじふち)。行不清白(こうふせいはく)。群下荒怠(ぐんかこうたい)。功美不有(こうびふゆう)。爵祿不持(しゃくろくふじ)。大夫之憂也(だいふのゆう)。廷无忠臣(ていむちゅうしん)。國家昏亂(こっかこんらん)。工技不巧(こうぎふこう)。貢職不美(こうしょくふび)。春秋後倫(しゅんしゅうこうりん)。不順天子(ふじゅんてんし)。諸侯之憂也(しょこうのゆう)。陰陽不和(いんようふわ)。寒暑不時(かんしょふじ)。以傷庶物(いしょうしょぶつ)。諸侯暴亂(しょこうぼうらん)。擅相攘伐(せんそうじょうばつ)。以殘民人(いざんみんじん)。禮樂不節(れいがくふせつ)。財用窮匱(ざいようきゅうき)。人倫不飭(じんりんふちょく)。百姓淫亂(ひゃくせいいんらん)。天子有司之憂也(てんしゆうしのゆう)。今子既上无君侯有司之勢(こんしきじょうむくんこうゆうしのせい)。而下无大臣職事之官(えんげむだいしんしょくじのかん)。而擅飾禮樂(えんせんしょくれいがく)。選人倫(せんじんりん)。以化齊民(いかせいみん)。不泰多事乎(ふたいたじ)。

王乃牽而上殿。宰人上食,王三環之。莊子曰:「大王安坐定氣,劍事已畢奏矣。」

且人有八疵(しょじんゆうはっし)。事有四患(じゆうしかん)。不可不察也(ふかふさつ)。非其事而事之(ひきじえんじの)。謂之摠(いのそう)。莫之顧而進之(ぼくのこえんしんの)。謂之佞(いのねい)。希意導言謂之諂(きいどうごんいのてん)。不擇是非而言謂之諛(ふたくぜひえんごんいのゆ)。好言人之惡謂之讒(こうごんじんのおくいのざん)。析交離親謂之賊(せきこうりしんいのぞく)。稱譽詐僞以敗惡人謂之慝(しょうよさぎいはいあくじんいのとく)。不擇善否(ふたくぜんひ)。兩容頰適(りょうようきょうてき)。偷拔其所欲謂之險(とうばつきしょよくいのけん)。此八疵者(しはっししゃ)。外以亂人(げいらんじん)。內以傷身(ないいしょうしん)。君子不友(くんしふゆう)。明君不臣(めいくんふしん)。所謂四患者(しょいしかんしゃ)。好經大事(こうけいだいじ)。變更易常(へんこうえきじょう)。以挂功名(いかこうめい)。謂之叨(いのとう)。專知擅事(せんちせんじ)。侵人自用(しんじんじよう)。謂之貪(いのたん)。見過不更(けんかふこう)。聞諫愈甚(ぶんかんゆじん)。謂之很(いのごん)。人同於己則可(じんどうこうきそくか)。不同於己(ふどうこうき)。雖善不善(すいぜんふぜん)。謂之矜(いのきょう)。此四患也(ししかん)。能去八疵(のうきょはっし)。无行四患(むこうしかん)。而始可教已(えんしかきょうい)。

於是文王不出宮三月,劍士皆服斃其處也。

孔子愀然而歎(こうししゅうぜんえんたん)。再拜而起曰(さいはいえんきわく)。丘再逐於魯(きゅうさいちくこうろ)。削跡於衛(さくせきこうえい)。伐樹於宋(ばつじゅこうそう)。圍於陳蔡(いこうちんさい)。丘不知所失(きゅうふちしょしつ)。而離此四謗者何也(えんりししほうしゃか)。

客凄然變容曰(かくせいぜんへんようわく)。甚矣子之難悟也(じんいしのなんご)。人有畏影惡迹而走者(じんゆういえいおくせきえんそうしゃ)。舉足愈數而迹愈多(きょそくゆすうえんせきゆうた)。走愈疾而影不離身(そうゆしつえんえいふりしん)。自以爲尚遲(じいいしょうち)。疾走不休(しっそうふきゅう)。絕力而死(ぜつりょくえんし)。不知處陰以休影(ふちしょいんいきゅうえい)。處靜以息迹(しょせいいそくせき)。愚亦甚矣(ぐえきじんい)。子審仁義之間(ししんじんぎのかん)。察同異之際(さつどういのさい)。觀動靜之變(かんどうせいのへん)。適受與之度(てきじゅよのど)。理好惡之情(りこうおのじょう)。和喜怒之節(わきどのせつ)。而幾於不免矣(えんきこうふめんい)。謹脩而身(きんしゅうじしん)。慎守其真(しんしゅきしん)。還以物與人(かんいぶつよじん)。則无所累矣(そくむしょるいい)。今不脩身而求之於人者(こんふしゅうしんえんきゅうのこうじんしゃ)。不亦外乎(ふえきげ)。

孔子愀然曰(こうししゅうぜんわく)。請問何謂真(しょうもんかいいしん)。

孔子遊乎緇帷之林,休坐乎杏壇之上。弟子讀書,孔子絃歌鼓琴,奏曲未半。

客曰、真者(しんしゃ)。精誠之至也(せいせいのし)。不精不誠(ふせいふせい)。不能動人(ふのうどうじん)。故强哭者雖悲不哀(こきょうこくしゃすいひふあい)。强怒者雖嚴不威(きょうどしゃすいげんふい)。强親者雖笑不和(きょうしんしゃすいしょうふわ)。真悲无聲而哀(しんひむせいえんあい)。真怒未發而威(しんどみはつえんい)。真親未笑而和(しんしんみしょうえんわ)。真在內者(しんざいないしゃ)。神動於外者也(しんどうこうげしゃ)。是所以貴真也(ぜしょいきしん)。其於人理也(きこうじんり)。事親則慈孝(じしんそくじこう)。事君則忠貞(じくんそくちゅうてい)。飲酒則歡樂(いんしゅそくかんらく)。處喪則悲哀(しょそうそくひあい)。忠貞以功爲主(ちゅうていいこういしゅ)。飲酒以樂爲主(いんしゅいらくいしゅ)。處喪以哀爲主(しょそういあいいしゅ)。事親以適爲主(じしんいてきいしゅ)。功成之美无不一其迹矣(こうせいのびむふいちきせきい)。事親以適(じしんいてき)。不論所以矣(ふろんしょいい)。飲酒以樂(いんしゅいらく)。不選其具矣(ふせんきぐい)。處喪以哀(しょそういあい)。无問其禮矣(むもんきれいい)。禮者(れいしゃ)。世俗之所爲也(せいぞくのしょい)。真者(しんしゃ)。所以受於天也(しょいじゅこうてん)。自然不可易也(しぜんふかえき)。故聖人法天貴真(こせいじんほうてんきしん)。不拘於俗(ふくこうぞく)。愚者反此(ぐしゃはんし)。不能法天而恤於人(ふのうほうてんえんじゅつこうじん)。不知貴真(ふちきしん)。祿祿而受變於俗(ろくろくえんじゅへんこうぞく)。故不足也(こふそく)。惜哉(せきさい)。子之蚤湛於人僞(しのそうちんこうじんぎ)。而晚聞大道也(えんばんぶんだいどう)。

有漁父者,下船而來,須眉交白,被髮揄袂,行原以上,距陸而止,左手據膝,右手持頤以聽。曲終而招子貢子路,二人俱對。

孔子又再拜而起曰(こうしゆうさいはいえんきわく)。今者丘得遇也(こんじゃきゅうとくぐう)。若天幸然(じゃくてんこうぜん)。先生不羞而比之服役(せんせいふしゅうえんひのふくえき)。而身教之(えんしんきょうの)。敢問舍所在(かんもんしゃしょざい)。請因受業而卒學大道(しょういんじゅぎょうえんそつがくだいどう)。

客指孔子曰:「彼何為者也?」

客曰、吾聞之(がぶんの)。可與往者與之(かよおうしゃよの)。至於妙道(しこうみょうどう)。不可與往者(ふかよおうしゃ)。不知其道(ふちきどう)。慎勿與之(しんふつよの)。身乃无咎(しんなんむきゅう)。子勉之(しべんの)。吾去子矣(がきょしい)。吾去子矣(がきょしい)。乃刺船而去(なんしせんえんきょ)。延緣葦間(えんえんいかん)。

子路對曰:「魯之君子也。」

顏淵還車(がんえんかんしゃ)。子路授綏(しろじゅうすい)。孔子不顧(こうしふこ)。待水波定(たいすいはじょう)。不聞拏音而後敢乘(ふぶんどおんえんこうかんじょう)。

客問其族。子路對曰:「族孔氏。」

子路依車而問曰(しろいしゃえんもんわく)。由得爲役久矣(ゆうとくいえききゅうい)。未嘗見夫子遇人如此其威也(みじょうけんふうしぐうじんじょしきい)。萬乘之主(ばんじょうのしゅ)。千乘之君(せんじょうのくん)。見夫子未嘗不分庭伉禮(けんふうしみじょうふぶんていこうれい)。夫子猶有倨敖之容(ふうしゆうゆうごうのよう)。今漁父杖拏逆立(こんぎょほじょうどぎゃくりつ)。而夫子曲要磬折(えんふうしきょくようけいせつ)。言拜而應(ごんはいえんおう)。得无太甚乎(とくむたいじん)。門人皆怪夫子矣(もんじんかいかいふうしい)。漁人何以得此乎(ぎょじんかいいとくし)。

客曰:「孔氏者何治也?」

孔子伏軾而歎曰(こうしふくしょくえんたんわく)。甚矣由之難化也(じんいゆうのなんか)。湛於禮儀有閒矣(ちんこうれいぎゆうかんい)。而朴鄙之心至今未去也(えんぼくひのしんしこんみきょ)。進(しん)。吾語汝(がごじょ)。夫遇長不敬(ふぐうちょうふけい)。失禮也(しつれい)。見賢不尊(けんけんふそん)。不仁也(ふじん)。彼非至人(ひひしじん)。不能下人(ふのうげじん)。下人不精(げじんふせい)。不得其真(ふとくきしん)。故長傷身(こちょうしょうしん)。惜哉(せきさい)。不仁之於人也(ふじんのこうじん)。禍莫大焉(かぼくだいえん)。而由獨擅之(えんゆうどくせんの)。且道者(しょどうしゃ)。萬物之所由也(ばんぶつのしょゆう)。庶物失之者死(しょぶつしつのしゃし)。得之者生(とくのしゃせい)。爲事逆之則敗(いじぎゃくのそくはい)。順之則成(じゅんのそくせい)。故道之所在(こどうのしょざい)。聖人尊之(せいじんそんの)。今漁父之於道(こんぎょほのこうどう)。可謂有矣(かいゆうい)。吾敢不敬乎(がかんふけい)。

子路未應,子貢對曰:「孔氏者,性服忠信,身行仁義,飾禮樂,選人倫,上以忠於世主,下以化於齊民,將以利天下,此孔氏之所治也。」

列禦寇

又問曰:「有土之君與?」

列禦寇第三十二

子貢曰:「非也。」

列禦寇之齊(れつぎょこうのせい)。中道而反(ちゅうどうえんはん)。遇伯昏瞀人(ぐうはくこんぼうじん)。伯昏瞀人曰(はくこんぼうじんわく)。奚方而反(きほうえんはん)。

「侯王之佐與?」

曰、吾驚焉(がきょうえん)。

子貢曰:「非也。」

曰、惡乎驚(おこうきょう)。

客乃笑而還,行言曰:「仁則仁矣,恐不免其身;苦心勞形以危其真。嗚呼!遠哉其分於道也!」

曰、吾嘗食於十醬(がじょうしょくこうじゅうしょう)。而五醬先饋(えんごしょうせんき)。

子貢還,報孔子。孔子推琴而起,曰:「其聖人與!」乃下求之,至於澤畔,方將杖拏而引其船,顧見孔子,還鄉而立。孔子反走,再拜而進。

伯昏瞀人曰、若是(じゃくぜ)。則汝何爲驚已(そくじょかいきょうい)。

客曰:「子將何求?」

曰、夫內誠不解(ふないせいふかい)。形諜成光(けいちょうせいこう)。以外鎮人心(いげちんじんしん)。使人輕乎貴老(しじんけいこうきろう)。而䪭其所患(えんさいきしょかん)。夫醬人特爲食羹之貨(ふしょうじんとくいしょくこうのか)。多餘之贏(たよのえい)。其爲利也薄(きいりはく)。其爲權也輕(きいけんけい)。而猶若是(えんゆうじゃくぜ)。而況於萬乘之主乎(えんこうこうばんじょうのしゅ)。身勞於國而知盡於事(しんろうこうこくえんちじんこうじ)。彼將任我以事而效我以功(ひしょうにんがいじえんこうがいこう)。吾是以驚(がぜいきょう)。

孔子曰:「曩者先生有緒言而去,丘不肖,未知所謂,竊待於下風,幸聞咳唾之音以卒相丘也。」

伯昏瞀人曰、善哉觀乎(ぜんさいかん)。汝處已(じょしょい)。人將保汝矣(じんしょうほうじょい)。

客曰:「嘻!甚矣,子之好學也!」

无幾何而往(むきかえんおう)。則戶外之屨滿矣(そくこうげのくまんい)。伯昏瞀人北面而立(はくこんぼうじんほくめんえんりつ)。敦杖蹙之乎頤(とんじょうしゅくのこうい)。立有閒(りつゆうかん)。不言而出(ふごんえんしゅつ)。

孔子再拜而起曰:「丘少而脩學,以至於今,六十九歲矣,無所得聞至教,敢不虛心!」

賓者以告列子(ひんしゃいこくれっし)。列子提屨(れっしていく)。跣而走(せんえんそう)。暨乎門(きこうもん)。曰、先生既來(せんせいきらい)。曾不發藥乎(そうふはつやく)。

客曰:「同類相從,同聲相應,固天之理也。吾請釋吾之所有而經子之所以。子之所以者,人事也。天子諸侯大夫庶人,此四者自正,治之美也,四者離位而亂莫大焉。官治其職,人憂其事,乃無所陵。故田荒室露,衣食不足,徵賦不屬,妻妾不和,長少無序,庶人之憂也;能不勝任,官事不治,行不清白,群下荒怠,功美不有,爵祿不持,大夫之憂也;廷無忠臣,國家昏亂,工技不巧,貢職不美,春秋後倫,不順天子,諸侯之憂也;陰陽不和,寒暑不時,以傷庶物,諸侯暴亂,擅相攘伐,以殘民人,禮樂不節,財用窮匱,人倫不飭,百姓淫亂,天子有司之憂也。今子既上無君侯有司之勢而下無大臣職事之官,而擅飾禮樂,選人倫,以化齊民,不泰多事乎!

曰、已矣(いい)。吾固告汝曰人將保汝(がここくじょわくじんしょうほうじょ)。果保汝矣(かほうじょい)。非汝能使人保汝(ひじょのうしじんほうじょ)。而汝不能使人无保汝也(えんじょふのうしじんむほうじょ)。而焉用之感豫出異也(えんえんようのかんよしゅつい)。且必有感也(しょひつゆうかん)。搖而本身(ようじほんしん)。又无謂也(ゆうむい)。與汝游者(よじょゆうしゃ)。莫汝告也(ぼくじょこく)。彼所小言(ひしょしょうごん)。盡人毒也(じんじんどく)。莫覺莫悟(ぼくかくぼくご)。何相孰也(かそうじゅく)。巧者勞而知者憂(こうしゃろうえんちしゃゆう)。无能者无所求(むのうしゃむしょきゅう)。飽食而敖游(ほうしょくえんごうゆう)。汎若不繫之舟(はんじゃくふけいのしゅう)。虛而敖游者也(きょえんごうゆうしゃ)。

且人有八疵,事有四患,不可不察也。非其事而事之,謂之摠;莫之顧而進之,謂之佞;希意道言,謂之諂;不擇是非而言,謂之諛;好言人之惡,謂之讒;析交離親,謂之賊;稱譽詐偽以敗惡人,謂之慝;不擇善否,兩容頰適,偷拔其所欲,謂之險。此八疵者,外以亂人,內以傷身,君子不友,明君不臣。所謂四患者:好經大事,變更易常,以掛功名,謂之叨;專知擅事,侵人自用,謂之貪;見過不更,聞諫愈甚,謂之很;人同於己則可,不同於己,雖善不善,謂之矜。此四患也。能去八疵,無行四患,而始可教已。」

鄭人緩也呻吟於裘氏之地(ていじんかんしんぎんこうきゅうしのち)。祗三年而緩爲儒(しさんねんえんかんいじゅ)。河潤九里(かじゅんきゅうり)。澤及三族(たくきゅうさんぞく)。使其弟墨(しきていぼく)。儒墨相與辯(じゅぼくそうよべん)。其父助翟(きふじょてき)。十年而緩自殺(じゅうねんえんかんじさつ)。其父夢之曰(きふむのわく)。使而子爲墨者予也(しじしいぼくしゃよ)。闔胡嘗視其良(こうこじょうしきりょう)。既爲秋柏之實矣(きいしゅうはくのじつい)。

孔子愀然而歎,再拜而起曰:「丘再逐於魯,削跡於衞,伐樹於宋,圍於陳蔡。丘不知所失,而離此四謗者何也?」

夫造物者之報人也(ふぞうぶつしゃのほうじん)。不報其人而報其人之天(ふほうきじんえんほうきじんのてん)。彼故使彼(ひこしひ)。夫人以己爲有以異於人(ふじんいきいゆういいこうじん)。以賤其親(いせんきしん)。齊人之井飲者相捽也(せいじんのせいいんしゃそうそつ)。故曰今之世皆緩也(こわくこんのせいかいかん)。自是(じぜ)。有德者以不知也(ゆうとくしゃいふち)。而況有道者乎(えんこうゆうどうしゃ)。古者謂之遁天之刑(こしゃいのとんてんのけい)。

客悽然變容曰:「甚矣子之難悟也!人有畏影惡跡而去之走者,舉足愈數而跡愈多,走愈疾而影不離身,自以為尚遲,疾走不休,絕力而死。不知處陰以休影,處靜以息跡,愚亦甚矣!子審仁義之間,察同異之際,觀動靜之變,適受與之度,理好惡之情,和喜怒之節,而幾於不免矣。謹脩而身,慎守其真,還以物與人,則無所累矣。今不脩身而求之人,不亦外乎!」

聖人安其所安(せいじんあんきしょあん)。不安其所不安(ふあんきしょふあん)。衆人安其所不安(しゅうじんあんきしょふあん)。不安其所安(ふあんきしょあん)。

孔子愀然曰:「請問何謂真?」

莊子曰、知道易(ちどうい)。勿言難(ふつごんなん)。知而不言(ちえんふごん)。所以之天(しょいのてん)。知而言之(ちえんごんの)。所以之人(しょいのじん)。古之人(このじん)。天而不人(てんえんふじん)。

客曰:「真者,精誠之至也。不精不誠,不能動人。故強哭者雖悲不哀,強怒者雖嚴不威,強親者雖笑不和。真悲無聲而哀,真怒未發而威,真親未笑而和。真在內者,神動於外,是所以貴真也。其用於人理也,事親則慈孝,事君則忠貞,飲酒則歡樂,處喪則悲哀。忠貞以功為主,飲酒以樂為主,處喪以哀為主,事親以適為主,功成之美,無一其跡矣。事親以適,不論所以矣;飲酒以樂,不選其具矣;處喪以哀,無問其禮矣。禮者,世俗之所為也;真者,所以受於天也,自然不可易也。故聖人法天貴真,不拘於俗。愚者反此。不能法天而恤於人,不知貴真,祿祿而受變於俗,故不足。惜哉,子之蚤湛於人偽而晚聞大道也!」

朱泙漫學屠龍於支離益(しゅへいまんがくとりゅうこうしりえき)。殫千金之家(たんせんきんのけ)。三年技成而无所用其巧(さんねんぎせいえんむしょようきこう)。

孔子又再拜而起曰:「今者丘得遇也,若天幸然。先生不羞而比之服役,而身教之。敢問舍所在,請因受業而卒學大道。」

世俗の人は、皆、人が己と同じであることを喜び、人が己と異なることを憎む。己と同じなら欲し、己と異なれば欲しない。これは衆人に出ようとする心である。衆人に出ようとする心を以てしても、何か衆人に出たであろうか。衆人に因って己の聞くところを安んずれば、衆人の伎倆に多く及ばない。しかるに人の国を治めんと欲するは、これ三王の利を攬(と)るも、その患を見ず。これは人の国を以て僥倖を求めるもので、幾ばくの僥倖あって人の国を喪わざることがあろうか。その人の国を存することは、万分の一にも及ばず、人の国を喪うことは、一たび成らずして万余を喪う。悲しいかな、土を有する者はこれを知らない。土を有する者とは、大物を有する者である。大物を有する者は、物たるべからず。物たりて物たらざれば、故に能く物を物たらしむ。その物を物たらしむる者の物にあらざるを明らかにすれば、豈に天下百姓を治むるのみならんや。六合に出入し、九州に遊び、独り往き独り来る。これを独与(どくよ)という。独与の者、これを至貴という。

客曰:「吾聞之,可與往者與之,至於妙道;不可與往者,不知其道,慎勿與之,身乃無咎。子勉之!吾去子矣,吾去子矣!」乃剌船而去,延緣葦間。

大人の教は、形に影が応え、声に響が応えるが如し。問いあればこれに応え、その懐くところを尽くして、天下の匹を為す。響のないところに処り、方(ほう)のないところを行き、汝を挈(ひっさ)げて撓撓(とうとう)に往復し、端緒なきに遊び、依傍なく出入し、日に始まることなし。形容論議して大同に合し、大同して己なし。己なければ、惡(なん)ぞ有るを得ん。有を睹る者は、昔の君子である。無を睹る者は、天地の友である。

顏淵還車,子路授綏,孔子不顧,待水波定,不聞拏音而後敢乘。

賤しきも任ぜざるべからざるは物なり。卑しきも因らざるべからざるは民なり。隱なるも為さざるべからざるは事なり。粗なるも陳(しん)ぜざるべからざるは法なり。遠きも居るべからざるは義なり。親なるも広めざるべからざるは仁なり。節なるも積まざるべからざるは禮なり。中なるも高めざるべからざるは徳なり。一なるも変ぜざるべからざるは道なり。神なるも為さざるべからざるは天なり。故に聖人は天を觀て助けず、徳を成して累(るい)せず、道に出でて謀らず、仁に會(あ)いて恃まず、義に薄(せま)りて積まず、禮に應じて諱(い)まず、事に接して辭せず、法に齊(ととの)うて乱れず、民に恃みて軽しめず、物に因りて去らず。物は為すに足ること莫きも、為さざるべからず。天に明らかならざるは徳に純ならず、道に通ぜざるは自(よ)りて可ならず、道に明らかならざるは悲しいかな。何をか道と謂う。天道有り、人道有り。無為にして尊きは天道なり、有為にして累るは人道なり。主たるは天道なり、臣たるは人道なり。天道と人道と相去ること遠し、察せざるべからざるなり。

子路旁車而問曰:「由得為役久矣,未嘗見夫子遇人如此其威也。萬乘之主,千乘之君,見夫子未嘗不分庭伉禮,夫子猶有倨敖之容。今漁父杖拏逆立,而夫子曲要磬折,言拜而應,得無太甚乎?門人皆怪夫子矣,漁人何以得此乎?」

天地

孔子伏軾而歎曰:「甚矣,由之難化也!湛於禮儀間矣,而樸鄙之心至今未去。進,吾語汝!夫遇長不敬,失禮也;見賢不尊,不仁也。彼非至人,不能下人,下人不精,不得其真,故長傷身。惜哉!不仁之於人也,禍莫大焉,而由獨擅之。且道者,萬物之所由也,庶物失之者死,得之者生,為事逆之則敗,順之則成。故道之所在,聖人尊之。今之漁父之於道,可謂有矣,吾敢不敬乎!」

天地は大なりと雖も、其の化は均(ひと)し。萬物は多しと雖も、其の治は一なり。人卒(じんそつ)は多しと雖も、其の主は君なり。君は徳に原づきて天に成る。故に曰く、玄古の君天下するは、無為にして天徳のみ、と。道を以て言を觀れば、天下の君正し。道を以て分を觀れば、君臣の義明らか。道を以て能を觀れば、天下の官治まる。道を以て汎(ひろ)く觀れば、萬物の應備わる。故に天地に通ずるは徳なり、萬物に行わるは道なり、上に治めて人を治むるは事なり、能く精(せい)する所有るは技なり。技は事に兼ね、事は義に兼ね、義は徳に兼ね、徳は道に兼ね、道は天に兼ぬ。故に曰く、古の天下を畜(やしな)う者は、欲無くして天下足り、無為にして萬物化し、淵靜にして百姓定まる、と。記に曰く、一に通じて萬事畢(おわ)り、心得ずして鬼神服す、と。

夫子曰く、夫の道は、萬物を覆載するなり。洋洋乎(ようようこ)大なるかな。君子は以て其の心を刳(く)らざるべからず。無為にして之を為すを天と謂い、無為にして之を言うを徳と謂い、人を愛し物を利するを仁と謂い、同じからざるを同じくするを大と謂い、行いて崖異(がいい)せざるを寛と謂い、萬異有るを富と謂う。故に徳を執るを紀と謂い、徳成るを立と謂い、道に循うを備と謂い、物を以て志を挫(くじ)かざるを完と謂う。君子此の十者を明らかにすれば、則ち其の事心の大なるを韜(とう)し、沛(はい)として萬物の歸往(きおう)と為らん。此の若き者は、金を山に藏し、珠を淵に藏し、貨財を利せず、貴富に近づかず、壽を樂しまず、夭を哀しまず、通を榮とせず、窮を醜とせず、一世の利を拘えて以て己の私分(しぶん)と為さず、王天下を以て己の顯處(けんしょ)と為さず。顯るれば則ち明らかなり。萬物は一府、死生は同狀なり、と。

夫子曰く、夫の道は、淵乎其の居るや、漻乎其の清きや。金石は之を得ずれば以て鳴らすこと無し。故に金石は聲有りも、考(こう)せざれば鳴らず。萬物孰(たれ)か能く之を定めん。夫の王徳の人は、素逝(そせい)して通ずるを恥(は)ぢ、本原に立ちて知は神に通ず。故に其の徳廣し。其の心の出るや、物之に採(と)る有り。故に形は道非ざれば生ぜず、生は徳非ざれば明ならず。形を存し生を窮め、徳を立て道を明らかにするは、王徳の人に非ずや。蕩蕩乎(とうとうこ)、忽然として出で、勃然として動き、而して萬物之に從う。此れを王徳の人と謂う。冥冥の中に視れば、獨り曉(あかつき)を見、聲無きの中に聽けば、獨り和を聞く。故に深けれども又た深くして能く物を物とし、神けれども又た神くして能く精を精とす。故に其の萬物と接するや、至無にして其の求を供(たま)い、時に馳聘して其の歸を要(もと)む。大小、長短、脩遠(しゅうえん)。

列禦寇之齊,中道而反,遇伯昏瞀人。伯昏瞀人曰:「奚方而反?」

黃帝、赤水の北に遊び、崑崙の丘に登りて南に望む。還るに及びて、其の玄珠を遺(うしな)う。知を使て索むれど得ず、離朱を使て索むれど得ず、喫詬(きつこう)を使て索むれど得ず、乃ち象罔(ぞうもう)を使う。象罔之を得たり。黃帝曰く、異なるかな、象罔乃(すなわ)ち之を得ること可ならんや、と。

曰:「吾驚焉。」

堯の師は許由と曰い、許由の師は齧缺と曰い、齧缺の師は王倪と曰い、王倪の師は被衣(ひい)と曰う。堯、許由に問うて曰く、齧缺は以て天に配(はい)すべきか。吾は王倪に因りて之に邀(う)けん、と。許由曰く、殆(あやう)し、岌(きゅう)乎(きゅうこ)天下を傾(かたむ)けん。齧缺の人たるや、聰明叡知(そうめいえいち)にして、數(さく)にして給(こう)し、其の性は人に過ぐ。而又た人を以て天を受く。其の過を禁ずるに審(つまびら)かなれども、而も其の過の生ずる所を知らず。與に天に配せんや。彼は且(まさ)に人に乘じて天無く、己を本として形に異ならんとし、知を尊びて火の馳(は)するが如く、緒に為(まみ)えられ、物に檢(かん)せられ、四顧して物に應じ、衆宜に應じ、物と化して而未だ恆(つね)ある無からん。又惡(なん)ぞ足りて天に配せんや。然りと雖も、族有れば祖有り。彼は以て衆父と為る可し、而して衆父の父と為る可からず。治は乱の率(そつ)なり、北面の禍なり、南面の賊なり、と。

曰:「惡乎驚?」

堯、華(か)を觀(み)る。華の封人(ほうじん)曰く、嘻(き)、聖人なるかな。請う、聖人を祝せん、聖人をして壽ならしめん、と。堯曰く、辭す、と。聖人をして富ましめん、と。堯曰く、辭す、と。聖人をして男子多からしめん、と。堯曰く、辭す、と。封人曰く、壽・富・多男子は、人の欲する所なり。女(なんじ)獨り欲せざるは何ぞ、と。堯曰く、男子多ければ則ち懼(おそ)れ多く、富めば則ち事多く、壽なれば則ち辱(はぢ)多し。是の三者は、以て徳を養う所以に非ざるなり。故に辭す、と。封人曰く、始め吾れ女を以て聖人と為せり。今然り、君子なり。天生(てんせい)萬民は、必ず之に職を授く。男子多くして職を授けば、又何ぞ懼れん。富みて人を分(わか)たしめば、又何ぞ事あらん。聖人は、居るや鶉(じゅん)の如く、食うや鷇(こう)の如く、行くや鳥の如くにして無迹(むせき)。天下道有れば、則ち物と與(とも)に昌(さか)ん。天下道無ければ、則ち徳を修めて閑に就(つ)く。千歳厭世(えんせい)して、去りて上僊(じょうせん)し、彼の白雲に乘りて帝鄕に至る。三患至らず、身常に殃(わざわい)無し。則ち何の辱かあらん、と。封人去る。堯之に隨(つ)いて曰く、請問(しょうもん)、と。封人曰く、歸れ、と。

曰:「吾嘗食於十漿,而五漿先饋。」

堯、天下を治む。伯成子高(はくせいしこう)立ちて諸侯と為る。堯、舜に授け、舜、禹に授くるに及び、伯成子高諸侯を辭して耕しと為る。禹往きて之を見る。時に野に耕せり。禹趨(はし)りて下風に就き、立ちて問うて曰く、昔者堯天下を治め、吾子立ちて諸侯と為りし。堯、舜に授け、舜、予に授く。而して吾子諸侯を辭して耕と為す。敢へて問わん、其の故は何ぞ、と。子高曰く、昔者堯の天下を治めしや、賞せずして民勸(すす)み、罰せずして民畏(おそ)れたり。今子は賞罰して、而して民不仁(ふじん)なり。徳此れより衰え、刑此れより立ち、後世の乱は此れより始まらん。夫子盍(なん)ぞ行かざる。吾が事を廢(おとろ)うる無かれ、と。俋俋(ゆうゆう)然として耕して顧みず。

伯昏瞀人曰:「若是,則汝何為驚已?」

泰初(たいしょ)に無有(むゆう)有り、無有にして無名なり。一の起る所、一有りて未だ形無し。物之を得て以て生を為すを徳と謂う。未形なる者分有りて、且(まさ)に然りとすれど間(かん)無きを命と謂う。留動して物を生じ、物成りて生理有るを形と謂う。形體神を保して、各儀則有るを性と謂う。性修めて徳に反り、徳至れば初と同じ。同ければ則ち虚、虚ければ則ち大。喙鳴(かいめい)に合す。喙鳴合せば、天地と為(とも)に合す。其の合や緡緡(びんびん)として、愚なるが若く昏なるが若し。是れを玄徳と謂い、大順に同じ。

曰:「夫內誠不解,形諜成光,以外鎮人心,使人輕乎貴老,而齏其所患。夫漿特為食羹之貨,多餘之贏,其為利也薄,其為權也輕,而猶若是,而況於萬乘之主乎!身勞於國而知盡於事,彼將任我以事而效我以功。吾是以驚。」

夫子、老聃に問うて曰く、道を治むる者有りて、相勸(あいあ)れんが如くす。不可を以て可と為し、不然を以て然と為す。辯者有る言に曰く、堅白を離(れき)すれば縣(けん)宇(う)の若し、と。若き此の如くして以て聖人と謂う可きか、と。老聃曰く、是れ胥(しょ)易(えき)技係(けいけい)、勞形怵心(ろうけいじゅつしん)の者なり。執留(しうりゅう)之狗の成思(せいし)、猿狙(えんそ)之便(べん)自山林来(きた)る。丘、吾れ女(なんじ)に告げん、之の聞かれざる所と之の言はれざる所とを。凡(およ)そ首趾有りて、心無く耳無き者衆し。形有る者と形無く狀無き者と與(とも)に皆存するは、尽(ことごと)く無し。其の動くは止なり、其の死するは生なり、其の廢(はい)するは起なり。此れ又其の然る所以に非ざるなり。治有りて人に在り。物を忘れ、天を忘れ、其の名を忘己と曰う。忘己の人、是れを天に入ると謂う、と。

伯昏瞀人曰:「善哉觀乎!女處已,人將保女矣!」

將閭葂(しょうりょべん)、季徹に見(まみ)えて曰く、魯君、葂に謂いて曰く、請う、教を受けん、と。辭して獲(え)られず。既に之に告げたり。中(あた)るや否やを知らず。請う、嘗(こころ)みに之を陳(しん)ぜん。臣(しん)魯君に謂いて曰く、必ず恭儉を服して、公忠に拔出(ばっしゅつ)せられて阿私(あし)無きに属(しょく)せば、民孰(たれ)か敢へて和輯(わしゅう)せざらん、と。季徹局局(きょくきょく)然として笑うて曰く、夫子の言の若きは、帝王の徳に於(おい)て、螳蜋(とうろう)の怒りて臂(ひじ)を奮い以て車轍(しゃてつ)に當(あ)たらんとするが若し。必ず勝(た)えざらん。且つ此の如くせば、則ち其の自ら危(あや)うく處(お)りて、觀臺(かんだい)多物(たぶつ)にして、往きて迹を投ぐる者多からん、と。將閭葂覷覷(しょしょ)然として驚き曰く、葂は夫子の言に汒(ぼう)然とせり。雖然、願はくは先生其の概(がい)を言わん、と。季徹曰く、大聖の天下を治むるや、民心を搖蕩(ようとう)して、其の教成り、其の俗易り、賊を滅して進みて其の獨志(どくし)に居り、性の自為(じい)するが若くして、民其の然る所以を知らざらんと欲す。此の若くんば、豈(あに)兄堯舜の教民にして、而して己弟(まい)として溟涬(めいせい)然せんや。徳に同じて心居(こ)せるのみ、と。

無幾何而往,則戶外之屨滿矣。伯昏瞀人北面而立,敦杖蹙之乎頤,立有間,不言而出。

子貢、南に遊びて楚に反(かえ)り、晉を過ぎて漢陰(かんいん)に至る。一丈人(いちじょうじん)方に圃畦(ほけい)を為して、隧を鑿(ほ)りて井に入り、甕(おう)を抱きて出でて灌(そそ)ぐ。搰搰(くつくつ)然として力を用いて多くして功を見ること寡(すく)なし。子貢曰く、械(かい)有りて此に於て、一日にして百畦を浸(ひた)す。力を用ること甚(はなは)だ寡くして功を見ること多し。夫子欲せざるか、と。圃を為る者仰ぎて之を視て曰く、奈何(いか)ん、と。曰く、木を鑿りて機を為り、後重く前輕く、水を挈(あ)ぐること抽(ちゅう)の若く、數(しゃく)として泆湯(いっとう)の如し。其の名を槔(こう)と曰う、と。圃を為る者忿然として色を作(さ)して笑うて曰く、吾れ吾が師に聞く、機械有る者は必ず機事有り、機事有る者は必ず機心有り。機心の胸中に存するは、則ち純白の備はらざるなり。純白備はらざれば、則ち神生定まらず。神生定まらざる者は、道の載せざる所なり。吾は之を知らざるに非ず、羞(は)ぢて為さざるなり、と。子貢瞞然(まんぜん)として媿(は)ぢ、俯(ふ)して對へず。有間(うかん)にして、圃を為る者曰く、子奚為(なにし)て者ぞ、と。曰く、孔丘之徒なり、と。圃を為る者曰く、子は非ざるか、博學を以て聖に擬(ぎ)し、于于(うう)以て衆に蓋(おお)い、獨弦哀歌を以て名聲を天下に賣る者に。汝方に汝の神氣を忘れ、汝の形骸を墮壞(だかい)せば、而して庶幾(こねご)とせん。而(なんじ)身の治むる能わざるに、何の暇(いとま)か天下を治めんや。子往け、吾が事を乏(とぼ)しうる無かれ、と。

賓者以告列子,列子提屨,跣而走,暨乎門,曰:「先生既來,曾不發藥乎?」

子貢卑陬(ひすう)として色を失い、顼顼(ぎょくぎょく)然として自ら得ず。行くこと三十里にして而る後に愈(い)えり。其の弟子曰く、向(さき)の人は何を為る者ぞ。夫子何ぞ之を見て容を變(か)え色を失い、終日自ら反(かえ)さざる、と。曰く、始め吾は以て天下の一人なりと為せり。知らず、復(ま)た夫の人有らんを。吾れ夫子に聞く、事は可と行(おこな)はるるを求め、功は成るを求め、用力寡く功を見ること多きは、聖人の道なり。今徒(ただ)しきに非ず。道を執る者は徳全し、徳全する者は形全し、形全する者は神全し。神全する者は、乃ち聖人の道なり。生を託して民と與に行い、而して其の往く所を知らず。茫乎(ぼうこ)淳備(じゅんび)なるかな。功利機巧は、必ず夫の人の忘るる所なり。夫の若き者は、其の志に非ざれば之を為さず、其の心に非ざれば之を往かず。天下を擧げて之に譽(ほまれ)するも、所謂其の當を得るも、傲(ごう)然として顧みず。天下之を非するも、所謂其の當を失うも、惔(たん)然として受けず。天下の非譽、之に損益すること無し。是れを全徳の人と謂う。我は乃ち之を風波の民と謂う、と。魯に反りて、以て孔子に告ぐ。孔子曰く、彼は假(か)りて渾沌氏の術を修むる者なり。其の一を識りて、其の二を知らず。其の内を治めて、其の外を治めず。夫の明白にして素に入り、無為にして朴に復り、性を體し神を抱き、以て世俗の間に遊ぶ者を、汝將(まさ)に又驚かんとす。且つ渾沌氏の術を、予と汝と何ぞ足りて識(し)らんや、と。

曰:「已矣,吾固告汝曰人將保汝,果保汝矣。非汝能使人保汝,而汝不能使人無保汝也,而焉用之感豫出異也!必且有感,搖而本才,又無謂也。與汝遊者,又莫汝告也。彼所小言,盡人毒也。莫覺莫悟,何相孰也!巧者勞而知者憂,無能者無所求,飽食而遨遊,汎若不繫之舟,虛而遨遊者也。」

諄芒(じゅんぼう)將に東に大壑(たいがく)に之(ゆ)かんとす。適(あ)たま苑風(えんぷう)に東海の濱(ひん)に遇う。苑風曰く、子將に奚(どこ)に之かん、と。曰く、將に大壑に之かんとす、と。曰く、奚為(なにし)てか、と。曰く、夫の大壑の物と為るや、注ぐも盈(み)ちず、酌(く)むも竭(つ)きず。吾將に之に遊ばんとす、と。苑風曰く、夫子、横目(おうもく)の民に意無きか。願はくは聖治を聞かん、と。諄芒曰く、聖治か。官を設け令を施して、其の宜しきを失わず、拔擧して其の能を失わず、事情を畢見(ひっけん)して其の當為(とうい)を行い、行言自為(じい)にして天下化す。指麾(しき)顧(こ)くすれば、則ち四方の民、俱に至らざる莫し。此れを聖治と謂う、と。願はくは德人を聞かん、と。曰く、德人は、居るに思無く、行くに慮無く、是非美惡を藏せず。四海の内、利を共にするを以て說(よろこ)びを為し、給を共にするを以て安を為す。怊(ちょう)乎として嬰兒の其の母を失うが若く、儻(とう)乎として行きて道を失うが若し。財用餘(あま)り有りて、其の自(よ)り來る所を知らず。飲食取足(しゅそく)して、其の自り來る所を知らず。此れを德人の容と謂う、と。願はくは神人を聞かん、と。曰く、上神(じょうしん)は光に乘りて、形と與(とも)に滅亡す。此れを照曠(しょうこう)と謂う。命を致し情を盡し、天地樂して萬事銷亡(しょうぼう)し、萬物復(ま)た情に復る。此れを混冥(こんめい)と謂う、と。

鄭人緩也呻吟裘氏之地。祗三年而緩為儒,河潤九里,澤及三族,使其弟墨。儒墨相與辯,其父助翟。十年而緩自殺。其父夢之曰:「使而子為墨者,予也,闔胡嘗視其良,既為秋柏之實矣?」

門無鬼(もんむき)と赤張滿稽(せきちょうまんけい)と、武王の師を觀る。赤張滿稽曰く、有虞氏に及ばざるなり。故に此の患に遭う、と。門無鬼曰く、天下均治(きんち)にして、有虞氏之を治めしや。抑(そもそ)も乱(みだ)れて而る後に之を治めしや、と。赤張滿稽曰く、天下均治の願(ねが)いは、而して又何ぞ有虞氏を計(はか)らん。有虞氏の薬瘍(やくよう)たるや、禿(とく)して而る後に髢(てい)を施し、病みて而る後に醫を求む。孝子藥を操(と)りて以て慈父を修(おさ)むるに、其の色燋然(しょうぜん)。聖人羞(は)ぢる。至德の世は、賢を尚(とうと)ばず、能を使わず。上は標枝(ひょうし)の如く、民は野鹿の如し。端正なるも義を為さず、相愛(あいあい)するも仁を為さず、實なるも忠を為さず、當(あ)たるも信を為さず、蠢動(しゅんどう)して相使(あいつか)うも、以て賜(たま)ものと為さず。故に其の行迹(ぎょうせき)無く、其事傳(でん)無し、と。

夫造物者之報人也,不報其人而報其人之天,彼故使彼。夫人以己為有以異於人以賤其親,齊人之井飲者相捽也。故曰今之世皆緩也。自是,有德者以不知也,而況有道者乎!古者謂之遁天之刑。

孝子は其の親を諛(へつら)わず、忠臣は其の君を諂(へつら)わず。臣子の盛(せい)なり。親の言う所を然と為し、親の為す所を善と為せば、則ち世俗之を不肖子と謂い、君の言う所を然と為し、君の為す所を善と為せば、則ち世俗之を不肖臣と謂う。而して此の果て必然なるを知らざるか。世俗の所謂然を然とし、所謂善を善とするも、而して道諛(どうゆ)の人と謂わざるは、然らば則ち世俗固(もと)より親より嚴(げん)にして君より尊しや。己を謂うて道諛と為せば則ち勃然として色を作し、己を謂うて衆人と為せば則ち怫然(ふつぜん)として色を作す。而して終身道諛し、終身衆人たり。譬辭を合せて衆を聚むるは、是れ始終本末の符(ふ)せざるなり。衣裳を垂れ、采色を設け、容貌を動かして、以て一世に媚(こ)ぶるも、而して自ら道諛と稱せず。夫人と與(とも)に徒を為して、是非を通ずるも、而して自ら衆人と謂わず。愚の至(いた)りなり。己の愚を知るは、大愚に非ざるなり。己の惑を知るは、大惑に非ざるなり。大惑の者は、終身解(げ)せず。大愚の者は、終身靈(れい)ならず。三人行きて一人惑えば、猶お至る者なり。惑う者少なければなり。二人惑えば則ち勞して至らず。惑う者勝(か)てばなり。而今(こ)も天下を以て惑う者有らば、予願(ねが)い有りと雖も、不可得なり。不(ふ)か亦た悲しからずや。大聲は里耳(りじ)に入らず。折楊皇荂(せつようこうか)をば則ち嗑然(こうぜん)として笑う。故に高言は衆人の心に止まらず。至言出でず。俗言勝てばなり。二缶(ふ)の惑を以て鐘を惑わさば、則ち所適(しょてき)得られざるなり。而今天下を以て惑う者有らば、予願い有りと雖も、其の可得や。不可得るを知りて強(し)いて之を為すは、亦た惑なり。故に莫(な)かれ、釋(はな)ちて推(お)さざれ。推さざれば孰(たれ)か與(とも)に比(くら)べて憂えん。厲(り)の人夜半生に子を生めば、遽(はや)く火を取りて之を視る。汲汲(きゅうきゅう)然として惟(おも)うらくは、恐(おそ)れ其の己に似んことを。

聖人安其所安,不安其所不安;眾人安其所不安,不安其所安。

百年の木を破りて以て犧樽(ぎそん)を為(つく)り、青黃して之を文(あや)なす。其の斷(だん)は溝中(こうちゅう)に在り。犧樽と溝中の斷木と比ぶれば、美惡有間(ゆうかん)なれど、其の性を失うに於て一なり。蹠(せき)と曾史と行義有間なれど、其の性を失うに於て均し。且つ夫の性を失う者五有り。一曰く、五色は目を亂(みだ)して、目をして明ならざらしむ。二曰く、五聲は耳を亂して、耳をして聰ならざらしむ。三曰く、五臭は鼻を薰(くん)して、顙中(そうちゅう)に困慾(こんよく)せしむ。四曰く、五味は口を濁して、口をして厲爽(れいそう)傷(やぶ)れしむ。五曰く、趣舍は心を滑(こつ)して、性をして飛揚(ひよう)せしむ。此の五者は、皆生の害なり。而して楊墨乃ち始めて跂(あが)きて、自ら以て得たりと為す。吾が所謂得に非ざるなり。夫の得と為す者困(くる)しまば、則ち以て得と謂う可きか。則ち鳩鴞(きゅうきょう)の籠中(ろうちゅう)に在るも、亦た以て得と謂う可し。且つ夫の趣舍聲色を以て其の内を柴(さい)にし、皮弁鷸冠(ひっかん)搢笏(しんこつ)紳修(しんしゅう)を以て其の外を約するは、内は柴柵(さいさく)に盈(み)ちて支(し)え、外は纆繳(もくしゃく)に重(かさ)ねられ、睆睆(かんかん)然として纆繳の中に在りて、而して自ら以て得たりと為す。則ち罪人交臂(こうひ)歷指(れきし)して、虎豹囊檻(のうかん)に在るも、亦た以て得と謂う可きか。

莊子曰:「知道易,勿言難。知而不言,所以之天也。知而言之,所以之人也。古之人,天而不人。」

天道

朱泙漫學屠龍於支離益,單千金之家,三年技成而無所用其巧。

天道第十三

聖人以必不必,故無兵;眾人以不必必之,故多兵。順於兵,故行有求。兵,恃之則亡。

聖人以必不必(せいじんいひつふひつ)。故无兵(こむへい)。衆人以不必必(しゅうじんいふひつひつ)。故多兵(こたへい)。順於兵(じゅんこうへい)。故行有求(ここうゆうきゅう)。兵恃之則亡(へいしのそくぼう)。

小夫之知,不離苞苴竿牘,敝精神乎蹇淺,而欲兼濟道物,太一形虛。若是者,迷惑於宇宙,形累不知太初。彼至人者,歸精神乎無始而甘冥乎無何有之鄉。水流乎無形,發洩乎太清。悲哉乎!汝為知在毫毛而不知大寧。

小夫之知(しょうふのち)。不離苞苴竿牘(ふりほうしょかんどく)。敝精神乎蹇淺(へいせいしんこうけんせん)。而欲兼濟道物(えんよくけんさいどうぶつ)。太一形虛(たいいちけいきょ)。若是者(じゃくぜしゃ)。迷惑於宇宙(めいわくこううちゅう)。形累不知大初(けいるいふちたいしょ)。彼至人者(ひしじんしゃ)。歸精神乎无始(きせいしんこうむし)。而甘冥乎无何有之鄉(えんかんめいこうむかうのきょう)。水流乎无形(すいりゅうこうむけい)。發泄乎太清(はつせつこうたいせい)。悲哉乎(ひさい)。汝爲知在毫毛(じょいちざいごうもう)。而不知大寧(えんふちだいねい)。

宋人有曹商者,為宋王使秦。其往也,得車數乘。王說之,益車百乘。反於宋,見莊子,曰:「夫處窮閭阨巷,困窘織屨,槁項黃馘者,商之所短也;一悟萬乘之主而從車百乘者,商之所長也。」

宋人有曹商者(そうじんゆうそうしょうしゃ)。爲宋王使秦(いそうおうししん)。其往也(きおう)。得車數乘(とくしゃすうじょう)。王說之(おうえつの)。益車百乘(えきしゃひゃくじょう)。反於宋(はんこうそう)。見莊子(けんそうし)。曰、處窮閭阨巷(しょきゅうりょあくこう)。困窘織屨(こんきゅうしょくく)。槁項黃馘者(こうこうこうかくしゃ)。商之所短也(しょうのしょたん)。一悟萬乘之主而從車百乘者(いちごばんじょうのしゅえんじゅうしゃひゃくじょうしゃ)。商之所長也(しょうのしょちょう)。

莊子曰:「秦王有病召醫。破癕潰痤者得車一乘,舐痔者得車五乘,所治癒下,得車愈多。子豈治其痔邪?何得車之多也?子行矣!」

莊子曰、秦王有病召醫(しんおうゆうびょうしょうい)。破癰潰痤者得車一乘(はようかいざしゃとくしゃいちじょう)。舐痔者得車五乘(しいじしゃとくしゃごじょう)。所治愈下(しょちゆうげ)。得車愈多(とくしゃゆうた)。子豈治其痔邪(しきちきじや)。何得車之多也(かとくしゃのた)。子行矣(しこうい)。

魯哀公問乎顏闔曰:「吾以仲尼為貞幹,國其有瘳乎?」

魯哀公問於顏闔曰(ろあいこうもんこうがんごうわく)。吾以仲尼爲貞幹(がいちゅうにいていかん)。國其有瘳乎(こくきゆうちゅう)。

曰:「殆哉圾乎仲尼!方且飾羽而畫,從事華辭。以支為旨,忍性以視民而不知不信。受乎心,宰乎神,夫何足以上民!彼宜女與?予頤與?誤而可矣!今使民離實學偽,非所以視民也。為後世慮,不若休之。難治也!」

曰、殆哉圾乎仲尼(たいさいきゅうこうちゅうに)。方且飾羽而畫(ほうしょしょくうえんかく)。從事華辭(じゅうじかじ)。以支爲旨(いしいし)。忍性以視民(にんせいいしみん)。而不知不信也(えんふちふしん)。受乎心(じゅうこうしん)。宰乎神(さいこうしん)。夫何足以上民(ふかそくいじょうみん)。彼宜女與(ひぎじょよ)。予頤與(よいよ)。誤而可矣(ごえんかい)。今使民離實學僞(こんしみんりじつがくぎ)。非所以視民也(ひしょいしみん)。爲後世慮(いこうせいりょ)。不若休之(ふじゃくきゅうの)。難治也(なんち)。

施於人而不忘,非天布也,商賈不齒。雖以事齒之,神者弗齒。

施於人而不忘(しこうじんえんふぼう)。非天布也(ひてんふ)。商賈不齒(しょうこふし)。雖以事齒之(すいいじしの)。神者弗齒(しんしゃふつし)。

為外刑者,金與木也;為內刑者,動與過也。宵人之離外刑者,金木訊之;離內刑者,陰陽食之。夫免乎外內之刑者,唯真人能之。

爲外刑者(いげけいしゃ)。金與木也(きんよぼく)。爲內刑者(いないけいしゃ)。動與過也(どうよか)。宵人之離外刑者(しょうじんのりげけいしゃ)。金木訊之(きんぼくじんの)。離內刑者(りないけいしゃ)。陰陽食之(いんようしょくの)。夫免乎外內之刑者(ふめんこうげないのけいしゃ)。唯真人能之(ゆいしんじんのうの)。

孔子曰:「凡人心險於山川,難於知天。天猶有春秋冬夏旦暮之期,人者厚貌深情。故有貌願而益,有長若不肖,有順懁而達,有堅而縵,有緩而釬。故其就義若渴者,其去義若熱。故君子遠使之而觀其忠,近使之而觀其敬,煩使之而觀其能,卒然問焉而觀其知,急與之期而觀其信,委之以財而觀其仁,告之以危而觀其節,醉之以酒而觀其側,雜之以處而觀其色。九徵至,不肖人得矣。」

孔子曰、凡人心險於山川(ぼんじんしんけんこうさんせん)。難於知天(なんこうちてん)。天猶有春秋冬夏旦暮之期(てんゆうゆうしゅんしゅうとうかたんぼのき)。人者厚貌深情(じんしゃこうぼうしんじょう)。故有貌愿而益(こゆうぼうけんえんえき)。有長若不肖(ゆうちょうじゃくふしょう)。有順懁而達(ゆうじゅんけんえんたつ)。有堅而縵(ゆうけんえんまん)。有緩而釬(ゆうかんえんかん)。故其就義若渴者(こきしゅうぎじゃくかつしゃ)。其去義若熱(ききょぎじゃくねつ)。故君子遠使之而觀其忠(こくんしえんしのえんかんきちゅう)。近使之而觀其敬(きんしのえんかんきけい)。煩使之而觀其能(はんしのえんかんきのう)。卒然問焉而觀其知(そつぜんもんえんえんかんきち)。急與之期而觀其信(きゅうよのきえんかんきしん)。委之以財而觀其仁(いのいざいえんかんきじん)。告之以危而觀其節(こくのいきえんかんきせつ)。醉之以酒而觀其側(すいのいしゅえんかんきそく)。雜之以處而觀其色(ざつのいしょえんかんきしょく)。九徵至(きゅうちょうし)。不肖人得矣(ふしょうじんとくい)。

正考父一命而傴,再命而僂,三命而俯,循牆而走,孰敢不軌!如而夫者,一命而呂鉅,再命而於車上儛,三命而名諸父。孰協唐許!

正考父一命而傴(せいこうぷいちめいえんう)。再命而僂(さいめいえんろう)。三命而俯(さんめいえんふ)。循牆而走(じゅんしょうえんそう)。孰敢不軌(たくかんふき)。如而夫者(じょじふしゃ)。一命而呂鉅(いちめいえんりょきょ)。再命而於車上儛(さいめいえんこうしゃじょうぶ)。三命而名諸父(さんめいえんめいしょふ)。孰協唐許(たくきょうとうきょ)。

賊莫大乎德有心而心有睫,及其有睫也而內視,內視而敗矣。凶德有五,中德為首。何謂中德?中德也者,有以自好也而吡其所不為者也。

賊莫大乎德有心而心有睫(ぞくぼくだいこうとくゆうしんえんしんゆうせつ)。及其有睫也而內視(きゅうきゆうせつえんないし)。內視而敗矣(ないしえんはいい)。凶德有五(きょうとくゆうご)。中德爲首(ちゅうとくいしゅ)。何謂中德(かいいちゅうとく)。中德也者(ちゅうとくしゃ)。有以自好也(ゆういじこう)。而訾其所不爲者也(えんしきしょふいしゃ)。

窮有八極,達有三必,形有六府。美髯長大壯麗勇敢,八者俱過人也,因以是窮。緣循,偃佒,困畏不若人,三者俱通達。知慧外通,勇動多怨,仁義多責,達生之性者傀,達於知者肖;達大命者隨,達小命者遭。

窮有八極(きゅうゆうはっきょく)。達有三必(たつゆうさんぴつ)。形有六府(けいゆうろくふ)。美髯長大壯麗勇敢(びぜんちょうだいそうれいゆうかん)。八者俱過人也(はっしゃぐかじん)。因以是窮(いんいぜきゅう)。緣循(えんじゅん)。偃佒(えんおう)。困畏不如人(こんいふじょじん)。三者俱通達(さんしゃぐつうたつ)。知慧外通(ちえげつう)。勇動多怨(ゆうどうたえん)。仁義多責(じんぎたせき)。達生之情者傀(たつせいのじょうしゃかい)。達於知者肖(たつこうちしゃしょう)。達大命者隨(たつだいめいしゃずい)。達小命者遭(たつしょうめいしゃそう)。

人有見宋王者,錫車十乘。以其十乘驕穉莊子。

人有見宋王者(じんゆうけんそうおうしゃ)。錫車十乘(しゃくしゃじゅうじょう)。以其十乘驕穉莊子(いきじゅうじょうきょうちそうし)。

莊子曰:「河上有家貧恃緯蕭而食者,其子沒於淵,得千金之珠。其父謂其子曰:『取石來鍛之!夫千金之珠,必在九重之淵而驪龍頷下。子能得珠者,必遭其睡也。使驪龍而寤,子尚奚微之有哉!』今宋國之深,非直九重之淵也;宋王之猛,非直驪龍也;子能得車者,必遭其睡也。使宋王而寤,子為齏粉夫。」

莊子曰、河上有家貧恃緯蕭而食者(かじょうゆうかひんしいしょうえんしょくしゃ)。其子沒於淵(きしぼつこうえん)。得千金之珠(とくせんきんのしゅ)。其父謂其子曰(きふいきしわく)。取石來鍛之(しゅせきらいたんの)。夫千金之珠(ふせんきんのしゅ)。必在九重之淵而驪龍頷下(ひつざいきゅうちょうのえんえんりりゅうがんか)。子能得珠者(しのうとくしゅしゃ)。必遭其睡也(ひつそうきすい)。使驪龍而寤(しりりゅうえんご)。子尚奚微之有哉(ししょうきびのゆうさい)。今宋國之深(こんそうこくのしん)。非直九重之淵也(ひちょくきゅうちょうのえん)。宋王之猛(そうおうのもう)。非直驪龍也(ひちょくりりゅう)。子能得車者(しのうとくしゃしゃ)。必遭其睡也(ひつそうきすい)。使宋王而寤(しそうおうえんご)。子爲䪭粉夫(しいさいふんふ)。

或聘於莊子,莊子應其使曰:「子見夫犧牛乎?衣以文繡,食以芻叔。及其牽而入於大廟,雖欲為孤犢,其可得乎!」

或聘於莊子(わくへいこうそうし)。莊子應其使曰(そうしおうきしわく)。子見夫犧牛乎(しけんふきぎゅう)。衣以文繡(いいぶんしゅう)。食以芻菽(しょくいすうしゅく)。及其牽而入於大廟(きゅうきけんえんにゅうこうたいびょう)。雖欲爲孤犢(すいよくいこどく)。其可得乎(きかとく)。

莊子將死,弟子欲厚葬之。莊子曰:「吾以天地為棺槨,以日月為連璧,星辰為珠璣,萬物為齎送。吾葬具豈不備邪?何以加此!」

莊子將死(そうししょうし)。弟子欲厚葬之(でいしよくこうそうの)。莊子曰(そうしわく)。吾以天地爲棺椁(がいてんちいかんかく)。以日月爲連璧(いじつげついれんへき)。星辰爲珠璣(せいしんいしゅき)。萬物爲齎送(ばんぶついせいそう)。吾葬具豈不備邪(がそうぐきふびや)。何以加此(かいいかし)。

弟子曰:「吾恐烏鳶之食夫子也。」

弟子曰、吾恐烏鳶之食夫子也(がこううえんのしょくふうし)。

莊子曰:「在上為烏鳶食,在下為螻蟻食,奪彼與此,何其偏也。」

莊子曰、在上爲烏鳶食(ざいじょういうえんしょく)。在下爲螻蟻食(ざいげいろうぎしょく)。奪彼與此(だつひよし)。何其偏也(かきへん)。

以不平平,其平也不平;以不徵徵,其徵也不徵。明者唯為之使,神者徵之。夫明之不勝神也久矣,而愚者恃其所見入於人,其功外也,不亦悲乎!

以不平平(いふへいへい)。其平也不平(きへいふへい)。以不徵徵(いふちょうちょう)。其徵也不徵(きちょうふちょう)。明者唯爲之使(めいしゃゆいいのし)。神者徵之(しんしゃちょうの)。夫明之不勝神也久矣(ふめいのふしょうしんきゅうい)。而愚者恃其所見入於人(えんぐしゃじきしょけんにゅうこうじん)。其功外也(きこうげ)。不亦悲乎(ふえきひ)。

天下

天下第三十三

天下之治方術者多矣,皆以其有為不可加矣。古之所謂道術者,果惡乎在?曰:「無乎不在。」曰:「神何由降?明何由出?」「聖有所生,王有所成,皆原於一。」

天下之治方術者(てんかのちほうじゅつしゃ)。多矣(たい)。皆以其有爲不可加矣(かいいきゆういふかかい)。古之所謂道術者(このしょいどうじゅつしゃ)。果惡乎在(かおこうざい)。曰、无乎不在(むこうふざい)。曰、神何由降(しんかゆうこう)。明何由出(めいかゆうしゅつ)。聖有所生(せいゆうしょせい)。王有所成(おうゆうしょせい)。皆原於一(かいげんこういつ)。

不離於宗,謂之天人。不離於精,謂之神人。不離於真,謂之至人。以天為宗,以德為本,以道為門,兆於變化,謂之聖人。以仁為恩,以義為理,以禮為行,以樂為和,薰然慈仁,謂之君子。以法為分,以名為表,以參為驗,以稽為決,其數一二三四是也,百官以此相齒,以事為常,以衣食為主,蕃息畜藏,老弱孤寡為意,皆有以養,民之理也。

不離於宗(ふりこうしゅう)。謂之天人(いのてんじん)。不離於精(ふりこうせい)。謂之神人(いのしんじん)。不離於真(ふりこうしん)。謂之至人(いのしじん)。以天爲宗(いてんいしゅう)。以德爲本(いとくいほん)。以道爲門(いどういもん)。兆於變化(ちょうこうへんか)。謂之聖人(いのせいじん)。以仁爲恩(いじんいおん)。以義爲理(いぎいり)。以禮爲行(いれいいこう)。以樂爲和(いがくいわ)。薰然慈仁(くんぜんじじん)。謂之君子(いのくんし)。以法爲分(いほういふん)。以名爲表(いめいいひょう)。以參爲驗(いさんいけん)。以稽爲決(いけいいけつ)。其數一二三四是也(きすういちにさんしぜ)。百官以此相齒(ひゃくかんいしそうし)。以事爲常(いじいじょう)。以衣食爲主(いいしょくいしゅ)。蕃息畜藏(はんそくちくぞう)。老弱孤寡爲意(ろうじゃくこかいい)。皆有以養(かいゆういよう)。民之理也(みんのり)。

古之人其備乎!配神明,醇天地,育萬物,和天下,澤及百姓,明於本數,係於末度,六通四辟,小大精粗,其運無乎不在。其明而在數度者,舊法世傳之史尚多有之。其在於《詩》、《書》、《禮》、《樂》者,鄒魯之士搢紳先生多能明之。《詩》以道志,《書》以道事,《禮》以道行,《樂》以道和,《易》以道陰陽,《春秋》以道名分。其數散於天下而設於中國者,百家之學時或稱而道之。

古之人其備乎(このじんきび)。配神明(はいしんめい)。醇天地(じゅんてんち)。育萬物(いくばんぶつ)。和天下(わてんか)。澤及百姓(たくきゅうひゃくせい)。明於本數(めいこうほんすう)。係於末度(けいこうまつど)。六通四辟(ろくつうしへき)。小大精粗(しょうだいせいそ)。其運无乎不在(きうんむこうふざい)。其明而在數度者(きめいえんざいすうどしゃ)。舊法世傳之史尚多有之(きゅうほうせいでんのししょうたゆうの)。其在於詩書禮樂者(きざいこうししょれいがくしゃ)。鄒魯之士搢紳先生多能明之(すうろのししんしんせんせいたのうめいの)。詩以道志(しいどうし)。書以道事(しょいどうじ)。禮以道行(れいいどうこう)。樂以道和(がくいどうわ)。易以道陰陽(えきいどういんよう)。春秋以道名分(しゅんしゅういどうめいぶん)。其數散於天下而設於中國者(きすうさんこうてんかえんせつこうちゅうこくしゃ)。百家之學時或稱而道之(ひゃっかのがくじわくしょうえんどうの)。

天下大亂,賢聖不明,道德不一,天下多得一察焉以自好。譬如耳目鼻口,皆有所明,不能相通。猶百家眾技也,皆有所長,時有所用。雖然,不該不徧,一曲之士也。判天地之美,析萬物之理,察古人之全,寡能備於天地之美,稱神明之容。是故內聖外王之道,闇而不明,鬱而不發,天下之人各為其所欲焉以自為方。悲夫,百家往而不反,必不合矣!後世之學者,不幸不見天地之純,古人之大體,道術將為天下裂。

天下大亂(てんかだいらん)。賢聖不明(けんせいふめい)。道德不一(どうとくふいつ)。天下多得一察焉以自好(てんかたとくいちさつえんいじこう)。譬如耳目鼻口(ひじょじもくびこう)。皆有所明(かいゆうしょめい)。不能相通(ふのうそうつう)。猶百家衆技也(ゆうひゃっかしゅうぎ)。皆有所長(かいゆうしょちょう)。時有所用(じゆうしょよう)。雖然(すいぜん)。不該不遍(ふがいふへん)。一曲之士也(いちきょくのし)。判天地之美(はんてんちのび)。析萬物之理(せきばんぶつのり)。察古人之全(さつこじんのぜん)。寡能備於天地之美(かのうびこうてんちのび)。稱神明之容(しょうしんめいのよう)。是故內聖外王之道(ぜこないせいげおうのどう)。闇而不明(あんえんふめい)。鬱而不發(うつえんふはつ)。天下之人各爲其所欲焉以自爲方(てんかのじんかくいきしょよくえんいじいほう)。悲夫(ひふ)。百家往而不反(ひゃっかおうえんふはん)。必不合矣(ひつふごうい)。後世之學者(こうせいのがくしゃ)。不幸不見天地之純(ふこうふけんてんちのじゅん)。古人之大體(こじんのたいたい)。道術將爲天下裂(どうじゅつしょういてんかれつ)。

不侈於後世,不靡於萬物,不暉於數度,以繩墨自矯而備世之急,古之道術有在於是者。墨翟、禽滑釐聞其風而說之,為之大過,已之大循。作為《非樂》,命之曰《節用》;生不歌,死無服。墨子氾愛兼利而非鬬,其道不怒;又好學而博,不異,不與先王同,毀古之禮樂。

不侈於後世(ふしこうこうせい)。不靡於萬物(ふびこうばんぶつ)。不暉於數度(ふきこうすうど)。以繩墨自矯而備世之急(いじょうぼくじきょうえんびせいのきゅう)。古之道術有在於是者(このどうじゅつゆうざいこうぜしゃ)。墨翟禽滑釐聞其風而說之(ぼくてききんかつりぶんきふうえんえつの)。爲之大過(いのたいか)。已之大循(いのだいじゅん)。作爲非樂(さくいひがく)。命之曰節用(めいのわくせつよう)。生不歌(せいふか)。死无服(しむふく)。墨子氾愛兼利而非鬭(ぼくしはんあいけんりえんひとう)。其道不怒(きどうふど)。又好學而博(ゆうこうがくえんはく)。不異(ふい)。不與先王同(ふよせんおうどう)。毀古之禮樂(きこのれいがく)。

黃帝有《咸池》,堯有《大章》,舜有《大韶》,禹有《大夏》,湯有《大濩》,文王有辟雍之樂,武王周公作《武》。古之喪禮,貴賤有儀,上下有等,天子棺槨七重,諸侯五重,大夫三重,士再重。今墨子獨生不歌,死不服,桐棺三寸而無槨,以為法式。以此教人,恐不愛人;以此自行,固不愛己。未敗墨子道,雖然,歌而非歌,哭而非哭,樂而非樂,是果類乎?其生也勤,其死也薄,其道大觳;使人憂,使人悲,其行難為也,恐其不可以為聖人之道,反天下之心,天下不堪。墨子雖獨能任,柰天下何!離於天下,其去王也遠矣。

黃帝有咸池(こうていゆうかんち)。堯有大章(ぎょうゆうだいしょう)。舜有大韶(しゅんゆうだいしょう)。禹有大夏(うゆうたいか)。湯有大濩(とうゆうたいかく)。文王有辟雍之樂(ぶんおうゆうへきようのがく)。武王周公作武(ぶおうしゅうこうさくぶ)。古之喪禮(このそうれい)。貴賤有儀(きせんゆうぎ)。上下有等(じょうげゆうとう)。天子棺椁七重(てんしかんかくしちちょう)。諸侯五重(しょこうごちょう)。大夫三重(だいふさんちょう)。士再重(しさいちょう)。今墨子獨生不歌(こんぼくしどくせいふか)。死不服(しふふく)。桐棺三寸而无椁(とうかんさんすんえんむかく)。以爲法式(いいほうしき)。以此教人(いしきょうじん)。恐不愛人(こうふあいじん)。以此自行(いしじこう)。固不愛己(こふあいき)。未敗墨子道(みはいぼくしどう)。雖然(すいぜん)。歌而非歌也(かえんひか)。哭而非哭也(こくえんひこく)。樂而非樂也(がくえんひがく)。是果類乎(ぜかるい)。其生也勤(きせいきん)。其死也薄(きしはく)。其道大觳(きどうだいこく)。使人憂(しじんゆう)。使人悲(しじんひ)。其行難爲也(きこうなんい)。恐其不可以爲聖人之道(こうきふかいいせいじんのどう)。反天下之心(はんてんかのしん)。天下不堪(てんかふかん)。墨子雖獨能任(ぼくしすいどくのうにん)。奈天下何(ないてんかか)。離於天下(りこうてんか)。其去王也遠矣(ききょおうえんい)。

墨子稱道曰:「昔禹之湮洪水,決江河而通四夷九州也,名川三百,支川三千,小者無數。禹親自操稾耜而九雜天下之川;腓無胈,脛無毛,沐甚雨,櫛疾風,置萬國。禹大聖也而形勞天下也如此。」使後世之墨者,多以裘褐為衣,以跂蹻為服,日夜不休,以自苦為極,曰:「不能如此,非禹之道也,不足謂墨。」

墨子稱道曰(ぼくししょうどうわく)。昔禹之湮洪水(せきうのいんこうずい)。決江河而通四夷九州(けつこうがえんつうしいきゅうしゅう)。名川三百(めいせんさんびゃく)。支川三千(しせんさんぜん)。小者无数(しょうしゃむすう)。禹親自操稾耜(うしんじそうごうし)。而九雜天下之川(えんきゅうざつてんかのせん)。腓无胈(ひむばつ)。脛无毛(けいむもう)。沐甚雨(ぼくじんう)。櫛疾風(しつしっぷう)。置萬國(ちばんこく)。禹大聖也(うだいせい)。而形勞天下也如此(えんけいろうてんかじょし)。使後世之墨者(しこうせいのぼくしゃ)。多以裘褐爲衣(たいきゅうかついい)。以跂蹻爲服(いききゃくいふく)。日夜不休(じつやふきゅう)。以自苦爲極(いじくいきょく)。曰、不能如此(ふのうじょし)。非禹之道也(ひうのどう)。不足謂墨(ふそくいぼく)。

相里勤之弟子五侯之徒,南方之墨者苦獲、已齒、鄧陵子之屬,俱誦《墨經》,而倍譎不同,相謂別墨;以堅白同異之辯相訾,以觭偶不仵之辭相應;以鉅子為聖人,皆願為之屍,冀得為其後世,至今不決。

相里勤之弟子(そうりきんのでいし)。五侯之徒(ごこうのと)。南方之墨者苦獲已齒鄧陵子之屬(なんぽうのぼくしゃくかくいしとうりょうしのぞく)。俱誦墨經(ぐしゅうぼっきょう)。而倍譎不同(えんばいけつふどう)。相謂別墨(そういべつぼく)。以堅白同異之辯相訾(いけんぱくどういのべんそうし)。以奇偶不仵之辭相應(いきぐうふごのじそうおう)。以巨子爲聖人(いきょしいせいじん)。皆願爲之尸(かいがんいのし)。冀得爲其後世(きとくいきこうせい)。至今不決(しこんふけつ)。

墨翟禽滑釐之意則是,其行則非也。將使後世之墨者,必自苦以腓無胈脛無毛相進而已矣。亂之上也,治之下也。雖然,墨子真天下之好也,將求之不得也,雖枯槁不捨也。才士也夫!

墨翟禽滑釐之意則是(ぼくてききんかつりのいそくぜ)。其行則非也(きこうそくひ)。將使後世之墨者(しょうしこうせいのぼくしゃ)。必自苦以腓无胈脛无毛相進而已矣(ひつじくいひむばつけいむもうそうしんえんいい)。亂之上也(らんのじょう)。治之下也(ちのげ)。雖然(すいぜん)。墨子眞天下之好也(ぼくししんてんかのこう)。將求之不得也(しょうきゅうのふとく)。雖枯槁不舍也(すいここうふしゃ)。才士也夫(さいしふ)。

不累於俗,不飾於物,不苟於人,不忮於眾,願天下之安寧以活民命,人我之養畢足而止,以此白心,古之道術有在於是者。宋鈃尹文聞其風而悅之,作為華山之冠以自表,接萬物以別宥為始;語心之容,命之曰「心之行」,以聏合驩,以調海內,請欲置之以為主。見侮不辱,救民之鬬,禁攻寢兵,救世之戰。以此周行天下,上說下教,雖天下不取,強聒而不捨者也,故曰:上下見厭而強見也。

不累於俗(ふるいこうぞく)。不飾於物(ふしょくこうぶつ)。不苟於人(ふこうこうじん)。不忮於衆(ふしこうしゅう)。願天下之安寧以活民命(がんてんかのあんねいいかつみんめい)。人我之養畢足而止(じんがのようひつそくえんし)。以此白心(いしはくしん)。古之道術有在於是者(このどうじゅつゆうざいこうぜしゃ)。宋鈃尹文聞其風而悅(そうけいいんぶんぶんきふうえんえつ)。作爲華山之冠以自表(さくいかざんのかんいじひょう)。接萬物以別宥爲始(せつばんぶついべつゆういし)。語心之容(ごしんのよう)。命之曰心之行(めいのわくしんのこう)。以聏合驩(いじがっかん)。以調海內(いちょうかいない)。請欲置之以爲主(しょうよくちのいいしゅ)。見侮不辱(けんぶふじょく)。救民之鬭(きゅうみんのとう)。禁攻寢兵(きんこうしんぺい)。救世之戰(きゅうせいのせん)。以此周行天下(いししゅうこうてんか)。上說下教(じょうせつげきょう)。雖天下不取(すいてんかふしゅ)。强聒而不舍者也(きょうかつえんふしゃしゃ)。故曰上下見厭而强見也(こわくじょうげけんえんえんきょうけん)。

雖然,其為人太多,其自為太少;曰:「請欲固置五升之飯足矣,先生恐不得飽,弟子雖飢,不忘天下。」日夜不休,曰:「我必得活哉!」圖傲乎救世之士哉!曰:「君子不為苛察,不以身假物。」以為無益於天下者,明之不如已也,以禁攻寢兵為外,以情慾寡淺為內,其小大精粗,其行適至是而止。

雖然(すいぜん)。其爲人太多(きいじんたいた)。其自爲太少(きじいたいしょう)。曰、請欲固置五升之飯足矣(しょうよくこちごしょうのはんそくい)。先生恐不得飽(せんせいこうふとくほう)。弟子雖飢(でいしすいき)。不忘天下(ふぼうてんか)。日夜不休(じつやふきゅう)。曰、我必得活哉(がひつとくかつさい)。圖傲乎救世之士哉(とごうこうきゅうせいのしさい)。曰、君子不爲苛察(くんしふいかさつ)。不以身假物(ふいしんかぶつ)。以爲无於益天下者(いいむこうえきてんかしゃ)。明之不如已也(めいのふじょい)。以禁攻寢兵爲外(いきんこうしんぺいいげ)。以情欲寡淺爲內(いじょうよくかせんいない)。其小大精粗(きしょうだいせいそ)。其行適至是而止(きこうてきしぜえんし)。

公而不當,易而無私,決然無主,趣物而不兩,不顧於慮,不謀於知,於物無擇,與之俱往,古之道術有在於是者。彭蒙田駢慎到聞其風而悅之,齊萬物以為首,曰:「天能覆之而不能載之,地能載之而不能覆之,大道能包之而不能辯之,知萬物皆有所可,有所不可,故曰選則不徧,教則不至,道則無遺者矣。」

公而不當(こうえんふとう)。易而无私(えきえんむし)。決然无主(けつぜんむしゅ)。趣物而不兩(しゅうぶつえんふりょう)。不顧於慮(ふここうりょ)。不謀於知(ふぼうこうち)。於物无擇(こうぶつむたく)。與之俱往(よのぐおう)。古之道術有在於是者(このどうじゅつゆうざいこうぜしゃ)。彭蒙田駢愼到聞其風而悅(ほうもうでんへんしんとうぶんきふうえんえつ)。齊萬物以爲首(せいばんぶついいしゅ)。曰、天能覆之而不能載之(てんのうふくのえんふのうさいの)。地能載之而不能覆之(ちのうさいのえんふのうふくの)。大道能包之而不能辯之(だいどうのうほうのえんふのうべんの)。知萬物皆有所可(ちばんぶつかいゆうしょか)。有所不可(ゆうしょふか)。故曰選則不遍(こわくせんそくふへん)。教則不至(きょうそくふし)。道則无遗者矣(どうそくむいしゃい)。

是故慎到棄知去己而緣不得已,泠汰於物以為道理,曰知不知,將薄知而後鄰傷之者也,謑髁無任而笑天下之尚賢也,縱脫無行而非天下之大聖,椎拍輐斷,與物宛轉,舍是與非,苟可以免,不師知慮,不知前後,魏然而已矣。推而後行,曳而後往,若飄風之還,若羽之旋,若磨石之隧,全而無非,動靜無過,未嘗有罪。是何故?夫無知之物,無建己之患,無用知之累,動靜不離於理,是以終身無譽。故曰至於若無知之物而已,無用賢聖,夫塊不失道。豪桀相與笑之曰:「慎到之道,非生人之行而至死人之理,適得怪焉」。

是故愼到棄知去己(ぜこしんとうきちきょき)。而緣不得已(えんえんふとくい)。泠汰於物以爲道理(れいたいこうぶついいどうり)。曰知不知(わくちふち)。將薄知而後鄰傷之者也(しょうはくちえんこうりんしょうのしゃ)。謑髁无任(きかむにん)。而笑天下之尚賢也(えんしょうてんかのしょうけん)。縱脫无行(じゅうだつむこう)。而非天下之大聖(えんひてんかのだいせい)。椎拍䡆斷(ついはくおうだん)。與物宛轉(よぶつえんてん)。舍是與非(しゃぜよひ)。苟可以免(こうかいめん)。不師知慮(ふしちりょ)。不知前後(ふちぜんご)。魏然而已矣(ぎぜんえんいい)。推而後行(すいえんこうこう)。曳而後往(えいえんこうおう)。若飄風之還(じゃくひょうふうのかん)。若羽之旋(じゃくうのせん)。若磨石之隧(じゃくませきのすい)。全而无非(ぜんえんむひ)。動靜无過(どうせいむか)。未嘗有罪(みじょうゆうざい)。是何故(ぜかこ)。夫无知之物(ふむちのぶつ)。无建己之患(むけんきのかん)。无用知之累(むようちのるい)。動靜不離於理(どうせいふりこうり)。是以終身无譽(ぜいしゅうしんむよ)。故曰至於若无知之物而已(こわくしこうじゃくむちのぶつえんい)。无用賢聖(むようけんせい)。夫塊不失道(ふかいふしつどう)。豪桀相與笑之曰(ごうけつそうよしょうのわく)。愼到之道(しんとうのどう)。非生人之行而至死人之理(ひせいじんのこうえんししじんのり)。適得怪焉(てきとっかいえん)。

田駢亦然,學於彭蒙,得不教焉。彭蒙之師曰:「古之道人,至於莫之是莫之非而已矣。其風窢然,惡可而言。」常反人,不見觀,而不免於魭斷。其所謂道非道,而所言之韙不免於非。彭蒙田駢慎到不知道。雖然,概乎皆嘗有聞者也。

田駢亦然(でんへんえきぜん)。學於彭蒙(がくこうほうもう)。得不教焉(とくふきょうえん)。彭蒙之師曰(ほうもうのしわく)。古之道人(このどうじん)。至於莫之是莫之非而已矣(しこうぼくのぜぼくのひえんいい)。其風窢然(きふうわくぜん)。惡可而言(おかえんごん)。常反人(じょうはんじん)。不見觀(ふけんかん)。而不免於䡆斷(えんふめんこうおうだん)。其所謂道非道(きしょいどうひどう)。而所言之韙不免於非(えんしょごんのいふめんこうひ)。彭蒙田駢愼到不知道(ほうもうでんへんしんとうふちどう)。雖然(すいぜん)。概乎皆嘗有聞者也(がいかいじょうゆうぶんしゃ)。

以本為精,以物為粗,以有積為不足,澹然獨與神明居。古之道術有在於是者,關尹老耼聞其風而悅之。建之以常無有,主之以太一,以濡弱謙下為表,以空虛不毀萬物為實。

以本爲精(いほんいせい)。以物爲粗(いぶついそ)。以有積爲不足(いゆうせきいふそく)。澹然獨與神明居(たんぜんどくよしんめいきょ)。古之道術有在於是者(このどうじゅつゆうざいこうぜしゃ)。關尹老聃聞其風而悅(かんいんろうたんぶんきふうえんえつ)。建之以常无有(けんのいじょうむゆう)。主之以太一(しゅのいたいいつ)。以濡弱謙下爲表(いじゅうじゃくけんげいひょう)。以空虛不毀萬物爲實(いくうきょふきばんぶついじつ)。

關尹曰:「在己無居,形物自著。其動若水,其靜若鏡,其應若響。芴乎若亡,寂乎若清,同焉者和,得焉者失。未嘗先人而常隨人。」

關尹曰、在己无居(ざいきむきょ)。形物自著(けいぶつじちょ)。其動若水(きどうじゃくすい)。其靜若鏡(きせいじゃくきょう)。其應若響(きおうじゃくきょう)。芴乎若亡(こつこうじゃくぼう)。寂乎若清(せきこうじゃくせい)。同焉者和(どうえんしゃわ)。得焉者失(とくえんしゃしつ)。未嘗先人而常隨人也(みじょうせんじんえんじょうずいじん)。

老耼曰:「知其雄,守其雌,為天下谿;知其白,守其辱,為天下谷。」人皆取先,己獨取後,曰受天下之垢;人皆取實,己獨取虛,無藏也故有餘,巋然而有餘。其行身也,徐而不費,無為也而笑巧;人皆求福,己獨曲全,曰苟免於咎。以深為根,以約為紀,曰堅則毀矣,銳則挫矣。常寬容於物,不削於人,可謂至極。

老聃曰、知其雄(ちきゆう)。守其雌(しゅきし)。爲天下谿(いてんかのけい)。知其白(ちきはく)。守其辱(しゅきじょく)。爲天下谷(いてんかのこく)。人皆取先(じんかいしゅうせん)。己獨取後(きどくしゅうこう)。曰受天下之垢(わくじゅうてんかのこう)。人皆取實(じんかいしゅうじつ)。己獨取虛(きどくしゅうきょ)。无藏也故有餘(むぞうこゆうよ)。巋然而有餘(きぜんえんゆうよ)。其行身也(きこうしん)。徐而不費(じょえんふひ)。无爲也而笑巧(むいえんしょうこう)。人皆求福(じんかいきゅうふく)。己獨曲全(きどくきょくぜん)。曰苟免於咎(わくこうめんこうきゅう)。以深爲根(いしんいこん)。以約爲紀(いやくいき)。曰堅則毀矣(わくけんそくきい)。銳則挫矣(えいそくざい)。常寬容於物(じょうかんようこうぶつ)。不削於人(ふさくこうじん)。可謂至極(かいしきょく)。

關尹老耼乎!古之博大真人哉!

關尹老聃乎(かんいんろうたん)。古之博大眞人哉(このはくだしんじんさい)。

芴漠無形,變化無常,死與生與,天地並與,神明往與!芒乎何之,忽乎何適,萬物畢羅,莫足以歸,古之道術有在於是者。莊周聞其風而悅之,以謬悠之說,荒唐之言,無端崖之辭,時恣縱而不儻,不以觭見之也。以天下為沈濁,不可與莊語,以巵言為曼衍,以重言為真,以寓言為廣。獨與天地精神往來而不敖倪於萬物,不譴是非,以與世俗處。其書雖瓌瑋而連犿無傷也。其辭雖參差而諔詭可觀。彼其充實不可以已,上與造物者遊,而下與外死生無終始者為友。其於本也,弘大而闢,深閎而肆,其於宗也,可謂稠適而上遂矣。雖然,其應於化而解於物也,其理不竭,其來不蛻,芒乎昧乎,未之盡者。

芴漠无形(こつばくむけい)。變化无常(へんかむじょう)。死與生與(しよせいよ)。天地竝與(てんちへいよ)。神明往與(しんめいおうよ)。芒乎何之(ぼうこうかの)。忽乎何適(こつこうかてき)。萬物畢羅(ばんぶつひつら)。莫足以歸(ぼくそくいき)。古之道術有在於是者(このどうじゅつゆうざいこうぜしゃ)。莊周聞其風而悅之(そうしゅうぶんきふうえんえつの)。以謬悠之說(いびゅうゆうのせつ)。荒唐之言(こうとうのげん)。无端崖之辭(むたんがいのじ)。時恣縱而不儻(じしゆうえんふとう)。不以觭見之也(ふいきけんの)。以天下爲沈濁(いてんかいちんだく)。不可與莊語(ふかよそうご)。以巵言爲曼衍(いしごんいまんえん)。以重言爲眞(いじゅうごんいしん)。以寓言爲廣(いぐうごんいこう)。獨與天地精神往來(どくよてんちせいしんおうらい)。而不敖倪於萬物(えんふごうげいこうばんぶつ)。不譴是非(ふけんぜひ)。以與世俗處(いよせいぞくしょ)。其書雖瓌瑋(きしょすいかいい)。而連犿无傷也(えんれんばんむしょう)。其辭雖參差(きじすいしんさ)。而諔詭可觀(えんしゅくきかかん)。彼其充實不可以已(ひきじゅうじつふかいい)。上與造物者游(じょうよぞうぶつしゃゆう)。而下與外死生无終始者爲友(えんげよがいしせいむしゅうししゃいゆう)。其於本也(きこうほん)。弘大而辟(こうだいえんへき)。深閎而肆(しんこうえんし)。其於宗(きこうしゅう)。可謂稠適而上遂矣(かいちょうてきえんじょうすいい)。雖然(すいぜん)。其應於化而解於物也(きおうこうかえんかいこうぶつ)。其理不竭(きりふけつ)。其來不蜕(きらいふぜい)。芒乎昧乎(ぼうこうまいこう)。未之盡者(みのじんしゃ)。

惠施多方,其書五車,其道舛駁,其言也不中。厤物之意,曰:「至大無外,謂之大一;至小無內,謂之小一。無厚,不可積也,其大千裡。天與地卑,山與澤平。日方中方睨,物方生方死。大同而與小同異,此之謂小同異;萬物畢同畢異,此之謂大同異。南方無窮而有窮,今日適越而昔來。連環可解也。我知天之中央,燕之北越之南是也。氾愛萬物,天地一體也。」

惠施多方(けいしたほう)。其書五車(きしょごしゃ)。其道舛駁(きどうせんばく)。其言也不中(きごんふちゅう)。厤物之意(れきぶつのい)。曰、至大无外(しだいむげ)。謂之大一(いのたいいつ)。至小无內(ししょうむない)。謂之小一(いのしょういつ)。无厚(むこう)。不可積也(ふかせき)。其大千里(きだいせんり)。天與地卑(てんよちひ)。山與澤平(ざんよたくへい)。日方中方睨(じつほうちゅうほうげい)。物方生方死(ぶつほうせいほうし)。大同而與小同異(だいどうえんよしょうどうい)。此之謂小同異(しのいしょうどうい)。萬物畢同畢異(ばんぶつひつどうひつい)。此之謂大同異(しのいだいどうい)。南方无窮而有窮(なんぽうむきゅうえんゆうきゅう)。今日適越而昔來(こんじつてきえつえんせきらい)。連環可解也(れんかんかかい)。我知天下之中央(がちてんかのちゅうおう)。燕之北越之南是也(えんのほくえつのなんぜ)。氾愛萬物(はんあいばんぶつ)。天地一體也(てんちいったい)。

惠施以此為大,觀於天下而曉辯者,天下之辯者相與樂之。卵有毛,雞三足,郢有天下,犬可以為羊,馬有卵,丁子有尾,火不熱,山出口,輪不蹍地,目不見,指不至,至不絕,龜長於蛇,矩不方,規不可以為圓,鑿不圍枘,飛鳥之景未嘗動也,鏃矢之疾而有不行不止之時,狗非犬,黃馬驪牛三,白狗黑,孤駒未嘗有母,一尺之捶,日取其半,萬世不竭。辯者以此與惠施相應,終身無窮。

惠施以此爲大(けいしいしいだい)。觀於天下而曉辯者(かんこうてんかえんぎょうべんしゃ)。天下之辯者相與樂之(てんかのべんしゃそうよらくの)。卵有毛(らんゆうもう)。雞三足(けいさんそく)。郢有天下(えいゆうてんか)。犬可以爲羊(けんかいいよう)。馬有卵(ばゆうらん)。丁子有尾(ていしゆうび)。火不熱(かふねつ)。山出口(ざんしゅつこう)。輪不蹍地(りんふてんち)。目不見(もくふけん)。指不至(しふし)。至不絕(しふぜつ)。龜長於蛇(きちょうこうだ)。矩不方(くふほう)。規不可以爲圓(きふかいいえん)。鑿不圍枘(さくふいぜい)。飛鳥之景未嘗動也(ひちょうのけいみじょうどう)。鏃矢之疾(ぞくしのしつ)。而有不行不止之時(えんゆうふこうふしのじ)。狗非犬(くひけん)。黃馬驪牛三(こうばりぎゅうさん)。白狗黑(はっくこく)。孤駒未嘗有母(こくみじょうゆうぼ)。一尺之棰(いっしゃくのすい)。日取其半(じつしゅうきはん)。萬世不竭(ばんせいふけつ)。辯者以此與惠施相應(べんしゃいしよけいしそうおう)。終身无窮(しゅうしんむきゅう)。

桓團公孫龍辯者之徒,飾人之心,易人之意,能勝人之口,不能服人之心,辯者之囿也。惠施日以其知與人之辯,特與天下之辯者為怪,此其柢也。

桓團公孫龍辯者之徒(かんだんこうそんりゅうべんしゃのと)。飾人之心(しょくじんのしん)。易人之意(えきじんのい)。能勝人之口(のうしょうじんのこう)。不能服人之心(ふのうふくじんのしん)。辯者之囿也(べんしゃのゆう)。惠施日以其知與人之辯(けいしじついきちよじんのべん)。特與天下之辯者爲怪(とくよてんかのべんしゃいかい)。此其柢也(しきてい)。

然惠施之口談,自以為最賢,曰天地其壯乎!施存雄而無術。南方有倚人焉曰黃繚,問天地所以不墜不陷,風雨雷霆之故。惠施不辭而應,不慮而對,遍徧為萬物說,說而不休,多而無已,猶以為寡,益之以怪。以反人為實而欲以勝人為名,是以與眾不適也。弱於德,強於物,其塗隩矣。由天地之道觀惠施之能,其猶一蚉一䖟之勞者也。其於物也何庸!夫充一尚可,曰愈貴道,幾矣!惠施不能以此自寧,散於萬物而不厭,卒以善辯為名。惜乎!惠施之才,駘蕩而不得,逐萬物而不反,是窮響以聲,形與影競走也,悲夫!

然惠施之口談(ぜんけいしのこうだん)。自以爲最賢(じいいさいけん)。曰、天地其壯乎(てんちきそう)。施存雄而无術(しそんゆうえんむじゅつ)。南方有倚人曰黃繚(なんぽうゆういじんわくこうりょう)。問天地所以不墜不陷(もんてんちしょいふついふかん)。風雨雷霆之故(ふううらいていのこ)。惠施不辭而應(けいしふじえんおう)。不慮而對(ふりょえんたい)。遍爲萬物說(へんいばんぶつせつ)。說而不休(せつえんふきゅう)。多而无已(たえんむい)。猶以爲寡(ゆういいか)。益之以怪(えきのいかい)。以反人爲實(いはんじんいじつ)。而欲以勝人爲名(えんよくいしょうじんいめい)。是以與衆不適也(ぜいよしゅうふてき)。弱於德(じゃくこうとく)。強於物(きょうこうぶつ)。其塗隩矣(きとおうい)。由天地之道觀惠施之能(ゆうてんちのどうかんけいしののう)。猶一蚊一虻之勞者也(ゆういちぶんいちぼうのろうしゃ)。其於物也何庸(きこうぶつかよう)。夫充一尚可(ふじゅういちしょうか)。曰愈貴道(わくゆうきどう)。幾矣(きい)。惠施不能以此自寧(けいしふのういしじねい)。散於萬物而不厭(さんこうばんぶつえんふえん)。卒以善辯爲名(そついぜんべんいめい)。惜乎惠施之才(せきこうけいしのさい)。駘蕩而不得(たいとうえんふとく)。逐萬物而不反(ちくばんぶつえんふはん)。是窮響以聲(ぜきゅうきょういせい)。形與影競走也(けいよえいきょうそう)。悲夫(ひふ)。

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