Libo

佛说无量寿经

曹魏 · 康僧镂译

曹魏の時、天竺の三藏康僧鎧が訳した。

仏家典籍

短いものは心経・金剛経・四十二章経・壇経から読み始められる。浄土は阿弥陀経・無量寿経・観経を見る。大乗の叙事と禅を見るなら、法華・維摩・楞厳・円覚・地蔵へ進む。

仏説無量寿経 巻上

曹魏天竺三藏康僧鎧譯

曹魏の時、天竺の三藏康僧鎧が訳した。

我聞如是:

わたしはこのように仏の説かれるのを聞いた。

一時佛住王舍城耆闍崛山中,與大比丘眾萬二千人俱,一切大聖神通已達,其名曰:尊者了本際、尊者正願、尊者正語、尊者大號、尊者仁賢、尊者離垢、尊者名聞、尊者善實、尊者具足、尊者牛王、尊者優樓頻䗍迦葉、尊者伽耶迦葉、尊者那提迦葉、尊者摩訶迦葉、尊者舍利弗、尊者大目揵連、尊者劫賓那、尊者大住、尊者大淨志、尊者摩訶周那、尊者滿願子、尊者離障閡、尊者流灌、尊者堅伏、尊者面王、尊者果乘、尊者仁性、尊者喜樂、尊者善來、尊者羅雲、尊者阿難,皆如斯等上首者也。

ある時、仏は王舎城の耆闍崛山(ぎしゅくつせん、霊鷲山)の中にお住まいで、一万二千人の大比丘(出家の男衆)とともにおられた。彼らは皆大聖で、神通はすでに通達しており、その名号は:尊者了本際、尊者正願、尊者正語、尊者大号、尊者仁賢、尊者離垢、尊者名聞、尊者善実、尊者具足、尊者牛王、尊者優楼頻螺迦葉、尊者伽耶迦葉、尊者那提迦葉、尊者摩訶迦葉、尊者舎利弗、尊者大目犍連、尊者劫賓那、尊者大住、尊者大浄志、尊者摩訶周那、尊者満願子、尊者離障阂、尊者流灌、尊者堅伏、尊者面王、尊者果乗、尊者仁性、尊者喜楽、尊者善来、尊者羅睺羅(原文は羅云)、尊者阿難——皆このような上首たちであった。

又與大乘眾菩薩俱,普賢菩薩、妙德菩薩、慈氏菩薩等,此賢劫中一切菩薩。

また大乗の衆菩薩(菩提薩埵の略、覚りを求めまた衆生を度する人)とともにおり、普賢菩薩・妙徳菩薩・慈氏菩薩など、この賢劫の中の一切の菩薩であった。

又賢護等十六正士:善思議菩薩、信慧菩薩、空無菩薩、神通華菩薩、光英菩薩、慧上菩薩、智幢菩薩、寂根菩薩、願慧菩薩、香象菩薩、寶英菩薩、中住菩薩、制行菩薩、解脫菩薩,皆遵普賢大士之德,具諸菩薩無量行願,安住一切功德之法,遊步十方,行權方便,入佛法藏,究竟彼岸,於無量世界現成等覺。

また賢護など十六の正士がいた:善思議菩薩・信慧菩薩・空无菩薩・神通華菩薩・光英菩薩・慧上菩薩・智幢菩薩・寂根菩薩・願慧菩薩・香象菩薩・宝英菩薩・中住菩薩・制行菩薩・解脱菩薩。皆普賢大士の徳行を遵行し、諸菩薩の無量の行願を具足し、一切功徳の法の中に安住し、十方に游歩し、権巧方便を施行し、仏法の蔵に入り、究竟して彼岸に到達し、無量の世界において等正覚を成ずることを示現した。

處兜率天弘宣正法,捨彼天宮降神母胎,從右脇生,現行七步。光明顯曜,普照十方無量佛土,六種振動,舉聲自稱:「吾當於世為無上尊,釋梵奉侍,天、人歸仰。」示現算計、文藝、射御,博綜道術,貫練群籍,遊於後園講武試藝。現處宮中色味之間,見老、病、死,悟世非常,棄國財位,入山學道,服乘、白馬、寶冠、瓔珞,遣之令還。捨珍妙衣而著法服,剃除鬚髮,端坐樹下。勤苦六年,行如所應。現五濁剎隨順群生,示有塵垢沐浴金流。天按樹枝得攀出池,靈禽翼從往詣道場,吉祥感徵表章功祚。哀受施草,敷佛樹下,加趺而坐,奮大光明使魔知之。魔率官屬而來逼試,制以智力皆令降伏,得微妙法成最正覺。釋梵祈勸請轉法輪,以佛遊步、佛吼而吼,扣法鼓、吹法螺、執法劍、建法幢、震法雷、曜法電、澍法雨、演法施,常以法音覺諸世間,光明普照無量佛土。一切世界六種震動,總攝魔界、動魔宮殿,眾魔懾怖莫不歸伏。摑裂邪網,消滅諸見,散諸塵勞,壞諸欲塹。嚴護法城,開闡法門;洗濯垢汙,顯明清白;光融佛法,宣流正化。入國分衛獲諸豐饍,貯功德、示福田、欲宣法、現欣笑,以諸法藥救療三苦。顯現道意無量功德,授菩薩記成等正覺,示現滅度拯濟無極。消除諸漏,殖眾德本,具足功德微妙難量。遊諸佛國,普現道教,其所修行清淨無穢。

彼らは兜率天に住して正法を弘宣し、その天宮を舎離して母胎に降神し、右脇より出生し、七歩を歩むことを示現した。光明は顕耀して十方の無量の仏土を普く照らし、大地は六種に震動し、口を開いて自ら称した——「わたしは世に無上の尊とならん。帝釈・梵天が奉事し、天・人が帰仰する。」算術・文芸・射御を示現し、道術に博通し、群籍に貫通し、後園に至り武を講じ芸を試した。宮中の色味の間に住することを示現し、老・病・死を見て世間の無常を覚り、国土・财位を抛棄して入山して道を学び、乗騎・白馬・宝冠・瓔珞を遣って帰らせた。珍妙の衣服を捨てて法服を著け、鬚髪を剃除して樹下に端坐した。六年勤苦し、行ずることおのれが当然のごとし。五濁の世界において群生に随順し、塵垢あるを示現し、金流の中に沐浴した。天人が樹枝を按えて彼を攀じて池より出でしめ、霊禽が翼を従えて道場に往き、吉祥の兆が功祚を表彰した。哀愍して施された草を受け、仏樹の下に敷き、結跏趺坐して大光明を放って魔に知らしめた。魔は官属を率いて来たり逼迫試探するも、智力をもって制し、皆降伏せしめ、微妙法を得て最正覚を成就した。帝釈・梵天が祈請して法輪を転ぜしめ、仏の游歩をもってし、仏吼して吼え、法鼓を撾ち、法螺を吹き、法剣を執り、法幢を建て、法雷を震い、法電を曜し、法雨を降らし、法施を演じ、つねに法音をもって諸の世間を覚醒せしめ、光明は普く無量の仏土を照らした。一切世界の大地は六種に震動し、魔界を総摂し、魔の宮殿を震動し、衆魔は慴怖して帰伏せざるなし。邪網を撕裂し、諸見を消滅し、諸の塵労を散去せしめ、諸欲の壕塹を毀壊した。法城を厳護し、法門を開闡し、垢汚を洗濯して清白を顕明にし、仏法に光融して正化を宣流した。城邑に入りて乞食し、豊かな膳食を獲得し、功徳を積貯し、福田を示現し、まさに法を宣べんとして欣笑を現じ、諸法の薬をもって三苦を救療した。道意の無量功徳を顕現し、菩薩のために授記して等正覚を成就せしめ、滅度を示現して拯済すること極りなし。諸漏を消除し、衆徳の本を種植し、功徳具足して微妙にして量り難し。諸仏の国土に游歴し、仏道の教化を普く示現し、彼らの修行する所は清浄にして汚穢なし。

譬如幻師現眾異像,為男、為女無所不變,本學明瞭在意所為。此諸菩薩亦復如是,學一切法貫綜縷練,所住安諦靡不感化,無數佛土皆悉普現,未曾慢恣、愍傷眾生。如是之法一切具足,菩薩經典究暢要妙,名稱普至導御十方,無量諸佛鹹共護念。佛所住者皆已得住、大聖所立而皆已立,如來道化各能宣佈,為諸菩薩而作大師。以甚深禪慧開導眾人,通諸法性,達眾生相,明瞭諸國,供養諸佛。化現其身猶如電光,善學無畏曉了幻法。壞裂魔網,解諸纏縛。超越聲聞、緣覺之地,得空、無相、無願三昧。善立方便,顯示三乘。於此中下而現滅度,亦無所作、亦無所有,不起、不滅得平等法。具足成就無量總持百千三昧,諸根智慧廣普寂定,深入菩薩法藏,得佛華嚴三昧。宣揚演說一切經典,住深定門,悉覩現在無量諸佛,一念之頃無不周遍。濟諸劇難諸閑不閑,分別顯示真實之際,得諸如來辯才之智。入眾言音,開化一切,超過世間諸所有法。心常諦住度世之道,於一切萬物隨意自在。為眾生類作不請之友,荷負群生為之重任。受持如來甚深法藏,護佛種性常使不絕。興大悲、愍眾生,演慈辯、授法眼、杜三趣、開善門,以不請之法施諸黎庶,猶如孝子愛敬父母。於諸眾生視之若己,一切善本皆度彼岸,悉獲諸佛無量功德,智慧聖明不可思議。

譬えば幻術師が種々の異なる形像を現ずるがごとく、男となり女となり変えられぬものなく、本来学びたることすでに明了にして、心意の為すがままである。これらの菩薩もまたこのごとく、一切法を学び、貫通熟練し、住するところ安諦にして、感化せられざるなく、无数の仏土に皆普く示現し、いまだかつて驕慢放逸せず、衆生を憐愍す。このような法一切具足し、菩薩の経典は要妙を究暢し、名称は普く至り十方を導御し、無量の諸仏は共に護念す。仏の安住する所に彼らはすでに住し、大聖の建立する所に彼らはすでに建立し、如来の道化はおのおの皆宣布し、諸菩薩のために大師となる。甚深の禅慧をもって衆人を導き開き、諸法性に通達し、衆生相に通達し、諸国を明了にし、諸仏を供養す。変化してその身を現ずること電光のごとく、善く無畏を学び、幻法を暁了す。魔網を撕裂し、諸の纏縛を解開す。声聞・縁覚の地を超越し、空・無相・無願の三昧(心を専注して散ぜざる定境)を得る。善く方便を建立し、三乗を顕示す。この中下の中において滅度を示現するも、また作す所なく・有する所なく、起せず・滅せず、平等法を得る。無量の総持・百千の三昧を具足成就し、諸根・智慧は広博にして寂定し、菩薩の法蔵に深入りし、仏華厳三昧を得る。一切経典を宣揚演説し、深定の門に住して、皆現在の無量の諸仏を見ることを得、一念の間に周遍せざるなし。諸種の劇難・閑と不閑とを救済し、分別して真実の辺際を顕示し、諸如来の弁才の智を得る。種々の音声に入り、一切を開化して世間の有する法を超過す。心はつねに真実に度世の道に安住し、一切万物に随意自在である。衆生の類のために請われずして来たる朋友となり、群生を荷負しておのが重任とす。如来の甚深法蔵を受持し、仏の種性を護持してつねに断絶せしめず。大悲を興起し、衆生を憐愍し、慈弁を演説し、法眼を授与し、三悪趣を杜塞し、善門を打開し、かつて請われざる法を黎庶に施すこと、孝子の父母を愛敬するがごとし。諸の衆生に対して見ることおのれのごとく、一切善本を皆彼岸に度し、皆諸仏の無量功徳を獲得し、智慧聖明にして不可思議なり。

如是菩薩無量大士不可稱計,一時來會。

このような菩薩・無量の大士は称計すべくもなく、同一時に来たり集会した。

爾時,世尊諸根悅豫,姿色清淨,光顏巍巍。

その時、世尊の諸根は愉悦し、姿色は清浄にして、光顔は巍巍たり。

尊者阿難承佛聖旨,即從座起,偏袒右肩,長跪合掌而白佛言:「今日世尊諸根悅豫,姿色清淨,光顏巍巍,如明鏡淨影暢表裡,威容顯耀超絕無量,未曾瞻覩殊妙如今。唯然,大聖!我心念言:『今日世尊住奇特法、今日世雄住佛所住、今日世眼住導師行、今日世英住最勝道、今日天尊行如來德。去來現在佛佛相念,得無今佛念諸佛耶?何故威神光光乃爾?』」

尊者阿難は仏の聖旨を禀承し、即座に座位より起ち、偏袒右肩し、長跪合掌して仏に言った。「今日、世尊の諸根は愉悦し、姿色は清浄にして、光顔は巍巍たること、明鏡の潔く影が表裏に暢るがごとく、威容は顕耀して超絶無量であり、いまだかつて今日のごとき殊妙を瞻見したことはありません。そうです、大聖よ!わたしは心に思います——『今日世尊は奇特法に住し、今日世雄は仏の住する所に住し、今日世眼は導師の行に住し、今日世英は最勝の道に住し、今日天尊は如来の徳を実行しておられる。過去・未来・現在の仏と仏とは互いに憶念しあう。今日仏が諸仏を憶念しておられるのではないか。なにゆえに威神の光がこのように光るのか。』」

於是世尊告阿難曰:「云何,阿難!諸天教汝來問佛耶?自以慧見問威顏乎?」

ここに世尊は阿難に告げて言った。「なんぞ、阿難!諸天が汝に教えて仏に問わしめたのか。それとも汝が自ら慧見をもってこの威顔を問うのか。」

阿難白佛:「無有諸天來教我者,自以所見問斯義耳。」

阿難は仏に答えた。「諸天がわたしに教えたのではありません。わたし自ら見る所をもってこの義を問うのです。」

佛言:「善哉,阿難!所問甚快。發深智慧真妙辯才,愍念眾生問斯慧義。如來以無盡大悲矜哀三界,所以出興於世,光闡道教,普令群萌獲真法利。無量億劫難值難見,猶靈瑞華時時乃出。今所問者多所饒益,開化一切諸天人民。

仏は言った。「善いかな、阿難!汝の問いは甚だ善い。深い智慧を発し、真実の妙弁才を発し、衆生を憐愍憶念してこの慧義を問う。如来は无尽の大悲をもって三界を矜哀するがゆえに世に出現し、仏道の教化を光闡し、普く群萌に真実の法利を獲得せしめる。無量億劫にも値遇し難く・見難いこと、霊瑞花の時に一度出るがごとし。いま問う所は饒益多く、一切諸天・人民を開化す。

「阿難!當知如來正覺其智難量,多所導御,慧見無礙,無能遏絕。以一喰之力,能住壽命億百千劫無數無量,復過於此。諸根悅豫不以毀損,姿色不變光顏無異。所以者何?如來定慧究暢無極,於一切法而得自在。

「阿難!知るべし——如来の正覚は、その智は計量し難く、導御すること多く、慧見に障碍なく、遏止断絶し得るものなし。一餐の力を憑りて、寿命を億百千劫・无数無量に住せしめ、なおこれを超過す。諸根は愉悦してこのゆえに毀損せず、姿色は変わらず、光顔に異なりなし。なぜか。如来の定慧は究暢して終極なく、一切法の上において自在を得たればなり。

「阿難諦聽,今為汝說。」

「阿難、諦かに聴け。いま汝のために説かん。」

對曰:「唯然,願樂欲聞。」

答えて言った。「そうです、喜んで聴聞せんことを願います。」

佛告阿難:「乃往過去久遠無量不可思議無央數劫,錠光如來興出於世,教化度脫無量眾生,皆令得道乃取滅度。次有如來名曰光遠、次名月光、次名栴檀香、次名善山王、次名須彌天冠、次名須彌等曜、次名月色、次名正念、次名離垢、次名無著、次名龍天、次名夜光、次名安明頂、次名不動地、次名琉璃妙華、次名琉璃金色、次名金藏、次名炎光、次名炎根、次名地種、次名月像、次名日音、次名解脫華、次名莊嚴光明、次名海覺神通、次名水光、次名大香、次名離塵垢、次名捨厭意、次名寶炎、次名妙頂、次名勇立、次名功德持慧、次名蔽日月光、次名日月琉璃光、次名無上琉璃光、次名最上首、次名菩提華、次名月明、次名日光、次名華色王、次名水月光、次名除痴冥、次名度蓋行、次名淨信、次名善宿、次名威神、次名法慧、次名鸞音、次名師子音、次名龍音、次名處世,如此諸佛皆悉已過。

仏は阿難に告げた。「往昔、過去久遠無量不可思議無央数劫に、錠光如来が世に出現し、教化して無量の衆生を度脱し、皆道を得せしめてから滅度を取った。次に光遠という如来あり、次に月光という名あり、次に栴檀香という名あり、次に善山王という名あり、次に須弥天冠という名あり、次に須弥等曜という名あり、次に月色という名あり、次に正念という名あり、次に離垢という名あり、次に無著という名あり、次に竜天という名あり、次に夜光という名あり、次に安明頂という名あり、次に不動地という名あり、次に瑠璃妙華という名あり、次に瑠璃金色という名あり、次に金蔵という名あり、次に炎光という名あり、次に炎根という名あり、次に地種という名あり、次に月像という名あり、次に日音という名あり、次に解脱華という名あり、次に荘厳光明という名あり、次に海覚神通という名あり、次に水光という名あり、次に大香という名あり、次に離塵垢という名あり、次に捨厭意という名あり、次に宝炎という名あり、次に妙頂という名あり、次に勇立という名あり、次に功徳持慧という名あり、次に蔽日月光という名あり、次に日月瑠璃光という名あり、次に無上瑠璃光という名あり、次に最上首という名あり、次に菩提華という名あり、次に月明という名あり、次に日光という名あり、次に華色王という名あり、次に水月光という名あり、次に除癡冥という名あり、次に度蓋行という名あり、次に浄信という名あり、次に善宿という名あり、次に威神という名あり、次に法慧という名あり、次に鸞音という名あり、次に師子音という名あり、次に竜音という名あり、次に処世という名あり。このような諸仏は皆すでに過去せり。

「爾時,次有佛名世自在王如來、應供、等正覺、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。時有國王,聞佛說法心懷悅豫,尋發無上正真道意,棄國、捐王,行作沙門,號曰法藏,高才勇哲與世超異。詣世自在王如來所,稽首佛足,右遶三匝,長跪合掌以頌讚曰:

「その時、次に世自在王如来・応供・等正覚・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊という仏あり。当時、一人の国王があって、仏の説法を聞いて心に愉悦し、即座に無上正真の道意を発し、国土を抛棄し王位を捐棄し、出家して沙門となり、号を法蔵と曰い、高才勇哲にして世に超異なり。世自在王如来のところに往き、仏足に稽首し、右に繞ること三匝し、長跪合掌して、頌をもって讃嘆して曰く——

「『光顏巍巍,威神無極,如是炎明,

「『光顔巍巍、威神に終極なし、このごとき焰明は、

無與等者。日月摩尼,珠光炎耀,

これに等しきものあらず。日月摩尼、珠光焰耀も、

皆悉隱蔽,猶如聚墨。如來容顏,

皆隠蔽せられ、聚墨のごとし。如来の容顔は、

超世無倫,正覺大音,響流十方。

世間を超越して倫比なく、正覚の大音は、十方に流布す。

戒聞精進,三昧智慧,威德無侶,

戒・聞・精進、三昧・智慧、威徳に伴侶なく、

殊勝希有。深諦善念,諸佛法海,

殊勝希有なり。深く諦観し善く憶念す、諸仏の法海を、

窮深盡奧,究其崖底。無明、欲、怒,

深奥に窮め尽くし、崖底に追究せり。無明・貪欲・瞋怒は、

世尊永無,人雄師子,神德無量。

世尊に永遠になく、人中の雄師子、神徳無量なり。

功德廣大,智慧深妙,光明威相,

功徳は広大にして、智慧は深妙にして、光明威相は、

震動大千。願我作佛,齊聖法王,

大千を震動す。願わくはわたし仏を作り、聖法王と同等に、

過度生死,靡不解脫。佈施、調意、

生死を超度して、解脱を得ざるあらざらん。布施・心意を調伏し・

戒、忍、精進,如是三昧,智慧為上。

戒・忍・精進、このごとき三昧は、智慧をもって上となす。

吾誓得佛,普行此願,一切恐懼,

わたしは誓い仏を成じ得て、普くこれらの願を行じ、一切の恐懼に、

為作大安。假令有佛,百千億萬,

彼らのために大安を作らん。假使に仏ありて、百千億万の、

無量大聖,數如恆沙,供養一切,

無量の大聖、数は恒河沙のごとく、これらの一切を供養するも、

斯等諸佛,不如求道,堅正不卻。

これらの諸仏、皆道を求むるに如かず、堅固正直にして退却せず。

譬如恆沙,諸佛世界,復不可計,

譬えば恒河沙数の、諸仏世界、更に計算すべからず、

無數剎土,光明悉照,遍此諸國,

无数の刹土に、光明皆照し、これらの諸国に遍くまで。

如是精進,威神難量。令我作佛,

このごとき精進は、威神量り難し。わたしをして仏を作らしめよ、

國土第一,其眾奇妙,道場超絕。

国土は第一、大衆は奇妙、道場は超絶ならん。

國如泥洹,而無等雙,我當愍哀,

国土は泥洹(すなわち涅槃、煩悩息みて再び生死流転せざる境地)のごとく、これと双ぶものなからん、わたしはまさに憐愍哀愍して、

度脫一切。十方來生,心悅清淨,

一切を度脱せん。十方より来たり往生するは、心地愉悦にして清浄、

已到我國,快樂安隱。幸佛信明,

すでにわが国土に到れば、快楽安穏ならん。幸いに仏が誠信の証明を作さんことを得、

是我真證,發願於彼,力精所欲。

これわが真実の証験、そこに発願して、力を尽くし精進してわが求むる所を成さん。

十方世尊,智慧無礙,常令此尊,

十方の世尊、智慧に障碍なく、つねにこれらの尊をして、

知我心行。假令身止,諸苦毒中,

わが心行を知らしめよ。假使身が留まって、諸の苦毒の中にあっても、

我行精進,忍終不悔。』」

わたしは精進を行じ、忍耐してついに悔いず。』」

佛告阿難:「法藏比丘說此頌已而白佛言:『唯然,世尊!我發無上正覺之心,願佛為我廣宣經法,我當修行,攝取佛國清淨莊嚴無量妙土,令我於世速成正覺,拔諸生死勤苦之本。』」

仏は阿難に告げた。「法蔵比丘がこの頌を説き終えて、仏に言った。『そうです、世尊!わたしは無上正覚の心を発しました。願わくは仏がわたしのために広く経法を宣説したまえ。わたしはまさに修行し、仏国の清浄荘厳なる無量妙土を摂取して、わたしをして世に速やかに正覚を成就し、諸の生死勤苦の根本を拔除せしめんことを。』」

佛語阿難:「時世自在王佛告法藏比丘:『如所修行莊嚴佛土,汝自當知。』

仏は阿難に言った。「その時、世自在王仏は法蔵比丘に告げた。『汝の修行して仏土を荘厳する所は、汝みずから知るべきである。』

「比丘白佛:『斯義弘深,非我境界。唯願世尊廣為敷演諸佛如來淨土之行。我聞此已,當如說修行成滿所願。』

「比丘は仏に言った。『この義は甚だ弘深にして、わが境界にあらず。ただ願わくは世尊が広くわたしのために諸仏如来の浄土の行を敷演したまえ。わたしこれらを聞いた後、説くところに照して修行し、願望する所を成満せんことを。』

「爾時,世自在王佛知其高明志願深廣,即為法藏比丘而說經言:『譬如大海,一人斗量,經歷劫數尚可窮底,得其妙寶。人有至心精進,求道不止,會當剋果,何願不得?』

「その時、世自在王仏は彼が高明にして志愿深広なるを知り、即座に法蔵比丘のために経を説いて曰く。『譬えば大海を、一人が斗をもって量れば、劫数を経歴してなお底に窮尽し、其中の妙宝を得べし。人もし至心精進して道を求めて止まざれば、終に果を克せん。いかなる願か得られざらん。』

「於是,世自在王佛即為廣說二百一十億諸佛剎土天人之善惡、國土之粗妙,應其心願悉現與之。

「ここに世自在王仏は即座に彼のために広く二百一十億の諸仏刹土の天人の善悪・国土の麁妙を宣説し、その心願に応じて皆顕現して見せた。

「時彼比丘聞佛所說嚴淨國土,皆悉覩見。超發無上殊勝之願,其心寂靜,志無所著,一切世間無能及者。具足五劫,思惟攝取莊嚴佛國清淨之行。」

「その時、あの比丘は仏の説きたる荘厳清浄の国土を聞いて、皆悉く見ることを得た。超然として無上殊勝の願を発し、その心は寂静にして、志は執着する所なく、一切世間に及ぶものなし。五劫に具足して、荘厳なる仏国清浄の行を摂取することを思惟した。」

阿難白佛:「彼佛國土壽量幾何?」

阿難は仏に言った。「あの仏の国土の寿量はどれほどありますか。」

佛言:「其佛壽命四十二劫。

仏は言った。「あの仏の寿命は四十二劫である。

「時法藏比丘攝取二百一十億諸佛妙土清淨之行。如是修已,詣彼佛所,稽首禮足,遶佛三匝,合掌而住,白言:『世尊!我已攝取莊嚴佛土清淨之行。』

「その時法蔵比丘は二百一十億の諸仏妙土の清浄の行を摂取した。このごとく修め終えて後、あの仏のところに往き、仏足に稽首礼し、仏を繞ること三匝し、合掌して立ち、禀告して曰く。『世尊!わたしはすでに荘厳なる仏土清浄の行を摂取し終えました。』

「佛告比丘:『汝今可說,宜知是時。發起悅可一切大眾。菩薩聞已,修行此法,緣致滿足無量大願。』

「仏は比丘に告げた。『汝いま説くべし。まさに時であると知るべし。発起して一切大衆を喜悅認可せしめよ。菩薩これを聞いた後、この法を修行せば、因縁便ちに無量大願を満足せん。』

「比丘白佛:『唯垂聽察,如我所願,當具說之。

「比丘は仏に言った。『ただ願わくは垂聴審察したまえ。わが発する願のごとく、まさに一一具に説くべし。

「『設我得佛,國有地獄、餓鬼、畜生者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中に地獄・餓鬼・畜生あれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天壽終之後復更三惡道者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が寿終した後また三悪道に入ることがあれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不悉真金色者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が悉く真金色ならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天形色不同有好醜者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天の形色が同じからず好醜あらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不悉識宿命,下至知百千億那由他諸劫事者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が悉く宿命を識り得ず、下して百千亿那由他(極めて大きな数目の単位)の諸劫の事を知るに至らざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不得天眼,下至見百千億那由他諸佛國者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が天眼を得ず、下して百千亿那由他の諸仏国土を見るに至らざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不得天耳,下至聞百千億那由他諸佛所說不悉受持者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が天耳を得ず、下して百千亿那由他の諸仏の説く所を聞いて皆受持し得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不得見他心智,下至知百千億那由他諸佛國中眾生心念者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が他心智を得ず、下して百千亿那由他の諸仏国土の中の衆生の心念を知るに至らざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不得神足於一念頃,下至不能超過百千億那由他諸佛國者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が神足を得ず、一念の間に下して百千亿那由他の諸仏国土を超過し得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天若起想念貪計身者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天にもし想念を生じこの身を貪計するあらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不住定聚必至滅度者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が正定の聚に安住し必ず滅度に至らざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,光明有能限量,下至不照百千億那由他諸佛國者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、光明に限量あるものあり、下して百千亿那由他の諸仏国土を照らし得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,壽命有能限量,下至百千億那由他劫者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、寿命に限量あるものあり、下して百千亿那由他劫のみならば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中聲聞有能計量,乃至三千大千世界眾生緣覺於百千劫悉共計挍知其數者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の声聞に計量し得るものあり、乃至三千大千世界の衆生・縁覚が百千劫の中に共に計算してその数を知り得れば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天壽命無能限量——除其本願脩短自在——若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天の寿命に限量あるものなく——ただし彼らの本願の或いは長く或いは短く自在を除く——このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天乃至聞有不善名者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天乃至不善の名を聞くことあらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方世界無量諸佛不悉諮嗟稱我名者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方世界の無量の諸仏が皆咨嗟してわが名号を称せざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方眾生至心信樂欲生我國,乃至十念,若不生者,不取正覺,唯除五逆、誹謗正法。

「『もしわたしが成仏するや、十方の衆生が至心に信楽してわが国に往生せんと欲し、乃至十念するも、もし往生し得ざれば、正覚を成ぜず。ただ五逆・正法を誹謗する者を除く。

「『設我得佛,十方眾生發菩提心修諸功德,至心發願欲生我國,臨壽終時,假令不與大眾圍遶現其人前者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方の衆生が菩提心を発し諸の功徳を修し、至心に願を発してわが国に往生せんと欲し、寿終に臨んで、もしわたしが大衆と囲繞してその人の前に現ずることあらざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方眾生聞我名號、係念我國,殖諸德本、至心迴向欲生我國,不果遂者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方の衆生がわが名号を聞きわが国を繫念し、諸徳の本を種植し、至心に回向してわが国に往生せんと欲すとも、願のごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天不悉成滿三十二大人相者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が悉く三十二大人相を成満せざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方佛土諸菩薩眾來生我國,究竟必至一生補處——除其本願自在所化,為眾生故,被弘誓鎧,積累德本度脫一切;遊諸佛國修菩薩行,供養十方諸佛如來;開化恆沙無量眾生,使立無上正真之道;超出常倫諸地之行,現前修習普賢之德——若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方の仏土の諸菩薩衆が来生してわが国に至り、究竟必ず一生補処(あと一度受生するだけで成仏する菩薩)に至らん——ただし彼らの本願自在の所化は除く。衆生のために、弘誓の鎧を披き、徳本を積累して一切を度脱し、諸仏国土に游歴して菩薩行を修し、十方の諸仏如来を供養し、恒河沙の無量の衆生を開化して無上正真の道に安立せしめ、寻常の諸地の行を超出し、現前に普賢の徳を修習する——このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩承佛神力供養諸佛,一食之頃不能遍至無量無數億那由他諸佛國者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が仏の神力を承けて諸仏を供養するに、一飯の時間に遍く無量无数億那由他の諸仏国土に至ること能わざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩在諸佛前現其德本,諸所求欲供養之具若不如意者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が諸仏の前にその徳本を顕現し、諸の求欲する供養の具が如意ならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩不能演說一切智者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が一切智を演説し得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩不得金剛那羅延身者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が金剛那羅延身を得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人、天、一切萬物嚴淨光麗,形色殊特,窮微極妙,無能稱量。其諸眾生乃至逮得天眼,有能明瞭辨其名數者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人・天・一切万物は厳浄光麗にして、形色殊特にして、微を窮め妙を極め、称量し得るものなし。其中の諸衆生乃至天眼を得て、その名数を明了に弁別し得るものあらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩乃至少功德者,不能知見其道場樹無量光色高四百萬裡者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩乃至少功徳の者も、その道場樹の無量の光色・高さ四百万里を見知り得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩若受讀經法,諷誦持說而不得辯才智慧者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩がもし経法を受読し、諷誦持説して弁才智慧を得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩智慧辯才若可限量者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩の智慧弁才にもし限量あるものあらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國土清淨,皆悉照見十方一切無量無數不可思議諸佛世界,猶如明鏡覩其面像;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土は清浄にして、皆十方一切無量无数不可思議の諸仏世界を照見し得ること、明鏡がおのが面像を見るがごとし。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,自地以上至於虛空,宮殿、樓觀、池流、華樹——國土所有一切萬物——皆以無量雜寶百千種香而共合成,嚴飾奇妙超諸人天,其香普薰十方世界,菩薩聞者皆修佛行;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、地面より上って虚空に至るまで、宮殿・楼観・池流・華樹——国土の所有一切万物は——皆無量の雑宝・百千種の香をもって共に合成し、厳飾奇妙にして諸人天を超過し、その香は普く十方世界に熏じ至り、菩薩の聞く者は皆仏行を修す。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界眾生之類,蒙我光明觸其體者,身心柔軟超過人天;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類が、わが光明に身体を触れ蒙る者は、身心柔軟にして人天を超過す。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界眾生之類,聞我名字不得菩薩無生法忍、諸深總持者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類が、わが名字を聞いて菩薩の無生法忍・諸深総持を得ざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界,其有女人聞我名字,歡喜信樂,發菩提心,厭惡女身,壽終之後復為女像者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界に、もし女人がわが名字を聞き、歓喜信楽し、菩提心を発し、女身を厭悪しても、寿終した後また女身を受くることあらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界,諸菩薩眾聞我名字,壽終之後常修梵行至成佛道;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の諸菩薩衆がわが名字を聞き、寿終した後つねに梵行を修して成仏に至らん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,十方無量不可思議諸佛世界,諸天人民聞我名字,五體投地稽首作禮,歡喜信樂修菩薩行,諸天世人莫不致敬;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、十方無量不可思議の諸仏世界の諸天人民がわが名字を聞き、五体投地して稽首作礼し、歓喜信楽して菩薩行を修するに、諸天世人の致敬せざるあらん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天欲得衣服隨念即至,如佛所讚應法妙服自然在身;若有裁縫、染治、浣濯者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天が衣服を得んと想えば念に随い即ち至り、仏の讃じたる応法妙服のごとく自然に身に在り。もし裁縫・染治・浣濯を要せば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中人天所受快樂不如漏盡比丘者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の人天の受くる快楽が漏尽比丘に如かざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩隨意欲見十方無量嚴淨佛土,應時如願,於寶樹中皆悉照見,猶如明鏡覩其面像;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩が心意の想うに随って十方無量の厳浄仏土を見んと欲せば、時に応じて願のごとく、宝樹の中において皆照見し得ること、明鏡がおのが面像を見るがごとし。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,至於得佛,諸根缺陋不具足者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、成仏に至るまで、諸根の缺陋にして具足せざるものあらば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,皆悉逮得清淨解脫三昧,住是三昧一發意頃,供養無量不可思議諸佛世尊而不失定意;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、皆清浄解脱三昧を得、この三昧に住して一発意の間に、無量不可思議の諸仏世尊を供養して定意を失わざらん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,壽終之後生尊貴家;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、寿終した後尊貴の家に生ぜん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,歡喜踴躍,修菩薩行,具足德本;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、歓喜踊躍し、菩薩行を修して徳本を具足せん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,皆悉逮得普等三昧,住是三昧至於成佛,常見無量不可思議一切如來;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、皆普等三昧を得、この三昧に住して成仏に至るまで、つねに無量不可思議の一切如来を見ん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,國中菩薩隨其志願,所欲聞法自然得聞;若不爾者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、国土の中の菩薩がその志愿に随い、聞かんと欲する法は自然に得聞せん。このごとくならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,不即得至不退轉者,不取正覺。

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、不退転を得ること即時ならざれば、正覚を成ぜず。

「『設我得佛,他方國土諸菩薩眾聞我名字,不即得至第一、第二、第三法忍,於諸佛法不能即得不退轉者,不取正覺。』」

「『もしわたしが成仏するや、他方国土の諸菩薩衆がわが名字を聞いて、第一・第二・第三法忍を得ること即時ならず、諸仏法の上において不退転を得ること即時ならざれば、正覚を成ぜず。』」

佛告阿難:「爾時,法藏比丘說此願已,而說頌曰:

仏は阿難に告げた。「その時、法蔵比丘はこれらの願を説き終えて、また頌を説いて曰く——

「『我建超世願,必至無上道,

「『わたしは超世の願を建立し、必ず無上道に至達せん。

斯願不滿足,誓不成等覺。

これらの願もし満足せざれば、誓って等正覚を成ぜじ。

我於無量劫,不為大施主,

わたしは無量劫の中に、もし大施主となること能わざれば、

普濟諸貧苦,誓不成等覺。

普く諸の貧苦を救済せん。誓って等正覚を成ぜじ。

我至成佛道,名聲超十方,

わたしは仏道を成就するに至り、名声十方を超越せん。

究竟靡所聞,誓不成等覺。

究竟してなお聞こえざる所あらば、誓って等正覚を成ぜじ。

離欲深正念,淨慧修梵行,

貪欲を遠離し深く正念して、浄慧をもって梵行を修し、

志求無上道,為諸天人師。

志を立てて無上道を求め、諸天人の導師とならん。

神力演大光,普照無際土,

神力は大光を演放し、辺際なき国土を普照し、

消除三垢冥,明濟眾厄難。

貪瞋癡の三垢の昏冥を消除し、光明は衆厄難を救済せん。

開彼智慧眼,滅此昏盲闇,

彼らの智慧眼を開き、これ昏盲の暗を滅除し、

閉塞諸惡道,通達善趣門。

諸の悪道を閉塞し、善趣の門を通達せん。

功祚成滿足,威曜朗十方,

功祚は成就満足し、威光は十方を朗照し、

日月戢重暉,天光隱不現。

日月は重暉を収斂し、天光は隠れて現れず。

為眾開法藏,廣施功德寶,

大衆のために法蔵を開示し、広く功徳宝を布施し、

常於大眾中,說法師子吼。

つねに大衆の中において、説法すること師子吼のごとし。

供養一切佛,具足眾德本,

一切の仏を供養し、衆徳の本を具足し、

願慧悉成滿,得為三界雄。

願と慧と皆成満して、三界の雄となることを得ん。

如佛無量智,通達靡不遍,

仏の無量智のごとく、通達して遍からざるなく、

願我功德力,等此最勝尊。

願わくはわが功徳力が、この最勝尊と同等ならん。

斯願若剋果,大千應感動,

これらの願もし果を克せば、大千世界まさに感動し、

虛空諸天人,當雨珍妙華。』」

虚空中の諸天人、まさに珍妙の花を雨らすべし。』」

佛語阿難:「法藏比丘說此頌已,應時普地六種震動,天雨妙華以散其上,自然音樂空中讚言:『決定必成無上正覺。』於是法藏比丘具足修滿如是大願,誠諦不虛,超出世間深樂寂滅。

仏は阿難に言った。「法蔵比丘がこの頌を説き終えた時、大地は悉く六種に震動し、天より妙花を雨らして彼の身の上に散らし、自然の音楽が空中において讃嘆した——『決定して必ず無上正覚を成就せん。』ここに法蔵比丘は具足してこのごとき大願を修満し、誠実にして虚ならず、世間を超出し、深く寂滅を楽えり。

「阿難!法藏比丘於彼佛所諸天、魔、梵、龍神八部大眾之中發斯弘誓,建此願已,一向專志莊嚴妙土。所修佛國開廓廣大,超勝獨妙,建立常然,無衰、無變。於不可思議兆載永劫積殖菩薩無量德行,不生欲覺、瞋覺、害覺,不起欲想、瞋想、害想,不著色、聲、香、味、觸之法。忍力成就,不計眾苦。少欲知足,無染恚痴,三昧常寂,智慧無礙。無有虛偽諂曲之心,和顏軟語先意承問,勇猛精進志願無惓,專求清白之法。以慧利群生,恭敬三寶,奉事師長;以大莊嚴具足眾行,令諸眾生功德成就。住空、無相、無願之法,無作、無起,觀法如化。遠離麁言、自害、害彼、彼此俱害,修習善語,自利、利人、彼我兼利。棄國、捐王,絕去財色。自行六波羅蜜,教人令行。

「阿難!法蔵比丘はあの仏のところにおいて、諸天・魔・梵・竜神八部の大衆の中にこれらの弘誓を発し、これらの願を建立した後、一向に専心して荘厳妙土に志した。修する所の仏国は開廓広大にして、超勝独妙にして、常然を建立して衰えず・変わらず。不可思議の兆載永劫において菩薩の無量の徳行を積累種植し、欲覚・瞋覚・害覚を生ぜず、欲想・瞋想・害想を起こさず、色・声・香・味・触の法に執着せず。忍力成就して衆苦を計校せず。少欲知足にして染・恚・癡なく、三昧はつねに寂静にして智慧に障碍なし。虚偽諂曲の心なく、和顔軟語・先意承問し、勇猛精進して志愿倦まず、専ら清白の法を求む。慧をもって群生を利益し、三宝を恭敬し、師長に奉事す。大荘厳をもって衆行を具足し、諸衆生をして功徳を成就せしむ。空・無相・無願の法に安住し、作せず・起さず、法を観ること幻化のごとし。麁言・自害・害彼・彼此俱害を遠離し、善語を修習して、自利・利人・彼我兼利す。国土を抛棄し王位を捐棄し、財色を絶去す。みずから六波羅蜜(「彼岸に到る」の意、すなわち生死の此岸より解脱の彼岸に渡る)を実行し、また人をして実行せしむ。

「無央數劫積功累德,隨其生處在意所欲,無量寶藏自然發應,教化安立無數眾生。住於無上正真之道,或為長者、居士、豪姓、尊貴,或為剎利國君、轉輪聖帝,或為六慾天主乃至梵王。常以四事供養恭敬一切諸佛,如是功德不可稱說。口氣香潔如優缽羅華,身諸毛孔出栴檀香,其香普燻無量世界;容色端正,相好殊妙,其手常出無盡之寶,衣服、飲食珍妙華香,諸蓋幢幡莊嚴之具。如是等事超諸人天,於一切法而得自在。」

「無央数劫に功を積み徳を累ね、生ずる所に随い・心意の欲するに随い、無量の宝蔵は自然に発応し、教化して无数の衆生を安立す。無上正真の道に安住し、或いは長者・居士・豪姓・尊貴となり、或いは刹利の国君・転輪聖帝となり、或いは六欲天主乃至梵王となる。つねに衣服・飲食・臥具・医薬の四事をもって恭敬供養して一切諸仏に奉事す。このごとき功徳は称説すべからず。口気は香潔にして優鉢羅花のごとく、身上の諸毛孔は栴檀香を出し、その香は普く無量世界に熏じ至る。容色端正にして相好殊妙なり。その手はつねに无尽の宝を拿出し、衣服・飲食・珍妙の花香・諸の蓋幢幡の荘厳の具。このごとき事は諸人天を超過し、一切法の上において自在を得たり。」

阿難白佛:「法藏菩薩為已成佛而取滅度、為未成佛?為今現在?」

阿難は仏に言った。「法蔵菩薩はすでに成仏して滅度を取ったのですか、それともいまだ成仏していないのですか。それともいま現在ですか。」

佛告阿難:「法藏菩薩今已成佛,現在西方,去此十萬億剎,其佛世界名曰安樂。」

仏は阿難に告げた。「法蔵菩薩はいま已に成仏し、西方に現在し、ここを離れること十万亿刹であって、あの仏の世界は名を安楽という。」

阿難又問:「其佛成道已來為經幾時?」

阿難また問うた。「あの仏が成道して以来いかほど久しいですか。」

佛言:「成佛已來凡歷十劫。其佛國土自然七寶——金、銀、琉璃、珊瑚、琥珀、車𤦲、瑪瑙——合成為地,恢廓曠蕩不可限極。悉相雜廁,轉相入間,光赫焜耀,微妙奇麗,清淨莊嚴超踰十方一切世界眾寶中精,其寶猶如第六天寶。又其國土無須彌山及金剛圍一切諸山,亦無大海、小海、溪渠、井谷。佛神力故,欲見則見。亦無地獄、餓鬼、畜生諸難之趣。亦無四時——春、秋、冬、夏——不寒、不熱,常和調適。」

仏は言った。「成仏以来あわせて十劫を経歴せり。あの仏の国土は自然に七宝——金・銀・瑠璃・珊瑚・琥珀・車磲・瑪瑙——をもって大地を合成し、恢廓曠蕩にして限極すべからず。皆互相に錯雑間厠し、転相に納入し、光赫焜耀にして微妙奇麗にして、清浄荘厳にして十方一切世界の衆宝の中の精華を超過し、それらの宝は第六天の宝のごとし。またあの国土には須弥山および金剛囲の一切諸山なく、また大海・小海・渓渠・井谷もなし。仏の神力によりて、見んと欲せば即ち見る。地獄・餓鬼・畜生の諸難の趣もなく、また四時——春・秋・冬・夏——もなく、寒ならず・熱ならず、つねに和調適中なり。」

爾時,阿難白佛言:「世尊!若彼國土無須彌山,其四天王及忉利天依何而住?」

その時、阿難は仏に言った。「世尊!もしあの国土に須弥山なければ、四天王および忉利天は何に依って住するのですか。」

佛語阿難:「第三炎天乃至色究竟天皆依何住?」

仏は阿難に言った。「第三焰天乃至色究竟天は皆何に依って住するか。」

阿難白佛:「行業果報不可思議。」

阿難は仏に言った。「行業果報は不可思議です。」

佛語阿難:「行業果報不可思議,諸佛世界亦不可思議。其諸眾生功德善力住行業之地,故能爾耳。」

仏は阿難に言った。「行業果報は不可思議なり。諸仏の世界もまた不可思議なり。それらの衆生は功徳善力をもって行業の地に住す。ゆえに能くこのごとし。」

阿難白佛:「我不疑此法,但為將來眾生欲除其疑惑,故問斯義。」

阿難は仏に言った。「わたしはこの法を疑うのではありません。ただ将来の衆生のために彼らの疑惑を除かんと欲して、この義を問うのです。」

佛告阿難:「無量壽佛威神光明最尊第一,諸佛光明所不能及。或有佛光照百佛世界、或千佛世界,取要言之,乃照東方恆沙佛剎,南、西、北方四維,上、下亦復如是。或有佛光照於七尺,或照一由旬,二、三、四、五由旬,如是轉倍乃至照一佛剎。是故,無量壽佛號無量光佛、無邊光佛、無礙光佛、無對光佛、炎王光佛、清淨光佛、歡喜光佛、智慧光佛、不斷光佛、難思光佛、無稱光佛、超日月光佛。

仏は阿難に告げた。「無量寿仏の威神光明は最尊第一にして、諸仏の光明の及ぶ所にあらず。或る仏光は百仏世界を照らし、或いは千仏世界を照らす。要を取って言えば、乃至東方の恒河沙の仏刹を照らし、南・西・北方・四維、上・下もまたこのごとし。或る仏光は七尺に照らし、或いは一由旬を照らし、二・三・四・五由旬、このごとく倍に増加して乃至一仏刹を照らす。ゆえに無量寿仏は、無量光仏・無辺光仏・無碍光仏・無対光仏・炎王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏と号す。

「其有眾生遇斯光者,三垢消滅,身意柔軟,歡喜踴躍,善心生焉。若在三塗勤苦之處,見此光明,皆得休息,無復苦惱;壽終之後皆蒙解脫。

「もし衆生がこの光に遇う者は、三垢消滅して身意柔軟にして、歓喜踊躍して善心便ちに生ず。もし三塗勤苦の処において、この光明を見れば、皆休息を得て再び苦悩あらず。寿終した後皆解脱を蒙る。

「無量壽佛光明顯赫照曜十方諸佛國土,莫不聞知。不但我今稱其光明,一切諸佛、聲聞、緣覺、諸菩薩眾鹹共歎譽,亦復如是。若有眾生聞其光明威神功德,日夜稱說至心不斷,隨意所願得生其國,為諸菩薩、聲聞大眾所共歎譽稱其功德;至其然後得佛道時,普為十方諸佛菩薩歎其光明亦如今也。」

「無量寿仏の光明は顕赫照曜して十方の諸仏国土を照らし、聞知せざるなし。ただわたしいまその光明を称讃するのみならず、一切諸仏・声聞・縁覚・諸菩薩衆は皆共に歎誉し、またこのごとし。もし衆生がその光明威神功徳を聞き、日夜称説して至心に断えざれば、心意の願うに随ってその国土に往生することを得、諸菩薩・声聞の大衆に共にその功徳を歎誉称讃せられん。後に仏道を得るに及んで、普く十方の諸仏菩薩にその光明を歎誉せられることまた今日のごとし。」

佛言:「我說無量壽佛光明威神巍巍殊妙,晝夜一劫尚不能盡。」

仏は言った。「わたしは無量寿仏の光明威神の巍巍殊妙なるを説く。昼夜一劫もなお説き尽くし能わず。」

佛語阿難:「無量壽佛壽命長久不可稱計,汝寧知乎?假使十方世界無量眾生皆得人身,悉令成就聲聞、緣覺,都共集會禪思一心,竭其智力於百千萬劫悉共推算,計其壽命長遠劫數,不能窮盡知其限極。聲聞、菩薩、天、人之眾,壽命長短亦復如是,非算數譬喻所能知也。又聲聞、菩薩其數難量不可稱說,神智洞達威力自在,能於掌中持一切世界。」

仏は阿難に言った。「無量寿仏の寿命は長久にして称計すべからず。汝は知らずや。假使十方世界の無量の衆生が皆人身を得て、皆声聞・縁覚を成就せしめ、共に集会して禅思一心し、智力を竭くして百千万劫の中に共に推算して、その寿命長遠の劫数を計算しても、その限極を窮知し能わず。声聞・菩薩・天・人の衆の寿命長短もまたこのごとく、算数譬喩の知る所にあらず。また声聞・菩薩の数目は量り難く称説すべからず、神智洞達・威力自在にして、掌中に一切世界を持し得べし。」

佛語阿難:「彼佛初會,聲聞眾數不可稱計,菩薩亦然。能如大目揵連百千萬億無量無數,於阿僧祇那由他劫乃至滅度悉共計挍,不能究了多少之數。譬如大海深廣無量,假使有人析其一毛以為百分,以一分毛沾取一渧。於意云何?其所渧者於彼大海,何所為多?」

仏は阿難に言った。「あの仏の最初の一会は、声聞衆の数目は称計すべからず、菩薩もまたこのごとし。大目犍連のごとき百千万億無量无数の人が、阿僧祇那由他劫乃至滅度に共に計算しても、多少の数を究了し能わず。譬えば大海の深広無量にして、假使に人が一毛を析して百分と為し、一分毛をもって一滴を沾取せん。汝はどう思う。沾取する所の一滴は大海に比べていずれが多きや。」

阿難白佛:「彼所渧水比於大海多少之量,非巧歷算數、言辭譬類所能知也。」

阿難は仏に言った。「その沾取する水が大海に比べる多少の量は、精巧の暦算・言辞譬類の知り得る所にあらず。」

佛語阿難:「如目連等於百千萬億那由他劫計彼初會聲聞菩薩,所知數者猶如一渧,其所不知如大海水。

仏は阿難に言った。「目連らの人が百千万億那由他劫の中にあの最初一会の声聞・菩薩を計算するに、知り得る所の数目は一滴のごとく、知らざる所は大海水のごとし。

「又其國土,七寶諸樹周滿世界——金樹、銀樹、琉璃樹、頗梨樹、珊瑚樹、瑪瑙樹、車𤦲樹——或有二寶、三寶乃至七寶轉共合成。或有金樹,銀葉、華、果;或有銀樹,金葉、華、果;或琉璃樹,頗梨為葉,華、果亦然;或水精樹,琉璃為葉,華、果亦然;或珊瑚樹,瑪瑙為葉,華、果亦然;或瑪瑙樹,琉璃為葉,華、果亦然;或車𤦲樹,眾寶為葉,華、果亦然。或有寶樹,紫金為本、白銀為莖、琉璃為枝、水精為條、珊瑚為葉、瑪瑙為華、車𤦲為實;或有寶樹,白銀為本、琉璃為莖、水精為枝、珊瑚為條、瑪瑙為葉、車𤦲為華、紫金為實;或有寶樹,琉璃為本、水精為莖、珊瑚為枝、瑪瑙為條、車𤦲為葉、紫金為華、白銀為實;或有寶樹,水精為本、珊瑚為莖、瑪瑙為枝、車𤦲為條、紫金為葉、白銀為華、琉璃為實;或有寶樹,珊瑚為本、瑪瑙為莖、車𤦲為枝、紫金為條、白銀為葉、琉璃為華、水精為實;或有寶樹,瑪瑙為本、車𤦲為莖、紫金為枝、白銀為條、琉璃為葉、水精為華、珊瑚為實;或有寶樹,車𤦲為本、紫金為莖、白銀為枝、琉璃為條、水精為葉、珊瑚為華、瑪瑙為實。行行相值、莖莖相望、枝枝相準、葉葉相向、華華相順、實實相當,榮色光曜不可勝視。清風時發,出五音聲,微妙宮商自然相和。

「またあの国土は、七宝の諸樹が世界に周満す——金樹・銀樹・瑠璃樹・玻璃樹・珊瑚樹・瑪瑙樹・車磲樹——或いは二宝・三宝乃至七宝が転相共に合成す。或いは金樹にして、銀の葉・花・果。或いは銀樹にして、金の葉・花・果。或いは瑠璃樹にして、玻璃を葉と為し、花・果もまたこのごとし。或いは水精樹にして、瑠璃を葉と為し、花・果もまたこのごとし。或いは珊瑚樹にして、瑪瑙を葉と為し、花・果もまたこのごとし。或いは瑪瑙樹にして、瑠璃を葉と為し、花・果もまたこのごとし。或いは車磲樹にして、衆宝を葉と為し、花・果もまたこのごとし。或いは宝樹にして、紫金を根幹と為し・白銀を茎と為し・瑠璃を枝と為し・水精を条と為し・珊瑚を葉と為し・瑪瑙を花と為し・車磲を実と為す。或いは宝樹にして、白銀を根幹と為し・瑠璃を茎と為し・水精を枝と為し・珊瑚を条と為し・瑪瑙を葉と為し・車磲を花と為し・紫金を実と為す。或いは宝樹にして、瑠璃を根幹と為し・水精を茎と為し・珊瑚を枝と為し・瑪瑙を条と為し・車磲を葉と為し・紫金を花と為し・白銀を実と為す。或いは宝樹にして、水精を根幹と為し・珊瑚を茎と為し・瑪瑙を枝と為し・車磲を条と為し・紫金を葉と為し・白銀を花と為し・瑠璃を実と為す。或いは宝樹にして、珊瑚を根幹と為し・瑪瑙を茎と為し・車磲を枝と為し・紫金を条と為し・白銀を葉と為し・瑠璃を花と為し・水精を実と為す。或いは宝樹にして、瑪瑙を根幹と為し・車磲を茎と為し・紫金を枝と為し・白銀を条と為し・瑠璃を葉と為し・水精を花と為し・珊瑚を実と為す。或いは宝樹にして、車磲を根幹と為し・紫金を茎と為し・白銀を枝と為し・瑠璃を条と為し・水精を葉と為し・珊瑚を花と為し・瑪瑙を実と為す。行々相い対し・茎々相い望み・枝々相い准え・葉々相い向い・花々相い順い・実々相い当たり、栄色光曜にして看尽くすこと能わず。清風は時に応じて起り、五音の声を発し、微妙なる宮商は自然に相い和す。

「又無量壽佛其道場樹,高四百萬裡,其本週圍五千由旬,枝葉四布二十萬裡。一切眾寶自然合成,以月光摩尼持海輪寶——眾寶之王——而莊嚴之。周匝條間垂寶瓔珞,百千萬色種種異變,無量光炎照曜無極。珍妙寶網羅覆其上,一切莊嚴隨應而現。微風徐動出妙法音,普流十方一切佛國。其聞音者得深法忍,住不退轉至成佛道,不遭苦患;目覩其色、耳聞其音、鼻知其香、舌甞其味、身觸其光、心以法緣,一切皆得甚深法忍,住不退轉至成佛道,六根清徹無諸惱患。

「また無量寿仏の道場樹は、高さ四百万里、樹本の周囲は五千由旬、枝葉は四方に布いて二十万里。一切衆宝自然に合成し、月光摩尼持海輪宝——衆宝の王——をもってこれを荘厳す。周囲の枝条の間に宝瓔珞を垂れ、百千万色の種々異変にして、無量の光焰照曜して極りなし。珍妙の宝網は羅覆してその上にあり、一切荘厳は応に随いて現ず。微風徐動して妙法音を発し、普く十方一切仏国に流布す。この音声を聞く者は深法忍を得、不退転に住して成仏に至り、苦患に遭わず。眼はその色を見・耳はその音を聞き・鼻はその香を知り・舌はその味を嘗め・身はその光に触れ・心は法を縁と為して、一切皆甚深法忍を得、不退転に住して成仏に至り、六根清徹にして諸の悩患なし。

「阿難!若彼國人天見此樹者,得三法忍:一者、音響忍,二者、柔順忍,三者、無生法忍。此皆無量壽佛威神力故、本願力故、滿足願故、明瞭願故、堅固願故、究竟願故。」

「阿難!もしあの国土の人天がこの樹を見る者は、三種の法忍を得る:一に音響忍、二に柔順忍、三に無生法忍。これ皆無量寿仏の威神力の故・本願力の故・満足願の故・明了願の故・堅固願の故・究竟願の故なり。」

佛告阿難:「世間帝王有百千音樂,自轉輪聖王乃至第六天上,伎樂音聲展轉相勝千億萬倍;第六天上萬種樂音,不如無量壽國諸七寶樹一種音聲千億倍也。亦有自然萬種伎樂,又其樂聲無非法音,清暢哀亮,微妙和雅,十方世界音聲之中最為第一。

仏は阿難に告げた。「世間の帝王には百千の音楽あり。転輪聖王より第六天上に至るまで、伎楽音声は展転相い勝ること千億万倍なり。第六天上の万種の楽音も、無量寿国の諸七宝樹の一種音声の千億倍に如かず。また自然の万種伎楽あり。またあの楽声は法音ならざるなく、清暢哀亮にして微妙和雅にして、十方世界の音声の中において最も第一なり。

「又,講堂、精舍、宮殿、樓觀皆七寶莊嚴,自然化成,復以真珠、明月摩尼眾寶以為交露,覆蓋其上。內、外、左、右有諸浴池,或十由旬,或二十、三十,乃至百千由旬,縱廣深淺各皆一等,八功德水湛然盈滿,清淨香潔味如甘露。黃金池者底白銀沙,白銀池者底黃金沙,水精池者底琉璃沙,琉璃池者底水精沙,珊瑚池者底琥珀沙,琥珀池者底珊瑚沙,車𤦲池者底瑪瑙沙,瑪瑙池者底車𤦲沙,白玉池者底紫金沙,紫金池者底白玉沙,或二寶、三寶乃至七寶轉共合成。其池岸上有栴檀樹,華葉垂布,香氣普燻。天優缽羅華、缽曇摩華、拘物頭華、分陀利華,雜色光茂彌覆水上。

「また、講堂・精舎・宮殿・楼観は皆七宝荘厳にして、自然化成し、また真珠・明月摩尼の衆宝をもって交絡の露帳と為し、その上に覆被す。内・外・左・右に諸の浴池あり、或いは十由旬、或いは二十・三十、乃至百千由旬。縦広深浅おのおの一等にして、八功徳水(清浄・清涼・甘美・軽軟・潤澤・安和・飢渇を除く・諸根を長養する)は湛然として盈満し、清浄香潔にして味は甘露のごとし。黄金の池の底は白銀の沙、白銀の池の底は黄金の沙、水精の池の底は瑠璃の沙、瑠璃の池の底は水精の沙、珊瑚の池の底は琥珀の沙、琥珀の池の底は珊瑚の沙、車磲の池の底は瑪瑙の沙、瑪瑙の池の底は車磲の沙、白玉の池の底は紫金の沙、紫金の池の底は白玉の沙。或いは二宝・三宝乃至七宝が転相共に合成す。池岸の上には栴檀樹あり、花葉垂布して、香気は普く熏開す。天の優鉢羅花・鉢曇摩花・拘物頭花・分陀利花、雑色光茂にして水の上に弥覆す。

「彼諸菩薩及聲聞眾若入寶池,意欲令水沒足,水即沒足;欲令至膝,即至於膝;欲令至腰,水即至腰;欲令至頸,水即至頸;欲令灌身,自然灌身;欲令還復,水輒還復。調和冷煖自然隨意,開神悅體蕩除心垢,清明澄潔淨若無形。寶沙映徹無深不照,微瀾迴流轉相灌注,安詳徐逝不遲不疾。波揚無量自然妙聲,隨其所應莫不聞者,或聞佛聲,或聞法聲,或聞僧聲,或寂靜聲、空無我聲、大慈悲聲、波羅蜜聲,或十力無畏不共法聲、諸通慧聲、無所作聲、不起滅聲、無生忍聲,乃至甘露灌頂眾妙法聲。如是等聲,稱其所聞歡喜無量,隨順清淨離欲寂滅真實之義、隨順三寶力無所畏不共之法、隨順通慧菩薩聲聞所行之道。無有三塗苦難之名,但有自然快樂之音,是故其國名曰極樂。

「それらの菩薩および声聞衆がもし宝池に入れば、心意に水に脚を没せしめんと欲すれば水は脚に没し、膝に至らしめんと欲すれば膝に至り、腰に至らしめんと欲すれば水は腰に至り、頸に至らしめんと欲すれば水は頸に至り、身に灌がしめんと欲すれば自然に身を灌ぎ、退還せしめんと欲すれば水は便ち退還す。冷暖を調和して自然に意に随い、精神を開暢し・身体を悦適し・心垢を蕩除して、清明澄潔にして浄きこと形なきがごとし。宝沙映徹して、深きも照らせざるなく、微瀾回流して転相灌注し、安詳徐逝して慢ならず快ならず。波浪は無量自然の妙声を揚げ、応ずる所に随って聞こえざるなく、或いは仏声を聞き、或いは法声を聞き、或いは僧声を聞き、或いは寂静声・空无我声・大慈悲声・波羅蜜声、或いは十力無畏不共法声・諸通慧声・無所作声・不起滅声・無生忍声、乃至甘露灌頂の衆妙法声を聞く。このごとき声は、聞く所に称して歓喜無量にして、清浄離欲寂滅真実の義に随順し、三宝力無所畏不共の法に随順し、通慧菩薩声聞の行ずる道に随順す。三塗苦難の名称なく、ただ自然快楽の音声あるのみ。ゆえにあの国の名は極楽という。

「阿難!彼佛國土諸往生者,具足如是清淨色身、諸妙音聲、神通功德,所處宮殿、衣服、飲食、眾妙華香莊嚴之具,猶第六天自然之物。若欲食時,七寶應器自然在前,金、銀、琉璃、車𤦲、瑪瑙、珊瑚、虎珀、明月真珠如是眾缽隨意而至,百味飲食自然盈滿。雖有此食實無食者,但見色、聞香,意以為食,自然飽足,身心柔軟,無所味著。事已化去,時至復現。

「阿難!あの仏国土の諸の往生する人は、このごとき清浄色身・諸妙音声・神通功徳を具足し、処する所の宮殿・衣服・飲食・衆妙花香荘厳の具は、第六天の自然の物のごとし。もし飯食せんと欲する時は、七宝の応器は自然に前にあり、金・銀・瑠璃・車磲・瑪瑙・珊瑚・琥珀・明月真珠、このごとき衆鉢は意に随って至り、百味の飲食は自然に盈満す。これらの食ありといえども実に食する者なく、ただ色を見・香を聞いて、心意は食したと為し、自然に飽足し、身心柔軟にして味着する所なし。事畢れば便ち化去し、時至れば再び出現す。

「彼佛國土清淨安隱,微妙快樂,次於無為泥洹之道。其諸聲聞、菩薩、人、天,智慧高明,神通洞達。咸同一類,形無異狀,但因順餘方,故有人、天之名。顏貌端正,超世希有,容色微妙,非天、非人,皆受自然虛無之身、無極之體。」

「あの仏国土は清浄安穏にして微妙快楽にして、無為泥洹の道に次ぐ。それらの声聞・菩薩・人・天は、智慧高明にして神通洞達す。皆同一類にして形体に異状なく、ただ余方に随順するがゆえに、ゆえに人・天の名称あり。顔貌端正にして超世希有にして、容色微妙にして、天にもあらず・人にもあらず、皆自然虚無の身・無極の体を受く。」

佛告阿難:「譬如世間貧窮乞人在帝王邊,形貌容狀寧可類乎?」

仏は阿難に告げた。「譬えば世間の貧窮乞児が帝王の側にあれば、形貌容状はいずれか類比すべきや。」

阿難白佛:「假令此人在帝王邊,羸陋醜惡無以為喻,百千萬億不可計倍。所以然者?貧窮乞人底極廝下,衣不蔽形,食趣支命,飢寒困苦,人理殆盡。皆坐前世不殖德本,積財不施、富有益慳,但欲唐得、貪求無厭,不信修善、犯惡山積。如是壽終,財寶消散,苦身積聚為之憂惱,於己無益,徒為他有。無善可怙,無德可恃,是故,死墮惡趣,受此長苦。罪畢得出生為下賤,愚鄙斯極示同人類。所以世間帝王人中獨尊,皆由宿世積德所致,慈惠博施,仁愛兼濟,履信修善,無所違諍。是以壽終,福應得昇善道,上生天上享茲福樂。積善餘慶今得為人,遇生王家自然尊貴,儀容端正眾所敬事,妙衣珍膳隨心服御。宿福所追,故能致此。」

阿難は仏に言った。「假使この人が帝王の側にあれば、羸陋醜悪にして比喻を作すものなく、百千万億不可計倍差あり。なぜか。貧窮乞児は卑極下賤にして、衣は形を蔽わず、食は活きるに足るのみ、飢寒困苦にして、人たるの理ほぼ尽く。皆前世に徳本を種植せず、財を積んで施さず、富めばますます慳吝にして、ただ白得せんと欲し、貪求厭くことを知らず、修善を信ぜず悪を犯して山のごとく積めるがゆえなり。このごとく寿終すれば、財宝消散し、身を苦しめ積聚したるもただそれがために憂悩し、おのれに益なく、徒に他人の所有と為る。善に憑るべくなく、徳に恃るべきなし。ゆえに死して後悪趣に堕して、この長苦を受く。罪畢りて出で得て下賤に生ずるも、愚鄙極まりて、ただ表面上人類に同じのみ。ゆえに世間の帝王は人中に独尊するも、皆宿世の積徳の致す所に由る——慈恵博施し、仁愛兼済し、信を履み善を修して、違諍する所なし。ゆえに寿終して、福応して善道に昇り、上って天上に生れてこれらの福楽を受く。善を積みたる余慶にいま人となることを得て、王家に遇生して自然尊貴にして、儀容端正にして衆人の敬事する所と為り、妙衣珍膳を心に随って服用す。宿福の追う所ゆえに、能くこれに致る。」

佛告阿難:「汝言是也。計如帝王,雖人中尊貴,形色端正,比之轉輪聖王,甚為鄙陋,猶彼乞人在帝王邊。轉輪聖王威相殊妙天下第一,比忉利天王,又復醜惡不得相喻萬億倍也。假令天帝比第六天王,百千億倍不相類也。設第六天王比無量壽佛國菩薩、聲聞,光顏容色不相及逮,百千萬億不可計倍。」

仏は阿難に告げた。「汝の言う所は然り。これを算するに帝王は人中に尊貴にして形色端正なりといえども、転輪聖王に比ぶれば甚だ鄙陋にして、あの乞児が帝王の側にあるがごとし。転輪聖王の威相殊妙にして天下第一なりといえども、忉利天王に比ぶれば、また再び醜悪にして比ぶべくもなく万億倍。假使天帝が第六天王に比ぶれば、百千億倍相類せず。設し第六天王が無量寿仏国の菩薩・声聞に比ぶれば、光顔容色は及ばず、百千万億不可計倍差あり。」

佛告阿難:「無量壽國其諸天人,衣服、飲食、華香、瓔珞、諸蓋幢幡、微妙音聲,所居舍宅、宮殿、樓閣,稱其形色、高下、大小,或一寶、二寶,乃至無量眾寶,隨意所欲,應念即至。又,以眾寶妙衣遍佈其地,一切人天踐之而行。無量寶網彌覆佛土,皆以金縷、真珠、百千雜寶、奇妙珍異莊嚴絞飾,周匝四面垂以寶鈴,光色晃曜盡極嚴麗。自然德風徐起微動,其風調和,不寒、不暑;溫涼柔軟,不遲、不疾;吹諸羅網及眾寶樹,演發無量微妙法音,流佈萬種溫雅德香。其有聞者,塵勞垢習自然不起,風觸其身皆得快樂,譬如比丘得滅盡三昧。

仏は阿難に告げた。「無量寿国のそれらの天人は、衣服・飲食・花香・瓔珞・諸蓋幢幡・微妙音声、住する所の舍宅・宮殿・楼閣は、その形色・高下・大小に称合し、或いは一宝・二宝、乃至無量衆宝、随意所欲にして応念即ち至る。また衆宝妙衣をもってその地に遍布し、一切人天は踏みて行く。無量の宝網は仏土に弥覆し、皆金縷・真珠・百千雑宝・奇妙珍異をもって荘厳絞飾し、周囲四面に宝鈴を垂れ、光色晃曜して尽極厳麗なり。自然の徳風は徐起微動し、その風は調和して、寒ならず・暑ならず、温涼柔軟にして、慢ならず・快ならず。諸の羅網および衆宝樹を吹動して、無量微妙の法音を演発し、万種の温雅徳香を流布す。もし聞く者あれば、塵労垢習は自然に起らず、風が身体に触れれば皆快楽を得ること、比丘が滅尽三昧を得るがごとし。

「又,風吹散華遍滿佛土,隨色次第而不雜亂,柔軟光澤馨香芬烈,足履其上陷下四寸,隨舉足已還復如故。華用已訖地輒開裂,以次化沒清淨無遺,隨其時節風吹散華,如是六反。

「また、風は散花を吹いて仏土に遍満し、色に随って次第にして雑乱せず、柔軟光沢にして馨香芬烈なり。脚をもってその上に蹈めば四寸に陥り、足を挙ぐれば便ち還復して故のごとし。花は用い尽きれば地は便ち開裂し、次いで化没して清浄にして遺すことなく、その時節に随いて風は散花を吹き、このごとく六回反覆す。

「又眾寶蓮華周滿世界,一一寶華百千億葉,其葉光明無量種色,青色青光,白色白光,玄、黃、朱、紫光色亦然,煒燁煥爛,明曜日月。一一華中出三十六百千億光;一一光中出三十六百千億佛,身色紫金,相好殊特;一一諸佛又放百千光明,普為十方說微妙法;如是諸佛各各安立無量眾生於佛正道。」

「また衆宝蓮花が世界に周満す。一一の宝花は百千亿の葉あり、葉の光明は無量種の色あり、青色青光・白色白光、玄・黄・朱・紫の光色もまたこのごとく、煒燁焕爛にして日月を明曜す。一一の花の中より三十六百千亿の光を出ず。一一の光の中より三十六百千亿の仏を出で、身色は紫金にして相好殊特なり。一一の諸仏はまた百千の光明を放ち、普く十方のために微妙法を説く。このごとき諸仏はおのおの無量の衆生を仏の正道に安立す。」

無量壽經捲上

無量寿経 巻上

仏説無量寿経 巻下

曹魏天竺三藏康僧鎧譯

曹魏の時、天竺の三藏康僧鎧が訳した。

佛告阿難:「其有眾生生彼國者,皆悉住於正定之聚。所以者何?彼佛國中無諸邪聚及不定之聚,十方恆沙諸佛如來皆共讚歎無量壽佛威神功德不可思議。諸有眾生聞其名號信心歡喜,乃至一念,至心迴向願生彼國,即得往生住不退轉,唯除五逆、誹謗正法。」

仏は阿難に告げた。「もし衆生があの国土に生ずる者は、皆正定の聚に安住す。なぜか。あの仏国の中には諸の邪聚および不定の聚なし。十方恒河沙の諸仏如来は皆共に無量寿仏の威神功徳不可思議を讃嘆す。諸の衆生はその名号を聞き信心歓喜して、乃至一念、至心に回向してあの国土に生れんと願えば、即ち往生を得て不退転に住す。ただ五逆・正法を誹謗する者を除く。」

佛告阿難:「十方世界諸天人民,其有至心願生彼國,凡有三輩。其上輩者,捨家棄欲而作沙門,發菩提心,一向專念無量壽佛,修諸功德願生彼國。此等眾生臨壽終時,無量壽佛與諸大眾現其人前,即隨彼佛往生其國,便於七寶華中自然化生,住不退轉,智慧勇猛,神通自在。是故,阿難!其有眾生欲於今世見無量壽佛,應發無上菩提之心,修行功德,願生彼國。」

仏は阿難に告げた。「十方世界の諸天人民のうち、もし至心にあの国土に生れんと願う者は、あわせて三輩あり。その上輩の人は、家を捨て欲を棄てて出家して沙門となり、菩提心を発し、一向に専ら無量寿仏を念じ、諸の功徳を修してあの国土に生れんと願う。これらの衆生は寿終に臨んで、無量寿仏は諸の大衆とともにその人の前に現じ、即ちあの仏に随ってその国に往生し、便ち七宝花の中に自然化生し、不退転に住し、智慧勇猛にして神通自在なり。ゆえに、阿難!もし衆生が今世に無量寿仏を見んと欲せば、まさに無上菩提の心を発し、功徳を修行し、あの国土に生れんと願うべし。」

佛語阿難:「其中輩者,十方世界諸天人民,其有至心願生彼國,雖不能行作沙門大修功德,當發無上菩提之心,一向專念無量壽佛。多少修善、奉持齋戒、起立塔像、飯食沙門、懸繒然燈、散華燒香,以此迴向願生彼國。其人臨終,無量壽佛化現其身——光明相好,具如真佛——與諸大眾現其人前,即隨化佛往生其國,住不退轉,功德智慧次如上輩者也。」

仏は阿難に言った。「その中輩の人は、十方世界の諸天人民のうち、もし至心にあの国土に生れんと願うも、出家して沙門となり大いに功徳を修すること能わざれば、まさに無上菩提の心を発し、一向に専ら無量寿仏を念ずべし。多少善を修し、斎戒を奉持し、塔像を起立し、沙門を供養して飲食し、繒幡を懸け燈を点じ、花を散じ香を焼き、これらをもって回向してあの国土に生れんと願う。その人臨終せば、無量寿仏は変化してその身を現ず——光明相好、全く真仏のごとく——諸の大衆とともにその人の前に現じ、即ち化仏に随ってその国に往生し、不退転に住し、功徳智慧は上輩に次ぐ。」

佛語阿難:「其下輩者,十方世界諸天人民,其有至心欲生彼國,假使不能作諸功德,當發無上菩提之心,一向專意乃至十念,念無量壽佛,願生其國。若聞深法歡喜信樂,不生疑惑,乃至一念念於彼佛,以至誠心願生其國。此人臨終夢見彼佛,亦得往生,功德智慧次如中輩者也。」

仏は阿難に言った。「その下輩の人は、十方世界の諸天人民のうち、もし至心にあの国土に生れんと欲するも、假使諸の功徳を作すこと能わざれば、まさに無上菩提の心を発し、一向に専意にして乃至十念し、無量寿仏を念じ、その国に生れんと願うべし。もし深法を聞いて歓喜信楽して疑惑を生ぜず、乃至一念あの仏を念じ、至誠の心をもってその国に生れんと願えば、この人臨終にあの仏を夢見て、また能く往生し、功徳智慧は中輩に次ぐ。」

佛告阿難:「無量壽佛威神無極,十方世界無量無邊不可思議諸佛如來莫不稱歎。於彼東方恆沙佛國,無量無數諸菩薩眾,皆悉往詣無量壽佛所恭敬供養,及諸菩薩、聲聞大眾聽受經法,宣佈道化;南、西、北方、四維,上、下亦復如是。」

仏は阿難に告げた。「無量寿仏の威神は無極にして、十方世界の無量無辺不可思議の諸仏如来に称嘆せざるなし。あの東方恒河沙の仏国において、無量无数の諸菩薩衆は皆無量寿仏のところに往きて恭敬供養し、および諸菩薩・声聞の大衆は経法を聴受し、仏道の教化を宣布す。南・西・北方・四維、上・下もまたこのごとし。」

爾時,世尊而說頌曰:

その時、世尊は便ち頌を説いて曰く——

「東方諸佛國,其數如恆沙,

「東方の諸仏国土、その数は恒河沙のごとく、

彼土諸菩薩,往覲無量覺;

それらの国土の諸菩薩、往きて無量覚に覲見せん。

南、西、北四維,上、下亦復然。

南・西・北・四維、上・下もまたこのごとし。

彼土菩薩眾,往覲無量覺,

それらの国土の菩薩衆、往きて無量覚に覲見せん。

一切諸菩薩,各齎天妙華,

一切の諸菩薩、おのおの天上の妙花を齎し、

寶香無價衣,供養無量覺;

宝香・無价の衣をもって、無量覚に供養せん。

鹹然奏天樂,暢發和雅音,

皆天楽を奏起して、和雅の音を暢発し、

歌歎最勝尊,供養無量覺。

最勝尊を歌歎して、無量覚に供養せん。

究達神通慧,遊入深法門,

究竟して神通慧に通達し、深法門に游入し、

具足功德藏,妙智無等倫。

功徳蔵を具足し、妙智に等倫なし。

慧日照世間,消除生死云,

慧日は世間を普照して、生死の雲を消除し、

恭敬遶三匝,稽首無上尊。

恭敬して三匝繞り、無上尊に稽首す。

見彼嚴淨土,微妙難思議,

あの厳浄の国土を見て、微妙にして思議し難く、

因發無量心,願我國亦然。

因りて無量の心を発起し、願わくはわが国土もこのごとくあらんと。

應時無量尊,動容發欣笑,

時に応じて無量尊、動容して欣笑を発し、

口出無數光,遍照十方國。

口中より无数の光を出で、十方国土を遍照す。

迴光圍遶身,三匝從頂入,

回光して身体を囲繞し、三匝繞りて頂上より入る。

一切天、人眾,踴躍皆歡喜。

一切の天・人衆、踊躍して皆歓喜す。

大士觀世音,整服稽首問,

大士観世音、衣を整え稽首して問う——

白佛:『何緣笑?唯然願說意。』

仏に対して曰く『何の因によりて笑むや。ただ願わくはこの意を説け。』

梵聲猶雷震,八音暢妙響:

梵音は雷震のごとく、八音は妙響を暢出す——

『當授菩薩記,今說仁諦聽。

『まさに菩薩のために授記せん、いま説く。仁者諦かに聴け。

十方來正士,吾悉知彼願,

十方より来たる正士、わたしは皆その願を知る。

志求嚴淨土,受決當作佛;

志を立てて厳浄土を求め、受記決定してまさに仏を作らん。

覺了一切法,猶如夢幻響,

一切法を覚了すること、夢・幻・響のごとく、

滿足諸妙願,必成如是剎。

諸の妙願を満足し、必ずこのごとき刹土を成就せん。

知法如電影,究竟菩薩道,

法は電光・影のごとしと知りて、菩薩道を究竟し、

具諸功德本,受決當作佛;

諸功徳の本を具足し、受記決定してまさに仏を作らん。

通達諸法門,一切空無我,

諸法門に通達し、一切空無我なり。

專求淨佛土,必成如是剎。』

専ら清浄仏土を求め、必ずこのごとき刹土を成就せん。』

諸佛告菩薩:『令覲安養佛,

諸仏は菩薩に告げる——『彼らをして安養仏に覲見せしめよ。

聞法樂受行,疾得清淨處。

法を聞いて受行を楽み、速やかに清浄処を得ん。

至彼嚴淨土,便速得神通,

あの厳浄国土に到れば、便ち速やかに神通を得、

必於無量尊,受記成等覺。』

必ず無量尊のところにおいて、受記して等正覚を成就せん。』

其佛本願力,聞名欲往生,

あの仏の本願の力によりて、名号を聞きて往生せんと欲するは、

皆悉到彼國,自致不退轉。

皆悉くあの国土に到り、みずから不退転に達せん。

菩薩興志願,願己國無異,

菩薩は志愿を興起し、おのが国土の異ならざるを願い、

普念度一切,名顯達十方。

普く一切を憶念度脱して、名号十方に顕達せん。

奉事億如來,飛化遍諸剎,

億の如来に奉事し、飛化して諸刹土に遍く。

恭敬歡喜去,還到安養國。

恭敬歓喜して去り、安養国に還る。

若人無善本,不得聞此經;

もし人善本なければ、この経を得聞すること能わず。

清淨有戒者,乃獲聞正法。

清浄にして戒ある人のみ、正法を聴聞することを獲ん。

曾更見世尊,則能信此事,

かつて世尊を見たる者のみ、これらの事を信ずることを得、

謙敬聞奉行,踴躍大歡喜。

謙敬して聴聞奉行し、踊躍して大歓喜せん。

憍慢弊懈怠,難以信此法;

驕慢弊悪懈怠の者は、この法を信ずること難し。

宿世見諸佛,樂聽如是教。

宿世に諸仏を見たる者は、このごとき教を聴くを楽む。

聲聞或菩薩,莫能究聖心,

声聞或いは菩薩も、聖心を究尽し能わず。

譬如從生盲,欲行開導人。

譬えば生来眼盲の人が、他人を開導せんと欲するがごとし。

如來智慧海,深廣無崖底,

如来の智慧海は、深広にして崖底なし。

二乘非所測,唯佛獨明瞭。

二乗の測る所にあらず、ただ仏のみ独り明了なり。

假使一切人,具足皆得道,

假使一切の人、皆道を得て具足するも、

淨慧如本空,億劫思佛智,

浄慧本来の空のごとく、億劫に仏智を思惟するも、

窮力極講說,盡壽猶不知。

気力を窮め極力講説しても、寿を尽くしてなお知らず。

佛慧無邊際,如是致清淨,

仏慧に辺際なく、このごとく清浄に達せん。

壽命甚難得,佛世亦難值。

寿命は甚だ得難く、仏の出世もまた値遇し難し。

人有信慧難,若聞精進求,

人に信慧あること難く、もし聞きて精進に求めば、

聞法能不忘,見敬得大慶,

法を聞きて忘れざる能く、見て恭敬して大慶を得れば、

則我善親友,是故當發意。

便ちわが善親友なり。ゆえにまさに心意を発起すべし。

設滿世界火,必過要聞法,

たとえ世界火に充満するも、必ず過ぎて法を聴くべし。

會當成佛道,廣濟生死流。」

ついにまさに仏道を成就し、広く生死流を救済せん。」

佛告阿難:「彼國菩薩皆當究竟一生補處——除其本願為眾生故——以弘誓功德而自莊嚴,普欲度脫一切眾生。阿難!彼佛國中諸聲聞眾身光一尋,菩薩光明照百由旬。有二菩薩最尊第一,威神光明普照三千大千世界。」

仏は阿難に告げた。「あの国土の菩薩は皆究竟して一生補処に至るべし——ただし彼らの本願が衆生のための故を除く——弘誓功徳をもってみずからを荘厳し、普く一切衆生を度脱せんと欲す。阿難!あの仏国の中の諸声聞衆の身光は一尋、菩薩の光明は百由旬を照らす。二人の菩薩ありて最尊第一にして、威神光明は普く三千大千世界を照らす。」

阿難白佛:「彼二菩薩其號云何?」

阿難は仏に言った。「あの二人の菩薩の名号は何ですか。」

佛言:「一名觀世音,二名大勢至。是二菩薩於此國土修菩薩行,命終轉化生彼佛國。阿難!其有眾生生彼國者,皆悉具足三十二相,智慧成滿,深入諸法,究暢要妙,神通無礙,諸根明利。其鈍根者成就二忍,其利根者得阿僧祇無生法忍。又彼菩薩乃至成佛不更惡趣,神通自在常識宿命,除生他方五濁惡世,示現同彼如我國也。」

仏は言った。「一人は名を観世音といい、二人目は名を大勢至という。この二人の菩薩はこの国土において菩薩行を修し、命終して転じて化生してあの仏国に至れり。阿難!もし衆生があの国土に生ずる者は、皆三十二相を具足し、智慧成満し、諸法に深入りし、要妙を究暢し、神通無碍にして諸根明利なり。鈍根の人は二忍を成就し、利根の人は阿僧祇の無生法忍を得る。またそれらの菩薩は乃至成仏に至るまで悪趣に入らず、神通自在にしてつねに宿命を識る。ただ他方の五濁悪世に生ずるを除き、そこと相同じく示現して、わが国のごとし。」

佛語阿難:「彼國菩薩承佛威神,一食之頃往詣十方無量世界,恭敬供養諸佛世尊,隨心所念,華香、伎樂、繒蓋、幢幡,無數無量供養之具自然化生,應念即至,珍妙殊特非世所有。轉以奉散諸佛、菩薩、聲聞大眾,在虛空中化成華蓋,光色晃耀,香氣普燻。其華周圓四百里者,如是轉倍,乃覆三千大千世界,隨其前後以次化沒。其諸菩薩僉然欣悅,於虛空中共奏天樂,以微妙音歌歎佛德,聽受經法歡喜無量。供養佛已、未食之前,忽然輕舉還其本國。」

仏は阿難に言った。「あの国土の菩薩は仏の威神を承け、一飯の時間に十方無量世界に往き、恭敬して諸仏世尊を供養す。心に念ずる所に随い、花香・伎楽・繒蓋・幢幡、无数無量の供養の具は自然化生し、応念即ち至り、珍妙殊特にして世間の有する所にあらず。転じて諸仏・菩薩・声聞の大衆に奉散し、虚空中において花蓋と化成り、光色晃耀にして香気普く熏開す。その花の周円四百里なるは、このごとく倍に増加して、乃至三千大千世界を覆うに至り、その前後に随いて次いで化没す。それらの菩薩は皆欣悦して、虚空中に共に天楽を奏し、微妙音をもって仏徳を歌歎し、経法を聴受して歓喜無量なり。仏を供養し畢りて、いまだ飯食せざるの前に、忽然として軽く挙して本国に還る。」

佛語阿難:「無量壽佛為諸聲聞、菩薩大眾頒宣法時,都悉集會七寶講堂,廣宣道教,演暢妙法,莫不歡喜,心解得道。即時四方自然風起,普吹寶樹出五音聲,雨無量妙華隨風周遍,自然供養如是不絕。一切諸天皆齎天上百千華香、萬種伎樂供養其佛及諸菩薩、聲聞大眾,普散華香、奏諸音樂,前後來往更相開避。當斯之時,熙然快樂不可勝言。」

仏は阿難に言った。「無量寿仏が諸声聞・菩薩の大衆のために法を頒宣する時、皆悉く七宝講堂に集会し、広く仏道の教化を宣説し、妙法を演暢して、歓喜せざるなく、心に解して道を得る。即時に四方に自然風起り、普く宝樹を吹動して五音の声を発し、無量の妙花を雨らして風に随って周遍し、自然供養してこのごとく絶えず。一切の諸天は皆天上の百千花香・万種伎楽を齎してあの仏および諸菩薩・声聞衆を供養し、普く花香を散じ・諸音楽を奏し、前後往来して互いに開避す。この時に当たり、熙然快楽にして言に勝えず。」

佛告阿難:「生彼佛國諸菩薩等,所可講說常宣正法,隨順智慧無違無失。於其國土所有萬物,無我所心、無染著心,去來進止情無所係,隨意自在無所適莫,無彼、無我,無競、無訟。於諸眾生得大慈悲饒益之心、柔軟調伏無忿恨心、離蓋清淨無厭怠心、等心、勝心、深心、定心、愛法樂法喜法之心、滅諸煩惱離惡趣心,究竟一切菩薩所行,具足成就無量功德,得深禪定諸通明慧,遊志七覺修心佛法,肉眼清徹靡不分了、天眼通達無量無限、法眼觀察究竟諸道、慧眼見真能度彼岸、佛眼具足覺了法性。以無礙智為人演說,等觀三界空無所有,志求佛法具諸辯才,除滅眾生煩惱之患。從如來生,解法如如,善知習滅,音聲方便。不欣世語,樂在正論,修諸善本,志崇佛道。知一切法皆悉寂滅,生身煩惱二餘俱盡。聞甚深法心不疑懼,常能修行其大悲者。深遠微妙靡不覆載,究竟一乘至於彼岸。決斷疑網,慧由心出,於佛教法該羅無外。智慧如大海、三昧如山王,慧光明淨超踰日月,清白之法具足圓滿。

仏は阿難に告げた。「あの仏国に生ずる諸菩薩等は、講説する所はつねに正法を宣べ、智慧に随順して違失なし。国土の中の所有万物に対して、我所心なく・染著心なく、去来進止して情は係る所なく、随意自在にして偏執する所なく、彼なく・我なく、競なく・訟なく。諸衆生に対して大慈悲饒益の心・柔軟調伏して忿恨なき心・蓋を離れ清浄にして厭怠なき心・等心・勝心・深心・定心・法を愛し法を楽み法に喜ぶ心・諸煩悩を滅して悪趣を離るる心を得、究竟して一切菩薩の行ずる所にして、無量功徳を具足成就し、深禅定諸通明慧を得、七覚に游志して仏法を修心す。肉眼は清徹にして分明せざるなく、天眼は通達して無量無限、法眼は観察して究竟して諸道、慧眼は真を見て能く彼岸に到り、仏眼は具足して法性を覚了す。無碍智をもって人のために演説し、平等に三界を観ること空にして有る所なく、佛法を志求して諸弁才を具し、衆生の煩悩の患を除滅す。如来より生じ、法を解すること如如にして、善く習滅を知り、音声方便なり。世語を欣ばず、正論に楽んで、諸善本を修し、佛道を志崇す。一切法が皆悉く寂滅なるを知り、生身煩悩の二余は皆尽く。甚深法を聞いて心に疑懼せず、つねにあの大悲の人の修行し得る所なり。深遠微妙にして覆載せざるなく、究竟一乗にして彼岸に到達す。疑網を決断し、慧は心より出で、仏教法に対して該羅して外なし。智慧は大海のごとく、三昧は山王のごとく、慧光は明浄にして日月を超過し、清白の法は具足円満なり。

「猶如雪山,照諸功德等一淨故;猶如大地,淨穢好惡無異心故;猶如淨水,洗除塵勞諸垢染故;猶如火王,燒滅一切煩惱薪故;猶如大風,行諸世界無障閡故;猶如虛空,於一切有無所著故;猶如蓮華,於諸世間無染汙故;猶如大乘,運載群萌出生死故;猶如重云,震大法雷覺未覺故;猶如大雨,雨甘露法潤眾生故;如金剛山,眾魔外道不能動故;如梵天王,於諸善法最上首故;如尼拘類樹,普覆一切故;如優曇缽華,希有難遇故;如金翅鳥,威伏外道故;如眾遊禽,無所藏積故;猶如牛王,無能勝故;猶如象王,善調伏故;如師子王,無所畏故。

「雪山のごとくは、諸功徳を照らして同一浄なるがゆえなり。大地のごとくは、浄穢好悪に異心なきがゆえなり。浄水のごとくは、塵労諸垢染を洗除するがゆえなり。火王のごとくは、一切煩悩薪を焼滅するがゆえなり。大風のごとくは、諸世界を行して障碍なきがゆえなり。虚空のごとくは、一切に対して有する所に執着なきがゆえなり。蓮花のごとくは、諸世間に染污なきがゆえなり。大乗のごとくは、群萌を運載して生死を出離せしむるがゆえなり。重雲のごとくは、大法雷を震って未覚を覚醒せしむるがゆえなり。大雨のごとくは、甘露法を雨らして衆生を潤澤するがゆえなり。金剛山のごとしは、衆魔外道の動揺し能わざるがゆえなり。梵天王のごとしは、諸善法の上において最上首なるがゆえなり。尼拘類樹のごとしは、普く一切を覆うがゆえなり。優曇鉢花のごとしは、希有にして遇い難きがゆえなり。金翅鳥のごとしは、威伏して外道を制するがゆえなり。衆游禽のごとしは、蔵積する所なきがゆえなり。牛王のごとくは、勝過し得るものなきがゆえなり。象王のごとくは、善く調伏するがゆえなり。師子王のごとくは、畏るる所なきがゆえなり。

「曠若虛空,大慈等故;摧滅嫉心,不望勝故。專樂求法,心無厭足;常欲廣說,志無疲倦。擊法鼓、建法幢、曜慧日、除痴闇、修六和敬、常行法施,志勇精進,心不退弱。為世燈明、最勝福田,常為師導等無憎愛。唯樂正道無餘欣慼,拔諸欲刺以安群生,功德殊勝莫不尊敬,滅三垢障遊諸神通。因力、緣力、意力、願力、方便之力、常力、善力、定力、慧力、多聞之力、施戒、忍辱、精進、禪定、智慧之力、正念止觀諸通明力、如法調伏諸眾生力,如是等力一切具足。身色相好,功德、辯才具足莊嚴,無與等者。恭敬供養無量諸佛,常為諸佛所共稱歎。究竟菩薩諸波羅蜜,修空無相無願三昧、不生不滅諸三昧門,遠離聲聞緣覺之地。

「曠達なること虚空のごとくは、大慈平等なるがゆえなり。嫉心を摧滅すは、他人に勝るを指望せざるがゆえなり。専ら法を求むるを楽み、心に厭足なし。つねに広く宣説せんと欲し、志に疲倦なし。法鼓を撃ち・法幢を建て・慧日を曜し・癡暗を除き・六和敬を修し・つねに法施を行じ、志勇精進して心退弱せず。世間の灯明・最勝福田を作し、つねに師導と為り平等にして憎愛なし。ただ正道を楽みて余の欣戚なく、諸欲の刺を拔除して群生を安頓し、功徳殊勝にして尊敬せざるなく、三垢障を滅して諸神通に游ぶ。因力・縁力・意力・願力・方便之力・常力・善力・定力・慧力・多聞之力・施戒・忍辱・精進・禅定・智慧之力・正念止観諸通明力・如法に諸衆生を調伏する力、このごとき等の力一切具足す。身色相好・功徳・弁才は具足荘厳にして、彼らと相等しきものあらざらん。無量の諸仏を恭敬供養し、つねに諸仏に共に称嘆せらる。究竟して菩薩の諸波羅蜜にして、空無相無願三昧・不生不滅諸三昧門を修し、声聞縁覚の地を遠離す。

「阿難!彼諸菩薩成就如是無量功德,我但為汝略言之耳;若廣說者,百千萬劫不能窮盡。」

「阿難!それらの菩薩が成就するこのごとき無量功徳は、わたしはただ汝のために略説するのみ。もし広く説かば、百千万劫も窮尽し能わず。」

佛告彌勒菩薩、諸天、人等:「無量壽國聲聞、菩薩功德智慧不可稱說,又其國土微妙安樂清淨若此,何不力為善,念道之自然,著於無上下,洞達無邊際?宜各勤精進,努力自求之,必得超絕去,往生安養國。橫截五惡趣,惡趣自然閉;昇道無窮極,易往而無人。其國不逆違,自然之所牽,何不棄世事,勤行求道德,可獲極長生,壽樂無有極?

仏は弥勒菩薩・諸天・人等に告げた。「無量寿国の声聞・菩薩の功徳智慧は称説すべからず、またあの国土の微妙安楽清浄なることこのごとし。なんぞ力を励まして善を為さず、道の自然を念じ、無上下に著し、辺際なく洞達せんや。まさにおのおの精進を勤め、力を励ましてみずから求むべし。必ず超絶離去して安養国に往生することを得べし。横に五悪趣を截りて、悪趣は自然に閉塞す。道に昇るに窮極なく、往き易きも往く人なし。あの国は逆わず、自然の牽引する所なり。なんぞ世事を棄てず、勤行して道徳を求めずして、極長生を獲るべく、寿楽に終極なからんや。

「然世人薄俗,共諍不急之事。於此劇惡極苦之中,勤身營務以自給濟。無尊、無卑,無貧、無富,少、長、男、女共憂錢財,有無同然,憂思適等。屏營愁苦,累念積慮,為心走使,無有安時——有田憂田、有宅憂宅,牛、馬、六畜、奴婢、錢財、衣、食、什物,復共憂之——重思累息,憂念愁怖,橫為非常、水、火、盜賊、怨家、債主焚漂劫奪,消散磨滅,憂毒忪忪,無有解時。結憤心中不離憂惱,心堅意固適無縱捨,或坐摧碎身亡命終,棄捐之去莫誰隨者。

「しかるに世人は薄俗にして、共にそれ不急の事を争う。これ劇悪極苦の中において、身を勤め務を営んでみずから給済す。尊ならずも・卑ならずも、貧ならずも・富ならずも、少・長・男・女は共に銭財を憂え、有ると無きと同じく、憂思適等なり。慌乱愁苦にして、念を累ね慮を積み、心に駆使されて、安寧の時なし——田あれば田を憂え、宅あれば宅を憂え、牛・馬・六畜・奴婢・銭財・衣・食・什物、また共にそれを憂う——思を重ね息を累ね、憂念愁怖して、横に非常・水・火・盗賊・怨家・債主の焚焼漂没劫奪に遭い、消散磨滅して、憂毒忪忪として、解ける時なし。憤を心中に結んで憂悩を離れず、心堅意固にして放舎すること恰もなし。或いはこれに因りて摧碎して身亡し命終す。抛弃して去るに随う者なし。

「尊貴、豪富亦有斯患,憂懼萬端,勤苦若此,結眾寒熱與痛共俱。貧窮下劣睏乏常無,無田亦憂欲有田、無宅亦憂欲有宅,無牛、馬、六畜、奴婢、錢財、衣、食、什物亦憂欲有之。適有一復少一、有是少是,思有齊等;適欲具有便復糜散。如是憂苦當復求索,不能時得思想無益,身心俱勞,坐起不安,憂念相隨,勤苦若此,亦結眾寒熱與痛共俱。或時坐之終身夭命,不肯為善、行道、進德,壽終身死當獨遠去,有所趣向善惡之道,莫能知者。

「尊貴・豪富もまたこれらの患あり。憂懼万端にして、勤苦このごとし。衆の寒熱を結んで痛と共に在り。貧窮下劣にして困乏してつねに無し。田なきも田あらんと憂想し、宅なきも宅あらんと憂想す。牛・馬・六畜・奴婢・銭財・衣・食・什物なきもそれらあらんと憂想す。剛く一ありてまた一少なく、これありてまた彼少なく、斉等せんと欲す。剛く具有せんと欲すれば便ちまた糜散す。このごとく憂苦してまた再び求索す。時に得る能わず・思想して益なきも、身心皆労累して、坐起安からず、憂念相随い、勤苦このごとし。また衆の寒熱を結んで痛と共に在り。或いはこれに因りて終身して命を夭し、善を為さず・道を行ぜず・徳を進めず、寿終身死してまさに独り遠く去るべし。趣向する所の善悪の道は、知り得るものなし。

「世間人民,父子、兄弟、夫婦、家室、中外親屬,當相敬愛,無相憎嫉;有無相通,無得貪惜;言色常和,莫相違戾。或時心諍有所恚怒,今世恨意微相憎嫉,後世轉劇至成大怨。所以者何?世間之事更相患害,雖不即時應急相破,然含毒畜怒結憤精神,自然剋識不得相離,皆當對生更相報復。人在世間愛欲之中,獨生、獨死,獨去、獨來,當行至趣苦樂之地,身自當之無有代者。善惡變化、殃福異處,宿豫嚴待,當獨趣入。遠到他所莫能見者,善惡自然追行所生。窈窈冥冥別離久長,道路不同會見無期,甚難甚難復得相值。何不棄眾事,各曼強健時,努力勤修善,精進願度世,可得極長生?如何不求道,安所須待,欲何樂乎?

「世間の人民は、父子・兄弟・夫婦・家室・中外の親属は、まさに互相い敬愛すべく、相い憎嫉する莫れ。有無は相通じ、貪惜すること得べからず。言色はつねに和にして、相い違戾する莫れ。或いは時に心に争競して恚怒する所あれば、今世に恨意微微として互いに憎嫉し、後世には転じて劇しく大怨に至る。なぜか。世間の事は更相患害す。即時に応急に相い破るなきといえども、しかるに毒を含み怒を蓄え憤を精神に結び、自然に刻識して相い離るるを得ず、皆まさに対生して更相報復すべし。人の世間に愛欲の中にあっては、独り生まれ独り死し、独り去り独り来る。まさに行かんとして趣く苦楽の地、身みずから承当して代わる能くするものなし。善悪変化し・殃福処を異にして、宿業は預め厳待し、まさに独り趣入すべし。他所に遠く到るに見る能くするなく、善悪は自然に生ずる所に追う。窈窈冥冥として別離久長にして、道路同じからず会見期なく、甚だ難く甚だ難く再び相い値うことを得ず。なんぞ衆事を棄てず、おのおの強健の時に趁りて、力を努めて勤く善を修し、精進して世を度せんと願わずして、極長生を得べきや。いかにして道を求めず、なお何を待ち、なお何の楽を欲せんや。

「如是,世人不信作善得善、為道得道,不信人死更生、惠施得福,善惡之事都不信之,謂之不然終無有是。但坐此故,且自見之,更相瞻視,先後同然。轉相承受父餘教令,先人祖父素不為善、不識道德,身愚神闇,心塞意閉。死生之趣、善惡之道,自不能見,無有語者;吉凶禍福,競各作之,無一怪也。生死常道轉相嗣立,或父哭子、或子哭父,兄弟、夫婦更相哭泣,顛倒上下無常根本,皆當過去不可常保。教語開導,信之者少,是以生死流轉無有休止。

「このごとく、世人は善を作して善を得・道を為して道を得るを信ぜず、人の死して更生し・惠施して福を得るを信ぜず、善悪の事皆信ぜず、然らざり終にこれらなしと言う。ただこの故に、姑くみずから見、更相瞻視して、先後同然なり。転相承受して父が遺した教令にして、先人祖父は素より善を為さず・道徳を識らず、身愚神暗にして心塞意閉す。死生の趣・善悪の道は、みずから見る能わず、また告ぐる人なし。吉凶禍福は、競いおのおの分を越えて作し、怪しむ者一もなし。生死は常道にして転相嗣立し、或いは父が子を哭き・或いは子が父を哭き、兄弟・夫婦は更相哭泣す。顛倒上下にして無常は根本にして、皆まさに過ぎ去るべく常保すべからず。教語開導するも、信ずる人少なし。ゆえに生死流転して休止なし。

「如此之人,曚冥抵突,不信經法,心無遠慮,各欲快意;痴惑於愛欲,不達於道德;迷沒於瞋怒,貪狼於財色。坐之不得道,當更惡趣苦,生死無窮已,哀哉甚可傷。或時室家,父子、兄弟、夫婦,一死一生更相哀愍,恩愛、思慕、憂念結縛,心意痛著迭相顧戀,窮日卒歲無有解已。教語道德心不開明,思想恩好不離情慾。惛曚閉塞,愚惑所覆,不能深思熟計、心自端政、專精行道、決斷世事,便旋至竟年壽終盡不能得道,無可奈何。

「このごとき人は、蒙昧抵突にして経法を信ぜず、心に遠慮なく、おのおの快意せんと欲す。愛欲に痴惑して道徳に通達せず、瞋怒に迷没して財色に貪婪す。これに因りて道を得ず、まさに再び悪趣苦を受くべく、生死に窮已なし。哀しいかな甚だ傷むべし。或いは時に室家・父子・兄弟・夫婦は、一死一生して更相哀愍し、恩愛・思慕・憂念は結縛して、心意は痛着して迭相顧恋し、日を窮め歳を卒えて解くことなし。教語道徳するも心は開明せず、恩好を思想して情欲を離れず。惛曚閉塞して愚惑に覆われ、能く深く思い熟く計え・心みずから端正に・専精に道を行じ・世事を決断すること能わず、転眼頭に至り年寿終盡して道を得ず、奈何ともすべからず。

「總猥憒擾皆貪愛欲,惑道者眾、悟之者寡,世間怱怱,無可聊賴。尊卑、上下、貧富、貴賤,勤苦怱務各懷殺毒,惡氣窈冥為妄興事,違逆天地不從人心,自然非惡先隨與之。恣聽所為待其罪極,其壽未盡便頓奪之。下入惡道,累世懟苦展轉其中,數千億劫無有出期。痛不可言,甚可哀愍。」

「猥愦を総べ擾乱して皆愛欲を貪る。道を惑う者多く覚悟する者少なく、世間は匆匆にして、聊頼すべきなし。尊卑・上下・貧富・貴賤は、勤苦匆務しておのおの杀毒を懐き、悪気窈冥にして妄に事を興し、天地に違逆して人心に従わず、自然の非悪は先に随いて彼に与えり。所為を放任して罪極まるを待ち、寿命未尽なれば便ち頓て奪去す。下って悪道に入り、世を累ね苦しみを懟りて其中に展転し、数千億劫にも出期なし。痛い言うべからず、甚だ哀愍すべし。」

佛告彌勒菩薩、諸天人等:「我今語汝世間之事,人用是故,坐不得道。當熟思計遠離眾惡,擇其善者勤而行之。愛欲榮華不可常保,皆當別離無可樂者。曼佛在世當勤精進,其有至願生安樂國者,可得智慧明達、功德殊勝;勿得隨心所欲,虧負經戒在人後也。儻有疑意不解經者,可具問佛,當為說之。」

仏は弥勒菩薩・諸天人等に告げた。「わたしいま汝らに告ぐる世間の事は、人はこれらの因縁によりて、これに因りて道を得ず。まさに熟く思い計議して衆悪を遠離し、善を選択して勤め加えて実行すべし。愛欲栄華は常保すべからず、皆まさに別離して楽むべきなし。仏の世に在るに趁ってまさに勤め精進すべし。もし至願あって安楽国に生れんとする者は、智慧明達・功徳殊勝を得べし。心の欲するに随い恣まにして、経戒を亏負して人後に落ること莫れ。倘し疑意あって経を解せざる者は、一一仏に問うべし。まさに汝らのために説かん。」

彌勒菩薩長跪白言:「佛威神尊重,所說快善,聽佛經者貫心思之。世人實爾如佛所言,今佛慈愍顯示大道,耳目開明長得度脫,聞佛所說莫不歡喜。諸天、人民、蠕動之類,皆蒙慈恩解脫憂苦。佛語教誡甚深甚善,智慧明見八方、上下、去來今事,莫不究暢。今我眾等所以蒙得度脫,皆佛前世求道之時謙苦所致。恩德普覆,福祿巍巍,光明徹照達空無極;開入泥洹,教授典攬威制消化,感動十方無窮無極。佛為法王尊超眾聖,普為一切天人之師,隨心所願皆令得道。今得值佛,復聞無量壽聲,靡不歡喜,心得開明。」

弥勒菩薩は長跪して禀告した。「仏の威神尊重、説く所は快善にして、仏経を聴く人はまさに貫穿して心思すべし。世人は実に仏の説きたるごとくこのごとし。いま仏は慈愍して大道を顕示し、耳目開明して久しく度脱を得、仏の説く所を聞いて歓喜せざるなし。諸天・人民・蠕動の類は、皆慈恩を蒙りて憂苦を解脱す。仏の話語教誡は甚だ深く甚だ善にして、智慧明見して八方・上下・去来今の事に、究暢せざるなし。いまわれら大衆の蒙得して度脱する所以は、皆仏の前世に道を求めし時の謙苦の致す所なり。恩徳は普く覆い、福禄巍巍にして、光明徹照して達空無極なり。泥洹に開入し、典要を教授し・威制消化し、十方を感動して無窮無極なり。仏は法王にして尊く衆聖を超え、普く一切天人の導師を作し、心の願うに随って皆道を得せしむ。いま仏に値遇することを得、また無量寿の名声を聞き、歓喜せざるなく、心は開明を得たり。」

佛告彌勒:「汝言是也。若有慈敬於佛者,實為大善。天下久久乃復有佛,今我於此世作佛,演說經法,宣佈道教,斷諸疑網;拔愛欲之本,杜眾惡之源。遊步三界無所拘閡,典攬智慧眾道之要,執持綱維昭然分明,開示五趣度未度者,決正生死泥洹之道。

仏は弥勒に告げた。「汝の言う所は然り。もし仏に慈敬する者は、実にこれ大善なり。天下久しくして乃ち再び仏あり。いまわたしこの世において仏を作り、経法を演説し、仏道の教化を宣布して、諸の疑網を断ち、愛欲の根本を拔き、衆悪の源を杜む。三界に游歩して拘碍する所なく、典攬して智慧衆道の要を執持し、綱維昭然分明にして、五趣を開示して未だ度さざる者を度し、生死泥洹の道を決正す。

「彌勒當知,汝從無數劫來修菩薩行,欲度眾生,其已久遠,從汝得道至於泥洹不可稱數。汝及十方諸天、人民一切四眾,永劫已來展轉五道,憂畏勤苦不可具言,乃至今世生死不絕,與佛相值聽受經法,又復得聞無量壽佛。快哉甚善,吾助爾喜。

「弥勒まさに知るべし。汝は无数劫より来たり菩薩行を修して衆生を度せんと欲し、すでに久遠なり。汝の得道より泥洹に至るまで称数すべからず。汝および十方の諸天・人民一切四衆は、永劫以来五道に展転し、憂畏勤苦にして具言すべからず。乃至今世も生死絶えずして、仏に相値して経法を聴受し、また再び無量寿仏を聞くことを得たり。快いかな甚だ善し。わたし汝の歓喜を助く。

「汝今亦可自厭生、死、老、病、痛苦、惡露、不淨、無可樂者,宜自決斷。端身正行,益作諸善;修己潔體,洗除心垢;言行忠信,表裡相應;人能自度,轉相拯濟;精明求願,積累善本。雖一世勤苦須臾之間,後生無量壽佛國快樂無極,長與道德合明,永拔生死根本,無復貪恚、愚痴、苦惱之患。欲壽一劫、百劫、千億萬劫,自在隨意皆可得之,無為自然次於泥洹之道。汝等宜各精進求心所願,無得疑惑中悔自為過咎,生彼邊地七寶宮殿,五百歲中受諸厄也。」

「汝いままたみずから生・死・老・病・痛苦・悪露・不浄・楽むべきなきを厭離すべし。まさにみずから決断すべし。身を端に行を正にして、多く諸善を作し、己を修め体を潔くして心垢を洗除し、言行は忠信にして表裏相応じ、人は能く自度して転相拯済し、精明に求願して善本を積累すべし。一世の勤苦はただ須臾の間のみといえども、後に無量寿仏国に生じて快楽無極にして、長く道徳と合明して、永く生死の根本を拔き、再び貪恚・愚癡・苦悩の患あらず。寿命を一劫・百劫・千億万劫と想えども、自在随意にして皆得べし。無為自然にして泥洹の道に次ぐ。汝らまさにおのおの精進して心の願う所を求むべし。疑惑して中途に後悔しておのれに過咎を作し、あの辺地七宝宮殿に生じて五百歳の中に諸の厄を受くること得べからず。」

彌勒白佛:「受佛重誨,專精修學,如教奉行,不敢有疑。」

弥勒は仏に言った。「仏の郑重の教誨を受け、専精修学して、教のごとく奉行して、敢えて疑あることなし。」

佛告彌勒:「汝等能於此世端心正意,不作眾惡,甚為至德,十方世界最無倫匹。所以者何?諸佛國土天人之類自然作善,不大為惡,易可開化。今我於此世間作佛,處於五惡、五痛、五燒之中,為最劇苦。教化群生令捨五惡、令去五痛、令離五燒;降化其意令持五善,獲其福德度世長壽泥洹之道。」

仏は弥勒に告げた。「汝ら能くこの世において心を端に意を正にして衆悪を作さざれば、これ至徳にして、十方世界に最も倫匹なし。なぜか。諸仏国土の天人の類は自然に善を作して大いに悪を為さず、開化し易きがゆえなり。いまわたしこの世間において仏を作るは、五悪・五痛・五焼の中に処して、これ最も劇苦なり。群生を教化して五悪を捨て・五痛を去り・五焼を離れしめ、彼らの心意を降化して五善を持せしめ、福徳を獲得して世を度り長寿泥洹の道を得しむ。」

佛言:「何等為五惡?何等五痛?何等五燒?何等消化五惡、令持五善,獲其福德度世長壽泥洹之道?

仏は言った。「何をか五悪と為す。何をか五痛と為す。何をか五焼と為す。何をか五悪を消化して人に五善を持せしめ、福徳を獲得して世を度り長寿泥洹の道を得ると為す。

「其一惡者,諸天、人民、蠕動之類。欲為眾惡莫不皆然。強者伏弱轉相剋賊,殘害殺戮迭相吞噬,不知修善惡逆無道,後受殃罰自然趣向。神明記識犯者不赦,故有貧窮、下賤、乞丐、孤獨、聾盲、瘖啞、愚痴、憋惡,至有尫狂不逮之屬。又有尊貴、豪富、高才、明達皆由宿世慈孝、修善積德所致。世有常道、王法、牢獄不肯畏慎,為惡入罪受其殃罰,求望解脫難得免出。世間有此目前現事,壽終後世尤深尤劇,入其幽冥轉生受身。譬如王法痛苦極刑,故有自然三塗無量苦惱,轉貿其身、改形易道,所受壽命或長或短,魂神精識自然趣之。當獨值向相從共生,更相報復無有止已,殃惡未盡不得相離,展轉其中無有出期,難得解脫痛不可言。天地之間自然有是,雖不即時卒暴應至,善惡之道會當歸之。是為一大惡、一痛、一燒,勤苦如是。

「その第一悪は、諸天・人民・蠕動の類。衆悪を作さんと欲して然らざるこれなし。強は弱を制して転相残賊し、殺戮を残害して迭相吞噬し、善を修すを知らず・悪逆無道にして、後に殃罰を受くるは自然の趣向なり。神明は記識して、犯す者は赦さず。ゆえに貧窮・下賤・乞丐・孤独・聾盲・瘖唖・愚癡・憋悪あり、乃至尪狂不逮の類あり。また尊貴・豪富・高才・明達ありて、皆宿世の慈孝・修善積徳の致す所に由る。世に常道・王法・牢獄あるも畏慎するを肯んぜず、悪を為して罪に入りてその殃罰を受け、解脱を求望するも免出し難し。世間にこれらの目前現事あり、寿終後の世は尤も深く尤も劇しく、幽冥に入りて転生受身す。譬えば王法の痛苦極刑のごとし。ゆえに自然三塗の無量苦悩ありて、その身を転貿し・形を改め道を易え、受くる所の寿命は或いは長く或いは短く、魂神精識は自然に趣向す。まさに独り値遇し・相い従い共生し・更相報復して止已なく、殃悪未尽なれば相い離るるを得ず、其中に展転して出期なし。解脱を得ること難く痛い言うべからず。天地の間に自然にこれらあり、即時に猝暴応至せざるといえども、善悪の道は終に帰向せん。これ一大悪・一痛・一焼にして、勤苦このごとし。

「譬如大火焚燒人身,人能於中一心制意、端身正行,獨作諸善、不為眾惡者,身獨度脫,獲其福德度世上天泥洹之道,是為一大善也。」

「譬えば大火が人の身を焚焼するに、人は能くその中において一心に意を制し・身を端に行を正にして、独り諸善を作して衆悪を為さざれば、身は独り度脱して、福徳を獲得して世を度り上天泥洹の道を得る。これ一大善なり。」

佛言:「其二惡者,世間人民——父子、兄弟、室家、夫婦——都無義理,不順法度。奢婬憍縱,各欲快意,任心自恣,更相欺惑。心口各異、言念無實、佞諂不忠、巧言諛媚、嫉賢謗善,陷入怨枉。主上不明任用臣下、臣下自在機偽多端,踐度能行知其形勢。在位不正為其所欺,妄損忠良不當天心。臣欺其君、子欺其父,兄弟、夫婦、中外知識更相欺誑,各懷貪欲、瞋恚、愚痴,欲自厚己、欲貪多有,尊卑、上下心俱同然。破家亡身不顧前後,親屬內外坐之滅族。或時室家、知識、鄉黨、市裡、愚民、野人轉共從事,更相剝害,忿成怨結。富有慳惜不肯施與,愛保貪重心勞身苦,如是至竟無所恃怙,獨來獨去無一隨者。善惡、禍福追命所生,或在樂處、或入苦毒,然後乃悔,當復何及?世間人民心愚少智,見善憎謗不思慕及,但欲為惡妄作非法,常懷盜心悕望他利,消散磨盡而復求索。邪心不正,懼人有色,不豫思計,事至乃悔。今世現有王法牢獄,隨罪趣向受其殃罰。因其前世不信道德、不修善本,今復為惡,天神剋識別其名籍,壽終神逝下入惡道,故有自然三塗無量苦惱。展轉其中,世世累劫無有出期,難得解脫痛不可言,是為二大惡、二痛、二燒,勤苦如是。

仏は言った。「その第二悪は、世間の人民——父子・兄弟・室家・夫婦——皆義理なく法度に順わず。奢淫驕縦にしておのおの快意せんと欲し、心に任せて自恣にして更相欺惑す。心口各異にして言念実ならず、佞諂不忠にして巧言諀媚し、賢を嫉み善を謗り、冤枉に陷入る。主上は明らかならず臣下を任用し、臣下は自在に機偽多端にして、度を践み能く行い其中の形勢を知る。位に在りて正ならざれば彼に欺かれ、妄に忠良を損い天心に当たらず。臣はその君を欺き・子はその父を欺き、兄弟・夫婦・中外の知識は更相欺誑して、おのおの貪欲・瞋恚・愚癡を懐き、みずから厚くせんと欲し・多く有せんと貪り、尊卑・上下の心皆同然なり。家を破り身を亡して前後を顧みず、親属内外はこれに因りて族を滅す。或いは時に室家・知識・郷党・街巷・愚民・野人は転じ共に事に従い、更相剥害して忿が怨結と成る。富あるも慳惜して施与を肯んぜず、保を愛し貪を重んじて心労身苦し、このごとく最後に至るまで恃怙する所なく、独り来て独り去りて随う者一もなし。善悪・禍福は命の生ずる所に追い、或いは楽処に在り、或いは苦毒に入り、しかる後乃ち悔ゆるも、なお及ぶべけんや。世間の人民は心愚智少なく、善を見て憎謗して慕い及ぼすを思わず、ただ悪を為して妄に非法を作せんと欲し、つねに盗心を懐き他人の利を希望し、消散磨尽してまた再び求索す。邪心正ならず、人に色あるを惧れ、預め思計せず、事至りて乃ち悔ゆ。今世には現に王法牢獄あり、罪に随いて趣向してその殃罰を受く。前世に道徳を信ぜず・善本を修せざるに因りて、いままた悪を為す。天神は刻識してその名籍を別し、寿終神逝して下って悪道に入る。ゆえに自然三塗の無量苦悩あり、其中に展転して世世累劫に出期なし。解脱を得ること難く痛い言うべからず。これ二大悪・二痛・二焼にして、勤苦このごとし。

「譬如大火焚燒人身,人能於中一心制意、端身正行,獨作諸善、不為眾惡者,身獨度脫,獲其福德度世上天泥洹之道,是為二大善也。」

「譬えば大火が人の身を焚焼するに、人は能くその中において一心に意を制し・身を端に行を正にして、独り諸善を作して衆悪を為さざれば、身は独り度脱して、福徳を獲得して世を度り上天泥洹の道を得る。これ二大善なり。」

佛言:「其三惡者,世間人民相因寄生,共居天地之間,處年壽命無能幾何。上有賢明長者、尊貴豪富,下有貧窮㒋賤、尫劣愚夫,中有不善之人常懷邪惡,但念婬妷,煩滿胸中,愛欲交亂坐起不安,貪意守惜但欲唐得。眄睞細色邪態外逸,自妻厭憎私妄出入,費損家財事為非法,交結聚會興師相伐,攻劫殺戮強奪不道。惡心在外不自修業,盜竊趣得欲擊成事,恐勢迫脅歸給妻子,恣心快意極身作樂。或於親屬不避尊卑,家室中外患而苦之,亦復不畏王法禁令。如是之惡著於人鬼,日月照見、神明記識,故有自然三塗無量苦惱。展轉其中,世世累劫無有出期,難得解脫痛不可言,是為三大惡、三痛、三燒,勤苦如是。

仏は言った。「その第三悪は、世間の人民は相い因りて寄生し、共に天地の間に居して、年寿を処する能く幾何ならん。上には賢明長者・尊貴豪富あり、下には貧窮厮賤・尪劣愚夫あり、中に不善の人ありてつねに邪悪を懐き、ただ淫佚を念じ、胸臆に煩満して、愛欲交乱して坐起安からず、貪意守惜してただ白得せんと欲す。細色を斜視して邪態外逸して、おのが妻子に対して厭憎し・私に妄に出入し、家財を費損して事を作すこと非法にして、交結聚会して師を興して相い伐ち、攻劫殺戮して強奪して道ならず。悪心は外に在りてみずから業を修めず、盗竊取りて手に到りて事を成さんと欲し、勢を仗りて脅迫して取りて帰りて妻子に給し、心を恣にし意を快にして身を極めて楽を作す。或いは親属に対して尊卑を避けず、家室中外は憂患してこれを苦しめ、また王法禁令を畏れず。このごとき悪は人鬼に顕れ、日月は照見し神明は記識す。ゆえに自然三塗の無量苦悩あり、其中に展転して世世累劫に出期なし。解脱を得ること難く痛い言うべからず。これ三大悪・三痛・三焼にして、勤苦このごとし。

「譬如大火焚燒人身,人能於中一心制意、端身正行,獨作諸善、不為眾惡者,身獨度脫,獲其福德度世上天泥洹之道,是為三大善也。」

「譬えば大火が人の身を焚焼するに、人は能くその中において一心に意を制し・身を端に行を正にして、独り諸善を作して衆悪を為さざれば、身は独り度脱して、福徳を獲得して世を度り上天泥洹の道を得る。これ三大善なり。」

佛言:「其四惡者,世間人民不念修善,轉相教令共為眾惡。兩舌、惡口、妄言、綺語、讒賊、鬪亂,憎嫉善人、敗壞賢明,於傍快喜。不孝二親、輕慢師長,朋友無信,難得誠實。尊貴自大謂己有道,橫行威勢侵易於人,不能自知,為惡無恥,自以強健欲人敬難,不畏天地、神明、日月,不肯作善,難可降化。自用偃蹇謂可常爾,無所憂懼,常懷憍慢。如是眾惡,天神記識,賴其前世頗作福德,小善扶接營護助之;今世為惡福德盡滅,諸善神鬼各去離之,身獨空立無所復依。壽命終盡諸惡所歸,自然迫促共趣奪之。又其名籍記在神明,殃咎牽引當往趣向,罪報自然無從捨離。但得前行入於火鑊,身心摧碎、精神痛苦,當斯之時悔復何及?天道自然,不得蹉跌,故有自然三塗無量苦惱。展轉其中,世世累劫無有出期,難得解脫痛不可言,是為四大惡、四痛、四燒,勤苦如是。

仏は言った。「その第四悪は、世間の人民は善を修することを念わず、転相教令して共に衆悪を作す。両舌・悪口・妄言・綺語・讒賊・鬥乱し、善人を憎嫉し・賢明を敗壊して、傍において快喜す。二親に孝ならず・師長を軽慢し、朋友は信なく、誠実を得ること難し。尊貴自大にしておのれに道ありと言い、横行威勢して人に侵易して、みずから知る能わず、悪を為して恥なく、おのれを以て強健と為して人に敬難せんと欲し、天地・神明・日月を畏れず、善を作すを肯んぜず、降化し難し。おのれを以てつねにこのごとくあらんと為して、憂懼する所なく、つねに驕慢を懐く。このごとき衆悪は天神が記識す。彼の前世にまた福徳を作したるに頼りて、小善は扶接営護して彼を助く。今世に悪を為して福徳尽滅すれば、諸の善神鬼はおのおの彼を離れ、身は独り空立して再び依る所なし。寿命終盡して諸悪の帰する所は、自然迫促して共に彼を趣奪す。またその名籍は神明に記され、殃咎は牽引してまさに往き趣向せん、罪報は自然にして舎離する由なし。ただ前行して火鑊に入るを得、身心は摧碎して精神は痛苦す。この時に当たり悔ゆるもなお及ぶべけんや。天道は自然にして蹉跌を得ず。ゆえに自然三塗の無量苦悩あり、其中に展転して世世累劫に出期なし。解脱を得ること難く痛い言うべからず。これ四大悪・四痛・四焼にして、勤苦このごとし。

「譬如大火焚燒人身,人能於中一心制意、端身正行,獨作諸善、不為眾惡,身獨度脫,獲其福德度世上天泥洹之道,是為四大善也。」

「譬えば大火が人の身を焚焼するに、人は能くその中において一心に意を制し・身を端に行を正にして、独り諸善を作して衆悪を為さざれば、身は独り度脱して、福徳を獲得して世を度り上天泥洹の道を得る。これ四大善なり。」

佛言:「其五惡者,世間人民徙倚懈惰,不肯作善、治身修業,家室眷屬飢寒困苦。父母教誨瞋目怒應,言令不和違戾反逆譬如怨家,不如無子。取與無節,眾共患厭,負恩違義,無有報償之心。貧窮睏乏不能復得,辜較縱奪放恣遊散,串數唐得用自賑給。耽酒嗜美、飲食無度,肆心蕩逸、魯扈抵突,不識人情強欲抑制。見人有善憎嫉惡之,無義、無禮,無所顧錄。自用職當不可諫曉,六親眷屬所資有無不能憂念。不惟父母之恩、不存師友之義,心常念惡、口常言惡、身常行惡,曾無一善。不信先聖諸佛經法、不信行道可得度世、不信死後神明更生、不信作善得善為惡得惡。欲殺真人,鬪亂眾僧,欲害父母、兄弟、眷屬,六親憎惡願令其死。

仏は言った。「その第五悪は、世間の人民は徙倚懈惰にして、善を作し・身を治め業を修するを肯んぜず、家室眷属は飢寒困苦す。父母が教誨すれば目を瞋らし怒応し、言語は和せず違戾反逆して怨家のごとく、子なきに如かず。取与に節制なく、衆人皆患厭し、恩を負き義に違い、報償の心なし。貧窮困乏して再び得る能わず、辜較縦奪して放恣游散し、白得に慣れてもってみずから賑給す。酒に耽り美を嗜み・飲食に度なく、心を肆にし逸に蕩え・魯扈抵突して、人情を識らず強いて抑制せんと欲す。人に善あるを見て憎嫉厭悪し、義なく・礼なく、顧録する所なし。おのれを以て職当にして諫暁すべからずと為し、六親眷属の資する有無を憂念する能わず。父母の恩を想わず・師友の義を存せず、心はつねに悪を念じ・口はつねに悪を言い・身はつねに悪を行じ、かつて一善なし。先聖諸仏の経法を信ぜず・道を行じて世を度することを得るを信ぜず・死して後神明更生するを信ぜず・善を作して善を得悪を為して悪を得るを信ぜず。真人を殺さんと欲し、衆僧を鬥乱し、父母・兄弟・眷属を害せんと欲し、六親は憎悪して彼に死せんことを願う。

「如是世人心意俱然,愚痴曚昧而自以智慧,不知生所從來、死所趣向。不仁、不順,逆惡天地,而於其中悕望僥倖,欲求長生,會當歸死。慈心教誨令其念善,開示生死善惡之趣自然有是,而不信之;苦心與語無益其人,心中閉塞意不開解。大命將終悔懼交至,不豫修善臨窮方悔,悔之於後將何及乎?天地之間五道分明,恢廓窈冥浩浩茫茫,善惡報應禍福相承,身自當之無誰代者。

「このごとき世人は心意皆然り。愚癡蒙昧にして却っておのれを以て智慧と為し、生は何処より来たり死は何処に向かうを知らず。不仁・不順にして天地に逆悪す。しかるにその中において僥倖を希望し、長生を求めんと欲すも、終にまさに死に帰せん。慈心をもって教誨して善を念ぜしめ、生死善悪の趣に自然にこれらありと開示するも、却って信ぜず。苦心をもって彼に与えて言うもその人に益なく、心中閉塞して意は開解せず。大命まさに終らんとして悔惧交至す。預め善を修せず窮に臨みて乃ち悔ゆ。後に悔ゆるも何の及ぶところあらんや。天地の間に五道分明にして、恢廓窈冥浩浩茫茫として、善悪報応して禍福相承う。身みずから承当して代わる能くする者なし。

「數之自然應其所行,殃咎追命無得縱捨。善人行善,從樂入樂、從明入明;惡人行惡,從苦入苦、從冥入冥。誰能知者?獨佛知耳。教語開示,信用者少,生死不休,惡道不絕。如是,世人難可具盡,故有自然三塗無量苦惱。展轉其中,世世累劫無有出期,難得解脫,痛不可言,是為五大惡、五痛、五燒,勤苦如是。

「数これ自然にしてその行ずる所に応ず。殃咎は命を追いて放舎を得ず。善人は善を行じて、楽より楽に入り・明より明に入る。悪人は悪を行じて、苦より苦に入り・冥より冥に入る。誰か能く知らんや。ただ仏のみ知れるのみ。教語開示するも、信用する者少なく、生死休まず悪道絶えず。このごとく世人は具尽し難し。ゆえに自然三塗の無量苦悩あり、其中に展転して世世累劫に出期なし。解脱を得ること難く痛い言うべからず。これ五大悪・五痛・五焼にして、勤苦このごとし。

「譬如大火焚燒人身,人能於中一心制意、端身正念,言行相副、所作至誠,所語如語、心口不轉,獨作諸善、不為眾惡者,身獨度脫,獲其福德度世上天泥洹之道,是為五大善也。」

「譬えば大火が人の身を焚焼するに、人は能くその中において一心に意を制し・身を端に正念して、言行相符し・作す所至誠にして、説く所説くがごとく・心口転ぜず、独り諸善を作して衆悪を為さざれば、身は独り度脱して、福徳を獲得して世を度り上天泥洹の道を得る。これ五大善なり。」

佛告彌勒:「吾語汝等,是世五惡勤苦若此,五痛、五燒展轉相生,但作眾惡不修善本,皆悉自然入諸惡趣。或其今世先被殃病,求死不得、求生不得,罪惡所招示眾見之。身死隨行入三惡道,苦毒無量自相燋然。至其久後共作怨結,從小微起遂成大惡,皆由貪著財色、不能施慧,痴欲所迫、隨心思想,煩惱結縛無有解已,厚己諍利無所省錄。富貴榮華當時快意,不能忍辱不務修善,威勢無幾隨以磨滅,身生勞苦久後大劇。天道施張自然糺舉,綱紀羅網上下相應,焭焭忪忪當入其中。古今有是,痛哉可傷!」

仏は弥勒に告げた。「わたし汝らに告ぐ——この世間の五悪は勤苦このごとし。五痛・五焼は展転相生して、ただ衆悪を作して善本を修せず、皆自然に諸悪趣に入る。或いは今世において先に殃病に遭い、死を求めて得ず・生を求めて得ず、罪悪の招く所は衆人に見せしむ。身死して行に随い三悪道に入り、苦毒無量にしてみずから相い焦然す。久しき後に至りて共に怨結を結成して、小微より起りて遂に大悪と為る。皆財色に貪着し・慧を施す能わざるに由り、癡欲に迫られ・思想に随い、煩悩結縛して解くことなく、己を厚くし利を争いて省録する所なし。富貴栄華は当時快いといえども、忍辱する能わず善を修するを務めざれば、威勢は久しきなくして即ち磨滅し、身は労苦を生じて久しき後更に劇しく。天道は施張して自然に糾挙し、綱紀羅網は上下相応じ、煢煢忪忪としてまさにその中に入らん。古今これらあり。痛いかな傷むべし!」

佛語彌勒:「世間如是,佛皆哀之。以威神力摧滅眾惡,悉令就善棄捐所思,奉持經戒、受行道法,無所違失,終得度世泥洹之道。」

仏は弥勒に言った。「世間はこのごとし。仏は皆哀愍して、威神力をもって衆悪を摧滅し、皆彼らをして善に就かしめ所思を棄捐せしめ、経戒を奉持し・道法を受行して、違失する所なく、終に世を度り泥洹の道を得しむ。」

佛言:「汝今諸天人民及後世人,得佛經語當熟思之,能於其中端心正行,主上為善、率化其下,轉相勅令各自端守,尊聖敬善、仁慈博愛。佛語教誨無敢虧負,當求度世拔斷生死眾惡之本,永離三塗無量憂畏苦痛之道。汝等於是廣殖德本,布恩施慧,勿犯道禁,忍辱、精進、一心、智慧轉相教化。

仏は言った。「汝らいま諸天人民および後世の人は、仏経の話語を得てまさに熟思すべし。能くその中において心を端に行を正にし、主上は善を為してその下を率化し、転相敕令しておのおの端守し、聖を尊び善を敬い・仁慈博愛せよ。仏の話語教誨は敢えて亏負せず、まさに世を度るを求め生死衆悪の根本を拔断し、永く三塗無量憂畏苦痛の道を離るべし。汝らここにおいて広く徳本を種植し、布施して慧を施し、道禁を犯すことなく、忍辱・精進・一心・智慧は転相教化せよ。

「為德立善,正心正意,齋戒清淨一日一夜,勝在無量壽國為善百歲。所以者何?彼佛國土無為自然,皆積眾善,無毛髮之惡,於此修善十日十夜,勝於他方諸佛國中為善千歲。所以者何?他方佛國為善者多、為惡者少,福德自然,無造惡之地。唯此間多惡無有自然,勤苦求欲轉相欺殆,心勞形困飲苦食毒,如是怱務未甞寧息。吾哀汝等天人之類,苦心誨喻教令修善,隨器開導授與經法,莫不承用,在意所願皆令得道。佛所遊履,國邑丘聚靡不蒙化,天下和順,日月清明,風雨以時,災厲不起,國豐民安,兵戈無用,崇德興仁,務修禮讓。」

「徳のために善を立て、心を正に意を正にして、斎戒清浄にして一日一夜すれば、無量寿国において善を為すこと百歳に勝れり。なぜか。あの仏国土は無為自然にして、皆衆善を積みて、一毛髪のごとき小さき悪もなし。ここにおいて善を修すこと十日十夜は、他方の諸仏国の中において善を為すこと千歳に勝れり。なぜか。他方の仏国は善を為す者多く悪を為す者少なく、福徳自然にして、悪を造る地なし。ただこの間は悪多くして自然なく、勤苦して欲を求めて転相欺殆し、心は労し形は困んで苦を飲み毒を食い、このごとく匆務していまだかつて寧息せず。わたしは汝ら天人の類を哀愍して、苦心して誨喻して善を修するを教令し、器に随いて開導して経法を授与し、承用せざるなく、心意の願う所に随って皆道を得せしむ。仏の游履する所は、国邑丘聚に化を蒙らざるなく、天下は和順し、日月は清明にして、風雨は時を以てし、災癘起らず、国は豊かに民は安んじ、兵戈用いず、徳を崇め仁を興し、礼譲を修するを務む。」

佛言:「我哀愍汝等諸天人民,甚於父母念子。今吾於此世作佛,降化五惡、消除五痛、絕滅五燒,以善攻惡,拔生死之苦,令獲五德,昇無為之安。吾去世後經道漸滅,人民諂偽復為眾惡,五燒、五痛還如前法,久後轉劇不可悉說,我但為汝略言之耳。」

仏は言った。「わたしは汝ら諸天人民を哀愍するに、父母の子を念ずるに過ぎたり。いまわたしこの世において仏を作り、五悪を降化し・五痛を消除し・五焼を絶滅し、善をもって悪に攻え、生死の苦を拔いて、人に五徳を獲得せしめ、無為の安に昇らしむ。わたし去世した後は経道は漸漸に滅し、人民は諂偽して再び衆悪を作し、五焼・五痛は還って前法のごとく、久しき後転じて劇しく悉説すべからず。わたしはただ汝のために略説するのみ。」

佛告彌勒:「汝等各善思之,轉相教誡,如佛經法,無得犯也。」

仏は弥勒に告げた。「汝らおのおの好く思惟し、転相教誡して、仏の経法のごとく、違犯すること得べからず。」

於是,彌勒菩薩合掌白言:「佛所說甚善。世人實爾,如來普慈哀愍悉令度脫,受佛重誨不敢違失。」

ここに弥勒菩薩は合掌して禀告した。「仏の説きたるは非常に善なり。世人は実にこのごとし。如来の普慈哀愍して皆度脱せしむること、仏の郑重の教誨を受けて敢えて違失せず。」

佛告阿難:「汝起更整衣服,合掌恭敬,禮無量壽佛。十方國土諸佛如來,常共稱揚讚歎彼佛,無著無閡。」

仏は阿難に告げた。「汝起ちて再び衣服を整え、合掌恭敬して、無量寿仏を礼せよ。十方国土の諸仏如来は、つねに共にあの仏を称揚讃嘆して、着もなく碍もなし。」

於是,阿難起整衣服,正身西向,恭敬合掌,五體投地禮無量壽佛。白言:「世尊!願見彼佛安樂國土及諸菩薩聲聞大眾。」

ここに阿難は起ちて衣服を整え、身を正にして西に向かい、恭敬合掌して五体投地して無量寿仏を礼した。禀告して言った。「世尊!願わくはあの仏の安楽国土および諸菩薩声聞の大衆を見せんことを。」

說是語已,即時無量壽佛放大光明,普照一切諸佛世界,金剛圍山、須彌山王、大小諸山,一切所有皆同一色。譬如劫水彌滿世界,其中萬物沈沒不現,滉瀁浩汗唯見大水;彼佛光明亦復如是,聲聞、菩薩一切光明皆悉隱蔽,唯見佛光明耀顯赫。

これらの語を説き了わりて、即時に無量寿仏は大光明を放ち、普く一切諸仏世界を照らし、金剛囲山・須弥山王・大小の諸山・一切所有は皆同一色なり。譬えば劫水の弥漫して世界に充満して、其中の万物は沈没して現れず、滉瀁浩汗にしてただ大水を見るがごとし。あの仏の光明もまたこのごとく、声聞・菩薩一切の光明は皆悉く隠蔽せられ、ただ仏光の明耀顕赫なるを見るのみ。

爾時,阿難即見無量壽佛,威德巍巍如須彌山王,高出一切諸世界上,相好光明靡不照耀。此會四眾一時悉見,彼見此土亦復如是。

その時、阿難は即座に無量寿仏を見たり。威徳巍巍にして須弥山王のごとく、一切諸世界の上に高出して、相好光明にして照らさざるなし。この会の四衆は一時に皆見、あちらよりこの土を見るもまたこのごとし。

爾時,佛告阿難及慈氏菩薩:「汝見彼國,從地已上至淨居天,其中所有微妙嚴淨自然之物,為悉見不?」

その時、仏は阿難および慈氏菩薩に告げた。「汝はあの国土を見たりや。地面より上って浄居天に至るまで、其中の所有の微妙厳浄自然の物は、皆見たりや。」

阿難對曰:「唯然,已見。」

阿難は答えて言った。「そうです、すでに見ました。」

「汝寧復聞無量壽佛大音宣佈一切世界化眾生不?」

「汝はまた無量寿仏の大音が一切世界に宣布して衆生を教化するを聞きたりや。」

阿難對曰:「唯然,已聞。」

阿難は答えて言った。「そうです、すでに聞きました。」

「彼國人民乘百千由旬七寶宮殿無所障閡,遍至十方供養諸佛,汝復見不?」

「あの国土の人民が百千由旬の七宝宮殿に乗りて障碍なく、遍く十方に至りて諸仏を供養するを、汝また見たりや。」

對曰:「已見。」

答えて言った。「すでに見ました。」

「彼國人民有胎生者,汝復見不?」

「あの国土の人民に胎生あるを、汝また見たりや。」

對曰:「已見。」

答えて言った。「すでに見ました。」

「其胎生者所處宮殿,或百由旬或五百由旬,各於其中受諸快樂,如忉利天,亦皆自然。」

「それらの胎生の人の処する所の宮殿は、或いは百由旬或いは五百由旬にして、おのおのその中において諸の快楽を受くること、忉利天のごとく、皆自然なり。」

爾時,慈氏菩薩白佛言:「世尊!何因何緣彼國人民胎生化生?」

その時、慈氏菩薩は仏に言った。「世尊!何の因何の縁によりてか、あの国土の人民に胎生あり・化生あるのですか。」

佛告慈氏:「若有眾生以疑惑心修諸功德,願生彼國,不了佛智、不思議智、不可稱智、大乘廣智、無等無倫最上勝智,於此諸智疑惑不信;然猶信罪福,修習善本,願生其國。此諸眾生生彼宮殿,壽五百歲,常不見佛、不聞經法、不見菩薩聲聞聖眾,是故於彼國土謂之胎生。若有眾生明信佛智乃至勝智,作諸功德信心迴向,此諸眾生於七寶華中自然化生,加趺而坐,須臾之頃,身相光明,智慧功德如諸菩薩具足成就。

仏は慈氏に告げた。「もし衆生が疑惑の心をもって諸の功徳を修してあの国土に生れんと願うも、仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を了せず、これらの諸智を疑惑して信ぜず。しかるにまた罪福を信じ、善本を修習してその国に生れんと願う。これらの衆生はそれらの宮殿に生じて、寿五百歳にして、つねに仏を見ず・経法を聞かず・菩薩声聞の聖衆を見ず。ゆえにあの国土において胎生という。もし衆生が明らかに仏智乃至勝智を信じ、諸の功徳を作して信心をもって回向せば、これらの衆生は七宝花の中において自然化生し、結跏趺坐して、須臾の間に、身相光明にして、智慧功徳は諸菩薩のごとく具足成就す。

「復次,慈氏!他方諸大菩薩發心欲見無量壽佛,恭敬供養及諸菩薩聲聞之眾。彼菩薩等命終得生無量壽國,於七寶華中自然化生。彌勒當知,彼化生者智慧勝故。其胎生者皆無智慧,於五百歲中常不見佛、不聞經法、不見菩薩諸聲聞眾,無由供養於佛、不知菩薩法式、不得修習功德,當知此人宿世之時無有智慧,疑惑所致。」

「また説く、慈氏!他方の諸大菩薩は心を発して無量寿仏を見んと欲し、恭敬供養しておよび諸菩薩声聞の衆を見んとす。それらの菩薩等は命終して無量寿国に生ずることを得、七宝花の中において自然化生す。弥勒まさに知るべし。それらの化生する者は智慧勝れるがゆえなり。それらの胎生する者は皆智慧なく、五百歳の中につねに仏を見ず・経法を聞かず・菩薩諸声聞衆を見ず、仏を供養する由なく・菩薩の法式を知らず・功徳を修習するを得ず。まさに知るべし——これらの人は宿世の時に智慧なし、疑惑の致す所なり。」

佛告彌勒:「譬如轉輪聖王別有宮室,七寶莊飾,張設床帳,懸諸繒幡。若有諸小王子得罪於王,輒內彼宮中,繫以金鎖,供給飲食、衣服、床蓐、華香、伎樂,如轉輪王無所乏少。於意云何?此諸王子寧樂彼處不?」

仏は弥勒に告げた。「譬えば転輪聖王が別に宮室あって、七宝にして荘飾し、床帳を張設し、諸の繒幡を懸ける。もし諸の小王子が王に得罪せば、便ちあの宮中に納れ、金鎖をもって繫ぎ、飲食・衣服・床蓐・花香・伎楽を供給して、転輪王のごとく缺少する所なし。汝はどう思う。これらの王子はあの処所を楽むや。」

對曰:「不也,但種種方便求諸大力欲自勉出。」

答えて言った。「楽みません。ただ種々の方便をもって諸の大力を求めてみずから勉力して出でんと欲すのみ。」

佛告彌勒:「此諸眾生亦復如是。以疑惑佛智生彼宮殿,無有刑罰乃至一念惡事,但於五百歲中不見三寶,不得供養修諸善本。以此為苦,雖有餘樂猶不樂彼處。若此眾生識其本罪,深自悔責求離彼處,即得如意,往詣無量壽佛所恭敬供養,亦得遍至無量無數諸如來所修諸功德。彌勒當知,其有菩薩生疑惑者,為失大利。是故,應當明信諸佛無上智慧。」

仏は弥勒に告げた。「これらの衆生もまたこのごとし。仏智を疑惑してそれらの宮殿に生ずるに因りて、刑罰あることなく乃至一念の悪事もなし。ただ五百歳の中に三宝を見ず、供養して諸善本を修するを得ざるのみ。これをもって苦と為して、余の楽ありといえどもなおあの処所を楽まず。もしこれらの衆生がおのが本罪を認識し、深くみずから悔責してあの処所を離れんと求めれば、即ち如意を得、無量寿仏のところに往きて恭敬供養し、また能く遍く無量无数の諸如来のところに至りて諸の功徳を修す。弥勒まさに知るべし。もし菩薩に疑惑を生ずる者は、これ大利益を失うなり。ゆえに、まさに明らかに諸仏の無上智慧を信ずべし。」

彌勒菩薩白佛言:「世尊!於此世界有幾所不退菩薩生彼佛國?」

弥勒菩薩は仏に言った。「世尊!この世界においてどれほどの不退菩薩があの仏国に往生しますか。」

佛告彌勒:「於此世界有六十七億不退菩薩往生彼國。一一菩薩已曾供養無數諸佛,次如彌勒者也;諸小行菩薩及修習少功德者不可稱計,皆當往生。」

仏は弥勒に告げた。「この世界において六十七億の不退菩薩があの国土に往生せん。一一の菩薩はすでに无数の諸仏を供養したり、弥勒のごとき人に次ぐ。諸の小行菩薩および少功徳を修習する者は称計すべからず、皆まさに往生すべし。」

佛告彌勒:「不但我剎諸菩薩等往生彼國,他方佛土亦復如是。其第一佛名曰遠照,彼有百八十億菩薩皆當往生。其第二佛名曰寶藏,彼有九十億菩薩皆當往生。其第三佛名曰無量音,彼有二百二十億菩薩皆當往生。其第四佛名曰甘露味,彼有二百五十億菩薩皆當往生。其第五佛名曰龍勝,彼有十四億菩薩皆當往生。其第六佛名曰勝力,彼有萬四千菩薩皆當往生。其第七佛名曰師子,彼有五百億菩薩皆當往生。其第八佛名曰離垢光,彼有八十億菩薩皆當往生。其第九佛名曰德首,彼有六十億菩薩皆當往生。其第十佛名曰妙德山,彼有六十億菩薩皆當往生。其第十一佛名曰人王,彼有十億菩薩皆當往生。其第十二佛名曰無上華,彼有無數不可稱計諸菩薩眾——皆不退轉,智慧勇猛,已曾供養無量諸佛,於七日中即能攝取百千億劫大士所修堅固之法——斯等菩薩皆當往生。其第十三佛名曰無畏,彼有七百九十億大菩薩眾、諸小菩薩及比丘等不可稱計皆當往生。」

仏は弥勒に告げた。「ただわが刹の諸菩薩等のみあの国土に往生するにあらず、他方の仏土もまたこのごとし。その中の第一の仏は名を遠照といい、そこに百八十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第二の仏は名を宝蔵といい、そこに九十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第三の仏は名を無量音といい、そこに二百二十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第四の仏は名を甘露味といい、そこに二百五十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第五の仏は名を竜勝といい、そこに十四億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第六の仏は名を勝力といい、そこに万四千の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第七の仏は名を師子といい、そこに五百億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第八の仏は名を離垢光といい、そこに八十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第九の仏は名を徳首といい、そこに六十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第十の仏は名を妙徳山といい、そこに六十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第十一の仏は名を人王といい、そこに十億の菩薩ありて皆まさに往生すべし。その中の第十二の仏は名を無上華といい、そこに无数不可称計の諸菩薩衆あり——皆不退転にして、智慧勇猛にして、すでに無量の諸仏を供養し、七日の中において即ち百千亿劫の大士の修する所の堅固の法を摂取し能くす——これらの菩薩は皆まさに往生すべし。その中の第十三の仏は名を無畏といい、そこに七百九十億の大菩薩衆・諸小菩薩および比丘等は称計すべからず皆まさに往生すべし。」

佛語彌勒:「不但此十四佛國中諸菩薩等當往生也,十方世界無量佛國其往生者亦復如是,甚多無數。我但說十方諸佛名號及菩薩、比丘生彼國者,晝夜一劫尚未能竟,我今為汝略說之耳。」

仏は弥勒に言った。「ただこれ十四仏国の中の諸菩薩等のみまさに往生すべきにあらず、十方世界の無量の仏国に往生するもまたこのごとく、甚だ多く无数なり。わたしはただ十方の諸仏の名号および菩薩・比丘があの国土に生ずるを説くに、昼夜一劫もなお畢る能わず。わたしいま汝のために略説するのみ。」

佛語彌勒:「其有得聞彼佛名號,歡喜踴躍,乃至一念,當知此人為得大利,則是具足無上功德。是故,彌勒!設有大火充滿三千大千世界,要當過此。聞是經法,歡喜信樂,受持讀誦,如說修行。所以者何?多有菩薩欲聞此經而不能得。若有眾生聞此經者,於無上道終不退轉,是故應當專心信受持誦說行。吾今為諸眾生說此經法,令見無量壽佛及其國土一切所有,所當為者皆可求之,無得以我滅度之後復生疑惑。當來之世經道滅盡,我以慈悲哀愍特留此經止住百歲,其有眾生值斯經者,隨意所願皆可得度。」

仏は弥勒に言った。「もしあの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して、乃至一念せん者は、まさに知るべし——この人は大利益を得たり、便ち無上功徳を具足せり。ゆえに、弥勒!たとえ大火が三千大千世界に充満するも、必ず過ぎて、この経法を聴き、歓喜信楽し、受持読誦し、説くごとく修行すべし。なぜか。多くの菩薩はこの経を聴かんと欲して得る能わざるなり。もし衆生がこの経を聞く者は、無上道において終に退転せず。ゆえにまさに専心に信受持誦説行すべし。わたしいま諸衆生のためにこの経法を説いて、彼らをして無量寿仏およびその国土の一切所有を見せしむ。作すべき所は皆求め得べし。わが滅度した後に再び疑惑を生ずること得べからず。当来の世に経道滅尽せば、わたしは慈悲哀愍をもって特にこの経を留めて百歳止住せしむ。もし衆生がこの経に値遇する者は、意の願うに随って皆度を得べし。」

佛語彌勒:「如來興世難值難見、諸佛經道難得難聞;菩薩勝法諸波羅蜜得聞亦難;遇善知識、聞法能行此亦為難;若聞斯經信樂受持,難中之難無過此難。是故我法,如是作、如是說、如是教,應當信順,如法修行。」

仏は弥勒に言った。「如来の世に興るは値い難く見難し、諸仏の経道は得難く聞難し。菩薩の勝法・諸波羅蜜は聞くことを得るも難し。善知識に遇い・法を聞いて能く行ずるもこれ難し。もしこの経を聞いて信楽受持すれば、難中の難にしてこの難に過ぐるなし。ゆえにわが法は、このごとく作し・このごとく説き・このごとく教う。まさに信順して、法のごとく修行すべし。」

爾時,世尊說此經法,無量眾生皆發無上正覺之心,萬二千那由他人得清淨法眼,二十二億諸天人民得阿那含,八十萬比丘漏盡意解,四十億菩薩得不退轉,以弘誓功德而自莊嚴,於將來世當成正覺。爾時,三千大千世界六種震動,大光普照十方國土,百千音樂自然而作,無量妙華芬芬而降。

その時、世尊がこの経法を説くに、無量の衆生は皆無上正覚の心を発し、万二千那由他の人は清浄法眼を得、二十二億の諸天人民は阿那含(不還果、再び欲界に受生せざる)を得、八十万の比丘は漏尽意解し、四十億の菩薩は不退転を得、弘誓功徳をもってみずからを荘厳して、将来世においてまさに正覚を成らんとす。その時、三千大千世界の大地は六種に震動し、大光は普く十方国土を照らし、百千の音楽は自然に作り、無量の妙花は紛紛として降下せり。

佛說經已,彌勒菩薩及十方來諸菩薩眾,長老阿難、諸大聲聞,一切大眾,聞佛所說靡不歡喜。

仏が経を説き畢りて、弥勒菩薩および十方より来たる諸菩薩衆、長老阿難・諸大声聞・一切大衆は、仏の説きたるを聞いて歓喜せざるなし。

無量壽經卷下

無量寿経 巻下

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