Libo

景德传灯录

宋 · 道原

景徳伝灯録巻第九 黄檗希運禅師『伝心法要』

仏家典籍

短いものは心経・金剛経・四十二章経・壇経から読み始められる。浄土は阿弥陀経・無量寿経・観経を見る。大乗の叙事と禅を見るなら、法華・維摩・楞厳・円覚・地蔵へ進む。

景德傳燈錄

景德傳燈錄序

『景德傳燈錄』序

翰林學士朝散大夫行左司諫知制誥同修國史判史館事柱國南陽郡開國侯食邑一千百戶賜紫金魚袋臣楊億撰

(以下は一人の官職であり、多人ではない:)翰林学士・朝散大夫・行左司諫・知制誥・同修国史・判史館事・柱国・南陽郡開国侯・食邑一千一百戸・賜紫金魚袋、臣の楊億が撰した。

昔釋迦文。以受然燈之夙記當賢劫之次補。降神演化四十九年。開權實頓漸之門。垂半滿偏圓之教。隨機悟理。爰有三乘之差。接物利生。乃度無邊之眾。其悲濟廣大矣。其軌式備具矣。而雙林入滅。獨顧於飲光。屈㫬相傳。首從於達磨。不立文字直指心源。不踐楷梯徑登佛地。逮五葉而始盛。分千燈而益繁。達寶所者蓋多。轉法輪者非一。蓋大雄付囑之旨。正眼流通之道。教外別行不可思議者也。

昔、釈迦文(釈迦牟尼仏)は、先だって燃燈仏の授記を受けて、賢劫の次補(次に仏位を補う者)に当たった。神を降して世を化すること四十九年、権実・頓漸の門を開き、半満・偏円の教を垂れ示した。機(根機)に随って理に悟り入り、ここに三乗――声聞・縁覚・菩薩(菩提薩埵の略、悟りを求め衆生を度する人)――の差がある。物を接し生を利して、すなわち無辺の衆を度した。その悲済は広大であり、その軌式は備わって具(ぐ)していた。しかるに双林に入滅するにあたり、ただ飲光(迦葉尊者)に顧み付し、屈㫬(屈伸)相伝えて、まず達磨より始まる。文字を立てず、直ちに心源を指し、楷梯を践まず、径(ちょく)に仏地に登った。五葉に逮んで始めて盛んとなり、千燈に分かれてますます繁く、宝所に達する者はおよそ多く、法輪を転ずる者は一ならず。これは大雄付嘱の旨、正法眼(正眼)流通の道、教外別行の不可思議なるものである。

聖宋啟運人靈幽贊

聖宋、運を啓き、人霊幽かに贊(たす)く。

太祖以神武戡亂。而崇淨剎。闢度門。

太祖は神武をもって乱を戡(かん)し、なお浄刹を崇め、度門を闢(ひら)いた。

太宗以欽明御辯。而述秘詮。暢真諦。

太宗は欽明をもって辯を御し、祕詮を述べ、真諦を暢べた。

皇上睿文繼志而序聖教繹宗風。煥雲章於義天。振金聲於覺苑。蓮藏之言密契。竺乾之緒克昌。殖眾善者滋多。傳了義者間出。圓頓之化流於區域。有東吳僧道原者。冥心禪悅。索隱空宗。披弈世之祖圖。採諸方之語錄。次序其源派。錯綜其辭句。由七佛以至大法眼之嗣。凡五十二世。一千七百一人。成三十卷。目之曰景德傳燈錄。詣闕奉進冀於流佈。

皇上は叡文をもって志を継志を継ぎ、聖教に序し、宗風を繹(つ)ぐ。雲章を義天に煥(かがや)かし、金声を覚苑に振う。蓮蔵の言は密かに契(かな)い、竺乾(じゅくけん、天竺)の緒はよく昌(さか)んなり。衆善を殖(ふや)す者は滋(ます)まさに多く、了義を伝える者は間(ま)出(だ)ちする。円頓の化、区域に流る。東呉の僧道原という者あり、冥(くら)く心を禅悦に置き、空宗の隱微を索(もと)め、弈世の祖図を披き、諸方の語録を采(と)り、その源派を次序し、その辞句を錯綜(さくそう)せしめた。七仏より大法眼の嗣に至るまで、凡そ五十二世・一千七百一人、三十巻を成し、これを『景德傳燈錄』と目し、闕に詣(みえ)りて奉進し、流布せんことを冀(こいねが)う。

皇上為佛法之外護。嘉釋子之勤業。載懷重慎。思致悠久。乃詔翰林學士左司諫知制誥臣楊億。兵部員外郎知制誥臣李維。太常丞臣王曙等。同加刊削。俾之裁定。臣等昧三學之旨迷五性之方。乏臨川翻譯之能。懵毘邪語默之要。恭承嚴命。不敢牢讓。竊用探索匪遑寧居。考其論譔之意。蓋以真空為本。將以述曩聖入道之因。標昔人契理之說。機緣交激。若拄於箭鋒。智藏發光。旁資於鞭影。誘道後學。敷暢玄猷。而捃摭之來。徵引所出。糟粕多在。油素可尋。其有大士。示徒。以一音而開演。含靈聳聽。乃千聖之證明。屬概舉之是資。取少分而斯可。若乃別加潤色失其指歸。既非華竺之殊言。頗近錯雕之傷寶。如此之類悉仍其舊。況又事資紀實。必由於善敘。言以行遠。非可以無文。其有標錄事緣。縷詳軌跡。或辭條之紛糾。或言筌之猥俗。並從刊削。俾之綸貫。至有儒臣居士之問答。爵位姓氏之著明。校歲歷以愆殊。約史籍而差謬。鹹用刪去。以資傳信。自非啟投針之玄趣。馳激電之迅機。開示妙明之真心。祖述苦空之深理。即何以契傳燈之喻。施刮膜之功。若乃但述感應之徵符。專敘參遊之轍跡。此已標於僧史。亦奚取於禪詮。聊存世系之名。庶紀師承之自然而舊錄所載。或掇粗而遺精。別集具存。當尋文而補闕。率加採擷。爰從附益。逮於序論之作。或非古德之文。問廁編聯徒增楦釀(楦釀二字出唐張燕公文集。謂冗長也)亦用簡別多所屏去。汔茲周歲方遂終篇。臣等性識媿於冥煩。學問慚於涉獵。天機素淺。文力無餘。妙道在人。雖刳心而斯久。玄言絕俗。固牆面以居多。濫膺推擇之私。靡著發揮之効。已克終於紬繹。將仰奉於清間。莫副宸襟空塵睿覽。謹上。

皇上は仏法の外護となり、釈子の勤業を嘉(よみ)し、重慎を懐(いだ)き、悠久に致そうと思した。すなわち翰林学士・左司諫・知制誥の臣楊億、兵部員外郎・知制誥の臣李維、太常丞の臣王曙らに詔して、同じく刊削を加え、これを裁定せしめた。臣らは三学の旨に昧(くら)く、五性の方に迷い、臨川(謝霊運)の翻訳の能(のう)に乏しく、毘邪(びしゃ、毘耶離)語黙の要に懵(くら)い。厳命を恭承して、敢えて牢(かた)く譲ることなく、窃(ひそか)に探索を用いて遑(いとま)なく寧居せず。その論譔の意を考するに、およそ真空を本とし、もって曩聖(のうしょう)入道の因を述べ、昔人契理の説を標せんとする。機縁、交(こもごも)激して、箭鋒に拄(ささ)えるがごとく、智蔵が光を発するは、鞭影に旁資せらる。後学を誘導し、玄猷を敷暢す。しかるに捃摭(くんせき)の来り、徵引の出づる所は、糟粕多く在り、油素(ゆそ、絹素)は尋ぬべし。その大士、徒に示すに、一音をもって開演すれば、含霊聳(そび)えて聴く、乃ち千聖の証明なり。概挙するに資(よる)べきものに属し、少分を取れば斯(ここ)に可なり。もし乃ち別に潤色を加えんか、則ちその指帰を失う。既に華竺殊言なるにあらず、錯雕して宝を傷うに頗(すこぶ)る近し。斯くのごとき類は、悉くその旧に仍(よ)る。况(いわん)やまた事、紀実に資(よ)るは、必ず善敘に由(よ)らん。言、行(おこな)われて遠くは、文なくんば可ならず。その標録して事縁、縷々(るる)軌跡を詳らかにする有り、或いは辞条の紛糾、或いは言筌(げんせん)の猥俗なるを、並せて刊削に従い、これを綸貫(りんかん)せしむ。儒臣・居士の問答に至り、爵位姓氏の著明なるも、歳暦を校(ただ)すに愆殊(けんしゅ)あり、史籍に約(つ)るに差謬(さびゅう)あらば、咸(みな)用(もち)ゐて刪去し、もって伝信に資せん。自(よ)り針に投ずるの玄趣を啓き、激電の迅機を馳せ、妙明の真心を開示し、苦空の深理を祖述するにあらざれば、すなわち何をもってか伝燈の喩(たとえ)に契(かな)い、刮膜(かつまく)の功を施さん。若し乃ちただ感応の徵符を述べ、専ら參遊の轍跡を敘するに止まるは、此れ已(すで)に僧史に標せらる。亦(また)奚(なん)ぞ禅詮に取らん。聊(いささ)か世系の名を存し、庶(こいねが)くは師承を紀せん。而(しか)るに旧録の載する所、或いは粗を掇(と)りて精を遺す。別集具(つぶさ)に存すれば、当に文を尋ねて闕を補うべし。率(おほむ)ね采擷(さいしゃ)を加え、爰(ここ)に附益に従う。序論の作に逮ぶ、或いは古徳の文にあらず。編聯に廁(まじ)はれば徒に楦釀(くあらず長きを謂う、楦釀の二字は唐の張燕公文集に出づ)を増す。亦(また)用ゐて簡別し、屏去する所多し。汔(ほとん)ど茲(ここ)に周歳、方(まさ)に終篇を遂ぐ。臣ら性識、冥煩(めいはん)に媿(は)ぢ、学問、渉猟(しょうりょう)に慙(は)づ。天機素(もと)より浅く、文力余りなし。妙道は人に在り、心を刳(く)れば斯(ここ)に久しと雖も、玄言俗を絶すれば、固(もと)より牆面(しょうめん)居ること多し。推擇の私に濫(みだ)りに膺(う)けて、発揮の効(こう)を著(あら)わさず。已(すで)に紬繹(ちゅうえき)を終るを克(え)たと雖も、将(まさ)に清間に仰奉せんとす。宸襟(しんきん)に副(かな)うことなく、睿覧を空(むな)しく塵(けが)す。謹んで上す。

重刊景德傳燈錄狀

『景德傳燈錄』重刊の状(じょう)

湖州路。道場山。護聖萬歲禪寺。耆舊僧希渭。係慶元路昌國州人氏俗姓董。自幼投禮本路在城觀音禪寺絕照和尚為師。䚯到法名投禮慈谿縣開壽普光禪寺龍源和尚薙髮為僧。仍禮五臺律寺雪涯和尚受具戒。挾策西遊。放包靈隱。後值先師龍源和尚。遷住茲山。隨師參請。迨今有年。每念師恩未由報効。伏覩。從上佛祖景德傳燈錄三十卷。七佛至法眼之嗣。凡五十二世。景德至延祐丙辰。凡三百一十七年。舊板銷朽無存。後學慕之罔及。為此發心重刊。忽得本路天聖禪寺松廬和尚所藏廬山穩庵古冊。最為善本。良愜素志。遂於丙辰年正月初十日。將衣缽估唱得統金一萬二千餘緡。是日命工刊行於世。流通祖道。此錄總計三十六萬七千九百一十七字。至當年臘月一日畢工。隨即印捨三百部於兩浙。安眾名山。方丈蒙堂眾寮各一部。以便湖海辦道禪衲參究。集茲善利。用報四恩。併資三有者。

湖州路・道場山・護聖萬歳禅寺の耆旧僧希渭は、慶元路昌国州の人にして俗姓は董氏。幼より本路在城の観音禅寺絶照和尚に投礼して師とす。(底本「䚯到法名」の四字は訛脱あらんか、文意はその後法名を得たり。)また慈谿県開壽普光禅寺の龍源和尚に投礼して薙髪し僧となり、仍(よ)って五台律寺の雪涯和尚に礼して具戒を受く。策を挾んで西に遊び、包を靈隠に放(お)く。後に先師龍源和尚の茲山に遷住するに値い、師に随って參請し、今に迨(いた)ること年有り。毎(つね)に師恩を念えども報効する縁なし。伏して睹る、従上の佛祖『景德傳燈録』三十巻、七仏より法眼の嗣に至るまで凡そ五十二世、景德より延祐丙辰に至るまで凡そ三百一十七年。旧板銷朽して存せず、後学これを慕うも及ぶことなし。此のため発心して重刊す。忽ち本路天聖禅寺松廬和尚の蔵する廬山穏庵の古冊を得たり、最も善本にして、よく素志に愜(かな)う。すなわち丙辰年正月初十日に衣鉢を估唱して統金一万二千餘緡を得、この日工に命じて世に刊行せしむ。祖道を流通せしめんとす。この録、総じて三十六万七千九百一十七字、当年臘月一日に畢工す。随(つい)で両浙に三百部を印捨し、衆を名山に安んじ、方丈・蒙堂・衆寮に各一部、もって湖海辦道の禅衲の參究に便(べん)とす。茲の善利を集め、用(もち)いて四恩に報い、併せて三有に資せんとす。

大元廷祐三年臘月一日

大元延祐三年臘月一日

耆舊僧希渭謹狀

耆旧僧希渭、謹んで状す。

小比丘文雅董役

小比丘(出家の男衆)文雅、役(えき)を董(かど)す。

當山住持嗣祖比丘士洵主緣

当山住持・嗣祖の比丘士洵、縁を主る。

西來年表

西來年表

南齊

南斉

太祖高皇帝姓蕭諱道成受宋禪即位都金陵

太祖高皇帝、姓は蕭、諱は道成。宋の禅譲を受けて即位し、都は金陵に置いた。

後魏

後魏

高祖孝文皇帝。諱宏。姓拓跋氏。第六帝。即位改元延興當宋明帝泰始七年辛亥歲。至太和十八年。遷都洛陽。二十年改姓元氏

高祖孝文皇帝、諱は宏、姓は拓跋氏。第六代の帝。即位して延興と改元し、宋の明帝泰始七年辛亥の歳にあたる。太和十八年に洛陽へ都を遷し、二十年に元氏と改姓した。

己未

己未

建元元年

建元元年

太和三年

太和三年

庚申

庚申

二年

二年

四年

四年

辛酉

辛酉

三年

三年

五年

五年

壬戌

壬戌

四年帝崩

四年、帝崩ず。

六年

六年

世祖武帝

世祖武帝

諱賾即位

諱は贖(赜)。即位した。

癸亥

癸亥

永明元年

永明元年

七年

七年

甲子

甲子

二年

二年

八

八年

乙丑

乙丑

三

三年

九

九年

丙寅

丙寅

四

四年

十

十年

丁卯

丁卯

五

五年

十一

十一年

戊辰

戊辰

六

六年

十二

十二年

己巳

己巳

七

七年

十三

十三年

庚午

庚午

八

八年

十四

十四年

辛未

辛未

九

九年

十五

十五年

壬申

壬申

十豫章王嶷薨

十年、豫章王蕭嶷薨ず。

十六

十六年

癸酉

癸酉

十一年正月文惠太子薨七月帝崩

十一年正月、文恵太子薨ず。七月、帝崩ず。

十七

十七年

欝林王

欝林王

諱昭業即位

諱は昭業。即位した。

甲戌

甲戌

隆昌元年七月帝廢

隆昌元年七月、帝廃される。

十八遷都洛陽

十八年、洛陽に遷都した。

海陵王

海陵王

諱昭文即位改元

諱は昭文。即位して改元した。

延興元年十一月帝廢

延興元年十一月、帝廃される。

高宗明帝

高宗明帝

諱鸞十一月即位

諱は鸞。十一月に即位した。

建武元年改元

建武元年、改元した。

乙亥

乙亥

二年

二年

十九

十九年

丙子

丙子

三

三年

二十改姓元氏

二十年、元氏と改姓した。

丁丑

丁丑

四傅大士生

四年、傅大士生まる。

二十一

二十一年

戊寅

戊寅

永泰元年帝崩

永泰元年、帝崩ず。

二十二

二十二年

東昏侯

東昏侯

諱寶卷即位

諱は宝巻。即位した。

己卯

己卯

永元元年

永元元年

二十三年帝崩

二十三年、帝崩ず。

世宗宣武皇帝

世宗宣武皇帝

諱恪即位改元

諱は恪。即位して改元した。

庚辰

庚辰

二年

二年

景明元年

景明元年

辛巳

辛巳

三年帝廢

三年、帝廃される。

二年

二年

和帝

和帝

諱寶融即位改元

諱は宝融。即位して改元した。

中興元年

中興元年

壬午

壬午

二年禪位於梁右南齊蕭氏七主合二十四年禪梁

二年、梁に禅位した。以上、南斉蕭氏七主、合わせて二十四年、梁に禅した。

三年

三年

梁

梁

都金陵

都は金陵

高祖武皇帝

高祖武皇帝

諱衍姓蕭受禪於齊建元天監

諱は衍、姓は蕭。斉より禅譲を受け、天監と建元した。

天監元年

天監元年

癸未

癸未

二

二年

四年

四年

甲申

甲申

三

三年

正始元年

正始元年

乙酉

乙酉

四

四年

二

二年

丙戌

丙戌

五

五年

三

三年

丁亥

丁亥

六

六年

四

四年

戊子

戊子

七

七年

永平元年

永平元年

己丑

己丑

八

八年

二

二年

庚寅

庚寅

九

九年

三

三年

辛卯

辛卯

十

十年

四

四年

壬辰

壬辰

十一傅大士納妻

十一年、傅大士妻を娶る。

延昌元年

延昌元年

癸巳

癸巳

十二

十二年

二

二年

甲午

甲午

十三誌公示滅

十三年、誌公示滅した。

三

三年

乙未

乙未

十四

十四年

四帝崩

四年、帝崩ず。

丙申

丙申

十五

十五年

肅宗孝明皇帝

粛宗孝明皇帝

諱翊即位改元

諱は翊。即位して改元した。

熙平元年

熙平元年

丁酉

丁酉

十六年

十六年

二年

二年

戊戌

戊戌

十七

十七年

神龜元年

神亀元年

己亥

己亥

十八

十八年

二年

二年

庚子

庚子

普通元年達磨至傅大士逢嵩頭陀

普通元年、達磨到着す。傅大士、嵩頭陀に逢う。

正光元年正宗記。依梁僧寶唱續法記雲。此年達磨至梁。而入魏。於理可取

正光元年。『正宗記』は梁の僧宝唱『続法記』を依りどころとして、この年に達磨が梁に至り、次いで魏に入ったとする。理において取るべきである。

辛丑

辛丑

二傅大士唱賣妻子

二年、傅大士、妻子を売ると唱える。

二

二年

壬寅

壬寅

三

三年

三

三年

癸卯

癸卯

四

四年

四

四年

甲辰

甲辰

五

五年

五

五年

乙巳

乙巳

六詔迎傅大士

六年、詔して傅大士を迎える。

孝昌元年

孝昌元年

丙午

丙午

七

七年

二

二年

丁未

丁未

大通元年三月改元。舊本傳燈雲。十月一日達磨至金陵。誤也

大通元年三月に改元。旧本『伝燈』は十月一日に達磨が金陵に至ったというが、誤りである。

三傳燈舊雲。十一月二十三日。達磨屆於洛陽誤也

三年。旧本『伝燈』は十一月二十三日に達磨が洛陽に届いたというが、誤りである。

戊申

戊申

二

二年

武泰元年二月帝崩。立幼主釗四月崩立莊帝五宗記引寶唱續法記雲。達磨此年示滅。於理可取

武泰元年二月、帝崩ず。幼主釗を立て、四月に崩じ、荘帝を立つ。底本は「五宗記」と作るが、「正宗記」の誤りと疑われる。それは宝唱『続法記』を引いて、達磨がこの年に示滅したとし、理において取るべきである。

敬宗孝莊皇帝

敬宗孝荘皇帝

諱子攸。四月即位改元建義

諱は子攸。四月に即位し、建義と改元した。

建義元年九月又改元永安

建義元年九月、また永安と改元した。

永安元年

永安元年

己酉

己酉

中大通元年

中大通元年

二

二年

庚戌

庚戌

二

二年

三十二月帝崩。若依寶唱續法傳即魏使歸洛。奏遇達磨西歸。當在此年蓋明帝已崩。而孝莊尚在位故也

三年十二月、帝崩ず。もし宝唱『続法伝』に依れば、魏の使いが洛陽に帰り、達磨の西帰に遇ったと奏したのはこの年にあたる。明帝はすでに崩じ、孝荘がなお在位していたからである。

辛亥

辛亥

三太子統薨

三年、太子統薨ず。

前廢帝

前廃帝

諱恭。二月即位改元普泰

諱は恭。二月に即位し、普泰と改元した。

普泰元年

普泰元年

壬子

壬子

四

四年

二二月帝廢

二年二月、帝廃される。

後廢帝

後廃帝

諱朗。普泰元年六月高懽立帝於信都改元中興元年至二年四月廢之

諱は朗。普泰元年六月、高歓(底本は「懽」と作る、すなわち高歓)が信都において彼を帝に立て、中興元年と改元し、二年四月に彼を廃した。

出帝

出帝

諱脩廣。普泰二年四月即位改元太昌

諱は脩(修)広。普泰二年四月に即位し、太昌と改元した。

太昌元年十二月又改永熙

太昌元年十二月、また永熈(永熙)と改元した。

永熙元年

永熈元年

癸丑

癸丑

五

五年

二

二年

甲寅

甲寅

六

六年

三年十月帝迫於其相高懽。出居關中。懽立清河王世子善見為主都鄴。是為東魏。於是魏分為東西。十二月帝遇鴆崩

三年十月、帝はその相高歓に迫られ、関中に出て住む。歓は清河王の世子善見を主に立て、都を鄴に置いた。これが東魏である。ここに魏は東西に分かれた。十二月、帝は鴆毒を遇って崩じた。

右後魏十二主。合一百四十九年分為東西魏

以上、後魏十二主、合わせて百四十九年、東魏・西魏に分かれた。

西魏

西魏

都長安

都は長安

東魏

東魏

都鄴

都は鄴

文皇帝

文皇帝

諱寶炬。京兆王愉之子宇文泰奉帝即位

諱は宝炬、京兆王愉の子。宇文泰が帝を奉じて即位させた。

孝靜帝

孝静帝

諱善見。高懽奉帝即位。改元永熙。三年為天平

諱は善見。高歓が帝を奉じて即位させ、永熈と改元し、三年に天平と改めた。

天平元年

天平元年

乙卯

乙卯

大同元年

大同元年

大統元年

大統元年

二年

二年

丙辰

丙辰

二年

二年

二年

二年

三年舊本傳燈雲。十月五日達磨卒。十二月葬洛陽熊耳山。時洛陽屬東魏。誤

三年。旧本『伝燈』は十月五日に達磨卒し、十二月に洛陽熊耳山に葬ったという。当時洛陽は東魏に属していた。誤りである。

丁巳

丁巳

三年

三年

三年

三年

四年

四年

戊午

戊午

四年

四年

四年

四年

元象元年

元象元年

己未

己未

五年

五年

五年

五年

興和元年舊傳燈雲。奉使自西域回。奏啟達磨壙。見空棺隻履。誤

興和元年。旧本『伝燈』は、使者が西域から帰り、達磨の墓穴を開くよう奏して、空棺と片方の靴を見たという。誤りである。

庚申

庚申

六年

六年

六年

六年

二年

二年

辛酉

辛酉

七年

七年

七年

七年

三年

三年

壬戌

壬戌

八年

八年

八年

八年

四年

四年

癸亥

癸亥

九年

九年

九年

九年

武定元年

武定元年

甲子

甲子

十年

十年

十年

十年

二年

二年

乙丑

乙丑

十一年

十一年

十一年

十一年

三年

三年

丙寅

丙寅

中大同元年

中大同元年

十二年

十二年

四年

四年

丁卬

丁卯(底本は「丁卬」と作る。「卬」は「卯」の誤り)

太清元年

太清元年

十三年

十三年

五年

五年

戊辰

戊辰

二年侯景反

二年、侯景反乱す。

十四年

十四年

六年

六年

己巳

己巳

三年五月帝崩

三年五月、帝崩ず。

十五年

十五年

七年

七年

簡文帝

簡文帝

諱綱即位改元

諱は綱。即位して改元した。

庚午

庚午

大寶元年

大宝元年

十六年

十六年

八年五月禪於北齊

八年五月、北斉に禅した。

右東魏一主十七年

以上、東魏一主十七年

北齊

北斉

都鄴

都は鄴

文宣帝

文宣帝

諱洋姓高。懽之第三子。五月受禪。建元天保

諱は洋、姓は高。歓の第三子。五月に禅譲を受け、天保と建元した。

天保元年

天保元年

辛未

辛未

二年侯景廢帝。而立豫章王楝。尋弒帝。十一月景又廢楝。自立僭號。元帝討而斬之

二年、侯景が帝を廃し、豫章王棟を立て、まもなく帝を弑した。十一月、景はまた棟を廃して自立し、僭号した。元帝がこれを討って斬った。

十七年

十七年

二年三祖見二祖

二年、三祖が二祖に見(まみ)える。

廢帝

廃帝

諱欽。文帝長子。即位不改號

諱は欽。文帝の長子。即位して号を改めず。

孝元帝

孝元帝

諱繹十一月即位於江陵

諱は繹。十一月、江陵において即位した。

壬申

壬申

承聖元年

承聖元年

元年

元年

三年

三年

癸酉

癸酉

二年

二年

二年

二年

四年

四年

甲戌

甲戌

三年十一月帝為魏軍所執尋弒之

三年十一月、帝は魏軍のために捕らえられ、まもなく弑された。

三年正月宇文泰廢帝而立齊王廓

三年正月、宇文泰が帝を廃して斉王廓を立てた。

五年思大止大蘇山

五年、思大(慧思大禅師)大蘇山に止まる。

敬帝

敬帝

諱方智。元帝既被執。蕭𧫣自立為後梁。都江陵。王僧辯陳覇先。奉帝為梁主。承聖四年九月即位

諱は方智。元帝がすでに捕らえられると、蕭詧(底本はこの字を「𧫣」と作る、すなわち後梁宣帝蕭詧)が自立して後梁となり、都は江陵に置いた。王僧弁・陳覇先が彼を奉じて梁の主とし、承聖四年九月に即位した。

恭帝

恭帝

諱廓。文帝子。宇文泰立之。不改號。止稱元年

諱は廓。文帝の子。宇文泰が彼を立て、号を改めず、ただ元年と称した。

元年

元年

乙亥

乙亥

紹泰元年

紹泰元年

二年

二年

六年

六年

丙子

丙子

大平元年

太平元年

三年十二月帝遜位於周

三年十二月、帝は位を周に譲った。

七年

七年

右西魏三主合二十三年

以上、西魏三主、合わせて二十三年

後周

後周

都長安

都は長安

閔帝

閔帝

諱覺姓宇文。文帝泰之子。受禪於西魏即位止稱元年

諱は覚、姓は宇文、文帝泰の子。西魏より禅譲を受けて即位し、ただ元年と称した。

元年南史以次年為元年

元年。『南史』は次年をもって元年とする。

丁丑

丁丑

二年十月進丞相陳覇先爵。為陳王。帝遜位於陳

二年十月、丞相陳覇先の爵を進めて陳王とした。帝は位を陳に譲った。

二年九月宇文護貶帝為洛陽公。尋弒之

二年九月、宇文護が帝を洛陽公に貶め、まもなく弑した。

八年

八年

右梁四主合五十六年

以上、梁四主、合わせて五十六年

明帝

明帝

諱毓。文帝泰之長子。宇文護立之。即位改元武定

諱は毓。文帝泰の長子。宇文護が彼を立て、即位して武定と改元した。

陳

陳

都金陵

都は金陵

武定元年南史雲亦稱元年不改號

武定元年。『南史』は、ただ元年と称して号を改めなかったという。

高祖武帝

高祖武帝

諱覇先姓陳氏受禪於梁。即位建元永定

諱は覇先、姓は陳氏。梁より禅譲を受け、即位して永定と建元した。

永定元年

永定元年

戊寅

戊寅

二年智者進具

二年、智者具戒を受く。

二年

二年

九年

九年

己卯

己卯

三年六月帝崩

三年六月、帝崩ず。

武成元年陳紀雲方建年號

武成元年。『陳紀』は、これより年号を建てたという。

十年十月帝崩

十年十月、帝崩ず。

文帝

文帝

諱舊始興王長子即位

諱は蒨(底本は「旧」と作る、当に「蒨」の誤りか)。始興王の長子。即位した。

廢帝

廃帝

諱殷。文宣帝長子

諱は殷。文宣帝の長子。

庚辰

庚辰

天嘉元年

天嘉元年

二年

二年

乾明元年太后令廢帝

乾明元年、太后が令して帝を廃した。

智者謁思大於大蘇山

智者、大蘇山において思大に謁す。

武帝

武帝

諱邕。文帝第四子。以遺詔即位

諱は邕。文帝の第四子。遺詔をもって即位した。

昭帝

昭帝

諱演。懽之第六子。八月即位。改元皇建

諱は演。歓の第六子。八月に即位し、皇建と改元した。

皇建元年

皇建元年

辛巳

辛巳

二年

二年

保定元年

保定元年

二年帝崩

二年、帝崩ず。

後梁宣帝崩。子巋立。是為明帝。改元天保

後梁宣帝崩ず。子の巋が立ち、これが明帝である。天保と改元した。

武成帝

武成帝

諱湛。懽之第九子。即位改元大寧

諱は湛。歓の第九子。即位して大寧と改元した。

大寧元年

大寧元年

壬午

壬午

三年

三年

二年

二年

清河元年

清河元年

癸未

癸未

四年

四年

三年

三年

二年

二年

甲申

甲申

五年

五年

四年

四年

三年

三年

乙酉

乙酉

六年

六年

五年

五年

四年帝禪位於太子。自稱太上皇

四年、帝は位を太子に禅み、自ら太上皇と称した。

後主

後主

諱緯。受禪即位。改元天統

諱は緯。禅譲を受けて即位し、天統と改元した。

天統元年

天統元年

丙戌

丙戌

天康元年四月帝崩

天康元年四月、帝崩ず。

天和元年

天和元年

二年

二年

廢帝

廃帝

諱伯宗。文帝長子

諱は伯宗。文帝の長子。

丁亥

丁亥

光大元年思大遷南嶽

光大元年、思大、南嶽に遷る。

二年

二年

三年

三年

戊子

戊子

二年帝廢

二年、帝廃される。

三年

三年

四年

四年

宣帝

宣帝

諱頊。昭烈王之子。以大後命即位

諱は頊。昭烈王の子。太后の命をもって即位した。

己丑

己丑

天建元年傅大士卒智者往金陵

天建元年、傅大士卒す。智者、金陵に往く。

四年

四年

五年

五年

庚寅

庚寅

二年

二年

五年

五年

武平元年

武平元年

辛卯

辛卯

三年

三年

六年

六年

二年

二年

壬辰

壬辰

四年

四年

建德元年

建德元年

三年

三年

癸巳

癸巳

五年

五年

二年

二年

四年

四年

甲午

甲午

六年

六年

三年廢釋道二教

三年、釈・道の二教を廃する。

五年

五年

乙未

乙未

七年智者隱天台

七年、智者、天台に隠れる。

四年

四年

六年

六年

丙申

丙申

八年

八年

五年

五年

七年十二月為周武所敗。改元隆化。隆化元年。德安王延宗。即位於晉陽。改元德昌。尋為周所虜

七年十二月、周武のために敗れ、隆化と改元した。隆化元年、徳安王延宗が晋陽において即位し、徳昌と改元したが、まもなく周の虜となった。

幼主

幼主

名恆。後主以望氣者言有革易。故傳位幼主。自稱太上皇

名は恒。後主は、望気する者が革易あると言ったため、幼主に位を伝え、自ら太上皇と称した。

丁酉

丁酉

九年思大卒

九年、思大卒す。

六年

六年

承光元年正月幼主即位。在位十八日。與後主並為周所虜國滅

承光元年正月、幼主即位す。在位十八日、後主とともに周の虜となり、国滅ぶ。

右北齊六主。合二十八年。為周所滅

以上、北斉六主、合わせて二十八年。周のために滅ぼされた。

戊戌

戊戌

十年

十年

宣政元年帝總戎北伐。六月崩於乘興

宣政元年、帝は戎を総べて北伐し、六月、乗輿において崩じた。

宣帝

宣帝

諱斌。武帝長子。即位

諱は贇(底本は「斌」と作る)。武帝の長子。即位した。

己亥

己亥

十一年

十一年

大成元年正月立魯王衍。為皇太子二月傳位太子。自稱天元皇帝

大成元年正月、魯王衍を立てて皇太子とし、二月、位を太子に伝え、自ら天元皇帝と称した。

靜帝

静帝

諱衍。後改名闡。宣帝長子。宣帝於鄴宮傳位。改元大象

諱は衍、後に名を闡と改める。宣帝の長子。宣帝が鄴宮において位を伝え、大象と改元した。

大象元年

大象元年

庚子

庚子

十二年

十二年

二年宣帝崩。復釋道二教。以大丞相楊堅為相國。進爵為王。備九鍚

二年、宣帝崩ず。仏・道二教を復した。大丞相楊堅をもって相国とし、爵を進めて王とし、九錫(底本は「九鍚」)を備えた。

辛丑

辛丑

十三年

十三年

大定元年正月改元。二月遜位於隋

大定元年正月に改元し、二月、隋に位を譲った。

右後週五主。合二十六年。禪於隋

以上、後周五主、合わせて二十六年。隋に禅した。

隋

隋

都長安

都は長安

高祖文皇帝

高祖文皇帝

諱堅。姓楊氏。大定元年二月。受禪於周。即位建元開皇

諱は堅、姓は楊。大定元年二月、周より禅譲を受け、即位して開皇と建元した。

開皇元年

開皇元年

壬寅

壬寅

十四年正月帝崩

十四年正月、帝崩ず。

二年

二年

後主

後主

諱叔寶。宣帝長子。即位

諱は叔宝。宣帝の長子。即位した。

癸卯

癸卯

至德元年

至徳元年

三年

三年

甲辰

甲辰

二年

二年

四年

四年

乙巳

乙巳

三年

三年

五年後梁蕭琮立

五年、後梁蕭琮嗣ぎ立つ。

丙午

丙午

四年

四年

六年後梁改元廣運

六年、後梁、広運と改元す。

丁未

丁未

禎明元年

禎明元年

七年後梁三主。合三十三年。是歲隋廢之

七年。後梁三主、合わせて三十三年。この年、隋のために廃された。

戊申

戊申

二年

二年

八年

八年

己酉

己酉

三年正月隋將韓擒。入建業虜後主國亡

三年正月、隋の将韓擒が建業に入り、後主を虜にし、国滅ぶ。

九年平陳天下一統

九年、陳を平らげ、天下統一す。

右陳五主。合三十三年。隋滅之

以上、陳五主、合わせて三十三年。隋のために滅ぼされた。

庚戌

庚戌

十年

十年

辛亥

辛亥

十一年

十一年

壬子

壬子

十二年四祖見三祖

十二年、四祖が三祖に見える。

癸丑

癸丑

十三年二祖卒

十三年、二祖卒す。

甲寅

甲寅

十四年

十四年

乙卯

乙卯

十五年

十五年

丙辰

丙辰

十六年

十六年

丁巳

丁巳

十七年智者卒

十七年、智者卒す。

戊午

戊午

十八年

十八年

己未

己未

十九年

十九年

庚申

庚申

二十年

二十年

辛酉

辛酉

仁壽元年

仁寿元年

壬戌

壬戌

二年

二年

癸亥

癸亥

三年

三年

甲子

甲子

四年七月帝崩

四年七月、帝崩ず。

煬帝

煬帝

諱廣。高祖第二子。即位

諱は広。高祖の第二子。即位した。

乙丑

乙丑

大業元年

大業元年

丙寅

丙寅

二年三祖卒

二年、三祖卒す。

丁卯

丁卯

三年

三年

戊辰

戊辰

四年

四年

己巳

己巳

庚午辛未壬申癸酉

庚午・辛未・壬申・癸酉

五年六年七年八年九年

五年・六年・七年・八年・九年

甲戌

甲戌

乙亥丙子

乙亥・丙子

十年十一年十二年

十年・十一年・十二年

丁丑

丁丑

十三年帝幸江都。遙尊為太上皇

十三年、帝、江都に巡幸し、遥かに太上皇と尊ばれた。

恭帝

恭帝

諱侑。煬帝之孫。元德太子昭之子。十一月唐公入京立帝。改元義寧

諱は侑。煬帝の孫、元徳太子昭の子。十一月、唐公が京師に入り彼を立てて帝とし、義寧と改元した。

義寧元年

義寧元年

戊寅

戊寅

二年二月煬帝崩。五月帝遜位於唐

二年二月、煬帝崩ず。五月、帝は位を唐に譲った。

右隋三主。合三十八年。禪於唐

以上、隋三主、合わせて三十八年。唐に禅した。

達磨至中國。今取正宗記為定。蓋依梁僧寶唱續法記。昔那連耶舍。與萬天懿。譯七佛至二十八祖傳法事。梁簡文帝。因使臣劉懸運往北齊取其書詔寶唱編入續法記也

達磨、中国に至る。ここでは『正宗記』を定準とし、梁の僧宝唱『続法記』に依拠する。昔、那連耶舎と万天懿とが七佛から二十八祖までの伝法の事績を翻訳した。梁の簡文帝は、使臣劉懸運が北斉に行ってこの書を取り寄せたため、詔して宝唱に『続法記』に編入させた。

景德傳燈錄 卷第一

七佛天竺祖師

七佛と天竺の祖師

七佛

七佛

毘婆屍佛

毘婆尸仏

屍棄佛

尸棄仏

毘舍浮佛

毘舎浮仏

拘留孫佛

拘留孫仏

拘那含牟尼佛

拘那含牟尼仏

迦葉佛

迦葉仏

釋迦牟尼佛

釈迦牟尼仏

天竺一十五祖(內一祖旁出無錄)

天竺一十五人の祖師(そのうち一人は傍出、収録しない)

第一祖摩訶迦葉

第一祖 摩訶迦葉

第二祖阿難(旁出末田底迦)

第二祖 阿難(傍出・末田底迦)

第三祖商那和修

第三祖 商那和修

第四祖優波毱多

第四祖 優波毱多

第五祖提多迦

第五祖 提多迦

第六祖彌遮迦

第六祖 弥遮迦

第七祖婆須蜜

第七祖 婆須蜜

第八祖佛陀難提

第八祖 仏陀難提

第九祖伏馱蜜多

第九祖 伏駄蜜多

第十祖脇尊者

第十祖 脇尊者

第十一祖富那夜奢

第十一祖 富那夜奢

第十二祖馬鳴大士

第十二祖 馬鳴大士

第十三祖迦毘摩羅

第十三祖 迦毘摩羅

第十四祖龍樹大士

第十四祖 竜樹大士

敘七佛

七佛を叙述す

古佛應世。綿歷無窮。不可以周知而悉數也。故近譚賢劫有千如來。暨於釋迦。但紀七佛。案長阿含經云。七佛精進力。放光滅闇冥。各各坐諸樹。於中成正覺。又曼殊室利為七佛祖師。金華善慧大士。登松山頂行道。感七佛引前維摩接後。今之撰述。斷自七佛而下。

古仏が世に応現することは、綿々として窮尽することなく経歴し、すべてを知り、一々挙げることは不可能である。そこでただ近く賢劫の中に千仏の如来があり、釈迦に至るまで七仏のみを記す。『長阿含経』にいう、七仏の精進の力は、光を放って冥闇を滅除し、各々種々の樹下に坐して、その中に正覚を成ず。また曼殊室利(文殊菩薩)は七仏の祖師なり。金華の善慧大士が松山の頂に登って行道し、七仏が前に引導し、維摩が後ろに接引するのを感応した。いま撰述するに、七仏以下より截断して筆を起こす。

毘婆屍佛(過去莊嚴劫第九百九十八尊)偈曰。

毘婆尸仏(過去荘厳劫第九百九十八尊)の偈にいう、

身從無相中受生猶如幻出諸形象

この身は無相より生を受け、幻術が種々の形を変出するがごとし。

幻人心識本來無罪福皆空無所住

幻人の心識は本来罪なく、罪も福も空にして住する処なし。

長阿含經云。人壽八萬歲時此佛出世。種剎利。姓拘利若。父槃頭。母槃頭婆提。居槃頭婆提城。坐波波羅樹下。說法三會。度人三十四萬八千人。神足二。一名騫茶。二名提舍。侍者無憂。子方膺。

『長阿含経』にいう、人の寿八萬歳の時、この仏出世す。種姓は刹利にして、姓は拘利若なり。父の名は槃頭、母の名は槃頭婆提。槃頭婆提城に住し、波波羅樹の下に坐す。説法三会し、人を度すること三十四万八千人。神足の弟子二人、一の名は騫荼、二の名は提舎。侍者の名は無憂。子の名は方膺。

屍棄佛(莊嚴劫第九百九十九尊)偈曰。

尸棄仏(荘厳劫第九百九十九尊)の偈にいう、

起諸善法本是幻造諸惡業亦是幻

種々の善法を起こすは、もともと幻なり。種々の悪業を造作するも、また幻なり。

身如聚沫心如風幻出無根無實性

身は聚沫のごとく、心は風のごとくして、幻変出して根なく、また実性なし。

長阿含經云。人壽七萬歲時此佛出世。種剎利。姓拘利若。父明相。母光耀。居光相城。坐分陀利樹下。說法三會。度人二十五萬。神足二。一名阿毘浮。二名婆婆。侍者忍行。子無量。

『長阿含経』にいう、人の寿七万歳の時、この仏出世す。種姓は刹利にして、姓は拘利若なり。父の名は明相、母の名は光耀。光相城に住し、分陀利樹の下に坐す。説法三会し、人を度すること二十五万。神足の弟子二人、一の名は阿毘浮、二の名は婆婆。侍者の名は忍行。子の名は無量。

毘舍浮佛(莊嚴劫第一千尊)偈曰。

毘舎浮仏(荘厳劫第一千尊)の偈にいう、

假借四大以為身心本無生因境有

仮に地水火風の四大を藉りて身となす。心は本来生無く、境界に因りて有り。

前境若無心亦無罪福如幻起亦滅

前の境界、若し無くんば、心もまた無し。罪福は幻のごとく、起きては滅す。

長阿含經云。人壽六萬歲時此佛出世。種剎利。姓拘利若。父善燈。母稱戒。居無喻城。坐婆羅樹下。說法二會。度人一十三萬。神足二。一扶遊。二欝多摩。侍者寂滅。子妙覺。

『長阿含経』にいう、人の寿六万歳の時、この仏出世す。種姓は刹利にして、姓は拘利若なり。父の名は善燈、母の名は称戒。無喩城に住し、婆羅樹の下に坐す。説法二会し、人を度すること一十三万。神足の弟子二人、一は扶扶遊、二は欝多摩。侍者の名は寂滅。子の名は妙覚。

拘留孫佛(見在賢劫第一尊)偈曰。

拘留孫仏(現在賢劫第一尊)の偈にいう、

見身無實是佛身了心如幻是佛幻

身に実体なきを見る、これが仏身なり。心の幻なるを了達する、これが仏の幻なり。

了得身心本性空斯人與佛何殊別

身心の本性が空なるを了れば、この人と仏と何の別かあらん。

長阿含經云。人壽四萬歲時此佛出世。種婆羅門。姓迦葉。父禮得。母善枝。居安和城。坐尸利沙樹下。說法一會。度人四萬。神足二。一薩尼。二毘樓。侍者善覺。子上勝。

『長阿含経』にいう、人の寿四万歳の時、この仏出世す。種姓は婆羅門にして、姓は迦葉なり。父の名は礼得、母の名は善枝。安和城に住し、尸利沙樹の下に坐す。説法一会し、人を度すること四万。神足の弟子二人、一は薩尼、二は毘楼。侍者の名は善覚。子の名は上勝。

拘那含牟尼佛(賢劫第二尊)偈曰。

拘那含牟尼仏(賢劫第二尊)の偈にいう、

佛不見身知是佛若實有知別無佛

仏、身を見ずして、始めてこれが仏なるを知る。若しまことに知ることあらば、すなわち別に仏無し。

智者能知罪性空坦然不怖於生死

智者はよく罪性の空なるを知り、坦然として生死を怖(おそ)れず。

長阿含經云。人壽三萬歲時此佛出世。種婆羅門姓迦葉。父大德。母善勝。居清淨城。坐烏暫婆羅門樹下。說法一會。度人三萬。神足二。一舒槃那。二欝多樓。侍者安和。子道師。

『長阿含経』にいう、人の寿三万歳の時、この仏出世す。種姓は婆羅門にして、姓は迦葉なり。父の名は大徳、母の名は善勝。清浄城に住し、烏暫婆羅門樹の下に坐す。説法一会し、人を度すること三万。神足の弟子二人、一は舒盤那、二は欝多楼。侍者の名は安和。子の名は道師。

迦葉佛(賢劫第三尊)偈曰。

迦葉仏(賢劫第三尊)の偈にいう、

一切眾生性清淨從本無生無可滅

一切衆生の性は清浄にして、本(もと)より生も無く、また滅すべきもなし。

即此身心是幻生幻化之中無罪福

即ちこの身心、幻より生じたるなり。幻化の中に、罪福なし。

長阿含經云。人壽二萬歲時此佛出世。種婆羅門。姓迦葉。父梵德。母財主。居波羅柰城。坐尼拘律樹下。說法一會。度人二萬。神足二。一提舍。二婆羅婆。侍者善友。子集軍。

『長阿含経』にいう、人の寿二万歳の時、この仏出世す。種姓は婆羅門にして、姓は迦葉なり。父の名は梵徳、母の名は財主。波羅柰城に住し、尼拘律樹の下に坐す。説法一会し、人を度すること二万。神足の弟子二人、一は提舎、二は婆羅婆。侍者の名は善友。子の名は集軍。

釋迦牟尼佛(賢劫第四尊)姓剎利。父淨飯天。母大清淨妙。位登補處生兜率天上。名曰勝善天人。亦名護明大士。度諸天眾說補處行。亦於十方界中現身說法。普耀經云。佛初生剎利王家。放大智光明照十方世界。地湧金蓮華自然捧雙足。東西及南北各行於七步。分手指天地作師子吼聲。上下及四維無能尊我者。即周昭王二十四年甲寅歲四月八日也。至四十二年二月八日。年十九欲求出家。而自念言。當復何遇。即於四門遊觀見四等事。心有悲喜而作思惟。此老病死終可厭離。於是夜子時有一天人。名曰淨居。於窓牖中叉手白太子言。出家時至可去矣。太子聞已心生歡喜。即逾城而去。於檀特山中修道。始於阿藍迦藍處。三年學不用處定。知非便捨。復至欝頭藍弗處。三年學非非想定。知非亦捨。又至象頭山同諸外道。日食麻麥經於六年。故經云。以無心意無授行而悉摧伏諸外道。先歷試邪法示諸方便發諸異見令至菩提。故普集經云。菩薩於二月八日明星出時。成佛號天人師。時年三十矣。即穆王三年癸未歲也。既而於鹿野苑中。為憍陳如等五人轉四諦法輪而論道果。說法住世四十九年。後告弟子摩訶迦葉。吾以清淨法眼涅槃妙心實相無相微妙正法將付於汝。汝當護持。並勅阿難副貳傳化無令斷絕。而說偈言。

釈迦牟尼仏(賢劫第四尊)、種姓は刹利なり。父は浄飯王(底本は「浄飯天」と作る)、母は大清浄妙。位次、補処に昇り、兜率天上に生れ、名を勝善天人といい、また護明大士と号し、諸天衆を度化し、補処の行を講説し、亦(また)十方世界に於て現身説法す。『普曜経』にいう、仏初めて刹利王家に生れ、大智の光明を放ち、十方世界を照曜す。地の下より金蓮華が湧出して、自然に双足を捧ぐ。彼、東西南北に各七歩を行き、各々手指して天地を指し、師子吼を作して曰く、上下及び四維に、我より尊き能く我に匹(ひつ)するものなし。その日、すなわち周昭王二十四年甲寅歳四月八日なり。四十二年二月八日に至り、年十九にして出家せんと欲(おも)ひ、自ら心念(おも)へらく、当に何をか再び遇(あ)はん。すなわち四門に遊観し、老・病・死・僧の四等の事を見て、心に悲み、また喜び、思量するに、この老病死は終竟厭離すべきなり。ここに夜の子時、一人の天人有り、名を浄居と曰い、窓牖の中に合掌して太子に対して曰く、出家の時到れり、去るべし。太子、聴きて心に歓喜し、すなわち城墻を翻越えて去り、檀特山中に於て道を修す。始めは阿藍迦藍の所に在りて、無用処定を学ぶこと三年、非(あら)ざるを知りて捨て、また欝頭藍弗の所に到り、非非想定を学ぶこと三年、非ざるを知りて亦(また)捨て、再び象頭山に至り、外道と倶に在りて、麻麦のみを食らうこと六年を経たり。故に経にいう、無心意・無授行をもって、悉く諸の外道を摧伏せりと。先(ま)づ邪法を試暦(へ)め、種々の方便を開示し、種々の異見を発起せしめ、彼をして菩提に達せしめんとす。故に『普集経』にいう、菩薩、二月八日明星出づる時に成仏し、天人師と号す。当時年三十、すなわち穆王三年癸未歳なり。随(つい)で鹿野苑の中に於て、憍陳如等の五人のために四諦の法輪を転じ、道果を論説す。説法、世に住すること四十九年。後に弟子摩訶迦葉に告げて曰く、我、清浄法眼・涅槃(煩悩が止息し再び生死流転せぬ境地)妙心・実相無相の微妙正法を汝に付属す。汝、当に護持すべし。併せて阿難に副(つ)けて伝化せんことを嘱す、断絶せしむること勿れ。ここに偈を説いて曰く、

法本法無法無法法亦法

法はこれ法なり、本(もと)法無し。法無けれども、法は亦(また)法なり。

今付無法時法法何曾法

今、法無きを付嘱する時、種種の法も何ぞ曽(かつ)て法ならんや。

爾時世尊說此偈已。復告迦葉。吾將金縷僧伽梨衣傳付於汝。轉授補處。至慈氏佛出世勿令朽壞。迦葉聞偈頭面禮足曰。善哉善哉。我當依勅。恭順佛故。爾時世尊至拘屍那城。告諸大眾。吾今背痛欲入涅槃。即往熙連河側娑羅雙樹下。右脇累足泊然宴寂。復從棺起為母說法。特示雙足化婆耆。並說無常偈曰。

爾時、世尊、この偈を説き已りて、また迦葉に告げて曰く、吾、将に金縷僧伽梨衣を汝に伝付し、転(ま)た補処に授けん。慈氏仏の出世に至るまで、朽壊せしむること勿れ。迦葉、偈を聴き聞く已りて、頭面礼足して曰く、善哉善哉。当に依勒(のり)のごとくすべし。恭順して仏の故なり。爾時、世尊、拘尸那城に至り、大衆に告げて曰く、吾、今、背を痛(いた)め、涅槃に入らんと欲(ほつ)す。すなわち熙連河の側、娑羅双樹の下に往(ゆ)き、右脇に累(かさ)ね足(あし)を累ね、泊(とま)りて宴寂す。又(また)棺中より起(た)ちて、母の為に法を説き、特(こと)に双足を示現して婆耆を教化し、并せて無常偈を説く、

諸行無常是生滅法生滅滅已

諸行無常、これ生滅法。生滅の滅已(すみ)ぬれば、

寂滅為樂

寂滅を楽(たの)しみと為す。

時諸弟子即以香薪競茶毘之。燼後金棺如故。爾時大眾即於佛前以偈讚曰。

是(かく)て諸の弟子、すなわち香薪を用ゐて荼毘(だび)を競(あらそ)う。焼盡(す)ん後、金棺、故(もと)のごときが如(ごと)し。是(かく)て大衆、すなわち仏の前に於て偈を以て讃嘆して曰く、

凡俗諸猛熾何能致火爇

凡俗の種々の猛烈なる熾火、何を以てか火を燃(も)やす。

請尊三昧火闍維金色身

尊き三昧(心を専注して散らざる定境)の火を請ひて、来たりてこの金色の身を荼毘せよ。

爾時金棺從坐而舉高七多羅樹。往反空中化火三昧須臾灰生。得舍利八斛四斗。即穆王五十二年壬申歲二月十五日也。自世尊滅後一千一十七年教至中夏。即後漢永平十年戊辰歲也。

是(かく)て金棺、座より舉(あ)げられ、高(たか)きこと七の多羅樹、空中に於て往還し、火光三昧を化出し、片時にして灰を生ぜり。舎利、八斛四斗を得たり。その日、すなわち穆王五十二年壬申歳二月十五日なり。世尊滅後、一千一十七年、教法、中夏に伝はり、すなわち後漢永平十年戊辰歳なり。

第一祖摩訶迦葉。摩竭陀國人也。姓婆羅門。父飲澤。母香志。昔為鍛金師。善明金性使其柔伏。付法傳云。嘗於久遠劫中毘婆屍佛入涅槃後。四眾起塔。塔中像面上金色有少缺壞。時有貧女將金珠往金師所請飾佛面。既而因共發願。願我二人為無姻夫妻。由是因緣九十一劫身皆金色。後生梵天。天壽盡生中天摩竭陀國婆羅門家。名曰迦葉波。此雲飲光勝尊。蓋以金色為號也。繇是志求出家冀度諸有。佛言。善來比丘。鬚髮自除袈裟著體。常於眾中稱歎第一。復言。吾以清淨法眼將付於汝。汝可流佈無令斷絕。涅槃經云。爾時世尊欲涅槃時。迦葉不在眾會。佛告諸大弟子。迦葉來時可令宣揚正法眼藏。爾時迦葉在耆闍堀山賓缽羅窟。覩勝光明即入三昧。以淨天眼觀見世尊。於熙連河側入般涅槃。乃告其徒曰。如來涅槃也。何其駛哉。即至雙樹間悲戀號泣。佛於金棺內現雙足。爾時迦葉告諸比丘。佛已茶毘。金剛舍利非我等事。我等宜當結集法眼無令斷絕。乃說偈曰。

第一祖摩訶迦葉は、摩竭陀国の人なり。姓は婆羅門。父の名は飲沢、母の名は香志。昔、鍛金師たりて、善(よ)く金性を明かにし、それを柔くして降伏せしむ。『付法伝』にいう、曽(かつ)て久遠劫の中に、毘婆尸仏、涅槃に入りたまふ後、四衆、塔を起(た)つ。塔中の像の面上の金色、少(すこ)し欠壊あり。是の時、一の貧女、金珠を持ちて金師の所に至り、仏面を修飾せしむ。随(つい)で二(ふた)人、共に願(がん)を発(おこ)す、我が二(ふた)人、姻親なきの夫妻と為らんと。この因縁を以て、九十一劫、身上皆(みな)金色なり。後に梵天に生(うま)れ、天寿(てんじゅ)盡(つ)きて、中天竺摩竭陀国の婆羅門家に生れ、名を迦葉波と曰(い)う。此(こ)に飲光勝尊と訳(やく)す、即ち金色を以て名號と為す。此(ここ)より立志して出家を求め、諸有を度脱せんことを願(ねが)ふ。仏の曰く、善来比丘。須髪自(おのづか)ら落脱し、袈裟、身上に著(つ)く。常に大衆の中に於て第一と稱嘆せらる。仏又(また)の曰く、我、清浄法眼を汝に付属す。汝、以て流布すべし、断絶せしむること勿れ。『涅槃経』にいう、爾時、世尊、将(まさ)に涅槃せんとす、迦葉、衆会に在らず。仏、諸の大弟子に告げて曰く、迦葉の来たらん時、当に正法眼蔵を宣揚せしむべし。爾時、迦葉、耆闍崛山賓鉢羅窟に在り、殊勝の光明を見て、即ち三昧に入り、清浄天眼を以て世尊の熙連河側に於て般涅槃に入るを観見し、ここに徒衆に告げて曰く、如来、涅槃せり、何(なん)ぞ迅速なるや。すなわち双樹の間に至り、悲戀號泣す。仏、金棺の内に双足を現出す。爾時、迦葉、諸の比丘に告げて曰く、仏已(すで)に荼毘(だび)せられぬ。金剛舎利、是(これ)我等の事にあらず。我等、当に法眼を結集すべし、断絶せしむること勿れ。ここに偈を説いて曰く、

如來弟子且莫涅槃得神通者

如来の弟子、且(しばら)く涅槃すること勿れ。神通を得たる者は、

當赴結集

当に結集に赶(およ)び赴(おもむ)くべし。

於是得神通者。悉集王舍耆闍堀山賓缽羅窟。時阿難為漏未盡不得入會。後證阿羅漢果。由是得入。迦葉乃白眾言。此阿難比丘多聞總持有大智慧。常隨如來梵行清淨。所聞佛法如水傳器無有遺餘。佛所讚歎聰敏第一。宜可請彼集修多羅藏。大眾默然。迦葉告阿難曰。汝今宜宣法眼。阿難聞語信受。觀察眾心。而宣偈言。

ここに神通を得たる者、皆、王舎城耆闍崛山賓鉢羅窟に聚集す。是(かく)て阿難、漏(ろう)未(いま)だ盡(つ)きざるを以て、入會すること能(あた)はず。後に阿羅漢(煩悩を断盡し再び生を受けぬ聖者)果を證す、此(ここ)を以て始めて入るを得たり。迦葉、大衆に對(むか)ひて曰く、此の阿難比丘、多聞總持、大智慧あり、常に如来に隨從し、梵行清淨、聴(ゆる)し来(きた)れる佛法、器に水を傳(うつ)すが如く、一點の遺漏なし。仏の讃嘆せる所、聰敏第一なり。当に彼を請じて修多羅蔵を結集せしむべし。大衆、默然す。迦葉、阿難に告げて曰く、汝、今、当に法眼を宣説すべし。阿難、此の言を聴(ゆる)し、即ち信受し、衆人の心を觀察して偈を宣説して曰く、

比丘諸眷屬離佛不莊嚴

比丘諸の眷屬、仏を離れれば則ち荘嚴ならず、

猶如虛空中眾星之無月

虛空中の衆星、月無きが如し。

說是偈已。禮眾僧足升法坐而說是言。如是我聞一時佛住某處說某經教。乃至人天等作禮奉行。時迦葉問諸比丘。阿難所言不錯謬乎。皆曰。不異世尊所說。迦葉乃告阿難言。我今年不久留。今將正法付囑於汝。汝善守護。聽吾偈言。

此の偈を説き已りて、衆僧の足を禮拜し、法座に昇り、斯(かく)の如き言を宣(の)べたる、如是我聞。一時、仏、某處に住(ゐ)て、某經教を説く、乃至人天等、禮を作して奉行せり。是(かく)て迦葉、諸の比丘に問ひて曰く、阿難の所説、錯謬なきか。皆の曰く、世尊の所説と異(たぐ)ひなし。迦葉、すなわち阿難に告げて曰く、我、今年、人の世に久(ひさ)しからず。今、正法を汝に付嘱す。汝、善く守護すべし。我が偈を聽け、

法法本來法無法無非法

法法、本來是(これ)法なり。法なし、亦(また)非法なし。

何於一法中有法有不法

何を以てか一法の中に、法ありまた不法あるや。

說偈已。乃持僧伽梨衣入雞足山。俟慈氏下生。即周孝王五年丙辰歲也(五年當作四年自此至第十三祖迦毘摩羅年數錯誤今皆依史記年表中六甲改正)。

偈を説き已りて、即ち僧伽梨衣を持(たづさ)へて雞足山に入り、慈氏の下生を待つ。その年は周孝王五年丙辰歳(五年は当に四年と作るべし。此(ここ)より第十三祖迦毘摩羅に至るまで年數錯誤あり、今皆『史記』年表中の干支に依りて改正す)なり。

第二祖阿難。王舍城人也。姓剎利帝。父斛飯王。實佛之從弟也。梵語阿難陀。此雲慶喜。亦云歡喜。如來成道夜生因為之名。多聞博達智慧無礙。世尊以為總持第一。嘗所讚歎。加以宿世有大功德。受持法藏如水傳器。佛乃命為侍者。後阿闍世王白言。仁者。如來迦葉尊勝二師皆已涅槃。而我多故悉不能覩。仁者。般涅槃時願垂告別。阿難許之。後自念言。我身危脆猶如聚沫。況復衰老豈堪長久。又念。阿闍世王與吾有約。乃詣王宮告之曰。吾欲入涅槃來辭耳。門者曰。王寢不可以聞。阿難曰。俟王覺時當為我說。時阿闍世王夢中見一寶蓋。七寶嚴飾千萬億眾圍繞瞻仰。俄而風雨暴至吹折其柄。珍寶瓔珞悉墜於地。心甚驚異。既寤。門者具白上事王聞語已。失聲號慟哀感天地。即至毘舍離城。見阿難在常河中流跏趺而坐。王乃作禮而說偈言。

第二祖阿難は、王舎城の人なり。姓は刹利帝(しゃりて)。父は斛飯王、實は仏の堂弟なり。梵語阿難陀、此(こ)に慶喜と訳(やく)す、亦(また)歡喜と訳(やく)す。如来成道の夜に生れたるを以て、因りてこの名を取る。多聞博達、智慧に滯礙(たいがい)なし。世尊、彼を以て總持第一と為(な)し、曽(かつ)て之を讃嘆せり。加ふるに宿世の大功德あり、法蔵を受持すること、器に水を傳(うつ)すが如し。仏、すなわち之を命じて侍者と為(な)す。後に阿闍世王の曰く、仁者、如来・迦葉二(ふた)つの尊勝の師、皆已(すで)に涅槃せり。而(しか)るに我、事多(おほ)きを以て、皆親(みづか)ら見る能(あた)はず。仁者の般涅槃の時、来たりて別(わか)れんことを願(ねが)ふ。阿難、許(ゆる)せり。後に自ら念(おも)へらく、我が身、危脆(きぜい)にして聚沫(しゅうまつ)の如し、况(いは)んや又(また)衰老(すいろう)し、何ぞ久(ひさ)しからん。又(また)阿闍世王、我と約(やくそく)あるを念(おも)ひて、すなわち王宮に至りて彼に告げて曰く、我、涅槃に入らんと欲(ほつ)す、来たりて辭行(じぎょう)す。門を守る者の曰く、王、睡(いね)りて在り、稟(うけ)はるべからず。阿難の曰く、王の覺(さ)むる時を待ちて、我が為に説かん。是(かく)て阿阿闍世王、夢に一(ひと)つの寶蓋を見る、七寶嚴飾、千萬億衆、圍繞して瞻仰す。忽(たちま)ち風雨暴(あら)く至り、柄(え)を吹折(ふいせつ)し、珍寶瓔珞(ちんぽうようらく)、皆地に墜(お)ちぬ。心に甚(はなは)だ驚異せり。覺(さ)め已(や)みて後、門を守る者、具(つぶさ)に上の事を説く。王、聴(き)く已(や)みて、失聲號慟(こうどう)し、哀天地に感じ、すなわち毘舎離城に至り、阿難の恒河(底本は「常河」と作る)中流に於て結跏趺坐するを見る。王、すなわち禮を作して偈を曰く、

稽首三界尊棄我而至此

稽首(けいしゅ)三界の尊、我を棄てて此(ここ)に來たり、

暫憑悲願力且莫般涅槃

且(しばら)く憑(よ)れ悲願の力、先(ま)づ般涅槃に入ること勿れ。

時毘舍離王亦在河側。復說偈言。

是(かく)て毘舎離王も亦(また)河の側(そば)に在りて、又(また)偈を説きて曰く、

尊者一何速而歸寂滅場

尊者、何ぞ迅速(じんそく)なれば、將(まさ)に寂滅の場所に歸せんとす、

願住須臾間而受於供養

願(ねが)はくは君、稍(やゐ)く片刻を住(とど)まり、供養を受け給へ。

爾時阿難見二國王鹹來勸請。乃說偈言。

爾時、阿難、二(ふた)つの國王の來たりて勸請(かんじょう)するを見て、即ち偈を説きて曰く、

二王善嚴住勿為苦悲戀

二王、善(よ)く安住せよ、苦(く)を爲(な)して悲戀する勿(なか)れ、

涅槃當我淨(舊本作靜此依寶林傳正宗記易此一字)

涅槃、正(まさ)に是(これ)我が清浄(旧本は「静」と作る、今『宝林伝』『正宗記』に依りて「浄」の字と作る)を言(い)ふ、

而無諸有故

則ち諸有(しょう)なきの故なり。

阿難復念。我若偏向一國而般涅槃。諸國爭競。無有是處。應以平等度諸有情。遂於常河中流將入寂滅。是時山河大地六種震動。雪山中有五百仙人。覩茲瑞應飛空而至。禮阿難足胡跪白言。我於長老當證佛法。願垂大慈度脫我等。阿難默然受請。即變殑伽河悉為金地。為其仙眾說諸大法。阿難復念。先所度脫弟子應當來集。須臾五百羅漢從空而下。為諸仙人出家受具。其仙眾中有二羅漢。一名商那和修。二名末田底迦。阿難知是法器。乃告之曰。昔如來以大法眼付大迦葉。迦葉入定而付於我。我今將滅。用傳於汝汝受吾教。當聽偈言。

阿難、又(また)念(おも)へらく、我、若(も)し一國に偏(かたよ)つて般涅槃に入らば、諸國當(まさ)に爭競(そうぎょう)すべし、此(かく)の理(ことわり)なし。當(まさ)に平等(びょうどう)を以て諸の有情を度化すべし。ここに恒河の中流に於て、將(まさ)に寂滅に入らんとす。是(かく)て山河大地、六種に震動す。雪山の中に五百仙人あり、此(こ)の瑞應を見て、空中を飛びて來り、阿難の足を禮拜して胡跪(こき)して曰く、我等、當(まさ)に長老の此(ここ)に於て佛法を證得(しょうとく)すべし、願(ねが)はくは大慈を垂(た)れて我等を度脫せよ。阿難、默然(もくねん)として請(こ)ひを受け、即ち殑伽河(ぎょうがが)を悉く金地と化(な)し、此(こ)の仙衆の爲(ため)に種種の大法を説く。阿難、又(また)念(おも)へらく、先前(さき)に度脫せる弟子、當(まさ)に來り集(つど)ふべし。片時(へんじ)に五百羅漢、空中より下(くだ)り、諸の仙人の爲に出家し受具(じゅぐ)す。仙衆の中に二(ふた)人の羅漢あり、一(ひと)の名は商那和修、二(ふたつ)の名は末田底迦。阿難、彼(か)れを知りて法器と爲(な)し、即ち彼に告げて曰く、昔、如来、大法眼を大迦葉に付(ふ)す。迦葉、定に入りて我に付(ふ)せり。我、今、將(まさ)に滅せんとす、以(も)て汝に傳(つた)えん。汝、我が敎を受けて、當(まさ)に偈を聽(き)くべし、

本來付有法付了言無法

本(もと)、付(ふ)するは法有(う)りと爲(な)る。付(ふ)し了(おわ)りて、卻(かえ)つて無法(むほう)と言(い)ふ、

各各須自悟悟了無無法

各(おのお)の人、須(すべか)らく自(みづか)ら悟(さと)るべし。悟(さと)れば、則ち無無法(むむほう)なり。

阿難付法眼藏竟。踴身虛空作十八變。入風奮迅三昧分身四分。一分奉忉利天。一分奉娑竭羅龍宮。一分奉毘舍離(舊本作毘舍離龍王今依寶林傳正宗記除龍字)王。一分奉阿闍世王。各造寶塔而供養之。乃厲王十二年癸巳歲也(當作十年)。

阿難、法眼蔵を付(ふ)し已(おわ)りて、踊身(ようしん)して虛空(こくう)に至り、十八變(へん)を作(な)し、風奮迅三昧(ふうふんじんざんまい)に入り、身體を四分(しぶん)と爲(な)す。一分は忉利天(とうりてん)に奉(ほう)じ、一分は娑竭羅龍宮(しゃかつらりゅうぐう)に奉(ほう)じ、一分は毘舎離王(旧本は「毘舎離龍王」と作る、今『宝林伝』『正宗記』に依りて「龍」の字を去る)に奉(ほう)じ、一分は阿闍世王に奉(ほう)ず。各(おのおの)寶塔を建てて供養す。その年は周厲王十二年癸巳歳(當に十年と作るべし)なり。

第三祖商那和修者(正宗記雲。梵語商諾迦此雲自然服。以生時身自有衣也。洪覺範志林雲。謂僧伽梨衣與雲巖同也。而傳燈曰自然服。即西域九枝秀草名未詳)摩突羅國人也。亦名舍那婆斯姓毘舍多。父林勝。母憍奢耶。在胎六年而生。梵雲商諾迦。此雲自然服。即西域九枝秀草名也。若羅漢聖人降生則此草生於淨潔之地。和脩生時瑞草斯應。昔如來行化至摩突羅國。見一青林枝葉茂盛。語阿難曰。此林地名優留茶。吾滅度後一百年。有比丘商那和脩。於此地轉妙法輪。後百歲果誕。和脩出家證道。受慶喜尊者法眼。化導有情及止此林。降二火龍歸順佛教。龍因施其地以建梵宮。尊者化緣既久思付正法。尋於吒利國得優波毱多以為給侍。因問毱多曰。汝年幾耶。答曰。我年十七。師曰。汝身十七性十七耶。答曰。師髮已白。為髮白耶。心白耶。師曰。我但髮白。非心白耳。毱多曰。我身十七。非性十七也。和脩知是法器。後三載遂為落髮受具。乃告曰昔如來以無上法眼藏付囑迦葉。展轉相授而至於我。我今付汝勿令斷絕。汝受吾教。聽吾偈言。

第三祖商那和修(『正宗記』にいう、梵語商諾迦、此(こ)に自然服と訳(やく)す、生れて身に自有する衣あるを以てなり。洪覚範『志林』にいう、僧伽梨衣を指す、雲巖と同じと。而(しか)るに『傳燈録』は自然服を西域九枝秀草の名と為す、未詳)、摩突羅国の人なり、亦(また)舎那婆斯と曰(い)う。姓は毎舎多。父の名は林勝、母の名は憍奢耶。胎に在ること六年にして出生す。梵語商諾迦、此(こ)に自然服と訳(やく)す、即ち西域九枝秀草の名なり。若し羅漢聖人降生せば、此の草即ち淨潔の地に生ず。和修の生まるる時、瑞草応現せり。昔、如来行化して摩突羅国に至り、一片の青林を見て、枝葉茂盛なり。阿難に對(むか)ひて曰く、此の林地、名を優留茶と曰(い)う。我が滅度の後、百年ありて、比丘商那和修、此の地に於て妙法輪を轉ずと。百年後、果して誕生せり。和修、出家して道を證し、慶喜尊者の法眼を受け、有情を化導し、並せて此の林中に住し、二(ふた)つの火龍を降伏して、仏教に歸順せしむ。龍、此(ここ)を以て此の地を施して梵宮を建立せしむ。尊者、化縁已(すで)に久(ひさ)し、正法を付(ふ)せんと欲(ほつ)し、尋訪(じんぼう)の中に咤利国に於て優波毱多を得て給侍と為(な)す。すなわち毱多に問ひて曰く、汝、年幾歳なるや。答へて曰く、我、十七歳。師の曰く、汝の身は十七歳か、將(ま)た性は十七歳か。答へて曰く、師の髮已(すで)に白し、髮の白きか、將(ま)た心の白きか。師の曰く、我、但(ただ)髮の白きのみ、心の白きにあらず。毱多の曰く、我が身は十七歳なり、性の十七歳にあらず。和修、彼を知りて法器と為(な)す。三年の後、為(ため)に落髮して受具せしめ、彼に告げて曰く、昔、如来、無上法眼蔵を迦葉に付嘱(ふぞく)し、展轉相授(てんてんそうじゅ)して我に至る。我、今、汝に付(ふ)す、断絶せしむること勿(なか)れ。汝、我が敎を受けて、我が偈を聽(き)け。

非法亦非心(舊本作非法亦非法今依寶林傳正宗記改作非法亦非心也)

法にあらず、亦(また)心にあらず(旧本は「非法亦非法」と作る、今『宝林伝』『正宗記』に依りて「非法亦非心」と作る)。

無心亦無法說是心法時

心無し、亦(また)法無し。この心法を説く時、

是法非心法

この法、並(なら)びに心法にあらず。

說偈已。即隱於罽賓國南象白山中。後於三昧中見弟子毱多。有五百徒眾常多懈慢。尊者乃往彼。現龍奮迅三昧以調伏之。而說偈曰。

偈を説き已(おわ)りて、即ち罽賓国の南の象白山に隱居(いんきょ)す。後に三昧の中に於て、弟子毱多に五百の徒衆ありて、常に懈怠憍慢(けたいきょうまん)するを見る。尊者、即ち彼の所に往(ゆ)き、龍奮迅三昧を現出(げんしゅつ)して彼を調伏(ちょうふく)せり。并せて偈を説いて曰く、

通達非彼此至聖無長短

通達するに彼此(ひし)にあらず、至聖には長短(ちょうたん)なし、

汝除輕慢意疾得阿羅漢

汝等(なんじら)、軽慢(きょうまん)の心意を除(のぞ)けば、速(すみ)やかに阿羅漢を得ん。

五百比丘聞偈已。依教奉行皆獲無漏。尊者乃作十八變火光三昧用焚其身。毱多收舍利葬於梵迦羅山。五百比丘人持一幡。迎導至彼建塔供養。乃宣王二十三年乙未歲也(當作二十二年)。

五百比丘、偈を聴(き)く已(おわ)りて、敎に依りて奉行し、皆、無漏(むろ)を獲(え)たり。尊者、すなわち十八變を作(な)し、火光三昧を以て身を焚(や)く。毱多、舎利を収め、梵迦羅山に葬(ほうむ)る。五百比丘、各(おのおの)一面の幡(ばん)を持(たづさ)へて、迎送(げいそう)して彼の所に至り、塔を建てて供養す。その年は周宣王二十三年乙未歳(當に二十二年と作るべし)なり。

第四祖優波毱多者。吒利國人也。亦名優波崛多。又名鄔波毱多。姓首陀。父善意。十七出家。二十證果。隨方行化至摩突羅國。得度者甚眾。由是魔宮震動。波旬愁怖遂竭其魔力以害正法。尊者即入三昧觀其所由。波旬復伺便。密持瓔珞縻之於頸。及尊者出定。乃取人狗蛇三屍化為華鬘。軟言慰諭波旬曰。汝與我瓔珞甚是珍妙。吾有華鬘以相酬奉波旬大喜引頸受之。即變為三種臭屍蟲蛆壞爛。波旬厭惡大生憂惱。盡己神力不能移動。乃升六慾天告諸天王。又詣梵王求其解免。彼各告言。十力弟子所作神變。我輩凡陋何能去之。波旬曰。然則奈何。梵王曰。汝可歸心尊者即能除斷。乃為說偈令其迴向曰。

第四祖優波毱多は、咤利国の人なり、亦(また)優波崛多と曰(い)い、又(また)鄔波毱多と云(い)う。姓は首陀。父の名は善意。十七歳にして出家し、二十歳にして果を證す。方に随ひて行化し、摩突羅国に至り、得度する者甚(はなは)だ多し。此(ここ)を以て魔宮震動し、波旬(はじゅん)愁怖(しゅうふ)して、乃ち魔力を盡(つく)して正法を傷害せんとす。尊者、即ち三昧に入り、其中の縁由を觀察す。波旬、又(また)覗(うかが)ひて、密(ひそか)に瓔珞を持(たづさ)へて、彼が頸(くび)に纒(まと)ふ。尊者の出定に及びて、即ち人・狗(いぬ)・蛇(へび)の三(みつ)つの尸(し)を取りて花鬘(けまん)と化(な)し、軟語(にゃんご)を以て波旬を慰(なぐさ)めて曰く、汝、我に與(あた)へたる瓔珞、甚(はなは)だ珍妙なり。我、花鬘あり、用(もち)いて酬謝(しゅうしゃ)せん。波旬、大喜して、頸(うなじ)を伸ばして受く。隨(つい)で三種の臭尸(しゅうし)と變(へん)じ、蟲蛆(ちゅうそ)壞爛(えらん)せり。波旬、厭惡(えんお)して、大(おお)いに憂惱(ゆうのう)し、自己の神力を盡(つく)すも能(よ)く動(うご)かすこと能(あた)はず。即ち六欲天に昇(のぼ)りて諸の天王に告げ、又(また)梵王の所に至りて解除を求む。彼、各(おのおの)之を告げて曰く、十力弟子の作(な)す所の神變、我等、凡陋(ぼんろう)の人、何を以てか去(さ)らん。波旬の曰く、然らば則ち何(いか)んせん。梵王の曰く、汝、尊者に歸心して懺除(せんじょ)せば、則ち除(のぞ)くべし。ここに偈を説いて彼に回向(えこう)せしめて曰く、

若因地倒還因地起離地求起

若(も)し地に因(よ)りて倒れん、還(ま)た地に因(よ)りて起(た)つべし。地を離れて起(た)つを求むるは、

終無其理

終(つい)に此(かく)の理(ことわり)なし。

波旬受教已。即下天宮禮尊者足哀露懺悔。毱多告曰。汝自今去。於如來正法更不作嬈害否。波旬曰。我誓迴向佛道永斷不善。毱多曰。若然者汝可口自唱言歸依三寶。魔王合掌三唱。華鬘悉除乃歡喜踴躍。作禮尊者而說偈曰。

波旬、敎を受け已(おわ)りて、即ち天宮に下(くだ)り、尊者の足を禮拜し、哀痛して懺悔を露(あら)わす。毱多、彼に告げて曰く、汝、今(こん)已(い)後、如来正法に對して、猶(な)ほ嬈害(ぎょうがい)を作(な)すや。波旬の曰く、我、佛道に回向(えこう)し、永(なが)く不善を斷(た)つことを誓(ちか)ふ。毱多の曰く、若(も)し是(かく)の如くんば、汝、自(みづか)ら口を開(ひら)きて三寶に歸依(きえ)を唱(とな)ふべし。魔王、合掌して三(み)遍(べん)を唱(とな)へ、花鬘悉(ことごと)く除(のぞ)かれ、ここに歡喜踊躍(かんぎゆうやく)し、尊者に向(むか)ひて禮を作(な)して偈を曰く、

稽首三昧尊十力聖弟子

稽首(けいしゅ)三昧の尊、十力の聖弟子、

我今願迴向勿令有劣弱

我、今、願(ねが)はくは回向(えこう)せむ、我をして劣弱(れつじゃく)あらしめ勿(なか)れ。

尊者在世化導證果最多。每度一人以一籌置於石室。其室縱十八肘。廣十二肘。充滿其間。最後有一長者子。名曰香眾。來禮尊者志求出家。尊者問曰。汝身出家心出家。答曰。我來出家非為身心。尊者曰。不為身心復誰出家。答曰。夫出家者無我我故。無我我故即心不生滅。心不生滅即是常道。諸佛亦常。心無形相其體亦然。尊者曰。汝當大悟心自通達。宜依佛法僧紹隆聖種。即為剃度受具足戒仍告之曰。汝父嘗夢金日而生汝。可名提多迦。復謂曰。如來以大法眼藏。次第傳授以至於我。今復付汝。聽吾偈言。

尊者、世に在りて化導し、果を證する者最(もつと)も多し。毎(こぞ)りて一人を度すれば、即ち一(ひと)つの籌(ちゅう)を以て石室の中に投(おと)ず。その石室、縦(たて)十八肘(ちゅう)、横(よこ)十二肘、籌(ちゅう)悉(ことごと)く充滿(じゅうまん)せり。最後に一(ひと)つの長者の子、名を香衆と曰(い)ひ、來りて尊者を禮拜し、立志して出家を求む。尊者の問ふ、汝、身に出家するか、將(ま)た心に出家するか。答へて曰く、我、來りて出家するは、身心の為(ため)にあらず。尊者の曰く、身心の為(ため)にあらざれば、又(また)誰(たれ)か出家する。答へて曰く、出家と曰(い)ふは、我(が)・我所(がしょ)なきを以ての故(ゆえ)なり。我・我所なければ、即ち心は生滅せず。心、生滅せざれば即ち常道なり。諸仏亦(また)常なり。心に形相なし、その體(たい)も亦(また)然(しか)り。尊者の曰く、汝、當に大悟すべし、心、自(おのづか)ら通達す。宜(よろ)しく佛法僧に依止して、聖種を紹隆(しょうりゅう)すべし。即ち為(ため)に剃度(ていど)し、具足戒を授け、還(ま)た彼に告げて曰く、汝の父、曽(かつ)て金色の日の輪(わ)を夢みて汝を生(う)みき。以(も)て名を提多迦(だいたか)と名(な)づくべし。又(また)彼に曰く、如来、大法眼蔵を次第に傳授して、我に至る。今、再び汝に付(ふ)す。我が偈を聽(き)け、

心自本來心本心非有法

心、自(おのづか)ら本來是(これ)心なり。本心、並(なら)びに有法(うほう)にあらず。

有法有本心非心非本法

有法あって、始(はじ)めて本心あらん。心にあらず、亦(また)本法にあらず。

付法已。乃踴身虛空呈十八變。然復本坐跏趺而逝。多迦以室內籌用焚其軀。收舍利建塔供養即平王三十一年庚子歲也(當作三十年)。

法を付(ふ)し已(おわ)りて、即ち踊身(ようしん)して虛空に至り、十八變を呈(てい)し、然(しか)る後本座に還(かえ)りて結跏趺(けつかふ)して逝(ゆ)く。提多迦、室中の籌(ちゅう)を以て彼が身軀を焚(や)き、舎利を収めて塔を建てて供養す。その年は周平王三十一年庚子歳(當に三十年と作るべし)なり。

第五祖提多迦者。摩伽陀國人也。初生之時父夢金日自屋而出照耀天地。前有大山諸寶嚴飾。山頂泉湧滂沱四流。後遇毱多尊者。為解之曰。寶山者吾身也。泉湧者法無盡也。日從屋出者汝今入道之相也。照耀天地者汝智慧超越也。尊者本名香眾。師因易今名焉。梵雲提多迦。此雲通真量也。多迦聞師說已歡喜踴躍。而唱偈言。

第五祖提多迦は、摩伽陀国の人なり。初(はじ)めて生るる時、父、一(ひと)つの金色の日輪(にちりん)の屋裏(おくり)より出でて、天地を照耀するを夢みる。前に大山あり、諸寶嚴飾(しょほうごんしょく)せり。山頂、泉涌(せんゆう)出して、滂沱(ぼうだ)として四向(しこう)に流る。後に毱多尊者に遇(あ)ひて、彼に解釋(かいしゃく)せらる。寶山は我が身體なり、泉涌は法の窮(きは)まりなきなり、日の屋裏より出づるは汝が今、入道の相なり、天地を照耀するは汝が智慧の超越なり。尊者、本(もと)名を香衆と曰(い)ひ、師、因(よ)りて今の名に改む。梵語提多迦、此(こ)に通真量(つうしんりょう)と訳(やく)す。多迦、師の解説を聴(き)き已(おわ)りて、歡喜踊躍(かんぎゆうやく)し、偈を唱(とな)へて曰く、

巍巍七寶山常出智慧泉

巍巍(ぎぎ)たる七寶の山、常に智慧の泉を涌出す、

迴為真法味能度諸有緣

回(かえ)りて眞の法味(ほうみ)を成(な)し、能(よ)く諸の有縁を度脱(どたつ)せん。

毱多尊者亦說偈曰。

毱多尊者、亦(また)偈を説きて曰く、

我法傳於汝當現大智慧

我が法、汝に傳(つた)へん、汝、當に大智慧を現ずべし、

金日從屋出照耀於天地

金色の日輪、屋裏より出づ、天地を照曜(しょうよう)せり。

提多迦聞師妙偈設禮奉持。後至中印度。彼國有八千大仙。彌遮迦為首。聞尊者至率眾瞻禮。謂尊者曰。昔與師同生梵天。我遇阿私陀僊人授我僊法。師逢十力弟子修習禪那。自此報分殊塗已經六劫。尊者曰。支離累劫誠哉不虛。今可捨邪歸正以入佛乘。彌遮迦曰。昔阿私陀僊人授我記雲。汝卻後六劫。當遇同學獲無漏果。今也相遇非宿緣邪。願師慈悲令我解脫。尊者即度出家命聖授戒餘僊眾始生我慢。尊者示大神通。於是俱發菩提心一時出家。乃告彌遮迦曰。昔如來以大法眼藏密付迦葉。展轉相授而至於我。我今付汝當護念之。乃說偈曰。

提多迦、師の妙偈を聴(き)き已(おわ)りて、禮を設(もう)けて奉持(ほうじ)す。後に中印度に至る。その國に八千の大仙あり、彌遮迦を首(しゅ)と為(な)し、尊者の至るを聞きて、衆を率(ひき)ゐて瞻禮(せんらい)し、尊者に對(むか)ひて曰く、昔、師と同(とも)に梵天に生れたりき。我、阿私陀仙人に遇(あ)ひて、彼、仙法を授けたり。師、十力弟子に逢(あ)ひて、禪那(ぜんな)を修習す。此(ここ)より果報、殊途(しゅと)に分(わか)れ、已(すで)に六劫(ろくこう)を經(へ)たり。尊者の曰く、支離(しり)劫を累(る)ねたる、誠(まこと)に虛(むな)しからず。今、以(も)て邪を捨てて正に歸(き)し、以て仏乘(ぶつじょう)に入るべし。彌遮迦の曰く、昔、阿私陀仙人、我に授記(じゅき)して曰く、汝、更(さら)に六劫を經(へ)て、當に同學に遇(あ)ひ、無漏果を獲(え)んと。今の相遇(あいあ)は、宿縁(しゅくえん)にあらずや。願(ねが)はくは師、慈悲(じひ)を垂(た)れて、我を解脱(げだつ)せよ。尊者、即ち彼を度(ど)して出家せしめ、聖者に命じて戒を授けしむ。其(そ)の餘(よ)の仙衆、始(はじ)めて我慢(がまん)を生(しょう)ず。尊者、大神通を示現(じげん)すれば、即ち菩提心(ぼだいしん)を發(はつ)し、一時に出家す。即ち彌遮迦に告げて曰く、昔、如来、大法眼蔵を迦葉に密付(みっぷ)せり、展轉相授して我に至る。我、今、汝に付(ふ)す、當に護念(ごねん)すべし。ここに偈を説いて曰く、

通達本法心無法無非法

本法の心を通達す、法なし、亦(また)非法なし、

悟了同未悟無心亦無法

悟り了(おは)りて、未悟と同(おな)じ。心なし、亦(また)法なし。

說偈已。踴身虛空作十八變火光三昧自焚其軀。彌遮迦與八千比丘同收舍利。於班茶山中起塔供養。即莊王七年己丑歲也(當作五年)。

偈を説き已(おわ)りて、踊身して虛空に至り、十八變を作(な)し、火光三昧を以て自ら躯(からだ)を焚(や)く。彌遮迦、八千比丘と倶(とも)に舎利を収め、班茶山の中に塔を起(た)てて供養す。その年は周莊王七年己丑歳(當に五年と作るべし)なり。

第六祖彌遮迦者。中印度人也。既傳法已遊化至北天竺國。見雉堞之上有金色祥雲。歎曰。斯道人氣也。必有大士為吾法嗣乃入城。於闤闠間有一人。手持酒器逆而問曰。師何方而來欲往何所。師曰。從自心來欲往無處。曰識我手中物否。師曰。此是觸器而負淨者。曰師還識我否。師曰。我即不識識即非我。又謂曰。汝試自稱名氏。吾當後示本因。彼人說偈而答。我從無量劫。至於生此國。本姓頗羅墮。名字婆須蜜。師曰。我師提多迦說。世尊昔遊北印度。語阿難言。此國中吾滅後三百年有一聖人。姓頗羅墮。名婆須蜜。而於禪祖當獲第七。世尊記汝。汝應出家。彼乃置器禮師側立而言曰。我思往劫嘗作檀那。獻一如來寶坐。彼佛記我雲。汝於賢劫釋迦法中宣傳至教。今符師說。願加度脫。師即與披剃復圓戒相。乃告之曰。正法眼藏今付於汝勿令斷絕。乃說偈曰。

第六祖彌遮迦は、中印度の人なり。法を傳(つた)へ已(おわ)りて、遊化して北天竺国に至り、城上(じょうじょう)に金色の祥雲(しょううん)あるを見て、嘆じて曰く、此れ道人の氣象なり、必ず大士ありて我が法嗣と為るべし。すなわち城に入る。市の間に一(ひと)人ありて、手に酒器を執(と)り、迎(むか)へて問ひて曰く、師、何(なん)の一方より來(きた)る、何處かに往(ゆ)かんと欲(ほつ)す。師の曰く、自(みづか)ら心の中より來り、往(ゆ)かんとする所無(な)きに往(ゆ)かん。問ひて曰く、我が手中(しゅちゅう)の物を識(し)るか。師の曰く、此れ觸器(そくき)なり、然(しか)るに淨(きよ)き者を負(お)ふ。問ひて曰く、師、還(ま)た我を識るか。師の曰く、我即ち識らず、識れば則ち我にあらず。又(また)彼に曰く、汝、試(こころ)みに自(みづか)ら名氏(めいじ)を報(ほう)ぜよ、我、隨(つい)で本因を開示(かいじ)せん。彼、偈を以て答へて曰く、我、無量劫より来(きた)りて、この國に生まる。本(もと)姓は頗羅墮(はらだ)、名字は婆須蜜(ばすみつ)。師の曰く、我が師提多迦、嘗(かつ)て曰(いは)く、世尊、昔、北印度に遊び、阿難に對(むか)ひて曰く、この國の中、我が滅(めっす)る後三百年、一(ひと)人の聖人あり、姓は頗羅墮、名は婆須蜜、而(しか)して禪祖の中に於て當に第七と為るべしと。世尊、汝を記(き)せり、汝、當に出家すべし。彼、即ち酒器を放ち、師を禮拜し、側身(そくしん)して立ちて曰く、我、往劫(おうこう)を憶(おも)ふに、曽(かつ)て檀那(だんな)と為(な)りて、一(ひと)つの如来に寶座を獻(けん)じたり。彼の仏、我に記(き)して曰く、汝、賢劫釋迦法中に於て至敎を宣傳せんと。今、師の所説に符合(ふごう)す、願(ねが)はくは度脱(どたつ)を加(くわ)へよ。師、即ち彼の為に披剃(ひてい)し、又(また)戒相を圓具(えんぐ)せしめ、彼に告げて曰く、正法眼蔵、今、汝に付(ふ)す、断絶せしむること勿れ。ここに偈を説いて曰く、

無心無可得說得不名法

心無し、可得(かとく)無し。言(い)ひ得(え)るは、法と名(な)づけず、

若了心非心始解心心法

若(も)し心の心にあらざるを了達すれば、始めて心法を解(げ)す。

師說偈已。入師子奮迅三昧。踴身虛空高七多羅樹。卻復本坐化火自焚。婆須蜜收靈骨貯七寶函。建浮圖寘於上級。即襄王十七年甲申歲也(當作十五年)。

師、偈を説き已(おわ)りて、師子奮迅三昧(ししふんじんざんまい)に入り、踊身して虛空に至り、高(たか)きこと七の多羅樹、又(また)本座に還(かえ)りて、火を化(な)して自ら焚(や)く。婆須蜜、靈骨(りょうこつ)を収め、七寶函(しちほうかん)の中に貯(たくは)へ、浮圖(ふと)を建造して上級に安置す。その年は周襄王十七年甲申歳(當に十五年と作るべし)なり。

第七祖婆須蜜者。北天竺國人也。姓頗羅墮。常服淨衣執酒器遊行裡閈。或吟或嘯人謂之狂。及遇彌遮迦尊者。宣如來往誌。自惺前緣投器出家。授法行化至迦摩羅國廣興佛事。於法坐前忽有一智者。自稱我名佛陀難提。今與師論義。師曰。仁者論即不義。義即不論。若擬論義終非義論。難提知師義勝。心即欽伏曰。我願求道霑甘露味。尊者遂與剃度而授具戒。復告之曰。如來正法眼藏。我今付汝汝當護持。乃說偈曰。

第七祖婆須蜜は、北天竺国の人なり。姓は頗羅墮。常に淨衣(じょうえ)を著(き)て、酒器を執(と)りて里巷(りこう)に游行(ゆぎょう)し、或(ある)いは吟(ぎん)じ或(ある)いは嘯(しょう)す。人、彼を狂(きょう)と曰(い)ふ。彌遮迦尊者に遇(あ)ひて如来往昔の授記を宣布(せんぷ)せらるに及びて、自(みづか)ら前緣を悟(さと)り、酒器を放(ほう)ちて出家す。法を授けて行化し、迦摩羅国に至りて佛事を廣興(こうこう)す。法座の前に於て、忽然(こつぜん)として一(ひと)人の智者ありて、自ら稱(しょう)して曰く、我、名を佛陀難提と曰(い)ふ、今、師と論義(ろんぎ)せんと欲(ほつ)す。師の曰く、仁者、論ずれば則ち義にあらず、義なれば則ち論ぜず。若(も)し論義を擬(ぎ)せば、終(つい)に義の論にあらず。難提、師の義、己(おの)れに勝(すぐ)るを知りて、心に欽服(きんぷく)し、曰く、我、願(ねが)ふは道を求めて、甘露味を霑(うるお)はんと。尊者、すなわち彼の為に剃度し、并せて具戒を授け、又(また)彼に告げて曰く、如来の正法眼蔵、我、今、汝に付(ふ)す、汝、當に護持すべし。ここに偈を説いて曰く、

心同虛空界示等虛空法

心、虛空界に同(おな)じ、虛空に等(ひと)しき法を開示す、

證得虛空時無是無非法

虛空を證得(しょうとく)する時、是(ぜ)なし、亦(また)非法なし。

尊者即入慈心三昧。時梵王帝釋及諸天眾。俱來作禮。而說偈言。

尊者、即ち慈心三昧(じしんざんまい)に入る。是(かく)て梵王・帝釋(たいしゃく)及び諸天衆、皆來(きた)りて禮を作(な)し、偈を説きて曰く、

賢劫眾聖祖而當第七位

賢劫衆聖の祖、而(しか)して第七位に當(あた)る、

尊者哀念我請為宣佛地

尊者、我を哀念(あいねん)したまへ、請(こ)ふ佛地を宣説(せんせつ)したまへ。

尊者從三昧起示眾雲。我所得法而非有故。若識佛地離有無故。說此語已。還入三昧示涅槃相。難提即於本坐起七寶塔以葬全身。即定王十九年辛未歲也(當作十七年)。

尊者、三昧より起(おき)て、衆に開示して曰く、我が得(え)たる法、並(なら)びに有(う)なるが故(ゆえ)なし。若(も)し佛地を識(し)れば、是(これ)有無を離(はな)るるが故(ゆえ)なり。この言を説き已(おわ)りて、還(ま)た三昧に入りて、涅槃の相を示現(じげん)す。難提、即ち本座に於て七寶塔を起(た)てて彼が全身を葬(ほうむ)る。その年は周定王十九年辛未歳(當に十七年と作るべし)なり。

第八祖佛陀難提者。迦摩羅國人也。姓瞿曇氏。頂有肉髻辯捷無礙。初遇婆須蜜尊者出家受教。既而領徒行化至提伽國城毘舍羅家。見舍上有白光上騰。謂其徒曰。此家當有聖人。口無言說真大乘器。不行四衢知觸穢耳。言訖。長者出致禮問何所須。尊者曰。我求侍者。曰我有一子。名伏馱蜜多。年已五十。口未曾言足未曾履。尊者曰。如汝所說真吾弟子。尊者見之遽起禮拜。而說偈曰。

第八祖佛陀難提は、迦摩羅国の人なり。姓は瞿曇氏(くどんし)。頂上(ちょうじょう)に肉髻(にくけい)あり、辯才(べんざい)迅捷(じんしょう)にして滯礙(たいがい)なし。初(はじ)め婆須蜜尊者に遇(あ)ひて、出家して敎を受く。随(つい)で徒衆を將(ひき)ゐて行化し、提伽国城毘舎羅家に至り、屋上(おくじょう)に白光上騰(はくこうじょうとう)するを見て、徒衆に曰く、此(こ)の家、當に聖人あるべし。口に言説無(な)きは、眞に大乘の法器なり。四衢(しく)に行(おこな)ふにあらざるは、觸穢(そくえ)を知るなり。言ひ已(おわ)りて、長者出(い)でて禮を行(おこな)ひ、何の須(もちひ)をか問ふ。尊者の曰く、我、侍者を求む。長者の曰く、我、一(ひと)つの子あり、名を伏駄蜜多と曰(い)ひ、年已(すで)に五十、口未(いま)だ嘗(かつ)て言(い)はず、足未(いま)だ嘗(かつ)て行(あゆ)まず。尊者の曰く、汝の説く所の如くんば、眞に是れ我が弟子なり。尊者、彼を見て、即(すなは)ち起(た)ちて禮拜し、偈を説きて曰く、

父母非我親誰是最親者

父母、並(なら)びに我が最(もつと)も親(ちか)きにあらず、誰(たれ)か最(もつと)も親なるや。

諸佛非我道誰為最道者

諸仏、並(なら)びに我が道にあらず、誰(たれ)か最(もつと)も究竟(くきょう)の道なるや。

尊者以偈答曰。

尊者、偈を以て答へて曰く、

汝言與心親父母非可比

汝の言(げん)と心と相親(あいした)しむは、父母の比(ひ)にあらず、

汝行與道合諸佛心即是

汝の行(ぎょう)と道と相合(あいあ)ふは、諸仏の心、即(すなは)ち是(これ)なり、

外求有相佛與汝不相似

外(げ)に向(むか)ひて有相(うそう)の仏を求むるは、汝と相似(そうじ)ならず、

欲識汝本心非合亦非離

汝の本心を識(し)らんと欲(ほつ)すれば、合(がっぷ)にあらず、亦(また)離(り)にあらず。

伏馱蜜多聞師妙偈便行七步。師曰。此子昔曾值佛悲願廣大。慮父母愛情難捨故不言不履耳。時長者遂捨令出家。尊者尋授具戒。復告之曰。我今以如來正法眼藏付囑於汝勿令斷絕。乃說偈曰。

伏駄蜜多、師の妙偈を聴(き)き已(おわ)りて、便(すなは)ち七歩を行(あゆ)む。師の曰く、此(こ)の子、昔、曽(かつ)て佛に值遇(ぢぐう)せり。悲願廣大、父母の愛惜、難(かた)く捨(す)て難(がた)しと慮(おもんばか)りて、故(ゆえ)に言はず行(あゆ)まざりき。是(かく)て長者、即ち彼を捨(す)てて出家せしむ。尊者、即ち具戒を授け、又(また)彼に告げて曰く、我、今、如来の正法眼蔵を汝に付嘱す、断絶せしむること勿れ。ここに偈を説いて曰く、

虛空無內外心法亦如此

虛空に内外なし、心法も亦(また)然(しか)り。

若了虛空故是達真如理

若(も)し虛空の故(ゆえ)を了達せば、即ち真如の理に通達す。

伏馱蜜多承師付囑。以偈讚曰。

伏駄蜜多、師の付嘱を承(う)けて、偈を以て讃(さん)して曰く、

我師禪祖中當得為第八

我が師、禪祖の中に於て、當に第八位と為(な)るべし、

法化眾無量悉獲阿羅漢

法化する衆生、無量にして、皆、阿羅漢を獲(え)たり。

爾時尊者佛陀難提。即現神變卻復本坐儼然寂滅。眾興寶塔葬其全身。即景王十二年丙寅歲也(當作十年)。

爾時、尊者佛陀難提、即ち神變を現じて、又(また)本座に還(かえ)りて、儼然(げんぜん)として寂滅す。衆、寶塔を興建して彼が全身を葬(ほうむ)る。その年は周景王十二年丙寅歳(當に十年と作るべし)なり。

第九祖伏馱蜜多者。提伽國人。姓毘舍羅。既受佛陀難提付囑。後至中印度行化。時有長者香蓋。攜一子而來瞻禮尊者曰。此子處胎六十歲。因號難生。復嘗會一仙者。謂此兒非凡當為法器。今遇尊者可令出家。尊者即與落髮授戒。羯磨之際祥光燭坐。仍感舍利三十(一作七)粒現前。自此精進忘疲。既而師告曰。如來大法眼藏今付於汝。汝護念之。乃說偈曰。

第九祖伏駄蜜多は、提伽国の人なり。姓は毘舎羅。既(すで)に佛陀難提の付嘱を受けて後に中印度に至りて行化す。是(かく)て長者香蓋、一(ひと)つの子を將(ひき)ゐて來(きた)りて瞻禮(せんらい)して曰く、此(こ)の兒(こ)、胎中(たいちゅう)に在ること六十年、此(ここ)を以て難生(なんしょう)と號(ごう)す。又(また)曽(かつ)て一(ひと)人の仙者に遇(あ)ひて、此(こ)の兒、凡(ぼん)にあらず、當に法器と為(な)るべしと曰(い)ふ。今、尊者に遇(あ)へば、以て出家せしむべし。尊者、即ち彼の為(ため)に落髮して戒を授く。羯磨(かつま)の時、祥光(しょうこう)座席を照耀(しょうよう)して、還(ま)た舎利三十粒(一に七粒と作る)を感應(かんのう)して前に現(あら)はれり。此(ここ)より精進(しょうじん)して、疲勞(ひろう)を忘る。随(つい)で師、彼に告げて曰く、如来の大法眼蔵、今、汝に付(ふ)す、汝、護念(ごねん)すべし。ここに偈を説いて曰く、

真理本無名因名顯真理

真理、本來名無し、名に因(よ)りて真理を顯(あら)わす、

受得真實法非真亦非偽

真實の法を受け得(う)るは、真にあらず、亦(また)僞(ぎ)にあらず。

尊者付法已。即入滅盡三昧而般涅槃。眾以香油旃檀闍維真體。收舍利建塔於那爛陀寺。即敬王三十五年甲寅歲也(當作三十三年)。

尊者、法を付(ふ)し已(おわ)りて、即ち滅盡三昧(めつじんざんまい)に入りて般涅槃(はつねはん)す。衆、香油(こうゆ)・旃檀(せんだん)を以て真體(しんたい)を荼毘(だび)し、舎利を収め、那爛陀寺(ならんたじ)に塔を建つ。その年は周敬王三十五年甲寅歳(當に三十三年と作るべし)なり。

第十祖脇尊者。中印度人也。本名難生。初尊者將誕。父夢一白象背有寶坐坐上安一明珠。從門而入光照四眾。既覺遂生。後值伏馱尊者。執侍左右未嘗睡眠。謂其脇不至席。遂號脇尊者焉。初至華氏國憩一樹下。右手指地而告眾曰。此地變金色當有聖人入會。言訖即變金色。時有長者子富那夜奢。合掌前立。尊者問。汝從何來。夜奢曰。我心非往。尊者曰。汝何處住。曰我心非止。尊者曰。汝不定耶。曰諸佛亦然。尊者曰。汝非諸佛。曰諸佛亦非尊者。因說偈曰。

第十祖脇尊者(きょうそんじゃ)は、中印度の人なり。本(もと)名を難生(なんしょう)と曰(い)ふ。當(まさ)に尊者の誕生(たんじょう)せむとする初(はじ)め、父、一(いっ)頭(とう)の白象(はくぞう)を夢みる、背(せ)に寶座あり、座上に一(いち)顆(か)の明珠を安(あん)ず、門より入りて來り、光(ひかり)四衆を照らす。覺(さ)め已(や)みて即ち出生(しゅっしょう)す。後に伏駄尊者に值遇(ぢぐう)し、左右に執侍(しゅうじ)して、未(いま)だ嘗(かつ)て睡眠(すいみん)せず、その脇(きょう)席(せき)に沾(ぬ)らずと謂(い)ふ、すなわち脇尊者と號(ごう)す。初(はじ)め華氏国に至り、一(いち)樹(じゅ)の下に憩(いこ)ひて、右手を以て地を指して衆に告げて曰く、此(こ)の地、金色と變(へん)じて、當に聖人入會(にゅうえ)あるべし。言ひ已(おわ)りて、即ち金色と變(へん)ず。是(かく)て長者の子富那夜奢(ふなやしゃ)、合掌して前に立つ。尊者の問ふ、汝、何處(いずこ)より來(きた)る。夜奢の曰く、我が心、並(なら)びに往(ゆ)かず。尊者の曰く、汝、何處(いずこ)かに住(じゅ)する。曰く、我が心、並(なら)びに止(し)せず。尊者の曰く、汝、定(じょう)まらずか。曰く、諸仏も亦(また)然(しか)り。尊者の曰く、汝、諸仏にあらず。曰く、諸仏も亦(また)然(しか)らず。尊者、ここに偈を説きて曰く、

此地變金色預知於聖至

此(こ)の地、金色に變(へん)ずれば、預(あらかじ)め聖人の到來を知る、

當坐菩提樹覺華而成已

當に菩提樹の下に坐すべし、覺華(かくげ)已(すで)に成就(じょうじゅ)せり。

夜奢復說偈曰。

夜奢、又(また)偈を説きて曰く、

師坐金色地常說真實義

師、金色の地に坐して、常に真實義を説く、

迴光而照我令入三摩諦

光を回(かえ)して我を照(てら)し、我をして三摩諦(さんまだい)に入らしめよ。

尊者知其意。即度出家復具戒品。乃告之曰。如來大法眼藏今付於汝。汝護念之。乃說偈言。

尊者、その心意を知りて、即ち彼を度(ど)して出家せしめ、又(また)具戒品を授け、彼に告げて曰く、如来の大法眼蔵、今、汝に付(ふ)す、汝、護念すべし。ここに偈を説いて曰く、

真體自然真因真說有理

真體(しんたい)、自(おのづか)ら真(しん)なり、真に因(よ)りて理(り)有(あ)りを説く、

領得真真法無行亦無止

真真(しんしん)の法を領得(りょうとく)すれば、行(ぎょう)無し、亦(また)止(し)無し。

尊者付法已。即現神變而入涅槃。化火自焚。四眾各以衣裓(古得切)盛舍利。隨處興塔而供養之。即貞王二十二年己亥歲也(當作二十七年)。

尊者、法を付(ふ)し已(おわ)りて、即ち神變を現じて涅槃に入り、化火(けか)して自ら焚(や)く。四衆、各(おのおの)衣裓(えかい、古得切)を以て舎利を盛(も)り、處(ところ)に随(したが)ひて塔を興建して供養す。その年は周貞王二十二年己亥歳(當に二十七年と作るべし)なり。

第十一祖富那夜奢。華氏國人也。姓瞿曇氏。父寶身。既得法於脇尊者。尋詣波羅柰國。有馬鳴大士迎而作禮。因問曰。我欲識佛。何者即是。師曰。汝欲識佛。不識者是。曰佛既不識焉知是乎。師曰。既不識佛焉知不是。曰此是鋸義。師曰。彼是木義。復問。鋸義者何。曰與師平出。又問。木義者何。師曰。汝被我解。馬鳴豁然惺悟。稽首歸依遂求剃度。師謂眾曰。此大士者。昔為毘舍離國王。其國有一類人如馬裸露。王運神力分身為蠶。彼乃得衣。王後復生中印度。馬人感戀悲鳴。因號馬鳴焉。如來記雲。吾滅度後六百年。當有賢者馬鳴。於波羅柰國摧伏異道。度人無量繼吾傳化。今正是時。即告之曰。如來大法眼藏今付於汝。即說偈曰。

第十一祖富那夜奢は、華氏国の人なり。姓は瞿曇氏。父の名は寶身(ほうしん)。既(すで)に脇尊者の所に於て法を得(え)て、即ち波羅柰国に往(ゆ)く。馬鳴大士ありて迎(むか)へて禮を作(な)し、ここに問ひて曰く、我、仏を識(し)らんと欲(ほつ)す、誰(たれ)か即(すなは)ち是(これ)なりや。師の曰く、汝、仏を識らんと欲(ほつ)す、識らざる者即(すなは)ち是(これ)なり。問ひて曰く、仏、既(すで)に識らざれば、何を以てか是(これ)と知る。師の曰く、既(すで)に仏を識らざれば、何を以てか非(ひ)と知る。問ひて曰く、此れ鋸義(きょぎ)なり。師の曰く、彼れ木義(ぼくぎ)なり。又(また)問ひて曰く、鋸義とは何ぞや。曰く、師と平出(へいしゅつ)す。又(また)問ひて曰く、木義とは何ぞや。師の曰く、汝、我に解(と)かれたり。馬鳴、豁然(かつぜん)として悟(さと)り、稽首(けいしゅ)して歸依(きえ)し、ここに剃度を求む。師、衆に對(むか)ひて曰く、此(こ)の大士、昔は毘舎離国王なりき。その国に一類の人ありて、馬の如く裸露(らろ)す。王、神力を運(はこ)びて、身を分(わか)ちて蠶(かいこ)と化(な)し、彼の人乃(すなは)ち衣を得(え)たり。王、復(ま)た後に中印度に生(しょう)ず。馬人、感戀(かんれん)悲鳴(ひめい)し、此(ここ)を以て馬鳴と號(ごう)す。如来、記(き)して曰く、我が滅度の後六百年、當に賢者馬鳴ありて、波羅柰国に於て異道を摧伏(さいふく)し、人を度(ど)すること無量(むりょう)、我が傳化(でんげ)を紹(つ)がんと。今、正(まさ)に時なり。即ち彼に告げて曰く、如来の大法眼蔵、今、汝に付(ふ)す。即ち偈を説きて曰く、

迷悟如隱顯明暗不相離

迷悟(めいご)は隱顯(いんけん)の如く、明暗(みょうあん)相離(あいはな)れず、

今付隱顯法非一亦非二

今、此(こ)の隱顯の法を付(ふ)す、一(いち)にあらず、亦(また)二(に)にあらず。

尊者付法已。即現神變湛然圓寂。眾興寶塔以閟全身。即安王十四年戊戌歲也(當作十九年)。

尊者が法を付し畢わり、即ち神変を現じて湛然として寂む。衆人、宝塔を興して全身を掩蔵す。その年は周安王十四年戊戌の歳なり。(當に十九年と作るべし。)

第十二祖馬鳴大士者。波羅柰國人也。亦名功勝。以有作無作諸功德最為殊勝故名焉。既受法於夜奢尊者。後於華氏國轉妙法輪。忽有老人坐前仆地。師謂眾曰。此非庸流當有異相。言訖不見。俄從地踴出一金色人。復化為女子右手指師。而說偈曰。

第十二祖馬鳴大士は、波羅柰國の人なり。亦の名は功勝、有作・無作の諸の功德最も殊勝なるが故に、かくのごとく名づく。既に夜奢尊者の所にて法を受け、後に華氏國にて妙法輪を轉ず。忽然として一の老人ありて前に坐し、僕れて地に伏す。師、衆に謂ひて曰く、此れ平庸の流にあらず、當に異相あらんと。言い訖りて便ち見えず。未久しくして地中より金色の人を涌出し、又化して女子と爲り、右の手をもて師を指して偈を説いて曰く、

稽首長老尊當受如來記

稽首(けいしゅ)す長老の尊、當に如來の授記を受くべし、

今於此地上宣通第一義

如今(にょこん)此の地に於て、第一義を宣通せよと。

說偈已瞥然不見。師曰。將有魔來與吾校力。有頃風雨暴至天地晦冥。師曰。魔之來信矣。吾當除之。即指空中現一大金龍。奮發威神震動山嶽。師儼然於坐魔事隨滅。經七日有一小蟲。大若蟭螟潛形坐下。師以手取之示眾曰。斯乃魔之所變。盜聽吾法耳。乃放之令去。魔不能動。師告之曰。汝但歸依三寶即得神通。遂復本形作禮懺悔。師問曰。汝名誰耶。眷屬多少。曰我名迦毘摩羅有三千眷屬。師。曰。汝盡神力變化若何。曰我化巨海極為小事。師曰。汝化性海得否。曰何謂性海。我未嘗知。師即為說性海雲。山河大地皆依建立。三昧六通(舊雲六神通依正宗記除神字)由茲發現。迦毘摩羅聞言遂發信心與徒眾三千俱求剃度。師乃召五百羅漢與授具戒。復告之曰。如來大法眼藏今當付汝。汝聽偈言。

偈を説き訖りて、眨眼(しゃばがん)の間に便ち見えず。師曰く、當に魔來りて我と力を校(くら)べんと。少頃して風雨暴に至り、天地晦冥(かいめい)す。師曰く、魔の來れること信なり。我當に之を除くべしと。即ち空中を指して、一條の大金龍を現じ、威神を奮發して山岳を震動す。師、座上に儼然として動かず、魔事即ち滅去す。七日を經て、一の小蟲あり、大なること蟭螟(しようめい)の若くして、座下に潛藏す。師、手をもて取り出だして衆に示して曰く、此れ魔の變じたる所にして、竊かに我が法を聽かんと來りしなりと。乃ち之を放てば、魔、動くこと能はず。師、之に告げて曰く、汝但し三寶に歸依せば、便ち神通を得んと。於是乎本形を復し、禮を作して懺悔す。師問ふ、汝の名は誰と曰ひ、眷屬多少あると。曰く、我が名は迦毘摩羅にして、三千の眷屬あり。師曰く、汝が神力を盡して變化せば何如と。曰く、我、巨海を變化するも極めて小さき事なり。師曰く、汝、性海を變化せんや、得るや否やと。曰く、何をか性海と謂ふ、我未だ曾て知らず。師、即ち爲に性海を説く、山河大地は皆依りて建立し、三昧・六通(舊説「六神通」と云ふ、《正宗記》に依りて「神」の字を去る)は此に由りて發現すと。迦毘摩羅、聞きて便ち信心を發し、徒衆三千と俱に剃度を求む。師、乃ち五百の羅漢を召集して、彼らが爲に具戒を授け、又之に告げて曰く、如來の大法眼藏を今當に汝に付すべし。汝、偈を聽けと。

隱顯即本法明暗元不二

隱顯(いんけん)即ち本法(ほんぽふ)、明暗(めいあん)元來二ならず、

今付悟了法非取亦非離

今此(こ)の悟りたる法を付す、取(しゅ)にあらず、亦(また)離(り)にあらず。

付法已。即入龍奮迅三昧。挺身空中如日輪相。然後示滅。四眾以真體藏之龍龕。即顯王三十七年甲午歲也(當作四十二年)。

法を付し畢りて、便ち龍奮迅三昧に入り、身を空に挺して日輪の相の如くして、然る後示滅す。四衆、眞體を龍龕に藏す。その年は周顯王三十七年甲午の歳なり。(當に四十二年と作るべし。)

第十三祖迦毘摩羅者。華氏國人也。初為外道有徒三千通諸異論。後於馬鳴尊者得法領徒至西印度。彼有太子。名雲自在。仰尊者名請於宮中供養尊者曰。如來有教沙門不得親近國王大臣權勢之家。太子曰。今我國城之北有大山焉。山中有一石窟。師可禪寂於此否。尊者曰諾。即入彼山行數裡逢一大蟒。尊者直進不顧。遂盤繞師身。師因與受三歸依。蟒聽訖而去。尊者將至石窟。復有一老人素服而出合掌問訊。尊者曰。汝何所止。答曰。我昔甞為比丘多樂寂靜。有初學比丘數來請益。而我煩於應答起瞋恨想。命終墮為蟒身。住是窟中今已千載。適遇尊者。獲聞戒法故來謝耳。尊者問曰。此山更有何人居止。曰北去十里有大樹蔭覆五百大龍。其樹王名龍樹。常為龍眾說法。我亦聽受耳。尊者遂與徒眾詣彼。龍樹出迎尊者曰。深山孤寂龍蟒所居。大德至尊何枉神足。師曰。吾非至尊來訪賢者。龍樹默唸曰。此師得決定性明道眼否。是大聖繼真乘否。師曰。汝雖心語吾已意知。但辦出家。何慮吾之不聖。龍樹聞已悔謝。尊者即與度脫。及五百龍眾俱受具戒。復告龍樹曰。今以如來大法眼藏付囑於汝。諦聽偈言。

第十三祖迦毘摩羅は、華氏國の人なり。始め外道を作りて、徒弟三千あり、諸家の異論に通曉せり。後に馬鳴尊者の所にて法を得、徒衆を率ゐて西印度に至る。彼に太子ありて、名を雲自在と曰ひ、尊者の名を仰慕して、宮中に請じて供養す。尊者曰く、如來に教あり、沙門は國王・大臣・權勢の家に親近することを得ずと。太子曰く、今我が國城の北に一大山あり、山中に一石窟あり、師、彼に於て禪寂すること可ならんやと。尊者曰く、諾と。即ち其の山に入る。數里を行きて、一の大蟒に逢ふ。尊者直進して顧みず、蟒、遂に師の身を盤遶す。師、因りて之が爲に三歸依を授く。蟒、聞き訖りて去る。尊者、將に石窟に至らんとして、又一位の老人、素服を著けて出で、合掌して問訊す。尊者曰く、汝、何の處にか住する。答曰く、我、昔曾て比丘と爲り、寂靜を好めり。初學の比丘、屢來りて請益するに、我、應答に煩ひて、瞋恨の想を生じ、命終して蟒身に墮ち、此の窟中に住し、于今已に一千年なり。適(さき)に尊者に逢ひ、戒法を聽聞することを得たり、故に來りて致謝す。尊者問ふ、此の山に更に人の居ることあらんやと。曰く、北十里に大樹あり、蔭して五百の大龍を覆ふ。其の樹王は名を龍樹と曰ひ、常に龍衆の爲に法を説き、我亦聽受す。尊者、乃ち徒衆と俱に彼に詣る。龍樹、出でて迎ふ。尊者曰く、深山孤寂、龍蟒の居る所、大德至尊、何故に神足を屈せるや。師曰く、我は至尊にあらず、賢者を訪はんと來るなり。龍樹、心裏默念す、此の師、決定性を得、道眼を明らめたるか、是大聖にして眞乘を繼ぐかと。師曰く、汝雖かに心中語ると雖も、我已に意上に知れり。但出家を辦せよ、何ぞ我の聖ならざるを憂へんや。龍樹、聞きて便ち悔謝す。尊者、即ち彼を度脫し、及び五百の龍衆、皆具戒を受く。又龍樹に告げて曰く、今如來の大法眼藏を汝に付嘱す。諦かに偈を聽けと。

非隱非顯法說是真實際

隱にあらず、亦顯にあらざるの法、説くは眞實際、

悟此隱顯法非愚亦非智

此の隱顯の法を悟れば、愚にあらず、亦智にあらず。

付法已。即現神變化火焚身。龍樹收五色舍利建塔瘞之。即𧹞王四十一年壬辰歲也(當作四十六年)。

法を付し畢りて、即ち神變を現じ、化火に身を焚く。龍樹、五色の舍利を收め、塔を建てて埋藏す。その年は周赧王(底本此の字を「𧹞」と作る、即ち赧)四十一年壬辰の歳なり。(當に四十六年と作るべし。)

第十四祖龍樹尊者。西天竺國人也。亦名龍勝。始於毘羅尊者得法。後至南印度。彼國之人多信福業。聞尊者為說妙法遞相謂曰。人有福業世間第一。徒言佛信誰能覩之。尊者曰。汝欲見佛性先須除我慢。彼人曰。佛性大小。尊者曰。非大非小非廣非狹。無福無報不死不生。彼聞理勝悉迴初心。尊者復於座上現自在身如滿月輪。一切眾唯聞法音不覩師相。彼眾中有長者子。名迦那提婆。謂眾曰。識此相否。眾曰。目所未覩安能辨識。提婆曰。此是尊者現佛性體相以示我等。何以知之。蓋以。無相三昧形如滿月。佛性之義廓然虛明。言訖。輪相即隱復居本座。而說偈言。

第十四祖龍樹尊者は、西天竺國の人なり。亦の名は龍勝。始め毘羅尊者の所にて法を得、後に南印度に至る。彼の國の人、多く福業を信ず。尊者が彼らが爲に妙法を説くを聽きて、遞相(たがひ)に曰く、人の福業あるは世間第一なり、空しく佛性を説きて誰か見るを得んと。尊者曰く、汝、佛性を見んと欲せば、先ず須らく我慢を除くべし。其の人問ふ、佛性は大か小か。尊者曰く、大にあらず、小にあらず、廣にあらず、狹にあらず、福なく、報なく、死せず、生ぜず。彼ら、理の己れに勝れるを聞き、皆初心を回す。尊者又座上に於て自在の身を現ず、滿月輪の如し。一切の大衆、但法音を聞きて師の相を見ず。衆中に長者の子ありて、名を迦那提婆と曰ひ、衆に謂ひて曰く、此の相を識るか。衆曰く、目、曾て見ず、豈に辨識せんや。提婆曰く、此れ尊者が佛性の體相を現じて我等に示すなり。何以てか知る、無相三昧は形の滿月の如く、佛性の義は廓然として虛明なればなり。言い訖りて、輪相便ち隱れ、又本座に就きて偈を説いて曰く、

身現圓月相以表諸佛體

身に圓月の相を現ず、以て諸佛の體を表さんが爲、

說法無其形用辨非聲色

法を説くに形なく、以て声色にあらざるを辨ず。

彼眾聞偈頓悟無生。鹹願出家以求解脫。尊者即為剃髮命諸聖授具。其國先有外道五千餘人。作大幻術眾皆宗仰。尊者悉為化之令歸三寶。復造大智度論中論十二門論垂之於世。後告上首弟子迦那提婆曰。如來大法眼藏今當付汝。聽吾偈言。

其の人、偈を聞き訖りて、頓に無生に悟入し、悉く出家して解脫を求めんことを願ふ。尊者、即ち彼らが爲に剃髮し、諸聖に具を授けしむ。其の國、先だって外道五千餘人あり、大いなる幻術を作し、衆皆宗仰せり。尊者、悉く之を教化して、三寶に歸依せしむ。又《大智度論》《中論》《十二門論》を撰造して世に流布す。後に上首の弟子迦那提婆に告げて曰く、如來の大法眼藏を今當に汝に付すべし。我が偈を聽けと。

為明隱顯法方說解脫理

隱顯の法を標明せんが爲に、方に解脫の理を説く、

於法心不證無瞋亦無喜

法に對して心證せず、瞋なく、亦喜なし。

付法訖入月輪三昧廣現神變。復就本座凝然禪寂。迦那提婆與諸四眾。共建寶塔以葬焉。即秦始皇三十五年己丑歲也。

法を付し畢りて、月輪三昧に入り、神變を廣く現じ、又本座に就きて凝然として禪寂す。迦那提婆、諸の四衆と共に宝塔を建造して安葬す。その年は秦始皇三十五年己丑の歳なり。

景德傳燈錄 卷第一

景德傳燈錄 卷第二

天竺三十五祖(內一十三祖見錄內二十二祖旁出無錄)

天竺三十五位祖師(そのうち十三位祖師見録、二十二位より旁出、収録せず)

第十五祖迦那提婆

第十五祖迦那提婆

第十六祖羅睺羅多

第十六祖羅睺羅多

第十七祖僧伽難提

第十七祖僧伽難提

第十八祖伽邪舍多

第十八祖伽邪舍多

第十九祖鳩摩羅多

第十九祖鳩摩羅多

第二十祖闍夜多

第二十祖闍夜多

第二十一祖婆修盤頭

第二十一祖婆修盤頭

第二十二祖摩拏羅

第二十二祖摩拏羅

第二十三祖鶴勒那

第二十三祖鶴勒那

第二十四祖師子尊者達磨達(師子尊者旁出)

第二十四祖師子尊者より旁出達磨達(師子尊者より旁出)

因陀羅(達磨達旁出二祖)

因陀羅(達磨達より旁出二祖之一)

瞿羅忌利婆

瞿羅忌利婆

達磨尸利帝(因陀羅旁出四祖)

達磨尸利帝(因陀羅より旁出四祖之一)

那伽難提

那伽難提

破樓求多羅

破樓求多羅

波羅婆提

波羅婆提

波羅跋摩(瞿羅忌利婆旁出二祖)

波羅跋摩(瞿羅忌利婆より旁出二祖之一)

僧伽羅叉

僧伽羅叉

摩帝隷披羅(達磨尸利帝旁出二祖)

摩帝隸披羅(達磨尸利帝より旁出二祖之一)

訶利跋茂

訶利跋茂

和修盤頭(破樓求多羅旁出三祖)

和修盤頭(破樓求多羅より旁出三祖之一)

達摩訶帝

達摩訶帝

旃陀羅多

旃陀羅多

勒那多羅(婆羅跋摩旁出三祖)

勒那多羅(波羅跋摩より旁出三祖之一)

盤頭多羅

盤頭多羅

婆羅婆多

婆羅婆多

毘舍也多羅(僧伽羅叉旁出五祖)

毗舍也多羅(僧伽羅叉より旁出五祖之一)

毘樓羅多摩

毗樓羅多摩

毘栗芻多羅

毗慄芻多羅

優波羶馱

優波羶馱

婆難提多(已上二十二祖無語句不錄)

婆難提多(以上二十二位祖師語句なし、収録せず)

第二十五祖婆舍斯多

第二十五祖婆舍斯多

第二十六祖不如蜜多

第二十六祖不如蜜多

第二十七祖般若多羅

第二十七祖般若多羅

天竺三十五祖(一十三祖見錄)

天竺三十五位祖師(十三位祖師見録)

第十五祖迦那提婆

第十五祖迦那提婆

第十六祖羅睺羅多

第十六祖羅睺羅多

第十七祖僧伽難提

第十七祖僧伽難提

第十八祖伽耶舍多

第十八祖伽耶舍多

第十九祖鳩摩羅多

第十九祖鳩摩羅多

第二十祖闍夜多

第二十祖闍夜多

第二十一祖婆修盤頭

第二十一祖婆修盤頭

第二十二祖摩拏羅

第二十二祖摩拏羅

第二十三祖鶴勒那

第二十三祖鶴勒那

第二十四祖師子尊者

第二十四祖師子尊者

第二十五祖婆舍斯多

第二十五祖婆舍斯多

第二十六祖不如密多

第二十六祖不如密多

第二十七祖般若多羅

第二十七祖般若多羅

師子尊者旁出達磨達

師子尊者より旁出達磨達

達磨達出二祖一因陀羅

達磨達出二祖:一是因陀羅

二瞿羅忌利婆

二是瞿羅忌利婆

因陀羅出四祖一達磨尸利帝

因陀羅出四祖:一是達磨尸利帝

二那伽難提

二是那伽難提

三破樓求多羅

三是破樓求多羅

四波羅婆提

四是波羅婆提

瞿羅忌利婆出二祖一波羅跋摩

瞿羅忌利婆出二祖:一是波羅跋摩

二僧伽羅叉

二是僧伽羅叉

達磨尸利帝出二祖一摩帝隷拔羅

達磨尸利帝出二祖:一是摩帝隸拔羅

二訶利跋茂

二是訶利跋茂

破樓求多羅出三祖一和修盤頭

破樓求多羅出三祖:一是和修盤頭

二達摩訶帝

二是達摩訶帝

三旃陀羅多

三是旃陀羅多

波羅跋摩出三祖一勒那多羅

波羅跋摩出三祖:一是勒那多羅

二盤頭多羅

二是盤頭多羅

三婆羅婆多

三是婆羅婆多

僧伽羅叉出五祖一毘舍也多羅

僧伽羅叉出五祖:一是毗舍也多羅

二毘樓羅多摩

二是毗樓羅多摩

三毘栗芻多羅

三是毗慄芻多羅

四優波羶馱

四是優波羶馱

五婆難提多(已上旁出二十二祖無機緣語句不錄)。

五是婆難提多(以上旁出の二十二位祖師、機縁の語句なし、収録せず)。

第十五祖迦那提婆者。南天竺國人也。姓毘舍羅。初求福業兼樂辯論。後謁龍樹大士將及門。龍樹知是智人。先遣侍者。以滿缽水置於坐前。尊者覩之即以一針投之而進。欣然契會。龍樹即為說法。不起於坐見月輪相。唯聞其聲不見其形。尊者語眾曰。今此瑞者。師現佛性表說法非聲色也。尊者既得法。後至毘羅國。彼有長者曰梵摩淨德。一日園樹生大耳如菌。味甚美。唯長者與第二子羅睺羅多取而食之。取已隨長盡而復生。自餘親屬皆不能見。時尊者知其宿因遂至其家。長者問其故。尊者曰。汝家昔曾供養一比丘。然此比丘道眼未明。以虛霑信施故報為木菌。惟汝與子(正宗雲與次子)精誠供養。得以享之。餘即否矣。又問。長者年多少。答曰。七十有九。尊者乃說偈曰。

第十五祖迦那提婆は、南天竺國の人なり。姓は毘舍羅。初め福業を求め、又辯論を好めり。後に龍樹大士に謁し、將に門に至らんとす。龍樹、其の智人たるを知り、先だって侍者を遣はして滿たる一鉢の水を座前に置かしむ。尊者、見て即ち一枚の針を投げ入れ、然る後進みて、欣然として契合す。龍樹、即ち爲に法を説きて座より起たず、月輪の相を現ず、但聲を聞きて形を見ず。尊者、衆に謂ひて曰く、今此の瑞相は、師の佛性を現じ、説法の声色にあらざるを表すなり。尊者、法を得て後、毘羅國に至る。彼に長者ありて名を梵摩淨德と曰ふ。一日、園中の樹上に大いなる耳を生ず、菌の如くして味甚だ美なり。唯長者と第二の子羅睺羅多と取りて喫す。取れば又生じ、喫盡せば又生ず。其餘の親屬は皆見ること能はず。當時尊者、彼らが宿因を知りて、其の家に就く。長者、縁故を問ふ。尊者曰く、汝が家、昔曾て一比丘を供養せり、然れど此の比丘は道眼未だ明らかならず、虛しく信施を受くるが故に、報身を木菌と爲す。唯汝と子と(『正宗記』に次子と云ふ)精誠供養せしが故に、乃ち享用を得、其餘の人は能はざるなり。又問ふ、長者の年幾ばくぞ。答曰く、七十九。尊者、乃ち偈を説いて曰く、

入道不通理復身還信施

道に入りて理に通ぜず、身を以て信施を償はんことを要す、

汝年八十一此樹不生耳

汝、八十一歳に至れば、此の樹再び耳を生ぜじ。

長者聞偈彌加歎伏。且曰。弟子衰老不能事師。願捨次子隨師出家。尊者曰。昔如來記此子。當第二五百年為大教主。今之相遇蓋符宿因。即與剃髮執侍。至巴連弗城。聞諸外道慾障佛法計之既久。尊者乃執長旛入彼眾中。彼問尊者曰。汝何不前。尊者曰。汝何不後。又曰。汝似賤人。尊者曰汝似良人。又曰。汝解何法。尊者曰。汝百不解。又曰。我欲得佛。尊者曰。我酌然得佛。又曰。汝不合得。尊者曰。元道我得汝實不得。又曰。汝既不得云何言得。尊者曰。汝有我故所以不得。我無我我故自當得。彼詞既屈。乃問師曰。汝名何等。尊者曰。我名迦那提婆。彼既夙聞師名。乃悔過致謝。時眾中猶互興問難。尊者析以無礙之辯。由是歸伏。乃告上足羅睺羅多而付法眼。偈曰。

長者、偈を聞き訖りて、彌が上に歎服し、且つ曰く、弟子衰老して師に事へる能はず、願はくは次子を捨てて師に隨ひて出家せしめん。尊者曰く、昔如來、此の子に記して、當に第二の五百年に大教主と爲るべしと。今相値ふ、正に宿因に符せり。即ち爲に剃髮して執侍せしむ。巴連弗城に到り、諸の外道、佛法を障礙せんと欲し、計謀已に久しと聞く。尊者、便ち長幡を持ちて彼らが衆中に入る。彼ら、尊者に問ふ、汝何を以てか向前せざる。尊者曰く、汝何を以てか向後せざる。又曰く、汝、賤人に似たり。尊者曰く、汝、良人に似たり。又曰く、汝、何の法をか解する。尊者曰く、汝、百種も解せず。又曰く、我、佛を得んと欲ふ。尊者曰く、我、灼然として佛を得ん。又曰く、汝、得べからず。尊者曰く、元の道の我は得るなり、汝實に得ず。又曰く、汝既に得ざれば、何を以てか得と云ふ。尊者曰く、汝、我あるが故に故に得ず、我は我・我所なきが故に、自然に當に得べし。彼ら、言既に屈し、纔かに師に問ふ、汝の名は何と曰ふ。尊者曰く、我が名は迦那提婆。彼ら、既に早く師の名を聞き、即ち悔過して致謝す。當時衆中に猶遞相に問難を興す、尊者、滯礙なきの辯才を以て折伏し、因りて歸伏す。乃ち上首の弟子羅睺羅多に告げて法眼を付す。偈に曰く、

本對傳法人為說解脫理

本來傳法の人に對して、爲に解脫の理を説く、

於法實無證無終亦無始

法に對して實に證なし、終なく、亦始なし。

尊者說偈已。入奮迅定身放八光而歸寂滅。學眾興塔而供養之。即前漢文帝十九年庚辰歲也。

尊者、偈を説き訖りて、奮迅の定に入り、身に八道の光を放ちて歸寂滅す。學衆、塔を興して供養す。その年は前漢文帝十九年庚辰の歳なり。

第十六祖羅睺羅多者。迦毘羅國人也行化至室羅筏城。有河名曰金水。其味殊美。中流復現五佛影。尊者告眾曰。此河之源凡五百里。有聖者僧伽難提居於彼處。佛誌一千年後當紹聖位。語已領諸學眾泝流而上。至彼見僧伽難提安坐入定。尊者與眾伺之。經三七日方從定起。尊者問曰。汝身定耶。心定耶。曰身心俱定。尊者曰。身心俱定何有出入。曰雖有出入不失定相。如金在井金體常寂。尊者曰。若金在井若金出井金無動靜何物出入。曰言金動靜何物出入。許金出入金非動靜。尊者曰。若金在井出者何金。若金出井在者何物。曰金若出井在者非金。金若在井出者非物。尊者曰。此義不然。曰彼理非著。尊者曰。此義當墮。曰彼義不成。尊者曰。彼義不成我義成矣。曰我義雖成法非我故。尊者曰。我義己成我無我故。曰我無我故復成何義。尊者曰。我無我故故成汝義。曰仁者。師於何聖得是無我。尊者曰。我師迦那提婆證是無我。曰稽首提婆師。而出於仁者。仁者無我故。我欲師仁者。尊者曰。我已無我故。汝須見我我。汝若師我故。知我非我我。難提心意豁然。即求度脫。尊者曰。汝心自在非我所繫。語已即以右手擎金缽舉至梵宮。取彼香飯將齋大眾。而大眾忽生厭惡之心。尊者曰。非我之咎汝等自業。即命僧伽難提分坐同食。眾復訝之。尊者曰汝不得食。皆由此故。當知與吾分坐者。即過去娑羅樹王如來也。愍物降跡。汝輩亦莊嚴劫中已至三果而未證無漏者也。眾曰我師神力斯可信矣。彼雲過去佛者即竊疑焉。僧伽難提知眾生慢。乃曰。世尊在日世界平正。無有丘陵江河溝洫。水悉甘美草木滋茂。國土豐盈無八苦行十善。自雙樹示滅八百餘年。世界丘墟樹木枯悴。人無至信正念輕微。不信真如唯愛神力。言訖。以右手漸展入地。至金剛輪際取甘露水。以瑠璃器持至會所。大眾見之即時欽慕悔過作禮。

第十六祖羅睺羅多は、迦毘羅國の人なり。行化して室羅筏城に至る。河ありて名を金水と曰ひ、味甚だ美にして、中流に又五佛の影を現ず。尊者、衆に告げて曰く、此の河の源、凡そ五百里にして、聖者僧伽難提の彼に住する有り、佛、一千年後に當に聖位を紹繼すべしと記す。言い訖りて、諸の學衆を率ゐて溯流して上る。彼に至りて僧伽難提の安坐入定するを見る。尊者、衆と共に俟つこと二十一日を經て、方に定より起つ。尊者問ふ、汝は身定か、心定か。曰く、身心俱に定なり。尊者曰く、身心俱に定ならば、何ぞ出入あらん。曰く、出入あると雖も、定相を失はず、猶金の井裏に在るが如く、金體は常に寂なり。尊者曰く、若し金在井・金出井と言はば、金に動靜なく、何物か出入する。曰く、金の動靜・何物の出入かと言ふ、金の出入を許せば、金は動靜にあらず。尊者曰く、若し金在井ならば、出づるは何の金ぞ、若し金出井ならば、在るは何物ぞ。曰く、金若し出井ならば、在るは金にあらず、金若し在井ならば、出づるは物にあらず。尊者曰く、此の義、然らず。曰く、彼の理は著せず。尊者曰く、此の義當に堕すべし。曰く、彼の義成り立たず。尊者曰く、彼の義成り立たざれば、我が義成り立てり。曰く、我が義雖かに成り立つと雖も、法は我にあらざるが故なり。尊者曰く、我が義已に成り立てり、我、我無きが故なり。曰く、我、我無きが故に、又成り立つは何の義ぞ。尊者曰く、我、我無きが故に、故に汝が義を成り立たしむ。曰く、仁者の師、那(いず)れの聖にか此の無我を得たる。尊者曰く、我が師迦那提婆、此の無我を證し奉れり。曰く、稽首す提婆師に、して仁者より出づ、仁者、我無きが故に、我、仁者を以て師と爲さんと欲す。尊者曰く、我已に我無きが故に、汝須らく我が我を見るべし。汝若し我を以て師と爲さんが故に、須らく知るべし、我は我が我にあらざるなり。難提、心意豁然として、即ち度脫を求む。尊者曰く、汝の心自在なり、我の繫ぐ能くする所にあらず。言い訖りて、即ち右手を以て金鉢を舉げて梵宮に至り、彼の香飯を取りて將來りて大衆の齋に供す。而して大衆、忽然として厭惡の心を生ず。尊者曰く、我が過にあらず、汝の自らの業なり。即ち僧伽難提をして分座して同じく食せしむ。衆又驚く。尊者曰く、汝ら食を得ざるは、皆此の故なり。當に知るべし、我と座を分かつ者は、即ち過去娑羅樹王如來にして、物を憫むが爲に降跡せるなり、汝ら亦莊嚴劫中に已に三果に至りて、未だ無漏を證せざる者なり。衆曰く、我が師の神力、斯を以て信ずべし、彼は過去佛と云ふ、即ち私に疑ふ。僧伽難提、衆生の憍慢を知りて、即ち曰く、世尊、世に在りし時、世界平正にして丘陵・江河・溝洫なく、水悉く甘美にして、草木滋茂し、國土豐盈にして八苦なく、十善を行ふ。雙樹に示滅してより八百餘年、世界丘墟と變じ、樹木枯悴し、人に至信なく、正念輕微にして、眞如を信ぜず、但神力を愛す。言い訖りて、右手を以て漸々地中に入れて金剛輪際に至り、甘露水を取り、瑠璃の器を以て會所に將至す。大衆、見て即ち欽慕し、悔過して禮を作す。

於是尊者命僧伽難提而付法眼。偈曰。

於是乎尊者、僧伽難提を命じて法眼を付す。偈に曰く、

於法實無證不取亦不離

法に對して實に證なし、取らず、亦離れず、

法非有無相內外云何起

法は有無の相にあらず、内外、何を以てか生ぜん。

尊者付法已。安坐歸寂。四眾建塔。此當前漢武帝二十八年戊辰歲也。

尊者、法を付し畢りて、安坐して歸寂す。四衆、塔を建つ。此れ正に前漢武帝二十八年戊辰の歳に當たる。

第十七祖僧伽難提者。室羅閥城寶莊嚴王之子也。生而能言。常讚佛事。七歲即厭世樂。以偈告其父母曰。

第十七祖僧伽難提は、室羅閥城寶莊嚴王の子なり。生まれて即ち言ふこと能く、常に佛事を讚歎す。七歳にして便ち世樂を厭棄し、偈を以て父母に告げて曰く、

稽首大慈父和南骨血母

稽首す大慈の父、問訊す骨血の母、

我今欲出家幸願哀愍故

我、今出家せんと欲す、願はくは哀愍の故を以て。

父母固止之。遂終日不食。乃許其在家。出家號僧伽難提。復命沙門禪利多為之師。積十九載未曾退倦。尊者每自念言。身居王宮胡為出家。一夕天光下屬。見一路坦平不覺徐行。約十里許至大巖前。有石窟焉。乃燕寂於中。父既失子。即擯禪利多出國。訪尋其子不知所在。經十年。尊者得法受記已。行化至摩提國。忽有涼風襲眾身心悅適非常。而不知其然。尊者曰。此道德之風也。當有聖者出世嗣續祖燈乎。言訖。以神力攝諸大眾遊歷山谷。食頃至一峰下謂眾曰。此峰頂有紫雲如蓋。聖人居此矣。即與大眾徘徊久之。見山舍一童子持圓鑑直造尊者前。尊者問。汝幾歲耶。曰百歲。尊者曰。汝年尚幼何言百歲。曰我不會理正百歲耳。尊者曰。汝善機耶。曰佛言若人生百歲。不會諸佛機。未若生一日。而得決了之。師曰。汝手中者當何所表。童曰。諸佛大圓鑑內外無瑕翳。兩人同得見心眼皆相似。彼父母聞子語。即捨令出家。尊者攜至本處。受具戒訖。名伽耶舍多。他時聞風吹殿銅鈴聲。尊者問師曰。鈴鳴耶風鳴耶。師曰。非風非鈴我心鳴耳。尊者曰。心復誰乎。師曰。俱寂靜故。尊者曰。善哉善哉。繼吾道者非子而誰。即付法偈曰。

父母、固く之を止む、遂に終日食せず、方に在家の出家を許し、號して僧伽難提と曰ひ、又沙門禪利多をして其の師と爲さしむ。積累十九年、未だ曾て退倦せず。尊者、每おもほゆらく、身王宮に居り、出家と爲すを何かせんと。一夜、天光下照し、一路平坦なるを見る。不知不覺に徐行して、約十里、大巖の前に至り、石窟あり、即ち其の中に燕寂す。父、既に子を失ひて、便ち禪利多を國を擯出せしめ、子を訪尋するに在る處を知らず。十年を踰えて、尊者、法を得記を受けての後、行化して摩提國に至る。忽然として凉風襲來し、衆人、身心悅適非常なれど、其の故を知らず。尊者曰く、此れ道德の風なり、當に聖者出世して祖燈を嗣續せんとするか。言い訖りて、神力を以て諸の大衆を攝して山谷を遊歴し、一飯の頃、一の峰下に至り、衆に對して曰く、此の峰頂に紫雲ありて蓋の如し、聖人此に居れり。即ち大衆と徘徊すること良久にして、山舍に一童子ありて圓鑑を執り、直に尊者の前に至る。尊者問ふ、汝幾歳ぞ。曰く、百歳。尊者曰く、汝、年尚幼し、何を以てか百歳と云ふ。曰く、我、理を會せず、正好に百歳ならんのみ。尊者曰く、汝、機鋒を善くするか。曰く、佛の曰く、若し人生百歳にして諸佛の機を會せざれば、一日生まれて決了を得るに如かずと。師曰く、汝が手中の物、當に何をか表すべき。童子曰く、諸佛の大圓鑑、内外瑕翳なし。兩人同じく見ることを得たり、心眼俱に相似なり。其の父母、子の言を聞きて、即ち彼を捨てて出家せしむ。尊者、將て本處に至り、具戒を受け訖りて、名を伽耶舍多と曰ふ。後に風の殿上の銅鈴を吹くの聲を聞く。尊者、師に問ふ、鈴鳴るか、風鳴るか。師曰く、風にあらず、鈴にあらず、我が心鳴るなり。尊者曰く、心は又誰ぞ。師曰く、俱に寂靜の故なり。尊者曰く、善哉善哉、我が道を繼ぐ者は汝に非ずして誰か。即ち法を付す。偈に曰く、

心地本無生因地從緣起

心地本來生ずることなし、因地縁に從りて起こり、

緣種不相妨華果亦復爾

縁と種と相い妨げず、花と果と亦復是の如し。

尊者付法已。右手攀樹而化。大眾議曰。尊者樹下歸寂。其垂蔭後裔乎。將奉全身於高原建塔。眾力不能舉。即就樹下起塔。當前漢昭帝十三年丁未歲也。

尊者、法を付し畢りて、右手、樹を攀じて化す。大衆議して曰く、尊者、樹下に歸寂せるは、將に後裔に蔭を垂れんとするか。全身を高原に奉りて塔を建てんと擬するに、衆力を用ゐても擧ぐること能はず、即ち樹下に塔を起てり。正に前漢昭帝十三年丁未の歳に當たる。

第十八祖伽耶舍多者。摩提國人也。姓欝頭藍。父天蓋。母方聖。嘗夢大神持鑑因而有娠。凡七日而誕。肌體瑩如瑠璃未嘗洗沐自然香潔。幼好閑靜語非常童。持鑑出遊遇難提尊者得度。領徒至大月氏國。見一婆羅門舍有異氣。尊者將入彼舍。舍主鳩摩羅多問曰。是何徒眾。曰是佛弟子。彼聞佛號心神竦然。即時閉戶。尊者良久自扣其門。羅多曰。此舍無人。尊者曰。答無者誰。羅多聞語知是異人。遽開關延接。尊者曰。昔世尊記曰。吾滅後一千年有大士。出現於月氏國。紹隆玄化。今汝值吾應斯嘉運。於是鳩摩羅多發宿命智。投誠出家受具訖付法。偈曰。

第十八祖伽耶舍多は、摩提國の人なり。姓は郁頭藍。父の名は天蓋、母の名は方聖。曾て大神の鑑を持てるを夢み、因りて娠有り、凡そ七日にして诞生す。肌體瑩徹して瑠璃の如く、曾て洗沐せずして自然に香潔なり。幼くして閒靜を好み、語、凡童に似ず。鑑を持ちて出遊し、難提尊者に遇ひて度を得たり。徒衆を率ゐて大月氏國に至り、一の婆羅門の舍に異氣あるを見る。尊者、將に其の舍に入らんとす、舍主鳩摩羅多、問ひて曰く、是れ何の徒衆ぞ。曰く、是れ佛弟子なり。彼、佛號を聞きて、心神竦然として、即時に門を閉づ。尊者、良久にして自ら門を扣く。羅多曰く、此の舍に人無し。尊者曰く、答へて無しと云ふ者は誰ぞ。羅多、此の語を聞きて、是れ異人と知りて、即ち關を開きて延接す。尊者曰く、昔世尊の記に曰く、我滅後一千年に大士月氏國に出現して玄化を紹隆せんと。今汝、我に値ふ、正に此の嘉運に應ず。於是乎鳩摩羅多、宿命の智を發して、投誠して出家し、受具畢りて、法を付す。偈に曰く、

有種有心地因緣能發萌

種有り、心地有り、因縁能く萌を發す、

於緣不相礙當生生不生

縁に對して相い礙へず、當生にして生じて生ぜず。

尊者付法已。踴身虛空現十八種神變。化火光三昧自焚其身。眾以舍利起塔。當前漢成帝二十年戊申歲也。

尊者、法を付し畢りて、身を踴りて虛空に至り、十八種の神變を現じ、火光三昧を化して其の身を自焚す。衆、舍利を以て塔を起つ。正に前漢成帝二十年戊申の歳に當たる。

第十九祖鳩摩羅多者。大月氏國婆羅門之子也。昔為自在天人(欲界第六天)見菩薩瓔珞。忽起愛心墮生忉利(欲界第二天)聞憍屍迦說般若波羅蜜多。以法勝故升於梵天(色界)以根利故善說法要。諸天尊為導師以繼祖。時至遂降月氏。後至中天竺國。有大士名闍夜多。問曰。我家父母素信三寶而嘗縈疾瘵。凡所營作皆不如意。而我隣家久為旃陀羅行。而身常勇健所作和合。彼何幸而我何辜。尊者曰。何足疑乎。且善惡之報有三時焉。凡人恆見仁夭暴壽逆吉義兇。便謂亡因果虛罪福。殊不知影響相隨毫釐靡忒。縱經百千萬劫亦不磨滅。時闍夜多聞是語已。頓釋所疑。尊者曰。汝雖已信三業。而未明業從惑生。惑因識有。識依不覺。不覺依心。心本清淨無生滅無造作。無報應無勝負。寂寂然靈靈然。汝若入此法門可與諸佛同矣。一切善惡有為無為皆如夢幻。闍夜多承言領旨。即發宿慧懇求出家。既受具。尊者告曰。吾今寂滅時至。汝當紹行化跡。乃付法眼。偈曰。

第十九祖鳩摩羅多は、大月氏國婆羅門の子なり。昔自在天人(欲界第六天)と爲りて、菩薩の瓔珞を見て、忽然として愛心を生じ、墮ちて忉利(欲界第二天)に生ず。憍尸迦の般若波羅蜜多(義は「彼岸に到る」、即ち生死の此岸より解脫の彼岸に渡る)を説くを聞きて、法の殊勝なるが故に梵天(色界)に升り、根利なるが故に法要を説くこと善く、諸天、彼を尊びて導師と爲す。祖を繼ぐの時至るが故に、月氏に降生す。後に中天竺國に至る。大士ありて名を闍夜多と曰ひ、問ふ、我家の父母、素より三寶を信ずれど、常に疾病に纏繞し、凡そ營爲する所は皆如意ならず、而して我が隣家は久しく旃陀羅の行を爲すも、身體常に勇健にして、所作和合す、彼は何等の幸、我は何等の辜ぞ。尊者曰く、何ぞ疑ふことあらん。況んや善惡の報應に三時あり、凡夫人、常に仁者の夭折し暴人の長壽し、逆なる者の吉に守義の凶に遭ふを見て、便ち因果なく罪福は虛なりと以爲ふ、殊に知らず、影響の相隨ふこと、一毫一釐も差はらず、縱ほ百千萬劫を經ると雖も亦磨滅せざることを。時に闍夜多、此の語を聞き訖りて、頓に疑ふ所を消除す。尊者曰く、汝、已に三業を信ずると雖も、未だ明らめず、業は惑より生じ、惑は識に因りて有り、識は不覺に依り、不覺は心に依る、心は本來清淨にして生滅なく、造作なく、報應なく、勝負なく、寂寂然として靈靈然たり、汝、若し此の法門に入らば、諸佛と同一ならんことを得ん、一切の善惡・有爲無爲は皆夢幻の如し。闍夜多、言を承けて旨を領し、即ち宿慧を發して出家を懇求す。既に受具し、尊者、之に告げて曰く、我、今寂滅の時至れり、汝當に行化の事迹を繼承すべし。於是乎法眼を付す。偈に曰く、

性上本無生為對求人說

性上本來生ずることなし、求人に對するが爲に説く、

於法既無得何懷決不決

法に對して既に得なければ、何ぞ必ず決・不決を懷かん。

師曰。此是妙音如來見性清淨之句。汝宜傳布後學。言訖。即於坐上以指爪𠢐面如紅蓮開。出大光明照耀四眾而人寂滅。闍夜多起塔。當新室十四年壬午歲也。

師曰く、此れ妙音如來見性清淨の句なり、汝當に傳布して後學すべし。言い訖りて、即ち座上に於て爪を以て面を划(こ)き開きて(底本此の字を「𠢐」と作る、文意は爪を以て划き開くなり)、紅蓮の開敷するが如く、大光明を放ち、四衆を照耀して寂滅に入る。闍夜多、塔を起てり。正に新室十四年壬午の歳に當たる。

第二十祖闍夜多者。北天竺國人也。智慧淵沖化導無量。後至羅閱城敷揚頓教。彼有學眾唯尚辯論。為之首者名婆修盤頭(此雲遍行)常一食不臥六時禮佛。清淨無欲為眾所歸。尊者將欲度之。先問彼眾曰。此遍行頭陀能修梵行可得佛道乎。眾曰。我師精進何故不可。尊者曰。汝師與道遠矣。設苦行歷於塵劫皆虛妄之本也。眾曰。尊者蘊何德行而譏我師。尊者曰。我不求道亦不顛倒。我不禮佛亦不輕慢。我不長坐亦不懈怠。我不一食亦不雜食。我不知足亦不貪欲。心無所希名之曰道。時遍行聞已發無漏智歡喜讚歎。尊者又語彼眾曰。會吾語否。吾所以然者。為其求道心切。夫弦急即斷故吾不贊。令其住安樂地入諸佛智。復告遍行曰吾適對眾抑挫仁者得無惱於衷乎。曰我憶念七劫前。生常安樂國。師於智者月淨。記我非久當證斯陀含果。時有大光明菩薩出世。我以老故策杖禮謁。師叱我曰。重子輕父一何鄙哉。時我自謂無過請師示之師曰。汝禮大光明菩薩。以杖倚壁畫佛面。以此過慢遂失二果。我責躬悔過以來。聞諸惡言如風如響。況今獲飲無上甘露而反生熱惱邪。惟願大慈以妙道垂誨。尊者曰。汝久植眾德當繼吾宗。聽吾偈曰。

第二十祖闍夜多は、北天竺國の人なり。智慧淵深にして冲虛、化導無量なり。後に羅閱城に至りて頓教を敷揚す。彼に學衆ありて、唯辯論を崇尚し、首領と爲す者は名を婆修盤頭と曰ふ(此には遍行と譯す)、常に一食不臥、六時に佛を禮し、淸淨無欲にして、衆人の歸する所と爲る。尊者、將に彼を度せんとして、先ず其の衆に問ふ、此の遍行頭陀、能く梵行を修して佛道を得べきか。衆曰く、我が師精進す、何故に不可ならん。尊者曰く、汝の師、道と遠し、縱ほ苦行、塵劫を經ると雖も、皆虛妄の本なり。衆曰く、尊者、何の德をか藴蓄して、却て我が師を譏する。尊者曰く、我、道を求めず、亦不顛倒せず、我、佛を禮せず、亦輕慢せず、我、長坐せず、亦懈怠慢せず、我、一食せず、亦雜食せず、我、足ることを知らず、亦貪婪せず、心、希求する所なく、名づけて道と曰ふ。當時遍行、聞き訖りて、無漏の智を發して歡喜讚歎す。尊者、又其の衆に謂ひて曰く、我が言を領會せるか、我が然る所以は、彼の求道の心太だ急なるが故なり、弦太だ緊まれば即ち斷つ、故に我は讚せず、彼をして安樂の地に住せしめ、諸佛の智に入らしむと。又遍行に告げて曰く、我適(さき)に衆に對して仁者を挫抑せり、心裏惱なきか。曰く、我、七劫前を憶念す、常安樂國に生まれ、師、智者月淨の所に在りて、我に記す、久しからずして當に斯陀含果を證せんと、當時大光明菩薩出世せり、我、年老いたるを以て、杖を柱して往きて禮拜せんとす、師、我を呵叱して曰く、子を重んじ父を輕んず、何ぞ鄙陋なるやと、我、當時自ら過なしと以爲ひ、師に開示を請ふ、師曰く、汝、大光明菩薩を禮して、杖を壁上に畫ける佛面に倚せたり、此の過慢を以て、便ち二果を失ひぬ、我、責躬悔過してより已來、種種の惡言を聞くこと、風の如く響の如し、況んや今無上の甘露を飮むことを得て、却て熱惱を生ぜんや、唯願はくは大慈、妙道を以て垂誨せんことを。尊者曰く、汝、久しく衆德を培植せり、當に我が宗を繼ぐべし。我が偈を聽け。

言下合無生同於法界性

言下に無生に契合して、法界の性に同じ、

若能如是解通達事理竟

若能く是のごとく解するあらば、事理に通達すること畢れり。

尊者付法已。不起於坐奄然歸寂。闍維收舍利建塔。當後漢明帝十七年甲戌歲也。

尊者、法を付し畢りて、座より起たずして奄然として歸寂す。荼毘して舍利を收めて塔を建つ。正に後漢明帝十七年甲戌の歳に當たる。

第二十一祖婆修盤頭者。羅閱城人也。姓毘舍佉。父光蓋。母嚴一。家富而無子。父母禱於佛塔而求嗣焉。一夕母夢吞明暗二珠。覺而有孕。經七日有一羅漢。名賢眾。至其家。光蓋設禮。賢眾端坐受之。嚴一齣拜。賢眾避席雲。迴禮法身大士。光蓋罔測其由。遂取一寶珠跪獻賢眾試其真偽。賢眾即受之殊無遜謝。光蓋不能忍。問曰。我是丈夫致禮不顧。我妻何德尊者避之。賢眾曰。我受禮納珠貴福汝耳。汝婦懷聖子。生當為世燈慧日故吾避之。非重女人也。賢眾又曰汝婦當生二子。一名婆修盤頭。則吾所尊者也。二名芻尼(此雲野鵲子)昔如來在雪山修道。芻尼巢於頂上。佛既成道芻尼受報。為那提國王。佛記雲。汝至第二五百年生羅閱城毘舍佉家與聖同胞。今無爽矣。後一月果產子。尊者婆修盤頭年至十五禮光度羅漢出家。感毘婆訶菩薩與之授戒。行化至那提國。彼王名常自在。有二子。一名摩訶羅。次名摩拏羅。王問尊者曰。羅閱城土風與此同(舊本作何)異。尊者曰。彼土曾三佛出世。今王國有二師化導。曰二師者誰。尊者曰。佛記第二五百年有一神力大士出家繼聖。即王之次子摩拏羅是其一也。吾雖德薄敢當其一。王曰。誠如尊者所言。當捨此子作沙門。尊者曰。善哉大王。能遵佛旨。即與受具。付法偈曰。

第二十一祖婆修盤頭は、羅閱城の人なり。姓は毘舍佉。父の名は光蓋、母の名は嚴一。家富めりと雖も子無し。父母、佛塔に禱して後嗣を求む。一夜、母、明暗二珠を吞むを夢み、覺めて娠有り。七日を踰えて、一羅漢ありて名を賢衆と曰ひ、其の家に至る。光蓋、禮を設く、賢衆端坐して受く。嚴一、出でて拜す、賢衆、座席を離れて曰く、回禮す法身大士。光蓋、其の故を測る能はず、便ち一の寶珠を取りて跪いて賢衆に獻じ、其の眞僞を試みんとす。賢衆、即ち之を受くるも全く遜謝せず。光蓋、忍ぶこと能はず、問ふ、我は丈夫なり、禮を致せば亦不顧みず、我が妻、何の德か有りて、尊者却て避くる。賢衆曰く、我、禮を受け珠を取るは、福を汝に加へんが爲なり、汝の婦人、聖子を懷けり、生まれて當に世間の燈・慧日と爲るべし、故に我は避く、女人を重んずるにあらず。賢衆又曰く、汝の婦人、當に二子を生むべし、一の名は婆修盤頭、即ち我の敬む所なり、二の名は芻尼(此には野鵲子と譯す)、昔如來、雪山に修道するに、芻尼、頂上に巢を作れり、佛既に道を成じ、芻尼、報を受けて那提國王と爲る、佛の記に曰く、汝、第二の五百年に至りて、羅閱城毘舍佉家に生まれ、聖人と同胞ならんと、今差忒なし。一月の後、果して子を生む。尊者婆修盤頭、年十五に至りて、光度羅漢に禮して出家し、毘婆訶菩薩に感應して爲に戒を授けしむ。行化して那提國に至る。彼の國王、名を常自在と曰ひ、二子有り、一の名は摩訶羅、次は摩拏羅と曰ふ。王、尊者に問ふ、羅閱城の土風は此と同(舊本は「何」と作る)異ぞ。尊者曰く、彼の土、曾て三佛出世せり、今王國に兩師の化導有り。問ふ、兩師は何人ぞ。尊者曰く、佛の記、第二の五百年に一の神力大士出家して聖を繼ぐ、即ち王の次子摩拏羅、此れ其の一なり、我、德薄しと雖も、敢て其の一に當たらん。王曰く、果して尊者の説の如くんば、當に此の子を捨てて沙門と作すべし。尊者曰く、善哉大王、能く佛旨に遵へり。即ち與に受具す。法を付すの偈に曰く、

泡幻同無礙如何不了悟

泡幻、同じく滯礙なく、何ぞ了悟せざらん、

達法在其中非今亦非古

法に達するは其の中に在り、今にあらず、亦古にあらず。

尊者付法已。踴身高半由旬屹然而住。四眾仰瞻虔請復坐跏趺而逝。荼毘得舍利建塔。當後漢殤帝十二年丁巳歲也(當作安帝十一年蓋殤帝在位止一年耳)。

尊者、法を付し畢りて、身を踴りて半由旬の高さにして屹然として住す。四衆、仰瞻し、虔に請求し、又坐りて結跏趺して逝す。荼毘して舍利を得て塔を建つ。正に後漢殤帝十二年丁巳の歳に當たる。(當に安帝十一年と作るべし、殤帝は位に在ること僅かに一年なればなり。)

第二十二祖摩拏羅者。那提國常自在王之子也。年三十遇婆修祖師出家傳法。至西印度。彼國王名得度。即瞿曇種族。歸依佛乘勤行精進。一日於行道處現一小塔。欲取供養眾莫能舉。王即大會梵行禪觀呪術等三眾。欲問所疑。時尊者亦赴此會。是三眾皆莫能辯。尊者即為王廣說塔之所因(阿育王造塔此不繁錄)今之出現王福力之所致也。王聞是說乃曰。至聖難逢世樂非久。即傳位太子投祖出家。七日而證四果。尊者深加慰誨曰。汝居此國善自度人。今異域有大法器。吾當化令得度。曰師應跡十方動念當至。寧勞往邪。尊者曰。然。於是焚香遙語月氏國鶴勒那比丘曰。汝在彼國教導鶴眾。道果將證宜自知之。時鶴勒那為彼國王寶印說修多羅偈。忽覩異香成穗。王曰。是何祥也。曰此是西印度傳佛心印祖師摩拏羅將至。先降信香耳。曰此師神力何如。答曰。此師遠承佛記。當於此土廣宣玄化。時王與鶴勒那俱遙作禮。尊者知已。即辭得度比丘。往月氏國。受王與鶴勒那供養。後鶴勒那問尊者曰。我止林間已經九白(印度以一年為一白)有弟子龍子者。幼而聰慧。我於三世推窮莫知其本。尊者曰。此子於第五劫中。生妙喜國婆羅門家。曾以旃檀施於佛宇。作槌撞鐘。受報聰敏為眾欽仰。又問。我有何緣而感鶴眾。尊者曰。汝第四劫中嘗為比丘。當赴會龍宮。汝諸弟子鹹欲隨從。汝觀五百眾中。無有一人堪任妙供。時諸子曰。師常說法。於食等者於法亦等。今既不然何聖之有汝即令赴會。自汝捨生趣生轉化諸國。其五百弟子以福微德薄生於羽族。今感汝之惠故為鶴眾相隨。鶴勒那聞語曰。以何方便令彼解脫。尊者曰。我有無上法寶。汝當聽受化未來際。而說偈曰。

第二十二祖摩拏羅は、那提國常自在王の子なり。年三十にして婆修祖師に遇ひ、出家して法を傳へ、西印度に至る。彼の國王、名を得度と曰ふ、即ち瞿曇の種族にして、佛乘に歸依し、勤行精進せり。一日、行道の處に一の小塔を現出し、取りて供養せんと欲するも、衆、擧ぐること能はず。王、乃ち梵行・禪觀・咒術等の三衆を大會して、疑ふ所を問はんと欲す。時に尊者、亦此の會に赴く。此の三衆、皆辯する能はず。尊者、即ち王の爲に塔の因由を廣く説く(阿育王の造塔、此に繁錄せず)、今出現するは王の福力の致す所なりと。王、此言を聞きて即ち曰く、至聖は逢ひ難し、世樂は長久なる能はず。即ち太子に傳位して、祖に投じて出家す。七日にして即ち四果を證す。尊者、深く慰誨を加へて曰く、汝、此の國に住して、善く自ら人を度るべし、今異域に大法器あり、我當に教化して得度せしむべしと。曰く、師、十方に應迹し、念を動かせば當に至るべし、何ぞ往くを勞せん。尊者曰く、然り。於是乎香を焚きて、遥かに月氏國の鶴勒那比丘に對して曰く、汝、彼の國に在りて鶴衆を教導す、道果將に證せんとす、當に自ら知るべし。時に鶴勒那、彼の國王寶印の爲に修多羅の偈を説く、忽ち異香の穗を成すを見る。王曰く、此れ何の祥瑞ぞ。曰く、此れ西印度、佛の心印を傳へる祖師摩拏羅、將に至らんとす、先だって信香を降せしなり。問ふ、此の師の神力何如。答曰く、此の師、遠く佛記を承け、當に此の方に玄化を廣宣すべし。時に王と鶴勒那、俱に遥かに禮を作す。尊者、知りて、即ち得度比丘に辭して、月氏國に往きて、王と鶴勒那の供養を受く。後に鶴勒那、尊者に問ふ、我、林間に住すること已に九白(印度は一年を以て一白と爲す)、弟子の龍子有り、幼にして聰慧なり、我、三世より推窮するに、其の本を知らず。尊者曰く、此の子、第五劫中に妙喜國婆羅門家に生まれ、曾て旃檀を以て佛宇に施して槌を作りて鐘を撞けり、報を受けて聰敏にして、衆人の欽仰する所と爲る。又問ふ、我、何の因縁か有りて鶴衆を感得する。尊者曰く、汝、第四劫中に曾て比丘と爲れり、當に龍宮の會に赴かんとして、汝の諸弟子、皆隨從せんと欲せり、汝、五百衆中を觀るに一人も妙供に堪へる者なし、時に諸弟子曰く、師、常に法を説きて、食に於て平等なるは、法に於ても亦平等なり、今既に然らずんば、何の聖か有らん、汝即ち彼らをして會に赴かしむ、汝、生を捨て生に趣きて諸國を轉化してより已來、其の五百弟子、福微德薄なるを以て、羽族と爲りて生ず、今汝の惠を感じて、故に鶴衆と爲りて相隨ふ。鶴勒那、話を聞きて曰く、何の方便を以てか彼らをして解脫せしめん。尊者曰く、我に無上の法寶有り、汝當に聽受して未來際を教化すべし。於是乎偈を説いて曰く、

心隨萬境轉轉處實能幽

心、萬境に隨ひて轉ず、轉ずる處實に能く幽なり、

隨流認得性無喜復無憂

流に隨ひて性を認むれば、喜なく、亦憂なし。

時鶴眾聞偈飛鳴而去。尊者跏趺寂然奄化。鶴勒那與寶印王起塔。當後漢桓帝十九年乙巳歲也。

時に鶴衆、偈を聞き訖りて、飛鳴して去る。尊者、結跏趺して寂然として奄化す。鶴勒那、寶印王と塔を起つ。正に後漢桓帝十九年乙巳の歳に當たる。

第二十三祖鶴勒那者(勒那梵語。鶴即華言。以尊者出世常感群鶴戀慕故名)月氏國人也。姓婆羅門。父千勝。母金光。以無子故禱於七佛。金幢即夢須彌山頂一神童持金環雲我來也。覺而有孕。年七歲遊行聚落。覩民間淫祀乃入廟叱之曰。汝妄興禍福幻惑於人。歲費牲牢傷害斯甚。言訖。廟貌忽然而壞。由是鄉黨謂之聖子。年二十二出家。三十遇摩拏羅尊者付法眼藏。行化至中印度。彼國王名無畏海。崇信佛道。尊者為說正法。次王忽見二人緋素服拜尊者。王問曰。此何人也。師曰。此是日月天子。吾昔曾為說法故來禮耳。良久不見唯聞異香。王曰。日月國土總有多少。尊者曰。千釋迦佛所化世界。各有百億迷盧日月。我若廣說即不能盡。王聞忻然。時尊者演無上道度有緣眾。以上足龍子早夭。有兄師子。博通彊記事婆羅門。厥師既逝。弟復雲亡。乃歸依於尊者。而問曰。我欲求道當何用心。尊者曰。汝欲求道無所用心。曰既無用心誰作佛事。尊者曰。汝若有用即非功德。汝若無作即是佛事。經云。我所作功德而無我所故。師子聞是言已即入佛慧。時尊者忽指東北問雲。是何氣象。師子曰。我見氣如白虹貫乎天地。復有黑氣五道橫亙其中。尊者曰。其兆云何。曰莫可知矣。尊者曰。吾滅後五十年。北天竺國當有難起。嬰在汝身。吾將滅矣。今以法眼付囑於汝善自護持。乃說偈曰。

第二十三祖鶴勒那(勒那は梵語、鶴は華言なり、尊者の出世、常に群鶴の戀慕を感應するを以て、故に此の名と爲す)は、月氏國の人なり。姓は婆羅門。父の名は千勝、母の名は金光。子無きを以て、七佛に祈禱す。金幢、即ち須彌山頂に一の神童、金環を持ちて我來ると曰ふを夢み、覺めて孕有り。年七歳にして聚落を遊行し、民間の淫祀を見て、即ち廟に入りて呵叱す、汝ら妄りに禍福を興して人に幻惑し、歳歳牲牢を耗費して傷害甚だしと。言い訖りて、廟貌忽然として壞れ去る。因りて鄕黨、彼を聖子と呼ぶ。年二十二にして出家し、三十にして摩拏羅尊者に遇ひて法眼藏を付さる。行化して中印度に至る。彼の國王、名を無畏海と曰ひ、佛道を崇信す。尊者、爲に正法を説く。隨後王、忽ち兩人を見る、一は緋にして一は素なり、尊者を拜す。王問ふ、此れ何人ぞ。師曰く、此れ日月の天子なり、我、昔曾て彼らが爲に法を説きたり、故に來りて禮す。良久にして見えず、但異香を聞くのみ。王曰く、日月の國土、總じて多少ある。尊者曰く、千の釋迦佛の化せる所の世界、各各百億の迷盧日月有り、我若し廣く説かば、盡す能はざらん。王、聞きて欣然とす。時に尊者、無上道を演して有縁の衆を度す。上足の弟子龍子の早夭せるを以て、其の兄師子有り、博通强記にして婆羅門に事ふ、其の師既に逝き弟又亡びて、便ち尊者に歸依し、問ふ、我、道を求めんと欲す、當に如何なる心を用ゐん。尊者曰く、汝、道を求めんと欲せば、用ゐる心無かれ。問ふ、既に用ゐる心無ければ、誰か佛事を作す。尊者曰く、汝若し用有らば、便ち功德にあらず、汝若し無作ならば、是れ佛事なり、經に云く、我が作す所の功德は、我所有ること無きが故なりと。師子、此の言を聞き訖りて、即ち佛慧に入る。時に尊者、忽ち東北を指して問ふ、是れ何の氣象ぞ。師子曰く、我、氣の白虹の天地を貫くが如く、又黑氣五道、其中に橫亙するを見る。尊者曰く、其の兆は何如。曰く、知る能はざるなり。尊者曰く、我、滅後五十年、北天竺國に當に難起こりて汝の身に落ちん、我、將に滅せんとす、今法眼を汝に付嘱す、善く自ら護持せよ。於是乎偈を説いて曰く、

認得心性時可說不思議

心性を認得する時、説くべし不可思議、

了了無可得得時不說知

了了として得ること無し、得る時、知とは説かず。

師子比丘聞偈欣愜。然未曉將罹何難。尊者乃密示之。言訖。現十八變而歸寂。闍維畢分舍利各欲興塔。尊者復現空中。而說偈曰。

師子比丘、偈を聞き訖りて、欣然として愜意す、然れど未だ何の難に遭はんとするを知らず。尊者、乃ち密かに開示す。説き訖りて、十八變を現じて歸寂す。荼毘畢りて、舍利を分かちて各々塔を興さんとす。尊者、又空中に出現して偈を説いて曰く、

一法一切法一切一法攝

一法即ち一切法、一切は一法に攝せられ、

吾身非有無何分一切塔

我が身は有にあらず亦無にあらず、何ぞ分かちて一切の塔と爲さん。

大眾聞偈遂不復分。就馱都之場而建塔焉。即後漢獻帝二十年己丑歲也。

大衆、偈を聞き訖りて、即ち分かつことを止め、馱都の場上に塔を建つ。即ち後漢獻帝二十年己丑の歳なり。

第二十四祖師子比丘者。中印度人也。姓婆羅門。得法遊方至罽賓國。有波利迦者。本習禪觀。故有禪定知見執相捨相不語之五眾。尊者詰而化之。四眾皆默然心服。唯禪定師達磨達者。聞四眾被責憤悱而來。尊者曰。仁者習定何當來此。既至於此胡云習定。曰我雖來此心亦不亂。定隨人習豈在處所。尊者曰。仁者既來其習亦至。既無處所豈在人習。曰定習人故非人習定。我雖來此其定常。習尊者曰。人非習定定習人故。當自來時其定誰習。彼曰。如淨明珠內外無翳。定若通達必當如此。師曰。定若通達一似明珠。今見仁者非珠之徒。彼曰。其珠明徹內外悉定。我心不亂猶若此淨。師曰。其珠無內外。仁者何能定穢物非動搖。此定不是淨。達磨達蒙尊者開悟心地朗然。尊者既攝五眾名聞遐邇。方求法嗣。遇一長者。引其子問尊者曰。此子名斯多。當生便拳左手。今既長矣。而終未能舒。願尊者。示其宿因。尊者覩之。即以手接曰。可還我珠。童子遽開手奉珠。眾皆驚異。尊者曰。吾前報為僧。有童子名婆舍。吾嘗赴西海齋受䞋珠付之。今還吾珠理固然矣。長者遂捨其子出家。尊者即與受具。以前緣故名婆舍斯多。尊者即謂之曰。吾師密有懸記。罹難非久。如來正法眼藏今轉付汝汝應保護普潤來際。偈曰。

第二十四祖師子比丘は、中印度の人なり。姓は婆羅門。法を得て游方し、罽賓國に至る。波利迦有りて、本來禪觀を修習す、故に禪定・知見・執相・捨相・不語の五衆有り。尊者、詰問して之を教化す、四衆皆默然として心服す、唯禪定師達磨達、四衆の責せられしを聞きて、憤悱して來る。尊者曰く、仁者、定を修習して、何ぞ須らく此に來らん、既に此に至りて、何を以てか習定と云ふ。曰く、我、此に來ると雖も、心亦亂れず、定は人に隨ひて習ふ、豈に處所に在らん。尊者曰く、仁者既に來れば、習ふ所亦到れり、既に處所なければ、豈に人の習に在らん。曰く、定の人を習ふが故なり、人の定を習ふにあらず、我、此に來ると雖も、其の定は常に習ふ。尊者曰く、人は定を習ふにあらず、定、人を習ふが故なり、當に其の來る時、其の定は誰か習ふ。彼曰く、淨明珠の如く、内外翳なし、定若し通達せば、必ず當に此の如くなるべし。師曰く、定若し通達せば、一ただ明珠に似たり、今仁者を見るに、珠の類にあらず。彼曰く、其の珠明徹にして、内外俱に定なり、我が心亂れざるは、此の淨に似たり。師曰く、其の珠に内外なし、仁者何を以てか定せん、穢物は動揺にあらず、此の定は淨にあらず。達磨達、尊者の開悟を承けて、心地朗然たり。尊者、既に五衆を攝受し、名遐邇に聞ゆ、纔かに法嗣を求む。一の長者に遇ふ、其子を引きて尊者に問ふ、此の子、名を斯多と曰ひ、生まれて左の手を拳り、既に長大するも終始舒開すること能はず、願はくは尊者、其の宿因を開示せん。尊者、見て即ち手を以て接げて曰く、我が珠を還し來るべし。童子、即ち手を開きて珠を奉る。衆皆驚異す。尊者曰く、我、前報に僧と爲り、童子ありて名を婆舍と曰ふ、我、曾て西海の齋に赴きて、䞋珠を彼に付せり、今我が珠を還すは理の當然なり。長者、乃ち其子を捨てて出家せしむ。尊者、即ち與に受具し、以前の緣の故に、名を婆舍斯多と曰ふ。尊者、即ち彼に謂ひて曰く、我が師、密かに懸記有りて、難に遭ふこと久しからず、如來の正法眼藏、今轉じて汝に付す、汝當に保護して來際に普く潤すべし。偈に曰く、

正說知見時知見俱是心

正に知見を説く時、知見は皆是心なり、

當心即知見知見即於今

當に此の心即ち知見、知見は即ち于今に在り。

尊者說偈已。以僧伽梨衣密付斯多。俾之他國隨機演化。斯多受教直抵南天。尊者以難不可苟免獨留罽賓。時本國有外道二人。一名摩目多。二名都落遮。學諸幻法欲共謀亂。乃盜為釋子形象。潛入王宮。且曰。不成即罪歸佛子。妖既自作禍亦旋踵。事既敗。王果怒曰。吾素歸心三寶。何乃搆害一至於斯。即命破毀伽藍祛除釋眾。又自秉劍至尊者所。問曰。師得蘊空否。尊者曰。已得蘊空。曰離生死否。尊者曰。已離生死。曰既離生死可施我頭。尊者曰。身非我有何悋於頭。王即揮刃斷尊者首。湧白乳高數尺。王之右臂旋亦墮地。七日而終。太子光首歎曰。我父何故自取其禍。時有象白山仙人者。深明因果。即為光首廣宣宿因解其疑網(事具聖胄集及寶林傳)遂以師子尊者報體而建塔焉。當魏齊王二十年己卯歲也(當作高貴鄉公六年。蓋齊王芳立十五年而廢矣。正宗記雲。寶林傳誤作己卯。當是齊王芳丁卯歲也。然則乃是八年也)。師子尊者付婆舍斯多心法信衣為正嗣。外傍出達磨達四世二十二師。

尊者、偈を説き訖りて、僧伽梨衣を密かに斯多に付して、他國に至りて隨機演化せしむ。斯多、教を受けて直に南天に抵る。尊者、難苟も免るべからざるを以て、獨り罽賓に留る。時に本國に外道二人あり、一の名は摩目多、二の名は都落遮、諸の幻法を學びて、共に亂を謀らんと欲す、乃ち竊かに釋子の形儀を装ひて、王宮に潛入し、且つ曰く、成らずんば、罪は佛子に歸せん、妖既に自作せり、禍亦隨ひて至れり、事既に敗露せり、王果して怒りて曰く、我、素より三寶に歸心す、何ぞ構害此の地步に至らん、即ち令を下して伽藍を破毀し、釋衆を祛除す、又自ら劍を持ちて尊者の所に至り、問ふ、師、蘊空を得たりや。尊者曰く、已に蘊空を得たり。問ふ、生死を離れたりや。尊者曰く、已に生死を離れたり。問ふ、既に生死を離れば、頭を我に與ふることを得んや。尊者曰く、身は我の有にあらず、頭に對し何ぞ吝かならん。王、即ち刃を揮りて尊者の頭を斷つ、白乳を涌出す、高さ數尺。王の右臂、隨ひて亦地に堕ち、七日にして薨ず。太子光首、歎じて曰く、我が父、何故に自ら禍を取る。時に象白山仙人あり、深く因果を明め、便ち光首の爲に宿因を廣宣して、其の疑網を解く(事迹は詳しく《聖胄集》及び《寶林傳》に見ゆ)、於是乎師子尊者の報體を以て塔を建てり。正に魏齊王二十年己卯の歳に當たる(當に高貴鄉公六年と作るべし、齊王芳は位に在ること十五年にして廢せられればなり。《正宗記》に云く、《寶林傳》誤りて己卯と作す、當に齊王芳丁卯の歳とすべし、然らば即ち八年なり)。師子尊者、心法・信衣を婆舍斯多に付して正嗣と爲し、別に旁出して達磨達四世二十二師あり。

第二十五祖婆舍斯多者。罽賓國人也。姓婆羅門。父寂行。母常安樂。初母夢得神劍。因而有孕。既誕拳左手遇師子尊者。顯發宿因密受心印。後適南天至中印度。彼國王名迦勝。設禮供養。時有外道號無我尊。先為王禮重。嫉祖之至欲與論義。幸而勝之以固其事。乃於王前謂祖曰。我解默論不假言說。祖曰。孰知勝負。曰不爭勝負但取其義。祖曰。汝以何為義。曰無心為義。祖曰。汝既無心安得義乎。曰我說無心當名非義。祖曰。汝說無心當名非義。我說非心當義非名。曰當義非名誰能辨義。祖曰。汝名非義此名何名。曰為辨非義是名無名。祖曰。名既非名義亦非義。辨者是誰。當辨何物。如是往返五十九翻。外道杜口信伏。於時祖忽然面北合掌長籲曰。我師師子尊者。今日遇難斯可傷焉。即辭王南邁達於南天潛隱山谷。時彼國王名天德。迎請供養。王有二子。一兇暴而色力充盛。一柔和而長嬰疾苦。祖乃為陳因果。王即頓釋所疑。又有呪術師忌祖之道。乃潛置毒藥於飲食中。祖知而食之。彼返受禍。遂投祖出家。祖即與受具。後六十載太子得勝即位。復信外道致難於祖。太子不如密多以進諫被囚。王遽問祖曰。予國素絕妖訛。師所傳者當是何宗。祖曰。王國昔來實無邪法。我所得者即是佛宗。王曰。佛滅已千二百載。師從誰得耶。祖曰。飲光大士親受佛印。展轉至二十四世師子尊者。我從彼得。王曰。予聞。師子比丘不能免於刑戮。何能傳法後人。祖曰。我師難未起時。密授我信衣法偈以顯師承。王曰。其衣何在。祖即於囊中出衣示王。王命焚之。五色相鮮薪盡如故。王即追悔致禮師子。真嗣既明乃赦太子。太子遂求出家。祖問太子曰。汝欲出家當為何事。曰我若出家不為其事。祖曰。不為何事。曰不為俗事祖曰。當為何事。曰當為佛事。祖曰。太子智慧天至必諸聖降跡。即許出家。六年侍奉。

第二十五祖婆舍斯多は、罽賓國の人なり。姓は婆羅門。父の名は寂行、母の名は常安樂。初め母、神劍を得るを夢み、因りて孕有り。诞生して左の手を拳り、師子尊者に遇ひて宿因を顯發し、密かに心印を受く。後に南天に往きて中印度に至る。彼の國王、名を迦勝と曰ひ、禮を設けて供養す。時に外道ありて自ら無我尊と稱し、先だって王に禮重せられ、祖の至るを嫉み、彼と論義して勝を冀りて其の事を鞏めんと欲す、即ち王前に祖に謂ひて曰く、我、默論を解して言説を假らず。祖曰く、孰か勝負を知る。曰く、勝負を争はず、但其の義を取るのみ。祖曰く、汝、何を以て義と爲す。曰く、無心を以て義と爲す。祖曰く、汝既に心無ければ、安んぞ義を得ん。曰く、我、無心と説くは當に非義と名づくべし。祖曰く、汝、無心と説くは當に非義と名づくべし、我、非心と説くは當に義にして名にあらずとすべし。曰く、當に義にして名にあらざれば、誰か義を辨ぜん。祖曰く、汝の名は義にあらず、此の名は何の名ぞ。曰く、非義を辨ぜんが爲に、此の名は名無し。祖曰く、名既に名にあらずんば、義亦義にあらず、辨ずるは誰ぞ、當に何物を辨ずべき。是の如く往復五十九番、外道、口を閉ぢて信服す。時に祖、忽ち面を北に向かへ合掌して長歎して曰く、我が師師子尊者、今日難に遇ふ、何ぞ傷まん。即ち王に辭して南行し、南天に到りて山谷に潛隱す。時に彼の國王、名を天德と曰ひ、迎へ請ひて供養す。王に二子あり、一は凶暴にして色力充盛、一は柔和にして長年疾病苦痛す。祖、乃ち爲に因果を陳述す、王、即ち頓に疑ふ所を消除す。又咒術師ありて祖の道を忌み、即ち毒藥を飮食の中に暗に置く、祖、知りて亦食す、彼人、却て禍を受け、乃ち祖に投じて出家す。祖、即ち與に受具す。後六十年、太子得勝、位に即き、又外道を信じて祖に難を發す。太子不如密多、諫を進めたるが爲に囚はる。王、卒然として祖に問ふ、我が國、素より妖訛を杜絕す、師の傳ふる所は當に何の宗ぞ。祖曰く、王國、從來實に邪法無し、我の得る所は即ち佛宗なり。王曰く、佛滅して已に一千二百載、師、誰よりか得たる。祖曰く、飮光大士、親しく佛印を受けて、展轉して二十四世師子尊者に至る、我、彼より得たり。王曰く、我、聞く、師子比丘は刑戮を免れず、何を以てか後人に傳法せん。祖曰く、我が師、難未だ起こらざる時、密かに我に信衣・法偈を授けて師承を顯明せり。王曰く、其の衣安んぞ在る。祖、即ち囊中より衣を出だして王に示す。王、命じて焚かしむ、五色相鮮にして、薪盡きて衣は本の如し。王、即ち追悔して師子に禮を致す。眞嗣既に明らかなり、即ち太子を赦す。太子、乃ち出家を求む。祖、太子に問ふ、汝、出家せんと欲す、當に何の事をか爲さん。曰く、我若し出家せば、彼の事を爲さず。祖曰く、彼の事を爲さずとは。曰く、俗事を爲さず。祖曰く、當に何の事を爲すべき。曰く、當に佛事を爲すべし。祖曰く、太子、智慧天至、必是れ諸聖の降跡ならん。即ち出家を許す。六年侍奉す。

後於王宮受具羯磨之際。大地震動頗多靈異。祖乃命之曰。吾已衰朽安可久留。汝當善護正法眼藏普濟群有。聽吾偈曰。

後に王宮に於て受具し、羯磨する時、大地震動して靈異甚だ多し。祖、乃ち彼に吩咐して曰く、我、已に衰朽せり、何を以てか久しく留まらん、汝當に正法眼藏を善護して群有に普濟すべし。我が偈を聽け。

聖人說知見當境無是非

聖人、知見を説きて、當に境界は非無し、

我今悟真性無道亦無理

我、今眞性を悟る、道なく、亦理なし。

不如密多聞偈再啟祖曰。法衣宜可傳授。祖曰。此衣為難故假以證明。汝身無難何假其衣。化被十方人自信向。不如密多聞語作禮而退。祖現於神變化三昧火自焚。平地舍利可高一尺。得勝王創浮圖而秘之。當東晉明帝太寧三年乙酉歲也。

不如密多、偈を聞き訖りて、復祖に啓請す、法衣當に傳授すべし。祖曰く、此の衣は難有るが故に假りて證と爲せしなり、汝、身に難なければ、何ぞ須らく此の衣を假らん、十方に教化普く行はれば、人自ら信向せん。不如密多、言を聞きて禮を作して退く。祖、神變を現出して三昧火を化して自焚す。平地舍利、約高さ一尺。得勝王、浮圖を創建して祕藏す。正に東晉明帝太寧三年乙酉の歳に當たる。

第二十六祖不如密多者。南印度得勝王之太子也。既受度得法至東印度。彼王名堅固。奉外道師長爪梵志。暨尊者將至。王與梵志同覩白氣貫於上下。王曰。斯何瑞也。梵志預知尊者入境。恐王遷善乃曰。此是魔來之兆耳。何瑞之有。即鳩諸徒眾議曰。不如蜜多將入都城。誰能挫之。弟子曰。我等各有呪術。可以動天地入水火。何患哉。尊者至先見宮牆有黑氣。乃曰。小難耳。直詣王所。王曰。師來何為。尊者曰。將度眾生。曰以何法度。尊者曰。各以其類度之。時梵志聞言不勝其怒。即以幻法化大山於尊者頂上。尊者指之忽在彼眾頭上。梵志等怖懼投尊者。尊者愍其愚惑。再指之化山隨滅。乃為王演說法要俾趣真乘。又謂王曰此國當有聖人而繼於我。是時有婆羅門子。年二十許。幼失父母。不知名氏。或自言瓔珞。故人謂之瓔珞童子遊行閭裡匃求度日。若常不輕之類。人問汝何行急。即答雲。汝何行慢。或問何姓。乃曰。與汝同姓。莫知其故。後王與尊者同車而出。見瓔珞童子稽首於前。尊者曰。汝憶往事否。曰我念遠劫中與師同居。師演摩訶般若。我轉甚深修多羅。今日之事蓋契昔因。尊者又謂王曰。此童子非他。即大勢至菩薩是也。此聖之後復出二人。一人化南印度。一人緣在震旦。四五年內卻返此方。遂以昔因故名般若多羅付法眼藏。偈曰。

第二十六祖不如密多は、南印度得勝王の太子なり。既に度を受け法を得て、東印度に至る。彼の國王、名を堅固と曰ひ、外道師長爪梵志を奉ず。尊者の將に至らんとするに及び、王、梵志と俱に白氣の上下を貫くを見る。王曰く、此れ何の瑞ぞ。梵志、預め尊者の入境を知りて、王の善に遷らんことを恐れ、即ち曰く、此れ魔の來るの兆のみ、何の瑞か有らん、即ち諸の徒衆を糾集して議して曰く、不如蜜多、將に都城に入らんとす、誰か彼を挫敗せん。弟子曰く、我ら各各咒術あり、天地を動かし水火に入るべし、何か虞れん。尊者至り、先だって宮牆に黑氣あるを見て、即ち曰く、小難のみ。直に王の所に至る。王曰く、師、來りて何をか爲さん。尊者曰く、將に衆生を度せんと。問ふ、何の法を以て度する。尊者曰く、各々其の類に按じて度す。時に梵志、言を聞きて怒りに勝へず、即ち幻法を以て尊者の頂上に大山を化出す。尊者、一たび指せば、忽ち彼らが衆人の頭上に至る。梵志等、怖懼して尊者に投ず。尊者、其の愚惑を憫みて、再び指せば、化山隨ひて滅去す。於是乎王の爲に法要を演説して、眞乘に趣向せしむ。又王に謂ひて曰く、此の國に當に聖人ありて我を繼がん。此の時婆羅門の子あり、年二十許にして、幼にして父母を失ひ、名氏を知らず、或は自ら瓔珞と言ふ、故に人、彼を瓔珞童子と喚び、里巷を游行して求乞して日を度る、常不輕の類の如し。人問ふ、汝、何故に行くこと急なる。即ち答曰く、汝、何故に行くこと慢なる。或は何の姓かと問へば、即ち曰く、汝と同じ姓なり。其の故を知る人莫し。後に王、尊者と同車して出づ、瓔珞童子の前に稽首するを見る。尊者曰く、汝、往事を記憶せるか。曰く、我、念ふ、遠劫中に師と同住せり、師、摩訶般若を演じ、我、甚深の修多羅を轉じたり、今日の事、正に昔因に契合せり。尊者、又王に謂ひて曰く、此の童子は他にあらず、即ち大勢至菩薩なり、此の聖の後に復出でて兩人あり、一は南印度を教化し、一は震旦に因縁あり、四五年の内、此の方に却返せん。於是乎昔因を以て、名を般若多羅と曰ひ、法眼藏を付す。偈に曰く、

真性心地藏無頭亦無尾

眞性は心地の藏、頭なく、亦尾なし、

應緣而化物方便呼為智

縁に應じて物を化す、方便名づけて智と曰ふ。

尊者付法已。即辭王曰。吾化緣已終當歸寂滅。願王於最上乘無忘外護。即還本坐跏趺而逝。化火自焚。王收舍利塔而瘞之。當東晉孝武帝太元十三年戊子歲也。

尊者、法を付し畢りて、即ち王に辭して曰く、我、化縁已に終れり、當に寂滅に歸すべし、願はくは王、最上乘に對して外護を忘るること勿れ。即ち本座に回りて結跏趺して逝す、化火自焚す。王、舍利を收め、塔を建てて埋藏す。正に東晉孝武帝太元十三年戊子の歳に當たる。

第二十七祖般若多羅者。東印度人也。既得法已。行化至南印度。彼王名香至。崇奉佛乘尊重供養度越倫等。又施無價寶珠。時王有三子。其季開士也。尊者欲試其所得。乃以所施珠問三王子曰。此珠圓明有能及此否。第一子目淨多羅。第二子功德多羅。皆曰。此珠七寶中尊固無踰也。非尊者道力孰能受之。第三子菩提多羅曰。此是世寶未足為上。於諸寶中法寶為上。此是世光未足為上。於諸光中智光為上。此是世明未足為上。於諸明中心明為上。此珠光明不能自照。要假智光光辯於此。既辯此已即知是珠。既知是珠即明其寶。若明其寶寶不自寶。若辯其珠珠不自珠。珠不自珠者。要假智珠而辯世珠。寶不自寶者。要假智寶以明法寶。然則師有其道其寶即現。眾生有道心寶亦然。尊者歎其辯慧。乃復問曰。於諸物中何物無相。曰。於諸物中不起無相。又問。於諸物中何物最高。曰於諸物中人我最高。又問。於諸物中何物最大。曰於諸物中法性最大。尊者知是法嗣。以時尚未至且默而混之。及香至王厭世眾皆號絕。唯第三子菩提多羅。於柩前入定。經七日而出。乃求出家。既受具戒。尊者告曰。如來以正法眼付大迦葉。如是展轉乃至於我。我今囑汝。聽吾偈曰。

第二十七祖般若多羅は、東印度の人なり。既に法を得て、行化して南印度に至る。彼の國王、名を香至と曰ひ、佛乘を崇奉して尊重供養し、同列を超過し、又無價の寶珠を施與す。時に王に三子あり、最も少なきは開士なり。尊者、彼らの得る所を試みんと欲して、即ち施せる所の珠を持ちて三王子に問ふ、此の珠は圓明にして、能比ふる者あるか。第一子目淨多羅・第二子功德多羅、皆曰く、此の珠は七寶の中に最尊なり、固より超ふ能くする者なし、尊者の道力にあらずんば、誰か能く受けん。第三子菩提多羅曰く、此是れ世寶にして上と爲すに足らず、諸寶の中、法寶を上と爲す、此是れ世光にして上と爲すに足らず、諸光の中、智光を上と爲す、此是れ世明にして上と爲すに足らず、諸明の中、心明を上と爲す、此の珠の光明、自ら照らすこと能はず、智光を假りて乃ち此に於て辨明せんことを要す、既に此を辨明せば、即ち是れ珠を知り、既に是れ珠を知れば、即ち明らかに其の寶を知る、若し其の寶を明らかにせば、寶は自ら寶と爲さず、若し其の珠を辨明せば、珠は自ら珠と爲さず、珠、自ら珠と爲さざるは、要するに智珠を假りて世珠を辨ず、寶、自ら寶と爲さざるは、要するに智寶を假りて法寶を明す、然らば即ち師、其の道有らば、其の寶現ず、衆生に道有れば、心寶亦復然り。尊者、其の辯慧を讚歎して、又問ふ、諸物の中に於て、何物か相無き。曰く、諸物の中に於て、起こらざるは相無し。又問ふ、諸物の中に於て、何物か最高なる。曰く、諸物の中に於て、人我最高なり。又問ふ、諸物の中に於て、何物か最大なる。曰く、諸物の中に於て、法性最大なり。尊者、其の法嗣たるを知り、時未だ至らざるを以て、且く默し混過す。香至王、世を厭去するに及び、衆皆號哭して氣絕す、唯第三子菩提多羅、柩前に入定し、七日を經て方に出づ、乃ち出家を求む。既に具戒を受け、尊者、之に告げて曰く、如來、正法眼を大迦葉に付して、是の如く展轉して我に至る、我、今汝に囑累す。我が偈を聽け。

心地生諸種因事復生理

心地、諸種を生じ、事に因りて又理を生ず、

果滿菩提圓華開世界起

果滿菩提圓にして、花開きて世界起こる。

尊者付法已。即於坐上起立。舒左右手各放光明。二十七道五色光耀。又踴身虛空。高七多羅樹。化火自焚空中舍利如雨收以建塔。當宋孝武帝大明元年丁酉歲也(正宗記雲。宋孝武之世也。又注云。以達磨六十七年算之。當在宋孝武建元元年甲午也)。

尊者、法を付し畢りて、即ち座上に起立し、左右の手を舒開して各々光明を放つ、二十七道の五色、光曜せり。又身を踴りて虛空に至り、高さ七の多羅樹、化火自焚す。空中、舍利雨の如し、收めて塔を建つ。正に宋孝武帝大明元年丁酉の歳に當たる。(《正宗記》に云く、宋孝武の世なり。又注、達磨の六十七年を以て推算すれば、當に宋孝武建元元年甲午に在るべし。)

景德傳燈錄 卷第二

景德傳燈錄 卷第三

中華五祖並旁出尊宿共二十五人

中華五祖及び旁出の尊宿合わせて二十五人

第二十八祖菩提達磨道育禪師(菩提達磨旁出三人)

第二十八祖菩提達磨、道育禪師(菩提達磨より旁出三人)

道副禪師

道副禪師

尼總持(已上三人無機緣語句不錄)

尼總持(以上三人機縁の語句なし、収録せず)

第二十九祖慧可大師僧那禪師(慧可大師旁出七世共一十七人)

第二十九祖慧可大師、僧那禪師(慧可大師より旁出七世合わせて一十七人)

向居士

向居士

相州慧滿禪師(已上三人見錄)

相州慧滿禪師(以上三人見録)

峴山神定禪師

峴山神定禪師

寶月禪師

寶月禪師

華閑居士

華閒居士

大士化公

大士化公

和公

和公

廖居士

廖居士

曇邃(華閑居士出)

曇邃(華閒居士より出ず)

延陵慧簡(曇邃出二人)

延陵慧簡(曇邃より出ず二人)

彭城慧瑳

彭城慧瑳

定林寺慧綱

定林寺慧綱

六合大覺(慧綱出)

六合大覺(慧綱より出ず)

高郵曇影(大覺出)

高郵曇影(大覺より出ず)

泰山明練(曇影出)

泰山明練(曇影より出ず)

揚州靜泰(明練出已上一十四人無機緣語句不錄)

揚州靜泰(明練より出ず。以上一十四人機縁の語句なし、収録せず)

第三十祖僧璨大師

第三十祖僧璨大師

第三十一祖道信大師(旁出七十六人見第四卷)

第三十一祖道信大師(旁出七十六人、第四巻を見よ)

第三十二祖弘忍大師(旁出一百七人見第五卷)

第三十二祖弘忍大師(旁出一百零七人、第五巻を見よ)

中華五祖並旁出尊宿共二十五人

中華五祖及び旁出の尊宿合わせて二十五人

第二十八祖菩提達磨旁出三人一道育禪師

第二十八祖菩提達磨より旁出三人:一是道育禪師

二道副禪師

二道副禪師

三尼總持(已上三人無機緣語句不錄)

三是尼總持(以上三人機縁の語句なし、収録せず)

第二十九祖慧可大師(旁出六世共一十七人三人見錄)僧那禪師

第二十九祖慧可大師(旁出六世合わせて一十七人、三人見録)、僧那禪師

向居士

向居士

相州慧滿禪師

相州慧滿禪師

峴山神定禪師

峴山神定禪師

寶月禪師

寶月禪師

華閑居士

華閒居士

大士化公

大士化公

和公

和公

廖居士

廖居士

華閑居士復出一人曇邃

華閒居士また出す一人:曇邃

曇邃復出三人一延陵慧簡

曇邃また出す三人:一是延陵慧簡

二彭城慧瑳

二是彭城慧瑳

三定林寺慧綱

三是定林寺慧綱

慧綱復出一人六合大覺

慧綱また出す一人:六合大覺

大覺復出一人高郵曇影

大覺また出す一人:高郵曇影

曇影復出一人太山明練

曇影また出す一人:太山明練

明練復出一人揚州靜泰

明練また出す一人:揚州靜泰

(已上一十四人無機緣語句不錄)

(以上一十四人機縁の語句なし、収録せず)

第三十祖僧璨大師

第三十祖僧璨大師

第三十一祖道信大師(旁出七十六人見第四卷)

第三十一祖道信大師(旁出七十六人、第四巻を見よ)

第三十二祖弘忍大師(旁出一百七人見第四卷)

第三十二祖弘忍大師(旁出一百零七人、第四巻を見よ)

第二十八祖菩提達磨者。南天竺國香至王第三子也。姓剎帝利。本名菩提多羅。後遇二十七祖般若多羅。至本國受王供養。知師密跡。因試令與二兄辨所施寶珠。發明心要。既而尊者謂曰。汝於諸法已得通量。夫達磨者通大之義也。宜名達磨。因改號菩提達磨。師乃告尊者曰。我既得法。當往何國而作佛事。願垂開示。尊者曰。汝雖得法未可遠遊。且止南天待吾滅後六十七載。當往震旦設大法藥直接上根。慎勿速行衰於日下。師又曰。彼有大士堪為法器否。千載之下有留難否。尊者曰。汝所化之方獲菩提者不可勝數。吾滅後六十餘年彼國有難。水中文布自善降之。汝至時南方勿住。彼唯好有為功業不見佛理。汝縱到彼亦不可久留。聽吾偈曰。

第二十八祖菩提達磨は、南天竺國香至王の第三子なり。姓は刹帝利。本名は菩提多羅。後に二十七祖般若多羅の本國に來りて王の供養を受くるに遇ひ、師の密迹を知り、因りて試みに彼をして兩兄と施せる所の寶珠を辨ぜしめて、心要を發明す。隨ひて尊者、彼に謂ひて曰く、汝、諸法に於て已に通量を得たり、達磨とは通大の義なり、宜しく名づけて達磨と曰ふべし、因りて號を菩提達磨と改む。師、乃ち尊者に告げて曰く、我、既に法を得たり、當に何の國にか往きて佛事を作さん、願はくは開示を垂れん。尊者曰く、汝、法を得たりと雖も、未だ遠遊すべからず、且く南天に留まりて、我が滅後六十七年を俟ち、當に震旦に往きて大法藥を設け、直に上根に接すべし、切に速行すること勿れ、日下に衰へん。師又曰く、彼に大士ありて堪へて法器と爲るか、千載の下、留難あるか。尊者曰く、汝の教化する所は菩提を獲る者勝げて數ふべからず、我が滅後六十餘年、彼の國に難あり、水中文布、自ら善く之を降す、汝の到る時、南方に住するなかれ、彼、唯有爲功業を好みて佛理を見ず、汝縱ほ彼に至ると雖も、亦久しく留まるべからず、我が偈を聽け。

路行跨水復逢羊獨自悽悽暗度江

路上行くとき、水を跨ぎて又羊に逢ひ、獨り凄凄として暗暗に渡江す、

日下可憐雙象馬二株嫩桂久昌昌

日下、あはれなるかな一雙の象馬、兩株の嫩桂は長久に昌昌たり。

復演八偈。皆預讖佛教隆替(事具寶林傳及聖胄集)師恭稟教義。服勤左右垂四十年未嘗廢闕。逮尊者順世。遂演化本國。時有二師。一名佛大先。一名佛大勝多。本與師同學佛陀跋陀小乘禪觀。佛大先既遇般若多羅尊者。捨小趣大與師並化。時號二甘露門矣。而佛大勝多更分途而為六宗。第一有相宗。第二無相宗。第三定慧宗。第四戒行宗。第五無得宗。第六寂靜宗。各封己解別展化源。聚落崢嶸徒眾甚盛。大師喟然而歎曰。彼之一師已陷牛跡。況復支離繁盛而分六宗。我若不除永纏邪見。言已。微現神力至第一有相宗所。問曰。一切諸法何名實相。彼眾中有一尊長薩婆羅。答曰。於諸相中不互諸相。是名實相。師曰。一切諸相而不互者。若名實相當何定耶。彼曰。於諸相中實無有定。若定諸相何名為實。師曰。諸相不定便名實相。汝今不定當何得之。彼曰。我言不定不說諸相。當說諸相其義亦然。師曰。汝言不定當為實相。定不定故即非實相。彼曰。定既不定即非實相。知我非故不定不變。師曰。汝今不變何名實相。已變已往其義亦然。彼曰。不變當在。在不在故。故變實相以定其義。師曰。實相不變。變即非實。於有無中何名實相。薩婆羅心知聖師懸解潛達。即以手指虛空曰。此是世間有相。亦能空故。當我此身得似否。師曰。若解實相即見非相。若了非相其色亦然。當於色中不失色體。於非相中不礙有故。若能是解此名實相。彼眾聞已。心意朗然欽禮信受。師又瞥然匿跡。至第二無相宗所。問曰。汝言無相當何證之。彼眾中有智者波羅提。答曰。我明無相心不現故。師曰。汝心不現當何明之。彼曰。我明無相心不取捨。當於明時亦無當者。師曰。於諸有無心不取捨。又無當者諸明無故。彼曰。入佛三昧尚無所得。何況無相而欲知之。師曰。相既不知誰雲有無。尚無所得何名三昧。彼曰。

又八首の偈を演ぶ、皆預め佛教の興衰を讖記せり(事迹は詳しく《寶林傳》及び《聖胄集》に見ゆ)。師、恭敬して教義を禀受し、左右に服勤すること將に四十年、曾て廢缺せず。尊者の順世するに及び、即ち本國に於て演化す。當時兩師あり、一の名は佛大先、一の名は佛大勝多、本來師と一緒に佛陀跋陀の小乘禪觀を學べり。佛大先、既に般若多羅尊者に遇ひて、小を捨て大に趣き、師と並びて化す、當時號して二甘露門と曰ふ。而して佛大勝多、又途を分かちて六宗と爲る、第一有相宗、第二無相宗、第三定慧宗、第四戒行宗、第五無得宗、第六寂靜宗、各々己が理解を封じ閉し、別に化源を展開し、聚落崢嶸として徒衆甚だ盛んなり。大師、喟然として歎じて曰く、彼の一師、已に牛迹に陷れり、況んや又支離繁盛して六宗を分かつや、我若し除かずんば、永く邪見に纏はるるならん。言い訖りて、微微として神力を現じ、第一有相宗の所に至りて問ふ、一切の諸法、何をか實相と謂ふ。其の中に一の尊長薩婆羅ありて答曰く、諸相の中に互ひに諸相せず、名づけて實相と曰ふ。師曰く、一切の諸相にして互はざる、若し實相と名づけば、當に如何なるか定せん。彼曰く、諸相の中に於て實に定無し、若し諸相を定めば、何を以てか實と名づけん。師曰く、諸相定まらず、便ち實相と名づく、汝、今定まらず、當に如何にしてか得ん。彼曰く、我、不定と説きて、諸相を説かず、當に諸相を説かば、其の義亦復是の如し。師曰く、汝、不定と説くは當に實相と爲すべし、定めて又定まらざるが故に、則ち實相にあらず。彼曰く、定、既に定まらざれば、則ち實相にあらず、我が非を知るが故に、不定にして不變なり。師曰く、汝、今變はらず、何を以てか實相と名づく、已に變じ已に往ぬ、其の義亦復是の如し。彼曰く、不變當に在り、在りて又不在の故を以て、故に實相を變じて其の義を定む。師曰く、實相は變ぜず、變ずれば則ち實にあらず、有無の中に在りて、何を以てか實相と名づけん。薩婆羅、心裏聖師の懸解潛達を知りて、即ち手を以て虛空を指して曰く、此れ世間の有相にして、亦能く空なるが故なり、我が此の身に當りて、能く是のごとくなるを得んや。師曰く、若し實相を解すれば、即ち非相を見ん、若し非相に了達せば、色亦復然り、當に色の中に在りて色體を失はず、非相の中に在りて有を礙へざるが故に、若能く是のごとく解せば、此れ名づけて實相と曰ふ。彼の衆人、聞き訖りて心意朗然として、欽禮して信受す。師、又眨眼して迹を匿し、第二無相宗の所に至りて問ふ、汝、無相と云ふ、當に如何にしてか證せん。其の中に智者波羅提ありて答曰く、我、無相を明かむ、心現ぜざるが故なり。師曰く、汝、心現ぜず、當に如何にしてか明らかにせん。彼曰く、我、無相を明かむ、心取捨せず、當に明らかなる時、亦當る者無し。師曰く、諸の有無に於て、心取捨せず、又當る者無ければ、諸の明無きが故なり。彼曰く、佛の三昧に入るも尚ほ所得無し、況んや無相にして之を知らんと欲するをや。師曰く、相既に知らず、誰か有無を説かん、尚ほ所得無ければ、何を以てか三昧と名づけん。彼曰く、

我說不證證無所證。非三昧故我說三昧。師曰。非三昧者何當名之。汝既不證非證何證。波羅提聞師辯析即悟本心。禮謝於師懺悔往謬。師記曰。汝當得果不久證之。此國有魔非久降之。言已忽然不現。至第三定慧宗所。問曰。汝學定慧為一為二。彼眾中有婆蘭陀者。答曰。我此定慧非一非二。師曰。既非一二何名定慧。彼曰。在定非定處慧非慧。一即非一二亦不二。師曰。當一不一當二不二。既非定慧約何定慧。彼曰。不一不二定慧能知。非定非慧亦復然矣。師曰。慧非定故然何知哉。不一不二誰定誰慧。婆蘭陀聞之疑心氷釋。至第四戒行宗所。問曰。何者名戒。云何名行。當此戒行為一為二。彼眾中有一賢者。答曰。一二二一皆彼所生。依教無染此名戒行。師曰。汝言依教即是有染。一二俱破。何言依教。此二違背不及於行。內外非明何名為戒。彼曰。我有內外彼己知竟(淅本己字作已依廣燈也。邵本作無字依寶林也。洪舊本作已字。正宗記作以字。未詳孰是)。既得通達便是戒行。若說違背俱是俱非。言及清淨即戒即行。師曰。俱是俱非何言清淨。既得通故何談內外。賢者聞之即自慚服。至第五無得宗所。問曰。汝雲無得無得何得。既無所得亦無得得。彼眾中有寶靜者。答曰。我說無得非無得得。當說得得無得是得。師曰。得既不得。得亦非得既雲得得。得得何得。彼曰。見得非得。非得是得。若見不得名為得得。師曰。得既非得。得得無得。既無所得。當何得得。寶靜聞之頓除疑網。至第六寂靜宗所。問曰。何名寂靜。於此法中誰靜誰寂。彼有尊者。答曰。此心不動是名為寂。於法無染名之為靜。師曰。本心不寂要假寂靜。本來寂故何用寂靜。彼曰。諸法本空以空空故。於彼空空故名寂靜。師曰。空空已空諸法亦爾。寂靜無相何靜何寂。彼尊者聞師指誨豁然開悟。既而六眾鹹誓歸依。

(彼、接ぎて曰く、)我、不證と説く、證は是れ證する所無し、三昧にあらざるが故に、我、三昧と説く。師曰く、三昧にあらざるは當に何をか稱せん、汝既に證せず、非證にして又何をか證する。波羅提、師の辯析を聞きて、即ち本心を悟り、師に禮謝して以往の謬を懺悔す。師、記して曰く、汝、當に果を得べし、久しからずして證せん、此の國に魔あり、久しからずして降伏せん。言い訖りて忽然として現れず。第三定慧宗の所に至りて問ふ、汝、定慧を學ぶ、一か二か。其の中に婆蘭陀ありて答曰く、我が此の定慧、一にあらず、二にあらず。師曰く、既に一二にあらず、何を以てか定慧と名づく。彼曰く、定に在りて定にあらず、慧に處りて慧にあらず、一なれば即ち一にあらず、二も亦二にあらず。師曰く、當に一にして一ならず、當に二にして二ならず、既に定慧にあらざれば、何を約してか定慧とせん。彼曰く、一ならず二ならず、定慧能く知る、非定非慧、亦復然り。師曰く、慧は定にあらざるが故に、又將た何を以てか知る、一ならず二ならず、誰か定め誰か慧とせん。婆蘭陀、聞きて疑心氷釋す。第四戒行宗の所に至りて問ふ、何をか戒と謂ふ、如何をか行と謂ふ、此の戒行は一か二か。其の中に一の賢者ありて答曰く、一二・二一、皆彼方の生ずる所なり、教に依りて染まず、此れ戒行と名づく。師曰く、汝、教に依ると言ふは、即ち染有り、一二皆破せらる、何を以てか教に依ると云ふ、此の二相違して、行に及ばず、内外明らかならず、何を以てか戒と名づく。彼曰く、我に内外あり、彼方已に知ること畢れり(浙本は「己」の字を「已」と作る、《廣燈》に依る、邵本は「無」の字と作る、《寶林》に依る、洪の舊本は「已」の字と作る、《正宗記》は「以」の字と作る、未だ孰れか是なるを詳かにせず)、既に通達を得たれば、便ち是れ戒行なり、若し違背と言はば、俱に是にして俱に非なり、淸淨と説くに至らば、即ち戒にして即ち行なり。師曰く、俱に是にして俱に非なるは、何を以てか淸淨と説く、既に通を得たるが故に、何ぞ須らく内外を談ぜん。賢者、聞きて即ち自ら慚服す。第五無得宗の所に至りて問ふ、汝、無得と云ふ、無得にして又得るは何ぞ、既に所得無ければ、亦得得無し。其の中に寶靜ありて答曰く、我、無得と説く、並びて是れ無得得にあらず、當に得得を説かば、無得是れ得なり。師曰く、得、既に得ざれば、得も又得にあらず、既に得得と説く、得得にして又得るは何ぞ。彼曰く、得を見るは是れ得にあらず、是れ得は是れ得なり、若し得を見ずんば、名づけて得得と曰ふ。師曰く、得、既に得にあらざれば、得得は無得なり、既に所得無ければ、當に何をか得得とせん。寶靜、聞きて頓に疑網を除く。第六寂靜宗の所に至りて問ふ、何をか寂靜と謂ふ、此の法の中に於て、誰か靜なり誰か寂なる。彼に尊者ありて答曰く、此の心動かず、名づけて寂と曰ふ、法に對して染無し、名づけて靜と曰ふ。師曰く、本心寂ならず、寂静を假ることを要す、本來寂なるが故に、何ぞ須らく寂静を用ゐん。彼曰く、諸法本空なり、空空なるが故に、其の空空に對し、故に名づけて寂靜と曰ふ。師曰く、空空已に空なり、諸法亦復是の如し、寂靜相無し、何が靜にして何が寂なる。其の尊者、師の指誨を聞きて、豁然として開悟す。隨ひて六衆、皆歸依を誓ふ。

由是化被南天聲馳五印。遠近學者靡然嚮風。經六十餘載度無量眾。後值異見王輕毀三寶。每雲。我之祖宗皆信佛道。陷於邪見。壽年不永運祚亦促。且我身是佛何更外求。善惡報應。皆因多智之者。妄搆其說。至於國內。耆舊為前王所奉者。悉從廢黜。師知已。歎彼德薄當何救之。又念無相宗中二首領。其一波羅提者。與王有緣將證其果。其二宗勝者。非不博辯而無宿因。時六宗徒眾亦各念言。佛法有難師何自安。師遙知眾意即彈指應之。六眾聞之雲。此是我師達磨信響。我等宜須速行以副慈命。言已至師所禮拜問訊。師曰。今一葉翳虛孰能剪拂。宗勝曰。我雖淺薄敢憚其行。師曰。汝雖辯慧而道力未全。宗勝自念。我師恐我見王作大佛事。名譽顯達映奪尊威。縱彼福慧為王。我是沙門受佛教旨。豈難敵也。言訖潛去至王所。廣說法要及世界苦樂人天善惡等事。王與之往返徵詰無不詣理。王曰。汝今所解其法何在。宗勝曰。如王治化當合其道。王所有道何在。王曰。我所有道將除邪法。汝所有法將伏何人。師不起於坐懸知宗勝義墮。遽告波羅提曰。宗勝不稟吾教。潛化於王須臾即屈。汝可速救。波羅提恭稟師旨雲。願假神力。言已雲生足下。至王前默然而住。時王正問宗勝。忽見波羅提乘雲而至愕然忘其問答。曰乘空之者是正是邪。答曰。我非邪正而來正邪。王心若正我無邪正。王雖驚異而驕慢方熾。即擯宗勝令出。波羅提曰。王既有道何擯沙門。我雖無解願王致問。王怒而問曰。何者是佛。答曰。見性是佛。王曰。師見性否。答曰。我見佛性。王曰。性在何處。答曰。性在作用。王曰。是何作用我今不見。答曰。今見作用王自不見。王曰。於我有否。答曰。王若作用無有不是。王若不用體亦難見。王曰。若當用時幾處出現。答曰。若出現時當有其八。王曰。其八出現當為我說。波羅提即說偈曰。

此より教化、南天に遍く、聲名五印に馳せ、遠近の學者、紛紜として風に向かふ。六十餘年を經て、無量の衆を度す。後に異見王の三寶を輕毀するに遭ふ、每おもひ曰く、我が祖宗、皆佛道を信じて邪見に陷り、壽年長からず、運祚亦短し、況んや我が身即ち是れ佛なり、何ぞ須らく更に外に求めん、善惡の報應は皆多智の人の妄りに其の説を構作するに因るなりと。國内前王の奉ずる所の耆舊に至るまで、悉く廢黜す。師、知りて其の德薄きを歎じ、將た如何にしてか之を救はん。又念ふ、無相宗中の兩首領、其の一波羅提は、王と縁ありて將に果を證せん、其の二宗勝は、博辯ならざるにあらずと雖も、宿因無かり。當時六宗の徒衆、亦各々念ふ、佛法に難あり、師、何ぞ自ら安穩なると。師、遥かに衆人の意を知りて、便ち彈指して應和す。六衆、聞きて曰く、此れ我が師達磨の信響なり、我等當に速やかに行きて慈命に副ふべし。言い訖りて師の住する所に至りて禮拜問訊す。師曰く、今一葉、虛を翳す、誰か能く剪拂せん。宗勝曰く、我淺薄なりと雖も、豈に此の行を憚らん。師曰く、汝、辯慧なりと雖も、道力未だ全からず。宗勝、自ら念ふ、我が師、我が王を見て大佛事を作し、名譽顯達して尊威を蓋ふを恐る、縱ほ彼、福慧以て王たると雖も、我は沙門にして佛教の旨を受く、豈に敵し難からん。言い訖りて暗に去りて王の所に至り、法要及び世界の苦樂・人天の善惡等の事を廣く説く。王、彼と往復征詰して、理に詣らざること無し。王曰く、汝、今解する所、其の法は何の處に在る。宗勝曰く、王の治國教化するが如く、當に其の道に合すべし、王の所有の道は何の處に在る。王曰く、我が所有の道は、將に邪法を除かんとす、汝の所有の法は、將に何人を降伏せん。師、座より起たずして、遠く宗勝の義堕せんを知り、急ぎ波羅提に告げて曰く、宗勝、我が教を禀受せず、暗に往きて王を化せんとす、片時にして即ち屈せん、汝速やかに救ふべし。波羅提、恭しく師旨を禀けて曰く、願はくは神力を假らん。言い訖りて足下に雲生じ、王前に至りて默然として住す。時に王、正に宗勝に問ふ、忽ち波羅提の雲に乘りて來るを見て、愕然として問答を忘れ、曰く、空に乘る者は正か邪か。答曰く、我は邪正にあらず、而も來りて邪正を正す、王心若し正ならば、我に邪正無し。王、驚異すと雖も、驕慢正に盛んなり、便ち宗勝を擯出す。波羅提曰く、王、既に道有れば、何ぞ須らく沙門を擯せん、我、解無しと雖も、願はくは王發問せよ。王、怒りて問ふ、何者か是れ佛。答曰く、性を見るは是れ佛なり。王曰く、師、性を見たるか。答曰く、我、佛性を見たり。王曰く、性は何の處に在る。答曰く、性は作用に在り。王曰く、是れ何の作用ぞ、我今見ること能はず。答曰く、今作用を見るは、王自ら見ず。王曰く、我に於て有無せんや。答曰く、王若し作用すれば、有るは是れ無し、王若し用ゐざれば、體も亦見難し。王曰く、若し當に用ふるの時、幾處にか出現する。答曰く、若し出現するの時、當に其の八有るべし。王曰く、其の八處の出現、當に我が爲に説け。波羅提、即ち偈を説いて曰く、

在胎為身處世名人在眼曰見

胎に在りては身、世に處して人と名づく、眼に在りては見と曰ひ、

在耳曰聞在鼻辨香在口談論

耳に在りては聞と曰ひ、鼻に在りては香を辨え、口に在りては談論す、

在手執捉在足運奔

手に在りては執捉し、足に在りては運奔す。

遍現俱該沙界收攝在一微塵

遍く現ずれば、俱に沙界に該り、收攝すれば、一微塵に在り。

識者知是佛性不識喚作精魂

識る者は知る、此れ佛性なりと、識らざるは喚びて精魂と曰ふ。

王聞偈已心即開悟。乃悔謝前非諮詢法要。朝夕忘倦。迄於九旬。時宗勝既被斥逐。退藏深山。唸曰。我今百歲八十為非。二十年來方歸佛道。性雖愚昧行絕瑕疵。不能禦難生何如死。言訖即自投崖。俄有一神人以手捧承。置於巖石之上安然無損。宗勝曰。我忝沙門當與正法為主。不能抑絕王非。是以捐身自責。何神祐助一至於斯。願垂一語以保餘年。於是神人乃說偈曰。

王、偈を聞き訖りて、心即ち開悟し、乃ち前非を悔謝し、法要を諮詢し、朝夕倦を忘れて九十日に至る。當時宗勝、既に斥逐せられ、深山に退藏して念ふ、我今百歳、八十年は非を作し、二十年來纔かに佛道に歸せり、性愚昧なりと雖も、行に瑕疵無し、此の難に抵禦する能はざれば、生けるは死せるに如かずと。言い訖りて自ら崖に投ず。忽然として一の神人あり、手を以て捧接して岩石の上に置く、安然として傷無し。宗勝曰く、我、忝くも沙門と爲り、當に正法と主を作し、王の非を抑絶する能はず、因りて身を捐して自責す、何の神の祐助か此の地步に至る、願はくは一語を垂れて以て殘年を保たん。於是乎神人、即ち偈を説いて曰く、

師壽於百歲八十而造非

師の壽百歳に在り、八十歳にして却て非を造り、

為近至尊故燻修而入道

至尊に近づくの故を以て、薰修して道に入る、

雖具少智慧而多有彼我

少許の智慧を具有すと雖も、彼我多し、

所見諸賢等未嘗生珍敬

見る所の諸賢等、曾て珍敬を生ぜず、

二十年功德其心未恬靜

二十年の功德、其の心未だ恬靜ならず、

聰明輕慢故而獲至於此

聰明輕慢の故に、而して此の地步に落つ、

得王不敬者當感果如是

王の敬はざるを得たるは、當に果を感じて是の如く、

自今不疎怠不久成奇智

今より怠らざれば、久しからずして奇智を成就せん、

諸聖悉存心如來亦復爾

諸聖、心裏に存せり、如來亦復是の如し。

宗勝聞偈欣然。即於巖間宴坐。時異見王復問波羅提曰。仁者智辯當師何人。答曰。我所出家。即娑羅寺烏沙婆三藏為授業師。其出世師者即大王叔菩提達磨是也。王聞師名驚駭久之。曰。鄙薄忝嗣王位。而趣邪背正忘我尊叔。遽勅近臣特加迎請。師即隨使而至。為王懺悔往非。王聞規誡泣謝於師。又詔宗勝歸國。大臣奏曰。宗勝被謫投崖。今已亡矣。王告師曰。宗勝之死皆自於吾。如何大慈令免斯罪。師曰。宗勝今在巖間宴息。但遣使召當即至矣。王即遣使入山果見宗勝端居禪寂。宗勝蒙召乃曰。深媿王意。貧道誓處巖泉。且王國賢德如林。達磨是王之叔。六眾所師。波羅提法中龍象。願王崇仰二聖以福皇基。使者復命。未至師謂王曰。知取得宗勝否。王曰。未知。師曰。一請未至。再命必來。良久使還果如師語。師遂辭王曰。當善修德不久疾作。吾且去矣。經七日王乃得疾。國醫診治有加無瘳。貴戚近臣憶師前記。急發使告師曰。王疾殆至彌留。願叔慈悲遠來軫救。師即至王所慰問其疾。時宗勝再承王召。即別巖間。波羅提久受王恩亦來問疾。波羅提曰。當何施為令王免苦。師即令太子為王宥罪施恩崇奉僧寶。復為王懺悔雲。願罪消滅。如是者三。王疾有間。師心念。震旦緣熟行化時至。乃先辭祖塔。次別同學。然至王所慰而勉之曰。當勤修白業護持三寶。吾去非晚一九即迴。王聞師言涕淚交集。曰此國何罪彼土何祥。叔既有緣非吾所止。唯願不忘父母之國。事畢早回。王即具大舟實以眾寶。躬率臣寮送至海壖。師汎重溟凡三週寒暑達於南海。實梁普通八年丁未歲九月二十一日也。廣州刺史蕭昂具主禮迎接。表聞武帝。帝覽奏遣使齎詔迎請。十月一日至金陵(嵩禪師以梁僧寶唱續法記為據作正宗記言。達磨以梁武普通元年庚子歲至此土。其年乃後魏明帝正光元年也。若如此則與後入滅啟壙等年皆相合。

宗勝、偈を聞き訖りて、欣然として即ち巖間に宴坐す。當時異見王、又波羅提に問ふ、仁者智辯なり、當に誰を以て師と爲さん。答曰く、我の出家する所は即ち娑羅寺烏沙婆三藏を授業師と爲し、其の出世の師は即ち大王の叔父菩提達磨なり。王、師の名を聞きて、驚駭すること良久にして曰く、鄙薄、忝くも王位を嗣ぐも、却て邪に趣き正に背きて、我が尊き叔父を忘れたり、急ぎ近臣に敕して特に迎請を加へしむ。師、即ち使に隨ひて來り、王の爲に以往の非を懺悔せしむ。王、規誡を聞きて、師に泣謝す。又宗勝を詔して國に歸らしむ。大臣奏して曰く、宗勝、謫せられて崖に投げられ、如今已に亡し。王、師に告げて曰く、宗勝の死は皆我に由る、何の大慈か我をして此の罪を免れしめん。師曰く、宗勝、今巖間に宴息せり、但使を遣はして召さば、當に即ち至らん。王、隨ひて使を遣はして山に入らしむ、果して宗勝の端居禪寂するを見る。宗勝、召を蒙りて即ち曰く、深く王意を愧る、貧道は誓ひて巖泉に居らん、況んや王國、賢德林の如く、達磨は王の叔父にして六衆の師たり、波羅提は法中の龍象なり、願はくは王、二聖を崇仰して以て皇基に福あれと。使者、復命せんとして未だ至らざるに、師、王に對して曰く、知るか、宗勝を取得せりや。王曰く、未だ知らず。師曰く、一請して至らざれば、再び命ずれば必ず來らん。良久にして使者歸りて、果して師の説の如し。師、乃ち王に辭して曰く、當に善く德を修むべし、久しからずして疾病發作せん、我且く去らん。七日を踰えて王、果して病を得、國醫診治するも、増すことあれど瘳ゆることなし。貴戚近臣、師の先の記を思ひて、急ぎ使を發して師に告ぐ、王の病、將に彌留ならんとす、願はくは叔父、慈悲にて遠く來りて軫救せんと。師、即ち王の所に至りて其の疾を慰問す。時に宗勝、再び王の召を承けて、即ち巖間に告別し、波羅提、久しく王の恩を受けて亦來りて疾を問ふ。波羅提曰く、當に如何に施爲して王をして苦を免れしめん。師、即ち太子をして王の爲に宥罪して恩を施さしめ、僧寶を崇奉せしめ、又王の爲に懺悔して曰く、願はくは罪消滅せんと、是の如く三返して王の病轉好あり。師、心裏念ふ、震旦縁熟せり、行化の時至れり、乃ち先ず祖塔に辭し、次に同學に別れ、然る後王の所に至りて慰勉して曰く、當に勤めて白業を修して三寶を護持すべし、我、去りて久しからずして一九に回らん。王、師の言を聞きて、涕淚交集まりて曰く、此の國、何の罪か有り、彼の土、何の祥か有る、叔父既に緣有り、我の留めん能くする所にあらず、唯願はくは父母の國を忘るること勿れ、事畢りて早く回らんと。王、隨ひて大船を備へて衆寶を裝滿し、親しく臣僚を率ゐて海邊に送る。師、重溟を渡りて、凡そ三の寒暑、南海に到る、實に梁の普通八年丁未の歳九月二十一日なり。廣州刺史蕭昂、主禮を備へて迎接し、表を上げて武帝に奏聞す。帝、奏を覽じて使を遣はして詔を賚り迎請す。十月一日、金陵に到る。(嵩禪師、梁僧寶唱の《續法記》を以て據と爲して《正宗記》を作り、達磨は梁武普通元年庚子の歳に此の土に到ると云ふ、其の年即ち後魏明帝正光元年なり、若し然らば、則ち後の入滅・開墓等の年と皆相合せり。

若據此稱。普通八年丁未歲九月二十一日至南海。十月一日至金陵則甚誤也。蓋普通八年三月已改為大通元年。則九月不應尚稱普通八年也。南海者今廣州也。去金陵數千里。刺史奏聞而武帝詔迎。豈可十日之間便至金陵耶。又按南史蕭昂本傳。不言昂為廣州刺史。但王茂傳末有廣州長史蕭昂。然不知何年在任。今止可雲○達於南海實梁普通元年。廣州刺史具主禮迎接。表聞武帝。帝覽奏遣使齎詔迎請。十月一日至金陵)。帝問曰。朕即位已來。造寺寫經度僧不可勝紀。有何功德。師曰。並無功德。帝曰。何以無功德。師曰。此但人天小果有漏之因。如影隨形雖有非實。帝曰。如何是真功德。答曰。淨智妙圓體自空寂。如是功德不以世求。帝又問。如何是聖諦第一義。師曰。廓然無聖。帝曰。對朕者誰。師曰。不識。帝不領悟。師知機不契。是月十九日潛迴(廣燈迴作過字)江北。十一月二十三日屆於洛陽當後魏孝明太和十年也(當雲後魏孝明正光元年也。若據太和十年乃後魏文帝時是年即南齊武帝永明四年丙寅歲也)。寓止於嵩山少林寺。面壁而坐終日默然。人莫之測。謂之壁觀婆羅門。時有僧神光者。曠達之士也。久居伊洛。博覽群書善談玄理。每歎曰。孔老之教禮術風規。莊易之書未盡妙理。近聞。達磨大士住止少林。至人不遙。當造玄境。乃往彼晨夕參承。師常端坐面牆。莫聞誨勵。光自惟曰。昔人求道。敲骨取髓。刺血濟饑。布髮掩泥。投崖飼虎。古尚若此。我又何人。其年十二月九日夜天大雨雪。光堅立不動。遲明積雪過膝。師憫而問曰。汝久立雪中。當求何事。光悲淚曰。惟願和尚慈悲。開甘露門廣度群品。師曰。諸佛無上妙道。曠劫精勤。難行能行非忍而忍。豈以小德小智輕心慢心。欲冀真乘徒勞勤苦。光聞師誨勵。潛取利刀自斷左臂。置於師前。師知是法器。乃曰。

(校記接ぎて曰く、)若し此に説く所に依れば、普通八年丁未の歳九月二十一日南海に到り、十月一日金陵に到るとは、甚だ錯なり、普通八年三月已に大通元年に改まれば、即ち九月は尚ほ普通八年と稱すべからず、南海は即ち今の廣州にして金陵を距ること數千里、刺史奏聞して武帝詔迎す、十天の間に何を以てか金陵に至ることを得ん、又《南史·蕭昂本傳》に按ずるに、昂の廣州刺史を作すと云はず、只《王茂傳》の末に廣州長史蕭昂有るのみ、而も何の年に任に在るを知らず、今只可く云ふべし、南海に到るは實に梁普通元年なり、廣州刺史、主禮を備へて迎接し、表を上げて武帝に奏聞す、帝、奏を覽じて使を遣はして詔を賚り迎請す、十月一日金陵に到ると。帝問ふ、我即位已來、寺を造り經を寫し僧を度すこと、數へても數へ盡さず、何の功德か有る。師曰く、並びて功德無し。帝曰く、何を以て功德無しと云ふ。師曰く、此れ但人天の小果・有漏の因なり、影の形に隨ふが如く、有りと雖も實ならず。帝曰く、如何なるか是れ眞功德。答曰く、淨智妙圓にして體自ら空寂なり、此の功德は世間を憑りて求めず。帝又問ふ、如何なるか是れ聖諦第一義。師曰く、廓然として聖無し。帝曰く、朕に對する者は誰ぞ。師曰く、識らず。帝、領悟すること能はず。師、機契はざるを知りて、此の月十九日、潜かに回りて(廣燈は「回」を「過」の字と作る)江北に至る。十一月二十三日洛陽に到達す、正に後魏孝明太和十年に當たる(當に後魏孝明正光元年と云ふべし、若し太和十年に依れば乃ち後魏文帝の時なり、其の年即ち南齊武帝永明四年丙寅の歳なり)。嵩山少林寺に寓居して面壁して坐し、終日默然として人測度する能はず、彼を壁觀婆羅門と喚ぶ。當時僧神光ありて、曠達の士なり、久しく伊洛に住し、群書を博覽して玄理を談ずること善し、每歎じて曰く、孔老の教は禮術風規なり、莊易の書は未だ妙理を盡さず、近く達磨大士の少林に住すを聞く、至人遠からず、當に玄境に造詣せん、乃ち彼に往きて晨夕參承す。師、常に端坐面牆して誨勵を聞かず。光、自ら念ふ、古人の道を求むるや、骨を敲きて髓を取り、血を刺して飢を濟ひ、髮を布きて泥を掩ひ、崖に投げて虎に飼はしむ、古尚ほ然り、我は又何人ぞ、其の年十二月九日の夜、天、大雪を雨す、光、堅立不動して天明に及び、積雪膝を過す、師、憫みて問ふ、汝、久しく雪中に立つ、當に何の事をか求むる、光、悲淚して曰く、唯願はくは和尚慈悲、甘露門を開いて群品を廣度せんことを、師曰く、諸佛の無上妙道は、曠劫に精勤して難行能行・非忍而忍なり、豈に小德小智・輕心慢心を憑りて眞乘を冀望せん、徒らに勤苦せんのみ。光、師の誨勵を聞きて、潜かに利刀を取りて左臂を自斷して師前に置く、師、是れ法器と知りて即ち曰く、

諸佛最初求道為法忘形。汝今斷臂吾前。求亦可在。師遂因與易名曰慧可。光曰。諸佛法印可得聞乎。師曰諸佛法印匪從人得。光曰。我心未寧。乞師與安。師曰。將心來與汝安。曰覓心了不可得。師曰。我與汝安心竟。後孝明帝聞師異跡。遣使齎詔徵前後三至。師不下少林。帝彌加欽尚。就賜摩衲袈裟二領。金缽銀水瓶繒帛等。師牢讓三返。帝意彌堅。師乃受之。自爾緇白之眾倍加信向。迄九年已欲西返天竺。乃命門人曰。時將至矣。汝等蓋各言所得乎。時門人道副對曰。如我所見。不執文字不離文字而為道用。師曰。汝得吾皮。尼總持曰。我今所解如慶喜見阿閦佛國。一見更不再見。師曰。汝得吾肉。道育曰。四大本空五陰非有。而我見處無一法可得。師曰。汝得吾骨。最後慧可禮拜後依位而立。師曰。汝得吾髓。乃顧慧可而告之曰。昔如來以正法眼付迦葉大士。展轉囑累而至於我。我今付汝。汝當護持。並授汝袈裟以為法信。各有所表宜可知矣。可曰。請師指陳。師曰。內傳法印以契證心。外付袈裟以定宗旨。後代澆薄疑慮競生。雲吾西天之人。言汝此方之子。憑何得法以何證之。汝今受此衣法。卻後難生但出此衣並吾法偈。用以表明其化無礙。至吾滅後二百年。衣止不傳法周沙界。明道者多。行道者少。說理者多。通理者少。潛符密證千萬有餘。汝當闡揚勿輕未悟。一念迴機便同本得。聽吾偈曰。

(師、接ぎて曰く、)諸佛、最初道を求むるに、法の爲に形を忘る、汝、今我の前に臂を斷つ、求むるも亦在り、師、乃ち因りて彼が爲に名を改めて慧可と曰ふ。光曰く、諸佛の法印、聞くことを得べきか。師曰く、諸佛の法印は人より得るにあらず。光曰く、我が心未だ寧ならず、師に安を與へんことを求む。師曰く、心を將來れ、汝が爲に安せん。曰く、心を覓む、覓むるに得ること能はず。師曰く、我、汝が爲に心を安んじ訖れり。後に孝明帝、師の異迹を聞きて、使を遣はして詔を賚りて徵召す、前後三次に至れり、師、少林を下らず、帝、彌が上に欽尚して即ち摩衲袈裟二領・金鉢・銀水瓶・繒帛等を賜ふ、師、堅辭三次、帝意彌が上に堅し、師、方に受く、此より緇白の衆、信向加倍す。九年已滿に至りて、西に返りて天竺に至らんと欲し、乃ち門人に命じて曰く、時將に至らんとす、汝等何ぞ各々言ふて得る所を述べざる。時に門人道副、對して曰く、我が見る所の如くは、文字を執せず、文字を離れずして、道用と爲す。師曰く、汝、我が皮を得たり。尼總持曰く、我、今解する所は、慶喜の阿閦佛國を見るが如く、一見して更に見ず。師曰く、汝、我が肉を得たり。道育曰く、四大本空にして五陰非有、而るに我が見る處、一法も得べき無し。師曰く、汝、我が骨を得たり。最後に慧可、禮拜して後、位に依りて立つ。師曰く、汝、我が髓を得たり。於是乎慧可を顧みて之に告げて曰く、昔如來、正法眼を迦葉大士に付して、展轉嘱累して我に至る、我、今汝に付す、汝當に護持すべし、并せて袈裟を授けて以て法信と爲す、各々表する所有り、當に知るべし。可曰く、師に指陳を請ふ。師曰く、内には法印を傳へて以て心を契證し、外には袈裟を付して以て宗旨を定む、後代澆薄にして疑慮競へり生じ、我を西天の人と云ひ、汝を此方の子と云ひ、何を以て法を得、何を以て證明とせん、汝、今此の衣法を受く、此の後難生ずること有らば、但此の衣并びに我が法偈を出だして以て其の教化滯礙無きを表明せよ、我が滅後二百年に至りて、衣は止みて傳へず、法は沙界に周遍す、道を明かす者は多く、道を行ずる者は少なく、理を説く者は多く、理に通ずる者は少なし、潜符密證、千萬有餘、汝當に闡揚して未だ悟らざるを輕視すること勿れ、一念機を回せば、便ち本得に同じ、我が偈を聽け。

吾本來茲土傳法救迷情

我本來此の土に茲して、法を傳へて迷情を救ふ、

一華開五葉結果自然成

一花開きて五葉を成し、結果自然に成る。

師又曰。吾有楞伽經四卷。亦用付汝(此蓋依寶林傳之說也。按宣律師續高僧傳。可大師傳云。初達磨以楞伽經授可曰。我觀漢地唯有此經。仁者依行自得度世。若如傳所言。則是二祖未得法時。達磨授楞伽使觀之耳。今傳燈乃於付法傳衣之後言。師又曰。吾有楞伽經四卷。亦用付汝。則恐誤也。兼言吾有。則似世間未有也。此但可依馬祖所言云。又引楞伽經文。以印眾生心地。則於理無害耳)。即是如來心地要門。令諸眾生開示悟入。吾自到此凡五度中毒。我常自出而試之。置石石裂。緣吾本離南印來此東土。見赤縣神州有大乘氣象。遂踰海越漠為法求人。際會未諧如愚若訥。今得汝傳授吾意已終(別記雲。師初居少林寺九年。為二祖說法秖教曰外息諸緣內心無喘。心如牆壁可以入道。慧可種種說心性理。道未契。師秖遮其非不為說無念心體。慧可曰。我已息諸緣。師曰。莫不成斷滅去否。可曰。不成斷滅。師曰。何以驗之雲不斷滅。可曰。了了常知故。言之不可及。師曰。此是諸佛所傳心體。更勿疑也)言已乃與徒眾往禹門千聖寺止三日。有期城太守揚衒之早慕佛乘。問師曰。西天五印師承為祖。其道如何。師曰。明佛心宗行解相應。名之曰祖。又問。此外如何。師曰。須明他心知其今古。不厭有無於法無取。不賢不愚無迷無悟。若能是解故稱為祖。又曰。弟子歸心三寶亦有年矣。而智慧昏蒙尚迷真理。適聽師言罔知收措。願師慈悲開示宗旨。師知懇到。即說偈曰。

師又曰く、我《楞伽經》四卷有り、亦以て汝に付す(此れ蓋し《寶林傳》の説に依る、宣律師《續高僧傳》の可大師傳に按ずるに、初め達磨、《楞伽經》を可に授けて曰く、我、漢地を觀るに唯有り此の經、仁者依行せば自ら度世することを得ん、若し傳の説の如くんば、是れ二祖未だ法を得ざる時、達磨《楞伽》を授けて觀せしめしなり、今《傳燈》は却て法を付し衣を傳ふるの後に「師又曰く、吾に楞伽經四卷有り、亦用ゐて汝に付す」と説く、恐らくは錯なり、兼ねて「吾有」と云ふ、則ち世間未だ有らざるが如し、此處只《馬祖》の説く所に依るべし、又《楞伽經》文を引きて以て衆生の心地を印すれば、則ち理に妨害無し)、即ち如來心地の要門にして、諸の衆生をして開示悟入せしむ、我、此に至りてより已來、凡そ五度毒に中る、我、常に自ら出だして試みて石上に置けば、石即ち裂く、我が本南印を離れて此の東土に來るや、赤縣神州に大乘の氣象有るを見、於是乎海を渡り漠を越えて、法の爲に人を求む、際會未だ諧はず、愚の如く訥の若し、今汝を得て傳授せり、我が意已に終れり(《別記》に曰く、師、初め少林寺に住すること九年、二祖の爲に法を説く、只教へて曰く、外に向かひて諸縁を止息し、内心喘無く、心は墙壁の如くば、以て道に入るべし、慧可、種種に心性の理を説くも、道未だ契らず、師、只其の非を遮りて、爲に無念心體を説かず、慧可曰く、我已に諸縁を止息せり、師曰く、斷滅を成じ去りしにあらずや、可曰く、斷滅を成ぜず、師曰く、何を以てか之を驗する、斷滅せずと云ふ、可曰く、了了として常知の故に、説くも説き到らざるなり、師曰く、此れ諸佛の傳ふる所の心體なり、更に疑ふこと勿れと)。説き訖りて、即ち徒衆と俱に禹門千聖寺に往きて、三日住す。期城太守楊衒之ありて、早く佛乘を慕ひ、師に問ふ、西天五印、師承して祖と爲す、其の道如何。師曰く、佛心宗を明らめ、行解相應すれば、名づけて祖と曰ふ。又問ふ、此の外如何。師曰く、須らく他心を明らめ、今古を知り、有無を厭はず、法に對して取なく、賢ならず愚ならず、迷なく悟無し、若能く是のごとく解せば、所以に祖と稱す。又曰く、弟子、三寶に歸心すること亦年有り、而して智慧昏蒙にして尚ほ眞理に迷ふ、適かに師の言を聞く、收措する所を知らず、願はくは師、慈悲にて宗旨を開示せん。師、懇切周到なるを知りて、即ち偈を説いて曰く、

亦不覩惡而生嫌亦不觀善而勤措

亦惡を見て嫌を生ぜず、亦善を觀て措を勤めず、

亦不捨智而近愚亦不拋迷而就悟

亦智を捨てて愚に近づかず、亦迷を抛てて悟に就かず、

達大道兮過量通佛心兮出度

大道に達するや量を過ぎ、佛心に通ずるや度を出づ、

不與凡聖同躔超然名之曰祖

凡聖と躔を同じくせず、超然として名づけて祖と曰ふ。

衒之聞偈悲喜交並曰。願師久住世間化導群有。師曰。吾即逝矣不可久留。根性萬差多逢患難。衒之曰。未審何人。弟子為師除得。師曰。吾以傳佛秘密利益迷途。害彼自安必無此理。衒之曰。師若不言。何表通變觀照之力。師不獲已乃為讖曰。江槎分玉浪。管炬開金鎖。五口相共行。九十無彼我。衒之聞語。莫究其端。默記於懷禮辭而去。師之所讖。雖當時不測。而後皆符驗。時魏氏奉釋禪俊如林。光統律師流支三藏者乃僧中之鸞鳳也。覩師演道斥相指心。每與師論議是非鋒起。師遐振玄風普施法雨而偏局之量自不堪任。競起害心數加毒藥。至第六度。以化緣已畢傳法得人。遂不復救之端居而逝。即後魏孝明帝太和十九年丙辰歲十月五日也(依續法記。則十月五日乃孝莊帝永安元年。即梁大通二年戊申歲。其年即明帝武泰元年也。二月明帝崩。四月莊帝即位。改元建義。至九月又改永安也。後雲。汝主已厭世。謂是歲明帝崩也。據傳燈雲。丙辰歲即東魏文帝大統二年。西魏靜帝天平三年。梁大同二年。與厭世之說全乖也。又太和十九年。乃後魏文帝時。即南齊明帝建武二年乙亥歲。殊相遼邈耳)。其年十二月二十八日葬熊耳山。起塔於定林寺。後三歲魏宋雲奉使西域迴。遇師於蔥嶺。見手攜隻履翩翩獨逝。雲問。師何往。師曰。西天去。又謂雲曰。汝主已厭世。雲聞之茫然。別師東邁。暨復命。即明帝已登遐矣。而孝莊即位。雲具奏其事。帝令啟壙。唯空棺一隻革履存焉(若依續法記。則後三歲乃莊帝永安三年庚戌歲。當梁武中大通二年也。其年十二月莊帝方崩。奉使迴時帝尚在耳。若據傳燈。則後三歲乃已未歲。即西魏文帝大統五年。東魏靜帝興和元年。當梁武大同五年也。如此則豈復有孝莊帝耶。又稱宋雲遇師於蔥嶺。尤誤也。宋雲使西域迴時。已在魏明帝正光年中矣。然則遇師於蔥嶺者。

衒之、偈を聞き訖りて、悲喜交并して曰く、願はくは師、久しく世間に住して群有を化導せん。師曰く、我、即ち逝なんとす、久しく留まるべからず、根性萬差にして多く患難に逢ふ。衒之曰く、未だ何人なるを知らず、弟子、師の爲に之を除かん。師曰く、我、以て佛の秘密を傳へ迷途を利益す、他を害して自ら安からんは、必ず此の理無し。衒之曰く、師若し説かざれば、何を以て通變觀照の力を表さん。師、已むことを得ずして、便ち爲に讖を作す、江槎(こうか)玉浪を分かち、管炬(くわんきょ)金鎖を開き、五口相共に行きて、九十彼我無し。衒之、語を聞きて、頭緖を摸ること能はず、默默として心裏に記して、禮辭して去る。師の作す所の讖、當時測る能はずと雖も、後皆符驗せり。當時魏氏、釋を奉じ、禪俊林の如し、光統律師・流支三藏は、乃ち僧中の鸞鳳なり、師の道を演じて相を斥て心を指すを見て、每師と論議して是非鋒起す。師、遠く玄風を振ひ普く法雨を施すも、偏局の器量、自ら勝堪せず、競ひて害心を起し、數て毒藥を加ふ、第六に至りて、化縁已に畢り傳法得人なるを以て、便ち救はずして端居して逝す。即ち後魏孝明帝太和十九年丙辰の歳十月五日なり(《續法記》に依れば、則ち十月五日は乃ち孝莊帝永安元年、即ち梁大通二年戊申の歳なり、其の年即ち明帝武泰元年なり、二月明帝崩じ、四月莊帝即位して建義に改元し、九月に至りて又永安に改む、後に「汝の主已に厭世せり」と云ふは、此の年明帝崩ずるを謂ふ、《傳燈》に據りて丙辰の歳と云ふは、即ち東魏文帝大統二年・西魏靜帝天平三年・梁大同二年にして、厭世の説と全く乖違せり、又太和十九年は乃ち後魏文帝の時にして即ち南齊明帝建武二年乙亥の歳なり、相去ること甚だ遠し)。其の年十二月二十八日、熊耳山に葬りて、定林寺に塔を起つ。三年後、魏の宋雲、西域に奉使して回り、蔥嶺に於て師に遇ふ、手に一隻の鞋を攜へて翩翩として獨り逝くを見る。雲問ふ、師、何處に往く。師曰く、西天に往く。又雲に對して曰く、汝の主已に厭世せり。雲、聞きて茫然として師に別れて東行す、復命するに及ぶや、即ち明帝已に登遐して孝莊即位せり、雲、此の事を具奏す、帝、令を下して墓穴を開かしむ、惟だ空棺一具・革履一隻在るのみ(若し《續法記》に依れば、則ち三年後は乃ち莊帝永安三年庚戌の歳にして、正に梁武中大通二年に當たる、其の年十二月莊帝方に崩ず、奉使回る時帝は尚ほ在り、若し《傳燈》に據れば、則ち三年後は乃ち己未の歳にして、即ち西魏文帝大統五年・東魏靜帝興和元年、正に梁武大同五年に當たる、此の如くなれば何處にか孝莊帝あらん、又宋雲の蔥嶺に於て師に遇ひしと云ふは、尤も錯なり、宋雲の西域を使して回る時は、已に魏明帝正光年中なり、然らば蔥嶺に於て師に遇ひしは、

蓋是魏末別遣使往西域迴耳○但當雲。後三歲魏使有自西域迴者。遇師於蔥嶺。見手攜隻履翩翩獨逝。問師何往。曰西天去。又謂使曰。汝主已厭世。使聞之茫然別師東邁。暨復命即明帝已登遐矣。而孝莊即位。奉使具奏其事。帝令啟壙。唯空棺一隻革履存焉)。舉朝為之驚歎奉詔取遺履。於少林寺供養。至唐開元十五年丁卯歲。為信道者竊在五臺華嚴寺。今不知所在。初梁武遇師因緣未契。及聞化行魏邦。遂欲自撰師碑而未暇也。後聞宋雲事乃成之。代宗諡圓覺大師。塔曰空觀。師自魏丙辰歲告寂。迄皇宋景德元年甲辰。得四百六十七年矣(當雲自魏至庚子歲告寂。迄皇宋景德元年甲辰得四百七十五年矣。凡此年代之差。皆由寶林傳錯誤而楊文公不復考究耳)。

(校記接ぎて曰く、)蓋し魏末、別に西域に使を遣はして回りしのみ、只當に云ふべし、三年後、魏使の西域より回る者ありて、蔥嶺に於て師に遇ひ、手に一隻の鞋を攜へて翩翩として獨り逝くを見る、師に問ふ、何處に往く、曰く、西天に往く、又使に對して曰く、汝の主已に厭世せり、使者、聞きて茫然として師に別れて東行す、復命するに及ぶや、即ち明帝已に登遐して孝莊即位せり、奉使、此の事を具奏す、帝、令を下して墓穴を開かしむ、惟だ空棺一具・革履一隻在るのみと)。擧朝之が爲に驚歎して、詔を奉じて遺履を取りて少林寺に於て供養す。唐開元十五年丁卯の歳に至りて、道を信ずる者に五臺華嚴寺に偷まれ、今何の處に在るを知らず。初め梁武、師に遇ふも因縁未だ契らず、化の魏邦に行はるるを聞くに及びて、自ら師の碑を撰せんと欲すも未だ暇あらず、後に宋雲の事を聞きて方に成せり。代宗、諡して圓覺大師・塔を空觀と曰ふ。師、魏の丙辰の歳に告寂してより皇宋景德元年甲辰に至るまで、四百六十七年を得たり(當に魏の庚子の歳に告寂してより皇宋景德元年甲辰に至るまで四百七十五年を得たりと云ふべし、凡そ此等の年代の差は皆《寶林傳》の錯誤に由りて、楊文公復た考究せざるなり)。

第二十九祖慧可大師者武牢人也。姓姬氏。父寂未有子時。嘗自念言。我家崇善豈無令子。禱之既久。一夕感異光照室。其母因而懷妊。及長遂以照室之瑞。名之曰光。自幼志氣不群。博涉詩書尤精玄理。而不事家產好遊山水。後覽佛書超然自得。即抵洛陽龍門香山。依寶靜禪師出家受具。於永穆寺浮游講肆。遍學大小乘義。年三十二卻返香山。終日宴坐又經八載。於寂默中倏見一神人。謂曰。將欲受果何滯此耶。大道匪遙。汝其南矣。光知神助因改名神光。翌日覺頭痛如刺。其師欲治之。空中有聲曰。此乃換骨非常痛也。光遂以見神事白於師。師視其頂骨即如五峰秀出矣。乃曰。汝相吉祥當有所證。神令汝南者。斯則少林達磨大士必汝之師也。光受教造於少室。其得法傳衣事跡。達磨章具之矣。自少林託化西歸。大師繼闡玄風博求法嗣。至北齊天平二年(當作天保二年乃辛未歲也。天平東魏年號二年乙卯也)有一居士年踰四十不言名氏。聿來設禮而問師曰弟子身纏風恙。請和尚懺罪。師曰。將罪來與汝懺。居士良久雲。覓罪不可得。師曰。我與汝懺罪竟。宜依佛法僧住。曰今見和尚已知是僧。未審何名佛法。師曰。是心是佛。是心是法。法佛無二。僧寶亦然。曰今日始知罪性不在內不在外不在中間。如其心然佛法無二也。大師深器之。即為剃髮。雲是吾寶也。宜名僧璨。其年三月十八日於光福寺受具。自茲疾漸愈。執侍經二載。大師乃告曰。菩提達磨(舊本雲達磨菩提)遠自竺乾以正法眼藏密付於吾。吾今授汝並達磨信衣。汝當守護無令斷絕。聽吾偈曰。

第二十九祖慧可大師は、武牢の人なり。姓は姬氏。父の名は寂、未だ子無き時、曾て自ら念ふ、我が家善を崇す、豈に好子無からん、祈禱已に久し、一夜、異光室を照らすを感應し、其の母、因りて懷妊有り、長ずるに及びて、即ち室を照らすの瑞に因りて名を光と曰ふ、自ら幼にして志氣群を拔き、詩書に博涉して尤も玄理に精し、而も家産を事とせず、山水を游ぶを好む、後に佛書を覽讀して超然自得し、即ち洛陽龍門香山に至りて寶靜禪師に依りて出家受具し、永穆寺に浮游講肆して大小乘義を遍學す、年三十二にして香山に却返し、終日宴坐して又八年を踰ぬ、寂默中に忽然として一の神人を見て、彼に謂ひて曰く、將に果を受けんとす、何ぞ須らく此に滯る、大道遠からず、汝南に往け、光、神助を知りて、因りて名を神光と改む、明日、頭痛刺の如くなるを覺ゆ、其の師、治せんと欲す、空中に聲ありて曰く、此れ換骨なり、常の痛にあらず、光、即ち神を見るの事を以て師に告ぐ、師、其の頂骨を視るに、五峯の秀出するが如し、即ち曰く、汝の相は吉祥なり、當に證する所有らん、神、汝をして南に往かしめば、即ち少林の達磨大士は必ず汝の師ならん、光、教を受けて少室に造詣す、其の法を得て衣を傳ふるの事迹は達磨章に具載せり、少林より化を托して西歸するより、大師、繼續して玄風を闡揚し、博く法嗣を求む、北齊天平二年に至りて(當に天保二年と作るべし、乃ち辛未の歳なり、天平は東魏の年號にして二年は乙卯なり)、一の居士ありて年四十を過ぎ、名氏を言はず、前に來りて禮を設けて師に問ふ、弟子、身に風恙を纏ひて、和尚に罪を懺せんことを請ふ、師曰く、罪を將來れ、汝が爲に懺せん、居士、良久にして曰く、罪を覓む、覓むるに得ること能はず、師曰く、我、汝が爲に罪を懺し訖れり、宜しく佛法僧に依りて住すべし、曰く、今和尚を見て、已に是れ僧と知れり、未だ何をか佛法と名づくるを知らず、師曰く、是心是佛、是心是法なり、法と佛と二無し、僧寶亦復然り、曰く、今日方に知る、罪性は内に在らず外に在らず中間に在らず、其の心の如く然るが如く、佛法二無し、大師、深く彼を器して、即ち爲に剃髮して曰く、是れ吾が寶なり、宜しく名づけて僧璨と曰ふべし、其の年三月十八日、光福寺に於て受具す、此より疾病漸く瘳ゆ、執侍二載を經て、大師方に彼に告げて曰く、菩提達磨(舊本は達磨菩提と云ふ)、遠く竺乾より正法眼藏を密かに我に付せり、我、今汝に授く、并せて達磨の信衣有り、汝當に守護して斷絶せしむること勿れ、我が偈を聽け。

本來緣有地因地種華生

本來地有るが故に、地に因りて種花を生ず、

本來無有種華亦不曾生

本來種無ければ、花も亦曾て生ぜず。

大師付衣法已。又曰。汝受吾教宜處深山。未可行化當有國難。璨曰。師既預知。願垂示誨。師曰。非吾知也。斯乃達磨傳般若多羅懸記雲。心中雖吉外頭兇是也。吾校年代正在於茲。當諦思前言勿罹世難。然吾亦有宿累。今要酬之。善去善行俟時傳付。大師付囑已。即於鄴都隨宜說法。一音演暢四眾歸依。如是積三十四載。遂韜光混跡變易儀相。或入諸酒肆。或過於屠門。或習街談。或隨廝役。人問之曰。師是道人何故如是。師曰。我自調心何關汝事。又於筦城縣匡救寺三門下。談無上道聽者林會。時有辯和法師者。於寺中講涅槃經。學徒聞師闡法稍稍引去。辯和不勝其憤。興謗於邑宰翟仲侃。仲侃惑其邪說。加師以非法。師怡然委順。識真者謂之償債。時年一百七歲。即隋文帝開皇十三年癸丑歲三月十六日也(皓月供奉。問長沙岑和尚。古德雲。了即業障本來空。未了應須償宿債。只如師子尊者二祖大師。為什麼得償債去。長沙雲。大德不識本來空。彼雲。如何是本來空。長沙雲。業障是。又問。如何是業障。長沙雲。本來空是。彼無語。長沙便示一偈雲。假有元非有。假滅亦非無。涅槃償債義。一性更無殊)後葬於磁州滏陽縣東北七十里。唐德宗諡大祖禪師。自師之化至皇宋景德元年甲辰。得四百一十三年(當作一十二年)。

大師、衣法を付し訖りて、又曰く、汝、我が教を受く、宜しく深山に住して尚ほ行化すべからず、當に國難有らん。璨曰く、師既に預知せり、願はくは示誨を垂れん。師曰く、是れ我の知るにあらず、此れ乃ち達磨の般若多羅を傳へる懸記の云く「心中雖く吉なりと雖も外頭凶なり」是れなり、我、年代を勘合するに正に此に在り、當に仔細に前の言を思ふべし、世難を罹ること勿れ、然れど我亦宿累有り、今將に酬還せんとす、好く去りて好く行け、時を俟ちて傳付せよ。大師、付嘱畢りて、即ち鄴都に於て宜に隨ひて法を説き、一音演暢して四衆歸依す、是の如く三十四年を積累し、便ち光を韜して迹を混し、儀相を變易す、或は諸の酒肆に入り、或は屠門を經過し、或は街談に習ひ、或は厮役に隨ふ、人、彼に問ひて曰く、師は道人なり、何故に是の如くなる、師曰く、我自ら心を調ふ、汝の事に關はらんや、又筦城縣匡救寺の三門下に於て無上道を談ず、聽く者林會せり、當時辯和法師ありて寺中に《涅槃經》を講ず、學徒、師の法を闡くを聞きて、漸々引き去る、辯和、憤怒に勝へずして邑宰翟仲侃に謗を興す、仲侃、其の邪説に迷惑して師に非法を加ふ、師、怡然として委順す、眞を識る者は是れ債を償ふと謂ふ、當時年一百七歳なり、即ち隋文帝開皇十三年癸丑の歳三月十六日なり(皓月供奉、長沙岑和尚に問ふ、古德に曰く「了せば即ち業障本來空、未だ了せざれば應に須らく宿債を償ふべし」、只如き師子尊者・二祖大師、何故に債を償ひて去るを得る、長沙曰く、大德、本來空を識らず、彼問ふ、如何なるか是れ本來空、長沙曰く、業障是れなり、又問ふ、如何なるか是れ業障、長沙曰く、本來空是れなり、彼、語無し、長沙、便ち一首の偈を示す、假有元より非有、假滅亦復無ならず、涅槃償債の義、一性更に殊無しと)。後に磁州滏陽縣東北七十里に葬る、唐德宗、諡して大祖禪師と曰ふ、師の化より皇宋景德元年甲辰に至るまで、四百一十三年を得たり(當に一十二年と作るべし)。

僧那禪師姓馬氏。少而神俊通究墳典。年二十一講禮易於東海。聽者如市。暨南徂相部學眾隨至。會二祖說法。與同志十人投祖出家。自爾手不執筆永捐世典。唯一衣一缽一坐一食奉頭陀行。既久侍於祖後謂門人慧滿曰。祖師心印非專苦行。但助道耳。若契本心發隨意真光之用。則苦行如握土成金。若唯務苦行。而不明本心。為憎愛所縛。則苦行如黑月夜履於險道。汝欲明本心者。當審諦推察。遇色遇聲。未起覺觀時心何所之。是無耶是有耶。既不墮有無處所。則心珠獨朗常照世間。而無一塵許間隔。未嘗有一剎那頃斷續之相。故我初祖兼付楞伽經四卷。謂我師二祖曰。吾觀震旦唯有此經可以印心。仁者依行自得度世。又二祖凡說法竟。乃曰。此經四世之後變成名相。深可悲哉。我今付汝宜善護持。非人慎勿傳之。付囑已師乃遊方。莫知其終。

僧那禪師、姓は馬氏。少より神俊にして墳典に通究す、年二十一にして東海にて禮・易を講じ、聽く者市の如し、南に相部に往くに及びて、學衆相隨ひて至る、二祖の説法に遇ひて、同志十人と祖に投じて出家す、此より手に筆を執らず、永く世典を捐棄し、唯一衣一鉢・一坐一食にして頭陀行を奉ず、既に祖に侍奉すること久しく、後に門人慧滿に謂ひて曰く、祖師の心印は、並びて苦行に專らずして、只助道ならんのみ、若し本心に契らば、随意眞光の用を發すれば、則ち苦行は土を握りて金を成すが如し、若し只苦行を務めて却て本心を明めず、憎愛に縛せられんば、則ち苦行は黑月の夜、險道を走るが如し、汝、本心を明かめんと欲せば、當に審諦に推察すべし、色に遇ひ聲に遇ひて、未だ覺觀を起さざるの時、心は何の處にか往く、是れ無か、是れ有か、既に有無の處所に堕せざれば、則ち心珠獨り朗照して常に世間を照らし、而も一塵許りの間隔無く、曾て一刹那頃斷續の相無し、故に我が初祖、兼ねて《楞伽經》四卷を付して我が師二祖に謂ひて曰く、我、震旦を觀るに唯此の經を以て心を印すべし、仁者依行せば自ら度世することを得ん、又二祖、凡そ法を説き畢れば、便ち曰く、此の經、四世の後名相と變じて深く悲しむべしと、我、今汝に付す、宜しく善く護持すべし、其の人にあらざれば切に傳ふること勿れ。付嘱畢りて、師、乃ち游方す、其の終るを知らず。

向居士。幽棲林野木食㵎飲。北齊天保初。聞二祖盛化乃致書通好曰。影由形起響逐聲來。弄影勞形不識形為影本。揚聲止響不知聲是響根。除煩惱而趣涅槃。喻去形而覓影。離眾生而求佛果。喻默聲而尋響。故知迷悟一途愚智非別。無名作名。因其名則是非生矣。無理作理。因其理則爭論起矣。幻化非真誰是誰非。虛妄無實何空何有。將知得無所得失無所失。未及造謁聊申此意。伏望答之(弄影當作棄影。唯恐當時筆誤耳。蓋第三十卷鎮國大師答皇太子問心要雲。若求真去妄。猶棄影勞形。若體妄即真。似處陰休影。此用莊子之說。勞形謂走而避影也)。二祖大師命筆迴示曰。備觀來意皆如實。真幽之理竟不殊。本迷摩尼謂瓦礫。豁然自覺是真珠。無明智慧等無異。當知萬法即皆如。愍此二見之徒輩。申辭措筆作斯書。觀身與佛不差別。何須更覓彼無餘。居士捧披祖偈乃伸禮覲。密承印記。

向居士、林野に幽棲して木食澗飮す。北齊天保初、二祖の盛化を聞きて、即ち書を致して通好して曰く、影は形に由りて起こり、響は聲に隨ひて來る、影を弄して形を勞するは、形は影の本を識らず、聲を揚げて響を止めるは、聲は響の根を知らず、煩惱を除いて涅槃に趣くは、形を去りて影を覓むるに比し、衆生を離れて佛果を求むるは、聲を默して響を尋ぬるに比す、故に知る、迷悟一條の路、愚智は兩樣にあらず、名無きにして名を作れば、其名に因りて是非生じ、理無きにして理を作れば、其の理に因りて争論起こる、幻化は眞にあらず、誰か是で誰か非、虛妄は實無く、何が空で何が有、將に知るべし、得るは得る所無く、失ふは失ふ所無し、未だ造謁に及ばず、聊か此の意を申す、伏して答覆を望む(「弄影」は當に「棄影」と作るべし、只怕るくは當時の筆誤ならん、第三十卷鎭國大師が皇太子の問心要に答へて云く、若し眞を求めて妄を去れば、猶影を棄てて形を勞するが若く、若し妄を體して即ち眞なれば、陰に處りて影を休むに似たりと、此れ莊子の語を用ゐるなり、「勞形」とは影を避けて走るを謂ふ)。二祖大師、筆を命じて回示して曰く、備へに來意を觀れば皆如實なり、眞幽の理終竟殊ならず、本來摩尼を迷ひて瓦礫と以爲せり、豁然として自覺せば是れ眞珠なり、無明と智慧とは等しく異無し、當に知るべし、萬法は即ち皆如なり、此の二見の徒輩を憐愍して、辭を申し筆を措きて此の書を作す、身を觀れば佛と差別無し、何ぞ須らく更に彼の無餘を覓めん。居士、祖偈を捧披して、即ち禮を伸べて覲見し、密かに印記を承く。

相州隆化寺慧滿禪師。滎陽人也。姓張氏。始於本寺遇僧那禪師開示。志存儉約唯蓄二針。冬則乞補夏乃捨之。自言一生心無怯怖身無蚤蝨睡而不夢。常行乞食住無再宿。所至伽藍則破柴製履。貞觀十六年於洛陽會善寺側。宿古墓中遇大雪。旦入寺見曇曠法師。曠怪所從來。師曰。法有來耶。曠遣尋來處。四邊雪積五尺許。曠曰。不可測也。尋聞有括錄事。諸僧逃隱。師持缽周行聚落無所滯礙。隨得隨散索爾虛閑。有請宿齋者。師曰。天下無僧方受斯請也。又嘗示人曰。諸佛說心令知心。相是虛妄。今乃重加心相。深違佛意。又增論議殊乖大理。故常齎楞伽經四卷。以為心要。如說而行。蓋遵歷世之遺付也。後於陶冶中無疾坐化。壽七十許。

相州隆化寺慧滿禪師は、滎陽の人なり。姓は張氏。初め本寺に於て僧那禪師の開示に遇ひて、志は儉約に在り、只二の針を蓄へ、冬は則ち人に求めて補ひ、夏は則ち之を捨つ、自ら言ふ、一生、心に怯怖なく身に蚤虱なく、睡りて夢無しと、常に乞食を行じ、住するに再宿無し、到る所の伽藍に於て、則ち柴を破り履を製す、貞觀十六年、洛陽會善寺側に於て古墓中に宿す、大雪に遇ふ、旦に寺に入りて曇曠法師を見る、曠、其の何處より來るを怪しむ、師曰く、法に來有らんや、曠、人を遣はして來處を尋ぬれば、四邊雪積もりて高さ五尺餘、曠曰く、測るべからず、隨ひて括錄の事有るを聞き、諸僧逃隱す、師、鉢を持ちて聚落を周行して滯礙無く、得るに隨ひて散じて索爾として虛閑なり、或る人彼を請じて宿齋す、師曰く、天下に僧無ければ、纔かに此の請を受けん、又曾て人を開示して曰く、諸佛の心を説くは、心を知らしめんとするなり、相は虛妄なり、今却て心相を重加し、深く佛意に違背して又論議を增加す、尤も大理に乖離せり、故に常に《楞伽經》四卷を攜帶して以て心要と爲し、説の如くして行ふは、蓋し歷世の遺付に遵るなり。後に陶冶中に於て疾無く坐化す、壽七十許り。

第三十祖僧璨大師者。不知何許人也。初以白衣謁二祖。既受度傳法。隱於舒州之皖公山。屬後周武帝破滅佛法。師往來太湖縣司空山。居無常處積十餘載。時人無能知者。至隋開皇十二年壬子歲。有沙彌道信。年始十四。來禮師曰。願和尚慈悲乞與解脫法門。師曰。誰縛汝。曰無人縛。師曰。何更求解脫乎。信於言下大悟服勞九載。後於吉州受戒侍奉尤謹。師屢試以玄微。知其緣熟乃付衣法。偈曰。

第三十祖僧璨大師、何の處の人かを知らず。初め白衣を以て二祖に謁し、既に度を受け法を傳へて、舒州の皖公山に隱る、後周武帝の佛法を破滅するに遭ひて、師、太湖縣司空山に往來し、居常處なく、十餘年を積累して當時人能く知る者なし、隋開皇十二年壬子の歳に至りて、沙彌道信ありて年纔かに十四、來りて師に禮して曰く、願はくは和尚慈悲、解脱法門を與へんことを、師曰く、誰か汝を縛する、曰く、人の縛する無し、師曰く、何ぞ須らく更に解脱を求めんや、信、言下に大悟して九年服勞す、後に吉州に於て戒を受けて侍奉尤も恭謹なり、師、屢玄微を以て之を試して縁の熟するを知り、方に衣法を付す、偈に曰く、

華種雖因地從地種華生

花種地に因ると雖も、地に從りて種花を生ず、

若無人下種華地盡無生

若し人の種を下すこと無ければ、花と地と皆生ぜず。

師又曰。昔可大師付吾法。後往鄴都行化三十年方終。今吾得汝何滯此乎。即適羅浮山優遊二載。卻旋舊址逾月。士民奔趨大設檀供。師為四眾廣宣心要訖。於法會大樹下合掌立終。即隋煬帝大業二年丙寅十月十五日也。唐玄宗諡鑑智禪師覺寂之塔。至皇宋景德元年甲辰歲。凡四百載矣。初唐河南尹李常。素仰祖風深得玄旨天寶乙酉歲。遇荷澤神會問曰。三祖大師葬在何處。或聞入羅浮不迴。或說終於山谷。未知孰是。會曰。璨大師自羅浮歸山谷。得月餘方示滅。今舒州見有三祖墓。常未之信也。會謫為舒州別駕。因詢問山谷寺眾僧曰。聞寺後有三祖墓是否。時上坐慧觀對曰。有之。常欣然與寮佐同往瞻禮。又啟壙取真儀闍維之。得五色舍利三百粒。以百粒出己俸建塔焉。百粒寄荷澤神會。以徵前言。百粒隨身。後於洛中私第設齋以慶之。時有西域三藏犍那等在會中。常問三藏。天竺禪門祖師多少。犍那答曰。自迦葉至般若多羅。有二十七祖。若敘師子尊者傍出達磨達四世。二十二人。總有四十九祖。若從七佛至此璨大師。不括橫枝凡三十七世。常又問。會中耆德曰。嘗見祖圖。或引五十餘祖。至於支派差殊宗族不定。或但有空名者。以何為驗。時有智本禪師者。六祖門人也。答曰。斯乃後魏初佛法淪替。有沙門曇曜。於紛紜中以素絹單錄。得諸祖名字。或忘失次第。藏衣領中隱於巖穴。經三十五載。至文成帝即位。法門中興。曇曜名行俱崇。遂為僧統。乃集諸沙門重議結集目。為付法藏傳。其間小有差互。即曇曜抄錄時怖懼所致。又經一十三年。帝令國子博士黃元真與北天竺三藏佛陀扇多吉弗煙等。重究梵文甄別宗旨次敘師承。得無𧘱謬也。

師又曰く、昔可大師、我に法を付せり、後に鄴都に往きて三十年行化して方に終れり、今我、汝を得たり、何ぞ須らく此に滯らん、即ち羅浮山に往きて優游二年、却て舊址に旋回し、一月を踰えて士民奔趨して大いに檀供を設く、師、四衆の爲に心要を廣宣し畢りて、法會の大樹下に合掌して立終す、即ち隋煬帝大業二年丙寅十月十五日なり、唐玄宗、諡して鑑智禪師・覺寂の塔と曰ふ、皇宋景德元年甲辰の歳に至るまで、凡そ四百年なり、初め唐河南尹李常、素より祖風を仰慕して深く玄旨を得たり、天寶乙酉の歳、荷澤神會に遇ひて問ふ、三祖大師、何の處にか葬る、或は入りて羅浮に回らずと聞き、或は山谷に終ると云ふ、未だ孰れか是なるを知らず、會曰く、璨大師、羅浮より山谷に歸りて、一月餘を得て方に示滅せり、今舒州に現に三祖の墓有り、常、未だ信ぜず、會、舒州別駕に謫せられ、因りて山谷寺の衆僧に詢問す、聞く、寺後に三祖の墓有り、是か非か、當時上座慧觀、對して曰く、之れ有り、常、欣然として僚佐と同じく往きて瞻禮し、又墓穴を開きて眞儀を取りて荼毘し、五色の舍利三百粒を得、百粒を以て己が俸祿を出だして塔を建て、百粒を荷澤神會に寄せて以て前言を徵驗し、百粒を身に隨ふ、後に洛中の私第に於て齋を設けて以て慶賀す、當時西域三藏犍那等會中に在り、常、三藏に問ふ、天竺の禪門祖師多少ある、犍那答曰く、迦葉より般若多羅に至るまで二十七祖有り、若し師子尊者より旁出の達磨達四世二十二人を叙すれば、總じて四十九祖有り、若し七佛より此の璨大師に至れば、橫枝を算へずして共に三十七世なり、常、又會中の耆德に問ふ、曾て祖圖を見るに、或は五十餘祖を引き、支派の差殊・宗族の不定に至り、或は空名有るのみ、何を以てか驗と爲さん、當時智本禪師ありて六祖の門人なり、答曰く、此れ乃ち後魏初佛法淪替せり、沙門曇曜ありて紛紜中に素絹を以て單錄し、諸祖の名字を得るも、或は次第を忘失し、衣領中に藏して巖穴に隱れ、三十五年を經て文成帝即位するに及びて法門中興す、曇曜、名行俱に高くして便ち僧統と爲り、乃ち諸の沙門を集めて重ねて議し結集して題して《付法藏傳》と曰ふ、其中小さき差互有れば、即ち曇曜の抄錄する時怖懼の致す所なり、又十三年を經て、帝、國子博士黃元眞に令して北天竺三藏佛陀扇多・吉弗烟等と重ねて梵文を考究し、宗旨を甄別し、次を按じて師承を叙述せしめ、以て訛謬無きを得たり(底本此の字を「𧘱」と作る、即ち訛)。

第三十一祖道信大師者。姓司馬氏世居河內。後徙於蘄州之廣濟縣。師生而超異。幼慕空宗諸解脫門。宛如宿習既嗣祖風。攝心無寐脇不至席者。僅六十年。隋大業十三載。領徒眾抵吉州。值群盜圍城七旬不解。萬眾惶怖。師愍之教令念摩訶般若。時賊眾望雉堞間。若有神兵。乃相謂曰。城內必有異人。不可攻矣。稍稍引去。唐武德甲申歲。師卻返蘄春住破頭山。學侶雲臻。一日往黃梅縣路逢一小兒。骨相奇秀異乎常童。師問曰。子何姓。答曰姓即有不是常姓。師曰。是何姓。答曰。是佛性。師曰。汝無性耶。答曰。性空故。師默識其法器。即俾侍者至其家。於父母所乞令出家。父母以宿緣故殊無難色。遂捨為弟子。名曰弘忍(舊本無名曰弘忍四字。今此添入。若不言名。以至付法傳衣者。是何人耶。兼後有忍曰二字。亦自不明耳)以至付法傳衣。偈曰。

第三十一祖道信大師、姓は司馬氏、世々河内に居り、後に蘄州の廣濟縣に遷る、師、生まれて即ち超異にして、幼にして空宗諸解脱門を仰慕するに宛も宿習の如し、既に祖風を嗣ぎて、心を攝めて睡らず、脇席に至らざること將に六十年なり、隋大業十三載、徒衆を領して吉州に抵る、群盜の城を圍んで七十日解けざるに遭ふ、萬衆惶怖す、師、彼らを憫みて彼らに摩訶般若を念ぜしむ、當時賊衆、雉堞の間に神兵の有るが如くを望見して、便ち遞相に曰く、城内に必ず異人あり、攻むべからず、漸々引き去る、唐武德甲申の歳、師、却て蘄春に返りて破頭山に住す、學侶雲集す、一日黄梅縣に往く、路上一の小兒に遇ふ、骨相奇秀にして常童に同じからず、師問ふ、汝、何の姓ぞ、答曰く、姓は即ち有りて常姓にあらず、師曰く、是れ何の姓ぞ、答曰く、是れ佛性なり、師曰く、汝性無きか、答曰く、性空の故なり、師、默然として其の法器たるを識り、即ち侍者をして其の家に至らしめて父母に出家せしむるを求む、父母、宿縁の故を以て、全く難色無し、乃ち捨てて弟子と爲す、名を弘忍と曰ふ(舊本「名曰弘忍」の四字無し、今添入す、若し名を云はざれば、法を付し衣を傳ふるに至るは何人ぞ、兼ねて後に「忍曰」の二字有れば、亦自然に明らかならず)、以て法を付し衣を傳ふるに至る、偈に曰く、

華種有生性因地華生生

花種に生性有り、地に因りて花生ずること生じ、

大緣與信合當生生不生

大緣信と合するに、當生にして生じて生ぜず。

遂以學徒委之。一日告眾曰。吾武德中遊廬山。登絕頂望破頭山。見紫雲如蓋下有白氣橫分六道。汝等會否。眾皆默然。忍曰。莫是和尚他後橫出一枝佛法否。師曰善。後貞觀癸卯歲。太宗嚮師道味欲瞻風彩。詔赴京師。上表遜謝前後三返。竟以疾辭。第四度命使曰。如果不起即取首來。使至山諭旨。師乃引頸就刃神色儼然。使異之迴以狀聞。帝彌加歎慕。就賜珍繒以遂其志。迄高宗永徽辛亥歲閏九月四日。忽垂誡門人曰。一切諸法悉皆解脫。汝等各自護念流化未來。言訖安坐而逝壽七十有二。塔於本山。明年四月八日塔戶無故自開。儀相如生。爾後門人不敢復閉。代宗諡大醫禪師慈雲之塔。自圓寂至皇宋景德元年甲辰。凡三百五十六載(當雲三百五十四載)。

於是乎學徒を彼に委囑す。一日衆に告げて曰く、我、武德中、廬山を游びて絕頂に登りて破頭山を望み、紫雲蓋の如く下有りて白氣六道に橫分するを見たり、汝等領會するか、衆皆默然、忍曰く、莫れも是れ和尚已後、一枝の佛法を橫出せんとするか、師曰く、善し。後貞觀癸卯の歳、太宗、師の道味を嚮往して風采を瞻んと欲し、京師に赴かんを詔す、表を上げて遜謝す、前後三次、竟に疾を以て辭す、第四次使に命じて曰く、若し果して起たざれば、則ち首を取りて來れ、使、山中に到りて旨を傳ふ、師、即ち頸を引きて刃に就く、神色儼然たり、使、驚異して回りて狀を以て奏聞す、帝、彌が上に歎慕して即ち珍繒を賜ひて以て其の志を遂げしむ、高宗永徽辛亥の歳閏九月四日に至りて、忽然として門人に垂誡して曰く、一切の諸法、悉く解脱す、汝等各自に護念して未來に流化せよ、言い訖りて安坐して逝す、壽七十二、塔は本山に在り、第二年四月八日、塔戸故無く自ら開きて儀相生の如し、此の後門人敢て再び關せず、代宗、諡して大醫禪師・慈雲の塔と曰ふ、圓寂より皇宋景德元年甲辰に至るまで、凡そ三百五十六載なり(當に三百五十四載と云ふべし)。

第三十二祖弘忍大師者蘄州黃梅人也。姓周氏。生而岐嶷。童遊時逢一智者。歎曰。此子闕七種相不逮如來。後遇信大師得法嗣化。於破頭山咸亨中有一居士。姓盧名慧能。自新(舊本誤作鄿字)州來參謁師。問曰。汝自何來曰嶺南師曰。欲須何事。曰唯求作佛。師曰。嶺南人無佛性。若為得佛。曰人即有南北佛性豈然。師知是異人。乃訶曰。著槽厰去。能禮足而退。便入碓坊服勞於杵臼之間。晝夜不息經八月。師知付授時至。遂告眾曰。正法難解不可徒記吾言持為己任。汝等各自隨意述一偈。若語意冥符。則衣法皆付。時會下七百餘僧。上座神秀者。學通內外眾所宗仰。鹹共推稱雲。若非尊秀疇敢當之。神秀竊聆眾譽不復思惟。乃於廊壁書一偈雲。

第三十二祖弘忍大師は、蘄州黄梅の人なり。姓は周氏。生まれて即ち岐嶷たり。童游の時、一の智者に遇ひて歎じて曰く、此の子、七種の相を缺きて如來に及ばず、後に信大師に遇ひて法を得て嗣化し、破頭山に在り。咸亨中、一の居士ありて、姓は盧、名は慧能、新(舊本誤りて「鄿」の字と作る)州より來りて參謁す、師問ふ、汝、何處より來る、曰く、嶺南、師曰く、何の事をか須うる、曰く、只求む作佛を、師曰く、嶺南人に佛性無し、何を以てか佛を得ん、曰く、人は即ち南北有り、佛性豈に然らん、師、是れ異人と知りて、即ち呵して曰く、槽廠に著け、能、禮足して退きて便ち碓坊に入りて、杵臼の間に服勞して晝夜息まず、八箇月を經る。師、付授の時至るを知りて、即ち衆に告げて曰く、正法解し難し、徒らに我が言を記して以て己任と爲すこと可ならず、汝等各自に隨意に一首の偈を述べよ、若し語意冥符せば、則ち衣法皆付せん、當時會下七百餘僧、上座神秀は學、内外に通じて衆人の宗仰する所と爲る、皆共に推稱して曰く、若し尊秀にあらざれば、誰敢て當たらん、神秀、竊かに衆人の譽を聞きて、復た思惟せずして、即ち廊壁に一首の偈を書して曰く、

身是菩提樹心如明鏡臺

身は是れ菩提の樹、心は明鏡の臺の如し、

時時勤拂拭莫遣有塵埃

時時勤めて拂拭して、塵埃あらしむること勿れ。

師因經行忽見此偈。知是神秀所述。乃讚歎曰。後代依此修行亦得勝果。其壁本欲令處士盧珍繪楞伽變相。及見題偈在壁。遂止不畫各令誦念。能在碓坊忽聆誦偈。乃問同學。是何章句。同學曰。汝不知和尚求法嗣。令各述心偈。此則秀上座所述。和尚深加歎賞。必將付法傳衣也能曰。其偈云何。同學為誦。能良久曰。美則美矣。了則未了。同學訶曰。庸流何知勿發狂言。能曰。子不信耶。願以一偈和之。同學不答相視而笑。能至夜密告一童子引至廊下。能自秉燭。令童子於秀偈之側寫一偈雲。

師、經行するが故に忽然として此の偈を見て、是れ神秀の述する所と知りて、便ち讚歎して曰く、後代此に依りて修行せば、亦勝果を得ん、其の墙壁、本欲し處士盧珍をして楞伽變相を繪せしめんとせり、題偈の壁に在るを見るに及びて、便ち止めて畫かずして、各々誦念せしむ、能、碓坊に於て忽然として偈を誦するを聞きて、便ち同學に問ふ、是れ何の章句ぞ、同學曰く、汝、知らざるか、和尚法嗣を求めて各々心偈を述べしむ、此れ即ち秀上座の述する所なり、和尚深く歎賞を加へて必ず將に法を付し衣を傳へんとす、能曰く、其の偈は云何ん、同學、彼が爲に誦す、能、良久にして曰く、美なりとは云へ美なれども、了したりとは云へ未だ了せず、同學呵して曰く、庸流、何をか知る、狂言を發すること勿れ、能曰く、汝信ぜざるか、願はくは一首の偈を以て之に和せん、同學答へずして相視して笑ふ、能、夜に至りて一の童子に密告して廊下に引き至らしむ、能、自ら燭を執りて童子をして秀偈の旁に一首の偈を書さしめて曰く、

菩提本非樹心鏡亦非臺

菩提本來樹にあらず、心鏡亦臺にあらず、

本來無一物何假拂塵埃

本來一物無し、何ぞ須らく塵埃を拂はんや。

大師後見此偈雲。此是誰作亦未見性。眾聞師語遂不之顧。逮夜乃潛令人自碓坊召能行者入室。告曰。諸佛出世為一大事故。隨機小大而引導之。遂有十地三乘頓漸等旨。以為教門。然以無上微妙秘密圓明真實正法眼藏。付於上首大迦葉尊者。展轉傳授二十八世。至達磨屆於此土。得可大師。承襲以至於吾。今以法寶及所傳袈裟用付於汝。善自保護無令斷絕。聽吾偈曰。

大師、後に此の偈を見て曰く、此れ誰の作る所ぞ、亦未だ性を見ず、衆、師の言を聞きて便ち觀ずるを止め、夜に及ぶや、方に暗中人を遣はして碓坊より能行者を召して室に入れて告げて曰く、諸佛の出世は一大事の爲の故に、根機の小大に隨ひて引導して、遂に十地・三乘・頓漸等の旨有りて以て教門と爲す、然れど無上微妙祕密圓明眞實正法眼藏を上首大迦葉尊者に付して、展轉傳授二十八世、達磨の此の土に到るに至りて可大師を得て承襲して我に至る、今法寶及び傳ふる所の袈裟を以て汝に付す、善く自ら保護して斷絶せしむること勿れ、我が偈を聽け。

有情來下種因地果還生

有情來りて種を下し、地に因りて果還た生ず、

無情既無種無性亦無生

無情既に種無ければ、性無く亦生ずること無し。

能居士跪受衣法。啟曰。法則既授衣付何人。師曰。昔達磨初至人未知信。故傳衣以明得法。今信心已熟。衣乃爭端止於汝身不復傳也。且當遠隱俟時行化。所謂授衣之人命如懸絲也。能曰。當隱何所。師曰。逢懷即止。遇會且藏。能禮足已捧衣而出。是夜南邁大眾莫知。忍大師自此不復上堂凡三日。大眾疑怪致問。祖曰。吾道行矣。何更詢之。復問衣法誰得耶。師曰。能者得。於是眾議盧行者名能。尋訪既失。懸知彼得即共奔逐。忍大師既付衣法。復經四載。至上元二年(乙亥歲乃唐高宗時也。至肅宗時復有上元年號。其二年歲在辛丑也)。忽告眾曰。吾今事畢時可行矣。即入室安坐而逝。壽七十有四。建塔於黃梅之東山。代宗皇帝諡大滿禪師法雨之塔。自大師滅度至皇宋景德元年甲辰。凡三百三十年。

能居士、跪いて衣法を受けて啓して曰く、法則既に授けられ、衣は何人に付せん。師曰く、昔達磨初めて至りし時、人未だ知り信ぜず、故に衣を傳へて以て法を得たるを表明せり、今信心已に熟せり、衣は乃ち争端なり、汝の身に止めて復た傳へず、且つ當に遠く隱れて時を俟ちて行化すべし、所謂衣を授けらるる者は、命は絲を懸ぐが如し、能曰く、當に何の處にか隱れん、師曰く、懷に逢へば即ち止まり、會に遇へば且く藏れ、能、禮足畢りて衣を捧げて出づ、此の夜南に行きて大衆知らず、忍大師、此より復た堂に上らざること凡そ三日、大衆疑怪して致問す、祖曰く、我が道行はれり、何ぞ須らく更に問はん、又問ふ、衣法は誰か得たる、師曰く、能くする者得たり、於是乎衆人議して曰く、盧行者の名は能、尋訪するに既に失せり、懸く知る彼の得たるを、便ち共に奔逐す、忍大師、既に衣法を付し、又四年を踰えて上元二年に至る(乙亥の歳、乃ち唐高宗の時なり、肅宗の時に至りて又上元の年號有り、其の二年は歳辛丑に在り)、忽然として衆に告げて曰く、我、今事畢れり、時行くべし、即ち室に入りて安坐して逝す、壽七十四、黄梅の東山に塔を建つ、代宗皇帝、諡して大滿禪師・法雨の塔と曰ふ、大師の滅度より皇宋景德元年甲辰に至るまで、凡そ三百三十年なり。

景德傳燈錄 卷第三

景德傳燈錄 卷第四

第三十一祖道信大師旁出法嗣九世共七十六人

第三十一祖道信大師より旁出法嗣九世合わせて七十六人

金陵牛頭山六世祖宗

金陵牛頭山六世祖宗

第一世法融禪師

第一世法融禪師

第二世智巖禪師

第二世智巖禪師

第三世慧方禪師

第三世慧方禪師

第四世法持禪師

第四世法持禪師

第五世智威禪師

第五世智威禪師

第六世慧忠禪師(已上六人見錄)

第六世慧忠禪師(以上六人見録)

前六世祖宗法嗣共七十人

前六世祖宗法嗣合わせて七十人

法融禪師下三世旁出一十二人

法融禪師の下三世より旁出一十二人

金陵鍾山曇璀禪師(一人見錄)

金陵鐘山曇璀禪師(一人見録)

荊州大素禪師

荊州大素禪師

幽棲月空禪師

幽棲月空禪師

白馬道演禪師

白馬道演禪師

新安定莊禪師

新安定莊禪師

彭城智瑳禪師

彭城智瑳禪師

廣州道樹禪師

廣州道樹禪師

湖州智爽禪師

湖州智爽禪師

新州杜默禪師

新州杜默禪師

上元智誠禪師

上元智誠禪師

定真禪師(智誠禪師出)

定真禪師(智誠禪師より出)

如度禪師(定真禪師出已上一十一人無機緣語句不錄)

如度禪師(定真禪師より出。以上十一人機縁の語句なし、収録せず)

智巖禪師下旁出八人

智巖禪師のの下よりより旁出八人

東都鏡潭禪師

東都鏡潭禪師

襄州志長禪師

襄州志長禪師

湖州義真禪師

湖州義真禪師

益州端伏禪師

益州端伏禪師

龍光龜仁禪師

龍光龜仁禪師

襄陽辯才禪師

襄陽辯才禪師

漢南法俊禪師

漢南法俊禪師

西州敏古禪師(已上八人無機緣語句不錄)

西州敏古禪師(以上八人機縁の語句なし、収録せず)

法持禪師下旁出二人

法持禪師のの下よりより旁出二人

牛頭山玄素禪師

牛頭山玄素禪師

天柱弘仁禪師(已上二人無機緣語句不錄)

天柱弘仁禪師(以上二人機縁の語句なし、収録せず)

智威禪師下四世旁出一十二人

智威禪師の下四世より旁出一十二人

宣州安國寺玄挺大師(智威禪師出三人)

宣州安國寺玄挺大師(智威禪師より出三人)

潤州鶴林玄素禪師

潤州鶴林玄素禪師

舒州天柱山崇慧禪師

舒州天柱山崇慧禪師

杭州徑山道欽禪師(玄素禪師出)

杭州徑山道欽禪師(玄素禪師より出)

杭州鳥窠道林禪師(道欽禪師出)

杭州鳥窠道林禪師(道欽禪師より出)

杭州招賢寺會通禪師(鳥窠旁出已上六人見錄)

杭州招賢寺會通禪師(鳥窠より旁出。以上六人見録)

靈巖寶觀禪師(智威禪師出)

靈巖寶觀禪師(智威禪師より出)

金華山曇益禪師(玄素禪師旁出二人)

金華山曇益禪師(玄素禪師より旁出二人)

吳門圓鏡禪師

吳門圓鏡禪師

木渚山悟禪師(徑山欽禪師旁出三人)

木渚山悟禪師(徑山欽禪師より旁出三人)

青陽廣敷禪師

青陽廣敷禪師

杭州巾子山崇慧禪師(已上六人無機緣語句不錄)已上舊本世次不明今各依本章添注法嗣共成四世也

杭州巾子山崇慧禪師(以上六人機縁の語句なし、収録せず)。以上舊本世次明らかならず、今おのおの本章に依りて法嗣を添注し、合わせて成四世。

慧忠禪師下兩世旁出三十六人(除天台雲居智及潤州棲霞源二人外餘皆忠禪師出)

慧忠禪師の下兩世より旁出三十六人(除き天台雲居智及潤州棲霞源二人外、その餘はすべて忠禪師より出ず)

天台山佛窟巖惟則禪師

天台山佛窟巖惟則禪師

天台山雲居智禪師(惟則禪師出已上二人見錄)

天台山雲居智禪師(惟則禪師より出。以上二人見録)

牛頭山道性禪師

牛頭山道性禪師

江寧智燈禪師

江寧智燈禪師

解縣懷信禪師

解縣懷信禪師

鶴林全禪師

鶴林全禪師

北山懷古禪師

北山懷古禪師

明州觀宗禪師

明州觀宗禪師

牛頭山大智禪師

牛頭山大智禪師

白馬善道禪師

白馬善道禪師

牛頭山智真禪師

牛頭山智真禪師

牛頭山譚顒禪師

牛頭山譚顒禪師

牛頭山雲韜禪師

牛頭山雲韜禪師

牛頭山凝禪師

牛頭山凝禪師

牛頭山法梁禪師

牛頭山法梁禪師

江寧行應禪師

江寧行應禪師

牛頭山惠良禪師

牛頭山惠良禪師

興善道融禪師

興善道融禪師

蔣山照明禪師

蔣山照明禪師

牛頭山法燈禪師

牛頭山法燈禪師

牛頭山定空禪師

牛頭山定空禪師

牛頭山慧涉禪師

牛頭山慧涉禪師

幽棲道遇禪師

幽棲道遇禪師

牛頭山凝空禪師

牛頭山凝空禪師

蔣山道初禪師

蔣山道初禪師

幽棲藏禪師

幽棲藏禪師

牛頭山靈暉禪師

牛頭山靈暉禪師

幽棲道穎禪師

幽棲道穎禪師

牛頭山巨英禪師

牛頭山巨英禪師

釋山法常禪師

釋山法常禪師

龍門凝寂禪師

龍門凝寂禪師

莊嚴遠禪師

莊嚴遠禪師

襄州道堅禪師

襄州道堅禪師

尼明悟

尼明悟

居士殷淨己

居士殷淨己

潤州棲霞寺清源禪師(慧涉出已上三十四人無機緣語句不錄)

潤州棲霞寺清源禪師(慧涉出。以上三十四人機縁の語句なし、収録せず)

第三十二祖弘忍大師五世旁出一百七人

第三十二祖弘忍大師五世より旁出一百七人

第一世一十三人

第一世一十三人

北宗神秀禪師

北宗神秀禪師

嵩嶽慧安國師

嵩嶽慧安國師

袁州蒙山道明禪師(已上三人見錄)

袁州蒙山道明禪師(以上三人見録)

楊州奉法寺曇光禪師

楊州奉法寺曇光禪師

隋州禪慥禪師

隋州禪慥禪師

金州法持禪師

金州法持禪師

資州智侁禪師

資州智侁禪師

舒州法照禪師

舒州法照禪師

越州義方禪師

越州義方禪師

枝江道俊禪師

枝江道俊禪師

常州玄賾禪師

常州玄賾禪師

越州僧達禪師

越州僧達禪師

白松山劉主簿(已上一十人無機緣語句不錄)

白松山劉主簿(以上十人機縁の語句なし、収録せず)

第二世三十七人

第二世三十七人

北宗神秀禪師法嗣一十九人

北宗神秀禪師法嗣一十九人

五臺山巨方禪師

五臺山巨方禪師

河中府中條山智封禪師

河中府中條山智封禪師

兗州降魔藏禪師

兗州降魔藏禪師

壽州道樹禪師

壽州道樹禪師

準南都梁山全植禪師(已上五人見錄)

淮南都梁山全植禪師(以上五人見録)

荊州辭朗禪師

荊州辭朗禪師

嵩山普寂禪師

嵩山普寂禪師

大佛山香育禪師

大佛山香育禪師

西京義福禪師

西京義福禪師

忽雷澄禪師

忽雷澄禪師

東京日禪師

東京日禪師

太原遍淨禪師

太原遍淨禪師

南嶽元觀禪師

南嶽元觀禪師

汝南杜禪師

汝南杜禪師

嵩山敬禪師

嵩山敬禪師

京兆小福禪師

京兆小福禪師

晉州霍山觀禪師

晉州霍山觀禪師

潤州茅山崇珪禪師

潤州茅山崇珪禪師

安陸懷空禪師(已上一十四人無機緣語句不錄)

安陸懷空禪師(以上十四人機縁の語句なし、収録せず)

前嵩嶽慧安國師等法嗣一十八人

前嵩嶽慧安國師等法嗣一十八人

洛京福先寺仁儉禪師(慧安國師出六人)

洛京福先寺仁儉禪師(慧安國師出六人)

嵩嶽破灶墮和尚

嵩嶽破竈墮和尚

嵩嶽元珪禪師(已上三人見錄)

嵩嶽元珪禪師(以上三人見録)

常山坦然禪師

常山坦然禪師

鄴都圓寂禪師

鄴都圓寂禪師

西京道亮禪師

西京道亮禪師

楊州大總管李孝逸(道亮禪師旁出五人)

揚州大總管李孝逸(道亮禪師より旁出五人)

工部尚書張錫

工部尚書張錫

國子祭酒崔融

國子祭酒崔融

秘書監賀知章

祕書監賀知章

睦州刺史康詵

睦州刺史康詵

正壽禪師(隋州神慥禪師出)

正壽禪師(隋州神慥禪師より出)

洪州崇寂禪師(蒙山道明禪師出三人)

洪州崇寂禪師(蒙山道明禪師より出三人)

江西瓌禪師撫州神貞禪師

江西瓌禪師撫州神貞禪師

資州處寂禪師(資州智詵禪師出)

資州處寂禪師(資州智詵禪師より出)

義興神斐禪師(玄賾禪師出二人)

義興神斐禪師(玄賾禪師より出二人)

湖州暢禪師(已上一十五人無機緣語句不錄)

湖州暢禪師(以上十五人機縁の語句なし、収録せず)

第三世四十九人

第三世四十九人

前荊州辭朗禪師法嗣三人

前荊州辭朗禪師法嗣三人

紫金玄宗禪師

紫金玄宗禪師

明州大梅山車禪師

明州大梅山車禪師

塼界慎徽禪師(已上三人無機緣語句不錄)

磚界慎徽禪師(以上三人機縁の語句なし、収録せず)

前嵩山普寂禪師等法嗣四十六人

前嵩山普寂禪師等法嗣四十六人

終南山惟政禪師(普寂禪師出二十四人一人見錄)

終南山惟政禪師(普寂禪師より出二十四人、一人見録)

廣福慧空禪師

廣福慧空禪師

常越禪師

常越禪師

襄州夾石山思禪師

襄州夾石山思禪師

明瓚禪師

明瓚禪師

敬愛寺真禪師

敬愛寺真禪師

兗州守賢禪師

兗州守賢禪師

定州石藏禪師

定州石藏禪師

南嶽澄心禪師

南嶽澄心禪師

南嶽日照禪師

南嶽日照禪師

洛京同德寺幹禪師

洛京同德寺幹禪師

蘇州真亮禪師

蘇州真亮禪師

瓦棺寺璿禪師

瓦棺寺璇禪師

弋陽法融禪師

弋陽法融禪師

廣陵演禪師

廣陵演禪師

陝州慧空禪師

陝州慧空禪師

洛京真亮禪師

洛京真亮禪師

澤州亙月禪師

澤州亙月禪師

亳州曇真禪師

亳州曇真禪師

都梁山崇演禪師

都梁山崇演禪師

京兆章敬寺澄禪師

京兆章敬寺澄禪師

嵩陽寺一行禪師

嵩陽寺一行禪師

京兆山北寺融禪師

京兆山北寺融禪師

曹州定陶丁居士

曹州定陶丁居士

大雄猛禪師(西京義福禪師出八人)

大雄猛禪師(西京義福禪師より出八人)

西京大震動禪師

西京大震動禪師

神斐禪師

神斐禪師

西京大悲光禪師

西京大悲光禪師

西京大隱禪師

西京大隱禪師

定境禪師

定境禪師

道播禪師

道播禪師

玄證禪師

玄證禪師

西京寂滿禪師(降魔藏禪師出三人)

西京寂滿禪師(降魔藏禪師より出三人)

西京定莊禪師

西京定莊禪師

南嶽慧隱禪師

南嶽慧隱禪師

神照禪師(南嶽元觀禪師出)

神照禪師(南嶽元觀禪師より出)

京兆藍田深寂禪師(小福禪師出三人)

京兆藍田深寂禪師(小福禪師より出三人)

太白山日沒雲禪師

太白山日沒雲禪師

東白山法超禪師

東白山法超禪師

峴山幽禪師(霍山觀禪師出)

峴山幽禪師(霍山觀禪師より出)

益州無相禪師(資州處寂禪師出四人)

益州無相禪師(資州處寂禪師より出四人)

益州長松山馬禪師

益州長松山馬禪師

超禪師梓州曉了禪師

超禪師梓州曉了禪師

西京智遊禪師(義興斐禪師出二人)

西京智遊禪師(義興斐禪師より出二人)

東都智深禪師(已上四十五人無機緣語句不錄)

東都智深禪師(以上四十五人機縁の語句なし、収録せず)

第四世七人

第四世七人

前興善惟政禪師法嗣二人

前興善惟政禪師法嗣二人

衡州定心禪師

衡州定心禪師

敬愛寺志真禪師(已上二人無機緣語句不錄)

敬愛寺志真禪師(以上二人機縁の語句なし、収録せず)

前益州無相禪師等法嗣五人

前益州無相禪師等法嗣五人

益州保唐寺無住禪師(無相禪師出四人一人見錄)

益州保唐寺無住禪師(無相禪師より出四人、一人見録)

荊州明月山融禪師

荊州明月山融禪師

漢州雲頂山王頭陀

漢州雲頂山王頭陀

益州淨眾寺神會禪師

益州淨衆寺神會禪師

武誡禪師(塼界慎徽禪師出已上四人無機緣語句不錄)

武誡禪師(磚界慎徽禪師より出。以上四人機縁の語句なし、収録せず)

第五世一人

第五世一人

前敬愛寺志真禪師法嗣一人

前敬愛寺志真禪師法嗣一人

嵩山照禪師(一人無機緣語句不錄)

嵩山照禪師(一人機縁の語句なし、収録せず)

第三十一祖道信大師法嗣共一百八十三人內七十六人旁出

第三十一祖道信大師法嗣合わせて一百八十三人、うち七十六人より旁出

金陵牛頭山六世祖宗見錄

金陵牛頭山六世祖宗見録

第一世法融禪師

第一世法融禪師

第二世智巖禪師

第二世智巖禪師

第三世慧方禪師

第三世慧方禪師

第四世法持禪師

第四世法持禪師

第五世智威禪師

第五世智威禪師

第六世慧忠禪師

第六世慧忠禪師

前六世祖宗法嗣共八十人

前六世祖宗法嗣合わせて八十人

法融禪師下三世旁出一十二人(一人見錄)

法融禪師の下三世より旁出一十二人(一人見録)

金陵鍾山曇璀禪師

金陵鐘山曇璀禪師

荊州大素禪師

荊州大素禪師

幽棲月空禪師

幽棲月空禪師

白馬道演禪師

白馬道演禪師

新安定莊禪師

新安定莊禪師

彭城智瑳禪師

彭城智瑳禪師

廣州道樹禪師

廣州道樹禪師

湖州智爽禪師

湖州智爽禪師

新州杜默禪師

新州杜默禪師

上元智誠禪師

上元智誠禪師

智誠復出一人

智誠再出一人

定真禪師

定真禪師

定真復出一人

定真再出一人

如度禪師(已上一十一人無機緣語句不錄)

如度禪師(以上十一人機縁の語句なし、収録せず)

智巖禪師下旁出

智巖禪師のの下よりより旁出

東都鏡潭禪師

東都鏡潭禪師

襄州志長禪師

襄州志長禪師

湖州義真禪師

湖州義真禪師

益州端伏禪師

益州端伏禪師

龍光龜仁禪師

龍光龜仁禪師

襄陽辯才禪師

襄陽辯才禪師

漢南法俊禪師

漢南法俊禪師

西川敏古禪師(已上八人無機緣語句不錄)

西川敏古禪師(以上八人機縁の語句なし、収録せず)

法持禪師下旁出

法持禪師のの下よりより旁出

牛頭山玄素禪師

牛頭山玄素禪師

天柱弘仁禪師(已上二人無機緣語句不錄)

天柱弘仁禪師(以上二人機縁の語句なし、収録せず)

智威禪師下三世旁出一十二人(六人見錄)

智威禪師の下三世より旁出一十二人(六人見録)

宣州安國寺玄挺大師

宣州安國寺玄挺大師

潤州鶴林寺玄素禪師

潤州鶴林寺玄素禪師

舒州天柱山崇慧禪師

舒州天柱山崇慧禪師

杭州徑山道欽禪師

杭州徑山道欽禪師

杭州鳥窠道林禪師

杭州鳥窠道林禪師

杭州招賢寺會通禪師

杭州招賢寺會通禪師

玄素復出二人

玄素再出二人

一金華曇益禪師

一金華曇益禪師

二吳門圓鏡禪師

二吳門圓鏡禪師

道欽復出三人

道欽再出三人

一木渚山悟禪師

一木渚山悟禪師

二青陽廣敷禪師

二青陽廣敷禪師

三杭州中子山崇慧禪師

三杭州中子山崇慧禪師

道林復出一人

道林再出一人

靈巖寶觀禪師(已上六人無機緣語句不錄)

靈巖寶觀禪師(以上六人機縁の語句なし、収録せず)

慧忠禪師下兩世旁出三十六人(二人見錄)

慧忠禪師の下兩世より旁出三十六人(二人見録)

夭台山佛窟巖惟則禪師(旁出天台雲居)

天台山佛窟巖惟則禪師(旁出天台雲居)

天台山雲居智禪師

天台山雲居智禪師

牛頭山道性禪師

牛頭山道性禪師

江寧智燈禪師

江寧智燈禪師

解縣懷信禪師

解縣懷信禪師

鶴林全禪師

鶴林全禪師

北山懷古禪師

北山懷古禪師

明州觀宗禪師

明州觀宗禪師

牛頭山大智禪師

牛頭山大智禪師

白馬善道禪師

白馬善道禪師

牛頭山智真禪師

牛頭山智真禪師

牛頭山譚顒禪師

牛頭山譚顒禪師

牛頭山雲韜禪師

牛頭山雲韜禪師

牛頭山凝禪師

牛頭山凝禪師

牛頭山法梁禪師

牛頭山法梁禪師

江寧行應禪師

江寧行應禪師

牛頭山惠良禪師

牛頭山惠良禪師

興善道融禪師

興善道融禪師

蔣山照明禪師

蔣山照明禪師

牛頭山法燈禪師

牛頭山法燈禪師

牛頭山定空禪師

牛頭山定空禪師

牛頭山慧涉禪師

牛頭山慧涉禪師

幽棲道遇禪師

幽棲道遇禪師

牛頭山凝空禪師

牛頭山凝空禪師

蔣山道初禪師

蔣山道初禪師

幽棲藏禪師

幽棲藏禪師

牛頭山靈暉禪師

牛頭山靈暉禪師

幽棲道穎禪師

幽棲道穎禪師

牛頭山巨英禪師

牛頭山巨英禪師

釋山法常禪師

釋山法常禪師

龍門凝寂禪師

龍門凝寂禪師

莊嚴遠禪師

莊嚴遠禪師

襄州道堅禪師

襄州道堅禪師

尼明悟

尼明悟

居士殷淨已

居士殷淨已

前慧涉復出一人

前慧涉再出一人

潤州棲霞寺清源禪師(已上三十四人無機緣語句不錄)

潤州棲霞寺清源禪師(以上三十四人機縁の語句なし、収録せず)

第三十二祖弘忍大師五世旁出一百七人

第三十二祖弘忍大師五世より旁出一百七人

第一世一十三人(三人見錄)

第一世一十三人(三人見録)

北宗神秀禪師

北宗神秀禪師

嵩嶽慧安國師

嵩嶽慧安國師

袁州蒙山道明禪師

袁州蒙山道明禪師

揚州奉法寺曇光禪師

揚州奉法寺曇光禪師

隨州禪慥禪師

隨州禪慥禪師

金州法持禪師

金州法持禪師

資州智侁禪師

資州智侁禪師

舒州法照禪師

舒州法照禪師

越州義方禪師

越州義方禪師

枝江道俊禪師

枝江道俊禪師

常州玄賾禪師

常州玄賾禪師

越州僧達禪師

越州僧達禪師

白松山劉主簿(已上一十人無機緣語句不錄)

白松山劉主簿(以上十人機縁の語句なし、収録せず)

第二世三十七人

第二世三十七人

北宗神秀禪師法嗣一十九人(五人見錄)

北宗神秀禪師法嗣一十九人(五人見録)

五臺山巨方禪師

五臺山巨方禪師

河中府中條山智封禪師

河中府中條山智封禪師

兗州降魔藏禪師

兗州降魔藏禪師

壽州道樹禪師

壽州道樹禪師

淮南都梁山全植禪師

淮南都梁山全植禪師

荊州辭朗禪師

荊州辭朗禪師

嵩山普寂禪師

嵩山普寂禪師

大佛山香育禪師

大佛山香育禪師

西京義福禪師

西京義福禪師

忽雷澄禪師

忽雷澄禪師

東京日禪師

東京日禪師

大原遍淨禪師

大原遍淨禪師

南嶽元觀禪師

南嶽元觀禪師

汝南杜禪師

汝南杜禪師

嵩山敬禪師

嵩山敬禪師

京兆小福禪師

京兆小福禪師

晉州霍山觀禪師

晉州霍山觀禪師

潤州茅山崇珪禪師

潤州茅山崇珪禪師

安陸懷空禪師(已上一十四人無機緣語句不錄)

安陸懷空禪師(以上十四人機縁の語句なし、収録せず)

前嵩嶽慧安國師法嗣一十八人(三人見錄)

前嵩嶽慧安國師法嗣一十八人(三人見録)

洛京福先寺仁儉禪師

洛京福先寺仁儉禪師

嵩嶽破灶墮和尚

嵩嶽破竈墮和尚

嵩嶽元珪禪師

嵩嶽元珪禪師

常山坦然禪師

常山坦然禪師

鄴都圓寂禪師

鄴都圓寂禪師

西京道亮禪師

西京道亮禪師

道亮復出五人

道亮再出五人

一揚州大總管李孝逸

一、揚州大總管李孝逸

二工部尚書張錫

二、工部尚書張錫

三國子祭酒崔融

三、國子祭酒崔融

四秘書監賀知章

四、祕書監賀知章

五睦州刺史康詵

五、睦州刺史康詵

前隨州神慥禪師復出一人

前隨州神慥禪師再出一人

正壽禪師

正壽禪師

前蒙山道明禪師復出三人

前蒙山道明禪師再出三人

一洪州崇寂禪師

一洪州崇寂禪師

二江西瓌禪師

二江西瓌禪師

三撫州神貞禪師

三撫州神貞禪師

前資州智侁禪師復出一人

前資州智侁禪師再出一人

資州處寂禪師

資州處寂禪師

前玄𦣱禪師復出二人

前玄賾禪師再出二人

一義興神斐禪師

一義興神斐禪師

二湖州暢禪師(已上一十五人機緣語句不錄無)

二、湖州暢禪師(以上十五人、機縁語句は収録せず)

第三世四十九人

第三世四十九人

前荊州辭朗禪師法嗣

前荊州辭朗禪師法嗣

紫金玄宗禪師

紫金玄宗禪師

明州大梅山常禪師

明州大梅山常禪師

塼界慎徽禪師(已上三人無機緣語句不錄)

磚界慎徽禪師(以上三人機縁の語句なし、収録せず)

前嵩山普寂禪師法嗣四十六人(一人見錄)

前嵩山普寂禪師法嗣四十六人(一人見録)

終南山惟政禪師

終南山惟政禪師

廣福慧空禪師

廣福慧空禪師

常越禪師

常越禪師

襄州夾石山思禪師

襄州夾石山思禪師

明瓚禪師

明瓚禪師

敬愛寺真禪師

敬愛寺真禪師

兗州守賢禪師

兗州守賢禪師

定州石藏禪師

定州石藏禪師

南嶽澄心禪師

南嶽澄心禪師

南嶽日照禪師

南嶽日照禪師

洛京同德寺幹禪師

洛京同德寺幹禪師

蘇州真亮禪師

蘇州真亮禪師

瓦棺寺𤀹禪師

瓦棺寺𤀹禪師

弋陽法融禪師

弋陽法融禪師

廣陵演禪師

廣陵演禪師

陝州慧空禪師

陝州慧空禪師

洛京真亮禪師

洛京真亮禪師

澤州亙月禪師

澤州亙月禪師

亳州曇真禪師

亳州曇真禪師

都梁山崇演禪師

都梁山崇演禪師

京兆章敬寺澄禪師

京兆章敬寺澄禪師

嵩陽寺一行禪師

嵩陽寺一行禪師

京兆山北寺融禪師

京兆山北寺融禪師

晉州定陶丁居士

晉州定陶丁居士

前西京義福禪師復出八人

前西京義福禪師再出八人

大雄猛禪師

大雄猛禪師

西京大震動禪師

西京大震動禪師

神斐禪師

神斐禪師

西京大悲光禪師

西京大悲光禪師

西京大隱禪師

西京大隱禪師

定境禪師

定境禪師

道播禪師

道播禪師

玄證禪師

玄證禪師

前降魔藏禪師復出三人

前降魔藏禪師再出三人

西京寂滿禪師

西京寂滿禪師

西京定莊禪師

西京定莊禪師

南嶽慧隱禪師

南嶽慧隱禪師

前南嶽元觀禪師復出一人

前南嶽元觀禪師再出一人

神照禪師

神照禪師

前小福禪師復出三人

前小福禪師再出三人

京兆藍田深寂禪師

京兆藍田深寂禪師

太白山日沒雲禪師

太白山日沒雲禪師

東白山法超禪師

東白山法超禪師

前霍山觀禪師復出一人

前霍山觀禪師再出一人

峴山幽禪師

峴山幽禪師

前資州處寂禪師復出四人

前資州處寂禪師再出四人

益州無相禪師

益州無相禪師

益州長松山馬禪師

益州長松山馬禪師

超禪師

超禪師

梓州曉了禪師

梓州曉了禪師

前義興斐禪師復出二人

前義興斐禪師再出二人

西京智遊禪師

西京智遊禪師

東都智深禪師(已上四十五人無機緣語句不錄)

東都智深禪師(以上四十五人機縁の語句なし、収録せず)

第四世七人

第四世七人

前興善惟政禪師法嗣

前興善惟政禪師法嗣

衡州定心禪師

衡州定心禪師

敬愛寺志真禪師(已上二人無機緣語句不錄)

敬愛寺志真禪師(以上二人機縁の語句なし、収録せず)

前益州無相禪師法嗣五人(一人見錄)

前益州無相禪師法嗣五人(一人見録)

益州保唐寺無住禪師

益州保唐寺無住禪師

荊州明月山融禪師

荊州明月山融禪師

漢州雲頂山王頭陀

漢州雲頂山王頭陀

益州淨眾寺神會禪師

益州淨衆寺神會禪師

前塼界慎徽禪師復出一人

前磚界慎徽禪師再出一人

武誡禪師(已上四人無機緣語句不錄)

武誡禪師(以上四人機縁の語句なし、収録せず)

第五世一人

第五世一人

前敬愛寺志真禪師法嗣

前敬愛寺志真禪師法嗣

嵩山照禪師(無機緣語句不錄)

嵩山照禪師(機縁の語句なし、収録せず)

第三十一祖道信大師下旁出法嗣

第三十一祖道信大師のの下よりより旁出法嗣

金陵牛頭山六世祖宗

金陵牛頭山六世祖宗

第一世法融禪師者。潤州延陵人也。姓韋氏。年十九學通經史。尋閱大部般若曉達真空。忽一日歎曰。儒道世典非究竟法。般若正觀出世舟航。遂隱茅山投師落髮。後入牛頭山幽棲寺北巖之石室。有百鳥銜華之異。唐貞觀中四祖遙觀氣象。知彼山有奇異之人。乃躬自尋訪問寺僧。此間有道人否。曰出家兒那箇不是道人。祖曰。阿那箇是道人。僧無對。別僧雲。此去山中十里許有一懶融。見人不起亦不合掌。莫是道人。祖遂入山見師。端坐自若曾無所顧。祖問曰。在此作什麼。師曰觀心。祖曰。觀是何人心是何物。師無對便起作禮。師曰。大德高棲何所。祖曰。貧道不決所止或東或西。師曰。還識道信禪師否。曰何以問他。師曰。嚮德滋久冀一禮謁。曰道信禪師貧道是也。師曰。因何降此。祖曰。特來相訪。莫更有宴息之處否。師指後面雲。別有小庵。遂引祖至庵所。繞庵唯見虎狼之類。祖乃舉兩手作怖勢。師曰。猶有這箇在。祖曰。適來見什麼。師無對。少選祖卻於師宴坐石上書一佛字。師覩之竦然。祖曰。猶有這箇在。師未曉乃稽首請說真要。祖曰。夫百千法門同歸方寸。河沙妙德總在心源。一切戒門定門慧門神通變化。悉自具足不離汝心。一切煩惱業障本來空寂。一切因果皆如夢幻。無三界可出。無菩提可求。人與非人性相平等。大道虛曠絕思絕慮。如是之法汝今已得更無闕少。與佛何殊更無別法。汝但任心自在。莫作觀行。亦莫澄心。莫起貪瞋。莫懷愁慮。蕩蕩無礙任意縱橫。不作諸善不作諸惡。行住坐臥觸目遇緣。總是佛之妙用快樂無憂。故名為佛。師曰。心既具足。何者是佛何者是心。祖曰。非心不問佛。問佛非不心。師曰。既不許作觀行。於境起時心如何對治。祖曰。境緣無好醜。好醜起於心。心若不彊名。妄情從何起。妄情既不起。真心任遍知。汝但隨心自在無復對治。

第一世法融禪師は、潤州延陵の人、姓は韋。十九歳にして經史に學通じ、隨後大きな部の般若を閱して眞空を曉達す。忽然として一日歎じて曰く、儒道の世典は究竟の法にあらず、般若正觀こそ出世の舟航なり。乃ち茅山に隱居して師に投じて髮を落す。後に牛頭山幽棲寺北巖の石室に入るに、百鳥の花を銜ふの異事あり。唐貞觀年中、四祖遙かに氣象を觀見して其の山中に奇異の人有るを知り、即ち親しく尋訪して寺僧に問ふ、此に道人ありや。僧曰く、出家兒、阿誰か是れ道人ならざる。祖曰く、阿那箇か是れ道人。僧、對無し。別に僧有りて曰く、此より山中に去ること十里許りに一の懶融ありて、人を見ても起たず、亦合掌せず、莫れも是れ道人か。祖、於是乎山に入りて師を見る。師、端坐自若として全く顧看せず。祖問ふ、此に於て何を作す。師曰く、觀心。祖曰く、觀は是れ何人、心は是れ何物。師、對無くして便ち起ちて禮を作す。師曰く、大德、高栖何の處ぞ。祖曰く、貧道に定める住處無し、或は東或は西。師曰く、還た道信禪師を識るか。祖曰く、何以に彼を問ふ。師曰く、德風を嚮往すること久し、一禮謁せんことを得んと欲す。祖曰く、道信禪師は貧道即ち是れなり。師曰く、何に因りて此に降る。祖曰く、特に來りて相訪す、還た宴息する處有らんや。師、後を指して曰く、別に小庵あり。於是乎祖を引いて庵所に至る。庵を繞れば唯見る虎狼の類を、祖、即ち兩手を擧げて怖勢を作す。師曰く、猶此の箇在り。祖曰く、適かに何をか見たる。師、對無し。少頃、祖、却て師の宴坐の石上に一の佛字を書す。師、見て竦然たり。祖曰く、猶此の箇在り。師、未だ曉らずして即ち稽首して眞要の説を請ふ。祖曰く、百千の法門、同じく方寸に歸し、河沙の妙德、總て心源に在り、一切の戒門・定門・慧門・神通變化は悉く自ら具足して、汝の心を離れず、一切の煩惱業障は本來空寂にして一切の因果は皆夢幻の如し、三界有りて出る可くなく菩提有りて求む可からず、人と非人と性相平等にして、大道は虛曠にして思を絕ち慮を絕つ、是の如きの法、汝今已に得たり、更に缺少有ること無く、佛と何の別あらん、更に別法無し、汝但任せて心自在にして、觀行を作すこと勿れ、亦心を澄ますこと勿れ、貪瞋を起すこと勿れ、愁慮を懷くこと勿れ、蕩蕩として礙無く任意縱橫にして、諸の善を作さず諸の惡を作さず、行住坐臥・觸目に緣に遇ふは、皆是れ佛の妙用にして快樂無憂なり、故に名づけて佛と曰ふ。師曰く、心既に具足すれば、阿箇か是れ佛、阿箇か是れ心。祖曰く、心に非ざれば佛を問はず、佛を問はば心に非ざるならず。師曰く、既に觀行を作すを許さざれば、境の起こる時、心如何に對治する。祖曰く、境緣に好醜無し、好醜は心に起こる、心若し名を強ゐざれば、妄情何の處よりか起こらん、妄情既に起こらざれば、眞心遍知に任す、汝但心に隨ひて自在せよ、更に對治すること必ずしもせず、

即名常住法身無有變異。吾受璨大師頓教法門。今付於汝。汝今諦受吾言只住此山。向後當有五人達者紹汝玄化(圭峰判為泯絕無寄宗。引破相教而印之。有僧問。南泉。牛頭未見四祖時。為什麼鳥獸銜華來供養。南泉雲。只為步步蹋佛階梯。洞山雲。如掌觀珠意不暫捨。僧雲。見後為什麼不來。南泉雲。直饒不來猶較王老師一線道。洞山雲。通身去也。又一尊宿答前兩問皆雲。賊不打貧兒家。僧問一老宿。牛頭未見四祖時如何。雲如條貫葉。僧雲。見後如何。雲秋夜紛紛。又僧問吳越永明潛禪師。牛頭未見四祖時如何。潛雲牛頭。僧雲。見後如何。潛雲牛頭。諸方舉唱甚多不可備錄)祖付法訖。遂返雙峰山終老。師自爾法席大盛。唐永徽中。徒眾乏糧。師往丹陽緣化。去山八十里。躬負米一石八斗。朝往暮還供僧三百。二時不闕三年。邑宰蕭元善。請於建初寺講大般若經。聽者雲集。至滅靜品地為之震動。謂罷歸山。博陵王問師曰。境緣色發時。不言緣色起。云何得知緣。乃欲息其起。師答曰。境色初發時。色境二性空。本無知緣者。心量與知同。照本發非發。爾時起自息。抱暗生覺緣。心時緣不逐。至如未生前。色心非養育。從空本無念。想受言念生。起法未曾起。豈用佛教令。問曰閉目不見色。境慮乃便多。色既不關心。境從何處發師曰。閉目不見色。內心動慮多。幻識假成用。起名終不過。知色不關心。心亦不關人。隨行有相轉。鳥去空中真。問曰。境發無處所。緣覺了知生。境謝覺還轉。覺乃變為境。若以心曳心。還為覺所覺。從之隨隨去。不離生滅際。師曰。色心前後中。實無緣起境。一念自凝忘。誰能計動靜。此知自無知。知知緣不會。當自檢本形。何須求域外。前境不變謝。後念不來今。求月執玄影。討跡逐飛禽。欲知心本性。還如視夢裡。譬之六月氷。處處皆相似。避空終不脫。

(祖、接ぎて曰く、)即ち名づけて常住法身と爲し、變異無し。我、璨大師の頓教法門を受けて、今汝に付す、汝今諦かに我が言を受けて只此の山に住せ、向後當に五の達者有りて汝の玄化を紹繼せん。(圭峰、泯絕無寄宗と判じて破相教を引きて印證と爲す。僧あり南泉に問ふ、牛頭、未だ四祖を見ざる時、何を以て鳥獣の花を銜へて來りて供養する、南泉曰く、只歩歩に佛の階梯を踏むが爲、洞山曰く、掌中に珠を觀るが如く意暫らくも捨てず、僧曰く、見たる後何を以て來らざる、南泉曰く、直饒來らずと雖も猶王老師の一線道に較べり、洞山曰く、通身去りぬ、又一の尊宿ありて前の兩問に答へて皆曰く、賊は貧兒の家を打たず、僧、一の老宿に問ふ、牛頭未だ四祖を見ざる時如何、曰く、條の葉を貫くが如し、僧曰く、見たる後如何、曰く、秋夜紛紛たり、又僧ありて吳越永明潛禪師に問ふ、牛頭未だ四祖を見ざる時如何、潛曰く、牛頭、僧曰く、見たる後如何、潛曰く、牛頭、諸方の擧唱甚だ多し、備録する能はず。)祖、法を付し畢りて、即ち雙峰山に返りて終老す。師、此より法席大いに盛んなり。唐永徽年中、徒衆、糧を缺きて師、丹陽に往きて緣化す、山を離るること八十里、親しく米一石八斗を負ひて朝に往き暮に還り、僧三百人を供して二時缺かず、三年に達す。邑宰蕭元善、彼を請じて建初寺に《大般若經》を講ぜしむ、聽者雲集す、滅靜品に講じ至りて地、此が爲に震動す、講し罷みて山に歸る。博陵王、師に問ひて曰く、境緣色の發する時、緣色の起ると言はず、如何にしてか知る緣を得て、纔かに其の起を止息せんと欲する。師、答へて曰く、境色初發の時、色境二性は空なり、本來緣を知る人無く、心量知と同じ、本を照らして發すれど發に非ず、其の時起り自ら息む、暗を抱きて覺緣を生ぜば、心の時緣逐はず、未生の前に至りては、色心養育に非ず、空に從りて本來念無し、想受は言念に因りて生ず、起法は曾て起たず、豈に佛教の令を用ゐんや。問ひて曰く、目を閉ぢて色を見ずとも境慮却て便ち多し、色既に心に關はらざれば、境は何の處よりか發する。師曰く、目を閉ぢて色を見ず、内心の動慮多し、幻識假りて用を成し、名を起すも終に過ぎず、色の心に關はらざるを知れば、心も亦人に關はらず、行に隨ひて有相轉ずれば、鳥去りて空中眞なり。問ひて曰く、境發して處所無く、緣覺了知して生ず、境謝して覺還た轉じ、覺乃ち變じて境と爲る、若し心を以て心を曳けば、還た覺に覺ぜらるる所と爲る、之に從ひて隨隨に去りて生滅の際を離れず。師曰く、色心の前後中に實に緣起の境無し、一念自ら凝忘して誰か能く動靜を計らん、此の知は自ら知無く、知々緣會せず、當に自ら本形を檢すべし、何ぞ須らく域外を求めん、前境變謝せず、後念今に來らず、月を求めて玄影を執り、迹を討てて飛禽を逐ふ、心の本性を知らんと欲せば還た夢裏を視るが如し、譬ふれば六月の冰の處處皆相似たるが如し、空を避くるも終に脫せず、

求空復不成。借問鏡中像。心從何處生。問曰。恰恰用心時。若為安隱好。師曰。恰恰用心時。恰恰無心用。曲譚名相勞。直說無繁重。無心恰恰用。常用恰恰無。今說無心處。不與有心殊。問曰。智者引妙言。與心相會當。言與心路別。合則萬倍乖。師曰。方便說妙言。破病大乘道。非關本性譚。還從空化造。無念為真常。終當絕心路。離念性不動。生滅無乖誤。谷響既有聲。鏡像能迴顧。問曰。行者體境有。因覺知境亡。前覺及後覺。並境有三心。師曰。境用非體覺。覺罷不應思。因覺知境亡。覺時境不起。前覺及後覺。並境有三遲。問曰。住定俱不轉。將為正三昧。諸業不能牽。不知細無明。徐徐躡其後。師曰。復聞別有人。虛執起心量。三中事不成。不轉還虛妄。心為正受縛。為之淨業障。心塵萬分一。不了說無明。細細習因起。徐徐名相生。風來波浪轉。欲靜水還平。更欲前途說。恐畏後心驚。無念大獸吼。性空下霜雹。星散穢草摧。縱橫飛鳥落。五道定紛綸。四魔不前卻。既如猛火燎。還如利劍斫。問曰。賴覺知萬法。萬法本來然。若假照用心。只得照用心。不應心裡事。師曰。賴覺知萬法。萬法終無賴。若假照用心。應不在心外。問曰。隨隨無簡擇。明心不現前。復慮心闇昧。在心用功行。智障復難除。師曰。有此不可有。尋此不可尋。無簡即真擇。得闇出明心。慮者心冥昧存心託功行。何論智障難。至佛方為病。問曰。折中消息間。實亦難安帖。自非用行人。此難終難見。師曰。折中欲消息。消息非難易。先觀心處心。次推智中智。第三照推者。第四通無記。第五解脫名。第六等真偽。第七知法本。第八慈無為。第九遍空陰。第十雲雨被。最盡彼無覺。無明生本智。鏡像現三業。幻人化四衢。不住空邊盡。當照有中無。不出空有內。未將空有俱。號之名折中。折中非言說。安帖無處安。

(師、接ぎて曰く、)空を求めて復た成らず、借問ふ、鏡中の像は心何の處よりか生ずる。問ひて曰く、恰恰用心の時、如何に安隱なるを善しとする。師曰く、恰恰用心の時、恰恰無心を用ゐ、曲談は名相を勞し、直説は繁重無し、無心恰恰に用ゐ、常用恰恰に無し、今無心の處を説くも有心と殊ならず。問ひて曰く、智者妙言を引きて心と會當すれど、言と心路と別れて合すれば萬倍乖る。師曰く、方便に妙言を説きて病を破るは大乘の道なり、本性の談に關はらずして還た空化より造る、無念を以て眞常と爲して終に當に心路を絕すべし、念を離れて性動かず生滅に乖誤無し、谷響既に聲有り、鏡像能く回顧す。問ひて曰く、行者、境有りを體して覺に因りて境の亡ぶを知る、前覺及び後覺并びに境に三心あり。師曰く、境の用は體覺に非ず、覺罷みて應に思ふべからず、覺に因りて境の亡ぶを知れば、覺の時境起こらず、前覺及び後覺并びに境に三遲あり。問ひて曰く、定に住して俱に轉ぜず、將に正三昧と爲さん、諸業牽く能はずとも細き無明を知らず、徐徐として其の後を躡む。師曰く、復た聞く、別に人有りて虛執に心量を起す、三中に事成らず、轉ぜざれば還た虛妄なり、心は正受に縛せらる爲に淨業障と爲す、心塵萬分の一も了せざれば無明と説く、細細として習因起こり、徐徐として名相生ず、風來れば波浪轉じ、靜まらんと欲すれば水還た平らぐ、更に前途を説かんと欲すれば恐畏して後心驚かん、無念は大獸の吼ふが如く、性空は霜雹を下すが如し、星散り穢草摧れ、縱橫に飛鳥落つ、五道定まりて紛綸し、四魔前却せず、既に猛火の燎くが如く、還た利劍の斫るが如し。問ひて曰く、覺に賴りて萬法を知れば、萬法本來然り、若し照らす用心を假れば、只照らす用心を得るのみ、心裏の事に應せず。師曰く、覺に賴りて萬法を知れば、萬法終に賴ること無し、若し照らす用心を假れば、應に心外に在らざるべし。問ひて曰く、隨隨に簡擇無くて明心現前せず、復た心の暗昧なるを慮りて心に在りて功行を用ゐれば、智障復た除き難し。師曰く、此有るは有る可からず、此を尋ぬるは尋ぬる可からず、簡無きは即ち眞擇なり、暗を得て明心を出す、慮る者は心冥昧なり、心を存して功行に托す、何ぞ智障の難を論ぜん、佛に至りて方に病と爲る。問ひて曰く、折中の消息の間は實に亦安帖し難し、自ら用行の人に非ざれば、此の難終に見難し。師曰く、折中にして消息せんと欲すれば、消息は難易に非ず、先ず心の處に心を觀、次に智の中の智を推す、第三は照らす者を推し、第四は無記に通じ、第五は解脱の名、第六は眞僞を等しくし、第七は法本を知り、第八は慈しみ無爲、第九は遍く空陰し、第十は雲雨被ふ、最盡く彼の無覺は無明生ずる本智なり、鏡像は三業を現じ、幻人は四衢を化す、空邊に住せず盡くして、當に有の中の無を照らすべし、空有の内を出でずして未だ空有を俱にせず、號して之を折中と名づく、折中は言説に非ず、安帖は安んずる處無く、

用行何能決。問曰。別有一種人。善解空無相。口言定亂一。復道有中無。同證用常寂。知覺寂常用。用心會真理。後言用無用。智慧方便多。言辭與理合。如如理自如。不由識心會。既知心會非。心心復相泯。如是難知法。永劫不能知。同此用心人。法所不能化。師曰。別有證空者。還如前偈論。行空守寂滅。識見暫時翻。會真是心量。終知未了原。又說息心用。多智疑相似。良由性不明。求空且勞己。永劫住幽識。抱相都不知。放光便動地。於彼欲何為。問曰。前件看心者。復有羅縠難。師曰。看心有羅縠。幻心何待看。況無幻心者。從容下口難。問曰。久有大基業。心路差互間。得覺微細障。即達於真際。自非善巧師。無能決此理。仰惟我大師。當為開要門。引導用心者。不令失正道。師曰。法性本基業。夢境成差互。實相微細身。色心常不悟。忽逢混沌士。哀怨愍群生。託疑廣設問。抱理內常明。生死幽徑徹。毀譽心不驚。野老顯分答。法相媿來儀。蒙發群生藥。還如色性為。顯慶元年邑宰蕭元善。請出山住建初。師辭不獲免。遂命入室上首智巖。付囑法印令以次傳授。將下山謂眾曰。吾不復踐此山矣。時鳥獸哀號踰月不止。庵前有四大桐樹。仲夏之月忽自凋落。明年丁巳閏正月二十三日終於建初。壽六十四。臘四十一。二十七日窆於雞籠山。會送者萬餘人。其牛頭山舊居。金源虎咆泉錫杖泉金龜等池。宴坐石室今悉存焉。

(師、接ぎて曰く、)用行何を以てか決せん。問ひて曰く、別に一種の人有りて善く空無相を解し、口に定亂一を言ひ、又道の有中に無と説き、同じく證し用ゐて常寂なり、知覺は寂しく常に用ゐ、用心して眞理に會し、後に又用じて用無しと説く、智慧方便多く、言辭理と合す、如如の理は自ら如し、識心の會に由らず、既に心會の非を知れば心心又相泯し、是の如き知り難きの法は永劫知る能はず、此の用心の人に同じければ法も化する能はざる所なり。師曰く、別に空を證する人有りて還た前の偈の論ずるが如し、空を行じ寂滅を守れば識見暫時に翻る、眞に會すは是れ心量にして終に未だ了原を知らず、又息心の用を説くは多智の疑ふに相似たり、只性の明らかならざるに因りて空を求めて且つ己を勞す、永劫幽識に住して相を抱きて都て道を知らず、光を放てば便ち地を動かす、彼に於て何をか作さんとする。問ひて曰く、前面の看心の人は又有りて羅縠の難あり。師曰く、看心に羅縠有り、幻心何ぞ看るを待たん、況んや幻心無きの人は從容として口を下すこと難し。問ひて曰く、久しく大基業有りて心路差互の間に、微細の障を覺得すれば即ち眞際に達す、自ら善巧の師に非ざれば人も此の理を決する能はず、仰ぎ惟ふに我が大師、當に要門を開きて用心の人を引導して正途を失はしめざらんことを。師曰く、法性は本來の基業にして夢境差互を成し、實相は微細の身にして色心常に悟らず、忽ち混沌の士に逢ひて群生を哀愍し、疑に托して廣く問を設け、理を抱きて内に常に明らかなり、生死の幽徑徹して毁譽心驚かず、野老は顯分して答へ、法相は來儀に愧る、蒙を發くは群生の藥にして還た色性と爲すが如し。顯慶元年、邑宰蕭元善、山を出でて建初に住せんことを請ふ、師、推辭して免るるを得ず、於是乎入室上首智巖に命じて法印を付嘱し、次を依りて傳授せしむ、將に山を下らんとして衆に對して曰く、我、復た此の山を踏まざらん、當時鳥獸哀號して月を踰えて止まず、庵前に四株の大桐樹ありて仲夏の月に忽然として自ら凋落す、明年丁巳閏正月二十三日、建初に終はりて壽六十四・臘四十一、二十七日、雞籠山に葬る、會送する者萬餘人、其の牛頭山の舊居、金源・虎咆泉・錫杖泉・金龜等の池・宴坐の石室は、今皆在り。

第二世智巖禪師者。曲阿人也。姓華氏。弱冠智勇過人。身長七尺六寸。隋大業中為郎將。常以弓掛一濾水囊。隨行所至汲用。累從大將徵討頻立戰功。唐武德中。年四十。遂乞出家。入舒州皖公山。從寶月禪師為弟子。後一日宴坐。覩異僧身長丈餘。神姿爽拔詞氣清朗。謂師曰。卿八十生出家。宜加精進。言訖不見。嘗在谷中入定。山水瀑漲。師怡然不動。其水自退。有獵者遇之。因改過修善。復有昔同從軍者二人。聞師隱遁。乃共入山尋之。既見因謂師曰。郎將狂耶何為住此。答曰。我狂欲醒君狂正發。夫嗜色淫聲貪榮冒寵。流轉生死何由自出。二人感悟歎息而去。師貞觀十七年歸建業入牛頭山。謁融禪師發明大事。禪師謂師曰吾受信大師真訣所得都亡。設有一法勝過涅槃吾說亦如夢幻。夫一塵飛而翳天。一芥墮而覆地。汝今已過此見。吾復何雲。山門化導當付之於汝。師稟命為第二世。後以正法付方禪師。住白馬捿玄兩寺。又遷住石頭城。於儀鳳二年正月十日示滅。顏色不變屈伸如生。室有異香經旬不歇。遺言水葬。壽七十有八。臘三十有九。

第二世智巖禪師は、曲阿の人、姓は華。弱冠にして智勇人に過ぎ、身長七尺六寸。隋大業中、郎將と爲り、常に弓に一隻の濾水囊を挂けて行く所に隨ひて汲用す。屢大將に隨ひて征討して頻りに戰功を立つ。唐武德中、年四十にして即ち出家を求め、舒州皖公山に入りて寶月禪師に從ひて弟子と爲る。後に一日宴坐して異僧を見るに身長丈餘、神姿爽拔にして詞氣清朗なり、師に對して曰く、汝、八十生皆出家せり、當に益々精進すべし、言い訖りて即ち見えず。曾て谷中に入定す、山水暴漲すれど師、怡然として動かず、其の水自ら退去す、獵人彼に遇ひて有りて、因りて過を改め善を修す。又前日同じく軍に從ふ二人ありて、師の隱遁するを聞きて、即ち共に山に入りて彼を尋ぬ、見面して師に對して曰く、郎將、狂へるか、何を以て此に住する。答曰く、我が狂は將に醒めんとす、汝が狂は正に發す、色に嗜み聲に淫し、榮を貪り寵を冒して生死を流轉す、何の處よりか自ら出でん。二人、感悟して歎息して去る。師、貞觀十七年に於て建業に歸り、牛頭山に入りて融禪師に謁して大事を發明す。禪師、師に對して曰く、我、道信大師の眞訣を受けて得る所皆亡し、縱ほ一法涅槃に勝れるありと雖も、我、説くも夢幻の如し、一塵飛べば即ち天を翳し、一芥堕ちれば即ち地を覆ふ、汝、今已に此の見を過ぎたり、我、尚ほ何をか説かん、山門の化導は當に汝に付すべし。師、命を禀けて第二世と爲る。後に正法を方禪師に付して、白馬・棲玄の兩寺に住し、又遷りて石頭城に住す。儀鳳二年正月十日に於て示滅す、顏色變はらず屈伸生の如く、室に異香ありて旬を經て歇まず、遺言水葬す、壽七十八・臘三十九。

第三世慧方禪師者。潤州延陵人也。姓濮氏。投開善寺出家。及進具。洞明經論。後入牛頭山。謁巖禪師諮詢秘要。巖觀其根器堪任正法。遂示以心印。師豁然領悟。於是不出林藪僅踰十年。四方學者雲集。師一旦謂眾曰。吾欲他行隨機利物。汝宜自安也。乃以正法付法持禪師。遂歸茅山。數載將欲滅度。見有五百許人。髻髮後垂狀如菩薩。各持幡華雲。請法師講。又感山神現大蟒身至庭前如將泣別。師謂侍者洪道曰。吾去矣。汝為吾報諸門人。及門人奔至。師已入滅。時唐天冊元年八月一日。山林變白谿㵎絕流七日。道俗悲慕聲動山谷。壽六十有七。臘四十。

第三世慧方禪師は、潤州延陵の人、姓は濮。開善寺に投じて出家す。進具するに及びて經論を洞明す。後に牛頭山に入りて巖禪師に謁して祕要を諮詢す。巖、其の根器の正法に任ふ能くを看て、即ち心印を以て示す。師、豁然として領悟し、於是乎林藪を出でず、纔かに十年を過して四方の學者雲集す。師、一日衆に對して曰く、我、別處に往かんと欲して機に隨ひて物を利せん、汝等當に自ら安んずべし、即ち正法を法持禪師に付して於是乎茅山に歸る。數年の後、將に滅度せんとして、約五百人を見るに髻髮後に垂れて狀菩薩の如く、各々幡花を持して曰く、法師の講を請ふ、又山神の大蟒身を現じて庭前に至りて泣別せんとするが如くを感ず、師、侍者洪道に對して曰く、我、去らんとす、汝、我が爲に諸の門人に報ぜよ、門人の奔至するに及ぶや、師、已に入滅せり、時は唐天冊元年八月一日なり、山林白に變じ溪澗流を絶つこと七日、道俗悲慕して聲山谷を動かす、壽六十七・臘四十。

第四世法持禪師者。潤州江寧人也。姓張氏。幼歲出家。年三十遊黃梅忍大師坐下。聞法心開。後復遇方禪師為之印可。乃繼跡山門。作牛頭宗祖。及黃梅謝世。謂弟子玄賾曰。後傳吾法者可有十人。金陵法持是其一也。後以法眼付智威禪師。於唐長安二年九月五日。終於金陵延祚寺無常院。遺囑令露骸松下飼諸鳥獸。迎出日空中有神幡。從西而來繞山數匝。所居故院竹林變白七日而止。壽六十有八。臘四十一。

第四世法持禪師は、潤州江寧の人、姓は張。幼年に出家す。三十歳にして黄梅忍大師の座下に游んで法を聞きて心開く。後に又方禪師に遇ひて爲に印可せられ、即ち山門に繼迹して牛頭宗の祖と作る。黄梅の謝世するに及びて、弟子玄賾に對して曰く、後に我が法を傳ふる可き十人有り、金陵の法持は其の一なり。後に法眼を智威禪師に付す。唐長安二年九月五日に於て金陵延祚寺無常院に終はる。遺囑して骸を松下に露して諸の鳥獸に飼はしむ。迎出の日、空中に神幡ありて西より來りて山を繞ること數匝す。居する所の故院、竹林白に變じて七日にして止む。壽六十八・臘四十一。

第五世智威禪師者。江寧人也。姓陳氏。住迎青山。始丱歲。忽一日家中失之。莫知所往。及父母尋訪。乃知已依天寶寺統法師出家矣。年二十受具。後聞法持禪師出世。乃往禮謁傳受正法焉。自爾江左學徒皆奔走門下。其中有慧忠者目為法器。師嘗有偈示曰。

第五世智威禪師は、江寧の人、姓は陳。迎青山に住す。纔かに童年に至りて、忽然として一日家其を見ず、往く所を知らず、父母の尋訪するに及びて、方に知る已に天寶寺の統法師に依りて出家せりと。二十歳にして具を受く。後に法持禪師の出世するを聞きて、即ち往きて禮謁して正法を傳受す。此より江左の學徒皆門下に奔走す。其中に慧忠ありて法器と看なさる。師、曾て偈有りて開示して曰く、

莫繫念念成生死河

念を繫ぐこと勿れ、念を成せば生死の河なり。

輪迴六趣海無見出長波

輪廻六趣の海、見ること無きは長波を出づ。

慧忠偈答曰。

慧忠、偈を用ゐて答へて曰く、

念想由來幻性自無終始

念想は從來是れ幻なり、性自ら終始無し。

若得此中意長波當自止

若し此の中の意を得ば、長波當に自ら止まん。

師又示偈曰。

師、又開示の偈に曰く、

餘本性虛無緣妄生人我

我が本性は虛無、因緣に妄りて人我を生ず。

如何息妄情還歸空處坐

如何にしてか妄情を息め、還た空處に歸りて坐せん。

慧忠偈答曰。

慧忠、偈を用ゐて答へて曰く、

虛無是實體人我何所存

虛無は是れ實體、人我何の存る所かあらん。

妄情不須息即汎般若船

妄情必ずしも息めず、即ち般若の船に泛ぶ。

師知其了悟乃付以山門。遂隨緣化導。於唐開元十七年二月十八日。終於延祚寺。將示滅謂弟子云。將屍林中施諸鳥獸。壽七十有七。

師、其の了悟するを知りて、即ち山門を彼に付す。於是乎緣に隨ひて化導す。唐開元十七年二月十八日に於て延祚寺に終はる。將に示滅せんとする時、弟子に對して曰く、屍身を林の中に放ちて諸の鳥獸に施せ。壽七十七。

第六世慧忠禪師者。潤州上元人也。姓王氏。年二十三受業於莊嚴寺。其後聞威禪師出世乃往謁之。威才見曰。山主來也。師感悟微旨。遂給侍左右。後辭詣諸方巡禮。威於具戒院見凌霄藤。遇夏委悴人慾伐之。因謂之曰。勿剪。慧忠還時此藤更生。及師迴果如其言。即以山門付囑訖。出居延祚寺。師平生一衲不易。器用唯一鐺。嘗有供僧穀兩廩。盜者窺伺。虎為守之。縣令張遜者。至山頂謁問師。有何徒弟。師曰。有三五人。遜曰。如何得見。師敲禪床。有三虎哮吼而出。遜驚怖而退。後眾請入城居莊嚴舊寺。師欲於殿東別創法堂。先有古木。群鵲巢其上。工人將伐之。師謂鵲曰。此地建堂汝等何不速去。言訖。群鵲乃遷巢他樹。初築基有二神人定其四角。復潛資夜役。遂不日而就。繇是四方學徒雲集坐下矣。得法者有三十四人。各住一方轉化多眾。師嘗有安心偈。示眾曰。

第六世慧忠禪師は、潤州上元の人、姓は王。二十三歳にして莊嚴寺に於て業を受く。後に威禪師の出世するを聞きて、即ち往きて謁見す。威、纔かに見て即ち曰く、山主來れり。師、微旨を感悟して即ち左右に給侍す。後に告辭して諸方に往きて巡禮す。威、具戒院に於て凌霄藤を見るに夏に遇ひて萎悴し、人將に砍らんとす、威、因りて曰く、剪ること勿れ、慧忠回り來らば此の藤當に再生せん、師の回るに及ぶや、果して其の言の如し、即ち山門を付嘱し畢りて出でて延祚寺に居る。師、平生一衲換へず、器用唯一の鐺のみ。曾て僧に供する穀兩廩ありて盜者窺伺せしが、虎彼が爲に守りを爲せり。縣令張遜、山頂に至りて師に謁問す、徒弟何の人有る。師曰く、三五人有り。遜曰く、如何にしてか見るを得る。師、禪牀を敲けば三の虎ありて哮吼して出づ、遜、驚怖して退く。後に衆人、城に入れんを請ひて莊嚴の舊寺に住す。師、殿東に別に法堂を創らんと欲す、先に古木有りて群鵲其上に巢く、工人將に砍伐せんとして師、鵲に對して曰く、此地に堂を建つ、汝等何ぞ速やかに去らざる、言い訖りて群鵲即ち巢を別樹に遷す、初め基を築く時、二の神人ありて其の四角を定め、又暗に夜役を資助して、於是乎日を不日にして成る。此より四方の學徒座下に雲集す。法を得る者三十四人有りて各々一方に住して多衆を轉化す。師、曾て安心の偈有りて衆に示して曰く、

人法雙淨善惡兩忘真心真實

人法雙く淨く、善惡兩つ忘る、眞心眞實、

菩提道場

菩提の道場。

唐大歷三年。石室前掛鐺樹掛衣藤。忽盛夏枯死。四年六月十五日集僧布薩訖。命侍者淨髮浴身。至夜有瑞雲覆其精舍。空中復聞天樂之聲。詰旦怡然坐化。時風雨暴作震折林木。復有白虹貫於巖壑。五年春茶毘獲舍利不可勝計。壽八十七。

唐大曆三年、石室前の鐺を挂くる樹・衣を挂くる藤、忽然として盛夏に枯死す。四年六月十五日、僧を集めて布薩畢りて侍者に命じて髮を淨め身を浴せしむ。夜に至りて瑞雲精舍を覆ひ空中に又天樂の聲を聞く。次日清晨、怡然として坐化す。當時風雨暴作して林木を震折し、又白虹巖壑に貫く。五年春、荼毘して舍利を獲ること勝げて計らず。壽八十七。

前法融禪師下三世旁出法嗣

前法融禪師の下、三世旁出の法嗣

金陵鍾山曇璀禪師者。吳郡人也。姓顧氏。初謁牛頭融大師。大師目而奇之。乃告之曰。色聲為無生之鴆毒。受想是至人之坑阱。子知之乎。師默而審之大悟玄旨。尋晦跡鍾山多歷年所。茅庵瓦缶以終老焉。唐天授三年二月六日。恬然入定七日而滅。壽六十二。

金陵鍾山曇璀禪師は、吳郡の人、姓は顧。初め牛頭融大師に謁す。大師、彼を看て奇を覺えて、即ち之に告げて曰く、色聲は是れ無生の鴆毒、受想は是れ至人の坑穽、汝知るか。師、默かに審察して大いに玄旨を悟る。尋いで鍾山に晦迹して多年を經歷し、茅庵瓦缶を以て此れに終老す。唐天授三年二月六日、恬然として入定して七日にして滅す。壽六十二。

前智威禪師下三世旁出法嗣

前智威禪師の下、三世旁出の法嗣

宣州安國寺玄挺禪師者。不知何許人也。甞一日有長安講華嚴經僧來。問五祖雲。真性緣起其義云何。祖默然。時師侍立次乃謂曰。大德。正興一念問時。是真性中緣起。其僧言下大悟。又或問南宗自何而立。師曰。心宗非南北。

宣州安國寺玄挺禪師、何の處の人かを知らず。曾て一日、長安より《華嚴經》を講ずる僧來りて五祖に問ふ、眞性緣起、其の義如何。祖、默然たり。當時師、旁に侍立して即ち曰く、大德、正に一念を起して來り問はんとする時、即ち是れ眞性中の緣起なり。其の僧、言下に大いに悟る。又人ありて問ふ、南宗は何の處よりか立つ。師曰く、心宗は南北に非ず。

潤州鶴林玄素禪師者。潤州延陵人也。姓馬氏。唐如意年中受業於江寧長壽寺。晚參智威禪師遂悟真宗。後居京口鶴林寺。甞一日有屠者禮謁。願就所居辨供。師欣然而往。眾皆訝之。師曰。佛性平等賢愚一致。但可度者吾即度之。復何差別之有。或有僧問。如何是西來意。師曰。會即不會。疑即不疑。師又曰。不會不疑底。不疑不會底。又有僧扣門。師問。是什麼人曰是僧。師曰。非但是僧。佛來亦不著。曰佛來為什麼不著。師曰。無汝止泊處。天寶十一年十一月十一日。中夜無疾而滅。壽八十五。建塔於黃鶴山。勅諡大津禪師大和寶航之塔。

潤州鶴林玄素禪師は、潤州延陵の人、姓は馬。唐如意年中、江寧長壽寺に於て業を受く。晚年、智威禪師に參じて、於是乎眞宗を悟得す。後に京口鶴林寺に住す。曾て一日、屠者ありて禮謁して就がん所居に辦供せんを願ふ。師、欣然として往く、衆人皆驚訝す。師曰く、佛性平等にして賢愚一致なり、只度すべきあれば、我即ち彼を度す、又何の差別かあらん。或る僧問ふ、如何なるか是れ西來意。師曰く、會すれば即ち會せず、疑へば即ち疑はず。師又曰く、會せず疑はざるの、疑はざれば會せざるの。又僧ありて門を敲く。師問ふ、是れ何人ぞ。曰く、是れ僧。師曰く、非但僧なり、佛來りても著かず。曰く、佛來れば何を以て著かざる。師曰く、汝の止泊する處無し。天寶十一年十一月十一日、中夜に疾無くして滅す。壽八十五。黃鶴山に塔を建つ。敕諡して大津禪師・大和寶航の塔。

舒州天柱山崇慧禪師者。彭州人也。姓陳氏。唐乾元初往舒州天柱山創寺。永泰元年勅賜號天柱寺。僧問。如何是天柱境。師曰。主薄山高難見日。玉鏡峰前易曉人。問達磨未來此土時。還有佛法也無。師曰。未來時且置。即今事作麼生。曰某甲不會乞師指示。師曰。萬古長空一朝風月。良久又曰。闍黎會麼。自己分上作麼生。幹他達磨來與未來作麼。他家來大似賣卜漢相似。見汝不會。為汝錐破卦文。才生吉凶。在汝分上一切自看。僧問。如何是解卜底人。師曰。汝才出門時便不中也。問如何是天柱家風。師曰。時有白雲來閉戶。更無風月四山流。問亡僧遷化向什麼處去也。師曰。灊嶽峰高長積翠。舒江明月色光暉。問如何是大通智勝佛。師曰。曠大劫來未曾擁滯。不是大通智勝佛是什麼。曰為什麼佛法不現前。師曰。只為汝不會。所以成不現前。汝若會去。亦無佛道可成。問如何是道。師曰。白雲覆青嶂。蜂鳥步庭華。問從上諸聖有何言說。師曰。汝今見吾有何言說。問宗門中請師舉唱。師曰。石牛長吼真空外。木馬嘶時月隱山。問如何是和尚利人處。師曰。一雨普滋千山秀色。問如何是天柱山中人。師曰。獨步千峰頂。優遊九曲泉。問如何是西來意。師曰。白猿抱子來青嶂。蜂蝶銜華綠蘂間。師居山演道凡二十二載。大歷十四年七月二十二日歸寂。起塔於寺北。真身見在。

舒州天柱山崇慧禪師は、彭州の人、姓は陳。唐乾元初、舒州天柱山に往きて寺を創る。永泰元年、敕賜號して天柱寺と曰ふ。僧問ふ、如何なるか是れ天柱の境。師曰く、主簿山高くして日を見難し、玉鏡峰前人を曉り易し。問ふ、達磨未だ此の土に來らざる時、還た佛法有りや。師曰く、未來の時且く放下せよ、即今の事怎麼生か。曰く、某甲會せず、師の指示を乞ふ。師曰く、萬古の長空、一朝の風月。良久にして又曰く、闍黎會すか、自己の分上怎麼生か、他の達磨の來ると來らざるとに干かて何を作さん、他の家の來るは倒れて賣卜の漢子に相似たり、汝の會せざるを見て汝が爲に卦文を錐破して纔かに吉凶を生ず、汝の分上に在りては一切自ら看よ。僧問ふ、如何なるか是れ卜を解する人。師曰く、汝纔かに門を出づる時便ち中らず。問ふ、如何なるか是れ天柱の家風。師曰く、時に白雲有りて來りて戸を閉ぢ、更に風月の四山に流るる無し。問ふ、亡僧、化を遷して何の處にか向かふ。師曰く、潛嶽峰高くして長く翠を積み、舒江の明月色光暉あり。問ふ、如何なるか是れ大通智勝佛。師曰く、曠大劫より來りて曾て擁滯せず、是れ大通智勝佛に非ずして是れ何ぞ。曰く、何を以て佛法現前せざる。師曰く、只汝の會せざるが爲に、所以に現前を成さず、汝若し會するを去らば、亦佛道の成ずべき無し。問ふ、如何なるか是れ道。師曰く、白雲青嶂を覆ひ、蜂鳥庭花に步む。問ふ、上より來る諸聖に何の言説か有る。師曰く、汝、今我を見て何の言説か有る。問ふ、宗門中に師の擧唱を請ふ。師曰く、石牛長く吼ゆる眞空の外、木馬嘶く時月山に隱る。問ふ、如何なるか是れ和尚の人を利する處。師曰く、一雨普く滋して千山秀色なり。問ふ、如何なるか是れ天柱山中の人。師曰く、獨步千峰の頂、優游九曲の泉。問ふ、如何なるか是れ西來意。師曰く、白猿子を抱きて青嶂に來り、蜂蝶花を銜へて綠蕊の間。師、山に在りて道を演ぶること共に二十二載。大曆十四年七月二十二日に歸寂す。寺北に塔を起つ。眞身現に在り。

前潤州鶴林寺玄素禪師法嗣

前潤州鶴林寺玄素禪師の法嗣

杭州徑山道欽禪師者。蘇州崑山人也。姓朱氏。初服膺儒教。年二十八玄素禪師遇之。因謂之曰。觀子神氣溫粹真法寶也。師感悟因求為弟子。素躬與落髮。乃戒之曰。汝乘流而行。逢徑則止。師遂南行抵臨安。見東北一山。因訪於樵子。曰此徑山也。乃駐錫焉。有僧問。如何是道。師雲。山上有鯉魚。水底有蓬塵。馬祖令人送書到。書中作一圓相。師發緘於圓相中作一畫卻封迴(忠國師聞乃雲。欽師猶被馬師惑)僧問。如何是祖師西來意。師曰。汝問不當。曰如何得當。師曰。待吾滅後即向汝說。馬祖令門人智藏來問。十二時中以何為境。師曰。待汝迴去時有信。藏曰。如今便迴去。師曰。傳語卻須問取曹谿。唐大歷三年。代宗詔至闕下親加瞻禮。一日師在內庭見帝起立。帝曰。師何以起。師曰。檀越何得向四威儀中見貧道。帝悅。謂忠國師曰。欲錫欽師一名。忠欣然奉詔。乃賜號國一焉。後辭歸本山。於貞元八年十二月示疾說法而逝。壽七十有九。勅諡曰大覺禪師。

杭州徑山道欽禪師は、蘇州崑山の人、姓は朱。初め儒教を服膺す。二十八歳、玄素禪師彼に遇ひて、因りて曰く、汝の神氣温粹を看れば眞に是れ法寶なり。師、感悟して因りて弟子と爲るを求む。素、親しく彼が爲に髮を落して戒めて曰く、汝、流に乘りて行きて徑に逢へば則ち止まれ。師、於是乎南行して臨安に抵り、東北一の山を見て、即ち樵子に問へば曰く、此れ徑山なり、於是乎彼に錫を駐む。僧有りて問ふ、如何なるか是れ道。師曰く、山の上に鯉魚有り、水の底に蓬塵有り。馬祖、人を遣はして書を送らせて到れば、書中一の圓相を作す。師、緘を開きて圓相の中に一畫を作りて又封じて返す。(忠國師、聞きて即ち曰く、欽師は還た馬師に惑はされたり。)僧問ふ、如何なるか是れ祖師西來意。師曰く、汝の問ふは當たらず。曰く、如何なるか當たるを得る。師曰く、我が滅後に及ばば即ち汝に向かひて説かん。馬祖、門人智藏をして來りて問はしむ、十二時中、何を以てか境と爲す。師曰く、汝の回るを待つ時信有らん。藏曰く、如今便ち回らん。師曰く、傳語却て須らく曹溪に問取すべし。唐大曆三年、代宗詔して闕下に至らしめ、親しく瞻禮を加ふ。一日、師、內庭に於て帝の起立するを見る。帝曰く、師、何を以て起つ。師曰く、檀越、何ぞ能く四威儀中に向かひて貧道を見るを得ん。帝、喜悅して忠國師に對して曰く、欽師に一の名を賜はらんと欲す。忠、欣然として詔を奉じて即ち號を國一と賜ふ。後に辭して本山に歸る。貞元八年十二月に於て疾を示して法を説きて逝す。壽七十九。敕諡して大覺禪師。

前杭州徑山道欽禪師法嗣

前杭州徑山道欽禪師の法嗣

杭州鳥窠道林禪師。本郡富陽人也。姓潘氏。母朱氏夢日光入口。因而有娠。及誕異香滿室。遂名香光焉。九歲出家。二十一於荊州果願寺受戒。後詣長安西明寺復禮法師。學華嚴經起信論。復禮示以真妄頌俾修禪那。師問曰。初云何觀。云何用心。復禮久而無言。師三禮而退。屬唐代宗詔徑山國一禪師至闕。師乃謁之遂得正法。及南歸先是孤山永福寺有辟支佛塔。時道俗共為法會。師振錫而入。有靈隱寺韜光法師。問曰。此之法會何以作聲。師曰。無聲誰知是會。後見秦望山。有長松枝葉繁茂盤屈如蓋。遂棲止其上。故時人謂之鳥窠禪師。復有鵲巢於其側自然馴狎人。亦目為鵲巢和尚。有侍者會通。忽一日欲辭去。師問曰。汝今何往。對曰。會通為法出家。以和尚不垂慈誨。今往諸方學佛法去。師曰。若是佛法。吾此間亦有少許。曰如何是和尚佛法。師於身上拈起布毛吹之。會通遂領悟玄旨。元和中白居易出守茲郡。因入山禮謁。乃問師曰。禪師住處甚危險。師曰。太守危險尤甚。曰弟子位鎮江山。何險之有。師曰。薪火相交識性不停。得非險乎。又問如何是佛法大意。師曰。諸惡莫作眾善奉行。白曰。三歲孩兒也解恁麼道。師曰。三歲孩兒雖道得。八十老人行不得。白遂作禮。師於長慶四年二月十日。告侍者曰。吾今報盡言訖坐亡。壽八十有四。臘六十三(有云師名圓修者。恐是諡號)。

杭州鳥窠道林禪師は、本郡富陽の人、姓は潘。母朱氏、日光の口に入るを夢みて因りて娠有り。誕生するに及びて異香室に滿ち、於是乎名づけて香光と曰ふ。九歳にして出家し、二十一歳にして荊州果願寺に於て戒を受く。後に長安西明寺に至りて復禮法師に依りて《華嚴經》・《起信論》を學ぶ。復禮、眞妄の頌を以て示して彼をして禪那を修せしむ。師問ふ、初時如何に觀、如何に心を用ゐる。復禮、良久にして言はず。師、三禮して退く。唐代宗の徑山國一禪師を闕下に詔するに適會して師即ち謁見し、於是乎正法を得る。南歸するに及びて先に孤山永福寺に辟支佛の塔有りて當時道俗共に法會を爲す。師、錫を振りて入る。靈隱寺韜光法師ありて問ふ、此の法會、何を以て聲を作す。師曰く、聲無ければ誰か是れ會と知らん。後に秦望山に長松あるを見て枝葉繁茂して盤屈して蓋の如く、即ち其の上に棲止す、故に當時人、鳥窠禪師と稱す。又鵲ありて其の旁に巢ひて自然馴狎し、人亦鵲巢和尚と稱す。侍者會通ありて忽然として一日告辭して去らんと欲す。師問ふ、汝、今何くにか往く。對して曰く、會通、法の爲に出家せり、和尚の慈誨を垂れざるに因りて今諸方に往きて佛法を學ばん。師曰く、若し是れ佛法ならば、我が此處にも少許あり。曰く、如何なるか是れ和尚の佛法。師、身上より布毛を拈起して吹きて吹ふ。會通、於是乎玄旨を領悟す。元和中、白居易、此の郡を守りて出でて因りて山に入りて禮謁し、即ち師に問ひて曰く、禪師の住する處甚だ危險なり。師曰く、太守危險尤も甚だし。曰く、弟子、位江山を鎭す、何の險か有らん。師曰く、薪火相交はり識性停まらず、得ること險に非ずや。又問ふ、如何なるか是れ佛法の大意。師曰く、諸惡作すこと莫れ、衆善奉行せよ。白曰く、三歳の孩兒も亦此の如く道ふを得。師曰く、三歳の孩兒、道ふを得ると雖も八十の老人行ふを得ず。白、於是乎禮を作す。師、長慶四年二月十日に於て侍者に告げて曰く、我、今報盡きぬ、言い訖りて坐亡す。壽八十四・臘六十三。(師の名を圓修と説く有り、恐らくは諡號ならん。)

前杭州鳥窠道林禪師法嗣

前杭州鳥窠道林禪師の法嗣

杭州招賢寺會通禪師本郡人也。姓吳氏。本名元卿。形相端嚴幼而聰敏。唐德宗時為六宮使。王族鹹美之。春時見昭陽宮華卉敷榮。翫而久之。倏聞空中有聲曰。虛幻之相開謝不停能壞善根。仁者安可嗜之。師省念稚齒崇善極生厭患。帝一日遊宮問曰。卿何不樂。對曰。臣幼不食葷羶志願從釋。曰朕視卿若昆仲。但富貴欲出於人表者不違卿。唯出家不可。既浹旬帝覩其容顇。詔王賓相之。奏曰。此人當紹隆三寶。帝謂師曰。如卿願任選日遠近奏來。師荷德致謝。尋得鄉信言母患乞歸寧省。帝厚其所賜。勅有司津遣師。至家未幾。會韜光法師勉之。謁鳥窠為檀越。與結庵創寺寺成。啟曰。弟子七歲蔬食。十一受五戒。今年二十有二為出家故休官。願和尚授與僧相。曰今時為僧鮮。有精苦者行多浮濫。師曰。本淨非琢磨。元明不隨照。曰汝若了淨智妙圓體自空寂。即真出家何假外相。汝當為在家菩薩戒施俱修如謝靈運之儔也。師曰然。理雖如此於事何益。儻垂攝受則誓遵師教。如是三請皆不諾。時韜光堅白鳥窠曰。宮使未嘗娶。亦不畜侍女。禪師若不拯接。誰其度之。鳥窠即與披剃具戒。師常卯齋晝夜精進。誦大乘經而習安般三昧。尋固辭遊方。鳥窠以布毛示之悟旨。時謂布毛侍者(鳥窠章敘訖)暨鳥窠歸寂垂二十載。武宗廢其寺。師與眾僧禮辭靈塔而邁。莫知其終。

杭州招賢寺會通禪師は、本郡の人、姓は吳、本名は元卿。形相端嚴にして幼年聰敏なり。唐德宗の時、六宮使と爲りて王族皆彼を讚美す。春、昭陽宮の花卉の敷榮するを見て賞玩すること久しく、忽然として空中に聲有るを聞きて曰く、虛幻の相、開謝停まらず、能く善根を壞す、仁者、怎ぞ此を嗜む可けん。師、省念して自ら幼年善を崇びしが極めて厭患を生ず。帝、一日宮に游びて問ふ、卿何を以て樂まざる。對して曰く、臣、幼年にして葷膻を食せず、志愿釋に從はんとす。帝曰く、朕、卿を視るに兄弟の如し、但富貴にして人上に出でんと想ふは皆卿に違はず、唯出家のみ可ならず。十餘日を過して帝、其の容顏の憔悴するを見て王賓を詔して爲に看相せしむ。奏して曰く、此の人當に三寶を紹隆せん。帝、師に對して曰く、卿の願の如くせん、日期遠近を任に奏來せよ。師、德を荷て謝す。尋いで鄕信を得て母の病有るを云ひて、歸寧して省視せんを乞ふ。帝、厚く賞賜を加へて有司に敕して津遣せしむ。師、家に到りて未だ久しからずして韜光法師彼を勉勵するに適會して鳥窠に謁して檀越と爲りて彼と庵を結び寺を創る。寺成りて啓して曰く、弟子、七歳にして蔬食し、十一にして五戒を受け、今年二十二、出家の故を以て官を休す、願はくは和尚授與して僧相せんことを。曰く、今時僧と爲るは少しく精苦有りて行多く浮濫なり。師曰く、本淨は琢磨に非ず、元明は照に隨はず。曰く、汝若し淨智妙圓・體自ら空寂を了せば、即ち是れ眞出家なり、何ぞ外相を假らん、汝當に在家菩薩と爲りて戒施俱に修し、謝靈運の一流の如くなるべし。師曰く、話此の如しと雖も事に於て何の益か有らん、倘若垂れて攝受を加へば、即ち誓ひて師教を遵はん、是の如く三請して皆許さず。當時韜光、堅持して鳥窠に對して曰く、宮使、曾て娶らず亦不畜侍女なり、禪師若し拯接せざれば誰か彼を度せん。鳥窠、即ち彼が爲に披剃して戒を具へしむ。師、常に卯の時に齋を持して晝夜精進し、大乘經を誦して安般三昧を習ふ。尋いで堅く告辭して游方す。鳥窠、布毛を以て之に示して旨を悟らしむ。當時稱して布毛侍者と曰ふ。(鳥窠章已に叙述畢れり。)鳥窠の歸寂して將に二十年に及びて武宗其の寺を廢す。師、衆僧と靈塔に禮辭して去りて終る所を知らず。

前慧忠禪師兩世旁出法嗣

前慧忠禪師の兩世旁出の法嗣

天台山佛窟巖惟則禪師者京兆人也。姓長孫氏。初謁牛頭忠禪師大悟玄旨。後隱於天台瀑布之西巖。唐元和中法席漸盛。始自目其巖為佛窟焉。一日示眾雲。天地無物也。我無物也。然未甞無物。斯則聖人如影百年如夢。孰為生死哉。至人以是獨照。能為萬物之主。吾知之矣。汝等知之乎。有僧問。如何是那羅延箭。師雲。中的也。忽一日告門人曰。汝當自勉。吾何言哉。後二日夜安坐示滅。壽八十。臘五十有八。

天臺山佛窟巖惟則禪師は、京兆の人、姓は長孫。初め牛頭忠禪師に謁して大いに玄旨を悟る。後に天臺瀑布西巖に隱る。唐元和中、法席漸く盛んにして方に自ら其の巖を稱して佛窟と曰ふ。一日、衆に示して曰く、天地物無く、我も亦物無し、然れど未だ嘗て物無きことなし、此れ即ち聖人は影の如く百年は夢の如し、誰か生死と爲らん、至人此に因りて獨り照らして能く萬物の主と爲る、我之を知れり、汝等知るか。僧有りて問ふ、如何なるか是れ那羅延の箭。師曰く、中的せり。忽然として一日門人に告げて曰く、汝等當に自ら勉むべし、我何をか説くべき有らん。後二日の夜、安坐して示滅す。壽八十・臘五十八。

前天台山佛窟巖惟則和尚法嗣

前天臺山佛窟巖惟則和尚の法嗣

天台山雲居智禪師。嘗有華嚴院僧繼宗。問見性成佛其義云何。師曰。清淨之性本來湛然無有動搖。不屬有無淨穢長短取捨體自翛然。如是明見乃名見性。性即佛佛即性。故云見性成佛。曰性既清淨不屬有無。因何有見。師曰。見無所見。曰無所見因何更有見。師曰見處亦無。曰如是見時是誰之見。師曰。無有能見者。曰究竟其理如何。師曰。汝知否。妄計為有即有。能所乃得名迷。隨見生解便墮生死。明見之人即不然。終日見未嘗見。求見處體相不可得。能所俱絕。名為見性。曰此性遍一切處否。師曰。無處不遍。曰凡夫具否。師曰。上言無處不遍。豈凡夫而不具乎。曰因何諸佛菩薩不被生死所拘。而凡夫獨縈此苦。何曾得遍。師曰。凡夫於清淨性中。計有能所即墮生死。諸佛大士善知清淨性中不屬有無。即能所不立。曰若如是說。即有了不了人。師曰。了尚不可得。豈有能了人乎。曰至理如何。師曰。我以要言之。汝即應念。清淨性中無有凡聖。亦無了人不了人。凡之與聖二俱是名。若隨名生解即墮生死。若知假名不實。即無有當名者。又曰。此是極究竟處。若雲我能了彼不能了即是大病。見有淨穢凡聖亦是大病。作無凡聖解又屬撥無因果。見有清淨性可棲止亦大病。作不棲止解亦大病。然清淨性中雖無動搖。具不壞方便應用。及興慈運悲。如是興運之處。即全清淨之性。可謂見性成佛矣。繼宗踴躍。禮謝而退。

天臺山雲居智禪師。曾て華嚴院僧繼宗問ふ、性を見て佛を成す、其の義如何。師曰く、清淨の性は本來湛然として動搖有ること無く、有無・淨穢・長短・取捨に屬せず、體自ら翛然なり、是の如く明見して方に名づけて見性と曰ふ、性即ち佛・佛即ち性なり、故に説く、見性成仏と。曰く、性既に清淨にして有無に屬せざれば、何に因りて見有る。師曰く、見て見る所無し。曰く、見る所無ければ何に因りて更に見有る。師曰く、見る處も亦無し。曰く、是の如く見る時是れ誰の見ぞ。師曰く、能く見る人無し。曰く、究竟其の理如何。師曰く、汝知るか、妄計して有と爲せば有有り、能所一立して纔かに迷と名づくるを得、見に隨ひて解を生ぜば便ち生死に堕つ、明見の人は則ち然らず、終日見るも未だ嘗て見ず、見る處を求むれば體相得る可からず、能所俱に絕えば名づけて見性と曰ふ。曰く、此の性は一切の處に遍するか。師曰く、遍せざる處無し。曰く、凡夫具有するか。師曰く、上に遍せざる處無しと説く、豈に凡夫にして具ならざらんや。曰く、何に因りて諸佛菩薩は生死に拘へられずして凡夫獨り此の苦に縈る、何ぞ曾て遍を得たる。師曰く、凡夫は清淨性中に於て能所有りと計すれば即ち生死に堕つ、諸佛大士は善く清淨性中有無に屬せざるを知れば則ち能所立たず。曰く、若し是の如く説かば、則ち了する人・了せざる人有らん。師曰く、了すら尚ほ得る可からず、豈に能く了する人有らんや。曰く、至理如何。師曰く、我、要を用ゐて説く、汝即ち當に念すべし、清淨性中に凡聖無く、亦了する人・了せざる人無し、凡と聖とは兩箇皆是れ名なり、若し名に隨ひて解を生ぜば即ち生死に堕つ、若し假名の實ならざるを知れば則ち彼の名を承當する無し。又曰く、此れ是れ極究竟の處なり、若し我を能く了し他は能く了せずと云はば即ち是れ大病なり、淨穢凡聖有るを見るも亦是れ大病なり、凡聖無しと解を作すも又撥無因果に屬し、清淨性有りて栖止す可しと見るも亦是れ大病なり、栖止せざると解を作すも亦是れ大病なり、然れど清淨性中は動搖無しと雖も不壞方便の応用を具し及び慈を興して悲を運ぶ、是の如き興運の處は即ち全是れ清淨の性にして可に見性成佛と謂ふべし。繼宗、踊躍して禮謝して退く。

第三十二祖忍大師。第一世旁出法嗣(第一世)

第三十二祖忍大師第一世旁出の法嗣(第一世)

北宗神秀禪師者(耶舍三藏誌雲。艮地生玄旨。通尊媚亦尊。比肩三九族。足下一毛分)開封尉氏人也。姓李氏。少親儒業博綜多聞。俄捨愛出家尋師訪道。至蘄州雙峰東山寺。遇五祖忍師以坐禪為務。乃歎伏曰。此真吾師也。誓心苦節以樵汲自役而求其道。忍默識之深加器重。謂之曰。吾度人多矣。至於悟解無及汝者。忍既示滅。秀遂住江陵當陽山。唐武后聞之召至都下。於內道場供養。特加欽禮。命於舊山置度門寺以旌其德。時王公士庶皆望塵拜伏。暨中宗即位尤加禮重。大臣張說嘗問法要執弟子之禮。師有偈示眾曰。

北宗神秀禪師(耶舍三藏の志に曰く、艮地に玄旨を生じ、通尊媚亦尊し、比肩三九の族、足下一毛の分)、開封尉氏の人、姓は李。少時儒業に親しみ博綜多聞なり。尋いで愛を捨てて出家して師を尋ね道を訪ふ。蘄州雙峰東山寺に至りて五祖忍師の坐禪を以て務と爲すに遇ひて、即ち歎伏して曰く、此れ眞に是れ吾が師なり、心を誓ひて苦節として樵汲を以て自ら役して其の道を求む。忍、默かに彼を識得して深く器重を加へて彼に對して曰く、我、人を度すこと多し、悟解に至りては汝に趕及ぶ者無し。忍、既に示滅して秀、即ち江陵當陽山に住す。唐武后、聞きて都下に召して內道場に於て供養し、特に欽禮を加へて舊山に度門寺を置きて以て其の德を旌れしむ。當時王公士庶皆塵を望んで拜伏す。中宗の即位するに及びて尤も禮重を加ふ。大臣張説、曾て法要を問ひて弟子の禮を執る。師、偈有りて衆に示して曰く、

一切佛法自心本有將心外求

一切の佛法、自心本より有り、心を將て外に求むれば、

捨父逃走

父を捨てて逃走するが如し。

神龍二年於東都天宮寺入滅。賜諡大通禪師。羽儀法物。送殯於龍門。帝送至橋。王公士庶皆至葬所。張說及徵士盧鴻一各為碑誄。門人普寂義福等。並為朝野所重。

神龍二年、東都天宮寺に於て入滅す。諡を賜ひて大通禪師。羽儀法物を以て殯を龍門に送る。帝、橋上に送りて王公士庶皆葬所に至る。張説及び征士盧鴻一、各々碑誄を爲す。門人普寂・義福等、并びて朝野の重んずる所と爲る。

嵩嶽慧安國師(耶舍三藏誌雲。九女出人倫。八女絕婚姻。朽床添六腳。心祖眾中尊)荊州枝江人也。姓衛氏。隋文帝開皇十七年。括天下私度僧尼勘師雲。木無名。遂遁于山谷。大業中大發丁夫開通濟渠。饑殍相枕。師乞食以救之。獲濟者甚眾。煬帝徵師不赴。潛入太和山。暨帝幸江都海內擾攘。乃杖錫登衡嶽寺行頭陀行。唐貞觀中至黃梅。謁忍祖遂得心要。麟德元年遊終南山石壁因止焉。高宗嘗召師不奉詔。遍歷名跡至嵩少雲。是吾終焉之地也。自爾禪者輻湊。有坦然懷讓二人來參。問曰。如何是祖師西來意。師曰。何不問自己意。曰如何是自己意。師曰。當觀密作用。曰如何是密作用。師以目開合示之。然言下知歸更不他適。讓機緣不逗辭往曹谿。武后徵至輦下待以師禮。與神秀禪師同加欽重後嘗問師甲子。對曰不記。後曰。何不記耶。師曰。生死之身其若循環。環無起盡焉用記為。況此心流注中間無間。見漚起滅者乃妄想耳。從初識至動相。滅時亦只如此。何年月而可記乎。後聞稽顙信受。尋以神龍二年。中宗賜紫袈裟。度弟子二七人。仍延入禁中供養三年。又賜摩衲一副。師辭嵩嶽。是年三月三日囑門人曰。吾死已將屍向林中。待野火焚之。俄爾萬迴公來見師。猖狂握手言論。傍侍傾耳都不體會。至八日閉戶偃身而寂。春秋一百二十八(隋開皇二年壬寅生。唐景龍三年巳酉滅。時稱老安國師)門人遵旨舁置林間。果野火自然闍維。得舍利八十粒。內五粒色紅紫。留於宮中。至先天二年門人建浮圖。

嵩嶽慧安國師(耶舍三藏の志に曰く、九女人倫に出づ、八女婚姻を絕つ、朽牀六脚を添ふ、心祖衆中の尊)、荊州枝江の人、姓は衛。隋文帝開皇十七年、天下の私度の僧尼を括して師を勘問すれば曰く、本に名無し、於是乎山谷に遁る。大業中、大いに丁夫を發して通濟渠を開くに飢殍相枕ぎ、師、食を乞ふて以て救濟して濟を獲る者甚だ多し。煬帝師を徵せど赴かず、潜かに太和山に入る。帝の江都に幸するに及びて海內擾攘すれば、即ち錫を杖して衡嶽寺に登りて頭陀の行を行ず。唐貞觀中、黄梅に至りて忍祖に謁し、於是乎心要を得る。麟德元年、終南山石壁に游びて因りて止住す。高宗、曾て師を召すも詔を奉ぜず。名迹を遍歷して嵩少に至りて曰く、此れ我が終焉の地なり。此より禪者輻湊す。坦然・懷讓の二人ありて來り參じて問ふ、如何なるか是れ祖師西來意。師曰く、何ぞ自己の意を問はざる。曰く、如何なるか是れ自己の意。師曰く、當に密作用を觀べし。曰く、如何なるか是れ密作用。師、目を開合して以て之に示す。坦然、言下に歸るを知りて更に他に往かず。讓、機緣逗はずして辭して曹溪に往く。武后、輦下に徵して師禮を以て待ち、神秀禪師と同じく欽重を加ふ。后、曾て師の甲子を問ふ、對して曰く、記えず。后曰く、何を以て記えざる。師曰く、生死の身は循環の如く、環に起盡無ければ何を以てか記せん、況んや此の心の流注は中間無間にして、漚の起滅を見るは只妄想ならんのみ、初識より動相に至りて滅する時も亦只此の如し、何の年月にして記す可けん。后、聞きて稽颡して信受す。尋いで神龍二年に於て中宗、紫袈裟を賜ひて弟子十四人を度し、仍ほ禁中に延入れて供養すること三年、又摩衲一副を賜ふ。師、辭して嵩嶽に歸る。此の年三月三日、門人に嘱して曰く、我死せば屍身を林に向けて野火の焚くを待て。尋いで萬回公、來りて師を見て猖狂に握手言論し、旁侍耳を傾けるも皆體會せず。八日に至りて戸を閉ぢて身を偃して寂す。春秋一百二十八。(隋開皇二年壬寅に生まれ唐景龍三年己酉に滅す。當時老安國師と稱す。)門人、旨を遵りて林間に擡置せば果して野火自然に闍維して舍利八十粒を得、內五粒の色は紅紫にして宮中に留む。先天二年に至りて門人浮圖を建つ。

袁州蒙山道明禪師者鄱陽人。陳宣帝之裔孫也。國亡落於民間。以其王孫甞受署。因有將軍之號。少於永昌寺出家慕道頗切。往依五祖法會極意研尋。初無解悟。及聞五祖密付衣法與盧行者。即率同意數十人。躡跡追逐至大庾嶺。師最先見餘輩未及。盧行者見師奔至。即擲衣缽於盤石曰。此衣表信可力爭耶。任君將去。師遂舉之如山不動。踟躇悚慄乃曰。我來求法非為衣也。願行者。開示於我。祖曰。不思善不思惡正恁麼時。阿那箇是明上坐本來面目。師當下大悟遍體汗流。泣禮數拜。問曰。上來密語密意外。還更別有意旨否。祖曰。我今與汝說者。即非密也。汝若返照自己面目。密卻在汝邊。師曰。某甲雖在黃梅隨眾。實未省自己面目。今蒙指授入處。如人飲水冷暖自知。今行者即是某甲師也。祖曰。汝若如是。則是吾與汝同師。黃梅善自護持。師又問。某甲向後宜往何所。祖曰。逢袁可止。遇蒙即居。師禮謝遽迴至嶺下。謂眾人曰。向陟崔嵬遠望杳無蹤跡。當別道尋之。皆以為然。師既迴。遂獨往廬山布水臺經三載。後始往袁州蒙山大唱玄化。初名慧明。以避師上字故名道明。弟子等盡遣過嶺南參禮六祖。

袁州蒙山道明禪師は、鄱陽の人、陳宣帝の裔孫なり。國亡びて民間に落つ。彼、王孫たるを以て曾て署を受け、因りて將軍の號有り。少年永昌寺に於て出家して道を慕ふこと甚だ切なり。往きて五祖の法會に依りて極意研尋すれど初め解悟無し。五祖の密かに衣法を盧行者に付するを聞くに及びて、即ち同意數十人を率ゐて蹑迹して大庾嶺に追逐す。師、最先に見て餘の人未だ趕及ばず。盧行者、師の奔至するを見て即ち衣鉢を盤石上に擲して曰く、此の衣は信を表す、力を以て争ふ可けんや、任せて將て去れ。師、於是乎擧ぐるに山の如く動かず、踟蹰悚栗して即ち曰く、我、法を求めて來る、衣の爲にあらず、願はくは行者我に開示せん。祖曰く、善を思はず惡を思はず、正に恁麼の時、阿那箇か是れ明上座の本來面目。師、當下に大いに悟りて遍體汗流れて泣禮數拜して問ふ、上來の密語密意の外、還た更に別に意旨有らんや。祖曰く、我今汝に與へて説くは即ち密に非ず、汝若し返りて自己の面目を照らせば密却て汝の那邊に在り。師曰く、某甲雖黃梅に在りて衆に隨ふも實に未だ自己の面目を省らず、今指授入處を蒙れば人の水を飮みて冷暖自ら知るが如し、今行者即ち是れ某甲の師なり。祖曰く、汝若し此の如くならば則ち是れ我と汝と同じく黄梅を師とせり、善く自ら護持せよ。師又問ふ、某甲、向後宜しく何の處にか往くべき。祖曰く、袁に逢へば可に止まり、蒙に遇へば即ち居れ。師、禮謝して急ぎ嶺下に回りて衆人に對して曰く、向かふに崔嵬に登りて遠く望めど杳として蹤迹無し、當に別の道を尋ぬべし、皆以て然と爲す。師、既に回りて、即ち獨り廬山布水臺に往きて三年を經て、後に方に袁州蒙山に往きて大いに玄化を唱ふ。初めの名は慧明、師の上字を避くるが爲に故に道明と名づく。弟子等皆遣はして嶺南を過ぎて六祖に參禮せしむ。

前北宗神秀禪師法嗣(忍大師第二世法嗣)

前北宗神秀禪師の法嗣(忍大師第二世法嗣)

五臺山巨玄禪師安陸人也。姓曹氏。幼稟業於明福院朗禪師。初講經論後參禪。會及造北宗。秀師問曰。白雲散處如何。師曰不昧。秀又問。到此間後如何。師曰。正見一枝生五葉。秀默許之。入室侍對庶幾無爽。尋至上黨寒嶺居焉。數歲之間眾盈千數。後於五臺山闡化。涉二十餘載入滅。年八十一。以唐開元十五年九月三日。奉全身入塔。

五臺山巨玄禪師は、安陸の人、姓は曹。幼年、明福院朗禪師の處に於て業を禀く。初め經論を講じ後に禪に參ず。北宗に造詣するに及びて秀師問ふ、白雲の散ずる處如何。師曰く、昧ならず。秀又問ふ、此の間に到りて後如何。師曰く、正に見る一枝の五葉を生ずるを。秀、默かに許す。入室して侍對すること幾くも差爽無し。尋いで上黨寒嶺に至りて居る。數歳の間、衆千數に盈つ。後に五臺山に於て化を闡きて二十餘載を經て入滅す。年八十一。唐開元十五年九月三日を以て全身を奉じて塔に入る。

河中府中條山智封禪師。姓吳氏。初習唯識論滯於名相。為知識所詰乃發憤罷講。遊行登武當山。見秀禪師疑心頓釋。思養聖胎乃辭去。居於蒲津安峰山。不下十年木食㵎飲。屬州牧衛文昇請歸城內。建新安國院居之。緇素歸依憧憧不絕。使君問曰。某今日後如何。師曰。日從濛氾出。照樹全無影。使君初不能諭。拱揖而退。少選開曉釋然自得。師來往中條山二十餘年。得其道者不可勝紀。滅後門人於州城北建塔焉。

河中府中條山智封禪師、姓は吳。初め唯識論を習ひて名相に滯る。知識の詰むる所と爲りて即ち憤を發して講を罷め、游行して武當山に登りて秀禪師を見て疑心頓に釋く。聖胎を養はんと欲して即ち辭して蒲津安峰山に住して下らざること十年、木食澗飮す。州牧衛文升の城內に歸らんを請ふに適會して新安國院を建てて彼に住せしむ。緇素歸依して憧憧として絕えず。使君問ふ、某、今より已後如何。師曰く、日は蒙汜より出でて樹を照らして全く影無し。使君、初め曉諭する能はずして拱揖して退く。少頃、開曉して釋然として自得す。師、中條山に往來すること二十餘年、其の道を得るは勝げて紀す可からず。滅後、門人州城北に塔を建つ。

兗州降魔藏禪師趙郡人也。姓王氏。父為豪掾。師七歲出家。時屬野多妖鬼魅惑於人。師孤形制伏曾無少畏。故得降魔名焉。即依廣福院明讚禪師。出家服勤。受法後遇北宗盛化便誓摳衣。秀師問曰。汝名降魔。此無山精木怪。汝翻作魔耶。師曰。有佛有魔。秀曰。汝若是魔必住不思議境界。師曰。是佛亦空何境界之有。秀懸記之曰。汝與少皡之墟有緣。師尋入泰山。數稔學者雲集。一日告門人曰。吾今老朽物極有歸。言訖而逝壽九十一。

兗州降魔藏禪師は、趙郡の人、姓は王。父、豪掾と爲る。師、七歳にして出家す。當時野外に妖鬼多くして人を魅惑す。師、孤身制伏して曾て少しも畏れず、故に降魔の名を得。即ち廣福院明贊禪師に依りて出家服勤す。法を受けて後北宗の盛化に遇ひて便ち衣を抠して親近せんを誓ふ。秀師問ふ、汝、名降魔と曰ふ、此に山精木怪無し、汝反りて魔を作すか。師曰く、佛有り魔有り。秀曰く、汝若し是れ魔ならば必ず不可思議の境界に住せん。師曰く、是れ佛亦空なり、何の境界か之有らん。秀、懸記して曰く、汝、少昊の墟と緣有り。師、尋いで泰山に入りて數年學者雲集す。一日門人に告げて曰く、我、今老朽せり、物極まれば歸有り。言い訖りて逝す。壽九十一。

壽州道樹禪師唐州人也。姓聞氏。幼探經籍。年將五十因遇高僧誘諭。遂誓出家。禮本部明月山慧文為師。師恥乎年長求法淹遲。勵志遊方無所不至。後歸東洛遇秀禪師。言下知微晚成法器。乃卜壽州三峰山結茅而居。常有野人服色素樸言譚詭異。於言笑外化作佛形及菩薩羅漢天仙等形。或放神光。或呈聲響。師之學徒覩之皆不能測。如此涉十年。後寂無形影。師告眾曰。野人作多色伎倆眩惑於人。只消老僧不見不聞。伊伎倆有窮。吾不見不聞無盡。唐寶歷元年示疾而終。壽九十二。明年正月建塔。

壽州道樹禪師は、唐州の人、姓は聞。幼年經籍を探る。年將に五十にして高僧の誘諭に遇ひて因りて出家を誓願し、本部明月山慧文を禮して師と爲す。師、年長にして法を求むること遲きを恥ぢて志を勵まして游方して至らざる無し。後に東洛に歸りて秀禪師に遇ひて言下に微を知りて晩成の法器と爲る。即ち壽州三峰山を擇びて茅を結びて居る。常に野人有りて服色素朴にして言談詭異なり、言笑の外に於て佛形及び菩薩・羅漢・天仙等の形と化作し、或は神光を放ち或は聲響を呈す。師の學徒、見るも皆測る能はず。是の如く十年を經て後に寂として形影無し。師、衆に告げて曰く、野人、多色の伎倆を作して人を眩惑す、只老僧の不見不聞を消すのみ、彼の伎倆窮有りて我が不見不聞は無盡なり。唐寶曆元年、疾を示して終はる。壽九十二。明年正月、塔を建つ。

淮南都梁山全植禪師光州人也。姓芮氏。初結庵居止。太守衛文卿命本州長壽寺開法聚徒。文卿問曰。將來佛法隆替若何。師曰。真實之物無古無今亦無軌躅。有為之法四相遷流。法當陻厄。君侯可見。師年九十三而終。唐會昌四年甲子九月七日入塔。

淮南都梁山全植禪師は、光州の人、姓は芮。初め庵を結びて居止す。太守卫文卿、本州長壽寺に命じて法を開き徒を聚めしむ。文卿問ふ、將來佛法の隆替如何。師曰く、眞實の物は古無く今無く亦軌迹無し、有爲の法は四相遷流す、法當に堙厄せんとして君侯見る可きなり。師、年九十三にして終はる。唐會昌四年甲子九月七日、塔に入る。

前嵩嶽慧安國師法嗣

前嵩嶽慧安國師の法嗣

洛京福先寺仁儉禪師。自嵩山罷問放曠郊𮠔。時謂之騰騰和尚。唐天冊萬歲中。天后詔入殿前。仰視天后良久曰。會麼。後曰不會。師曰。老僧持不語戒。言訖而出。翌日進短歌一十九首。天后覽而嘉之厚加賜賚。師皆不受。又令寫歌辭傳布天下。其辭並敷演真理。以警時俗唯了元歌一首盛行於世。

洛京福先寺仁儉禪師。嵩山より問を罷めて郊野に放曠す。當時稱して騰騰和尚と曰ふ。唐天冊萬歳中、天后、殿前に詔して入れり。天后を仰視して良久にして曰く、會すか。后曰く、會せず。師曰く、老僧不語の戒を持せり。言い訖りて即ち出づ。次日、短歌一十九首を進る。天后、覽じて之を嘉して厚く賜賚を加ふ。師皆受けず。又歌辭を寫して天下に傳布せしむ。其の辭皆眞理を敷演して以て時俗を警む、唯《了元歌》一首世に盛行せり。

嵩嶽破灶墮和尚不稱名氏。言行叵測隱居嵩嶽。山塢有廟甚靈。殿中唯安一灶。遠近祭祠不輟。烹殺物命甚多。師一日領侍僧入廟。以杖敲灶三下雲。咄此灶。只是泥瓦合成。聖從何來靈從何起。恁麼烹宰物命。又打三下。灶乃傾破墮落(安國師號為破灶墮)須臾有一人青衣峨冠。忽然設拜師前。師曰。是什麼人。雲我本此廟灶神。久受業報。今日蒙師說無生法。得脫此處生在天中。特來致謝。師曰。是汝本有之性。非吾彊言。神再禮而沒。少選侍僧等問師雲。某等諸人久在和尚左右。未蒙師苦口直為某等。灶神得什麼徑旨便得生天。師曰。我只向伊道。是泥瓦合成。別也無道理為伊。侍僧等立而無言。師曰會麼。主事雲。不會。師曰。本有之性為什麼不會。侍僧等乃禮拜。師曰。墮也墮也。破也破也。後有義豐禪師。舉白安國師。國師歎曰。此子會盡物我一如。可謂如朗月處空無不見者。難遘伊語脈。豐禪師乃低頭叉手而問雲。未審什麼人遘他語脈。國師曰。不知者。又僧問。物物無形時如何。師曰。禮即唯汝非我。不禮即唯我非汝。其僧乃禮謝。師曰。本有之物物非物也。所以道心能轉物即同如來。又僧問。如何是修善行人。師曰。捻槍帶甲。雲如何是作惡行人。師曰。修禪入定。僧雲。某甲淺機請師直指。師曰。汝問我惡惡不從善。汝問我善善不從惡。良久又曰。會麼。僧。雲不會。師曰。惡人無善念。善人無惡心。所以道。善惡如浮雲。俱無起滅處。其僧從言下大悟。有僧從牛頭處來。師乃曰。來自何人法會。僧近前叉手繞師一匝。而出。師曰。牛頭會下不可有此人。僧乃迴師上邊叉手而立。師雲。果然果然。僧卻問雲。應物不由他時如何。師曰。爭得不由他僧雲。恁麼即順正歸原去也。師曰。歸原何順。僧雲。若非和尚幾錯招愆。師曰。猶是未見四祖時道理也見後通將來。僧卻繞師一匝而出。

嵩嶽破竈墮和尚、名氏を稱せず。言行叵測にして嵩嶽に隱居す。山塢に廟ありて甚だ靈あり、殿中只一口の竈を安んじて遠近祭祠歇まず、物命を烹殺すること多し。師、一日侍僧を領して廟に入り杖を以て竈を敲くこと三下にして曰く、咄、此の竈只是れ泥瓦合成なり、聖何の處より來り靈何の處より起こる、恁麼に物命を烹宰する、又打つこと三下にして竈即ち傾破墮落す。(安國師の號を破竈墮と爲す。)片刻に一人ありて青衣峨冠にして忽然として師前に拜を設く。師曰く、是れ何人ぞ。曰く、我本來是れ此の廟の竈神にして久しく業報を受く、今日師の無生の法を説くを蒙りて此の處を脫して天中に生ることを得たり、特に來りて謝を致す。師曰く、是れ汝の本有の性なり、我が強ひて説くにあらず。神、再禮して沒す。少頃、侍僧等師に問ひて曰く、某等諸人、久しく和尚の左右に在りて未だ師の苦口直に某等が爲なるを蒙らず、竈神何の徑旨を得て便ち生天を得る。師曰く、我只彼に向かひて曰く、是れ泥瓦の合成なり、別に道理無くて彼が爲なり。侍僧等立ちて言無し。師曰く、會すか。主事曰く、會せず。師曰く、本有の性、何を以て會せざる。侍僧等、於是乎禮拜す。師曰く、墮なり墮なり、破なり破なり。後に義豐禪師ありて擧して安國師に白す。國師歎じて曰く、此の子、會盡く物我一如を、可に朗月の空に處りて見ざる者無きと謂ふべし、彼が語脈に遘ふこと難し。豐禪師、即ち頭を低れ手を叉して問ふ、未だ審らかに何人か彼が語脈に遘ふ、國師曰く、知らざる者。又僧ありて問ふ、物物形無き時如何。師曰く、禮すれば即ち唯汝にして我に非ず、禮せざれば即ち唯我にして汝に非ず。其の僧、即ち禮謝す。師曰く、本有の物は物物に非ざるなり、道ふ所以は心能く物を轉ずれば即ち如來に同じ。又僧ありて問ふ、如何なるか是れ善を修する行人。師曰く、槍を捻り甲を帶ぶ。曰く、如何なるか是れ惡を作す行人。師曰く、禪を修して定に入る。僧曰く、某甲淺機なり、師の直指を請ふ。師曰く、汝我に惡を問ふ、惡は善に從はず、汝我に善を問ふ、善は惡に從はず。良久にして又曰く、會すか。僧曰く、會せず。師曰く、惡人に善念無く善人に惡心無し、道ふ所以は善惡浮雲の如くして俱に起滅する處無し。其の僧、言下より大いに悟る。僧あり牛頭の處より來る。師即ち曰く、何人の法會より來る。僧、近づき前りて手を叉して師を繞ること一匝にして出づ。師曰く、牛頭會下此の人有る可からず。僧、即ち師の上邊に回りて手を叉して立つ。師曰く、果然果然。僧、却て問ふ、物に應じて他に由らざる時如何。師曰く、怎生ぞ他に由らざるを得る。僧曰く、恁麼なれば即ち順正して原に歸り去らん。師曰く、原に歸る何ぞ順ならん。僧曰く、若し和尚に非ざれば幾ほどに錯りて愆を招かんとす。師曰く、還た是れ四祖を見ざる時の道理なり、後を見て通じて將來れ。僧、却て師を繞ること一匝にして出づ。

師曰。順正之道今古如然。僧作禮。又僧侍立久。師乃曰。祖祖佛佛只說如人。本性本心別無道理。會取會取。僧禮謝。師乃以拂子打之曰。一處如是千處亦然。僧乃叉手近前應喏一聲。師曰。更不信更不信。僧問。如何是大闡提人。師曰。尊重禮拜。又問。如何是大精進人。師曰。毀辱瞋恚。其後莫知所終。

師曰く、順正の道は今古如然なり。僧、禮を作す。又僧ありて侍立すること久し。師即ち曰く、祖祖佛佛只如人を説きて本性本心、別に道理無し、會取せよ會取せよ。僧、禮謝す。師、即ち拂子を用ゐて彼を打ちて曰く、一處是の如くなれば千處も亦然り。僧、即ち手を叉して近づき前りて喏の一聲に應ず。師曰く、更に信ぜず更に信ぜず。僧問ふ、如何なるか是れ大闡提人。師曰く、尊重禮拜。又問ふ、如何なるか是れ大精進人。師曰く、毀辱瞋恚。其の後終る所を知らず。

嵩嶽元珪禪師伊闕人也。姓李氏。幼歲出家。唐永淳二年受具戒隷閑居寺。習毘尼無解。後謁安國師。印以真宗頓悟玄旨。遂卜廬於嶽之龐塢。一日有異人者。峨冠袴褶而至。從者極多。輕步舒徐稱謁大師。師覩其形貌奇偉非常。乃諭之曰。善來仁者。胡為而至。彼曰。師寧識我耶。師曰。吾觀佛與眾生等。吾一目之豈分別耶。彼曰。我此嶽神也。能生死於人。師安得一目我哉。師曰。吾本不生汝焉能死。吾視身與空等。視吾與汝等。汝能壞空與汝乎。苟能壞空及壞汝。吾則不生不滅也。汝尚不能如是。又焉能生死吾耶。神稽首曰。我亦聰明正直於餘神。詎知師有廣大之智辯乎。願授以正戒令我度世。師曰。汝既乞戒即既戒也。所以者何。戒外無戒又何戒哉。神曰此理也。我聞茫昧。止求師戒。我身為門弟子。師即為張坐秉鑪正幾曰。付汝五戒。若能奉持即應曰能。不能即曰否。神曰。謹受教。師曰。汝能不婬乎。曰亦娶也。師曰。非謂此也。謂無羅欲也。曰能。師曰。汝能不盜乎。曰何乏我也焉有盜取哉。師曰。非謂此也。謂饗而福淫。不供而禍善也。曰能。師曰。汝能不殺乎。曰實司其柄。焉曰不殺。師曰。非謂此也。謂有濫誤疑混也。曰能。師曰。汝能不妄乎。曰我正直焉能有妄乎。師曰。非謂此也。謂先後不合天心也。曰能。師曰。汝不遭酒敗乎。曰能。師曰。如上是為佛戒也。又言。以有心奉持。而無心拘執。以有心為物。而無心想身。能如是則先天地生不為精。後天地死不為老。終日變化而不為動。畢盡寂默而不為休。悟此則雖娶非妻也。雖饗非取也。雖柄非權也。雖作非故也。雖醉非惛也。若能無心於萬物。則羅欲不為婬福淫禍善不為盜。濫誤疑混不為殺。先後違天不為妄。惛荒顛倒不為醉。是謂無心也。無心則無戒。無戒則無心。無佛無眾生。無汝及無我。無汝孰為戒哉。神曰。

嵩嶽元珪禪師は、伊闕の人、姓は李。幼年出家す。唐永淳二年、具戒を受けて閑居寺に隸して毘尼を習ふも解無し。後に安國師に謁して眞宗を以て印せられ頓に玄旨を悟りて即ち嶽の龐塢に廬を卜す。一日、異人ありて峨冠袴褶にして來り、隨從極めて多く輕步舒徐にして大師に謁すと稱す。師、其の形貌の奇偉非常なるを看て即ち曉諭して曰く、善來仁者、何を以て至る。其人曰く、師豈に我を識るや。師曰く、我、佛と衆生とを視るに平等なり、我、一目以て之を視るに豈に分別あらん。其人曰く、我は是れ此の嶽の神にして能く人に生死す、師、焉んぞ能く一目以て我を視る。師曰く、我本來生ぜず、汝焉んぞ能く死せしめん、我、身を視るに空と等しく我を視るに汝と等し、汝能く空を壞り汝を壞らんや、若し能く空を壞り及び汝を壞らば、我則ち生無く滅無し、汝尚ほ能く此の如くならず、又焉んぞ能く我を生死せん。神、稽首して曰く、我亦聰明正直にして其の餘の神に過ぎ、豈に師の廣大の智辯有るを知らんや、願はくは正戒を授けて我をして世を度せしめよ。師曰く、汝既に戒を乞ふ、即ち已に是れ戒なり、何を以て、戒外に戒無く又何の戒ぞ。神曰く、此の理、我聽きて茫昧なり、只求む師の戒、我が身を門弟子と爲さんことを。師、即ち彼が爲に坐を張り爐を秉り几を正しくして曰く、汝に五戒を付す、若し能く奉持せば即ち應に能と曰ふべし、能はざれば即ち否と曰へ。神曰く、謹んで教を受けん。師曰く、汝能く淫せざるか。曰く、亦娶るなり。師曰く、此を説くに非ず、是れ羅欲無きを説く。曰く、能。師曰く、汝能く盜まざるか。曰く、何ぞ曾て我に缺けて寧に盜取あらん。師曰く、此を説くに非ず、是れ饗を受けて淫を福し供せずして善を禍するを説く。曰く、能。師曰く、汝能く殺さざるか。曰く、實に我其の柄を司どる、怎ぞ殺さざると説かん。師曰く、此を説くに非ず、是れ濫誤疑混有るを説く。曰く、能。師曰く、汝能く妄らざるか。曰く、我正直なり、寧に妄有らんや。師曰く、此を説くに非ず、是れ先後天心に合せざるを説く。曰く、能。師曰く、汝酒に遭ひて敗れざるか。曰く、能。師曰く、上の如く是れ佛戒と爲す。又曰く、有心を以て奉持して無心に拘執せず、有心を以て物と爲して無心に身を想はず、能く此の如くならば則ち天地に先だちて生れて精と爲さず天地に後れて死して老と爲さず、終日變化して動と爲さず畢盡寂默して休と爲さず、此を悟れば則ち娶ると雖も妻に非ず饗ると雖も取に非ず柄と雖も權に非ず作すと雖も故に非ず醉ふと雖も昏に非ず、若し能く萬物に於て心無ければ則ち羅欲も淫と爲さず福淫禍善も盜と爲さず濫誤疑混も殺と爲さず先後天に違ふも妄と爲さず昏荒顚倒も醉と爲さず、此れ無心と謂ふ、無心なれば則ち戒無く無戒なれば則ち心無し、佛無く衆生無く汝無く及び我無し、汝無ければ誰か戒と爲らん。神曰く、

我神通亞佛。師曰。汝神通十句五能五不能。佛則十句七能三不能。神悚然避席跪啟曰。可得聞乎。師曰。汝能戾上帝。東天行而西七曜乎。曰不能。師曰。汝能奪地祇。融五嶽而結四海乎。曰不能。師曰。是謂五不能也。佛能空一切相成萬法智。而不能即滅定業。佛能知群有性窮億劫事。而不能化導無緣。佛能度無量有情。而不能盡眾生界。是謂三不能也。定業亦不牢久。無緣亦謂一期。眾生界本無增減。更無一人能主有法。有法無主是謂無法無法無主是謂無心。如我解佛亦無神通也。但能以無心通達一切法爾。神曰。我誠淺昧未聞空。義師所授戒我當奉行。今願報慈德効我所能。師曰。吾觀身無物觀法無常。塊然更有何欲。神曰。師必命我為世間事。展我小神功。使已發心初發心未發心不信心必信心五等人。目我神蹤。知有佛有神有能有不能有自然有非自然者。師曰。無為是無為是。神曰。佛亦使神護法。師寧隳叛佛耶。願隨意垂誨。師不得已而言曰。東巖寺之障。莽然無樹。北岫有之。而皆(舊本作背字)非屏擁。汝能移北樹於東嶺乎。神曰。已聞命矣。然昏夜間必有諠動。願師無駭。即作禮辭去。師門送而且觀之。見儀衛逶迤如王者之狀。嵐靄煙霞紛綸間錯。幢幡環珮凌空隱沒焉。其夕果有暴風吼雷奔雲震電。棟宇搖蕩宿鳥聲諠。師謂眾曰。無怖無怖。神與我契矣。詰旦和霽。則北巖松栝盡移東嶺森然行植。師謂其徒曰。吾沒後無令外知。若為口實人將妖我。以開元四年丙辰歲。囑門人曰。吾始居寺東嶺。吾滅汝必寘吾骸於彼。言訖若委蛻焉。春秋七十三。門人建塔焉。

(神、接ぎて曰く、)我が神通は佛に亞ぐ。師曰く、汝の神通十句に五能五不能、佛は則ち十句に七能三不能。神、悚然として席を避け跪いて啓して曰く、聽く可きか。師曰く、汝能く上帝に逆らひて天をして東行して七曜を西轉せしむるか。曰く、不能。師曰く、汝能く地祇を奪ひて五岳を融して四海を結ぶか。曰く、不能。師曰く、此れを五不能と謂ふ、佛は能く一切の相を空にして萬法の智を成すも能く定業を即滅せず、佛は能く群有の性を知り億劫の事を窮むるも能く緣無きを化導せず、佛は能く無量の有情を度すも能く衆生界を盡さず、此れを三不能と謂ふ、定業も亦牢久ならず無緣も亦只一期なり衆生界本來增減無し、更に一人も能く有法の主と爲る無し、有法に主無ければ是れを無法と謂ひ無法に主無ければ是れを無心と謂ふ、我が解の如くは佛も亦神通無く、只是れ能く無心を以て一切法に通達するならんのみ。神曰く、我實に淺昧にして未だ空義を聞かず、師の授くる所の戒は我當に奉行せん、今願はくは慈德に報ゆて我が能くする所を效さん。師曰く、我、身を觀れば物無く法を觀れば無常なり、塊然として更に何の欲か有らん。神曰く、師、定めて我に命じて世間の事を做して我が小神功を展ばしめ、已發心・初發心・未發心・不信心・必信心の五等の人をして我が神蹤を見て佛有り・神有り・能有り・不能有り・自然有り・非自然有るを知らしめよ。師曰く、無爲是れなり無爲是れなり。神曰く、佛も亦神をして法を護らしむ、師豈に佛を毁叛せんと欲するや、願はくは意に隨ひて誨を垂れよ。師、已むことを得ずして曰く、東巖寺の屏障は莽然として樹無し、北岫に樹有れど皆(舊本は背の字と作る)屏擁に非ず、汝能く北樹を東嶺に移すか。神曰く、已に命を聞けり、然れど昏夜の間必ず喧動有らん、願はくは師駭くこと勿れ、即ち禮を作して辭去す。師、門口に送りて之を看れば、儀衛逶迤として王者の情狀の如く、嵐靄烟霞紛綸として間錯し幢幡環珮空を凌ぎて隱沒す。其の日の夜果して暴風吼雷・奔雲震電ありて棟宇搖蕩し宿鳥聲喧す。師、衆に對して曰く、怖るる勿れ怖るる勿れ、神我と契りぬ。次日清晨、和霽して北巖の松栝皆東嶺に移りて森然として行を成して植ゆ。師、徒弟に對して曰く、我沒したる後外に知らしむること勿れ、若し口實と成らば人將に我を以て妖と爲さんと。開元四年丙辰の歳を以て門人に嘱して曰く、我初め寺の東嶺に住せり、我滅したる後、汝等必ず我が骸骨を彼に放て、言い訖りて委蜕の如し。春秋七十三。門人塔を建つ。

前嵩山普寂禪師法嗣忍大師(第三世)

前嵩山普寂禪師の法嗣、忍大師第三世

終南山惟政禪師平原人也。姓周氏。受業於本。州延和寺詮澄法師。得法於嵩山普寂禪師。既決了真詮。即入太一山中。學者盈室。唐大和中文宗嗜蛤蜊。沿海官吏先時遞進。人亦勞止。一日御饌中有擘不張者。帝以其異即焚香禱之。俄變為菩薩形。梵相具足。即貯以金粟檀香合覆以美錦。賜興善寺。令眾僧瞻禮。因問群臣。斯何祥也。或言太一山有惟政禪師。深明佛法博聞彊識。帝即令召至問其事。師曰。臣聞物無虛應。此乃啟陛下之信心耳。故契經云。應以此身得度者。即現此身而為說法。帝曰。菩薩身已現。且未聞說法。師曰。陛下覩此為常非常耶。信非信耶。帝曰。希奇之事朕深信焉。師曰。陛下已聞說法了。時皇情悅豫得未曾有。詔天下寺院各立觀音像以答殊休。因留師於內道場。累辭入山。復詔令住聖壽寺。至武宗即位。師忽入終南山隱居。人問其故。師曰。吾避仇矣。後終於山舍。年八十七。闍維收舍利四十九粒。以會昌三年九月四日入塔。

終南山惟政禪師は、平原の人、姓は周。本州延和寺詮澄法師に於て業を受け嵩山普寂禪師に於て法を得る。既に眞詮を決了して即ち太一山の中に入りて學者室に盈つ。唐大和中、文宗、蛤蜊を嗜みて沿海の官吏事先ず遞進して人亦勞苦す。一日御饌中に擘き開かざる有りて帝、其の異を以て即ち香を焚きて祈禱す、頃刻に變じて菩薩の形と爲りて梵相具足すれば即ち金粟檀香合を以て貯へて美錦を以て覆ひて興善寺に賜ひて衆僧に瞻禮せしむ。因りて群臣に問ふ、此れ何の祥ぞ。或る曰く、太一山に惟政禪師有りて深く佛法を明め博聞強識なり。帝、即ち召し至らしめて其の事を問ふ。師曰く、臣聞く物に虛應無し、此れ是れ陛下の信心を啓くならんのみ、契經の説く所以は應に此の身を以て度を得べき者は即ち此の身を現じて爲に法を説くと。帝曰く、菩薩身已に現ず、且つ未だ法を説くを聞かず。師曰く、陛下、此を看るに是れ常か非常か、信か非信か。帝曰く、希奇の事、朕深く信ず。師曰く、陛下已に法を説くを聞き訖れり。當時皇情悅豫して未曾有を得たり、詔して天下の寺院各々觀音像を立てて以て殊休に答へしむ。因りて師を內道場に留む、屢辭して山に入らんとす、又詔して聖壽寺に住せしむ。武宗の即位するに至りて師忽然として終南山に入りて隱居す。人其の故を問へば師曰く、我、仇を避く。後に山舍に終はりて年八十七。闍維して舍利四十九粒を收めて會昌三年九月四日を以て塔に入る。

益州無相禪師法嗣忍大師(第四世)

益州無相禪師の法嗣、忍大師第四世

益州保唐寺無住禪師。初得法於無相大師。乃居南陽白崖山。專務宴寂經累歲。學者漸至勤請不已。自此垂誨。雖廣演言教而唯以無念為宗。唐相國杜鴻漸出撫坤維。聞師名思一瞻禮。大歷元年九月。遣使到山延請。時節度使崔寧。亦命諸寺僧徒遠出迎引。十月一日至空慧寺。時杜公與戎帥。召三學碩德俱會寺中致禮訖。公問曰。頃聞師嘗駐錫於此。而後何往耶。曰無住性好疎野多泊山間。自賀蘭五臺周遊勝境。聞先師居貴封大慈寺說最上乘。遂遠來摳衣忝預函丈。後棲遲白崖已逾多載。今幸相公見召。敢不從命。公曰。弟子聞金和尚說無憶無念莫妄三句法門是否。曰然。公曰。此三句是一是三。曰無憶名戒。無念名定。莫妄名慧。一心不生具戒定慧。非一非三也。公曰。後句妄字莫是從心之忘乎。曰從女者是也。公曰。有據否。曰法句經云。若起精進心是妄非精進。若能心不妄精進無有涯。公聞疑情盪焉。又問。師還以三句示人否。曰對初心學人還令息念澄停識浪。水清影現。悟無體念。寂滅現前。無念亦不立也。於時庭樹鵶鳴。公問。師聞否。曰聞。鵶去已。又問。師聞否。曰聞。公曰。鵶去無聲云何言聞。師乃普告大眾。佛世難值正法難聞。各各諦聽。聞無有聞非關聞性。本來不生何曾有滅。有聲之時是聲塵自生。無聲之時是聲塵自滅。而此聞性不隨聲生不隨聲滅。悟此聞性則免聲塵之所轉。當知聞無生滅。聞無去來。公與僚屬大眾稽首。又問。何名第一義。第一義者從何次第得入。師曰。第一義者無有次第。亦無出入。世諦一切有。第一義即無。諸法無性性說名第一義。佛言。有法名俗諦。無性第一義。公曰。如師開示實不可思議。公又曰。弟子性識微淺。昔因公暇撰得起信論章疏兩卷。可得稱佛法否。師曰。夫造章疏皆用識心。思量分別有為有作。起心動念然可造成。據論文雲。

益州保唐寺無住禪師。初め無相大師に於て法を得て即ち南陽白崖山に住し、專ら宴寂を務めて歳を累ぬ。學者漸く至りて勤請已まず、此より誨を垂る。廣く言教を演ぶと雖も而も只無念を以て宗と爲す。唐相國杜鴻漸、出でて坤維を撫して師の名を聞きて一瞻禮せんと欲す。大曆元年九月、使を遣はして山に至りて延請す。當時節度使崔寧亦諸寺の僧徒をして遠く出でて迎引せしむ。十月一日、空慧寺に至る。當時杜公與戎帥と三學碩德を召して俱に寺中に會して致禮畢る。公問ふ、近來聞く師曾て此に錫を駐めしと、而して後何くにか往きし。曰く、無住性疏野を好みて多く山間に泊まる、賀蘭・五臺より勝境を周游して先師の貴封大慈寺に於て最上乘を説くを聞きて即ち遠く來りて衣を抠して忝くも函丈に預る、後に白崖に棲遲して已に多載を過す、今幸に相公の召を見れば敢て命に從はざらんや。公曰く、弟子聞く金和尚の説く無憶・無念・莫妄の三句法門、是か否か。曰く、是。公曰く、此の三句は一か三か。曰く、無憶は戒と名づき無念は定と名づき莫妄は慧と名づく、一心生ぜざれば戒定慧を具して一に非ず三に非ず。公曰く、後句の妄字は莫れも是れ心に從ふ忘か。曰く、女に從ふ纔かに是。公曰く、根據有るか。曰く、《法句經》に曰く、若し精進心を起さば是れ妄にして精進に非ず、若し能く心妄ならざれば精進涯有ること無し。公聞きて疑情蕩盡す。又問ふ、師還た三句を以て人に示すか。曰く、初心の學人に對しては還た念を息め識浪を澄停せしむ、水清ければ影現じて無體の念を悟り寂滅現前すれば無念も亦立たず。當時庭樹に鴉鳴く。公問ふ、師聞くか。曰く、聞く。鴉去りて之後又問ふ、師聞くか。曰く、聞く。公曰く、鴉去りて聲無し、如何にして聞くと説く。師、即ち普く大衆に告げて曰く、佛世は値ひ難く正法は聞き難し、各々諦聽せよ、聞に聞有ること無く聞性に關はらず、本來生ぜず何ぞ曾て滅有らん、聲有るの時は是れ聲塵自ら生じ聲無きの時は是れ聲塵自ら滅す、而して此の聞性は聲に隨ひて生ぜず聲に隨ひて滅せず、此の聞性を悟れば則ち聲塵に轉ぜらるるを免れん、當に知るべし聞は生滅無く聞は去來無し。公與僚屬大衆稽首す。又問ふ、何をか第一義と名づく、第一義何の次第よりか入るを得る。師曰く、第一義に次第無く亦出入無し、世諦一切有りて第一義即ち無し、諸法性無くして性説いて名づけて第一義と曰ふ、佛説く、有法は俗諦と名づき無性は第一義と。公曰く、師の開示するが如くは實に不可思議なり。公又曰く、弟子性識微淺なり、昔日公の暇に因りて《起信論》章疏兩卷を撰じ得たり、佛法と稱す可きか。師曰く、凡そ章疏を造るは皆識心を用ゐて思量分別し有爲有作にして心を起こし念を動かして纔かに造成す可し、論の文に據りて説く、

當知一切法從本以來。離言說相。離名字相。離心緣相。畢竟平等無有變異。唯有一心故名真如。今相公著言說相。著名字相。著心緣相。既著種種相。云何是佛法。公起作禮曰。弟子亦曾問諸供奉大德。皆讚弟子不可思議。當知彼等但徇人情。師今從理解說合心地法。實是真理不可思議。公又問。云何不生。云何不滅。如何得解脫。師曰。見境心不起名不生。不生即不滅。既無生滅即不被前塵所縛。當處解脫。不生名無念。無念即無滅。無念即無縛。無念即無脫。舉要而言。識心即離念。見性即解脫。離識心見性外。更有法門證無上苦提者。無有是處。公曰。何名識心見性。師曰。一切學道人隨念流浪。蓋為不識真心。真心者。念生亦不順生。念滅亦不依寂。不來不去。不定不亂。不取不捨。不沈不浮。無為無相。活鱍鱍平常自在。此心體畢竟不可得。無可知覺。觸目皆如無非見性也。公與大眾作禮。稱讚踴躍而去。後居保唐寺而終。

(師、接ぎて曰く、)當に知るべし一切法は本より來りて言説相を離れ名字相を離れ心緣相を離れ畢竟平等にして變異有ること無く唯有一心のみ、故に名づけて眞如と曰ふ、今相公は言説相に著き名字相に著き心緣相に著く、既に種種の相に著けば如何にして佛法ならん。公、身を起して禮を作して曰く、弟子亦曾て諸の供奉大德に問ふ、皆弟子を讚して不可思議と曰ふ、當に知るべし彼の人は只人情に徇るならんのみ、師、今理解より説きて心地の法に合す、實に是れ眞理不可思議なり。公又問ふ、如何にして生ぜず如何にして滅せず如何にして解脱を得る。師曰く、境を見て心起こらざれば不生と名づく、不生即ち不滅なり、既に生滅無ければ即ち前塵に縛せられずして當處解脱なり、不生は無念と名づく、無念即ち無滅なり、無念即ち無縛なり、無念即ち無脱なり、要を擧げて言はば識心は即ち離念・見性は即ち解脱なり、識心を離れ見性の外に更に法門有りて無上菩提を證するは是の處有ること無し。公曰く、何をか識心見性と名づく。師曰く、一切の學道人は念に隨ひて流浪す、皆眞心を識らざるに因る、眞心とは念生ずるも生に順はず念滅するも寂に依らず來らず去らず定まらず亂れず取らず捨てず沈まず浮かばず無爲無相にして活鱍鱍として平常自在なり、此の心體畢竟得る可からず知覺す可き無し、目に觸れば皆如にして見性に非ざる無し。公與大衆禮を作して稱讚踊躍して去る。後に保唐寺に住して終はる。

景德傳燈錄 卷第四

景德傳燈錄 卷第五

第三十三祖慧能大師

第三十三祖慧能大師

第三十三祖慧能大師法嗣四十三人西印度堀多三藏

第三十三祖慧能大師法嗣四十三人。西印度堀多三藏

韶州法海禪師

韶州法海禪師

吉州志誠禪師

吉州志誠禪師

匾簷山曉了禪師

匾檐山曉了禪師

河北智隍禪師

河北智隍禪師

洪州法達禪師

洪州法達禪師

壽州智通禪師

壽州智通禪師

江西志徹禪師

江西志徹禪師

信州智常禪師

信州智常禪師

廣州志道禪師

廣州志道禪師

廣州法性寺印宗和尚

廣州法性寺印宗和尚

吉州青原山行思禪師

吉州青原山行思禪師

南嶽懷讓禪師

南嶽懷讓禪師

溫州永嘉玄覺禪師

溫州永嘉玄覺禪師

司空山本淨禪師

司空山本淨禪師

婺州玄策禪師

婺州玄策禪師

曹谿令韜禪師

曹溪令韜禪師

西京光宅寺慧忠禪師

西京光宅寺慧忠禪師

西京荷澤寺神會禪師(已上一十九人見錄)

西京荷澤寺神會禪師(以上十九人見録)

韶州祇陀禪師

韶州祇陀禪師

撫州淨安禪師

撫州淨安禪師

嵩山尋禪師

嵩山尋禪師

羅浮山定真禪師

羅浮山定真禪師

南嶽堅固禪師

南嶽堅固禪師

制空山道進禪師

制空山道進禪師

善快禪師

善快禪師

韶山緣素禪師

韶山緣素禪師

宗一禪師

宗一禪師

會稽秦望山善現禪師

會稽秦望山善現禪師

南嶽梵行禪師

南嶽梵行禪師

幷州自在禪師

幷州自在禪師

西京鹹空禪師

西京鹹空禪師

峽山泰祥禪師

峽山泰祥禪師

光州法淨禪師

光州法淨禪師

清涼山辯才禪師

清涼山辯才禪師

廣州吳頭陀

廣州吳頭陀

道英禪師

道英禪師

智本禪師

智本禪師

廣州清苑法真禪師

廣州清苑法真禪師

玄楷禪師

玄楷禪師

曇璀禪師

曇璀禪師

韶州刺史韋據

韶州刺史韋據

義興孫菩薩(已上二十四人無機緣語句不錄)

義興孫菩薩(以上二十四人機縁の語句なし、収録せず)

第三十三祖慧能大師者。俗姓盧氏。其先範陽人。父行瑫武德中左宦於南海。之新州遂占籍焉。三歲喪父。其母守志鞠養。及長家尤貧窶。師樵採以給。一日負薪至市中。聞客讀金剛經。悚然問其客曰。此何法也。得於何人。客曰。此名金剛經。得於黃梅忍大師。師遽告其母以為法尋師之意。直抵韶州遇高行士劉志略結為交友。尼無盡藏者。即志略之姑也。常讀涅槃經。師暫聽之即為解說其義。尼遂執卷問字。師曰。字即不識。義即請問。尼曰。字尚不識曷能會義。師曰。諸佛妙理非關文字。尼驚異之。告鄉裡耆艾雲。能是有道之人宜請供養。於是居人競來瞻禮。近有寶林古寺舊地。眾議營緝俾師居之。四眾霧集俄成寶坊。師一日忽自唸曰。我求大法豈可中道而止。明日遂行至昌樂縣西山石室間。遇智遠禪師。師遂請益。遠曰。觀子神姿爽拔殆非常人。吾聞西域菩提達磨。傳心印於黃梅。汝當往彼參決。師辭去直造黃梅之東禪。即唐咸亨二年也。忍大師一見默而識之。後傳衣法令隱於懷集四會之間。至儀鳳元年丙子正月八日。屆南海遇印宗法師於法性寺講涅槃經。師寓止廊廡間。暮夜風颺剎幡。聞二僧對論。一雲幡動。一雲風動。往復酬答未曾契理。師曰。可容俗流輒預高論否。直以風幡非動動自心耳。印宗竊聆此語竦然異之。翌日邀師入室。徵風幡之義。師具以理告。印宗不覺起立雲。行者定非常人師為是誰。師更無所隱直敘得法因由。於是印宗執弟子之禮請受禪要。乃告四眾曰。印宗具足凡夫。今遇肉身菩薩即指坐下盧居士雲。即此是也。因請出所傳信衣悉令瞻禮。至正月十五日。會諸名德為之剃髮。二月八日就法性寺智光律師受滿分戒。其戒壇即宋朝求那跋陀三藏之所置也。三藏記雲。後當有肉身菩薩在此壇受戒。又梁末真諦三藏。於壇之側手植二菩提樹。謂眾曰。卻後一百二十年有大開士。

第三十三祖慧能大師、俗姓盧。其先范陽人。父行瑫、武德中左遷於南海之新州、於是落籍。三歲喪父、其母守志鞠養。等到長大、家尤貧窶、師樵採供給。一天負薪到市中、聽見客讀《金剛經》、悚然問那客:「這是何法?得於何人?」客說:「此名《金剛經》、得於黃梅忍大師。」師急忙告訴母親、以爲法尋師的意思。直抵韶州、遇高行士劉志略、結爲交友。尼無盡藏、即志略的姑母、常讀《涅槃經》。師暫聽、就爲她解說其義。尼於是執卷問字。師說:「字即不識、義即請問。」尼說:「字尚不識、怎能會義?」師說:「諸佛妙理、非關文字。」尼驚異、告訴鄉里耆老說:「能是有道之人、宜請供養。」於是居人競來瞻禮。近處有寶林古寺舊地、衆議營緝、讓師居住。四衆霧集、不久成爲寶坊。師一天忽然自念:「我求大法、豈可中道而止。」明日就走、到昌樂縣西山石室間、遇智遠禪師。師於是請益。遠說:「看你神姿爽拔、殆非常人。我聽說西域菩提達磨傳心印於黃梅、你應當往那裏參決。」師辭去、直造黃梅之東禪、即唐咸亨二年。忍大師一見、默而識之。後來傳衣法、令隱於懷集、四會之間。到儀鳳元年丙子正月八日、到南海、遇印宗法師在法性寺講《涅槃經》。師寓止廊廡間。暮夜風揚剎幡、聽見二僧對論。一說幡動、一說風動、往復酬答、未曾契理。師說:「可容俗流也參預高論嗎?直是風幡非動、動自心耳。」印宗暗中聽到此語、竦然驚異。次日邀師入室、徵問風幡之義。師具以理告。印宗不覺起立說:「行者定非常人。師爲是誰?」師更無所隱、直敘得法因由。於是印宗執弟子之禮、請受禪要。就告四衆說:「印宗是具足凡夫、今遇肉身菩薩。」即指座下盧居士說:「即此是也。」因而請出所傳信衣、都令瞻禮。到正月十五日、會諸名德爲他剃髮。二月八日就法性寺智光律師受滿分戒。那戒壇即宋朝求那跋陀三藏所置。三藏記說:「後當有肉身菩薩在此壇受戒。」又梁末真諦三藏在壇側手植二菩提樹、對衆說:「此後一百二十年、有大開士、

於此樹下演無上乘度無量眾。師具戒已。於此樹下開東山法門宛如宿契。明年二月八日忽謂眾曰。吾不願此居要歸舊隱。時印宗與緇白千餘人。送師歸寶林寺。韶州刺史韋據請於大梵寺轉妙法輪。並受無相心地戒。門人紀錄目為壇經盛行於世。然返曹谿雨大法雨。學者不下千數。中宗神龍元年降詔雲。朕請安秀二師宮中供養。萬機之暇每究一乘。二師並推讓雲。南方有能禪師。密受忍大師衣法。可就彼問。今遣內侍薛簡馳詔迎請。願師慈念速赴上京。師上表辭疾。願終林麓。薛簡曰。京城禪德皆雲。欲得會道必須坐禪習定。若不因禪定而得解脫者未之有也。未審師所說法如何。師曰。道由心悟。豈在坐也。經云。若見如來若坐若臥是行邪道。何故無所從來亦無所去。若無生滅是如來清淨禪。諸法空寂是如來清淨坐。究竟無證豈況坐耶。簡曰。弟子之迴主上必問願和尚慈悲指示心要。師曰。道無明暗。明暗是代謝之義。明明無盡亦是有盡。簡曰。明喻智慧。暗況煩惱。修道之人儻不以智慧照破煩惱。無始生死憑何出離。師曰。若以智慧照煩惱者。此是二乘小兒羊鹿等機。上智大根悉不如是。簡曰。如何是大乘見解。師曰。明與無明其性無二。無二之性即是實性。實性者處凡愚而不減。在賢聖而不增。住煩惱而不亂。居禪定而不寂。不斷不常不來不去。不在中間及其內外。不生不滅性相如如。常住不遷名之曰道。簡曰。師說不生不滅何異外道。師曰。外道所說不生不滅者。將滅止生以生顯滅。滅猶不滅生說無生。我說不生不滅者。本自無生今亦無滅。所以不同外道。汝若欲知心要。但一切善惡都莫思量。自然得入清淨心體。湛然常寂妙用恆沙。簡蒙指教豁然大悟。禮辭歸闕表奏師語。有詔謝師。並賜磨衲袈裟絹五百匹寶缽一口。十二月十九日。勅改古寶林為中興寺。三年十一月十八日。又勅韶州刺史。

(真諦接着說:)於此樹下演無上乘、度無量衆。」師具戒已、於此樹下開東山法門、宛如宿契。明年二月八日、忽然對衆說:「我不願意住在這裏、要歸舊隱。」當時印宗與緇白千餘人送師歸寶林寺。韶州刺史韋據請於大梵寺轉妙法輪、並受無相心地戒。門人紀錄、稱爲《壇經》、盛行於世。於是返曹溪、雨大法雨、學者不下千數。中宗神龍元年降詔說:「朕請安、秀二師宮中供養。萬機之暇、每究一乘。二師並推讓說:南方有能禪師、密受忍大師衣法、可就彼問。今遣うち侍薛簡馳詔迎請。願師慈念、速赴上京。」師上表辭疾、願終林麓。薛簡說:「京城禪德都說:欲得會道必須坐禪習定。若不因禪定而得解脫的、未之有也。未審師所說法如何?」師說:「道由心悟、豈在坐也。經說:若見如來若坐若臥、是行邪道。何故?無所從來、亦無所去。若無生滅、是如來清淨禪。諸法空寂、是如來清淨坐。究竟無證、豈況坐耶?」簡說:「弟子回去、主上必問。願和尚慈悲指示心要。」師說:「道無明暗。明暗是代謝之義。明明無盡亦是有盡。」簡說:「明喻智慧、暗況煩惱。修道之人倘若不以智慧照破煩惱、無始生死憑何出離?」師說:「若以智慧照煩惱、這是二乘小兒、羊鹿等機。上智大根都不是這樣。」簡說:「如何是大乘見解?」師說:「明與無明、其性無二。無二之性即是實性。實性者、處凡愚而不減、在賢聖而不增、住煩惱而不亂、居禪定而不寂。不斷不常、不來不去、不在中間及其うち外、不生不滅、性相如如、常住不遷、名之曰道。」簡說:「師說不生不滅、與外道有何異?」師說:「外道所說不生不滅、是將滅止生、以生顯滅、滅猶不滅、生說無生。我說不生不滅、本自無生、今亦無滅、所以不同外道。你若欲知心要、但一切善惡都莫思量、自然得入清淨心體、湛然常寂、妙用恆沙。」簡蒙指教、豁然大悟、禮辭歸闕、表奏師語。有詔謝師、並賜磨衲袈裟、絹五百匹、寶鉢一口。十二月十九日、敕改古寶林爲中興寺。三年十一月十八日、又敕韶州刺史、

重加崇飾賜額為法泉寺。師新州舊居為國恩寺。一日師謂眾曰。諸善知識。汝等各各淨心聽吾說法。汝等諸人自心是佛。更莫狐疑。外無一物而能建立。皆是本心生萬種法。故經云。心生種種法生。心滅種種法滅。若欲成就種智。須達一相三昧一行三昧。若於一切處而不住相。彼相中不生憎愛亦無取捨。不念利益成壞等事。安閑恬靜虛融澹泊。此名一相三昧。若於一切處行住坐臥。純一直心不動道場真成淨土。名一行三昧。若人具二三昧。如地有種能含藏長養成就其實。一相一行亦復如是。我今說法。猶如時雨溥潤大地。汝等佛性譬諸種子。遇茲霑洽悉得發生。承吾旨者決獲菩提。依吾行者定證妙果。先天元年告諸徒眾曰。吾忝受忍大師衣法。今為汝等說法不付其衣。蓋汝等信根淳熟決定不疑堪任大事。聽吾偈曰。

(詔書接着說:)重加崇飾、賜額爲法泉寺。」師新州舊居爲國恩寺。一天師對衆說:「諸善知識、你們各各淨心聽我說法。你們諸人自心是佛、更莫狐疑。外無一件物而能建立、都是本心生萬種法。所以經說:心生種種法生、心滅種種法滅。若欲成就種智、須達一相三昧、一行三昧。若於一切處而不住相、那相中不生憎愛、也無取捨、不念利益成壞等事、安閒恬靜、虛融淡泊、此名一相三昧。若於一切處行住坐臥、純一直心、不動道場、真成淨土、名一行三昧。若人具此二三昧、如地有種、能含藏長養、成就其實。一相一行也是這樣。我今說法、猶如時雨普潤大地。你們佛性譬諸種子、遇此霑洽、都得發生。承我旨的、決獲菩提;依我行的、定證妙果。」先天元年告訴諸徒衆說:「我忝受忍大師衣法、今爲你們說法、不付其衣。蓋因你們信根淳熟、決定不疑、堪任大事。聽我偈:

心地含諸種普雨悉皆生

心地含諸種、普雨悉皆生。

頓悟華情已菩提果自成

頓悟花情已、菩提果自成。

師說偈已復曰。其法無二其心亦然。其道清淨亦無諸相。汝等慎勿觀淨及空其心。此心本淨無可取捨。各自努力隨緣好去。師說法利生經四十載。其年七月六日命弟子。往新州國恩寺。建報恩塔仍令倍工。又有蜀僧名方辯。來謁師雲。善揑塑。師正色曰。試塑看。方辯不領旨。乃塑師真。可高七寸。曲盡其妙。師觀之曰。汝善塑性不善佛性。酬以衣物。僧禮謝而去。先天二年七月一日謂門人曰。吾欲歸新州。汝速理舟檝。時大眾哀慕乞師且住。師曰。諸佛出現猶示涅槃。有來必去理亦常然。吾此形骸歸必有所。眾曰。師從此去早晚卻迴。師曰。葉落歸根來時無口。又問。師之法眼何人傳受。師曰。有道者得無心者通。又問。後莫有難否。曰吾滅後五六年。當有一人來取吾首。聽吾記曰。頭上養親。口裡須餐。遇滿之難。楊柳為官。又云。吾去七十年有二菩薩。從東方來。一在家一齣家。同時興化建立吾宗。締緝伽藍昌隆法嗣。言訖往新州國恩寺。沐浴訖跏趺而化。異香襲人白虹屬地。即其年八月三日也。時韶新兩郡各修靈塔。道俗莫決所之。兩郡刺史共焚香祝雲。香煙引處即師之慾歸焉。時鑪香騰湧直貫曹谿。以十一月十三日入塔。壽七十六。時韶州刺史韋據撰碑。門人憶念取首之記。遂先以鐵葉漆布固護師頸。塔中有達磨所傳信衣(西域屈眴布也。緝木綿華心織成。後人以碧絹為裡)中宗賜磨衲寶缽方辯塑真道具等。主塔侍者屍之。開元十年壬戌八月三日。夜半忽聞塔中如拽鐵索聲。僧眾驚起。見一孝子從塔中走出。尋見師頸有傷。具以賊事聞於州縣。縣令楊侃刺史柳無忝得牒切加擒捉。五日於石角村捕得賊人。送韶州鞫問。雲姓張名淨滿。汝州梁縣人。於洪州開元寺。受新羅僧金大悲錢二十千。令取六祖大師首。歸海東供養。柳守聞狀未即加刑。乃躬至曹谿。問師上足令韜曰。如何處斷。韜曰。

師說偈已、又說:「其法無二、其心也然。其道清淨、也無諸相。你們慎勿觀淨及空其心。此心本淨、無可取捨。各自努力、隨緣好去。」師說法利生經四十載。這年七月六日命弟子往新州國恩寺建報恩塔、仍令加倍用工。又有蜀僧名方辯、來謁師說善捏塑。師正色說:「試塑看。」方辯不領旨、就塑師真、可高七寸、曲盡其妙。師看了說:「你善塑性、不善佛性。」酬以衣物。僧禮謝而去。先天二年七月一日對門人說:「我要歸新州、你們速理舟楫。」當時大衆哀慕、乞師且住。師說:「諸佛出現猶示涅槃。有來必去、理亦常然。我此形骸、歸必有所。」衆說:「師從此去、早晚卻回?」師說:「葉落歸根、來時無口。」又問:「師之法眼何人傳受?」師說:「有道者得、無心者通。」又問:「後莫有難嗎?」說:「我滅後五六年、當有一人來取吾首。聽我記:頭上養親、口裏須餐。遇滿之難、楊柳爲官。」又說:「我去七十年、有二菩薩從東方來、一在家一出家、同時興化、建立吾宗、締緝伽藍、昌隆法嗣。」說完往新州國恩寺。沐浴訖、跏趺而化、異香襲人、白虹屬地。即其年八月三日。當時韶、新兩郡各修靈塔、道俗不能決所之。兩郡刺史合わせて焚香祝說:「香菸引處、即師之所欲歸。」當時爐香騰湧、直貫曹溪。以十一月十三日入塔。壽七十六。當時韶州刺史韋據撰碑。門人憶念取首之記、就先以鐵葉漆布固護師頸。塔中有達磨所傳信衣(西域屈眴布、緝木棉花心織成。後人以碧絹爲裏)、中宗所賜磨衲寶鉢、方辯所塑真、道具等、主塔侍者守之。開元十年壬戌八月三日夜半、忽然聽見塔中如拽鐵索聲。僧衆驚起、見一孝子從塔中走出。尋見師頸有傷、具以賊事聞於州縣。縣令楊侃、刺史柳無忝得牒、切加擒捉。五日於石角村捕得賊人、送韶州鞫問。說姓張名淨滿、汝州梁縣人、於洪州開元寺受新羅僧金大悲錢二十千、令取六祖大師首歸海東供養。柳守聞狀、未即加刑、就親自到曹溪、問師上足令韜:「如何處斷?」韜說:

若以國法論理須誅夷。但以佛教慈悲冤親平等。況彼求欲供養罪可恕矣。柳守嘉歎曰。始知佛門廣大。遂赦之(爾後甚有名賢贊述及檀施珍異。文繁不錄)上元元年肅宗遣使。就請師衣缽歸內供養。至永泰元年五月五日。代宗夢六祖大師請衣缽。七日勅刺史楊瑊雲。朕夢感能禪師請傳法袈裟卻歸曹溪。今遣鎮國大將軍劉崇景。頂戴而送。朕謂之國寶。卿可於本寺如法安置。專令僧眾親承宗旨者。嚴加守護勿令遺墜。後或為人偷竊。皆不遠而獲。如是者數四。憲宗諡大鑒禪師。塔曰元和靈照。皇宋開寶初。王師平南海。劉氏殘兵作梗。師之塔廟鞠為煨燼。而真身為守塔僧保護一無所損。尋有制興修功未竟。會太宗即位留心禪門。頗增壯麗焉。大師自唐先天二年癸丑入滅。至今景德元年甲辰歲。凡二百九十二年矣。得法者除印宗等三十三人各化一方標為正嗣。其外藏名匿跡者不可勝紀。今於諸家傳記中略錄十人。謂之旁出。

(令韜接着說:)「若以國法論、理須誅夷。但以佛教慈悲、冤親平等。何況他求欲供養、罪可恕了。」柳守嘉嘆說:「始知佛門廣大。」於是赦之。(此後甚有名賢贊述及檀施珍異、文繁収録せず。)上元元年、肅宗遣使就請師衣鉢歸うち供養。到永泰元年五月五日、代宗夢六祖大師請衣鉢。七日敕刺史楊瑊說:「朕夢感能禪師請傳法袈裟卻歸曹溪。今遣鎮國大將軍劉崇景頂戴而送。朕謂之國寶。卿可於本寺如法安置、專令僧衆親承宗旨者嚴加守護、勿令遺墜。」後來或被人偷竊、都不遠而獲、這樣的有數次。憲宗諡大鑒禪師、塔曰元和靈照。皇宋開寶初、王師平南海、劉氏殘兵作梗、師之塔廟鞠爲煨燼、而真身爲守塔僧保護、一無所損。不久有制興修、功未竟。適逢太宗即位、留心禪門、頗增壯麗。大師自唐先天二年癸丑入滅、至今景德元年甲辰歲、凡二百九十二年了。得法者除き印宗等三十三人各化一方、標爲正嗣外、其外藏名匿跡的不可勝紀。今於諸家傳記中略錄十人、謂之より旁出。

西域堀多三藏者天竺人也。東遊韶陽見六祖。於言下契悟。後遊五臺至定襄縣歷村。見一僧結庵而坐。三藏問曰。汝孤坐奚為。曰觀靜。三藏曰。觀者何人。靜者何物。其僧作禮問曰。此理何如。三藏曰。汝何不自觀自靜。彼僧茫然莫知其對。三藏曰。汝出誰門耶。曰神秀大師。三藏曰。我西域異道最下根者不墮此見。兀然空坐於道何益。其僧卻問三藏。所師何人。三藏曰。我師六祖。汝何不速往曹谿決其真要。其僧即捨庵往參六祖具陳前事。六祖垂誨與三藏符合。其僧信入。三藏後不知所終。

西域堀多三藏、天竺人。東遊韶陽見六祖、於言下契悟。後來遊五臺、到定襄縣歷村、見一僧結庵而坐。三藏問:「你孤坐做什麼?」說:「觀靜。」三藏說:「觀者何人、靜者何物?」那僧作禮問:「此理如何?」三藏說:「你何不自觀自靜?」那僧茫然、不知怎麼對。三藏說:「你出誰門?」說:「神秀大師。」三藏說:「我西域異道最下根的、也不墮此見。兀然空坐、於道有何益?」那僧卻問三藏所師何人。三藏說:「我師六祖。你何不速往曹溪決其真要?」那僧就舍庵往參六祖、具陳前事。六祖垂誨、與三藏符合。那僧信入。三藏後來不知所終。

韶州法海禪師者曲江人也。初見六祖問曰。即心即佛願垂指喻。祖曰。前念不生即心。後念不滅即佛。成一切相即心。離一切相即佛。吾若具說窮劫不盡。聽吾偈曰。

韶州法海禪師、曲江人。初見六祖問:「即心即佛、願垂指喻。」祖說:「前念不生即心、後念不滅即佛。成一切相即心、離一切相即佛。我若具說、窮劫不盡。聽我偈:

即心名慧即佛乃定定慧等持

即心名慧、即佛乃定。定慧等持、

意中清淨悟此法門由汝習性

意中清淨。悟此法門、由你習性。

用本無生雙修是正

用本無生、雙修是正。

法海信受。以偈贊曰。

法海信受、用偈贊說:

即心元是佛不悟而自屈

即心元是佛、不悟而自屈。

我知定慧因雙修離諸物

我知定慧因、雙修離諸物。

(壇經云。門人法海者即禪師是也)。

(《壇經》說:門人法海、即是此禪師。)

吉州志誠禪師者吉州太和人也。少於荊南當陽山玉泉寺奉事神秀禪師。後因兩宗盛化。秀之徒眾往往譏南宗曰。能大師不識一字有何所長。秀曰。他得無師之智深悟上乘。吾不如也。且吾師五祖親付衣法。豈徒然哉。吾所恨不能遠去親近虛受國恩。汝等諸人。無滯於此。可往曹谿質疑。他日迴復還為吾說。師聞此語禮辭至韶陽。隨眾參請不言來處。時六祖告眾曰。今有盜法之人潛在此會。師出禮拜具陳其事。祖曰。汝師若為示眾。對曰。常指誨大眾。令住心觀靜長坐不臥。祖曰。住心觀靜是病非禪。長坐拘身於理何益。聽吾偈曰。

吉州志誠禪師、吉州太和人。少年在荊南當陽山玉泉寺奉事神秀禪師。後來因爲兩宗盛化、秀的徒衆往往譏南宗說:「能大師不識一字、有何所長?」秀說:「他得無師之智、深悟上乘、我不如也。況且我師五祖親付衣法、豈是徒然。我所恨不能遠去親近、虛受國恩。你們諸人不要滯在這裏、可往曹溪質疑。他日回來再爲我說。」師聞此語、禮辭至韶陽、隨衆參請、不言來處。當時六祖告衆說:「今有盜法之人潛在此會。」師出禮拜、具陳其事。祖說:「你師如何示衆?」對說:「常指誨大衆、令住心觀靜、長坐不臥。」祖說:「住心觀靜是病非禪。長坐拘身、於理何益。聽我偈:

生來坐不臥死去臥不坐

生來坐不臥、死去臥不坐。

元是臭骨頭何為立功過

元是臭骨頭、何爲立功過。

師。曰未審大師以何法誨人。祖曰。吾若言有法與人。即為誑汝。但且隨方解縛假名三昧。聽吾偈曰。

師說:「未審大師以何法誨人?」祖說:「我若言有法與人、即爲誑你。只是隨方解縛、假名三昧。聽我偈:

一切無心自性戒一切無礙自性慧

一切無心自性戒、一切無礙自性慧。

不增不退自金剛身去身來本三昧

不增不退自金剛、身去身來本三昧。

師聞偈悔謝。即誓依歸。乃呈一偈曰。

師聞偈悔謝、就誓依歸、乃呈一偈說:

五蘊幻身幻何究竟迴趣真如

五蘊幻身、幻何究竟。回趣真如、

法還不淨

法還不淨。

祖然之。尋迴玉泉。

祖然之。不久回玉泉。

匾簷山曉了禪師者傳記不載。唯北宗門人忽雷澄撰塔碑盛行於世。略曰。師住匾簷山。法號曉了。六祖之嫡嗣也。師得無心之心。了無相之相。無相者森羅眩目。無心者分別熾然。絕一言一響。響莫可傳傳之行矣。言莫可窮窮之非矣。師自得無無之無不無於無也。吾今以有有之有不有於有也。不有之有去來非增。不無之無涅槃非減。嗚呼。師住世兮曹谿明。師寂滅兮法舟傾。師譚無說兮寰宇盈。師示迷徒兮了義乘。匾擔山色垂茲色。空谷猶留曉了名。

匾檐山曉了禪師、傳記不載。唯北宗門人忽雷澄撰塔碑盛行於世。略說:師住匾檐山、法號曉了、六祖的嫡嗣。師得無心之心、了無相之相。無相者森羅眩目、無心者分別熾然。絕一言一響。響不可傳、傳之行矣;言不可窮、窮之非矣。師自得無無之無、不無於無。我今以有有之有、不有於有。不有之有、去來非增;不無之無、涅槃非減。嗚呼。師住世兮曹溪明、師寂滅兮法舟傾。師談無說兮寰宇盈、師示迷徒兮了義乘。匾擔山色垂茲色、空谷猶留曉了名。

河北智隍禪師者。始參五祖法席。雖甞諮決而循乎漸行。後往河北結庵長坐。積二十餘載不見惰容。及遇六祖門人策禪師遊歷於彼。激以勤求法要。師遂捨庵往參六祖。祖愍其遠來便垂開抉。師於言下豁然契悟。前二十年所得心都無影響。其夜河北檀越士庶忽聞空中有聲曰。隍禪師今日得道也。後迴河北開化四眾。

河北智隍禪師。始參五祖法席、雖然曾經諮決、而循乎漸行。後來往河北結庵長坐、積二十餘載、不見惰容。等到遇六祖門人策禪師遊歷到那裏、激以勤求法要。師於是舍庵往參六祖。祖憫他遠來、便垂開抉。師於言下豁然契悟、前二十年所得心都無影響。那天夜裏、河北檀越士庶忽然聽見空中有聲說:「隍禪師今日得道了。」後來回河北開化四衆。

洪州法達禪師者洪州豐城人也。七歲出家誦法華經。進具之後來禮祖師頭不至地。祖呵曰。禮不投地何如不禮。汝心中必有一物蘊習。何事耶。師曰。念法華經已及三千部。祖曰。汝若念至萬部得其經意。不以為勝則與吾偕行。汝今負此事業都不知過。聽吾偈曰。

洪州法達禪師、洪州豐城人。七歲出家、誦《法華經》。進具之後來禮祖師、頭不至地。祖呵說:「禮不投地、何如不禮。你心中必有一物蘊習、是何事呢?」師說:「念《法華經》已及三千部。」祖說:「你若念至萬部、得其經意、不以爲勝、就與我偕行。你如今負此事業、都不知過。聽我偈:

禮本折慢幢頭奚不至地

禮本折慢幢、頭何不至地。

有我罪即生亡功福無比

有我罪即生、亡功福無比。

祖又曰。汝名什麼。對曰。名法達。祖曰。汝名法達。何曾達法。復說偈曰。

祖又說:「你名什麼?」對說:「名法達。」祖說:「你名法達、何曾達法。」又說偈:

汝今名法達勤誦未休歇

你今名法達、勤誦未休歇。

空誦但循聲明心號菩薩

空誦但循聲、明心號菩薩。

汝今有緣故吾今為汝說

你今有緣故、我今爲你說。

但信佛無言蓮華從口發

但信佛無言、蓮花從口發。

師聞偈悔過曰。而今而後當謙恭一切。惟願和尚大慈。略說經中義理。祖曰。汝念此經以何為宗。師曰。學人愚鈍。從來但依文誦念。豈知宗趣。祖曰。汝試為吾念一遍。吾當為汝解說。師即高聲念經至方便品。祖曰止。此經元來以因緣出世為宗。縱說多種譬喻。亦無越於此。何者因緣。唯一大事。一大事即佛知見也。汝慎勿錯解經意。見他道。開示悟入自是佛之知見。我輩無分。若作此解乃是謗經毀佛也。彼既是佛已具知見。何用更開。汝今當信。佛知見者。只汝自心更無別體。蓋為一切眾生自蔽光明。貪愛塵境外緣內擾甘受驅馳。便勞他從三昧起。種種苦口勸令寢息。莫向外求與佛無二。故云開佛知見。汝但勞勞執念謂為功課者。何異犛牛愛尾也。師曰。若然者但得解義。不勞誦經耶。祖曰。經有何過豈障汝念。只為迷悟在人損益由汝。聽吾偈曰。

師聞偈悔過說:「從今以後當謙恭一切。惟願和尚大慈、略說經中義理。」祖說:「你念此經以何爲宗?」師說:「學人愚鈍、從來只依文誦唸、豈知宗趣。」祖說:「你試爲我念一遍、我當爲你解說。」師就高聲唸經到方便品。祖說:「止。此經原來以因緣出世爲宗。縱說多種譬喻、也不越於此。什麼因緣?唯一大事。一大事即佛知見。你慎勿錯解經意。見他說開、示、悟、入、自是佛之知見、我輩無分。若作此解、乃是謗經毀佛。他既是佛、已具知見、何用更開。你今當信:佛知見者、只你自心、更無別體。蓋爲一切衆生自蔽光明、貪愛塵境、外緣うち擾、甘受驅馳、便勞他從三昧起、種種苦口勸令寢息、莫向外求、與佛無二、所以說開佛知見。你只勞勞執念、稱爲功課、何異犛牛愛尾。」師說:「若然、只求解義、不勞誦經嗎?」祖說:「經有何過、豈障你念。只爲迷悟在人、損益由你。聽我偈:

心迷法華轉心悟轉法華

心迷法華轉、心悟轉法華。

誦久不明己與義作讎家

誦久不明己、與義作仇家。

無念念即正有念念成邪

無念念即正、有念念成邪。

有無俱不計長御白牛車

有無俱不計、長御白牛車。

師聞偈再啟曰。經云。諸大聲聞乃至菩薩。皆盡思度量。尚不能測於佛智。今令凡夫但悟自心。便名佛之知見。自非上根未免疑謗。又經說三車。大牛之車與白牛車如何區別。願和尚再垂宣說。祖曰。經意分明。汝自迷背。諸三乘人不能測佛智者。患在度量也。饒伊盡思共推轉加懸遠。佛本為凡夫說不為佛說。此理若不肯信者從他退席。殊不知坐卻白牛車。更於門外覓三車。況經文明向汝道。無二亦無三。汝何不省。三車是假為昔時故。一乘是實為今時故。只教汝去假歸實。歸實之後實亦無名。應知所有珍財盡屬於汝由汝受用。更不作父想。亦不作子想。亦無用想。是名持法華經。從劫至劫手不釋卷。從晝至夜無不念時也。師既蒙啟發踴躍歡喜。以偈贊曰。

師聞偈再啓說:「經說:諸大聲聞乃至菩薩、都盡思度量、尚不能測於佛智。今令凡夫但悟自心、便名佛之知見。自非上根、未免疑謗。又經說三車。大牛之車與白牛車如何區別?願和尚再垂宣說。」祖說:「經意分明、你自己迷背。諸三乘人不能測佛智、患在度量。饒他盡思合わせて推、轉加懸遠。佛本爲凡夫說、不爲佛說。此理若不肯信、從他退席。殊不知坐卻白牛車、更於門外覓三車。何況經文明向你說、無二亦無三。你何不省?三車是假、爲昔時故;一乘是實、爲今時故。只教你去假歸實。歸實之後、實亦無名。應知所有珍財盡屬於你、由你受用。更不作父想、也不作子想、也無用想、是名持《法華經》。從劫至劫手不釋卷、從晝至夜無不是念時。」師既蒙啓發、踊躍歡喜、用偈贊說:

經誦三千部曹谿一句亡

經誦三千部、曹溪一句亡。

未明出世旨寧歇累生狂

未明出世旨、怎歇累生狂。

羊鹿牛權設初中後善揚

羊鹿牛權設、初中後善揚。

誰知火宅內元是法中王

誰知火宅うち、元是法中王。

祖曰。汝今後方可名為念經僧也。師從此領玄旨。亦不輟誦持。

祖說:「你今後纔可名爲念經僧。」師從此領玄旨、也不輟誦持。

壽州智通禪師者壽州安豐人也。初看楞伽經約千餘遍而不會三身四智。禮師求解其義。祖曰。三身者。清淨法身汝之性也。圓滿報身汝之智也。千百億化身汝之行也。若離本性別說三身。即名有身無智。若悟三身無有自性。即名四智菩提。聽吾偈曰。

壽州智通禪師、壽州安豐人。初看《楞伽經》約千餘遍、而不會三身四智、禮師求解其義。祖說:「三身者、清淨法身是你的性、圓滿報身是你的智、千百億化身是你的行。若離本性別說三身、即名有身無智。若悟三身無有自性、即名四智菩提。聽我偈:

自性具三身發明成四智

自性具三身、發明成四智。

不離見聞緣超然登佛地

不離見聞緣、超然登佛地。

吾今為汝說諦信永無迷

我今爲你說、諦信永無迷。

莫學馳求者終日說菩提

莫學馳求者、終日說菩提。

師曰。四智之義可得聞乎。祖曰。既會三身便明四智。何更問邪。若離三身別譚四智。此名有智無身也。即此有智還成無智。復說偈曰。

師說:「四智之義可得聞嗎?」祖說:「既會三身便明四智、何更問邪。若離三身別談四智、此名有智無身。即此有智還成無智。」又說偈:

大圓鏡智性清淨平等性智心無病

大圓鏡智性清淨、平等性智心無病。

妙觀察智見非功成所作智同圓鏡

妙觀察智見非功、成所作智同圓鏡。

五八六七果因轉但用名者無實性

五八六七果因轉、但用名者無實性。

若於轉處不留情繁興永處那伽定

若於轉處不留情、繁興永處那伽定。

(轉識為智者。教中雲。轉前五識為成所作智。轉第六識為妙觀察智。轉第七識為平等性智。轉第八識為大圓鏡智。雖六七因中轉。五八果上轉。但轉其名而不轉其體也)。

(轉識爲智:教中說、轉前五識爲成所作智、轉第六識爲妙觀察智、轉第七識爲平等性智、轉第八識爲大圓鏡智。雖六七因中轉、五八果上轉、但轉其名而不轉其體。)

師禮謝以偈贊曰。

師禮謝、用偈贊說:

三身元我體四智本心明

三身元我體、四智本心明。

身智融無礙應物任隨形

身智融無礙、應物任隨形。

起修皆妄動守住匪真精

起修皆妄動、守住匪真精。

妙言因師曉終亡汙染名

妙言因師曉、終亡污染名。

江西志徹禪師者江西人也。姓張氏。名行昌。少任俠。自南北分化。二宗主雖亡彼我。而徒侶競起愛憎。時北宗門人自立秀師為第六祖。而忌能大師傳衣為天下所聞。然祖是菩薩預知其事。即置金十兩於方丈。時行昌受北宗門人之囑。懷刃入祖室將欲加害。祖舒頸而就。行昌揮刃者三都無所損。祖曰。正劍不邪邪劍不正。只負汝金不負汝命。行昌驚僕。久而方甦求哀悔過。即願出家。祖遂與金雲。汝且去。恐徒眾翻害於汝。汝可他日易形而來。吾當攝受。行昌稟旨宵遁。終投僧出家具戒精進。一日憶祖之言。遠來禮覲。祖曰。吾久念於汝。汝來何晚。曰昨蒙和尚捨罪。今雖出家苦行終難報於深恩。其唯傳法度生乎。弟子嘗覽涅槃經。未曉常無常義。乞和尚慈悲略為宣說。祖曰。無常者。即佛性也。有常者。即善惡一切諸法分別心也。曰和尚所說大違經文也。祖曰。吾傳佛心印。安敢違於佛經。曰經說佛性是常。和尚卻言無常。善惡諸法乃至菩提心皆是無常。和尚卻言是常。此即相違。令學人轉加疑惑。祖曰。涅槃經吾昔者聽尼無盡藏讀誦一遍。便為講說。無一字一義不合經文。乃至為汝終無二說。曰學人識量淺昧。願和尚委曲開示。祖曰。汝知否。佛性若常。更說什麼善惡諸法。乃至窮劫無有一人發菩提心者。故吾說無常。正是佛說真常之道也。又一切諸法若無常者。即物物皆有自性容受生死。而真常性有不遍之處。故吾說常者。正是佛說真無常義也。佛比為凡夫外道執於邪常。諸二乘人於常計無常共成八倒故。於涅槃了義教中。破彼偏見。而顯說真常真我真淨。汝今依言背義。以斷滅無常及確定死常。而錯解佛之圓妙最後微言。縱覽千遍有何所益。行昌忽如醉醒。乃說偈曰。

江西志徹禪師、江西人、姓張、名行昌。少任俠。自從南北分化、二宗主雖亡彼我、而徒侶競起愛憎。當時北宗門人自立秀師爲第六祖、而忌能大師傳衣爲天下所聞。然而祖是菩薩、預知其事、就置金十兩於方丈。當時行昌受北宗門人之囑、懷刃入祖室、將要加害。祖伸頸而就。行昌揮刃三次、都無所損。祖說:「正劍不邪、邪劍不正。只負你金、不負你命。」行昌驚僕、久而才醒、求哀悔過、即願出家。祖就給他金說:「你且去。恐徒衆翻害於你。你可他日易形而來、我當攝受。」行昌稟旨宵遁、終於投僧出家、具戒精進。一天憶祖之言、遠來禮覲。祖說:「我久念於你、你來何晚?」說:「昨蒙和尚舍罪、今雖出家苦行、終難報於深恩、其唯傳法度生乎。弟子嘗覽《涅槃經》、未曉常無常義、乞和尚慈悲略爲宣說。」祖說:「無常者、即佛性也。有常者、即善惡一切諸法分別心也。」說:「和尚所說大違經文。」祖說:「我傳佛心印、安敢違於佛經。」說:「經說佛性是常、和尚卻言無常。善惡諸法乃至菩提心都是無常、和尚卻言是常。此即相違、令學人轉加疑惑。」祖說:「《涅槃經》我昔日聽尼無盡藏讀誦一遍、便爲講說、無一字一義不合經文。乃至爲你、終無二說。」說:「學人識量淺昧、願和尚委曲開示。」祖說:「你知道嗎?佛性若常、更說什麼善惡諸法、乃至窮劫無有一人發菩提心。所以我說無常、正是佛說真常之道。又一切諸法若無常、即物物皆有自性容受生死、而真常性有不遍之處。所以我說常、正是佛說真無常義。佛比爲凡夫外道執於邪常、諸二乘人於常計無常、合わせて成八倒、所以於涅槃了義教中破彼偏見、而顯說真常、真我、真淨。你今依言背義、以斷滅無常及確定死常、而錯解佛的圓妙最後微言。縱覽千遍、有何所益?」行昌忽然如醉醒、就說偈:

因守無常心佛演有常性

因守無常心、佛演有常性。

不知方便者猶春池執礫

不知方便者、猶春池執礫。

我今不施功佛性而見前

我今不施功、佛性而見前。

非師相授與我亦無所得

非師相授與、我亦無所得。

祖曰。汝今徹也。宜名志徹。師禮謝而去。

祖說:「你今徹了、宜名志徹。」師禮謝而去。

信州智常禪師者本州貴谿人也。髫年出家志求見性。一日參六祖。祖問。汝從何來欲求何事。師曰。學人近往洪州建昌縣白峰山。禮大通和尚。蒙示見性成佛之義。未決狐疑。至吉州遇人指迷令投謁和尚。伏願垂慈攝受。祖曰。彼有何言句。汝試舉似於吾。與汝證明。師曰。初到彼三月未蒙開示。以為法切故。於中夜獨入方丈禮拜哀請。大通乃曰。汝見虛空否。對曰見。彼曰。汝見虛空有相貌否。對曰。虛空無形有何相貌。彼曰。汝之本性猶如虛空。返觀自性了無一物可見。是名正見。無一物可知。是名真知。無有青黃長短。但見本源清淨覺體圓明。即名見性成佛。亦名極樂世界。亦名如來知見。學人雖聞此說猶未決了。乞和尚誨示令無凝滯。祖曰。彼師所說猶存見知故。令汝未了。吾今示汝一偈曰。

信州智常禪師、本州貴溪人。髫年出家、志求見性。一天參六祖。祖問:「你從何來、欲求何事?」師說:「學人近往洪州建昌縣白峯山、禮大通和尚、蒙示見性成佛之義、未決狐疑。到吉州遇人指迷、令投謁和尚。伏願垂慈攝受。」祖說:「他有何言句?你試舉似於我、與你證明。」師說:「初到那裏三月未蒙開示、因爲求法心切、於中夜獨入方丈禮拜哀請。大通就說:你見虛空嗎?對說見。他說:你見虛空有相貌嗎?對說:虛空無形、有何相貌。他說:你的本性猶如虛空。返觀自性、了無一物可見、是名正見;無一物可知、是名真知。無有青黃長短、但見本源清淨、覺體圓明、即名見性成佛、亦名極樂世界、亦名如來知見。學人雖聞此說猶未決了、乞和尚誨示、令無凝滯。」祖說:「彼師所說猶存知見、所以令你未了。我今示你一偈:

不見一法存無見大似浮雲遮日面

不見一法存無見、大似浮雲遮日面。

不知一法守空知還如太虛生閃電

不知一法守空知、還如太虛生閃電。

此之知見瞥然興錯認何曾解方便

此之知見瞥然興、錯認何曾解方便。

汝當一念自知非自己靈光常顯見

你當一念自知非、自己靈光常顯見。

師聞偈已心意豁然。乃述一偈曰。

師聞偈已、心意豁然、就述一偈說:

無端起知解著相求菩提

無端起知解、著相求菩提。

情存一念悟寧越昔時迷

情存一念悟、怎越昔時迷。

自性覺源體隨照枉遷流

自性覺源體、隨照枉遷流。

不入祖師室茫然趣兩頭

不入祖師室、茫然趣兩頭。

廣州志道禪師者南海人也。初參六祖曰。學人自出家。覽涅槃經僅十餘載。未明大意。願和尚垂誨。祖曰。汝何處未了。對曰。諸行無常。是生滅法。生滅滅已。寂滅為樂。於此疑惑。祖曰。汝作麼生疑。對曰。一切眾生皆有二身。謂色身法身也。色身無常有生有滅。法身有常無知無覺。經云。生滅滅已寂滅為樂者。未審是何身寂滅何身受樂。若色身者。色身滅時。四大分散全是苦。苦不可言樂。若法身寂滅。即同草木瓦石。誰當受樂。又法性是生滅之體。五蘊是生滅之用。一體五用生滅是常。生則從體起用。滅則攝用歸體。若聽更生。即有情之類不斷不滅。若不聽更生。即永歸寂滅。同於無情之物。如是則一切諸法。被涅槃之所禁伏。尚不得生何樂之有。祖曰。汝是釋子何習外道斷常邪見。而議最上乘法。據汝所解。即色身外別有法身。離生滅求於寂滅。又推涅槃常樂。言有身受者。斯乃執吝生死耽著世樂。汝今當知。佛為一切迷人認五蘊和合為自體相。分別一切法為外塵相。好生惡死念念遷流。不知夢幻虛假。枉受輪迴。以常樂涅槃翻為苦相終日馳求。佛愍此故乃示涅槃真樂。剎那無有生相。剎那無有滅相。更無生滅可滅。是則寂滅見前。當見前之時亦無見前之量乃謂常樂此樂無有受者亦無不受者豈有一體五用之名何況更言涅槃禁伏諸法令永不生斯乃謗佛毀法。聽吾偈曰。

廣州志道禪師、南海人。初參六祖說:「學人自出家、覽《涅槃經》僅十餘載、未明大意、願和尚垂誨。」祖說:「你何處未了?」對說:「諸行無常、是生滅法。生滅滅已、寂滅爲樂。於此疑惑。」祖說:「你怎麼疑?」對說:「一切衆生都有二身、謂色身、法身。色身無常、有生有滅。法身有常、無知無覺。經說生滅滅已、寂滅爲樂、未審是何身寂滅、何身受樂。若是色身、色身滅時四大分散、全是苦、苦不可言樂。若法身寂滅、即同草木瓦石、誰當受樂。又法性是生滅之體、五蘊是生滅之用。一體五用、生滅是常。生則從體起用、滅則攝用歸體。若聽更生、即有情之類不斷不滅。若不聽更生、即永歸寂滅、同於無情之物。如是則一切諸法被涅槃之所禁伏、尚不得生、何樂之有?」祖說:「你是釋子、何習外道斷常邪見、而議最上乘法。據你所解、即色身外別有法身、離生滅求於寂滅、又推涅槃常樂、言有身受者。這乃是執吝生死、耽著世樂。你今當知:佛爲一切迷人認五蘊和合爲自體相、分別一切法爲外塵相、好生惡死、念念遷流、不知夢幻虛假、枉受輪迴、以常樂涅槃翻爲苦相、終日馳求。佛憫此故、乃示涅槃真樂。剎那無有生相、剎那無有滅相、更無生滅可滅、是則寂滅現前。當現前之時亦無現前之量、乃謂常樂。此樂無有受者、亦無不受者。豈有一體五用之名?何況更言涅槃禁伏諸法、令永不生、這乃是謗佛毀法。聽我偈:

無上大涅槃圓明常寂照

無上大涅槃、圓明常寂照。

凡愚謂之死外道執為斷

凡愚謂之死、外道執爲斷。

諸求二乘人目以無為作

諸求二乘人、目以無爲作。

盡屬情所計六十二見本

盡屬情所計、六十二見本。

妄立虛假名何為真實義

妄立虛假名、何爲真實義。

唯有過量人通達無取捨

唯有過量人、通達無取捨。

以知五蘊法及以蘊中我

以知五蘊法、及以蘊中我。

外現眾色象一一音聲相

外現衆色象、一一音聲相。

平等如夢幻不起凡聖見

平等如夢幻、不起凡聖見。

不作涅槃解二邊三際斷

不作涅槃解、二邊三際斷。

常應諸根用而不起用想

常應諸根用、而不起用想。

分別一切法不起分別想

分別一切法、不起分別想。

劫火燒海底風鼓山相擊

劫火燒海底、風鼓山相擊。

真常寂滅樂涅槃相如是

真常寂滅樂、涅槃相如是。

吾今彊言說令汝捨邪見

我今強言說、令你舍邪見。

汝勿隨言解許汝知少分

你勿隨言解、許你知少分。

師聞偈踴躍作禮而退。

師聞偈踊躍、作禮而退。

廣州法性寺印宗和尚者吳郡人也。姓印氏。從師出家精涅槃大部。唐咸亨元年抵京師。勅居大敬愛寺。固辭往蘄春謁忍大師。後於廣州法性寺講涅槃經。遇六祖能大師始悟玄理。以能為傳法師。又採自梁至唐諸方達者之言。著心要集盛行於世。先天二年二月二十一日終於會稽山妙喜寺。壽八十有七。會稽王師乾立塔銘焉。

廣州法性寺印宗和尚、吳郡人、姓印。從師出家、精《涅槃》大部。唐咸亨元年抵京師、敕居大敬愛寺。固辭、往蘄春謁忍大師。後來在廣州法性寺講《涅槃經》、遇六祖能大師、始悟玄理、以能爲傳法師。又採自梁至唐諸方達者之言、著《心要集》、盛行於世。先天二年二月二十一日終於會稽山妙喜寺。壽八十七。會稽王師乾立塔銘。

吉州青原山行思禪師本州安城人也。姓劉氏幼歲出家。每群居論道師唯默然。後聞曹谿法席乃往參禮。問曰。當何所務即不落階級。祖曰。汝曾作什麼。師曰。聖諦亦不為。祖曰。落何階級。曰聖諦尚不為。何階級之有。祖深器之。會下學徒雖眾師居首焉。亦猶二祖不言少林謂之得髓矣。一日祖謂師曰。從上衣法雙行師資遞授。衣以表信。法乃印心。吾今得人何患不信。吾受衣以來遭此多難。況乎後代爭競必多。衣即留鎮山門。汝當分化一方無令斷絕。師既得法。住吉州青原山靜居寺。六祖將示滅。有沙彌希遷(即南嶽石頭和尚也)問曰。和尚百年後。希遷未審當依附何人。祖曰。尋思去。及祖順世。遷每於靜處端坐寂若忘生。第一坐問曰。汝師已逝空坐奚為。遷曰。我稟遺誡故尋思爾。第一坐曰。汝有師兄行思和尚。今住吉州。汝因緣在彼。師言甚直汝自迷耳。遷聞語便禮辭祖龕。直詣靜居。師問曰。子何方而來。遷曰。曹谿。師曰。將得什麼來。曰。未到曹谿亦不失。師曰。恁麼用去曹谿作什麼。曰若不到曹谿爭知不失。遷又問曰。曹谿大師還識和尚否。師曰。汝今識吾否。曰識又爭能識得。師曰。眾角雖多一麟足矣。遷又問。和尚出嶺多少時。師曰。我卻不知。汝早晚離曹谿。曰希遷不從曹谿來。師曰。我亦知汝去處也。曰和尚幸是大人莫造次。他日師復問遷。汝什麼處來。曰曹谿。師乃舉拂子曰。曹谿還有這箇麼。曰非但曹谿。西天亦無。師曰。子莫曾到西天否。曰若到即有也。師曰。未在。更道。曰和尚也須道取一半。莫全靠學人。師曰。不辭向汝道。恐已後無人承當。師令希遷持書與南嶽讓和尚曰。汝達書了速迴。吾有箇鈯斧子。與汝住山。遷至彼未呈書。便問。不慕諸聖不重己靈時如何。讓曰。子問太高生。何不向下問。遷曰。寧可永劫沈淪。不慕諸聖解脫。讓便休。遷迴至靜居。師問曰。

吉州青原山行思禪師、本州安城人、姓劉。幼年出家。每羣居論道、師只默然。後來聽說曹溪法席、就前往參禮。問:「當何所務即不落階級?」祖說:「你曾作什麼?」師說:「聖諦也不爲。」祖說:「落何階級?」說:「聖諦尚不爲、何階級之有?」祖深器之。會下學徒雖衆、師居首。也如二祖在少林不言、稱爲得髓。一天祖對師說:「從上衣法雙行、師資遞授。衣以表信、法乃印心。我今得人、何患不信。我受衣以來遭此多難、何況後代爭競必多。衣即留鎮山門。你當分化一方、無令斷絕。」師既得法、住吉州青原山靜居寺。六祖將示滅、有沙彌希遷(即南嶽石頭和尚)問:「和尚百年後、希遷未審當依附何人?」祖說:「尋思去。」等到祖順世、遷每於靜處端坐、寂若忘生。第一座問:「你師已逝、空坐做什麼?」遷說:「我稟遺誡、所以尋思。」第一座說:「你有師兄行思和尚、今住吉州。你因緣在彼。師言甚直、你自己迷耳。」遷聞語便禮辭祖龕、直詣靜居。師問:「你何方而來?」遷說:「曹溪。」師說:「將得什麼來?」說:「未到曹溪也不失。」師說:「這麼用去曹溪作什麼?」說:「若不到曹溪、怎知不失。」遷又問:「曹溪大師還識和尚嗎?」師說:「你今識我嗎?」說:「識又怎能識得。」師說:「衆角雖多、一麟足矣。」遷又問:「和尚出嶺多少時?」師說:「我卻不知。你早晚離曹溪?」說:「希遷不從曹溪來。」師說:「我也知你去處。」說:「和尚幸是大人、莫造次。」他日師又問遷:「你什麼處來?」說:「曹溪。」師就舉拂子說:「曹溪還有這個麼?」說:「非但曹溪、西天也無。」師說:「你莫曾到西天嗎?」說:「若到即有也。」師說:「未在。更道。」說:「和尚也須道取一半、莫全靠學人。」師說:「不辭向你道、恐已後無人承當。」師令希遷持書與南嶽讓和尚說:「你達書了速回。我有個鈍斧子與你住山。」遷到那裏未呈書、便問:「不慕諸聖、不重己靈時如何?」讓說:「你問得太高了、何不向下問。」遷說:「寧可永劫沉淪、不慕諸聖解脫。」讓便休。遷回到靜居。師問:

子去未久送書達否。遷曰。信亦不通書亦不達。師曰。作麼生。遷舉前話了。卻雲。發時蒙和尚許鈯斧子。便請取。師垂一足。遷禮拜。尋辭往南嶽(玄沙雲。大小石頭和尚。被讓師推倒。至今起不得)荷澤神會來參。師問曰。什麼處來。會曰。曹谿。師曰。曹谿意旨如何。會振身而已。師曰。猶滯瓦礫在。曰和尚此間莫有真金與人否。師曰。設有與汝向什麼處著(玄沙雲。果然。雲居錫雲。只如玄沙道果然。是真金是瓦礫)僧問。如何是佛法大意。師曰。廬陵米作麼價。師既付法石頭。唐開元二十八年庚辰十二月十三日。陞堂告眾跏趺而逝。僖宗諡弘濟禪師歸真之塔。

(師接着說:)「你去未久、送書達了嗎?」遷說:「信也不通、書也不達。」師說:「怎麼生?」遷舉前話完畢、卻說:「發時蒙和尚許鈍斧子、便請取。」師垂下一足。遷禮拜。不久辭往南嶽。(玄沙說:「大小石頭和尚、被讓師推倒、至今起不得。」)荷澤神會來參。師問:「什麼處來?」會說:「曹溪。」師說:「曹溪意旨如何?」會振身而已。師說:「猶滯瓦礫在。」說:「和尚此間莫有真金與人嗎?」師說:「設有、與你向什麼處著?」(玄沙說:「果然。」雲居錫說:「只如玄沙道果然、是真金是瓦礫?」)僧問:「如何是佛法大意?」師說:「廬陵米作麼價。」師既付法石頭。唐開元二十八年庚辰十二月十三日升堂告衆、跏趺而逝。僖宗諡弘濟禪師歸真之塔。

南嶽懷讓禪師者姓杜氏。金州人也。年十五往荊州玉泉寺。依弘景律師出家。受具之後。習毘尼藏。一日自歎曰。夫出家者為無為法時同學坦然知師志高邁。勸師謁嵩山安和尚。安啟發之。乃直詣曹谿參六祖。祖問。什麼處來。曰嵩山來。祖曰。什麼物恁麼來。曰說似一物即不中。祖曰。還可修證否。曰修證即不無。汙染即不得。祖曰。只此不汙染諸佛之所護念。汝既如是吾亦如是。西天般若多羅讖。汝足下出一馬駒。蹋殺天下人。並在汝心不須速說。師豁然契會。執侍左右一十五載。唐先天二年始往衡嶽居般若寺。開元中有沙門道一(即馬祖大師也)住傳法院常日坐禪。師知是法器。往問曰。大德坐禪圖什麼。一曰。圖作佛。師乃取一塼。於彼庵前石上磨。一曰。師作什麼。師曰。磨作鏡。一曰。磨塼豈得成鏡耶。坐禪豈得成佛耶。一曰。如何即是。師曰。如人駕車不行。打車即是。打牛即是一無對。師又曰。汝學坐禪。為學坐佛。若學坐禪禪非坐臥。若學坐佛佛非定相。於無住法不應取捨。汝若坐佛即是殺佛。若執坐相非達其理。一聞示誨如飲醍醐。禮拜問曰。如何用心即合無相三昧。師曰。汝學心地法門如下種子。我說法要譬彼天澤。汝緣合故當見其道。又問曰。道非色相。云何能見。師曰。心地法眼能見乎道。無相三昧亦復然矣。一曰。有成壞否。師曰。若以成壞聚散而見道者。非見道也。聽吾偈曰。

南嶽懷讓禪師、姓杜、金州人。十五歲往荊州玉泉寺、依弘景律師出家。受具之後習毗尼藏。一天自嘆說:「夫出家者爲無爲法。」當時同學坦然知師志高邁、勸師謁嵩山安和尚。安啓發之、就直詣曹溪參六祖。祖問:「什麼處來?」說:「嵩山來。」祖說:「什麼物恁麼來?」說:「說似一物即不中。」祖說:「還可修證嗎?」說:「修證即不無、污染即不得。」祖說:「只此不污染、諸佛之所護念。你既如是、我亦如是。西天般若多羅讖:你足下出一馬駒、踏殺天下人。並在你心、不須速說。」師豁然契會、執侍左右一十五載。唐先天二年始往衡嶽、居般若寺。開元中有沙門道一(即馬祖大師)住傳法院、常日坐禪。師知是法器、往問:「大德坐禪圖什麼?」一說:「圖作佛。」師就取一塊磚、在那庵前石上磨。一說:「師作什麼?」師說:「磨作鏡。」一說:「磨磚豈得成鏡耶?」師說:「坐禪豈得成佛耶?」(底本此處疑脫「師曰」、今按文理補)一說:「如何即是?」師說:「如人駕車不行、打車即是、打牛即是。」一無對。師又說:「你學坐禪、爲學坐佛。若學坐禪、禪非坐臥。若學坐佛、佛非定相。於無住法不應取捨。你若坐佛即是殺佛。若執坐相、非達其理。」一聞示誨、如飲醍醐、禮拜問:「如何用心即合無相三昧?」師說:「你學心地法門如下種子。我說法要譬彼天澤。你緣合故當見其道。」又問:「道非色相、如何能見?」師說:「心地法眼能見乎道。無相三昧亦復然矣。」一說:「有成壞嗎?」師說:「若以成壞聚散而見道、非見道。聽我偈:

心地含諸種遇澤悉皆萌

心地含諸種、遇澤悉皆萌。

三昧華無相何壞復何成

三昧花無相、何壞復何成。

一蒙開悟心意超然。侍奉十秋日益玄奧。師入室弟子總有六人。師各印可雲。汝等六人同證吾身各契一路。一人得吾眉善威儀(常浩)一人得吾眼善顧盻(智達)一人得吾耳善聽理(坦然)一人得吾鼻善知氣(神照)一人得吾舌善譚說(嚴峻)一人得吾心善古今(道一)又曰。一切法皆從心生。心無所生法無能住。若達心地所作無礙。非遇上根宜慎辭哉。有一大德。問如鏡鑄像。像成後鏡明向什麼處去。師曰。如大德為童子時相貌何在(法眼別雲阿那箇是大德鑄成底像)曰只如像成後。為什麼不鑑照。師曰。雖然不鑑照。謾他一點不得。後馬大師闡化於江西。師問眾曰。道一為眾說法否眾曰。已為眾說法。師曰。總未見人持箇消息來。眾無對因遣一僧去雲。待伊上堂時。但問作麼生。伊道底言語記將來。僧去一如師旨。迴謂師曰。馬師雲。自從胡亂後三十年不曾闕鹽醬吃。師然之。天寶三年八月十一日圓寂於衡嶽。勅諡大慧禪師最勝輪之塔。

一蒙開悟、心意超然。侍奉十秋、日益玄奧。師入室弟子總有六人。師各印可說:「你們六人同證吾身、各契一路。一人得吾眉、善威儀(常浩);一人得吾眼、善顧盼(智達);一人得吾耳、善聽理(坦然);一人得吾鼻、善知氣(神照);一人得吾舌、善談說(嚴峻);一人得吾心、善古今(道一)。」又說:「一切法皆從心生。心無所生、法無能住。若達心地、所作無礙。非遇上根、宜慎辭哉。」有一大德問:「如鏡鑄像、像成後鏡明向什麼處去?」師說:「如大德爲童子時相貌何在?」(法眼別說:「阿哪個是大德鑄成的像?」)說:「只如像成後、爲什麼不鑑照?」師說:「雖然不鑑照、謾他一點不得。」後來馬大師闡化於江西。師問衆:「道一爲衆說法嗎?」衆說:「已爲衆說法。」師說:「總未見人持個消息來。」衆無對。因而遣一僧去說:「等他上堂時、只問作麼生。他道的言語記將來。」僧去、一如師旨。回來對師說:「馬師說:自從胡亂後三十年、不曾缺鹽醬喫。」師然之。天寶三年八月十一日圓寂于衡嶽。敕諡大慧禪師最勝輪之塔。

溫州永嘉玄覺禪師者永嘉人也。姓戴氏。丱歲出家遍探三藏。精天台止觀圓妙法門。於四威儀中常冥禪觀。後因左谿朗禪師激勵。與東陽策禪師同詣曹谿。初到振錫攜瓶。繞祖三匝。祖曰。夫沙門者具三千威儀八萬細行。大德自何方而來生大我慢。師曰。生死事大無常迅速。祖曰。何不體取無生了無速乎。曰體即無生。了本無速。祖曰。如是如是。於時大眾無不愕然。師方具威儀參禮。須臾告辭。祖曰。返太速乎。師曰。本自非動豈有速耶。祖曰。誰知非動。曰仁者自生分別。祖曰。汝甚得無生之意。曰無生豈有意耶。祖曰。無意誰當分別。曰分別亦非意。祖歎曰。善哉善哉。少留一宿。時謂一宿覺矣。策公乃留師。翌日下山迴溫江。學者輻湊。號真覺大師。著證道歌一首。及禪宗悟修圓旨自淺之深。慶州刺史魏靖。緝而序之成十篇。目為永嘉集並盛行於世。

溫州永嘉玄覺禪師、永嘉人、姓戴。童年出家、遍探三藏、精天台止觀圓妙法門、於四威儀中常冥禪觀。後來因左溪朗禪師激勵、與東陽策禪師同詣曹溪。初到振錫攜瓶、繞祖三匝。祖說:「夫沙門者具三千威儀、八萬細行。大德自何方而來、生大我慢?」師說:「生死事大、無常迅速。」祖說:「何不體取無生、了無速乎?」說:「體即無生、了本無速。」祖說:「如是、如是。」當時大衆無不愕然。師才具威儀參禮、片刻告辭。祖說:「返太速乎?」師說:「本自非動、豈有速耶?」祖說:「誰知非動?」說:「仁者自生分別。」祖說:「你甚得無生之意。」說:「無生豈有意耶?」祖說:「無意誰當分別?」說:「分別亦非意。」祖嘆說:「善哉、善哉。」少留一宿。當時稱爲一宿覺。策公就留下。次日下山回溫江、學者輻湊、號真覺大師。著《證道歌》一首、及禪宗悟修圓旨、自淺之深。慶州刺史魏靖緝而序之、成十篇、稱爲《永嘉集》、並盛行於世。

慕道志儀第一

慕道志儀第一

夫欲修道先須立志及事師儀則彰乎軌訓。

夫欲修道、先須立志、以及事師儀則、彰乎軌訓。

故標第一明慕道儀式。

所以標第一、明慕道儀式。

戒憍奢意第二

戒憍奢意第二

初雖立志修道善識軌儀。若三業憍奢妄心擾動。何能得定。故次第二明戒憍奢意也。

起初雖立志修道、善識軌儀、若三業驕奢、妄心擾動、何能得定。所以次第二、明戒驕奢意。

淨修三業第三

淨修三業第三

前戒憍奢略標綱要。今子細檢責令過不生。故次第三明淨修三業。戒乎身口意也。

前面戒驕奢略標綱要。今仔細檢責、令過不生。所以次第三、明淨修三業、戒乎身口意。

奢摩他頌第四

奢摩他頌第四

已檢責身口令麁過不生。次須入門修道漸次不出定慧。五種起心。六種料簡。故次第四明奢摩他頌也。

已檢責身口、令粗過不生。次須入門修道、漸次不出定慧。五種起心、六種料簡。所以次第四、明奢摩他頌。

毘婆舍那頌第五

毘婆舍那頌第五

非戒不禪。非禪不慧。上既修定。定久慧明。故次第五明毘婆舍那頌也。

非戒不禪、非禪不慧。上面既修定、定久慧明。所以次第五、明毗婆舍那頌。

優畢叉頌第六

優畢叉頌第六

偏修於定定久則沈。偏學於慧慧多心動。故次第六明優畢叉頌。等於定慧令不沈動。使定慧均等捨於二邊。

偏修於定、定久則沉。偏學于慧、慧多心動。所以次第六、明優畢叉頌。等於定慧、令不沉動、使定慧均等、舍於二邊。

三乘漸次第七

三乘漸次第七

定慧既均則寂而常照。三觀一心。何疑不遣。何照不圓。自解雖明悲他未悟。悟有深淺。故次第七明三乘漸次也。

定慧既均、則寂而常照。三觀一心、何疑不遣、何照不圓。自解雖明、悲他未悟。悟有深淺。所以次第七、明三乘漸次。

事理不二第八

事理不二第八

三乘悟理理無不窮。窮理在事了事即理。故次第八明事理不二。即事而真用祛倒見也。

三乘悟理、理無不窮。窮理在事、了事即理。所以次第八、明事理不二。即事而真、用祛倒見。

勸友人書第九

勸友人書第九

事理既融內心自瑩。復悲遠學虛擲寸陰。故次第九明勸友人書也。

事理既融、うち心自瑩。又悲遠學虛擲寸陰。所以次第九、明勸友人書。

發願文第十

發願文第十

勸友人雖是悲他專心。在一情猶未普。故次第十明發願文誓度一切。

勸友人雖是悲他專心、在一情猶未普。所以次第十、明發願文、誓度一切。

復次觀心十門。初則言其法爾。次則出其觀體。三則語其相應。四則警其上慢。五則誡其疎怠。六則重出觀體。七則明其是非。八則簡其詮旨。九則觸途成觀。十則妙契玄源。

再者觀心十門。初則言其法爾、次則出其觀體、三則語其相應、四則警其上慢、五則誡其疏怠、六則重出觀體、七則明其是非、八則簡其詮旨、九則觸途成觀、十則妙契玄源。

第一言法爾者。夫心性虛通動靜之源莫二。真如絕慮緣計之念非殊。惑見紛馳。窮之則唯一寂。靈源不狀。鑒之則以千差。千差不同。法眼之名自立。一寂非異。慧眼之號斯存。理量雙銷。佛眼之功圓著。是以三諦一境。法身之理常清。三智一心般若之明常照。境智冥合解脫之應隨機。非縱非橫圓伊之道玄會。故知三德妙性宛爾無乖一心。深廣難思何出要而非路。是以即心為道者。可謂尋流而得源。

第一言法爾。夫心性虛通、動靜之源莫二。真如絕慮、緣計之念非殊。惑見紛馳、窮之則唯一寂。靈源不狀、鑑之則以千差。千差不同、法眼之名自立。一寂非異、慧眼之號斯存。理量雙銷、佛眼之功圓著。所以三諦一境、法身之理常清。三智一心、般若之明常照。境智冥合、解脫之應隨機。非縱非橫、圓伊之道玄會。故知三德妙性宛爾無乖一心。深廣難思、何出要而非路。所以即心爲道的、可謂尋流而得源。

第二齣其觀體者。只知一念即空不空非空非不空。

第二齣其觀體。只知一念即空不空、非空非不空。

第三語其相應者。心與空相應。則譏毀讚譽何憂何喜。身與空相應。則刀割香塗何苦何樂。依報與空相應。則施與劫奪何得何失。心與空不空相應則愛見都忘慈悲普救。身與空不空相應。則內同枯木外現威儀。依報與空不空相應。則永絕貪求資財給濟。心與空不空非空非不空相應。則實相初明開佛知見。身與空不空非空非不空相應。則一塵入正受。諸塵三昧起。依報與空不空非空非不空相應。則香臺寶閣嚴土化生。

第三語其相應。心與空相應、則譏毀讚譽何憂何喜。身與空相應、則刀割香塗何苦何樂。依報與空相應、則施與劫奪何得何失。心與空不空相應、則愛見都忘、慈悲普救。身與空不空相應、則うち同枯木、外現威儀。依報與空不空相應、則永絕貪求、資財給濟。心與空不空非空非不空相應、則實相初明、開佛知見。身與空不空非空非不空相應、則一塵入正受、諸塵三昧起。依報與空不空非空非不空相應、則香臺寶閣、嚴土化生。

第四警其上慢者。若不爾者則未相應也。

第四警其上慢。若不如此、則未相應。

第五誡其疎怠者。然渡海應上船。非船何以能渡。修心必須入觀。非觀何以明心。心尚未明相應何日。思之勿自恃也。

第五誡其疏怠。然而渡海應上船、非船何以能渡。修心必須入觀、非觀何以明心。心尚未明、相應何日。思之、勿自恃。

第六重出觀體者。只知一念即空不空非有非無。不知即念即空不空非非有非非無。

第六重出觀體。只知一念即空不空、非有非無、不知即念即空不空、非非有非非無。

第七明其是非者。心不是有。心不是無。心不非有。心不非無。是有是無即墮是。非有非無即墮非。如是隻是是非之非。未是非是非非之是。今以雙非破兩是。是破非是猶是非。又以雙非破兩非。非破非非即是是。如是隻是非是非非之是。未是不非不不非不是不不是。是非之惑綿微難見。神清慮靜細而研之。

第七明其是非。心不是有、心不是無、心不非有、心不非無。是有是無即墮是、非有非無即墮非。如是隻是是非之非、未是非是非非之是。今以雙非破兩是、是破非是猶是非。又以雙非破兩非、非破非非即是是。如是隻是非是非非之是、未是不非不不非不是不不是。是非之惑綿微難見。神清慮靜、細而研之。

第八簡其詮旨者。然而至理無言。假文言以明其旨。旨宗非觀。藉修觀以會其宗。若旨之未明。則言之未的。若宗之未會。則觀之未深。深觀乃會其宗。的言必明其旨。旨宗既其明會。旨觀何得復存耶。

第八簡其詮旨。然而至理無言、假文言以明其旨。旨宗非觀、藉修觀以會其宗。若旨之未明、則言之未的。若宗之未會、則觀之未深。深觀乃會其宗、的言必明其旨。旨宗既已明會、言觀何得復存呢?

第九觸途成觀者。夫再演言詞重標觀體。欲明宗旨無異言觀。有逐方移。方移則言理無差。無差則觀旨不異。不異之旨即理。無差之理即宗。旨一而二名言觀明其弄胤耳。

第九觸途成觀。再演言詞、重標觀體、欲明宗旨無異、言觀有逐方移。方移則言理無差、無差則觀旨不異。不異之旨即理、無差之理即宗。旨一而二名、言觀只是弄其胤餘罷了。

第十妙契玄源者。夫悟心之士。寧執觀而迷旨。達教之人。豈滯言而惑理。理明則言語道斷。何言之能議。旨會則心行處滅。何觀之能思。心言不能思議者。可謂妙契寰中矣。

第十妙契玄源。夫悟心之士、豈執觀而迷旨。達教之人、豈滯言而惑理。理明則言語道斷、何言之能議。旨會則心行處滅、何觀之能思。心言不能思議的、可謂妙契寰中了。

師先天二年十月十七日安坐示滅。十一月十三日塔於西山之陽。勅諡無相大師。塔曰淨光。宋朝淳化中太宗皇帝詔本州重修龕塔。

師於先天二年十月十七日安坐示滅。十一月十三日塔於西山之陽。敕諡無相大師、塔曰淨光。宋朝淳化中、太宗皇帝詔本州重修龕塔。

司空山本淨禪師者絳州人也。姓張氏。幼歲披緇於曹谿之室受記。隸司空山無相寺。唐天寶三年玄宗遣中使楊光庭入山採常春藤。因造丈室禮問曰。弟子慕直斯久。願和尚慈悲略垂開示。師曰。天下禪宗碩學鹹會京師。天使歸朝足可諮決。貧道隈山傍水無所用心。光庭泣拜。師曰。休禮貧道。天使為求佛邪問道邪。曰弟子智識昏昧。未審佛之與道其議云何。師曰。若欲求佛即心是佛。若欲會道無心是道。曰云何即心是佛。師曰。佛因心悟心以佛彰。若悟無心佛亦不有。曰云何無心是道。師曰。道本無心無心名道。若了無心無心即道。光庭作禮信受。既迴闕。庭具以山中所遇奏聞。即勅光庭詔師。十二月十三日到京勅住白蓮亭。越明年正月十五日召兩街名僧碩學。赴內道場與師闡揚佛理。時有遠禪師者。抗聲謂師曰。今對聖上校量宗旨。應須直問直答不假繁辭。只如禪師所見以何為道。師答曰。無心是道。遠曰。道因心有。何得言無心是道。師曰。道本無名因心名道。心名若有道不虛然。窮心既無道憑何立。二俱虛妄總是假名。遠曰。禪師見有身心是道以否。師曰。山僧身心本來是道。曰適言無心是道。今又言身心本來是道。豈不相違。師曰。無心是道心泯道無。心道一如故言無心是道。身心本來是道。道亦本是身心。身心本既是空。道亦窮源無有。曰觀禪師形質甚小。卻會此理。師曰。大德。只見山僧相。不見山僧無相。見相者是大德所見。經云。凡所有相皆是虛妄。若見諸相非相。即悟其道。若以相為實窮劫不能悟道。曰今請禪師於相上說於無相。師曰。淨名經云。四大無主身亦無我。無我所見與道相應。大德。若以四大有主是我。若有我見窮劫不可會道也。遠公聞語失色逡巡避席。師有偈曰。

司空山本淨禪師、絳州人、姓張。幼年披緇、於曹溪之室受記、隸司空山無相寺。唐天寶三年、玄宗遣中使楊光庭入山採常春藤、因而造丈室禮問說:「弟子慕道很久、願和尚慈悲略垂開示。」師說:「天下禪宗碩學都聚會京師。天使歸朝、足可諮決。貧道隈山傍水、無所用心。」光庭泣拜。師說:「休禮貧道。天使是爲求佛呢、問道呢?」說:「弟子智識昏昧、未審佛之與道其義如何?」師說:「若欲求佛、即心是佛。若欲會道、無心是道。」說:「如何即心是佛?」師說:「佛因心悟、心以佛彰。若悟無心、佛亦不有。」說:「如何無心是道?」師說:「道本無心、無心名道。若了無心、無心即道。」光庭作禮信受。既回闕下、庭具以山中所遇奏聞。即敕光庭詔師。十二月十三日到京、敕住白蓮亭。到明年正月十五日、召兩街名僧碩學赴うち道場、與師闡揚佛理。當時有遠禪師抗聲對師說:「今對聖上校量宗旨、應須直問直答、不假繁辭。只如禪師所見、以何爲道?」師答說:「無心是道。」遠說:「道因心有、何得言無心是道?」師說:「道本無名、因心名道。心名若有、道不虛然。窮心既無、道憑何立。二俱虛妄、總是假名。」遠說:「禪師見有身心是道以否?」師說:「山僧身心本來是道。」說:「適才言無心是道、今又言身心本來是道、豈不相違?」師說:「無心是道、心泯道無。心道一如、所以言無心是道。身心本來是道、道亦本是身心。身心本既是空、道亦窮源無有。」說:「看禪師形質甚小、卻會此理。」師說:「大德只見山僧相、不見山僧無相。見相的是大德所見。經說:凡所有相皆是虛妄。若見諸相非相、即悟其道。若以相爲實、窮劫不能悟道。」說:「今請禪師於相上說於無相。」師說:「《淨名經》說:四大無主、身亦無我。無我所見、與道相應。大德若以四大有主是我、若有我見、窮劫不可會道。」遠公聞語失色、逡巡避席。師有偈說:

四大無主復如水遇曲逢直無彼此

四大無主、又如水遇曲逢直無彼此。

淨穢兩處不生心壅決何曾有二意

淨穢兩處不生心、壅決何曾有二意。

觸境但似水無心在世縱橫有何事

觸境但似水無心、在世縱橫有何事。

復雲。一大如是四大亦然。若明四大無主。即悟無心。若了無心自然契道。又有志明禪師者。問曰。若言無心是道。瓦礫無心亦應是道。又云。身心本來是道。四生十類皆有身心亦應是道。師曰。大德若作見聞覺知之解。與道懸殊。即是求見聞覺知之者。非是求道之人。經云。無眼耳鼻舌身意。六根尚無見聞覺知憑何而立。窮本不有何處存心。焉得不同草木瓦礫。志明杜口而退。師又有偈曰。

又說:「一大如是、四大也然。若明四大無主、即悟無心。若了無心、自然契道。」又有志明禪師問:「若言無心是道、瓦礫無心亦應是道。又說身心本來是道、四生十類都有身心、亦應是道。」師說:「大德若作見聞覺知之解、與道懸殊、即是求見聞覺知的人、不是求道的人。經說:無眼耳鼻舌身意。六根尚無、見聞覺知憑何而立。窮本不有、何處存心。怎得不同草木瓦礫。」志明杜口而退。師又有偈說:

見聞覺知無障礙聲香味觸常三昧

見聞覺知無障礙、聲香味觸常三昧。

如鳥空中只麼飛無取無捨無憎愛

如鳥空中只麼飛、無取無舍無憎愛。

若會應處本無心始得名為觀自在

若會應處本無心、始得名爲觀自在。

又有真禪師者。問雲。道既無心佛有心否。佛之與道是一是二。師曰。不一不異。曰佛度眾生為有心故。道不度人為無心故。一度一不度。何得無二。師曰。若言佛度眾生道無度者。此是大德妄生二見。如山僧即不然。佛是虛名道亦妄立。二俱不實總是假名。一假之中何分二。問曰。佛之與道從是假名。當立名時。是誰為立。若有立者何得言無。師曰。佛之與道因心而立。推窮立心心亦是無。心既是無即悟二俱不實。知如夢幻即悟本空。彊立佛道二名。此是二乘人見解。師乃說無修無作。偈曰。

又有真禪師問:「道既無心、佛有心否?佛之與道是一是二?」師說:「不一不異。」說:「佛度衆生爲有心故、道不度人爲無心故。一度一不度、何得無二?」師說:「若言佛度衆生、道無度者、此是大德妄生二見。如山僧即不然。佛是虛名、道亦妄立。二俱不實、總是假名。一假之中何分二。」問:「佛之與道從是假名。當立名時、是誰爲立?若有立者、何得言無?」師說:「佛之與道因心而立。推窮立心、心亦是無。心既是無、即悟二俱不實。知如夢幻、即悟本空。強立佛道二名、此是二乘人見解。」師就說無修無作、偈說:

見道方修道不見復何修

見道方修道、不見覆何修。

道性如虛空虛空何所修

道性如虛空、虛空何所修。

遍觀修道者撥火覓浮漚

遍觀修道者、撥火覓浮漚。

但看弄傀儡線斷一時休

但看弄傀儡、線斷一時休。

又有法空禪師者。問曰。佛之與道俱是假名。十二分教亦應不實。何以從前尊宿皆言修道。師曰。大德錯會經意。道本無修大德彊修。道本無作大德彊作。道本無事彊生多事。道本無知於中彊知。如此見解與道相違。從前尊宿不應如是。自是大德不會。請思之。師又有偈曰。

又有法空禪師問:「佛之與道俱是假名、十二分教亦應不實。何以從前尊宿都言修道?」師說:「大德錯會經意。道本無修、大德強修。道本無作、大德強作。道本無事、強生多事。道本無知、於中強知。如此見解、與道相違。從前尊宿不應如是。自是大德不會。請思之。」師又有偈說:

道體本無修不修自合道

道體本無修、不修自合道。

若起修道心此人不會道

若起修道心、此人不會道。

棄卻一真性卻入鬧浩浩

棄卻一真性、卻入鬧浩浩。

忽逢修道人第一莫向道

忽逢修道人、第一莫向道。

又有安禪師者。問曰。道既假名佛雲妄立。十二分教亦是接物度生。一切是妄以何為真。師曰。為有妄故將真對妄。推窮妄性本空。真亦何曾有故。故知真妄總是假名。二事對治都無實體。窮其根本一切皆空。曰既言一切是妄。妄亦同真。真妄無殊。復是何物。師曰。若言何物。何物亦妄。經云。無相似無比況。言語道斷如鳥飛空。安公慚伏不知所措。師又有偈曰。

又有安禪師問:「道既假名、佛雲妄立、十二分教也是接物度生。一切是妄、以何爲真?」師說:「爲有妄故、將真對妄。推窮妄性本空、真亦何曾有故。故知真妄總是假名。二事對治、都無實體。窮其根本、一切皆空。」說:「既言一切是妄、妄亦同真。真妄無殊、復是何物?」師說:「若言何物、何物亦妄。經說:無相似、無比況。言語道斷、如鳥飛空。」安公慚伏、不知所措。師又有偈說:

推真真無相窮妄妄無形

推真真無相、窮妄妄無形。

返觀推窮心知心亦假名

返觀推窮心、知心亦假名。

會道亦如此到頭亦只寧

會道亦如此、到頭亦只寧。

又有達性禪師者。問曰。禪是至妙至微。真妄雙泯佛道兩亡。修行性空名相不實。世界如幻一切假名。作此解時不可斷絕眾生善惡二根。師曰。善惡二根皆因心有。窮心若有根亦非虛。推心既無根因何立。經云。善不善法從心化生。善惡業緣本無有實。師又有偈曰。

又有達性禪師問:「禪是至妙至微。真妄雙泯、佛道兩亡。修行性空、名相不實。世界如幻、一切假名。作此解時、不可斷絕衆生善惡二根。」師說:「善惡二根皆因心有。窮心若有、根亦非虛。推心既無、根因何立。經說:善不善法從心化生。善惡業緣本無有實。」師又有偈說:

善既從心生惡豈離心有

善既從心生、惡豈離心有。

善惡是外緣於心實不有

善惡是外緣、於心實不有。

捨惡送何處取善令誰守

舍惡送何處、取善令誰守。

傷嗟二見人攀緣兩頭走

傷嗟二見人、攀緣兩頭走。

若悟本無心始悔從前咎

若悟本無心、始悔從前咎。

又有近臣。問曰。此身從何而來。百年之後復歸何處。師曰。如人夢時從何而來。睡覺時從何而去。曰夢時不可言無。既覺不可言有。雖有有無來往無所。師曰。貧道此身亦如其夢。又有偈曰。

又有近臣問:「此身從何而來?百年之後復歸何處?」師說:「如人夢時從何而來、睡覺時從何而去?」說:「夢時不可言無、既覺不可言有。雖有有無、來往無所。」師說:「貧道此身亦如其夢。」又有偈說:

視生如在夢夢裡實是鬧

視生如在夢、夢裏實是鬧。

忽覺萬事休還同睡時悟

忽覺萬事休、還同睡時悟。

智者會悟夢迷人信夢鬧

智者會悟夢、迷人信夢鬧。

會夢如兩般一悟無別悟

會夢如兩般、一悟無別悟。

富貴與貧賤更亦無別路

富貴與貧賤、更亦無別路。

上元二年五月五日歸寂。勅諡大曉禪師。

上元二年五月五日歸寂。敕諡大曉禪師。

婺州玄策禪師者婺州金華人也。出家遊方屆於河朔。有智隍禪師者。曾謁黃梅五祖。庵居二十年自謂正受。師知隍所得未真。往問曰。汝坐於此作麼。隍曰入定。師曰。汝言入定。有心耶無心耶。若有心者一切蠢動之類皆應得定。若無心者一切草木之流亦合得定。曰我正入定時。則不見有有無之心。師曰。既不見有有無之心。即是常定。何有出入。若有出入則非大定。隍無語良久。問師嗣誰。師曰。我師曹谿六祖。曰六祖以何為禪定。師曰。我師雲。夫妙湛圓寂體用如如。五陰本空六塵非有。不出不入不定不亂。禪性無住離住禪寂。禪性無生離生禪想。心如虛空亦無虛空之量。隍聞此說。遂造於曹谿請決疑翳。而祖意與師冥符。隍始開悟。師後卻歸金華。大開法席。

婺州玄策禪師、婺州金華人。出家遊方、到了河朔。有智隍禪師、曾謁黃梅五祖、庵居二十年、自謂正受。師知隍所得未真、往問:「你坐在這裏作什麼?」隍說:「入定。」師說:「你言入定、有心耶無心耶?若有心、一切蠢動之類都應得定。若無心、一切草木之流也合得定。」說:「我正入定時、則不見有有無之心。」師說:「既不見有有無之心、即是常定、何有出入。若有出入則非大定。」隍無語。過了很久問師嗣誰。師說:「我師曹溪六祖。」說:「六祖以何爲禪定?」師說:「我師說:夫妙湛圓寂、體用如如。五陰本空、六塵非有。不出不入、不定不亂。禪性無住、離住禪寂。禪性無生、離生禪想。心如虛空、亦無虛空之量。」隍聞此說、就造於曹溪請決疑翳。而祖意與師冥符、隍始開悟。師後來卻歸金華、大開法席。

曹谿令韜禪師者吉州人也。姓張氏。依六祖出家。未嘗離左右。祖歸寂遂為衣塔主。唐開元四年玄宗聆其德風詔令赴闕。師辭疾不起。上元元年肅宗遣使取傳法衣入內供養。仍勅師隨衣入朝。師亦以疾辭。終於本山。壽九十五。勅諡大曉禪師。

曹溪令韜禪師、吉州人、姓張。依六祖出家、未曾離左右。祖歸寂、就爲衣塔主。唐開元四年、玄宗聞其德風、詔令赴闕。師辭疾不起。上元元年、肅宗遣使取傳法衣入うち供養、仍敕師隨衣入朝。師也以疾辭。終於本山。壽九十五。敕諡大曉禪師。

西京光宅寺慧忠國師者越州諸暨人也。姓冉氏。自受心印居南陽白崖山黨子谷。四十餘祀不下山門。道行聞於帝裡。唐肅宗上元二年勅中使孫朝進。齎詔徵赴京。待以師禮。初居千福寺西禪院。及代宗臨御復迎止光宅精藍。十有六載隨機說法。時有西天大耳三藏。到京雲。得他心慧眼。帝勅令與國師試驗。三藏才見師便禮拜立於右邊。師問曰。汝得他心通耶。對曰。不敢。師曰。汝道老僧即今在什麼處。曰和尚是一國之師。何得卻去西川看競渡。師再問。汝道老僧即今在什麼處。曰和尚是一國之師。何得卻在天津橋上看弄猢猻。師第三問語亦同前。三藏良久罔知去處。師叱曰。遮野狐精。他心通在什麼處。三藏無對(僧問。仰山曰。大耳三藏第三度為什麼不見國師。仰山曰。前兩度是涉境心。後入自受用三昧。所以不見。又有僧舉前語問玄沙。玄沙曰。汝道前兩度還見麼。玄覺雲。前兩度若見。後來為什麼不見。且道利害在什麼處。僧問趙州曰。大耳三藏第三度不見國師。未審國師在什麼處。趙州雲。在三藏鼻孔上。僧問玄沙。既在鼻孔上。為什麼不見。玄沙雲。只為太近)一日喚侍者。侍者應諾。如是三召皆應諾。師曰。將謂吾孤負汝。卻是汝孤負吾(僧問玄沙。國師喚侍者意作麼生。玄沙雲。卻是侍者會。雲居錫雲。且道侍者會不會。若道會。國師又道汝孤負吾。若道不會。玄沙又道卻是侍者會。且作麼生商量。玄覺徵問僧。什麼是侍者會處。僧雲。若不會爭解恁麼應玄覺雲。汝少會在。又云。若於這裡商量得去。便見玄沙。僧問法眼。國師喚侍者意作麼生。法眼雲。且去別時來。雲居錫雲。法眼恁麼道。為復明國師意不明國師意。僧問趙州。國師喚侍者意作麼生。趙州雲。如人暗裡書字。字雖不成文彩已彰)南泉到參。師問。什麼處來。對曰江西來。師曰。還將得馬師真來否。曰只遮是。師曰。

西京光宅寺慧忠國師、越州諸暨人、姓冉。自受心印、住南陽白崖山黨子谷、四十餘年不下山門、道行聞於帝裏。唐肅宗上元二年、敕中使孫朝進齎詔徵赴京、待以師禮。初居千福寺西禪院。等到代宗臨御、又迎止光宅精藍。十有六年、隨機說法。當時有西天大耳三藏到京、說得他心慧眼。帝敕令與國師試驗。三藏才見師便禮拜、立於右邊。師問:「你得他心通嗎?」對說:「不敢。」師說:「你道老僧即今在什麼處?」說:「和尚是一國之師、何得卻去西川看競渡。」師再問:「你道老僧即今在什麼處?」說:「和尚是一國之師、何得卻在天津橋上看弄猢猻。」師第三問、語亦同前。三藏很久、罔知去處。師叱說:「這野狐精、他心通在什麼處?」三藏無對。(僧問仰山:「大耳三藏第三度爲什麼不見國師?」仰山說:「前兩度是涉境心、後入自受用三昧、所以不見。」又有僧舉前語問玄沙。玄沙說:「你道前兩度還見嗎?」玄覺說:「前兩度若見、後來爲什麼不見。且道利害在什麼處。」僧問趙州:「大耳三藏第三度不見國師、未審國師在什麼處?」趙州說:「在三藏鼻孔上。」僧問玄沙:「既在鼻孔上、爲什麼不見?」玄沙說:「只爲太近。」)一天喚侍者。侍者應諾。如是三召、都應諾。師說:「將謂吾孤負汝、卻是汝孤負吾。」(僧問玄沙:「國師喚侍者意作麼生?」玄沙說:「卻是侍者會。」雲居錫說:「且道侍者會不會。若道會、國師又道汝孤負吾。若道不會、玄沙又道卻是侍者會。且作麼生商量。」玄覺徵問僧:「什麼是侍者會處?」僧說:「若不會、怎解這麼應。」玄覺說:「你少會在。」又說:「若於這裏商量得去、便見玄沙。」僧問法眼:「國師喚侍者意作麼生?」法眼說:「且去、別時來。」雲居錫說:「法眼這麼道、爲復明國師意、不明國師意?」僧問趙州:「國師喚侍者意作麼生?」趙州說:「如人暗裏書字。字雖不成、文彩已彰。」)南泉到參。師問:「什麼處來?」對說:「江西來。」師說:「還將得馬師真來否?」說:「只這是。」師說:

背後底。南泉便休(長慶稜雲。大似不知。保福展雲。幾不到和尚此間。雲居錫雲。此二尊者盡扶背後。只如南泉休去。為當扶面前扶背後)麻谷到參繞禪床三匝於師前振錫而立。師曰。既如是何用更見貧道。麻谷又振錫。師叱曰。遮野狐精出去。師每示眾雲。禪宗學者。應遵佛語一乘了義契自心源。不了義者互不相許。如獅子身蟲。夫為人師者若涉名利。別開異端則自他何益。如世大匠斤斧不傷其手。香象所負非驢能堪。有僧問。若為得成佛去。師曰。佛與眾生一時放卻當處解脫。問作麼生得相應去。師雲。善惡不思自見佛性。問若為得證法身。師曰。越毘盧之境界。曰清淨法身作麼生得。師曰。不著佛求耳。問阿那箇是佛。師曰。即心是佛。曰心有煩惱否。師曰。煩惱性自離。曰豈不斷耶。師曰。斷煩惱者即名二乘。煩惱不生名大涅槃。問坐禪看靜此復若為。師曰。不垢不淨。寧用起心而看淨相。又問。禪師見十方虛空是法身否。師曰。以想心取之是顛倒見。問即心是佛可更修萬行否。師曰。諸聖皆具二嚴。豈撥無因果耶。又曰。我今答汝窮劫不盡。言多去道遠矣。所以道。說法有所得斯則野幹鳴。說法無所得。是名師子吼。南陽張濆行者問。伏承和尚說無情說法。某甲未體其事。乞和尚垂示。師曰。汝若問無情說法。解他無情方得聞我說法。汝但聞取無情說法去。濆曰。只約如今有情方便之中。如何是無情因緣。師曰。如今一切動用之中。但凡聖兩流都無少分起滅。便是出識不屬有無。熾然見覺。只聞無其情識繫執。所以六祖雲。六根對境分別非識。有僧到參禮。師問。蘊何事業。曰講金剛經。師曰。最初兩字是什麼。曰如是。師曰。是什麼無對。有人問。如何是解脫。師曰。諸法不相到當處解脫。曰恁麼即斷去也。師曰。向汝道諸法不相到斷什麼。師見僧來。以手作圓相。相中書日字。僧無對。

(師接着說:)「背後底。」南泉便休。(長慶棱說:「大似不知。」保福展說:「幾乎不到和尚此間。」雲居錫說:「此二尊者盡扶背後。只如南泉休去、爲當扶面前、扶背後?」)麻谷到參、繞禪牀三匝、於師前振錫而立。師說:「既如是、何用更見貧道。」麻谷又振錫。師叱說:「這野狐精、出去。」師每示衆說:「禪宗學者應遵佛語一乘了義、契自心源。不了義者互不相許、如獅子身蟲。夫爲人師的、若涉名利、別開異端、則自他何益。如世大匠、斤斧不傷其手。香象所負、非驢能堪。」有僧問:「若爲得成佛去?」師說:「佛與衆生一時放卻、當處解脫。」問:「作麼生得相應去?」師說:「善惡不思、自見佛性。」問:「若爲得證法身?」師說:「越毗盧之境界。」說:「清淨法身作麼生得?」師說:「不著佛求耳。」問:「阿哪個是佛?」師說:「即心是佛。」說:「心有煩惱否?」師說:「煩惱性自離。」說:「豈不斷耶?」師說:「斷煩惱者即名二乘。煩惱不生名大涅槃。」問:「坐禪看靜、此復若爲?」師說:「不垢不淨。寧用起心而看淨相。」又問:「禪師見十方虛空是法身否?」師說:「以想心取之是顛倒見。」問:「即心是佛、可更修萬行否?」師說:「諸聖皆具二嚴、豈撥無因果耶。」又說:「我今答你、窮劫不盡。言多去道遠矣。所以道:說法有所得、斯則野幹鳴。說法無所得、是名獅子吼。」南陽張濆行者問:「伏承和尚說無情說法、某甲未體其事、乞和尚垂示。」師說:「你若問無情說法、解他無情方得聞我說法。你但聞取無情說法去。」濆說:「只約如今有情方便之中、如何是無情因緣?」師說:「如今一切動用之中、但凡聖兩流都無少分起滅、便是出識、不屬有無、熾然見覺、只聞無其情識系執。所以六祖說:六根對境、分別非識。」有僧到參禮。師問:「蘊何事業?」說:「講《金剛經》。」師說:「最初兩字是什麼?」說:「如是。」師說:「是什麼?」無對。有人問:「如何是解脫?」師說:「諸法不相到、當處解脫。」說:「這麼即斷去也。」師說:「向你道諸法不相到、斷什麼。」師見僧來、以手作圓相、相中書日字。僧無對。

師問本淨禪師。汝已後見奇特言語如何淨曰。無一念心愛。師曰。是汝屋裡事。肅宗問。師得何法。師曰。陛下見空中一片雲麼。帝曰見。師曰。釘釘著懸掛著。又問。如何是十身調御。師乃起立曰。還會麼。曰不會。師曰。與老僧過淨瓶來。又曰。如何是無諍三昧。師曰。檀越蹋毘盧頂上行。曰此意如何。師曰。莫認自己清淨法身。又問師。師都不視之。曰朕是大唐天子。師何以殊不顧視。師曰。還見虛空麼。曰見。師曰。他還眨目視陛下否。魚軍容問。師住白崖山。十二時中如何修道。師喚童子來。摩頂曰。惺惺直然惺惺。歷歷直然歷歷。已後莫受人謾。師與紫璘供奉論義。既陞坐。供奉曰。請師立義某甲破。師曰。立義竟。供奉曰。是什麼義。師曰。果然不見。非公境界。便下坐。一日師問紫璘供奉。佛是什麼義。曰是覺義。師曰。佛曾迷否。曰不曾迷。師曰。用覺作麼無對。又問。如何是實相。師曰。把將虛底來。曰虛底不可得。師曰。虛底尚不可得。問實相作麼。僧問。如何是佛法大意。師曰。文殊堂裡萬菩薩。曰學人不會。師曰。大悲千手眼。耽源問。百年後有人問極則事作麼生。師曰。幸自可憐生。須要箇護身符子作麼。師以化緣將畢涅槃時至。乃辭代宗。代宗曰。師滅度後弟子將何所記。師曰。告檀越。造取一所無縫塔。曰就師請取塔樣。師良久曰。會麼。曰不會。師曰。貧道去後有侍者應真。卻知此事。大歷十年十二月九日右脅長往。弟子奉靈儀於黨子谷建塔。勅諡大證禪師。代宗後詔應真入內舉問前語。真良久曰。聖上會麼。曰不會。真述偈曰。

師問本淨禪師:「你已後見奇特言語如何?」淨說:「無一念心愛。」師說:「是你屋裏事。」肅宗問:「師得何法?」師說:「陛下見空中一片雲嗎?」帝說:「見。」師說:「釘釘着、懸掛着。」又問:「如何是十身調御?」師就起立說:「還會嗎?」說:「不會。」師說:「與老僧過淨瓶來。」又說:「如何是無諍三昧?」師說:「檀越踏毗盧頂上行。」說:「此意如何?」師說:「莫認自己清淨法身。」又問師、師都不視之。說:「朕是大唐天子、師何以殊不顧視?」師說:「還見虛空嗎?」說:「見。」師說:「他還眨目視陛下否?」魚軍容問:「師住白崖山、十二時中如何修道?」師喚童子來、摩頂說:「惺惺直然惺惺、歷歷直然歷歷。已後莫受人謾。」師與紫璘供奉論義。既升坐、供奉說:「請師立義、某甲破。」師說:「立義竟。」供奉說:「是什麼義?」師說:「果然不見、非公境界。」便下坐。一天師問紫璘供奉:「佛是什麼義?」說:「是覺義。」師說:「佛曾迷否?」說:「不曾迷。」師說:「用覺作麼?」無對。又問:「如何是實相?」師說:「把將虛底來。」說:「虛底不可得。」師說:「虛底尚不可得、問實相作麼。」僧問:「如何是佛法大意?」師說:「文殊堂裏萬菩薩。」說:「學人不會。」師說:「大悲千手眼。」耽源問:「百年後有人問極則事作麼生?」師說:「幸自可憐生、須要個護身符子作麼。」師以化緣將畢、涅槃時至、就辭代宗。代宗說:「師滅度後、弟子將何所記?」師說:「告檀越、造取一所無縫塔。」說:「就師請取塔樣。」師很久說:「會嗎?」說:「不會。」師說:「貧道去後有侍者應真、卻知此事。」大曆十年十二月九日右脅長往。弟子奉靈儀於黨子谷建塔。敕諡大證禪師。代宗後詔應真入うち、舉問前語。真很久說:「聖上會嗎?」說:「不會。」真述偈說:

湘之南潭之北中有黃金充一國

湘之南、潭之北、中有黃金充一國。

無影樹下合同船瑠璃殿上無知識

無影樹下合同船、琉璃殿上無知識。

應真後住耽源山。

應真後來住耽源山。

西京荷澤神會禪師者襄陽人也。姓高氏。年十四為沙彌謁六祖。祖曰。知識遠來大艱辛將本來否。若有本則合識主。試說看。師曰。以無住為本。見即是主。祖曰。遮沙彌爭合取次語。便以杖打。師於杖下思惟曰。大善知識歷劫難逢。今既得遇。豈惜身命。自此給侍。他日祖告眾曰。吾有一物無頭無尾無名無字無背無面。諸人還識否。師乃出曰。是諸佛之本原。神會之佛性。祖曰。向汝道無名無字。汝便喚本原佛性。師禮拜而退。師尋往西京受戒。唐景龍中卻歸曹谿。祖滅後二十年間。曹谿頓旨沈廢於荊吳。嵩嶽漸門盛行於秦洛。乃入京。天寶四年方定兩宗(南能頓宗北秀漸教)乃著顯宗記盛行於世。一日鄉信至報二親亡。師入堂白槌曰。父母俱喪。請大眾念摩訶般若。眾才集師便打槌曰。勞煩大眾。師於上元元年五月十三日中夜奄然而化。俗壽七十五。二年建塔於洛京龍門。勅於塔所置寶應寺。大歷五年賜號真宗般若傳法之堂。七年又賜般若大師之塔。

西京荷澤神會禪師、襄陽人、姓高。十四歲爲沙彌、謁六祖。祖說:「知識遠來大艱辛、將本來否?若有本則合識主。試說看。」師說:「以無住爲本、見即是主。」祖說:「這沙彌怎合取次語。」便以杖打。師於杖下思惟說:「大善知識歷劫難逢。今既得遇、豈惜身命。」從此給侍。他日祖告衆說:「我有一物、無頭無尾、無名無字、無背無面。諸人還識否?」師就出來說:「是諸佛之本原、神會之佛性。」祖說:「向你道無名無字、你便喚本原佛性。」師禮拜而退。師不久往西京受戒。唐景龍中卻歸曹溪。祖滅後二十年間、曹溪頓旨沉廢於荊吳、嵩嶽漸門盛行於秦洛。就入京。天寶四年方定兩宗(南能頓宗、北秀漸教)、乃著《顯宗記》、盛行於世。一天鄉信至、報二親亡。師入堂白槌說:「父母俱喪、請大衆念摩訶般若。」衆才集、師便打槌說:「勞煩大衆。」師於上元元年五月十三日中夜奄然而化。俗壽七十五。二年建塔於洛京龍門。敕於塔所置寶應寺。大曆五年賜號真宗般若傳法之堂。七年又賜般若大師之塔。

有僧舉臥輪禪師偈雲。

有僧舉臥輪禪師偈說:

臥輪有伎倆能斷百思想

臥輪有伎倆、能斷百思想。

對境心不起菩提日日長

對境心不起、菩提日日長。

六祖大師聞之曰。此偈未明心地。若依而行之。是加繫縛因。示一偈曰。

六祖大師聞之說:「此偈未明心地。若依而行之、是加繫縛。」因而示一偈說:

慧能沒伎倆不斷百思想

慧能沒伎倆、不斷百思想。

對境心數起菩提作麼長

對境心數起、菩提作麼長。

(此二偈諸方多舉故附於卷末。臥輪者非名即住處也)。

(此二偈諸方多舉、所以附於卷末。臥輪者、不是名字、即是住處。)

景德傳燈錄 卷第五

景德傳燈錄 卷第六

南嶽懷讓禪師法嗣

南嶽懷讓禪師法嗣

第一世九人江西道一禪師(一人見錄姓馬時謂馬祖)

第一世九人。江西道一禪師(一人見録、姓馬、時謂馬祖)

南嶽常浩禪師

南嶽常浩禪師

智達禪師

智達禪師

坦然禪師

坦然禪師

潮州神照禪師

潮州神照禪師

揚州大明寺嚴峻禪師

揚州大明寺嚴峻禪師

新羅國本如禪師

新羅國本如禪師

玄晟禪師

玄晟禪師

東霧山法空禪師(已上八人無機緣語句不錄)

東霧山法空禪師(以上八人機縁の語句なし、収録せず)

第二世三十七人(馬祖法嗣)越州大珠慧海禪師

第二世三十七人(馬祖法嗣)。越州大珠慧海禪師

洪州泐潭山法會禪師

洪州泐潭山法會禪師

池州杉山智堅禪師

池州杉山智堅禪師

洪州泐潭惟建禪師

洪州泐潭惟建禪師

澧州茗谿道行禪師

澧州茗溪道行禪師

撫州石鞏慧藏禪師

撫州石鞏慧藏禪師

唐州紫玉山道通禪師

唐州紫玉山道通禪師

江西北蘭讓禪師

江西北蘭讓禪師

洛京佛光如滿禪師

洛京佛光如滿禪師

袁州南源道明禪師

袁州南源道明禪師

忻州酈村自滿禪師

忻州酈村自滿禪師

朗州中邑洪恩禪師

朗州中邑洪恩禪師

洪州百丈山懷海禪師(禪門規式附已上十三人見錄)

洪州百丈山懷海禪師(禪門規式附。以上十三人見録)

鎬英禪師

鎬英禪師

崇泰禪師

崇泰禪師

王姥山翛然禪師

王姥山翛然禪師

華州伏棲寺策禪師

華州伏棲寺策禪師

澧州松滋塔智聰禪師

澧州松滋塔智聰禪師

唐州雲秀山神鑒禪師

唐州雲秀山神鑑禪師

揚州棲靈寺智通禪師

揚州棲靈寺智通禪師

坑州智藏禪師

坑州智藏禪師

京兆懷韜禪師

京兆懷韜禪師

處州法藏禪師

處州法藏禪師

河中府懷則禪師

河中府懷則禪師

常州明幹禪師

常州明幹禪師

鄂州洪潭禪師

鄂州洪潭禪師

象原懷坦禪師

象原懷坦禪師

潞府青蓮元禮禪師

潞府青蓮元禮禪師

河中府保慶禪師

河中府保慶禪師

甘泉志賢禪師

甘泉志賢禪師

大會山道晤禪師

大會山道晤禪師

潞府法柔禪師

潞府法柔禪師

京兆咸通寺覺平禪師

京兆鹹通寺覺平禪師

義興勝辯禪師

義興勝辯禪師

海陵慶雲禪師

海陵慶雲禪師

洪州開元寺玄虛禪師(已上二十三人無機緣語句不錄)

洪州開元寺玄虛禪師(以上二十三人機縁の語句なし、収録せず)

懷讓禪師第一世

懷讓禪師第一世

江西道一禪師漢州什邡人也。姓馬氏。容貌奇異牛行虎視。引舌過鼻。足下有二輪文。幼歲依資州唐和尚落髮。受具於渝州圓律師。唐開元中習禪定於衡嶽傳法院。遇讓和尚。同參九人唯師密受心印(讓之一猶思之遷也。同源而異派。故禪法之盛始於二師。劉軻雲。江西主大寂。湖南主石頭。往來憧憧不見二大士為無知矣。西天般若多羅記達磨雲。震旦雖闊無別路。要假姪孫腳下行。金雞解銜一顆米。供養十方羅漢僧。又六祖能和尚謂讓曰。向後佛法從汝邊去。馬駒蹋殺天下人。厥後江西法嗣布於天下。時號馬祖焉)始自建陽佛跡嶺遷至臨川。次至南康龔公山。大歷中隷名於開元精舍。時連帥路嗣恭。聆風景慕親受宗旨。由是四方學者雲集坐下。一日謂眾曰。汝等諸人各信自心是佛。此心即是佛心。達磨大師從南天竺國來。躬至中華。傳上乘一心之法。令汝等開悟。又引楞伽經文。以印眾生心地。恐汝顛倒不自信。此心之法各各有之。故楞伽經云。佛語心為宗。無門為法門。又云。夫求法者應無所求。心外無別佛。佛外無別心。不取善不捨惡。淨穢兩邊俱不依怙。達罪性空念念不可得。無自性故。故三界唯心。森羅萬象一法之所印。凡所見色皆是見心。心不自心因色故有。汝但隨時言說。即事即理都無所礙。菩提道果亦復如是。於心所生即名為色。知色空故生即不生。若了此心。乃可隨時著衣吃飯。長養聖胎任運過時。更有何事汝受吾教。聽吾偈曰。

江西道一禪師、漢州什邡人、姓馬。容貌奇異、牛行虎視、引舌過鼻、足下有二輪文。幼年依資州唐和尚落髮、受具於渝州圓律師。唐開元中習禪定於衡嶽傳法院、遇讓和尚。同參九人、唯師密受心印。(讓之於一、猶如思之於遷。同源而異派。所以禪法之盛始於二師。劉軻說:江西主大寂、湖南主石頭。往來憧憧、不見二大士爲無知了。西天般若多羅記達磨說:震旦雖闊無別路、要假侄孫腳下行。金雞解銜一顆米、供養十方羅漢僧。又六祖能和尚對讓說:向後佛法從你邊去。馬駒踏殺天下人。厥後江西法嗣佈於天下、時號馬祖。)始自建陽佛跡嶺遷至臨川、次至南康龔公山。大曆中隸名於開元精舍。當時連帥路嗣恭聆風景慕、親受宗旨。從此四方學者雲集座下。一天對衆說:「你們諸人各信自心是佛、此心即是佛心。達磨大師從南天竺國來、躬至中華、傳上乘一心之法、令你們開悟。又引《楞伽經》文、以印衆生心地。恐你們顛倒不自信、此心之法各各有之。所以《楞伽經》說:佛語心爲宗、無門爲法門。又說:夫求法者應無所求。心外無別佛、佛外無別心。不取善、不捨惡、淨穢兩邊俱不依怙。達罪性空、念念不可得、無自性故。所以三界唯心。森羅萬象、一法之所印。凡所見色皆是見心。心不自心、因色故有。你只管隨時言說、即事即理都無所礙。菩提道果也是這樣。於心所生即名爲色。知色空故、生即不生。若了此心、纔可隨時著衣喫飯、長養聖胎、任運過時、更有何事。你們受我教。聽我偈:

心地隨時說菩提亦只寧

心地隨時說、菩提亦只寧。

事理俱無礙當生即不生

事理俱無礙、當生即不生。

僧問。和尚為什麼說即心即佛。師雲。為止小兒啼。僧雲。啼止時如何。師雲。非心非佛。僧雲。除此二種人來如何指示。師雲。向伊道不是物。僧雲。忽遇其中人來時如何。師雲。且教伊體會大道。僧問。如何是西來意。師雲。即今是什麼意。龐居士問。如水無筋骨能勝萬斛舟。此理如何。師雲。遮裡無水亦無舟。說什麼筋骨。一日師上堂。良久百丈收卻面前席。師便下堂。百丈問。如何是佛法旨趣。師雲。正是汝放身命處。師問百丈。汝以何法示人。百丈竪起拂子。師雲。只遮箇為當別有。百丈拋下拂子。僧問。如何得合道。師雲。我早不合道。僧問。如何是西來意。師便打乃雲。我若不打汝諸方笑我也。有小師行腳迴。於師前畫箇圓相。就上禮拜了立。師雲。汝莫欲作佛否。雲某甲不解揑目。師雲。吾不如汝。小師不對。鄧隱峰辭師。師雲。什麼處去。對雲。石頭去。師雲。石頭路滑。對雲。竿木隨身逢場作戲。便去。才到石頭。即繞禪床一匝振錫一聲。問是何宗旨。石頭雲。蒼天蒼天。隱峰無語。卻迴舉似於師。師雲。汝更去。見他道蒼天。汝便噓噓。隱峰又去石頭。一依前問。是何宗旨。石頭乃噓噓。隱峰又無語。歸來。師雲。向汝道。石頭路滑。有僧於師前作四畫。上一長下三短。問雲。不得道一長三短。離此四字外請和尚答。師乃畫地一畫雲。不得道長短。答汝了也(忠國師聞別雲。何不問老僧)有一講僧來問雲。未審禪宗傳持何法。師卻問雲。坐主傳持何法。彼雲。忝講得經論二十餘本。師雲。莫是師子兒否。雲不敢。師作噓噓聲。彼雲。此是法。師雲。是什麼法。雲師子出窟法。師乃默然。彼雲。此亦是法。師雲是什麼法。雲師子在窟法。師雲。不出不入是什麼法。無對(百丈代雲。見麼)遂辭出門。師召雲坐主。彼即迴首。師雲。是什麼。亦無對。師雲。遮鈍根阿師。洪州廉使問雲。

僧問:「和尚爲什麼說即心即佛?」師說:「爲止小兒啼。」僧說:「啼止時如何?」師說:「非心非佛。」僧說:「除き此二種人來、如何指示?」師說:「向他道不是物。」僧說:「忽遇そのうち人來時如何?」師說:「且教他體會大道。」僧問:「如何是西來意?」師說:「即今是什麼意?」龐居士問:「如水無筋骨能勝萬斛舟、此理如何?」師說:「這裏無水亦無舟、說什麼筋骨。」一天師上堂、很久、百丈收卻面前席、師便下堂。百丈問:「如何是佛法旨趣?」師說:「正是你放身命處。」師問百丈:「你以何法示人?」百丈豎起拂子。師說:「只這個、爲當別有?」百丈拋下拂子。僧問:「如何得合道?」師說:「我早不合道。」僧問:「如何是西來意?」師便打、就說:「我若不打你、諸方笑我也。」有小師行腳回、於師前畫個圓相、就上禮拜了立。師說:「你莫欲作佛否?」說:「某甲不解捏目。」師說:「我不如你。」小師不對。鄧隱峯辭師。師說:「什麼處去?」對說:「石頭去。」師說:「石頭路滑。」對說:「竿木隨身、逢場作戲。」便去。纔到石頭、即繞禪牀一匝、振錫一聲、問是何宗旨。石頭說:「蒼天、蒼天。」隱峯無語、卻回舉似於師。師說:「你更去。見他道蒼天、你便噓噓。」隱峯又去石頭、一依前問是何宗旨。石頭就噓噓。隱峯又無語歸來。師說:「向你道、石頭路滑。」有僧於師前作四畫、上一長下三短、問:「不得道一長三短。離此四字外請和尚答。」師就畫地一畫說:「不得道長短。答你了也。」(忠國師聞、別說:「何不問老僧。」)有一講僧來問:「未審禪宗傳持何法?」師卻問:「坐主傳持何法?」彼說:「忝講得經論二十餘本。」師說:「莫是獅子兒否?」說:「不敢。」師作噓噓聲。彼說:「此是法。」師說:「是什麼法?」說:「獅子出窟法。」師就默然。彼說:「此亦是法。」師說:「是什麼法?」說:「獅子在窟法。」師說:「不出不入是什麼法?」無對。(百丈代說:「見麼?」)於是辭出門。師召說:「坐主。」彼即回首。師說:「是什麼?」亦無對。師說:「這鈍根阿師。」洪州廉使問:

弟子吃酒肉即是。不吃即是。師雲。若吃是中丞祿。不吃是中丞福。師入室弟子一百三十九人。各為一方宗主轉化無窮。師於貞元四年正月中。登建昌石門山於林中經行。見洞壑平坦處。謂侍者曰。吾之朽質當於來月歸茲地矣。言訖而迴。至二月四日果有微疾。沐浴訖跏趺入滅。元和中追諡大寂禪師。塔曰大莊嚴。今海昏縣影堂存焉(高僧傳云。大覺禪師按權德輿作塔銘言。馬祖終於開元寺。荼毘於石門而建塔也。至會昌沙汰後大中四年七月。宣宗勅江西觀察使裴休重建塔並寺。賜額寶峰)。

(廉使接着說:)「弟子喫酒肉即是、不喫即是?」師說:「若喫是中丞祿、不喫是中丞福。」師入室弟子一百三十九人、各爲一方宗主、轉化無窮。師於貞元四年正月中登建昌石門山、於林中經行、見洞壑平坦處、對侍者說:「吾之朽質當於來月歸此地了。」說完而回。到二月四日果有微疾。沐浴訖、跏趺入滅。元和中追諡大寂禪師、塔曰大莊嚴。今海昏縣影堂還在。(《高僧傳》說大覺禪師。按權德輿作塔銘、言馬祖終於開元寺、荼毗於石門而建塔。到會昌沙汰後、大中四年七月、宣宗敕江西觀察使裴休重建塔並寺、賜額寶峯。)

懷讓禪師第二世馬祖法嗣

懷讓禪師第二世馬祖法嗣

越州大珠慧海禪師者建州人也。姓朱氏。依越州大雲寺道智和尚受業。初至江西參馬祖。祖問曰。從何處來。曰越州大雲寺來。祖曰。來此擬須何事。曰來求佛法。祖曰。自家寶藏不顧拋家散走作什麼我遮裡一物也無。求什麼佛法。師遂禮拜問曰。阿那箇是慧海自家寶藏。祖曰。即今問我者。是汝寶藏。一切具足更無欠少。使用自在。何假向外求覓。師於言下自識本心不由知覺。踴躍禮謝。師事六載。後以受業師年老遽歸奉養。乃晦跡藏用外示痴訥。自撰頓悟入道要門論一卷。被法門師姪玄晏竊出江外呈馬祖。祖覽訖告眾雲。越州有大珠。圓明光透自在無遮障。處也眾中有知師姓朱者。迭相推識。結契來越上尋訪依附(時號大珠和尚者。因馬祖示出也)師謂曰。禪客我不會禪。並無一法可示於人。故不勞汝久立。且自歇去。時學侶漸多日夜叩激。事不得已隨問隨答。其辯無礙(廣語出別卷)時有法師數人來謁曰。擬伸一問。師還對否。師曰。深潭月影任意撮摩。問如何是佛。師曰。清潭對面非佛而誰。眾皆茫然(法眼雲。是即沒交涉)良久其僧又問。師說何法度人。師曰貧道未曾有一法度人。曰禪師家渾如此。師卻問曰。大德說何法度人。曰講金剛般若經。師曰。講幾坐來。曰二十餘坐。師曰。此經是阿誰說。僧抗聲曰。禪師相弄。豈不知是佛說耶。師曰。若言如來有所說法。則為謗佛。是人不解我所說義。若言此經不是佛說。則是謗經。請大德說看。無對。師少頃又問。經云。若以色見我。以音聲求我。是人行邪道。不能見如來。大德且道。阿那箇是如來。曰某甲到此卻迷去。師曰。從來未悟說什麼卻迷。僧曰。請禪師為說。師曰。大德講經二十餘坐。卻未識如來。其僧再禮拜。願垂開示。師曰。如來者。是諸法如義。何得忘卻。曰是。是諸法如義。師曰。大德是亦未是。曰經文分明那得未是。師曰。

越州大珠慧海禪師、建州人、姓朱。依越州大雲寺道智和尚受業。初至江西參馬祖。祖問:「從何處來?」說:「越州大雲寺來。」祖說:「來此擬須何事?」說:「來求佛法。」祖說:「自家寶藏不顧、拋家散走作什麼?我這裏一物也無、求什麼佛法?」師於是禮拜問:「阿哪個是慧海自家寶藏?」祖說:「即今問我者、是你寶藏。一切具足、更無欠少、使用自在、何假向外求覓。」師於言下自識本心、不由知覺、踊躍禮謝。師事六載。後來因爲受業師年老、急忙歸去奉養、就晦跡藏用、外示癡訥。自撰《頓悟入道要門論》一卷。被法門師侄玄晏竊出江外呈馬祖。祖覽訖告衆說:「越州有大珠、圓明光透、自在無遮障處也。」衆中有知師姓朱的、迭相推識、結契來越上尋訪依附。(時號大珠和尚、因馬祖示出。)師說:「禪客、我不會禪、並無一法可示於人、故不勞你們久立、且自歇去。」當時學侶漸多、日夜叩激。事不得已、隨問隨答、其辯無礙。(廣語出別卷。)當時有法師數人來謁說:「擬伸一問、師還對否?」師說:「深潭月影、任意撮摩。」問:「如何是佛?」師說:「清潭對面、非佛而誰。」衆皆茫然。(法眼說:「是即沒交涉。」)過了很久、其僧又問:「師說何法度人?」師說:「貧道未曾有一法度人。」說:「禪師家都如此。」師卻問:「大德說何法度人?」說:「講《金剛般若經》。」師說:「講幾坐來?」說:「二十餘坐。」師說:「此經是阿誰說?」僧抗聲說:「禪師相弄。豈不知是佛說耶?」師說:「若言如來有所說法、則爲謗佛、是人不解我所說義。若言此經不是佛說、則是謗經。請大德說看。」無對。師少頃又問:「經說:若以色見我、以音聲求我、是人行邪道、不能見如來。大德且道、阿哪個是如來?」說:「某甲到此卻迷去。」師說:「從來未悟、說什麼卻迷。」僧說:「請禪師爲說。」師說:「如來者、是諸法如義。何得忘卻。」說:「是、是諸法如義。」師說:「大德是亦未是。」說:「經文分明、哪得未是。」師說:

大德如否。曰如。師曰。木石如否。曰如。師曰。大德如同木石如否。曰無二。師曰。大德與木石何別。僧無對。良久卻問。如何得大涅槃。師曰。不造生死業對。曰如何是生死業。師曰。求大涅槃是生死業。捨垢取淨是生死業。有得有證是生死業。不脫對治門是生死業。曰云何即得解脫。師曰。本自無縛不用求解。直用直行是無等等。僧曰。如禪師和尚者。實謂希有禮謝而去。有行者問。即心即佛那箇是佛。師雲。汝疑那箇不是佛指出看。無對。師雲。達即遍境是。不悟永乖疎。有律師法明。謂師曰。禪師家多落空。師曰。卻是坐主家多落空。法明大驚曰。何得落空。師曰。經論是紙墨文字。紙墨文字者俱空。設於聲上建立名句等法。無非是空。坐主執滯教體。豈不落空。法明曰。禪師落空否。師曰。不落空。曰何卻不落空。師曰。文字等皆從智慧而生。大用現前那得落空。法明曰。故知一法不達不名悉達。師曰。律師不唯落空。兼乃錯用名言。法明作色問曰。何處是錯。師曰。律師未辨華竺之音。如何講說。曰請禪師指出法明錯處。師曰。豈不知悉達是梵語邪。律師雖省過。而心猶憤然(具梵語。薩婆曷剌他悉陀。中國翻雲一切義成。舊雲悉達多。猶是訛略梵語也)又問曰。夫經律論是佛語。讀誦依教奉行。何故不見性。師曰。如狂狗趁塊師子齩人。經律論是自性用。讀誦者是性法。法明曰。阿彌陀佛有父母及姓否。師曰。阿彌陀姓憍屍迦。父名月上。母名殊勝妙顏。曰出何教文。師曰。出陀羅尼集。法明禮謝讚歎而退。有三藏法師問。真如有變易否。師曰。有變易。三藏曰。禪師錯也。師卻問三藏。有真如否。曰有。師曰。若無變易決定是凡僧也。豈不聞。善知識者能迴三毒為三聚淨戒。迴六識為六神通。迴煩惱作菩提。迴無明為大智真如。若無變易三藏真是自然外道也。三藏曰。

(師接着說:)「大德如否?」說:「如。」師說:「木石如否?」說:「如。」師說:「大德如同木石如否?」說:「無二。」師說:「大德與木石何別?」僧無對。過了很久卻問:「如何得大涅槃?」師說:「不造生死業。」對說:「如何是生死業?」師說:「求大涅槃是生死業。舍垢取淨是生死業。有得有證是生死業。不脫對治門是生死業。」說:「如何即得解脫?」師說:「本自無縛、不用求解。直用直行是無等等。」僧說:「如禪師和尚者、實謂希有。」禮謝而去。有行者問:「即心即佛、哪個是佛?」師說:「你疑哪個不是佛、指出看。」無對。師說:「達即遍境是、不悟永乖疏。」有律師法明對師說:「禪師家多落空。」師說:「卻是坐主家多落空。」法明大驚說:「何得落空?」師說:「經論是紙墨文字。紙墨文字者俱空。設於聲上建立名句等法、無非是空。坐主執滯教體、豈不落空。」法明說:「禪師落空否?」師說:「不落空。」說:「何卻不落空?」師說:「文字等皆從智慧而生、大用現前、哪得落空。」法明說:「故知一法不達不名悉達。」師說:「律師不唯落空、兼乃錯用名言。」法明作色問:「何處是錯?」師說:「律師未辨華竺之音、如何講說。」說:「請禪師指出法明錯處。」師說:「豈不知悉達是梵語邪?」律師雖省過、而心猶憤然。(具梵語薩婆曷剌他悉陀、中國翻爲一切義成。舊雲悉達多、猶是訛略梵語。)又問:「夫經律論是佛語、讀誦依教奉行、何故不見性?」師說:「如狂狗趁塊、獅子咬人。經律論是自性用、讀誦者是性法。」法明說:「阿彌陀佛有父母及姓否?」師說:「阿彌陀姓憍屍迦、父名月上、母名殊勝妙顏。」說:「出何教文?」師說:「出《陀羅尼集》。」法明禮謝讚歎而退。有三藏法師問:「真如有變易否?」師說:「有變易。」三藏說:「禪師錯也。」師卻問三藏:「有真如否?」說:「有。」師說:「若無變易、決定是凡僧也。豈不聞:善知識者能回三毒爲三聚淨戒、回六識爲六神通、回煩惱作菩提、回無明爲大智真如。若無變易、三藏真是自然外道也。」三藏說:

若爾者真如即有變易。師曰。若執真如有變易亦是外道。曰禪師適來說真如有變易。如今又道不變易。如何即是的當。師曰。若了了見性者。如摩尼珠現色。說變亦得。說不變亦得。若不見性人。聞說真如變便作變解。聞說不變便作不變解。三藏曰。故知南宗實不可測。有道流問。世間有法過自然否。師曰有。曰何法過得。師曰。能知自然者。曰元氣是道否。師曰。元氣自元氣道自道。曰若如是者則應有二。師曰。知無兩人。又問。云何為邪云何為正。師曰。心逐物為邪。物從心為正。有源律師來問。和尚修道還用功否。師曰。用功。曰如何用功。師曰。饑來吃飯困來即眠。曰一切人總如是同師用功否。師曰。不同。曰何故不同。師曰。他吃飯時不肯吃飯。百種須索。睡時不肯睡。千般計校。所以不同也。律師杜口。有韞光大德問。禪師自知生處否。師曰。未曾死何用論生。知生即是無生法無離生法說有無生。祖師雲。當生即不生。曰不見性人亦得如此否。師曰。自不見性不是無性。何以故。見即是性無性不能見。識即是性故名識性。了即是性喚作了性。能生萬法喚作法性。亦名法身。馬鳴祖師雲。所言法者。謂眾生心。若心生故一切法生。若心無生法無從生。亦無名字。迷人不知法身無象應物現形。遂喚青青翠竹總是法身欝欝黃華無非般若。黃華若是般若。般若即同無情。翠竹若是法身。法身即同草木。如人吃筍。應總吃法身也。如此之言寧堪齒錄。對面迷佛長劫希求。全體法中迷而外覓。是以解道者行住坐臥無非是道。悟法者縱橫自在無非是法。大德又問。太虛能生靈智否。真心緣於善惡否。貪欲人是道否。執是執非人向後心通否。觸境生心人有定否。住寂寞人有慧否。懷傲物人有我否。執空執有人有智否。尋文取證人。苦行求佛人。離心求佛人。執心是佛人。此智稱道否。請禪師一一為說。師曰。

(三藏接着說:)「若爾者、真如即有變易。」師說:「若執真如有變易、亦是外道。」說:「禪師適才說真如有變易、如今又道不變易。如何即是的當?」師說:「若了了見性的、如摩尼珠現色、說變亦得、說不變亦得。若不見性人、聞說真如變便作變解、聞說不變便作不變解。」三藏說:「故知南宗實不可測。」有道流問:「世間有法過自然否?」師說:「有。」說:「何法過得?」師說:「能知自然者。」說:「元氣是道否?」師說:「元氣自元氣、道自道。」說:「若如是者則應有二。」師說:「知無兩人。」又問:「如何爲邪、如何爲正?」師說:「心逐物爲邪、物從心爲正。」有源律師來問:「和尚修道還用功否?」師說:「用功。」說:「如何用功?」師說:「飢來喫飯、困來即眠。」說:「一切人總如是、同師用功否?」師說:「不同。」說:「何故不同?」師說:「他喫飯時不肯喫飯、百種須索;睡時不肯睡、千般計較。所以不同也。」律師杜口。有韞光大德問:「禪師自知生處否?」師說:「未曾死、何用論生。知生即是無生法、無離生法說有無生。祖師說:當生即不生。」說:「不見性人亦得如此否?」師說:「自不見性、不是無性。何以故?見即是性、無性不能見。識即是性、故名識性。了即是性、喚作了性。能生萬法、喚作法性、亦名法身。馬鳴祖師說:所言法者、謂衆生心。若心生故一切法生、若心無生法無從生、亦無名字。迷人不知法身無象、應物現形、遂喚青青翠竹總是法身、鬱郁黃花無非般若。黃花若是般若、般若即同無情。翠竹若是法身、法身即同草木。如人喫筍、應總喫法身也。如此之言寧堪齒錄。對面迷佛、長劫希求。全體法中、迷而外覓。是以解道者行住坐臥無非是道、悟法者縱橫自在無非是法。」大德又問:「太虛能生靈智否?真心緣於善惡否?貪慾人是道否?執是執非人向後心通否?觸境生心人有定否?住寂寞人有慧否?懷傲物人有我否?執空執有人有智否?尋文取證人、苦行求佛人、離心求佛人、執心是佛人、此等稱道否?請禪師一一爲說。」師說:

太虛不生靈智。真心不緣善惡。嗜慾深者機淺。是非交爭者未通。觸境生心者少定。寂寞忘機者慧沈。傲物高心者我壯。執空執有者皆愚。尋文取證者益滯。苦行求佛者俱迷。離心求佛者外道。執心是佛者為魔。大德曰。若如是應畢竟無所有。師曰。畢竟是大德。不是畢竟無所有。大德踴躍禮謝而去(此下舊本有洪州百丈山惟政禪師傳今移在第九卷百丈山海和尚下)。

(師接着說:)「太虛不生靈智。真心不緣善惡。嗜慾深者機淺。是非交爭者未通。觸境生心者少定。寂寞忘機者慧沉。傲物高心者我壯。執空執有者皆愚。尋文取證者益滯。苦行求佛者俱迷。離心求佛者外道。執心是佛者爲魔。」大德說:「若如是、應畢竟無所有。」師說:「畢竟是大德、不是畢竟無所有。」大德踊躍禮謝而去。(此下舊本有洪州百丈山惟政禪師傳、今移在第九卷百丈山海和尚下。)

洪州泐潭法會禪師問馬祖。如何是西來祖師意。祖曰。低聲近前來。師便近前。祖打一摑雲。六耳不同謀。來日來。師至來日猶入法堂雲。請和尚道。祖雲。且去。待老漢上堂時出來。與汝證明。師乃悟雲。謝大眾證明。乃繞法堂一匝便去。

洪州泐潭法會禪師問馬祖:「如何是西來祖師意?」祖說:「低聲、近前來。」師便近前。祖打一摑說:「六耳不同謀。來日來。」師至來日又入法堂說:「請和尚道。」祖說:「且去。待老漢上堂時出來、與你證明。」師乃悟說:「謝大衆證明。」就繞法堂一匝便去。

池州杉山智堅禪師。初與歸宗南泉行腳時。路逢一虎。各從虎邊過了。南泉問歸宗雲。適來見虎似箇什麼。宗雲。似箇貓兒。宗卻問師。師雲似箇狗子。宗又問南泉。泉雲。我見是箇大蟲。師吃飯次。南泉收生飯雲生。師雲無生。南泉雲。無生猶是末。南泉行數步。師召雲。長老長老。南泉迴頭雲怎麼。師雲。莫道是末。一日普請擇蕨菜。南泉拈起一莖雲。遮箇大好供養。師雲。非但遮箇百味珍羞他亦不顧。南泉雲。雖然如此箇箇須嘗他始得(玄覺雲。是相見語。不是相見語)僧問。如何是本來身。師雲。舉世無相似。

池州杉山智堅禪師。起初與歸宗、南泉行腳時、路逢一虎、各從虎邊過了。南泉問歸宗:「適來見虎似個什麼?」宗說:「似個貓兒。」宗卻問師。師說:「似個狗子。」宗又問南泉。泉說:「我見是個大蟲。」師喫飯時、南泉收生飯說:「生。」師說:「無生。」南泉說:「無生猶是末。」南泉走了數步、師召說:「長老、長老。」南泉回頭說:「怎麼?」師說:「莫道是末。」一天普請擇蕨菜。南泉拈起一莖說:「這個大好供養。」師說:「非但這個、百味珍饈他也不顧。」南泉說:「雖然如此、個個須嘗他始得。」(玄覺說:「是相見語?不是相見語?」)僧問:「如何是本來身?」師說:「舉世無相似。」

洪州泐潭惟建禪師。一日在馬祖法堂後坐禪。祖見乃吹師耳。兩吹師起定。見是和尚卻復入定。祖歸方丈。令侍者持一椀茶與師。師不顧。便自歸堂。

洪州泐潭惟建禪師。一天在馬祖法堂後坐禪。祖見了就吹師耳、兩吹。師起定、見是和尚、卻復入定。祖歸方丈、令侍者持一碗茶與師。師不顧、便自歸堂。

澧州茗谿道行禪師。師有時雲。吾有大病非世所醫。後有僧問先曹山。承古人有言。吾有大病非世所醫。未審喚作什麼病。曹雲。攢簇不得底病。雲一切眾生還有此病也無。曹雲。人人盡有。雲人人盡有。和尚還有此病也無。曹雲。正覓起處不得。雲一切眾生為什麼不病。曹雲。眾生若病即非眾生。雲未審諸佛還有此病也無。曹雲有。雲既有。為什麼不病。曹雲。為伊惺惺。僧問。如何修行。師雲。好箇阿師莫客作。僧雲。畢竟如何。師雲。安置即不堪。又僧問。如何是正修行路。師雲。涅槃後有。僧雲。如何是涅槃後有。師雲。不洗面。僧雲。學人不會。師雲。無面得洗。

澧州茗溪道行禪師。師有時說:「吾有大病、非世所醫。」後來有僧問先曹山:「承古人有言:吾有大病、非世所醫。未審喚作什麼病?」曹說:「攢簇不得底病。」說:「一切衆生還有此病也無?」曹說:「人人盡有。」說:「人人盡有、和尚還有此病也無?」曹說:「正覓起處不得。」說:「一切衆生爲什麼不病?」曹說:「衆生若病即非衆生。」說:「未審諸佛還有此病也無?」曹說:「有。」說:「既有、爲什麼不病?」曹說:「爲伊惺惺。」僧問:「如何修行?」師說:「好個阿師、莫客作。」僧說:「畢竟如何?」師說:「安置即不堪。」又僧問:「如何是正修行路?」師說:「涅槃後有。」僧說:「如何是涅槃後有?」師說:「不洗面。」僧說:「學人不會。」師說:「無面得洗。」

撫州石鞏慧藏禪師。本以弋獵為務。惡見沙門。因逐群鹿從馬祖庵前過。祖乃逆之。藏問。和尚見鹿過否。祖曰。汝是何人。曰獵者。祖曰。汝解射否。曰射射。祖曰。汝一箭射幾箇。曰一箭射一箇。祖曰。汝不解射。曰和尚解射否。祖曰。解射。曰和尚一箭射幾箇。祖曰。一箭射一群。曰彼此是命。何用射他一群。祖曰。汝既知如是。何不自射。曰若教某甲自射。即無下手處。祖曰。遮漢曠劫無明。煩惱今日頓息。藏當時毀棄弓箭。自以刀截髮投祖出家。一日在廚中作務次。祖問曰。作什麼曰。牧牛。祖曰。作麼生牧。曰一迴入草去便把鼻孔拽來。祖曰。子真牧牛。師便休。師住後常以弓箭接機(如三平和尚章述之)師問西堂。汝還解捉得虛空麼。西堂雲。捉得。師雲。作麼生捉。堂以手撮虛空。師雲。作麼生恁麼捉虛空。堂卻問。師兄作麼生捉。師把西堂鼻孔拽。西堂作忍痛聲。雲大殺拽人鼻孔直得脫去。師雲。直須恁麼捉虛空始得。眾僧參次。師雲。適來底什麼處去也。有僧雲在。師雲。在什麼處。其僧彈指一聲。僧到禮拜。師雲。還將那箇來否。僧雲。將得來。師雲。在什麼處。僧彈指三聲。問如何免得生死。師雲。用免作什麼。僧雲。如何免得。師雲。遮底不生死。

撫州石鞏慧藏禪師。本以弋獵爲務、惡見沙門。因逐羣鹿從馬祖庵前過、祖就迎上去。藏問:「和尚見鹿過否?」祖說:「你是何人?」說:「獵者。」祖說:「你解射否?」說:「解射。」祖說:「你一箭射幾個?」說:「一箭射一個。」祖說:「你不解射。」說:「和尚解射否?」祖說:「解射。」說:「和尚一箭射幾個?」祖說:「一箭射一羣。」說:「彼此是命、何用射他一羣。」祖說:「你既知如是、何不自射?」說:「若教某甲自射、即無下手處。」祖說:「這漢曠劫無明煩惱、今日頓息。」藏當時譭棄弓箭、自以刀截髮、投祖出家。一天在廚中作務。祖問:「作什麼?」說:「牧牛。」祖說:「作麼生牧?」說:「一回入草去、便把鼻孔拽來。」祖說:「你真牧牛。」師便休。師住後常以弓箭接機(如三平和尚章所述)。師問西堂:「你還解捉得虛空麼?」西堂說:「捉得。」師說:「作麼生捉?」堂以手撮虛空。師說:「作麼生這麼捉虛空。」堂卻問:「師兄作麼生捉?」師把西堂鼻孔拽。西堂作忍痛聲說:「太殺拽人鼻孔、直得脫去。」師說:「直須這麼捉虛空始得。」衆僧參次、師說:「適來底什麼處去也?」有僧說:「在。」師說:「在什麼處?」其僧彈指一聲。僧到禮拜。師說:「還將那個來否?」僧說:「將得來。」師說:「在什麼處?」僧彈指三聲。問:「如何免得生死?」師說:「用免作什麼。」僧說:「如何免得?」師說:「這底不生死。」

唐州紫玉山道通禪師者廬江人也。姓何氏。幼隨父守官泉州南安縣。因而出家。唐天寶初馬祖闡化建陽居佛跡巖師往謁之。尋遷於南康龔公山。師亦隨之。貞元四年二月初馬祖將歸寂。謂師曰。夫玉石潤山秀麗益汝道業遇可居之。師不曉其言。是秋與伏牛山自在禪師同遊洛陽。迴至唐州西見一山。四面懸絕峰巒秀異。因詢鄉人。雲是紫玉山。師乃陟山頂見有石方正瑩然紫色。歎曰。此其紫玉也。始念先師之言乃懸記耳。遂剪茆構舍而居焉。後學徒四集。僧問。如何出得三界。師雲。汝在裡許得多少時也。僧雲。如何出離。師雲。青山不礙白雲飛。於頔相公問。如何是黑風吹其船舫漂墮羅剎鬼國師雲。於頔客作漢。問恁麼事怎麼。於公失色。師乃指雲。遮箇是漂墮羅剎鬼國。於又問。如何是佛。師喚於頔。頔應諾。師雲。更莫別求(有僧舉似藥山。藥山雲。縛殺遮漢也。僧雲。和尚如何。藥山亦喚雲某甲。僧應諾。藥山雲是什麼)元和八年弟子金藏參百丈迴禮覲。師雲。汝其來矣。此山有主也。於是囑付金藏訖。策杖徑去襄州道俗迎之。至七月十五日無疾而終。壽八十有三。

唐州紫玉山道通禪師、廬江人、姓何。幼隨父守官泉州南安縣、因而出家。唐天寶初、馬祖闡化建陽、居佛跡巖、師往謁之。不久遷於南康龔公山、師亦隨之。貞元四年二月初、馬祖將歸寂、對師說:「夫玉石潤、山秀麗、益汝道業、遇可居之。」師不曉其言。是秋與伏牛山自在禪師同遊洛陽、回到唐州西、見一山四面懸絕、峯巒秀異、因而詢鄉人、說是紫玉山。師就登山頂、見有石方正瑩然紫色、嘆說:「此其紫玉也。」始念先師之言乃是懸記。於是剪茅構舍而居。後來學徒四集。僧問:「如何出得三界?」師說:「你在裏許得多少時也。」僧說:「如何出離?」師說:「青山不礙白雲飛。」於頔相公問:「如何是黑風吹其船舫、漂墮羅剎鬼國?」師說:「於頔客作漢、問這麼事怎麼。」於公失色。師就指說:「這個是漂墮羅剎鬼國。」於又問:「如何是佛?」師喚於頔。頔應諾。師說:「更莫別求。」(有僧舉似藥山。藥山說:「縛殺這漢也。」僧說:「和尚如何?」藥山也喚說某甲。僧應諾。藥山說:「是什麼。」)元和八年、弟子金藏參百丈回、禮覲。師說:「你來了。此山有主了。」於是囑付金藏完畢、策杖徑去。襄州道俗迎之。至七月十五日無疾而終。壽八十三。

江西北蘭讓禪師。湖塘亮長老問。伏承師兄畫得先師真。暫請瞻禮。師以兩手撥胸開示之。亮便禮拜。師雲。莫禮莫禮。亮雲。師兄錯也。某甲不禮師兄。師雲。汝禮先師真。亮雲。因什麼教某甲莫禮。師雲。何曾錯。

江西北蘭讓禪師。湖塘亮長老問:「伏承師兄畫得先師真、暫請瞻禮。」師以兩手撥胸開示之。亮便禮拜。師說:「莫禮、莫禮。」亮說:「師兄錯也。某甲不禮師兄。」師說:「你禮先師真。」亮說:「因什麼教某甲莫禮?」師說:「何曾錯。」

洛京佛光如滿禪師(曾住五臺山金閣寺)唐順宗問。佛從何方來滅向何方去。既言常住世。佛今在何處。師答曰。佛從無為來。滅向無為去。法身等虛空。常在無心處。有念歸無念。有住歸無住。來為眾生來。去為眾生去。清淨真如海。湛然體常住。智者善思惟。更勿生疑慮。帝又問。佛向王宮生。滅向雙林滅。住世四十九。又言無法說。山河及大海。天地及日月。時至皆歸盡。誰言不生滅。疑情猶若斯。智者善分別。師答曰。佛體本無為。迷情妄分別法身等虛空。未曾有生滅。有緣佛出世。無緣佛入滅。處處化眾生。猶如水中月。非常亦非斷。非生亦非滅。生亦未曾生。滅亦未曾滅。了見無心處。自然無法說。帝聞大悅益重禪宗。

洛京佛光如滿禪師(曾住五臺山金閣寺)。唐順宗問:「佛從何方來、滅向何方去。既言常住世、佛今在何處?」師答說:「佛從無爲來、滅向無爲去。法身等虛空、常在無心處。有念歸無念、有住歸無住。來爲衆生來、去爲衆生去。清淨真如海、湛然體常住。智者善思惟、更勿生疑慮。」帝又問:「佛向王宮生、滅向雙林滅。住世四十九、又言無法說。山河及大海、天地及日月、時至皆歸盡。誰言不生滅。疑情猶若斯、智者善分別。」師答說:「佛體本無爲、迷情妄分別。法身等虛空、未曾有生滅。有緣佛出世、無緣佛入滅。處處化衆生、猶如水中月。非常亦非斷、非生亦非滅。生亦未曾生、滅亦未曾滅。了見無心處、自然無法說。」帝聞大悅、益重禪宗。

袁州南源道明禪師上堂雲。快馬一鞭快人一言。有事何不出頭來。無事各自珍重。便下堂。有僧問。一言作麼生。師乃吐吞雲。待我有廣長舌相。即向汝道。洞山來參方上法堂。師雲。已相看了也。洞山便下去。至明日卻上問雲。昨日已蒙和尚慈悲。大知什麼處是與。某甲已相看處。師雲。心心無間斷。流入於性海。洞山雲。幾放過。洞山辭去。師雲。多學佛法廣作利益。洞山雲。多學佛法即不問。如何是廣作利益。師雲。一物莫違即是。僧問。如何是佛。師雲。不可道爾是也。

袁州南源道明禪師上堂說:「快馬一鞭、快人一言。有事何不出頭來。無事各自珍重。」便下堂。有僧問:「一言作麼生?」師就吐舌說:「等我有廣長舌相、即向你道。」洞山來參、方上法堂。師說:「已相看了也。」洞山便下去。至明日卻上問:「昨日已蒙和尚慈悲、不知什麼處是與某甲已相看處?」師說:「心心無間斷、流入於性海。」洞山說:「幾乎放過。」洞山辭去。師說:「多學佛法、廣作利益。」洞山說:「多學佛法即不問。如何是廣作利益?」師說:「一物莫違即是。」僧問:「如何是佛?」師說:「不可道你是也。」

忻州酈村自滿禪師上堂雲。古今不異法爾如然。更復何也。雖然如此。遮箇事大有人罔措在。時有僧問。不落古今請師直道。師雲。情知汝罔措。僧欲進語。師雲。將謂老僧落伊古今。僧雲。如何即是。師雲。魚騰碧漢階級難飛。僧雲。如何即得免茲過咎。師雲。若是龍形誰論高下。其僧禮拜。師雲。苦哉屈哉誰人似我。師一日謂眾曰。除卻日明夜暗更說什麼。即得珍重。時有僧問。如何是無諍之句。師雲。喧天動地。

忻州酈村自滿禪師上堂說:「古今不異、法爾如然、更復何也。雖然如此、這個事大有人罔措在。」當時有僧問:「不落古今、請師直道。」師說:「情知你罔措。」僧欲進語。師說:「將謂老僧落伊古今。」僧說:「如何即是?」師說:「魚騰碧漢、階級難飛。」僧說:「如何即得免茲過咎?」師說:「若是龍形、誰論高下。」其僧禮拜。師說:「苦哉屈哉、誰人似我。」師一天對衆說:「除き卻日明夜暗、更說什麼。即得珍重。」當時有僧問:「如何是無諍之句?」師說:「喧天動地。」

朗州中邑洪恩禪師。仰山初領新戒到謝戒。師見來於禪床上拍手雲。和和。仰山即東邊立。又西邊立。又於中心立。然後謝戒了卻退後立。師雲。什麼處得此三昧。仰雲。於曹谿脫印子學來。師雲。汝道曹谿用此三昧接什麼人。仰雲。接一宿覺用此三昧。仰雲。和尚什麼處得此三昧來。師雲。某甲於馬大師處學此三昧。問如何得見性。師雲。譬如有屋。屋有六窓。內有一獼猴。東邊喚山山山山。應如是六窓俱喚俱應。仰山禮謝起雲。所蒙和尚譬喻無不了知。更有一事。只如內獼猴困睡。外獼猴欲與相見如何。師下繩床執仰山手。作舞雲。山山與汝相見了。譬如蟭螟蟲。在蚊子眼睫上作窠。向十字街頭叫喚雲。土曠人稀相逢者少(雲居錫雲。中邑當時若不得仰山遮一句語。何處有中邑也崇壽稠雲。還有人定得此道理麼。若定不得。只是箇弄精魂腳手。佛性義在什麼處玄覺雲。若不是仰山。爭得見中邑。且道。什麼處是仰山得見中邑處)。

朗州中邑洪恩禪師。仰山初領新戒到謝戒。師見來、於禪牀上拍手說:「和和。」仰山即東邊立、又西邊立、又於中心立、然後謝戒了、卻退後立。師說:「什麼處得此三昧?」仰說:「於曹溪脫印子學來。」師說:「你道曹溪用此三昧接什麼人?」仰說:「接一宿覺用此三昧。」仰說:「和尚什麼處得此三昧來?」師說:「某甲於馬大師處學此三昧。」問:「如何得見性?」師說:「譬如有屋、屋有六窗。うち有一獼猴。東邊喚山山、山山應。如是六窗俱喚俱應。」仰山禮謝起說:「所蒙和尚譬喻無不了知。更有一事。只如うち獼猴困睡、外獼猴欲與相見如何?」師下繩牀執仰山手、作舞說:「山山與你相見了。譬如蟭螟蟲在蚊子眼睫上作窠、向十字街頭叫喚說:土曠人稀、相逢者少。」(雲居錫說:「中邑當時若不得仰山這一句語、何處有中邑也。」崇壽稠說:「還有人定得此道理麼。若定不得、只是個弄精魂腳手。佛性義在什麼處。」玄覺說:「若不是仰山、怎得見中邑。且道什麼處是仰山得見中邑處。」)

洪州百丈山懷海禪師者。福州長樂人也。丱歲離塵三學該練。屬大寂闡化南康乃傾心依附。與西堂智藏禪師同號入室。時二大士為角立焉。一夕二士隨侍馬祖翫月次。祖曰。正恁麼時如何。西堂雲。正好供養。師雲。正好修行。祖雲。經入藏禪歸海。馬祖上堂大眾雲集。方陞坐良久。師乃卷卻面前禮拜席。祖便下堂。師一日詣馬祖。法塔祖於禪床角取拂子示之。師雲。只遮箇更別有。祖乃放舊處雲。爾已後將什麼何為人。師卻取拂子示之。祖雲。只遮箇更別有。師以拂子掛安舊處。方侍立。祖叱之。自此雷音將震。果檀信請。於洪州新吳界。住大雄山。以居處巖巒峻極故。號之百丈。既處之未期月。玄參之賓四方麏至。即有溈山黃蘗當其首。一日師謂眾曰。佛法不是小事。老僧昔再蒙馬大師一喝。直得三日耳聾眼黑。黃蘗聞舉不覺吐舌。曰某甲不識馬祖。要且不見馬祖。師雲。汝已後當嗣馬祖。黃蘗雲。某甲不嗣馬祖。曰作麼生。曰已後喪我兒孫。師曰。如是如是。一日有僧哭入法堂來。師曰。作麼。曰父母俱喪請師選日。師雲。明日來一時埋卻。師上堂雲。併卻咽喉唇吻速道將來。溈山雲。某甲不道請和尚道。師雲。不辭與汝道。久後喪我兒孫。五峰雲。和尚亦須併卻。師雲。無人處斫額望汝。雲巖雲。某甲有道處請和尚舉。師雲。併卻咽喉唇吻速道將來。雲巖曰。師今有也。師曰。喪我兒孫。師謂眾曰。我要一人傳語西堂。阿誰去得。五峰雲。某甲去。師雲。汝作麼生傳語。五峰雲。待見西堂即道。師雲。道什麼。五峰雲。卻來說似和尚。師與溈山作務次師問。有火也無。溈山雲有。師雲。在什麼處。溈山把一枝木吹三兩氣過與師。師雲。如蟲蝕木。問如何是佛。師雲。汝是阿誰。僧雲。某甲師雲。汝識某甲否。僧雲。分明箇。師乃舉起拂子云。汝還見麼。僧雲見。師乃不語。因普請钁地次。

洪州百丈山懷海禪師、福州長樂人。童年離塵、三學該練。適逢大寂闡化南康、就傾心依附、與西堂智藏禪師同號入室。當時二大士爲角立。一夕二士隨侍馬祖玩月。祖說:「正恁麼時如何?」西堂說:「正好供養。」師說:「正好修行。」祖說:「經入藏、禪歸海。」馬祖上堂、大衆雲集、方升坐很久。師就卷卻面前禮拜席、祖便下堂。師一天詣馬祖法塔。祖於禪牀角取拂子示之。師說:「只這個、更別有?」祖就放回舊處說:「你已後將什麼爲人?」師卻取拂子示之。祖說:「只這個、更別有?」師以拂子掛安舊處、方侍立。祖叱之。從此雷音將震。果有檀信請、於洪州新吳界住大雄山。以居處巖巒峻極、故號之百丈。既處之未滿月、玄蔘之賓四方麇至、即有潙山、黃檗當其首。一天師對衆說:「佛法不是小事。老僧昔再蒙馬大師一喝、直得三日耳聾眼黑。」黃檗聞舉、不覺吐舌說:「某甲不識馬祖、要且不見馬祖。」師說:「你已後當嗣馬祖。」黃檗說:「某甲不嗣馬祖。」說:「作麼生?」說:「已後喪我兒孫。」師說:「如是、如是。」一天有僧哭入法堂來。師說:「作麼?」說:「父母俱喪、請師選日。」師說:「明日來、一時埋卻。」師上堂說:「並卻咽喉脣吻、速道將來。」潙山說:「某甲不道、請和尚道。」師說:「不辭與你道、久後喪我兒孫。」五峯說:「和尚亦須並卻。」師說:「無人處斫額望你。」雲巖說:「某甲有道處、請和尚舉。」師說:「並卻咽喉脣吻、速道將來。」雲巖說:「師今有也。」師說:「喪我兒孫。」師對衆說:「我要一人傳語西堂。阿誰去得?」五峯說:「某甲去。」師說:「你作麼生傳語?」五峯說:「待見西堂即道。」師說:「道什麼?」五峯說:「卻來說似和尚。」師與潙山作務。師問:「有火也無?」潙山說:「有。」師說:「在什麼處?」潙山把一枝木吹三兩氣、過與師。師說:「如蟲蝕木。」問:「如何是佛?」師說:「你是阿誰?」僧說:「某甲。」師說:「你識某甲否?」僧說:「分明個。」師就舉起拂子說:「你還見麼?」僧說:「見。」師乃不語。因普請钁地時、

忽有一僧。聞飯鼓鳴舉起钁頭大笑便歸。師雲。俊哉此是觀音入理之門。師歸院乃喚其僧問。適來見什麼道理便恁麼。對雲。適來只聞鼓聲動歸吃飯去來。師乃笑。問依經解義三世佛怨。離經一字。如同魔說如何。師雲。固守動用三世佛怨此外別求即同魔說。因僧問西堂雲。有問有答不問不答時如何。西堂雲。怕爛卻作麼。師聞舉乃雲。從來疑遮箇老兄。僧雲。請和尚道。師雲。一合相不可得。師謂眾雲。有一人長不吃飯不道饑。有一人終日吃飯不道飽。眾皆無對。雲巖問。和尚每日區區為阿誰。師雲。有一人要。巖雲。因什麼不教伊自作。師雲。他無家活。僧問。如何是大乘頓悟法門。師曰。汝等先歇諸緣休息萬事。善與不善世出世間。一切諸法。莫記憶莫緣念。放捨身心令其自在。心如木石無所辯別。心無所行心地若空。慧日自現如雲開日出。相似俱歇。一切攀緣。貪瞋愛取垢淨情盡。對五欲八風。不被見聞覺知所縛。不被諸境所惑。自然具足神通妙用。是解脫人。對一切境心無靜亂。不攝不散。透一切聲色無有滯礙。名為道人。但不被一切善惡垢淨有為世間福智拘繫。即名為佛慧。是非好醜是理非理諸知見總盡。不被繫縛處心自在。名初發心菩薩。便登佛地。一切諸法本不自空。不自言色。亦不言是非垢淨。亦無心繫縛人。但人自虛妄計著。作若干種解。起若干種知見。若垢淨心盡。不住繫縛不住解脫。無一切有為無為。解平等心量。處於生死其心自在。畢竟不與虛幻塵勞蘊界生死諸入和合。逈然無寄一切不拘去留無礙。往來生死如門開相似。若遇種種苦樂不稱意事心無退屈。不念名聞衣食。不貪一切功德利益。不為世法之所滯。心雖親受苦樂不幹於懷。麁食接命補衣禦寒暑。兀兀如愚如聾相似稍有親分。於生死中廣學知解。求福求智於理無益。卻被解境風漂。卻歸生死海裡。佛是無求人。

忽然有一僧聞飯鼓鳴、舉起钁頭大笑便歸。師說:「俊哉、此是觀音入理之門。」師歸院就喚其僧問:「適來見什麼道理便恁麼?」對說:「適來只聞鼓聲動、歸喫飯去來。」師就笑。問:「依經解義、三世佛怨。離經一字、如同魔說。如何?」師說:「固守動用、三世佛怨。此外別求、即同魔說。」因僧問西堂:「有問有答、不問不答時如何?」西堂說:「怕爛卻作麼。」師聞舉就說:「從來疑這個老兄。」僧說:「請和尚道。」師說:「一合相不可得。」師對衆說:「有一人長不喫飯不道飢、有一人終日喫飯不道飽。」衆皆無對。雲巖問:「和尚每日區區爲阿誰?」師說:「有一人要。」巖說:「因什麼不教伊自作?」師說:「他無家活。」僧問:「如何是大乘頓悟法門?」師說:「你們先歇諸緣、休息萬事。善與不善、世出世間一切諸法、莫記憶、莫緣念。放捨身心、令其自在。心如木石、無所辨別。心無所行、心地若空、慧日自現、如雲開日出相似。俱歇一切攀緣、貪瞋愛取垢淨情盡。對五欲八風、不被見聞覺知所縛、不被諸境所惑、自然具足神通妙用、是解脫人。對一切境心無靜亂、不攝不散、透一切聲色無有滯礙、名爲道人。但不被一切善惡垢淨有爲世間福智拘繫、即名爲佛慧。是非好醜、是理非理諸知見總盡、不被繫縛處心自在、名初發心菩薩、便登佛地。一切諸法本不自空、不自言色、亦不言是非垢淨、亦無心繫縛人。但人自虛妄計著、作若干種解、起若干種知見。若垢淨心盡、不住繫縛、不住解脫。無一切有爲無爲、解平等心量。處於生死其心自在、畢竟不與虛幻塵勞蘊界生死諸入和合。迥然無寄、一切不拘、去留無礙。往來生死如門開相似。若遇種種苦樂不稱意事、心無退屈。不念名聞衣食、不貪一切功德利益、不爲世法之所滯。心雖親受苦樂、不幹於懷。粗食接命、補衣禦寒暑、兀兀如愚如聾相似、稍有親分。於生死中廣學知解、求福求智、於理無益、卻被解境風漂、卻歸生死海中。佛是無求人、

求之即乖理。是無求理求之即失。若取於無求復同於有求。此法無實無虛。若能一生心如木石相似。不為陰界五欲八風之所漂溺。即生死因斷去住自由。不為一切有為因果所縛。他時還與無縛身同利物。以無縛心應一切心。以無縛慧解一切縛。亦能應病與藥。僧問。如今受戒身口清淨已。具諸善得解脫否。答少分解脫。未得心解脫。未得一切解脫。問雲。何是心解脫。答不求佛不求知解。垢淨情盡亦不守此無求為。是亦不住盡處。亦不畏地獄縛。不愛天堂樂。一切法不拘。始名為解脫無礙。即身心及一切皆名解脫。汝莫言有少分戒善將為便了。有河沙無漏戒定慧門。都未涉一毫在。努力猛作早與。莫待耳聾眼暗頭白麵皺。老苦及身眼中流淚心中慞惶未有去處。到恁麼時整理腳手不得也。縱有福智多聞都不相救為心眼未開。唯緣念諸境不知返照。復不見佛道。一生所有惡業悉現於前。或忻或怖。六道五蘊現前盡見。嚴好舍宅舟船車輿光明顯赫。為縱自心貪愛。所見悉變為好境。隨所見重處受生都無自由分。龍畜良賤亦總未定。問如何得自由。答如今對五欲八風情無取捨。垢淨俱亡。如日月在空。不緣而照。心如木石。亦如香象截流而過更無疑滯。此人天堂地獄所不能攝也。又不讀經看教語言。皆須宛轉歸就自己。但是一切言教。只明如今覺性自己。俱不被一切有無諸法境轉。是導師能照破一切有無境法。是金剛即有自由獨立分。若不能恁麼得。縱令誦得十二韋陀經。只成增上慢。卻是謗佛不是修行。讀經看教若準世間是好善事。若向明理人邊數此是壅塞人。十地之人脫不去流入生死河。但不用求覓知解語義句。知解屬貪。貪變成病。只如今但離一切有無諸法。透過三句外。自然與佛無差。既自是佛何慮佛不解語。只恐不是佛。被有無諸法轉不得自由。是以理未立先有福智載去。如賤使貴。

(師接着說:)求之即乖理。是無求理、求之即失。若取於無求、復同於有求。此法無實無虛。若能一生心如木石相似、不爲陰界五欲八風之所漂溺、即生死因斷、去住自由、不爲一切有爲因果所縛。他時還與無縛身同利物。以無縛心應一切心、以無縛慧解一切縛、亦能應病與藥。」僧問:「如今受戒、身口清淨已具諸善、得解脫否?」答:「少分解脫、未得心解脫、未得一切解脫。」問:「如何是心解脫?」答:「不求佛、不求知解。垢淨情盡、亦不守此無求爲是、亦不住盡處。亦不畏地獄縛、不愛天堂樂。一切法不拘、始名爲解脫無礙。即身心及一切皆名解脫。你莫言有少分戒善將爲便了。有河沙無漏戒定慧門、都未涉一毫在。努力猛作早與。莫待耳聾眼暗、頭白麪皺、老苦及身、眼中流淚、心中慞惶、未有去處。到恁麼時整理腳手不得也。縱有福智多聞都不相救、爲心眼未開。唯緣念諸境、不知返照、復不見佛道。一生所有惡業悉現於前、或忻或怖。六道五蘊現前盡見。嚴好舍宅舟船車輿光明顯赫。爲縱自心貪愛、所見悉變爲好境。隨所見重處受生、都無自由分。龍畜良賤亦總未定。」問:「如何得自由?」答:「如今對五欲八風情無取捨、垢淨俱亡。如日月在空、不緣而照。心如木石、亦如香象截流而過、更無疑滯。此人天堂地獄所不能攝也。又不讀經看教語言、皆須宛轉歸就自己。但是一切言教、只明如今覺性自己。俱不被一切有無諸法境轉、是導師。能照破一切有無境法、是金剛。即有自由獨立分。若不能恁麼得、縱令誦得十二韋陀經、只成增上慢、卻是謗佛、不是修行。讀經看教若準世間是好善事。若向明理人邊數、此是壅塞人。十地之人脫不去、流入生死河。但不用求覓知解語義句。知解屬貪、貪變成病。只如今但離一切有無諸法、透過三句外、自然與佛無差。既自是佛、何慮佛不解語。只恐不是佛、被有無諸法轉、不得自由。所以理未立、先有福智載去、如賤使貴、

不如於理先立後有福智。臨時作得。捉土為金。變海水為酥酪。破須彌山為微塵。於一義作無量義。於無量義作一義。師有時說法竟。大眾下堂。乃召之。大眾迴首。師雲。是什麼(藥山目之為百丈下堂句)唐元和九年正月十七日歸寂。壽九十五。長慶元年勅諡大智禪師。塔曰大寶勝輪。

(師接着說:)不如於理先立、後有福智。臨時作得、捉土爲金、變海水爲酥酪、破須彌山爲微塵。於一義作無量義、於無量義作一義。」師有時說法竟、大衆下堂、就召之。大衆回首。師說:「是什麼?」(藥山目之爲百丈下堂句。)唐元和九年正月十七日歸寂。壽九十五。長慶元年敕諡大智禪師。塔曰大寶勝輪。

禪門規式

禪門規式

百丈大智禪師。以禪宗肇自少室。至曹谿以來。多居律寺。雖別院然於說法住持未合規度故。常爾介懷。乃曰。祖之道欲誕布化元。冀來際不泯者。豈當與諸部阿笈摩教為隨行耶(舊梵語阿含。新雲阿笈摩。即小乘教也)或曰。瑜伽論瓔珞經。是大乘戒律。胡不依隨哉。師曰。吾所宗非局大小乘。非異大小乘。當博約折中設於制範務其宜也。於是創意別立禪居。凡具道眼有可尊之德者。號曰長老。如西域道高臘長。呼須菩提等之謂也。既為化主即處於方丈。同淨名之室。非私寢之室也。不立佛殿唯樹法堂者。表佛祖親囑授當代為尊也。所褒學眾無多少無高下。盡入僧堂中依夏次安排。設長連床施椸架。掛搭道具。臥必斜枕床唇。右脅吉祥睡者。以其坐禪既久。略偃息而已。具四威儀也。除入室請益。任學者勤怠。或上或下不拘常準。其闔院大眾朝參夕聚。長老上堂陞坐。主事徒眾雁立側聆。賓主問醻激揚宗要者。示依法而住也。齋粥隨宜二時均遍者。務於節儉。表法食雙運也。行普請法上下均力也。置十務謂之寮舍。每用首領一人管多人營事。令各司其局也(主飯者目為飯頭。主菜者目為菜頭。他皆倣此)或有假號竊形混於清眾。並別致喧撓之事。即堂維那檢舉抽下本位掛搭。擯令出院者。貴安清眾也。或彼有所犯。即以拄杖杖之。集眾燒衣缽道具遣逐。從偏門而出者。示恥辱也。詳此一條制有四益。一不汙清眾生恭信故(三業不善不可共住。準律合用梵壇法治之者。當驅出院。清眾既安恭信生矣)二不毀僧形循佛制故(隨宜懲罰。得留法服。後必悔之)三不擾公門省獄訟故。四不洩於外護宗綱故(四來同居聖凡孰辨。且如來應世尚有六群之黨。況今像末豈得全無。但見一僧有過。便雷例譏誚。殊不知。以輕眾壞法其損甚大。今禪門若稍無妨害者。宜依百丈叢林格式量事區分。且立法防姦。不為賢士然。

百丈大智禪師、以禪宗肇自少室、至曹溪以來、多居律寺。雖別院、然於說法住持未合規度、所以常爾介懷。就說:「祖之道欲誕布化元、冀來際不泯的、豈當與諸部阿笈摩教爲隨行耶?」(舊梵語阿含、新雲阿笈摩、即小乘教。)或說:「《瑜伽論》《瓔珞經》是大乘戒律、胡不依隨哉?」師說:「吾所宗非局大小乘、非異大小乘。當博約折中、設於制範、務其宜也。」於是創意別立禪居。凡具道眼、有可尊之德的、號曰長老。如西域道高臘長、呼須菩提等之謂。既爲化主即處於方丈、同淨名之室、非私寢之室。不立佛殿、唯樹法堂的、表佛祖親囑授、當代爲尊。所褒學衆無多少、無高下、盡入僧堂中依夏次安排。設長連牀、施椸架、掛搭道具。臥必斜枕牀脣、右脅吉祥睡的、以其坐禪既久、略偃息而已、具四威儀。除き入室請益、任學者勤怠、或上或下、不拘常準。其闔院大衆朝參夕聚。長老上堂升坐、主事徒衆雁立側聆。賓主問酬、激揚宗要的、示依法而住。齋粥隨宜、二時均遍的、務於節儉、表法食雙運。行普請法、上下均力。置十務謂之寮舍、每用首領一人管多人營事、令各司其局。(主飯者目爲飯頭、主菜者目爲菜頭、他皆仿此。)或有假號竊形混於清衆、並別緻喧撓之事、即堂維那檢舉、抽下本位掛搭、擯令出院的、貴安清衆。或彼有所犯、即以拄杖杖之、集衆燒衣鉢道具遣逐、從偏門而出的、示恥辱。詳此一條制有四益。一、不污清衆、生恭信故。(三業不善不可合わせて住。準律合用梵壇法治之者、當驅出院。清衆既安、恭信生矣。)二、不毀僧形、循佛制故。(隨宜懲罰、得留法服、後必悔之。)三、不擾公門、省獄訟故。四、不泄於外、護宗綱故。(四來同居、聖凡孰辨。且如來應世尚有六羣之黨、況今像末豈得全無。但見一僧有過、便雷例譏誚。殊不知以輕衆壞法其損甚大。今禪門若稍無妨害者、宜依百丈叢林格式量事區分。且立法防奸、不爲賢士。然、

寧可有格而無犯。不可有犯而無教。惟百丈禪師護法之益。其大矣哉)禪門獨行。由百丈之始。今略敘大要遍示後代學者。令不忘本也。其諸軌度山門備焉。

(接着說:)寧可有格而無犯、不可有犯而無教。惟百丈禪師護法之益、其大矣哉。)禪門獨行、由百丈之始。今略敘大要、遍示後代學者、令不忘本。其諸軌度、山門備焉。

景德傳燈錄 卷第六

景德傳燈錄 卷第七

懷讓禪師第二世中四十五人(馬祖法嗣)

懷讓禪師第二世中四十五人(馬祖法嗣)

潭州三角山總印禪師

潭州三角山總印禪師

池州魯祖山寶雲禪師

池州魯祖山寶雲禪師

洪州泐潭常興禪師

洪州泐潭常興禪師

虔州西堂智藏禪師

虔州西堂智藏禪師

京兆章敬寺懷惲禪師

京兆章敬寺懷惲禪師

定州柏巖明哲禪師

定州柏巖明哲禪師

信州鵝湖大義禪師

信州鵝湖大義禪師

伏牛山自在禪師

伏牛山自在禪師

幽州盤山寶積禪師

幽州盤山寶積禪師

毘陵芙蓉山太毓禪師

毗陵芙蓉山太毓禪師

蒲州麻谷山寶徹禪師

蒲州麻谷山寶徹禪師

杭州鹽官齊安禪師

杭州鹽官齊安禪師

婺州五洩山靈默禪師

婺州五泄山靈默禪師

明州大梅山法常禪師

明州大梅山法常禪師

京兆典善惟寬禪師

京兆典善惟寬禪師

湖南如會禪師

湖南如會禪師

鄂州無等禪師

鄂州無等禪師

廬山歸宗寺智常禪師(已上十八人見錄)

廬山歸宗寺智常禪師(以上十八人見録)

韶州渚涇山清賀禪師

韶州渚涇山清賀禪師

紫陰山惟建禪師

紫陰山惟建禪師

封山洪𤀹禪師

封山洪𤀹禪師

練山神翫禪師

練山神玩禪師

崛山道圓禪師

崛山道圓禪師

玉臺惟然禪師

玉臺惟然禪師

池州灰山曇覬禪師

池州灰山曇覬禪師

荊州新寺寶積禪師

荊州新寺寶積禪師

河中府法藏禪師

河中府法藏禪師

漢南慈悲寺良津禪師

漢南慈悲寺良津禪師

京兆府崇禪師

京兆府崇禪師

南嶽智周禪師

南嶽智周禪師

白虎法宣禪師

白虎法宣禪師

金窟惟直禪師

金窟惟直禪師

台州柏巖常徹禪師

台州柏巖常徹禪師

乾元暉禪師

乾元暉禪師

齊州道巖禪師

齊州道巖禪師

襄州常堅禪師

襄州常堅禪師

荊南寶貞禪師

荊南寶貞禪師

雲水靖宗禪師

雲水靖宗禪師

荊州永泰寺靈湍禪師

荊州永泰寺靈湍禪師

潭州龍牙山圓暢禪師

潭州龍牙山圓暢禪師

洪州雙嶺道方禪師

洪州雙嶺道方禪師

羅浮山修廣禪師

羅浮山修廣禪師

峴山定慶禪師

峴山定慶禪師

越州洞泉惟獻禪師

越州洞泉惟獻禪師

光明普滿禪師(已上二十七人無機緣語句不錄)

光明普滿禪師(以上二十七人無機縁語句は収録せず)

懷讓禪師第二世法嗣

懷讓禪師第二世法嗣

潭州三角山總印禪師。僧問。如何是三寶。師曰。禾麥豆。曰學人不會。師曰。大眾欣然奉持。師上堂曰。若論此事眨上眉毛早已蹉過也。麻谷便問。眨上眉毛即不問。如何是此事。師曰。蹉過也。麻谷乃掀禪床。師打之。麻谷無語(長慶代雲。悄然)。

潭州三角山總印禪師。僧問:「如何是三寶?」師說:「禾、麥、豆。」說:「學人不會。」師說:「大衆欣然奉持。」師上堂說:「若論此事、眨上眉毛早已蹉過也。」麻谷便問:「眨上眉毛即不問、如何是此事?」師說:「蹉過也。」麻谷乃掀禪牀。師打之。麻谷無語(長慶代雲:「悄然。」)。

池州魯祖山寶雲禪師。問如何是諸佛師。師雲。頭上有寶冠者不是。僧雲。如何即是。師雲。頭上無寶冠。洞山來參禮拜後侍立少頃而出。卻再入來。師雲。只恁麼只恁麼所以如此。洞山雲。大有人不肯。師雲。作麼取汝口辨。洞山乃侍奉數月。僧問。如何是言不言。師雲。汝口在什麼處。僧雲。無口。師雲。將什麼吃飯。僧無對(洞山代雲。他不飢吃什麼飯)師尋常見僧來便面壁。南泉聞雲。我尋常向僧道。向佛未出世時會取。尚不得一箇半箇。他恁麼地驢年去(玄覺雲。為復唱和語不肯語。保福問長慶。只如魯祖節文在什麼處被南泉恁麼道。長慶雲。退己讓於人。萬中無一箇。羅山雲。陳老師當時若見。背上與五火抄。何故如此。為伊解放不解收。玄沙雲。我當時若見也與五火抄。雲居錫雲。羅山玄沙總恁麼道。為復一般別有道理若擇得出。許上坐佛法有去處。玄覺雲。且道。玄沙五火抄。打伊著不著)。

池州魯祖山寶雲禪師。問:「如何是諸佛師?」師說:「頭上有寶冠者不是。」僧說:「如何即是?」師說:「頭上無寶冠。」洞山來參、禮拜後侍立少頃而出、卻再入來。師說:「只恁麼、只恁麼、所以如此。」洞山說:「大有人不肯。」師說:「作麼取汝口辨?」洞山乃侍奉數月。僧問:「如何是言不言?」師說:「汝口在什麼處?」僧說:「無口。」師說:「將什麼喫飯?」僧無對(洞山代雲:「他不飢、喫什麼飯。」)。師尋常見僧來便面壁。南泉聞說:「我尋常向僧道:向佛未出世時會取、尚不得一個半個。他恁麼地、驢年去。」(玄覺說:「爲復唱和語、不肯語?」保福問長慶:「只如魯祖節文在什麼處、被南泉恁麼道?」長慶說:「退己讓於人、萬中無一個。」羅山說:「陳老師當時若見、背上與五火抄。何故如此?爲伊解放不解收。」玄沙說:「我當時若見、也與五火抄。」雲居錫說:「羅山、玄沙總恁麼道、爲復一般、別有道理?若擇得出、許上座佛法有去處。」玄覺說:「且道玄沙五火抄、打伊着不着?」)

洪州泐潭常興禪師。僧問。如何是曹谿門下客。師雲。南來燕。僧雲。學人不會。師雲。養羽候秋風。僧問。如何是宗乘極則事。師雲。秋雨草離披。又南泉躬至見師面壁乃拊師背。問汝是阿誰。曰普願。師曰。如何。曰也尋常。師曰。汝何多事。

洪州泐潭常興禪師。僧問:「如何是曹溪門下客?」師說:「南來燕。」僧說:「學人不會。」師說:「養羽候秋風。」僧問:「如何是宗乘極則事?」師說:「秋雨草離披。」又南泉躬至、見師面壁、乃拊師背、問:「汝是阿誰?」說:「普願。」師說:「如何?」說:「也尋常。」師說:「汝何多事。」

虔州西堂智藏禪師者。虔化人也。姓廖氏。八歲從師。二十五具戒。有相者覩其殊表。謂之曰。師骨氣非凡。當為法王之輔佐也。師遂往佛跡巖參禮大寂。與百丈海禪師同為入室。皆承印記。一日大寂遣師詣長安。奉書於忠國師。國師問曰。汝師說什麼法。師從東過西而立。國師曰。只遮箇更別有。師卻過東邊立。國師曰。遮箇是馬師底。仁者作麼生。師曰。早箇呈似和尚了。尋又送書往徑山與國一禪師(語在國一章)屬連帥路嗣恭延請大寂居府應期盛化。師迴郡得大寂付授納袈裟令學者親近。僧問馬祖。請和尚離四句絕百非。直指某甲西來意。祖雲。我今日無心情。汝去問取智藏。其僧乃來問師。師雲。汝何不問和尚。僧雲。和尚令某甲來問上坐。師以手摩頭雲。今日頭疼。汝去問海師兄。其僧又去問海(百丈和尚)海雲。我到遮裡卻不會。僧乃舉似馬祖。祖雲。藏頭白海頭黑。馬祖一日問師雲。子何不看經。師雲。經豈異邪。祖雲。然雖如此。汝向後為人也須得。曰智藏病思自養。敢言為人。祖雲。子末年必興於世也。馬祖滅後。師唐貞元七年眾請開堂。李尚書翱嘗問僧。馬大師有什麼言教。僧雲。大師或說即心即佛。或說非心非佛。李雲。總過遮邊。李卻問師。馬大師有什麼言教。師呼李翱。翱應諾。師雲。鼓角動也。制空禪師謂師曰。日出太早生。師曰。正是時。師住西堂。後有一俗士問。有天堂地獄否。師曰有。曰有佛法僧寶否。師曰有。更有多問盡答言有。曰和尚恁麼道莫錯否。師曰。汝曾見尊宿來耶。曰某甲曾參徑山和尚來。師曰。徑山向汝作麼生道。曰他道一切總無。師曰。汝有妻否。曰有。師曰。徑山和尚有妻否。曰無。師曰。徑山和尚道無即得俗士禮謝而去。師元和九年四月八日歸寂。壽八十臘五十五。憲宗諡大宣教禪師。塔曰元和證真。至穆宗重諡大覺禪師。

虔州西堂智藏禪師、虔化人、姓廖。八歲從師、二十五具戒。有相者睹其殊表、對他說:「師骨氣非凡、當爲法王之輔佐也。」師遂往佛跡巖參禮大寂、與百丈海禪師同爲入室、皆承印記。一日大寂遣師詣長安、奉書於忠國師。國師問說:「汝師說什麼法?」師從東過西而立。國師說:「只這個、更別有?」師卻過東邊立。國師說:「這個是馬師底、仁者作麼生?」師說:「早個呈似和尚了。」尋又送書往徑山與國一禪師(語在國一章)。屬連帥路嗣恭延請大寂居府、應期盛化。師回郡、得大寂付授納袈裟、令學者親近。僧問馬祖:「請和尚離四句、絕百非、直指某甲西來意。」祖說:「我今日無心情、汝去問取智藏。」其僧乃來問師。師說:「汝何不問和尚?」僧說:「和尚令某甲來問上座。」師以手摩頭說:「今日頭疼、汝去問海師兄。」其僧又去問海(百丈和尚)。海說:「我到這裏卻不會。」僧乃舉似馬祖。祖說:「藏頭白、海頭黑。」馬祖一日問師說:「子何不看經?」師說:「經豈異邪?」祖說:「然雖如此、汝向後爲人也須得。」說:「智藏病思自養、敢言爲人。」祖說:「子末年必興於世也。」馬祖滅後、師於唐貞元七年衆請開堂。李尚書翱嘗問僧:「馬大師有什麼言教?」僧說:「大師或說即心即佛、或說非心非佛。」李說:「總過這邊。」李卻問師:「馬大師有什麼言教?」師呼李翱。翱應諾。師說:「鼓角動也。」制空禪師謂師說:「日出太早生。」師說:「正是時。」師住西堂。後有一俗士問:「有天堂地獄否?」師說:「有。」說:「有佛法僧寶否?」師說:「有。」更有多問、盡答言有。說:「和尚恁麼道、莫錯否?」師說:「汝曾見尊宿來耶?」說:「某甲曾參徑山和尚來。」師說:「徑山向汝作麼生道?」說:「他道一切總無。」師說:「汝有妻否?」說:「有。」師說:「徑山和尚有妻否?」說:「無。」師說:「徑山和尚道無即得。」俗士禮謝而去。師元和九年四月八日歸寂。壽八十、臘五十五。憲宗諡大宣教禪師、塔曰元和證真。至穆宗重諡大覺禪師。

京兆府章敬寺懷惲禪師。泉州同安人也。姓謝氏。受大寂心印。初住定州柏巖。次止中條山。唐元和初憲宗詔居上寺玄學者奔湊。師上堂示徒曰。至理忘言時人不悉。彊習他事以為功能。不知自性元非塵境。是箇微妙大解脫門。所有鑒覺不染不礙。如是光明未曾休廢。曩劫至今固無變易。猶如日輪遠近斯照。雖及眾色不與一切和合。靈燭妙明非假鍛鍊。為不了故取於物象。但如揑目妄起空華。徒自疲勞枉經劫數。若能返照無第二人。舉措施為不虧實相。僧問心法雙亡指歸何所。師曰。郢人無汙徒勞運斤。曰請師不返之言。師曰。即無返句(後人舉之於洞山。洞山雲。道即甚易。罕遇作家)百丈和尚令一僧來伺候。師上堂次。展坐具禮拜了。起來拈師一隻靸鞋。以衫袖拂卻塵了。倒覆向下。師曰。老僧罪過。或問。祖師傳心地法門。為是真如心。妄想心。非真非妄心。為是三乘教外別立心。師曰。汝見目前虛空麼。曰信知常在目前人自不見。師曰。汝莫認影像。曰和尚作麼生。師以手撥空三下曰。作麼生即是。師曰。汝向後會去在。有一僧來繞師三匝振錫而立。師曰。是是(長慶代雲。和尚佛法身心何在)其僧又到南泉。亦繞南泉三匝振錫而立。南泉雲。不是不是。此是風力所轉始終成壞。僧雲。章敬道是。和尚為什麼道不是。南泉雲。章敬即是是汝不是(長慶代雲。和尚是什麼心行。雲居錫雲。章敬未必道是。南泉未必道不是。又云。遮僧當初但持錫出去恰好)師有小師行腳迴。師問曰。汝離此間多少年耶。曰離和尚左右將及八年。師曰。辦得箇什麼。小師於地畫一圓相。師曰。只遮箇更別有。小師乃畫破圓相後禮拜。僧問。四大五蘊身中。阿那箇是本來佛性。師乃呼僧名。僧應諾。師良久曰。汝無佛性。唐元和十三年十二月二十二日示滅。建塔於㶚水。勅諡大覺禪師大寶相之塔。

京兆府章敬寺懷惲禪師、泉州同安人、姓謝。受大寂心印。初住定州柏巖、次止中條山。唐元和初、憲宗詔居上寺、玄學者奔湊。師上堂示徒說:「至理忘言、時人不悉。強習他事以爲功能、不知自性元非塵境、是個微妙大解脫門。所有鑑覺、不染不礙。如是光明、未曾休廢。曩劫至今、固無變易。猶如日輪、遠近斯照。雖及衆色、不與一切和合。靈燭妙明、非假鍛鍊。爲不了故、取於物象、但如捏目妄起空花、徒自疲勞、枉經劫數。若能返照、無第二人、舉措施爲、不虧實相。」僧問:「心法雙亡、指歸何所?」師說:「郢人無污、徒勞運斤。」說:「請師不返之言。」師說:「即無返句。」(後人舉之於洞山。洞山說:「道即甚易、罕遇作家。」)百丈和尚令一僧來伺候。師上堂次、展坐具禮拜了、起來拈師一隻靸鞋、以衫袖拂卻塵了、倒覆向下。師說:「老僧罪過。」或問:「祖師傳心地法門、爲是真如心、妄想心、非真非妄心、爲是三乘教外別立心?」師說:「汝見目前虛空麼?」說:「信知常在目前、人自不見。」師說:「汝莫認影像。」說:「和尚作麼生?」師以手撥空三下、說:「作麼生即是?」師說:「汝向後會去在。」有一僧來、繞師三匝、振錫而立。師說:「是、是。」(長慶代雲:「和尚佛法身心何在?」)其僧又到南泉、亦繞南泉三匝、振錫而立。南泉說:「不是、不是。此是風力所轉、始終成壞。」僧說:「章敬道是、和尚爲什麼道不是?」南泉說:「章敬即是、是汝不是。」(長慶代雲:「和尚是什麼心行?」雲居錫說:「章敬未必道是、南泉未必道不是。」又說:「這僧當初但持錫出去恰好。」)師有小師行腳回。師問說:「汝離此間多少年耶?」說:「離和尚左右將及八年。」師說:「辦得個什麼?」小師於地畫一圓相。師說:「只這個、更別有?」小師乃畫破圓相、後禮拜。僧問:「四大五蘊身中、阿那一個是本來佛性?」師乃呼僧名。僧應諾。師良久說:「汝無佛性。」唐元和十三年十二月二十二日示滅。建塔於灞水。敕諡大覺禪師、大寶相之塔。

定州柏巖明哲禪師。甞見藥山和尚看經。因語之曰。和尚莫猱人好。藥山置經云。日頭早晚也。師雲。正當午也。藥山雲。猶有文采在。師雲。某甲無亦無。藥山雲。老兄好聰明。師雲。某甲只恁麼和尚作麼生。藥山雲。跛跛挈挈百醜千拙。且恁麼過時。

定州柏巖明哲禪師、嘗見藥山和尚看經、因對他說:「和尚莫猱人好。」藥山置經說:「日頭早晚也。」師說:「正當午也。」藥山說:「猶有文采在。」師說:「某甲無亦無。」藥山說:「老兄好聰明。」師說:「某甲只恁麼、和尚作麼生?」藥山說:「跛跛挈挈、百醜千拙、且恁麼過時。」

信州鵝湖大義禪師者。衢州須江人也。姓徐氏。李翱甞問師。大悲用千手眼作麼。師雲。今上用公作麼。有一僧乞置塔。李尚書問雲。教中不許將屍塔下過。又作麼生。無對。僧卻來問師。師雲。他得大闡提。唐憲宗甞詔入內。於麟德殿論議。有一法師問。如何是四諦。師雲。聖上一帝三帝何在。又問。欲界無禪禪居色界。此土憑何而立禪。師雲。法師只知欲界無禪。不知禪界無欲。法師雲。如何是禪。師以手點空。法師無對。帝雲。法師講無窮經論。只遮一點尚不奈何。師卻問諸碩德曰。行住坐臥畢竟以何為道。有對曰。知者是道。師曰。不可以智知。不可以識識。安得知者是道乎。有對無分別是道。師曰。善能分別諸法相。於第一義而不動安得無分別是道乎。有對。四禪八定是道。師曰。佛身無為不墮諸數。安在四禪八定耶。眾皆杜口。師又舉。順宗問尸利禪師。大地眾生如何得見性成佛。尸利雲。佛性猶如水中月。可見不可取。因謂帝曰。佛性非見心見。水中月如何攖取。帝乃問。何者是佛性。師對曰。不離陛下所問。帝默契真宗益加欽重。師於元和十三年正月七日歸寂。壽七十四。勅諡慧覺禪師見性之塔。

信州鵝湖大義禪師、衢州須江人、姓徐。李翱嘗問師:「大悲用千手眼作麼?」師說:「今上用公作麼?」有一僧乞置塔。李尚書問說:「教中不許將屍塔下過、又作麼生?」無對。僧卻來問師。師說:「他得大闡提。」唐憲宗嘗詔入うち、於麟德殿論議。有一法師問:「如何是四諦?」師說:「聖上一帝、三帝何在?」又問:「欲界無禪、禪居色界。此土憑何而立禪?」師說:「法師只知欲界無禪、不知禪界無慾。」法師說:「如何是禪?」師以手點空。法師無對。帝說:「法師講無窮經論、只這一點尚不奈何。」師卻問諸碩德說:「行住坐臥、畢竟以何爲道?」有對說:「知者是道。」師說:「不可以智知、不可以識識、安得知者是道乎?」有對:「無分別是道。」師說:「善能分別諸法相、於第一義而不動、安得無分別是道乎?」有對:「四禪八定是道。」師說:「佛身無爲、不墮諸數、安在四禪八定耶?」衆皆杜口。師又舉:順宗問尸利禪師:「大地衆生如何得見性成佛?」尸利說:「佛性猶如水中月、可見不可取。」因謂帝說:「佛性非見心見、水中月如何攫取?」帝乃問:「何者是佛性?」師對說:「不離陛下所問。」帝默契真宗、益加欽重。師於元和十三年正月七日歸寂。壽七十四。敕諡慧覺禪師、見性之塔。

伊闕伏牛山自在禪師者。吳興人也。姓李氏。初依徑山國一禪師受具。後於南康見大寂發明心地。因為大寂送書於忠國師。國師問曰。馬大師以何示徒。對曰。即心即佛。國師曰。是甚麼語話。良久又問曰。此外更有什麼言教。師曰。非心非佛。或雲不是心不是佛。不是物。國師曰。猶較些子。師曰。馬大師即恁麼。未審和尚此間如何。國師曰。三點如流水。曲似刈禾鎌。師後隱於伏牛山。一日謂眾曰。即心即佛。是無病求病句。非心非佛。是藥病對治句。僧問。如何是脫灑底句。師曰。伏牛山下古今傳。師後於隨州開元寺示滅。壽八十一。

伊闕伏牛山自在禪師、吳興人、姓李。初依徑山國一禪師受具、後於南康見大寂、發明心地。因爲大寂送書於忠國師。國師問說:「馬大師以何示徒?」對說:「即心即佛。」國師說:「是甚麼語話?」良久又問說:「此外更有什麼言教?」師說:「非心非佛。或雲不是心、不是佛、不是物。」國師說:「猶較些子。」師說:「馬大師即恁麼、未審和尚此間如何?」國師說:「三點如流水、曲似刈禾鐮。」師後隱於伏牛山。一日謂衆說:「即心即佛、是無病求病句。非心非佛、是藥病對治句。」僧問:「如何是脫灑底句?」師說:「伏牛山下古今傳。」師後於隨州開元寺示滅。壽八十一。

幽州盤山寶積禪師。僧問。如何是道。師曰出。僧曰。學人未領旨在。師曰去。師上堂示眾曰。心若無事萬象不生。意絕玄機纖塵何立。道本無體因道而立名。道本無名因名而得號。若言即心即佛。今時未入玄微。若言非心非佛。猶是指蹤之極則。向上一路千聖不傳。學者勞形如猿捉影。夫大道無中復誰先後。長空絕際何用稱量。空既如斯道復何說。夫心月孤圓光吞萬象。光非照境境亦非存。光境俱亡復是何物。禪德。譬如擲劍揮空。莫論及之不及。斯乃空輪無跡劍刃無虧。若能如是心心無知。全心即佛全佛即人。人佛無異始為道矣。禪德。可中學道。似地擎山不知山之孤峻。如石含玉不知玉之無瑕。若如此者是名出家。故導師雲。法本不相礙。三際亦復然。無為無事人。猶是金鎖難。所以靈源獨耀道絕無生。大智非明真空無跡。真如凡聖皆是夢言。佛及涅槃並為增語禪德。且須自看無人替代。三界無法何處求心。四大本空佛依何住。璿機不動寂爾無言。覿面相呈更無餘事。珍重。師將順世。告眾曰。有人貌得吾真否。眾皆將寫得真呈師。師皆打之。弟子普化出曰。某甲貌得。師曰。何不呈似老僧。普化乃打筋斗而出。師曰。遮漢向後如風狂接人去在。師既奄化。勅諡凝寂大師真際之塔。

幽州盤山寶積禪師。僧問:「如何是道?」師說:「出。」僧說:「學人未領旨在。」師說:「去。」師上堂示衆說:「心若無事、萬象不生。意絕玄機、纖塵何立。道本無體、因道而立名。道本無名、因名而得號。若言即心即佛、今時未入玄微。若言非心非佛、猶是指蹤之極則。向上一路、千聖不傳。學者勞形、如猿捉影。夫大道無中、復誰先後。長空絕際、何用稱量。空既如斯、道復何說。夫心月孤圓、光吞萬象。光非照境、境亦非存。光境俱亡、復是何物。禪德。譬如擲劍揮空、莫論及之不及。斯乃空輪無跡、劍刃無虧。若能如是、心心無知。全心即佛、全佛即人。人佛無異、始爲道矣。禪德。可中學道、似地擎山、不知山之孤峻;如石含玉、不知玉之無瑕。若如此者、是名出家。故導師說:法本不相礙、三際亦復然。無爲無事人、猶是金鎖難。所以靈源獨耀、道絕無生。大智非明、真空無跡。真如凡聖、皆是夢言。佛及涅槃、併爲增語。禪德。且須自看、無人替代。三界無法、何處求心。四大本空、佛依何住。璇機不動、寂爾無言。覿面相呈、更無餘事。珍重。」師將順世、告衆說:「有人貌得吾真否?」衆皆將寫得真呈師。師皆打之。弟子普化出說:「某甲貌得。」師說:「何不呈似老僧?」普化乃打筋斗而出。師說:「這漢向後如風狂接人去在。」師既奄化。敕諡凝寂大師、真際之塔。

毘陵芙蓉山太毓禪師者。金陵人也。姓范氏。年十二禮牛頭山第六世忠禪師落髮。二十三於京兆安國寺受具。後遇大寂密傳祖意。唐元和十三年止毘陵義興芙蓉山。一日因行食與龐居士。居士接食次。師雲。生心受施淨名早訶。去此一機居士還甘否。居士雲。當時善現豈不作家。師雲。非關他事。居士雲。食到口邊被他奪卻。師乃下食。居士雲。不消一句。居士又問師。馬大師著實為人處。還分付吾師否。師雲。某甲尚未見他。作麼知他著實處。居士雲。只此見知也無討處。師雲。居士也不得一向言說。居士雲。一向言說師又失宗。若作兩向三向。師還開得口否。師雲。直似開口不得可謂實也。居士撫掌而出。寶曆中歸齊雲入滅。壽八十。臘五十八。大和二年追諡大寶禪師楞伽之塔。

毗陵芙蓉山太毓禪師、金陵人、姓範。年十二禮牛頭山第六世忠禪師落髮、二十三於京兆安國寺受具。後遇大寂、密傳祖意。唐元和十三年止毗陵義興芙蓉山。一日因行食與龐居士。居士接食次、師說:「生心受施、淨名早訶。去此一機、居士還甘否?」居士說:「當時善現豈不作家。」師說:「非關他事。」居士說:「食到口邊被他奪卻。」師乃下食。居士說:「不消一句。」居士又問師:「馬大師着實爲人處、還分付吾師否?」師說:「某甲尚未見他、作麼知他着實處?」居士說:「只此見知也無討處。」師說:「居士也不得一向言說。」居士說:「一向言說、師又失宗。若作兩向三向、師還開得口否?」師說:「直似開口不得、可謂實也。」居士撫掌而出。寶曆中歸齊雲入滅。壽八十、臘五十八。大和二年追諡大寶禪師、楞伽之塔。

蒲州麻谷山寶徹禪師。一日隨馬祖行次問。如何是大涅槃。祖雲急。師雲。急箇什麼。祖雲。看水。師與丹霞遊山次。見水中魚以手指之。丹霞雲。天然天然。師至來日又問丹霞。昨日意作麼生。丹霞乃放身作臥勢。師雲。蒼天。又與丹霞行至麻谷山。師雲。某甲向遮裡住也。丹霞雲。住即且從還。有那箇也無。師雲。珍重。有僧問雲。十二分教某甲不疑。如何是祖師西來意。師乃起立以杖繞身一轉翹一足雲。會麼。僧無對。師打之。僧問。如何是佛法大意。師默然(其僧又問石霜此意如何。石霜雲。主人勤拳帶累闍梨拖泥涉水)耽源問。十二面觀音是凡是聖。師雲。是聖。耽源乃打師一摑。師雲。知汝不到遮箇境界。

蒲州麻谷山寶徹禪師。一日隨馬祖行次、問:「如何是大涅槃?」祖說:「急。」師說:「急個什麼?」祖說:「看水。」師與丹霞遊山次、見水中魚、以手指之。丹霞說:「天然、天然。」師至來日又問丹霞:「昨日意作麼生?」丹霞乃放身作臥勢。師說:「蒼天。」又與丹霞行至麻谷山。師說:「某甲向這裏住也。」丹霞說:「住即且從還、有那一個也無?」師說:「珍重。」有僧問說:「十二分教某甲不疑、如何是祖師西來意?」師乃起立、以杖繞身一轉、翹一足說:「會麼?」僧無對。師打之。僧問:「如何是佛法大意?」師默然(其僧又問石霜此意如何。石霜說:「主人勤拳、帶累闍梨拖泥涉水。」)。耽源問:「十二面觀音是凡是聖?」師說:「是聖。」耽源乃打師一摑。師說:「知汝不到這個境界。」

杭州鹽官鎮國海昌院齊安禪師者。海門郡人也。姓李氏。生時神光照室。復有異僧謂之曰。建無勝幢使佛日迴照者。豈非汝乎。遂依本郡雲琮禪師落髮受具。後聞大寂行化於龔公山。乃振錫而造焉。師有奇相。大寂一見深器異之。乃命入室密示正法。僧問。如何是本身盧舍那佛。師雲。與我將那箇銅缾來。僧即取淨缾來。師雲。卻送本處安置。其僧送缾本處了。卻來再徵前語。師雲。古佛也過去久矣。有講僧來參。師問雲。坐主蘊何事業。對雲。講華嚴經。師雲。有幾種法界。對雲。廣說則重重無盡。略說有四種法界。師豎起拂子云。遮箇是第幾種法界。坐主沈吟徐思其對。師雲。思而知慮而解。是鬼家活計日下孤燈。果然失照(保福聞雲。若禮拜即吃和尚棒。禾山代雲。某甲不煩和尚莫怪。法眼代撫掌三下)僧問大梅。如何是西來意。大梅雲。西來無意。師聞乃雲。一箇棺材兩箇死屍(玄沙雲。鹽官是作家)師喚侍者雲。將犀牛扇子來。侍者雲。破也。師雲。扇子破還我犀牛來。侍者無對(投子代雲。不辭將出恐頭角不全。資福代作圓相心中書牛字。石霜代雲。若還和尚即無也。保福雲。和尚年尊別請人好)師一日謂眾曰。虛空為鼓須彌為椎。什麼人打得。眾無對(有人舉似南泉。南泉雲。王老師不打遮破鼓。法眼別雲。王老師不打)有法空禪師到請問經中諸義。師一一答了卻雲。自禪師到來貧道總未得作主人。法空雲。請和尚更作主人。師雲。今日夜也。且歸本位安置明日卻來。法空下去。至明旦師令沙彌屈法空禪師。法空至。師顧沙彌曰。咄遮沙彌不了事。教屈法空禪師。卻屈得箇守堂家人來。法空無語。法昕院主來參。師問。汝是誰。對雲法昕。師雲。我不識汝。昕無語。師後不疾宴坐示滅。勅諡悟空禪師。

杭州鹽官鎮國海昌院齊安禪師、海門郡人、姓李。生時神光照室。復有異僧對他說:「建無勝幢、使佛日回照者、豈非汝乎?」遂依本郡雲琮禪師落髮受具。後聞大寂行化於龔公山、乃振錫而造焉。師有奇相、大寂一見深器異之、乃命入室、密示正法。僧問:「如何是本身盧舍那佛?」師說:「與我將那一個銅瓶來。」僧即取淨瓶來。師說:「卻送本處安置。」其僧送瓶本處了、卻來再徵前語。師說:「古佛也過去久矣。」有講僧來參。師問說:「坐主蘊何事業?」對說:「講《華嚴經》。」師說:「有幾種法界?」對說:「廣說則重重無盡、略說有四種法界。」師豎起拂子說:「這個是第幾種法界?」坐主沉吟、徐思其對。師說:「思而知、慮而解、是鬼家活計、日下孤燈、果然失照。」(保福聞說:「若禮拜即喫和尚棒。」禾山代雲:「某甲不煩和尚莫怪。」法眼代撫掌三下。)僧問大梅:「如何是西來意?」大梅說:「西來無意。」師聞乃說:「一個棺材、兩個死屍。」(玄沙說:「鹽官是作家。」)師喚侍者說:「將犀牛扇子來。」侍者說:「破也。」師說:「扇子破、還我犀牛來。」侍者無對(投子代雲:「不辭將出、恐頭角不全。」資福代作圓相、心中書牛字。石霜代雲:「若還和尚即無也。」保福說:「和尚年尊、別請人好。」)。師一日謂衆說:「虛空爲鼓、須彌爲椎、什麼人打得?」衆無對(有人舉似南泉。南泉說:「王老師不打這破鼓。」法眼別雲:「王老師不打。」)。有法空禪師到、請問經中諸義。師一一答了、卻說:「自禪師到來、貧道總未得作主人。」法空說:「請和尚更作主人。」師說:「今日夜也、且歸本位安置、明日卻來。」法空下去。至明旦、師令沙彌屈法空禪師。法空至。師顧沙彌說:「咄、這沙彌不了事。教屈法空禪師、卻屈得個守堂家人來。」法空無語。法昕院主來參。師問:「汝是誰?」對說:「法昕。」師說:「我不識汝。」昕無語。師後不疾、宴坐示滅。敕諡悟空禪師。

婺州五洩山靈默禪師者。毘陵人也。姓宣氏。初謁豫章馬大師。馬接之因披剃受具。後謁石頭遷和尚。先自約曰。若一言相契我即住。不然便去。石頭知是法器即垂開示。師不領其旨告辭而去至門。石頭呼之雲。闍梨師迴顧石頭雲。從生至老只是遮箇漢更莫別求。師言下大悟乃踏折拄杖。棲止焉(洞山雲。當時若不是五洩先師。大難承當。然雖如此。猶涉在途。長慶雲險。玄覺雲。那箇是涉在途處。有僧雲。為伊三寸途中薦得所以在途。玄覺雲。為復薦得自己。為復薦得三寸。若是自己為什麼成三寸。若是三寸為什麼悟去。且道。洞山意旨作麼生。莫亂說子細好)唐貞元初入天台山住白沙道場。復居五洩。僧問。何物大於天地。師雲。無人識得伊。僧雲。還可雕琢也無。師雲。汝試下手看。僧問。此箇門中始終事如何。師雲。汝道目前底成來得多少時也。僧雲。學人不會。師雲。我此間無汝問底。僧雲。豈無和尚接人處。師雲。待汝求接我即接。僧雲。便請和尚接。師雲。汝欠少箇什麼。問如何得無心。師雲。傾山覆海晏然靜。地動安眠豈採伊。師元和十三年三月二十三日沐浴焚香端坐告眾雲。法身圓寂示有去來。千聖同源萬靈歸一。吾今漚散胡假興哀。無自勞神須存正念。若遵此命真報吾恩。儻固違言非吾之子。時有僧問。和尚向什麼處去。師曰。無處去。曰某甲何不見。師曰。非眼所覩(洞山雲作家)言畢奄然順化。壽七十有二。臘四十一。

婺州五泄山靈默禪師、毗陵人、姓宣。初謁豫章馬大師。馬接之、因披剃受具。後謁石頭遷和尚。先自約說:「若一言相契我即住、不然便去。」石頭知是法器、即垂開示。師不領其旨、告辭而去、至門。石頭呼之說:「闍梨。」師回顧。石頭說:「從生至老只是這個漢、更莫別求。」師言下大悟、乃踏折拄杖、棲止焉。(洞山說:「當時若不是五泄先師、大難承當。然雖如此、猶涉在途。」長慶說:「險。」玄覺說:「那一個是涉在途處?」有僧說:「爲伊三寸途中薦得、所以在途。」玄覺說:「爲復薦得自己、爲復薦得三寸?若是自己、爲什麼成三寸?若是三寸、爲什麼悟去?且道洞山意旨作麼生。莫亂說、子細好。」)唐貞元初入天台山、住白沙道場、復居五泄。僧問:「何物大於天地?」師說:「無人識得伊。」僧說:「還可雕琢也無?」師說:「汝試下手看。」僧問:「此個門中始終事如何?」師說:「汝道目前底成來得多少時也。」僧說:「學人不會。」師說:「我此間無汝問底。」僧說:「豈無和尚接人處?」師說:「待汝求接我即接。」僧說:「便請和尚接。」師說:「汝欠少個什麼?」問:「如何得無心?」師說:「傾山覆海晏然靜、地動安眠豈採伊。」師元和十三年三月二十三日沐浴焚香、端坐告衆說:「法身圓寂、示有去來。千聖同源、萬靈歸一。吾今漚散、胡假興哀。無自勞神、須存正念。若遵此命、真報吾恩。倘固違言、非吾之子。」時有僧問:「和尚向什麼處去?」師說:「無處去。」說:「某甲何不見?」師說:「非眼所睹。」(洞山說:「作家。」)言畢奄然順化。壽七十有二、臘四十一。

明州大梅山法常禪師者。襄陽人也。姓鄭氏。幼歲從師於荊州玉泉寺。初參大寂。問如何是佛。大寂雲。即心是佛。師即大悟。唐貞元中居於天台山餘姚南七十里。梅子真舊隱。時鹽官會下一僧入山採拄杖。迷路至庵所。問曰。和尚在此山來多少時也。師曰。只見四山青又黃。又問。出山路向什麼處去。師曰。隨流去。僧歸說似鹽官。鹽官曰。我在江西時曾見一僧。自後不知消息。莫是此僧否。遂令僧去請出師。師有偈曰。

明州大梅山法常禪師、襄陽人、姓鄭。幼歲從師於荊州玉泉寺。初參大寂、問:「如何是佛?」大寂說:「即心是佛。」師即大悟。唐貞元中居於天台山餘姚南七十里、梅子真舊隱。時鹽官會下一僧入山採拄杖、迷路至庵所。問說:「和尚在此山來多少時也?」師說:「只見四山青又黃。」又問:「出山路向什麼處去?」師說:「隨流去。」僧歸說似鹽官。鹽官說:「我在江西時曾見一僧、自後不知消息、莫是此僧否?」遂令僧去請出師。師有偈說:

摧殘枯木倚寒林幾度逢春不變心

摧殘枯木倚寒林、幾度逢春不變心。

樵客遇之猶不顧郢人那得苦追尋

樵客遇之猶不顧、郢人那得苦追尋。

大寂聞師住山。乃令一僧到問雲。和尚見馬師得箇什麼便住此山。師雲。馬師向我道即心是佛。我便向遮裡住。僧雲。馬師近日佛法又別。師雲。作麼生別。僧雲。近日又道非心非佛。師雲。遮老漢惑亂人未有了日。任汝非心非佛。我只管即心即佛。其僧迴舉似馬祖。祖雲。大眾。梅子熟也(僧問禾山。大梅恁麼道。意作麼生。禾山雲。真師子兒)自此學者漸臻。師道彌著。師上堂示眾曰。汝等諸人。各自迴心達本莫逐其末。但得其本其末自至。若欲識本唯了自心。此心元是一切世間出世間法根本故。心生種種法生。心滅種種法滅。心且不附一切善惡。而生萬法本自如如。僧問。如何是佛法大意。師雲。蒲華柳絮竹針麻線。夾山與定山同行言話次。定山雲。生死中無佛即非生死。夾山雲。生死中有佛即不迷生死。二人上山參禮。夾山便舉問師。未審二人見處那箇較親。師雲。一親一疎。夾山雲。那箇親。師雲。且去明日來。夾山明日再上問師。師雲。親者不問。問者不親(夾山住後自雲。當時失一隻眼)忽一日謂其徒曰。來莫可抑往莫可追。從容間復聞鼯鼠聲。師雲。即此物非他物。汝等諸人善護持之。吾今逝矣。言訖示滅。壽八十八。臘六十有九。智覺禪師延壽讚曰。

大寂聞師住山、乃令一僧到問說:「和尚見馬師得個什麼、便住此山?」師說:「馬師向我道即心是佛、我便向這裏住。」僧說:「馬師近日佛法又別。」師說:「作麼生別?」僧說:「近日又道非心非佛。」師說:「這老漢惑亂人未有了日。任汝非心非佛、我只管即心即佛。」其僧回舉似馬祖。祖說:「大衆、梅子熟也。」(僧問禾山:「大梅恁麼道、意作麼生?」禾山說:「真師子兒。」)自此學者漸臻、師道彌著。師上堂示衆說:「汝等諸人、各自迴心達本、莫逐其末。但得其本、其末自至。若欲識本、唯了自心。此心元是一切世間、出世間法根本故。心生種種法生、心滅種種法滅。心且不附一切善惡、而生萬法、本自如如。」僧問:「如何是佛法大意?」師說:「蒲花柳絮、竹針麻線。」夾山與定山同行言話次。定山說:「生死中無佛即非生死。」夾山說:「生死中有佛即不迷生死。」二人上山參禮。夾山便舉問師:「未審二人見處、那一個較親?」師說:「一親一疏。」夾山說:「那一個親?」師說:「且去、明日來。」夾山明日再上問師。師說:「親者不問、問者不親。」(夾山住後自說:「當時失一隻眼。」)忽一日謂其徒說:「來莫可抑、往莫可追。」從容間復聞鼯鼠聲。師說:「即此物非他物。汝等諸人善護持之。吾今逝矣。」言訖示滅。壽八十八、臘六十有九。智覺禪師延壽贊說:

師初得道即心是佛最後示徒

師初得道、即心是佛。最後示徒、

物非他物窮萬法源徹千聖骨

物非他物。窮萬法源、徹千聖骨。

真化不移何妨出沒

真化不移、何妨出沒。

京兆興善寺惟寬禪師者。衢州信安人也。姓祝氏。年十三見殺生者。衋然不忍食。乃求出家。初習毘尼修止觀。後參大寂乃得心要。唐貞元六年始行化於吳越間。八年至鄱陽山。神求受八戒。十三年止嵩山少林寺。僧問。如何是道。師雲。大好山。僧雲。學人問道。師何言好山。師雲。汝只識好山何曾達道。問狗子還有佛性否。師雲有。僧雲。和尚還有否。師雲。我無。僧雲。一切眾生皆有佛性。和尚因何獨無。師雲。我非一切眾生。僧雲。既非眾生是佛否。師雲。不是佛。僧雲。究竟是何物。師雲。亦不是物。僧雲。可見可思否。師雲。思之不及議之不得。故云不可思議。元和四年憲宗詔至闕下。白居易嘗詣師問曰。既曰禪師何以說法。師曰。無上菩提者。被於身為律。說於口為法。行於心為禪。應用者三其致一也。譬如江河淮漢在處立名。名雖不一水性無二。律即是法。法不離禪。云何於中妄起分別。又問。既無分別何以修心。師雲。心本無損傷。云何要修理。無論垢與淨。一切勿起念。又問。垢即不可念。淨無念可乎。師曰。如人眼睛上。一物不可住。金屑雖珍寶。在眼亦為病。又問。無修無念又何異凡夫耶。師曰。凡夫無明二乘執著。離此二病是曰真修。真修者不得勤不得忘勤即近執著。忘即落無明。此為心要雲爾。有僧問。道在何處。師曰。只在目前。曰我何不見。師曰。汝有我故所以不見。曰我有我故即不見。和尚見否。師曰。有汝有我展轉不見。曰無我無汝還見否。師曰。無汝無我阿誰求見。元和十二年二月晦日升堂說法訖就化。壽六十三。臘三十九。歸葬於㶚陵西原。勅諡大徹禪師元和正真之塔。

京兆興善寺惟寬禪師、衢州信安人、姓祝。年十三見殺生者、衋然不忍食、乃求出家。初習毗尼、修止觀。後參大寂、乃得心要。唐貞元六年始行化於吳越間。八年至鄱陽山、神求受八戒。十三年止嵩山少林寺。僧問:「如何是道?」師說:「大好山。」僧說:「學人問道、師何言好山?」師說:「汝只識好山、何曾達道。」問:「狗子還有佛性否?」師說:「有。」僧說:「和尚還有否?」師說:「我無。」僧說:「一切衆生皆有佛性、和尚因何獨無?」師說:「我非一切衆生。」僧說:「既非衆生、是佛否?」師說:「不是佛。」僧說:「究竟是何物?」師說:「亦不是物。」僧說:「可見可思否?」師說:「思之不及、議之不得、所以說不可思議。」元和四年憲宗詔至闕下。白居易嘗詣師問說:「既曰禪師、何以說法?」師說:「無上菩提者、被於身爲律、說於口爲法、行於心爲禪。應用者三、其致一也。譬如江河淮漢、在處立名。名雖不一、水性無二。律即是法、法不離禪。云何於中妄起分別?」又問:「既無分別、何以修心?」師說:「心本無損傷、云何要修理。無論垢與淨、一切勿起念。」又問:「垢即不可念、淨無念可乎?」師說:「如人眼睛上、一物不可住。金屑雖珍寶、在眼亦爲病。」又問:「無修無念、又何異凡夫耶?」師說:「凡夫無明、二乘執着。離此二病、是曰真修。真修者不得勤、不得忘。勤即近執着、忘即落無明。此爲心要云爾。」有僧問:「道在何處?」師說:「只在目前。」說:「我何不見?」師說:「汝有我故、所以不見。」說:「我有我故即不見、和尚見否?」師說:「有汝有我、展轉不見。」說:「無我無汝還見否?」師說:「無汝無我、阿誰求見?」元和十二年二月晦日升堂說法訖就化。壽六十三、臘三十九。歸葬於灞陵西原。敕諡大徹禪師、元和正真之塔。

湖南東寺如會禪師者。始興曲江人也。初謁徑山後參大寂。學徒既眾。僧堂內床榻為之陷折。時稱折床會也。自大寂去世。師常患門徒以即心即佛之譚誦憶不已。且謂佛於何住而曰即心。心如畫師而云即佛。遂示眾曰。心不是佛智不是道。劍去遠矣爾方刻舟。時號東寺為禪窟焉。相國崔公群出為湖南觀察使。見師問曰。師以何得。師曰見性得。師方病眼。公譏曰。既雲見性。其奈眼何。師曰。見性非眼眼病何害。公稽首謝之(法眼別雲。是相公眼)師問南泉。近離什麼處來。雲江西。師雲。將得馬師真來否。泉雲。只遮是。師雲。背後底聻。無對(長慶代雲。太似不知。保福雲。幾不到和尚此間。雲居錫雲。此二尊者盡扶背後。只如南泉休去。為當扶面前扶背後)崔相公入寺。見鳥雀於佛頭上放糞。乃問師曰。鳥雀還有佛性也無。師雲有。崔雲。為什麼向佛頭上放糞。師雲。是伊為什麼不向鷂子頭上放。仰山來參。師雲。已相見了更不用上來。仰山雲。恁麼相見莫不當否。師歸方丈閉卻門。仰山歸舉似溈山。溈山雲。寂子是什麼心行。仰山雲。若不恁麼爭識得他。復有人問師曰。某甲擬請和尚開堂得否。師曰。待將物裹石頭煖即得。彼無語(藥山代雲。石頭煖也)唐長慶癸卯歲八月十九日歸寂。壽八十。勅諡傳明大師塔曰永際。

湖南東寺如會禪師、始興曲江人。初謁徑山、後參大寂。學徒既衆、僧堂うち牀榻爲之陷折、時稱折牀會也。自大寂去世、師常患門徒以即心即佛之談誦憶不已、且謂佛於何住而曰即心、心如畫師而云即佛、遂示衆說:「心不是佛、智不是道。劍去遠矣、爾方刻舟。」時號東寺爲禪窟焉。相國崔公羣出爲湖南觀察使、見師問說:「師以何得?」師說:「見性得。」師方病眼。公譏說:「既雲見性、其奈眼何?」師說:「見性非眼、眼病何害。」公稽首謝之(法眼別雲:「是相公眼。」)。師問南泉:「近離什麼處來?」說:「江西。」師說:「將得馬師真來否?」泉說:「只這是。」師說:「背後底呢?」無對(長慶代雲:「太似不知。」保福說:「幾不到和尚此間。」雲居錫說:「此二尊者盡扶背後。只如南泉休去、爲當扶面前、扶背後?」)。崔相公入寺、見鳥雀於佛頭上放糞、乃問師說:「鳥雀還有佛性也無?」師說:「有。」崔說:「爲什麼向佛頭上放糞?」師說:「是伊爲什麼不向鷂子頭上放。」仰山來參。師說:「已相見了、更不用上來。」仰山說:「恁麼相見、莫不當否?」師歸方丈、閉卻門。仰山歸舉似潙山。潙山說:「寂子是什麼心行?」仰山說:「若不恁麼、爭識得他。」復有人問師說:「某甲擬請和尚開堂得否?」師說:「待將物裹石頭暖即得。」彼無語(藥山代雲:「石頭暖也。」)。唐長慶癸卯歲八月十九日歸寂。壽八十。敕諡傳明大師、塔曰永際。

鄂州無等禪師者。尉氏人也。姓李氏。初出家於龔公山。參禮馬大師密受心要。後住隨州土門。嘗謁州牧王常侍者。師退將出門。王後呼之雲和尚。師迴顧王敲柱三下。師以手作圓相。復三撥之便行。師後住武昌大寂寺。一日大眾晚參。師見人人上來。師前道不審。乃謂眾曰。大眾適來聲向什麼處去也。有一僧竪起指頭。師雲。珍重。其僧至來朝上參次。師乃轉身面壁而臥。佯作呻吟聲雲。老僧三兩日來不多安樂。大德身邊有什麼藥物。與老僧些少。僧以手拍淨缾雲。遮箇淨缾什麼處得來。師雲。遮箇是老僧底。大德底在什麼處。僧雲。亦是和尚底。亦是某甲底。唐大和四年十月示滅壽八十二。

鄂州無等禪師、尉氏人、姓李。初出家於龔公山、參禮馬大師、密受心要。後住隨州土門。嘗謁州牧王常侍。師退將出門、王后呼之說:「和尚。」師回顧、王敲柱三下。師以手作圓相、復三撥之便行。師後住武昌大寂寺。一日大衆晚參。師見人人上來、師前道「不審」。乃謂衆說:「大衆適來聲向什麼處去也?」有一僧豎起指頭。師說:「珍重。」其僧至來朝上參次、師乃轉身面壁而臥、佯作呻吟聲說:「老僧三兩日來不多安樂。大德身邊有什麼藥物、與老僧些少。」僧以手拍淨瓶說:「這個淨瓶什麼處得來?」師說:「這個是老僧底。大德底在什麼處?」僧說:「亦是和尚底、亦是某甲底。」唐大和四年十月示滅、壽八十二。

廬山歸宗寺智常禪師。上堂雲。從上古德不是無知解。他高尚之士不同常流。今時不能自成自立虛度時光。諸子莫錯用心。無人替汝。亦無汝用心處。莫就他覓。從前只是依他解。發言皆滯。光不透脫。只為目前有物。僧問。如何是玄旨。師雲。無人能會。僧雲。曏者如何。師雲。有向即乖。僧雲。不向者如何。師雲。誰求玄旨。又云。去無汝用心處。僧雲。豈無方便門令學人得入。師雲。觀音妙智力能救世間苦。僧雲。如何是觀音妙智力。師敲鼎蓋三下雲。子還聞否。僧雲聞。師雲。我何不聞。僧無語。師以棒趁下。師嘗與南泉同行。後忽一日相別。煎茶次南泉問雲。從前與師兄商量語句彼此已知。此後或有人問畢竟事作麼生。師雲。遮一床地大好卓庵。泉雲。卓庵且置。畢竟事作麼生。師乃打卻茶銚便起。泉雲。師兄吃茶了。普願未曾吃茶。師雲。作遮箇語話。滴水也銷不得。僧問。此事久遠如何用心。師雲。牛皮鞔露柱。露柱啾啾叫。凡耳聽不聞。說聖呵呵笑師因俗官來。乃拈起帽子兩帶雲。還會麼。俗官雲。不會。師雲。莫怪老僧頭風不卸帽子。師入園取菜次。師畫圓相圍卻一株。語眾雲。輒不得動著遮箇。眾不敢動。少頃師復來見菜猶在。便以棒趁眾僧雲。遮一隊漢無一箇有智慧底。師問新到僧。什麼處來。師雲。鳳翔來。師雲。還將得那箇來否。僧雲。將得來。師雲。在什麼處。僧以手從頂擎捧呈之。師即舉手作接勢拋向背後。僧無語。師雲。遮野狐兒。師剗草次有講僧來參。忽有一蛇過師以鋤斷之。僧雲。久響歸宗元來是箇麁行沙門。師雲。坐主歸茶堂內吃茶去。雲巖來參。師作挽弓勢。巖良久作拔劍勢。師雲。來太遲生。有僧辭去。師喚近前來。吾為汝說佛法。僧近前。師雲。汝諸人盡有事在。汝異時卻來遮裡無人識汝。時寒途中善為去。師上堂雲。吾今欲說禪。諸子總近前。大眾進前。

廬山歸宗寺智常禪師。上堂說:「從上古德不是無知解。他高尚之士、不同常流。今時不能自成自立、虛度時光。諸子莫錯用心。無人替汝、亦無汝用心處。莫就他覓。從前只是依他解、發言皆滯、光不透脫、只爲目前有物。」僧問:「如何是玄旨?」師說:「無人能會。」僧說:「曏者如何?」師說:「有向即乖。」僧說:「不向者如何?」師說:「誰求玄旨?」又說:「去。無汝用心處。」僧說:「豈無方便門令學人得入?」師說:「觀音妙智力、能救世間苦。」僧說:「如何是觀音妙智力?」師敲鼎蓋三下說:「子還聞否?」僧說:「聞。」師說:「我何不聞?」僧無語。師以棒趁下。師嘗與南泉同行、後忽一日相別。煎茶次、南泉問說:「從前與師兄商量語句、彼此已知。此後或有人問、畢竟事作麼生?」師說:「這一牀地大好卓庵。」泉說:「卓庵且置、畢竟事作麼生?」師乃打卻茶銚便起。泉說:「師兄喫茶了、普願未曾喫茶。」師說:「作這個語話、滴水也銷不得。」僧問:「此事久遠、如何用心?」師說:「牛皮鞔露柱、露柱啾啾叫。凡耳聽不聞、說聖呵呵笑。」師因俗官來、乃拈起帽子兩帶說:「還會麼?」俗官說:「不會。」師說:「莫怪老僧頭風、不卸帽子。」師入園取菜次、師畫圓相圍卻一株、語衆說:「輒不得動着這個。」衆不敢動。少頃師復來、見菜猶在、便以棒趁衆僧說:「這一隊漢、無一個有智慧底。」師問新到僧:「什麼處來?」僧說:「鳳翔來。」師說:「還將得那一個來否?」僧說:「將得來。」師說:「在什麼處?」僧以手從頂擎捧呈之。師即舉手作接勢、拋向背後。僧無語。師說:「這野狐兒。」師剷草次、有講僧來參。忽有一蛇過、師以鋤斷之。僧說:「久響歸宗、元來是個粗行沙門。」師說:「坐主歸茶堂うち喫茶去。」雲巖來參。師作挽弓勢。巖良久作拔劍勢。師說:「來太遲生。」有僧辭去。師喚近前來:「吾爲汝說佛法。」僧近前。師說:「汝諸人盡有事在。汝異時卻來這裏、無人識汝。時寒、途中善爲。去。」師上堂說:「吾今欲說禪、諸子總近前。」大衆進前。

師雲。汝聽觀音行善應諸方所。僧問。如何是觀音行。師乃彈指雲。諸人還聞否。僧曰聞。師雲。一隊漢向遮裡覓什麼。以棒趁出。大笑歸方丈。僧問。初心如何得箇入處。師敲鼎蓋三下雲。還聞否。僧雲聞。師雲。我何不聞。師又敲三下問。還聞否。僧雲。不聞。師雲。我何以聞。僧無語。師雲。觀音妙智力能救世間苦。江州刺史李渤問師曰。教中所言須彌納芥子。渤即不疑。芥子納須彌莫是妄譚否。師曰。人傳使君讀萬卷書籍還是否。李曰然。師曰。摩頂至踵如椰子大。萬卷書向何處著。李俛首而已。李異日又問雲。大藏教明得箇什麼邊事。師舉拳示之雲。還會麼。李雲。不會。師雲。遮箇措大。拳頭也不識。李雲請師指示。師雲。遇人即途中授與。不遇即世諦流佈。師以目有重瞳。遂將藥手按摩。以致目眥俱赤。世號赤眼歸宗焉。後示滅。勅諡至真禪師。

師說:「汝聽觀音行、善應諸方所。」僧問:「如何是觀音行?」師乃彈指說:「諸人還聞否?」僧說:「聞。」師說:「一隊漢向這裏覓什麼?」以棒趁出、大笑歸方丈。僧問:「初心如何得個入處?」師敲鼎蓋三下說:「還聞否?」僧說:「聞。」師說:「我何不聞?」師又敲三下、問:「還聞否?」僧說:「不聞。」師說:「我何以聞?」僧無語。師說:「觀音妙智力、能救世間苦。」江州刺史李渤問師說:「教中所言須彌納芥子、渤即不疑。芥子納須彌、莫是妄談否?」師說:「人傳使君讀萬卷書籍、還是否?」李說:「然。」師說:「摩頂至踵如椰子大、萬卷書向何處着?」李俯首而已。李異日又問說:「大藏教明得個什麼邊事?」師舉拳示之說:「還會麼?」李說:「不會。」師說:「這個措大、拳頭也不識。」李說:「請師指示。」師說:「遇人即途中授與、不遇即世諦流佈。」師以目有重瞳、遂將藥手按摩、以致目眥俱赤、世號赤眼歸宗焉。後示滅。敕諡至真禪師。

景德傳燈錄 卷第七

景德傳燈錄 卷第八

懷讓禪師第二世下五十六人(馬祖法嗣)

懷讓禪師第二世下五十六人(馬祖法嗣)

汾州無業禪師

汾州無業禪師

澧州大同廣澄禪師

澧州大同廣澄禪師

池州南泉普願禪師

池州南泉普願禪師

五臺鄧隱峰禪師

五臺鄧隱峯禪師

溫州佛嶴和尚

溫州佛嶴和尚

烏臼和尚

烏臼和尚

潭州石霜山大善和尚

潭州石霜山大善和尚

石臼和尚

石臼和尚

本谿和尚

本溪和尚

石林和尚

石林和尚

洪州西山亮坐主

洪州西山亮坐主

黑眼和尚

黑眼和尚

米嶺和尚

米嶺和尚

齊峰和尚

齊峯和尚

大陽和尚

大陽和尚

紅螺山和尚

紅螺山和尚

泉州龜洋無了禪師

泉州龜洋無了禪師

利山和尚

利山和尚

韶州乳源和尚

韶州乳源和尚

松山和尚

松山和尚

則川和尚

則川和尚

南嶽西園曇藏禪師

南嶽西園曇藏禪師

百靈和尚

百靈和尚

鎮州金牛和尚

鎮州金牛和尚

洞安和尚

洞安和尚

忻州打地和尚

忻州打地和尚

潭州秀谿和尚

潭州秀溪和尚

磁州馬頭峰神藏禪師

磁州馬頭峯神藏禪師

潭州華林善覺禪師

潭州華林善覺禪師

汀州水塘和尚

汀州水塘和尚

古寺和尚

古寺和尚

江西椑樹和尚

江西椑樹和尚

京兆草堂和尚

京兆草堂和尚

袁州陽岐山甄叔禪師

袁州陽岐山甄叔禪師

濛谿和尚

蒙溪和尚

洛京黑㵎和尚

洛京黑㵎和尚

京兆興平和尚

京兆興平和尚

逍遙和尚

逍遙和尚

福谿和尚

福溪和尚

洪州水老和尚

洪州水老和尚

浮杯和尚

浮杯和尚

潭州龍山和尚

潭州龍山和尚

襄州居士龐蘊(已上四十三人見錄)

襄州居士龐蘊(以上四十三人見録)

天目山明覺禪師

天目山明覺禪師

王屋山行明禪師

王屋山行明禪師

京兆智藏禪師

京兆智藏禪師

大陽山希頂禪師

大陽山希頂禪師

蘇州崑山定覺禪師

蘇州崑山定覺禪師

隨州洪山大師

隨州洪山大師

連州元堤禪師

連州元堤禪師

泉州無了禪師

泉州無了禪師

泉州慧忠禪師

泉州慧忠禪師

安豐山懷空禪師

安豐山懷空禪師

羅浮山道行禪師

羅浮山道行禪師

廬山法藏禪師

廬山法藏禪師

呂後山寧賁禪師(已上一十三人無機緣語句不錄)

呂后山寧賁禪師(以上一十三人無機縁語句は収録せず)

懷讓禪師第二世法嗣

懷讓禪師第二世法嗣

汾州無業禪師者。商州上洛人也。姓杜氏。初母李氏聞空中言寄居得否。乃覺有娠。誕生之夕神光滿室。俯及丱歲行必直視坐即跏趺。九歲依開元寺志本禪師受大乘經。五行俱下諷誦無遺。十二落髮。二十受具戒於襄州幽律師。習四分律疏。才終便能敷演。每為眾僧講涅槃大部。冬夏無廢。後聞馬大師禪門鼎盛。特往瞻禮。馬祖覩其狀貌瓌偉語音如鐘。乃曰。巍巍佛堂其中無佛。師禮跪而問曰。三乘文學麁窮其旨。常聞禪門即心是佛。實未能了。馬祖曰。只未了底心即是。更無別物。師又問。如何是祖師西來密傳心印。祖曰。大德正鬧在。且去別時來。師才出。祖召曰。大德。師迴首。祖雲。是什麼。師便領悟禮拜。祖雲。遮鈍漢禮拜作麼(雲居錫拈雲。什麼處是汾州正閙)自得旨尋詣曹谿禮祖塔及廬嶽天台遍尋聖跡。自洛抵雍憩西明寺。僧眾舉請充兩街大德。師曰。非吾本志也。後至上黨。節度使李抱真重師名行旦夕瞻奉。師常有倦色。謂人曰。吾本避上國浩穰。今復煩接君俟。豈吾心哉。乃之縣上抱腹山。未久又往清涼金閣寺。重閱大藏周八稔而畢。復南下至於西河。刺史董叔纏請住開元精舍。師曰。吾緣在此矣。繇是雨大法雨垂二十載(廣語具別錄)並汾緇白無不嚮化。凡學者致問。師多答之雲。莫妄想。唐憲宗屨遣使徵召。師皆辭疾不赴。暨穆宗即位思一瞻禮。乃命兩街僧錄靈阜等。齎詔迎請。至彼作禮曰。皇上此度恩旨不同常時。願和尚且順天心。不可言疾也。師微笑曰。貧道何德累煩世主。且請前行吾從別道去矣。乃沐身剃髮。至中夜告弟子惠愔等曰。汝等見聞覺知之性。與太虛同壽不生不滅。一切境界本自空寂。無一法可得。迷者不了即為境惑。一為境惑流轉不窮。汝等當知。心性本自有之。非因造作。猶如金剛不可破壞。一切諸法如影如響無有實者。故經云。唯有一事實餘二即非真。

汾州無業禪師、商州上洛人、姓杜。初母李氏聞空中言「寄居得否」、乃覺有娠。誕生之夕、神光滿室。俯及丱歲、行必直視、坐即跏趺。九歲依開元寺志本禪師受大乘經、五行俱下、諷誦無遺。十二落髮。二十受具戒於襄州幽律師。習《四分律疏》、才終便能敷演。每爲衆僧講《涅槃》大部、冬夏無廢。後聞馬大師禪門鼎盛、特往瞻禮。馬祖睹其狀貌瑰偉、語音如鍾、乃說:「巍巍佛堂、そのうち無佛。」師禮跪而問說:「三乘文學、粗窮其旨。常聞禪門即心是佛、實未能了。」馬祖說:「只未了底心即是、更無別物。」師又問:「如何是祖師西來密傳心印?」祖說:「大德正鬧在。且去、別時來。」師纔出、祖召說:「大德。」師回首。祖說:「是什麼?」師便領悟、禮拜。祖說:「這鈍漢禮拜作麼?」(雲居錫拈說:「什麼處是汾州正鬧?」)自得旨、尋詣曹溪禮祖塔、及廬嶽、天台、遍尋聖蹟。自洛抵雍、憩西明寺。僧衆舉請充兩街大德。師說:「非吾本志也。」後至上黨。節度使李抱真重師名行、旦夕瞻奉。師常有倦色、謂人說:「吾本避上國浩穰、今復煩接君侯、豈吾心哉。」乃之縣上抱腹山。未久又往清涼金閣寺、重閱大藏、周八稔而畢。復南下至於西河。刺史董叔纏請住開元精舍。師說:「吾緣在此矣。」繇是雨大法雨垂二十載(廣語具別錄)。並汾緇白無不向化。凡學者致問、師多答之說:「莫妄想。」唐憲宗屢遣使徵召、師皆辭疾不赴。暨穆宗即位、思一瞻禮、乃命兩街僧錄靈阜等齎詔迎請。至彼作禮說:「皇上此度恩旨不同常時、願和尚且順天心、不可言疾也。」師微笑說:「貧道何德、累煩世主。且請前行、吾從別道去矣。」乃沐身剃髮。至中夜告弟子惠愔等說:「汝等見聞覺知之性、與太虛同壽、不生不滅。一切境界本自空寂、無一法可得。迷者不了、即爲境惑。一爲境惑、流轉不窮。汝等當知、心性本自有之、非因造作。猶如金剛、不可破壞。一切諸法如影如響、無有實者。故經說:唯有一事實、其餘二即非真。

常了一切空無一物當情。是諸佛用心處。汝等勤而行之。言訖跏趺而逝。荼毘日祥雲五色異香四徹。所獲舍利璨若玉珠。弟子等貯以金棺。當長慶三年十二月二十一日。葬於石塔。壽六十二。臘四十二。勅諡大達國師。塔曰澄源。

常了一切空、無一物當情、是諸佛用心處。汝等勤而行之。」言訖跏趺而逝。荼毗日祥雲五色、異香四徹。所獲舍利璨若玉珠。弟子等貯以金棺。當長慶三年十二月二十一日、葬於石塔。壽六十二、臘四十二。敕諡大達國師、塔曰澄源。

澧州大同廣澄禪師。僧問。如何是六根滅。師雲。輪劍擲空(舊本作雲)無傷於物。問如何是本來人。師雲。共坐不相識。僧雲。恁麼即學人禮謝下去。師雲。暗寫愁腸寄與誰。

澧州大同廣澄禪師。僧問:「如何是六根滅?」師說:「輪劍擲空(舊本作「雲」)、無傷於物。」問:「如何是本來人?」師說:「合わせて坐不相識。」僧說:「恁麼即學人禮謝下去。」師說:「暗寫愁腸寄與誰。」

池州南泉普願禪師者。鄭州新鄭人也。姓王氏。唐至德二年依大隗山大慧禪師受業。三十詣嵩嶽受戒。初習相部舊章。究毘尼篇聚。次遊諸講肆。歷聽楞伽華嚴。入中百門觀精練玄義。後扣大寂之室。頓然忘筌。得遊戲三昧。一日為僧行粥次。馬大師問。桶裡是什麼。師雲。遮老漢合取口作恁麼語話。自餘同參之流無敢徵詰。貞元十一年憩錫於池陽自構禪齋。不下南泉三十餘載。大和初宣城廉使陸公亙嚮師道風。遂與監軍同請下山。伸弟子之禮。大振玄綱。自此學徒不下數百。言滿諸方目為郢匠。一日師示眾雲。道箇如如早是變也。今時師僧須向異類中行。歸宗雲。雖行畜生行。不得畜生報。師雲。孟八郎又恁麼去也。師有時雲。文殊普賢昨夜三更每人與二十棒趁出院也。趙州雲。和尚棒教誰吃。師雲。且道。王老師過在什麼處。趙州禮拜而出(玄覺雲。且道。趙州休去。是肯南泉不肯南泉)師擬取明日遊莊舍。其夜土地神先報莊主。莊主乃預為備。師到問莊主。爭知老僧來排辦如此。莊主雲。昨夜土地報道和尚今日來。師雲。王老師修行無力。被鬼神覷見。有僧便問。和尚既是善知識。為什麼被鬼神覷見。師雲。土地前更下一分飯。(玄覺雲。什麼處是土地前更下一分飯。雲居錫雲。是賞伊罰伊。只如土地前。見是南泉。不是南泉)師有時雲。江西馬祖說即心即佛。王老師不恁麼道。不是心不是佛不是物。恁麼道還有過麼。趙州禮拜而出。時有一僧隨問趙州雲。上座禮拜了便出意作麼生。趙州雲。汝卻問取和尚。僧上問曰。適來諗上座意作麼生。師雲。他卻領得老僧意旨。師一日捧缽上堂。黃檗和尚居第一座。見師不起。師問雲。長老什麼年中行道。黃檗雲。空王佛時。師雲。猶是王老師孫在下去。師一日問黃檗。黃金為世界。白銀為壁落。此是什麼人居處。黃檗雲。是聖人居處。師雲。

池州南泉普願禪師、鄭州新鄭人、姓王。唐至德二年依大隗山大慧禪師受業。三十詣嵩嶽受戒。初習相部舊章、究毗尼篇聚。次遊諸講肆、歷聽《楞伽》《華嚴》、入中百門觀、精練玄義。後扣大寂之室、頓然忘筌、得遊戲三昧。一日爲僧行粥次、馬大師問:「桶裏是什麼?」師說:「這老漢合取口、作恁麼語話。」自餘同參之流無敢徵詰。貞元十一年憩錫於池陽、自構禪齋、不下南泉三十餘載。大和初、宣城廉使陸公亙向師道風、遂與監軍同請下山、伸弟子之禮。大振玄綱。自此學徒不下數百、言滿諸方、目爲郢匠。一日師示衆說:「道個如如、早是變也。今時師僧須向異類中行。」歸宗說:「雖行畜生行、不得畜生報。」師說:「孟八郎又恁麼去也。」師有時說:「文殊普賢昨夜三更每人與二十棒、趁出院也。」趙州說:「和尚棒教誰喫?」師說:「且道王老師過在什麼處?」趙州禮拜而出(玄覺說:「且道趙州休去、是肯南泉、不肯南泉?」)。師擬取明日遊莊舍。其夜土地神先報莊主、莊主乃預爲備。師到、問莊主:「爭知老僧來、排辦如此?」莊主說:「昨夜土地報道和尚今日來。」師說:「王老師修行無力、被鬼神覷見。」有僧便問:「和尚既是善知識、爲什麼被鬼神覷見?」師說:「土地前更下一分飯。」(玄覺說:「什麼處是土地前更下一分飯?」雲居錫說:「是賞伊、罰伊?只如土地前見、是南泉、不是南泉?」)師有時說:「江西馬祖說即心即佛。王老師不恁麼道:不是心、不是佛、不是物。恁麼道還有過麼?」趙州禮拜而出。時有一僧隨問趙州說:「上座禮拜了便出、意作麼生?」趙州說:「汝卻問取和尚。」僧上問說:「適來諗上座意作麼生?」師說:「他卻領得老僧意旨。」師一日捧鉢上堂。黃檗和尚居第一座、見師不起。師問說:「長老什麼年中行道?」黃檗說:「空王佛時。」師說:「猶是王老師孫在、下去。」師一日問黃檗:「黃金爲世界、白銀爲壁落、此是什麼人居處?」黃檗說:「是聖人居處。」師說:「

更有一人居何國土。黃檗乃叉手立。師雲。道不得何不問王老師。黃檗卻問。更有一人居何國土。師雲。可惜許。師又別時問黃檗。定慧等學此理如何。黃檗雲。十二時中不依倚一物。師雲。莫是長老見處麼。黃檗雲。不敢。師雲。漿水價且置。草鞋錢教阿誰還。師見僧斫木。師乃擊木三下。僧放下斧子歸僧堂。師歸法堂。良久卻入僧堂。見前僧在衣缽下坐。師雲。賺殺人。僧問。師歸丈室將何指南。師雲。昨夜三更失卻牛。天明失卻火。師因東西兩堂各爭貓兒。師遇之白眾曰。道得即救取貓兒。道不得即斬卻也。眾無對。師便斬之。趙州自外歸。師舉前語示之。趙州乃脫履安頭上而出。師曰。汝適來若在。即救得貓兒也師在方丈與杉山向火次。師雲。不用指東指西。直下本分事道來。杉山插火著叉手立。師雲。雖然如是。猶較王老師一線道。有僧問訊叉手而立。師雲。太俗生。其僧便合掌。師雲太僧生。僧無對。一僧洗缽次。師乃奪卻缽。其僧即空手而立。師雲。缽在我手裡。汝口喃喃作麼。僧無對。師因入菜園見一僧。師乃將瓦子打之。其僧迴顧。師乃翹足。僧無語。師便歸方丈。僧隨後入問訊雲。和尚適來擲瓦子打某甲。豈不是警覺某甲。師雲。翹足又作麼生。僧無對(後有僧問石霜雲。南泉翹足意作麼生。石霜舉手雲。還恁麼無)師示眾雲。王師老要賣身阿誰要買。一僧出雲。某甲買。師雲。他不作貴價不作賤價。汝作麼生買。僧無對(臥龍代雲。屬某去也。未山代雲。是何道理。趙州代雲明年來與和尚縫箇布衫)師與歸宗麻谷同去參禮南陽國師。師先於路上畫一圓相雲道得即去。歸宗便於圓相中坐。麻谷作女人拜。師雲。恁麼即不去也。歸宗雲。是什麼心行師乃相喚迴不去禮國師(玄覺雲。只如南泉恁麼道。是肯底語不肯語。雲居錫雲。比來去禮拜國師。南泉為什麼卻相喚迴。

更有一人居何國土?」黃檗乃叉手立。師說:「道不得、何不問王老師?」黃檗卻問:「更有一人居何國土?」師說:「可惜許。」師又別時問黃檗:「定慧等學、此理如何?」黃檗說:「十二時中不依倚一物。」師說:「莫是長老見處麼?」黃檗說:「不敢。」師說:「漿水價且置、草鞋錢教阿誰還?」師見僧斫木、師乃擊木三下。僧放下斧子歸僧堂。師歸法堂、良久卻入僧堂、見前僧在衣鉢下坐。師說:「賺殺人。」僧問:「師歸丈室、將何指南?」師說:「昨夜三更失卻牛、天明失卻火。」師因東西兩堂各爭貓兒。師遇之、白衆說:「道得即救取貓兒、道不得即斬卻也。」衆無對。師便斬之。趙州自外歸。師舉前語示之。趙州乃脫履安頭上而出。師說:「汝適來若在、即救得貓兒也。」師在方丈與杉山向火次。師說:「不用指東指西、直下本分事道來。」杉山插火箸、叉手立。師說:「雖然如是、猶較王老師一線道。」有僧問訊、叉手而立。師說:「太俗生。」其僧便合掌。師說:「太僧生。」僧無對。一僧洗鉢次、師乃奪卻鉢。其僧即空手而立。師說:「鉢在我手裏、汝口喃喃作麼?」僧無對。師因入菜園見一僧、師乃將瓦子打之。其僧回顧。師乃翹足。僧無語。師便歸方丈。僧隨後入問訊說:「和尚適來擲瓦子打某甲、豈不是警覺某甲?」師說:「翹足又作麼生?」僧無對(後有僧問石霜說:「南泉翹足意作麼生?」石霜舉手說:「還恁麼無?」)。師示衆說:「王老師要賣身、阿誰要買?」一僧出說:「某甲買。」師說:「他不作貴价、不作賤價、汝作麼生買?」僧無對(臥龍代雲:「屬某去也。」未山代雲:「是何道理。」趙州代雲:「明年來與和尚縫個布衫。」)。師與歸宗、麻谷同去參禮南陽國師。師先於路上畫一圓相、說:「道得即去。」歸宗便於圓相中坐。麻谷作女人拜。師說:「恁麼即不去也。」歸宗說:「是什麼心行?」師乃相喚回、不去禮國師(玄覺說:「只如南泉恁麼道、是肯底語、不肯語?」雲居錫說:「比來去禮拜國師、南泉爲什麼卻相喚回。

且道古人意作麼生)師問神山。作什麼。對雲。打羅。師雲。手打腳打。神山雲。請和尚道。師雲。分明記取舉似作家(洞山別雲。無腳手者。始解打羅)有一坐主辭師。師問。什麼處去。對雲。山下去。師雲。第一不得謗王老師。對雲。爭敢謗和尚。師乃噴水雲。多少。坐主便出去(先雲居雲。非師木意。先曹山雲。賴也。石霜雲。不為人斟酌。長慶雲。請領語。雲居錫雲。坐主當時出去。是會不會)師一日掩方丈門。將灰圍卻門外雲。若有人道得即開。或有祇對多未愜師意。趙州雲。蒼天。師便開門。師因翫月次。有僧便問。幾時得似遮箇去。師雲。王老師二十年前亦恁麼來。僧雲。即今作麼生。師便歸方丈。陸亙大夫問雲。弟子從六合來。彼中還更有身否。師雲。分明記取舉似作家。陸又謂師曰。和尚大不可思議。到處世界皆成就。師雲。適來總是大夫分上事。陸異日又謂師曰。弟子亦薄會佛法。師便問大夫十二時中作麼生。陸雲。寸絲不掛。師雲。猶是階下漢。師又云。不見道。有道君王不納有智之臣。師上堂次。陸大夫雲。請和尚為眾說法。師雲。教老僧作麼生說。陸雲。和尚豈無方便。師雲。道他欠少什麼。陸雲。為什麼有六道四生。師雲。老僧不教他。陸大夫與師見人雙陸。拈起骰子云。恁麼不恁麼。只恁麼信彩去時如何。師拈起骰子云。臭骨頭十八。又問雲。弟子家中有一片石。或時坐或時臥。如今擬鐫作佛還得否。師雲得。大夫雲。莫不得否。師雲。不得不得(雲巖雲坐即佛不坐即非佛。洞山雲。不坐即佛坐即非佛)趙州問。道非物外物外非道。如何是物外道。師便打。趙州捉住棒雲。已後莫錯打人去。師雲。龍蛇易辨衲子難謾師喚院主。院主應諾。師雲。佛九十日在忉利天為母說法。時優填王思佛。請目連運神通三轉攝匠人往彼雕佛像。只雕得三十一相。為什麼梵音相雕不得。

且道古人意作麼生?」)師問神山:「作什麼?」對說:「打羅。」師說:「手打、腳打?」神山說:「請和尚道。」師說:「分明記取、舉似作家。」(洞山別雲:「無腳手者、始解打羅。」)有一坐主辭師。師問:「什麼處去?」對說:「山下去。」師說:「第一不得謗王老師。」對說:「爭敢謗和尚。」師乃噴水說:「多少。」坐主便出去(先雲居說:「非師本意。」(底本作「木意」、「木」爲「本」之訛。)先曹山說:「賴也。」石霜說:「不爲人斟酌。」長慶說:「請領語。」雲居錫說:「坐主當時出去、是會、不會?」)。師一日掩方丈門、將灰圍卻門外、說:「若有人道得即開。」或有隻對、多未愜師意。趙州說:「蒼天。」師便開門。師因玩月次、有僧便問:「幾時得似這個去?」師說:「王老師二十年前亦恁麼來。」僧說:「即今作麼生?」師便歸方丈。陸亙大夫問說:「弟子從六合來、彼中還更有身否?」師說:「分明記取、舉似作家。」陸又謂師說:「和尚大不可思議、到處世界皆成就。」師說:「適來總是大夫分上事。」陸異日又謂師說:「弟子亦薄會佛法。」師便問:「大夫十二時中作麼生?」陸說:「寸絲不掛。」師說:「猶是階下漢。」師又說:「不見道:有道君王不納有智之臣。」師上堂次、陸大夫說:「請和尚爲衆說法。」師說:「教老僧作麼生說?」陸說:「和尚豈無方便?」師說:「道他欠少什麼?」陸說:「爲什麼有六道四生?」師說:「老僧不教他。」陸大夫與師見人雙陸、拈起骰子說:「恁麼不恁麼、只恁麼信彩去時如何?」師拈起骰子說:「臭骨頭十八。」又問說:「弟子家中有一片石、或時坐或時臥。如今擬鐫作佛、還得否?」師說:「得。」大夫說:「莫不得否?」師說:「不得、不得。」(雲巖說:「坐即佛、不坐即非佛。」洞山說:「不坐即佛、坐即非佛。」)趙州問:「道非物外、物外非道。如何是物外道?」師便打。趙州捉住棒說:「已後莫錯打人去。」師說:「龍蛇易辨、衲子難謾。」師喚院主。院主應諾。師說:「佛九十日在忉利天爲母說法。時優填王思佛、請目連運神通、三轉攝匠人往彼雕佛像。只雕得三十一相、爲什麼梵音相雕不得?」

院主問。如何是梵音相。師雲。賺殺人。師問維耶。今日普請作什麼。對雲。拽磨。師雲。磨從爾拽。不得動著磨中心樹子。維那無語(保福代雲。比來拽磨如今卻不成。法眼代雲。恁麼即不拽也)一日有大德。問師曰。即心是佛又不得。非心非佛又不得。師意如何。師雲。大德。且信即心是佛便了。更說什麼得與不得。只如大德吃飯了從東廊上西廊下。不可總問人得與不得也。師住庵時有一僧到庵。師向其僧道。某甲上山。待到齋時做飯自吃了。送一分來山上。少時其僧自吃了。卻一時打破家事就床臥。師待不見來。便歸庵見僧臥。師亦去一邊而臥。僧便起去。師住後雲我往前住庵時。有箇靈利道者。直至如今不見。師拈起毬子問僧雲。那箇何似遮箇。對雲。不似師雲。什麼處見那箇便道不似。僧雲。若問某甲見處。和尚放下手中物。師雲。許爾具一隻眼。陸亙大夫向師道。肇法師甚奇怪。道萬物同根是非一體。師指庭前牡丹華雲。大夫時人見此一株華如夢相似。陸罔測陸又問。天王居何地位。師雲。若是天王即非地位。陸雲。弟子聞說天王是居初地。師雲。應以天王身得度者。即現天王身而為說法。陸辭歸宣城治所。師問。大夫去彼將何治民。陸雲。以智慧治民。師雲。恁麼即彼處生靈盡遭塗炭去也。師入宣州。陸大夫出迎接。指城門雲。人人盡喚作甕門。未審和尚喚作什麼門。師雲。老僧若道。恐辱大夫風化。陸雲。忽然賊來時作麼生。師雲。王老師罪過。陸又問。大悲菩薩用如許多手眼作什麼。師雲。只如國家又用大夫作什麼。師為馬大師設齋。問眾雲馬大師來否。眾無對。洞山雲。待有伴即來。師雲。子雖後生甚堪雕琢。洞山雲。和尚莫壓良為賤。師洗衣次有僧問。和尚猶有遮箇在。師拈起衣雲。爭奈遮箇何(玄覺雲。且道是一箇是兩箇)師問僧良欽。空劫中還有佛否。對雲有。師雲。是阿誰。

院主問:「如何是梵音相?」師說:「賺殺人。」師問維那:「今日普請作什麼?」對說:「拽磨。」師說:「磨從爾拽、不得動着磨中心樹子。」維那無語(保福代雲:「比來拽磨、如今卻不成。」法眼代雲:「恁麼即不拽也。」)。一日有大德問師說:「即心是佛又不得、非心非佛又不得。師意如何?」師說:「大德且信即心是佛便了、更說什麼得與不得。只如大德喫飯了、從東廊上西廊下、不可總問人得與不得也。」師住庵時有一僧到庵。師向其僧道:「某甲上山。待到齋時做飯自喫了、送一分來山上。」少時其僧自喫了、卻一時打破家事、就牀臥。師待不見來、便歸庵、見僧臥。師亦去一邊而臥。僧便起去。師住後說:「我往前住庵時、有個靈利道者、直至如今不見。」師拈起毬子問僧說:「那一個何似這個?」對說:「不似。」師說:「什麼處見那一個、便道不似?」僧說:「若問某甲見處、和尚放下手中物。」師說:「許爾具一隻眼。」陸亙大夫向師道:「肇法師甚奇怪、道萬物同根、是非一體。」師指庭前牡丹花說:「大夫、時人見此一株花、如夢相似。」陸罔測。陸又問:「天王居何地位?」師說:「若是天王即非地位。」陸說:「弟子聞說天王是居初地。」師說:「應以天王身得度者、即現天王身而爲說法。」陸辭歸宣城治所。師問:「大夫去彼將何治民?」陸說:「以智慧治民。」師說:「恁麼即彼處生靈盡遭塗炭去也。」師入宣州。陸大夫出迎接、指城門說:「人人盡喚作甕門、未審和尚喚作什麼門?」師說:「老僧若道、恐辱大夫風化。」陸說:「忽然賊來時作麼生?」師說:「王老師罪過。」陸又問:「大悲菩薩用如許多手眼作什麼?」師說:「只如國家又用大夫作什麼?」師爲馬大師設齋、問衆說:「馬大師來否?」衆無對。洞山說:「待有伴即來。」師說:「子雖後生、甚堪雕琢。」洞山說:「和尚莫壓良爲賤。」師洗衣次、有僧問:「和尚猶有這個在。」師拈起衣說:「爭奈這個何。」(玄覺說:「且道是一個、是兩個?」)師問僧良欽:「空劫中還有佛否?」對說:「有。」師說:「是阿誰?」

對雲。良欽。師雲居何國土。無語。僧問。祖祖相傳合傳何事。師雲。一二三四五。問如何是古人底。師雲。待有即道。僧雲。和尚為什麼妄語。師雲。我不妄語。盧行者卻妄語。問十二時中以何為境。師雲。何不問王老師。僧雲。問了也。師雲。還曾與汝為境麼。僧問。青蓮不隨風火散時是什麼。師雲。無風火不隨是什麼。僧無對。師卻問。不思善不思惡。思總不生時。還我本來面目來。僧雲。無容止可露(洞山雲。還曾將示人麼)師問坐主雲。爾與我講經得麼對雲。某甲與和尚講經。和尚須與某甲說禪始得。師雲。不可將金彈子博銀彈子去。座主雲。某甲不會。師雲。汝道。空中一片雲。為復釘釘住。為復藤纜著。問空中有一珠如何取得。師雲。斫竹布梯空中取。僧雲。空中如何布梯。師雲。汝擬作麼生取。僧辭問雲。學人到諸方。有人問和尚近日作麼生。未審如何祇對。師雲。但向道。近日解相撲。僧雲。作麼生。師雲。一拍雙泯。問父母未生時鼻孔在什麼處。師雲。父母已生了鼻孔在什麼處。師將順世。第一座問。和尚百年後向什麼處去。師雲。山下作一頭水牯牛去。僧雲。某甲隨和尚去還得也無。師雲。汝若隨我即須𭊷取一莖草來。師乃示疾。大和八年甲寅十二月二十五日。凌晨告門人曰。星翳燈幻亦久矣。勿謂吾有去來也。言訖而謝。壽八十七。臘五十八。明年春入塔。

對說:「良欽。」師說:「居何國土?」無語。僧問:「祖祖相傳、合傳何事?」師說:「一二三四五。」問:「如何是古人底?」師說:「待有即道。」僧說:「和尚爲什麼妄語?」師說:「我不妄語、盧行者卻妄語。」問:「十二時中以何爲境?」師說:「何不問王老師?」僧說:「問了也。」師說:「還曾與汝爲境麼?」僧問:「青蓮不隨風火散時是什麼?」師說:「無風火不隨是什麼?」僧無對。師卻問:「不思善、不思惡、思總不生時、還我本來面目來。」僧說:「無容止可露。」(洞山說:「還曾將示人麼?」)師問坐主說:「爾與我講經得麼?」對說:「某甲與和尚講經、和尚須與某甲說禪始得。」師說:「不可將金彈子博銀彈子去。」座主說:「某甲不會。」師說:「汝道空中一片雲、爲復釘釘住、爲復藤纜着?」問:「空中有一珠、如何取得?」師說:「斫竹布梯空中取。」僧說:「空中如何布梯?」師說:「汝擬作麼生取?」僧辭、問說:「學人到諸方、有人問和尚近日作麼生、未審如何只對?」師說:「但向道:近日解相撲。」僧說:「作麼生?」師說:「一拍雙泯。」問:「父母未生時鼻孔在什麼處?」師說:「父母已生了、鼻孔在什麼處?」師將順世。第一座問:「和尚百年後向什麼處去?」師說:「山下作一頭水牯牛去。」僧說:「某甲隨和尚去還得也無?」師說:「汝若隨我、即須銜取一莖草來。」師乃示疾。大和八年甲寅十二月二十五日、凌晨告門人說:「星翳燈幻亦久矣、勿謂吾有去來也。」言訖而謝。壽八十七、臘五十八。明年春入塔。

五臺山隱峰禪師者。福建邵武人也。姓鄧氏(時稱鄧隱峰)幻若不慧。父母聽其出家。初遊馬祖之門。而未能覩奧。復來往石頭雖兩番不捷(語見馬祖章)而後於馬大師言下契會。師在石頭時。問雲。如何得合道去。石頭雲。我亦不合道。師雲。畢竟如何。石頭雲。汝被遮箇得多少時耶。一日石頭和尚剗草次。師在左側叉手而立。石頭飛剗子向師面前剗一株草。師雲。和尚只剗得遮箇不剗得那箇。石頭提起剗子。師接得剗子乃作剗勢。石頭雲。汝只剗得那箇不解剗得遮箇。師無對(洞山代雲。還有堆阜麼)師一日推土車次。馬大師展腳在路上坐。師雲。請師收足。大師雲。已展不收。師雲。已進不退。乃推車碾過。大師腳損。歸法堂執斧子云。適來碾損老僧腳底出來。師便出於大師前引頸。大師乃置斧。師到南泉。覩眾僧參次南泉指淨缾雲。銅缾是境缾中有水。不得動著境。與老僧將水來。師便拈淨缾向南泉面前瀉。南泉便休。師後到溈山。於上座頭解放衣缽。溈山聞師叔到。先具威儀下堂內。師見來便倒作睡勢。溈山便歸。方丈師乃發去。少間溈山問侍者。師叔在否。對雲已去也。溈山雲。去時有什麼言語。對雲。無言語。溈山雲。莫道無言語其聲如雷。師以冬居衡嶽夏止清涼。唐元和中薦登五臺。路出淮西。屬吳元濟阻兵違拒王命。官軍與賊交鋒未決勝負。師曰。吾當去解其患。乃擲錫空中飛身而過。兩軍將士仰觀事符預夢鬪心頓息。師既顯神異。慮成惑眾遂入五臺。於金剛窟前將示滅。先問眾雲。諸方遷化坐去臥去吾嘗見之。還有立化也無。眾雲。有也。師雲。還有倒立者否。眾雲。未嘗見有。師乃倒立而化。亭亭然其衣順體。時眾議舁就荼毘屹然不動。遠近瞻視驚歎無已。師有妹為尼。時在彼乃俯近而咄曰。老兄疇昔不循法津。死更熒惑於人。於是以手推之。僨然而踣遂就闍維。收舍利入塔。

五臺山隱峯禪師、福建邵武人、姓鄧(時稱鄧隱峯)。幼若不慧、父母聽其出家。初遊馬祖之門、而未能睹奧。復來往石頭、雖兩番不捷(語見馬祖章)、而後於馬大師言下契會。師在石頭時問說:「如何得合道去?」石頭說:「我亦不合道。」師說:「畢竟如何?」石頭說:「汝被這個得多少時耶?」一日石頭和尚剷草次、師在左側叉手而立。石頭飛鏟子向師面前鏟一株草。師說:「和尚只鏟得這個、不鏟得那一個。」石頭提起鏟子。師接得鏟子乃作鏟勢。石頭說:「汝只鏟得那一個、不解鏟得這個。」師無對(洞山代雲:「還有堆阜麼?」)。師一日推土車次、馬大師展腳在路上坐。師說:「請師收足。」大師說:「已展不收。」師說:「已進不退。」乃推車碾過。大師腳損、歸法堂執斧子說:「適來碾損老僧腳底出來。」師便出於大師前引頸。大師乃置斧。師到南泉、睹衆僧參次。南泉指淨瓶說:「銅瓶是境、瓶中有水。不得動着境、與老僧將水來。」師便拈淨瓶向南泉面前瀉。南泉便休。師後到潙山、於上座頭解放衣鉢。潙山聞師叔到、先具威儀下堂うち。師見來便倒作睡勢。潙山便歸方丈。師乃發去。少間潙山問侍者:「師叔在否?」對說:「已去也。」潙山說:「去時有什麼言語?」對說:「無言語。」潙山說:「莫道無言語、其聲如雷。」師以冬居衡嶽、夏止清涼。唐元和中薦登五臺、路出淮西。屬吳元濟阻兵、違拒王命、官軍與賊交鋒、未決勝負。師說:「吾當去解其患。」乃擲錫空中、飛身而過。兩軍將士仰觀、事符預夢、鬥心頓息。師既顯神異、慮成惑衆、遂入五臺。於金剛窟前將示滅、先問衆說:「諸方遷化、坐去臥去、吾嘗見之。還有立化也無?」衆說:「有也。」師說:「還有倒立者否?」衆說:「未嘗見有。」師乃倒立而化、亭亭然其衣順體。時衆議舁就荼毗、屹然不動。遠近瞻視、驚歎無已。師有妹爲尼、時在彼、乃俯近而咄說:「老兄疇昔不循法律、死更熒惑於人。(底本作「法津」、「津」爲「律」之訛。)」於是以手推之、僨然而踣、遂就闍維。收舍利入塔。

溫州佛㠗和尚。尋常見人來。以拄杖卓地雲。前佛也恁麼。後佛也恁麼。僧問。正恁麼時作麼生。師畫一圓相。僧作女人拜。師乃打之。僧問。如何是佛法大意。師雲。賊也賊也。僧問。如何是異類。師敲椀雲。花奴花奴吃飯來。

溫州佛㠗和尚。尋常見人來、以拄杖卓地說:「前佛也恁麼、後佛也恁麼。」僧問:「正恁麼時作麼生?」師畫一圓相。僧作女人拜。師乃打之。僧問:「如何是佛法大意?」師說:「賊也、賊也。」僧問:「如何是異類?」師敲碗說:「花奴花奴、喫飯來。」

烏臼和尚有玄紹二上座。從江西來參師。師乃問雲。二禪伯發足什麼處。僧雲。江西。師以拄杖打之。玄雲。久知和尚有此機要。師雲。爾既不會。後面箇僧祇對看。後面僧擬近前。師便打雲。信知同窠無異土。參堂去。

烏臼和尚。有玄、紹二上座從江西來參師。師乃問說:「二禪伯發足什麼處?」僧說:「江西。」師以拄杖打之。玄說:「久知和尚有此機要。」師說:「爾既不會、後面個僧只對看。」後面僧擬近前。師便打說:「信知同窠無異土。參堂去。」

潭州石霜(一作龍)大善和尚。僧問。如何是佛法大意。師雲。春日鷄鳴。僧雲。學人不會。師雲。中秋犬吠。師上堂雲。大眾出來出來。老漢有箇法要。百年後不累爾。眾雲。便請和尚說。師雲。不消一堆火。洞山問。幾前一童子甚是了事。如今不見向甚處去也。師雲。火焰上泊不得。卻歸清涼世界去也。

潭州石霜(一作龍)大善和尚。僧問:「如何是佛法大意?」師說:「春日雞鳴。」僧說:「學人不會。」師說:「中秋犬吠。」師上堂說:「大衆出來出來、老漢有個法要、百年後不累爾。」衆說:「便請和尚說。」師說:「不消一堆火。」洞山問:「幾前一童子甚是了事、如今不見、向甚處去也?」師說:「火焰上泊不得、卻歸清涼世界去也。」

石臼和尚初參馬祖。問什麼處來。師雲。烏臼來。祖雲。烏臼近日有何言句。師雲。幾人於此茫然在。祖雲。茫然且置。悄然一句作麼生。師乃近前三步。祖雲。我有七棒寄打。烏臼。爾還甘否。師雲。和尚先吃某甲後甘。卻迴烏臼。

石臼和尚初參馬祖。問:「什麼處來?」師說:「烏臼來。」祖說:「烏臼近日有何言句?」師說:「幾人於此茫然在。」祖說:「茫然且置、悄然一句作麼生?」師乃近前三步。祖說:「我有七棒寄打烏臼。爾還甘否?」師說:「和尚先喫、某甲後甘。」卻回烏臼。

本谿和尚。龐居士問雲。丹霞打侍者意在何所。師雲。大老翁見人長短在。居士雲。為我與師同參了。方敢借問。師雲。若恁麼從頭舉來共爾商量。居士雲。大老翁不可共爾說人是非。師雲。念翁老年。居士雲。罪過罪過。

本溪和尚。龐居士問說:「丹霞打侍者、意在何所?」師說:「大老翁見人長短在。」居士說:「爲我與師同參了、方敢借問。」師說:「若恁麼、從頭舉來、合わせて爾商量。」居士說:「大老翁不可合わせて爾說人是非。」師說:「念翁老年。」居士說:「罪過罪過。」

石林和尚一日龐居士來。師乃竪起拂子云。不落丹霞機試道一句。居士奪卻拂子了。卻自竪起拳。師雲。正是丹霞機。居士雲。與我不落看。師雲。丹霞患啞龐翁患聾。居士雲。恰是也恰是也。師無語。居士雲。向道偶爾恁。師亦無語。又一日師問居士雲。某甲有箇借問。居士莫惜言句。居士雲。便請舉來。師雲。元來惜言句。居士雲。遮箇問訊不覺落他便宜。師乃掩耳而已。居士雲。作家作家。

石林和尚一日龐居士來。師乃豎起拂子說:「不落丹霞機、試道一句。」居士奪卻拂子了、卻自豎起拳。師說:「正是丹霞機。」居士說:「與我不落看。」師說:「丹霞患啞、龐翁患聾。」居士說:「恰是也、恰是也。」師無語。居士說:「向道偶爾恁。」師亦無語。又一日師問居士說:「某甲有個借問、居士莫惜言句。」居士說:「便請舉來。」師說:「元來惜言句。」居士說:「這個問訊不覺落他便宜。」師乃掩耳而已。居士說:「作家、作家。」

亮主(洪州西山)本蜀人也。頗講經論。因參馬祖。祖問曰。見說座主大講得經論是否。亮雲。不敢。祖雲。將什麼講。亮雲。將心講。祖雲。心如工伎兒。意如和伎者。爭解講得經。亮抗聲雲。心既講不得。虛空莫講得麼。祖雲。卻是虛空講得。亮不肯便出將下階。祖召雲。座主。亮迴首。豁然大悟禮拜。祖雲。遮鈍根阿師禮拜作麼。亮歸寺告聽眾雲。某甲所講經論。謂無人及得。今日被馬大師一問。平生功夫氷釋而已。乃隱西山更無消息。

亮坐主(洪州西山)、本蜀人、頗講經論。因參馬祖。祖問說:「見說座主大講得經論、是否?」亮說:「不敢。」祖說:「將什麼講?」亮說:「將心講。」祖說:「心如工伎兒、意如和伎者、爭解講得經?」亮抗聲說:「心既講不得、虛空莫講得麼?」祖說:「卻是虛空講得。」亮不肯、便出、將下階。祖召說:「座主。」亮回首、豁然大悟、禮拜。祖說:「這鈍根阿師禮拜作麼?」亮歸寺告聽衆說:「某甲所講經論、謂無人及得。今日被馬大師一問、平生功夫冰釋而已。」乃隱西山、更無消息。

黑眼和尚。僧問。如何是不出世師。師雲。善財拄杖子。問如何是佛法大意。師雲。十年賣炭漢。不知秤畔星。

黑眼和尚。僧問:「如何是不出世師?」師說:「善財拄杖子。」問:「如何是佛法大意?」師說:「十年賣炭漢、不知秤畔星。」

米嶺和尚。僧問。如何是衲衣下事。師雲。醜陋任君嫌。不掛雲霞色。師將示滅。乃遺一偈雲。

米嶺和尚。僧問:「如何是衲衣下事?」師說:「醜陋任君嫌、不掛雲霞色。」師將示滅、乃遺一偈說:

祖祖不思議不許常住世

祖祖不思議、不許常住世。

大眾審思惟畢竟只遮是

大衆審思惟、畢竟只這是。

齊峰和尚。一日龐居士入院。師雲。俗人頻頻入僧院討箇什麼。居士迴顧兩邊雲。誰恁道誰恁道。師乃咄之。居士雲。在遮裡。師雲。莫是當陽道麼。居士雲背後底。師迴首雲。看看。居士雲。草賊敗草賊敗。師無語。居士又問。此去峰頂有幾裡。師雲。什麼處去來。居士雲可畏峻硬不得問著。師雲。是多少。居士雲。一二三。師雲。四五六。居士雲。何不道七。師雲。才道七便有八。居士雲。得也得也。師雲。一任添取。居士乃咄之而去。師隨後咄之。

齊峯和尚。一日龐居士入院。師說:「俗人頻頻入僧院、討個什麼?」居士回顧兩邊說:「誰恁道、誰恁道。」師乃咄之。居士說:「在這裏。」師說:「莫是當陽道麼?」居士說:「背後底。」師回首說:「看看。」居士說:「草賊敗、草賊敗。」師無語。居士又問:「此去峯頂有幾里?」師說:「什麼處去來?」居士說:「可畏峻硬、不得問着。」師說:「是多少?」居士說:「一二三。」師說:「四五六。」居士說:「何不道七?」師說:「才道七便有八。」居士說:「得也、得也。」師說:「一任添取。」居士乃咄之而去。師隨後咄之。

大陽和尚。伊禪師參次。師雲。伊禪近日一般禪師。向目前指教人了。取目前事作遮箇為人。還會文彩未兆時也無。伊雲。擬向遮裡致一問。問和尚不知可否。師雲。答汝已了莫道可否。伊雲。還識得目前也未。師雲。是目前作麼生識。伊雲要且遭人點檢。師雲誰。伊雲。某甲。師便咄之。伊退步而立。師雲。汝只解瞻前不解顧後。伊雲。雪上更加霜。師雲。彼此無便宜。

大陽和尚。伊禪師參次。師說:「伊禪近日一般禪師、向目前指教人了、取目前事作這個爲人。還會文彩未兆時也無?」伊說:「擬向這裏致一問、問和尚不知可否。」師說:「答汝已了、莫道可否。」伊說:「還識得目前也未?」師說:「是目前、作麼生識?」伊說:「要且遭人點檢。」師說:「誰?」伊說:「某甲。」師便咄之。伊退步而立。師說:「汝只解瞻前、不解顧後。」伊說:「雪上更加霜。」師說:「彼此無便宜。」

紅螺和尚。在幽州有頌。示門人曰。

紅螺和尚在幽州、有頌示門人說:

紅螺山子近邊夷度得之流半是奚

紅螺山子近邊夷、度得之流半是奚。

共語問醻全不會可憐只解那斯祁

合わせて語問酬全不會、可憐只解那斯祁。

泉州龜洋山無了禪師者。莆田縣壺公橫塘人也。姓沈氏。年七歲父攜入白重院。視之如家因而捨愛。至十八剃度受具靈巖寺。後參大寂禪師了達祖乘。即還本院。院之北樵採路絕。師一日策杖披榛而行。遇六眸巨龜。斯須而失。乃庵於此峰。因號龜洋和尚。一日有虎逐鹿入庵。師以杖格虎遂存鹿命。洎將示化乃述偈曰。

泉州龜洋山無了禪師、莆田縣壺公橫塘人、姓沈。年七歲、父攜入白重院、視之如家、因而舍愛。至十八剃度受具靈巖寺。後參大寂禪師、了達祖乘、即還本院。院之北樵採路絕。師一日策杖披榛而行、遇六眸巨龜、斯須而失、乃庵於此峯、因號龜洋和尚。一日有虎逐鹿入庵、師以杖格虎、遂存鹿命。洎將示化、乃述偈說:

八十年來辨西東如今不要白頭翁

八十年來辨西東、如今不要白頭翁。

非長非短非大小還與諸人性相同

非長非短非大小、還與諸人性相同。

無來無去兼無住了卻本來自性空

無來無去兼無住、了卻本源自性空。

偈畢儼然告寂。瘞於正堂。垂二十載。為山泉淹沒。門人發塔。見全身水中而浮。閩王聞之。遣使舁入府庭供養。忽臭氣遠聞。王焚香祝之曰。可遷龜洋舊址建塔。言訖異香普燻傾城瞻禮。本道奏諡真寂大師。塔曰靈覺。後弟子慧忠遇澄汰終於白衣。就塔之東二百步而葬。謂之東塔。今龜洋二真身士民依怙。若僧伽之遺化焉。慧忠得法於草菴和尚。如本章述之。

偈畢儼然告寂、瘞於正堂。垂二十載、爲山泉淹沒。門人發塔、見全身水中而浮。閩王聞之、遣使舁入府庭供養。忽臭氣遠聞。王焚香祝之說:「可遷龜洋舊址建塔。」言訖異香普燻、傾城瞻禮。本道奏諡真寂大師、塔曰靈覺。後弟子慧忠遇澄汰、終於白衣、就塔之東二百步而葬、謂之東塔。今龜洋二真身、士民依怙、若僧伽之遺化焉。慧忠得法於草菴和尚、如本章述之。

利山和尚。僧問。眾色歸空空歸何所。師雲。舌頭不出口。僧雲。為什麼不出口。師雲。內外一如故。僧問不歷僧祇獲法身請師直指。師雲。子承父業。僧雲。如何領會。師雲貶剝不施。僧雲。恁麼即大眾有賴去。師雲。大眾且置。作麼生是法身。僧無對。師雲。汝問我向爾道。僧卻問。如何是法身。師雲。空華陽焰。僧問。如何是西來意。師雲。不見如何。僧雲。為什麼如此。師雲。只為如此。

利山和尚。僧問:「衆色歸空、空歸何所?」師說:「舌頭不出口。」僧說:「爲什麼不出口?」師說:「うち外一如故。」僧問:「不歷僧祇獲法身、請師直指。」師說:「子承父業。」僧說:「如何領會?」師說:「貶剝不施。」僧說:「恁麼即大衆有賴去。」師說:「大衆且置、作麼生是法身?」僧無對。師說:「汝問我、向爾道。」僧卻問:「如何是法身?」師說:「空花陽焰。」僧問:「如何是西來意?」師說:「不見如何。」僧說:「爲什麼如此?」師說:「只爲如此。」

韶州乳源和尚。上堂雲。西來的的意不妨難道。大眾莫有道得者。出來試道看。有一僧出才禮拜。師便打雲。是什麼時節出頭來(後人舉似長慶。長慶雲。不妨不妨。資福代雲。為和尚不惜身命)師見仰山作沙彌時念經。師咄雲。遮沙彌。念經恰似哭聲。仰山雲。慧寂念經似哭。未審和尚如何。師乃顧視而已。

韶州乳源和尚。上堂說:「西來的的意、不妨難道。大衆莫有道得者、出來試道看。」有一僧出、才禮拜、師便打說:「是什麼時節、出頭來。」(後人舉似長慶。長慶說:「不妨不妨。」資福代雲:「爲和尚不惜身命。」)師見仰山作沙彌時念經。師咄說:「這沙彌唸經恰似哭聲。」仰山說:「慧寂唸經似哭、未審和尚如何?」師乃顧視而已。

松山和尚。一日命龐居士吃茶。居士舉起托子云。人人盡有分。因什麼道不得。師雲。只為人人盡有。所以道不得。居士雲。阿兄為什麼卻道得。師雲。不可無言也。居士雲。灼然灼然。師便吃茶。居士雲。阿兄吃茶何不揖客。師雲誰。居士雲。龐翁。師雲。何須更揖。後丹霞聞舉乃雲。若不是松山幾被箇老翁作亂一上。居士聞之。乃令人傳語丹霞雲。何不會取舉起托子時。

松山和尚。一日命龐居士喫茶。居士舉起托子說:「人人盡有分、因什麼道不得?」師說:「只爲人人盡有、所以道不得。」居士說:「阿兄爲什麼卻道得?」師說:「不可無言也。」居士說:「灼然灼然。」師便喫茶。居士說:「阿兄喫茶何不揖客?」師說:「誰?」居士說:「龐翁。」師說:「何須更揖。」後丹霞聞舉乃說:「若不是松山、幾被個老翁作亂一上。」居士聞之、乃令人傳語丹霞說:「何不會取舉起托子時。」

則川和尚。龐居士看師師雲。還記得初見石頭時道理否。居士雲。猶得阿師重舉在。師雲情知久參事慢。居士雲。阿師老耄不啻龐翁。師雲。二彼同時又爭幾許。居士雲。龐翁鮮健且勝阿師。師雲。不是勝我只是欠爾一箇幞頭。居士雲。恰與師相似。師大笑而已。師入茶園內摘茶次。龐居士雲。法界不容身。師還見我否。師雲。不是老師怕答公話。居士雲。有問有答蓋是尋常。師乃摘茶不聽。居士雲。莫怪適來容易借問。師亦不顧。居士喝雲。遮無禮儀老漢。待我一一舉嚮明眼人在。師乃拋卻茶籃子。便入方丈。

則川和尚。龐居士看師。師說:「還記得初見石頭時道理否?」居士說:「猶得阿師重舉在。」師說:「情知久參事慢。」居士說:「阿師老耄、不啻龐翁。」師說:「二彼同時、又爭幾許。」居士說:「龐翁鮮健、且勝阿師。」師說:「不是勝我、只是欠爾一個幞頭。」居士說:「恰與師相似。」師大笑而已。師入茶園うち摘茶次。龐居士說:「法界不容身、師還見我否?」師說:「不是老師怕答公話。」居士說:「有問有答、蓋是尋常。」師乃摘茶不聽。居士說:「莫怪適來容易借問。」師亦不顧。居士喝說:「這無禮儀老漢、待我一一舉嚮明眼人在。」師乃拋卻茶籃子、便入方丈。

南嶽西園蘭若曇藏禪師者。本受心印於大寂禪師。後謁石頭遷和尚瑩然明徹。唐貞元二年遁衡嶽之絕頂。人罕參訪。尋以腳疾移止西園。禪侶繁盛。師一日自開浴次。僧問。何不使沙彌。師乃拊掌三下(洞山雲。一種是時節因緣。就中西園精妙。僧問曹山。古人拊掌豈不明沙彌邊事。曹山雲。如何是向上事。僧無對。曹山雲。遮沙彌)師養一靈犬。嘗夜經行次。其犬銜師衣。師即歸房。又於門側伏守而吠。頻奮身作猛噬之勢。詰旦東廚有一大蟒長數丈。張口呀氣毒焰熾然。侍者請避之。師曰。死可逃乎。彼以毒來我以慈受。毒無實性激發則彊。慈苟無緣冤親一揆。言訖其蟒按首徐行倏然不見。復一夕有群盜。犬亦銜師衣。師語盜曰。茅舍有可意物。一任取去終無所悋。盜感其言皆稽首而散。

南嶽西園蘭若曇藏禪師、本受心印於大寂禪師。後謁石頭遷和尚、瑩然明徹。唐貞元二年遁衡嶽之絕頂、人罕參訪。尋以腳疾移止西園、禪侶繁盛。師一日自開浴次。僧問:「何不使沙彌?」師乃拊掌三下(洞山說:「一種是時節因緣、就中西園精妙。」僧問曹山:「古人拊掌、豈不明沙彌邊事?」曹山說:「如何是向上事?」僧無對。曹山說:「這沙彌。」)。師養一靈犬。嘗夜經行次、其犬銜師衣、師即歸房。又於門側伏守而吠、頻奮身作猛噬之勢。詰旦東廚有一大蟒、長數丈、張口呀氣、毒焰熾然。侍者請避之。師說:「死可逃乎?彼以毒來、我以慈受。毒無實性、激發則強。慈苟無緣、冤親一揆。」言訖其蟒按首徐行、倏然不見。復一夕有羣盜。犬亦銜師衣。師語盜說:「茅舍有可意物、一任取去、終無所吝。」盜感其言、皆稽首而散。

百靈和尚一日與龐居士路次相逢。師問雲。昔日居士南嶽得意句還曾舉向人未。居士雲。曾舉來。師雲。舉向什麼人。居士以手自指雲。龐翁。師雲。直是妙德空生也歎居士不及。居士卻問。師得力句是誰知。師便戴笠子而去。居士雲。善為道路。師一去更不迴首。

百靈和尚一日與龐居士路次相逢。師問說:「昔日居士南嶽得意句、還曾舉向人未?」居士說:「曾舉來。」師說:「舉向什麼人?」居士以手自指說:「龐翁。」師說:「直是妙德空生、也嘆居士不及。」居士卻問:「師得力句是誰知?」師便戴笠子而去。居士說:「善爲道路。」師一去更不回首。

鎮州金牛和尚。師自作飯供養眾僧。每至齋時舁飯桶到堂前作舞曰。菩薩子吃飯來。乃撫掌大笑。日日如是(僧問長慶。古人撫掌喚僧吃飯。意旨云何。長慶雲。大似因齋慶讚。僧問大光。未審慶讚箇什麼。大光是作舞。僧乃禮拜。大光雲。遮野狐精。東禪齊雲。古人自出手作飯。舞了喚人來吃意作麼生。還會麼。只如長慶與大光。是明古人意。別為他分析。今問。上座。每日持盂掌缽時。迎來送去時。為當與古人一般。別有道理。若道別且作麼生得別來。若一般恰到他舞。又被喚作野狐精。有會處麼。若未會行腳眼在什麼處。僧問曹山。古人恁麼是奴兒婢子否。曹山雲是。僧雲。向上事請師道。曹山咄雲。遮奴兒婢子)。

鎮州金牛和尚。師自作飯供養衆僧。每至齋時舁飯桶到堂前作舞說:「菩薩子喫飯來。」乃撫掌大笑。日日如是(僧問長慶:「古人撫掌喚僧喫飯、意旨如何?」長慶說:「大似因齋慶贊。」僧問大光:「未審慶贊個什麼?」大光便作舞。僧乃禮拜。大光說:「這野狐精。」東禪齊說:「古人自出手作飯、舞了喚人來喫、意作麼生?還會麼?只如長慶與大光、是明古人意、別爲他分析。今問上座:每日持盂掌鉢時、迎來送去時、爲當與古人一般、別有道理?若道別、且作麼生得別來?若一般、恰到他舞、又被喚作野狐精。有會處麼?若未會、行腳眼在什麼處?」僧問曹山:「古人恁麼、是奴兒婢子否?」曹山說:「是。」僧說:「向上事請師道。」曹山咄說:「這奴兒婢子。」)。

洞安和尚。有僧辭師。師雲。什麼處去。僧雲。本無所去。師雲。善為闍梨。僧雲。不敢不敢。師雲。到諸方分明舉。僧侍立次。師問。今日是幾。僧雲。不知。師雲。我卻記得。僧雲。今日是幾。師雲。今日昏晦。

洞安和尚。有僧辭師。師說:「什麼處去?」僧說:「本無所去。」師說:「善爲闍梨。」僧說:「不敢不敢。」師說:「到諸方分明舉。」僧侍立次。師問:「今日是幾?」僧說:「不知。」師說:「我卻記得。」僧說:「今日是幾?」師說:「今日昏晦。」

忻州打地和尚。自江西領旨。自晦其名。凡學者致問。惟以棒打地而示之。時謂之打地和尚。一日被僧藏卻棒然後問。師但張其口。僧問門人曰。只如和尚每有人問。便打地。意旨如何。門人即於灶底取柴一片擲在釜中。

忻州打地和尚。自江西領旨、自晦其名。凡學者致問、惟以棒打地而示之、時謂之打地和尚。一日被僧藏卻棒、然後問。師但張其口。僧問門人說:「只如和尚每有人問便打地、意旨如何?」門人即於竈底取柴一片擲在釜中。

潭州秀谿和尚。一日谷山問。聲色純真如何是道。師雲。亂道作麼。谷山卻從東邊過西邊立。師雲。若不恁麼即禍事也。谷山卻過東邊。師乃下禪床方行兩步。被谷山捉住雲。聲色純真事作麼。生師便掌谷山谷山雲。十年後要箇人下茶也無在。師雲要谷山老漢作麼。谷山呵呵大笑三聲。

潭州秀溪和尚。一日谷山問:「聲色純真、如何是道?」師說:「亂道作麼?」谷山卻從東邊過西邊立。師說:「若不恁麼即禍事也。」谷山卻過東邊。師乃下禪牀、方行兩步、被谷山捉住說:「聲色純真事作麼生?」師便掌谷山。谷山說:「十年後要個人下茶也無在。」師說:「要谷山老漢作麼?」谷山呵呵大笑三聲。

磁州馬頭峰神藏禪師上堂謂眾雲。知而無知不是無知而說無知(南泉雲。恁麼依師道。始道得一半。黃檗雲。不是南泉駿。他要圓前話)。

磁州馬頭峯神藏禪師上堂謂衆說:「知而無知、不是無知而說無知。」(南泉說:「恁麼依師道、始道得一半。」黃檗說:「不是南泉駿、他要圓前話。」)

潭州華林善覺禪師。常持錫夜出林麓間。七步一振錫一稱觀音名號。夾山善會造庵問曰。遠聞和尚念觀音是否。師曰然。夾山曰。騎卻頭如何。師曰。出頭從汝騎。不出頭騎什麼。僧參方展坐具。師曰緩緩。僧曰。和尚見什麼。師曰。可惜許磕破鐘樓。其僧從此悟入。一日觀察使裴休訪之問曰。師還有侍者否。師曰。有一兩箇。裴曰。在什麼處。師乃喚大空小空。時二虎自庵後而出。裴覩之驚悸。師語二虎曰。有客且去。二虎哮吼而去。裴問曰。師作何行業感得如斯。師乃良久曰。會麼。曰不會。師曰。山僧常念觀音。

潭州華林善覺禪師。常持錫夜出林麓間、七步一振錫、一稱觀音名號。夾山善會造庵問說:「遠聞和尚念觀音、是否?」師說:「然。」夾山說:「騎卻頭如何?」師說:「出頭從汝騎、不出頭騎什麼?」僧參、方展坐具。師說:「緩緩。」僧說:「和尚見什麼?」師說:「可惜許、磕破鐘樓。」其僧從此悟入。一日觀察使裴休訪之、問說:「師還有侍者否?」師說:「有一兩個。」裴說:「在什麼處?」師乃喚大空、小空。時二虎自庵後而出。裴睹之驚悸。師語二虎說:「有客且去。」二虎哮吼而去。裴問說:「師作何行業、感得如斯?」師乃良久說:「會麼?」說:「不會。」師說:「山僧常念觀音。」

汀州水塘和尚。師勘歸宗。甚麼處人。歸宗雲。陳州人。師雲。多少年紀歸宗雲。二十二。師雲。闍梨未生時老僧去來。歸宗雲。和尚幾時生。師豎起拂子。歸宗雲。遮箇豈有生邪。師雲。會得即無生。歸宗雲。未會在師無語。

汀州水塘和尚。師勘歸宗:「甚麼處人?」歸宗說:「陳州人。」師說:「多少年紀?」歸宗說:「二十二。」師說:「闍梨未生時、老僧去來。」歸宗說:「和尚幾時生?」師豎起拂子。歸宗說:「這個豈有生邪?」師說:「會得即無生。」歸宗說:「未會在。」師無語。

古寺和尚。丹霞參師經宿至明。旦煮粥熟。行者只盛一缽與師。又盛一碗自吃。殊不顧丹霞。丹霞即自盛粥吃行者雲。五更侵早起。更有夜行人。丹霞問師。何不教訓行者。得恁麼無禮。師雲。淨地上不要點汙人家男女。丹霞雲。幾不問過遮老漢。

古寺和尚。丹霞參師、經宿。至明旦煮粥熟。行者只盛一鉢與師、又盛一碗自喫、殊不顧丹霞。丹霞即自盛粥喫。行者說:「五更侵早起、更有夜行人。」丹霞問師:「何不教訓行者、得恁麼無禮?」師說:「淨地上不要點污人家男女。」丹霞說:「幾不問過這老漢。」

江西椑樹和尚因臥次。道吾近前牽被覆之。師雲。作麼。道吾雲。蓋覆。師雲。臥底是坐底是。道吾雲。不在遮兩處。師雲。爭奈蓋覆何。道吾雲。莫亂道。師向火次。道吾問。作什麼。師雲。和合。道吾雲。恁麼即當頭脫去也。師雲。隔闊來多少時耶。道吾便拂袖而去。道吾一日從外歸。師問。什麼處去來。道吾雲。親近來。師雲。用簸遮兩片皮作什麼。道吾雲借。師雲。他有從汝借無作麼生。道吾雲。只為有所以借。

江西椑樹和尚因臥次、道吾近前牽被覆之。師說:「作麼?」道吾說:「蓋覆。」師說:「臥底是、坐底是?」道吾說:「不在這兩處。」師說:「爭奈蓋覆何。」道吾說:「莫亂道。」師向火次。道吾問:「作什麼?」師說:「和合。」道吾說:「恁麼即當頭脫去也。」師說:「隔闊來多少時耶?」道吾便拂袖而去。道吾一日從外歸。師問:「什麼處去來?」道吾說:「親近來。」師說:「用簸這兩片皮作什麼?」道吾說:「借。」師說:「他有從汝借、無作麼生?」道吾說:「只爲有所以借。」

京兆草堂和尚。自罷參大寂。遊至海昌。海昌和尚問。什麼處來。師雲。道場來。昌雲遮裡什麼處。師雲。賊不打貧人家。問未有一法時。此身在什麼處。師乃作一圓相於中書身字。

京兆草堂和尚。自罷參大寂、遊至海昌。海昌和尚問:「什麼處來?」師說:「道場來。」昌說:「這裏什麼處?」師說:「賊不打貧人家。」問:「未有一法時、此身在什麼處?」師乃作一圓相、於中書身字。

袁州陽岐山甄叔禪師。上堂示眾曰。群靈一源假名為佛。體竭形消而不滅。金流樸散而常存。性海無風金波自湧。心靈絕兆萬象齊昭。體斯理者。不言而遍歷沙界。不用而功益玄化。如何背覺反合塵勞。於陰界中妄自囚執。師始登此山宴處。以至成院。聚徒演法四十餘年。唐元和十五年正月十三日歸寂。荼毘獲舍利七百粒。於東峰下建塔。

袁州陽岐山甄叔禪師。上堂示衆說:「羣靈一源、假名爲佛。體竭形消而不滅、金流樸散而常存。性海無風、金波自湧。心靈絕兆、萬象齊昭。體斯理者、不言而遍歷沙界、不用而功益玄化。如何背覺反合塵勞、於陰界中妄自囚執。」師始登此山宴處、以至成院。聚徒演法四十餘年。唐元和十五年正月十三日歸寂。荼毗獲舍利七百粒、於東峯下建塔。

濛谿和尚。僧問一念不生時如何。師良久。僧便禮拜。師雲。汝且作麼生會。僧雲。某甲終不無慚愧。師雲。汝卻信得及。問本分事如何體悉。師雲。爾何不問。僧雲。請師答話。師雲。爾卻問得好。其僧大笑而出。師雲。只有遮師僧靈利。有僧從外來。師便喝。僧雲。好箇來由。師雲。猶要棒在。僧雲。珍重。便出。師雲。得能自在。

蒙溪和尚。僧問:「一念不生時如何?」師良久。僧便禮拜。師說:「汝且作麼生會?」僧說:「某甲終不無慚愧。」師說:「汝卻信得及。」問:「本分事如何體悉?」師說:「爾何不問?」僧說:「請師答話。」師說:「爾卻問得好。」其僧大笑而出。師說:「只有這師僧靈利。」有僧從外來。師便喝。僧說:「好個來由。」師說:「猶要棒在。」僧說:「珍重。」便出。師說:「得能自在。」

洛京黑㵎和尚。僧問。如何是密室。師雲。截耳臥街。僧雲。如何是密室中人。師乃換手搥胸。

洛京黑澗和尚。僧問:「如何是密室?」師說:「截耳臥街。」僧說:「如何是密室中人?」師乃換手捶胸。

京兆興平和尚。洞山來禮拜。師雲。莫禮老朽。洞山雲。禮非老朽。師雲。非老朽者不受禮。洞山雲。他亦不止。洞山問。如何是古佛心。師雲。即汝心是。洞山雲。雖然如此。猶是某甲疑處。師雲。若恁麼即問取木人去。洞山雲。某甲有一句子。不借諸聖口。師雲。汝試道看。洞山雲。不是某甲。洞山辭。師雲。什麼處去。洞山雲。沿流無定止。師雲。法身沿流報身沿流。洞山雲。總不作此解。師乃撫掌(保福雲。洞山自是一家。乃別雲。覓得幾人)。

京兆興平和尚。洞山來禮拜。師說:「莫禮老朽。」洞山說:「禮非老朽。」師說:「非老朽者不受禮。」洞山說:「他亦不止。」洞山問:「如何是古佛心?」師說:「即汝心是。」洞山說:「雖然如此、猶是某甲疑處。」師說:「若恁麼即問取木人去。」洞山說:「某甲有一句子、不借諸聖口。」師說:「汝試道看。」洞山說:「不是某甲。」洞山辭。師說:「什麼處去?」洞山說:「沿流無定止。」師說:「法身沿流、報身沿流?」洞山說:「總不作此解。」師乃撫掌(保福說:「洞山自是一家。」乃別雲:「覓得幾人。」)。

逍遙和尚。一日師在禪床上坐。有僧鹿西問雲。念念攀緣心心永寂。師雲。昨日晚間也有人恁麼道。西雲。道箇什麼。師雲。不知。西雲。請師說。師以拂子驀口打。西便出。師告大眾雲。頂門上著一隻眼。

逍遙和尚。一日師在禪牀上坐。有僧鹿西問說:「念念攀緣、心心永寂。」師說:「昨日晚間也有人恁麼道。」西說:「道個什麼?」師說:「不知。」西說:「請師說。」師以拂子驀口打。西便出。師告大衆說:「頂門上着一隻眼。」

福谿和尚。僧問。古鏡無瑕時如何。師良久。僧雲。師意如何。師雲。山僧耳背僧又舉前問。師雲。猶較些子。僧問。如何是自己。師雲。爾問什麼。僧雲。豈無方便去也。師雲。爾適來問什麼。僧雲。得恁麼顛倒。師雲。今日合吃山僧手裡棒。僧問。緣散歸空空歸何所。師雲。某甲。僧雲喏。師雲。空在何處。僧雲。卻請師道。師雲。波斯吃胡椒。

福溪和尚。僧問:「古鏡無瑕時如何?」師良久。僧說:「師意如何?」師說:「山僧耳背。」僧又舉前問。師說:「猶較些子。」僧問:「如何是自己?」師說:「爾問什麼?」僧說:「豈無方便去也。」師說:「爾適來問什麼?」僧說:「得恁麼顛倒。」師說:「今日合喫山僧手裏棒。」僧問:「緣散歸空、空歸何所?」師說:「某甲。」僧說:「喏。」師說:「空在何處?」僧說:「卻請師道。」師說:「波斯喫胡椒。」

洪州水老和尚。初問馬祖。如何是西來的的意。祖乃當胸蹋倒。師大悟。起來撫掌呵呵大笑雲。大奇百千三昧無量妙義。只向一毛頭上便識得根原去。便禮拜而退。師住後告眾雲。自從一吃馬師蹋。直至如今笑不休。有僧作一圓相。以手撮向師身上師乃三撥。亦作一圓相卻指其僧。僧便禮拜師打雲。遮虛頭漢。問如何是沙門行師雲。動則影現覺則氷生。問如何是佛法大意。師乃拊掌呵呵大笑。凡接機大約如此。

洪州水老和尚。初問馬祖:「如何是西來的的意?」祖乃當胸踏倒。師大悟、起來撫掌呵呵大笑說:「大奇。百千三昧、無量妙義、只向一毛頭上便識得根原去。」便禮拜而退。師住後告衆說:「自從一喫馬師踏、直至如今笑不休。」有僧作一圓相、以手撮向師身上。師乃三撥、亦作一圓相、卻指其僧。僧便禮拜。師打說:「這虛頭漢。」問:「如何是沙門行?」師說:「動則影現、覺則冰生。」問:「如何是佛法大意?」師乃撫掌呵呵大笑。凡接機大約如此。

浮盃和尚。有凌行婆來禮拜師師與坐吃茶。行婆乃問雲。盡力道不得底句。還分付阿誰。師雲浮杯無剩語。婆雲。某甲不恁麼道。師遂舉前語問婆。婆斂手哭雲。蒼天中間更有冤苦。師無語。婆雲。語不知偏正。理不識倒邪。為人即禍生也。後有僧舉似南泉。南泉雲。苦哉浮盃。被老婆摧折。婆後聞南泉恁道。笑雲王老師猶少機關在。有幽州澄一禪客。逢見行婆乃問雲。怎生南泉恁道猶少機關在。婆乃哭雲。可悲可痛。禪客罔措。婆乃問雲會麼禪客合掌而退。婆雲。徛死禪和如麻似粟。後澄一禪客舉似趙州。趙州雲。我若見遮臭老婆問教口啞卻。澄一問趙州雲。未審和尚怎生問他。趙州以棒打雲。似遮箇徛死漢。不打待幾時。連打數棒。婆又聞趙州恁道雲。趙州自合吃婆手裡棒。後僧舉似趙州。趙州哭雲。可悲可痛。婆聞趙州此語。合掌歎雲。趙州眼放光明照破四天下也。後趙州教僧去問婆雲。怎生是趙州眼。婆乃竪起拳頭。趙州聞乃作一頌。送凌行婆雲。

浮杯和尚。有凌行婆來禮拜師。師與坐喫茶。行婆乃問說:「盡力道不得底句、還分付阿誰?」師說:「浮杯無剩語。」婆說:「某甲不恁麼道。」師遂舉前語問婆。婆斂手哭說:「蒼天中間更有冤苦。」師無語。婆說:「語不知偏正、理不識倒邪、爲人即禍生也。」後有僧舉似南泉。南泉說:「苦哉浮杯、被老婆摧折。」婆後聞南泉恁道、笑說:「王老師猶少機關在。」有幽州澄一禪客逢見行婆、乃問說:「怎生南泉恁道猶少機關在?」婆乃哭說:「可悲可痛。」禪客罔措。婆乃問說:「會麼?」禪客合掌而退。婆說:「倚死禪和、如麻似粟。」後澄一禪客舉似趙州。趙州說:「我若見這臭老婆、問教口啞卻。」澄一問趙州說:「未審和尚怎生問他?」趙州以棒打說:「似這個倚死漢、不打待幾時。」連打數棒。婆又聞趙州恁道說:「趙州自合喫婆手裏棒。」後僧舉似趙州。趙州哭說:「可悲可痛。」婆聞趙州此語、合掌嘆說:「趙州眼放光明、照破四天下也。」後趙州教僧去問婆說:「怎生是趙州眼?」婆乃豎起拳頭。趙州聞乃作一頌、送凌行婆說:

當機直面提直面當機疾

當機直面提、直面當機疾。

報爾凌行婆哭聲何得失

報爾凌行婆、哭聲何得失。

婆以頌答趙州雲。

婆以頌答趙州說:

哭聲師已曉已曉復誰知

哭聲師已曉、已曉復誰知。

當時摩竭國幾喪目前機

當時摩竭國、幾喪目前機。

潭州龍山和尚(亦云隱山)問僧。什麼處來。僧雲。老宿處來。師雲。老宿有何言句。僧雲。說即千句萬句。不說即一字也無。師雲。恁麼即蠅子放卵。其僧禮拜。師便打之。洞山價和尚行腳時。迷路到山因參禮次。師問。此山無路闍梨向什麼處來。洞山雲。無路且置。和尚從何而入。師雲。我不曾雲水。洞山雲。和尚住此山多少時邪師雲。春秋不涉。洞山雲。此山先住和尚先住。師雲。不知。洞山雲。為什麼不知。師雲。我不為人天來。洞山卻問。如何是賓中主。師雲。長年不出戶洞山雲。如何是主中賓。師雲。青天覆白雲。洞山雲。賓主相去幾何。師雲。長江水上波。洞山雲。賓主相見有何言說。師雲。清風拂白月。洞山又問。和尚見箇什麼道理便住此山。師雲。我見兩箇泥牛鬪入海直至如今無消息。師因有頌雲。

潭州龍山和尚(亦云隱山)。問僧:「什麼處來?」僧說:「老宿處來。」師說:「老宿有何言句?」僧說:「說即千句萬句、不說即一字也無。」師說:「恁麼即蠅子放卵。」其僧禮拜。師便打之。洞山價和尚行腳時、迷路到山、因參禮次。師問:「此山無路、闍梨向什麼處來?」洞山說:「無路且置、和尚從何而入?」師說:「我不曾雲水。」洞山說:「和尚住此山多少時邪?」師說:「春秋不涉。」洞山說:「此山先住、和尚先住?」師說:「不知。」洞山說:「爲什麼不知?」師說:「我不爲人天來。」洞山卻問:「如何是賓中主?」師說:「長年不出戶。」洞山說:「如何是主中賓?」師說:「青天覆白雲。」洞山說:「賓主相去幾何?」師說:「長江水上波。」洞山說:「賓主相見有何言說?」師說:「清風拂白月。」洞山又問:「和尚見個什麼道理便住此山?」師說:「我見兩個泥牛鬥入海、直至如今無消息。」師因有頌說:

三間茅屋從來住一道神光萬境閑

三間茅屋從來住、一道神光萬境閒。

莫作是非來辨我浮生穿鑿不相關

莫作是非來辨我、浮生穿鑿不相關。

襄州居士龐蘊者。沖州衡陽縣人也。字道玄。世以儒為業。而居士少悟塵勞志求真諦。唐貞元初謁石頭和尚忘言會旨。復與丹霞禪師為友。一日石頭問曰。子自見老僧已來日用事作麼生。對曰。若問日用事即無開口處。復呈一偈雲。

襄州居士龐蘊、衡州衡陽縣人(底本作「衝州」、「衝」爲「衡」之訛)、字道玄。世以儒爲業、而居士少悟塵勞、志求真諦。唐貞元初謁石頭和尚、忘言會旨。復與丹霞禪師爲友。一日石頭問說:「子自見老僧已來、日用事作麼生?」對說:「若問日用事、即無開口處。」覆呈一偈說:

日用事無別唯吾自偶諧

日用事無別、唯吾自偶諧。

頭頭非取捨處處勿張乖

頭頭非取捨、處處勿張乖。

朱紫誰為號丘山絕點埃

朱紫誰爲號、丘山絕點埃。

神通並妙用運水及般柴

神通並妙用、運水及般柴。

石頭然之曰。子以緇耶素耶。居士曰。願從所慕遂不剃染。後之江西參問馬祖雲。不與萬法為侶者是什麼人。祖雲。待汝一口吸盡西江水即向汝道。居士言下頓領玄要。乃留駐參承經涉二載。有偈曰。

石頭然之說:「子以緇耶、素耶?」居士說:「願從所慕。」遂不剃染。後之江西參問馬祖說:「不與萬法爲侶者是什麼人?」祖說:「待汝一口吸盡西江水、即向汝道。」居士言下頓領玄要、乃留駐參承、經涉二載。有偈說:

有男不婚有女不嫁大家團欒頭

有男不婚、有女不嫁、大家團欒頭、

共說無生話

合わせて說無生話。

自爾機辯迅捷諸方嚮之。嘗遊講肆隨喜金剛經。至無我無人處。致問曰。座主既無我無人。是誰講誰聽。座主無對。居士曰。某甲雖是俗人麁知信向。座主曰只如居士意作麼生。居士乃示一偈雲。

自爾機辯迅捷、諸方向之。嘗遊講肆、隨喜《金剛經》。至「無我無人」處、致問說:「座主既無我無人、是誰講誰聽?」座主無對。居士說:「某甲雖是俗人、粗知信向。」座主說:「只如居士意作麼生?」居士乃示一偈說:

無我復無人作麼有疎親

無我復無人、作麼有疏親。

勸君休歷坐不似直求真

勸君休歷坐、不似直求真。

金剛般若性外絕一纖塵

金剛般若性、外絕一纖塵。

我聞並信受總是假名陳

我聞並信受、總是假名陳。

座主聞偈欣然仰歎。居士所至之處老宿多往。復問醻皆隨機應響。非格量軌轍之可拘也。元和中北遊襄漢隨處而居或鳳嶺鹿門。或𮠔肆閭巷。初住東巖後居郭西小舍。一女名靈照。常隨製竹漉籬令鬻之以供朝夕。有偈曰。

座主聞偈、欣然仰嘆。居士所至之處、老宿多往復問酬、皆隨機應響、非格量軌轍之可拘也。元和中北遊襄漢、隨處而居、或鳳嶺、鹿門、或廛肆閭巷。初住東巖、後居郭西小舍。一女名靈照、常隨制竹漉籬、令鬻之以供朝夕。有偈說:

心如境亦如無實亦無虛

心如境亦如、無實亦無虛。

有亦不管無亦不居不是賢聖

有亦不管、無亦不居、不是賢聖、

了事凡夫易復易即此五蘊有真智

了事凡夫易復易、即此五蘊有真智。

十方世界一乘同無相法身豈有二

十方世界一乘同、無相法身豈有二。

若捨煩惱入菩提不知何方有佛地

若舍煩惱入菩提、不知何方有佛地。

居士將入滅。令女靈照出視日早晚及午以報。女遽報曰。日已中矣。而有蝕也。居士出戶觀次。靈照即登父座合掌坐亡居士笑曰。我女鋒捷矣。於是更延七日。州牧於公問疾次。居士謂曰。但願空諸所有。慎勿實諸所無。好住世間皆如影響。言訖枕公膝而化。遺命焚棄。江湖緇白傷悼。謂禪門龐居士即毘耶淨名矣。有詩偈三百餘篇傳於世。

居士將入滅、令女靈照出視日早晚、及午以報。女遽報說:「日已中矣、而有蝕也。」居士出戶觀次、靈照即登父座、合掌坐亡。居士笑說:「我女鋒捷矣。」於是更延七日。州牧於公問疾次、居士謂說:「但願空諸所有、慎勿實諸所無。好住。世間皆如影響。」言訖枕公膝而化。遺命焚棄。江湖緇白傷悼、謂禪門龐居士即毗耶淨名矣。有詩偈三百餘篇傳於世。

景德傳燈錄 卷第八

景德傳燈錄 卷第九

懷讓禪師第三世上五十六人

懷讓禪師第三世上五十六人

洪州百丈懷海禪師法嗣三十人潭州溈山靈祐禪師

洪州百丈懷海禪師法嗣三十人。潭州潙山靈祐禪師

洪州黃檗山希運禪師(法要附卷末)

洪州黃檗山希運禪師(法要附卷末)

杭州大慈寰中禪師

杭州大慈寰中禪師

天台山普岸禪師

天台山普岸禪師

筠州常觀禪師

筠州常觀禪師

潭州石霜性空禪師

潭州石霜性空禪師

福州大安禪師

福州大安禪師

古靈神贊禪師

古靈神贊禪師

廣州和安通禪師

廣州和安通禪師

江州龍雲臺禪師

江州龍雲臺禪師

洛京衛國道禪師

洛京衛國道禪師

鎮州萬歲和尚

鎮州萬歲和尚

百丈山涅槃和尚

百丈山涅槃和尚

洪州東山和尚(已上一十四人見錄)

洪州東山和尚(以上一十四人見録)

高安無畏禪師

高安無畏禪師

東巖道曠禪師

東巖道曠禪師

邢州素禪師

邢州素禪師

唐州大乘山吉本禪師

唐州大乘山吉本禪師

小乘山慧深禪師

小乘山慧深禪師

楊州慧照寺昭一禪師

楊州慧照寺昭一禪師

禎州羅浮鑒深禪師

禎州羅浮鑑深禪師

洪州九仙山梵雲禪師

洪州九仙山梵雲禪師

江州廬山操禪師

江州廬山操禪師

越州禹跡寺契真禪師

越州禹跡寺契真禪師

筠州包山天性禪師

筠州包山天性禪師

明州大梅山彼岸禪師

明州大梅山彼岸禪師

洪州遼山藏術禪師

洪州遼山藏術禪師

昇州祇闍山道方禪師

升州祇闍山道方禪師

清田和尚

清田和尚

大於和尚(已上一十六人無機緣語句不錄)

大於和尚(以上一十六人無機縁語句は収録せず)

前虔州西堂藏禪師法嗣四人虔州處微禪師(一人見錄)雞林道義禪師

前虔州西堂藏禪師法嗣四人。虔州處微禪師(一人見録)。雞林道義禪師

新羅國慧禪師

新羅國慧禪師

新羅國洪直禪師(已上三人無機緣語句不錄)

新羅國洪直禪師(以上三人無機縁語句は収録せず)

前蒲州麻谷山寶徹禪師法嗣二人壽州良遂禪師(一人見錄)

前蒲州麻谷山寶徹禪師法嗣二人。壽州良遂禪師(一人見録)

新羅國無染禪師(一人無機緣語句不錄)

新羅國無染禪師(一人無機縁語句は収録せず)

前湖南東寺如會禪師法嗣四人吉州薯山慧超禪師(一人見錄)

前湖南東寺如會禪師法嗣四人。吉州薯山慧超禪師(一人見録)

舒州景諸禪師

舒州景諸禪師

莊嚴寺光肇禪師

莊嚴寺光肇禪師

潭州幕輔山昭禪師(已上三人無機緣語句不錄)

潭州幕輔山昭禪師(以上三人無機縁語句は収録せず)

前京兆章敬寺懷惲禪師法嗣一十六人京兆薦福弘辯禪師

前京兆章敬寺懷惲禪師法嗣一十六人。京兆薦福弘辯禪師

福州龜山智真禪師

福州龜山智真禪師

朗州懷政禪師

朗州懷政禪師

金州操禪師

金州操禪師

朗州古堤和尚

朗州古堤和尚

河中公畿和尚(已上六人見錄)

河中公畿和尚(以上六人見録)

柏林閑雲禪師

柏林閒雲禪師

宣州玄哲禪師

宣州玄哲禪師

河中寶堅禪師

河中寶堅禪師

西京道志禪師

西京道志禪師

絳州神祐禪師

絳州神祐禪師

西京智藏禪師

西京智藏禪師

許州無跡禪師

許州無跡禪師

壽州惟肅禪師

壽州惟肅禪師

新羅國玄昱禪師

新羅國玄昱禪師

新羅國覺體禪師(已上一十人無機緣語句不錄)

新羅國覺體禪師(以上一十人無機縁語句は収録せず)

前百丈懷海禪師法嗣

前百丈懷海禪師法嗣

潭州溈山靈祐禪師者福州長谿人也。姓趙氏。年十五辭親出家。依本郡建善寺法常律師剃髮。於杭州龍興寺受戒。究大小乘經律。二十三遊江西參百丈大智禪師。百丈一見許之入室。遂居參學之首。一日侍立百丈問誰。師曰。靈祐。百丈雲。汝撥鑪中有火否。師撥雲。無火。百丈躬起深撥得少火。舉以示之雲。此不是火。師發悟禮謝陳其所解。百丈曰此乃暫時岐路耳。經云。欲見佛性當觀時節因緣。時節既至如迷忽悟。如忘忽憶。方省己物不從他得。故祖師雲。悟了同未悟。無心得無法。只是無虛妄凡聖等心。本來心法元自備足。汝今既爾善自護持。時司馬頭陀自湖南來。百丈謂之曰。老僧欲往溈山可乎(司馬頭陀參禪外。蘊人倫之鑒。兼窮地理。諸方剏院多取決焉)對雲。溈山奇絕可聚千五百眾。然非和尚所住。百丈雲。何也。對雲。和尚是骨人。彼是肉山。設居之徒不盈千。百丈雲。吾眾中莫有人住得否。對雲。待歷觀之。百丈乃令侍者喚第一坐來(即華林和尚也)問雲。此人如何。頭陀令謦欬一聲行數步。對雲。此人不可。又令喚典坐來(即祐師也)頭陀雲。此正是溈山主也。百丈是夜召師入室。囑雲。吾化緣在此。溈山勝境汝當居之嗣續吾宗廣度後學。時華林聞之曰。某甲忝居上首。祐公何得住持。百丈雲。若能對眾下得一語出格當與住持。即指淨瓶問雲。不得喚作淨瓶。汝喚作什麼。華林雲。不可喚作木𣔻也。百丈不肯。乃問師。師蹋倒淨瓶。百丈笑雲。第一坐輸卻山子也。遂遣師往溈山。是山峭絕敻無人煙。師猿猱為伍橡栗充食。山下居民稍稍知之。帥眾共營梵宇。連率李景讓奏號同慶寺。相國裴公休嘗諮玄奧。繇是天下禪學若輻湊焉。師上堂示眾雲。夫道人之心質直無偽。無背無面無詐妄心行。一切時中視聽尋常更無委曲。亦不閉眼塞耳。但情不附物。即得從上諸聖只是說濁邊過患。

潭州潙山靈祐禪師は、福州長溪の人、姓は趙。年十五にて親に辭して出家し、本郡の建善寺法常律師に依りて髮を剃り、杭州龍興寺に於て戒を受け、大小乘の經律を窮めたり。二十三にて江西に游び、百丈大智禪師に參ず。百丈一見して之を入室せしめ、遂に參學の首に居る。一日侍立す。百丈問ふ、誰ぞ。師曰く、靈祐。百丈曰く、汝、爐の中に火有るかを撥せよ。師撥して曰く、火無し。百丈躬づから起ちて深く撥して、少しの火を得て擧げて之に示して曰く、此れは火にあらずや。師、悟りを發し、禮謝して其の解する所を陳ぶ。百丈曰く、此れ乃ち暫時の歧路なり。經に説く、佛性を見んと欲せば、當に時節因緣を觀ずべし、時節既に至れば、迷ひの忽ち悟り、忘るるの忽ち憶ふが如く、方に己物の他より得ずと省る、故に祖師説く、悟り了れば未悟と同じ、無心にして得法無し、只是れ虚妄の凡聖等の心無きなり、本來心法は元より自ら備へ足れり、汝今既に爾り、善く自ら護持せよ。時に司馬頭陀湖南より來る。百丈之に謂ひて曰く、老僧、潙山に往かんと欲す可しや。(司馬頭陀は參禪の外に人倫の鑑を蘊め、兼ねて地理を窮めたり、諸方の創院は多く彼に取決す。)對して曰く、潙山は奇絕にして千五百衆を聚む可し、然れども和尚の住する所にあらず。百丈曰く、何ぞ。對して曰く、和尚は是れ骨人にして、彼は是れ肉山なり、設ひ居らば徒千に盈たず。百丈曰く、吾が衆中に住し得る人有ること莫きか。對して曰く、歴觀するを待て。百丈乃ち侍者をして第一座を喚ばしめ來る(即ち華林和尚なり)。問ひて曰く、此の人如何。頭陀、謦咳一聲・行數步せしむ。對して曰く、此の人不可なり。又典座を喚ばしめ來る(即ち祐師なり)。頭陀曰く、此れ正に是れ潙山の主なり。百丈、是の夜師を召して入室せしめ、嘱して曰く、吾が化緣此に在り、潙山の勝境、汝當に之に居りて吾宗を嗣續し廣く後學を度すべし。時に華林聞きて曰く、某甲忝くも上首に居る、祐公何ぞ住持を得ん。百丈曰く、若し能く衆に對して出格の一語を下さば、當に住持を與へん。即ち淨瓶を指して問ひて曰く、淨瓶と喚作することを得ず、汝は何と喚作す。華林曰く、木瓶と喚作す可からず。百丈肯せず、乃ち師に問ふ。師、淨瓶を踏み倒す。百丈笑ひて曰く、第一座、山子を輸却せり。遂に師を遣はして潙山に往かしむ。是の山峭絕にして夐として人煙無し。師、猿猱を伍と爲し橡栗を食に充つ。山下の居民稍稍之を知りて衆を帥ゐて共に梵宇を營む。連帥李景讓、奏して號して同慶寺と曰ふ。相國裴公休、曾て玄奧を咨す。繇れ是天下の禪學、輻湊するが若し。師、上堂して衆に示して曰く、夫れ道人の心は質直にして僞無く、背無く面無く、詐妄の心行無し、一切時中の視聽尋常にして更に委曲無し、亦目を閉ぢ耳を塞がず、但情の物に附せざれば即ち得、上より來る諸聖は只濁邊の過患を説くのみ、

若無如許多惡覺情是想習之事。譬如秋水澄渟。清淨無為澹濘無礙。喚他作道人。亦名無事之人。時有僧問。頓悟之人更有修否。師雲。若真悟得本他自知時。修與不修。是兩頭語如今初心雖從緣得。一念頓悟自理。猶有無始曠劫習氣未能頓淨須教渠淨除現業流識。即是修也。不道別有法教渠修行趣。向。從聞入理聞理深妙。心自圓明不居惑地。縱有百千妙義抑揚當時。此乃得坐披衣自解作活計。以要言之。則實際理地不受一塵。萬行門中不捨一法。若也單刀趣入。則凡聖情盡體露真常。理事不二即如如佛。仰山問。如何是西來意。師雲。大好燈籠。仰山雲。莫只遮箇便是麼。師雲。遮箇是什麼。仰山雲。大好燈籠。師雲。果然不識。一日師謂眾雲。如許多人只得大機(舊本雲大識。今改作大機。按廣燈並別錄。皆雲只得大機。而第十六卷九峰慧禪師章中雲只得大體。未詳孰是)不得大用。仰山舉此語問山下庵主雲。和尚恁麼道意旨何如。庵主雲。更舉看。仰山擬再舉。被庵主蹋倒。歸舉似師。師大笑。師在法堂坐。庫頭擊木魚。火頭擲卻火抄。拊掌大笑。師雲。眾中也有恁麼人。喚來問。作麼生。火頭雲。某甲不吃粥肚飢所以喜歡。師乃點頭(東使聞雲。將知溈山眾裡無人。臥龍雲。將知溈山眾裡有人)普請摘茶。師謂仰山曰。終日摘茶只聞子聲不見子形。請現本形相見。仰山撼茶樹。師雲。子只得其用不得其體。仰山雲。未審和尚如何。師良久。仰山雲。和尚只得其體不得其用。師雲。放子二十棒(玄覺雲。且道過在什麼處)師上堂有僧出雲。請和尚為眾說法。師雲。我為汝得徹困也。僧禮拜(後人舉似雪峰。雪峰雲。古人得恁麼老婆心。玄沙雲。山頭和尚蹉過古人事也。雪峰聞之乃問玄沙。什麼處是老僧蹉過古人事處。玄沙雲。大小溈山被那僧一問得百雜碎。雪峰駭之乃休)。師謂仰山曰。

若し如許多の惡覺・情見・想習の事無ければ、譬へば秋水の澄渟し清淨無爲にして澹濘として礙無きが如し、他を喚んで道人と作し、亦名づけて無事の人と曰ふ。時に僧有りて問ふ、頓悟の人、更に修有るか。師曰く、若し眞に悟りて本を得ば、他自ら時を知らん、修と不修とは是れ兩頭の語なり、如今初心は緣に從ひて得ると雖も、一念頓悟して理に自らすれど、猶無始曠劫の習氣有りて未だ頓に淨めず、須らく渠を敎へて現業の流識を淨除せしめよ、即ち是れ修なり、別に法有りて渠を敎へて修行して趣向するを道はず、聞より理に入りて、理を聞くこと深妙なれば、心自ら圓明にして惑地に居らず、縱ほ百千の妙義抑揚の當時有りと雖も、此れ乃ち坐を得て衣を披き、自ら活計を作すを解す、要を以て之を言へば、則ち實際理地に一塵を受けず、萬行門中に一法を捨てず、若しも單刀趣入せば則ち凡聖の情盡きて體露して眞常なり、理事不二にして即ち如如の佛なり。仰山問ふ、如何なるか是れ西來意。師曰く、大好燈籠。仰山曰く、莫れも只此の箇便是か。師曰く、此の箇は是れ甚麼。仰山曰く、大好燈籠。師曰く、果然識らず。一日師、衆に謂ひて曰く、如許多の人は只大機を得て(舊本は大識と説く、今改めて大機と作す、『廣燈』並びに別録を按ずるに皆只大機を得と説く、而して第十六卷の九峰慧禪師の章の中に只大體を得と説く、未だ詳かに孰れか是なるを知らず)、大用を得ず。仰山、此の語を擧げて山下の庵主に問ひて曰く、和尚恁麼に道ふ、意旨如何。庵主曰く、更に擧げて看よ。仰山、擬して再び擧げんとして庵主に踏み倒さる。歸りて師に擧げて似す。師大笑す。師、法堂に坐す。庫頭、木魚を擊つ。火頭、火抄を擲却して掌を拊して大笑す。師曰く、衆中にも恁麼の人有り。喚び來りて問ふ、作麼生。火頭曰く、某甲、粥を喫せず肚饑なり、所以に喜歡す。師乃ち點頭す(東使聞きて曰く、將に知らん潙山衆裏に人無きを、臥龍曰く、將に知らん潙山衆裏に人有るを)。普請して茶を摘む。師、仰山に謂ひて曰く、終日茶を摘めど只子の聲を聞きて子の形を見ず、請ふ本形を現じて相見せん。仰山、茶樹を撼す。師曰く、子只其の用を得て其の體を得ず。仰山曰く、未だ審らかに和尚如何。師良久す。仰山曰く、和尚只其の體を得て其の用を得ず。師曰く、子を放つこと二十棒。(玄覺曰く、且く道へ過は甚麼の處に在る。)師上堂す、僧有りて出でて曰く、請ふ和尚衆の爲に法を説かん。師曰く、我汝が爲に徹困を得なり。僧禮拜す(後人擧げて雪峯に似す、雪峯曰く、古人恁麼の老婆心を得たり、玄沙曰く、山頭和尚、古人事を蹉過せり、雪峯之を聞きて乃ち玄沙に問ふ、甚麼の處か是れ老僧の古人事を蹉過せる處、玄沙曰く、大小の潙山、那の僧の一問に被りて百雜碎を得たり、雪峯之を駭きて乃ち休む)。師、仰山に謂ひて曰く、

寂子速道莫入陰界。仰山雲。慧寂信亦不立。師雲。子信了不立不信不立。仰山雲。只是慧寂更信阿誰。師雲。若恁麼即是定性聲聞。仰山雲。慧寂佛亦不見。師問仰山。涅槃經四十卷多少佛說多少魔說。仰山雲。總是魔說。師雲。已後無人奈子何。仰山雲。慧寂即一期之事。行履在什麼處。師雲。只貴子眼正。不說子行履。仰山蹋衣次提起問師雲。正恁麼時和尚作麼生。師雲。正恁麼時我遮裡無作麼生。仰山雲。和尚有身而無用。師良久卻拈起問。汝正恁麼時作麼生。仰山雲。正恁麼時和尚還見伊否。師雲汝有用而無身(此語是二月中問答)師忽問仰山。汝春間有話未圓。今試道看。仰山雲。正恁麼時切忌勃塑。師雲。停囚長智。師一日喚院主。院主來。師雲。我喚院主汝來作什麼。院主無對(曹山代雲。也知和尚不喚某甲)又令侍者喚第一座。第一座來。師雲。我喚第一座汝來作什麼。亦無對(曹山代雲。若令侍者喚恐不來。法眼別雲。適來侍者喚)師問新到僧名什麼。僧雲。名月輪。師作一圓相問。何似遮箇。僧雲。和尚恁麼語話。諸方大有人不肯在。師雲。貧道即恁麼。闍梨作麼生。僧雲。還見月輪麼。師雲。闍梨恁麼道。此間大有人不肯諸方。師問雲巖雲。聞汝久在藥山是否。巖雲是。師雲。藥山大人相如何。雲巖雲。涅槃後有。師雲。涅槃後有如何。雲巖雲。水灑不著。雲巖卻問師。百丈大人相如何。師雲。巍巍堂堂煒煒煌煌。聲前非聲。色後非色。蚊子上鐵牛。無汝下嘴處。師過淨瓶與仰山。仰山擬接。師卻縮手雲。是什麼。仰山雲。和尚還見箇什麼。師雲。若恁麼何用更就吾覓。仰山雲。雖然如此仁義道中與和尚提瓶挈水亦是本分事。師乃過淨瓶與仰山師與仰山行次指柏樹子問雲。前面是什麼。仰山雲。只遮箇柏樹子。師卻指背後田翁雲。遮阿翁向後亦有五百眾。師問仰山。從何處歸。

寂子速やかに道へ、陰界に入ること莫れ。仰山曰く、慧寂、信も亦立たず。師曰く、子は信し了りて立たずか、信せずして立たずか。仰山曰く、只是れ慧寂、更に阿誰を信ぜん。師曰く、若し恁麼ならば即ち是れ定性聲聞。仰山曰く、慧寂、佛も亦見ず。師、仰山に問ふ、『涅槃經』四十卷、多少か是れ佛説、多少か是れ魔説。仰山曰く、總て是れ魔説。師曰く、已後人の子を奈何する無からん。仰山曰く、慧寂、即ち一期の事、行履は甚麼の處に在る。師曰く、只子が眼の正なるを貴ぶ、子が行履を説はず。仰山、衣を踏む次、提起して師に問ひて曰く、正に恁麼の時、和尚作麼生。師曰く、正に恁麼の時、我が此裏に作麼生無し。仰山曰く、和尚は身有りて用無し。師良久にして却て拈起して問ふ、汝正に恁麼の時作麼生。仰山曰く、正に恁麼の時、和尚還た伊を見るか。師曰く、汝は用有りて身無し。(此の語は是れ二月中の問答。)師忽ち仰山に問ふ、汝、春間に話有りて未だ圓ならず、今試みに道へて看よ。仰山曰く、正に恁麼の時、切に勃塑を忌む。師曰く、停囚長智。師一日院主を喚ぶ。院主來る。師曰く、我は院主を喚ぶ、汝來りて何を作す。院主對無し(曹山代に曰く、も知る和尚は某甲を喚ばざるを)。又侍者をして第一座を喚ばしむ。第一座來る。師曰く、我は第一座を喚ぶ、汝來りて何を作す。亦對無し(曹山代に曰く、若し侍者をして喚ばしめば恐らくは來らざらん、法眼別に曰く、適かに來るは侍者の喚ぶなり)。師、新到の僧に問ふ、名は甚麼。僧曰く、名は月輪。師、一の圓相を作して問ふ、此の箇に何に似たる。僧曰く、和尚恁麼に語話すれば諸方大いに人肯ぜざる在り。師曰く、貧道即ち恁麼なり、闍梨作麼生。僧曰く、還た月輪を見るか。師曰く、闍梨恁麼に道はば、此間大いに人諸方を肯ぜず。師、雲巖に問ひて曰く、聞く汝久しく藥山に在り、是か否か。巖曰く、是。師曰く、藥山の大人相如何。雲巖曰く、涅槃の後有り。師曰く、涅槃の後有るは如何。雲巖曰く、水灑ぎ著からず。雲巖却て師に問ふ、百丈の大人相如何。師曰く、巍巍堂堂、煒煒煌煌、聲前は聲に非ず色後は色に非ず、蚊子が鐵牛に上るには汝が嘴を下す處無し。師、淨瓶を仰山に過す。仰山擬して接けんとす。師却て手を縮めて曰く、是れ甚麼。仰山曰く、和尚還た箇の甚麼を見る。師曰く、若し恁麼ならば、何ぞ用ゐん更に吾に就きて覓めるを。仰山曰く、然りと雖も仁義道中に和尚と瓶を提げ水を挈ぐるも亦是れ本分事。師乃ち淨瓶を仰山に過す。師、仰山と行く次、柏樹子を指して問ひて曰く、前面は是れ甚麼。仰山曰く、只此の箇の柏樹子。師却て背後の田翁を指して曰く、此の阿翁、向後も亦五百衆有らん。師、仰山に問ふ、何の處より歸る。

仰山雲。田中歸。師雲。禾好刈也未。仰山雲。好刈也。師雲。作青見作黃見作不青不黃見。仰山雲。和尚背後是什麼。師雲。子還見麼。仰山拈起禾穗雲。和尚何曾問遮箇。師雲。此是鵝王擇乳。冬月師問仰山。天寒人寒。仰山雲。大家在遮裡。師雲。何不直說。仰山雲。適來也不曲和尚如何。師雲。直須隨流。有僧來禮拜。師作起勢。僧雲。誰和尚不起。師雲。老僧未曾坐。僧雲。某甲亦未曾禮師雲。何故無禮。僧無對(同安代雲。和尚不怪)石霜會下有二禪客到雲。此間無一人會禪。後普請般柴。仰山見二禪客歇。將一橛柴問雲。還道得麼。俱無語。仰山雲。莫道無人會禪好。歸舉似溈山雲。今日二禪客被慧寂勘破。師雲。什麼處被子勘破。仰山便舉前話。師雲。寂子又被吾勘破(雲居錫雲。什麼處是溈山勘破仰山處)師睡次仰山問訊。師便迴面向壁。仰山雲。和尚何得如此。師起雲。我適來得一夢。汝試為我原看。仰山取一盆水與師洗面。少頃香嚴亦來問訊。師雲。我適來得一夢寂子原了。汝更與我原看。香嚴乃點一椀茶來。師雲。二子見解過於鶖子。僧雲。不作溈山一頂笠。無由得到莫傜村。如何是溈山一頂笠。師即蹋之。師上堂示眾雲。老僧百年後向山下作一頭水牯牛。左脅書五字雲溈山僧某甲。此時喚作溈山僧。又是水牯牛。喚作水牯牛。又云溈山僧。喚作什麼即得(雲居代雲。師無異號。資福代作圓相。托起古人頌雲。不道溈山不道牛。一身兩號實難醻。離卻兩頭應須道。如何道得出常流)師敷揚宗教凡四十餘年。達者不可勝數。入室弟子四十一人。唐大中七年正月九日盥漱敷坐怡然而寂。壽八十三。臘六十四。塔於本山。勅諡大圓禪師。塔曰清淨。

仰山曰く、田中より歸る。師曰く、禾、好く刈るや未だ。仰山曰く、好く刈れり。師曰く、青と作して見るか、黃と作して見るか、不青不黃と作して見るか。仰山曰く、和尚の背後は是れ甚麼。師曰く、子還た見るか。仰山、禾穗を拈起して曰く、和尚何ぞ曾て此の箇を問はん。師曰く、此れ是れ鵝王の乳を擇ぶ。冬月、師仰山に問ふ、天寒か人寒か。仰山曰く、大家此裏に在り。師曰く、何ぞ直説せざる。仰山曰く、適かに來るも亦曲ならず、和尚如何。師曰く、直に須らく流に隨ふべし。僧有りて來り禮拜す。師、起勢を作す。僧曰く、和尚起たず。師曰く、老僧未だ曾て坐せず。僧曰く、某甲亦未だ曾て禮せず。師曰く、何故に禮無き。僧對無し(同安代に曰く、和尚怪しまず)。石霜の會下に二の禪客ありて到りて曰く、此間に一人も禪を會する無し。後に普請して柴を搬ぶ。仰山、二禪客の歇するを見て一橛の柴を將て問ひて曰く、還た道へ得るか。俱に語無し。仰山曰く、人無くして禪を會すると道ふこと莫れ、好し。歸りて潙山に擧げて似して曰く、今日二禪客、慧寂に勘破せられり。師曰く、甚麼の處か子に勘破せられたる。仰山便ち前話を擧ぐ。師曰く、寂子又被れ吾に勘破せられたり。(雲居錫曰く、甚麼の處か是れ潙山の仰山を勘破せる處。)師、睡る次、仰山問訊す。師便ち面を回し壁に向かふ。仰山曰く、和尚何ぞ此の如くするを得る。師起ちて曰く、我適かに一の夢を得たり、汝試みに我が爲に原ねて看よ。仰山、一盆の水を取りて師に面を洗はしむ。少頃、香嚴亦來りて問訊す。師曰く、我適かに一の夢を得たり、寂子原め了りぬ、汝更に我と原ねて看よ。香嚴乃ち一碗の茶を點じて來る。師曰く、二子の見解は鶖子に過ぎたり。僧曰く、潙山の一頂の笠と作さずば莫傜村に到る由無し、如何なるか是れ潙山の一頂の笠。師即ち之を踏む。師上堂して衆に示して曰く、老僧百年の後山下に向かひて一頭の水牯牛と作さん、左脇に五字を書して潙山僧某甲と説かん、此の時、潙山僧と喚作せば又是れ水牯牛、水牯牛と喚作せば又潙山僧と説く、何と喚作せば即ち得。(雲居代に曰く、師に異號無し、資福代に圓相を作す、古人の頌を托起して曰く、潙山を道はず牛を道はず、一身の兩號實に酬へ難し、兩頭を離れて應に須らく道ふべし、如何に道へば出でて常流を得ん。)師、宗教を敷揚すること凡そ四十餘年、達者は數へて勝ぐ可からず、入室弟子四十一人。唐大中七年正月九日、盥漱して坐を敷きて怡然として寂す。壽八十三・臘六十四。本山に塔す。敕諡して大圓禪師、塔を清淨と曰ふ。

洪州黃檗希運禪師閩人也。幼於本州黃檗山出家。額間隆起如肉珠。音辭朗潤志意沖澹。後遊天台逢一僧。與之言笑如舊相識。熟視之目光射人。乃偕行屬㵎水暴漲。乃捐笠植杖而止。其僧率師同渡。師曰。兄要渡自渡。彼即褰衣躡波若履平地。迴顧雲。渡來渡來。師曰。咄遮自了漢。吾早知當斫汝脛。其僧歎曰。真大乘法器我所不及。言訖不見。師後遊京師。因人啟發乃往參百丈。問曰。從上宗承如何指示。百丈良久。師雲。不可教後人斷絕去也。百丈雲。將謂汝是箇人。乃起入方丈。師隨後入雲。某甲特來。百丈雲若爾則他後不得孤負吾。百丈一日問師。什麼處去來。曰大雄山下采菌子來。百丈曰。還見大蟲麼。師便作虎聲百丈拈斧作斫勢。師即打百丈一摑。百丈吟吟大笑便歸。上堂謂眾曰。大雄山下有一大蟲汝等諸人也須好看。百丈老漢今日親遭一口。師在南泉時普請擇菜。南泉問什麼處去。曰擇菜去。南泉曰。將什麼擇。師舉起刀子。南泉曰。大家擇菜去。一日南泉謂師曰。老僧偶述牧牛歌。請長老和。師雲。某甲自有師在。師辭南泉。門送提起師笠子云。長老身材勿量大。笠子太小生。師雲。雖然如此大千世界總在裡許。南泉雲。王老師聻。師便戴笠子而去。後居洪州大安寺海眾奔湊。裴相國休鎮宛陵。建大禪苑請師說法。以師酷愛舊山。還以黃檗名之。又請師至郡以所解一編示師。師接置於坐略不拔閱。良久雲。會麼。公雲。未測。師雲。若便恁麼會得猶較些子。若也形於紙墨何有吾宗。裴乃贈詩一章曰。

洪州黃檗希運禪師は、閩の人。幼にして本州黃檗山に於て出家す。額間隆起して肉珠の如く、音辭朗潤にして志意沖澹なり。後に天臺に游びて一僧に逢ひて之と言笑すること舊相識の如し。熟視すれば目光人を射る、乃ち偕に行く。澗水暴漲するに屬して乃ち笠を捐て杖を植ゑて止まる。其の僧、師を率ゐて同じく渡らんとす。師曰く、兄、渡らんと要せば自ら渡れ。彼即ち衣を褰ねて波を蹑みて平地を履むが若く、回顧して曰く、渡り來れ、渡り來れ。師曰く、咄、此の自了漢、吾早く知らば當に汝が脛を斫らん。其の僧歎じて曰く、眞に是れ大乘の法器、我の及ぶ所にあらず。言い訖りて見えず。師後に京師に游び、人の啓發に因りて乃ち往きて百丈に參ず。問ひて曰く、上より來る宗承如何に指示する。百丈良久す。師曰く、後人に斷絕せしめ去らしむる可からず。百丈曰く、將に謂ふ汝は是れ箇の人なりと。乃ち起ちて方丈に入る。師、隨後に入りて曰く、某甲特に來れり。百丈曰く、若し爾ならば則ち他後吾を孤負するを得ず。百丈一日師に問ふ、甚麼の處に去りて來る。曰く、大雄山下に菌子を采りて來る。百丈曰く、還た大蟲を見たるか。師便ち虎聲を作す。百丈斧を拈りて斫る勢を作す。師即ち百丈に一掴を打つ。百丈吟吟として大笑して便ち歸る。上堂して衆に謂ひて曰く、大雄山下に一の大蟲有り、汝等諸人も須らく好く看るべし、百丈の老漢今日親しく一口を遭へり。師、南泉に在る時普請して菜を擇ぶ。南泉問ふ、甚麼の處に去る。曰く、菜を擇びに去る。南泉曰く、將て何を以て擇ぶ。師刀子を擧起す。南泉曰く、大家菜を擇びに去れ。一日南泉、師に謂ひて曰く、老僧偶に牧牛歌を述べたり、請ふ長老和せん。師曰く、某甲自ら師有り。師、南泉に辭す。門に送り、師の笠子を提起して曰く、長老身材勿れ量大なり、笠子太小生なり。師曰く、然りと雖も大千世界總て裏許に在り。南泉曰く、王老師は。師便ち笠子を戴きて去る。後に洪州大安寺に居りて海衆奔湊す。裴相國休、宛陵を鎭め大禪苑を建てて師を請じて法を説かしむ。師、酷く舊山を愛するを以て還た黃檗と名づく。又師を請じて郡に至りて以て解する所の一編を師に示す。師接けて坐に置きて略も披閱せず。良久にして曰く、會すか。公曰く、未だ測らず。師曰く、若し便ち恁麼に會し得ば猶較く些子を、若しも紙墨に形さば何ぞ吾宗有らん。裴乃ち詩一章を贈りて曰く、

自從大士傳心印額有圓珠七尺身

大士心印を傳ふるより來りて、額に圓珠有りて七尺の身。

掛錫十年棲蜀水浮盃今日渡章濱

錫を挂けて十年蜀水に棲み、杯を浮かべて今日章濱を渡る。

一千龍象隨高步萬裡香華結勝因

一千の龍象高き步みに隨ひ、萬里の香花勝因を結ぶ。

擬欲事師為弟子不知將法付何人

師に事へて弟子と爲らんと擬すれど、法を將て何人に付せんかを知らず。

(觀前所敘。則運禪師居洪州大安寺。後裴公在宣州剏寺請師居之。號曰黃蘗。而贈以詩也。然所敘之事與詩意全不相合。今詳此詩。乃裴公在洪州時作也。言掛錫十年棲蜀水者。謂師先住高安之黃蘗已十年也。按前漢地理志。豫章郡建成縣有蜀水。建成者即唐之高安縣也。浮盃今日渡章濱者。謂自黃蘗請師來至洪城也。按前漢地理誌。豫章水出贛縣西南北入大江。洪州城在章水之濱。而郡名豫章也。又裴公作傳心法要序雲。有大禪師號希運。住洪州高安縣黃蘗山鷲峰下。海眾常千餘人。予會昌二年廉於鍾陵。自山迎至州憩龍興寺。旦夕問道。大中二年廉於宛陵。復禮迎至所部。寓開元寺云云。鍾陵洪州也。宛陵宣州也。觀此序所述。亦謂師先住高安黃蘗。而裴公請至洪州。與前詩正合。逮其廉於宣州。雖復迎請師。但寓開元寺而已。初無建寺之說。不知本章何以差誤若此。蓋當以裴公法要序與詩為正。且會昌三年武宗廢教其二年。言師居黃蘗已十載。此必然之理也。裴公在宣州請師。乃大中重興之後。而師再聚徒於黃蘗之時也。故千頃南公章中雲。大中初裴公出撫宛陵。請黃蘗和尚出山。而南公隨之也。其餘在裴公章中辨之矣)。

(前の叙する所を看れば、則ち運禪師は洪州大安寺に居り、後に裴公宣州に在りて寺を創り師を請じて之に居らしめ、號して黃檗と曰ひて詩を以て贈る。然れど叙する所の事は詩の意と全く相合せず。今此の詩を詳かにするに、乃ち裴公洪州に在る時の作なり、「錫を挂けて十年蜀水に棲む」と説く的は、師先に高安の黃檗に住すること已に十年なるを謂ふ、『前漢・地理志』を按ずるに豫章郡建成縣に蜀水有り、建成は即ち唐の高安縣なり、「杯を浮かべて今日章濱を渡る」のは黃檗より師を請じて洪城に來らしむるを謂ふ、『前漢・地理志』を按ずるに豫章水は贛縣の西に出でて南北に大江に入る、洪州城は章水の濱に在りて郡名は豫章なり。又裴公『傳心法要序』を作りて曰く、大禪師ありて號を希運と曰ひ洪州高安縣黃檗山鷲峰の下に住し、海衆常に千餘人、予會昌二年鍾陵に廉め、山より迎へて州に至りて龍興寺に憩め旦夕道を問ふ、大中二年宛陵に廉め復た禮して迎へて所部に至りて開元寺に寓す云云と。鍾陵は洪州、宛陵は宣州なり、此の序の述ぶる所を觀るに亦師先に高安黃檗に住して裴公請じて洪州に至らしむと謂ふ、前の詩と正に合す。其の宣州に廉むに逮ぶや、復た師を迎へて請ふと雖も但開元寺に寓するのみ、初め建寺の説無し、本章何を以てか差誤せること此の如くなるを知らず、蓋し當に裴公の『法要序』と詩とを以て正と爲すべし、且つ會昌三年武宗教を廢し、其の二年に師黃檗に居ること已に十載と言ふは此れ必然の理なり、裴公宣州に在りて師を請ふたるは乃ち大中重興の後にして師再び徒を黃檗に聚むるの時なり、故に千頃南公の章の中に説く、大中初め裴公出でて宛陵を撫して黃檗和尚を請じて山を出でしめ、而して南公之に隨ふと、其の餘は裴公の章の中に於て之を辨ず。)

師亦無喜色。自爾黃蘗門風盛於江表矣。一日上堂大眾雲集。乃曰。汝等諸人慾何所求。因以棒趁散雲。盡是吃酒糟漢恁麼行腳取笑於人。但見八百一千人處便去。不可只圖熱鬧也。老漢行腳時或遇草根下有一箇漢。便從頂上一錐看他。若知痛癢可以布。袋盛米供養。可中總似汝如此容易。何處更有今日事也。汝等既稱行腳。亦須著些精神好還知道。大唐國內無禪師麼。時有一僧出問雲諸方尊宿盡聚眾開化。為什麼道無禪師。師雲不道無禪只道無師。闍梨不見。馬大師下有八十八人坐道場。得馬師正眼者。止三兩人。廬山和尚是其一人。夫出家人須知有從上來事分。且如四祖下牛頭融大師橫說堅說。猶未知向上關棙子。有此眼腦方辨得邪正宗黨。且當人事宜不能體會得。但知學言語。念向皮袋裡安著到處稱我會禪。還替得汝生死麼輕忽老宿入地獄如箭。我才見入門來。便識得汝了也。還知麼。急須努力莫容易事。持片衣口食空過一生。明眼人笑。汝久後總被俗漢算將去在。宜自看遠近。是阿誰面上事若會即便會。若不會即散去。問如何是西來意。師便打。自餘施設皆被上機。中下之流莫窺涯涘。唐大中年終於本山。勅諡斷際禪師。塔曰廣業。

師、亦喜色無し。自ら爾れ黃檗門風江表に盛んなり。一日上堂して大衆雲集し、乃ち曰く、汝等諸人何を求めんと欲する。因りて棒を以て趁り散じて曰く、盡く是れ酒糟を喫する漢なり、恁麼に行脚して人に笑はるるを取る、但見る八百一千人の處有れば便ち去りて只熱鬧を圖る可からざるなり、老漢行脚の時、或は草根の下に一個の漢有るに遇へば便ち頂上より一錐して彼を看る、若し痛癢を知れば布袋に米を盛りて供養す可し、中に總て汝の此の如く容易に似たらば何の處に更に今日の事有らん、汝等既に行脚と稱すれば亦須らく些かの精神を著けて好かるべし、還た知るか大唐國內に禪師無きを。時に一僧ありて出でて問ひて曰く、諸方の尊宿盡く衆を聚めて化を開く、何を以て禪師無しと道ふ。師曰く、禪無しと道はず、只師無しと道ふ、闍梨見ざるか、馬大師の下に八十八人の道場を坐する有りて馬師の正眼を得る者は止まること三兩人なり、廬山和尚は是れ其の一人なり、夫れ出家の人は須らく上より來る事分有るを知るべし、且つ四祖の下の牛頭融大師の如くは橫説豎説しても猶未だ向上の關棙子を知らず、此の眼腦有りて方に邪正の宗黨を辨じ得、且つ當人の事宜を體會し得る能はず、但言語を學びて皮袋裏に安著し念じて到處我禪を會すと稱す、還た汝が生死に替はるを得るか、老宿を輕忽せば地獄に入ること箭の如し、我纔かに入門に來るを見れば便ち汝を識得せり、還た知るか、急に須らく努力すべし容易なること莫れ、片衣口食の事を持して一生を空しく過さば明眼の人汝を笑はん、久しき後總て俗漢に算して將て去ること在り、宜しく自ら遠近を看るべし、是れ阿誰の面上の事ぞ、若し會せば即便ち會せ、若し會せざれば即ち散去せよ。問ふ、如何なるか是れ西來意。師便ち打つ。自餘の施設は皆上機に被る、中下の流は涯涘を窺ふ莫し。唐大中年に本山に終はる。敕諡して斷際禪師、塔を廣業と曰ふ。

杭州大慈山寰中禪師蒲坂人也。姓盧氏。頂骨圓聳其聲如鍾。少丁母憂廬於墓所。服闋思報罔極。於幷州童子寺出家。嵩嶽登戒習諸律學。後參百丈受心印。辭往南嶽常樂寺結茅于山頂。一日南泉至問。如何是庵中主。師雲蒼天蒼天。南泉雲。蒼天且置。如何是庵中主。師雲。會即便會莫忉忉南泉拂袖而出。後住浙江北大慈山。上堂雲。山僧不解答話。只能識病。時有一僧出師前立。師便下座歸方丈(法眼雲。眾中喚作病在目前不識。玄覺雲。且道大慈識病不識病。此僧出來是病不是病。若言是病。每日行住不可總是病。若言不是病出來。又作麼生)趙州問。般若以何為體。師雲。般若以何為體趙州大笑而出。師明日見趙州掃地。問般若以何為體。趙州置箒拊掌大笑。師便歸方丈。有僧辨。師雲。去什麼處。僧雲。暫去江西。師雲。我勞汝一段事得否。僧雲。和尚有什麼事。師雲。將取老僧去。僧雲。更有過於和尚者。亦不能將得去。師便休。其僧後舉似洞山。洞山雲。闍梨爭合恁麼道。僧雲。和尚作麼生。洞山雲得(法眼別雲。和尚若去某甲提笠子)洞山又問其僧。大慈別有什麼言句。僧雲。有時示眾雲。說得一丈不如行取一尺。說得一尺不如行取一寸。洞山雲。我不恁麼道。僧雲。作麼生。洞山雲。說取行不得底。行取說不得底(雲居雲。行時無說路。說時無行路。不說不行時合行什麼路。樂普雲。行說俱到即本事無。行說俱不到即本事在)後屬唐武宗廢教。師短褐隱居。大中壬申歲重剃染大揚宗旨。咸通三年二月十五日不疾而逝。壽八十三。臘五十四。僖宗諡性空大師定慧之塔。

杭州大慈山寰中禪師は、蒲坂の人、姓は盧。頂骨圓く聳えて其の聲鐘の如し。少にして母の憂に丁り墓所に廬す。服闋して罔極に報ゆるを思ひ、并州童子寺に於て出家す。嵩嶽に登戒して諸の律學を習ふ。後に百丈に參じて心印を受く。辭して南岳常樂寺に往きて山頂に茅を結ぶ。一日南泉至りて問ふ、如何なるか是れ庵中の主。師曰く、蒼天蒼天。南泉曰く、蒼天且く置け、如何なるか是れ庵中の主。師曰く、會せば即便ち會せ、忉忉すること莫れ。南泉袖を拂ひて出づ。後に浙江北大慈山に住す。上堂して曰く、山僧、話に答ふるを解せず、只能く病を識る。時に一僧ありて出でて師前に立つ。師便ち座を下りて方丈に歸る(法眼曰く、衆中喚んで病在目前にして識らずと作す、玄覺曰く、且く道へ大慈は病を識るか識らざるか、此の僧出で來るは是れ病か病に非ずや、若し是れ病と言はば每日の行住總て是れ病と爲す可からず、若し是れ病に非ずと言はば出で來りて又作麼生)。趙州問ふ、般若は何を以て體と爲す。師曰く、般若は何を以て體と爲す。趙州大笑して出づ。師明日趙州の地を掃くを見て問ふ、般若は何を以て體と爲す。趙州帚を置きて掌を拊して大笑す。師便ち方丈に歸る。僧あり辭す。師曰く、甚麼の處に去る。僧曰く、暫く江西に去る。師曰く、我、汝に一段の事を勞するを得るか。僧曰く、和尚に甚麼の事か有る。師曰く、老僧を將て取りて去れ。僧曰く、更に和尚に過ぐる者有りて亦將て去ること能はず。師便ち休む。其の僧後に擧げて洞山に似す。洞山曰く、闍梨爭ぞ恁麼に道ふに合せる。僧曰く、和尚作麼生。洞山曰く、得。(法眼別に曰く、和尚若し去らば某甲笠子を提げん。)洞山又其の僧に問ふ、大慈別に甚麼の言句か有る。僧曰く、有時衆に示して曰く、一丈を説き得るは一尺を行取るに如かず、一尺を説き得るは一寸を行取るに如かず。洞山曰く、我は恁麼に道はず。僧曰く、作麼生。洞山曰く、説き取るは行ひ得ざる底、行ひ取るは説き得ざる底。(雲居曰く、行く時は説路無し、説く時は行路無し、説かず行かざる時は合して何の路をか行く、樂普曰く、行説俱に到れば即ち本事無し、行説俱に到らざれば即ち本事在り。)後に唐武宗の教を廢するに屬して師短褐にして隱居す。大中壬申の歳、重ねて剃染して大いに宗旨を揚ぐ。咸通三年二月十五日、疾なくして逝す。壽八十三・臘五十四。僖宗諡して性空大師・定慧の塔。

天台平田普岸禪師洪州人也。於百丈門下得旨。後聞天台勝概聖賢間出。思欲高蹈方外遠追遐躅。乃結茅薙草宴寂林下。日居月諸為四眾所知。創建精藍號平田禪院焉。有時謂眾曰。神光不昧萬古徽猷。入此門來莫存知解。有僧到參。師打一拄杖。其僧近前把住拄杖。師曰。老僧適來造次。僧卻打師一拄杖。師曰。作家作家。僧禮拜。師把住曰。是闍梨造次。僧大笑。師曰。遮箇師僧今日大敗也。有偈示眾曰。

天臺平田普岸禪師は、洪州の人。百丈門下に於て旨を得たり。後に天臺の勝概聖賢間出すを聞きて、方外に高蹈し遠く遐躅を追はんと思欲して、乃ち茅を結び草を薙りて林下に宴寂す。日居月諸して四衆に知らるる所と爲る。精藍を創建して號して平田禪院と曰ふ。有時衆に謂ひて曰く、神光昧らず萬古の徽猷なり、此の門に入り來らば知解を存すること莫れ。僧有りて到り參ず。師一の拄杖を打つ。其の僧近づき前りて拄杖を把住す。師曰く、老僧適かに來る造次なり。僧却て師に一拄杖を打つ。師曰く、作家作家。僧禮拜す。師把住して曰く、是れ闍梨の造次なり。僧大笑す。師曰く、此の師僧今日大敗せり。偈有りて衆に示して曰く、

大道虛曠常一真心善惡勿思

大道虚曠、常に一の眞心、善惡思ふこと勿れ、

神清物表隨緣飲啄更復何為

神清きこと物の表、緣に隨ひて飮啄す、更に復た何をか爲さん。

終於本院。今山門有遺塔存焉宋朝重加修飾。賜額曰壽昌。岸禪師即壽昌開山和尚也。

本院に終はる。今山門に遺塔存り。宋朝重ねて修飾を加へて額を賜ひて壽昌と曰ふ。岸禪師即ち壽昌の開山和尚なり。

筠州五峰常觀禪師有僧問。如何是五峰境。師雲險。僧雲。如何是境中人。師雲塞。有僧辭師雲。闍梨向什麼處去。僧雲。臺山去。師竪起一指雲。若見文殊了。卻來遮裡與汝相見。僧無對。師問一僧。汝還見牛麼。僧雲見。師雲。見左角。見右角。僧無對。師自代雲。見無左右(仰山別雲。還辨左右麼。)又有僧辭師雲。汝去諸方去莫謗老僧在遮裡。僧雲。某甲不道和尚在遮裡。師雲。汝道老僧在什麼處僧竪起一指。師雲。早是謗老僧也。

筠州五峰常觀禪師。僧有りて問ふ、如何なるか是れ五峰の境。師曰く、險。僧曰く、如何なるか是れ境中の人。師曰く、塞。僧あり辭す。師曰く、闍梨甚麼の處に向かひて去る。僧曰く、臺山に去る。師一指を豎起して曰く、若し文殊を見了れば却て此裏に來りて汝と相見せん。僧對無し。師一僧に問ふ、汝還た牛を見るか。僧曰く、見。師曰く、左角を見るか右角を見るか。僧對無し。師自ら代して曰く、見るに左右無し。(仰山別に曰く、還た左右を辨ずるか。)又僧あり辭す。師曰く、汝諸方に去らば、老僧此裏に在ると謗ること莫れ。僧曰く、某甲は和尚此裏に在ると道はず。師曰く、汝は老僧甚麼の處に在ると道ふ。僧一指を豎起す。師曰く、早く是れ老僧を謗りぬ。

潭州石霜山性空禪師僧問。如何是西來意。師曰。若人在千尺井中。不假寸繩出得此人。即答汝西來意。僧曰。近日湖南暢和尚出世。亦為人東語西話。師喚沙彌。拽出死屍著(沙彌即仰山也)沙彌後舉問耽源。如何出得井中人。耽源曰。咄痴漢誰在井中。後問溈山。如何出得井中人。溈山乃呼慧寂。寂應諾。溈山曰。出也及住仰山嘗舉前語謂眾曰。我耽源處得名。溈山處得地。

潭州石霜山性空禪師。僧問ふ、如何なるか是れ西來意。師曰く、若し人千尺の井中に在りて寸繩を假らずして此の人を出し得ば、即ち汝が西來意に答へん。僧曰く、近日湖南暢和尚出世して亦人の爲に東語西話す。師沙彌を喚んで曰く、死尸を拽き出して著け。(沙彌即ち仰山なり。)沙彌後に擧げて耽源に問ふ、如何にしてか井中の人を出し得る。耽源曰く、咄、癡漢、誰か井中に在る。後に潙山に問ふ、如何にしてか井中の人を出し得る。潙山乃ち慧寂を呼ぶ。寂應諾す。潙山曰く、出でたり。仰山に住するに及びて曾て前語を擧げて衆に謂ひて曰く、我、耽源の處に於て名を得、潙山の處に於て地を得たり。

福州大安禪師者本州人也。姓陳氏。幼於黃檗山受業聽習律乘。嘗自念言。我雖勤苦而未聞玄極之理。乃孤錫遊方將往洪州路出上元逢一老父。謂師曰。師往南昌當有所得。師即造於百丈。禮而問曰。學人慾求識佛。何者即是。百丈曰。大似騎牛覓牛。師曰。識後如何。百丈曰。如人騎牛至家。師曰。未審始終如何保任。百丈曰。如牧牛人執杖視之不令犯人苗稼。師自茲領旨更不馳求。同參祐禪師創居溈山也。師躬耕助道。及祐禪師歸寂。眾請接踵住持。師上堂雲。汝諸人總來就安求覓什麼。若欲作佛汝自是佛而卻傍家走。怱怱如渴鹿趁陽焰。何時得相應去。阿爾欲作佛。但無如許多顛倒攀緣妄想惡覺垢欲不淨眾生之心。則汝便是初心正覺佛。更向何處別討所以。安在溈山三十來年。吃溈山飯屙溈山屎。不學溈山禪。只看一頭水牯牛。若落路入草便牽出。若犯人苗稼即鞭撻調伏。既久可憐生受人言語。如今變作箇露地白牛常在面前。終日露逈逈地。趁亦不去也。汝諸人各自有無價大寶。從眼門放光照山河大地。耳門放光領釆一切善惡音響。六門晝夜常放光明。亦名放光三昧。汝自不識取影在四大身中。內外扶持不教傾側。如人負重擔從獨木橋上過。亦不教失腳。且是什麼物任持便得。如是汝若覓豪髮即不見。故誌公和尚雲。內外追尋覓總無。境上施為渾大有。問一切施為是法身用如何是法身。師雲。一切施為是法身用。僧雲。離卻五蘊如何是本來身。師雲地水火風受想行識僧雲。遮箇是五蘊。師雲。遮箇異五蘊。問此陰已謝彼陰未生時如何。師雲。此陰未謝那箇是大德。僧雲。不會。師雲。若會此陰便明彼陰。問大用現前不存軌則時如何。師雲。汝用得但用。僧乃脫膊遶師三匝。師雲。向上事何不道取。僧擬開口。師便打雲。遮野狐精出去。有僧上法。堂顧視東西不見師。乃雲。好箇法堂只是無人。

福州大安禪師は、本州の人、姓は陳。幼にして黃檗山に於て業を受け律乘を聽習す。曾て自ら念じて言ふ、我勤苦すると雖も而も未だ玄極の理を聞かず。乃ち孤錫して游方して將に洪州に往かんとす。路上元に出でて一の老父に逢ひて師に謂ひて曰く、師南昌に往けば當に得る所有らん。師即ち百丈に造りて禮して問ひて曰く、學人佛を識らんと欲求す、何者か即ち是。百丈曰く、大いに牛に騎りて牛を覓るに似たり。師曰く、識りて後如何。百丈曰く、人の牛に騎りて家に至るが如し、

師從門裡出雲。作麼。無對雪峰和尚因入山採得一枝木。其形似蛇。於背上題雲。本自天然不假雕琢寄來與師。師雲。本色住山人且無刀斧痕。人問師。佛在何處。師雲。不離心。又云。雙峰上人有何所得。師雲。法無所得。設有所得得本無得。有僧問雲。黃巢軍來和尚向什麼處迴避。師雲。五蘊山中。僧雲。忽被他捉著時如何。師雲。惱亂將軍。師大化閩城二十餘載。唐中和三年十月二十二日歸黃檗寺示疾而終。塔於楞伽山。勅諡圓智禪師證真之塔。

師、門裏より出でて曰く、作麼。對無し。雪峯和尚、因りて山に入りて一枝の木を采り得て其の形蛇に似たり、背の上に題して曰く、本自ら天然にして雕琢を假らず、寄せ來りて師に與ふ。師曰く、本色住山の人、且つ刀斧の痕無し。人師に問ふ、佛何の處にか在る。師曰く、心を離れず。又問ふ、雙峰上人有何の所得か。師曰く、法に所得無し、設ひ所得有れば得は本來得無し。僧有りて問ひて曰く、黃巢軍來らば和尚甚麼の處に向かひて回避する。師曰く、五蘊山中。僧曰く、忽ち彼に捉へられ著きたる時如何。師曰く、將軍を惱亂す。師、大いに閩城を化すること二十餘載。唐中和三年十月二十二日、黃檗寺に歸りて疾を示して終はる。楞伽山に塔す。敕諡して圓智禪師・證眞の塔。

福州古靈神贊禪師。本州大中寺受業後。行腳遇百丈開悟。卻迴本寺。受業師問曰。汝離吾在外得何事業。曰並無事業。遂遣執役。一日因澡身。命師去垢。師乃拊背曰。好所佛殿而佛不聖。其師。迴首視之師曰。佛雖不聖且能放光。其師又一日在窓下看經。蜂子投窓紙求出。師覩之曰。世界如許廣闊不肯出。鑽他故紙驢年去得。其師置經問曰。汝行腳遇何人。吾前後見汝發言異常。師曰。某甲蒙百丈和尚指箇歇處。今欲報慈德耳。其師於是告眾致齋。請師說法。師登座舉唱百丈門風。乃曰。靈光獨耀逈脫根塵。體露真常不拘文字。心性無染本自圓成。但離妄緣即如如佛。其師於言下感悟曰。何期垂老得聞極則事。師後住古靈聚徒數載。臨遷化剃沐聲鍾。告眾曰。汝等諸人還識無聲三昧否。眾曰。不識。師曰。汝等靜聽莫別思惟眾皆側聆。師儼然順寂。塔存本山焉。

福州古靈神讚禪師。本州大中寺に於て業を受けて後、行脚して百丈に遇ひて開悟し、却て本寺に回る。受業師問ひて曰く、汝吾を離れて外に在りて何の事業を得たる。曰く、并びて事業無し。遂に執役を遣はす。一日澡身に因りて師に垢を去らしむ。師乃ち背を拊して曰く、好し所の佛殿にして佛聖ならず。其の師首を回らして之を視る。師曰く、佛聖ならずと雖も且つ能く光を放つ。其の師又一日窗下に在りて經を看るに蜂子窗紙に投じて出づるを求む。師之を睹て曰く、世界許れの如く廣闊なれど出づるを肯ぜず、他の故紙を鑽れど驢年に去るを得ん。其の師經を置きて問ひて曰く、汝行脚して何人に遇へる、吾前後汝を見て發言異常なり。師曰く、某甲百丈和尚の歇處を指すを蒙る、今慈德に報ゆらんと欲するのみ。其の師於是乎衆に告げて齋を致し、師を請じて法を説かしむ。師座に登りて百丈門風を擧唱して乃ち曰く、靈光獨り耀きて迥かに根塵を脫す、體露して眞常にして文字に拘へられず、心性染まらず本自ら圓成なり、但妄緣を離れば即ち如如の佛なり。其の師言下に於て感悟して曰く、何ぞ期せん老を垂れて極則の事を聞かんとは。師後に古靈に住して徒を聚むること數載。遷化に臨みて剃沐し鐘を聲めて衆に告げて曰く、汝等諸人還た無聲三昧を識るか。衆曰く、識らず。師曰く、汝等靜かに聽け、別に思惟すること莫れ。衆皆側らして聆く。師儼然として寂に順ふ。塔本山に存す。

廣州和安寺通禪師者。婺州雙林寺受業。自幼寡言。時人謂之不語通也。因禮佛有禪者問雲。座主禮底是什麼。師雲。是佛。禪者乃指像雲。這箇是何物。師無對。至夜具威儀禮問禪者雲。今日所問某甲未知意旨如何。禪者雲。座主幾夏邪師雲。十夏。禪者雲。還曾出家也未。師轉茫然。禪者雲。若也不會百夏奚為。禪者乃命師同參馬祖。行至江西馬祖已圓寂。乃謁百丈頓釋疑情。有人問。師是禪師否。師雲。貧道不曾學禪。師良久卻召其人。其人應諾。師指椶櫚樹子(其人無對)。

廣州和安寺通禪師は、婺州雙林寺に於て業を受く。幼より言寡くて時人、之を不語通と謂ふ。因りて佛に禮するに禪者ありて問ひて曰く、座主の禮する底は是れ甚麼。師曰く、是れ佛。禪者乃ち像を指して曰く、此の箇は是れ何物。師對無し。夜に至りて威儀を具へて禪者に禮問して曰く、今日問ふ所、某甲未だ意旨如何を知らず。禪者曰く、座主幾夏ぞ。師曰く、十夏。禪者曰く、還た曾て出家したるや未だ。師轉じて茫然たり。禪者曰く、若しも會せざれば百夏も奚をか爲さん。禪者乃ち師に命じて同じく馬祖に參ぜしむ。行きて江西に至るに馬祖已に圓寂せり、乃ち百丈に謁して頓に疑情を釋く。人ありて問ふ、師は是れ禪師か。師曰く、貧道曾て禪を學ばず。師良久にして却て其の人を召す。其の人應諾す。師棕櫚樹子を指す。(其の人對無し。)

師一日令仰山將床子來。仰山將到。師雲。卻送本處。仰山從之。師雲。床子那邊是什麼物。仰山雲。無物。師雲遮邊是什麼物。仰山雲。無物。師召雲慧寂。仰山雲諾。師雲去。

師一日仰山をして牀子を將て來らしむ。仰山將に到る。師曰く、却て本處に送れ。仰山之に從ふ。師曰く、牀子の那邊は是れ甚麼の物。仰山曰く、物無し。師曰く、此邊は是れ甚麼の物。仰山曰く、物無し。師召して曰く、慧寂。仰山曰く、諾。師曰く、去れ。

江州龍雲臺禪師有僧問。如何是祖師西來意。師雲。老僧昨夜欄裡失卻牛。

江州龍雲臺禪師。僧有りて問ふ、如何なるか是れ祖師西來意。師曰く、老僧昨夜欄裏に牛を失せり。

京兆(目錄及正宗記皆言洛京)衛國院道禪師僧到參。師問。何方來。僧雲。湘南來。師雲。黃河清未。僧無對(溈山代雲。小小狐兒要過但知過用疑作什麼)師因疾。有人來問疾。師不出。其人云。久聆和尚道德。忽承法體遺和。請和尚相見。師將缽鐼盛缽榰。令侍者擎出呈之。其人無對。

京兆(目録及び『正宗記』皆洛京と言ふ)衛國院道禪師。僧到り參ず。師問ふ、何方より來る。僧曰く、湘南より來る。師曰く、黄河清きや未だ。僧對無し(潙山代に曰く、小小の狐兒過ぎんと要すれば但過ぐるを知るのみ、疑作して甚麼をか爲さん)。師因りて疾す。人あり來りて疾を問ふ。師出でず。其の人曰く、久しく和尚の道德を聆く、忽ち法體の違和を承く、請ふ和尚相見せん。師、鉢鐼に鉢榰を盛りて侍者をして擎げ出でて之に呈せしむ。其の人對無し。

鎮州萬歲和尚僧問。大眾雲集合譚何事。師雲。序品第一(歸宗柔別雲。禮拜了去)。

鎭州萬歳和尚。僧問ふ、大衆雲集せば合して何の事をか談ずる。師曰く、序品第一。(歸宗柔別に曰く、禮拜し了りて去れ。)

洪州百丈山惟政禪師(此傳。舊在第六卷馬祖法嗣中大珠和尚之次。今以機緣推之。即移入此卷百丈海禪師法嗣中。作百丈涅槃和尚機緣也。按唐柳公權書。武翊黃所撰涅槃和尚碑雲。師諱法正。以其善講涅槃經。故以涅槃為稱。今師本章中有云。汝與我開田。吾為汝說大義。則知其為涅槃和尚明矣。又稱南泉為師伯。則知其嗣百丈海公亦明矣。雖然惟政法正二名不同。蓋傳寫之訛耳。又覺範林間錄亦謂舊本之誤。及觀正宗記則有惟政法正之名。然百丈第代可數。明教但見其名不同。不能辨而俱存之。今當以碑為正也。而又卿公事苑乃雲。百丈涅槃和尚是溈山嗣子而海公之孫。此尤大謬也。不足取矣)一日謂僧曰。汝與我開田了。我為汝說大義。僧開田了。歸請師說大義。師乃展開兩手。有老宿見日影透窓。問師曰。為復窓就日日就窓。師曰。長老房內有客歸去好。師問南泉曰。諸方善。知識還有不說似。人底法也無。南泉曰。有師曰作麼生。曰不是心不是佛。師曰恁麼即說。似人了也曰某甲即恁麼。師曰。師伯作麼生。曰我又不是善知識。爭知有說不說底法。師曰。某甲不會請師伯說。曰我大殺為汝說了也。僧問。如何是佛佛道齊。師曰。定也。師因入。京路逢官人。命吃飯。忽見驢鳴。官人召雲頭陀。師舉頭。官人卻指驢。師卻指官人(法眼別雲但作驢鳴)洪州東山慧和尚遊山見一巖。僧問雲。此巖有主也無。師雲有。僧雲。是什麼人。師雲。三家村裡覓什麼。其僧入問。如何是巖中主。師雲。還氣急麼。有小師行腳迴。師問。汝離吾在外多少時邪。小師雲。十年。師雲。不用指東指西。直道將來。小師雲。對和尚不敢謾語。師喝雲。遮打野漢。清田和尚一日與瑫上坐煎茶次。師敲繩床三下。瑫亦敲三下。師雲。老僧敲有箇善巧。上座敲有何道理。瑫曰。某甲敲有箇方便。和尚敲作麼生。師舉起盞子。

洪州百丈山惟政禪師(此の傳、舊は第六卷馬祖法嗣中の大珠和尚の次に在り、今機緣を以て之を推し、即ち此の卷の百丈海禪師法嗣中に移し入れて百丈涅槃和尚の機緣と作す、唐柳公權書・武翊黃撰の涅槃和尚碑を按ずるに説く、師は法正と諱む、其の善く『涅槃經』を講ずるを以て故に涅槃を以て稱と爲す、今師本章の中に「汝我と田を開け、吾汝が爲に大義を説かん」と説く有れば則ち其の涅槃和尚たるを知ること明らかなり、又南泉を師伯と稱せば則ち其の百丈海公を嗣ぐを知ること亦明らかなり、然りと雖も惟政・法正二名同じからず、蓋し傳寫の訛のみ、又覺范『林間録』亦舊本の誤と謂ふ、及び『正宗記』を觀れば則ち惟政・法正の名有り、然れど百丈の第代數ふ可し、明教但其の名の同じからざるを見て辨ふ能はずして俱に之を存す、今當に碑を以て正と爲すべし、而又卿公『事苑』乃ち百丈涅槃和尚は潙山の嗣子にして海公の孫なりと説く、此れ尤も大いに謬りなり、取るに足らず)。一日僧に謂ひて曰く、汝我と田を開き了れば、我汝が爲に大義を説かん。僧、田を開き了りて歸りて師に請ふ大義を説かんことを。師乃ち兩手を展開す。老宿ありて日影の窗を透るを見て師に問ひて曰く、爲れ復た窗日に就くか日窗に就くか。師曰く、長老房內に客有り、歸去して好し。師、南泉に問ひて曰く、諸方の善知識、還た人に説き似せざる底の法有るか無し。南泉曰く、有り。師曰く、作麼生。曰く、是れ心に非ず、是れ佛に非ず。師曰く、恁麼なれば即ち人に説き似せたり。曰く、某甲即ち恁麼なり。師曰く、師伯作麼生。曰く、我又善知識にあらず、爭ぞ説くと説かざる底の法有るを知らん。師曰く、某甲會せず、師伯の説を請ふ。曰く、我大いに殺して汝が爲に説き了れり。僧問ふ、如何なるか是れ佛佛道齊。師曰く、定なり。師因りて京に入りて路に官人に逢ひて飯を喫せしめらる。忽ち驢の鳴くを見る。官人召して曰く、頭陀。師頭を擧ぐ。官人却て驢を指す。師却て官人を指す(法眼別に曰く、但驢鳴を作せ)。洪州東山慧和尚、山に游びて一の巖を見る。僧問ひて曰く、此の巖に主有るか無し。師曰く、有り。僧曰く、是れ甚麼の人。師曰く、三家村裏に甚麼をか覓る。其の僧又問ふ、如何なるか是れ巖中の主。師曰く、還た氣急なるか。小師ありて行脚より回る。師問ふ、汝吾を離れて外に在ること多少時ぞ。小師曰く、十年。師曰く、東を指し西を指すを用ゐず、直に道へて將來れ。小師曰く、和尚に對して謾語を敢てせず。師喝して曰く、此の野打の漢。清田和尚一日瑫上座と茶を煎ずる次。師繩牀を敲くこと三下。瑫亦敲くこと三下。師曰く、老僧敲くに箇の善巧有り、上座敲くに何の道理か有る。瑫曰く、某甲敲くに箇の方便有り、和尚敲くは作麼生。師盞子を擧起す。

瑫雲。善知識眼應須恁麼。煎茶了瑫卻問。和尚適來舉起盞子意作麼生。師雲。不可更別有也大於和尚與南用到茶堂。見一僧近前不審用雲。我既不納汝。汝亦不見我。不審阿誰。僧無語。師雲。不得平白地恁麼問伊。用雲。大於亦無語。師乃把其僧雲。是爾恁麼累我。亦然打一摑用便笑曰。朗月與青天。侍者到看師問雲。金剛正定一切皆然。秋去冬來且作麼生。侍者雲。不妨和尚借問。師雲。即今即得去後作麼生。侍者雲。誰敢問著某甲。師雲。大於還得麼。侍者雲。猶要別人點檢在。師雲。輔弼宗師不廢光彩。侍者禮拜。

瑫曰く、善知識の眼應に須らく恁麼なり。茶を煎じ了りて瑫却て問ふ、和尚適かに來りて盞子を擧起せり、意作麼生。師曰く、更に別に有る可からず。大于和尚南用と茶堂に到りて一僧の近づき前りて不審するを見る。用曰く、我既に汝を納れず汝亦我を見ず、阿誰をか不審する。僧語無し。師曰く、平白地に恁麼に伊を問ふことを得ず。用曰く、大于亦語無し。師乃ち其の僧を把して曰く、是れ爾恁麼にして我を累す、亦然りて一掴を打つ。用便ち笑ひて曰く、朗月と青天と。侍者到りて看る。師問ひて曰く、金剛正定一切皆然り、秋去り冬來りて且つ作麼生。侍者曰く、和尚に借問すれど妨げず。師曰く、即今即ち得、去りて後作麼生。侍者曰く、誰か敢て某甲に問著せん。師曰く、大于還た得るか。侍者曰く、猶別人に點檢せられて在るを要す。師曰く、宗師を輔弼して光彩を廢せず。侍者禮拜す。

前虔州西堂藏禪師法嗣

前虔州西堂藏禪師の法嗣

虔州處微禪師。僧問。三乘十二分教體理得妙。與祖師意為同為別。師雲。恁麼即須向六句。外鑒不得隨他聲色轉。僧曰。如何是六句。師曰。語底默底不語不默。總是總不是。汝合作麼生。僧無對。師問仰山。汝名什麼。對曰。慧寂。師曰。那箇是慧那箇是寂。曰只在目前。師曰。猶有前後在。寂曰。前後且置。和尚見什麼。師曰。吃茶去。

虔州處微禪師。僧問ふ、三乘十二分教體理妙を得ると祖師意とは同か別か。師曰く、恁麼なれば即ち須らく六句の外に向かひて鑑るべし、他の聲色に隨ひて轉ずるを得ず。僧曰く、如何なるか是れ六句。師曰く、語底・默底・不語不默・總是・總不是、汝合作麼生。僧對無し。師仰山に問ふ、汝名は甚麼。對して曰く、慧寂。師曰く、那の一個か是れ慧、那の一個か是れ寂。曰く、只目前に在り。師曰く、猶前後有り。寂曰く、前後且く置け、和尚甚麼をか見る。師曰く、茶を喫して去れ。

前蒲州麻谷山寶徹禪師法嗣

前蒲州麻谷山寶徹禪師の法嗣

壽州良遂禪師初參麻谷。麻谷召曰。良遂。師應諾。如是三召三應。麻谷曰。遮鈍根阿師。師方省悟乃曰。和尚莫謾良遂。若不來禮拜和尚。幾空過一生。麻谷可之。

壽州良遂禪師、初め麻谷に參ず。麻谷召して曰く、良遂。師應諾す。是の如く三召して三應す。麻谷曰く、此の鈍根阿師。師方に省悟して乃ち曰く、和尚、良遂を謾ること莫れ、若し來りて和尚を禮拜せざれば幾ほどに一生を空過せん。麻谷之を可とす。

前湖南東寺如會禪師法嗣

前湖南東寺如會禪師の法嗣

吉州薯山慧超禪師洞山。來禮拜次。師曰。汝已住一方。又來遮裡作麼。對曰。良价無奈疑何。特來見和尚。師召良价。價應諾。師曰。是什麼。價無語。師曰。好箇佛只是無光焰。

吉州薯山慧超禪師。洞山來りて禮拜する次。師曰く、汝已に一方に住して又此裏に來りて何を作す。對して曰く、良价、疑に奈はずして何す可きなく、特に來りて和尚を見ん。師召して曰く、良价。价應諾す。師曰く、是れ甚麼。价語無し。師曰く、好し箇の佛、只是れ光焰無きなり。

京兆章敬寺懷惲禪師法嗣

京兆章敬寺懷惲禪師の法嗣

京兆大薦福寺弘辯禪師。唐宣宗問。禪宗何有南北之名。師對曰。禪門本無南北。昔如來以正法眼付大迦葉。展轉相傳至二十八祖菩提達磨。來遊此方為初祖。暨第五祖弘忍大師。在蘄州東山開法。時有二弟子。一名慧能。受衣法居嶺南為六祖。一名神秀。在北揚化。其後神秀門人普寂立本師為第六祖。而自稱七祖。其所得法雖一。而開導發悟有頓漸之異。故曰南頓北漸。非禪宗本有南北之號也。帝曰。云何名戒師。對曰。防非止惡謂之戒。帝曰。何為定。對曰。六根涉境心不隨緣名定。帝曰。何為慧。對曰。心境俱空照覽無惑名慧。帝曰。何為方便。對曰。方便者隱實覆相權巧之門也。被接中下曲施誘迪。謂之方便。設為上根言捨方便但說無上道者。斯亦方便之譚。乃至祖師玄言忘功絕謂亦無出方便之跡。帝曰。何為佛心。對曰。佛者西天之語。唐言覺。謂人有智慧覺照為佛心。心者佛之別名。有百千異號。體唯其一。本無形狀。非青黃赤白男女等相。在天非天在人非人。而現天現人。能男能女非始非終無生無滅。故號靈覺之性。如陛下日應萬機。即是陛下佛心。假使千佛共傳。而不念別有所得也。帝曰。如今有人念佛如何。對曰。如來出世為天人師善知識。隨根器而說法。為上根者開最上乘頓悟至理。中下者未能頓曉。是以佛為韋提希。權開十六觀門。令念佛生於極樂。故經云。是心是佛是心作佛。心外無佛佛外無心。帝曰。有人持經念佛持呪求佛如何。對曰。如來種種開讚皆為最上一乘。如百川眾流莫不朝宗於海。如是差別諸數皆歸薩婆若海。帝曰。祖師既契會心印。金剛經云。無所得法如何。對曰。佛之一化實無一法與人。但示眾人。各各自性同一法寶藏。當時然燈如來但印釋迦本法。而無所得方契然燈本意。故經云。無我無人無眾生無壽者。是法平等修一切善法不住於相。帝曰。禪師既會祖意。

京兆大薦福寺弘辯禪師。唐宣宗問ふ、禪宗何の南北の名か有る。師對して曰く、禪門本來南北無し、昔如來正法眼を以て大迦葉に付し展轉相傳へて二十八祖菩提達磨に至りて此方に來り游びて初祖と爲る、及び第五祖弘忍大師蘄州東山に在りて法を開くの時二弟子有り、一は名慧能、衣法を受けて嶺南に居りて六祖と爲り、一は名神秀、北に在りて化を揚ぐ、其の後神秀門人普寂本師を立てて第六祖と爲し而自ら七祖と稱す、其の得る所の法一なりと雖も開導發悟に頓漸の異有り、故に南頓北漸と曰ふ、禪宗本來南北の號有るに非ざるなり。帝曰く、云何をか戒と名づく。師對して曰く、非を防ぎ惡を止むるを戒と謂ふ。帝曰く、何をか定と爲す。對して曰く、六根境に涉りて心緣に隨はざるを名づけて定と曰ふ。帝曰く、何をか慧と爲す。對して曰く、心境俱に空にして照覽して惑無きを名づけて慧と曰ふ。帝曰く、何をか方便と爲す。對して曰く、方便は實を隱し相を覆ふ權巧の門なり、中下に被接して曲施して誘迪するを方便と謂ふ、設ひ上根の爲に言ふに方便を捨てて但無上道の的を説くも斯れ亦方便の談なり、乃至祖師の玄言・功を忘れ謂を絕つも亦方便の迹を出でず。帝曰く、何をか佛心と爲す。對して曰く、佛は是れ西天の語にして唐言は覺なり、人に智慧覺照有るを佛心と謂ふ、心は是れ佛の別名にして百千の異號有れど體は唯其の一にして本來形狀無し、青黃赤白男女等の相に非ず、天に在りて天に非ず人に在りて人に非ず、而も天を現じ人を現じ能く男にして能く女にして始に非ず終に非ず、生無く滅無し、故に號して靈覺の性と曰ふ、陛下の日に萬機に應ずるが如く即ち是れ陛下の佛心なり、假使千佛共に傳ふとも別に得る所有るを念ぜざるなり。帝曰く、如今人念佛有るは如何。對して曰く、如來の出世は天人の師・善知識と爲りて根器に隨ひて法を説く、上根の者に爲に最上乘を開きて至理を頓悟せしむ、中下の者は未だ頓に曉る能はず、是を以て佛韋提希の爲に權に十六觀門を開きて念佛して極樂に生ぜしむ、故に經に説く、是の心是れ佛、是の心佛を作す、心外に佛無く佛外に心無し。帝曰く、人あり經を持し佛を念じ、咒を持して佛を求むるは如何。對して曰く、如來の種種の開贊は皆最上一乘の爲なり、百川衆流の海に朝宗せざる莫きが如し、是の如き差別の諸數は皆薩婆若海に歸す。帝曰く、祖師既に心印に契會せば、『金剛經』の説く所得の法無きは如何。對して曰く、佛の一化は實に一法も人に與ふる無し、但衆人に各々自性同じく一の法寶藏を示すのみ、當時燃燈如來但釋迦の本法を印して得る所無く、方に燃燈の本意に契す、故に經に説く、我無し人無し衆生無し壽者無し、是の法平等にして一切の善法を修して相に住せず。帝曰く、禪師既に祖意に會すれば、

還禮佛轉經否。對曰。沙門釋子禮佛轉經。蓋是住持常法有四報焉。然依佛戒修身。參尋知識漸修梵行。履踐如來所行之跡。帝曰。何為頓見何為漸修。對曰。頓明自性與佛同儔。然有無始染習故。假漸修對治。令順性起用。如人吃飯不一口便飽。是日辯師對七刻。賜紫方袍號圓智禪師。仍勅修天下祖塔各令守護。

還た佛に禮し經を轉ずるか。對して曰く、沙門釋子の佛に禮し經を轉ずるは蓋し是れ住持の常法にして四報有り、然れど佛戒に依りて身を修め知識を參尋して漸く梵行を修して如來の行へる所の迹を履踐す。帝曰く、何をか頓見と爲し何をか漸修と爲す。對して曰く、自性を頓明して佛と儔を同じくす、然れど無始の染習有るが故に漸修を假りて對治して性に順ひて用を起さしむ、人の飯を喫するが如く一口に便ち飽かず。是の日辯師對すること七刻。紫方袍を賜ひ號して圓智禪師、仍ほ敕して天下の祖塔を修し各々守護せしむ。

福州龜山智真禪師者揚州人也。姓柳氏。受業於本州華林寺。唐元和元年潤州丹徒天香寺受戒。不習經論。唯慕禪那初謁惲禪師。惲問曰。何所而至。真曰。至無所至來無所來。惲雖默然真亦自悟。尋抵婺州五洩山會正原禪伯。長慶二年同遊建陽。受郡人葉玢請居東禪。至開成元年往福州。長谿邑人陳亮黃瑜請於龜山開剏。一日示眾曰。動容眴目無出當人一念淨心本來是佛。乃說偈曰。

福州龜山智眞禪師は、揚州の人、姓は柳。本州華林寺に於て業を受く。唐元和元年潤州丹徒天香寺に於て戒を受く。經論を習はず唯禪那を慕ふ。初め惲禪師に謁す。惲問ひて曰く、何の所に至る。眞曰く、至るに至る所無し、來るに來る所無し。惲默然と雖も眞亦自ら悟る。尋いで婺州五泄山に抵りて正原禪伯に會す。長慶二年同じく建陽に游びて郡人葉玢の請を受けて東禪に居る。開成元年に至りて福州に往く。長溪邑人陳亮・黃瑜の請に龜山に於て開創す。一日衆に示して曰く、動容瞬目、當人を出づる無し、一念の淨心は本來是れ佛なり。乃ち偈を説いて曰く、

心本絕塵何用洗身中無病豈求醫

心本塵を絕ちて何ぞ洗はんを用ゐん、身中病無ければ豈に醫を求めん。

欲知是佛非身處明鑑高懸未照時

是れ佛非身の處を知らんと欲せば、明鑑高く懸けて未だ照らす時。

後值武宗澄汰。有偈二首。示眾曰。

後に武宗の澄汰に値ひて偈二首有りて衆に示して曰く、

明月分形處處新白衣寧墜解空人

明月形を分かちて處處新たなり、白衣豈に墮ちん解空の人。

誰言在俗妨修道金粟曾為長者身

誰か言ふ在俗修道を妨げると、金粟曾て長者の身と爲れり。

其二曰。

其の二に曰く、

忍仙林下坐禪時曾被歌王割截支

忍仙林下に坐禪の時、曾て歌王に支を割截せられり。

況我聖朝無此事只今休道亦何悲

況んや我が聖朝此の事無し、只今道を休めど亦何をか悲しまん。

暨宣宗中興。乃不復披緇。咸通六年終於本山。壽八十四。臘六十。勅諡歸寂禪師。塔曰秘真。

宣宗の中興に及びて乃ち復た緇を披かず。咸通六年本山に終はる。壽八十四・臘六十。敕諡して歸寂禪師、塔を秘眞と曰ふ。

朗州東邑懷政禪師。仰山來參。師問。汝何處人。仰山曰。廣南人。師曰。我聞廣南有鎮海明珠是否。仰山曰是。師曰。此珠何形狀。仰山曰。白月即現。師曰。汝將得來否。仰山曰。將得來。師曰。何不呈似老僧看。仰山曰。昨到溈山亦就慧寂索此珠。直得無言可對無理可宣。師曰。真師子兒大師子吼。

朗州東邑懷政禪師。仰山來り參ず。師問ふ、汝何處の人。仰山曰く、廣南人。師曰く、我聞く廣南に鎭海の明珠有り、是か否か。仰山曰く、是。師曰く、此の珠何の形狀か有る。仰山曰く、白月即ち現ず。師曰く、汝將て得來れるか。仰山曰く、將て得來れり。師曰く、何ぞ老僧に呈似して看さざる。仰山曰く、昨潙山に到りて亦慧寂に就きて此の珠を索められて、直に言有りて對へ可く理有りて宣へ可く無し。師曰く、眞の師子兒、大師子吼なり。

金州操禪師一日請米和尚齋。不排坐位。米到展坐具禮拜。師下禪床。米乃就師位而坐。師卻席地而坐。齋訖米便去。侍者曰。和尚受一切人欽仰。今日坐位。被人奪卻。師曰。三日若來即受救在。米果三日後來雲。前日遭賊(僧問鏡清。古人遭賊意如何。清雲。只見錐頭利。不見鑿頭方)。

金州操禪師一日米和尚を請じて齋す、坐位を排せず。米到りて坐具を展べて禮拜す。師禪牀を下る。米乃ち師位に就きて坐す。師却て地に席して坐す。齋訖りて米便ち去る。侍者曰く、和尚一切の人の欽仰を受く、今日坐位人に奪はれ却れたり。師曰く、三日若し來らば即ち救いを受くる在り。米果して三日後に來りて曰く、前日賊に遭へり。(僧、鏡清に問ふ、古人賊に遭ふ意如何。清曰く、只錐頭の利を見て鑿頭の方を見ず。)

朗州古堤和尚尋常見僧來每雲。去汝無佛性。僧無對。或有對者。莫契其旨。一日仰山慧寂到參。師雲。去汝無佛性。寂叉手近前應諾。師笑曰。子什麼處得此三昧。寂曰。我從溈山得。寂問曰。和尚從誰得。師曰。我從章敬得。

朗州古堤和尚、尋常僧の來るを見ては每に曰く、去れ、汝佛性無し。僧對無し、或は對へる者有れど其の旨に契ふ莫し。一日仰山慧寂到り參ず。師曰く、去れ、汝佛性無し。寂手を叉して近づき前りて應諾す。師笑ひて曰く、子甚麼の處にか此の三昧を得たる。寂曰く、我潙山より得たり。寂問ひて曰く、和尚は誰より得たる。師曰く、我章敬より得たり。

河中公畿和尚。僧問。如何是道如何是禪。師雲。有名非大道。是非俱不禪。欲識此中意。黃葉止啼錢。

河中公畿和尚。僧問ふ、如何なるか是れ道、如何なるか是れ禪。師曰く、名有れば大道に非ず、是非俱に禪ならず、此の中の意を識らんと欲せば、黃葉の啼を止むる錢。

景徳伝灯録巻第九 黄檗希運禅師『伝心法要』

河東裴休集

河東の裴休が編集した。

有大禪師號希運。住洪州高安縣黃蘗山鷲峰下。乃曹溪六祖之嫡孫。百丈之子西堂之姪。獨佩最上乘。離文字之印。唯傳一心更無別法。心體亦空萬緣俱寂。如大日輪升於虛空中照耀。靜無纖埃。證之者無新舊無淺深。說之者不立義解。不立宗主。不開戶牖。直下便是。動念則乖。然後為本佛。故其言簡其理直其道峻其行孤。四方學徒望山而趨。覩相而悟。往來海眾常千餘人。予會昌二年廉於鍾陵。自山迎至州憩龍興寺。旦夕問道。大中二年廉於宛陵。復禮迎至所部寓開元寺。旦夕受法。退而紀之十得一二。佩為心印不敢發揚。今恐入神精義不聞於未來。遂出之授門下。僧太舟法建歸舊山之廣唐寺。請長老法眾問與往日常所親聞同異何如也。時大唐大中十一年十月八日謹記(自後每段各紀歲月。今刪繁爾)。

大禅師で希運と号する方がおり、洪州高安県の黄檗山鷲峰の麓に住んでいた。曹溪の六祖の嫡孫であり、百丈の子、西堂の甥にあたる。ただ一人最上乘、文字を離れた印を佩び、ただ一心を伝えるのみで、他に別の法はない。心体もまた空で、万縁ともに寂している。大きな日輪が虚空に昇って照らすように、静まり返って一点の塵もない。これを証する者に新旧も浅深もなく、説く者は義解を立てず、宗主を立てず、戸牖を開かない。直下にそのままこれであり、念を動かせばそれに背く。そうして本仏となる。ゆえにその言葉は簡素で、その理は直で、その道は峻厳で、その行は孤高であった。四方の学徒は山を望んで駆けつけ、その相を見て悟った。往来する衆は常に千余人に上った。私は会昌二年に鍾陵の廉使となり、山から州に迎えて龍興寺に憩わせ、朝夕に道を問うた。大中二年に宛陵の廉使となり、再び礼をもって所部に迎え、開元寺に寓わせ、朝夕に法を受けた。退いてこれを記すに、十の一二を得たにすぎず、心印として佩び、あえて発揚しなかった。今、入神の精義が未来に聞こえなくなることを恐れ、ついにこれを出して門下の僧・太舟法建に授け、旧山の広唐寺に帰らせ、長老と法衆に問わせた――昔日つねに親しく聞いたものと、同異はいかがか、と。時に大唐大中十一年十月八日、謹んで記す。(これ以後、各段ごとに歳月を記すが、ここでは煩を省いた。)

諸佛與一切眾生。唯是一心更無別法。此心無始已來不曾生不曾滅。不青不黃無形無相。不屬有無。不計新舊。非長非短非大非小。超過一切限量名言蹤跡對待。當體便是。動念即差。猶如虛空無有邊際不可測度。惟此一心即是佛。佛與眾生更無差異。但是眾生著相外求轉失。使佛覓佛。將心捉心。窮劫盡形終不能得。不知息念忘慮佛自現前○此心即是佛。佛即是眾生。眾生即是佛。佛即是心。為眾生時此心不減。為諸佛時此心不添。乃至六度萬行河沙功德。本自具足不假修添。遇緣則施。緣息則寂。若不決定信此。而欲著相修行以求功用。皆是妄想與道相乖。此心即是佛。更無別佛。亦無別心。此心淨明猶如虛空。無一點相貌。舉心動念即乖法體。即為著相。無始來無著相。佛修六度萬行欲求成佛。即是次第無始來無次第佛。但悟一心更無少法可得。此則真佛。佛與眾生一心無異。猶如虛空無雜無壞。如大日輪照四天下。日照之時明遍天下。虛空不曾明。日沒之後暗遍天下。虛空不曾暗。明暗之景自相凌奪。虛空之性廓然不變。佛與眾生心亦如此。若觀佛作清淨光明解脫之相。觀眾生作垢濁闇昧生死之相。此人作此解。歷河沙劫終不得菩提。即是著相之故。唯此一心。更無微塵許少法可得。即是佛。今學道人不悟此心體。便於心上生心。向外求佛著相修行。皆是惡法非菩提道○供養十方諸佛。不如供養一無心人不可得。無心者無一切心也。如如之體。內外如木石不動不轉。內外如虛空不塞不礙。無能無所。無方所。無相貌無得失。趣者不敢入。此法恐落空。無棲泊處故望涯而退。文殊當理。普賢當行。理者真空無礙之理。行者離相無盡之行。觀音當大慈。勢至當大智。維摩淨名也。淨者性也。名者相也。性相不異號為淨名。諸大菩薩所表者。人皆有之不離一心。悟之即是。今學道人不向自心中悟。

諸仏と一切衆生は、ただこの一心があるのみで、他に別の法はない。この心は無始以来、生まれたことも滅したこともなく、青でも黄でもなく、形も相もなく、有にも無にも属さず、新旧を論ぜず、長でも短でもなく、大でも小でもなく、一切の限量・名言・蹤跡・対待を超えている。当体がそのままこれであり、念を動かせばすぐに外れる。虚空のようで、辺際がなく測ることができない。この一心こそがまさに仏であり、仏と衆生には少しも違いがない。ただ衆生が相に執着して外に求めるために、却って失うのである。仏をもって仏を求め、心をもって心を捉えようとして、劫を窮め形を尽くしても、ついに得ることはできない。念を息め慮を忘れれば、仏はおのずと現前することを知らないのだ。○この心がすなわち仏であり、仏がすなわち衆生であり、衆生がすなわち仏であり、仏がすなわち心である。衆生であるときこの心は減らず、諸仏であるときこの心は増えない。六度万行、恒河沙の功徳に至るまで、もとより具足していて、修め添えるを要しない。縁に遇えば施し、縁が息めば寂する。もしこれを決定して信じずして、相に執着して修行し功を求めようとするなら、すべて妄想であって道に背く。この心がすなわち仏であり、他に別の仏もなく、別の心もない。この心は浄明で虚空のようであり、一点の相貌もない。心を挙げ念を動かせば法体に背き、すなわち着相である。無始以来、着相の仏はない。六度万行を修めて成仏を求めるのは、それは次第である。無始以来、次第の仏はない。ただ一心に悟れば、少しも得るべき法がない――これが真の仏である。仏と衆生は一心で異ならず、虚空のように雑も壊れもない。大きな日輪が四天下を照らすように、日が照るとき明るさが天下に遍くが、虚空が明るくなったわけではない。日が没した後、暗さが天下に遍くが、虚空が暗くなったわけではない。明暗の景はお互いに凌ぎ奪い合うが、虚空の性は廓として変わらない。仏と衆生の心もまたこのようである。もし仏を清浄・光明・解脱の相として観、衆生を垢濁・暗昧・生死の相として観るならば、このような解をなす人は、恒河沙の劫を経てもついに菩提を得られない。それは着相のためである。ただこの一心があり、微塵ほどのわずかな法も得るところがない――これがすなわち仏である。今の学道の人はこの心体に悟らず、心の上に心を生じ、外に向かって仏を求め、相に執着して修行する。すべて悪法であって菩提の道ではない。○十方の諸仏に供養するより、一人の無心の人に供養するに及ばない。得ることはできない。無心とは、一切の心がないことである。如如の体は、内も外も木石のように動かず転ぜず、内も外も虚空のように塞がらず碍げられず、能も所もなく、方所もなく、相貌もなく、得失もない。趣こうとする者はこの法に入ることを敢えてせず、空に落ちて棲泊の処がないことを恐れ、涯を望んで退く。文殊は理にあたり、普賢は行にあたる。理とは、真空无碍の理であり、行とは、離相無尽の行である。観音は大慈にあたり、勢至は大智にあたる。維摩は浄名である。浄とは性であり、名とは相である。性と相が異ならないので浄名と号する。諸大菩薩の表すところは、人は皆これを具え、一心を離れない。悟ればそれである。今の学道の人は自らの心の中に向かって悟ろうとしない。

乃於心外求著相取境。皆與道背。恆河沙者佛說是沙。此沙諸佛菩薩釋梵諸天步履而過。沙亦不喜。牛羊蟲蟻蹈踐而行。沙亦不怒。珍寶馨香沙亦不貪。糞溺臭穢沙亦不惡○此心即無心之心。離一切相。眾生諸佛更無差殊。但能無心便是究竟。學道人。若不直下無心累劫修行終不成道。被三乘功行拘繫不得解脫。然證此心有遲疾。有聞法一念便得無心者。有至十信十住十行十迴向乃得無心者。有至十地乃得無心者。長短得無心即住更無可修。更無可證。實無所得真實不虛。一念而得與十地而得者。功用恰齊更無深淺。只是歷劫枉受辛勤耳。造惡造善皆是著相。著相造惡枉受輪迴。著相造善枉受勞苦。總不如言下自認取本法。此法即心心外無法。此心即法法內無心。心自無心。亦無無心者。將心無心心即成有。默契而已。絕諸思量。故曰。言語道斷心行處滅。此心是本源清淨佛。人皆有之。蠢動畜生與諸佛菩薩一體不異。只為妄想分別造種種業。果本佛上實無一物。虛通寂靜明妙安樂而已。深自悟認。直下便是圓滿具足更無所欠。縱三僧祇精進修行歷諸地位。及一念證時。只證元來自佛。向上更不添得一物。卻觀歷劫功用總是夢中妄為。故如來雲。我於阿耨菩提實無所得。若妄有所得。然燈即不與授記。又云。是法平等無有高下。是名菩提。即此本源清淨心。與眾生諸佛世界山河有相無相遍十方界。一切平等無彼我相。此本源清淨心。常自圓明遍照。世人不悟只認見聞覺知為心。為見聞覺知所覆。所以不覩精明本體。但直下無心本體自現。如大日輪升於虛空遍照十方更無障礙。故學道人惟認見聞覺知為動作。空卻見聞覺知。即心路絕無入處。但於見聞覺知處認本心。然本心不屬見聞覺知。亦不離見聞覺知。但莫於見聞覺知上起見解。莫於見聞覺知上動念。亦莫離見聞覺知覓心。亦莫捨見聞覺知取法。

それで心外に求め、相に執着して境を取る――すべて道に背いている。恒河沙とは、仏が説いたあの沙である。この沙を、諸仏・菩薩・釈梵・諸天が歩んで過ぎても沙は喜ばず、牛羊・虫蟻が踏みつけて行っても沙は怒らず、珍宝・馨香があっても沙は貪らず、糞溺・臭穢があっても沙は嫌わない。○この心とは無心の心であり、一切の相を離れている。衆生と諸仏には少しも差殊がない。ただ無心であれば、それがすなわち究竟である。学道の人がもし直下に無心でなければ、劫を累ねて修行してもついに成道せず、三乗の功行に拘繫されて解脱を得ない。ただしこの心を証するのに遅疾がある――法を聞いて一念に無心を得る者、十信・十住・十行・十回向に至ってはじめて無心を得る者、十地に至ってはじめて無心を得る者がいる。長短あれど無心を得れば即ち住し、更に修すべきも証すべきもなく、実に得るところがなく、真実にして虚ならず。一念にして得た者と十地にして得た者は、功用がちょうど斉しく、更に深淺がない。ただ劫を歴て空しく辛勤を受けたにすぎない。悪を造るも善を造るもすべて着相である。着相して悪を造れば空しく輪廻を受け、着相して善を造れば空しく労苦を受ける。すべて言下に自ら本法を認め取るに及ばない。この法はすなわち心であり、心外に法はない。この心はすなわち法であり、法内に心はない。心は自ずから無心であり、無心の者もない。心をもって心を無にしようとすれば、心はすなわち有となる。默��するのみで、諸々の思量を絶する。故曰く、言語道断、心行処滅。この心は本源清浄の仏であり、人は皆これを具えている。蠢動する畜生も諸仏・菩薩と一体で異ならない。ただ妄想・分別のために種々の業果を造るのである。本仏の上には実に一物もなく、虚通・寂静・明妙・安楽のみである。深く自ら悟り認めれば、直下にそのままこれで、円満に具足して更に欠くるところがない。たとえ三僧祇のあいだ精進修行して諸の地位を歴ても、一念に証するとき、ただもとよりの自仏を証するのみで、向上して更に一物を添え得ない。却って劫を歴た功用を観れば、すべて夢中の妄為である。ゆえに如来は説く――我は阿耨菩提において実に得るところがない。もし妄りに得るところがあれば、然灯はすなわち授記を与えなかったであろう。また説く――この法は平等にして高下なく、これを菩提と名づく。即ちこの本源清浄心と、衆生・諸仏・世界・山河・有相・無相とは十方界に遍く、一切平等にして彼我の相がない。この本源清浄心は常に自ら円明に遍照している。世人は悟らず、ただ見聞覚知を心と認め、見聞覚知に覆われているので、精明の本体を観ない。ただ直下に無心であれば本体は自ら現れる。大きな日輪が虚空に昇って十方に遍く照らし更に障礙がないようである。ゆえに学道の人はただ見聞覚知を動作と認める。見聞覚知を空しくすれば、すなわち心路は絶して入る処がない。ただ見聞覚知の処において本心を認めよ。しかし本心は見聞覚知に属さず、また見聞覚知を離れもしない。ただ見聞覚知の上に見解を起こすな、見聞覚知の上に念を動かすな、また見聞覚知を離れて心を求めるな、また見聞覚知を捨てて法を取るな。

不即不離不住不著。縱橫自在無非道場○世人聞道。諸佛皆傳心法。將謂心上別有一法可證可取。遂將心覓法。不知心即是法法即是心。不可將心更求於心。歷千萬劫終無得日。不如當下無心便是本法。如力士額珠隱於額內。向外求覓周行十方。終不能得。智者指之。當時自見本珠如故。學道人迷自本心不認為佛。遂向外求覓起功用行。依次第證果位。歷劫勤求元不成道。不如當下無心。決定知一切法本無所有亦無所得。無住無依無能無所。不動妄念便證菩提。及證道時只證本心佛。歷劫功用並是虛修。如力士得珠時。只得本額珠。不關向外尋求之力故。佛言。我於阿耨菩提實無所得。恐人不信故。引五眼所見五語。所言真實不虛是第一義諦○學道人勿疑。四大為身。四大無我。我亦無主。故知此身無我亦無主。五陰無我亦無主。故知此心無我亦無主。六根六塵六識和合生滅亦復如是。十八界既空一切皆空。唯有本心蕩然清淨。有識食有智食。四大之身飢瘡為患。隨事給養不生貪著。謂之智食。恣情取味妄生分別。唯求適口不生厭離。謂之識食。聲聞者。因聲得悟謂之聲聞。但不了自心。於聲教上起解。或因神通。或因瑞相語言運動。聞有菩提涅槃三阿僧祇劫修成佛道。皆屬聲聞道。謂之聲聞佛。惟直下頓了自心本來是佛。無一法可得。無一行可修。此是無上道。此是真如佛。學道人只怕一念有即與道隔矣。念念無相念念無為。即是佛。學道人若欲得成佛。一切佛法總不用學。惟學無求無著。無求則心不生。無著則心不染。不生不染即是佛。八萬四千法門對八萬四千煩惱。是教化接引門。本無一法。離即是法。知離者是佛。但離一切煩惱是無法可得○學道人慾得知要訣。但莫於心上著一物。言佛法身猶如虛空。此是喻法身即虛空。虛空即法身。常人將謂法身遍於虛空處。虛空中含容法身。不知虛空即法身。

即せず離れず、住せず着せず、縦横自在にして道場でないところなし。○世人は諸仏が皆心法を伝えると聞くと、心の上に別に証し取るべき一法があると思い、ついに心をもって法を求める。心がすなわち法、法がすなわち心であることを知らず、心をもって更に心に求めてはならない。千万劫を歴ても得る日は終わらない。当下に無心であるに及ばない――それがすなわち本法である。力士の額の珠が額の内に隠れていて、外に向かって求め十方を行き巡ってもついに得られないのに、智者がこれを指せば、その時自ら本珠を見て故の如くであるのと同じである。学道の人は自らの本心に迷ってこれを仏と認めず、ついに外に向かって求め、功用の行を起こし、次第に依って果位を証し、劫を歴て勤め求めてももとより成道しない。当下に無心であるに及ばず、一切法がもとより所有なくまた所得もなく、住なく依なく、能なく所もないと決定して知り、妄念を動かさなければ菩提を証する。および道を証するとき、ただ本心の仏を証するのみで、劫を歴た功用はことごとく虚修である。力士が珠を得たとき、ただ本の額の珠を得たのみで、外に向かう尋求の力に関わらないがごときである。ゆえに仏は説く――我は阿耨菩提において実に得るところがない。人の信ぜざらんことを恐れて、五眼の見るところ、五語の言うところを引く。言うところは真実にして虚ならず、これが第一義諦である。○学道の人は四大を身と為すことを疑うな。四大は我なく、我もまた主なし。ゆえにこの身は我なくまた主なしと知る。五陰は我なくまた主なし。ゆえにこの心は我なくまた主なしと知る。六根・六塵・六識の和合生滅もまたこのようである。十八界は既に空で、一切皆空である。ただ本心があって蕩として清浄である。識食あり、智食あり。四大の身は飢え瘡の患いあり、事に随って給養して貪着を生ぜしめず、これを智食という。情を恣にして味を取り、妄りに分別を生じ、ただ口に適うを求めて厭離を生ぜしめず、これを識食という。声聞とは、声に因って悟るを得るを声聞という。ただ自心を了せず、声教の上に解を起こす。あるいは神通に因り、あるいは瑞相・言語・運動に因り、菩提・涅槃あり、三阿僧祇劫に修して仏道を成ずと聞く――すべて声聞の道に属し、これを声聞仏という。ただ直下に頓ちに自心は本来仏であると了し、得るべき一法なく、修すべき一行なし――これが無上道、これが真如仏である。学道の人はただ一念に有ることを怕れる――すなわち道と隔たる。念々に相なく念々に無為なれば、すなわち仏である。学道の人もし成仏せんと欲せば、一切の仏法は総て学ぶを要せず、ただ無求・無着を学べ。無求なれば心は生ぜず、無着なれば心は染まらない。生ぜず染まらぬはすなわち仏である。八万四千の法門は八万四千の煩悩に対する、教化・接引の門である。もとより一法なし。離るればすなわち法なり。離るるを知る者は仏なり。ただ一切の煩悩を離るれば、これは法を得るところなし。○学道の人が要訣を知らんと欲せば、ただ心の上に一物を着くるな。仏の法身は虚空のようだという――これは法身がすなわち虚空、虚空がすなわち法身を喩えたもので���る。常人は法身が虚空の処に遍くと思い、虚空の中に法身を含容すると思うが、虚空がすなわち法身であることを知らない。

法身即虛空也。若定言有虛空。即虛空不是法身。定言有法身。即法身不是虛空。但不作虛空解。虛空即法身。不作法身解。法身即虛空。虛空與法身無異相。佛與眾生無異相。生死涅槃無異相。煩惱菩提無異相。離一切相即是佛。凡夫取境。道人取心。心境雙忘乃是真法。忘境猶易忘心至難。人不敢忘心。是恐落空無撈摸處。不知空本無空唯一真界耳○此靈覺性無始以來與空虛同壽。未曾生未曾滅。未曾有未曾無。未曾穢未曾淨。未曾喧未曾寂。未曾少未曾老。無方所無內外。無數量無形相。無色像無音聲。不可覓不可求。不可以智識解。不可以言語取。不可以景物會。不可以功用到。諸佛菩薩與一切蠢動眾生同大涅槃性。性即是心。心即是佛。佛即是法。一念離真皆為妄想。不可以心更求於心。不可以佛更求於佛。不可以法更求於法。故修道人直下無心默契。擬心即差。以心傳心此為正見。慎勿向外逐境為心。是認賊為子。為有貪瞋痴即立戒定慧。本無煩惱焉有菩提。故祖師雲。佛說一切法。為除一切心。我無一切心。何用一切法。本源清淨佛上更不得著一物。譬如虛空。雖以無量珍寶莊嚴。終不能住。佛性同虛空。雖以無量智慧功德莊嚴。終不能住。但迷本性轉不見耳○所謂心地法門。萬法皆依此心建立。遇境即有。無境即無。不可於淨性上專作境解。所言定慧鑑用歷歷寂寂惺惺。見聞覺知皆境上作解。暫為中下人說即得。若欲親證。皆不可作如此解。盡是境縛。法有沒處沒於有地。但於一切法不作有見。即見法○自達磨大師到中國。唯說一性。唯傳一法。以佛傳佛不說餘佛。以法傳法不說餘法。法即不可說之法。佛即不可取之佛。乃是本源清淨心也。唯此一事實餘二則非真。般若為慧。此慧即無相之本也○凡夫不趣道。唯恣六情乃行六道。即學道後。一念計生死。即落諸魔道。一念起諸見。

法身はすなわち虚空である。もし定めて虚空有りと言えば、虚空は法身でない。定めて法身有りと言えば、法身は虚空でない。ただ虚空の解を作さなければ、虚空すなわち法身。法身の解を作さなければ、法身すなわち虚空。虚空と法身は異相なく、仏と衆生は異相なく、生死と涅槃は異相なく、煩悩と菩提は異相なし。一切の相を離れればすなわち仏である。凡夫は境を取り、道人は心を取る。心と境とを双忘すれば、これが真の法である。境を忘れるはなお易く、心を忘れるは至難である。人が心を忘れることを敢えてしないのは、空に落ちて撈摸する処なしを恐れるからである。空はもとより空ではなく、ただ一真界あるのみと知らぬのだ。○この霊覚の性は無始以来、虚空と同寿で、未だ生ぜず、未だ滅せず、未だ有らず、未だ無らず、未だ穢れず、未だ浄めず、未だ喧あらず、未だ寂せず、未だ少ならず、未だ老いず。方所なく、内外なく、数量なく、形相なく、色像なく、音声なし。求むべからず、求むべからず、智識をもって解すべからず、言語をもって取るべからず、景物をもって会すべからず、功用をもって到るべからず。諸仏・菩薩と一切の蠢動衆生とは同じく大涅槃の性である。性はすなわち心、心はすなわち仏、仏はすなわち法。一念真を離れればすべて妄想である。心をもって更に心に求むべからず、仏をもって更に仏に求むべからず、法をもって更に法に求むべからず。ゆえに修道の人は直下に無心で默契せよ。心を擬すればすなわち差う。心をもって心を伝える――これが正見である。慎んで外に向かって境を逐わせて心としてはならない――これは賊を認めて子と為すである。貪・瞋・痴有るがために戒・定・慧を立つ。もとより煩悩なし、いずくんぞ菩提あらん。ゆえに祖師は説く――仏は一切の法を説く、一切の心を除かんがため。我に一切の心なし、何ぞ一切の法を用いん。本源清浄の仏の上は更に一物を着くるを得ず。譬えば虚空に、無量の珍宝をもって荘厳すれどもついに住すること能わざるがごとし。仏性は虚空に同じく、無量の智慧・功徳をもって荘厳すれどもついに住すること能わず。ただ本性に迷って、転じて見ざるのみ。○いわゆる心地法門は、万法は皆この心に依って建立す。境に遇えば即有り、境なければ即無し。浄性の上に於いて専ら境の解を作すべからず。言うところの定慧・鑑用、歴歴・寂寂・惺惺、見聞覚知は、皆境の上に解を作す。暫く中下の人に説かば即ち得。もし親証せんと欲せば、皆かくの如き解を作すべからず――尽くこれ境の縛なり。法に没処有り、有地に没す。ただ一切法に於いて有見を作さざれば、すなわち法を見る。○達磨大師が中国に到りてより、唯だ一性を説き、唯だ一法を伝う。仏をもって仏を伝え、余の仏を説かず。法をもって法を伝え、余の法を説かず。法は即ち説くべからざるの法、仏は即ち取るべからざるの仏にして、これ本源清浄心なり。唯だこの一実のみ、其余の二は則ち真に非ず。般若は慧と為り、この慧は即ち無相の本なり。○凡夫は道に趣かず、唯だ六情を恣にし、乃ち六道を行ず。即ち学道の後、一念に生死を計れば、即ち諸魔道に落つ。一念に諸見を起こせば、

即落外道。見有生趣其滅。即落聲聞道。不見有生唯見有滅。即緣覺道。法本不生今亦不滅。不起二見不厭不忻。一切諸法唯一心是。然後乃為佛乘也○凡人皆逐境生心。心隨欣厭。若欲無境當忘其心。心忘則境空。境空則心滅。不忘心而除境。境不可除。只益紛擾耳。故萬法唯心心亦不可得。復何求哉○學般若法人。不見一法可得。絕意三乘。唯一真實。不可證得。謂我能證能得。皆增上慢人也。法華會下拂衣而去者。皆斯徒也。故佛言。我於菩提實無所得。默契而已○凡人慾修證。但觀五蘊皆空四大無我。真心無相不去不來。生時性亦不來。死時性亦不去。湛然圓寂心境一如。但能如此直下頓了。不為三世所拘繫。便出世人也。切不得有分毫趣向。若見善相諸佛來迎。及種種現前亦無心隨去。若見惡相種種現前亦無畏心。但自忘心同於法界。便得自在○凡言化城者。二乘及十地乃至等覺妙覺。皆是權立接引之教。並為化城也。言寶所者。乃真心本佛自性之寶。此寶不屬情量。不可建立。無佛無眾生。無能無所。何處有城。若問此既是化城何處為寶所。寶所不可指。指即有寶所。非真實所也。故云在近而已。在近者。不可定量言之。但當體會契之即是。闡提者信不具也。一切六道眾生。及至二乘不信有佛果。皆謂之斷善根闡提。菩薩深信佛法。不見有大乘小乘佛與眾生同一法性。乃謂之善根闡提。大抵因聲教而悟者名聲聞。觀因緣而悟者名緣覺。若不向自心中悟。雖至成佛亦謂之聲聞佛。學道人於法上悟不於心上悟。雖歷劫修行。終不是本佛。若不心悟乃於法悟。即是輕心重法。遂成逐塊。忘於本心故。但契本心不用求法。心即法也○凡人多謂境礙心。謂事礙理。常欲逃境以安心屏事以存理。不知乃是心礙境理礙事。但令心空境自空。但令理寂事自寂。勿倒用心也○凡人多不肯空心恐落空。

即ち外道に落つ。生の趣して滅するを見れば、即ち声聞道に落つ。生有るを見ず、唯だ滅有るを見れば、即ち縁覚道なり。法は本より生ぜず、今もまた滅せず。二見を起こさず、厭わず忻ばず。一切の諸法は唯だ一心これ是にして、然る後乃ち仏乗と為る。○凡人は皆境を逐って心を生じ、心は欣厭に随う。もし境無かれと欲せば、まさにその心を忘るべし。心忘るれば則ち境空し、境空すれば則ち心滅す。心を忘れずして境を除かんとすれば、境は除くべからず、只だ益々紛擾するのみ。故に万法は唯心にして、心も亦た得るべからず、復た何をか求めん。○般若の法を学ぶ人は、一法も得るべきを見ず。三乗を絶意して、唯だ一実のみ、証得すべからず。我が能く証し能く得ると謂うは、皆増上慢の人なり。『法華』会下に衣を拂うて去る者は、皆この徒なり。故に仏説かく、我は菩提に於いて実に得る所無く、默契するのみ。○凡人もし修証せんと欲せば、但だ五蘊皆空、四大無我を観ぜよ。真心は相無く、去らず来たらず。生ずる時も性も亦た来たらず、死する時も性も亦た去らず。湛然として円寂し、心境一如なり。但だ能くかくの如く直下に頓了し、三世に拘繫せられざれば、便ち出世人なり。切に分毫の趣向有るを得ず。若し善相の諸仏来迎を見、及び種々現前せんも、亦た心もて随い去ること無かれ。若し悪相の種々現前を見んも、亦た畏心無かれ。但だ自ずから心を忘れ、法界に同じくすれば、便ち自在を得。○凡そ化城と言うは、二乗及び十地乃至等覚・妙覚は、皆権立の接引の教にして、並びに化城と為る。宝所と言うは、乃ち真心・本仏・自性の宝なり。この宝は情量に属せず、建立すべからず。仏無く衆生無く、能無く所無く、何の処にか城あらん。若し問わん、この既に化城ならば、何れの処にか宝所と為る。宝所は指すべからず。指せば即ち宝所有り、真実の所に非ざるなり。故に近きに在りと説くのみ。近きに在るとは、定量をもて言うべからず、但だまさに体会契之すれば即ち是れ。闡提とは、信具わらざるなり。一切の六道衆生、及び二乗に至りて仏果有るを信ぜず、皆これを善根を断ずる闡提と謂う。菩薩は深く仏法を信じ、大乗・小乗有るを見ず、仏と衆生と同一法性なり、乃ちこれを善根闡提と謂う。大抵声教に因りて悟る者を声聞と名づけ、因縁を観じて悟る者を縁覚と名づく。若し自らの心中に向かいて悟らざれば、成仏に至ると雖も亦たこれを声聞仏と謂う。学道の人、法上に於いて悟りて心上に於いて悟らざれば、劫を歴て修行すと雖も、終に本仏に非ず。若し心に悟らず乃ち法に悟るは、即ち心を軽じ法を重んずるにして、遂に塊を逐うと成り、本心を忘るるを故なり。但だ本心を契せば、法を求めるを用いず。心は即ち法なり。○凡人は多く境の心を碍ぐると謂い、事の理を碍ぐると謂い、常に境を逃れて心を安んじ、事を屏して理を存せんと欲す。乃ちこれ心の境を碍ぐる、理の事を碍ぐるを知らず。但だ心を空しくせば、境自ずから空しく、但だ理を寂しくせば、事自ずから寂なり。倒さずして心を用うるな。○凡人は多く空心を肯わず、空に落つるを恐る。

不知自心本空。愚人除事不除心。智者除心不除事。菩薩心如虛空一切俱捨。所作福德皆不貪著。然捨有三等。內外身心一切俱捨。猶如虛空無所取著。然後隨方應物能所皆忘。是謂大捨。若一邊行道佈德。一邊旋捨無希望。心是謂中捨。若廣修眾善有所希望。聞法知空。遂乃不著是謂小捨。大捨如火燭在前更無迷悟。中捨如火燭在旁。或明或暗。小捨如火燭在後不見坑阱故。菩薩心如虛空。一切俱捨。過去心不可得。是過去捨。現在心不可得。是現在捨。未來心不可得。是未來捨。所謂三世俱捨。自如來付法迦葉以來。以心印心。心心不異。印著空則印不成文。印著物則印不成法。故以心印心心心不異。能印所印俱難契會。故得者少。然心即無心得即無得○佛有三身。法身說自性靈通法。報身說一切清淨法。化身說六度萬行法。法身說法不以語言音聲形相文字。無所說無所證。自性靈通而已。故曰。無法可說是名說法。報身化身皆隨機感現所說法。亦隨事應根以為攝化。皆非真法。故曰報化非真佛。亦非說法者○所言同是一精明分為六和合者。一精明者一心也。六和合者六根各與塵合。眼與色合。耳與聲合。鼻與香合。舌與味合。身與觸合。意與法合。中間生六識為十八界。若了知十八界空無所有。束六和合為一精明。一精明者即心也。學道人皆知此。但不能免作一精明六和合解。遂為法縛不契本心。如來現世欲說一乘真法。則眾生不信興謗沒於苦海。若都不說則佛墮慳貪。不為眾生普捨妙道。遂方便說三乘。乘有大小得有深淺。皆非本法。故云。惟此一乘道餘二即非真。然終未能顯一心法。故召迦葉同法座坐。別付一心離言說法。此一枝法今別行。若能契悟者。便至佛地。

自分の心がもとより空であることを知らない。愚かな人は事を除いても心を除かず、智ある人は心を除いて事を除かない。菩薩の心は虚空のようで、一切をみな捨てる。なすところの福徳に皆貪着しない。さて捨てには三等ある。内外・身心・一切を俱に捨てて、虚空のように取着するところがなく、しかる後に方に随って物に応じ、能・所ともに忘れる――これを大捨という。一方で道を行じ徳を布きながら、一方ですぐに捨てて希望の心がない――これを中捨という。広く衆善を修めて希望するところがあり、法を聞いて空を知り、ついに執着しない――これを小捨という。大捨は火の燭が前にあるようなもので、更に迷いも悟りもない。中捨は火の燭が傍にあるようなもので、あるいは明あるいは暗。小捨は火の燭が後ろにあるようなもので、坑穽が見えない。ゆえに菩薩の心は虚空のようで、一切を俱に捨てる。過去の心は得られない――これが過去の捨。現在の心は得られない――これが現在の捨。未来の心は得られない――これが未来の捨。いわゆる三世ともに捨つである。如来が迦葉に法を付して以来、心をもって心を印し、心心異ならず。印が空に着けば印は文を成さず、印が物に着けば印は法を成さない。ゆえに心をもって心を印し、心心異ならない。能印・所印ともに契会しがたいゆえに、得る者は少ない。さて心はすなわち無心、得はすなわち無得である。○仏には三身がある。法身は自性霊通の法を説き、報身は一切清浄の法を説き、化身は六度万行の法を説く。法身の説法は言語・音声・形相・文字によらず、説くところなく証するところなく、自性が霊通するのみ。ゆえに説く――説くべき法なし、これを説法と名づく。報身・化身は皆機に随って感現し、その説くところの法もまた事に随い根に応じて摂化と為す――皆真の法ではない。ゆえに説く――報化は真の仏にあらず、また説法の者でもない。○いわゆる同じく一精明であって分れて六和合と為すとは――一精明とは一心である。六和合とは、六根が各々塵と合する。眼は色と合し、耳は声と合し、鼻は香と合し、舌は味と合し、身は触と合し、意は法と合す。その中間に六識を生じて十八界と為す。もし十八界が空にして所有なきと了知すれば、六和合を束ねて一精明と為す。一精明とはすなわち心である。学道の人は皆これを知るが、ただ一精明・六和合の解を作るを免れず、ついに法の縛と為り、本心に契わない。如来が世に現れて一乗の真法を説かんとすれば、衆生は信ぜず、謗りを興して苦海に没する。もし都て説かざれば、仏は慳貪に堕ち、衆生のために普く妙道を捨てない。ついに方便して三乗を説く。乗に大小あり、得に深淺あるも、皆本法ではない。ゆえに説く――ただこの一乗の道、其の余の二は則ち真に非ず。しかし終に一心の法を顕す能わず、ゆえに迦葉を召して同じく法座に坐せしめ、別に一心・離言説の法を付す。この一枝の法は今別に行われている。もし契悟する能わば、便ち仏地に至らん。

裴休相國傳心偈

裴休相国の伝心偈

予於宛陵鐘陵皆得親黃蘗希運禪師。盡傳心要。乃作傳心偈爾。

私は宛陵・鍾陵のいずれでも黄檗希運禅師に親しく接し、心要をことごとく伝えられたので、この伝心偈を作った。

心不可傳。以契為傳。心不可見。以無為見。契亦無契。

心は伝えられず、契することをもって伝とする。心は見ることができず、無為をもって見とする。契にもまた契なく、

無亦無無。化城不住。迷額有珠。珠是強名。

無にもまた無がない。化城には住せず、迷える額に珠あり。珠は強いて名づけたもの、

城豈有形。即心即佛。佛即無生。直下便是。

城にいずくんぞ形あらん。即心即仏、仏はすなわち無生。直下にそのままこれで、

勿求勿營。使佛覓佛。倍費功程。隨法生解。

求めるな、営むな。仏をもって仏を求めるは、倍して功程を費やす。法に随って解を生ずれば、

即落魔界。凡聖不分。乃離見聞。無心似鏡。

すなわち魔界に落つ。凡と聖とを分たなければ、すなわち見聞を離る。無心は鏡に似て、

與物無競。無念似空。無物不容。三乘外法。

物と競わず。無念は空に似て、容れぬ物なし。三乗の外の法は、

歷劫希逢。若能如是。是出世雄。

劫を歴ても逢うこと希なり。もし能くかくの如くあらば、これ出世の雄なり。

甞聞。河東大士親見高安導師傳心要。於當年著偈章而示後。頓開聾瞽。煥若丹青。予惜其所遺。綴於本錄雲爾。

かつて聞く、河東の大士は高安の導師に親しく見えて、当の年に心要を伝え、偈章を著して後に示した。頓ちに聾瞽を開き、丹青のように煥然としていた。私はその遺したものを惜しみ、本録に綴ると云う。

慶曆戊子歲南宗字天真者題

慶暦戊子の歳、南宗の天真と字する者が題す。

(傳心法要內改十一處。除落三字添入九字。並按四家錄並別錄為據也)

(『伝心法要』の内、十一箇所を改め、三字を除き落とし、九字を添え入れた。なお『四家録』および別録に按じて拠とした。)

景徳伝灯録巻第九

景徳伝灯録巻第十

懷讓禪師第三世下六十一人

懐譲禅師第三世以下六十一人

池州南泉普願禪師法嗣一十七人湖南長沙景岑禪師

池州南泉普願禅師の法嗣一十七人。湖南長沙の景岑禅師

荊南白馬曇照禪師

荊南白馬の曇照禅師

終南山雲際師祖禪師

終南山雲際の師祖禅師

鄧州香嚴下堂義端禪師

鄧州香厳下堂の義端禅師

趙州東院從諗禪師

趙州東院の従諗禅師

池州靈鷲閑禪師

池州霊鷲の閑禅師

鄂州茱萸山和尚

鄂州茱萸山の和尚

衢州子湖利蹤禪師

衢州子湖の利蹤禅師

洛京嵩山和尚

洛京嵩山の和尚

日子和尚

日子和尚

蘇州西禪和尚

蘇州西禅和尚

宣州刺史陸亙池州行者甘贄(已上一十三人見錄)

宣州刺史の陸亘。池州行者の甘贄(以上一十三人は見録)

資山存制禪師

資山存制禅師

江陵道弘禪師

江陵道弘禅師

宣州玄極禪師

宣州玄極禅師

新羅國道均禪師(已上四人無機緣語句不錄)

新羅国道均禅師(以上四人は機縁の語句なきゆえ録せず)

杭州鹽官齊安禪師法嗣八人襄州關南道常禪師

杭州塩官斉安禅師の法嗣八人。襄州関南道常禅師

洪州雙嶺玄真禪師

洪州双嶺玄真禅師

杭州徑山鑒宗禪師(已上三人見錄)

杭州径山鑑宗禅師(以上三人は見録)

唐宣宗皇帝

唐の宣宗皇帝

白雲曇靖禪師

白雲曇靖禅師

潞府淥水文舉禪師

潞府渌水文挙禅師

新羅品日禪師

新羅品日禅師

壽州建宗禪師(已上五人無機緣語句不錄)

寿州建宗禅師(以上五人は機縁の語句なきゆえ録せず)

婺州五洩山靈默禪師法嗣四人福州龜山正原禪師(一人見錄)

婺州五泄山霊黙禅師の法嗣四人。福州亀山正原禅師(一人は見録)

甘泉寺曉方禪師

甘泉寺暁方禅師

明州棲心寺藏奐禪師

明州栖心寺蔵奐禅師

甘泉寺元遂禪師(已上三人無機緣語句不錄)

甘泉寺元遂禅師(以上三人は機縁の語句なきゆえ録せず)

洛京佛光寺如滿禪師法嗣一人杭州刺史白居易(一人見錄)

洛京仏光寺如満禅師の法嗣一人。杭州刺史白楽易(一人は見録)

明州大梅山法常禪師法嗣三人新羅國迦智禪師

明州大梅山法常禅師の法嗣三人。新羅国迦智禅師

杭州天龍和尚(已上二人見錄)

杭州天龍和尚(以上二人は見録)

新羅國忠彥禪師(一人無機緣語句不錄)

新羅国忠彦禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

荊州永泰寺靈湍禪師法嗣五人湖南上林戒虛禪師

荊州永泰寺霊湍禅師の法嗣五人。湖南上林戒虚禅師

五臺山秘魔巖和尚

五台山秘魔巌和尚

湖南祇林和尚(已上三人見錄)

湖南祇林和尚(以上三人は見録)

呂後山文質禪師

呂后山文質禅師

蘇州法河禪師(已上二人無機緣語句不錄)

蘇州法河禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

幽州盤山寶積禪師法嗣二人鎮府普化和尚(一人見錄)

幽州盤山宝積禅師の法嗣二人。鎮府普化和尚(一人は見録)

鎮州上方和尚(一人無機緣語句不錄)

鎮州上方和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

京兆興善寺惟寬禪師法嗣六人京兆法智禪師

京兆興善寺惟寛禅師の法嗣六人。京兆法智禅師

京兆無表禪師

京兆無表禅師

京兆慧建禪師

京兆慧建禅師

京兆元淨禪師

京兆元浄禅師

京兆慧光禪師

京兆慧光禅師

京兆義宗禪師(已上六人無機緣語句不錄)

京兆義宗禅師(以上六人は機縁の語句なきゆえ録せず)

雲水靖宗禪師法嗣二人華州小馬神照禪師

雲水靖宗禅師の法嗣二人。華州小馬神照禅師

華州道圓禪師(已上二人無機緣語句不錄)

華州道円禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

潭州龍牙山圓暢禪師法嗣二人嘉禾藏廙禪師(一人見錄)

潭州龍牙山円暢禅師の法嗣二人。嘉禾蔵廙禅師(一人は見録)

羊腸藏樞禪師(一人無機緣語句不錄)

羊腸蔵枢禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

汾州無業國師法嗣二人鎮州常貞禪師

汾州無業国師の法嗣二人 鎮州常貞禅師

鎮州奉先義禪師(已上二人無機緣語句不錄)

鎮州奉先義禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

廬山歸宗寺智常禪師法嗣六人福州芙蓉山靈訓禪師

廬山帰宗寺智常禅師の法嗣六人。福州芙蓉山霊訓禅師

漢南穀城縣高亭和尚

漢南穀城県高亭和尚

新羅大茅和尚

新羅大茅和尚

五臺山智通禪師(已上四人見錄)

五台山智通禅師(以上四人は見録)

洪州高安大愚禪師

洪州高安大愚禅師

江州刺史李渤(已上二人無機緣語句不錄)

江州刺史李渤(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

魯祖山寶雲禪師法嗣一人雲水和尚(一人無機緣語句不錄)

魯祖山宝雲禅師の法嗣一人。雲水和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

紫玉山道通禪師法嗣一人唐襄州節度使於頔(一人無機緣語句不錄)

紫玉山道通禅師の法嗣一人。唐の襄州節度使于𬱖(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

華嚴寺智巖禪師法嗣一人黃州齊安和尚(一人見錄)

華厳寺智巌禅師の法嗣一人。黄州斉安和尚(一人は見録)

懷讓第三世下

懐譲第三世下

前池州南泉普願禪師法嗣

前池州南泉普願禅師の法嗣

湖南長沙景岑號招賢大師。初住鹿苑為第一世。其後居無定所。但徇緣接物隨請說法。故時眾謂之長沙和尚。上堂曰。我若一向舉揚宗教。法堂裡須草深一丈。我事不獲已。所以向汝諸人道。盡十方世界是沙門眼。盡十方世界是沙門全身。盡十方世界是自己光明。盡十方世界在自己光明裡。盡十方世界無一人不是自己。我常向汝諸人道。三世諸佛共盡法界眾生是摩訶般若光。光未發時汝等諸人。向什麼處委。光未發時尚無佛無眾生消息。何處得山河國土來。時有僧問。如何是沙門眼。師雲。長長出不得。又云。成佛成祖出不得。六道輪迴出不得。僧雲。未審出箇什麼不得。師雲。晝見日夜見星。僧雲。學人不會。師雲。妙高山色青又青。僧問。教中雲。而常處此菩提座。如何是座。師雲。老僧正坐大德正立。僧問。如何是大道。師雲。沒卻汝。僧問。諸佛師是誰。師雲。從無始劫來承誰覆蔭。僧師。未有諸佛已前作麼生。師雲。魯祖開堂亦與師僧東道西說。僧問。學人不據地時如何。師雲。汝向什麼處安身立命。僧雲。卻據地時如何。師雲。拕出死屍著。僧問。如何是異類。師雲。尺短寸長。僧問。如何是諸佛師。師雲。不可更拗直作曲邪。僧雲。請和尚向上說。師雲。闍梨眼瞎耳聾作麼。師遣一僧去問同參會和尚雲。和尚見南泉後如何。會默然。僧雲。和尚未見南泉已前作麼生。會雲。不可更別有也。僧迴舉似師。師示一偈曰。

湖南長沙の景岑は、招賢大師と号した。はじめ鹿苑に住して第一世と為し、その後は居所を定めず、ただ縁に徇って物に接し、請に随って法を説いたので、当時の衆はこれを長沙和尚と呼んだ。上堂して説いた――「我がもし一向に宗教を挙揚するならば、法堂の裡に草が一丈も深くなるだろう。我はやむを得ぬ事情があるので、汝ら諸人に向かって説く――十方世界のすべてが沙門の眼、十方世界のすべてが沙門の全身、十方世界のすべてが自己の光明、十方世界のすべてが自己の光明の裡にあり、十方世界のすべてに自己でない者は一人もない。我常に汝ら諸人に説く――三世の諸仏と法界の衆生のすべてが摩訶般若の光である。光が未だ発せざるとき、汝ら諸人は何の処にか委ねる。光が未だ発せざるとき、なお仏もなく衆生の消息もないのに、何の処より山河国土を得て来たのか。」時に僧が問うた――「如何なるか是れ沙門の眼。」師が説く――「長々出ることを得ず。」また説く――「仏を成し祖を成すも出ることを得ず、六道輪廻も出ることを得ず。」僧が説く――「未だ審らかならず、箇の什麼を出ることを得ざるとは。」師が説く――「昼は日を見、夜は星を見。」僧が説く――「学人会せず。」師が説く――「妙高山の色は青くまた青し。」僧が問う――「教に説く『而も常に此の菩提座に処す』とは、如何なるか是れ座。」師が説く――「老僧は正しく坐し、大徳は正しく立つ。」僧が問う――「如何なるか是れ大道。」師が説く――「汝を没却す。」僧が問う――「諸仏の師は誰か。」師が説く――「無始の劫来、誰にか覆蔭を承けた。」僧が説く――「未だ諸仏有らざる已前は作麼生。」(底本は「僧師」と作るも、「僧曰」に従うべし。)師が説く――「魯祖は堂を開き、また師僧のために東道西説した。」僧が問う――「学人が地に拠らざるとき如何。」師が説く――「汝は何の処に向かいて身を安んじ命を立てる。」僧が説く――「却って地に拠るとき如何。」師が説く――「死屍を拖き出して著せよ。」僧が問う――「如何なるか是れ異類。」師が説く――「尺は短く寸は長し。」僧が問う――「如何なるか是れ諸仏の師。」師が説く――「更に直を拗して曲と作すことあたわざるか。」僧が説く――「請う、和尚向上に説かんことを。」師が説く――「闍梨は眼瞎え耳聾えて作麼。」師は一僧を遣わして同参の会和尚に問わしめて説かせた――「和尚は南泉を見て後如何。」会は默然とした。僧が説く――「和尚未だ南泉を見ざる已前は作麼生。」会が説く――「更に別有るべからず也。」僧は帰りて挙げて師に似せた。師は一偈を示して説いた――

百丈竿頭不動人雖然得入未為真

百丈竿頭の不動の人、入るを得ると雖も未だ真と為さず。

百丈竿頭須進步十方世界是全身

百丈竿頭に須らく進歩すべし、十方世界はこれ全身。

僧問。只如百丈竿頭如何進步。師雲。朗州山澧州水。僧雲。請師道。師雲。四海五湖皇化裡。有客來謁。師召曰。尚書。其人應諾。師曰。不是尚書本命。對曰。不可離卻即今秖對別有第二主人。師曰。喚尚書作至尊得麼。彼雲。恁麼總不秖對時。莫是弟子主人否。師曰。非但秖對。與不秖對時。無始劫來是箇生死根本。有偈曰。

僧が問う――「只だ百丈竿頭の如きは如何に進歩せん。」師が説く――「朗州の山、澧州の水。」僧が説く――「請う、師に道わんことを。」師が説く――「四海五湖皇化の裡。」客が来りて謁す。師は召して説く――「尚書。」其人は応諾す。師が説く――「是れ尚書の本命にあらず。」対えて説く――「離却せば即今只対あり、別に第二の主人有るべからず。」師が説く――「尚書を喚んで至尊と作すを得るか。」彼が説く――「恁麼に総て不只対のとき、是れ弟子の主人なるか否。」師が説く――「非但だ只対と不只対のときのみならず、無始の劫来、是れ生死の根本なり。」偈有りて説く――

學道之人不識真只為從來認識神

道を学ぶ人は真を識らず、只だ従来識神を認むるが為なり。

無始劫來生死本痴人喚作本來身

無始の劫来の生死の本、痴人は喚んで本来身と作す。

有秀才看佛名經問曰。百千諸佛但見其名。未審居何國土還化物也無。師曰。黃鶴樓崔顥題後秀才還曾題未。曰未曾。師曰。得閑題一篇何妨。僧問。南泉遷化向什麼處去。師雲。東家作驢西家作馬。僧雲。此意如何。師雲。要騎即騎要下即下。僧皓月問。天下善知識證三德涅槃未。師曰。大德問果上涅槃因中涅槃。曰問果上涅槃。師曰。天下善知識未證。曰為什麼未證。師曰。功未齊於諸聖。曰功未齊聖何為善知識。師曰。明見佛性亦得名為善知識。曰未審功齊何道名證大涅槃。師有偈曰。

秀才があって『仏名経』を看て問うて説く――「百千の諸仏は但だその名を見るのみ、未だ審らかならず、何れの国土に居して、還た物を化するや無しや。」師が説く――「黄鶴楼に崔顥が題して後、秀才は還て曾て題せざるか。」説く――「未だ曾てせず。」師が説く――「閑を得て一篇を題するも何の妨げかあらん。」僧が問う――「南泉は遷化して何の処に向かいて去る。」師が説く――「東家に於いては驢と作り、西家に於いては馬と作る。」僧が説く――「此の意は如何。」師が説く――「騎らんと要すれば即ち騎り、下らんと要すれば即ち下る。」僧の皓月が問う――「天下の善知識は三徳涅槃を証せしや未だ。」師が説く――「大徳は果上の涅槃を問うか、因中の涅槃を問うか。」説く――「果上の涅槃を問う。」師が説く――「天下の善知識は未だ証せず。」説く――「什麼が為めに未だ証せざる。」師が説く――「功未だ諸聖に斉ならざるが故に。」説く――「功未だ聖に斉ならざれば、何為れん善知識と為る。」師が説く――「明らかに仏性を見れば、亦た名を善知識と為るを得。」説く――「未だ審らかならず、功何の道にか斉ならば、名づけて大涅槃を証するとなす。」師に偈有りて説く――

摩訶般若照解脫甚深法

摩訶般若の照らすは、解脱の甚深の法。

法身寂滅體三一理圓常

法身寂滅の体は、三一の理円なり常なり。

欲識功齊處此名常寂光

功斉ならん処を識らんと欲せば、此れを名づけて常寂光と曰う。

又曰。果上三德涅槃已蒙開示。如何是因中涅槃。師曰。大德是。又問。教中說幻意是有邪。師曰。大德是何言歟。雲恁麼幻意是無邪。師曰。大德是何言歟。雲恁麼即幻意是不有不無邪。師又曰。大德是何言歟。雲如某三明盡不契於幻意。未審和尚如何。明教中幻意。師曰。大德信一切法不思議否。雲佛之誠言那敢不信。師曰。大德言信。二信之中是何信。雲如某所明二信之中是名緣信。師曰。依何教門得生緣信。大德雲。據華嚴雲。菩薩摩訶薩以無障無礙智慧。信一切世間境界。是如來境界。又華嚴雲。諸佛世尊悉知世法及諸佛法性無差別決定無二。又華嚴雲。佛法世間法。若見其真實一切無差別。師曰。大德所舉緣信教門甚有來處。聽老僧與大德明教中幻意。若人見幻本來真。是則名為見佛人。圓通法法無生滅。無滅無生是佛身。又問。蚯蚓斷為兩段兩頭俱動。佛性在阿那頭。師雲。動與不動是何境界。雲言不幹典非智者所談。只如和尚言。動與不動是何境界。出自何經。師曰。灼然言不幹典非智者所談。大德豈不見首楞嚴經云。當知十方無邊不動虛空。並其動搖地水火風均名六大。性真圓融皆如來藏本無生滅。師有偈雲。

また説く――「果上の三徳涅槃は既に開示を蒙った。如何なるか是れ因中の涅槃。」師が説く――「大徳是れなり。」また問う――「教中に説く幻意とは、是れ有りや。」師が説く――「大徳は是れ何の言歟。」説く――「恁麼に幻意は是れ無きや。」師が説く――「大徳は是れ何の言歟。」説く――「恁麼に即ち幻意は是れ不有不无きや。」師がまた説く――「大徳は是れ何の言歟。」説く――「某の明する三に如く尽く幻意に契わざれば、未だ審らかならず、和尚は如何に教中の幻意を明かす。」師が説く――「大徳は一切法が不思議なるを信ずるか否。」説く――「仏の誠言、那んぞ敢えて信て信ぜざらん。」師が説く――「大徳は信と言う。二信の中、是れ何の信ぞ。」説く――「某が明ずる所に如く、二信の中は是れ名づけて縁信と為す。」師が説く――「何の教門に依りて縁信を生ずるを得。」大徳が説く――「『華厳』に拠りて説く――菩薩摩訶���は無障無礙の智慧をもって、一切の世間境界はこれ如来の境界なりと信ず。又『華厳』に説く――諸仏世尊は悉く世法及び諸仏の法性に差別無きを知る、決定に二に非ず。又『華厳』に説く――仏法・世間法、若しその真実を見れば、一切差別無し。」師が説く――「大徳の挙げたる縁信の教門は甚だ来処有り。老僧が大徳のために教中の幻意を明かすを聴け。若し人が幻は本来真なりと見れば、是れ則ち名づけて見仏の人と為す。円通に法法生滅無し。無滅無生は是れ仏身。」また問う――「蚯蚓は断かれて両段と為るも、両頭俱に動く。仏性は阿那の頭に在る。」師が説く――「動と不動とは是れ何の境界ぞ。」説く――「言典に干からざれば、智者の談ずる所に非ず。只だ和尚が言う動と不動とは是れ何の境界ぞ、何れの経に出づ。」師が説く――「灼然として言典に干からざれば、智者の談ずる所に非ず。大徳豈に見ざらんや『首楞厳経』に説く――まさに知るべし、十方の無辺不動の虚空、並びに其の動揺の地水火風は、均しく六大と名づく。性は真円融にして、皆如来蔵なり、本より生滅無し。」師に偈有りて説く――

最甚深最甚深法界人身便是心

最も甚深、最も甚深、法界の人身は便ち是れ心なり。

迷者迷心為眾色悟時剎境是真心

迷える者は心を迷いて衆色と為し、悟る時は刹境は是れ真心。

身界二塵無實相分明達此號知音

身界二塵に実相無し、分明に此を達して号けて知音と為す。

又問。如何是陀羅尼。師指禪床右邊曰。遮箇師僧卻誦得。又問。別有人誦得否。又指禪床左邊曰。遮箇師僧亦誦得。雲某甲為什麼不聞。師曰。大德豈不聞道。真誦無響真聽無聞。雲恁麼則音聲不入法界性也。師曰。離色求觀非正見。離聲求聽是邪聞。雲如何不離色是正見。不離聲是真聞。師乃有偈曰。

また問う――「如何なるか是れ陀羅尼。」師は禅床の右辺を指して説く――「這箇の師僧は却って誦するを得。」また問う――「別に誦するを得る人有るか。」また禅床の左辺を指して説く――「這箇の師僧も亦た誦するを得。」説く――「某甲は什麼が為めに聞えざる。」師が説く――「大徳豈に聞かざらんや道――真の誦は響無く、真の聴は聞無し。」説く――「恁麼ならば則ち音声は法界性に入らざる也。」師が説く――「色を離れて観を求むるは正見に非ず、声を離れて聴を求むるは是れ邪聞。」説く――「如何にか色を離れずして是れ正見、声を離れずして是れ真聞ならん。」師乃ち偈有りて説く――

滿眼本非色滿耳本非聲

眼に満つるは本より色に非ず、耳に満つるは本より声に非ず。

文殊常觸目觀音塞耳根

文殊は常に目に触れ、観音は耳根を塞ぐ。

會三元一體達四本同真

三元一体に会し、四本同真に達す。

堂堂法界性無佛亦無人

堂堂たる法界性、仏も無く人も無し。

僧問。南泉雲。貍奴白牯卻知有。三世諸佛不知有。為什麼三世諸佛不知有。師曰。未入鹿苑時猶較些子。僧曰。貍奴白牯為什麼卻知有。師曰。汝爭怪得伊。僧問。和尚繼嗣何人。師曰。我無人得繼嗣。僧曰。還參學也無。師曰。我自參學。僧曰。師意如何。師有偈曰。

僧が問う――「南泉は説く、狸奴・白牯は却って有るを知り、三世の諸仏は有るを知らずと。什麼が為めに三世の諸仏は有るを知らざる。」師が説く――「未だ鹿苑に入らざる時は猶お些子較めたり。」僧が説く――「狸奴・白牯は什麼が為めに却って有るを知る。」師が説く――「汝争でん伊を怪むを得んや。」僧が問う――「和尚は何人に継嗣する。」師が説く――「我に継嗣するを得る人無し。」僧が説く――「還た参学するや無しや。」師が説く――「我は自ずから参学す。」僧が説く――「師の意は如何。」師に偈有りて説く――

虛空問萬象萬象答虛空

虚空は万象に問い、万象は虚空に答う。

誰人親得聞木叉丱角童

誰人か親く聞くを得たる、木叉丱角の童。

僧問。如何是平常心。師雲。要眠即眠要坐即坐。僧雲。學人不會。師雲。熱即取涼寒即向火。僧問。向上一路請師道。師雲。一口針三尺線。僧雲。如何領會。師雲。益州布揚州絹。僧問。動是法王苗。寂是法王根。如何是法王。師指露柱曰。何不問大士。因庭前向日。仰山雲。人人盡有遮箇事。只是用不得。師雲。恰是請汝用。仰山雲。作麼生用。師乃蹋倒仰山。仰山雲。直下似箇大蟲(長慶雲。前彼此作家。後彼此不作家。乃別雲。邪法難扶)自此諸方謂為岑大蟲。僧問。本來人還成佛也無。師雲。汝見大唐天子還自種田割稻否。僧雲未審是何人成佛。師雲。是汝成佛。僧無語。師雲。會麼。僧雲。不會。師雲。如人因地而倒依地而起。地道什麼。三聖令秀上座問雲。南泉遷化向什麼處去。師雲。石頭作沙彌時參見六祖。秀雲。不問石頭見六祖。南泉遷化向什麼處去。師雲。教伊尋思去。秀雲。和尚雖有千尺寒松。且無抽條石筍。師默然。秀雲。謝和尚答話。師亦默然。秀上坐舉似三聖。三聖雲。若實恁麼猶勝臨濟七步。然雖如此待我更驗看。至明日三聖上問雲。承聞和尚昨日答南泉遷化一則語。可謂光前絕後今古罕聞。師亦默然。僧問。如何是文殊。師雲。牆壁瓦礫是。又問。如何是觀音。師雲。音聲語言是。又問。如何普賢。師雲。眾生心是。又問。如何是佛。師雲。眾生色身是。僧曰。河沙諸佛體皆同。何故有種種名字。師雲。從眼根返源名為文殊。耳根返源名為觀音。從心返源名為普賢。文殊是佛妙觀察智。觀音是佛無緣大慈。普賢是佛無為妙行。三聖是佛之妙用。佛是三聖之真體。用則有河沙假名。體則總名一薄伽梵。僧問色即是空空即是色。此理如何。師偈曰。

僧が問う――「如何なるか是れ平常心。」師が説く――「眠らんと要すれば即ち眠り、坐さんと要すれば即ち坐す。」僧が説く――「学人会せず。」師が説く――「熱ければ即ち涼を取り、寒ければ即ち火に向かう。」僧が問う――「向上の一路、請う師に道わんことを。」師が説く――「一口の針、三尺の線。」僧が説く――「如何に領会せん。」師が説く――「益州の布、揚州の絹。」僧が問う――「動は是れ法王の苗、寂は是れ法王の根。如何なるか是れ法王。」師は露柱を指して説く――「何ぞ大士に問わざる。」因りて庭前の日に向かう。仰山が説く――「人人尽く這箇の事有り、只だ是れ用うることを得ず。」師が説く――「恰も是れ汝に用いんことを請う。」仰山が説く――「作麼生用いん。」師乃ち仰山を踏み倒す。仰山が説く――「直下は大虫に似たり。」(長慶が説く――「前は彼此作家なり、後は彼此作家に非ず。」乃ち別に云う――「邪法は扶け難し。」)此より諸方に謂いて岑大虫と為す。僧が問う――「本来の人は還て仏を成するや無しや。」師が説く――「汝は大唐天子に還て自ずから田を種け稲を割くや否やを見る。」僧が説く――「未だ審らかならず、是れ何人の仏を成するぞ。」師が説く――「是れ汝の仏を成すなり。」僧語無し。師が説く――「会するか。」僧が説く――「会せず。」師が説く――「人の地に因りて倒れ、地に依りて起つが如し。地は什麼をか道わん。」三聖が秀上座に令めて問わしめて説かせた――「南泉は遷化して何の処に向かいて去る。」師が説く――「石頭は沙弥と作る時、六祖に参見した。」秀が説く――「石頭の六祖を見るを問わず。南泉は遷化して何の処に向かいて去る。」師が説く――「伊をして尋ね思い去らしめよ。」秀が説く――「和尚は千尺の寒松有ると雖も、且つ抽条の石筍無し。」師默然。秀が説く――「謝す和尚の答話。」師も亦た默然。秀上座は挙げて三聖に似す。三聖が説く――「若し実に恁麼ならば、猶お臨済の七歩に勝る。然りと雖も此の如し、我が更に験め看んを待て。」明日に至りて三聖は上りて問うて説く――「承聞す、和尚昨日南泉遷化の一則の語に答えたり、謂わば光前絶後、今古聞くこと罕なりと。」師も亦た默然。僧が問う――「如何なるか是れ文殊。」師が説く――「牆壁・瓦礫是れなり。」また問う――「如何なるか是れ観音。」師が説く――「音声・言語是れなり。」また問う――「如何なるか普賢。」師が説く――「衆生の心是れなり。」また問う――「如何なるか是れ仏。」師が説く――「衆生の色身是れなり。」僧が説く――「河沙の諸仏は体皆同なり、何の故に種種の名字有る。」師が説く――「眼根より源に返るを名づけて文殊と為し、耳根より源に返るを名づけて観音と為し、心より源に返るを名づけて普賢と為す。文殊は是れ仏の妙観察智、観音は是れ仏の無縁大慈、普賢は是れ仏の無為妙行。三聖は是れ仏の妙用、仏は是れ三聖の真体。用には則ち河沙の仮名有り、体は則ち総て名づけて一薄伽梵と為す。」僧が問う――「色即是空、空即是色。此の理如何。」師の偈に説く――

礙處非牆壁通處勿虛空

碍ぐる処は牆壁に非ず、通ずる処は虚空を勿れ。

若人如是解心色本來同

若し人かくの如く解せば、心色は本来同なり。

又偈曰。

また偈に説く――

佛性堂堂顯現住性有情難見

仏性は堂堂として顕現すれども、性に住する有情は見難し。

若悟眾生無我我面何殊佛面

若し衆生に我無きを悟れば、我が面何ぞ仏面に殊ならん。

僧問。第六第七識及第八識畢竟無體。云何得名轉。第八為大圓鏡智。師有偈曰。

僧が問う――「第六・第七識及び第八識は畢竟体無し、云何して第八を転じて大円鏡智と為すと名づけん。」師に偈有りて説く――

七生依一滅一滅持七生

七の生は一の滅に依り、一の滅は七の生を持す。

一滅滅亦滅六七永無遷

一の滅、滅も亦た滅し、六七は永く遷ること無し。

又有僧問。蚯蚓斷為兩段兩頭俱動未審佛性在阿那頭。師雲。妄想作麼。僧雲其如動何。師雲。汝豈不知火風未散。僧問。如何轉得山河國土歸自己去。師雲。如何轉得自己成山河國土去。僧雲。不會。師雲。湖南城下好養民。米賤柴多足四隣。其僧無語。師有偈曰。

また僧有りて問う――「蚯蚓は断かれて両段と為るも、両頭俱に動く、未だ審らかならず仏性は阿那の頭に在るや。」師が説く――「妄想を作麼せん。」僧が説く――「其の動くが如きを何せん。」師が説く――「汝豈に火風未だ散ぜざるを知らざらんや。」僧が問う――「如何に山河国土を転じて自己に帰せしめん。」師が説く――「如何に自己を転じて山河国土と成り去らしめん。」僧が説く――「会せず。」師が説く――「湖南の城下は民を養うに好し、米は賤く柴は多く四隣に足る。」其の僧語無し。師に偈有りて説く――

誰問山河轉山河轉向誰

誰か山河の転ずるを問う、山河は転じて誰に向かう。

圓通無兩畔法性本無歸

円通に両畔無く、法性は本より帰する所無し。

講華嚴大德問。虛空為是定有為是定無。師曰。言有亦得言無亦得。虛空有時但有假有。虛空無時但無假無。雲如和尚所說有何教文。師曰。大德豈不聞。首楞嚴經云。十方虛空生汝心內。猶片雲點太清裡。豈不是虛空生時但生假名。又云。汝等一人發真歸元。十方虛空皆悉消殞。豈不是虛空滅時但滅假名。老僧所以道。有是假有無是假無。又問經云。如淨琉璃中內現真金像此意如何。師曰。以淨琉璃為法界體。以真金像為無漏智體。體能生智智能達體。故云如淨瑠璃中內現真金像。問如何是上上人行處。師曰。如死人眼。雲上上人相見時如何。師曰。如死人手。問善財為什麼無量劫遊普賢身中世界不遍。師曰。爾從無量劫來還遊得遍否。雲如何是普賢身。師曰。含元殿裡更覓長安。問如何是學人心。師曰。盡十方世界是爾心。雲恁麼則學人無著身處也。師曰。是爾著身處。雲如何是著身處。師曰。大海水深又深。雲學人不會。師曰。魚龍出入任升沈。問有人問和尚即隨因緣答。總無人問和尚如何。師曰。困即睡健即起。雲教學人向什麼處會。師曰。夏天赤骨力。冬寒須得被。問亡僧什麼處去也。師有偈雲。

『華厳』を講ずる大徳が問う――「虚空は是れ定有か、是れ定無か。」師が説く――「有と言うも亦た得、無と言うも亦た得。虚空の有るときは但だ仮有のみ有り、虚空の無きときは但だ仮無のみ無し。」説く――「和尚の説く所に如く、何の教文有る。」師が説く――「大徳豈に聞かざらんや『首楞厳経』に説く――十方の虚空は汝が心の内に生ずるに、猶お片雲の太清の裡を点ずるがごとし。豈に是れ虚空の生ずるとき但だ仮名を生ずるに非ずや。又説く――汝等一人真を発して元に帰せば、十方の虚空皆悉く消殞す。豈に是れ虚空の滅するとき但だ仮名を滅するに非ずや。老僧の道う所以は、有は是れ仮有、無は是れ仮無なり。」また問う――「経に説く、浄瑠璃の中に内に真金像を現ずるが如し、此の意如何。」師が説く――「浄瑠璃をもって法界の体と為し、真金像をもって無漏の智体と為す。体は能く智を生じ、智は能く体に達す。故に説く浄瑠璃の中に内に真金像を現ずるが如しと。」問う――「如何なるか是れ上上人の行じ処。」師が説く――「死人の眼の如し。」説く――「上上人相見る時如何。」師が説く――「死人の手の如し。」問う――「善財は什麼が為めに無量劫に普賢の身中の世界を游びて遍からざる。」師が説く――「爾は無量劫来還て游び得るか遍からずや。」説く――「如何なるか是れ普賢の身。」師が説く――「含元殿の裡に更に長安を覓む。」問う――「如何なるか是れ学人の心。」師が説く――「十方世界を尽くすは是れ爾が心。」説く――「恁麼ならば則ち学人は著身の処無き也。」師が説く――「是れ爾が著身の処。」説く――「如何なるか是れ著身の処。」師が説く――「大海の水は深くまた深し。」説く――「学人会せず。」師が説く――「魚龍の出入は升沈に任す。」問う――「人有りて和尚に問えば則ち因縁に随って答う。総て人無く和尚に問わざれば如何。」師が説く――「困れば即ち睡り、健ければ即ち起つ。」説く――「学人をして何の処に向かいて会せしめん。」師が説く――「夏天は赤骨力し、冬寒は被を得るを須うす。」問う――「亡僧は什麼の処にか去るや。」師に偈有りて説く――

不識金剛體卻喚作緣生

金剛の体を識らずして、却って喚んで縁生と作す。

十方真寂滅誰在復誰行

十方真寂滅にして、誰か在りて誰か行ぜん。

南泉有真讚雲。

南泉に真の讃有りて説く――

堂堂南泉三世之源金剛常住

堂堂たる南泉は、三世の源なり。金剛常住、

十方無邊生佛無盡現已卻還

十方無辺なり。生仏無尽、現なりて已に還す。

南泉久住投機偈。

南泉久しく住す、投机の偈。

今日還鄉入大門南泉親道遍乾坤

今日郷に還り大門に入る、南泉親く道う遍乾坤と。

法法分明皆祖父迴頭慚愧好兒孫

法法分明に皆祖父なり、頭を回らして愧いん好児孫を。

師答曰。

師答えて説く――

今日投機事莫論南泉不道遍乾坤

今日の投机の事は論ずる莫れ、南泉は道わず遍乾坤と。

還鄉盡是兒孫事祖父從來不入門

郷に還るは尽く是れ児孫の事、祖父は従来門に入らず。

師又有勸學偈雲。

師また勧学の偈有りて説く――

萬丈竿頭未得休堂堂有路少人遊

万丈の竿頭は未だ休むを得ず、堂堂と路有りて游ぶ人少なし。

禪師願達南泉去滿目青山萬萬秋

禅師願わくば南泉に達せよ、満目の青山万万秋なり。

因臨濟和尚雲。赤肉團上有無位真人。師乃有偈雲。

臨済和尚の説くに因りて――赤肉団の上に無位の真人有り。師乃ち偈有りて説く――

萬法一如不用揀一如誰揀誰不揀

万法一如にして揀を用いず、一如は誰か揀い誰か揀わざる。

即今生死本菩提三世如來同箇眼

即今の生死は本より菩提、三世の如来は同箇の眼なり。

師誡人斫松竹。偈雲。

師、人に松竹を斫るを誡むるに、偈説かく――

千年竹萬年松枝枝葉葉盡皆同

千年の竹、万年の松、枝枝葉葉尽く皆同なり。

為報四方玄學者動手無非觸祖公

為に四方の玄学者に報ゆ、手を動かすは祖公に触るるに非ざる無し。

荊南白馬曇照禪師常雲。快活快活。及臨終時叫苦苦。又云。閻羅王來取我也。院主問曰。和尚當時被節度使拋向水中神色不動。如今何得恁麼地。師舉枕子云。汝道當時是如今是。院主無對(法眼代雲。此時但掩耳出去)。

荊南白馬の曇照禅師は常に説く――「快活快活。」および臨終の時に叫ぶ――「苦苦。」また説く――「閻羅王来りて我を取る也。」院主が問うて説く――「和尚は当時節度使に抛げられて水の中に向われしに、神色動かざりき。如今何ぞ恁麼地なるを得。」師は枕子を挙げて説く――「汝道え、当时是れか、如今是れか。」院主対无し(法眼代わりて云う――「此の時但だ耳を掩いて出去れ。」)。

終南山雲際師祖禪師。初在南泉時。問雲。摩尼珠人不識。如來藏裡親收得。如何是藏。南泉雲。與汝來往者是藏。師雲。不來往者如何。南泉雲。亦是藏。又問。如何是珠。南泉召雲師祖。師應諾。南泉雲。去汝不會我語。師從此信入。

終南山雲際の師祖禅師。初め南泉に在る時に問うて説く――「摩尼珠は人識らず、如来蔵の裡に親く収め得たり。如何なるか是れ蔵。」南泉が説く――「汝と来往する者是れ蔵なり。」師が説く――「来往せざる者は如何。」南泉が説く――「亦是れ蔵なり。」また問う――「如何なるか是れ珠。」南泉は召して説く――「師祖。」師応諾す。南泉が説く――「去れ、汝は我が語に会せず。」師此より信入す。

鄧州香嚴下堂義端禪師示眾雲。兄弟彼此未了有。什麼事相共商量。我三五日即發去也。如今學者須了卻今時。莫愛他向上人無事。兄弟縱學得種種差別義路。終不代得自己見解。畢竟著力始得。空記持他巧妙章句。即轉加煩亂去。汝若欲相應。但恭恭盡莫停留纖豪直似虛空方有少分。以虛空無鎖無壁落無形無心眼。有僧問。古人相見時如何。師雲。老僧不曾見他古人。僧雲。今時血脈不斷處如何仰羨。師雲。有什麼仰羨處。僧問雲。某甲不問閑事。請和尚答話。師雲。更從我覓什麼。僧雲。不為閑事。師雲。汝教我道。師又云。兄弟佛是塵法亦是塵。終日馳求有什麼休歇。但時中不用掛情。情不掛物。無善可取無惡可棄。莫教被他籠罩著。始是學處。有僧雲。曾辭一老宿示某甲雲。去則親良朋附道友。未審老宿意旨如何。才禮拜次師雲。禮拜一任不得認奴作郎。僧問。如何是直截根源。師乃擲下拄杖入方丈。一日師謂眾曰。語是謗寂是誑。寂語向上有路在。老僧口門窄。不能與汝說得。便下堂。僧問。一句子如何。師雲。此間一句亦無。僧問。正因為什麼無事。師雲。我不曾停留。又云。假饒重重剝得淨盡無停留。權時施設亦是方便接人。若是那邊事無有是處。

鄧州香厳下堂の義端禅師は衆に示して説く――「兄弟は彼此未だ了せず、什麼の事有りて相共に商量せん。我は三五日に即ち発し去らん也。如今の学者は須らく今時を了却すべし、他の向上人の事無きを愛す莫れ。兄弟縦い種種の差別義路を学び得ると雖も、終に自己の見解を代うることを得ず。畢竟力を着けて始めて得。空しく他の巧妙章句を記持すれば、即ち転じて煩乱を加え去る。汝若し相応せんと欲せば、但だ恭恭尽くせ、繊毫を停留する莫れ、直に虚空に似んこと、方に少分有り。虚空は鎖無く、壁落無く、形無く、心眼無きを以てなり。」僧有りて問う――「古人相見る時如何。」師が説く――「老僧は曾て他の古人に見えず。」僧が説く――「今時の血脈不断の処は如何に仰羡せん。」師が説く――「什麼の仰羡の処有る。」僧が問うて説く――「某甲は閑事を問わず、請う、和尚に答話せんことを。」師が説く――「更に我に従い什麼を覓む。」僧が説く――「閑事と為さず。」師が説く――「汝、我に道えと教う。」師また説く――「兄弟、仏は是れ塵、法も亦是れ塵。終日馳求して什麼の休歇有る。但だ時中に情を掛けるを用いざれ。情物に掛からざれば、取るべき善無く、棄つべき悪無し。他に籠罩せられ著せらるるを教う莫れ、始めて是れ学ぶの処。」僧有りて説く――「曾て一老宿に辞す、某甲に示して説く――去れば良朋に親み、道友に附せよと。未だ審らかならず老宿の意旨如何。」纔かに礼拜する次、師が説く――「礼拜は一任せよ、奴を認めて郎と作すを得ず。」僧が問う――「如何なるか是れ直截の根源。」師乃ち拄杖を擲ち下して方丈に入る。一日師は衆に謂うて説く――「語は是れ謗、寂は是れ誑。寂語の向上に路有り在り。老僧は口門窄く、能く汝の為に説くことを得ず。」便ち堂を下る。僧が問う――「一句子如何。」師が説く――「此間は一句も亦た無し。」僧が問う――「正因は什麼が為めに事無き。」師が説く――「我曾て停留せず。」また説く――「仮令重重に剥じ得て浄尽に��留無からしめども、権時の設施も亦是れ方便に人を接するのみ。若し那边の事ならば、是の処有ること無し。」

趙州觀音院(亦曰東院)從諗禪師。曹州郝鄉人也。姓郝氏。童稚於本州扈通院。從師披剃未納戒。便抵池陽參南泉。值南泉偃息。而問曰近離什麼處。師曰。近離瑞像院。曰還見瑞像麼。師曰。不見瑞像只見臥如來。曰汝是有主沙彌無主沙彌。師曰。有主沙彌。曰主在什麼處。師曰。仲冬嚴寒伏惟和尚尊體萬福。南泉器之而許入室。異日問南泉。如何是道。南泉曰。平常心是道。師曰。還可趣向否。南泉曰。擬向即乖。師曰。不擬時如何知是道。南泉曰。道不屬知不知。知是妄覺不知是無記。若是真達不疑之道。猶如太虛廓然虛豁。豈可強是非邪。師言下悟理。乃往嵩嶽瑠璃壇納戒。卻返南泉。異日問南泉。知有底人向什麼處休歇。南泉雲。山下作牛去。師雲。謝指示。南泉雲。昨夜三更月到窓。師作火頭。一日閉卻門燒滿屋煙。叫雲。救火救火。時大眾俱到。師雲。道得即開門。眾皆無對。南泉將鎖匙於窓間過與師。師便開門。又到黃蘗。黃蘗見來便閉方丈門。師乃把火於法堂內叫雲。救火救火。黃蘗開門捉住雲。道道。師雲。賊過後張弓。又到寶壽。寶壽見來即於禪床上背面坐。師展坐具禮拜。寶壽下禪床。師便出。又到鹽官雲。看箭。鹽官雲。過也。師雲。中也。又到夾山將拄杖入法堂。夾山曰。作什麼。曰探水。夾山曰。一滴也無探什麼。師倚杖而出。師將遊五臺山次。有大德作偈留雲。

趙州観音院(亦た曰く東院)の従諗禅師は、曹州郝郷の人、姓は郝氏。童稚に本州の扈通院に於いて師に従い披剃し、未だ戒を納れざれども、便ち池陽に抵り南泉に参ず。南泉の偃息に値い、而して問うて説く――「近く什麼の処に離る。」師が説く――「近く瑞像院に離る。」説く――「還て瑞像を見るか。」師が説く――「瑞像を見ず、只だ臥如来を見る。」説く――「汝は是れ主有る沙弥か、主無き沙弥か。」師が説く――「主有る沙弥。」説く――「主は什麼の処に在る。」師が説く――「仲冬の厳寒、伏して惟るに和尚の尊体万福ならんことを。」南泉これを器として、而して入室を許す。異日南泉に問う――「如何なるか是れ道。」南泉が説く――「平常心是れ道。」師が説く――「還て趣向する可きか否。」南泉が説く――「向かわんと擬すれば即ち乖く。」師が説く――「擬せざる時如何にか是れ道と知らん。」南泉が説く――「道は知・不知に属せず。知は是れ妄覚、不知は是れ無記。若し是れ真に不疑の道に達せば、猶お太虚の廓然虚豁なるが如し、豈に強いて是非せんや。」師、言下に理に悟り、乃ち嵩岳の瑠璃壇に往きて戒を納れ、却って南泉に返る。異日南泉に問う――「有るを知る底の人は何の処に向かいて休歇せん。」南泉が説く――「山下に於いて牛と作り去れ。」師が説く――「指示に謝す。」南泉が説く――「昨夜の三更、月窓に到れり。」師は火頭と作る。一日門を閉却し、満屋の煙を焼き、叫びて説く――「火を救え火を救え。」時に大衆俱に到る。師が説く――「道い得ば即ち門を開かん。」衆皆対无し。南泉は鎖匙を将りて窓間より師に過与す。師便ち門を開く。又黄檗に到る。黄檗来るを見て便ち方丈の門を閉じる。師乃ち火を把りて法堂の内に叫びて説く――「火を救え火を救え。」黄檗門を開き捉えて説く――「道え、道え。」師が説く――「賊過ぎて後に弓を張る。」又宝寿に到る。宝寿来るを見て即ち禅床に於いて面を背けて坐す。師坐具を展べて礼拜す。宝寿禅床を下る。師便ち出づ。又塩官に到りて説く――「箭を看よ。」塩官が説く――「過ぎたり也。」師が説く――「中たり。」又夾山に到り、拄杖を将りて法堂に入る。夾山が説く――「什麼を作す。」説く――「水を探る。」夾山が説く――「一滴も无し、什麼をか探る。」師杖に倚りて出づ。師まさに五台山に游ばんとする次、大徳有りて偈を作り留めて説く――

何處青山不道場何須策杖禮清涼

何れの処の青山か道場ならざる、何ぞ須らく杖を策して清涼を礼せん。

雲中縱有金毛現正眼觀時非吉祥

雲中に縦い金毛の現有ると雖も、正眼をもって観ずる時は吉祥に非ず。

師雲。作麼生是正眼。大德無對(法眼代雲。請上坐領某甲卑情。同安顯代雲。是上坐眼)師自此道化被於北地。眾請住趙州觀音。上堂示眾。雲如明珠在掌。胡來胡現漢來漢現。老僧把一枝草為丈六金身用。把丈六金身為一枝草用。佛是煩惱煩惱是佛。時有僧問。未審佛是誰家煩惱。師雲。與一切人煩惱。僧雲。如何免得。師雲。用免作麼。師掃地。有人問雲。和尚是善知識為什麼有塵。師曰。外來。又僧問。清淨伽藍為什麼有塵。師曰。又一點也。又有人與師遊園見兔子驚走。問雲。和尚是大善知識為什麼兔子見驚。師雲。為老僧好殺。僧問。覺華未發時如何辨貞實。師雲。開也。僧雲。是貞是實。師雲。貞是實實是貞。僧雲。什麼人分上事。師雲。老僧有分闍梨有分。僧雲。某甲不招納如何。師佯不聞。僧無語。師雲去。師院有石幢子被風吹折。僧問。陀羅尼幢子作凡去作聖去。師雲。也不作凡亦不作聖。僧雲。畢竟作什麼。師雲。落地去也。師問一坐主。講什麼經。對雲。講涅槃經。師雲。問一段義得否。雲得。師以腳踢空吹一吹雲。是什麼義。坐主雲。經中無此義。師雲。五百力士揭石義便道無。大眾晚參師雲。今夜答話去也有解問者出來。時有一僧便出禮拜。師雲。比來拋塼引玉。卻引得箇墼子(保壽雲。射虎不真徒勞沒羽。長慶問覺上坐雲。那僧才出禮拜。為什麼便收伊為墼子。覺雲。適來那邊亦有人恁麼問。慶雲。向伊道什麼。雲也向伊恁麼道。玄覺雲。什麼處卻成墼子去。叢林中道才出來便成墼子。只如每日出入行住坐臥。不可總成墼子也。且道。遮僧出來具眼不具眼)有僧遊五臺。問一婆子云。臺山路向什麼處去。婆子云。驀直恁麼去。僧便去。婆子云。又恁麼去也。其僧舉似師。師雲。待我去勘破遮婆子。師至明日便去問。臺山路向什麼處去。婆子云。驀直恁麼去。師便去。

師が説く――「作麼生か是れ正眼。」大徳対无し(法眼代わりて云う――「請う上座、某甲が卑情を領け。」同安顕代わりて云う――「是れ上座の眼。」)。師此より道化は北地に被ふ。衆は請いて趙州観音に住せしむ。上堂し衆に示して説く――「明珠の掌に在るが如く、胡来れば胡現じ、漢来れば漢現ず。老僧は一枝の草を把って丈六金身と為し用い、丈六金身を把って一枝の草と為し用う。仏は是れ煩悩、煩悩は是れ仏。」時に僧有りて問う――「未だ審らかならず、仏は是れ誰家の煩悩。」師が説く――「一切の人に煩悩を与う。」僧が説く――「如何にして免れん。」師が説く――「免れんと用いて作麼。」師地を掃く。人有りて問うて説く――「和尚は是れ善知識、什麼が為めに塵有る。」師が説く――「外来なり。」また僧問う――「清浄の伽藍は什麼が為めに塵有る。」師が説く――「又一点也。」また人有りて師と園に游び、兔子の驚き走るを見て、問うて説く――「和尚は是れ大善知識、什麼が為めに兔子見て驚く。」師が説く――「老僧は殺を好むが為なり。」僧が問う――「覚華未だ発せざる時、如何にか貞実を辨ぜん。」師が説く――「開く也。」僧が説く――「是れ貞か是れ実か。」師が説く――「貞は是れ実、実は是れ貞。」僧が説く――「什麼の人の分上の事。」師が説く――「老僧に分有り、闍梨に分有り。」僧が説く――「某甲招納せざれば如何。」師は佯りて聞かず。僧語无し。師が説く――「去れ。」師の院に石幢子有りて風に吹折せらる。僧が問う――「陀羅尼幢子は凡を作して去るか、聖を作して去るか。」師が説く――「也無く凡を作さず、亦た聖を作さず。」僧が説く――「畢竟什麼を作す。」師が説く――「地に落ち去る也。」師は一坐主に問う――「什麼の経をか講ずる。」対えて説く――「『涅槃経』を講ず。」師が説く――「一段の義を問うを得るか否。」説く――「得。」師は脚をもて空を踢り、一吹き吹きて説く――「是れ什麼の義。」坐主が説く――「経の中に此の义无し。」師が説く――「五百力士の石を掲ぐる義を便ち道えば无しと。」大衆晚参す。師が説く――「今夜答話に去る也、解して問う者有���ば出来よ。」時に一僧有りて便ち出で礼拜す。師が説く――「比来の抛磚引玉、却って箇の墼子を引き得たり。」(保寿が説く――「虎を射ること真ならず、徒らに羽を没す。」長慶が覚上座に問うて説く――「那の僧纔かに出で礼拜せしに、什麼が為めに便ち伊を収めて墼子と為す。」覚が説く――「適来あの辺にも亦た人有りて恁麼問えり。」慶が説く――「伊に向いて什麼と道う。」説く――「亦た伊に向いて恁麼道う。」玄覚が説く――「什麼の処にか却って墼子と成り去る。叢林の中は道う、纔かに出来すれば便ち墼子と成ると。只だ毎日の出入・行住坐臥の如くは、総て墼子と成るべからざる也。且く道え這の僧の出来は具眼や不具眼や。」)僧有りて五台に游び、一婆子に問うて説く――「台山の路は何の処に向かいて去る。」婆子が説く――「蓦直に恁麼去れ。」僧便ち去る。婆子が説く――「又恁麼に去る也。」其の僧挙げて師に似す。師が説く――「我が去りて這の婆子を勘破せんを待て。」師明日に至りて便ち去りて問う――「台山の路は何の処に向かいて去る。」婆子が説く――「蓦直に恁麼去れ。」師便ち去る。

婆子云。又恁麼去也。師歸院謂僧雲。我為汝勘破遮婆子了也(玄覺雲。前來僧也恁麼道。趙州去也恁麼道。什麼處是勘破婆子。又云。非唯被趙州勘破。亦被遮僧勘破)僧問。恁麼來底人師還接否。師雲接。僧雲不恁麼來底師還接否。師雲接。僧雲。恁麼來者從師接。不恁麼來者如何接。師雲。止止不須說我法妙難思。師出院路逢一婆子。問和尚住什麼處。師雲。趙州東院西。婆子無語。師歸院問眾僧。合使那箇西字。或言東西字。或言棲泊字。師曰。汝等總作得鹽鐵判官。僧曰。和尚為什麼恁麼道。師曰。為汝總識字(法燈別眾僧雲。已知去處)僧問。如何是囊中寶。師雲。合取口(法燈別雲。莫說似人)有新到僧。謂師曰。某甲從長安來。橫擔一條拄杖。不曾撥著一人。師曰。自是大德拄杖短(同安顯別雲。老僧遮裡不曾見恁麼人)僧無對(法眼代雲。呵呵。同安顯代雲。也不短)有僧寫得師真呈師。師曰。且道似我不似我。若似我即打殺老僧。不似我即燒卻真。僧無對(玄覺代雲。留取供養)師敲火問僧雲。老僧喚作火。汝喚作什麼。僧無語。師雲。不識玄旨徒勞念靜(法燈別雲。我不如汝)新到僧參。師問。什麼處來。僧雲。南方來。師雲。佛法盡在南方。汝來遮裡作什麼。僧雲佛法豈有南北邪。師雲。饒汝從雪峰雲居來。只是箇擔板漢(崇壽稠別雲。和尚是據客置主人)僧問。如何是佛。師雲。殿裡底。僧雲。殿裡者豈不是泥龕塑像。師雲是。僧雲。如何是佛。師雲。殿裡底。僧問。學人迷昧乞師指示。師雲。吃粥也未。僧雲。吃粥也。師雲。洗缽去。其僧忽然省悟○師上堂。雲才有是非紛然失心。還有答話分也無。後有僧舉示洛浦洛浦扣齒。又舉示雲居雲居雲。何必。僧迴舉示師。師雲。南方大有人喪身失命。僧雲。請和尚舉。師才舉前語。僧指傍僧雲。者箇師僧吃卻飯了作恁麼語話。

婆子が説く――「又恁麼に去る也。」師院に帰りて僧に謂うて説く――「我汝の為に這の婆子を勘破了り。」(玄覚が説く――「前来の僧も恁麼道い、趙州の去るも恁麼道えり。什麼の処にか是れ婆子を勘破せる。」また説く――「唯だ趙州に勘破せられず、亦た這の僧に勘破せらる。」)僧が問う――「恁麼来たる底の人は師還て接するか否。」師が説く――「接す。」僧が説く――「不恁麼来たる底は師還て接するか否。」師が説く――「接す。」僧が説く――「恁麼の来たるは師に従い接せられ、不恁麼の来たるは如何にか接せん。」師が説く――「止止説くを須うせず、我が法は妙にして思い難し。」師院を出で、路に一婆子に逢う。問う――「和尚は什麼の処にか住する。」師が説く――「趙州東院の西。」婆子語无し。師院に帰りて衆僧に問う――「合に那箇の西字を使うべき。」或るは東西の字と言い、或るは栖泊の字と言う。師が説く――「汝等は総て塩鉄判官を作り得たり。」僧が説く――「和尚は什麼が為めに恁麼道う。」師が説く――「汝が総て字を識るが為なり。」(法灯別に衆僧に説く――「已に去処を知る。」)僧が問う――「如何なるか是れ嚢中の宝。」師が説く――「口を合取せよ。」(法灯別に云う――「人に説き似する莫れ。」)新到の僧有りて師に謂うて説く――「某甲は長安より来る、一条の拄杖を横担し、曾て一人を撥着せず。」師が説く――「自ずから是れ大徳の拄杖短し。」(同安顕別に云う――「老僧ここに曾て恁麼の人を見ず。」)僧対无し(法眼代わりて云う――「呵呵。」同安顕代わりて云う――「也短からず。」)。僧有りて師の真を写し得て師に呈す。師が説く――「且く道え、我に似るか、我に似ざるか。若し我に似れば即ち老僧を打殺し、我に似ざれば即ち真を焼却せん。」僧対无し(玄覚代わりて云う――「留め取りて供養せよ。」)。師火を敲きて僧に問うて説く――「老僧は喚んで火と作す、汝は喚んで什麼と作す。」僧語无し。師が説く――「玄旨を識らず、徒らに静を念ず。」(法灯別に云う――「我は汝に如かず。」)新到の僧参ず。師問う――「什麼の処より来る。」僧が説く――「南方より来る。」師が説く――「仏法は尽く南方に在り、汝ここに来りて什麼を作す。」僧が説く――「仏法豈に南北有らんや。」師が説く――「汝を饒ろし雪峰・雲居より来らば、只だ箇の担板漢なり。」(崇寿稠別に云う――「和尚は是れ客に拠りて主人を置く。」)僧が問う――「如何なるか是れ仏。」師が説く――「殿の裡の底。」僧が説く――「殿の裡の者は豈に是れ泥龕の塑像に非ずや。」師が説く――「是れなり。」僧が説く――「如何なるか是れ仏。」師が説く――「殿の裡の底。」僧が問う――「学人迷昧、乞う師の指示を。」師が説く――「粥を喫し了らざるか。」僧が説く――「粥を喫したり。」師が説く――「鉢を洗い去れ。」其の僧忽然として省悟す。○師上堂して説く――「纔かに是非有れば、紛然として心を失う。還て答話の分有るや无しや。」後に僧有りて挙げて洛浦に示す、洛浦歯を扣く。また挙げて雲居に示す、雲居が説く――「何ぞ必らん。」僧回りて挙げて師に示す。師が説く――「南方に大いに人有りて身を喪じ命を失う。」僧が説く――「請う、和尚に挙げんことを。」師纔かに前語を挙ぐ。僧傍の僧を指して説く――「這箇の師僧は飯を喫し了りて、恁麼の語話を作す。」

師乃休(此一段舊本全無倫理今依別錄改正)僧問。久嚮。趙州石橋。到來只見掠彴。師雲。汝只見掠彴不見趙州橋。僧雲。如何是趙州橋。師雲。過來。又有僧同前問。師亦如前答。僧雲。如何是趙州橋。師雲。度驢度馬。僧雲。如何是掠彴。師雲。箇箇度人(雲居錫雲。趙州為當扶石橋扶掠彴)師聞沙彌喝參向侍者雲。教伊去。侍者乃教去。沙彌便珍重去。師雲。沙彌得入門。侍者在門外(雲居錫雲。什麼處是沙彌入門。侍者在門外。遮裡若會得。便見趙州)師問新到僧。什麼處來。僧雲。從南來。師雲。還知有趙州關否。僧雲。須知有不涉關者。師雲。遮販私鹽漢。僧問。如何是西來意。師下禪床立。僧雲。莫即遮箇便是否。師雲。老僧未有語在。師問菜頭。今日吃生菜熟菜。菜頭拈起菜呈之。師雲。知恩者少負恩者多。僧問。空劫中還有人修行也無。師雲。汝喚什麼作空劫。僧雲。無一物是。師雲。遮箇始稱得修行。喚什麼作空劫。僧無語。僧問。如何是玄中玄。師雲。汝玄來多少時邪。僧雲。玄之久矣。師雲。闍梨若不遇老僧幾被玄殺。僧問。萬法歸一一歸何所。師雲。老僧在青州作得一領布衫重七斤。僧問。夜離兜率晝降閻浮。於其中間摩尼為什麼不現。師雲。道什麼。其僧再問。師雲。毘婆屍佛早留心。直至如今不得妙。師問院主。什麼處來。對雲。送生來。師雲。鵶為什麼飛去。院主雲。怕某甲。師雲。汝十年知事作恁麼語話。院主卻問。鵶為什麼飛去。師雲。院主無殺心在。師托起缽雲。三十年後若見老僧留取供養。若不見即撲破。一僧出雲。三十年後敢道見和尚。師乃撲破。有僧辭。師問。什麼處去。僧雲。雪峰去。師雲。雪峰忽若問汝。雲和尚有何言句。汝作麼生祇對。僧雲。某甲道不得。請和尚道。師雲。冬即言寒夏即道熱。又云雪峰更問汝畢竟事作麼生。其僧又云。道不得。

師乃ち休す。(此の一段は旧本倫理全无し、今別録に依りて改正す。)僧が問う――「久しく趙州の石橋に向い、到来すれば只だ掠彴を見る。」師が説く――「汝は只だ掠彴を見て、趙州橋を見ず。」僧が説く――「如何なるか是れ趙州橋。」師が説く――「過来れ。」また僧有りて前に同じく問う。師も亦た前の如く答う。僧が説く――「如何なるか是れ趙州橋。」師が説く――「驢を度し馬を度す。」僧が説く――「如何なるか是れ掠彴。」師が説く――「個個に人を度す。」(雲居錫が説く――「趙州は当に石橋を扶くべきか、掠彴を扶くべきか。」)師沙弥の喝参を聞き、侍者に向いて説く――「伊をして去らしめよ。」侍者乃ち去らしむ。沙弥便ち珍重し去る。師が説く――「沙弥は入門を得、侍者は門外に在り。」(雲居錫が説く――「什麼の処にか是れ沙弥の入門、侍者の門外に在る。ここに若し会得せば、便ち趙州を見ん。」)師新到の僧に問う――「什麼の処より来る。」僧が説く――「南より来る。」師が説く――「還て趙州関有るを知るか否。」僧が説く――「須らく関に渉らざる者有るを知るべし。」師が説く――「這の私塩を販くる漢。」僧が問う――「如何なるか是れ西来の意。」師禅床を下りて立つ。僧が説く――「即ち這箇便ち是れか否や。」師が説く――「老僧は未だ語有らず在り。」師菜頭に問う――「今日生菜を喫すか、熟菜を喫すか。」菜頭菜を拈起して之を呈す。師が説く――「恩を知る者は少なし、恩に負く者は多し。」僧が問う――「空劫の中に還て人の修行する者有るや无しや。」師が説く――「汝は什麼を喚んで空劫と作す。」僧が説く――「一物無き是れなり。」師が説く――「這箇始めて修行と称するを得。什麼を喚んで空劫と作す。」僧語无し。僧が問う――「如何なるか是れ玄中の玄。」師が説く――「汝玄に来りて多少の時や。」僧が説く――「玄に之くこと久し。」師が説く――「闍梨若し老僧に遇わずば、幾ならず玄に殺されん。」僧が問う――「万法は一に帰す、一は何の所にか帰す。」師が説く――「老僧青州に在りて一領の布衫を作り得たり、重さ七斤。」僧が問う――「夜は兜率を離れ、昼は閻浮に降る、其の中間に於いて摩尼は什麼が為めに現めに現ぜざる。」師が説く――「什麼を道う。」其の僧再び問う。師が説く――「毘婆尸仏早く留心し、直に如今に至るまで妙を得ず。」師院主に問う――「什麼の処より来る。」対えて説く――「生を送りて来る。」師が説く――「鴉は什麼が為めに飛び去る。」院主が説く――「某甲を怕る。」師が説く――「汝十年知事なりて、恁麼の語話を作す。」院主却って問う――「鴉は什麼が為めに飛び去る。」師が説く――「院主は殺心無き在り。」師鉢を托り起して説く――「三十年後若し老僧を見れば、留め取りて供養せよ。若し見ざれば即ち扑破せん。」一僧出でて説く――「三十年後敢えて和尚を見んと道う。」師乃ち扑破す。僧有りて辞す。師問う――「什麼の処にか去る。」僧が説く――「雪峰に去る。」師が説く――「雪峰忽ち若し汝に問わん――和尚何の言句有る、汝作麼生か只対せん。」僧が説く――「某甲道い得ず、請う和尚に道わんことを。」師が説く――「冬なれば即ち寒と言い、夏なれば即ち熱と道え。」また説く――「雪峰更に汝に問わん畢竟の事作麼生と。」其の僧また説く――「道い得ず。」

師雲。但道親從趙州來不是傳語人。其僧到雪峰一依前語舉似雪峰。雪峰雲。也須是趙州始得。玄沙聞雲。大小趙州敗闕也不知(雲居錫雲。什麼處是趙州敗闕處。若檢得出是上座眼)僧問。如何是趙州一句。師雲。老僧半句也無。僧雲。豈無和尚在。師雲。老僧不是一句。僧問。如何是出家。師雲。不履高名不求苟得。僧問。澄澄絕點時如何。師雲。遮裡不著客作漢。僧問。如何是祖師意。師乃敲床腳。僧雲。只遮莫便是否。師雲。雲即脫取去。僧問。如何是毘盧圓相。師雲。老僧自幼出家不曾眼花。僧雲。豈不為人。師雲。願汝常見毘盧圓相。人問和尚還入地獄否。師雲。老僧末上入。曰大善知識為什麼入地獄。師雲。若不入阿誰教化汝。一日真定帥王公攜諸子入院。師坐而問曰。大王會麼。王雲。不會。師雲。自小持齋身已老。見人無力下禪床。王公尤加禮重。翌日令客將傳語。師下禪床受之。少間侍者問。和尚見大王來不下禪床。今日軍將來為什麼卻下禪床師雲。非汝所知。第一等人來禪床上接。中等人來下禪床接。末等人來三門外接。師寄拂子與王公曰。若問何處得來。但道老僧平生用不盡者。師之玄言布於天下。時謂趙州門風。皆悚然信伏矣。唐乾寧四年十一月二日右脇而寂。壽一百二十(有人問。師年多少。師雲。一串念珠數不盡)後諡真際大師。

師が説く――「但だ道え親しく趙州より来る、伝語の人に非ずと。」其の僧雪峰に到り、一に前語に依りて挙げて雪峰に似す。雪峰が説く――「也須らく是れ趙州ならば始めて得。」玄沙聞きて説く――「大小の趙州、敗闕を知らざる也。」(雲居錫が説く――「什麼の処にか是れ趙州の敗闕の処。若し検じ出さば、是れ上座の眼。」)僧が問う――「如何なるか是れ趙州の一句。」師が説く――「老僧は半句も无し。」僧が説く――「豈に和尚无きや在らん。」師が説く――「老僧は是れ一句に非ず。」僧が問う――「如何なるか是れ出家。」師が説く――「高名を履まず、苟得を求めず。」僧が問う――「澄澄として点を絶する時如何。」師が説く――「ここに客作漢を着けず。」僧が問う――「如何なるか是れ祖師の意。」師乃ち床脚を敲く。僧が説く――「只だ這の便ち是れか否や。」師が説く――「即ち脱取して去れと云う。」僧が問う――「如何なるか是れ毘盧の円相。」師が説く――「老僧は自ずから幼にして出家し、曾て眼花せず。」僧が説く――「豈に人と為らざらんや。」師が説く――「汝の常に毘盧円相を見んことを願う。」人問う――「和尚還て地獄に入るか否。」師が説く――「老僧は末上に入る。」説く――「大善知識は什麼が為めに地獄に入る。」師が説く――「若し入らざれば、阿誰が汝を教化せん。」一日真定の帥王公は諸子を携えて院に入る。師坐して問うて説く――「大王会するか。」王が説く――「会せず。」師が説く――「自ずから小より斎を持して身已に老い、人に見えて禅床を下るに力無し。」王公尤も礼を加え重んず。翌日客将に令めて語を伝えしむ。師禅床を下りて之を受く。少間侍者問う――「和尚は大王の来るを見て禅床を下らず、今日軍将の来るに什麼が為めに却って禅床を下る。」師が説く――「汝の知る所に非ず。第一等の人来れば、禅床の上に接す。中等の人来れば、禅床を下りて接す。末等の人来れば、三門の外に接す。」師拂子を王公に寄せて説く――「若し何れの処より得て来ると問わば、但だ道え老僧平生用い尽さざる者と。」師の玄言は天下に布かれ、時に趙州門風と謂い、皆悚然として信伏せり。唐乾寧四年十一月二日右脇にして寂す。寿一百二十。(人有りて師の年多少を問う。師が説く――「一串の念���数え尽さず。」)後に真際大師と諡う。

池州靈鷲閑禪師謂眾曰。是汝諸人本分事。若教老僧道即與蛇畫足。此是頓教諸上坐。有僧便問。與蛇畫足即不問。如何是本分事。師雲。闍梨試道看。其僧擬再問。師曰。畫足作麼。明水和尚問。如何是頓獲法身。師雲。一透龍門雲外望。莫作黃河點額魚。仰山問。寂寂無言如何視聽。師雲。無縫塔前多雨水。僧問。二彼無言時如何。師雲。是常。僧雲。還有過常者無。師雲有。僧雲。請師唱起。師雲。玄珠自朗耀。何須壁外光。僧問。今日供養西川無染大師。未審大師還來否。師雲。本自無所至今豈隨風轉。僧雲。恁麼即供養何用。師雲。功力有為互不換義相涉。

池州霊鷲の閑禅師は衆に謂うて説く――「是れ汝ら諸人の本分の事。若し老僧をして道わしめば、即ち蛇に足を画く。此れ是れ頓教、諸上座。」僧有りて便ち問う――「蛇に足を画くは即ち問わず、如何なるか是れ本分の事。」師が説く――「闍梨試みに道え看よ。」其の僧更に問わんと擬す。師が説く――「足を画いて作麼。」明水和尚問う――「如何なるか是れ頓獲の法身。」師が説く――「一に竜門を透りて雲外を望む、黄河の額を点ずる魚を作る莫れ。」仰山問う――「寂寂として言无きは如何に視聴せん。」師が説く――「無縫の塔前に雨水多し。」僧が問う――「二彼言无き時如何。」師が説く――「是れ常。」僧が説く――「還て常に過ぐる者有るや无しや。」師が説く――「有り。」僧が説く――「請う師に唱起せんことを。」師が説く――「玄珠自ずから朗耀せり、何ぞ須らく壁外の光を。」僧が問う――「今日西川無染大師を供養す、未だ審らかならず大師還て来るか否。」師が説く――「本より自ずから所無し、今に至りて豈に風に随いて転ぜんや。」僧が説く――「恁麼ならば即ち供養何の用ぞ。」師が説く――「功力は有為にして、互いに換らず義相渉る。」

鄂州茱萸山和尚。初住隋州護國院為第一世。金輪可觀和尚問。如何是道。師雲。莫向虛空裡釘橛。觀雲。虛空是橛。師乃打之。觀捉住雲。莫打某甲。已後錯打人在。師便休(雲居錫雲。此人具眼不具眼。因什麼著打)趙州諗和尚先到雲居。雲居問曰。老老大大漢何不覓箇住處。諗曰。什麼處住得。雲居曰。山前有古寺基。諗曰。和尚自住取。後到師處。師曰。老老大大漢何不住去。諗曰。什麼處住得。師曰。老老大大漢住處也不知。諗曰。三十年弄馬伎。今日卻被驢撲(雲居錫雲。什麼處是趙州被驢撲處)眾僧侍立。師曰。只恁麼白立無箇說處一場氣悶。有僧擬出問。師乃打之。曰為眾竭力。便入方丈。有行者參師曰。曾去看趙州麼。曰和尚敢道否。師雲。非但茱萸一切人道不得。曰和尚放某甲過。師曰。遮裡從前不通人情。曰要且慈悲心在。師便打曰。醒後來為汝。

鄂州茱萸山の和尚。初め隋州の護国院に住して第一世と為す。金輪の可観和尚問う――「如何なるか是れ道。」師が説く――「虚空の裡に橛を釘く莫れ。」観が説く――「虚空是れ橛。」師乃ち之を打つ。観捉えて説く――「某甲を打つ莫れ、已後人を錯打つ有り在り。」師便ち休す(雲居錫が説く――「此の人是れ具眼や不具眼や。什麼に因りて打たるるを著せる。」)。趙州諗和尚先ず雲居に到る。雲居問うて説く――「老老大大の漢、何ぞ箇の住処を覓めざる。」諗が説く――「什麼の処にか住するを得。」雲居が説く――「山前に古寺基有り。」諗が説く――「和尚自ずから住し取れ。」後に師の処に到る。師が説く――「老老大大の漢何ぞ住し去らざる。」諗が説く――「什麼の処にか住するを得。」師が説く――「老老大大の漢、住処も亦た知らず。」諗が説く――「三十年馬伎を弄して、今日却って驢に扑けらる。」(雲居錫が説く――「什麼の処にか是れ趙州の驢に扑けらるるの処。」)衆僧侍立す。師が説く――「只だ恁麼に白立し、箇の説く処无し、一場の気悶。」僧有りて出で問わんと擬す。師乃ち之を打ちて、説く――「衆の為に力を竭す。」便ち方丈に入る。行者有りて参ず。師が説く――「曾て趙州を看に去りしか。」説く――「和尚敢えて道うか否。」師が説く――「非但だ茱萸、一切の人道うことを得ず。」説く――「和尚某甲を放ち過さんことを。」師が説く――「ここは従来人情を通ぜず。」説く――「要且く慈悲心在り。」師便ち打ちて、説く――「醒めて後汝の為ならん。」

衢州子湖巖利蹤禪師澶州人也。姓周氏。幽州開元寺出家依年受具。後入南泉之室。乃抵於衢州之馬蹄山結茅宴居。唐開成二年邑人翁遷貴。施山下子湖創院。咸通二年勅賜額曰安國禪院。一日上堂示眾曰。子湖有一隻狗。上取人頭。中取人心。下取人足。擬議即喪身失命。僧問。如何是子湖一隻狗。師曰。嘷嘷。臨濟下二僧到參方揭簾。師曰。看狗。二僧迴顧。師歸方丈。師與勝光和尚鋤園。師驀按鑊迴視勝光雲。事即不無擬心即差。光乃禮拜擬問。師與一蹋便歸院。有一尼到參。師曰。汝莫是劉鐵磨否。尼曰。不敢。師曰。左轉右轉。尼雲。和尚莫顛倒。師便打。師中夜於僧堂前叫有賊。眾皆驚走。師到僧堂後架把住一僧叫雲。維那捉得也捉得也。僧曰。不是某甲。師曰。是即是隻是汝不肯承當。師有偈。示眾曰。

衢州子湖巌の利蹤禅師は、澶州の人、姓は周氏。幽州開元寺に出家し、年に依りて具を受く。後に南泉の室に入り、乃ち衢州の馬蹄山に抵りて茅を結び宴居す。唐開成二年、邑人の翁遷貴が山下の子湖に施して院を創る。咸通二年、勅して額を賜りて安国禅院��曰��。一日上堂し衆に示して説く――「子湖に一只の狗有り、上には人の頭を取り、中には人の心を取り、下には人の足を取る。擬議すれば即ち身を喪じ命を失う。」僧が問う――「如何なるか是れ子湖の一只の狗。」師が説く――「嗥嗥。」臨済の下の二僧到りて参ず、方に簾を掲ぐ。師が説く――「狗を看よ。」二僧顧み回す。師方丈に帰る。師勝光和尚と園を鋤く。師蓦しきに鑊を按じ回りて勝光を視て説く――「事は即ち不无し、心を擬すれば即ち差う。」光乃ち礼拜し問わんと擬す。師一踏を与え便ち院に帰る。一尼有りて到りて参ず。師が説く――「汝は是れ劉鉄磨に非ずや。」尼が説く――「不敢。」師が説く――「左転右転。」尼が説く――「和尚顛倒する莫れ。」師便ち打つ。師中夜に僧堂の前に於いて叫ぶ――「賊有り。」衆皆驚き走る。師僧堂の後架に到りて一僧を把住し、叫びて説く――「維那捉え得たり、捉え得たり。」僧が説く――「是れ某甲に非ず。」師が説く――「是れは即ち是れ、只だ是れ汝の承当を肯わざるなり。」師偈有りて衆に示して説く――

三十年來住子湖二時齋粥氣力麁

三十年来子湖に住し、二時の斎粥気力粗し。

每日上山三五轉問汝時人會也無

毎日山に上りて三五転、汝に問う時人会するや无しや。

師居子湖說法。四十五稔。廣明中無疾歸寂。壽八十有一。臘六十一。今本山有塔。

師子湖に居りて説法四十五稔。広明の中に疾无く寂に帰す。寿八十有一、臘六十一。今本山に塔有り。

洛京嵩山和尚。僧問。古路坦然時如何。師曰。不前。僧曰。為什麼不前。師曰。無遮障處。僧問。如何是嵩山境。師曰。日從東出月向西頹。曰學人不會。師曰。東西也不會。僧問。六識俱生時如何。師曰異。僧曰為什麼如此。師曰同。

洛京嵩山の和尚。僧問う――「古路坦然の時如何。」師が説く――「前ならず。」僧が説く――「什麼が為めに前ならざる。」師が説く――「遮障の処无し。」僧が問う――「如何なるか是れ嵩山の境。」師が説く――「日は東より出で、月は西に向かいて頽る。」説く――「学人会せず。」師が説く――「東西も亦た会せず。」僧が問う――「六識俱に生ずる時如何。」師が説く――「異。」僧が説く――「什麼が為めに此の如し。」師が説く――「同。」

日子和尚亞谿來參。師作起勢。亞谿曰。遮老山鬼猶見某甲在。師曰。罪過罪過適來失秖對。亞谿欲進語。師乃叱之。亞谿曰。大陣前不妨難禦。師曰是是。亞谿曰。不是不是(趙州雲。可憐兩箇漢。不識轉身句)。

日子和尚。亜渓来りて参ず。師起つの勢いを作す。亜渓が説く――「這の老山鬼は猶お某甲の在るを見る。」師が説く――「罪過罪過、適来只対を失せり。」亜渓語を進めんと欲す。師乃ち之を叱る。亜渓が説く――「大陣の前は妨げず御し難し。」師が説く――「是是。」亜渓が説く――「不是不是。」(趙州が説く――「憐むべし両箇の漢、転身の句を識らず。」)

蘇州西山和尚僧問。三乘十二分教則不問。如何是祖師西來的的意。師舉拂子示之。其僧不禮拜去參雪峰。雪峰問。什麼處來。僧雲。浙中來。雪峰曰。今夏在什麼處。曰蘇州西禪。雪峰曰。和尚安否。曰來時萬福。雪峰曰。何不且從容。曰佛法不明。雪峰曰。有什麼事。僧舉前話。雪峰曰。汝作麼不肯。僧曰。是境。雪峰曰。汝見蘇州城裡人家男女否。曰見。雪峰曰。汝見路上林木否。曰見。雪峰曰。凡覩人家男女大地林沼總是境。汝還肯否。曰肯。雪峰曰。只如拈起拂子汝作麼生不肯。僧乃禮拜曰。學人取次發言。乞師慈悲。雪峰曰。盡乾坤是箇眼。汝向什麼處蹲坐。僧無語。宣州刺史陸亙大夫初問南泉曰。古人瓶中養一鵝。鵝漸長大出瓶不得。如今不得毀瓶。不得損鵝。和尚作麼生出得。南泉召曰。大夫。陸應諾。南泉曰。出也。陸從此開解。暨南泉圓寂。院主問曰。大夫何不哭先師。陸曰。院主道得即哭。院主無對(長慶代雲。合哭不合哭)。

蘇州西山の和尚。僧問う――「三乗十二分教は則ち問わず、如何なるか是れ祖師西来の的々の意。」師拂子を挙げて之を示す。其の僧礼拜せず、去りて雪峰に参ず。雪峰問う――「什麼の処より来る。」僧が説く――「浙中より来る。」雪峰が説く――「今夏什麼の処に在る。」説く――「蘇州西禅。」雪峰が説く――「和尚安否や。」説く――「来る時万福。」雪峰が説く――「何ぞ且く従容せざる。」説く――「仏法明らかならず。」雪峰が説く――「什麼の事有る。」僧前話を挙ぐ。雪峰が説く――「汝作麼に肯わざる。」僧が説く――「是れ境なり。」雪峰が説く――「汝は蘇州城裡の人家男女を見るか否。」説く――「見る。」雪峰が説く――「汝は路上の林木を見るか否。」説く――「見る。」雪峰が説く――「凡そ人家男女・大地林沼を睹れば総て是れ境、汝還て肯ずるか否。」説く――「肯ず。」雪峰が説く――「只だ拂子を拈起するが如き、汝作麼生か肯わざる。」僧乃ち礼拜して説く――「学人次第に言を発す、乞う師の慈悲を。」雪峰が説く――「乾坤を尽くすは是れ箇の眼、汝何の処に向かいて蹲坐せん。」僧語无し。宣州刺史陸亘大夫は初め南泉に問うて説く――「古人瓶の中に一鵞を養う、鵞漸く長大し、瓶を出るを得ず。如今瓶を毀るを得ず、鵞を損するを得ず。和尚作麼生か出るを得ん。」南泉召して説く――「大夫。」陸応諾す。南泉が説く――「出でたり也。」陸此より開解す。南泉の円寂に暨りて、院主問うて説く――「大夫何ぞ先師を哭せざる。」陸が説く――「院主道い得ば即ち哭せん。」院主対无し(長慶代わりて云う――「哭すべきか哭すべからざるか。」)。

池州甘贄行者。將錢參貫文入僧堂。於第一坐面前雲。請上座施財。上坐雲。財施無盡法施無窮。甘雲。恁麼道爭得某甲錢。卻將出去。上坐無語。又於南泉設粥雲。請和尚念誦。南泉雲。甘贄行者設粥。請大眾為狸奴白牯念摩訶般若波羅蜜。甘乃禮拜便出去。南泉卻到廚內打破鍋子。雪峰和尚來。甘閉門召雲。請和尚入。雪峰隔籬掉過納衣。甘便開門禮拜。有住菴僧緣化什物。甘曰。若道得即施。乃書心字問。是什麼字。僧雲。心字。又自問其妻。什麼字。妻雲。心字。甘雲。某甲山妻亦合住菴。其僧無語。甘亦無施。又問一僧。什麼處來。僧雲。溈山來。甘雲。曾有僧問溈山。如何是西來意。溈山舉起拂子。上坐作麼生會溈山意。僧雲。借事明心附物顯理。甘雲。且歸溈山去好(保福聞之乃仰手覆手)。

池州の甘贄行者。銭を持ちて貫文に参じて僧堂に入り、第一座の面前に於いて説く――「請う上座、財を施せ。」上座が説く――「財施は尽きず、法施は窮まらず。」甘が説く――「恁麼道い争でん某甲が銭を得ん。」却って将て出で去る。上座語无し。又南泉に於いて粥を設けて説く――「請う和尚に念誦せんことを。」南泉が説く――「甘贄行者粥を設く、請う大衆、狸奴・白牯が為に摩訶般若波羅蜜を念ぜよ。」甘乃ち礼拜して便ち出で去る。南泉却って厨内に到りて鍋子を打破る。雪峰和尚来る。甘門を閉じて召して説く――「請う和尚に入らんことを。」雪峰籬を隔てて衲衣を掉り過ぐ。甘便ち門を開きて礼拜す。庵に住する僧有りて什物を化すに縁す。甘が説く――「若し道い得ば即ち施さん。」乃ち心字を書きて問う――「是れ什麼の字。」僧が説く――「心字。」また自ら其の妻に問う――「什麼の字。」妻が説く――「心字。」甘が説く――「某甲の山妻も亦た庵に住するに合す。」其の僧語无し。甘も亦た施无し。又一僧に問う――「什麼の処より来る。」僧が説く――「潙山より来る。」甘が説く――「曾て僧有りて潙山に問う、如何なるか是れ西来の意と、潙山は拂子を挙起せり。上座作麼生か潙山の意に会せん。」僧が説く――「事を借りて心を明かし、物に附して理を顕す。」甘が説く――「且く潙山に帰り去るに好し。」(保福これを聞きて、乃ち手を仰ぎ手を覆う。)

前杭州鹽官齊安禪師法嗣

前杭州塩官斉安禅師の法嗣

襄州關南道常禪師僧問。如何是西來意。師舉柱杖雲。會麼。僧雲。不會。師乃喝出。僧問。如何是大道之源。師與一拳。師每見僧來參禮。多以拄杖打趁。或雲。遲一刻。或雲。打動關南鼓。而時輩鮮有唱和者。

襄州関南道常禅師。僧問う――「如何なるか是れ西来の意。」師柱杖を挙げて説く――「会するか。」僧が説く――「会せず。」師乃ち喝して出さしむ。僧が問う――「如何なるか是れ大道の源。」師一拳を与う。師僧の参礼し来るを見る毎に、多くは拄杖をもて打趁す。或いは説く――「一刻遅し。」或いは説く――「関南の鼓を打動せよ。」而るに時輩唱和する者鮮し。

洪州雙嶺玄真禪師初問道吾。無神通菩薩為什麼足跡難尋。道吾曰。同道者方知。師曰。和尚還知否。曰不知。師曰。何故不知。曰去不識我語。師後於鹽官契會。

洪州双嶺玄真禅師は初め道吾に問う――「神通無き菩薩は什麼が為めに足跡尋ね難き。」道吾が説く――「道に同じき者方に知る。」師が説く――「和尚還て知るか否。」説く――「知らず。」師が説く――「何故に知らざる。」説く――「去れ、我が語を識らず。」師後に塩官に於いて契会す。

杭州徑山鑒宗禪師。湖州長城人也。姓錢氏。依本州開元寺大德高閑出家。學通淨名思益經。後往鹽官謁悟空大師決擇疑滯。唐咸通三年止徑山宣揚禪教。有小師洪諲以講論自矜(諲即徑山第三世法濟大師)師謂之曰。佛祖正法直截亡詮。汝算海沙於理何益。但能莫存知見。泯絕外緣離一切心即汝真性。諲聞茫然。禮辭遊方至溈山方悟玄旨。乃師溈山師。咸通七年丙戌閏三月五日示滅。復諡曰無上大師。即徑山第二世也。

杭州径山鑑宗禅師は、湖州長城の人、姓は銭氏。本州開元寺の大徳高閑に依りて出家し、学びて『浄名』『思益経』に通ず。後に塩官に往きて悟空大師に謁して疑滞を決択す。唐咸通三年径山に止まり、禅教を宣揚す。小師の洪𬤇有りて講論をもて自ら矜る(𬤇は即ち径山第三世法済大師なり)。師之に謂うて説く――「仏祖の正法は直截に詮を亡くす。汝海沙を算すとも、理に何の益かあらん。但だ能く知見を存せず、外縁を泯絶し、一切の心を離れば、即ち汝が真性なり。」𬤇聞きて茫然として、礼して辞し方に游び、潙山に至りて方に玄旨に悟り、乃ち潙山に師事す。師咸通七年丙戌閏三月五日に示滅す。復た諡して無上大師と曰う。即ち径山第二世なり。

前五洩山靈默禪師法嗣

前五泄山霊黙禅師の法嗣

福州長谿龜山正原禪師。宣州南陵人也。姓蔡氏。幼厭俗出家。於本州籍山落髮。唐元和十二年丁酉建州乾元寺受具。尋造五洩山默師之室決擇玄微。後住龜山為第二世也。師嘗述二偈。其一曰。

福州長渓亀山の正原禅師は、宣州南陵の人、姓は蔡氏。幼にして俗を厭いて出家し、本州の籍山に於いて髪を落とす。唐元和十二年丁酉、建州乾元寺に於いて具を受く。尋いで五泄山黙師の室に造り、玄微を決択す。後に亀山に住して第二世と為る。師嘗て二偈を述ぶ。其の一に説く――

滄溟幾度變桑田唯有虛空獨湛然

滄溟幾度か桑田と変ず、唯だ虚空のみ独り湛然たり。

已到岸人休戀筏未曾度者要須船

已に岸に到る人は筏に恋うを休めよ、未だ渡らざる者は須らく船を要せん。

其二曰。

其の二に説く――

尋師認得本心源兩岸俱玄一不全

師を尋ねて本心の源を認む、両岸俱に玄くして一は全からず。

是佛不須更覓佛只因如此便忘緣

是れ仏は須らく更に仏を覓むべからず、只だ此の如きに因りて便ち縁を忘る。

師咸通十年終於本山。壽七十八。臘五十四。勅諡性空大師慧觀之塔也。

師咸通十年本山に終す。寿七十八、臘五十四。勅して性空大師・慧観の塔と諡す。

前落京佛光寺如滿禪師法嗣

前洛京仏光寺如満禅師の法嗣

唐杭州刺史白居易字樂天。久參佛光得心法。兼稟大乘金剛寶戒。元和中造於京兆興善法堂致四問(語見興善章)十五年牧杭州訪鳥窠和尚。有問答偈頌(鳥窠章敘訖)甞致書於濟法師。以佛無上大慧演出教理。安有徇機高下應病不同。與平等一味之說相反。援引維摩及金剛三昧等六經。闢二義而難之。又以五蘊十二緣。說名色前後不類。立理而徵之。並鉤深索隱通幽洞微。然未覩法師醻對。後來亦鮮有代答者。復受東都凝禪師八漸之目。各廣一言而為一偈釋其旨趣。自淺之深猶貫珠焉。凡守任處多訪祖道。學無常師。後為賓客分司東都。罄己俸修龍門香山寺。寺成自撰記。凡為文動關教化。無不贊美佛乘。見於本集。其歷官次第歸全代祀。即史傳存焉耳。

唐の杭州刺史白楽易、字は楽天。久しく仏光に参じて心法を得、兼ねて大乗金剛宝戒を禀ぐ。元和の中に京兆興善の法堂に造り、四問を致す(語は興善の章に見え)。十五年杭州を牧し、鳥窠和尚を訪い、問答の偈頌有り(鳥窠の章に叙し訖れり)。嘗て書を済法師に致し、仏の無上大慧が演び出す所の教理は、安んぞ機に徇う高下、病に応う不同有りて、平等一味の説と相反くやと。援りて『維摩』及び『金剛三昧』等の六経を引き、二義を闢きて之を難ず。又五蘊・十二縁をもて名色の前後類ならざるを説き、理を立てて之を徴す。並びに深を鉤き隠を索め、幽を通じ微を洞る。然れども未だ法師の酬対を睹ず、后来も亦た代答する者鮮し。復た東都凝禅師の八漸の目を受け、各々一言を広めて一偈と為し、其の旨趣を釈して、浅きより深きに之くに猶お珠を貫くがごとし。凡そ守任の処は多く祖道を訪い、学びて常師无し。後に賓客と為りて東都に分司し、己が俸を罄くして竜門香山寺を修む。寺成りて自ら記を撰す。凡そ文を為すに動もすれば教化に関り、仏乗を讃美せざる无し、本集に見ゆ。其の官を歴る次第・全に帰り代に祀るは、即ち史伝に存焉るのみ。

前大梅山法常禪師法嗣

前大梅山法常禅師の法嗣

新羅國迦智禪師僧問。如何是西來意。師雲。待汝裡頭來即與汝道。僧問。如何是大梅的旨。師雲。酪本一時拋。

新羅国迦智禅師。僧問う――「如何なるか是れ西来の意。」師が説く――「汝裡頭に来るを待ち、即ち汝に与えて道わん。」僧が問う――「如何なるか是れ大梅の的旨。」師が説く――「酪本は一時に抛つ。」

杭州天龍和尚上堂雲。大眾莫待老僧。上來便上來下去便下去各有華藏性海具足功德無礙光明。各各參取珍重。僧問。如何是祖師意。師竪起拂子。僧問。如何得出三界去。師雲。汝即今在什麼處。

杭州天龍和尚上堂して説く――「大衆は老僧の上来るを待って便ち上来り、下去るを待って便ち下去る莫れ。各々に華蔵性海有り、功徳具足し、无碍の光明有り。各各参取せよ。珍重。」僧が問う――「如何なるか是れ祖師の意。」師拂子を竪起す。僧が問う――「如何にして三界を出で去らん。」師が説く――「汝即今什麼の処に在る。」

前永泰寺靈湍禪師法嗣

前永泰寺霊湍禅師の法嗣

湖南上林戒靈(目錄作虛)禪師。初參溈山。曰大德作什麼來。師曰。介冑全具。溈山曰。盡卸了來與大德相見。師曰。卸了也。溈山咄曰。賊尚未打卸作什麼。師無對。仰山代雲。請和尚屏左右。溈山以手揖雲喏喏。師後參永泰方喻其旨。

湖南上林の戒霊禅師(目録は虚と作る)。初め潙山に参ず。説く――「大徳何しに来る。」師が説く――「介冑全く具えたり。」潙山が説く――「尽く卸して来れ、大徳と相見せん。」師が説く――「卸し了れり。」潙山咄して説く――「賊は未だ打たず、卸して什麼を作す。」師対无し。仰山代わりて云う――「請う和尚左右を屏かんことを。」潙山手をもて揖して説く――「喏喏。」師後に永泰に参じて、方に其の旨を喩ふ。

五臺山秘魔巖和尚常持一木叉。每見僧來禮拜。即叉卻頸雲。那箇魔魅教汝出家。那箇魔魅教汝行腳。道得也叉下死。道不得也叉下死。速道。學僧鮮有對者(法眼代雲乞命。法燈代雲。但引頸示之。玄覺代雲。老兒家放卻叉子得也)。

五台山秘魔巌和尚は常に一木叉を持す。僧の礼拜し来るを見る毎に、即ち叉して頸を却けて説く――「那箇の魔魅が汝をして出家せしめた。那箇の魔魅��汝をして行脚せしめた。道い得るも叉下に死し、道い得ざるも叉下に死す。速やかに道え。」学僧対する者鮮し(法眼代わりて云う――「命を乞う。」法灯代わりて云う――「但だ頸を引きて之を示せ。」玄覚代わりて云う――「老児家、叉子を放却するを得たり。」)。

湖南祇林和尚。每叱文殊普賢皆為精魅。手持木劍自謂降魔。才有僧參禮。便雲。魔來也魔來也。以劍亂揮潛入方丈如是十二年。後置劍無言。僧問。十二年前為什麼降魔。師曰。賊不打貧兒家。曰十二年後為什麼不降魔。師曰。賊不打貧兒家。

湖南祇林和尚。毎に文殊・普賢を叱って皆精魅と為し、手に木剣を持ち、自ら降魔と謂う。纔かに僧の参礼すれば便ち説く――「魔来る也、魔来る也。」剣をもて乱れ揮い、方丈に潜入る。是の如くすること十二年。後に剣を置きて言无し。僧が問う――「十二年前は什麼が為めに魔を降せし。」師が説く――「賊は貧児の家を打たず。」説く――「十二年後は什麼が為めに魔を降せざる。」師が説く――「賊は貧児の家を打たず。」

前幽州盤山寶積禪師法嗣

前幽州盤山宝積禅師の法嗣

鎮州普化和尚者不知何許人也。師事盤山密受真訣。而佯狂出言無度。暨盤山順世乃於北地行化。或城市或塚間。振一鐸雲。明頭來也打。暗頭來也打。一日臨濟令僧捉住雲。不明不暗時如何。答雲。來日大悲院裡有齋。凡見人無高下。皆振鐸一聲。時號普化和尚。或將鐸就人耳邊振之。或拊其背。有迴顧者即展手雲。乞我一錢。非時遇食亦吃。嘗暮入臨濟院吃生菜飯。臨濟曰。遮漢大似一頭驢。師便作驢鳴。臨濟乃休。師曰。臨濟小廝兒只具一隻眼(僧問法眼未審臨濟當時下得什麼語。法眼雲。臨濟留與後人)師見馬步使出喝道師亦喝道及作相撲勢。馬步使令人打五棒。師曰。似即似是即不是。師嘗於闤闠間搖鐸唱曰。覓箇去處不可得。時道吾遇之把住問曰。汝擬去什麼處。師曰。汝從什麼處來。道吾無語。師掣手便去。一日入臨濟院。臨濟曰賊賊。師亦曰賊賊。同入僧堂。臨濟指聖僧問是凡是聖。師曰是聖。臨濟曰。作遮箇語話。師乃撼鐸唱曰。河陽新婦子。木塔老婆禪。臨濟小廝兒只具一隻眼師唐咸通初將示滅。乃入市謂人曰。乞一箇直裰。人或與披襖或與布裘。皆不受。振鐸而去。時臨濟令人送與一棺。師笑曰。臨濟廝兒饒舌。便受之。乃告辭曰。普化明日去東門死也。郡人相率送出城。師厲聲曰。今日葬不合青烏。乃曰。第二日南門遷化。人亦隨之。又曰。明日出西門方吉。人出漸稀。出已還返。人意稍怠。第四日自擎棺出北門外。振鐸入棺而逝。郡人奔走出城。揭棺視之已不見。唯聞鐸聲漸遠。莫測其由。

鎮州普化和尚、何れ許りの人かを知らず。盤山に師事し、密かに真訣を受け、而して狂を佯りて言を出すに度无し。盤山の世に順ずるに暨りて、乃ち北地に於いて化を行ず。或いは城市、或いは塚間に於いて、一鐸を振りて説く――「明頭に来たるも打ち、暗頭に来たるも打つ。」一日臨済僧に令めて捉えて説かしむ――「不明不暗の時如何。」答えて説く――「来日大悲院の裡に斎有り。」凡そ人を見るに高下无く、皆鐸を一振す、時に普化和尚と号す。或いは鐸を人の耳辺に就けて之を振り、或いは其の背を拊す。顧みる者有れば即ち手を展べて説く――「我一銭を乞う。」時に非ずして食に遇うも亦た喫す。嘗て暮に臨済院に入りて生菜飯を喫す。臨済が説く――「這の漢は大いに一頭の驢に似たり。」師便ち驢の鳴を作す。臨済乃ち休む。師が説く――「臨済の小廝児は只だ一只眼を具る。」(僧法眼に問う――「未だ審らかならず、臨済当時何の語を下し得る。」法眼が説く――「臨済は后人に留め与う。」)師馬歩使の出で喝道するを見て、師も亦た喝道し及び相撲の勢いを作す。馬歩使人に令めて五棒を打たしむ。師が説く――「似るは即ち似れども、是れは即ち是れに非ず。」師嘗て闤闠の間に於いて鐸を揺り唱して説く――「箇の去処を覓むるに得るべからず。」時に道吾之に遇い、把り住めて問うて説く――「汝何の処に去らんと擬す。」師が説く――「汝は什麼の処より来る。」道吾語无し。師手を掣きて便ち去る。一日臨済院に入る。臨済が説く――「賊賊。」師も亦た説く――「賊賊。」同じく僧堂に入る。臨済聖僧を指して問う――「是れ凡か是れ聖か。」師が説く――「是れ聖。」臨済が説く――「這箇の語話を作す。」師乃ち鐸を撼りて唱して説く――「河陽の新婦子、木塔の老婆禅。臨済の小廝児は只だ一只眼を具る。」師唐咸通の初め、まさに示滅せんとして、乃ち市に入りて人に謂うて説く――「一個の直裰を乞う。」人或いは披襖を与え、或いは布裘を与うるも、皆受けず、鐸を振りて去る。時に臨済人に令めて一棺を送り与えしむ。師笑いて説く――「臨済の廝児は饒舌なり。」便ち之を受く。乃ち告げ辞して説く――「普化明日東門に去りて死する也。」郡人相率いて城を送り出さんとす。師声を厲めて説く――「今日葬るに青鳥に合せず。」乃ち説く――「第二日南門に遷化せん。」人も亦た之に随う。又説く――「明日西門を出でて方に吉なり。」人出ずる渐く稀に、出で已りて還り返し、人の意稍や怠る。第四日自ら棺を擎げて北門外に出で、鐸を振りて棺に入りて逝す。郡人奔走して城を出で、棺を掲げて之を視れば已に見えず、唯だ鐸声の渐く遠ざかるを聞くのみ、其の由を測ること莫し。

前龍牙山圓暢禪師法嗣

前龍牙山円暢禅師の法嗣

嘉禾藏廙禪師。衢州信安人也。姓程氏。唐元和中辭親往長沙嶽麓寺。禮靈智律師出家。長慶三年於武陵開元寺受戒。因聽律部語同學曰。教門繁廣宜扣總門。遂緣會龍牙山暢禪師。龍牙告之曰。蘊界不真。佛生非我。子之正本當復何名而從誰得。師一言領悟。迴柯山避會昌沙汰。後於龍興廣揚道化。乾符六年三月中長往。壽八十二。臘五十六。

嘉禾蔵廙禅師は、衢州信安の人、姓は程氏。唐元和の中に親に辞して長沙岳麓寺に往き、霊智律師に礼して出家す。長慶三年武陵開元寺に於いて戒を受く。律部を聴くに因りて、同学に語って説く――「教門は繁広なり、宜しく総門に扣くべし。」遂に縁して龍牙山暢禅師に会す。龍牙之に告げて説く――「蘊界は真ならず、仏生は我に非ず。子の正本、当に復た何名となし誰に従りて得べき。」師一言に領悟す。柯山に回り、会昌の沙汰を避く。後に龍興に於いて広く道化を揚ぐ。乾符六年三月の中に長往す。寿八十二、臘五十六。

前歸宗寺智常禪師法嗣

前帰宗寺智常禅師の法嗣

福州芙蓉山靈訓禪師。初參歸宗問。如何是佛。宗曰。我向汝道汝還信否。師曰。和尚發誠實言何敢不信。宗曰。即汝便是。師曰。如何保任。宗曰。一翳在眼空華亂墜(法眼雲。歸宗若無後語有什麼歸宗也)師辭歸宗。宗問。子什麼處去。師曰。歸嶺中去。宗曰。子在此多年裝束了卻來。為子說一上佛法。師結束了上堂。宗曰。近前來。師乃近前。宗曰。時寒途中善為。師聆此一言頓忘前解。後歸寂諡弘照大師。塔曰圓相。

福州芙蓉山霊訓禅師。初め帰宗に参じて問う――「如何なるか是れ仏。」宗が説く――「我汝に向いて道わん、汝還て信ずるか否。」師が説く――「和尚誠実の言を発せば、何ぞ敢えて信て信ぜざらん。」宗が説く――「即ち汝便ち是れ。」師が説く――「如何に保任せん。」宗が説く――「一翳眼に在り、空花乱れ墜つ。」(法眼が説く――「帰宗若し後語无からば、什麼の帰宗有らん也。」)師帰宗に辞す。宗問う――「子什麼の処にか去る。」師が説く――「嶺中に帰り去る。」宗が説く――「子ここに多年在り、装束了えて来れ、子の為に一上の仏法を説かん。」師装束を結了して上堂す。宗が説く――「近く前に来���。」師乃ち前に近づく。宗が説く――「時寒し、途中善く為れ。」師此の一言を聆きて、頓ちに前解を忘る。後に寂に帰し、弘照大師と諡い、塔は円相と曰う。

漢南穀城縣高亭和尚。有僧自夾山來禮拜。師便打。僧雲。特來禮拜。師何打。其僧再禮拜。師又打趁。僧迴舉似夾山。夾山雲。汝會也無。僧雲。不會。夾山雲。賴汝不會。若會即夾山口瘂。

漢南穀城県の高亭和尚。僧有りて夾山より自りて礼拜す。師便ち打つ。僧が説く――「特に来りて礼拜す、師何ぞ打つ。」其の僧再び礼拜す。師又打趁す。僧回りて挙げて夾山に似す。夾山が説く――「汝会するや无しや。」僧が説く――「会せず。」夾山が説く――「汝の会せざるに頼る。若し会せば即ち夾山の口哑ならん。」

新羅大茅和尚上堂雲。欲識諸佛師。向無明心內識取。欲識常住不彫性。向萬木遷變處識取。僧問。如何是大茅境。師雲。不露鋒。僧雲。為什麼不露鋒。師雲無當者。

新羅大茅和尚上堂して説く――「諸仏の師を識らんと欲せば、无明の心内に向かいて識取せよ。常住不凋の性を識らんと欲せば、万木の遷変の処に向かいて識取せよ。」僧が問う――「如何なるか是れ大茅の境。」師が説く――「鋒を露さず。」僧が説く――「什麼が為めに鋒を露さざる。」師が説く――「当たる者无し。」

五臺山智通禪師(自稱大禪佛)初在歸宗會下時。忽一夜巡堂叫雲。我已大悟也。眾駭之。明日歸宗上堂集眾問。昨夜大悟底僧出來。師出雲。智通。歸宗雲。汝見什麼道理言大悟。試說似吾看。師對雲。師姑天然是女人作。歸宗默而異之。師便辭。歸宗門送與拈笠子。師接得笠子戴頭上便行。更不迴顧。後居臺山法華寺。臨終有偈曰。

五台山智通禅師(自ら大禅仏と称す)。初め帰宗の会下に在る時、忽ち一夜堂を巡りて叫びて説く――「我已に大悟したり。」衆これに駭く。明日帰宗上堂し衆を集めて問う――「昨夜大悟したる底の僧出来よ。」師出でて説く――「智通。」帰宗が説く――「汝何の道理を見て大悟と言う。試みに説きて吾に似せ看よ。」師対えて説く――「師姑は天然に女人と作るなり。」帰宗默して之を異とす。師便ち辞す。帰宗門に送り、笠子を拈じ与う。師笠子を接し得て頭上に戴きて便ち行き、更に顧みず。後に台山法華寺に居る。臨終に偈有りて説く――

舉手攀南斗迴身倚北辰

手を挙げて南斗に攀り、身を回らして北辰に倚る。

出頭天外見誰是我般人

頭を出だして天外に見ゆ、誰か是れ我が般の人。

前華嚴寺智藏禪師法嗣

前華厳寺智蔵禅師の法嗣

黃州齊安和尚示學眾曰。言不落句佛祖徒施。玄韻不墜誰人知得。僧問。如何識得自己佛。師曰。一葉明時消不盡。松風韻罷怨無人。僧曰。如何是自己佛。師曰。草前駿馬實難窮。妙盡還須畜生行。人問。大師年多少。師曰。五六四三不得類。豈同一二實難窮。師有頌曰。

黄州斉安和尚は学衆に示して説く――「言は句に落ちず、仏祖は徒らに施す。玄韻墜ちず、誰人か知るを得たる。」僧が問う――「如何にして自己の仏を識るを得ん。」師が説く――「一葉明らかなる時、消え尽さず、松風の韻罷みて人無きを怨ず。」僧が説く――「如何なるか是れ自己の仏。」師が説く――「草前の駿馬は実に窮め難し、妙尽は還た畜生の行を須うす。」人問う――「大師の年多少。」師が説く――「五六四三類を得ず、豈に一二と同じく実に窮め難し。」師頌有りて説く――

猛熾焰中人有路旋風頂上屹然棲

猛熾の焰中に人は路有り、旋風の頂上に屹然として栖む。

鎮常歷劫誰差互杲日無言運照齊

常を鎭えて劫を歴るに誰か差互せん、杲日言无くして照を運ぶこと斉し。

師後居鳳翔。

師後に鳳翔に居る。

景徳伝灯録巻第十

景徳伝灯録巻第十一

懷讓禪師第四世上八十九人

懐譲禅師第四世上八十九人

潭州溈山靈祐禪師法嗣四十三人袁州仰山慧寂禪師

潭州潙山霊祐禅師の法嗣四十三人 袁州仰山慧寂禅師

鄧州香嚴寺智閑禪師

鄧州香厳寺智閑禅師

襄州延慶法端禪師(十二卷又收在香嚴下何也)

襄州延慶法端禅師(十二巻に又香厳の下に収む、何ぞや)

杭州徑山洪諲禪師

杭州径山洪𬤇禅師

福州靈雲志勤禪師

福州霊雲志勤禅師

益州應天和尚

益州応天和尚

福州九峰慈慧禪師

福州九峰慈慧禅師

京兆米和尚

京兆米和尚

晉州霍山和尚

晋州霍山和尚

襄州王敬初常侍(已上十一人見錄)

襄州王敬初常侍(以上十一人は見録)

福州雙峰和尚

福州双峰和尚

長延圓鑑禪師

長延円鑑禅師

志和禪師

志和禅師

洪州西山道方禪師

洪州西山道方禅師

溈山如真禪師

潙山如真禅師

幷州元順禪師

并州元順禅師

興元府崇皓禪師

興元府崇皓禅師

鄂州全諗禪師

鄂州全諗禅師

嵩山神劍禪師

嵩山神剣禅師

許州弘進禪師

許州弘進禅師

餘杭文立禪師

余杭文立禅師

越州光相禪師

越州光相禅師

蘇州文約禪師

蘇州文約禅師

上元智滿禪師

上元智満禅師

金州法朗禪師

金州法朗禅師

鄂州黃鶴山超達大師

鄂州黄鶴山超達大師

白鹿從約禪師

白鹿従約禅師

西堂復禪師

西堂復禅師

溫州靈空禪師

温州霊空禅師

大溈簡禪師

大潙簡禅師

荊南智朗禪師

荊南智朗禅師

溈山普潤禪師

潙山普潤禅師

溈山法真禪師

潙山法真禅師

黑山和尚

黒山和尚

滁州定山神英禪師

滁州定山神英禅師

霜山和尚

霜山和尚

南源和尚

南源和尚

溈山沖逸禪師

潙山沖逸禅師

溈山彥禪師

潙山彦禅師

蘄州三角山法遇禪師

蘄州三角山法遇禅師

鄧州志詮禪師

鄧州志詮禅師

荊州弘珪禪師

荊州弘珪禅師

巖背道曠禪師(已上三十三人無機緣語句不錄)

巌背道曠禅師(以上三十三人は機縁の語句なきゆえ録せず)

福州大安禪師法嗣一十人益州大隨法真禪師

福州大安禅師の法嗣一十人 益州大随法真禅師

韶州靈樹如敏禪師

韶州霊樹如敏禅師

福州壽山師解禪師

福州寿山師解禅師

饒州嶢山和尚

饒州嶢山和尚

泉州莆田崇福慧日大師

泉州莆田崇福慧日大師

台州浮江和尚

台州浮江和尚

潞州淥水和尚

潞州渌水和尚

廣州文殊院圓禪師(已上八人見錄)

広州文殊院円禅師(以上八人は見録)

溫州靈陽禪師

温州霊陽禅師

洪州紙衣和尚(已上二人無機緣語句不錄)

洪州紙衣和尚(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

杭州徑山鑒宗大師法嗣三人明州天童山鹹啟禪師

杭州径山鑑宗大師の法嗣三人 明州天童山咸啓禅師

背山行真禪師

背山行真禅師

杭州大慈山行滿禪師(已上三人無機緣語句不錄)

杭州大慈山行満禅師(以上三人は機縁の語句なきゆえ録せず)

趙州東院從諗禪師法嗣一十三人洪州新興嚴陽尊者

趙州東院従諗禅師の法嗣一十三人 洪州新興厳陽尊者

揚州光孝院慧覺禪師

揚州光孝院慧覚禅師

隴州國清院奉禪師

隴州国清院奉禅師

婺州木陳從朗禪師

婺州木陳従朗禅師

婺州新建禪師

婺州新建禅師

杭州多福和尚

杭州多福和尚

益州西睦和尚(已上七人見錄)

益州西睦和尚(以上七人は見録)

潭州麻谷山和尚

潭州麻谷山和尚

觀音院定鄂禪師

観音院定鄂禅師

宣州茗萍山和尚

宣州茗萍山和尚

太原免道者

太原免道者

幽州燕王

幽州燕王

鎮州趙王(已上六人無機緣語句不錄)

鎮州趙王(以上六人は機縁の語句なきゆえ録せず)

衢州子湖巖利蹤禪師法嗣四人台州勝光和尚

衢州子湖巌利蹤禅師の法嗣四人 台州勝光和尚

漳州浮石和尚

漳州浮石和尚

紫桐和尚

紫桐和尚

日容和尚(已上四人見錄)

日容和尚(以上四人は見録)

吉州孝義性空禪師法嗣一人卭州壽興院守閑禪師(一人無機緣語句不錄)

吉州孝義性空禅師の法嗣一人 邛州寿興院守閑禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

鄂州茱萸和尚法嗣一人石梯和尚(一人見錄)

鄂州茱萸和尚の法嗣一人 石梯和尚(一人は見録)

天龍和尚法嗣二人婺州金華山俱胝和尚(一人見錄)

天龍和尚の法嗣二人 婺州金華山倶胝和尚(一人は見録)

新羅國彥忠禪師(一人無機緣語句不錄)

新羅国彦忠禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

長沙景岑禪師法嗣二人明州雪竇山常通禪師(一人見錄)

長沙景岑禅師の法嗣二人 明州雪窦山常通禅師(一人は見録)

婺州金華山嚴靈禪師(一人無機緣語句不錄)

婺州金華山厳霊禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

襄州關南道常禪師法嗣二人關南道吾和尚

襄州関南道常禅師の法嗣二人 関南道吾和尚

漳州羅漢和尚(已上二人見錄)

漳州羅漢和尚(以上二人は見録)

白馬曇照禪師法嗣一人晉州霍山無名禪師(一人無機緣語句不錄)

白馬曇照禅師の法嗣一人 晋州霍山無名禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

新羅大證禪師法嗣二人文聖大王

新羅大証禅師の法嗣二人 文聖大王

憲安大王(已上二人無機緣語句不錄)

憲安大王(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

小馬神照禪師法嗣一人縉雲郡連雲院有緣禪師(一人無機緣語句不錄)

小馬神照禅師の法嗣一人 縉雲郡連雲院有縁禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

高安大愚和尚法嗣一人筠州末山尼瞭然(一人見錄)

高安大愚和尚の法嗣一人 筠州末山尼了然(一人は見録)

新羅洪直禪師法嗣二人興德大王

新羅洪直禅師の法嗣二人 興徳大王

宣康太子(二人無機緣語句不錄)

宣康太子(二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

許州無跡和尚法嗣一人道遂禪師(一人無機緣語句不錄)

許州無跡和尚の法嗣一人 道遂禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

前溈山靈祐禪師法嗣(懷讓禪師第四世)

前潙山霊祐禅師の法嗣(懐譲禅師第四世)

袁州仰山慧寂禪師韶州懷化人也。姓葉氏。年十五欲出家父母不許。後二載師斷手二指跪致父母前。誓求正法以答劬勞。遂依南華寺通禪師落髮。未登具即遊方。初謁耽源已悟玄旨。後參溈山遂升堂奧。祐問曰汝是有主沙彌無主沙彌。師曰。有主。曰在什麼處。師從西過東立。祐知是異人便垂開示。師問。如何是真佛住處。祐曰。以思無思之妙。返思靈焰之無窮。思盡還源性。相常住。事理不二真佛如如。師於言下頓悟。自此執侍。尋往江陵受戒住夏探律藏。後參巖頭。巖頭舉起拂子。師展坐具。巖拈拂子置背後。師將坐具搭肩上而出。巖雲。我不肯汝放。只肯汝收。又問石室。佛之與道相去幾何。石室雲。道如展手佛似握拳。乃辭石室。石室門送召雲。子莫一向去。已後卻來我邊(雲居錫雲。要會麼。如今歸堂去。明日卻上來。)韋宙就溈山請一伽陀。溈山曰。覿面相呈猶是鈍漢。豈況形於紙筆。乃就師請。師於紙上畫一圓相。注云。思而知之落第二頭。不思而知落第三首。一日隨溈山開田。師問曰。遮頭得恁麼低。那頭得恁麼高。祐曰。水能平物但以水平。師曰。水也無憑。和尚但高處高平低處低平。祐然之。有施主送絹。師問。和尚受施主如是供養將何報答。祐敲禪床示之師曰。和尚何得將眾人物作自己用。祐忽問師什麼處去來。師曰田中來。祐曰。田中多少人。師插鍬而立。祐曰。今日南山大有人刈茅在。師舉鍬而去(玄沙雲。我若見即蹋倒鍬子。僧問鏡清。仰山插鍬意旨如何。清雲。狗銜赦書諸侯避道。又問。只如玄沙蹋鍬其意如何。清雲。勿奈船何打破𡰷。鬥又問。南山刈茅意旨如何。清雲。李靖三兄久經行陣。雲居錫雲。且道。鏡清下此一判著不著。又僧問禾山雲。仰山插鍬意旨如何。禾山雲。汝問我。僧雲。玄沙蹋鍬意旨如何。禾山雲。我問汝)師在溈山牧牛時。第一座曰。

袁州仰山慧寂禅師は、韶州懐化の人。姓は葉。年十五で出家を請うも、父母許さず。二年を過ぎて、師は両指を斬り落として父母の前に跪き、正法を求めて劬労に報いんことを誓う。ここに南华寺の通禅師に依って落髪し、まだ具足戒を受けぬうちに遊方した。初め耽源に見えてすでに玄旨に悟り、後に潙山に参じ、ついに堂奥に升った。祐が問う―「お前は有主の沙弥か、無主の沙弥か。」師が言う―「有主。」問う―「何処に在る。」師は西より東へ過ぎて立ち止まった。祐は異人と知り、便ち開示を垂れた。師が問う―「いかなるか真仏の住処。」祐が言う―「思うこと無思の妙を以てし、霊焔の無窮を返思す。思尽きて源に還れば性相常住、事理不二、真仏如如なり。」師は言下に頓悟した。これより執侍し、ほどなく江陵に往きて受戒し、夏を住めて律蔵を探った。後に巌頭に参ず。巌頭が払子を挙げれば、師は坐具を展く。巌頭が払子を背後に放れば、師は坐具を肩に搭して出た。巌が言う―「我はお前の放を肯んぜず、ただお前の収を肯んず。」また石室に問う―「仏と道と、相去ること幾何。」石室が言う―「道は手を展くるが如く、仏は拳を握るに似たり。」ここに石室を辞す。石室が門まで送りて召して言う―「子、一向に去るなかれ。後に却って我が辺に来れ。」(雲居錫が言う―「会せんと要するか。いま堂に帰りて去り、明日却って上れ。」)韋宙が潙山に一伽陀を請う。潙山が言う―「覿面に相呈するもなお鈍漢なり、いはんや紙筆に形るをや。」ここに師に請う。師は紙上に一円相を画き、注して言う―「思うてこれを知れば第二頭に落ち、思わざるに知れば第三首に落つ。」一日、潙山に随いて田を開く。師が問う―「この頭はかく低きを得て、あの頭はかく高きを得たり。」祐が言う―「水は物を平げ得るも、ただ水を以て平げよ。」師が言う―「水もまた憑りなし。和尚ただ高き処は高きに平げ、低き処は低きに平げよ。」祐はしかりとした。施主の絹を送る有り。師が問う―「和尚、施主のかかる供養を受け、何を将てか報答せん。」祐は禅床を敲いてこれを示す。師が言う―「和尚、何ぞ衆人の物を将て自己の用と為す。」祐が忽然と師に問う―「何処かより来た。」師が言う―「田中より来た。」祐が言う―「田中に多少人。」師は鍬を挿して立つ。祐が言う―「今日南山に茅を刈る人あらんとす。」師は鍬を挙げて去った。(玄沙が言う―「我もし見ば、すなはち鍬子を踏倒せん。」僧が鏡清に問う―「仰山の鍬を挿す、意旨いかん。」清が言う―「狗が赦書を銜う、諸侯道を避く。」また問う―「ただかくのごとき玄沙が鍬を踏む、その意いかん。」清が言う―「船を奈何すことなかれ、戽斗を打破せよ。」また問う―「南山に茅を刈る、意旨いかん。」清が言う―「李靖三兄、久しく行陣を経たり。」雲居錫が言う―「且く道え、鏡清がこの一判を下す、着するや不着するや。」また僧が禾山に問うて言う―「仰山が鍬を挿す、意旨いかん。」禾山が言う―「お前は我に問え。」僧が言う―「玄沙が鍬を踏む、意旨いかん。」禾山が言う―「我はお前に問う。」)師が潙山にて牛を牧する時、第一座が言う―

百億毛頭百億師子現。師不答。歸侍立。第一座上問訊。師舉前語問雲。適來道百億毛頭百億師子現。豈不是。上座曰是。師曰正當現時毛前現。毛後現上座曰。現時不說前後。師乃出。祐曰。師子腰折也。溈山上座舉起拂子曰。若人作得道理即與之。師曰。某甲作得道理。還得否。上座曰。但作得道理便得。師乃掣拂子將去(雲居錫雲。什麼處是仰山道理)一日雨下。上座曰。好雨寂闍梨。師曰。好在什麼處。上座無語。師曰。某甲卻道得。上座曰。好在什麼處。師指雨。溈山與師遊行次。烏銜一紅柿落前。祐將與師。師接得以水。洗了卻與祐。祐曰子什麼處得來。師曰此是和尚道德所感。祐曰汝也不得空然即分半與師(玄沙雲。大小溈山被仰山一坐至今起不得)師浣衲衣次。耽源曰正恁麼時作。麼生。師曰正恁麼時。向什麼處見。師盤桓溈。山前後十五載。凡有語句學眾無不弭伏。暨受溈山密印。領眾住王莽山。化緣未契遷止仰山學徒臻萃。師上堂示眾雲。汝等諸人各自回光返顧莫記吾言。汝無始劫來背明投暗。妄想根深卒難頓拔。所以假設方便奪汝麁識。如將黃葉止啼。有什麼是處。亦如人將百種貨物與金寶作一鋪。貨賣祇擬輕重來機。所以道。石頭是真金鋪。我遮裡是雜貨鋪。有人來覓鼠糞我亦拈與。他來覓真金我亦拈與。他時有僧問。鼠糞即不要。請和尚真金。師雲。齧鏃擬開口。驢年亦不會。僧無對。師雲。索喚則有交易。不索喚則無我。若說禪宗身邊要一人相伴亦無。豈況有五百七百眾耶。我若東說西說。則爭頭向前採拾。如將空拳誑小兒都無實處。我今分明向汝說聖邊事且莫將心湊泊。但向自己性海如實而修。不要三明六通。何以故。此是聖末邊事。如今且要識心達本。但得其本不愁其末。他時後日自具去在。若未得本縱饒將情學他亦不得。汝豈不見。溈山和尚雲。

「百億の毛頭に百億の獅子現ず。」師は答えず。帰り来て侍立す。第一座が上り来て問訊す。師は前の語を挙げて問うて言う―「さきほど百億の毛頭に百億の獅子現ずと道えた、しかや否や。」上座が言う―「是。」師が言う―「正しく現ずる時、毛の前に現ず、毛の後に現ず。」上座が言う―「現ずる時は前後を説かず。」師は便ち出て行った。祐が言う―「獅子、腰折れたり。」潙山上座が払子を挙げて言う―「もし人、道理を作得すればすなはちこれを与えん。」師が言う―「某甲、道理を作得す、還って得るや否や。」上座が言う―「ただ道理を作得せば便ち得ん。」師は便ち払子を掣きて将て去った。(雲居錫が言う―「何なる処ぞ仰山の道理は。」)一日、雨降る。上座が言う―「好い雨なり、寂闍梨。」師が言う―「好きは何の処ぞ。」上座は語無し。師が言う―「某甲、却って道得せん。」上座が言う―「好きは何の処ぞ。」師は雨を指す。潙山が師と遊行せし次、烏鴉が一顆の紅柿を銜えて面前に落とす。祐が取りて師に与う。師は接取し、水を以て洗いて却って祐に還す。祐が言う―「子、何の処よりかこれを得た。」師が言う―「これは和尚の道徳の感ずる所なり。」祐が言う―「お前も空然たるを得ざれ。」便ち一半を分ちて師に与う。(玄沙が言う―「大小の潙山、仰山の一坐なるを蒙り、いまに起つことを得ず。」)師が衲衣を浣ぐ次、耽源が言う―「正にかくのごとき時に作麼生。」師が言う―「正にかくのごとき時、何の処に向かってか見る。」師は潙山に盘桓すること前後十五年、およそ語句有れば学衆弭伏せざる無し。潙山の密印を受くるに及び、衆を領して王莽山に住す。化縁未だ契わず、遷りて仰山に止り、学徒臻り萃まる。師は上堂して衆に示して言う―「お前たち各自回光返せよ、我が言を記するなかれ。お前たち無始劫より明に背きて暗に投じ、妄想根深く、卒に頓拔し難し。ゆえに仮に方便を設けてお前たちの粗識を奪う。黄葉を将て啼を止むるが如し、何なるか是の処有らん。また人が百種の貨物と金宝とを作りて一鋪に貨売するが如し、ただ軽重を擬して来機に応ず。ゆえに道う、石頭は真金鋪、我がここは雑貨鋪なり。人の鼠糞を覓めんと来る有れば、我もまた拈じて彼に与え、真金を覓めんと来れば、我もまた拈じて彼に与う。」時に僧が問う―「鼠糞はすなはち要らず、和尚の真金を請う。」師が言う―「鏃を嚙みて口を開かんと擬す、驢年にも会せざらん。」僧は対無し。師が言う―「索喚すれば則ち交易有り、索喚せざれば則ち無し。我もし禅宗を説かば、身辺に一人相伴するを要することまた無し、いはんや五百七百の衆をや。我もし東説西説せば、則ち争頭して向前に采拾し、空拳を将て小児を誑くるが如く、すべて実処なし。我いま分明にお前たちに説いて聖辺の事を示す、且く心を将て湊泊するなかれ、ただ自己の性海に向かって如実に修せよ。三明六通を要すなかれ。何を以ての故、これは聖末辺の事なればなり。いま且く心を識り本に達せんことを要す。ただその本を得ば、その末を愁えず。他時日后自ずから具去りて在らん。もしまだ本を得ざれば、たとえ情を将て他に学ぶともまた得ざるなり。お前たちあに見ざらんや、潙山和尚の説く―

凡聖情盡體露真常事理不二即如如佛。問如何是祖師意。師以手於空作圓相。相中書佛字。僧無語。師謂第一坐曰。不思善不思惡正恁麼時作麼生。對曰。正恁麼時是某甲放身命處。師曰。何不問老僧。對曰。正恁麼時不見有和尚。師曰。扶吾教不起。師因歸溈山省覲。祐問。子既稱善知識。爭辨得諸方來者。知有不知有。有師承無師承。是義學是玄學。子試說看。師曰。慧寂有驗處。但見諸方僧來便竪起拂子。問伊。諸方還說遮箇不說。又云。遮箇且置。諸方老宿意作麼生。祐歎曰。此是從上宗門中牙爪。祐問。大地眾生業識茫茫無本可據。子作麼生知他有之與無。師曰。慧寂有驗處。時有一僧從面前過。師召雲。闍梨其僧回頭。師曰。和尚遮箇便是業識茫茫無本可據。祐曰。此是師子一滴乳。迸散六斛驢乳。鄭愚相公問。不斷煩惱而入涅槃時如何。師竪起拂子。公曰。入之一字不要亦得。師曰。入之一字不為相公(法燈別雲。相公不用煩惱)師問僧。什麼處來。曰幽州。師曰。我恰要箇幽州信米作麼價。曰某甲來時無端從市中過。蹋折他橋梁。師便休。師見僧來竪起拂子。其僧便喝。師曰。喝即不無。且道老僧過在什麼處。僧曰。和尚不合將境示人。師乃打之。師問香嚴。師弟近日見處如何。嚴曰。某甲卒說不得。乃有偈曰。去年貧未是貧。今年貧始是貧。去年無卓錐之地。今年錐也無。師曰。汝只得如來禪。未得祖師禪(玄覺雲。且道如來禪與祖師禪分不分。長慶稜雲。一時坐卻)溈山封一面鏡寄師。師上堂提起雲。且道。是溈山鏡仰山鏡。有人道得即不撲破。眾無對。師乃撲破。師問。雙峰師弟近日見處如何對曰。據某甲見處。實無一法可當情。師曰。汝解猶在境。雙峰曰。某甲只如此。師兄如何。師曰。汝豈無能知無一法可當情者。溈山聞雲。寂子一句疑殺天下人(玄覺雲。金剛經道。

「凡聖情尽き、体露は真常、事理不二、すなはち如如の仏なり。」問う―「いかなるか祖師意。」師は手を以て空中に円相を作し、相中に仏字を写す。僧は語無し。師は第一座に対して言う―「善を思わず、悪を思わず、正にかくのごとき時に作麼生。」対して言う―「正にかくのごとき時は、すなはち某甲の身命を放つ処なり。」師が言う―「何ぞ老僧に問わざる。」対して言う―「正にかくのごとき時、和尚有るを見ず。」師が言う―「我が教を扶け起たんとすれども起たず。」師は潙山に回りて省覲するに因る。祐が問う―「子すでに善知識と称す、怎んば諸方より来る者を辨じて、有るを知るか知らざるか、師承有るか無きか、義学なるか玄学なるかを知る。子試みに説いて看よ。」師が言う―「慧寂、験する処有り。ただ諸方の僧の来るを見て、便ち払子を竪起し、彼に問う―諸方に還ってこの箇を説くや説かざるや。また説く―この箇は且く置く、諸方の老宿の意は作麼生。」祐が歎じて言う―「これは上りよりの宗門中の牙爪なり。」祐が問う―「大地の衆生、業識茫茫として、拠るべき本無し。子、作麼生にか彼の有ると無とを知る。」師が言う―「慧寂、験する処有り。」時に一僧が面前を過ぐ。師が召して言う―「闍梨。」その僧、頭を回らす。師が言う―「和尚、この箇すなはち業識茫茫、本に拠る無し。」祐が言う―「これは獅子一滴の乳、六斛の驢乳を迸散するなり。」鄭愚相公が問う―「煩悩を断ぜずして涅槃に入る時いかん。」師は払子を竪起す。公が言う―「入の一字、要らずともまた得。」師が言う―「入の一字は相公の為ならず。」(法灯が別に言う―「相公、煩悩を用うることなかれ。」)師が僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「幽州。」師が言う―「我、恰も幽州の信を要す。米は作麼なる価。」言う―「某甲、来る時に端無く市中を過ぎ、彼の橋梁を踏折った。」師は便ち休む。師、僧の来るを見て払子を竪起す。その僧便ち喝す。師が言う―「喝はすなはち無きにあらざれど、且く道え、老僧の過は何の処に在る。」僧が言う―「和尚、境を将て人に示すに合せず。」師は便ちこれを打つ。師が香厳に問う―「師弟、近日の見処いかん。」厳が言う―「某甲、卒に説くことを得ず。」乃ち偈有りて言う―「去年の貧はいまだ是れ貧ならず、今年の貧はじめて是れ貧なり。去年は錐を卓するの地無し、今年は錐もまた無し。」師が言う―「お前はただ如来禅を得、いまだ祖師禅を得ず。」(玄覚が言う―「且く道え、如来禅と祖師禅、分かつや分かたざるや。」長慶稜が言う―「一時に坐却せよ。」)潙山が一面の鏡を封じて師に寄せ与う。師は上堂して提起して言う―「且く道え、是れ潙山鏡か、仰山鏡か。人もし道得せばすなはち撲破せじ。」衆は対無し。師は便ち撲破す。師が問う―「双峰師弟、近日の見処いかん。」対して言う―「某甲の見処に拠れば、実に情に当たる一法無し。」師が言う―「お前の解、なお境に在り。」双峰が言う―「某甲はただかくのごとし。師兄いかん。」師が言う―「お前あに情に当たる一法無しと知る者無きをや。」潙山が聞いて言う―「寂子の一句、天下の人を疑殺す。」(玄覚が言う―『金剛経』に道う―

實無一法然燈佛與我受記。他道實無一法可當情。為什麼道。解猶在境。且道利害在什麼處)僧問。法身還解說法也無。師曰。我說不得。別有一人說得。曰說得底人在什麼處。師推出枕子溈山聞雲。寂子用劍刃上事。師閉目坐次。有僧潛來身邊立師開目於地上作一圓相。相中書水字顧視其僧。僧無語。師攜一杖子。僧問什麼處得。師便拈向背後。僧無語。師問一僧。汝會什麼。僧曰。會卜。師提起拂子曰。遮箇六十四卦中阿那卦收。無對。師自代雲。適來是雷天大壯。如今變為地火明夷。師問僧。名什麼。曰靈通。師曰。便請入燈籠。曰早箇入了也(法眼別雲。喚什麼作燈籠)僧問。古人道。見色便見心禪床是色。請和尚離色指學人心。師雲。那箇是禪床指出來。僧無語(玄覺雲。忽然被伊卻指禪床。作麼生對伊好。有僧雲。卻請和尚道。玄覺代拊掌三下)僧問。如何是毘盧師。師乃叱之。又問。如何是和尚師。師曰。莫無禮。師共一僧語。傍有僧曰。語底是文殊默底是維摩。師曰。不語不默底莫是汝否。僧默之師曰。何不現神通。僧曰。不辭現神通。只恐和尚收入教。師曰。鑒汝來處。未有教外底眼。問天堂地獄相去幾何。師將拄杖畫地一畫。師住觀音時出牓雲。看經次不得問事。後有僧來問訊。見師看經傍立而待。師卷卻經問。會麼。僧曰。某甲不看經爭得會。師曰。汝已後會去在(其僧到巖頭。巖頭問。什麼處來。僧雲。江西觀音來。巖頭雲。和尚有何言句。其僧舉前語。巖頭雲。遮箇老師。我將謂被故紙埋卻。元來猶在)僧問。禪宗頓悟畢竟入門的意如何。師曰。此意極難。若是祖宗門下上根上智。一聞千悟得大總持。此根人難得。其有根微智劣。所以古德道。若不安禪靜慮到遮裡總須茫然。僧曰。除此格外。還別有方便令學人得入也無。師曰。別有別無令汝心不安。汝是什麼處人。曰幽州人。

「実に一法無くして、然燈仏我に受記す。」彼の道う実に情に当たる一法無し、何のためか解のなお境に在るを道う。且く道え、利害は何の処に在る。」)僧が問う―「法身、還って法を説くを解すや無きや。」師が言う―「我は説くことを得ず、別に一人有りて説き得。」問う―「説き得る底の人は何の処に在る。」師は枕子を推出す。潙山が聞いて言う―「寂子は剣刃上の事を用う。」師が目を閉ぢて坐する次、僧有りて潜かに来りて身辺に立つ。師は目を開き、地上に一円相を作し、相中に水字を写して、その僧を顧視す。僧は語無し。師が一杖子を携う。僧が問う―「何の処よりか得。」師は便ち背後に向けて拈ず。僧は語無し。師が一僧に問う―「お前は何を会す。」僧が言う―「卜を会す。」師は払子を提起して言う―「この箇、六十四卦中の阿那の卦に収まる。」対無し。師は自ら代えて言う―「さきほどは雷天大壮、いま変じて地火明夷と為す。」師が僧に問う―「名は何と。」言う―「霊通。」師が言う―「便ち灯籠に入るを請う。」言う―「早く入れたり。」(法眼が別に言う―「何をか喚びて灯籠と作す。」)僧が問う―「古人に色を見て便ち心を見ると説く。禅床は色なり、和尚に請う、色を離れて学人の心を指せ。」師が言う―「あれなるは禅床か、指出せよ。」僧は語無し。(玄覚が言う―「忽然として彼に禅床を指されんには、作麼生にか彼に対して好まん。」僧有りて言う―「却って和尚に請うて道わん。」玄覚が代えて拊掌三下す。)僧が問う―「いかなるか毘盧師。」師は便ちこれを叱る。また問う―「いかなるか和尚師。」師が言う―「無礼なかれ。」師が一僧と語るを共にす。傍に僧有りて言う―「語る底は文殊、黙する底は維摩。」師が言う―「語らず黙せざる底はあなたか否や。」僧はこれを黙す。師が言う―「何ぞ神通を現現ぜざる。」僧が言う―「神通を現ずるを辞せず、ただ恐る和尚が教に収入せんことを。」師が言う―「お前の来処を鑑るに、いまだ教外の眼有らず。」問う―「天堂地獄、相去ること幾何。」師は拄杖を将て地に一画を画く。師が観音に住する時、榜を出して言う―「経を看る次、事を問うことを得ず。」後に僧来りて問訊し、師の経を看るを見て、傍に立ちて待つ。師は経を巻き却って問う―「会すや。」僧が言う―「某甲、経を看ず、怎んぞ会するを得ん。」師が言う―「お前、後に会して去らん。」(その僧、巌頭に到る。巌頭が問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「江西観音より来た。」巌頭が言う―「和尚、何なる言句有る。」その僧、前の語を挙ぐ。巌頭が言う―「この老師、我将に故紙に埋却せられんと謂いしに、元来なお在り。」)僧が問う―「禅宗頓悟、畢竟入門の意いかん。」師が言う―「この意極めて難し。もし祖宗門下の上根上智ならば、一聞千悟、大総持を得ん。この根の人は得難し。それ根微智劣なる有り、ゆえに古徳に道う、もし安禅静慮せざれば、ここに到りて総に茫然たるべし。」僧が言う―「この格外に除きて、還って別に方便有りて学人をして得入せしめるや無きや。」師が言う―「別有り別無し、お前の心安からざらしめん。お前は何の処の人。」言う―「幽州人。」

師曰。汝還思彼處否。曰常思。師曰。彼處樓臺林苑人馬駢闐。汝返思底還有許多般也無。僧曰。某甲到遮裡一切不見有。師曰。汝解猶在境。信位即是。人位即不是。據汝所解只得一玄。得坐披衣向後自看。其僧禮謝而去。師始自仰山後遷觀音。接機利物為禪宗標準。遷化前數年有偈曰。

師が言う―「お前、還って彼処を思うや否や。」言う―「常に思う。」師が言う―「彼処は楼台林苑、人馬駢阗す。お前の返思する底、還ってこの許多の般有りや無きや。」僧が言う―「某甲、ここに到りて一切有るを見ず。」師が言う―「お前の解、なお境に在り。信位に即するは是、人位に即するは不是。お前の解する所に拠れば、ただ一玄を得るのみ。坐し衣を披くを得、向後自ら看よ。」その僧、礼謝して去った。師は始め仰山より、後に観音に遷り、機に接し物に利する、禅宗の標準と為る。遷化する前の数年に偈有りて言う―

年滿七十七老去是今日

年七十七に満ち、老い去るは今日なり。

任性自浮沈兩手攀屈膝

性に任せて自ら浮沈す、両手は屈膝を攀ず。

於韶州東平山示滅。年七十七。抱膝而逝。勅諡智通大師妙光之塔。後遷塔於仰山。

韶州東平山にて示滅す。年七十七、膝を抱いて逝く。勅して智通大師、妙光の塔と諡す。後に塔を仰山に遷す。

鄧州香嚴智閑禪師青州人也。厭俗辭親觀方慕道。依溈山禪會。祐和尚知其法器。欲激發智光。一日謂之曰。吾不問汝平生學解及經卷冊子上記得者。汝未出胞胎未辨東西時。本分事試道一句來。吾要記汝。師懵然無對。沈吟久之。進數語陳其所解。祐皆不許。師曰。卻請和尚為說。祐曰。吾說得是吾之見解。於汝眼目何有益乎。師遂歸堂。遍檢所集諸方語句無一言可將酬對。乃自歎曰。畫餅不可充飢。於是盡焚之曰。此生不學佛法也。且作箇長行粥飯僧免役心神。遂泣辭溈山而去。抵南陽覩忠國師遺跡遂憩止焉。一日因山中芟除草木。以瓦礫擊竹作聲。俄失笑間廓然惺悟。遽歸沐浴焚香遙禮溈山。贊雲。和尚大悲恩逾父母。當時若為我說卻。何有今日事也。仍述一偈雲。

鄧州香厳智閑禅師は、青州の人。俗を厭い親を辞し、方を観て道を慕い、潙山の禅会に依る。祐和尚、その法器なるを知り、智光を激発せんと欲す。一日、彼に対して言う―「吾、お前の平生の学解および経巻冊子上に記得する者を問わじ。お前のいまだ胞胎を出でず、東西を辨ぜざる時の本分事、試みに一句を道えて来れ、吾お前を記せん。」師は懵然として対無し。沈吟すること久之しく、数語を進めてその解する所を陳ずるも、祐皆許さず。師が言う―「却って和尚に請う、為に説け。」祐が言う―「吾の説く所は吾の見解なり、お前の眼目に於て何の益か有らん。」師は遂に堂に帰り、あまねく集むる所の諸方の語句を検するも、一言も持ち来りて酬対すべき無し。乃ち自ら歎じて言う―「餅を画るは飢を充ぐべからず。」ここに尽くこれを焚いて言う―「この生、仏法を学ばず。且く箇の長行粥飯僧と為りて、心神を役するを免れん。」遂に泣いて潙山を辞して去った。南陽に抵り、忠国師の遺跡を睹て、遂に憩止す。一日、山中にて草木を芟除するに因り、瓦礫を以て竹に撃ちて声を作せしに、俄かに笑を失する間に廓然として惺悟す。遽に帰りて沐浴焚香し、遥かに潙山を礼して賛して言う―「和尚大悲、恩は父母に逾えり。当時もし我が為に説き却せば、何ぞ今日の事有らん。」仍ほ一偈を述べて言う―

一擊忘所知更不假修治

一撃に知る所を忘る、更に修治を假らず。

動容揚古路不墮悄然機

動容に古路を揚げ、悄然の機に堕せず。

(動容揚古路不墮悄然機。此句舊本並福邵本並無。今以通明集為據)。

(「動容に古路を揚げ、悄然の機に堕せず。」この句、旧本並びに福邵本には並びに無し。いま通明集を以て拠とす。)

處處無蹤跡聲色外威儀

処処に蹤跡無く、声色外の威儀。

諸方達道者鹹言上上機

諸方の道に達する者、咸く上上の機と言う。

師上堂雲。道由悟達不在語言。況見密密堂堂。曾無間隔不勞心意。暫借回光日用全功。迷徒自背。問如何是香嚴境。師曰。花木不滋。問如何是仙陀婆。師敲禪床曰。過遮裡來。問如何是見在學。師以扇子旋轉示曰。見麼。僧無語。問如何是正命食。師以手撮而示之。問如何是無表戒。師曰。待闍梨作俗即說。問如何是聲色外相見一句。師曰。如某甲未住香嚴時道在什麼處。僧曰。恁麼時亦不敢道有所在。師曰。如幻人心心所法。僧問。不慕諸聖不重己靈時如何。師曰。萬機休罷千聖不攜。此時疎山在眾作嘔聲曰。是何言歟。師問阿誰。眾曰。師叔。師曰。不諾老僧耶。疎山出曰是。師曰。汝莫道得麼。曰道得。師曰。汝試道看。曰若教某甲道須還師資禮始得。師乃下坐禮拜躡前語問之。疎山曰。何不道肯重不得全。師曰。饒汝恁麼也須三十年倒屙。設住山無柴燒。近水無水吃。分明記取。後住疎山果。如師記。至二十七年病癒。自雲。香嚴師兄記我。三十年倒屙。今少三年在。每至食畢以手抉而吐之。以應前記(疎山後問道怤長老。肯重不得全。汝作麼生會。怤雲。全歸肯重。疎山雲。不得全又作麼生。怤雲。箇中無肯路疎山雲。始愜病僧意)問如何是聲前句。師曰。大德未問時即答。僧曰。即時如何。師曰。即時問也。問如何是直截根源佛所印。師拋下。拄杖散手而去。問如何是師法大意。師曰。今年霜降早喬麥總不收。問如何是西來意。師以手入懷出拳展開與之。僧乃跪膝以兩手作受勢。師曰。是什麼。僧無對。問如何是道。師曰。枯木龍吟。僧曰。學人不會。師曰。髑髏裡眼睛(玄沙別雲。龍藏枯木)問離四句絕百非。請和尚道。師曰。獵師前不得說本師戒。一日謂眾曰。如人在千尺懸崖。口銜樹枝。腳無所蹋。手無所攀。忽有人問如何是西來意。若開口答即喪身失命。若不答又違他所問。

師、上堂して言う―「道は悟に由りて達す、語言に在らず。況んや密々堂堂を見るに、曽て間隔無く、心意を労せず、暫く回光を借れば、日用全功、迷徒自ら背く。」問う―「いかなるか香厳境。」師が言う―「花木滋さず。」問う―「いかなるか仙陀婆。」師は禅床を敲いて言う―「ここを過ぎて来れ。」問う―「いかなるか見在に学ぶ。」師は扇子を以て旋転してこれを示して言う―「見るや。」僧は語無し。問う―「いかなるか正命食。」師は手を以て撮りてこれを示す。問う―「いかなるか無表戒。」師が言う―「闍梨が俗を作すを待ちて即ち説かん。」問う―「いかなるか声色外相見の一句。」師が言う―「某甲がいまだ香厳に住せざりし時の如く、道は何の処に在る。」僧が言う―「かくのごとき時もまた敢て所在有りと道わず。」師が言う―「幻人の心心所法の如し。」僧が問う―「諸聖を慕わず、己霊を重んぜざる時いかん。」師が言う―「万機休罷、千聖携えず。」この時疏山、衆中に在りて嘔声を作して言う―「是れ何の言ぞや。」師が問う―「阿誰。」衆が言う―「師叔。」師が言う―「老僧に諾せざるか。」疏山出でて言う―「是。」師が言う―「お前、道得せざるなかれ。」言う―「道得。」師が言う―「お前、試みに道えて看よ。」言う―「もし某甲に道わしめば、須らく師資の礼を還して初めて得。」師は乃ち座を下りて礼拝し、前の語に躡いてこれを問う。疏山が言う―「何ぞ肯重は全きを得ずと道わざる。」師が言う―「お前を饒けてかくのごとくすとも、また須らく三十年倒屙すべし。設い山に住むとも柴焼く無く、水に近くも水吃る無からん。分明に記取せよ。」後に疏山に住し、果して師の記のごとし。二十七年に至りて病愈え、自ら言う―「香厳師兄、我に三十年倒屙せんと記したり、いま三年少なき在り。」毎に食を畢るに至りて手を以て抉りてこれを吐き、以て前の記に応ず。(疏山後に道怤長老に問う―「肯重全きを得ず、お前作麼生に会す。」怤が言う―「全きは肯重に帰す。」疏山が言う―「全きを得ざればまた作麼生。」怤が言う―「箇中に肯路無し。」疏山が言う―「始めて病僧の意に惬たり。」)問う―「いかなるか声前句。」師が言う―「大徳、いまだ問わざる時に即ち答う。」僧が言う―「即時いかん。」師が言う―「即時問うなり。」問う―「いかなるか直截根源、仏の印す所。」師は拄杖を抛下し、手を散じて去った。問う―「いかなるか師法の大意。」師が言う―「今年霜降早く、蕎麦総ぼて収まらず。」問う―「いかなるか西来意。」師は手を懐に入れ、拳を出し展開して彼に与う。僧は乃ち膝を跪き、両手を以て受勢を作す。師が言う―「是れ何ぞ。」僧は対無し。問う―「いかなるか道。」師が言う―「枯木の竜吟。」僧が言う―「学人会せず。」師が言う―「髑髏裏の眼睛。」(玄沙が別に言う―「竜は枯木に蔵す。」)問う―「四句を離れ百非を絶つ、和尚に請うて道え。」師が言う―「猟師の前にては本師戒を説くことを得ず。」一日、衆に対して言う―「人の千尺の懸崖に在るが如し、口に樹枝を銜え、脚に踏む所無く、手に攀ずる所無し。忽ち人の西来意いかんと問う有り。もし口を開きて答えばすなはち身を喪い命を失わん、もし答えざればまた彼の問う所に違わん。

當恁麼時作麼生。時有招上座出曰。上樹時即不問。未上樹時如何。師笑而已。師問僧。什麼處來。僧曰。溈山來。師曰。和尚近日有何言句。僧曰。人問如何是西來意。和尚竪起拂子。師聞舉乃曰。彼中兄弟作麼會和尚意旨。僧曰。彼中商量道。即色明心附物顯理。師曰。會即便會。不會著什麼死急。僧卻問。師意如何。師還舉拂子(玄沙雲。只遮香嚴腳跟猶未點地。雲居錫雲。什麼是香嚴腳跟未點地處)師凡示學徒語多簡直。有偈頌二百餘篇。隨緣對機不拘聲律。諸方盛行。後諡襲燈大師。

かくのごとき時に当たりて作麼生。」時に招上座出でて言う―「樹に上る時はすなはち問わず、いまだ樹に上らざる時いかん。」師は笑うのみ。師が僧に問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「潙山より来た。」師が言う―「和尚、近日何なる言句有る。」僧が言う―「人のいかなるか西来意と問えば、和尚払子を竪起す。」師は挙ぐるを聞いて乃ち言う―「彼中の兄弟、作麼生に和尚の意旨を会す。」僧が言う―「彼中に商量して道う、色に即して心を明け、物に附して理を顕すと。」師が言う―「会すればすなはち会す。会せざれば何ぞ死急に着せん。」僧が却って問う―「師の意いかん。」師は還って払子を挙ぐ。(玄沙が言う―「ただこれ香厳の脚跟なおいまだ地に点せず。」雲居錫が言う―「何なるか是れ香厳の脚跟、いまだ地に点せざる処。」)師、およそ学徒に示すに語多く簡直なり。偈頌二百余篇有り、縁に随い機に対して声律に拘わらず、諸方に盛行す。後に襲灯大師と諡す。

襄州延慶山法端大師。有人問。蚯蚓斬為兩段兩頭俱動。佛性在阿那頭。師展兩手(洞山別雲。問底在阿那頭)師滅後勅諡紹真大師。塔曰明金。

襄州延慶山法端大師。人問う有り―「蚯蚓を斬って両段と為すに、両頭倶に動く、仏性は阿那の頭に在る。」師は両手を展く。(洞山が別に言う―「問う底は阿那の頭。」)師が滅後、勅して紹真大師と諡し、塔を明金と曰す。

杭州徑山洪諲禪師吳興人也。姓吳氏。年十九禮開元寺無上大師落髮(無上大師嗣鹽官。後住徑山為第二世也)二十二往嵩嶽受滿足律儀。歸禮本師。師問曰。汝於時中將何報四恩耶。諲不能對。三日忘食。乃辭行腳。往謁雲巖機緣未契。後造溈山蒙滯頓除。遭唐會昌沙汰眾皆悲惋。諲曰。大丈夫鍾此厄會豈非命也。何乃效兒女子乎。大中初復沙門相還故鄉西峰院。咸通六年上徑山。明年本師遷神。眾請繼躅為徑山第三世。於法即溈山之嗣。僧問。掩息如灰時如何。師曰。猶是時人功幹。僧曰。幹後如何。師曰。耕人田不種。僧曰。畢竟如何。師曰。禾熟不臨場。僧問。龍門不假風雷勢便透得者如何。師曰。猶是一品二品。僧曰。此既是階級。向上事如何。師曰。吾不知有汝龍門。僧問如霜如雪時如何。師曰。猶是汙染。曰不汙染時如何。師曰。不同色。許州全明上坐先問石霜。一毫穿眾穴時如何。石霜雲。直須萬年後。雲萬年後如何。石霜雲。登科任汝登科。拔萃。任汝拔萃。後問師雲。一毫穿眾穴時如何。師曰。光靴任汝光靴。結果任汝結果。僧問。如何是長。師曰。千聖不能量。曰如何是短。師曰。蟭螟眼裡著不滿。其僧不肯便去舉似石霜。石霜雲。只為太近實頭。僧問。如何是長。石霜雲。不屈曲。曰如何是短。石霜雲。雙陸盤中不喝彩。佛日長老訪師師問曰。伏承長老獨化一方。何以薦遊峰頂。佛日曰。朗月當空掛氷霜不自寒師曰。莫即是長老家風否。佛日曰。峭峙萬重關。於中含寶月。師曰。此猶是文言。作麼生是長老家風。曰今日賴遇佛日。佛日卻問雲。隱密全真時人知有道不得。大省無辜時人知有道得。於此二途猶是時人升降處。未審長老親道自道如何道。師曰。我家道處無箇道。佛日曰。如來路上無私曲。便請玄音和一場。師曰。任汝二輪更互照。碧潭雲外不相關。佛日曰。

杭州径山洪𬤇禅師は、呉興の人。姓は呉。年十九にして開元寺の無上大師に礼して落髪す。(無上大師は塩官に嗣ぎ、後に径山に住して第二世と為す。)二十二にして嵩岳に往きて満足の律儀を受く。帰りて本師に礼す。師が問う―「お前、時中に何を将てか四恩に報いん。」𬤇、対うる能わず、三日食を忘る。乃ち辞して行脚し、往きて雲巌に謁すれども機縁未だ契わず。後に潙山に造り、蒙滞頓除す。唐の会昌の沙汰に遭い、衆皆悲惋す。𬤇が言う―「大丈夫、この厄会に鍾まる、あに命にあらずや。何ぞ乃ち児女子に效わん。」大中の初め、沙門の相を復し、故郷の西峰院に還る。咸通六年、径山に上る。明年、本師神を遷し、衆は躅を継がんことを請う、径山第三世と為る。法に於ては潙山の嗣なり。僧が問う―「息を掩じて灰のごとき時いかん。」師が言う―「なお是れ時人の功干。」僧が言う―「干後いかん。」師が言う―「人の田を耕して種せず。」僧が言う―「畢竟いかん。」師が言う―「禾熟れて場に臨まず。」僧が問う―「竜門、風雷の勢を假らずして便ち透得する者いかん。」師が言う―「なお是れ一品二品。」僧が言う―「これすでに階級なり、向上の事いかん。」師が言う―「吾、お前の竜門有るを知らず。」僧が問う―「霜の如く雪の如き時いかん。」師が言う―「なお是れ汚染。」問う―「汚染せざる時いかん。」師が言う―「色に同じからず。」許州全明上座、先ず石霜に問う―「一毫、衆穴を穿つ時いかん。」石霜が言う―「直に万年後なるべし。」言う―「万年後いかん。」石霜が言う―「登科はお前に任せて登科せよ、拔萃はお前に任せて拔萃せよ。」後に師に問うて言う―「一毫、衆穴を穿つ時いかん。」師が言う―「光靴はお前に任せて光靴せよ、結果はお前に任せて結果せよ。」僧が問う―「いかなるか長。」師が言う―「千聖も量る能わず。」問う―「いかなるか短。」師が言う―「蟭螟の眼裏に満つるを着けず。」その僧肯んぜず、便ち去りて石霜に挙似す。石霜が言う―「ただ近く実頭なるが為のみ。」僧が問う―「いかなるか長。」石霜が言う―「屈曲せず。」問う―「いかなるか短。」石霜が言う―「双陸盤中に喝采せず。」仏日長老、師を訪う。師が問う―「伏して承る、長老独り一方を化す、何を以てか峰頂に遊ぶを荐ぐ。」仏日が言う―「朗月空に当たりて挂かり、氷霜自ら寒からず。」師が言う―「すなはち長老の家風なるか否や。」仏日が言う―「峭峙す万重の関、中に宝月を含む。

為報白頭無限眾。此回年少莫歸鄉。師曰。老少同輪無向背。我家玄路勿參差。佛日曰。一言定天下四句為誰留。師曰。汝言有三四。我道其中一也無。師因有偈曰。

「白頭無限の衆に報いんが為に、此回年少、郷に帰るなかれ。」師が言う―「老少同輪、向背無く、我が家の玄路、参差するなかれ。」仏日が言う―「一言天下を定む、四句誰が為にか留む。」師が言う―「お前の言に三四有り、我が道うはその中一もまた無し。」師因りて偈有りて言う―

東西不相顧南北與誰留

東西相顧みず、南北誰と留まらん。

汝即言三四我即一也無

お前はすなはち三四を言い、我はすなはち一もまた無し。

光化四年九月二十八日白眾而化。

光化四年九月二十八日、衆に白して化す。

福州靈雲志勤禪師本州長溪人也。初在溈山因桃華悟道。有偈曰。

福州霊雲志勤禅師は、本州長渓の人。初め潙山に在りて桃花に因りて道を悟る。偈有りて言う―

三十來年尋劍客幾逢落葉幾抽枝

三十年来剣客を尋ねて、幾たびか落葉に逢い幾たびか枝を抽く。

自從一見桃華後直至如今更不疑

一たび桃花を見てよりのち、いまに至るまで更に疑わず。

祐師覽偈詰其所悟與之符契。祐曰。從緣悟達永無退失。善自護持(有僧舉似玄沙。玄沙雲。諦當甚諦當。敢保老兄猶未徹。眾疑此語。玄沙問地藏。我恁麼道汝作麼生會。地藏雲。不是桂琛。即走殺天下人)乃返閩川。玄徒臻集。上堂謂眾曰。諸仁者。所有長短盡至不常。且觀四時草木葉落花開。何況塵劫來天人七趣。地水火風成壞輪轉。因果將盡三惡道苦毛髮不添減。唯根蔕神識常存。上根者遇善友申明。當處解脫便是道場。中下痴愚不能覺照。沈迷三界流轉生死。釋尊為伊天上人間設教證明顯發智道。汝等還會麼。時有僧問。如何得出離生老病死師曰。青山元不動。浮雲飛去來。僧問君王出陣時如何。師曰。春明門外不問長安。僧曰。如何得覲天子。師曰。盲鶴下清池。魚從腳底過。僧問。如何是佛法大意。師曰。驢事未去馬事到來。僧未喻旨曰。再請垂示。師曰。彩氣夜常動。精靈日少逢。雪峰有偈。送雙峰出嶺。末句雲。雷罷不停聲。師更之雲。雷震不聞聲。雪峰聞之乃曰。靈雲山頭古月現。雪峰問雲。古人道前三三後三三。意旨如何。師雲。水中魚山上鳥。峰雲。意旨作麼生。師雲。高可射兮深可釣。問諸方悉皆雜食。未審和尚如何。師雲。獨有閩中異雄雄鎮海涯。問久戰砂場。為什麼功名不就。師曰。君王有道三邊靜。何勞萬裡築長城。又云。罷息干戈束手歸朝時如何。師雲。慈雲普潤無邊剎。枯樹無花爭奈何長生。問混沌未分時含生何來。師曰。如露柱懷兒(一作胎)曰分後如何。師曰。如片雲點太清。曰未審太清還受點也無。師不答曰。恁麼即含生不來也。師亦不答。曰直得純清絕點時如何。師曰。猶是真常流注。曰如何是真常流注。師曰。如鏡長明。曰向上更有事否。師曰有。曰如何是向上事。師曰。打破鏡來相見。問如何是西來意。師曰。井底種林檎。曰學人不會。師曰。

祐師、偈を覧て、その悟る所を詰め、これと符契す。祐が言う―「縁より悟達す、永く退失無し。善く自ら護持せよ。」(僧有りて玄沙に挙似す。玄沙が言う―「諦当なること甚だ諦当なり、敢て老兄を保してなおいまだ徹せず。」衆、この語を疑う。玄沙が地蔵に問う―「我かくのごとく道う、お前作麼生に会す。」地蔵が言う―「桂琛にあらざれば、すなはち天下の人を走殺せん。」)ここに闽川に返り、玄徒臻り集まる。上堂して衆に対して言う―「諸の仁者、所有の長短、尽く不常に至る。且く四時の草木、葉落ち花開くを観よ、況んや塵劫より来る天人七趣、地水火風の成壊輪転をや。因果将に尽きんとし、三悪道の苦は毛髪も添減せず、ただ根蒂の神識のみ常存す。上根の者は善友に遇いて申明し、当処解脱すればすなはち是れ道場。中下の痴愚は覚照する能わず、三界に沈迷して生死に流転す。釈尊、彼が為に天上人間に教を設け、証明して智道を顕発す。お前たち還って会すや。」時に僧が問う―「いかにすれば生老病死を出離せん。」師が言う―「青山元より動かず、浮雲飛去飛来す。」僧が問う―「君王、陣を出ずる時いかん。」師が言う―「春明門外、長安を問わず。」僧が言う―「いかにすれば天子に覲せん。」師が言う―「盲鶴、清池に下り、魚は脚底より過ぎる。」僧が問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「驢事いまだ去らず、馬事到來す。」僧、いまだ旨を喻えず、言う―「再び垂示を請う。」師が言う―「彩気夜に常に動き、精霊日に少なきに逢う。」雪峰、偈有りて双峰の嶺を出ずるを送り、末句に言う―「雷罷めども声停まらず。」師、之を更えて言う―「雷震に声聞えず。」雪峰、これを聞いて乃ち言う―「霊雲山頭に古月現ず。」雪峰が問うて言う―「古人に前三三後三三と道う、意旨いかん。」師が言う―「水中の魚、山上の鳥。」峰が言う―「意旨作麼生。」師が言う―「高く射可き兮深く釣可き。」問う―「諸方悉く皆雑食、いまだ審らかならず和尚いかん。」師が言う―「独り闽中の異有り、雄雄として海涯を鎮む。」問う―「久しく沙場に戦いて、何の故ぞ功名就らざる。」師が言う―「君王有道に三辺静かなり、何ぞ万里の長城を築くを労せん。」また言う―「干戈を罷息し、手を束ねて朝に帰る時いかん。」師が言う―「慈雲普く無辺の刹を潤し、枯樹花無くして争でか奈何せん、長生。」問う―「混沌いまだ分かれざる時、含生何れよりか来る。」師が言う―「露柱の児を懐くが如し(一に胎と作す)。」問う―「分かれたる後いかん。」師が言う―「片雲の太清に点ずるが如し。」問う―「いまだ審らかならず、太清還って点を受くるや無きや。」師答えず。言う―「かくのごとくすればすなはち含生来らざるなり。」師もまた答えず。問う―「直に純清絶点を得る時いかん。」師が言う―「なお是れ真常の流注。」問う―「いかなるか真常流注。」師が言う―「鏡の長明なるが如し。」問う―「向上更に事有るや否や。」師が言う―「有り。」問う―「いかなるか向上の事。」師が言う―「鏡を打破して来り相見ん。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「井底に林檎を種う。」問う―「学人会せず。」師が言う―

今年桃李貴。一顆直千金。問摩尼珠不隨眾色。未審作什麼色。師曰。白色。僧曰。恁麼即隨眾色也。師曰。趙璧本無瑕。相如誑秦主。問君王出陣時如何。師曰。呂才葬虎耳。曰其事如何。師曰。坐見白衣天。僧曰。王今何在。師曰。莫觸龍顏。

「今年桃李貴し、一顆千金に直す。」問う―「摩尼珠、衆色に随わず、いまだ審らかならず何の色を作す。」師が言う―「白色。」僧が言う―「かくのごとくすればすなはち衆色に随うなり。」師が言う―「趙璧もとより瑕無し、相如秦主を誑く。」問う―「君王、陣を出ずる時いかん。」師が言う―「呂才、虎耳を葬る。」問う―「その事いかん。」師が言う―「坐して白衣天を見る。」僧が言う―「王、いま何れに在る。」師が言う―「竜顔に触るなかれ。」

益州應天和尚。僧問。人人有佛性如何是和尚佛性。師曰。汝喚什麼作佛性。僧曰。恁麼即和尚無佛性也。師乃叫快活快活。

益州応天和尚。僧が問う―「人人に仏性有り、いかなるか和尚の仏性。」師が言う―「お前、何をか喚びて仏性と作す。」僧が言う―「かくのごとくすればすなはち和尚、仏性無きなり。」師は乃ち叫ぶ―「快活快活。」

福州九峰慈慧禪師。初在溈山遇祐師上堂雲。汝等諸人只得大體不得大用。師抽身出去。溈山召之。師更不迴顧。溈山雲。此子堪為法器。師一日辭溈山入嶺雲。某甲辭違和尚。千里之外不離左右。溈山動容曰。善為。

福州九峰慈慧禅師。初め潙山に在り、祐師の上堂を遇えて言う―「お前たち、ただ大体を得、大用を得ず。」師は身を抽いて出で行った。潙山、これを召すも、師更に回顧せず。潙山が言う―「この子、法器と為るに堪えたり。」師、一日潙山を辞して嶺に入り、言う―「某甲、和尚に辞違す、千里の外も左右を離れず。」潙山動容して言う―「善く為せ。」

京兆米和尚(亦謂米七師)初參學歸受業寺。有老宿問。月中斷井索時人喚作蛇。未審七師見佛喚作什麼。師曰。若有佛見即同眾生(法眼別雲。此是什麼時節問。法燈別雲。喚底不是)老宿曰。千年桃核。師令僧去問仰山雲。今時還假悟也無。仰山雲。悟即不無。爭奈落在第二頭。師深肯之。又令僧去問洞山雲。那箇究竟作麼生。洞山雲。卻須問他始得。師亦肯之。僧問。如何是衲衣下事。師雲。醜陋任君嫌。不掛雲霞色。

京兆米和尚(また米七師と謂う)。初め参学して受業寺に帰る。老宿有りて問う―「月中に井索を断つ、時人これを喚びて蛇と作す。いまだ審らかならず、七師は仏を見て何とか喚び作す。」師が言う―「もし仏見有らばすなはち衆生に同じ。」(法眼が別に言う―「これは何なる時節の問ぞ。」法灯が別に言う―「喚ぶ底は是れならず。」)老宿が言う―「千年の桃核。」師、僧をして仰山に問わしめて言う―「いまの時、還って悟を假るや無きや。」仰山が言う―「悟はすなはち無きにあらざれど、怎んぞ奈んせん第二頭に落つるを。」師、深くこれを肯んず。また僧をして洞山に問わしめて言う―「あれなるは畢竟作麼生。」洞山が言う―「却って彼に問うて初めて得。」師もまたこれを肯んず。僧が問う―「いかなるか衲衣下の事。」師が言う―「醜陋は君に任せて嫌え、雲霞の色を挂けず。」

晉州霍山和尚。仰山一僧到自稱。集雲峰下四藤條。天下大禪佛參(大禪佛即十二卷。晉州霍山景通和尚也)師乃喚維那搬柴著(一作打鍾著)大禪佛驟步而去。師聞秘魔巖和尚凡有僧到禮拜以木叉叉著。師一日遂往訪之。才見不禮拜。便入秘魔懷裡。秘魔拊師背三下。師起拍手雲。師兄我一千里地來便回(一作師兄三千里外賺我來)。

晋州霍山和尚。仰山の一僧到り、自ら称す―「集云峰下の四藤条、天下の大禅仏に参ず。」(大禅仏はすなはち十二巻の晋州霍山景通和尚なり。)師は乃ち維那を喚びて―「柴を搬き着け。」(一に鐘を打ち着けと作す。)大禅仏、驟歩して去った。師は秘魔巌和尚がおよそ僧の到りて礼拝する有れば木叉を以て叉き着けるを聞く。師、一日遂に往きてこれを訪う。纔かに見えて礼拝せず、便ち秘魔の懐裏に入る。秘魔、師の背を三下拊す。師、起ちて拍手して言う―「師兄、我が一千里の地、来りて便ち回る。」(一に作す―師兄、三千里の外より我を賺し来たらしむ。)

襄州王敬初常侍視事次。米和尚至。王公乃舉筆。米曰。還判得虛空否。公擲筆入廳更不復出。米致疑。至明日憑鼓山供養主入探其意。米亦隨至潛在屏蔽間偵伺。供養主才坐問雲。昨日米和尚有什麼言句便不得見。王公曰。師子齩人韓獹逐塊。米師竊聞此語。即省前謬。遽出朗笑曰。我會也我會也。嘗問一僧。一切眾生還有佛性也無。僧雲。盡有。公指壁畫狗子云。遮箇還有也無。僧無對。公自代雲。看齩著。

襄州王敬初常侍、事を視る次、米和尚至る。王公、乃ち筆を挙ぐ。米が言う―「還って虚空を判じ得るや否や。」公、筆を擲ちて庁に入り、更に復た出でず。米、疑を致す。明日に至りて鼓山の供養主に凭りて入りてその意を探らしむ、米もまた随ひて至り、潜かに屏蔽の間に偵伺す。供養主、纔かに坐して問うて言う―「昨日米和尚、何なる言句有りて便ち見ることを得ざりし。」王公が言う―「獅子は人を咬み、韓盧は塊を逐う。」米師、窃かにこの語を聞き、すなはち前の謬を省み、遽に出でて朗笑して言う―「我会えり、我会えり。」嘗て一僧に問う―「一切衆生、還って仏性有りや無きや。」僧が言う―「尽く有り。」公、壁に画く狗子を指して言う―「この箇、還って有りや無きや。」僧は対無し。公、自ら代えて言う―「咬まるを看よ。」

前福州大安禪師(亦稱大溈和尚)法嗣(除落長慶院三字。蓋師雖曾居長樂府之西院。沒後二十餘年閩帥移招慶。稜和尚來住西院。方奏長慶之額)

前福州大安禅師(また大潙和尚と称す)の法嗣(「長慶院」の三字を除く。おおむね師、曽て長楽府の西院に居るも、没後二十余年、闽帅が招慶稜和尚を移して来りて西院に住せしめ、方に長慶の額を奏す。)

益州大隋法真禪師。僧問。劫火洞然大千俱壞。未審此箇還壞也無。師雲壞。僧雲。恁麼即隨他去也。師雲。隨他去也。問如何是大人相。師雲。肚上不帖牓。師問僧。什麼處去。僧雲。西山住庵去。師雲。我向東山頭喚汝。汝還來得麼。僧雲。即不然。師雲。汝住庵未得。問生死到來時如何。師雲。遇茶吃茶遇飯吃飯。僧雲。可誰受供養。師雲。合取缽盂。師庵側有一龜。僧問。一切眾生皮裡骨。遮箇眾生骨裹皮如何。師拈草履於龜邊著。僧無語。問如何是諸佛法要。師舉拂子云。會麼。僧雲。不會。師雲。麈尾拂子。問如何是學人自己。師曰。是我自己。僧雲。為什麼卻是和尚自己。師雲。是汝自己。問如何是無縫塔。師雲。高五尺。僧雲。學人不會。師雲。鶻崙塼。問和尚百年後法付何人師雲。露柱火爐。僧雲。還受也無。師雲。火爐露柱。有行者領眾到。師問。參得底人喚東作什麼。對曰。不可喚作東。師咄曰。臭驢漢。不喚作東。喚作什麼。行者無語。眾遂散。問如何是和尚家風。師雲。赤土畫簸箕。僧雲。如何是赤土畫簸箕。師雲。簸箕有唇米不跳去。師問一僧。講什麼教法。僧雲。百法論。師拈杖子云。從何而起。對雲。從緣而起。師雲。苦哉苦哉。師問僧。什麼處去。雲禮普賢去。師舉拂子云。文殊普賢總在遮裡。僧作圓相。拋向後乃禮拜師雲。侍者取一帖茶與遮僧。一日眾僧參次。師口作患風勢雲。還有人醫得吾口麼。時眾僧競送藥以至。俗士聞之亦多送藥。師並不受。七日後師自摑口令正乃雲。如許多時鼓遮兩片皮。至今無人醫得吾口。蜀主欽尚遣使屢徵。師皆辭以老病。署神照大師。

益州大随法真禅師。僧が問う―「劫火洞然として大千倶に壊ゆ。いまだ審らかならず、この箇還って壊ゆるや無きや。」師が言う―「壊ゆ。」僧が言う―「かくのごとくすればすなはち彼に随いて去るなり。」師が言う―「彼に随いて去るなり。」問う―「いかなるか大人相。」師が言う―「肚上に榜を帖せず。」師が僧に問う―「何の処かへ去る。」僧が言う―「西山に庵を住めんとて去る。」師が言う―「我、東山頭に向かってお前を喚ば、お前還って来るを得るか。」僧が言う―「すなはち然らず。」師が言う―「お前、庵を住することを得ず。」問う―「生死到來する時いかん。」師が言う―「茶に遇えば茶を吃し、飯に遇えば飯を吃す。」僧が言う―「誰をか供養を受くべき。」師が言う―「鉢盂を合取せよ。」師の庵の側に一亀有り。僧が問う―「一切衆生は皮裏に骨有り、この衆生は骨に皮を裹むはいかん。」師、草履を拈じて亀の辺に着く。僧は語無し。問う―「いかなるか諸仏の法要。」師、払子を挙げて言う―「会すや。」僧が言う―「会せず。」師が言う―「麈尾の払子。」問う―「いかなるか学人の自己。」師が言う―「是れ我が自己。」僧が言う―「何の故ぞ却って和尚の自己なる。」師が言う―「是れお前の自己。」問う―「いかなるか無縫塔。」師が言う―「高さ五尺。」僧が言う―「学人会せず。」師が言う―「鶻崙の甎。」問う―「和尚、百年の後、法を何人にか付さん。」師が言う―「露柱火爐。」僧が言う―「還って受くるや無きや。」師が言う―「火爐露柱。」行者有りて衆を領して到る。師が問う―「参得する底の人、東を喚びて何と作す。」対して言う―「東と喚び作す可からず。」師が咄して言う―「臭い驢漢。東と喚び作さずんば、何とか喚び作さん。」行者は語無し。衆遂に散ず。問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「赤土に簸箕を画く。」僧が言う―「いかなるか赤土画簸箕。」師が言う―「簸箕に唇有り、米跳び去らず。」師が一僧に問う―「何なる教法を講ずる。」僧が言う―「百法論。」師、杖子を拈じて言う―「何よりか起る。」対して言う―「縁より起る。」師が言う―「苦しい哉苦しい哉。」師が僧に問う―「何の処かへ去る。」言う―「普賢を礼せんとて去る。」師、払子を挙げて言う―「文殊普賢、総ぼてここに在り。」僧、円相を作り、後に抛ち、乃ち礼拝す。師が言う―「侍者、一帖の茶を取りてこの僧に与えよ。」一日、衆僧の参ずる次、師、口に患風の勢を作して言う―「還って人、我が口を医し得る有るや。」時に衆僧、競いで薬を送りて至らしめ、俗士これを聞きてもまた多く薬を送る。師、並びに受けず。七日の後、師自ら口を掴みて正しからしめ、乃ち言う―「かくのごとき許多の時、この両片の皮を鼓すれども、いまに至るまで人の我が口を医し得る無し。」蜀主、これを欽尚し、使を遣わして屡々征すれども、師皆老病を以て辞す。神照大師と署す。

韶州靈樹如敏禪師閩川人也。廣主劉氏奕世欽重。署知聖大師。有僧問。佛法至理如何。師展手而已。問如何是和尚家風。師雲。千年田八百主。僧雲如何是千年田八百主。師雲。郎當屋舍沒人修。問如何是西來意。師雲。童子莫傜兒。僧雲。乞師指示。師雲。汝從虔州來。問是什麼得恁麼難會。師雲。火官頭上風車子。有尼送瓷缽與師。師托起問雲。遮箇出在什麼處。尼雲。出在定州(法燈別雲不遠此間)師乃撲破。尼無對(保福代雲。欺敵者亡)人問和尚年多少。師雲。今日生來日死。又問。和尚生緣什麼處。師雲。日出東月落西。師四十餘年化被嶺表。頗有異跡。廣主將興兵。躬入院請師決臧否。師已先知怡然坐化。主怒知事雲。和尚何時得疾。對曰。師不曾有疾。適封一函子令俟王來呈之。主開函得一帖子。書云。人天眼目堂中上座。主悟師旨遂寢兵。乃召第一坐開堂說法(即雲門偃和尚法嗣雪峰是也)師全不身散。其葬具龕塔並廣主具辦。今號靈樹真身塔焉。

韶州霊樹如敏禅師は、闽川の人。広主劉氏、奕世これを欽重し、知聖大師と署す。僧有りて問う―「仏法の至理いかん。」師、手を展くるのみ。問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「千年の田、八百の主。」僧が言う―「いかなるか千年田八百主。」師が言う―「郎当の屋舎、修める人無し。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「童子、傜児することなかれ。」僧が言う―「師に指示を乞う。」師が言う―「お前、虔州より来た。」問う―「是れ何なるかかくのごとく会し難きを得る。」師が言う―「火官頭上の風車子。」尼有りて瓷鉢を師に送る。師、托起して問うて言う―「この箇、何の処に出づる。」尼が言う―「定州に出づ。」(法灯が別に言う―「此間に遠からず。」)師は乃ち撲破す。尼は対無し。(保福が代えて言う―「敵を欺く者は亡ぶ。」)人問う―「和尚、年多少。」師が言う―「今日生まれ、来る日死す。」また問う―「和尚の生縁は何の処。」師が言う―「日は東に出で、月は西に落つ。」師、四十余年、化を嶺表に被らし、異跡頗る有り。広主、将に兵を興さんとして、躬ら院に入りて師に請いて臧否を決せんとす。師、すでに先知り、怡然として坐化す。主怒り、知事に問う―「和尚、何れの時に疾を得た。」対して言う―「師、曽て疾有らず。さきほど一函子を封じて、王の来るを俟ちてこれを呈せよと令す。」主、函を開きて一帖子を得、書して言う―「人天の眼目、堂中の上座。」主、師の旨に悟り、遂に兵を寝す。乃ち第一座を召して堂を開きて法を説かしむ。(すなはち雲門偃和尚、法嗣は雪峰是れなり。)師、全身散ぜず。(底本「全不身散」、「不」字は乙なり。)その葬具龕塔、並びに広主具办す。いま霊樹真身塔と号す。

福州壽山師解禪師行腳時。造洞山法席。洞山問雲。闍梨生緣何處。師雲。和尚若實問某甲。即是閩中人。洞山雲。汝父名什麼。師雲。今日蒙和尚致此一問。直得忘前失後。住壽山。上堂雲。諸上坐。幸有真實言語相勸。諸兄弟合各自體悉。凡聖情盡體露真如。但一時卸劫從前虛妄攀緣塵垢心。如虛空相似。他時後日合識得些子好惡。閩師問曰。壽山年多少。師雲。與虛空齊年。曰虛空年多少。師雲。與壽山齊年。

福州寿山師解禅師。行脚の時、洞山の法席に造る。洞山が問うて言う―「闍梨の生縁、何の処。」師が言う―「和尚もし実に某甲に問わば、すなはち是れ闽中の人。」洞山が言う―「お前の父、名は何と。」師が言う―「今日、和尚のこの一問を致すを蒙り、直に前を忘れ後を失うを得。」寿山に住す。上堂して言う―「諸の上座、幸いに真実の言語有りて相勧めん。諸の兄弟、合に各自体悉すべし。凡聖の情尽き、体露は真如なり。ただ一時に従前の虚妄攀縁の塵垢の心を卸却して、虚空に相似たらん。他時日后、些子の好悪を識得すべし。」闽王が問うて言う―「寿山、年多少。」師が言う―「虚空と齊年なり。」問う―「虚空、年多少。」師が言う―「寿山と齊年なり。」

饒州嶢山和尚。有僧問。如何是西來意。師曰。仲冬嚴寒。問如何是和尚深深處。師曰。待汝舌頭落地。即向汝道。問如何是丈六金身。師曰。判官斷案相公改。長慶問。從上宗乘此間如何言論。師曰。有願不負先聖。長慶雲。不負先聖作麼生。師曰。不露。長慶雲。恁麼即請師領話。師曰。什麼處去來。長慶雲。只者(舊作首字)什麼處去來。

饒州嶢山和尚。僧有りて問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「仲冬の厳寒。」問う―「いかなるか和尚の深深の処。」師が言う―「お前の舌頭の地に落つるを待ちて、すなはちお前に向かって道わん。」問う―「いかなるか丈六の金身。」師が言う―「判官案を断じ、相公改む。」長慶が問う―「上りよりの宗乗、この間いかなるか言論。」師が言う―「願有りて先聖に負かず。」長慶が言う―「先聖に負かざるは作麼生。」師が言う―「露さず。」長慶が言う―「かくのごとくすればすなはち師に請うて話を領さん。」師が言う―「何の処よりか来た。」長慶が言う―「ただこれ(旧に首字と作す)何の処よりか来た。」

泉州莆田縣國歡崇福院慧日大師。福州侯官縣人也。姓黃氏。生而有異。及長名文矩。為縣獄卒。往往棄役往神光靈觀和尚及西院大安禪師所。吏不能禁。後謁萬歲塔譚空禪師落髮。不披袈裟不受具戒。唯以雜綵為掛子。復至觀和尚所。觀曰我非汝師。汝去禮西院去。師攜一小青竹杖入西院法堂。安遙見而笑曰。入涅槃堂去。師應諾。輪竹杖而入。時有五百許僧。染時疾。師以杖次第點之。各隨點而起。閩王禮重創國歡禪苑以居之。厥後頗多靈跡。唐乾寧中示滅。

泉州莆田県国歓崇福院慧日大師は、福州侯官県の人。姓は黄。生まれて異有り。長ずるに及び名は文矩、県の獄卒と為る。往々役を棄てて神光の霊観和尚および西院の大安禅師の所に往く、吏禁ずる能わず。後に万歳塔の譚空禅師に謁して落髪す。袈裟を披かず、具戒を受けず、ただ雑彩を以て掛子と為す。復た観和尚の所に至る。観が言う―「我はお前の師にあらず、お前去りて西院を礼せよ。」師、一小青竹杖を携えて西院の法堂に入る。安、遥かに見て笑いて言う―「涅槃堂に入りて去れ。」師、應諾して竹杖を輪して入る。時に五百許の僧、時疾に染む有り。師、杖を以て次第にこれを点ず、各々点に随いて起つ。闽王、礼重し、国歓禅苑を創めて以てこれを居らしむ。厥後頗る霊跡多し。唐乾寧中に示滅す。

台州浮江和尚。有時雪峰和尚領眾到問雲。即今有二百人寄院過夏得也無。師將拄杖劃地一下雲。著不得即道。雪峰無語。

台州浮江和尚。時有りて雪峰和尚、衆を領して到り、問うて言う―「いま二百人有りて院に寄りて夏を過ごす、得るや無きや。」師、拄杖を将て地を一下劃して言う―「着け得ざればすなはち道え。」雪峰、語無し。

潞州淥水和尚。僧問。如何是祖師西來意。師雲。還見庭前花藥欄麼。僧無語。

潞州渌水和尚。僧が問う―「いかなるか祖師の西来意。」師が言う―「還って庭前の花薬欄を見るや。」僧は語無し。

廣州文殊院圓明禪師福州人。姓陳氏。本參大溈得旨。後造雪峰請益法無異味。又甞遊五臺山覩文殊化現。乃隨方建院以文殊為額。開寶中前樞密使李崇矩巡護南方。因入師院覩地藏菩薩像。問僧曰。地藏何以展手。僧曰。手中珠被賊偷卻也。李卻問師。既是地藏為什麼遭賊。師曰。今日捉下也。李乃謝之。淳化元年示滅。壽一百三十有六。

広州文殊院円明禅師は、福州の人。姓は陳。もと大潙に参じて旨を得。後に雪峰に造りて請益し、法に異味無し。また嘗て五台山に遊び、文殊の化現を睹て、乃ち方に随いて院を建て、文殊を以て額とす。開宝中、前枢密使李崇矩、南方を巡護し、因りて師の院に入り、地蔵菩薩の像を睹る。僧に問うて言う―「地蔵、何を以てか手を展く。」僧が言う―「手中の珠、賊に偷却せられたり。」李、却って師に問う―「すでに地蔵なり、何の故ぞ賊に遭う。」師が言う―「今日、捉え下したり。」李乃ちこれを謝す。淳化元年に示滅す。寿一百三十有六。

前趙州從諗禪師法嗣

前趙州従諗禅師の法嗣

洪州武寧縣新興嚴陽尊者。僧問。如何是佛。師曰。土塊。曰如何是法。師曰。地動也。曰如何是僧。師曰。吃粥吃飯。僧問。如何是新興水。師曰。前面江裡。僧問。如何是應物現形。師曰。與我拈床子過來。師常有一蛇一虎。隨從左右手中與食。

洪州武寧県新興厳陽尊者。僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「土塊。」問う―「いかなるか法。」師が言う―「地動くなり。」問う―「いかなるか僧。」師が言う―「粥を吃し飯を吃す。」僧が問う―「いかなるか新興水。」師が言う―「前面の江裏。」僧が問う―「いかなるか物に応じて形を現ず。」師が言う―「我に床子を拈じて過ぎ来れ。」師、常に一蛇一虎有りて随从し、左右の手中に食を与う。

楊州城東光孝院慧覺禪師。僧問。覺花才綻遍滿娑婆。祖印西來合譚何事。師曰。情生智隔。曰此是教意。師曰。汝披什麼衣服。問一棒打破虛空時如何。師曰。困即歇去。師問宋齊丘。還會道麼。宋曰。道也著不得。師曰。有著不得無著不得。宋曰。總不恁麼。師曰。著不得底。宋無對。師領眾出。見露柱師合掌曰。不審世尊。一僧曰。和尚是露柱。師曰。啼得血流無用處。不如緘口過殘春。僧問。遠遠投師師意如何。曰官家嚴切不許安排。曰師豈無方便。師曰。且向火倉裡一宿。張居士問。爭奈老何。師曰。年多少。張曰。八十也。師曰。可謂老也。曰究竟如何。師曰。直至千歲也未住。有人問。某甲平生愛殺牛。還有罪否。師曰。無罪。曰為什麼無罪。師曰。殺一箇還一箇。

揚州城東光孝院慧覚禅師。僧が問う―「覚花纔かに綻び、遍く娑婆に満つ。祖印西来、合に何事を談ずべき。」師が言う―「情生じて智隔たる。」問う―「これは是れ教意。」師が言う―「お前、何なる衣服を披く。」問う―「一棒虚空を打破する時いかん。」師が言う―「困すればすなはち歇きて去れ。」師が宋斉丘に問う―「還って道を会するや。」宋が言う―「道もまた着くることを得ず。」師が言う―「有って着くることを得ず、無くて着くることを得ず。」宋が言う―「総ぼてかくのごとからず。」師が言う―「着くることを得ざる底。」宋は対無し。師、衆を領して出づ、露柱を見て、師合掌して言う―「世尊に不審。」一僧が言う―「和尚は是れ露柱。」師が言う―「啼きて血流るるも用る処無し、緘口して残春を過ぐるに如かず。」僧が問う―「遥かに師に投ず、師の意いかん。」言う―「官家厳切、安排を許さず。」問う―「師あに方便無からんや。」師が言う―「且く火倉裏に向かって一宿せよ。」張居士が問う―「老を怎んぞ奈んせん。」師が言う―「年多少。」張が言う―「八十なり。」師が言う―「老いたりと謂うべし。」問う―「畢竟いかん。」師が言う―「直に千歳に至るまでもまた住せず。」人問う有り―「某甲、平生牛を殺すを愛す、還って罪有るや否や。」師が言う―「罪無し。」問う―「何の故ぞ罪無き。」師が言う―「一箇を殺して一箇を還す。」

隴州國清院奉禪師。問祖意與教意同別。師曰。雨滋三草秀。春風不裹頭。僧曰。畢竟是一是二。師曰。祥雲競起巖洞不虧。問如何是和尚家風。師曰。臺柈椅子火爐牕牖。問如何是出家人。曰銅頭鐵額鳥嘴鹿身。僧曰。如何是出家人本分事。師曰。早起不審夜間珍重。僧問牛頭未見四祖時。為什麼鳥獸銜花。師曰。如陝府人送錢財與鐵牛。曰見後為什麼不街花。師曰。木馬投明行八百。問十二時中如何降伏其心。師曰。敲氷求火論劫不逢。問十二分教是止啼之義。離卻止啼請師一句。師曰。孤峰頂上雙角女。問如何是佛法大意。師曰。釋迦是牛頭獄卒。祖師是馬面阿婆。問如何是西來意。師曰。東壁打西壁。問如何是撲不破底句。師曰。不隔毫釐時人遠嚮。

隴州国清院奉禅師。問う―「祖意と教意、同か別か。」師が言う―「雨滋して三草秀で、春風頭を裹まず。」僧が言う―「畢竟是れ一か是れ二か。」師が言う―「祥雲競いで起り、巌洞亏けず。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「台盤の椅子、火爐の窗牖。」問う―「いかなるか出家人。」言う―「銅頭鉄額、鳥嘴鹿身。」僧が言う―「いかなるか出家人の本分事。」師が言う―「早起き不審、夜間珍重。」僧が問う―「牛頭、いまだ四祖を見ざりし時、何の故ぞ鳥獣花を銜えし。」師が言う―「陜府の人が鉄牛に銭財を送るが如し。」問う―「見たる後、何の故ぞ花を銜えざる。」師が言う―「木馬明に投じて八百を行く。」問う―「十二時中、いかにしてその心を降伏せん。」師が言う―「氷を敲きて火を求め、劫を論じても逢わず。」問う―「十二分教は止啼の義なり。止啼を離却せば、師に一句を請う。」師が言う―「孤峰頂上の双角の女。」問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「釈迦は是れ牛頭の獄卒、祖師は是れ馬面の阿婆。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「東壁に西壁を打つ。」問う―「いかなるか扑不破の底の句。」師が言う―「毫釐を隔てず、時人遠向せり。」

婺州木陳從朗禪師。僧問。放鶴出籠和雪去時如何。師曰。我道不一色因金剛倒。僧問。既是金剛不壞身。為什麼卻倒地。師敲禪床曰。行住坐臥。師將歸寂。有頌曰。

婺州木陳従朗禅師。僧が問う―「鶴を放ちて籠を出で雪に和して去る時いかん。」師が言う―「我が道う、一色ならず。」金剛倒るるに因る。僧が問う―「すでに金剛不壊の身なり、何の故ぞ却って地に倒る。」師、禅床を敲いて言う―「行住坐臥。」師、将に寂に帰せんとし、頌有りて言う―

三十年來住木陳時中無一假功成

三十年来木陳に住し、時中に假る功を成す一無し。

有人問我西來意展似眉毛作麼生

人有りて我に西来意を問わば、展じて眉毛に似せんとすれども作麼生。

婺州新建禪師不度小師。有僧問。和尚年老何不畜一童子侍奉。師曰。有瞽聵者為吾討來。僧辭。師問。什麼處去。僧曰。府下開元寺去。師曰。我有一信附與了。寺主汝將得去否。僧曰。便請。師曰。想汝也不奈何。

婺州新建禅師、小師を度さず。僧有りて問う―「和尚年老いたり、何ぞ一童子を畜して侍奉せしめざる。」師が言う―「瞽聵の者有りて吾が為に討い来れ。」僧、辞す。師が問う―「何の処かへ去る。」僧が言う―「府下の開元寺に去る。」師が言う―「我に一信有りて了寺主に附せん、お前将て去るを得るや否や。」僧が言う―「便ち請う。」師が言う―「お前を想うにまた奈何ともせん。」

杭州多福和尚。僧問。如何是多福一叢竹。師曰。一莖兩莖斜。曰學人不會。師曰。三莖四莖曲。僧問。如何是納衣下事。師曰。大有人疑在。曰為什麼如是。師曰。月裡藏頭。

杭州多福和尚。僧が問う―「いかなるか多福の一叢の竹。」師が言う―「一茎両茎斜めなり。」問う―「学人会せず。」師が言う―「三茎四茎曲がる。」僧が問う―「いかなるか納衣下の事。」師が言う―「大いに人の疑ること在り。」問う―「何の故ぞかくのごとくなる。」師が言う―「月裏に頭を蔵す。」

益州西睦和尚上堂。有一俗士舉手雲。和尚便是一頭驢。師曰。老僧被汝騎。彼無語去。後三日再來自言。某甲三日前著賊。師拈拄杖趁出。師有時驀喚侍者。侍者應諾。師曰。更深夜靜共伊商量。

益州西睦和尚、上堂す。一俗士有りて手を挙げて言う―「和尚便ち是れ一頭の驢。」師が言う―「老僧、お前に騎られん。」彼、語無くして去る。後三日に再来り、自ら言う―「某甲、三日前に賊に着いたり。」師、拄杖を拈じて趁い出す。師、時有りて蓦に侍者を喚ぶ。侍者應諾す。師が言う―「更深夜静、彼と商量せん。」

前衢州子湖巖利蹤禪師法嗣

前衢州子湖巌利蹤禅師の法嗣

台州勝光和尚。問如何是和尚家風。師曰。福州茘枝泉州刺桐。問如何是佛法兩字。師曰。即便道。僧曰。請師道。師曰。穿耳胡僧笑點頭。龍華照和尚來。師把住雲。作麼生。照雲。莫錯。師乃放手。照雲。久嚮勝光。師默然。照乃辭。師門送雲。自此一別什麼處相見。照呵呵而去。

台州勝光和尚。問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「福州の荔枝、泉州の刺桐。」問う―「いかなるか仏法の両字。」師が言う―「便ち即ち道わん。」僧が言う―「師に請うて道え。」師が言う―「耳を穿つ胡僧、笑いて頭を点く。」竜華の照和尚来る。師、把住して言う―「作麼生。」照が言う―「錯るなかれ。」師乃ち手を放つ。照が言う―「久しく勝光に向かう。」師、黙然。照乃ち辞す。師、門に送りて言う―「此より一別、何の処にか相見ん。」照、呵呵として去った。

漳州浮石和尚上堂雲。山僧開卜鋪。能斷人貧富定人生死。時有僧出雲。離卻生死貧富。不落五行請師直道。師雲。金木水火土。

漳州浮石和尚、上堂して言う―「山僧、卜鋪を開く、能く人の貧富を断じ、人の生死を定む。」時に僧出でて言う―「生死貧富を離却し、五行に落ちず、師に請うて直に道え。」師が言う―「金木水火土。」

紫桐和尚。僧問如何是紫桐境。師曰。阿爾眼裡著沙得麼。曰大好紫桐境也不識。師曰。老僧不諱此事。其僧出去。師下禪床擒住雲。今日好箇公案。老僧未得分文入手。曰賴遇某甲是僧。師曰。禍不單行。

紫桐和尚。僧が問う―「いかなるか紫桐境。」師が言う―「お前の眼裏に沙を着くるを得るか。」問う―「大好の紫桐境もまた識らず。」師が言う―「老僧、この事を諱まず。」その僧出で去る。師、禅床を下りて擒え住して言う―「今日、好箇の公案、老僧いまだ分文を入手せず。」言う―「頼んで某甲の是れ僧に遇う。」師が言う―「禍は単行せず。」

日容和尚。奯(音豁)上座參。師拊掌三下雲。猛虎當軒誰是敵者。奯曰。俊鷂沖天阿誰捉得。師曰。彼此難當。曰且休未斷遮公案。師將拄杖舞歸方丈。奯無語。師曰。死卻遮漢也(雲山雲。奯不別前語)。

日容和尚。奯(音は豁)上座参ず。師、掌を三下拊して言う―「猛虎軒に当たる、誰か是れ敵する者。」奯が言う―「俊鶻天に衝く、阿誰か捉え得る。」師が言う―「彼此当たり難し。」言う―「且く休め、いまだこの公案を断ぜず。」師、拄杖を将て舞いながら方丈に帰る。奯、語無し。師が言う―「この漢を死却せしめたり。」(雲山が言う―「奯、前の語に別れず。」)

前鄂州茱萸和尚法嗣

前鄂州茱萸和尚の法嗣

石梯和尚。僧新到於師前立少頃便出。師曰。有什麼辨白處。僧再立良久。師曰。辨得也辨得也。僧曰。辨後作麼生。師曰。埋卻得也。僧曰。蒼天蒼天。師曰。適來卻恁麼如今還不當。僧。乃出去。

石梯和尚。僧新到、師の前に立ち、少頃に便ち出づ。師が言う―「何なる辨白の処有る。」僧、再び立つこと良久し。師が言う―「辨得したり、辨得したり。」僧が言う―「辨の後作麼生。」師が言う―「埋却するを得。」僧が言う―「蒼天蒼天。」師が言う―「さきほどは却ってかくのごとく、いま還って当たらず。」僧乃ち出で去った。

天龍和尚法嗣

天龍和尚の法嗣

婺州金華山俱胝和尚初住庵。有尼名實際。到庵戴笠子執錫繞師三匝雲。道得即拈下笠子。三問。師皆無對。尼便去。師曰。日勢稍晚且留一宿。尼曰。道得即宿。師又無對。尼去後歎曰。我雖處丈夫之形。而無丈夫之氣。擬棄庵往諸方參尋。其夜山神告曰。不須離此山。將有大菩薩來為和尚說法也。果旬日天龍和尚到庵。師乃迎禮具陳前事。天龍竪一指而示之。師當下大悟。自此凡有參學僧到。師唯舉一指無別提唱。有一童子於外被人詰曰。和尚說何法要。童子竪起指頭。歸而舉似師。師以刀斷其指頭。童子叫喚走出。師召一聲。童子回首。師卻竪起指頭。童子豁然領解。師將順世。謂眾曰。吾得天龍一指頭禪一生用不盡。言訖示滅(長慶代眾雲。美食不中飽人吃。玄沙雲。我當時若見。抝折指頭。玄覺雲。且道。玄沙恁麼道意作麼生。雲居錫雲。只如玄沙恁麼道。肯伊不肯伊。若肯何言抝折指頭。若不肯俱胝過在什麼處。先曹山雲。俱胝承當處鹵莾。只認得一機一境一種。是拍手拊掌是他西園奇怪。玄覺又云。且道俱胝還悟也未。若悟為什麼道承當處莾鹵。若不悟又道用一指頭禪不盡。且道曹山意旨在什麼處)。

婺州金華山倶胝和尚、初め庵に住す。尼有りて名は実際、庵に到り笠子を戴き錫を執り、師を三匝り繞りて言う―「道得すればすなはち笠子を拈下せん。」三たび問うも、師皆対無し。尼便ち去る。師が言う―「日勢稍や晚し、且く一宿を留めよ。」尼が言う―「道得すればすなはち宿せん。」師また対無し。尼去りて後、歎じて言う―「我、丈夫の形に処るといえども、丈夫の気無し。」庵を棄てて諸方に往きて参尋せんと擬す。その夜、山神告げて言う―「この山を離るるを須いず。将に大菩薩有りて来りて和尚の為に法を説かんとす。」果して旬日に天龍和尚、庵に到る。師乃ち迎え礼し、具に前の事を陳ず。天龍、一指を竪ててこれを示す。師、当下に大悟す。此よりおよそ参学の僧の到る有れば、師ただ一指を挙ぐ、別に提唱無し。一童子有りて外に於て人に詰められて言う―「和尚、何なる法要を説く。」童子、指頭を竪起す。帰りて師に挙似す。師、刀を以てその指頭を断つ。童子、叫喚して走り出づ。師、一声を召す。童子、首を回らす。師、却って指頭を竪起す。童子、豁然として領解す。師、将に世に順らんとして衆に対して言う―「吾、天龍の一指頭禅を得、一生用いて尽きず。」言い訖わりて示滅す。(長慶が衆に代えて言う―「美食は飽人に吃らせるに中らず。」玄沙が言う―「我、当時もし見ば、指頭を拗折せん。」玄覚が言う―「且く道え、玄沙かくのごとく道う、意作麼生。」雲居錫が言う―「ただかくのごとき玄沙かくのごとく道う、彼を肯んずるや肯んぜざるや。もし肯んずれば何をか言うに拗折指頭と、もし肯んぜざれば倶胝の過は何の処に在る。」先曹山が言う―「倶胝の承当する処は鹵莽、ただ一機一境を認むるのみ。一种は拍手拊掌、是れ彼の西園の奇怪なり。」玄覚がまた言う―「且く道え、倶胝還って悟りたるや未だや。もし悟れば何の故ぞ承当の処莽鹵と道う、もし悟らざればまた道う一指頭禅を用いて尽きずと。且く道え、曹山の意旨は何の処に在る。」)

前長沙景岑禪師法嗣

前長沙景岑禅師の法嗣

明州雪竇山常通禪師邢州人也。姓李氏。入鵲山出家。年二十本州開元寺受戒。習經律凡七載。乃曰。摩騰入漢譯著斯文。達磨來梁復明何事。遂遠參長沙岑和尚。岑問曰。何處人。師曰。邢州人。岑曰。我道不從彼來。曰和尚還曾住此無。岑然之。乃容入室。後往洞山石霜而法無異味。唐咸通末遊宣城。郡守於謝仙山奏置禪苑。號瑞聖院請師居焉。僧問。如何是密室。師曰。不通風。信曰。如何是密室中人。師曰。諸聖求覩不見。又曰。千佛不能思。萬聖不能議。乾坤壞不壞。虛空包不包。一切比無倫。三世唱不起。問如何是三世諸佛出身處。師曰。伊不肯知有汝三世。良久又曰。薦否。不然者且向著佛不得處。體取時中常在。識盡功成瞥然而起。即是傷他而況言句乎。光啟中群寇起。師領徒至四明。大順二年郡守請居雪竇欝然盛化。天祐二年乙丑七月示疾。集眾焚香付囑訖合掌而逝。壽七十二。其年八月七日建石塔於院西南隅。

明州雪窦山常通禅師は、邢州の人。姓は李。鵲山に入りて出家す。年二十にして本州開元寺で受戒す。経律を習うことおよそ七載、乃ち言う―「摩騰、漢に入りて斯文を訳著し、達磨、梁に来りて復た何事を明らかにせん。」遂に遠く長沙の岑和尚に参ず。岑が問う―「何処の人。」師が言う―「邢州人。」岑が言う―「我が道う、彼より来らず。」言う―「和尚、還って曽て此に住せしや無きや。」岑、これを然として乃ち入室を容す。後に洞山、石霜に往きて、法に異味無し。唐咸通末、宣城に遊ぶ。郡守、謝仙山に於て禅苑を奏置し、瑞聖院と号し、師を請じてここに居らしむ。僧が問う―「いかなるか密室。」師が言う―「風を通さず。」問う―「いかなるか密室中の人。」師が言う―「諸聖、睹るを求むとも見えず。」また言う―「千仏思う能わず、万聖議る能わず。乾坤壊するや壊さざるや、虚空包むや包まざるや。一切倫を比ぶる無く、三世唱え起さず。」問う―「いかなるか三世諸仏の出身の処。」師が言う―「彼、お前の三世有るを知るを肯んぜず。」良久してまた言う―「荐すや否や。然らざる者は、且く仏を得ざる処に向かって体取せよ。時中常に在り、識尽きて功を成す。瞥然として起てばすなはち是れ彼を傷る、而るを況んや言句をや。」光啓中、群寇起こり、師、徒を領して四明に至る。大順二年、郡守請うて雪窦に居らしむ、郁然として化盛んなり。天祐二年乙丑七月、疾を示す。衆を集めて焚香し、付嘱し訖わりて、合掌して逝く。寿七十二。其の年八月七日、石塔を院の西南隅に建つ。

前關南道常禪師法嗣

前関南道常禅師の法嗣

襄州關南道吾和尚。始經村墅聞巫者樂神雲識神無。師忽然惺悟。後參常禪師印其所解。復遊德山門下法味彌著。凡上堂示徒。戴蓮花笠披襴執簡。擊鼓吹笛口稱魯三郎。有時雲。打動關南鼓。唱起德山歌。僧問。如何是祖師西來意。師以簡揖雲喏。師有時執木劍橫在肩上作舞。僧問。手中劍什麼處得來。師擲於地。僧卻置師手中。師曰。什麼處得來。僧無對。師曰。容汝三日內下取一語。其僧亦無對。師自代拈劍肩上作舞雲。恁麼始得。問如何是和尚家風。師下禪床作女人拜雲。謝子遠來都無祇待。師問灌溪。作麼生。灌溪雲。無位。師雲。莫同虛空麼。雲遮屠兒。師雲。有生可殺即不倦。漳州羅漢和尚。始於關南常禪師拳下悟旨(語見常禪師章)乃為歌曰。

襄州関南道吾和尚。始め村墅を経て、巫者の神を楽うに「識神無」と云うを聞き、師忽然として惺悟す。後に常禅師に参じ、その解する所を印せらる。復た徳山門下に遊び、法味弥いよ著わる。およそ上堂して徒に示すに、蓮花の笠を戴き、襴を披きて簡を執り、鼓を撃ち笛を吹き、口に魯三郎と称す。時有りて言う―「関南の鼓を打動かし、徳山の歌を唱起す。」僧が問う―「いかなるか祖師の西来意。」師、簡を以て揖して言う―「喏。」師、時有りて木剣を執りて肩に横たえて舞を作す。僧が問う―「手中の剣、何の処よりか得た。」師、地に擲つ。僧、却って師の手中に置く。師が言う―「何の処よりか得た。」僧は対無し。師が言う―「お前に三日の内に下して一語を取るを容れん。」その僧もまた対無し。師自ら代え、剣を拈じて肩上に舞を作して言う―「かくのごとくして初めて得。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師、禅床を下りて女人の拜を作して言う―「子の遠来を謝す、すべて祇待無し。」師が灌溪に問う―「作麼生。」灌溪が言う―「位無し。」師が言う―「虚空に同じからざるか。」言う―「この屠児。」師が言う―「生有りて殺す可ければすなはち倦まず。」漳州羅漢和尚。始め関南常禅師の拳下に於て旨を悟る(語は常禅師の章に見ゆ)、乃ち歌を為して言う―

咸通七載初參道到處逢言不識言

咸通七載に初めて道に参じ、到る処言に逢えども言を識らず。

心裡痴團若栲栳三春不樂止林泉

心裏の痴団は栲栳の若く、三春も楽しまずして林泉に止まる。

忽遇法王氈上坐便陳疑懇向師前

忽ち法王の毡上に坐するに遇い、便ち疑懇を師の前に陳ぶ。

師從氈上那伽起袒膊當胸打一拳

師は毡上より那伽の如く起ち、膊を袒ぎて胸に当たりて一拳を打つ。

駭散痴團獦狚落舉頭看見日初圓

痴団を駭散して獦狚落ち、頭を挙げて看るに日の初めて円なるを見る。

從茲蹬蹬以碣碣直至如今常快活

此より蹬蹬にして碣碣たり、いまに至るまで常に快活なり。

只聞肚裡飽膨脝更不東西去持缽

ただ肚裏の膨脝に飽くを聞く、更に東西へ鉢を持ちて行かず。

又述偈曰。

また偈を述べて言う―

宇內為閑客人中作野僧

宇内に閑客と為り、人中に野僧と作す。

任從他笑我隨處自騰騰

他の我を笑うに任せ、処に随いて自ら騰騰たり。

前高安大愚禪師法嗣

前高安大愚禅師の法嗣

筠州末山尼瞭然灌溪閑和尚。遊方時到山先雲。若相當即住。不然則推倒禪床。乃入堂內。然遣侍者問。上座遊山來為佛法來。閑雲。為佛法來。然乃升座。閑上參。然問。上座今日離何處。閑雲。離路口。然雲。何不蓋卻。閑無對(禾山代雲。爭得到遮裡)始禮拜問。如何是末山。然雲。不露頂。閑雲。如何是末山主。然雲。非男女相。閑乃喝雲。何不變去。然雲。不是神不是鬼變箇什麼。閑於是服膺作園頭三載。僧到參。然雲。太繿縷生。僧雲。雖然如此且是師子兒。然雲。既是師子兒為什麼被文殊騎。僧無對。僧問。如何是古佛心。然雲。世界傾壞。增雲。世界為什麼傾壞。然雲。寧無我身。

筠州末山の尼了然。灌溪の閑和尚が遊方の時、山に到り、先ず言う―「もし相応せばすなはち住せん、然らざれば禅床を推倒せん。」乃ち堂内に入る。然、侍者を遣わして問わしむ―「上座は山を遊びに来たか、仏法の為に来たか。」閑が言う―「仏法の為に来た。」然乃ち座に升る。閑、上りて参ず。然が問う―「上座、今日何の処を離れた。」閑が言う―「路口を離れた。」然が言う―「何ぞ蓋い却さざる。」閑は対無し。(禾山が代えて言う―「怎んぞここに到るを得た。」)始めて礼拝して問う―「いかなるか末山。」然が言う―「頂を露さず。」閑が言う―「いかなるか末山の主。」然が言う―「男女の相にあらず。」閑乃ち喝して言う―「何ぞ変じ去らざる。」然が言う―「神にあらず、鬼にあらず、箇の何をか変ぜん。」閑、ここにおいて服膺し、園頭を作すこと三載。僧、到りて参ず。然が言う―「太だ褴褸たり生。」僧が言う―「このごとくなりといえども、且く是れ獅子児なり。」然が言う―「すでに獅子児なり、何の故ぞ文殊に騎られし。」僧は対無し。僧が問う―「いかなるか古仏心。」然が言う―「世界傾壊す。」僧が言う―「世界、何の故ぞ傾壊する。」(底本「增云」、「增」は「僧」の訛なり。)然が言う―「寧ろ我が身無からん。」

景徳傳燈錄 巻第十一

景徳傳燈錄 巻第十二

懷讓禪師第四世一十二人

懐譲禅師第四世一十二人

洪州黃檗山希運禪師法嗣一十二人鎮州臨濟義玄禪師

洪州黄檗山希運禅師の法嗣一十二人 鎮州臨済義玄禅師

睦州龍興寺陳尊宿

睦州竜興寺陳尊宿

杭州千頃山楚南禪師

杭州千頃山楚南禅師

福州烏石山靈觀禪師

福州烏石山霊観禅師

杭州羅漢宗徹禪師

杭州羅漢宗徹禅師

相國裴休(已上六人見錄)

相国裴休(以上六人は見録)

揚州六合德元禪師

揚州六合徳元禅師

士門讚禪師

士門賛禅師

襄州政禪師

襄州政禅師

吳門山弘宣禪師

呉門山弘宣禅師

幽州超禪師

幽州超禅師

蘇州憲禪師(已上六人無機緣語句不錄)

蘇州憲禅師(以上六人は機縁の語句なきゆえ録せず)

第五世五十一人

第五世五十一人

袁州仰山慧寂禪師法嗣一十人袁州仰山西塔光穆禪師

袁州仰山慧寂禅師の法嗣一十人 袁州仰山西塔光穆禅師

晉州霍山景通禪師

晋州霍山景通禅師

杭州龍泉文喜禪師

杭州竜泉文喜禅師

新羅國順支禪師

新羅国順支禅師

袁州仰山南塔光湧禪師

袁州仰山南塔光涌禅師

袁州仰山東塔和尚(已上六人見錄)

袁州仰山東塔和尚(以上六人は見録)

洪州觀音常蠲大師

洪州観音常蠲大師

福州東禪慧茂大師

福州東禅慧茂大師

福州明月山道崇大師

福州明月山道崇大師

處州遂昌禪師(已上四人無機緣語句不錄)

処州遂昌禅師(以上四人は機縁の語句なきゆえ録せず)

鎮州臨濟義玄禪師法嗣二十二人鄂州灌谿志閑禪師

鎮州臨済義玄禅師の法嗣二十二人 鄂州灌溪志閑禅師

幽州譚空和尚

幽州譚空和尚

鎮州寶壽沼和尚

鎮州宝寿沼和尚

鎮州三聖慧然禪師

鎮州三聖慧然禅師

魏府大覺禪師

魏府大覚禅師

魏府興化存獎禪師

魏府興化存奨禅師

定州善崔禪師

定州善崔禅師

鎮州萬歲和尚

鎮州万歳和尚

雲山和尚

雲山和尚

桐峰菴主

桐峰庵主

杉洋菴主

杉洋庵主

涿州級衣和尚

涿州級衣和尚

虎谿菴主

虎溪庵主

覆盆菴主

覆盆庵主

襄州歷村和尚

襄州暦村和尚

滄州米倉和尚(已上一十六人見錄)

滄州米倉和尚(以上一十六人は見録)

齊聳大師

斉聳大師

涿州秀禪師

涿州秀禅師

浙西善權徹禪師

浙西善権徹禅師

金沙禪師

金沙禅師

允誠禪師

允誠禅師

新羅國智異山和尚(已上六人無機緣語句不錄)

新羅国智異山和尚(以上六人は機縁の語句なきゆえ録せず)

睦州陳尊宿法嗣二人睦州刺史陳操(一人見錄)

睦州陳尊宿の法嗣二人 睦州刺史陳操(一人は見録)

睦州嚴陵鈞臺和尚(一人無機緣語句不錄)

睦州厳陵釣台和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

鄧州香嚴智閑禪師法嗣一十二人吉州止觀和尚

鄧州香厳智閑禅師の法嗣一十二人 吉州止観和尚

壽州紹宗禪師

寿州紹宗禅師

襄州延慶法端禪師(十一卷已收在溈山祐下)

襄州延慶法端禅師(十一巻にすでに潙山祐の下に収む)

益州南禪無染禪師

益州南禅無染禅師

益州長平山和尚

益州長平山和尚

益州崇福演教大師

益州崇福演教大師

安州大安山清幹禪師

安州大安山清干禅師

終南山豐德寺和尚

終南山豊徳寺和尚

均州武當山佛巖暉禪師

均州武当山仏巌暉禅師

江州雙谿田道者(已上一十人見錄)

江州双渓田道者(以上一十人は見録)

益州照覺寺和尚

益州照覚寺和尚

睦州東禪和尚(已上二人無機緣語句不錄)

睦州東禅和尚(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

福州雙峰和尚法嗣一人雙峰古禪師(一人見錄)

福州双峰和尚の法嗣一人 双峰古禅師(一人は見録)

杭州徑山洪諲禪師法嗣四人洪州米嶺和尚(已上一人見錄)

杭州径山洪𬤇禅師の法嗣四人 洪州米嶺和尚(以上一人は見録)

廬州棲賢寺寂禪師臨川義直禪師

廬州栖賢寺寂禅師 臨川義直禅師

杭州功臣院令道禪師(已上三人無機緣語句不錄)

杭州功臣院令道禅師(以上三人は機縁の語句なきゆえ録せず)

揚州光孝院慧覺禪師法嗣一人昇州長慶道巘禪師(一人見錄)

揚州光孝院慧覚禅師の法嗣一人 升州長慶道𪩘禅師(一人は見録)

第六世一十九人

第六世一十九人

袁州仰山南塔光湧禪師法嗣五人越州清化全付禪師

袁州仰山南塔光涌禅師の法嗣五人 越州清化全付禅師

郢州芭蕉山慧清禪師

郢州芭蕉山慧清禅師

韶州黃連山義初禪師

韶州黄連山義初禅師

韶州慧林鴻究禪師(已上四人見錄)

韶州慧林鴻究禅師(以上四人は見録)

洪州黃龍山忠和尚(一人無機緣語句不錄)

洪州黄龍山忠和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

袁州仰山西塔光穆禪師法嗣一人吉州資福如寶禪師(一人見錄)

袁州仰山西塔光穆禅師の法嗣一人 吉州資福如宝禅師(一人は見録)

灌谿志閑禪師法嗣一人池州魯祖山教和尚(一人見錄)

灌溪志閑禅師の法嗣一人 池州魯祖山教和尚(一人は見録)

魏府興化存獎禪師法嗣二人汝州寶應和尚(一人見錄即南院顒也)

魏府興化存奨禅師の法嗣二人 汝州宝応和尚(一人は見録、すなはち南院顒なり)

魏府天缽和尚(一人無機緣語句不錄)

魏府天鉢和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

鎮州寶壽沼禪師法嗣二人汝州西院思明禪師

鎮州宝寿沼禅師の法嗣二人 汝州西院思明禅師

第二世寶壽和尚(已上二人見錄)

第二世宝寿和尚(以上二人は見録)

涿州紙衣和尚法嗣一人鎮州譚空和尚(一人無機緣語句不錄)

涿州紙衣和尚の法嗣一人 鎮州譚空和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

鎮州三聖慧然禪師法嗣二人鎮州大悲和尚

鎮州三聖慧然禅師の法嗣二人 鎮州大悲和尚

淄州水陸和尚(二人見錄)

淄州水陸和尚(二人は見録)

魏府大覺和尚法嗣四人廬州大覺和尚

魏府大覚和尚の法嗣四人 廬州大覚和尚

廬州澄心旻德禪師

廬州澄心旻徳禅師

汝州南院和尚(已上三人見錄)

汝州南院和尚(以上三人は見録)

宋州法華和尚(一人無機緣語句不錄)

宋州法華和尚(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

金陵道巘禪師法嗣一人金陵廣孝院處微禪師(一人無機緣語句不錄)

金陵道𪩘禅師の法嗣一人 金陵広孝院処微禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

懷讓禪師第四世

懐譲禅師第四世

前洪州黃蘗山希運禪師法嗣

前洪州黄蘗山希運禅師の法嗣

鎮州臨濟義玄禪師。曹州南華人也。姓邢氏。幼負出塵之志。及落髮進具便慕禪宗。初在黃蘗隨眾參侍。時堂中第一座勉令問話。師乃問。如何是祖師西來的的意。黃蘗便打。如是三問三遭打。遂告辭。第一座雲。早承激勸問話。唯蒙和尚賜棒。所恨愚魯。且往諸方行腳去。上座遂告黃蘗雲。義玄雖是後生。卻甚奇特。來辭時願和尚更垂提誘。來日師辭黃蘗。黃蘗指往大愚。師遂參大愚。愚問曰。什麼處來。曰黃蘗來。愚曰。黃蘗有何言教。曰義玄親問西來的的意。蒙和尚便打。如是三問三轉被打。不知過在什麼處。愚曰。黃蘗恁麼老婆。為汝得徹困。猶覓過在。師於是大悟雲。佛法也無多子。愚乃搊師衣領雲。適來道我不會。而今又道無多子。是多少來是多少來。師向愚肋下打一拳。愚托開雲。汝師黃蘗。非幹我事。師卻返黃蘗。黃蘗問雲。汝迴太速生。師雲。只為老婆心切。黃蘗雲。遮大愚老漢待見與打一頓。師雲。說什麼待見即今便打遂鼓黃蘗一掌。黃蘗哈哈大笑。黃蘗一日普請鋤薏穀次。師在後行。黃蘗迴頭見師空手乃問。钁頭在什麼處。師雲。有人將去了也。黃蘗雲。近前來共汝商量。師近前叉手。黃蘗豎起钁頭雲。只這箇天下人拈掇不起。還有人拈掇得起麼。師就手掣得豎起雲。為什麼卻在義玄手裡。黃蘗雲。今日自有人普請便歸院(溈山因仰山侍立次。方舉此話未了。仰山便問。钁在黃蘗手裡。為什麼被臨濟奪卻。溈山雲。賊是小人智過君子)黃蘗一日普請鋤茶園。黃蘗後至。師問訊按钁而立。黃蘗曰。莫是困邪。曰才钁地何言困。黃蘗舉拄杖便打。師接杖推倒和尚。黃蘗呼維那維那拽起我來。維那拽起曰。和尚爭容得遮風漢。黃蘗卻打維那。師自钁地雲。諸方即火葬。我遮裡活埋(溈山問仰山。只如黃蘗與臨濟。此時意作麼生。仰山雲。作賊人走卻。邏賊人吃棒。溈山雲。

鎮州臨済義玄禅師は、曹州南華の人。姓は邢。幼くして出塵の志を負う。落髪進具するに及び、便ち禅宗を慕う。初め黄檗に在りて衆に随いて参侍す。時に堂中の第一座、勉めて問話せしめんと令す。師乃ち問う―「いかなるか祖師の西来の的たる意。」黄檗便ち打つ。かくのごとく三たび問うて三たび打たるを遭い、遂に告辞す。第一座が言う―「早く激勧を承りて問話したるに、ただ和尚の棒を賜うを蒙る。恨むらくは愚魯、且く諸方に往きて行脚せん。」上座、遂に黄檗に告げて言う―「義玄は後生なりといえども、却って甚だ奇特なり。辞し来る時、願わくは和尚、更に提誘を垂れよ。」来日、師黄檗を辞す、黄檗大愚に往くを指す。師遂に大愚に参ず。愚が問う―「何の処よりか来る。」言う―「黄檗より来た。」愚が言う―「黄檗に何なる言教有る。」言う―「義玄、親しく西来の的たる意を問うて、和尚便ち打つを蒙る。かくのごとく三たび問うて三たび転た打たる、過の何の処に在るか知らず。」愚が言う―「黄檗かくのごとき老婆、お前の為に徹困するを得、なお過を覓むる在り。」師、ここにおいて大悟し、言う―「仏法もまた多子無し。」愚乃ち師の衣領を搊みて言う―「さきほど我会せずと道い、いままた多子無しと道う。是多少来、是多少来。」師、愚の肋下に向かって一拳を打つ。愚、托開して言う―「お前の師は黄檗、我が事に干らず。」師、却って黄檗に返る。黄檗が問うて言う―「お前の回ること太だ速かなり生。」師が言う―「ただ老婆の心切なるが為なり。」黄檗が言う―「この大愚の老漢、見るを待ちて一頓を与え打たん。」師が言う―「何の見るを待つを説く、すなはちいま便ち打たん。」遂に黄檗に一掌を鼓す。黄檗、哈哈として大笑す。黄檗、一日普請して薏谷を鋤く次、師は後行す。黄檗、頭を回らして師の空手なるを見て、乃ち問う―「镢頭は何の処に在る。」師が言う―「人の将て去りし者有り。」黄檗が言う―「近く前へ来れ、お前と商量せん。」師、近く前に叉手す。黄檗、镢頭を竪起して言う―「ただこの箇、天下人拈掇すること能わず。還って人の拈掇し得る有るや。」師、手に就きて掣得し、竪てて言う―「何の故ぞ却って義玄の手裏に在る。」黄檗が言う―「今日、自ら人の普請する有り。」便ち院に帰る。(潙山、仰山の侍立するに因りて、方にこの話を挙げていまだ了らず。仰山便ち問う―「镢は黄檗の手裏に在り、何の故ぞ臨済に奪い却せられし。」潙山が言う―「賊は是れ小人、智は君子に過ぐ。」)黄檗、一日普請して茶園を鋤く、黄檗後れて至る。師、問訊して镢を按えて立つ。黄檗が言う―「困んだりや。」言う―「纔かに地を镢れど、何をか困むと言う。」黄檗、拄杖を挙げて便ち打つ。師、杖を接して和尚を推倒す。黄檗、維那を呼ぶ―「維那、我を拽起せよ。」維那、拽起して言う―「和尚、怎んぞこの風漢を容れ得。」黄檗、却って維那を打つ。師、自ら地を镢りて言う―「諸方はすなはち火葬、我がここは活埋。」(潙山が仰山に問う―「ただかくのごとき黄檗と臨済、この時の意は作麼生。」仰山が言う―「賊を作す人は走り去り、賊を邏む人は棒を吃す。」潙山が言う―

如是如是)師一日在黃蘗僧堂裡睡。黃蘗入來。以拄杖於床邊敲三下。師舉首見是和尚卻睡。黃蘗打席三下去。上間見第一座。黃蘗曰。遮醉漢豈不如下間禪客坐禪。汝只管𥋙睡。上座曰。遮老和尚患風邪。黃蘗打之(溈山舉問仰山。只如黃蘗意作麼生。仰山雲。一彩兩賽)師與黃蘗栽杉。黃蘗曰。深山裡栽許多樹作麼。師曰。與後人作古記。乃將鍬拍地兩下。黃蘗拈起拄杖曰。汝吃我棒了也。師作噓噓聲。黃蘗曰。吾宗到汝此記方出(溈山舉問仰山。且道黃蘗後語但囑臨濟。為復別有意旨。仰山雲。亦囑臨濟亦記向後。溈山雲。向後作麼生。仰山雲。一人指南吳越令行。南塔和尚注云。獨坐震威此記方出。又云。若遇大風此記亦出。溈山雲。如是如是)師因半夏上黃蘗山。見和尚看經。師曰。我將謂是箇人。元來是唵黑豆老和尚。住數日乃辭去。黃蘗曰。汝破夏來不終夏去。曰某甲暫來禮拜和尚。黃蘗遂打趁令去。師行數裡疑此事卻迴終夏。師一日辭黃蘗。黃蘗曰。什麼處去。曰不是河南即河北去。黃蘗拈起拄杖便打。師捉住拄杖曰。遮老漢莫盲枷瞎棒。已後錯打人。黃蘗喚侍者。把將几案禪板來。師曰。侍者把將火來。黃蘗曰。不然子但將去。已後坐斷天下人舌頭在。師即便發去。師到熊耳塔頭。塔主問。先禮佛先禮祖。師曰。祖佛俱不禮。塔主曰。祖佛與長老有什麼冤傢俱不禮。師無對(又別舉雲。師問塔主。先禮佛先禮祖。塔主曰。祖佛是什麼人弟子。師拂袖便去)師後還鄉黨。俯徇趙人之請。住於城南臨濟禪苑。學侶奔湊一日上堂曰。汝等諸人。赤肉團上有一無位真人。常向諸人面門出入。汝若不識但問老僧。時有僧問。如何是無位真人。師便打雲。無位真人是什麼乾屎橛(後雪峰聞乃曰。臨濟大似白拈賊)師問樂普雲。從上來一人行棒一人行喝阿那箇親。對曰總不親。師曰。

「如是如是。」)師、一日黄檗の僧堂裏にて睡る。黄檗入り来り、拄杖を以て床辺に三下敲く。師、首を挙げて是れ和尚なるを見て、却って睡る。黄檗、席を三下打ちて去る。上間に於て第一座を見る。黄檗が言う―「この酔漢、あに下間の禅客の坐禅するに如かずや、お前ただ只管に瞌睡するのみ。」上座が言う―「この老和尚、風を患える邪。」黄檗、これを打つ。(潙山、挙げて仰山に問う―「ただかくのごとき黄檗の意は作麼生。」仰山が言う―「一彩両賽。」)師、黄檗と杉を栽う。黄檗が言う―「深山裏に許多の樹を栽えて作么す。」師が言う―「後人の為に古記を作さんとて。」乃ち鍬を将て地を両下拍つ。黄檗、拄杖を拈起して言う―「お前、我が棒を吃せしなり。」師、嘘嘘の声を作す。黄檗が言う―「吾が宗、お前に到りてこの記方に出に出づ。」(潙山、挙げて仰山に問う―「且く道え、黄檗の後語はただ臨済を嘱するか、為復た別に意旨有るか。」仰山が言う―「も亦た臨済を嘱し、も亦た向后を記す。」潙山が言う―「向后は作麼生。」仰山が言う―「一人南を指南すれば、呉越行を令す。」南塔和尚が注して言う―「独り坐して威を震う、この記方に出づ。」また言う―「もし大風に遇えば、この記も亦た出出づ。」潙山が言う―「如是如是。」)師、半夏に因りて黄檗山に上り、和尚の経を看るを見る。師が言う―「我将に箇の人と謂いしに、元来唵黑豆の老和尚なり。」数日住して乃ち辞去す。黄檗が言う―「お前、夏を破りて来り、夏を終えずして去る。」言う―「某甲、暫く来りて和尚を礼拝す。」黄檗、遂に打ちて趁い令めて去らしむ。師、数里を行き、この事を疑い、却って回りて夏を終す。師、一日黄檗を辞す。黄檗が言う―「何の処かへ去る。」言う―「河南にあらざればすなはち河北に去る。」黄檗、拄杖を拈起して便ち打つ。師、拄杖を捉住して言う―「この老漢、盲枷瞎棒するなかれ、以后人を錯打せん。」黄檗、侍者を喚ぶ―「几案禅板を把将り来れ。」師が言う―「侍者、火を把将り来れ。」黄檗が言う―「然らず、子ただ将て去れ。以后天下人の舌頭を坐断する在り。」師、便ち即ち発き去る。師、熊耳塔頭に到る。塔主が問う―「先ず仏を礼するか、先ず祖を礼するか。」師が言う―「祖佛倶に礼せず。」塔主が言う―「祖佛と長老と何の冤家有りて倶に礼せざる。」師は対無し。(また別に挙げて言う―師、塔主に問う―「先ず仏を礼するか、先ず祖を礼するか。」塔主が言う―「祖佛は何なる人の弟子ぞ。」師、袖を拂いて便ち去る。)師、後に郷党に還り、俯いて趙人の請に徇い、城南の臨済禅苑に住す。学侶奔凑す。一日、上堂して言う―「お前たちの赤肉団上に一無位真人有り、常に諸人の面門より出入す。お前もし識らざれば、ただ老僧に問え。」時に僧問う―「いかなるか無位真人。」師便ち打ちて言う―「無位真人は何なる乾屎橛ぞ。」(後に雪峰聞きて、乃ち言う―「臨済は大いに白拈賊に似たり。」)師、楽普に問うて言う―「上りより一人は棒を行じ、一人は喝を行ず、阿那箇か親なる。」対して言う―「総ぼて親ならず。」師が言う―

親處作麼生普便喝。師乃打。師問木口和尚。如何是露地白牛。木口曰吽。師曰啞。木口曰。老兄作麼生。師曰。遮畜生。大覺到參。師舉拂子。大覺敷坐具。師擲下拂子。大覺收坐具入僧堂。眾僧曰。遮僧莫是和尚親故。不禮拜又不吃棒。師聞令喚新到僧。大覺遂出。師曰。大眾道汝未參長老。大覺雲。不審便自歸眾。麻谷(第二世)到參敷坐具問。十二面觀音阿那面正。師下繩床。一手收坐具。一手搊麻谷雲。十二面觀音向什麼處去也。麻谷轉身擬坐繩床。師拈拄杖打。麻谷接卻相捉入方丈。師上堂雲。大眾夫為法者。不避喪身失命。我於黃蘗和尚處。三度吃棒。如蒿枝拂相似。如今更思一頓吃。誰為我下得手。時有僧曰。某甲下得手。和尚合吃多少。師與拄杖。其僧擬接。師便打。僧問。如何是第一句。師曰。三要印開朱點窄。未容擬議主賓分。曰如何是第二句。師曰。妙解豈容無著問。漚和爭負截流機。曰如何是第三句。師曰。看取棚頭弄傀儡。抽牽全藉裡頭人。師又曰。夫一句語須具三玄門。一玄門須具三要。有權有用。汝等諸人作麼生會。師唐咸通七年丙戌四月十日。將示滅乃說傳法偈曰。沿流不止問如何。真照無邊說似他。離相離名如不稟。吹毛用了急須磨。偈畢坐逝。勅諡慧照大師。塔曰澄靈。

「親なる処作麼生。」普便ち喝す。師乃ち打つ。師、木口和尚に問う―「いかなるか露地の白牛。」木口が言う―「吽。」師が言う―「唖。」木口が言う―「老兄作麼生。」師が言う―「この畜生。」大覚、到りて参ず。師、払子を挙ぐ。大覚、坐具を敷く。師、払子を擲下す。大覚、坐具を収めて僧堂に入る。衆僧が言う―「この僧、和尚の親故なるか、礼拝せずまた棒を吃せず。」師聞き、新到の僧を喚ばしむ。大覚遂に出づ。師が言う―「大衆、お前のいまだ長老に参に参ぜざるを道う。」大覚が言う―「不審。」便ち自ら衆に帰る。麻谷(第二世)到りて参じ、坐具を敷いて問う―「十二面観音、阿那の面か正しき。」師、縄床を下り、一手に坐具を収め、一手に麻谷を搊みて言う―「十二面観音、何の処に向かってか去る。」麻谷、身を転じて縄床に坐せんと擬す。師、拄杖を拈じて打つ。麻谷、接却し、相捉えて方丈に入る。師、上堂して言う―「大衆、それ法の為の者は、身を喪い命を失うを避けず。我、黄檗和尚の処に於て三度棒を吃す、蒿枝の拂うに相似たり。いま更に一頓を吃せんと思う、誰か我が為に手を下し得る。」時に僧言う―「某甲、手を下し得。和尚、合に多少を吃すべき。」師、拄杖を与う。その僧接せんと擬す、師便ち打つ。僧が問う―「いかなるか第一句。」師が言う―「三要印開けて朱点窄く、いまだ拟議を容れず主賓分かつ。」問う―「いかなるか第二句。」師が言う―「妙解あに無著の問を容れん、漚和争でか流を截る機に負けん。」問う―「いかなるか第三句。」師が言う―「棚頭の傀儡を弄するを看取せよ、抽牽は全く裏頭の人に藉る。」師また言う―「それ一句の語は須らく三玄門を具し、一玄門は須らく三要を具すべし、権有り用有り。お前たち作麼生に会する。」師、唐咸通七年丙戌四月十日、将に示滅せんとして、乃ち伝法の偈を説いて言う―「流に沿うて止まず如何と問う、真照無辺に他に似ると説く。相を離れ名を離れて禀ずるが如からず、吹毛用い了らば急に磨くを須う。」偈畢りて坐逝す。勅して慧照大師と諡し、塔を澄霊と曰す。

陳尊宿初居睦州龍興寺晦跡藏用。常製草屨密置於道上。歲久人知乃有陳蒲鞋之號焉。時有學人叩激。隨問遽答。詞語峻嶮既非循轍。故淺機之流往往嗤之。唯玄學性敏者欽伏。由是諸方歸慕。謂之陳尊宿。師因晚參謂眾曰。汝等諸人未得箇入頭。須得箇入頭。若得箇入頭。已後不得孤負老僧。時有僧出禮拜曰。某甲終不敢孤負和尚。師曰。早是孤負我了也。師又曰。老僧在此住持。不曾見箇無事人到來。汝等何不近前。時有一僧方近前。師雲。維那不在。汝自領出去三門外與二十棒。僧雲。某甲過在什麼處。師雲。枷上更著杻。師尋常或見衲僧來即閉門。或見講僧乃召雲座主。其僧應諾。師雲。擔板漢。或雲。遮裡有桶與我取水。師一日在廊階上立。有僧來問雲。陳尊宿房在何處。師脫草屨騫頭打。僧便走。師召雲。大德。僧迴首。師指雲。卻從那邊去。有僧扣門。師雲。阿誰。僧雲。某甲。師雲。秦時鐸落鑽。一日有天使問。三門俱開從那門而入。師喚尚書。天使應諾。師雲。從信門入。天使又見壁畫問雲。二尊者對譚何事。師摑露柱雲。三身中那箇不說法。師問座主。汝莫是講唯識否。對曰是。師雲。五戒不持。師問一長老雲。了即毛端吞巨海。始知大地一微塵。長老作麼生。對雲。問阿誰。師雲。問長老。長老雲。何不領話。師雲。汝不領話我不領話。師見僧來雲。見成公案放汝三十棒。僧雲。某甲如是。師雲。三門金剛為什麼舉拳。僧雲。金剛尚乃如是。師便打。問如何是向上一路。師雲。要道有什麼難。僧雲。請師道。師雲。初三十一中九下七。問以一重去一重即不問。不以一重不去一重時如何。師雲。昨朝栽茄子。今日種冬瓜。問如何是曹谿的的意。師雲。老僧愛嗔不愛喜。僧雲。為什麼如是。師雲。路逢劍客須呈劍。不是詩人莫說詩。僧到參。師問。什麼處來。僧雲。瀏陽。師雲。

陳尊宿、初め睦州竜興寺に居り、跡を晦し用を蔵す。常に草履を制し、密かに道上に置く。歳久しく人知る、乃ち陳蒲鞋の号有り。時に学人、叩激するに、問に随い遽に答え、詞語峻険、すでに轍を循らざるに非ざれば、ゆえに浅機の流往々これを嗤う。ただ玄学の性敏なる者これを欽伏す。これに由りて諸方帰慕し、これを陳尊宿と謂う。師、晩参に因りて衆に対して言う―「お前たち、いまだ箇の入頭を得ず、須らく箇の入頭を得べし。もし箇の入頭を得ば、以后老僧を孤負することを得ざらん。」時に僧出でて礼拝して言う―「某甲、終に敢て和尚を孤和尚を孤負せざらん。」師が言う―「早く是れ我を孤負せしなり。」師また言う―「老僧、ここに住持するに、曽て箇の無事の人の到来するを見ず。お前たち何ぞ近前せざる。」時に一僧有りて方に近前す。師が言う―「維那不在。お前自ら領りて出で去れ、三門外に於て二十棒を与えん。」僧が言う―「某甲の過は何の処に在る。」師が言う―「枷上に更に杻を着く。」師、尋常あるいは衲僧の来るを見ればすなはち門を閉ぢる。あるいは講僧を見て乃ち召して言う―「座主。」その僧應諾す。師が言う―「担板漢。」あるいは言う―「ここに桶有り、我に水を取れ。」師、一日廊階上に立つ。僧有りて来りて問うて言う―「陳尊宿の房は何の処に在る。」師、草履を脱ぎて頭を騫きて打つ。僧便ち走る。師召して言う―「大徳。」僧、首を回らす。師指して言う―「却ってあの辺より去れ。」僧有りて門を扣く。師が言う―「阿誰。」僧が言う―「某甲。」師が言う―「秦時の镀鑠鑽。」一日、天使有りて問う―「三門倶に開く、那の門よりか入らん。」師、尚書を喚ぶ。天使應諾す。師が言う―「信門より入れ。」天使、また壁画を見て問うて言う―「二尊者対談して何事か。」師、露柱を掴して言う―「三身中あれ箇か法を説かざる。」師、座主に問う―「お前、唯唯識を講ずるか否や。」対して言う―「是。」師が言う―「五戒持たず。」師、一長老に問うて言う―「了むればすなはち毛端巨海を呑み、始めて大地の一微尘なるを知る。長老作麼生。」対して言う―「阿誰を問う。」師が言う―「長老を問う。」長老が言う―「何ぞ話を領せざる。」師が言う―「お前話を領せず、我話を領せず。」師、僧の来るを見て言う―「現成の公案、お前に三十棒を放つ。」僧が言う―「某甲是れのごとし。」師が言う―「三門の金剛、何の故ぞ拳を挙ぐ。」僧が言う―「金剛なお乃ちかくのごとし。」師便ち打つ。問う―「いかなるか向上の一路。」師が言う―「道わんと要するに何の難か有らん。」僧が言う―「師に道えを請う。」師が言う―「初の三十一、中の九、下の七。」問う―「一重を以て一重を去ればすなはち問わず、一重を以てせずして一重を去らざる時いかん。」師が言う―「昨朝茄子を栽え、今日冬瓜を種う。」問う―「いかなるか曹渓の的たる意。」師が言う―「老僧、嗔を愛して喜を愛せず。」僧が言う―「何の故ぞかくのごとき。」師が言う―「路に剣客に逢えば須らく剣を呈すべく、詩人にあらざれば詩を説くなかれ。」僧、到りて参ず。師が問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「瀏陽。」師が言う―

彼中老宿祇對佛法大意道什麼。雲遍地行無路。師雲。老宿實有此語否。雲實有。師拈拄杖打雲。遮念言語漢。師問一長老。若有兄弟來將什麼祇對。長老雲。待他來。師雲。何不道。長老雲。和尚欠少什麼。師雲。請不煩葛藤。有僧參。師雲。汝豈不是行腳。僧雲是。師雲。禮佛也未。雲禮那土堆作麼。師雲。自領出去。僧問。某甲講兼行腳不會教意時如何。師雲。實語當懺悔。僧雲。乞師指示。師雲。汝若不會。老僧即緘口無言。僧雲。便請道。師雲。心不負人面無漸色。問一句道盡時如何。師雲。義墮也。僧雲。什麼是學人義墮處。師雲。三十棒教誰吃。問教意祖意是同是別。師雲。青山自青山。白雲自白雲。僧雲。如何是青山。師雲。還我一滴雨來。僧雲。道不得請師道。師雲。法華鋒前陣涅槃句後收。師問僧。今夏在什麼處。雲待和尚有住處即說似和尚。師雲。狐非師子類。燈非日月明。師問新到僧。什麼處來。僧瞪目視之。師雲。驢前馬後漢。僧雲。請師鑒。師雲。驢前馬後漢道將一向來。無對。師看經次。陳操尚書問。和尚看什麼經。師雲。金剛經。尚書云。六朝翻譯此當第幾譯。師舉起經云。一切有為法如夢幻泡影。師又因看涅槃經。僧問。和尚看什麼經。師拈起經云。遮箇是茶毘品最末後。師問新到僧。今夏在什麼處。僧雲。徑山。師雲。多少人。雲四百人。師雲。遮吃夜飯漢。僧雲。尊宿叢林何言吃夜飯。師乃棒趁出。師聞一老宿難親近。躬往相訪。老宿見師才入方丈便喝。師側掌雲。兩重公案老宿雲。過在什麼處。師雲。遮野狐精便退。師問僧。近離什麼處。僧雲。江西。師雲。蹋破多少草鞋。僧無對。師與講僧吃茶。師雲。我救汝不得也。僧雲。某甲不曉乞師垂示。師拈油餅示之雲。遮箇是什麼。僧雲。色法。師雲。遮入鑊湯漢。有一紫衣大德到禮拜。師拈帽子帶示之雲。

「彼中の老宿、ただ仏法の大意に対して何をか道う。」言う―「遍地行きて路無し。」師が言う―「老宿、実にこの語有るや否や。」言う―「実に有り。」師、拄杖を拈じて打ちて言う―「この言語を念ずる漢。」師、一長老に問う―「もし兄弟の来る有らば、何を将てか対せん。」長老が言う―「彼の来るを待たん。」師が言う―「何ぞ道わざる。」長老が言う―「和尚、何をか欠少す。」師が言う―「葛藤を煩わすを請わず。」僧有りて参ず。師が言う―「お前あに行脚にあらずや。」僧が言う―「是。」師が言う―「仏を礼せしか未だ。」言う―「あの土堆を礼して作么せん。」師が言う―「自ら領りて出で去れ。」僧が問う―「某甲、講を兼ねて行脚す、教意を会せざる時いかん。」師が言う―「実語に当たりて懺悔せん。」僧が言う―「師に指示を乞う。」師が言う―「お前もし会せざれば、老僧すなはち緘口无言なり。」僧が言う―「便ち道えを請う。」師が言う―「心人に負かず、面慚色無し。」問う―「一句道尽くす時いかん。」師が言う―「義堕するなり。」僧が言う―「何なるか是れ学人義堕の処。」師が言う―「三十棒、誰をか教えて吃せしめん。」問う―「教意祖意は是れ同か是れ別か。」師が言う―「青山自ずから青山、白雲自ずから白雲。」僧が言う―「いかなるか青山。」師が言う―「我に一滴の雨を還して来れ。」僧が言う―「道うことを得ず、師に道えを請う。」師が言う―「法華鋒前に陣し、涅槃句後に収む。」師が僧に問う―「今夏は何の処に在る。」言う―「和尚に住処有らばすなはち和尚に説似せん。」師が言う―「狐は獅子の類にあらず、灯は日月の明にあらず。」師、新到の僧に問う―「何の処よりか来る。」僧、目を瞪らしてこれを視る。師が言う―「驢前馬後の漢。」僧が言う―「師に鑑を請う。」師が言う―「驢前馬後の漢、一句を道将りて来れ。」対無し。師、経を看る次、陳操尚書が問う―「和尚、何なる経を看る。」師が言う―「金剛経。」尚書が言う―「六朝の翻訳、これ第几訳に当たる。」師、経を挙起して言う―「一切有為法、夢幻泡影の如し。」師また涅槃経を看るに因る。僧が問う―「和尚、何なる経を看る。」師、経を拈起して言う―「この箇は是れ荼毗品の最末後なり。」師、新到の僧に問う―「今夏は何の処に在る。」僧が言う―「径山。」師が言う―「多少人。」言う―「四百人。」師が言う―「この夜飯を吃する漢。」僧が言う―「尊宿の叢林、何をか夜飯を吃すと言う。」師乃ち棒して趁い出す。師、一老宿の親近し難きを聞き、躬ら往きて相訪う。老宿、師を見て纔かに方丈に入れば便ち喝す。師、側掌して言う―「両重の公案。」老宿が言う―「過は何の処に在る。」師が言う―「この野狐精。」便ち退く。師が僧に問う―「近く何の処を離れた。」僧が言う―「江西。」師が言う―「多少の草鞋を踏破せし。」僧は対無し。師、講僧と茶を吃す。師が言う―「我、お前を救うを得ざるなり。」僧が言う―「某甲暁らず、師に垂示を乞う。」師、油餅を拈じてこれを示して言う―「この箇は是れ何ぞ。」僧が言う―「色法。」師が言う―「この鑊湯に入る漢。」一紫衣の大徳有りて到り礼拝す。師、帽子の帯を拈じてこれを示して言う―

遮箇喚作什麼。大德雲。朝天帽。師雲。恁麼即老僧不卸也。師復問。所習何業。雲唯識。師雲。作麼生說。雲三界唯心萬法唯識。師指門扇雲。遮箇是什麼。雲是色法。師雲。簾前賜紫對御譚經。何得不持五戒。無對。僧問。某甲乍入叢林。乞指師示。師雲。爾不解問。雲和尚作麼生。師雲。放汝三十棒自領出去。問教意請師提綱。師雲。但問將來與爾道。僧雲。請和尚道。師雲。佛殿裡燒香。三門外合掌。問如何是展演之言。師雲。量才補職。僧雲。如何得不落展演。師雲。伏惟尚饗。師喚焦山近前來。又呼童子取斧來。童子取斧至雲。未有繩墨且斫麁。師喝之。又喚童子云。作麼生是爾斧頭。童子遂作斫勢。師雲。斫爾老爺頭不得。問如何是放一線道。師雲。量才補職。又問。如何是不放一線道。師雲。伏惟尚饗。新到僧參。師雲。汝是新到否。雲是。師雲。且放下葛藤會麼。雲不會。師雲。擔枷陳狀自領出去。僧便出。師雲。來來我實問爾什麼處來。雲江西。師雲。泐潭和尚在爾背後怕爾亂道見麼。無對。問寺門前金剛托即。乾坤大地不託即。絲髮不逢時如何。師雲。吽吽我不曾見此問。先跳三千倒退八百。爾合作麼生。僧雲諾。師雲。先責一紙罪狀好便打。其僧擬出。師雲。來我共爾葛藤。托即乾坤大地。爾且道洞庭湖裡水深多少。僧雲。不曾量度。師雲。洞庭湖又作麼生。僧雲。只為今時。師雲。只遮葛藤尚不會乃打之。問如何是觸途無滯底句。師雲。我不恁麼道。雲師作麼生道。師雲。箭過西天十萬裡向大唐國裡等候。有僧扣門。師雲。作麼。雲己事未明乞師指示。師雲。遮裡只有棒方開門。其僧擬問。師便摑其僧口問。以字不成。八字不是。是何章句。師彈指一聲雲。會麼。雲不會。師雲。上來表讚無限勝因。蝦蟇跳上梵天。蚯蚓走過東海。西峰長老來參。師致茶果命之令坐問雲。

「この箇を喚びて何とか作す。」大徳が言う―「朝天帽。」師が言う―「かくのごとくすればすなはち老僧卸さざるなり。」師復た問う―「習う所は何の業。」言う―「唯識。」師が言う―「作麼生に説く。」言う―「三界唯心、万法唯識。」師、門扇を指して言う―「この箇は是れ何ぞ。」言う―「是れ色法。」師が言う―「簾前に紫を賜り、御に対して経を談ず、何ぞ五戒を持たざるを得る。」対無し。僧が問う―「某甲、乍ら叢林に入る、師に指示を乞う。」師が言う―「お前、問を解せず。」言う―「和尚、作麼生。」師が言う―「お前に三十棒を放つ、自ら領りて出で去れ。」問う―「教意、師に提綱を請う。」師が言う―「ただ問を将来せよ、お前に道わん。」僧が言う―「和尚に道えを請う。」師が言う―「仏殿裏に香を焼き、三門外に合掌す。」問う―「いかなるか展演の言。」師が言う―「才を量りて職に補す。」僧が言う―「いかにすれば展演に落ちざるを得ん。」師が言う―「伏惟尚饗。」師、焦山を喚びて近前せしめ、また童子を呼びて斧を取り来れと令す。童子、斧を取りて至り、言う―「いまだ縄墨有らず、且く粗を斫らん。」師、これを喝す。また童子を喚びて言う―「作麼生か是れお前の斧頭。」童子、遂に斫勢を作す。師が言う―「お前の老爺の頭を斫ることを得ず。」問う―「いかなるか一線道を放つ。」師が言う―「才を量りて職に補す。」また問う―「いかなるか一線道を放たざる。」師が言う―「伏惟尚饗。」新到の僧参ず。師が言う―「お前は是れ新到か否や。」言う―「是。」師が言う―「且く葛藤を放下せよ、会すや。」言う―「会せず。」師が言う―「枷を担いで状を陳じ、自ら領りて出で去れ。」僧便ち出づ。師が言う―「来れ来れ。我実にお前に問う、何の処よりか来た。」言う―「江西。」師が言う―「潙潭和尚お前の背後に在り、お前の乱道を怕る、見るや。」対無し。問う―「寺門前の金剛、托すればすなはち乾坤大地、托さざればすなはち糸髪も逢わざる時いかん。」師が言う―「吽吽。我曽てこの問を見ず。先ず三千を跳び、退倒して八百。お前合に作麼生。」僧が言う―「諾。」師が言う―「先ず一紙の罪状を責むるが好し。」便ち打つ。その僧出でんと擬す。師が言う―「来れ。我お前と葛藤せん。托すればすなはち乾坤大地、お前且く道え、洞庭湖裏の水深多少。」僧が言う―「曽て量度せず。」師が言う―「洞庭湖また作麼生。」僧が言う―「ただ今時の為なり。」師が言う―「ただこの葛藤、なお会せず。」乃ちこれを打つ。問う―「いかなるか触途滞無き底の句。」師が言う―「我かくのごとく道わず。」言う―「師は作麼生に道う。」師が言う―「箭、西天十万里を過ぎ、大唐国裏に向かって等候す。」僧有りて門を扣く。師が言う―「作么す。」言う―「己事いまだ明らかならず、師に指示を乞う。」師が言う―「ここにただ棒有り。」方に門を開く。その僧問わんと擬す、師便ちその僧の口を掴す。問う―「以字成らず、八字不是なり、是れ何の章句。」師、一指を弾じて言う―「会すや。」言う―「会せず。」師が言う―「上り来りて表賛する無限の勝因。蝦蟆、梵天に跳上り、蚯蚓、東海を走り過ぐ。」西峰長老、来りて参ず。師、茶果を致し、坐を命じ令めて、問うて言う―

長老今夏在什麼處安居。雲蘭谿。師雲。有多少徒眾。雲七十來人。師雲。時中將何示徒。長老拈起甘子呈雲。已了。師雲。著什麼死急。時有僧新到參方禮拜。師叱雲。闍梨因何偷常住果子吃。僧雲。學人才到。和尚為什麼道偷果子。師雲。贓物見在。師問僧。近離什麼處。曰仰山。師曰。五戒也不持。曰某甲什麼處是妄語。師雲遮裡不著沙彌。

「長老、今夏は何の処にか安居す。」言う―「蘭渓。」師が言う―「多少の徒衆有る。」言う―「七十来人。」師が言う―「時中に何を将てか徒に示す。」長老、柑子を拈起して呈して言う―「已りぬ。」師が言う―「何ぞ死急に着せん。」時に僧、新到して参じ、方に礼拝す。師叱って言う―「闍梨、何を因りて常住の果子を偷んで吃する。」僧が言う―「学人纔かに到る、和尚、何の故ぞ果子を偷むと道う。」師が言う―「贓物現在せり。」師が僧に問う―「近く何の処を離れた。」言う―「仰山。」師が言う―「五戒もまた持たず。」言う―「某甲、何の処か是れ妄語。」師が言う―「ここに沙弥を着けず。」

杭州千頃山楚南禪師閩中人也。姓張氏。自髫齓投開元寺曇藹禪師出家。迨乎冠歲落髮。詣五臺具戒。就趙郡學相部律。往上都聽淨名經。既精研法義而未了玄機。遂謁芙蓉。芙蓉見曰。吾非汝師。汝師江外黃檗是也。師禮辭而參黃檗。黃檗垂問曰。子未現三界影像時如何。師曰。即今豈是有耶。曰有無且置。即今如何。師曰。非今古。曰吾之法眼已在汝躬。師乃入室執巾侍盥晨晡請益。尋值唐武宗廢教。師遂深竄林谷。暨大中初相國裴公休出撫宛陵。請黃檗和尚出山師隨出。由茲抵姑蘇報恩寺精修禪定。僅二十餘載足不踰閾。俄為郡守請住寶林院。未幾復請居支硎山。又住千頃慈雲院振黃蘗玄風。一日師上堂曰。諸子設使解得三世佛教如瓶注水。及得百千三昧。不如一念修無漏道。免被人天因果繫絆。時有僧問。無漏道如何修。師曰。未有闍梨時體取。曰未有某甲時誰人體。師曰。體者亦無。問如何是易。師曰。著衣吃飯不用讀經看教。不用行道禮拜燒身煉頂。豈不易耶。曰此既是易。如何是難。師曰。微有念生便具五陰。三界輪迴生死皆從汝一念生。所以佛教諸菩薩雲。佛所護念。師雖應機無倦。而常儼然處定。或逾月或浹旬。光啟三年錢氏請下山供養。昭宗聞其道化就賜紫衣。文德元年五月辭眾奄然而化。壽七十六。臘五十六。遷塔於院西隅。景福元年(一作大順二年)壬子二月宣州孫儒寇錢塘。兵士發塔覩全身不散爪髮俱長。謝罪懺悔而去。師平昔著般若經品頌偈一卷破邪論一卷。見行於世。

杭州千頃山楚南禅師は、闽中の人。姓は張。髫齔より開元寺の曇藹禅師に投じて出家す。冠歳に迨んで落髪し、五台に詣りて具戒す。趙郡に就きて相部律を学び、上都に往きて浄名経を聴く。すでに法義を精研すれどもいまだ玄機を了せず、遂に芙蓉に謁す。芙蓉、見て言う―「吾はお前の師にあらず。お前の師は江外の黄檗是れなり。」師、礼して辞して黄檗に参ず。黄檗、問を垂れて言う―「子、いまだ三界の影像を現影像を現ぜざる時いかん。」師が言う―「即今あに是れ有らんや。」問う―「有無は且く置く、即今いかん。」師が言う―「今古に非ず。」言う―「吾が法眼すでにお前の躬に在り。」師乃ち入室し、巾を執りて盥を侍し、晨晡請益す。尋いで唐武宗の廃教に値い、師遂に深く林谷に竄る。大中の初めに暨り、相国裴公休、出でて宛陵を撫し、黄檗和尚を請じて山を出でしむ、師随いて出づ。これに由りて姑蘇報恩寺に抵り、禅定を精修す、僅かに二十余載、足閾を逾えず。俄かに郡守の為に請われて宝林院に住す。未几、復た請われて支硎山に居る。また千頃慈雲院に住し、黄檗の玄風を振るう。一日、師上堂して言う―「諸子、設使三世の仏教を瓶に水を注ぐが如く解得し、および百千の三昧を得るとも、一念の無漏道を修するに如かず、人天の因果に系絆せられるを免れん。」時に僧問う―「無漏道はいかに修する。」師が言う―「いまだ闍梨有らざる時に体取せよ。」問う―「いまだ某甲有らざる時、誰人か体する。」師が言う―「体する者もまた無し。」問う―「いかなるか易。」師が言う―「衣を着て飯を吃し、経を読み教を看るを用いず、行道礼拝・焼身煉頂を用いず、あに易ならずや。」問う―「これすでに易なり、いかなるか難。」師が言う―「微かに念生ぜば便ち五陰を具し、三界輪回生死は皆お前の一念より生ず。ゆえに仏、諸菩薩に教えて云う、仏の護念する所と。」師、機に応じて倦まざるといえども、常に儼然として定に処り、あるいは月を逾えあるいは旬を浹す。光啓三年、銭氏、請うて山を下りて供養さしむ。昭宗、その道化を聞き、就きて紫衣を賜う。文徳元年五月、衆に辞し、奄然として化す。寿七十六、臘五十六。塔を院の西隅に遷す。景福元年(一に大順二年と作す)壬子二月、宣州の孫儒、銭塘を寇し、兵士塔を発き、全身散ぜず、爪髪倶に長しを睹て、罪を謝し懺悔して去る。師、平昔『般若経品頌偈』一巻、『破邪論』一巻を著す、いま世に行わる。

福州烏石山靈觀禪師(住本山薛老峰。亦云丁墓山。時稱老觀和尚)尋常扃戶人罕見之。唯一信士每至食時送供方開。一日雪峰伺便扣門。師出開門。雪峰驀胸搊住雲。是凡是聖。師唾雲。遮野狐精。便推出閉卻門。雪峰雲。也只要識老兄。師因剗草次問僧。汝何處去。雲西院禮拜安和尚去。時竹上有一青蛇子。師指蛇雲。欲識西院老野狐精。只遮便是。師一日問西院安和尚。此一片地堪著什麼物。安雲。好著箇無相佛。師雲。好片地被兄放不淨。師一日引水次有僧來參。師以引水橫抽示之。其僧便去。師至暮問小師。適來僧在何處。小師雲。發去也。師雲。只得一橛(玄覺雲。什麼處是少一橛)問如何是佛。師出舌示之。其僧禮謝。師雲。住住爾見什麼便禮拜。僧雲。謝和尚慈悲出舌相示。師雲。老漢近日舌上生瘡。有僧到敲門。行者開門後便出去。其僧入禮拜問。如何是西來意。師雲。適來出去者是什麼人。僧擬近前。師便托出閉卻門。曹山行腳時問。如何是毘盧師法身主。師雲。我若向爾道即別有也。曹山舉似洞山。洞山雲。好箇話頭只欠進語。何不更去問為什麼不道。曹山乃卻來進前語。師雲。若言我不道。即啞卻我口。若言我道。即謇卻我舌。曹山歸舉示洞山。洞山深肯之。

福州烏石山霊観禅師(本山薛老峰に住す、亦云う丁墓山、時に老観和尚と称す)。尋常戸を扃ぢ、人稀にこれを見る。ただ一信士、毎に食時に至りて供を送りて方に開く。一日、雪峰便を伺いて門を扣く。師、出でて門を開く。雪峰、蓦に胸を搊住して言う―「是れ凡か是れ聖か。」師、唾して言う―「この野狐精。」便ち推出して門を閉却す。雪峰が言う―「も亦たただ老兄を識らんと要するのみ。」師、草を铲ぐ次、僧に問う―「お前、何処へ去る。」言う―「西院に礼拝して安和尚に去る。」時に竹上に一青蛇子有り。師、蛇を指して言う―「西院の老野狐精を識らんと欲せば、ただこれ便ち是れ。」師、一日西院安和尚に問う―「この一片の地、堪えて何物を着くべき。」安が言う―「箇の無相仏を着くるが好し。」師が言う―「好き片地、兄に不浄を放たれたり。」師、一日水を引く次、僧有りて来り参ず。師、引水を以て横に抽げてこれを示す。その僧便ち去る。師、暮に至りて小師に問う―「さきほどの僧は何の処に在る。」小師が言う―「発き去りしなり。」師が言う―「ただ一橛を得るのみ。」(玄覚が言う―「何の処か是れ一橛を少しとする。」)問う―「いかなるか仏。」師、舌を出でてこれを示す。その僧、礼謝す。師が言う―「住住、お前何を見て便ち礼拝する。」僧が言う―「和尚の慈悲、舌を出でて相を示すを謝す。」師が言う―「老漢、近日舌上に瘡を生ず。」僧有りて到り門を敲く。行者門を開きて後、便ち出で去る。その僧入りて礼拝して問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「さきほど出で去りし者は是れ何なる人。」僧、近前せんと擬す。師便ち托出し、門を閉却す。曹山、行脚の時問う―「いかなるか毘盧師法身の主。」師が言う―「我もしお前に向かって道わばすなはち別有らん。」曹山、洞山に挙似す。洞山が言う―「好き箇の話頭、ただ進語を欠く。何ぞ更に去りて何の故ぞ道わざると問わざる。」曹山乃ち却って来りて前の語を進む。師が言う―「もし我道わずと言わばすなはち我が口を唖却し、もし我道うと言わばすなはち我が舌を謇却せん。」曹山、帰りて洞山に挙示す。洞山、深くこれを肯んず。

杭州羅漢院宗徹禪師湖州吳興縣人也。姓吳氏。幼歲出家依年受具。巡方參禮。依黃檗希。運禪師法席。黃檗一見便深器之。入室領旨。後至杭州。州牧劉彥慕其道。立精舍於府西號羅漢院。化徒三百。師有時上堂僧問。如何是西來意。師曰骨剉也(師對機多用此語。故時人因號骨剉和尚)問如何是南宗北宗。師曰。心為宗。僧曰。還看教也無。師曰。教是心。問性地多昏如何了悟。師曰。煩雲風卷太虛廓清。曰如何得明去。師曰。一輪皎潔萬裡騰光。師後示疾遷化。門人塔於院之北隅梁貞明五年錢王廣其院為安國羅漢寺。移師塔於大慈山塢。今寺與塔並存。

杭州羅漢院宗徹禅師は、湖州呉興県の人。姓は呉。幼歳出家し、年に依りて具を受く。方を巡りて参礼し、黄檗希運禅師の法席に依る。黄檗、一見して便ち深くこれを器とし、入室して旨を領す。後に杭州に至る。州牧劉彦、その道を慕い、精舎を府西に立て、羅漢院と号し、徒を化すること三百。師、時有りて上堂す。僧が問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「骨剉なり。」(師、機に対して多くこの語を用う、ゆえに時人に因りて骨剉和尚と号す。)問う―「いかなるか南宗北宗。」師が言う―「心を宗と為す。」僧が言う―「還って教を看るや無きや。」師が言う―「教は是心なり。」問う―「性地昏きこと多し、いかにして了悟せん。」師が言う―「煩雲風巻かれ、太虚廓清せり。」問う―「いかにすれば明を得て去らん。」師が言う―「一輪皎潔、万里光を騰がす。」師、後に疾を示して遷化す。門人、塔を院の北隅に建つ。梁貞明五年、銭王、その院を広げて安国羅漢寺と為し、師の塔を大慈山塢に移す。いま寺と塔と並び存す。

裴休字公美。河東聞喜人也(唐書本傳作孟州濟源人)守新安日。屬運禪師初於黃檗山捨眾入大安精舍。混跡勞侶掃灑殿堂。公入寺燒香。主事祇接。因觀壁畫乃問。是何圖相。主事對曰。高僧真儀。公曰。真儀可觀高僧何在。僧皆無對。公曰。此間有禪人否。曰近有一僧投寺執役。頗似禪者。公曰。可請來詢問得否。於是遽尋運師。公覩之欣然曰。休適有一問諸德吝辭。今請上人代醻一語。師曰。請相公垂問。公即舉前問。師朗聲曰。裴休。公應諾。師曰。在什麼處。公當下知旨如獲髻珠。曰吾師真善知識也。示人剋的。若是何汩沒於此乎。寺眾愕然。自此延入府署留之供養執弟子之禮。屢辭不已。復堅請住黃檗山薦興祖教。有暇即躬入山頂謁。或渴聞玄論即請師入州。公既通徹祖心。復博綜教相。諸方禪學。鹹謂裴相不浪出黃檗之門也。至遷鎮宣城還思瞻禮。亦創精藍迎請居之(唐新安郡即歙州也。唐史裴相本傳無出守。明說雖未必不經為歙州太守。然觀其傳心法要序。即知其初識運公於洪州。再見之於宣州。皆迎請而來。非邂逅也。今本章述所問壁畫高僧之處。必為差誤。苟或果在歙州。則序中安得不言耶。據廣燈以為在筠州。四家錄又云在洪州皆不然也。按唐史。武德中以洪州高安縣置靖州。更名筠州尋廢之。至南唐李景再置。中間豈得有郡守。以此知廣燈之誤也。又按傳心法要序雲。予會昌二年廉於鍾陵。自山迎至州憩龍興寺。以此知四家錄亦誤。其餘在黃蘗章中辨之也)。雖圭峰該通禪講為裴之所重。未若歸心於黃檗而傾竭服膺者也。又撰圭峰碑雲。休與師於法為昆仲。於義為交友。於恩為善知識。於教為內外護。斯可見矣。仍集黃檗語要。親書序引冠於編首留鎮山門。又親書大藏經五百函號迄今寶之。又圭峰禪師著。禪源諸詮原人論及圓覺經疏注法界觀。公皆為之序。公父肅字中明。

裴休、字は公美、河東聞喜の人。(『唐書』本伝は孟州済源の人と作す。)新安を守る日、運禅師初めて黄檗山に於て衆を舎て大安精舎に入り、労侶に混迹し、殿堂を掃洒すに属す。公、寺に入りて香を焼く、主事ただ接す。因りて壁画を観て乃ち問う―「是れ何の図相ぞ。」主事対して言う―「高僧の真儀。」公が言う―「真儀は観る可し、高僧は何れに在る。」僧皆対無し。公が言う―「此間に禅人有るや否や。」言う―「近く一僧有りて寺に投じて役を執る、頗る禅者に似たり。」公が言う―「請い来りて詢問することを得るや否や。」ここに遽に運師を尋ぬ。公、これを睹て欣然として言う―「休、さきほど一問有り、諸徳辞を吝む。いま上人に請うて代えて一語を酬えん。」師が言う―「相公に垂問を請う。」公すなはち前の問を挙ぐ。師、朗声に言う―「裴休。」公、應諾す。師が言う―「何の処に在る。」公、当下に旨を知る、髻珠を獲たるが如し。言う―「吾が師は真の善知識なり。人に示すこと克的なり。是のごとくなれば、何ぞ此に汩没せんや。」寺衆、愕然。此より府署に延入れ、留めて供養し、弟子の礼を執る。屡々辞せども已まず、復た堅く請うて黄檗山に住せしめ、祖教を興すを荐ぐ。暇有ればすなはち躬ら山頂に入りて謁す。あるいは玄論を聞かんと渇して、すなはち師を請じて州に入らしむ。公、すでに祖心に通徹し、復た教相を博綜す。諸方の禅学、咸く裴相は浪に黄檗の門を出づにあらずと謂う。宣城に鎮を遷すに至りて、還って瞻礼を思い、も亦た精藍を創めて迎請してここに居らしむ。(唐の新安郡はすなはち歙州なり。『唐史』裴相本伝に出守無し。明に説く、必ずしも歙州の太守たるを経ざらざるを得ずとも、然れどもその『伝心法要』の序を観れば、すなはちその初め運公を洪州に識り、再び之を宣州に見るを知る、皆迎請して来たる、邂逅にあらざるなり。いま本章の述ぶる所問の壁画高僧の処は必ず差誤と為すべし。苟くもあるいは果して歙州に在らば、則ち序中安んぞ言わざるを得んや。『広灯』に拠りて以て筠州に在りと為し、『四家録』また云く洪州に在りと、皆然らず。『唐史』に按ずるに、武徳中、洪州高安県を以て靖州を置き、更めて筠州と名づけ、尋いでこれを廃す。南唐李景に至りて再び置く、中間あに郡守有るを得んや。これを以て『広灯』の誤を知る。また『伝心法要』の序に按ずるに云く、予、会昌二年に鍾陵を廉かり、山より州に迎え至りて竜興寺に憩う。これを以て『四家録』のも亦た誤を知る。その余は黄檗の章中に之を辨ず。)圭峰禅講に該通して裴の重んずる所と為るも、黄檗に心を帰して傾竭に服膺するに若かず。また圭峰碑を撰して云く―休と師とは法に於ては昆仲、義に於ては交友、恩に於ては善知識、教に於ては内外護、これ見る可し。仍ほ黄檗の語要を集め、親ら序引を書して編首に冠り、山門に留め鎮す。また親ら大蔵経五百函の号を書す、今に至るまでこれを宝とす。また圭峰禅師の『禅源諸詮』『原人論』および『円覚経疏注法界観』を著す、公皆これが為に序す。公の父は粛、字は中明。

任越州觀察使。應三百年讖記。重建龍興寺大佛殿。自撰碑銘(先是越州沙門曇彥。身長五尺。眉垂數寸。與檀越許詢字玄度。同造塼木大塔二所。彥有神異。天降相輪。能駐日倍工。復從地引其膊至塔頂。塔未就詢亡。彥師壽長可百二十餘歲。猶待得詢後身為嶽陽王來撫越州。蓋願力也。彥預告門人曰。許玄度來也。弟子鹹謂師老耄言無準的。許玄度死已三十餘載。何雲更來也。時嶽陽王早承誌公密示。才到州便入寺尋訪。彥師出門佇望。遙見乃召曰。許玄度來何暮。昔日浮圖今如故。王曰。弟子姓蕭名詧。師何以許玄度呼之。彥曰。未達宿命焉得知之。遂握手命入室席地。彥以三昧力加被王。忽悟前身造塔之事宛若今日。由是二塔益資壯麗。時龍興寺大殿墮壞。眾請彥師重修。彥曰。非貧道緣力也。卻後三百年有緋衣功德主。來興此殿大作佛事。寺眾刻石記之。及期裴太守赴任興隆三寶。傾施俸錢修成大殿。方曉彥師懸記無忒)公遂篤志內典深入法會。有發願文。傳於世。

越州観察使に任ぜらる。三百年の讖記に応じ、竜興寺の大仏殿を重建し、自ら碑銘を撰す。(先ず是れ越州の沙門曇彦、身の長さ五尺、眉数寸を垂れ、檀越の許詢(字は玄度)と同じく磚木の大塔二所を造る。彦、神異有り、天相輪を降し、能く日を駐めて工を倍す。復た地よりその膊を引きて塔頂に至らしむ。塔いまだ就かず、詢亡す。彦師の寿長くして可なること百二十余歳、なお詢の後身の岳陽王と為りて来りて越州を撫するを待つを得、おおむね願力なり。彦、預め門人に告げて言う―「許玄度来れり。」弟子咸く師の老耄を謂い、言に準的無しとす。許玄度の死せしことすでに三十余載、何をか更に来ると云う。時に岳陽王、早く志公の密示を承く、纔かに州に到りて便ち寺に入りて尋訪す。彦師、門を出でて佇望し、遥かに見て乃ち召して言う―「許玄度の来ること何の暮れんや。昔日の浮図、いま故きが如し。」王が言う―「弟子、姓は蕭名は詧、師何を以てか許玄度と之を呼ぶ。」彦が言う―「いまだ宿命に達せず、焉んぞこれを知るを得ん。」遂に手を握りて室に入りて席地せしむ。彦、三昧力を以て王に加被し、忽ち前身の塔を造りし事、宛として今日の如くを悟る。これに由りて二塔益々壮丽を資す。時に竜興寺の大殿堕壊し、衆、彦師に請うて重修せしめんとす。彦が言う―「貧道の縁力にあらず。却後三百年に緋衣の功徳主有りて来りてこの殿を興し、大いに仏事を作さん。」寺衆、石を刻みてこれを記す。期に及びて裴太守、任に赴き、三宝を興隆し、俸銭を傾施して大殿を修成す、方に彦師の懸記忒無きを暁る。)公、遂に志を内典に篤くし、深く法会に入る。発願文有りて世に伝わる。

懷讓禪師第五世

懐譲禅師第五世

前袁州仰山慧寂禪師法嗣

前袁州仰山慧寂禅師の法嗣

仰山西塔光穆禪師(第二世住)僧問。如何是正聞。師曰。不從耳入。曰作麼生。師曰。還聞麼。問祖意與教意同別。師曰。同別且置汝道瓶嘴裡什麼物出來入去。問如何是西來意。師曰。汝無佛性。問如何是頓。師作圓相示之。曰如何是漸。師以手空中撥三下。

仰山西塔光穆禅師(第二世住)。僧が問う―「いかなるか正聞。」師が言う―「耳より入らず。」問う―「作麼生。」師が言う―「還って聞くや。」問う―「祖意と教意、同か別か。」師が言う―「同別は且く置く。お前道え、瓶嘴裏より何物か出来入去する。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「お前に仏性無し。」問う―「いかなるか頓。」師、円相を作してこれを示す。問う―「いかなるか漸。」師、手を以て空中に三下撥ぐ。

晉州霍山景通禪師初參仰山。仰山閉目坐。師曰。如是如是。西天二十八祖亦如是。中華六祖亦如是。和尚亦如是。景通亦如是。語訖向右邊翹一足而立。仰山起來打四藤杖。師因此自稱集雲峰下四藤條天下大禪佛(歸宗下亦有大禪佛。名智通。終於五臺)後住霍山。有行者問。如何是佛法大意。師乃禮拜。行者曰。和尚為什麼禮俗人。師曰。汝不見道尊重弟子。師問僧。什麼處來。僧提起坐具。師雲。龍頭蛇尾。僧問。如何是佛。師打之。僧亦打師。師曰。汝打我有道理。我打汝無道理。僧無對。師乃打趁。師化緣將畢。先備薪於郊野遍辭檀信。食訖行至薪所。謂弟子曰。日午當來報至日午。師自執燈登積薪上。以笠置頂後作圓光相。手執拄杖作降魔杵勢。立終於紅焰中。

晋州霍山景通禅師。初め仰山に参ず。仰山、目を閉ぢて坐す。師が言う―「如是如是。西天二十八祖も亦た如是、中華六祖も亦た如是、和尚も亦た如是、景通も亦た如是。」語訖りて右辺に向かって一足を翹げて立つ。仰山、起ち来りて四藤杖を打つ。師、これに因りて自ら「集云峰下の四藤条、天下の大禅仏」と称す。(帰宗の下にも亦た大禅仏有り、名は智通、五台に終す。)後に霍山に住す。行者有りて問う―「いかなるか仏法の大意。」師乃ち礼拝す。行者が言う―「和尚、何の故ぞ俗人を礼する。」師が言う―「お前、弟子を尊重すと道うを見ざるか。」師が僧に問う―「何の処よりか来る。」僧、坐具を提起す。師が言う―「竜頭蛇尾。」僧が問う―「いかなるか仏。」師、これを打つ。僧もまた師を打つ。師が言う―「お前が我を打つは道理有り、我がお前を打つは道理無し。」僧は対無し。師乃ち打ちて趁う。師、化縁将に畢らんとし、先ず薪を郊野に備え、遍く檀信に辞す。食訖りて行きて薪所に至り、弟子に対して言う―「日午に当たりて来り報ずべし。」日午に至りて、師自ら灯を執りて積薪の上に登り、笠を以て頂後に置きて円光相を作し、手に拄杖を執りて降魔杵の勢を作し、紅焰中に立ちて終す。

杭州文喜禪師嘉禾蓹兒人也。姓朱氏。七歲出家。唐開成二年趙郡具戒。初習四分律。屬會昌廢教返服韜晦。大中初例重懺度於鹽官齊峰寺。後謁大慈山性空禪師。性空曰。子何不遍參乎。咸通三年至洪州觀音院見仰山。言下頓了心契。仰山令典常住。一日有異僧就求齋食。師減己分饋之。仰山預知問曰。適來果位人汝給食否。答曰。輟己迴施。仰山曰。汝大利益。七年旋浙右止千頃山築室而居。會巢寇之亂避地湖州住仁王院。光啟三年錢王請住龍泉廨署(今慈光院)僧問。如何是涅槃相。州曰。香煙盡處驗。問如何是佛法大意。師曰。喚院主來遮師僧患顛。問如何是自己。師默然。僧罔措。再問。師曰。青天矇昧不向月邊飛。大順元年錢王表薦賜紫衣。乾寧四年又奏師號曰無著。光化三年示疾。十月二十七日夜子時告眾曰。三界心盡即是涅槃。言訖跏趺而終。壽八十。臘六十。終時方丈發白光竹樹同色。十一月二十二日遷塔靈隱山西塢(天祐二年宣城帥田頵應杭將許思叛換縱兵大掠。發師塔覩肉身不壞髮爪俱長。武肅王奇之。遣裨將邵志重封瘞焉)。

杭州文喜禅師は、嘉禾語児の人。姓は朱。七歳にして出家す。唐開成二年、趙郡に於て具戒す。初め四分律を習う。会昌の廃教に属し、服を返して韜晦す。大中の初め、例に重ねて懺度を塩官斉峰寺に於てす。後に大慈山性空禅師に謁す。性空が言う―「子、何ぞ遍参せざる。」咸通三年、洪州観音院に至りて仰山を見る、言下に頓ちに心契を了す。仰山、常住を典らしむ。一日、異僧有りて就きて斎食を求む。師、己が分を減じてこれに饋る。仰山、預め知り、問う―「さきほどの果位の人、お前食を給せしか否や。」答えて言う―「己を輟めて回施す。」仰山が言う―「お前大きに利益。」七年、浙右に旋り、千頃山に止りて室を築きて居る。会し巣寇の乱、地を避けて湖州に住し仁王院に居る。光啓三年、銭王、請うて竜泉廨署(今の慈光院)に住せしむ。僧が問う―「いかなるか涅槃相。」師が言う―「香烟尽くる処に験せよ。」問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「院主を喚び来れ、この師僧顛を患う。」問う―「いかなるか自己。」師、黙然。僧、罔措、再び問う。師が言う―「青天蒙昧、月辺に向かって飛ばず。」大順元年、銭王、表して紫衣を賜るを荐ぐ。乾寧四年、また奏して師の号を無著と曰わしむ。光化三年、疾を示す。十月二十七日の夜、子時に衆に告げて言う―「三界の心尽くるすなはち是れ涅槃。」言い訖りて跏趺して終す。寿八十、臘六十。終る時方丈白光を発し、竹樹色を同じくす。十一月二十二日、塔を霊隠山の西塢に遷す。(天祐二年、宣城帥田𫖳、杭将許思に応じて叛換し、兵を縦して大いに掠る。師の塔を発き、肉身壊れず、髪爪倶に長しを睹る。武粛王、これを奇とし、裨将邵志を遣わして重ねて封瘗せしむ。)

新羅五觀山順支本國號了悟大師。僧問。如何是西來意。師豎拂子。僧曰。莫遮箇便是。師放下拂子。問以字不成八字不是。是什麼字。師作圓相示之。有僧於師前作五花圓相。師畫破別作一圓相。

新羅五観山順支、本国に於て了悟大師と号す。僧が問う―「いかなるか西来意。」師、払子を竪つ。僧が言う―「あにこの箇便ち是れか。」師、払子を放下す。問う―「以字成らず、八字不是なり、是れ何の字ぞ。」師、円相を作してこれを示す。僧有りて師の前に五花の円相を作す。師、画破し、別に一円相を作す。

仰山南塔光湧禪師。僧問。文殊是七佛師。文殊有師否。師雲。遇緣即有。曰如何是文殊師。師竪拂子示之。僧曰。莫遮箇是麼。師放下拂子又手。問如何是妙用一句。師曰。水到渠成。問真佛住在何處。師曰。言下無相也不在別處。

仰山南塔光涌禅師。僧が問う―「文殊は是れ七仏の師、文殊に師有るや否や。」師が言う―「縁に遇えばすなはち有り。」問う―「いかなるか文殊師。」師、払子を竪ててこれを示す。僧が言う―「あにこの箇是れか。」師、払子を放下して叉手す。問う―「いかなるか妙用の一句。」師が言う―「水到りて渠成る。」問う―「真仏は何の処にか住す。」師が言う―「言下に相無く、もまた別処に在らず。」

仰山東塔和尚。僧問。如何是君王劍。師曰。落纜不採功。僧曰。用者如何。師曰。不落時人手。問法王與君王相見時如何。師曰。兩掌無私。曰見後如何。師曰。中間絕像。

仰山東塔和尚。僧が問う―「いかなるか君王の剣。」師が言う―「缆を落として功を采らず。」僧が言う―「用うる者はいかん。」師が言う―「時人の手に落ちず。」問う―「法王と君王と相見する時いかん。」師が言う―「両掌私無し。」問う―「見たる後いかん。」師が言う―「中間像を絶つ。」

前臨濟義玄禪師法嗣

前臨済義玄禅師の法嗣

灌谿志閑禪師魏府館陶人也。姓史氏。幼從柏巖禪師披剃。二十受具。後見臨濟和尚。和尚搊住良久放之。師曰。領矣。往後謂眾曰。我見臨濟無言語。直至如今飽不饑。問請師不借。師曰。我滿口道不借。師又曰。大庾嶺頭佛不會。黃梅路上沒眾生。師會下一僧去參石霜。石霜問。什麼處來。雲灌谿來。石霜雲。我北山住不如他南山住。僧無對。師聞雲。但道修涅槃堂了也。僧問。久嚮灌谿。到來只見漚麻池。師曰。汝只見漚麻池不見灌谿。僧曰。如何是灌谿。師曰。剪箭急(後人舉似玄沙。玄沙雲。更學三十年未會禪)問如何是古人骨。師曰。安置不得。曰為什麼安置不得。師曰。金烏那教下碧天。問金鎖斷後如何。師曰。正是法汝處。問如何是細。師曰。迴換不迴換。曰末後事如何。師曰。忌丈六口頭。問如何是一色。師曰。不隨。曰一色後如何。師曰。有闍梨承當分也無。問今日一會抵敵何人。師曰。不為凡聖。問一句如何。師曰。不落千聖機。問如何是洞中水。師曰不。洗人師唐乾寧二年乙卯五月二十九日問侍者曰。坐死者誰。曰僧伽。立死者誰。曰僧會。乃行六七步垂手而逝。

灌溪志閑禅師は、魏府館陶の人。姓は史。幼くして柏巌禅師に従いて披剃し、二十にして具を受く。後に臨済和尚を見る。和尚、搊住すること良久してこれを放つ。師が言う―「領えり。」往後衆に対して言う―「我、臨済の言語無きを見て、いまに至るまで飽いて飢えず。」問う―「師に請うて借らざらんことを。」師が言う―「我、口を満たして借らずと道う。」師また言う―「大庾嶺頭、仏会せず、黄梅路上、衆生没せず。」師の会下の一僧、去りて石霜に参ず。石霜が問う―「何の処よりか来る。」言う―「灌溪より来た。」石霜が言う―「我、北山に住す、彼の南山に住するに如かず。」僧は対無し。師、聞きて言う―「ただ道え、涅槃堂を修し了りぬと。」僧が問う―「久しく灌溪に向かう、来りてただ漚麻池を見るのみ。」師が言う―「お前ただ漚麻池を見て、灌溪を見ず。」僧が言う―「いかなるか灌溪。」師が言う―「箭を剪むが如く急なり。」(後人、玄沙に挙似す。玄沙が言う―「更に三十年を学んでもいまだ禅を会せじ。」)問う―「いかなるか古人の骨。」師が言う―「安置することを得ず。」問う―「何の故ぞ安置することを得ざる。」師が言う―「金烏、那教えて碧天を下らせん。」問う―「金鎖断たる後いかん。」師が言う―「正しく是れお前を法する処。」問う―「いかなるか細。」師が言う―「回換す回換せず。」問う―「末後の事いかん。」師が言う―「丈六の口頭を忌む。」問う―「いかなるか一色。」師が言う―「随わず。」問う―「一色の後いかん。」師が言う―「闍梨承当の分有りや無きや。」問う―「今日の一会、何人に抵敵する。」師が言う―「凡聖の為ならず。」問う―「一句いかん。」師が言う―「千聖の機に落ちず。」問う―「いかなるか洞中の水。」師が言う―「人を洗わず。」師、唐乾寧二年乙卯五月二十九日、侍者に問うて言う―「坐して死する者は誰。」言う―「僧伽。」「立ちて死する者は誰。」言う―「僧会。」乃ち六七歩を行き、手を垂れて逝く。

幽州譚空和尚。有尼欲開堂說法。師曰。尼女家不用開堂。尼曰。龍女八歲成佛又作麼生。師曰。龍女有十八變。汝與老僧試一變看。尼曰。變得也是野狐精。師乃打趁。寶壽和尚問。除卻中上二根人來時師兄作麼生。師曰。汝適來舉早錯也。壽曰。師兄也不得無過。師曰。汝卻與我作師兄。壽側掌雲。遮老賊。

幽州譚空和尚。尼有りて堂を開きて法を説かんと欲す。師が言う―「尼の女家、堂を開くを用いず。」尼が言う―「竜女、八歳にして成仏す、また作麼生。」師が言う―「竜女に十八変有り。お前、老僧と試みに一変して看よ。」尼が言う―「変得するもまた是れ野狐精。」師乃ち打ちて趁う。宝寿和尚が問う―「中上二根の人の来る時を除却せば、師兄作麼生。」師が言う―「お前、さきほどの挙げ、早く錯りぬ。」寿が言う―「師兄もまた過無きを得ず。」師が言う―「お前却って我と師兄と作せ。」寿、側掌して言う―「この老賊。」

鎮州寶壽沼和尚(第一世住)僧問。萬境來侵時如何。師曰。莫管他。僧禮拜。師曰。不要動著。動著即打折汝腰。趙州諗和尚來。師在禪床背面而坐。諗展坐具禮拜。師起入方丈。諗收坐具而出。師問僧。什麼處來。曰西山來。師曰。見獼猴麼。曰見。師曰。作什麼伎倆。曰見某甲一箇伎倆也作不得。師打之。胡釘鉸參。師問。汝莫是胡釘鉸。曰不敢。師曰。還解釘得虛空否。曰請和尚折破。某甲與釘。師以拄杖打之。胡曰。和尚莫錯打某甲。師曰。向後有多口阿師。與汝點破在(趙州雲。只遮一縫尚不柰何。乃代雲。且釘遮一縫)問萬裡無片雲時如何。師曰。青天亦須吃棒。師將順世。謂門人曰。汝還知我行履處否。對曰。知和尚一生長坐不臥。師又令近前。門人近前。師曰。去非吾眷屬。言訖而化。

鎮州宝寿沼和尚(第一世住)。僧が問う―「万境、来り侵する時いかん。」師が言う―「彼を管するなかれ。」僧、礼拝す。師が言う―「動着するを要すなかれ。動着すればすなはちお前の腰を打折らん。」趙州諗和尚来る。師、禅床に背きて面をそむけて坐す。諗、坐具を展げて礼拝す。師、起ちて方丈に入る。諗、坐具を収めて出づ。師が僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「西山より来た。」師が言う―「獼猴を見たりや。」言う―「見たり。」師が言う―「何の伎俩を作す。」言う―「某甲、一箇の伎俩も作ることを得ざるを見たり。」師、これを打つ。胡釘铰参ず。師が問う―「お前あに胡釘铰にあらずや。」言う―「敢あらず。」師が言う―「還って虚空を釘し得るを解すや否や。」言う―「和尚に請うて折破せん、某甲これを釘せん。」師、拄杖を以てこれを打つ。胡が言う―「和尚、某甲を錯打するなかれ。」師が言う―「向后に多口の阿師有りてお前に点破する在り。」(趙州が言う―「ただこの一縫、なお奈何せず。」乃ち代えて言う―「且くこの一縫を釘せよ。」)問う―「万里片雲無き時いかん。」師が言う―「青天も亦た須らく棒を吃すべし。」師、将に世に順らんとして門人に対して言う―「お前、還って我が行履の処を知るや否や。」対して言う―「和尚の一生、長く坐して臥せざるを知る。」師また近前せしむ。門人、近前す。師が言う―「去れ、吾が眷属にあらず。」言い訖りて化す。

鎮州三聖院慧然禪師。自臨濟受訣。遍歷叢林至仰山。仰山問。汝名什麼。師曰。名慧寂。仰山曰。慧寂是我名。師曰。我名慧然。仰山大笑而已。師到香嚴。嚴問。什麼處來。師曰。臨濟來。嚴曰。將得臨濟劍來麼。師以坐具驀口打而去。師到德山才展坐具。德山雲。莫展炊巾遮裡無𮩋飯。師曰。縱有也無著處。德山以拄杖打師。師接住卻推德山向禪床上。德山大笑。師哭蒼天而去。師在雪峰聞峰垂語云。人人盡有一面古鏡。遮箇獼猴亦有一面古鏡。師出問。歷劫無名。和尚為什麼立(一作彰)為古鏡。峰雲。瑕生也。師咄曰。遮老和尚話頭也不識。峰雲。罪過老僧住持事多。師見寶壽和尚開堂。師推出一僧在寶壽前。寶壽便打其僧。師曰。長老若恁麼為人。瞎卻鎮州一城人眼在(法眼雲。什麼是瞎卻人眼處)。

鎮州三聖院慧然禅師。臨済より訣を受け、遍く叢林を歴り、仰山に至る。仰山が問う―「お前、名は何と。」師が言う―「名は慧寂。」仰山が言う―「慧寂は是れ我が名。」師が言う―「我が名は慧然。」仰山、大笑すのみ。師、香厳に到る。厳が問う―「何の処よりか来る。」師が言う―「臨済より来た。」厳が言う―「臨済の剣を将て来るや。」師、坐具を以て蓦に口を打ちて去る。師、徳山に到り、纔かに坐具を展ぐ。徳山が言う―「炊巾を展ぐるなかれ、ここに餿飯無し。」師が言う―「たとえ有るとも着くる処無し。」徳山、拄杖を以て師を打つ。師、接住し、却って徳山を禅床上に向かって推す。徳山、大笑す。師、蒼天を哭して去る。師、雪峰に在り、峰の語を垂れて言うを聞く―「人人尽く一面の古鏡有り、この獼猴も亦た一面の古鏡有り。」師、出でて問う―「劫を歴るも名無し、和尚何の故ぞ立てて(一に彰と作す)古鏡と為す。」峰が言う―「瑕生ずるなり。」師、咄して言う―「この老和尚、話頭も識らず。」峰が言う―「罪過。老僧、住持の事多し。」師、宝寿和尚の堂を開くを見る。師、一僧を推出して宝寿の前に在らしむ。宝寿、便ちその僧を打つ。師が言う―「長老、もしかくのごとく人と為さば、鎮州一城の人の眼を瞎却する在り。」(法眼が言う―「何なるか是れ人の眼を瞎却する処。」)

魏府大覺禪師。興化存獎禪師為院宰時。師一日問曰。我常聞汝道向南行一迴。拄杖頭未曾撥著箇會佛法底人。汝憑什麼道理有此語。興化乃喝。師便打。興化又喝。師又打。來日興化從法堂過。師召曰。院主。我直下疑汝昨日行底喝。與我說來。興化曰。存獎平生於三聖處學得底。盡被和尚折倒了也。願與存獎箇安樂法門。師曰。遮瞎驢來遮裡納敗缺卸卻衲帔待痛決一頓。興化即於語下領旨。雖同嗣臨濟。而常以師為助發之友。師臨終時謂眾曰。我有一隻箭要付與人。時有一僧出雲。請和尚箭。師雲。汝喚什麼作箭。僧喝。師打數下。自歸方丈卻喚其僧入來。問雲。汝適來會麼。僧雲。不會。師又打數下。擲卻拄杖雲已。後遇明眼人分。明舉似。便乃告寂。

魏府大覚禅師。興化存奨禅師が院宰たりし時、師、一日問うて言う―「我常に聞く、お前の南に向かって一行せしに、拄杖頭いまだかつて箇の仏法を会する底の人を撥着せずと道うを。お前、何の道理に凭りてこの語有る。」興化乃ち喝す。師便ち打つ。興化また喝す。師また打つ。来日、興化法堂を過ぐ。師召して言う―「院主。我、直に下ってお前の昨日行じたる底の喝を疑う、我に説いて来れ。」興化が言う―「存奨、平生三聖の処に於て学び得たる底、尽く和尚に折倒せられたり。願わくは存奨に箇の安楽法門を与えよ。」師が言う―「この瞎驢、ここに来りて敗缺を納す。衲帔を卸却せよ、痛く一頓を決せんを待て。」興化、すなはち語下に於て旨を領す。同じく臨済を嗣ぐといえども、常に師を以て助発の友と為す。師、臨終の時、衆に対して言う―「我に一只の箭有りて人に付さんと要す。」時に一僧出でて言う―「和尚の箭を請う。」師が言う―「お前、何をか喚びて箭と作す。」僧、喝す。師、数下を打つ。自ら方丈に帰り、却ってその僧を喚び入れて問うて言う―「お前、さきほど会せしか。」僧が言う―「会せず。」師また数下を打ち、拄杖を擲却して言う―「以后、明眼の人に遇わば、分明に挙似せよ。」便ち乃ち寂を告ぐ。

魏府興化存獎禪師問僧。什麼處來。曰崔禪處來。師曰。將得崔禪喝來否。曰不將得來。師曰恁麼即不從崔禪處來。僧喝之。師遂打。師謂眾曰。我只聞長廊也喝後架也喝。諸子汝莫盲喝亂喝。直饒喝得興化。向半天裡住。卻撲下來氣欲絕。待興化蘇息起來。向汝道未在。何以故。我未曾向紫羅帳裡撒真珠。與汝諸人虛空裡亂喝作什麼。師謂克賓維那曰。汝不久當為唱道之師。克賓曰。不入者保社。師曰。會了不入不會不入。賓雲總不與麼。師便打。乃雲。克賓維那法戰不勝。罰錢五貫設飯一堂。至明日師自白槌雲。克賓維那法戰不勝罰錢五貫設飯一堂不得吃飯即時出院。僧問。國師喚侍者意作麼生。師曰。一盲引眾盲師有時喚僧某甲。僧應諾。師曰。點即不到。又別喚一僧。僧應諾。師曰。到即不點。師後為後唐莊宗師。莊宗一日謂師曰。朕收大梁得一顆無價明珠。未有人酬價。師曰。請陛下珠看。帝以手舒開幞頭腳。師曰。君王之寶誰敢酬價(玄覺徵雲。且道興化肯同光不肯同光。若肯同光興化眼在什麼處。若不肯同光過在什麼處)師滅後勅諡廣濟大師。塔曰通寂。

魏府興化存奨禅師、僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「崔禅の処より来た。」師が言う―「崔禅の喝を将て来るや否や。」言う―「将て来らず。」師が言う―「かくのごとくすればすなはち崔禅の処より来らず。」僧、これを喝す。師遂に打つ。師、衆に対して言う―「我ただ長廊も亦た喝し、後架も亦た喝すを聞く。諸子、お前盲喝乱喝するなかれ。たとえ興化を喝して半裏に住せしむとも、却って扑ち下りて気絶せんと欲す。興化の蘇息して起くるを待ちて、お前に向かっていまだ在らずと道わん。何を以ての故、我いまだかつて紫羅帳裏に向かって真珠を撒きてお前たちに与えず。虚空裏に乱喝して作么す。」師、克賓維那に対して言う―「お前、久しからずして唱道の師と為るべし。」克賓が言う―「者の保社に入らず。」師が言う―「会して入らず、会せずして入らず。」賓が言う―「総ぼてかくのごとからず。」師便ち打つ。乃ち言う―「克賓維那、法戦勝たず、銭五貫を罰し、一堂の飯を設けん。」明日に至りて師、自ら槌を白じて言う―「克賓維那、法戦勝たず、銭五貫を罰し、一堂の飯を設けん、飯を吃することを得ず、即時院を出でよ。」僧が問う―「国師の侍者を喚ぶの意は作麼生。」師が言う―「一盲、衆盲を引く。」師、時有りて僧の某甲を喚ぶ。僧、應諾す。師が言う―「点すればすなはち到らず。」また別に一僧を喚ぶ。僧、應諾す。師が言う―「到ればすなはち点さず。」師、後に後唐荘宗の師と為る。荘宗、一日師に対して言う―「朕、大梁を収めて一顆の無价の明珠を得たり、いまだ人の价を酬うる有らず。」師が言う―「陛下の珠を看るを請う。」帝、手を以て幞頭の脚を舒開す。師が言う―「君王の宝、誰か敢て价を酬えん。」(玄覚が徴して言う―「且く道え、興化は同光を肯んずるや肯んぜざるや。もし同光を肯んずれば、興化の眼は何の処に在る。もし同光を肯んぜざれば、過は何の処に在る。」)師、滅後、勅して広済大師と諡し、塔を通寂と曰す。

定州善崔禪師。州將王公於衙署張座請師說法。師升坐良久。謂眾曰。出來也打不出來也打。時譚空和尚出曰。崔禪聻。師曰。久立太尉珍重。便下坐。

定州善崔禅師。州将王公、衙署に於て座を張りて師を請じて法を説かしむ。師、坐に升ること良久、衆に対して言う―「出来るも亦た打ち、出来ざるも亦た打つ。」時に譚空和尚出でて言う―「崔禅聻か。」師が言う―「久しく太尉を立たしむ、珍重。」便ち坐を下る。

鎮州萬歲和尚僧問。大眾上堂合譚何事。師曰。序品第一。問僧家究竟如何。師曰。本來只是吹灰法。卻向灘頭卸卻衣。師訪寶壽。初見便展坐具。寶壽即下禪床。師乃坐彼禪床。寶壽驟入方丈。少頃知事白師曰。堂頭和尚已關卻門也。請和尚庫頭吃茶。師乃歸院。翌日寶壽來復謁。師踞禪床。寶壽展坐具。師亦下禪床。寶壽還坐禪床。師歸方丈閉關。寶壽入侍者寮內取灰。於方丈前圍三道而退。

鎮州万歳和尚。僧が問う―「大衆上堂、合に何事を談ずべき。」師が言う―「序品第一。」問う―「僧家、畢竟いかん。」師が言う―「本来ただ是れ吹灰の法、却って灘頭に向かって衣を卸却す。」師、宝寿を訪う。初めて見れば便ち坐具を展ぐ。宝寿、すなはち禅床を下る。師乃ち彼の禅床に坐す。宝寿、驟りて方丈に入る。少頃、知事、師に白して言う―「堂頭和尚、すでに門を関却せり。和尚に請うて庫頭に茶を吃せん。」師乃ち院に帰る。翌日、宝寿来りて復た謁す。師、禅床に踞す。宝寿、坐具を展ぐ。師も亦た禅床を下る。宝寿、還って禅床に坐す。師、方丈に帰りて関を閉ぢる。宝寿、侍者寮内に入りて灰を取り、方丈の前に於て三道を囲みて退く。

雲山和尚。有僧從西京來。師問。還得西京主人書來否。僧曰。不敢妄通消息。師曰。作家師僧天然有在。僧曰。殘羹殘菜誰吃。師曰。獨有闍梨不甘吃。其僧乃作吐勢。師喚侍者曰。扶出遮病僧著。僧便出去。

雲山和尚。僧有りて西京より来る。師が問う―「還って西京の主人の書を得て来るや否や。」僧が言う―「敢て妄に消息を通ぜず。」師が言う―「作家の師僧、天然有る在り。」僧が言う―「残羹残菜、誰か吃する。」師が言う―「独り闍梨のみ吃せんと甘んぜず。」その僧乃ち吐勢を作す。師、侍者を喚びて言う―「この病僧を扶け出でて着けよ。」僧便ち出で去る。

桐峰菴主僧問。和尚遙裡忽遇大蟲作麼生。師作吼聲。僧作怖勢。師大笑。僧曰。遮老賊。師曰。爭柰老僧何。有僧到菴前便去。師曰。闍梨闍梨。僧迴首便喝。師良久。僧曰。死卻遮老漢。師乃打之。僧無語。師呵呵大笑。有僧入菴把住師。師曰。殺人殺人。其僧推開曰。叫作麼。師曰誰。僧乃喝。師打之。僧出迴首曰。且待且待。師大笑。

桐峰庵主。僧が問う―「和尚ここに忽ち大虫に遇わば作麼生。」師、吼声を作す。僧、怖勢を作す。師、大笑す。僧が言う―「この老賊。」師が言う―「老僧を怎んぞ奈んせん。」僧有りて庵前に到りて便ち去る。師が言う―「闍梨、闍梨。」僧、首を回らして便ち喝す。師、良久す。僧が言う―「この老漢を死却せしめたり。」師乃ちこれを打つ。僧は語無し。師、呵呵として大笑す。僧有りて庵に入りて師を把住す。師が言う―「人を殺す人を殺す。」その僧、推开して言う―「何をか叫ぶ。」師が言う―「誰。」僧乃ち喝す。師、これを打つ。僧、出でて首を回らして言う―「且く待て且く待て。」師、大笑す。

杉洋菴主。有僧到參。師問。阿誰。曰杉注菴主。師曰。是我。僧便喝。師作噓聲。僧曰。猶要棒在。師便打。僧問。菴主得什麼道理後住此山。師曰。也欲通箇來由。又恐遭人點檢。僧曰。又爭免得。師乃喝之。僧曰。恰是。師乃打。其僧大笑而出。師曰。今日大敗大敗。

杉洋庵主。僧有りて到り参ず。師が問う―「阿誰。」言う―「杉洋庵主。」師が言う―「是れ我。」僧便ち喝す。師、嘘声を作す。僧が言う―「なお棒を要する在り。」師便ち打つ。僧が問う―「庵主、何の道理を得てこの山に住する後。」師が言う―「も亦た箇の来由を通ぜんと欲すれども、また人の点検に遭わんことを恐る。」僧が言う―「また怎んぞ免れ得。」師乃ちこれを喝す。僧が言う―「恰も是れ。」師乃ち打つ。その僧、大笑して出づ。師が言う―「今日は大敗大敗。」

涿州紙衣和尚初問臨濟。如何是奪人不奪境。臨濟曰。春煦發生鋪地錦。嬰兒垂髮白如絲。師曰。如何是奪境不奪人。曰王令已行天下遍。將軍塞外絕煙塵師曰。如何是人境俱不奪。曰王登寶殿野老謳歌。師曰。如何是人境俱奪。曰並汾絕信獨處一方。師於言下領旨。深入三玄三要四句之門。頗資化道。

涿州紙衣和尚。初め臨済に問う―「いかなるか人を奪い境を奪わざる。」臨済が言う―「春煦発生して地錦を鋪き、嬰児髪を垂れて白きこと糸の如し。」師が言う―「いかなるか境を奪い人を奪わざる。」言う―「王令すでに行われて天下遍く、将軍塞外に煙塵を絶つ。」師が言う―「いかなるか人境倶に奪わざる。」言う―「王、宝殿に登り、野老謳歌す。」師が言う―「いかなるか人境倶に奪う。」言う―「并汾信を絶ち、独り一方に処る。」師、言下に於て旨を領し、深く三玄三要四句の門に入り、頗る化道を資す。

虎谿菴主。僧到抽坐具相看。師不顧。僧曰。知道菴主有此機鋒。師鳴指一聲。僧曰。是何宗旨。師便摑之。僧曰。知道今日落人便宜。師曰。猶要棒在。有僧才入門。師便喝。僧默然。師打之。僧卻喝。師曰。好箇草賊。僧到不審。師曰。阿誰。僧喝。師曰。得恁麼無賓主。僧曰。猶要第二喝在。師乃喝之。有僧問。和尚何處人事。師雲。隴西人。僧雲。承聞隴西有鸚鵡還實也無。師雲是。僧雲。和尚莫不是也無。師便作鸚鵡聲。僧雲。好箇鸚鵡。師便棒之。

虎溪庵主。僧、到りて坐具を抽きて相看す。師、顧みず。僧が言う―「庵主のこの機鋒有るを知道す。」師、指を鳴らして一声す。僧が言う―「是れ何の宗旨ぞ。」師便ちこれを掴す。僧が言う―「今日、人の便宜に落つるを知道す。」師が言う―「なお棒を要する在り。」僧有りて纔かに門に入れば、師便ち喝す。僧、黙然。師、これを打つ。僧、却って喝す。師が言う―「好き箇の草賊。」僧、到りて不審す。師が言う―「阿誰。」僧、喝す。師が言う―「かくのごとき無賓主なるを得たり。」僧が言う―「なお第二の喝を要する在り。」師乃ちこれを喝す。僧有りて問う―「和尚、何処の人事。」師が言う―「隴西の人。」僧が言う―「隴西に鸚鵡有ると承聞す、還って実なりや無きや。」師が言う―「是。」僧が言う―「和尚、あながちまたなきや。」師便ち鸚鵡の声を作す。僧が言う―「好き箇の鸚鵡。」師便ちこれを棒す。

覆盆菴主問僧。什麼處來。曰覆盆山下來。師曰。還見菴主否。僧便喝。師便掌。僧曰。作麼。師又喝。一日有僧從山下哭上。師閉庵門。僧於門上畫一圓月相。師從菴後出卻從山下哭上。僧喝曰。猶作遮箇去就在。師便換手搥胸曰。可惜先師一場埋沒。僧曰。苦苦。師曰。菴主被謾。

覆盆庵主、僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「覆盆山下より来た。」師が言う―「還って庵主を見るや否や。」僧便ち喝す。師便ち掌す。僧が言う―「作么す。」師また喝す。一日、僧有りて山下より哭して上る。師、庵門を閉ぢる。僧、門上に一円月相を画く。師、庵後より出で、却って山下より哭して上る。僧、喝して言う―「なおこの去就を作る在り。」師便ち手を換えて胸を捶きて言う―「先師の一場の埋没を惜しむ。」僧が言う―「苦苦。」師が言う―「庵主、謾されり。」

襄州歷村和尚煎茶次。僧問。如何是祖師西來意。師舉茶匙子。僧曰。莫只遮便當否。師擲向火中。問如何是觀其音聲而得解脫。師將火筯打柴頭問。汝還聞否。曰聞。師曰。誰不解脫。

襄州暦村和尚、茶を煎ずる次。僧が問う―「いかなるか祖師の西来意。」師、茶匙子を挙ぐ。僧が言う―「ただこれ便ち当たるや否や。」師、火中に擲向す。問う―「いかなるかその音声を観じて解脱を得る。」師、火箸を将て柴頭を打ち、問う―「お前還って聞くや否や。」言う―「聞く。」師が言う―「誰か解脱せざる。」

滄州米倉和尚。州牧請師與寶壽和尚入廳供養。令人傳語。請二長老譚論佛法。壽曰。請師兄長老答話。師喝之。壽曰。某甲尚未借問何便行喝師曰。猶欠少在。壽卻與一喝。

滄州米倉和尚。州牧、師と宝寿和尚とを請じて庁に入りて供養さしめ、人をして語を伝えしめて曰く―「二長老に請うて仏法を談論せん。」寿が言う―「師兄長老に請うて話に答えん。」師、これを喝す。寿が言う―「某甲、いまだ借問せざるに、何ぞ便ち喝を行ずる。」師が言う―「なお欠少する在り。」寿、却って一喝を与う。

睦州陳尊宿法嗣

睦州陳尊宿の法嗣

睦州刺史陳操與僧齋次。拈起餬餅問僧。江西湖南還有遮箇麼僧曰。尚書適來吃什麼。陳曰。敲鍾謝響。又一日齋僧次躬行餅。僧展手接。陳乃縮手。僧無語。陳曰。果然果然。異日問僧曰。有箇事與上坐商量得麼。僧曰。合取狗口。陳自摑曰。操罪過。僧曰。知過必改。陳曰。恁麼即乞上坐口吃飯。又齋僧自行食次曰。上坐施食。上坐曰。三德六味。陳曰錯。上坐無對。又與寮屬登樓次。有數僧行來。一官人曰。來者總是行腳僧。陳曰。不是。曰焉知不是。陳曰。待近與問相次。諸僧樓前行過。陳驀喚上坐。僧皆迴顧。陳謂諸官曰。不信道。又與禪者頌曰。

睦州刺史陳操、僧と斎する次、糊餅を拈起して僧に問う―「江西湖南に還ってこの箇有るや。」僧が言う―「尚書、さきほど何をか吃せし。」陳が言う―「鐘を敲きて響を謝す。」また一日、僧を斎する次、躬ら餅を行く。僧、手を展げて接す。陳乃ち手を縮む。僧は語無し。陳が言う―「果然果然。」異日、僧に問うて言う―「箇の事有りて上座と商量することを得るや。」僧が言う―「狗口を合取せよ。」陳、自ら掴して言う―「操、罪過なり。」僧が言う―「過を知れば必ず改む。」陳が言う―「かくのごとくすればすなはち上座の口を乞いて飯を吃せん。」また僧を斎して自ら食を行く次、言う―「上座、食を施す。」上座が言う―「三徳六味。」陳が言う―「錯。」上座は対無し。また僚属と楼に登る次、数僧行き来る有り。一官人が言う―「来る者は総ぼて行脚僧なり。」陳が言う―「不是。」問う―「焉んぞ不是を知る。」陳が言う―「近づくを待ちて問わん。」相次いで諸僧、楼前を行り過ぐ。陳、蓦に上座を喚ぶ。僧皆回顧す。陳、諸官に対して言う―「道を信ぜず。」また禅者と頌して言う―

禪者有玄機機玄是復非

禅者に玄機有り、機玄は是れ復た非なり。

欲了機前旨鹹於句下違

機前の旨を了せんと欲すれば、咸く句下に於て違う。

前香嚴智閑禪師法嗣

前香厳智閑禅師の法嗣

吉州止觀和尚。問如何是毘盧師。師攔胸與一托。問如何是頓。師雲。非梁陳。

吉州止観和尚。問う―「いかなるか毘盧師。」師、胸を拦えて一托を与う。問う―「いかなるか頓。」師が言う―「梁陳に非ず。」

壽州紹宗禪師。問如何是西來意。師曰。好事不出門惡事行千里。有官人謂師曰。見說江西不立宗。師曰。遇緣即立。曰遇緣立箇什麼。師曰。江西不立宗。

寿州紹宗禅師。問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「好事、門を出でず、悪事、千里を行く。」官人有りて師に対して言う―「江西に宗を立てずと見説す。」師が言う―「縁に遇えばすなはち立つ。」問う―「縁に遇いて箇の何をか立つ。」師が言う―「江西に宗を立てず。」

襄州延慶法端號紹真大師。官人問。蚯蚓斬兩段兩頭俱動。佛性在阿那頭。師展兩手(洞山別雲。即今問底在那箇頭。此又收在十一卷溈山下何也)。

襄州延慶法端、号は紹真大師。官人が問う―「蚯蚓を斬って両段と為すに、両頭倶に動く、仏性は阿那の頭に在る。」師、両手を展ぐ。(洞山が別に言う―「即今問う底は那箇の頭に在る。」これまた十一巻の潙山下に収む、何ぞや。)

益州南禪無染大師。問無句之句師還答也無。師曰。從來只明恁麼事。僧曰。畢竟如何。師曰。且問看。

益州南禅無染大師。問う―「句無きの句、師還って答うるや無きや。」師が言う―「従来ただかくのごとき事を明るむのみ。」僧が言う―「畢竟いかん。」師が言う―「且く問て看よ。」

益州長平山和尚。問視瞬不及處如何。師曰我眨眼也勿工夫。問如何是祖師意。師曰。西天來唐土去。

益州長平山和尚。問う―「視瞬の及ばざる処いかん。」師が言う―「我、眼を眨ぐもまた工夫無し。」問う―「いかなるか祖師意。」師が言う―「西天より来り、唐土に去る。」

益州崇福演教大師。問如何是寬廓之言。師曰。無口道得。問如何是西來意。師曰。今日明日。

益州崇福演教大師。問う―「いかなるか寛廓の言。」師が言う―「口無きに道得す。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「今日明日。」

安州大安山清幹禪師。問從上諸聖從何而證。師乃斫額。問如何是祖師西來意。師曰羊頭車子推明月。

安州大安山清干禅師。問う―「上りよりの諸聖、何よりか証す。」師乃ち額を斫る。問う―「いかなるか祖師の西来意。」師が言う―「羊頭車子、明月を推す。」

終南山豐德寺和尚。問如何是和尚家風。師曰。觸事面牆。問如何是本來事。師曰。終不更問人。

終南山豊徳寺和尚。問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「事に触れて壁に面す。」問う―「いかなるか本来の事。」師が言う―「終に更に人に問わず。」

均州武當山佛巖暉禪師。問頃年有疾又中毒藥。請師醫。師曰。二宜湯一椀。又問。如何是佛向上事。曰螺髻子。

均州武当山仏巌暉禅師。問う―「頃年疾有り、また毒薬に中り、師に医を請う。」師が言う―「二宜湯一碗。」また問う―「いかなるか仏向上の事。」言う―「螺髻子。」

江西廬山雙谿田道者。問如何是啐啄之機。師以手作啄勢。問如何是西來意。師曰。什麼處得箇問頭來。

江西廬山双渓田道者。問う―「いかなるか啐啄の機。」師、手を以て啄勢を作す。問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「何の処よりか箇の問頭を得た。」

前福州雙峰和尚法嗣

前福州双峰和尚の法嗣

雙峰古禪師(第二世)本業講經。因上雙峰禮謁。雙峰問雲。大德什麼處住。曰城裡住。雙峰曰。尋常還思老僧否。曰常思和尚無由禮覲。雙峰曰。只遮思底便是大德。師從此領旨即歸本寺。捨所居罷講入山執侍數年。後到石霜但隨眾而已。更不參請。眾僉謂。古侍者甞受雙峰印記。往往聞於石霜。霜欲詰其所悟。而未得其便。師因辭石霜。霜將拂子送出門首召曰。古侍者。師迴首。石霜曰。擬著即差。是著即乖。不擬不是。亦莫作箇會。除非知有。莫能知之。好去好去。師應喏喏。即前邁尋屬雙峰歸寂。師乃繼續住持。僧問。和尚當時秖對石霜。石霜恁麼道意作麼生。師曰。只教我不著是非(玄覺雲。且道他會石霜意不會)。

双峰古禅師(第二世)。本業は経を講ず。双峰に上りて礼謁するに因る。双峰、問うて言う―「大徳、何の処にか住す。」言う―「城裏に住す。」双峰が言う―「尋常、還って老僧を思うや否や。」言う―「常に和尚を思う、礼觐する由無し。」双峰が言う―「ただこの思う底便ち是れ大徳なり。」師、此より旨を領し、すなはち本寺に帰り、居る所を舎て、講を罷めて山に入り、数年を執侍す。後に石霜に到るも、ただ衆に随うのみ、更に参請せず。衆、僉に古侍者は嘗て双峰の印記を受くと謂い、往々石霜に聞ゆ。霜、その悟る所を詰めんと欲すれども、いまだその便を得ず。師、石霜を辞するに因る。霜、払子を将て門首に送り、召して言う―「古侍者。」師、首を回らす。石霜が言う―「拟着すればすなはち差り、是着すればすなはち乖る。不拟不是にしても、も亦た箇の会を作すなかれ。除非知有、能くこれを知る莫し。好く去れ好く去れ。」師、喏喏と應じ、すなはち前に邁す。尋いで双峰の寂に帰するに属し、師乃ち住持を継続す。僧が問う―「和尚、当時ただ石霜に対せしに、石霜かくのごとく道うの意は作麼生。」師が言う―「ただ我に是非を着せざるを教えたり。」(玄覚が言う―「且く道え、彼は石霜の意を会すや会せざるや。」)

前徑山第三世洪諲禪師法嗣

前径山第三世洪𬤇禅師の法嗣

洪州米嶺和尚尋常垂語曰。莫過於此。僧問。未審是什麼莫過於此。師曰。不出是(其僧後問長慶。為什麼不出是。慶雲汝擬喚作什麼)。

洪州米嶺和尚、尋常に語を垂れて言う―「此を過ぐること莫し。」僧が問う―「いまだ審らかならず、何なるか是れ此を過ぐること莫き。」師が言う―「是を出でず。」(その僧、後に長慶に問う―「何の故ぞ是を出でざる。」慶が言う―「お前、擬して何をか喚び作す。」)

前揚州光孝院慧覺和尚法嗣

前揚州光孝院慧覚和尚の法嗣

道巘禪師廬州人也。姓劉氏。初參侍覺和尚。便領悟微言。即於湖南大光山剃度。暨化緣彌盛。受請止昇州長慶禪苑。師一日上堂謂眾曰。彌勒世尊朝入伽藍暮成正覺。乃說俱雲。

道𪩘禅師は、廬州の人。姓は劉。初め覚和尚に参侍し、便ち微言を領悟す。すなはち湖南大光山に於て剃度す。化縁弥いよ盛んなるに暨り、請を受けて升州長慶禅苑に止る。師、一日上堂して衆に対して言う―「弥勒世尊、朝に伽藍に入り、暮に正覚を成ず。」乃ち偈を説いて言う―

三界上下法我說皆是心

三界上下の法、我が説くは皆是れ心なり。

離於諸心法更無有可得

諸の心法を離れて、更に得る可き有る無し。

看他恁麼道也大殺惺惺。若比吾徒猶是鈍漢。所以一念見道三世情盡。如印印泥更無前後。諸子生死事大快須薦取。莫為等閑業識茫茫。蓋為迷己逐物。世尊臨入涅槃。文殊請佛再轉法輪。世尊咄文殊言。吾四十九年住世。不曾一字與人。汝請吾再轉法輪。是謂吾曾轉法輪也。然今時眾中建立箇賓主問答。事不獲已蓋為初心爾。僧問。如何是長慶境。師曰。闍梨履踐看。問如何是佛法大意。師曰。古人豈不道。今日三月三。僧曰。學人不會。師曰。止止不須說。我法妙難思。便下坐。咸平二年歸寂。

彼のかくのごとく道うを看るに、大きに惺惺を殺すなり。もし吾が徒に比ぶればなお是れ鈍漢なり。ゆえに一念、道を見れば三世情尽き、印の泥を印するが如く、更に前後無し。諸子、生死の事大なり、快く須らく荐取すべし、等閑と為すなかれ。業識茫茫、おおむね己に迷いて物に逐うが為なり。世尊、涅槃に入らんと臨み、文殊、仏に請うて再び法輪を転ぜしめんとす。世尊、文殊を咄して言う―「吾、四十九年世に住すれども、曽て一字を人に与えず。お前、吾に請うて再び法輪を転ぜしめんとす、是れ吾が曽て法輪を転じたりと謂うなり。」然るに今時、衆中に箇の賓主問答を建立す、事已むことを獲ざるなり、おおむね初心の為なり。僧が問う―「いかなるか長慶境。」師が言う―「闍梨、履践して看よ。」問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「古人、あに道わざらんや、今日は三月三なり。」僧が言う―「学人会せず。」師が言う―「止止説くを須いず、我が法妙にして思い難し。」便ち坐を下る。咸平二年に寂に帰す。

懷讓禪師第六世前仰山南塔光湧禪師法嗣

懐譲禅師第六世 前仰山南塔光涌禅師の法嗣

越州清化全付禪師。吳郡崑山人也。父賈販。師隨至豫章。聞禪會之盛遂啟求出家。即詣江夏投清平大師。清平問曰。汝來何求。曰求法也。清平異而攝受之。尋登戒度奉事彌謹。一旦自謂曰。學無常師豈宜匏繫於此乎。即辭抵宜春仰山禮南塔湧和尚。湧問。從何而來。師曰。鄂州來。湧曰。鄂州使君名什麼。曰化下不敢相觸。湧曰。此地通不畏。師曰。大丈夫何必相試。湧囅然而笑。遂蒙印可乃遊廬陵。安福縣宰為建應國禪苑。迎以聚徒本道。上聞賜名清化焉。僧問。如何是和尚急切為人處。師曰。朝看東南暮看西北。僧曰。不會。師曰。徒誇東陽客不識西陽珍。問如何是正法眼。師曰。不可青天白日尿床也。師後因同里僧勉還故國。錢氏文穆王特加禮重。晉天福二年丁酉歲錢氏戍將闢雲峰山建院。亦以清化為名。法侶臻萃。僧問。如何是佛法大意。師曰。華表柱頭木鶴飛。問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。眼裡瞳人吹叫子。問和尚年多少。師曰。始見去年九月九。如今又見秋葉黃。僧曰。恁麼即無數也。師曰。問取黃葉。曰畢竟事如何。師曰。六隻骰子滿盆紅。問亡僧遷化向什麼處去。師曰。長江無間斷聚沫任風飄。曰還受祭祀也無。師曰祭祀即不無。僧曰。如何祭祀。師曰。漁歌舉櫂谷裡聞聲。至忠獻王賜以紫方袍。師不受。王改以衲衣。仍號純一禪師。師曰。吾非飾讓也。慮後人倣吾而逞欲耳。開運四年丁未秋七月示疾安然坐逝。有大風震摧林木。壽六十六。臘四十五。

越州清化全付禅師は、呉郡昆山の人。父、賈販す。師、随いて豫章に至り、禅会の盛んなるを聞き、遂に啓して出家を求む。すなはち江夏に詣りて清平大師に投ず。清平が問う―「お前、来りて何をか求む。」言う―「法を求むるなり。」清平、異としてこれを摂受す。尋いで戒度に登り、奉事弥いよ謹し。一旦、自ら謂うて言う―「学に常師無し、あに宜しく此に匏繋せんや。」すなはち辞し、宜春仰山に抵りて南塔涌和尚を礼す。涌が問う―「何よりか来る。」師が言う―「鄂州より来た。」涌が言う―「鄂州の使君、名は何と。」言う―「化下、敢て相触れず。」涌が言う―「此の地、通じて畏れず。」師が言う―「大丈夫、何ぞ必ずしも相試せん。」涌、冁然として笑い、遂に印可を蒙る。乃ち廬陵に遊ぶ。安福県宰、為に応国禅苑を建て、迎えて以て徒を聚む。本道に上聞し、名を清化と賜う。僧が問う―「いかなるか和尚の急切に人と為す処。」師が言う―「朝には東南を看、暮には西北を看る。」僧が言う―「会せず。」師が言う―「徒らに東陽の客を誇り、西陽の珍を識らず。」問う―「いかなるか正法眼。」師が言う―「青天白日に床に尿することなかれ。」師、後に同里の僧、故国に還らんことを勉むるに因る。銭氏文穆王、特に礼重を加う。晋天福二年丁酉歳、銭氏の戍将、雲峰山を辟きて院を建て、亦た清化を以て名と為す。法侶臻り萃まる。僧が問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「華表柱頭の木鶴飛ぶ。」問う―「路に達道の人に逢うに、語黙を将て対せず、いまだ審らかならず何を将てか対せん。」師が言う―「眼裏の瞳人、叫子を吹く。」問う―「和尚、年多少。」師が言う―「始めて去年九月九を見、いままた秋葉の黄なるを見る。」僧が言う―「かくのごとくすればすなはち数無し。」師が言う―「黄葉に問取せよ。」問う―「畢竟の事いかん。」師が言う―「六只の骰子、盆に満つ紅。」問う―「亡僧、遷化して何の処に向かってか去る。」師が言う―「長江間断無く、聚沫風に任せて飄る。」問う―「還って祭祀を受くるや無きや。」師が言う―「祭祀すなはち無きにあらず。」僧が言う―「いかにして祭祀する。」師が言う―「漁歌、棹を挙げ、谷裏に声を聞く。」忠献王に至りて紫方袍を賜うを以てす、師受けず。王、改めて衲衣を以てし、仍ほ号は純一禅師。師が言う―「吾、飾りて譲るにあらず。後人の吾に效いて欲を逞しうせんことを慮るのみ。」開運四年丁未秋七月、疾を示し、安然として坐逝す。大風有りて林木を震摧す。寿六十六、臘四十五。

郢州芭蕉山慧清禪師新羅人。問如何是芭蕉水。師曰。冬溫夏涼。問如何是吹毛劍。師曰。進前三步。僧曰。用者如何。師曰。退後三步。問如何是和尚為人一句。師曰。只恐闍梨不問。師上堂謂眾曰。會麼相悉者少珍重。問不語有問時如何。師曰。未出三門千里程。問如何是自己。師曰。望南看北斗。問光境俱亡復是何物。師曰知。曰知箇什麼。師曰。建州九郎。問如何是提婆宗。師曰。赤幡在左。師問僧近離什麼處。曰請師試道看。師曰。將謂是舶上商人。元來是當州小客。問不問二頭三首。請師直指本來面目。師默然正坐。問賊來須打客來須看。忽遇客賊俱來時如何。師曰。屋裡有一緉破草鞋。曰只如破草鞋還堪受用也無。師曰。汝若將去前兇後不吉問北斗裡藏身意旨如何。師曰。九九八十一。師又曰。會麼。僧曰不會。師曰。一二三四五。問古佛未出興時如何。師曰。千年茄子根。曰出興後如何。師曰。金剛努出眼。師上堂良久曰。也大相辱珍重。

郢州芭蕉山慧清禅師は、新羅の人。問う―「いかなるか芭蕉水。」師が言う―「冬温く夏涼し。」問う―「いかなるか吹毛剣。」師が言う―「前三歩を進む。」僧が言う―「用うる者はいかん。」師が言う―「後三歩を退く。」問う―「いかなるか和尚の人と為す一句。」師が言う―「ただ恐る闍梨の問わざるを。」師、上堂して衆に対して言う―「会すや。相悉する者少なし。珍重。」問う―「語せずして問う有る時いかん。」師が言う―「いまだ三門を出でざるに千里の程。」問う―「いかなるか自己。」師が言う―「南を望みて北斗を看る。」問う―「光境倶に亡びて復た是れ何物。」師が言う―「知る。」問う―「箇の何をか知る。」師が言う―「建州九郎。」問う―「いかなるか提婆宗。」師が言う―「赤幡左に在り。」師が僧に問う―「近く何の処を離れた。」言う―「師に請うて試みに道え看よ。」師が言う―「将に舶上の商人と謂いしに、元来是れ当州の小客。」問う―「両頭三首を問わず、師に請うて直に本来の面目を指せん。」師、黙然正坐す。問う―「賊来れば須らく打ち、客来れば須らく看るべし。忽ち客賊倶に来るに遇わばいかん。」師が言う―「屋裏に一緉の破草鞋有り。」問う―「ただかくのごとき破草鞋、還って受用に堪えるや無きや。」師が言う―「お前もし将て去らば、前は凶にして後は不吉なり。」問う―「北斗裏に身を蔵するの意旨いかん。」師が言う―「九九八十一。」師また言う―「会すや。」僧が言う―「会せず。」師が言う―「一二三四五。」問う―「古仏いまだ出興せざる時いかん。」師が言う―「千年の茄子根。」問う―「出興の後いかん。」師が言う―「金剛、眼を努めて出づ。」師、上堂して良久して言う―「大きに辱し。珍重。」

韶州昌樂縣黃連山義初號明微大師。問三乘十二分教即不問。請師開口不答話。師曰。寶華臺上定古今。曰如何是寶華臺上定古今。師曰。一點墨子輪流不移。曰學人全體不會。請師指示。師曰。靈覺雖轉空華不墜。問古路無蹤如何進步。師曰。金烏遶須彌。元與劫同時。曰恁麼即得達於彼岸也。師曰。黃河三千年一度清。廣南劉氏嚮師道化。請入府內說法僧問。人王與法王相見時如何。師曰。兩鏡相照萬像歷然。曰法王心要達磨西來。五祖付與曹溪。自此不傳衣缽。未審碧玉階前將何付囑。師曰。石羊水上行。木馬夜翻駒。僧曰。恁麼即我王有感萬國歸朝。師曰。時人盡唱太平歌問如何是佛。師曰。胸題卍字背負圓光。僧問如何是道。師展兩手示之。僧曰。佛之與道相去幾何。師曰。如水如波。

韶州昌楽県黄連山義初、号は明微大師。問う―「三乗十二分教はすなはち問わず、師に請うて口を開きて話に答えざらんことを。」師が言う―「宝華台上、古今を定む。」問う―「いかなるか宝華台上古今を定む。」師が言う―「一点の墨子、轮流移らず。」問う―「学人、全体会せず、師に指示を請う。」師が言う―「霊覚転ずといえども、空華墜ちず。」問う―「古路蹤無し、いかにして歩を進めん。」師が言う―「金烏、須弥を繞る、もと劫と時を同じくす。」問う―「かくのごとくすればすなはち彼岸に達するを得。」師が言う―「黄河、三千年に一度清し。」広南劉氏、師の道化に向かい、請うて府内に入りて法を説かしむ。僧が問う―「人王と法王と相見する時いかん。」師が言う―「両鏡相照らし、万像歴然。」問う―「法王の心要、達磨西来、五祖、曹渓に付与す、此より衣鉢を伝えず。いまだ審らかならず、碧玉階前に何を将てか付嘱せん。」師が言う―「石羊、水上行き、木馬、夜に駒を翻す。」僧が言う―「かくのごとくすればすなはち我が王感じて万国朝に帰す。」師が言う―「時人、尽く太平の歌を唱う。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「胸に卍字を題し、背に円光を負う。」僧が問う―「いかなるか道。」師、両手を展げてこれを示す。僧が言う―「仏と道と、相去ること幾何。」師が言う―「水の如く波の如し。」

韶州慧林鴻究號妙濟大師。有僧問。千聖常行此路如何是此路。師曰。果然不見。問魯祖面壁意如何。師曰。有什麼雪處。問如何是急切事師曰。鈍漢。問如何是和尚家風。師曰。諸方例大。問定慧等學明見理性如何。師曰。新修梵宇。

韶州慧林鴻究、号は妙済大師。僧有りて問う―「千聖、常にこの路を行く、いかなるかこの路。」師が言う―「果然見えず。」問う―「魯祖面壁の意いかん。」師が言う―「何なるか雪の処有らん。」問う―「いかなるか急切の事。」師が言う―「鈍漢。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「諸方例大なり。」問う―「定慧等学、理性を明見するはいかん。」師が言う―「新修の梵宇。」

前仰山西塔光穆禪師法嗣

前仰山西塔光穆禅師の法嗣

吉州資福如寶禪師。僧問。如何是應機之句。師默然。問如何是玄旨。師曰。汝與我掩卻門。問魯祖面壁意作麼生。師曰。勿交涉。問如何是從上真正眼。師搥胸曰。蒼天蒼天。僧曰。借問又何妨師曰困。問遮箇還受學也無。師曰。未曾钁地栽虛空。問如何是衲僧急切處。師曰。不過此問。僧曰。學人未問已前請師道。師曰噫。問諸方盡皆妙用。未審和尚此間如何。師曰噫。問古人拈搥竪拂此理如何。師曰瘂。問如何是一路涅槃門。師彈指一聲。又展開兩手。僧曰。如何領會。師曰。不是秋月明子自橫行八九。問如何是和尚家風。師曰。飯後三椀茶。師一日拈起蒲團示眾雲。諸佛菩薩及入理聖人。皆從遮裡出。便擲下擘胸開曰。作麼生。眾無對。問學人創入叢林一夏將末。未蒙和尚指教願垂提拯。師托開其僧乃曰。老僧自住持來未曾瞎卻一僧眼。師有時坐良久。周視左右曰。會麼。眾曰。不會。師曰。不會即謾汝去也。師一日將蒲團於頭上曰。汝諸人恁麼時難共語。眾無對。師將坐卻曰。猶較些子。

吉州資福如宝禅師。僧が問う―「いかなるか機に応ずるの句。」師、黙然。問う―「いかなるか玄旨。」師が言う―「お前、我の為に門を掩い却せよ。」問う―「魯祖面壁の意、作麼生。」師が言う―「交渉するなかれ。」問う―「いかなるか上りよりの真正の眼。」師、胸を捶きて言う―「蒼天蒼天。」僧が言う―「借問してもまた妨げなからん。」師が言う―「困なり。」問う―「この箇、還って学を受くるや無きや。」師が言う―「曽て地を镢りて虚空を栽えず。」問う―「いかなるか衲僧の急切の処。」師が言う―「この問を過ぎず。」僧が言う―「学人いまだ問わざる已前、師に道えを請う。」師が言う―「噫。」問う―「諸方、尽く皆妙用、いまだ審らかならず、和尚此間いかん。」師が言う―「噫。」問う―「古人、槌を拈じ拂を竪つ、この理いかん。」師が言う―「唖。」問う―「いかなるか一路涅槃門。」師、指を弾じて一声し、また両手を展開す。僧が言う―「いかにして領会せん。」師が言う―「秋月の明なりにあらず、子自ずから横行すること八九なり。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「飯後の三碗の茶。」師、一日蒲団を拈起して衆に示して言う―「諸仏菩薩および理に入る聖人、皆此裏より出づ。」便ち擲下し、胸を擘き開きて言う―「作麼生。」衆は対無し。問う―「学人、創めて叢林に入り、一夏将に末ならんとす、いまだ和尚の指教を蒙らず、願わくは提拯を垂れよ。」師、その僧を托開して乃ち言う―「老僧、住持より来る、曽て一僧の眼を瞎却せず。」師、時有りて坐すること良久、左右を周視して言う―「会すや。」衆が言う―「会せず。」師が言う―「会せざればすなはちお前を謾して去れ。」師、一日蒲団を将て頭上に於て言う―「お前たち、かくのごとき時は語を共にし難し。」衆は対無し。師、坐将りて却って言う―「なお些子を較べたり。」

前灌谿志閑禪師法嗣

前灌溪志閑禅師の法嗣

池州魯祖山教和尚僧問。如何是目前事。師曰。絲竹未將為樂器。架上葫蘆猶未收。問如何是雙林樹。師曰。有相身中無相身。曰如何是有相身中無相身。師曰。金香山下鐵崑崙。問如何是高峰孤宿底人。師曰。半夜日頭明日午打三更。問如何是格外事。師曰。化導緣終後虛空更那邊問進向無門時如何。師曰。太鈍生。僧曰。不是鈍根直下進向無門時如何。師曰。靈機未曾論邊際。執法無邊在暗中。問如何是學人著力處。師曰。春來草自青月上已天明。曰如何是不著力處。師曰崩山石頭落平川燒火行。

池州魯祖山教和尚。僧が問う―「いかなるか目前の事。」師が言う―「糸竹、いまだ将て楽器と為さず、架上の葫蘆、なおいまだ収まらず。」問う―「いかなるか双林樹。」師が言う―「有相身中の無相身。」問う―「いかなるか有相身中無相身。」師が言う―「金香山下の鉄崑崙。」問う―「いかなるか高峰に孤宿する底の人。」師が言う―「半夜に日頭明らか、日午に三更を打つ。」問う―「いかなるか格外の事。」師が言う―「化導、縁終わるの後、虚空更にあの辺。」問う―「進向、門無き時いかん。」師が言う―「太だ鈍なり生。」僧が言う―「鈍根にあらず、直下、進向門無き時いかん。」師が言う―「霊機、いまだ辺際を論ぜず、法を執れば辺無くして暗中に在り。」問う―「いかなるか学人着力の処。」師が言う―「春来れば草自ずから青く、月上れば已に天明なり。」問う―「いかなるか不着力の処。」師が言う―「山崩れて石頭落ち、平川に火を焼きて行く。」

魏府興化存獎禪師法嗣

魏府興化存奨禅師の法嗣

汝州寶應和尚(亦曰南院第一世住顒禪師)上堂示眾曰。赤肉團上壁立千仞。時有僧問。赤肉團上壁立千仞。豈不是和尚道。師曰是。其僧乃掀禪床。師曰。遮瞎驢便棒。師問僧。近離什麼處。曰長水。師曰東流西流。曰總不恁麼。師曰作麼生。僧珍重。師打之。趁下法堂。僧到參。師舉拂子。僧曰。今日敗闕。師放下拂子。僧曰。猶有遮箇在。師乃棒之。師問僧。近離什麼處。曰近離襄州。師曰。來作什麼。曰特來禮拜和尚。師曰。恰遇寶應老不在。僧便喝。師曰。向汝道不在。又喝作什麼。僧又喝。師乃棒之。其僧禮拜。師曰。遮棒本分汝打我我且打汝。三五棒要此話。大行思明和尚未住西院時。到參禮拜後白曰。別無好物人事。從許州買得一口江西剃刀來獻和尚。師雲汝從許州來。什麼處得江西剃刀。明把師手掐一下。師雲。侍者收取。明拂袖而去。師雲。阿剌剌。師上堂雲。諸方只具啐啄同時眼。不具啐啄同時用。時有僧便問。如何是啐啄同時用。師雲。作家相見不啐啄。啐啄同時失。僧雲。此猶未是某甲問處。師雲。汝問處又作麼生。僧雲。失師乃打之。其僧不肯。其僧後於雲門會下聞二僧舉前因緣。一僧雲。當時南院棒折那僧聞此語忽然大悟。方見南院答話處。其僧卻來汝州省覲值師已遷化。乃訪風穴。風穴認得便問。上座是當時問南院啐啄同時話底麼。僧雲是。穴雲會也未。僧雲會也。穴雲爾當時作麼生會。僧雲。某甲當時如在燈影裡行相似。穴雲汝會也。

汝州宝応和尚(亦た南院と曰う。第一世住。顒禅師)。上堂して衆に示して言う―「赤肉団上、壁立千仞。」時に僧問う―「赤肉団上壁立千仞、あに和尚の道にあらずや。」師が言う―「是。」その僧乃ち禅床を掀く。師が言う―「この瞎驢。」便ち棒す。師が僧に問う―「近く何の処を離れた。」言う―「長水。」師が言う―「東流か西流か。」言う―「総ぼてかくのごとからず。」師が言う―「作麼生。」僧、珍重す。師、これを打ち、法堂を趁い下らしむ。僧、到りて参ず。師、払子を挙ぐ。僧が言う―「今日、敗闕。」師、払子を放下す。僧が言う―「なおこの箇有る在り。」師乃ちこれを棒す。師が僧に問う―「近く何の処を離れた。」言う―「近く襄州を離れた。」師が言う―「来りて作么す。」言う―「特に来りて和尚を礼拝す。」師が言う―「恰も宝応老の不在に遇う。」僧便ち喝す。師が言う―「お前に向かって不在と道うに、また喝して作么す。」僧また喝す。師乃ちこれを棒す。その僧、礼拝す。師が言う―「この棒、本分お前が我を打つべきを、我且くお前を打つ。三五棒、要はこの話の大行せんを。」思明和尚、いまだ西院に住せざる時、到りて参ず。礼拝の後、白して言う―「別に好物の人事無し。許州より一口の江西剃刀を買い得て来りて和尚に献ず。」師が言う―「お前、許州より来る、何の処よりか江西剃刀を得た。」明、師の手を把して一下掐む。師が言う―「侍者、収取せよ。」明、袖を拂いて去る。師が言う―「阿剌剌。」師、上堂して言う―「諸方、ただ啐啄同時の眼を具し、啐啄同時の用を具せず。」時に僧便ち問う―「いかなるか啐啄同時の用。」師が言う―「作家相見て啐啄せず、啐啄同時は失なり。」僧が言う―「これなお未だ是れ某甲の問う処にあらず。」師が言う―「お前の問う処また作麼生。」僧が言う―「失。」師乃ちこれを打つ。その僧肯んぜず。その僧、後に雲門の会下に於て二僧の前の因縁を挙ぐるを聞く。一僧が言う―「当時、南院、棒折れたりや。」僧、この語を聞きて忽然として大悟し、方に南院の話に答うる処を見る。その僧、却って来りて汝州に省觐し、師のすでに遷化せしに値い、乃ち風穴を訪う。風穴、認め得て便ち問う―「上座は是れ当時、南院に啐啄同時の話を問える底か。」僧が言う―「是。」穴が言う―「会せしか未だ。」僧が言う―「会したり。」穴が言う―「お前、当時作麼生に会した。」僧が言う―「某甲、当時灯影裏を行くに相似たり。」穴が言う―「お前会せり。」

前寶壽沼和尚法嗣

前宝寿沼和尚の法嗣

汝州西院思明禪師有人問。如何是伽藍。師曰。荊棘叢林。曰如何是伽藍中人。師曰。獾兒狢子。問如何是臨濟一喝。師曰。千鈞之弩不為鼷鼠而發機。曰和尚慈悲何在。師打之。僧從漪到法席旬日乃曰莫道會佛法人。覓箇舉話底人也無。師聞而默之。漪異日上法堂次。師召從漪。漪舉首。師曰錯。漪進三兩步。師又曰錯從漪漪復近前。師曰。適來兩錯是上座錯是思明老錯。曰是從漪錯。師曰錯。又曰。上座且遮裡過夏共汝商量遮兩錯。漪不肯便去。後住相州天平山。每舉前話曰。我行腳時被惡風吹到汝州。有西院長老。勘我連下三箇錯。更待留我過夏商量。我不說恁麼時錯。我當時發足擬向南去。便知道錯了也(首山省念和尚雲。據天平作恁麼會解未夢見西院在。何故話在)。

汝州西院思明禅師。人問う有り―「いかなるか伽藍。」師が言う―「荆棘の叢林。」問う―「いかなるか伽藍中の人。」師が言う―「獾児貉子。」問う―「いかなるか臨済一喝。」師が言う―「千鈞の弩、鼷鼠の為に機を発せず。」問う―「和尚の慈悲、何れに在る。」師、これを打つ。従漪、法席に到ること旬日、乃ち言う―「仏法を会する人を道うなかれ、箇の話を挙ぐる底の人を覓むるも無し。」師、聞きてこれを黙す。漪、異日法堂に上る次。師、従漪を召す。漪、首を挙ぐ。師が言う―「錯。」漪、両三歩を進む。師また言う―「錯。」従漪、復た近前す。師が言う―「さきほどの両錯、是れ上座の錯か、是れ思明老の錯か。」言う―「是れ従漪の錯。」師が言う―「錯。」また言う―「上座、且くここにて夏を過ごせ、お前とこの両錯を商量せん。」漪、肯んぜずして便ち去る。後に相州天平山に住す。毎に前の話を挙げて言う―「我、行脚の時、悪風に吹かれて汝州に到りしに、西院の長老有りて我を勘え、連ねて三箇の錯を下し、更に我を留めて夏を過ごして商量せんと待ちしが、我、かくのごとき時は錯と説かず。我、当時足を発きて南に向かわんと擬し、便ち錯りたりを知道せり。」(首山省念和尚が言う―「天平のかくのごとく会解するに拠れば、いまだ西院を夢見ず。何を以ての故、話在り。」)

寶壽和尚(第二世住)有僧問。如何是祖。師曰。面黑眼睛白。問蹋倒化城時如何。師曰。死漢不斬。僧曰斬。師乃打。

宝寿和尚(第二世住)。僧有りて問う―「いかなるか祖。」師が言う―「面黒く眼睛白し。」問う―「化城を踏倒する時いかん。」師が言う―「死漢、斬らず。」僧が言う―「斬れ。」師乃ち打つ。

前三聖慧然禪師法嗣

前三聖慧然禅師の法嗣

鎮州大悲和尚有僧問。除上去下請師便道。師曰。我開口即錯。僧曰。真是學人師。師曰。今日向弟子手裡死。

鎮州大悲和尚。僧有りて問う―「上去下を除きて、師に請うて便ち道え。」師が言う―「我、口を開けばすなはち錯。」僧が言う―「真に是れ学人の師。」師が言う―「今日、弟子の手裏に向かって死せん。」

淄州水陸和尚有僧問。如何是學人用心處。師曰。用心即錯。僧曰。不起一念時如何。師曰。勿用處漢。問此事如何保任師曰。切忌。問如何是最初一句。師便喝。問狹路相逢時如何。師便攔胸托一托。

淄州水陸和尚。僧有りて問う―「いかなるか学人用心の処。」師が言う―「心を用いればすなはち錯。」僧が言う―「一念を起さざる時いかん。」師が言う―「処を用うるの漢を勿れ。」問う―「この事、いかにして保任せん。」師が言う―「切に忌む。」問う―「いかなるか最初の一句。」師便ち喝す。問う―「狭路に相逢う時いかん。」師便ち胸を拦えて一托を托す。

前魏府大覺和尚法嗣

前魏府大覚和尚の法嗣

廬州大覺和尚。問牛頭未見四祖時為什麼鳥獸銜華。師曰。有恁麼畜生。曰見後為什麼不來銜華。師曰。無恁麼畜生。

廬州大覚和尚。問う―「牛頭、いまだ四祖を見ざりし時、何の故ぞ鳥獣花を銜えし。」師が言う―「かくのごとき畜生有り。」問う―「見たる後、何の故ぞ来りて花を銜えざる。」師が言う―「かくのごとき畜生無し。」

廬州澄心院旻德和尚在興化時。遇興化和尚示眾雲若是作家戰將。便請單刀直入。更莫如何若何。師出禮三拜起而喝。興化亦喝。師再喝。化亦喝。師乃作禮歸眾。化雲。旻德今夜較卻興化二十棒。然雖如是是他旻德會旻。德且不是喝。

廬州澄心院旻徳和尚。興化に在る時、興化和尚の衆に示して言うに遇う―「もし是れ作家の戦将ならば、便ち単刀直入を請え、更に如何若何するなかれ。」師、出でて三拝を礼し、起ちて喝す。興化も亦た喝す。師、再び喝す。化も亦た喝す。師乃ち礼を作して衆に帰る。化が言う―「旻徳、今夜、興化に二十棒を較却したり。然るといえども是のごとし、是れ彼の旻徳の会なり。旻徳は且く是れ喝にあらず。」

汝州南院和尚。問匹馬單槍來時如何。師曰。待我斫棒。問上上根器人還接否。師曰接。僧曰。便請師接。師曰。且得平交。師問新到僧。近離什麼處。曰漢上。師曰。汝也罪過我也罪過。僧無語。師見新到僧乃搊住曰。作麼生作麼生。僧無對。師曰。三十年馬騎今日卻被驢撲(一作學馬伎又作弄馬騎)。有僧新到。師曰敗也乃拋下柱杖。僧曰。恁麼語話。師便打。

汝州南院和尚。問う―「匹馬単槍にて来る時いかん。」師が言う―「我が棒を斫るを待て。」問う―「上上の根器の人、還って接するや否や。」師が言う―「接す。」僧が言う―「便ち師に接を請う。」師が言う―「且く平交を得。」師、新到の僧に問う―「近く何の処を離れた。」言う―「漢上。」師が言う―「お前も亦た罪過、我も亦た罪過。」僧は語無し。師、新到の僧を見て乃ち搊住して言う―「作麼生、作麼生。」僧は対無し。師が言う―「三十年の馬騎、今日却って驢に扑たれたり。」(一に馬伎を学ぶと作し、また馬騎を弄ぶと作す。)僧有りて新到。師が言う―「敗れたり。」乃ち拄杖を抛下す。僧が言う―「かくのごとき語話。」師便ち打つ。

景徳傳燈錄 巻第十二

懷讓禪師第四世

懐譲禅師第四世

前洪州黃檗山希運禪師法嗣

前洪州黄檗山希運禅師の法嗣

鎮州臨濟。義玄禪師。曹州南華人也。姓邢氏。幼負出塵之志。及落髮進具便慕禪宗。初在黃檗隨眾參侍。時堂中第一座勉令問話。師乃問。如何是祖師西來的的意。黃檗便打。如是三問三遭打。遂告辭。第一座雲。早承激勸問話。唯蒙和尚賜棒。所恨愚魯。且往諸方行腳去在。座遂告黃檗雲。義玄雖是後生卻甚奇特。來辭時願和尚更垂提誘。來日師辭黃檗。黃檗指往大愚。師遂參大愚。愚問曰。什麼處來。曰黃檗來。愚曰。黃檗有何言教。曰義玄親問佛法的。的意。蒙和尚便打。如是三問三遭被打。不知過在什麼處。愚曰。黃檗恁麼老婆。為汝得徹困。猶覓過在。師於言下大悟雲。元來黃檗佛法無多子。大愚搊住雲。者尿床鬼子適來又道不會。如今卻道黃檗佛法無多子。爾見箇什麼道理。速道速道。師於大愚肋下築三拳。大愚托開雲。汝師黃檗。非幹我事。師辭大愚卻迴黃檗。黃檗雲汝迴太速生。師雲。秖為老婆心切便人事了。侍立次黃檗雲。大愚有何言句。師遂舉前話。黃檗雲。這大愚老漢待見痛與一頓。師雲。說甚麼待見。即今便與。隨後便打黃檗一掌。黃檗雲。這風顛漢。卻來這裡捋虎鬚。師便喝。黃檗雲。侍者引。這風顛漢參堂去(後溈山舉此話問仰山雲。臨濟當時得大愚力得黃檗力。仰山雲。非但騎虎頭。亦解把虎尾)師一日與黃檗赴普請師在後行。黃檗回頭見師空手乃問。钁頭在什麼處。師雲。有人將去了也。黃檗雲。近前來。共汝商量箇事。師便近前。黃檗將钁钁地雲。我這箇天下人拈掇不起。師就手掣得竪起雲。為什麼卻在某甲手裡。黃檗雲。今日自有人普請我更不著去也。便歸院(後溈山舉問仰山雲。钁頭在黃檗手裡。為甚卻被臨濟奪卻。仰山雲。賊是小人智過君子)黃檗一日普請鋤茶園。黃檗後至。師問訊按钁而立。黃檗曰。莫是困耶。曰才钁地何言困。黃檗舉拄杖便打。

鎮州臨済義玄禅師は、曹州南華の人。姓は邢。幼くして出塵の志を負う。落髪進具するに及び、便ち禅宗を慕う。初め黄檗に在りて衆に随いて参侍す。時に堂中の第一座、勉めて問話せしめんと令す。師乃ち問う―「いかなるか祖師の西来の的たる意。」黄檗便ち打つ。かくのごとく三たび問うて三たび打たるを遭い、遂に告辞す。第一座が言う―「早く激勧を承りて問話したるに、ただ和尚の棒を賜うを蒙る。恨むらくは愚魯、且く諸方に往きて行脚せん。」上座、遂に黄檗に告げて言う―「義玄は後生なりといえども、却って甚だ奇特なり。辞し来る時、願わくは和尚、更に提誘を垂れよ。」来日、師黄檗を辞す、黄檗大愚に往くを指す。師遂に大愚に参ず。愚が問う―「何の処よりか来る。」言う―「黄檗より来た。」愚が言う―「黄檗に何なる言教有る。」言う―「義玄、親しく仏法の的たる意を問うて、和尚便ち打つを蒙る。かくのごとく三たび問うて三たび打たるを遭い、過の何の処に在るか知らず。」愚が言う―「黄檗かくのごとき老婆、お前の為に徹困するを得、なお過を覓むる在り。」師、言下に於て大悟し、言う―「元来黄檗の仏法、多子無し。」大愚、搊住して言う―「者の尿床の鬼子、さきほどはまた会せずと道い、いま却って黄檗の仏法多子無しと道う。お前、箇の何の道理を見た。速く道え速く道え。」師、大愚の肋下に於て三拳を築す。大愚、托開して言う―「お前の師は黄檗、我が事に干らず。」師、大愚を辞して却って黄檗に回る。黄檗が言う―「お前の回ること太だ速かなり生。」師が言う―「ただ老婆の心切なるが為なり。」便ち人事了す。侍立の次、黄檗が言う―「大愚に何なる言句有る。」師、遂に前の話を挙ぐ。黄檗が言う―「この大愚の老漢、見るを待ちて痛く一頓を与えん。」師が言う―「何の見るを待つを説く、すなはちいま便ち与えん。」随後便ち黄檗に一掌を打つ。黄檗が言う―「この風顛の漢、却ってここに来りて虎の鬚を捋る。」師便ち喝す。黄檗が言う―「侍者、この風顛の漢を引きて参堂に去らしめよ。」(後に潙山、この話を挙げて仰山に問うて言う―「臨済、当時大愚の力を得たか、黄檗の力を得たか。」仰山が言う―「ただ虎頭に騎るのみならず、も亦た虎尾を把るを解す。」)師、一日黄檗と普請に赴く、師は後行す。黄檗、頭を回らして師の空手なるを見て、乃ち問う―「镢頭は何の処に在る。」師が言う―「人の将て去りし者有り。」黄檗が言う―「近く前へ来れ、お前と箇の事を商量せん。」師便ち近前す。黄檗、镢を将て地を镢りて言う―「我がこの箇、天下人拈掇すること能わず。」師、手に就きて掣得し、竪てて言う―「何の故ぞ却って某甲の手裏に在る。」黄檗が言う―「今日、自ら人の普請する有り、我更に去るを着けじ。」便ち院に帰る。(後に潙山、挙げて仰山に問う―「镢頭、黄檗の手裏に在り、為す甚んの故に却って臨済に奪い却せられし。」仰山が言う―「賊は是れ小人、智は君子に過ぐ。」)黄檗、一日普請して茶園を鋤く、黄檗後れて至る。師、問訊して镢を按えて立つ。黄檗が言う―「困んだりや。」言う―「纔かに地を镢れど、何をか困むと言う。」黄檗、拄杖を挙げて便ち打つ。

師接杖推倒和尚。黃檗呼維那。維那拽起我來。維那扶起曰。和尚爭容得這風顛漢無禮。黃檗卻打維那。師自钁地雲。諸方即火葬。我這裡活埋(溈山問仰山。只如黃檗與臨濟。此時意作麼生。仰山雲。正賊走卻羅贓人吃棒)師一日在黃檗僧堂裡睡。黃檗入來。以拄杖於床邊敲三下。師舉首見是和尚卻睡。黃檗打席三下去。卻往上間見首座坐禪乃雲。下間後生卻坐禪。汝這裡妄想作什麼。首座雲。這老漢患風耶。黃檗打板頭一下。便出去(溈山舉問仰山。只如黃檗意作麼生。仰山雲。兩彩一賽)師與黃檗裁杉。黃檗曰。深山裡裁許多樹作麼。師曰。一與後人作古記。二與山門作標榜。道了以钁頭打地三下。黃檗雲雖然如是子已吃我棒了也。師又以钁頭打地三下作噓噓聲。黃檗雲。吾宗到汝此記方出(溈山舉問仰山。且道黃檗後語但囑臨濟。為復別有意旨。仰山雲。亦囑臨濟。亦記向後。溈山雲。向後作麼生。仰山雲。一人指南吳越令行。南塔和尚注云。獨坐震威此記方出。又云。若遇大風此記亦出。溈山雲。如是如是)師因半夏。上黃檗山見和尚看經。師曰。我將謂是箇人。元來是唵黑豆老和尚。住數日乃辭去。黃檗曰。汝破夏來不終夏去。曰某甲暫來禮拜和尚。黃檗遂打趁令去。師行數裡。疑此事卻迴終夏。師一日辭黃檗。黃檗曰。什麼處去。曰不是河南即河北去。黃檗拈起拄杖便打。師捉住拄杖曰。這老漢莫盲枷瞎棒。已後錯打人在。黃檗遂喚侍者。把將几案禪板來。師曰。侍者把將火來。黃檗曰。不然子但將去。已後坐斷天下人舌頭在。師即便發去師到熊耳塔頭。塔主問。先禮佛先禮祖。師曰祖佛俱不禮。塔主曰。祖佛與長老有什麼冤傢俱不禮。師便拂袖而出(又別舉雲。師問塔主。先禮佛先禮祖。塔主曰。祖佛是什麼人弟子。師拂袖便去)師後還鄉黨。俯徇趙人之請。住於城南臨濟禪苑。

師、杖を接して和尚を推倒す。黄檗、維那を呼ぶ―「維那、我を拽起せよ。」維那、扶起して言う―「和尚、怎んぞこの風顛の漢の無礼を容れ得。」黄檗、却って維那を打つ。師、自ら地を镢りて言う―「諸方はすなはち火葬、我がここは活埋。」(潙山が仰山に問う―「ただかくのごとき黄黄檗と臨済、この時の意は作麼生。」仰山が言う―「正賊は走り去り、贓を邏む人は棒を吃す。」)師、一日黄檗の僧堂裏にて睡る。黄檗入り来り、拄杖を以て床辺に三下敲く。師、首を挙げて是れ和尚なるを見て、却って睡る。黄檗、席を三下打ちて去る。却って上間に往きて首座の坐禅を見、乃ち言う―「下間の後生は却って坐禅す、お前ここに妄想して作么す。」首座が言う―「この老漢、風を患える耶。」黄檗、板頭を一下打ちて、便ち出で去る。(潙山、挙げて仰山に問う―「ただかくのごとき黄檗の意は作麼生。」仰山が言う―「両彩一賽。」)師、黄檗と杉を栽う。黄檗が言う―「深山裏に許多の樹を栽えて作么す。」師が言う―「一に後人の為に古記を作し、二に山門の為に標榜を作さんとて。」道い了りて镢頭を以て地を三下打つ。黄檗が言う―「是のごとしといえども、子すでに我が棒を吃せしなり。」師また镢頭を以て地を三下打ち、嘘嘘の声を作す。黄檗が言う―「吾が宗、お前に到りてこの記方に出づ。」(潙山、挙げて仰山に問う―「且く道え、黄檗の後語はただ臨済を嘱するか、為復た別に意旨有るか。」仰山が言う―「も亦た臨済を嘱し、も亦た向后を記す。」潙山が言う―「向后は作麼生。」仰山が言う―「一人南を指南すれば、呉越行を令す。」南塔和尚が注して言う―「独り坐して威を震う、この記方に出づ。」また言う―「もし大風に遇えば、この記も亦た出づ。」潙山が言う―「如是如是。」)師、半夏に因りて黄檗山に上り、和尚の経を看るを見る。師が言う―「我将に箇の人と謂いしに、元来唵黑豆の老和尚なり。」数日住して乃ち辞去す。黄檗が言う―「お前、夏を破りて来り、夏を終えずして去る。」言う―「某甲、暫く来りて和尚を礼拝す。」黄檗、遂に打ちて趁い令めて去らしむ。師、数里を行き、この事を疑い、却って回りて夏を終す。師、一日黄檗を辞す。黄檗が言う―「何の処かへ去る。」言う―「河南にあらざればすなはち河北に去る。」黄檗、拄杖を拈起して便ち打つ。師、拄杖を捉住して言う―「この老漢、盲枷瞎棒するなかれ、以后人を錯打する在り。」黄檗、遂に侍者を喚ぶ―「几案禅板を把将り来れ。」師が言う―「侍者、火を把将り来れ。」黄檗が言う―「然らず、子ただ将て去れ。以后天下人の舌頭を坐断する在り。」師、便ち即ち発き去る。師、熊耳塔頭に到る。塔主が問う―「先ず仏を礼するか、先ず祖を礼するか。」師が言う―「祖佛倶に礼せず。」塔主が言う―「祖佛と長老と何の冤家有りて倶に礼せざる。」師便ち袖を拂いて出づ。(また別に挙げて言う―師、塔主に問う―「先ず仏を礼するか、先ず祖を礼するか。」塔主が言う―「祖佛は何なる人の弟子ぞ。」師、袖を拂いて便ち去る。)師、後に郷党に還り、俯いて趙人の請に徇い、城南の臨済禅苑に住す。

學侶奔湊。一日上堂曰。汝等諸人赤肉團上有一無位真人。常向汝諸人面門出入。未證據者看看。時有僧問。如何是無位真人。師下禪床把住雲。道道。僧擬議。師托開雲。無位真人是什麼乾屎橛。便歸方丈。師問樂普雲。從上來一人行棒一行喝。阿那箇親。對曰。總不親。師曰。親處作麼生。普便喝。師乃打。師問木口和尚。如何是露地白牛。木口曰吽。師曰啞。木口曰。老兄作麼生。師曰。這畜生。大覺到參。師舉拂子。大覺敷坐具。師擲下拂子。大覺收坐具入僧堂。眾僧曰。這僧莫是和尚親故。不禮拜又不吃棒。師聞令喚新到僧。大覺遂出。師曰。大眾道汝未參長老。大覺雲。不審便自歸眾。麻谷(第二世)到參敷坐具問。十二面觀音阿那面正。師下繩床。一手收坐具一手搊麻谷雲。十二面觀音向什麼處去也。麻谷轉身擬坐繩床。師拈拄杖打。麻谷接卻相捉入方丈。師上堂雲。大眾。夫為法者不避喪身失命。我於黃檗先師處。三度問佛法的的大意。三度蒙他賜棒。如蒿枝拂著相似如今更思一頓誰為我下手得。時有僧出雲。某甲行得。師拈棒與他。其僧擬接。師便打(後雪峰拈雲。臨濟大似白拈賊)僧問。如何是第一句。師曰。三要印開朱點窄。未容擬議主賓分。曰如何是第二句。師曰。妙解豈容無著問。漚和爭負截流機。曰如何是第三句。師曰。看取棚頭弄傀儡。抽牽全籍裡邊人。師又曰。夫一句語須具三玄門。一玄門須具三要。有權有用。汝等諸人作麼生會。時唐咸通七年丙戌四月十日。師將示寂上堂雲。吾滅後不得滅卻吾正法眼藏。三聖出雲。爭敢滅卻和尚正法眼藏。師雲。已後有人問爾向他道什麼。三聖便喝。師雲。誰知吾正法眼藏向這瞎驢邊滅卻。乃有頌曰。

学侶奔凑す。一日、上堂して言う―「お前たちの赤肉団上に一無位真人有り、常にお前たちの面門に向かって出入す。いまだ証拠せざる者は看看せよ。」時に僧問う―「いかなるか無位真人。」師、禅床を下りて把住して言う―「道え、道え。」僧、拟議す。師、托開して言う―「無位真人は何なる乾屎橛ぞ。」便ち方丈に帰る。師、楽普に問うて言う―「上りより一人は棒を行じ、一人は喝を行ず、阿那箇か親なる。」対して言う―「総ぼて親ならず。」師が言う―「親なる処作麼生。」普便ち喝す。師乃ち打つ。師、木口和尚に問う―「いかなるか露地の白牛。」木口が言う―「吽。」師が言う―「唖。」木口が言う―「老兄作麼生。」師が言う―「この畜生。」大覚、到りて参ず。師、払子を挙ぐ。大覚、坐具を敷く。師、払子を擲下す。大覚、坐具を収めて僧堂に入る。衆僧が言う―「この僧、和尚の親故なるか、礼拝せずまた棒を吃せず。」師聞き、新到の僧を喚ばしむ。大覚遂に出づ。師が言う―「大衆、お前のいまだ長老に参に参ぜざるを道う。」大覚が言う―「不審。」便ち自ら衆に帰る。麻谷(第二世)到りて参じ、坐具を敷いて問う―「十二面観音、阿那の面か正しき。」師、縄床を下り、一手に坐具を収め、一手に麻谷を搊みて言う―「十二面観音、何の処に向かってか去る。」麻谷、身を転じて縄床に坐せんと擬す。師、拄杖を拈じて打つ。麻谷、接却し、相捉えて方丈に入る。師、上堂して言う―「大衆、それ法の為の者は、身を喪い命を失うを避けず。我、黄檗先師の処に於て三度、仏法の的たる大意を問い、三度彼の棒を賜うを蒙る、蒿枝の拂着するに相似たり。いま更に一頓を思う、誰か我が為に手を下し得る。」時に僧出でて言う―「某甲、行じ得。」師、棒を拈じて彼に与う。その僧接せんと擬す、師便ち打つ。(後に雪峰、拈じて言う―「臨済は大いに白拈賊に似たり。」)僧が問う―「いかなるか第一句。」師が言う―「三要印開けて朱点窄く、いまだ拟議を容れず主賓分かつ。」問う―「いかなるか第二句。」師が言う―「妙解あに無著の問を容れん、漚和争でか流を截る機に負けん。」問う―「いかなるか第三句。」師が言う―「棚頭の傀儡を弄するを看取せよ、抽牽は全く裏辺の人に藉る。」師また言う―「それ一句の語は須らく三玄門を具し、一玄門は須らく三要を具すべし、権有り用有り。お前たち作麼生に会する。」時、唐咸通七年丙戌四月十日、師、将に寂を示さんとして上堂して言う―「吾滅する後、吾が正法眼蔵を滅却することを得ず。」三聖出でて言う―「怎んぞ敢て和尚の正法眼蔵を滅却せん。」師が言う―「以后、人のお前に問う有らば、彼に向かって何をか道う。」三聖便ち喝す。師が言う―「誰か知らん、吾が正法眼蔵、この瞎驢の辺に向かって滅却せんことを。」乃ち頌有りて言う―

沿流不止問如何真照無邊說似他

流に沿うて止まず如何と問う、真照無辺に他に似ると説く。

離相離名人不稟吹毛用了急還磨

相を離れ名を離れて人禀らず、吹毛用い了らば急いで還って磨け。

頌畢坐逝。勅諡慧照大師。塔曰澄靈。

頌畢りて坐逝す。勅して慧照大師と諡し、塔を澄霊と曰す。

景徳傳燈錄 巻第十三

懷讓禪師及曹溪別出共七十七人(懷讓禪師第七世至第九世曹溪別出第二世至第六世)

懐譲禅師および曹渓別出、共に七十七人(懐譲禅師第七世より第九世に至る、曹渓別出第二世より第六世に至る)

懷讓第七世一十一人(七世一作九世)

懐譲第七世一十一人(七世は一に九世と作す)

郢州芭蕉山慧清禪師法嗣四人郢州興陽清讓禪師

郢州芭蕉山慧清禅師の法嗣四人 郢州興陽清譲禅師

洪州幽谷山法滿禪師(已上二人見錄)

洪州幽谷山法満禅師(以上二人は見録)

郢州興陽義深禪師

郢州興陽義深禅師

芭蕉山第二世住遇禪師(已上二人無機緣語句不錄)

芭蕉山第二世住遇禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

吉州資福如寶禪師法嗣四人吉州資福貞邃禪師

吉州資福如宝禅師の法嗣四人 吉州資福貞邃禅師

吉州福壽和尚

吉州福寿和尚

潭州鹿苑和尚(已上三人見錄)

潭州鹿苑和尚(以上三人は見録)

潭州報慈德韶大師(一人無機緣語句不錄)

潭州報慈徳韶大師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

汝州寶應和尚法嗣一人(即南院顒也)汝州風穴延沼禪師

汝州宝応和尚の法嗣一人(すなはち南院顒なり) 汝州風穴延沼禅師

汝州西院思明禪師法嗣一人見錄郢州興陽歸靜禪師

汝州西院思明禅師の法嗣一人見録 郢州興陽帰静禅師

韶州慧林鴻究禪師法嗣一人見錄韶州靈瑞和尚

韶州慧林鴻究禅師の法嗣一人見録 韶州霊瑞和尚

懷讓第八世六人

懐譲第八世六人

汝州風穴延沼禪師法嗣四人汝州廣慧真禪師

汝州風穴延沼禅師の法嗣四人 汝州広慧真禅師

汝州首山省念禪師(已上二人見錄)

汝州首山省念禅師(以上二人は見録)

鳳翔長興和尚

鳳翔長興和尚

潭州靈泉和尚(已上二人無機緣語句不錄)

潭州霊泉和尚(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

潭州報慈歸真大師德韶法嗣二人蘄州三角山志謙禪師

潭州報慈帰真大師徳韶の法嗣二人 蘄州三角山志謙禅師

郢州興陽詞鐸禪師

郢州興陽詞鐸禅師

懷讓第九世一人

懐譲第九世一人

汝州首山省念禪師法嗣一人見錄汾州善昭禪師(一人見錄讚頌附卷末)

汝州首山省念禅師の法嗣一人見録 汾州善昭禅師(一人見録、賛頌は巻末に附す)

曹谿別出第二世三十人

曹渓別出第二世三十人

羅浮山定真和尚法嗣一人羅浮山靈運禪師(一人無機緣語句不錄)

羅浮山定真和尚の法嗣一人 羅浮山霊運禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

制空山道進和尚法嗣荊州玄覺禪師(一人無機緣語句不錄)

制空山道進和尚の法嗣 荊州玄覚禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

韶州下回田善快和尚法嗣一人善悟禪師(一人無機緣語句不錄)

韶州下回田善快和尚の法嗣一人 善悟禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

司空山本淨和尚法嗣一人中使楊光庭(一人無機緣語句不錄)

司空山本浄和尚の法嗣一人 中使楊光庭(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

緣素和尚法嗣二人韶州小道進禪師

縁素和尚の法嗣二人 韶州小道進禅師

韶州遊寂禪師(已上二人無機緣語句不錄)

韶州遊寂禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

祇陀和尚法嗣一人衡州道倩禪師(一人無機緣語句不錄)

祇陀和尚の法嗣一人 衡州道倩禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

南陽慧忠國師法嗣五人(一人見錄)吉州耽源山真應禪師

南陽慧忠国師の法嗣五人(一人見録) 吉州耽源山真応禅師

唐肅宗皇帝

唐粛宗皇帝

唐代宗皇帝

唐代宗皇帝

開封孫知古

開封孫知古

鄧州香嚴惟戒禪師(已上四人無機緣語句不錄)

鄧州香厳惟戒禅師(以上四人は機縁の語句なきゆえ録せず)

洛陽荷澤神會大師法嗣一十八人(二人見錄)黃州大石山福琳禪師

洛陽荷沢神会大師の法嗣一十八人(二人見録) 黄州大石山福琳禅師

沂水蒙山光寶禪師

沂水蒙山光宝禅師

磁州法如禪師

磁州法如禅師

懷安郡西隱山進平禪師

懐安郡西隠山進平禅師

澧陽慧演禪師

澧陽慧演禅師

河陽懷空禪師

河陽懐空禅師

南陽圓震禪師

南陽円震禅師

宜春廣敷禪師

宜春広敷禅師

江陵行覺禪師

江陵行覚禅師

五臺山神英禪師

五臺山神英禅師

五臺山無名禪師

五臺山無名禅師

南嶽皓玉禪師

南岳皓玉禅師

宣州志滿禪師

宣州志満禅師

涪州朗禪師

涪州朗禅師

廣陵靈坦禪師

広陵霊坦禅師

寧州通隱禪師

寧州通隠禅師

益州南印禪師

益州南印禅師

河南尹李常(已上一十六人無機緣語句不錄)

河南尹李常(以上一十六人は機縁の語句なきゆえ録せず)

曹谿別出第三世九人

曹渓別出第三世九人

下回田善悟禪師法嗣潭州無學禪師(一人無機緣語句不錄)

下回田善悟禅師の法嗣 潭州無学禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

衡州道倩和尚法嗣湖南如寶禪師(一人無機緣語句不錄)

衡州道倩和尚の法嗣 湖南如宝禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

耽源山真應和尚法嗣吉州貞遂禪師(一人無機緣語句不錄)

耽源山真応和尚の法嗣 吉州貞遂禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

磁州法如和尚法嗣荊南惟忠禪師(一人無機緣語句不錄)

磁州法如和尚の法嗣 荊南惟忠禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

河陽懷空和尚法嗣蔡州道明禪師(一人無機緣語句不錄)

河陽懐空和尚の法嗣 蔡州道明禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

烏牙山圓震禪師法嗣吳頭陀

烏牙山円震禅師の法嗣 呉頭陀

四面山法智禪師(已上二人無機緣語句不錄)

四面山法智禅師(以上二人は機縁の語句なきゆえ録せず)

五臺山無名禪師法嗣一人五臺華嚴澄觀大師(一人無機緣語句不錄)

五臺山無名禅師の法嗣一人 五臺華厳澄観大師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

益州南印和尚法嗣一人義俛禪師(一人無機緣語句不錄)

益州南印和尚の法嗣一人 義俛禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

曹谿別出第四世五人

曹渓別出第四世五人

荊南惟忠禪師法嗣四人(忠禪師亦名南印)道圓禪師

荊南惟忠禅師の法嗣四人(忠禅師、亦の名は南印) 道円禅師

益州如一禪師

益州如一禅師

奉國神照禪師

奉国神照禅師

廬山東林雅禪師(已上四人無機緣語句不錄)

廬山東林雅禅師(以上四人は機縁の語句なきゆえ録せず)

吳頭陀法嗣一人玄固禪師(一人無機緣語句不錄)

呉頭陀の法嗣一人 玄固禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

曹谿別出第五世四人

曹渓別出第五世四人

遂州道圓禪師法嗣一人見錄終南山圭峰宗密禪師

遂州道円禅師の法嗣一人見録 終南山圭峰宗密禅師

奉國神照禪師法嗣鎮州常一禪師

奉国神照禅師の法嗣 鎮州常一禅師

滑州智遠禪師

滑州智遠禅師

鹿臺玄邃禪師(已上三人無機緣語句不錄)

鹿台玄邃禅師(以上三人は機縁の語句なきゆえ録せず)

曹谿別出第六世一十一人

曹渓別出第六世一十一人

圭峰宗密禪師法嗣圭峰溫禪師

圭峰宗密禅師の法嗣 圭峰温禅師

慈恩寺太恭禪師

慈恩寺太恭禅師

興善寺太錫禪師

興善寺太錫禅師

萬乘寺宗禪師

万乗寺宗禅師

瑞聖寺覺禪師

瑞聖寺覚禅師

化度寺仁瑜禪師(已上六人無機緣語句不錄)

化度寺仁瑜禅師(以上六人は機縁の語句なきゆえ録せず)

鹿臺玄邃禪師法嗣龍興念禪師(一人無機緣語句不錄)

鹿台玄邃禅師の法嗣 龍興念禅師(一人は機縁の語句なきゆえ録せず)

滑州智遠禪師法嗣彭門審用禪師

滑州智遠禅師の法嗣 彭門審用禅師

圓紹禪師

円紹禅師

上方真禪師

上方真禅師

東京法志禪師(已上四人無機緣語句不錄)

東京法志禅師(以上四人は機縁の語句なきゆえ録せず)

懷讓禪師第七世

懐譲禅師第七世

前郢州芭蕉山慧清禪師法嗣

前郢州芭蕉山慧清禅師の法嗣

郢州興陽山清讓禪師僧問。大通智勝佛十劫坐道場。佛法不現前不得成佛道時如何。師曰。其問甚諦當。僧曰。既是坐道場。為什麼不得成佛道。師曰。為伊不成佛。

郢州興陽山清譲禅師。僧が問う―「大通智勝仏、十劫道場に坐して仏法現前せず、仏道を成ずるを得ざる時いかん。」師が言う―「その問い、甚だ諦当なり。」僧が言う―「すでに是れ道場に坐するに、何の故ぞ仏道を成ずるを得ざる。」師が言う―「彼の仏を成ぜざるが為なり。」

洪州幽谷山法滿禪師。僧問。如何是道。師良久曰。會麼。僧曰。學人不會。師曰。話道語下無聲。舉揚奧旨丁寧。禪要如今會取。不須別後消停。

洪州幽谷山法満禅師。僧が問う―「いかなるか道。」師、良久して言う―「会すや。」僧が言う―「学人会せず。」師が言う―「話道、語下に声無く、挙揚、奥旨を丁寧す。禅要、いま会取せよ、別後消停を須いず。」

前吉州資福如寶禪師法嗣

前吉州資福如宝禅師の法嗣

吉州資福貞邃禪師(第二世住)僧問。和尚見古人得何意旨便歇去。師作圓相示之。問如何是古人歌。師作圓相示之。問如何是最初一句。師曰。未具世界時闍梨亦在此。問百丈卷席意如何師。良久。問古人道前三三後三三意如何。師曰。汝名什麼。曰某甲。師曰。吃茶去。師謂眾曰。隔江見資福剎竿便迴去。腳跟也好與三十棒。豈況過江來時。有僧才出師曰。不堪共語。問如何是古佛心。師曰。山河大地。

吉州資福貞邃禅師(第二世住)。僧が問う―「和尚、古人を見て何の意旨を得て便ち歇去せし。」師、円相を作りてこれを示す。問う―「いかなるか古人の歌。」師、円相を作りてこれを示す。問う―「いかなるか最初の一句。」師が言う―「いまだ世界を具せざる時、闍梨も亦た此に在り。」問う―「百丈巻席の意いかん。」師、良久す。問う―「古人、前三三後三三と道う、その意いかん。」師が言う―「お前、名は何と。」言う―「某甲。」師が言う―「茶を吃して去れ。」師、衆に対して言う―「江を隔てて資福の刹竿を見れば便ち回りて去る、脚跟も亦た好し、三十棒を与うべし、あに況んや江を過ぎて来るをや。」時に僧、纔かに出づ、師が言う―「語を共にするに堪えず。」問う―「いかなるか古仏の心。」師が言う―「山河大地。」

吉州福壽和尚。僧問。祖意教意同別。師乃展手。問文殊騎師子普賢騎象。未審釋迦騎什麼。師舉手雲。邪邪。

吉州福寿和尚。僧が問う―「祖意と教意と同じきか別なるか。」師乃ち手を展ぐ。問う―「文殊は師子に騎り、普賢は象に騎る、いまだ審らかならず、釈迦は何にか騎る。」師、手を挙げて言う―「邪邪。」

潭州鹿苑和尚。僧問。餘國作佛還有異名也無。師作圓相示之。問如何是鹿苑一路。師曰。吉嘹舌頭問將來。問如何是。閉門造車。師曰。南嶽石橋。僧曰。如何是出門合轍。師曰。拄杖頭鞋。師上堂展手雲。天下老和尚諸上座命根總在遮裡。有一僧出曰。還收得也無。師曰。天台石橋側。僧曰某甲不恁麼。師曰。伏惟尚饗。問如何是世尊不說說。師曰。須彌山倒。曰如何是迦葉不聞聞。師曰。大海枯竭。

潭州鹿苑和尚。僧が問う―「余国の作仏は還って異名有るや無きや。」師、円相を作りてこれを示す。問う―「いかなるか鹿苑の一路。」師が言う―「吉嘹の舌頭、問い将り来れ。」問う―「いかなるか門を閉ぢて車を造る。」師が言う―「南岳の石橋。」僧が言う―「いかなるか門を出でて轍に合す。」師が言う―「拄杖頭の鞋。」師、上堂して手を展げて言う―「天下の老和尚、諸上座の命根、総ぼてここに在り。」一僧有りて出でて言う―「還って収得するや無きや。」師が言う―「天台石橋の側。」僧が言う―「某甲はかくのごとからず。」師が言う―「伏惟尚饗。」問う―「いかなるか世尊の不説説。」師が言う―「須弥山倒る。」問う―「いかなるか迦葉の不聞聞。」師が言う―「大海枯竭す。」

前汝州寶應和尚法嗣(亦曰南院)

前汝州宝応和尚の法嗣(亦た南院と曰う)

汝州風穴延沼禪師餘杭人也。初發跡於越州鏡清順德大師。未臻堂奧。尋詣裡州華嚴院。遇守廊上坐。即汝州南院侍者也。乃密探南院宗旨。後至南院初見不禮拜。便問曰。入門須辨主。端的請師分。南院以左手拊膝。師喝。南院以右手拊膝。師又喝。南院舉左手曰。遮箇即從闍梨。又舉右手曰。遮箇又作麼生。師曰瞎。南院擬拈拄杖次。師曰。作什麼。奪拄杖打著老和尚。莫言不道。南院曰三十年住持。今日被黃面浙子上門羅織。師曰。和尚大似持缽不得詐道不饑。南院曰。闍梨幾時曾到南院來。師曰。是何言歟。曰老僧端的問汝。師曰也不得放過。南院曰。且坐吃茶。師方敘師資之禮。自後應溈仰之懸記出世聚徒。南院法道由是大振諸方矣。師上堂謂眾曰。夫參學眼目。臨機直須大用現前。勿自拘於小節。設使言前薦得。猶是滯㲉迷封。縱然句下精通。未免觸途狂見。觀汝諸人。應是向來依他作解。明昧兩岐與爾一時掃卻。直教箇箇如師子兒吒呀地哮吼一聲壁立千仞。誰敢正眼覷著。覷著即瞎卻渠眼。師又赴郢州衙內。昇座示眾雲。祖師心印。狀似鐵牛之機。去即印住。住即印破。秖如不去不住。印即是不印即是。還有人道得麼。時有盧陂長老出問。學人有鐵牛之機。請師不搭印。師雲。慣釣鯨鯢澄巨浸。卻嗟蛙步𩥇泥沙(卿公事苑雲。蛙當作窪。謂馬出於渥窪水也。風穴所謂𩥇者。以良馬出清水。而反𩥇臥於泥沙之中。是其意也。今錄謂蛙者蝦蟆也。豈能為馬步而𩥇臥邪。𩥇張扇切)陂佇思。師喝雲。長老何不進語。陂擬議。師打一拂子云。還記得話頭麼。試舉看。陂擬開口。師又打一拂子。牧主雲。信知佛法與王法一般。師雲。見什麼道理。牧主雲。當斷不斷返招其亂。師便下座。上堂僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。超然逈出威音外。翹足徒勞讚底沙(本生經云。過去久遠有佛。

汝州風穴延沼禅師は、余杭の人。初め越州鏡清順徳大師に発迹すれども、いまだ堂奥に臻らず。尋いで襄州華厳院に詣り、守廊上座に遇う、すなはち汝州南院の侍者なり。乃ち密かに南院の宗旨を探る。後に南院に至り、初めて見えて礼拝せず、便ち問うて言う―「門に入れば須らく主を辨ずべし、端的に師に分を請う。」南院、左手を以て膝を拊つ。師、喝す。南院、右手を以て膝を拊つ。師また喝す。南院、左手を挙げて言う―「この箇はすなはち闍梨に従う。」また右手を挙げて言う―「この箇また作麼生。」師が言う―「瞎。」南院、拄杖を拈ぜんと擬する次。師が言う―「何を作す。拄杖を奪いて老和尚を打ち着けば、道わざりしと言うなかれ。」南院が言う―「三十年の住持、今日、黄面の浙子に羅織を上門せられたり。」師が言う―「和尚、大いに鉢を持すること能わずして、詐りて飢えざると道うに似たり。」南院が言う―「闍梨、幾時か曽て南院に来たりし。」師が言う―「是れ何の言歟。」言う―「老僧、端的にお前に問う。」師が言う―「も亦た放過することを得ず。」南院が言う―「且く坐して茶を吃せ。」師、方に師資の礼を叙す。此より後、潙仰の懸記に応え、世に出でて徒を聚む。南院の法道、此に由りて大いに諸方に振るえり。師、上堂して衆に対して言う―「それ参学の眼目は、機に臨みて直に須らく大用を現前せしむべし、自ら小節に拘わるなかれ。設し言前に荐得すとも、なお是れ殻に滞り封に迷う。たとえ句下に精通すとも、いまだ途に触れて狂見するを免れず。お前たちを観るに応に向來、他に依りて解を作し、明昧両岐ならん、お前と一時に掃い却せん。直に箇箇をして師子の児のごとく、咤呀として哮吼一声、壁立千仞ならしめん。誰か敢て正眼にして觑着せん。觑着すればすなはち渠の眼を瞎却せん。」師また郢州衙内に赴き、座に升りて衆に示して言う―「祖師の心印、状は鉄牛の機に似たり。去ればすなはち印住し、住すればすなはち印破す。ただかくのごとき不去不住、印すれども即是、印せざれども即是。還って人の道得する者有るや。」時に盧陂長老出でて問う―「学人に鉄牛の機有り、師に請うて印を搭さざらんことを。」師が言う―「鯨鯢を釣るに慣れて巨浸を澄ます、却って嗟く蛙步の泥沙に𩥇するを。」(『卿公事苑』に云く、蛙は洼と作るべし、馬の渥洼水より出づるを謂うなり。風穴の𩥇と謂えるは、良馬清水より出でて、反って泥沙の中に𩥇卧すを以て、是れその意なり。今の録、蛙と謂うは蝦蟆なり、あに能く馬步を為して𩥇卧せんや。𩥇は張扇切。)陂、佇思す。師、喝して言う―「長老、何ぞ語を進めざる。」陂、拟議す。師、一拂子を打ちて言う―「話頭を記得するや、試みに挙げ看よ。」陂、口を開かんと擬す。師また一拂子を打つ。牧主が言う―「信に知る、仏法は王法と一般なるを。」師が言う―「何の道理を見る。」牧主が言う―「断ずべくして断断ぜざれば、返ってその乱を招く。」師、便ち座を下る。上堂す。僧が問う―「師、誰が家の曲を唱い、宗風は阿誰を嗣ぐ。」師が言う―「超然として迥かに威音の外に出づ、足を翘げて徒らに底沙を讃す。」(『本生経』に云く、過去久遠に仏有り、

名曰底沙。時有二菩薩。一名釋迦。二名彌勒。是佛觀見釋迦心未成熟而諸弟子心皆純熟如是思惟。一人之心易可速化。眾人之心難可疾治。即上雪山。入寶窟中入大禪定。時釋迦菩薩作外道仙人。上山採藥。見底沙佛。見已歡喜心生敬信。翹一腳立。叉手向佛一心而觀。目未曾瞬。七日七夜以一偈讚佛曰。天上天下無如佛。十方世界亦無比。世界所有我盡見。一切無有如佛者。於是超越九劫。於九十一劫得阿耨菩提)問古曲無音韻。如何和得齊。師曰。木雞啼子夜芻狗吠天明。問如何是一稱南無佛。師曰。燈連鳳翅當堂照。月影娥眉䫌(匹迷切傾頭也)面看。問如何是佛。師曰。如何不是佛。問未曉。玄言。請師直指。師曰。家住海門洲。扶桑最先照。問朗月當空時如何。師曰。不從天上輥。任向地中埋。問如何是佛。師曰。嘶風木馬緣無絆。背角泥牛痛下鞭。問如何是廣慧劍。師曰。不斬死漢。問古鏡未磨時如何。師曰。天魔膽裂僧曰。磨後如何。師曰。軒轅無道。僧問。朗月當空時如何。師曰。不在團天(一作圓天)且居羑里。問矛盾本成雙翳病。帝網明珠事若何。師曰為山登九仞。捻土定千鈞。僧曰。如何。師曰。如何。問幹木奉文侯。知心有幾人。師曰。少年曾決龍蛇陣。潦倒還聽稚子歌。問如何是清涼山中主。師曰。一句不遑無著問。迄今猶作野盤僧。問句不當機如何顯道。師曰。大昴縱同天。日輪不當午。問如何是和尚家風。師曰。鶴有九皐難翥翼。馬無千里漫追風。問如何是佛。師曰。勿使異人聞。問未有之言請師試道。師曰。入市能長嘯。歸家著短衣問夏終今日師意如何。師曰。不憐鵝護雪。且喜蠟人氷。問歸鄉無路時如何。師曰。平窺紅爛處。暢殺子平生。師赴州衙請上堂。有僧問人王與法王相見時如何。師曰。大舞遶林泉。世間無憂喜(或作有喜)。僧曰。共譚何事。師曰。

名づけて底沙と曰う。時に二菩薩有り、一は名は釈迦、二は名は弥勒。是の仏、観見して釈迦の心いまだ成熟せざるに、諸弟子の心皆純熟なるを見る。かくのごとく思惟す、一人の心は易く速やかに化すべし、衆人の心は難く疾く治すべからず。すなはち雪山に上り、宝窟中に入りて大禅定に入る。時に釈迦菩薩、外道仙人と作りて山に上りて薬を采るに、底沙仏を見る。見え已りて歓喜し、心に敬信を生じ、一脚を翘げて立ち、手を叉いで仏に向かい、一心にして観じ、目曽て瞬かず。七日七夜、一偈を以て仏を讃して言う―「天上天下、仏の如き無し、十方世界も亦た比ぶ無し。世界の所有、我尽く見る、一切、仏の如き者有る無し。」ここにおいて九劫を超越し、九十一劫に於て阿耨菩提を得たり。)問う―「古曲音韻無し、いかにして和すること斉しきを得ん。」師が言う―「木鶏、子夜に啼き、芻狗、天明に吠ゆ。」問う―「いかなるか一称南無仏。」師が言う―「灯、鳳翅を連ねて堂に当たりて照らし、月影、蛾眉、䫌(匹迷切、頭を傾けるなり)面に看る。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「如何にして仏にあらざらん。」問う―「いまだ玄言に暁せず、師に直指を請う。」師が言う―「家は海門洲に住し、扶桑最も先に照らる。」問う―「朗月、空に当たる時いかん。」師が言う―「天上より辊ずるに従わず、地中に向かいて埋むに任す。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「風に嘶く木馬、縁に絆無く、背角の泥牛、痛く鞭を下す。」問う―「いかなるか広慧剣。」師が言う―「死漢を斬らず。」問う―「古鏡いまだ磨かざる時いかん。」師が言う―「天魔、胆裂く。」僧が言う―「磨きたる後いかん。」師が言う―「軒轅、道無し。」僧が問う―「朗月、空に当たる時いかん。」師が言う―「団天に在らず(一に円天と作す)、且く羑里に居す。」問う―「矛盾、もと翳の病を双成し、帝網明珠の事、いかん。」師が言う―「山を為して九仞に登り、土を捻じて千鈞を定む。」僧が言う―「如何。」師が言う―「如何。」問う―「干木、文侯を奉ず、知心幾人ぞ。」師が言う―「少年、曽て龍蛇の陣を決し、潦倒として還って稚子の歌を聴く。」問う―「いかなるか清涼山中の主。」師が言う―「一句、遑えずして無著の問、今に迄ってなお野盤の僧と作す。」問う―「句、機に当たらず、いかにして道を顕せん。」師が言う―「大昴、縦い天を同じくするも、日輪、午に当たらず。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「鶴は九皋有りて翼を翥げ難く、馬は千里無くて漫に風を追う。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「異人に聞かしむることなかれ。」問う―「いまだ有らざるの言、師に試みに道えを請う。」師が言う―「市に入りて能く長嘯し、家に帰りて短衣を着く。」問う―「夏終わる今日、師の意いかん。」師が言う―「鵝の雪を護るを憐れまず、且く蜡人の冰を喜ぶ。」問う―「郷に帰るに路無き時いかん。」師が言う―「平かに紅爛の処を窺い、子の平生を暢殺す。」師、州衙の請に赴きて上堂す。僧有りて問う―「人王と法王と相見する時いかん。」師が言う―「大舞、林泉を繞り、世間に憂喜無し。」(或いは有喜と作す。)僧が言う―「何事を共に談ず。」師が言う―

虎豹巖前曾宴坐。隼旟光裡播真宗。問摘葉尋枝即不問。如何是直截根源。師曰。赴供凌晨。入開堂(或作塘)帶雨歸。問凡有所問盡是揑怪。請師直截根源。師曰。罕逢穿耳客。多遇刻舟人。問正當恁麼時如何。師曰。盲龜值木雖優穩。枯木生華物外春。問如何是密室中事。師曰。出袖(當作就)譚今古。迴顏獨皺眉。問驪龍頷下珠如何取得師曰。曾向海邊乾竹刺。直至如今治素琴。問大舸搖空如何舉櫂。師曰自在不點胸。渾家不喜見問追風難把促前程事若何。師曰。波斯衣𧝷(丘畏)解。問誕生王子還假及第否。師曰。一句擬光禪子問(或作訝)。三緘恐負古人機。問隨緣不變者。急遇知音人時如何。師曰。披莎側笠千峰裡。引水澆蔬五老前。問刻舟求不得當體事如何。師曰。大勳不立賞。柴扉草自深。問從上古人印印相契。如何是印底眼。師曰。輕囂道者知機變。拈與霑魂拭淚巾。問九夏賞勞請師言薦。師曰。出岫拂開龍洞雨。汎波僧湧缽囊華。問最初自恣合對何人。師曰。一把香芻拈未下。六環金錫響搖空。問西祖傳來請師端的。師曰。一犬吠虛千猱啀實(猱當作㺜奴刀功。惡犬長毛也。猱猴也非義。啀音崖犬鬪也)。問王道與佛道相去幾何。師曰。芻狗吠時天地合。木雞啼後祖燈輝。問祖師心印請師拂拭。師曰。祖月凌空圓聖智。何山松檜不青青。問大眾雲集請師說法。師曰。赤腳人趁兔。著鞾人吃肉。問不曾博覽空王教。略借玄機試道看師曰白玉無瑕卞和刖足。問如何是無為之句。師曰。寶燭當軒顯。紅光爍太虛。問如何是臨機一句。師曰。因風吹火用力不多。問素面相呈時如何。師曰。拈卻蓋面帛。問如何是衲僧氣息。師曰。膝行肘步大眾見之。問紫菊半開秋已至。月圓當戶意如何。師曰。月生蓬島人皆望。昨夜遭霜子不知。問如何是直截一路。師曰。直截迂曲。問如何是師子吼。師曰。

「虎豹巌前に曽て宴坐し、隼旟の光裏に真宗を播く。」問う―「葉を摘み枝を尋ぬるはすなはち問わず、いかなるか根源を直截する。」師が言う―「供に赴きて凌晨に入り、堂を開きて(或いは塘と作す)雨を帯びて帰る。」問う―「およそ問う有る所は尽く是れ怪を捏ぬ、師に請うて根源を直截せんことを。」師が言う―「耳を穿つ客に逢うこと罕く、舟を刻む人に遇うこと多し。」問う―「正にかくのごとき時に当たりていかん。」師が言う―「盲亀、木に値うは優りて穏やかなりといえども、枯木、華を生ぜば物外の春。」問う―「いかなるか密室中の事。」師が言う―「袖を出でて(就と作るべし)今古を談じ、顔を回らして独り眉を顰む。」問う―「驪龍の頷下の珠、いかにして取得せん。」師が言う―「曽て海辺に向かい干竹を刺し、今に至るまで素琴を治む。」問う―「大舸、空を揺りて、いかにして棹を挙げん。」師が言う―「自在、胸を点せず、渾家、見るを喜ばず。」問う―「風を追うに把促し難し、前程の事、いかん。」師が言う―「波斯、衣𧝷を解す。」問う―「誕生の王子、還って及第を假るや否や。」師が言う―「一句、禅子の問いを光らんと擬す(或いは訝と作す)、三緘、恐る古人の機に負かんことを。」問う―「縁に随うて変わらざる者、急に知音の人に遇う時いかん。」師が言う―「莎を披き笠を側けて千峰の裏、水を引きて蔬を澆りて五老の前。」問う―「舟を刻むも求め得ず、当体の事いかん。」師が言う―「大勲、賞を立てず、柴扉、草自ずから深し。」問う―「上りより古人、印印相契す、いかなるか印底の眼。」師が言う―「軽囂の道者、機変を知り、拈じて魂に沾る涙巾を拭うに与う。」問う―「九夏、賞労して師に言荐を請う。」師が言う―「岫を出でて龍洞の雨を拂開し、波を泛べて僧涌の鉢嚢の華。」問う―「最初、自恣するに合に何人に対すべき。」師が言う―「一把の香芻、拈じていまだ下さず、六環の金錫、空に揺りて響く。」問う―「西祖より伝来す、師に端的を請う。」師が言う―「一犬虚に吠え、千猱実に啀う。」(猱は㺜と作るべし、奴刀切、悪犬の長毛なり。猱は猴なり、義に非ず。啀の音は崖、犬の闘うなり。)問う―「王道と仏道と相去ること幾何。」師が言う―「芻狗吠うる時、天地合し、木鶏啼きたる後、祖灯輝く。」問う―「祖師の心印、師に拂拭を請う。」師が言う―「祖月、空を凌ぎて聖智を円し、何の山か松桧の青青ならざる。」問う―「大衆、雲集せり、師に説法を請う。」師が言う―「赤脚の人は兎を趁い、靴を着る人は肉を吃す。」問う―「曽て空王の教を博覧せず、略か玄機を借りて試みに道え看よ。」師が言う―「白玉瑕無きに、卞和足を刖う。」問う―「いかなるか無為の句。」師が言う―「宝燭、軒に当たりて顕れ、紅光、太虚に爍く。」問う―「いかなるか機に臨むの一句。」師が言う―「風に因りて火を吹く、力を用うること多からず。」問う―「素面相呈する時いかん。」師が言う―「面を蓋うの帛を拈却せよ。」問う―「いかなるか衲僧の気息。」師が言う―「膝行肘歩、大衆これを見る。」問う―「紫菊、半開にして秋すでに至り、月円くして戸に当たる意いかん。」師が言う―「月、蓬島に生じて人皆望む、昨夜霜に遭いたるを子知らず。」問う―「いかなるか直截の一路。」師が言う―「直截迂曲。」問う―「いかなるか師子吼。」師が言う―

阿誰要汝野幹鳴。問如何是諦實之言。師曰。心懸壁上。問心不能緣口不能言時如何。師曰。逢人但恁麼舉看。問龍透清潭時如何。師曰。印𩦲捺尾。問任性浮沈時如何。師曰。牽牛不入欄。問有無俱無去處時如何。師曰。三月懶遊華下路。一家愁閉雨中門。問語默涉離微(肇法師寶藏論離微體淨品雲。其入離其出微。知入離外塵無所依。知出微內心無所為。內心無所為。諸見不能移。外塵無所依。萬有不能機。萬有不能機。想慮不乘馳。諸見不能移。寂滅不思議。可謂本淨體離微也。據入故名離。約用故名微。混而為一無離無微。體淨不可染。無染故無淨。體微不可有。無有故無無)如何通不犯。師曰。常憶江南三月裡。鷓鴣啼處野華香。問百了千當時如何。師曰。不許夜行投明須到。問無地容身時如何。師曰。熊耳塔開無叩客。僧曰。如何即是。師曰。快須斷卻。問盡大地人來一時致問如何秖對。師曰。伯牙(或作子期)琴韻少知音。問央堀逼佛時如何。師曰。大家保護。萬迴憨問。心印未明如何得入。師曰。雖聞酉帥投歸款。未見牽羊納璧來。問如何是臨濟下事。師曰。桀犬吠堯。問如何是齧鏃事(太平廣記。隋末有督君謨者。善閉目而射。志其目則中目。志其口則中口。有王靈智者。學射於謨。以為曲盡其妙。欲射殺謨獨擅其美。謨執一短刀。箭來輒截之。惟有一矢。謨張口承之。遂齧其鏑。笑曰。汝學三年。吾未教汝齧鏃之法)。師曰。孟浪借辭論馬角。問不修定慧為什麼成佛無疑。師曰。金雞專報曉。漆桶黑光生。問一念萬年時如何。師曰。拂石仙衣破。問洪鍾未擊時如何。師曰。充塞大千無不韻。妙含幽致豈能分。僧曰。擊後如何。師曰。石壁山河無障礙。翳消開後好沾聞。問如何是西來意。師曰。尋山水盡山無盡。問大人相為什麼不具足。師曰。鴟梟夜半欺鷹隼。問古今才分請師密要。

「阿誰、お前の野干鳴を要せん。」問う―「いかなるか諦実の言。」師が言う―「心、壁に懸る。」問う―「心、縁ずること能わず、口、言うこと能わざる時いかん。」師が言う―「人に逢えばただかくのごとく挙げ看よ。」問う―「龍、清潭を透る時いかん。」師が言う―「印䩲、尾を捺す。」問う―「性に任せて浮沉する時いかん。」師が言う―「牛を牽きて欄に入らず。」問う―「有無倶に去る処無き時いかん。」師が言う―「三月、嬾にして華下の路を遊ばず、一家、愁えて雨中の門を閉ぢる。」問う―「語黙、離微に渉る(肇法師『宝藏論・離微体浄品』に云く、その入るは離なり、その出づるは微なり。入離を知れば外塵依る所無く、出微を知れば内心為す所無し。内心為す所無ければ諸見移ること能わず、外塵依る所無ければ万有機すること能わず。万有機すること能わざれば想慮乗馳せず、諸見移ること能わざれば寂滅不思議なり。謂うべし、本浄の体離微なり。入るに拠るゆえに名づけて離とし、用に約するゆえに名づけて微とす。混じて一と為せば離無く微無し。体浄にして染むべからず、染無きゆえに浄無し。体微にして有るべからず、有無きゆえに無無し。)いかにして犯さずして通せん。」師が言う―「常に憶う江南三月裏、鷓鴣啼く処の野華の香。」問う―「百了千当の時いかん。」師が言う―「夜行を許さず、明に投し須らく到るべし。」問う―「身を容るる地無き時いかん。」師が言う―「熊耳塔、開くに叩客無し。」僧が言う―「いかにすればすなはち是。」師が言う―「快く須らく断却すべし。」問う―「尽大地の人、来りて一時に問いを致す、いかにしてただ対せん。」師が言う―「伯牙(或いは子期と作す)の琴韻、知音少なし。」問う―「央掘、仏を逼る時いかん。」師が言う―「大家、保護す。」万回、憨なりて問う―「心印いまだ明らかならず、いかにして得入せん。」師が言う―「酉帥の款に投じ帰るを聞くといえども、いまだ羊を牽き璧を納めて来るを見ず。」問う―「いかなるか臨済下の事。」師が言う―「桀の犬、堯に吠ゆ。」問う―「いかなるか嚙鏃の事。」(『太平広記』:隋末に督君謨と言う者有り、善く目を閉ぢて射て、その目を志えばすなはち目に中り、その口を志えばすなはち口に中る。王霊智と言う者有りて謨に射を学び、曲げてその妙を尽くしたりと以い、謨を射殺して独りその美を擅にせんと欲す。謨、一短刀を執り、箭来れば輙ちこれを截る。ただ一矢有りて、謨、口を張りてこれを承け、遂にその鏑を嚙む。笑い言う―「お前、三年を学べども、吾いまだお前に嚙鏃の法を教えず。」)師が言う―「孟浪、辞を借りて馬角を論ず。」問う―「定慧を修せずして、何の故ぞ成

師曰。截卻重舌。問如何是大人相。師曰。赫赤窮。僧曰未審和尚二時如何。師曰。攜籮挈杖。問如何是賓中主。師曰。入市雙瞳瞽。曰如何是主中賓。師曰。迴鑾兩曜新。曰如何是賓中賓。師曰。攢眉坐白雲。曰如何是主中主。師曰。磨礱三尺刃。待斬不平人。問如何是钁頭邊事。師曰。山前一片青。問如何是佛。師曰。杖林山下竹筋鞭(西域記雲。昔摩竭陀國有婆羅門。聞釋迦佛身長丈六。常懷疑惑未之信也。乃以丈六竹杖。欲量佛身。恆於杖端出過丈六。如是增高莫能窮實。遂投杖而去。因植根焉。今竹林脩茂被山滿谷)。

師が言う―「重舌を截却せよ。」問う―「いかなるか大人の相。」師が言う―「赫赤窮なり。」僧が言う―「いまだ審らかならず、和尚二時いかん。」師が言う―「籮を携え杖を挈ぐ。」問う―「いかなるか賓中の主。」師が言う―「市に入りて双瞳瞽れり。」問う―「いかなるか主中の賓。」師が言う―「鑾を回らして両曜新たなり。」問う―「いかなるか賓中の賓。」師が言う―「眉を攒めて白雲に坐す。」問う―「いかなるか主中の主。」師が言う―「三尺の刃を磨礱し、不平の人を斬るを待つ。」問う―「いかなるか镢頭辺の事。」師が言う―「山前の一片の青。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「杖林山下の竹筋鞭。」(『西域記』に云く、昔、摩竭陀国に一婆羅門有り、釈迦仏の身長丈六なるを聞きて、常に疑惑を懐き、いまだこれを信ぜず。乃ち丈六の竹杖を以て仏身を量らんと欲して、恒に杖端に於て丈六を出過す。かくのごとく増高して、能く実を窮める莫く、遂に杖を投げて去る、因りて根を植る。今、竹林修茂にして山を被い谷に満つ。)

師於大宋開寶六年癸酉八月旦日。昇座說偈。至十五日跏趺而化。前一日手書別檀越。壽八十七。臘五十九。

師、大宋開宝六年癸酉八月旦日に座に升りて偈を説く。十五日に至りて跏趺して化す。前一日、手書して檀越に別れを告ぐ。寿八十七、臘五十九。

前汝州西院思明禪師法嗣

前汝州西院思明禅師の法嗣

郢州興陽歸靜禪師。初參西院乃問曰。擬問不問時如何。西院便打。師良久。西院雲。若喚作棒眉鬚墮落。師言下大悟。僧問。師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。師曰。少室山前無異路。

郢州興陽帰静禅師。初め西院に参じ、乃ち問うて言う―「問わんと擬しつつ問わざる時いかん。」西院、便ち打つ。師、良久す。西院が言う―「もし棒と喚ばば、眉鬚堕落せん。」師、言下に大悟す。僧が問う―「師、誰が家の曲を唱い、宗風は阿誰を嗣ぐ。」師が言う―「少室山前、異路無し。」

前韶州慧林鴻究禪師法嗣

前韶州慧林鴻究禅師の法嗣

韶州靈瑞和尚有人問如何是佛。師喝雲。汝是村裡人。問如何是西來意。師曰。十萬八千里。問如何是本來心。師曰。坐卻毘盧頂。出沒太虛中。

韶州霊瑞和尚。人問う有り―「いかなるか仏。」師、喝して言う―「お前は是れ村裏の人。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「十万八千里。」問う―「いかなるか本来の心。」師が言う―「毘盧の頂に坐却し、太虚中に出没す。」

前風穴延沼禪師法嗣

前風穴延沼禅師の法嗣

汝州廣慧真禪師。僧問。如何是廣慧境。師曰。小寺前頭資慶後。問如何是和尚家風。師曰。杴爬钁子。

汝州広慧真禅師。僧が問う―「いかなるか広慧境。」師が言う―「小寺前頭、資慶の後。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「杴爬镢子。」

汝州首山省念禪師。萊州人也。姓狄氏。受業於本部南禪院。得法於風穴。初住首山為第一世。開堂日有僧問曰。師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。師曰。少室巖前親掌視。僧曰。更請洪音和一聲。師曰。如今也要大家知。師謂眾曰。佛法付與國王大臣有力檀越。令燈燈相然相續不斷至於今日。大眾且道。相續箇什麼。師良久又曰。今日須是迦葉師兄始得。僧問如何是和尚家風。師曰。一言截斷千江口。萬仞峰前始得玄。問如何是首山境。師曰。一任眾人看。僧曰。如何是境中人。師曰。吃棒得也未。僧禮拜。師曰。且待別時。問如何是祖師西來意。師曰。風吹日炙。問從上諸聖向什麼處行履。師曰。牽犁拽杷。問古人拈槌竪拂意旨如何。師曰。孤峰無宿客。僧曰。未審意旨如何。師曰。不是守株人。問如何是菩提路。師曰此去襄縣五里。僧曰。向上事如何。師曰。往來不易。問諸聖說不盡處請師舉唱。師曰。萬裡神光都一照。誰人敢並日輪齊。問一樹還開華也無。師曰。開來久矣。僧曰。未審還結子也無。師曰。昨夜遭霜了。問臨濟喝德山棒。未審明得什麼邊事。師曰。汝試道看。僧喝。師曰瞎。僧再喝。師曰。遮瞎漢只麼亂喝作麼。僧禮拜。師便打。問四眾圍繞師說何法。師曰。打草蛇驚。僧曰。未審怎麼生下手。師曰。適來幾合喪身失命。問二龍爭珠誰是得者。師曰。得者失。僧曰。不得者又如何。師曰。珠在什麼處。問維摩默然文殊贊善。未審此意如何。師曰。當時聽眾必不如是。僧曰。未審維摩默然意旨如何。師曰。知恩者少負恩者多。問一切諸佛皆從此經出。如何是此經。師曰。低聲低聲。僧曰。如何受持。師曰。切不得汙染。問世尊滅後法付何人。師曰。好箇問頭無人答得。問見色便見心。諸法無形將何所見。師曰。一家有事百家忙。僧曰。學人不會。乞師再指。師曰。三日看取。

汝州首山省念禅師は、萊州の人。姓は狄。本部南禅院に於て業を受け、風穴に於て法を得たり。初め首山に住して第一世と為る。堂を開く日、僧有りて問うて言う―「師、誰が家の曲を唱い、宗風は阿誰を嗣ぐ。」師が言う―「少室巌前、親しく掌視せり。」僧が言う―「更に洪音を請うて一声に和さん。」師が言う―「いまも亦た大家の知るを要す。」師、衆に対して言う―「仏法は国王大臣有力の檀越に付与して、灯灯相然えて相続けて断えず、今日に至らしむ。大衆、且く道え、相続くる箇の何ぞや。」師、良久してまた言う―「今日は須らく是れ迦葉師兄たるを始めて得ん。」僧が問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「一言、千江の口を截断し、万仞峰前に始めて玄を得。」問う―「いかなるか首山境。」師が言う―「一に衆人の看るに任る。」僧が言う―「いかなるか境中の人。」師が言う―「棒を吃し得たるや未だ。」僧、礼拝す。師が言う―「且く別時を待て。」問う―「いかなるか祖師の西来意。」師が言う―「風吹き日炙る。」問う―「上りよりの諸聖、何の処に向かってか行履する。」師が言う―「犁を牽き耙を拽る。」問う―「古人、槌を拈じ拂を竪てし意旨いかん。」師が言う―「孤峰、宿客無し。」僧が言う―「いまだ審らかならず意旨いかん。」師が言う―「是れ株を守る人にあらず。」問う―「いかなるか菩提路。」師が言う―「此より襄県五里。」僧が言う―「向上の事いかん。」師が言う―「往来易からず。」問う―「諸聖の説き尽くさざる処、師に挙唱を請う。」師が言う―「万里の神光、都て一照、誰人か敢て日輪に斉しく並べん。」問う―「一樹、還って花を開くや無きや。」師が言う―「開き来ること久し。」僧が言う―「いまだ審らかならず、還って子を結ぶや無きや。」師が言う―「昨夜霜に遭えり。」問う―「臨済の喝、徳山の棒、いまだ審らかならず何の辺事を明く。」師が言う―「お前、試みに道え看よ。」僧、喝す。師が言う―「瞎。」僧、再び喝す。師が言う―「この瞎漢、ただかくのごとく乱喝して作么す。」僧、礼拝す。師便ち打つ。問う―「四衆囲繞す、師何の法を説く。」師が言う―「草を打ちて蛇を驚かす。」僧が言う―「いまだ審らかならず、どうやら生じて手を下す。」師が言う―「さきほど幾合か身を喪い命を失いたる。」問う―「二龍珠を争う、誰か是れ得る者。」師が言う―「得る者は失。」僧が言う―「得ざる者はまた如何。」師が言う―「珠は何の処に在る。」問う―「維摩黙然、文殊、善を讃す、いまだ審らかならずこの意いかん。」師が言う―「当時の聴衆、必ずしも是のごとくならざりき。」僧が言う―「いまだ審らかならず、維摩黙然の意旨いかん。」師が言う―「恩を知る者は少なく、恩を負く者は多し。」問う―「一切諸仏、皆此の経より出づ、いかなるか此の経。」師が言う―「低声低声。」僧が言う―「いかにして受持せん。」師が言う―「切に污染することを得ず。」問う―「世尊滅後、法は何人に付す。」師が言う―「好き箇の問頭、人の答え得る無し。」問う―「色を見れば便ち心を見ん、諸法形無し、何を将てか見る所。」師が言う―「一家有事有れば百家忙なり。」僧が言う―「学人会せず、師に再び指さんを乞う。」師が言う―「三日、看取せよ。」

問如人入京朝聖主。只到潼關便卻迴時如何。師曰。猶是鈍漢。問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。瞥爾三千界。問一句瞭然超百億。如何是一句。師曰。到處舉似人。僧曰。畢竟事如何。師曰。但知恁麼道。問如何是古佛心。師曰。鎮州蘿蔔重三斤。問虛空以何為體。師曰。老僧在汝腳底。僧曰。和尚為什麼在學人腳底。師曰。知汝是箇瞎漢。問如何是玄中的。師曰。有言須道卻。僧曰。此意如何。師曰。無言鬼也瞋。問如何是衲僧眼。師曰。此問猶不當。僧曰。當後如何。師曰。堪作麼。問如何得離眾緣去。師曰。千年一遇。僧曰。不離時如何。師曰。立在眾人前。問如何是大安樂人。師曰。不見有一法。僧曰。將何為人。師曰。謝闍梨領話。問如何是常在底人。師曰。亂走作麼。問一毫未發時如何。師曰路逢穿耳客。僧曰。發後如何。師曰。不用更遲疑。問無絃琴請師音韻。師良久曰。還聞麼。僧曰。不聞。師曰。何不高聲聞著。問學人久處沈迷請師一接。師曰。老僧無恁麼閑功夫。僧曰。和尚為什麼如此。師曰。要行即行要坐即坐。問如何是離凡聖底句。師曰。嵩山安和尚。僧曰。莫便是和尚極則處否。師曰。南嶽讓禪師。問學人乍入叢林乞師指示。師曰。闍梨到此多少時也。僧曰。已經冬夏。師曰。莫錯舉似人。問有一人蕩盡來時師還接否。師曰。蕩盡即不無。那箇是誰。僧曰。今日風高月冷。師曰。僧堂內幾人坐臥。僧無對。師曰。賺殺老僧。問如何是梵音相。師曰。驢鳴狗吠。問如何是徑截一路。師曰。或在山間或在樹下。問曹谿一句天下人聞。未審和尚一句什麼人得聞。師曰。不出三門外。僧曰。為什麼不出三門外。師曰。舉似天下人。僧問。如何是和尚不欺人眼。師曰。看看冬到來。僧曰。究竟如何。師曰。即便春風至。問遠聞和尚寸絲不掛。及至到來為什麼有山可守。

問う―「人の京に入りて聖主に朝するに、ただ潼関に到りて便ち却って回る時いかん。」師が言う―「なお是れ鈍漢。」問う―「路に達道の人に逢うに、語黙を将て対せず、いまだ審らかならず何を将てか対せん。」師が言う―「瞥爾三千界。」問う―「一句、了然として百億を超ゆ、いかなるか一句。」師が言う―「処に到りて人に挙似す。」僧が言う―「畢竟の事いかん。」師が言う―「ただかくのごとく道うを知れ。」問う―「いかなるか古仏の心。」師が言う―「鎮州の蘿蔔、重きこと三斤。」問う―「虚空、何を以て体と為す。」師が言う―「老僧、お前の脚底に在り。」僧が言う―「和尚、何の故ぞ学人の脚底に在る。」師が言う―「お前の箇の瞎漢なるを知れり。」問う―「いかなるか玄中の的。」師が言う―「言有れば須らく道却すべし。」僧が言う―「この意いかん。」師が言う―「言無ければ鬼も亦た嗔る。」問う―「いかなるか衲僧の眼。」師が言う―「この問はなお当たらず。」僧が言う―「当たりたる後いかん。」師が言う―「堪えて作么せん。」問う―「いかにして衆縁を離れ去るを得ん。」師が言う―「千年一遇。」僧が言う―「離れざる時いかん。」師が言う―「衆人の前に立つ。」問う―「いかなるか大安楽の人。」師が言う―「一法有るを見ず。」僧が言う―「何を将てか人と為す。」師が言う―「闍梨の話を領するに謝す。」問う―「いかなるか常に在る底の人。」師が言う―「乱走して作么す。」問う―「一毫いまだ発せざる時いかん。」師が言う―「路に耳を穿つ客に逢う。」僧が言う―「発したる後いかん。」師が言う―「更に遅疑を用いず。」問う―「弦無きの琴、師に音韻を請う。」師、良久して言う―「還って聞くや。」僧が言う―「聞かず。」師が言う―「何ぞ声を高くして聞かしめざる。」問う―「学人、久しく沉迷に処る、師に一接を請う。」師が言う―「老僧、かくのごとき閑工夫無し。」僧が言う―「和尚、何の故ぞかくのごとき。」師が言う―「行かんと要すればすなはち行き、坐さんと要すればすなはち坐す。」問う―「いかなるか凡聖を離れたる底の句。」師が言う―「嵩山安和尚。」僧が言う―「あながち便ち是れ和尚の極則の処か否や。」師が言う―「南岳譲禅師。」問う―「学人、乍ち叢林に入る、師に指示を乞う。」師が言う―「闍梨、此に到りて多少の時ぞ。」僧が言う―「すでに冬夏を経たり。」師が言う―「錯りて人に挙似することなかれ。」問う―「一人有りて蕩尽して来る時、師還って接するや否や。」師が言う―「蕩尽すなはち無きにあらず、那箇は是れ誰。」僧が言う―「今日、風高く月冷たし。」師が言う―「僧堂内、幾人か坐卧する。」僧は対無し。師が言う―「老僧を賺殺す。」問う―「いかなるか梵音の相。」師が言う―「驢鳴狗吠。」問う―「いかなるか径截の一路。」師が言う―「或いは山間に在り、或いは樹下に在り。」問う―「曹渓の一句、天下人聞く、いまだ審らかならず和尚の一句、何人か聞くことを得る。」師が言う―「三門外を出でず。」僧が言う―「何の故ぞ三門外を出でざる。」師が言う―「天下人に挙似す。」僧が問う―「いかなるか和尚の人の眼を欺かざる。」師が言う―「冬の来るを看看せよ。」僧が言う―「究竟いかん。」師が言う―「便ち即ち春風至る。」問う―「遠く和尚の寸絲も掛けざるを聞く、到来するに及んで何の故ぞ守るべき山有る。」

師曰。道什麼。僧喝。師亦喝。僧禮拜。師曰。放汝二十棒。師次住寶安山廣教院亦第一世。後徇眾請入城下寶應院(即南院第三世)三處法席海眾常臻。淳化三年十二月四日午時上堂說偈示眾曰。

師が言う―「何をか道う。」僧、喝す。師も亦た喝す。僧、礼拝す。師が言う―「お前に二十棒を放ず。」師、次いで宝安山広教院に住す、亦た第一世なり。後に衆の請に徇い、城下の宝応院に入る(すなはち南院第三世)。三処の法席、海衆常に臻る。淳化三年十二月四日午時、上堂して偈を説きて衆に示して言う―

今年六十七老病隨緣且遣日今年記卻來年事

今年六十七、老病、縁に随いて且く日を遣る。今年記し却す来年の事、

來年記著今朝日

来年記着す今朝の日。

至四年月日與時無爽前記。上堂辭眾。仍說偈曰。

四年の月日と時、前記に爽わずに至る。上堂して衆を辞し、仍ほ偈を説いて言う―

白銀世界金色身情與非情共一真

白銀世界金色の身、情と非情と共に一真。

明暗盡時俱不照日輪午後見全身

明暗尽くる時倶に照らさず、日輪午後に全身を見ん。

言訖安坐。日將昳而逝。壽六十有八。茶毘收舍利。

言い訖りて安坐す。日将に昃んとして逝す。寿六十有八。荼毗して舎利を収む。

前潭州報慈歸真大師德韶法嗣

前潭州報慈帰真大師徳韶の法嗣

蘄州三角山志謙禪師。僧問如何是佛。師曰。速禮三拜。

蘄州三角山志謙禅師。僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「速やかに三拝を礼せよ。」

郢州興陽詞鐸禪師(第三世住)僧問。佛界與眾生界相去多少。師曰。道不得。僧曰。真箇那。師曰。有些子。問傘蓋忽臨於寶坐。師今何異鵲巢時。師曰。道不得。僧曰。即今底。師曰。輸汝一佛法。

郢州興陽詞鐸禅師(第三世住)。僧が問う―「仏界と衆生界と、相去ること多少。」師が言う―「道うることを得ず。」僧が言う―「真箇に那。」師が言う―「些子有り。」問う―「傘蓋、忽ち宝座に臨む、師、今、鵲巢の時に何ぞ異なる。」師が言う―「道うることを得ず。」僧が言う―「即今の底。」師が言う―「お前に一仏法を輸す。」

前汝州首山省念禪師法嗣

前汝州首山省念禅師の法嗣

汾州善昭禪師上堂謂眾曰。凡一句語須具三玄門。每一玄門須具三要。有照有用。或先照後用。或先用後照。或照用同時。或照用不同時。先照後用且要共爾商量。先用後照爾也須是箇人始得。照用同時爾作麼生當抵。照用不同時爾又作麼生湊泊。僧問。如何是大道之源。師曰。掘地覓青天。曰何得如此。師曰。識取幽玄。問如何是賓中賓。師曰。合掌庵前問世尊。曰如何是賓中主。師曰。對面無儔侶。曰如何是主中賓。師曰。陣雲橫海上。拔劍攪龍門。曰如何是主中主。師曰。三頭六臂驚天地。忿怒那吒撲帝鍾。

汾州善昭禅師、上堂して衆に対して言う―「およそ一句の語は須らく三玄門を具すべし。毎に一玄門は須らく三要を具すべし。照有り用有り。或いは先に照らして後に用い、或いは先に用いて後に照らし、或いは照用同時、或いは照用同時ならず。先に照らして後に用うるは、且くお前と商量せんを要す。先に用いて後に照らすは、お前も亦た須らく是れ箇人たるを始めて得ん。照用同時は、お前、作麼生に当抵せん。照用同時ならざるは、お前また作麼生に凑泊せん。」僧が問う―「いかなるか大道の源。」師が言う―「地を掘りて青天を覓む。」問う―「何ぞかくのごとくなるを得る。」師が言う―「幽玄を識取せよ。」問う―「いかなるか賓中の賓。」師が言う―「庵前に合掌して世尊に問う。」問う―「いかなるか賓中の主。」師が言う―「面を対して儔侶無し。」問う―「いかなるか主中の賓。」師が言う―「陣雲、海上に横たわり、剣を抜きて龍門を搅る。」問う―「いかなるか主中の主。」師が言う―「三頭六臂、天地を驚かし、忿怒の那咤、帝鐘を扑つ。」

曹谿別出第二世

曹渓別出第二世

前南陽慧忠國師法嗣

前南陽慧忠国師の法嗣

吉州耽源山真應禪師。為國師侍者時。一日國師在法堂中。師入來。國師乃放下一足。師見便出。良久卻回。國師曰。適來意怎麼生。師雲。向阿誰說即得。國師曰。我問爾。師雲什麼處見某甲。師又問。百年後有人問極則事如何。國師曰。幸自可憐生。須要覓箇護身符子作麼。異日師攜籃子歸方丈。國師問。籃裡什麼物。師曰。青梅。國師曰。將來何用。師曰。供養。國師曰。青在爭堪供養。師曰。以此表獻。國師曰。佛不受供養。師曰。某甲只恁麼。和尚如何。國師曰。我不供養。師曰。為什麼不供養。國師曰。我無果子。百丈海和尚在泐潭山牽車次。師曰。車在遮裡牛在什麼處。海斫額。師乃拭目。麻谷問。十二面觀音豈不是聖。師曰是。麻谷與師一摑。師曰。想汝未到此境。國師諱日設齋。有僧問曰。國師還來否。師曰。未具他心。曰又用設齋作麼。師曰。不斷世諦。

吉州耽源山真応禅師。国師の侍者たりし時、一日、国師法堂中に在り。師入り来る。国師乃ち一足を放下す。師、見て便ち出づ。良久して却って回る。国師が言う―「さきほどの意、怎麼生。」師が言う―「阿誰に向かってか説きて即ち得ん。」国師が言う―「我、お前に問う。」師が言う―「何の処よりか某甲を見る。」師また問う―「百年後、人の極則の事を問う有らばいかん。」国師が言う―「幸い自ら可憐生、須らく箇の護身符子を覓めて作么せん。」異日、師、籃子を携えて方丈に帰る。国師が問う―「籃裏は何物。」師が言う―「青梅。」国師が言う―「将来して何に用いる。」師が言う―「供養。」国師が言う―「青き在り、怎んぞ供養に堪えん。」師が言う―「此を以て献を表す。」国師が言う―「仏は供養を受けず。」師が言う―「某甲ただかくのごとし、和尚は如何。」国師が言う―「我は供養せず。」師が言う―「何の故ぞ供故ぞ供養せざる。」国師が言う―「我、果子無し。」百丈海和尚、泐潭山に在りて車を牽く次。師が言う―「車はここに在り、牛は何の処に在る。」海、額を斫る。師乃ち目を拭う。麻谷が問う―「十二面観音、あに是れ聖にあらずや。」師が言う―「是。」麻谷、師に一掴を与う。師が言う―「お前、いまだ此の境に到らざるを想う。」国師の諱日に斎を設く。僧有りて問うて言う―「国師、還って来たるや否や。」師が言う―「いまだ他心を具せず。」問う―「また斎を設けて作么す。」師が言う―「世諦を断ぜず。」

洛陽荷澤神會大師法嗣

洛陽荷沢神会大師の法嗣

黃州大石山福琳禪師荊州人也。姓元氏。木儒家子。幼歸釋氏。就玄靜寺謙著禪師剃度登戒。遊方遇荷澤師。示無念靈知不從緣有。即煥然見諦。後抵黃州大石山結庵而居。四方禪侶依之甚眾。唐興元二年入滅。壽八十有二。

黄州大石山福琳禅師は、荊州の人。姓は元。もと儒家の子。幼くして釈氏に帰し、玄静寺謙著禅師に就きて剃度し戒に登る。方を游びて荷沢師に遇うに、無念の霊知、縁に従いて有らざるを示され、すなはち煥然として諦を見る。後に黄州大石山に抵りて庵を結びて居す。四方の禅侶、依る者甚だ衆し。唐興元二年に入滅す。寿八十有二。

沂水蒙山光寶禪師幷州人也。姓周氏。初謁荷澤和尚服勤左右。荷澤一日謂之曰。汝名光寶。名以定體。寶即己有光非外求。縱汝意用而無少乏。長夜蒙照而無間歇。汝還信否。師曰。信則信矣。未審光之與寶同耶異耶。荷澤曰。光即寶寶即光。何有同異之名乎。師曰。眼耳緣聲色時為復抗行為有迴互。荷澤曰。抗互且置。汝指何法為聲色之體乎。師曰。如師所說。即無有聲色可得。荷澤曰。汝若了聲色體空。亦信眼耳諸根及與凡聖平等如幻。抗行迴互其理昭然。師由是領悟禮辭而去。初隱沂水蒙山。唐元和二年圓寂。壽年九十。

沂水蒙山光宝禅師は、并州の人。姓は周。初め荷沢和尚を謁し、左右に服勤す。荷沢、一日彼に対して言う―「お前の名は光宝。名は以て体を定む。宝はすなはち己有、光は外に求るにあらず。お前の意を縦いに用いて少乏無く、長夜蒙い照らして間歇無し。お前還って信ずるや否や。」師が言う―「信ぜば則ち信ぜん。いまだ審らかならず、光と宝と同じき耶異なる耶。」荷沢が言う―「光すなはち宝、宝すなはち光、何ぞ同異の名有らん乎。」師が言う―「眼耳、声色に縁る時、為復た抗行か、為に回互有るか。」荷沢が言う―「抗互は且く置け。お前、何法を指して声色の体と為す乎。」師が言う―「師の説く所のごとくば、すなはち声色の得べき無し。」荷沢が言う―「お前もし声色の体空なるを了せば、も亦た眼耳の諸根および凡聖と平等にして幻のごときを信ぜよ。抗行回互、その理昭然なり。」師、是に由りて領悟し、礼辞して去る。初め沂水蒙山に隠る。唐元和二年に円寂す。寿年九十。

曹谿別出第五世

曹渓別出第五世

前遂州道圓禪師法嗣

前遂州道円禅師の法嗣

終南山圭峰宗密禪師果州西充人也。姓何氏。家本豪盛髫齓通儒書。冠歲探釋典。唐元和二年將赴貢舉。遇造圓和尚法席欣然契會遂求披削。當年進具。一日隨眾僧齋於府吏任灌家居下位。以次受經。得圓覺十二章。覽未終軸感悟流涕。歸以所悟之旨告於圓。圓撫之曰。汝當大弘圓頓之教。此諸佛授汝耳。行矣無自滯於一隅也。師涕泣奉命禮辭而去。因謁荊南張禪師(南印)張曰。傳教人也。當宣導於帝都。復見洛陽照禪師(奉國神照)照曰。菩薩人也誰能識之。尋抵襄漢。因病僧付華嚴疏。即上都澄觀大師之所撰也。師未嘗聽習一覽而講。自欣所遇曰。曏者諸師述作罕窮厥旨。未若此疏辭源流暢幽賾煥然。吾禪遇南宗教逢圓覺。一言之下心地開通。一軸之中義天朗耀。今復偶茲絕筆罄竭於懷。暨講終思見疏主。時屬門人太恭斷臂醻恩。師先齎書上疏主。遙敘師資往復慶慰。尋太恭痊損。方隨侍至上都執弟子之禮。觀曰。毘盧華藏能隨我遊者其汝乎。師預觀之室雖日新其德。而認筌執象之患永亡矣。北遊清涼山迴住鄠縣草堂寺。未幾復入寺南圭峰蘭若。大和中微入內賜紫衣。帝累問法要。朝士歸慕。惟相國裴公休深入堂奧。受教為外護。師以禪教學者互相非毀。遂著禪源諸詮。寫錄諸家所述。詮表禪門根源道理。文字句偈集為一藏(或雲。一百卷)以貽後代。其都序略曰。禪是天竺之語。具雲禪那。翻雲思惟修。亦云靜慮。皆是定慧之通稱也。源者。是一切眾生本覺真性。亦名佛性。亦名心地。悟之名慧。修之名定。定慧通名為禪。此性是禪之本源。故云禪源。亦名禪那。理行者。此之本源是禪理。忘情契之是禪行。故云理行。然今所集諸家述作。多譚禪理少說禪行。故且以禪源題之。今時有但目真性為禪者。是不達理行之旨。又不辨華竺之音也。然非離真性別有禪體。但眾生迷真合塵即名散亂。

終南山圭峰宗密禅師は、果州西充の人。姓は何。家もと豪盛、髫齔にして儒書に通じ、冠歳に釈典を探る。唐元和二年、将に貢挙に赴かんとして道円和尚の法席に遇う(底本「造円」、すなはち遂州道円なり)、欣然として契会し、遂に披削を求む。当年、進具す。一日、衆僧に随い府吏任灌の家に於て斎す、下位に居り、次を以て経を受けて『円覚』十二章を得る。覧ること軸を終えざるに、感悟して涕を流す。帰りて悟る所の旨を以て円に告ぐ。円、之を抚でて言う―「お前、当に円頓の教を大いに弘むべし、此れ諸仏のお前に授けたるなり。行け、一隅に自ら滞ることなかれ。」師、涕泣して命を奉じ、礼辞して去る。因りて荊南張禅師に謁す(南印)。張が言う―「教を伝うる人なり、当に帝都に於て宣導すべし。」復た洛陽照禅師を見る(奉国神照)。照が言う―「菩薩の人なり、誰か能くこれを識らん。」尋いで襄漢に抵る。病僧の『華厳疏』を付するに因る、すなはち上都澄観大師の撰せし所なり。師、曽て聴習せざるも、一覧して講ず。自ら遇う所を欣びて言う―「向者の諸師の述作、罕くその旨を窮め、此の疏の辞源流暢にして幽赜煥然たるに若かず。吾が禅は南宗に遇い、教は円覚に逢い、一言の下に心地開通し、一軸の中に義天朗耀す。今復た此の絶筆に偶う、懐に罄竭す。」暨ち講終わりて疏主を見んと思う。時に門人太恭、臂を断ちて恩を酬うるに属す。師、先に書を齎して疏主に上り、遥かに師資を叙し、往復して慶慰す。尋いで太恭痊損し、方に随侍して上都に至り、弟子の礼を執る。観が言う―「毘盧華蔵、能く我に随いて游ぶ者は、其れお前か。」師、観の室に預る、日にその徳を新たにするといえども、筌を認め象を執るの患永く亡びん。北に清凉山に游び、回りて鄠県草堂寺に住す。未幾くして復た寺南の圭峰蘭若に入る。大和中、征せられて内に入り、紫衣を賜う。帝、累ねて法要を問う。朝士帰慕すれども、ただ相国裴公休、深く堂奥に入り、教を受けて外護と為す。師、禅教学者の互相いに非毀するを以て、遂に『禅源諸詮』を著し、諸家の述べる所を写録し、禅門の根源道理、文字句偈を詮表し、集めて一蔵と為す(或いは百巻と云う)以て後代に貽す。その都序に略して曰く、禅は是れ天竺の語、具さに云えば禅那、翻して思惟修と云い、亦た静慮と云う、皆是れ定慧の通称なり。源は是れ一切衆生の本覚真性、亦の名は仏性、亦の名は心地。悟するを名づけて慧とし、修するを名づけて定とす。定慧、通じて名づけて禅とす。此の性は禅の本源なり、ゆえに禅源と云う。亦の名は禅那。理行とは、此の本源は是れ禅理、情を忘れてこれに契するは是れ禅行、ゆえに理行と云う。然るに今、集むる所の諸家の述作、多くは禅理を談じ、少なくは禅行を説く、ゆえに且く禅源を以てこれを題す。今時、ただ真性を目して禅と為す者有り、是れ理行の旨に達せざるなり、また華竺の音を辨えざるなり。然るに真性を離れて別に禅体有るにあらず。ただ衆生、真に迷いて塵に合せばすなはち散乱と名づく、

背塵合真名為禪定。若直論本性。即非真非妄無背無合無定無亂。誰言禪乎。況此真性非唯是禪門之源。亦是萬法之源。故名法性。亦是眾生迷悟之源。故名如來藏藏識(出楞伽經)亦是諸佛萬德之源。故名佛性(涅槃等經)亦是菩薩萬行之源。故名心地(梵網經心地法門品雲。是諸佛之本源。行菩薩道之根本。是大眾諸佛子之根本也)萬行不出六波羅蜜。禪門但是六中之一。當其第五。豈可都目真性為一禪行哉。然禪定一行最為神妙。能發起性上無漏智慧。一切妙用萬行萬德。乃至神通光明皆從定發故。三乘學人慾求聖道必須修禪。離此無門離此無路。至於念佛求生淨土。亦修十六觀禪及念佛三昧般舟三昧。又真性即不垢不淨凡聖無差。禪則有淺有深階級殊等。謂帶異計欣上厭下而修者。是外道禪。正信因果亦以欣厭而修者是凡夫禪。悟我空偏真之理而修者。是小乘禪。悟我法二空所顯真理而修者。是大乘禪(上四類皆有四色四空之異也)若頓悟自心。本來清淨元無煩惱。無漏智性本自具足。此心即佛畢竟無異。依此而修者。是最上乘禪。亦名如來清淨禪。亦名一行三昧。亦名真如三昧。此是一切三昧根本。若能念念修習。自然漸得百千三昧。達磨門下展轉相傳者。是此禪也。達磨未到。古來諸家所解。皆是前四禪八定。諸高僧修之皆得功用。南嶽天台令依三諦之理修三止三觀。教義雖最圓妙。然其趣入門戶次第。亦只是前之諸禪行相。唯達磨所傳者。頓同佛體逈異諸門。故宗習者難得其旨。得即成聖疾證菩提。失則成邪速入塗炭。先祖革昧防失故。且人傳一人。後代已有所憑故。任千燈千照。洎乎法久成弊。錯謬者多故。經論學人疑謗亦眾。原夫佛說頓教漸教。禪開頓門漸門。二教二門各相符契。今講者偏彰漸義。禪者偏播頓宗。禪講相逢胡越之隔。宗密不知宿生何作薰得此心。自未解脫欲解他縛。

塵を背き真に合するを名づけて禅定とす。もし直に本性を論ぜば、すなはち真に非ず妄に非ず、背無く合無く、定無く乱無し、誰か禅と言わん。況んや此の真性は唯だ禅門の源なるのみならず、亦た万法の源なり、ゆえに法性と名づく。亦た衆生の迷悟の源なり、ゆえに如来蔵蔵識と名づく(『楞伽経』に出』に出づ)。亦た諸仏万徳の源なり、ゆえに仏性と名づく(『涅槃』等の経)。亦た菩薩万行の源なり、ゆえに心地と名づく(『梵網経・心地法門品』に云く、是れ諸仏の本源、菩薩道を行ずるの根本、大衆諸仏子の根本なり)。万行、六波羅蜜を出でず。禅門はただ六中の一、その第五に当たる、あに総べて真性を目して一禅行と為さんや。然るに禅定の一行、最も神妙にして、性上無漏の智慧を発起すること能くす。一切妙用、万行万徳、乃至神通光明、皆定より発ず。ゆえに三乗の学人、聖道を求めんと欲すれば必ず須らく禅を修すべし、此を離れて門無く、此を離れて路無し。念仏して浄土に生まれんことを求るに至るも、亦た十六観禅および念仏三昧、般舟三昧を修す。また真性すなはち垢ならず浄ならず、凡聖差なし。禅は則ち浅き有り深き有り、階級殊等なり。謂いん、異計を帯びて上を欣い下を厭いて修するは、是れ外道禅。正しく因果を信じて亦た欣厭を以て修するは、是れ凡夫禅。我空偏真の理を悟りて修するは、是れ小乗禅。我法二空の顕わす所の真理を悟りて修するは、是れ大乗禅。(上の四類、皆四色四空の異有り。)もし頓に自心の本来清浄にして、もと煩悩無く、無漏の智性、本自ら具足し、此の心すなはち仏にして、畢竟異無きを悟り、此に依りて修するは、是れ最上乘禅。亦の名は如来清浄禅、亦の名は一行三昧、亦の名は真如三昧。此れ一切三昧の根本なり。能く念々修習せば、自然漸く百千三昧を得ん。達磨門下、展転相伝うるは、是れ此の禅なり。達磨いまだ到らざるに、古来諸家の解は皆是れ前の四禅八定。諸高僧これを修して皆功用を得たり。南岳天台、三諦の理に依りて三止三観を修めしむるも、教義最も円妙といえども、然るにその入るに趣く門戸次第も亦ただ是れ前の諸禅行相のみ。唯だ達磨の伝うる所は、頓に仏体を同じくして迥かに諸門に異なり。ゆえに宗習する者、その旨を得ること難し。得ればすなはち聖と成り、疾く菩提を証し、失せば則ち邪と成り、速やかに塗炭に入る。先祖、昧を革めて失を防ぎ、ゆえに且く人、一人を伝う。後代すでに凭る所有り、ゆえに千灯千照に任す。法、久しくして弊を成し、錯謬の者多きに洎り、ゆえに経論の学人、疑謗も亦た衆し。それ仏の説く頓教漸教、禅の開く頓門漸門は、二教二門、各相符契す。今、講する者は偏りに漸義を彰し、禅する者は偏りに頓宗を播く。禅講相逢えば胡越の隔なり。宗密、宿生何の作をか知らずして此の心を薫得せり。自らいまだ解脱せざるに他の縛を解かんと欲し、

為法亡於軀命。愍人切於神情(亦如淨名雲。若自有縛能解他縛無有是處。然欲罷不能。驗是宿習難改故)每歎人與法差法為人病。故別撰經律論疏。大開戒定慧門。顯頓悟資於漸修。證師說符於佛意。意既本末而委示。文乃浩博而難尋。汎學雖多乘志者少。況跡涉名相誰辨金鍮。徒自疲勞未見機感。雖佛說悲增是行。而自慮愛見難防。遂捨眾入山習定均慧。前後息慮相繼十年(雲前後者。中間被勅追入內住城二年。方卻表請歸山也)微細習情起滅彰於靜慧。差別法義羅列現於空心。虛隙日光纖埃擾擾。清潭水底影像昭昭。豈比夫空守默之痴禪。但尋文之狂慧者也。然本因了自心而辨諸教故。懇情於心宗。又因辨諸教而解修心故。虔誠於教義。教也者諸佛菩薩所留經論也。禪也者諸善知識所述句偈也。但佛經開張羅大千八部之眾。禪偈撮略就此方一類之機。羅眾則莽蕩難依。就機則指的易用。今之纂集意在斯焉。裴休為之序曰。諸宗門下皆有達人。然各安所習通少局多。數十年中師法益壞。以承稟為戶牖各自開張。以經論為干戈互相攻擊。情隨函(音含)矢而遷變(周禮曰。函人為甲。孟子曰。矢人豈不仁於函人哉。函人唯恐傷人。矢人唯恐不傷人。蓋所習之術使然也。今學者但隨宗徒彼此相非耳)法逐人我以高低。是非紛拏莫能辨析。則曏者世尊菩薩諸方教宗。適足以起諍。後人增煩惱病。何利益之有哉。圭山大師久而歎曰。吾丁此時不可以默矣。於是以如來三種教義。印禪宗三種法門。融瓶盤釵釧為一金。攪酥酪醍醐為一味。振綱領而舉者皆順(荀子云。如振裘領屈五指。而頓之順者不可勝數)據會要而來者同趣(周易略例雲。處會要以觀方來。則六合輻輳未足多也。都序據圓教以印諸宗。雖百家亦無所不統)尚恐學者之難明也。又復直示宗源之本末。真妄之和合。空性之隱顯。法義之差殊。

法の為に躯命に亡び、人を愍むこと神情に切なり。(亦た浄名に云く、もし自ら縛有りて能く他の縛を解くは、是の処有る無し、と。然るに罷めんと欲して能わず、宿習の改め難きが故なりと験す。)毎に人と法差ち、法、人の病と為るを嘆く。ゆえに別に経律論疏を撰し、大きに戒定慧の門を開き、頓悟の漸修に資するを顕し、師説の仏意に符するを証す。意すでに本末にして委しく示すも、文乃ち浩博にして尋ね難し。汎学多しといえども、志に乗ずる者少なし。況んや迹、名相に渉れば、誰か金鍮を辨えん。徒らに自ら疲労して、いまだ機感を見ず。仏、悲増是の行と説くといえども、自ら慮るに愛見防ぎ難し。遂に衆を舎てて山に入り、定を習い慧を均しくす。前後、慮を息むること相继いで十年。(前後と云うは、中間に勅に被て追りて内に入りて城に住すること二年、方に却って表して山に帰るを請えしなり。)微細の習情、起滅して静慧に彰れ、差別の法義、羅列して空心に現ず。虚隙の日光、纎埃擾擾、清潭の水底、影像昭昭。あに彼の空しく黙を守るの痴禅、ただ文を尋ぬるの狂慧の者に比ふべけん。然るにもと自心を了して諸教を辨ずるに因るゆえに懇情を心宗にす。また諸教を辨じて修心を解するに因るゆえに虔誠を教義にす。教とは、諸仏菩薩の留めたる経論なり。禅とは、諸善知識の述べたる句偈なり。ただ仏経は開張して大千八部の衆を羅し、禅偈は撮略して此方一类の機に就く。衆を羅すれば則ち莽蕩にして依り難く、機に就けば則ち的を指して用い易し。今の纂集、意は斯に在る焉。裴休が之が序を為して言う―「諸宗門下、皆達人有り。然るに各その習う所に安んじ、通ずる少なく局なる多し。数十年の中、師法益いよ壊る。承禀を以て戸牖と為し、各自開張し、経論を以て干戈と為し、互相いに攻撃す。情、函矢(函の音は含)に随いて遷変す(『周礼』に曰く、函人甲を為す。『孟子』に曰く、矢人、あに函人に不仁ならん哉。函人は唯だ人を傷ふることを恐れ、矢人は唯だ人を傷ふらざるを恐る。おおむね習う所の術の然らしむるなり。今の学者、ただ宗徒に随いて彼此相い非するのみ)。法、人我に逐いて高低す。是非紛拏、能く辨析する莫し。則ち向者の世尊菩薩諸方の教宗、適ぞ以て諍を起すに足り、後人煩悩の病を増す、何の利益か之を有らん。圭山大師、久しくして嘆じて言う―「吾、此の時に丁る、以て黙すべからず。」ここにおいて如来三种の教義を以て禅宗三种の法門を印し、瓶盤釵釧を融して一金と為し、酥酪醍醐を搅って一味と為す。綱領を振るえば挙ぐる者皆順なり(『荀子』に云く、裘領を振るが如く、五指を屈げてこれを頓かば、順なる者、数え勝げず)。会要に拠れば来る者同じく趣く(『周易略例』に云く、会要に処りて以て方来を観れば、則ち六合輻輳すともいまだ多しと為すに足らず。都序、円教に拠りて以て諸宗を印すれば、百家といえども統せざる所無し)。なお恐る学者の明らかにし難きを、また復た直に宗源の本末、真妄の和合、空性の隠顕、法義の差殊を示す、

頓漸之異同。遮表之迴互。權實之深淺。通同之是非。若吾師者。捧佛日而委曲迴照疑噎盡除。順佛心而橫亙大悲窮劫蒙益。則世尊為闡教之主。吾師為會教之人。本末相符道近相照。可謂畢一代時教之能事矣(自世尊演教至今日會而通之。能事方畢)或曰。自如來未嘗大都而通之。今一旦違宗趣而不守。廢關防而不據。無乃乖秘藏密契之道乎。答曰。如來初雖別說三乘。後乃通為一道(三十年前或說小乘。或說空教。或說相教。或說性教。聞者各隨機證悟不相通知也。四十年後坐靈鷲而會三乘。詣拘屍而顯一性。前後之軌則也)故涅槃經。迦葉菩薩曰。諸佛有密語無密藏。世尊讚之曰。如來之言開發顯露清淨無翳。愚人不解謂之秘藏。智者達了則不名藏。此其證也。故王道興則外戶不閉。而守在戎夷。佛道備則諸法總持。而防在魔外(涅槃圓教和會諸法。唯簡別魔說及外道邪宗耳)不當復執情攘臂於其間也(師又著圓覺大小二疏鈔。法界觀門。原人等論。皆裴休為之序引。盛行於世)師會昌元年正月六日於興福塔院坐滅二十二日道俗等奉全身於圭峰。二月十二日荼毘得舍利明白潤大。後門人泣而求之。皆得於煨燼乃藏之石室。壽六十有二。臘三十四。遺誡令舁屍施鳥獸焚其骨而散之。勿得悲慕以亂禪觀。每清明上山必講道七日。其餘住持儀則當合律科。違者非吾弟子。持服四眾數千百人哀泣喧野。暨宣宗再闢真教。追諡定慧禪師。塔曰青蓮。蕭俛相公呈己見解請禪師注釋曰。荷澤雲。見清淨體於諸三昧八萬四千諸波羅蜜門。皆於見上一時起用。名為慧眼。右當真如相應之時(善惡不思。空有不念)萬化寂滅(萬法俱從思想緣念而生。皆是虛空。故云化也。既一念不生則萬法不起。故不待泯之自然寂滅也)此時更無所見(照體獨立夢智亡階)三昧諸波羅蜜門亦一時空寂。更無所得(散亂與三昧。

頓漸の異同、遮表の回互、権実の深浅、通同の是非を直に示す。もし吾が師のごときは、仏日を捧げて委曲に回照し、疑噎尽く除き、仏心に順って横亘大悲にして、劫を窮めて益を蒙る。則ち世尊は教を闡くの主、吾が師は教を会する人なり。本末相符し、道近く相照らす、謂うべし一代時教の能事を畢んぬ、と。(世尊の教を演べしより今日会してこれを通ずるに至るまで、能事方に畢んぬ。)或いは曰く、如来自ら未だ曽て大都してこれを通ぜずと。今一旦宗趣に違いつつ守らず、関防を廃しつつ拠らず、あながち秘蔵密契の道に乖けるにあらずや。答えて曰く、如来、初めは三乗を別説すといえども、後乃ち通じて一道と為す。(三十年前、或いは小乗を説き、或いは空教を説き、或いは相教を説き、或いは性教を説く、聞く者各々機に随いて証悟して相い通知せざるなり。四十年後、霊鷲に坐して三乗を会し、拘尸に詣りて一性を顕す。前後の軌則なり。)ゆえに『涅槃経』迦葉菩薩が曰く、諸仏密語有りて密蔵無し。世尊、之を讃じて曰く、如来の言は開発顕露にして清浄にして翳無し、愚人解せざれば之を秘蔵と謂い、智者達了すれば則ち蔵と名づけず、此れその証なり。ゆえに王道興れば外戸閉ぢずして戎夷に守在り、仏道備われば諸法総持して魔外に防あり。(涅槃円教、諸法を和会す、ただ魔説および外道邪宗を簡別するのみ。)当に復た情を執して臂を攘いで其の間に於かざるべし。(師また『円覚』大小二疏鈔、『法界観門』、『原人』等の論を著す、皆裴休が之が序引を為す、世に盛行す。)師、会昌元年正月六日、興福塔院に於て坐滅す。二十二日、道俗等、全身を奉りて圭峰に於く。二月十二日荼毗し、舎利を得ること明白潤大なり。後に門人泣きて之を求め、皆煨燼に於て得、乃ち之を石室に蔵す。寿六十有二、臘三十四。遺誡して尸を舁きて鳥獣に施し、その骨を焚きてこれを散ぜしめ、悲慕して以て禅観を乱ることを得ざらしむ。毎に清明に山に上りて必ず七日道を講ず。其の余の住持儀則、当に律科に合すべし、違する者は吾が弟子にあらず。服を持する四衆数千百人、哀泣して野に喧し。暨ち宣宗、再び真教を辟く、追って定慧禅師と諡し、塔を青蓮と曰す。蕭俛相公、己が見解を呈し、禅師に注釈を請うて言う―「荷沢に云く、清浄体を見るに、諸の三昧八万四千の諸波羅蜜門に於て、皆見上に於て一時に起用す、名づけて慧眼とす。右は当に真如相応の時(善悪思わず、空有念ぜず)、万化寂滅(万法、倶に思想縁念に従いて生ず、皆是れ虚空なり、ゆえに化と云うなり。すでに一念生ぜざれば則ち万法起らず、ゆえに之を泯するを待たず、自然に寂滅なり)。此の時、更に見る所無し(照体独立にして夢智階を亡ぶ)。三昧諸波羅蜜門も亦た一時に空寂して、更に得る所無し。(散乱と三昧と、

此岸與彼岸。是相待對治之說。若知心無念見性無生。則定亂真妄一時空寂。故無所得也)不審此是見上一時起用否(然見性圓明理絕相累。即絕相為妙用。住相為執情。於八萬法門一一皆爾。一法有為一塵。一法空為一用。故云。見清淨體則一時起用矣)望於此後示及俛狀答史山人十問(問答各是一本。今參而寫之)一問。云何是道。何以修之。為復必須修成。為復不假功用。答無礙是道。覺妄是修。道雖本圓妄起為累。妄念都盡即是修成。二問。道若因修而成即是造作。便同世間法虛偽不實。成而復壞何名出世。答造作是結業名虛偽世間。無作是修行即真實出世。三問。其所修者為頓為漸。漸則忘前失後。何以集合而成。頓則萬行多方。豈得一時圓滿。答真理即悟而頓圓。妄情息之而漸盡。頓圓如初生孩子。一日而肢體已全。漸修如長養成人。多年而志氣方立。四問。凡修心地之法。為當悟心即了。為當別有行門。若別有行門何名南宗頓旨。若悟即同諸佛何不發神通光明。答識氷池而全水。籍陽氣而鎔消。悟凡夫而即真。資法力而修習。氷消則水流潤。方呈溉滌之功。妄盡則心靈通。始發通光之應。修心之外無別行門。五問。若但修心而得佛者。何故諸經復說。必須莊嚴佛土教化眾生方名成道。答鏡明而影像千差。心淨而神通萬應。影像類莊嚴佛國。神通則教化眾生。莊嚴而即非莊嚴。影像而亦色非色。六問。諸經皆說度脫眾生。眾生且即非眾生。何故更勞度脫。答眾生若是實度之則為勞。既自雲。即非眾生。何不例度而無度。七問。諸經說佛常住。或即說佛滅度。常即不滅。滅即非常。豈不相違。答離一切相即名諸佛。何有出世入滅之實乎。見出沒者在乎機緣。機緣應則菩提樹下而出現。機緣盡則娑羅林間而涅槃。其猶淨水無心無像。不現像非我有。蓋外質之去來相非佛身。豈如來之出沒。八問。

此岸と彼岸とは、是れ相待対治の説なり。もし心の念無く、性の生無きを知らば、則ち定乱真妄、一時に空寂す、ゆえに得る所無きなり。)いまだ審らかならず、此れ是れ見上の一時起用か否や。(然るに性を見ること円明にして、理、相累を絶つ。すなはち相を絶するを妙用と為し、相に住するを執情と為す。八万法門、一一皆爾なり。一法有るを一塵と為し、一法空なるを一用と為す。ゆえに云う、清浄体を見れば則ち一時に起用す、と。)此より後に示及せんことを望む。俛が状、史山人十問に答う(問答、各々一本なり、今参じてこれを写す)。一問、云何んぞ是れ道、何を以て之を修する、為復た必ず修成を須いるか、為復た功用を假らざるか。答う、無礙是れ道、妄を覚ずるは是れ修。道は本円なりといえども、妄起るを累と為す。妄念都尽すればすなはち是れ修成。二問、道、もし修に因りて成ずればすなはち是れ造作、便ち世間法の虚偽にして実ならざるに同じ、成じて復た壊る、何ぞ出世と名づけん。答う、造作は是れ業を結ぶ、名づけて虚偽の世間とす。無作是れ修行、すなはち真実の出世。三問、その修する者は頓か漸か。漸ならば前を忘れ後を失い、何を以て集合して成ぜん。頓ならば万行多方にして、あに得ん一時に円満せんや。答う、真理はすなはち悟りて頓に円し、妄情はこれを息めて漸く尽く。頓円は初めて生まれし孩子のごとく、一日にして肢体すでに全し。漸修は長養成人のごとく、多年にして志気方に立つ。四問、およそ心地を修するの法は、為当に心を悟ればすなはち了るか、為当に別に行門有るか。もし別に行門有らば、何ぞ南宗頓旨と名づけん。もし悟ればすなはち諸仏に同じからば、何ぞ神通光明を発せざる。答う、冰池を識れば全く水なり、陽気に藉りて鎔消す。凡夫を悟ればすなはち真なり、法力に資りて修習す。冰消ずれば水流潤し、方に溉滌の功を呈す。妄尽くれば心霊通じ、始めて通光の応を発す。心を修するの外、別の行門無し。五問、もしただ心を修して仏を得る者あらば、何の故ぞ諸経、復た説く必ず須らく仏土を荘厳し衆生を教化して方に成道と名づくと。答う、鏡明れば影像千差し、心浄れば神通万応す。影像は仏国の荘厳に類し、神通は則ち衆生を教化す。荘厳にしてすなはち荘厳に非ず、影像にしても亦た色にして非色なり。六問、諸経皆衆生を度脱すと説く。衆生且く即ち衆生に非ず、何の故ぞ更に度脱を労する。答う、衆生もし是れ実ならば、之を度すれば則ち労と為らん。すでに自ら衆生に非ずと云う、何ぞ度に例えて度無きを言わざる。七問、諸経、仏の常住を説き、或いは即ち仏の滅度を説く。常ならばすなはち滅せず、滅すればすなはち常ならず、あに相違せざらんや。答う、一切相を離るるをすなはち諸仏と名づく、何ぞ出世入滅の実有らん乎。出没を見るは機縁に在り。機縁応ずれば菩提樹下に於て出現し、機縁尽くれば娑羅林間に於て涅槃す。それ猶お浄水の心無きが如く、像にして現ぜざる無し。像は我が有に非ず、おおむね外質の去来なり。相は仏身に非ず、あに如来の出没ならん。八問、

云何佛化所生吾如彼生。佛既無生生是何義。若言心生法生心滅法滅。何以得無生法忍耶。答既雲。如化化即是空。空即無生。何詰生義。生滅滅已寂滅為真。忍可此法無生。名曰無生法忍。九問。諸佛成道說法秖為度脫眾生。眾生既有六道。佛何但住在人中現化。又佛滅後付法於迦葉以心傳心。乃至此方七祖每代秖傳一人。既雲於一切眾生皆得一子之地。何以傳授不普。答日月麗天六合俱照。而盲者不見。盆下不知。非日月不普。是障隔之咎也。度與不度義類如斯。非局人天揀於鬼畜。但人道能結集傳授不絕故。秖知佛現人中也。滅度後委付迦葉。展轉相承一人者。此亦蓋論當代為宗教主。如土無二王。非得度者唯爾數也。十問。和尚因何發心。慕何法而出家。今如何修行得何法味。所行得至何處地位。令住心耶修心耶。若住心妨修心。若修心則動念不安。云何名為學道。若安心一定。則何異定性之徒。伏願大德。運大慈悲如理如如次第為說。答覺四大如壞幻。達六塵如空華。悟自心為佛心。見本性為法性。是發心也。知心無住即是修行。無住而知即為法味。住著於法斯為動念。故如人入闇則無所見。今無所住。不染不著。故如人有目及日光明見種種法。豈為定性之徒。既無所住著何論處所。又山南溫造尚書問。悟理息妄之人不結業。一期壽終之後靈性何依者。答一切眾生無不具有覺性。靈明空寂與佛無殊。但以無始劫來未曾了悟。妄執身為我相。故生愛惡等情。隨情造業。隨業報。生老病死長劫輪迴。然身中覺性未曾生死。如夢被驅役而身本安閑。如水作氷而濕性不易。若能悟此性即是法身。本自無生何有依託。靈靈不昧了了常知。無所從來亦無所去。然多生妄執習以性成喜怒哀樂微細流注。真理雖然頓達。此情難以卒除。須長覺察損之又損。如風頓止波浪漸停。豈可一生所修便同諸佛力用。

云何んぞ仏、化の生ずる所にして、吾、彼の生の如きや。仏すでに生無し、生は是れ何の義ぞ。もし心生法生、心滅法滅と言わば、何を以て無生法忍を得ん耶。答う、すでに化の如しと云う、化すなはち是れ空。空すなはち生無し、何ぞ生義を詰せん。生滅滅し已れば、寂滅を真と為す。此の法の生無きを忍可す、名づけて無生法忍と曰す。九問、諸仏、道を成じ法を説くはただ衆生を度脱するが為のみ。衆生すでに六道有り、仏、何ぞただ人中に住して化を現ずる。また仏滅後、法を迦葉に付し、心を以て心を伝え、乃至此方七祖、毎代ただ一人を伝う。すでに一切衆生に於て皆一子の地を得ると云う、何を以て伝授普ならざる。答う、日月、天に麗うて六合倶に照らすも、盲者見えず、盆下知らず。日月の普ならざるにあらず、是れ障隔の咎なり。度するも度さざるも、義は斯に類す。人天に局りて鬼畜を揀ぶにあらず、ただ人道、能く結集伝授して絶えざるがゆえに、ただ仏の人中に現ずるを知るのみ。滅度後、迦葉に委付して展転相承一人なるは、此れも亦たおおむね当代を論じて宗教の主と為す、土に二王無きが如し、度を得る者唯だ爾の数に非ざるなり。十問、和尚、何に因りて心を発し、何の法を慕いて出家する、今いかにして修行し、何の法味を得る、行ずる所何の地位に至るを得る、住心せしむる耶、修心せしむる耶。もし心を住せば修心を妨げ、もし心を修せば則ち念を動して安からず、云何んぞ名づけて学道と為す。もし心を安んずること一定ならば、則ち何ぞ定性の徒と異ならん。伏して願わくは大徳、大慈悲を運らし、理の如く如如として次第の為に説かん。答う、四大の坏幻のごときを覚じ、六塵の空華のごときに達し、自心を悟りて仏心と為し、本性を見て法性と為す、是れ発心なり。心の住無きを知ればすなはち是れ修行。住無くして知ればすなはち法味と為る。法に住着すれば斯れ動念と為る。ゆえに人の暗に入れば見る所無きが如し。今、住する所無く、染まず着かざるゆえに、人の目有りて日光明なるが如く、種種の法を見る。あに定性の徒と為さんや。すでに住着する所無し、何ぞ処所を論ぜん。また山南温造尚書が問う―理を悟り妄を息むる人、業を結ばずして、一期寿終の後、霊性何を依る者。答う、一切衆生、有らざる無し、皆覚性を具し、霊明空寂にして仏と殊無し。ただ無始劫より来る、いまだ曽て了悟せざるを以て、妄りに身を執じて我相と為し、ゆえに愛悪等の情を生じ、情に随いて業を造り、業に随いて報を受け、生老病死、長劫輪廻す。然るに身中の覚性、曽て生死せず。夢に駆役せらるるも身もと安閑なるが如く、水の冰を作すも湿性易わらざるが如し。もし能く此の性を悟ればすなはち是れ法身、本自ら生無し、何の依托か有らん。霊霊として昧わず、了了として常に知り、来る所無く、亦た去る所無し。然るに多生の妄執、習いて性を以て成ず、喜怒哀楽、微細流注す。真理、頓達すといえども、此の情卒かに除き難し。須らく長に覚察し、損してまた損すべし。風の頓に止みて波浪漸く停まるが如し。あに一生の修する所を以て便ち諸仏の力用に同じからんや。

但可以空寂為自體。勿認色身。以靈知為自心。勿認妄念。妄念若起都不隨之。即臨命終時自然業不能繫。雖有中陰所向自由。天上人間隨意寄託。若愛惡之念已泯。即不受分段之身。自能易短為長易麁為妙。若微細流注一切寂滅。唯圓覺大智朗然獨存。即隨機應現千百億身度有緣眾生。名之為佛。謹對釋曰。馬鳴菩薩撮略百本大乘經宗旨。以造大乘起信論。論中立宗。說一切眾生心有覺義不覺義。覺中復有本覺義始覺義。上所述者。雖但約照理觀心處言之。而法義亦同彼論。謂從初至與佛無殊。是本覺也。從但以無始下。是不覺也。從若能悟此下。是始覺也。始覺中復有頓悟漸修。從此次至亦無所去。是頓悟也。從然多生妄執下。是漸修也。漸修中從初發心乃至成佛有三位自在。從此至隨意寄託者。是受生自在也。從若愛惡之念下。是變易自在。從若微細流注下至末。是究竟自在也。又從但可以空寂為自體至自然業不能繫。正是悟理之人朝暮行心。修習止觀之要節也。宗密先有八句之偈顯雲此意。曾於尚書處誦之。奉命解釋。今謹注釋。如後偈曰。

(宗密、接続して言う)ただ空寂を以て自体と為すべく、色身を認むるなかれ。霊知を以て自心と為すべく、妄念を認むるなかれ。妄念もし起らば、都て之に随わざれ。すなはち命終に臨む時、自然に業繋ぐること能わず。中有有るといえども、向く所自由にして、天上人間、意に随いて寄托す。もし愛悪の念すでに泯えば、すなはち分段の身を受けず、自ら短を易えて長と為し、粗を易えて妙と為すことを得。もし微細流注、一切寂滅し、唯だ円覚大智朗然として独り存すれば、すなはち機に随いて応じて千百億身を現じ、縁有る衆生を度して、名づけて之を仏と為す。謹んで釈を対して曰く、馬鳴菩薩、百本大乗経の宗旨を撮略して、以て『大乗起信論』を造る。論中宗を立てて説く、一切衆生の心に覚の義、不覚の義有り。覚中復た本覚の義、始覚の義有り。上に述べる所は、ただ照理観心の処に約して之を言うといえども、法義も亦た彼の論に同じ。謂う、初より「仏と殊無し」に至るまでは、是れ本覚なり。「ただ无始を以て」より下は、是れ不覚なり。「もし能く此を悟れば」より下は、是れ始覚なり。始覚中復た頓悟漸修有り。此より次いで「亦た去る所無し」に至るは、是れ頓悟なり。「然るに多生妄執」より下は、是れ漸修なり。漸修中、初の発心より乃至成仏に至るまで、三位の自在有り。此より「意に随いて寄托す」に至るは、是れ受生自在なり。「もし愛悪の念」より下は、是れ変易自在。「もし微細流注」より下、末に至るは、是れ究竟自在なり。また「ただ空寂を以て自体と為すべし」より「自然に業繋ぐること能わず」に至るは、正に是れ理を悟る人の朝暮心を行じ、止観を修習するの要節なり。宗密、先に八句の偈有りて此の意を顕説し、曽て尚書の処に於てこれを誦し、命を奉じて解釈す。今謹んで注釈す。後の偈のごとく、

作有義事是惺悟心(義謂義理非謂仁義恩義意明。凡所作為先詳利害。須有所以當於道理然後行之。方免同惛醉顛狂之人也。就佛法中有三種義。即可為之。一資益色身之事。謂衣食醫藥房舍等世間義也。二資益法身。謂戒定慧六波羅蜜等第一義也。三弘正法利濟群生也。乃至為法諸餘緣事通世出世也)作無義事是狂亂心(謂凡所作為若不緣上三般事。即名無義也。是狂亂者。且如世間醉人狂人。所往不揀處所。所作不量是非。今既不擇有何義利。但縱情妄念要為即為。故如狂也。上四句述業因也。下四句述受果報雲)狂亂隨情念臨終被業牽(既隨妄念欲作即作。不以悟理之智揀擇是非。猶如狂人。故臨終時於業道。被業所引受當來報。故涅槃經云。無明郎主貪愛魔王。役使身心策如僮僕)惺悟不由情臨終能轉業(情中欲作而察理不應即須便止。情中不欲作而照理相應即須便作。但由是非之理。不由愛惡之情。即臨命終時業不能繫。隨意自在。天上人間也。通而言之。但朝暮之間所作。被情塵所牽。即臨終被業所牽而受生。若所作所為由於覺智。不由情塵。即臨終由我自在而受生。不由業也。當知欲驗臨終受生自在不自在。但驗尋常行心於塵境自由不自由)。

義有る事を作すは是れ惺悟の心(義は義理を謂い、仁義、恩義にあらず。意思は、およそ作為する所は、先ず利害を詳め、須らく以る所有りて道理に当たるを有し、然る後に之を行ず、方に昏醉顛狂の人に同じうするを免るるなり。仏法中に就きて三种の義有りてすなはち之を為すべし。一に、色身を資益するの事、衣食、医薬、房舎等の世間義を謂うなり。二に、法身を資益するは、戒定慧、六波羅蜜等の第一義を謂うなり。三に、正法を弘め群生を利済するなり。乃至法の為の其の余の縁事は、世出世を通ず)。義無き事を作すは是れ狂乱の心(謂う、およそ作為する所、もし上の三般の事に縁せざれば、すなはち名づけて義無しとす。是れ狂乱とは、且く世間の醉人狂人のごとく、往く所、処所を揀ばず、為す所、是非を量らず。今すでに何の義利有るを択ばざれば、ただ情と妄念を縦いにして、為さんと要すればすなはち為す、ゆえに狂のごとし。上の四句は業因を述ぶ。下の四句は果報を受くるを述べて言う)狂乱、情念に随い、終に臨みて業に牽かる(すでに妄念に随い、作さんと欲すればすなはち作し、理を悟るの智を以て是非を揀択せず、猶お狂人のごとし、ゆえに終に臨む時、業道に於て業の引く所と為り、当来の報を受く。ゆえに『涅槃経』に説く、無明郎主、貪愛魔王、身心を役使し、僮僕のごとく策す)。惺悟、情に由らず、終に臨みて能く業を転ず(情中、作さんと欲すれども理に応ぜざるを察すれば、すなはち須らく便ち止むべし。情中、作さんと欲せざるも理に照らして相応すれば、すなはち須らく便ち作すべし。ただ是非の理に由り、愛悪の情に由らざれば、すなはち命終に臨む時、業繋ぐること能わず、意に随いて自在にして天上人間なり。通じて之を言えば、ただ朝暮の間、作す所、情塵の牽く所と為れば、すなはち終に臨みて業に牽かれて生を受く。もし為す所為す所、覚智に由り、情塵に由らざれば、すなはち終に臨みて我に由りて自在に生を受け、業に由らざるなり。当に知るべし、終に臨みて生を受くる自在不自在を験せんと欲せば、ただ尋常心を行じて塵境に於て自由不自由を験せよ)。

景徳傳燈錄 巻第十三

師上堂曰。祖師心印此日全提。去即印住住即印破。只如不去不住。印即是不印即是。眾中還有道得者麼。時有盧陂長老問曰。學人有鐵牛之機。請師不搭印。師曰。慣釣鯨鯢澄巨浸。卻嗟蝸步𩥇泥沙。盧陂擬進語。師以拂子驀口打乃曰。記得前語麼。盧陂曰。記得。師曰。試舉看。盧陂欲開口。師又打一拂。上堂謂眾曰。夫參學眼目臨機直須大用見前。莫自拘於小節。設使言前薦得。猶是滯殼迷封。縱然句下精通。未免觸途狂見。觀汝諸人。從前依他學解迷昧兩蹊。而今與汝一齊掃卻。箇箇作大師子兒。吒呀地哮吼一聲壁立千仞。誰敢正眼覷著。若覷著即瞎卻渠眼。問師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。師曰。超然逈出威音外。翹足徒勞讚底沙。

師、上堂して言う―「祖師の心印、此の日全提す。去ればすなはち印住し、住すればすなはち印破す。ただかくのごとき不去不住、印すれども即是、印せざれども即是。衆中、還って道得する者有るや。」時に盧陂長老問う―「学人に鉄牛の機有り、師に請うて印を搭さざらんことを。」師が言う―「鯨鯢を釣るに慣れて巨浸を澄ます、却って嗟く蝸步の泥沙に跲するを。」(底本「𩥇」、当に「跲」と読むべし、絆倒なり。)盧陂、語を進めんと擬す、師、払子を以て蓦に口を打ち、就きて言う―「前の語を記得するや。」盧陂が言う―「記得す。」師が言う―「試みに挙げ看よ。」盧陂、口を開かんと欲す、師また一拂を打つ。上堂して衆に対して言う―「それ参学の眼目は、機に臨みて直に須らく大用を現前せしむべし、自ら小節に拘わるなかれ。設し言前に荐得すとも、なお是れ殻に滞り封に迷う。たとえ句下に精通すとも、いまだ途に触れて狂見するを免れず。お前たち諸人を看るに、従前、他に依りて学解し、迷昧両蹊なり、而今、お前たちと一斉に掃い却せん。箇箇、大師子の児を作りて、咤呀として哮吼一声、壁立千仞ならん。誰か敢て正眼にして觑着せん。もし觑着すれば、すなはち彼の眼を瞎却せん。」問う―「師、誰が家の曲を唱い、宗風は阿誰を嗣ぐ。」師が言う―「超然として迥かに威音の外に出づ、足を翘げて徒らに底沙を讃す。」

景德傳燈錄第十四

景徳傳燈錄 第十四

吉州青原山行思禪師法嗣

吉州青原山行思禅師の法嗣

第一世一人南嶽石頭希遷大師(一人見錄)

第一世一人、南岳石頭希遷大師(一人見録)

第二世二十一人南嶽石頭希遷大師法嗣二十一人荊州天皇寺道悟禪師

第二世二十一人。南岳石頭希遷大師の法嗣二十一人、荊州天皇寺道悟禅師

京兆尸利禪師

京兆尸利禅師

鄧州丹霞山天然禪師

鄧州丹霞山天然禅師

潭州招提寺慧朗禪師

潭州招提寺慧朗禅師

長沙興國寺振朗禪師

長沙興国寺振朗禅師

澧州藥山惟儼禪師

澧州薬山惟儼禅師

潭州大川和尚

潭州大川和尚

汾州石樓和尚

汾州石楼和尚

鳳翔法門寺佛陀和尚

鳳翔法門寺佛陀和尚

潭州華林和尚

潭州華林和尚

潮州大顛和尚

潮州大顛和尚

潭州長髭曠禪師

潭州長髭曠禅師

水空和尚(已上一十三人見錄)

水空和尚(以上一十三人は見録)

寶通禪師

宝通禅師

海陵大辯禪師

海陵大弁禅師

渚涇和尚

渚涇和尚

衡州道詵禪師

衡州道詵禅師

漢州常清禪師

漢州常清禅師

福州碎石和尚

福州砕石和尚

商州商嶺和尚

商州商嶺和尚

常州義興和尚(已上八人無機緣語句不錄)

常州義興和尚(以上八人は機縁の語句なし、録せず)

第三世二十三人荊州天皇道悟禪師法嗣一人澧州龍潭崇信禪師(一人見錄)

第三世二十三人。荊州天皇道悟禅師の法嗣一人、澧州龍潭崇信禅師(一人見録)

鄧州丹霞山天然禪師法嗣七人京兆翠微無學禪師

鄧州丹霞山天然禅師の法嗣七人、京兆翠微無学禅師

丹霞山義安禪師

丹霞山義安禅師

吉州性空禪師

吉州性空禅師

本童和尚

本童和尚

米倉和尚(已上五人見錄)

米倉和尚(以上五人は見録)

揚州六合大隱禪師

揚州六合大隠禅師

丹霞山慧勤禪師(已上二人無機緣語句不錄)

丹霞山慧勤禅師(以上二人は機縁の語句なし、録せず)

藥山惟儼和尚法嗣十人潭州道吾山圓智禪師

薬山惟儼和尚の法嗣十人、潭州道吾山円智禅師

潭州雲巖曇晟禪師

潭州雲巌曇晟禅師

華亭船子德誠禪師

華亭船子徳誠禅師

宣州椑樹慧省禪師

宣州椑樹慧省禅師

藥山高沙彌

薬山高沙弥

鄂州百顏明哲禪師(已上六人見錄)

鄂州百顔明哲禅師(以上六人は見録)

郢州涇源山光虙禪師

郢州涇源山光虙禅師

藥山蘷禪師

薬山蘷禅師

宣州落霞和尚

宣州落霞和尚

朗州刺史李翱(已上四人無機緣語句不錄)

朗州刺史李翱(以上四人は機縁の語句なし、録せず)

潭州長髭曠禪師法嗣一人潭州石室善道和尚(一人見錄)

潭州長髭曠禅師の法嗣一人、潭州石室善道和尚(一人見録)

潮州大顛和尚法嗣二人漳州三平山義忠禪師(一人見錄)

潮州大顛和尚の法嗣二人、漳州三平山義忠禅師(一人見録)

吉州薯山和尚(一人無機緣語句不錄)

吉州薯山和尚(一人は機縁の語句なし、録せず)

潭州大川和尚法嗣二人僊天和尚

潭州大川和尚の法嗣二人 僊天和尚

福州普光和尚(已上二人見錄)

福州普光和尚(以上二人は見録)

行思禪師第一世

行思禅師第一世

石頭希遷大師端州高要人也。姓陳氏。母初懷妊不喜葷茹。師雖在孩提不煩保母。既冠然諾自許。鄉洞獠民畏鬼神多淫祀。殺牛釃酒習以為常。師輒往。毀叢祠奪牛而歸。歲盈數十。鄉老不能禁。後直造曹谿。六祖大師度為弟子。未具戒屬祖師圓寂。稟遺命謁於廬陵青原山思禪師。乃攝衣從之(緣會語句如思禪師章敘之)一日思問師曰。有人道嶺南有消息。師曰。有人不云云。曰若恁麼大藏小藏從何而來。師曰。盡從遮裡去。終不少他事。思甚然之。師於唐天寶初。薦之衡山南寺。寺之東有石狀如臺。乃結庵其上。時號石頭和尚。師一日上堂曰。吾之法門先佛傳授。不論禪定精進。達佛之知見即心即佛。心佛眾生菩提煩惱名異體一。汝等當知。自己心靈體。離斷常性非垢淨。湛然圓滿凡聖齊同。應用無方離心意識。三界六道唯自心現。水月鏡像豈有生滅。汝能知之無所不備。時門人道悟問。曹谿意旨誰人得。師曰。會佛法人得。曰師還得否。師曰。我不會佛法。僧問。如何是解脫。師曰。誰縛汝。又問。如何是淨土。師曰。誰垢汝。問如何是涅槃。師曰。誰將生死與汝。師問新到僧。從什麼處來。僧曰。江西來。師曰。見馬大師否。僧曰見。師乃指一橛柴曰。馬師何似遮箇。僧無對卻迴舉似馬大師。馬曰。汝見橛柴大小。僧曰。勿量大。馬曰。汝甚有力。僧曰。何也。馬曰。汝從南嶽負一橛柴來。豈不是有力。問如何是西來意。師曰。問取露柱。曰學人不會。師曰。我更不會。大顛問師。古人云。道有道無是二謗。請師除。師曰。一物亦無除箇什麼師卻問。併卻咽喉唇吻道將來。顛曰。無遮箇。師曰。若恁麼即汝得入門。道悟問。如何是佛法大意。師曰。不得不知。悟曰。向上更有轉處也無。師曰。長空不礙白雲飛。問如何是禪。師曰。碌塼。又問。如何是道。師曰。木頭。自餘門屬領旨所有。

石頭希遷大師は、端州高要の人、姓は陳。母、初め妊むや、葷茹を喜ばず。師、孩提に在るといえども保母を煩わさず。冠するに及び、然諾自ら許す。郷洞の獠民、鬼神を畏れ淫祀多く、牛を殺し酒を酾す、常と為す。師輙ち往き、叢祠を毀り、牛を奪い還る、歳数十に盈る、郷老も禁ずること能わず。後に直に曹渓に造り、六祖大師、度して弟子と為す。いまだ具戒せざるに、祖師の円寂に属し、遺命を禀いて廬陵青原山の思禅師に謁し、乃ち衣を摂りてこれに従う。(縁会の語句、思禅師の章に於て之を叙す。)一天、思が師に問う―「人の嶺南に消息有るを道う者有り。」師が言う―「人の云云せざる者有り。」問う―「もし恁麼ならば、大蔵小蔵何よりか来る。」師が言う―「尽く此裏より去る、終に彼の事を少からざらん。」思、甚だしかれりとす。師、唐天宝初、衡山南寺に之を荐む。寺の東に石台のごとき状の石有り、乃ちその上に庵を結ぶ、時に石頭和尚と号す。師、一天上堂して言う―「吾が法門は、先仏より伝授す。禅定精進を論ぜず。仏の知見に達せば、即心即仏なり。心、仏、衆生、菩提、煩悩、名異なれども体は一なり。お前たち、当に知るべし、自己の心霊の体は断常を離れ、性垢浄に非ず、湛然として円満し、凡聖斉同なり。応用方無く、心意識を離る。三界六道、唯だ自心の現ずる所。水月鏡像にあに生滅有らん。お前、能くこれを知れば、備わらざる所無し。」時に門人道悟が問う―「曹渓の意旨、誰人か得る。」師が言う―「仏法を会する人が得。」問う―「師、還って得るや否や。」師が言う―「我、仏法を会せず。」僧が問う―「いかなるか解脱。」師が言う―「誰かお前を綁住した。」また問う―「いかなるか浄土。」師が言う―「誰かお前を垢した。」問う―「いかなるか涅槃。」師が言う―「誰か生死をお前に把り与えた。」師、新到の僧に問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「江西より来た。」師が言う―「馬大師を見るや否や。」僧が言う―「見たり。」師乃ち一橛の柴を指して言う―「馬師、何ぞこの箇に似たらん。」僧は対無し、却って回りて馬大師に挙似す。馬が言う―「お前、橛柴の大小を見るや。」僧が言う―「量大にあらず。」馬が言う―「お前、甚だ力有り。」僧が言う―「何ぞや。」馬が言う―「お前、南岳より一橛の柴を負いて来る、あに力有るにあらずや。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「露柱に問取せよ。」言う―「学人会せず。」師が言う―「我、更に会せず。」大顛が師に問う―「古人説く、道有道無は是れ二謗なり。師に除を請う。」師が言う―「一物も亦た無し、箇の何をか除かん。」師、却って問う―「咽喉唇吻を併却せよ、道い将り来れ。」顛が言う―「この箇無し。」師が言う―「もし恁麼ならばすなはちお前、門に入ることを得。」道悟が問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「知らざることを得ず。」悟が言う―「向上、更に転ずる処有るや無きや。」師が言う―「長空、白雲の飛ぶを碍げず。」問う―「いかなるか禅。」師が言う―「碌磚。」また問う―「いかなるか道。」師が言う―「木頭。」其の余の門属、旨を領し所有する、

問答各於本章出焉。師著參同契一篇。辭旨幽𤀹頗有註解大行於世。南嶽鬼神多顯跡聽法。師皆與授戒。廣德二年門人請下於梁端。廣闡玄化。江西主大寂。湖南主石頭。往來憧憧並湊二大士之門矣。貞元六年庚午十二月二十五日順世。壽九十一。臘六十三。門人建塔於東嶺。長慶中諡無際大師。塔曰見相。

問答、各々本章に於て出づ。師、『参同契』一篇を著す、辞旨幽眇(底本「𤀹」、当に「眇」と読むべし)、頗る注解有り、世に大行す。南岳の鬼神、多く迹を顕し法を聴く、師、皆与えて戒を授く。広徳二年、門人、梁端に下るを請う、広く玄化を闡く。江西は大寂を主とし、湖南は石頭を主とす、往来憧憧として、並びに二大士の門に凑り了る。貞元六年庚午十二月二十五日、世に順す。寿九十一、臘六十三。門人、東嶺に塔を建つ。長慶中、無際大師と諡し、塔を見相と曰す。

行思禪師第二世

行思禅師第二世

前石頭希遷法嗣

前石頭希遷の法嗣

荊州天皇道悟禪師婺州東陽人也。姓張氏。神儀挺異。幼而生知長而神俊。年十四懇求出家父母不聽。遂誓志損減飲膳。日才一食形體羸悴。父母不得已而許之。依明州大德披削。二十五杭州竹林寺具戒精修梵行。推為勇猛。或風雨昏夜宴坐丘塚。身心安靜離諸怖畏。一日遊餘杭首謁徑山國一禪師。受心法服勤五載。唐大歷中抵鍾陵造馬大師。重印前解法無異說。復住二夏。乃謁石頭遷大師而致問曰。離卻定慧以何法示人。石頭曰。我遮裡無奴婢。離箇什麼。曰如何明得石頭曰。汝還撮得空麼。曰恁麼即不從今日去也。石頭曰。未審汝早晚從那邊來。曰道悟不是那邊人。石頭曰。我早知汝來處。曰師何以贓誣於人。石頭曰。汝身見在。曰雖如是畢竟如何示於後人。石頭曰。汝道阿誰是後人。師從此頓悟。於前二哲匠言下。有所得心罄殫其跡後卜於荊州當陽柴紫山(五百羅漢翱翔之地也)學徒依附駕肩接跡。都人士女嚮風而至。時崇業寺上首以狀聞。於連帥迎入郡城之左有天皇寺乃名藍也。因火而廢。主寺僧靈鑒將謀修復。乃曰。苟得悟禪。師為化主必能福我。乃中宵潛往哀請肩輿而至。遂居天皇。時江陵尹右僕射裴公稽首問法致禮勤至。師素不迎送。客無貴賤皆坐而揖之。裴公愈加歸向。由是石頭法道盛於此席。僧問。如何是玄妙之說。師曰。莫道我解佛法。僧曰。爭奈學人疑滯何。師曰。何不問老僧。僧曰。問了也。師曰。去不是汝存泊處。師元和丁亥四月示疾。命弟子先期告終。至晦日大眾問疾。師驀召典座。典座近前。師曰。會麼。對曰。不會。師乃拈枕子拋於地上。即便告寂。壽六十。臘三十五。以其年八月五日塔於郡東(寂音尊者。曰荊州天王寺道悟禪師。如傳燈錄所載。則曰。道悟得法於石頭。所居寺曰天皇。婺州東陽人。姓張氏。年十四出家。依明州大德披剃。年二十五。抗州竹林寺受具。

荊州天皇道悟禅師は、婺州東陽の人、姓は張。神儀挺異、幼にして生知し、長じて神俊なり。年十四、懇に出家を求む、父母聴さず、遂に志を誓い飲膳を損減し、日に纔か一食、形体羸悴す。父母已むことを得ずしてこれを許す。明州大徳に依りて披削す。二十五、杭州竹林寺にて具戒、梵行を精修し、勇猛と推さる。或いは風雨の昏夜、丘塚に宴坐し、身心安静にして諸の怖畏を離る。一天、余杭に游び、首め径山国一禅師を謁し、心法を受け、服勤五載。唐大暦中、鐘陵に抵りて馬大師に造り、重ねて前解を印し、法、説に異ならず、復た二夏を住す。乃ち石頭遷大師を謁して問いを致す―「定慧を離却して、何の法を以て人に示す。」石頭が言う―「我がここに奴婢無し、箇の何をか離れる。」問う―「いかにして明るむことを得。」石頭が言う―「お前、還って空を撮得するや。」言う―「恁麼なればすなはち今日より去らず。」石頭が言う―「いまだ審らかならず、お前、いずれの程にか那辺より来る。」言う―「道悟は是れ那辺の人にあらず。」石頭が言う―「我、早くお前の来処を知れり。」言う―「師、何を以て人に贓を誣う。」石頭が言う―「お前の身、現に在り。」言う―「是のごとしといえども、畢竟いかにして後人に示さん。」石頭が言う―「お前、阿誰をか後人と道う。」師、此より頓悟す。前の二哲匠の言下に於て得る心有るを、罄くしてその迹を殫くしたり。後に荊州当陽柴紫山に卜す(五百羅漢翱翔の地なり)。学徒依附し、肩を駕き迹を接す。都人士女、風に向かって至る。時に崇業寺の上首、状を以て連帥に聞し、迎えて郡城に入れしむ。之の左に天皇寺有り、乃ち名藍なり、火に因りて廃す。主寺僧霊鑑、将に修復を謀らんとして就きて言う―「もし悟禅師を得て化主と為さば、必ず能く我を福せん。」乃ち中宵、潜に往き哀請し、肩輿して至り、遂に天皇に居す。時に江陵尹右僕射裴公、稽首して法を問い、礼を致すこと勤至なり。師、素より迎送せず、客、貴賤無く、皆坐して之を揖す。裴公、愈いよ歸向を加う。是に由りて石頭の法道、この席に於て盛んなり。僧が問う―「いかなるか玄妙の説。」師が言う―「我が仏法を解すと道うなかれ。」僧が言う―「争でか学人の疑滞を奈んせん。」師が言う―「何ぞ老僧に問わざる。」僧が言う―「問い了り。」師が言う―「去れ、お前の存泊する処にあらず。」師、元和丁亥四月、疾を示し、弟子に命じて期に先んじて終を告げしむ。晦日に至りて大衆、疾を問う。師、蓦に典座を召す。典座、近前す。師が言う―「会すや。」対して言う―「会せず。」師乃ち枕子を拈じて地上に抛げ、便ち即ち寂を告ぐ。寿六十、臘三十五。その年八月五日に以て郡の東に塔す。(寂音尊者が言う、荊州天王寺道悟禅師。『傳燈錄』の載する所のごとくば、則ち説く、道悟、法を石頭に得、居る所の寺を天皇と曰う、と。婺州東陽の人、姓は張。年十四出家し、明州大徳に依りて披剃す。年二十五、杭州竹林寺にて具を受く。(底本「抗州」、すなはち杭州。)

首謁徑山國一禪師服勤五年。大曆中抵鍾陵。謁馬大師經二夏。乃造石頭。元和丁亥四月示疾。壽六十臘三十五。及觀達觀頴禪師所集五家宗派。則曰。道悟嗣馬祖。引唐丘玄素所撰碑文幾千言。其略曰。師號道悟。渚宮人姓崔氏。即子玉後胤也。年十五於長沙寺禮曇翥律師出家。二十三詣嵩山。律德得屍羅。謁石頭扣寂二年無所契悟。乃入長安親忠國師。三十四與侍者應真。南還謁馬大師大悟於言下。祝曰。他日莫離舊處。故復還渚宮。元和十三年戊戌歲四月初示疾。十三日歸寂壽八十二。臘六十三。考其傳正如兩人然。玄素所載曰。有傳法一人。崇信。住澧州龍潭。南嶽讓禪師碑。唐聞人歸登譔。列法孫數人於後。有道悟名。圭峰答裴相國宗趣狀。列馬祖之嗣六人。首曰江陵道悟。其下注曰。兼稟徑山。今妄以雲門臨濟二宗競者。可發一笑。出林間錄○覺夢堂重校五家宗派序雲。景德間吳僧道原。集傳燈錄三十卷。自曹溪下列為兩派。一曰南嶽讓。讓出馬大師。一曰青原思。思出石頭遷。自兩派下又分五宗。馬大師出八十四員善知識。內有百丈海。海出黃檗運大溈祐二人。運下出臨濟玄。故號臨濟宗。祐下出仰山寂。故號溈仰宗。八十四人內又有天王悟。悟得龍潭信。信得德山鑒。鑒得雪峰存。存下出雲門偃。號雲門宗。次玄沙備。備出地藏琛。琛出清涼益。號法眼宗次。石頭遷出藥山。儼天皇悟二人。悟下得慧真。真得幽閑。閑得文賁。三世便絕。唯藥山得雲嚴晟。晟得洞山價。價得曹山章。是為曹洞宗。今傳燈卻收雲門法眼兩宗。歸石頭下誤矣。緣同時道悟有兩人。一曰江陵城西天王寺道悟者。渚宮人也。崔子玉之後嗣馬祖。元和十三年四月十三日化。正議大夫丘玄素撰塔銘。文幾千言。其略雲。馬祖祝曰。他日莫離舊處。故復還渚宮。一曰。江陵城東天皇寺道悟者。𭤇州東陽人也。

(寂音、接続して言う)首め径山国一禅師を謁し、服勤五年。大暦中、鐘陵に抵り、馬大師に謁して二夏を経、乃ち石頭に造る。元和丁亥四月、疾を示す。寿六十、臘三十五。及び達観穎禅師の集むる所の五家宗派を観れば、則ち説く、道悟、馬祖を嗣ぐ、と。唐丘玄素の撰せる碑文幾千言を引く。その略して言う―師、号は道悟、渚宮の人、姓は崔、すなはち子玉の後胤なり。年十五、長沙寺に於て曇翥律師を礼して出家す。二十三、嵩山に詣り、律徳に於て尸羅を得。石頭に謁して寂を扣くこと二年、契悟する所無し。乃ち長安に入りて忠国師に親しむ。三十四、侍者应真と南に還り、馬大師に謁して、言下に於て大悟す。祝して言う―「他日、旧処を離るること莫れ。」ゆえに復た渚宮に還る。元和十三年戊戌歳四月初、疾を示し、十三日に寂に帰す。寿八十二、臘六十三。その伝を考すれば、正に兩人のごとし。玄素の載する所に説く、法を伝うる一人有り、崇信、澧州龍潭に住す、と。南岳譲禅師の碑、唐聞人帰登の撰、法孫数人を後に列し、道悟の名有り。圭峰、裴相国宗趣の状に答え、馬祖の嗣六人を列し、首を江陵道悟と曰い、その下に注して言う、兼ねて径山を禀く、と。今、妄に雲門、臨済二宗の競う者を以てす、一笑を発すべし。『林間録』に出出づ。○覚夢堂、重ねて五家宗派を校して序に言う―景徳間、呉僧道原、『傳燈錄』三十巻を集む。曹渓より下を列ねて両派と為す、一に曰く南岳譲、譲は馬大師より出づ、一に曰く青原思、思は石頭遷より出づ。両派より下、また五宗を分かつ。馬大師、八十四員の善知識を出し、内に百丈海有り。海は黄檗運、大潙祐の二人を出す。運下より臨済玄を出す、ゆえに臨済宗と号す。祐下より仰山寂を出す、ゆえに潙仰宗と号す。八十四人の内、また天王悟有り。悟は龍潭信を得、信は徳山鑑を得、鑑は雪峰存を得。存下より雲門偃を出す、雲門宗と号す。次いで玄沙備、備は地蔵琛を出し、琛は清涼益を出す、法眼宗と号す。次いで石頭遷、薬山儼、天皇悟の二人を出す。悟下より慧真を得、真は幽閑を得、閑は文賁を得、三世便ち絶す。唯だ薬山が雲巌晟を得、晟が洞山价を得、价が曹山章を得たる、是を曹洞宗と為す。今『傳燈』は却って雲門、法眼両宗を収めて石頭の下に帰す、誤れり。縁に同時に道悟、兩人有り。一に曰く江陵城西天王寺の道悟は、渚宮の人なり、崔子玉の後、馬祖を嗣ぐ。元和十三年四月十三日に化す。正議大夫丘玄素、塔銘を撰す、文幾千言。その略して言う―馬祖、祝して言う―「他日、旧処を離るること莫れ。」ゆえに復た渚宮に還る。一に曰く江陵城東天皇寺の道悟は、婺州東陽の人なり。(底本「𭤇州」、すなはち婺州。)

姓張氏嗣石頭。元和二年丁亥化。葉律郎符載撰塔銘。二碑所載生緣出處甚詳。但緣道原採集傳燈之日非非一一親往討尋。不過宛轉託人捃拾。而得其差誤可知也。自景德至今。天下四海以傳燈為據。雖列剎據位立宗者。不能略加究辦。惟丞相無盡居士張公。及呂夏卿二君子。每會議宗門中事。嘗曰。石頭得藥山藥山得曹洞一宗教理行果言說宛轉。且天皇道悟下出箇周金剛。呵風罵雨。雖佛祖不敢嬰其鋒。恐自天皇處或有差誤。寂音尊者亦嘗疑之雲。道悟似有兩人。無盡居士後於達觀頴禪師處。得唐符載所撰天皇道悟塔記。又討得丘玄素所作天王道悟塔記。賚以遍示諸方曰。吾嘗疑德山洞山同出石頭下。因甚垂手處作用殺活不同。今以丘符二記證之朗然明白。方信吾擇法驗人之不謬耳。寂音曰。圭峰答裴相國宗趣狀。列馬祖之嗣六人。首曰江陵道悟。其下注曰。兼稟徑山今妄以雲門臨濟二宗競者。可發一笑。略書梗概以傳。明達者庶知五家之正派如是而已)。

姓は張、石頭を嗣ぐ。元和二年丁亥に化す。協律郎符載、塔銘を撰す。(底本「叶律郎」、当に是れ「協律郎」なるべし。)二碑の載する所、生縁の出処甚だ詳し。ただ道原の『傳燈』を采集する日、並びに一一親しく往きて討尋したるにあらず、過らく宛転人に托して捃拾して得るのみ、その差誤は知るべし。景徳より今に至る、天下四海『傳燈』を以て拠と為す。列刹位に拠り宗を立つる者といえども、能く究辨を略加せざるなり。唯だ丞相無尽居士張公、および呂夏卿の二君子、毎に宗門中の事を会議して、嘗て説く―「石頭は薬山を得、薬山は曹洞を得、一宗の教理行果、言説宛転なり。且く天皇道悟下、箇の周金剛を出せり、風を呵り雨を罵る、仏祖といえどもその鋒を嬰れず。恐らくは天皇の処より或いは差誤有らん。」寂音尊者も亦た嘗て之を疑いて言う―「道悟、似たらく兩人有るか。」無尽居士、後に達観穎禅師の処に於て唐符載の撰せる天皇道悟塔記を得、また丘玄素の作れる天王道悟塔記を討得して、齎して遍く諸方に示して言う―「吾、嘗て徳山、洞山、同じく石頭下より出づるを疑う、因甚んの垂手の処、作用殺活同じからざる。今、丘、符二記を以て之を証すれば、朗然として明白なり。方に吾が法を択び人を験するの謬らざるを信ず。」寂音が言う、圭峰、裴相国宗趣の状に答え、馬祖の嗣六人を列し、首を江陵道悟と曰い、その下に注して言う、兼ねて径山を禀く、と。今、妄に雲門、臨済二宗の競う者を以てす、一笑を発すべし。略か梗概を書して以て伝う。明達の者、庶幾くは五家の正派の是のごときを知らんのみ。)

京兆尸利禪師。初問石頭。如何是學人本分事。石頭曰。汝何從吾覓。曰不從師覓如何即得。石頭曰。汝還曾失卻麼。師乃契會厥旨。

京兆尸利禅師。初め石頭に問う―「いかなるか学人の本分の事。」石頭が言う―「お前、何より吾に覓む。」言う―「師に従いて覓めず、いかにしてすなはち得ん。」石頭が言う―「お前、還って曽て失却したるや。」師乃ち其の旨に契会す。

鄧州丹霞天然禪師不知何許人也。初習儒學將入長安應舉。方宿於逆旅。忽夢白光滿室。占者曰。解空之祥也。偶一禪客問曰。仁者何往。曰選官去。禪客曰。選官何如選佛。曰選佛當往何所。禪客曰。今江西馬大師出世。是選佛之場。仁者可往。遂直造江西。才見馬大師以手托幞頭額。馬顧視良久曰。南嶽石頭是汝師也。遽抵南嶽還以前意投之。石頭曰。著槽厰去。師禮謝入行者房。隨次執爨役凡三年。忽一日石頭告眾曰。來日剗佛殿前草。至來日大眾諸童行各備鍬钁剗草。獨師以盆盛水淨頭。於和尚前胡跪。石頭見而笑之便與剃髮。又為說戒法。師乃掩耳而出。便往江西再謁馬師。未參禮便入僧堂內。騎聖僧頸而坐。時大眾驚愕遽報馬師。馬躬入堂視之曰。我子天然師即下地禮拜曰。謝師賜法號。因名天然。馬師問。從什麼處來。師雲。石頭。馬雲。石頭路滑還躂倒汝麼。師曰。若躂倒即不來。乃杖錫觀方。居天台華頂峰三年。往餘杭徑山禮國一禪師。唐元和中至洛京龍門香山。與伏牛和尚為莫逆之友。後於慧林寺遇天大寒。師取木佛焚之。人或譏之。師曰。吾燒取捨利。人曰。木頭何有。師曰。若爾者何責我乎。師一日謁忠國師。先問侍者。國師在否。曰在即在不見客。師曰。太深遠生。曰佛眼亦覷不見。師曰。龍生龍子鳳生鳳兒。國師睡起侍者以告。國師乃鞭侍者二十棒遣出。後丹霞聞之乃雲。不謬為南陽國師。至明日卻往禮拜。見國師便展坐具。國師雲。不用不用。師退步。國師雲。如是如是。師卻進前。國師雲。不是不是。師繞國師一匝便出。國師雲。去聖時遙人多懈怠。三十年後覓此漢也還難得。師訪龐居士。見女子取菜次。師雲。居士在否。女子放下籃子斂手而立。師又云。居士在否。女子便提籃子去。元和三年師於天津橋橫臥。會留守鄭公出呵之不起。吏問其故。師徐曰。無事僧。

鄧州丹霞天然禅師は、何許の人か知らず。初め儒学を習い、将に長安に入りて挙に応ぜんとす。方に逆旅に宿す、忽ち白光の室に満てるを夢る。占う者が言う―「空を解するの祥なり。」偶たま一禅客が問う―「仁者、何れに往かん。」言う―「官を選びに去る。」禅客が言う―「官を選ぶ、仏を選ぶに何如せん。」言う―「仏を選ぶに当に何の所にか往くべき。」禅客が言う―「今、江西馬大師世に出づ、是れ仏を選ぶの場、仁者往くべし。」遂に直に江西に造る。纔かに馬大師を見るに、手を以て幞頭の額を托す。馬、顧視すること良久、言う―「南岳石頭、是れお前の師なり。」遽いで南岳に抵り、還って前の意を以てこれに投ず。石頭が言う―「槽廠に著けて去れ。」師、礼謝し、行者房に入り、次に随いて爨役を執ること凡そ三年。忽ち一日、石頭、衆に告げて言う―「来日、仏殿前の草を剷せん。」来日に至り、大衆諸の童行、各々鍬镢を備えて草を剷く。独り師は盆に水を盛りて頭を浄め、和尚の前に於て胡跪す。石頭、見て之を笑い、便ち与えて髪を剃らしむ。また戒法を為に説く。師乃ち耳を掩いて出づ、便ち江西に往きて再び馬師に謁す。いまだ参礼せざるに、便ち僧堂内に入り、聖僧の頸に騎りて坐す。時に大衆驚愕し、遽いで馬師に報ず。馬、躬ら堂に入りてこれを視て言う―「我が子天然。」師、すなはち地に下りて礼拝して言う―「師に謝す、法号を賜うを。」因りて天然と名づく。馬師が問う―「何の処よりか来る。」師が言う―「石頭。」馬が言う―「石頭、路滑らか、還ってお前を跶倒せしか。」師が言う―「もし跶倒せばすなはち来らず。」乃ち錫を杖して方を観る。天台華頂峰に居ること三年。余杭径山に往きて国一禅師を礼す。唐元和中、洛京龍門香山に至り、伏牛和尚と莫逆の友と為る。後に慧林寺に於て天大寒に遇い、師、木仏を取りて之を焚く。人、或いは之を譏る。師が言う―「吾、舎利を焼き取る。」人が言う―「木頭に何ぞ有らん。」師が言う―「もし是のごとくば、何ぞ必ずしも我を責備せん。」師、一天、忠国師に謁す。先ず侍者に問う―「国師在るや否や。」言う―「在れば則ち在るも、客に見えず。」師が言う―「太だ深遠なり生。」言う―「仏眼も亦た觑て見えず。」師が言う―「龍は龍子を生じ、鳳は鳳児を生ず。」国師、睡り起る、侍者以て告ぐ。国師乃ち侍者を鞭うつこと二十棒し、遣り出だしむ。後に丹霞、之を聞き、就きて言う―「謬らず南陽国師と為す。」明日に至りて却って往きて礼拝す。国師を見て便ち坐具を展ぐ。国師が言う―「用いず用いず。」師、歩を退く。国師が言う―「如是如是。」師、却って前に進む。国師が言う―「不是不是。」師、国師を繞ること一匝して便ち出づ。国師が言う―「聖を去る時遥か、人多く懈怠す。三十年後、此の漢を覓むるも還って得難からん。」師、龐居士を訪い、女子の菜を取る次を見る。師が言う―「居士在るや否や。」女子、籃子を放下して手を斂めて立つ。師また言う―「居士在るや否や。」女子、便ち籃子を提げて去る。元和三年、師、天津橋に於て横卧す。留守鄭公の出づるに会い、之を呵するも起たず。吏、その故を問う。師、徐に言う―「無事の僧。」

留守異之。奉束素及衣兩襲日給米麫。洛下翕然歸信。至十五年春告門人言。吾思林泉終老之所。時門人令齊靜方卜南陽丹霞山。結庵以奉事。三年間玄學者至盈三百。眾構成大院。師上堂曰。阿爾渾家切須保護一靈之物。不是爾造作名貌得。更說什麼薦與不薦。吾往日見石頭和尚。亦只教切須自保護。此事不是爾譚話得。阿爾渾家各有一坐具地。更疑什麼。禪可是爾解底物。豈有佛可成。佛之一字永不喜聞。阿爾自看。善巧方便慈悲喜捨。不從外得。不著方寸。善巧是文殊方便是普賢。爾更擬趁逐什麼物。不用經不落空去。今時學者紛紛擾擾。皆是參禪問道。吾此間無道可修。無法可證。一飲一啄各自有分不用疑慮。在在處處有恁麼底。若識得釋迦即者凡夫是。阿爾須自看取。莫一盲引眾盲相將入火坑。夜裡暗雙陸賽彩。若為生無事珍重。有僧到參。於山下見師乃問。丹霞山向什麼處去。師指山曰。青黯黯地。僧曰。莫只遮箇便是麼。師曰。真師子兒一撥便轉。師問僧。什麼處宿。雲山下宿。師曰。什麼處吃飯。曰山下吃飯。師曰。將飯與闍梨吃底人。還具眼也無。僧無對(長慶舉問保福。將飯與人吃。感恩有分。為什麼不具眼。保福雲。施者受者二俱瞎漢。長慶雲。盡其機來又作麼生。保福雲。道某甲瞎得麼。玄覺徵雲。且道。長慶明丹霞意。為復自用家財)師以長慶四年六月二十三日。告門人曰。備湯沐吾欲行矣。乃戴笠策杖受履。垂一足未及地而化。壽八十六。門人斲石為塔。勅諡智通禪師。塔號妙覺。

留守、異と為し、束素および衣両襲を奉り、日に米面を給す。洛下、翕然として歸信す。十五年春に至り、門人に告げて言う―「吾、林泉、老を終うるの所を思う。」時に門人、斉静をして南陽丹霞山を卜せしめ、庵を結びて以て奉事す。三年の間、玄学者の至ること三百衆に盈り、構えて大院と成す。師、上堂して言う―「お前たち渾家、切に須らく一霊の物を保護すべし、是れお前たちの名貌を造作して得るにあらず。更に何の荐をもって荐ると不荐とを説く。吾、往日、石頭和尚を見しも、亦たただ切に須らく自ら保護すべしと教えたり。此の事は是れお前たちの譚話して得るにあらず。お前たち渾家、各々一坐具の地有り、更に何をか疑わん。禅はあに是れお前たちの解する底の物ならん。あに仏の成ずべき有らん。仏の一字、永く聞くを喜ばず。お前たち、自ら看よ。善巧方便、慈悲喜舎、外より得ず、方寸に著かず。善巧は是れ文殊、方便は是れ普賢。お前たち更に何の物をか趁逐せんと擬す。経を用いず、空に落ち去らず。今時の学者、紛紛擾擾、皆是れ禅を参じ道を問う。吾が此間、修すべき道無く、証すべき法無し。一飲一啄、各自分有り、疑慮を用いず。在在処処に恁麼の底有り。もし釈迦を識得せば、すなはち此の凡夫是なり。お前たち、須らく自ら看取すべし。一盲衆盲を引き、相将いて火坑に入ること莫れ。夜裏、暗くして双陸を賽彩するは、若し生の為。無事、珍重。」僧有りて到り参ず、山下に於て師を見、乃ち問う―「丹霞山、何の処に向かってか去る。」師、山を指して言う―「青黯黯地。」僧が言う―「あながちこの箇が便ち是か。」師が言う―「真の師子児、一撥すれば便ち転ず。」師が僧に問う―「何の処にか宿す。」言う―「山下に宿す。」師が言う―「何の処にて飯を吃す。」言う―「山下にて飯を吃す。」師が言う―「飯を将て闍梨に吃せしむる底の人、還って眼を具するや無きや。」僧は対無し。(長慶、挙げて保福に問う―「飯を将て人に吃せしむ、恩に感ずる分有るに、何の故ぞ眼を具せざる。」保福が言う―「施する者受ける者、二倶に瞎漢なり。」長慶が言う―「其の機を尽くしてまた作麼生。」保福が言う―「某甲の瞎れるを道うことを得るや。」玄覚が徴して言う―「且く道え、長慶は丹霞の意を明すか、為復た自ら家財を用いたるか。」)師、長慶四年六月二十三日、門人に告げて言う―「湯沐を備えよ、吾行かんと欲す。」乃ち笠を戴き杖を策して履を受け、一足を垂れていまだ地に及ばずして化す。寿八十六。門人、石を斫りて塔と為す。勅して智通禅師と諡し、塔号を妙覚とす。

潭州招提慧朗禪師始興曲江人也。姓歐陽氏。年十三依鄧林寺模禪師披剃。十七遊南嶽。二十於嶽寺受具。往虔州龔公山謁大寂。大寂問曰。汝來何求。師曰。求佛知見。曰佛無知見。知見乃魔界。汝從南嶽來。似未見石頭曹谿心要爾。汝應卻歸。師承命迴嶽造於石頭。問如何是佛。石頭曰。汝無佛性。曰蠢動含靈又作麼生。石頭曰。蠢動含靈卻有佛性。曰慧朗為什麼卻無。石頭曰。為汝不肯承當。師於言下信入。後住梁端招提寺。不出戶三十餘年。凡參學者至。皆曰。去去汝無佛性。其接機大約如此(時謂大朗禪師)。

潭州招提慧朗禅師は、始興曲江の人、姓は欧陽。年十三、鄧林寺模禅師に依りて披剃す。十七、南岳に游ぶ。二十、岳寺に於て具を受く。虔州龔公山に往きて大寂に謁す。大寂が問う―「お前、来りて何をか求む。」師が言う―「仏知見を求む。」言う―「仏に知見無し、知見は乃ち魔界なり。お前、南岳より来る、似たらくいまだ石頭曹渓の心要を見ず。お前、応に却って帰るべし。」師、命を承けて岳に回り、石頭に造る。問う―「いかなるか仏。」石頭が言う―「お前に仏性無し。」言う―「蠢動含霊、また作麼生。」石頭が言う―「蠢動含霊は却って仏性有り。」言う―「慧朗、何の故ぞ却って無き。」石頭が言う―「お前の承当を肯んぜざるが為なり。」師、言下に於て信入す。後に梁端招提寺に住し、戸を出でざること三十余年。およそ参学の者至れば、皆説く―「去れ去れ、お前に仏性無し。」其の機に接するおおむね此のごとし。(時に大朗禅師と謂う。)

長沙興國寺振朗禪師。初參石頭問。如何是祖師西來意。石頭曰。問取露柱。曰振朗不會。石頭曰。我更不會。師俄然省悟。住後有僧來參。師乃召曰。上坐。僧應諾。師曰。孤負去也。曰師何不鑒。師乃拭目而視之。僧無語(時謂小朗禪師)

長沙興国寺振朗禅師。初め石頭に参じて問う―「いかなるか祖師の西来意。」石頭が言う―「露柱に問取せよ。」言う―「振朗会せず。」石頭が言う―「我、更に会せず。」師、俄然として省悟す。住しの後、僧有りて来り参ず。師乃ち召して言う―「上座。」僧、應諾す。師が言う―「孤負して去れ。」言う―「師、何ぞ鑑せざる。」師乃ち目を拭いて之を視る。僧は語無し。(時に小朗禅師と謂う。)

澧州藥山惟儼禪師。絳州人姓韓氏。年十七依潮陽西山慧照禪師出家。唐大歷八年納戒于衡嶽希操律師。乃曰。大丈夫當離法自淨。豈能屑屑事細行於布巾耶。即謁石頭密領玄旨。一日師坐次。石頭覩之問曰。汝在遮裡作麼。曰一切不為。石頭曰。恁麼即閑坐也。曰若閑坐即為也。石頭曰。汝道不為。且不為箇什麼。曰千聖亦不識。石頭以偈讚曰。

澧州薬山惟儼禅師は、絳州の人、姓は韓。年十七、潮陽西山慧照禅師に依りて出家す。唐大暦八年、衡岳希操律師に於て戒を納む、就きて言う―「大丈夫、当に法を離れて自ら浄むべし、あに能く屑屑として布巾に細行を事とせんや。」すなはち石頭に謁し、密かに玄旨を領す。一天、師坐する次、石頭、之を睹て問う―「お前、ここに在りて作么す。」言う―「一切為さず。」石頭が言う―「恁麼なればすなはち閑坐なり。」言う―「もし閑坐すればすなはち為するなり。」石頭が言う―「お前、為さずと道う、且く箇の何をか為さざる。」言う―「千聖も亦た識らず。」石頭、偈を以て讃す―

從來共住不知名任運相將只麼行

従来共住して名を知らず、運に任せて相将いてただかくのごとく行く、

自古上賢猶不識造次凡流豈可明

古より上賢なお識らず、造次たる凡流あに明らかにすべけん。

石頭有時垂語曰。言語動用勿交涉。師曰。不言語動用亦勿交涉。石頭曰。遮裡針劄不入。師曰。遮裡如石上栽華。石頭然之。師後居澧州藥山。海眾雲會(廣語見別卷)一日師看經次。柏巖曰。和尚休猱人得也。師卷卻經曰。日頭早晚。曰正當午。師曰。猶有遮箇文彩在。曰某甲無亦無。師曰。汝大殺聰明。曰某甲只恁麼。和尚尊意如何。師曰。我跛跛挈挈百醜千拙且恁麼過。師與道吾說。茗谿上世為節察來。吾曰和尚上世曾為什麼。師曰。我痿痿羸羸且恁麼過時。吾曰。憑何如此。師曰。我不曾展他書卷(石霜別雲。書卷不曾展)院主報。打鍾也請和尚上堂。師曰。汝與我擎缽盂去。曰和尚無手來多少時。師曰。汝只是枉披袈裟。曰某甲只恁麼和尚如何。師曰。我無遮箇眷屬。師見園頭栽菜次。師曰。栽即不障汝栽。莫教根生。曰既不教根生。大眾吃什麼。師曰。汝還有口麼無對。僧問。如何不被諸境惑。師曰。聽他何礙汝。曰不會。師曰。何境惑汝。僧問。如何是道中至寶。師曰。莫諂曲。曰不諂曲時如何。師曰。傾國不換。有僧再來依附。師問。阿誰。曰常坦。師呵曰。前也是常坦後也是常坦。一日院主請師上堂。大眾才集。師良久。便歸方丈閉門。院主逐後曰。和尚許某甲上堂。為什麼卻歸方丈。師曰。院主。經有經師。論有論師。律有律師。又爭怪得老僧。師問雲巖。作什麼。巖曰。擔屎。師曰那箇聻。巖曰在。師曰。汝來去為誰。曰替他東西。師曰。何不教並行。曰和尚莫謗他。師曰。不合恁麼道。曰如何道。師曰。還曾擔麼。師坐次有僧問。兀兀地思量什麼。師曰。思量箇不思量底。曰不思量底如何思量。師曰。非思量。僧問。學人擬歸鄉時如何。師曰。汝父母遍身紅爛臥在荊棘林中汝歸何所。僧曰。恁麼即不歸去也。師曰。汝卻須歸去。汝若歸鄉我示汝箇休糧方。僧曰。便請。師曰。

石頭、時有りて語を垂れて言う―「言語動用、交渉するなかれ。」師が言う―「言語せず動用せざるも亦た交渉するなかれ。」石頭が言う―「ここには鍼の扎さるも入らず。」師が言う―「ここは石上に花を栽うが如し。」石頭、之を然とす。師、後に澧州薬山に居り、海衆雲会す。(広語は別巻に見る。)一天、師、経を看る次、柏巌が言う―「和尚、人を猱るを休めよ。」師、経を巻却して言う―「日頭早晚ぞ。」言う―「正に午に当たる。」師が言う―「なおこの文彩有る在り。」言う―「某甲、亦た無し。」師が言う―「お前、大きに聡明を殺す。」言う―「某甲ただ恁麼なり、和尚の尊意如何。」師が言う―「我、跛跛挈挈、百丑千拙、且く恁麼に過ぐ。」師、道吾と説く、茗渓上、世に節察と為りて来ると。吾が言う―「和尚、上世、曽て何をか為りし。」師が言う―「我、痿痿羸羸、且く恁麼に時を過ぐ。」吾が言う―「何に凭りて此のごとき。」師が言う―「我、曽て彼の書巻を展がず。」(石霜、別に言う―「書巻曽て展がず。」)院主が報ず―「鐘を打つなり、和尚に請うて上堂せん。」師が言う―「お前、我が為に鉢盂を擎げて去れ。」言う―「和尚、手無きこと多少の時ぞ。」師が言う―「お前、ただ是れ袈裟を枉げて披くのみ。」言う―「某甲ただ恁麼なり、和尚は如何。」師が言う―「我にこの眷属無し。」師、園頭の菜を栽うる次を見る。師が言う―「栽うるはすなはちお前の栽うるを障げず、根を生ぜしむること莫れ。」言う―「すでに根を生ぜしめざれば、大衆、何をか吃せん。」師が言う―「お前、還って口有るや。」対無し。僧が問う―「いかにして諸境に惑わされざらん。」師が言う―「彼に聴け、何ぞお前を碍げん。」言う―「会せず。」師が言う―「何の境かお前を惑わす。」僧が問う―「いかなるか道中の至宝。」師が言う―「諂曲するなかれ。」言う―「諂曲せざる時いかん。」師が言う―「国を傾けても換えず。」僧有りて再来し依附す。師が問う―「阿誰。」言う―「常坦。」師、呵して言う―「前も亦た常坦、後も亦た常坦。」一天、院主、師に請うて上堂せん。大衆纔かに集まる、師、良久、便ち方丈に帰りて門を閉ぢる。院主、後を逐いて言う―「和尚、某甲に上堂を許ししに、何の故ぞ却って方丈に帰る。」師が言う―「院主。経に経師有り、論に論師有り、律に律師有り、また争でか老僧を怪しむことを得。」師、雲巌に問う―「作么す。」巌が言う―「屎を担ぐ。」師が言う―「那箇は。」巌が言う―「在り。」師が言う―「お前、来去して誰が為に。」言う―「彼の東西に替わる。」師が言う―「何う―「何ぞ併行せしめざる。」言う―「和尚、彼を謗ること莫れ。」師が言う―「恁麼に道うに合せず。」言う―「いかにして道う。」師が言う―「還って曽て担ぎしか。」師、坐する次、僧有りて問う―「兀兀地に何をか思量する。」師が言う―「思量せざる底の箇を思量す。」言う―「思量せざる底をいかにして思量する。」師が言う―「思量に非ず。」僧が問う―「学人、郷に帰らんと擬する時いかん。」師が言う―「お前の父母、遍身紅爛にして荆棘林中に卧す、お前、何の所にか帰る。」僧が言う―「恁麼なればすなはち帰らざるなり。」師が言う―「お前、却って須らく帰るべし。お前もし郷に帰らば、我、お前に箇の休糧方を示さん。」僧が言う―「便ち請う。」師が言う―

二時上堂不得齩破一粒米。僧問。如何是涅槃。師曰。汝未開口時喚作什麼。師見遵布衲洗佛乃問遮箇從汝洗。還洗得那箇麼。遵曰。把將那箇來。師乃休(長慶雲。邪法難扶。玄覺雲。且道長慶恁麼道。在賓在主。眾中喚作洗佛語。亦云。兼帶語。且道盡善不盡善)僧問曰。學人有疑請師決。師曰。待上堂時來與闍梨決疑。至晚間上堂。大眾集定。師曰。今日請決疑。上坐在什麼處。其僧出眾而立師下禪床把卻曰。大眾遮僧有疑。便托開歸方丈(玄覺雲。且道與伊決疑否。若決疑什麼處是決疑。若不與決疑。又道待上堂時與汝決疑)師問飯頭。汝在此多少時也。曰三年。師曰。我總不識汝。飯頭罔測發憤而去。僧問。身命急處如何。師曰。莫種雜種。曰將何供養。師曰。無物者。師令供養主鈔化。甘行者問。什麼處來。僧曰。藥山來。甘曰。來怎麼。僧雲。教化。甘雲。將得藥來麼。曰行者有什麼病。甘便捨銀兩鋌曰。有人即送來。無人即休。師怪僧歸太急。僧曰。問佛法相當得兩鋌銀。師令舉其語。舉已。師令僧速送還行者家。行者見僧迴雲。僧來遂添銀施之(同安代雲。早知行者恁麼問。終不道藥山來)師問僧。見說汝解算虛實。曰不敢。師曰。汝試算老僧看。僧無對(雲巖後來舉問洞山。汝作麼生。洞山雲。請和尚生日)師書佛字問道吾。是什麼字。吾雲。佛字。師雲。多口阿師。僧問己事未明乞和尚指示。師良久曰。吾今為汝道一句亦不難。只宜汝於言下便見去。猶較些子。若更入思量。卻成吾罪過。不如且各合口免相累。及大眾夜參不點燈。師垂語曰。我有一句子。待特牛生兒即向汝道。時有僧曰。特牛生兒也何以不道。師曰把燈來。其僧抽退入眾(雲巖後舉似洞山。洞山雲。遮僧卻會。只是不肯禮拜)僧問。祖師未到此土此土還有祖師意否。師曰有。僧曰。既有祖師意。又來作什麼。師曰。

(師、接続して言う)「二時上堂に、一粒の米を咬破することを得ず。」僧が問う―「いかなるか涅槃。」師が言う―「お前、いまだ口を開かざる時、何をか作り喚ぶ。」師、遵布衲の仏を洗うを見て、乃ち問う―「この箇はお前より洗わるる、還って那箇を洗い得るや。」遵が言う―「那箇を把り将り来れ。」師乃ち休む。(長慶が言う―「邪法、扶け難し。」玄覚が言う―「且く道え、長慶の恁麼に道うは、賓に在るか主に在るか。衆中、仏を洗うの語と喚びても、亦た兼帯の語と説く。且く道え、善を尽くすか善を尽くさざるか。」)僧が問う―「学人疑有り、師に決を請う。」師が言う―「上堂の時に来れ、闍梨に疑を決せん。」晩間に至りて上堂、大衆集まり定まる。師が言う―「今日、疑を決せんを請う、上座は何の処に在る。」其の僧、衆を出でて立つ。師、禅床を下りて把却して言う―「大衆、この僧、疑有り。」便ち托開して方丈に帰る。(玄覚が言う―「且く道え、彼に疑を決したるや否や。もし疑を決せば、何の処か是れ疑を決する。もし与えて疑を決せざれば、また上堂の時に与えてお前の疑を決せんと道う。」)師、飯頭に問う―「お前、此に在りて多少の時ぞ。」言う―「三年。」師が言う―「我、総ぼてお前を識らず。」飯頭、罔測し、発憤して去る。僧が問う―「身命急なる処いかん。」師が言う―「雑種を種うるなかれ。」言う―「何を将てか供養する。」師が言う―「物無き者。」師、供養主をして抄化せしむ。甘行者が問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「薬山より来た。」甘が言う―「来りて怎麼す。」僧が言う―「教化。」甘が言う―「薬を将て来るや。」言う―「行者に何の病か有る。」甘便ち銀両錠を舎てて言う―「人有ればすなはち送りて来れ、人無ければすなはち休め。」師、僧の帰ること太だ急なるを怪しむ。僧が言う―「仏法を問うて相当なりしに、両錠の銀を得たり。」師、その語を挙げしむ。挙げ已り、師、僧をして速やかに行者の家に送り還さしむ。行者、僧の回るを見て、僧の来たるを説き、遂に銀を添えて之を施す。(同安、代わりて言う―「早く行者の恁麼に問うを知らば、終に薬山より来たとは道わざらん。」)師が僧に問う―「お前、虚実を算することを解すと見説す。」言う―「敢えず。」師が言う―「お前、試みに老僧を算して看よ。」僧は対無し。(雲巌、後来、挙げて洞山に問う―「お前、作麼生。」洞山が言う―「和尚に生日を請う。」)師、「佛」の字を書して道吾に問う―「是れ何の字ぞ。」吾が言う―「佛の字。」師が言う―「多口の阿師。」僧が問う―「己事いまだ明らかならず、和尚に指示を乞う。」師、良久して言う―「吾、今、お前の為に道う

只為有所以來。師看經。有僧問。和尚尋常不許人看經。為什麼卻自看。師曰。我只圖遮眼。曰某甲學和尚還得也無。師曰。若是汝牛皮也須看透(長慶雲。眼有何過。玄覺雲。且道長慶會藥山意不會藥山意)朗州刺史李翱嚮師玄化屢請不起。乃躬入山謁之。師執經卷不顧。侍者白曰。太守在此。翱性褊急乃言曰見面不如聞名。師呼太守。翱應諾。師曰。何得貴耳賤目。翱拱手謝之。問曰。如何是道。師以手指上下曰。會麼。翱曰。不會。師曰。雲在天水在缾。翱乃欣愜作禮而述一偈曰。

(師、接続して言う)「ただ有るが為のゆえに来る。」師、経を看る。僧有りて問う―「和尚、尋常、人に経を看るを許さず、何の故ぞ却って自ら看る。」師が言う―「我、ただ眼を遮るを図る。」言う―「某甲、和尚を学んで還って得るや無きや。」師が言う―「もし是れお前ならば、牛皮も亦た須らく看透すべし。」(長慶が言う―「眼に何の過か有る。」玄覚が言う―「且く道え、長慶は薬山の意を会すや会せざるや。」)朗州刺史李翱、師の玄化に向かい、屡ば請うも起たず、乃ち躬ら山に入りて之を謁す。師、経巻を執りて顧みず。侍者、白して言う―「太守、此に在り。」翱、性褊急にして、乃ち言い発す―「面を見るは名を聞くに如かず。」師、呼ぶ―「太守。」翱、應諾す。師が言う―「何ぞ耳を貴び目を賤しむるを得。」翱、拱手して之に謝す。問う―「いかなるか道。」師、手を以て上下を指して言う―「会すや。」翱が言う―「会せず。」師が言う―「雲は天に在り、水は瓶に在り。」翱乃ち欣愜として礼を作し、而して一偈を述ぶ―

練得身形似鶴形千株松下兩函經

身形を練りて鶴形に似せ、千株の松下に両函の経、

我來問道無餘說雲在青天水在缾

我、道を問い来れり、其の余の説無し、雲は青天に在り水は瓶に在り。

(玄覺雲且道李太守是讚他語。明他語須具行腳眼始得)。

(玄覚が言う―「且く道え、李太守は是れ彼の語を讃するか、彼の語を明するか。須らく行脚の眼を具するを始めて得ん。」)

翱又問。如何是戒定慧。師曰。貧道遮裡無此閑傢俱。翱莫測玄旨。師曰。太守欲得保任此事。直須向高高山頂坐深深海底行。閨閤中物捨不得便為滲漏。師一夜登山經行。忽雲開見月大笑。一聲應澧陽東九十許裡。居民盡謂東家。明晨迭相推問直至藥山。徒眾雲。昨夜和尚山頂大笑。李翱再贈詩曰。

翱また問う―「いかなるか戒定慧。」師が言う―「貧道、ここに此の閑家具無し。」翱、玄旨を測る莫し。師が言う―「太守、此の事を保任せんと欲せば、直に須らく高高の山頂に向かって坐し、深深の海底に向かって行ずべし。閨閣中の物、舎てて得ざれば、便ち渗漏と為る。」師、一夜、山に登りて経行し、忽ち雲開けて月を見て大笑す。一声、澧陽の東九十許里に応ず。居民、尽く东家と謂う。明晨、迭か相い推問して、直に薬山に至る。徒衆が言う―「昨夜、和尚、山頂に大笑せり。」李翱、再び詩を贈る―

選得幽居愜野情終年無送亦無迎

幽居を選びて野情に愜え、終年送るも迎うるも無し、

有時直上孤峰頂月下披雲笑一聲

時有りて直に孤峰の頂に上り、月下に雲を披いて一笑す。

師大和八年二月臨順世叫雲。法堂倒法堂倒。眾皆持柱撐之。師舉手雲。子不會我意乃告寂。壽八十有四。臘六十。入室弟子沖虛建塔於院東隅。勅諡弘道大師。塔曰化城。

師、大和八年二月、世に順せんと臨み、叫んで言う―「法堂倒る、法堂倒る。」衆、皆柱を持して之を撑ぐ。師、手を挙げて言う―「お前たち、我が意を会せず。」乃ち寂を告ぐ。寿八十有四、臘六十。入室弟子冲虚、院の東隅に塔を建つ。勅して弘道大師と諡し、塔を化城と曰す。

潭州大川和尚(亦名湖)有江陵僧新到。禮拜了在一邊立師曰。幾時發江陵。僧拈起坐具。師曰。謝子遠來下去。僧便出。師曰。若不恁麼爭知眼自端的。僧拊掌曰。苦殺人幾錯判諸方老宿。師肯之(僧舉似丹霞。霞曰。於大川法道即得。於我遮裡即不然。僧曰。未審此間怎麼生。霞曰。猶較大川三步。其僧禮拜。霞曰。錯判諸方底甚多。洞山聞之曰。不是丹霞難分玉石)。

潭州大川和尚(亦た湖と名づく)。江陵の僧、新たに到りて礼拝し已るや一辺に在りて立つ。師が言う―「いつの時江陵を発した。」僧、拈じて坐具を起す。師が言う―「子の遠く来るに謝す、下り去れ。」僧便ち出づ。師が言う―「もし恁麼ならずば、争でか眼目の端的なるを知らん。」僧、掌を拊して言う―「人を殺すに苦し、幾たびか諸方の老宿を錯判せん。」師、之を肯んず。(僧、挙げて丹霞に似す。霞が言う―「大川の法道に於ては則ち得、我がここに於ては則ち然らず。」僧が言う―「いまだ審らかならず、此の間怎麼生。」霞が言う―「なお大川に較ぶること三步なり。」其の僧礼拝す。霞が言う―「諸方を錯判する底甚だ多し。」洞山、聞きて言う―「丹霞にあらざれば、玉石を分かち難し。」)

汾州石樓和尚。師上堂。有僧出問曰。未識本來生乞師方便指。曰石樓無耳朵。僧曰。某甲自知非。師曰。老僧還有過。僧曰。和尚過在什麼處。曰過在汝非處。僧禮拜。師乃打之。師問僧。發足何處。僧雲漢國。師雲。漢國天子還重佛法麼。僧雲。苦哉苦哉。賴遇問著某甲。問著別人則禍生。師雲。作什麼𡁠。僧雲。人尚不見有何佛法可重。師雲。闍梨受戒來多少夏。僧雲。三十夏。師雲。大好不見有人。便打之。

汾州石楼和尚。師、上堂す。僧有りて出でて問う―「いまだ本来の生を識らず、師に乞うて方便に指さんことを。」言う―「石楼に耳朵無し。」僧が言う―「某甲、自ら非なるを知る。」師が言う―「老僧、還って過有り。」僧が言う―「和尚の過は何の処に在る。」言う―「過はお前の非なる処に在り。」僧、礼拝す。師乃ち之を打つ。師が僧に問う―「足を発せしは何の処ぞ。」僧が言う―「漢国。」師が言う―「漢国の天子、還って仏法を重んずるや。」僧が言う―「苦しいかな苦しいかな。頼みて某甲に問着することに遇えり。别人に問着せば則ち禍生ぜん。」師が言う―「作么す。」(底本、この字は生僻字なり、転録の後に失落す。)僧が言う―「人なお見えず、何の仏法か重んずべき有らん。」師が言う―「闍梨、戒を受けしより来ること多少の夏ぞ。」僧が言う―「三十夏。」師が言う―「大いに好し、人の有るを見ざるを。」便ち之を打つ。

鳳翔府法門寺佛陀和尚。師常持一串數珠念三種名號曰。一釋迦。二元和。三佛陀。自餘是什麼椀躂丘。一箇過終而復始。事蹟異常時人不可測。

鳳翔府法門寺佛陀和尚。師、常に一串の数珠を持し、三种の名号を念じて言う―「一に釈迦。二に元和。三に佛陀。其の余は是れ何の碗跶丘ぞ。」一箇過ぎて終りて復た始まる。事迹異常にして、時の人測ること能わず。

潭州華林和尚。僧到參方展坐具。師曰。緩緩。僧曰。和尚見什麼。師曰。可惜許磕破鍾樓。其僧大悟。

潭州華林和尚。僧、到りて参ず、方に坐具を展ぐ。師が言う―「緩々。」僧が言う―「和尚、何をか見る。」師が言う―「可惜許なり、鐘楼に磕破す。」其の僧、大悟す。

潮州大顛和尚初參石頭。石頭問師曰。那箇是汝心。師曰。言語者是。便被喝出。經旬日師卻問曰。前者既不是。除此外何者是心。石頭曰。除卻揚眉動目將心來。師曰。無心可將來。石頭曰。元來有心何言無心。無心盡同謗。師言下大悟。異日侍立次石頭問曰。汝是參禪僧。是州縣白蹋僧。師曰。是參禪僧。石頭曰。何者是禪。師曰。揚眉動目。石頭曰。除卻揚眉動目外將爾本來面目呈看。師曰。請和尚除揚眉動目外鑒某甲。石頭曰。我除竟。師曰。將呈和尚了也。石頭曰。汝既將呈。我心如何。師曰。不異和尚。石頭曰。不關汝事。師曰。本無物。石頭曰。汝亦無物。師曰。既無物即真物。石頭曰。真物不可得。汝心見量意旨如此也。大須護持。師後辭往潮州靈山隱居。學者四集。師上堂示眾曰。夫學道人須識自家本心。將心相示方可見道。多見時輩。只認揚眉動目一語一默。驀頭印可以為心要。此實未了。吾今為汝諸人分明說出。各須聽受。但除卻一切妄運想念見量。即汝真心。此心與塵境及守認靜默時全無交涉。即心是佛不待修治。何以故。應機隨照冷冷自用。窮其用處了不可得。喚作妙用乃是本心。大須護持不可容易。僧問。其中人相見時如何。師曰。早不其中也。僧曰。其中者如何。師曰。不作箇問。問苦海波深以何為船筏。師曰。以木為船筏。曰恁麼即得度也。師曰。盲者依前盲。瘂者依前瘂。

潮州大顛和尚、初め石頭に参ず。石頭が師に問う―「那箇が是れお前の心ぞ。」師が言う―「言語する者是なり。」便ち喝して出ださる。旬日を経て師、却って問う―「前者すでに是れにあらずば、此の外を除きて何者か是れ心。」石頭が言う―「眉を揚げ目を動かすを除却せよ、心を将り来れ。」師が言う―「心の将り来るべき無し。」石頭が言う―「元来心有り、何ぞ心無しと言わん。心無しと尽くは同じく謗なり。」師、言下に大悟す。異日、侍立の次、石頭が問う―「お前は是れ参禅の僧か、是れ州县の白踏の僧か。」師が言う―「是れ参禅の僧。」石頭が言う―「何者か是れ禅。」師が言う―「眉を揚げ目を動かす。」石頭が言う―「眉を揚げ目を動かすの外を除却して、お前の本来面目を将て呈し看よ。」師が言う―「和尚に請うて眉を揚げ目を動かすの外を除きて某甲を鑑せんことを。」石頭が言う―「我、除き竟り。」師が言う―「和尚に将て呈し了れり。」石頭が言う―「お前すでに将て呈せば、我が心如何。」師が言う―「和尚に異ならず。」石頭が言う―「お前の事に関せず。」師が言う―「本より物無し。」石頭が言う―「お前も亦た物無し。」師が言う―「すでに物無ければすなはち真物なり。」石頭が言う―「真物は得可からず。お前の心、見量意旨此のごとし。大いに須らく護持すべし。」師、後に辞して潮州霊山に往きて隠居し、学者四集す。師、上堂して衆に示して言う―「それ道を学ぶ人は須らく自家の本心を識るべし、心を将て相い示せば、方に道を見る可し。多く時輩を見るに、ただ眉を揚げ目を動かし、一語一黙を認め、蓦頭に印可して以て心要と為す。此れ実にいまだ了せず。吾、今、お前たち諸人の為に分明に説き出さん、各々須らく聴受すべし。ただ一切の妄運想念見量を除却せば、すなはちお前の真心。此の心は塵境および守認静默の時と全く交渉無し。即心是れ仏、修治を待たず。何を以ての故ぞ。機に応じて照に随い、冷冷として自ら用う。其の用の処を窮むれば、了して得る可からず。喚びて妙用と作すは、乃ち是れ本心。大いに須らく護持すべし、容易なる可からず。」僧が問う―「其の中の人、相見る時いかん。」師が言う―「早く其の中ならざるなり。」僧が言う―「其の中の者如何。」師が言う―「箇の問を作さず。」問う―「苦海波深し、何を以てか船筏と為す。」師が言う―「木を以て船筏と為す。」言う―「恁麼なればすなはち度ることを得。」師が言う―「盲する者は前に依りて盲し、唖なる者は前に依りて唖なり。」

潭州攸縣長髭曠禪師。初往曹谿禮祖塔。迴參石頭。石頭問。什麼處來。曰嶺南來。石頭曰。嶺頭一尊功德成就也未。師曰。成就久矣。只欠點眼在。石頭曰。莫要點眼麼。師曰。便請。石頭乃翹一足。師禮拜。石頭曰。汝見什麼道理便禮拜。師曰。據某甲所見如洪鑪上一點雪(玄覺雲。且道長髭具眼秖對不具眼秖對。若具眼為什麼請他點眼。若不具眼又道成就久矣。且作麼生商量。法燈代雲。和尚可謂眼昏)。

潭州攸県長髭曠禅師。初め曹渓に往きて祖塔を礼し、回りて石頭に参ず。石頭が問う―「何の処よりか来る。」言う―「嶺南より来た。」石頭が言う―「嶺頭の一尊、功徳成就せしか未だか。」師が言う―「成就すること久し、ただ眼を点ずるを欠く在り。」石頭が言う―「眼を点ぜんことを要するや。」師が言う―「便ち請う。」石頭乃ち一足を翘ぐ。師、礼拝す。石頭が言う―「お前、何の道理を見て便ち礼拝する。」師が言う―「某甲の見る所に拠れば、洪炉上の一点の雪のごとし。」(玄覚が言う―「且く道え、長髭は眼を具して对するか、眼を具せずして对するか。もし眼を具せば、何の故ぞ彼に眼を点ぜんことを請う。もし眼を具せざれば、また成就すること久しと道う。且く作麼生か商量せん。」法燈、代わりて言う―「和尚、謂うべし眼昏れり。」)

水空和尚。師一日廊下逢見一僧乃問。時中事作麼生。僧良久。師曰。只恁便得麼。僧曰。頭上更安頭。師便打之曰。去去已後惑亂人家男女在。

水空和尚。師、一日、廊下に一僧に逢見して、乃ち問う―「時中の事、作麼生。」僧、良久。師が言う―「ただ恁麼にして便ち得るや。」僧が言う―「頭上更に頭を安ず。」師便ち之を打ちて言う―「去れ去れ、已後、人家の男女を惑乱する在り。」

行思禪師第三世

行思禅師第三世

荊州天皇道悟禪師法嗣

荊州天皇道悟禅師の法嗣

澧州龍潭崇信禪師。本渚宮賣餅家子也。未詳姓氏。少而英異。初悟和尚為靈鑒潛請居天皇寺人莫之測。師家居於寺巷。常日以十餅饋之。悟受之每食畢。常留一餅曰。吾惠汝以蔭子孫。師一日自唸曰。餅是我持去。何以返遺我耶。其別有旨乎。遂造而問焉。悟曰。是汝持來。復汝何咎。師聞之頗曉玄旨。因請出家。悟曰。汝昔崇福善今信吾言。可名崇信。由是服勤左右。一日問曰。某自到來不蒙指示心要。悟曰。自汝到來吾未嘗不指汝心要。師曰。何處指示。悟曰。汝擎茶來吾為汝接。汝行食來吾為汝受。汝和南時吾便低首。何處不指示心要。師低頭良久。悟曰。見則直下便見。擬思即差。師當下開解。乃復問如何保任。悟曰。任性逍遙隨緣放曠。但盡凡心無別勝解。師後詣澧陽龍潭棲止。僧問髻中珠誰人得。師曰。不賞翫者得。僧曰。安著何處。師曰。有處即道來。尼眾問。如何得為僧去。師曰。作尼來多少時也。尼曰。還有為。僧時也無。師曰。汝即今是什麼。尼曰。現是尼身何得不識師曰。誰識汝。李翱問。如何是真如般若。師曰。我無真如般若。翱曰。幸遇和尚師曰。此猶是分外之言。德山問。久嚮龍潭。到來潭又不見龍亦不現。師曰。子親到龍潭。德山即休(玄覺雲。且道德山肯龍潭不肯龍潭。若肯龍潭德山眼在什麼處。若不肯為什麼承嗣他)。

澧州龍潭崇信禅師。もと渚宮の餅を売る家の子なり。姓氏いまだ詳かならず。少くして英異なり。初め悟和尚、霊鑑の為に潜かに請われて天皇寺に居る、人之を測る莫し。師の家、寺巷に居り、常日十餅を以て之に饋る。悟、之を受け、食を畢る毎に常に一餅を留めて言う―「吾、お前に恵み、以て子孫を蔭わん。」師、一天自ら念う―「餅は是れ我が持ち去る所、何を以て返って我に遺す耶。その別に旨有る乎。」遂に造りて問う。悟が言う―「是れお前の持ち来る所、お前に復すに何の咎か有らん。」師、之を聞きて頗る玄旨に暁え、因りて出家を請う。悟が言う―「お前、昔、福善を崇め、今、吾が言を信ず、崇信と名づくべし。」是に由りて左右に服勤す。一天問う―「某、到来してより、指示の心要を蒙らず。」悟が言う―「お前の到来してより、吾、いまだ曽てお前に心要を指さざらず。」師が言う―「何の処にか指示する。」悟が言う―「お前、茶を擎げて来れば、吾、お前の為に接す。お前、食を行じて来れば、吾、お前の為に受く。お前、和南する時、吾、便ち首を低うす。何の処にか心要を指示せざる。」師、首を低うること良久。悟が言う―「見れば則ち直下に便ち見よ、思を擬すればすなはち差える。」師、当下に開解し、乃ち復た問う、いかにして保任せんと。悟が言う―「性に任せて逍遥し、縁に随いて放曠せよ。ただ凡心を尽くせ、別の勝解無し。」師、後に澧陽龍潭に詣りて棲止す。僧が問う―「髻中の珠、誰人か得る。」師が言う―「賞翫せざる者が得。」僧が言う―「何の処にか安着する。」師が言う―「処有ればすなはち道い来れ。」尼衆が問う―「いかにして僧と為ることを得て去らん。」師が言う―「尼と作りて来ること多少の時ぞ。」尼が言う―「還って僧と為る時有るや無きや。」師が言う―「お前、即今是れ何ぞ。」尼が言う―「現に是れ尼身、何うか識らざるを得ん。」師が言う―「誰かお前を識る。」李翱が問う―「いかなるか真如般若。」師が言う―「我に真如般若無し。」翱が言う―「幸いに和尚に遇う。」師が言う―「此れなお是れ分外の言。」徳山が問う―「久しく龍潭に向かう。到り来れば潭また見えず、龍も亦た現ぜず。」師が言う―「お前、親しく龍潭に到れり。」徳山すなはち休む。(玄覚が言う―「且く道え、徳山は龍潭を肯んずるか肯んぜざるか。もし龍潭を肯んぜば、徳山の眼は何の処に在る。もし肯んぜざれば、何の故ぞ彼を承嗣する。」)

鄧州丹霞山天然禪師法嗣

鄧州丹霞山天然禅師の法嗣

京兆終南山翠微無學禪師。初問丹霞。如何是諸佛師。丹霞咄曰。幸自可憐生。須要執巾箒作麼。師退三步。丹霞曰錯。師即進前。丹霞曰。錯錯。師翹一足旋身一轉而出。丹霞曰。得即得孤他諸佛。師由是領旨住翠微。投子問。未審二祖初見達磨當何所得。師曰。汝今見吾復何所得。一日師在法堂內行。投子進前接禮而問曰。西來密旨和尚如何示人。師駐步少時。又曰。乞師垂示。師曰。更要第二杓惡水作麼。投子禮謝而退。師曰。莫垛卻投子曰。時至根苗自生。師因供養羅漢。有僧問曰。丹霞燒木佛。和尚為什麼供養羅漢。師曰。燒也不燒著。供養亦一任供養。又問。供養羅漢羅漢還來也無。師曰。汝每日還吃麼。僧無語。師曰。少有靈利底。

京兆終南山翠微無学禅師。初め丹霞に問う―「いかなるか諸仏の師。」丹霞、咄して言う―「幸いに自ら憐れむべき生、須らく巾帚を執りて作么せん。」師、三歩を退く。丹霞が言う―「錯。」師、すなはち前に進む。丹霞が言う―「錯錯。」師、一足を翘げ、身を旋して一転して出づ。丹霞が言う―「得れば則ち得、彼の諸仏に孤す。」師、是に由りて旨を領し、翠微に住す。投子が問う―「いまだ審らかならず、二祖、初めて達磨を見し時、当に何をか得たる。」師が言う―「お前、今、吾を見て復た何をか得。」一天、師、法堂内に行ず。投子、前に進みて礼を接して問う―「西来の密旨、和尚いかにして人に示す。」師、歩を駐むること少時。また言う―「師に乞うて垂示せんことを。」師が言う―「更に第二杓の悪水を要して作么せん。」投子、礼謝して退く。師が言う―「垛却するなかれ。」投子が言う―「时至らば根苗自ら生ぜん。」師、因りて羅漢を供養す。僧有りて問う―「丹霞は木仏を焼き、和尚は何の故ぞ羅漢を供養する。」師が言う―「焼くも焼き着かず。供養も亦た一任に供養す。」また問う―「羅漢を供養すれば、羅漢還って来るや無きや。」師が言う―「お前、每日還って吃するや。」僧は語無し。師が言う―「少なからず霊利なる底有り。」

丹霞山義安禪師(第二世住)僧問。如何是佛。師曰。如何是上坐。曰恁麼即無異去也。師曰。向汝道。

丹霞山義安禅師(第二世住す)。僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「いかなるか上座。」言う―「恁麼なればすなはち異無くして去れ。」師が言う―「お前に向かいて道う。」

吉州性空禪師。有一僧來參。師乃展手示之。僧近前卻退。師曰。父母俱喪略不慘顏。僧呵呵大笑。師曰。少間與闍梨舉哀。其僧打筋斗而出。師曰。蒼天蒼天。

吉州性空禅師。一僧有りて来り参ず。師乃ち手を展げて之に示す。僧、近づき前にて却って退く。師が言う―「父母倶に喪して、略も顔を惨めず。」僧、呵呵として大笑す。師が言う―「少間、闍梨と哀を挙げん。」其の僧、筋斗を打ちて出づ。師が言う―「蒼天、蒼天。」

本童和尚。因門僧寫師真呈師。師曰。此若是我更呈阿誰。僧曰。豈可分外。師曰。若不分外汝卻收取這箇。僧便擬收。師打雲。正是分外彊為。僧曰。若恁麼即須呈於師。師曰。收取收取。

本童和尚。門僧、師の真を写して師に呈するに因る。師が言う―「此れもし是れ我ならば、更に阿誰にか呈せん。」僧が言う―「あに分外なるべけんや。」師が言う―「もし分外ならずば、お前、却ってこの箇を收取せよ。」僧便ち収めんと擬す。師、打ちて言う―「正に是れ分外に強為す。」僧が言う―「もし恁麼ならばすなはち須らく師に於て呈すべし。」師が言う―「收取せよ收取せよ。」

米倉和尚。有僧新到參。繞師三匝敲禪床曰。不見主人翁終不下參眾。師曰。什麼處情識去來。僧曰。果然不在。師打一拄杖。僧曰。幾落情識呵呵。師曰。村草步頭逢著一箇有什麼話處。僧曰。且參眾去。

米倉和尚。僧有りて新たに到り参じ、師を繞ること三匝し、禅床を敲きて言う―「主人翁を見ずんば、終に衆に参じ下らず。」師が言う―「何の処の情識か去来する。」僧が言う―「果して在らず。」師、一拄杖を打つ。僧が言う―「幾たびか情識に落ちて呵呵。」師が言う―「村の草の歩頭に一箇に逢う、何の話し処か有らん。」僧が言う―「且く衆に参じて去らん。」

前藥山惟儼禪師法嗣

前薬山惟儼禅師の法嗣

潭州道吾山圓智禪師豫章海昏人也。姓張氏。幼依槃和尚受教登戒。預藥山法會密契心印。一日藥山問。子去何處來。曰遊山來。藥山曰。不離此室速道將來。曰山上烏兒白似雪。㵎底遊魚忙不徹。師與雲巖侍立次。藥山曰。智不到處切忌道著。道著即頭角生。智頭陀怎麼生。師便出去。雲巖問藥山曰。智師兄為什麼不祇對和尚。藥山曰。我今日背痛。是他卻會。汝去問取。雲巖即來問師曰。師兄適來為什麼不祇對和尚。師曰。汝卻去問取和尚(僧問雲居。切忌道著意怎麼生。雲居雲。此語最毒。僧雲。如何是最毒底語。雲居雲。一棒打殺龍蛇)雲巖臨遷化時。遣人送辭書到。師展書覽之曰。雲巖不知有悔。當時不向伊道。然雖如是要且不違藥山之子(玄覺雲。古人恁麼道還有也未。又云。雲巖當時不會。且道什麼處是伊不會處)藥山上堂雲。我有一句子未曾說向人。師出雲。相隨來也。僧問藥山。一句子如何說。藥山曰。非言說。師曰。早言說了也。師臥次椑樹雲。作甚麼。師雲。蓋覆。椑雲。臥是坐是。師雲。不在兩頭。椑雲。爭奈蓋覆。師雲。莫亂道。師見椑樹坐次。師雲。作什麼。椑雲。和南。師雲。隔闊來多少時。椑雲。恰是。乃拂袖出。師提笠子出。雲巖雲。作甚麼。師雲。有用處。巖雲。風雨來怎麼生。師雲。蓋覆著。巖雲。他還受蓋覆麼。師雲。雖然如此且無遺漏。因溈山問雲巖。菩提以何為坐。雲巖曰。以無為為坐。雲巖卻問溈山。溈山曰。以諸法空為坐。溈山又問師。怎麼生。師曰。坐也聽伊坐。臥也聽伊臥。有一人不坐不臥。速道速道。溈山問師。什麼處去來。師曰。看病來。曰有幾人病。師曰。有病底有不病底。曰不病底莫是智頭陀否。師曰。病與不病總不干他事。急道急道。僧問。萬裡無雲未是本來天。如何是本來天。師曰。今日好曬麥。問無神通菩薩為什麼足跡難尋。師曰。

潭州道吾山円智禅師は、豫章海昏の人、姓は張。幼にして槃和尚に依りて教を受け戒に登る。薬山の法会に預かり、密かに心印に契う。一天、薬山が問う―「子、何の処に去りてか来る。」言う―「山に游びて来た。」薬山が言う―「此の室を離れず、速やかに道い将り来れ。」言う―「山上の鳥児、白きこと雪に似たり、澗底の游魚、忙しくして徹せず。」師、雲巌と侍立する次。薬山が言う―「智の到らざる処、切に道着するを忌む。道着すればすなはち頭角生ず。智頭陀怎麼生。」師便ち出去す。雲巌が薬山に問う―「智師兄、何の故ぞ和尚に只对せざる。」薬山が言う―「我、今日、背痛む。是れ彼が会するなり。お前去りて問取せよ。」雲巌すなはち来りて師に問う―「師兄、適来何の故ぞ和尚に只对せざる。」師が言う―「お前、却って和尚に行きて問取せよ。」(僧、雲居に問う―「切に道着するを忌むとは、意、怎麼生。」雲居が言う―「此の語、最も毒なり。」僧が言う―「いかなるか最も毒なる底の語。」雲居が言う―「一棒、龍蛇を打殺す。」)雲巌、遷化に臨む時、人を遣りて辞書を送りて到らしむ。師、書を展げて之を覧て言う―「雲巌、有るを知らず、当時、彼に向かいて道わざるを悔ゆ。然れども是のごとしといえども、要するに且く薬山の子に違わず。」(玄覚が言う―「古人の恁麼に道うは、還って有るや未だか。また言う、雲巌、当時会せず、と。且く道え、何の処か是れ彼の会せざる処。」)薬山、上堂して言う―「我に一句子有りて、いまだ曽て人に向かいて説かず。」師、出でて言う―「相随して来れり。」僧が薬山に問う―「一句子、いかにして説く。」薬山が言う―「言説に非ず。」師が言う―「早く言説し了れり。」師、卧する次、椑樹が言う―「作么す。」師が言う―「蓋覆。」椑が言う―「卧なるか坐なるか是。」師が言う―「両頭に在らず。」椑が言う―「争でか蓋覆を奈んせん。」師が言う―「乱れ道うなかれ。」師、椑樹の坐する次を見る。師が言う―「作么す。」椑が言う―「和南。」師が言う―「隔闊して来ること多少の時ぞ。」椑が言う―「恰も是れ。」乃ち袖を拂いて出づ。師、笠子を提げて出づ。雲巌が言う―「作么す。」師が言う―「用る処有り。」巌が言う―「風雨来らば怎麼生。」師が言う―「蓋覆せり。」巌が言う―「彼、還って蓋覆を受くるや。」師が言う―「此のごとしといえども、且く遺漏無し。」因りて潙山が雲巌に問う―「菩提、何を以てか坐と為す。」雲巌が言う―「無為を以て坐と為す。」雲巌、却って潙山に問う。潙山が言う―「諸法空を以て坐と為す。」潙山また師に問う―「怎麼生。」師が言う―「坐すればも彼に坐すを聴き、卧すればも彼に卧するを聴く。一人の坐せず卧せざる者有り、速やかに道え速やかに道え。」潙山が師に問う―「何の処に去りてか来る。」師が言う―「病を看て来た。」言う―「幾人の病ある。」師が言う―「病ある底有り、病ならざる底有り。」言う―「病ならざる底、あながち是れ智頭陀か否。」師が言う―「病と病ならざる、総ぼて彼の事に干せず。急ぎ道え急ぎ道え。」僧が問う―「万里雲無し、いまだ是れ本来の天に非ず。いかなるか是れ本来の天。」師が言う―「今日、麦を曬るに好し。」問う―「神通無き菩薩、何の故ぞ足迹尋ね難き。」師が言う―

同道方知。曰和尚知否。師曰。不知。曰為什麼不知。師曰。汝不識我語。雲巖問。師兄家風作麼生。師曰。教汝指點著堪作什麼。曰無遮箇來多少時也。師曰。牙根猶帶生澁在。又問。如何是今時著力處。師曰。千人喚不迴頭方有少分。曰忽然火起時如何。師曰。能燒大地。師問僧。除卻星及焰阿那箇是火。僧曰。不是火。別一僧卻問師還見火否。師曰見。曰見從何起。師曰。除卻行住坐臥更請一問。南泉示眾雲。法身具四大否。有人道得與他一䙅裩。師雲。性地非空空非性地。此是地大。三(一本作四)大亦然。南泉不違前言乃與師裩。師見雲巖不安。乃謂曰。離此殼漏子向什麼處相見。巖雲。不生不滅處相見。師曰。何不道非不生不滅處。亦不求相見。師見雲巖補草鞋雲。作甚麼。巖雲。將敗壞補敗壞。師雲。何不道即敗壞非敗壞。師聞僧念維摩經云。八千菩薩五百聲聞。皆欲隨從文殊師利。師雲。甚麼處去。其僧無對。師便打。後僧問禾山。禾山代雲。給侍者方諧。師下山到五峰。五峰問。還識藥山老宿否。師曰。不識。五峰曰。為甚麼不識。師曰。不識不識。問如何是和尚家風。師下禪床作女人拜曰。謝子遠來都無祇待。問如何是祖師西來意。師曰。東土不曾逢。問設先師齋未審先師還來也無。師曰。汝諸人設齋作麼生。問頭上寶蓋生不得道我是如何。師曰。聽他。曰和尚如何。師曰。我無遮箇。石霜問師。百年後有人問極則事。作麼生向他道。師喚沙彌。沙彌應諾。師曰。添卻淨缾水著。師良久卻問石霜。適來問什麼。石霜再舉。師便起去。石霜異日又問。和尚一片骨敲著似銅鳴。向什麼處去也。師喚侍者。侍者應諾。師曰。驢年去。師唐大和九年乙卯九月示疾有苦。僧眾慰問體候。師曰。有受非償子知之乎。眾皆愀然。十一日將行。謂眾曰。吾當西邁理無東移。言訖告寂。壽六十有七。

(師、接続して言う)「同道して方に知る。」言う―「和尚、知るや否や。」師が言う―「知らず。」言う―「何の故ぞ知らざる。」師が言う―「お前、我が語を識らず。」雲巌が問う―「師兄の家風、作麼生。」師が言う―「お前を教えて指点して堪えて作么せん。」言う―「この箇無きこと来ること多少の時ぞ。」師が言う―「牙根、なお生澀を帯ぶ在り。」また問う―「いかなるか今時着力の処。」師が言う―「千人、喚ぶも頭を回さず、方に少分有り。」言う―「忽然火起らば時いかん。」師が言う―「能く大地を焼く。」師が僧に問う―「星および焰を除却せば、阿那箇が是れ火ぞ。」僧が言う―「是れ火にあらず。」別の一僧、却って師に問う―「還って火を見るや否や。」師が言う―「見る。」言う―「見るは何よりか起る。」師が言う―「行住坐卧を除却して、更に一問を請う。」南泉、衆に示して言う―「法身、四大を具するや否や。人有りて道得せば、彼に与えん一禈裩。」師が言う―「性地は空に非ず、空は性地に非ず。此れ是れ地大。三(一本に四と作る)大も亦た然り。」南泉、前言に違わず、乃ち師に裩を与う。師、雲巌の安からざるを見て、乃ち彼に対して言う―「此の殻漏子を離れて、何の処に向かいてか相見ん。」巌が言う―「不生不滅の処にて相見ん。」師が言う―「何うか不生不滅の処に非ずとも、亦た相見を求めざると道わざる。」師、雲巌の草鞋を補うを見て言う―「作么す。」巌が言う―「敗壊を将て敗壊を補う。」師が言う―「何うか即敗壊非敗壊と道わざる。」師、僧の『維摩経』を念ずるを聞きて言う―「八千の菩薩、五百の声聞、皆文殊師利に随従せんと欲す。」師が言う―「何の処にか去る。」其の僧は対無し。師便ち打つ。後に僧、禾山に問う。禾山、代わりて言う―「給侍者方に諧す。」師、山を下りて五峰に到る。五峰が問う―「還って薬山老宿を識るや否や。」師が言う―「識らず。」五峰が言う―「何の故ぞ識らざる。」師が言う―「識らず識らず。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師、禅床を下りて女人の拜を作して言う―「子の遠く来るに謝す、都て只待無し。」問う―「いかなるか祖師の西来意。」師が言う―「東土、曽て逢わず。」問う―「先師の斎を設く、いまだ審らかならず、先師還って来るや無きや。」師が言う―「お前たち諸人、斎を設けて作麼生。」問う―「頭上に宝蓋生ず、我を道うことを得ずして是れ如何。」師が言う―「彼に聴け。」言う―「和尚は如何。」師が言う―「我にこの箇無し。」石霜が師に問う―「百年後、人の極則の事を問う者有らば、作麼生にか彼に向かいて道わん。」師、沙弥を喚ぶ。沙弥、應諾す。師が言う―「浄瓶の水を添却せよ。」師、良久にして却って石霜に問う―「適来、何をか問うた。」石霜、再び挙ぐ。師便ち起ちて去る。石霜、異日また問う―「和尚の一片の骨、敲けば銅の鳴るに似たり、何の処に向かいてか去る。」師、侍者を喚ぶ。侍者、應諾す。師が言う―「驢年に去る。」師、唐大和九年乙卯九月、疾を示して苦有り。僧衆、体候を慰問す。師が言う―「受有りて償うに非ず、子、之を知る乎。」衆、皆愀然たり。十一日、将に行かんとし、衆に対して言う―「吾、当に西に邁ぐべし、理、東に移る無し。」言い訖りて寂を告ぐ。寿六十有七。

闍維得靈骨數片。建塔於石霜山之陽。勅諡修一大師。塔曰寶相。

荼毗して霊骨数片を得、石霜山の陽に塔を建つ。勅して修一大師と諡し、塔を宝相と曰す。

潭州雲巖曇晟禪師鍾陵建昌人也。姓王氏。少出家於石門。初參百丈海禪師。未悟玄旨侍左右二十年。百丈歸寂。師乃謁藥山言下契會(語見藥山章)一日藥山問。汝除在百丈。更到什麼處來。師曰。曾到廣南來。曰見說廣州城東門外有一團石。被州主移卻是否。師曰。非但州主。闔國人移亦不動。藥山乃又問。聞汝解弄師子是否。師曰是。曰弄得幾出。師曰。弄得六出。曰我亦弄得。師曰。和尚弄得幾出。曰我弄得一齣。師曰。一即六六即一。師後到溈山。溈山問曰。承長老在藥山弄師子是否。師曰是。曰長弄耶還有置時。師曰。要弄即弄要置即置。曰置時師子在什麼處。師曰。置也置也。問從上諸聖什麼處去。師良久雲。作麼作麼。問暫時不在如同死人如何。師曰。好埋卻。問大保任底人與那箇是一是二。師雲。一機之絹是一段是兩段。洞山聞雲。如人接樹。師煎茶次道吾問。煎與阿誰。師曰。有一人要。曰何不教伊自煎。師曰。幸有某甲在。師問石霜。什麼處來。霜雲。溈山來。師雲。在彼中得多少時。霜雲。粗經冬夏。師雲。恁麼即成山長也。霜雲。雖在彼中卻不知。師雲。他家亦非知非識。無對。後道吾聞雲。得恁無佛法身心。師後居潭州攸縣雲巖山。一日謂眾曰。有箇人家兒子。問著無有道不得底。洞山問。他屋裡有多少典籍。師曰。一字也無。曰爭得恁麼多知。師曰。日夜不曾眠。曰問一段事還得否。師曰。道得卻不道。師問僧。什麼處來。僧曰。添香來。師曰。見佛否。曰見。師曰。什麼處見。曰下界見。師曰。古佛古佛。道吾問。大悲千手眼如何。師曰。如無燈時把得枕子怎麼生。道吾曰。我會也我會也。師曰。怎麼生會。道吾曰。通身是眼。師掃地次溈山雲。太驅驅生。師雲。須知有不驅驅者。溈雲。恁麼即有第二月也。師竪起掃箒雲是第幾月。師低頭而去(玄妙聞雲。

潭州雲巌曇晟禅師は、鐘陵建昌の人、姓は王。少くして石門に於て出家す。初め百丈海禅師に参ず、いまだ玄旨を悟らず、左右に侍すること二十年。百丈、寂に帰し、師乃ち薬山に謁し、言下に契会す。(語は薬山の章に見る。)一天、薬山が問う―「お前、百丈に在るを除きて、更に何の処に到りてか来る。」師が言う―「曽て広南に到りて来た。」言う―「広州城東門外に一団の石有りて州主の移却せらるるに被ると見説す、是か否か。」師が言う―「ただ州主のみにあらず、闔国人移すも亦た動かず。」薬山乃ちまた問う―「お前、師子を弄ぶことを解すと聞く、是か否か。」師が言う―「是。」言う―「幾出を弄ぶを得。」師が言う―「六出を弄ぶことを得。」言う―「我も亦た弄ぶことを得。」師が言う―「和尚、幾出を弄ぶことを得。」言う―「我、一出を弄ぶことを得。」師が言う―「一すなはち六、六すなはち一。」師、後に潙山に到る。潙山が問う―「長老、薬山に在りて師子を弄ぶと承る、是か否か。」師が言う―「是。」言う―「長く弄ぶ耶、還って置く時有る。」師が言う―「弄ばんと要すればすなはち弄び、置かんと要すればすなはち置く。」言う―「置く時、師子は何の処に在る。」師が言う―「置けり置けり。」問う―「上よりの諸聖、何の処にか去る。」師、良久して言う―「作么作么。」問う―「暫時在らずば、死人に同じ、如何。」師が言う―「好く埋却せよ。」問う―「大いに保任する底の人と那箇と、是れ一か是れ二か。」師が言う―「一機の絹は、是れ一段か是れ両段か。」洞山、聞きて言う―「人の樹に接ぐが如し。」師、茶を煎ずる次、道吾が問う―「煎じて阿誰に与える。」師が言う―「一人の要る者有り。」言う―「何うか彼を教えて自ら煎ぜしめざる。」師が言う―「幸いに某甲有る在り。」師が石霜に問う―「何の処よりか来る。」霜が言う―「潙山より来た。」師が言う―「彼の中に在りて多少の時を得。」霜が言う―「粗く冬夏を経たり。」師が言う―「恁麼なればすなはち山長と成れり。」霜が言う―「彼の中に在るといえども知らず。」師が言う―「他家も亦た知に非ず識に非ず。」対無し。後に道吾、聞きて言う―「恁麼の仏法無き身心を得たり。」師、後に潭州攸県雲巌山に居す。一天、衆に対して言う―「箇の人家の児子有り、問着せば道い得ざる底無し。」洞山が問う―「彼の屋裏に多少の典籍有る。」師が言う―「一字も亦た無し。」言う―「争でか恁麼に多きを知るを得。」師が言う―「日夜曽て眠らず。」言う―「一段の事を問うて還って得るや否や。」師が言う―「道い得ども却って道わ

正是第二月)師問僧。什麼處來。僧曰。石上語話來。師曰。石還點頭也無。僧無對。師曰。未問時卻點頭。師作鞋次洞山問。就師乞眼睛。未審還得也無。師曰。汝底與阿誰去也。曰良价無。師曰有。汝向什麼處著。洞山無語。師曰。乞眼睛底是眼否。曰非眼。師咄之。師問尼眾。汝爺在否。曰在。師曰。年多少。曰年八十。師曰。汝有箇爺不。年八十還知否。曰莫是恁麼來者。師曰。猶是兒子(洞山雲。直是不恁麼來者。亦是兒子)僧問。一念瞥起便落魔界時如何。師曰。汝因什麼從佛界而來。僧無對。師曰。會麼。曰不會。師曰。莫道體不得。設使體得也只是左之右之。師問僧。聞汝解卜是。否曰是。師曰。試卜老僧看。僧無對(洞山代雲。請和尚生月)師唐會昌元年辛酉十月示疾。二十六日沐身竟。喚主事僧令備齋。來日有上坐發去。至二十七日並無人去。及夜師歸寂。壽六十。荼毘得舍利一千餘粒。瘞於石墳。勅諡無住大師。塔曰淨勝。

(玄妙、接続して言う)「正に是れ第二月なり。」)師が僧に問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「石上に語話して来た。」師が言う―「石、還って頭を点くや無きや。」僧は対無し。師が言う―「いまだ問わざる時、却って頭を点けり。」師、鞋を作る次、洞山が問う―「師に就きて眼睛を乞う、いまだ審らかならず還って得るや無きや。」師が言う―「お前の底、阿誰に与えて去れり。」言う―「良价に無し。」師が言う―「有り。お前、何の処に向かいてか着けん。」洞山、語無し。師が言う―「眼睛を乞う底は是れ眼か否。」言う―「眼に非ず。」師、之を咄す。師が尼衆に問う―「お前の爺在るや否や。」言う―「在り。」師が言う―「年多少ぞ。」言う―「年八十。」師が言う―「お前に箇の爺の年八十ならざる有り、還って知るや否や。」言う―「あながち是れ恁麼に来る者か。」師が言う―「なお是れ児子。」(洞山が言う―「直ちに恁麼に来らざる者も、亦た是れ児子。」)僧が問う―「一念瞥然に起りて便ち魔界に落つる時いかん。」師が言う―「お前、何に因りて仏界より来る。」僧は対無し。師が言う―「会すや。」言う―「会せず。」師が言う―「体せざれどもと道うなかれ。設し体するを得とも、も是れ左之右之するのみ。」師が僧に問う―「お前、卜を解すと聞く、是か否か。」言う―「是。」師が言う―「試みに老僧を卜して看よ。」僧は対無し。(洞山、代わりて言う―「和尚に生月を請う。」)師、唐会昌元年辛酉十月、疾を示す。二十六日、身を沐し竟り、主事僧を喚びて斎を備えしめ、来日に上座発ち去る有りと令す。二十七日に至りて并せて人去る者無し。夜に及びて師、寂に帰す。寿六十。荼毗して舎利一千余粒を得、石墳に瘞む。勅して無住大師と諡し、塔を浄勝と曰す。

華亭船子和尚名德誠。嗣樂山。甞於華亭吳江汎一小舟。時謂之船子和尚。師甞謂同參道吾曰。他後有靈利坐主指一箇來。道吾後激勉京口和尚善會參禮師。師問曰。坐主住甚寺。會曰。寺即不住。住即不似。師曰。不似似箇什麼。會曰。目前無相似。師曰。何處學得來。曰非耳目之所到。師笑曰。一句合頭語萬劫繫驢橛。垂絲千尺意在深潭。離鉤三寸速道速道。會擬開口。師便以篙撞在水中。因而大悟。師當下棄舟而逝。莫知其終。

華亭船子和尚は、名は徳誠、薬山を嗣ぐ。(底本「楽山」、すなはち薬山。)嘗て華亭呉江に於て一小舟を泛べ、時に之を船子和尚と謂う。師、嘗て同参道吾に対して言う―「他後に霊利なる坐主有らば、一箇を指して来れ。」道吾、後に京口和尚善会を激勉して師に参礼せしむ。師が問う―「坐主、甚の寺に住する。」会が言う―「寺すなはち住せず、住すればすなはち似ず。」師が言う―「似ざれば箇の何にか似る。」会が言う―「目前に相似無し。」師が言う―「何の処に学びてか来る。」言う―「耳目の到る所に非ず。」師、笑いて言う―「一句合頭の語、万劫、驢橛に繋ぐ。垂絲千尺、意は深潭に在り。鉤を離るること三寸、速やかに道え速やかに道え。」会、口を開かんと擬す、師便ち篙を以て水中に撞く、因りて大悟す。師、当下に舟を棄てて逝く、其の終を知る莫し。

宣州椑樹慧省禪師。洞山參師。師問曰。來作什麼。洞山曰。來親近和尚。師曰。若是親近用動兩片皮作麼。洞山無對(曹山後聞乃雲。一子親得)僧問。如何是佛。師曰。貓兒上露柱。曰學人不會。師曰。問取露柱去。

宣州椑樹慧省禅師。洞山、師に参ず。師が問う―「来りて作么す。」洞山が言う―「和尚に親近せんと来る。」師が言う―「もし是れ親近ならば、両片の皮を動かすを用いて作么せん。」洞山は対無し。(曹山、後に聞きて乃ち言う―「一子親しく得たり。」)僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「猫児、露柱に上る。」言う―「学人会せず。」師が言う―「露柱に問取して去れ。」

高沙彌(藥山住庵)初參藥山。藥山問師。什麼處來。師曰。南嶽來。山雲。何處去。師曰。江陵受戒去。藥雲。受戒圖什麼。師曰。圖免生死。藥雲。有一人不受戒亦免生死。汝還知否。師曰。恁麼即佛戒何用。藥雲。猶掛唇齒在。便召維那雲。遮跛腳沙彌不任僧務。安排向後庵著。藥山又謂雲巖道吾曰。適來一箇沙彌卻有來由。道吾雲。未可全信更勘始得。藥乃再問師曰。見說長安甚鬧。師曰。我國晏然(法眼別雲。見誰說)藥雲。汝從看經得請益得。師曰。不從看經得。亦不從請益得。山雲。大有人不看經不請益。為什麼不得。師曰。不道他無只是他不肯承當。師乃辭藥山住庵。藥雲。生死事大何不受戒去。師曰。知是遮般事喚什麼作戒。藥咄遮沙彌饒舌入來近處住庵時復要相見。師住庵後雨裡來相看。藥雲。爾來也。師曰是。藥雲。可殺濕。師曰。不打遮箇鼓笛。雲巖雲。皮也無打什麼鼓。道吾雲。鼓也無打什麼皮。藥雲。今日大好曲調。僧問。一句子還有該不到處否。師曰。不順世。藥山齋時自打鼓。高沙彌捧缽作舞入堂。藥山便擲下鼓槌雲。是第幾和。高曰。第二和。曰如何是第一和。高就桶內舀一杓飯。便出去。

高沙弥(薬山の庵に住す)。初め薬山に参ず。薬山が師に問う―「何の処よりか来る。」師が言う―「南岳より来た。」山が言う―「何の処にか去る。」師が言う―「江陵に戒を受けに去る。」薬が言う―「戒を受けて何をか図る。」師が言う―「生死を免れんことを図る。」薬が言う―「一人の戒を受けざるも亦た生死を免るる者有り。お前、還って知るや否や。」師が言う―「恁麼なればすなはち仏戒何の用か有らん。」薬が言う―「なお唇歯に挂る在り。」便ち維那を召して言う―「この跛脚の沙弥、僧務を任ぜず、向後の庵に安排して著けよ。」薬山また雲巌、道吾に対して言う―「適来一つの沙弥、却って来由有り。」道吾が言う―「いまだ全く信ずべからず、更に勘して始めて得。」薬乃ち再び師に問う―「長安甚だ鬧なりと見説す。」師が言う―「我が国晏然たり。」(法眼、別に言う―「誰に説くを見る。」)薬が言う―「お前、経を看て得たるか、請益して得たるか。」師が言う―「経を看て得ず、亦た請益して得ず。」山が言う―「大いに人の経を看ず請益せざる者有り、何の故ぞ得ざる。」師が言う―「彼の無しと道わず、ただ是れ彼が承当を肯んぜざるなり。」師乃ち薬山に辞して庵に住す。薬が言う―「生死の事大なり、何うか戒を受けて去らざる。」師が言う―「是れ这般の事と知る、何をか喚びて戒と作さん。」薬が咄す―「この沙弥饒舌なり。入りて来りて近き処に庵に住せ、時に復た相見ることを要す。」師、庵に住しの後、雨裏より来りて相看す。薬が言う―「お前来れり。」師が言う―「是。」薬が言う―「湿るべく殺せり。」師が言う―「この鼓笛を打たず。」雲巌が言う―「皮も亦た無し、何の鼓をか打つ。」道吾が言う―「鼓も亦た無し、何の皮をか打つ。」薬が言う―「今日大いに好き曲調。」僧が問う―「一句子、還って該まらざる処有るや否や。」師が言う―「世に順わず。」薬山、斎の時、自ら鼓を打つ。高沙弥、鉢を捧げて舞を作りて堂に入る。薬山便ち鼓槌を擲下して言う―「是れ第幾和ぞ。」高が言う―「第二和。」言う―「いかなるか是れ第一和。」高、桶内に就きて一杓の飯を舀い、便ち出去す。

鄂州百顏明哲禪師。洞山與密師伯到參。師問曰。闍梨近離什麼處。洞山曰。近離湖南。師曰。觀察使姓什麼。曰不得姓。師曰。名什麼。曰不得名。師曰。還治事也無。曰自有郎幕在。師曰。豈不出入。洞山便拂袖去。師明日入僧堂曰。昨日對二闍梨一轉語不稔。今請二闍梨道。若道得老僧便開粥飯相伴過夏。速道速道。洞山曰。太尊貴生。師乃開粥共過一夏。

鄂州百顔明哲禅師。洞山、密師伯と到り参ず。師が問う―「闍梨、近く何の処を離る。」洞山が言う―「近く湖南を離れたり。」師が言う―「観察使、姓は何ぞ。」言う―「姓を得ず。」師が言う―「名は何ぞ。」言う―「名を得ず。」師が言う―「還って事を治めるや無きや。」言う―「自ら郎幕有る在り。」師が言う―「あに出入せざらんや。」洞山便ち袖を拂いて去る。師、明日、僧堂に入りて言う―「昨日、二闍梨に対する一転の語、稔れず。今、二闍梨に請うて道わん。もし道得せば、老僧便ち粥飯を開き、相伴いて夏を過さん。速やかに道え速やかに道え。」洞山が言う―「太だ尊貴なり生。」師乃ち粥を開き、共に一夏を過す。

潭州長髭曠禪師法嗣

潭州長髭曠禅師の法嗣

潭州石室善道和尚。嗣攸縣長髭曠禪師。作沙彌時長髭遣令受戒。謂之曰。汝迴日須到石頭禮拜。師受戒後迴參石頭。一日隨石頭遊山次。石頭曰。汝與我斫卻面前頭樹子礙我。師曰。不將刀來。石頭乃抽刀倒與師。師雲。不過那頭來。石頭曰。爾用那頭作什麼。師即大悟便歸。長髭問。汝到石頭否。師曰。到即到不通號。長髭曰。從誰受戒。師曰。不依他。長髭曰在彼即恁麼。來我遮裡作麼生。師曰。不違背。長髭曰。太忉忉生。師曰。舌頭未曾點著在。長髭咄曰。沙彌出去。師便出。長髭曰。爭得不遇於人。師尋值沙汰。乃作行者居於石室。每見僧便豎起杖子云。三世諸佛盡由遮箇。對者少得冥契。長沙聞之乃雲。我若見即令放下杖子。別通箇消息。三聖將此語到石室祇對。被師認破是長沙語。杏山聞三聖失機。又親到石室。師見杏山僧眾相隨。潛往碓米。杏山曰。行者不易貧道難消。師曰。無心椀子盛將來。無縫合盤合取去。說什麼難消。杏山便休。仰山問。佛之與道相去幾何。師曰。道如展手佛似握拳。曰畢竟如何的當可信可依。師以手撥空三兩下曰。無恁麼事無恁麼事。曰還假看教否。師曰。三乘十二分教是分外之事。若與他作對。即是心境兩法能所雙行。便有種種見解。亦是狂慧未足為道。若不與他作對一事也無。所以祖師雲。本來無一物。汝不見小兒出胎時。可道我解看教不解看教。當恁麼時亦不知有佛性義無佛性義。及至長大便學種種知解。出來便道我能我解。不知是客塵煩惱。十六行中嬰兒行為最。哆哆和和時喻學道之人離分別取捨心故。讚歎嬰兒。何況喻取之。若謂嬰兒是道。今時錯會。師一夕與仰山翫月。仰山問曰。遮箇月尖時圓相什麼處去。圓時尖相又什麼處去。師曰。尖時圓相隱。圓時尖相在(雲巖雲。尖時圓相在。圓時無尖相。道吾雲。尖時亦不尖。

潭州石室善道和尚。攸県長髭曠禅師を嗣ぐ。沙弥を作る時、長髭、遣りて戒を受けしめ、彼に対して言う―「お前、回る日、須らく石頭に到りて礼拝すべし。」師、戒を受けし後、回りて石頭に参ず。一天、石頭に随いて山に游ぶ次。石頭が言う―「お前、我が為に面前頭の樹子を斫り却せ、我を碍ぐ。」師が言う―「刀を将て来らず。」石頭乃ち刀を抽きて倒れて師に与う。師が言う―「那頭に過ぎて来らず。」石頭が言う―「お前、那头を用いて作么す。」師すなはち大悟して便ち帰る。長髭が問う―「お前、石頭に到りしか。」師が言う―「到れば則ち到れども、号を通ぜず。」長髭が言う―「誰に従いて戒を受けた。」師が言う―「彼に依らず。」長髭が言う―「彼に在りてすなはち恁麼なり。我がここに来りて作麼生。」師が言う―「違背せず。」長髭が言う―「太だ忉忉なり生。」師が言う―「舌頭、曽て点着せる在らず。」長髭、咄して言う―「沙弥、出去れ。」師便ち出づ。長髭が言う―「争でか人に遇わざるを得ん。」師、尋いで沙汰に値い、乃ち行者を作りて石室に居す。毎に僧を見れば便ち杖子を竖起して言う―「三世諸仏、尽くこの箇に由る。」対する者少なからず冥契を得ず。長沙、之を聞きて乃ち言う―「我、もし見れば、すなはち杖子を放下せしめ、別に箇の消息を通ぜん。」三聖、此の語を将て石室に到りて只对せば、師に認破せられて是れ長沙の語なりと。杏山、三聖の機を失するを聞き、また親しく石室に到る。師、杏山の僧衆相い随うを見て、潜かに往きて米を碓く。杏山が言う―「行者易ならず、貧道消し難し。」師が言う―「心無き碗子に盛り将り来り、縫無き合盤に合して取り去れ、何の難消をか説く。」杏山便ち休む。仰山が問う―「仏と道と相去ること幾何。」師が言う―「道は手を展ぐるが如く、仏は拳を握るに似たり。」言う―「畢竟いかにして的当にして信ぜられ依るべき。」師、手を以て空を撥くこと三両下して言う―「恁麼の事無し恁麼の事無し。」言う―「還って教を看るを假るや否や。」師が言う―「三乗十二分教は是れ分外の事。もし彼に与えて対を作さば、すなはち是れ心境両法、能所双行にして、便ち種種の見解有り、亦た是れ狂慧にして、いまだ足らず道と為す。もし彼に与えて対を作さざれば、一事も亦た無し。然る所のゆえに祖師説く、本来一物無し。お前、見ずや小児の胎を出づる時、我が教を看るを解するを道う可し、教を看るを解せざるを道う可し。恁麼の時に当たりても亦た仏性の義有るを知らず、仏性の義無きを知らず。及び長大するに至れば、便ち種種の知解を学び、出で来れば便ち我が能く我が解すと道う、是れ客塵煩悩なるを知らず。十六行中、嬰児行を最と為す。哆哆和和の時、

圓時亦不圓)仰山辭師送出門。乃召曰。闍梨。仰山應諾。師曰。莫一向去卻迴遮邊來。僧問。師曾到五臺山否。師曰。曾到。僧曰。還見文殊麼。師曰見。僧曰。文殊向行者道什麼。師曰。文殊道闍梨父母生在村草裡。

(道吾、接続して言う)「円なる時も亦た円ならず。」)仰山、辞す、師、門を送りて出で、乃ち召して言う―「闍梨。」仰山、應諾す。師が言う―「一向に去るなかれ、却って此の辺に回り来れ。」僧が問う―「師、曽て五台山に到りしか否。」師が言う―「曽て到れり。」僧が言う―「還って文殊を見るや。」師が言う―「見り。」僧が言う―「文殊、行者に向かいて何をか道いし。」師が言う―「文殊が道う、闍梨の父母、村草裏に生じたり、と。」

潮州大顛和尚法嗣

潮州大顛和尚の法嗣

漳州三平義忠禪師福州人也。姓楊氏。初參石鞏。石鞏常張弓架箭以待學徒。師詣法席。鞏曰。看箭。師乃撥開胸雲。此是殺人箭。活人箭又作麼生。鞏乃扣弓絃三下。師便作禮。鞏雲。三十年一張弓兩隻箭。只謝得半箇聖人。遂拗折弓箭。師後舉似大顛。顛雲。既是活人箭。為什麼向弓絃上辨。師無對。顛雲。三十年後要人舉此話也難。師後參大顛。往漳州住三平山。示眾曰。今時出來盡學馳求走作。將當自己眼目有什麼。相當阿爾欲學麼不要諸餘。汝等各有本分事何不體取。作麼心憤憤口悱悱有什麼利益。分明說。若要修行路及諸聖建立化門。自有大藏教文在。若是宗門中事。汝切不得錯用心。時有僧出問。還有學路也無。師曰。有一路滑如苔。僧曰。學人躡得否。師曰。不擬心汝自看。有人問黑豆未生牙時如何。師曰。佛亦不知。講僧問。三乘十二分教某甲不疑。如何是祖師西來意。師曰。龜毛拂子兔角拄杖。大德藏向什麼處。僧曰。龜毛兔角豈是有耶。師曰。肉重千斤智無銖兩。師又示眾曰。諸人若未曾見知識即不可。若曾見作者來。便合體取些子意度。向巖谷間木食草衣。恁麼去方有少分相應。若馳求知解義句。即萬里望鄉關去也。珍重。

漳州三平義忠禅師は、福州の人、姓は楊。初め石鞏に参ず。石鞏、常に弓を張り箭を架げて以て学徒を待つ。師、法席に詣る。鞏が言う―「箭を看よ。」師乃ち胸を撥き開きて言う―「此れ是れ人を殺す箭。人を活かす箭また作麼生。」鞏乃ち弓弦を扣くこと三下。師便ち礼を作す。鞏が言う―「三十年、一張の弓、兩隻の箭、ただ半箇の聖人に謝し得るのみ。」遂に弓箭を拗折す。師、後に挙げて大顛に似す。顛が言う―「すでに是れ人を活かす箭、何の故ぞ弓弦上に向かいて辨ずる。」師は対無し。顛が言う―「三十年後、人をして此の話を挙げしめんと要するも亦た難し。」師、後に大顛に参ず。漳州に往きて三平山に住す。衆に示して言う―「今時出で来れば尽く馳求走作を学び、将て自己の眼目を当にす、何の相当か有らん。お前たち学ばんと欲するや。其の余を要せず。お前たち各々本分の事有り、何うか体取せざる。作么に心憤憤口悱悱にして、何の利益か有らん。分明に説く。もし修行の路および諸聖の建立化門を要せば、自ら大蔵教文の在る有り。もし是れ宗門中の事ならば、お前切に錯りて心を用うることを得ず。」時に僧有りて出でて問う―「還って学路有るや無きや。」師が言う―「一路有りて滑らかなること苔のごとし。」僧が言う―「学人、蹑み得るや否や。」師が言う―「心を擬せず、お前自ら看よ。」人の問う有り―「黒豆、いまだ芽を生ぜざる時いかん。」師が言う―「仏も亦た知らず。」講僧が問う―「三乗十二分教、某甲疑わず。いかなるか是れ祖師の西来意。」師が言う―「亀毛の払子、兎角の拄杖。大徳、何の処に向かいてか蔵する。」僧が言う―「亀毛兎角、あに是れ有らん耶。」師が言う―「肉重きこと千斤、智銖両無し。」師また衆に示して言う―「諸人、もしいまだ曽て知識を見ざればすなはち可ならず。もし曽て作る者を見て来らば、便ち些子の意度を体取すべし。巌谷間に向かい木食草衣し、恁麼に去れば、方に少分相応有らん。もし馳走して知解義句を求めば、すなはち万里、郷関を望んで去るなり。珍重。」

潭州大川和尚法嗣

潭州大川和尚の法嗣

僊天和尚。新羅僧到參。方展坐具擬禮拜。師捉住雲。未發本國時道取一句。其僧無語。師便推出雲。問伊一句便道兩句。又有一僧至擬禮拜。師雲。野狐鬼。見什麼了便禮拜。僧雲。老禿奴。見什麼了便恁問。師雲。苦哉苦哉。僊天今日忘前失後。僧雲。要且得時終不補失。師雲。爭不如此。僧雲誰。師雲。呵呵遠即遠矣。

仙天和尚。新羅の僧、到りて参ず。方に坐具を展げて礼拝せんと擬す。師、捉住して言う―「いまだ本国を発せざる時、一句を道取せよ。」其の僧、語無し。師便ち推し出して言う―「彼に一句を問えば便ち両句を道う。」また一僧有りて至る、礼拝せんと擬す。師が言う―「野狐鬼。何をか見了して便ち礼拝する。」僧が言う―「老秃奴。何をか見了して便ち恁麼に問う。」師が言う―「苦しいかな苦しいかな。仙天、今日、前を忘れ後を失う。」僧が言う―「要するに且く時を得れば終に補失せず。」師が言う―「争でか此のごとからざらん。」僧が言う―「誰。」師が言う―「呵呵、遠ければ則ち遠し。」

福州普光和尚。有僧立次。師以手開胸雲。還委老僧事麼。僧雲。猶有遮箇在。師卻掩胸雲。不妨太顯。僧雲。有什麼避處。師雲。的是無避處。僧雲。即今作麼生。師便打。

福州普光和尚。僧有りて立つ次。師、手を以て胸を開きて言う―「還って老僧の事を委るや。」僧が言う―「なおこの箇有る在り。」師、却って胸を掩いて言う―「太だ顯なりと妨げず。」僧が言う―「何の避くる処か有らん。」師が言う―「的に是れ避くる処無し。」僧が言う―「即今作麼生。」師便ち打つ。

景徳傳燈錄 巻第十四

景徳傳燈錄 巻第十五

吉州青原山行思禪師法嗣

吉州青原山行思禅師の法嗣

第四世一十七人澧州龍潭崇信禪師法嗣二人朗州德山宣鑒禪師

第四世一十七人。澧州龍潭崇信禅師の法嗣二人、朗州徳山宣鑑禅師

洪山泐潭寶峰和尚(已上二人見錄)

洪山泐潭宝峰和尚(以上二人は見録)

吉州性空禪師法嗣二人歙州茂源和尚

吉州性空禅師の法嗣二人 歙州茂源和尚

棗山光仁禪師(已上二人見錄)

棗山光仁禅師(以上二人は見録)

京兆翠微無學禪師法嗣五人鄂州清平山令遵禪師

京兆翠微無学禅師の法嗣五人、鄂州清平山令遵禅師

舒州投子山大同禪師

舒州投子山大同禅師

湖州道場山如訥禪師

湖州道場山如訥禅師

建州白雲約禪師(已上四人見錄)

建州白雲約禅師(以上四人は見録)

伏牛山元通禪師(一人無機緣語句不錄)

伏牛山元通禅師(一人は機縁の語句なし、録せず)

潭州道吾山圓智禪師法嗣三人潭州石霜山慶諸禪師

潭州道吾山円智禅師の法嗣三人、潭州石霜山慶諸禅師

潭州漸源仲興禪師

潭州漸源仲興禅師

祿清和尚(已上三人見錄)

禄清和尚(以上三人は見録)

潭州雲巖曇晟禪師法嗣四人筠州洞山良价禪師

潭州雲巌曇晟禅師の法嗣四人、筠州洞山良价禅師

涿州杏山鑒洪禪師

涿州杏山鑑洪禅師

潭州神山僧密禪師

潭州神山僧密禅師

幽谿和尚(已上四人見錄)

幽谿和尚(以上四人は見録)

華亭船子德誠禪師法嗣一人澧州夾山善會禪師(一人見錄)

華亭船子徳誠禅師の法嗣一人、澧州夾山善会禅師(一人見録)

第五世上一十四人舒州投子山大同禪師法嗣一十三人第二世投子溫禪師

第五世上十四人。舒州投子山大同禅師の法嗣一十三人、第二世投子温禅師

福州牛頭微禪師

福州牛頭微禅師

西川香山澄照大師

西川香山澄照大師

陿府天福和尚

陿府天福和尚

濠州思明和尚

濠州思明和尚

鳳翔府招福和尚

鳳翔府招福和尚

興元中梁山遵古禪師

興元中梁山遵古禅師

襄州谷隱和尚

襄州穀隠和尚

安州九嵕山和尚

安州九嵕山和尚

幽州盤山第二世和尚

幽州盤山第二世和尚

九嵕山敬慧禪師

九嵕山敬慧禅師

東京觀音院巖俊禪師(已上一十二人見錄)

東京観音院巌俊禅師(以上一十二人は見録)

桂陽龍福真禪師(一人無機緣語句不錄)

桂陽龍福真禅師(一人は機縁の語句なし、録せず)

鄂州清平山令遵禪師法嗣一人蘄州三角山令珪禪師(一人見錄)

鄂州清平山令遵禅師の法嗣一人、蘄州三角山令珪禅師(一人見録)

行思禪師第四世

行思禅師第四世

前澧州龍潭崇信禪師法嗣

前澧州龍潭崇信禅師の法嗣

朗州德山宣鑒禪師。劍南人也。姓周氏。丱歲出家依年受具精究律藏。於性相諸經貫通旨趣。常講金剛般若。時謂之周金剛。厥後訪尋禪宗。因謂同學曰。一毛吞海海性無虧。纖芥投鋒鋒利不動。學與無學唯我知焉。因造龍潭信禪師。問答皆一語而已(前章出之)師即時辭去。龍潭留之。一夕於室外默坐。龍問。何不歸來。師對曰黑。龍乃點燭與師。師擬接。龍便吹滅。師乃禮拜。龍曰。見什麼。曰從今向去不疑天下老和尚舌頭也。至明日便發。龍潭謂諸徒曰。可中有一箇漢。牙如劍樹口似血盆。一棒打不迴頭。他時向孤峰頂上立吾道在。師抵於溈山。從法堂西過東迴視方丈。溈山無語。師曰。無也無也。便出至僧堂前乃曰。然雖如此不得草草。遂具威儀上再參。才跨門提起坐具喚曰。和尚。溈山擬取拂子。師喝之揚袂而出。溈山晚間問大眾。今日新到僧何在。對曰。那僧見和尚了更不顧僧堂便去也。溈山問眾。還識遮阿師也無。眾曰。不識溈曰。是伊將來有把茅蓋頭。罵佛罵祖去在。師住澧陽三十年。屬唐武宗廢教。避難於獨浮山之石室。大中初武陵太守薛廷望再崇德山精舍。號古德禪院(相國裴休題額見存)將訪求哲匠住持。聆師道行屢請不下山。廷望乃設詭計。遣吏以茶鹽誣之言犯禁法。取師入州瞻禮。堅請居之。大闡宗風(總印禪師開山創院鑒即第二世住也)師上堂謂眾曰。於己無事則勿妄求。妄求而得亦非得也。汝但無事於心無心於事。則虛而靈空而妙。若毛端許言之本末者皆為自欺。毫氂繫念三塗業因。瞥爾生情萬劫羇鎖。聖名凡號盡是虛聲。殊相劣形皆為幻色。汝欲求之得無累乎。及其厭之又成大患。終而無益。師上堂曰。今夜不得問話。問話者三十拄杖。時有僧出方禮拜。師乃打之。僧曰。某甲話也未問。和尚因什麼打某甲。師曰。汝是什麼處人。曰新羅人。師曰。

朗州徳山宣鑑禅師は、剣南の人、姓は周。丱歳に出家し、年に依りて具を受け、律蔵を精究す。性相の諸経に於て旨趣を貫通す。常に『金剛般若』を講じ、時に之を周金剛と謂う。其の後、禅宗を訪尋し、因りて同学に対して言う―「一毛、海を呑みて海性損なわれず。繊芥、鋒に投ぜられて鋒利動かず。学与無学、唯だ我之を知る。」因りて龍潭信禅師に造る、問答皆ただ一語のみ。(前の章に之を出す。)師、即時に辞して去らんとす。龍潭、之を留む。一夕、室外に於て黙坐す。龍が問う―「何うか帰らざる。」師、対して言う―「黒し。」龍乃ち燭を点じて師に与う。師、接せんと擬す、龍便ち吹いて滅す。師乃ち礼拝す。龍が言う―「何をか見た。」言う―「今より向かい去りて、天下の老和尚の舌頭を疑わざらん。」明日に至りて便ち発つ。龍潭、諸の徒に対して言う―「可中に一箇の漢有り、牙は剣樹の如く、口は血盆に似たり。一棒打つも頭を回さず。他時、孤峰頂上に向かいて吾が道を立てる在り。」師、潙山に抵り、法堂の西より東に過ぎ、方丈を回視す。潙山、語無し。師が言う―「無し無し。」便ち出づ。僧堂前に至りて乃ち言う―「然れども此のごとしといえども、草草なることを得ず。」遂に威儀を具えて上りて再び参ず。纔かに門を跨ぎて坐具を提起し、喚びて言う―「和尚。」潙山、払子を取らんと擬す。師、之を喝し、袂を揚げて出づ。潙山、晩間、大衆に問う―「今日の新到の僧、何にか在る。」対して言う―「那の僧、和尚に見え已り、更に僧堂を顧みず、便ち去れり。」潙山、衆に問う―「還ってこの阿師を識るや無きや。」衆が言う―「識らず。」潙が言う―「是れ伊、将来、茅を把りて頭を蓋い、仏を罵り祖を罵りて去る在り。」師、澧陽に住すること三十年。唐武宗の教を廃するに属し、独浮山の石室に難を避く。大中初、武陵太守薛廷望、再び徳山精舎を崇め、古徳禅院と号す(相国裴休の題額、現に存す)、将に哲匠を訪求して住持せしめんとす。師の道行を聆き、屡ば請うも山を下らず。廷望乃ち詭計を設け、吏を遣りて茶塩を以て之を誣え、禁法を犯すと言い、師を取りて州に入れて瞻礼し、堅く請うて之に居らしめ、大いに宗風を闡く。(総印禅師、山を開き院を創る、鑑すなはち第二世住なり。)師、上堂して衆に対して言う―「己に於て事無ければ則ち妄求するなかれ。妄求して得れば、亦た得に非ざるなり。お前、ただ心に於て事無く、事に於て心無ければ、則ち虚にして霊なり、空にして妙なり。もし毛端許りに言の本末を言えば、皆自ら欺くと為る。毫厘の繋念、三塗の業因。瞥爾として情を生ずれば、万劫の羈鎖。聖名凡号、尽く是れ虚声。殊相劣形、皆是れ幻色。お前、之を求めんと欲せば、累うこと無きを得る乎。及び之を厭うに及びて、また大患と成る。終に益無し。」師、上堂して言う―「今夜、話を問うことを得ず。話を問う者は三十拄杖。」時に僧有りて出でて方に礼拝す、師乃ち之を打つ。僧が言う―「某甲、話もいまだ問わず、和尚、何に因りて某甲を打つ。」師が言う―「お前は是れ何の処の人ぞ。」言う―「新羅の人。」師が言う―

汝未跨船舷時便好與三十拄杖(法眼雲。大小德山語作兩橛。玄覺雲。叢林中喚作隔下語且從。只如德山道問話者三十拄杖意作麼生)有僧到參。師問維那。今日幾人新到。對曰。八人。師曰。將來一時生案著。龍牙問。學人仗鏌鎁劍擬取師頭時如何。師引頸(法眼別雲。汝向什麼處下手)龍牙曰。頭落也。師微笑。龍牙後到洞山舉前語。洞山曰。德山道什麼。雲德山無語。洞山曰。莫道無語。且將德山落底頭呈似老僧。龍牙省過懺謝。有人舉似師。師曰。洞山老人。不識好惡。遮箇漢死來多少時。救得有什麼用處。僧問。如何是菩薩。師打曰。出去莫向遮裡屙。僧問。如何是佛。師曰。佛即是西天老比丘。雪峰問。從上宗風以何法示人。師曰。我宗無語句。實無一法與人。巖頭聞之曰。德山老人一條脊梁骨硬似鐵拗不折。然雖如此於唱教門中猶較些子(保福拈問招慶。只如巖頭出世有何言教過。於德山便恁麼道。慶雲。汝不見巖頭道。如人學射久久方中。福雲。中時如何。慶雲。展闍黎莫不識痛癢。福雲。和尚今日非唯舉話。慶雲。展闍黎是什麼心行。明昭雲。大小招慶錯下名言)師尋常遇僧到參。多以拄杖打。臨濟聞之遣侍者來參。教令德山若打汝但接取拄杖當胸一拄。侍者到方禮拜。師乃打。侍者接得拄杖與一拄。師歸方丈。侍者迴舉似臨濟。濟雲。後來疑遮箇漢(巖頭雲。德山老人尋常只據目前一箇杖子。佛來亦打祖來亦打。爭奈較些子。東禪齊雲。只如臨濟道我從前疑遮漢。是肯底語不肯語。為當別有道理。試斷看)師上堂曰。問即有過不問又乖。有僧出禮拜。師便打。僧曰。某甲始禮拜。為什麼便打。師曰。待汝開口堪作什麼。師令侍者喚義存(即雪峰也)存上來。師曰。我自喚義存。汝又來作什麼。存無對。師見僧來乃閉門。其僧敲門。師曰。阿誰。曰師子兒。師乃開門。僧禮拜。

(師、接続して言う)「お前、いまだ船舷を跨がざる時、便ち三十拄杖を与うるに好し。」(法眼が言う―「大小の徳山、語、兩橛を作す。」玄覚が言う―「叢林中、隔下の語と喚ぶ、且く従う。ただかくのごとき徳山の道う、話を問う者三十拄杖とは、意、作麼生。」)僧有りて到り参ず。師、維那に問う―「今日、幾人新到せる。」対して言う―「八人。」師が言う―「将り来りて一時に案を生じて著け。」龍牙が問う―「学人、鏌鋣の剣を仗りて師の頭を取らんと擬する時いかん。」師、頸を引く。(法眼、別に言う―「お前、何の処に向かいてか手を下さん。」)龍牙が言う―「頭落ちたり。」師、微笑す。龍牙、後に洞山に到りて前の語を挙ぐ。洞山が言う―「徳山、何をか道いし。」言う―「徳山、語無し。」洞山が言う―「語無しと道うなかれ。且く徳山の落ちたる底の頭を将て老僧に呈似せよ。」龍牙、過を省りて懴悔す。人有りて挙げて師に似す。師が言う―「洞山の老人、好悪を識らず。この漢の死してより来ること多少の時ぞ、救い得て何の用処か有らん。」僧が問う―「いかなるか菩薩。」師、打ちて言う―「出去れ、此裏に向かいて屙るなかれ。」僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「仏はすなはち西天の老比丘。」雪峰が問う―「上よりの宗風、何の法を以て人に示す。」師が言う―「我が宗に語句無し、実に人に与うる一法無し。」巌頭、聞きて言う―「徳山の老人、一条の脊梁骨、硬きこと鉄に似て拗ねて折れず。然れども是のごとしといえども、教門を唱うる中に於てなお些子に較ぶ。」(保福、拈じて招慶に問う―「ただかくのごとき巌頭の世に出づるに何の言教か過ちて、徳山に於て便ち恁麼に道う。」慶が言う―「お前、巌頭の道うを見ずや、人の射を学ぶに久しくして方に中るが如し、と。」福が言う―「中る時いかん。」慶が言う―「展闍梨、あながち痛痒を識らざるか。」福が言う―「和尚、今日、唯だ話を挙げるに非ず。」慶が言う―「展闍梨は是れ何の心行ぞ。」明昭が言う―「大小の招慶、名言を錯り下せり。」)師、尋常、僧の到り参ずるに遇えば、多く拄杖を以て打つ。臨済、之を聞き、侍者を遣りて来り参ぜしめ、教令す、徳山もしお前を打たば、ただ拄杖を接取して胸に当たりて一拄せよ、と。侍者、到りて方に礼拝す、師乃ち打つ。侍者、拄杖を接得して与えて一拄す。師、方丈に帰る。侍者、回りて挙げて臨済に似す。済が言う―「後来、この漢を疑えり。」(巌頭が言う―「徳山の老人、尋常ただ目前の一箇の杖子に拠り、仏来るも亦た打ち、祖来るも亦た打つ。争でか些子に較ぶを奈んせん。」東禅斉が言う―「ただかくのごとき臨済の道う、我、従前この漢を疑えりとは、是れ肯底の語か、肯ぜざる語か。為当に別に道理有るか。試みに断じて看よ。」)師、上堂して言う―「問えばすなはち過有り、問わずばまた乖る。」僧有りて出でて礼拝す。師便ち打つ。僧が言う―「某甲、始めて礼拝せしに、何の故ぞ便ち打つ。」師が言う―「お前の口を開くを待てば、堪えて作么せん。」師、侍者をして義存を喚ばしむ(すなはち雪峰なり)。存、上来す。師が言う―「我、自ら義存を喚べるに、お前また来りて作么す。」存は対無し。師、僧の来るを見て乃ち門を閉ぢる。其の僧、門を敲く。師が言う―「阿誰。」言う―「師子児。」師乃ち門を開く。僧、礼拝す。

師便騎項曰。遮畜生什麼處去來。雪峰問。古人斬貓兒意如何。師乃打趁。卻喚師。會麼。峰曰。不會。師曰。我恁麼老婆也不會。僧問。凡聖相去多少。師便喝。師因疾有僧問。還有不病者無。師曰有。曰如何是不病者。師曰。阿邪阿邪。師復告諸徒曰。捫空追響。勞汝心神。夢覺覺非竟有何事。言訖安坐而化。即唐咸通六年乙酉十二月三日也。壽八十六。臘六十五。勅諡見性大師。

師便ち項に騎りて言う―「この畜生、何の処に去りてか来る。」雪峰が問う―「古人の猫児を斬りし意如何。」師乃ち打趁して、却って喚びて言う―「会すや。」峰が言う―「会せず。」師が言う―「我、恁麼の老婆も会せざるなり。」僧が問う―「凡聖、相去ること多少。」師便ち喝す。師、疾に因りて、僧有りて問う―「還って病まざる者有るや無きや。」師が言う―「有り。」言う―「いかなるか病まざる者。」師が言う―「阿邪阿邪。」師、復た諸の徒に告げて言う―「空を捫り响を追う、お前の心神を労す。夢覚ゆれば覚に非ず、竟に何の事か有らん。」言い訖りて安坐して化す。すなはち唐咸通六年乙酉十二月三日なり。寿八十六、臘六十五。勅して見性大師と諡す。

洪州泐潭寶峰和尚。有僧新到。師謂曰。其中事即易道。不落其中事始終難道。僧曰。某甲在途時便知有此一問。師曰。更與二十年行腳也不較多。曰莫不契和尚意麼。師曰。苦瓜那堪待客。師問僧。古人有一路接後進初心。汝還知否。曰請師指出古人一路。師曰。恁麼即闍梨知了也。曰頭上更安頭。師曰。寶峰不合問仁者。曰問又何妨。師曰。遮裡不曾有人亂說道理出去。

洪州泐潭宝峰和尚。僧有りて新たに到る。師、彼に対して言う―「其の中の事はすなはち道い易し。其の中の事に落ちずば、始終道い難し。」僧が言う―「某甲、途に在る時、便ち此の一問の有るを知れり。」師が言う―「更に二十年行脚するも不較多なり。」言う―「あながち和尚の意に契わざるか。」師が言う―「苦瓜、あに客を待つに堪えん。」師が僧に問う―「古人に一路有りて後進初心に接す。お前、還って知るや否や。」言う―「師に請うて古人の一路を指出せんことを。」師が言う―「恁麼なればすなはち闍梨、知了れり。」言う―「頭上更に頭を安ず。」師が言う―「宝峰、仁者に問うに合せず。」言う―「問うはまた何の妨げか有らん。」師が言う―「ここには曽て人の乱れて道理を説く無し。出去れ。」

前吉州性空禪師法嗣

前吉州性空禅師の法嗣

歙州茂源和尚。平田來參。師欲起身。平田乃把住曰。開口即失閉口即喪。去卻恁麼時請師道。師以手掩耳而已。平田放手曰。一步易兩步難。師曰。有什麼死急。平田曰。若非此箇師不免諸方點檢。

歙州茂源和尚。平田、来り参ず。師、身を起さんと欲す。平田乃ち把住して言う―「口を開けばすなはち失し、口を閉ぢればすなはち喪す。恁麼の時を去却して師に道うことを請う。」師、手を以て耳を掩うのみ。平田、手を放して言う―「一歩は易く、兩歩は難し。」師が言う―「何の死急か有る。」平田が言う―「此の箇に非ざれば、師、諸方の点検を免れず。」

棗山光仁禪師上堂次大眾集。師從方丈出未至禪床。謂眾曰。不負平生行腳眼目。致箇問訊將來還有麼。方乃升堂坐時。有僧出禮拜。師曰。不負我且從大眾何也。便歸方丈。翌日有別僧請辨前語意旨如何。師曰。齋時有飯與汝吃。夜後有床與汝眠。一向煎迫我作什麼。僧禮拜。師曰。苦苦。僧曰。請師直指。師乃垂足曰。舒縮一任老僧。

棗山光仁禅師、上堂の次、大衆集まる。師、方丈より出でて、いまだ禅床に至らず、衆に対して言う―「平生の行脚の眼目を負かざれば、箇の問訊を致し将り来れ、還って有るや。」方に乃ち堂に升りて坐す。時に僧有りて出でて礼拝す。師が言う―「我を負かざれば且く従う、大衆は何ぞや。」便ち方丈に帰る。翌日、別の僧有りて請う、前の語の意旨いかにと辨ぜん。師が言う―「斎の時に飯有りてお前に吃せしめ、夜後に床有りてお前に眠らしむ。一向に我を煎迫して作么す。」僧、礼拝す。師が言う―「苦、苦。」僧が言う―「師に直指を請う。」師乃ち足を垂れて言う―「舒縮、一任老僧。」

前京兆翠微無學禪師法嗣

前京兆翠微無学禅師の法嗣

鄂州清平山令遵禪師東平人也。姓王氏。少依本州北菩提寺。唐咸通六年落髮。後詣滑州開元寺受具攻律學。一旦謂同流曰。夫沙門應決徹死生玄通佛理。若乃孜孜卷軸役役拘文。悉數海沙徒勞片心。遂罷所業遠參禪會。至江陵白馬寺。堂中遇一老宿名曰慧勤。師親近詢請勤曰。吾久侍丹霞。今既垂老倦於提誘。汝可往謁翠微。彼即吾同參也。師禮辭而去。造於翠微之堂。問如何是西來的的意。翠微曰。待無人即向汝說。師良久曰。無人也請師說。翠微下禪床引師入竹園。師又曰。無人也請和尚說。翠微指竹曰。遮竿得恁麼長。那竿得恁麼短。師雖領其微言猶未徹其玄旨。文德元年抵上蔡。會州將重法創大通禪苑。請闡宗要。師自舉初見翠微語句。謂眾曰。先師入泥入水為我。自是我不識好惡。師自此化導將十稔。至光化中領徒百餘遊鄂州。從節度使杜洪請居清平山安樂院。上堂曰。諸上坐。夫出家人須會佛意始得。若會佛意不在僧俗男女貴賤。但隨家豐儉安樂便得。諸上坐。盡是久處叢林遍參尊宿。且作麼生會佛意。試出來大家商量。莫空氣高。至後一事無成一生空度。若未會佛意。直饒頭上出水足下出火燒身鍊臂。聰慧多辯聚徒一千二千。說法如雲如雨。講得天華亂墜。只成箇邪說爭競是非。去佛法大遠在。諸人幸值色身安健不值諸難。何妨近前。著些工夫體取佛意好。時有僧問。如何是大乘。師曰。麻索曰如何是小乘。師曰。錢貫。問如何是清平家風。師曰。一斗麫作三箇蒸餅。問如何是禪。師曰。胡孫上樹尾連顛。問如何是有漏。師曰。笊籬。曰如何是無漏。師曰。木杓。問覿面相呈時如何。師曰。分付與典坐。自餘逗機方便靡徇時情。逆順卷舒語超格量。天祐十六年正月二十五日午時歸寂。壽七十有五。周顯德六年勅諡法喜禪師。塔曰善應。

鄂州清平山令遵禅師は、東平の人、姓は王。少くして本州北菩提寺に依る。唐咸通六年に落髪す。後に滑州開元寺に詣りて具を受け、律学を攻む。一旦、同流に対して言う―「それ沙門は応に死生を決徹し、仏理に玄通すべし。もし乃ち孜孜として巻軸に就き、役役として文に拘われば、海沙を数えるも徒らに片心を労せんのみ。」遂に業む所を罷め、遠く禅会に参ず。江陵白馬寺に至り、堂中に一老宿に遇う、名を慧勤と曰う。師、親近して諮請す。勤が言う―「吾、久しく丹霞に侍せり。今すでに垂れ老い、提誘に倦む。お前、翠微に往きて謁すべし。彼はすなはち吾が同参なり。」師、礼辞して去り、翠微の堂に造る。問う―「いかなるか西来の的的の意。」翠微が言う―「人無きを待てばすなはちお前に説かん。」師、良久して言う―「人無きなり、師に説を請う。」翠微、禅床を下り、師を引きて竹園に入る。師また言う―「人無きなり、和尚に説を請う。」翠微、竹を指して言う―「この竿、得ること恁麼に長し、那の竿、得ること恁麼に短し。」師、その微言を領すといえども、なおいまだ其の玄旨を徹せず。文徳元年、上蔡に抵る。州将重法に会い、大通禅苑を創り、宗要を闡かんを請う。師、自ら初めて翠微を見し語句を挙げて、衆に対して言う―「先師、泥に入り水に入りて我が為にす。自是より我、好悪を識らざりき。」師、此より化導すること将に十稔ならんとす。光化中に至り、徒百余を領して鄂州に游び、節度使杜洪の請に従い、清平山安楽院に居す。上堂して言う―「諸の上座。それ出家の人は須らく仏意を会することを始めて得。もし仏意を会せば、僧俗男女貴賤に在らず、ただ家の豊儉に随いて安楽すれば便ち得。諸の上座、尽く是れ久しく叢林に処り、遍く尊宿に参ず、且く作麼生か仏意を会せん。試みに出で来りて大家商量せん。気高きに空しくするなかれ。後に至りて一事成ぜず、一生空しく度る。もしいまだ仏意を会せざれば、直に饒くとも頭上に水を出だし、足下に火を出だし、身を焼き臂を煉り、聡慧にして弁多く、徒を聚むること一千二千、法を説くこと雲の如く雨の如く、講じて天花乱れ墜ちるも、ただ箇の邪説を成じ、是非を争競す、仏法を去ること大いに遠き在り。諸人、幸いに色身安健に値い、諸の難に値わず。何ぞ妨げん、近づき前にて些かの工夫を着けて仏意を体取するを好しとせん。」時に僧有りて問う―「いかなるか大乗。」師が言う―「麻索。」言う―「いかなるか小乗。」師が言う―「銭貫。」問う―「いかなるか清平の家風。」師が言う―「一斗の面、三箇の蒸餅を作る。」問う―「いかなるか禅。」師が言う―「猢猻、樹に上りて尾連なること顛のごとし。」問う―「いかなるか有漏。」師が言う―「笊籬。」言う―「いかなるか無漏。」師が言う―「木杓。」問う―「覿面相呈の時いかん。」師が言う―「典座に分付与う。」其の余の機を逗ずる方便、時情に徇わず、逆順巻舒、語、格量を超えり。天祐十六年正月二十五日午時、寂に帰す。寿七十有五。周顕徳六年、勅して法喜禅師と諡し、塔を善応と曰す。

舒州投子山大同禪師本州懷寧人也。姓劉氏。幼歲依洛下保唐滿禪師出家。初習安般觀。次閱華嚴教發明性海。復謁翠微山法席頓悟宗旨(語見翠微章)由是放任周遊歸旋故土。隱投子山結茆而居。一日趙州諗和尚至桐城縣。師亦出山途中相遇未相識。趙州潛問俗士知是投子。乃逆而問曰。莫是投子山主麼。師曰。茶鹽錢乞一箇。趙州即先到庵中坐。師後攜一缾油歸庵。趙州曰。久嚮投子。到來只見箇賣油翁。師曰。汝只見賣油翁且不識投子。曰如何是投子。師曰。油油。趙州問。死中得活時如何。師曰。不許夜行投明須到。趙州曰。我早侯白伊更侯黑(同諗二師互相問醻廣如本集。其辭句簡健意趣玄險。諸方謂趙州投子得逸群之用)自爾師道聞天下。雲水之侶競奔湊焉。師謂眾曰。汝諸人來遮裡。擬覓新鮮語句。攢華四六。口裡貴有可道。我老人氣力稍劣唇舌遲鈍。汝若問我。我便隨汝答。對也無玄妙可及於汝。亦不教汝垛根。終不說向上向下。有佛有法有凡有聖亦不存。坐繫縛汝諸人。變現千般。總是汝生解自擔帶將來自作自受。遮裡無可與汝。不敢誑嚇汝。無表無裡可得說似。汝諸人還知麼。時有僧問。表裡不收時如何。師曰。汝擬向遮裡垛根。僧問。大藏教中還有奇特事也無。師曰。演出大藏教。問如何是眼未開時事。師曰目淨脩廣如青蓮。問一切諸佛及諸佛法皆從此經出。如何是此經。師曰。以是名字汝當奉持。問枯木中還有龍吟也無。師曰。我道髑髏裡有師子吼。問一法普潤一切群生。如何是一法。師曰。雨下也。問一塵含法界時如何。師曰。早是數塵也。問金鎖未開時如何。師曰。開也。問學人慾修行時如何。師曰。虛空不曾爛壞。雪峰侍立。師指庵前一塊石曰。三世諸佛總在裡許。雪峰曰。須知有不在裡許者。師乃歸庵中坐。一日雪峰隨師訪龍眠庵主。雪峰問。龍眠路向什麼處去。

舒州投子山大同禅師は、本州懐寧の人、姓は劉。幼歳に洛下保唐満禅師に依りて出家す。初め安般観を習い、次いで『華厳』の教を閲し、性海を発明す。復た翠微山の法席に謁して、宗旨を頓悟す。(語は翠微の章に見る。)是に由りて放任周游し、帰りて故土に旋り、投子山に隠れ、茆を結びて居る。一天、趙州諗和尚、桐城県に至る。師も亦た山を出づ、途中に於て相遇い、いまだ相識らず。趙州、潜かに俗士に問いて是れ投子なるを知り、乃ち逆いて問う―「あながち是れ投子の山主か。」師が言う―「茶塩銭を一箇乞わん。」趙州すなはち先に庵中に到りて坐す。師、後に一瓶の油を携えて庵に帰る。趙州が言う―「久しく投子に向かう、到り来ればただ箇の油を売る翁を見るのみ。」師が言う―「お前、ただ油を売る翁を見るのみ、且く投子を識らず。」言う―「いかなるか是れ投子。」師が言う―「油、油。」趙州が問う―「死中に活を得る時いかん。」師が言う―「夜行を許さず、明に投げて須らく到るべし。」趙州が言う―「我、早く白を侯く、他、更に黒を侯く。」(同、諗の二師、互相いに問酬す、広く本集のごとし。その辞句簡健にして意趣玄険なり。諸方、趙州、投子、逸群の用を得たりと謂う。)爾より師道、天下に聞え、雲水の侶、競って奔凑す。師、衆に対して言う―「お前たち諸人、ここに来りて新鮮の語句を覓めんと擬し、花を攢えて四六と為す、口裏、可に道うべきを貴ぶ。我が老人、気力稍や劣り、唇舌鈍く頓り。お前もし我に問わば、我便ちお前に随いて答えん。対するも玄妙のお前に及ぶべき無く、亦たお前を教えて根を垛ぜしめず。終に向上向下を説かず。仏有法有り、凡有聖有り、亦た存せず。坐してお前たち諸人を繋縛す。変現千般、総ぼて是れお前の解を生ず、自ら担帯して将り来り、自作自受なり。ここに与うべき無し、お前を誑吓せず。表無く裏無くして說似し得る可し。お前たち諸人、還って知るや。」時に僧有りて問う―「表裏収めざる時いかん。」師が言う―「お前、ここに向かいて根を垛せんと擬す。」僧が問う―「大蔵教中、還って奇特の事有るや無きや。」師が言う―「大蔵教を演出す。」問う―「いかなるか眼いまだ開けざる時の事。」師が言う―「目、浄修広きこと青蓮のごとし。」問う―「一切の諸仏および諸の仏法、皆此の経より出づ。いかなるか是れ此の経。」師が言う―「是の名字を以て、お前、当に奉持すべし。」問う―「枯木中、還って龍吟有るや無きや。」師が言う―「我、髑髏裏に師子吼有ると道う。」問う―「一法、普く一切群生を潤す。いかなるか是れ一法。」師が言う―「雨下るなり。」問う―「一塵、法界を含む時いかん。」師が言う―「早く是れ数塵なり。」問う―「金鎖いまだ開けざる時いかん。」師が言う―「開けり。」問う―「学人、修行せんと欲する時いかん。」師が言う―「虚空、曽て爛壊せず。」雪峰、侍立す。師、庵前の一塊の石を指して言う―「三世諸仏、総ぼて裏許に在り。」雪峰が言う―「須らく裏許に在らざる者有るを知るべし。」師乃ち庵中に帰りて坐す。一天、雪峰、師に随いて龍眠庵主を訪う。雪峰が問う―「龍眠の路、何の処に向かいてか去る。」

師以拄杖指前面。雪峰曰。東邊去西邊去。師曰。漆桶。雪峰異日又問。一槌便成時如何。師曰。不是性𭝱(蘇到切)漢。雪峰曰。不假一槌時如何。師曰。漆桶。師一日庵中坐。雪峰問。和尚此間還有人參否。師於床下拈钁頭拋向面前。雪峰曰。恁麼即當處掘去也。師曰。漆桶不快。雪峰辭去。師出門送驀召曰。道者。雪峰迴首應諾。師曰。途中善為僧。問故歲已去新歲到來。還有不涉此二途者無。師曰有。僧曰。如何是不涉者。師曰。元正啟祚萬物惟新。問依俙似半月仿象。若三星乾坤收不得。師向何處明。師曰。道什麼。僧曰。想師。只有湛水之波。且無滔天之浪。師曰。閑言語。問類中來時如何。師曰。人類中來馬類中來。問佛佛授手祖祖相傳。傳箇什麼法。師曰。老僧不解謾語。問如何是出門不見佛。師曰。無所覩。曰如何是入室別爺孃。師曰無所生。問如何是火焰裡藏身。師曰。有什麼掩處。曰如何是炭堆裡藏身。師曰。我道汝黑似漆問的的不明時如何。師曰。明也。問如何是末後一句。師曰。最初明不得。問從苗辨地因語識人。未審將何辨識。師曰。引不著。問院裡三百人。還有不在數者無。師曰。一百年前五十年後看取。師問僧。久嚮疎山薑頭莫便是否。無對(法眼代雲。嚮重和尚日久)僧問。抱璞投師請師雕琢。師曰。不為棟梁材。曰恁麼即卞和無出身處也。師曰。擔帶即伶俜辛苦。曰。不擔帶時如何。師曰。不教汝抱璞投師更請雕琢。問那吒太子析骨還父析肉還母。如何是那吒本來身。師放下手中杖子。問佛法二字如何辨得清濁。師曰。佛法清濁。曰學人不會。師曰。汝適來問什麼。問一等是水為什海鹹河淡。師曰。天上星地下木(法眼別雲。大似相違)問如何是祖師意。師曰。彌勒覓箇受記處不得。問和尚住此來有何境界。師曰。丱角女子白頭絲。問如何是無情說法。師曰惡。

師、拄杖を以て前面を指す。雪峰が言う―「東辺に去るか、西辺に去るか。」師が言う―「漆桶。」雪峰、異日また問う―「一槌便ち成る時いかん。」師が言う―「是れ性燥の漢にあらず。」(底本「𭝱」、注「蘇到切」、すなはち「燥」。)雪峰が言う―「一槌を假らざる時いかん。」師が言う―「漆桶。」師、一天、庵中に坐す。雪峰が問う―「和尚、此間に還って人参する者有るや否や。」師、床下より镢頭を拈じて面前に抛げ向す。雪峰が言う―「恁麼なればすなはち当処に掘りて去るなり。」師が言う―「漆桶、快ならず。」雪峰、辞して去る。師、門を出でて送り、蓦に召して言う―「道者。」雪峰、首を回らして應諾す。師が言う―「途中、善く為れ。」僧が問う―「故歳すでに去り、新歳到来す、還って此の二途に渉らざる者有るや無きや。」師が言う―「有り。」僧が言う―「いかなるか渉らざる者。」師が言う―「元正、祚を啓き、万物、惟れ新なり。」問う―「依稀として半月に似て、彷象として三星のごとし。乾坤、収め得ず、師、何の処に向かいてか明らめん。」師が言う―「何をか道う。」僧が言う―「想うに師、ただ湛水の波有るのみ、且く滔天の浪無し。」師が言う―「閑言語。」問う―「類中より来る時いかん。」師が言う―「人類中より来り、馬類中より来り。」問う―「仏々手を授け、祖祖相い伝う、箇の何の法をか伝う。」師が言う―「老僧、謾語を解せず。」問う―「いかなるか門を出でて仏を見ざる。」師が言う―「睹る所無し。」言う―「いかなるか室に入りて爺娘に別る。」師が言う―「生ずる所無し。」問う―「いかなるか火焰裏に身を蔵する。」師が言う―「何の掩う処か有らん。」言う―「いかなるか炭堆裏に身を蔵する。」師が言う―「我、お前の黒きこと漆に似たるを道う。」問う―「的に明らかならざる時いかん。」師が言う―「明らかなり。」問う―「いかなるか末後の一句。」師が言う―「最初、明るることを得ず。」問う―「苗より地を辨じ、語に因りて人を識る。いまだ審らかならず、何を将てか辨識する。」師が言う―「引き着かず。」問う―「院裏三百人、還って数に在らざる者有るや無きや。」師が言う―「百年前、五十年後に看取せよ。」師が僧に問う―「久しく疏山姜頭に向かう、あながち便ち是か否。」対無し。(法眼、代わりて言う―「和尚に重ね向かうこと日久し。」)僧が問う―「璞を抱きて師に投ず、師に雕琢を請う。」師が言う―「棟梁の材と為らず。」言う―「恁麼なればすなはち卞和、出身の処無きなり。」師が言う―「担帯すればすなはち伶俜辛苦。」言う―「担帯せざる時いかん。」師が言う―「お前を教えて璞を抱きて師に投ぜしめず、更に雕琢を請え。」問う―「那咤太子、骨を析いて父に還し、肉を析いて母に還す。いかなるか那咤の本来の身。」師、手中の杖子を放下す。問う―「仏法の二字、いかにして清濁を辨じ得。」師が言う―「仏法清濁。」言う―「学人会せず。」師が言う―「お前、適来、何をか問うた。」問う―「一等是れ水、何の故ぞ海は鹹く河は淡き。」師が言う―「天上の星、地下の木。」(法眼、別に言う―「大いに相違に似たり。」)問う―「いかなるか祖師意。」師が言う―「弥勒、箇の受記の処を覓めて得ず。」問う―「和尚、此に住しより来るに何の境界か有る。」師が言う―「丱角の女子、白頭の絲。」問う―「いかなるか無情の説法。」師が言う―「悪。」

問如何是毘盧。師曰。已有名字。曰如何是毘盧師。師曰。未有毘盧時會取。問歷落一句請師道。師曰好。問四山相逼時如何。師曰。五蘊皆空。問一念未生時如何。師曰。真箇謾語。問凡聖相去幾何。師下禪床立。問學人一問即和尚答。忽若千問萬問時如何。師曰。如雞抱卵。問天上天下唯我獨尊。如何是我。師曰推倒遮老胡有什麼過。問如何是和尚師。師曰。迎之不見其首。隨之不見其形。問塑像未成未審身在什麼處。師曰。莫亂造作。僧曰。爭奈現不現何。師曰。隱在什麼處。問無目底人如何進步。師曰。遍十方。僧曰。無目為什麼遍十方。師曰。著得目也無。問如何是西來意。師曰。不諱。問月未圓時如何。師曰。吞卻兩三箇。僧曰。圓後如何。師曰。吐卻七八箇。問日月未明。佛與眾生在什麼處。師曰。見老僧瞋便道瞋。見老僧喜便道喜。師問僧。什麼處來。曰東西山禮祖師來。師曰。祖師不在東西山。僧無語(法眼代雲。和尚識祖師)問如何是玄中的。師曰。不到汝口裡道。問牛頭未見四祖時如何。師曰。與人為師。又問。見後如何。師曰。不與人為師。問諸佛出世唯以一大事因緣。如何是一大事因緣。師曰。尹司空為老僧開堂。問如何是佛。師曰。幻不可求問千里尋師乞師一接。師曰。今日老僧腰痛。菜頭入方丈請益。師曰。且去待無人時來為闍梨說。菜頭明日伺得無人又來請和尚說。師曰。近前來。菜頭近前。師曰。輒不得舉似於人。問併卻咽喉唇吻請師道。師曰。汝只要我道不得。問達磨未來時如何。師曰。遍天遍地。曰來後如何。師曰。蓋覆不得。問和尚未見先師時如何。師曰。通身不奈何。曰見先師後如何。師曰。通身撲不碎。曰還從師得也無。師曰。終不相孤負。曰恁麼即從師得也。師曰。自著眼趁取。曰恁麼即孤負先師也。師曰。非但孤負先師。亦乃孤負老僧。

問う―「いかなるか毘盧。」師が言う―「すでに名字有り。」言う―「いかなるか毘盧の師。」師が言う―「いまだ毘盧有らざる時に取り会え。」問う―「歴落の一句、師に道うを請う。」師が言う―「好し。」問う―「四山相い逼る時いかん。」師が言う―「五蘊皆空。」問う―「一念いまだ生ぜざる時いかん。」師が言う―「真箇の謾語。」問う―「凡聖、相去ること幾何。」師、禅床を下りて立つ。問う―「学人、一問すればすなはち和尚答う。忽ちもし千問万問の時いかん。」師が言う―「鶏の卵を抱くが如し。」問う―「天上天下、唯我独尊。いかなるか是れ我。」師が言う―「この老胡を推倒するに何の過か有らん。」問う―「いかなるか和尚の師。」師が言う―「之を迎えればその首を見ず、之に随えばその形を見ず。」問う―「像を塑ることいまだ成らず、いまだ審らかならず、身は何の処に在る。」師が言う―「乱れ造作するなかれ。」僧が言う―「現に現ぜざるを争でか奈んせん。」師が言う―「何の処にか隠る。」問う―「目無き底の人、いかにして歩を進めん。」師が言う―「十方に遍し。」僧が言う―「目無くして何の故ぞ十方に遍する。」師が言う―「目を着け得るや無きや。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「諱まず。」問う―「月いまだ円ならざる時いかん。」師が言う―「兩三箇を呑却す。」僧が言う―「円なる後いかん。」師が言う―「七八箇を吐却す。」問う―「日月いまだ明らかならず、仏と衆生と何の処に在る。」師が言う―「老僧の瞋るを見れば便ち瞋ると道い、老僧の喜ぶを見れば便ち喜ぶと道え。」師が僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「東西山に祖師を礼して来た。」師が言う―「祖師、東西山に在らず。」僧、語無し。(法眼、代わりて言う―「和尚、祖師を識る。」)問う―「いかなるか玄中の的。」師が言う―「お前の口裏に到らずして道う。」問う―「牛頭、いまだ四祖を見ざる時いかん。」師が言う―「人と師と為る。」また問う―「見し後いかん。」師が言う―「人と師と為らず。」問う―「諸仏、世に出づるは唯だ一大事因縁を以てす。いかなるか是れ一大事因縁。」師が言う―「尹司空、老僧の為に堂を開く。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「幻、求むべからず。」問う―「千里師を尋ね、師に一接を乞う。」師が言う―「今日、老僧、腰痛む。」菜頭、方丈に入りて益を請う。師が言う―「且く去れ、人無き時を待ちて闍梨の為に説かん。」菜頭、明日、人無きを伺い得て、また来りて和尚に説を請う。師が言う―「近づき前に来れ。」菜頭、近前す。師が言う―「輙ち人に挙似することを得ず。」問う―「咽喉唇吻を併却して師に道うを請う。」師が言う―「お前、ただ我の道い得ざるを要す。」問う―「達磨いまだ来らざる時いかん。」師が言う―「天に遍し地に遍し。」言う―「来し後いかん。」師が言う―「蓋覆するを得ず。」問う―「和尚、いまだ先師を見ざる時いかん。」師が言う―「通身、奈何すべき無し。」言う―「先師を見し後いかん。」師が言う―「通身、撲りて碎かれず。」言う―「還って師より得るや無きや。」師が言う―「終に相い孤負せず。」言う―「恁麼なればすなはち師より得るなり。」師が言う―「自ら眼を着けて趁取せよ。」言う―「恁麼なればすなはち先師を孤負するなり。」師が言う―「ただ先師を孤負するのみにあらず、亦た乃ち老僧を孤負す。」

問七佛是文殊弟子。文殊還有師也無。師曰。適來恁麼道也。大似屈己推人。問金雞未鳴時如何。師曰。無遮箇音響。曰鳴後如何。師曰。各自知時。問師子是獸中之王。為什麼被六塵吞。師曰。不作大無人我。師居投子山三十餘載。往來激發請益者。常盈於室師縱之。以無畏辯隨問遽答。啐啄同時微言頗多。今略錄少分而已。唐中和年巢寇暴起天下喪亂。有狂徒持刃上山。問師曰此何為。師乃隨宜說法。魁渠聞而拜伏。脫身服施之而去。師乾化四年甲戌四月六日示有微疾。大眾請醫。師謂眾曰。四大動作聚散常程。汝等勿慮。吾自保矣。言訖跏趺坐亡。壽九十有六。詔諡慈濟大師。塔曰真寂。

問う―「七仏は文殊の弟子。文殊、還って師有るや無きや。」師が言う―「適来、恁麼に道えり、大いに己を屈して人を推すに似たり。」問う―「金鶏いまだ鳴かざる時いかん。」師が言う―「この音響無し。」言う―「鳴きし後いかん。」師が言う―「各々自ら時を知る。」問う―「師子は是れ獣中の王、何の故ぞ六塵に呑まる。」師が言う―「大を作さず、人我無し。」師、投子山に居ること三十余載。往来し激発し益を請う者、常に室に盈つ。師、之を無畏の弁を以て縦い、問うに随いて遽かに答う。啐啄同時にして、微言頗る多し。今、略か少分を録すのみ。唐中和年、巢寇暴起し、天下喪乱す。狂徒有りて刃を持して山に上り、師に問う―「此れ何をか為す。」師乃ち宜に随いて法を説く。魁渠、聞きて拜伏し、身を脱ぎて服して施して去る。師、乾化四年甲戌四月六日、微疾有るを示す。大衆、医を請う。師、衆に対して言う―「四大の動作、聚散は常の程。お前たち慮るなかれ、吾、自ら保ち了ん。」言い訖りて跏趺して坐亡す。寿九十有六。詔して慈済大師と諡し、塔を真寂と曰す。

湖州道場山如訥禪師。僧問。如何是教意。師曰。汝自看。僧禮拜。師曰。明月鋪霄漢山川勢自分。問如何得聞性不隨緣去。師曰。汝聽看。僧禮拜。師曰。聾人也唱胡笳調。好惡高低自不聞。僧曰。恁麼即聞性宛然也。師曰。石從空裡立。火向水中焚。問虛空還有邊際否。師曰。汝也太多知。僧禮拜。師曰。三尺杖頭挑日月。一塵飛起任遮天。問如何是道人。師曰。行運無蹤跡。起坐絕人知。僧曰。如何即是。師曰。三爐力盡無煙焰。萬頃平由水不流。問一念不生時如何。師曰。堪作什麼。僧無語。師又曰。透出龍門雲雨合。山川大地入無蹤。師目有重瞳。垂手過膝。自翠微受訣。乃止於道場山薙草卓庵。學徒四至遂成禪苑。廣闡法化。所遺壞衲三事及開山拄杖木屐。今在影堂中(按塔銘雲。師姓許氏。吳興人。七歲去氏。於烏墩光福寺。八年如京師受具戒。抵豫章得心印。於翠微後結廬於道場山。猛摯之獸馴戢如奉教)。

湖州道場山如訥禅師。僧が問う―「いかなるか教意。」師が言う―「お前、自ら看よ。」僧、礼拝す。師が言う―「明月、霄漢に鋪き、山川の勢い自ずから分かつ。」問う―「いかにして聞性の縁に随いて去らざるを得ん。」師が言う―「お前、聴き看よ。」僧、礼拝す。師が言う―「聾人也、胡笳の調を唱い、好悪高低自ら聞かず。」僧が言う―「恁麼なればすなはち聞性宛然なり。」師が言う―「石、空裏より立ち、火、水中に向かいて焚く。」問う―「虚空、還って辺際有るや否や。」師が言う―「お前も太だ多知なり。」僧、礼拝す。師が言う―「三尺の杖頭、日月を挑き、一塵飛び起きて天を遮るに任す。」問う―「いかなるか道人。」師が言う―「行運に蹤跡無く、起坐に人の知るを絶す。」僧が言う―「いかにして即ち是。」師が言う―「三炉、力尽きて烟焰無く、万頃の平田、水流れず。」(底本「平由」、当に「平田」なるべし。)問う―「一念生ぜざる時いかん。」師が言う―「堪えて作么せん。」僧、語無し。師また言う―「龍門を透出して雲雨合し、山川大地、入りて蹤無し。」師、目に重瞳有り、手を垂れて膝を過ぐ。翠微より訣を受け、乃ち道場山に止まり、草を薙ぎ庵を卓す。学徒四り至り、遂に禅苑と成り、広く法化を闡く。遺す所の壊衲三事および山を開くの拄杖木屐、今影堂中に在り。(塔銘に按ずるに、師の姓は許、呉興の人。七歳にして氏を去り、烏墩光福寺に於てす。八年、京師に如きて具戒を受く。豫章に抵りて心印を得。翠微に於て後に道場山に廬を結ぶ。猛摯の獣、馴戢して教を奉ずるが如し。)

建州白雲約禪師(曾住江州東禪院)僧問。不坐偏空堂。不居無學位。此人合向什麼處安置。師曰。青天無電影。天台韶和尚參。師問。什麼處來。韶曰。江北來。師曰。船來陸來。曰船來。師曰。還逢見魚鼈麼。曰往往遇之。師曰。遇時作麼生。韶曰。咄縮頭去。師大笑。

建州白雲約禅師(曽て江州東禅院に住す)。僧が問う―「偏空の堂に坐せず、無学の位に居らず。此の人、合に何の処に向かいてか安置する。」師が言う―「青天に電影無し。」天台韶和尚参ず。師が問う―「何の処よりか来る。」韶が言う―「江北より来た。」師が言う―「船に来るか陸に来るか。」言う―「船に来た。」師が言う―「還って魚鼈に逢見するや。」言う―「往々之に遇う。」師が言う―「遇う時作麼生。」韶が言う―「咄、頭を縮めて去れ。」師、大笑す。

潭州前道吾山圓智禪師法嗣

潭州前道吾山円智禅師の法嗣

潭州石霜山慶諸禪師廬陵新淦人也。姓陳氏。年十三依洪井西山紹鑾禪師落髮。二十三嵩嶽受具。就洛下學毘尼之教。雖知聽制終為漸宗。迴抵大溈山法會為米頭。一日師在米寮內篩米。溈山雲。施主物莫拋撒。師曰。不拋撒。溈山於地上拾得一粒雲。汝道不拋撒。遮箇什麼處得來。師無對。溈山又云。莫欺遮一粒子。百千粒從遮一粒生。師曰。百千粒從遮一粒生。未審遮一粒從什麼處生。溈山呵呵笑歸方丈。晚後上堂雲。大眾米裡有蟲。師後參道吾問。如何是觸目菩提。道吾喚沙彌。沙彌應諾。吾曰。添淨缾水著。吾卻問師。汝適來問什麼。師乃舉前問道吾便起去。師從此惺覺。道吾曰。我疾作將欲去世。心中有物久而為患。誰可除之。師曰。心物俱非除之益患。道吾曰。賢哉賢哉。於時始為二夏之僧。因避世混俗於長沙瀏陽陶家坊。朝遊夕處人莫能識。後因洞山價和尚遣僧訪尋囊錐始露。乃舉之住石霜山。他日道吾將捨眾順世。以師為嫡嗣。躬至石霜而就之。師日勤執侍全於師禮。暨道吾歸寂。學侶雲集盈五百眾(廣語出別卷)一日謂眾曰。一代時教整理時人腳手。凡有其由皆落在今時。直至法身非身此是教家極則。我輩沙門全無肯路。若分即差。不分即坐著泥水。但由心意妄說見聞。僧問。如何是西來意。師曰。空中一片石。僧禮拜。師曰。會麼。曰不會。師曰。賴汝不會。若會即打破爾頭。問如何是和尚本分事。師曰。石頭還汗出麼。問到遮裡為什麼卻道不得。師曰。腳底著口。問真身還出世也無。師曰。不出世。曰爭奈真身何。師曰。瑠璃缾子口。師居方丈。有僧在明窓外問。咫尺之間為什麼不覩師顏。師曰。我道遍界不曾藏。僧舉問雪峰。遍界不曾藏意旨如何。雪峰曰。什麼處不是石霜。僧迴舉雪峰之語呈師。師曰。老大漢有什麼死急(東禪齊雲。只如雪峰是會石霜意不會石霜意。

潭州石霜山慶諸禅師は、廬陵新淦の人、姓は陳。年十三、洪井西山紹鑾禅師に依りて落髪す。二十三、嵩岳に於て具を受く。洛下に就きて毘尼の教を学ぶ。聴制を知るといえども、終に漸宗と為る。回りて大潙山の法会に抵りて米頭と為る。一天、師、米寮内に於て米を篩う。潙山が言う―「施主の物、抛撒するなかれ。」師が言う―「抛撒せず。」潙山、地上に於て一粒を拾い得て言う―「お前、抛撒せずと道う。この箇、何の処よりか得たる。」師、対無し。潙山また言う―「この一粒子を欺くなかれ。百千粒、此一粒より生ず。」師が言う―「百千粒、此一粒より生ず。いまだ審らかならず、此一粒は何の処よりか生ずる。」潙山、呵呵と笑い方丈に帰る。晩後、上堂して言う―「大衆、米裏に虫有り。」師、後に道吾に参じて問う―「いかなるか触目の菩提。」道吾、沙弥を喚ぶ。沙弥、應諾す。吾が言う―「浄瓶の水を添え著けよ。」吾、却って師に問う―「お前、適来、何をか問うた。」師乃ち前の問を挙ぐ。道吾、便ち起きて去る。師、此より惺覚す。道吾が言う―「我、疾作り、将に世を去らんと欲す。心中に物有り、久しくして患と為る。誰か之を除くべき。」師が言う―「心物俱に非ず、之を除けば益々患なり。」道吾が言う―「賢きかな賢きかな。」是の時に始めて二夏の僧と為る。因りて世を避け俗に混じて長沙瀏陽陶家坊に於て、朝に游び夕に処り、人、能く識る莫し。後に洞山价和尚の僧を遣りて訪尋せしめるに因り、嚢の錐始めて露われ、乃ち之を挙げて石霜山に住せしむ。他日、道吾、衆を捨てて世に順せんと将す、師を以て嫡嗣と為し、躬ら石霜に至りて之に就く。師、日に勤めて執侍し、師礼に全し。道吾の寂に帰するに暨り、学侶雲集し、五百衆に盈つ。(広語、別の巻に出す。)一天、衆に対して言う―「一代の時教、時人の脚手を整理す。凡そ其の由有るは、皆今時に落着す。法身の身に非ずに至るまで、此れ是れ教家の極則。我らが輩の沙門、全く肯路無し。もし分かてばすなはち差わり、分かたずばすなはち泥水に坐す。ただ心意より妄りに見聞を説くのみ。」僧が問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「空中の一片の石。」僧、礼拝す。師が言う―「会すや。」言う―「会せず。」師が言う―「お前の会せざるに頼る。もし会せばすなはちお前の頭を打破らん。」問う―「いかなるか和尚の本分の事。」師が言う―「石頭、還って汗出すか。」問う―「ここに到りて何の故ぞ却って道い得ざる。」師が言う―「脚底に口を着く。」問う―「真身、還って世に出づるや無きや。」師が言う―「世に出でず。」言う―「真身を争でか奈んせん。」師が言う―「瑠璃瓶子の口。」師、方丈に居す。僧有りて明窗外に於て問う―「咫尺の間、何の故ぞ師の顔を睹ざる。」師が言う―「我、遍界曽て蔵さずと道う。」僧、挙げて雪峰に問う―「遍界曽て蔵さず、意旨いかん。」雪峰が言う―「何の処か石霜にあらざる。」僧、回りて雪峰の語を挙げて師に呈す。師が言う―「老大の漢、何の死急か有る。」(東禅斉が言う―「ただかくのごとき雪峰、石霜の意を会するか、会せざるか。

若會也他為什麼道死急。若不會作麼生。雪峰豈可不會然。法且無異。奈以師承不同解之差別。他雲遍界不曾藏也。須曾學來始得會。亂說即不可)雲蓋問萬戶俱閉即不問。萬戶俱開時如何。師曰。堂中事作麼生。曰無人接得渠。師曰。道也大殺道也。只道得八九成。曰未審和尚作麼生道。師曰。無人識得渠(東禪齊雲。只如石霜意作麼生。若道一般。前來為什麼不許伊。若道別有道理。又只重說一遍。且道古人意作麼生)問佛性如虛空如何師曰。臥時即有坐時即無。問忘收一足時如何。師曰不共汝同盤。問風生浪起時如何。師曰。湖南城裡大殺鬧。有人不肯過江西。因僧舉洞山參次示眾曰。兄弟秋初夏末或東去西去。直須向萬裡無寸草處去始得。又曰。只如萬裡無寸草處。且作麼生去。師聞之乃曰。出門便是草。僧舉似洞山。洞山曰。大唐國內能有幾人(東禪齊拈雲。且道石霜會洞山意否。若道會去。只如諸上座每日折旋俯仰迎來送去。為當落路下草。為當一一合轍。若言不會洞山意。又爭解恁麼下語。還有會處麼。上座擬什麼處去。於此若明得可謂還鄉曲也。不見也會著箇語云。恁麼即不去也)師止石霜山二十年間。學眾有長坐不臥屹若株杌。天下謂之枯木眾也。唐僖宗聞師道譽遣使齎賜紫衣。師牢讓不受。光啟四年戊申二月二十日己亥示疾告寂。壽八十有二。臘五十九。三月十五日葬於院之西北隅。勅諡普會大師。塔曰見相。

(東禅斉、接続して言う)もし会せば、他、何の故ぞ死急と道う。もし会せずば作麼生。雪峰、あに会せざる可からん。然るに法、且く異無し、師承同じからず、解の差別を以て奈んす。他、遍界曽て蔵さずと道う。須らく曽て学び来りて始めて会することを得。乱れ説くはすなはち不可なり。」)雲蓋が問う―「万户俱に閉づるはすなはち問わず。万户俱に開く時いかん。」師が言う―「堂中の事作麼生。」言う―「人の渠を接得する無し。」師が言う―「道う也、大殺道う也。ただ八九成を道い得るのみ。」言う―「いまだ審らかならず、和尚作麼生か道う。」師が言う―「人の渠を識得する無し。」(東禅斉が言う―「ただかくのごとき石霜の意作麼生。もし一般と道わば、前来、何の故ぞ他を許さざる。もし別に道理有りと道わば、またただ重ねて一遍を説くのみ。且く古人の意作麼生を道え。」)問う―「仏性虚空の如しとはいかん。」師が言う―「卧する時はすなはち有り、坐する時はすなはち無し。」問う―「一足を収め忘るる時いかん。」師が言う―「お前と共に盤を同じくせず。」問う―「風生じ浪起る時いかん。」師が言う―「湖南城裏、大いに殺して鬧ぐ。人の江西を過らんことを肯ぜざる者有り。」僧の洞山参次の衆に示して言うを挙ぐるに因り―「兄弟、秋初夏末、或いは東に去り西に去り、直に須らく万里寸草無き処に向かいて去るを始めて得。」また言う―「ただかくのごとき万里寸草無き処、且く作麼生か去る。」師、之を聞きて乃ち言う―「門を出でれば便ち是れ草。」僧、挙げて洞山に似す。洞山が言う―「大唐国内、能く幾人か有らん。」(東禅斉、拈じて言う―「且く道え、石霜、洞山の意を会するや否や。もし会し去ると道わば、ただかくのごとき諸の上座、每日折旋俯仰し、迎来送去するは、為当に路下の草に落つるか、為当に一一轍に合するか。もし洞山の意を会せずと言わば、また争でか恁麼に語を下すを解せん。還って会する処有るか。上座、何の処に向かいてか去らんと擬する。此に於てもし明らめ得ば、可に還鄉の曲と謂うべし。見えずとも会して箇の語を着けて説け―恁麼なればすなはち去らざるなり。」)師、石霜山に止まること二十年間、学衆に長坐不卧にして屹として株杌の若き有り、天下、之を枯木の衆と謂うなり。唐僖宗、師の道誉を聞き、使を遣りて紫衣を賚賜す。師、牢く譲りて受けず。光啓四年戊申二月二十日己亥、疾を示して寂を告ぐ。寿八十有二、臘五十九。三月十五日、院の西北隅に葬る。勅して普会大師と諡し、塔を見相と曰す。

潭州漸源仲興禪師在道吾處為典座。一日隨道吾往檀越家弔喪。師以手拊棺曰。生耶死耶。道吾曰。生也不道死也不道。師曰。為什麼不道。道吾曰。不道不道。弔畢同迴途次。師曰。和尚今日須與仲興道。儻更不道即打去也。道吾曰。打即任打。生也不道死也不道。師遂打道吾數拳。道吾歸院令師且去。少間主事知了打汝。師乃禮辭往石霜。舉前語及打道吾之事。今請和尚道。石霜曰。汝不見道吾道。生也不道死也不道。師於此大悟乃設齋懺悔。師一日將鍬子於法堂上。石霜曰。作麼。師曰。覓先師靈骨來。石霜曰。洪波浩渺白浪滔天覓什麼靈骨。師曰。正好著力。石霜曰。遮裡針劄不入著什麼力(太原孚上座代雲。先師靈骨猶存)

潭州漸源仲興禅師、道吾の処に在りて典座と為る。一天、道吾に随いて檀越家に往きて喪を弔う。師、手を以て棺を拊ちて言う―「生耶、死耶。」道吾が言う―「生也と道わず、死也と道わず。」師が言う―「何の故ぞ道わざる。」道吾が言う―「道わず、道わず。」弔い畢りて同じく途次に回る。師が言う―「和尚、今日、須らく仲興に与えて道うべし。儻し更に道わずばすなはち打ちて去らん。」道吾が言う―「打つはすなはち打つに任れ。生也と道わず、死也と道わず。」師、遂に道吾を数拳打つ。道吾、院に帰り、師をして且く去らしめて曰く―「少間、主事知りてお前を打たん。」師乃ち礼辞して石霜に往き、前の語および道吾を打ちし事を挙げて言う―「今、和尚に道うを請う。」石霜が言う―「お前、道吾の道うを見ずや―生也と道わず、死也と道わず。」師、此に於て大悟し、乃ち斎を設けて懴悔す。師、一天、鍬子を将て法堂上に在す。石霜が言う―「作么。」師が言う―「先師の霊骨を覓め来た。」石霜が言う―「洪波浩渺、白浪滔天、何の霊骨をか覓める。」師が言う―「正に好く力を着くべし。」石霜が言う―「ここ針も扎さず入らず、何の力をか着ける。」(太原孚上座、代わりて言う―「先師の霊骨、なお存す。」)

祿清和尚僧問。不落道吾機請師道。師雲。庭前紅莧樹生葉不生華。良久雲。會麼。僧雲。不會。師雲。正是道吾機因什麼不會。僧禮拜。師便打雲。須是老僧打爾始得。

禄清和尚。僧が問う―「道吾の機に落ちずば師に道うを請う。」師が言う―「庭前の紅莧樹、葉を生じて花を生ぜず。」良久して言う―「会すや。」僧が言う―「会せず。」師が言う―「正に是れ道吾の機、何に因りて会せざる。」僧、礼拝す。師便ち打ちて言う―「須らく是れ老僧のお前を打つを始めて得。」

潭州前雲巖曇晟禪師法嗣

潭州前雲巌曇晟禅師の法嗣

筠州洞山良价禪師會稽人也。姓俞氏。幼歲從師因念般若心經。以無根塵義問其師。其師駭異曰。吾非汝師。即指往五洩山禮默禪師披剃。年二十一嵩山具戒。遊方首謁南泉。值馬祖諱晨修齋次。南泉垂問眾僧曰。來日設馬師齋。未審馬師還來否。眾皆無對。師乃出對曰。待有是伴即來。南泉聞已讚曰。此子雖後生甚堪雕琢。師曰。和尚莫壓良為賤。次參溈山問曰。頃聞忠國師有無情說法。良价未究其微。溈山曰。我遮裡亦有。只是難得其人。曰便請師道。溈山曰。父母所生口終不敢道。曰還有與師同時慕道者否。溈山曰。此去石室相連有雲巖道人。若能撥草瞻風。必為子之所重。既到雲巖問。無情說法什麼人得聞。雲巖曰。無情說法無情得聞。師曰。和尚聞否。雲巖曰。我若聞汝即不得聞吾說法也。曰若恁麼即良价不聞和尚說法也。雲巖曰。我說法汝尚不聞。何況無情說法也。師乃述偈呈雲巖曰。

筠州洞山良价禅師は、会稽の人、姓は兪。幼歳に師に従い、因りて『般若心経』を念じ、根塵無きの義を以て其の師に問う。其の師、駭異して言う―「吾、お前の師に非ず。」即ち五洩山に往きて黙禅師を礼して披剃せしむを指す。年二十一、嵩山に於て戒を具す。游方して首め南泉を謁す。馬祖の諱晨に値いて齋を修するの次。南泉、垂れて衆僧に問う―「来日、馬師の齋を設けん。いまだ審らかならず、馬師還って来るや否や。」衆、皆対無し。師乃ち出でて対して言う―「是の伴有るを待ちてすなはち来らん。」南泉、聞き已りて賛して言う―「此の子、後生といえども、甚だ雕琢に堪えたり。」師が言う―「和尚、良を圧して賤と為すなかれ。」次いで潙山に参じて問う―「頃に忠国師に無情の説法有りと聞く。良价、いまだ其の微を究めず。」潙山が言う―「我がここにも亦た有り、ただ是れ其の人を得難し。」言う―「便ち師に道うを請う。」潙山が言う―「父母の生める口、終に敢えて道わず。」言う―「還って師と道を慕う同時の者有るや否や。」潙山が言う―「此より去りて石室に相連なるに雲巌道人有り。能く草を撥きて風を瞻れば、必ず子の重き所と為らん。」すでに雲巌に到りて問う―「無情の説法、何人か聞くことを得。」雲巌が言う―「無情の説法、無情聞くことを得。」師が言う―「和尚、聞くや否や。」雲巌が言う―「我もし聞かば、お前すなはち吾が説法を聞くことを得ざらん。」言う―「もし恁麼なればすなはち良价、和尚の説法を聞かざるなり。」雲巌が言う―「我が説法、お前なお聞かず、何を況んや無情の説法をや。」師

也大奇也大奇無情解說不思議

也大いに奇なり、也大いに奇なり、無情の解説不思議なり、

若將耳聽聲不現眼處聞聲方可知

若し耳を将て聴かば声現れず、眼処に声を聞きて方に知るべし。

遂辭雲巖。雲巖曰。什麼處去。師曰。雖離和尚未卜所止。曰莫湖南去。師曰無。曰莫歸鄉去。師曰無。曰早晚卻來。師曰。待和尚有住處即來。曰自此一去難得相見。師曰。難得不相見。又問雲巖。和尚百年後忽有人問還貌得師真不。如何祇對。雲巖曰。但向伊道即遮箇是。師良久。雲巖曰。承當遮箇事大須審細。師猶涉疑。後因過水覩影大悟前旨。因有一偈曰。

遂に雲巌を辞す。雲巌が言う―「何の処にか去る。」師が言う―「和尚を離るるといえども、いまだ止まる所を卜せず。」言う―「湖南に去るなかれか。」師が言う―「無し。」言う―「郷に帰るなかれか。」師が言う―「無し。」言う―「早晚に却って来れ。」師が言う―「和尚の住処有るを待ちてすなはち来らん。」言う―「此より一去、相見ることを得難し。」師が言う―「相見らざることを得難し。」また雲巌に問う―「和尚、百年後、忽ち人の還って師の真を貌せ得るか否と問わば、いかにしてただ対せん。」雲巌が言う―「ただ彼に向かいて即ち这个是と道え。」師、良久す。雲巌が言う―「この事を承当するに、大いに須らく審細なるべし。」師、なお疑を渉す。後に水を過ぎて影を睹るに因り、前旨を大悟す。因りて一偈有り―

切忌從他覓迢迢與我疎

切に他に従いて覓むるを忌め、迢迢として我と疏なり、

我今獨自往處處得逢渠

我、今独自往き、処処に渠に逢うことを得、

渠今正是我我今不是渠

渠、今正に是れ我、我、今是れ渠に非ず、

應須恁麼會方得契如如

応に須らく恁麼に会して、方に如如に契うことを得べし。

他日因供養雲巖真。有僧問曰。先師道只遮是莫便是否。師曰是。僧曰。意旨如何。師曰。當時幾錯會先師語。曰未審先師還知有也無。師曰。若不知有爭解恁麼道。若知有爭肯恁麼道(長慶稜雲。既知有為什麼恁麼道。又云。養子方知父慈)師在泐潭見初上座示眾雲。也大奇也大奇佛界道界不思議。師曰。佛界道界即不問。且如說佛界道界。是什麼人。只請一言。初良久無對。師曰。何不急道。初曰。爭即不得。師曰。道也未曾道。說什麼爭即不得。初無對。師曰。佛之與道只是名字。何不引教。初曰。教道什麼。師曰。得意忘言。初曰。猶將教意向心頭作病在。師曰。說佛界道界病大小。初因此遷化。師至唐大中末。於新豐山接誘學徒。厥後盛化豫章高安之洞山(今筠州也)因為雲巖諱日營齋。有僧問。和尚於先師處得何指示。師曰。雖在彼中不蒙他指示。僧曰。既不蒙指示。又用設齋作什麼。師曰。然雖如此焉敢違背於他。僧問。和尚初見南泉發跡。為什麼與雲巖設齋。師曰。我不重先師道德。亦不為佛法。只重不為我說破。又因設忌齋。僧問。和尚為先師設齋還肯先師也無。師曰。半肯半不肯。曰為什麼不全肯。師曰。若全肯即孤負先師也。僧問。欲見和尚本來師如何得見。曰年涯相似即無阻矣僧再舉所疑。師曰。不躡前蹤更請一問。僧無對。雲居代雲。恁麼即某甲不見和尚本來師也(後皎上坐拈問長慶。如何是年涯相似者。長慶雲古人。恁麼道皎。闍梨又向這裡覓箇什麼)師又曰。還有不報四恩三有者無。若不體此意。何超始終之患。直須心心不觸物步步無處所。常不間斷稍得相應。師問僧。什麼處來。曰遊山來。師曰。還到頂否。曰到。師曰。頂上還有人否。曰無人。師曰。恁麼即闍梨不到頂也。曰若不到頂爭知無人。師曰。闍梨何不且住。曰某甲不辭住。西天有人不肯。師問太長老曰。

他日、雲巌の真を供養するに因り。僧有りて問う―「先師の道う、ただ是、あながち便ち是か否。」師が言う―「是。」僧が言う―「意旨いかん。」師が言う―「当時、幾ど先師の語を錯会せり。」言う―「いまだ審らかならず、先師還って有るを知るや無きや。」師が言う―「もし有るを知らずば、争でか恁麼に道うを解せん。もし有るを知らば、争でか恁麼に道うを肯んせん。」(長慶棱が言う―「すでに有るを知る、何の故ぞ恁麼に道う。また言う―子を養いて方に父の慈を知る。」)師、泐潭に在りて初上座の衆に示して言うを見る―「也大いに奇なり、也大いに奇なり、仏界道界不思議なり。」師が言う―「仏界道界はすなはち問わず。且くかくのごとき仏界道界を説くは、是れ何人ぞ。ただ一言を請う。」初、良久して対無し。師が言う―「何ぞ急いで道わざる。」初が言う―「争うはすなはち得ず。」師が言う―「道う也、曽て道わず、何の争うはすなはち得ずを説く。」初、対無し。師が言う―「仏之と道之とはただ名字のみ。何ぞ教を引かざる。」初が言う―「教、何をか道う。」師が言う―「意を得て言を忘る。」初が言う―「なお将に教意を以て心頭に向かいて病と作す在り。」師が言う―「仏界道界を説くの病、大小。」初、此に因りて遷化す。師、唐大中末に至り、新豊山に於て学徒を接誘す。厥後、豫章高安の洞山に盛んに化す(今の筠州なり)。因りて雲巌の諱日の為に齋を営む。僧有りて問う―「和尚、先師の処に於て何の指示をか得たる。」師が言う―「彼中に在るといえども、他の指示を蒙らず。」僧が言う―すでに指示を蒙らざれば、また何を用いてか齋を設くる。」師が言う―「然れども是のごとしといえども、焉んぞ敢えて彼に違背せん。」僧が問う―「和尚、初めて南泉を見て発跡せしに、何の故ぞ雲巌の為に齋を設くる。」師が言う―「我、先師の道徳を重んぜず、亦た仏法の為にせず、ただ我の為に説破せざるを重んず。」また因りて忌齋を設く。僧が問う―「和尚、先師の為に齋を設く、還って先師を肯くや無きや。」師が言う―「半ば肯き半ば肯かず。」言う―「何の故ぞ全く肯かざる。」師が言う―「もし全く肯かばすなはち先師を孤負するなり。」僧が問う―「和尚の本来の師を見んと欲せば、いかにして見ることを得。」言う―「年涯相似なればすなはち阻無くして了ん。」僧、再び疑う所を挙ぐ。師が言う―「前蹤を躡まず、更に一問を請え。」僧、対無し。雲居、代わりて言う―「恁麼なればすなはち某甲、和尚の本来の師を見ざるなり。」(後に皎上座、拈じて長慶に問う―「いかなるか年涯相似の者。」長慶が言う―「古人、恁麼に道えり。皎闍梨、またここに向かいて箇の何をか覓める。」)師また言う―「還って四恩三有に報いざる者有るや無きや。もし此の意を体せずば、何ぞ始終の患を超えん。直に須らく心々物に触れず、歩々処所無し。常に間断せずば、稍や相応することを得ん。」師が僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「山に游びて来た。」師が言う―「還って頂に到るや否や。」言う―「到れり。」師が言う―「頂上に人の有るや否や。」言う―「人無し。」師が言う―「恁麼なればすなはち闍梨、頂に到らざるなり。」言う―「もし頂に到らずば、争でか人無きを知らん。」師が言う―「闍梨、何ぞ且く住せざる。」言う―「某甲、住するを辞せず。西天に人の肯ぜざる者有り。」師、太长老に問う―

有一物上拄天下拄地黑如漆常在動用中過在什麼處。太曰。過在動用(同安顯別雲。不知)師乃咄雲。出去。問如何是西來意。師曰。大似駭雞犀。師問雪峰。從什麼處來。雪峰曰。天台來。師曰。見智者否。曰義存吃鐵棒有分。僧問。蛇吞蝦蟇救即是不救即是。師曰。救即雙目不覩。不救即形影不彰。因夜間不點燈。有僧出問。話退後。師令侍者點燈。乃召適來問話僧出來。其僧近前。師曰。將取三兩粉來與遮箇上坐。其僧拂袖而退。自此惺發玄旨。遂罄捨衣資設齋。得三年後辭師。師曰。善為。時雪峰侍立次。問曰。只如遮僧辭去幾時卻來。師曰。他只知一去不解再來。其僧歸堂就衣缽下坐化。雪峰上報師。師曰。雖然如此猶較老僧三生在。雪峰上問訊。師曰。入門來須得語。不得道早箇入了也。雪峰曰。義存無口。師曰。無口且從還我眼來。雪峰無語(雲居膺別前語云。待某甲有口即道。長慶稜別雲。恁麼即某甲謹退)師問僧。什麼處來。曰三祖塔頭來。師曰。既從祖師處來。又要見老僧作什麼。曰祖師即別學人與和尚不別。師曰。老僧欲見闍梨本來師還得否。曰亦須待和尚自出頭來始得。師曰。老僧適來暫時不在雲居。問如何是祖師西來意。師曰。闍梨向後有把茅蓋頭。或有人問闍梨且作麼生。向伊道官人。問有人修行否。師曰。待公作男子即修行。僧問。承古有言。相逢不擎出。舉意便知有時如何。師乃合掌頂戴。師問德山。侍者從何方來。曰德山來。師曰。來作什麼。曰孝順和尚來。師曰。世間什麼物最孝順。侍者無對。師有時雲。體得佛向上事。方有些子語話分。僧便問。如何是語話。師曰。語話時闍梨不聞。曰和尚還聞否。師曰。待我不語話時即聞。僧問。如何是正問正答。師曰。不從口裡道。曰若有人問。師還答否。師曰。也未問。問如何是從門入者非寶。師曰。便休便休。

(師、接続して問う)「一物有りて上は天に拄り下は地に拄り、黒きこと漆の如く、常に動用中に在り、過は何の処に在る。」太が言う―「過は動用に在り。」(同安顕、別に言う―「知らず。」)師乃ち咄して言う―「出去れ。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「大いに鶏犀を駭かすに似たり。」師、雪峰に問う―「何の処よりか来る。」雪峰が言う―「天台より来た。」師が言う―「智者を見るや否や。」言う―「義存、鉄棒を吃するに分有り。」僧が問う―「蛇、蝦蟆を呑む、救うは是か、救わざるは是か。」師が言う―「救えばすなはち双目睹らず。救わずばすなはち形影彰らかならず。」夜間に灯を点ぜざるに因り。僧有りて出でて話を問い、退き後る。師、侍者をして灯を点ぜしめ、乃ち適来の話を問いし僧を召して出で来らしむ。其の僧、近前す。師が言う―「三兩の粉を将り取り来りてこの上座に与えよ。」其の僧、袖を拂いて退く。此より惺れて玄旨を発し、遂に衣資を罄めて齋を設く。三年を得て後、師を辞す。師が言う―「善く為れ。」時に雪峰、侍立の次、問う―「ただかくのごときこの僧の辞去する、幾時にか却って来る。」師が言う―「他、ただ一去を知るのみ、再来を解せず。」其の僧、堂に帰り、衣鉢下に就きて坐化す。雪峰、上りて師に報す。師が言う―「然れども是のごとしといえども、なお老僧に較ぶること三生の在り。」雪峰、上りて問訊す。師が言う―「門を入り来れば須らく語を得べし、早く箇入りたりと道うことを得ず。」雪峰が言う―「義存、口無し。」師が言う―「口無きは且く従う、我が眼を還し来れ。」雪峰、語無し。(雲居膺、前の語に別して言う―「某甲の口有るを待ちてすなはち道わん。」長慶棱、別に言う―「恁麼なればすなはち某甲、謹んで退かん。」)師が僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「三祖の塔頭より来た。」師が言う―「すでに祖師の処より来る、また老僧を見んと要して作么す。」言う―「祖師はすなはち別なり、学人と和尚とは別ならず。」師が言う―「老僧、闍梨の本来の師を見んと欲す、還って得るや否や。」言う―「亦た須らく和尚の自ら頭を出づるを待ちて始めて得べし。」師が言う―「老僧、適来暫時在らず。」雲居が問う―「いかなるか祖師西来意。」師が言う―「闍梨、向後に茅を把りて頭を蓋わん。或いは人の闍梨に問わば、且く作麼生か彼に向かいて道う。」官人が問う―「人の修行する有るや否や。」師が言う―「公の男子と作るを待ちてすなはち修行せん。」僧が問う―「古の言有りと承く―相逢い擎出せず、意を挙げて便知る有りと、時いかん。」師乃ち合掌頂戴す。師、徳山の侍者に問う―「何の方よりか来る。」言う―「徳山より来た。」師が言う―「来りて作么す。」言う―「和尚を孝順しに来た。」師が言う―「世間、何の物か最も孝順なる。」侍者、対無し。師、時に言う―「仏向上の事を体得して、方に些子の語話の分有り。」僧便ち問う―「いかなるか語話。」師が言う―「語話の時、闍梨聞かず。」言う―「和尚、還って聞くや否や。」師が言う―「我が語話せざる時を待ちてすなはち聞かん。」僧が問う―「いかなるか正問正答。」師が言う―「口裏より道わず。」言う―「もし人の問う有らば、師、還って答うるや否や。」師が言う―「いまだ問わざるなり。」問う―「いかなるか門より入る者は宝に非ざる。」師が言う―「便ち休め、便ち休め。」

師問講維摩經僧曰。不可以智知。不可以識識。喚作什麼語。對曰。讚法身語。師曰。法身是讚何用更讚。師有時垂語曰。直道本來無一物。猶未消得他缽袋子。僧便問。什麼人合得。師曰。不入門者。僧曰。只如不入門者還得也無。師曰。雖然如此不得不與他。師又曰。直道本來無一物。猶未消得他衣缽。遮裡合下得一轉語。且道下得什麼語。有一上坐下語九十六轉不愜師意。末後一轉始可師意。師曰。闍梨何不早恁麼道。有一僧聞請舉。如是三年執侍巾瓶終不為舉。上坐因有疾。其僧曰。某甲三年請舉前話不蒙慈悲。善取不得惡取。遂持刀向之曰。若不為某甲舉。即便殺上坐也。上坐悚然曰。闍梨且待。我為汝舉。乃曰。直饒將來亦無處著。其僧禮謝。僧問。師尋常教學人行鳥道。未審如何是鳥道。師曰。不逢一人。曰如何行。師曰。直須足下無絲去。曰只如行鳥道莫便是本來面目否。師曰。闍梨因什麼顛倒。曰什麼處是學人顛倒。師曰。若不顛倒因什麼認奴作郎。曰如何是本來面目。師曰。不行鳥道。師謂眾曰。知有佛向上人方有語話分。時有僧問。如何是佛向上人。師曰。非常。(保福別雲。佛非。法眼別雲。方便呼為佛)師問僧。去什麼處來。僧曰。製鞋來。師曰。自解依他。僧曰。依他。師曰。他還指教闍梨也無。僧曰。允即不違。僧來舉。問茱萸如何是沙門行。茱萸曰。行即不無人覺即乖。師令彼僧去。進語曰。未審是什麼行。茱萸曰。佛行佛行。僧迴舉似師。師曰。幽州猶似可。最苦是新羅(東禪齊拈雲。此語還有疑訛也無。若有且道什麼處不得。若無他又道最苦是新羅。還點檢得出麼。他道行即不無人覺即乖。師令再問是什麼行。又道佛行。那僧是會了問不會而問。請斷看)僧卻問師。如何是沙門行。師曰。頭長三尺頸長二寸(有僧舉問歸宗權和尚。只如洞山意作麼生。權雲。

師、『維摩経』を講ずる僧に問う―「智を以て知るべからず、識を以て識るべからず。喚びて何の語と作す。」対して言う―「法身を讃ずる語。」師が言う―「法身は是れ讃、何を用いてか更に讃ぜん。」師、時に語を垂れて言う―「直に本来一物無しと道うも、なお他の鉢袋子を消し得ず。」僧便ち問う―「何人か合に得る。」師が言う―「門に入らざる者。」僧が言う―「ただかくのごとき門に入らざる者、還って得るや無きや。」師が言う―「然れども是のごとしといえども、彼に与えざるを得ず。」師また言う―「直に本来一物無しと道うも、なお他の衣鉢を消し得ず。ここに合に一転語を下すべし。且く道え、何の語をか下す。」一上座有りて語を下すこと九十六転、師の意に愜わず。末後の一転、始めて師の意に可す。師が言う―「闍梨、何ぞ早く恁麼に道わざる。」一僧有りて聞き、挙げんことを請う。是のごとく三年、巾瓶を執侍すれども、終に挙げず。上座、疾有るに因り。其の僧が言う―「某甲、三年前の話を挙げんことを請うも、慈悲を蒙らず。善く取ることを得ずば悪く取らん。」遂に刀を持して之に向かいて言う―「もし某甲の為に挙げずば、便ち上座を殺さん。」上座、悚然として言う―「闍梨、且く待て。我、お前の為に挙げん。」乃ち言う―「直に饒くとも将り来るも、亦た着くる処無し。」其の僧、礼謝す。僧が問う―「師、尋常、学人に鳥道を行ずるを教う。いまだ審らかならず、いかなるか鳥道。」師が言う―「一人に逢わず。」言う―「いかにして行ず。」師が言う―「直に須らく足下に糸無くして去れ。」言う―「ただかくのごとき鳥道を行ずる、あながち便ち本来面目か否。」師が言う―「闍梨、何に因りて顛倒する。」言う―「何の処か是れ学人の顛倒。」師が言う―「もし顛倒せずば、何に因りて奴を認めて郎と作す。」言う―「いかなるか本来面目。」師が言う―「鳥道を行ぜず。」師、衆に対して言う―「仏向上の人有るを知りて、方に語話の分有り。」時に僧有りて問う―「いかなるか仏向上の人。」師が言う―「非は常ならず。」(保福、別に言う―「仏、非ず。」法眼、別に言う―「方便、呼びて仏と為す。」)師が僧に問う―「何の処に去りてか来る。」僧が言う―「鞋を制して来た。」師が言う―「自ら他に依るを解す。」僧が言う―「他に依る。」師が言う―「他、還って闍梨に指教するや無きや。」僧が言う―「允なればすなはち違わず。」僧、来りて挙ぐ。茱萸に問う―「いかなるか沙門の行。」茱萸が言う―「行はすなはち無きに非ず、人覚ればすなはち乖る。」師、彼の僧をして去らしめ、語を進めて言わしむ―「いまだ審らかならず、是れ何の行ぞ。」茱萸が言う―「仏行、仏行。」僧、回りて挙げて師に似す。師が言う―「幽州、なお似て可なり、最も苦しきは是れ新羅。」(東禅斉、拈じて言う―「此の語、還って疑訛有るや無きや。もし有らば、且く道え、何の処か得ざる。もし無からば、他また最も苦しきは是れ新羅と道う。還って点検し出すことを得るか。他、行はすなはち無きに非ず、人覚ればすなはち乖ると道う。師、再び何の行ぞと問わしむ。また仏行と道う。那の僧は会して了めて問うか、会せずして問うか。断じて看ることを請う。」)僧、却って師に問う―「いかなるか沙門の行。」師が言う―「頭の長きこと三尺、頸の長きこと二寸。」(僧有りて挙げて帰宗権和尚に問う―「ただかくのごとき洞山の意作麼生。」権が言う―

封皮厚二寸)師見幽上坐來。遽起向禪床後立。幽曰。和尚為什麼迴避學人。師曰。將謂闍梨覓老僧。問如何是玄中又玄。師曰。如死人舌。師洗缽次見兩烏爭蝦蟇。有僧便問曰。遮箇因什麼到恁麼地。師曰。只為闍梨。僧問。如何是毘盧師法身主。師曰。禾莖粟[榦-木+禾]。問三身之中阿那身不墮眾數。師曰。吾常於此切(僧問曹山。先師道。吾常於此切。意作麼生。曹山雲。要頭即斫將去。又問雪峰。雪峰以拄杖擬之雲。我亦曾到洞山來)師因看稻田次。朗上坐牽牛。師曰。遮箇牛須好看恐吃稻去。朗曰。若是好牛應不吃稻。師問僧。世間何物最苦。僧曰。地獄最苦。師曰。不然。曰師意如何。師曰。在此衣線下不明大事。是名最苦。師問僧。名什麼。僧曰。某甲。師曰。阿那箇是闍梨主人公。僧曰。見祇對次。師曰。苦哉苦哉。今時人例皆如此。只是認得驢前馬後將為自己。佛法平沈此之是也。客中辨主尚未分。如何辨得主中主。僧便問。如何是主中主。師曰。闍梨自道取。僧曰。某甲道得即是客中主。如何是主中主。師曰。恁麼道即易相續也大難(雲居別雲。某甲道得。不是客中主)師示疾令沙彌去雲居傳語。又曰。他忽問汝和尚有何言句。但道雲巖路欲絕也。汝下此語須遠立。恐他打汝去。沙彌領旨去。語未終早被雲居打一棒。沙彌無語(同安顯代雲。恁麼即雲巖一枝不墜也。後雲居錫雲。上座且道。雲巖路絕不絕。崇壽稠雲。古人打此一棒意作麼生)師將圓寂謂眾曰。吾有閑名在世誰為吾除得。眾皆無對。時沙彌出曰。請和尚法號。師曰。吾閑名已謝(石霜雲。無人得他肯。雲居雲。若有閑名非吾先師。曹山雲。從古至今無人辨得。疎山雲。龍有出水之機。無人辨得)問。和尚遺和還有不病者也無。師曰。有。僧曰。不病者還看和尚否。師曰。老僧看他有分。曰和尚爭得看他。師曰。

(権、接続して言う)「封皮の厚きこと二寸。」)師、幽上座の来るを見て、遽かに起きて禅床後に向かいて立つ。幽が言う―「和尚、何の故ぞ学人を回避する。」師が言う―「将に闍梨の老僧を覓めんと謂わんとす。」問う―「いかなるか玄中又玄。」師が言う―「死人の舌の如し。」師、鉢を洗うの次、兩烏の蝦蟆を争うを見る。僧有りて便ち問う―「この箇、何に因りて恁麼の地に到る。」師が言う―「ただ闍梨の為にのみ。」僧が問う―「いかなるか毘盧の師、法身の主。」師が言う―「禾茎粟秆。」(底本「[干-木+禾]」、すなはち「秆」。)問う―「三身の中、阿那の身、衆数に堕ちざる。」師が言う―「吾、常に此に於て切なり。」(僧、曹山に問う―「先師の道う、吾常に此に於て切とは、意作麼生。」曹山が言う―「頭を要せばすなはち斫り将り去れ。」また雪峰に問う。雪峰、拄杖を以て之に擬して言う―「我も亦た曽て洞山に到り来れり。」)師、稻田を看るの次に因り、朗上座、牛を牽く。師が言う―「この牛、須らく好く看るべし、恐らくは稻を吃して去らん。」朗が言う―「もし是れ好牛なれば応に稻を吃せざるべし。」師が僧に問う―「世間、何の物か最も苦しき。」僧が言う―「地獄、最も苦し。」師が言う―「然らず。」言う―「師の意いかん。」師が言う―「此の衣線下に於て大事を明らめざる、是れ最苦と名づく。」師が僧に問う―「何と名づく。」僧が言う―「某甲。」師が言う―「阿那箇が是れ闍梨の主人公。」僧が言う―「現に対次を見るのみ。」師が言う―「苦なるかな苦なるかな。今時の人、例せば皆是のごとし。ただ驢前馬後を認得して将に自己と為るのみ。仏法、平沈す、此之是れなり。客中の主を辨ずるもなおいまだ分かたず、いかにしてか主中の主を辨ぜん。」僧便ち問う―「いかなるか主中の主。」師が言う―「闍梨、自ら道い取れ。」僧が言う―「某甲の道い得るはすなはち客中の主。いかなるか主中の主。」師が言う―「恁麼に道えばすなはち易し、相続するも大いに難し。」(雲居、別に言う―「某甲の道い得る、是れ客中の主に非ず。」)師、疾を示し、沙弥をして雲居に去りて語を伝えしむ。また言う―「他、忽ちお前に和尚何の言句か有ると問わば、ただ雲巌路、絶えんと欲すと道え。お前、此の語を下すに須らく遠く立つべし、恐らくは他、お前を打ちて去らん。」沙弥、旨を領して去る。語いまだ終わらず、早くも雲居に一棒打たる。沙弥、語無し。(同安顕、代わりて言う―「恁麼なればすなはち雲巌の一枝、墜ちざるなり。」後に雲居錫が言う―「上座、且く道え、雲巌路、絶えるか絶えざるか。」崇寿稠が言う―「古人、此の一棒を打つ、意作麼生。」)師、将に円寂せんとす、衆に対して言う―「吾、世に閑名有り、誰か吾の為に除き得る。」衆、皆対無し。時に沙弥出でて言う―「和尚の法号を請う。」師が言う―「吾が閑名、すでに謝す。」(石霜が言う―「人の彼を肯き得る無し。」雲居が言う―「もし閑名有らば、吾が先師に非ず。」曹山が言う―「古より今に至るまで人の辨じ得る無し。」疏山が言う―「龍、水を出づるの機有り、人の辨じ得る無し。」)問う―「和尚、違和す、還って病まざる者有るや無きや。」師が言う―「有り。」(底本「遺和」、当に「違和」なるべし。)僧が言う―「病まざる者、還って和尚を看るや否や。」師が言う―「老僧、彼を看るに分有り。」言う―「和尚、争でか彼を看るを得ん。」師が言う―

老僧看時即不見有病。師又曰。離此殼漏子向什麼處與吾相見。眾無對。唐咸通十年三月命剃髮披衣令擊鍾儼然坐化。時大眾號慟移晷。師忽開目而起曰。夫出家之人心不附物。是真修行。勞生息死於悲何有。乃召主事僧令辦愚痴齊一中。蓋責其戀情也。眾猶戀慕不已延至七日。食具方備。師亦隨齋畢曰。僧家勿事大率臨行之際喧動如斯。至八日浴訖端坐長往。壽六十有三。臘四十二。勅諡悟本大師。塔曰慧覺(師昔在泐潭尋譯大藏。纂出大乘經要一卷並激勵道俗偈頌誡等。流佈諸方)。

(師、接続して言う)「老僧、看る時すなはち病有るを見ず。」師また言う―「此の殼漏子を離れて、何の処に向かいてか吾と相見る。」衆、対無し。唐咸通十年三月、剃髪披衣を命じ、鐘を撃たしめ、儼然として坐化す。時に大衆、號慟して晷を移す。師、忽ち目を開きて起きて言う―「それ出家の人は、心、物に附せざれば是れ真の修行。生を労し死を息むるは、悲に於て何の有るか。」乃ち主事僧を召して愚痴齋一中を辦せしむ。蓋し其の恋情を責むるなり。衆、なお恋慕して已まず、延べて七日に至る。食具、方に備わる。師も亦た齋に随いて畢り、言う―「僧家、事する勿れ、大率は行に臨むの際、喧動するが斯くのごとし。」八日に至りて浴し訖りて、端坐して長往す。寿六十有三、臘四十二。勅して悟本大師と諡し、塔を慧覚と曰す。(師、昔、泐潭に在りて大蔵を尋繹し、『大乗経要』一卷を纂出し、併せて道俗を激励する偈頌誡等、諸方に流布す。)

涿州杏山鑒洪禪師。臨濟問。如何是露地白牛。師曰吽。濟曰。啞卻杏山口。師曰。老兄作麼生。濟曰。遮畜生。師乃休(與石室問答。如彼章出之)師五詠十秀皆暢玄風。滅後茶毘收五色舍利。

涿州杏山鑑洪禅師。臨済が問う―「いかなるか露地の白牛。」師が言う―「吽。」済が言う―「杏山の口を啞却せん。」師が言う―「老兄、作麼生。」済が言う―「この畜生。」師乃ち休む。(石室との問答、彼の章のごとく之を出す。)師、五咏十秀、皆玄風を暢ぶ。滅後荼毗し、五色の舍利を収む。

潭州神山僧密禪師。師在南泉打羅次。南泉問。作什麼。師曰。打羅。曰汝以手打腳打。師曰。卻請和尚道。南泉曰。分明記取。向後遇明眼作家但恁麼舉似(雲巖代雲。無手腳者始解打)師與洞山渡水。洞山曰。莫錯下腳。師曰。錯即過不得也。洞山曰。不錯底事作麼生。師曰。共長老過水。一日與洞山鋤茶園。洞山擲下钁頭曰。我今日困一點氣力也無。師曰。若無氣力爭解恁麼道得。洞山曰。汝將謂有氣力底是也。裴大夫問僧。供養佛還吃否。僧曰。如大夫祭家神。大夫舉似雲巖。雲巖代曰。有幾般飯食。但一時下來。雲巖卻問師。一時下來後作麼生。師曰。合後缽盂。巖肯之。僧問。如何是無所聞者乃曰聽經。師曰。惡會麼。僧曰。要會。師曰。未解聽經在。問一地不見二地如何。師曰。汝莫錯否汝是何地。有行者問。生死事乞師一言。師曰。汝何時生死去來。曰某甲不會請師說。師曰。不會須死一場去。

潭州神山僧密禅師。師、南泉に在りて羅を打つの次。南泉が問う―「何をか作す。」師が言う―「羅を打つ。」言う―「お前、手を以て打つか、脚を以て打つか。」師が言う―「却って和尚に道うを請う。」南泉が言う―「分明に記取せよ。向後、明眼の作家に遇わば、ただ恁麼に挙似せよ。」(雲巌、代わりて言う―「手脚無き者、始めて打つを解す。」)師、洞山と水を渡る。洞山が言う―「脚を錯り下すなかれ。」師が言う―「錯ればすなはち過ることを得ざるなり。」洞山が言う―「錯らざる底の事作麼生。」師が言う―「長老と共に水を過ぐ。」一天、洞山と茶園を鋤る。洞山、镢頭を擲ち下して言う―「我、今日困れり、一点の気力も無し。」師が言う―「もし気力無からば、争でか恁麼に道い得るを解せん。」洞山が言う―「お前、将に気力有る底を是と謂わんとす。」裴大夫、僧に問う―「仏を供養して還って吃するや否や。」僧が言う―「大夫の家神を祭るが如し。」大夫、挙げて雲巌に似す。雲巌、代わりて言う―「幾般かの飯食有り、ただ一時に下来す。」雲巌、却って師に問う―「一時に下来し後作麼生。」師が言う―「合後の鉢盂。」巌、之を肯く。僧が問う―「いかなるか聞く所無き者、乃ち経を聴くと曰う。」師が言う―「悪。会すや。」僧が言う―「会せんことを要す。」師が言う―「いまだ経を聴くを解せざる在り。」問う―「一地、二地を見ざるはいかん。」師が言う―「お前、錯るなかれ否。お前は是れ何地ぞ。」行者有りて問う―「生死の事、師に一言を乞う。」師が言う―「お前、何時か生死し去り来る。」言う―「某甲会せず、師に説を請う。」師が言う―「会せずば須らく一死場して去るべし。」

幽谿和尚僧問。大用現前不存軌則時如何。師起繞禪床一匝而坐。僧欲進語。師與一蹋。僧歸位而立。師曰。汝恁麼我不恁麼。汝不恁麼我卻恁麼。僧再擬進語。師又與一蹋曰。三十年後吾道大行。

幽谿和尚。僧が問う―「大用、前に現じて軌則を存せざる時いかん。」師、起きて禅床を遶ること一匝にして坐す。僧、語を進めんと欲す。師、与えて一踏す。僧、位に帰りて立つ。師が言う―「お前、恁麼にす、我、恁麼にせず。お前、恁麼にせず、我、却って恁麼にす。」僧、再び語を進めんと擬す。師また与えて一踏して言う―「三十年後、吾が道、大いに行われん。」

前華亭船子德誠禪師法嗣

前華亭船子徳誠禅師の法嗣

澧州夾山善會禪師廣州峴亭人也。姓廖氏。九歲於潭州龍牙山出家。依年受戒。往江陵聽習經論該練三學。遂參禪會勵力參承。初住京口。一夕道吾策杖而至。遇師上堂。僧問。如何是法身。師曰。法身無相。曰如何是法眼。師曰。法眼無瑕。師又曰。目前無法意在目前。不是目前法非耳目所到。道吾乃笑。師乃生疑問吾。何笑。吾曰。和尚一等出世未有師。可往淛中華亭縣參船子和尚去。師曰。訪得獲否。道吾曰。彼師上無片瓦遮頭。下無卓錐之地。師遂易服直詣華亭。會船子鼓櫂而至。師資道契微眹不留(語見船子章)師比遁世忘機。尋以學者交湊廬室星布曉夕參依。唐咸通十一年庚寅海眾卜於夾山遽成院宇。師上堂示眾曰。夫有祖以來時人錯會。相承至今以佛祖句為人師範。如此卻成狂人無智人去。他只指示汝。無法本是道。道無一法。無佛可成。無道可得。無法可捨。故云目前無法意在目前。他不是目前法。若向佛祖邊學。此人未有眼目。皆屬所依之法不得自在。本只為生死茫茫識性無自由分。千里萬裡求善知識。須有正眼永脫虛謬之見。定取目前生死。為復實有。為復實無。若有人定得許汝出頭。上根之人言下明道。中下根器波波浪走。何不向生死中定。當取何處更疑佛疑祖替汝生死。有智人笑汝偈曰。

澧州夾山善会禅師は、広州峴亭の人、姓は廖。九歳にして潭州龍牙山に於て出家す。年に依りて戒を受く。江陵に往きて経論を聴習し、三学を該練す。遂に禅会に参じ、励力参承す。初め京口に住す。一夕、道吾、杖を策して至り、師の上堂に遇う。僧が問う―「いかなるか法身。」師が言う―「法身に相無し。」言う―「いかなるか法眼。」師が言う―「法眼に瑕無し。」師また言う―「目前に法無く、意、目前に在り。是れ目前の法にあらず、耳目の到る所に非ず。」道吾乃ち笑う。師乃ち疑を生じ、吾に何をか笑うと問う。吾が言う―「和尚、一等世に出づるも、いまだ師未有り。浙中華亭県に往きて船子和尚に参ずべし。」師が言う―「訪ね得て獲るや否や。」道吾が言う―「彼の師、上に片瓦の頭を遮る無く、下に錐を卓するの地無し。」師、遂に服を易えて直に華亭に詣る。船子の棹を鼓して至るに会す。師資、道契し、微朕留まらず。(語は船子の章に見る。)師、比して世を遯れ機を忘る。尋いで学者交凑し、廬室星布し、暁夕参依す。唐咸通十一年庚寅、海衆、夾山に卜り、遽かに院宇と成す。師、上堂して衆に示して言う―「それ祖有り以来、時人錯会す。相承けて今に至り、仏祖の句を以て人の師範と為す。是の如くにして却って狂人無智の人と成り去る。他、ただお前に指示す―法無きは本是れ道。道に一法無し。成すべき仏無く、得べき道無く、捨つべき法無し。故に説く、目前に法無し、意は目前に在りと。他は是れ目前の法にあらず。もし仏祖の辺に向かいて学ばば、此の人、いまだ眼目未有り、皆所依の法に属し、自在を得ず。本ただ生死茫茫、識性に自由の分無きが為のみ。千里万里、善知識を求む。須らく正眼有りて、永く虚謬の見を脱すべし。定めて目前の生死を取れ―為復実有か、為復実無か。もし人の定め得る有らば、お前の頭を出ずるを許さん。上根の人、言下に道を明らむ。中下の根器、波波に浪走す。何ぞ生死中に向かいて定当に取らずして、何の処にか更に仏を疑い祖を疑いてお前の生死を替えん。智有る人、お前を笑わん。」偈―

勞持生死法唯向佛邊求

労して生死の法を持し、唯だ仏辺に向かいて求む、

目前迷正理撥火覓浮漚

目前に正理を迷い、火を撥きて浮漚を覓む。

僧問。從上立祖意教意。和尚此間為什麼言無。師曰。三年不食飯目前無饑人。曰既無饑人。某甲為什麼不悟。師曰。只為悟迷卻闍梨。師說頌曰。

僧が問う―「上より祖意教意を立つ。和尚、此間に於て何の故ぞ無しと言う。」師が言う―「三年飯を吃せず、目前に飢えたる人無し。」言う―「すでに飢えたる人無ければ、某甲、何の故ぞ悟らざる。」師が言う―「ただ悟の闍梨を迷却するが為にのみ。」師、頌を説く―

明明無悟法悟法卻迷人

明明として悟る法無し、悟る法は却って人を迷わす、

長舒兩腳睡無偽亦無真

長く両脚を舒べて睡る、偽も無く亦た真も無し。

僧問。如何是道。師曰。太陽溢目萬裡不掛片雲。曰如何得會。師曰。清淨之水遊魚自迷。問如何是本。師曰。飲水不迷源。問古人布髮掩泥當為何事。師曰。九烏射盡一翳猶存。一箭墮地天下不黑。問祖意與教意同別。師曰。風吹荷葉滿池青。十里行人較一程。師有小師隨侍日久。師住後遣令行腳。遊歷禪肆無所用心。聞師聚眾道播他室。迴歸省覲而問曰。和尚有如是奇特事。何不早向某甲說。師曰。汝蒸飯吾著火。汝行益吾展缽。什麼處是孤負汝處。小師從此悟入。師一日吃茶了。自烹一椀過與侍者。侍者擬接。師乃縮手曰。是什麼。侍者無對。有一大德來問師。若是教意某甲即不疑。只如禪門中事如何。師曰。老僧也只解變生為熟。問如何是實際之理。師曰。石上無根樹山含不動雲。問如何是出窟師子。師曰。虛空無影象足下野雲生。西川首座遊方至白馬。舉華嚴教語問曰。一塵含法界無邊時如何。白馬曰。如鳥二翼。如車二輪。首座曰。將謂禪門別有奇特事。元來不出教乘。乃迴本地。尋嚮夾山盛化。遣小師持前語而問師。師曰雕沙無鏤玉之譚。結草乖道人之思。小師迴舉似首座。首座乃讚。將謂禪門與教意不殊。元來有奇特之事。問如何是夾山境。師曰。猿抱子歸青嶂裡。鳥銜華落碧巖前。師再闢玄樞逮於一紀。唐中和元年辛丑十一月七日召主事曰。吾與眾僧話道累歲。佛法深旨各應自知。吾今幻質時盡即去。汝等善保護如吾在日。勿得雷同世人輒生惆悵。言訖至於夜奄然而逝。其月二十九日塔於本山。壽七十七臘五十七勅諡傳明大師。塔曰永濟。

僧が問う―「いかなるか道。」師が言う―「太陽目に溢れ、万里に片雲を挂けず。」言う―「いかにして会することを得。」師が言う―「清浄の水、游魚自ら迷う。」問う―「いかなるか本。」師が言う―「水を飲みて源を迷わず。」問う―「古人、髪を布き泥を掩うは、当に何の事をか為すべき。」師が言う―「九烏射尽くして一翳なお存す。一箭地に堕ちて天下黒からず。」問う―「祖意と教意と同じか別なるか。」師が言う―「風、荷葉を吹いて池に満つ青、十里の行人、一程に較ぶ。」師、小師有りて随侍すること日久し。師、住し後、遣りて行脚せしむ。禅肆を遊歴し、用心する所無し。師の衆を聚めて道、他室に播まるを聞き、回帰して省覲して問う―「和尚、是のごとき奇特の事有り、何ぞ早く某甲に向かいて説かざりし。」師が言う―「お前、飯を蒸せば吾、火を着く。お前、行益すれば吾、鉢を展ぶ。何の処か是れお前を孤負する処。」小師、此より悟入す。師、一天、茶を吃し了りて、自ら一碗を烹じて侍者に過す。侍者、接せんと擬す。師乃ち手を縮めて言う―「是れ何ぞ。」侍者、対無し。一大徳有りて来りて師に問う―「もし是れ教意なれば某甲すなはち疑わず。ただかくのごとき禅門中の事いかん。」師が言う―「老僧も亦たただ生を変じて熟と為すを解するのみ。」問う―「いかなるか実際の理。」師が言う―「石上根無き樹、山は動かざる雲を含む。」問う―「いかなるか窟を出づる師子。」師が言う―「虚空に影象無く、足下に野雲生ず。」西川首座、方を游びて白馬に至り、『華厳』の教語を挙げて問う―「一塵、法界無辺を含む時いかん。」白馬が言う―「鳥の二翼の如く、車の二輪の如し。」首座が言う―「将に禅門、別に奇特の事有らんと謂えり、元来教乗を出でず。」乃ち本地に回る。尋いで夾山に向かいて化を盛んにし、小師を遣りて前の語を持して師に問わしむ。師が言う―「沙を雕るも玉を鏤るの談無く、草を結ぶも道人の思に乖く。」小師、回りて挙げて首座に似す。首座乃ち賛す―「将に禅門は教意と殊ならずと謂えり、元来奇特の事有り。」問う―「いかなるか夾山の境。」師が言う―「猿、子を抱きて青嶂裏に帰り、鳥、花を銜えて碧巌前に落とす。」師、再び玄枢を辟くこと、一紀に逮ぶ。唐中和元年辛丑十一月七日、主事を召して言う―「吾、衆僧と道を話ること累歳なり。仏法の深旨、各々応に自ら知るべし。吾、今、幻質時尽きればすなはち去らん。お前たち善く保護して、吾が日に在るが如くせよ。世人に雷同して、輙ち惆悵を生ずることを得るなかれ。」言い訖りて夜に至りて奄然として逝く。其の月二十九日、本山に塔す。寿七十七、臘五十七。勅して伝明大師と諡し、塔を永済と曰す。

行思禪師第五世

行思禅師第五世

前舒州投子山大同禪師法嗣

前舒州投子山大同禅師の法嗣

投子感溫禪師(第二世住)僧問。師登寶座接示何人。師曰。如月覆千谿。僧曰。恁麼即滿地不虧也。師曰。莫恁麼道。僧問。父不投為什麼卻投子。師曰。豈是別人屋裡事。僧曰。父與子還屬功也無。師曰。不屬。曰不屬功底如何。師曰。父子各自脫。曰為什麼如此。師曰。汝與我會。師遊山見蟬蛻殼。侍者問曰。殼在遮裡蟬子向什麼處去也。師拈殼就耳畔。搖三五下作蟬響聲。其僧於是開悟。

投子感温禅師(第二世住)。僧が問う―「師、宝座に登りて、何人を接示する。」師が言う―「月の千谿を覆うが如し。」僧が言う―「恁麼なればすなはち地に満ちて虧けざるなり。」師が言う―「恁麼に道うなかれ。」僧が問う―「父は投げざるに、何の故ぞ却って子を投ぐ。」師が言う―「あに是れ別人の屋裏の事ならんや。」僧が言う―「父と子、還って功に属するや無きや。」師が言う―「属せず。」言う―「功に属せざる底いかん。」師が言う―「父子、各々自ら脱す。」言う―「何の故ぞ是の如くなる。」師が言う―「お前、我と会せ。」師、山に游びて蝉の殼を脱ぐるを見る。侍者が問う―「殼、ここに在り、蝉子、何の処に向かいてか去る也。」師、殼を拈じて耳畔に就け、三五下を摇りて蝉响の声を作す。其の僧、是に於て開悟す。

福州牛頭微禪師。師上堂示眾曰。三世諸佛用一點伎倆不得。天下老師口似匾擔。諸人作麼生大不容易。除非知有莫能知之。僧問。如何是和尚家風。師曰。山畬粟米飯野菜澹黃韲。僧曰。忽遇上客來又作麼生。師曰。吃即從君吃不吃任東西。問不問驪龍頷下珠。如何識得家中寶。師曰。忙中爭得作閑人。

福州牛頭微禅師。師、上堂して衆に示して言う―「三世諸仏、一点の伎倆を用うることを得ず。天下の老師、口は匾担に似たり。諸人、作麼生、大いに容易ならず。除く有るを知るに非ざれば、能く之を知る莫し。」僧が問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「山畬の粟米飯、野菜の淡黄齏。」僧が言う―「忽ち上客の来るに遇わばまた作麼生。」師が言う―「吃せばすなはち君に従いて吃し、吃せざれば東西に任る。」問う―「驪龍の頷下の珠を問わず。いかにして家中の宝を識得せん。」師が言う―「忙中、争でか閑人を作るを得ん。」

西川青城香山澄照大師。僧問。諸佛有難向火焰裡藏身。未審衲僧有難向什麼處藏身。師曰。水精甕裡著波斯。問如何是初生月。師曰。太半人不見。

西川青城香山澄照大師。僧が問う―「諸仏に難有らば火焰裏に向かいて身を蔵す。いまだ審らかならず、衲僧に難有らば何の処に向かいてか身を蔵する。」師が言う―「水精の瓮裏に波斯を着ける。」問う―「いかなるか初生の月。」師が言う―「太半の人見えず。」

陝府天福和尚。僧問。如何是佛法大意。師曰。黃河無滴水華嶽總平治。

陿府天福和尚。僧が問う―「いかなるか仏法の大意。」師が言う―「黄河に滴水無く、華岳総ぼて平治なり。」

濠州思明和尚在投子眾時。有僧問。如何是上座沙彌童行。師曰諾。僧問。如何是清淨法身。師曰。屎裡蛆兒頭出頭沒。

濠州思明和尚、投子の衆に在りし時。僧有りて問う―「いかなるか上座沙弥童行。」師が言う―「諾。」僧が問う―「いかなるか清浄の法身。」師が言う―「屎裏の蛆児、頭出で頭没す。」

鳳翔府招福和尚。僧問。東牙烏牙皆出隊。和尚為什麼不出隊。師曰。住持各不同。闍梨爭得怪。

鳳翔府招福和尚。僧が問う―「東牙烏牙、皆隊を出づ。和尚、何の故ぞ隊を出でざる。」師が言う―「住持、各々同じからず。闍梨、争でか怪み得ん。」

興元府中梁山遵古禪師。問空劫無人能問法。即今有問法何安。師曰。大悲菩薩甕裡坐。問如何是祖師西來意。師曰。道士擔漏巵。

興元府中梁山遵古禅師。問う―「空劫に人の法を問う能き無し。即今、法を問う有りて何をか安んずる。」師が言う―「大悲菩薩、瓮裏に坐す。」問う―「いかなるか祖師西来意。」師が言う―「道士、漏卮を担う。」

襄州谷隱和尚。僧問。如何是不觸白雲機。師曰。鶴帶鵶顏浮生不棄。

襄州穀隠和尚。僧が問う―「いかなるか白雲の機に触れざる。」師が言う―「鶴、鴉の顔を帯び、浮生棄てられず。」

安州九𡽀山和尚。僧問。如何是佛。師曰。即汝是。問遠聞九𡽀及至到來只見一𡽀。師曰。闍梨只見一𡽀不見九𡽀。曰如何是九𡽀。師曰。水急浪華麁。

安州九𡽀山和尚。僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「即ちお前是れ。」問う―「遠く九𡽀を聞く、及び到り来ればただ一𡽀を見るのみ。」師が言う―「闍梨、ただ一𡽀を見て九𡽀を見ず。」言う―「いかなるか九𡽀。」師が言う―「水急にして浪花粗し。」

盤山和尚(幽州第二世住)僧問。如何出得三界。師曰。在裡頭來多少時耶。曰如何出得。師曰。青山不礙白雲飛。問承教有言。如化人煩惱如石女兒。此理如何。師曰。闍梨直如石女兒去。

盤山和尚(幽州第二世住)。僧が問う―「いかにして三界を出で得。」師が言う―「裏頭に在ること多少の時耶。」言う―「いかにして出で得。」師が言う―「青山、白雲の飛ぶを礙げず。」問う―「教の言有りと承く―化人の煩悩の如く、石女の児の如しと。この理いかん。」師が言う―「闍梨、直に石女の児の如くして去れ。」

安州九𡽀敬慧禪師(第二世住)僧問。解脫深坑如何過得。師曰。不求過。僧曰。如何過得。師曰。求過亦非。

安州九𡽀敬慧禅師(第二世住)。僧が問う―「解脱の深坑、いかにして過ることを得。」師が言う―「過るを求めず。」僧が言う―「いかにして過ることを得。」師が言う―「過るを求むるも亦た非なり。」

東京觀音院巖俊禪師邢臺人也。姓廉氏。初參祖席遍歷衡廬岷蜀。嘗經鳳林深谷。歘覩珍寶發現。同侶相顧意將取之。師曰。古人鋤園觸黃金若瓦礫。待吾菅茆覆頂。須此供四方僧。言訖捨去。造謁投子。投子問曰。子昨宿何處。師曰。在不動道場。曰既言不動曷由至此。師曰。至此豈是動耶。曰元來宿不著處然。投子默認許之。尋抵東京。會有梁少保李鄑。即河陽節度使罕之兄也。雅信內典尤重於師。因捨宅建院曰觀音明聖。請師居之。周高祖世宗二帝潛隱時。每登方丈必施跪禮。及即位特賜紫。號淨戒大師。眾常數百。乾德丙寅三月示疾垂誡門人訖。怡顏合掌而滅。壽八十五。臘六十五。其年四月八日塔於東郊豐臺村。

東京観音院巌俊禅師は、邢台の人、姓は廉。初めて祖席に参じ、衡廬岷蜀を遍歴す。曽て鳳林の深谷を経て、欻として珍宝の発見するを睹る。同侶、相い顧みて意に将に之を取らんとす。師が言う―「古人、園を鋤いて黄金に触るること瓦礫の若し。吾が菅茅の頂を覆うを待たば、須らく此を以て四方の僧に供すべし。」言い訖りて捨てて去る。造りて投子を謁す。投子が問う―「子、昨、何の処にか宿せし。」師が言う―「不動道場に在り。」言う―「すでに不動と言う、曷が由りてか此に至る。」師が言う―「此に至ること、あに是れ動ならんや。」言う―「元来、処に着けずして宿す。」然るに投子、黙して之を認許す。尋いで東京に抵る。梁少保李鄑有るに会う、すなはち河陽節度使罕之の兄なり。雅く内典を信じ、尤も師を重んず。因りて宅を捨てて院を建て、観音明聖と曰い、師を請じて之に居らしむ。周高祖、世宗の二帝、潜隠の時、每に方丈に登れば必ず跪礼を施す。即位に及びて、特に紫を賜い、浄戒大師と号す。衆、常に数百。乾徳丙寅三月、疾を示し、垂れて門人を誡め訖りて、怡顔合掌して滅す。寿八十五、臘六十五。其の年四月八日、東郊豊台村に塔す。

前鄂州清平山令遵禪師法嗣

前鄂州清平山令遵禅師の法嗣

蘄州三角山令珪禪師初參清平。清平問曰。來作麼。師曰。來禮拜。曰禮拜阿誰。師曰。特來禮拜和尚。清平咄曰。遮鈍根阿師。師乃禮拜。清平於師頸上以手斫一下。師從此摳衣密領宗旨。住後僧問。如何是佛。師曰。明日來向汝道。如今道不得。

蘄州三角山令珪禅師、初めて清平に参ず。清平が問う―「来りて作么。」師が言う―「礼拝しに来た。」言う―「阿誰を礼拝する。」師が言う―「特に来りて和尚を礼拝す。」清平、咄して言う―「この鈍根の阿師。」師乃ち礼拝す。清平、師の頸上に於て手を以て一斫す。師、此より衣を抠きて、密かに宗旨を領す。住し後、僧が問う―「いかなるか仏。」師が言う―「明日来りてお前に向かいて道わん。如今、道うことを得ず。」

景徳伝燈録巻第十五

景徳伝燈録巻第十六

吉州青原山行思禪師第五世中七十二人

吉州青原山行思禅師第五世中七十二人

朗州德山宣鑒禪師法嗣九人鄂州巖頭全豁禪師

朗州徳山宣鑑禅師の法嗣九人、鄂州巌頭全豁禅師

福州雪峰義存禪師

福州雪峰義存禅師

天台瑞龍院慧恭禪師

天台瑞龍院慧恭禅師

泉州瓦棺和尚

泉州瓦棺和尚

襄州高亭簡禪師

襄州高亭簡禅師

洪州感潭資國和尚(已上六人見錄)

洪州感潭資国和尚(以上六人は見録)

德山鵝湖紹奭大師

徳山鵞湖紹奭大師

鳳翔府無垢和尚

鳳翔府無垢和尚

益州雙流尉遲和尚(已上三人無機緣語句不錄)

益州双流尉遅和尚(以上三人は機縁の語句なし、録せず)

潭州石霜慶諸禪師法嗣四十一人河中南際山僧一禪師

潭州石霜慶諸禅師の法嗣四十一人、河中南際山僧一禅師

潭州大光山居誨禪師

潭州大光山居誨禅師

廬山懷祐禪師

廬山懐祐禅師

筠州九峰道虔禪師

筠州九峰道虔禅師

台州湧泉景欣禪師

台州涌泉景欣禅師

潭州雲蓋山志元禪師

潭州雲蓋山志元禅師

潭州谷山藏禪師

潭州穀山蔵禅師

福州覆船山洪薦禪師

福州覆船山洪薦禅師

朗州德山存德慧空禪師

朗州徳山存徳慧空禅師

吉州崇恩和尚

吉州崇恩和尚

石霜第三世輝禪師

石霜第三世輝禅師

郢州芭蕉和尚

郢州芭蕉和尚

潭州肥田伏和尚

潭州肥田伏和尚

潭州鹿苑暉禪師

潭州鹿苑暉禅師

潭州寶蓋約禪師

潭州宝蓋約禅師

越州雲門海晏禪師

越州雲門海晏禅師

湖南文殊和尚

湖南文殊和尚

鳳翔府石柱和尚

鳳翔府石柱和尚

潭州中雲蓋和尚

潭州中雲蓋和尚

河中捿巖存壽禪師

河中捿巌存寿禅師

南嶽玄泰上座(已上二十一人見錄)

南岳玄泰上座(以上二十一人は見録)

杭州龍泉敬禪師

杭州龍泉敬禅師

潞府盤亭宗敏禪師

潞府盤亭宗敏禅師

新羅欽忠禪師

新羅欽忠禅師

新羅行寂禪師

新羅行寂禅師

洪州鹿源和尚

洪州鹿源和尚

郢州大陽山和尚

郢州大陽山和尚

滑州觀音和尚

滑州観音和尚

鄆州正覺和尚

鄆州正覚和尚

商州高明和尚

商州高明和尚

許州慶壽和尚

許州慶寿和尚

鎮州萬歲和尚

鎮州万歳和尚

第二世鎮州靈壽和尚

第二世鎮州霊寿和尚

鎮州洪濟禪師

鎮州洪済禅師

吉州簡之禪師

吉州簡之禅師

大梁洪方禪師

大梁洪方禅師

卬州守閑禪師

卬州守閑禅師

新羅朗禪師

新羅朗禅師

新羅清虛禪師

新羅清虚禅師

汾州爽禪師

汾州爽禅師

餘杭通禪師(已上二十人無機緣語句不錄)

余杭通禅師(以上二十人は機縁の語句なし、録せず)

澧州夾山善會禪師法嗣二十二人澧州樂普山元安禪師

澧州夾山善会禅師の法嗣二十二人、澧州楽普山元安禅師

洪州上藍令超禪師

洪州上藍令超禅師

鄆州四禪和尚

鄆州四禅和尚

江西逍遙山懷忠禪師

江西逍遥山懐忠禅師

袁州盤龍山可文禪師

袁州盤龍山可文禅師

撫州黃山月輪禪師

撫州黄山月輪禅師

洛京韶山寰普禪師

洛京韶山寰普禅師

太原海湖和尚

太原海湖和尚

嘉州白水寺和尚

嘉州白水寺和尚

鳳翔府天蓋山幽禪師

鳳翔府天蓋山幽禅師

洪州同安和尚(已上一十一人見錄)

洪州同安和尚(以上一十一人は見録)

韶州曇普禪師

韶州曇普禅師

吉州僊居山和尚

吉州僊居山和尚

太原資福端禪師

太原資福端禅師

洪州盧僊山延慶和尚

洪州盧僊山延慶和尚

越州越峰和尚

越州越峰和尚

朗州祗闍山和尚

朗州祗闍山和尚

益州棲穆和尚

益州栖穆和尚

嵩山全禪師

嵩山全禅師

益州夾山院和尚

益州夾山院和尚

西京雲巖和尚

西京雲巌和尚

安福延休和尚(已上一十一人無機緣語句不錄)

安福延休和尚(以上一十一人は機縁の語句なし、録せず)

行思禪師第五世中

行思禅師第五世中

前朗州德山宣鑒禪師法嗣

前朗州徳山宣鑑禅師の法嗣

鄂州巖頭全豁禪師泉州人也。姓柯氏。少禮清原誼公落髮。往長安寶壽寺稟戒。習經律諸部。優遊禪苑與雪峰義存欽山文邃為友。自餘杭大慈山迤邐造於臨濟。屬臨濟歸寂乃謁仰山。才入門提起坐具曰。和尚。仰山取拂子擬舉之。師曰。不妨好手。後參德山和尚。執坐具上法堂瞻視。德山曰。作麼。師咄之。德山曰。老僧過在什麼處。師曰。兩重公案。乃下參堂。德山曰。遮箇阿師稍似箇行腳人。至來日上問訊。德山曰。闍梨是昨日新到否。曰是。德山曰。什麼處學得遮箇虛頭來。師曰。全豁終不自謾。德山曰。他後不得孤負老僧。他日參師入方丈門側身問。是凡是聖。德山喝。師禮拜。有人舉似洞山。洞山曰。若不是豁上座大難承當。師聞之乃曰。洞山老人不識好惡錯下名言。我當時一手擡一手搦。雪峰在德山作飯頭。一日飯遲。德山掌缽至法堂上。峰曬飯巾次見德山便雲這老漢鍾未鳴鼓未響托缽向什麼處去。德山便歸方丈。峰舉似師。師雲。大小德山不會末後句。山聞令侍者喚師至方丈問。爾不肯老僧那。師密啟其意。德山至來日上堂與尋常不同。師到僧堂前撫掌大笑雲。且喜得老漢會末後句。他後天下人不奈何。雖然如此也秖得三年(德山果三年後示滅)。師一日與雪峰義存欽山文邃三人聚話。存驀然指一椀水。邃曰。水清月現。存曰。水清月不現。師踢卻水椀而去。自此邃師於洞山。存豁二士同嗣德山。師與存同辭德山。德山問。什麼處去。師曰。暫辭和尚下山去。德山曰。子他後作麼生。師曰。不忘。曰子憑何有此說。師曰。豈不聞智過於師。方堪傳授智與師齊減師半德。曰如是如是。當善護持。二士禮拜而退。存返閩川居象骨山之雪峰。師庵於洞庭臥龍山。徒侶臻萃。僧問無師還有出身處也無。師曰。聲前古毳爛。問堂堂來時如何。師曰。刺破眼。問如何是祖師意。師曰。移取廬山來向汝道。

鄂州巌頭全豁禅師は、泉州の人、姓は柯。少くして清原誼公を礼して落髪す。長安宝寿寺に往きて戒を禀す。経律の諸部を習う。禅苑に優游し、雪峰義存、欽山文邃と友と為る。余杭大慈山より迤邐して臨済に造る。臨済の寂に帰するに属し、乃ち仰山を謁す。纔かに門を入りて坐具を提起して言う―「和尚。」仰山、払子を取りて之を挙げんと擬す。師が言う―「妨げず好手なり。」後に徳山和尚に参ず。坐具を執りて法堂に上りて瞻視す。徳山が言う―「作么。」師、之を咄す。徳山が言う―「老僧の過は何の処に在る。」師が言う―「兩重の公案。」乃ち下りて参堂す。徳山が言う―「この阿師、稍や箇の行脚人に似たり。」来日に至りて上りて問訊す。徳山が言う―「闍梨は是れ昨日の新到か否。」言う―「是。」徳山が言う―「何の処に学びてこの虚頭を得たる。」師が言う―「全豁、終に自ら謾せず。」徳山が言う―「他後、老僧を孤負することを得ず。」他日、参じて師、方丈門に入り、身を側めて問う―「是れ凡か是れ聖か。」徳山、喝す。師、礼拝す。人有りて挙げて洞山に似す。洞山が言う―「もし豁上座に非ざれば、大いに承当し難し。」師、之を聞きて乃ち言う―「洞山の老人、好悪を識らず、名言を錯り下せり。我、当時、一手は抬げ一手は搦りたり。」雪峰、徳山に在りて飯頭と作す。一天、飯遅し。徳山、鉢を掌りて法堂上に至る。峰、飯巾を晒すの次、徳山を見て便ち言う―「この老汉、鐘いまだ鳴らず、鼓いまだ响かず、鉢を托して何の処に向かいてか去る。」徳山便ち方丈に帰る。峰、挙げて師に似す。師が言う―「大小の徳山、末後の句を会せず。」山、聞きて侍者をして師を喚び方丈に至らしめて問う―「お前、老僧を肯かざる那。」師、密かに其意を啓す。徳山、来日に至りて上堂す、尋常と同じからず。師、僧堂前に到りて掌を撫して大笑して言う―「且く喜ぶ、老汉、末後の句を会し得たり。他後、天下人奈何することなかれ。然れども是のごとしといえども、亦たただ三年を得るのみ。」(徳山、果たして三年後に示滅す。)師、一天、雪峰義存、欽山文邃と三人聚まりて話す。存、蓦然として一碗の水を指す。邃が言う―「水清ければ月現ず。」存が言う―「水清ければ月現ぜず。」師、水碗を踢り却いて去る。此より邃、洞山に師事し、存、豁の二士、同じく徳山を嗣ぐ。師、存と同じく徳山を辞す。徳山が問う―「何の処にか去る。」師が言う―「暫く和尚を辞して山を下りて去らん。」徳山が言う―「子、他後作麼生。」師が言う―「忘れず。」言う―「子、何に憑りて此の説有る。」師が言う―「あに聞かずや―智、師に過ぐれば方に伝授に堪え、智、師と斉しければ師の半徳を減ずと。」言う―「是の如し是の如し。当に善く护持すべし。」二士、礼拝して退く。存、閩川に返り、象骨山の雪峰に居る。師、洞庭卧龍山に庵す、徒侶臻萃す。僧が問う―「師無し、還って出身の処有るや無きや。」師が言う―「声前の古毳爛れたり。」問う―「堂堂と来る時いかん。」師が言う―「眼を刺し破る。」問う―「いかなるか祖師意。」師が言う―「廬山を移し取りてお前に向かいて道わん。」

師一日上堂。謂諸徒曰。吾嘗究涅槃經七八年。覩三兩段文。似衲僧說話。又曰。休休。時有一僧出禮拜請師舉。師曰。吾教意如伊字三點。第一向東方下一點。點開諸菩薩眼。第二向西方下一點。點諸菩薩命根。第三向上方下一點。點諸菩薩頂。此是第一段義。又曰吾教意如摩醯首羅劈開面門。竪亞一隻眼。此是第二段義。又曰。吾教意猶如塗毒鼓擊一聲遠近聞者皆喪。亦云俱死。此是第三段義。時小嚴上座問。如何是塗毒鼓。師以兩手按膝亞身曰。韓信臨朝底嚴無語。夾山會下一僧到石霜。入門便道不審。石霜曰。不必闍梨。僧曰。恁麼即珍重。又到巖頭如前道不審。師曰噓。僧曰。恁麼即珍重方迴步。師曰。雖是後生亦能管帶。其僧歸舉似夾山。夾山曰。大眾還會麼。眾無對。夾山曰。若無人道老僧不惜兩莖眉毛道去也。乃曰。石霜雖有殺人刀。且無活人劍。師與羅山卜塔基。羅山中路忽曰。和尚。師迴顧曰。作麼。羅山舉手曰。遮裡好片地。師咄曰。瓜州賣瓜漢。又行數裡徘徊間。羅山禮拜問曰。和尚豈不是三十年在洞山。而不肯洞山。師曰是。又曰。和尚豈不是法嗣德山。又不肯德山。師曰是。曰不肯德山即不問。只如洞山有何所闕。師良久曰。洞山好箇佛。只是無光。僧問。利劍斬天下誰是當頭者。師曰。暗擬。再問。師咄曰。遮鈍漢出去。問不歷古今時如何。師曰。卓朔地。曰古今事如何。師曰。任爛。師問僧。什麼處來。曰西京來。師曰。黃巢過後還收得劍麼。曰收得。師引頸作受刃勢。僧曰。師頭落也。師大笑。(其僧後到雪峰舉前語。被拄杖打趁下山)問二龍爭珠誰是得者。師曰。俱錯。僧問雪峰。聲聞人見性如夜見月。菩薩人見性如晝見日。未審和尚見性如何。峰以拄杖打三下。其僧後舉前語問師。師與三摑。問如何是三界主。師曰。汝還解吃鐵棒麼。瑞巖問。如何是毘盧師。

師、一天上堂し、諸の徒に対して言う―「吾、曽て『涅槃経』を究むること七八年、兩三段の文を睹て、衲僧の説話に似たり。」また言う―「休め休め。」時に一僧有りて出でて礼拝し師に挙げんことを請う。師が言う―「吾が教意、伊字の三点の如し。第一、東方に向かいて一点を下し、諸の菩薩の眼を点开く。第二、西方に向かいて一点を下し、諸の菩薩の命根を点ず。第三、上方に向かいて一点を下し、諸の菩薩の頂を点ず。此れ是れ第一段の義。」また言う―「吾が教意、摩醯首羅の面門を劈き開きて、竪に一只眼を亞えたるが如し。此れ是れ第二段の義。」また言う―「吾が教意、猶お毒を塗りたる鼓のごとく、一声を撃てば遠近の聞く者皆喪う。亦た俱に死すと説く。此れ是れ第三段の義。」時に小厳上座が問う―「いかなるか毒を塗りたる鼓。」師、両手を以て膝を按じて身を亞えて言う―「韓信の朝に臨む底。」厳、語無し。夾山会下の一僧、石霜に到り、門に入りて便ち道う―「不審。」石霜が言う―「闍梨を要せず。」僧が言う―「恁麼なればすなはち珍重。」また巌頭に到りて、前の如く道う―「不審。」師が言う―「嘘。」僧が言う―「恁麼なればすなはち珍重。」方に歩を回す。師が言う―「後生といえども、亦た能く管帶す。」其の僧、帰りて挙げて夾山に似す。夾山が言う―「大衆、還って会すや。」衆、対無し。夾山が言う―「もし人道う者無からば、老僧、兩茎の眉毛を惜しまず道いて去らん。」乃ち言う―「石霜、人を殺すの刀有るといえども、且く人を活かすの剣無し。」師、羅山と塔基を卜す。羅山、中路に忽ち言う―「和尚。」師、回顧して言う―「作么。」羅山、手を挙げて言う―「ここ、好き一片の地。」師、咄して言う―「瓜州の瓜を売る漢。」また行くこと数里徘徊の間。羅山、礼拝して問う―「和尚、あに是れ三十年洞山に在りて而して洞山を肯かざるか。」師が言う―「是。」また言う―「和尚、あに是れ徳山を法嗣し而してまた徳山を肯かざるか。」師が言う―「是。」言う―「徳山を肯かざるはすなはち問わず。ただかくのごとき洞山、何の闕ける所有る。」師、良久して言う―「洞山、好き箇の仏、ただ是れ光無し。」僧が問う―「利剣、天下を斬る、誰か是れ頭に当たる者。」師が言う―「暗く擬す。」再び問う。師、咄して言う―「この鈍漢、出去れ。」問う―「古今を歴ぜざる時いかん。」師が言う―「卓朔たる地。」言う―「古今の事いかん。」師が言う―「爛れるに任す。」師が僧に問う―「何の処よりか来る。」言う―「西京より来た。」師が言う―「黄巢過ぎし後、還って剣を収め得るか。」言う―「収め得たり。」師、頸を引きて刃を受くるの勢いを作す。僧が言う―「師の頭落ちたり。」師、大笑す。(其の僧、後に雪峰に到りて前の語を挙げ、拄杖に打趁せられて山を下る。)問う―「二龍、珠を争う、誰か是れ得る者。」師が言う―「俱に錯り。」僧、雪峰に問う―「声聞人の性を見るは夜に月を見るが如し。菩薩人の性を見るは昼に日を見るが如し。いまだ審らかならず、和尚の性を見るはいかん。」峰、拄杖を以て三下を打つ。其の僧、後に前の語を挙げて師に問う。師、与えて三掴す。問う―「いかなるか三界の主。」師が言う―「お前、還って鉄棒を吃するを解するか。」瑞巌が問う―「いかなるか毘盧の師。」

師曰。道什麼。瑞巖再問之。師曰。汝年十七八。未問塵中如何辨主。師曰。銅鈔鑼裡滿盛油。問弓折箭盡時如何。師曰去。問如何是巖中的的意。師曰。謝指示。僧曰。請和尚答話。師曰。珍重。問如何是道。師曰。破草鞋與拋向湖裡著。問萬丈井中如何得倒底。師曰吽。僧再問。師曰。腳下過也。問古帆不掛時如何。師曰。後園驢吃草。爾後人或問佛問法問道問禪者。師皆作噓聲。而常謂眾曰。老漢去時大吼一聲了去。唐光啟之後中原盜起眾皆避地。師端居晏如也。一日賊大至責以無供饋遂倳刃焉。師神色自若。大叫一聲而終。聲聞數十里。即光啟三年丁未四月八日也。門人後焚之獲舍利四十九粒。眾為起塔。壽六十。僖宗諡清嚴大師。塔曰出塵。

師が言う―「何をか道う。」瑞巌、再び之を問う。師が言う―「お前、年十七八。」未が問う―「塵中に於ていかにして主を辨ぜん。」師が言う―「銅鈔鑼裏、油を盛りて満つ。」問う―「弓折れ箭尽きる時いかん。」師が言う―「去れ。」問う―「いかなるか巌中の的的の意。」師が言う―「指示に謝す。」僧が言う―「和尚に話を答えんを請う。」師が言う―「珍重。」問う―「いかなるか道。」師が言う―「破れ草鞋を湖裏に抛げ向えて著け。」問う―「万丈の井中、いかにして倒底を得。」師が言う―「吽。」僧、再び問う。師が言う―「脚下過ぐる也。」問う―「古帆挂けざる時いかん。」師が言う―「後園の驢、草を吃す。」爾後、人、或いは仏を問い、法を問い、道を問い、禅を問う者に、師皆嘘声を作す。而して常に衆に対して言う―「老汉、去る時、大吼一声して了めて去らん。」唐光啓の後、中原に盗起り、衆、皆地を避く。師、端居晏如たり。一天、賊大いに至り、供饋無きを以て責め、遂に刃を倳す。師、神色自ずから若し、一声を大叫して終る。声、数十里に聞えり。すなはち光啓三年丁未四月八日なり。門人、後に之を焚きて、舍利四十九粒を獲。衆、塔を為りて起つ。寿六十。僖宗、清厳大師と諡し、塔を出塵と曰す。

福州雪峰義存禪師泉州南安人也。姓曾氏。家世奉佛。師生惡葷茹。於襁褓中聞鍾梵之聲。或見幡華像設。必為之動容。年十二從其父遊莆田玉㵎寺。見慶玄律師遽拜曰。我師也遂留侍焉。十七落髮。謁芙蓉山常照大師。照撫而器之。後往幽州寶剎寺受具足。戒久歷禪會緣契德山。唐咸通中迴閩中。登象骨山雪峰創院。徒侶翕然。懿宗賜號真覺大師。仍賜紫袈裟僧問。祖意與教意是同是別。師曰。雷聲震地室內不聞。又曰。闍梨行腳為什麼事。問我眼本正。因師故邪時如何。師曰。迷逢達磨。曰我眼何在。師曰。得不從師。問剃髮染衣受佛依蔭。為什麼不許認佛。師曰。好事不如無。師問坐主。如是兩字盡是科文。作麼生是本文。座主無對(五雲和尚代雲。更分三段著)問有人問。三身中那箇身不墮諸數。古人云。吾常於此切。意旨如何。師曰。老漢九轉上洞山。僧擬再問。師曰。拽出此僧著。問如何是覿面事。師曰。千里未是遠。問如何是大人相。師曰。瞻仰即有分。問文殊與維摩對譚何事。師曰。義墮也。僧問寂然無依時如何。師曰。猶是病。曰轉後如何。師曰。船子下揚州。問承古有言。師便作臥勢良久。起曰。問什麼。僧再舉。師曰。虛生浪死漢。問箭露投鋒時如何。師曰。好手不中的。僧曰。盡眼勿摽的時如何。師曰。不妨隨分好手。問古人道。路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。吃茶去。師問僧。什麼處來。對曰。神光來。師曰。晝喚作日光夜喚作火光。作麼生是神光。僧無對。師自代曰。日光火光。棲典座問。古人有言。知有佛向上事。方有語話分。如何是語話。師把住曰。道道。棲無對。師蹋倒。棲起來汗流。師問僧。什麼處來。僧曰。近離淛中。師曰。船來陸來。曰二途俱不涉。師曰。爭得到遮裡。曰有什麼隔礙。師便打。問古人道覿面相呈。師曰。是曰如何是覿面相呈。

福州雪峰義存禅師は、泉州南安の人、姓は曽。家世、仏を奉ず。師、生まれて葷茹を悪む。襁褓の中に於て鐘梵の声を聞き、或いは幡花像設を見れば、必ず之が為に容を動かす。年十二、其の父に従いて莆田玉澗寺に游び、慶玄律師を見て、遽かに拝して言う―「我が師なり。」遂に留まりて侍す。十七に落髪す。芙蓉山常照大師を謁す。照、撫じて之を器とす。後に幽州宝刹寺に往きて具足戒を受く。久しく禅会を歴て、徳山と契を縁す。唐咸通中、閩中に回る。象骨山の雪峰に登りて院を創る、徒侶翕然たり。懿宗、真覚大師と号を賜い、仍りて紫袈裟を賜う。僧が問う―「祖意と教意とは是れ同か是れ別か。」師が言う―「雷声、地を震うも、室内に聞えず。」また言う―「闍梨、行脚して何の事をか為す。」問う―「我が眼、本正し、師に因るが故に邪なる時いかん。」師が言う―「迷いて達磨に逢う。」言う―「我が眼、何在り。」師が言う―「得るに師に従わず。」問う―「髪を剃り衣を染め、仏の依蔭を受く。何の故ぞ仏を認むるを許さざる。」師が言う―「好事、無きに如かず。」師、坐主に問う―「是の如きの兩字、尽く是れ科文。作麼生か是れ本文。」座主、対無し。(五雲和尚、代わりて言う―「更に三段を分かて著け。」)問う、人の問う有り―「三身の中、那箇の身、諸の数に堕ちざる。古人の説く―吾、常に此に於て切なりと。意旨いかん。」師が言う―「老汉、九転して洞山に上る。」僧、再び問わんと擬す。師が言う―「此の僧を拽き出して著け。」問う―「いかなるか覿面の事。」師が言う―「千里、いまだ是れ遠ならず。」問う―「いかなるか大人相。」師が言う―「瞻仰すればすなはち分有り。」問う―「文殊と維摩と対談して何の事。」師が言う―「義堕したり。」僧が問う―「寂然として依無き時いかん。」師が言う―「なお是れ病。」言う―「転じし後いかん。」師が言う―「船子、揚州に下る。」問う―「古の言有りと承く。」師便ち卧勢を作し、良久して起きて言う―「何をか問う。」僧、再び挙ぐ。師が言う―「虚しく生まれ浪りに死する漢。」問う―「箭露、鋒に投ぐる時いかん。」師が言う―「好手、的に中らず。」僧が言う―「眼を尽くして標的を無き時いかん。」師が言う―「妨げず、分に随いて好手なり。」問う―「古人の道う―路に達道人に逢えば、語黙を将て対せずと。いまだ審らかならず、何を将てか対せん。」師が言う―「茶を吃しに去れ。」師が僧に問う―「何の処よりか来る。」対して言う―「神光より来た。」師が言う―「昼は喚びて日光と作し、夜は喚びて火光と作す。作麼生か是れ神光。」僧、対無し。師、自ら代わりて言う―「日光火光。」栖典座が問う―「古人に言有り―仏向上の事有るを知りて、方に語話の分有りと。いかなるか語話。」師、把住して言う―「道え、道え。」栖、対無し。師、踏み倒す。栖、起きて汗流る。師が僧に問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「近く浙中を離れ来た。」師が言う―「船に来るか陸に来るか。」言う―「二途、俱に渉らず。」師が言う―「争でかここに到ることを得。」言う―「何の隔礙か有る。」師便ち打つ。問う―「古人の道う、覿面相呈。」師が言う―「是。」言う―「いかなるか覿面相呈。」

師曰。蒼天蒼天。師問僧。此水牯牛年多少。僧無對。師自代曰。七十七也。僧曰。和尚為什麼作水牯牛。師曰。有什麼罪過。僧辭師問。什麼處去。曰禮拜徑山和尚去。師曰。徑山若問汝此間佛法如何。作麼生道。曰待問即道。師以拄杖打。尋舉問道怤(怤即鏡清順德大師)遮僧過在什麼處便吃棒。怤曰。問得徑山徹困也。師曰。徑山在淛中因什麼問得徹困。怤曰。不見道遠問近對。師乃休(東禪齊雲。那僧若會雪峰意。為什麼被打。若不會又打伊作什麼。且道過在什麼處。鏡清雖即子父與他分析。也大似成就其醜拙。還會麼。且如雪峰便休。是肯伊不肯伊)師一日謂慧稜曰(稜即長慶)吾見溈山問仰山。諸聖什麼處去。他道。或在天上或在人間。汝道仰山意作麼生。稜曰。若問諸聖出沒處。恁麼道即不可。師曰。汝渾不肯。忽有人問。汝作麼生道。稜曰。但道錯。師曰。是汝不錯。稜曰。何異於錯。師問僧。什麼處來。對曰。離江西。師曰。江西與此間相去多少。曰不遙。師竪起拂子曰。還隔遮箇麼。曰若隔遮箇即遙去也。師便打。問學人乍入叢林乞師指示箇入路。師曰。寧自碎身如微塵。終不敢瞎卻一僧眼。問四十九年後事即不問。四十九年前事如何。師以拂子驀口打。有僧辭去參靈雲。問佛未出世時如何。靈雲舉拂子。又問。出世後如何。靈雲亦舉拂子。其僧卻迴。師問。闍梨近去返太速生。僧曰。某甲到彼問佛法不相當乃迴。師曰。汝問什麼事。僧舉前話。師曰。汝問。我為汝道。僧便問。佛未出世時如何。師舉拂子。又問。出世後如何。師放下拂子。僧禮拜。師便打(後僧舉似玄沙。玄沙雲。汝欲得會麼。我與汝說箇喻。如人賣一片園。東西南北一時結契總了也。中心有箇樹子猶屬我在。崇壽稠雲。為當打伊解處。別有道理)因舉。六祖雲。不是風動不是旛動。仁者心動。師曰。

師が言う―「蒼天、蒼天。」師が僧に問う―「此の水牯牛、年多少。」僧、対無し。師、自ら代わりて言う―「七十七也。」僧が言う―「和尚、何の故ぞ水牯牛と作る。」師が言う―「何の罪過か有る。」僧、辞す。師が問う―「何の処にか去る。」言う―「径山和尚を礼拝しに去らん。」師が言う―「径山もしお前に此間の仏法いかんと問わば、作麼生か道う。」言う―「問うを待ちてすなはち道わん。」師、拄杖を以て打つ。尋いで挙げて道怤に問う(怤はすなはち鏡清順徳大師)―「この僧の過は何の処に在りて便ち棒を吃する。」怤が言う―「径山に問い得て徹困なり。」師が言う―「径山、浙中に在り、何に因りて問い得て徹困なる。」怤が言う―「遠く問い近く対うと道うを見ずや。」師乃ち休む。(東禅斉が言う―「那の僧もし雪峰の意を会せば、何の故ぞ打たる。もし会せずば、また彼を打ちて作么す。且く道え、過は何の処に在る。鏡清、すなはち子父と彼と分析するといえども、也大いに其の醜拙を成就すに似たり。還って会すや。且くかくのごとき雪峰便ち休む。是れ彼を肯くか、彼を肯かざるか。」)師、一天、慧棱に対して言う(棱はすなはち長慶)―「吾、潙山の仰山に問うを見る―諸聖、何の処にか去る。他が道う―或いは天上に在り、或いは人間に在り。お前、仰山の意作麼生を道う。」棱が言う―「もし諸聖の出没の処を問わば、恁麼に道えばすなはち不可。」師が言う―「お前、渾として肯かず。忽ち人の問う有らば、お前、作麼生か道う。」棱が言う―「ただ錯りと道わん。」師が言う―「是れお前錯らず。」棱が言う―「何の錯りに異ならん。」師が僧に問う―「何の処よりか来る。」対して言う―「江西を離れ。」師が言う―「江西と此間と相去ること多少。」言う―「遥かならず。」師、払子を竪起して言う―「還ってこの箇を隔つるか。」言う―「もしこの箇を隔てばすなはち遥けくして去るなり。」師便ち打つ。問う―「学人、乍ち叢林に入る、師に箇の入路を指示せんを乞う。」師が言う―「寧ろ自ら身を碎きて微塵の如くとも、終に敢えて一僧の眼を瞎却せず。」問う―「四十九年後の事はすなはち問わず。四十九年前の事いかん。」師、払子を以て蓦に口を打つ。僧有りて辞し去りて霊雲に参ず。問う―「仏いまだ世に出でざる時いかん。」霊雲、払子を挙ぐ。また問う―「世に出でし後いかん。」霊雲、亦た払子を挙ぐ。其の僧、却って回る。師が問う―「闍梨、近く去りて返ること太だ速生なり。」僧が言う―「某甲、彼に到りて仏法を問うも相当ならず、乃ち回れり。」師が言う―「お前、何の事をか問うた。」僧、前の話を挙ぐ。師が言う―「お前、問え、我、お前の為に道わん。」僧便ち問う―「仏いまだ世に出でざる時いかん。」師、払子を挙ぐ。また問う―「世に出でし後いかん。」師、払子を放下す。僧、礼拝す。師便ち打つ。(後に僧、挙げて玄沙に似す。玄沙が言う―「お前、会せんことを得んと欲するか。我、お前に与えて箇の喩を説かん。人の一片の園を売るに、東西南北一時に契を結び総ぼて了めるが如し。中心に箇の樹子有りてなお我に属する在り。」崇寿稠が言う―「為当に彼が解する処を打つか、別に道理有るか。」)因りて六祖の説くを挙ぐ―「是れ風の動くに非ず、是れ幡の動くに非ず、仁者の心の動くなり。」師が言う―

大小祖師龍頭蛇足。好與二十拄杖。時太原孚上座侍立。聞之咬齒。師又曰。我適來恁麼道也。好與二十拄杖(雲居錫雲。什麼處是祖師龍頭蛇尾。便好吃棒。只如雪峰自道。我也好吃拄杖。且道佛法意旨作麼生。久在眾上座無有不知。初機兄弟且作麼生會。東禪齊雲。雪峰恁麼道。為當點檢別有落處。眾中喚作自抽過抽過且置。祖師道不是風動不是幡動。作麼生)師問慧全。汝得入處作麼生。全曰。共和尚商量了。師曰。什麼處商量。曰什麼處去來。師曰。汝得入處又作麼生。全無對。師打之。全坦問。平洋淺草麋鹿成群。如何射得麋中主。師喚全坦。坦應諾。師曰。吃茶去。師問僧。近離什麼處。僧曰。離溈山。曾問如何是祖師西來意。溈山據坐。師曰。汝肯他否。僧曰。某甲不肯他。師曰。溈山古佛子速去禮拜懺悔。玄沙曰。山頭老漢蹉過溈山也(東禪齊雲。什麼處是蹉過的當蹉過。莫便恁麼會也無。若恁麼會即未會溈山意在。只如雪峰雲。溈山古佛子速去懺悔。是證明溈山。是讚歎溈山此事也難子細。好見去也不難)問學人道不得處請師道。師曰。我為法惜人。師舉拂子示一僧。其僧便出去(長慶稜舉似泉州王延彬乃曰。此僧合喚轉與一頓棒。彬曰。和尚是什麼心行。稜曰幾放過)師問慧稜。古人道前三三後三三意作麼生。稜便出去(鵝湖別雲。諾)師問僧。什麼處來。對曰。藍田來。師曰。何不入草(長慶稜雲。險)問大事作麼生。師執僧手曰。上坐將此問誰。有僧禮拜。師打五棒。僧曰。過在什麼處。師又打五棒喝出。師問僧。什麼處來。僧曰。嶺外來師曰。還逢達磨也無。僧曰。青天白日。師曰。自己作麼生。僧曰。更作麼生。師便打。師送僧出行三五步。召曰。上坐。僧迴首。師曰。途中善為。僧問。拈搥竪拂不當宗乘和尚如何。師竪起拂子。其僧自把頭出。師乃不顧(法眼代雲。

(師、接続して言う)「大小の祖師、龍頭蛇足、二十拄杖を与うるに好し。」時に太原孚上座、侍立し、之を聞きて歯を咬む。師また言う―「我、適来、恁麼に道えり、二十拄杖を与うるに好し。」(雲居錫が言う―「何の処か是れ祖師の龍頭蛇尾、便ち好く棒を吃すべき。ただかくのごとき雪峰、自ら道う、我も亦た好く拄杖を吃すべしと。且く道え、仏法の意旨作麼生。久しく衆に在る上座、知らざる無し。初機の兄弟、且く作麼生か会せん。」東禅斉が言う―「雪峰、恁麼に道う、為当に点検か、別に落処有るか。衆中、喚びて自ら過を抽くと作す。過を抽くは且く置く。祖師の道う、是れ風の動くに非ず是れ幡の動くに非ず、作麼生。」)師、慧全に問う―「お前、入る処を得る作麼生。」全が言う―「和尚と共に商量了えり。」師が言う―「何の処に商量する。」言う―「何の処に去りてか来る。」師が言う―「お前、入る処を得る、また作麼生。」」全、対無し。師、之を打つ。全坦が問う―「平洋の浅草、麋鹿群を成す。いかにして麋中の主を射得せん。」師、全坦を喚ぶ。坦、應諾す。師が言う―「茶を吃しに去れ。」師が僧に問う―「近く何の処を離れた。」僧が言う―「潙山を離れ。曽ていかなるか祖師西来意と問う。潙山、坐に拠る。」師が言う―「お前、彼を肯くや否や。」僧が言う―「某甲、彼を肯かず。」師が言う―「潙山、古仏。子、速かに去りて礼拝懴悔せよ。」玄沙が言う―「山頭の老汉、潙山を蹉過せり。」(東禅斉が言う―「何の処か是れ蹉過の的当蹉過。あながち便ち恁麼に会するや無きや。もし恁麼に会せばすなはちいまだ潙山の意を会せざる在り。ただかくのごとき雪峰の説く―潙山古仏、子速かに去りて懴悔せよと。是れ潙山を証明するか、是れ潙山を賛嘆するか。此の事も亦た子細し難し。好く去るを見れば亦た難からず。」)問う―「学人の道い得ざる処、師に道うを請う。」師が言う―「我、法の為に人を惜しむ。」師、払子を挙げて一僧に示す。其の僧便ち出で去る。(長慶棱、挙げて泉州王延彬に似し、乃ち言う―「此の僧、合に喚び転して一頓の棒を与うべし。」彬が言う―「和尚は是れ何の心行ぞ。」棱が言う―「幾ど放過す。」)師、慧棱に問う―「古人の道う、前三三後三三、意作麼生。」棱便ち出で去る。(鵞湖、別に言う―「諾。」)師が僧に問う―「何の処よりか来る。」対して言う―「藍田より来た。」師が言う―「何ぞ草に入らざる。」(長慶棱が言う―「険。」)問う―「大事作麼生。」師、僧の手を執りて言う―「上座、此の問を将て誰にか問う。」僧有りて礼拝す。師、五棒を打つ。僧が言う―「過は何の処に在る。」師また五棒を打ちて喝して出だす。師が僧に問う―「何の処よりか来る。」僧が言う―「嶺外より来た。」師が言う―「還って達磨に逢うや無きや。」僧が言う―「青天白日。」師が言う―「自己作麼生。」僧が言う―「更に作麼生。」師便ち打つ。師、僧を送りて出づ、三五歩を行き、召して言う―「上座。」僧、首を回す。師が言う―「途中善く為れ。」僧が問う―「槌を拈じ拂を竪つるも宗乗に当たらず、和尚いかん。」師、払子を竪起す。其の僧、自ら頭を把りて出だす。師乃ち顧みず。(法眼、代わりて言う―

大眾看此一員戰將)僧問。三乘十二分教為凡夫開演。不為凡夫開演。師曰。不消一曲楊柳枝。師謂鏡清曰。古來有老宿引官人巡堂雲。此一眾盡是學佛法僧。官人云。金屑雖貴又作麼生。老宿無對鏡清代曰。比來拋塼引玉(法眼別雲。官人何得貴耳而賤目)師上堂。舉拂子曰。遮箇為中下。僧問。上上人來如何。師舉拂子。僧曰。遮箇為中下。師打之。問國師三喚侍者意如何。師乃起入方丈。師問僧。今夏在什麼處。曰湧泉。師曰。長時湧暫時湧。曰和尚問不著。師曰。我問不著。曰是。師乃打。普請往寺莊路逢獼猴。師曰。遮畜生一人背一面古鏡摘山僧稻禾。僧曰。曠劫無名為什麼彰為古鏡。師曰。瑕生也。僧曰。有什麼死急。話端也不識。師曰。老僧罪過。閩帥施銀交床。僧問。和尚受大王如此供養。將何報答。師以手托地曰。少打我(僧問疎山曰。雪峰道少打我意作麼生。疎山雲。頭上插瓜虀垂尾腳跟齊)問吞盡毘盧時如何。師曰福唐歸得平善否。師謂眾曰。我若東道西道。汝則尋言逐句。我若羚羊掛角。汝向什麼處捫摸(僧問保福。只如雪峰有什麼言教。便以羚羊掛角時。保福雲。莫是與雪峰作小師不得麼)師住閩川四十餘年。學者冬夏不減千五百人。梁開平二年戊辰春三月示疾。閩帥命醫診視。師曰。吾非疾也。竟不服其藥。遺偈付法。夏五月二日朝遊藍田。暮歸澡身。中夜入滅。壽八十七。臘五十九。

(法眼、接続して言う)「大衆、此の一員の戦将を看よ。」)僧が問う―「三乗十二分教、凡夫の為に開演するか、凡夫の為に開演せざるか。」師が言う―「一曲の楊柳枝を消せず。」師、鏡清に対して言う―「古来、老宿有りて官人を引きて堂を巡りて説く―此の一衆、尽く是れ仏法を学ぶ僧。官人が説く―金屑貴しといえどもまた作麼生。老宿、対無し。」鏡清、代わりて言う―「比来、塼を抛ちて玉を引く。」(法眼、別に言う―「官人、何ぞ耳を貴びて目を賤しむるを得る。」)師、上堂し、払子を挙げて言う―「この箇、中下を為す。」僧が問う―「上上の人、来ればいかん。」師、払子を挙ぐ。僧が言う―「この箇、中下を為す。」師、之を打つ。問う―「国師、三たび侍者を喚ぶの意いかん。」師乃ち起きて方丈に入る。師が僧に問う―「今夏、何の処にか在る。」言う―「涌泉。」師が言う―「長時に涌ぐか、暫時に涌ぐか。」言う―「和尚、問うに着かず。」師が言う―「我、問うに着かず。」言う―「是。」師乃ち打つ。普請、寺荘に往き、路に獼猴に逢う。師が言う―「この畜生、一人一面の古鏡を背負い、山僧の稻禾を摘む。」僧が言う―「曠劫に名無し、何の故ぞ彰して古鏡と為す。」師が言う―「瑕生じたり。」僧が言う―「何の死急か有る。話端も亦た識らず。」師が言う―「老僧の罪過。」閩帥、銀の交床を施す。僧が問う―「和尚、大王の是の如き供養を受け、何を将てか報答せん。」師、手を以て地を托して言う―「我を打つこと少くあれ。」(僧、疏山に問う―「雪峰の道う、我を打つこと少くあれとは、意作麼生。」疏山が言う―「頭上に瓜虀を插し、尾を垂れて脚跟に斉し。」)問う―「毘盧を呑尽くす時いかん。」師が言う―「福唐、帰り得て平善か否。」師、衆に対して言う―「我もし東道い西道わば、お前則ち言を尋ね句を逐わん。我もし羚羊角に挂くれば、お前、何の処に向かいてか捫摸せん。」(僧、保福に問う―「ただかくのごとき雪峰、何の言教か有りて、便ち羚羊角に挂くるを以てする時。」保福が言う―「あながち是れ雪峰と小師と作ることを得ざるか。」)師、閩川に住すること四十余年。学者、冬夏、千五百人を減ぜず。梁開平二年戊辰春三月、疾を示す。閩帥、医をして診視せしむ。師が言う―「吾、疾に非ず。」竟に其の薬を服せず。偈を遺して法を付す。夏五月二日、朝に藍田に游び、暮に帰りて身を澡め、中夜に滅に入る。寿八十七、臘五十九。

天台瑞龍院慧恭禪師福州人也姓羅氏。家世為儒。年十七舉進士隨計京。師因遊終南山奉日寺。覩祖師遺像。遂求出家。二十二受戒。遊方謁德山鑒禪師鑒問曰。會麼。恭曰。作麼。鑒曰。請相見。恭曰。識麼。鑒大笑遂入室焉。暨鑒順世。與門人之天台瑞龍院大開法席。唐天復三年癸亥十二月二日午時命眾聲鍾。顧左右曰去。言訖跏趺而化。壽八十四。臘六十二。門人建塔。

天台瑞龍院慧恭禅師は、福州の人、姓は羅。家世、儒と為る。年十七、進士を挙げ、計に随いて京す。師、終南山奉日寺に游びて因り、祖師の遺像を睹て、遂に出家を求む。二十二、戒を受く。游方して徳山鑑禅師を謁す。鑑が問う―「会すや。」恭が言う―「作么。」鑑が言う―「相見せんを請う。」恭が言う―「識るか。」鑑、大笑し、遂に室に入る。鑑の世に順うに暨り、門人の天台瑞龍院と、大いに法席を開く。唐天復三年癸亥十二月二日午時、衆をして鐘を声らしむ。左右を顧みて言う―「去れ。」言い訖りて跏趺して化す。寿八十四、臘六十二。門人、塔を建つ。

泉州瓦棺和尚。德山問曰。汝還會麼。師曰。不會。德山曰。汝成褫取箇不會好。師曰。不會成褫箇什麼。德山曰。汝似一團鐵。師遂摳衣德山。

泉州瓦棺和尚。徳山が問う―「お前、還って会すや。」師が言う―「会せず。」徳山が言う―「お前、褫取して箇の会せずを好しと成せ。」師が言う―「会せずば箇の何をか褫取せん。」徳山が言う―「お前、一団の鉄に似たり。」師、遂に徳山に衣を抠く。

襄州高亭簡禪師。初隔江見德山。遙合掌呼雲。不審。德山以手中扇子再招之。師忽開悟。乃橫趨而去。更不迴顧。後於襄州開法。嗣德山。

襄州高亭簡禅師。初め、江を隔てて徳山を見、遥かに合掌し呼びて言う―「不審。」徳山、手中の扇子を以て再び之を招く。師、忽ち開悟し、乃ち横ぎり趋りて去り、更に回顧せず。後に襄州に於て法を開き、徳山を嗣ぐ。

洪州大寧感潭資國和尚。白兆問。家內停喪請師慰問。師曰。苦痛蒼天。兆曰。死卻爺死卻孃。師打而趁之。師凡遇僧來。亦多以拄杖打趁。

洪州大寧感潭資国和尚。白兆が問う―「家内、喪を停む、師に慰問を請う。」師が言う―「苦痛、蒼天。」兆が言う―「爺を死却し、娘を死却す。」師、打ちて之を趁す。師、凡そ僧の来るに遇えば、亦た多く拄杖を以て打趁す。

前潭州石霜山慶諸禪師法嗣

前潭州石霜山慶諸禅師の法嗣

河中南際山僧一禪師。僧問。幸獲親近乞師指示。師曰。我若指示即屈著汝。僧曰。教學人作麼生即是。師曰。切忌是非。問如何是衲僧氣息。師曰。還曾燻著汝也無。問類即不問如何是異。師曰。要頭即一任斫將去。問如何是法身主。師曰。不過來。又問。如何是毘盧師。師曰。不超越。師初居末山。後閩帥請開法。於長慶禪苑卒。諡本淨大師。塔曰無塵。

河中南際山僧一禅師。僧が問う―「幸いに親近を獲たり、師に指示を乞う。」師が言う―「我もし指示せばすなはちお前を屈着せん。」僧が言う―「学人を教えて作麼生すればすなはち是。」師が言う―「切に是非を忌め。」問う―「いかなるか衲僧の気息。」師が言う―「曽てお前を熏著せしや無きや。」問う―「類はすなはち問わず、いかなるか異。」師が言う―「頭を要せばすなはち一任に斫り将り去れ。」問う―「いかなるか法身の主。」師が言う―「過ぎて来らず。」また問う―「いかなるか毘盧の師。」師が言う―「超越せず。」師、初め末山に居る。後に閩帥、請うて法を開く。長慶禅苑に於て卒す。本浄大師と諡し、塔を無塵と曰す。

潭州大光山居誨禪師京兆人也。姓王氏。初造於石霜之室。函丈請益經二載。又令主北塔。麻衣草屨殆忘身意。一日石霜將試其所得。垂問曰。國家每年放舉人及第。朝門還得拜也無。師曰。有人不求進。曰憑何。師曰。且不為名。石霜又因疾問曰。除卻今日別更有時也無。師曰。渠亦不道今日是。石霜甚然之。如是徵詰數四醻對無爽。盤桓二十餘祀。瀏陽信士胡公請居大光山提唱宗致。有僧問。只如達磨是祖否。師曰。不是祖。僧曰。既不是祖又來作什麼。師曰。為汝不薦祖。僧曰。薦後如何。師曰。方知不是祖。問混沌未分時如何。師曰。時教阿誰敘。師又曰。一代時教只是收拾一代時人。直饒剝徹底。也只是成得箇了事人。汝不可便將當卻衲衣下事。所以道。四十九年明不盡。四十九年標不起。凡示學徒大要如此。唐天復三年癸亥九月三日歸寂。壽六十有七。

潭州大光山居誨禅師は、京兆の人、姓は王。初めて石霜の室に造り、函丈に益を請うこと二載を経る。また北塔を主らしむ。麻衣草履、殆ど身の意を忘る。一天、石霜、将に其の得る所を試さんとして垂れて問う―「国家、毎年挙人を放ちて及第す。朝門、還って拝することを得るや無きや。」師が言う―「人の進を求めざる有り。」言う―「何に憑る。」師が言う―「且く名を為さず。」石霜、また疾に因りて問う―「今日を除却し、別に更に時有るや無きや。」師が言う―「渠も亦た今日是と道わず。」石霜、甚だ之を然とす。是の如く征詰すること数四、酬対に爽なし。盤桓すること二十余祀。瀏陽信士胡公、請うて大光山に居り、宗致を提唱す。僧有りて問う―「ただかくのごとき達磨は是れ祖か否。」師が言う―「是れ祖に非ず。」僧が言う―「すでに是れ祖に非ざれば、また来りて作么す。」師が言う―「お前の祖を薦めざるが為なり。」僧が言う―「薦めし後いかん。」師が言う―「方に是れ祖に非ざるを知る。」問う―「混沌いまだ分かれざる時いかん。」師が言う―「時、教えて阿誰を叙せしめん。」師また言う―「一代の時教はただ是れ一代の時人を收拾す。直に饒くとも徹底を剥ぐとも、亦たただ箇の了事人を成じ得るのみ。お前、不可なり便ち将に衲衣下の事を当却せんと。是に由りて道う、四十九年、明し尽くさず、四十九年、標し起たずと。」凡そ学徒に示す、大要、此の如し。唐天復三年癸亥九月三日、寂に帰す。寿六十有七。

廬山棲賢懷祐禪師泉州僊遊人也。受業於九坐山陳禪師。尋參學預石霜之室。既承奧旨居於謝山。其道未震復。遷止棲賢。徒侶臻萃。僧問。如何是五老峰前句。師曰。萬古千秋。僧曰。恁麼莫成嗣絕也無。師曰。躊躇欲與誰。僧問。自遠而來。請師激發。師曰。也不憑時。曰請師憑時。師曰。我亦不換。問如何是法法無差。師曰。雪上更加霜。師後終於廬山。諡玄悟大師。塔曰傳燈。

廬山栖賢懐祐禅師は、泉州仙游の人。九坐山陳禅師に於て業を受く。尋いで参学し、石霜の室に預かる。すでに奥旨を承けて、謝山に居る。其の道いまだ震わず、復た栖賢に遷り止まり、徒侶臻萃す。僧が問う―「いかなるか五老峰前の句。」師が言う―「万古千秋。」僧が言う―「恁麼なればあながち嗣絶と成るや無きや。」師が言う―「躊躇して誰と与せんと欲す。」僧が問う―「遠よりして来た、師に激発を請う。」師が言う―「亦た時に憑らず。」言う―「師に時に憑るを請う。」師が言う―「我も亦た換えず。」問う―「いかなるか法々差無き。」師が言う―「雪上に更に霜を加う。」師、後に廬山に終す。玄悟大師と諡し、塔を伝燈と曰す。

筠州九峰道虔禪師。福州侯官人也。姓劉氏。遍歷法會。後受石霜印記。化徒於九峰焉。師上堂有僧問。無間中人行什麼行。師曰。畜生行。曰畜生復行什麼行。師曰。無間行。曰此猶是長生路上人。師曰。汝須知有不共命者。曰不共什麼命。師曰。長生氣不常。師又曰。諸兄弟還識得命麼。欲知命流泉是命。湛寂是身。千波競湧是文殊境界。一亙晴空是普賢床榻。其次借一句子是指月。於中事是話月。從上宗門中事如節度使信旗。且如諸方先德未建許多名目指陳已前。諸兄弟約什麼體格商量到遮裡。不假三寸試話會看。不假耳根試釆聽看。不假眼試辨白看。所以道。聲前拋不出。句後不藏形。盡乾坤都來是汝當人箇體。向什麼處安眼耳鼻舌。莫但向意根下圖度作解。盡未來際亦未有休歇分。所以古人道。擬將心意學玄宗。狀似西行卻向東。時有僧問。九重無信恩赦何來。師曰。流光雖遍閫內不周。曰流光與閫內相去多少。師曰。淥水騰波青山秀色。問人人盡言請益。未審師將何拯濟。師曰。汝道巨嶽還曾乏寸土也無。曰恁麼即四海參尋當為何事。師曰。演若迷頭心自狂。曰還有不狂者也無。師曰有。曰如何是不狂者。師曰。突曉途中眼不開。問如何是學人自己。師曰。更問阿誰。曰便恁麼承當時如何。師曰。須彌還更戴須彌麼。問祖祖相傳復傳何法。師曰。釋迦慳迦葉富。曰畢竟傳底事作麼生。師曰。同歲老人分夜燈。問諸佛非我道。如何是我道。師曰。我道非諸佛。曰既非諸佛。為什麼卻立我道。師曰。適來暫喚來。如今卻遣出。曰為什麼卻遣出。師曰。若不遣出眼裡塵生。問一切處覓不得。豈不是聖。師曰。是什麼聖。曰牛頭未見四祖時豈不是聖。師曰。是聖境未忘。曰二聖相去幾何。師曰。塵中雖有隱形術。爭奈全身入帝鄉。問承古有言真心妄心如何。師曰。是立真顯妄。曰如何是真心。師曰。

筠州九峰道虔禅師は、福州侯官の人、姓は劉。法会を遍歴す。後に石霜の印記を受く。九峰に於て徒を化す。師、上堂し、僧有りて問う―「無間中の人、何の行をか行ず。」師が言う―「畜生の行。」言う―「畜生、復た何の行をか行ず。」師が言う―「無間の行。」言う―「此れ、なお是れ長生路上の人。」師が言う―「お前、須らく共命せざる者有るを知るべし。」言う―「何の命を共にせざる。」師が言う―「長生の気、常ならず。」師また言う―「諸の兄弟、還って命を識得するか。命を知らんと欲せば、流泉は是れ命、湛寂は是れ身。千波競い涌くは是れ文殊の境界、一亘の晴空は是れ普賢の床榻。其の次、一句子を借るは是れ月を指し、中に於ける事は是れ月を話る。上よりの宗門中の事、節度使の信旗の如し。且くかくのごとき諸方の先徳、いまだ許多の名目を建て指陳せざる已前、諸の兄弟、何の体格を約してここに商量して到る。三寸を假らずして試みに話を看て会せよ。耳根を假らずして試みに采聴して看よ。眼を假らずして試みに白を辨じて看よ。是に由りて道う―声前、抛げ出せず、句後、形を蔵さずと。乾坤を尽くして都来是れお前当人の箇の体。何の処に向かいてか眼耳鼻舌を安ず。ただ意根下に向かいて図度して解を作す莫れ。未来際を尽くしても亦たいまだ休歇の分未有らん。是に由りて古人の道う―心の意を将て玄宗を学ばんと擬すれば、状、西行して却って東に向かうに似たりと。」時に僧有りて問う―「九重に信無し、恩赦、何よりか来る。」師が言う―「流光遍しといえども、閫内、周ならず。」言う―「流光と閫内と相去ること多少。」師が言う―「渌水、波を騰げ、青山の秀色。」問う―「人々尽く益を請うと言う、いまだ審らかならず、師、何を将てか拯済せん。」師が言う―「お前、巨岳、曽て寸土を乏しめしや無きやを道え。」言う―「恁麼なればすなはち四海に参尋するは当に何の事をか為すべき。」師が言う―「演若、頭を迷い心自ら狂す。」言う―「還って狂せざる者有るや無きや。」師が言う―「有り。」言う―「いかなるか狂せざる者。」師が言う―「暁に突きて途中に眼開けず。」問う―「いかなるか学人の自己。」師が言う―「更に阿誰をか問う。」言う―「便ち恁麼に承当する時いかん。」師が言う―「須弥、還って更に須弥を戴くか。」問う―「祖祖相伝、復た何の法をか伝う。」師が言う―「釈迦慳なり、迦葉富めり。」言う―「畢竟、伝えたる底の事作麼生。」師が言う―「同歳の老人、夜灯を分かつ。」問う―「諸仏、我が道に非ず、いかなるか我が道。」師が言う―「我が道、諸仏に非ず。」言う―「すでに諸仏に非ざれば、何の故ぞ却って我が道を立つ。」師が言う―「適来、暫く喚び来り、如今却って遣り出だす。」言う―「何の故ぞ却って遣り出だす。」師が言う―「もし遣り出さずば、眼裏に塵生ぜん。」問う―「一切の処、覓め得ず、あに是れ聖に非ずや。」師が言う―「是れ何の聖ぞ。」言う―「牛頭、いまだ四祖を見ざる時、あに是れ聖に非ずや。」師が言う―「是れ聖境いまだ忘れず。」言う―「二聖、相去ること幾何。」師が言う―「塵中、隠形の術有るといえども、争でか全身帝郷に入るを奈んせん。」問う―「古の言有りと承く、真心妄心いかん。」師が言う―「是れ真を立てて妄を顕す。」言う―「いかなるか真心。」師が言う―

不雜食。曰如何是妄心。師曰。攀緣起倒是。曰離此二途如何是學人本體。師曰。本體不離。曰為什麼不離。師曰。不敬功德天。誰嫌黑暗女。問承古有言盡乾坤都來是箇眼。如何是乾坤眼。師曰。乾坤在裡許。曰乾坤眼何在。師曰。正是乾坤眼。曰還照矚也無。師曰。不借三光勢。曰既不借三光勢。憑何喚作乾坤眼。師曰。若不如是髑髏前見鬼人無數。問一筆丹青為什麼貌不得。師曰。僧繇卻許誌公。曰未審僧繇得什麼人證旨卻許誌公。師曰。烏龜稽首須彌柱。問動容沈古路。身沒乃方知。此意如何。師曰。偷佛錢買佛香。曰學人不會。師曰。不會即燒香供養本爺孃。師後住泐潭而終。諡大覺禪師。塔曰圓寂。

(師、接続して言う)「食に雜らず。」言う―「いかなるか妄心。」師が言う―「縁を攀じて倒を起こすは是れ。」言う―「此の二途を離れて、いかなるか学人の本体。」師が言う―「本体、離れず。」言う―「何の故ぞ離れざる。」師が言う―「功徳天を敬せずば、誰か黒暗女を嫌わん。」問う―「古の言有りと承く、乾坤を尽くして都来箇の眼と為す。いかなるか乾坤の眼。」師が言う―「乾坤、裏許に在り。」言う―「乾坤の眼、何に在る。」師が言う―「正に是れ乾坤の眼。」言う―「還って照瞩するや無きや。」師が言う―「三光の勢を借らず。」言う―「すでに三光の勢を借らざれば、何に憑りて喚びて乾坤の眼と作す。」師が言う―「もし是の如くならずば、髑髏前に鬼を見る人無数ならん。」問う―「一笔の丹青、何の故ぞ貌せ得ざる。」師が言う―「僧繇、却って志公を許す。」言う―「いまだ審らかならず、僧繇、何人の証旨を得たる志公を却って許す。」師が言う―「烏亀、須弥柱に稽首す。」問う―「容を動かして古路に沈み、身没して乃ち方に知る。此の意いかん。」師が言う―「仏の銭を偸みて仏の香を買う。」言う―「学人会せず。」師が言う―「会せずばすなはち香を焼きて本の爺娘を供養せよ。」師、後に泐潭に住して終る。大覚禅師と諡す。塔を円寂と曰す。

台州湧泉景欣禪師泉州僊遊人也。本白雲山受業。得石霜開示而止丹丘湧泉之蘭若。一日師不披袈裟吃飯。有僧問莫成俗否。師曰。即今豈是僧耶有彊德二禪客到。於路次見師騎牛。不識師乃曰。蹄角甚分明。爭奈騎者不識。師驟牛而去。二禪客憩於樹下煎茶。師迴下牛近前不審與坐吃茶。師問曰。二禪客近離什麼處。曰離那邊。師曰。那邊事作麼生。彼提起茶盞。師曰。此猶是遮邊。那邊事作麼生。二人無對。師曰。莫道騎者不識好。

台州涌泉景欣禅師は、泉州仙游の人。本、白云山に於て業を受く。石霜の開示を得て丹丘涌泉の蘭若に止まる。一天、師、袈裟を披かずして飯を吃す。僧有りて問う―「あながち俗と成るや否や。」師が言う―「即今、あに是れ僧ならんや。」強徳の二禅客到りて、路次に於て師の牛に騎るを見る。師を識らず、乃ち言う―「蹄角甚だ分明なり、争でか騎る者の識らざるを奈んせん。」師、牛を驟めて去る。二禅客、樹下に憩い茶を煎ず。師、回りて牛を下り、近前して不審し、与えて坐して茶を吃す。師が問う―「二禅客、近く何の処を離れた。」言う―「那辺を離れた。」師が言う―「那辺の事作麼生。」彼、茶盞を提起す。師が言う―「此れ、なお是れ此辺。那辺の事作麼生。」二人、対無し。師が言う―「騎る者の識らざるを道うなかれ好し。」

潭州雲蓋山志元號圓淨大師。遊方時。問雲居曰。志元不奈何時如何。雲居曰。只為闍梨功力不到處。師不禮拜而退。遂參石霜。亦如前問石霜曰。非但闍梨老僧亦不奈何。師曰。和尚為什麼不奈何。石霜曰。老僧若奈何拈過汝不奈何(別有問答。石霜章出之)有僧問如何是佛。師曰。黃面底是。曰如何是法。師曰。藏裡是問然燈未出時如何。師曰。昧不得。問蛇子為什麼吞蛇師。師曰。通身色不同。問如何是衲僧。師曰。參尋訪道。

潭州雲蓋山志元、号は円浄大師。方を游ぶの時、雲居に問う―「志元、奈何せざる時いかん。」雲居が言う―「ただ闍梨の功力、到らざる処に為るのみ。」師、礼拝せずして退く。遂に石霜に参じ、亦た前の如く問う。石霜が言う―「ただ闍梨のみならず、老僧も亦た奈何せず。」師が言う―「和尚、何の故ぞ奈何せざる。」石霜が言う―「老僧もし奈何せば、お前の奈何せざるを拈過さん。」(別に問答有り、石霜の章に之を出す。)僧有りて問う―「いかなるか仏。」師が言う―「黄面の底是れ。」言う―「いかなるか法。」師が言う―「蔵裏是れ。」問う―「然燈いまだ出でざる時いかん。」師が言う―「昧するを得ず。」問う―「蛇子、何の故ぞ蛇師を呑む。」師が言う―「通身、色同じからず。」問う―「いかなるか衲僧。」師が言う―「参じ尋ねて道を訪う。」

潭州谷山藏禪師。僧問。祖意教意是一是二。師曰。青天白日夜半濃霜。

潭州穀山蔵禅師。僧が問う―「祖意教意は是れ一か是れ二か。」師が言う―「青天白日、夜半の濃霜。」

福山覆船山洪薦禪師。僧問。如何是本來面目。師閉目吐舌。又開目吐舌。僧曰。本來有如許多面目。師曰。適來見什麼問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。老僧也恁麼。師將示滅三日前。令侍者喚第一坐來。師臥出氣一聲第一坐喚侍者曰。和尚渴要湯水吃。師乃面壁而臥。臨終令集眾。乃展兩手出舌示之。時第三坐曰。諸人和尚舌根硬也。師曰。苦哉苦哉。誠如第三坐所言。舌根硬去也。再言之而告寂。諡紹隆大師。塔曰廣濟。

福山覆船山洪薦禅師。僧が問う―「いかなるか本来面目。」師、目を閉ぢて舌を吐き、また目を開きて舌を吐く。僧が言う―「本来、許多の面目有り。」師が言う―「適来、何をか見た。」問う―「路に達道人に逢い、語黙を将て対せず。いまだ審らかならず、何を将てか対せん。」師が言う―「老僧も亦た恁麼なり。」師、示滅せんとする三日前、侍者をして第一座を喚び来らしむ。師、卧して一声の気を出だす。第一座、侍者を喚びて言う―「和尚、渇して湯水を吃せんことを要す。」師乃ち壁に面して卧す。臨終、衆を集めしめ、乃ち両手を展べて舌を出して之に示す。時に第三座が言う―「諸人、和尚の舌根硬し。」師が言う―「苦なるかな苦なるかな。誠に第三座の言うが如し、舌根硬くして去らん。」再び之を言いて寂を告ぐ。紹隆大師と諡す。塔を広済と曰す。

朗州德山存德號慧空大師(第六世住)僧問。如何是一句。師曰。更請問。問如何是和尚僊陀婆。師曰。昨夜三更見月明。

朗州徳山存徳、号は慧空大師(第六世住)。僧が問う―「いかなるか一句。」師が言う―「更に問うを請え。」問う―「いかなるか和尚の仙陀婆。」師が言う―「昨夜、三更に月明を見たり。」

吉州崇恩和尚。僧問。祖意教意是一是二。師曰。少林雖有月。蔥嶺不穿雲。

吉州崇恩和尚。僧が問う―「祖意教意は是れ一か是れ二か。」師が言う―「少林、月有るといえども、葱嶺、雲を穿たず。」

石霜輝禪師(第三世住)僧問。佛出世先度五俱輪。和尚出世先度何人。師曰。總不度。曰為什麼不度。師曰。為伊不是五俱輪。問如何是和尚家風。師曰。竹筯瓦椀。

石霜輝禅師(第三世住)。僧が問う―「仏、世に出でて先ず五倶輪を度し、和尚、世に出でて先ず何人をか度する。」師が言う―「総ぼて度せず。」言う―「何の故ぞ度せざる。」師が言う―「伊の五倶輪に非ざるが為なり。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「竹箸瓦碗。」

郢州芭蕉和尚。僧問。從上宗乘如何舉唱。師曰。已被冷眼人覷破了。問不落諸緣。請師直指。師曰。有問有答。問如何是和尚為人一句。師曰。只恐闍梨不問。

郢州芭蕉和尚。僧が問う―「上よりの宗乗、いかにして挙唱する。」師が言う―「すでに冷眼の人に觑破せられたり。」問う―「諸の縁に落ちず、師に直指を請う。」師が言う―「問有り答有り。」問う―「いかなるか和尚の人の為の一句。」師が言う―「ただ恐らくは闍梨の問わざるを。」

潭州肥田伏和尚號慧覺大師。僧問。此地名什麼。師曰。肥田。曰宜什麼。師以拄杖打而趁之。

潭州肥田伏和尚、号は慧覚大師。僧が問う―「此の地、何と名づく。」師が言う―「肥田。」言う―「何をか宜しとする。」師、拄杖を以て打ちて之を趁す。

潭州鹿苑暉禪師。僧問。不假諸緣請僧道。師敲火爐。僧曰。親切處更請一言。師曰。莫睡語。問牛頭未見四祖時如何。師曰。如月在水。曰見後如何。師曰。如水在月。問祖祖相傳未審傳箇什麼。師曰。汝問我我問汝。僧曰。恁麼即緇素不分也。師曰。什麼處去來。

潭州鹿苑暉禅師。僧が問う―「諸の縁を假らずして僧に道うを請う。」師、火炉を敲く。僧が言う―「親切の処、更に一言を請う。」師が言う―「睡語するなかれ。」問う―「牛頭、いまだ四祖を見ざる時いかん。」師が言う―「月の水に在るが如し。」言う―「見し後いかん。」師が言う―「水の月に在るが如し。」問う―「祖祖相伝、いまだ審らかならず、箇の何をか伝う。」師が言う―「お前、我に問い、我、お前に問う。」僧が言う―「恁麼なればすなはち緇素分かたざるなり。」師が言う―「何の処に去りてか来る。」

潭州寶蓋約禪師。僧問。寶蓋高高掛。其中事若何。請師言下旨。一句不消多。師曰。寶蓋掛空中。有路不曾通。儻求言下旨。便是有西東。

潭州宝蓋約禅師。僧が問う―「宝蓋、高く挂かり、其の中の事いかん。師に言下の旨を請う、一句、多を消せず。」師が言う―「宝蓋、空中に挂かり、路有りて曽て通ぜず。儻し言下の旨を求めば、便ち是れ西東有り。」

越州雲門山拯迷寺海晏禪師。僧問。如何是衲衣下事。師曰。如人齩硬石頭。問如何是古寺一爐香。師曰。廣大勿人嗅。曰嗅者如何。師曰。六根俱不到。問久嚮拯迷。到來為什麼不見拯迷。師曰。闍梨不識拯迷。

越州雲門山拯迷寺海晏禅師。僧が問う―「いかなるか衲衣下の事。」師が言う―「人の硬き石頭を咬むが如し。」問う―「いかなるか古寺一炉の香。」師が言う―「広大、人に嗅がれず。」言う―「嗅ぐ者いかん。」師が言う―「六根、俱に到らず。」問う―「久しく拯迷に向かう、到り来れば何の故ぞ拯迷を見ざる。」師が言う―「闍梨、拯迷を識らず。」

湖南文殊和尚。僧問。僧繇為什麼貌誌公不得。師曰。非但僧繇。誌公也貌不成。曰誌公為什麼貌不成。師曰。彩繢不將來。曰和尚還貌得也無。師曰。我亦貌不得。曰和尚為什麼貌不得。師曰。渠不以苟我顏色教。我作麼生貌。問如何是密室。師曰。緊不就。曰如何是密室中人。師曰。不坐上牛。

湖南文殊和尚。僧が問う―「僧繇、何の故ぞ志公を貌せ得ざる。」師が言う―「ただ僧繇のみならず、志公も亦た貌し成らず。」言う―「志公、何の故ぞ貌し成らざる。」師が言う―「彩絵、将り来らず。」言う―「和尚、還って貌せ得るや無きや。」師が言う―「我も亦た貌せ得ず。」言う―「和尚、何の故ぞ貌せ得ざる。」師が言う―「渠、苟くも我に顔色を以て教えず、我、作麼生か貌せん。」問う―「いかなるか密室。」師が言う―「緊くして就かず。」言う―「いかなるか密室中の人。」師が言う―「上牛に坐せず。」

鳳翔府石柱和尚。遊方時遇洞山和尚(第三世)垂語曰。有四種人。一人說過佛祖一步行不得。一人行過祖佛一句說不得。一人說得行得。一人說不得行不得。阿那箇是其人。師出眾而對曰。一人說過祖佛行不得者。只是無舌不許行。一人行過祖佛一句說不得。者只是無足不許說。一人說得行得者。即是函蓋相稱。一人說不得行不得。若斷命而求活。此是石女披枷帶鎖。洞山曰。闍梨自己作麼生。師曰。該通會上卓卓寧彰。洞山曰。只如海上明公秀又作麼生。師曰。幻人相逢拊掌呵呵。

鳳翔府石柱和尚。方を游ぶの時、洞山和尚(第三世)の語を垂れて言うに遇う―「四種の人有り。一人、祖仏を説き過ぎて一歩行くことを得ず。一人、祖仏を行き過ぎて一句説くことを得ず。一人、説き得て行き得。一人、説くことを得ず行くことを得ず。阿那箇が是れ其人。」師、衆を出でて対して言う―「一人、祖仏を説き過ぎて行くことを得ざる者は、ただ是れ舌無くして行くを許さず。一人、祖仏を行き過ぎて一句説くことを得ざる者は、ただ是れ足無くして説くを許さず。一人、説き得て行き得る者は、すなはち函蓋相称なり。一人、説くことを得ず行くことを得ざるは、もし命を断ちて活を求めば、此れ是れ石女の枷を披き鎖を帯ぶ。」洞山が言う―「闍梨、自己作麼生。」師が言う―「該通会上、卓卓たること寧んぞ彰れん。」洞山が言う―「ただかくのごとき海上の明公秀、また作麼生。」師が言う―「幻人相逢い、掌を拊ちて呵呵たり。」

潭州中雲蓋和尚。僧問。和尚開堂當為何事。師曰。為汝驢漢。曰諸佛出世當為何事。師曰。為汝驢漢。問祖佛未出世時如何。師曰。像不得。曰出世後如何。師曰。闍梨也須側身始得。問如何是向上一句。師曰。文殊失卻口。曰如何是門頭一句。師曰。頭上插華子。問如何是超百億。師曰。超人不得肯。

潭州中雲蓋和尚。僧が問う―「和尚、堂を開きて当に何の事をか為すべき。」師が言う―「お前らが驢漢の為なり。」言う―「諸仏、世に出でて当に何の事をか為すべき。」師が言う―「お前らが驢漢の為なり。」問う―「祖仏いまだ世に出でざる時いかん。」師が言う―「像することを得ず。」言う―「世に出でし後いかん。」師が言う―「闍梨も須らく身を側めて始めて得。」問う―「いかなるか向上の一句。」師が言う―「文殊、口を失却す。」言う―「いかなるか門頭の一句。」師が言う―「頭上に花子を插す。」問う―「いかなるか百億を超ゆる。」師が言う―「人を超えて肯を得ず。」

河中府棲巖山大通院存壽禪師。不如何許人也。姓梅氏。初講經論後入石霜之室。隨緣誘化抵於蒲坂。緇素歸心。僧問。蓮華未出水時如何。師曰。汝莫問出水後蓮華事麼。僧無語。師平居罕言叩之則應。度弟子四百人。尼眾百數。終壽九十有三。諡真寂大師。

河中府栖巌山大通院存寿禅師は、何の処の人か知らず(底本は「不如何許」と作る、「不」は「知」の訛り)。姓は梅。初め経論を講じ、後に石霜の室に入る。縁に随いて誘い化し、蒲坂に抵る。緇素、心を帰す。僧が問う―「蓮華、いまだ水を出でざる時いかん。」師が言う―「お前、出水の後の蓮華の事を問うこと莫れ。」僧、語無し。師、平居、言を罕み、之を叩けばすなはち應ず。弟子を度すこと四百人、尼衆は百の数。終わるに寿九十有三。真寂大師と諡す。

南嶽玄泰上坐不知何許人也。沈靜寡言未嘗衣帛。眾謂之泰布衲。始見德山鑒禪師。升於堂矣。後謁石霜普會禪師。遂入室焉。所居蘭若在衡山之東。號七寶臺。誓不立門徒。四方後進依附。皆用交友之禮。嘗以。衡山多被山民斬木燒畬。為害滋甚。乃作畬山謠。遠邇傳播達於九重。有詔禁止。故嶽中蘭若無復延燎師之力也(畬山謠○畬山兒無所知。年年斫斷青山嵋。就中最好衡嶽色。杉松利斧摧貞枝。靈禽野鶴無因依。白雲迴避青煙飛。猿猱路絕巖崕出。芝朮失根茅草肥。年年斫罷仍栽鋤。千秋終是難□初。又道今年種不多。來年更斫當陽坡。國家壽嶽尚如此。不知此理如之何)。將示滅並無僧至。乃自出門召一僧入。付囑令備薪蒸。又留偈曰。

南岳玄泰上座は、何の処の人か知らず。沈静にして言を寡くし、未だ嘗て帛を衣ず。衆、之を泰布衲と謂う。始め徳山鑑禅師に見えて堂に升る。後に石霜普会禅師を謁して遂に室に入る。居る所の蘭若は衡山の東に在り、七宝台と号す。誓って門徒を立てず。四方の後進、依附するも皆交友の礼を用う。嘗て衡山に多く山民の木を斬り畬を焼く者有りて、害為すこと滋益しきを以て、乃ち畲山の謡を作る。遠近に伝播し、九重に達す。詔有りて禁止す。故に岳中の蘭若、復た延燎無きは、師の力なり。(畲山謡:畲山の児、知る所無し。年年、青山の嵋を斫り断つ。就中、最も好し、衡岳の色。杉松、利斧、貞枝を摧く。霊禽野鶴、因依無し。白云回避し、青烟飛ぶ。猿猱、路絶えて巌崖出づ。芝朮、根を失いて茅草肥ゆ。年年、斫り罷みて仍お栽え鋤るも、千秋、終に是れ初めに復すこと難し□初。底本、この字残缺す。また道う、今年、種すること多からず、来年、更に当陽の坡を斫らん。国家、寿岳、なお是の如し。この理を知らず、之を如何せん。)将に示滅せんとして、僧の至る無し。乃ち自ら門を出でて一僧を召し入る。付嘱して薪蒸を備えしむ。また偈を留めて説く―

今年六十五四大將離主

今年六十五、四大将に主を離れんとす。

其道自玄玄箇中無佛祖

其の道自ら玄玄、箇中に仏祖無し。

不用剃頭不須澡浴一堆猛火

剃頭を用いず、澡浴を須いず。一堆の猛火、

千足萬足

千足万足。

偈終端坐垂一足而逝。闍維收舍利。於堅固禪師塔左營小浮圖置之。壽六十有五。

偈終りて、端坐し一足を垂れて逝く。荼毘して舍利を収む。堅固禅師の塔の左に小さき浮図を営みて之を置く。寿六十有五。

前澧州夾山善會禪師法嗣

前澧州夾山善会禅師の法嗣

澧州樂普山元安禪師鳳翔麟遊人也。姓淡氏。丱年出家。依本郡懷恩寺祐律師披削具戒通經論。首問道於翠微臨濟。臨濟常對眾美之曰。臨濟門下一隻箭誰敢當鋒。師蒙許可。自謂已足。尋之夾山卓庵。後得夾山書發而覽之。不覺竦然乃棄庵。至夾山禮拜端身而立。夾山曰。雞棲鳳巢非其同類出去。師問曰。自遠趨風請師一接。夾山曰。目前無闍梨夾山無老僧。師曰。錯也夾山曰。住住闍梨且莫草草怱怱。雲月是同雞山各異。闍梨坐卻天下人舌頭即不無。爭教無舌人解語。師茫然無對。夾山遂打。師因茲服膺數載(興化代雲。但知作佛莫愁眾生)師一日問夾山。佛魔不到處如何體會。夾山曰。燭明千里像。闇室老僧迷。又問。朝陽已昇夜月不現時如何。夾山曰。龍銜海珠遊魚不顧。夾山將示滅。垂語於眾曰。石頭一枝看看即滅矣。師對曰。不然。夾山曰。何也。曰。自有青山在。夾山曰。苟如是即吾道不墜矣。暨夾山順世。師抵於涔陽遇故人。因話武陵事。故人問曰。倏忽數年何處逃難。師曰。只在闤闠中曰何不無人處去。師曰。無人處有何難。曰闤闠中如何逃避。師曰。雖在闤闠中人且不識。故人罔測。又問曰。承西天有二十八祖。至於此土人傳一人。且如彼此不垂曲者如何。師曰。野老門前不話朝堂之事。曰合譚何事。師曰。未逢別者終不開拳。曰。有不從朝堂來相逢還話否。師曰。量外之機徒勞目擊。僧無對。師尋之澧陽樂普山卜於宴處。後遷止朗州蘇谿。四方玄侶憧憧奔湊。師示眾曰。末後一句始到牢關。鎖斷要津不通凡聖。欲知上流之士。不將祖佛見解貼在額頭如靈龜負圖。自取喪身之本。又曰。指南一路智者知疏。問瞥然便見時如何。師曰。曉星分曙色爭似太陽輝。問恁麼來不立恁麼去不泯時如何。師曰。鬻薪樵子貴衣錦道人輕。問經云。飯百千諸佛不如飯一無修無證者。

澧州楽普山元安禅師は、鳳翔麟游の人、姓は淡。丱年に出家す。本郡の懐恩寺の祐律師に依りて披削し具戒し、経論に通ず。首めて翠微、臨済に道を問う。臨済、常に衆に対して之を美して説く―「臨済の門下の一只の箭、誰か敢えて鋒に当たらん。」師、許可を蒙り、自ら已に足ると謂う。尋いで夾山に之き庵を卓す。後に夾山の書を得、発して之を覧るに、覚えず竦然として乃ち庵を棄つ。夾山に至りて礼拝し、身を端めて立つ。夾山が言う―「鶏、鳳の巢に栖む、其の同類に非ず、出去れ。」師が問う―「自ら遠く風に趋る、師に一接を請う。」夾山が言う―「目前に闍梨無く、夾山に老僧無し。」師が言う―「錯り。」夾山が言う―「住せ住せ、闍梨、且く草々匆々すること莫れ。雲月は是れ同じ、溪山は各異なり(底本は「鶏山」と作る、当に「溪山」の訛りなるべし)。闍梨、坐して天下人の舌頭を却くればすなはち無きに非ず、争でか無舌の人にして語を解せしめん。」師、茫然として対無し。夾山、遂に打つ。師、兹に因りて服膺すること数載。(興化、代わりて言う―「ただ仏を作すを知れ、衆生を愁うること莫れ。」)師、一天、夾山に問う―「仏魔の到らざる処、いかにして体会せん。」夾山が言う―「燭明、千里の像を照らし、暗室、老僧迷う。」また問う―「朝陽すでに升り、夜月現ぜざる時いかん。」夾山が言う―「竜、海珠を啣み、游魚、顧みず。」夾山、将に示滅せんとして語を衆に垂れて言う―「石頭の一枝、看る看るすなはち滅せん。」師が対して言う―「然らず。」夾山が言う―「何ぞや。」言う―「自ら青山有る在り。」夾山が言う―「苟くも是の如くならば、すなはち吾が道、墜ちざらん。」暨ち夾山、世に順い、師、涔陽に抵りて故人に遇う。因りて武陵の事を話す。故人が問う―「倏忽として数年、何の処にか難を逃れた。」師が言う―「ただ闤闠の中に在り。」言う―「何ぞ人無き処に去らざる。」師が言う―「人無き処、何の難か有らん。」言う―「闤闠の中、いかにして逃避する。」師が言う―「闤闠の中に在るといえども、人且つ識らず。」故人、罔くして測らず。また問う―「承く、西天に二十八祖有り、この土に至りて人、一人を伝う。且く彼彼此れ垂曲せざる者はいかん。」師が言う―「野老の門前、朝堂の事を話せず。」言う―「何の事をか談ずべき。」師が言う―「いまだ別する者に逢わざれば、終に拳を開かず。」言う―「朝堂より来らざる者有りて、相逢い還って話すや否や。」師が言う―「量外の機、徒らに目撃す。」僧、対無し。師、尋いで澧陽の楽普山に之き、宴処を卜す。後に朗州蘇溪に遷り止まる。四方の玄侶、憧憧として奔り湊る。師、衆に示して言う―「末後の一句、始めて牢関に到る。要津を鎖断し、凡聖を通ぜず。上流の士を知らんと欲せば、祖仏の見解を将て額頭に貼らず。霊亀の図を負うが如く、自ら身を喪うの本を取る。」また言う―「南を指す一路、智者は疏なるを知る。」問う―「瞥然として便ち見る時いかん。」師が言う―「暁星、曙色を分かつ、争でか太陽の輝に似ん。」問う―「恁麼に来りて立たず、恁麼に去りて泯ばざる時いかん。」師が言う―「薪を鬻ぐ樵子は貴く、錦を衣る道人は軽し。」問う―「経に云く、百千の諸仏に飯するは、一の無修無証の者に飯するに如かずと。」

未審百千諸佛有何過。無修無證者有何德。師曰。一片白雲橫谷口。幾多歸鳥夜迷巢。問日未出時如何。師曰。水竭滄溟龍自隱。雲騰碧漢鳳猶飛。問如何是本來事。師曰。一粒在荒田不耘苗自秀。曰若一向不耘莫草裡埋沒卻也無。師曰。肌骨異芻蕘。稊稗終難映。問不傷物命者如何。師曰。眼華山影轉迷者謾彷徨問不譚今古時如何。師曰。靈龜無掛兆空殼不勞鑽。問不掛明暗時如何。師曰。玄中易舉意外難提。問不生如來家不坐華王座時如何。師曰。汝道火鑪重多少。問祖意與教意是一是二。師曰。師子窟中無異獸。象王行處絕狐蹤。問行到不思議處如何。師曰。青山常舉足白日不移輪。問枯盡荒田獨立事如何。師曰。鷺倚雪巢猶可辨。烏投漆立事難分。問如何是賓主雙舉。師曰。枯樹無橫枝鳥來難措足。問終日朦朧時如何。師曰。擲寶混沙中識者天然異。曰恁麼即展手不逢師也。師曰。莫將鶴唳誤作鸎啼。問圓伊三點人皆重。樂普家風事若何。師曰。雷霆一震布鼓聲銷。問停午時如何。師曰。停午猶虧半烏沈始得圓。問如何是西來意。師曰。颯颯當軒竹經霜不自寒。僧擬再問。師曰。只聞風擊響不知幾千竿。師上堂謂眾曰。孫賓收鋪去也有卜者出來。時有僧出曰。請和尚一掛。師曰。汝家爺死。僧無語(法眼代拊掌三下)問如何是西來意。師敲禪床曰。會麼。曰不會。師曰。天上忽雷驚宇宙。井底蝦蟇不舉頭。問佛魔不到處如何辨得。師曰。演若頭非失鏡中認取乖。問如何是救離生死。師曰。執水苟延生不聞天樂妙。問四大如何而有。師曰。湛水無波漚因風擊。曰漚滅歸水時如何。師曰。不渾不濁魚龍任躍。問生死事如何。師曰。一念忘機太虛無點。問如何是道。師曰。存機猶滯跡去兀卻通途。問如何是一藏收不得者。師曰。雨滋三草秀片玉本來輝。問一毫吞盡巨海於中更復何言。師曰。

(僧、接続して問う)いまだ審らかならず、百千の諸仏に何の過か有り、無修無証の者に何の徳か有る。師が言う―「一片の白云、谷口を横たえ、幾多の帰鳥、夜、巢に迷う。」問う―「日いまだ出でざる時いかん。」師が言う―「水竭きて滄溟に竜自ら隠れ、雲騰がりて碧漢に鳳なお飛ぶ。」問う―「いかなるか本来の事。」師が言う―「一粒、荒田に在り、耘らざれども苗自ら秀でる。」言う―「もし一向に耘らざれば、草裏に埋没せしめても無きや。」師が言う―「肌骨、芻蕘に異なり、稊稗、終に映え難し。」問う―「物命を傷らざる者いかん。」師が言う―「眼花にして山影転ず、迷う者は謾りに彷徨す。」問う―「今古を談ぜざる時いかん。」師が言う―「霊亀、挂くる兆無し、空壳、鑚るを労せず。」問う―「明暗に挂からざる時いかん。」師が言う―「玄中は挙げ易く、意外は提げ難し。」問う―「如来の家に生まれず、華王の座に坐せざる時いかん。」師が言う―「お前、火炉の重さ多少と道え。」問う―「祖意と教意とは是れ一か是れ二か。」師が言う―「獅子の窟中に異獣無く、象王の行く処に狐の踪絶ゆ。」問う―「不思議の処に行き到る時いかん。」師が言う―「青山、常に足を挙げ、白日、輪を移さず。」問う―「荒田を枯れ尽くして独立の事いかん。」師が言う―「鷺、雪巢に倚るはなお辨ぜ得、烏、漆立に投ずるは事分かち難し。」問う―「いかなるか賓主の双く挙ぐ。」師が言う―「枯樹に横枝無く、鳥来りて足を措き難し。」問う―「終日朦朧たる時いかん。」師が言う―「宝を擲ちて沙中に混ず、識る者は天然に異なり。」言う―「恁麼なればすなはち手を展べて師に逢わざるなり。」師が言う―「鶴唳を将て鶯啼と誤り作すこと莫れ。」問う―「伊の三点を円されば人皆重んず、楽普の家風の事はいかん。」師が言う―「雷霆一たび震えば、布鼓の声銷ゆ。」問う―「午を停むる時いかん。」師が言う―「午を停むるもなお半を欠く、烏沈みて始めて円を得。」問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「颯々として軒に当たる竹、霜を経て自ら寒からず。」僧、再び問わんと擬す。師が言う―「ただ風の撃つの响くを聞く、幾千竿なるを知らず。」師、上堂し衆に対して言う―「孫賓、鋪を収めて去るなり、卜する者出で来れ。」時に僧有りて出でて言う―「和尚に一卦を請う。」師が言う―「お前が家の爺、死せり。」僧、語無し。(法眼、代わりて掌を拊つこと三下。)問う―「いかなるか西来意。」師、禅床を敲きて言う―「会すや。」言う―「会せず。」師が言う―「天上、忽雷、宇宙を驚かし、井底の蝦蟆、頭を挙げず。」問う―「仏魔の到らざる処、いかにして辨じ得る。」師が言う―「演若の頭、失うに非ず、鏡中に認め取ること乖き。」問う―「いかなるか生死を救い離るる。」師が言う―「水を執りて苟くも生を延ばす、天の楽の妙を聞かず。」問う―「四大、いかにして有る。」師が言う―「湛水に波無し、漚、風撃に因る。」言う―「漚、滅して水に帰る時いかん。」師が言う―「渾らず濁らず、魚竜、躍るに任す。」問う―「生死の事いかん。」師が言う―「一念、機を忘れ、太虚に点無し。」問う―「いかなるか道。」師が言う―「機を存すればなお迹に滞え、兀を去れば却って通途なり。」問う―「いかなるか一蔵の収め得ざる者。」師が言う―「雨、三草を滋して秀で、片玉、本来輝く。」問う―「一毫、巨海を呑尽くす、中に於て更に復た何をか言わん。」師が言う―

家有白𤢟之圖必無如是妖怪(保福別雲。家無白𤢟之圖亦無如是之怪)問凝然時如何。師曰。時雷應節震嶽驚蟄。曰千般運動不異箇凝然時如何。師曰。靈鶴翥空外鈍鳥不離巢。曰如何。師曰。白首拜少年舉世人難信。問諸聖恁麼來將何供養。師曰。土宿雖持錫不是婆羅門。問祖意與教意是同是別。師曰。日月並輪空誰家別有路。曰恁麼即顯晦殊途事非一概也。師曰。但自不亡羊。何須泣岐路。問學人擬歸鄉時如何。師曰。家破人亡子歸何處。曰恁麼即不歸去也。師曰。庭前殘雪日輪消。室中遊塵遣誰掃。問動是法王苗。寂是法王根。根苗即不問。如何是法王。師舉拂子。僧曰。此猶是法王苗。師曰。龍不出洞誰人奈何。師二山開法語播諸方。唐光化元年戊午秋八月誡主事曰。出家之法長物不留。播種之時切宜減省。締構之務悉從廢停。流光迅速大道深玄。苟或因循曷由體悟。雖激勵懇切。眾以為常略不相儆。至冬師示有微疾。亦不倦參請。十二月一日告眾曰。吾非明即後也。今有一事問。汝等若道遮箇是。即頭上安頭。若道遮箇不是。即斬頭求活。時第一坐對曰。青山不舉足。曰下不挑燈。師曰。遮裡是什麼時節。作遮箇語話。時有彥從上坐。別對曰。離此二途請和尚不問。師曰。未在更道。曰彥從道不盡。師曰。我不管汝盡不盡。曰彥從無侍者祇對和尚。師乃下堂。至夜令侍者喚彥從入方丈。曰闍梨今日祇對老僧甚有道理。據汝合體先師意旨。先師道。目前無法意在目前。不是目前法非耳目之所到。且道那句是主句。若擇得出分付缽袋子。曰彥從不會。師曰。汝合會但道。曰彥從實不知。師喝出乃曰。苦苦(玄覺雲。且道從上坐實不會。是怕見缽袋子粘著伊)二日午時別僧舉前語問師。師自代曰。慈舟不棹清波上。劍峽徒勞放木鵝。便告寂壽六十有五。臘四十六。塔於寺西北隅。

(師、接続して言う)「家に白沢の図有り(底本、この字を「𤢟」と作る、すなはち沢)、必ず是の如き妖怪無し。」(保福、別に言う―「家に白沢の図無く、亦是の如きの怪無し。」)問う―「凝然たる時いかん。」師が言う―「時に雷、節に應じ、岳を震い蟄を驚かす。」言う―「千般の運動、箇の凝然に異ならざる時いかん。」師が言う―「霊鶴、空外に翥けり、鈍鳥、巢を離れず。」言う―「いかん。」師が言う―「白首、少年に拝す、世を挙げて人、信じ難し。」問う―「諸聖、恁麼に来らば、何を将てか供養せん。」師が言う―「土宿、錫を持すといえども、是れ婆羅門に非ず。」問う―「祖意と教意とは是れ同か是れ別か。」師が言う―「日月、並べて空に輪し、誰が家か別に路有らん。」言う―「恁麼なればすなはち顕晦、途を殊にし、事一概に非ざるなり。」師が言う―「ただ自ら羊を亡わざれば、何ぞ須からく岐路に泣かん。」問う―「学人、郷に帰らんと擬する時いかん。」師が言う―「家破れ人亡く、子、何の処に帰る。」言う―「恁麼なればすなはち帰り去らざるなり。」師が言う―「庭前の残雪、日輪に消え、室中の游尘、誰を遣りてか掃わん。」問う―「動は是れ法王の苗、寂は是れ法王の根。根苗はすなはち問わず、いかなるか法王。」師、払子を挙ぐ。僧が言う―「此れ、なお是れ法王の苗。」師が言う―「竜、洞を出でず、誰人か奈何せん。」師、二山に法を開き、語、諸方に播る。唐光化元年戊午秋八月、主事に誡めて言う―「出家の法、長物を留めず。播種の時、切に減省すべし。締構の務、悉く廃停に従え。流光迅速、大道深玄。苟くも或いは因循せば、曷ぞ由りて体悟せん。」激励懇切なるといえども、衆、以て常と為し、略だ相い儆めず。冬に至りて師、微疾有るを示すも、亦た参請に倦まず。十二月一日、衆に告げて言う―「吾、明なるに非ざればすなはち後なり。今、一事有りて汝等に問う―もし道わば、此れ是れならばすなはち頭上に頭を安んず。もし道わば、此れ是れに非ざればすなはち頭を斬りて活を求む。」時に第一座が対して言う―「青山、足を挙げず、日下、灯を挑がず。」(底本は「曰下」と作る、「曰」は「日」の訛り)師が言う―「ここは是れ何の時節ぞ、此の語話を作す。」時に彦従上座有りて別に対して言う―「此の二途を離れ、和尚に問わざるを請う。」師が言う―「いまだ在らず、更に道え。」言う―「彦従、道い尽くさず。」師が言う―「我、お前が尽くす尽くさざるを管せず。」言う―「彦従、侍者無くしてただ和尚に対す。」師乃ち堂を下る。夜に至りて侍者をして彦従を喚び方丈に入らしめて言う―「闍梨、今日、ただ老僧に対す、甚だ道理有り。お前に拠れば、合体、先師の意旨なり。先師道う―目前に法無し、意、目前に在り。是れ目前の法に非ず、耳目の到る所に非ずと。且く道え、那の句か是れ主句。もし択び出だし得ば、鉢袋子を分付せん。」言う―「彦従、会せず。」師が言う―「お前、会すべし、ただ道え。」言う―「彦従、実に知らず。」師、喝して出だし、乃ち言う―「苦なり苦なり。」(玄覚が言う―「且く道え、従上座、実に会せざるは、是れ怕れて鉢袋子の伊に粘着するを見る。」)二日午時、別の僧、前の語を挙げて師に問う。師、自ら代わりて言う―「慈舟、清波の上に棹せず、剣峡、徒らに木鵞を放つ。」便ち寂を告ぐ。寿六十有五、臘四十六。寺の西北隅に塔す。

洪州上藍令超禪師。初住筠州上藍山說夾山之禪。學侶俱會。後於洪井創禪苑居之。還以上藍為名化導益盛。僧問。如何是上藍本分事。師曰。不從千聖借豈向萬機求。曰只如不借不求時如何。師曰。不可拈放汝手裡得麼。問鋒前如何辨事。師曰。鋒前不露影莫向舌頭尋。問二龍爭珠誰是得者。師曰。其珠遍地目覩如泥。問善財見文殊卻往南方意如何。師曰。學憑入室知乃通方。曰為什麼彌勒遣見文殊。師曰。道廣無涯逢人不盡。至唐大順庚戌歲正月初。召眾僧而告曰。吾本約住此十年。今化事既畢當欲行矣。十五日齋畢聲鍾端坐長。往諡元真大師。塔曰本空。

洪州上藍令超禅師。初め筠州上藍山に住し、夾山の禅を説く。学侶俱に会す。後に洪井に禅苑を創りて之に居る。還って上藍を以て名と為し、化導益々盛んなり。僧が問う―「いかなるか上藍の本分の事。」師が言う―「千聖より借らず、あに万機に向かいてか求めん。」言う―「ただ借らず求めざる時いかん。」師が言う―「拈じてお前が手裏に放ち得べけんや不可なり。」問う―「鋒の前、いかにして事を辨ず。」師が言う―「鋒の前、影を露わさず、舌頭に向かいて尋ぬること莫れ。」問う―「二龍、珠を争う、誰か是れ得る者。」師が言う―「其の珠、地に遍し、目で睹れば泥の如し。」問う―「善財、文殊を見て却って南方に往く、意いかん。」師が言う―「学びは入室に憑り、知るは乃ち方に通ず。」言う―「何の故ぞ弥勒、文殊を見しめんと遣わす。」師が言う―「道広く涯無し、人に逢いて尽くさず。」唐大順庚戌の歳の正月の初めに至り、衆僧を召して告げて言う―「吾、本より此に住すること十年を約す。今、化事すでに畢れば、当に行かんと欲す。」十五日、斎畢りて鐘を声らし、端坐して長往す。元真大師と諡す。塔を本空と曰す。

鄆州四禪和尚。僧問。古人有請不背。今請和尚入井還去也無。師曰。深深無別源。飲者消諸。患問如何是和尚家風。師曰。會得底人意。須知月色寒。

鄆州四禅和尚。僧が問う―「古人に請えて背かざる有り。今、和尚に請えて井に入らば、還って去るや無きや。」師が言う―「深々として別の源無し。飲む者は諸の患を消す。」問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「会得する底の人の意、須知れ、月色寒しと。

江西逍遙山懷忠禪師。僧問。不似之句還有人道得否。師曰。或即五日齋前。或即五日齋後。問劍鏡明利毫毛何惑。師曰。不空羂索。問洪鑪猛焰烹鍛何物。師曰。烹佛烹祖。曰佛祖作麼生烹。師曰。業在其中。曰喚作什麼業。師曰。佛力不如問四十九年不說一句。如何是不說底一句。師曰。隻履西行道人不顧。曰莫便是和尚消停處也無。師曰。馬是官馬不用印。問如何是。一老一不老。師曰。三從六義。曰如何是奇特一句。師曰。坐佛床斫佛樸。問祖與佛阿那箇最親。師曰。真金不肯博誰肯換泥丸。曰恁麼即有不肯也。師曰。汝貴我賤。問如何是懸劍萬年松。師曰。非言不可及。曰當為何事。師曰。只汝道話。曰言外之事如何明得。師曰。日久年多筋骨成。問不敵魔軍如何證道。師曰。海水不勞杓子舀。問不住有雲山常居無底船時如何。師曰。果熟自然。曰更請師道。師曰。門前真佛子。曰學人為什麼不見。師曰。處處王老師。

江西逍遥山懐忠禅師。僧が問う―「似ざるの句、還って人道い得る者有るや否や。」師が言う―「或いはすなはち五日斎の前、或いはすなはち五日斎の後。」問う―「剣鏡、明利なり、毫毛、何の惑いか有る。」師が言う―「不空羂索。」問う―「洪炉猛焰、何物をか烹鍛する。」師が言う―「仏を烹え祖を烹る。」言う―「仏祖、作麼生に烹る。」師が言う―「業、其の中に在り。」言う―「喚びて何の業と作す。」師が言う―「仏力、如かず。」問う―「四十九年、一句を説かず。いかなるか説かざる底の一句。」師が言う―「隻履、西に行く、道人顧みず。」言う―「莫れ便ち是れ和尚の消停の処無きや。」師が言う―「馬は是れ官馬、印を用いず。」問う―「いかなるか一老一不老。」師が言う―「三従六義。」言う―「いかなるか奇特の一句。」師が言う―「仏床に坐し、仏朴を斫る。」問う―「祖と仏と阿那箇か最も親しき。」師が言う―「真金、博うことを肯ぜず、誰か泥丸を換えんことを肯んや。」言う―「恁麼なればすなはち肯ざる有るなり。」師が言う―「お前貴く我賤し。」問う―「いかなるか剣を懸くる万年の松。」師が言う―「言に非ざれば及ぶべからず。」言う―「当に何の事をか為すべき。」師が言う―「ただお前が道話。」言う―「言外の事いかにして明らかに得。」師が言う―「日久しく年を多くして筋骨成る。」問う―「魔軍に敵せずしていかにして道を証す。」師が言う―「海水、杓子の舀うを労せず。」問う―「雲山有りに住せず、常に底無き船に居る時いかん。」師が言う―「果熟すれば自然なり。」言う―「更に師に道うを請う。」師が言う―「門前の真の仏子。」言う―「学人、何の故ぞ見ざる。」師が言う―「処処の王老師。

袁州盤龍山可文禪師。僧問。亡僧遷化向什麼處去也。師曰。石牛沿江路。日裡夜明燈。問如何是佛。師曰。痴兒捨父逃。師後居上藍院。

袁州盤竜山可文禅師。僧が問う―「亡僧、遷化して何の処に向かいてか去る。」師が言う―「石牛、江に沿う路、日裏に夜の灯明。」問う―「いかなるか仏。」師が言う―「癡児、父を捨てて逃ぐ。」師、後に上藍院に居る。

撫州黃山月輪禪師福州福唐人也。姓許氏。志學之歲詣本郡黃檗山寺投觀禪師。稟教及圓戒品遂遊方抵塗水。謁三峰和尚。雖問答有序而機緣靡契。尋聞夾山盛化乃往叩之。夾山問師。名什麼。師曰。名月輪。夾山作一圓相曰。何似遮箇。師曰。和尚恁麼語話諸方大有人不肯在。曰貧道即恁麼闍梨作麼生。師曰。還見月輪麼。曰闍梨恁麼道此間大有人不肯諸方。師乃服膺參訊。一日夾山抗聲問曰。子是什麼處人。師曰。閩中人。曰還識老僧否。師曰。和尚還識學人否。曰不然子且還老僧草鞋價。然後老僧還子江陵米價。師曰。恁麼即不識和尚。未委江陵米作麼價。夾山曰。子善能哮吼。乃入室受印依附七年。方辭往撫州卜龍濟山隱居。玄侶雲集。師遂演夾山奧旨。名聞諸方。後歸臨川樂棲黃山。謂諸徒曰。吾居此山頗諧素志矣。師上堂謂眾曰。祖師西來特唱此事。自是諸人不薦向外馳求。投赤水以尋珠。就荊山而覓玉。所以道。從門入者不是家珍。認影為頭豈非大錯。時有僧問。如何是祖師意。師曰。梁殿不施功魏邦絕心跡。問如何是道。師曰。石牛頻吐三春霧。木馬嘶聲滿道途。問如何得見本來面目。師曰。不勞懸石鏡天曉自雞鳴。問宗乘一句請師商量。師曰。黃峰獨脫物外秀。年來月往冷颼颼。問不辨中言如何指撥。師曰。劍去遠矣爾方刻舟。問如何是衲衣下事。師曰。石牛水上臥東西得自由。問如何是目前意。師曰。秋風有韻片月無方。問如何是學人用心處。師曰。覺戶不掩對月莫迷。問如何是青霄路。師曰。鶴棲雲外樹不倦苦風霜。問過去事如何。師曰。龍叫清潭波瀾自肅。師住黃山僅十三載。學者來。無虛往。以後唐同光三年十二月二十一日示有微恙。至二十六日午時奄然坐化。壽七十二。臘五十三。明年正月二十日塔於院西北隅。

撫州黄山月輪禅師は、福州福唐の人、姓は許。志学の歳、本郡の黄檗山寺に詣り、観禅師に投ず。教を禀け円戒の品に及び、遂に方を游びて涂水に抵る。三峰和尚を謁す。問答序有るといえども機縁契わず。尋いで夾山の化の盛んなるを聞き、乃ち往きて之を叩く。夾山、師に問う―「名は何と。」師が言う―「名は月輪。」夾山、一の円相を作して言う―「此の箇に何ぞ似たる。」師が言う―「和尚、恁麼の語話、諸方に大いに人の肯かざる在り。」言う―「貧道はすなはち恁麼なり、闍梨は作麼生。」師が言う―「還って月輪を見るか。」言う―「闍梨、恁麼に道う、此間に大いに人の諸方を肯かざる有り。」師乃ち服膺して参訊す。一天、夾山、声を抗げて問う―「子は是れ何の処の人ぞ。」師が言う―「閩中の人。」言う―「還って老僧を識るか否。」師が言う―「和尚、還って学人を識るか否。」言う―「然らず。子、且く老僧に草鞋の価を還せ、然る後に老僧、子に江陵の米価を還さん。」師が言う―「恁麼なればすなはち和尚を識らず。いまだ委ねならず、江陵の米は作麼の価ぞ。」夾山が言う―「子、善く能く哮吼す。」乃ち室に入りて印を受け、依附すること七年。方に辞して撫州に往き、竜済山に卜して隠居す。玄侶、雲のごとく集まる。師、遂に夾山の奥旨を演び、名、諸方に聞ゆ。後に臨川に帰り、黄山に栖むを楽しむ。諸の徒に対して言う―「吾、此の山に居る、頗る素志に諧なり。」師、上堂し衆に対して言う―「祖師、西来して特に此の事を唱う。自是、諸人、薦めず、外に向かいて馳求す。赤水に投じて以て珠を尋ね、荊山に就きて玉を覓む。是に由りて道う―門より入る者は是れ家珍に非ず。影を認めて頭と為す、あに大錯に非ざらんや。」時に僧有りて問う―「いかなるか祖師意。」師が言う―「梁殿、功を施さず、魏邦、心迹を絶つ。」問う―「いかなるか道。」師が言う―「石牛、頻りに三春の霧を吐き、木馬の嘶声、道途に満つ。」問う―「いかにして本来の面目を見ることを得。」師が言う―「石鏡を懸くるを労せず、天暁けば自ら鶏鳴く。」問う―「宗乗の一句、師に商量を請う。」師が言う―「黄峰、独り物外に秀でて脱れ、年来月往きて冷颼々たり。」問う―「中を辨ぜざる言、いかにして指撥する。」師が言う―「剣去ること遠し、お前方に舟を刻す。」問う―「いかなるか衲衣下の事。」師が言う―「石牛、水上に卧し、東西、自由を得。」問う―「いかなるか目前の意。」師が言う―「秋風に韻有り、片月に方無し。」問う―「いかなるか学人の心を用いる処。」師が言う―「覚戸、掩わず、月に対して迷うこと莫れ。」問う―「いかなるか青霄の路。」師が言う―「鶴、雲外の樹に栖み、風霜を苦しみて倦まず。」問う―「過去の事いかん。」師が言う―「竜、清潭に叫び、波澜自ら粛然たり。」師、黄山に住すること僅かに十三載。学者来れば、往くこと虚しき無し。後唐同光三年十二月二十一日、微恙有るを示す。二十六日午時に至りて奄然として坐化す。寿七十二、臘五十三。明年正月二十日、院の西北隅に塔す。

洛京韶山寰普禪師。有僧到參禮拜起立。師曰。大才藏拙戶。僧過一邊立。師曰。喪卻棟梁材遵布衲山下見師乃問。韶山在什麼處。師曰。青青翠竹處是。遵曰。莫只遮便是否。師曰。是即是闍梨有什麼事。曰擬申一問。未審師還答否。師雲。看君不是金牙作。爭解彎弓射尉遲。遵雲。鳳凰直入煙霄去。誰怕林間野鵲兒。師曰。當軒畫鼓從君擊。試展家風似老僧。遵曰。一句逈超今古格松蘿不與月輪齊。師曰。饒君直出威音外。猶較韶山半月程。遵曰。過在什麼處。師曰。倜儻之辭時人知有。遵曰。與麼即真玉泥中異不撥萬機塵。師曰。魯般門下徒施巧妙。遵雲。學人即恁麼。師意如何。師曰。玉女夜拋梭寄錦於西舍。遵曰。莫便是和尚家風也無。師曰。耕夫置玉漏(卿公事苑雲。當作玉耬。謂耬犁也耕人用耬所以布子種。禪錄所謂看縷打耬。正謂是也。魏略曰。皇甫陰為燉煌太守。民不曉耕種。因教民作耬犁省力過半。然耬乃陸種之具。南人多不識之。故詳出焉。音樓)。不是行家作。遵曰。此是文言和尚家風如何。師曰。橫身當宇宙誰是出頭人終諡無畏禪師。

洛京韶山寰普禅師。僧有りて到りて参じ、礼拝して起き立つ。師が言う―「大才、拙戸に蔵る。」僧、一辺に過ぎて立つ。師が言う―「棟梁の材を喪却せり。」遵布衲、山下に師を見て乃ち問う―「韶山は何の処にか在る。」師が言う―「青青たる翠竹の処是れ。」遵が言う―「莫れ、ただ此れ便ち是れか否。」師が言う―「是れすなはち是れ、闍梨、何の事か有る。」言う―「一問を申さんと擬す、いまだ審らかならず、師、還って答えるや否や。」師が言う―「君を看るに是れ金牙の作に非ず、争でか弓を弯めて尉遅を射るを解せん。」遵が言う―「鳳凰、直に烟霄に入りて去る、誰か林間の野鵲の児を怕れん。」師が言う―「軒に当たる画鼓、君に従いて撃ち、試みに家風を展べて老僧に似せん。」遵が言う―「一句、迥かに今古の格を超ゆ、松蘿、月輪と与に斉しからず。」師が言う―「君を饒くとも直に威音の外に出づるとも、なお韶山の半月の程に較ぶ。」遵が言う―「過は何の処に在る。」師が言う―「倜儻の辞、時の人、有るを知る。」遵が言う―「与么なればすなはち真玉、泥中に異なり、万機の尘を撥かず。」師が言う―「魯般の門下、徒らに巧妙を施す。」遵が言う―「学人はすなはち恁麼なり。師の意いかん。」師が言う―「玉女、夜に梭を抛げ、錦を西舍に寄す。」遵が言う―「莫れ便ち是れ和尚の家風無きや。」師が言う―「耕夫、玉漏を置く(卿公の事苑に説く―当に玉耬と作るべし。耬犁を謂う。耕人、耬を用いるは子種を布く所以なり。禅録の謂う所の縷を看て耬を打つは、正に是を謂う。『魏略』に説く―皇甫隆、敦煌太守と為り、民、耕種を暁らず、因りて民に教えて耬犁を作らしめ、力を省くこと半ばを過ぐ。然るに耬は乃ち陸種の具、南人、多く之を識らず、故に詳らかに出す。音は楼)、是れ行家の作に非ず。」遵が言う―「此れは是れ文言、和尚の家風いかん。」師が言う―「身を横たえて宇宙に当たる、誰か是れ頭を出だす人。」終りて無畏禅師と諡す。

太原海湖和尚。因有人請灌頂三藏供養。敷坐訖。師乃就彼位坐。時有雲涉坐主問曰。和尚什麼年行道。師曰。坐主近前來。涉近前。師曰。只如憍陳如是什麼年行道。涉茫然。師咄曰。遮尿狀鬼。僧問。和尚院內人何太少。定水院人何太多。師曰。草深多野鹿。巖高獬豸稀。

太原海湖和尚。因りて人の請うて灌顶三蔵の供養を為す者有り。坐を敷き訖りて、師乃ち彼の位に就きて坐す。時に雲渉坐主有りて問う―「和尚、何の年にか道を行ず。」師が言う―「坐主、近く前に来れ。」渉、近く前す。師が言う―「ただかくのごとき憍陳如は是れ何の年にか道を行ぜし。」渉、茫然たり。師、咄して言う―「この尿床の鬼。」(底本は「尿状鬼」と作る、「状」は「床」の訛り)僧が問う―「和尚の院内の人、何ぞ太だ少なく、定水院の人、何ぞ太だ多き。」師が言う―「草深ければ野鹿多く、巌高ければ獬豸稀なり。

嘉州白水寺和尚。僧問。如何是西來意。師曰。四溟無窟宅一滴潤乾坤。問曹溪一路合譚何事。師曰。㵎松千載鶴來聚。月中香桂鳳皇歸。

嘉州白水寺和尚。僧が問う―「いかなるか西来意。」師が言う―「四溟に窟宅無し、一滴、乾坤を潤す。」問う―「曹谿の一路、何の事をか談ずべき。」師が言う―「澗松、千載、鶴来りて聚まり、月中の香桂、鳳凰帰る。

鳳翔天蓋山幽禪師。僧問。如何是天蓋水。師曰。四海滂池不犯涓滴。問學人擬看經時如何。師曰。既是大商何求小利。

鳳翔天蓋山幽禅師。僧が問う―「いかなるか天蓋の水。」師が言う―「四海、滂池たり、涓滴を犯さず。」問う―「学人、経を看んと擬する時いかん。」師が言う―「すでに是れ大商、何ぞ小利を求めん。

洪州建昌鳳棲山同安和尚(第一世住)僧問。如何是和尚家風。師曰。金雞抱子歸霄漢。玉兔懷胎入紫微。僧曰。忽遇客來將何祇待。師曰。金果早朝猿摘去。玉華晚後鳳銜來。問終日在潭為什麼釣不得。師曰。玄源不隱無生寶。莫謾垂鉤向碧潭。問澄機一句曉露不逢時如何。師曰。太陽門下無星月。天子殿前無貧兒。問如何是同安轉身處。師曰。曠劫不曾沈玉露。目前豈滯太陽機。問險惡道中如何進步。師曰。玄身透過千差路。碧海無波往即難。問如何是衲衣下事。師曰。一片玉輪今古在。豈同漁父夜沈鉤。問如何是大勿慚愧底人。師曰。空王不坐無生殿。迦葉堂前不點燈。

洪州建昌鳳栖山同安和尚(第一世住)。僧が問う―「いかなるか和尚の家風。」師が言う―「金鶏、子を抱きて霄漢に帰り、玉兔、胎を懐きて紫微に入る。」僧が言う―「忽ち客の来るに遇えば、何を将てか只待せん。」師が言う―「金果、早朝、猿摘み去り、玉華、晩後、鳳啣ねて来る。」問う―「終日潭に在りて何の故ぞ釣ることを得ざる。」師が言う―「玄源、無生の宝を隠さず、碧潭に向かいて鈎を垂るること莫れ。」問う―「機を澄むる一句、暁露に逢わざる時いかん。」師が言う―「太陽の門下に星月無く、天子の殿前に貧児無し。」問う―「いかなるか同安の身を転ずる処。」師が言う―「曠劫、曽て玉露に沈まず、目前、あに太陽の機に滞えんや。」問う―「険悪の道中、いかにして歩を進めん。」師が言う―「玄身、千差の路を透り過ぎ、碧海に波無くして往けばすなはち難し。」問う―「いかなるか衲衣下の事。」師が言う―「一片の玉輪、今古に在り、あに漁父の夜に鈎を沈むるに同じからんや。」問う―「いかなるか大いに慚愧なき底の人。」師が言う―「空王、無生の殿に坐せず、迦葉の堂前に灯を点けず。

景德傳燈錄巻第十六

景德伝燈録巻第十七

吉州青原山行思禪師法嗣

吉州青原山の行思禅師の法嗣

第五世下二十六人

第五世下二十六人

袁州洞山良价禪師法嗣二十六人

袁州洞山の良价禅師の法嗣二十六人

洪州雲居山道膺禪師

洪州雲居山の道膺禅師

撫州曹山本寂禪師

撫州曹山の本寂禅師

洞山第二世道全禪師

洞山第二世の道全禅師

湖南龍牙山居遁禪師

湖南龍牙山の居遁禅師

京兆華嚴寺休靜禪師

京兆華厳寺の休静禅師

京兆蜆子和尚

京兆の蜆子和尚

筠州九峰普滿大師

筠州九峯の普満大師

台州幽棲道幽禪師

台州幽栖の道幽禅師

洞山第三世師虔禪師

洞山第三世の師虔禅師

洛京白馬遁儒禪師

洛京白馬の遁儒禅師

越州乾峰和尚

越州乾峯和尚

吉州禾山和尚

吉州禾山和尚

明州天童山鹹啟禪師(十一卷有目無傳)

明州天童山の咸啓禅師(十一巻に目あり伝なし)

潭州寶蓋山和尚

潭州宝蓋山和尚

益州北院通禪師

益州北院の通禅師

高安白水本仁禪師

高安白水の本仁禅師

撫州疎山光仁禪師

撫州疎山の光仁禅師

澧州欽山文邃禪師(已上一十八人見錄)

澧州欽山の文邃禅師(以上一十八人、見録)

明州天童山義禪師

明州天童山の義禅師

太原資聖方禪師

太原資聖の方禅師

新羅國金藏和尚

新羅国の金蔵和尚

益州白禪師

益州の白禅師

潭州文殊和尚

潭州の文殊和尚

舒州白水山和尚

舒州白水山和尚

邵州西湖和尚

邵州西湖和尚

青陽通玄和尚(已上八人無機緣語句不錄)

青陽の通玄和尚(以上八人、機縁語句なしのため録さず)

第六世之一四十三人

第六世の一、四十三人

鄂州巖頭全豁禪師法嗣九人

鄂州巖頭の全豁禅師の法嗣九人

台州瑞巖師彥禪師

台州瑞巖の師彦禅師

懷州玄泉彥禪師

懐州玄泉の彦禅師

吉州靈巖慧宗禪師

吉州霊巖の慧宗禅師

福州羅山道閑禪師

福州羅山の道閑禅師

福州香谿從範禪師

福州香谿の従範禅師

福州羅源聖壽嚴禪師(六人見錄)

福州羅源の聖寿厳禅師(六人見録)

洪州大寧海一禪師

洪州大寧の海一禅師

信州鵝湖山韶和尚

信州鵞湖山の韶和尚

洪州大寧訥和尚(已上三人無機緣語句不錄)

洪州大寧の訥和尚(以上三人、機縁語句なしのため録さず)

洪州感潭資國和尚法嗣一人

洪州感潭の資國和尚の法嗣一人

安州白兆山志圓禪師(一人見錄)

安州白兆山の志圓禅師(一人見録)

濠州思明和尚法嗣一人

濠州思明和尚の法嗣一人

襄州鷲嶺善本禪師(一人見錄)

襄州鷲嶺の善本禅師(一人見録)

潭州大光山居誨禪師法嗣一十三人

潭州大光山の居誨禅師の法嗣一十三人

潭州谷山有緣禪師

潭州谷山の有縁禅師

潭州龍興和尚

潭州龍興和尚

潭州伏龍山第一世和尚

潭州伏龍山第一世の和尚

京兆白雲善藏禪師

京兆白雲の善蔵禅師

潭州伏龍山第二世和尚

潭州伏龍山第二世の和尚

陝府龍峻山和尚

陝府龍峻山和尚

潭州伏龍山第三世和尚(已上七人見錄)

潭州伏龍山第三世の和尚(以上七人見録)

大光山玄禪師

大光山の玄禅師

漳州藤霞和尚

漳州藤霞和尚

宋州淨覺和尚

宋州浄覚和尚

華州崇勝證和尚

華州崇勝の証和尚

鄂州永壽和尚

鄂州永寿和尚

鄂州靈竹和尚(已上六人無機緣語句不錄)

鄂州霊竹和尚(以上六人、機縁語句なしのため録さず)

筠州九峰道虔禪師法嗣一十人

筠州九峯の道虔禅師の法嗣一十人

新羅清院和尚

新羅の清院和尚

洪州泐潭神黨禪師

洪州泐潭の神黨禅師

吉州南源山行修禪師

吉州南源山の行修禅師

洪州泐潭明禪師

洪州泐潭の明禅師

吉州秋山和尚

吉州秋山和尚

洪州泐潭延茂禪師

洪州泐潭の延茂禅師

洪州同安常察禪師

洪州同安の常察禅師

洪州泐潭悟禪師

洪州泐潭の悟禅師

吉州禾山無殷禪師

吉州禾山の無殷禅師

洪州泐潭牟和尚(已上十人見錄)

洪州泐潭の牟和尚(以上十人見録)

台州湧泉景欣禪師法嗣一人

台州涌泉の景欣禅師の法嗣一人

台州六通院紹禪師(一人見錄)

台州六通院の紹禅師(一人見録)

潭州雲蓋山志元禪師法嗣三人

潭州雲蓋山の志元禅師の法嗣三人

雲蓋山志罕禪師

雲蓋山の志罕禅師

新羅臥龍和尚

新羅の臥龍和尚

彭州天台和尚(已上三人見錄)

彭州の天台和尚(以上三人見録)

潭州谷山藏禪師法嗣三人

潭州谷山の蔵禅師の法嗣三人

新羅瑞巖和尚

新羅の瑞巖和尚

新羅泊嚴和尚

新羅の泊巖和尚

新羅大嶺和尚(已上三人見錄)

新羅の大嶺和尚(以上三人見録)

潭州中雲蓋山和尚法嗣一人

潭州中雲蓋山の和尚の法嗣一人

雲蓋山景和尚(一人見錄)

雲蓋山の景和尚(一人見録)

河中府棲巖存壽禪師法嗣一人

河中府栖巖の存寿禅師の法嗣一人

道德禪師(一人無機緣語句不錄)

道徳禅師(一人、機縁語句なしのため録さず)

吉州青原行思禪師第五世

吉州青原の行思禅師第五世

袁州洞山良价禪師法嗣

袁州洞山の良价禅師の法嗣

洪州雲居道膺禪師幽州玉田人也。姓王氏。童丱依師稟教。二十五受具於範陽延壽寺。本師令習聲聞篇聚。乃歎曰。大丈夫豈可桎梏於律儀耶。乃去詣翠微山問道。經三載有雲遊僧自豫章來。盛稱洞山價禪師法席。師遂造焉。洞山問曰闍梨名什麼。曰道膺。洞山雲。向上更道。師雲。向上道即不名道膺。洞山曰。與吾在雲巖時秖對無異也。後師問。如何是祖師意。洞山曰。闍梨他後有一把茅蓋頭。忽有人問闍梨如何秖對。曰道膺罪過。洞山有時謂師曰。吾聞思大和尚生倭國作王虛實。曰若是思大佛亦不作。況乎國王。洞山然之。一日洞山問。什麼處去來。師曰。蹋山來。洞山曰。阿那箇山堪住。曰阿那箇山不堪住。洞山曰。恁麼即國內總被闍梨占卻也。曰不然。洞山曰。恁麼即子得箇入路。曰無路。洞山曰。若無路爭得與老僧相見。曰若有路即與和尚隔生去也。洞山曰。此子已後千人萬人把不住。師隨洞山渡水。洞山問水深淺。曰不濕。洞山曰。麁人。曰請師道。洞山曰。不乾。洞山謂師曰。昔南泉問講彌勒下生經僧曰。彌勒什麼時下生。曰見在天宮當來下生。南泉曰。天上無彌勒地下無彌勒。師隨舉而問曰。只如天上無彌勒地下無彌勒。未審誰與安字。洞山直得禪床震動乃曰。膺闍梨。師合醬次洞山問。作什麼。師曰。合醬。洞山曰。用多少鹽。曰旋入。洞山曰。作何滋味。師曰得。洞山問。大闡提人殺父害母出佛身血破和合僧。如是種種孝養何在。師曰。始得孝養。自爾洞山許之為室中領袖。初止三峰其化未廣。後開雲居山四眾臻萃。一日上堂。因舉古人云。地獄未是苦。向此衣服下不明大事失卻。最苦。師乃謂眾曰。汝等既在遮箇行。流十分去。九不較多也。更著些力便是上坐不屈平生。行腳不孤負叢林。古人道。欲得保任此事。須向高高山頂立深深水底行。方有些子氣力。汝若大事未辦。

洪州の雲居道膺禅師は、幽州玉田の人で、姓は王氏。幼い頃より師について教えを受け、二十五の時、范陽の延壽寺で具足戒を受けた。本師は声聞の篇聚を学ばせようとした。そこで師は嘆じて言った。「大丈夫がどうして律儀に桎梏されることがあろうか。」そこで翠微山に赴いて道を問い、三年を経て、雲遊の僧が豫章から来て洞山价禅師の法席を大いに称賛した。師はそこに赴いた。洞山が問うた。「闍梨の名は何か。」答えて言った。「道膺。」洞山が言った。「さらに向上して言え。」師が言った。「向上して言えば道膺とは名づけない。」洞山が言った。「これはわしが雲巖にいた時の応対と異ならない。」のちに師が問うた。「どういうのが祖師の意か。」洞山が言った。「闍梨は後日、一束の茅を頭に被る時があるだろう。その時ひとが闍梨に問うたらどう応対する。」師は言った。「道膺の罪過です。」洞山は時々師に言った。「思大和尚が倭国に生まれて王となったと聞くが、虚実はどうか。」師は言った。「思大であるならば仏でさえ作らない。まして国王であろうか。」洞山はこれを是とした。ある日、洞山が問うた。「どこから来た。」師は言った。「山を踏んで来た。」洞山が言った。「どの山が住むに堪えるか。」師は言った。「どの山も住むに堪えない。」洞山が言った。「そうであれば国内はことごとく闍梨に占められてしまうではないか。」師は言った。「そうではない。」洞山が言った。「そうであれば、お前は入る路を得たわけだ。」師は言った。「路はない。」洞山が言った。「路がなければどうして老僧と相見ることができたか。」師は言った。「路があれば和尚と隔生してしまいます。」洞山が言った。「この子はのちに千人万人でも捉えきれない。」師は洞山に随いて水を渡った。洞山が水の深浅を問うた。師は言った。「濡れません。」洞山が言った。「麁い人だ。」師は言った。「師に言っていただきたい。」洞山が言った。「乾いてはいない。」洞山は師に言った。「昔、南泉が『弥勒下生経』を講ずる僧に問うた。『弥勒はいつ下生するか。』僧は言った。『現在、天宮にあり、当来に下生する。』南泉は言った。『天上に弥勒なく、地下に弥勒なし。』」師はすぐにこれを挙して問うた。「ただ天上に弥勒なく地下に弥勒なしとあれば、誰が名を安立するのか、承伏できません。」洞山はたまらず禅床が震動するほどで、そして言った。「膺闍梨。」師が醤を合わせている時、洞山が問うた。「何をしているか。」師は言った。「合醤しています。」洞山が言った。「塩をどれくらい用いたか。」師は言った。「適宜入れます。」洞山が言った。「どんな味になるか。」師は言った。「得ております。」洞山が問うた。「大闡提の人は、父を殺し母を害し、仏身から血を出し、和合僧を破る。このような種々の業において、孝養はどこにあるか。」師は言った。「これでこそ孝養が得られます。」これ以降、洞山は師を室中の領袖と許した。初めは三峰に止まり、その教化は広がらなかった。後に雲居山を開くと、四衆が集まった。ある日上堂して、古人の言葉を挙して言った。「地獄は未だ苦ではない。この衣服の下に大事を明らめずして失うこと、それが最も苦なのだ。」師はすなわち衆に言った。「お前たちはすでにこの行の流れにいるのだから、十分のうち九を去っても多くを比べるに足らない。さらに少し力を着ければ、上座として平生を屈せず、行脚として叢林を孤負しないことになる。古人は言った。この事を保任せんと欲すれば、高き山の頂に立ち、深き水の底に行かねば、わずかばかりの気力も得られない。お前がもし大事いまだ辦えざるならば、

且須履踐玄途。問如何是沙門所重。師曰。心識不到處。問佛與祖有何階級。師曰。俱是階級。問如何是西來意。師曰。古路不逢人。可觀上座問。的罷標指請師速接。師曰。即今作麼生。觀曰。道即不無莫領話好。師曰。何必闍梨問如何是口訣。師曰。近前來向汝道。僧近前曰。請師道。師曰也知也知。師擲癢和問。眾還會麼。眾曰。不會。師曰。趁雀兒也不會。問如何得不惱亂和尚。師曰與我喚處德來。僧遂去喚來。師曰。與我閉卻門。問馬祖出八十八人善知識。未審和尚出多少人。師展手示之。問如何是向上人行履處。師曰。天下太平。問遊子歸家時如何。師曰。且喜歸來。曰將何奉獻。師曰。朝打三千暮打八百。師謂眾曰。如好獵狗。只解尋得有縱跡底。忽遇羚羊掛角。莫道跡氣亦不識。僧問。羚羊掛角時如何。師曰。六六三十六。又曰。會麼。僧曰。不會。師曰。不見道無蹤跡(有僧舉似趙州。趙州雲。雲居師兄猶在。僧乃問。羚羊掛角時如何。趙州雲。六六三十六)眾僧夜參侍者持燈來。見影在壁上有僧便問。兩箇相似時如何。師曰。一箇是影。問學人擬欲歸鄉時如何。師曰。只遮是。新羅僧問。佛陀波利見文殊。為什麼卻迴去。師曰。只為不將來所以卻迴去。師謂眾曰。學佛法底人如斬釘截鐵始得。時一僧出曰。便請和尚釘鐵。師曰。口裡底是什麼。僧問。承教有言。是人先世罪業應墮惡道以今世人輕賤。此意如何。師曰動即應墮惡道。靜即為人輕賤(崇壽稠答雲。心外有法應墮惡道。守住自己為人輕賤)僧問。香積之飯什麼人得吃。師曰。須知得吃底人。入口也須抉出。有一僧在房內念經。師隔窓問。闍梨念者是什麼經。對曰。維摩經。師曰。不問維摩經。念者是什麼經。其僧從此得入。問孤逈峭巍巍時如何。師曰。孤逈峭巍巍。僧曰。不會。師曰。面前案山子也不會。新羅僧問。

(師は続けて言った。)「且つ玄途を履践せねばならない。」問うた。「どういうのが沙門の重んずるところか。」師は言った。「心識の到らないところ。」問うた。「仏と祖とにどんな階級があるか。」師は言った。「すべて階級だ。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「古路に人に逢わず。」可観上座が問うた。「標指を罷めた的確なところを、師に速やかに接していただきたい。」師は言った。「いま即ちどうする。」観が言った。「道はないではないが、話を領解されるのは避けてほしい。」師は言った。「どうして闍梨が。」問うた。「どういうのが口訣か。」師は言った。「近くに来い。お前に道ってやる。」僧が近づいて言った。「師に道っていただきたい。」師は言った。「知った知った。」師は癢和を擲って問うた。「衆は会するか。」衆は言った。「会しません。」師は言った。「雀を追うことも会せぬか。」問うた。「どうすれば和尚を惱乱せずにいられますか。」師は言った。「わしのために処徳を呼んで来い。」僧はすなわち呼びに行った。師は言った。「わしのために門を閉じよ。」問うた。「馬祖は八十八人の善知識を出した。和尚は何人を出されますか。」師は手を展げて示した。問うた。「どういうところが向上の人の行履するところか。」師は言った。「天下太平。」問うた。「遊子が家に帰る時は如何。」師は言った。「帰って来たことを喜ぼう。」言った。「何をもって奉献しましょう。」師は言った。「朝は三千を打ち、暮は八百を打つ。」師は衆に言った。「よい猟狗のようなものは、ただ縦迹のあるものを尋ね得るばかり。忽然として羚羊が角を掛けるに遇えば、迹気はおろか識ることもできない。」僧が問うた。「羚羊が角を掛ける時は如何。」師は言った。「六六三十六。」また言った。「会したか。」僧は言った。「会しません。」師は言った。「無蹤迹と道われるのを見ぬか。」(ある僧が趙州に挙似した。趙州が言った。「雲居の師兄はまだ健在だ。」僧はすなわち問うた。「羚羊が角を掛ける時は如何。」趙州が言った。「六六三十六。」)衆僧が夜参し、侍者が燈を持って来た。影が壁に在るのを見て、ある僧がすなわち問うた。「二つが相似している時は如何。」師は言った。「一つは影だ。」問うた。「学人が帰郷せんと欲する時は如何。」師は言った。「ただこれだ。」新羅の僧が問うた。「佛陀波利は文殊に見えたのに、なぜ帰って行ったのですか。」師は言った。「ただ将来せぬがため、それで帰って行ったのだ。」師は衆に言った。「仏法を学ぶ人は、釘を斬り鐵を截るが如くであってこそはじめて得る。」時に一僧が出て言った。「便ち和尚に釘鐵を請います。」師は言った。「口裏にあるのは何だ。」僧が問うた。「教に言うのを承ります。この人は先世の罪業により悪道に堕つべきが、今世の人に軽賤される。此の意は如何。」師は言った。「動けば即ち悪道に堕つべく、静ならば即ち人の軽賤するところとなる。」(崇寿稠は答えて言った。「心外に法あれば悪道に堕つべし。自己に守り住すれば人の軽賤するところとなる。」)僧が問うた。「香積の飯はどんな人が喫し得ますか。」師は言った。「喫し得る人を知るべし。口に入るもまた抉り出すべし。」ある僧が房内で経を念じていた。師は窓を隔てて問うた。「闍梨が念じているのは何の経か。」対えて言った。「維摩経です。」師は言った。「維摩経とは問わない。念じている者は何の経か。」その僧はこれによって入るところを得た。問うた。「孤迥峭巍巍の時は如何。」師は言った。「孤迥峭巍巍。」僧は言った。「会しません。」師は言った。「面前の案山子さえも会せぬか。」新羅の僧が問うた。

是什麼得恁麼難道。師曰。有什麼難道。曰便請和尚道。師曰。新羅新羅。問明眼人為什麼黑如漆。師曰。何怪。荊南節度使成汭遣大將入山送供。問曰。世尊有密語迦葉不覆藏。如何是世尊密語。師召曰。尚書。其人應諾。師曰。會麼。曰不會。師曰。汝若不會世尊密語。汝若會迦葉不覆藏。僧問。才生為什麼不知有。師曰。不同生。曰未生時如何。師曰。不曾滅。曰未生時在什麼處。師曰。有處不收。曰什麼人受滅。師曰。是滅不得者。師謂眾曰。汝等師僧家。發言吐氣須有來由。凡問事須識好惡。尊卑良賤信口無益。傍家到處覓相似語。所以尋常向兄弟道。莫怪不相似。恐同學太多去。第一莫將來。將來不相似。八十老人出場屋。不是小兒戲。一言參差千里萬裡難為收攝。直至敲骨打髓須有來由。言語如鉗夾鉤鎖相續不斷。始得頭頭上具物物上新。可不是精得妙底事。道汝。知有底人終不取次。十度擬發言九度卻休去。為什麼如此。恐怕無利益。體得底人心如臘月扇。口邊直得醭出。不是汝彊為任運如此。欲得恁麼事須是恁麼人。既是恁麼人何愁恁麼事。學佛邊事是錯用心。假饒解千經萬論。講得天華落石點頭。亦不幹自己事。況乎其餘有何用處。若將有限心識。作無限中用。如將方木逗圓孔多少差訛。設使攢花簇錦。事事及得及盡一切事。亦只喚作了事人無過人。終不喚作尊貴。將知尊貴邊。著得什麼物。不見從門入者非寶。棒上不成龍知麼。師如是三十年開發玄楗。徒眾常及千五百之數。南昌周氏尤所欽風。唐天復元年秋示微疾。十二月二十八日為大眾開最後方便。敘出世始卒之意。眾皆愴然。越明年正月三日跏趺長往。今本山影堂存焉。勅諡弘覺大師。塔曰圓寂。

(僧は続けて問うた。)「何がそんなに道い難いのですか。」師は言った。「何が道い難いことがあろう。」言った。「便ち和尚に道っていただきたい。」師は言った。「新羅、新羅。」問うた。「明眼の人がなぜ漆のように黒いのですか。」師は言った。「何を怪しむ。」荊南節度使の成汭が大将を遣わして山に入り供を送らせた。問うた。「世尊に密語あり、迦葉は覆蔵せず。どういうのが世尊の密語か。」師は召して言った。「尚書。」その人は応諾した。師は言った。「会したか。」言った。「会しません。」師は言った。「お前はもし会せぬならば世尊の密語、お前がもし会せば迦葉は覆蔵せず。」僧が問うた。「生まれたばかりでなぜ有を知らないのですか。」師は言った。「生と同じではない。」言った。「未だ生まれぬ時は如何。」師は言った。「曾て滅せず。」言った。「未だ生まれぬ時はどこに在りますか。」師は言った。「収め得るところがない。」言った。「どんな人が滅を受けますか。」師は言った。「滅せられない者だ。」師は衆に言った。「お前たち師僧の家は、言を発し気を吐くに来由があるべきだ。およそ事を問うには好悪を識るべし。尊卑良賤、口を信じて放つは益なし。傍家の至るところ相似の語を覓う。だから寻常、兄弟に向かって道う。怪しまないでほしい、相似しないのを。同じ学のものが多すぎるのを恐れる。第一に将来するな。将来すれば相似しない。八十の老人が場屋を出るは、小児の戯れではない。一言が参差すれば、千里万里、収攝するに難い。骨を敲き髄を打つに至るまで来由があるべし。言語が鉗の如く夾の如く鉤鎖の如く相続して断えず、はじめて頭頭の上に具わり、物物の上に新たなり。精にして妙なる事ではないか。お前に道う。有を知る人は終に取次ではない。十度発言せんと擬して九度は休する。なぜこうであるか。利益がないことを恐れるからだ。体し得た人は心は臘月の扇の如く、口辺には醭が出るほどだ。お前が強為するのではなく、任運としてこうだ。かくの如き事を得んと欲すればかくの如き人たるべし。既にかくの如き人であれば、何をかかくの如き事を愁えん。仏の辺の事を学ぶは、用心を錯ることだ。仮に千経万論を解し、天華の落ち石の点頭するほど講じ得ても、自己の事には干らない。ましてその余は何の用処があろう。有限の心識をもって無限の中に用いれば、方木を円孔に逗めるが如く、差訛すること多かろう。設い華を攅え錦を簇せ、事事に及び一切の事に及び尽くしても、ただ了事人・無過人と喚ぶのみ。終に尊貴とは喚ばない。尊貴の辺に何物を著けるか、まさに知るべし。門より入る者は宝に非ずと見えぬか。棒の上に龍は成らない。知ったか。」師はかくの如く三十年、玄楗を開発した。徒衆は常に千五百の数に及んだ。南昌の周氏がとりわけその風を欽慕した。唐の天復元年秋、微かな疾を示した。十二月二十八日、大衆のために最後の方便を開き、出世の始卒の意を叙した。衆はみな愴然とした。明年の正月三日を越えて跏趺して長往した。いま本山に影堂が存する。勅により弘覚大師と諡し、塔を円寂と曰う。

撫州曹山本寂禪師泉州莆田人也。姓黃氏。少慕儒學。年十九出家。入福州福唐縣靈石山。二十五登戒。唐咸通初禪宗興盛。會洞山價禪師坐道場。往來請益。洞山問。闍梨名什麼。對曰。本寂。曰向上更道。師曰。不道。曰為什麼不道。師曰。不名本寂。洞山深器之。師自此入室密印所解盤桓數載。乃辭洞山。洞山問。什麼處去。曰不變異處去。洞山雲。不變異豈有去耶。師曰。去亦不變異。遂辭去。隨緣放曠。初受請止於撫州曹山。後居荷玉山。二處法席學者雲集。問不與萬法為侶者是什麼人。師曰。汝道洪州裡許多人什麼處去也。問眉與目還相識也無。師曰。不相識。曰為什麼不相識。師曰。為同在一處。曰恁麼即不分也。師曰。眉且不是目。曰如何是目。師曰。端的去。曰如何是眉。師曰。曹山卻疑。曰和尚為什麼卻疑。師曰。若不疑即端的去也。問於相何真。師曰。即相即真。曰當何顯示。師提起托子。問幻本何真。師曰。幻本元真(法眼別雲。幻本不真)曰當幻何顯。師曰。即幻即顯(法眼別雲。幻即無當)曰恁麼即始終不離於幻也。師曰。覓幻相不可得。問如何是常在底人。師曰。恰遇曹山暫出。曰如何是常不在底人。師曰。難得。僧清銳問。某甲孤貧乞師拯濟。師曰。銳闍梨近前來。銳近前。師曰。泉州白家酒三盞猶道未沾唇(玄覺雲。什麼處是與他酒吃)問擬豈不是類。師曰。直是不擬亦是類。曰如何是異。師曰。莫不識痛癢。鏡清問。清虛之理畢竟無身時如何。師曰。理即如此事作麼生。曰如理如事。師曰。謾曹山一人即得。爭奈諸聖眼何。曰若無諸聖眼。爭鑒得箇不恁麼。師曰。官不容針私通車馬。雲門問。不改易底人來師還接否。師曰。曹山無恁麼閑工夫人。問古人云。人人盡有弟子在。塵蒙還有也無。師曰。過手來。乃點指曰。一二三四五足。問魯祖面壁用表何事。

撫州曹山の本寂禅師は、泉州莆田の人で、姓は黄氏。少なくして儒学を慕い、十九の年に出家し、福州福唐県の霊石山に入った。二十五で登戒した。唐の咸通の初め、禅宗が興盛で、ちょうど洞山价禅師が道場に坐していたので、往来して請益した。洞山が問うた。「闍梨の名は何か。」対えて言った。「本寂。」言った。「さらに向上して言え。」師は言った。「言いません。」言った。「なぜ言わない。」師は言った。「本寂とは名づけません。」洞山は深くこれを器とした。師はこれより入室して解るところを密印し、数年を盤桓して、乃ち洞山を辞した。洞山が問うた。「どこへ行く。」言った。「変異せぬところへ行きます。」洞山が言った。「変異せぬのにどうして行くことがあろうか。」師は言った。「行くもまた変異しません。」遂に辞して去った。縁に随って放曠した。初め請われて撫州曹山に止まり、後に荷玉山に居した。二か所の法席に学者が雲集した。問うた。「万法と侣とならぬ者はどんな人か。」師は言った。「お前、洪州のうちの多くの人がどこへ行ったと道うか。」問うた。「眉と目とは相識っていますか。」師は言った。「相識っていない。」言った。「なぜ相識っていないのですか。」師は言った。「同じく一処に在るがためだ。」言った。「そうであれば分かれないのでは。」師は言った。「眉は目ではない。」言った。「どういうのが目ですか。」師は言った。「端的に去れ。」言った。「どういうのが眉ですか。」師は言った。「曹山はかえって疑う。」言った。「和尚はなぜかえって疑うのですか。」師は言った。「疑わなければ即ち端的に去るのだ。」問うた。「相に於いて何が真か。」師は言った。「即相即真。」言った。「何をもって顕示しますか。」師は托子を提起した。問うた。「幻の本は何が真か。」師は言った。「幻の本は元より真。」(法眼は別に言った。「幻の本は真ならず。」)言った。「幻に当って何を顕すか。」師は言った。「即幻即顕。」(法眼は別に言った。「幻は即ち当たること無し。」)言った。「そうであれば始終幻を離れないのでは。」師は言った。「幻相を覓めて得ることなし。」問うた。「どういうのが常在の人か。」師は言った。「ちょうど曹山が暫く出ていたところに遇った。」言った。「どういうのが常に不在の人か。」師は言った。「得難い。」僧の清鋭が問うた。「某甲は孤貧です。師に拯済を乞います。」師は言った。「鋭闍梨、近く来い。」鋭が近づいた。師は言った。「泉州の白家の酒を三盞、まだ唇に沾せずと道う。」(玄覚が言った。「どこが彼に酒を喫せしめたところか。」)問うた。「擬するは即ち類ではないのですか。」師は言った。「あえて擬さぬもまた類だ。」言った。「どういうのが異ですか。」師は言った。「痛痒を識らぬことなかれ。」鏡清が問うた。「清虚の理が畢竟に身なき時は如何。」師は言った。「理は即ちこうだが、事はどうする。」言った。「理の如く事の如し。」師は言った。「曹山一人を謾かんことは得ても、諸聖の眼をどうする。」言った。「もし諸聖の眼がなければ、かくの如く不恁么をどう鑒るか。」師は言った。「官は鍼を容れず、私は車馬を通す。」雲門が問うた。「改易しない人が来れば、師は接しますか。」師は言った。「曹山にかくの如き閑工夫の人はいない。」問うた。「古人は言った。人々にみな弟子が在ると。塵蒙には在りや無しや。」師は言った。「手を過せ。」乃ち指を点じて言った。「一二三四五足。」問うた。「魯祖が面壁したのは何事を表したか。」

師以手掩耳。問承古有言。未有一人倒地不因地而起。如何是倒。師曰。肯即是。曰如何是起。師曰。起也。問承教有言。大海不宿死屍。如何是海。師曰。包含萬有。曰為什麼不宿死屍。師曰。絕氣者不著。曰既是包含萬有。為什麼絕氣者不著。師曰。萬有非其功絕氣有其德。曰向上還有事也無。師曰。道有道無即得。爭奈龍王按劍何。問具何知解善能對眾問難。師曰。不呈句。曰問難箇什麼。師曰。刀斧斫不入。曰能恁麼問難。還更有不肯者也無。師曰有。曰是什麼人。師曰。曹山。問無言如何顯。師曰。莫向遮裡顯。曰向什麼處顯。師曰。昨夜三更床頭失卻三文錢。問日未出時如何。師曰。曹山也曾恁麼來。曰日出後如何。師曰。猶較曹山半月程。師問僧。作什麼。曰掃地。師曰。佛前掃佛後掃。曰前後一時掃。師曰。與曹山過靸鞋來。師問彊德上坐曰。菩薩在定聞香象渡河。出什麼經。曰出涅槃經。師曰。定前聞定後聞。曰和尚流也。師曰。道也大殺道。始道得一半。曰和尚如何。師曰。灘下接取。問學人十二時中如何保任。師曰。如經蠱毒之鄉。水不得霑著一滴。問如何是法身主。師曰。謂秦無人。曰遮箇莫便是否。師曰斬。問親近什麼道伴即得常聞於未聞。師曰。同共一被蓋。曰此猶是和尚得聞。如何是常聞於未聞。師曰。不同於木石。曰何者在先何者在後。師曰。不見道常聞於未聞。問國內按劍者是誰。師曰。曹山(法燈別雲。汝不是恁麼人)曰擬殺何人。師曰。但有一切總殺。曰忽逢本父母作麼生。師曰。揀什麼。曰爭奈自己何。師曰。誰奈我何。曰為什麼不殺。師曰。勿下手處。問一牛飲水五馬不嘶時如何。師曰。曹山解忌口。又別雲。曹山孝滿。問常在生死海中沈沒者是什麼人。師曰。第二月。曰還求出離也無。師曰。也求出離只是無路。曰出離什麼人接得伊。師曰。擔鐵枷者。

(師は答えた。)師は手をもって耳を掩った。問うた。「古に言があるのを承ります。倒れた人で地に因らずして起つ者は一人もない。どういうのが倒か。」師は言った。「肯するが即ち是れ。」言った。「どういうのが起か。」師は言った。「起也。」問うた。「教に言うのを承ります。大海は死屍を宿さない。どういうのが海か。」師は言った。「万有を包含する。」言った。「なぜ死屍を宿さないのですか。」師は言った。「絶気の者は著かない。」言った。「万有を包含するのに、なぜ絶気の者は著かないのですか。」師は言った。「万有はその功にあらず、絶気はその徳を有す。」言った。「向上にまだ事ありや無しや。」師は言った。「道有道無と言えばよいが、龍王の按剣をどうする。」問うた。「どんな知解を具えばよく衆に対して問難できますか。」師は言った。「句を呈しない。」言った。「何を問難しますか。」師は言った。「刀斧も斫り入れない。」言った。「よくかくの如く問難できれば、さらに肯せぬ者もありや無しや。」師は言った。「ある。」言った。「どんな人ですか。」師は言った。「曹山だ。」問うた。「言無きはどう顕すか。」師は言った。「ここに向かって顕すな。」言った。「どこに向かって顕しますか。」師は言った。「昨夜三更、牀頭で三文の銭を失った。」問うた。「日まだ出ぬ時は如何。」師は言った。「曹山もかつてかくの如く来た。」言った。「日出でた後は如何。」師は言った。「なお曹山より半月の程を較ぶる。」師は僧に問うた。「何をしているか。」言った。「掃地しています。」師は言った。「仏前に掃き仏後に掃くか。」言った。「前後一時に掃きます。」師は言った。「曹山に靸鞋を過して来い。」師は強徳上座に問うて言った。「菩薩が定にありて香象の渡河を聞くは、どの経から出たか。」言った。「涅槃経から出ました。」師は言った。「定前に聞いたか、定後に聞いたか。」言った。「和尚は流れましたね。」師は言った。「道うも大いに道うが、はじめて半を道い得た。」言った。「和尚は如何。」師は言った。「灘下で接取する。」問うた。「学人は十二時の中で如何に保任すればよいですか。」師は言った。「蠱毒の郷を経るが如く、水を一滴も沾着してはならない。」問うた。「どういうのが法身の主か。」師は言った。「秦に人なしと謂う。」言った。「このは即ち是れですか。」師は言った。「斬。」問うた。「どんな道伴に親近すれば常に未聞を聞き得ますか。」師は言った。「共に一被を蓋う。」言った。「これはなお和尚の聞き得るところです。どういうのが常に未聞を聞くことですか。」師は言った。「木石に同じからぬ。」言った。「何れが先で何れが後ですか。」師は言った。「常に未聞を聞くと道われるのを見ぬか。」問うた。「国内で剣を按ずる者は誰か。」師は言った。「曹山だ。」(法燈は別に言った。「お前はかくの如き人ではない。」)言った。「何人を殺さんと擬しますか。」師は言った。「一切あればことごとく殺す。」言った。「忽然として本父母に逢えばどうしますか。」師は言った。「何を揀ぶ。」言った。「自己をどうしますか。」師は言った。「誰がわしをどうしよう。」言った。「なぜ殺さないのですか。」師は言った。「下手するところがない。」問うた。「一牛が水を飲み五馬が嘶かぬ時は如何。」師は言った。「曹山は忌口を解する。」また別に言った。「曹山は孝満。」問うた。「常に生死の海に沈没する者はどんな人か。」師は言った。「第二月。」言った。「出離を求めますか。」師は言った。「出離も求める、ただ路がない。」言った。「出離をば何人が彼を接し得ますか。」師は言った。「鐵枷を担ぐ者。」

僧舉藥山問僧。年多少。僧曰。七十二。藥山曰。是年七十二麼。曰是。藥山便打。此意如何。師曰。前箭猶似可後箭射人深。僧曰。如何免得棒。師曰。正勅既行諸侯避道(東禪齊雲。曹山是明藥山意。自出手。為復別有道理。還斷得麼。只如遮僧舉問曹山。伊還有會處麼。忽爾問。上坐年多少。別作麼生秖對)問如何是佛法大意。曰填溝塞壑。問如何是師子。師曰。眾獸近不得。曰如何是師子兒。師曰。能吞父母。曰既是眾獸近不得。為什麼被兒吞。師曰。子若哮吼祖父母俱盡。曰只如祖父母還盡也無。師曰。亦盡。曰盡後如何。師曰。全身歸父。曰前來為什麼道祖父亦盡。師曰。不見道。王子能成一國事。枯木上更釆些子華。問才有是非紛然失心如何。師曰。斬斬。僧舉有人問香嚴。如何是道。答曰。枯木裡龍吟。學雲。不會。曰髑髏裡眼睛。後問石霜。如何是枯木裡龍吟。石霜雲。猶帶喜在。又問。如何是髑髏裡眼睛。石霜雲。猶帶識在。師因而頌曰。

僧が挙げた。薬山が僧に問うた。「年はいくつか。」僧は言った。「七十二。」薬山が言った。「年七十二か。」言った。「是。」薬山はすなわち打った。この意は如何。師は言った。「前の箭はなお可なるに似たり、後の箭は人を射ること深し。」僧は言った。「どうすれば棒を免れますか。」師は言った。「正敕既に行われれば諸侯は道を避く。」(東禅斉が言った。「曹山は薬山の意を明らかにして自から手を出したのか、あるいはまた別に道理があるのか。まだ断じ得るか。ただこの僧が挙して曹山に問うが如き、彼はまだ会する処ありや。忽然として問う、上座の年はいくつか、別にどう対答する。」)問うた。「どういうのが仏法の大意か。」言った。「溝を填め壑を塞ぐ。」問うた。「どういうのが師子か。」師は言った。「衆獣は近づき得ない。」言った。「どういうのが師子の児か。」師は言った。「父母を吞む能く。」言った。「衆獣が近づき得ないのに、なぜ児に吞まれるのですか。」師は言った。「子が若し哮吼すれば祖父母ともに尽きる。」言った。「ただ祖父母はなお尽きるや否や。」師は言った。「亦尽きる。」言った。「尽きた後は如何。」師は言った。「全身は父に帰る。」言った。「前に来てなぜ祖父も尽きると道うのですか。」師は言った。「見えぬか、道うを。王子は一国の事を成す能く。枯木の上にさらに些子の華を采る。」問うた。「是非あるばかりに纷然として心を失うは如何。」師は言った。「斬、斬。」僧が挙げた。ある人が香巌に問うた。「どういうのが道か。」答えて言った。「枯木のうちに龍吟。」学人は言った。「会しません。」言った。「髑髏のうちに眼睛。」後に石霜に問うた。「どういうのが枯木のうちの龍吟か。」石霜が言った。「なお喜を帯ぶ。」また問うた。「どういうのが髑髏のうちの眼睛か。」石霜が言った。「なお識を帯ぶ。」師は因りて頌して言った。

枯木龍吟真見道髑髏無識眼初明

枯木の龍吟、真に道を見る、髑髏に識なく眼はじめて明らかなり。

喜識盡時消不盡當人那辨濁中清

喜識尽きる時も消えず尽きず、当人に濁中の清を辨えんや。

其僧卻問師。如何是枯木裡龍吟。師曰。血脈不斷。曰如何是髑髏裡眼睛。師曰。乾不盡。曰未審還有得聞者無。師曰。盡大地未有一箇不聞。曰未審龍吟是何章句。師曰。也不知是何章句聞者皆喪。師如是啟發上機。曾無軌轍可尋及受洞山五位銓量。特為叢林標準。時洪州鍾氏屢請不起。但寫大梅和尚山居頌一首答之。天復辛酉季夏夜。師問知事僧。今是何日月。對曰。六月十五日。師曰。曹山一生行腳到處。只管九十日為一夏。至明日辰時告寂。壽六十有二。臘三十有七。門人奉真骨樹塔。勅諡元證大師。塔曰福圓。

その僧はかえって師に問うた。「どういうのが枯木のうちの龍吟か。」師は言った。「血脈断えず。」言った。「どういうのが髑髏のうちの眼睛か。」師は言った。「乾き尽きず。」言った。「まだ聞き得る者ありや無しや、承伏できません。」師は言った。「大地に尽きて一つとして聞かざるあらず。」言った。「龍吟は何の章句か、承伏できません。」師は言った。「何の章句かは知らないが、聞く者は皆喪する。」師はかくの如く上機を啓発し、曾て尋ね得る軌辙がなかった。洞山の五位の銓量を受くるに及んで、特に叢林の標準となった。時に洪州の鍾氏がたびたび請うたが起たず、ただ大梅和尚の山居頌一首を写して答えた。天復辛酉の季夏の夜、師は知事僧に問うた。「今は何の日月か。」対えて言った。「六月十五日。」師は言った。「曹山の一生、行脚する処、ただ九十日をもって一夏と管した。」明日の辰時に至りて告寂した。寿は六十有二。臘は三十有七。門人は真骨を奉りて塔を樹てた。勅により元証大師と諡し、塔を福圓と曰う。

洞山道全禪師(第二世住亦云中洞山)初問洞山價和尚。如何是出離之要。洞山曰。闍梨足下煙生。師當下契悟。更不他遊(雲居膺進語云。終不敢孤負和尚。足下煙生。洞山雲。步步玄者即是功到)暨價和尚圓寂。眾請踵跡住持。海眾悅服玄風不墜。僧問。佛入王宮豈不是大聖再來。師曰。護明不下生。僧曰。既是大聖再來。何更六年苦行。師曰。幻人呈幻事。曰非幻者如何。師曰。王宮覓不得。問清淨行者不入涅槃。破戒比丘不入地獄如何。師曰。度盡無遺影還他越涅槃。問極目千里是什麼風範。師曰。是闍梨風範。曰未審和尚風範如何。師曰。不布婆娑眼。

洞山の道全禅師(第二世住、また中洞山と云う)。初め洞山价和尚に問うた。「どういうのが出離の要か。」洞山が言った。「闍梨の足下に煙が生ず。」師は当下に契悟し、さらに他に遊ばなかった。(雲居膺は語を進めて言った。「終に和尚を孤負するを敢えてせず。足下に煙が生ず。」洞山が言った。「歩々玄なる者は即ち功の到るところ。」)价和尚が円寂するに及び、衆は踵迹して住持することを請い、海衆は悦服し玄風は墜ちなかった。僧が問うた。「仏が王宮に入ったのは大聖が再来したのではないですか。」師は言った。「護明は下生せず。」僧は言った。「大聖が再来ならば、何でさらに六年苦行するのですか。」師は言った。「幻人が幻事を呈する。」言った。「幻ならぬ者は如何。」師は言った。「王宮に覓め得ず。」問うた。「清浄の行者は涅槃に入らず、破戒の比丘は地獄に入らぬは如何。」師は言った。「度し尽くして遺影なし、彼に還して涅槃を越えしむ。」問うた。「極目千里はどんな風範か。」師は言った。「是れ闍梨の風範。」言った。「和尚の風範は如何、承伏できません。」師は言った。「婆娑の眼を布かず。」

湖南龍牙山居遁禪師撫州南城人也。姓郭氏。年十四於吉州滿田寺出家。後往嵩嶽受戒。乃杖錫遊諸禪會。因參翠微和尚。問曰。學人自到和尚法席一箇餘月。每日和尚上堂不蒙一法示誨。意在於何。翠微曰。嫌什麼(有僧舉前語問洞山。洞山雲。闍梨爭怪得老僧。法眼別雲。祖師來也。東禪齊雲。此三人尊宿語還有親疎也無。若有阿那箇親。若無親疎眼在什麼處)又謁德山問曰。遠聞德山一句佛法。及乎到來未曾見和尚說一句佛法。德山曰。嫌什麼。師不肯乃造洞山如前問之。洞山曰。爭怪得老僧。師復舉德山頭落語。因自省過。遂止於洞山隨眾參請。一日問。如何是祖師意。洞山曰。待洞水逆流。即向汝道。師從此始悟厥旨。復摳衣八稔。受湖南馬氏請。住龍牙山妙濟禪苑。號證空大師。有徒五百餘眾法無虛席。上堂示眾曰。夫參學人須透過祖佛始得。新豐和尚雲。祖教佛教似生怨家。始有學分。若透祖佛不得即被祖佛謾去。時有僧問。祖佛還有謾人之心也無。師曰。汝道江湖還有礙人之心也無。又曰。江湖雖無礙人之心。為時人過不得。江湖成礙人去。不得道江湖不礙人。祖佛雖無謾人之心。為時人透不得。祖佛成謾人去。不得道祖佛不謾人。若透得祖佛過。此人過卻祖佛也。始是體得祖佛意。方與向上古人同。如未透得。但學佛學祖。則萬劫無有得期。又問。如何得不被祖佛謾去。師曰。則須自悟去。師在翠微時。問如何是祖師意。翠微曰。與我將禪板來。師遂過禪板。翠微接得便打。師曰。打即任打要。且無祖師意。又問臨濟。如何是祖師意。臨濟曰。與我將蒲團來。師乃過蒲團。臨濟接得便打。師曰。打即任打要。且無祖師意。後有僧問。和尚行腳時問二尊宿祖師意。未審二尊宿道眼明也未。師曰。明即明也。要且無祖師意(東禪齊雲。眾中道佛法即有。只是無祖師意。若恁麼會有何交涉。

湖南龍牙山の居遁禅師は、撫州南城の人で、姓は郭氏。十四の年に吉州満田寺で出家し、後に嵩岳に往きて受戒した。乃ち錫を杖いて諸の禅会に遊んだ。因りて翠微和尚に参じて問うた。「学人は和尚の法席に到ってより一箇余月、毎日和尚が上堂するも一法の示誨を蒙らず。意は何に在りますか。」翠微は言った。「何を嫌うか。」(ある僧が前の語を挙げて洞山に問うた。洞山が言った。「闍梨はどうして老僧を怪み得るか。」法眼は別に言った。「祖師来也。」東禅斉が言った。「この三人の尊宿の語にまだ親疎ありや無しや。若しあれば阿那箇が親か。若し親疎なければ眼はどこに在るか。」)また徳山に謁して問うた。「徳山の一句の仏法を遠く聞く。到来するに及んで、いまだ和尚が一句の仏法を説くを見ず。」徳山は言った。「何を嫌うか。」師は肯せず、乃ち洞山に造りて前の如く問うた。洞山が言った。「どうして老僧を怪み得るか。」師はまた徳山の頭落の語を挙げ、因りて自ら省りて過を知った。遂に洞山に止まり、衆に随って参請した。ある日問うた。「どういうのが祖師の意か。」洞山が言った。「洞水が逆流するを待ち、即ちお前に道う。」師はこれよりはじめてその旨を悟った。さらに衣を摳して八稔。湖南馬氏の請を受け、龍牙山の妙済禅苑に住し、証空大師と号した。徒五百余衆あり、法に虚席なし。上堂して衆に示して言った。「そもそも参学の人は祖仏を透過してはじめて得べし。新豊和尚が言った。祖教仏教は生怨家に似たり、はじめて学の分あり。若し祖仏を透し得ざれば、即ち祖仏に謾かれて去る。」時に僧が問うた。「祖仏にまだ人を謾くの心ありや無しや。」師は言った。「お前は江湖にまだ人を礙ぐの心ありと道うか、無しと道うか。」また言った。「江湖は人を礙ぐの心なしと雖も、時の人の過るを得ざるがため、江湖は礙ぐ人となりて去る。江湖は人を礙がぬと道うことを得ず。祖仏は人を謾くの心なしと雖も、時の人の透るを得ざるがため、祖仏は謾く人となりて去る。祖仏は人を謾かぬと道うことを得ず。若し祖仏を透り過ぐるを得ば、この人は祖仏を過却する也。はじめて是れ祖仏の意を体得し、方に向上の古人と同じ。如も未だ透るを得ざれば、ただ仏を学び祖を学ぶも、万劫に得る期有ることなし。」また問うた。「どうすれば祖仏に謾かれて去らずにいられますか。」師は言った。「則ち自ら悟るを要す。」師は翠微に在りし時、問うた。「どういうのが祖師の意か。」翠微は言った。「わしのために禅板を将て来い。」師は遂に禅板を過した。翠微は接し得て便ち打った。師は言った。「打つは打つに任せるが、要するに祖師の意はない。」また臨済に問うた。「どういうのが祖師の意か。」臨済は言った。「わしのために蒲団を将て来い。」師は乃ち蒲団を過した。臨済は接し得て便ち打った。師は言った。「打つは打つに任せるが、要するに祖師の意はない。」後に僧が問うた。「和尚が行脚の時、二尊宿に祖師の意を問われたが、二尊宿の道眼は明らかであったか否か、承伏できません。」師は言った。「明らかなれば明らか也。要するに祖師の意はない。」(東禅斉が言った。「衆のうちに仏法は即有るも、ただ祖師の意無しと道う。若しかくの如く会せば、何の交渉かあらん。

別作麼生會無祖師意底道理)問如何是道。師曰。無異人心是。又曰。若人體得道無異人心始是道人。若是言說則勿交涉。道者汝知打底道人否。十二時中除卻著衣吃飯。無絲髮異於人心。無誑人心。此箇始是道人。若道我得我會則勿交涉。大不容易。問如何是祖師西來意。師曰。待石烏龜解語即向汝道。曰石烏龜語也。師曰。向汝道什麼。問古人得箇什麼便休去。師曰。如賊入空室。問無邊身菩薩。為什麼不見如來頂相。師曰。汝道如來還有頂相麼。問大庾嶺頭提不起時如何。師曰。六祖為什麼將得去。問二鼠侵藤時如何。師曰。須有隱身處始得。曰如何是隱身處。師曰。還見儂家麼。問維摩掌擎世界。未審維摩向什麼處立。師曰。道者汝道。維摩掌擎世界。問知有底人還有生死也無。師曰。恰似道者未悟時。問如何是西來意。師曰。此一問最苦(報慈雲。此問最好)問祖意與教意同別。師曰。祖師在後來。問祖師是無事沙門。師曰。若是沙門不得無事。曰為什麼不得無事。師曰。覓一箇難得。問蟾蜍無返照之光。玉兔無伴月之意時如何。師曰。堯舜之君猶有化在(東禪齊雲。是什麼問訊與上坐十二時中是什麼時節)問如何得此身安去。師曰。不被別身謾始得(法眼別雲。誰惱亂汝)師梁龍德三年癸未八月示有微疾。九月十三日夜半大星隕於方丈前。詰旦端坐而逝。壽八十有九。

(東禅斉は続けて言った。)「別にどう会せば祖師の意無きの道理となる。」)問うた。「どういうのが道か。」師は言った。「人の心に異なるなきが是れ。」また言った。「若し人、道は人の心に異なるなしと体得すれば、はじめて是れ道人。若し言説ならば即ち交渉なかれ。道者、お前は底を打つ道人を知るか否。十二時の中、衣を著け飯を喫するを除くの外、人の心に異なること絲髪もなく、人の心に誑くことなし。この箇ははじめて是れ道人。若し我が得たり我が会したりと道わば即ち交渉なかれ。大いに容易ならず。」問うた。「どういうのが祖師西来の意か。」師は言った。「石の烏龜が語を解するを待ち、即ちお前に道う。」言った。「石の烏龜が語りますね。」師は言った。「お前に何を道おう。」問うた。「古人は箇の何を得て便ち休して去ったか。」師は言った。「賊の空室に入るが如し。」問うた。「無辺身菩薩はなぜ如来の頂相を見ないのですか。」師は言った。「お前は如来にまだ頂相ありと道うか。」問うた。「大庾嶺頭に提げ起こし得ざる時は如何。」師は言った。「六祖はなぜ将て去り得たか。」問うた。「二鼠が藤を侵す時は如何。」師は言った。「身を隠すところあるべしとはじめて得。」言った。「どういうのが隠身の処ですか。」師は言った。「儂家をまだ見るか。」問うた。「維摩が掌に世界を擎げる。維摩はどこに向かって立つか、承伏できません。」師は言った。「道者お前が道え。維摩が掌に世界を擎げる。」問うた。「有を知る人にまだ生死ありや無しや。」師は言った。「ちょうど道者が未だ悟らぬ時に似たり。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「この一問は最も苦し。」(報慈が言った。「この問は最も好し。」)問うた。「祖意と教意とは同じか別か。」師は言った。「祖師は後に来るに在り。」問うた。「祖師は無事の沙門ですか。」師は言った。「若し沙門ならば無事なるを得ず。」言った。「なぜ無事なるを得ないのですか。」師は言った。「一箇を覓むるは得難し。」問うた。「蟾蜍に返照の光なく、玉兔に月を伴うの意なき時は如何。」師は言った。「堯舜の君もなお化する有り。」(東禅斉が言った。「これは何の問讯か。上座と十二時の中とは何の時節か。」)問うた。「どうすればこの身を安んじて去られますか。」師は言った。「別身に謾かれざるべしとはじめて得。」(法眼は別に言った。「誰がお前を惱乱するか。」)師は梁の龍徳三年癸未の八月、微かな疾有るを示した。九月十三日夜半、大星が方丈の前に隕れた。詰旦、端坐して逝した。寿は八十有九。

京兆華嚴寺休靜禪師。師曾在樂普作維那。白槌普請曰。上間般柴下間鋤地。時第一座問。聖僧作麼生。師曰。當堂不正坐不赴兩頭機。師在洞山時問曰。學人未見理路未免情識。洞山曰。汝還見理路也無。曰見無理路。洞山曰。什麼處得情識來。曰學人實問。洞山曰。恁麼須向萬裡無寸草處立。曰無寸草處還許立也無。洞山曰。直須恁麼去。般柴次洞山把住柴問。狹路相逢時作麼生。曰反仄何幸。洞山曰。汝記吾言。汝向南住有一千人。若向北住即三二百而已。師初住福州東山之華嚴。未幾屬後唐莊宗皇帝徵入輦下。大闡玄風其徒果三百矣。問祖意與教意同別。師曰。探盡龍宮藏眾義不能詮。問大悟底人為什麼卻迷。師曰。破鏡不重照落華難上枝。問大軍設天王齋求勝。賊軍亦設天王齋求勝。未審天王赴阿誰願。師曰。天垂雨露不揀榮枯。一日車駕入寺燒香。帝問曰。遮箇是什麼神。師對曰。護法善神。帝曰。沙汰時什麼處去來。師曰。天垂雨露不為榮枯。師後遊河朔於平陽示滅。茶毘獲舍利。建四浮圖。一晉州。二房州。三終南山逍遙園。四終南山華嚴寺。勅諡寶智大師無為之塔。

京兆華厳寺の休静禅師。師はかつて楽普で維那を作った。白槌して普請して言った。「上間は柴を搬び、下間は地を鋤く。」時に第一座が問うた。「聖僧はどうする。」師は言った。「当堂に正坐せず、両頭の機に赴かず。」師は洞山に在りし時に問うた。「学人はいまだ理路を見ず、情識を免れません。」洞山が言った。「お前はまだ理路を見るか、見ぬか。」言った。「理路無きを見ます。」洞山が言った。「どこで情識を得て来たか。」言った。「学人は実に問います。」洞山が言った。「かくの如くあれば万里に寸草無きところに立つべし。」言った。「寸草無きところに、なお立つを許しますか。」洞山が言った。「あくまでかくの如く去るべし。」柴を搬びし次、洞山は柴を把り住して問うた。「狭路に相逢う時はどうする。」言った。「反仄する何の幸ぞや。」洞山が言った。「お前は吾が言を記せ。お前が南に向かって住せば一千人あり、若し北に向かって住せば即ち三二百のみ。」師は初め福州東山の華厳に住した。未几して後唐荘宗皇帝に属して輦下に徵し入られた。玄風を大いに闡き、その徒は果して三百となった。問うた。「祖意と教意とは同じか別か。」師は言った。「龍宮の蔵を探り尽くすも衆義は詮し得ず。」問うた。「大悟した人がなぜかえって迷うのですか。」師は言った。「破鏡は重ねて照さず、落華は枝に上り難し。」問うた。「大軍は天王斎を設けて勝を求め、賊軍もまた天王斎を設けて勝を求む。天王は阿誰の願に赴くか、承伏できません。」師は言った。「天は雨露を垂るるに榮枯を揀ばず。」ある日、車駕が寺に入りて香を焼いた。帝が問うた。「これは何の神か。」師は対えて言った。「護法の善神です。」帝は言った。「沙汰の時、どこへ行きて来たか。」師は言った。「天は雨露を垂るるに榮枯のためせず。」師は後に河朔に遊び、平陽に於いて滅を示した。茶毘して舍利を獲た。四つの浮図を建てた。一は晋州、二は房州、三は終南山の逍遥園、四は終南山の華厳寺。勅により宝智大師と諡し、無為の塔とした。

京兆蜆子和尚不知何許人也。事蹟頗異。居無定所。自印心於洞山混俗於閩川。不畜道具不循律儀。常日沿江岸採掇蝦蜆以充腹。暮即臥東山白馬廟紙錢中。居民目為蜆子和尚。華嚴靜師聞之慾決真假。先潛入紙錢中。深夜師歸。靜把住問曰。如何是祖師西來意。師遽答曰。神前酒臺盤。靜奇之懺謝而退。後靜師化行京都。師亦至焉。竟不聚徒演法。惟佯狂而已。

京兆の蜆子和尚は、どこの人か知らない。事跡は頗る異である。居るところ定まらず、自ら洞山に於いて心を印し、閩川に於いて俗に混じった。道具を畜わず、律儀を循らず。常日は江岸に沿って蝦蜆を採掇して腹を充たし、暮れには即ち東山白馬廟の紙銭の中に臥した。居民は目して蜆子和尚と為した。華厳の静師がこれを聞き、真假を決せんと欲した。先に潜入して紙銭の中に入った。深夜に師は帰った。静は把り住して問うた。「どういうのが祖師西来の意か。」師は遽かに答えた。「神前の酒台盤。」静はこれを奇とし、懺謝して退いた。後に静師は京都に化行し、師もまたそこに至った。ついに徒を聚めて法を演ぶることなく、ただ狂を佯るのみであった。

筠州九峰普滿大師問僧。離什麼處。曰閩中。師曰。遠涉不易。曰不難動步便到。師曰。有不動步者麼。僧曰有。師曰。爭得到此間。僧無對。師曰。賺殺人。問如何是和尚家風。師曰即今是什麼。曰學人不會。師曰。十字路上馬藺華。

筠州九峯の普満大師が僧に問うた。「どこを離れて来たか。」答えて言った。「閩中です。」師は言った。「遠くを渡って来るは容易ではない。」答えて言った。「難くはありません、歩を動かせばすぐ着きます。」師は言った。「歩を動かさない者がいるか。」僧は言った。「います。」師は言った。「どうしてここに来られる。」僧は対えなかった。師は言った。「人を騙し殺すな。」問うた。「どういうのが和尚の家風か。」師は言った。「いま即ち何か。」答えて言った。「学人は会しません。」師は言った。「十字路の馬藺の花。」

台州幽棲道幽禪師。鏡清問。如何是少父。師曰。無標的。曰無標的以為少父耶。師曰。有什麼過。曰只如少父作麼生。師曰。道者是什麼心行。問如何是佛。師曰。汝不信是眾生。曰學人大信。師曰。若作勝解即受群邪。師將示滅。有僧問曰。和尚百年後向什麼處去。師曰。迢然迢然。言訖坐亡。

台州幽栖の道幽禅師。鏡清が問うた。「どういうのが少父か。」師は言った。「標的なし。」言った。「標的なしをもって少父とするのですか。」師は言った。「何の過ちがある。」言った。「ただ少父とはどういうことか。」師は言った。「道者はどんな心の行いか。」問うた。「どういうのが仏か。」師は言った。「お前が信じないのが衆生だ。」言った。「学人は大いに信じます。」師は言った。「勝解を作れば群邪を受ける。」師は滅を示さんとして、ある僧が問うた。「和尚は百年の後、どこへ向かって行かれますか。」師は言った。「迢然として迢然。」言い終わって坐して亡くなった。

後洞山師虔禪師(第三世住也。亦號青林和尚)初自夾山來參。先洞山價和尚問曰。近離什麼處。師曰。武陵。曰武陵法道何似此間。師曰。胡地冬抽筍。價曰。別甑炊香飯供養於此人。師乃出去。洞山曰。此子向後走殺天下人在。師在洞山栽松。有劉翁者從師求偈。師作偈曰。

後洞山の師虔禅師(第三世住である。また青林和尚とも号す)。初め夾山から来て参じた。先ず洞山价和尚が問うた。「近くどこを離れて来たか。」師は言った。「武陵です。」言った。「武陵の法道はこことどう似ているか。」師は言った。「胡地に冬に筍が抽す。」价が言った。「別の甑で香りの飯を炊き、この人に供養せよ。」師は乃ち出て行った。洞山が言った。「この子は後に天下の人を走り殺すものがいる。」師は洞山で松を栽えていた。劉翁という者が師に偈を求めた。師は偈を作って言った。

長長三尺餘欝欝覆荒草

長長三尺余、欝欝として荒草を覆う。

不知何代人得見此松老

何代の人か知らず、この松の老いるを見得ん。

劉翁得偈呈於洞山。洞山曰。賀翁翁喜。只此人是第三世也。師先住隋州土門小青林蘭若後果迴洞山接踵。凡有新到僧。先令般柴三轉然後參堂。有一僧不肯。問曰。三轉內即不問。三轉外如何。師曰。鐵輪天子寰中旨。僧無對。師便打令去。僧問。昔年疾苦又中毒請師醫。師曰。金𲇚撥破腦頂上灌醍醐。曰恁麼即謝師醫。師便打。問久負不逢時如何。師曰。古皇尺一寸。問請師答話。師曰。修羅掌於日月。師上堂謂眾曰。祖師宗旨今日施行。法令己彰復有何事。時有僧問。正法眼藏祖祖同印。未審和尚傳付何人。師曰。靈苗生有地大悟不存師。問如何是道。師曰。迴牛尋遠㵎。曰如何是道中人。師曰。擁雪首揚眉。問千差路別如何頓曉。師曰。足下背驪珠空怨長天月。

劉翁は偈を得て洞山に呈した。洞山が言った。「翁翁に賀して喜べ。ただこの人が第三世だ。」師は先ず隋州土門の小青林蘭若に住し、後に果たして洞山に回って踵を接いだ。およそ新しく到った僧には、先ず柴を三転搬ばせて然る後に堂に参せしめた。ある僧が肯せず問うた。「三転の内は即ち問いません。三転の外は如何。」師は言った。「鐵輪天子の寰中の旨。」僧は対えなかった。師は便ち打って去らせた。僧が問うた。「昔年の疾苦にまた毒を中しました。師に医していただきたい。」師は言った。「金篦で脳を撥り破き、頂上に醍醐を灌ぐ。」(底本ではこの字を「𲇚」と作る。即ち篦)言った。「かくの如くなれば師の医に謝します。」師は便ち打った。問うた。「久しく負うて時に逢わぬは如何。」師は言った。「古皇の尺一寸。」問うた。「師に答話を請います。」師は言った。「修羅が日月を掌る。」師は上堂して衆に対して言った。「祖師の宗旨、今日施行す。法令は已に彰れたり、復た何事かあらん。」(底本は「己彰」と作る。「己」は「已」の訛り)時に僧が問うた。「正法眼蔵は祖祖同じく印す。和尚は何人に伝付するか、承伏できません。」師は言った。「霊苗は地有りて生ず、大悟は師を存せず。」問うた。「どういうのが道か。」師は言った。「牛を回らせて遠き澗を尋ねる。」言った。「どういうのが道の中の人か。」師は言った。「雪を擁して首を揚げ眉を上げる。」問うた。「千差の路別れて如何に頓ちに暁るか。」師は言った。「足下は驪珠を背負い、空しく長天の月を怨ず。

洛京白馬遁儒禪師。問如何是衲僧本分事。師曰。十道不通風啞子傳遠信。曰傳什麼信。師乃合掌頂戴。問如何是密室中人。師曰。才生不可得不貴未生時。曰是箇什麼不貴未生時。師曰。是汝阿爺。問三千里外嚮白馬。及乎到來為什麼不見。師曰。是汝不見幹老僧什麼事。曰請和尚指示。師曰。指即勿交涉。問如何是學人本分事。師曰。昨夜三更日正午。問如何是法身向上事。師曰。井底蝦蟇吞卻月(僧問黃龍。如何是井底蝦蟇吞卻月。黃龍雲。不奈何。僧雲。恁即吞卻去也。黃龍雲。一任吞。僧雲。吞後如何。黃龍雲。好蝦蟇)問如何是學人急切處。師曰。俊鳥猶嫌鈍瞥然早已遲。問如何是西來意。師曰。點額猢猻探月波。

洛京白馬の遁儒禅師。問うた。「どういうのが衲僧の本分の事か。」師は言った。「十道に通ずる風なく、啞子が遠信を伝う。」言った。「何の信を伝えますか。」師は乃ち合掌して頂戴した。問うた。「どういうのが密室の中の人か。」師は言った。「才に生まれても得られず、未だ生まれざる時を貴ばず。」言った。「是れ何の未だ生まれざる時を貴ばぬか。」師は言った。「是れお前の阿爺だ。」問うた。「三千里の外より白馬に向かう。到来するに及んでなぜ見えませんか。」師は言った。「是れお前が見ないので、老僧の何事に干らん。」言った。「和尚に指示を請います。」師は言った。「指せば即ち交渉なかれ。」問うた。「どういうのが学人の本分の事か。」師は言った。「昨夜三更、日は正に午なり。」問うた。「どういうのが法身の向上の事か。」師は言った。「井底の虾蟆が月を吞み却す。」(僧が黄龍に問うた。「どういうのが井底の虾蟆が月を吞み却すか。」黄龍が言った。「奈何ともしない。」僧は言った。「恁ならば即ち吞み却して去ったのですね。」黄龍が言った。「一任に吞め。」僧は言った。「吞んだ後は如何。」黄龍が言った。「よい虾蟆だ。」)問うた。「どういうのが学人の急切の処か。」師は言った。「俊鳥もなお鈍きを嫌い、瞥然として已に遅し。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「額を点ずる猢猻が月波を探る。

越州乾峰和尚(或雲瑞峰)問僧。什麼處來。曰天台。師曰見說石橋作兩段是否。曰和尚什麼處得遮消息來。師曰。將謂華頂峰前客。元是平田莊裡人。問如何得出三界。師曰。喚院主來趁出遮僧著。師問眾僧。輪迴六趣具什麼眼。眾無對。問如何是超佛越祖之談。師曰。老僧問汝。曰和尚且置。師曰。老僧一問尚自不會問什麼超佛越祖之談。

越州乾峯和尚(あるいは瑞峯と云う)。僧に問うた。「どこから来たか。」答えて言った。「天台です。」師は言った。「石橋が両段を作したと聞くが是か否か。」言った。「和尚はどこでこの消息を得て来られましたか。」師は言った。「華頂峯前の客と謂いしが、元は平田荘裏の人。」問うた。「どうすれば三界を出られますか。」師は言った。「院主を呼んで来い。この僧を趁い出せ。」師は衆僧に問うた。「輪廻して六趣にあるは何の眼を具えるか。」衆は対えなかった。問うた。「どういうのが仏を超え祖を越えるの談か。」師は言った。「老僧がお前に問う。」言った。「和尚は且く置かれよ。」師は言った。「老僧の一問すらなお自ら会せぬに、何の仏を超え祖を越えるの談を問うや。

吉州禾山和尚。僧問。學人慾申一問。師還容許否。師曰。禾山答汝了也。問如何是西來意。師曰。禾山大頂。問如何是和尚家風。師曰。滿目青山起白雲。

吉州禾山和尚。僧が問うた。「学人は一問を申さんと欲します。師はなお許容しますか否か。」師は言った。「禾山はお前に答え了った。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「禾山の大頂。」問うた。「どういうのが和尚の家風か。」師は言った。「目に満つる青山、白雲を起こす。

明州天童山鹹啟禪師(先住蘇州寶華山)僧問。如何是本無物。師曰。石潤無含玉鑛異自生金。伏龍山和尚來。師問。什麼處來。曰伏龍來。師曰。還伏得龍麼。曰不曾伏遮畜生。師曰。吃茶去。簡大德問。學人卓卓上來請師的的。師曰。我遮裡一屙便了。有什麼卓卓的的。曰和尚恁麼對話更買草鞋行腳好。師曰。近前來。簡近前。師曰。只如老僧恁麼對。過在什麼處。簡無對。師便打(十一卷又收在徑山鑒宗下何也)。

明州天童山の咸啓禅師(先ず蘇州宝華山に住した)。僧が問うた。「どういうのが本の無物か。」師は言った。「石は潤いて玉を含まず、鉱は異なりて自ら金を生ず。」伏龍山和尚が来た。師は問うた。「どこから来たか。」言った。「伏龍から来ました。」師は言った。「まだ龍を伏せ得るか。」言った。「曾てこの畜生を伏せたことがありません。」師は言った。「茶を喫して行け。」簡大徳が問うた。「学人は卓卓として上って来ました。師の的確なところを請います。」師は言った。「ここでは一屙すれば便ち了る。何の卓卓的確があろう。」言った。「和尚がかくの如く対話するならば、さらに草鞋を買うて行脚するがよい。」師は言った。「近く来い。」簡が近づいた。師は言った。「ただ老僧がかくの如く対するに、過はどこに在るか。」簡は対えなかった。師は便ち打った。(十一巻にまた径山鑑宗の下に収む。何ぞや。)

潭州寶蓋山和尚。僧問。一間無漏舍合是何人居。師曰。無名不掛體。曰還有位也無。師曰。不處。問如何是寶蓋。師曰。不從人天得。曰如何是寶蓋中人。師曰。不與時人知。僧曰。佛來時如何。師曰。覓他路不得。問切切時為什麼不立人。師曰。歸亦蹋不著。曰恁麼時如何成立。師曰。不與時人知。問世界壞時此箇何處去。師曰。千聖尋不得。曰時人如何歸向。師曰。直須似去。曰還有的也無。師曰。不立標則。

潭州宝蓋山和尚。僧が問うた。「一間の無漏の舍、合して何人の居る所か。」師は言った。「名無きは体に挂からず。」言った。「なお位ありや無しや。」師は言った。「処せず。」問うた。「どういうのが宝蓋か。」師は言った。「人天より得ず。」言った。「どういうのが宝蓋の中の人か。」師は言った。「時の人と知らず。」僧は言った。「仏が来る時は如何。」師は言った。「彼の路を覓め得ず。」問うた。「切切の時になぜ人を立てぬか。」師は言った。「帰るも踏み著かず。」言った。「かくの如き時に如何に成立しますか。」師は言った。「時の人と知らず。」問うた。「世界の壊れる時、この箇はどこへ行くか。」師は言った。「千聖も尋ね得ず。」言った。「時の人は如何に帰向しますか。」師は言った。「あくまで似て去るべし。」言った。「まだ的ありや無しや。」師は言った。「標則を立てず。

益州北院通禪師在夾山時。一日夾山上堂曰。坐斷主人公不落第二見。師出曰。須知有一人不合伴。夾山曰。猶是第二見。師乃掀倒禪床。夾山曰。老兄作麼生。師曰。待某甲舌頭爛即向和尚道。異日師又問夾山曰。目前無法意在目前。不是目前法非耳目之所到。豈不是和尚語。夾山曰是。師乃掀倒禪床叉手立地。夾山起來打一拄杖。師便下去(法眼雲。是他掀倒禪床何不便去。須待夾山打一棒了去意在什麼處)師在洞山隨眾參請未契旨。遂辭洞山擬入嶺去。洞山曰。善為。飛猿嶺峻好看。師沈吟良久。洞山曰。通闍梨。師應諾。洞山曰。何不入嶺去。師因此惺悟更不入嶺。師事於洞山(時號钁頭通)住後上堂示眾曰。諸上座有什麼事出來論量取。若上上根機不假如斯。若是中下之流。直須團削門屍索索地莫教入泥水。第一速疾省事應須無心。若不無心舉得千般萬般只成知解。與此衲僧門下有什麼交涉。僧問。如何是無心。師曰。不管繫。問二龍爭珠誰是得者。師曰。得即失。曰不失如何。師曰。還我珠來。問如何是清淨法身。師曰。無[黑*古]汙。問轉不得時如何。師曰。功不到。問如何是大富貴底人。師曰。如輪王寶藏。曰如何是赤窮底人。師曰。如酒店腰帶。問水灑不著時如何。師曰。乾剝剝地。問一槌便成時如何。師曰。不是偶然。示滅後勅諡證真大師。

益州北院の通禅師は夾山に在りし時、ある日夾山が上堂して言った。「主人公を坐断し、第二の見に落ちず。」師は出でて言った。「一人に伴せず者あるを知るべし。」夾山が言った。「なお是れ第二の見。」師は乃ち禅床を掀き倒した。夾山が言った。「老兄はどうする。」師は言った。「某甲の舌頭の爛れるを待ち、即ち和尚に道う。」異日、師はまた夾山に問うた。「目前に法なく、意は目前に在り。目前の法にあらず、耳目の到る所にあらず。豈に和尚の語にあらずや。」夾山が言った。「是なり。」師は乃ち禅床を掀き倒し、叉手して地に立った。夾山は起ちて一拄杖を打った。師は便ち下って行った。(法眼が言った。「彼が禅床を掀き倒したとき、なぜ便ち去らなかったか。夾山が一棒を打つのを待って去るとは、意はどこに在るか。」)師は洞山に在りて衆に随って参請したが旨に契せず。遂に洞山を辞して嶺に入らんと擬した。洞山が言った。「善くせよ。飛猿嶺は険しく見応えがあるぞ。」師は沈吟すること良久。洞山が言った。「通闍梨。」師は応諾した。洞山が言った。「何ぞ嶺に入らざるか。」師はこれに因りて惺悟し、さらに嶺に入らず。師は洞山に事えた。(時に镢頭通と号す。)住してのち上堂して衆に示して言った。「諸上座、何事かあれば出でて論量せよ。若し上上の根機ならばかくの如きを假らず。若し中下の流ならば、あくまで門戸を団削し、索索として泥水に入らしめるな。」(底本は「門尸」と作る。「尸」は「戸」の訛り)「第一に速疾に事を省くには応に無心なるべし。若し無心ならざれば、千般万般を挙げてもただ知解を成すのみ。これ衲僧の門下と何の交渉かあらん。」僧が問うた。「どういうのが無心か。」師は言った。「管係せず。」問うた。「二龍が珠を争う。誰が得る者か。」師は言った。「得れば即ち失す。」言った。「失さざれば如何。」師は言った。「我が珠を還せ。」問うた。「どういうのが清浄の法身か。」師は言った。「垢污無し。」(底本はこの字を「[黑*古]」と作る。即ち垢)問うた。「転じ得ざる時は如何。」師は言った。「功が到らぬ。」問うた。「どういうのが大富貴の人か。」師は言った。「輪王の宝藏の如し。」言った。「どういうのが赤窮の人か。」師は言った。「酒店の腰帯の如し。」問うた。「水が洒ぎ著かぬ時は如何。」師は言った。「干剥剥として。」問うた。「一槌に便ち成ずる時は如何。」師は言った。「偶然ではない。」滅を示した後、勅により証真大師と諡した。

高安白水本仁禪師自洞山受記。唐天復中遷止洪井高安白水院。眾盈三百玄言流播。因設洞山忌齋。有僧問。供養先師先師還來也無。師曰。更下一分供養著。洪州西山眾行者來禮拜。問曰。今日不為別事乞師指示。師曰。汝諸人求指示耶。對曰是。師曰。教我委付阿誰。鏡清行腳到。師謂之曰。時寒道者。清曰。不敢。師曰。還有臥單得蓋否。曰設有亦無展底工夫。師曰。直饒道者滴水滴凍亦不干他事。曰滴水氷生事不相涉。師曰是。曰此人意作麼生。師曰。此人不落意。曰不落意此人那。師曰。高山頂上無可與道者啗啄。問如何是西來意。師曰。還見庭前杉樧否。曰恁麼即和尚今日因學人致得是非。師曰多口座主。皎然去後。師知是雪峰禪客乃曰。盜法之人終不成器(皎然後住長生山。有僧問。從上宗乘如何舉唱。然曰。不可為闍梨一人荒卻長生山也。玄沙聞之曰。然師兄佛法即大行。受記之緣亦就矣。厥後眾緣不備。果如仁和尚所記)。僧問。如何是不遷義。師曰。落華隨流水明月上孤岑。師將順世四眾俱集。營齋聲鍾焚香白眾曰。香煙絕處是吾涅槃時也。言訖跏趺而坐。息隨煙滅。

高安白水の本仁禅師は洞山より記を受けた。唐の天復の中、洪井高安の白水院に遷り止まった。衆は三百に盈ち、玄言が流播した。因りて洞山の忌斎を設けた。ある僧が問うた。「先師を供養します。先師は還って来るや無しや。」師は言った。「さらに一分の供養を下せ。」洪州西山の衆行者が来て礼拜した。問うた。「今日は別の事のためではありません。師に指示を乞います。」師は言った。「お前ら諸人は指示を求めるか。」対えて言った。「是です。」師は言った。「わしに誰に委付せよと教えるか。」鏡清が行脚して到った。師は彼に対して言った。「時に寒し、道者。」清は言った。「不敢です。」師は言った。「なお臥単の蓋うを得るか否か。」言った。「設い有るもまた展ぐる工夫なし。」師は言った。「假りに道者が滴水滴凍するも、また他の事に干らず。」言った。「滴水して冰が生ずるも、事は相渉らず。」師は言った。「是なり。」言った。「この人の意はどうする。」師は言った。「この人は意に落ちず。」言った。「意に落ちぬこの人なりや。」師は言った。「高山の頂上に道者と啖啄すべきもの無し。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「庭前の杉榝を還って見るか。」言った。「かくの如くなれば和尚は今日、学人に因って是非を致し得た。」師は言った。「多口の座主。」皎然が去った後、師は是れ雪峯の禅客なるを知り、乃ち言った。「法を盗む者は終に器を成さず。」(皎然は後に長生山に住した。ある僧が問うた。「従上の宗乗は如何に挙唱するか。」然は言った。「闍梨一人のために長生山を荒らすことなかれ。」玄沙が聞いて言った。「然の師兄の仏法は即ち大行せん。記を受ける縁もまた就きん。」厥の後、衆縁備わらず、果して仁和尚の記するが如し。)僧が問うた。「どういうのが不遷の義か。」師は言った。「落花は流水に随い、明月は孤岑に上る。」師は世に順わんとして、四衆俱に集まった。斎を営み鐘を声し香を焚きて衆に白して言った。「香烟の絶ゆる処は是れ吾が涅槃の時なり。」言い終わって跏趺して坐した。息は煙に随いて滅した。

撫州疎山光仁禪師。身相短陋精辯冠眾。洞山門下時有齧鏃之機。激揚玄奧。鹹以仁為能銓量者。諸方三昧可以詢乎矬師叔僧問。如何是諸佛師。師曰。何不問疎山老漢(僧無對)師手握木蛇。有僧問。手中是什麼。師提起曰。曹家女。問如何是和尚家風。師曰。尺五頭巾。曰如何是尺五頭巾。師曰。圓中取不得。師舉香嚴語問鏡清。肯重不得全怤道者作麼生會。怤曰。全歸肯重。師曰。不得全肯者作麼生。怤曰。箇中無肯路。師曰。始愜病僧意。因鼓山舉威音王佛師。師乃問。作麼生是威音王佛師。鼓山曰。莫無慚愧好。師曰。闍梨恁麼道即得。若約病僧即不然。曰作麼生是威音王佛師。師曰。不坐無貴位。洞山(第四世)問。如何是一句。師曰。不道。曰為什麼不道。師曰。少時輩。問恁麼時如何。師曰。將軍不上便橋。金牙徒勞拈筈。問如何是直指。師曰。珠中有水若不信。擬向天邊問太陽。冬至夜有僧上堂問。如何是冬來意。師曰。京中出大黃。問和尚百年後向什麼處去。師曰。背底芒叢四腳指天。師遷化時有偈曰。

撫州疏山の光仁禅師。身相は短陋なれど、精弁は衆に冠たり。洞山の門下に時に鏃を啮むの機あり、玄奥を激揚す。咸く仁を以て銓量する能き者と為す。諸方の三昧は矬師叔に询る可しと。僧が問うた。「どういうのが諸仏の師か。」師は言った。「何ぞ疏山の老汉に問わざる。」(僧対えず。)師は手に木蛇を握っていた。ある僧が問うた。「手中のは何か。」師は提起して言った。「曹家の女。」問うた。「どういうのが和尚の家風か。」師は言った。「尺五の頭巾。」言った。「どういうのが尺五の頭巾か。」師は言った。「円の中に取り得ず。」師は香巌の語を挙げて鏡清に問うた。「肯重して全きを得ず、怤道者はどう会するか。」怤は言った。「全く肯重に帰す。」師は言った。「全き肯せざる者はどうする。」怤は言った。「箇の中に肯る路無し。」師は言った。「はじめて病僧の意に愜る。」因りて鼓山が威音王仏の師を挙げた。師は乃ち問うた。「どういうのが威音王仏の師か。」鼓山が言った。「慚愧無きことなかれ。」師は言った。「闍梨はかくの如く道えば即ち得。若し病僧に約すれば即ち然らず。」言った。「どういうのが威音王仏の師か。」師は言った。「貴位無きに坐せず。」洞山(第四世)が問うた。「どういうのが一句か。」師は言った。「道わず。」言った。「なぜ道わぬか。」師は言った。「少時の輩。」問うた。「かくの如き時は如何。」師は言った。「将軍は便橋に上らず、金牙は徒らに筈を拈む。」問うた。「どういうのが直指か。」師は言った。「珠の中に水あるを若し信ぜざれば、天辺に向かって太陽に問え。」冬至の夜、ある僧が上堂に問うた。「どういうのが冬来の意か。」師は言った。「京中に大黄を出す。」問うた。「和尚は百年の後、どこへ向かって行かれますか。」師は言った。「背底の芒叢、四脚は天を指す。」師は化に遷ぶ時に偈有りて言った。

我路碧空外白雲無處閑

我が路は碧空の外、白雲は閑かなる所無し。

世有無根樹黃葉風送還

世に無根の樹あり、黄葉は風に送られて還る。

偈終而逝。又著四大等頌略華嚴長者論流傳於世。

偈終わりて逝す。また四大等の頌、略華厳長者論を著し、世に流伝す。

澧州欽山文邃禪師福州人也。少依杭州大慈山寰中禪師受業。時巖頭雪峰在眾覩師吐論。知是法器相率遊方。二士緣契德山各承印記。師雖屢激揚而終然凝滯。一日問德山曰。天皇也恁麼道。龍潭也恁麼道。未審德山作麼生道。德山曰。汝試舉天皇龍潭道底來。師方欲進語。德山以拄杖打舁入涅槃堂。師曰。是即是打我太殺(法眼別雲。是即是錯打我。更有語句如德山巖頭章出焉)師後於洞山言下發解。乃為洞山之嗣年二十七止於欽山對大眾前自省過舉。初參洞山時。洞山問什麼處來。師曰。大慈來。曰還見大慈麼。師曰見。曰色前見色後見。師曰。非前後見。洞山默置。師乃曰。離師太早不盡師意。問如何是祖師西來意。師曰。梁公曲尺誌公剪刀。問一切諸佛法皆從此經出。如何是此經。師曰。常轉。曰未審經中說什麼。師曰。有疑請問。問如何是和尚家風。師曰。錦帳銀香囊。風吹滿路香。有僧寫師真呈。師問。還似我也無。僧無對。師自代曰。眾僧看取。一日師入浴院見僧蹋水輪。僧見師乃下不審。師曰。幸自碌碌地轉何須卻恁麼。僧雲。不恁麼又爭得。師曰。若恁麼欽山眼堪作什麼也僧雲。作麼生是師眼。師乃以手作撥眉勢。僧雲和尚又得恁麼。師曰。是是為我恁麼便不得恁麼。僧無對。師曰。索戰無功一場氣悶。良久乃問僧雲。會麼。僧雲。不會。師雲。欽山為汝擔一半。師與雪峰巖頭因過江西。到一茶店內吃茶次。師曰。不會轉身通氣者今日不得茶吃。巖頭雲。若恁麼我定不得茶吃也。雪峰雲。某甲亦然。師曰。兩人老漢俱不識語在。巖頭雲。什麼處去也。師曰。布袋裡老鵶雖活如死。巖頭雲。退後著退後著。師曰。豁兄且置。存公作麼生。雪峰以手畫箇圓相。師曰。不得不問。巖頭呵呵雲太遠生。師曰。有口不吃茶人多。巖頭雪峰俱無語。有良禪客參次才禮拜後便問雲。一箭射三關時如何。

澧州欽山の文邃禅師は、福州の人。少なくして杭州大慈山の寰中禅師に依りて業を受けた。時に巖頭・雪峯が衆に在り、師の論を吐くを睹て、是れ法器なるを知り、相率いて方を遊んだ。二士は縁して徳山に契り、各々印記を承けた。師は屢々激揚するも終に凝滞す。ある日徳山に問うた。「天皇もかくの如く道い、龍潭もかくの如く道う。徳山はどう道うか、承伏できません。」徳山が言った。「お前、試みに天皇・龍潭の道えるところを挙げて来い。」師は方に語を進めんと欲した。徳山は拄杖を以て打ち、舁いで涅槃堂に入れた。師は言った。「是は即ち是なり、わしを打つこと太だ殺す。」(法眼は別に言った。「是は即ち是なり、打ち錯られた。」さらに語句ありて徳山・巖頭の章に出づ。)師は後に洞山の言下に発解し、乃ち洞山の嗣と為った。二十七の年に欽山に止まり、大衆の前に対して自ら省て過を挙ぐ。初めて洞山に参じし時、洞山が問うた。「どこから来たか。」師は言った。「大慈から来ました。」言った。「大慈を還って見るか。」師は言った。「見ました。」言った。「色の前に見たか、色の後に見たか。」師は言った。「前後の見にあらず。」洞山は黙して置いた。師は乃ち言った。「師を離るること太早く、師の意を尽さず。」問うた。「どういうのが祖師西来の意か。」師は言った。「梁公の曲尺、志公の剪刀。」問うた。「一切の諸仏の法は皆この経より出づ。どういうのが此の経か。」師は言った。「常に転ず。」言った。「経の中に何を説くか、承伏できません。」師は言った。「疑有らば請うて問え。」問うた。「どういうのが和尚の家風か。」師は言った。「錦帳に銀の香囊、風吹きて満路に香。」ある僧が師の真を写して呈した。師は問うた。「還って我に似るや無しや。」僧は対えなかった。師は自ら代えて言った。「衆僧看取せよ。」ある日師は浴院に入りて僧の水輪を踏むを見た。僧は師を見て乃ち下りて不審した。師は言った。「幸いに自ら碌碌として転ず。何ぞ須くかくの如くせん。」僧は言った。「かくの如くせずしてまた争い得ん。」師は言った。「若しかくの如くならば、欽山の眼は何を作すに堪えん。」僧は言った。「どういうのが師の眼か。」師は乃ち手を以て眉を撥くの勢を作した。僧は言った。「和尚またかくの如くを得たり。」師は言った。「是是。我のためにかくの如くすれば便ちかくの如くなるを得ず。」僧は対えなかった。師は言った。「戦いを索めて功なく、一場の気悶。」良久にして乃ち僧に問うた。「会するか。」僧は言った。「会しません。」師は言った。「欽山がお前のために一半を担ぎん。」師は雪峯・巖頭と江西を過るに因りて、一つの茶店に到りて茶を喫する次、師は言った。「身を転じて気を通ずるを会せざる者は今日茶を喫するを得ず。」巖頭が言った。「若しかくの如くならば我は定めて茶を喫するを得ざる也。」雪峯が言った。「某甲も亦然り。」師は言った。「両人の老汉は倶に語を識らず在り。」巖頭が言った。「どこへ去ったか。」師は言った。「布袋の裏の老鴉は活と雖も死の如し。」巖頭が言った。「後に退け、後に退け。」師は言った。「豁兄は且く置け。存公はどうする。」雪峯は手を以て箇の円相を画いた。師は言った。「問わざるを得ず。」巖頭は呵呵として言った。「太だ遠く生ず。」師は言った。「口ありて茶を喫せざる人は多し。」巖頭・雪峯は倶に語無し。良禅客ありて参する次、纔に礼拜して後に問うた。「一箭にして三関を射る時は如何。」

師曰。放出關中主看。良雲恁麼即知過必改去也。師雲。更待何時。良雲。好隻箭放不著所在便出去。師曰。擬射三關且從試為欽山發箭。良近前良久而退。師乃打良七拄杖。良乃出去。師曰。且聽箇亂統漢心內疑三十年。有人舉似同安和尚。安雲。良公雖發箭要且未中的。其僧便問同安雲。未審如何得中的去。安雲。關中主是什麼人。其僧卻迴舉向師。師曰。良公若解恁麼也免得欽山口也。然雖如此同安不是好心。亦須看始得。僧參。師竪起拳頭雲。若開成掌即五指參差。如今為拳必無高下。汝道欽山通商量不通商量。其僧近前卻竪拳而已。師曰。便恁麼合是箇無開合漢。僧雲。未審和尚如何接人。師曰。我若接人共汝一般去也。僧雲。特參於師也。須吐露宗風。師曰。汝若特來我須吐露。僧雲。便請。師乃打之。其僧無語。師曰。守株待兔枉用心神。

師は言った。「関中の主を放ち出して看よ。」良は言った。「かくの如くなれば即ち過を知り必ず改めて去る也。」師は言った。「さらに何時を待つ。」良は言った。「よい只の箭、放ち著く所なし。」便ち出て行った。師は言った。「三関を射んと擬すれば且く従え。試みに欽山のために箭を発せよ。」良は近づき、良久にして退いた。師は乃ち良を七拄杖打った。良は乃ち出て行った。師は言った。「且く箇の乱統の漢の心内の疑い三十年を聴け。」ある人が挙げて同安和尚に似せた。安は言った。「良公は箭を発すと雖も、要するにいまだ的に中らず。」その僧は便ち同安に問うた。「どうすれば的に中って去るか、承伏できません。」安は言った。「関中の主は何の人ぞ。」その僧はかえって回りて師に挙げ向けた。師は言った。「良公が若しかくの如くを解せば、また欽山の口を免れ得たろうに。然りと雖も此の如くせば、同安は好心ではない。亦た看るべしとはじめて得。」僧が参した。師は拳頭を竪起して言った。「若し開きて掌と成せば即ち五指参差す。如今、拳と為すは必ず高下無し。お前、欽山は商量を通ずるか通ぜざるかを道え。」その僧は近づきてかえって拳を竪くるのみ。師は言った。「便ちかくの如くして合して箇の開合無き漢と為す。」僧は言った。「和尚は如何に人を接するか、承伏できません。」師は言った。「我が若し人を接すればお前と一般に去る也。」僧は言った。「特に師に参ずる也。須く宗風を吐露すべし。」師は言った。「お前が若し特に来れば我は須く吐露すべし。」僧は言った。「便ち請います。」師は乃ちこれを打った。その僧は語無し。師は言った。「株を守りて兎を待ち、徒らに心神を用う。

行思禪師第六世

行思禅師の第六世

前巖頭全豁禪師法嗣

前の巖頭全豁禅師の法嗣

台州瑞巖師彥禪師閩越人也。姓許氏。自幼披緇秉戒無缺。初禮巖頭致問曰。如何是本常理。巖頭曰。動也。曰動時如何。巖頭曰。不是本常理。師沈思良久。巖頭曰。肯即未脫根塵。不肯即永沈生死。師遂領悟身心皎如。巖頭頻召與語徵醻無忒。師復謁夾山會和尚。會問。什麼處來。曰臥龍來。會曰。來時龍還起未。師乃顧視之。會曰。炙瘡上更著艾燋。曰和尚又苦如此作什麼。會便休。師尋抵丹丘終日如愚。四眾欽慕請住瑞巖。統眾嚴整江表稱之。僧問。頭上寶蓋現足下雲生時如何。師曰。披枷帶鎖漢。曰頭上無寶蓋足下無雲生時如何。師曰。猶有杻在。曰畢竟如何。師曰。齋後困。鏡清問。天不能覆地不能載豈不是。師曰。若是即被覆載。清曰。若不是瑞巖幾遭也。師自稱曰師彥。問如何是佛。師曰。石牛。曰如何是法。師曰。石牛兒。曰恁麼即不同也。師曰。合不得。曰為什麼合不得。師曰。無同可同合什麼。問作麼生商量即得不落階級。師曰排不出。曰為什麼排不出。師曰。他從前無階級。曰未審居何位次。師曰。不坐普光殿。曰還理化也無。師曰。名聞三界重何處不歸朝。一日有村媼來作禮。師曰。汝疾歸去救取數千物命。媼怱忙至舍。乃見兒婦提竹器拾田螺歸。媼接取放諸水濱。師之異跡頗多存諸別錄。

台州瑞巖の師彦禅師は、閩越の人、姓は許。幼より縵を披き、戒を秉りて缺なく。初め巖頭に礼して問を致した。「どういうのが本常の理か。」巖頭が言った。「動く也。」言った。「動く時は如何。」巖頭が言った。「是れ本常の理にあらず。」師は沈思すること良久。巖頭が言った。「肯すれば即ち未だ根塵を脱せず。肯ぜざれば即ち永く生死に沈む。」師は遂に領悟し、身心皎如たり。巖頭は頻りに召して語を与え、征酬に忒無し。師はまた夾山会和尚に謁した。会が問うた。「どこから来たか。」言った。「臥龍から来ました。」会が言った。「来る時に龍は還って起ちし未だ否や。」師は乃ちこれを顧視した。会が言った。「炙瘡の上にさらに艾燋を著く。」言った。「和尚はまた苦しくこの如くして何を作さん。」会は便ち休んだ。師は尋いで丹丘に抵り、終日愚の如し。四衆は欽慕して瑞巖に住せしめんことを請うた。衆を統べること厳整にして、江表はこれを称した。僧が問うた。「頭上に宝蓋現れ、足下に雲生ずる時は如何。」師は言った。「枷を披き鎖を帯びた漢。」言った。「頭上に宝蓋無く、足下に雲生ぜざる時は如何。」師は言った。「なお杻有り。」言った。「畢竟如何。」師は言った。「斎後に困む。」鏡清が問うた。「天も覆う能わず、地も載する能わず、豈に是れにあらずや。」師は言った。「若し是ならば即ち覆載せられん。」清は言った。「若し是ならざれば、瑞巖は几く遭わんとす。」師は自ら称して言った。「師彦。」問うた。「どういうのが仏か。」師は言った。「石牛。」言った。「どういうのが法か。」師は言った。「石牛の児。」言った。「かくの如くなれば同じからざる也。」師は言った。「合するを得ず。」言った。「なぜ合するを得ざるか。」師は言った。「同じく可き同無し、何をか合せん。」問うた。「どう商量すれば階級に落ちざるを得ん。」師は言った。「排して出さず。」言った。「なぜ排して出さざるか。」師は言った。「彼は従前階級無し。」言った。「何の位次に居るか承伏できません。」師は言った。「普光殿に坐せず。」言った。「還って化を理するや無しや。」師は言った。「名は三界に聞えて重く、何れの処か朝に帰せざらん。」ある日、村媪が来て礼を作した。師は言った。「お前、疾く帰りて数千の物命を救い取れ。」媪は匆忙として舍に至り、乃ち児の婦が竹器を提げて田螺を拾いて帰るを見た。媪は接し取りて水濱に放した。師の異跡は頗る多く、別録に存す。

懷州玄泉彥禪師。僧問。如何是道中人。師曰。日落投孤店。問如何是佛。師曰。張家三箇兒。曰學人不會。師曰。孟仲季便不會。問如何是聲前一句。師曰吽。曰轉後如何。師曰。是什麼。

懐州玄泉の彦禅師。僧が問うた。「どういうのが道の中の人か。」師は言った。「日が落ちて孤店に投ず。」問うた。「どういうのが仏か。」師は言った。「張家の三箇の児。」言った。「学人は会しません。」師は言った。「孟仲季にしても会せず。」問うた。「どういうのが声の前の一句か。」師は言った。「吽。」言った。「転じた後は如何。」師は言った。「是れ何ぞや。

吉州靈巖慧宗禪師福州長谿人也。姓陳氏。受業於龜山。僧問。如何是靈巖境。師曰。松檜森森密密遮。曰如何是境中人。師曰。夜夜有猿啼。問如何是學人自己本分事。師曰拋卻真金拾瓦礫作麼。師後住禾山而終。

吉州霊巖の慧宗禅師は、福州長溪の人、姓は陳。亀山に於いて業を受けた。僧が問うた。「どういうのが霊巖の境か。」師は言った。「松桧森森として密密に遮る。」言った。「どういうのが境の中の人か。」師は言った。「夜々に猿啼有り。」問うた。「どういうのが学人の自己の本分の事か。」師は言った。「真金を抛き却てて瓦礫を拾うは何ぞや。」師は後に禾山に住して終わった。

福州羅山道閑禪師郡之長谿人也。姓陳氏。出家於龜山。年滿受具遍歷諸方。嘗謁石霜問。去住不寧時如何。石霜曰。直須盡卻。師不愜意乃參巖頭問。同前語。巖頭曰。從他去住管他作麼。師於是服膺。尋遊清涼山。閩帥飲其法味。請居羅山號法寶大師。初上堂日方升座斂衣乃曰。珍重。少頃又曰。未識底近前來。時有僧出禮拜。師抗聲曰。也大苦。僧起擬伸問。師乃喝出。問如何是奇特一句。師曰。道什麼。問佛放眉間白毫光照萬八千世界。如何是光。師曰。高聲道。僧曰。照何世界。師乃喝出。問急急相投請師一接。師曰。會麼。曰不會。師曰。箭過也。問九女不攜誰是哀提者。師曰。高聲問。僧擬再問。師曰。什麼處去也。問如何是宗門流佈。師展足示之。問當鋒事如何辨明。師舉如意。僧曰。乞和尚垂慈。師曰。大遠也。問如何是最妙一句。師曰。披露識麼。僧擬進語。師曰。話墮也。定慧上座參。師問什麼處來。曰遠離西蜀近發開元。又進前問。即今作麼生。師曰。吃茶去。慧猶未退。師曰。秋氣稍暖去。慧出法堂外歎曰。今日擬打羅山寨。弓折箭盡也。休休乃下參眾。明日師上堂。慧出問。豁開戶牖當軒者誰。師乃喝。慧無語。師又曰。毛羽未備且去。僧舉寒山詩問師曰。百鳥銜苦華時如何。師曰。貞女室中吟。曰千里作一息時如何。師曰。送客遊庭外。曰欲往蓬萊山時如何。師曰欹枕覷獼猴。曰將此充糧食時如何。師曰古劍髑髏前。問如何是百草頭上盡是祖師意。師曰。刺破汝眼。問聲前古毳爛意作麼生。師曰。倚著壁。問前是萬丈洪崖後是虎狼師子。正當恁麼時如何。師曰。自在。問三界誰為主。師曰。還解吃飯麼。師臨遷化上堂集眾。良久展左手。主事罔測。乃令東邊師僧退後。又展右手。又令西邊師僧退後。師謂眾曰。欲報佛恩無過流通大教。歸去也歸去也珍重。言訖莞爾而寂。

福州羅山の道閑禅師は、郡の長溪の人、姓は陳。亀山に於いて出家した。年満ちて具を受け、遍く諸方を歴った。嘗て石霜に謁して問うた。「去住寧ならざる時は如何。」石霜が言った。「あくまで尽き却すべし。」師は意に愜らず、乃ち巖頭に参じて前の語と同じく問うた。巖頭が言った。「彼に去住するに従え、他を管して何作せん。」師は是に於いて服膺した。尋いで清凉山に遊んだ。閩帥がその法味を飲み、羅山に居らんことを請い、法宝大師と号した。初めて上堂する日、方に座に升りて衣を斂め、乃ち言った。「珍重。」少頃また言った。「未だ識らぬ者は近づいて来い。」時に僧有りて出でて礼拜した。師は声を抗げて言った。「も大いに苦し。」僧は起ちて問を伸ばんと擬した。師は乃ち喝して出した。問うた。「どういうのが奇特の一句か。」師は言った。「何をか道わん。」問うた。「仏は眉間の白毫の光を放ちて万八千の世界を照らす。どういうのが光か。」師は言った。「高声に道え。」僧は言った。「何の世界を照らすか。」師は乃ち喝して出した。問うた。「急急として相投ず。師に一接を請います。」師は言った。「会するか。」言った。「会しません。」師は言った。「箭は過ぎた。」問うた。「九女は携えず、誰が哀提する者か。」師は言った。「高声に問え。」僧は再び問わんと擬した。師は言った。「どこへ去ったか。」問うた。「どういうのが宗門の流布か。」師は足を展げてこれに示した。問うた。「鋒に当たるの事を如何に辨明せん。」師は如意を挙げた。僧は言った。「和尚の垂慈を乞います。」師は言った。「大いに遠し。」問うた。「どういうのが最妙の一句か。」師は言った。「披露して識るか。」僧は語を進めんと擬した。師は言った。「話は堕した。」定慧上座が参した。師は問うた。「どこから来たか。」言った。「遠く西蜀を離れ、近く開元より発ちました。」また前に進みて問うた。「即今どうする。」師は言った。「茶を喫して行け。」慧はなお未だ退かず。師は言った。「秋気稍や暖かく去れ。」慧は法堂の外に出て嘆じて言った。「今日、羅山の寨を打たんと擬す。弓折れ箭尽きたり。休め休め。」乃ち下りて衆に参した。明日師は上堂した。慧は出でて問うた。「戸牖を豁げ開きて軒に当たる者は誰ぞ。」師は乃ち喝した。慧は語無し。師はまた言った。「毛羽未だ備わらず、且く去れ。」僧が寒山の詩を挙げて師に問うた。「百鳥が苦華を衔む時は如何。」師は言った。「貞女は室中に吟ず。」言った。「千里を一息と作す時は如何。」師は言った。「客を送りて庭外に遊ぶ。」言った。「蓬莱山に往かんと欲する時は如何。」師は言った。「枕を欹てて獮猴を覘う。」言った。「これを将て粮食に充つる時は如何。」師は言った。「古剣は髑髏の前。」問うた。「どういうのが百草の頭上に尽く祖師の意か。」師は言った。「お前の眼を刺し破る。」問うた。「声の前の古毳爛の意はどうする。」師は言った。「壁に倚り著く。」問うた。「前は万丈の洪崖、後は虎狼の師子。正にかくの如き時に当りて如何。」師は言った。「自在。」問うた。「三界に誰が主と為るか。」師は言った。「還って飯を喫することを解するか。」師は化に遷ばんと臨みて上堂し衆を集めた。良久にして左手を展げた。主事は測ること罔し。乃ち東辺の師僧を退後せしめた。また右手を展げた。また西辺の師僧を退後せしめた。師は衆に対して言った。「仏恩に報いんと欲すれば、大教を流通するに過ぐるは無し。帰り去る也、帰り去る也。珍重。」言い終わって莞爾として寂した。

福州香谿從範禪師。僧到參。師曰。汝豈不是鼓山僧。對曰是。師曰。額上珠為何不見。無對。僧辭師門送召曰。上座。僧迴首。師曰。滿肚是禪。曰和尚是什麼心行。師大笑而已。師因僧披衲衣。示偈曰。

福州香谿の従範禅師。僧が到りて参した。師は言った。「お前は豈に鼓山の僧にあらずや。」対えて言った。「是です。」師は言った。「額の上の珠は何のために見えぬ。」対えず。僧が辞すれば、師は門に送りて召して言った。「上座。」僧は首を回した。師は言った。「満肚は是れ禅。」言った。「和尚はどんな心の行いですか。」師は大笑したのみ。師は因りて僧が衲衣を披るに、偈を示して言った。

迦葉上名衣披來須捷機

迦葉の上名の衣、披き来れば須く捷機たるべし。

才分招的箭密露不藏龜

纔に分かちて招的の箭、密露して亀を蔵さず。

福州羅源聖壽嚴和尚。有僧自泉州迴來參。師補衲次提起示之曰。山僧一衲衣展似眾人見。雲水請兩條莫教露針線快道。僧無對。師曰。如許多時在彼作什麼。

福州羅源の聖寿厳和尚。ある僧が泉州より回りて参した。師は衲を補う次、提起してこれに示して言った。「山僧の一衲の衣、展げて衆人の見るに似る。雲水は两条を請い、針線を露さしめるな。疾く道え。」僧は対えなかった。師は言った。「かくの如く許りの時、彼に於いて何を作したか。」

前洪州感潭資國和尚法嗣

前の洪州感潭の資國和尚の法嗣

安州白兆山竺乾院志圓。號顯教大師。僧問。諸佛心印什麼人傳得。師曰。達磨大師。曰達磨爭能傳得。師曰。汝道什麼人傳得。問如何是直截一路。師曰截。問如何是佛法大意。師曰苦。問如何是道。師曰普。問如何是學人自己。師曰失。問如何(一有是字)得無山河大地去。師曰。不起見。玄則問。如何是佛。師曰。丙丁童子來求火(則師後參法眼方明厥旨住金陵報恩院)。問如何是畢缽羅窟迦葉道場中人。師曰。釋迦牟尼佛。問如何是朱頂王菩薩。師曰。問那箇赤頭漢作麼。

安州白兆山竺乾院の志圓は、顕教大師と号す。僧が問うた。「諸仏の心印は何人が伝え得るか。」師は言った。「達磨大師。」言った。「達磨は争で伝え得るか。」師は言った。「お前は何人が伝え得ると道うか。」問うた。「どういうのが直截の一路か。」師は言った。「截。」問うた。「どういうのが仏法の大意か。」師は言った。「苦。」問うた。「どういうのが道か。」師は言った。「普。」問うた。「どういうのが学人の自己か。」師は言った。「失。」問うた。「如何にして〔一本に「是」の字有り〕無山河大地を得て去らん。」師は言った。「見を起さず。」玄則が問うた。「どういうのが仏か。」師は言った。「丙丁の童子が来りて火を求む。」(則師は後に法眼に参じて方に厥の旨を明らめ、金陵の報恩院に住した。)問うた。「どういうのが畢鉢羅窟の迦葉の道場の中の人か。」師は言った。「釈迦牟尼仏。」問うた。「どういうのが朱頂王菩薩か。」師は言った。「那箇の赤頭の漢に問うて何作せん。

前濠州思明和尚法嗣

前の濠州思明和尚の法嗣

襄州鷲嶺善本禪師。因入浴室。有僧問。和尚是離垢底人。為什麼卻浴。師曰。定水湛然滿浴此無垢人。問祖意教意是同是別。師曰。鷲嶺峰上青草森天。鹿野苑中狐兔交橫。

襄州鷲嶺の善本禅師。因りて浴室に入った。ある僧が問うた。「和尚は垢を離れた人。なぜかえって浴するのですか。」師は言った。「定水湛然として満ち、この無垢の人を浴す。」問うた。「祖意と教意とは同じか別か。」師は言った。「鷲嶺峰上、青草森として天に連なり、鹿野苑の中、狐兎交横す。

前潭州大光山居誨禪師法嗣

前の潭州大光山居誨禅師の法嗣

潭州谷山有緣禪師。僧問。伶俜之子如何歸向。師曰。會人路不通。曰恁麼即無奉重處也。師曰。我道爾缽盂落地拈不起。問一撥便轉時如何。師曰。野馬走時鞭轡斷。石人撫掌笑呵呵。

潭州谷山の有縁禅師。僧が問うた。「伶俜の子は如何に帰向すべきか。」師は言った。「会人は路通ぜず。」言った。「かくの如くなれば即ち奉重する処無し。」師は言った。「我がお前に道う、鉢盂は地に落ちて拈げ起さず。」問うた。「一撥すれば便ち転ずる時は如何。」師は言った。「野馬が走る時は鞭辔断え、石人は撫掌して笑うこと呵呵。

潭州龍興和尚。僧問。一撥便轉時如何。師曰。根不利。問得座披衣時如何。師曰。不端嚴。曰為什麼不端嚴。師曰。不從證得。問如何是道中人。師曰。終日寂攢眉。

潭州龍興和尚。僧が問うた。「一撥すれば便ち転ずる時は如何。」師は言った。「根は利ならず。」問うた。「座を得て衣を披く時は如何。」師は言った。「端厳ならず。」言った。「なぜ端厳ならざるか。」師は言った。「証得に従わず。」問うた。「どういうのが道の中の人か。」師は言った。「終日寂として眉を攒む。

潭州伏龍山和尚(第一世住)僧問。攪長河為酥酪。變大地為黃金時如何。師曰。臂長衫袖短。問隨緣認果如何是果。師曰。雪內牡丹華。問如何是祖師西來意。師曰。爾得恁麼不識痛癢。

潭州伏龍山和尚(第一世住)。僧が問うた。「長河を攪りて酥酪と為し、大地を変えて黄金と為す時は如何。」師は言った。「臂は長く衫の袖は短し。」問うた。「縁に随って果を認むるに、どういうのが果か。」師は言った。「雪の内の牡丹の花。」問うた。「どういうのが祖師西来の意か。」師は言った。「お前はかくの如くに痛痒を識らぬ。

京兆白雲善藏禪師。僧問。如何是深深處。師曰。矮子渡深溪。問赤腳時如何。師曰。何不脫卻。問如何是法法不生。師曰。萬水千山。

京兆白雲の善蔵禅師。僧が問うた。「どういうのが深深の処か。」師は言った。「矮子が深溪を渡る。」問うた。「赤脚の時は如何。」師は言った。「何ぞ脱き却てざる。」問うた。「どういうのが法法生ぜずか。」師は言った。「万水千山。

潭州伏龍山和尚(第二世住)僧問。隨緣認得時如何。師曰。汝道興國門樓高多少。問子不譚父德時如何。師曰。低聲低聲。

潭州伏龍山和尚(第二世住)。僧が問うた。「縁に随い認め得る時は如何。」師は言った。「お前、興国の門楼の高さは多少と道うか。」問うた。「子が父の徳を談ぜざる時は如何。」師は言った。「低声、低声。

陝府龍峻山和尚。僧問。如何是龍峻山。師曰。佛眼看不見。曰如何是山中人。師曰。作麼。問如何是不知善惡底人。師曰。千聖近不得。曰此人還知有向上事也無。師曰。不知。曰。為什麼不知。師曰。不識善惡說什麼向上事。曰如何。師曰。不見道犴𤞞(上俄寒切下音欲)。問如何是佛向上人。師曰。不戴容。問凡有展拓盡落。今時不展拓時如何。師曰。不展不展。曰畢竟如何。師曰。不拓不拓。

陝府龍峻山和尚。僧が問うた。「どういうのが龍峻山か。」師は言った。「仏眼にも見えず。」言った。「どういうのが山の中の人か。」師は言った。「何ぞや。」問うた。「どういうのが善悪を知らぬ人か。」師は言った。「千聖も近づき得ず。」言った。「この人は還って向上の事ありを知るや無しや。」師は言った。「知らず。」言った。「なぜ知らざるか。」師は言った。「善悪を識らず、何の向上の事をか説かん。」言った。「如何。」師は言った。「犴𤞞と道われるを見ぬか。」(上は俄寒切、下は欲に音す。)問うた。「どういうのが仏の向上の人か。」師は言った。「容を戴かず。」問うた。「およそ展拓有れば尽く今時に落つ。展拓せざる時は如何。」師は言った。「展せず展せず。」言った。「畢竟如何。」師は言った。「拓かず拓かず。

潭州伏龍山和尚(第三世住)問行盡千山路。玄機事若何。師曰。鳥道不曾棲。

潭州伏龍山和尚(第三世住)。問うた。「千山の路を行き尽す。玄機の事は如何。」師は言った。「鳥道は曾て棲まず。

前筠州九峰道虔禪師法嗣

前の筠州九峯道虔禅師の法嗣

新羅清院和尚。問奔馬爭毬誰是得者。師曰。誰是不得者。曰恁麼即不爭是也。師曰。直得不爭亦有過在。曰如何免得此過。師曰。要且不曾失。曰不失處如何鍛鍊。師曰。兩手捧不起。

新羅清院和尚。問うた。「奔馬に毬を争う、誰が得る者か。」師は言った。「誰が得ざる者か。」言った。「かくの如くなれば争わぬが是なり。」師は言った。「直に争わざるを得るもまた過あり。」言った。「如何にしてこの過を免れん。」師は言った。「要するに曾て失わず。」言った。「失わざる処を如何に鍛錬せん。」師は言った。「両手に捧げて起たず。

洪州泐潭寶峰神黨禪師。僧問。四威儀中如何辨主。師曰。正遇寶峰不脫鞋。問如何是佛法大意。師曰。虛空駕鐵船嶽頂浪滔天。

洪州泐潭宝峰の神黨禅師。僧が問うた。「四威儀の中に如何に主を辨ずるか。」師は言った。「正に宝峰に遇うて鞋を脱がず。」問うた。「どういうのが仏法の大意か。」師は言った。「虚空に鐵船を駕し、岳頂の浪は滔天。

吉州南源山行修號慧觀禪師。亦云光睦和尚。僧問。如何是南源境致。師曰。幾處峰巒猿鳥嘯。一帶平川遊子迷。問如何是南源深深處。師曰。眾人皆見。曰恁麼即淺去也。師曰。也是兩頭遙。

吉州南源山の行修は、慧観禅師と号す。また光睦和尚と云う。僧が問うた。「どういうのが南源の境致か。」師は言った。「几処か峰峦に猿鳥嘯き、一帯の平川に遊子迷う。」問うた。「どういうのが南源の深深の処か。」師は言った。「衆人皆見る。」言った。「かくの如くなれば即ち浅く去る也。」師は言った。「亦是れ両頭の遥か。

洪州泐潭明禪師。一日下到客位。眾請師歸方丈。師曰。道得即去。時牟和尚對曰。大眾請師。乃上法堂。問非思量處識情難測時如何。師曰。我不欲違古人。曰不違古人意作麼生。師曰。也合消得禮三拜。僧問。碓擣磨磨不得忘卻。此意如何。師曰。虎口裡活雀兒。問如何是道者。師曰。毛毿毿。曰如何是道者家風。師曰。佛殿前逢尊者。問如何是和尚終日事。師曰。缽盂裡無折筋。曰如何是沙門終日事。師曰。轟轟不借萬人。

洪州泐潭の明禅師。ある日天下りて客位に到った。衆は師に方丈に帰らんことを請うた。師は言った。「道えば即ち行く。」時に牟和尚が対えて言った。「大衆が師を請う。」乃ち法堂に上った。問うた。「思量に非ざる処、識情の測り難き時は如何。」師は言った。「我は古人に違わんと欲せず。」言った。「古人に違わぬ意はどうする。」師は言った。「も合して三拜の礼を消し得べし。」僧が問うた。「碓は搗き磨は磨るも忘却するを得ず。この意は如何。」師は言った。「虎口の裏の活雀児。」問うた。「どういうのが道者か。」師は言った。「毛毵毵。」言った。「どういうのが道者の家風か。」師は言った。「仏殿の前に尊者に逢う。」問うた。「どういうのが和尚の終日の事か。」師は言った。「鉢盂の裏に折筋無し。」言った。「どういうのが沙門の終日の事か。」師は言った。「轟轟として万人に借らず。

吉州秋山和尚。僧問。如何是祖師西來意。師曰。杉樹子。

吉州秋山和尚。僧が問うた。「どういうのが祖師西来の意か。」師は言った。「杉の樹子。

洪州泐潭延茂禪師。僧問。如何是古佛心。師曰。終不道土木瓦礫是。問日落西山去林中事若何。師曰。庭前紅華秀室內不知春。

洪州泐潭の延茂禅師。僧が問うた。「どういうのが古仏の心か。」師は言った。「終に土木瓦礫とは道わず。」問うた。「日は西山に落ちて去る。林中の事は如何。」師は言った。「庭前に紅花秀で、室内に春を知らず。

洪州鳳棲山同安院常察禪師。僧問。如何是鳳棲家風。師曰。鳳棲無家風。曰既是鳳棲為什麼卻無家風。師曰。不迎賓不待客。曰恁麼即四海參尋當為何事。師曰。盤飣自有旁人施。問如何是鳳棲境。師曰。千峰連嶽秀。萬嶂不知春。曰如何是境中人。師曰。孤巖倚石坐不下白雲心。

洪州鳳栖山同安院の常察禅師。僧が問うた。「どういうのが鳳栖の家風か。」師は言った。「鳳栖に家風無し。」言った。「既に鳳栖なればなぜ家風無きか。」師は言った。「賓を迎えず、客を待たず。」言った。「かくの如くなれば即ち四海の参尋は何の事に当てん。」師は言った。「盤飣は自ら旁人の施す有り。」問うた。「どういうのが鳳栖の境か。」師は言った。「千峰は岳に連なりて秀で、万嶂は春を知らず。」言った。「どういうのが境の中の人か。」師は言った。「孤巖に倚りて石に坐し、白雲の心を下さず。

洪州泐潭匡悟禪師(第四世住)僧問。如何是直截一路。師曰。恰好消息。曰還通向上事也無。師曰。魚從下過。問如何是閉門造車。師曰。活計一物無。曰如何是出門合轍。師曰。坐地進長安。問香煙馥郁大張法筵。從上宗乘如何舉唱。師曰。莫錯舉似人。曰恁麼即總應如是。師曰。還是沒交涉。問六葉芬芳師傳何葉。師曰。六葉不相續華開果不成。曰豈無今日事。師曰。若是今日即有。曰今日事如何。師曰。葉葉連枝秀華開處處芳。

洪州泐潭の匡悟禅師(第四世住)。僧が問うた。「どういうのが直截の一路か。」師は言った。「恰好の消息。」言った。「還って向上の事を通ずるや無しや。」師は言った。「魚は下より過る。」問うた。「どういうのが門を閉ぢて車を造るか。」師は言った。「活計一物無し。」言った。「どういうのが門を出でて辙に合するか。」師は言った。「地に坐して長安に進む。」問うた。「香烟馥郁として法筵を大張す。従上の宗乗を如何に挙唱せん。」師は言った。「人に錯って挙似するな。」言った。「かくの如くなれば即ち総て応に是の如くなるべし。」師は言った。「還って是れ交渉無し。」問うた。「六葉芬芳として師は何の葉を伝うるか。」師は言った。「六葉は相続がず、花開きて果成らず。」言った。「豈に今日の事無からんや。」師は言った。「若し今日なれば即ち有り。」言った。「今日の事は如何。」師は言った。「葉葉は枝に連なりて秀で、花は開きて処処に芳し。

吉州禾山無殷禪師者福州人也。姓吳氏。七歲依雪峰真覺大師出家。年滿受戒遊方抵筠陽謁九峰。峰許入室。一日謂之曰。汝遠遠而來暉暉(音混)隨眾。見何境界而可修行。由何徑路而能出離。師對曰。重昏廓闢盲者自盲。峰初未許。師於是發明厥旨頓忘知見。先受請止吉州禾山大智院。學徒濟濟。嘗述垂誡十篇。諸方歎伏鹹謂。禾山可以為叢林表則。時江南李氏召而問曰。和尚何處來。師曰。禾山來。曰山在什麼處。師曰。人來朝鳳闕山嶽不曾移。國主重之命居揚州祥光院。復乞入山以翠巖院。乃江西之勝概。遂棲止焉。時上藍院復虛其室。命師來往闡化。號澄源禪師。僧問。學人乍入叢林乞師指示。師曰。於汝不惜。問仰山插鍬意作麼生。師曰。汝問我。曰玄沙踏倒鍬意作麼生。師曰。我問汝。問未辨真宗如何體悉。師曰。頭大尾尖。問咫尺之間為什麼不覩師顏。師曰且與闍梨道一半。曰為什麼不全道。師曰。盡法無民。曰不怕無民請師盡法。師曰。為知己喪身。曰為什麼卻喪身。師曰。好心無好報。問尊者撥眉擊目視育王時如何。師曰。即今也什麼。曰學人如何領會。師曰。莫非摩利支山。問摩尼寶殿有四角一角常露。如何是露底角。師舉手曰。汝打我卻問。汝還會麼。曰不會。師曰。汝爭解打得我。問如何是西來意。師曰。撲破著。問已在紅焰請師烹鍊。師曰。槌下成器。曰恁麼即烹鍊去也。師曰。池州和尚。問四壁打禾中行剗草。和尚赴阿那頭。師曰。什麼處不赴。曰恁麼即同於眾去也。師曰。小師弟子。師建隆元年庚申二月示有微疾。三月二日令侍者啟方丈集大眾。告辭曰。後來學者未識禾山。即今識取珍重。先是大眾為立生藏本國。諡法性禪師。塔曰妙相。

吉州禾山の無殷禅師は、福州の人、姓は呉。七歳にして雪峯真覚大師に依りて出家した。年満ちて戒を受け、方に遊びて筠陽に抵りて九峯に謁した。峰は入室を許した。ある日これに対して言った。「お前は遠々として来て、暉暉(音は混)として衆に随う。何の境界を見て修行すべく、何の径路に由って出離すべきか。」師は対えて言った。「重昏は廓かに辟け、盲く者は自ら盲く。」峰は初め未だ許さず。師は是に於いて厥の旨を発明し、知見を頓ちに忘れた。先に請を受けて吉州禾山の大智院に止まった。学徒済済たり。嘗て垂誡十篇を述べた。諸方は嘆伏し、咸く禾山は以て叢林の表則と為すべしと謂う。時に江南の李氏が召して問うた。「和尚はどこより来たか。」師は言った。「禾山より来ました。」言った。「山はどこに在るか。」師は言った。「人は来りて鳳闕に朝す、山岳は曾て移らず。」国主はこれを重んじ、揚州の祥光院に居らしめた。また山に入るを乞い、翠巖院は乃ち江西の勝概なるを以て、遂に栖止した。時に上藍院はまたその室を虚しくし、師に来往して化を闡かしめた。澄源禅師と号す。僧が問うた。「学人は乍く叢林に入りました。師に指示を乞います。」師は言った。「お前に於いて惜しまず。」問うた。「仰山の鍬を插す意はどうする。」師は言った。「お前は我に問え。」言った。「玄沙の鍬を踏み倒す意はどうする。」師は言った。「我はお前に問う。」問うた。「未だ真宗を辨えざれば如何に体悉せん。」師は言った。「頭大きく尾尖る。」問うた。「咫尺の間になぜ師の顔を睹ざるか。」師は言った。「且く闍梨と一半を道う。」言った。「なぜ全く道わざるか。」師は言った。「法を尽くせば民無し。」言った。「民無きを怕れず、師に法を尽くすを請います。」師は言った。「知己のために身を喪す。」言った。「なぜかえって身を喪するか。」師は言った。「好心に好報無し。」問うた。「尊者が眉を撥き目を撃ちて育王を視る時は如何。」師は言った。「即今も何ぞや。」言った。「学人は如何に領会せん。」師は言った。「摩利支山に非ずや。」問うた。「摩尼の宝殿に四角あり、一角は常に露る。どういうのが露る角か。」師は手を挙げて言った。「お前は我を打て。」かえって問うた。「お前は還って会するか。」言った。「会しません。」師は言った。「お前は争で我を打つことを解せん。」問うた。「どういうのが西来の意か。」師は言った。「撲破して著く。」問うた。「已に紅焰に在り、師に烹錬を請います。」師は言った。「槌の下に器を成す。」言った。「かくの如くなれば即ち烹錬して去る也。」師は言った。「池州の和尚。」問うた。「四壁は禾を打ち、中行は草を鏟る。和尚は阿那の頭に赴くか。」師は言った。「何の処か赴かざる。」言った。「かくの如くなれば即ち衆と同じく去る也。」師は言った。「小師の弟子。」師は建隆元年庚申二月に微かな疾有るを示した。三月二日、侍者に令して方丈を啓き大衆を集めた。告辞して言った。「後来の学者は未だ禾山を識らず。即今に識り取れ。珍重。」先ず是れ大衆のために生蔵を本国に立つ。諡して法性禅師。塔は妙相と曰う。

洪州泐潭牟和尚。問如何是學人著力處。師曰。正是著力。問古人卷席意如何。師曰。珍重。便下堂。

洪州泐潭の牟和尚。問うた。「どういうのが学人の力を著ける処か。」師は言った。「正に是れ力を著く。」問うた。「古人の席を巻く意は如何。」師は言った。「珍重。」便ち堂を下った。

前臺州湧泉景欣禪師法嗣

前の台州涌泉の景欣禅師の法嗣

台州六通院紹禪師。初參湧泉和尚入室領旨。一日燒畬歸院。泉問。去什麼處來。師曰。燒畬來。泉曰。火後事作麼生。紹曰。鐵蛇鑽不入。泉許之。後居六通院玄侶依附。僧問。不出咽喉唇吻事如何。師曰。待汝一钁斸斷巾子山。我亦不向汝道。問南山有一毒龍如何近得。師曰。非但闍梨千聖亦近不得。人問。承聞南方有一劍話。如何是一劍。師曰。不當鋒。曰頭落又作麼生。師曰。我道不當鋒有什麼頭。其人禮謝而去。師休夏入天台山華頂峰晦跡。莫知所終。

台州六通院の紹禅師。初め涌泉和尚に参じ、室に入りて旨を領した。ある日畬を焼きて院に帰った。泉が問うた。「どこへ行きて来たか。」師は言った。「畬を焼きて来ました。」泉が言った。「火の後の事はどうする。」紹は言った。「鐵蛇も鑽り入れず。」泉はこれを許した。後に六通院に居り、玄侣が依附した。僧が問うた。「咽喉唇吻を出でざるの事は如何。」師は言った。「お前が一镢にして巾子山を斫断すを待て。我もまたお前に向かって道わざらん。」問うた。「南山に一の毒龍有り、如何に近づき得ん。」師は言った。「闍梨のみに非ず、千聖もまた近づき得ず。」人が問うた。「南方に一剣の話有るを承り聞く。どういうのが一剣か。」師は言った。「鋒に当らず。」言った。「頭落ちたればまたどうする。」師は言った。「我は鋒に当らずと道う。何の頭有らん。」その人は礼謝して去った。師は夏を休めて天台山華頂峰に入りて跡を晦ました。終わる所を知る莫し。

前潭州雲蓋山志元禪師法嗣

前の潭州雲蓋山志元禅師の法嗣

潭州雲蓋山志罕禪師。僧問。如何是嶽頂浪滔天。師曰。文殊正作鬧。曰正作鬧時如何。曰。不向機前展大悲。

潭州雲蓋山の志罕禅師。僧が問うた。「どういうのが岳頂の浪滔天か。」師は言った。「文殊が正に鬧を作す。」言った。「正に鬧を作す時は如何。」師は言った。「機の前に大悲を展げるに向かわず。

新羅臥龍和尚。問如何是大人相。師曰。紫羅帳裡不垂手。曰為什麼不垂手。師曰。不尊貴。問十二時中如何用心。師曰。猢猻吃毛蟲。

新羅臥龍和尚。問うた。「どういうのが大人の相か。」師は言った。「紫羅の帳の裏に手を垂れず。」言った。「なぜ手を垂れざるか。」師は言った。「尊貴ならざれば。」問うた。「十二時の中に如何に心を用うべきか。」師は言った。「猢猻が毛虫を喫う。

影州天台和尚(先住天台)問古佛向什麼處去。師曰。中央甲第高歲歲出靈苗。問古鏡未磨時如何。師曰。不施功。曰磨後如何。師曰。不照燭。

影州天台和尚(先ず天台に住した)。問うた。「古仏はどこへ向かって去るか。」師は言った。「中央の甲第高く、歳々に霊苗を出す。」問うた。「古鏡未だ磨かざる時は如何。」師は言った。「功を施さず。」言った。「磨いた後は如何。」師は言った。「照燭せず。

前潭州谷山藏禪師法嗣

前の潭州谷山蔵禅師の法嗣

新羅瑞巖和尚。問黑白兩亡開佛眼時如何。師曰。恐爾守內。問如何是誕生王子。師曰。深宮引不出。

新羅瑞巖和尚。問うた。「黒白両亡んで仏眼を開く時は如何。」師は言った。「お前の内に守るを恐る。」問うた。「どういうのが誕生の王子か。」師は言った。「深宮に引きて出さず。

新羅泊巖和尚。問如何是禪。師曰。古塚不為家。問如何是道。師曰。徒勞車馬跡。問如何是教。師曰。貝葉收不盡。

新羅泊巖和尚。問うた。「どういうのが禅か。」師は言った。「古塚は家と為らず。」問うた。「どういうのが道か。」師は言った。「徒らに車馬の迹を労す。」問うた。「どういうのが教か。」師は言った。「貝葉は収め尽くさず。

新羅大嶺和尚。僧問。只到潼關便卻休時如何。師曰。只是途中活計。曰其中活計如何。師曰。體即得當即不得。曰體得為什麼當不得。師曰。體是什麼人分上事。曰其中事如何。師曰。不作尊貴。

新羅大嶺和尚。僧が問うた。「ただ潼関に到れば便ち休む時は如何。」師は言った。「ただ是れ途中の活計。」言った。「その中の活計は如何。」師は言った。「体すれば即ち得、当すれば即ち得ず。」言った。「体し得るなぜ当たり得ざるか。」師は言った。「体は是れ何人の分上の事ぞ。」言った。「その中の事は如何。」師は言った。「尊貴を作さず。

前潭州中雲蓋和尚法嗣

前の潭州中雲蓋和尚の法嗣

潭州雲蓋山景和尚號證覺禪師。僧問。國土晏清功歸何處。師曰。銀臺門下不賀。曰轉為無功時如何。師曰。王家事可然。

潭州雲蓋山の景和尚は、証覚禅師と号す。僧が問うた。「国土晏然として清し。功は何れの処に帰するか。」師は言った。「銀台門の下に賀せず。」言った。「転じて功無しと為す時は如何。」師は言った。「王家の事、然るべきのみ。

景德伝燈録巻第十七

景德伝燈録巻第十八

吉州青原山行思禪師第六世之二一十四人

吉州青原山の行思禅師第六世の二、一十四人

福州雪峰義存禪師法嗣上一十四人福州玄沙師備禪師

福州雪峯義存禅師の法嗣上一十四人 福州玄沙の師備禅師

福州長慶慧稜禪師

福州長慶の慧稜禅師

福州大普山玄通禪師

福州大普山の玄通禅師

杭州龍冊寺道怤禪師

杭州龍册寺の道怤禅師

福州長生山皎然禪師

福州長生山の皎然禅師

信州鵝湖山智孚禪師

信州鵞湖山の智孚禅師

漳州報恩懷嶽禪師

漳州報恩の懐嶽禅師

杭州西興化度師鬱禪師

杭州西興化度の師欝禅師

福州鼓山神晏國師

福州鼓山の神晏国師

漳州隆壽紹卿禪師

漳州隆寿の紹卿禅師

福州僊宗行𤦆禪師

福州仙宗の行玭禅師

福州蓮華山永福從弇禪師

福州蓮華山の永福従弇禅師

杭州龍華寺靈照禪師

杭州龍華寺の霊照禅師

明州翠巖令參禪師(已上一十四人見錄)

明州翠巖の令参禅師(以上一十四人見録)

福州雪峰義存禪師法嗣

福州雪峯義存禅師の法嗣

福州玄沙宗一大師法名師備。福州閩縣人也。姓謝氏。幼好垂釣。泛小艇於南臺江狎諸漁者。唐咸通初年甫三十。忽慕出塵乃棄釣舟。投芙蓉山靈訓禪師落髮。往豫章開元寺道玄律師受具。布衲芒屨食才接氣。常終日宴坐眾皆異之。與雪峰義存本法門昆仲而親近若師資。雪峰以其苦行呼為頭陀。一日雪峰問曰。阿那箇是備頭陀。對曰。終不敢誑於人。異日雪峰召曰。備頭陀何不遍參去。師曰。達磨不來東土二祖不往西天。雪峰然之。暨登象骨山乃與師同力締構。玄徒臻萃。師入室諮決罔替晨昏。又閱楞嚴經發明心地。由是應機敏捷與修多羅冥契。諸方玄學有所未決必從之請益。至若與雪峰和尚徵詰亦當仁不讓。雪峰曰。備頭陀其再來人也。一日雪峰上堂曰。要會此事猶如古鏡當臺胡來胡現漢來漢現。師曰。忽遇明鏡來時如何。雪峰曰。胡漢俱隱。師曰。老和尚腳跟猶未點地。師上堂時久。大眾盡謂不說法。一時各歸。師乃呵雲。看總是一樣底。無一箇有智慧。但見我開遮兩片皮。盡來簇著覓言語意度。是我真實。為他卻總不知。看恁麼大難大難。師有時雲。諸禪德汝諸人盡巡方行腳來。稱我參禪學道。為有奇特去處。為當只恁麼東問西問。若有試通來我為汝證明是非。我盡識得還有麼。若無當知只是趁謴(古困切)是汝既到遮裡來。我今問汝。汝諸人還有眼麼。若有即今便合識得。還識得麼。若不識便被我喚作生盲生聾底人還是麼。肯恁麼道麼。禪德亦莫自屈。是汝真實何曾是恁麼人。十方諸佛把汝向頂上著。不敢錯誤著一分子。只道此事唯我能知。會麼。如今相紹繼盡道承他釋迦。我道釋迦與我同參。汝道參阿誰會麼。大不容易。知莫非大悟始解得知。若是限劑所悟亦莫能覯。汝還識大悟麼。不可是汝向髑髏前認他鑒照。不可是汝說空說無說。遮邊那邊有世間法。有一箇不是世間法。

福州玄沙の宗一大師、法の名は師備。福州閩県の人、姓は謝。幼にして垂釣を好み、小艇を泛べて南台江に浮かび、諸の漁者と狎ねた。唐の咸通初年に甫めて三十。忽ち出塵を慕い、乃ち釣舟を棄てた。芙蓉山の霊訓禅師に投じて髪を落とした。豫章の開元寺に往きて道玄律師に具を受けた。布衲に芒履、食は纔に気を接ぐのみ。常に終日宴坐し、衆は皆これを異とした。雪峯義存とは本の法門の昆仲にして、親近すること師資の若し。雪峯はその苦行を以て頭陀と呼んだ。ある日雪峯が問うた。「阿那箇が是れ備頭陀か。」対えて言った。「終に人に誑るを敢えてせず。」異日雪峯が召して言った。「備頭陀、何ぞ遍く参じて去らざる。」師は言った。「達磨は東土に来らず、二祖は西天に往かず。」雪峯はこれを然とした。象骨山に登るに及び、乃ち師と力を同じくして締構した。玄徒臻萃した。師は入室して咨決し、晨昏を罔替せず。また『楞厳経』を閲して心地を発明した。是に由りて機に応ずること敏捷にして、修多羅と冥契した。諸方の玄学、未だ決せざる有れば、必ずこれに従って請益した。至る若きは雪峯和尚と征詰するも、また仁に当りて譲らず。雪峯が言った。「備頭陀は其れ再来の人なり。」ある日雪峯が上堂して言った。「この事を会せんと要すれば、猶お古鏡の台に当たるが如く、胡来れば胡現れ、漢来れば漢現る。」師は言った。「忽ち明鏡の来るに遇えば如何。」雪峯が言った。「胡漢倶に隠る。」師は言った。「老和尚の脚跟はなお未だ地に点せず。」師が上堂する時久し。大衆は尽く説法せざると謂い、一時に各々帰った。師は乃ち呵して言った。「看よ、総て是れ一様底。一つとして智慧有る者無し。ただ我がこの両片の皮を開くを見て、尽く来りて簇り著いて言語の意度を覓む。是れ我が真実なり。他のために総て知らず。看よ、かくの如く大難大難。」師は時に言った。「諸の禅徳、お前ら諸人は尽く方を巡りて行脚し来りて、我は禅を参じ道を学ぶと称す。奇特の去来する処有るがためか、為に当たりてただかくの如く東に問い西に問うか。若し有れば試みに通じて来い。我はお前のために是非を証明せん。我は尽く識り得。還って有るか。若し無ければ、当に知るべし、ただ是れ趁謴(古困切)。是れお前、既にこの処に到り来た。我が今お前に問う。お前ら諸人は還って眼有るか。若し有れば、即今に便ち合して識り得べし。還って識り得るか。若し識らざれば、便ち我に生盲生聾底の人と喚ばれん。還って是か。肯んじてかくの如く道わんか。禅徳もまた自ら屈する莫れ。是れお前の真実、何ぞ曾てかくの如き人ならん。十方の諸仏はお前を把りて頂上に著け、一分子を錯誤するを敢えてせず。ただこの事は唯我が能く知ると道う。会するか。如今、相紹継して尽く他の釈迦を承けたと道う。我は釈迦は我と同参すと道う。お前は阿誰に参ずると道うか。会するか。大いに容易ならず。知るに大悟せずんば解して知る能わざるに非ずや。若し剤に限りて悟る所は、また規う能わざる莫れ。お前は還って大悟を識るか。不可なり、是れお前が髑髏の前に向かって他の鑑照を認むる。不可なり、是れお前が空を説き無を説き。こちらかしこに世間の法有り。一箇の世間の法にあらざる有り。

和尚子虛空猶從迷妄幻生。如今若是大肯去何處有遮箇稱說。尚無虛空消息。何處有三界。業次父母緣生與汝樁立前後。如今道無尚是誑語。豈況是有知麼。是汝多時行腳和尚子。稱道有覺悟底事。我今問汝。只如巔山巖崖逈絕人處。還有佛法麼。還裁辨得麼。若辨不得卒未在。我尋常道。亡僧面前正是觸目菩提。萬裡神光頂後相。若人覯得。不妨出。得陰界。脫汝髑髏前意想。都來只是汝真實人體。何處更別有一法解蓋覆。汝知麼。還信得麼。解承當得麼。大須努力。師又云。我今問汝諸人。且承得箇什麼事。在何世界安身立命。還辨得麼。若辨不得恰似揑目生華。見事便差。知麼。如今現前見有山河大地色空明暗種種諸物。皆是狂勞華相。喚作顛倒知見。夫出家人識心達本。故號沙門。汝今既已剃髮披衣為沙門相。即合有自利利他分。如今看著盡黑漫漫地。如黑汁相似。自救尚不得。爭解為得他人。仁者佛法因緣事大。莫當等閑相聚頭亂說雜話趁謴過時。光陰難得。可惜許大丈夫兒。何不自省察看是什麼事。只如從上宗風。是諸佛頂族。汝既承當不得。所以我方便勸汝。但從迦葉門接續頓超去。此一門超汝凡聖因果。超他毘盧妙莊嚴世界海。超他釋迦方便門。直下永劫不教有一物與汝作眼見。何不急急究取。未必道我且待三生兩生久積淨業。仁者。汝宗乘是什麼事。不可由汝身心用工莊嚴便得去。不可他心宿命便得法。會麼。只如釋迦出頭來。作如許多變弄說十二分教。如瓶灌水。大作一場佛事向汝。此門中用一點不得。用一毛頭伎倆不得。知麼如同夢事。亦如寱語。沙門不應得出頭來。蓋為識得知麼。識得即是大出脫大出頭。所以道超。凡越聖出生離死離因離果超。毘盧越釋迦。不被凡聖因果所謾。一切處無人識得汝。知麼莫只長戀生死愛網。被善惡業拘將去無自由分。饒汝鍊得身心同空去。

(師は続けて言った。)和尚子、虚空はなお迷妄より幻に生ず。如今、若し大いに肯して去れば、何れの処にこの称説有らん。なお虚空の消息無きに、何れの処に三界有らん。業次の父母縁生がお前と樁立して前後す。如今、無を道うもなお是れ誑語、豈に況んや有をや。知るか。是れお前、多時行脚の和尚子。道に覚悟底の事有りと称す。我が今お前に問う。ただ巔山の巖崖迥絶して人無き処に如き、還って仏法有るか。還って辨え得るか。若し辨え得ざれば、卒ちに未だ在らず。我が寻常に道う。亡僧の面前は正に是れ触る目の菩提、万里の神光は頂後の相。若し人、規うるを得ば、妨げず陰界を出で得べし。お前の髑髏前の意想を脱せば、都来ただ是れお前の真実の人体。何れの処にかさらに別に一法の蓋覆を解する有らん。お前は知るか。還って信じ得るか。承当し得るを解するか。大いに須く努力すべし。」師はまた言った。「我が今お前ら諸人に問う。且く箇の何事を承け得るか。何の世界に在りて身を安んじ命を立つるか。還って辨え得るか。若し辨え得ざれば、恰似として目を捏して花を生ず。事を見れば便ち差える。知るか。如今、現前に山河大地・色空明暗の種種の諸物有るを見る。皆これ狂労の花相、之を顛倒の知見と喚ぶ。それ出家の人は心を識り本に達す、故に沙門と号す。お前、今既に髪を剃り衣を披きて沙門の相と為る。即ち合して自利利他の分有るべし。如今、看るに尽く黒漫漫として、黒汁に相似たり。自ら救うもなお得ざるに、争で他人を為すことを解せん。仁者、仏法の因縁の事は大なり。当たりて等閑に相聚め頭を亂して雑話を説き、趁謴して時を過ぐる莫れ。光陰は得難し。惜しむべし許りの大丈夫の児。何ぞ自ら省り察して是れ何事ぞとせざる。ただ従上の宗風に如きは、是れ諸仏の頂族。お前既に承当するを得ず、所以に我は方便に勧めてお前を。ただ迦葉の門より接続して頓超して去れ。此一門はお前の凡聖因果を超え、他の毘盧の妙なる荘厳世界海を超え、他の釈迦の方便門を超えん。直下に永劫、一物をもお前に眼見を作さしめず教えん。何ぞ急々に究め取らざる。未だ必ず我は且く三生両生に久しく浄業を積むを待つと道う莫れ。仁者。お前の宗乗は是れ何事ぞ。由りてお前が身心の用工荘厳するに便ち去るを得る不可なり。他心の宿命に便ち法を得る不可なり。会するか。ただ釈迦が頭を出して来りて如く、如許の変弄を作し、十二分教を説くこと瓶に水を灌ぐが如く、大作して一場の仏事。お前の此の門の中に用いて一点をも用い得ず、一毛頭の伎倆をも用い得ず。知るか。如き事を同ずるもまた呓語の如し。沙門は応に頭を出して来るべからず。蓋し識り得るが為なり。知るか。識り得れば即ち是れ大出脱・大出頭。所以に道う、凡を超え聖を越え、生を出で死を離れ、因を離れ果を離れ、毘盧を超え、釈迦を越えんと。凡聖因果の謾くる所と為らず。一切の処に人はお前を識る者無し。知るか。ただ長らく生死の愛網に恋い、善悪の業に拘られ将られて、自由の分無き莫れ。お前が錬り得て身心空に同じく去るを饒かするも、

饒汝得到精明湛不搖處。不出他識陰。古人喚作如急流水。流急不覺妄為澹淨。恁麼修行盡不出他輪迴際。依前被輪轉去。所以道。諸行無常。直是三乘功果。如是可畏若無道眼亦不為究竟。何如從今日博地凡夫。不用一毫工夫。便頓超去。解省心力麼。還願樂麼。勸汝我如今立地待汝覯去。不用汝加功練行。如今不恁麼更待何時還肯麼。還肯麼。師有時上堂謂眾曰。是汝真實如是。又有時雲。達磨如今現在。汝諸人還見麼。師雲。是諸人見有險惡。見有大蟲刀劍諸事逼汝身命。便生無限怕怖。如似什麼。恰如世間畫師。一般自畫作地獄變相。作大蟲刀劍了。好好地看了。卻自生怕怖。汝今諸人亦復如是。百般見有。是汝自幻出自生怕怖。亦不是別人與汝為過。汝今欲覺此幻惑麼。但識取汝金剛眼睛。若識得不曾教汝有纖塵可得露現。何處更有虎狼刀劍解愶嚇得汝。直至釋迦如是伎倆。亦覓出頭處不得。所以我向汝道。沙門眼把定世界函蓋乾坤不漏絲髮。何處更有一物為汝知見知麼。如是出脫。如是奇特。何不究取。師雲。汝諸人如似在大海裡坐。沒頭水浸卻了。更展手問人乞水吃。還會麼。夫學般若菩薩是大根器有大智慧始得。若有智慧即今便得出脫。若是根機遲鈍。直須勤苦忍耐日夜忘疲失食如喪考妣相似。恁麼急切盡一生去。更得人荷挾剋骨究實。不妨亦得覯去。且況如今誰是堪任受學底人。仁者莫只是記言記語恰似念陀羅尼相似。蹋步向前來。口裡哆哆啝啝地。被人把住詰問。著沒去處便瞋道。和尚不為我答話。恁麼學事大苦。知麼。有一般坐繩床和尚。稱為善知識。問著便動身動手點眼吐舌瞪視。更有一般便說。昭昭靈靈靈臺智性能見能聞。向五蘊身田裡作主宰恁麼為善知識大賺人。知麼我今問汝。汝若認昭昭靈靈。是汝真實為什麼。瞌睡時又不成昭昭靈靈。若瞌睡時不是為什麼有昭昭時。

(師は続けて言った。)お前が得て精明湛として揺がざる処に到るを饒かするも、他の識陰を出でず。古人は之を急流水の如くと喚ぶ。流れ急にして覚えず、妄に淡浄と為す。かくの如く修行して尽く他の輪廻の際を出でず、依前として輪に転ぜられて去る。所以に道う、諸行は無常と。直に是れ三乗の功果の如き、畏るべきかな。若し道眼無ければ亦た究竟と為らず。何如ぞ今日より博地の凡夫、一毫の工夫を用いずして便ち頓超して去るや。心力を省くを解するか。還って願楽するか。お前を勧む。我は如今、地に立ちてお前の規えて去るを待つ。お前が功を加え行を練るを用いず。如今かくの如くせざればさらに何時を待たん。還って肯んずるか。還って肯んずるか。」師は時に上堂して衆に対して言った。「是れお前の真実は如しかくの如し。」また時に言った。「達磨は如今に現在す。お前ら諸人は還って見るか。」師は言った。「是れ諸人の見るに険悪有り、大虫刀剣の諸事有りてお前の身命を逼れば、便ち無限の怕怖を生ず。何に似たるぞ。恰似して世間の画師の一般に、自ら地獄の変相を画き作し、大虫刀剣を作し了りて、好も好好と看て了りて、却って自ら怕怖を生ず。お前が今、諸人も亦た復た是の如し。百般の有を見るは是れお前が自ら幻に出し、自ら怕怖を生ず。亦た是れ別人のお前と為すの過にあらず。お前が今、此の幻惑を覚えんと欲するか。ただお前の金剛の眼睛を識り取れ。若し識り得ば、曾てお前に纎塵の露現し得るを教えず。何れの処にかさらに虎狼刀剣のお前を脅嚇し得るを解する有らん。直に釈迦の如き伎倆に至るも、また頭を出す処を覓め得ず。所以に我はお前に向かって道う。沙門の眼は世界を把定し、乾坤を函蓋し、絲髪を漏らさず。何れの処にかさらに一物のお前の知見と為る有らん。知るか。如きを出脱し、如きを奇特。何ぞ究め取らざる。」師は言った。「お前ら諸人は如き似たり、大海の裏に坐して、頭を没し水に浸され了りて、さらに手を展げて人に水を乞うて喫す。還って会するか。それ般若を学ぶ菩薩は是れ大根器、大きに智慧有りてはじめて得。若し智慧有れば、即今に便ち出脱を得べし。若し是れ根機の遅鈍なれば、直に須く勤苦忍耐して、日夜に疲を忘れ食を失い、考妣を喪するに相似たり。かくの如く急切に尽く一生して去れ。さらに人の荷挟を得て、骨を克めて実を究めれば、妨げず亦た規えて去るを得。且く況んや如今、誰が是れ堪え任じて学を受くる底の人ぞ。仁者、莫れ、ただ是れ言を記え語を記え、恰似して陀羅尼を念ずるに相似り。歩を踏みて前に来りて、口裏に哆々啝々として。人に把られ住め詰問せられ著かば、去る処無きに便ち瞋りて道う、和尚は我がために答話せずと。かくの如く事を学ぶは大いに苦し。知るか。一般の繩床に坐る和尚有り、善知識と称す。問い著けば便ち身を動かし手を動かし、眼を点じ舌を吐きて瞪視す。さらに一般ありて便ち説く。昭昭霊霊、霊台の智性、能く見能く聞くと。五蘊の身田の裏に向かって主宰を作す。かくの如く善知識と為るは、大いに人を賺す。知るか。我が今お前に問う。お前、若し昭昭霊霊を認めてお前の真実とせば、何為んぞ瞌睡の時に又た昭昭霊霊と成らざる。若し瞌睡の時是ならざれば、何為んぞ昭昭の時有るや。

汝還會麼。遮箇喚作認賊為子。是生死根本妄想緣氣。汝欲識此根由麼。我向汝道。汝昭昭靈靈。只因前塵色聲香等法而有分別。便道此是昭昭靈靈。若無前塵汝此昭昭靈靈同於龜毛兔角。仁者。真實在什麼處。汝今欲得出他五蘊身田主宰。但識取汝秘密金剛體。古人向汝道。圓成正遍遍周沙界。我今少分為汝智者。可以譬喻得解。汝見此南閻浮提日麼。世間人所作興營養身活命種種心行作業。莫非承他日光成立。只如日體還有多般及心行麼。還有不周遍處麼。欲識此金剛體亦如是。只如今山河大地十方國土色空明暗及汝身心。莫非盡承汝圓成威光所現。直是天人群生類所作業次受生果報有性無情。莫非承汝威光。乃至諸佛成道成果接物利生。莫非盡承汝威光。只如金剛體還有凡夫諸佛麼。有汝心行麼。不可道無便得當去也。知麼汝既有如是奇特。當陽出身處何不發明取。便隨他向五蘊身田中鬼趣裡作活計。直下自謾卻去。忽然無常殺境到來。眼目譸張。身見命見恁麼時大難枝荷。如生脫龜箇相似大苦。仁者莫把瞌睡見解便當卻去。未解蓋覆得毛頭許。汝還知麼。三界無安猶如火宅。且汝未是得安樂底人。只大作群隊幹他人世。遮邊那邊飛走野鹿相似。但知求衣為食。若恁麼爭行他王道知麼國王大臣不拘汝。父母放汝出家。十方施主供汝衣食。土地龍神護汝。也須具慚愧知恩始得。莫孤負人好。長連床上排行著地銷將去。道是安樂。未在皆是粥飯將養得。汝爛冬瓜相似變將去。土裡埋將去。業識茫茫無本可據。沙門因什麼到恁麼地。只如大地上蠢蠢者。我喚作地獄劫住。如今若不了。明朝後日看變入驢胎馬肚裡。牽犁拽杷銜鐵負鞍。碓擣磨磨水火裡燒煮。去大不容易。受大須恐懼。好是汝自累知麼。若是了去直下永劫不曾教汝有遮箇消息。若不了此煩惱惡業因緣。未是一劫兩劫得休。直與汝金剛齊壽知麼。

(師は続けて言った。)お前は還って会するか。この箇を賊を認めて子と為すと喚ぶ。是れ生死の根本の妄想の縁の気。お前、此の根由を識らんと欲するか。我はお前に向かって道う。お前の昭昭霊霊は、ただ前塵の色声香等の法に因りて分别有りて、便ち此を昭昭霊霊と道う。若し前塵無ければ、お前の此の昭昭霊霊は亀毛兎角に同じ。仁者。真実は何れの処に在るか。お前が今、他の五蘊の身田の主宰を出でんと欲せば、ただお前の秘密の金剛体を識り取れ。古人はお前に向かって道いたり。円成して正しく遍し、遍く沙界に周すと。我が今、少分を為してお前の智者と為り、以て譬喩に解するを得べし。お前は此の南閻浮提の日を見るか。世間の人の作す所の興営・身を養い命を活かすの種種の心行の作業、莫れ他の日光に承けて成立せざるは。ただ日体に如きは、還って多般の心行有るを及ばんか。還って周遍せざる処有るか。此の金剛体を識らんと欲せば亦如き是の如し。ただ如今の山河大地・十方の国土・色空明暗およびお前の身心、莫れ尽くお前の円成の威光の現ずる所に承けざるは。直に是れ天人の群生の類の作す業の次に受生の果報、性有り情無きも、莫れお前の威光に承けざるは。乃至諸仏の道を成し果を成して物を接し生を利するも、莫れ尽くお前の威光に承けざるは。ただ金剛体に如きは還って凡夫諸仏有るか。お前の心行有るか。不可なり道う無し便ち当りて去るを得る也。知るか。お前既に如き奇特の陽に当たりて身を出す処有るを是の如くせば、何ぞ発明して取らざる。便ち他に随いて五蘊の身田の中の鬼趣の裏に向かって活計を作さん。直下に自ら謾き却てて去る。忽然として無常の殺境到り来らば、眼目は詪張せん。身見・命見、かくの如き時に大いに難く枝荷せん。生きて亀の殻を脱するに相似たり、大いに苦し。」(底本は「亀个」と作る。「个」は当に「殻」の訛るべし)「仁者、莫れ、瞌睡の見解を把りて便ち当りて去る莫れ。未だ毛頭許りを蓋覆し得るを解せず。お前は還って知るか。三界に安無きは猶お火宅の如し。且くお前は未だ是れ安楽を得る底の人ならず。ただ大いに群隊を作りて他人の世に干す。こちらかしこに飛走し、野鹿に相似たり。ただ衣を求め食を為すを知る。若しかくの如くならば争で他の王道を行かん。知るか。国王大臣はお前を拘えず。父母はお前を放ちて出家せしむ。十方の施主はお前に衣食を供す。土地の龍神はお前を護る。亦た須く慚愧を具えて恩を知るべしとはじめて得。莫れ人を孤負する好。長連床の上に行を排び地に著きて銷し将て去る。道う是れ安楽。未だ在らず。皆な是れ粥飯の将養し得る。お前は爛冬瓜に相似りて変じ将て去る。土の裏に埋め将て去る。業識茫茫として本に據る可き無し。沙門は何に因りてかくの如き地に到るか。ただ大地上の蠢蠢なる者に如き、我は地獄の劫住と喚ぶ。如今、若し了せざれば、明朝後日に看て変じて驢胎馬肚の裏に入らん。犁を牽き耙を拽き、鐡を衔え鞍を負う。碓は搗き磨は磨り、水火の裏に焼煮して去る。大いに容易ならず。大きに須く恐懼すべしを受く。好し是れお前の自ら累ぐ。知るか。若し是れ了せば、直下に永劫、曾てお前にこの消息有らしめず教えん。若し此の煩悶悪業の因縁を了せざれば、未だ是れ一劫両劫に休するを得ず。直にお前と金剛と寿を斉しくせん。知るか。」

南際長老到雪峰。雪峰令訪於師。師問曰。古人道。此事唯我能知長老作麼生。南際曰。須知有不求知者(歸宗柔別拊掌三下)師曰。山頭和尚吃許多辛苦作麼。雪峰因普請畬田。見一蛇以杖挑起召眾曰。看看以刀芟為兩段。師以杖拋於背後更不顧視。眾愕然。雪峰曰俊哉。師一日隨侍雪峰遊山。雪峰指一片地曰。此處造得一所無縫塔。師曰。高多少雪峰乃顧視上下。師曰。人天依報即不如和尚。若是靈山受記大遠在。雪峰曰。世界闊一尺古鏡闊一尺。世界闊一丈古鏡闊一丈。師指火鑪曰。火鑪闊多少。雪峰曰。如古鏡闊。師曰。老和尚腳跟未點地。師初受請住梅谿場普應院。中間遷止玄沙山。自是天下叢林海眾皆望風而賓之。閩帥王公請演無上乘。待以師禮。學徒餘八百室戶不閉。師上堂良久謂眾曰。我為汝得徹困也還會麼。僧問。寂寂無言時如何師曰。寱語作麼。曰本分事請師道。師曰。𥋙睡作麼。曰學人即𥋙睡和尚如何。師曰。爭得恁麼不識痛癢。又曰。可惜如許大師僧。千道萬裡行腳到遮裡。不消箇𥋙睡寱語便屈卻去。問如何是學人自己。師曰。用自己作麼。僧問。從上宗門中事。師此間如何言論。師曰。少人聽。僧曰請和尚直道。師曰。患聾作麼又曰。仁者。如今事不獲已。教我抑下如是威光。苦口相勸。百千方便道如此如彼。共汝相知聞盡成顛倒知見。將此咽喉唇吻。只成得箇野狐精業謾汝我。還肯麼。只如有過無過唯我自知。汝爭得會。若是恁麼人出頭來甘伏呵責。夫為人師匠大不易。須是善知識始得知。我如今恁麼方便助汝。猶尚不能覯得。可中純舉宗乘。是汝向什麼處措。還會麼。四十九年是方便。只如靈山會有百萬眾。唯有迦葉一人親聞。餘盡不聞。汝道迦葉親聞事作麼生。不可道如來無說說迦葉不聞聞。便得當。不可是汝修因成果。福智莊嚴底事。知麼且如道。

南際長老が雪峯に到った。雪峯は師を訪ねしめた。師は問うた。「古人は道う、この事は唯我が能く知ると。長老はどうする。」南際は言った。「須く求めて知らざる者有るを知るべし。」(帰宗柔は別に掌を拊ること三下。)師は言った。「山頭の和尚は許りの辛苦を喫して何を作すか。」雪峯は因りて普請して畬田した。一蛇を見、杖を以て挑げ起して衆に召して言った。「看よ看よ。」刀を以て芟りて両段と為した。師は杖を以て背後に抛ててさらに顧視せず。衆は愕然とした。雪峯が言った。「俊なるかな。」師はある日、雪峯に随侍して山に遊んだ。雪峯は一片の地を指して言った。「此の処に一所の無縫の塔を造り得べし。」師は言った。「高さ多少。」雪峯は乃ち上下を顧視した。師は言った。「人天の依報は即ち和尚に如かず。若し是れ霊山の受記ならば、大いに遠く在り。」雪峯が言った。「世界の闊きこと一尺ならば古鏡の闊きこと一尺。世界の闊きこと一丈ならば古鏡の闊きこと一丈。」師は火爐を指して言った。「火爐の闊きこと多少。」雪峯が言った。「古鏡の闊きが如し。」師は言った。「老和尚の脚跟は未だ地に点せず。」師は初め請を受けて梅溪場の普応院に住し、中間に玄沙山に遷り止まった。是より天下の叢林海衆は皆風を望みてこれに賓す。閩帥の王公が無上乗を演べんことを請い、師の礼を以て待した。学徒は八百を余り、室戸は閉ぢず。師は上堂して良久にして衆に対して言った。「我はお前のために徹困し得た也。還って会するか。」僧が問うた。「寂寂として言無き時は如何。」師は言った。「呓語して何ぞや。」言った。「本分の事、師に道うを請います。」師は言った。「瞌睡して何ぞや。」(底本はこの字を「𥋙」と作る)言った。「学人は即ち瞌睡す、和尚は如何。」師は言った。「争でかくの如く痛痒を識らざるを得ん。」また言った。「惜しむべし如許の大きなる師僧。千道万里を行脚してこの処に到りて。箇の瞌睡呓語を消さず便ち屈し却てて去る。」問うた。「どういうのが学人の自己か。」師は言った。「自己を用いて何ぞや。」僧が問うた。「従上の宗門の中の事。師は此の間に如何に言論するか。」師は言った。「聴く人少なし。」僧は言った。「和尚に直に道うを請います。」師は言った。「聾を患えて何ぞや。」また言った。「仁者。如今、事獲已せず。我を教えて如き威光を抑え下げしむ。苦口に相勧め、百千の方便に此の如く彼の如くと道う。お前と相い知聞を共にして尽く顛倒の知見と成る。此の咽喉唇吻を将て、ただ成り得るは箇の野狐精の業のお前と我とを謾くる。還って肯んずるか。ただ過有り過無きは唯我が自ら知る。お前は争で会し得ん。若し是れかくの如き人、頭を出し来たらば甘んじて呵責に伏せん。それ人の師匠と為るは大いに易からず。須く是れ善知識なればはじめて知るを得。我が如今かくの如く方便にお前を助くるも、猶なお規え得る能わず。中に純に宗乗を挙ぐべし。是れお前、何れの処に向かって措くか。還って会するか。四十九年は是れ方便。ただ霊山の会に百万の衆有りて如き、唯だ迦葉一人のみ親しく聞く。余は尽く聞かず。お前は迦葉の親聞の事をどう道うか。不可なり道う、如来に説説無く、迦葉に聞聞無しと便ち当りて得。不可なり、是れお前が因を修め果を成す、福智荘厳底の事。知るか。且く如き道う。

吾有正法眼付囑大迦葉。我道猶如話月。曹谿豎拂子如還指月。所以道。大唐國內宗乘中事。未曾見有一人舉唱。設有人舉唱。盡大地人失卻性命。如無孔鐵槌相似。一時亡鋒結舌去。汝諸人賴遇我。不惜身命。共汝顛倒知見。隨汝狂意。方有申問處。我若不共汝恁麼有聞去。汝向什麼處得見我。會麼大難。努力珍重。乃有偈曰。

(師は続けて言った。)吾に正法眼有りて大迦葉に付嘱す。我が道う、猶お月を話すが如し。曹渓が拂子を竪くるは還って月を指すが如し。所以に道う、大唐の国内、宗乗の中の事、未曾だ一人の挙唱する有るを見ず。設い人の挙唱する有らば、尽く大地の人は性命を失却せん。孔無き鐵槌に相似たるが如く、一時に鋒を亡び舌を結して去らん。お前ら諸人は頼りて我に遇う。身命を惜しまず。お前と顛倒の知見を共にし、お前の狂意に随いて、方に申問の処有り。我が若しお前と共にかくの如く聞有りて去らざれば、お前は何れの処に向かって我を見るを得ん。会するか。大いに難し。努力、珍重。」乃ち偈有りて言った。

萬裡神光頂後相沒頂之時何處望

万里の神光は頂後の相、頂を没するの時、何れの処か望まん。

事已成意亦休此箇來蹤觸處周

事已に成り、意も亦た休む。この箇の来踪は処に触れて周し。

智者撩著便提取莫待須臾失卻頭

智者は撩り著けば便ち提げ取れ、須臾を待って頭を失却する莫れ。

又偈曰。

また偈有りて言った。

玄沙遊徑別時人切須知

玄沙に遊ぶ径は別、時の人は切に須く知るべし。

三冬陽氣盛六月降霜時

三冬に陽気盛ん、六月に霜降るの時。

有語非關舌無言切要詞

語有るも舌に関せず、言無きも切に詞を要す。

會我最後句出世少人知

我が最後の句を会せば、出世して知る人少なし。

問四威儀外如何奉王。師曰。汝是王法罪人爭會問事。問古人拈槌豎拂。還當宗乘中事也無。師曰。不當。曰古人意作麼生。師舉拂子。僧曰。宗乘中事如何。師曰。待汝悟始得。問如何是金剛力士。師乃吹之。文桶頭下山。師問。桶頭下山幾時歸。曰三五日。師曰。歸時有無底桶子將一擔歸。文無對(歸宗柔代雲。和尚用作什麼)師有時垂語曰。諸方老宿盡道接物利生。且問汝。只如盲聾瘂三種病人。汝作麼生接。若拈槌豎拂他眼且不見。共他說話耳又不聞口復瘂。若接不得佛法盡無靈驗。時有僧出曰。三種病人和尚還許人商量否。師曰。許汝作麼生商量。其僧珍重出。師曰。不是不是(法眼雲。我當時見羅漢和尚舉此僧語。我便會三種病人。雲居錫雲。只如此僧會不會。若道會玄沙又道不是。若道不會法眼為什麼道。我因此僧語便會三種病人。上座無事上來商量大家要知)羅漢雲。桂琛見有眼耳和尚作麼生接。中塔雲。三種病人即今在什麼處。又一僧雲。非唯謾他兼亦自謾長慶稜來。師問。除卻藥忌作麼生道。稜曰。憨作麼。師曰。雪峰山橡子恰食來遮裡雀兒放糞。師見僧來禮拜乃曰。禮拜著因我得禮拜汝。一日普請往海坑斫柴。見一虎。師曰。和尚虎。師曰。是汝虎。歸院後僧問。適來見虎雲是汝。未審尊意如何。師曰。娑婆世界有四重障。若人透得許汝出陰界(東禪齊雲。上座古人見了道。我身心如大地虛空。如今人還透得麼)師問長生然和尚。維摩觀佛前際不來後際不去今則無住。汝作麼生觀。對曰。放皎然過有商量。師曰。放汝過作麼生。長生良久。師曰。教阿誰委。曰徒勞側耳。師曰。情知汝向山鬼窟裡作活計(崇壽稠別長生雲。喚什麼作如來)僧問師。學人為什麼道不得。師曰。畐塞汝口爭解道得(法眼雲。古人恁麼道甚奇特。且問上座口是什麼)問凡有言句盡落捲樻。

問うた。「四威儀の外に如何に王に奉るか。」師は言った。「お前は王法の罪人、争で問の事を会せん。」問うた。「古人は槌を拈み拂を竪く、還って宗乗の中の事に当たるや無しや。」師は言った。「当たらず。」言った。「古人の意はどうする。」師は拂子を挙げた。僧は言った。「宗乗の中の事は如何。」師は言った。「お前が悟るを待ちてはじめて得。」問うた。「どういうのが金剛の力士か。」師は乃ちこれを吹いた。文桶頭が山を下った。師は問うた。「桶頭、山を下って何時か帰る。」言った。「三五日。」師は言った。「帰る時、底無き桶子を一担将て帰れ。」文は対えなかった。(帰宗柔は代えて言った。「和尚、用いて何を作さん。」)師は時に語を垂れて言った。「諸方の老宿は尽く物を接し生を利すと道う。且くお前に問う。ただ盲・聾・啞の三種の病人に如き、お前はどう接するか。若し槌を拈み拂を竪くれば、他の眼は且く見えず。彼と話を共にすれば、耳はまた聞かず、口はまた啞。若し接するを得ざれば、仏法は尽く霊験無し。」時に僧有りて出でて言った。「三種の病人、和尚は還って人の商量するを許すか否。」師は言った。「許す。お前はどう商量する。」その僧は珍重して出づ。師は言った。「不是不是。」(法眼が言った。「我は当時、羅漢和尚が此の僧の語を挙ぐるを見て、我は便ち三種の病人を会した。」雲居錫が言った。「ただ此の僧は会するか不否や。若し会すと道わば、玄沙はまた不是と道う。若し会せざると道わば、法眼は何為んぞ道う、我は此の僧の語に因りて便ち三種の病人を会すと。上座は事無く上り来りて商量す。大家は要して知るべし。」)羅漢が言った。「桂琛は眼耳有るを見る。和尚はどう接するか。」中塔が言った。「三種の病人は即今、何れの処に在るか。」また一の僧が言った。「唯な他を謾くるのみならず、兼ねて亦た自ら謾く。」長慶稜が来た。師は問うた。「薬忌を除き却ててどう道う。」稜は言った。「憨なりて何ぞや。」師は言った。「雪峯山の橡子は恰も喫し来たれり、此の裏の雀児は糞を放つ。」師は僧の来りて礼拜するを見て乃ち言った。「礼拜し著け。我に因りてお前を礼拜せん。」ある日普請して海坑に往きて柴を斫った。一虎を見た。師は言った。「和尚、虎。」師は言った。「是れお前の虎。」院に帰るの後、僧が問うた。「適来、虎を見て是れお前と云う。尊意は如何、承伏できません。」師は言った。「娑婆世界に四重の障有り。若し人、透るを得ば、お前に陰界を出づるを許さん。」(東禅斉が言った。「上座、古人は見えて道いたり。我が身心は大地虚空の如しと。如今の人は還って透り得るか。」)師は長生然和尚に問うた。「維摩が仏を観ずるに、前際は来らず、後際は去らず、今は即ち住する無し。お前はどう観ずるか。」対えて言った。「皎然を放ち過ぐれば商量有り。」師は言った。「お前を放ち過ぐればどうする。」長生は良久。師は言った。「阿誰に教えて委せしめん。」言った。「徒らに耳を側む。」師は言った。「情に知る、お前が山鬼の窟裏に向かって活計を作すを。」(崇寿稠は別に長生に言った。「何を喚びて如来と作すか。」)僧が師に問うた。「学人は何為んぞ道い得ざるか。」師は言った。「お前の口を逼塞して、争で道い得るを解せん。」(底本は「畐塞」と作る)(法眼が言った。「古人がかくの如く道うは甚だ奇特。且く上座に問う、口は是れ何ぞ。」)問うた。「およそ言句有れば尽く卷柜に落つ。」

不落捲樻請和尚商量。師曰。抝折秤衡來與汝商量。問古人瞬視接人。和尚如何接人。師曰。我不瞬視接人。僧問。是什麼得恁麼難見。師曰。只為太近(法眼雲。也無可得近直下是上座)師在雪峰時光侍者謂師曰。師叔若學得禪。某甲打鐵船下海去。師住後問曰。光侍者打得鐵船也未。光無對(法眼代雲。和尚終不恁麼。法燈代雲。請和尚下船。玄覺代雲。貧兒思舊債)師一日遣僧送書上雪峰和尚。雪峰開緘唯白紙三幅。問僧會麼。曰不會。雪峰曰。不見道。君子千里同風。其僧迴舉似於師。師曰。遮老和尚蹉過也不知(東禪齊雲。什麼處蹉過。若的蹉過師豈不會弟子意。若不恁麼會。只如玄沙意作麼生。若會便參取玄沙)師問鏡清。教中道。菩薩摩訶薩不見一法為大過失。且道不見什麼法。鏡清指露柱雲。莫是不見遮箇法麼(同安顯別雲。也知和尚不造次)師曰。浙中清水白米從汝吃。佛法未會在(玄覺雲。且道玄沙恁麼道意在什麼處。不見僧問洞山雲。不見一法為大過失。此意如何。洞山雲。不見一法好言語上座。一宿覺雲。不見一法即如來方得名為觀自在普賢菩薩。又云。不見一法為大過失。是一箇是兩箇試斷看)僧問。承和尚有言。盡十方世界是一顆明珠。學人如何得會。師曰。盡十方世界是一顆明珠用會作麼。師來日卻問其僧。盡十方世界是一顆明珠汝作麼生會。對曰。盡十方世界是一顆明珠用會作麼。師曰。知汝向山鬼窟裡作活計(玄覺雲。一般恁麼道。為什麼卻成山鬼窟去)問如何是無縫塔。師曰。遮一縫大小(玄覺雲。叢林中道恁麼來。何處得無縫。還會得著不著)韋監軍來謁舉。曹山和尚甚奇怪。師乃問。撫州取曹山多少。韋指傍僧雲。上座曾到曹山否。曰曾到。韋曰。撫州取曹山多少。曰一百二十里。韋曰。恁麼即上座不到曹山。韋卻起禮拜師。師曰。監軍卻須禮此僧。

(僧は続けて問うた。)「卷柜に落ちざれば、和尚に商量を請います。」師は言った。「秤衡を拗折して来りてお前と商量せん。」問うた。「古人は瞬視して人を接す。和尚は如何に人を接するか。」師は言った。「我は瞬視して人を接せず。」僧が問うた。「是れ何ぞかくの如く見え難きを得る。」師は言った。「ただ近きが為のみ。」(法眼が言った。「も近づく可き無し。直下に是れ上座。」)師は雪峯に在りし時、光侍者が師に対して言った。「師叔は若し禅を学び得ば、某甲は鐡船を打ちて海に下らん。」師は住してのち問うた。「光侍者は鐡船を打ち得たか未だ。」光は対えなかった。(法眼は代えて言った。「和尚は終にかくの如くせず。」法燈は代えて言った。「和尚に下船を請う。」玄覚は代えて言った。「貧児は旧債を思う。」)師はある日、僧を遣わして書を送りて雪峯和尚に上らしめた。雪峯が緘を開けば唯だ白紙三幅。僧に問うた。「会するか。」言った。「会しません。」雪峯が言った。「見えぬか道うを。君子は千里にして風を同じくす。」その僧は回りて挙げて師に似せた。師は言った。「此の老和尚は蹉過しても知らず。」(東禅斉が言った。「何れの処か蹉過する。若し的に蹉過せば、師は豈に弟子の意を会せざらん。若しかくの如く会せざれば、ただ玄沙の意はどうするか如き。若し会すれば便ち玄沙を参取れ。」)師は鏡清に問うた。「教の中に道う、菩薩摩訶薩は一法を見ざるを大過失と為すと。且く何の法を見ざるかを道え。」鏡清は露柱を指して言った。「莫れ是れ此の法を見ざるか。」(同安顕は別に言った。「も知る、和尚は造次せざるを。」)師は言った。「浙中の清水白米はお前に従って喫せ。仏法は未だ会せざる在り。」(玄覚が言った。「且く玄沙がかくの如く道うの意は何れの処に在るかを道え。見えぬか、僧が洞山に問う、一法を見ざるを大過失と為す。此の意は如何。洞山が言った。一法を見ざるは好言語。上座。一宿覚が言った。一法を見ざれば即ち如来、方に観自在と名づくるを得。普賢菩薩はまた説く、一法を見ざるを大過失と為す。是れ一箇か是れ両箇か、試みに断じて看よ。」)僧が問うた。「和尚の言有るを承り聞く、尽十方世界は是れ一顆の明珠。学人は如何にして会を得ん。」師は言った。「尽十方世界は是れ一顆の明珠。会するを用いて何ぞや。」師は来日、かえってその僧に問うた。「尽十方世界は是れ一顆の明珠。お前はどう会する。」対えて言った。「尽十方世界は是れ一顆の明珠。会するを用いて何ぞや。」師は言った。「お前が山鬼の窟裏に向かって活計を作すを知る。」(玄覚が言った。「一般にかくの如く道う。何為んぞ却って山鬼の窟に成りて去る。」)問うた。「どういうのが無縫の塔か。」師は言った。「此の一縫の大小。」(玄覚が言った。「叢林の中にかくの如く来るを道う。何れの処にか無縫を得る。還って著くるを得るか得ざるを会するか。」)韋監軍が来りて謁し、曹山和尚の甚だ奇怪なるを挙げた。師は乃ち問うた。「撫州より曹山を取るは多少。」韋は傍の僧を指して言った。「上座は曾て曹山に到りし否。」言った。「曾て到りました。」韋は言った。「撫州より曹山を取るは多少。」言った。「一百二十里。」韋は言った。「かくの如くなれば即ち上座は曹山に到らず。」韋はかえって起ちて師を礼拜した。師は言った。「監軍は却って此の僧を礼すべし。

此僧卻具慚愧(雲居錫雲。什麼處是此僧具慚愧。若檢得出許上座有行腳眼)西天有聲明三藏到。閩帥令與師相見。師以火筯敲銅鑪問。是什麼聲。三藏對曰。銅鐵聲(法眼別雲。請大師為大王。法燈別雲。聽和尚問)師曰。大王莫受外國人謾。三藏無對(法眼代雲。大師久受大王供養。法燈代雲。卻是和尚謾大王)師南遊莆田縣排百戲迎接。來日師問小塘長老。昨日許多喧鬧向什麼處去也。小塘提起衲衣角。師曰。料掉勿交涉(法眼別雲。昨日有多少喧鬧。法燈別雲。今日更好笑)師問僧。乾闥婆城汝作麼生會。僧曰。如夢如幻(法眼別敲物示之)師與地藏琛在方丈內說話夜深。侍者閉卻門。師曰。門總閉了。汝作麼生得出去。琛曰。喚什麼作門(法燈別雲。和尚莫欲歇去)師一日以杖拄地問長生曰。僧見俗見男見女見。汝作麼生見。長生曰。和尚還見皎然見處麼。師曰。相識滿天下。問承和尚有言。聞性遍周法界。雪峰打鼓遮裡為什麼不聞。師曰。誰知不聞。問險惡道中以何為津梁。師曰。以汝眼為津梁。曰未得者如何。師曰。快救取。師與韋監軍吃果子。韋問。如何是日用而不知。師拈起果子曰吃。韋吃果子了。再問之。師曰。只者是日用而不知。普請般柴。師曰。汝諸人盡承吾力。一僧曰。既承師力何用普請。師叱之曰。不普請爭得柴歸。師問明真大師。善財參彌勒。彌勒指歸文殊。文殊指歸佛處。汝道佛指歸什麼處。對曰。不知。師曰。情知汝不知(法眼別雲喚什麼作佛)大普玄通到禮覲。師謂曰。汝在彼住莫誑惑人家男女。對曰。玄通只是開箇供養門。晚來朝去爭敢作恁麼事。師曰。事難。曰其情是難。師曰。什麼處是難處。曰為伊不肯承當。師便入方丈拄卻門。問學人乍入叢林乞師指箇入路。師曰。還聞偃溪水聲否。曰聞。師曰。是汝入處。泉守王公請師登樓。先語客司曰。

(師は続けて言った。)此の僧は却って慚愧を具えり。」(雲居錫が言った。「何れの処か是れ此の僧の慚愧を具える。若し撿し出すを得ば、上座に行脚の眼有るを許さん。」)西天に声明の三藏有りて到った。閩帥は師と相見せしめた。師は火箸を以て銅爐を敲きて問うた。「是れ何の声ぞ。」三藏は対えて言った。「銅鐡の声。」(法眼は別に言った。「大師に大王の為めを請う。」法燈は別に言った。「和尚の問を聴け。」)師は言った。「大王は外国の人の謾くるを受くる莫れ。」三藏は対えなかった。(法眼は代えて言った。「大師は久しく大王の供養を受く。」法燈は代えて言った。「却って是れ和尚の大王を謾くる。」)師は南に莆田県に遊び、百戯を排して迎接せり。来る日、師は小塘長老に問うた。「昨日の許り多くの誼鬧は何れの処に向かって去ったか。」小塘は衲衣の角を提起した。師は言った。「料掉して交渉なかれ。」(法眼は別に言った。「昨日は多少の誼鬧有り。」法燈は別に言った。「今日さらに好笑。」)師は僧に問うた。「乾闥婆城、お前はどう会する。」僧は言った。「夢の如く幻の如し。」(法眼は別に物を敲きてこれに示す。)師は地蔵琛と方丈の内に在りて話すこと夜深し。侍者が門を閉ぢ却てた。師は言った。「門は総て閉ぢ了れり。お前はどうして出で去るを得る。」琛は言った。「何を喚びて門と作すか。」(法燈は別に言った。「和尚は歇き去らんと欲する莫れ。」)師はある日杖を以て地に拄えて長生に問うた。「僧見・俗見・男見・女見。お前はどう見るか。」長生は言った。「和尚は還って皎然の見る処を見るか。」師は言った。「相識は天下に満つ。」問うた。「和尚の言有るを承り聞く、聞性は遍く法界に周す。雪峯が鼓を打てば此の裏は何為んぞ聞かざる。」師は言った。「誰か聞かざるを知らん。」問うた。「険悪の道の中に何を以て津梁と為すか。」師は言った。「お前の眼を以て津梁と為す。」言った。「未だ得ざる者は如何。」師は言った。「疾く救い取れ。」師は韋監軍と果子を喫した。韋が問うた。「どういうのが日に用いて知らざるか。」師は果子を拈げ起して言った。「喫せ。」韋が果子を喫し了りて再びこれを問うた。師は言った。「ただ是れ日に用いて知らざる。」普請して柴を搬んだ。師は言った。「お前ら諸人は尽く吾が力に承く。」一の僧が言った。「既に師の力に承く、何用ぞ普請せん。」師はこれを叱りて言った。「普請せざれば争で柴の帰るを得ん。」師は明真大師に問うた。「善財は弥勒に参ず。弥勒は文殊に指帰す。文殊は仏の処に指帰す。お前は仏は何れの処に指帰するかを道え。」対えて言った。「知らず。」師は言った。「情に知る、お前の知らざるを。」(法眼は別に言った。「何を喚びて仏と作すか。」)大普玄通が到りて礼覲した。師は彼に対して言った。「お前は彼に住す、人家の男女を誑惑する莫れ。」対えて言った。「玄通はただ是れ供養の門を開くのみ。晩に来り朝に去り、争で敢えてかくの如き事を作さん。」師は言った。「事は難し。」言った。「その情は是れ難し。」師は言った。「何れの処か是れ難き処。」言った。「彼の肯んじて承当せざるが為に。」師は便ち方丈に入りて門を拄え却てた。問うた。「学人は乍く叢林に入りました。師に箇の入路を指すを乞います。」師は言った。「還って偃溪の水声を聞くか否。」言った。「聞きます。」師は言った。「是れお前の入る処。」泉守の王公が師に楼に登らんことを請うた。先ず客司に語って言った。

待我引大師到樓前。便舁卻梯。客司稟旨。公曰。請大師登樓。師視樓復視其人。乃曰。佛法不是此道理(法眼雲。未舁梯時一日幾度登樓)師與泉守在室中說話。有一沙彌揭簾入見。卻退步而出。師曰。那沙彌好與二十拄杖。曰恁麼即某甲罪過(同安顯別雲。祖師來也)師曰。佛法不恁麼(鏡清雲。不為打水。有僧問。不為打水意作麼生。鏡清雲。青山碾為塵敢保勿閑人。東禪齊雲。只如玄沙意作麼生。或雲。直饒恁麼去也好與拄杖。或雲。事在當機。或雲。拈破會處。此三說還會玄沙意也無)師應機接物僅三十祀。致青原石頭之𤀹流。迨今不絕。轉導來際。所演法要有大小錄行於海內。自餘語句各隨門弟子章及諸方徵舉出焉。梁開平二年戊辰十一月二十七日示疾而終。壽七十有四。臘四十有四。閩帥為之樹塔。

(王公は続けて言った。)「我が大師を引きて楼の前に到らば、便ち梯を舁き却てん。」客司は旨を禀けた。公は言った。「大師に楼に登らんことを請う。」師は楼を視てまたその人を視て、乃ち言った。「仏法は是れ此の道理にあらず。」(法眼が言った。「未だ梯を舁げざる時、一日に几度か楼に登る。」)師は泉守と室の中に在りて話した。一の沙弥有りて簾を揭げて入りて見て、却って歩を退めて出づ。師は言った。「那の沙弥は好く二十拄杖を与えよ。」言った。「かくの如くなれば即ち某甲の罪過。」(同安顕は別に言った。「祖師来也。」)師は言った。「仏法はかくの如くならず。」(鏡清が言った。「水を打つが為めならず。」ある僧が問うた。「水を打つが為めならざるの意はどうする。」鏡清が言った。「青山は塵に碾かれ、敢えて閑人無きを保す。」東禅斉が言った。「ただ玄沙の意はどうするか如き。或いは云う、直にかくの如く去るを饒かするも好く拄杖を与えよと。或いは云う、事は機に当たるに在りと。或いは云う、拈破して会す処と。此の三説は還って玄沙の意を会するや無しや。」)師は機に応じ物を接すること僅かに三十祀。青原石頭の末流を致し(底本はこの字を「𤀹」と作る)、今に迨りて絶えず。来際を転導す。演ずる所の法要は大小の録有りて海内に行わる。自余の語句は各々門弟子の章に随いおよび諸方の征挙に出づ。梁の開平二年戊辰十一月二十七日、疾を示して終わった。寿は七十有四。臘は四十有四。閩帥は彼のために塔を樹てた。

福州長慶慧稜禪師杭州鹽官人也。姓孫氏。幼歲稟性淳澹。年十三於蘇州通玄寺出家登戒。歷參禪肆。唐乾符五年入閩中謁西院訪靈雲。尚有凝滯。後之雪峰疑情氷釋。因問。從上諸聖傳受一路請垂指示。雪峰默然。師設禮而退。雪峰莞爾而笑。異日雪峰謂師曰。我尋常向師僧道。南山有一條鼈鼻蛇。汝諸人好看取。對曰。今日堂中大有人喪身失命。雪峰然之。師入方丈參。雪峰曰。是什麼。師曰。今日天晴好普請。自此醻問未嘗爽於玄旨。乃述悟解。頌曰。

福州長慶の慧稜禅師は、杭州塩官の人、姓は孫。幼い頃より性は淳淡であった。十三の年に蘇州通玄寺で出家して戒を登った。禅肆に歴参した。唐の乾符五年に閩中に入り、西院に謁し、霊雲を訪ねた。なお凝滞があった。のちに雪峯に至り、疑情が氷のように解けた。因みに問うた。「従上の諸聖が伝受する一路を、垂れて指示してください。」雪峯は黙然としていた。師は礼を設けて退いた。雪峯は莞爾として笑った。異日、雪峯は師に対して言った。「わしは尋常に師僧に向かって道う、南山に一条の鼈鼻蛇が在ると。お前らはよく看取せよ。」対して言った。「今日堂中に人の身を喪い命を失うことが大いにあります。」雪峯はこれを然とした。師は方丈に入って参じた。雪峯が言った。「是れ何か。」師は言った。「今日天晴れて普請に好し。」これより酬問して未だ嘗て玄旨に爽わず。乃ち悟解を述べ、頌して言った。

萬象之中獨露身唯人自肯乃方親

万象の中に独り身を露わす、唯だ人の自ら肯んずれば乃ち方に親しむ。

昔時謬向途中覓今日看如火裡氷

昔時は謬って途中に向かって覓めたが、今日看れば火裏の氷の如し。

師在西院問詵上座曰。遮裡有象骨山汝曾到麼。曰不曾到。師曰。為什不到。曰自有本分事。師曰。作麼生是上座本分事。詵乃提起衲衣角。師曰。為當只遮箇別更有。曰上座見什麼。師曰。何得龍頭蛇尾。師在宣州保福。後辭歸雪峰。保福問師曰。山頭和尚或問上座信作麼生秖對。師曰。不避腥羶亦有少許。曰信道什麼。師曰。教我分付阿誰。曰從展雖有此語。未必有恁麼事。師曰。若然者前程全自闍梨。師與保福遊山。保福問。古人道妙峰山頂。莫即遮箇便是也無。師曰。是即是可惜許(僧問鼓山。只如稜和尚恁麼道。意作麼生。鼓山雲。孫公若無此語。可謂髑髏遍野。白骨連山)師來往雪峰二十九載。至天祐三年受泉州刺史王延彬請。住招慶初開堂。日公朝服趨隅曰。請師說法。師曰。還聞麼。公設拜。師曰。雖然如此慮恐有人不肯。於是敷揚祖意隨機與奪。故毳容憧憧日資道化。後閩帥請去長樂府之西院。奏額曰長慶。號超覺大師。上堂良久謂眾曰。還有人相悉麼。若不相悉欺謾兄弟去。只今有什麼事。莫有窒塞也無。復是誰家屋裡事。不肯當荷更待何時。若是利根參學不到遮裡來。還會麼。如今有一般行腳人。耳裡總滿也。假饒收拾得底。還當諸人行腳事麼。時有僧問。行腳事如何學。師曰。但知就人索取。又問。如何是獨脫一路。師曰。何煩更問。又問。名言妙義教有所詮。不涉三科請師直道。師曰。珍重。師乃謂眾曰。明明歌詠汝尚不會。忽被暗來底事汝作麼生。又僧問。如何是暗來底事。師曰。吃茶去。中塔雲。便請和尚相伴。問如何是不隔毫端底事。師曰。當不當。問如何得不疑不惑去。師乃展兩手。僧不進語。師曰。汝更問我與汝道。僧再問之師露膊而坐。僧禮拜。師曰。汝作麼生會。僧曰。今日風起。師曰。恁麼道未定人見解。汝於古今中有什麼節要齊得長慶。若舉得許汝作話主。

師は西院に在りて詵上座に問うた。「ここに象骨山有り、お前は嘗て到ったか。」言った。「嘗て到りません。」師は言った。「なぜ到らぬ。」言った。「自ら本分の事があります。」師は言った。「如何なるか是れ上座の本分の事。」詵は乃ち衲衣の角を提起した。師は言った。「ただこの個のみと為すか、別に更に有るか。」言った。「上座は何を見るか。」師は言った。「何ぞ龍頭蛇尾なるを得る。」師は宣州保福に在り。のちに辞して雪峯に帰った。保福は師に問うた。「山頭和尚が或いは上座に信を問わば、如何に只对せん。」師は言った。「腥膻を避けず、亦た少許有り。」言った。「道を信ずとは何か。」師は言った。「わしに教えて阿誰に分付せん。」言った。「従展は此の語有りと雖も、未だ必ずしも恁么の事有らず。」師は言った。「若し然る者は、前程は全く闍梨より自ず。」師は保福と山を遊んだ。保福が問うた。「古人の道う妙峯山頂、即ちこの個が便ち是なるも無か。」師は言った。「是は即ち是なり、可惜許なり。」(僧が鼓山に問うた。「只だ稜和尚の恁么道うが如き、意は如何。」鼓山が言った。「孫公若し此の語無からんには、可謂髑髏野に遍く、白骨山に連ならん。」)師は雪峯に来往すること二十九載。天祐三年に至りて泉州刺史王延彬の請を受け、招慶に住した。初めて堂を開く日、公は朝服して隅に趨りて言った。「師に請うて法を説かしめん。」師は言った。「還って聞くか。」公は拜を設けた。師は言った。「此の如くと雖も、慮らくは恐らく人の肯ぜざる有らん。」是に於いて祖意を敷揚し、機に随って与奪した。故に毳容憧憧として、日に道化に資えた。のち閩帥が請うて長楽府の西院に去らしめ、額を奏して長慶と曰い、超覚大師と号した。上堂して良久、衆に対して言った。「還って人の相悉する有るか。若し相悉せざれば、兄弟を欺謾して去る。只今何の事か有る。窒塞有ること無か。復た是れ誰が家裏の事か。当荷を肯ぜずして、更に何時を待たん。若し是れ利根の参学ならば此の裏に来ること届かず。還って会すか。如今一般の行脚人有りて、耳裏總て満つ。假饒収拾し得る底も、還って諸人の行脚の事に当たるか。」時に僧が問うた。「行脚の事は如何に学ぶ。」師は言った。「但だ人に就きて索取することを知れ。」又問うた。「如何なるか是れ独脱の一路。」師は言った。「何ぞ煩わしく更に問わん。」又問うた。「名言妙義に教えは詮する所有り。三科に渉らずして師に請うて直に道わん。」師は言った。「珍重。」師は乃ち衆に対して言った。「明明に歌詠するも汝は尚お会せず。忽ち暗来の底の事に被んば汝は如何。」又僧が問うた。「如何なるか是れ暗来の底の事。」師は言った。「茶を喫しに去れ。」中塔が言った。「便ち和尚に相伴を請わん。」問うた。「如何なるか是れ毫端を隔てぬ底の事。」師は言った。「当たるか当たらぬか。」問うた。「如何にして疑わず惑わずして去ることを得る。」師は乃ち両手を展げた。僧は語を進めず。師は言った。「お前更にわしに問え、お前に与えて道わん。」僧は再びこれを問うた。師は膊を露わして坐った。僧は礼拜した。師は言った。「お前如何に会する。」僧は言った。「今日風起こり。」師は言った。「恁么道うは未だ人の見解を定めず。お前は古今の中に何の節要か有りて長慶に斉しき。若し挙げ得ば、お前を許して話主と作さん。」

其僧但立而已。師卻問。汝是什麼處人。曰向北人。師曰。南北三千里外學妄語作麼。僧無對。師上堂良久曰。莫道今夜較些子。便下坐。問如何是合聖之言。師曰大小長慶被汝一問口似匾擔。僧曰。何故如此。師曰。適來問什麼。師謂眾曰。我若純舉唱宗乘。須閉卻法堂門。所以盡法無民。時有僧曰。不怕無民請師盡法。師曰。還委落處麼。問如何是西來意。師曰。香嚴道底一時坐卻。師有時示眾曰。總似今夜老胡有望。保福聞之乃曰。總似今夜老胡絕望(玄覺雲。恁麼道。是相見語不是相見語。東禪齊雲。此二尊宿語一般各有道理。眾中道總似如此嫌什麼。又道總似今夜堪作什麼。若如此會欠悟在)安國瑫和尚新得師號。師去賀。瑫出接。師問曰。師號來耶。曰來也。師曰。是什麼號。曰明真。師乃展手。瑫曰。什麼處去來。師曰。幾不問過。師問僧。什麼處來。曰鼓山來。師曰。鼓山有不跨石門底句。有人借問汝作麼生道。曰昨夜報慈宿。師曰。拍脊棒汝又作麼生。曰和尚若行此棒不虛受人天供養。師曰。幾放過。問古人有言。相逢不擎出舉意便知有時如何。師曰。知有也未(僧將前語問保福。福雲。此是誰語。僧雲丹霞語。福雲。去莫妨我打睡)師入僧堂舉起疏頭曰。見即不見還見麼。眾無對(法眼代雲。縱受得到別處亦不敢呈人)師到羅山見新製龕子。師以杖敲之。曰。大殺豫備。羅山曰。拙佈置。師曰。還肯入也無。羅山曰吽。師上堂大眾集定。師乃拽出一僧曰。大眾禮拜此僧。又曰。此僧有什麼長處。便教大眾禮拜。眾無對。問如何是文彩未生時事。師曰。汝先舉我後舉。其僧但立而已(法眼別雲。請和尚舉)師曰。汝作麼生舉。僧曰。某甲截舌有分。保福遷化。人問師。保福拋卻殼漏子向什麼處去也。師曰。且道保福在那箇殼漏子裡(法眼別雲。

(師は接いで言った。その僧は但だ立つのみ。)師は却って問うた。「お前は何の処の人か。」言った。「向北の人。」師は言った。「南北三千里の外に妄语を学んで何を作さん。」僧は対えず。師は上堂して良久言った。「今夜は些子較り有りと道う莫れ。」便ち坐を下った。問うた。「如何なるか是れ聖に合する之言。」師は言った。「大小の長慶がお前の一問に被りて、口は匾担に似たり。」僧は言った。「何の故に此の如く。」師は言った。「適来何を問うた。」師は衆に対して言った。「我若し純に宗乗を挙唱せば、須らく法堂の門を閉却すべし。所以に尽法すれば民無し。」時に僧が言った。「民無きを怕れず、師に請うて法を尽さん。」師は言った。「還って落処に委ねるか。」問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「香厳の道う底は一時に坐却せよ。」師は時に衆に示して言った。「總て今夜に似たり、老胡は望有り。」保福はこれを聞きて乃ち言った。「總て今夜に似たり、老胡は望を絶つ。」(玄覚が言った。「恁么道う。是れ相見の語か相見の語に非ざるか。」東禅の斉が言った。「此の二尊宿の語は一般にして各々道理有り。衆中に道う、總て此の如くに似たりと何を嫌う。又道う、總て今夜に似たりと堪て何を作さん。若し此の如く会せば、悟りを欠くが在り。」)安国の瑫和尚が新たに師号を得た。師は往きて賀した。瑫は出でて接した。師が問うた。「師号来たれる耶。」言った。「来たり。」師は言った。「是れ何の号か。」言った。「明真。」師は乃ち手を展げた。瑫が言った。「何の処か去り来たる。」師は言った。「幾らくも問うて過ぎず。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「鼓山より来たり。」師は言った。「鼓山に石門を跨がぬ底の句有り。人有りて借問せばお前如何に道う。」言った。「昨夜報慈に宿したり。」師は言った。「脊を拍つ棒、お前又作么生。」言った。「和尚若し此の棒を行わば、虚しく人天の供養を受けず。」師は言った。「幾らくも放過せず。」問うた。「古人言有り、相逢い擎出せざれば、意を挙げて便ち時有りを知るは如何。」師は言った。「有るを知るや未だ。」(僧が前の語を将て保福に問うた。福が言った。「此は誰の語か。」僧が言った。「丹霞の語。」福が言った。「去れ。わが睡りを打つを妨ぐる莫れ。」)師は僧堂に入り疏頭を挙げて言った。「見れば即ち見ず、還って見るか。」衆は対えず。(法眼が代えて言った。「縦い受けて別の処に到り得とも、亦た人に呈すること敢えてせず。」)師は羅山に到りて新たに制せる龕子を見た。師は杖を以てこれを敲きて言った。「大いに殺して預備す。」羅山が言った。「拙き布置。」師は言った。「還って入るを肯んずや無か。」羅山が言った。「吽。」師は上堂し大衆集まり定まる。師は乃ち一僧を拽い出して言った。「大衆此の僧を礼拜せよ。」又言った。「此の僧に何の長処か有りて、便ち大衆を教えて礼拜せしむる。」衆は対えず。問うた。「如何なるか是れ文彩未だ生ぜざる時の事。」師は言った。「お前先に挙げよ、我後に挙げん。」其の僧は但だ立つのみ。(法眼が別に言った。「和尚に請うて挙げしめん。」)師は言った。「お前如何に挙ぐる。」僧は言った。「某甲は舌を截るの分有り。」保福が遷化した。人が師に問うた。「保福が殻漏子を抛却して何の処に向かって去る。」師は言った。「且く道え、保福は那の個の殻漏子の裏に在る。」(法眼が別に言った、

那箇是保福殼漏子)閩帥夫人崔氏(奉道自稱練師)遣使送衣物至。雲練師令就大師請取迴信。師曰。傳語練師領取迴信。須臾使卻來師前唱喏便迴。師明日入府。練師曰。昨日謝大師迴信。師曰。卻請昨日迴信看。練師展兩手。閩帥問師曰。練師適來呈信還愜大師意否。師曰。猶較些子(法眼別雲。遮一轉語大王自道取)曰未審大師意旨如何師良久。帥曰。不可思議大師佛法深遠。僧舉。高麗有僧造一觀音像。於明州上船眾力舁不起。因請入開元寺供養。問師。無剎不現身為什麼不肯去高麗。師曰。現身雖普覩相生偏(法眼別雲。汝識得觀音未)有人問僧。點什麼燈。曰長明燈。曰什麼時點曰去年點。曰長明何在。僧無語。師代曰。若不如此爭知公不受人謾(法眼別雲利動君子)師兩處開法。徒眾一千五百。化行閩越二十七載。後唐長興三年壬辰五月十七日歸寂。壽七十有九。臘六十。王氏建塔。

(法眼が接いで言った。)那の個か是れ保福の殻漏子。」)閩帥の夫人崔氏(道を奉じ自ら練師と称す)が使を遣わして衣物を送り至らせ、練師が大師に就いて回信を請取せしむと令せりと言った。師は言った。「語を伝えて練師に領取して回信を得しめよ。」須臾にして使は却って来り師の前に唱喏して便ち回った。師は明日府に入った。練師が言った。「昨日大師の回信を謝す。」師は言った。「却って昨日の回信を請うて看ん。」練師は両手を展げた。閩帥が師に問うた。「練師が適来信を呈す、還って大師の意に愜える否。」師は言った。「猶お些子較り。」(法眼が別に言った。「此の一転語は大王自ら道取せよ。」)言った。「未だ審らかならず大師の意旨如何。」師は良久とした。帥が言った。「不可思議なり、大師の佛法は深遠なり。」僧が挙げた。高麗に僧有りて一つの観音像を造り、明州に於て船に上げんとすれど衆力舁き起こせず。因りて開元寺に入れて供養せらるを請う。師に問うた。「刹に現身せざる無し、何を以てか高麗に去るを肯ぜざる。」師は言った。「現身は普しと雖も、相を睹るは偏りを生ず。」(法眼が別に言った。「お前観音を識り得たか未だ。」)人有りて僧に問うた。「何の燈を点ず。」言った。「長明燈。」言った。「何の時か点ず。」言った。「去年点ず。」言った。「長明は何処に在る。」僧は語無し。師は代えて言った。「若し此の如くならざれば、争でか知らん公は人の謾を受けざるを。」(法眼が別に言った。「利は君子を動かす。」)師は両処に法を開き、徒衆は一千五百。化は閩越に行わるること二十七載。後唐の長興三年壬辰五月十七日に寂に帰した。寿は七十有九。腊は六十。王氏が塔を建てた。

福州大普山玄通禪師福州福唐人也。受業於兜率山。師事雪峰經數稔。受心法止於大普焉。僧問。驪龍頷下珠如何取得。師乃拊掌瞬視。問方便以前事如何。師托出其僧。問如何是祖師西來意。師曰。咬骨頭漢出去。問撥塵見佛時如何。師曰。脫枷來商量。問急急相投請師接。師曰。鈍漢。

福州大普山の玄通禅師は、福州福唐の人。兜率山に於て業を受けた。師事して雪峯に経ること数稔。心法を受けて大普に止まった。僧が問うた。「驪龍の頷下の珠は如何にして取得せん。」師は乃ち掌を拊ち瞬視した。問うた。「方便已前の事は如何。」師は其の僧を托出した。問うた。「如何なるか是れ祖師西来の意。」師は言った。「骨頭を咬む漢は出去せよ。」問うた。「塵を撥いて仏を見る時は如何。」師は言った。「枷を脱して来たり商量せよ。」問うた。「急急に相投ず、師に請うて接せん。」師は言った。「鈍漢。」

杭州龍冊寺順德大師道怤。永嘉人也。姓陳氏。丱歲不食葷茹。親黨彊啖以枯魚隨即嗢(烏沒)噦(乙劣)遂求出家。於本州開元寺受具。遊方抵閩川謁雪峰。峰問。什麼處人。曰溫州人。雪峰曰。恁麼即與一宿覺是鄉人也。曰只如一宿覺是什麼處人。雪峰曰。好吃一頓棒且放過。一日師問。只如古德豈不是以心傳心。雪峰曰。兼不立文字語句。曰只如不立文字語句師如何傳。雪峰良久。師禮謝。雪峰曰。更問我一轉豈不好。曰就和尚請一轉問頭。雪峰曰。只恁麼為別有商量。曰和尚恁麼即得。雪峰曰。於汝作麼生。曰孤負殺人。雪峰有時謂眾曰。堂堂密密地。師出問曰。是什麼堂堂密密。雪峰起立曰。道什麼。師退步而立。雪峰垂語曰。此事得恁麼尊貴。得恁麼綿密。對曰。道怤自到來數年不聞和尚恁麼示誨。雪峰曰。我向前雖無如今已有莫有所妨麼。曰不敢此是和尚不已而已。雪峰曰。致使我如此。師從此信入而且隨眾。閩中謂之小怤布衲。因普請處雪峰舉溈山見色便見心語。問師。還有過也無。曰古人為什麼事。雪峰曰。雖然如此要共汝商量。曰恁麼即不如道怤鋤地去。一日雪峰問師。何處來。曰從外來。雪峰曰。什麼處逢見達磨。曰更什麼處。雪峰曰。未信汝在。曰和尚莫恁麼粘膩好。雪峰肯之。師後遍歷諸方益資權智。因訪曹山寂和尚。問什麼處來。曰昨日離明水。寂曰。什麼時到明水。曰和尚到時到。寂曰。汝道我什麼時到。曰適來猶記得。寂曰。如是如是。師罷參受請止越州鏡清禪苑。唱雪峰之旨。學者奔湊。副使皮光業者日休之子也。辭學宏贍屢擊難之。退謂人曰。怤師之高論人莫窺其極也。新到僧參。師拈起拂子。僧曰。久嚮鏡清猶有遮箇在。師曰。今日遇人又不遇人。問如何是靈源一直道。師曰。鏡湖水可殺深。師問僧。什麼處來。曰應天來。師曰。還見鰻黧魚麼。曰不見。師曰。

杭州龍册寺の順徳大師道怤は、永嘉の人、姓は陳。丱歳に葷茹を食せず。親党強いて枯魚を以て啖わせんとすれば、随に即ち嗢(烏没)噦(乙劣)した。遂に出家を求め、本州開元寺に於て具を受けた。方を遊びて閩川に抵り雪峯に謁した。峯が問うた。「何の処の人か。」言った。「温州の人。」雪峯が言った。「恁么ならば即ち一宿覚と是れ郷人なり。」言った。「只だ一宿覚は何の処の人かの如き。」雪峯が言った。「好く一頓の棒を喫すべし、且く放過す。」ある日師が問うた。「只だ古徳は豈に心を以て心を伝うるに非ざるかの如き。」雪峯が言った。「兼ねて文字語句を立てず。」言った。「只だ文字語句を立てざれば、師は如何に伝うるの如き。」雪峯は良久とした。師は礼して謝した。雪峯が言った。「更にわしに一転を問わば豈に好からざらん。」言った。「和尚に就きて一転の問頭を請わん。」雪峯が言った。「只だ恁么、別に商量有るか為に。」言った。「和尚は恁么に即ち得。」雪峯が言った。「お前に於いては如何。」言った。「孤負して人を殺す。」雪峯は時に衆に対して言った。「堂堂として密密なり。」師は出でて問うた。「是れ何の堂堂密密か。」雪峯は起立して言った。「何を道う。」師は歩を退きて立った。雪峯は語を垂れて言った。「此の事は恁么の尊貴を得、恁么の綿密を得たり。」対して言った。「道怤は自ら到来すること数年、和尚の恁么示誨せられるを聞かず。」雪峯が言った。「我は向前は無しと雖も、如今已だ有り、妨げる所有ること莫きか。」言った。「敢えてせず。此は是れ和尚の已まずして已むなり。」雪峯が言った。「我をして此の如くならしむるを致す。」師は此より信じ入りて且つ衆に随った。閩中はこれを小怤布衲と謂う。普請の処に於いて雪峯が潙山の色を見れば便ち心を見るの語を挙げたの因り、師に問うた。「還って過有るや無か。」言った。「古人は何の事の為に。」雪峯が言った。「此の如くと雖も、お前と共に商量せんと要す。」言った。「恁么ならば即ち道怤が地を鉏るに如かず。」ある日雪峯が師に問うた。「何の処か来たる。」言った。「外より来たり。」雪峯が言った。「何の処か達磨に逢見する。」言った。「更に何の処か。」雪峯が言った。「未だお前を信ぜず。」言った。「和尚は恁么粘膩なること莫からんを好まん。」雪峯はこれを肯んじた。師は後に遍く諸方を歴り、益々権智に資えた。曹山の寂和尚を訪うの因り、問うた。「何の処か来たる。」言った。「昨日明水を離れたり。」寂が言った。「何の時か明水に到る。」言った。「和尚が到る時に到りました。」寂が言った。「お前道う、我は何の時か到る。」言った。「適来は猶お記え得たり。」寂が言った。「如是如是。」師は参を罷め、請を受けて越州鏡清禅苑に止まった。雪峯の旨を唱えた。学者は奔り湊った。副使の皮光業は是れ日休の子なり。辞学宏贍にして、屢々撃難した。退きて人に謂って言った。「怤師の高論は、人は其の極を窺う莫し。」新到の僧が参じた。師は拂子を拈起した。僧は言った。「久しく鏡清に向かうも、猶お此の個の在る有り。」師は言った。「今日人に遇い又人に遇わず。」問うた。「如何なるか是れ霊源の一直の道。」師は言った。「鏡湖の水は殺すべきほど深し。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「応天より来たり。」師は言った。「還って鰻黧の魚を見るか。」言った。「見ず。」師は言った、

闍梨不見鰻黧鰻黧不見闍梨。曰總不恁麼。師曰。闍梨只解慎初護末。問學人未達其原請師方便。師曰。是什麼原。僧曰。其原。師曰。若是其原爭受方便。僧禮拜。退後侍者問曰。和尚適來莫是成他問否。師曰無。曰莫是不成他問否。師曰無。曰未審畢竟意作麼生。師曰。一點水墨兩處成龍。師在帳中坐。有僧問訊。師撥帳問曰。當斷不斷返招其亂。僧曰。既是當斷為什麼不斷。師曰。我若盡法直恐無民。曰不怕無民請師盡法。師曰。維那拽出此僧著。又曰。休休我在南方識伊和尚來。因普請鋤草次。浴頭請師浴。師不顧。如是三請。師舉钁作打勢。浴頭乃走。師召曰。來來。浴頭迴首。師曰。向後遇作家分明舉似。其僧後至保福舉前語。未了。保福以手掩其僧口。僧卻迴舉似師。師曰。饒汝恁麼也未作家。師問。荷玉什麼處來。曰天台來。師曰。我豈是問汝天台曰。和尚何得龍頭蛇尾。師曰。鏡清今日失利。師看經。僧問。和尚看什麼經。師曰。我與古人鬪百草。師卻問。汝會麼。曰小年也會恁麼來。師曰。如今作麼生。僧舉拳。師曰。我輸汝也。僧到參。師問。闍梨從什麼處來。曰佛國來。師曰。佛以何為國。曰清淨莊嚴為國。師曰。國以何為佛。曰妙淨真常為佛。師曰。闍梨從妙淨來莊嚴來。曰無不答對。師曰。噓噓別處有人。問汝不可作遮箇語話。錢王欲廣府中禪會。命居天龍寺。始見師乃曰。真道人也。致禮勤厚。由是吳越盛於玄學。其後又創龍冊寺延請居焉。師上堂曰。如今事不得已向汝道。若自驗著實。箇親切到汝分上。因何特地生疎。只為拋家日久流浪年深。一向緣塵致見如此。所以喚作背覺合塵。亦名捨父逃逝。今勸兄弟。未歇歇去好。未徹徹去好。大丈夫兒得恁麼無氣概還惆悵麼。終日茫茫地。何不且覓取箇管帶路。好也無人問我管帶一路。時有僧問。如何是管帶一路。師曰。

(師は接いで言った。)「闍梨は鰻黧を見ず、鰻黧は闍梨を見ず。」言った。「總て恁么ならず。」師は言った。「闍梨は只だ初めを慎み末を護るを解す。」問うた。「学人は未だ其の原に達せず、師に請うて方便せん。」師は言った。「是れ何の原か。」僧は言った。「其の原。」師は言った。「若し是れ其の原ならば、争でか方便を受けん。」僧は礼拜した。退きて後、侍者が問うた。「和尚適来は莫しや他の問を成すや否。」師は言った。「無し。」言った。「莫しや他の問を成さざるや否。」師は言った。「無し。」言った。「未だ審らかならず畢竟の意は如何。」師は言った。「一点の水墨、両処に竜を成す。」師は帳中に坐した。僧有りて問訊した。師は帳を撥きて問うた。「断ずべきに断ぜざれば、返って其の乱を招く。」僧は言った。「既に断ずべきは何を以てか断ぜざる。」師は言った。「我若し法を尽さば、直ちに恐らくは民無からん。」言った。「民無きを怕れず、師に請うて法を尽さん。」師は言った。「維那、此の僧を拽出せよ。」又言った。「休め休め。我は南方に在りて伊の和尚を識り来たり。」普請して草を鉏るの次の因り、浴頭が師に浴を請うた。師は顧みず。是の如く三請す。師は钁を挙げて打つの勢を作した。浴頭は乃ち走った。師は召して言った。「来れ来れ。」浴頭は首を回らした。師は言った。「後に向かって作家に遇わば、分明に挙似せよ。」其の僧は後に保福に至りて前の語を挙げた。未だ了わらず。保福は手を以て其の僧の口を掩いた。僧は却って回りて師に挙似した。師は言った。「お前を饒くとも恁么なるも未だ作家を作さず。」師が問うた。「荷玉、何の処か来たる。」言った。「天台より来たり。」師は言った。「我は豈に是れお前に天台を問わんや。」言った。「和尚は何ぞ龍頭蛇尾なるを得る。」師は言った。「鏡清今日利を失せり。」師は経を看た。僧が問うた。「和尚は何の経を看る。」師は言った。「我は古人と百草を鬥わす。」師は却って問うた。「お前会すか。」言った。「小年も会して恁么なり来たり。」師は言った。「如今は如何。」僧は拳を挙げた。師は言った。「我はお前に輸したり。」僧が到りて参じた。師が問うた。「闍梨は何の処より来たる。」言った。「仏国より来たり。」師は言った。「仏は何を以て国と為す。」言った。「清浄荘厳を以て国と為す。」師は言った。「国は何を以て仏と為す。」言った。「妙浄真常を以て仏と為す。」師は言った。「闍梨は妙浄より来たるか荘厳より来たるか。」言った。「答対せざる無し。」師は言った。「嘘嘘。別の処に人有り。お前に問えば此の語話を作すべからず。」銭王は府中の禅会を広めんと欲し、命じて天竜寺に居らしめた。始めて師を見て乃ち言った。「真の道人なり。」礼を致すこと勤厚なり。是より呉越は玄学に盛んなり。其の後又竜册寺を創して延請して居らしめた。師は上堂して言った。「如今事已むを得ずしてお前に向かって道う。若し自ら験し着実ならば、個の親切はお前の分上に到る。因何に特地に生疏なる。只だ家を抛つこと日久しく、流浪すること年深きが為なり。一向に塵に縁りて見を此の如く致す。所以にこれを喚んで背覚合塵と作し、亦た名づけて父を舎て逃逝すと為す。今兄弟に勧む。未だ歇せざれば歇めて去るを好しとし、未だ徹せざれば徹して去るを好しとせよ。大丈夫の児は恁么の無気概を得たり。還って惆悵するか。終日茫茫たり。何ぞ且く個の管帯の路を覓取せざる。好しや人の我に管帯の一路を問う無き。」時に僧が問うた。「如何なるか是れ管帯の一路。」師は言った、

噓噓要棒即道。曰恁麼即學人罪過也。師曰。幾被汝打破蔡州。問無源有路不歸時如何。師曰。遮箇師僧得坐便坐。問如何是心。師曰。是即二頭。曰不是如何。師曰。又不成是頭。曰是不是總不恁麼時如何。師曰。更多饒過。問十二時中以何為驗。師曰。得力即向我道。僧曰諾。師曰。十萬八千猶可近。問如何是方便門速易成就。師曰。速易成就。曰爭奈學人領覽未的。師曰代得也代卻。問如何是玄中玄。師曰。不是是什麼。曰還得當也無。師曰。木頭也解語。問如何是人無心合道。師曰。何不問道無心合人。曰如何是道無心合人。師曰。白雲乍可來青嶂。明月那教下碧天。問學人問不到處請師不答。和尚答不到處學人即不問。師乃搊住曰。是我道理是汝道理。曰和尚若打學人。學人也即卻打也。師曰。得對相耕去。僧舉。有僧辭歸宗。宗問。什麼處去。曰百丈學五味禪去。歸宗不語。師乃曰。緣歸宗單行底事。僧問。如何是歸宗單行底事。師曰。棒了趁出院。僧禮拜。師曰。作麼生會。曰學人罪過。師曰。料汝恁麼去。問承師有言。諸方若不是走作便是籠罩人。未審和尚如何。師曰。被汝致此一問。直得當門齒落。問如何是親的密密底事。師曰。常用及人。曰不知者如何。師曰。好晴好雨。師問僧。門外什麼聲。曰雨滴聲。師曰。眾生顛倒迷己逐物(法眼別雲畫出)僧問。如何是同相。師將火筯插向鑪中。僧又問。如何是別相。師又將火筯插向一邊(法眼別雲。問不當理)有僧引童子到曰。此兒子常愛問僧佛法。請和尚驗看。師乃令點茶。童子點茶來師啜訖過盞托與童子。童子近前接。師卻縮手曰。還道得麼。童子曰。問將來(法眼別雲。和尚更吃茶否)僧問。和尚此兒子見解如何。師曰。也只是一兩生持戒僧。師三處開法語要隨門人編錄。今但梗概而已。晉天福二年丁酉八月示滅。壽七十四。

(師は接いで言った。)「嘘嘘。棒を要せば即ち道わん。」言った。「恁么ならば即ち学人の罪過なり。」師は言った。「幾らくもお前に蔡州を打破らるるを被らんとす。」問うた。「源無く路有りて帰らざる時は如何。」師は言った。「此の師僧は坐を得れば便ち坐す。」問うた。「如何なるか是れ心。」師は言った。「是は即ち二頭。」言った。「是に非ざれば如何。」師は言った。「又た是の頭を成さず。」言った。「是か是に非ざるか總て恁么ならざる時は如何。」師は言った。「更に多く饒過す。」問うた。「十二時の中に何を以て験と為す。」師は言った。「力を得れば即ち我に向かって道え。」僧は言った。「諾。」師は言った。「十万八千は猶お近しとすべし。」問うた。「如何なるか是れ方便門の速易成就。」師は言った。「速易成就。」言った。「争奈学人の領覧未だ的ならざるを。」師は言った。「代え得れば也を代え却れ。」問うた。「如何なるか是れ玄中の玄。」師は言った。「是に非ずとは是れ何か。」言った。「還って当たるを得るや無か。」師は言った。「木頭も亦た語るを解す。」問うた。「如何なるか是れ人の心無くして道に合する。」師は言った。「何ぞ道の心無くして人に合すると問わざる。」言った。「如何なるか是れ道の心無くして人に合する。」師は言った。「白雲は乍かも青嶂に来たり、明月は那ぞ教えて碧天を下らせん。」問うた。「学人の問い到らざる処は師に請うて答えざらん。和尚の答え到らざる処は学人は即ち問わず。」師は乃ち搊い住まりて言った。「是れ我の道理か是れお前の道理か。」言った。「和尚若し学人を打たば、学人も亦た即ち却って打たん。」師は言った。「対相を得て耕して去れ。」僧が挙げた。僧有りて帰宗に辞す。宗が問うた。「何の処か去る。」言った。「百丈に五味禅を学びに去る。」帰宗は語らず。師は乃ち言った。「帰宗の単行の底の事に縁る。」僧が問うた。「如何なるか是れ帰宗の単行の底の事。」師は言った。「棒を了えて院を趁出せよ。」僧は礼拜した。師は言った。「如何に会する。」言った。「学人の罪過。」師は言った。「お前の恁么去るを料る。」問うた。「師に承く、諸方は若し是れ走作に非ざれば便ち是れ人を籠罩すと言有り。未だ審らかならず和尚は如何。」師は言った。「お前に此の一問を致されるを被りて、直ちに当門の歯落つるに当たるべし。」問うた。「如何なるか是れ親しく密密の底の事。」師は言った。「常用して人に及ぶ。」言った。「知らざる者は如何。」師は言った。「好き晴れ好き雨。」師は僧に問うた。「門外は何の声か。」言った。「雨滴の声。」師は言った。「衆生は顛倒し、己を迷いて物を逐う。」(法眼が別に言った。「画き出せり。」)僧が問うた。「如何なるか是れ同相。」師は火箸を将て炉中に插し向いた。僧は又問うた。「如何なるか是れ別相。」師は又火箸を将て一辺に插した。(法眼が別に言った。「問は理に当たらず。」)僧有りて童子を引きて到り言った。「此の児子は常に僧に佛法を問うを愛す。和尚に請うて験看せん。」師は乃ち令して茶を点せしめた。童子茶を点じて来たり、師啜り訖り、盞托を過ぎて童子に与えた。童子は前に近づきて接した。師は却って手を縮めて言った。「還って道い得るか。」童子は言った。「問えて将て来たれ。」(法眼が別に言った。「和尚は更に茶を喫する否。」)僧が問うた。「和尚此の児子の見解如何。」師は言った。「亦た只だ是れ一両生の持戒の僧。」師は三処に法を開き、語要は門人に随い編録せらる。今但だ梗概のみ。晋の天福二年丁酉八月に滅を示した。寿は七十四。

黑白哀號制服者甚眾。荼毘於大慈山獲舍利。就龍母山之陽建塔。

黑白は哀号して制服する者甚だ衆し。大慈山に於て荼毗して舎利を獲た。竜母山の陽に就きて塔を建てた。

福州長生山皎然禪師本郡人。入雪峰室密受心印。執侍經十載。因與僧斫樹。雪峰曰。斫到心且住。師曰。斫卻著。雪峰曰古人以心傳心。汝為什麼道斫卻。師擲下斧子曰傳。雪峰打一拄杖而去。僧問雪峰。如何是第一句。雪峰良久。僧退舉似於師。師曰。此是第二句。雪峰再令其僧來。問如何是第一句。師曰蒼天蒼天。雪峰普請般柴。問師曰。古人道。誰知席帽下元是昔愁人。古人意作麼生。師側戴笠子曰。遮箇是什麼人語。雪峰問師。持經者能荷擔如來。作麼生是荷擔如來。師乃捧。雪峰向禪床上著。雪峰普請歸。自將一束藤路逢一僧。放下藤叉手立。其僧近前拈雪峰即蹋其僧歸院。後舉示於師曰。我今日蹋那僧得恁麼快。師對曰。和尚卻替那僧入涅槃堂(法眼住崇壽寺時有二僧各說道理請師斷。法眼雲。汝兩僧一時入涅槃堂。玄覺雲。什麼處是替那僧入涅槃堂處。崇壽稠雲。此一轉語卻還老兄。東禪齊雲。只如長生意作麼生)師嘗訪一庵主欵話。庵主曰。近有一僧問某甲西來意。遂舉拂子示之。不知還得也無。師曰。爭敢道得與不得。有人問庵主。此事有人保任如虎頭帶角。有人嫌棄則不直一文錢。此事為什麼毀譽不同。請試揀出看。曰適來出自偶然。爭揀得出。師曰。若恁麼此後不得為人(玄覺雲。一等是恁麼事。為什麼有得有失。上座若無智眼難辨得失)雪峰問師。光境俱亡復是何物。師曰。放皎然過敢有商量。雪峰曰。許汝過作麼生商量。曰皎然亦放和尚過。雪峰深許之。尋受記止於長生山分化焉。僧問。從上宗乘如何舉唱。師曰。不可為闍梨荒卻長生山也。問古人有言。無明即佛性煩惱不須除。如何是無明即佛性。師忿然作色舉拳呵曰。今日打遮師僧去也。僧曰。如何是煩惱不須除。師以手㧝頭曰。遮師僧得恁麼發人業。問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。上紙墨堪作什麼。

福州長生山の皎然禅師は、本郡の人。雪峯の室に入りて密かに心印を受けた。執侍して経ること十載。僧と樹を斫るの因り、雪峯が言った。「心に到るまで斫りて且く住せ。」師は言った。「斫却して著け。」雪峯が言った。「古人は心を以て心を伝う。お前何の故にか斫却と道う。」師は斧子を擲ち下して言った。「伝う。」雪峯は一拄杖を打ちて去った。僧が雪峯に問うた。「如何なるか是れ第一句。」雪峯は良久とした。僧は退きて挙げて師に似た。師は言った。「此は是れ第二句。」雪峯は再び其の僧を令して来らしめ問わしめた。「如何なるか是れ第一句。」師は言った。「蒼天蒼天。」雪峯は普請して柴を搬らしめ、師に問うた。「古人の道う、誰か知る席帽の下は元来是れ昔愁の人と。古人の意は如何。」師は側らに笠子を戴きて言った。「此の個は是れ何人の語か。」雪峯が師に問うた。「経を持する者は能く如来を荷担す。如何なるか是れ如来を荷担する。」師は乃ち捧げた。雪峯は禅床上に向かって著けた。雪峯が普請して帰り、自ら一束の藤を将て路に一僧に逢う。藤を放下し叉手して立つ。其の僧は前に近づきて拈じ、雪峯は即ち其の僧を踏みて院に帰った。後に挙げて師に示して言った。「我は今日那の僧を踏みて恁么の快を得たり。」師は対して言った。「和尚は却って那の僧に替わりて涅槃堂に入る。」(法眼は崇寿寺に住する時、二僧有りて各々道理を説きて師に断を請うた。法眼が言った。「お前両僧は一時に涅槃堂に入れ。」玄覚が言った。「何の処か是れ那の僧に替わりて涅槃堂に入る処。」崇寿の稠が言った。「此の一転語は却って老兄に還す。」東禅の斉が言った。「只だ長生の意は如何の如き。」)師は嘗て一つの庵主を訪い款話した。庵主が言った。「近頃一僧有りて某甲に西来の意を問う。遂に拂子を挙げてこれに示す。還って得たるや無かを知らず。」師は言った。「争でか敢えて得と与とを道えん。人有りて庵主に問う、此の事は人の保任する有るは虎頭の角帯ぶるが如く、人の嫌棄する有るは則ち一文の銭に直せず、此の事は何を以てか毀誉同じからざる、請う試みに揀出して看よと。庵主が」言った。「適来は偶然より出づ。争でか揀出し得ん。」師は言った。「若し恁么ならば此の後人と為るを得ず。」(玄覚が言った。「一等是れ恁么の事。何を以てか得失有る。上座若し智眼無からば得失を辨うこと難し。」)雪峯が師に問うた。「光境俱に亡びて復た是れ何物。」師は言った。「皎然を放し過ぎて敢えて商量有らん。」雪峯が言った。「お前の過ぎるを許して如何に商量せん。」言った。「皎然も亦た和尚を放し過ぐ。」雪峯は深くこれを許した。尋いで記を受けて長生山に止まり分化す。僧が問うた。「従上の宗乗は如何に挙唱する。」師は言った。「闍梨の為に長生山を荒却すべからず。」問うた。「古人言有り、無明は即ち仏性、煩悩は須らず除かず。如何なるか是れ無明即ち仏性。」師は忿然として色を作し拳を挙げて呵して言った。「今日此の師僧を打ちて去るなり。」僧は言った。「如何なるか是れ煩悩は須らず除かず。」師は手を以て頭を掣きて言った。「此の師僧は恁么に人の業を発することを得たり。」問うた。「路に達道の人に逢い、語黙を将て対せず。未だ審らかならず何を将てか対せん。」師は言った。「紙墨を上げて堪えて何を作さん。」

閩帥署禪主大師。莫知所終。

閩帥は禅主大師を署した。終わる所を知る莫し。

信州鵝湖智孚禪師福州人也。始依講肆肄業於長安。因思玄極之理。乃造雪峰師事數年。既領心訣隨緣而止鵝湖大張法席。僧問。萬法歸一一歸何所。師曰。非但闍梨一人忙。問虛空講經以何為宗。師曰。闍梨不是聽眾出去。問五逆之子還受父約也無。師曰。雖有自裁未免傷己。問如何是佛向上人。師曰。情知闍梨不奈何。曰為什麼不奈何。師曰。未必小兒得見君子。有人報雲。徑山和尚遷化也。僧問。徑山遷化向什麼處去。師曰。大有靈利底過於闍梨。問在先一句請師道。師曰。腳跟下探取什麼。曰即今見問。師曰。看闍梨變身不得。問雪峰拋下拄杖意作麼生。師以香匙拋下地。僧曰。未審此意如何。師曰。不是好種出去。問如何是鵝湖第一句。師曰。道什麼。曰如何即是。師曰。妨我打睡。問不問不答時如何。師曰。問人焉知。問迷子未歸家時如何。師曰。不在途。曰歸後如何。師曰。正迷。問如何是源頭事。師曰。途中覓什麼。問如何是一句。師曰。會麼。曰恁麼莫便是否。師曰。蒼天蒼天。鏡清問。如何是即今底。師曰。何更即今。清曰。幾就支荷。師曰。語逆言順。

信州鵝湖の智孚禅師は、福州の人。始め講肆に依りて長安に於て業を肄う。玄極の理を思うの因り、乃ち雪峯に造りて師事すること数年。既に心訣を領し、縁に随い鵝湖に止まり、大いに法席を張った。僧が問うた。「万法は一に帰し、一は何の所に帰する。」師は言った。「但だ闍梨一人の忙に非ず。」問うた。「虚空が経を講ずるは何を以て宗と為す。」師は言った。「闍梨は是れ聴衆に非ず、出去せよ。」問うた。「五逆の子は還って父の約を受くるや無か。」師は言った。「自裁有りと雖も、未だ己を傷るを免れず。」問うた。「如何なるか是れ仏向上の人。」師は言った。「情知す、闍梨は奈何ともせざるを。」言った。「何を以てか奈何ともせざる。」師は言った。「未だ必ずしも小児の君子を見るを得ず。」人有りて報じて言った。「径山和尚は遷化せり。」僧が問うた。「径山は遷化して何の処に向かって去る。」師は言った。「大いに霊利の底有りて闍梨に過ぎたり。」問うた。「在先の一句は師に請うて道わん。」師は言った。「脚跟の下に探取して何を。」言った。「即今問うを見る。」師は言った。「闍梨の身を変じ得ざるを看る。」問うた。「雪峯の拄杖を抛下する意は如何。」師は香匙を以て地に抛下した。僧は言った。「未だ審らかならず此の意如何。」師は言った。「是れ好種に非ず、出去せよ。」問うた。「如何なるか是れ鵝湖の第一句。」師は言った。「何を道う。」言った。「如何なるか即ち是れ。」師は言った。「わが睡りを打つを妨ぐ。」問うた。「問わず答えざる時は如何。」師は言った。「人に問うて焉んぞ知らん。」問うた。「迷い子未だ家に帰らざる時は如何。」師は言った。「途に在らず。」言った。「帰りて後は如何。」師は言った。「正に迷う。」問うた。「如何なるか是れ源頭の事。」師は言った。「途中に何を覓める。」問うた。「如何なるか是れ一句。」師は言った。「会すか。」言った。「恁么、便ち是か否や莫し。」師は言った。「蒼天蒼天。」鏡清が問うた。「如何なるか是れ即今の底。」師は言った。「何ぞ更に即今。」清が言った。「幾らくも支荷に就く。」師は言った。「語は逆らい言は順う。」

漳州報恩院懷嶽禪師泉州人也。少依本州聖壽院受業。罷參雪峰止龍溪玄侶奔湊。僧問。十二時中如何行履。師曰。動即死。曰不動時如何。師曰。猶是守古冢鬼。問如何是學人出身處。師曰。有什麼物纏縛闍梨。曰爭奈出身不得何。師曰。過在阿誰。問如何是報恩一靈物。師曰。吃如許多酒糟作麼。曰還露腳手也無。師曰。遮裡是什麼處所。僧問。牛頭未見四祖時如何。師曰。萬裡一片雲。曰見後如何。師曰廓落地。僧問。如何是佛法大意。師曰。昨夜三更失卻火。問黑雲鬥暗誰當雨者。師曰。峻處先傾。問宗乘不卻如何舉唱。師曰。山不自稱水無間斷。問佛未出世時如何。師曰。汝爭得知。問撥塵見佛時如何。師曰。什麼年中得見來。問師子在窟時如何。師曰。師子是什麼傢俱。又問。師子出窟時如何。師曰。師子在什麼處。問如何是目前佛。師曰。快禮拜。師臨遷化上堂示眾曰。山僧十二年來舉提宗教。諸人怪我什麼處。若要聽三經五論。此去開元寺咫尺。言訖告寂。

漳州報恩院の懐岳禅師は、泉州の人。少なくして本州聖寿院に依りて業を受けた。参を罷めて雪峯に至り、竜谿に止まりて玄侶奔り湊った。僧が問うた。「十二時の中に如何に行履する。」師は言った。「動けば即ち死す。」言った。「動かざる時は如何。」師は言った。「猶お是れ古塚を守る鬼。」問うた。「如何なるか是れ学人の出身の処。」師は言った。「何の物か有りて闍梨を纏縛する。」言った。「争奈出身し得ざるを何。」師は言った。「過は阿誰に在る。」問うた。「如何なるか是れ報恩の一霊物。」師は言った。「如許多の酒糟を喫して何を作さん。」言った。「還って脚手を露わすや無か。」師は言った。「此の裏は是れ何の処所。」僧が問うた。「牛頭が四祖を見ざる時は如何。」師は言った。「万里の一片の雲。」言った。「見て後は如何。」師は言った。「廓落の地。」僧が問うた。「如何なるか是れ佛法の大意。」師は言った。「昨夜三更に火を失却せり。」問うた。「黒雲陡暗にして誰か雨に当たる者。」師は言った。「峻き処は先に傾く。」問うた。「宗乗を却けずして如何に挙唱する。」師は言った。「山は自ら称せず、水は間断無し。」問うた。「仏未だ世に出ぜざる時は如何。」師は言った。「お前争でか知るを得ん。」問うた。「塵を撥いて仏を見る時は如何。」師は言った。「何の年中にか見るを得て来たる。」問うた。「師子が窟に在る時は如何。」師は言った。「師子は是れ何の家具。」又問うた。「師子が窟を出づる時は如何。」師は言った。「師子は何の処に在る。」問うた。「如何なるか是れ目前の仏。」師は言った。「疾く礼拜せよ。」師は遷化に臨みて上堂し衆に示して言った。「山僧は十二年の来、宗教を挙提す。諸人は我の何の処かを怪しむ。若し三経五論を聴かんと要せば、此より去ること開元寺は咫尺なり。」言い訖りて寂を告げた。

杭州西興化度悟真大師。師鬱泉州人也。自得雪峰心印。化緣盛於杭越之間。後居西興鎮之化度院。法席大興。僧問。如何是西來意。師舉拂子。僧曰。學人不會。師曰。吃茶去。問如何是無縫塔。師曰。五尺六尺。問如何是一塵。師曰。九世剎那分。曰如何含得法界。師曰。法界在什麼處。問谿谷各異師何明一。師曰。汝喘作麼。問學人初機。乞和尚指示入路。師曰。汝怪化度什麼處。問如何是隨色摩尼珠。師曰。青黃赤白。曰如何是不隨色摩尼珠。師曰。青黃赤白。問如何是西來意。師曰。是東來西來。問牛頭未見四祖時如何。師曰。鳥獸俱迷。曰見後如何。師曰。山深水冷。問維摩與文殊對談何事。師曰。唯有門前鏡湖水。清風不改舊時波。師自是聲聞於遐邇。錢王欽其道德。奏紫衣師號。

杭州西興化度の悟真大師師郁は、泉州の人。自ら雪峯の心印を得た。化縁は杭越の間に盛んなり。後に西興鎮の化度院に居た。法席は大いに興った。僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は拂子を挙げた。僧は言った。「学人は会せず。」師は言った。「茶を喫しに去れ。」問うた。「如何なるか是れ無縫の塔。」師は言った。「五尺六尺。」問うた。「如何なるか是れ一塵。」師は言った。「九世刹那の分。」言った。「如何にして法界を含得する。」師は言った。「法界は何の処に在る。」問うた。「谿谷各々異なれば、師は何ぞ一を明らめる。」師は言った。「お前喘ぎて何を作さん。」問うた。「学人は初機、和尚に乞うて入路を指示せん。」師は言った。「お前化度の何の処かを怪しむ。」問うた。「如何なるか是れ色に随う摩尼珠。」師は言った。「青黄赤白。」言った。「如何なるか是れ色に随わぬ摩尼珠。」師は言った。「青黄赤白。」問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「是れ东来か西来か。」問うた。「牛頭が四祖を見ざる時は如何。」師は言った。「鳥獣俱に迷う。」言った。「見て後は如何。」師は言った。「山深く水冷たし。」問うた。「維摩と文殊と対談するは何の事。」師は言った。「唯だ有るは門前の鏡湖の水、清風は旧時の波を改めず。」師は是より声は遐邇に聞こえた。銭王は其の道徳を欽し、紫衣の師号を奏した。

福州鼓山興聖國師。神晏大梁人也。姓李氏。幼惡葷羶樂聞鍾梵。年十二時有白氣數道騰於所居屋壁。師即揮毫書其壁曰。白道從茲速改張。休來顯現作妖祥。定祛邪行歸真見。必得超凡入聖鄉。題罷氣即隨滅。年甫志學遘疾甚丞。夢神人與藥覺而頓愈。明年又夢梵僧告雲。出家時至矣。遂依衛州白鹿山道規禪師披削。嵩嶽受具。謂同學曰。古德雲。白四羯磨後全體戒定慧。豈準繩而可拘也。於是杖錫遍叩禪關。而但記語言存乎知解。及造雪嶺朗然符契。一日參雪峰。雪峰知其緣熟。忽起搊住曰。是什麼。師釋然了悟亦忘其了心。唯舉手搖曳而已。雪峰曰。子作道理耶。師曰。何道理之有。雪峰審其懸解撫而印之。暨雪峰歸寂。閩帥於府城之左二十里。開鼓山創禪宮請揚宗致。師上堂眾集。良久曰。南泉在日亦有人舉要。且不識南泉。即今還有識南泉者麼。試出來對眾驗看。時有僧出禮拜才起。師曰。作麼生。僧近前曰。諮和尚。師曰。不才請退。又曰。經有經師論有論師律有律師。有函有號有部有帙。各有人傳持。且佛法是建立教。禪道乃止啼之說。他諸聖興來。蓋為人心不等。巧開方便遂有多門。受疾不同處方還異。在有破有。居空叱空。二患既除中道須遣。鼓山所以道。句不當機言非展事。承言者喪。滯句者迷。不唱言前寧譚句後。直至釋迦掩室淨名杜口。大士梁時童子當日一問二問三問盡有人了也。諸仁者作麼生。時有僧禮拜。師曰。高聲問。僧曰。學人諮和尚。師乃喝出。問己事未明以何為驗。師抗音似未聞。其僧再問。師曰。一點隨流食鹹不重。問如何是包盡乾坤底句。師曰。近前。僧近前。師曰。鈍置殺人。問如何紹得。師曰。犴(寒岸二音)𤞞(音欲)無風徒勞展掌。曰如何即是。師曰錯。問學人便承當時如何。師曰。汝作麼生承當(法燈別雲莫費力)問如何是學人正立處。師曰。

福州鼓山の興聖国師神晏は、大梁の人、姓は李。幼くして葷羶を悪み、鐘梵を聞くを楽しんだ。年十二の時、白気数道有りて所居の屋壁に騰がった。師は即ち毫を揮い其の壁に書して言った。「白道は茲より速やかに改張し、休め来たりて顕現して妖祥を作すな。定めて邪行を祛めて真見に帰し、必ず超凡して聖郷に入るを得ん。」題し罷みて気は即ち随い滅した。年甫く志学に及び、疾に遘うこと甚だ亟し(底本は「丞」と作す)。夢に神人が薬を与え、覚めて頓に愈えた。明年又た梵僧が告げて言うを夢みた。「出家の時至れり。」遂に衛州白鹿山の道規禅師に依りて披削した。嵩岳に具を受けた。同学に対して言った。「古徳の云う、白四羯磨の後は全体が戒定慧なり。豈に准縄して拘るべけんや。」是に於いて錫を杖して遍く禅関を叩いた。而も但だ言語を記えて知解に存す。雪嶺に造るに及びて、朗然として符契した。ある日雪峯に参じた。雪峯は其の縁の熟するを知り、忽ち起ちて搊い住まりて言った。「是れ何か。」師は釈然として了悟し、亦た其の了心を忘れた。唯だ手を挙げて摇曳するのみ。雪峯が言った。「子は道理を作す耶。」師は言った。「何の道理か之有らん。」雪峯は其の懸解を審らかにし、撫でてこれを印した。雪峯の寂に帰するに暨り、閩帥は府城の左二十里に鼓山を開き、禅宮を創し、請うて宗致を揚げしめた。師は上堂し衆集まる。良久言った。「南泉が日在るも亦た人の挙要有り。且く南泉を識らず。即今還って南泉を識る者有るか。試みに出でて衆に対して験看せよ。」時に僧有りて出でて礼拜して才だに起つ。師は言った。「如何。」僧は前に近づきて言った。「和尚に咨る。」師は言った。「才無し、請うて退け。」又言った。「経には経師有り、論には論師有り、律には律師有り。函有り号有り、部有り帙有り。各々人の伝持する有り。且く佛法は是れ建立の教、禅道は乃ち啼を止むるの説。他の諸聖の興る来るは、蓋し人の心の等しからざるが為なり。巧みに方便を開きて遂に多門有り。疾を受ること同じからず、処方は還って異なり。有に在りては有を破り、空に居ては空を叱る。二患既に除かれ、中道も須らく遣るべし。鼓山の道う所以、句は機に当たらず、言は事を展べず。言に承く者は喪い、句に滞る者は迷う。言前に唱えず、寧ろ句後に談ず。直ちに至るは釈迦の室を掩い、浄名の口を杜ぐる。大士は梁の時、童子は当日。一問二問三問は尽く人の了せる有り。諸の仁者は如何。」時に僧有りて礼拜した。師は言った。「高声に問え。」僧は言った。「学人は和尚に咨る。」師は乃ち喝い出した。問うた。「己事未だ明らかならず、何を以て験と為す。」師は音を抗げて未だ聞かざるに似たり。其の僧は再び問うた。師は言った。「一点流に随う、鹹を食らいて重からず。」問うた。「如何なるか是れ乾坤を包尽する底の句。」師は言った。「前に近づけ。」僧は前に近づいた。師は言った。「鈍置して人を殺す。」問うた。「如何にして紹得する。」師は言った。「犴𤞞に風無し、徒らに掌を展ぐるの労。」(犴は寒・岸の二音、𤞞は音は欲。)言った。「如何なるか即ち是れ。」師は言った。「錯。」問うた。「学人便ち承当する時は如何。」師は言った。「お前如何に承当する。」(法燈が別に言った。「力を費やす莫れ。」)問うた。「如何なるか是れ学人の正立の処。」師は言った、

不從諸聖行(法燈別雲汝擬亂走)問千山萬山阿那箇是正山。師曰。用正山作麼(法燈雲。千山萬山)師與招慶相遇。招慶曰。家常。師曰。無厭生。招慶曰。且款款。師卻雲。家常。招慶曰。今日未有火。師曰。太鄙吝生。招慶曰。穩便將取去(東禪齊拈雲。此二尊宿語還有得失也無。若有阿那箇得阿那箇失。若無得失。諸人未具行腳眼在)問如何免得輪迴生死。師曰。把將生死來。問如何是宗門中事。師側掌曰。吽吽。問如何是向上一關棙子。師乃打之。問如何是鼓山正主。師曰。瞎作麼。師問保福。古人道。非不非是不是。意作麼生。保福拈起茶盞。師曰。莫是非好。問如何是真實人體。師曰。即今是什麼體。曰究竟如何。師曰。爭得到恁麼地。問如何是佛法大意。師曰。金烏一點萬裡無雲。師問僧。鼓山有不跨石門句。汝作麼生道。僧曰請。師乃打之。問如何是古人省心力處。師曰。汝何費力。問言滿天下無口過。如何是無口過。師曰。有什麼過。問如何是省要處。師曰。還自恥麼。師與閩帥瞻仰佛像。閩帥問。是什麼佛。曰請大王鑒。曰鑒即不是佛。曰是什麼。無對(長慶代雲。久承大師在眾何得造次)問從上宗乘如何舉唱。師以拂子驀口打。問如何是教外別傳底事。師曰。吃茶去。又曰。今為諸仁者。刺頭入他諸聖化門裡抖擻不出。所以向仁者道。教排不到。祖不西來。三世諸佛不能唱。十二分教載不起。凡聖攝不得。古今傳不得。忽爾是箇漢未通箇消息向他恁麼道被他驀口摑。還怪得他麼。雖然如此也不得亂摑。鼓山尋常道。更有一人不跨石門。須有不跨石門句。作麼生是不跨石門句。鼓山自住三十餘年。五湖四海來者。向高山頂上看山翫水。未見一人快利通得。如今還有人通得也不昧兄弟珍重。乃有偈示眾曰。

(師は接いで言った。)「諸聖の行よりせず。」(法燈が別に言った。「お前乱走せんと擬す。」)問うた。「千山万山、阿那の個か是れ正山。」師は言った。「正山を用いて何を作さん。」(法燈が言った。「千山万山。」)師は招慶と相遇った。招慶が言った。「家常。」師は言った。「厭き生ぜざるなり。」招慶が言った。「且く款款たれ。」師は却って言った。「家常。」招慶が言った。「今日は未だ火無し。」師は言った。「太だ鄙吝生なり。」招慶が言った。「穏便に取りて将て去れ。」(東禅の斉が拈じて言った。「此の二尊宿の語は還って得失有るや無か。若し有らば、阿那の個か得、阿那の個か失。若し得失無からば、諸人は未だ行脚の眼を具えず在り。」)問うた。「如何にして生死を輪回するを免れん。」師は言った。「生死を把りて将て来れ。」問うた。「如何なるか是れ宗門中の事。」師は掌を側らにして言った。「吽吽。」問うた。「如何なるか是れ向上の一関棙子。」師は乃ちこれを打った。問うた。「如何なるか是れ鼓山の正主。」師は言った。「瞎して何を作さん。」師は保福に問うた。「古人の道う、非を非とせず、是を是とせず。意は如何。」保福は茶盞を拈起した。師は言った。「是れ非を好む莫れ。」問うた。「如何なるか是れ真実の人体。」師は言った。「即今是れ何の体。」言った。「畢竟如何。」師は言った。「争でか恁么の地に到らんを得る。」問うた。「如何なるか是れ佛法の大意。」師は言った。「金烏の一点、万里雲無し。」師は僧に問うた。「鼓山に石門を跨がぬ句有り。お前如何に道う。」僧は言った。「請う。」師は乃ちこれを打った。問うた。「如何なるか是れ古人の心力を省く処。」師は言った。「お前何の力を費やす。」問うた。「言は天下に満ちて口の過無し。如何なるか是れ口の過無き。」師は言った。「何の過か有る。」問うた。「如何なるか是れ省要の処。」師は言った。「還って自ら恥ずるか。」師は閩帥と仏像を瞻仰した。閩帥が問うた。「是れ何の仏。」言った。「大王に請うて鑑せん。」言った。「鑑すれば即ち是れ仏に非ず。」言った。「是れ何か。」対えず。(長慶が代えて言った。「久しく大師の衆に在るを承く、何ぞ造次なるを得る。」)問うた。「従上の宗乗は如何に挙唱する。」師は拂子を以て蓦く口を打った。問うた。「如何なるか是れ教外別伝の底の事。」師は言った。「茶を喫しに去れ。」又言った。「今諸の仁者の為に、頭を刺して他の諸聖の化門の裏に入りて抖擻して出でず。所以に仁者に向かって道う。教は排して到らず、祖は西来せず。三世の諸仏も唱うること能わず、十二分教も載せ起こすこと能わず。凡聖も摂ること得ず、古今も伝うること得ず。忽爾として個の漢是れ、未だ個の消息を通ぜずして、他に向かって恁么道えば、他に蓦く口を掴まるるを被る。還って他を怪しむを得るか。此の如くと雖も亦た乱りに掴むを得ず。鼓山は尋常に道う、更に一人有りて石門を跨がず。須らく石門を跨がぬ句有るべし。如何なるか是れ石門を跨がぬ句。鼓山は自ら住すること三十余年。五湖四海より来たる者、高山の頂上に向かい山を看て水を翫ぶも、未だ一人の快利に通じ得るを見ず。如今還って人の通じ得る有る也。兄弟を昧すこと無し。珍重。」乃ち偈有りて衆に示して言った、

直下猶難會尋言轉更賒

直下なりとも猶お会し難し、言を尋ぬれば転た更に賒し。

若論佛與祖特地隔天涯

若し仏と祖とを論ぜば、特地に天涯を隔つ。

閩帥禮重常詢法要焉。

閩帥は礼を重んじ、常に法要を詢ねたり。

漳州隆壽興法大師紹卿。泉州人也。姓陳氏。幼於靈巖寺習經論。講業既就而深慕禪那。乃問法於雪峰之室。服勤數載從緣開悟。因侍經行見芋葉動。雪峰指動葉視之。師對曰。紹卿甚生怕怖。雪峰曰。是汝屋裡底怕怖什麼。師於是恍然惺悟頓息他遊。尋受請居龍谿焉。僧問。古人道摩尼殿有四角一角常露。如何是常露底角。師舉拂子。問糧不畜一粒如何濟得萬人饑。師曰。俠客面前如奪劍。看君不是黠兒郎。問。大拍盲底人來。師還接否。師曰。前後大應得此便也。曰莫便是接否。師曰。遮漢來遮裡插嘴。問耳目不到處如何。師曰。汝無此作。曰恁麼即聞也。師曰。真箇聾。漢漳守王公欽尚祖風。為奏紫衣師名。

漳州隆寿の興法大師紹卿は、泉州の人、姓は陳。幼くして霊巖寺に於て経論を習った。講業既に就きて深く禅那を慕い、乃ち雪峯の室に法を問うた。服勤すること数載、縁に従い開悟した。侍して経行するの因り、芋の葉の動くを見た。雪峯は動く葉を指してこれを視しめた。師は対して言った。「紹卿は甚だ怕怖を生ず。」雪峯が言った。「是れお前の屋裏の底、何を怕怖する。」師は是に於いて恍然として惺悟し、他の遊を頓に息めた。尋いで請を受けて竜谿に居た。僧が問うた。「古人の道う、摩尼殿に四角有りて一角は常に露わる。如何なるか是れ常に露わる底の角。」師は拂子を挙げた。問うた。「糧は一粒も畜えず如何に万人の飢を済うを得る。」師は言った。「侠客の面前に剣を奪うが如し、君の黠児郎に非ざるを看よ。」問うた。「大いに拍盲の底の人来たらば、師は還って接する否。」師は言った。「前後大いに応に此の便を得べし。」言った。「便ち是れ接するや莫しや。」師は言った。「此の漢、此の裏に来たりて嘴を插す。」問うた。「耳目の到らざる処は如何。」師は言った。「お前此の作無し。」言った。「恁么ならば即ち聞く也。」師は言った。「真箇の聾漢。」漳守の王公は祖風を欽尚し、為に紫衣の師名を奏した。

福州僊宗院仁慧大師行瑫。泉州人也。姓王氏。本州開元寺受業。預雪峰禪會聲聞四遠。閩帥請轉法輪玄徒奔至。上堂曰。我與釋迦同參。汝道參什麼人。時一僧出禮拜擬伸問。師曰錯。問如何是西來意。師曰。熊耳不曾藏。問直下事乞師方便。師曰。不因汝問我亦不道。問如何是西來意。師曰。白日無閑人。

福州仙宗院の仁慧大師行瑫は、泉州の人、姓は王。本州開元寺に業を受けた。雪峯の禅会に預かり、声は四遠に聞こえた。閩帥が請うて法輪を転ぜしめ、玄徒は奔り至った。上堂して言った。「我は釈迦と同参す。お前道え、何人を参じる。」時に一僧出でて礼拜し問を伸べんと擬す。師は言った。「錯。」問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「熊耳は嘗て蔵さず。」問うた。「直下の事、師に乞うて方便せん。」師は言った。「お前の問に因らずんば、我も亦た道わず。」問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「白日に閑人無し。」

福州蓮華山永福院超證大師從弇(先住漳州報恩院)僧問。儒門以五常為極則。未審宗門以何為極則。師良久。僧曰。恁麼即學人造次也。師曰。好與拄杖。問教雲。唯有一乘法。如何是一乘法。師曰。汝道我在遮裡作什麼。曰恁麼即不知教意也。師曰。雖然如此卻不孤負汝。問不向問處領。猶是學人問處。和尚如何。師曰。吃茶去。長慶常雲。盡法無民。師曰。永福即不然。若不盡法又爭得民。時有僧曰。請師盡法。師曰。我不要汝納稅。問諸餘即不問。聊徑處乞師垂慈。師曰。不快禮三拜。師上堂曰。咄咄看箭便歸方丈。問請師盡令。師曰。莫埋沒。問大眾雲集請師說法。師曰。聞麼。曰若更佇思應難得及。師曰。實即得。問摩尼殿有四角一角常露。如何是常露底角。師曰。不可更點。師上堂於座邊立謂眾曰。二尊不並化。便歸方丈。

福州蓮華山永福院の超証大師従弇(先に漳州報恩院に住す)。僧が問うた。「儒門は五常を以て極則と為す。未だ審らかならず宗門は何を以て極則と為す。」師は良久とした。僧は言った。「恁么ならば即ち学人の造次なり。」師は言った。「好し、拄杖を与えん。」問うた。「教に云う、唯だ一乗法有り。如何なるか是れ一乗法。」師は言った。「お前道え、我は此の裏に在りて何を作す。」言った。「恁么ならば即ち教意を知らざる也。」師は言った。「此の如くと雖も、却ってお前を孤負せず。」問うた。「問処に向かって領せざれば、猶お是れ学人の問処。和尚は如何。」師は言った。「茶を喫しに去れ。」長慶は常に言った。「法を尽くせば民無し。」師は言った。「永福は即ち然らず。若し法を尽さずんば又争でか民を得ん。」時に僧有りて言った。「師に請うて法を尽さん。」師は言った。「我はお前に納税せしむるを要せず。」問うた。「諸の余は即ち問わず、聊か径き処は師に乞うて慈を垂れん。」師は言った。「快からず、三拜を礼せよ。」師は上堂して言った。「咄咄、箭を看よ。」便ち方丈に帰った。問うた。「師に請うて令を尽さん。」師は言った。「埋没する莫れ。」問うた。「大衆雲の如く集まりて師に請うて法を説かん。」師は言った。「聞くか。」言った。「若し更に佇思せば応に及び難きを得ん。」師は言った。「実なれば即ち得。」問うた。「摩尼殿に四角有りて一角は常に露わる。如何なるか是れ常に露わる底の角。」師は言った。「更に点ずべからず。」師は上堂して座辺に立ち衆に対して言った。「二尊は並び化せず。」便ち方丈に帰った。

杭州龍華寺真覺大師靈照。高麗人也。萍遊閩越升雪峰之堂冥符玄旨。居唯一衲服勤眾務。閩中謂之照布衲。一夕指半月問溥上座。那一片什麼處去也。溥曰。莫妄想。師曰。失卻一片也。眾雖歎美而恬澹自持。初止婺州齊雲山。上堂良久。忽舒手視其眾曰。乞取些子乞取些子。又曰。一人傳虛萬人傳實。僧問。草童能歌舞。未審今時還有無。師下座作舞曰。沙彌會麼。僧曰。不會。師曰。山僧蹋曲子也不會。問靈山會上法法相傳。未審齊雲將何付囑。師曰。不可為汝一人荒卻齊雲也。曰莫便是親付囑也無。師曰。莫令大眾笑。問還丹一粒點鐵成金。至理一言點凡成聖。請師一點。師曰。還知齊雲點金成鐵麼。曰點金成鐵未之前聞。至理一言敢希垂示。師曰。句下不薦後悔難追。師次居越州鏡清院海眾悅隨。一日謂眾曰。盡令去也。僧曰。請師盡令。師曰。吽吽。問如何是學人本分事。師曰。鏡清不惜口。問請師雕琢。師曰。八成。曰為什麼不十成。師曰。還知鏡清生修理麼。師問僧。什麼處來。曰五峰來。師曰。來作什麼。曰禮拜和尚。師曰。何不自禮。曰禮了也。師曰。鏡湖水淺。問如何是第一句。師曰。莫錯下名言。曰師豈無方便。師曰。烏頭養雀兒。問向上一路千聖不傳。未審什麼人傳得。師曰。千聖也疑我。曰莫便是傳也無。師曰。晉帝斬嵆康。問釋迦掩室於摩竭。淨名杜口於毘耶。此意如何。師曰。東廊下兩兩三三。師謂眾曰。諸方以毘盧法身為極則。鏡清遮裡即不然。須知毘盧有師法身有主。問如何是毘盧師法身主。師曰。二公爭敢論。問古人道。見色便見心此即是色阿那箇是心。師曰。恁麼問莫欺山僧麼。問未剖以前請師斷。師曰。落在什麼處。曰恁麼即失口也。師曰。寒山送溈山。又曰。住住闍梨失口山僧失口。曰惡虎不食子。師曰。驢頭出馬頭迴。師驀問一僧。記得麼。曰記得。

杭州竜華寺の真覚大師霊照は、高麗の人。萍の如く閩越を遊び、雪峯の堂に升り、冥かに玄旨に符した。居るに唯だ一衲、衆務に服勤した。閩中はこれを照布衲と謂う。一夕半月を指して溥上座に問うた。「那の一片は何の処か去る也。」溥が言った。「妄想する莫れ。」師は言った。「一片を失却せり。」衆は歎美すると雖も恬淡として自ら持した。初め婺州斉雲山に止まった。上堂して良久、忽ち手を舒べて其の衆を視て言った。「些子を乞取せよ、些子を乞取せよ。」又言った。「一人は虚を伝え、万人は実を伝う。」僧が問うた。「草童は能く歌舞す。未だ審らかならず今時に還って有るや無。」師は座を下りて舞を作して言った。「沙弥は会すか。」僧は言った。「会せず。」師は言った。「山僧は曲子を踏むも会せず。」問うた。「霊山の会上に法法相伝えらる。未だ審らかならず斉雲は何を将てか付嘱せん。」師は言った。「お前一人の為に斉雲を荒却すべからず。」言った。「便ち是れ親付嘱なるや無か莫し。」師は言った。「大衆をして笑わしむる莫れ。」問うた。「還丹の一粒は鉄を点じて金と成し、至理の一言は凡を点じて聖と成す。師に請うて一点せん。」師は言った。「還って知るか、斉雲は金を点じて鉄と成すを。」言った。「金を点じて鉄と成すは未だ之れ聞かざる前なり。至理の一言は敢えて垂示を希う。」師は言った。「句下に薦せざれば、後悔は追い難し。」師は次いで越州鏡清院に居り、海衆は悦び随った。ある日衆に対して言った。「令を尽して去る也。」僧は言った。「師に請うて令を尽さん。」師は言った。「吽吽。」問うた。「如何なるか是れ学人の本分の事。」師は言った。「鏡清は口を惜しまず。」問うた。「師に請うて雕琢せん。」師は言った。「八成。」言った。「何を以てか十成ならざる。」師は言った。「還って知るか、鏡清の修理を生ずを。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「五峯より来たり。」師は言った。「来たりて何を作す。」言った。「和尚を礼拜せん。」師は言った。「何ぞ自ら礼せざる。」言った。「礼し了えり。」師は言った。「鏡湖の水浅し。」問うた。「如何なるか是れ第一句。」師は言った。「名言を錯下する莫れ。」言った。「師は豈に方便無けんや。」師は言った。「烏頭は雀児を養う。」問うた。「向上の一路は千聖伝えず。未だ審らかならず何人か伝得する。」師は言った。「千聖も亦た我を疑う。」言った。「便ち是れ伝うや無か莫し。」師は言った。「晋帝は嵆康を斬る。」問うた。「釈迦は摩竭に於て室を掩い、浄名は毘耶に於て口を杜ぐ。此の意如何。」師は言った。「東廊の下に両两三三。」師は衆に対して言った。「諸方は毘盧法身を以て極則と為す。鏡清は此の裏に在りて即ち然らず。須らく知るべし、毘盧に師有り、法身に主有り。」問うた。「如何なるか是れ毘盧の師、法身の主。」師は言った。「二公は争でか敢えて論ぜん。」問うた。「古人の道う、色を見れば便ち心を見る。此即ち是れ色、阿那の個か是れ心。」師は言った。「恁么の問は山僧を欺く莫きか。」問うた。「未だ剖する已前に師に請うて断ぜん。」師は言った。「何の処に落つる。」言った。「恁么ならば即ち口を失する也。」師は言った。「寒山は潙山を送る。」又言った。「住せ住せ。闍梨は口を失し、山僧は口を失す。」言った。「悪虎は子を食せず。」師は言った。「驢頭出でて馬頭回る。」師は蓦く一僧に問うた。「記え得るか。」言った。「記え得たり。」

師曰。道什麼。曰道什麼。師曰。淮南小兒入寺。問是什麼即俊鷹俊鷂趁不及。師曰。闍梨別問山僧別答。問請師別答。師曰。十里行人較一程。問金屑雖貴眼裡著不得時如何。師曰。著不得還著得麼。僧禮拜。師曰。深沙神。問菩提樹下度眾生。如何是菩提樹。師曰。大似苦練樹。曰為什麼似苦練樹。師曰。素非良馬何勞鞭影。後湖守錢公卜杭之西關創報慈院。延請開法。禪眾翕然依附。尋而錢王建龍華寺。迎金華傅大士靈骨道具寘焉。命師住持。晉天福十二年丁未閏七月二十六日終於本寺。壽七十八。塔於大慈山。

師は言った。「何を道う。」言った。「何を道う。」師は言った。「淮南の小児は寺に入る。」問うた。「是れ何か即ち俊鷹俊鷂も趁い及ばざる。」師は言った。「闍梨は別に問え、山僧は別に答えん。」問うた。「師に請うて別に答えん。」師は言った。「十里の行人は一程を較ぶ。」問うた。「金屑は貴しと雖も眼裏に著くを得ざる時は如何。」師は言った。「著くを得ざれば還って著くを得るか。」僧は礼拜した。師は言った。「深沙神。」問うた。「菩提樹の下に衆生を度す。如何なるか是れ菩提樹。」師は言った。「大いに苦練樹に似たり。」言った。「何を以てか苦練樹に似る。」師は言った。「素より良馬に非ず、何ぞ鞭影を労せん。」後に湖守銭公は杭の西関に卜して報慈院を創し、延請して法を開かしめた。禅衆は翕然として依附した。尋いで銭王は竜華寺を建て、金華傅大士の霊骨と道具を迎えて其の中に置き、師に命じて住持せしめた。晋の天福十二年丁未閏七月二十六日に本寺に終わった。寿は七十八。大慈山に塔す。

明州翠巖永明大師令參。湖州人也。自雪峰受記止於翠巖大張法席。問不借三寸請師道。師曰。茶堂裡貶剝去。問國師三喚侍者意旨如何。師曰。抑逼人作麼。問諸餘即不問。師默之。僧曰。如何舉似於人。師喚侍者點茶來。師上堂曰。今夏與諸兄弟語論。看翠巖眉毛還在麼(長慶聞舉雲。生也)問凡有言句盡是點汙。如何是向上事。師曰。凡有言句盡是點汙。問如何是者要處。師曰。大眾笑汝。問坦然不滯鋒鋩時如何。師雲。大有人作此見解。曰畢竟如何。師曰。坦然不滯鋒鋩。問古人拈槌竪拂意旨如何。師曰。邪法難扶。問僧繇為什麼寫誌公真不得。師曰。作麼生合殺。問險惡道中以何為津梁。師曰。藥山再三叮囑。問不帶凡聖當機何示。師曰。莫向人道翠巖靈利。問妙機言句盡皆不當宗乘中事如何。師曰。禮拜著。曰學人不會。師曰。出家行腳禮拜也不會。錢王嚮師道風請居龍冊寺終焉。

明州翠巖の永明大師令参は、湖州の人。雪峯より記を受け、翠巖に止まり、大いに法席を張った。問うた。「三寸を借らずして師に請うて道わん。」師は言った。「茶堂の裏に貶剥して去れ。」問うた。「国師の三度侍者を喚ぶ意旨如何。」師は言った。「人を抑逼して何を作さん。」問うた。「諸の余は即ち問わず。」師は黙とした。僧は言った。「如何にして人に挙似せん。」師は侍者を喚んだ。「茶を点じて来れ。」師は上堂して言った。「今夏は諸の兄弟と語論す。翠巖の眉毛は還って在るか看よ。」(長慶は聞き挙げて言った。「生ぜり。」)問うた。「凡そ言句有れば尽く是れ点污。如何なるか是れ向上の事。」師は言った。「凡そ言句有れば尽く是れ点污。」問うた。「如何なるか是れ省要の処。」師は言った。「大衆はお前を笑う。」問うた。「坦然として鋒芒に滞らざる時は如何。」師は言った。「大いに人の此の見解を作す有り。」言った。「畢竟如何。」師は言った。「坦然として鋒芒に滞らず。」問うた。「古人の槌を拈じ拂を竪くる意旨如何。」師は言った。「邪法は扶け難し。」問うた。「僧繇は何を以てか志公の真を写すことを得ざる。」師は言った。「如何に合殺せん。」問うた。「険悪の道の中に何を以て津梁と為す。」師は言った。「薬山の再三の叮嚀。」問うた。「凡聖を帯びず当機に何を示す。」師は言った。「人に向かって翠巖の霊利を道う莫れ。」問うた。「妙機言句は尽く皆当たらず。宗乗中の事は如何。」師は言った。「礼拝せよ。」言った。「学人は会せず。」師は言った。「出家行脚して礼拜すらも会せずか。」銭王は師の道風に向かい、請うて竜册寺に居りて終わらしめた。

景徳伝燈録巻第十八

景徳伝燈録巻第十九

吉州青原山行思禪師第六世之三四十二人

吉州青原山行思禅師の第六世其の三、四十二人

福州雪峰義存禪師法嗣下四十二人福州安國弘瑫禪師

福州雪峯義存禅師の法嗣下四十二人 — 福州安国弘瑫禅師

襄州雲蓋山歸本禪師

襄州雲蓋山帰本禅師

韶州林泉和尚

韶州林泉和尚

洛京南院和尚

洛京南院和尚

越州洞巖可休禪師

越州洞巖可休禅師

定州法海院行周禪師

定州法海院行周禅師

杭州龍井通禪師

杭州竜井通禅師

漳州保福從展禪師

漳州保福従展禅師

泉州睡龍道溥禪師

泉州睡竜道溥禅師

杭州龍興寺宗靖禪師

杭州竜興寺宗靖禅師

福州南禪契璠禪師

福州南禅契璠禅師

越州越山師鼐禪師

越州越山師鼐禅師

南嶽金輪可觀禪師

南岳金輪可観禅師

泉州福清玄訥禪師

泉州福清玄訥禅師

韶州雲門文偃禪師

韶州雲門文偃禅師

衢州南臺仁禪師

衢州南台仁禅師

泉州東禪和尚

泉州東禅和尚

餘杭大錢山從襲禪師

余杭大銭山従襲禅師

福州永泰和尚

福州永泰和尚

池州和龍山守訥禪師

池州和竜山守訥禅師

建州夢筆和尚

建州夢筆和尚

福州古田極樂元儼禪師

福州古田極楽元儼禅師

福州芙蓉山如體禪師

福州芙蓉山如体禅師

洛京憩鶴山和尚

洛京憩鶴山和尚

潭州溈山棲禪師

潭州潙山栖禅師

吉州潮山延宗禪師

吉州潮山延宗禅師

益州普通山普明大師

益州普通山普明大師

惰州雙泉梁家庵永禪師

惰州双泉梁家庵永禅師

漳州保福超悟禪師

漳州保福超悟禅師

太原孚上座

太原孚上座

南嶽惟勁禪師(已上三十一人見錄)

南岳惟勁禅師(已上三十一人は録に見ゆ)

台州十相審超禪師

台州十相審超禅師

江州廬山訥禪師

江州廬山訥禅師

新羅國大無為禪師

新羅国大無為禅師

潞州玄暉禪師

潞州玄暉禅師

湖州清淨和尚

湖州清浄和尚

益州永安雪峰和尚

益州永安雪峯和尚

盧僊德明禪師

盧僊徳明禅師

撫州明水懷忠禪師

撫州明水懐忠禅師

益州懷果禪師

益州懐果禅師

杭州耳相行修禪師

杭州耳相行修禅師

嵩山安德禪師(已上一十一人無機緣語句不錄)

嵩山安徳禅師(已上一十一人は機縁の語句無く録せず)

青原山行思禪師第六世之三

青原山行思禅師の第六世其の三

福州雪峰義存禪師法嗣下

福州雪峯義存禅師の法嗣下

福州安國院明真大師弘瑫。泉州人也。姓陳氏。幼絕葷茹自誓出家。於龍華寺東禪始圓戒體。而造於雪峰雪峰觀其少俊堪為法器。乃導以本心信入過量。復遍參禪苑獲諸方三昧卻迴雪峰。雪峰問。什麼處來。曰江西來。雪峰曰。什麼處見達磨。曰分明向和尚道。雪峰曰。道什麼。曰什麼處去來。一日雪峰見師忽搊住曰。盡乾坤是箇解脫門。把手教伊入不肯入。曰和尚怪弘瑫不得。雪峰曰。雖然如此爭奈背後許多師僧何。師因舉國師碑文雲。得之於心伊蘭作栴檀之樹。失之於旨甘露乃蒺䔧之園。拈問僧曰。一語須具得失兩意。汝作麼生道。僧舉拳曰。不可喚作拳頭也。師不肯。亦舉拳別雲。只為喚遮箇作拳頭。師受請止囷山毳徒臻集。後閩帥嚮師道德。命居安國寺大闡玄風。徒餘八百矣。僧問。如何是西來意。師曰。是即是莫錯會。問如何是第一句。師曰。問問。問學人上來未盡其機請師盡機。師良久。僧禮拜。師曰。忽到別處人問汝作麼生舉。曰終不敢錯舉。師曰。未出門已見笑具。問如何是達磨傳底心。師曰。素非後躅。問如何是宗乘中事。師曰。不可為老兄散卻眾也。問不落有無之機請師全道。師曰。汝試斷看。問如何是一毛頭事。師拈起袈裟。僧曰。乞師指示。師曰。抱璞不須頻下淚。來朝更獻楚王看。問寂寂無言時如何。師曰。更進一步。問凡有言句皆落因緣方便。不落因緣方便事如何。師曰。桔橰之士頻逢。抱甕之流罕遇。問向上一路千聖不傳。未審和尚如何傳。師曰。且留口吃飯著。問如何是高尚底人。師曰。河濱無洗耳之叟。磻溪絕垂釣之人。問十二時中如何救得生死。師曰。執缽不須窺眾樂。履氷何得步參差。問學人擬問宗乘。師還許也無。師曰。但問。僧擬問。師乃喝出。問目前生死如何免得。師曰。把將生死來。問知有底人為什麼道不得。師曰。汝爺名什麼。問如何是活人之劍。

福州安国院の明真大師弘瑫は、泉州の人、姓は陳。幼くして葷茹を絶ち、自ら出家を誓った。竜華寺東禅に於て始めて戒体を円し、雪峯に造った。雪峯は其の少俊を観て法器と為すに堪えたりとし、乃ち本心を以て導き、過量に信入せしめた。復た遍く禅苑に参じ、諸方の三昧を獲て、却って雪峯に回った。雪峯が問うた。「何の処か来たる。」言った。「江西より来たり。」雪峯が言った。「何の処か達磨を見る。」言った。「分明に和尚に向かって道う。」雪峯が言った。「何を道う。」言った。「何の処か去り来たる。」ある日雪峯は師を見て忽ち搊い住まりて言った。「乾坤を尽くすは個の解脱門なり。手を把りて伊を教えて入れんも肯じて入らず。」言った。「和尚は弘瑫を怪しむことを得ず。」雪峯が言った。「此の如くと雖も、争奈背後に許多の師僧有るを何。」師は因りて国師の碑文を挙げて言った。「之を心に得れば伊蘭も栴檀の樹を作し、之を旨に失えば甘露も乃ち蒺藜の園なり。」拈じて僧に問うた。「一語は須らく得失の両意を具すべし。お前如何に道う。」僧は拳を挙げて言った。「喚んで拳头と作すべからず。」師は肯んぜず。亦た拳を挙げて別に言った。「只だ此の個を喚んで拳头と作すが為なり。」師は請を受けて囷山に止まり、毳徒は臻り集まった。後に閩帥は師の道徳に向かい、命じて安国寺に居らしめ、大いに玄風を闡いた。徒は八百に余れり。僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「是は即ち是なり、会を錯る莫れ。」問うた。「如何なるか是れ第一句。」師は言った。「問い問え。」問うた。「学人上り来たりて其の機を尽さず、師に請うて機を尽さん。」師は良久とした。僧は礼拜した。師は言った。「忽ち別の処の人に到りてお前如何に挙ぐると問わば。」言った。「終に敢えて挙げを錯らず。」師は言った。「未だ門を出でずして已に笑具を見たり。」問うた。「如何なるか是れ達磨の伝う底の心。」師は言った。「素より後躅に非ず。」問うた。「如何なるか是れ宗乗中の事。」師は言った。「老兄の為に衆を散却すべからず。」問うた。「有無に落ちざるの機、師に請うて全く道わん。」師は言った。「お前試みに断じて看よ。」問うた。「如何なるか是れ一毛頭の事。」師は袈裟を拈起した。僧は言った。「師に乞うて指示せん。」師は言った。「璞を抱いて頻りに涙を下す須からず、来朝更に楚王に献じて看さん。」問うた。「寂寂として言無き時は如何。」師は言った。「更に一歩を進めよ。」問うた。「凡そ言句有れば皆因縁方便に落つ。因縁方便に落ちざる事は如何。」師は言った。「桔槔の士は頻りに逢い、甕を抱くの流は罕に遇う。」問うた。「向上の一路は千聖伝えず。未だ審らかならず和尚は如何に伝うる。」師は言った。「且く口を留めて飯を喫せよ。」問うた。「如何なるか是れ高尚の底の人。」師は言った。「河浜に耳を洗うの叟無く、磻谿に垂釣の人絶ゆ。」問うた。「十二時の中に如何に生死を救うを得る。」師は言った。「鉢を執りて衆楽を窺う須からず、氷を履みて何ぞ歩の参差なるを得ん。」問うた。「学人宗乗を問わんと擬す、師は還って許すや無か。」師は言った。「但だ問え。」僧は問わんと擬した。師は乃ち喝い出した。問うた。「目前の生死は如何に免れ得る。」師は言った。「生死を把りて将て来れ。」問うた。「有るを知る底の人は何を以てか道い得ざる。」師は言った。「お前の爺の名は何か。」問うた。「如何なるか是れ人を活かすの剣。」

師曰。不敢瞎卻汝。曰如何是殺人之刀。師曰。只遮箇是。問不犯鋒鋩如何知音。師曰。驢年去。問苦澁處乞師一言。師曰。可殺沈吟。曰為什麼如此師曰。也須相悉好。問常居正位底人還消得人天供養否。師曰。消不得。曰為什麼消不得。師曰。是什麼心行。曰什麼人消得。師曰。著衣吃飯底消得。師舉。稜和尚住招慶時。在法堂東角立謂僧曰。遮裡好致一問。僧便問。和尚為何不居正位。稜曰。為汝恁麼來。曰即今作麼生。稜曰。用汝眼作麼。師舉畢乃曰。他家恁麼問別是箇道理。如今作麼生道。後安國曰恁麼即大眾一時散去得也。師亦自代曰。恁麼即大眾一時禮拜。

(師は接いで言った。)「お前を瞎却すること敢えてせず。」言った。「如何なるか是れ人を殺すの刀。」師は言った。「只だ此の個是れ。」問うた。「鋒芒を犯さず如何に知音せん。」師は言った。「驢年に去れ。」問うた。「苦渋の処、師に乞うて一言せん。」師は言った。「殺すべき沈吟。」言った。「何を以てか此の如く。」師は言った。「亦た須らく相悉するを好しとすべし。」問うた。「常に正位に居る底の人は還って人天の供養を消得する否。」師は言った。「消得せず。」言った。「何を以てか消得せざる。」師は言った。「是れ何の心行。」言った。「何人か消得する。」師は言った。「衣を著け飯を喫する底は消得す。」師は挙げた。稜和尚が招慶に住する時、法堂の東角に立ちて僧に対して言った。「此の裏は好く一問を致すべし。」僧は便ち問うた。「和尚は何を為にか正位に居らざる。」稜が言った。「お前の恁么来るが為なり。」言った。「即今如何。」稜が言った。「お前の眼を用いて何を作さん。」師は挙げ畢りて乃ち言った。「他家の恁么問うは別に是れ個の道理有り。如今如何に道う。」後に安国が言った。「恁么ならば即ち大衆は一時に散去し得る也。」師も亦た自ら代えて言った。「恁么ならば即ち大衆は一時に礼拜せん。」

襄州雲蓋山雙泉院歸本禪師(亦曰西雙泉。以隋州有東雙泉故也)京兆府人也。幼出家。十六納戒念法華經。初禮雪峰。雪峰下禪床跨背而坐。師於是省覺。僧問。如何是雙泉。師曰可惜一雙眉。曰學人不會。師曰。不曾煩禹力湍流事不知。問如何是西來的的意。師乃搊住。其僧變色。師曰。我遮裡無遮箇。師手指纖長特異於人。號手相大師。

襄州雲蓋山双泉院の帰本禅師(亦た西双泉と曰う。隋州に東双泉有るを以てなり)は、京兆府の人。幼くして出家し、十六にして戒を納れ法華経を念じた。初め雪峯に礼した。雪峯は禅床を下りて背を跨いで坐った。師は是に於いて省覚した。僧が問うた。「如何なるか是れ双泉。」師は言った。「可惜一双の眉。」言った。「学人は会せず。」師は言った。「嘗て禹の力を煩わさず、湍流の事を知らず。」問うた。「如何なるか是れ西来の的的の意。」師は乃ち搊い住まった。其の僧は色を変えた。師は言った。「我此の裏に此の個無し。」師は手指纖長にして人に異特なり。手相大師と号す。

韶州林泉和尚(先住巘山)僧問。如何是塵。師曰。不覺成丘山。師謁白雲慈光大師辭出。白雲門送扶師下階曰。款款莫教躂倒。師曰。忽然躂倒又作麼生。白雲曰。更不用扶也。師大笑而退。

韶州林泉和尚(先に𪩘山に住す)。僧が問うた。「如何なるか是れ塵。」師は言った。「覚えずして丘山と成る。」師は白雲慈光大師に謁して辞し出でた。白雲は門まで送り、師を扶けて階を下りて言った。「款款たれ、跶倒せしむる莫れ。」師は言った。「忽然として跶倒せば又作么生。」白雲が言った。「更に扶くるを用いず。」師は大笑して退いた。

洛京南院和尚。問如何是法法不生。師曰。生也。有儒士博覽古今。時人呼為張百會。一日來謁師。師曰。莫是張百會麼。曰不敢。師以手於空畫一畫曰。會麼。曰不會。師曰一尚不會。什麼處得百會來。

洛京南院和尚。問うた。「如何なるか是れ法法生ぜず。」師は言った。「生ぜり。」儒士有りて古今を博覧す。時人はこれを張百会と呼ぶ。ある日来りて師に謁した。師は言った。「是れ張百会に非ずや莫し。」言った。「敢えてせず。」師は手を以て空に一画を画きて言った。「会すか。」言った。「会せず。」師は言った。「一すら尚お会せず、何の処か百会を得る。」

越州洞巖可休禪師。問如何是洞巖正主。師曰。開著。問如何是和尚親切為人處。師曰。大海不宿屍。問如何是向上一路。師舉衣領示之。問學人遠來請師方便。師曰。方便了也。

越州洞巖可休禅師。問うた。「如何なるか是れ洞巖の正主。」師は言った。「開きて著く。」問うた。「如何なるか是れ和尚の親切に人を為す処。」師は言った。「大海は屍を宿さず。」問うた。「如何なるか是れ向上の一路。」師は衣領を挙げてこれに示した。問うた。「学人遠く来たり、師に請うて方便せん。」師は言った。「方便し了えり。」

定州法海院行周禪師。問風恬浪靜時如何。師曰。吹倒南牆。問如何是道中寶。師曰。不露光。曰莫便是否。師曰。是即露也。

定州法海院行周禅師。問うた。「風恬かに浪静かなる時は如何。」師は言った。「南牆を吹倒す。」問うた。「如何なるか是れ道中の宝。」師は言った。「光を露わさず。」言った。「便ち是か否や莫し。」師は言った。「是ならば即ち露わる也。」

杭州龍井通禪師。處棲上座問。如何是龍井龍。師曰。意氣天然別。神筆畫不成。曰為什麼畫不成。師曰。出群不戴角不與類中同。曰還解行雨也無。師曰。普潤無邊際處處皆結粒。曰還有宗門中事也無。師曰有。曰如何是宗門中事。師曰從來無形段應物不曾虧。問如何是吹毛劍。師曰。拽出死屍著。

杭州竜井通禅師。処栖上座が問うた。「如何なるか是れ竜井の竜。」師は言った。「意気は天然に別なり、神筆も画き成さず。」言った。「何を以てか画き成さざる。」師は言った。「群を出でて角を戴かず、類中に与に同じからず。」言った。「還って雨を行うを解すや無か。」師は言った。「普く潤して辺際無く、処処皆粒を結ぶ。」言った。「還って宗門中の事有るや無か。」師は言った。「有り。」言った。「如何なるか是れ宗門中の事。」師は言った。「従来形段無し、物に応じて嘗て虧けず。」問うた。「如何なるか是れ毛を吹く剣。」師は言った。「死屍を拽出して著け。」

漳州保福院從展禪師福州人也。姓陳氏。年十五禮雪峰為受業師。十八本州大中寺具戒。遊吳楚間。後歸執侍雪峰。一日忽召曰。還會麼。師欲近前。雪峰以杖拄之。師當下知歸。作禮而退。又常以古今方便詢於長慶稜和尚。稜深許之。長慶稜和尚有時雲。寧說阿羅漢有三毒。不說如來有二種語。不道如來無語。只是無二種語。師曰。作麼生是如來語。曰聾人爭得聞。師曰。情知和尚向第二頭道。長慶卻問。作麼生是如來語。師曰。吃茶去(雲居錫雲。什麼處是長慶向第二頭道處)因舉。盤山雲。光境俱亡復是何物。洞山雲。光境未亡復是何物。師曰。據此二尊者商量猶未得勦絕。乃問長慶。如今作麼生道得勦絕。長慶良久。師曰。情知和尚向山鬼窟裡作活計。長慶卻問。作麼生。師曰。兩手扶犁水過膝。一日長慶問。見色便見心。還見船子麼。師曰見。曰船子且置。作麼生是心。師卻指船子(歸宗柔別雲。和尚只解問人)雪峰謂眾曰。諸上座。到望州亭與上座相見了。到烏石嶺與上座相見了。到僧堂前與上座相見了。師舉問鵝湖曰。僧堂前相見即且置只如望州亭烏石嶺什麼處是相見。鵝湖驟步入方丈。師歸僧堂(東禪齊雲。此二尊宿會處是相見不相見。試斷看)梁貞明四年丁丑歲漳州刺史王公欽承道譽創保福禪苑迎請居之。開堂日王公禮跪三請。躬自扶掖升堂。師曰。須起箇笑端作麼。然雖如此再三不容推免。諸仁者。還識麼。若識得便與古佛齊肩。時有僧出方禮拜。師曰。晴乾不肯去要待雨淋頭。僧乃申問曰。郡守崇建精舍大闡真風。便請和尚舉揚宗教。師曰。還會麼。曰恁麼即群生有賴也。師曰。莫把那不淨塗汙人好。僧出禮拜。師曰。大德好與麼莫覆卻船子。問泯默將何為則。師曰。落在什麼處。曰不會。師曰。𥋙(五合切)睡漢出去。師見一僧乃以杖子打露拄。又打其僧頭。僧作痛聲。師曰。

漳州保福院の従展禅師は、福州の人、姓は陳。年十五にして雪峯に礼して受業師と為し、十八に本州大中寺にて戒を具えた。呉楚の間を遊んだ。後に帰りて雪峯に執侍した。ある日忽ち召して言った。「還って会すか。」師は前に近づかんと欲した。雪峯は杖を以てこれを拄いた。師は当下に帰するを知り、礼を作して退いた。又常に古今の方便を以て長慶稜和尚に詢ねた。稜は深くこれを許した。長慶稜和尚は時に言った。「寧ろ阿羅漢に三毒有りと説け、如来に二種の語有りと説く莫れ。如来の語無しと道わず、只だ是れ二種の語無し。」師は言った。「如何なるか是れ如来の語。」言った。「聾人は争でか聞くを得ん。」師は言った。「情知す、和尚は第二頭に向かって道うを。」長慶は却って問うた。「如何なるか是れ如来の語。」師は言った。「茶を喫しに去れ。」(雲居の錫が言った。「何の処か是れ長慶が第二頭に向かって道う処。」)盤山の説くを挙げるの因り、「光境俱に亡びて復た是れ何物。」洞山が言った。「光境未だ亡びざれば復た是れ何物。」師は言った。「此に拠れば二尊者の商量は猶お剿絶を得ず。」乃ち長慶に問うた。「如今如何に道えば剿絶を得る。」長慶は良久とした。師は言った。「情知す、和尚は山鬼の窟裏に向かって活計を作すを。」長慶は却って問うた。「如何。」師は言った。「両手に犁を扶け水は膝に過ぐ。」ある日長慶が問うた。「色を見れば便ち心を見る。還って船子を見るか。」師は言った。「見る。」言った。「船子は且く置く、如何なるか是れ心。」師は却って船子を指した。(帰宗の柔が別に言った。「和尚は只だ人に問うを解す。」)雪峯は衆に対して言った。「諸の上座、望州亭に到りて上座と相見えり、烏石嶺に到りて上座と相見えり、僧堂の前に到りて上座と相見えり。」師は挙げて鵝湖に問うた。「僧堂の前の相見は即ち且く置く、只だ望州亭・烏石嶺は何の処か是れ相見の如き。」鵝湖は驟りて歩み方丈に入った。師は僧堂に帰った。(東禅の斉が言った。「此の二尊宿の会する処は是れ相見か不相見か。試みに断じて看よ。」)梁の貞明四年丁丑の歳、漳州刺史王公は道誉を欽承し、保福禅苑を創して迎請して居らしめた。堂を開く日、王公は礼跪して三請し、躬ら自ら扶掖して堂に升らしめた。師は言った。「個の笑端を起さんと須らく何を作さん。然りと雖も再三推免を容れず。諸の仁者、還って識るか。若し識得せば便ち古仏と肩を斉えん。」時に僧有りて出でて方に礼拜した。師は言った。「晴乾には肯じて去らず、雨淋頭を待つを要す。」僧は乃ち問を申した。「郡守は精舎を崇建して真風を大いに闡く。便ち和尚に請うて宗教を挙揚せん。」師は言った。「還って会すか。」言った。「恁么ならば即ち群生は頼み有る也。」師は言った。「那不浄を把りて人を塗污する好き莫れ。」僧は出でて礼拜した。師は言った。「大徳は好し與么、船子を覆却する莫れ。」問うた。「泯黙は何を将てか則と為す。」師は言った。「何の処に落つる。」言った。「会せず。」師は言った。「瞌睡の漢は出去せよ。」(底本は此の字を「𥋙」と作す)師は一僧を見て乃ち杖子を以て露柱を打ち、又其の僧の頭を打った。僧は痛みの声を作した。師は言った、

那箇為什麼不痛。僧無對(玄覺代雲。貪行拄杖)問摩騰入漢一藏分明。達磨西來將何指示。師曰。上座行腳事作麼生。曰不會。師曰。不會會取好。莫傍家取人處分。若是久在叢林。麁委些子遠近。可以隨處任真。其有初心後學未知次序。山僧所以不惜口業。向汝道塵劫來事。只在如今還會麼。然佛法付囑國王大臣郡守。昔同佛會今方如是。若是福祿榮貴則且不論。只如當時受佛付囑底事。還記得麼。若識得便與千聖齊肩。儻未識得直須諦信。此事不從人得。自己亦非言多。去道轉遠。直道言語道斷心行處滅。猶未是在。久立珍重。異日上堂大眾雲集。師曰。有人從佛殿後過見是張三李四。從佛殿前過為什麼不見。且道佛法利害在什麼處。僧曰。為有一分麁境所以不見。師乃叱之。自代曰。若是佛殿即不見。僧曰。不是佛殿還可見否。師曰。不是佛殿見什麼。問十二時中如何據驗。師曰。恰好據驗。曰學人為什麼不見。師曰。不可更揑目去也。問主伴重重極十方而齊唱。如何是極十方而齊唱。師曰。汝何不教別人問。問因言辯意時如何。師曰。因什麼言。僧低頭良久。師曰。擊電之機徒勞佇思。問欲入無為海須乘般若船。如何是般若船。師曰。便請。曰便恁麼進去時如何。師曰。也是涅槃堂裡漢。師見僧吃飯乃托缽曰。家常。僧曰。和尚是什麼心行。有尼到參。師曰。阿誰。侍者報曰。覺師姑。師曰。既是覺師姑用來作麼。尼曰。仁義道中即不無。師自別雲。和尚是什麼心行(玄覺因舉。法眼見僧擔土。乃以一塊土放擔上雲。吾助汝。僧雲。謝和尚慈悲。法眼不肯。有一僧別雲。和尚是什麼心行。法眼便休。玄覺徵雲。此三則語一般別有道理。什麼處是心行處)閩帥遣使送朱記到。師上堂曰。去即印住住即印破。僧曰。不去不住用印奚為。師乃打之。僧曰。恁麼即山鬼窟裡全因今日也。

(師は接いで言った。)「那の個は何を為にか痛まざる。」僧は対えず。(玄覚が代えて言った。「拄杖を行ずるを貪る。」)問うた。「摩騰の漢に入りて一蔵分明なり。達磨の西来は何を将てか指示せん。」師は言った。「上座の行脚の事は如何。」言った。「会せず。」師は言った。「会せざれば会取するを好しとせよ。傍家に人の処分を取る莫れ。若し是れ久しく叢林に在らば、粗く些子の遠近を委ね、随処に任真すべし。其の初心後学の未だ次序を知らざる有り、山僧の口業を惜しまざる所以、お前に向かって塵劫来の事を道う、只だ如今在るのみ。還って会すか。然るに佛法は国王大臣郡守に付嘱す。昔は仏会に同じく今方に此の如し。若し是れ福禄栄貴ならば則ち且く論ぜず。只だ当時仏の付嘱を受くる底の事の如き、還って記え得るか。若し識得せば便ち千聖と肩を斉えん。儻し未だ識得せざれば直ちに須らく諦信すべし。此の事は人より得ず、自己も亦た非ず。言多ければ道に去ること転た遠し。直ちに道えば言語道断し心行の処滅す、猶お未だ是に在らず。久しく立ちて珍重。」異日上堂して大衆雲の如く集まる。師は言った。「人有りて仏殿の後より過ぎて是れ張三李四を見、仏殿の前より過ぐれば何を為にか見ざる。且く道え、佛法の利害は何の処に在る。」僧は言った。「一分の粗境有るが為に見えざる所以。」師は乃ちこれを叱った。自ら代えて言った。「若し是れ仏殿ならば即ち見えず。」僧は言った。「仏殿に非ざれば還って見るべき否。」師は言った。「仏殿に非ざれば何を見る。」問うた。「十二時の中に如何に拠験する。」師は言った。「恰好に拠験す。」言った。「学人は何を為にか見ざる。」師は言った。「更に目を捏むべからず。」問うた。「主伴重重にして十方を極めて斉しく唱う。如何なるか是れ十方を極めて斉しく唱う。」師は言った。「お前何ぞ別人を教えて問わしめざる。」問うた。「言に因りて意を辨ずる時は如何。」師は言った。「何の言に因る。」僧は頭を低れて良久とした。師は言った。「電を撃つの機は徒らに佇思の労。」問うた。「無為の海に入らんと欲せば須らく般若の船に乗るべし。如何なるか是れ般若の船。」師は言った。「便ち請え。」言った。「便ち恁么に進入する時は如何。」師は言った。「亦是れ涅槃堂裏の漢。」師は僧の飯を喫するを見て乃ち鉢を托して言った。「家常。」僧は言った。「和尚は是れ何の心行。」尼有りて到りて参じた。師は言った。「阿誰。」侍者が報じて言った。「覚師姑。」師は言った。「既に是れ覚師姑ならば用いて来たりて何を作さん。」尼は言った。「仁義の道中には即ち無からず。」師は自ら別に言った。「和尚は是れ何の心行。」(玄覚は因りて挙げた。法眼は僧の土を担うを見、乃ち一塊の土を以て担の上に放して言った。「吾はお前を助く。」僧は言った。「和尚の慈悲を謝す。」法眼は肯んぜず。一僧有りて別に言った。「和尚は是れ何の心行。」法眼は便ち休んだ。玄覚は征して言った。「此の三則の語は一般にして別に道理有り。何の処か是れ心行の処。」)閩帥は使を遣わし朱印を送りて到らしめた。師は上堂して言った。「去れば即ち印住し、住すれば即ち印破る。」僧は言った。「去らず住せざれば印を用いて奚を為さん。」師は乃ちこれを打った。僧は言った。「恁么ならば即ち山鬼の窟裏は全く今日に因る也。」

師默而已(玄覺雲。什麼處是山鬼窟。叢林中道住在不去不住處。便是山鬼窟。所以打破。如此商量正是鬼窟。且道。保福打伊意作麼生)師問僧。什麼處來。曰江西。師曰。學得底那。曰拈不出。師曰。作麼生(法眼別雲。謾語)僧無對。師舉洞山真讚雲。徒觀紙與墨不是山中人。僧問。如何是山中人。師曰。汝試貌掠看。曰若不黠兒幾成貌掠。師曰。汝是黠兒。曰和尚是什麼心行。師曰。來言不豐。師見僧數錢乃展手曰。乞我一錢。曰和尚因何到恁麼地。師曰。我到恁麼地。曰若到恁麼地將取一文去。師曰。汝為何到恁麼地。師問僧什麼處來。曰江西觀音。師曰。還見觀音麼。曰見。師曰。左邊見右邊見。曰見時不歷左右(法眼別雲如和尚見)問如何是入火不燒入水不溺。師曰。若是水火即被燒溺。師問飯頭。鑊闊多少。曰和尚試量看。師以手作量勢。曰。和尚莫謾某甲。師曰。卻是汝謾我。問欲達無生路應須識本源。如何是本源。師良久卻問侍者。適來僧問什麼。其僧再舉。師乃喝出。曰我不患聾。問學人近入叢林乞師全示入路。師曰。若教全示我卻禮拜汝。師見一僧乃曰。汝作什麼業來得恁麼長大。曰和尚短多少。師蹲身作短勢。僧曰。和尚莫謾人好。師曰。卻是汝謾我。師令侍者屈隆壽長老雲。但獨自來莫將侍者來。壽曰。不許將來爭解離得。師曰。大殺恩愛。壽無對。師自代曰。更謝和尚上足傳示。師住保福僅一紀。學眾常不下七百。其接機利物不可備錄。閩帥禮重為奏命服。唐天成三年戊子示有微疾。僧入丈室問訊。師謂之曰。吾與汝相識年深。有何方術相救。僧曰。方術甚有。聞說和尚不解忌口(法燈別雲。和尚解忌口麼)又謂眾曰。吾旬日來氣力困劣別無他。只是時至。僧問。時既至矣。師去即是住即是。師曰道。曰恁麼即某甲不敢造次。師曰。失錢遭罪。言訖跏趺告寂。

(僧は接いで言った。師は黙のみ。)(玄覚が言った。「何の処か是れ山鬼の窟。叢林の中に道う、去らず住せざる処に住するは便ち是れ山鬼の窟、所以に打破す。此の如く商量するは正に是れ鬼の窟。且く道え、保福が伊を打つの意は如何。」)師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「江西。」師は言った。「学び得る底か那。」言った。「拈出せず。」師は言った。「如何。」(法眼が別に言った。「謾語。」)僧は対えず。師は洞山の真賛を挙げて言った。「徒らに紙と墨とを観るは是れ山中の人に非ず。」僧が問うた。「如何なるか是れ山中の人。」師は言った。「お前試みに貌掠して看よ。」言った。「若し黠児に非ざれば幾らくも貌掠を成さん。」師は言った。「お前は是れ黠児。」言った。「和尚は是れ何の心行。」師は言った。「来言は豊かならず。」師は僧の銭を数えるを見て乃ち手を展げて言った。「我一銭を乞わん。」言った。「和尚は因何に恁么の地に到る。」師は言った。「我は恁么の地に到る。」言った。「若し恁么の地に到らば一文を将て取りて去れ。」師は言った。「お前は何を為に恁么の地に到る。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「江西の観音。」師は言った。「還って観音を見るか。」言った。「見る。」師は言った。「左辺に見るか右辺に見るか。」言った。「見る時は左右を歴らず。」(法眼が別に言った。「和尚の見るが如し。」)問うた。「如何なるか是れ火に入りて焼かれず水に入りて溺れざる。」師は言った。「若し是れ水火ならば即ち焼溺せられん。」師は飯頭に問うた。「鑊の闊さは多少。」言った。「和尚試みに量りて看よ。」師は手を以て量るの勢を作した。言った。「和尚は某甲を謾する莫れ。」師は言った。「却って是れお前が我を謾する。」問うた。「無生の路に達せんと欲せば応に須らく本源を識るべし。如何なるか是れ本源。」師は良久として却って侍者に問うた。「適来の僧は何を問うた。」其の僧は再び挙げた。師は乃ち喝い出した。言った。「我は聾を患えず。」問うた。「学人近く叢林に入りて師に乞うて全く入路を示さん。」師は言った。「若し全く示さしめば我は却ってお前を礼拜せん。」師は一僧を見て乃ち言った。「お前何の業を作して恁么の長大を得て来たる。」言った。「和尚は短きこと多少。」師は身を蹲めて短きの勢を作した。僧は言った。「和尚は人を謾する好き莫れ。」師は言った。「却って是れお前が我を謾する。」師は侍者を令して隆寿長老を屈して言った。「但だ独自に来たれ、侍者を将て来る莫れ。」寿が言った。「将て来るを許さずんば争でか離れるを解せん。」師は言った。「大いに殺す恩愛。」寿は対えず。師は自ら代えて言った。「更に和尚の上足の伝示を謝す。」師は保福に住すること僅かに一紀。学衆は常に七百を下らず。其の機を接し物を利するは備え録すべからず。閩帥は礼を重んじ為に命服を奏した。唐の天成三年戊子に微疾有るを示した。僧は丈室に入りて問訊した。師は之に対して言った。「吾はお前と相識ること年深し。何の方術か有りて相救う。」僧は言った。「方術は甚だ有り。聞くに和尚は忌口を解せずと。」(法燈が別に言った。「和尚は忌口を解するか。」)又衆に対して言った。「吾は旬日の来気力困劣にして別に他無し。只だ是れ時至れり。」僧が問うた。「時既に至れり。師は去る即是か住する即是か。」師は言った。「道。」言った。「恁么ならば即ち某甲は敢えて造次せず。」師は言った。「銭を失いて罪に遭う。」言い訖りて跏趺して寂を告げた。

即三月二十一日也。

即ち三月二十一日なり。

泉州睡龍山道溥號弘教大師。福州福唐人也。姓鄭氏。寶林院受業。自雪峰印心住五峰。上堂曰。莫道空山無秖待。便歸方丈。僧問。凡有言句不出大千頂。未審頂外事如何。師曰。凡有言句不是大千頂。曰如何是大千頂。師曰。摩醯首羅天猶是小千界。問初心後學近入叢林方便門中乞師指示。師敲門枋。僧曰。向上還有事也無。師曰有。曰如何是向上事。師再敲門枋。

泉州睡竜山の道溥は、弘教大師と号す。福州福唐の人、姓は鄭。宝林院に業を受けた。雪峯より心を印されて五峯に住した。上堂して言った。「空山に只待無しと道う莫れ。」便ち方丈に帰った。僧が問うた。「凡そ言句有れば大千の頂を出でず。未だ審らかならず頂外の事如何。」師は言った。「凡そ言句有れば是れ大千の頂に非ず。」言った。「如何なるか是れ大千の頂。」師は言った。「摩醯首羅天は猶お是れ小千の界。」問うた。「初心後学近く叢林に入る方便門の中、師に乞うて指示せん。」師は門枋を敲いた。僧は言った。「向上に還って事有るや無か。」師は言った。「有り。」言った。「如何なるか是れ向上の事。」師は再び門枋を敲いた。

杭州龍興宗靖禪師台州人也。初參雪峰密承宗印。乃自誓充飯頭服勞逾十載。嘗於眾堂中袒一膊釘簾。雪峰覩而記曰。汝向後住持有千僧。其中無一人衲子也。師悔過辭歸故鄉住六通院。錢王命居龍興寺。有眾千餘唯三學講誦之徒。果如雪峰所誌。周廣順初年八十一。錢王請於寺之大殿演無上乘。黑白駢擁。僧問。如何是六通奇特之唱。師曰。天下舉去。問如何是六通家風。師曰。一條布衲一斤有餘。僧問。如何是學人進前一路。師曰。誰敢謾汝。曰豈無方便。師曰。早是屈抑也。問如何是和尚家風。師曰。早朝粥齋時飯。曰更請和尚道。師曰。老僧困。曰畢竟作麼生。師大笑而已。錢王特加禮重屢延入府。以始住院署六通大師。顯德元年甲寅季冬月示滅。壽八十四。塔於大慈山。

杭州竜興の宗靖禅師は、台州の人。初め雪峯に参じて密かに宗印を承け、乃ち自ら誓いて飯頭を充て労に服すこと十載に逾えた。嘗て衆堂の中に於て一膊を袒いで簾を釘づけた。雪峯は睹て記して言った。「お前は後に向かって住持せん、千僧有らんも其の中に一人の衲子も無からん。」師は過を悔い辞して故郷に帰り六通院に住した。銭王は命じて竜興寺に居らしめた。衆千余有りて唯だ三学講誦の徒のみ、果たして雪峯の志せるが如し。周の広順初年に八十一。銭王は請うて寺の大殿に於て無上乘を演ぜしめた。黑白は駢り擁した。僧が問うた。「如何なるか是れ六通の奇特の唱。」師は言った。「天下に挙げて去れ。」問うた。「如何なるか是れ六通の家風。」師は言った。「一条の布衲は一斤余有り。」僧が問うた。「如何なるか是れ学人の前に進む一路。」師は言った。「誰か敢えてお前を謾する。」言った。「豈に方便無けんや。」師は言った。「早く已に是れ屈抑なり。」問うた。「如何なるか是れ和尚の家風。」師は言った。「早朝の粥、斎時の飯。」言った。「更に和尚に請うて道わん。」師は言った。「老僧は困れたり。」言った。「畢竟如何。」師は大笑するのみ。銭王は特に礼を加え重んじ、屢々府に延入した。始めて院に住するを以て六通大師を署した。顕徳元年甲寅季冬の月に滅を示した。寿は八十四。大慈山に塔す。

福州南禪契璠禪師上堂曰。若是名言妙句諸方總道了也。今日眾中還有超第一義者。致得一句麼。若有即不孤負於人。時有僧問。如何是第一義。師曰。何不問第一義。曰見問。師曰。已落第二義也。問古佛曲調請師和。師曰。我不和汝雜亂底。曰未審為什麼人和。師曰。什麼處去來。

福州南禅契璠禅師は上堂して言った。「若し是れ名言妙句ならば諸方は總て道い了えり。今日衆中に還って第一義を超える者有り、一句を致すを得るか。若し有らば即ち人を孤負せず。」時に僧が問うた。「如何なるか是れ第一義。」師は言った。「何ぞ第一義を問わざる。」言った。「問うを見る。」師は言った。「已に第二義に落ちたり。」問うた。「古仏の曲調、師に請うて和せん。」師は言った。「我はお前の雑乱の底に和せず。」言った。「未だ審らかならず何人の為に和する。」師は言った。「何の処か去り来たる。」

越州諸暨縣越山師鼐號鑒真禪師。初參雪峰而染指。後因閩王請於清風樓齋。坐久。舉目忽覩日光。豁然頓曉。而有偈曰。

越州諸曁県越山の師鼐は、鑑真禅師と号す。初め雪峯に参じて指を染めた。後に閩王の請うて清風楼に斎するの因り、坐すること久し。目を挙げて忽ち日光を睹て、豁然として頓に暁えた。而して偈有りて言った。

清風樓上赴官齋此日平生眼豁開

清風楼上に官斎に赴き、此の日平生の眼豁らかに開く。

方知普通年遠事不從蔥嶺路將來

方に知る普通年遠の事、葱嶺の路より将て来らざるを。

歸呈雪峰。雪峰然之。僧問。如何是佛身。師曰。汝問那箇佛身。曰釋伽佛身。師曰。舌覆三千界。師臨終時集眾。示一偈曰。

帰りて雪峯に呈した。雪峯はこれを然とした。僧が問うた。「如何なるか是れ仏身。」師は言った。「お前那の個の仏身を問う。」言った。「釈迦の仏身。」師は言った。「舌は三千界を覆う。」師は終わるに臨みて衆を集め、一偈を示して言った。

眼光隨色盡耳識逐聲消

眼光は色に随いて尽き、耳識は声を逐いて消ゆ。

還源無別旨今日與明朝

源に還るに別の旨無し、今日と明朝と。

偈畢跏趺而逝。

偈畢りて跏趺して逝いた。

南嶽金輪可觀禪師福州福唐人也。姓蘇氏。依石佛寺齊合禪師披剃戒度既圓。便參雪峰。雪峰曰。近前。師方近前作禮。雪峰舉足蹋之。師忽然冥契。師事十二載。復歷叢林止南嶽法輪峰。師上堂謂眾曰。我在雪峰遭他一蹋。直至如今眼不開。不知是何境界。僧問。如何是西來意。師曰。不是。大眾夜參後下堂。師召曰大眾。眾迴首。師曰。看月。大眾看月。師曰月似彎弓少雨多風。眾無對。問古人道。毘盧有師法身有主。如何是毘盧師法身主。師曰。不可床上安床。問如何是日用事。師拊掌三下。僧曰。學人未領此意。師曰。更待什麼。問從上宗乘如何為人。師曰。我今日未吃茶。曰請師指示。師曰。過也。問正則不問請師傍指。師曰。抱取貓兒去。師問僧。什麼處來。曰華光。師即托出閉門。僧無對。問路逢達道人不將語默對未審將何對。師曰。咄出去。師問僧。作麼生是覿面事。曰請師鑒。師曰。恁麼道還當麼。曰故為即不可。師曰。別是一著。問如何是靈源一路。師曰。蹋過作麼。雪峰院主有書來招師曰。山頭和尚年尊也長老何不再入嶺一轉。師迴書曰。待山頭和尚別有見解即入嶺。有僧問。如何是雪峰見解。師曰。我也驚。

南岳金輪の可観禅師は、福州福唐の人、姓は蘇。石仏寺の斉合禅師に依りて披剃した。戒度既に円し、便ち雪峯に参じた。雪峯が言った。「前に近づけ。」師は方に前に近づき礼を作した。雪峯は足を挙げてこれを踏んだ。師は忽然として冥契した。師事すること十二載。復た叢林を歴りて南岳法輪峯に止まった。師は上堂して衆に対して言った。「我は雪峯に在りて他の一踏に遭い、直ちに如今に至るまで眼開かず。是れ何の境界かを知らず。」僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「是に非ず。」大衆は夜参の後堂を下る。師は召して言った。「大衆。」衆は首を回らした。師は言った。「月を看よ。」大衆は月を看た。師は言った。「月は弯弓に似て雨少なく風多し。」衆は対えず。問うた。「古人の道う、毘盧に師有り法身に主有り。如何なるか是れ毘盧の師、法身の主。」師は言った。「床上に床を安ずべからず。」問うた。「如何なるか是れ日用の事。」師は掌を三度拊いた。僧は言った。「学人は未だ此の意を領せず。」師は言った。「更に何を待たん。」問うた。「従上の宗乗は如何に人を為す。」師は言った。「我は今日未だ茶を喫せず。」言った。「師に請うて指示せん。」師は言った。「過ぎたり。」問うた。「正ならば則ち問わず、師に請うて傍らに指さん。」師は言った。「猫児を抱取して去れ。」師は僧に問うた。「何の処か来たる。」言った。「華光。」師は即ち托出して門を閉じた。僧は対えず。問うた。「路に達道の人に逢い語黙を将て対せず、未だ審らかならず何を将てか対せん。」師は言った。「咄、出去せよ。」師は僧に問うた。「如何なるか是れ覿面の事。」言った。「師に請うて鑑せん。」師は言った。「恁么道えば還って当たるか。」言った。「故に為すは即ち不可。」師は言った。「別に是れ一著。」問うた。「如何なるか是れ霊源の一路。」師は言った。「踏み過ぎて何を作さん。」雪峯の院主に書有りて来たり師を招きて言う。「山頭和尚は年尊きなり。長老は何ぞ再び嶺に入りて一転せざる。」師は書を回して言った。「山頭和尚が別に見解有るを待ちて即ち嶺に入らん。」僧有りて問うた。「如何なるか是れ雪峯の見解。」師は言った。「我も亦た驚く。」

泉州福清院玄訥禪師高麗人也。初住福清道場傳象骨之燈。學者歸慕。泉守王公問。如何是宗乘中事。師叱之。僧問。如何是觸目菩提。師曰。闍梨失卻半年糧。曰為什麼失卻半年糧。師曰。只為圖他一斗米。問如何是清淨法身。師曰。蝦蟇曲蟮。問教雲。唯一堅密身一切塵中現。如何是堅密身。師曰。驢馬貓兒。曰乞師指示。師曰。驢馬也不會。問如何是物物上辨明。師展一足示之。師住福清三十年。大闡玄風終於本山。

泉州福清院の玄訥禅師は、高麗の人。初め福清道場に住して象骨の燈を伝えた。学者は帰慕した。泉守の王公が問うた。「如何なるか是れ宗乗中の事。」師は之を叱った。僧が問うた。「如何なるか是れ触处の菩提。」師は言った。「闍梨は半年の糧を失却せり。」言った。「何を為にか半年の糧を失却する。」師は言った。「只だ他の一斗の米を図るが為なり。」問うた。「如何なるか是れ清浄の法身。」師は言った。「蝦蟆と曲蟮。」問うた。「教に云う、唯だ一堅密の身は一切塵中に現ず。如何なるか是れ堅密の身。」師は言った。「驢馬と猫児。」言った。「師に乞うて指示せん。」師は言った。「驢馬すらも会せず。」問うた。「如何なるか是れ物物の上に辨明する。」師は一足を展げて之に示した。師は福清に住すること三十年。大いに玄風を闡きて本山に終わった。

韶州雲門山文偃禪師。姑蘇嘉興人也。姓張氏。初參睦州陳尊宿發明大旨。後造雪峰而益資玄要。因藏器混眾。於韶州靈樹敏禪師法席居第一座。敏將滅度遺書於廣主。請接踵住持。師不忘本以雪峰為師。開堂日廣主親臨曰。弟子請益。師曰。目前無異路(法眼別雲。不可無益於人)師雲。莫道今日謾諸人好抑不得。已向諸人道遮裡作一場狼藉。忽遇明眼人見謂之一場笑具。如今亦不能避得也。且問爾諸人。從上來有什麼事。欠少什麼。向爾道無事亦是謾爾也。須到遮田地始得。亦莫趁口頭亂問。自己心裡黑漫漫地。明朝後日大有事在。爾若是根性遲迴。且向古人建化門庭東覻西覻看。是箇什麼道理。汝欲得會麼。都緣是汝自家無量劫來妄想濃厚。一期聞人說著便生疑心。問佛問祖。向上向下求覓解會。轉沒交涉。擬心即差。況復有言。莫是不擬心麼。更有什麼事。珍重。師上堂雲。我事不獲已。向爾諸人道直下無事。早是相埋沒了也。爾諸人更擬進步。向前尋言逐句求覓解會。千差萬巧廣設問難。只是贏得一場口滑。去道轉遠有什麼休歇時。此箇事若在言語上。三乘十二分教豈是無言語。因什麼更道教外別傳。若從學解機智得。只如十地聖人說法如雲如雨。猶被呵責。見性如隔羅縠。以此故知。一切有心天地懸殊。雖然如此若是得底人。道火不可燒。口終日說事不曾掛著唇齒。未曾道著一字。終日著衣吃飯。未嘗觸一粒米掛一縷線。雖然如此猶是門庭之說也。須實得恁麼始得。若約衲僧門下。句裡呈機徒勞佇思。直饒一句下承當得。猶是瞌睡漢。師雲。三乘十二分教橫說竪說。天下老和尚縱橫十字說。與我捻針鋒許說底道理來看。恁麼道死馬醫。雖然如此且有幾箇到此境界。不敢望汝言中有響句裡藏鋒。瞬目千差風恬浪靜。伏惟尚饗珍重。師上堂雲。諸兄弟。盡是諸方參尋知識決擇生死。

韶州雲門山の文偃禅師は、姑蘇嘉興の人、姓は張。初め睦州の陳尊宿に参じて大旨を発明した。後に雪峯に造りて益々玄要に資えた。器を蔵して衆に混ずるの因り、韶州霊樹敏禅師の法席に於て第一座に居った。敏は将に滅度せんとして書を広主に遺し、踵を接いで住持せしめんことを請うた。師は本を忘れず、雪峯を以て師と為した。堂を開く日、広主は親ら臨みて言った。「弟子は益を請う。」師は言った。「目前に異路無し。」(法眼が別に言った。「人に益無きべからず。」)師は言った。「今日諸人を謾すと道う莫れ。抑も已むを得ずして諸人に向かって道う、此の裏に一場の狼藉を作す。忽ち明眼の人に遇い見れば、之を一場の笑具と謂わん。如今も亦た避くる能わざるなり。且くお前諸人に問う。従上来りて何の事か有る。何を欠少する。お前に向かって事無しと道うも亦是れお前を謾するなり。須らく此の田地に到って始めて得べし。亦た口頭に趁りて乱りに問う莫れ。自心の裏は黒漫漫たり。明朝後日に大いに事有りて在り。お前若し是れ根性の遲回ならば、且く古人の建化の門庭に向かい東に覗き西に覗いて看よ。是れ箇の何の道理か。お前会せんことを欲するか。都て是れお前自家の無量劫来の妄想濃厚に縁る。一期人の説き著るを聞けば便ち疑心を生じ、仏を問い祖を問い、向上に向下に解会を求覓し、転た没交渉す。心を擬すれば即ち差し、況んや復た言有るをや。是れ心を擬せざるに非ざるや莫し。更に何の事か有る。珍重。」師は上堂して言った。「我事已むを得ずしてお前諸人に向かって道う、直下に事無し、早く已に是れ相埋没する也。お前諸人は更に歩を進めて前に向かい言を尋ね句を逐いて解会を求覓せんと擬す。千差万巧に広く問難を設くるも、只だ一場の口滑を贏得するのみ。道に去ること転た遠くして何の休歇の時か有らん。此の個の事若し言語の上に在らば、三乗十二分教は豈に是れ言語無けんや。因何に更に教外別伝と道う。若し学解の機智より得れば、只だ十地の聖人の法を説くこと雲の如く雨の如くなるも、猶お呵責を被り、性を見ること羅縠を隔つるが如し。此を以て故に知る、一切の有心は天地懸殊なり。此の如くと雖も若し是れ得る底の人ならば、火を道うも焼くべからず、口は終日事を説いて嘗て唇歯に挂著せず、未曾て一字を道い著せず、終日衣を著け飯を喫して未だ嘗て一粒の米に触れず一縷の線に挂からず。此の如くと雖も猶お是れ門庭の説なり。須らく実に恁么を得て始めて得べし。若し衲僧の門下に約すれば、句裏に機を呈すは徒らに佇思の労、直饒一句の下に承当し得るも、猶お是れ瞌睡の漢。」師は言った。「三乗十二分教は横に説き竪に説き、天下の老和尚は縦横十字に説く。我と針鋒許りに説く底の道理を捻じて来りて看よ。恁么道うは死馬を医す。此の如くと雖も且く幾つかの此の境界に到る有り。敢えてお前の言中に響有り句裏に鋒を蔵むを望まず。目を瞬くれば千差、風恬かに浪静かなり。伏して惟れ尚く飨れ、珍重。」師は上堂して言った。「諸の兄弟、尽く是れ諸方の知識に参尋して生死を決択す。

到處豈無尊宿垂慈方便之詞。還有透不得底句麼。出來舉看。老漢大家共爾商量。時有僧出來禮拜擬舉次師雲。去去西天路迢迢十萬餘。問學人簇簇地商量箇什麼。雲。大眾久立。師雲。舉一則語。教汝直下承當。早是撒尿著汝頭上。直饒捻一毫頭。盡大地一時明得。也是剜肉作瘡。雖然如此汝亦須實到遮箇田地始得。若未切不得掠。虛卻須退步向自己根腳下推尋看。是箇甚麼道理。實無絲髮與汝作解會與汝作疑惑。汝等各各且當人一段事大用現前。更不煩汝一毫頭氣力。便與祖佛無別。自是諸人信根淺薄惡業濃厚。突然起得許多頭角。擔缽囊千鄉萬裡受屈。且汝諸人有什麼不足處。大丈夫漢阿誰無分。觸目承當得猶是不著便。不可受人欺謾取人處分。才見老和尚動口。便好把特石驀口塞。便是屎上青蠅相似鬪競接將去。三箇五箇聚頭地商量。苦屈。兄弟。他古德一期為爾諸人不奈何。所以方便垂一言半句通汝入路。遮般事拈放一邊。獨自著些子筋骨。豈不是有少許相親處。快與快與。時不待人出息不保入息。更有什麼身心別處閑用。切須在意在意珍重。師雲。盡乾坤把一時將來著汝眼睫上。爾諸人聞恁麼道。不敢望爾出來性𭟡把老漢打一摑。且緩緩子細看。是有是無。是箇什麼道理。直饒向遮裡明得。若遇衲僧門下好搥折兩腳。汝若是箇人。聞說道什麼處有老宿出世。便好驀面唾汙我耳目。汝若不是箇腳手。才聞人舉便當荷得早落第二機也。汝且看。他德山和尚才見僧上來拽拄杖便打趁。睦州和尚才見入門來。便雲。且放汝三十棒。或時雲見成公案自餘之輩合作麼生。若是一般掠虛漢。食人涎唾記得一堆。一擔骨董到處逞。驢唇馬嘴誇我解問十轉五轉話。饒爾從朝問到夜論劫。恁麼還曾夢見也未。什麼處是與人著力處。似遮般底。有人屈衲僧齋。也道我得飯吃。堪什麼共語。

(師は接いで言った。)処に到るごとに豈に尊宿の慈悲方便の詞無けんや。還って透り得ざる底の句有るか。出でて来りて挙げて看よ。老汉は大家お前と共に商量せん。」時に僧有りて出でて来り礼拜して挙げんと擬する次に、師は言った。「去れ去れ。西天の路は迢迢として十万余り。」問うた。「学人は簇簇として個の何を商量する。」言った。「大衆久しく立つ。」師は言った。「一則の語を挙げてお前を教えて直下に承当せしめんも、早く已に是れ尿を撒きてお前の頭上に著く。直饒一毫頭を捻ずるも、大地を尽くして一時に明るく得るも、亦是れ肉を剜いて瘡を作す。此の如くと雖もお前も亦た須らく実に此の田地に到って始めて得べし。若し未だ切ならざれば虚を掠るを得ず、却って須らく歩を退きて自己の根脚の下に向かい推尋して看よ。是れ箇の甚麽の道理か。実に糸髪も無くお前に与りて解会を作しお前に与りて疑惑を作さず。お前等各々且く当人の一段の事の大用现前に当たれ。更にお前の一毫頭の気力を煩わさず。便ち祖仏と別無し。自ら是れ諸人の信根浅薄にして悪業濃厚なり、突然として許多の頭角を起し得て、鉢囊を担いで千郷万里屈を受く。且くお前諸人に何の不足の処か有る。大丈夫漢は阿誰か分無き。目に触れて承当し得るも猶お是れ便に著かざるなり。人の欺謾を受け人の処分を取るべからず。才だに老和尚の口を動かすを見れば、便ち好く特石を把りて蓦く口を塞ぐべし。便ち是れ屎上の青蠅に相似て鬥競して接し将て去る。三個五個聚頭して地に商量す。苦しき屈なり兄弟。他の古徳は一期お前諸人を為に奈何ともせざれば、方便に一言半句を垂れてお前の入路を通ず所以なり。此の般の事は拈じて一辺に放ち、独自に些子の筋骨を著けよ。豈に是れ少許の相親の処有らざらんや。快し與え快し與え。時は人を待たず。出息は入息を保たず。更に何の身心か別の処に閑用有らん。切に須らく意に在意せよ、珍重。」師は言った。「乾坤を尽くして一時に把りて将て来りてお前の眼睫の上に著く。お前諸人は恁么道うを聞く、敢えてお前の出でて来り性燥にして老汉を把りて一掴を打つを望まず。」(底本は此の字を「𭟡」と作す、即ち燥)「且く緩緩として子細に看よ。是れ有るか是れ無るか。是れ箇の何の道理か。直饒此の裏に向かい明るく得るも、若し衲僧の門下に遇わば好く两脚を搥折すべし。お前若し是れ個の人ならば、何の処にか老宿の出世する有りと道うを聞かば、便ち好く面を蓦いて我の耳目を唾污すべし。お前若し是れ個の脚手に非ざれば、才だに人の挙ぐるを聞かば便ち荷得して早く第二機に落つるを当たるべし。お前且く看よ。他の徳山和尚は才だに僧の上り来たるを見れば拄杖を拽いて便ち打ち趁す。睦州和尚は才だに門に入り来たるを見れば便ち説く、且くお前の三十棒を放すと。或る時は見成の公案を説く。自余の輩は如何に作すべきを合する。若し是れ一般の虚を掠る漢、人の涎唾を食らいて一堆を記え得て、一担の骨董を処に到るごとに逞しゅうし、驢唇馬嘴に我が十転五転の話を問うを解すと夸る。お前を饒して朝より問い夜に至るまで劫を論ぜしむるも、恁么なるも嘗て夢にも見るや未だ。何の処か是れ人と力を著くる処。此の般の底に似たるは、人有りて衲僧の斎に屈すれば、亦た道う我は飯を喫するを得ると。何を堪えて共に語らん。

他日閻羅王面前不取爾口解說。諸兄弟。若是得底人他家依眾遣日。若也未得切莫容易。過時。大須子細。古人大有葛藤相為處。即如雪峰和尚道。盡大地是汝。夾山雲。百草頭識取老僧。市門頭認取天子。樂普雲。一塵才舉大地全收。一毛師子全身。總是汝把取翻覆思量日久歲深。自然有箇入路。此事無爾替代處。莫非各在當人分上。老和尚出世只是為爾證明。汝若有少許來由。且昧爾亦不得。爾若實未得方便撥汝。則不可兄弟一等是蹋破草鞋。拋卻師僧父母行腳。直須著些子精彩始得實。若有箇入頭處遇著一個咬豬狗腳手。不惜性命入泥入水相為。有可咬嚼。劄上眉毛高掛缽囊。拗折拄杖。十年二十年擬取徹頭。莫愁不成辦。直是今生未得徹頭。來生亦不失人身。向此箇門中亦乃省力。不虛孤負平生。亦不孤負師僧父母十方施主。直須在意。莫空遊州獵縣橫擔柱杖一千二千里走趁。遮邊經冬那邊過夏。好山水堪取性。多齋供易得衣缽。苦屈圖他一粒米。失卻半年糧。如此行腳有什麼利益。信心檀越把菜粒米作麼生消得。直須自看。時不待人。忽然一日眼光落地到來前頭將什麼抵擬。莫一似落湯螃蟹手腳忙亂。無爾掠虛說大話處。莫將等閑空過時光。一失人身萬劫不復。不是小事。莫據目前。古人尚道朝聞道夕死可矣。況我沙門。日夕合履踐箇什麼事。大須努力。努力珍重。師雲。汝等沒可恁麼了見人道著祖意。便問箇超佛越祖之談。汝且喚那箇為佛那箇為祖。且說箇超佛越祖底道理。問箇出三界。爾把將三界來看。有什麼見聞覺知隔礙著爾有什麼聲色可與爾了了什麼椀。以阿那箇為差殊之見。他古聖不奈何。橫身為物道箇舉體全真物物覿體不可得。我向爾道。直下有什麼事。早是相埋沒了也。爾若實未有入頭處。且中私獨自參詳。除卻著衣吃飯屙屎送尿。更有什麼事。無端起得許多妄想作什麼。

(師は続けて言った。)「他日閻羅王の面前にて、お前の口で解説するとは取られぬぞ。諸兄弟、得たる人ならば他家の衆に依りて日を遣れ。まだ得ざれば切に容易に時を過ごすな。大いに子細たれ。古人は大いに葛藤を相為する處あり。即ち雪峯和尚の道うが如し、盡大地は是れ汝なりと。夾山は言う、百草頭に老僧を識り取り、市門頭に天子を認め取れと。樂普は言う、一塵纔かに挙げれば大地全く收む、一毛は師子の全身なりと。總じて是れ汝把取して翻覆思量すること日久く歲深ければ、自然に箇の入路有らん。此の事に汝の替代する處無し。各が当人の分上に在るのみ。老和尚の出世は只だ汝が為に證明するのみ。汝若し少許の來由有れば、且く昧くとも汝を得せざるなり。汝若し實に未だ得ざれば、方便にて汝を撥けば則ち不可なり。兄弟は一等に草鞋を踏破り、師僧父母を抛却して行脚す。直ちに些子の精彩を著けて始めて實とすべし。若し箇の入頭處有りて一個の猪狗を咬む脚手に遇わば、性命を惜しまず泥に入り水に入りて相為せ。咬み嚼む可き有り。眉毛を札り上げ鉢嚢を高く挂け、拄杖を拗折して、十年二十年徹頭を擬取せん。成辦せざるを愁うる莫れ。直に今生未だ徹頭を得ずとも、來生も人身を失わず。此の箇の門中に向かうも亦乃ち省力なり。虛しく平生を孤負せず、亦師僧父母十方の施主を孤負せず。直ちに在意すべし。空しく州を遊び縣を獵り、拄杖を横担して一千二千里を走趁する莫れ。こちらにて冬を經え彼方にて夏を過ごし、好山水は性を取るに堪え、多き齋供は衣鉢を得易し。苦屈して他の一粒米を圖り、半年の粮を失却せん。如此の行脚、什麼の利益か有らん。信心の檀越の把る菜粒の米を作么生消得せん。直ちに自ら看よ。時は人を待たず。忽然として一日眼光落地して前頭に到來せば、何を將て抵擬せん。落湯の螃蟹のごとく手脚忙亂する莫れ。汝に掠虛して大話を說く處無し。等閑を將にして空しく時光を過ごす莫れ。一たび人身を失えば萬劫復たせん。小事に非ず。目前に據る莫れ。古人も尚道う、朝に道を聞けば夕に死す可しと。況んや我が沙門。日夕に履踐すべき箇の何事ぞ。大いに努力努力、珍重。」師は言った。「汝らは恁么する可きが無い。人が祖意を道著するを見れば、便ち箇の超佛越祖の談を問う。汝且く阿那箇を佛と喚び阿那箇を祖とせん。且く箇の超佛越祖の道理を說け。箇の三界を出づるを問わば、汝三界を把將して來り看よ。什麼の見聞覺知か有りて汝を隔礙する。什麼の聲色か汝と了了する可き、什麼の碗。阿那箇を以て差殊の見と為す。他の古聖も奈何せず、橫身して物と為り、箇の舉體全真を道い、物物觌體得すべからず。我汝に道う、直下に什麼の事かある。早く是れ相埋沒せり。汝若し實に未だ入頭の處有らざれば、且く中私に獨り參詳せよ。著衣喫飯屙屎送尿を除却して、更に什麼の事かある。無端に許多の妄想を起して什麼とする。」

更有一般底。恰似等閑相似。聚頭學得箇古人話路。識性記持妄想卜度。道我會佛法了也。只管說葛藤取性過時。更嫌不稱意。千鄉萬裡拋卻老爺孃師僧和尚。作遮去就遮般打約野禿有什麼死急行腳去。師上堂雲。故知時運澆漓迨於像季。近日師僧北去禮文殊。南去遊衡嶽。若恁麼行腳名字比丘徒消信施。苦哉苦哉。問著黑似漆相似。只管取性過時。設使有三箇兩箇。枉學多聞記持話路。到處覓相似言語印可老宿。輕忽上流作薄福德業。他日閻羅王釘爾之時。莫道無人向爾說。若是初心後學。直須著精神莫空記人說。情多虛不如少實。向後只是自賺。有什麼事近前。師上堂大眾雲集。師以拄杖指面前雲。乾坤大地微塵諸佛總在裡許。爭佛法各覓勝負。還有人諫得麼。若無人諫得。待老漢與爾諫。時有僧出雲。便請和尚諫。師雲。遮野狐精。師雲。汝諸人傍家行腳。皆是河南海北各各盡有生緣。所在還自知得麼。試出來舉看。老漢與汝證明。有麼有麼出來。汝若不知老漢謾爾去也。汝欲得知若生緣在北。北有趙州和尚。五臺山有文殊。總在遮裡。若生緣在南。南有雪峰臥龍西堂鼓山。總在遮裡。汝欲得識麼。欲得識向遮裡識取。若不見亦莫掠虛。見麼見麼。且看老僧騎佛殿出去也。珍重。師上堂雲。天親菩薩無端變作一條楖𣗖木杖。乃畫地一下雲。塵沙諸佛盡向遮裡葛藤。便下堂。師雲。我看爾諸人二三機中不能覯得。空披衲衣何益。汝還會麼。與汝注破。久後諸方若見老宿舉一指竪一拂子云是禪是道。拽拄杖打破頭便行。若不如此。盡是天魔眷屬壞滅吾宗。汝若不會。且向葛藤社裡看。我尋常向汝道。微塵剎土三世諸佛。西天二十八祖唐土六祖。盡在拄杖頭上說法。神通變現聲應十方。一任縱橫。爾還會麼。若不會且莫掠虛。然雖據實實是諦見也未。直饒到此田地。未曾夢見衲僧。

(師は続けて言った。)「更に一般の底あり。恰似等閑に相似たり。聚頭して學び得たる箇の古人の話路を、識性に記持して妄想卜度し、道う我佛法を會し了れりと。只管に葛藤を說き取性して時を過ごす。更に稱意せざるを嫌う。千鄉萬里に老爺娘師僧和尚を抛却し、此の去就を作す。这般の打約野秃、什麼の死急あって行脚せる。」師は上堂して言った。「故に知る、時運澆漓して像季に迨ぶと。近日の師僧は北へ去りて文殊を禮し、南へ去りて衡岳に遊ぶ。若し恁么に行脚せば名字比丘、徒らに信施を消す。苦哉苦哉。問著せば黑く漆に似たり。只管に取性して時を過ごす。設し三個兩個有るとも、枉げて多聞を學び話路を記持し、到處に相似の言語を覓めて老宿に印可を求め、上流を輕忽し薄福の德業を作す。他日閻羅王が汝を釘づくる時、無人汝に說くと道う莫れ。若し是れ初心後學ならば、直ちに精神を著けて空しく人の說を記える莫れ。情多き虛は少き實に如かず。後に向かうは只だ自ら賺すのみ。什麼の事かあれば近前せよ。」師は上堂し大眾雲集す。師は拄杖を以て面前を指して言った。「乾坤大地微塵の諸佛、總て里許に在り。佛法を爭いて各々勝負を覓めん。還って諫め得る者有るか。若し人諫め得る無ければ、老漢が汝と諫めんを待て。」時に僧出でて言った。「便ち和尚に諫めんことを請う。」師は言った。「此の野狐精め。」師は言った。「汝諸人の傍家の行脚は、皆是れ河南海北、各々盡く生緣有り。所在に還って自ら知り得るか。試しに出でて舉げて看よ。老漢が汝と證明せん。有るか有るか、出でよ。汝若し知らざれば老漢が汝を謾して去る。汝欲して知らば、若し生緣北に在らば、北に趙州和尚有り、五臺山に文殊有り。總て此の里に在り。若し生緣南に在らば、南に雪峯臥龍西堂鼓山有り。總て此の里に在り。汝識るを欲するか。識るを欲せば此の里に向かいて識り取れ。若し見ざれば亦掠虛する莫れ。見るか見るか。且く看よ、老僧佛殿に騎りて出で去らんを。珍重。」師は上堂して言った。「天親菩薩、無端に變作して一條の楖栗木杖と為る。」乃ち地を畫して一下して言った。「塵沙の諸佛、盡く此の里に向かいて葛藤す。」便ち堂を下る。師は言った。「我看るに汝諸人、二三の機中に觏ること能わず。空しく衲衣を披きて何の益ぞ。汝還って會するか。汝と注破せん。久しき後、諸方にて若し老宿が一指を舉げ一拂子を竪てて是れ禪是れ道と說くを見ば、拄杖を拽りて頭を打破りて便ち行け。若し此くの如くせざれば、盡く是れ天魔の眷屬にして吾が宗を壞滅せん。汝若し會せざれば、且く葛藤社里に向かいて看よ。我尋常に汝に道う、微塵の刹土三世の諸佛、西天の二十八祖唐土の六祖、盡く拄杖頭上に法を說きて、神通變現聲十方に應じ、一任に縱橫す。汝還って會するか。若し會せざれば且く掠虛する莫れ。然りと雖も實に據れども、實に是れ諦見未だなり。直饒此の田地に到るとも、未曾だ衲僧を夢見ず。

沙彌在三家村裡不逢一人。師驀起以拄杖劃地一下雲。總在遮裡。又劃一下雲。總從遮裡出去也珍重。師上堂雲。和尚子。衲僧直須明取衲僧鼻孔。且作麼生是衲僧鼻孔。眾皆無對。師雲。摩訶般若波羅蜜大普請下去。師上堂雲。諸和尚子。饒爾道有什麼事。猶是頭上著頭。雪上加霜。棺木裡瞠眼。炙瘡瘢上著艾燋。遮箇一場狼藉不是小事。爾合作麼生各自覓取箇託生處。好莫空遊州獵縣。只欲捉搦閑話。待老和尚口動。便問禪問道向上向下如何若何。大卷抄了塞在皮袋裡卜度。到處火鑪邊三箇五箇聚頭。口喃喃舉更道。遮箇是公才語。遮箇是從裡道出語。遮箇是就事上道底語。遮箇是體語體。爾屋裡老爺老孃。噇卻飯了只管說夢便道我會佛法了也。將知爾行腳驢年得箇休歇麼。更有一般底。才聞人說箇休歇處。便向陰界裡閉眉閤眼。老鼠孔裡作活計。黑山下坐鬼趣裡。體當便道得箇入頭路。夢見麼。似遮般底殺一萬箇。有什麼罪過。喚作打底。不遇作家。至竟只是箇掠虛漢。爾若實有箇見處。試捻來看共爾商量。莫空不識好惡矻矻地聚頭說閑葛藤。莫教老漢見捉來勘不相當搥折腳。莫道不道。爾還皮下有血麼。以拄杖一時趁下。問如何是佛法大意。師曰。春來草自青。師問新羅僧。將什麼物過海。曰草賊敗也。師引手曰。汝為什麼在我遮裡。曰恰是。師曰。更𨁝跳。問牛頭未見四祖時如何。師曰。家家觀世音。曰見後如何。師曰。火裡蟭蟉吞大蟲。問如何是雲門一句。師曰。獵月二十五。問如何是雪嶺泥牛吼。師曰。天地黑。曰如何是雲門木馬嘶。師曰。山河走。問從上來事請師提綱師曰。朝看東南暮看西北。曰便恁麼領會時如何。師曰。東屋裡點燈西屋裡暗坐。問十二時中如何即得不空過。師曰。向什麼處著此一問。曰學人不會請師舉。師曰。將筆硯來。僧乃取筆硯來。師作一頌曰。

(師は続けて言った。)「沙彌三家里に在りて一人に逢わず。」師は驀然起きて拄杖を以て地を劃して一下して言った。「總て此の里に在り。」又劃して一下して言った。「總て此の里從り出で去るなり。珍重。」師は上堂して言った。「和尚子よ、衲僧は直ちに衲僧の鼻孔を明らめ取るべし。且く作么生是れ衲僧の鼻孔ぞ。」眾皆對えず。師は言った。「摩訶般若波羅蜜。大普請し下去れ。」師は上堂して言った。「諸和尚子よ、饒くば汝道え什麼の事有りとも、猶是れ頭上に頭を著け、雪上加霜し、棺木裏に眼を瞠り、炙瘡瘢上に艾燋を著くるが如し。此の一場の狼藉は小事に非ず。汝合作么生せん。各々覓め取れ箇の托生處を。好く空しく州を遊び縣を獵る莫れ。只だ閑話を捉搦せんを欲し、老和尚の口動を待ち、便ち禪を問い道を問い向上向下如何若何とし、大卷に抄して皮袋裏に塞きて卜度し、到處の火爐邊に三個五個聚頭して口喃喃に舉げ、更に道う、此の箇は公才語、此の箇は里從り道出の語、此の箇は就事上道の語、此の箇は體語と。汝屋裏の老爺老娘を體す。飯を噇却して只管に夢を說き、便ち道う我佛法を會し了れりと。將に知るべし、汝の行脚は驢年に箇の休歇を得るや否やを。更に一般の底有り。纔に人が箇の休歇處を說くを聞けば、便ち陰界裏に向かい眉を閉じ眼を合せ、老鼠孔裏に活計を作し、黑山下に坐し鬼趣里に在り、體當し便ち道う箇の入頭路を得たりと。夢見るか。此般の底を殺すこと一萬個、什麼の罪過か有らん。打底と喚作す。作家に遇わず。至竟は只だ箇の掠虛漢なり。汝若し實に箇の見處有らば、試しに捻りて來り看よ、汝と商量せん。空しく好惡を識らず矻矻地に聚頭して閑葛藤を說く莫れ。老漢に見せしめんこと莫れ。捉え來りて勘う。相當せざれば脚を搥折す。道わざるを道う莫れ。汝還って皮下に血有るか。」拄杖を以て一時に趁い下す。問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「春來りて草自ら青し。」師は新羅僧に問うた。「什麼物を將て海を過ぐ。」言った。「草賊敗れたり。」師は手を引きて言った。「汝為什麼我が此の里に在る。」言った。「恰も是れ。」師は言った。「更に跳べ。」(底本は此の字を「𨁝」と作す)問うた。「牛頭が四祖を見ざる時如何。」師は言った。「家家の觀世音。」言った。「見し後如何。」師は言った。「火裏の蟭蟉大蟲を吞む。」問うた。「如何に是れ雲門の一句。」師は言った。「臘月二十五。」(底本は「獵月」と作す)問うた。「如何に是れ雪嶺の泥牛の吼ゆる。」師は言った。「天地黑し。」言った。「如何に是れ雲門の木馬の嘶く。」師は言った。「山河走る。」問うた。「從上來の事、師に提綱を請う。」師は言った。「朝には東南を看、暮には西北を看る。」言った。「便ち恁么に領會する時如何。」師は言った。「東屋裏に燈を點し、西屋裏に暗坐す。」問うた。「十二時中如何にして即ち空過せざるを得ん。」師は言った。「什麼處に向かいて此の一問を著く。」言った。「學人會せず、師に舉げんことを請う。」師は言った。「筆硯を將來れ。」僧乃ち筆硯を取りて來る。師は一頌を作して言った。

舉不顧即差互擬思量何劫悟

舉げて顧みざれば、即ち差互す。擬して思量すれば、何の劫か悟らん。

問如何是學人自己。師曰。遊山翫水。曰如何是和尚自己。師曰。賴遇維那不在。問一口吞盡時如何。師曰。我在汝肚裡。曰和尚為什麼在學人肚裡。師曰。還我話頭來。問如何是道。師曰去。曰學人不會請師道。師曰。闍梨公憑分明何得重判。問生死到來如何排遣。師展手曰。還我生死來。問如何是父母不聽。不得出家。師曰淺。曰學人不會。師曰深。問如何是學人自己。師曰。汝怕我不知。問萬機俱盡時如何。師曰。與我拈卻佛殿來與汝商量。曰佛殿豈關他事。師喝曰。遮謾語漢。問如何是教外別傳一句。師曰。對眾將來。曰直得恁麼時如何。師曰。照從何立。問如何是和尚家風。師曰。門前有讀書人。問如何是透法身句。師曰。北斗裡藏身。問如何是西來意。師曰。久雨不晴。又曰。粥飯氣。問古人橫說竪說猶未知向上關棙子。如何是向上關棙子。師曰。西山東嶺青問如何是西來意。師曰。河裡失錢河裡漉。師有時坐良久。僧問何似釋迦當時。師曰。大眾立久快禮三拜。師嘗有頌曰。

問うた。「如何に是れ學人の自己。」師は言った。「山に遊び水に翫ぶ。」言った。「如何に是れ和尚の自己。」師は言った。「賴りて遇う、維那が不在を。」問うた。「一口に吞盡する時如何。」師は言った。「我汝の肚裏に在り。」言った。「和尚為什麼學人の肚裏に在る。」師は言った。「我に話頭を還せ。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「去れ。」言った。「學人會せず、師に道わんことを請う。」師は言った。「闍梨の公憑分明なり、何得て重ねて判ず。」問うた。「生死到來せば如何に排遣せん。」師は手を展げて言った。「我に生死を還せ。」問うた。「如何に是れ父母聽さざれば出家得ざる。」師は言った。「淺し。」言った。「學人會せず。」師は言った。「深し。」問うた。「如何に是れ學人の自己。」師は言った。「汝我を怕る、知らざらんと。」問うた。「萬機俱盡の時如何。」師は言った。「我と佛殿を拈却して來れ、汝と商量せん。」言った。「佛殿豈に他の事に關らん。」師は喝して言った。「此の謾語の漢め。」問うた。「如何に是れ教外別傳の一句。」師は言った。「眾に對して將來れ。」言った。「直に恁么の時を得ば如何。」師は言った。「照何れ從り立つ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「門前に讀書人有り。」問うた。「如何に是れ法身を透す句。」師は言った。「北斗裏に身を藏す。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「久雨晴れず。」又言った。「粥飯氣。」問うた。「古人横說豎說すとも猶向上の關棙子を知らず。如何に是れ向上の關棙子。」師は言った。「西山東嶺青し。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「河裏に錢を失い、河裏に漉す。」師は時に良久に坐す。僧問うた。「釋迦の當時に何か似たる。」師は言った。「大眾立つこと久し、快く三拜を禮せよ。」師嘗て頌有りて言った。

雲門聳峻白雲低水急遊魚不敢棲

雲門聳峻にして白雲低し、水急にして游魚敢えて栖まらず。

入戶已知來見解何煩再舉轢中泥

戶に入れば已に來見の解を知る、何ぞ煩わさん再び轢中の泥を舉ぐるを。

衢州南臺仁禪師。問如何是南臺境。師曰。不知貴。曰畢竟如何。師曰。闍梨即今在什麼處。師後遷住本郡鎮境寺而終。

衢州南臺仁禅師。問うた。「如何に是れ南臺の境。」師は言った。「貴を知らず。」言った。「畢竟如何。」師は言った。「闍梨即今什麼處に在る。」師後に遷りて本郡鎮境寺に住して終わる。

泉州東禪和尚初開堂。僧問。人王迎請法王出世。如何提唱宗乘即得不謬於祖風。師曰。還奈得麼。曰若不下水焉知有魚。師曰。莫閑言語。問如何是佛法最親切處。師曰。過也。問學人末後來請師最先句。師曰。什麼處來。問如何是學人己分事。師曰苦。問如何是佛法大意。師曰。幸自可憐生剛要異鄉邑。

泉州東禪和尚、初めて開堂す。僧問うた。「人王迎請して法王世に出づ。如何に宗乘を提唱して即ち祖風に謬らざるを得ん。」師は言った。「還って奈得するか。」言った。「若し水に下らざれば焉んぞ魚有るを知らん。」師は言った。「閑言語する莫れ。」問うた。「如何に是れ佛法の最も親切なる處。」師は言った。「過ぎたり。」問うた。「學人の末後の來り、師に最先の句を請う。」師は言った。「什麼處かより來る。」問うた。「如何に是れ學人の己分の事。」師は言った。「苦なり。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「幸に自ら可憐なれども、剛く異鄉邑を要す。」

餘杭大錢山從襲禪師。雪峰之上足也。自本師印解洞曉宗要。常曰。擊關南鼓唱雪峰歌。後入浙中謁錢王。王欽服道化。命居此山而闡法焉。僧問。不因王請不因眾聚。請師直道西來的的意。師曰。那邊師僧過遮邊著。曰學人不會乞師指示。師曰。爭得恁麼不識好惡。問閉門造車出門合轍。如何是閉門造車。師曰。造車即不門。汝作麼生是轍。曰學人不會乞師指示。師曰。巧匠施工不露斤斧。

餘杭大錢山從襲禪師。雪峯の上足なり。本師の印解を自ら洞曉して宗要を暢ぶ。常に說く、「關南の鼓を撃ちて雪峯の歌を唱う」と。後に浙中に入りて錢王に謁す。王欽服して道化す。此の山に居りて法を闡かんと命す。僧問うた。「王の請に因らず衆の聚に因らず。師に直に西來の的の意を道わんことを請う。」師は言った。「彼の邊の師僧、此の邊に過ぎ著け。」言った。「學人會せず、師の指示を乞う。」師は言った。「争で得ん恁么に好惡を識らざるを。」問うた。「門を閉じて車を造り、門を出でて轍に合う。如何に是れ門を閉じて車を造る。」師は言った。「車を造るは即ち問わず。汝作么生是れ轍。」(底本は「不門」と作す、疑う「不問」の譌ならん)言った。「學人會せず、師の指示を乞う。」師は言った。「巧匠工を施して斤斧を露さず。」

福州永泰和尚。問承聞和尚見虎是否。師作虎聲。僧作打勢。師曰。遮死漢。問如何是天真佛。師乃拊掌曰。不會不會。

福州永泰和尚。問うた。「承聞く、和尚虎を見たり、是か否か。」師は虎の聲を作す。僧は打つ勢を作す。師は言った。「此の死漢め。」問うた。「如何に是れ天真の佛。」師乃ち掌を拊して言った。「不會不會。」

池州和龍山壽昌院守訥。號妙空禪師。福州閩縣人也。姓林氏。受業於古田壽峰。問未到龍門如何湊泊。師曰。立命難存。有新到僧參。師問。近離什麼處。曰不離方寸。師曰。不易來。僧亦曰。不易來。師與一掌。問如何是傳底心。師曰。再三囑汝莫向人說。問如何是從上宗乘。師曰。向闍梨口裡著得麼。問省要處請師一接。師曰甚是省要。

池州和龍山壽昌院守訥。號は妙空禅師。福州閩縣の人なり。姓は林氏。古田壽峯にて受業す。問うた。「未だ龍門に到らず如何に湊泊せん。」師は言った。「命を立て難く存せん。」新到の僧參る有り。師問うた。「近く什麼處を離れたる。」言った。「方寸を離れず。」師は言った。「易からず來り。」僧亦言った。「易からず來り。」師は一掌を與う。問うた。「如何に是れ傳の心。」師は言った。「再三汝を囑す、人に向かいて說く莫れと。」問うた。「如何に是れ從上の宗乘。」師は言った。「闍梨の口裏に向かいて著け得るか。」問うた。「省要の處、師に一接を請う。」師は言った。「甚だ是れ省要。」

建州夢筆和尚。問如何是佛。師曰。不誑汝。曰莫便是否。師曰。汝誑他。閩王請師齋。問和尚還將得筆來也無。師曰。不是稽山繡管。慚非月裡兔毫。大王既垂顧問。山僧敢不通呈。又問。如何是法王。師曰。不是夢筆家風。

建州夢筆和尚。問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「汝を誑かず。」言った。「便ち是か莫れ。」師は言った。「汝彼を誑く。」閩王師に齋を請う。問うた。「和尚還って筆を將て得來るか無し。」師は言った。「是れ稽山の繡管に非ず、愧りて非ざる月裏の兔毫。大王既に顧問を垂る。山僧敢えて通呈せずや。」又問うた。「如何に是れ法王。」師は言った。「是れ夢筆の家風に非ず。」

福州古田極樂元儼禪師。問如何是極樂家風。師曰。滿目看不盡。問萬法本無根。未審教學人承當什麼。師曰。莫䆿語。問久處暗室未達其源。今日上來乞師一接。師曰。莫閉眼作夜好。曰恁麼即優曇華折曲為今時。向上宗風如何垂示。師曰。汝還識也無。曰恁麼即息疑去也。師曰。莫向大眾前䆿語。問摩騰入漢即不問。達磨來梁時如何。師曰。如今豈謬。曰恁麼即理出三乘華開五葉。師曰。說什麼三乘五葉。出去。

福州古田極樂元儼禪師。問うた。「如何に是れ極樂の家風。」師は言った。「滿目看て盡くさず。」問うた。「萬法本に根無し。未審、學人を教えて什麼を承當せしめん。」師は言った。「囈語する莫れ。」問うた。「久しく暗室に處りて其の源に達せず。今日上來して師に一接を乞う。」師は言った。「眼を閉じて夜を作る好し莫れ。」言った。「恁么ならば即ち優曇華折曲して今時と為さん。向上の宗風如何に垂示せん。」師は言った。「汝還って識るか無し。」言った。「恁么ならば即ち疑を息めて去らん。」師は言った。「大衆の前に向かいて囈語する莫れ。」問うた。「摩騰の漢に入るは即ち問わず。達磨の梁に來る時如何。」師は言った。「如今豈に謬らん。」言った。「恁么ならば即ち理三乘を出で華五葉を開かん。」師は言った。「什麼の三乘五葉を說く。出でて去れ。」

福州芙蓉山如體禪師。僧問。如何是古人曲調。師良久曰。聞麼。曰不聞。師示一頌曰。

福州芙蓉山如體禪師。僧問うた。「如何に是れ古人の曲調。」師良久して言った。「聞くか。」言った。「聞かず。」師は一頌を示して言った。

古曲發聲雄今時韻亦同

古曲發聲雄し、今時韻も亦同じ。

若教第一指祖佛盡迷蹤

若し第一指を教えば、祖佛盡く蹤を迷わん。

洛京憩鶴山和尚。柏谷長老來訪。師曰。太老去也。谷曰。還我不老底來。師與一摑。問駿馬不入西秦時如何。師曰。向什麼處去。

洛京憩鶴山和尚。柏谷長老來訪す。師は言った。「太く老去せり。」谷は言った。「我に不老のを還せ。」師は一掴を與う。問うた。「駿馬西秦に入らざる時如何。」師は言った。「什麼處に向かいて去らん。」

潭州溈山棲禪師。問正恁麼時如何親近。師曰。汝擬作麼生親近。曰豈無方便門。師曰。開元龍興大藏小藏。問如何是速疾神通。師曰。新衣成弊帛。問如何是黃尋橋。師曰。賺卻多少人。問不假忉忉如何是和尚家風。師曰。莫作野幹聲。

潭州潙山栖禪師。問うた。「正に恁么の時如何に親近せん。」師は言った。「汝擬して作么生親近せん。」言った。「豈に方便門無からん。」師は言った。「開元龍興大藏小藏。」問うた。「如何に是れ速疾の神通。」師は言った。「新衣成りて弊帛と為る。」問うた。「如何に是れ黃尋橋。」師は言った。「幾多の人を賺却する。」問うた。「忉忉を假らず如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「野干の聲を作す莫れ。」

吉州潮山延宗禪師。資福和尚來謁。師下禪床接。資福問曰。和尚住此山得幾年也。師曰。鈍鳥棲蘆困魚止箔。曰恁麼即真道人也。師曰。且坐吃茶。問如何是潮山。師曰不宿屍。曰如何是山中人。師曰。石上種紅蓮。問如何是和尚家風。師曰。切忌犯朝儀。

吉州潮山延宗禪師。資福和尚來謁す。師禪床を下りて接す。資福問うて言った。「和尚此の山に住して得る幾年ぞ。」師は言った。「鈍鳥蘆に栖み、困魚箔に止まる。」言った。「恁么ならば即ち真の道人なり。」師は言った。「且く坐して茶を喫せよ。」問うた。「如何に是れ潮山。」師は言った。「屍を宿めず。」言った。「如何に是れ山中の人。」師は言った。「石上に紅蓮を種う。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「切に朝儀を犯すを忌む。」

益州普通山普明大師。問如何是佛性。師曰。汝無佛性。曰蠢動含靈皆有佛性。學人為何卻無。師曰。為汝向外求。問如何是玄玄之珠。師曰。遮箇不是。曰如何是玄玄珠。曰失卻也。

益州普通山普明大師。問うた。「如何に是れ佛性。」師は言った。「汝佛性無し。」言った。「蠢動含靈皆佛性有り。學人何為れぞ却て無き。」師は言った。「汝が外に向かいて求めるが為。」問うた。「如何に是れ玄玄の珠。」師は言った。「此の箇は是れに非ず。」言った。「如何に是れ玄玄珠。」言った。「失却せり。」

隋州雙泉山梁家庵永禪師。問達磨九年面壁意如何。師曰。睡不著。護國長老來。師問。隨陽一境是男是女。各申一問問問各別。長老將何秖對。護國以手空中畫圓相。師曰。謝長老慈悲。曰不敢。師低頭不顧。問如何得頓息諸緣去。師曰。雪上更加霜。

隋州雙泉山梁家庵永禪師。問うた。「達磨九年面壁の意如何。」師は言った。「睡り着かず。」護國長老來る。師問うた。「隨陽の一境是れ男是れ女。各々一問を申し問問各別なり。長老將に何を以て對せん。」護國手を以て空中に圓相を畫す。師は言った。「長老の慈悲を謝す。」言った。「不敢。」師は頭を低れて顧みず。問うた。「如何にして諸緣を頓息して去らんことを得ん。」師は言った。「雪上更に霜を加う。」

漳州保福院超悟禪師(第二世住)問魚未透龍門時如何。師曰。養性深潭。曰透出時如何。師曰。才昇霄漢眾類難追。曰昇後如何。師曰。慈雲普覆潤及大千。曰還有不受潤者無。師曰有。曰如何是不受潤者。師曰直杌撐太陽。

漳州保福院超悟禪師(第二世住)。問うた。「魚未だ龍門を透らざる時如何。」師は言った。「性を養う深潭。」言った。「透り出づる時如何。」師は言った。「纔に霄漢に升れば衆類追い難し。」言った。「升り後如何。」師は言った。「慈雲普く覆い潤い大千に及ぶ。」言った。「還って潤いを受けざる者有るか無し。」師は言った。「有り。」言った。「如何に是れ潤いを受けざる者。」師は言った。「直杌太陽を撑す。」

太原孚上座遍歷諸方名聞宇內。嘗遊浙中登徑山法會。一日於大佛殿前有僧問。上座曾到五臺否。師曰。曾到。曰還見文殊麼。師曰見。曰什麼處見。師曰。徑山佛殿前見。其僧後適閩川。舉似雪峰曰。何不教伊入嶺來。師聞乃趨裝而邁。初上雪峰廨院憩錫。因分甘子與僧。長慶稜和尚問。什麼處將來。師曰。嶺外將來。曰遠涉不易擔負得來。師曰甘子甘子。方上參雪峰禮拜訖立於座右。雪峰才顧視。師便下看主事。異日雪峰見師乃指日示之。師搖手而出。雪峰曰。汝不肯我。師曰。和尚搖頭某甲擺尾。什麼處不肯和尚。曰到處也須諱卻。一日眾僧晚參。雪峰在中庭臥。師曰。五州管內只有遮和尚較些子。雪峰便起去。雪峰嘗問師曰。見說臨濟有三句是否。師曰是。曰作麼生是第一句。師舉目視之。雪峰曰。此猶是第二句。如何是第一句。師叉手而退。自此雪峰深器之。室中印解師資道成。師更不他遊而掌浴室焉。一日玄沙上問訊。雪峰曰。此間有箇老鼠子。今在浴室裡。玄沙曰。待與和尚勘破。言訖到浴室遇師打水。玄沙曰。相看上座。師曰。已相見了。玄沙曰。什麼劫中曾相見。師曰。𥋙睡作麼。玄沙卻入方丈白雪峰曰。已勘破了。雪峰曰。作麼生勘伊。玄沙舉前語。雪峰曰。汝著賊也。鼓山晏和尚問師。父母未生時鼻孔在什麼處。師曰。老兄先道。晏曰。如今生也。汝道在什麼處。師不肯。晏卻問。作麼生。師曰。將手中扇子來。晏與扇子再徵之。師默置。晏罔測。乃敺之一拳。師在庫前立。有僧問如何是觸目菩提。師踢狗子作聲走。僧無對。師曰。小狗子不消一踢。師不出世。諸方目為太原孚上座。終於維揚。

太原孚上座、遍く諸方を歷り名聞宇内に聞ゆ。嘗て浙中に遊び徑山の法會に登る。一日大佛殿前に於て僧問うた。「上座曾て五臺に到るや否。」師は言った。「曾て到れり。」言った。「還って文殊を見るか。」師は言った。「見たり。」言った。「什麼處にて見る。」師は言った。「徑山の佛殿前にて見たり。」其の僧後に適ち閩川に至り、雪峯に舉似して言った。「何ぞ伊を教えて嶺に入らせ來らざる。」師聞きて乃ち裝を趨りて邁ぐ。初め雪峯の廨院に上り憩錫す。因りて甘子を僧に分つ。長慶稜和尚問うた。「什麼處より將來る。」師は言った。「嶺外より將來り。」言った。「遠涉易からず、担負して得來る。」師は言った。「甘子甘子。」方に上りて雪峯を參じ禮拜訖りて座右に立つ。雪峯纔に顧視す。師便ち下りて主事を看る。異日雪峯師を見て乃ち日を指して之を示す。師手を搖りて出づ。雪峯は言った。「汝我を肯ぜず。」師は言った。「和尚頭を搖ぎ某甲尾を擺す。什麼處にて和尚を肯ぜざる。」言った。「到處にも須く諱却すべし。」一日衆僧晚參す。雪峯中庭に臥す。師は言った。「五州の管內に只だ此の和尚較些子有り。」雪峯便ち起きて去る。雪峯嘗て師に問うて言った。「見說く臨済に三句有り、是か否か。」師は言った。「是なり。」言った。「作么生是れ第一句。」師目を舉げて之を視る。雪峯は言った。「此れ猶是れ第二句。如何に是れ第一句。」師手を叉ぎて退く。自此雪峯深く之を器とす。室中印解師資道成る。師更に他游せずして浴室を掌る。一日玄沙上りて問訊す。雪峯は言った。「此の間に箇の老鼠子有り。今浴室裏に在り。」玄沙は言った。「和尚と勘破せんを待て。」言訖りて浴室に到り師が水を打つに遇う。玄沙は言った。「上座を相看る。」師は言った。「已に相見了れり。」玄沙は言った。「什麼劫中に曾て相見る。」師は言った。「瞌睡作么。」(底本は「𥋙睡」と作す)玄沙却りて方丈に入り雪峯に白して言った。「已に勘破し了れり。」雪峯は言った。「作么生に伊を勘する。」玄沙前の語を舉ぐ。雪峯は言った。「汝賊に著きたり。」鼓山晏和尚師に問うた。「父母未だ生まざる時、鼻孔什麼處に在る。」師は言った。「老兄先に道え。」晏は言った。「如今生まれたり。汝道え什麼處に在ると。」師肯ぜず。晏却りて問うた。「作么生。」師は言った。「手中の扇子を將來れ。」晏扇子を與え再び之を征す。師默然置く。晏罔測す。乃ち之を毆ること一拳。師庫前に立つ。僧有りて問うた。「如何に是れ觸目の菩提。」師は狗子を踢て聲を作して走らしむ。僧對えず。師は言った。「小狗子一踢に消えず。」師世に出でず。諸方目して太原孚上座と為す。維揚にて終わる。

南嶽般舟道場寶聞大師惟勁。福州人也。素持苦行不衣繒纊。惟壞衲以度寒暑。時謂頭陀焉。初參雪峰深入淵奧。復問法玄沙之席心印符會。一日謂鑒上座曰。聞汝註楞嚴經。鑒曰。不敢。師曰。二文殊汝作麼生註。曰請師鑒。師乃揚袂而去。唐光化中入南嶽住報慈東藏(亦號三生藏)藏中有鏡燈一座。即華嚴第三祖賢首大師之所製也。師覩之頓喻廣大法界重重帝網之門。佛佛羅光之像。因美之曰。此先哲之奇功。苟非具不思議善權之智。何以創焉。乃著五字頌五章。覽之者悟。理事相融。後終於南嶽。師於梁開平中撰續寶林傳四卷。紀貞元之後禪門繼踵之源流也。又製七言覺地頌。廣明諸教緣起。別著南嶽高僧傳。皆流傳於世。

南岳般舟道場寶聞大師惟勁。福州の人なり。素より苦行を持して繒纊を衣ず。惟だ壞衲を以て寒暑を度る。時に頭陀と謂う。初め雪峯を參じ深く淵奧に入る。復た玄沙の席に法を問い心印符會す。一日鑑上座に謂いて言った。「聞く、汝楞嚴經を注すと。」鑑は言った。「不敢。」師は言った。「二文殊、汝作么生注せん。」言った。「師の鑑を請う。」師乃ち袂を揚げて去る。唐光化中南岳に入り報慈東藏に住す(亦三生藏と號す)。藏中に鏡燈一座有り。即ち華嚴第三祖賢首大師の所制なり。師之を睹て頓ちに廣大法界重重帝網の門、佛佛の羅光の像を喻う。因りて美して之を說く。「此れ先哲の奇功。苟も不思議善權の智を具せざれば、何以て創らん。」乃ち五字の頌五章を著す。之を覽る者は悟る。理事相融す。後に南岳にて終わる。師梁開平中に續寶林傳四卷を撰す。貞元之後禪門繼踵の源流を紀るなり。又七言覺地頌を制す。廣く諸教の緣起を明す。別に南岳高僧傳を著す。皆世に流傳す。

景徳伝燈録巻第十九

景徳伝燈録巻第二十

吉州青原山行思禪師第六世之四一百六人

吉州青原山行思禅師の第六世其の四、一百六人

洪州雲居山道膺禪師法嗣二十八人杭州佛日和尚

洪州雲居山道膺禅師の法嗣二十八人 ― 杭州佛日和尚

蘇州永光院真禪師

蘇州永光院真禅師

洪州同安丕禪師

洪州同安丕禅師

廬山歸宗澹權禪師

廬山歸宗澹權禅師

池州廣濟和尚

池州廣濟和尚

潭州水西南臺和尚

潭州水西南臺和尚

歙州朱谿謙禪師

歙州朱溪謙禅師

揚州豐化和尚

揚州豐化和尚

雲居山道簡禪師

雲居山道簡禅師

廬山歸宗懷惲禪師

廬山歸宗懷惲禅師

洪州大善慧海禪師

洪州大善慧海禅師

朗州德山第七世和尚

朗州德山第七世和尚

南嶽南臺和尚

南岳南臺和尚

雲居山昌禪師

雲居山昌禅師

池州嵆山章禪師

池州嵆山章禅師

晉州大梵和尚

晉州大梵和尚

新羅雲住和尚

新羅雲住和尚

雲居山懷嶽禪師

雲居山懷岳禅師

阾(與嶺同)珏和尚(已上一十九人見錄)

阾(嶺と同じ)珏和尚(已上一十九人は録に見ゆ)

潭州龍興寺悟空大師

潭州龍興寺悟空大師

建州白雲減禪師

建州白雲減禅師

潭州慕輔山和尚

潭州慕輔山和尚

舒州白水山瑋禪師

舒州白水山瑋禅師

廬山冶父山和尚

廬山冶父山和尚

南嶽法志禪師

南岳法志禅師

新羅慶猷禪師

新羅慶猷禅師

新羅慧禪師

新羅慧禅師

洪州鳳棲山慧志禪師(已上九人無機緣語句不錄)

洪州鳳栖山慧志禅師(以上九人は機縁の語句無く録せず)

撫州曹山本寂禪師法嗣十四人撫州荷玉光慧禪師

撫州曹山本寂禅師の法嗣十四人 ― 撫州荷玉光慧禅師

筠州洞山道延禪師

筠州洞山道延禅師

衡州育王山弘通禪師

衡州育王山弘通禅師

撫州金峰從志禪師

撫州金峯從志禅師

襄州鹿門處真禪師

襄州鹿門處真禅師

撫州曹山慧霞大師

撫州曹山慧霞大師

衡州華光範禪師

衡州華光範禅師

處州廣利容禪師

處州廣利容禅師

泉州廬山小谿院行傳禪師

泉州廬山小溪院行傳禅師

西川布水巖和尚

西川布水巖和尚

蜀川西禪和尚

蜀川西禪和尚

華州草菴法義禪師

華州草庵法義禅師

韶州華嚴和尚(已上一十三人見錄)

韶州華嚴和尚(已上一十三人は録に見ゆ)

廬山羅漢他隆山主和尚(一人無機緣語不錄)

廬山羅漢他隆山主和尚(一人機縁の語無く録せず)

潭州龍牙山居遁禪師法嗣五人潭州報慈藏嶼禪師

潭州龍牙山居遁禅師の法嗣五人 ― 潭州報慈藏嶼禅師

襄州含珠山審哲禪師(已上二人見錄)

襄州含珠山審哲禅師(已上二人は録に見ゆ)

鳳翔白馬弘寂禪師

鳳翔白馬弘寂禅師

撫州崇壽院道欽禪師

撫州崇壽院道欽禅師

楚州觀音院斌禪師(已上三人無機緣語句不錄)

楚州觀音院斌禅師(已上三人は機縁の語句無く録せず)

京兆華嚴寺休靜禪師法嗣三人鳳翔府紫陵匡一禪師(一人見錄)

京兆華嚴寺休靜禅師の法嗣三人 ― 鳳翔府紫陵匡一禅師(一人録に見ゆ)

饒州北禪院惟直禪師

饒州北禪院惟直禅師

濰州化城和尚(已上二人無機緣語句不錄)

濰州化城和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

筠州九峰普滿大師法嗣一人洪州同安威禪師(一人見錄)

筠州九峯普滿大師の法嗣一人 ― 洪州同安威禅師(一人録に見ゆ)

青林師虔禪師法嗣六人韶州龍光和尚

青林師虔禅師の法嗣六人 ― 韶州龍光和尚

襄州石門寺獻禪師

襄州石門寺獻禅師

襄州廣德和尚

襄州廣德和尚

郢州芭蕉和尚

郢州芭蕉和尚

定州石藏慧炬禪師(已上五人見錄)

定州石藏慧炬禅師(已上五人は録に見ゆ)

襄州延慶通性大師(一人無機緣語句不錄)

襄州延慶通性大師(一人機縁の語句無く録せず)

洛京白馬遁儒禪師法嗣二人興元府青剉山和尚(一人見錄)

洛京白馬遁儒禅師の法嗣二人 ― 興元府青剉山和尚(一人録に見ゆ)

京兆保福和尚(一人無機緣語句不錄)

京兆保福和尚(一人機縁の語句無く録せず)

益州北院通禪師法嗣一人京兆香城和尚(一人見錄)

益州北院通禅師の法嗣一人 ― 京兆香城和尚(一人録に見ゆ)

高安白水本仁禪師法嗣二人京兆重雲智暉禪師

高安白水本仁禅師の法嗣二人 ― 京兆重雲智暉禅師

杭州瑞龍幼璋禪師(已上二人見錄)

杭州瑞龍幼璋禅師(已上二人は録に見ゆ)

撫州疎山匡仁禪師法嗣二十人第二世疎山證禪師洪州百丈安禪師

撫州疏山匡仁禅師の法嗣二十人 ― 第二世疏山證禅師 洪州百丈安禅師

筠州黃檗慧禪師

筠州黃檗慧禅師

隨城山護國守澄禪師

隨城山護國守澄禅師

洛京靈泉歸仁禪師

洛京靈泉歸仁禅師

延州延慶奉璘禪師

延州延慶奉璘禅師

安州大安山省禪師

安州大安山省禅師

洪州百丈超禪師

洪州百丈超禅師

洪州天王院和尚

洪州天王院和尚

常州正勤院蘊禪師

常州正勤院蘊禅師

襄州後洞山和尚

襄州後洞山和尚

京兆三相和尚(已上一十二人見錄)

京兆三相和尚(已上一十二人は録に見ゆ)

筠州五峰山行繼禪師

筠州五峯山行継禅師

商州高明和尚

商州高明和尚

華州西谿道泰禪師

華州西溪道泰禅師

撫州疎山和尚

撫州疎山和尚

筠州黃蘗山令約禪師

筠州黄蘗山令約禅師

揚州祥光遠禪師

揚州祥光遠禅師

安州大安山傳性大師

安州大安山傳性大師

筠州黃蘗山嬴禪師(已上八人無機緣語句不錄)

筠州黄檗山嬴禅師(已上八人は機縁の語句無く録せず)

澧州欽山文邃禪師法嗣二人洪州上藍院自古禪師

澧州欽山文邃禅師の法嗣二人 ― 洪州上藍院自古禅師

澧州太守雷滿(已上二人無機緣語句不錄)

澧州太守雷滿(已上二人は機縁の語句無く録せず)

樂普山元安禪師法嗣十人京兆永安善靜禪師

樂普山元安禅師の法嗣十人 ― 京兆永安善靜禅師

蘄州烏牙山彥賓禪師

蘄州烏牙山彥賓禅師

鳳翔府青峰傳楚禪師

鳳翔府青峯傳楚禅師

鄧州中度和尚

鄧州中度和尚

嘉州洞谿和尚

嘉州洞溪和尚

京兆臥龍和尚(已上六人見錄)

京兆臥龍和尚(已上六人は録に見ゆ)

嘉州黑水寺慧通大師

嘉州黑水寺慧通大師

京兆盤龍和尚

京兆盤龍和尚

單州東禪和尚

單州東禪和尚

鄜州善雅和尚(已上四人無機緣語句不錄)

鄜州善雅和尚(已上四人は機縁の語句無く録せず)

江西逍遙山懷忠禪師法嗣二人泉州福清師巍禪師

江西逍遙山懷忠禅師の法嗣二人 ― 泉州福清師巍禅師

京兆白雲無休禪師(二人見錄)

京兆白雲無休禅師(二人録に見ゆ)

袁州盤龍山可文禪師法嗣五人江州廬山永安淨悟禪師

袁州盤龍山可文禅師の法嗣五人 ― 江州廬山永安淨悟禅師

袁州木平山善道禪師

袁州木平山善道禅師

陝州龍谿和尚(已上三人見錄)

陝州龍溪和尚(已上三人は録に見ゆ)

桂陽志通大師

桂陽志通大師

廬山壽昌院淨寂禪師(已上二人無機緣語句不錄)

廬山壽昌院淨寂禅師(已上二人は機縁の語句無く録せず)

撫州黃山月輪禪師法嗣一人郢州桐泉山和尚(一人見錄)

撫州黃山月輪禅師の法嗣一人 ― 郢州桐泉山和尚(一人録に見ゆ)

洛京韶山寰普禪師法嗣二人潭州文殊和尚(一人見錄)

洛京韶山寰普禅師の法嗣二人 ― 潭州文殊和尚(一人録に見ゆ)

洋州大巖白和尚(一人無機緣語句不錄)

洋州大岩白和尚(一人機縁の語句無く録せず)

洪州上藍院令超禪師法嗣二人河東北院簡禪師

洪州上藍院令超禅師の法嗣二人 ― 河東北院簡禅師

洪州南平王鍾傳(二人無機緣語句不錄)

洪州南平王鍾傳(二人機縁の語句無く録せず)

青原山行思禪師第六世

青原山行思禅師の第六世

前洪州雲居山道膺禪師法嗣

前洪州雲居山道膺禅師の法嗣

杭州佛日和尚初遊天台山。嘗曰。如有人奪得我機者即我師矣。尋抵於江西謁雲居膺和尚。作禮而問曰。二龍爭珠誰是得者。雲居曰。卸卻業身來相見。對曰。業身已卸。曰珠在什麼處。師無對(同安代雲。廻頭即勿交涉)師乃投誠入室。便禮雲居為師。後參夾山。才入門見維那。維那曰。此間不著後生。師曰。某甲暫來禮謁和尚不宿。維那白夾山。夾山許見。未陞階便問。什麼處來。師曰。雲居來。曰即今在什麼處。師曰。在夾山頂上。曰老僧行年在坎五鬼臨身。師乃上階禮拜。夾山又問。闍梨與什麼人為同行。師曰。木上座。曰他何不來相看。師曰。和尚看他有分。曰在什麼處。師曰。在堂中。夾山便共師下到堂中。師遂去取得柱枝擲於夾山面前。夾山曰。莫從天台得來否。師曰。非五嶽之所生。曰莫從須彌山得來否。師曰。月宮亦不逢。曰恁麼即從他人得也。師曰。自己尚是冤家。從人得堪作什麼。曰冷灰裡有一粒豆子爆。喚維那來令安排嚮明窓下著。師卻問。燈籠還解語也無。夾山曰。待燈籠解語即向汝道。至明日夾山入堂問。昨日新到上座在什麼處師出應諾。夾山曰。子未到雲居前在什麼處。對曰。天台國清。夾山曰天台有潺潺之瀑。淥淥之波。謝子遠來。子意如何。師曰。久居巖谷。不掛松蘿。夾山曰。此猶是春意。秋意如何。師良久。夾山曰。看君只是撐船漢。終歸不是弄潮人。一日大普請。維那請師送茶。師曰。某甲為佛法來不為送茶來。維那曰。和尚教上座送茶。曰和尚尊命即得。乃將茶去作務處。搖茶椀作聲。夾山迴顧。師曰。釅茶三五椀。意在钁頭邊。夾山曰。瓶有傾茶意。籃中幾箇甌。師曰。瓶有傾茶意。籃中無一甌。便傾茶行之。時大眾皆舉目。師又問曰。大眾鶴望請師一言。夾山曰。路逢死蛇莫打殺。無底籃子盛將歸。師曰手執夜明符。幾箇知天曉。夾山曰。

杭州佛日和尚は初め天台山に遊んだ。嘗て言った。「もし人あってわしの機を奪い得る者は即ちわしの師であろう。」まもなく江西に抵って雲居膺和尚を謁した。礼をなして問うた。「二龍が珠を爭うとき誰が得る者か。」雲居が言った。「業身を卸して來りて相見よ。」対して言った。「業身已に卸せり。」言った。「珠は什麼處に在る。」師は對えず(同安は代わりて言った。「回頭すれば即ち交涉する勿れ」)。師乃ち誠を投じて入室し、便ち雲居を禮して師と為した。後に夾山を參ず。纔に門に入り維那を見る。維那が言った。「此の間に後生を著けず。」師は言った。「某甲暫く來りて和尚を禮謁す、宿せず。」維那が夾山に白す。夾山見るを許す。未だ階を升らざれば便ち問うた。「什麼處か來る。」師は言った。「雲居より來り。」言った。「即今什麼處に在る。」師は言った。「夾山の頂上に在り。」言った。「老僧行年坎に在り五鬼身に臨む。」師乃ち階を上り禮拜す。夾山又問うた。「闍梨什麼の人と同行と為す。」師は言った。「木上座。」言った。「他何ぞ來りて相看せざる。」師は言った。「和尚他を看る分有り。」言った。「什麼處に在る。」師は言った。「堂中に在り。」夾山便ち師と共に堂中に下る。師遂に去りて拄杖を取りて來り、夾山の面前に擲つ。(底本は「柱枝」と作す)夾山が言った。「天台より得來るか否や。」師は言った。「五嶽の所生に非ず。」言った。「須彌山より得來るか否や。」師は言った。「月宮も亦逢わず。」言った。「恁么ならば即ち他人より得たり。」師は言った。「自己尚是れ冤家、人從り得て堪えて什麼と作さん。」言った。「冷灰裏に一粒の豆子爆く。」維那を喚び來らせて明窓の下に安排せしめ著けた。師却って問うた。「燈籠還って語を解するか無し。」夾山が言った。「燈籠の語を解するを待ち即ち汝に向かいて道わん。」明日に至り夾山堂に入りて問うた。「昨日の新到上座什麼處に在る。」師出でて應諾す。夾山が言った。「子未だ雲居に到らざる前什麼處に在りし。」対して言った。「天台國清。」夾山が言った。「天台に潺潺の瀑有り、淥淥の波有り。子の遠來を謝す。子の意如何。」師は言った。「久しく岩谷に居り、松蘿を挂けず。」夾山が言った。「此れ猶是れ春意。秋意如何。」師良久す。夾山が言った。「君を看るに只だ是れ船を撑ぐ漢、終に歸りて是れ潮を弄する人に非ず。」一日大普請す。維那師に茶を送るを請う。師は言った。「某甲佛法の為に來り、茶を送る為に來らず。」維那が言った。「和尚上座に茶を送らしむ。」言った。「和尚の尊命即ち得。」乃ち茶を將て作務の處に去り、茶碗を搖りて聲を作す。夾山回顧す。師は言った。「釅茶三五碗、意は钁頭邊に在り。」夾山が言った。「瓶に傾茶の意有り、籃中幾個の甌ぞ。」師は言った。「瓶に傾茶の意有り、籃中一甌無し。」便ち茶を傾けて之を行く。時に大衆皆目を舉ぐ。師又問うて言った。「大衆鶴望して師に一言を請う。」夾山が言った。「路に死蛇に逢うも打殺する莫れ、底無き籃子に盛りて將り歸れ。」師は言った。「手に夜明の符を執る、幾個か天曉を知る。」夾山が言った。

大眾有人歸去歸去。從此住普請歸院。眾皆仰歎。師後迴淛西住佛日而終。

「大衆、人歸去せん歸去せん。」此より普請に住して院に歸る。衆皆仰ぎ歎す。師後に浙西に回り佛日に住して終わる。

蘇州永光院真禪師。上堂謂眾曰。言鋒若差鄉關萬裡。直須懸崖撒手自肯承當。絕後再蘇欺君不得。非常之旨人焉廋哉。問道無橫徑立者皆危。如何得不被橫徑取侵去。師以拄杖驀口拄。僧曰。此猶是橫徑。師曰。合取。

蘇州永光院真禅師。上堂して衆に謂いて言った。「言鋒若し差えば鄉關萬里なり。直ちに懸崖にて手を撒き自ら肯んじて承當すべし。絕し後に蘇らば君を欺くこと得ず。非常の旨、人焉んぞ廋せん。」問うた。「道に横径無し、立つ者皆危し。如何にして横径に侵されて去らざるを得ん。」師は拄杖を以て驀に口を拄ぐ。僧は言った。「此れ猶是れ横径。」師は言った。「取り合わん。」

洪州鳳棲山同安丕禪師。問如何是無縫塔。師曰。吽吽。僧曰如何是塔中人。師曰。今日大有人從建昌來。問。一見便休去時如何。師曰。是也更來遮裡作麼。問如何是點額魚。師雲。不透波瀾。僧曰。慚恥時如何。師曰。終不仰面。僧曰。恁麼即不變其身也。師曰。是也青雲事作麼生。問如何是和尚家風。師曰。金鷄抱子歸霄漢。玉兔懷兒向紫微。雲忽遇客來將何秖待。師曰。金果朝來猿去摘。玉花晚後鳳銜歸。問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。要踢要拳。問不傷王道如何。師曰。吃粥吃飯。曰莫便是不傷王道也無。師曰。遷流左降。問玉印開時何人受信。師曰。不是恁麼人。曰親宮事如何。師曰。道什麼。問如何是毘盧師。師曰。闍梨在什麼處出家。問如何是觸目菩提。師曰。面前佛殿。問片玉無瑕請師不觸。師曰。落汝後。問玉印開時何人受信。師雲。不是小小。問如何是妙旨。師曰好。問迷頭認影如何止。師曰。告阿誰曰如何即是。師曰。從人覓即轉遠也。曰不從人覓時如何。師曰。頭在什麼處。問如何是同安一隻箭。師曰。腦後看。曰腦後事如何。師曰。過也。問亡僧衣眾人唱。祖師衣什麼人唱。師曰打。問將來不相似。不將來時如何。師曰。什麼處著。問未有遮箇時作麼生行履。師曰。尋常又作麼生。曰恁麼即不改舊時人也。師曰。作何行履。

洪州鳳棲山同安丕禅師。問うた。「如何に是れ無縫の塔。」師は言った。「吽吽。」僧は言った。「如何に是れ塔中の人。」師は言った。「今日大いに人有り建昌より來る。」問うた。「一見して便ち休し去る時如何。」師は言った。「是なり、更に此の里に來りて什麼とする。」問うた。「如何に是れ點額の魚。」師は言った。「波瀾を透らず。」僧は言った。「慚恥の時如何。」師は言った。「終に仰面せず。」僧は言った。「恁么ならば即ち其の身を變ぜざるなり。」師は言った。「是なり、青雲の事作么生ぞ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「金鶏子を抱きて霄漢に歸り、玉兔兒を懷きて紫微に向かう。」言った。「忽ち客に遇わば何を將て只待せん。」師は言った。「金果朝に來り猿去りて摘み、玉花晚に後れ鳳啣りて歸る。」問うた。「路に達道の人に逢い、語默を將て對せず。未審何を將て對せん。」師は言った。「踢るを要し拳を要す。」問うた。「王道を傷らざる如何。」師は言った。「粥を喫し飯を喫す。」言った。「便ち是れ王道を傷らざるか無し莫れ。」師は言った。「遷流して左降す。」問うた。「玉印開く時何人か信を受く。」師は言った。「是れ恁么の人に非ず。」言った。「親宮の事如何。」師は言った。「什麼を道う。」問うた。「如何に是れ毘盧の師。」師は言った。「闍梨什麼處にて出家せる。」問うた。「如何に是れ觸目の菩提。」師は言った。「面前の佛殿。」問うた。「片玉瑕無し、師に觸れざらんを請う。」師は言った。「汝の後に落つ。」問うた。「玉印開く時何人か信を受く。」師は言った。「是れ小小に非ず。」問うた。「如何に是れ妙旨。」師は言った。「好し。」問うた。「頭を迷い影を認むる如何に止めん。」師は言った。「阿誰に告げん。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「人從り覓めば即ち轉て遠し。」言った。「人從り覓めざる時如何。」師は言った。「頭は什麼處に在る。」問うた。「如何に是れ同安の一隻の箭。」師は言った。「腦後に看よ。」言った。「腦後の事如何。」師は言った。「過ぎたり。」問うた。「亡僧の衣は衆人唱う。祖師の衣は什麼人か唱える。」師は言った。「打て。」問うた。「將來して相似せず、將來せざる時如何。」師は言った。「什麼處に著く。」問うた。「未だ此の箇有らざる時作么生行履せし。」師は言った。「尋常又作么生ぞ。」言った。「恁么ならば即ち舊時の人を改めざるなり。」師は言った。「何の行履を作す。」

廬山歸宗寺澹權禪師(第二世)問金鷄未鳴時如何。師曰。失卻威音玉。曰鳴後如何。師曰。三界平沈。問盡身供養時如何。師曰。將得什麼來。曰所有不惜。師曰。供養什麼人。僧無語。問學人為佛法來如何是佛法。師曰。正閑空。曰便請商量。師曰。周匝有餘。問大眾雲集合譚何事。師曰。三三兩兩。問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。爭能肯得人。又曰。會麼。曰不會。師曰。長安路廁坑子。問學人不問諸餘。如何是佛法大意。師曰。三枷五棒。問通通會底人如何道。師曰。只今事作麼生。僧曰隨流。師曰。不隨流爭得息。

廬山歸宗寺澹權禅師(第二世)。問うた。「金鶏未だ鳴かざる時如何。」師は言った。「威音王を失却せり。」(底本は「玉」と作す、疑う「王」の譌ならん)言った。「鳴きし後如何。」師は言った。「三界平沈す。」問うた。「身を盡くして供養する時如何。」師は言った。「何を將て得て來る。」言った。「所有惜しまず。」師は言った。「什麼人を供養する。」僧語無し。問うた。「學人佛法の為に來る、如何に是れ佛法。」師は言った。「正に閑空。」言った。「便ち商量を請う。」師は言った。「周匝して餘り有り。」問うた。「大衆雲集し何事を合談せん。」師は言った。「三三兩兩。」問うた。「路に達道の人に逢い、語默を將て對せず。未審何を將て對せん。」師は言った。「争で能く人を肯し得ん。」又言った。「會するか。」言った。「會せず。」師は言った。「長安路の厠坑子。」問うた。「學人其餘を問わず、如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「三枷五棒。」問うた。「通通會する底の人如何に道う。」師は言った。「只今の事作么生ぞ。」僧は言った。「流に隨う。」師は言った。「流に隨わざれば争で息を得ん。」

池州廣濟和尚。問匹馬單槍時如何。師曰。頭落也。問如何是方外之譚。師曰。汝道什麼問如何是廣濟水。師曰。無饑渴。曰恁麼即學人不虛設也。師曰。情知爾受人安排。問遠遠來投乞師指示。師曰。有口只解吃飯。問溫伯雪與仲尼相見時如何。師曰。此間無恁麼人。問不識不見請師道出。師曰。不昧。曰不昧時作麼生。師曰。汝喚作什麼。

池州廣濟和尚。問うた。「匹馬單槍の時如何。」師は言った。「頭落ちたり。」問うた。「如何に是れ方外の談。」師は言った。「汝什麼を道う。」問うた。「如何に是れ廣濟の水。」師は言った。「飢渴無し。」言った。「恁么ならば即ち學人虛しく設けざるなり。」師は言った。「情にて知る、汝人の安排を受く。」問うた。「遠遠來り投ず、師の指示を乞う。」師は言った。「口有りて只だ飯を喫するを解す。」問うた。「溫伯雪と仲尼相見の時如何。」師は言った。「此の間に恁么の人無し。」問うた。「識らず見ざる、師に道出でんことを請う。」師は言った。「昧えず。」言った。「昧えざる時作么生。」師は言った。「汝何と喚作す。」

潭州水西南臺和尚。僧問。如何是此間一滴水。師曰。入口即擭出。問如何是西來意。師曰。靴頭線綻。問祖祖相傳未審傳箇什麼。師曰。不因闍梨問老僧亦不知。

潭州水西南臺和尚。僧問うた。「如何に是れ此の間の一滴水。」師は言った。「口に入れば即ち擭り出す。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「靴頭の線綻ぶ。」問うた。「祖祖相傳、未審箇の什麼を傳う。」師は言った。「闍梨の問に因らざれば老僧も亦知らず。」

歙州朱谿謙禪師。饒州刺史與師造大藏殿。師與一僧同看殿次。師喚某甲。僧應諾。師曰。此殿著得多少佛。曰著即不無有人不肯。師曰。我不問遮箇人。曰恁麼即某甲亦未曾秖對。珍重。師後住兜率山而終。

歙州朱溪謙禅師。饒州刺史師と大藏殿を造る。師一僧と同じく殿を看る次、師某甲を喚ぶ。僧應諾す。師は言った。「此の殿に幾多の佛を著け得る。」言った。「著くる即ち無しとあらず、人肯ぜざる有り。」師は言った。「我此の箇人を問わず。」言った。「恁么ならば即ち某甲も未曾だ只對せず。」珍重。師後に兜率山に住して終わる。

揚州豐化和尚。問如何是敵國一著碁。師曰。下來。問一棒打破虛空時如何。師曰。把一片來。問上無片瓦下無卓錐。學人向什麼處立。師曰。莫飄露麼。

揚州豐化和尚。問うた。「如何に是れ敵國の一著の棋。」師は言った。「下り來れ。」問うた。「一棒虚空を打破る時如何。」師は言った。「一片を把て來れ。」問うた。「上に片瓦無く下に卓錐無し。學人什麼處に向かいて立たん。」師は言った。「飄露する莫れや。」

雲居山昭化禪師道簡(第二世住)範陽人也。久入雲居之室密受真印。而分掌寺務典司樵爨。以臘高居堂中為第一座。屬膺和尚將臨順寂。主事僧問。誰堪繼嗣。曰堂中簡主事。僧雖承言而未曉其旨。謂之揀選。乃與眾僧僉議舉第二座為化主。然且備禮先請第一座。必若謙讓即堅請第二座焉。時簡師既密承師記略不辭免。即自持道具入方丈攝眾演法。主事僧等不愜素志。罔循規式。師察其情乃棄院潛下山。其夜山神號泣。詰旦主事大眾奔至麥莊。悔過哀請歸院。眾聞山神連聲唱雲。和尚來也。僧問。如何是和尚家風。師曰。隨處得自在。問維摩豈不是金粟如來。師曰是。曰為什麼卻預釋迦會下聽法。師曰。他不爭人我。問橫身蓋覆時如何。師曰。還蓋覆得麼。問蛇子為什麼卻吞蛇師。師曰。在裡不傷。問諸聖道不得處和尚還道得麼。師曰。汝道什麼處諸聖道不得。問路逢猛虎時如何。師曰。千人萬人不逢。偏汝便逢。問孤峰獨宿時如何。師曰。閑著七間僧堂不宿。阿誰教汝孤峰獨宿。師示滅後。廬州帥張崇施財建石塔於本山至今存焉。

雲居山昭化禅師道簡(第二世住)は范陽の人なり。久しく雲居の室に入りて密かに真印を受く。而して寺務を分掌し樵爨を典司す。臘高きを以て堂中に居りて第一座と為す。膺和尚の將に順寂せんとするに屬り、主事僧問うた。「誰か繼嗣に堪えん。」言った。「堂中の簡。」主事僧言を承ると雖も未だ其の旨を曉らず、之を揀選と謂う。乃ち衆僧と僉議して第二座を舉げて化主と為す。然れど且く禮を備え先ず第一座を請い、必ず若し謙讓せば即ち堅く第二座を請わん。時に簡師既に密かに師の記を承け略して辭免せず、即ち自ら道具を持して方丈に入り衆を攝して法を演ぶ。主事僧等其の情に愜わず、素志に罔循す。師其の情を察して乃ち院を棄て潛かに山を下る。其の夜山神號泣す。詰旦主事大衆奔りて麥莊に至り、悔過して哀に院に歸るを請う。衆聞く、山神聲を連ねて唱えて說く、「和尚來れり」と。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「處に隨いて自在を得。」問うた。「維摩豈に是れ金粟如來に非ずや。」師は言った。「是なり。」言った。「為什麼却って釋迦の會下に預りて法を聽す。」師は言った。「他人我を爭わず。」問うた。「身を横たえて蓋覆する時如何。」師は言った。「還って蓋覆するを得るか。」問うた。「蛇子為什麼却って蛇師を吞む。」師は言った。「裏に在りて傷らず。」問うた。「諸聖道い得ざる處、和尚還って道い得るか。」師は言った。「汝道え、什麼處か諸聖道い得ざる。」問うた。「路に猛虎に逢う時如何。」師は言った。「千人萬人逢わず、偏に汝便ち逢う。」問うた。「孤峯に獨り宿す時如何。」師は言った。「閑き七間の僧堂に宿せず、阿誰が汝を教えて孤峯に獨り宿せしむる。」師示滅の後、廬州の帥張崇財を施して石塔を本山に建つ、今に至りて存す。

廬山歸宗寺懷惲禪師(第三世住)問無佛無眾生時如何。師曰。什麼人如此。問水清魚現時如何。師曰。把一箇來。僧無對(同安代雲。動即失)問如何是五老峰。師曰。突兀地。問截水停輪時如何。師曰磨不轉。曰如何是磨不轉。師曰。不停輪。問如何是塵中子。師曰。灰頭土面(同安代雲。不拂拭)問世尊無說說迦葉不聞聞事如何。師曰。正恁麼時作麼生。曰不同無聞說。師曰。是什麼人。問學人不到處請師說。師曰。汝不到什麼處來。

廬山歸宗寺懷惲禅師(第三世住)。問うた。「佛無く衆生無き時如何。」師は言った。「什麼人か如此。」問うた。「水清にして魚現る時如何。」師は言った。「一個を把て來れ。」僧對えず(同安は代わりて言った。「動けば即ち失う」)。問うた。「如何に是れ五老峯。」師は言った。「突兀地なり。」問うた。「水を截り輪を停むる時如何。」師は言った。「磨轉らず。」言った。「如何に是れ磨轉らざる。」師は言った。「輪を停めず。」問うた。「如何に是れ塵中の子。」師は言った。「灰頭土面。」(同安は代わりて言った。「拂拭せず」)問うた。「世尊說くに說無く、迦葉聞くに聞無しの事如何。」師は言った。「正に恁么の時作么生。」言った。「聞無く說無くと同じからず。」師は言った。「是れ什麼人ぞ。」問うた。「學人到らざる處、師に說くを請う。」師は言った。「汝什麼處より到らざるに來る。」

洪州大善慧海禪師。問不坐青山時如何。師曰。是什麼人。問如何是解作客底人。師曰不占上。問靈泉忽逢時如何。師曰。從什麼處來。問如何道即不違於師。師曰。莫惜口。曰道後如何。師曰。道什麼。問如何道得相親去。師曰。快道。曰恁麼即不道之。師曰。用口作什麼。師後住百丈而終。

洪州大善慧海禅師。問うた。「青山に坐せざる時如何。」師は言った。「是れ什麼人ぞ。」問うた。「如何に是れ客を作すを解する底の人。」師は言った。「上を占めず。」問うた。「靈泉忽ち逢う時如何。」師は言った。「什麼處か從り來る。」問うた。「如何に道えば即ち師に違わざらん。」師は言った。「口を惜しむ莫れ。」言った。「道いし後如何。」師は言った。「什麼を道う。」問うた。「如何に道えば相親して去らんことを得。」師は言った。「快く道え。」言った。「恁么ならば即ち之を道わず。」師は言った。「口を用いて什麼を作す。」師後に百丈に住して終わる。

朗州德山和尚(第七世住)問路逢達道人不將語默對。未審將什麼對。師曰。只恁麼。僧良久。師曰。汝更問。僧再問。師乃喝出。

朗州德山和尚(第七世住)。問うた。「路に達道の人に逢い、語默を將て對せず。未審何を將て對せん。」師は言った。「只だ恁么。」僧良久す。師は言った。「汝更に問え。」僧再び問う。師乃ち喝して出さしむ。

衡州南嶽南臺和尚。問直上融峰時如何。師曰見麼。

衡州南岳南臺和尚。問うた。「直に融峯に上る時如何。」師は言った。「見るか。」

雲居山昌禪師(第三世住)問相逢不相識時如何。師曰。既相逢為什麼不相識。問紅鑪猛焰時如何。師曰。裡頭是什麼。問不受商量時如何。師曰。來作什麼。曰來亦不商量。師曰。空來何益。問方丈前容身時如何。師曰。汝身大小。

雲居山昌禅師(第三世住)。問うた。「相逢して相識らざる時如何。」師は言った。「既に相逢せり、為什麼相識らざる。」問うた。「紅爐の猛焰の時如何。」師は言った。「裏頭は什麼ぞ。」問うた。「商量を受けざる時如何。」師は言った。「來りて什麼を作す。」言った。「來るも亦商量せず。」師は言った。「空しく來りて何の益ぞ。」問うた。「方丈前に身を容るる時如何。」師は言った。「汝の身の大小。」

池州嵆山章禪師。曾在投子作柴頭。投子吃茶次謂師曰。森羅萬象總在遮一椀茶裡。師便覆卻茶雲。森羅萬象在什麼處投子曰。可惜一椀茶。師後謁雪峰和尚。雪峰問。莫是章柴頭麼。師乃作輪椎勢。雪峰肯之。

池州嵆山章禅師。曾て投子にて柴頭を作す。投子茶を喫する次師に謂いて言った。「森羅萬象總て此の一碗の茶裏に在り。」師便ち茶を覆して言った。「森羅萬象什麼處に在る。」投子は言った。「惜しむべし一碗の茶。」師後に雪峯和尚を謁す。雪峯問うた。「是れ章柴頭か莫れ。」師乃ち輪椎の勢を作す。雪峯之を肯す。

晉州大梵和尚。僧問。如何是學人顧望處。師曰。井底竪高樓。曰恁麼即超然也。師曰。何不擺手。

晉州大梵和尚。僧問うた。「如何に是れ學人の顧望の處。」師は言った。「井底に高樓を竪つ。」言った。「恁么ならば即ち超然なり。」師は言った。「何ぞ手を擺せざる。」

新羅雲住和尚。問諸佛道不得什麼人道得。師曰。老僧道得。曰諸佛道不得和尚作麼生道。師曰。諸佛是我弟子。曰請和尚道。師曰。不對君王好與二十棒。

新羅雲住和尚。問うた。「諸佛道い得ざるを什麼人か道い得る。」師は言った。「老僧道い得。」言った。「諸佛道い得ざるを和尚作么生道う。」師は言った。「諸佛是れ我が弟子。」言った。「和尚に道わんことを請う。」師は言った。「君王に對せず好く二十棒を與えん。」

雲居山懷嶽號達空禪師(第四世住)問如何是大圓鏡師曰。不鑑照。曰忽遇四方八面來怎麼生。師曰。胡來胡現。曰大好不鑑照。師便打。問如何是一丸療萬病底藥。師曰。汝患什麼。

雲居山懷岳號達空禅師(第四世住)。問うた。「如何に是れ大圓鏡。」師は言った。「鑑照せず。」言った。「忽ち四方八面來らば怎么生せん。」師は言った。「胡來れば胡現る。」言った。「大好鑑照せず。」師便ち打つ。問うた。「如何に是れ一丸萬病を療する底の藥。」師は言った。「汝何を患える。」

阾珏和尚。問學人不負師機。還免披毛戴角也無。師曰。闍梨也可畏對面不相識。曰恁麼即吞盡百川水方明一點心。師曰。雖脫毛衣猶披鱗甲。曰好來和尚具大慈悲。師曰。盡力道也出老僧格不得。

阾珏和尚。問うた。「學人師の機を負かず、還って毛を披き角を戴くを免るるか無し。」師は言った。「闍梨も畏る可し、面を對して相識らず。」言った。「恁么ならば即ち百川の水を吞盡して方に一點の心を明かさん。」師は言った。「毛衣を脫すると雖も猶鱗甲を披く。」言った。「好く來れり、和尚大慈悲を具す。」師は言った。「力を盡くして道うも老僧の格を出ずること得ず。」

前撫州曹山本寂禪師法嗣

前撫州曹山本寂禅師の法嗣

撫州荷玉山玄悟大師光慧。初住龍泉上堂謂眾曰。雪峰和尚為人如金翅鳥入海取龍相似。時有僧問。和尚如何。師曰。什麼處去來。問如何是西來的的意。師曰。不禮拜更待何時。問如何是密傳底心。師良久。僧曰。恁麼即徒勞側耳。師喚侍者雲。來燒火著。問古人道。若記一句論劫作野狐精。未審古人意如何。師曰。龍泉僧堂未曾鎖。曰和尚如何。師曰。風吹耳朵。問路逢猛獸時如何。師曰。憨作麼。問如何是聲前一句。師曰。恰似不道。問古人云。如紅鑪上一點雪。意旨如何。師曰。惜取眉毛好問如何指示即不昧於時中。師曰。不可雪上更加霜。曰恁麼即全因和尚去也。師曰。因什麼。問如何履踐即得不昧於宗風。師曰。須道龍泉好手。曰請和尚好手。師曰卻憶鍾期。問古人道。生也不道死也不道意如何。師良久僧禮拜。師曰。會麼曰不會。師曰。也是廚寒甑足塵。師有時舉拄杖示眾曰。從上皆留此一路方便接人。時有僧出曰。和尚又是從頭起也。師曰。謝相悉問機關不轉請師商量。師曰。啞得我口麼。問如何是文殊。師曰。不可有第二月也。曰即今事如何。師曰。正是第二月。問如何是如來語。師曰。猛風可繩縛。問如何是妙明真性。師曰。寬寬莫搕損。師上堂良久。有僧出曰。為眾竭力禍出私門。未審放過不放過。師默然。問如何是和尚為人一句。師曰。汝是九色鹿。問抱璞投師時如何。師曰。不是自家珍。曰如何是自家珍。師曰。不琢不成珍。

撫州荷玉山玄悟大師光慧。初め龍泉に住し、上堂して衆に謂いて言った。「雪峯和尚の人と為るや、金翅鳥が海に入りて龍を取るに相似たり。」時に僧問うた。「和尚如何。」師は言った。「什麼處か去り來る。」問うた。「如何に是れ西來の的の意。」師は言った。「禮拜せず更に何時を待たん。」問うた。「如何に是れ密傳の底の心。」師良久す。僧は言った。「恁么ならば即ち徒らに耳を側む。」師侍者を喚びて言った。「來りて火を燒き著けよ。」問うた。「古人道う、若し一句を記せば劫を論じて野狐精と作さんと。未審古人の意如何。」師は言った。「龍泉の僧堂未曾だ鎖さず。」言った。「和尚如何。」師は言った。「風耳朵を吹く。」問うた。「路に猛獸に逢う時如何。」師は言った。「憨と什麼とする。」問うた。「如何に是れ聲前の一句。」師は言った。「恰似道わざるに。」問うた。「古人云う、紅爐上の一點の雪の如し、意旨如何。」師は言った。「眉毛を惜しみ取れ、好し。」問うた。「如何に指示すれば即ち時中に昧えざらん。」師は言った。「雪上更に霜を加うべからず。」言った。「恁么ならば即ち全く和尚に因りて去るなり。」師は言った。「什麼に因る。」問うた。「如何に履踐すれば即ち宗風に昧えざるを得ん。」師は言った。「須く龍泉の好手を道うべし。」言った。「和尚の好手を請う。」師は言った。「却って鍾期を憶う。」問うた。「古人道う、生も道わず死も道わず、意如何。」師良久、僧禮拜す。師は言った。「會するか。」言った。「會せず。」師は言った。「也是れ厨寒して甑塵足る。」師時に拄杖を舉げて衆に示して言った。「從上皆此の一路の方便を留めて人を接す。」時に僧出でて言った。「和尚又是れ從頭起きたり。」師は言った。「相悉を謝す。」問うた。「機關轉らず、師に商量を請う。」師は言った。「我が口を啞え得るか。」問うた。「如何に是れ文殊。」師は言った。「第二月有るべからざるなり。」言った。「即今の事如何。」師は言った。「正に是れ第二月。」問うた。「如何に是れ如來の語。」師は言った。「猛風繩縛すべし。」問うた。「如何に是れ妙明の真性。」師は言った。「寬寬として搕損する莫れ。」師上堂して良久す。僧有りて出でて言った。「衆の為に力を竭くす、禍私門より出づ。未審放過か放過せざるか。」師默然。問うた。「如何に是れ和尚の人と為る一句。」師は言った。「汝是れ九色鹿。」問うた。「璞を抱きて師に投ずる時如何。」師は言った。「是れ自家の珍に非ず。」言った。「如何に是れ自家の珍。」師は言った。「琢らざれば珍と成らず。」

筠州洞山道延禪師(第四世住時號鹿頭和尚)始因曹山和尚垂語云。有一人向萬丈崖頭騰身擲下此是什麼人。眾皆無對。師出對曰。不存。曹山曰。不存箇什麼。曰始得撲不碎。曹山深肯之。僧問。請和尚密付真心。師曰。欺者裡無人作麼。

筠州洞山道延禅師(第四世住、時に鹿頭和尚と號す)。始め曹山和尚の語を垂れて說くに因る、「一人有りて萬丈の崖頭に向かい身を騰げて擲ち下す、此れ是れ什麼人ぞ」と。衆皆對えず。師出でて對して言った。「存せず。」曹山が言った。「箇の什麼を存せざる。」言った。「始めて撲ちて碎けざるを得。」曹山深く之を肯す。僧問うた。「和尚の密付の真心を請う。」師は言った。「欺く者の里に人無し、作么せん。」

衡州常寧縣育王山弘通禪師。僧問。混沌未分時如何。師曰。混沌。僧雲。分後如何。師曰。混沌。上堂示眾曰。釋迦如來出世四十九年說不到底句。今夜某甲不避羞恥。與諸尊者共譚師良久雲。莫道錯珍重。僧問。學人有病請師醫。師曰。將病來與汝醫。曰便請師醫。師曰。還老僧藥價錢來。問曹源一路即不問。衡陽江畔事如何。師曰。紅鑪焰上無根草。碧潭深處不逢魚。問心法雙忘時如何。師曰。三腳蝦蟇背大象。問如何是西來意。師曰。老僧毛豎。問如何是佛法大意。師曰。直待文殊過即向爾道。曰文殊過也請和尚道。師便打。問如何是和尚家風。師曰渾身不直五分錢。曰太恁貧寒生。師曰。古代如是。曰如何施設。師曰。隨家豐儉。

衡州常寧縣育王山弘通禅師。僧問うた。「混沌未だ分かれざる時如何。」師は言った。「混沌。」僧は言った。「分かれし後如何。」師は言った。「混沌。」上堂して衆に示して言った。「釋迦如來出世して四十九年、底に到らざる句を說かず。今夜某甲羞恥を避けず、諸尊者と共に談ぜん。」師良久して言った。「錯と道う莫れ。珍重。」僧問うた。「學人病有り、師に醫さんことを請う。」師は言った。「病を將て來れ、汝と醫さん。」言った。「便ち師の醫を請う。」師は言った。「老僧に藥價錢を還せ。」問うた。「曹源の一路は即ち問わず、衡陽の江畔の事如何。」師は言った。「紅爐の焰上に根無き草、碧潭の深處に魚に逢わず。」問うた。「心法雙忘の時如何。」師は言った。「三脚の蝦蟆大象を背負う。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「老僧毛竪つ。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「直ちに文殊の過ぎるを待ち即ち汝に向かいて道わん。」言った。「文殊過ぎたり、和尚に道わんことを請う。」師便ち打つ。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「渾身五分の錢に直せず。」言った。「太だ恁么に貧寒生。」師は言った。「古代是くの如し。」言った。「如何に施設せん。」師は言った。「家の豐儉に隨う。」

撫州金峰從志號玄明大師。有進上座問。如何是金峰正主。師曰。此去鎮縣不遙。闍梨莫造次進。曰何不道。師曰。口如磉盤。問千峰萬峰如何是金峰。師乃斫額而已。問千山無雲萬裡絕霞時如何。師曰。飛猿嶺那邊何不猛吐卻。問如何是西來意。師曰。壁邊有鼠耳。問如何是和尚家風。師曰。金峰門前無五里牌。師後住金陵報恩院入滅。諡圓廣禪師塔曰歸寂。

撫州金峯從志、號玄明大師。進上座有りて問うた。「如何に是れ金峯の正主。」師は言った。「此より鎮縣に去ること遙ならず、闍梨造次する莫れ。」進は言った。「何ぞ道わざる。」師は言った。「口磉盤の如し。」問うた。「千峯萬峯、如何に是れ金峯。」師乃ち額を斫るのみ。問うた。「千山雲無く萬里霞絕えたる時如何。」師は言った。「飛猿嶺の彼邊、何ぞ猛く吐却せざる。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「壁邊に鼠耳有り。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「金峯の門前に五里牌無し。」師後に金陵報恩院に住して入滅す。諡して圓廣禅師、塔曰く歸寂。

襄州鹿門山華嚴院處真禪師。問如何是和尚家風。師曰。有鹽無醋。問如何是道人。師曰。有口似鼻孔。曰忽遇客來時將何秖對。師曰。柴門草戶謝汝經過。問祖祖相傳是什麼物。師曰。金襴袈裟。問如何是函中般若。師曰。佛殿挾頭六百卷。問和尚百年後向什麼處去。師曰。山下李家作(有本作使)牛去。曰還許學人相隨也無。師曰。汝若相隨莫同頭角。曰諾。師曰。合到什麼處。曰佛眼辨不得。師曰。若不放過亦是茫茫。問如何是鹿門高峻處。師曰。汝曾上主山也無。問如何是禪。師曰。鸞鳳入鷄籠。曰如何是道。師曰。藕絲牽大象。問劫壞時此箇還壞也無。師曰。臨崖覷虎眼特地一場愁。問如何是和尚轉身處。師曰。昨夜三更失卻枕子。問一句下豁然時如何。師曰。汝是誰家生。師有一偈。示眾曰。

襄州鹿門山華嚴院處真禅師。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「鹽有りて醋無し。」問うた。「如何に是れ道人。」師は言った。「口有りて鼻孔に似たり。」言った。「忽ち客の來るに遇わば何を將て只對せん。」師は言った。「柴門草戶、汝の經過を謝す。」問うた。「祖祖相傳是れ什麼物。」師は言った。「金襴の袈裟。」問うた。「如何に是れ函中の般若。」師は言った。「佛殿に頭を挾む六百卷。」問うた。「和尚百年後什麼處に向かいて去らん。」師は言った。「山下の李家にて牛と作さん。」(一本に「使」と作す)言った。「還って學人の相隨うを許すか無し。」師は言った。「汝若し相隨わば頭角を同じくする莫れ。」言った。「諾。」師は言った。「什麼處に到るに合せん。」言った。「佛眼も辨え得ず。」師は言った。「若し放過せざれば亦是れ茫茫。」問うた。「如何に是れ鹿門の高峻の處。」師は言った。「汝曾て主山に上るか無し。」問うた。「如何に是れ禪。」師は言った。「鸞鳳鷄籠に入る。」言った。「如何に是れ道。」師は言った。「藕絲大象を牽く。」問うた。「劫壞の時此の箇還って壞るるか無し。」師は言った。「崖に臨みて虎眼を覗う、特地の一場の愁。」問うた。「如何に是れ和尚の轉身の處。」師は言った。「昨夜三更枕子を失却せり。」問うた。「一句下に豁然の時如何。」師は言った。「汝是れ誰家の生ぞ。」師一偈有り、衆に示して言った。

一片凝然光燦爛擬意追尋卒難見

一片凝然として光燦爛たり、意を擬して追尋すれば卒に見難し。

炳然擲著豁人情大事分明皆總辦

炳然として擲著すれば人の情を豁し、大事分明に皆總に辦ず。

是快活無繫絆萬兩黃金終不換

是れ快活、繫絆無し、萬兩の黃金も終に換えず。

任他千聖出頭來從是向渠影中現

他の千聖出頭するに任せて、是れ從り渠の影中に現ず。

撫州曹山慧霞了悟大師(第二世住先住荷玉山)問。佛未出世時如何。師曰。曹山不如。曰佛出世後如何。師曰。不如曹山。問四山相逼時如何。師曰。曹山在裡許。曰還求出也無。師曰。若在裡許即求出。僧侍立師曰。道者可殺炎熱。曰是師曰。只如炎熱向什麼處迴避得。曰向鑊湯鑪炭裡迴避。師曰。只如鑊湯鑪炭。作麼生迴避得。曰眾苦不能到。師默置。

撫州曹山慧霞了悟大師(第二世住、先に荷玉山に住す)。問うた。「佛未だ世に出でざる時如何。」師は言った。「曹山如かず。」言った。「佛世に出でし後如何。」師は言った。「曹山に如かず。」問うた。「四山相逼る時如何。」師は言った。「曹山里許に在り。」言った。「還って出づるを求むるか無し。」師は言った。「若し里許に在れば即ち出づるを求めよ。」僧侍立す、師は言った。「道者殺すべき炎熱。」言った。「是なり。」師は言った。「只だ如く炎熱、什麼處に向かいて回避することを得。」言った。「鑊湯爐炭の裏に向かいて回避す。」師は言った。「只だ如く鑊湯爐炭、作么生回避することを得。」言った。「衆苦到ること能わず。」師默然置く。

衡州華光範禪師。問如何是無縫塔。師指僧堂曰。此間僧堂無門戶。師問僧曾到紫陵無。曰曾到。師曰。曾到鹿門無。曰曾到。師曰嗣紫陵即是嗣鹿門即是。曰即今嗣和尚得麼。師曰。人情不打即不可。問非隱現是學人阿那箇是和尚。師曰。盡乾坤。曰此猶是學人阿那箇是和尚。師曰。適來道不錯。

衡州華光範禅師。問うた。「如何に是れ無縫の塔。」師僧堂を指して言った。「此の間の僧堂に門戶無し。」師僧に問うた。「曾て紫陵に到るか無。」言った。「曾て到れり。」師は言った。「曾て鹿門に到るか無。」言った。「曾て到れり。」師は言った。「紫陵に嗣ぐ即ち是れ、鹿門に嗣ぐ即ち是れ。」言った。「即今和尚に嗣ぐことを得るか。」師は言った。「人情打たざれば即ち不可。」問うた。「隱現に非ざる是れ學人、阿那箇か是れ和尚。」師は言った。「乾坤を盡くす。」言った。「此れ猶是れ學人、阿那箇か是れ和尚。」師は言った。「適來道う錯ならず。」

處州廣利容禪師(先住貞谿)有僧新到師舉拂子曰。貞谿老師還具眼麼。曰某甲不敢見人過。師曰。死在闍梨手裡也。問如何是和尚家風。師曰。謝闍梨道破。問西院拍手笑噓噓意作麼生。師曰。捲上簾子著。問自己不明如何明得。師曰。不明。曰為什麼不明。師曰。不見道自己事。問魯祖面壁意作麼生。師良久曰。還會麼。曰不會。師曰。魯祖面壁。因郡守受代歸。師出送接。話次郡守問。和尚遠出山門將什麼物來。師曰。無盡之寶呈獻。太守無對。後有人進語曰。便請。師曰。太守尊嚴。問千途路絕語思不通時如何。師曰。猶是階下漢。師謂眾曰。若來到廣利門下。須道得第一句。即開一線道與兄弟商量。時有僧出禮拜。師曰。將謂是異國舶主。元來是此郡商人。

處州廣利容禅師(先に貞溪に住す)。僧新到有り、師拂子を舉げて言った。「貞溪の老師還って眼を具するか。」言った。「某甲敢えて人の過を見ず。」師は言った。「闍梨の手裏に死せんなり。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「闍梨の道破を謝す。」問うた。「西院手を拍ちて笑うこと嘘嘘の意作么生。」師は言った。「帘子を卷き上げて著けよ。」問うた。「自己明らめず、如何に明らむことを得。」師は言った。「明らめず。」言った。「為什麼明らめざる。」師は言った。「自己の事を道うを見ざるなり。」問うた。「魯祖の面壁の意作么生。」師良久して言った。「還って會するか。」言った。「會せず。」師は言った。「魯祖の面壁。」因りて郡守代を受けて歸る。師出でて送接す。話の次、郡守問うた。「和尚遠く山門を出でて何物を將て來る。」師は言った。「無盡の寶を呈獻す。」太守對えず。後に人進語して言った。「便ち請う。」師は言った。「太守の尊嚴。」問うた。「千途路絕え語思通ぜざる時如何。」師は言った。「猶是れ階下の漢。」師衆に謂いて言った。「若し廣利門下に來り到らば、須く第一句を道い得べし。即ち一線の道を開きて兄弟と商量せん。」時に僧出でて禮拜す。師は言った。「將に謂う是れ異國の舶主、元來是れ此の郡の商人。」

泉州廬山小谿院行傳禪師青原人也。姓周氏。本州石鍾院出家。福州太平寺受戒。自曹山印可而居小谿。僧問。久嚮廬山石門。為什麼入不得。師曰。鈍漢。曰忽逢猛利者還許也無。師曰吃茶去。

泉州廬山小溪院行傳禅師は青原の人なり。姓は周氏。本州石鍾院にて出家す。福州太平寺にて戒を受く。曹山の印可を自りて小溪に居る。僧問うた。「久しく廬山石門に向かう、為什麼入ることを得ざる。」師は言った。「鈍漢め。」言った。「忽ち猛利の者に逢わば還って許すか無し。」師は言った。「茶を喫して去れ。」

西川布水巖和尚。問如何是西來意。師曰。一迴思著一傷心。問寶劍未磨時如何。師曰。用不得。曰磨後如何。師曰。觸不得。

西川布水巖和尚。問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「一回思い著けば一たび心傷む。」問うた。「寶劍未だ磨かざる時如何。」師は言った。「用いることを得ず。」言った。「磨きし後如何。」師は言った。「觸るることを得ず。」

蜀川西禪和尚。問佛是摩耶降。未審和尚是誰家子。師曰。水上卓紅旗。問三十六路阿那箇一路最妙。師曰。不出第一手。曰忽被出頭時如何。師曰。脊著地也不難。

蜀川西禪和尚。問うた。「佛是れ摩耶の降す所、未審和尚是れ誰家の子ぞ。」師は言った。「水上に紅旗を卓す。」問うた。「三十六路、阿那箇の一路か最も妙。」師は言った。「第一手を出でず。」言った。「忽ち頭を出でられば時如何。」師は言った。「脊地に著くも亦難からず。」

華州草菴法義禪師。問如何是祖師西來意。師曰。爛炒浮漚飽滿吃。問擬心即差動念即乖。學人如何進道。師曰。有人常擬為什麼不差。曰即今事如何。師曰。早成差也。

華州草庵法義禅師。問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「爛炒の浮漚飽滿に喫せ。」問うた。「心を擬すれば即ち差え、念を動かせば即ち乖く。學人如何に道に進まん。」師は言った。「人常に擬す有り、為什麼差えざる。」言った。「即今の事如何。」師は言った。「早く差えと成れり。

韶州華嚴和尚。問既是華嚴還將得來麼。師曰。孤峰頂上千華秀。一句當機對聖明。問如何是道。師曰。靈樹無橫枝天機道合同。

韶州華嚴和尚。問うた。「既に華嚴、還って將て得來るか。」師は言った。「孤峯頂上千華秀ふ、一句機に當りて聖明に對す。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「靈樹に横枝無く、天機道合同なり。」

前潭州龍牙山居遁禪師法嗣

前潭州龍牙山居遁禅師の法嗣

潭州報慈藏嶼匡化大師。僧問。心眼相見時如何。師曰。向汝道什麼。問如何是實見處。師曰。絲豪不隔。曰恁麼即見也。師曰。南泉甚好去處。問如何是西來意。師曰。昨夜三更送過江。問臨機便用時如何。師曰。海東有果樹頭心。問如何是真如佛性。師曰。阿誰無。問如何是向上一路。師曰。郴連道永。問。和尚年多少。師曰。秋來黃葉落春到便開花。師嘗著真贊曰。日出連山。月圓當戶。不是無身。不欲全露。一日師在帳內坐。僧問。承師有言。不是無身不欲全露。請師全露。師乃撥開帳(法眼別雲。飽叢林)問如何是湖南境。師曰。樓船戰櫂。曰還許學人遊翫也無。師曰。一任闍梨打僜問和尚百年後。有人問如何秖對師曰。分明記取。問如何是龍牙山。師曰。益陽那邊。曰如何即是。師曰。不擬。曰如何是不擬去。師曰。恁麼即不是。問古人面壁意如何。師良久卻喚某甲學人應諾。師曰。爾去別時來。師垂語曰。一句遍大地。一句才問便道。一句問亦不道。問如何是遍大地句。師曰。無空缺。如何是才問便道句。師曰。低聲低聲。如何是問亦不道句。師曰。便合知時。

潭州報慈藏嶼匡化大師。僧問うた。「心眼相見の時如何。」師は言った。「汝に向かいて什麼を道わん。」問うた。「如何に是れ實見の處。」師は言った。「絲毫隔たらず。」言った。「恁么ならば即ち見るなり。」師は言った。「南泉甚だ好き去處。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「昨夜三更江を送りて過ぐ。」問うた。「機に臨み便ち用いる時如何。」師は言った。「海東に果樹の頭心有り。」問うた。「如何に是れ真如の佛性。」師は言った。「阿誰か無き。」問うた。「如何に是れ向上の一路。」師は言った。「郴連道永。」問うた。「和尚年幾多。」師は言った。「秋來れば黃葉落ち、春到れば便ち花開く。」師嘗て真贊を著して言った。「日出でて山を連ね、月圓して戶に當る。是れ身無きに非ず、全く露さんを欲せず。」一日師帳内に在りて坐す。僧問うた。「師に言有るを承く、是れ身無きに非ず全く露さんを欲せずと。師に全く露さんことを請う。」師乃ち帳を撥き開く(法眼別に說く。「叢林を飽く」と)。問うた。「如何に是れ湖南の境。」師は言った。「樓船戰棹。」言った。「還って學人の游玩を許すか無し。」師は言った。「一任に闍梨打僜せよ。」問うた。「和尚百年後、人問い有らば如何に只對せん。」師は言った。「分明に記取せよ。」問うた。「如何に是れ龍牙山。」師は言った。「益陽の彼邊。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「擬せず。」言った。「如何に是れ擬せざるに去る。」師は言った。「恁么ならば即ち是れに非ず。」問うた。「古人の面壁の意如何。」師良久にして却って某甲を喚ぶ、學人應諾す。師は言った。「汝去りて別の時に來れ。」師語を垂れて言った。「一句遍く大地し、一句纔に問えば便ち道い、一句問うも亦道わず。」問うた。「如何に是れ遍大地の句。」師は言った。「空缺無し。」「如何に是れ纔問便道の句。」師は言った。「低聲低聲。」「如何に是れ問うも亦道わざるの句。」師は言った。「便ち時を知るに合す。」

襄州含珠山審哲禪師。僧問。如何是深深處。師曰。寸釘入木八牛拽不出。問如何是正法眼。師曰。三門前神子。問如何是佛法大意。師曰。貧女抱子渡恩愛競隨流。師問僧曰。有亦不是。無亦不是。不有不無俱不是。汝本來名箇什麼。曰學人已具名了。師曰。具名即不無名箇什麼。曰只遮莫便是否。師曰。且喜沒交涉。曰如何即是。師曰。親切處更請一問。曰學人道不得請和尚道。師曰。別日來與汝道。曰即今為什麼不道。師曰。覓箇領話人不可得。師又問一僧曰。姓王姓張姓李俱不是。汝本來姓什麼。曰與和尚同姓。師曰。同姓即且從本來姓箇什麼。曰待漢水逆流即向和尚道。師曰。即今為什麼不道。曰漢水逆流也未。師乃休。

襄州含珠山審哲禅師。僧問うた。「如何に是れ深深の處。」師は言った。「寸釘木に入りて八牛拽りて出でず。」問うた。「如何に是れ正法眼。」師は言った。「三門前の神子。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「貧女子を抱きて恩愛を渡り競いて流に隨う。」師僧に問うて言った。「有るも亦是れに非ず、無きも亦是れに非ず、不有・不無俱に是れに非ず。汝本來何と名づく。」言った。「學人已に名を具え了れり。」師は言った。「名を具えば即ち無しとあらず、箇の什麼を名づく。」言った。「只だ此れ便ち是か否や莫れ。」師は言った。「且く喜べ、交涉する所無し。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「親切の處更に一問を請え。」言った。「學人道い得ず、和尚に道わんことを請う。」師は言った。「別の日に來れ、汝と道わん。」言った。「即今為什麼道わざる。」師は言った。「箇の話を領く人を覓めて得る可からず。」師又一僧に問うて言った。「姓王姓張姓李俱に是れに非ず。汝本來什麼を姓とする。」言った。「和尚と姓を同じくす。」師は言った。「姓を同じくすれば即ち且く從え、本來箇の什麼を姓とする。」言った。「漢水の逆流するを待ち即ち和尚に向かいて道わん。」師は言った。「即今為什麼道わざる。」言った。「漢水逆流も未だせず。」師乃ち休す。

前京兆華嚴寺休靜禪師法嗣

前京兆華嚴寺休靜禅師の法嗣

鳳翔府紫陵匡一定覺大師。師到盤龍見僧問盤龍雲。碧潭清似鏡盤龍何處安。龍曰。沈沙不見底浮浪足巑岏。師不肯。自答曰。金剛迴透青霄外。潭中豈曉玉輪機。盤龍肯之。師住後僧問曰。未作人身已前作箇什麼來。師曰。石牛步步水中行。返顧休銜日中草。

鳳翔府紫陵匡一定覺大師。師盤龍に到り、僧の盤龍に問うを見て言った。「碧潭清きこと鏡の如し、盤龍何處に安んずる。」龍は言った。「沈沙底を見ず、浮浪巑岏足る。」師肯ぜず。自ら答えて言った。「金剛回りて透ること青霄の外、潭中豈に玉輪の機を曉らん。」盤龍之を肯す。師住して後、僧問うて言った。「未だ人身を作さざる已前、箇の什麼を作して來る。」師は言った。「石牛步步水中に行き、返顧して日中の草を啣むを休せよ。」

前筠州九峰普滿大師法嗣

前筠州九峯普滿大師の法嗣

洪州鳳棲山同安院威禪師。僧問。牛頭未見四祖時如何。師曰。路邊神廟子見者盡擎拳。曰見後如何。師曰。室內無靈床渾家不著孝。問祖意教意如何。師曰。玉兔不曾知曉意。金烏爭肯夜頭明。問如何是同安一曲。師曰。靈琴不引人間韻。知音豈度伯牙門。曰誰人知得。師曰。木馬嘶時從彼聽。石人拊掌阿誰聞。曰知音如何。師曰。知音不度耳達者豈同聞。

洪州鳳棲山同安院威禅師。僧問うた。「牛頭が四祖を見ざる時如何。」師は言った。「路邊の神廟子、見る者盡く拳を擎ぐ。」言った。「見し後如何。」師は言った。「室内に靈床無く、渾家孝を著けず。」問うた。「祖意教意如何。」師は言った。「玉兔曾て曉の意を知らず、金烏争で肯んぜん夜頭明けんと。」問うた。「如何に是れ同安の一曲。」師は言った。「靈琴人間の韻を引かず、知音豈に伯牙の門を度らん。」言った。「誰人か知り得る。」師は言った。「木馬嘶く時彼に從りて聽け、石人掌を拊すを阿誰か聞く。」言った。「知音如何。」師は言った。「知音耳を度らず、達者豈に聞を同じくせん。」

前青林師虔禪師(洞山第三世住)法嗣

前青林師虔禅師(洞山第三世住)の法嗣

韶州龍光和尚。僧問。人王與法王相見時如何。師曰。越國君王不按劍。龍光一句不曾虧。師上堂良久雲。不煩珍重。問如何是西來意。師曰。胡風一扇漢地成機。問撥塵見佛時如何。師拊掌顧視。問如何是龍光一句子。師曰。不空羂索。曰學人不會。師曰唵。問如何極則為人處。師曰。慇懃付囑後人看。問賓頭盧一身為什麼赴四天供。師曰。千江同一月萬戶盡逢春師有偈曰。

韶州龍光和尚。僧問うた。「人王と法王相見の時如何。」師は言った。「越國の君王劍を按せず、龍光の一句曾て虧かず。」師上堂して良久して言った。「煩わず珍重。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「胡風一扇して漢地機を成す。」問うた。「塵を撥きて佛を見る時如何。」師掌を拊して顧視す。問うた。「如何に是れ龍光の一句子。」師は言った。「不空羂索。」言った。「學人會せず。」師は言った。「唵。」問うた。「如何に極則の人と為る處。」師は言った。「殷勤に付囑して後人に看せしむ。」問うた。「賓頭盧一身、為什麼四天の供に赴く。」師は言った。「千江同一月、萬戶盡く春に逢う。」師偈有りて說く。

龍光山頂寶月輪照耀乾坤爍暗雲

龍光山頂の寶月輪、照耀して乾坤を爍かし暗雲を照らす。

尊者不移元一質千江影現萬家春

尊者元の一質を移さず、千江に影現じ萬家の春。

襄州鳳凰山石門寺獻禪師京兆人也。自青林受記兩處開法。凡對機多雲好好大哥。時謂大哥和尚。初居衡嶽宴坐巖室。屬夾山和尚歸寂。眾請師住持。師遂至潭州。時楚王馬氏出城延接。王問。如何是祖師西來大道。師曰。好好大哥。御駕六龍千古秀。玉堦排仗出金門。王仰重延入天冊府供養數日。方至夾山。坐道場僧問。今日一會何異靈山。師曰。天垂寶蓋重重異。地湧金蓮葉葉新。曰未審將何法示人。師曰。無絃琴韻流沙界。清和普應大千機。問師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。師曰。一曲宮商看品弄。辨寶須知碧眼胡。曰恁麼即清流分洞下滿月照青林。師曰。多子塔前分的意。至今異世度洪音。師自夾山遷至石門。開山創寺再闡玄風。上堂示眾曰。瑠璃殿上光輝之日。日無私。七寶山中晃耀之頭。頭有據。泥牛運步木馬嘶聲。野老謳歌樵人舞袖。太陽路上古曲玄音。林下相逢復有何事。僧問。月生雲際時如何。師曰。三箇童兒抱華鼓。好好大哥。莫來攔我毬門路。問如何是和尚家風。師曰。騎駿馬驟高樓。鐵鞭指盡胡人路。問如何是石門境。師曰。遍界黃金無異色。往來遊子罷追尋。曰如何是境中人。師曰。無相不居凡聖位。經行鳥道沒蹤由。問眾手淘金誰是得者。師曰。張三李四出金門。遍握乾坤石人在。曰恁麼即不從人得也。師曰。三公九卿排班位。看取金雞豎也無問道界無窮際通身絕點痕時如何。師曰。渺渺白雲漫雪嶽。轉身玄路莫遲遲。曰未審轉身路在什麼處。師曰。石人舉手分明記。萬年枯骨笑時看。問如如不動時如何。師曰。有什麼了日。曰如何即是。師曰。石戶非關鎖。問如何是石門境。師曰。烏鳶飛叫頻。曰如何是境中人。師曰。風射舊簾櫳。因般若寺遭焚。有人問曰。既是般若為什麼被火燒。師曰。萬裡一條鐵。

襄州鳳凰山石門寺獻禅師は京兆の人なり。青林より記を受けて兩處に法を開く。凡そ機に對し多く好々大哥を說く。時に大哥和尚と謂う。初め衡岳に居りて岩室に宴坐す。夾山和尚の歸寂に屬り、衆師に住持を請う。師遂に潭州に至る。時に楚王馬氏城を出でて延接す。王問うた。「如何に是れ祖師西來の大道。」師は言った。「好々大哥。御駕六龍千古に秀で、玉階仗を排して金門を出づ。」王仰ぎ重ねて天册府に延入し供養すること數日、方に夾山に至る。道場に坐して僧問うた。「今日の一會、靈山に何の異なりや。」師は言った。「天は寶蓋を垂れて重重に異なり、地は金蓮を湧かせて葉葉に新なり。」言った。「未審何の法を將て人に示さん。」師は言った。「弦無き琴の韻沙界に流れ、清和普く大千の機に應ず。」問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「一曲宮商品弄を看よ、寶を辨るに須く碧眼の胡を知るべし。」言った。「恁么ならば即ち清流洞下に分かれ、滿月青林を照らさん。」師は言った。「多子塔前に分の意を辨じ、今に至りて異世に洪音を度す。」師夾山より石門に遷り、山を開き寺を創して再び玄風を闡く。上堂して衆に示して言った。「琉璃殿上光輝の日、日私無し。七寶山中晃耀の頭、頭據有り。泥牛運步して木馬嘶聲し、野老謳歌して樵人舞袖す。太陽路上古曲の玄音、林下相逢して復た何の事か有らん。」僧問うた。「月雲際に生ずる時如何。」師は言った。「三個の童兒華鼓を抱く。好々大哥、來りて我が球門路を攔ぐる莫れ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「駿馬に騎りて高樓に驟り、鐵鞭指盡くす胡人の路。」問うた。「如何に是れ石門の境。」師は言った。「遍界黃金異色無し、往來の游子追尋を罷む。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「相無く凡聖の位に居らず、經行鳥道蹤由を沒す。」問うた。「衆手金を淘するに誰是れ得者。」師は言った。「張三李四金門を出づ、遍く乾坤を握りて石人在り。」言った。「恁么ならば即ち人從り得ず。」師は言った。「三公九卿班位を排す、看取せよ金鶏竪たるや無しや。」問うた。「道界窮際無く通身點痕絶えたる時如何。」師は言った。「渺渺たる白雲雪岳に漫り、身を轉ずる玄路遲遲たる莫れ。」言った。「未審轉身の路什麼處に在る。」師は言った。「石人手を舉げて分明に記す、萬年の枯骨笑う時看よ。」問うた。「如如不動の時如何。」師は言った。「什麼の了日か有る。」言った。「如何にして即ち是れ。」師は言った。「石戶關鎖に非ず。」問うた。「如何に是れ石門の境。」師は言った。「烏鳶飛叫頻りなり。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「風舊帘櫳を射る。」般若寺焚かるるに遭うに因り、人有りて問うて言った。「既に般若、為什麼火に燒かるる。」師は言った。「萬里一條の鐵。」

襄州萬銅山廣德和尚(第一世住)僧問如何是和尚家風。師曰。山前人不住山後更茫茫。問如何是透法身句。師曰。無力登山水茅戶絕知音。問如何是佛法大意。師曰。始嗟黃葉落又見柳條青。問盡大地是一箇死屍。向什麼處葬。師曰。北邙山下千丘萬丘。師因不安。僧問和尚患箇什麼太羸瘦生。師曰。無思不墜的。曰恁麼即知和尚病源也。師曰。爾道老僧患什麼。曰和尚忌口好。師便打。

襄州萬銅山廣德和尚(第一世住)。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「山前人住まず、山後更に茫茫。」問うた。「如何に是れ法身を透す句。」師は言った。「力無く山に登りて水茅の戶に知音絶ゆ。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「始め黃葉の落つるを嗟き、又見る柳條の青きを。」問うた。「盡大地是れ一個の死屍、什麼處に向かいて葬らん。」師は言った。「北邙山下千丘萬丘。」師不安なるに因り、僧問うた。「和尚箇の什麼を患えて太だ羸瘦生。」師は言った。「思無ければ墜の無し。」言った。「恁么ならば即ち和尚の病源を知るなり。」師は言った。「汝道え、老僧什麼を患える。」言った。「和尚忌口好し。」師便ち打つ。

郢州芭蕉和尚。問十二時中如何用心。師曰。櫳樬一木盆。

郢州芭蕉和尚。問うた。「十二時中如何に心を用いる。」師は言った。「櫳樬一木の盆。」

定州石藏慧炬和尚。問如何是伽藍。師曰。只遮箇。曰如何是伽藍中人。師曰。作麼作麼。曰忽遇客來將何秖待。師曰。吃茶去。

定州石藏慧炬和尚。問うた。「如何に是れ伽藍。」師は言った。「只だ此の箇。」言った。「如何に是れ伽藍中の人。」師は言った。「作么作么。」言った。「忽ち客來らば何を將て只待せん。」師は言った。「茶を喫して去れ。」

前洛京白馬遁儒禪師法嗣

前洛京白馬遁儒禅師の法嗣

興元府青剉山和尚。問如何是和尚家風。師曰。無底籃子拾生菜。問如何是白馬境。師曰。三冬華木秀九夏雪霜飛。

興元府青剉山和尚。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「底無き籃子に生菜を拾う。」問うた。「如何に是れ白馬の境。」師は言った。「三冬花木秀で、九夏雪霜飛ぶ。」

前益州北院通禪師法嗣

前益州北院通禅師の法嗣

京兆香城和尚。初參通和尚問。一似兩箇時如何。通曰。一箇賺汝。師乃省悟。僧問。三光景色謝照燭事如何。師曰。朝邑峰前卓五彩。曰不涉文彩事作麼生。師曰。如今特地過江來。問向上一路請師舉唱。師曰。釣絲鉤不出。問牛頭還得四祖意否。師曰。沙書不點落千字。曰下點後如何。師曰。別將一撮俵人天。曰恁麼即人人有分也。師曰。汝又作麼生。問囊無繫螘之絲廚絕聚蠅之糝時如何。師曰。日捨不求思從妄得。

京兆香城和尚。初め通和尚を參じて問うた。「一似の兩個の時如何。」通は言った。「一個汝を賺す。」師乃ち省悟す。僧問うた。「三光の景色謝し照燭の事如何。」師は言った。「朝邑峯前に五彩を卓す。」言った。「文彩に涉らざる事作么生。」師は言った。「如今特地に江を過ぎて來る。」問うた。「向上の一路、師に舉唱を請う。」師は言った。「釣絲鈎出でず。」問うた。「牛頭還って四祖の意を得るか否。」師は言った。「沙書點を點さず千字を落とす。」言った。「點を下しし後如何。」師は言った。「別に一撮を將て人天に俵う。」言った。「恁么ならば即ち人人分有るなり。」師は言った。「汝又作么生。」問うた。「囊に蟻を繫ぐ絲無く厨に蠅を聚むる糝絶えたる時如何。」師は言った。「日舍求めず思妄從り得。」

前高安白水本仁禪師法嗣

前高安白水本仁禅師の法嗣

京兆重雲智暉禪師鹹秦人也。姓高氏。總角之歲好遊佛宇。誓志出家父不能止。禮圭峰溫和尚剃度。後謁高安仁和尚。獨領微言潛通秘鍵。尋迴洛卜於中灘創溫室院常施藥。有比丘患白癩眾惡之。惟師延迎供養與摩洗垢穢。斯須有神光異香。既而辭去遂失所在。所遺瘡痂馨香酷烈。遂聚而塑觀音像以藏之。梁開平五年忽思林泉。乃歸終南圭峰舊居。師一日閑步。巖岫間倏覩摩衲數珠銅瓶椶笠。觸之即壞。謂侍者曰。此吾前身道具耳。欲就茲建寺以醻昔因。當薙草開基有祥雲蔽日。屯於峰頂久而不散。因目為重雲山。先是谷多猛獸皆自引去。及塞龍潭以通徑。潭中龍亦徙他所。後唐明宗賜額曰長興。學侶臻萃。師上堂有僧問。如何是歸根得旨。師曰。早是忘卻。問不意塵生如何是進身一路。師曰。足下已生草前程萬丈坑。問要路坦然如何履踐。師曰。我若指汝則東西南北去也。問佛未出世時如何。師曰。一堆泥土。問如何是重雲稱。師曰。任將天下勘。問如何是截鐵之言。師曰。寧死不犯。問如何是重雲境。師曰四時不開華三冬盛芳草。師再歸故山創寺聚徒。涉四十五年。誨人之暇撰歌頌千餘首。度弟子一千五百人。永興節度使王彥超。早遊師戶庭嘗欲披緇。師止之曰。汝後當榮顯為教門外護則可矣。厥後果如師言。及鎮永興與師再會益加尊禮。周顯德三年丙辰夏六月師詣府辭王公屬以山門事。至七月二十四日體中無恙。垂誡門人併示一偈曰。

京兆重雲智暉禅師は咸秦の人なり。姓は高氏。總角の歳より佛宇に遊ぶを好み、志を誓いて出家せんとす、父止むること能わず。圭峯溫和尚に禮して剃度す。後に高安仁和尚を謁し、獨り微言を領して潛かに祕鍵に通ず。尋いで洛に回り中灘に卜して溫室院を創り常に藥を施す。比丘白癩を患える有り、衆之を惡む。惟だ師延迎して供養し、摩して垢穢を洗う。斯須に神光異香有り。既にして辭去り遂に所在を失う。遺す所の瘡痂馨香酷烈なり。遂に聚めて觀音像を塑りて之を藏す。梁開平五年忽ち林泉を思い、乃ち終南圭峯の舊居に歸る。師一日閑步す。岩岫の間に倏ち摩衲數珠銅瓶棕笠を睹る。之に觸れば即ち壞る。侍者に謂いて言った。「此れ吾が前身の道具なり。茲に就いて寺を建てて昔因を酬いんと欲す。」薙草開基に當り祥雲日を蔽い、峯頂に屯して久しくして散ぜず。因りて重雲山と目す。先是谷に猛獸多く皆自ら引き去る。及び龍潭を塞ぎて径を通ずるに、潭中の龍も亦他所に徙る。後唐明宗額を賜いて長興と曰う。學侶臻萃す。師上堂し、僧有りて問うた。「如何に是れ根に歸り旨を得。」師は言った。「早く是れ忘却せり。」問うた。「意塵生ぜざる、如何に是れ身を進むる一路。」師は言った。「足下已に草生ぜり、前程萬丈の坑。」問うた。「要路坦然、如何に履踐せん。」師は言った。「我若し汝を指せば則ち東西南北に去らん。」問うた。「佛未だ世に出でざる時如何。」師は言った。「一堆の泥土。」問うた。「如何に是れ重雲の秤。」師は言った。「天下を將て勘うるに任せよ。」問うた。「如何に是れ鐵を截る言。」師は言った。「寧ろ死すとも犯さず。」問うた。「如何に是れ重雲の境。」師は言った。「四時花を開かず、三冬芳草盛んなり。」師再び故山に歸り寺を創り徒を聚む。四十五年を涉る。人を誨るの暇に歌頌千餘首を撰し、弟子一千五百人を度す。永興節度使王彦超、早く師の戶庭に遊び嘗て緇を披かんと欲す。師之を止めて言った。「汝後に榮顯なるに當り、教門の外護と為れば則ち可なり。」厥の後果して師の言の如し。及び永興を鎮め師と再會し益々尊禮を加う。周顯德三年丙辰の夏六月、師府に詣り王公に辭し山門の事を屬す。七月二十四日に至り體中恙無し。門人に垂誡し并びて一偈を示して言った。

我有一間舍父母為修蓋

我に一間の舍有り、父母修蓋を為す。

住來八十年近來覺損壞

往來八十年、近來損壞を覺ゆ。

早擬移住處事涉有憎愛

早く住處を移さんと擬す、事憎愛に涉る有り。

待他摧毀時彼此無相礙

他の摧毀する時を待てば、彼此相礙無し。

趺坐而逝。壽八十有四。臘六十四。塔於本山。

跏趺坐して逝く。壽八十有四、臘六十四。本山に塔す。

杭州瑞龍院幼璋禪師。唐相國夏矦孜之猶子也。大中初伯父司空出鎮廣陵。師方七歲遊慧照寺。聞諷蓮經志求出家。伯父初不允。因絕不飲食。不得已而許之。禮慧遠為師。十七具戒。二十五遊諸禪會。薯山白水鹹受心訣。二宗匠深器之。咸通十三年至江陵。會騰騰和尚囑之曰。汝往天台尋靜而棲遇安即止。又值憨憨和尚撫而記曰。汝卻後四十年。有巾子下菩薩王於江南。當此時吾道昌矣。二逸士各有密言授之。尋抵天台山於靜安鄉創福唐院。乃契騰騰之言。又眾請住隱龍院。中和四年浙東饑疫。師於溫臺明三郡。收瘞遺骸數千。時謂悲增大士。乾寧中雪峰和尚經遊。遺師椶櫚拂子而去。天祐三年錢尚父遣使童建齎衣服香藥入山致請。師領徒至府庭。署志德大師。就功臣堂安置。日親問法師請每年於天台山建金光明道場。諸郡黑白大會逾月而散(光明大會始於師也)師將辭歸山。王加戀慕於府城建瑞龍院(文穆王改為寶山院)延請開法。時禪門興盛。斯則憨憨懸記應矣。師上堂謂眾曰。老僧頃年遊歷江外嶺南荊湖但有知識叢林無不參問來。蓋為今日與諸人聚會。各要知箇去處。然諸方終無異說。只教當人歇卻狂心休從他覓。但隨方任真亦無真可任。隨時受用亦無時可用。設垂慈苦口。且不可呼晝作夜。更饒善巧。終不能指東為西。脫或能爾。自是神通作怪非幹我事。若是學語之輩不自省己知非直。欲向空裡採華波中取月。還著得心力麼。汝今各且退思忽然肯去。始知瑞龍老漢事不獲已迂迴太甚。還肯麼。時有僧。問如何是瑞龍境。師曰。汝道不見得麼。曰如何是境中人。師曰。後生可畏。問廓然無雲如何是中秋月。師曰。最好是無雲。曰恁麼即一輪高掛萬國同觀去也。師曰。揑目之子難與言至。天成二年丁亥夏四月師乞墳塔。尚父命陸仁璋。於西關選勝地建塔創院。賜名額令僧守護。仍改天台隱龍為隱跡。

杭州瑞龍院幼璋禅師は唐の相國夏侯孜の猶子なり。(底本「矦」は「侯」の譌)大中初伯父司空出でて廣陵を鎮む。師方に七歳にして慧照寺に遊び、諷りて蓮經を聞き志して出家を求む。伯父初め允さず。因りて絶ちて飲食せず。已むことを得ずして之を許す。慧遠に禮して師と為す。十七にして戒を具し、二十五にして諸の禪會に遊ぶ。薯山白水咸く心訣を受く。二の宗匠深く之を器とす。咸通十三年江陵に至る。騰騰和尚に會い之を囑して言った。「汝天臺に往きて靜を尋ねて栖れ、安に遇えば即止れ。」又憨憨和尚に值い撫でて記して言った。「汝却って後四十年、巾子下の菩薩王江南に有らん。此の時に當り吾が道昌えん。」二の逸士各々密言有りて之に授く。尋いで天臺山に抵り靜安鄉に福唐院を創る。乃ち騰騰の言に契う。又衆請いで隱龍院に住す。中和四年浙東飢疫す。師溫臺明の三郡に於て遺骸數千を收瘞す。時に悲增大士と謂う。乾寧中雪峯和尚經游し、師に棕櫚の拂子を遺して去る。天祐三年錢尚父使童建を遣わして衣服香藥を齎せしめ山に入りて請を致す。師徒を領して府庭に至る。志德大師を署し、功臣堂に就きて安置す。日に親しく法を問う。師毎年天臺山に金光明道場を建てんことを請う。諸郡黑白の大會月を逾えて散ず(光明大會は師より始まる)。師將に辭して山に歸らんとす。王戀慕を加えて府城に瑞龍院を建つ(文穆王寶山院と改む)延請して法を開く。時に禪門興盛す。斯れ則ち憨憨の懸記應えり。師上堂して衆に謂いて言った。「老僧頃年江外嶺南荊湖を游歷し、知識の叢林有るに但し參問せざる無し。蓋し今日諸人と聚會せるが為なり。各々箇の去處を知るを要す。然れど諸方終に異說無く、只だ當人に狂心を歇却し他に從いて覓めるを休せしむを教う。但だ方に隨い真に任るも亦任る可き真無し、時に隨いて受用すも亦用う可き時無し。設し慈を垂れ口を苦しむとも、且く晝を呼んで夜と作すべからず。更に饒くば善巧、終に東を指して西と為すこと能わず。脫ち或いは能く爾らば、自是れ神通作怪、我が事に干らず。若し是れ語を學ぶの輩、自ら己を省みて非を知らざれば、直に空裏に向かいて華を採り波中に月を取らんと欲す。還って心力を著け得るか。汝今各々且く退思せよ、忽然として肯去せば、始めて知らん瑞龍老漢事獲已とせず迂回太甚なるを。還って肯するか。」時に僧有り。問うた。「如何に是れ瑞龍の境。」師は言った。「汝道え、見えざるか。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「後生畏る可し。」問うた。「廓然として雲無き、如何に是れ中秋の月。」師は言った。「最も好きは雲無きなり。」言った。「恁么ならば即ち一輪高く挂りて萬國同じく觀て去らん。」師は言った。「目を捏ねる子とは與に至を言い難し。」天成二年丁亥の夏四月師墳塔を乞う。尚父陸仁璋に命じて西關に於て勝地を選び塔を建て院を創り、名額を賜い僧をして守護せしむ。仍りて天臺の隱龍を改めて隱迹と為す。

修塔畢。師入府庭辭尚父。囑以護法恤民之事。剋期順寂。尚父悲悼遣僧主集在城宿德迎引入塔。壽八十有七。臘七十。

塔を修め畢り、師府庭に入りて尚父に辭す。法を護り民を恤うるの事を以て囑す。期を克めて順寂す。尚父悲悼して僧主を遣わし在城の宿德を集め迎え引きて塔に入る。壽八十七、臘七十。

前撫州疎山匡仁禪師法嗣

前撫州疎山匡仁禅師の法嗣

疎山證禪師(第二世住)初參仁和尚。得旨後遊歷諸方。謁投子同禪師。投子問曰。近離什麼處。曰延平來。投子曰。還將得劍來麼。曰將得來投子曰。呈似老僧看。師乃指面前地上。投子便休。師遂去。三日後投子問主事。新到僧在什麼處。曰當時去也。投子曰。三十年學馬伎昨日被驢撲。師住後僧問。如何是就事學師曰。著衣掃地。曰如何是就理學。師曰。騎牛去穢。曰向上事如何。師曰。溥際不收。問如何是聲色中混融一句。師曰。不辨消不及。曰如何是聲色外別行一句。師曰。難逢不可得。

疏山證禅師(第二世住)。初め仁和尚を參じ、旨を得て後諸方を游歷す。投子同禅師を謁す。投子問うて言った。「近く什麼處を離れたる。」言った。「延平より來り。」投子は言った。「還って劍を將て得來るか。」言った。「將て得來れり。」投子は言った。「老僧に呈して看せしめよ。」師乃ち面前の地上を指す。投子便ち休す。師遂に去る。三日の後投子主事に問うた。「新到の僧什麼處に在る。」言った。「當時に去りしなり。」投子は言った。「三十年馬伎を學びて昨日驢に撲たれたり。」師住して後、僧問うた。「如何に是れ事に就いての學。」師は言った。「衣を著けて地を掃う。」言った。「如何に是れ理に就いての學。」師は言った。「牛に騎りて穢れを去る。」言った。「向上の事如何。」師は言った。「溥際收めず。」問うた。「如何に是れ聲色中の混融の一句。」師は言った。「辨じて消えず及ばず。」言った。「如何に是れ聲色外に別行する一句。」師は言った。「逢い難く得る可からず。」

洪州百丈安和尚號明照禪師(第十世住)問一藏圓光如何是體。師曰。勞汝遠來。曰莫是一藏圓光麼。師曰。更吃一椀茶。問如何是和尚家風。師曰。手巾寸半布。問萬法歸一一歸何處。師曰。未有一箇不問。問如何是極則事。師曰。空王殿裡登九五。野老門前不立人。問隨緣認得時如何。師曰。未認得時作麼生。師本新羅國人。自百丈統眾所度弟子。道亙等凡七人。各從參嗣僉化一方。師滅後門人寫影。法眼讚曰。對目誰寫蟾輝。碧池日面月面。輪圓須彌須彌。一指月面豪芒。明照禪師詎曰。違方方塵不指。大悲何起我謂。玄功胡是非是。

洪州百丈安和尚、號明照禅師(第十世住)。問うた。「一藏の圓光、如何に是れ體。」師は言った。「汝の遠來に勞す。」言った。「是れ一藏の圓光か莫れ。」師は言った。「更に一碗の茶を喫せ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「手巾寸半の布。」問うた。「萬法一に歸す、一は何處に歸する。」師は言った。「未だ一個の問わざる有らず。」問うた。「如何に是れ極則の事。」師は言った。「空王殿裏に九五に登り、野老の門前に人を立てず。」問うた。「緣に隨い認め得る時如何。」師は言った。「未だ認め得ざる時作么生。」師本是れ新羅國の人なり。百丈に衆を統べてより度する所の弟子、道亘等凡そ七人、各々參嗣に從り僉に一方を化す。師滅して後門人影を寫す。法眼贊して言った。「對目誰か蟾輝を寫す。碧池の日面月面。輪圓の須彌須彌。一指月面の毫芒。」明照禅師詎えて說く。「方を違れど方塵指さず。大悲何の起こるか我謂う。玄功胡ぞ是に非ざる是非ぞ。」

筠州黃蘗山慧禪師洛陽人也。少出家業經論學。因增受菩薩戒而歎曰。大士攝律儀與吾本受聲聞戒。俱止持作犯也。然於篇聚增減支本通別制意且殊。既微細難防。復於攝善中未嘗行於少分。況饒益有情乎。且世間泡幻身命何可留戀哉。由是置講課。欲以身捐於水中飼鱗甲之類。念已將行。偶二禪者接之款話。謂南方頗多知識。師何滯於一隅也。師從此迴志參尋。屬關津嚴緊。乃謂守吏曰。吾非翫山水。誓求祖道。他日必不忘恩也。守者察其志遂不苛留。且謂之曰。師既為法忘身。迴時願無吝所聞。師欣謝直造疎山。時仁和尚坐法堂受參。師先顧視大眾然後致問曰。剎那便去時如何。疎山曰畐塞。虛空汝作麼生去。師曰。畐塞虛空不如不去。疎山便休。師下堂參第一座。第一座曰。適觀座主秖對和尚語甚奇特。師曰。此乃率爾實自偶然。敢望慈悲開示愚迷。第一座曰。一剎那間還有擬議否。師於言下頓省禮謝。退於茶堂悲喜交盈。如是三日。尋住黃蘗山聚眾開法(第二世住)終於本山。今塔中全身如生。

筠州黃檗山慧禅師は洛陽の人なり。少くして出家し經論を學ぶを業とす。增して菩薩戒を受くるに因りて歎じて言った。「大士の律儀を攝するは吾が本受の聲聞戒と、俱に止持作犯なり。然れど篇聚に於て增減支本の通別制意且く殊なり。既に微細にして防ぎ難く、復た攝善の中に於て未だ嘗て少分を行ぜず。況んや有情を饒益せんや。且く世間泡幻の身命何ぞ留戀せん。」是に由りて講課を置き、身を以て水中に捐てて鱗甲の類に飼わんと欲す。念將に行かんとす。偶ま二禪者之を接して款話す。南方頗る知識多し、師何ぞ一隅に滯するやと謂う。師此より志を回らして參尋す。關津の嚴緊に屬る。乃ち守吏に謂いて言った。「吾山を玩び水を樂しむに非ず。誓いて祖道を求む。他日必ず恩を忘れざるなり。」守者其の志を察して遂に苛らず留めず。且く之に謂いて言った。「師既に法の為に身を忘る。回る時願わくば聞く所を吝かにする無かれ。」師欣んで謝して直ちに疏山に造る。時に仁和尚法堂に坐して參を受く。師先ず大衆を顧視し然る後に問を致して言った。「刹那に便ち去る時如何。」疏山が言った。「逼塞する虚空を汝作么生去る。」(底本は「畐塞」と作す)師は言った。「逼塞する虚空は去らざるに如かず。」疏山便ち休す。師堂を下りて第一座を參ず。第一座言った。「適來座主の和尚に只對する語、甚だ奇特なりを觀たり。」師は言った。「此乃ち率爾にして實に自ら偶然なり。敢えて慈悲の愚迷を開示せんを望む。」第一座言った。「一刹那の間に還って擬議有るか否。」師言下に於て頓ちに省みて禮謝す。退りて茶堂に於て悲喜交盈す。是くの如く三日。尋いで黃檗山に住して衆を聚め法を開く(第二世住)。本山にて終わる。今塔中全身生けるが如し。

隋州隋城山護國院守澄淨果大師。問如何是佛師曰。遮驢漢問盡大地是一隻眼底人來師如何。師曰。堦下漢。問諸佛不倒處什麼人履踐。師曰。聃耳鬅頭。曰何人通得彼中信。師曰。驢面獸顋。問隨緣認得時如何。師曰錯。問如何是西來意。師曰。一人傳虛萬人傳實。問不落於將手如何是太阿。師曰。七星光采耀六國罷煙塵。

隋州隋城山護國院守澄淨果大師。問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「此の驢漢め。」問うた。「盡大地是れ一隻の眼、底の人來りて師如何。」師は言った。「階下の漢。」問うた。「諸佛倒れざる處、什麼人か履踐する。」師は言った。「聃耳鬅頭。」言った。「何人か彼中の信を通ずるを得。」師は言った。「驢面獸腮。」問うた。「緣に隨い認め得る時如何。」師は言った。「錯。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「一人虛を傳え萬人實を傳う。」問うた。「將手に落ちざる如何に是れ太阿。」師は言った。「七星の光采耀く、六國煙塵を罷む。」

洛京長水靈泉歸仁禪師。問如何是祖師意。師曰。仰面獨揚眉迴頭自拍手。問如何是祖師西來的的意。師曰。洛河水逆流。問如何是和尚家風。師曰。騎牛戴席帽過水著靴衫。

洛京長水靈泉歸仁禅師。問うた。「如何に是れ祖師意。」師は言った。「面を仰ぎ獨り眉を揚げ、回頭して自ら手を拍つ。」問うた。「如何に是れ祖師西來の的の意。」師は言った。「洛河の水逆流す。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「牛に騎りて席帽を戴き、水を過ぎて靴衫を著く。」

延州伏龍山延慶院奉璘禪師。問如何是和尚家風。師曰。橫身臥海。日裡挑燈。問如何是伏龍境。師曰。山峻水流急三春足異華。問和尚還愛財色也無。師曰。愛曰既是善知識。為什麼卻愛財愛色。師曰。知恩者少負恩者多。師問火頭。培火了未。曰低聲。師曰。什麼處得遮消息來。曰不假多言。師曰。省錢易飽吃了還飢。問如何是和尚家風。師曰。長虀冷飯。曰又太寂寞生。師曰。僧家合如是。

延州伏龍山延慶院奉璘禅師。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「身を横たえて海に臥し、日裏に燈を挑ぐ。」問うた。「如何に是れ伏龍の境。」師は言った。「山峻く水流急にして三春異華足る。」問うた。「和尚還って財色を愛するか無し。」師は言った。「愛す。」言った。「既に善知識、為什麼却って財を愛し色を愛する。」師は言った。「恩を知る者少なく恩を負く者多し。」師火頭に問うた。「火を培いて未だや。」言った。「聲を低く。」師は言った。「什麼處より此の消息を得來る。」言った。「多言を假らず。」師は言った。「錢を省き易く飽く、喫して還って飢ゆ。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「長齑に冷飯。」言った。「又太だ寂寞生。」師は言った。「僧家合に是くの如し。」

安州大安山省禪師(第三世住)問失路迷人請師直指。師曰。三門前去。問舉步臨危請師指月。師曰。不指月。曰為什麼不指月。師曰。臨坑不推人。問離四句絕百非請和尚道。師曰。我王庫內無如是刀。問重重關鎖信息不通時如何。師曰。爭得到遮裡。曰到後如何。師曰。彼中事作麼生。問如何是真中真。師曰。十字路頭泥佛子。

安州大安山省禅師(第三世住)。問うた。「路を失い迷える人、師に直指を請う。」師は言った。「三門前に去れ。」問うた。「步を舉げて危きに臨む、師に月を指さんことを請う。」師は言った。「月を指さず。」言った。「為什麼月を指さざる。」師は言った。「坑に臨みて人を推さず。」問うた。「四句を離れ百非を絕つ、和尚に道わんことを請う。」師は言った。「我が王の庫内に是くの如き刀無し。」問うた。「重重の關鎖、信息通ぜざる時如何。」師は言った。「争で此の里に到ることを得ん。」言った。「到りし後如何。」師は言った。「彼中の事作么生。」問うた。「如何に是れ真中の真。」師は言った。「十字路頭の泥佛子。」

洪州大雄山百丈超禪師海東人也。問祖意與教意同別。師曰。金鷄玉兔聽遶須彌。問日落西山去林中事若何。師曰。洞深雲出晚。㵎曲水流遲。僧辭問曰。今日下山有人問和尚說什麼法。向他道什麼。師曰。但向他道。大雄山上虎生師子兒。

洪州大雄山百丈超禅師は海東の人なり。問うた。「祖意と教意、同じきか別か。」師は言った。「金鶏玉兔須彌を繞るを聽け。」問うた。「日西山に落ちて去る、林中の事若何。」師は言った。「洞深くして雲の出づる晚く、澗曲りて水の流るる遲し。」僧辭して問うて言った。「今日山を下れば人和尚の說く什麼の法かと問わん。他に向かいて什麼を道わん。」師は言った。「但だ他に向かいて道え、大雄山上虎師子の兒を生むと。」

洪州天王院和尚。問國內按劍者是誰。師曰。天王。問百骸俱潰散一物鎮長靈如何。師曰。不墮無壞爛。問如何是佛。師曰錯。

洪州天王院和尚。問うた。「國内に劍を按ずる者是れ誰。」師は言った。「天王。」問うた。「百骸俱に潰散して一物長に靈を鎮めるは如何。」師は言った。「墮せず壞爛せず。」問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「錯。」

常州正勤院蘊禪師(第一世住)魏府人也。姓韓氏。幼而出家老有童顏。得法於疎山之室。僧問師唱誰家曲宗風事若何。師曰。適然簫韶外六律不能過。曰不過底事作麼生。師曰。聲前拍不散句後覓無蹤。僧問。如何是正勤一條路。師曰。埿深三尺。曰如何得到。師曰。闍梨從什麼處來。問如何是。禪師曰。石裡蓮華火裡泉。曰如何是道。師曰。楞伽峰頂一莖草。曰禪道相去多少。師曰。泥人落水木人撈。師晉天福中將順寂。預告大眾。及期闔城士女奔走至院。師囑付訖。怡然坐化。門人葬於院後。經二稔發塔覩全身。儼然髮爪俱長。乃於城東闍維。收舍利真骨重建塔。

常州正勤院蘊禅師(第一世住)は魏府の人なり。姓は韓氏。幼にして出家し、老いるも童顏有り。疏山の室に法を得たり。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風の事若何。」師は言った。「適然として簫韶の外、六律過ぐること能わず。」言った。「過ぎざる底の事作么生。」師は言った。「聲前拍ちて散ぜず、句後覓めて蹤無し。」僧問うた。「如何に是れ正勤の一條路。」師は言った。「泥深きこと三尺。」言った。「如何にして到ることを得。」師は言った。「闍梨什麼處か從り來る。」問うた。「如何に是れ禪。」師は言った。「石裏の蓮華、火裏の泉。」言った。「如何に是れ道。」師は言った。「楞伽峯頂の一莖の草。」言った。「禪道相去ること幾多。」師は言った。「泥人水に落ち木人撈る。」師晉の天福中將に順寂せんとす。預め大衆に告ぐ。期に及び闔城の士女奔りて院に至る。師囑付訖りて怡然として坐化す。門人院後に葬る。二稔を經て塔を發きて全身を睹る。儼然として髮爪俱に長し。乃ち城東に於て闍維す。舍利真骨を收め重ねて塔を建つ。

襄州後洞山和尚。問道有又無時如何。師曰。龍頭蛇尾腰間一劍。

襄州後洞山和尚。問うた。「道に有り又無き時如何。」師は言った。「龍頭蛇尾、腰間の一劍。」

京兆三相和尚。問如何是無縫塔。師曰。覓縫不得。曰如何是塔中人。師曰。對面不得見。

京兆三相和尚。問うた。「如何に是れ無縫の塔。」師は言った。「縫を覓めて得ず。」言った。「如何に是れ塔中の人。」師は言った。「面を對して見ることを得ず。」

前樂普元安禪師法嗣

前樂普元安禅師の法嗣

京兆永安院善靜禪師京兆人也。姓王氏。父任牧守。母因夢金像覺而有娠。師幼習儒學博通群言。年二十七忽厭浮幻。潛詣終南山禮廣度禪師披削受具。唐天復中南謁樂普安禪師。師器之容其入室。仍典園務力營眾事。有僧辭樂普。樂普曰。四面是山闍梨向什麼處去。僧無對。樂普曰。限汝十日內下語得中即從汝發去。其僧冥搜久之無語。因經行偶入園中。師怪問曰。上座豈不是辭去。今何在此。僧具陳所以堅請代語。師不得已代曰。竹密豈妨流水過。山高那阻野雲飛。其僧喜踴師囑之曰。秖對和尚。不須言是善靜語也。僧遂白樂普。樂普曰。誰下此語。曰某甲。樂普曰。非汝之語。其僧具言園頭所教。樂普至晚上堂謂眾曰。莫輕園頭。他日住一城隍五百人常隨也。師尋辭樂普。北還故山結盧而止。道俗歸向。復遊峨眉迴住興元。連帥王公禮重。後歸故鄉屬兵火之後舊寺荒廢。節帥創永安禪苑以居之。徒眾五百餘。僧問。知有道不得時如何。師曰。知有箇什麼。曰不可無也。師曰。恁麼即合道得。曰道即不無爭奈語偏。師曰。水凍魚難躍山寒花發遲問如何是衲衣向上事。師曰。龍魚不出海水月不吞光。問不可以智知不可以識識時如何。師曰。鶴鷺並頭蹋雪睡。月明驚起兩遲疑問如何。是西來意。師曰。壁上畫枯松蜂來不見蘂。問牛頭未見四祖時如何。師曰。異境靈松覩者皆羨。曰見後如何師曰。葉落已枝摧風來不得韻。問如何得生如來家。師曰。披衣望曉論劫不明。曰劫後如何明。師曰。一句不可得。師往遊棘道。避昭宗蒙塵之亂。以漢開運丙午歲冬。鳴犍稚集僧囑累。入方丈東向右脅而化。壽八十有九。臘六十。勅諡淨悟禪師。

京兆永安院善靜禅師は京兆の人なり。姓は王氏。父牧守を任ず。母金象を夢て覺めて娠有り。師幼にして儒學を習い博く群言を通ず。年二十七にして忽ち浮幻を厭う。潛かに終南山に詣り廣度禅師に禮して披削して具を受く。唐の天復中南して樂普安禅師を謁す。師之を器として其の入室を容れる。仍りて園務を典りて力めて衆事を營む。僧有りて樂普に辭す。樂普が言った。「四面是れ山、闍梨什麼處に向かいて去らん。」僧對えず。樂普が言った。「汝に限ること十日の内、語を下し中を得ば即ち汝に從い發せ去らしめん。」其の僧冥搜すること久しく語無し。因りて經行して偶ま園中に入る。師怪みて問うて言った。「上座豈に是れ辭去せざるか。今何ぞ此に在る。」僧具さに所以を陳べ堅く代語を請う。師已むことを得ず代わりて言った。「竹密なりとも豈に流水の過ぐるを妨げん、山高しとも那ぞ野雲の飛ぶを阻まん。」其の僧喜踊す。師之を囑して言った。「但だ和尚に只對せよ。須く是れ善靜の語と言うべからざるなり。」僧遂に樂普に白す。樂普が言った。「誰か此の語を下す。」言った。「某甲。」樂普が言った。「汝の語に非ず。」其の僧具さに園頭の教うる所を言う。樂普晚に至り上堂して衆に謂いて言った。「園頭を輕んずる莫れ。他日一城に住せば隍五百人常に隨わん。」師尋いで樂普に辭す。北して故山に還り廬を結びて止まる。道俗歸向す。復た峨眉に遊び回りて興元に住す。連帥王公禮重す。後に故鄉に歸り兵火の後舊寺荒廢に屬る。節帥永安禅苑を創りて以て之を居さしむ。徒衆五百餘。僧問うた。「道有るを知りて得ざる時如何。」師は言った。「箇の什麼有るを知る。」言った。「無しとすべからざるなり。」師は言った。「恁么ならば即ち道い得るに合す。」言った。「道う即ち無しとあらず、争柰語偏ならん。」師は言った。「水凍れば魚躍え難く、山寒くして花發くこと遲し。」問うた。「如何に是れ衲衣向上の事。」師は言った。「龍魚出でず、海水月光を吞まず。」問うた。「智を以て知るべからず識を以て識るべからざる時如何。」師は言った。「鶴鷺頭を並べて雪を踏みて睡り、月明に驚き起きて兩もて遲疑す。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「壁上に枯松を畫く、蜂來りて蕊を見ず。」問うた。「牛頭が四祖を見ざる時如何。」師は言った。「異境の靈松、睹る者皆羡む。」言った。「見し後如何。」師は言った。「葉落ち已に枝摧え、風來りて韻を得ず。」問うた。「如何にして如來家に生るることを得。」師は言った。「衣を披きて曉を望む、劫を論じて明らめず。」言った。「劫後如何に明らかならん。」師は言った。「一句得る可からず。」師往きて棘道に游び、昭宗蒙塵の亂を避く。漢の開運丙午歲の冬、犍稚を鳴らして僧を集め囑累す。方丈に入りて東向右脅にして化す。壽八十九、臘六十。敕して淨悟禅師と諡す。

蘄州烏牙山彥賓禪師。問未作人身以前作什麼來。師曰。三腳石牛坡上走。一枝瑞氣月前分。問匹馬單槍直入時如何。師曰。饒爾雄信解拈槍。猶較秦王一步在。問久戰沙場為什麼功名不就。師曰。雙鵰隨箭落李廣不當名。問百步穿楊中的者誰。師曰。將軍不上便橋。金牙徒勞拈筈。問螮蝀飲雲根時如何。師曰。金輪天子下閻浮。鐵饅頭上金花異。

蘄州烏牙山彥賓禅師。問うた。「未だ人身を作さざる以前、什麼を作して來る。」師は言った。「三脚の石牛坡上を走り、一枝の瑞氣月前に分かつ。」問うた。「匹馬單槍直に入る時如何。」師は言った。「饒くば汝雄信槍を拈るを解すとも、猶秦王の一步を較して在り。」問うた。「久しく沙場に戰うに為什麼功名就らざる。」師は言った。「雙鵰箭に隨い落ち、李廣名に當らず。」問うた。「百步楊を穿ち中る者是れ誰。」師は言った。「將軍便橋に上らず、金牙徒らに筈を拈る。」問うた。「䗖𬟽雲根を飮む時如何。」師は言った。「金輪天子閻浮を下り、鐵饅頭上に金花異なり。」

鳳翔府青峰山傳楚禪師涇州人也。性淳貌古眼有三角。承樂普開示心地俾宰於眾事。一日樂普問曰。院主汝去什麼處來。師曰。掃雪來。曰雪深多少。師曰。樹上總是。曰得即也得。汝向後有山住箇雪窟定矣。自受記乃訪於白水。白水問。樂普有生機一路是否。師曰是。白水曰。止卻生路向熟路上來。師曰。生路上死人無數。熟路上不著活漢。白水曰。此是樂普底爾作麼生。師曰。非但樂普夾山亦不奈何。曰夾山為什麼不奈何。師曰。不見道生機一路。師住後有僧問。佛魔未現向什麼處應。師曰。諸上座聽秖對。問如何是臨機一句。師曰。便道將來。曰請和尚道。師曰。穿過髑髏不知痛處。問如何是明瞭底人一句。師曰。駿馬寸步不移。鈍鳥昇騰出路。

鳳翔府青峯山傳楚禅師は涇州の人なり。性淳にして貌古く、眼に三角有り。樂普の心地を開示するを承り衆事を宰むを俾す。一日樂普問うて言った。「院主、汝什麼處か去り來る。」師は言った。「雪を掃きて來り。」言った。「雪の深きこと幾多。」師は言った。「樹上總て是れ。」言った。「得ば即ち得なり。汝後に向かい山住して箇の雪窟に定まらん。」記を受けてより乃ち白水に訪う。白水問うた。「樂普に生機の一路有り、是か否か。」師は言った。「是なり。」白水は言った。「生路を止めて熟路上に向かい來れ。」師は言った。「生路上に死人無數、熟路上に活漢を著けず。」白水は言った。「此れ是れ樂普の底、汝作么生。」師は言った。「非但樂普、夾山も亦奈何せず。」言った。「夾山為什麼奈何せざる。」師は言った。「道う生機一路を見ざるなり。」師住して後僧有りて問うた。「佛魔未だ現ぜざる、什麼處に向かいて應ぜん。」師は言った。「諸上座只對を聽け。」問うた。「如何に是れ機に臨む一句。」師は言った。「便ち道い將來れ。」言った。「和尚に道わんことを請う。」師は言った。「髑髏を穿ちて過ぎる、痛處を知らず。」問うた。「如何に是れ明了の底の人の一句。」師は言った。「駿馬寸步移らず、鈍鳥升騰して路を出づ。」

鄧州中度和尚。問海內不逢師如何是寰中主。師曰。金鷄常報曉時人不自知。問如何是暗中明鏡。師曰。萬機昧不得。曰未審照何物。師曰。什麼物不照。問如何是實際理地不受一塵。佛事門中不捨一法。師曰。真常塵不染海內百川流。問請和尚離聲色外答。師曰。木人常對語有性不能言。

鄧州中度和尚。問うた。「海内に師に逢わず、如何に是れ寰中の主。」師は言った。「金鶏常に曉を報ず、時人自ら知らず。」問うた。「如何に是れ暗中の明鏡。」師は言った。「萬機昧えること得ず。」言った。「未審何物を照らす。」師は言った。「什麼物か照らさざる。」問うた。「如何に是れ實際理地に一塵を受けず、佛事門中に一法を捨てざる。」師は言った。「真常塵に染まず、海内百川流る。」問うた。「和尚に聲色を離れて答えんことを請う。」師は言った。「木人常に對語す、性有りて言うこと能わず。」

嘉州洞谿和尚初問樂普。月樹無根枝覆蔭。請師直指妙幽微。樂普曰。森羅秀處事不相依。淥水千波孤峰自異。師於是領旨承嗣。問蛇師為什麼被蛇吞。師曰。幾度扣門拈不出。

嘉州洞溪和尚、初め樂普に問うた。「月樹根無く枝覆う蔭、師に直に妙幽微を指さんことを請う。」樂普が言った。「森羅秀處事相依らず、淥水千波孤峯自ら異なり。」師是に於て旨を領して承嗣す。問うた。「蛇師為什麼蛇に吞まる。」師は言った。「幾度か門を扣きて拈じ出さず。」

京兆臥龍和尚初開堂。有僧問。杲日符天際。珠光照舊都。浦津通法海。今日意如何。師曰。寶劍暉時豈該明暗。

京兆臥龍和尚、初めて堂を開く。僧有りて問うた。「杲日天際に符し、珠光舊都を照らす。浦津法海に通ず。今日意如何。」師は言った。「寶劍暉く時、豈に明暗を該ん。」

前江西逍遙山懷忠禪師法嗣

前江西逍遙山懷忠禅師の法嗣

泉州福清院師巍和尚號通玄禪師。僧問。枝分夾嶺的紹逍遙寶座既登法雷請震。師曰。逍遙逈物外物外霞不生。問如何是西來的的意。師曰。立雪未為勞斷臂方為的。曰恁麼即一華開五葉芬芳直至今。師曰。因圓三界外果滿十方知。

泉州福清院師巍和尚、號通玄禅師。僧問うた。「枝分かれて夾嶺を出で、的に逍遙の寶座を紹ぐ。既に法雷に登る、震わんことを請う。」師は言った。「逍遙迥く物外にして、物外霞生ぜず。」問うた。「如何に是れ西來の的の意。」師は言った。「雪に立つは未だ勞と為さず、臂を斷る方に的と為る。」言った。「恁么ならば即ち一華開きて五葉、芬芳直に今に至らん。」師は言った。「因圓して三界の外、果滿ちて十方知れたり。」

京兆白雲無休禪師。問路逢猛虎如何降伏。師曰。歸依佛歸依法歸依僧。問如何是白雲境。師曰。月夜樓邊海客愁。

京兆白雲無休禅師。問うた。「路に猛虎に逢う、如何に降伏せん。」師は言った。「佛に歸依し、法に歸依し、僧に歸依せよ。」問うた。「如何に是れ白雲の境。」師は言った。「月夜樓邊に海客愁う。」

前袁州盤龍山可文禪師法嗣

前袁州盤龍山可文禅師の法嗣

江州盧山永安淨悟禪師。僧問。如何是出家底事。師曰。萬丈懸崖撒手去。曰如何是不出家底事。師曰。逈殊雪嶺安巢節。有異許由掛一瓢。問六門不通如何通信。師曰。闍梨外邊與誰相識。問脫籠頭卸角馱來時如何。師曰。換骨洗腸投紫塞。洪門切忌更銜蘆。問從上諸聖將何示人。師曰。有異祖龍行化節。逈超棲鳳越揚塵。問如何是解作客底人。師曰。寶御珍床猶尚棄。誰能歷劫傍他門。問眾手淘金誰是得者。師曰。黃帝不曾遊赤水。珠承罔象也虛然。問雪覆蘆華時如何。師曰。雖則沍凝呈瑞色。太陽輝後卻迷人。

江州廬山永安淨悟禅師。僧問うた。「如何に是れ出家の底の事。」師は言った。「萬丈の懸崖手を撒いて去れ。」言った。「如何に是れ出家ならざる底の事。」師は言った。「迥く雪嶺に殊なり安巢の節、許由が一瓢を挂くるに異有り。」問うた。「六門通ぜず、如何に信を通ぜん。」師は言った。「闍梨外邊にて誰と相識る。」問うた。「籠頭を脫し角駄を卸して來る時如何。」師は言った。「骨を換え腸を洗いて紫塞に投げ、洪門切に更に蘆を啣るを忌む。」問うた。「從上の諸聖何を將て人に示す。」師は言った。「祖龍の行化の節に異有り、迥く棲鳳を超えて揚塵を越ゆ。」問うた。「如何に是れ客を作すを解する底の人。」師は言った。「寶御の珍床猶尚棄つ、誰か能く劫を歷りて他の門に傍らん。」問うた。「衆手金を淘するに誰是れ得者。」師は言った。「黃帝曾て赤水に遊ばず、珠罔象に承けても亦虛然。」問うた。「雪蘆華を覆う時如何。」師は言った。「冱凝して瑞色を呈すと雖も、太陽輝きし後却って人を迷わす。」

袁州木平山善道禪師。初謁樂普問。一漚未發已前如何辨其水脈。樂普曰。移舟諳水勢舉棹別波瀾。師不愜意乃參盤龍。語同前問。盤龍曰。移舟不辨水舉棹即迷源。師從此悟入。僧問。如何是西來意。師曰。石羊頭子向東看。問如何是正法眼。師曰。拄杖孔。問如何是不動尊。師曰。浪浪宕宕問如何是木平一句。師曰。畐塞虛空。曰畐塞虛空即不問。如何是一句。師乃打之。師凡有新到僧。未許參禮先令運土三擔。而示偈曰。

袁州木平山善道禅師。初め樂普を謁して問うた。「一漚未だ發せざる已前、如何に其の水脈を辨ずる。」樂普が言った。「舟を移して水勢を諳り、棹を舉げて波瀾を別つ。」師愜意せず乃ち盤龍を參ず。語前問に同じ。盤龍が言った。「舟を移して水を辨ぜず、棹を舉げれば即ち源を迷う。」師此より悟入す。僧問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「石羊の頭子東に向かいて看る。」問うた。「如何に是れ正法眼。」師は言った。「拄杖の孔。」問うた。「如何に是れ不動尊。」師は言った。「浪浪宕宕。」問うた。「如何に是れ木平の一句。」師は言った。「逼塞する虚空。」(底本は「畐塞」と作す)言った。「逼塞する虚空は即ち問わず、如何に是れ一句。」師乃ち之を打つ。師凡そ新到の僧有れば、未だ參禮を許さず先ず土三担を運ばしむ。而して偈を示して言った。

南山路仄東山低新到莫辭三轉泥

南山の路仄かに東山低し、新到莫辭三轉の泥。

嗟汝在途經日久明明不曉卻成迷

嗟く汝途を經ること日久し、明明に曉らざれば却って迷と成る。

師肉髻羅紋。金陵李氏嚮其道譽。迎請供養待以師禮。嘗問。如何是木平。師曰。不動斤斧。曰如何不動斤斧。師曰。木平。時大法眼禪師。有偈贈曰。

師肉髻羅紋。金陵の李氏其の道譽に向かう。迎請して供養し師禮を以て待つ。嘗て問うた。「如何に是れ木平。」師は言った。「斤斧を動かさず。」言った。「如何に斤斧を動かさざる。」師は言った。「木平。」時の大法眼禅師、偈有りて贈りて言った。

木平山裡人貌古年復少

木平山裏の人、貌古くして年復た少し。

相看陌路同論心秋月皎

相看る陌路人同じ、心を論ずれば秋月皎たり。

壞衲線非蠶助歌聲有鳥

壞衲線は蚕に非ず、歌聲を助くるに鳥有り。

城闕今日來一漚曾已曉

城闕今日來りて、一漚曾て已に曉れり。

師異跡頗多此不繁述。滅後門人建塔刊石影本國。諡真寂禪師。塔曰普慧。

師異跡頗る多し、此に繁く述べず。滅して後門人塔を建て石を刊み、本國に影す。諡して真寂禅師。塔曰く普慧。

陝府龍谿和尚。上堂謂眾曰。直饒說似箇無縫塔。也不免老僧下一箇橛。作麼生免得下橛。眾無對。師自代曰。下去。僧問。如何是無縫塔。師曰。百寶莊嚴今已了。四門開豁已多時。

陝府龍溪和尚。上堂して衆に謂いて言った。「直饒箇の無縫の塔に似たるを說くとも、老僧が一個の橛を下すを免れず。作么生免れん下橛を。」衆對えず。師自ら代わりて言った。「下去れ。」僧問うた。「如何に是れ無縫の塔。」師は言った。「百寶の莊嚴今已に了り、四門開豁して已に多時。」

前撫州黃山月輪禪師法嗣

前撫州黃山月輪禅師の法嗣

郢州桐泉山和尚。初參黃山。問天門一合十方無路。有人道得擺手出漳江。師對曰。蟄戶不開龍無龍句。黃山曰。是爾恁麼道。師曰。是即直言是。不是直言不是。黃山曰。擺手出漳江。黃山復問。卞和到處荊山秀。玉印從他天子傳時如何。師曰。靈鶴不於林下憩。野老不重太平年。黃山深肯之。師住後僧問。如何是相傳底事。師曰。龍吐長生水魚吞無盡漚。問請師挑揥(他狄切)。師曰。攂鼓轉船頭棹挑波裡月。

郢州桐泉山和尚。初め黃山を參ず。問うた。「天門一合して十方路無し。人道い得れば手を擺して漳江を出でん。」師對して言った。「蟄戶開かず、龍龍句無し。」黃山が言った。「是れ汝恁么に道う。」師は言った。「是なれば直に是と言い、不是なれば直に不是と言え。」黃山が言った。「手を擺して漳江を出でよ。」黃山復た問うた。「卞和到る處荊山秀で、玉印他の天子從り傳わる時如何。」師は言った。「靈鶴林下に憩わず、野老太平安の年を重んぜず。」黃山深く之を肯す。師住して後僧問うた。「如何に是れ相傳の底の事。」師は言った。「龍長生の水を吐き、魚無盡の漚を吞む。」問うた。「師に挑揥を請う。」(他狄切)師は言った。「鼓を擂りて船頭を轉じ、棹は波裏の月を挑ぐ。」

前洛京韶山寰普禪師法嗣

前洛京韶山寰普禅師の法嗣

潭州文殊和尚。僧問。如何是祝融峰前事。師曰。巖前瑞草生。問仁王登位萬姓霑恩。和尚出世何如。師曰。萬裡長沙駕鐵船。問如何是本爾莊嚴。師曰。菊華原上景行人去路長。

潭州文殊和尚。僧問うた。「如何に是れ祝融峯前の事。」師は言った。「岩前に瑞草生ず。」問うた。「仁王位に登り萬姓恩に沾う。和尚の出世何如。」師は言った。「萬里の長沙に鐵船を駕す。」問うた。「如何に是れ本爾の莊嚴。」師は言った。「菊花原上の景、行人去りて路長し。

景徳伝燈録巻第二十

景徳伝燈録巻第二十一

吉州青原山行思禪師第七世上

吉州青原山行思禅師の第七世上

福州玄沙師備禪師法嗣十三人漳州羅漢院桂琛禪師

福州玄沙師備禅師の法嗣十三人 ― 漳州羅漢院桂琛禅師

福州安國慧球禪師

福州安國慧球禅師

杭州天龍重機禪師

杭州天龍重機禅師

福州僊宗契符禪師

福州僊宗契符禅師

婺州國泰瑫禪師

婺州國泰瑫禅師

衡嶽南臺誠禪師

衡岳南臺誠禅師

福州白龍道希禪師

福州白龍道希禅師

福州螺峰沖奧禪師

福州螺峯衝奧禅師

泉州睡龍山和尚

泉州睡龍山和尚

天台雲峰光緒禪師

天臺雲峯光緒禅師

福州大章山契如庵主

福州大章山契如庵主

福州永興祿和尚

福州永興祿和尚

天台國清師靜上座(已上十三人見錄)

天臺國清師靜上座(已上十三人は録に見ゆ)

福州長慶慧稜禪師法嗣二十六人泉州招慶道匡禪師

福州長慶慧稜禅師の法嗣二十六人 ― 泉州招慶道匡禅師

杭州龍華彥球禪師

杭州龍華彥球禅師

杭州保安連禪師

杭州保安連禅師

福州報慈光雲禪師

福州報慈光雲禅師

廬山開先紹宗禪師

廬山開先紹宗禅師

婺州報恩寶資禪師

婺州報恩寶資禅師

杭州傾心法瑫禪師

杭州傾心法瑫禅師

福州水陸洪儼禪師

福州水陸洪儼禅師

杭州廣嚴鹹澤禪師

杭州廣嚴咸澤禅師

福州報慈慧朗禪師

福州報慈慧朗禅師

福州長慶常慧禪師

福州長慶常慧禅師

福州石佛院靜禪師

福州石佛院靜禅師

處州翠峰從欣禪師

處州翠峯從欣禅師

福州枕峰青換禪師

福州枕峯青換禅師

福州東禪契訥禪師

福州東禪契訥禅師

福州長慶弘辯大師

福州長慶弘辯大師

福州東禪可隆大師

福州東禪可隆大師

福州僊宗守玭禪師

福州僊宗守玭禅師

撫州永安懷烈大師

撫州永安懷烈大師

福州閩山令含禪師

福州閩山令含禅師

新羅龜山和尚

新羅龜山和尚

吉州龍須山道殷禪師

吉州龍須山道殷禅師

福州祥光澄靜禪師

福州祥光澄靜禅師

襄州鷲嶺明遠禪師

襄州鷲嶺明遠禅師

杭州報慈從瓌禪師

杭州報慈從瓌禅師

杭州龍華契盈禪師(已上二十六人見錄)

杭州龍華契盈禅師(已上二十六人は録に見ゆ)

杭州龍冊寺道怤禪師法嗣五人越州清化山師訥禪師

杭州龍册寺道怤禅師の法嗣五人 ― 越州清化山師訥禅師

衢州南禪遇緣禪師

衢州南禪遇緣禅師

復州資福智遠禪師(已上三人見錄)

復州資福智遠禅師(已上三人は録に見ゆ)

筠州洞山龜端禪師

筠州洞山龜端禅師

溫州景豐禪師(已上二人無機緣語句不錄)

溫州景豐禅師(已上二人は機縁の語句無く録せず)

信州鵝湖智孚禪師法嗣一人法進禪師(一人無機緣語句不錄)

信州鵝湖智孚禅師の法嗣一人 ― 法進禅師(一人機縁の語句無く録せず)

漳州報恩懷嶽禪師法嗣一人潭州妙濟師浩禪師(一人見錄)

漳州報恩懷岳禅師の法嗣一人 ― 潭州妙濟師浩禅師(一人録に見ゆ)

福州鼓山神晏禪師法嗣十一人杭州天竺山子儀禪師

福州鼓山神晏禅師の法嗣十一人 ― 杭州天竺山子儀禅師

建州白雲智作禪師

建州白雲智作禅師

福州鼓山智嚴禪師

福州鼓山智嚴禅師

福州龍山智嵩禪師

福州龍山智嵩禅師

泉州鳳凰山強禪師

泉州鳳凰山強禅師

福州龍山文義禪師

福州龍山文義禅師

福州鼓山智嶽禪師

福州鼓山智岳禅師

襄州定慧和尚

襄州定慧和尚

福州鼓山清諤禪師

福州鼓山清諤禅師

金陵淨德沖煦禪師

金陵淨德沖煦禅師

金陵報恩院清護禪師(已上十一人見錄)

金陵報恩院清護禅師(已上十一人は録に見ゆ)

吉州青原山行思禪師第七世上

吉州青原山行思禅師の第七世上

前福州玄沙師備禪師法嗣

前福州玄沙師備禅師の法嗣

漳州羅漢院桂琛禪師常山人也。姓李氏。為童兒時日一素食。出言有異。既冠辭親事本府萬歲寺無相大師。披削登戒學毘尼。一日為眾升臺宣戒本布薩已。乃曰。持犯但律身而已。非真解脫也。依文作解豈發聖乎。於是訪南宗。初謁雲居雪峰參訊勤恪。然猶未有所見。後造玄沙宗一大師。一言啟發廓爾無惑。玄沙嘗問曰。三界唯心汝作麼生會。師指倚子曰。和尚喚遮箇作什麼。玄沙曰。倚子。曰和尚不會三界唯心。玄沙曰。我喚遮箇作竹木。汝喚作什麼。曰桂琛亦喚作竹木。玄沙曰。盡大地覓一箇會佛法底人不可得。師自爾愈加激勵。玄沙每因誘迪學者流。出諸三昧。皆命師為助發。師雖處眾韜晦。然聲譽甚遠。時漳牧王公請於閩城西之石山建精舍曰地藏。請師駐錫焉。僅逾一紀後遷止漳州羅漢院。大闡玄要學徒臻湊。師上堂曰。宗門玄妙為當只恁麼也。更別有奇特。若別有奇特。汝且舉箇什麼。若無去。不可將三箇字便當卻宗乘也。何者三箇字。謂宗教乘也。汝才道著宗乘便是宗乘。道著教乘便是教乘。禪德佛法宗乘元來由汝口裡安立名字。作取說取便是也。斯須向遮裡說平說實說圓說常。禪德。汝喚什麼作平實。把什麼作圓常。傍家行腳理須甄別。莫相埋沒。得些聲色名字貯在心頭。道我會解善能揀辨。汝且會箇什麼。揀箇什麼。記持得底是名字。揀辨得底是聲色。若不是聲色名字。汝又作麼生記持揀辨。風吹松樹也是聲。蝦蟇老鴉也是聲。何不那裡聽取揀擇去。若那裡有箇意度模樣。只如老師口裡。又有多少意度與上坐。莫錯。即今聲色摐摐地。為當相及不相及。若相及即汝靈性金剛秘密。應有壞滅去也。何以如此。為聲貫破汝耳。色穿破汝眼。緣即塞卻汝幻妄。走殺汝聲色體爾不容也。若不相及。又什麼處得聲色來。會麼。相及不相及試裁辨看。少間又道。是圓常平實什麼人恁道。

漳州羅漢院桂琛禅師は常山の人なり。姓は李氏。童児の時より日に一度の素食を為し、出言異有り。既に冠して親に辭し本府萬歲寺の无相大師に事え、披削して戒に登り毘尼を學ぶ。一日衆の為に臺に升り戒本を宣べ布薩し已りて、乃ち說いた。「持犯は但だ身を律するのみ、真の解脫に非ざるなり。文に依りて解を作さば豈に聖を發かん。」是に於て南宗を訪う。初め雲居雪峯を謁し參訊勤恪たり。然れど猶見る所有らず。後に玄沙宗一大師に造り、一言に啓發して廓爾として惑無し。玄沙嘗て問うて言った。「三界唯心、汝作么生會す。」師椅子を指して言った。「和尚此の箇を喚びて什麼と作す。」玄沙が言った。「椅子。」言った。「和尚三界唯心を會せず。」玄沙が言った。「我此の箇を喚びて竹木と作す。汝喚びて什麼と作す。」言った。「桂琛も亦喚びて竹木と作す。」玄沙が言った。「盡大地に一個の佛法を會する底の人を覓めて得る可からず。」師自ら爾より愈々激励を加う。玄沙每に學者の流を誘迪するに因りて諸の三昧を出さしむるに、皆師を命じて助發と為さしむ。師衆に處りて韬晦すると雖も、聲譽甚だ遠し。時に漳の牧王公、閩城の西の石山に精舍を建てて地藏と曰いて請うて師に錫を駐めしむ。僅かに一紀を逾えて後に漳州羅漢院に遷止す。大いに玄要を闡き學徒臻湊す。師上堂して言った。「宗門玄妙、當に只だ恁么なりと為すべきか。更に別に奇特有り。若し別に奇特有らば、汝且く箇の什麼を舉ぐ。若し無ければ去れ。三字を將ちて便ち宗乘に當て却るべからざるなり。何者か三字。謂く宗教乘なり。汝纔に宗乘を道著せば便ち是れ宗乘、教乘を道著せば便ち是れ教乘。禅德、佛法宗乘は元來汝口裏より名字を安立す。取りて作り取りて說けば便ち是なり。斯須に此の里に向かいて平を說き實を說き圓を說き常を說く。禅德、汝什麼を喚びて平實と作し、什麼を把ちて圓常と作す。傍家の行脚は理須く甄別すべし。相埋沒する莫れ。些子の聲色名字を得て心頭に貯え、道う我會解して善く揀辨すること能くすと。汝且く箇の什麼を會し、箇の什麼を揀ぐ。記持し得る底は是れ名字、揀辨し得る底は是れ聲色。若し是れ聲色名字に非ざれば、汝又作么生記持し揀辨せん。風松樹を吹くも亦是れ聲、蝦蟆老鴉も亦是れ聲。何ぞ彼處にて聽き取り揀擇して去らざる。若し彼處に箇の意度模樣有らば、只だ如く老師口裏に、又幾多の意度を上座に與えん。錯る莫れ。即今聲色摐摐地なり。當に相及ぶか相及ばざるか。若し相及ばば即ち汝の靈性金剛祕密、應に壞滅して去るべし。何以て此くの如くなる。聲は汝の耳を貫破し、色は汝の眼を穿破すれば為なり。緣即ち汝の幻妄を塞ぎ却り、走りて汝の聲色體を殺す、汝容れざるなり。若し相及ばざれば、又什麼處より聲色を得來る。會するか。相及ぶか相及ばざるか、試しに裁辨して看よ。少間又道う、是れ圓常平實、什麼人か恁に道うと。

未是黃夷村裡漢解恁麼說。是他古聖垂些子相助顯發。今時不識好惡。便安圓實。道我別有宗風玄妙。釋迦佛無舌頭。不如汝些子便恁麼點胸。若論殺盜婬罪。雖重猶輕尚有歇時。此箇謗般若瞎卻眾生眼。入阿鼻地獄吞鐵丸。莫將為等閑。所以古人道。過在化主不幹汝事。珍重。僧問。如何是羅漢一句。師曰。我若向爾道成兩句也。問不會底人來師還接否。師曰。誰是不會者。曰適來道了也。師曰。莫自屈。問八字不成以字不是時如何。師曰。汝實不會。曰學人實不會。師曰。看取下頭註腳。問如何是沙門正命食。師曰。吃得麼。曰欲吃此食作何方便。師曰。塞卻爾口。問如何是羅漢家風。師曰。不向爾道。曰為什麼不道。師曰。是我家風。問如何是法王身。師曰。汝今是什麼身。曰恁麼即無身也。師曰。苦痛深。師上堂才坐。有二僧一時禮拜。師曰。俱錯。問如何是撲不破底句。師曰撲。問一佛出世普為群生。和尚今日為箇什麼。師曰。什麼處遇一佛。曰恁麼即學人罪過。師曰。謹退。問如何是羅漢家風。師曰。表裡看取。問如何是諸聖玄旨。師曰。四楞塌地。問大事未肯時如何。師曰。由汝。問如何是十方眼。師曰眨上眉毛著。問因請保福齋令人去傳語曰。請和尚慈悲降重。保福曰。慈悲為阿誰。師曰。和尚恁麼道渾是不慈悲。師翫月乃曰。雲動有雨去。有僧曰。不是雲動是風動。師曰。我道雲亦不動風亦不動。僧曰。和尚適來又道雲動。師曰。阿誰罪過。師見僧來舉拂子曰。還會麼。僧曰。謝和尚慈悲示學人。師曰。見我竪拂子便道示學人。汝每日見山見水可不示汝。師又見僧來舉拂子。其僧讚歎禮拜。師曰。見我竪拂子便禮拜讚歎。那裡掃地竪起掃箒。為什麼不讚歎(玄覺雲。一般竪起拂子拈一種物。有肯底有不肯底道理。且道利害在什麼處)僧問。承教有言。若見諸相非相則見如來。

(師は続けて言った。)「未だ是れ黃夷村裏の漢恁么に說くを解せず、是れ他の古聖が些子を垂れて相助け顯發せしむるなり。今時好惡を識らず、便ち圓實を安んじて道う、我別に宗風玄妙有りと。釋迦佛舌頭無し。汝些子に如かず便ち恁么に胸を點ず。若し殺盜淫の罪を論ずれば、重しと雖も猶輕く尚歇まる時有り。此の箇の般若を謗るは衆生の眼を瞎して却らしめ、阿鼻地獄に入りて鐵丸を吞ましむ。將に等閑と為す莫れ。所以に古人道う、過は化主に在りて汝が事に干らずと。珍重。」僧問うた。「如何に是れ羅漢の一句。」師は言った。「我若し汝に向かいて道わば兩句と成らん。」問うた。「會せざる底の人來らば師還って接するか否。」師は言った。「誰か是れ會せざる者。」言った。「適來道い了れり。」師は言った。「自ら屈する莫れ。」問うた。「八字成らず以字是ならざる時如何。」師は言った。「汝實に會せず。」言った。「學人實に會せず。」師は言った。「下頭の注脚を看取せよ。」問うた。「如何に是れ沙門の正命の食。」師は言った。「喫し得るか。」言った。「此の食を喫せんと欲せば何の方便を作さん。」師は言った。「汝の口を塞ぎ著け。」問うた。「如何に是れ羅漢の家風。」師は言った。「汝に向かいて道わず。」言った。「為什麼道わざる。」師は言った。「是れ我が家風。」問うた。「如何に是れ法王の身。」師は言った。「汝今是れ什麼の身。」言った。「恁么ならば即ち身無きなり。」師は言った。「苦痛深し。」師上堂して纔に坐す。二僧有りて一時に禮拜す。師は言った。「俱に錯。」問うた。「如何に是れ撲ちて破れざる底の句。」師は言った。「撲つ。」問うた。「一佛世に出でて普く群生の為にす。和尚今日箇の什麼を為す。」師は言った。「什麼處にて一佛に遇う。」言った。「恁么ならば即ち學人の罪過。」師は言った。「謹んで退け。」問うた。「如何に是れ羅漢の家風。」師は言った。「表裏に看取せよ。」問うた。「如何に是れ諸聖の玄旨。」師は言った。「四楞地に塌る。」問うた。「大事未だ肯せざる時如何。」師は言った。「汝に由る。」問うた。「如何に是れ十方の眼。」師は言った。「眉毛を眨り著けよ。」問に因りて保福に齋を請い、人をして傳語せしめて言った。「和尚に慈悲降重を請う。」保福が言った。「慈悲阿誰を為す。」師は言った。「和尚恁么に道う、渾て是れ慈悲ならず。」師月を翫び乃ち言った。「雲動けば雨去る有り。」僧有りて言った。「是れ雲動くに非ず、是れ風動くなり。」師は言った。「我道う、雲も亦動かず風も亦動かず。」僧は言った。「和尚適來又道う雲動くと。」師は言った。「阿誰の罪過ぞ。」師僧の來るを見て拂子を舉げて言った。「還って會するか。」僧は言った。「和尚の慈悲學人に示すを謝す。」師は言った。「我が拂子を竪てるを見て便ち學人に示すと道う。汝每日山を見水を見るに示さざる可しや。」師又僧の來るを見て拂子を舉ぐ。其の僧讚歎禮拜す。師は言った。「我が拂子を竪てるを見て便ち禮拜讚歎す。彼處にて地を掃いて帚を竪てたるに、為什麼讚歎せざる。」(玄覺說く。「一般に拂子を竪てて一種の物を拈ずるに、肯する底肯せざる底の道理有り。且く道え、利害什麼處に在ると」)僧問うた。「教に言有るを承く、若し諸相非相を見れば則ち如來を見んと。

如何是非相。師曰。燈籠子。問如何是出家。師曰。喚什麼作家。師問僧。什麼處來。曰秦州來。師曰。將得什麼物來。曰不將得物來。師曰。汝為什麼對眾謾語。其僧無語。師卻問。秦州豈不是出鸚鵡。僧曰。鸚鵡出在隴州。師曰。也不較多。師問僧。什麼處來。曰報恩來。師曰。何不且在彼中。僧曰。僧家不定師曰。既是僧家為什麼不定。僧無對(玄覺代雲。謝和尚顧問)師住地藏時僧報雲。保福和尚已遷化也。師曰。保福遷化地藏入塔(僧問法眼。古人意旨如何。法眼雲。蒼天蒼天)後王公上雪峰施眾僧衣時。有從弇上坐者不在。有師弟代上名受衣。弇歸。師弟曰。某甲為師兄上名了。弇曰。汝道我名什麼。師弟無對。師代雲。師兄得恁麼貪。又云。什麼處是貪處。師又代雲。兩度上名(雲居錫雲。什麼處是弇上坐兩度上名處)師與長慶保福入州見牡丹障子。保福雲。好一朵牡丹花。長慶雲。莫眼花。師曰可惜許一朵花(玄覺雲。三尊宿語還有親疎也無。只如羅漢恁麼道落在什麼處)師問僧。汝在招慶有什麼異聞底事試舉看。僧曰。不敢錯舉。師曰。真實底事作麼生舉。僧曰。和尚因什麼如此。師曰。汝話墮也。眾僧晚參聞角聲。師曰。羅漢三日一度上堂。王太傅二時相助。僧問。如何是學人本來師。曰。是心汝本來心。僧問。師居寶座說法度人。未審度什麼人。師曰。汝也居寶座度什麼人。僧問。鏡裡看形見不難。如何是鏡。師曰。還見形麼。僧問。但得本莫愁末如何是末。師曰。總有也。師因疾。僧問。和尚尊候較否。師以杖拄地曰。汝道遮箇還痛否。僧曰。和尚問阿誰。師曰。問汝。僧曰。還痛否。師曰。元來共我作道理。師後唐天成三年戊子秋復屆閩城舊止遍遊近城梵宇已。俄示疾數日安坐告終。壽六十有二。臘四十。荼毘收舍利建塔於院之西隅稟遺教也。清泰二年乙未十二月望日入塔。

如何に是れ非相。」師は言った。「燈籠子。」問うた。「如何に是れ出家。」師は言った。「什麼を喚びて家と作す。」師僧に問うた。「什麼處か來る。」言った。「秦州より來り。」師は言った。「什麼物を將て得て來る。」言った。「物を將て得て來らず。」師は言った。「汝為什麼衆に對して謾語する。」其の僧語無し。師却って問うた。「秦州豈に是れ鸚鵡を出さざるか。」僧は言った。「鸚鵡は隴州に出づ。」師は言った。「も較多せず。」師僧に問うた。「什麼處か來る。」言った。「報恩より來り。」師は言った。「何ぞ且く彼中に在らざる。」僧は言った。「僧家定まらず。」師は言った。「既に僧家、為什麼定まらざる。」僧對えず(玄覺代わりて言った。「和尚の顧問を謝す」)。師地藏に住する時、僧報じて言った。「保福和尚已に遷化せり。」師は言った。「保福遷化すれば地藏塔に入る。」(僧法眼に問うた。「古人の意旨如何。」法眼が言った。「蒼天蒼天」)後に王公雪峯に上りて衆僧に衣を施する時、從弇上座とて在らざる者有り。師弟名を代上して衣を受く。弇歸る。師弟言った。「某甲師兄の為に名を上せ了れり。」弇は言った。「汝道え、我が名を什麼と。」師弟對えず。師代わりて言った。「師兄得たり恁么に貪を。」又言った。「什麼處か是れ貪の處。」師又代わりて言った。「兩度名を上す。」(雲居錫說く。「什麼處か是れ弇上座兩度名を上すの處」)師長慶保福と州に入りて牡丹の障子を見る。保福が言った。「好き一朶の牡丹花。」長慶が言った。「眼花する莫れ。」師は言った。「可惜許の一朶の花。」(玄覺說く。「三尊宿の語還って親疎有るか無し。只だ如く羅漢恁么に道えば什麼處に落ちる」)師僧に問うた。「汝招慶に在りて什麼の異聞の底の事有る、試しに舉げて看よ。」僧は言った。「敢えて錯りて舉げず。」師は言った。「真實の底の事作么生舉ぐ。」僧は言った。「和尚因什麼如此。」師は言った。「汝話墮ちたり。」衆僧晚參して角聲を聞く。師は言った。「羅漢三日に一度上堂す、王太傅二時に相助く。」僧問うた。「如何に是れ學人の本來の師。」言った。「是れ心、汝の本來心。」僧問うた。「師寶座に居りて法を說き人を度す。未審什麼人を度す。」師は言った。「汝も亦寶座に居る、什麼人を度す。」僧問うた。「鏡裏に形を看て見るは難からず。如何に是れ鏡。」師は言った。「還って形を見るか。」僧問うた。「但だ本を得ば末を愁える莫れ、如何に是れ末。」師は言った。「總て有るなり。」師疾あるに因り、僧問うた。「和尚尊候較まするか否。」師杖を以て地を拄きて言った。「汝道え、此の箇還って痛むか否。」僧は言った。「和尚阿誰に問う。」師は言った。「汝に問う。」僧は言った。「還って痛むか否。」師は言った。「元來我と道理を作す。」師後唐天成三年戊子の秋復た閩城の舊止に屆き、遍く近城の梵宇に遊び已り。俄に疾を示し數日安坐して告終す。壽六十有二、臘四十。荼毗して舍利を收め、院の西隅に塔を建つ、遺教を稟けたり。清泰二年乙未十二月の望日塔に入る。

諡曰真應禪師。

諡して真應禅師と曰う。

福州臥龍山安國院慧球寂照禪師(第二世住亦曰中塔)泉州莆田人也。龜洋山出家。玄沙室中參訊居首。因問。如何是第一月。玄沙曰。用汝箇月作麼。師從此悟入。梁開平二年玄沙將示滅。閩帥王氏遣子至問疾。仍請密示繼踵說法者誰乎。玄沙曰。球子得。王氏默記遺旨乃問鼓山國師曰。臥龍法席孰當其任。鼓山舉城下宿德。具道眼者十有二人。皆堪出世。王氏亦默之。至開堂日官寮與僧侶俱會法筵。王氏忽問眾曰。誰是球上座。於是眾人指出師。王氏便請陞座。師良久謂眾曰。莫嫌寂寞。莫道不堪。未詳涯際作麼生論量。所以尋常用其音響。聊撥一兩下助他機發道。盡十方世界覓一人為伴侶不可得。僧問。佛法大意從何方便頓入。師曰。入是方便。問雲自何山起風從何㵎生。師曰。盡力施為不離中塔。師上堂謂眾曰。我此間粥飯因緣為兄弟舉唱終是不常。欲得省要。卻是山河大地與汝發明。其道既常亦能究竟。若從文殊門入者。一切無為土木瓦礫助汝發機。若從觀音門入者。一切音響蝦蟇蚯蚓助汝發機。若從普賢門入者。不動步而到。我以此三門方便示汝。如將一隻折箸攪大海水。令彼魚龍知水為命。會麼。若無智眼而審諦之。任汝百般巧妙不為究竟。僧問。學人近入叢林不明己事乞師指示。師以杖指之曰。會麼。曰不會。師曰。我恁麼為汝卻成抑屈人。還知麼。若約當人分上。從來底事不論初入叢林。及過去諸佛不曾乏少。如大海水。一切魚龍初生及至老死。所受用水悉皆平等。問不謬正宗請師真實。師曰。汝替我道。僧曰。或有不辨者作麼生。師曰。待不辨者來。問諸佛還有師否。師曰有。僧曰。如何是諸佛師。師曰。一切人識不得。師上堂良久。有僧出禮拜。師曰。莫教髑髏拶損。問如何是靈山會上事。師曰。少得靈利底。僧曰。忽遇靈利底作麼生。師曰。遮懵懂師上堂示眾曰。諸人若要商量。

福州臥龍山安國院慧球寂照禅師(第二世住、亦中塔と曰う)は泉州莆田の人なり。龜洋山にて出家す。玄沙室中の參訊首に居る。因りて問うた。「如何に是れ第一月。」玄沙が言った。「汝箇の月を用いて什麼とする。」師此より悟入す。梁開平二年玄沙將に滅を示さんとす。閩帥王氏子を遣わして疾を問わしむ。仍りて密かに繼踵して法を說く者誰かを示せんを請う。玄沙が言った。「球子得たり。」王氏默かに遺旨を記し、乃ち鼓山國師に問うて言った。「臥龍の法席、孰か其の任に當らん。」鼓山城下の宿德を舉ぐ。道眼を具する者十有二人、皆出世に堪えたり。王氏も亦之を默とす。開堂の日に至り官寮與に僧侶俱に法筵に會す。王氏忽ち衆に問うて言った。「誰か是れ球上座。」是に於て衆人師を指出す。王氏便ち座に升らんことを請う。師良久にして衆に謂いて言った。「寂寞を嫌う莫れ。堪えざると道う莫れ。未だ涯際を詳らかにせず作么生論量せん。所以に尋常其の音響を用い、聊か一兩下撥りて他の機の發道を助く。盡十方世界に一人を覓めて伴侶と為すに得る可からず。」僧問うた。「佛法の大意、何の方便に從りて頓ちに入らん。」師は言った。「入る是れ方便。」問うた。「雲何の山より起り、風何の澗より生ず。」師は言った。「力を盡くして施為すとも中塔を離れず。」師上堂して衆に謂いて言った。「我此の間の粥飯の因緣、兄弟の為に舉唱すれども終に是れ常ならず。省要を得んと欲せば、却是山河大地が汝と發明す。其の道既に常にして亦能く究竟す。若し文殊門より入る者は、一切の無為土木瓦礫が汝の發機を助く。若し觀音門より入る者は、一切の音響蝦蟆蚯蚓が汝の發機を助く。若し普賢門より入る者は、步を動かさずして到る。我此の三門の方便を以て汝に示す。將に一隻の折箸を以て大海水を攪かして彼の魚龍をして水を命と知らしめんとするが如し。會するか。若し智眼無くして之を審諦せざれば、汝に任せて百般巧妙なるも究竟と為らず。」僧問うた。「學人近く叢林に入りて己事を明らめず、師の指示を乞う。」師杖を以て之を指して言った。「會するか。」言った。「會せず。」師は言った。「我恁么に汝と為せば却って人を抑屈と成す。還って知るか。若し當人の分上に約すれば、從來の底の事は初めて叢林に入るを論ぜず。及び過去の諸佛も曾て乏少せず。大海水の如し。一切の魚龍初生するより老死に及ぶまで、受け用いる所の水悉く皆平等なり。」問うた。「正宗を謬らず、師に真實を請う。」師は言った。「汝我に替わりて道え。」僧は言った。「或いは辨えざる者有らば作么生。」師は言った。「辨えざる者の來るを待て。」問うた。「諸佛還って師有るか否。」師は言った。「有り。」僧は言った。「如何に是れ諸佛の師。」師は言った。「一切の人識り得ず。」師上堂して良久。僧有りて出でて禮拜す。師は言った。「髑髏を拶損せしむる莫れ。」問うた。「如何に是れ靈山會上の事。」師は言った。「靈利の底を得ること少なし。」僧は言った。「忽ち靈利の底に遇わば作么生。」師は言った。「此の懵懂め。」師上堂して衆に示して言った。「諸人若し商量せんと要せば。

向髑髏後通取消息來相共商量。遮裡不曾障人光明。問從上宗乘事如何。師良久。僧再問。師便喝出。問如何是大庾嶺頭事。師曰。料汝承當不得。僧曰。重多少。師曰。遮般底論劫不奈何。師問了院主。只如先師道。盡十方世界是真實人體。爾還見僧堂麼。了曰。和尚莫眼花。師曰。先師遷化肉猶暖在。師梁乾化三年癸酉八月十七日不疾而逝。

(師は続けて言った。)「髑髏の後に向かいて消息を通り取りて來りて相共に商量せよ。此の里曾て人の光明を障わず。」問うた。「從上の宗乘の事如何。」師良久。僧再び問う。師便ち喝して出さしむ。問うた。「如何に是れ大庾嶺頭の事。」師は言った。「汝を料りて承當し得ざらん。」僧は言った。「重きこと幾多。」師は言った。「此般の底は劫を論じて奈何せず。」師了院主に問うた。「只だ如く先師道う、盡十方世界是れ真實の人體と。汝還って僧堂を見るか。」了は言った。「和尚眼花する莫れ。」師は言った。「先師遷化せり、肉猶暖かに在り。」師梁の乾化三年癸酉八月十七日疾なくして逝く。

杭州天龍寺重機明真大師台州黃巖人也。自玄沙得法迴入浙中。錢武肅王請說法住持。上堂示眾曰。若直舉宗風。獨唱本分事。便同於頑石。若言絕凡聖消息。無大地山河。盡十方世界都是一隻眼。此乃事不獲已恁麼道。所以常說。盲聾瘖瘂是僊陀。滿眼時人不奈何。只向目前須體妙身心萬象與森羅。僧問。如何是璿璣不動。師曰。青山數重。僧曰。如何是寂爾無根。師曰。白雲一帶。問如何是歸根得旨。師曰。兔角生也。僧曰。如何是隨照失宗。師曰。龜毛落也。問蓮華未出水時如何。師曰。誰人不知有。僧曰。出水後如何。師曰。馨香目擊。問朗月輝空時如何。師曰。正是分光景何消指玉樓。

杭州天龍寺重機明真大師は台州黃巖の人なり。玄沙より法を得て回りて浙中に入る。錢武肅王說法住持を請う。上堂して衆に示して言った。「若し直に宗風を舉げ、獨り本分の事を唱えば、便ち頑石に同じからん。若し凡聖を絕する消息を言えば、大地山河無し、盡十方世界都是れ一隻の眼なり。此乃ち事獲已とせず恁么に道う。所以に常に說く、盲聾瘖啞是れ仙陀、滿眼の時人奈何せず、只だ目前に向かいて體妙身心萬象與に森羅せよと。」僧問うた。「如何に是れ璇璣動かざる。」師は言った。「青山數重。」僧は言った。「如何に是れ寂爾にして根無き。」師は言った。「白雲一帶。」問うた。「如何に是れ根に歸り旨を得。」師は言った。「兔角生まれたり。」僧は言った。「如何に是れ照に隨いて宗を失う。」師は言った。「龜毛落つるなり。」問うた。「蓮華未だ水を出でざる時如何。」師は言った。「誰人か有るを知らざる。」僧は言った。「水を出でし後如何。」師は言った。「馨香目に撃つ。」問うた。「朗月空に輝く時如何。」師は言った。「正に是れ分光の景、何ぞ消えん玉樓を指すを。」

福州僊宗院契符清法大師。初開堂日有僧問師。登寶座合談何事。師曰。剔開耳孔著。僧曰。古人為什麼道非耳目之所到。師曰。金櫻樹上不生梨子。僧曰。古今不到處請師道。師曰。汝作麼生問。問眾手淘金誰是得者。師曰。舉手隔千里休功任意看。問飛岫巖邊華子秀仙境臺前事若何。師曰。無價大寶光中現。暗客惛惛爭奈何。僧曰。優曇華拆人皆覩向上宗乘意若何。師曰。闍梨若問宗乘意。不如靜處薩婆訶。問如何是大閩國中諸佛境界。師日。造化終難測春風徒自輕。問如何是道中寶。師曰。雲孫淚亦垂。問諸聖收光歸源後如何。師曰。三聲猿屢斷萬裡客愁聽。僧曰。未審今時人如何湊得古人機。師曰。好心向子道切忌未生時。

福州仙宗院契符清法大師。初めて堂を開く日、僧有りて師に問うた。「寶座に登りて何事を合談すべき。」師は言った。「耳孔を剔き開き著けよ。」僧は言った。「古人為什麼道う、耳目の到る所に非ずと。」師は言った。「金櫻の樹上に梨子を生ぜず。」僧は言った。「古今到らざる處、師に道わんことを請う。」師は言った。「汝作么生問う。」問うた。「衆手金を淘するに誰是れ得者。」師は言った。「手を舉げれば千里を隔つ、功を休し意に任せて看よ。」問うた。「飛岫の岩邊に華子秀で、仙境臺前の事若何。」師は言った。「價無き大寶光中に現ず、暗客惛惛として争柰何せん。」僧は言った。「優曇華拆れて人皆睹る、向上宗乘の意若何。」師は言った。「闍梨若し宗乘の意を問わば、靜處の薩婆訶に如かず。」問うた。「如何に是れ大閩國中の諸佛境界。」師は言った。「造化終に測り難し、春風徒らに自ら輕し。」問うた。「如何に是れ道中の寶。」師は言った。「雲孫も亦淚を垂る。」問うた。「諸聖光を收めて源に歸りし後如何。」師は言った。「猿の聲三たび屢々断え、萬里の客聽きて愁う。」僧は言った。「未審今時の人如何にして古人の機に湊り得る。」師は言った。「心好く子に向かいて道う、切に未だ生まざる時を忌め。」

婺州金華山國泰院瑫禪師。上堂曰。不離當處鹹是妙明真心。所以玄沙和尚道。會我最後句出世少人知。爭似國泰有末頭一句。僧問。如何是國泰末頭一句。師曰。闍梨上太遲生。問如何是毘盧師。師曰。專甲與老兄是弟子。問達磨來唐土即不問。如何是未來時事。師曰。親遇梁王。問古鏡未磨時如何。師曰。古鏡。僧曰。磨後如何。師曰。古鏡。

婺州金華山國泰院瑫禅師。上堂して言った。「當處を離れず咸く是れ妙明の真心。所以に玄沙和尚道う、我が最後の句を會せば世に出でて人知ること少なしと。争で似ん國泰の末頭の一句有るに。」僧問うた。「如何に是れ國泰の末頭の一句。」師は言った。「闍梨上ること太だ遲生。」問うた。「如何に是れ毘盧の師。」師は言った。「專甲と老兄是れ弟子。」問うた。「達磨の唐土に來るは即ち問わず、如何に是れ未來の時の事。」師は言った。「親しく梁王に遇う。」問うた。「古鏡未だ磨かざる時如何。」師は言った。「古鏡。」僧は言った。「磨きし後如何。」師は言った。「古鏡。」

衡嶽南臺誠禪師。僧問。玄沙宗旨請師舉揚。師曰。什麼處得此消息。僧曰。垂接者何。師曰。得人不迷己。問潭清月現是何人境界。師曰。不幹爾事。僧曰。相借問又何妨。師曰。覓潭月不可得。問離地四指為什麼卻有魚紋。師曰。有聖量在。僧曰此量為什麼人施。師曰。不為聖人。

衡岳南臺誠禅師。僧問うた。「玄沙の宗旨、師に舉揚を請う。」師は言った。「什麼處より此の消息を得來る。」僧は言った。「垂接する者何ぞ。」師は言った。「人を得て己を迷わず。」問うた。「潭清くして月現るは是れ何人の境界。」師は言った。「汝が事に干らず。」僧は言った。「相借りて問うも又何の妨げか有る。」師は言った。「潭月を覓めて得る可からず。」問うた。「地を離るること四指、為什麼却って魚紋有る。」師は言った。「聖量有りて在り。」僧は言った。「此の量為什麼人に施す。」師は言った。「聖人の為にせず。」

福州升山白龍院道希禪師福州閩縣人也。師上堂曰。不要舉足是誰威光。還會麼。若道自家去處本自如是。切喜勿交涉。問如何是西來意。師曰。汝從什麼處來。問如何是佛法大意。師曰。汝早禮三拜。問不責。上來請師直道。師曰得。問如何是正真道。師曰。騎驢覓驢。問請師答無賓主話。師曰。昔年曾記得。僧曰。即今如何。師曰。非但耳聾亦兼眼暗。問情忘體合時如何。師曰。別更夢見箇什麼。問學人擬申一問請師裁。師曰。不裁。僧曰。為什麼不裁。師曰。須知好手。問大眾雲集請師舉揚宗教。師曰。少過聽者。問不涉唇鋒乞師指示。師曰。不涉唇鋒問將來。僧曰。恁麼即群生有賴。師曰。莫閑言語。問請和尚生機答話。師曰。把紙筆來錄將去。問如何是思大口。師曰。出來向爾道。僧曰。學人即今見出。師曰。曾賺幾人來。問承古人有言。髑髏常幹世界鼻孔毛觸家風。如何是髑髏常幹世界。師曰。近前來向爾道。僧曰。如何是鼻孔毛觸家風。師曰。退後去別時來。

福州升山白龍院道希禅師は福州閩縣の人なり。師上堂して言った。「足を舉ぐる要らず、誰の威光ぞ。還って會するか。若し自家の去處本より自是くの如しと道わば、切に喜べ、交涉する勿れ。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「汝什麼處か從り來る。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「汝早く三拜を禮せよ。」問うた。「上來を責めず、師に直に道わんことを請う。」師は言った。「得。」問うた。「如何に是れ正真の道。」師は言った。「驢に騎りて驢を覓む。」問うた。「師に賓主無き話を答えんことを請う。」師は言った。「昔年曾て記え得たり。」僧は言った。「即今如何。」師は言った。「非但耳聾し、亦兼ねて眼暗し。」問うた。「情忘れ體合す時如何。」師は言った。「別に更に箇の什麼を夢見る。」問うた。「學人擬して一問を申さんとす、師の裁を請う。」師は言った。「裁さず。」僧は言った。「為什麼裁さざる。」師は言った。「須く好手を知るべし。」問うた。「大衆雲集す、師に宗教を舉揚せんことを請う。」師は言った。「聽く者少なきを過ぎり。」問うた。「唇鋒に涉らず、師の指示を乞う。」師は言った。「唇鋒に涉らず問うて將來れ。」僧は言った。「恁么ならば即ち群生賴る有り。」師は言った。「閑言語する莫れ。」問うた。「和尚に生機の答話を請う。」師は言った。「紙筆を把て來りて錄し將りて去れ。」問うた。「如何に是れ思大の口。」師は言った。「出で來れば汝に向かいて道わん。」僧は言った。「學人即今出づるを見たり。」師は言った。「曾て幾人を賺して來る。」問うた。「古人に言有るを承く、髑髏常に世界を干し、鼻孔毛家風に觸ると。如何に是れ髑髏常に世界を干す。」師は言った。「近く前に來れば汝に向かいて道わん。」僧は言った。「如何に是れ鼻孔毛家風に觸る。」師は言った。「後に退きて去り別の時に來れ。」

福州螺峰沖奧明法大師。先住白龍。師上堂曰。人人具足人人成見。爭怪得山僧。珍重。僧問。諸法寂滅相不可以言宣。如何是寂滅相。師曰。問答俱備。僧問。恁麼即真如法界無自無他。師曰。特地令人愁。問牛頭未見四祖時如何。師曰。德重鬼神欽。曰見後如何。師曰。通身聖莫測。問如何是螺峰一句。師曰苦。問如何是本來人。師曰。惆悵松蘿境界危。

福州螺峯衝奧明法大師。先に白龍に住す。師上堂して言った。「人人具足し人人見を成す。争で怪しむを得ん山僧を。珍重。」僧問うた。「諸法寂滅の相、言を以て宣べるべからず。如何に是れ寂滅の相。」師は言った。「問答俱に備わる。」僧問うた。「恁么ならば即ち真如法界に自無く他無し。」師は言った。「特地に人を愁えしむ。」問うた。「牛頭が四祖を見ざる時如何。」師は言った。「德重くして鬼神欽む。」言った。「見し後如何。」師は言った。「通身聖なり測る莫れ。」問うた。「如何に是れ螺峯の一句。」師は言った。「苦。」問うた。「如何に是れ本來の人。」師は言った。「惆悵たり松蘿の境界危し。」

泉州睡龍山和尚。僧問。如何是觸目菩提。師以杖趁之。僧乃走。師曰。住住向後遇作家舉看。師上堂舉拄杖雲。三十年住山得此拄杖氣力。時有僧問。和尚得他什麼氣力。師曰。過谿過嶺東拄西拄(招慶聞雲。我不恁麼道。僧問。和尚作麼生道。招慶以杖下地拄行)。

泉州睡龍山和尚。僧問うた。「如何に是れ觸目の菩提。」師杖を以て之を趁う。僧乃ち走る。師は言った。「住せ住せ、後に向かい作家に遇わば舉げて看よ。」師上堂して拄杖を舉げて言った。「三十年山に住して此の拄杖の氣力を得たり。」時に僧問うた。「和尚他の什麼の氣力を得たる。」師は言った。「溪を過ぎ嶺を過ぎ、東に拄き西に拄く。」(招慶聞きて言った。「我恁么に道わず。」僧問うた。「和尚作么生道う。」招慶杖を以て地に下りて拄きて行く)

天台山雲峰光緒至德大師。上堂曰。但以眾生日用而不知。譬如三千大千世界日月星辰江河淮濟一切含靈從一毛孔入一毛孔。毛孔不小世界不大。其中眾生不覺不知。若要易會上坐日用亦復不知。僧問。日裡僧馱像夜裡像馱僧。未審此意如何。師曰。闍梨豈不是從茶堂裡來。

天臺山雲峯光緒至德大師。上堂して言った。「但だ衆生日用して知らざるを以てす。譬えば三千大千世界の日月星辰江河淮濟、一切の含靈一毛孔より入りて一毛孔に入る。毛孔小ならず世界大ならず。其の中の衆生覺らず知らず。若し易く會せんと要せば、上座日用も亦復た知らず。」僧問うた。「日裏は僧像を駄し、夜裏は像僧を駄す。未審此の意如何。」師は言った。「闍梨豈に是れ茶堂裏より來らざるか。」

福州大章山契如庵主福州永泰人也。泉州百丈村兜率院受業。素蘊孤操志探祖道。預玄沙之宮穎悟幽旨。玄沙記曰。子禪已逸格則他後要一人侍立也無。師自此不務聚徒不畜童侍。隱於小界山。刳大朽杉若小庵但容身而已。凡經遊僧至隨叩而應無定開示。僧問。生死到來如何迴避。師曰。符到奉行。曰恁麼即被生死拘將去也。師曰。阿邪邪。問西天持錫意作麼生。師拈錫杖卓地振之。僧曰。未審此是什麼義。師曰。遮箇是張家打。僧擬進語。師以錫攛(蒼巒切)之清豁沖煦二長老嚮師名未嘗會遇。一旦同訪之值師釆粟。豁問曰。道者如庵主在何所。師曰。從什麼處來。曰山下來。師曰。因什麼得到遮裡。曰遮裡是什麼處所。師揖曰。去那下吃茶去。二公方省是師。遂詣庵所頗味高論。晤坐於左右不覺及夜。覩豺虎奔至庵前自然馴擾。豁因有詩曰。行不等閑行。誰知去住情。一餐猶未飽。萬戶勿聊生。非道應難伏。空拳莫與爭。龍吟雲起處。閑嘯兩三聲。二公尋於大章山創庵請師居之。兩處孤坐垂五十二載而卒。豁雖承指喻。而後於睡龍印可乃嗣睡龍。住漳州保福。

福州大章山契如庵主は福州永泰の人なり。泉州百丈村兜率院にて受業す。素より孤操を蘊め志して祖道を探る。玄沙の宮に預りて幽旨を穎悟す。玄沙記して言った。「子の禪已に逸格なれば則ち他後一人侍立するを要すること無きなり。」師此より徒を聚めるを務めず童侍を畜わず。小界山に隱る。大きなる朽杉を刳りて小庵の若くし、但だ身を容るるのみ。凡そ經游の僧至れば叩くに隨いて應ず、定まれる開示無し。僧問うた。「生死到來せば如何に回避せん。」師は言った。「符到れば奉行せよ。」言った。「恁么ならば即ち生死に拘えられて將り去るなり。」師は言った。「阿邪邪。」問うた。「西天に錫を持すの意作么生。」師錫杖を拈じて地に卓して之を振う。僧は言った。「未審此れ是れ什麼の義。」師は言った。「此の箇は是れ張家の打ち。」僧擬して語を進めんとす。師錫を以て之を撺す。(蒼巒切)清豁衝煦の二長老師の名に向かうも未だ嘗て會遇せず。一旦同じく之を訪い、師の粟を採るに值う。豁問うて言った。「道者、如庵主何の所に在る。」師は言った。「什麼處か從り來る。」言った。「山下より來り。」師は言った。「因什麼此の里に到ることを得。」言った。「此の里是れ什麼の處所。」師揖して言った。「彼の下に去りて茶を喫して去れ。」二公方に省る是れ師なりと。遂に庵所に詣りて頗る高論を味わう。晤坐すること左右に於て夜に及ぶを覺えず。豺虎の庵前に奔り至りて自然に馴擾するを睹る。豁因りて詩有りて言った。「行は等閑の行に等しからず。誰か知る去住の情。一餐猶未だ飽かず。萬戶聊か生ずる勿れ。道に非ざれば應に伏し難し。空拳與に争う莫れ。龍吟の雲起る處。閑嘯兩三聲。」二公尋いで大章山に庵を創りて師に居るを請う。兩處に孤坐すること垂五十二載にして卒す。豁指喻を承くと雖も、而して後睡龍に於て印可し乃ち睡龍に嗣ぐ。漳州保福に住す。

福州蓮華山永興祿和尚。閩王請師開堂日未陞座。先於座前立雲。大王大眾聽。已有真正舉揚也。此一會總是得聞。豈有不聞者。若有不聞彼此相謾去也。方乃登座。僧問。國王請師出世。未委今日一會何似靈山。師曰。徹古傳今。問如何是和尚家風。師曰。毛頭顯沙界日月現其中。

福州蓮華山永興祿和尚。閩王師に開堂を請う日、未だ座に升らず、先ず座前に立ちて言った。「大王大衆聽け。已に真正の舉揚有るなり。此の一會總て是れ聞くを得。豈に聞かざる者有らん。若し聞かざる有らば彼此相谩して去らん。」方に乃ち座に登る。僧問うた。「國王師に出世を請う。未委今日の一會靈山に何か似たる。」師は言った。「古を徹して今に傳う。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「毛頭沙界を顯し、日月其の中に現ず。」

天台山國清寺師靜上座。始遇玄沙和尚示眾雲。汝諸人但能一生如喪考妣。吾保汝究得徹去。師乃躡前語而問曰。只如教中不得以所知心測度如來無上知見。又作麼生。玄沙曰。汝道究得徹底所知心。還測度得及否。師從此信入。後居天台三十餘載。不下山。博綜三學操行孤立禪寂之餘常閱龍藏。遐邇欽重。時謂大靜上座。嘗有人問曰。弟子每當夜坐心念紛飛。未明攝伏之方。願垂示誨。師答曰。如或夜間安坐心念紛飛。卻將紛飛之心以究紛飛之處。究之無處則紛飛之念何存。返究究心則能究之心安在。又能照之智本空。所緣之境亦寂。寂而非寂者。蓋無能寂之人也。照而非照者。蓋無所照之境也。境智俱寂心慮安然。外不尋枝內不住定。二途俱泯一性怡然。此乃還源之要道也。師因覩教中幻義乃述一偈問諸學流偈曰。

天臺山國清寺師靜上座。始め玄沙和尚に遇い、衆に示して言わく、「汝諸人但だ能く一生考妣を喪したるが如くせば、吾汝を保して究め徹して去らしめん」と。師乃ち前の語を蹑りて問うて言った。「只だ如く教中知見の心を以て如來の無上知見を測度することを得ずと、又作么生。」玄沙が言った。「汝道え、究め徹する底の所知の心、還って測度し及ぶことを得るか否。」師此より信入す。後に天臺に居ること三十餘載。山を下らず。博く三學を綜べ操行孤立し、禪寂の餘常に龍藏を閱す。遐邇欽重す。時に大靜上座と謂う。嘗て人有りて問うて言った。「弟子夜坐する每に心念紛飛す。未だ攝伏の方を明らめず。願わくば示誨を垂れん。」師答えて言った。「如し或いは夜間安坐して心念紛飛せば、却って紛飛の心を將て以て紛飛の處を究めよ。之を究めて處無ければ則ち紛飛の念何ぞ存せん。返りて究心を究めば則ち能く究むるの心安んぞ在らん。又照らす能の智本より空にして、緣ずる所の境も亦寂なり。寂にして寂ならざる者は、蓋し能く寂らしむるの人無きなり。照らして照らさざる者は、蓋し照らす所の境無きなり。境智俱に寂にして心慮安然たり。外に枝を尋ねず內に定に住せず。二途俱に泯びて一性怡然たり。此乃ち還源の要道なり。」師因りて教中の幻義を睹て乃ち一偈を述べて諸の學流に問う、偈に說く。

若道法皆如幻有造諸過惡應無咎

若し道えば法皆幻有の如し、諸の過惡を造るも應に咎無からん。

云何所作業不妄而藉佛慈興接誘

云何ぞ作す所の業妄ならずして、而も佛慈に藉りて接誘を興さん。

時有小靜上座答曰。

時に小靜上座有りて答えて言った。

幻人興幻幻輪圍幻業能招幻所治

幻人幻を興して幻輪を圍し、幻業能く幻の所治を招く。

不了幻生諸幻苦覺知如幻幻無為

幻生を了せざれば諸の幻苦、覺知すれば如幻にして幻無為なり。

二靜上座並終於本山。今國清寺遺蹤在焉。

二の靜上座并びに本山に終わる。今國清寺に遺蹤在り。

前福州長慶院慧稜禪師法嗣

前福州長慶院慧稜禅師の法嗣

泉州招慶院道匡禪師潮州人也。自稜和尚始居招慶。師乃入室參侍。暨稜和尚召入長樂府盛化於西院。師繼踵住於招慶。學眾如故。師上堂曰。聲前薦得孤負平生。句後投機殊乖道體。為什麼如此。大眾且道。從來合作麼生。又謂眾曰。招慶今夜與諸人一時道卻。還委落處麼。時有僧出曰。大眾一時散去還稱師意也無。師曰。好與拄杖。僧禮拜。師曰。雖有盲龜之意。且無曉月之程。僧曰。如何是曉月之程。師曰。此是盲龜之意。問如何是沙門行。師曰。非行不行。問如何是西來意。師曰。蚊子上鐵牛。問如何是在匣劍。師良久。僧罔措。師曰。也須感荷招慶始得。問如何是提宗一句。師曰。不得昧著招慶。其僧禮拜起。師又曰不得昧著招慶。囑汝作麼生是提宗一句。僧無對。問文殊劍下不承當時如何。師曰。未是好手人。僧曰。如何是好手人。師曰。是汝話墮也。問如何是招慶家風。師曰。寧可清貧自樂。不作濁富多憂。問如何是南泉一線道。師曰。不辭向汝道恐較中更較去。問如何是佛法大意。師曰。七顛八倒。問學人根思遲迴。乞師曲運慈悲開一線道。師曰。遮箇是老婆心。僧曰悲華剖拆以領尊慈。從上宗乘事如何。師曰。恁麼須得汝親問始得。師問僧。什麼處去來。僧曰。劈柴來。師曰。還有劈不破底也無。僧曰有。師曰。作麼生是劈不破底。僧無語。師曰。汝若道不得問我。我與汝道。僧曰。作麼生是劈不破底。師曰。賺殺人因地動。僧問。還有不動者無。師曰。有僧曰。如何是不動者。師曰。動從東來卻歸西去。問法雨普霑還有不潤處否。師曰有。僧曰。如何是不潤處。師曰。水灑不著。問如何是招慶深深處。師曰。和汝沒卻。問如何是九重城裡人。師曰。還共汝知聞麼。師上堂僧眾擁法座。師曰。遮裡無物。諸人苦恁麼相促相拶作麼。擬心早勿交涉。更上門戶千里萬裡。今既上來各著精彩。

泉州招慶院道匡禅師は潮州の人なり。稜和尚より始めて招慶に居す。師乃ち室に入りて參侍す。暨ち稜和尚召されて長樂府に入り西院に盛化す。師繼踵して招慶に住す。學衆故の如し。師上堂して言った。「聲前に薦り得れば平生を孤負し、句後に機に投ずれば殊に道體に乖く。為什麼如此。大衆且く道え、從來合作么生すべき。」又衆に謂いて言った。「招慶今夜諸人と一時に道い却らん。還って落處を委するか。」時に僧出でて言った。「大衆一時に散去すれば還って師の意に稱するか無し。」師は言った。「好く拄杖を與えよ。」僧禮拜す。師は言った。「盲龜の意有ると雖も、且く曉月の程無し。」僧は言った。「如何に是れ曉月の程。」師は言った。「此れ是れ盲龜の意。」問うた。「如何に是れ沙門の行。」師は言った。「行に非ず行なり。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「蚊子鐵牛に上る。」問うた。「如何に是れ匣に在る劍。」師良久。僧罔措す。師は言った。「も須く招慶を感荷して始めて得べし。」問うた。「如何に是れ宗を提する一句。」師は言った。「招慶を昧するを得る莫れ。」其の僧禮拜して起つ。師又言った。「招慶を昧するを得る莫れ。汝に囑す、作么生是れ宗を提する一句。」僧對えず。問うた。「文殊の劍下に承當せざる時如何。」師は言った。「未だ是れ好手の人に非ず。」僧は言った。「如何に是れ好手の人。」師は言った。「是れ汝話墮ちたり。」問うた。「如何に是れ招慶の家風。」師は言った。「寧ろ清貧にして自ら樂め、濁富を作して憂い多からしむな。」問うた。「如何に是れ南泉の一線道。」師は言った。「汝に向かいて道うを辭せず、恐らくは較中に更に較きて去らん。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「七顛八倒。」問うた。「學人根思遲回なり。師の曲に慈悲を運らし一線道を開かんことを乞う。」師は言った。「此の箇は是れ老婆心。」僧は言った。「悲華剖拆して尊慈を領す。從上宗乘の事如何。」師は言った。「恁么なれば須く汝が親問して始めて得べし。」師僧に問うた。「什麼處か去り來る。」僧は言った。「柴を劈きて來り。」師は言った。「還って劈きて破れざる底有るか無し。」僧は言った。「有り。」師は言った。「作么生是れ劈きて破れざる底。」僧語無し。師は言った。「汝若し道い得ざれば我に問え。我汝と道わん。」僧は言った。「作么生是れ劈きて破れざる底。」師は言った。「人を賺し殺す。」地動するに因り、僧問うた。「還って動かざる者有るか無し。」師は言った。「有り。」僧は言った。「如何に是れ動かざる者。」師は言った。「動き東より從りて却って西に歸り去る。」問うた。「法雨普く沾う、還って潤わざる處有るか否。」師は言った。「有り。」僧は言った。「如何に是れ潤わざる處。」師は言った。「水灑き著かず。」問うた。「如何に是れ招慶の深深の處。」師は言った。「汝と沒し却る。」問うた。「如何に是れ九重城裏の人。」師は言った。「還って汝と知聞を共にするか。」師上堂し僧衆法座を擁す。師は言った。「此の里物無し。諸人苦しむ恁么に相促し相拶して什麼とする。心を擬すれば早く交涉する勿れ。更に門戶を上れば千里萬里。今既に上來せば各々精彩を著けよ。

招慶一時拋與諸人好麼。師復問。還接得也未。眾無對。師曰。勞而無功。汝諸人得恁麼鈍。看他古人一兩箇得恁麼快。才見便負將去。亦較些子。若有此箇人。非但四事供養。便以瑠璃為地白銀為壁亦未為貴。帝釋引前梵王從後。攬長河為酥酪。變大地為黃金。亦未為足。直得如是猶更有一級在。還委得麼珍重。

(師は続けて言った。)「招慶一時に抛げて諸人に與えば好きか。」師復た問うた。「還って接し得たるか未だ。」衆對えず。師は言った。「勞して功無し。汝諸人得たり恁么に鈍を。他の古人一兩個を看れば得たり恁么に快を。纔に見れば便ち負い將り去る。も較些子なり。若し此の箇人有らば、非但四事の供養、便ち琉璃を以て地と為し白銀を以て壁と為すも亦未だ貴と為さず。帝釋前に引き梵王後に從い、長河を攬りて酥酪と為し、大地を變えて黃金と為すも、亦未だ足と為さず。直に是くの如くなるを得て猶更に一級在り。還って委し得るか。珍重。」

杭州龍華寺彥球實相得一大師。開堂日謂眾曰。今日既升法座。又爭解諱得。只如不諱底事。此眾還有人與作證明麼。若有即出來相共作箇榜樣。時有僧問。郡尊請。師如何舉揚宗指師曰。法到別處切忌謬傳。問此座為從天降下為從地湧出。師曰。是什麼。僧曰。此座高廣如何升得。師曰。今日幾被汝安頓著。問靈山一會迦葉親聞。今日一會何人得聞師曰。同我者擊其大節。僧曰。酌然俊哉。師曰。去般水漿茶堂裡用去。師又曰。從前佛法付囑國王大臣及有力檀越。今日郡尊及諸官寮。特垂相請不勝荷愧。山僧更有末後一句子。賤賣與諸人。師乃起身立雲。還有人買麼。若有人買即出來。若無人買即賤貨自收。久立珍重師有時上堂雲。好時好日速道速道。又曰。大眾近前來聽老漢說第一義。大眾近前。師便打趁。問如何是學人自己。師曰。雪上更加霜。

杭州龍華寺彥球實相得一大師。堂を開く日、衆に謂いて言った。「今日既に法座に升る。又争で諱を解するを得ん。只だ如く諱まざる底の事、此の衆還って人有りて與に證明を作さんか。若有れば即ち出で來りて相共に箇の榜樣を作れ。」時に僧問うた。「郡尊の請、師如何に宗旨を舉揚せん。」師は言った。「法別處に到れば切に謬傳を忌め。」問うた。「此の座は天より降り來るか為に、地より湧き出づるか為に。」師は言った。「是れ什麼ぞ。」僧は言った。「此の座高廣、如何に升ることを得。」師は言った。「今日幾に汝に安頓せられ著けり。」問うた。「靈山の一會、迦葉親しく聞く。今日の一會、何人か聞くことを得。」師は言った。「我に同じき者其の大節を擊つ。」僧は言った。「酌然として俊なるかな。」師は言った。「般水漿茶堂裏に去りて用いよ。」師又言った。「從前佛法は國王大臣及び有力の檀越に付囑す。今日郡尊及び諸の官寮、特に相請を垂れて荷愧に勝えず。山僧更に末後の一句子有り、諸人に賤賣せん。」師乃ち身を起き立ちて言った。「還って買う人有るか。若し買う人有れば即ち出で來れ。若し買う人無ければ即ち賤貨自ら收む。久しく立ちて珍重。」師時に上堂して言った。「好き時好き日、速に道え速に道え。」又言った。「大衆近く前に來りて老漢の第一義を說くを聽け。」大衆近く前す。師便ち打ち趁う。問うた。「如何に是れ學人の自己。」師は言った。「雪上更に霜を加う。」

杭州臨安縣保安連禪師。僧問。如何是保安家風。師曰。問有什麼難。問如何是吹毛劍。師曰。豫章鐵柱堅。僧曰。學人不會。師曰。漳江親到來。問如何是沙門行。師曰。師僧頭上戴冠子。問如何是西來意。師曰。死虎足人看。問一問一答彼此興來。如何是保安不驚人之句。師曰。汝到別處作麼生舉。

杭州臨安縣保安連禅師。僧問うた。「如何に是れ保安の家風。」師は言った。「問うに什麼の難か有る。」問うた。「如何に是れ吹毛の劍。」師は言った。「豫章の鐵柱堅し。」僧は言った。「學人會せず。」師は言った。「漳江親しく到來せり。」問うた。「如何に是れ沙門の行。」師は言った。「師僧頭上に冠子を戴く。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「死虎人看るに足る。」問うた。「一問一答彼此興來す。如何に是れ保安の人を驚かさざるの句。」師は言った。「汝別處に到りて作么生舉ぐ。」

福州報慈院光雲慧覺大師上堂雲。差病之藥不假驢馱。若據今夜各自歸堂去也。珍重。僧問。承聞慧覺有鎖口訣如何示人。師曰。賴我拄杖不在手。僧曰。恁麼即深領尊慈也。師曰。待我肯汝即得。師入府閩王問。報慈與神泉相去近遠。師曰。若說近遠不如親到。師卻問曰。大王日應千差。是什麼心。王曰。什麼處得心來。師曰。豈有無心者。王曰。那邊事作麼生。師曰。請向那邊問。王曰。道師謾別人即得。問大眾臻湊請師舉揚。師曰。更有幾人未聞。曰恁麼即不假上來也。師曰。不上來且從汝向什麼處會。曰若有處所即孤負和尚師曰。即恐不辨精麁。問夫說法者當如法說。此意如何。師曰。有什麼疑訛。問故人面壁意如何。師打之。問不假言詮請師徑直。師曰。何必更待商量。

福州報慈院光雲慧覺大師上堂して言った。「病を差すの藥、驢の駄を假らず。若し今夜に據れば各自堂に歸り去らん。珍重。」僧問うた。「慧覺に鎖口の訣有るを承聞す、如何に人に示す。」師は言った。「我が拄杖手に在らざるに賴る。」僧は言った。「恁么ならば即ち深く尊慈を領すなり。」師は言った。「我が汝を肯するを待ち即ち得。」師府に入り、閩王問うた。「報慈と神泉相去ること近遠如何。」師は言った。「若し近遠を說かば親到に如かず。」師却って問うて言った。「大王日に千差に應ず。是れ什麼の心。」王は言った。「什麼處か心を得來る。」師は言った。「豈に心無き者有らん。」王は言った。「彼邊の事作么生。」師は言った。「彼邊に向かいて問えを請う。」王は言った。「師が人を谩すと道えば即ち得。」問うた。「大衆臻湊す、師に舉揚を請う。」師は言った。「更に幾人か未だ聞かざる。」言った。「恁么ならば即ち上來を假らざるなり。」師は言った。「上來せず且く汝に從う、什麼處に向かいて會する。」言った。「若し處所有らば即ち和尚を孤負せん。」師は言った。「即ち恐らくは精粗を辨えず。」問うた。「夫れ法を說く者は當に法の如く說くべし。此の意如何。」師は言った。「什麼の疑訛か有る。」問うた。「故人の面壁の意如何。」師之を打つ。問うた。「言詮を假らず師に徑直を請う。」師は言った。「何の必ずしも更に商量を待たん。」

廬山開先寺紹宗圓智禪師姑蘇人也。稟性樸野不群流俗。少依本郡流水寺出家受具。入長慶之室密契真要。初結庵於虔州了山。二十載道聲遐布。江南國主李氏建寺請轉法輪。玄徒輻湊。暨國主巡幸洪井。躬入山瞻謁請上堂。令僧出問。如何是開先境。師曰。最好是一條界破青山色。僧曰。如何是境中人。師曰。拾枯柴煮布水。國主益加欽重。後終於山寺。靈塔存焉。

廬山開先寺紹宗圓智禅師は姑蘇の人なり。性を稟けて朴野にして流俗に群れず。少くして本郡流水寺に依りて出家し具を受く。長慶の室に入りて密かに真要に契う。初め虔州了山に庵を結ぶ。二十載道聲遐布す。江南の國主李氏寺を建てて法輪を轉ずるを請う。玄徒輻湊す。暨ち國主洪井を巡幸し、躬ら山に入りて瞻謁し上堂を請う。僧をして出でて問わしめた。「如何に是れ開先の境。」師は言った。「最も好きは一條の界青山の色を破る。」僧は言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「枯柴を拾いて布水を煮る。」國主益々欽重を加う。後に山寺に終わる。靈塔存す。

婺州金鱗報恩院寶資曉悟大師上堂。大眾立久。師曰。諸兄弟各詣山門來。主人口如匾擔相似。莫成相違負也。無久在眾。兄弟也未要怪訝著。若帶參學眼何煩久立。各自歸堂珍重。師開方丈基。僧問。丈基已成如何通信。師曰。不可昧兄弟此問。僧曰。不昧底事作麼生。師曰。青天白日。問學人初心請師示箇入路。師遂側掌示之曰。還會麼。僧曰。不會。師曰。獨掌不浪鳴。問如何是報恩家風。師曰。也知闍梨入眾日淺。問古人拈搥竪拂意如何。師曰。報恩截舌有分。僧曰。為什麼如此。師曰。屈著作麼。問如何是文殊劍。師曰。不知。僧曰。只如一劍下活得底人作麼生。師曰。山僧只管二時齋粥。問如何是觸目菩提。師曰。背後是什麼立地。僧曰。學人不會乞師再示。師提拄杖曰。汝不會合吃多少拄杖。問如何是具大慚愧底人。師曰。開口取合不得。僧曰。此人行履如何。師曰。逢茶即茶遇飯即飯。問如何是金剛一隻箭。師曰。道什麼。其僧再問。師曰。過新羅國去也。問波騰鼎沸起必全真。未審古人意如何。師乃叱之。僧曰。恁麼即非次也。師曰。爾話墮也。又曰。我話亦墮汝作麼生。僧無對。問去卻賞罰如何是吹毛劍師曰。延平屬劍州。僧曰恁麼即喪身失命去也。師曰。錢塘江裡潮。

婺州金鱗報恩院寶資曉悟大師上堂す。大衆立つこと久し。師は言った。「諸兄弟各々山門に詣りて來る。主人口匾担に相似たり。相違負と成る莫れ。衆に久しく在る無し。兄弟も亦怪訝に著くるを要せず。若し參學の眼を帶ば何ぞ久立を煩わさん。各自堂に歸りて珍重。」師方丈の基を開く。僧問うた。「丈基已に成る、如何に信を通ぜん。」師は言った。「兄弟此の問を昧るべからず。」僧は言った。「昧えざる底の事作么生。」師は言った。「青天白日。」問うた。「學人初心、師に箇の入路を示さんことを請う。」師遂に掌を側して之に示して言った。「還って會するか。」僧は言った。「會せず。」師は言った。「獨掌浪に鳴らず。」問うた。「如何に是れ報恩の家風。」師は言った。「も知る、闍梨衆に入る日淺きを。」問うた。「古人槌を拈じ拂を竪てる意如何。」師は言った。「報恩舌を截る分有り。」僧は言った。「為什麼如此。」師は言った。「著作を屈して什麼とする。」問うた。「如何に是れ文殊の劍。」師は言った。「知らず。」僧は言った。「只だ如く一劍下に活き得る底の人作么生。」師は言った。「山僧只管に二時の齋粥。」問うた。「如何に是れ觸目の菩提。」師は言った。「背後は什麼の立地。」僧は言った。「學人會せず、師に再び示さんことを乞う。」師拄杖を提げて言った。「汝會せざれば幾多の拄杖を喫するに合せん。」問うた。「如何に是れ大慚愧を具する底の人。」師は言った。「口を開きて合し得るを取らず。」僧は言った。「此の人行履如何。」師は言った。「茶に逢えば即ち茶、飯に遇えば即ち飯。」問うた。「如何に是れ金剛の一隻の箭。」師は言った。「什麼を道う。」其の僧再び問う。師は言った。「新羅國に過ぎて去れり。」問うた。「波騰鼎沸して起れば必ず全真。未審古人の意如何。」師乃ち之を叱る。僧は言った。「恁么ならば即ち次に非ざるなり。」師は言った。「汝話墮ちたり。」又言った。「我が話も亦墮つ、汝作么生。」僧對えず。問うた。「賞罰を去却せば如何に是れ吹毛の劍。」師は言った。「延平劍州に屬す。」僧は言った。「恁么ならば即ち身を喪い命を失いて去るなり。」師は言った。「錢塘江裏の潮。」

杭州傾心寺法瑫宗一禪師。上堂雲。大眾不待一句語便歸堂去。還有紹繼宗風分也無。還有人酬得此問麼。若有人酬得去。也遮裡與諸人為怪笑。若酬不得去。也諸人與遮裡為怪笑。珍重。問如何揲(文甲切)實免見虛頭。師曰。汝問若當眾人盡鑒。問恁麼來皆不丈夫。只如不恁麼來還有紹繼宗風分也無。師曰。出兩頭致一問來。僧曰什麼人辨得師曰。波斯養兒。問佛法去處乞師全示。師曰。汝但全致一問來。僧曰。為什麼卻拈此問去。師曰。汝適來問什麼。僧曰若不遇於師幾成走作。師曰。賊去後關門。問別傳一句如何分付。師曰。可惜許問。僧曰。恁麼即別酬亦不當去也。師曰。也是閑辭。問如何是不朝天子不羨王侯底人。師曰。每日三條線長年一衲衣。僧曰。未審此人還紹宗風也無。師曰。鵲來頭上語云向眼前飛。問承古人有言。不斷煩惱此意如何。師曰。又是發人業。僧曰。如何得不發業。師曰。爾話墮也。問請去賞罰如何是吹毛劍。師曰。如法禮三拜。師後住龍冊寺歸寂。

杭州傾心寺法瑫宗一禅師。上堂して言った。「大衆一句の語を待たずして便ち堂に歸り去る。還って宗風を紹繼する分有るか無し。還って此の問に酬い得る人有るか。若し人酬い得て去る有らば、も此の里諸人と為に怪笑と為らん。若し酬い得て去る無ければ、も諸人此の里と為に怪笑と為らん。珍重。」問うた。「如何に揲實して虛頭を見るを免れん。」(文甲切)師は言った。「汝の問若し當れば衆人盡く鑑る。」問うた。「恁么に來れば皆丈夫ならず。只だ如く恁么に來らざれば還って宗風を紹繼する分有るか無し。」師は言った。「兩頭を出でて一問を致し來れ。」僧は言った。「什麼人か辨じ得る。」師は言った。「波斯兒を養う。」問うた。「佛法の去處、師に全く示さんことを乞う。」師は言った。「汝但だ全く一問を致し來れ。」僧は言った。「為什麼却って此の問を拈じて去る。」師は言った。「汝適來什麼を問える。」僧は言った。「若し師に遇わざれば幾に走作と成らんとす。」師は言った。「賊去りし後に門を關す。」問うた。「別傳の一句如何に分付せん。」師は言った。「可惜許の問。」僧は言った。「恁么ならば即ち別に酬うるも亦當らざるに去るなり。」師は言った。「も是れ閑辭。」問うた。「如何に是れ天子に朝せず王侯を羡まざる底の人。」師は言った。「每日三條の線、長年一衲衣。」僧は言った。「未審此の人還って宗風を紹ぐか無し。」師は言った。「鵲來りて頭上に語い、雲眼前に向かいて飛ぶ。」問うた。「古人に言有るを承く、煩惱を斷ぜず、此の意如何。」師は言った。「又是れ人の業を發す。」僧は言った。「如何にして業を發せざるを得。」師は言った。「汝話墮ちたり。」問うた。「賞罰を去らんことを請う、如何に是れ吹毛の劍。」師は言った。「法の如く三拜を禮せよ。」師後に龍册寺に住して歸寂す。

福州水陸院洪儼禪師。上堂大眾集定。師下座捧香鑪巡行大眾前曰。供養十方諸佛便歸方丈。僧問。離卻百非兼四句。請師盡力為提綱。師曰。落在什麼處。僧曰。恁麼即人天有賴。師曰。莫將惡水澆潑人好。

福州水陸院洪儼禅師。上堂して大衆集まり定まる。師座を下りて香爐を捧げて大衆前を巡行して言った。「十方の諸佛を供養す。」便ち方丈に歸る。僧問うた。「百非と四句を兼ねて離却す。師に力を盡くして提綱せんことを請う。」師は言った。「什麼處に落ちる。」僧は言った。「恁么ならば即ち人天賴る有り。」師は言った。「惡水を將て人に澆し潑ぐる好し莫れ。」

杭州靈隱山廣嚴院鹹澤禪師。初參保福展和尚。保福問曰。汝名什麼。師曰。鹹澤。保福曰。忽遇枯涸者如何。師雲。誰是枯涸者。保福曰。我是。師曰。和尚莫謾人好。保福曰。卻是汝謾我。師後承長慶印記。住廣嚴道場。僧問。如何是覿面相呈事。師下禪床曰。尊體起居萬福。問不與萬法為侶者是什麼人。師曰。城中青史樓雲外高峰塔。問如何是佛法大意。師曰。幽㵎泉清高峰月白。問如何是廣嚴家風。師曰。一塢白雲三間茆屋。僧曰。畢竟作麼生。師曰。既無維那兼無典座。問如何是廣嚴家風。師曰。師子石前靈水響。鷄籠山上白猿啼。

杭州靈隱山廣嚴院咸澤禅師。初め保福展和尚を參ず。保福問うて言った。「汝名什麼。」師は言った。「咸澤。」保福が言った。「忽ち枯涸する者に遇わば如何。」師は言った。「誰か是れ枯涸する者。」保福が言った。「我是れ。」師は言った。「和尚人を谩する好し莫れ。」保福が言った。「却是れ汝我を谩す。」師後に長慶の印記を承く。廣嚴道場に住す。僧問うた。「如何に是れ觌面相呈の事。」師禪床を下りて言った。「尊體起居萬福。」問うた。「萬法と侶を為さざる者は是れ什麼人。」師は言った。「城中の青史樓、雲外の高峯塔。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「幽澗の泉清く、高峯の月白し。」問うた。「如何に是れ廣嚴の家風。」師は言った。「一塢の白雲、三間の茅屋。」僧は言った。「畢竟作么生。」師は言った。「既に維那無く兼ねて典座無し。」問うた。「如何に是れ廣嚴の家風。」師は言った。「師子石前に靈水響き、鷄籠山上に白猿啼く。」

福州報慈院慧朗禪師上堂曰。從上諸聖為一大事因緣故出現於世。遞相告報。是汝諸人還會麼。若不會大不容易。僧問。如何是一大事。師曰。莫錯相告報麼。僧曰。恁麼即學人不疑也。師曰。爭奈一翳在目何。問三世諸佛盡是傳語人。未審傳什麼人語。師曰聽。僧曰。未審是什麼語。師曰。爾不是鍾期。問如何是學人眼。師曰。不可更撒沙。

福州報慈院慧朗禅師上堂して言った。「從上の諸聖一大事の因緣を以て故に世に出現す。遞相告報す。是れ汝諸人還って會するか。若し會せざれば大に容易ならず。」僧問うた。「如何に是れ一大事。」師は言った。「錯りて相告報する莫れや。」僧は言った。「恁么ならば即ち學人疑わざるなり。」師は言った。「争柰一翳目に在るを何せん。」問うた。「三世の諸佛盡く是れ語を傳うる人。未審什麼人の語を傳う。」師は言った。「聽け。」僧は言った。「未審是れ什麼の語。」師は言った。「汝是れ鍾期に非ず。」問うた。「如何に是れ學人の眼。」師は言った。「更に沙を撒くべからず。」

福州怡山長慶常慧禪師。僧問。王侯請命法嗣怡山鎖口之言請師不謬。師曰得。僧曰。恁麼即深領尊慈。師曰。好與莫鈍置人。問不犯宗風不傷物議請師滿口道。師曰。今日豈不是開堂。問焰續雪峰印傳超覺。不違於物不負於人。不在當頭即今何道。師曰。違負即道。僧曰。恁麼即善副來言淺深已辨。師曰。也須識好惡。

福州怡山長慶常慧禅師。僧問うた。「王侯命を請い法嗣する怡山鎖口の言、師に謬らざらんことを請う。」師は言った。「得。」僧は言った。「恁么ならば即ち深く尊慈を領す。」師は言った。「好く與えて人を鈍置する莫れ。」問うた。「宗風を犯さず物議を傷らず、師に滿口に道わんことを請う。」師は言った。「今日豈に是れ開堂に非ずや。」問うた。「焰雪峯に續ぎ印超覺に傳う。物に違わず人に負かず。當頭に在らず、即今何を道う。」師は言った。「違負する即ち道え。」僧は言った。「恁么ならば即ち善く來言に副い淺深已に辨えり。」師は言った。「も須く好惡を識るべし。」

福州石佛院靜禪師上堂曰。若道素面相呈猶添脂紛。縱離添過猶有負愆。諸人且作麼生體悉。僧問。學人慾見和尚本來師時如何。師曰。洞上有言親體取。僧曰。恁麼即不得見去也。師曰。灼然客路如天遠侯門似海深。

福州石佛院靜禅師上堂して言った。「若し素面相呈と道わば猶脂粉を添えたり。(底本は「脂紛」と作す、當に「脂粉」と為すべし)縱い添過を離るとも猶負愆有り。諸人且く作么生體悉せん。」僧問うた。「學人和尚の本來の師を見んと欲す時如何。」師は言った。「洞上言有り、親に體取せよ。」僧は言った。「恁么ならば即ち見ることを得ずして去らん。」師は言った。「灼然として客路天の如く遠く、侯門海の似く深し。」

處州翠峰從欣禪師上堂曰。更不展席珍重。卻問僧。還會麼。僧曰。不會。師曰。將謂闍梨到百丈。

處州翠峯從欣禅師上堂して言った。「更に席を展べず珍重。」却って僧に問うた。「還って會するか。」僧は言った。「會せず。」師は言った。「將に謂う闍梨百丈に到れりと。」

福州枕峰觀音院清換禪師上堂曰。諸禪德若要論禪說道舉唱宗風。只如當人分上。以一毛端裡。有無量諸佛轉大法輪。於一塵中現寶王剎。佛說眾生說山河大地一時說。未嘗間斷。如毘沙門王始終未求外寶。既各有如是家風。阿誰欠少。不可更就別人取處分也。僧問。如何是法界性。師曰。汝身中有萬象。僧曰。如何體得。師曰。不可谷裡尋聲更求本末。

福州枕峯觀音院清換禅師上堂して言った。「諸禪德若し禪を論じ道を說き宗風を舉唱せんと要せば、只だ如く當人の分上、一毛端裏を以て無量の諸佛大法輪を轉ずる有り、一塵中に寶王刹を現ず。佛說き衆生說き山河大地一時に說きて、未だ嘗て間斷せず。毗沙門王の始終外寶を求めざるが如し。既に各々是くの如き家風有れば、阿誰か欠少せん。更に別人に就りて處分を取るべからざるなり。」僧問うた。「如何に是れ法界の性。」師は言った。「汝身中に萬象有り。」僧は言った。「如何に體し得る。」師は言った。「谷裏に聲を尋ねて更に本末を求むべからず。」

福州東禪契訥禪師上堂曰。未曾暫失全體現前。恁麼道亦是分外。既恁麼道不得向兄弟前。合作麼生道。莫無道處不受道麼。莫錯會好。僧問。如何是現前三昧。師曰。何必更待道。問己事未明乞師指示。師曰。何不禮謝。問如何是東禪家風。師曰。一人傳虛萬人傳實。

福州東禪契訥禅師上堂して言った。「未曾だ暫く全體現前を失わず。恁么に道うも亦是れ分外なり。既に恁么に道い得ず兄弟の前に向かいて、合作么生道うべき。道う處無くして道を受けざるか莫無。錯りて會する好し莫れ。」僧問うた。「如何に是れ現前の三昧。」師は言った。「何の必ずしも更に道うを待たん。」問うた。「己事未だ明らめず、師の指示を乞う。」師は言った。「何ぞ禮謝せざる。」問うた。「如何に是れ東禪の家風。」師は言った。「一人虛を傳え萬人實を傳う。」

福州長慶院弘辯妙果大師一日上堂。於座側立雲大眾各歸堂得也未。還會得麼。若也未會得。山僧謾諸人去也。遂乃升座。僧問。海眾雲臻請師開方便門示真實相。師曰。遮箇是方便門。僧曰。恁麼即大眾側聆去也。師曰。空側聆作麼。問超覺後焰妙果傳燈去卻語默動靜如何相示。師曰。還解怪得麼。

福州長慶院弘辯妙果大師一日上堂す。座側に立ちて言った。「大衆各々堂に歸るを得たるか未だ。還って會し得るか。若しも未だ會し得ざれば、山僧諸人を谩して去らん。」遂に乃ち座に升る。僧問うた。「海衆雲臻す、師に方便門を開き真實相を示さんことを請う。」師は言った。「此の箇は是れ方便門。」僧は言った。「恁么ならば即ち大衆側聆して去るなり。」師は言った。「空しく側聆して什麼とする。」問うた。「超覺の後焰、妙果傳燈して語默動靜を去却すれば如何に相示せん。」師は言った。「還って怪しむを解するを得るか。」

福州東禪院可隆了空大師。初開堂有僧問。遠棄九峰丈室來坐東禪道場。人天瞻仰於尊顏。願賜一言而演說。師曰。堯風千載了空不昧於闍梨。曰恁麼即人天有賴。師曰。當不當。問如何是道。師曰。正是道。曰如何是道中人。師曰。分明向汝道。師上堂曰。大好省要自不仙陀若是聽響之流。不如歸堂向火。珍重。問如何是普賢第一句。師曰。落第二句也。

福州東禪院可隆了空大師。初めて堂を開き、僧有りて問うた。「遠く九峯の丈室を棄てて來りて東禪の道場に坐す。人天尊顏を瞻仰す。願わくば一言を賜りて演說せん。」師は言った。「堯の風千載、了空闍梨に昧えず。」言った。「恁么ならば即ち人天賴る有り。」師は言った。「當るか當らざるか。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「正に是れ道。」言った。「如何に是れ道中の人。」師は言った。「分明に汝に向かいて道う。」師上堂して言った。「大好省要、自ら仙陀ならず。若し是れ響を聽くの流、堂に歸りて火に向かうに如かず。珍重。」問うた。「如何に是れ普賢の第一句。」師は言った。「第二句に落ちたり。」

福州僊宗院守玭禪師一日不上堂。大眾入方丈參。師曰。今夜與大眾同請假。未審還給假也無。若未聞給假即先言者負。珍重。僧問。十二時中常在底人。還消得人天供養也無。師曰。消不得。僧曰。為什麼消不得。師曰。為汝常在。僧曰。只如常不在底人還消得也無。師曰。驢年去。僧問。請師答無賓主話。師曰。向無賓主處問將來。

福州仙宗院守玭禅師一日上堂せず。大衆方丈に入りて參ず。師は言った。「今夜大衆と同じく假を請う。未審還って假を給するか無し。若し未だ假を給するを聞かざれば即ち先ず言う者負けん。珍重。」僧問うた。「十二時中常に在る底の人、還って人天の供養を消し得るか無し。」師は言った。「消し得ず。」僧は言った。「為什麼消し得ざる。」師は言った。「汝が常在するが為。」僧は言った。「只だ如く常に在らざる底の人還って消し得るか無し。」師は言った。「驢年に去れ。」僧問うた。「師に賓主無き話を答えんことを請う。」師は言った。「賓主無き處に向かいて問うて將來れ。」

撫州永安院懷烈淨悟禪師上堂眾集。師顧視左右曰。患謇作麼。便歸方丈。又一日上堂良久曰。幸自可憐生。又被汙卻也。又曰。大眾正是著力處莫容易。僧問。怡山親聞一句請師為學人道。師曰。向後莫錯舉似人。

撫州永安院懷烈淨悟禅師上堂して衆集まる。師左右を顧視して言った。「謇を患えて什麼とする。」便ち方丈に歸る。又一日上堂して良久して言った。「幸いに自ら可憐生、又污され却れり。」又言った。「大衆正に是れ力を著くる處、容易する莫れ。」僧問うた。「怡山親聞の一句、師に學人の為に道わんことを請う。」師は言った。「後に向かい錯りて人に舉似する莫れ。」

福州閩山令含禪師初住永福院。上堂曰。還恩恩滿賽願願圓。便歸方丈。僧問。既到妙峰頂誰人為伴侶。師曰到。僧曰。什麼人為伴侶。師曰。吃茶去。問明明不會乞師指示。師曰。指示且置。作麼生是爾明明底事。僧曰。學人不會再乞師指示。師曰。七棒十三。

福州閩山令含禅師初め永福院に住す。上堂して言った。「還恩恩滿ち賽願願圓す。」便ち方丈に歸る。僧問うた。「既に妙峯頂に到れば誰人か伴侶と為す。」師は言った。「到。」僧は言った。「什麼人か伴侶と為す。」師は言った。「茶を喫して去れ。」問うた。「明明に會せず、師の指示を乞う。」師は言った。「指示且く置け。作么生是れ汝明明の底の事。」僧は言った。「學人會せず、再び師の指示を乞う。」師は言った。「七棒十三。」

新羅龜山和尚有舉。相國裴公休啟建法會問看經僧。是什麼經。僧曰。無言童子經。公曰。有幾卷。僧曰。兩卷。公曰。既是無言為什麼卻有兩卷。僧無對。師代曰。若論無言非唯兩卷。

新羅龜山和尚、舉ぐ有り。相國裴公休法會を啓建し、經を看る僧に問うた。「是れ什麼の經。」僧は言った。「無言童子經。」公は言った。「幾卷有る。」僧は言った。「兩卷。」公は言った。「既に無言、為什麼却って兩卷有る。」僧對えず。師代わりて言った。「若し無言を論ぜば唯兩卷に非ず。」

吉州龍須山資國院道殷禪師。僧問。如何是祖師西來意。師曰。普通八年遭梁怪。直至如今不得雪。問千山萬山如何是龍須山。師曰。千山萬山。僧曰。如何是山中人。師曰。對面千里。問不落有無請師道。師曰。汝作麼生問。

吉州龍須山資國院道殷禅師。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「普通八年梁の怪に遭う、直に如今に至るまで雪ぐることを得ず。」問うた。「千山萬山、如何に是れ龍須山。」師は言った。「千山萬山。」僧は言った。「如何に是れ山中の人。」師は言った。「面を對して千里。」問うた。「有無に落ちず、師に道わんことを請う。」師は言った。「汝作么生問う。」

福州祥光院澄靜禪師。僧問。如何是道。師曰。長安鼎沸。僧曰。向上事如何。師曰。谷聲萬籟起松老五雲披。問如何是和尚家風。師曰。門下平章事宮闈較幾重。

福州祥光院澄靜禅師。僧問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「長安鼎沸す。」僧は言った。「向上の事如何。」師は言った。「谷聲萬籟起こり、松老して五雲披く。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「門下の平章事、宮闈幾重を較ぶ。」

襄州鷲嶺明遠禪師初參長慶。長慶問曰。汝名什麼。師曰。明遠。慶曰。那邊事作麼生。師曰。明遠退兩步。慶曰。汝無端退兩步作麼。師無語。長慶代雲。若不退步爭知明遠。師乃喻旨。師住後僧問。無一法當前應用無虧時如何。師以手卓火。其僧因爾有悟。

襄州鷲嶺明遠禅師初め長慶を參ず。長慶問うて言った。「汝名什麼。」師は言った。「明遠。」慶は言った。「彼邊の事作么生。」師は言った。「明遠兩步を退く。」慶は言った。「汝無端に兩步を退きて什麼とする。」師語無し。長慶代わりて言った。「若し步を退かざれば争で明遠を知らん。」師乃ち旨を喻う。師住して後僧問うた。「一法の當前無く應用虧なき時如何。」師手を以て火を卓す。其の僧因りて爾に悟る有り。

杭州報慈院從瓌禪師福州人也。姓陳氏。少投石梯出家。初住越州稱心寺。後住茲院。僧問。古人有言。今人看古教未免心中鬧。欲免心中鬧。應須看古教。如何是古教。師曰。如是我聞。僧曰。如何是心中鬧。師曰。那畔雀兒聲。師開寶六年癸酉六月十四日辰時沐浴易衣。告門人付囑訖。右脇而逝。

杭州報慈院從瓌禅師は福州の人なり。姓は陳氏。少くして石梯に投じて出家す。初め越州稱心寺に住し、後に茲の院に住す。僧問うた。「古人に言有り、今人古教を看れば心中の鬧を免れず、心中の鬧を免れんと欲せば應に須く古教を看よと。如何に是れ古教。」師は言った。「如是の如く我聞く。」僧は言った。「如何に是れ心中の鬧。」師は言った。「彼畔の雀兒の聲。」師開寶六年癸酉六月十四日辰時、沐浴して衣を易え、門人に告げて付囑訖りて、右脅にして逝く。

杭州龍華寺契盈廣辯周智大師。本福州黃蘗山受業。於長慶領旨。住後僧問。如何是龍華境。師曰。翠竹搖風寒松鎖月。僧曰。如何是境中人。師曰。切莫唐突。問如何是三世諸佛道場。師曰。莫別瞻禮。僧曰。恁麼則亙古亙今。師曰。是什麼年中。問如何是黃蘗山主。師曰。謝仁者相訪。問如何是黃蘗境。師曰。龍吟瀑布水雲起翠微峰。

杭州龍華寺契盈廣辯周智大師。本は福州黃檗山にて受業す。長慶に於て旨を領す。住して後僧問うた。「如何に是れ龍華の境。」師は言った。「翠竹風を搖り、寒松月を鎖す。」僧は言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「切に唐突する莫れ。」問うた。「如何に是れ三世諸佛の道場。」師は言った。「別に瞻禮する莫れ。」僧は言った。「恁么ならば則ち亘古亘今。」師は言った。「是れ什麼の年中ぞ。」問うた。「如何に是れ黃檗山主。」師は言った。「仁者の相訪を謝す。」問うた。「如何に是れ黃檗の境。」師は言った。「龍吟瀑布水、雲起こる翠微峯。

前杭州龍冊寺道怤禪師法嗣

前杭州龍册寺道怤禅師の法嗣

越州清化山師訥禪師僧問。十二時中如何得不疑不惑去。師曰好。僧曰。恁麼則得遇於師也。師曰。珍重。有僧來禮拜。師曰。子亦善問吾亦善答。僧曰。恁麼即大眾久立。師曰。抑逼大眾作什麼。問去卻賞罰如何是吹毛劍師曰。錢塘江裡好渡船。問如何是西來意。師曰。可殺新鮮。

越州清化山師訥禅師。僧問うた。「十二時中如何にして疑い惑わざる去るを得。」師は言った。「好し。」僧は言った。「恁么ならば則ち師に遇うことを得たるなり。」師は言った。「珍重。」僧有りて來りて禮拜す。師は言った。「子も亦善く問い吾も亦善く答う。」僧は言った。「恁么ならば即ち大衆久立す。」師は言った。「大衆を抑逼して什麼とする。」問うた。「賞罰を去却せば如何に是れ吹毛の劍。」師は言った。「錢塘江裏の好き渡船。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「殺すべき新鮮。」

衢州南禪遇緣禪師。有俗士時謂之鐵腳。忽因騎馬。有僧問。師既是鐵腳為什麼卻騎馬。師曰。腰帶不因遮腹痛。幞頭豈是禦天寒。有俗官問。和尚恁後生為什麼卻為尊宿。師雲。千歲只言朱頂鶴。朝生便是鳳凰兒。師有時雲。此箇事得恁難道。有僧出曰。請師道。師曰。睦州溪苔錦軍石耳。

衢州南禪遇緣禅師。俗士有りて時に之を鐵脚と謂う。忽ち馬に騎るに因り、僧有りて問うた。「師既に鐵脚、為什麼却って馬に騎る。」師は言った。「腰帶腹痛を遮るに因らず、襆頭豈に天寒を禦ぐ是れや。」俗官有りて問うた。「和尚恁に後生にして為什麼却って尊宿と為る。」師は言った。「千歲只だ朱頂の鶴と言い、朝に生れ便ち是れ鳳凰の兒。」師時に說く。「此の箇の事得たり恁に道い難しと。」僧有りて出でて言った。「師に道わんことを請う。」師は言った。「睦州の溪苔錦、軍の石耳。」

復州資福院智遠禪師福州連江人也。童蒙出家。詣峽山觀音院法宣禪師落髮受具。給侍勤恪專於誦持。一日宣禪師謂曰。觀汝上根堪任大事。何不遍參而滯於此乎。師遂禮辭歷諸方。至越州鏡清禮順德大師。因問曰。如何是諸佛出身處。順德曰。大家要知。師曰。斯則眾眼難謾。順德曰。理能縛豹。師因此發悟玄旨。周顯德三年丙辰復州刺史率僚吏及緇黃千眾。請師於資福院開堂說法(時謂東禪院)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。雪嶺峰前月鏡湖波裡明。問諸佛出世天雨四華地搖六動。和尚今日有何禎祥。師曰。一物不生全體露。目前光彩阿誰知。問如何是直示一句。師曰。是什麼。師又曰。還會麼。會去即今便了。不會塵沙算劫。只據諸賢分上。古佛心源明露現前。匝天遍地森羅萬象自己家風。佛與眾生本無差別。涅槃生死幻化所為。性地真常不勞修證。師又曰。要知此事當陽顯露。並無寸草蓋覆。便承當取最省心力。師如是為眾涉於二十二載。太平興國二年丁丑九月十六日聲鍾辭眾。至二十七日辰時恬然坐化。壽八十三。臘六十三。

復州資福院智遠禅師は福州連江の人なり。童蒙にして出家す。峽山觀音院法宣禅師に詣りて落髮受具す。給侍勤恪にして誦持に專らす。一日宣禅師謂いて言った。「汝が上根を觀るに大事に任ずるに堪えたり。何ぞ遍く參せずして此に滯する乎。」師遂に禮して辭し諸方を歷る。越州鏡清に至り順德大師に禮す。因りて問うて言った。「如何に是れ諸佛の出身の處。」順德が言った。「大家須く知るべし。」師は言った。「斯れ則ち衆眼谩し難し。」順德が言った。「理能く豹を縛る。」師此に因りて玄旨を發悟す。周顯德三年丙辰、復州刺史僚吏及び緇黃千衆を率い、師を資福院に請いで堂を開き法を說かしむ(時に東禪院と謂う)。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「雪嶺峯前の月、鏡湖波裏に明らかなり。」問うた。「諸佛世に出でて天四華を雨らし地六動を搖る。和尚今日何の禎祥か有る。」師は言った。「一物生ぜず全體露われ、目前の光彩阿誰か知る。」問うた。「如何に是れ直示の一句。」師は言った。「是れ什麼ぞ。」師又言った。「還って會するか。會し去れば即今便ち了り、會せざれば塵沙の算劫。只だ諸賢の分上に據れば、古佛の心源明露現前、天を匝い地を遍くして森羅萬象自己の家風。佛と衆生本より差別無し。涅槃生死幻化の所為。性地真常、修證を勞せず。」師又言った。「此の事を知らんと要せば當陽顯露し、并びて寸草の蓋覆無し。便ち承當し取れば最も心力を省く。」師是くの如く衆と為に二十二年を涉る。太平興國二年丁丑九月十六日、鐘を聲して衆に辭す。二十七日辰時に至り恬然として坐化す。壽八十三、臘六十三。

前漳州報恩院懷嶽禪師法嗣

前漳州報恩院懷岳禅師の法嗣

潭州妙濟院師浩傳心大師。曾住郴州香山。僧問。擬即第二頭不擬即第三首。如何是第一頭。師曰收。僧問。古人斷臂當為何事。師曰。我寧可斷臂。問如何是學人眼。師曰。須知我好心。問如何是香山劍。師曰異。僧曰。還露也無。師曰。不忍見。問如何是松門第一句。師曰。切不得錯舉。問如何是妙濟家風。師曰。左右人太多。問如何是佛法大意。師曰。兩口無一舌。問如何是香山一路。師曰。滔滔地。僧曰。到者如何。師曰。息汝平生。問如何是世尊密語。師曰。阿難亦不知。僧曰。為什麼不知。師曰。莫非仙陀。問如何是香山寶。師曰。碧眼胡人不敢定。僧曰。露者如何。師曰。龍王捧不起。因僧舉。聖僧塑像被虎咬乃問師。既是聖僧為什麼被大蟲咬。師曰。疑殺天下人。問如何是無慚愧底人。師曰。闍梨合吃棒。

潭州妙濟院師浩傳心大師。曾て郴州香山に住す。僧問うた。「擬せば即ち第二頭、擬せざれば即ち第三首。如何に是れ第一頭。」師は言った。「收めよ。」僧問うた。「古人臂を斷るは當に何の事と為すべき。」師は言った。「我寧ろ臂を斷らん。」問うた。「如何に是れ學人の眼。」師は言った。「須く我が好心を知るべし。」問うた。「如何に是れ香山の劍。」師は言った。「異なり。」僧は言った。「還って露わるるか無し。」師は言った。「見るに忍びず。」問うた。「如何に是れ松門の第一句。」師は言った。「切に錯りて舉ぐるを得ず。」問うた。「如何に是れ妙濟の家風。」師は言った。「左右の人太だ多し。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「兩口一舌無し。」問うた。「如何に是れ香山の一路。」師は言った。「滔滔地なり。」僧は言った。「到る者如何。」師は言った。「汝の平生を息めよ。」問うた。「如何に是れ世尊の密語。」師は言った。「阿難も亦知らず。」僧は言った。「為什麼知らざる。」師は言った。「仙陀なる莫れ。」問うた。「如何に是れ香山の寶。」師は言った。「碧眼の胡人敢えて定めず。」僧は言った。「露わるる者如何。」師は言った。「龍王捧げて起たず。」僧の舉ぐるに因り、聖僧の塑像虎に咬まる、乃ち師に問うた。「既に聖僧、為什麼大蟲に咬まるる。」師は言った。「天下人を疑い殺す。」問うた。「如何に是れ慚愧無き底の人。」師は言った。「闍梨棒を喫するに合す。」

前福州鼓山神晏國師法嗣

前福州鼓山神晏國師の法嗣

杭州天竺山子儀心印水月大師溫州樂清縣人也。姓陳氏。初遊方謁鼓山。因問曰。子儀三千里外遠投法席。今日非時上來乞師非時答話。鼓山曰。不可鈍置仁者。師曰。省力處如何。鼓山曰。汝何費力。師自此承言領旨。便往浙中。錢忠懿王聆其道譽。命開法於羅漢光福二道場。海眾臻湊。師上堂示眾曰。久立大眾。更待什麼不辭展拓。卻恐誤於禪德。轉迷歸路時寒珍重。僧問。如何是從上來事。師曰住。僧曰。如何薦。師曰。可惜龍頭翻成蛇尾。有僧禮拜起將問話。師曰。如何且置。其僧乃問。只如興工之子。還有相親分也無。師曰。只待局終不知柯爛。問如何是維摩默。師曰謗。僧曰。文殊因何讚。師曰。同案領過僧曰。維摩又如何。師曰。頭上三尺巾手裡一枝拂。問如何是諸佛出身處。師曰。大洋海裡一星火。僧曰。學人不會。師曰。燒盡魚龍。問丹霞燒木佛意旨如何。師曰。寒即圍鑪向猛火。僧曰。還有過也無。師曰。熱即竹林溪畔坐。問如何是法界義宗。師曰。九月九日浙江潮。問諸餘即不問。如何是光福門下超毘盧越釋迦底人。師曰。諸餘奉衲。僧曰。恁麼即平生慶幸去也。師曰。慶幸事作麼生。其僧罔措。師喝之。師將下堂。僧問下堂一句乞師分付。師曰。攜履已歸西國去。此山空有老猿啼。問鼓山有掣鼓奪旗之說師且如何。師曰。敗將不忍誅。僧曰。或遇良將又如何。師曰。念子孤魂賜汝三奠。問世尊入滅當歸何所。師曰。鶴林空變色真歸無所歸。僧曰。夫子必定何之。師曰。朱實殞勁風繁英落素秋。僧曰。我師將來復歸何所。師曰。子今欲識吾歸處。東西南北柳成絲。問如何修行即得與道相應。師曰。高捲吟中箔濃煎睡後茶。師迴故里。雍熙三年示滅。門人闍維收舍利建塔。

杭州天竺山子儀心印水月大師は溫州樂清縣の人なり。姓は陳氏。初め方に游びて鼓山を謁す。因りて問うて言った。「子儀三千里の外より遠く法席に投ず。今日時に非ずして上來、師に時に非ざるの答話を乞う。」鼓山が言った。「仁者を鈍置すべからず。」師は言った。「省力の處如何。」鼓山が言った。「汝何の力を費やす。」師自此言を承りて旨を領し、便ち浙中に往く。錢忠懿王其の道譽を聆き、羅漢光福の二道場に法を開くを命ず。海衆臻湊す。師上堂して衆に示して言った。「久しく立つ大衆、更に什麼を待たん、展拓を辭せず。却って禪德を誤らんを恐る、迷い轉じて歸路時寒珍重。」僧問うた。「如何に是れ從上來の事。」師は言った。「住。」僧は言った。「如何に薦せん。」師は言った。「惜しむ可し龍頭翻りて蛇尾と成る。」僧有りて禮拜して起きて話を問わんと將す。師は言った。「如何且く置け。」其の僧乃ち問うた。「只だ如く工を興すの子、還って相親の分有るか無し。」師は言った。「只だ局の終わるを待ちて柯の爛れたるを知らず。」問うた。「如何に是れ維摩の默。」師は言った。「謗。」僧は言った。「文殊因何に贊す。」師は言った。「同案領過。」僧は言った。「維摩又いかん。」師は言った。「頭上三尺の巾、手裏一枝の拂。」問うた。「如何に是れ諸佛の出身の處。」師は言った。「大洋海裏の一星の火。」僧は言った。「學人會せず。」師は言った。「魚龍を燒盡す。」問うた。「丹霞の木佛を燒くの意旨如何。」師は言った。「寒ければ即ち爐に圍みて猛火に向かえ。」僧は言った。「還って過有るか無し。」師は言った。「熱ければ即ち竹林溪畔に坐せ。」問うた。「如何に是れ法界の義宗。」師は言った。「九月九日浙江の潮。」問うた。「諸餘は即ち問わず、如何に是れ光福門下の毘盧を超え釋迦を越ゆる底の人。」師は言った。「諸餘衲に奉ず。」僧は言った。「恁么ならば即ち平生慶幸して去るなり。」師は言った。「慶幸の事作么生。」其の僧罔措す。師之を喝す。師將に堂を下らんとす。僧問うた。「堂を下るの一句、師の分付を乞う。」師は言った。「履を携えて已に西國に歸り去り、此の山空しく老猿の啼く有り。」問うた。「鼓山に鼓を掣し旗を奪うの說有り、師且く如何。」師は言った。「敗將誅するに忍びず。」僧は言った。「或いは良將に遇わば又如何。」師は言った。「子の孤魂を念いて汝に三奠を賜う。」問うた。「世尊入滅せば當に何の所に歸すべき。」師は言った。「鶴林空しく色を變え、真歸歸る所無し。」僧は言った。「夫子必定何れに之く。」師は言った。「朱實勁風に殞ち、繁英素秋に落つ。」僧は言った。「我が師將來復た何の所に歸らん。」師は言った。「子今吾が歸處を識らんと欲せば、東西南北柳絲と成る。」問うた。「如何に修行すれば即ち道と相應することを得。」師は言った。「高く吟中の箔を卷き、濃く睡後の茶を煎ぜよ。」師故里に回る。雍熙三年に滅を示す。門人闍維して舍利を收め塔を建つ。

建州白雲智作真寂禪師永貞人也。姓朱氏。容若梵僧。禮鼓山國師披剃。二十四具戒。一日鼓山上堂召大眾。眾皆迴眸。鼓山披襟示之。眾罔措。唯師朗悟厥旨入室印證。又參次鼓山召令近前。問南泉喚院主意作麼生。師斂手端容退立而已。鼓山莞然奇之。自爾遊吳楚卻復閩川。初住南峰次住建州白雲院。師上堂曰。還有人向宗乘中致得一問麼。待山僧向宗乘中答。時有僧禮拜才起。師便歸方丈。問如何是枯木裡龍吟。師曰。火裡蓮生。僧曰。如何是髑髏裡眼睛。師曰。泥牛入水。問如何是主中主。師曰。汝還具眼麼。僧曰。恁麼即學人歸堂去也。師曰。猢猻入布袋。問如何是延平津。師曰。萬古水溶溶。僧曰。如何是延平劍。師曰。速須退步。僧曰。未審津與劍是同是異。師曰。可惜許漢。乾祐二年已酉江南國主李氏延居奉先。賜紫衣師名。上堂升坐眾鹹側聆。師曰。相謾去也還知得麼。可不聞昔日靈山多少士眾。只道迦葉親聞。今日叨奉恩命俾揚宗教。不可異於靈山也。既不異靈山。諸仁者作麼生相體悉。也莫泥他古今。但彼此著些精彩。大家驗看是什麼。僧問。靈山一會不異而今。未審親聞底事如何。師曰。更舉。曰恁麼即人天有賴。師曰。闍梨且作麼生。問賢王請命大展法筵。祖嗣西來如何指示。師曰。分明記取。曰終不敢孤負和尚。師曰。也未在。僧問如何是奉先境。師曰。一任觀看。僧曰。如何是境中人。師曰。莫無禮。問如何是奉先家風。師曰。即今在什麼處。僧曰。恁麼即大眾有賴也。師曰。關汝什麼事。問如何是為人一句。師曰。不是奉先道不得。

建州白雲智作真寂禅師は永貞の人なり。姓は朱氏。容梵僧の若し。鼓山國師に禮して披剃す。二十四にして戒を具す。一日鼓山上堂して大衆を召す。衆皆眸を回らす。鼓山襟を披きて之を示す。衆罔措す。唯だ師朗かに厥の旨を悟り室に入りて印證す。又參する次、鼓山召して近前せしめ、南泉の院主を喚ぶの意作么生を問う。師手を斂め容を端にして退立するのみ。鼓山莞然として之を奇とす。自ら爾より吳楚に游び、却って復た閩川に復る。初め南峯に住し、次いで建州白雲院に住す。師上堂して言った。「還って人宗乘中に向かいて一問を致し得る者有るか。山僧が宗乘中に向かいて答えんを待て。」時に僧禮拜して纔に起つ。師便ち方丈に歸る。問うた。「如何に是れ枯木裏の龍吟。」師は言った。「火裏蓮生ず。」僧は言った。「如何に是れ髑髏裏の眼睛。」師は言った。「泥牛水に入る。」問うた。「如何に是れ主中の主。」師は言った。「汝還って眼を具するか。」僧は言った。「恁么ならば即ち學人堂に歸り去るなり。」師は言った。「猢猻布袋に入る。」問うた。「如何に是れ延平の津。」師は言った。「萬古水溶溶たり。」僧は言った。「如何に是れ延平の劍。」師は言った。「速に須く步を退くべし。」僧は言った。「未審津と劍是れ同か是れ異か。」師は言った。「可惜許の漢。」乾祐二年己酉、江南國主李氏延びて奉先に居らしめ、紫衣師名を賜う。(底本は「已酉」と作す、當に「己酉」と為すべし)上堂して坐に升り衆咸く側聆す。師は言った。「相谩して去るなり、還って知り得るか。聞かざる可しや、昔日靈山幾多の士衆、只だ迦葉親聞を道うと。今日恩命を叨奉して宗教を揚ぐるを俾す。靈山に異なるべからざるなり。既に靈山に異ならず、諸の仁者作么生相體悉せん。も他の古今に泥む莫れ。但だ彼此些子の精彩を著け、大家驗き看よ、是れ什麼ぞ。」僧問うた。「靈山の一會而今と異ならず。未審親聞の底の事如何。」師は言った。「更に舉げよ。」言った。「恁么ならば即ち人天賴る有り。」師は言った。「闍梨且く作么生。」問うた。「賢王命を請いて大く法筵を展ぶ。祖嗣西來如何に指示せん。」師は言った。「分明に記取せよ。」言った。「終に敢えて和尚を孤負せず。」師は言った。「も未だ在らず。」僧問うた。「如何に是れ奉先の境。」師は言った。「一任に觀看せよ。」僧は言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「禮無き莫れ。」問うた。「如何に是れ奉先の家風。」師は言った。「即今什麼處に在る。」僧は言った。「恁么ならば即ち大衆賴る有るなり。」師は言った。「汝に關る什麼の事ぞ。」問うた。「如何に是れ人と為る一句。」師は言った。「是れ奉先に道い得ざるに非ず。」

鼓山智嚴了覺大師(第二世住)師上堂曰。多言復多語。由來返相誤。珍重。僧問。石門之句即不敢問。請師方便。師曰。問取露柱。問國王出世三邊靜。法王出世有何恩。師曰。還會麼。僧曰。幸遇明朝輒伸呈獻。師曰。吐卻著。僧曰。若不禮拜幾成無孔鐵鎚。師曰。何異無孔鐵鎚。

鼓山智嚴了覺大師(第二世住)。師上堂して言った。「言多くし語多くす、由來返って相誤る。珍重。」僧問うた。「石門の句は即ち敢えて問わず、師に方便を請う。」師は言った。「露柱に問い取れ。」問うた。「國王世に出でて三邊靜なり。法王世に出でて何の恩か有る。」師は言った。「還って會するか。」僧は言った。「幸いに明朝に遇う、輙く呈獻を伸べん。」師は言った。「吐き却り著け。」僧は言った。「若し禮拜せざれば幾に無孔の鐵錘と成らん。」師は言った。「無孔の鐵錘に何の異ならん。」

福州龍山智嵩妙空大師。師上堂曰。幸自分明。須作遮箇節目作麼。到遮裡便成節目。便成增語便成塵玷。未有如許多時作麼生。僧問。古佛化導今祖重興。人天輻湊於禪庭。至理若為於開示。師曰。亦不敢孤負大眾。僧曰。恁麼即人天不謬殷勤請頓使凡心作佛心。師曰。仁者作麼生。僧曰。退身。禮拜。隨眾上下。師曰。我識得汝也。

福州龍山智嵩妙空大師。師上堂して言った。「幸いに自ら分明。須く此の節目を作して什麼とせん。此の里に到れば便ち節目と成り、便ち語を增し便ち塵玷と成る。未だ許多の時有らざれば作么生。」僧問うた。「古佛化導して今祖重ねて興る。人天禪庭に輻湊す。至理若為に開示せん。」師は言った。「も敢えて大衆を孤負せず。」僧は言った。「恁么ならば即ち人天謬らず、殷勤に請い頓ちに凡心をして佛心と作さしめん。」師は言った。「仁者作么生。」僧は言った。「身を退き、禮拜し、衆に隨いて上下す。」師は言った。「我汝を識り得たり。」

泉州鳳凰山疆禪師。僧問。燈傳鼓嶠。道覇溫陵。不跨石門。請師通信。師曰。若不是今日攔胸撞出。僧曰。恁麼即今日親聞師子吼。他時終作鳳凰兒。師曰。又向遮裡塗汙人。問白浪滔天境何人住太虛。師曰。靜夜思堯鼓迴頭聞舜琴。

泉州鳳凰山疆禅師。僧問うた。「燈鼓嶠に傳わり、道温陵に霸す。石門を跨がず、師に通信を請う。」師は言った。「若し是れ今日に非ざれば胸を攔えて撞き出さん。」僧は言った。「恁么ならば即ち今日親しく師子吼を聞き、他時終に鳳凰の兒と作さん。」師は言った。「又此の里に向かいて人を塗污す。」問うた。「白浪滔天の境、何人か太虚に住す。」師は言った。「靜夜堯の鼓を思い、回頭して舜の琴を聞く。」

福州龍山文義禪師上堂曰。若舉宗乘即院寂徑荒。若留委問更待箇什麼。還有人委麼出來驗看。若無人委莫略虛好。僧問。如何是人王。師曰。威風人盡懼。僧曰。如何是法王。師曰。一句令當行。僧曰。二王還分不分。師曰。適來道什麼。

福州龍山文義禅師上堂して言った。「若し宗乘を舉ぐれば即ち院寂して径荒れん。若し委問を留めば更に箇の什麼を待たん。還って人委する者有るか、出でて驗看せよ。若し人委する無ければ略虚する好し莫れ。」僧問うた。「如何に是れ人王。」師は言った。「威風人盡く懼る。」僧は言った。「如何に是れ法王。」師は言った。「一句當に行うを令す。」僧は言った。「二王還って分かつか分かたざるか。」師は言った。「適來什麼を道えし。」

福州鼓山智嶽了宗大師福州人也初遊方至鄂州黃龍。問曰。久嚮黃龍到來只見赤斑蛇。黃龍曰。汝只見赤斑蛇且不識黃龍。師曰。如何是。黃龍曰。滔滔地。師曰。忽遇金翅鳥來又作麼生。曰性命難存。師曰。恁麼即被他吞卻也。曰謝闍梨供養師當下未省覺。尋迴受業山禮覲國師和尚。啟發微旨而後次補山門為第三世。上堂曰。我若全舉宗乘汝向什麼處領會。所以向汝道。古今常露體用無妨。僧問。諸餘即不問。如何是誕生王種。師曰。金枝玉葉不相似是作麼生。僧曰。恁麼即同中不得異。師曰。不得異事作麼生。僧曰。金枝爭能續。師曰。猶是閫外之辭。問虛空還解作用也無。師拈起拄杖曰。遮箇師僧好打。僧無語。

福州鼓山智岳了宗大師は福州の人なり。初め方に游びて鄂州黃龍に至る。問うて言った。「久しく黃龍に向かい到來して只だ赤斑蛇を見るのみ。」黃龍が言った。「汝只だ赤斑蛇を見て且く黃龍を識らず。」師は言った。「如何に是れ。」黃龍が言った。「滔滔地なり。」師は言った。「忽ち金翅鳥の來るに遇わば又作么生。」言った。「性命存し難し。」師は言った。「恁么ならば即ち他に吞まれ却らん。」言った。「闍梨の供養を謝す。」師當下未だ省覺せず。尋いで回りて受業の山に禮覲し國師和尚に謁す。微旨を啓發し而して後次いで山門を補して第三世と為す。上堂して言った。「我若し全く宗乘を舉ぐれば汝什麼處に向かいて領會せん。所以に汝に向かいて道う、古今常に體用を露し妨げ無しと。」僧問うた。「諸餘は即ち問わず、如何に是れ誕生の王種。」師は言った。「金枝玉葉相似せず、是れ作么生。」僧は言った。「恁么ならば即ち同中に異を得ず。」師は言った。「異を得ざる事作么生。」僧は言った。「金枝争で能く續がん。」師は言った。「猶是れ閫外の辭。」問うた。「虚空還って作用を解するか無し。」師拄杖を拈起して言った。「此の箇の師僧好く打つべし。」僧語無し。

襄州定慧和尚。僧問。如何是佛向上事。師曰。無人不驚。僧曰。學人未委在。師曰。不妨難向。問不借時機用如何話祖宗。師曰。闍梨還具慚愧麼。僧便喝。師無語。

襄州定慧和尚。僧問うた。「如何に是れ佛向上の事。」師は言った。「人驚かざる無し。」僧は言った。「學人未だ委かに在らず。」師は言った。「妨げず難き向かい。」問うた。「時機を借らず用いず、如何に祖宗に話さん。」師は言った。「闍梨還って慚愧を具するか。」僧便ち喝す。師語無し。

福州鼓山清諤宗曉禪師得法於受業和尚(鼓山第四世住)問亡僧遷化向什麼處去也。師曰。時寒不出手。

福州鼓山清諤宗曉禅師、受業和尚に於て法を得たり(鼓山第四世住)。問うた。「亡僧遷化して什麼處に向かいて去るなり。」師は言った。「時寒くして手を出さず。」

金陵淨德道場沖煦慧悟禪師福州人也。姓和氏。幼不染葷血。自誓出家。登鼓山剃度得法受記。年二十四於洪州豐城為眾開演。時謂小長老。周顯德中江南國主延住光睦。僧問。如何是大道。師曰。我無小徑。曰如何是小徑。師曰。我不知有大道。師次住廬山開先。後居淨德。並聚徒說法。開寶八年歸寂。

金陵淨德道場衝煦慧悟禅師は福州の人なり。姓は和氏。幼にして葷血を染めず。自ら出家を誓う。鼓山に登りて剃度し法を得て記を受く。年二十四にして洪州豐城に於て衆の為に開演す。時に小長老と謂う。周顯德中江南國主延びて光睦に住せしむ。僧問うた。「如何に是れ大道。」師は言った。「我小径無し。」言った。「如何に是れ小径。」師は言った。「我大道有るを知らず。」師次いで廬山開先に住し、後に淨德に居る。并びに徒を聚めて法を說く。開寶八年に歸寂す。

金陵報恩院清護禪師福州長樂人也。姓陳氏。六歲辭親禮鼓山披削。十五納戒。於國師言下發明真趣。暨國師圓寂。乃之建州白雲。閩帥王氏秦賜紫號崇因大師。晉天福八年金陵興師入建城時。統軍查文徽至院。師出延接。查問曰。此中相見時如何。師曰。惱亂將軍。查後請師歸金陵。國主命居長慶院攝眾。周顯德初退歸建州卓庵。時節度使陳誨創顯親報恩禪苑堅請住持。開堂日僧問。諸佛出世天華亂墜。未審和尚出世有何祥瑞。師曰。昨日新雷發。今朝細雨飛。問如何是諸佛玄旨。師曰。草鞋木履。開寶三年五月江南後主再請入住報恩淨德二道場。來往說法。改號妙行禪師。當年十一月示疾預辭國主。二十日平旦聲鍾召大眾囑付訖儼然坐亡。壽五十有五。臘四十。國主厚禮茶毘。收舍利三百餘粒並靈骨。歸葬於建州鷄足山臥雲院建塔。師風神清灑操行孤標。二十年不服綿絹唯衣紙布。辭藻札翰並皆冠眾。五處語要偈頌別行於世。

金陵報恩院清護禅師は福州長樂の人なり。姓は陳氏。六歲にして親に辭し鼓山に禮して披削す。十五にして戒を納め、國師の言下に於て真趣を發明す。暨ち國師圓寂す。乃ち建州白雲に之く。閩帥王氏奏して紫號崇因大師を賜う。(底本は「秦賜」と作す、疑う「奏」の譌ならん)晉天福八年金陵師を興して建城に入る時、統軍查文徽院に至る。師出でて延接す。查問うて言った。「此の中相見の時如何。」師は言った。「將軍を惱亂す。」查後に師を金陵に歸らんことを請う。國主命じて長慶院に居りて衆を攝せしむ。周顯德初退きて建州に歸り庵を卓す。時に節度使陳誨顯親報恩禅苑を創りて堅く住持を請う。開堂の日僧問うた。「諸佛世に出でて天花亂墜す。未審和尚の出世何の祥瑞か有る。」師は言った。「昨日新雷發し、今朝細雨飛ぶ。」問うた。「如何に是れ諸佛の玄旨。」師は言った。「草鞋木履。」開寶三年五月江南後主再び請いで報恩淨德の二道場に入住せしむ。往來して法を說く。號を妙行禅師と改む。當年十一月疾を示し預め國主に辭す。二十日平旦鐘を聲して大衆を召し付囑訖りて儼然として坐亡す。壽五十有五、臘四十。國主厚く禮して荼毗す。舍利三百餘粒并びに靈骨を收め、建州鷄足山臥雲院に歸葬して塔を建つ。師風神清洒にして操行孤標なり。二十年綿絹を服せず唯だ紙布を衣る。辭藻札翰并びに皆衆に冠たり。五處の語要偈頌別に世に行わる。

景徳伝燈録巻第二十一

景徳伝燈録巻第二十二

吉州青原山行思禪師第七世中

吉州青原山行思禅師の第七世中

杭州龍華寺靈照禪師法嗣七人台州瑞巖師進禪師

杭州龍華寺靈照禅師の法嗣七人 ― 台州瑞巖師進禅師

台州六通院志球禪師

台州六通院志球禅師

杭州雲龍院歸禪師

杭州雲龍院歸禅師

杭州餘杭功臣院道閑禪師

杭州餘杭功臣院道閑禅師

衢州鎮境遇緣禪師

衢州鎮境遇緣禅師

福州報國院照禪師

福州報國院照禅師

台州白雲廼禪師(已上七人見錄)

台州白雲廼禅師(已上七人は録に見ゆ)

明州翠巖令參禪師法嗣二人杭州龍冊寺子興禪師

明州翠巖令參禅師の法嗣二人 ― 杭州龍册寺子興禅師

溫州佛㠗知默禪師(已上二人見錄)

溫州佛㠗知默禅師(已上二人は録に見ゆ)

福州安國院弘瑫禪師法嗣九人福州白鹿師貴禪師

福州安國院弘瑫禅師の法嗣九人 ― 福州白鹿師貴禅師

福州羅山義聰禪師

福州羅山義聰禅師

福州安國從貴禪師

福州安國從貴禅師

福州怡山藏用禪師

福州怡山藏用禅師

福州永隆彥端禪師

福州永隆彥端禅師

福州林陽志端禪師

福州林陽志端禅師

福州興聖滿禪師

福州興聖滿禅師

福州僊宗明禪師

福州僊宗明禅師

福州安國祥和尚(已上九人見錄)

福州安國祥和尚(已上九人は録に見ゆ)

漳州保福院從展禪師法嗣二十五人泉州昭慶省僜禪師漳州保福可儔禪師

漳州保福院從展禅師の法嗣二十五人 ― 泉州昭慶省僜禅師 漳州保福可儔禅師

舒州白水如新禪師

舒州白水如新禅師

洪州漳江慧廉禪師

洪州漳江慧廉禅師

福州報慈文欽禪師

福州報慈文欽禅師

泉州萬安清運禪師

泉州萬安清運禅師

漳州報恩熙禪師

漳州報恩熙禅師

泉州鳳凰山從琛禪師

泉州鳳凰山從琛禅師

福州永隆瀛和尚

福州永隆瀛和尚

洪州清泉山守清禪師

洪州淸泉山守淸禅師

漳州報恩院行崇禪師

漳州報恩院行崇禅師

潭州嶽麓和尚

潭州岳麓和尚

朗州德山德海禪師

朗州德山德海禅師

泉州後昭慶和尚

泉州後昭慶和尚

朗州梁山簡禪師

朗州梁山簡禅師

洪州建山澄禪師

洪州建山澄禅師

福州康山契穩禪師

福州康山契穩禅師

潭州延壽慧輪大師

潭州延壽慧輪大師

泉州西明琛禪師(已上一十九人見錄)

泉州西明琛禅師(已上十九人は録に見ゆ)

福州升山柔禪師福州枕峰和尚

福州升山柔禅師 福州枕峯和尚

朗州法操禪師

朗州法操禅師

襄州鷲嶺和尚

襄州鷲嶺和尚

睦州敬連和尚

睦州敬連和尚

潭州谷山句禪師(已上六人無機緣語句不錄)

潭州谷山句禅師(已上六人は機縁の語句無く録せず)

南嶽金輪觀禪師法嗣一人後衡嶽金輪和尚(一人見錄)

南岳金輪觀禅師の法嗣一人 ― 後衡岳金輪和尚(一人録に見ゆ)

泉州睡龍山道溥禪師法嗣一人漳州保福院清豁禪師(一人見錄)

泉州睡龍山道溥禅師の法嗣一人 ― 漳州保福院淸豁禅師(一人録に見ゆ)

韶州雲門山文偃禪師法嗣上二十五人韶州白雲祥和尚

韶州雲門山文偃禅師の法嗣上二十五人 ― 韶州白雲祥和尚

朗州德山緣密禪師

朗州德山緣密禅師

潭州南臺道遵禪師

潭州南臺道遵禅師

韶州雙峰山竟欽和尚

韶州雙峯山竟欽和尚

韶州資福和尚

韶州資福和尚

廣州黃雲元禪師

廣州黃雲元禅師

廣州龍境倫禪師

廣州龍境倫禅師

韶州雲門爽禪師

韶州雲門爽禅師

韶州白雲聞和尚

韶州白雲聞和尚

韶州披雲智寂禪師

韶州披雲智寂禅師

韶州淨法章和尚

韶州淨法章和尚

韶州溫門山滿禪師

韶州溫門山滿禅師

嶽州巴陵顥鑒大師

岳州巴陵顥鑑大師

連州地藏慧慈大師

連州地藏慧慈大師

英州大容諲禪師

英州大容𬤇禅師

廣州羅山崇禪師

廣州羅山崇禅師

韶州雲門寶禪師

韶州雲門寶禅師

郢州臨谿竟脫和尚

郢州臨溪竟脫和尚

廣州華嚴慧禪師

廣州華嚴慧禅師

韶州舜峰韶和尚

韶州舜峯韶和尚

隨州雙泉師寬禪師

随州雙泉師寬禅師

英州觀音和尚

英州觀音和尚

韶州林泉和尚

韶州林泉和尚

韶州雲門煦和尚

韶州雲門煦和尚

益州香林澄遠禪師(已上二十五人見錄)

益州香林澄遠禅師(已上二十五人は録に見ゆ)

行思禪師第七世中

行思禅師の第七世中

前杭州龍華寺靈照禪師法嗣

前杭州龍華寺靈照禅師の法嗣

台州瑞巖師進禪師。師上堂大眾立久。師曰。媿諸禪德已省提持。若是徇聲聽響不如歸堂向火。珍重。僧問。如何是瑞巖境。師雲。重重疊嶂南來遠。北向皇都咫尺間。僧曰。如何是境中人。師曰。萬裡白雲朝瑞嶽。微微細雨灑簾前。僧曰。未審如何親近此人。師曰。將謂闍梨親入室。元來猶隔萬重關。

台州瑞巖師進禅師。師上堂して大衆立つこと久し。師は言った。「諸禪德に愧じ已に提持を省みたり。若し是れ聲を徇い響を聽かば堂に歸りて火に向かうに如かず。珍重。」僧問うた。「如何に是れ瑞巖の境。」師は言った。「重重疊嶂南來りて遠く、北に皇都に向かう咫尺の間。」僧は言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「萬里の白雲瑞岳に朝し、微微の細雨簾前に灑ぐ。」僧は言った。「未審如何に此の人に親近せん。」師は言った。「將に謂う闍梨親に室に入る、元來猶萬重の關に隔つ。」

台州六通院志球禪師。僧問。全身佩劍時如何。師曰落。僧曰。當者如何。師曰。熏天炙地。問如何是六通境。師曰。滿目江山一任看。僧曰。如何是境中人。師曰。古今自去來。僧曰。離二途還有向上事也無。師曰有。僧曰。如何是向上事。師曰。雲水千徒與萬徒。問擁毳玄徒請師指示。師曰。紅罏不墜雁門關。僧曰。如何是紅罏不墜雁門關。師曰。青霄豈悋眾人攀。僧曰。還有不知者也無。師曰有。僧曰。如何是不知者。師曰。金牓上無名。問如何是和尚家風。師曰。萬家明月朗。問如何是第二月。師曰。山河大地。

台州六通院志球禅師。僧問うた。「全身劍を佩ぶ時如何。」師は言った。「落つ。」僧は言った。「當る者如何。」師は言った。「天を熏り地を炙る。」問うた。「如何に是れ六通の境。」師は言った。「滿目の江山一任に看よ。」僧は言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「古今自ら去來す。」僧は言った。「二途を離れて還って向上の事有るか無し。」師は言った。「有り。」僧は言った。「如何に是れ向上の事。」師は言った。「雲水千徒與に萬徒。」問うた。「毳を擁する玄徒、師の指示を請う。」師は言った。「紅爐雁門關に墮ちず。」僧は言った。「如何に是れ紅爐雁門關に墮ちず。」師は言った。「青霄豈に衆人の攀ぶを吝かにせん。」僧は言った。「還って知らざる者有るか無し。」師は言った。「有り。」僧は言った。「如何に是れ知らざる者。」師は言った。「金榜上に名無し。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「萬家の明月朗かなり。」問うた。「如何に是れ第二月。」師は言った。「山河大地。」

杭州雲龍院歸禪師。僧問。久戰沙場為什麼功名不就。師曰。過在遮邊。僧曰。還有進處也無。師曰。氷消瓦解。

杭州雲龍院歸禅師。僧問うた。「久しく沙場に戰うに為什麼功名就らざる。」師は言った。「過は此の邊に在り。」僧は言った。「還って進む處有るか無し。」師は言った。「冰消瓦解。」

杭州餘杭功臣院道閑禪師。僧問。如何是功臣家風。師曰。俗人東畔立。僧眾在西邊。問如何是學人自己。師曰。如汝與我。僧曰。恁麼即無。二去也。師曰十萬八千。

杭州餘杭功臣院道閑禅師。僧問うた。「如何に是れ功臣の家風。」師は言った。「俗人東畔に立ち、僧衆西邊に在り。」問うた。「如何に是れ學人の自己。」師は言った。「汝と我の如し。」僧は言った。「恁么ならば即ち二無き去るなり。」師は言った。「十萬八千。」

衢州鎮境遇緣禪師。僧問。眾手淘金誰是得者。師曰。谿畔披砂徒自困。家中有寶速須還。僧曰。恁麼即始終不從人得去也。師曰。饒君便有擎山力。未免肩頭有擔胝。

衢州鎭境遇緣禅師。僧問うた。「衆手金を淘するに誰是れ得者。」師は言った。「溪畔砂を披きて徒らに自ら困む、家中有る寶速に須く還るべし。」僧は言った。「恁么ならば即ち始終人より得ずして去るなり。」師は言った。「饒くば君便ち山を擎ぐる力有るとも、未だ肩頭に担胝有るを免れず。」

福州報國院照禪師。師上堂曰。我若全機汝向什麼處摸索。蓋為根器不等。便成不具慚愧。還委得麼。如今與諸仁者作箇入底門路。乃敲繩床兩下雲。還見麼。還聞麼。若見便見。若聞便聞。莫向意識裡卜度。卻成妄想顛倒無有出期。珍重。因佛塔被雷霹。有人問。祖佛塔廟為什麼卻被雷霹。師曰。通天作用。僧曰。既是通天作用。為什麼卻霹佛。師曰。作用何處見有佛。僧曰。爭奈狼藉何。師曰。見什麼。

福州報國院照禅師。師上堂して言った。「我若し全機なれば汝什麼處に向かいて摸索せん。蓋し根器等しからざるを以てす。便ち慚愧を具せずと成る。還って委し得るか。如今諸の仁者と箇の入る底の門路を作らん。」乃ち繩床を敲くこと兩下して言った。「還って見るか。還って聞くか。若し見れば便ち見、若し聞けば便ち聞け。意識裏に向かいて卜度する莫れ。却って妄想顛倒と成りて出づる期無し。珍重。」佛塔の雷に霹かるるに因り、人問う有り。「祖佛の塔廟為什麼却って雷に霹かる。」師は言った。「通天の作用。」僧は言った。「既に通天の作用、為什麼却って佛を霹く。」師は言った。「作用何の處に佛有るを見る。」僧は言った。「争柰狼藉を何せん。」師は言った。「什麼を見る。」

台州白雲迺禪師。僧問。荊山有玉非為寶。囊內真金賜一言。師曰。我家貧。僧曰。慈悲何在。師曰。空慚道者名。

台州白雲迺禅師。僧問うた。「荆山に玉有り寶と為さず、囊内の真金一言を賜え。」師は言った。「我が家貧し。」僧は言った。「慈悲何れに在る。」師は言った。「空しく道者の名に慚ず。」

前明州翠巖令傪禪師法嗣

前明州翠巖令傪禅師の法嗣

杭州龍冊寺子興明悟大師。僧問。正位中還有人成佛否。師曰。誰是眾生。僧曰。若恁麼即總成佛去也。師曰。還我正位來。僧曰。如何是正位。師曰。汝是眾生。問如何是無價珍。師曰。卞和空抱璞。僧曰。忽遇楚王還進也無。師曰。凡聖相繼續。問古人拈布毛意作麼生。師曰。闍梨舉不全。僧曰。如何舉得。師乃拈起袈裟。

杭州龍册寺子興明悟大師。僧問うた。「正位中に還って人佛と成る者有るか否。」師は言った。「誰か是れ衆生。」僧は言った。「若し恁么ならば即ち總て佛と成りて去らん。」師は言った。「我が正位を還せ。」僧は言った。「如何に是れ正位。」師は言った。「汝是れ衆生。」問うた。「如何に是れ價無き珍。」師は言った。「卞和空しく璞を抱く。」僧は言った。「忽ち楚王に遇えば還って進ぜんか無し。」師は言った。「凡聖相繼續す。」問うた。「古人布毛を拈ずるの意作么生。」師は言った。「闍梨舉ぐること全からず。」僧は言った。「如何に舉げ得る。」師乃ち袈裟を拈起す。

溫州雲山佛㠗院知默禪師(第二世住)師上堂曰。山僧如今看見諸上坐。恁麼行腳吃辛吃苦盤山涉㵎。終不為觀看州縣參尋名山聖跡。莫非為此一大事。如今且要諸人於本參中通箇消息來。雲山敢與證明。非但雲山證明。乃至禪林佛剎亦與證明。僧問。如何是佛㠗家風。師曰。送客不離三步內。邀賓只在草堂前。

溫州雲山佛㠗院知默禅師(第二世住)。師上堂して言った。「山僧如今諸の上座を看見す。恁么に行脚して辛を喫し苦を喫い、山を盤り澗を涉る。終に州縣を觀看し名山聖蹟を參尋するが為にせず、莫非れ此の一大事の為なり。如今且く諸人をして本參中に箇の消息を通じて來らしめんと要す。雲山敢えて證明を與せん。非但雲山證明す、乃至禪林佛刹も亦證明を與えん。」僧問うた。「如何に是れ佛㠗の家風。」師は言った。「客を送るに三步内を離れず、賓を邀うるに只だ草堂前に在り。」

前福州安國院弘瑫明真大師法嗣

前福州安國院弘瑫明真大師の法嗣

福州白鹿師貴禪師開堂日。有僧問。西峽一派不異馬頭。白鹿千峰何似鷄足。師曰。大眾一時驗看。問如何是白鹿家風。師曰。向汝道什麼。僧曰。恁麼即學人知時去也。師曰。知時底人合到什麼田地。僧曰。不可更喃喃地。師曰。放過即不可。問牛頭未見四祖時百鳥銜華供養。見後為什麼不來。師曰。曙色未分人盡望。及乎天曉也如常。

福州白鹿師貴禅師、堂を開く日。僧有りて��うた。「西峽の一派馬頭に異ならず。白鹿千峯鷄足に何か似たる。」師は言った。「大衆一時に驗看せよ。」問うた。「如何に是れ白鹿の家風。」師は言った。「汝に向かいて什麼を道わん。」僧は言った。「恁么ならば即ち學人時を知りて去るなり。」師は言った。「時を知る底の人何の田地に到るに合す。」僧は言った。「更に喃喃地するべからず。」師は言った。「放過すれば即ち不可なり。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時百鳥華を啣えて供養す。見し後為什麼來らざる。」師は言った。「曙色未だ分かれず人盡く望む、天の曉るに及びても亦常の如し。」

福州羅山義聰禪師。師上堂大眾立久。師曰。若有分付處。羅山即不具眼。若無分付處即勞而無功。所以維摩昔日對文殊。且道如今會也無。僧問。如何是出窟師子。師曰。什麼處不震裂。僧曰。作何音響。師曰。聾者不聞。問手指天地唯我獨尊。為什麼卻被傍者責。師曰。謂言胡鬚赤。僧曰。只如傍者有什麼長處。師曰。路見不平所以按劍。

福州羅山義聰禅師。師上堂して大衆立つこと久し。師は言った。「若し分付の處有らば羅山即ち眼を具せず。若し分付の處無ければ即ち勞して功無し。所以に維摩昔日文殊に對す。且く道え、如今會するか無し。」僧問うた。「如何に是れ窟を出づる師子。」師は言った。「什麼處にか震裂せざらん。」僧は言った。「何の音響を作す。」師は言った。「聾き者聞えず。」問うた。「手天地を指して唯我獨尊と、為什麼却って傍の者に責めらる。」師は言った。「謂い言う、鬍鬚赤しと。」僧は言った。「只だ如く傍の者什麼の長處有る。」師は言った。「路に不平を見る、所以に劍を按ず。」

福州安國院從貴禪師。僧問。禪宮大敞法眾雲臻。向上一路請師決擇。師曰。素非時流。師有時上堂示眾雲。禪之與道拈向一邊著。佛之與祖是什麼破草鞋。恁麼告報莫屈著諸人麼。若道屈著即且行腳去。若道不屈著也須合取口始得。珍重。又有時上堂曰。直是不遇梁朝安國也謾不過。珍重。僧問。請師舉唱宗乘。師曰。今日打禾明日搬柴。問牛頭未見四祖時如何。師曰。香罏對繩床。僧曰。見後如何。師曰。門扇對露柱。問如何是和尚家風。師曰。若問家風即答家風。僧曰。學人不問家風時作麼生。師曰。胡來漢去。問諸餘即不問。省要處乞師一言。師曰。還得省要麼。師下堂曰。純陀獻供。珍重。

福州安國院從貴禅師。僧問うた。「禪宮大いに敞き法衆雲臻す。向上の一路、師に決擇を請う。」師は言った。「素より時流に非ず。」師時に上堂して衆に示して言った。「禪と道とは拈じて一邊に向かい著けよ。佛と祖と是れ什麼の破草鞋ぞ。恁么に告報す、諸人を屈する莫れや。若し屈すると道えば即ち且く行脚して去れ。若し屈せざると道うも亦須く口を合して始めて得べし。珍重。」又時に上堂して言った。「直に是れ梁朝安國に遇わざるも谩りて過ぎず。珍重。」僧問うた。「師に宗乘を舉唱せんことを請う。」師は言った。「今日禾を打ち明日柴を搬る。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時如何。」師は言った。「香爐繩床に對す。」僧は言った。「見し後如何。」師は言った。「門扇露柱に對す。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「若し家風を問えば即ち家風を答う。」僧は言った。「學人家風を問わざる時作么生。」師は言った。「胡來り漢去る。」問うた。「諸餘は即ち問わず。省要の處師に一言を乞う。」師は言った。「還って省要を得たるか。」師下堂して言った。「純陀供を獻ず。珍重。」

福州怡山長慶藏用禪師。師上堂。眾集。師以扇子拋向地上曰。愚人謂金是土。智者作麼生。後生可畏。不可總守愚去也。還有麼。出來道看。時有僧出禮拜退後而立。師曰。別更作麼生。僧曰。和尚明鑒。師曰。千年桃核。問如何是伽藍。師曰。長溪莆田。僧曰。如何是伽藍中人。師曰。新羅白水。問如何是靈泉正主。師曰。南山北山。問如何是和尚家風。師曰。齋前廚蒸南白飯。午後罏煎北苑茶。問法身還受苦也無。師曰。地獄豈是天堂。僧曰。恁麼即受苦去也。師曰。有什麼罪過。

福州怡山長慶藏用禅師。師上堂す。衆集まる。師扇子を以て地に抛げ向かいて言った。「愚人は金を謂い土と為す。智者作么生。後生畏るべし。總て愚を守りて去るべからざるなり。還って會するか。出でて道い看よ。」時に僧出でて禮拜し後に退きて立つ。師は言った。「別に更に作么生。」僧は言った。「和尚明鑑。」師は言った。「千年の桃核。」問うた。「如何に是れ伽藍。」師は言った。「長溪の莆田。」僧は言った。「如何に是れ伽藍中の人。」師は言った。「新羅の白水。」問うた。「如何に是れ靈泉の正主。」師は言った。「南山北山。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「齋前に廚は南白飯を蒸し、午後に爐は北苑茶を煎ず。」問うた。「法身還って苦を受けるか無し。」師は言った。「地獄豈に是れ天堂。」僧は言った。「恁么ならば即ち苦を受けて去るなり。」師は言った。「什麼の罪過有る。」

福州永隆院彥端禪師。師上堂。大眾雲集。師從座起作舞。謂大眾曰。會麼。眾曰不會。師曰。山僧不捨道法而現凡夫事。作麼生不會。問本自圓成。為什麼卻分明晦。師曰。汝自檢責看。

福州永隆院彥端禅師。師上堂す。大衆雲集す。師座より起きて舞を作し、大衆に謂いて言った。「會するか。」衆は言った。「會せず。」師は言った。「山僧道法を捨てずして凡夫の事を現ず。作么生會せざる。」問うた。「本より自ら圓成す。為什麼却って分明晦る。」師は言った。「汝自ら檢責して看よ。」

福州林陽山瑞峰院志端禪師。福州人也。依本部南㵎寺受業。年二十四。謁明真大師。一日有僧問。如何是萬象之中獨露身。明真舉一指。其僧不薦。師於是冥契玄旨。乃入室白曰。適來那僧問話。志端今有省處。明真曰。汝見什麼道理。師亦舉一指曰。遮箇是什麼。明真甚然之。師上堂舉拂子云。曹溪用不盡底。時人喚作頭角生。山僧拈來拂蚊子。薦得乾坤陷落。問如何是西來意。師曰。木馬走似煙石人趁不及。問如何是禪。師曰。今年早去年。僧曰。如何是道。師曰。冬田半折耗。問如何是學人自己。師便與一蹋。僧作接勢。師便與一摑。僧無對。師曰。賺殺人。問如何是逈絕人煙處佛法。師曰。巔山峭峙碧芬芳。僧曰。恁麼即一真之理華野不殊。師曰。不是遮箇道理。問如何是佛法大意。師曰。竹箸一文一雙有僧夜參。師曰。阿誰僧曰。某甲。師曰。泉州沙糖舶上檳榔。僧良久。師曰。會麼。僧曰。不會。師曰。爾若會即廓清五蘊吞盡十方。師開寶元年八月內遺偈曰。

福州林陽山瑞峯院志端禅師は福州の人なり。本部南澗寺に依りて受業す。年二十四にして明真大師を謁す。一日僧有りて問うた。「如何に是れ萬象の中に獨り身を露わす。」明真一指を舉ぐ。其の僧薦らず。師是に於て冥かに玄旨に契う。乃ち室に入りて白して言った。「適來彼の僧の問話、志端今省り有る處。」明真が言った。「汝什麼の道理を見る。」師も亦一指を舉げて言った。「此の箇は是れ什麼。」明真甚だ之を然とす。師上堂して拂子を舉げて言った。「曹溪用い盡かざる底。時人喚びて頭角生と作す。山僧拈じ來りて蚊子を拂う。薦り得れば乾坤陷落す。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「木馬走ること煙の似く、石人趁い及ばず。」問うた。「如何に是れ禪。」師は言った。「今年早く去年なり。」僧は言った。「如何に是れ道。」師は言った。「冬田半折耗す。」問うた。「如何に是れ學人の自己。」師便ち一踏を與う。僧接の勢を作す。師便ち一掴を與う。僧對えず。師は言った。「人を賺し殺す。」問うた。「如何に是れ迥く人煙を絶する處の佛法。」師は言った。「巔山峭峙して碧芬芳たり。」僧は言った。「恁么���らば即ち一真の理、華野殊ならず。」師は言った。「是れ此の道理に非ず。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「竹箸一文一雙。」僧有りて夜參す。師は言った。「阿誰。」僧は言った。「某甲。」師は言った。「泉州の沙糖舶上の檳榔。」僧良久。師は言った。「會するか。」僧は言った。「會せず。」師は言った。「汝若し會すれば即ち五蘊を廓淸し十方を吞盡さん。」師開寶元年八月內に遺偈して言った。

年來二月二別汝暫相棄

年來二月二日、汝と別れ暫く相棄てん。

爇灰散四林勿占檀那地

灰を爇きて四林に散じ、檀那の地を占むる勿れ。

此偈因侍者傳於外。四眾鹹寫而記之。至明年正月二十八日。州民競入山瞻禮。師身無恙參問如常。至二月一日州主率諸官同至山偵伺經宵。院中如市。二日師齋罷上堂辭眾。時有圓應長老。出眾作禮問曰。雲愁霧慘大眾嗚呼請師一言未在告別。師垂一足。應曰法鏡不臨於此土。寶月又照於何方。師曰。非君境界。應曰。恁麼即漚生漚滅還歸水。師去師來是本常。師作噓聲。復有僧問數則語。師皆酬答然後下座。歸方丈安坐至亥時。問眾曰。世尊滅度是何時節。眾曰。二月十五日子時。師曰。吾今日子時前。言訖長往。

此の偈侍者に因りて外に傳えらる。四衆咸く寫して之を記す。明年正月二十八日に至り、州民競いで山に入りて瞻禮す。師身恙無く參問常の如し。二月一日に至り州主諸の官を率ゐて同じく山に至りて偵伺して宵を經る。院中市の如し。二日師齋罷みて上堂して衆に辭す。時に圓應長老有り、衆を出でて禮を作して問うて言った。「雲愁い霧慘たり、大衆嗚呼す。師に一言を請う、未だ告別に在らず。」師一足を垂る。應は言った。「法鏡此の土に臨まず、寶月又何の方を照らさん。」師は言った。「君の境界に非ず。」應は言った。「恁么ならば即ち漚生漚滅して還って水に歸り、師去り師來るも是れ本常なり。」師嘘の聲を作す。復た僧の數則の語を問う有り。師皆酬答して然る後に座を下る。方丈に歸りて安坐して亥時に至る。衆に問うた。「世尊の滅度は是れ何の時節。」衆は言った。「二月十五日子時。」師は言った。「吾今日子時前なり。」言訖りて長に往く。

福州興聖滿禪師。師上堂曰。覿面分付不待文宣。具眼投機喚作參玄上士。若能如此所以宗風不墜。僧問。昔日靈山會裡今朝興聖筵中。和尚親傳如何舉唱。師曰。欠汝一問。

福州興聖滿禅師。師上堂して言った。「觌面に分付して文宣を待たず。眼を具して機に投ずれば喚びて參玄の上士と作す。若し能く此くの如くならば、宗風墜ちざる所以なり。」僧問うた。「昔日靈山會裏、今朝興聖筵中。和尚親傳如何に舉唱せん。」師は言った。「汝の一問を欠く。」

福州僊宗院明禪師。師上堂曰。幸有如是門風何不烜赫地紹續取去。若也紹得不在三界。若出三界即壞三界。若在三界即礙三界。不礙不壞是出三界。是不出三界。恁麼徹去堪為佛法種子人天有賴。有僧問。拏雲不假風雷便。迅浪如何透得身。師曰。何得棄本逐末。

福州仙宗院明禅師。師上堂して言った。「幸いに是くの如き門風有り、何ぞ烜赫地に紹續して取りて去らざる。若しも紹し得れば三界に在らず。若し三界を出れば即ち三界を壞し、若し三界に在れば即ち三界を礙ぐ。礙がず壞さずは是れ三界を出ず、是れ三界を出でず。恁么に徹して去れば佛法の種子と為るに堪え、人天賴る有り。」僧有りて問うた。「雲を拏むに風雷の便を假らず、迅浪如何に身を透すことを得。」師は言った。「何ぞ本を棄てて末を逐うを得。」

福州安國院祥和尚。師上堂頃間乃失聲雲。大是無端。雖然如此事不得已。於中若有未覯者更開方便。還會麼。僧問。不涉方便乞師垂慈。師曰。汝問我答是方便。問應物現形如水中月。如何是月。師提起拂子。僧曰。古人為什麼道水月無形。師曰。見什麼。問如何是宗乘中事。師曰。淮軍散後。問如何是和尚家風。師曰。眾眼難謾。

福州安國院祥和尚。師上堂する頃間、乃ち聲を失いて言った。「大いに是れ無端なり。然りと雖も此事已むことを得ず。中に於て若し未だ觏ざる者有れば更に方便を開かん。還って會するか。」僧問うた。「方便に涉らず、師の垂慈を乞う。」師は言った。「汝問い我答う、是れ方便なり。」問うた。「物に應じて形を現ずは水中の月の如し。如何に是れ月。」師拂子を提起す。僧は言った。「古人為什麼道う、水月形無しと。」師は言った。「什麼を見る。」問うた。「如何に是れ宗乘中の事。」師は言った。「淮軍散じし後。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「衆眼谩し難し。

前漳州保福院從展禪師法嗣

前漳州保福院從展禅師の法嗣

泉州招慶院省僜淨修大師。師初參保福問答冥符。一日保福入大殿覩佛像。乃舉手問師曰。佛恁麼意作麼生。師對曰。和尚也是橫身。曰一橛我自收取。師曰。和尚非唯橫身。保福然之。後住招慶。初開堂升座少頃曰。大眾向後到處遇道伴。作麼生舉似他。若有人舉得試對眾舉看。若舉得免孤負上祖。亦免埋沒後來。古人道通心君子文外相見。還有遮箇人麼。況是曹谿門下子孫合作麼生理論。合作麼生提唱。僧問。昔日覺城東際象王迴旋。今日閩嶺南方如何提接。師曰。會麼。曰恁麼即一機啟處四句難追。未委從上宗門成得什麼邊事。師曰。退後禮拜隨眾上下。問全提不到請師商量。師曰。拊掌得麼。僧曰。恁麼即領會去也。師曰。莫錯。問如何得不傷於己不負於人。師曰。莫屈著汝遮問麼。僧曰。恁麼上來已蒙師指也。師曰。汝又屈著我作麼。問當鋒一句請師道。師曰嗄。僧再問。師曰。瞌睡漢。師問僧。離什麼處。曰報恩。師曰僧堂大小。曰和尚試道看。師曰。何不待問。問學人全身不會請師指示。師曰。還解笑得麼。師又曰。叢林先達者不敢相觸忤。若是初心後學未信直須信取。未省直須省取。不受掠虛。諸人本分去處。未有一時不顯露。未有一物解蓋覆得。如今若要知不用移絲髮地。不用少許工夫。但向博地位中承當取。豈不省心力。既能省得。便與諸佛齊肩。依而行之。緣此事是箇白淨去處。今日須得白淨身心合他。始得自然合古合今脫生離死。古人云。識心達本解無為法方號沙門。如今諸官大眾各須體取。好莫全推過師僧分上。佛法平等上至諸佛下至一切共同此事。既然如此誰有誰無。勤王之外亦須努力。適來說如許多般。蓋不得已而已。莫道從上宗門合恁麼語話。只如從上宗門合作麼生還相悉麼。若有人相悉。山僧今日得雪去也。久立大眾珍重。

泉州招慶院省僜淨修大師。師初め保福を參ずるに問答冥符す。一日保福大殿に入りて佛像を睹る。乃ち手を舉げて師に問うて言った。「佛恁么の意作么生。」師對して言った。「和尚も亦是れ身を橫たう。」言った。「一橛我自ら收取す。」師は言った。「和尚唯だ身を橫たうるに非ず。」保福之を然とす。後に招慶に住す。初めて堂を開き座に升ること少頃、言った。「大衆後に向かい處に到りて道伴に遇わば、作么生彼に舉似せん。若し人舉げ得る有らば試しに衆に對して舉げ看よ。若し舉げ得れば上祖を孤負するを免れ、亦埋没後來を免れん。古人道う、心を通ずる君子は文の外に相見ると。還って此の箇人有るか。況んや是れ曹溪門下の子孫、合作么生理論し、合作么生提唱すべき。」僧問うた。「昔日覺城東際に象王回旋す。今日閩嶺南方、如何に提接せん。」師は言った。「會するか。」言った。「恁么ならば即ち一機啓く處、四句追い難し。未委從上の宗門成し得る什麼の邊事。」師は言った。「後に退きて禮拜し、衆に隨いて上下せよ。」問うた。「全提至らず、師に商量を請う。」師は言った。「掌を拊して得るか。」僧は言った。「恁么ならば即ち領會して去るなり。」師は言った。「錯る莫れ。」問うた。「如何にして己を傷つけず人に負かざるを得。」師は言った。「汝此の問を屈する莫れや。」僧は言った。「恁么に上來已に師の指を蒙るなり。」師は言った。「汝又我を屈して什麼とする。」問うた。「鋒に當る一句、師に道わんことを請う。」師は言った。「嗄。」僧再び問う。師は言った。「瞌睡の漢。」師僧に問うた。「什麼處を離れる。」言った。「報恩。」師は言った。「僧堂の大小如何。」言った。「和尚試しに道い看よ。」師は言った。「何ぞ問を待たざる。」問うた。「學人全身會せず、師の指示を請う。」師は言った。「還って笑うを解するを得るか。」師又言った。「叢林の先達者は敢えて相觸忤せず。若し是れ初心後學、未信なれば直に須く信取すべし、未省なれば直に須く省取すべし。虚を掠るを受けず。諸人本分の去處、未だ嘗て一時顯露せざる無く、未だ一物の蓋覆し得る能く解する有らず。如今若し知らんと要せば絲髮の地を移すを用いず、少許の工夫を用いず。但だ博地の位中に向かいて承當し取れば、豈に心力を省かざらん。既能く省得せば、便ち諸佛と肩を齊くす。依りて之を行えば、此の事箇の白淨の去處なるが緣す。今日須く白淨の身心を得て他に合わしめて始めて得。自然に古に合し今に合し、生を脫し死を離る。古人說く、心を識り本に達して無為の法を解れば方に沙門と號すと。如今諸の官大衆各々須く體取すべし。好く全く師僧の分上に推し過ぐる莫れ。佛法平等、上は諸佛より下は一切に至るまで共に此の事を同じくす。既然として此くの如し、誰か有り誰か無し。勤王の外も亦須く努力すべし。適來許多般を說きしは、蓋し已むことを得ざるのみ。道う莫れ、從上宗門合に恁么の語話と。只だ如く從上宗門合に作么生還って相悉するか。若し人相悉する有れば、山僧今日雪ぐるを得て去らん。久しく立つ大衆珍重。」

漳州保福院可儔明辯大師。僧問。如何是和尚家風。師曰。雲在青天水在缾。問如何是吹毛劍。師曰。瞥落也。僧曰。還用也無師曰。莫鬼語。

漳州保福院可儔明辯大師。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「雲青天に在り、水瓶に在り。」問うた。「如何に是れ吹毛の劍。」師は言った。「瞥落せり。」僧は言った。「還って用いるか無し。」師は言った。「鬼語する莫れ。」

舒州白水海會院如新禪師。師上堂良久乃曰。禮煩即亂。僧問。從上宗乘如何舉唱。師曰。轉見孤獨。僧曰。親切處乞師一言。師曰。不得雪也聽他。問如何是迦葉頓領底事。師曰。汝若領得我即不悋。僧曰。恁麼即不煩於師去也。師曰。又須著棒爭得不煩。僧問。古人橫說竪說猶未知向上一關[槴-邑+大]子。如何是向上一關[槴-邑+大]子。師曰。賴遇孃生臂短。問如何是祖師意。師曰。要道何難。僧曰。便請師道。師曰。將謂靈利又不仙陀。問羚羊掛角時如何。師曰。恁麼來又恁麼去。僧曰。為什麼如此。師曰。只見好笑不知為什麼如此。

舒州白水海會院如新禅師。師上堂して良久にして乃ち言った。「禮煩ければ即ち亂る。」僧問うた。「從上宗乘如何に舉唱せん。」師は言った。「轉じて孤獨を見る。」僧は言った。「親切の處師に一言を乞う。」師は言った。「雪ぐるを得ず、他を聽け。」問うた。「如何に是れ迦葉頓領の底の事。」師は言った。「汝若し領し得ば我即ち吝かにせず。」僧は言った。「恁么ならば即ち師を煩わさずして去るなり。」師は言った。「又須く棒を著けん、争で煩わざるを得ん。」僧問うた。「古人横に說き竪に說くも猶未だ向上の一關棙子を知らず。如何に是れ向上の一關棙子。」(底本此の字「槴」の省なり)師は言った。「賴りて娘生の臂短なるに遇う。」問うた。「如何に是れ祖師意。」師は言った。「道わんと要せば何の難か有る。」僧は言った。「便ち師に道わんことを請う。」師は言った。「將に謂う靈利、又不仙陀。」問うた。「羚羊角に挂く時如何。」師は言った。「恁么に來りて又恁么に去る。」僧は言った。「為什麼如此。」師は言った。「只だ笑うべきを見て、為什麼如此かを知らず。」

洪州漳江慧廉禪師。師初開堂有僧問。昔日梵王請佛蓋為奉法之心。今日朱紫臨筵。未審師如何拯濟。師曰。別不施行。僧曰。為什麼不施行。師曰。什麼處去來。問師登寶座曲為今時。四眾攀瞻請師接引。師曰。什麼處屈汝。僧曰。恁麼即垂慈方便路。直下不孤人也。師曰。也須收取好。問如何是漳江境。師曰。地藏皺眉。曰如何是境中人。師曰。普賢摻袂。問如何是漳江水。師曰苦。問如何是漳江第一句。師曰。到別處不得錯舉。

洪州漳江慧廉禅師。師初めて堂を開くに僧有りて問うた。「昔日梵王佛を請いしは蓋し法を奉ずるの心を以てす。今日朱紫筵に臨む。未審師如何に拯濟せん。」師は言った。「別に施行せず。」僧は言った。「為什麼施行せざる。」師は言った。「什麼處か去り來る。」問うた。「師寶座に登りて今時を曲げて為す。四衆攀瞻す、師の接引を請う。」師は言った。「什麼處にか汝を屈する。」僧は言った。「恁么ならば即ち慈を垂れし方便の路、直下に人を孤りせず。」師は言った。「も須く收取して好し。」問うた。「如何に是れ漳江の境。」師は言った。「地藏眉を顰む。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「普賢袂を掺す。」問うた。「如何に是れ漳江の水。」師は言った。「苦。」問うた。「如何に是れ漳江の第一句。」師は言った。「別處に到りて錯りて舉ぐるを得ず。」

福州報慈院文欽禪師。問如何是諸佛境。師曰。雨來雲霧暗晴乾日月明。問如何是妙覺明心。師曰。今冬好晚稻出自秋雨成。問如何是妙覺聞心。師曰。雲生碧岫雨降青天。問如何是平常心合道。師曰。吃茶吃飯隨時過。看水看山實暢情。

福州報慈院文欽禅師。問うた。「如何に是れ諸佛の境。」師は言った。「雨來れば雲霧暗く、晴乾れば日月明なり。」問うた。「如何に是れ妙覺の明心。」師は言った。「今冬好き晚稻、秋雨より出でて成る。」問うた。「如何に是れ妙覺の聞心。」師は言った。「雲碧岫に生じ、雨青天に降る。」問うた。「如何に是れ平常心道に合す。」師は言った。「茶を喫し飯を喫して時に隨いて過ぎ、水を看て山を看れば實に情を暢ぶ。」

泉州萬安院清運資化禪師。僧問。龍溪一派晉水分燈。萬安臨筵如何指示。師曰。作麼生摺合。僧曰。未審師還許也無。師曰。更作麼生。僧曰。昔日龍谿密旨今朝萬安顯揚。人天側聆願垂開演。師曰。還聞麼。僧曰。恁麼即五眾已蒙師指的。不異城東十眼開。師曰。五眾且置仁者作麼生。問久處幽冥全身不會乞師指示。師曰。莫屈著汝問麼。曰恁麼即禮拜隨眾上下。師還許也無。師曰。靜處薩婆訶。問諸佛出世震動乾坤和尚出世未審如何。師曰。向汝恁麼道。僧曰。恁麼即不異諸聖去也。師曰。莫亂道。問如何是萬安家風。師曰。苔羹倉米飯。僧曰。忽遇上客來將何秖待。師曰。飯後三巡茶。問如何是萬安境。師曰。一塔松蘿望海清。

泉州萬安院淸運資化禅師。僧問うた。「龍溪の一派、晉水に燈を分かつ。萬安筵に臨む、如何に指示せん。」師は言った。「作么生折合せん。」僧は言った。「未審師還って許すか無し。」師は言った。「更に作么生。」僧は言った。「昔日龍溪の密旨、今朝萬安顯揚す。人天側聆す、願わくば開演を垂れん。」師は言った。「還って聞くか。」僧は言った。「恁么ならば即ち五衆已に師の指的を蒙る、城東十眼の開くるに異ならず。」師は言った。「五衆且く置け、仁者作么生。」問うた。「久しく幽冥に處りて全身會せず、師の指示を乞う。」師は言った。「汝の問を屈する莫れや。」言った。「恁么ならば即ち禮拜して衆に隨いて上下す。師還って許すか無し。」師は言った。「靜處の薩婆訶。」問うた。「諸佛世に出でて乾坤を震動す。和尚世に出づ、未審如何。」師は言った。「汝に向かいて恁么に道う。」僧は言った。「恁么ならば即ち諸聖に異ならずして去るなり。」師は言った。「亂に道う莫れ。」問うた。「如何に是れ萬安の家風。」師は言った。「苔羹に倉米の飯。」僧は言った。「忽ち上客の來るに遇えば何を將て只待せん。」師は言った。「飯後三巡の茶。」問うた。「如何に是れ萬安の境。」師は言った。「一塔松蘿、海を望みて淸し。」

漳州報恩院道熙禪師。初與保福送書往泉州王太尉處。太尉問。漳南和尚近日還為人也無。師曰。若道為人即屈著和尚。若道不為人。又屈著太尉來問。太尉曰。道取一句待鐵牛能齧草木馬解含煙。師曰。某甲藉口吃飯。太尉良久又問。驢來馬來。師曰。驢馬不同途。太尉曰。爭得到遮裡。師曰。特謝太尉領話。僧問。名言妙句即不問。請師真實。師曰。不阻來意。

漳州報恩院道熙禅師。初め保福と書を送りて泉州王太尉の處に往く。太尉問うた。「漳南の和尚近日還って人と為すか無し。」師は言った。「若し人と為すと道えば即ち和尚を屈せん。若し人と為さずと道えば、又太尉の來問を屈せん。」太尉が言った。「一句を道い取れ、鐵牛能く草木を嚙み木馬解して煙を啣むを待て。」師は言った。「某甲口を借りて飯を喫す。」太尉良久にして又問うた。「驢來り馬來り。」師は言った。「驢馬途を同じくせず。」太尉が言った。「争で此の里に到ることを得。」師は言った。「特に太尉の話を領するを謝す。」僧問うた。「名言妙句は即ち問わず、師に真實を請う。」師は言った。「來意を阻まず。」

泉州鳳凰山從琛洪忍禪師。問如何是和尚家風。師曰。門風相似即無阻矣。學人不是其人。僧曰。忽遇恁麼人時如何。師曰。不可預搔而待癢。問學人根思遲迴方便門中乞師傍瞥。師曰。傍瞥。僧曰。深領師旨安敢言乎。師曰。太多也。師有時上堂。有僧出來禮拜退後立。師曰。我不如汝。僧應諾。師曰。無人處放下著。問昔日靈山會上佛以一音演說。今日請師一音演說。師良久。僧曰。恁麼即大眾頓息疑網去也。師曰。莫塗汙大眾好。問諸佛皆以大事因緣故出現於世。未審和尚如何拯濟。師曰。大好風涼。問如何是學人自己事。師曰。暗算流年事可知。問如何是鳳凰境。師曰。雪夜觀明月。問如何是西來意。師曰。作人醜差。僧曰。為人何在。師曰。莫屈著汝麼。

泉州鳳凰山從琛洪忍禅師。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「門風相似せば即ち阻ぐる無きなり。學人是れ其の人に非ず。」僧は言った。「忽ち恁么の人に遇う時如何。」師は言った。「預め搔いて痒を待つべからず。」問うた。「學人根思遲回なり、方便門中師の傍瞥を乞う。」師は言った。「傍瞥。」僧は言った。「深く師旨を領す、安んぞ敢えて言わんや。」師は言った。「太だ多し。」師時に上堂す。僧有りて出で來りて禮拜し退きて立つ。師は言った。「我汝に如かず。」僧諾と應ず。師は言った。「人無き處に放下し著けよ。」問うた。「昔日靈山會上、佛一音を以て演說す。今日師に一音の演說を請う。」師良久。僧は言った。「恁么ならば即ち大衆頓ちに疑網を息めて去るなり。」師は言った。「大衆を塗污する好し莫れ。」問うた。「諸佛皆大事の因緣を以て故に世に出現す。未審和尚如何に拯濟せん。」師は言った。「大好風凉。」問うた。「如何に是れ學人の自己の事。」師は言った。「暗に流年を算すれば事知るべし。」問うた。「如何に是れ鳳凰の境。」師は言った。「雪夜明月を觀る。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「人を作して丑差なり。」僧は言った。「人と為るは何れに在る。」師は言った。「汝を屈する莫れや。」

福州永隆院瀛和尚明慧禪師。師上堂曰。謂言侵早起更有夜行人。似即似是即不是。珍重。問無為無事人為什麼卻是金鎖難。師曰。為斷麁纖貴重難留。曰為什麼道無為無事人逍遙實快樂。師曰。為鬧亂且要斷送。有僧參。師曰。不要得許多般數速道速道。僧無對。師有時示眾曰。日出卯用處不須生善巧。問如何進向得達本源。師曰。依而行之。

福州永隆院瀛和尚明慧禅師。師上堂して言った。「謂い言う早く起きて侵す、更に夜行の人有り。似るは即ち似る、是れは即ち是ならず。珍重。」問うた。「無為無事の人為什麼却って是れ金鎖の難。」師は言った。「粗纖を斷てば貴重留め難し。」言った。「為什麼道う、無為無事の人逍遙實に快樂と。」師は言った。「鬧亂且く斷送せんを要すれば為なり。」僧有りて參ず。師は言った。「許多般數を要せず、速に道え速に道え。」僧對えず。師時に衆に示して言った。「日卯に出づ、用の處須く善巧を生ぜざれ。」問うた。「如何に進向して本源に達することを得。」師は言った。「依りて之を行え。」

洪州清泉山守清禪師福州閩縣人也。姓林氏。出家於巖背山。悟心之後受請居清泉。玄侶臻集。問如何是佛。師曰問。僧曰。如何是祖。師曰答。僧問。和尚見古人得箇什麼便住此山。師曰。情知汝不肯。僧曰。爭知某甲不肯。師曰。鑒貌辨色。問親切處乞師一言。師曰。莫過此。問古人面壁為何事。師曰屈。曰恁麼即省心力。師曰。何處有恁麼人。問諸餘即不問。如何是向上事。師曰。消汝三拜不消汝三拜。

洪州淸泉山守淸禅師は福州閩縣の人なり。姓は林氏。巖背山にて出家す。心を悟りし後、請を受けて淸泉に居す。玄侶臻集す。問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「問え。」僧は言った。「如何に是れ祖。」師は言った。「答う。」僧問うた。「和尚古人を見て箇の什麼を得て便ち此の山に住す��。��師は言った。「情に知る、汝肯せざるを。」僧は言った。「争で知らん某甲肯せざるを。」師は言った。「貌を鑑み色を辨ず。」問うた。「親切の處師に一言を乞う。」師は言った。「此に過ぐる莫れ。」問うた。「古人の面壁何の事を為す。」師は言った。「屈。」言った。「恁么ならば即ち心力を省く。」師は言った。「何の處に恁么の人有る。」問うた。「諸餘は即ち問わず、如何に是れ向上の事。」師は言った。「汝の三拜を消し、汝の三拜を消せず。」

漳州報恩院行崇禪師。問如何是佛法大意。師曰。碓擣磨磨。問曹谿一路請師舉揚。師曰。莫屈著曹谿麼。曰恁麼即群生有賴。師曰。汝也是老鼠吃鹽。問不涉公私如何言論。師曰。吃茶去。問丹霞燒木佛意作麼生。師曰。時寒燒火向。曰翠微迎羅漢意作麼生。師曰。別是一家春。

漳州報恩院行崇禅師。問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「碓搗き磨磨き。」問うた。「曹溪の一路、師に舉揚を請う。」師は言った。「曹溪を屈する莫れや。」言った。「恁么ならば即ち群生賴る有り。」師は言った。「汝も亦是れ老鼠鹽を喫う。」問うた。「公私に涉らず如何に言論せん。」師は言った。「茶を喫して去れ。」問うた。「丹霞の木佛を燒くの意作么生。」師は言った。「時寒くして火を燒きて向かえ。」言った。「翠微の羅漢を迎うるの意作么生。」師は言った。「別に是れ一家の春。」

潭州嶽麓山和尚師上堂良久。謂眾曰。昔日毘盧今朝嶽麓珍重。問如何是聲色外句。師曰。猿啼鳥叫。問師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。五音六律。問截舌之句請師舉揚。師曰。日能熱月能涼。

潭州岳麓山和尚、師上堂して良久。衆に謂いて言った。「昔日毘盧、今朝岳麓、珍重。」問うた。「如何に是れ聲色外の句。」師は言った。「猿啼き鳥叫ぶ。」問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「五音六律。」問うた。「舌を截るの句、師に舉揚を請う。」師は言った。「日能く熱し月能く凉し。」

朗州德山德海禪師僧問。靈山一會何人得聞。師曰。闍梨得聞。曰未審靈山說箇什麼。師曰。即闍梨會。問如何是該天括地句。師曰。千界搖動。問從上宗乘以何為驗。師曰。從上且置即今作麼生驗。曰。大眾總見。師曰。話墮也。問如何是祖師西來意。師曰擘。

朗州德山德海禅師。僧問うた。「靈山の一會何人か聞くことを得。」師は言った。「闍梨聞くことを得。」言った。「未審靈山箇の什麼を說く。」師は言った。「即ち闍梨の會。」問うた。「如何に是れ天を該め地を括るの句。」師は言った。「千界搖動す。」問うた。「從上宗乘何を以て驗と為す。」師は言った。「從上且く置け、即今作么生驗す。」言った。「大衆總て見たり。」師は言った。「話墮ちたり。」問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「擘つ。」

泉州後招慶和尚。問末後一句請師商量。師曰。塵中人自老天際月常明。問如何是和尚家風。師曰。一瓶兼一缽到處是生涯。問如何是佛法大意。師曰。擾擾怱怱晨雞暮鐘。

泉州後招慶和尚。問うた。「末後の一句、師に商量を請う。」師は言った。「塵中の人自ら老ゆ、天際の月常に明なり。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「一瓶兼ねて一鉢、處に到れば是れ生涯。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「擾擾匆匆、晨鷄暮鐘。」

朗州梁山簡禪師師問新到僧。什麼處來。曰藥山來。師曰。還將得藥來麼。僧曰。和尚住山不錯。

朗州梁山簡禅師、師新到の僧に問うた。「什麼處か來る。」言った。「藥山より來り。」師は言った。「還って藥を將て得來るか。」僧は言った。「和尚山に住して錯らず。」

洪州高安縣建山澄禪師。開堂日有僧問牧長請命和尚如何舉揚宗教。師曰。還聞麼。僧曰恁麼即大眾有賴。師曰。還是不聞。問如何是法王劍。師曰。可惜許。曰如何是人王劍師曰。塵埋床下履風動架頭巾。問一代時教接引今時。未審祖宗如何示人。師曰一代時教已有人問了也。曰和尚如何示人。師曰惆悵庭前紅莧樹。年年生葉不生華。問故歲已去新歲到來。還有不受歲者無。師曰。作麼生。僧曰。恁麼即不受歲也。師曰。城上已吹新歲角。窓前猶點舊年燈。僧曰。如何是舊年燈。師曰。臘月三十日。

洪州高安縣建山澄禅師。堂を開く日、僧有りて問うた。「牧長命を請う、和尚如何に宗教を舉揚せん。」師は言った。「還って聞くか。」僧は言った。「恁么ならば即ち大衆賴る有り。」師は言った。「還って是れ聞かず。」問うた。「如何に是れ法王の劍。」師は言った。「可惜許。」言った。「如何に是れ人王の劍。」師は言った。「塵床下の履を埋み、風架頭の巾を動かす。」問うた。「一代の時教今時を接引す。未審祖宗如何に人に示す。」師は言った。「一代の時教已に人の問う有りしなり。」言った。「和尚如何に人に示す。」師は言った。「惆悵たり庭前の紅莧樹、年年葉を生じて華を生ぜず。」問うた。「故歲已に去り新歲到來す。還って歲を受けざる者有るか無し。」師は言った。「作么生。」僧は言った。「恁么ならば即ち歲を受けざるなり。」師は言った。「城上已に新歲の角を吹き、窗前猶舊年の燈を點ず。」僧は言った。「如何に是れ舊年の燈。」師は言った。「臘月三十日。」

福州康山契穩法寶大師。初開堂有僧問。威音王已後次第相承。未審師今一會法嗣何方。師曰。象骨舉手龍谿點頭。問圓明湛寂非師旨。學人因底卻不明。師曰。辨得未。僧曰。恁麼即識性無根去也。師曰。隔靴搔癢。

福州康山契穩法寶大師。初めて堂を開き、僧有りて問うた。「威音王已後次第相承す。未審師今の一會、法嗣何の方。」師は言った。「象骨手を舉げ、龍溪頭を點ず。」問うた。「圓明湛寂師の旨に非ず。學人因底にして却って明らめず。」師は言った。「辨じ得たるか未だ。」僧は言った。「恁么ならば即ち識性根無きに去るなり。」師は言った。「靴を隔てて痒を搔く。」

潭州延壽寺慧輪大師。僧問。寶劍未出匣時如何。師曰。不在外。曰出匣後如何。師曰。不在內。問如何是一色。師曰。青黃赤白。曰大好一色。師曰將謂無人也有一箇半箇。

潭州延壽寺慧輪大師。僧問うた。「寶劍未だ匣を出でざる時如何。」師は言った。「外に在らず。」言った。「匣を出でし後如何。」師は言った。「內に在らず。」問うた。「如何に是れ一色。」師は言った。「青黃赤白。」言った。「大好き一色。」師は言った。「將に謂う人無し、も一個半個有り。」

泉州西明院琛禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。竹箸瓦椀。僧曰。忽遇上客來時如何秖待。師曰。黃韲倉米飯。問如何是祖師西來意。師曰。問取露柱看。

泉州西明院琛禅師。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「竹箸瓦碗。」僧は言った。「忽ち上客の來るに遇う時如何に只待せん。」師は言った。「黃齑に倉米の飯。」問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「露柱に問い取りて看よ。」

前南嶽金輪可觀禪師法嗣

前南岳金輪可觀禅師の法嗣

後南嶽金輪和尚。僧問。如何是金輪第一句。師曰。鈍漢。問如何是金輪一隻箭。師曰。過也。曰臨機一箭誰是當者。師曰。倒也。

後南岳金輪和尚。僧問うた。「如何に是れ金輪の第一句。」師は言った。「鈍漢。」問うた。「如何に是れ金輪の一隻の箭。」師は言った。「過ぎたり。」言った。「機に臨む一箭、誰是れ當る者。」師は言った。「倒れり。」

前泉州睡龍道山溥禪師法嗣

前泉州睡龍山道溥禅師の法嗣

漳州保福院清豁禪師福州永泰人也。少而聰敏。禮鼓山興聖國師落髮稟具。初謁大章山契如庵主(有語具如庵主章出焉)後參睡龍。睡龍一日問曰。豁闍梨。見何尊宿來還悟也未。曰清豁嘗訪大章得箇信處。睡龍於是上堂集大眾召曰。請豁闍梨。出對眾燒香說悟處。老僧與汝證明。師乃拈香曰。香已拈悟即不悟。睡龍大悅而許之。上堂謂眾曰。山僧今與諸人作箇和頭。和者默然不和者說。有頃間又曰。和與不和切在如今。山僧帶些子事。珍重僧問。家貧遭劫時如何。師曰。不能盡底去。曰為什麼不盡底去。師曰。賊是家親。曰既是家親為什麼翻成家賊。師曰。內既無應外不能為。曰忽然捉敗功歸何所。師曰。賞亦未曾聞。曰恁麼即勞而無功。師曰。功即不無成而不處。曰既是成功為什麼不處。師曰。不見道。太平本是將軍致。不使將軍見太平。問如何是西來意。師曰。胡人泣漢人悲。師將順世捨眾欲入山待滅。過薴谿石橋乃遺偈言。

漳州保福院淸豁禅師は福州永泰の人なり。少にして聰敏。鼓山興聖國師に禮して落髮稟具す。初め大章山契如庵主を謁す(語有り、具に庵主章に出づ)後に睡龍を參ず。睡龍一日問うて言った。「豁闍梨、何の尊宿を見て來る、還って悟りたるか未だ。」言った。「淸豁嘗て大章を訪い箇の信の處を得たり。」睡龍是に於て上堂して大衆を集め召して言った。「豁闍梨に請う、出でて衆に對して香を燒きて悟りの處を說け。老僧汝と證明せん。」師乃ち香を拈じて言った。「香已に拈ず、悟る即ち悟らず。」睡龍大いに悅びて之を許す。上堂して衆に謂いて言った。「山僧今諸人と箇の和頭を作らん。和する者は默然とし、和せざる者は說け。」頃間有りて又言った。「和と不和、切に如今に在り。山僧些子の事を帶ぶ。珍重。」僧問うた。「家貧しくして劫に遭う時如何。」師は言った。「底を盡くして去ること能わず。」言った。「為什麼底を盡くして去らざる。」師は言った。「賊是れ家親。」言った。「既に家親、為什麼翻って家賊と成る。」師は言った。「內既に應無ければ外為すこと能わず。」言った。「忽然捉えて敗れば功何の所に歸する。」師は言った。「賞も亦未だ曾て聞かず。」言った。「恁么ならば即ち勞して功無し。」師は言った。「功即ち無しとあらず、成して處らず。」言った。「既に成功、為什麼為什麼處らざる。」師は言った。「道うを見ず、太平本是れ將軍致す、將軍をして太平を見しめずと。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「胡人泣き漢人悲しむ。」師將に世を順けんとして衆を捨てて山に入りて滅を待たんと欲す。苧溪の石橋を過ぎて乃ち偈を遺して言わく。

世人休說路行難鳥道羊腸咫尺間

世人路行の難しを說くを休めよ、鳥道羊腸咫尺の間。

珍重薴谿谿畔水汝歸滄海我歸山

珍重苧溪溪畔の水、汝滄海に歸り我山に歸る。

即往貴湖卓庵。未幾謂門人曰。吾滅後將遺骸施諸蟲螘勿置墳塔。言訖潛入湖頭山坐磐石儼然長往。弟子戒因入山尋見。稟遺命延留七日。竟無蟲螘之所侵食。遂就闍維散於林野。今泉州開元寺淨土院影堂存焉。

即ち貴湖に往きて庵を卓す。未幾にして門人に謂いて言った。「吾滅して後遺骸を諸の蟲蟻に施して墳塔を置く勿れ。」言訖りて潛かに湖頭山に入りて磐石に坐し、儼然として長に往く。弟子戒因山に入りて尋ね見る。遺命を稟けて延留すること七日、竟に蟲蟻の侵食する所無し。遂に闍維に就きて林野に散ず。今泉州開元寺淨土院に影堂存す。

前韶州雲門山文偃禪師法嗣

前韶州雲門山文偃禅師の法嗣

韶州白雲祥和尚實性大師。初住慈光院。廣主劉氏召入府說法。時有僧問。覺華才綻正遇明時。不昧宗風乞師方便。師曰。我王有令。問教意祖意同別。師曰。不別。曰恁麼即同也。師曰。不妨領話。問諸佛未出世普遍大千白雲一會如何。師曰。賺卻幾人來。曰恁麼即四眾何依。師曰。勿交涉。問即心即佛示誨之辭。不涉前言如何指教。師曰。東西且置南北作麼生。問如何是和尚家風。師曰。石橋那畔有遮邊無會麼。僧曰。不會。師曰。且作丁公吟。問衣到六祖為什麼不傳。師曰。海晏河清。問如何是和尚接人一路。師曰。來朝更獻楚王看。問從上宗乘如何舉揚。師曰。今日未吃茶。師上堂謂眾曰。諸人會麼。但街頭市尾屠兒魁膾地獄鑊湯處會取。若恁麼會堪與人為師為匠。若向衲僧門下天地懸殊。更有一般底。只向長連床上作好人去。汝道此兩般人那箇有長處。無事珍重。師問僧。什麼處來。曰云門來。師曰。裡許有多少水牛。曰一箇兩箇。師曰。好水牛。師問僧。不壞假名而譚實相作麼生。僧曰。遮箇是椅子。師以手撥雲。將鞋袋來。僧無對(雲門和尚聞之乃雲。須是他始得)師將示滅白眾曰。某甲雖提祖印未盡其中。諸仁者且道其中事作麼生。莫是無邊中間內外已否。如是會解即大地如鋪沙去。此即他方相見。言訖告寂。

韶州白雲祥和尚實性大師。初め慈光院に住す。廣主劉氏召して府に入れて法を說かしむ。時に僧問うた。「覺華纔に綻びて正に明時に遇う。宗風を昧えず、師の方便を乞う。」師は言った。「我が王令有り。」問うた。「教意と祖意、同じきか別か。」師は言った。「別ならず。」言った。「恁么ならば即ち同じきなり。」師は言った。「妨げず話を領す。」問うた。「諸佛未だ世に出でざるも普く大千に遍し、白雲の一會如何。」師は言った。「幾人を賺し却して來る。」言った。「恁么ならば即ち四衆何に依る。」師は言った。「交涉する勿れ。」問うた。「即心即佛は示誨の辭。前言に涉らず如何に指教せん。」師は言った。「東西且く置け、南北作么生。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「石橋の彼畔には有り、此の邊には無し、會するか。」僧は言った。「會せず。」師は言った。「且く丁公吟を作せ。」問うた。「衣六祖に到りて為什麼傳えざる。」師は言った。「海晏に河淸し。」問うた。「如何に是れ和尚の人を接する一路。」師は言った。「來朝更に楚王に獻じて看せん。」問うた。「從上宗乘如何に舉揚せん。」師は言った。「今日未だ茶を喫せず。」師上堂して衆に謂いて言った。「諸人會するか。但だ街頭市尾の屠兒魁膾地獄の鑊湯の處にて會取せよ。若し恁么に會せば堪えて人の師匠と為るべし。若し衲僧門下に向かわば天地懸殊なり。更に一般の底有りて、只だ長連床上に向かいて好き人を作して去る。汝道え、此の兩般の人那個か長處有る。無事にして珍重。」師僧に問うた。「什麼處か來る。」言った。「雲門より來り。」師は言った。「里許に水牛幾多有る。」言った。「一個兩個。」師は言った。「好き水牛。」師僧に問うた。「假名を壞さずして實相を談ず、作么生。」僧は言った。「此の箇は是れ椅子。」師手を以て撥して言った。「鞋袋を將て來れ。」僧對えず(雲門和尚之を聞きて乃ち言った。「須く是れ他にして始めて得べし」)師將に滅を示さんとして衆に白して言った。「某甲祖印を提すと雖も其の中を盡さず。諸の仁者且く道え、其の中の事作么生。莫れ無邊中間内外已否。是くの如く會解すれば即ち大地沙を鋪くが如くして去れ。此即ち他方に相見ん。」言訖りて寂を告ぐ。

朗州德山第九世緣密圓明大師。師上堂示眾曰。僧堂前事時人知有。佛殿後事作麼生。師又曰。德山有三句語。一句函蓋乾坤。一句隨波逐浪。一句截斷眾流。時有僧問。如何是透法身句。師曰。三尺杖子攪黃河。問百華未發時如何。師曰。黃河水渾流。曰發後如何。師曰幡竿頭指天。問不犯辭鋒時如何。師曰。天台南嶽。曰便恁麼去如何。師曰。江西湖南。問佛未出世時如何。師曰。河裡盡是木頭船。曰出世後如何。師曰。遮頭蹋著那頭軒。問己事未明如何辨得。師曰。須彌山頂上。曰直恁麼去如何。師曰。腳下水淺深。問達磨未來時如何。師曰。千年松倒掛。曰來後如何。師曰。金剛努起拳。問師未出世時如何。師曰。佛殿正南開。曰師出世後如何。師曰。白雲山上起。曰出與未出還分不分。師曰。靜處薩婆訶。問如何是和尚家風。師曰。南山起雲北山下雨。問如何是應用之機。師喝。僧曰。只遮箇為復別有。師乃打之。問大用現前不存軌則時如何。師曰。黑地打破甕。僧退步。師乃打。問佛未出世時如何。師曰。猢猻繫露柱。曰出世後如何。師曰。猢猻入布袋。問文殊與維摩對談何事。師曰。並汝三人無繩自縛。問如何是佛。師曰。滿目荒榛。曰學人不會。師曰。勞而無功。問盡大地致一問不得時如何。師曰。話墮也。曰大眾總見。師便打。

朗州德山第九世緣密圓明大師。師上堂して衆に示して言った。「僧堂前の事、時人有るを知る。佛殿後の事作么生。」師又言った。「德山に三句の語有り。一句乾坤を函蓋す。一句波に隨い浪を逐う。一句衆流を截斷す。」時に僧問うた。「如何に是れ法身を透すの句。」師は言った。「三尺の杖子黄河を攪く。」問うた。「百華未だ發せざる時如何。」師は言った。「黄河の水渾流す。」言った。「發し後如何。」師は言った。「幡竿頭天を指す。」問うた。「辭鋒を犯さざる時如何。」師は言った。「天臺南岳。」言った。「便ち恁么に去らば如何。」師は言った。「江西湖南。」問うた。「佛未だ世に出でざる時如何。」師は言った。「河里盡く是れ木頭の船。」言った。「世に出でし後如何。」師は言った。「此の頭踏みて彼の頭軒なり。」問うた。「己事未だ明らめず、如何に辨じ得る。」師は言った。「須彌山頂上。」言った。「直に恁么に去らば如何。」師は言った。「脚下の水淺深。」問うた。「達磨未だ來らざる時如何。」師は言った。「千年の松倒懸す。」言った。「來し後如何。」師は言った。「金剛拳を努起す。」問うた。「師未だ世に出でざる時如何。」師は言った。「佛殿正南開く。」言った。「師世に出でし後如何。」師は言った。「白雲山上に起つ。」言った。「出でたると未出と還って分かつか分かたざるか。」師は言った。「靜處の薩婆訶。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「南山雲起り北山雨下る。」問うた。「如何に是れ應用の機。」師喝す。僧は言った。「只だ此の箇、為に復た別に有るか。」師乃ち之を打つ。問うた。「大用現前して軌則を存せざる時如何。」師は言った。「黑地に甕を打破す。」僧步を退く。師乃ち打つ。問うた。「佛未だ世に出でざる時如何。」師は言った。「猢猻露柱に繫ぐ。」言った。「世に出でし後如何。」師は言った。「猢猻布袋に入る。」問うた。「文殊と維摩と對談する什麼の事。」師は言った。「汝三人と并びて繩無くして自ら縛る。」問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「滿目の荒榛。」言った。「學人會せず。」師は言った。「勞して功無し。」問うた。「盡大地一問を致して得ざる時如何。」師は言った。「話墮ちたり。」言った。「大衆總て見たり。」師便ち打つ。

潭州水西南臺道遵和尚法雲大師。師上堂謂眾曰。從上宗乘合作麼生提綱。合作麼生言論。將佛法兩字當得麼。真如解脫當得麼。雖然如是細不通風大通車馬。若約理化門中。一言啟口震動乾坤。山河大地海晏河清。三世諸佛說法現前。若也分明。古佛殿前同登彼岸。無事珍重。問如何是西來意。師曰。下坡不走。問牛頭未見四祖時如何。師曰。著衣吃飯。曰見後如何。師曰。缽盂壁上掛。問如何是真如含一切。師曰。分明。曰為什麼有利鈍。師曰。四天打鼓樓上擊鐘。問如何是南臺境。師雲。金剛手指天。問如何是色空。師曰。道士著真紅。問十二時中時時不離如何。師曰諦。

潭州水西南臺道遵和尚法雲大師。師上堂して衆に謂いて言った。「從上宗乘合作么生提綱し、合作么生言論すべき。佛法の兩字を將て當ることを得るか。真如解脫當ることを得るか。然りと雖も是くの如く、細は風を通さず大は車馬を通ず。若し理化門中に約せば、一言口を啓けば乾坤を震動し、山河大地海晏に河淸し。三世の諸佛說法現前す。若しも分明なれば、古佛殿前に同じく彼岸に登らん。無事にして珍重。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「坡を下りて走らず。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時如何。」師は言った。「衣を著け飯を喫す。」言った。「見し後如何。」師は言った。「鉢盂壁上に挂く。」問うた。「如何に是れ真如の一切を含む。」師は言った。「分明。」言った。「為什麼利鈍有る。」師は言った。「四天鼓を打ち樓上鐘を擊つ。」問うた。「如何に是れ南臺の境。」師は言った。「金剛手天を指す。」問うた。「如何に是れ色空。」師は言った。「道士真紅を著く。」問うた。「十二時中時時離れざるは如何。」師は言った。「諦。」

韶州雙峰山興福院竟欽和尚。慧真廣悟禪師益州人也。受業於峨眉洞溪山黑水寺。觀方慕道。預雲門法席密承指喻。乃開山創院漸成叢林。開堂日雲門和尚躬臨證明。僧問。如何是佛法大意。師曰。日出方知天下朗。無油那點佛前燈。問如何是雙峰境。師曰。夜聽水流庵後竹。晝看雲起面前山。問如何是法王劍。師曰。鉛刀徒逞不若龍泉。曰用者如何。師曰。藏鋒猶不許。露刃更何堪。問賓頭盧應供四天下還得遍也無。師曰。如月入水。問如何是用而不雜。師曰。明月堂前垂玉露。水精殿裡撒真珠。有行者問。某甲遇賊來時。若殺即違佛教不殺又違王勅。未審師意如何。師曰。官不容針私通車馬。廣主劉氏嘗親問法要。至太平興國二年三月戒門人曰。吾不久去世。汝可就本山頂預修墳塔。至五月二十三日工畢。師曰。後日子時行矣。及期會雲門爽和尚溫門舜峰長老等七人夜話。侍者報三更。師索香焚之合掌而逝。

韶州雙峯山興福院竟欽和尚。慧真廣悟禅師は益州の人なり。峨眉洞溪山黑水寺に於て受業す。方を觀て道を慕う。雲門の法席に預りて密かに指喻を承く。乃ち山を開き院を創りて漸く叢林と成す。開堂の日雲門和尚躬ら臨みて證明す。僧問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「日出でて方に天下朗なるを知る、油無ければ那で佛前の燈を點ぜん。」問うた。「如何に是れ雙峯の境。」師は言った。「夜��庵後の竹の水流を聽き、晝に面前の山の雲起を看る。」問うた。「如何に是れ法王の劍。」師は言った。「鉛刀徒らに逞しゅうするも龍泉に若かず。」言った。「用いる者如何。」師は言った。「鋒を藏するも猶許さず、刃を露わすは更に何の堪えん。」問うた。「賓頭盧四天下の供に應ず、還って遍きを得るか無し。」師は言った。「月の水に入るが如し。」問うた。「如何に是れ用いて雜らざる。」師は言った。「明月堂前に玉露を垂れ、水精殿裏に真珠を撒く。」行者有りて問うた。「某甲賊の來るに遇う時、若し殺せば即ち佛教に違い、殺さざれば又王敕に違う。未審師の意如何。」師は言った。「官針を容れず私車馬を通ず。」廣主劉氏嘗て親しく法要を問う。太平興國二年三月に至り、門人に戒めて言った。「吾久しからず世を去らん。汝本の山頂に就りて預め墳塔を修むべし。」五月二十三日に至り工畢る。師は言った。「後日子時に行かん。」期に及び雲門爽和尚温門舜峯長老等七人と會して夜話す。侍者三更を報ず。師香を索めて之を焚き合掌して逝く。

韶州資福和尚。僧問。不問宗乘請師心印。師曰。不答遮箇話。曰為什麼不答。師曰。不副前言。問覿面難逢處。如何顧險夷。乞師垂半偈。免使後人疑。師曰。鋒前一句超調御。擬問如何歷劫違。曰恁麼即東山西嶺時人知有。未審資福庭前誰家風月。師曰。領取前話。

韶州資福和尚。僧問うた。「宗乘を問わず、師に心印を請う。」師は言った。「此の箇の話に答えず。」言った。「為什麼答えざる。」師は言った。「前言に副わず。」問うた。「觌面逢い難き處、如何に險夷を顧みん。師に半偈を垂れんを乞う、後人をして疑わしめざらんことを免れん。」師は言った。「鋒前の一句調御を超ゆ、擬して如何と問えば劫を歷りて違う。」言った。「恁么ならば即ち東山西嶺時人有るを知る。未審資福庭前誰が家の風月。」師は言った。「前の話を領取せよ。」

廣州新會黃雲元禪師。初開堂以手拊繩床雲。諸人還識廣大須彌之座也無。若不識看老僧乃升座。問如何是大漢國境。師曰。歌謠滿路。問教雲。龍披一縷金翅不吞。和尚三事全披如何。師曰。還免得麼。師上堂拈古人語云。觸目未曾無臨機何不道。又云。觸目未曾無臨機道什麼。

廣州新會黃雲元禅師。初めて堂を開き、手を以て繩床を拊して言った。「諸人還って廣大須彌の座を識るか無し。若し識らざれば老僧を看よ。」乃ち座に升る。問うた。「如何に是れ大漢國の境。」師は言った。「歌謠路に滿つ。」問うた。「教に說く、龍一縷を披けば金翅吞まずと。和尚三事全く披くは如何。」師は言った。「還って免るるを得るか。」師上堂して古人の語を拈じて言った。「觸目未だ嘗て無く、機に臨みて何ぞ道わざる。」又言った。「觸目未だ嘗て無く、機に臨みて什麼を道う。」

廣州義寧龍境倫禪師。初開堂提起拂子曰。還會麼。若會即頭上更增頭。若不會即斷頭取活。問如何是大漢國境。師曰。亂走作麼。曰恰是雨下天晴。師便打。問如何是龍境水。師曰。腥臊臭穢。曰飲者如何。師曰。七通八達。問如何是龍境家風。師曰。蟲狼虎豹。問如何是佛。師曰。勤耕田。曰學人不會。師曰。早收禾。師問僧。什麼處來。曰黃雲來。師曰。作麼生是黃雲郎當媚痴抹躂為人一句。僧無對。師上堂問眾曰。作麼生是長連床上取性一句道將來。眾無對。

廣州義寧龍境倫禅師。初めて堂を開き拂子を提起して言った。「還って會するか。若し會すれば即ち頭上更に頭を增し、若し會せざれば即ち頭を斷して活を取れ。」問うた。「如何に是れ大漢國の境。」師は言った。「亂走して什麼とする。」言った。「恰も是れ雨下りて天晴る。」師便ち打つ。問うた。「如何に是れ龍境の水。」師は言った。「腥臊臭穢。」言った。「飮む者如何。」師は言った。「七通八達。」問うた。「如何に是れ龍境の家風。」師は言った。「虫狼虎豹。」問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「勤めて田を耕せ。」言った。「學人會せず。」師は言った。「早く禾を收めよ。」師僧に問うた。「什麼處か來る。」言った。「黃雲より來り。」師は言った。「作么生是れ黃雲の郎當媚癡抹跶と人と為る一句。」僧對えず。師上堂して衆に問うて言った。「作么生是れ長連床上の取性の一句、道い將來れ。」衆對えず。

韶州雲門山爽和尚。師上堂僧問。如何是佛。師曰。聖躬萬歲。問如何是透法身句。師曰。銀香臺上生蘿蔔。

韶州雲門山爽和尚。師上堂し僧問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「聖躬萬歲。」問うた。「如何に是れ法身を透すの句。」師は言った。「銀の香臺上に蘿蔔を生ず。」

韶州白雲聞和尚。師上堂良久。僧出曰。白雲一路全因今日。師曰。不是不是。僧曰。和尚如何。師曰。白雲一路草深一丈。問學人擬申一問。未審師還答也無。師曰。皂莢樹頭懸。風吹曲不成。問受施主供養將何報答。師曰。作牛作馬。

韶州白雲聞和尚。師上堂して良久。僧出でて言った。「白雲の一路、全く今日に因る。」師は言った。「不是不是。」僧は言った。「和尚如何。」師は言った。「白雲の一路、草深きこと一丈。」問うた。「學人擬して一問を申さんとす。未審師還って答えるか無し。」師は言った。「皁莢の樹頭に懸く、風吹けば曲成らず。」問うた。「施主の供養を受けて何を將て報答せん。」師は言った。「牛と作り馬と作る。」

韶州披雲智寂禪師。僧問。如何是披雲境。師曰。白日沒閑人。問以字不成八字不是。未審是什麼字。師說偈答曰。

韶州披雲智寂禅師。僧問うた。「如何に是れ披雲の境。」師は言った。「白日閑人無し。」問うた。「以字成らず八字是ならず。未審是れ什麼の字。」師偈を說きて答う。

以字不是八不成森羅萬象此中明

以字是ならず八も成らず、森羅萬象此の中に明らかなり。

直饒巧說千般妙不是謳阿不是經

直饒巧みに千般の妙を說くとも、是れ謳阿に非ず是れ經に非ず。

韶州淨法章和尚禪想大師。廣主劉氏問。如何是禪師。師乃良久。廣主罔測。因署其號。僧問。日月重明時如何。師曰。日月雖明不鑒覆盆之下。問既是金山為什麼鑿石。師曰。金山鑿石。問如何是道。師曰。去去迢迢十萬餘。

韶州淨法章和尚禪想大師。廣主劉氏問うた。「如何に是れ禪師。」師乃ち良久。廣主罔くして測る。因りて其の號を署す。僧問うた。「日月重ねて明らかなる時如何。」師は言った。「日月明なりと雖も覆盆の下を鑑みず。」問うた。「既に金山、為什麼石を鑿つ。」師は言った。「金山石を鑿つ。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「去去迢迢十萬餘。

韶州溫門山滿禪師。僧問。如何是佛。師曰。胸題卍字。曰如何是祖。師曰。不遊西土有人見壁上畫。問既是千尺松為什麼卻在屋下。師曰。芥子納須彌作麼生。問隔牆見角便知是牛如何。師便打。師與一老宿在國門坐。老宿曰。紫衣師號又得也。更要箇什麼。師曰。要國師。老宿曰。佛尚不作豈況國師。師乃笑曰。長老。僧問。如何是和尚家風。師曰。汝曾讀書麼。僧問。太子初生為什麼不識父母。師曰。逈然尊貴。

韶州溫門山滿禅師。僧問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「胸に卍の字を題す。」言った。「如何に是れ祖。」師は言った。「西土に游ばず。」人壁の上の畫を見る有り。問うた。「既に千尺の松、為什麼却って屋の下に在る。」師は言った。「芥子須彌を納る、作么生。」問うた。「牆を隔てて角を見れば便ち牛と知るは如何。」師便ち打つ。師一の老宿と國門に在りて坐す。老宿言った。「紫衣師号又るを得たり。更に箇の什麼を要する。」師は言った。「國師を要す。」老宿言った。「佛尚作らず、豈に況んや國師。」師乃ち笑いて言った。「長老。」僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「汝曾て書を讀むか。」僧問うた。「太子初めて生るるに為什麼父母を識らざる。」師は言った。「迥然として尊貴。」

嶽州巴陵新開顥鑒大師初在雲門。雲門舉。雪峰和尚雲。開卻門達磨來也。問師意作麼生。師曰。築著和尚鼻孔。雲門曰。修羅王發業打須彌山一摑。𨁝跳上梵天報帝釋。爾為什麼卻去日本國裡藏身。師曰。莫恁麼心行好。雲門曰。汝道築著又作麼生。師住。後僧問。祖意教意是同是別。師曰。雞寒上樹鴨寒入水。僧問。三乘十二分教即不疑。如何是宗門中事。師曰。不是衲僧分上事。曰如何是衲僧分上事。師曰。貪觀白浪失卻手橈。師將拂子遺人。人問曰。本來清淨用拂子作什麼。師曰。既知清淨莫忘卻(梁山別雲。也須拂卻)。

岳州巴陵新開顥鑑大師、初め雲門に在り。雲門舉ぐ、雪峯和尚說く、「門を開き卻れば達磨來たれり」と。師に意作么生を問う。師は言った。「和尚の鼻孔を築き著け。」雲門が言った。「修羅王業を發して須彌山を打つこと一掴、跳びて梵天に上りて帝釋に報ず。汝為什麼却って日本國裏に往きて身を藏す。」(底本此の字は「𨁝」と作す)師は言った。「恁么に心行する好し莫れ。」雲門が言った。「汝道え、築き著けとは又作么生。」師住す。後に僧問うた。「祖意と教意は是れ同か是れ別か。」師は言った。「鷄寒ければ樹に上り、鴨寒ければ水に入る。」僧問うた。「三乘十二分教は即ち疑わず。如何に是れ宗門中の事。」師は言った。「是れ衲僧分上の事に非ず。」言った。「如何に是れ衲僧分上の事。」師は言った。「白浪を觀るに貪りて手橈を失し卻る。」師拂子を將て人に遺る。人問うて言った。「本來淸淨、拂子を用いて什麼を作す。」師は言った。「既に淸淨を知る、忘卻する莫れ。」(梁山別に說く。「も須く拂い卻るべし」)

連州地藏院慧慈明識大師。僧問。既是地藏院為什麼塑熾盛光佛。師曰。過在什麼處。問如何是地藏境。師曰。無人不遊。

連州地藏院慧慈明識大師。僧問うた。「既に地藏院、為什麼熾盛光佛を塑る。」師は言った。「過は什麼處に在る。」問うた。「如何に是れ地藏の境。」師は言った。「人游ばざる無し。

英州大容諲禪師。師上堂僧問。天賜六銖披掛後。將何報答我皇恩。師曰。來披三事衲。歸掛六銖衣。問如何是大容水。師曰。還我一滴來。問當來彌勒下生時如何。師曰。慈氏宮中三春草。問如何是真空。師曰。拈卻拒陽。曰如何是妙用。師乃握拳。僧曰。真空妙用相去幾何。師以手撥之。問長蛇偃月即不問。匹馬單槍時如何。師曰。麻江橋下會麼。曰不會。師曰。聖壽寺前。問既是大容為什麼趁出僧。師曰。大海不容塵。小豁多搕(鳥合切)𢶍(私盍切)問如何是古佛一路。師指地。僧曰。不問遮箇。師曰去。師與一老宿相期去別處。尋卻因事不去。老宿曰。佛無二言。師曰。法無一向。

英州大容𬤇禅師。師上堂し僧問うた。「天賜の六銖披挂し後、何を將て我が皇恩に報答せん。」師は言った。「來りて三事の衲を披き、歸りて六銖の衣を挂け。」問うた。「如何に是れ大容の水。」師は言った。「我に一滴を還せ。」問うた。「當來彌勒下生の時如何。」師は言った。「慈氏宮中三春の草。」問うた。「如何に是れ真空。」師は言った。「拒陽を拈卻せよ。」言った。「如何に是れ妙用。」師乃ち拳を握る。僧は言った。「真空妙用相去ること幾何。」師手を以て之を撥す。問うた。「長蛇偃月は即ち問わず。匹馬單槍の時如何。」師は言った。「麻江の橋下、會するか。」言った。「會せず。」師は言った。「聖壽寺前。」問うた。「既に大容、為什麼僧を趁い出づ。」師は言った。「大海塵を容れず。小豁多く搕𢶍す。」(搕は鳥合切、𢶍は私盍切)問うた。「如何に是れ古佛の一路。」師地を指す。僧は言った。「此の箇を問わず。」師は言った。「去れ。」師一の老宿と相期して別處に去らんとす。尋いで卻って事の為に行かず。老宿言った。「佛二言無し。」師は言った。「法一向無し。」

廣州羅山崇禪師。僧問。如何是大漢國境。師曰玉狗吠時天未曉。金雞啼後五更初。問丹霞訪居士女子不攜籃時如何。師曰。也要到遮裡一轉。問如何是羅山境。師曰。布水千尋。

廣州羅山崇禅師。僧問うた。「如何に是れ大漢國の境。」師は言った。「玉狗吠ゆる時天未だ曉ならず、金鷄啼きし後五更の初め。」問うた。「丹霞居士を訪い女子籃を携えざる時如何。」師は言った。「も此の里に到りて一轉せんを要す。」問うた。「如何に是れ羅山の境。」師は言った。「布水千尋。」

韶州雲門寶和尚。師上堂示眾曰。至道無難唯嫌揀擇。還有揀擇麼珍重。

韶州雲門寶和尚。師上堂して衆に示して言った。「至道難し無し、唯だ揀擇を嫌う。還って揀擇有るか、珍重。」

郢州臨谿竟脫和尚。僧問。如何是透法身句。師曰。明眼人笑汝。問如何是法身。師曰。四海五湖賓。問如何是本來人。師曰。風吹滿面塵。問牛頭未見四祖時如何。師曰。富有多賓客。曰見後如何。師曰。貧窮絕往還。問如何是佛。師曰。十字路頭。曰如何是法。師曰。三家村裡。曰佛之與法是一是二。師曰。露柱渡三江。猶懷感恨長。問如何是無縫塔。師曰。復州城。曰如何是塔中人。師曰。龍興寺。

郢州臨溪竟脫和尚。僧問うた。「如何に是れ法身を透すの句。」師は言った。「明眼の人汝を笑う。」問うた。「如何に是れ法身。」師は言った。「四海五湖の賓。」問うた。「如何に是れ本來の人。」師は言った。「風吹きて塵面に滿つ。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時如何。」師は言った。「富にして賓客多し。」言った。「見し後如何。」師は言った。「貧窮にして往還を絕つ。」問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「十字路頭。」言った。「如何に是れ法。」師は言った。「三家の裏。」言った。「佛與法は是れ一か是れ二か。」師は言った。「露柱三江を渡る、猶感恨の長きを懷く。」問うた。「如何に是れ無縫の塔。」師は言った。「復州城。」言った。「如何に是れ塔中の人。」師は言った。「龍興寺。」

廣州華嚴慧禪師。僧問。承古人有言。妄心無處即菩提。正當妄時還有菩提也無。師曰。來音已照。僧曰。不會。師曰。妄心無處即菩提。

廣州華嚴慧禅師。僧問うた。「古人に言有るを承く、妄心處無ければ即ち菩提。正に妄の時、還って菩提有るか無し。」師は言った。「來音已に照らさる。」僧は言った。「會せず。」師は言った。「妄心處無ければ即ち菩提。」

韶州舜峰韶和尚。初問雲門和尚。寶月為什麼於此分輝。雲門曰。千光同照。師曰。謝和尚指示。雲門曰。見什麼。僧正入師方丈乃曰。方丈得恁麼黑。師曰。老鼠窟。僧正曰。放貓兒入好。師曰。試放看。僧正無對。師拊掌笑。師與老宿渡江次。師取錢與渡子。老宿曰。囊中若有青銅片。師揖曰。長老莫笑。

韶州舜峯韶和尚。初め雲門和尚に問うた。「寶月為什麼此に於て輝を分かつ。」雲門が言った。「千の光同じく照らす。」師は言った。「和尚の指示を謝す。」雲門が言った。「什麼を見る。」僧正師の方丈に入りて乃ち言った。「方丈得たり恁么に黑を。」師は言った。「老鼠の窟。」僧正言った。「猫兒を放ち入れれば好し。」師は言った。「試しに放ちて看よ。」僧正對えず。師掌を拊して笑う。師老宿と江を渡る次。師錢を取りて渡子に與う。老宿言った。「囊中若し青銅片有らば。」師揖して言った。「長老笑う莫れ。」

隋州雙泉山師寬明教大師。師上堂舉拂子曰。遮箇接中下之人。時有僧問。上上人來如何。師曰。打鼓為三軍。問向上宗乘如何舉唱。師曰。不敢。曰恁麼即含生有望。師曰。腳下水深淺。問凡有言句盡落有無。不落有無如何。師曰。東弗於代。曰遮箇猶落有無。師曰。支過雪山西。僧問洞山。如何是佛。洞山雲。麻三斤。師聞之乃曰。向南有竹向北有木。師後住智門。僧問。不可以智知不可以識識時如何。師曰。不入遮箇野狐群隊。問如何是定。師曰。鰕蟇跳不出鬥。曰如何出得去。師曰。南山起雲北山下雨。問北斗裡藏身意旨如何。師曰。雞寒上樹鴨寒入水。問竪起杖子意旨如何。師曰。一葉落知天下秋。師後終於智門。

隋州雙泉山師寬明教大師。師上堂して拂子を舉げて言った。「此の箇は中下の人を接す。」時に僧問うた。「上上の人來らば如何。」師は言った。「鼓を打ちて三軍と為す。」問うた。「向上宗乘如何に舉唱せん。」師は言った。「敢えず。」言った。「恁么ならば即ち含生望有り。」師は言った。「脚下の水淺深。」問うた。「凡そ言句有れば盡く有無に落つ。有無に落ちざれば如何。」師は言った。「東弗于代。」言った。「此の箇猶有無に落つ。」師は言った。「雪山の西に支過す。」僧洞山に問うた。「如何に是れ佛。」洞山が言った。「麻三斤。」師之を聞きて乃ち言った。「南に向かえば竹有り北に向かえば木有り。」師後に智門に住す。僧問うた。「智を以て知るべからず識を以て識るべからざる時如何。」師は言った。「此の箇の野狐の群隊に入らず。」問うた。「如何に是れ定。」師は言った。「蝦蟆跳べど斗を出でず。」言った。「如何に出でて去ることを得。」師は言った。「南山雲起り北山雨下る。」問うた。「北斗裏に身を藏すの意旨如何。」師は言った。「鷄寒ければ樹に上り、鴨寒ければ水に入る。」問うた。「杖子を竪起するの意旨如何。」師は言った。「一葉落ちれば天下の秋を知る。」師後に智門に終わる。

英州觀音和尚因穿井。僧問。井深多少。師曰。沒汝鼻孔。問牛頭未見四祖時如何。師曰。英州觀音。曰見後如何。師曰。英州觀音。問如何是觀音妙智力。師曰。風射破窓。

英州觀音和尚、井を穿つに因り、僧問うた。「井の深きこと幾多。」師は言った。「汝の鼻孔を沒せ。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時如何。」師は言った。「英州觀音。」言った。「見し後如何。」師は言った。「英州觀音。」問うた。「如何に是れ觀音の妙智力。」師は言った。「風破窗を射る。」

韶州林泉和尚。僧問。如何是林泉主。師曰。巖下白石。曰如何是林泉家風。師曰。迎賓待客。問如何是道。師曰。迢迢。曰學人便領會時如何。師曰。久久忘緣者。寧懷去住情。

韶州林泉和尚。僧問うた。「如何に是れ林泉の主。」師は言った。「岩下の白石。」言った。「如何に是れ林泉の家風。」師は言った。「賓を迎え客を待つ。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「迢迢たり。」言った。「學人便ち領會する時如何。」師は言った。「久久縁を忘ずる者、寧んぞ去住の情を懷かん。」

韶州雲門煦和尚。僧問。如何是祖師西來意。師曰。今是什麼意。僧曰。恰是。師乃喝去。

韶州雲門煦和尚。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「今是れ什麼の意。」僧は言った。「恰も是れ。」師乃ち喝して去らしむ。

益州青城香林院澄遠禪師。初住西川導江縣迎祥寺天王院(時謂水精宮)僧問。美味醍醐為什麼變成毒藥。師曰。導江紙。問見色便見心時如何。師曰。適來什麼處去來。曰心境俱亡時如何。師曰。開眼坐睡。師後住青城香林。僧問。北斗裡藏身意如何。師曰。月似彎弓少雨多風。問如何是諸佛心。師曰。清即始終清。曰如何領會。師曰。莫受人謾好。問如何是祖師西來意。師曰。蹋步者誰。問如何是和尚妙藥。師曰。不離眾味。曰吃者如何。師曰。𠯗啗看。問如何是室內一燈。師曰。三人證龜成鼈。問如何是衲衣下事。師曰。臘月火燒山。問大眾雲集請師施設。師曰。三不待兩。問如何是學人時中事。師曰。恰恰。問如何是玄。師曰。今日來明日去。曰如何是玄中玄。師曰。長連床上。問如何是香林一脈泉。師曰。念無間斷。曰飲者如何。師曰。隨方鬥秤。問如何是衲僧正眼。師曰。不分別。曰照用事如何。師曰。行路人失腳。問萬機俱泯跡方識本來人時如何。師曰。清機自顯。曰恁麼即不別人。師曰。方見本來人。問魚遊陸地時如何。師曰。發言必有後救。僧曰。卻下碧潭時如何。師曰。頭重尾輕。問但有言句盡是賓。如何是主。師曰。長安城裡。曰如何領會。師曰。千家萬戶。

益州青城香林院澄遠禅師。初め西川導江縣迎祥寺天王院に住す(時に水精宮と謂う)。僧問うた。「美味の醍醐為什麼毒藥と變成する。」師は言った。「導江の紙。」問うた。「色を見れば便ち心を見る時如何。」師は言った。「適來什麼處か去り來る。」言った。「心境俱に亡ぶ時如何。」師は言った。「眼を開きて坐睡す。」師後に青城香林に住す。僧問うた。「北斗裏に身を藏すの意如何。」師は言った。「月彎弓に似て雨少なく風多し。」問うた。「如何に是れ諸佛の心。」師は言った。「淸ければ即ち始終淸。」言った。「如何に領會せん。」師は言った。「人の谩を受ける好し莫れ。」問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「步を踏む者是れ誰。」問うた。「如何に是れ和尚の妙藥。��師は言った。「衆味を離れず。」言った。「喫する者如何。」師は言った。「看に啖め。」(底本此の字は「𠯗啗」と作す)問うた。「如何に是れ室内の一燈。」師は言った。「三人龜を證して鱉と成す。」問うた。「如何に是れ衲衣下の事。」師は言った。「臘月山を燒く火。」問うた。「大衆雲集す、師に設施を請う。」師は言った。「三は兩を待たず。」問うた。「如何に是れ學人の時中の事。」師は言った。「恰恰。」問うた。「如何に是れ玄。」師は言った。「今日來り明日去る。」言った。「如何に是れ玄中の玄。」師は言った。「長連床上。」問うた。「如何に是れ香林の一脉の泉。」師は言った。「念間斷無し。」言った。「飮む者如何。」師は言った。「方に隨いて斗秤す。」問うた。「如何に是れ衲僧の正眼。」師は言った。「分別せず。」言った。「用を照するの事如何。」師は言った。「行路の人脚を失す。」問うた。「萬機俱に迹を泯めて方に本來の人を識る時如何。」師は言った。「淸機自ら顯る。」言った。「恁么ならば即ち人を別かず。」師は言った。「方に本來の人を見ん。」問うた。「魚陸地に游ぶ時如何。」師は言った。「言を發せば必ず後に救い有り。」僧は言った。「卻って碧潭に下る時如何。」師は言った。「頭重く尾輕し。」問うた。「但だ言句有れば盡く是れ賓。如何に是れ主。」師は言った。「長安城裏。」言った。「如何に領會せん。」師は言った。「千家萬戶。」

景徳伝燈録巻第二十二

景徳伝燈録巻第二十三

吉州青原山行思禪師第七世下

吉州青原山行思禅師の第七世下

韶州雲門山文偃禪師法嗣下三十六人南嶽般若啟柔禪師

韶州雲門山文偃禅師の法嗣下三十六人 ― 南岳般若啓柔禅師

筠州黃檗法濟禪師

筠州黃檗法濟禅師

襄州洞山守初大師

襄州洞山守初大師

信州康國耀和尚

信州康國耀和尚

潭州谷山豐禪師

潭州谷山豐禅師

頴州羅漢匡果禪師

潁州羅漢匡果禅師

朗州滄谿璘和尚

朗州滄溪璘和尚

筠州洞山清稟禪師

筠州洞山淸稟禅師

蘄州北禪寂和尚

蘄州北禪寂和尚

洪州泐潭道謙禪師

洪州泐潭道謙禅師

廬州南天王永平禪師

廬州南天王永平禅師

湖南永安朗禪師

湖南永安朗禅師

湖南潭明和尚

湖南潭明和尚

金陵清涼明禪師

金陵淸凉明禅師

金陵奉先深禪師

金陵奉先深禅師

西川青城乘和尚

西川青城乘和尚

潞府妙勝臻禪師

潞府妙勝臻禅師

興元普通封和尚

興元普通封和尚

韶州燈峰和尚

韶州燈峯和尚

韶州大梵圓和尚

韶州大梵圓和尚

澧州藥山圓光禪師

澧州藥山圓光禅師

信州鵝湖雲震禪師

信州鵝湖雲震禅師

廬山開先清耀禪師

廬山開先淸耀禅師

襄州奉國清海禪師

襄州奉國淸海禅師

韶州慈光和尚

韶州慈光和尚

潭州保安師密禪師(已上二十六人見錄)

潭州保安師密禅師(已上二十六人は録に見ゆ)

洪州雲居山融禪師

洪州雲居山融禅師

衡州大聖寺守賢禪師

衡州大聖寺守賢禅師

廬州北天王徽禪師

廬州北天王徽禅師

郢州芭蕉山弘義禪師

郢州芭蕉山弘義禅師

眉州福化院光禪師

眉州福化院光禅師

廬州東天王廣慈禪師

廬州東天王廣慈禅師

信州西禪欽禪師

信州西禪欽禅師

江州慶雲真禪師

江州慶雲真禅師

筠州洞山凜禪師

筠州洞山凛禅師

韶州雙峰慧真大師(已上十人無機緣語句不錄)

韶州雙峯慧真大師(已上十人は機縁の語句無く録せず)

隨州雙泉山永禪師法嗣一人廣州大通和尚(一人無機緣語句不錄)

随州雙泉山永禅師の法嗣一人 ― 廣州大通和尚(一人機縁の語句無く録せず)

台州瑞巖師彥禪師法嗣二人南嶽橫龍和尚

台州瑞巖師彥禅師の法嗣二人 ― 南岳橫龍和尚

溫州瑞峰院神祿禪師(已上二人見錄)

溫州瑞峯院神祿禅師(已上二人は録に見ゆ)

懷州玄泉彥禪師法嗣五人鄂州黃龍誨機大師

懷州玄泉彥禅師の法嗣五人 ― 鄂州黃龍誨機大師

洛京柏谷和尚

洛京柏谷和尚

池州和龍和尚

池州和龍和尚

懷州玄泉第二世和尚

懷州玄泉第二世和尚

潞府妙勝玄密禪師(已上五人見錄)

潞府妙勝玄密禅師(已上五人は録に見ゆ)

福州羅山道閑禪師法嗣十九人洪州大寧隱微禪師

福州羅山道閑禅師の法嗣十九人 ― 洪州大寧隱微禅師

婺州明招德謙禪師

婺州明招德謙禅師

衡州華光範禪師

衡州華光范禅師

福州羅山紹孜禪師

福州羅山紹孜禅師

西川慧禪師

西川慧禅師

建州白雲令弇禪師

建州白雲令弇禅師

虔州天竺義證禪師

虔州天竺義證禅師

吉州清平惟曠禪師

吉州淸平惟曠禅師

婺州金柱義昭和尚

婺州金柱義昭和尚

潭州谷山和尚

潭州谷山和尚

湖南道吾山從盛禪師

湖南道吾山從盛禅師

福州羅山義因禪師

福州羅山義因禅師

灌州靈巖和尚

灌州靈巖和尚

吉州匡山和尚

吉州匡山和尚

福州興聖重滿禪師

福州興聖重滿禅師

潭州寶應清進禪師(已上十六人見錄)

潭州寶應淸進禅師(已上十六人は録に見ゆ)

漢州綿竹縣延慧禪師

漢州綿竹縣延慧禅師

潭州龍會山鑒禪師

潭州龍會山鑑禅師

安州穆禪師(已上三人無機緣語句不錄)

安州穆禅師(已上三人は機縁の語句無く録せず)

安州白兆山志圓禪師法嗣十三人朗州大龍山智洪禪師

安州白兆山志圓禅師の法嗣十三人 ― 朗州大龍山智洪禅師

襄州白馬山行靄禪師

襄州白馬山行靄禅師

郢州大陽山行沖禪師

郢州大陽山行沖禅師

安州白兆山懷楚禪師

安州白兆山懷楚禅師

蘄州四祖山清皎禪師

蘄州四祖山淸皎禅師

蘄州三角山志操禪師

蘄州三角山志操禅師

晉州興教師普禪師

晉州興教師普禅師

蘄州三角山真鑒禪師(已上八人見錄)

蘄州三角山真鑑禅師(已上八人は録に見ゆ)

郢州興陽山和尚

郢州興陽山和尚

郴州東禪玄偕禪師

郴州東禪玄偕禅師

新羅國慧雲禪師

新羅國慧雲禅師

安州慧日院玄諤禪師

安州慧日院玄諤禅師

京兆大秦寺彥賓禪師(已上五人無機緣語句不錄)

京兆大秦寺彥賓禅師(已上五人は機縁の語句無く録せず)

潭州藤霞和尚法嗣二人澧州藥山第七世和尚(一人見錄)

潭州藤霞和尚の法嗣二人 ― 澧州藥山第七世和尚(一人録に見ゆ)

潭州雲蓋山和尚(一人無機緣語句不錄)

潭州雲蓋山和尚(一人機縁の語句無く録せず)

洪州鳳樓山同安常察禪師法嗣一人袁州仰山良供禪師(一人無機緣語句不錄)

洪州鳳樓山同安常察禅師の法嗣一人 ― 袁州仰山良供禅師(一人機縁の語句無く録せず)

吉州禾山無殷禪師法嗣五人廬山永安慧度禪師

吉州禾山無殷禅師の法嗣五人 ― 廬山永安慧度禅師

撫州曹山義崇禪師

撫州曹山義崇禅師

吉州禾山契雲禪師

吉州禾山契雲禅師

漳州保福和尚

漳州保福和尚

洪州翠嚴師陰禪師(已上五人無機緣語句不錄)

洪州翠巖師陰禅師(已上五人は機縁の語句無く録せず)

潭州雲蓋山景和尚法嗣三人衡嶽南臺藏禪師

潭州雲蓋山景和尚の法嗣三人 ― 衡岳南臺藏禅師

幽州潭柘水從實禪師

幽州潭柘水從實禅師

潭州雲蓋山證覺禪師(三人見錄)

潭州雲蓋山證覺禅師(三人録に見ゆ)

廬山歸寂寺澹權禪師法嗣二人鄂州黃龍蘊和尚

廬山歸寂寺澹權禅師の法嗣二人 ― 鄂州黃龍蘊和尚

壽州泊山和尚(已上二人無機緣語句不錄)

壽州泊山和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

廬山歸宗懷惲禪師法嗣二人歸宗第四世弘章禪師(一人見錄)

廬山歸宗懷惲禅師の法嗣二人 ― 歸宗第四世弘章禅師(一人録に見ゆ)

歸宗寺巖密禪師(一人無機緣語句不錄)

歸宗寺巖密禅師(一人機縁の語句無く録せず)

池州嵆山章禪師法嗣一人隋州雙泉山道虔禪師(一人見錄)

池州嵇山章禅師の法嗣一人 ― 隋州雙泉山道虔禅師(一人録に見ゆ)

洪州雲居山懷嶽禪師法嗣五人揚州風化院令崇禪師

洪州雲居山懷岳禅師の法嗣五人 ― 揚州風化院令崇禅師

澧州藥山忠彥禪師

澧州藥山忠彥禅師

梓州龍泉和尚(已上三人見錄)

梓州龍泉和尚(已上三人は録に見ゆ)

雲居山住緣和尚

雲居山住緣和尚

雲居山住滿和尚(已上二人無機緣語句不錄)

雲居山住滿和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

撫州荷玉山光慧禪師法嗣一人荷玉山福禪師(一人無機緣語句不錄)

撫州荷玉山光慧禅師の法嗣一人 ― 荷玉山福禅師(一人機縁の語句無く録せず)

筠州洞山道延禪師法嗣二人筠州上藍慶禪師(一人見錄)

筠州洞山道延禅師の法嗣二人 ― 筠州上藍慶禅師(一人録に見ゆ)

洞山敏禪師第五世(一人無機緣語句不錄)

洞山敏禅師第五世(一人機縁の語句無く録せず)

撫州金峰從志大師法嗣二人洪州大寧神降禪師

撫州金峯從志大師の法嗣二人 ― 洪州大寧神降禅師

澧州藥山彥禪師(已上二人無機緣語句不錄)

澧州藥山彥禅師(已上二人は機縁の語句無く録せず)

襄州鹿門山處真禪師法嗣六人益州崇真和尚

襄州鹿門山處真禅師の法嗣六人 ― 益州崇真和尚

鹿門山第二世譚和尚

鹿門山第二世譚和尚

襄州谷隱智靜大師

襄州谷隱智靜大師

廬山佛手巖行因禪師(已上四人見錄)

廬山佛手巖行因禅師(已上四人は録に見ゆ)

襄州靈谿山明禪師

襄州靈溪山明禅師

洪州大安寺真上坐(已上二人無機緣語句不錄)

洪州大安寺真上座(已上二人は機縁の語句無く録せず)

撫州曹山慧霞禪師法嗣三人嘉州東汀和尚(一人見錄)

撫州曹山慧霞禅師の法嗣三人 ― 嘉州東汀和尚(一人録に見ゆ)

雄州華嚴正慧大師

雄州華嚴正慧大師

泉州招慶院堅上座(已上二人無機緣語句不錄)

泉州招慶院堅上座(已上二人は機縁の語句無く録せず)

華州草菴法義禪師法嗣一人泉州龜洋慧忠禪師(一人見錄)

華州草庵法義禅師の法嗣一人 ― 泉州龜洋慧忠禅師(一人録に見ゆ)

潭州報慈藏嶼禪師法嗣一人益州聖興寺存和尚(一人無機緣語句不錄)

潭州報慈藏嶼禅師の法嗣一人 ― 益州聖興寺存和尚(一人機縁の語句無く録せず)

襄州含珠山審哲禪師法嗣六人洋州龍穴山和尚

襄州含珠山審哲禅師の法嗣六人 ― 洋州龍穴山和尚

唐州大乘山和尚

唐州大乘山和尚

襄州延慶歸曉大師

襄州延慶歸曉大師

襄州含珠山真和尚(已上四人見錄)

襄州含珠山真和尚(已上四人は録に見ゆ)

含珠山璋禪師

含珠山璋禅師

第二世含珠山偃和尚(已上二人無機緣語句不錄)

第二世含珠山偃和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

鳳翔府紫陵匡一大師法嗣三人幷州廣福道隱禪師

鳳翔府紫陵匡一大師の法嗣三人 ― 并州廣福道隱禅師

紫陵第二世微禪師

紫陵第二世微禅師

興元府大浪和尚(已上三人見錄)

興元府大浪和尚(已上三人は録に見ゆ)

洪州同安威禪師法嗣二人陳州石鏡和尚(一人見錄)

洪州同安威禅師の法嗣二人 ― 陳州石鏡和尚(一人録に見ゆ)

中同安志和尚(一人無機緣語句不錄)

中同安志和尚(一人機縁の語句無く録せず)

襄州石門山獻禪師法嗣一人石門山第二世慧徹禪師(一人見錄)

襄州石門山獻禅師の法嗣一人 ― 石門山第二世慧徹禅師(一人録に見ゆ)

襄州廣德義和尚法嗣三人襄州廣德第二世延和尚(一人見錄)

襄州廣德義和尚の法嗣三人 ― 襄州廣德第二世延和尚(一人録に見ゆ)

荊州上泉和尚

荊州上泉和尚

廣德周和尚(已上二人無機緣語句不錄)

廣德周和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

京兆香城和尚法嗣一人鄧州羅紋和尚(一人無機緣語句不錄)

京兆香城和尚の法嗣一人 ― 鄧州羅紋和尚(一人機縁の語句無く録せず)

杭州瑞龍院幼璋禪師法嗣一人西川德言禪師(一人無機緣語句不錄)

杭州瑞龍院幼璋禅師の法嗣一人 ― 西川德言禅師(一人機縁の語句無く録せず)

隋州護國守澄禪師法嗣八人隋州智門守欽大師

隋州護國守澄禅師の法嗣八人 ― 隋州智門守欽大師

護國第二世知遠大師

護國第二世知遠大師

安州大安山能和尚

安州大安山能和尚

頴州薦福院思禪師

潁州薦福院思禅師

潭州延壽和尚

潭州延壽和尚

護國第三世志朗大師(已上六人見錄)

護國第三世志朗大師(已上六人は録に見ゆ)

舒州香鑪峰瓊和尚

舒州香爐峯瓊和尚

京兆盤龍山滿和尚(已上二人無機緣語句不錄)

京兆盤龍山滿和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

洛京靈泉歸仁禪師法嗣二人襄州石門寺遵和尚

洛京靈泉歸仁禅師の法嗣二人 ― 襄州石門寺遵和尚

郢州大陽山堅和尚(已上二人無機緣語句不錄)

郢州太陽山堅和尚(已上二人は機縁の語句無く録せず)

京兆永安院善靜禪師法嗣一人大明山和尚(一人無機緣語句不錄)

京兆永安院善靜禅師の法嗣一人 ― 大明山和尚(一人機縁の語句無く録せず)

蘄州烏牙山彥賓禪師法嗣三人安州大安山興古禪師

蘄州烏牙山彥賓禅師の法嗣三人 ― 安州大安山興古禅師

蘄州烏牙山行朗禪師(已上二人見錄)

蘄州烏牙山行朗禅師(已上二人は録に見ゆ)

虢州廬山常禪師(一人無機緣語句不錄)

虢州廬山常禅師(一人機縁の語句無く録せず)

鳳翔府青峰和尚法嗣七人西川靈龕和尚

鳳翔府青峯和尚の法嗣七人 ― 西川靈龕和尚

京兆紫閣山端己禪師

京兆紫閣山端己禅師

房州開山懷畫禪師

房州開山懷畫禅師

幽州傳法和尚

幽州傳法和尚

益州淨眾歸信禪師

益州淨衆歸信禅師

青峰第二世清免禪師(已上六人見錄)

青峯第二世淸免禅師(已上六人は録に見ゆ)

鳳翔府長平山滿禪師(一人無機緣語句不錄)

鳳翔府長平山滿禅師(一人機縁の語句無く録せず)

洋州大巖白和尚法師一人卭州碧雲和尚(一人無機緣語句不錄)

洋州大岩白和尚の法嗣一人 ― 邛州碧雲和尚(一人機縁の語句無く録せず)

吉州青原山行思禪師第七世下

吉州青原山行思禅師の第七世下

韶州雲門山文偃禪師法嗣

韶州雲門山文偃禅師の法嗣

南嶽般若寺啟柔禪師。僧問西天以臘人為驗。此土如何。師曰。新羅人草鞋。問如何是千聖同歸底道理。師曰。未達苦空境無人不歎嗟。師上堂。聞三下板聲大眾始集。師因示一偈曰。

南岳般若寺啓柔禅師。僧問うた。「西天は臘人を以て驗と為す。此の土は如何。」師は言った。「新羅人の草鞋。」問うた。「如何に是れ千聖同歸の底の道理。」師は言った。「未だ苦空の境に達せざれば人歎嗟せざる無し。」師上堂す。三下の板聲を聞きて大衆始めて集まる。師因りて一偈を示して言った。

妙哉三下板諸德盡來參

妙なるかな三下の板、諸德盡く來りて參ず。

既善分時節今吾不再三

既に時節を分かつこと善し、今吾再びして三ならじ。

師次住荊南延壽。後住京兆廣教院示滅。

師次いで荊南延壽に住す。後に京兆廣教院に住し示滅す。

筠州黃檗山法濟禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。與天下人作膀樣。師上堂示眾曰。空生大覺中如海一漚發。各各當人無事。又上堂良久曰。若識得黃檗帳子平生行腳事畢。珍重。

筠州黃檗山法濟禅師。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「天下の人と榜樣を作す。」(底本は「膀樣」と作す)師上堂して衆に示して言った。「空大覺中に生ずは海の一漚の發すが如し。各各當人事無し。」又上堂して良久にして言った。「若し黃檗の帳子を識り得ば平生行脚の事畢んぬ。珍重。」

襄州洞山守初崇慧大師。初參雲門。雲門問。近離什麼處。師曰。楂渡。門曰。夏在甚處。師曰。湖南報慈。曰甚時離彼。師曰。八月二十五。門曰。放汝三頓棒。師至明日卻上問訊。曰昨日蒙和尚放三頓棒。不知過在什麼處。門曰。飯袋子。江西湖南便與麼師於言下大悟。遂雲從今已去。向十字街頭。不畜一粒米。不種一莖菜。接待十方往來一箇箇。教伊拈卻膱脂帽子脫卻鶻臭布衫。教伊灑灑落落地作箇明眼衲僧。豈不快哉。雲門雲。飯袋子。身如椰子大。開得許大口。師住後僧問。迢迢一路時如何。師曰。天晴不肯去直待雨淋頭。曰諸聖作麼生。師曰。入泥入水。問心未生時法在什麼處。師曰。風吹荷葉動決定有魚行。問師登師子座請師唱道情。師曰。晴乾開水道無事設曹司。曰恁麼即謝師指示。師曰。賣鞋老婆腳䟐趚(上郎擊切。下七跡切)。問如何是三寶。師曰。商量不下。問如何是無縫塔師曰。十字街頭石師子。問如何是免得生死底法。師曰。見之不取思之三年。問離卻心機意識請師一句。師曰。道士著黃甕裡坐。問非時親覲請師一句。師曰。到處怎生舉。曰據現定舉。師曰。放汝三十棒。曰過在什麼處。師曰。罪不重科。問蓮華未出水時如何。師曰。楚山頭倒卓。曰出水後如何。師曰。漢水正東流。問如何是吹毛劍。師曰。金州客尼。問車住牛不住時如何。師曰。用駕車漢作麼。問如何是衲僧分上事。師曰。雲裡楚山頭決定多風雨。問海竭人亡時如何。師曰。難得。曰便恁麼去時如何。師曰。雲在青天水在缾。問有無雙泯權實兩忘究竟如何。師曰。楚山頭倒卓。曰還許學人領會也無。師曰。也有方便。曰請師方便。師曰。千里萬裡。問牛頭未見四祖時如何。師曰。榔栗木拄杖。曰見後如何。師曰。竇八布衫。問如何是佛。師曰。灼然諦當。問萬緣俱息意旨如何。師曰。甕裡石人賣棗團。

襄州洞山守初崇慧大師。初め雲門を參ず。雲門問うた。「近く什麼處を離る。」師は言った。「楂渡。」門が言った。「夏は甚處に在り。」師は言った。「湖南報慈。」言った。「甚時彼を離れし。」師は言った。「八月二十五。」門が言った。「汝に三頓の棒を放つ。」師明日に至りて卻って上りて問訊す。言った。「昨日和尚の三頓の棒を放ちしを蒙る。過は什麼處に在るを知らず。」門が言った。「飯袋子。江西湖南便ち与么。」師言下に於て大いに悟る。遂に言った。「今より已去、十字街頭に向かい、一粒の米をも畜せず一莖の菜をも種えず、十方往來の一個一個を接待し、伊をして膩脂の帽子を拈卻し鶻臭の布衫を脫卻せしめ、伊をして灑灑落落として箇の明眼の衲僧と作らしめん。豈に快ならざらんや。」雲門が言った。「飯袋子。身椰子の大なるが如し、許大の口を開き得たり。」師��して後、僧問うた。「迢迢たる一路の時如何。」師は言った。「天晴れば去るを肯じず、直ちに雨の頭を淋るを待つ。」言った。「諸聖作么生。」師は言った。「泥に入り水に入る。」問うた。「心未だ生だ生ぜざる時法は什麼處に在る。」師は言った。「風吹きて荷葉動けば決定魚の行く有り。」問うた。「師師子座に登りて道情を唱えんことを請う。」師は言った。「晴乾て水道を開き、事無きに曹司を設く。」言った。「恁么ならば即ち師の指示を謝す。」師は言った。「鞋を賣る老婆の脚䟐趚。」(上は郎擊切、下は七迹切)問うた。「如何に是れ三寶。」師は言った。「商量下らず。」問うた。「如何に是れ無縫の塔。」師は言った。「十字街頭の石師子。」問うた。「如何に是れ生死を免るるの底の法。」師は言った。「之を見て取らず、之を思うこと三年。」問うた。「心機意識を離卻し、師に一句を請う。」師は言った。「道士黃きを著て甕裏に坐す。」問うた。「時に非ずして親覲す、師に一句を請う。」師は言った。「處に到りて怎生舉げん。」言った。「現定に據りて舉ぐ。」師は言った。「汝に三十棒を放つ。」言った。「過は什麼處に在る。」師は言った。「罪重ねて科せず。」問うた。「蓮華未だ水を出でざる時如何。」師は言った。「楚山頭倒卓す。」言った。「水を出でし後如何。」師は言った。「漢水正しく東流す。」問うた。「如何に是れ吹毛劍。」師は言った。「金州の客尼。」問うた。「車住み牛住まざる時如何。」師は言った。「車を駕する漢を用いて什麼とする。」問うた。「如何に是れ衲僧分上の事。」師は言った。「雲裏の楚山頭、決定して風雨多し。」問うた。「海竭れ人亡ぶ時如何。」師は言った。「得難し。」言った。「便ち恁么に去る時如何。」師は言った。「雲青天に在り、水瓶に在り。」問うた。「有無雙く泯め權實兩く忘る、究竟如何。」師は言った。「楚山頭倒卓す。」言った。「還って學人の領會を許すか無し。」師は言った。「も方便有り。」言った。「師に方便を請う。」師は言った。「千里萬里。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時如何。」師は言った。「榔栗木の拄杖。」言った。「見し後如何。」師は言った。「竇八の布衫。」問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「灼然として諦當。」問うた。「萬緣俱に息むの意旨如何。」師は言った。「甕裏の石人棗團を賣る。」

問如何是洞山劍。師曰。作麼。僧曰。學人要知。師曰。罪過。問乾坤休著意宇宙不留心。學人只恁麼。師又作麼生。師曰。峴山亭起霧灘峻不留船問大眾雲臻。請師撮其樞要略舉大綱。師曰。水上浮漚呈五色。海底蝦蟇叫月明。問正當恁麼時文殊普賢在什麼處。師曰。長者八十一其樹不生耳。曰意旨如何。師曰。一則不成二則不是。

問うた。「如何に是れ洞山の劍。」師は言った。「作么。」僧は言った。「學人知らんを要す。」師は言った。「罪過。」問うた。「乾坤意を着くを休め宇宙心を留めず。學人只だ恁么、師又作么生。」師は言った。「峴山亭に霧起り、灘峻しくして船を留めず。」問うた。「大衆雲臻す。師に其の樞要を撮りて大綱を略舉せんことを請う。」師は言った。「水上の浮漚五色を呈し、海底の蝦蟆月明を叫ぶ。」問うた。「正に恁么の時文殊普賢は什麼處に在る。」師は言った。「長者八十一、其の樹耳を生ぜず。」言った。「意旨如何。」師は言った。「一なれば成らず二なれば是ならず。」

信州康國耀和尚。僧問。文殊與維摩對譚何事。師曰。汝向髑髏後會始得。曰古人道。髑髏裡薦取又如何。師曰。汝還薦得麼。曰恁麼即遠人得遇於師去也。師曰。莫謾語好。

信州康國耀和尚。僧問うた。「文殊と維摩と對談する什麼の事。」師は言った。「汝髑髏の後に向かいて會して始めて得。」言った。「古人道う、髑髏裏に薦り取るは又如何。」師は言った。「汝還って薦るを得るか。」言った。「恁么ならば即ち遠人師に遇うを得て去るなり。」師は言った。「語を谩する好し莫れ。」

潭州谷山豐禪師(亦住興元府普通院)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。雪嶺梅華綻雲洞老僧驚。師上堂示眾曰。駿馬機前異遊人肘後懸。既參雲外客試為老僧看。才有僧出。師便打雲。何不早出頭來。

潭州谷山豐禅師(亦興元府普通院に住す)。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「雪嶺の梅花綻び、雲洞の老僧驚く。」師上堂して衆に示して言った。「駿馬機前に異なり、游人肘後に懸く。既に雲外の客を參ず、試しに老僧に為め看よ。」纔に僧出づる有り。師便ち打ちて言った。「何ぞ早く頭を出でざる。」

頴州羅漢匡界禪師僧問。如何是吹毛劍。師曰了。問和尚百年後。忽有人。問和尚向什麼處去。如何醻對。師曰。久後遇作家分明舉似曰誰是知音者。師曰。知音者即不恁麼問。問如何是羅漢境。師曰。松檜古貌。問鑿壁偷光時如何。師曰錯。曰爭奈苦志專心。師曰。錯錯。

潁州羅漢匡界禅師。僧問うた。「如何に是れ吹毛劍。」師は言った。「了。」問うた。「和尚百年の後、忽ち人有りて和尚什麼處に向かいて去ると問わば、如何に酬對せん。」師は言った。「久後作家に遇わば分明に舉似せよ。」言った。「誰是れ知音の者。」師は言った。「知音の者は即ち恁么に問わず。」問うた。「如何に是れ羅漢の境。」師は言った。「松檜の古貌。」問うた。「壁を鑿きて光を偸む時如何。」師は言った。「錯。」言った。「争柰苦志專心。」師は言った。「錯錯。」

朗州滄谿璘和尚。僧問。如何是滄谿境。師曰。面前水正東流。問如何是滄谿家風。師曰。入來便見。問是法住法位世間相常住。雲門和尚向什麼處去也。師曰。見麼。曰錯。師曰錯錯。問如何是西來意。師曰。不錯。師因事有頌曰。

朗州滄溪璘和尚。僧問うた。「如何に是れ滄溪の境。」師は言った。「面前の水正しく東流す。」問うた。「如何に是れ滄溪の家風。」師は言った。「入り來れば便ち見えん。」問うた。「是れ法法位に住し世間相常に住す。雲門和尚は什麼處に向かいて去るなり。」師は言った。「見るか。」言った。「錯。」師は言った。「錯錯。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「錯らず。」師事に因りて頌有りて言った。

天地指前徑時人莫彊移

天地前の徑を指す、時の人強いて移す莫れ。

箇中生解會眉上更安眉

箇中���會を生ずれば、眉上更に眉を安ず。

筠州洞山普利院第八世住清稟禪師泉州仙遊人也。姓李氏。幼禮中峰院鴻謐為師。年十六福州太平寺受戒。初詣南嶽參惟勁頭陀未染指。及抵韶陽禮祖塔迴造雲門。雲門問曰。今日離什麼處。曰慧林。雲門舉拄杖曰。慧林大師恁麼去。汝見麼。曰深領此問。雲門顧左右微笑而已。師自此入室印悟。乃之金陵。國主李氏請居光睦。未幾復命入澄心堂。集諸方語要。經十稔迎住洞山。開堂日維那白槌曰。法筵龍象象當觀第一義師曰。也好消息。只恐汝錯會。僧問。雲門一曲師親唱。今日新豐事若何。師曰。也要道卻。

筠州洞山普利院第八世住淸稟禅師は泉州仙遊の人なり。姓は李氏。幼にして中峯院鴻謐に禮して師と為す。年十六、福州太平寺にて戒を受く。初め南岳に詣りて惟勁頭陀を參ずれど未だ指を染めず。韶陽に抵りて祖塔に禮して回りて雲門に造る。雲門問うて言った。「今日什麼處を離る。」言った。「慧林。」雲門拄杖を舉げて言った。「慧林大師恁么に去る、汝見るか。」言った。「深く此の問を領す。」雲門左右を顧みて微笑するのみ。師此より室に入りて悟りを印す。乃ち金陵に之く。國主李氏請うて光睦に居らしむ。未幾にして復た命じて澄心堂に入る。諸方の語要を集む。十稔を經て迎えて洞山に住せしむ。開堂の日維那槌を白して言った。「法筵の龍象の衆、當に第一義を觀るべし。」(底本「象」の字を重ねる)師は言った。「も好き消息。只だ恐らくは汝錯りて會せん。」僧問うた。「雲門の一曲師親に唱う。今日新豐の事若何。」師は言った。「も道い卻せんを要す。」

蘄州北禪寂和尚悟通大師。師問僧。什麼處來。曰黃州來。師曰。在什麼院。曰資福。師曰。福將何資。曰兩重公案師曰爭奈在北禪手裡何。曰在手裡即收取。師便打。

蘄州北禪寂和尚悟通大師。師僧に問うた。「什麼處か來る。」言った。「黃州より來り。」師は言った。「什麼の院に在る。」言った。「資福。」師は言った。「福何を將てか資らん。」言った。「兩重の公案。」師は言った。「争柰北禪の手裏に在るを何せん。」言った。「手裏に在れば即ち收取せん。」師便ち打つ。

洪州泐潭道謙禪師。僧問。如何是泐潭家風。師曰。闍梨到來幾日。問但有纖毫即是塵。不有時作麼生。師以手掩兩目。問當陽舉唱誰是聞者。師曰。老僧不患耳聾。

洪州泐潭道謙禅師。僧問うた。「如何に是れ泐潭の家風。」師は言った。「闍梨到來幾日ぞ。」問うた。「但だ纖毫有れば即ち是れ塵。無き時作么生。」師手を以て兩目を掩う。問うた。「陽に當りて舉唱するに誰是れ聞く者。」師は言った。「老僧耳聾きを患えず。」

廬州南天王永平禪師。僧問。如何是西來意。師曰。不撒沙。問如何是南天王境。師曰。一任觀看。曰如何是境中人。師曰。且領前話。問久戰沙場為什麼功名不就。師曰。只為眠霜臥雪深。曰恁麼即罷息干戈束手歸朝去也。師曰。指揮使未到爾作。

廬州南天王永平禅師。僧問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「沙を撒かず。」問うた。「如何に是れ南天王の境。」師は言った。「一任觀看せよ。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「且く前の話を領せ。」問うた。「久しく沙場に戰うに為什麼功名就らざる。」師は言った。「只だ霜に眠り雪に臥すること深きを以てす。」言った。「恁么ならば即ち干戈を罷息し手を束ねて朝に歸りて去るなり。」師は言った。「指揮使未だ汝が作に至らず。」

潮南永安朗禪師。僧問。如何是洞陽家風。師曰。入門便見。曰如何是入門便見。師曰。客是相師。問如何是至極之譚。師曰。愛別離苦。

湖南永安朗禅師。(底本は「潮南」と作す)僧問うた。「如何に是れ洞陽の家風。」師は言った。「門に入れば便ち見えん。」言った。「如何に是れ門に入れば便ち見えん。」師は言った。「客是れ相師。」問うた。「如何に是れ至極の談。」師は言った。「愛別離の苦。」

湖南潭明和尚。僧問。如何是湘潭境。師曰。山連大嶽水接瀟湘。曰如何是境中人。師曰。便合知時。問如何是佛法大意。師曰。百惑謾勞神。

湖南潭明和尚。僧問うた。「如何に是れ湘潭の境。」師は言った。「山大岳に連なり水瀟湘に接す。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「便ち時を知るに合す。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「百の惑い徒らに神を勞す。」

金陵清涼明禪師。江南國主請師上堂。小長老問。凡有言句盡落方便。不落方便請師速道。師曰。國主在此不敢無禮。

金陵淸凉明禅師。江南の國主師に上堂を請う。小長老問うた。「凡そ言句有れば盡く方便に落つ。方便に落ちざれば師に速に道わんことを請う。」師は言った。「國主此に在り、敢えて禮無けん。」

金陵奉先深禪師。江南國主請開堂日才升座。維那白槌曰。法筵龍象眾當觀第一義。師便雲。果然不識鈍置殺人。時有僧出禮拜問。如何是第一義。師曰。賴遇道了也。曰如何領會。師曰。速禮三拜。師又拈曰。大眾汝道。鈍置落阿誰分上。

金陵奉先深禅師。江南の國主請い、堂を開く日纔に座に升る。維那槌を白して言った。「法筵の龍象の衆、當に第一義を觀るべし。」師便ち言った。「果して然り、鈍置して人を殺すことを識らず。」時に僧有りて出でて禮拜し問うた。「如何に是れ第一義。」師は言った。「賴りて道い了えたるに遇う。」言った。「如何に領會せん。」師は言った。「速に三拜を禮せ。」師又拈じて言った。「大衆汝道え、鈍置は阿誰の分上に落つる。」

西川青城大面山乘和尚。僧問。如何是相輪峰。師曰。直聳煙嵐際。曰向上事如何。師曰。入地三尺五。問如何是佛法大意。師曰。興義門前鼕鼕鼓。曰學人不會。師曰。朝打三千暮打八百。

西川青城大面山乘和尚。僧問うた。「如何に是れ相輪峯。」師は言った。「直に聳えて烟嵐の際。」言った。「向上の事如何。」師は言った。「地に入ること三尺五。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「興義門前冬冬の鼓。」言った。「學人會せず。」師は言った。「朝に三千を打ち暮に八百を打つ。」

潞府妙勝臻禪師。僧問。如何是妙勝境。師曰。龍藏開時貝葉分明。問金粟如來為什麼卻降釋迦會裡。師曰。香山南雪山北。曰南贍部洲事又作麼生。師曰。黃河水急浪華麁。問心心寂滅即不問。如何是向上一路。師曰。一條濟水貫新羅。問遠嚮雲門南北縱橫四維上下事作麼生。師曰。今日明日。

潞府妙勝臻禅師。僧問うた。「如何に是れ妙勝の境。」師は言った。「龍藏開く時貝葉分明。」問うた。「金粟如來為什麼却って釋迦の會裏に降る。」師は言った。「香山南、雪山北。」言った。「南贍部洲の事又作么生。」師は言った。「黄河の水急く浪華粗し。」問うた。「心心寂滅は即ち問わず。如何に是れ向上の一路。」師は言った。「一條の濟水新羅を貫く。」問うた。「遠く雲門に向かい南北縱横四維上下の事作么生。」師は言った。「今日明日。」

興元府普通封和尚。僧問。今日一會何似靈山。師曰。震動乾坤。問如何是普通境。師曰。庭前有竹三冬秀。戶內無燈午夜明。

興元府普通封和尚。僧問うた。「今日の一會何ぞ靈山に似る。」師は言った。「乾坤を震動す。」問うた。「如何に是れ普通の境。」師は言った。「庭前に竹有りて三冬に秀で、戶内に燈無くして午夜に明なり。」

韶州燈峰淨原和尚。師上堂謂眾曰。古人道。山河大地普真如。大眾若得真如者。即隱卻他山河大地。若不得者即違他古德至言。眾中道得者出來。道不得即各自歸堂珍重。僧問。如何是和尚為人一句。師曰。不著力。

韶州燈峯淨原和尚。師上堂して衆に謂いて言った。「古人道う、山河大地普く真如。大衆若し真如を得れば即ち他の山河大地を隱卻せん。若し得ざれば即ち他の古德の至言に違う。衆中道い得る者は出で來れ。道い得ざれば即ち各々自ら堂に歸れ、珍重。」僧問うた。「如何に是れ和尚の人と為る一句。」師は言った。「力を著けず。」

韶州大梵圓和尚。師上堂示眾曰。大眾好箇時光直須努力時不待人。各自歸堂參取本善知識去。僧問。大眾雲集請師舉唱。師曰。有疑請問。師因見聖僧便問僧。此箇聖僧年多少。僧曰。恰共和尚同年。師喝之。曰遮竭鬥不易道得。

韶州大梵圓和尚。師上堂して衆に示して言った。「大衆、好個の時光なり、直に須く努力すべし、時人を待たず。各々自ら堂に歸りて本の善知識を參取して去れ。」僧問うた。「大衆雲集す、師に舉唱を請う。」師は言った。「疑有れば問うことを請え。」師聖僧を見るに因りて便ち僧に問うた。「此の箇の聖僧年幾多。」僧は言った。「恰も共に和尚と同年。」師之を喝す。言った。「此の竭斗は易く道い得ず。」

澧州藥山圓光禪師。僧問。藥嶠燈連師當第幾。師曰。相逢盡道休官去。林下何曾見一人。問水陸不涉者師還接否。師曰。蘇嚕蘇嚕。師問新到僧。南來北來。曰北來。師曰。不落言詮速道。曰某甲是福建道人善會鄉譚。師曰。參眾去。曰灼然。師曰。𨁝跳便打。問如何是祖師西來意。師曰。道什麼。

澧州藥山圓光禅師。僧問うた。「藥嶠の燈連なるに師當に第幾なる。」師は言った。「相逢えば盡く道う官を休して去れと、林下何ぞ曾て一人を見ん。」問うた。「水陸に涉らざる者、師還って接するか否。」師は言った。「蘇嚕蘇嚕。」師新到の僧に問うた。「南より來り北より來り。」言った。「北より來り。」師は言った。「言詮に落ちず、速に道え。」言った。「某甲是れ福建の道人、鄕談を善會す。」師は言った。「衆に參じて去れ。」言った。「灼然。」師は言った。「跳べば便ち打つ。」(底本此の字足に從う、疑い存す)問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「什麼を道う。」

信州鵝湖山雲震禪師。僧問。如何是佛。師曰。闍梨不是。師問僧。近離什麼處。曰兩淛。師曰。還將得吹毛劍來否。僧展兩手。師曰。將謂是箇爛柯仙。元來卻是樗蒱漢。問如何是鵝湖家風。師曰。客是主人相。師曰。恁麼即謝師周旋。師曰。難下陳蕃之榻。

信州鵝湖山雲震禅師。僧問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「闍梨是ならず。」師僧に問うた。「近く什麼處を離る。」言った。「兩浙。」師は言った。「還って吹毛劍を將て來るか否。」僧兩手を展ぐ。師は言った。「將に謂う是れ箇の爛柯の仙、元來卻って是れ樗蒲の漢。」問うた。「如何に是れ鵝湖の家風。」師は言った。「客是れ主人の相。」師は言った。「恁么ならば即ち師の周旋を謝す。」師は言った。「陳蕃の榻を下し難し。」

廬山開先清耀禪師。僧問。如何是燈燈不絕。師曰。青楊翻遞植。曰學人不會。師曰。無根樹下唱虛名。問披雲一句師親唱。長慶今朝事若何。師曰。家家觀世音。問如何是披雲境。師曰。一瓶淥水安窓下。便當生涯度幾秋。問如何是長慶境。師曰。堂裡老僧頭雪白。曰二境同歸應當別理。師曰。在處得人疑。問古㵎寒泉誰人能到。師曰乾。曰恁麼即到也。師曰。深多少。

廬山開先淸耀禅師。僧問うた。「如何に是れ燈燈絕えざる。」師は言った。「靑楊翻りて遞に植う。」言った。「學人會せず。」師は言った。「根無き樹下に虚名を唱う。」問うた。「披雲の一句師親に唱う。長慶今朝の事若何。」師は言った。「家家觀世音。」問うた。「如何に是れ披雲の境。」師は言った。「一瓶の渌水窓下に安んじ、便ち生涯を當りて幾秋を度る。」問うた。「如何に是れ長慶の境。」師は言った。「堂裏の老僧頭雪白なり。」言った。「二境同じく歸すれば當に別の理有るべし。」師は言った。「處に在りて人の疑いを得。」問うた。「古澗の寒泉、誰人か能く到る。」師は言った。「乾きたり。」言った。「恁么ならば即ち到るなり。」師は言った。「深きこと幾多。」

襄州奉國清海禪師。僧問。青青翠竹盡是真如。如何是真如。師曰。點瓦成金客聞名不見形。曰恁麼即禮謝下去也。師曰。昔時妄想至今存。問承古人云。見月休觀指歸家罷問程。如何是家。師曰。試舉話頭看。問放過即東道西說。不放過怎生道。師曰。二年同一春。

襄州奉國淸海禅師。僧問うた。「靑々たる翠竹盡く是れ真如。如何に是れ真如。」師は言った。「瓦を點じて金と成す客、名を聞きて形を見ず。」言った。「恁么ならば即ち禮謝して下去るなり。」師は言った。「昔時の妄想今に至りて存す。」問うた。「古人に說くを承く、月を見れば指を觀るを休め、家に歸れば程を問うを罷めよと。如何に是れ家。」師は言った。「試しに話頭を舉げて看よ。」問うた。「放過すれば即ち東道い西說く、放過せざれば怎生道わん。」師は言った。「二年同一の春。」

昭州慈光和尚。僧問。即心即佛誘誨之言。不涉前蹤如何指教。師曰。東西且置南北事作麼生。曰恁麼即學人罔測也。師曰。龍頭蛇尾。

昭州慈光和尚。僧問うた。「即心即佛は誘誨の言。前蹤に涉らず如何に指教せん。」師は言った。「東西且く置け、南北の事作么生。」言った。「恁么ならば即ち學人罔くして測るなり。」師は言った。「龍頭蛇尾。」

潭州保安師密禪師。僧問。輥芥投鋒時如何。師曰。落在什麼處(梁山雲。落在汝眼裡)問不犯辭鋒時如何。師曰。天台南嶽。曰便恁麼時如何。師曰。江西湖南。

潭州保安師密禅師。僧問うた。「芥を輥して鋒に投ずる時如何。」師は言った。「什麼處に落つる。」(梁山說く。「汝の眼裏に落つ」)問うた。「辭鋒を犯さざる時如何。」師は言った。「天臺南岳。」言った。「便ち恁么の時如何。」師は言った。「江西湖南。」

前臺州瑞巖師彥禪師法嗣

前台州瑞巖師彥禅師の法嗣

南嶽橫龍和尚。楚王馬氏請住金輪。僧問。如何是金輪第一句。師曰。鈍漢。問如何是金輪一隻箭。師曰。過也。問如何是祖燈。師曰。八風吹不滅。曰恁麼即闇冥不生也。師曰。白日沒閑人。

南岳橫龍和尚。楚王馬氏請うて金輪に住せしむ。僧問うた。「如何に是れ金輪の第一句。」師は言った。「鈍漢。」問うた。「如何に是れ金輪の一隻の箭。」師は言った。「過ぎたり。」問うた。「如何に是れ祖の燈。」師は言った。「八風吹くとも滅せず。」言った。「恁么ならば即ち暗冥生ぜざるなり。」師は言った。「白日閑人無し。」

溫州溫嶺瑞峰院神祿禪師福州福清人也。本邑天竺寺出家。得法於瑞巖久為侍者。後開山創院學侶依附。師有偈曰。

溫州溫嶺瑞峯院神祿禅師は福州福淸の人なり。本邑天竺寺にて出家す。瑞巖に於て法を得て久しく侍者と為る。後に山を開き院を創りて學侶依附す。師偈有りて言った。

蕭然獨處意沈吟誰信無絃發妙音

蕭然として獨り處り意沈吟す、誰か信せん無絃より妙音を發するを。

終日法堂唯靜坐更無人問本來心

終日法堂に唯だ靜坐し、更に人の本來心を問う無し。

時有朋彥上坐。躡前偈而問曰。如何是本來心。師召曰。朋彥。彥應諾。師曰。與老僧點茶來。彥於是信入(朋彥即廣法大師。後嗣天台國師。住蘇州長壽)師太平興國元年示滅。壽百有五歲。

時に朋彥上座有り。前の偈を蹑りて問うて言った。「如何に是れ本來心。」師召して言った。「朋彥。」彥諾と應ず。師は言った。「老僧に茶を點じて來れ。」彥是に於て信入す(朋彥即ち廣法大師、後に天臺國師に嗣ぎ、蘇州長壽に住す)師太平興國元年に示滅す。壽百有五歲。

前懷州玄泉彥禪師法嗣

前懷州玄泉彥禅師の法嗣

鄂州黃龍山晦機禪師清河人也。姓張氏。唐天祐中遊化至此山。節帥施俸錢建法宇。奏賜紫衣號超慧大師。大張法席。僧問。不問祖佛邊事。如何是平常之事。師曰。我住山得十五年。問如何是和尚家風。師曰。瑠璃缽盂無底。問如何是君王劍。師曰。不傷萬類。曰佩者如何。師曰。血濺梵天。曰大好不傷萬類。師便打。問佛在日為眾生說法。佛滅後有人說法也無。師曰。慚愧佛。問毛吞巨海芥納須彌。不是學人本分事。如何是學人本分事。師曰。封了合盤市裡揭。問切急相投請師通信。師曰。火燒裙帶香。問如何是大疑底人。師曰。對坐盤中弓落盞。曰如何是不疑底人。師曰。再坐盤中弓落盞。問風恬浪靜時如何。師曰。百丈竿頭五兩垂。師將順世有僧問。百年後缽囊子什麼人將去。師曰。一任將去。曰裡面事如何。師曰。線綻方知。曰什麼人得。師曰。待海燕雷聲即向汝道。言訖告寂。

鄂州黃龍山晦機禅師は淸河の人なり。姓は張氏。唐天祐中游化して此の山に至る。節帥俸錢を施して法宇を建つ。奏して紫衣を賜り號を超慧大師とす。大いに法席を張る。僧問うた。「祖佛邊の事は問わず。如何に是れ平常の事。」師は言った。「我山に住すること十五年を得たり。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「琉璃の鉢盂底無し。」問うた。「如何に是れ君王の劍。」師は言った。「萬類を傷つけず。」言った。「佩ぶる者如何。」師は言った。「血梵天に濺ぐ。」言った。「大好き萬類を傷つけず。」師便ち打つ。問うた。「佛在る日は衆生の為に法を說きき。佛滅して後法を說く人有るか無し。」師は言った。「佛に慚愧す。」問うた。「毛巨海を吞み芥須彌を納るは、是れ學人本分の事に非ず。如何に是れ學人本分の事。」師は言った。「封じ了えて合盤を市里に揭ぐ。」問うた。「切に急に相投ず、師に通信を請う。」師は言った。「火裙帶の香を燒く。」問うた。「如何に是れ大いに疑うの底の人。」師は言った。「坐に對して盤中に弓盏を落す。」言った。「如何に是れ疑わざるの底の人。」師は言った。「再び坐して盤中に弓盏を落す。」問うた。「風恬かに浪靜かの時如何。」師は言った。「百丈竿頭に五兩垂る。」師將に世を順けんとす、僧有りて問うた。「百年の後鉢囊子を什麼人か將て去る。」師は言った。「一任將て去れ。」言った。「裏面の事如何。」師は言った。「線綻びて方に知る。」言った。「什麼人か得る。」師は言った。「海燕雷聲を待てば即ち汝に向かいて道わん。」言訖りて寂を告ぐ。

洛京柏谷和尚僧問。普滋法雨時如何。師曰。有道傳天位不汲鳳凰池。問九旬禁足三月事如何。師曰。不墜蠟人機。

洛京柏谷和尚。僧問うた。「普く法雨を滋す時如何。」師は言った。「道有りて天位に傳え、鳳凰の池を汲まず。」問うた。「九旬禁足三月の事如何。」師は言った。「蠟人の機に墮ちず。」

池州和龍和尚。僧問。如何是祖祖相傳底心。師曰。再三囑爾。問如何是從上宗旨。師曰。向闍梨口裡著到得麼問省要處乞師一接。師曰。甚是省要。

池州和龍和尚。僧問うた。「如何に是れ祖祖相傳の底の心。」師は言った。「再三汝に囑す。」問うた。「如何に是れ從上の宗旨。」師は言った。「闍梨の口裏に向かいて著き到るを得るか。」問うた。「省要の處師の一接を乞う。」師は言った。「甚だ是れ省要。」

懷州玄泉第二世和尚。僧問。辭窮理盡時如何。師曰。不入理豈同盡。問妙有玄珠如何取得。師曰。不似摩尼絕影豔。碧眼胡人豈能見。曰有口道不得時如何。師曰。三寸不能齊鼓韻。啞人解唱木人歌。

懷州玄泉第二世和尚。僧問うた。「辭窮まり理盡くる時如何。」師は言った。「理に入らざれば豈に盡くさんと同じせん。」問うた。「妙有の玄珠如何に取り得る。」師は言った。「摩尼に似ず影艶を絕つ、碧眼の胡人豈に能く見ん。」言った。「口有りて道い得ざる時如何。」師は言った。「三寸能く鼓韻に齊しくせず、啞人解して木人の歌を唱う。」

潞府妙勝玄密禪師。僧問。四山相向時如何。師曰。紅日不垂影暗地莫知音。曰學人不會。師曰。鶴透群峰何伸向背。問二龍爭珠時如何。師曰。力士無心獻奮迅卻沈光。問雪峰一曲千人唱。月裡挑燈誰最明。師曰。無音和不齊明暗豈能收。

潞府妙勝玄密禅師。僧問うた。「四山相向かう時如何。」師は言った。「紅日影を垂れず、暗地に知音を莫れ。」言った。「學人會せず。」師は言った。「鶴群峯を透して何ぞ向背を伸べん。」問うた。「二龍珠を争う時如何。」師は言った。「力士心無くして獻ず、奮迅して卻って光を沉め。」問うた。「雪峯の一曲千人唱う。月裏燈を挑ぐに誰か最も明ならん。」師は言った。「音無し、和齊しからず、明暗豈に能く收めん。

前福州羅山道閑禪師法嗣

前福州羅山道閑禅師の法嗣

洪州大寧院隱微禪師豫章新淦人也。姓楊氏。誕夕有光明貫室。年七歲依本邑石頭院道堅禪師出家。二十於開元寺智稱律師受具。歷參宗匠至羅山。法寶大師導以師子在窟出窟之要。因之惺悟盤桓數稔。尋迴江表。會龍泉邑宰李孟俊請居十善道場。始揚宗致。師上堂謂眾曰。還有騰空底麼出來。眾無出者。師說偈曰。

洪州大寧院隱微禅師は豫章新淦の人なり。姓は楊氏。誕生の夕光明有りて室を貫く。年七歲にして本邑石頭院道堅禅師に依りて出家す。二十にして開元寺智稱律師に於て具を受く。歷りて宗匠を參じて羅山に至る。法寶大師師子の窟に在り窟を出づるの要を以て導く。之に因りて惺悟し盤桓すること數稔。尋いで江表に回る。會す龍泉の邑宰李孟俊請うて十善道場に居らしむ。始めて宗致を揚ぐ。師上堂して衆に謂いて言った。「還って空を騰ぐるの底有るか、出で來れ。」衆出づる無し。師偈を說きて言った。

騰空正是時應須眨上眉

空を騰ぐは正に是れ時、應に須く眉を眨かすべし。

從茲出倫去莫待白頭兒

茲より倫を出でて去れ、白頭の兒を待つ莫れ。

僧問。如何是十善橋。師曰險。曰過者如何。師曰喪。問資福和尚遷化向什麼處去也。師曰。草鞋破。問如何是黃梅一句。師曰。即今恁麼生。曰如何通信。師曰。九江路絕。問初心後學如何是學。師曰。頭戴天。曰畢竟如何。師曰。腳蹈地。問如何是法王劍。師曰露。曰還殺人也無。師曰。作麼。問如何是龍泉劍。師曰。不出匣。曰便請出之。師曰。星辰失位。問國界安寧為什麼珠不現。師曰。落在什麼處。周廣順元年辛亥金陵李氏嚮德。召入居龍光禪苑(後改名奉先)暑覺寂禪師。暨建隆二年辛酉隨江南李氏至洪井。住大寧精舍重敷玄旨。其年十月示疾。二十七日剃髮澡身升堂辭眾安坐而逝。明年二月六日歸葬于吉州吉水縣。遵遺誡也。壽七十有六。臘五十六。諡玄寂禪師。塔曰常寂。

僧問うた。「如何に是れ十善の橋。」師は言った。「險。」言った。「過ぐる者如何。」師は言った。「喪。」問うた。「資福和尚遷化して什麼處に向かいて去るなり。」師は言った。「草鞋破れり。」問うた。「如何に是れ黃梅の一句。」師は言った。「即今恁么生。」言った。「如何に通信せん。」師は言った。「九江路絕す。」問うた。「初心後學如何に是れ學。」師は言った。「頭天を戴く。」言った。「畢竟如何。」師は言った。「脚地を蹈む。」問うた。「如何に是れ法王の劍。」師は言った。「露。」言った。「還って人を殺すか無し。」師は言った。「作么。」問うた。「如何に是れ龍泉の劍。」師は言った。「匣を出でず。」言った。「便ち之を出づるを請う。」師は言った。「星辰位を失す。」問うた。「國界安寧、為什麼珠現れざる。」師は言った。「什麼處に落つる。」周廣順元年辛亥、金陵李氏德に向かう。召し入れて龍光禪苑に居らしむ(後に奉先と改名)號を覺寂禅師と署す。(底本は「暑」と作す)暨ち建隆二年辛酉、江南李氏に隨いて洪井に至る。大寧精舍に住して重ねて玄旨を敷く。其の年十月示疾す。二十七日髮を剃り身を澡い堂に升りて衆に辭し安坐して逝く。明年二月六日吉州吉水縣に歸葬す。遺誡を遵うなり。壽七十有六、臘五十六。諡を玄寂禅師といい塔を常寂と曰う。

婺州明招德謙禪師。受羅山印記靡滯於一隅。激揚玄旨。諸耆宿皆畏其敏捷。後學鮮敢當其鋒者。師在泉州招慶大殿上。以手指壁畫問僧曰。那箇是甚麼神。曰護法善神。師曰。沙汰時向什麼處去來。僧無對。師卻令僧去問演侍者演曰。汝什麼劫中遭此難來。其僧迴舉似師。師曰。直饒演上座他後聚一千眾有什麼用處。僧乃禮拜請別語。師曰。什麼處去也。清八路舉仰山插鍬話問師。古人意在叉手處。意在插鍬處。師曰。清上座。清應諾。師曰。還曾夢見仰山麼。清曰。不要下語只要上座商量。師曰。若要商量堂頭自有一千五百人老師在。師到雙巖。雙巖長老覩師風彩乃曰。某甲致一問問闍梨。若道得便捨院。道不得即不捨。金剛經云。一切諸佛及諸佛法皆從此經出。且道。此經是何人說。師曰。說與不說一時拈向那邊著。只如和尚決定喚什麼作此經。雙巖無對。師舉經云。一切賢聖皆以無為法而有差別。斯則以無為法為極則。憑何而有差別。且如差別是過不是過。若是過一切賢聖盡有過。若不是過決定喚什麼作差別。雙巖亦無語。師曰。雪峰道底。師在婺州智者寺居第一座。尋常不受淨水。主事僧問曰。因什麼不識觸淨水不肯受。師下床拈起淨瓶曰。遮箇是淨。主事無語。師乃撲破淨瓶。師自爾道聲遐播。眾請居明招山開法。四來禪者盈於堂室。師謂眾曰。希逢一箇下坡不走快便難逢。若有同生同死何妨一展。僧問。師子本出窟時如何。師曰。俊鷂趁不及。曰出窟後如何。師曰。萬里正紛紛。曰欲出不出時如何。師曰嶮。曰向上事如何。師曰眨。問如何是透法身外一句子。師曰。北斗後翻身。問十二時中如何趣向。師曰。拋向金剛地上著。問文殊與維摩對譚何事。師曰。葛巾紗帽已拈向那邊著也。問如何是和尚家風。師曰。齩得著是好手。問無煙之火是什麼人向得。師曰。不惜眉毛底。曰和尚還向得麼。

婺州明招德謙禅師。羅山の印記を受けて一隅に靡滞せず。玄旨を激揚す。諸の耆宿皆其の敏捷を畏れ、後學敢えて其の鋒に當る者鮮し。師泉州招慶大殿上に在りて、手を以て壁の畫を指して僧に問うて言った。「彼の箇は是れ什麼の神。」言った。「法を護る善神。」師は言った。「沙汰の時什麼處に向かいて去り來る。」僧對えず。師卻って僧をして演侍者に問わしむ。演言った。「汝什麼の劫中に此の難に遭い來る。」其の僧回りて師に舉似す。師は言った。「直饒演上座他後一千の衆を聚めても什麼の用處か有らん。」僧乃ち禮拜して別の語を請う。師は言った。「什麼處か去るなり。」淸八路仰山の锹を插すの話を舉げて師に問うた。「古人の意は叉手の處に在るか、意は锹を插すの處に在るか。」師は言った。「淸上座。」淸諾と應ず。師は言った。「還って曾て仰山を夢見たるか。」淸言った。「下語を要せず、只だ上座の商量を要す。」師は言った。「若し商量せんと要せば堂頭自ら一千五百人の老師在り。」師雙巖に到る。雙巖長老和尚の風彩を睹て乃ち言った。「某甲一問を致して闍梨に問わん。若し道い得ば便ち院を舍てん、道い得ざれば即ち舍てず。金剛經に說く、一切の諸佛及び諸佛の法皆此の經より出づと。且く道え、此の經は是れ何人の說く所。」師は言った。「說くと說かざると一時に拈じて彼の邊に向かい著け。只だ如く和尚決定して什麼を喚びて此の經と作す。」雙巖對えず。師經を舉げて言った。「一切の賢聖皆無為の法を以て差別有り。斯は則ち無為の法を以て極則と為す。何を憑えて差別有る。且く如く差別は是れ過か是れ過に非ざるか。若し是れ過ならば一切の賢聖盡く過有り。若し是れ過に非ざれば決定して什麼を喚びて差別と作す。」雙巖も亦語無し。師は言った。「雪峯の道いし底。」師婺州智者寺に在りて第一座に居る。尋常淨水を受けず。主事の僧問うて言った。「何に因りて觸を識らざる、淨水を受け肯ぜざる。」師床を下りて淨瓶を拈起して言った。「此の箇は是れ淨。」主事語無し。師乃ち淨瓶を撲破す。師自爾道聲遐く播う。衆請うて明招山に居りて法を開かしむ。四來の禪者堂室に盈つ。師衆に謂いて言った。「希に逢う一個の坡を下りて走らざる、快便逢い難し。若し同生同死有れば何ぞ妨げん一展せん。」僧問うた。「師子本の窟を出づる時如何。」師は言った。「俊鷂趁い及ばず。」言った。「窟を出でし後如何。」師は言った。「萬里正に紛紛たり。」言った。「出でんと欲して出でざる時如何。」師は言った。「險。」言った。「向上の事如何。」師は言った。「眨。」問うた。「如何に是れ法身の外を透すの一句子。」師は言った。「北斗の後に身を翻す。」問うた。「十二時中如何に趣向せん。」師は言った。「金剛地上に抛げ向かい著け。」問うた。「文殊と維摩と對談する什麼の事。」師は言った。「葛巾紗帽已に拈じて彼の邊に向かい著けたり。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「嚙み著き得れば是れ好手。」(底本は「齩」と作す)問うた。「烟無きの火は是れ什麼人か向かうを得。」師は言った。「眉毛を惜しまざるの底。」言った。「和尚還って向かうを得るか。」

師曰。汝道我有多少莖眉毛在。師見新到僧才上法堂。乃舉拂子卻擲下。其僧珍重便下去。師曰。作家作家。問全身佩劍時如何。師曰。忽遇正恁麼時又作麼生僧無對。師問國泰瑫和尚。古人道俱胝只念三行呪。便得名超一切人。作麼生與他拈卻三行呪。便得名超一切人。國泰竪起一指。師曰。不因今日爭識得瓜洲客。師有師叔在廨院患甚。附書來問曰。某甲有此大病。如今正受疼痛。一切處安置伊不得。還有人救得麼。師乃迴信曰。頂門上中此金剛箭透過那邊去也。有一僧曾在師法席。辭去住庵一年。後來禮拜曰。古人道。三日不相見莫作舊時看。師乃露胸問曰。汝道我有多少莖蓋膽毛。僧無對。師卻問。汝什麼時離庵。曰今朝。師曰。來時折腳鐺子分付與阿誰。僧又無語。師乃喝出。問承。師有言。我住明招頂興傳古佛心。如何是明招頂。師曰。換卻眼。曰如何是古佛心。師曰。汝還氣急麼。問學人拏雲攫浪上來請師展缽。師曰。拶破汝頂。曰也須仙陀去。師乃棒趁出。師別有頌。示眾曰。

(師は続けて言った。)汝道え、我に幾多莖の眉毛有る。」師新到の僧纔に法堂に上るを見て、乃ち拂子を舉げて卻って擲ち下す。其の僧珍重と便ち下去る。師は言った。「作家作家。」問うた。「全身劍を佩ぶる時如何。」師は言った。「忽ち正に恁么の時に遇えば又作么生。」僧對えず。師國泰瑫和尚に問うた。「古人道う、俱胝只だ三行の咒を念して便ち一切の人を超ゆる名を得と。作么生彼と三行の咒を拈卻して、便ち一切の人を超ゆる名を得せん。」國泰一指を竪起す。師は言った。「今日に因らざれば争で瓜洲の客を識るを得ん。」師師叔廨院に在りて患甚だしき有り。書を附して來りて問うて言った。「某甲此の大病有り。如今正に疼痛を受く。一切の處伊を安置することを得ず。還って人救い得る有るか。」師乃ち信を回して言った。「頂門上此の金剛の箭を中て彼の邊を透過して去るなり。」一僧有りて曾て師の法席に在り、辭して庵に住すること一年。後に來りて禮拜して言った。「古人道う、三日相見ざれば舊時の看を作す莫れと。」師乃ち胸を露わして問うて言った。「汝道え、我に幾多莖の蓋膽毛有る。」僧對えず。師卻って問うた。「汝什麼時庵を離れし。」言った。「今朝。」師は言った。「來る時折脚の鐺子を阿誰に分付し與えし。」僧又語無し。師乃ち喝して出ざしむ。問うた。「師に言有るを承く、我明招の頂に住して古佛の心を傳え興すと。如何に是れ明招の頂。」師は言った。「眼を換卻せよ。」言った。「如何に是れ古佛の心。」師は言った。「汝還って氣急するか。」問うた。「學人雲を拏み浪を攫みて上來す、師に鉢を展げんことを請う。」師は言った。「汝の頂を拶破せん。」言った。「も須く仙陀去れ。」師乃ち棒して趁い出ざしむ。師別に頌有り、衆に示して言った。

明招一拍和人希此是真宗上妙機

明招の一拍和する人希なり、此是れ真宗上妙の機。

石火瞥然何處去朝生鳳子合應知

石火瞥然として何の處にか去る、朝に生るる鳳子當に知るべし。

師住明招山四十載。語句流佈諸方。將欲遷化上堂告眾囑付。其夜展足問侍者曰。昔釋迦如來展開雙足放百寶光明。汝道吾今放多少。侍者曰。昔日鶴林今日和尚。師以手拂眉曰。莫孤負麼。又說偈曰。

師明招山に住すること四十載。語句諸方に流布す。將に遷化せんと欲して上堂して衆に告げ囑付す。其の夜足を展げて侍者に問うて言った。「昔釋迦如來雙足を展開して百寶の光明を放ちき。汝道え、吾今幾多を放つ。」侍者言った。「昔日は鶴林、今日は和尚。」師手を以て眉を拂いて言った。「孤負する莫れか。」又偈を說きて言った。

驀刀叢裡逞全威汝等應當善護持

刀叢の裏に全威を逞しゅうす、汝等應に當に善く護持すべし。

火裡鐵牛生犢子臨岐誰解湊吾機

火裏の鐵牛犢子を生む、岐に臨みて誰か吾が機に凑るを解せん。

偈畢安坐寂然長往。今塔院存焉。

偈畢りて安坐し寂然として長に往く。今塔院存す。

衡州華光範禪師。僧問。靈臺不立還有出身處也無。師曰有。曰如何是出身處。師曰出。問如何是西來意。師曰道。問如何是佛法大意。師曰驗。問牛頭未見四祖時如何。師曰自由。自在。曰見後如何。師曰。自由自在。問如何是佛法中事。師曰了。

衡州華光范禅師。僧問うた。「靈臺立たず、還って身を出すの處有るか無し。」師は言った。「有り。」言った。「如何に是れ身を出すの處。」師は言った。「出でよ。」問うた。「如何に是れ西來意。」師は言った。「道え。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「驗す。」問うた。「牛頭未だ四祖を見ざる時如何。」師は言った。「自由自在。」言った。「見し後如何。」師は言った。「自由自在。」問うた。「如何に是れ佛法中の事。」師は言った。「了。」

福州羅山紹孜禪師上堂。有數僧爭出問話。師曰。但一時出來問待老僧一時答卻。僧便問。學人一齊問請師一齊答。師曰得。問學人乍入叢林。祖師的的意請師直指。師曰好。

福州羅山紹孜禅師上堂す。數僧の争い出でて話を問う有り。師は言った。「但だ一時に出で來りて問え、老僧をして一時に答え卻らしめん。」僧便ち問うた。「學人一齊に問い、師に一齊の答えを請う。」師は言った。「得。」問うた。「學人乍に叢林に入る。祖師的的の意、師に直指を請う。」師は言った。「好し。」

西川慧禪師初參羅山(見十七卷羅山章)。羅山問。什麼處來。師曰。遠離西蜀近發開元。即今事作麼生。羅山揖曰。吃茶去師良久無言。羅山曰。秋氣稍暖去。羅山來日上堂。師出問。豁開戶牖當軒者誰。羅山乃喝。師良久。羅山曰。毛羽未備且去(一本雲。初參羅山。才禮拜起。山雲。甚處來。師雲。遠離西蜀。近發開元。卻近前雲。即今事作麼生。羅山揖雲吃茶去。師擬議間。羅山雲。秋氣稍暖出去。師到法堂自歎雲。我在西川峨眉山腳下。拾得一隻蓬蒿箭。擬擬亂天下。今日到福建道陳老師寨裡。弓折箭盡去也。休休。羅山明日升堂。師又出問。豁開戶牖當軒者誰。山便喝。師無對。山雲。羽毛未備翼。梢未全且去)。師因而摳衣久承印記。後謁台州勝光。光在繩床上坐。師直入到身邊叉手立光問。什麼處來。師曰猶待答話在。師便下去。光拈得拄杖拂子下。僧堂前見師提起拂子問曰。闍梨喚遮箇作什麼。師曰。敢死喘氣。光低頭歸方丈。

西川慧禅師、初め羅山を參ず(十七卷羅山章に見ゆ)。羅山問うた。「什麼處か來る。」師は言った。「遠く西蜀を離れ近く開元を發す。即今の事作么生。」羅山揖して言った。「茶を喫して去れ。」師良久言無し。羅山が言った。「秋氣稍や暖かし、去れ。」羅山來日に上堂す。師出でて問うた。「戶牖を豁きて軒に當る者是れ誰。」羅山乃ち喝す。師良久。羅山が言った。「毛羽未だ備わらず、且く去れ。」(一本に說く。初め羅山を參ず。纔に禮拜して起つ。山が言った。「甚處か來る。」師は言った。「遠く西蜀を離れ近く開元を發す。」卻って前に近づきて言った。「即今の事作么生。」羅山揖して言った。「茶を喫して去れ。」師擬議の間。羅山が言った。「秋氣稍や暖かし、出でて去れ。」師法堂に到りて自ら歎じて言った。「我西川峨眉山の脚下に在りて一隻の蓬蒿の箭を拾い得たり。擬して亂に天下せんとす。今日福建道陳老師の寨裏に到る。弓折れ箭盡きて去るなり。休休。」羅山明日堂に升る。師又出でて問うた。「戶牖を豁きて軒に當る者是れ誰。」山便ち喝す。師對えず。山が言った。「羽毛未だ備わらず翼梢未だ全からず、且く去れ。」)師因りて衣を抠して久しく印記を承く。後に台州勝光を謁す。光繩床上に坐す。師直に入りて身邊に到りて叉手して立つ。光問うた。「什麼處か來る。」師は言った。「猶答話を待つ在り。」師便ち下去る。光拄杖を拈じ得て拂子下す。僧堂前に師を見て拂子を提起して問うて言った。「闍梨此の箇を喚びて什麼と作す。」師は言った。「死を敢えてする喘氣。」光頭を低れて方丈に歸る。

建州白雲令弇和尚。師上堂謂眾曰。遣往先生門誰雲對喪主珍重。僧問。己事未明以何為驗。師曰。木鏡照素容。曰驗後如何。師曰。不爭多。問三臺有請四眾臨筵。既處當仁請師一唱。師曰。要唱即不難。曰便請師唱。師曰。夜靜水清魚不食滿船空載月明歸。

建州白雲令弇和尚。師上堂して衆に謂いて言った。「往くことを先生門に遣わす、誰か云う喪主に對せん、珍重。」僧問うた。「己事未だ明らめず、何を以て驗と為す。」師は言った。「木鏡素容を照らす。」言った。「驗し後如何。」師は言った。「多きを争わず。」問うた。「三臺請有り四衆筵に臨む。既に當仁に處る、師に一唱を請う。」師は言った。「唱えんと要せば即ち難からず。」言った。「便ち師の唱えんことを請う。」師は言った。「夜靜かに水淸くして魚食わず、滿船空しく月明を載せて歸る。」

虔州天竺義澄常真禪師。初參羅山棲泊數載。後因羅山在疾。師問。百年後忽有人。問和尚以何指示。羅山乃放身便倒。師從此契悟。僧問。如何是佛法大意。師曰。寒暑相催。問聖皇請命大眾臨筵。請師舉。師曰。領領。曰恁麼即人天有賴也。師曰。汝作麼生。

虔州天竺義澄常真禅師。初め羅山を參じて栖泊すること數載。後に羅山疾在るに因り、師問うた。「百年の後忽ち人有りて、和尚何を以て指示しけると問わば。」羅山乃ち身を放じて便ち倒る。師此より契悟す。僧問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「寒暑相い催す。」問うた。「聖皇命を請い大衆筵に臨む。師に舉げんことを請う。」師は言った。「領領。」言った。「恁么ならば即ち人天賴る有るなり。」師は言った。「汝作么生。」

吉州清平惟曠真寂禪師。師上堂雲。不動神情便有輸贏之意。還有麼出來。時有僧出禮拜。師雲。不是作家出去。僧問。如何是第一句。師曰。要頭將取去。問如何是活人劍。師曰。會麼。曰如何是殺人刀。師叱之。問如何是師子兒。師曰。毛頭排宇宙。

吉州淸平惟曠真寂禅師。師上堂して言った。「神情を動かさずして便ち輸贏の意有り。還って有るか、出で來れ。」時に僧出でて禮拜す。師は言った。「是れ作家に非ず、出でて去れ。」僧問うた。「如何に是れ第一句。」師は言った。「頭を要らば將て取りて去れ。」問うた。「如何に是れ活人の劍。」師は言った。「會するか。」言った。「如何に是れ人を殺すの刀。」師之を叱る。問うた。「如何に是れ師子の兒。」師は言った。「毛頭宇宙に排す。」

婺州金柱義昭和尚。僧問。如何是和尚家風。師曰。開門作活。僧雲。忽遇賊來又怎麼生。師曰然。有新到僧參。師揭簾以手作除帽子勢。僧擬欲近前。師雲。賺殺人。師因事而有頌曰。

婺州金柱義昭和尚。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「門を開きて活を作す。」僧は言った。「忽ち賊の來るに遇えば又怎生。」師は言った。「然り。」新到の僧有りて參ず。師簾を揭げて手を以て帽子を除くの勢を作す。僧擬して前に近づかんと欲す。師は言った。「人を賺し殺す。」師事に因りて頌有りて言った。

虎頭生角人難措石火電光須密佈

虎頭角を生じて人措き難し、石火電光須く密布すべし。

假饒烈士也應難懞底那能解差互

假饒烈士も亦應に難き有るべし、蒙の底那か能く差互を解せん。

潭州谷山和尚。僧問。省要處乞師一言。師乃起去。問羚羊掛角時如何。師曰。爾向什麼處覓曰掛角後如何。師曰走。

潭州谷山和尚。僧問うた。「省要の處師に一言を乞う。」師乃ち起ちて去る。問うた。「羚羊角に挂くる時如何。」師は言った。「汝什麼處に向かいて覓る。」言った。「角に挂けし後如何。」師は言った。「走れ。」

湖南瀏陽道吾山從盛禪師。師初住高安龍迴。有僧問。如何是覿面事。師曰。新羅國去也。問如何是龍迴家風。師曰。縱橫射直。問如何是靈源。師曰。嫌什麼。曰近者如何。師曰。如人飲水。問窮子投師乞師拯濟。師曰。莫是屈著汝麼。曰爭奈窮何。師曰。大有人見。

湖南瀏陽道吾山從盛禅師。師初め高安龍回に住す。僧有りて問うた。「如何に是れ觌面の事。」師は言った。「新羅國に去るなり。」問うた。「如何に是れ龍回の家風。」師は言った。「縱横直を射る。」問うた。「如何に是れ靈源。」師は言った。「什麼を嫌う。」言った。「近づく者如何。」師は言った。「人の水を飲むが如し。」問うた。「窮子師に投ず、師の拯濟を乞う。」師は言った。「是れ汝を屈する莫れや。」言った。「争柰窮を何せん。」師は言った。「大いに人の見る有り。」

福州羅山義因禪師。師上堂示眾曰。若是宗師門下客必不怪於羅山。珍重。僧問。承古人有言。自從認得曹谿路了知生死不相關。曹谿即不問。如何是羅山路。師展兩手。僧曰。恁麼即一路得通諸路亦然。曰什麼諸路。僧近前立。師曰。靈鶴煙霄外鈍鳥不離窠。問承教中有言。須法身萬象俱寂。隨智用萬象齊生。如何是萬象俱寂。師曰。有什麼。曰如何是萬象齊生。師曰。繩床椅子。

福州羅山義因禅師。師上堂して衆に示して言った。「若し是れ宗師門下の客ならば必ず羅山に怪しむ莫れ。珍重。」僧問うた。「古人に言有るを承く、自から曹溪の路を認得してより了知する生死相關せざるを。曹溪は即ち問わず、如何に是れ羅山の路。」師兩手を展ぐ。僧は言った。「恁么ならば即ち一路諸路に通ずるを得、亦然り。」言った。「什麼の諸路。」僧前に近づきて立つ。師は言った。「靈鶴烟霄の外、鈍鳥窠を離れず。」問うた。「教中に言有るを承く、須く法身萬象俱に寂たるべし、智用に隨いて萬象齊しく生ずと。如何に是れ萬象俱寂。」師は言った。「什麼の有る。」言った。「如何に是れ萬象齊生。」師は言った。「繩床椅子。」

灌州靈巖和尚。僧問。如何是道中寶。師曰。地傾東南天高西北。曰學人不會。師曰。落照機前異。師頌石鞏接三平曰。

灌州靈巖和尚。僧問うた。「如何に是れ道中の寶。」師は言った。「地東南に傾き天高し西北。」言った。「學人會せず。」師は言った。「落照機前に異なり。」師石鞏の三平を接するを頌して言った。

解擘當胸箭因何只半人

當胸の箭を擘くを解す、因何只だ半人ぞ。

為從途路曉所以不全身

途路曉けるに從うを為す、所以に身を全うせざる。

吉州匡山和尚。師有示徒頌曰。

吉州匡山和尚。師徒に示す頌有りて言った。

匡山路匡山路巖崖嶮峻人難措

匡山の路、匡山の路、巖崖險峻にして人措き難し。

遊人擬議隔千山一句分明超佛祖

游人擬議すれば千山に隔たる、一句分明に佛祖を超ゆ。

又有白牛頌曰。

又白牛の頌有りて言った。

我有古壇真白牛父子藏來經幾秋

我に古壇の真白牛有り、父子藏め來りて幾秋を經る。

出門直透孤峰頂迴來暫跨虎谿頭

門を出でて直に孤峯頂を透し、回り來りて暫く虎溪頭を跨ぐ。

福州興聖重滿禪師。上堂示眾曰。覿面分付不待文宣。對眼投機喚作參玄上士。若能如此所以宗風不墜。僧問。如何是宗風不墜底句。師曰。老僧不忍。問昔日靈山會裡。今朝興聖筵中。和尚親傳如何舉唱。師曰。欠汝一問。

福州興聖重滿禅師。上堂して衆に示して言った。「觌面に分付して文宣を待たず。眼に對して機に投ずれば喚びて參玄の上士と作す。若し能く此くの如くならば、宗風墜ちざる所以なり。」僧問うた。「如何に是れ宗風墜ちざるの底の句。」師は言った。「老僧忍びず。」問うた。「昔日靈山會裏、今朝興聖筵中。和尚親傳如何に舉唱せん。」師は言った。「汝の一問を欠く。」

潭州寶應清進禪師僧問如何是實相師曰沒卻汝問至理無言如何通信師曰千差萬別曰得力處乞師指示師曰瞌睡漢。

潭州寶應淸進禅師。僧問うた。「如何に是れ實相。」師は言った。「汝を沒し卻る。」問うた。「至理言無し、如何に通信せん。」師は言った。「千差萬別。」言った。「力を得る處師の指示を乞う。」師は言った。「瞌睡の漢。」

前安州白兆山志圓禪師法嗣

前安州白兆山志圓禅師の法嗣

朗州大龍山智洪弘濟大師。僧問。如何是佛。師曰。即汝是。曰如何領會。師曰。更嫌缽盂無柄那。問如何是微妙。師曰。風送水聲來枕畔。月移山影到床邊。問如何是極則處。師曰。懊惱三春月不及九秋光。

朗州大龍山智洪弘濟大師。僧問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「即ち汝是れ。」言った。「如何に領會せん。」師は言った。「更に鉢盂の柄無きを嫌うな。」問うた。「如何に是れ微妙。」師は言った。「風水聲を送りて枕畔に來り、月山影を移して床邊に到る。」問うた。「如何に是れ極則の處。」師は言った。「懊惱三春の月九秋の光に及ばず。」

襄州白馬山行靄禪師。僧問。如何是清淨法身。師曰。井底蝦蟇吞卻月。問如何是白馬正眼。師曰。向南看北斗。

襄州白馬山行靄禅師。僧問うた。「如何に是れ淸淨の法身。」師は言った。「井底の蝦蟆月を吞み卻る。」問うた。「如何に是れ白馬の正眼。」師は言った。「南に向かいて北斗を看る。」

郢州大陽山行沖禪師(第一世住)僧問。如何是無盡藏。師良久。僧無語。師曰。近前來。僧才近前。師曰去。

郢州大陽山行沖禅師(第一世住)。僧問うた。「如何に是れ無盡藏。」師良久。僧語無し。師は言った。「近づき前に來れ。」僧纔に近づき前す。師は言った。「去れ。」

安州白兆山竺乾院懷楚禪師(第二世住)僧問。如何是句句須行玄路。師曰。沿路直到湖南。問如何是師子兒。師曰。德山嗣龍潭。問如何是和尚為人一句。師曰。與汝素無冤讎。一句元在遮裡。曰未審在什麼方所。師曰。遮鈍漢。

安州白兆山竺乾院懷楚禅師(第二世住)。僧問うた。「如何に是れ句句須く玄路を行ずべし。」師は言った。「路に沿いて直に湖南に至る。」問うた。「如何に是れ師子の兒。」師は言った。「德山龍潭に嗣ぐ。」問うた。「如何に是れ和尚の人と為る一句。」師は言った。「汝と素より冤仇無し、一句元此の裏に在り。」言った。「未審什麼の方所に在る。」師は言った。「此の鈍漢。」

蘄州四祖山清皎禪師福州人也。姓王氏。初住郢州大陽山為第二世。僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。楷師巖畔祥雲起。寶壽峰前震法雷。師次住安州慧日院。後遷止蘄州四祖山為第一世。年七十時遺偈雲。

蘄州四祖山淸皎禅師は福州の人なり。姓は王氏。初め郢州大陽山に住して第二世と為る。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「楷師の巖畔に祥雲起り、寶壽の峯前に法雷を震す。」師次いで安州慧日院に住す。後に遷りて蘄州四祖山に止まりて第一世と為る。年七十の時遺偈して言った。

吾年八十八滿頭垂白髮

吾が年八十八、滿頭白髮を垂る。

顒顒鎮雙峰明明千江月

顒顒として雙峯に鎮す、明々として千江の月。

黃梅揚祖教白兆承宗訣

黃梅祖の教を揚げ、白兆宗の訣を承く。

日日告兒孫勿令有斷絕

日日兒孫に告げよ、斷絕有らしむる勿れ。

淳化四年癸巳八月二十三日入滅。年八十八。

淳化四年癸巳八月二十三日に入滅す。年八十八。

蘄州三角山志操禪師(第三世住)僧問。教法甚多宗歸一貫。和尚為什麼說得許多周遊者也。師曰。為爾周遊者也。曰請和尚即古即今。師以手敲繩床。

蘄州三角山志操禅師(第三世住)。僧問うた。「教法甚だ多し、宗一貫に歸す。和尚為什麼說き得たる許多の周游者ぞ。」師は言った。「汝が周游者の為なり。」言った。「和尚に即古即今ならんことを請う。」師手を以て繩床を敲く。

晉州興教師普禪師。僧問。盈龍宮溢海藏真詮即不問。如何是教外別傳底法。師曰。眼裡耳裡鼻裡。曰只此便是否。師曰。是什麼。僧咄。師亦咄。問僧。近離什麼處。曰下寨。師曰。還逢著賊麼。曰今日捉下。師曰。放汝三十棒。

晉州興教師普禅師。僧問うた。「龍宮に盈ち海藏に溢るる真詮は即ち問わず。如何に是れ教外別傳の底の法。」師は言った。「眼裏耳裏鼻裏。」言った。「只だ此便ち是か。」師は言った。「是れ什麼。」僧咄す。師も咄す。僧に問うた。「近く什麼處を離る。」言った。「下寨。」師は言った。「還って賊に逢著したるか。」言った。「今日捉え下せり。」師は言った。「汝に三十棒を放つ。」

蘄州三角山真鑒禪師(第四世住)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。忽然行政令便見下堂階。

蘄州三角山真鑑禅師(第四世住)。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「忽然政令を行ぜば便ち堂階を下るを見ん。」

前潭州藤霞和尚法嗣

前潭州藤霞和尚の法嗣

澧州藥山和尚(第七世住)師上堂謂眾曰。夫學般若菩薩不懼得失。有事近前。時有僧問。藥山祖裔請師舉唱。師曰。萬機挑不出。曰為什麼萬機挑不出。師曰。他緣岸谷。問如何是藥山家風。師曰。葉落不如初。問法雷哮吼時如何。師曰。宇宙不曾震。曰為什麼不曾震。師曰。遍地娑婆未嘗哮吼。曰不哮吼底事如何。師曰。闔國無人知。

澧州藥山和尚(第七世住)。師上堂して衆に謂いて言った。「夫れ般若を學ぶ菩薩は得失を懼れず。事有れば近づき前れ。」時に僧問うた。「藥山の祖裔、師に舉唱を請う。」師は言った。「萬機挑み出だせず。」言った。「為什麼萬機挑み出だせざる。」師は言った。「他岸谷に緣る。」問うた。「如何に是れ藥山の家風。」師は言った。「葉落ちて初めに如かず。」問うた。「法雷哮吼する時如何。」師は言った。「宇宙曾て震わず。」言った。「為什麼曾て震わざる。」師は言った。「遍地の娑婆未だ嘗て哮吼せず。」言った。「哮吼せざるの底の事如何。」師は言った。「國を闔めて人の知る無し。」

前潭州雲蓋山景和尚法嗣

前潭州雲蓋山景和尚の法嗣

衡嶽南臺寺藏禪師。問遠遠投師請師一接。師曰。不隔戶。問如何是南臺境。師曰。松韻拂時石不點。孤峰山下壘難齊。曰如何是境中人。師曰。巖前栽野果接待往來賓。曰恁麼即謝供養。師曰。怎生滋味。問如何是法堂。師曰。無壁落。問不顧諸緣時如何師良久。

衡岳南臺寺藏禅師。問うた。「遠く師に投ず、師の一接を請う。」師は言った。「戶を隔てず。」問うた。「如何に是れ南臺の境。」師は言った。「松韻拂う時石點せず、孤峯山下壘齊しから難し。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「巖前に野果を栽えて往來の賓を接待す。」言った。「恁么ならば即ち供養を謝す。」師は言った。「怎生の滋味。」問うた。「如何に是れ法堂。」師は言った。「壁落無し。」問うた。「諸緣を顧みざる時如何。」師良久。

幽州潭柘水從實禪師。僧問。如何是道。師曰。箇中無紫皂。曰如何是禪。師曰。不與白雲連。師問僧。作什麼來。曰親近來。師曰。任汝白雲朝嶽頂。爭奈青霄不展顏。

幽州潭柘水從實禅師。僧問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「箇中紫皁無し。」言った。「如何に是れ禪。」師は言った。「白雲と連ならず。」師僧に問うた。「什麼を作しに來る。」言った。「親近し來り。」師は言った。「汝に任く白雲岳頂に朝すとも、争柰靑霄顔を展げざるを。」

潭州雲蓋山證覺禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。四海不曾通。問如何是一塵含法界。師曰。通身體不圓。曰如何是九世剎那分。師曰。繁興不布彩。問如何是宗門中的的意。師曰。萬裡胡僧不入波瀾。

潭州雲蓋山證覺禅師。僧問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「四海曾て通ぜず。」問うた。「如何に是れ一塵法界を含む。」師は言った。「身體を通して圓ならず。」言った。「如何に是れ九世刹那の分。」師は言った。「繁興彩を布せず。」問うた。「如何に是れ宗門中の的的の意。」師は言った。「萬里の胡僧波瀾に入らず。」

前廬山歸宗懷惲禪師法祠

前廬山歸宗懷惲禅師の法嗣(底本は「法祠」と作す)

歸宗寺弘章禪師(第四世住)僧問。學人有疑時如何。師曰。疑來多少時也。問小船渡大海時如何。師曰。較些子。曰如何得渡。師曰。不過來。問枯木生華時如何。師曰。把一朵來。問混然覓不得時如何。師曰。是什麼。

歸宗寺弘章禅師(第四世住)。僧問うた。「學人疑有る時如何。」師は言った。「疑い來ること幾多の時ぞ。」問うた。「小船大海を渡る時如何。」師は言った。「些子を較ぶ。」言った。「如何に渡るを得。」師は言った。「過ぎて來らず。」問うた。「枯木華を生ずる時如何。」師は言った。「一朵を把りて來れ。」問うた。「混然として覓め得ざる時如何。」師は言った。「是れ什麼。」

前池州嵆山章禪師法嗣

前池州嵆山章禅師の法嗣

隨州雙泉山道虔禪師。僧問。洪鍾未扣時如何。師曰。絕音響。曰扣後如何。師曰。絕音響。問如何是在道底人。師曰。無異念。問如何是希有底事。師曰。白蓮華向半天開。師後住安州法雲院示滅。

随州雙泉山道虔禅師。僧問うた。「洪鐘未だ扣かざる時如何。」師は言った。「音響を絕つ。」言った。「扣きし後如何。」師は言った。「音響を絕つ。」問うた。「如何に是れ道に在るの底の人。」師は言った。「異念無し。」問うた。「如何に是れ希有の底の事。」師は言った。「白蓮華半天に向かいて開く。」師後に安州法雲院に住し示滅す。

前洪州雲居第四世懷嶽禪師法嗣

前洪州雲居第四世懷岳禅師の法嗣

揚州風化院令崇禪師(第一世住)舒州宿松人。七歲出家。二十登戒。契緣於雲居懷嶽和尚。開法於信州鵝湖。廬州節帥周本於維揚西南隅創院請師居之。僧問如。何是敵國一著棊。師曰。下將來。問一棒打破虛空時如何。師曰。把將一片來。

揚州風化院令崇禅師(第一世住)は舒州宿松の人。七歲にして出家す。二十にして戒に登る。雲居懷岳和尚に緣を契す。信州鵝湖に於て法を開く。廬州の節帥周本維揚の西南隅に院を創りて師を請じて之に居らしむ。僧問うた。「如何に是れ敵國の一着の棋。」師は言った。「下し將來れ。」問うた。「一棒虚空を打破する時如何。」師は言った。「一片を把り將來れ。」

澧州藥山忠彥禪師(第八世住)僧問。教雲。諸佛放光明助發實相義。光明即不問如何是助發實相義。師曰。會麼。曰莫便是否。師曰。是什麼。問師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。雲嶺龍昌月神風洞上泉。

澧州藥山忠彥禅師(第八世住)。僧問うた。「教に說く、諸佛光明を放ちて實相の義を助發すと。光明は即ち問わず、如何に是れ實相の義を助發する。」師は言った。「會するか。」言った。「便ち是か莫れ。」師は言った。「是れ什麼。」問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「雲嶺の龍昌月、神風の洞上泉。」

梓州龍泉和尚。僧問。如何是祖師西來意。師曰。不在闍梨分上。問學人慾跳萬丈洪崖時如何。師曰。撲殺。

梓州龍泉和尚。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「闍梨の分上に在らず。」問うた。「學人萬丈の洪崖を跳ばんと欲する時如何。」師は言った。「撲殺す。」

前筠州洞山道延禪師法嗣

前筠州洞山道延禅師の法嗣

筠州上藍院慶禪師。初遊方問雪峰。如何是雪峰的的意。雪峰以杖子敲師頭。師應諾。峰大笑。師後承洞山印解居於上藍。僧問如何是上藍無刃劍。師曰無。僧曰。為什麼無。師曰。闍梨諸方有。

筠州上藍院慶禅師。初め方を游びて雪峯に問うた。「如何に是れ雪峯の的的の意。」雪峯杖子を以て師の頭を敲く。師諾と應ず。峯大いに笑う。師後に洞山の印解を承けて上藍に居る。僧問うた。「如何に是れ上藍の刃無き劍。」師は言った。「無。」僧は言った。「為什麼無。」師は言った。「闍梨は諸方に有り。」

前襄州鹿門山處真禪師法嗣

前襄州鹿門山處真禅師の法嗣

益州崇真和尚。僧問。如何是禪。師曰。澄潭釣玉兔。問如何是大人相。師曰。泥揑三官土地堂。

益州崇真和尚。僧問うた。「如何に是れ禪。」師は言った。「澄潭に玉兔を釣る。」問うた。「如何に是れ大人の相。」師は言った。「泥で捏ねたる三官土地の堂。」

襄州鹿門山第二世譚和尚志行大師。僧問。如何是實際理地。師曰。南贍部洲北欝單越。曰恁麼則事同一家也。師曰。隔須彌在。問遠遠投師請師接。師曰。從什麼處來。曰江北來。師曰。南堂裡安下。問如何是清淨法身。師曰。戌亥年生。

襄州鹿門山第二世譚和尚志行大師。僧問うた。「如何に是れ實際の理地。」師は言った。「南贍部洲、北鬱單越。」言った。「恁么なれば則ち事同じく一家なり。」師は言った。「須彌を隔てて在り。」問うた。「遠く師に投ず、師の接を請う。」師は言った。「什麼處より來る。」言った。「江北より來り。」師は言った。「南堂裏に安下せよ。」問うた。「如何に是れ淸淨の法身。」師は言った。「戌亥年の生まれ。」

襄州谷隱智靜悟空大師。僧問。如何是和尚轉身處。師曰。臥單子下。問如何是道。師曰。鳳林關下。曰學人不會。師曰。直至荊南。問如何是指歸之路。師曰。莫用伊。曰還使學人到也無。師曰。什麼處著得汝。問靈山一會何異今時。師曰。不異如今。曰不異底事作麼生。師曰。如來密旨迦葉不傳。

襄州谷隱智靜悟空大師。僧問うた。「如何に是れ和尚の身を轉ずるの處。」師は言った。「臥單子の下。」問うた。「如何に是れ道。」師は言った。「鳳林關下。」言った。「學人會せず。」師は言った。「直に荊南に至る。」問うた。「如何に是れ指歸の路。」師は言った。「伊を用る莫れ。」言った。「還って學人をして到らしめるか無し。」師は言った。「什麼處にか汝を著け得る。」問うた。「靈山の一會今時に何の異なる。」師は言った。「如今に異ならず。」言った。「異ならざるの底の事作么生。」師は言った。「如來の密旨、迦葉傳えず。」

廬山佛手巖行因禪師者雁門人也。未詳姓氏。早習儒學。一旦捨俗出家。志求真諦乃遊方。首謁襄陽鹿門山真禪師。師資道契。尋抵江淮登廬山。山之北有巖如五指。下有石窟深邃可三丈餘。師宴處其中。因號佛手巖和尚不度弟子。有隣庵僧為之供侍。常有異鹿錦囊鳥馴繞其側。江南國主李氏嚮仰。三遣使徵召不起。堅請就棲賢寺開法。不踰月潛歸巖室。僧問如何是對現色身。師竪起一指(法眼別雲。還有也未)一日示有微疾。謂侍僧曰。日將午吾去矣。侍僧方對。師下床行數步屹立而化。巖頂上有松一株同日枯瘁。壽七十餘。國主命畫工寫影。備香薪焚爇收遺骨塔於巖之陰。

廬山佛手巖行因禅師は雁門の人なり。姓氏未だ詳かならず。早く儒學を習う。一旦俗を舍てて出家す。志真諦を求めて乃ち方を游ぶ。首めに襄陽鹿門山真禅師を謁す。師資道契す。尋いで江淮に抵り廬山に登る。山の北に五指の如き巖有り。下に石窟深邃にして三丈餘可なり。師其の中に宴處す。因りて佛手巖和尚と號す、弟子を度さず。鄰庵の僧の之が供侍を為す有り。常に異鹿錦囊の鳥其の側に馴繞す有り。江南の國主李氏向仰す。三たび使を遣わして徵召するも起たず。堅く請うて栖賢寺に就きて法を開かしむ。月を逾えず潛かに巖室に歸る。僧問うた。「如何に是れ現の色身に對する。」師一指を竪起す(法眼別に說く。「還って有るか未だ」)一日微疾有るを示して侍僧に謂いて言った。「日將に午ならんとす、吾去らん。」侍僧方に對せんとす。師床を下りて數步を行きて屹立して化す。巖頂上に松一株有りて同日に枯瘁す。壽七十餘。國主畫工を命じて影を寫さしむ。香薪を備えて焚爇し遺骨を收めて巖の陰に塔す。

前撫州曹山第二世慧霞禪師法嗣

前撫州曹山第二世慧霞禅師の法嗣

嘉州東汀和尚。僧問。如何是卻去底人。師曰。石女紡麻纑。曰如何是卻來底人。師曰。扇車關𭢿良計斷。

嘉州東汀和尚。僧問うた。「如何に是れ卻って去るの底の人。」師は言った。「石女麻纑を紡ぐ。」言った。「如何に是れ卻って來るの底の人。」師は言った。「扇車關〔此の字手に從う未だ識らず〕良計斷。」

前華州草菴法義禪師法嗣

前華州草庵法義禅師の法嗣

泉州龜洋慧忠禪師本州僊遊縣人也。姓陳氏。九歲依本山出家。既具戒杖錫觀方謁草菴和尚。草菴問曰。何方而來。師曰。六眸峰來。草菴曰。還具六通否。師曰。患非重瞳。草菴然之。師迴故山。屬唐武宗廢教例為白衣。暨宣宗中興。師曰。古人有言。上昇道士不受籙。成佛沙彌不具戒法。遂過中不食不宇而禪。乃述偈三首曰。

泉州龜洋慧忠禅師は本州仙遊縣の人なり。姓は陳氏。九歲にして本山に依りて出家す。既に戒を具えて錫を杖して方を觀て草庵和尚を謁す。草庵問うて言った。「何の方より而して來る。」師は言った。「六眸峯より來り。」草庵が言った。「還って六通を具えるか否。」師は言った。「重瞳に非ざるを患う。」草庵之を然とす。師故山に回る。唐武宗の教を廢するに屬して例に依りて白衣と為る。暨ち宣宗中興す。師は言った。「古人に言有り、上昇の道士は箓を受けず、佛と成るの沙彌は戒法を具えずと。」遂に中を過ぎて食わず宇せずして禅す。乃ち偈三首を述べて言った。

雪後始諳松桂別雲收方見濟河分

雪の後始めて松桂の別を諳える、雲收まりて方に濟河の分を見る。

不因世主教還俗那辨雞群與鶴群

世主の教還俗に因らざれば、那で鷄群と鶴群とを辨ぜん。

多年塵事謾騰騰雖著方袍未是僧

多年の塵事徒らに騰騰たり、方袍を着くと雖も未だ是れ僧に非ず。

今日修行依善慧滿頭留髮候然燈

今日修行は善慧に依り、滿頭髮を留めて燃燈を候ぐ。

形容雖變道常存混俗心源亦不昏

形容變わると雖も道常に存し、俗に混じりても心源も亦昏らず。

更讀善財巡禮偈當時何處作沙門

更に善財の巡禮の偈を讀む、當時何の處にか沙門と作りし。

師始從參禮以至返初示滅未嘗下山。葬於無了和尚塔之東隅二百步。目為東塔。經數載其塔忽坼裂連階丈餘。時主塔僧將發之。於夜宴寂中見西塔定身言曰。吾之遺質既勞汝重瘞。今東塔不煩更出也。塔主稟乎靈感召檀信重修補嚴飾。逮今香燈不絕。時謂陳沈二真身是也。其無了禪師嗣馬祖事蹟。廣如別章。

師始め參禮より以至て初めに返りて滅を示すまで未だ嘗て山を下らず。無了和尚の塔の東隅二百步に葬る。目して東塔と為す。數載を經て其の塔忽ち坼裂して階に連なること丈餘。時に主塔の僧將に之を發かんとす。夜の宴寂中に於て西塔の定身の言うを見る、曰く「吾が遺質既に汝の重ねて瘞めるを勞す。今東塔更に出づるを煩はさず」と。塔主靈感を稟けて檀信を召し重ねて修補し嚴飾す。今に逮んで香燈絕えず。時に謂う陳沈の二真身是れなり。其の無了禅師の馬祖に嗣ぐの事迹、廣く別章の如し。

前襄州含珠山審哲禪師法嗣

前襄州含珠山審哲禅師の法嗣

洋州龍穴山和尚。僧問。如何是祖師西來意。師曰。騎虎唱巴歌。問大善知識為什麼卻與土地燒錢。師曰。彼上人者難為醻對。

洋州龍穴山和尚。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「虎に騎りて巴歌を唱う。」問うた。「大善知識為什麼却って土地に錢を燒く。」師は言った。「彼の上人は酬對し難し。」

唐州大乘山和尚。問枯樹逢春時如何。師曰。世間希有。問如何是四面上事。師曰。升子裡𨁝跳斗子內轉身。

唐州大乘山和尚。問うた。「枯樹春に逢う時如何。」師は言った。「世間希有。」問うた。「如何に是れ四面上の事。」師は言った。「升子裏に跳びて、斗子內に身を轉ず。」(底本此の字足に從う、疑い存す)

襄州鳳山延慶院歸曉慧廣大師。僧問。言語道斷時如何師曰兩重公案。曰如何領會。師曰。分明舉似洞山問如何是鳳山境。師曰。好生看取曰如何是境中人。師曰。識麼。

襄州鳳山延慶院歸曉慧廣大師。僧問うた。「言語の道斷ずる時如何。」師は言った。「兩重の公案。」言った。「如何に領會せん。」師は言った。「分明に洞山に舉似す。」問うた。「如何に是れ鳳山の境。」師は言った。「好く看取せよ。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「識るか。」

襄州含珠山真和尚(第三世住)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。含珠密意同道者知。曰恁麼即不假羽翼便登翠嶺也。師曰鈍。問古鏡未磨時如何。師曰。昧不得。曰磨後如何。師曰。黑如漆。

襄州含珠山真和尚(第三世住)。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「含珠の密意、同道の者知る。」言った。「恁么ならば即ち羽翼を假らずして便ち翠嶺に登るなり。」師は言った。「鈍。」問うた。「古鏡未だ磨かざる時如何。」師は言った。「昧るを得ず。」言った。「磨きし後如何。」師は言った。「黑きこと漆の如し。」

前鳳翔府紫陵匡一大師法嗣

前鳳翔府紫陵匡一大師の法嗣

幷州廣福道隱禪師。僧問。如何是指南一路。師曰。妙引靈機事澄波顯異輪。問三家同到請未審赴誰家。師曰。月應千家水門門盡有僧。

并州廣福道隱禅師。僧問うた。「如何に是れ南を指すの一路。」師は言った。「妙に靈機を引く事、澄波異輪を顯す。」問うた。「三家同じく請うに至らば、未審誰が家に赴かん。」師は言った。「月千家の水に應じ、門門盡く僧有り。」

紫陵微禪師(第二世住)僧問。如何是紫陵境。師曰。寂照燈光夜已深。曰如何是境中人。師曰。猿啼虎嘯。問寶劍未出匣時如何。師曰。磐陀石上栽上柏。

紫陵微禅師(第二世住)。僧問うた。「如何に是れ紫陵の境。」師は言った。「寂照燈光夜已に深し。」言った。「如何に是れ境中の人。」師は言った。「猿啼き虎嘯く。」問うた。「寶劍未だ匣を出でざる時如何。」師は言った。「磐陀石上に柏を栽え上ぐ。」

興元府大浪和尚。僧問。既是喝河神。為什麼卻被水推卻。師曰。隨流始得妙倚岸卻成迷。

興元府大浪和尚。僧問うた。「既に河神を喝す。為什麼却って水に推し卻されし。」師は言った。「流に隨いて始めて妙を得、岸に倚れば卻って迷いと成る。」

前洪州鳳棲山同安威禪師法嗣

前洪州鳳棲山同安威禅師の法嗣

陳州石鏡和尚。僧問。石鏡不磨還照也無。師曰。前生是因今生是果。

陳州石鏡和尚。僧問うた。「石鏡磨かずして還って照らすか無し。」師は言った。「前生是れ因、今生是れ果。」

前襄州石門山獻禪師法嗣

前襄州石門山獻禅師の法嗣

石門山乾明寺慧徹禪師(第二世住)問金烏出海光天地與此光陰事若何。師曰。龍出洞兮風雨至。海嶽傾時日月明。問從上諸聖向什麼處去也。師曰。露柱掛燈籠。問師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。片雲生鳳嶺樵子處處明。問如何是和尚家風。師曰。解接無根樹能挑海底燈。問如何是祖師西來意。師曰。少林澄九鼎動浪百華新。問如何是佛法大意。師曰。三門外松樹子見生見長。問一毫未發時如何。師曰。羿善不調弓箭透三江口。問如何是佛。師曰。樵子度荒郊騎牛草不露。

石門山乾明寺慧徹禅師(第二世住)。問うた。「金烏海を出でて天地に光す、此の光陰の事若何。」師は言った。「龍洞を出づれば風雨至り、海岳傾く時日月明なり。」問うた。「從上の諸聖什麼處に向かいて去るなり。」師は言った。「露柱に燈籠を挂く。」問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「片雲鳳嶺に生じ、樵子處處に明なり。」問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「解して根無き樹を接し、能く海底の燈を挑ぐ。」問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「少林澄きて九鼎動き、浪百華新なり。」問うた。「如何に是れ佛法の大意。」師は言った。「三門外の松樹子、生を見て長を見る。」問うた。「一毫未だ發せざる時如何。」師は言った。「羿善く調えず、弓箭三江口を透す。」問うた。「如何に是れ佛。」師は言った。「樵子荒郊を度り、牛に騎りて草露れず。」

前襄州萬銅山廣德義和尚法嗣

前襄州萬銅山廣德義和尚の法嗣

襄州廣德延和尚(第二世住)初謁廣德義和尚。作禮而問曰。如何是和尚深深處。曰隱身不必須巖谷。闤闠堆堆覩者希。師曰。恁麼即酌水獻華也。曰忽然雲霧靄。闍梨作麼生。師曰。採汲不虛施。曰大眾看取第二代廣德。師次踵山門聚徒開法。僧問。如何是祖師西來意。師曰。魚躍無源水鶯啼萬古松。問如何是常在底人。師曰。臘月死蛇當大路。觸著傷人不奈何。問如何是大通智勝佛時。師曰。盛夏日輪新霽後。汝莫當輝瞪目觀。曰如何是大通智勝佛後。師曰。孤輪罷照鷲峰頂。汝報巴猿莫斷腸。問如何是作得無間業。師曰。猛火然鐺煮佛喋。師因事有頌曰。

襄州廣德延和尚(第二世住)。初め廣德義和尚を謁す。禮を作して問うて言った。「如何に是れ和尚の深深の處。」言った。「身を隱すに必ずしも巖谷を須いず、閛閠堆堆に睹る者希なり。」師は言った。「恁么ならば即ち水を酌みて華を獻ずるなり。」言った。「忽然として雲霧靄々たり、闍梨作么生。」師は言った。「汲み采ること虚しく施さず。」言った。「大衆看取せよ、第二代の廣德を。」師次いで山門を踵ねて徒を聚めて法を開く。僧問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「魚源無き水に躍り、鶯萬古の松に啼く。」問うた。「如何に是れ常に在るの底の人。」師は言った。「臘月の死蛇大路に當たる、觸著すれば人を傷つけて奈何ともせず。」問うた。「如何に是れ大通智勝佛の時。」師は言った。「盛夏の日輪新霽の後、汝輝に當りて目を瞪らして觀る莫れ。」言った。「如何に是れ大通智勝佛の後。」師は言った。「孤輪照を罷めて鷲峯の頂、汝巴猿に報いて腸を斷たしむる莫れ。」問うた。「如何に是れ無間の業を作すを得る。」師は言った。「猛火鐺を燃やして佛喋を煮る。」師事に因りて頌有りて言った。

才到洪山便垛根四平八面不言論

纔に洪山に到りて便ち根を垛む、四平八面言論せず。

他家自有眠雲志蘆管橫吹宇宙分

他家自ら雲に眠るの志有り、蘆管横吹して宇宙分かつ。

前隋州隋城山護國守澄禪師法嗣

前隋州隋城山護國守澄禅師の法嗣

隋州龍居山智門寺守欽圓照大師。僧問。兩鏡相對為什麼中間無像。師曰。自己亦須隱。曰鏡破臺亡時如何。師竪起拳。問如何是和尚家風。師曰。額上不帖牓。

隋州龍居山智門寺守欽圓照大師。僧問うた。「兩鏡相對するに為什麼中間像無し。」師は言った。「自己も亦須く隱るべし。」言った。「鏡破れ臺亡ぶ時如何。」師拳を竪起す。問うた。「如何に是れ和尚の家風。」師は言った。「額上に榜を帖せず。」

隋城山護國知遠演化大師(第二世住)僧問。舉子入門時如何。師曰。緣情體物是作麼生。問乾坤休駐意宇宙不留心時如何。師曰。總是戰爭收拾得。卻因歌舞破除休。問直截根源佛所印。摘葉尋枝我不能。意旨如何。師曰。罷攀雲樹三秋果。休戀碧潭孤月輪。

隋城山護國知遠演化大師(第二世住)。僧問うた。「舉子門に入る時如何。」師は言った。「情に緣りて物を體する是れ作么生。」問うた。「乾坤意を駐くるを休め宇宙心を留めざる時如何。」師は言った。「總て是れ戰争收拾し得て、却って歌舞に因りて破除休す。」問うた。「直に根源を截りて佛の印す所、葉を摘み枝を尋ねるは我の能わざる所。意旨如何。」師は言った。「雲樹の三秋の果を攀ぐるを罷め、碧潭の孤月輪を戀うるを休めよ。」

安州大安山能和尚崇教大師。僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。打起南山鼓唱起北山歌。問如何是三冬境。師曰。千山添翠色萬樹鎖銀華。

安州大安山能和尚崇教大師。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ���」師は言った。「南山の鼓を打ち起して北山の歌を唱い起す。」問うた。「如何に是れ三冬の境。」師は言った。「千山翠色を添え、萬樹銀華を鎖す。」

穎州薦福院思禪師(曾住唐州天目山)僧問。古殿無佛時如何。師曰。梵音何來。又問。不假修證如何得成。師曰。修證即不成。

潁州薦福院思禅師(曾て唐州天目山に住す)。僧問うた。「古殿佛無き時如何。」師は言った。「梵音何より來る。」又問うた。「修證を假らずして如何に成るを得。」師は言った。「修證すれば即ち成らず。」

潭州延壽和尚。僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。煬帝以汴水為榮。老僧以書湖池畔。

潭州延壽和尚。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「煬帝は汴水を以て榮と為し、老僧は書湖池畔を以てす。」

隋城山護國志朗圓明大師(第三世住)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。淨果嫡子疎山之孫。問如何是萬法之根源。師曰。空中收不得護國不能該。

隋城山護國志朗圓明大師(第三世住)。僧問うた。「師は誰家の曲を唱い、宗風は阿誰に嗣ぐ。」師は言った。「淨果の嫡子、疏山の孫。」問うた。「如何に是れ萬法の根源。」師は言った。「空中收め得ず、護國能く該めず。」

前蘄州烏牙山彥賓禪師法嗣

前蘄州烏牙山彥賓禅師の法嗣

安州大安山興古禪師。僧問。亡僧遷化向什麼處去也。師曰。昨夜三更月上峰。問維摩寂默是說不是說。師曰。暗裡石牛兒超然不出戶。

安州大安山興古禅師。僧問うた。「亡僧遷化して什麼處に向かいて去るなり。」師は言った。「昨夜三更月峯に上る。」問うた。「維摩の寂默是れ說か是れ說に非ずや。」師は言った。「暗裏の石牛兒超然として戶を出でず。」

蘄州烏牙山行朗禪師。僧問未作人身已前作什麼來。師曰。海上石牛歌三拍。一條紅線掌間分。問迦葉上行衣何人合得披。師曰。天然無相子不掛出塵衣。

蘄州烏牙山行朗禅師。僧問うた。「未だ人身を作さざる已前、什麼を作し來る。」師は言った。「海上の石牛三拍を歌い、一條の紅線掌間に分かつ。」問うた。「迦葉上行の衣何人か合して披くを得。」師は言った。「天然の無相子、出塵の衣を挂けず。」

前鳳翔府青峰和尚法嗣

前鳳翔府青峯和尚の法嗣

西川靈龕和尚。僧問。如何是諸佛出身處。師曰。出處非幹佛春來草自青。問碌碌地時如何。師曰。試進一步看。

西川靈龕和尚。僧問うた。「如何に是れ諸佛の身を出すの處。」師は言った。「出すの處佛に干らず、春來れば草自ら靑し。」問うた。「碌碌地の時如何。」師は言った。「試しに一步を進めて看よ。」

京兆紫閣山端己禪師。僧問。四相俱盡立什麼為真。師曰。爾什麼處去來。問渭水正東流時如何。師曰。從來無間斷。

京兆紫閣山端己禅師。僧問うた。「四相俱に盡くるに、什麼を立てて真と為す。」師は言った。「汝什麼處か去り來る。」問うた。「渭水正しく東流す時如何。」師は言った。「從來間斷無し。」

房州開山懷晝禪師。僧問。作何行業即得不違千聖。師曰。妙行無倫匹情玄體自殊。問有耳不臨清水洗。無心誰為白雲幽。師曰。無木掛千金。曰掛後如何。師曰。杳杳人難辨。

房州開山懷晝禅師。僧問うた。「何の行業を作せば即ち千聖に違わざるを得。」師は言った。「妙行倫匹無し、情玄體自ら殊なり。」問うた。「耳有りて淸水に臨みて洗わず、心無くして誰か白雲の幽を為す。」師は言った。「木無し、千金を挂く。」言った。「挂けし後如何。」師は言った。「杳杳として人辨え難し。」

幽州傳法和尚。僧問。教意與祖意是同是別。師曰。華開金線秀古洞白雲深。問別人為什麼徒弟多。師為什麼無徒弟。師曰。海島龍多隱茆茨鳳不棲。

幽州傳法和尚。僧問うた。「教意與祖意は是れ同か是れ別か。」師は言った。「華開きて金線秀で、古洞白雲深し。」問うた。「別人は為什麼徒弟多し。師為什麼徒弟無し。」師は言った。「海島に龍多く隱れ、茆茨に鳳栖まらず。」

益州淨眾寺歸信禪師。僧問。蓮華未出水時如何。師曰。菡萏滿池流。曰出水後如何。師曰。葉落不知秋。問不假浮囊便登巨海時如何。師曰。紅嘴飛超三界外。綠毛也解道煎茶。

益州淨衆寺歸信禅師。僧問うた。「蓮華未だ水を出でざる時如何。」師は言った。「菡萏池に滿ちて流る。」言った。「水を出でし後如何。」師は言った。「葉落ちて秋を知らず。」問うた。「浮囊を假らずして便ち巨海に登る時如何。」師は言った。「紅嘴三界外を飛超し、綠毛も亦解して煎茶を道う。」

青峰山清免禪師(第二世住)僧問。久醞蒲萄酒今日為誰開。師曰。飲者方知。問如何是祖師西來意。師曰。耨池無一滴四海自滔滔。

青峯山淸免禅師(第二世住)。僧問うた。「久しく蒲萄の酒を醞す、今日誰が為に開く。」師は言った。「飲む者方に知る。」問うた。「如何に是れ祖師西來意。」師は言った。「耨池一滴無し、四海自ら滔滔たり。」

景徳伝燈録巻第二十三

独行独坐して常に巍巍たり、百億の化身は数量無し。

吉州青原山行思禪師第八世七十四人

縱令逼塞して虚空に満つとも(底本は「偪塞」に作る)、看る時は微塵の相を見ず。

漳州羅漢院桂琛禪師法嗣七人金陵清涼文益禪師

笑うべし物かな比況無きを、口は明珠を吐いて光晃晃たり。

襄州清谿洪進禪師

尋常に見れば説けば不可思議、一語標名して言下に当たる。

金陵清涼休復禪師

また偈に曰く、

撫州龍濟紹修禪師

天は能く蓋わず地は載せず、去る無く来る無く障碍無し。

杭州天龍寺秀禪師

長き無く短き無く青黄無く、中間にも内外にも在らず。

潞州延慶傳殷禪師

群を超え衆を出でて太虚玄たり、物を指して心を伝うも人は会せず。

衡嶽南臺守安禪師(已上七人見錄)

その他叩くに随いて應じた。道俗の施す所を以て金字の『般若』・『法華経』を造った。時に衆が師に二経を講ずるを請い、文に随いて解を發した。復た門人の智顗に命じて代講せしめた。一心に万行を具すに至りて、疑有りて決を請うた。師が言った。「お前の疑う所は乃ち『大品』の次第の意のみ、未だ是れ『法華』の圓頓の旨に非ず。我は昔夏中に一念頓に發し、諸法前に見えたり。我すでに身に証せり、疑を致すを労せず。」顗は即ち咨へて『法華』の行を受け、三七日にして悟を得た(顗は即ち天臺教主の智者大師、下の章に出ず)。陳の光大元年六月二十三日、大蘇山より四十余僧を將いて徑く南嶽に趣き、便ち言った。「我はこの山に寄りて止まること十载を期す。已後は必ず遠游を事とせん。我が前身はかつてこの処を履めり。」巡りて衡陽に至り、一処の林泉の勝異に值った。師が言った。「これ古寺なり。我は昔かつて居たり。」掘らしむるに、基址なお存す。また岩下を指して言った。「我はここに坐禅して、賊が我が首を斬りたり。」尋ねて枯骸一聚を得た。これより化道彌いに盛んなり。陳主は屡々慰勞供養を致し、大禅師と目した。將に世に順わんと欲して、門人に謂うて言った。「もし十人有りて身命を惜しまず、常に『法華』・『般舟念仏三昧』・『方等懺悔』を修して、証見するに期する者は、須する所有らば我自ら供給せん。もしこの人無ければ、我は即ち遠く去らん。」時に衆は苦行の事難しと以て、答える者無し。師は乃ち衆を屏り、泯然として逝した。小師の雲辯が號叫した。師は目を開きて言った。「お前は是れ惡魔。我將に行かんとす。何ぞ驚動して我を妨乱するや。癡人出で去れ。」言い訖りて長く往いた。時に異香室に満ち、頂は暖かに身は軟らかにして、顔色常のごとし。即ち太建九年六月二十二日なり。寿六十四。およそ著述有るは皆口授して、删改する所無し。『四十二字門』兩卷、『無諍行門』兩卷、『釋論玄』『随自意』『安樂行』『次第禅要』『三智觀門』等の五部各一卷を撰み、並びに世に行われた。

福州僊宗契符大師法嗣二人福州僊宗洞明大師

天臺山修禅寺の智者禅師智顗は荆州華容の人。姓は陳氏。母は徐氏。始めて娠するや、五色の香煙懐に縈繞するの夢を見た。誕生の夕、祥光鄰里に燭く。幼くして奇相有り、膚は垢を受けず。七歳にして果願寺に入り、僧が『法華経』の『普門品』を誦するを聞きて即ち随い念じた。忽然として自ら七卷の文を憶記し、宛ら宿習のごとし。十五にして仏像を礼し、出家を誓志した。恍として夢のごとく大山海際に臨むを見、峰頂に僧の手を招く有り、復た一の伽藍に接し入れて言った。「お前は当にここに居るべし。お前は当にここに終るべし。」十八にして双親を喪い、果願寺に於て僧の法緒について出家した。二十にして具に進んだ。陳の天嘉元年に光州大蘇山の慧思禅師に謁した。思は一見して便ち彼に對して言った。「昔靈鷲に同じく『法華経』を聴き、今復た來れり。」即ち普賢の道場を以て示し、四安樂行を説いた。師は觀に入ること三七日、身心豁然として、定慧融會した。宿通潜かに發し、唯だ自ら明らかに了とす。悟る所を以て思に白した。思が言った。「お前に非ざれば証せず、我に非ざれば識る莫し。此乃ち『法華』三昧の前の方便・初旋陀羅尼なり。縱令文字の師千万なりとも、お前の辯を窮める能わず。お前は燈を伝うべし。最後の仏種を斷ずる者と作る莫れ。」師はすでに印可を承け、太建元年に礼を辞し、金陵に住して化を闡いた。およそ法を説くに文字を立てず、辯才を以ての故に晝夜倦まず。七年乙未、徒衆を謝遣し、天臺山佛隴峰に隱れた。定光禅師有りて先にこの峰に居り、弟子に謂うて言った。「間もなく当に善知識有りて徒を領してここに至らん。」俄爾として師至る。光が言った。「まだ疇昔手を挙げて招引したる時を憶えるか否か。」師は即ち像を礼したるの征を悟り、悲喜懐に交わった。乃ち手を執りて共に庵所に至った。その夜空に鐘磬の声を聞いた。師が言った。「是れ何の祥ぞ。」光が言った。「これ是れ犍稚の僧を集むる得住の相。この処の金地は我已に之に居たり。北峰の銀地は、お前宜しくそこに居りて山を開くべし。」後に宣帝が修禅寺を建て、始豊縣の租を割いて以て衆費に充てた。及んで隋の煬帝が師に請うて菩薩戒を受けしめ、師は帝の為に法名を立て、總持と号した。帝は乃ち師を智者と号した。師は常に謂う。『法華』は一乗の妙典にして、化城の執教を蕩め、草庵の滯情を釋し、方便の權門を開き、真実の妙理を示し、衆善の小行を會して廣大の一乗に歸すと。遂に玄義を出だし、釋名・辨體・明宗・論用・判教相の五重を説く。名は則ち法喻齊しく挙ぐ。一乗妙法は即ち衆生の本性にして、無明煩惱に在りて染められず、蓮華の淤泥に處りて體…

泉州福清行欽禪師(已上二人見錄)

妙法蓮華は即ち復の一なり(法と譬は復と為す)。名は以て體を召す。體は即ち実相。一切の相は実相を離れて體無き故と謂う。宗は則ち一乗の因果。開示悟入して仏の知見を得べき尊尚の故。用は則ち力用。開・廢・會の義を以てその力有るが故。然る後に教相を判ずる者は、如来一代の説を以て、總じて五時八教と判ず。五時とは、一に、仏の初めて道を成じて上根の菩薩の為に華嚴を説く時、二に、小機の為に阿含を説く時、三に、偏を彈じ小を折り、大を歎じ圓を褒めて方等を説く時、四に、相を蕩め執を遣わして般若を説く時、五に、權を會して實に歸し、三乗の人および一切衆生に成仏の記を授け、『法華』・『涅槃』を説く時。八教とは、化儀の四教を謂い、即ち頓・漸・祕密・不定なり。化法の四教は、即ち蔵(生滅の四諦)・通(無生)・別(無量)・圓(無作の四諦は唯だ『法華』の圓理。乃至生産の業を治するも、一色一香も実相に非ざるなし)なり。三世の如来の演ぶる所を該め、殫くしてその致を盡くす(四正三接は本教のごとく廣し)。これを舍てれば皆魔説の故。教理すでに明らかなれば、觀行に非ざれば性を復する無し。乃ち一心三諦の理(真・俗・中)に依りて、三止三觀を示す。一一に心を觀じ、念々獲るべからず。先ず空、次に假、後に中。二辺を離れて一心を觀ずるは、雲外の月のごとき者、此乃ち別教の行相なり。かつて説く、一切の惑を破るは空より盛んなるは莫く、一切の法を建つるは假より盛んなるは莫く、一切の性を究竟するは中より大なるは莫し。故に一中は一切中、假無く空無くして中ならず。空と假もまた爾り。即ち圓教の行相。摩醯首羅天の三目のごとく、縱横並び別ならざるが故(第十四祖の龍樹菩薩の偈に曰く、因縁の生ずる所の法は、我が説く即是れ空、また名づけて假名と為し、また中道の義と名づく。これ『楞厳』・『圓覺経』の奢摩他・三摩鉢底・禅那の三觀を説くと、名目は殊なれどもその致は一なり。達磨大師は心を以て心を伝え、名数に滯らず、直に上々の根智の為にして、筌を忘れ意を忘れしむ。故にこの教と同じくして同じからず。智者禅師は理を窮め性を盡くす、備足の門。故に禅宗と異なりて而も異ならざるなり)。三觀圓に成れば、法身素ならず、即ち貧子に同じくするを免る。なお学者の修性に昧くあるいは偏執に堕ちんことを慮り、故に復た六即の義を創めて以てこの患を絕つ。一、理即の仏とは、十法界の衆生は下は蟭螟に至るまで、同じく妙性を禀け、本より已來常住清淨にして、覺體圓滿し、一理齊平なるが故(名相を執する者は即心即仏を信ぜず、これを睹て信を生ず)。二、名字即の仏とは、理性は坦平なれども、流に随う者は日用して知らず、必ず言教の外熏を假りて、名字を聞くを得て信を生じ解を發すが故(『起信論』に説く、妄想心有るを以ての故に、能く名義を知る。これより已下は暗證の者を簡ぶ)。三、觀行即の仏とは、すでに名を聞きて開解し、

杭州天龍重機大師法嗣一人高麗雪嶽令光禪師(一人見錄)

前の三觀を假りて源に返るを要すが故(圓教の外凡なり。圓に五陰を觀じて不思議の境と為す、即ち五品位なり。大師はこの位に居るを示す。別教の十信および蔵通教は、皆資糧位と名づく)。四、相似即の仏とは、觀行の功深く、相似の用を發すが故(内凡なり。圓に無明を伏え、十信の鐵輪位に入る。見思の惑を斷ぜず。七信に至りて以て去れば、見思の惑自ら隕れ、六根清淨を得。経の説くがごとく、父母の生じたる眼は悉く三千界を見る云云。思大禅師はこの位に居るを示す。もし別教は乃ち地前の三十心なり。蔵通は皆加行位と名づく。『楞厳経』・『唯識論』は三十心の後に、別に四加行を立つ。名位は同じと雖も、詮旨迥く異なり。唯だ通悟の者は善巧に融會す)。五、分真即の仏とは、三心開發して真如の用を得、位位増勝するが故(圓の初住を發すれば即ち銅輪位なり。龍女の一念成仏して百界の身を現ずるがごとし。これより轉じて勝れて等覺位に至る。およそ四十一心は盡く真因と目す。分位は殊なれども、圓理は別無し。もし別教は即ち十地と名づく。蔵通は皆見道位と言う)。六、究竟即の仏とは、無明永く盡き、覺心圓極まり、証して証する所無きが故(妙覺なり。『起信』に説く、始本不二、名づけて究竟覺と為す。『仁王』は寂滅の上忍と名づく。別教は權仏に攝し、圓行の第二位に對すのみ。蔵通の二教の仏は知るべし)。上のごとき六位すでに皆即ち仏(屈せず濫れず)、通じて法報化の三身を具えて正と為す(三寶三德は屬對交絡す。乃至十種の三法は含攝して遺す無し。偈に曰く、道は性般若を識る。菩提は大乘の身。涅槃は三寶の德。一一皆三法)。随い居るに四土を以て依と為す。四土とは、一に常寂光(法性の土なり。法身之に居り、身土相称す)、二に實報無障碍(二受用を攝す。自受用の土は報仏自ら居る。他受用の土は地に登る菩薩の居る所)、三に方便有余、四に淨穢同居(並びに應化の土なり。地前の菩薩・二乗・凡夫の居る所)。その實は則ち身に非ず土に非ず、優無く劣無し。機に對するが為の故に假に身土を説きて優劣を分つ。師は身土の互いに融り權實无碍なるを得たり。故に三十余年晝夜に宣演す。四種の益を生じ、四悉檀を具う(悉は遍なり。檀は翻して名づけて施と為す。禅師の法は遍く有情に施して、根に随いて益を得。説くがごとく、世界悉檀は歓喜の益を生ず云云)。門人の灌頂は日に万言を記して之を編結した。總じて目して天臺教と為す。別は則ち諸の部類に分かつ(『法華玄義』・『文句』・大小『止觀』・『金光明』・『仁王』・『淨名』・『涅槃』の諸觀章・『十六觀経』等および四教禅門、およそ百余軸)。歴代に付授して、江浙に盛んなり。隋の開皇十七年十一月十七日、帝は使を遣わして師を詔した。將に行かんとして、乃ち門人に告げて言った。「我は今往きて返らず。お前等は当に佛隴の南寺を成就すべし。一に我が圖に依れ。」

婺州國泰瑫禪師法嗣一人婺州齊雲寶勝禪師(一人見錄)

侍者が言った。「師の力に非ざれば、豈に成辦せんことを得んや。」師が言った。「乃ち是れ王家の辦ずる所。お前等は之を見る、我は見ざるなり。」(師は初め石橋に寺を建てんと欲した。禅寂にして三の神人を見、皂幘絳衣にして一の老僧に從う。師に謂うて言った。「もし寺を造らんと欲せば、今その時に非ず。三国一成する時、当に大力の施主有りて師と寺を造らん。寺成れば国即ち清し。宜しく国清と号すべし。」言い訖りて見えず。開皇十八年、帝は司馬王弘を遣わして山に入りて圖に依りて寺を造らしめ、方に前の志に應えた。)師は二十一日に剡東の石城寺の百尺の石像の前に到りて進まず。二十四日に至りて侍者を顧みて言った。「觀音來迎す、間もなく去るべし。」時に門人の智朗が請うて言った。「いまだ何の位に何と生ずるかを審らかにせず。」師が言った。「我は衆を領せざれば、必ず六根を淨めん。己を捐ねて他を利すれば、五品に預るを獲るのみ。」(五品弟子は、即ち『法華』三昧の前方便の位にして、思大禅師の昔語と冥符す。)筆を命じて觀心の偈を作り、諸法門の綱要を唱え訖りて、趺坐して逝した。寿六十、臘四十。弟子等は迎えて佛隴岩に歸した。大業元年九月、煬帝は淮海に巡幸して、使を遣わして弟子の智璪および題せし寺額を送りて山に入りて師の忌齋に赴かしめた。到る日に僧を集め、石室を開けば唯だ空榻を睹るのみ。時に會する千僧至りて、忽ち一人剩りて、都て師の化身來りて国供を受くと謂えり。師は始め禅教を受け、滅度に終るまで、常に一の壞衲を披き、冬夏釋かず。來往して天臺山に居ること二十二年。大道場を建造すること一十二所、国清最もその後に居る。および荊州玉泉寺等共に三十六所。僧を度すること一万五千人。経を写すこと一十五藏。金銅の塑画像を造ること八十万尊。事迹甚だ廣し、本傳のごとし。

福州昇山白龍道希禪師法嗣五人福州廣平玄旨禪師

泗州の僧伽大師は、世に觀音大士の應化と謂う。本を推せば過去阿僧祇殑伽沙の劫に觀世音如来に值い、三慧の門に從りて道に入り、音声を以て仏事と為した。ただこの土の縁有る衆を以て、乃ち大師は西国より来たりと謂う。唐の高宗の時に長安・洛陽に至り、化を行うこと吳楚の間を歴た。手に楊枝を執り、緇流に混じった。あるいは師の何の姓かを問えば、即ち答えて言った。「我は姓は何。」また師は何の国の人かを問う。師が言った。「我は何国の人。」尋いで泗上に於て伽藍を構えんと欲して、因りて宿す。州民の賀跋氏が居る所を舍てた。師が言った。「これ本佛宇と為る。」地を掘らしむるに、果たして古碑を得て、香積寺と説き、即ち齊の李龍建の創る所。また金像を獲て、衆は燃燈如来と謂う。師が言った。「普光王仏なり。」因りて以て寺額と為した。景龍二年、中宗は使を遣わして大師を輦轂に迎え、深く礼を加えて異とし、大薦福寺に住せしめた。帝および百官は咸く弟子と稱し、慧儼・慧岸・木叉の三人を度すと與す。御書の寺額(普光王寺)。三年三月三日に大師は滅を示した。勅して薦福寺に就いて身を漆りて塔を起たしめた。忽ち臭気城に滿つ。帝は祝して師を臨淮に歸り送るに、言い訖りて異香騰馥した。帝は萬回に問うて言った。「僧伽大師は是れ何人ぞ。」言った。「觀音の化身のみ。」乾符の中に證聖大師と諡した。皇朝の太平興國の中、太宗皇帝は重ねて浮圖を創り、壯麗超絕なり。

福州白龍清慕禪師

萬回の法雲公は虢州閿郷の人。姓は張氏。唐の貞觀六年五月五日に生まれた。始め弱齡に在りて、啸傲すること狂のごとく、鄉黨は測る莫し。ある日家人に灑掃せしめて言った。「勝客來る有り。」是日三蔵の玄奘が西国より還りて之を訪えた。公は印度の風境を問うに、見る所のごとく了り。奘は礼を作し圍繞し、是れ菩薩と稱した。兄の萬年有りて、久しく遼左に征す。母の程氏はその音信を思う。公が言った。「これ甚だ易し。」乃ち母に告げて往き、暮に至りて還った。及んで書を持ちて到れば、鄰里驚異した。龍興寺の沙門の大明有りて、少くして相い狎れたり。公は來往して明師の室に入る。正諫大夫の明崇儼あって夜寺を過ぎるに属し、公の左右に神兵の侍衛するを見て、崇儼は之に駭いた。詰旦明師に言うて、復た厚く金繒を施し、礼を作して去った。咸亨四年、高宗は召して内に入れた。時に扶風の僧の蒙澒なる者有りて、甚だ多くの靈跡有り、先に内に在り、每に言った。「回來回來。」及んで公至るに、また言った。「替わりて到れば当に去るべし。」旬日を迨りて澒は卒した。景雲二年辛亥十二月八日、師は長安の醴泉里にて卒した。寿八十。時に異香氤氳として、體を挙げて柔軟なり。制して司徒・虢国公を贈り、丧事は官が給した。三年正月十五日に京西の香積寺に窆した。

福州靈峰志恩禪師

天臺の豊干禅師は、何の許の人かを知らず。天臺山国清寺に居た。髮を剪りて眉に齊しく、布裘を衣た。人あるいは佛理を問えば、ただ「随时」の二字を答えた。かつて道歌を誦唱し、虎に乘りて松門に入れば、衆僧驚畏した。本寺の厨の中に二の苦行有りて、寒山子・拾得と曰う。二人は爨を執り、終日晤語し、潜かに聴く者は都て體解せず。時に風狂子と謂う。獨り師と相い親しんだ。ある日寒山が問うた。「古鏡磨かざればどう照燭するか。」師が言った。「冰壺に影像無く、猿猴は水月を探る。」言った。「これは是れ照燭せざるなり、さらに師に道うを請う。」師が言った。「万德將て來らず、我に何を道わしめん。」寒拾は俱に礼拝した。師は尋いで獨り五臺山に入りて巡礼し、一の老翁に逢うた。師が問うた。「まさか是れ文殊か否か。」言った。「豈に二文殊有るべけんや。」師は礼を作して未だ起たざるに、忽然として見えず(趙州の沙彌が和尚に挙似す。趙州は豊干に代わりて言う、「文殊文殊」)。後に天臺山に回りて滅を示した。初め閭丘の公胤が丹丘の牧に出でんとして、將に巾車を議せんとすに、忽ち頭疼を患えて醫も愈す能わず。師は之に造りて言った。「貧道は天臺より使君に謁せんが為に來れり。」閭丘は且く病を告げた。師は乃ち淨器を索め、水を咒して之に噴けば、斯須に立ちて瘥えた。閭丘は之を異として、一言を乞うてこの去るの安危の兆を示さんとす。師が言った。「任に到りて文殊・普賢に謁するを記えよ。」言った。「この二菩薩は何に在るか。」師が言った。「国清寺の爨を執り器を洗う者の寒山・拾得是れなり。」閭丘は拜して辞した。方に行きて尋ねて山寺に至り、この寺に豊干禅師有るか否か、寒山・拾得は復た是れ何人ぞと問うた。時に僧の道翹あって對して言った。「豊干の旧院は經藏の後に在り、今は扃じて人無し。」(底本はこの字は門に從う、当に「扃」たるべし、疑を存す。)寒拾の二人は僧厨に見えて役を執る。閭丘は師の房に入りて、唯だ虎跡を見るのみ。復た道翹に問うた。「豊干はここに在りて何の行業を作すか。」翹が言った。「唯だ穀を舂きて僧に供することを事とし、閑かなれば則ち諷詠す。」乃ち厨に入りて寒拾を尋訪す、下の章に之を叙するがごとし。

福州東禪玄亮禪師

天臺の寒山子は本來氏族無し。始豊縣の西七十里に寒・明の二岩有り。その寒岩の中に居止するを以て名を得たり。容貌枯悴し、布襦零落し、樺皮を以て冠と為し、大きな木履を曳いた。時に国清寺に來り、拾得に就いて衆僧の残食の菜滓を取りて之を食う。あるいは廊下を徐行し、あるいは時に叫噪し、空を望みて慢罵す。寺僧は杖を以て逼逐せば、身を翻して掌を拊ち大笑して去った。言を出すこと狂のごとくと雖も意趣有り。ある日豊干が之に告げて言った。「お前我と五臺に游べば即ち我が同流、もし我と去らざれば我が同流に非ず。」言った。「我は去らず。」豊干が言った。「お前は我が同流に非ず。」寒山は却って問うた。「お前は五臺に去りて何を作すか。」豊干が言った。「我は去りて文殊に礼せん。」言った。「お前は我が同流に非ず。」暨んで豊干滅して後、閭丘公は山に入りて之を訪えた。寒拾の二人が爐を圍みて語笑するを見た。閭丘は覺えず拜を致した。二人は聲を連ねて咄叱した。寺僧驚愕して言った。「大官は何ぞ風狂の漢に拜するや。」寒山は復た閭丘の手を執り、笑うて言って曰く。「豊干は饒舌なり。」久しくして之を放した。これより寒拾は相携えて松門を出で、さらに復た寺に入らず。閭丘はまた寒岩に至りて礼謁し、衣服・藥物を送った。二士は高聲に之を喝して言った。「賊賊。」便ち身を縮めて岩石の縫中に入り、ただ言う。「お前の諸人に報ゆ、各々努力せよ。」その石の縫は忽然として合した。閭丘は哀慕して、僧の道翹に令してその遺物を尋ねしめた。林間に於て葉上の書する所の辭頌および村墅人家の屋壁に題する所を得て、共に三百余首、人間に傳布した。曹山の本寂禅師は注釋して、これを寒山子の詩に對すと謂う。

漳州報劬玄應禪師(已上五人見錄)

天臺の拾得は名氏を言わず。豊干禅師が山中を經行し、赤城の道側に至りて兒の啼く声を聞き、遂に之を尋ねて一の子を見るに可なり数歳なり。初め牧牛の子と謂えり。及んで之に問えば、孤棄して此に在りと言う。豊干は乃ち名づけて拾得と為し、携えて国清寺に至り、典座の僧に付して言った。「あるいは人來りて認めば、必ず之を還すべし。」後に沙門の靈熠が攝受して、食堂の香燈を知らしめた。忽ち一日輒爾として座に登り、仏像と對盤して餐す。復た憍陳如上座の塑形の前に於て呼びて言った。「小果の声聞。」僧は之を驅る。靈熠は忿然として尊宿等に告げ、その主る所を罷めて、厨內に器を滌わしめた。常日齋畢りて、食滓を澄濾して筒を以て之を盛る。寒山來れば即ち之を負いて去った。ある日地を掃う。寺主が問うた。「お前は名を拾得と曰う。豊干がお前を拾い得て歸らしめた。お前は畢竟何を姓とし、どの処に在りて住するか。」拾得は箒を放下して叉手して立った。寺主は測る罔し。寒山は胸を捶ちて言った。「蒼天蒼天。」拾得は却って問うた。「お前は何を作すか。」言った。「豈に道うを見ざらんや、東家に人死なば西家は哀を助くと。」二人は舞を作し哭笑して出でた。伽藍を護る神の廟有り。每日僧厨の下食は烏の所有と為る。拾得は杖を以て之を抶ちて言った。「お前は食を護る能わず、安んぞ伽藍を護る能わんや。」此の夕、神は合寺の僧に夢に附して言った。「拾得は我を打つ。」詰旦諸僧は夢を説くに符同せり。一寺紛然として、牒を州縣に申した。郡の符至りて言った。「賢士隱遁し、菩薩の應身なり、宜しく用いて之を旌すべし。」拾得を賢士と号す(石に隱れて逝す、寒山の章に見ゆ)。時に道翹は寒山の文句を纂録し、拾得の偈を以て之に附した。今略して数篇を録し、別卷に見ゆ。

泉州招慶法因大師法嗣七人泉州報恩宗顯大師

明州奉化縣の布袋和尚は、氏族いまだ詳かならず。自ら名を契此と稱す。形裁は腲脮(烏罪切・奴罪切)にして、額を蹙め腹皤然たり。語を出すに定まらず、寝臥は処に随う。常に杖を以て一の布囊を荷い、およそ身に供する具は盡く囊中に貯えた。市肆聚落に入り、物を見れば則ち乞う(底本の「市」の上一の字は网に從う、当に「市」たるべし)。あるいは醯醢魚菹も才かに口に接すれば、少許を分ちて囊中に投ず(底本の「菹」の字は草に從う、疑を存す)。時に長汀子の布袋師と号す。かつて雪の中に臥すも、雪は身に沾らず、人はこれを以て奇と為す。あるいは人に就いてその貨を乞えば則ち售る。人に吉凶を示せば、必ず期に應じて忒無し。天將に雨らんとすれば即ち濕草履を著けて途中に驟行す。亢陽に遇えば即ち高齒の木履を曳き、市橋の上に膝を竪てて眠る。居民はこれを以て験知した。一の僧有りて師の前を行けば、師は乃ち僧の背を拊つこと一下。僧は頭を回らす。師が言った。「我に一文錢を乞え。」言った。「道い得れば則ちお前に一文を與えん。」師は布囊を放下して叉手して立った。白鹿和尚が問うた。「どういうのが布袋か。」師は便ち布袋を放下した。また問うた。「どういうのが布袋の下の事か。」師は之を負いて去った。先に保福和尚が問うた。「どういうのが佛法の大意か。」師は布袋を放下して叉手した。保福が言った。「ただかくのごときのみか、為にさらに向上の事有るか。」師は之を負いて去った。師は街衢に立ちて在り。僧有りて問うた。「和尚はここに在りて何を作すか。」師が言った。「個の人を等つ。」言った。「來れり來れり。」(歸宗の柔和尚は別に言う、「歸去來」)師が言った。「お前は是れこの個の人に非ず。」言った。「どういうのがこの個の人か。」師が言った。「我に一文錢を乞え。」師に歌有りて曰く、

金陵龍光澄忋禪師

ただ個の心心心は是れ仏、十方の世界の最靈の物。

永興北院可休禪師

縱横の妙用は憐れむべし生、一切は心の真実に如かず。

郴州太平清海禪師

騰騰として自在に為す所無く、閑閑として究竟の出家の兒。

連州慈雲慧深大師

もし目前の真の大道を睹れば、纖毫を見ざるもまた大いに奇なり。

郢州興陽道欽禪師(已上六人見錄)

万法何ぞ殊ならん心何ぞ異ならん、何ぞさらに経義を尋ねるを労せん。

漳州保福清谿禪師(一人無機錄語句不錄)

心王は本より自ら多知を絶ち、智者はただ無學の地を明らむ。

婺州報恩寶資禪師法嗣一人處州福林澄和尚(一人見錄)

聖に非ず凡に非ず復た若くはや、強いて分別せず聖情孤なり。

處州翠峰從欣禪師法嗣一人處州報恩守真禪師(一人見錄)

無價の心珠は本より圓淨、およそ是れ異相は妄りに空しく呼ぶ。

襄州鷲嶺明遠禪師法嗣一人襄州鷲嶺第二世通和尚(一人見錄)

人は能く道を弘め道は分明、無量の清高は道情を稱う。

杭州龍華志球禪師法嗣一人仁王院俊禪師(一人見錄)

錦を携えてもし故国の路に登らば、諸処に声を聞かざるを愁うる莫れ。

漳州保福可儔禪師法嗣一人漳州隆壽無逸禪師(一人見錄)

また偈有りて曰く、

潭州延壽寺慧輪禪師法嗣二人廬山歸宗道詮禪師

一鉢千家の飯、孤身万里の游。

潭州龍興裕禪師(已上二人見錄)

青目は人を睹ること少なく、路を問うは白雲の頭。

韶州白雲祥和尚法嗣六人韶州大歷和尚

梁の貞明二年丙子三月、師將に滅を示さんとす。嶽林寺の東廊下に於て磐石に端坐し、而して偈を説いて曰く、

連州寶華和尚

彌勒真の彌勒、分身して千百億。

韶州月華和尚

時時に時人を示すも、時人自ら識らず。

南雄州地藏和尚

偈畢りて安然として化した。その後他州に人有りて師がまた布袋を負いて行くを見たり。ここに四衆競うてその像を圖す。今嶽林寺の大殿の東堂に全身見存す。

英州樂淨含匡禪師

諸方の雑挙・征拈・代別の語

韶州後白雲和尚(已上六人見錄)

障蔽魔王は諸の眷属を領して、一千年に金剛齊菩薩の起處を覓むるも得ずと随い來れり。忽ち一日に因りて得て見るや、乃ち問うて言った。「お前は当に何に住すべきか。我は一千年に諸の眷属を領してお前の起處を覓むるも得ず。」金剛齊が言った。「我は有住に依りて住せず、無住に依りて住せず、かくのごとくして住す。」(法眼が挙げて言う、「障蔽魔王の金剛齊を見ざるは即ち且く從う。ただ金剛齊はまだ障蔽魔王を見るか。」)

朗州德山緣密大法師嗣二人潭州鹿苑文襲禪師

外道が仏に問うて言った。「有言を問わず、無言を問わず。」世尊は良久した。外道は礼拝して言った。「善なるかな世尊。大慈大悲にして我が迷雲を開き、我をして入るを得しめたり。」外道が去り已んぬれば、阿難が仏に問うて言った。「外道は何を以て証する所として入るを得と言えるか。」仏が言った。「世間の良馬の鞭影を見て行くがごとし。」(玄覺が征して言う、「どの処か是れ世尊の鞭を挙ぐる処。」雲居の錫が言う、「会せんと要するか。如今堂に歸り去るは復た是れ阿誰。」東禅の齊が拈じて言う、「どの処か是れ外道の悟る処。衆中に世尊の良久せし時を道えば、便ち是れ鞭を挙ぐる処。そう会すればまだ得る已否か。」)

澧州藥山可瓊禪師(已上二人見錄)

緊那羅王が無生の樂を奏して世尊に供養す。王は有情無情に俱に王に随いて去れと敕す。もし一物有りて王に随わざれば、即ち仏の処に去るを得ず。また無厭足王が大寂定に入る。王は有情無情皆王に順えと敕す。もし一物有りて王に順わざれば、即ち大寂定に入るを得ず。(雲居の錫が言う、「有情の去るは且く從う。ただ山河大地のごときは是れ無情の物、どう亦た王に随いて去るの道理を説かん。」)

西川青城香林澄遠禪師法嗣一人灌州羅漢和尚(一人見錄)

罽賓の国王が劍を秉りて師子尊者の前に詣りて問うて言った。「師は蘊空を得たか否か。」師が言った。「已に蘊空を得たり。」言った。「すでに蘊空を得たれば、生死を離れたか否か。」師が言った。「已に生死を離れたり。」言った。「すでに生死を離れたれば、師に就いて頭を乞うにまだ得るか否か。」師が言った。「身は我の有に非ず、豈に況んや頭に於てをや。」王は便ち之を斬り、白乳を出だす。王の臂自ら墮つ。(玄覺が征して言う、「さあ道え、斬り著けたか斬り著けざるか。」玄沙が言う、「大小の師子尊者は頭に主を作す能わず。」玄覺はまた言う、「玄沙がそう道う。人に主を作さんと要するか人に主を作さざらんと要するか。もしも人に主を作さんと要せば、蘊は即ち空ならず。もし人に主を作さざらんと要せば、玄沙がそう道う意はどの処に在るか。試しに斷じて看よ。」)

襄州洞山寺初禪師法嗣一人潭州道崧禪師(一人無機緣語句不錄)

問うた。「全身が義なれば師に一決を請う。」師が言った。「お前の義は自ら破れる。」問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「慈悲喜捨を流出する。」問うた。「百年の暗室は一燈がよく破る。どういうのが一燈ですか。」師が言った。「百年を何と論ずるか。」問うた。「どういうのが正真の道ですか。」師が言った。「一願にもお前を行かせ、二願にもお前を行かせる。」問うた。「どういうのが一真の地ですか。」師が言った。「地には一真はない。」言った。「どう卓立しますか。」師が言った。「さらに交渉なし。」問うた。「どういうのが古仏ですか。」師が言った。「即今にも嫌う処なし。」問うた。「十二時の中にどう行履しますか。」師が言った。「歩々踏んでいる。」問うた。「古鏡がいまだ開かれぬ時、どう顕照しますか。」師が言った。「なぜ再三する必要があろう。」問うた。「どういうのが諸仏の玄旨ですか。」師が言った。「これはお前にもある。」問うた。「教に言があると承る。無住本より一切法を立てる。どういうのが無住本ですか。」師が言った。「形は興りていまだ質せず、名は起きていまだ名づけず。」問うた。「亡僧の衣は衆僧が唱える。祖師の衣は誰が唱えるか。」師が言った。「お前は亡僧のどんな衣を唱えられるか。」問うた。「蕩子が郷に還る時はどうですか。」師が言った。「何を奉ずるか。」言った。「一物もありません。」師が言った。「日給はどうする。」師はのち清凉に遷り住した。上堂して衆に示して言った。「出家の人はただ時に随い節に及べばよい。すなわち寒ければ寒く、熱ければ熱くあれ。仏性の義を知らんとせば、まさに時節の因縁を観ずべし。古今の方便は少なくない。石頭和尚が『肇論』を看て、万物を会して己と為す者はそれ聖人のみかと言うのを見ないか。かの家は便ち道う。聖人に己なくして己と為さざる所なしと。『参同契』と喚ぶ一片の言語がある。その末に言う。竺土の大仙の心、この語に過ぐるなしと。中間もただ時に随って話すのみだ。上座は今万物を会して己と為さんと欲するが、概ね大地に見るべき一法がないためだ。彼はまた人に嘱して言う。光陰は虚しく度るなと。さっき上座に道った。ただ時に随い節に及べばよいと。もし時を移し候を失えば、すなわち光陰を虚しく度ることだ。非色の中に色の解を作す。上座が非色の中に色の解を作せば、すなわち時を移し候を失うことだ。さあ色を非色の解に作すのが当か否か。上座がもしそう会すれば没交渉だ。まさに痴狂に両頭を走る、何の用があろう。上座はただ分を守り時に随って過ごすがよい。珍重。」問うた。「どういうのが清凉の家風ですか。」師が言った。「お前は別の処に行ってただ清凉に来たと道え。」問うた。「どうすれば諸法に当ることなく行けますか。」師が言った。「どんな法が上座に当るか。」言った。「日夕を争い耐えばいかに。」師が言った。「閑言語。」問うた。「身を観ずれば幻化のごとく、内を観ずるもまた然りの時はどうですか。」師が言った。「まだそうあれるか。」問うた。「急ぎ相応せんと欲せば唯言は不二。どういうのが不二の言ですか。」師が言った。「さらに些子を添えて得られるか。」問うた。「どういうのが法身ですか。」師が言った。「これは応身だ。」問うた。「どういうのが第一義ですか。」師が言った。「わしはお前に第二義だと道う。」師は修山主に問うた。「毫釐に差あれば天地懸隔。兄はどう会するか。」修が言った。

鄂州黃龍晦機禪師法嗣九人洛京紫蓋善沼禪師

(修山主が続けて言う。)「毫釐に差あれば天地懸隔。」師が言った。「そう会してどうする。」修が言った。「和尚はいかに。」師が言った。「毫釐に差あれば天地懸隔。」修はすなわち礼拝した。(東禅斉が拈して言う。「山主がそう対えたのに、なぜ肯じない。及んで再び請益すれば、法眼もまたただそう道い、すなわち得て去る。さあ疑訛がどの処にあるか言え。もし看て透れば、上座に由来があると道う。」)師が悟空禅師と火に向かい香匙を拈じ起して悟空に問うた。「香匙と喚ぶことを得ない。兄は何と喚ぶか。」悟空が言った。「香匙。」師は肯じなかった。悟空は却って後二十余日にしてやっとこの語を明らめた。(東禅斉が拈して言う。「叢林の中では総じて道う。悟空はよい語だ、法眼は須くこの語があるべしと。もしそう会すればまだ夢に見たかどうか。これを除いて別にどう法眼の意を会するか。上座はすでに香匙と喚ばない。何と喚ぶか。別に一転語を下してみよ。まさに上座の平生の眼を知るべし。」)僧が斎前に上参するに因り、師は手をもって簾を指した。時に二僧が同じく簾を巻きに行った。師が言った。「一得一失。」(東禅斉が拈して言う。「上座、さあどう会するか。あるものは言う。彼が旨を明らめないため、便ち簾を巻きに行ったと。あるいは道う、指す者はすなわち会し、指されずして去る者はすなわち失と。そう会するが可か不可か。すでにそう会することを許さない。さあ上座に問う、どれが得でどれが失か。」)雲門が僧に問うたに因る。「どの処から来た。」僧が言った。「江西から来ました。」雲門が言った。「江西の一隊の老宿は呓語に住したか否か。」僧に対がなかった。僧が師に問うた。「雲門の意がどうか知りません。」師が言った。「大なるかな小なるかな、雲門はこの僧に勘破された。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「道場から来ました。」師が言った。「明合か暗合か。」僧は語がなかった。師は僧に土を取って蓮の盆に添えさせた。僧が土を取って来ると、師が言った。「橋の東から取ったか、橋の西から取ったか。」言った。「橋の東から取りました。」師が言った。「真実か虚妄か。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「報恩から来ました。」師が言った。「衆僧はまだ安穏か。」言った。「安穏です。」師が言った。「茶を喫して行け。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「泗州で大聖を礼拝して来ました。」師が言った。「今年は塔を出たか。」言った。「出ました。」師は却って傍の僧に問うた。「お前は彼が泗州に到ったか到らないかを道え。」師が寶資長老に問うた。「古人は道う、山河に隔碍なく、光明は処処に透ると。どういうのが処処に透る光か。」資が言った。「東畔で羅を打つ声。」(歸宗柔が別に言う。「和尚は隔碍せんと拟す。」)師が竹を指して僧に問うた。「まだ見えるか。」言った。「見えます。」師が言った。「竹は眼の裏に来て、眼は竹の辺に到る。」僧が言った。「総じてそうではありません。」(法燈が別に言う。「あの時ただ眼を擘いて師に向かえ。」歸宗が別に言う。「和尚はただ某甲を信じない。」)俗士が師に画障子を献じた。師が看て問うた。「お前は手が巧みか心が巧みか。」言った。「心が巧みです。」師が言った。「どれがお前の心か。」俗士に対がなかった。(歸宗が代わりに言う。「某甲は今日却って容易となった。」)僧が問うた。「どういうのが第二月ですか。」師が言った。

眉州黃龍繼達禪師

「森羅万象。」言った。「どういうのが第一月ですか。」師が言った。「万象森羅。」師は縁あって金陵に被き、三つの大道場に坐して朝夕に旨を演じた。時に諸方の叢林は皆その風化に遵い、異域にもその法を慕う者が遠くを渉って至った。玄沙の正宗が江表に中興した。師は機を調え物に順い、滞を斥け昏を磨いた。およそ諸方の三昧を挙げ、あるいは入室して解を呈し、あるいは叩激して請益する者は皆、病に応じて薬を与え根に随って悟入し、勝げに紀すべからず。周の顕德五年戊午七月十七日に示疾した。国主は親しく礼問を加えた。閏月五日に髪を剃り身を沐して衆に告げ終わり、跏趺して逝した。顔貌は生けるがごとし。寿七十四、臘五十四。城下の諸寺院は威儀を具えて迎え引き、公卿の李建勲以下、素服して全身を江寧県丹陽郷に奉り塔を起てた。大法眼禅師と諡し、塔を无相と曰う。嗣子は天臺山の德韶(呉越国師)、文遂(江南国導師)、慧炬(高麗国師)等一十四人。先に出世して並びに王侯に礼重された。次いで龍光の泰欽等四十九人。後に法を開いて各々一方を化した。本章に叙するがごとし。後に門人の行言に因り玄覺導師と署し、重ねて大智蔵大導師と諡することを請うた。三処の法集および著する偈頌・真讚・銘記・詮注等は凡そ数万言。学者は繕写して天下に伝布した。

棗樹第二世和尚

襄州清溪山の洪進禅師(かつて鄧州谷口に住した)は地藏に在った時第一座に居た。ある日二僧が礼拝した。地藏和尚が言った。「ともに錯り。」二僧は語がなかった。堂を下りて修山主に請益した。修が言った。「お前は自ら巍巍堂堂たるのに、却って礼拝して他人に問わんと拟す。豈に錯りでないか。」師はこれを聞いて肯じなかった。修は乃ち問うた。「いまだ上座がどうかを審らかにせず。」師が言った。「お前は自ら迷暗で、焉んぞ人たるべきか。」修は憤然として法堂に上り地藏に請益した。地藏は廊下を指して言った。「典座が庫頭に入るところだ。」修は乃ち過を省みた。またある日師が修山主に問うた。「生は不生の性と明知しながら、なぜ生の為に留められるか。」修が言った。「筍は畢竟竹となって去る。今篾を作して使うが得られるか。」師が言った。「お前は後日向かって自ら悟って去れ。」修が言った。「紹修の見る処はただこれのみ。上座の意旨はいかに。」師が言った。「これは監院房、あれは典座房。」修は礼謝した。師が住してのち、僧が問うた。「衆盲が象を摸って各々異端を説く。忽ち明眼の人に遇うたらまたどうか。」師が言った。「お前はただ挙げて諸方に似せよ。」師が経行する次、衆僧が随従した。乃ち衆に謂うた。「古人にどんな言句があるか、大家で商量しよう。」時に從漪上座が衆を出て問わんと拟す次、師が言った。「この勿毛の驢。」漪は涣然として省悟した。(漪は後に天平山に住した。)

興元府玄都山澄和尚

昇州清涼院の休復悟空禅師は北海の人。姓は王氏。幼くして出家し、十九で戒を納めた。かつて自ら謂うた。「もしなお能く詮すれば則ち滞筏と為る。凝寂に趣かんとすれば復堕空を患う。すでに進退決せず、二を捨てて何に之く。」乃ち宗匠を参尋し、縁あって地藏和尚に会い(法眼の章にこれを述ぶ)、のち法眼に継いで撫州崇寿に住した。甲辰の歳、江南国主が清凉大道場を創り、延請して居せしめた。上堂して衆に示して言った。「古聖は生まれ下りて便ち七歩を周行し、目を四方に顧みて言う。天上天下唯我独尊と。彼は便ちこの方便奇特がある。ただ諸上座の初めて生まれ下りた時、どんな奇特があったか。試しに挙げてみよ。もし無と道えばすなわち対面に諱み却く。もし有と道えばまたどう個の消息を通じられるか。まだ会するか。上座は幸いに奇特の事がある。なぜ知らずに去るか。珍重。」僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前は衆生だ。」言った。「まだ肯じますか。」師が言った。「虚しくこの問いを施す。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「お前はこの土にまだあると道うか。」問うた。「省要の処、師の一言を乞う。」師が言った。「珍重。」問うた。「どういうのが道ですか。」師が言った。「本来一物なし、何れの処にか塵埃あらん。」僧が礼拝した。師が言った。「錯って会するな。」問うた。「どういうのが一塵正受に入るですか。」師が言った。「色即是空。」言った。「どういうのが諸塵三昧を起こすですか。」師が言った。「空即是色。」問うた。「諸余は則ち問わない。どういうのが悟空の一句ですか。」師が言った。「両句だ。」問うた。「牛頭が四祖に見えざる時、なぜ百鳥が華を銜えたか。」師が言った。「四祖に見えず。」言った。「見る後、なぜ華を銜えないか。」師が言った。「四祖に見えた。」問うた。「どういうのが自己の事ですか。」師が言った。「幾処か人に問うて来た。」問うた。「古人はどんな個を得て便ち休歇し去ったか。」師が言った。「お前はどんな個を得て則ち休歇し去らないか。」問うた。「どういうのが学人の出身の処ですか。」師が言った。「千般比ぶべからず、万般況んや及ばず。」言った。「和尚に道うを請う。」師が言った。「古にもあり今にもある。」問うた。「どういうのが亡僧の面前の触目菩提ですか。」師が言った。「髑髏の後人に問い取れ。」問うた。「どういうのが諸仏の本源ですか。」師が言った。「お前は何を諸仏と喚ぶか。」問うた。「雨華地を動かし始めて雷音を起す。いまだ和尚の此日称揚する何事かを審らかにせず。」師が言った。「上座に何を道わん。」言った。「そうなればすなわち清凉に遇い得る。」師が言った。「実にすなわち得る。」問うた。「毒龍が奮迅し万象同然の時はどうですか。」師が言った。「お前はどの処でこの問頭を得た。」師は平日方丈に居して唯毳一襪だった。毎に同参の法眼が多く偈頌を為すを哂った。晋の天福八年癸卯十月朔日、僧を遣わして報恩院に往かせ、法眼禅師を方丈に至らせて嘱付した。また書を致して国主に辞し、三日の夜の子の時に入滅を取った。国主は屡々使を遣わして候問した。本院に令して時に至れば鐘を撃たせた。期に及んで大衆が並び集まった。師は端坐して衆を警めて言った。「光影を棄つるなかれ。」語絶えて寂を告げた。

嘉州黑水和尚

時に国主は鐘を聞いて高臺に登り、遙かに清凉を礼した。深く哀慕を加え、仍ねて祭を致した。荼毗して舍利を収め塔を建てた。

鄂州黃龍智顒禪師

撫州龍済山主の紹修禅師。初め大法眼禅師とともに地藏を参じた。得る所はすでに極に臻ったと謂えた。暨ねてともに辞して建陽に至る途中、談ずる次、法眼が忽ち問うた。「古人は道う、万象の中に独り身を露わす。これは万象を撥ねるか撥ねないか。」師が言った。「万象を撥ねない。」法眼が言った。「撥ねる撥ねないを何と言うか。」師は懵然として地藏に却り帰った。地藏が問うた。「子は去って未だ久しくないのに、なぜ却って帰ったか。」師が言った。「未だ決せぬ事があれば、豈に山川を跋涉するを憚らんや。」地藏が言った。「お前は許多の山川を跋涉した、また悪くない。」師はいまだ旨を喻えず乃ち問うた。「古人は道う、万象の中に独り身を露わす。意旨はいかに。」地藏が言った。「お前は古人が万象を撥ねるか撥ねないかを道え。」師が言った。「撥ねない。」地藏が言った。「両個だ。」師は駭然として沈思し、却って問うた。「いまだ古人が万象を撥ねるか撥ねないかを審らかにせず。」地藏が言った。「お前は何を万象と喚ぶか。」師は方に惺悟した。再び地藏を辞して法眼に覲した。法眼の語意と地藏の開示とは前後一のごとし。故に法眼は先に撫州崇寿に住して大いに宗風を振った。師は後に龍済山に居り、徒を聚めるを務めなかったが、学者は奔って至った。師が上堂して衆に示して言った。「凡夫法を具足して凡夫知らず、聖人法を具足して聖人会せず。聖人もし会せばすなわちこれ凡夫、凡夫もし知ればすなわちこれ聖人。この両語は一理二義だ。もし人辨え得れば、妨げず佛法の中に入る処有り。もし辨え得なければ、疑わぬと道うな。」問うた。「色を見れば便ち心を見る。露柱はこれ色、どういうのが心か。」師が言った。「幸いにいまだ会せず、且く明頭を詐るな。」問うた。「どう三界を出られますか。」師が言った。「お前がそう問えば妨げず三界を出得る。」問うた。「当陽に挙唱する、誰が委る者か。」師が言った。「お前に非ざれば委らず。」問うた。「どういうのが万法の主ですか。」師が言った。「何を万法と喚ぶか。」問うた。「教に云う、須弥は芥子を納れ、芥子は須弥を納る。どういうのが須弥か。」師が言った。「お前の心を穿ち破る。」言った。「どういうのが芥子ですか。」師が言った。「お前の眼を塞ぎ却く。」言った。「どう納れますか。」師が言った。「須弥と芥子とを把って将り来い。」言った。「前言は何れに在るか。」師が言った。「前にどんな言がある。」師は時に衆に示して言った。「声色到らざれば病は見聞に在り。言詮及ばざれば過は唇舌に在り。」僧が問うた。「声色を離れ却いて和尚に道うを請う。」師が言った。「声色の裏で問いて将来。」問うた。「どういうのが学人の心ですか。」師が言った。「阿誰がそう問うか。」問うた。「劫火が洞然として大千俱に壊れる。いまだこの個がまだ壊れるか否かを審らかにせず。」師が言った。「壊れない。」言った。「なぜ壊れないのですか。」師が言った。「大千に同じからだ。」問うた。「どういうのが触目菩提ですか。」師が言った。「特に人をして愁えしめる。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「お前が西来意を問うを待って、我すなわちお前に道う。」問うた。「巨夜の中に何をもって眼と為すか。」師が言った。「暗。」問うた。「繊毫も隔てないのに、なぜ覗いて見えないか。」師が言った。「作家に影を弄ぶ漢。」問うた。「古鏡いまだ磨かざる時はどうか。」

眉州福昌達和尚(已上七人見錄)

「天地を照破する。」言った。「磨く後はいかに。」師が言った。「漆に似て黒い。」問うた。「どういうのが普眼ですか。」師が言った。「繊毫も覗いて見えない。」言った。「なぜ覗いて見えないのですか。」師が言った。「彼の眼が大き過ぎるためだ。」問うた。「どういうのが大いに敗壊する人ですか。」師が言った。「劫が壊れてもかつて遷らず。」言った。「この人はまだ佛法のあることを知るか。」師が言った。「もし佛法の有るを知れば渾成に顛倒する。」言った。「どうすれば顛倒せず得られますか。」師が言った。「直に須く佛法の有るを知るべし。」言った。「どういうのが佛法ですか。」師が言った。「大敗壊。」問うた。「どういうのが学人の常在の心ですか。」師が言った。「かつて荷玉に問うたか。」言った。「学人は会しません。」師が言った。「会せざれば夏の末に曹山に問え。」師は偈頌六十余首および諸の銘論・群経略要等を著わし、並びに世に行われた。

常州慧山然和尚

杭州天龍寺の秀禅師(先に歳豊に住した)。師が上堂して衆に謂うた。「諸上座、多少の無事を。十二時の中に何の世界に安身立命するか。さあ子細に点検してみよ。なぜ個の歇処を覓めずして、因んで他人に点検されるか。もしそう去れば早くも第二頭に落つ。」時に僧が問うた。「師に言があると承る、そう去れば早くも第二頭に落つと。学人は総じてそう上らない。師はどう辨白しますか。」師が言った。「お前は却って作家だ。」言った。「そうなればすなわち今日師に遇い得る。」師が言った。「お前は且く明頭を詐るな。」問うた。「古に言があると承る、二人ともに錯ると。いまだ古人の意旨がいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「お前はなぜ自ら檢責しないか。」言った。「そうなればすなわち人天に頼りあり。」師が言った。「お前は妨げず霊利だ。」本国は清慧大師と署した。

洪州雙嶺悟海禪師(已上二人無機緣語句不錄)

潞州延慶院の傳殷禅師。僧が問うた。「色を見れば便ち心を見る。灯籠はこれ色、どれが心か。」師が言った。「お前は古人の意を会せない。」言った。「どういうのが古人の意ですか。」師が言った。「灯籠がこれ心だ。」問うた。「もし能く物を転ずればすなわち如来に同じ。いまだ何の物を転ずるかを審らかにせず。」師が言った。「何を道うか。」僧が語を進めんと拟した。師が言った。「この漆桶。」

婺州明招德謙禪師法嗣六人處州報恩契從禪師

衡嶽南臺の守安禅師は初め江州悟空院に住した。僧が問うた。「人々に尽く長安の路あり、どう到り得るか。」師が言った。「即今何の処に在るか。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「何の意か。」問うた。「どういうのが本来の身ですか。」師が言った。「何の身か。」問うた。「寂寂として依る無き時はどうか。」師が言った。「寂寂たる者は聻。」師は因りて頌を為して曰く、

婺州普照瑜和尚

南臺に静坐し一炉の香、日を亘ぎて凝然として万事を忘る。

婺州雙谿保初禪師

これ息心して妄想を除くに非ず(底本は「忘想」に作る)、都て縁ありて事は思量すべきなし。

處州湧泉究和尚

前福州仙宗契符清法大師の法嗣

衢州羅漢義和尚(已上五人見錄)

福州仙宗の洞明真覺大師。僧が問うた。「雲を拏むに風雷の便を假らず。迅浪にどう身を透り得るか。」(底本はこの字を水に従い、同書の他処に「迅浪」に作る)師が言った。「何で本を棄て末を逐うか。」

福州興聖調和尚(一人無機緣語句不錄)

泉州福清の廣法大師行欽。初め雲臺院に住した。師が上堂して衆に謂うた。「まだ人鑑り出せる者あるか。もし人鑑り出せば、何の湖の裏の破草鞋か。もし鑑り出せなければ、地に落ちて金の声を作す。無事に久しく立つな。」僧が問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「諸上座、大家で道い取れ。」問うた。「どういうのが真を談じ俗に逆らうですか。」師が言った。「客作の漢、何を問うか。」言った。「どういうのが俗に順い真に違うですか。」師が言った。「茶を喫して行け。」問うた。「どういうのが燃燈前ですか。」師が言った。「燃燈後。」言った。「どういうのが燃燈後ですか。」師が言った。「燃燈前。」言った。「どういうのが正しく燃燈ですか。」師が言った。「茶を喫して行け。」問うた。「どういうのが第二月ですか。」師が言った。「お前が問い我が答える。」師が僧に問うた。「お前は何の経を念ずるか。」言った。「法華経。」師が言った。「彼此に話堕。」

郎州大龍山智洪禪師法嗣三人大龍山景如禪師

前杭州天龍重機大師の法嗣

大龍山楚勛禪師

高麗雪嶽の令光禅師。僧が問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「分明に記取せよ。」問うた。「どういうのが諸法の根源ですか。」師が言った。「指示を謝す。」

興元府普通院從善禪師(已上三人見錄)

前婺州國泰瑫禅師の法嗣

襄州白馬行靄禪師法嗣一人白馬智倫禪師(一人見錄)

婺州齊雲の寶勝禅師。僧が問うた。「どういうのが齊雲の境ですか。」師が言った。「龍潭徹底に清く、烏龜が名を継ぐを得る。」言った。「まさにこの個がこれか。」師が言った。「道高ければ龍虎伏し、八仙は太平に連なる。」問うた。「どういうのが齊雲の水ですか。」師が言った。「龍潭は常に徹底し、拟問すればすなわち波瀾。」言った。「まさにこの個のみがこれか。」師が言った。「古殿に香烟なく、誰人か清濁を辨えん。」言った。「いまだ深深の処がいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「闍梨が深深の処を識らんと欲せば、直に須く脚下の雲を絶って生ぜしめよ。」

安州白兆山懷楚禪師法嗣三人唐州保壽匡祐禪師(一人見錄)

前福州昇山白龍院道希禅師の法嗣

蘄州自南禪師

福州廣平の玄旨禅師、かつて黄檗に住した。上堂して衆に示して言った。「まだ人証明する者あるか。もし人証明せば、また上祖を孤負し後來を埋没するを免れん。もし言を尋ね句を数うれば大蔵は分明だ。もし祖宗の門中ならば、何の処かを怪むか。そう道うもまた傍瞥の辞だ。」僧が問うた。「どういうのが廣平の境ですか。」師が言った。「地は名山を擎げ秀で、溪は海水に連なり清し。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「お前が問い我が答える。」問うた。「どういうのが法身の体ですか。」師が言った。「廓落たる虚空、玷瑕を絶つ。」言った。「どういうのが体中の物ですか。」師が言った。「一輪の明月、秋江に散ず。」言った。「いまだ体と物とが分かれるか否かを審らかにせず。」師が言った。「さっき何を道ったか。」言った。「そうなればすなわち分かれない。」師が言った。「耳を穿つ胡僧、笑いながら頭を点く。」

果州永慶院繼勳禪師(已上二人無機緣語句不錄)

福州昇山白龍の清慕禅師。僧が問うた。「どういうのが白龍の密用一機ですか。」師が言った。「お前は毎日何を用いるか。」言った。「そうなればすなわち徒らに側聆するのみ。」師は便ち喝して出した。問うた。「一切衆生は日用して知らず。どういうのが日用なるものか。」師が言った。「別にただお前に対して争わん。」問うた。「上來を責めず、声前の一句、師に道うを請う。」師が言った。「これは辨えぬか。」

襄州谷隱智靜禪師法嗣二人谷隱知儼禪師

福州靈峯の志恩禅師。僧が問うた。「どういうのが吹毛の劍ですか。」師が言った。「我が進前すればお前は退後する。」言った。「そうなればすなわち学人は身命を喪って去る。」師が言った。「水を打たざれば魚自ら驚く。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「さらにこれ阿誰か。」言った。「すでにこのようであれば、なぜ迷妄に差殊があるか。」師が言った。「ただ自ら羊を亡なわざれば、何ぞ須いに岐路を泣かん。」問うた。「どういうのが靈峯の境ですか。」師が言った。「万畳の青山は飣り出すがごとく、両条の緑水は図を成すが若し。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「明明として密密、密密として明明。」

襄州普寧法顯禪師(已上二人見錄)

福州東禪の玄亮禅師。僧が問うた。「本來迷悟なし、なぜ却って衆生があるか。」師が言った。「話堕。」問うた。「祖祖相伝し法印を伝う。師は今誰を継嗣するか。」師が言った。「特に証明を謝す。」言った。「そうなればすなわち白龍に当時親しく記を受け、今日聖に應じて迷津を度る。」師が言った。「お前は錯って盤星を認定するな。」

廬山歸宗弘章禪師法嗣一人東京普淨院常覺禪師(一人見錄)

漳州報劬院の玄應定慧禅師は泉州晋江県の人。姓は呉氏。幼くして本州開元寺九佛院に出家し、具を禀けて律乘を探り、大蔵を閱して秩を終えた。乃ち福州に之き、白龍の希和尚に謁して心地を印可された。却って本州の清豁に帰った。清豁長老が保福庵を罷唱するに会い、貴湖にて一見し、同道をもって相契した。豁は檀信に命じて庵の西の青陽山に室を創り、師を請じて二十余載宴処せしめた。開寶三年、泉州帥の陳洪進の仲子文顥が漳州刺史に任じ、水南に大禅苑を創って報劬と曰い、屢々師に住持を請うた。師は固く辞して往かなかった。師の兄仁済は軍校で、文顥は因りて仁済を遣わして山に入り意を述べて勤懇たらしめた。師は已むを得ず山を出た。時に参学が四集し、僅かに千五百人が随従して院に入り、大いに法筵を啓いた。僧が問うた。「どういうのが第一義ですか。」師が言った。「どういうのが第一義ですか。」言った。「学人は請益する。師はなぜ学人に倒問するか。」師が言った。「お前はさっき何を請益したか。」言った。「第一義。」師が言った。「お前はこれを倒問と謂うか。」問うた。「どういうのが古仏の道場ですか。」師が言った。「今夏堂中の千五百僧。」陳帥は師の道徳を太祖皇帝に聞かせ、紫衣の師号を賜った。開寶八年、まさに世に順らんとして、先だつ七日、遺書して陳守に辞し、仍ねて一偈を示して曰く、

鳳翔府紫陵微禪師法嗣二人鳳翔府大朗和尚

今年六十六、世寿には延促あり。

潭州新開和尚(已上二人無機緣語句不錄)

無生の火は熾然として、有為の薪は続がず。

襄州石門山慧徹禪師法嗣二人石門山紹遠禪師

谷を出ると源に帰ると、一時に俱に備足す。

鄂州靈竹守珍禪師(已上二人見錄)

期日に及んで諸の門人に誡めた。「吾が滅する後は喪服して哭泣するを得ず、規矩を乱ることなかれ。」言い終わって坐化した。陳守は傷歎し、礼を尽くして終を送った。荼毗して靈骨を収め、院の後山に浮圖を建てた。

洪州同安志和尚法嗣二人朗州梁山緣觀禪師(一人見錄)

前泉州招慶法因大師の法嗣

陳州靈通和尚(一人無機緣語句不錄)

泉州報恩院の宗顯明慧大師。初め興國に住した。僧が問うた。「新豊の一派、興國に分流。祖嗣西来、師に挙唱を請う。」師が言った。「また新豊に在って些子を得た。」問うて言った。「そうなればすなわち法雨〔次の一字は雨に従い未識〕群生に頼りあり。」師が言った。「閑言語するな。」問うた。「昔日霊山の一会、迦葉は親しく聞いた。いまだ今日誰が聞く者かを審らかにせず。」師が言った。「却って七葉巖中の尊を憶う。」問うた。「昔日覺城の東際、象王回旋して五衆咸く臻る。今日太守が院に臨む、どう提接しますか。」師が言った。「眉毛の上を眨げ。」言った。「そうなればすなわち一機顕れて万緑喪尽す。」師が言った。「何ぞ必ずしも繁辞せん。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「日の裏に鴟毛を看る。」師は後に報恩に住し、僧が問うた。「学人は皆一問を致す、師に道うを請う。」師が言った。「創住のこの師僧でなければまた容れ難し。」問うた。「四句を離れ百非を絶して師に道うを請う。」師が言った。「青紅の華、庭に満つ。」問うた。「思量に渉らざる処、從上の宗乗、師に直に道うを請う。」師は良久した。僧が言った。「そうなればすなわち響を聴く流は徒らに耳を側める。」師が言った。「早くも粘膩だ。」問うた。「上來を責めず、声前の一句、師に直に道うを請う。」師が言った。「お前は自ら何れより来たか。」言った。「そうなればすなわち明師に遇い得る。」師が言った。「閑言語するな。」問うた。「どういうのが人王ですか。」師が言った。「奉對して敢えて造次せず。」言った。「どういうのが法王ですか。」師が言った。「孤負するな、好し。」言った。「いまだ人王と法王との對談する何事かを審らかにせず。」師が言った。「お前の聆く所に非ず。」

襄州廣德延和尚法嗣一人廣德周禪師(一人見錄)

金陵龍光院の澄忋禅師は廣州の人。姓は陳氏。幼くして本州觀音院に出家し、年満ちて韶州南華寺で戒を納めた。尋いで方を游して泉州に抵り、法因大師に参じて心地を印悟した。後に舒州山谷寺に住した。僧が新たに到った。師が問うた。「どの処から来た。」言った。「江南から来ました。」師が言った。「お前はまだ江を渡る船子を礼するか。」言った。「和尚はなぜ江を渡る船子を礼せと教えるか。」師が言った。「これはお前の善知識だ。」また齊安の龍光に住し、前後三処。徒を聚めて法を説き、龍光に終わった。

益州淨眾寺歸信禪師法嗣一人漢州靈龕山和尚(一人無機緣語句不錄)

永興北院の可休禅師(第二世住)。僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「遍く天下に満つ。」僧が言った。「まさにこれか。」師が言った。「是なれば牢く收取せよ。」問うた。「大いに業を作る人が来れば、師はまだ接しますか。」師が言った。「接しない。」言った。「なぜ接しないのですか。」師が言った。「幸いに好人の家の男女だ。」

隋州護國知遠禪師法嗣一人東京開寶常普大師(一人無機緣語句不錄)

郴州太平院の清海禅師。僧が問うた。「古人は道う、請益より得ずと。祖師はなぜ誰が仏を作るを得ると道うか。」師が言った。「悟りて後に方に知る。」問うた。「從上の宗乗、次第に指授する。いまだ今日どう挙唱するかを審らかにせず。」師が言った。「白雲は深洞の裏を透き出し、名華異草は嶺頭に生ず。」問うた。「どういうのが句中の人ですか。」師が言った。「よく辨える。」

行思禪師第八世

連州慈雲普廣大師慧深。僧が問うた。「匿王の請仏はすでに当時に法を奉り、我後の師を延くは概ね此日に宗を興す。幸いに方便を施し、挙揚を吝かにするな。」師が言った。「再び問うを煩わすな。」問うた。「どういうのが人の円鏡ですか。」師が言った。「著。」問うた。「どういうのが向上の事ですか。」師が言った。「分明に聴き取れ。」

前漳州羅漢桂琛禪師法嗣

郢州興陽山の道欽禅師(第二世住)。僧が問うた。「どういうのが興陽の境ですか。」師が言った。「松竹乍ち栽えて山影緑、水流穿って院庭の中を過ぐ。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「さらにこれ何か。」

昇州清涼院文益禪師餘杭人也。姓魯氏。七歲依新定智通院全偉禪師落髮。弱齡稟具於越州開元寺。屬律匠希覺師盛化於明州鄮山育王寺。師往預聽習究其微旨。復傍探儒典遊文雅之場。覺師目為我門之遊夏也。師以玄機一發雜務俱捐。振錫南邁抵福州長慶法會。雖緣心未息而海眾推之。尋更結侶擬之湖外。既行值天雨忽作溪流暴(蒲報切)漲。暫寓城西地藏院因參琛和尚。琛問曰。上座何往。師曰。邐迤行腳去。曰行腳事作麼生。師曰不知。曰不知最親切。師豁然開悟。與同行進山主等四人。因投誠諮決悉皆契會。次第受記各鎮一方。師獨於甘蔗洲卓庵。因議留止。進師等以江表叢林欲期歷覽。命師同往。至臨川州牧請住崇壽院。初開堂日中坐茶筵未起。四眾先圍繞法座。時僧正白師曰。四眾已圍繞和尚法座了。師曰。眾人卻參真善知識。少頃升座。大眾禮請訖。師謂眾曰眾人既盡在此。山僧不可無言。與大眾舉一古人方便。珍重便下座。時有僧出禮拜。師曰。好問著。僧方申問次。師曰。長老未開堂不答話。子方上座自長慶來。師舉先長慶稜和尚偈而問曰。作麼生是萬象之中獨露身。子方舉拂子。師曰。恁麼會又爭得。曰和尚尊意如何。師曰。喚什麼作萬象。曰古人不撥萬象。師曰。萬象之中獨露身。說什麼撥不撥。子方豁然悟解述偈投誠。自是諸方會下有存知解者翕然而至。始則行行如也。師微以激發。皆漸而服膺。海參之眾常不減千計。師上堂大眾立久。乃謂之曰。只恁麼便散去。還有佛法也無。試說看。若無又來遮裡作麼。若有大市裡人聚處亦有。何須到遮裡。諸人各曾看還源觀百門義海華嚴論涅槃經。諸多策子阿那箇教中有遮箇時節。若有試舉看。莫是恁麼經裡有恁麼語是此時節麼。有什麼交涉。所以微言滯於心首。常為緣慮之場。實際居於目前。翻為名相之境。又作麼生得翻去。

前婺州報恩寶資禅師の法嗣

若也翻去又作麼生得正去。還會麼。莫只恁麼念策子。有什麼用處。僧問。如何披露則得與道相應。師曰。汝幾時披露即與道不相應。問六處不知音時如何。師曰。汝家眷屬一群子。師又曰。作麼生會。莫道恁麼來問便是不得汝道。六處不知音。眼處不知音。耳處不知音。若也根本是有爭解無得。古人道。離聲色著聲色。離名字著名字。所以無想天修得經八萬大劫。一朝退墮諸事儼然。蓋為不知根本真實。次第修行三生六十劫。四生一百劫。如是直到三祇果滿。他古人猶道。不如一念緣起無生超彼三乘權學等見。又道彈指圓成八萬門。剎那滅卻三祇劫。也須體究。若如此用多少氣力。僧問。指即不問如何是月。師曰。阿那箇是汝不問底指。又僧問。月即不問如何是指。師曰月。曰學人問指。和尚為什麼對月。師曰。為汝問指。江南國主重師之道。迎入住報恩禪院。署淨慧禪師。師上堂謂眾曰。古人道。我立地待汝覯去。山僧如今坐地待汝覯去。還有道理也無。那箇親那箇疎。試裁斷看。問洪鍾才繫大眾雲臻請師如是。師曰。大眾會何似汝會。問如何是古佛家風。師曰。什麼處看不足。問十二時中如何行履即得與道相應。師曰。取捨之心成巧偽。問古人傳衣當記何人。師曰。汝什麼處見古人傳衣。問十方賢聖皆入此宗。如何是此宗。師曰。十方賢聖皆入。問如何是佛向上人。師曰。方便呼為佛。問聲色兩字什麼人透得。師卻謂眾曰。諸上座。且道遮箇僧還透得也未。若會此問處透聲色即不難。問求佛知見何路最徑。師曰。無過此。問瑞草不凋時如何。師曰。謾語。問大眾雲集請師頓決疑網。師曰。寮舍內商量茶堂內商量。問雲開見日時如何。師曰。謾語真箇。問如何是沙門所重處。師曰。若有纖毫所重即不名沙門。問千百億化身於中如何是清淨法身。師曰。總是。問簇簇上來師意如何。師曰。是眼不是眼。

處州福林の澄和尚。僧が問うた。「どういうのが伽藍ですか。」師が言った。「幡を勿れ〔この字は巾に従い未識〕。」言った。「どういうのが伽藍中の人ですか。」師が言った。「瞻礼すればすなわち分あり。」問うた。「下堂の一句、師に吝かならぬを請う。」師が言った。「閑吟は唯だ龐居士を憶う、天上人間陪すべからず。」

問全身是義請師一決。師曰。汝義自破。問如何是古佛心。師曰。流出慈悲喜捨。問百年暗室一燈能破。如何是一燈。師曰。論什麼百年。問如何是正真之道。師曰。一願也教汝行二願也教汝行。問如何是一真之地。師曰。地則無一真。曰如何卓立。師曰。轉無交涉。問如何是古佛。師曰。即今也無嫌處。問十二時中如何行履。師曰。步步踏著。問古鏡未開如何顯照。師曰。何必再三。問如何是諸佛玄旨。師曰。是汝也有。問承教有言。從無住本立一切法。如何是無住本。師曰。形興未質名起未名。問亡僧衣眾僧唱。祖師衣什麼人唱。師曰。汝唱得亡僧什麼衣。問蕩子還鄉時如何。師曰。將什麼奉獻。曰無有一物。師曰。日給作麼生。師後遷住清涼。上堂示眾曰。出家人但隨時及節。便得寒即寒熱即熱。欲知佛性義當觀時節因緣。古今方便不少。不見石頭和尚因看肇論雲。會萬物為己者。其唯聖人乎。他家便道。聖人無己靡所不己。有一片言語喚作參同契。末上雲。竺土大僊心無過此語也。中間也只隨時說話。上座今欲會萬物為己去。蓋為大地無一法可見。他又囑人云。光陰莫虛度。適來向上座道。但隨時及節便得。若也移時失候。即是虛度光陰。於非色中作色解。上座於非色中作色解。即是移時失候。且道色作非色解。還當不當。上座若恁麼會便是沒交涉。正是痴狂兩頭走有什麼用處。上座但守分隨時過好珍重。問如何是清涼家風。師曰。汝到別處但道到清涼來。問如何得諸法無當去。師曰。什麼法當著上座。曰爭奈日夕何。師曰。閑言語。問觀身如幻化觀內亦復然時如何。師曰。還得恁麼也無。問要急相應唯言不二。如何是不二之言。師曰。更添些子得麼。問如何是法身。師曰。遮箇是應身。問如何是第一義。師曰。我向汝道是第二義。師問修山主。毫氂有差天地懸隔。兄作麼生會。修曰。

前處州翠峯從欣禅師の法嗣

毫氂有差天地懸隔。師曰。恁麼會又爭得。修曰。和尚如何。師曰。毫氂有差天地懸隔。修便禮拜(東禪齊拈雲。山主恁麼秖對。為什麼不肯。及乎再請益。法眼亦只恁麼道。便得去。且道疑訛在什麼處。若看得透。道上坐有來由)師與悟空禪師向火拈起香匙問悟空雲。不得喚作香匙。兄喚作什麼。悟空雲。香匙。師不肯。悟空卻後二十餘日方明此語(東禪齊拈雲。叢林中總道。悟空好語。法眼須有此語。若恁麼會還夢見也未。除此外別作麼生會法眼意。上坐既不喚作香匙。喚作什麼。別下一轉子看。要知上坐平生眼)因僧齋前上參。師以手指簾。時有二僧同去捲簾。師曰。一得一失(東禪齊拈雲。上坐且作麼生會。有云。為伊不明旨。便去捲簾。亦有道指者即會。不指而去者即失。恁麼會還可不可。既不許恁麼會。且問上坐阿那箇得阿那箇失)因雲門問僧。什麼處來。雲江西來。雲門雲。江西一隊老宿寱語住也未。僧無對。僧問師。不知雲門意作麼生。師曰。大小雲門被遮僧勘破。師問僧。什麼處來。曰道場來。師曰。明合暗合。僧無語。師令僧取土添蓮盆。僧取土到。師曰。橋東取橋西取。曰橋東取。師曰是真實是虛妄。師問僧。什麼處來。曰報恩來。師曰。眾僧還安否。曰安。師曰。吃茶去。師問僧。什麼處來。曰泗州禮拜大聖來。師曰。今年出塔否。曰出。師卻問傍僧曰。汝道伊到泗州不到。師問寶資長老。古人道。山河無隔礙光明處處透。作麼生是處處透底光。資曰。東畔打羅聲(歸宗柔別雲和尚擬隔礙)師指竹問僧。還見麼。曰見。師曰。竹來眼裡眼到竹邊。僧曰總不恁麼(法燈別雲。當時但擘眼向師。歸宗別雲。和尚只是不信某甲)有俗士獻師畫障子。師看了問曰。汝是手巧心巧。曰心巧。師曰。那箇是汝心。俗士無對(歸宗代雲。某甲今日卻成容易)僧問。如何是第二月。師曰。

處州報恩の守真禅師。僧が問うた。「諸官はすでに人天の会を結ぶ。報恩の今日の事はいかに。」師が言った。「闍梨は諸方に到って分明に挙げよ。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「閃爍として烏の飛ぶ急、奔騰として兎の走る頻り。」

森羅萬象。曰如何是第一月。師曰。萬象森羅師緣被於金陵。三坐大道場朝夕演旨。時諸方叢林鹹遵風化。異域有慕其法者涉遠而至。玄沙正宗中興於江表。師調機順物斥滯磨昏。凡舉諸方三昧。或入室呈解。或叩激請益。皆應病與藥隨根悟入者不可勝紀。以周顯德五年戊午七月十七日示疾。國主親加禮問。閏月五日剃髮沐身告眾訖跏趺而逝。顏貌如生。壽七十有四。臘五十四。城下諸寺院具威儀迎引。公卿李建勳已下素服奉全身於江寧縣丹陽鄉起塔。諡大法眼禪師。塔曰無相。嗣子天台山德韶(吳越國師)文遂(江南國導師)慧炬(高麗國師)等一十四人。先出世並為王侯禮重。次龍光泰欽等四十九人。後開法各化一方。如本章敘之。後因門人行言署玄覺導師。請重諡大智藏大導師。三處法集及著偈頌真讚銘記詮注等凡數萬言。學者繕寫傳布天下。

前襄州鷲嶺明遠禅師の法嗣

襄州清谿山洪進禪師(曾住鄧州谷口)在地藏時居第一座。一日有二僧禮拜。地藏和尚曰。俱錯。二僧無語。下堂請益修山主。修曰。汝自巍巍堂堂。卻禮拜擬問他人。豈不是錯。師聞之不肯。修乃問曰。未審上座作麼生。師曰。汝自迷暗焉可為人。修憤然上法堂請益地藏。地藏指廊下曰。典座入庫頭去也。修乃省過。又一日師問修山主曰。明知生是不生之性。為什麼為生之所留。修曰。筍畢竟成竹去。如今作篾使還得麼。師曰。汝向後自悟去。曰紹修所見只如此。上坐意旨如何。師曰。遮箇是監院房。那箇是典座房。修禮謝。師住後有僧問。眾盲摸象各說異端。忽遇明眼人又作麼生。師曰。汝但舉似諸方。師經行次眾僧隨從。乃謂眾曰。古人有什麼言句大家商量。時有從漪上座出眾擬問次。師曰。遮勿毛驢。漪渙漪然省悟(漪後住天平山)。

襄州鷲嶺の通和尚(第二世住)。僧が問うた。「世尊が道を得た時、地神が虚空神に報じた。和尚が道を得たに、いまだ誰人が報じたかを審らかにせず。」師が言った。「お前の報じ来たを謝す。」

昇州清涼院休復悟空禪師北海人。姓王氏。幼出家十九納戒。嘗自謂曰。苟尚能詮則為滯筏。將趣凝寂復患墮空。既進退莫決。捨二何之。乃參尋宗匠緣會地藏和尚(法眼章述之)後繼法眼住撫州崇壽。甲辰歲江南國主創清涼大道場延請居之。上堂示眾曰。古聖才生下便周行七步目顧四方雲。天上天下唯我獨尊。他便有遮箇方便奇特。只如諸上座初生下時有箇什麼奇特。試舉看。若道無即對面諱卻。若道有又作麼生通得箇消息。還會麼。上座幸然有奇特事。因什麼不知去。珍重。僧問如何是佛。師曰。汝是眾生。曰還肯也無。師曰。虛施此問。問如何是西來意。師曰。汝道此土還有麼。問省要處乞師一言。師曰。珍重。問如何是道。師曰。本來無一物何處有塵埃。僧禮拜。師曰。莫錯會。問如何是一塵入正受。師曰。色即空。曰如何是諸塵三昧起。師曰。空即色。問諸餘即不問。如何是悟空一句。師曰。兩句也。問牛頭未見四祖時為什麼百鳥銜華。師曰。未見四祖。曰見後為什麼不銜華。師曰。見四祖。問如何是自己事。師曰。幾處問人來。問古人得箇什麼即便休歇去。師曰。汝得箇什麼即不休歇去。問如何是學人出身處。師曰。千般比不得萬般況不及。曰請和尚道。師曰。古亦有今亦有問如何是亡僧面前觸目菩提。師曰。問取髑髏後人問。如何是諸佛本源。師曰。汝喚什麼作諸佛。問雨華動地始起雷音。未審和尚此日稱揚何事。師曰。向上座道什麼。曰恁麼即得遇清涼也。師曰。實即得。問毒龍奮迅萬象同然時如何。師曰。爾什麼處得遮箇問頭。師平日居方丈唯毳一襪。每哂同參法眼多為偈頌。晉天福八年癸卯十月朔日遣僧往報恩院。命法眼禪師至方丈囑付。又致書辭國主。取三日夜子時入滅。國主屢遣使候問。令本院至時擊鍾及期大眾並集。師端坐警眾曰。無棄光影語絕告寂。

前杭州龍華寺志球禅師の法嗣

時國主聞鍾登高臺遙禮清涼。深加哀慕仍致祭。茶毘收舍利建塔。

杭州仁王院の俊禅師。僧が問うた。「古に言があると承る、向上の一路は千聖伝えずと。どういうのが向上の伝えぬ事ですか。」師が言った。「向上に問いて将来。」言った。「そうなればすなわち上來当らずして去る。」師が言った。「すでにこのようと知って、歩を踏んで上って来て何をする。」

撫州龍濟山主紹修禪師。初與大法眼禪師同參地藏。所得謂已臻極。暨同辭至建陽。途中譚次法眼忽問曰。古人道。萬象之中獨露身。是撥萬象不撥萬象。師曰。不撥萬象。法眼曰。說什麼撥不撥。師懵然卻迴地藏。地藏問曰。子去未久何以卻迴。師曰。有事未決豈憚跋涉山川。地藏曰。汝跋涉許多山川也還不惡。師未喻旨乃問曰。古人道。萬象之中獨露身意旨如何。地藏曰。汝道古人撥萬象不撥萬象。師曰。不撥。地藏曰。兩箇也。師駭然沈思而卻問曰。未審古人撥萬象不撥萬象。地藏曰。汝喚什麼作萬象。師方惺悟。再辭地藏覲於法眼。法眼語意與地藏開示前後如一。故法眼先住撫州崇壽大振宗風。師後居龍濟山不務聚徒。而學者奔至。師上堂示眾曰。具足凡夫法凡夫不知。具足聖人法聖人不會。聖人若會即是凡夫。凡夫若知即是聖人。此兩語一理二義。若人辨得不妨於佛法中有箇入處。若辨不得莫道不疑。問見色便見心。露柱是色如何是心。師曰。幸然未會且莫詐明頭。問如何得出三界。師曰。汝恁麼問不妨出得三界。問當陽舉唱誰是委者。師曰。非汝不委。問如何是萬法主。師曰。喚什麼作萬法。問教雲。須彌納芥子芥子納須彌。如何是須彌。師曰。穿破汝心。曰如何是芥子。師曰。塞卻汝眼。曰如何納。師曰。把將須彌與芥子來。曰前言何在。師曰。前有什麼言。師有時示眾曰。聲色不到病在見聞。言詮不及過在唇舌。僧問。離卻聲色請和尚道。師曰。聲色裡問將來。問如何是學人心。師曰。阿誰恁麼問。問劫火洞然大千俱壞。未審這箇還壞也無。師曰。不壞。曰為什麼不壞。師曰。為同於大千。問如何是觸目菩提。師曰。特地令人愁。問如何是西來意。師曰。待汝問西來意。我即向汝道。問巨夜之中以何為眼。師曰暗。問纖毫不隔為什麼覷之不見。師曰。作家弄影漢。問古鏡未磨時如何。

前漳州保福院可儔禅師の法嗣

師曰。照破天地。曰磨後如何。師曰。黑似漆。問如何是普眼。師曰。纖毫覷不見。曰為什麼覷不見。師曰。為伊眼太大。問如何是大敗壞底人。師曰。劫壞不曾遷。曰此人還知有佛法也無。師曰。若知有佛法渾成顛倒。曰如何得不顛倒。師曰。直須知有佛法。曰如何是佛法。師曰。大敗壞。問如何是學人常在底心。師曰。還曾問荷玉麼。曰學人不會。師曰。不會夏末問曹山。師著偈頌六十餘首及諸銘論群經略要等。並行於世。

漳州隆壽の無逸禅師。初め堂を開いて座に昇り、良久して衆に謂うた。「諸上座、もし上根の士ならば早くも耳を掩うたであろう。中下の流は頭を競うて側聴する。かくのごとくといえども、なお已むを得ずして言う。諸上座、他時後日に処々に人到って今日の事を問われん。さあどう彼に挙似するか。もし挙げ得れば舌頭を鼓して舌頭を論ず。もし挙げ得なければ三寸無きが如く、さあどう挙げるか。」僧が問うた。「絶妙の宗風、師に垂示を請う。」師は良久した。僧が言った。「そうなればすなわち頓に疑情を決して便ち心源に契う。向上の宗乗はどう言論しますか。」師が言った。「お前が自ら悟るを待って始めて得る。」

杭州天龍寺秀禪師(先住歲豊)師上堂謂眾曰。諸上座多少無事。十二時中在何世界安身立命。且子細點檢看。何不覓箇歇處。因什麼卻與別人點檢。若恁麼去早落第二頭也。時有僧問。承師有言。恁麼去早落第二頭。學人總不恁麼上來。師如何辨白。師曰。汝卻作家。曰恁麼即今日得遇於師也。師曰。汝且莫詐明頭。問承古有言。二人俱錯。未審古人意旨如何。師曰。汝何不自檢責。曰恁麼即人天有賴也。師曰。汝不妨靈利。本國署清慧大師。

前潭州延壽寺慧輪禅師の法嗣

潞州延慶院傳殷禪師。僧問。見色便見心。燈籠是色那箇是心。師曰。汝不會古人意。曰如何是古人意。師曰。燈籠是心。問若能轉物即同如來。未審轉什麼物。師曰。道什麼。僧擬進語。師曰。遮漆桶。

廬山歸宗第十二世の道詮禅師は吉州安福の人。姓は劉氏。生まれながら葷血を悪み、髫齔に本州の思和尚に礼して業を受けた。慧輪和尚の化が長沙に被ると聞き、時に馬氏が荆楚を竊據して建康と接壤していた。師は年二十五で友を結び、険を冒して遠く参尋に来た。馬氏が劉言を滅ぼし其他あるに会い、王逵をもって劉言に代えてその事を領せしめた。逵は師を江表の諜者と疑い、乃ち令して捕えて江に沈めんとした。師は怡然として怖れなかった。逵はこれを異とし、且つ輪和尚に詢ねた。輪が言った。「これは皆法のために躯を忘れる人だ。老僧の虚誉を聞いて故に来たりて決擇するのみ。」逵は悦んでこれを釈き、仍ねて礼重を加えた。師は延壽に栖泊して十稔を経た。輪和尚が寂に帰し、乃ち廬山に回って開先に錫を駐めた。乾德の初め、山の東南の牛首峯の下に茅を結んで室と為した。開寶五年、洪帥の林仁肇が筠陽九峯の隆済院に居るを請い、宗旨を闡揚した。本国は大沙門の号を賜った。僧が問うた。「和尚が親しく延壽に見えたと承る、是か否か。」師が言った。「山前の麦は熟したか否か。」問うた。「九峯山中にまだ佛法があるか否か。」師が言った。「ある。」言った。「どういうのが九峯山中の佛法ですか。」師が言った。「山中の石頭、大なるは大、小なるは小。」尋いで江南国が絶えるに属し、僧徒は例により経業を試された。師の徒衆は並びに禅観を習っていた。乃ち一偈を述べて州牧に聞かせて曰く、

衡嶽南臺守安禪師初住江州悟空院。有僧問。人人盡有長安路如何得到。師曰。即今在什麼處。問如何是西來意。師曰。是什麼意。問如何是本來身。師曰。是什麼身。問寂寂無依時如何。師曰。寂寂底聻。師因有頌曰。

言を忘れて太虚に合せんと比拟す、和気に親疎あらしめんことを免れん。

南臺靜坐一罏香亙日凝然萬事忘

誰か道と徳と全く用無きを知らん、今日僧と為るは書を識るを貴ぶ。

不是息心除忘想都緣無事可思量

時に州牧がこれを閲し、僚佐と議して言った。「旃檀林中は必ず雑樹無し。唯だ師の一院は特に奏して経の試を免ぜよ。」太平興國九年、南康知軍の張南金が先ず疏を具えて師に白し、然る後に道俗を集めて迎請して歸宗道場に坐せしめた。僧が問うた。「どういうのが歸宗の境ですか。」師が言った。「千邪は一直に如かず。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「雪の消うる後を得て待てば、自然に春到来す。」問うた。「どういうのが学人の自己ですか。」師が言った。「床狭ければ先ず臥し、粥稀なれば後に坐す。」問うた。「古人は道う、風の動くに非ず幡の動くに非ず、いかに。」師が言った。「來日路口に市あり。」師は雍熙二年十一月二十八日、中夜に趺坐し、衆に白して順寂した。寿五十六、臘三十七。荼毗して舍利を牛首庵所に塔した。師は頗る歌頌あって世に流伝した。

前福州僊宗契符清法大師法嗣

潭州龍興の裕禅師。僧が問うた。「これ何ぞや、学人の自己は。」師が言った。「張三李四。」言った。「比來自己を問うのに、なぜ張三李四と道うか。」師が言った。「お前は且く草草とするな。」問うた。「諸余は則ち問わない。どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「家風は則ち且く置く。どれがお前の問わぬ諸余か。」

福州僊宗洞明真覺大師。僧問。拏雲不假風雷便。𤀹浪如何透得身。師曰。何得棄本逐末。

前韶州白雲祥和尚の法嗣

泉州福清廣法大師行欽。初住雲臺院。師上堂謂眾曰。還有人鑒得出麼。若有人鑒得。是什麼湖裡破草鞋。若也鑒不出。落地作金聲。無事久立。僧問。如何是佛法大意。師曰。諸上座大家道取。問如何是譚真逆俗。師曰。客作漢問什麼。曰如何是順俗違真。師曰。吃茶去。問如何是然燈前。師曰。然燈後。曰如何是然燈後。師曰。然燈前。曰如何是正然燈。師曰。吃茶去。問如何是第二月。師曰。汝問我答。師問僧。汝念什麼經。曰法華經。師曰。彼此話墮。

韶州大歴和尚は初め白雲を参じた。白雲が拳を挙げて言った。「我近来そうせず。」師は旨を領して礼拝した。これより入室した。住してのち僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「破草鞋。」問うた。「どういうのが無為ですか。」師は乃ち手を摆った。問うた。「施主の供養に何をもって報答するか。」師は手をもって髭を捻った。僧が言った。「髭あればすなわち捻る、髭なければいかに。」師が言った。「公の境界に非ず。」師が暗室に坐していた。僧が来たりて不審した。師は乃ち一掌を与えた。僧は測らなかった。

前杭州天龍重機大師法嗣

連州寶華和尚。師が上堂して衆に示して言った。「天を看地を看る。新羅国の裏。和南不審。日に万両の黄金を消す。かくのごとくといえども、なお少分なり。」また言った。「十方世界を尽くすは個の木羅漢。幡竿の頭上で一句を道え。」また言った。「天上に龍飛び鳳走り、山間に虎嘯き猿啼く。拈じて鼻孔に向かい一句を道え。」僧が問うた。「どういうのが寶華の境ですか。」師が言った。「前頭は緑水、後面は青山。」僧が言った。「会しません。」師が言った。「末後の一句。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「大容から来ました。」師が言った。「大容は近日どうか。」言った。「近来一瓮の醤を合えました。」師が言った。「沙弥、一碗の水を將りてこの僧に影を照らせ。」僧が問うたに因る。大容が言った。「天賜の六銖を披掛して、後に何をもって我が皇恩に報いん。」大容が言った。「来たりて三事の衲を披き、帰りて六銖の衣を掛く。」師はこれを聞きて乃ち言った。「この老凍〔この字は鼻に従い未識〕、そういう語話を作す。」大容は聞いて人をして語を伝えさせて言った。「何ぞ奴に縁あって断えざるに似ん。」師が言った。「比ねて磚を抛つのはただ玉を引かんと図る。」師が一僧が法堂の階下を過ぐるを見た。師は乃ち繩床を敲いた。僧が言った。「もしこの個ならば請じて拈出せず。」師は喜んで地に下りて之を問うたが、並びに説く処なし。師は乃ち打った。師は時に冠子を戴いて衆に謂うた。「もし俗と道えば且く身に袈裟を披き、もし僧と道えばまた頭に冠子を戴く。」大衆に對なし。

高麗雪嶽令光禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。分明記取。問如何是諸法之根源。師曰。謝指示。

韶州月華和尚は初め白雲に謁した。雲が問うて言った。「業はどんな個か。」師が対して言った。「孔雀経を念ず。」白雲が言った。「好個の人家の男子が鳥雀の後に随う。」師は語を聞いて驚異し、遂に依附して久しくして乃ち旨を契えた。尋いで月華に住した。僧が問うた。「どういうのが月華の家風ですか。」師が言った。「もし家風を問えばすなわち家風を答える。」言った。「学人は家風を問う。」師が言った。「金銅の羅漢。」師が僧に問うた。「どの処から来た。」言った。「大容から来ました。」師が言った。「東路から来たか西路から来たか。」言った。「西路から来ました。」師が言った。「まだ弥陀を見たか。」僧は良久して礼拝した。師が言った。「月華を礼拝して何をする。」師は京に入り上堂した。一官人が出でて礼拝し、起きて頭を低くして良久とした。師が言った。「電を撃つ機は徒らに佇思す。」老宿が法堂に入り到り、東西を顧視して言った。「好個の法堂だが且つ主無し。」師は方丈でこれを聞いて言った。「且く坐せよ。」老宿が問うて言った。「玄中の最的はなお亀毛兎角。二諦の中に向かわずして修めずば、どう密用するか。」師が言った。「側。」言った。「そうなれば則ち拄杖を拗折し草鞋を割断して去る。」師が言った。「細かにして之を詳らかにせよ。」

前婺州國泰瑫禪師法嗣

南雄州地藏和尚が上堂すると僧が問うた。「すでに地藏、地藏はまだ来るか。」師が言った。「仏殿の門を打開き、香を装し水を換えよ。」師は大容和尚とともに白雲に火路を開いた。大容が言った。「三道の寶階は個の火路に何に似るか。」師が言った。「どの処がそうでないか。」

婺州齊雲寶勝禪師。僧問。如何是齊雲境。師曰。龍潭徹底清烏龜得繼名。曰莫即遮箇便是麼。師曰。道高龍虎伏八僊連太平。問如何是齊雲水。師曰。龍潭常徹底擬問即波瀾。曰莫只遮箇便是麼。師曰。古殿無香煙誰人辨清濁。曰未審深深處如何。師曰。闍梨欲識深深處。直須腳下絕雲生。

英州樂淨の含匡禅師は開堂の日に衆に謂うた。「摩竭提国に親しくこの令を行う。擔簦を去却して請う、流を截って相見せん。」僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「耳を側めても功なし。」問うた。「どういうのが樂淨の家風ですか。」師が言った。「天地は人を養う。」問うた。「どういうのが樂淨の境ですか。」師が言った。「功あれば竹を種うるを貪り、暇あれば松を栽えずは無し。」言った。「忽ち客来たるに遇わば、何を將て供養するか。」師が言った。「満園の秋果熟す、要する者は前に近く嘗めよ。」問うた。「菩提座に坐せずして直に彼の邊を過ぐるはいかに。」師が言った。「放過。」問うた。「師は誰の家の曲を唱え、宗風は阿誰を嗣ぐか。」師が言った。「新たに世界を斬り、特に乾坤を地する。」問うた。「龍門に意あり、透る者はいかに。」師が言った。「灘下に接取せよ。」言った。「学人は会しません。」師が言った。「行頭を喚び来い。」問うた。「ただ本を得れば末を愁うなかれ。どういうのが本ですか。」師が言った。「人に問うことを要せず。」言った。「どういうのが末ですか。」師は乃ち指を竪てた。問うた。「どういうのが樂淨の境ですか。」師が言った。「満月團圓は菩薩の面、庭前の棕樹は夜叉の頭。」僧が辞した。師が問うた。「どの処へ行く。」言った。「大容へ行きます。」師が言った。「大容もし楽淨の近日何の言教あるかを問わば、お前はどう対えるか。」僧は語なし。師は代わりて言った。「ただ道え、楽淨近日大容を肯ぜずと。」普請して籬を打つ次に因り、僧が問うた。「古人は種種に方便の門を開く。和尚はなぜ却って攔截するか。」師が言った。「牢く橛を下し著け。」

前福州昇山白龍院道希禪師法嗣

韶州後白雲和尚。初め堂を開いて座に登り衆に謂うた。「從上の宗風は佇思を容れずと不審す。しかれども諸仏の初心の敬禮を念い、后代相承の事は須く方便あるべし。三十年後埋没するを得ず。もし高賢上士ならばその流に在らず。後学初心に個の入路を示す。大衆の頭上を看取せよ。もしも会せざれば葛藤を聴いて去れ。」師は良久してまた言った。「上は諸仏より下は含識に至るまで、個の真心を共にす。さあどれが諸人の心か。まさに情と無情と一体を共にするか。そう見解するは三家里に何に似るか。すでにこのようで得ざればまたどう会するか。直ちに下って会得するも早くも自ら鈍置を相う。もし祖師の門下に據れば、豈にこの階梯を立てんや。眉毛の上を眨ぐも早くも蹉過する。何況んや声前に薦得し句後に投機するをや。会中にまだ知音の者あるか。擔簦を去却して請う、流を截って相見せん。」時に僧が礼拝した。師が言った。「俊なるかな龍象の蹴踏、辺を潤さず。三乗五性皆惺悟す。」僧が再び問を伸べんと拟した。師が言った。「去れ。」問うた。「古琴の絶韻、師に彈くを請う。」師が言った。「伯牙妙手と雖も、時人の聴く者稀なり。」言った。「そうなればすなわち再び子期に遇う。」師が言った。「笑い発して弦を驚かし断つ。寧んぞ調の同じからざるを知らんや。」問うた。「昔日霊山の一会、梵王を主と為す。いまだ白雲は誰人を主と為すかを審らかにせず。」師が言った。「常侍有り。」言った。「そうなればすなわち法雨〔次の一字は雨に従い未識〕群生に頼りあり。」師が言った。「お前はここで梔子を売るな。」

福州廣平玄旨禪師曾住黃檗。上堂示眾曰。還有人證明麼。若有人證明。亦免孤負上祖埋沒後來。若是尋言數句大藏分明。若是祖宗門中怪及什麼處。恁麼道亦是傍瞥之辭。僧問。如何是廣平境。師曰。地擎名山秀谿連海水清。曰如何是境中人。師曰。汝問我答。問如何是法身體。師曰。廓落虛空絕玷瑕。曰如何是體中物。師曰。一輪明月散秋江。曰未審體與物分不分。師曰。適來道什麼。曰恁麼即不分也。師曰。穿耳胡僧笑點頭。

前朗州德山緣密大師の法嗣

福州昇山白龍清慕禪師。僧問。如何是白龍密用一機。師曰。汝每日用什麼。曰恁麼即徒勞側聆。禪便喝出。問一切眾生日用而不知。如何是日用底。師曰。別秖對爾爭得。問不責上來聲前一句請師道。師曰。莫是不辨麼。

潭州鹿苑の文襲禅師。僧が問うた。「遙々師に投ず、師に接するを請う。」師が言った。「五門巷の裏に消息なし。」僧は良久した。師が言った。「会するか。」言った。「会しません。」師が言った。「長樂坡頭に信通わず。」

福州靈峰志恩禪師。僧問。如何是吹毛劍。師曰。我進前汝退後。曰恁麼即學人喪身命去也。師曰。不打水魚自驚。問如何是佛。師曰。更是阿誰。曰既然如此為什麼迷妄有差殊。師曰。但自不亡羊何須泣岐路。問如何是靈峰境。師曰。萬疊青山如飣出。兩條綠水若圖成。曰如何是境中人。師曰。明明密密密密明明。

澧州藥山の可瓊禅師(第九世住)、後に江陵延壽に住した。僧が問うた。「師に話に答えるを請う。」師が言った。「好し。」言った。「まだ当ることを得るか。」師が言った。「さらに問え。」僧が問うて言った。「巨嶽はかつて寸土に乏しまず。師の今苦口は何人のためか。」師が言った。「延壽もまた道い過ぐるを要す。」言った。「この問を申せざれば、焉んぞ我が師を辨えん。」師は喝した。その僧は礼拝した。師は便ち打った。

福州東禪玄亮禪師。僧問。本無迷悟為什麼卻有眾生。師曰。話墮。問祖祖相傳傳法印。師今繼嗣嗣何方。師曰。特謝證明。曰恁麼即白龍當時親受記。今日應聖度迷津。師曰。汝莫錯認定盤星。

前西川青城香林澄遠禅師の法嗣

漳州報劬院玄應定慧禪師泉州晉江縣人也。姓吳氏。幼出家於本州開元寺九佛院。稟具探律乘。閱大藏終秩。乃之福州謁白龍希和尚印可心地。卻歸本州清豁。會清豁長老罷唱保福庵。於貴湖一見。以同道相契。豁命檀信於庵之西青陽山創室。請師宴處二十餘載。開寶三年屬泉州帥陳洪進仲子文顥任漳州刺史於水南創大禪苑曰報劬。屢請師住持。固辭不往。師之兄仁濟為軍校。文顥因遣仁濟入山述意勤懇。師不得已出山。時參學四集。僅千五百人隨從入院大啟法筵。僧問。如何是第一義。師曰。如何是第一義。曰學人請益。師何以倒問學人。師曰。汝適來請益什麼。曰第一義。師曰。汝謂之倒問耶。問如何是古佛道場。師曰。今夏堂中千五百僧。陳帥以師之道德聞於太祖皇帝。賜紫衣師號。開寶八年將順世。先七日遺書辭陳守。仍示一偈曰。

灌州羅漢和尚。僧が問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「井中の紅焰、日裏の浮漚。」言った。「どう領会しますか。」師が言った。「遙かに扶桑の日の彼の邊を指す。」(底本は「摶桑」に作る)問うた。「どういうのが羅漢の境ですか。」師が言った。「地は香積水に連なり、門は聖峯山に對す。」問うた。「すでに羅漢、なぜ却って人の轉動を受けるか。」師が言った。「眼睛を換え髑髏を轉じ却れ。」

今年六十六世壽有延促

前鄂州黄龍晦機禅師の法嗣

無生火熾然有為薪不續

洛京長水紫蓋の善沼禅師。僧が問うた。「死中に活を得る時はどうか。」師が言った。「鎌を抱き骨を刮って天地を熏り、棺中に炮烈して托生を求む。」問うた。「纔かに生まれて便ち死する時はどうか。」師が言った。「疾を覚るを頼み得る。」

出谷與歸源一時俱備足

眉州黄龍の繼達禅師。僧が問うた。「どういうのが衲ですか。」師が言った。「針去りて線回らず。」言った。「どういうのが帔ですか。」師が言った。「横に四世界を铺き、竪に一乾坤を蓋う。」言った。「道満ちて到来する時はいかに。」師が言った。「羹を要すれば羹を与え、飯を要すれば飯を与える。」問うた。「黄龍世に出でて金翅鳥空に満ちて飛ぶ時はいかに。」師が言った。「お前の金翅鳥に問う、まだ飽を得るか否か。」

及期日誡諸門人。吾滅後不得以喪服哭泣有亂規矩。言訖坐化。陳守傷歎盡禮送終。荼毘收靈骨於院之後山建浮圖。

棗樹和尚(第二世住)が僧に問うた。「足を発せし処はどこか。」言った。「閩中。」師が言った。「俊なるかな。」言った。「師の指示を謝す。」師が言った。「屈なるかな。」僧が地を鋤く次、師を見て乃ち不審した。師が言った。「阿誰に見えて便ち不審するか。」言った。「師に見えて問訊せず、礼式全からず。」師が言った。「却って老僧を孤負す。」その僧は堂に帰り第一座に挙似した。第一座が言った。「和尚近日畏るべし、人を為すこと切なり。」師はこれを聞いて乃ち第一座を七棒打った。第一座が言った。「某甲そう道うはいまだ過あらず、打つことそうなり。」師が言った。「枉げて如許多年の鹽醋を喫す。」また七棒打った。

前泉州招慶法因大師法嗣

興元府玄都山の澄和尚。僧が問うた。「喜んで方丈に趨るを得、家風の事はいかに。」師が言った。「熏風は曉露を開き、明月は正しく天に当たる。」言った。「どう拯済しますか。」師が言った。「金鶏樓上、一下の鼓。」問うた。「どういうのが沙門の行ですか。」師が言った。「一切如かず。」

泉州報恩院宗顯明慧大師。初住興國。有僧問。新豐一派興國分流。祖嗣西來請師舉唱。師曰。也在新豐得些子。問曰。恁麼即法雨霶𩃰群生有賴也。師曰。莫閑言語。問昔日靈山一會迦葉親聞。未審今日誰是聞者。師曰。卻憶七葉巖中尊。問昔日覺城東際象王迴旋五眾鹹臻。今日太守臨院如何提接。師曰。眨上眉毛著。曰恁麼即一機顯處萬緣喪盡。師曰。何必繁辭。問如何是西來意。師曰。日裡看鵄毛。師後住報恩有僧問。學人都致一問請師道。師曰。不是創住遮箇師僧也難容。問離四句絕百非請師道。師曰。青紅華滿庭。問不涉思量處從上宗乘請師直道。師良久。僧曰。恁麼即聽響之流徒勞側耳。師曰。早是粘膩。問不責上來聲前一句請師直道。師曰。汝自何來。曰恁麼即得遇明師也。師曰。莫閑言語。問如何是人王。師曰。奉對不敢造次。曰如何是法王。師曰。莫孤負好。曰未審人王與法王對譚何事。師曰。非汝所聆。

嘉州黑水和尚。初め黄龍を参じて問うて言った。「雪が蘆華を覆う時はどうか。」黄龍が言った。「猛烈。」師が言った。「猛烈ならず。」黄龍がまた言った。「猛烈。」師がまた言った。「猛烈ならず。」黄龍は便ち打った。師は因りて惺覚した。自ら爾より縁に契い、黒水に化を行った。

金陵龍光院澄忋(公在切)禪師廣州人也。姓陳氏。幼出家於本州觀音院。年滿納戒於韶州南華寺。尋遊方抵於泉州參法因大師印悟心地。後住舒州山谷寺。有僧新到。師問。什麼處來。曰江南來。師曰。汝還禮渡江船子麼。曰和尚為什麼教禮渡江船子。師曰是汝善知識。又住齊安龍光前後三處。聚徒說法終於龍光。

鄂州黄龍の智顒禅師(第三世住)。僧が問うた。「どういうのが黄龍の家風ですか。」師が言った。「賓を待つに仙果を飣る。」僧が問うた。「どういうのが諸仏の本源ですか。」師が言った。「則ちこの一問は何の源か。」言った。「そうなればすなわち諸仏に異路なしと去る。」師が言った。「延平の劍はすでに龍と成りて去る、なお舟を刻して劍を求める人有り。」

永興北院可休禪師(第二世住)僧問。如何是西來意。師曰。遍滿天下。僧曰。莫便是麼。師曰。是即牢收取。問大作業底人來師還接否。師曰。不接。曰為什麼不接。師曰。幸是好人家男女。

眉州昌福の達和尚。僧が問うた。「学人が来て問えば師は則ち對す。問わざる時、師の意はいかに。」師が言った。「師兄の指示を謝す。」問うた。「本來は則ち問わず。どういうのが今日の事ですか。」師が言った。「師兄のこの問は大好だ。」言った。「学人が会せざる時はいかに。」師が言った。「谩じ得ればすなわち得る。」問うた。「国に寶刀有り、誰人か見るを得ん。」師が言った。「師兄の遠来容易ならず。」言った。「この刀は何の形狀を作すか。」師が言った。「要すも道い要さずも道う。」言った。「師に道うを請う。」師が言った。「難く逢い難く遇う。」問うた。「石牛が水上に臥する時はいかに。」師が言った。「異中の異、妄計に浮沉せず。」言った。「便ちそう去る時はいかに。」師が言った。「天の翅げ日は落ち、土を把りて金を成す。」

郴州太平院清海禪師。僧問。古人道不從請益得。祖師為什麼道誰得作佛。師曰。悟了方知。問從上宗乘次第指授。未審今日如何舉唱。師曰。白雲透出深洞裡。名華異草嶺頭生。問如何是句中人。師曰。好辨。

前婺州明招德謙禅師の法嗣

連州慈雲普廣大師慧深。僧問。匿王請佛既奉法於當時。我後延師蓋興宗於此日。幸施方便無悋舉揚。師曰。不煩再問。問如何是人圓鏡。師曰著。問如何是向上事。師曰。分明聽取。

處州報恩の契從禅師。初め堂を開き座に昇らんと欲して坐し、乃ち言った。「烈士の鋒前にまだ俊鷹俊鷂児あるか。一個を放ち出して看せよ。ゆえに道う、烈士の鋒前に陪する人少なく、雲雷は鼓を撃ち劍輪は開く。誰か是大雄の師子の種か、满身の鋒刃はただ出来せんと。」時に僧が始めて出た。師が言った。「好個の精彩を看よ。」僧が問を申べんと拟した。師が言った。「どの処へ行くか。」問うた。「師子いまだ窟を出でざる時はいかに。」師が言った。「鋒芒撃ち難し。」言った。「窟を出でた後はいかに。」師が言った。「身を蔵するに路なし。」言った。「出でんと欲して出でざる時はいかに。」師が言った。「命は絲に懸るが似し。」言った。「向去の事はいかに。」師が言った。「拶。」師は後に南明に住した。僧が問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「まだ奈何せんか。」問うた。「十二時の中にどうすれば則ち是ですか。」師が言った。「金剛頂の上で看よ。」言った。「そうなればすなわち人天に頼りあり。」師が言った。「お前はまた人天を诳〔この字は言に従い未識〕って何をする。」

郢州興陽山道欽禪師(第二世住)僧問。如何是興陽境。師曰。松竹乍栽山影綠。水流穿過院庭中。問如何是佛。師曰。更是什麼。

婺州普照の瑜和尚が上堂して未だ坐せず、衆に謂うた。「三十年後に大有りて人、ここに向かって鋒を亡び舌を結び去って在らん。まだ会するか灼然と。もし真の師子児でなければ、争いで上來の機を識らん。」僧が問うた。「師子いまだ窟を出でざる時はいかに。」師が言った。「衆獸は徒然なり。」言った。「窟を出でた後はいかに。」師が言った。「孤絶万里。」言った。「出でんと欲して出でざる時はいかに。」言った。「衝に当たる者は喪す。」問うた。「向去の事はいかに。」師が言った。「鋒に臨んで決す。」師は乃ち頌して曰く、

前婺州報恩寶資禪師法嗣

鋒に臨むの処に決す、天然師子の機。

處州福林澄和尚。僧問。如何是伽藍。師曰。勿幡㡧。曰如何是伽藍中人。師曰。瞻禮即有分。問下堂一句請師不悋。師曰。閑吟唯憶龐居士。天上人間不可陪。

嚬呻して三界を出づ、祖に非ざれば知る能わず。

前處州翠峰從欣禪師法嗣

婺州雙溪の保初禅師が衆に示して言った。「いまだ透徹せざれば須く呈するなかれ。十方世界は廓然として明らか。孤峯頂上に機照を通ず。他の北斗星を看るを用いず。」僧が問うた。「九夏の靈峯の劍、師に請うて鋒を露わすな。」師が言った。「いまだ金鎖を拍する前に、何ぞ問わざる。」僧が言った。「千般徒らに用を設く、髑髏前を出がたし。」師が言った。「背後に礙して人を殺す。」

處州報恩守真禪師。僧問。諸官已結人天會。報恩今日事如何。師曰。闍梨到諸方分明舉。問如何是佛法大意。師曰。閃爍烏飛急。奔騰兔走頻。

處州涌泉の究和尚。師が上堂して良久して言った。「まだ虎狼の禅客あるか。あれば一個を放ち出して来い。」時に僧が纔かに出た。師が言った。「まだ命を喪う処を知るか。」言った。「学人は和尚に咨ます。」師が言った。「どの処へ行くか。」問うた。「師子いまだ窟を出でざる時はいかに。」師が言った。「抖〔この字は口に従い未識〕地。」言った。「師子が窟を出でた後はいかに。」師が言った。「天を蓋い地を蓋う。」言った。「出でんと欲して出でざる時はいかに。」師が言った。「一切の人辨え得ず。」問うた。「向去の事はいかに。」師が言った。「俊鷂もまた蹤を迷う。」

前襄州鷲嶺明遠禪師法嗣

衢州羅漢の義和尚。上堂して衆が集まり、僧が纔かに出て礼拝した。師が言った。「よいのではない。」僧が言った。「龍泉の寶劍、師に揮うを請う。」師が言った。「どの処へ行くか。」言った。「そうなればすなわち龍溪の南面に鋒芒を尽くす。」師が言った。「收取せよ。」問うた。「古今に落ちず、師に道うを請う。」師が言った。「まだ怪しめるか。」言った。「なお古今に落ちます。」師が言った。「錯るな。」

襄州鷲嶺通和尚(第二世住)僧問。世尊得道地神報虛空神。和尚得道未審什麼人報。師曰。謝爾報來。

前朗州大龍山智洪禅師の法嗣

前杭州龍華寺志球禪師法嗣

大龍山の景如禅師(第二世住)。僧が問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師は喝した。僧が言った。「尊意はいかに。」師が言った。「会するか。」言った。「会しません。」師はまた喝した。問うた。「太陽が一顕れて人皆羨み、鼓声纔かに罷む、意はいかに。」師が言った。「季秋凝れる後の好晴天。」

杭州仁王院俊禪師。僧問。承古有言。向上一路千聖不傳。如何是向上不傳底事。師曰。向上問將來。曰恁麼即上來不當去也。師曰。既知如此蹋步上來作什麼。

朗州大龍山の楚勲禅師(第四世住)。上堂して良久して言った。「大衆がただそう各々散って去れば、すでに重ねてこの義を宣べた。久しく立ってまた何を為すか。しかるに久立には久立の道理がある。知れば一小劫を経るも一食頃のごとし。道理を知らざれば便ち茫然を見る。まだ知るか。知る者あれば出で来い。大家で相共に商量しよう。」時に僧が出でて坐具を展べて言った。「展すれば則ち遍く沙界に周わり、縮めば則ち絲髪も存せず。展すれば是か、展せざれば是か。」師が言った。「お前はどの処より得て来たか。」言った。「そうなればすなわち展して去る。」師が言った。「交渉を勿れ。」問うた。「どういうのが大龍の境ですか。」師が言った。「諸方に挙げて人に似す。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「お前はなぜ我を谩すか。」問うた。「亡僧の遷化はどの処に向かって行くか。」師が言った。「阿弥陀仏。」僧が問うた。「善法堂中に師子吼す。いまだ法嗣は何人を嗣ぐかを審らかにせず。」師が言った。「なお自らそう問う。」

前漳州保福院可儔禪師法嗣

興元府普通院の從善禅師。僧が問うた。「法輪が再び転ずる時はいかに。」師が言った。「上座の喜びを助ける。」言った。「何の事を合談するか。」師が言った。「異人は耳を掩う。」言った。「便ちそう領会する時はいかに。」師が言った。「錯り。」問うた。「劍を佩いて松關を叩く時はいかに。」師が言った。「乱作するな。」言った。「誰か有るを知らざらん。」師が言った。「出でよ。」

漳州隆壽無逸禪師。初開堂升座良久謂眾曰。諸上座若是上根之士早已掩耳。中下之流競頭側聽。雖然如此猶是不得已而言。諸上座。他時後日到處有人問著今日事。且作麼生舉似他。若也舉得舌頭鼓舌頭論。若也舉不得如無三寸且作麼生舉。僧問。絕妙宗風請師垂示。師良久。僧曰。恁麼即頓決疑情便契心源。向上宗乘如何言論。師曰。待汝自悟始得。

前襄州白馬行靄禅師の法嗣

前潭州延壽寺慧輪禪師法嗣

襄州白馬の智倫禅師。僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「真金も須く色を失うべし。」問うた。「どういうのが和尚の出身の処ですか。」師が言った。「牛が牆に抵る。」言った。「学人は会せず、意旨はいかに。」師が言った。「すでに八字を成した。」

廬山歸宗第十二世道詮禪師吉州安福人也。姓劉氏。生惡葷血。髫齓禮本州思和尚受業。聞慧輪和尚化被長沙。時馬氏竊據荊楚與建康接壤。師年二十五結友冒險遠來參尋。會馬氏滅劉言有其他。以王逵代劉言領其事。逵疑師江表諜者。乃令捕執將沈於江。師怡然無怖。逵異之。且詢輪和尚。輪曰。斯皆為法忘軀之人也。聞老僧虛譽故來決擇耳。逵悅而釋之。仍加禮重。師棲泊延壽經十稔。輪和尚歸寂。乃迴廬山開先駐錫。乾德初於山東南牛首峰下。結茆為室。開寶五年洪帥林仁肇請居筠陽九峰隆濟院。闡揚宗旨。本國賜大沙門號。僧問。承聞和尚親見延壽來是否。師曰。山前麥熟也未。問九峰山中還有佛法也無。師曰有。曰如何是九峰山中佛法。師曰。山中石頭大底大小底小。尋屬江南國絕。僧徒例試經業。師之徒眾並習禪觀。乃述一偈聞於州牧曰。

前安州白兆山第二世懷楚禅師の法嗣

比擬忘言合太虛免教和氣有親疎

唐州保壽の匡祐禅師。僧が問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「前に近く来い、前に近く来い。」僧が前に近づいた。師が言った。「会するか。」言った。「会しません。」師が言った。「石火の電光はすでに塵劫を経た。」僧が問うた。「どういうのが人を為す一句ですか。」師が言った。「口を開けば耳に入る。」僧が言った。「どう理会しますか。」師が言った。「人に逢えば人に告ぐ。」

誰知道德全無用今日為僧貴識書

前襄州谷隱智静禅師の法嗣

時州牧閱之。與僚佐議曰。旃檀林中必無雜樹。唯師一院特奏免試經。太平興國九年南康知軍張南金先具疏白師。然後集道俗迎請坐歸宗道場。僧問。如何是歸宗境。師曰。千邪不如一直。問如何是佛。師曰。待得雪消後。自然春到來。問如何是學人自己。師曰。床窄先臥粥稀後坐。問古人道。不是風動不是幡動如何。師曰。來日路口有市。師雍熙二年十一月二十八日中夜趺坐。白眾而順寂。壽五十六。臘三十七。荼毘舍利塔於牛首庵所。師頗有歌頌流傳於世。

谷隱の知儼禅師は登州の人。本州の鵲山で業を受け、前谷隱の知静禅師に法を得た。踵を継いで住持し、玄侶が臻り萃まった。僧が問うた。「師は誰の家の曲を唱え、宗風は阿誰を嗣ぐか。」師が言った。「白雲は南、傘蓋は北。」問うた。「どういうのが迦葉が親しく聞いた事ですか。」師が言った。「速やかに須く作し却れ。」問うた。「どういうのが諸仏の照らし著かざる処ですか。」師が言った。「この山鬼の窟に問いて何をする。」言った。「照らし著いた後はいかに。」師が言った。「咄、精怪。」問うた。「千山万水、どう登涉しますか。」師が言った。「歩を挙げれば便ち千里万里。」言った。「歩を挙げざる時はいかに。」師が言った。「また千里万里。」

潭州龍興裕禪師。僧問。是何是學人自己。師曰。張三李四。曰比來問自己。為什麼道張三李四。師曰。汝且莫草草。問諸餘即不問。如何是和尚家風。師曰。家風即且置。阿那箇是汝不問底諸餘。

襄州普寧院の法顯禅師。僧が問うた。「曩劫ともに住しながら、なぜ親疎を識らないか。」師が言った。「誰。」言った。「さらに某甲の道うを待つ。」師が言った。「話を領せぬと將に謂えり。」問うた。「万水千山、どう登涉しますか。」師が言った。「青霄の無間の路、到る者は機に迷わず。」

前韶州白雲祥和尚法嗣

前廬山歸宗第四世住弘章禅師の法嗣

韶州大歷和尚初參白雲。白雲舉拳曰。我近來不恁麼也。師領旨禮拜。自此入室。住後僧問。如何是西來意。師曰。破草鞋。問如何是無為。師乃擺手。問施主供養將何報答。師以手撚髭。僧曰。有髭即撚無髭如何。師曰。非公境界。師在暗室坐。有僧來不審。師乃與一掌。僧不測。

東京普淨院の常覺禅師は陳留の人。姓は李氏。幼くして儒学を習い、干禄の意が絶無だった。志は山水を楽しみ、頗る游覧を務めとした。廬山歸宗禅師の会下に至り法を聞いて惺悟し、遂に出家を求めた。未だ幾ばくもなく歸宗がまさに順寂せんとして、師を撫するを命じて言った。「お前は法に縁あり。他後衆を済うこと、その量を測ること莫し。」仍ねて披剃の事を諸の門人に嘱し終わり、然る後に滅を示した。師は梁の乾化二年に至り落髪し、明年東林寺の甘露壇で戒を納めた。尋いで五臺山を游び、還って上都に上り麗景門の内に独居した。二載の間、北隣の信士の張生が師に供養を請うた。張は素より玄理を探り、因りて師を叩いて垂誨を請うた。師は乃ち宜に随って開誘し、張生は言下に発悟した。遂に榻を設けて留宿せしめた。深夜に至り、妻とともに竊かに之を窺うと、師の体が一榻に遍く、頭足俱に出でていた。及んで婢僕に視させれば則ち常のごとし。張生は倍加して欽慕して言った。「弟子夫婦は老い垂れんとす。今願わくば宅の前堂を割きて丈室に裨ぜん。」師は欣然としてこれを受けた。後唐天成三年に至り遂に大院と成り、額を賜って普淨と曰う。師は時機の浅昧なるをもって極旨に任え難しとし、「苟くもこれを啓くに器に非ざれば、彼をして謗讟の咎を招かしめん。我寧ろ法を開くを務めず」とし、每月三八に僧道を浴せしめること万計。師は常に諸徒に謂うて言った。「ただ慧門の壅れざるを得れば、則ち福何の滞らん。」ある日、給事中の陶穀が院に入り礼を致して問うて言った。「経に云う、一切の相を離れれば則ち諸仏と名づくと。今目前に諸相紛然、どう離れ得るか。」師が言った。「給事は個の何を見るか。」陶は欣然として仰重した。これより王公大人が屡々章服の師号を薦したが、皆却いて受けなかった。開寶四年十二月二日に示疾し、十一日に衆に告げ嘱付し終わり、右脇にして化した。寿七十六、臘五十六。今法嗣が世を継いで住持し、いよいよ盛んなり。

連州寶華和尚。師上堂示眾曰。看天看地。新羅國裡。和南不審。日消萬兩黃金。雖然如是猶是少分。又曰。盡十方世界是箇木羅漢。幡竿頭上道將一句來。又曰。天上龍飛鳳走山間虎嘯猿啼。拈向鼻孔道將一句來。僧問。如何是寶華境。師曰。前頭綠水後面青山。僧曰。不會。師曰。末後一句。師問僧。什麼處來。曰大容來。師曰。大容近日作麼生。曰近來合得一甕醬。師曰。沙彌將一碗水來與遮僧照影。因有僧問。大容雲。天賜六銖披掛。後將何報答我皇恩。大容雲。來披三事衲。歸掛六銖衣。師聞之乃曰遮老凍齈。作恁麼語話。大容聞令人傳語云。何似奴緣不斷。師曰。比為拋甎只圖引玉。師見一僧從法堂階下過。師乃敲繩床。僧曰。若是遮箇不請拈出。師喜下地問之並無說處。師乃打師有時戴冠子謂眾曰。若道是俗且身披袈裟。若道是僧又頭戴冠子。大眾無對。

前襄州石門山第三世慧徹禅師の法嗣

韶州月華和尚初謁白雲。雲問曰。業箇什麼。師對曰。念孔雀經。白雲曰。好箇人家男子隨鳥雀後。師聞語驚異。遂依附久之乃契旨。尋住月華。有僧問。如何是月華家風。師曰。若問家風即答家風。曰學人問家風。師曰。金銅羅漢。師問僧。什麼處來。曰大容來。師曰。東路來西路來。曰西路來。師曰。還見彌陀麼。僧良久禮拜。師曰。禮拜月華作麼。師入京上堂。有一官人出禮拜起低頭良久。師曰。擊電之機徒勞佇思。有老宿入到法堂顧視東西曰。好箇法堂且無主。師在方丈聞之曰。且坐。老宿問曰。玄中最的猶是龜毛兔角。不向二諦中修如何密用。師曰側。曰恁麼則拗折拄杖割斷草鞋去也。師曰。細而詳之。

石門山の紹遠禅師(第四世住)。僧が問うた。「師は誰の家の曲を唱え、宗風は阿誰を嗣ぐか。」師が言った。「十方に異類なく、鳳林の前に覺を揭ぐ。」問うた。「先師は雁塔に帰した。当仁の一句、師に垂示を請う。」師が言った。「修羅は掌内に日月を擎げ、夜叉は足下に泥龍を踏む。」問うた。「金龍は凡間の霧を吐かず。師に請うて鳳凰の機を挙唱せん。」師が言った。「白眉展ばざる手、長安の路坦平。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「布袋に烏龜を盛る。」問うた。「どういうのが石門の境ですか。」師が言った。「孤峯は鳳嶺に對す。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「巖中の残雪、処処に輝を分かつ。」問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「滴瀝は旨趣に非ず、千山身を露わさず。」問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「白牛は地に露われて清溪に臥す。」問うた。「生死の河、どう過ぎ得るか。」師が言った。「風は荷葉を吹き、浮萍の草。」問うた。「どういうのが三乗教外別伝の一句ですか。」師が言った。「羊頭の車子、長安に入る。」問うた。「生死の浪の前でどう道を話すか。」師が言った。「毛袋は身を横たえて飲啄を絶ち、青溪に常に臥して太陽の春。」問うた。「どういうのが道ですか。」師が言った。「山深く水冷たし。」言った。「どういうのが道中の人ですか。」師が言った。「金槌が金鼓を撃つ。」問うた。「天陰りて日出でず、光輝はどの処へ行くか。」師が言った。「鐵蛇は大路に横たわり、通身は烟に似て黒し。」

南雄州地藏和尚上堂有僧問。既是地藏地藏還來否。師曰。打開佛殿門裝香換水。師與大容和尚在白雲開火路。大容曰。三道寶階何似箇火路。師曰。甚麼處不是。

鄂州靈竹の守珍禅師。僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「錫は胡の中土を帶び、瓶は漢地の泉を添える。」問うた。「迷悟が諸境に入らざる時はいかに。」師が言った。「境は何れより来るか。」言った。「そうなればすなわち諸境に入って去る。」師が言った。「龍頭蛇尾の漢。」

英州樂淨含匡禪師開堂日謂眾曰。摩竭提國親行此令。去卻擔簦請截流相見。僧問。如何是西來意。師曰。側耳無功。問如何是樂淨家風。師曰。天地養人。問如何是樂淨境。師曰。有功貪種竹。無暇不栽松。曰忽遇客來將何供養。師曰。滿園秋果熟要者近前嘗。問不坐菩提座直過那邊如何。師曰。放過。問師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。師曰。斬新世界特地乾坤。問龍門有意透者如何。師曰。灘下接取。曰學人不會。師曰。喚行頭來。問但得本莫愁末。如何是本。師曰。不要問人。曰如何是末。師乃竪指。問如何是樂淨境。師曰。滿月團圓菩薩面。庭前椶樹夜叉頭。有僧辭。師問。什麼處去。曰大容去。師曰。大容若問樂淨近日有何言教。汝作麼生秖對。僧無語。師代曰。但道樂淨近日不肯大容。因普請打籬次有僧問。古人種種開方便門。和尚為什麼卻攔截。師曰。牢下橛著。

前洪州同安志和尚の法嗣

韶州後白雲和尚。初開堂登座謂眾曰。不審從上宗風不容佇思。然念諸佛初心敬禮。後代相承事須有方便。三十年後不得埋沒。若是高賢上士不在其流。後學初心示汝箇入路。看取大眾頭上。若也不會聽葛藤去也。師良久又曰。上至諸佛下至含識共箇真心。且阿那箇是諸人心。莫是情與無情共一體麼。恁麼見解何似三家村裡。既如是不得又作麼生會。直下會得早是自相鈍置。若據祖師門下。豈立遮箇階梯。眨上眉毛早是蹉過。何況聲前薦得句後投機。會中還有知音者麼。去卻擔簦請截流相見。時有僧禮拜。師曰。俊哉龍象蹴蹋潤無邊。三乘五性皆惺悟。僧擬再伸問。師曰去。問古琴絕韻請師彈。師曰。伯牙雖妙手。時人聽者稀。曰恁麼即再遇子期也師曰。笑發驚絃斷。寧知調不同。問昔日靈山一會梵王為主。未審白雲什麼人為主。師曰。有常侍在。曰恁麼即法雨霶𩃰群生有賴。師曰。汝莫遮裡賣梔子。

朗州梁山の緣觀禅師。僧が問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「資楊の水急にして魚の行く澀く、白鹿の松高くして鳥の泊まる難し。」問うた。「大衆雲集、白鹿の一句、師に闡揚を請う。」師が言った。「近日は何の国土に居るか。」また言った。「梁山に高く掛くるは秦時の鏡、光壽の門風は燈を假らず。」問うた。「師は誰の家の曲を唱え、宗風は阿誰を嗣ぐか。」師が言った。「龍は龍子を生じ、鳳は鳳児を生ず。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「葱嶺は唐土の信を伝えず、胡人は谩りに太平の歌を説く。」問うた。「どういうのが從上伝え来たる事ですか。」師が言った。「水を渡る胡僧は膝無き袴、背には梵夾を駝えて経を持せず。」問うた。「どういうのが正法眼ですか。」師が言った。「南華の裏。」言った。「なぜ南華の裏に在るか。」師が言った。「お前が正法眼を問うたためだ。」問うた。「どういうのが衲衣下の事ですか。」師が言った。「密かに端有り。」長老が師を訪い晤坐して談話する時、僧が問うた。「二尊は並び化せず。なぜ両人が方丈に居するか。」師が言った。「一もまた非。」師に頌ありて曰く、

前朗州德山緣密大師法嗣

梁山の一曲の歌、格外の人和え難し。

潭州鹿苑文襲禪師。僧問。遠遠投師請師接。師曰。五門巷裡無消息。僧良久。師曰。會麼。曰不會。師曰。長樂坡頭信不通。

十載知音を訪い、未だかつて一個に逢わず。

澧州藥山可瓊禪師(第九世住)後住江陵延壽。僧問。請師答話。師曰好。曰還當得也無。師曰。更問。僧問曰。巨嶽不曾乏寸土。師今苦口為何人。師曰。延壽也要道過。曰不申此問焉辨我師。師喝。其僧禮拜。師便打。

また頌して曰く、

前西川青城香林澄遠禪師法嗣

紅焰は吾が身を蔵す、何ぞ須いに塔廟の新たならんを。

灌州羅漢和尚。僧問。如何是佛法大意。師曰。井中紅焰日裡浮漚。曰如何領會。師曰。遙指摶桑日那邊。問如何是羅漢境。師曰。地連香積水門對聖峰山。問既是羅漢為什麼卻受人轉動。師曰。換卻眼睛轉卻髑髏。

人ありて相い肯重せば、灰裏に貌全真ならん。

前鄂州黃龍晦機禪師法嗣

前襄州廣德第二世延和尚の法嗣

洛京長水紫蓋善沼禪師。僧問。死中得活時如何。師曰。抱鎌刮骨熏天地。炮烈棺中求託生問才生便死時如何。師曰。賴得覺疾。

襄州廣德の周禅師。僧が問うた。「話を見て学ばざる時はいかに。」師が言った。「遍界に聾人无し、誰が知音の者か。」言った。「どういうのが知音の者ですか。」師が言った。「断弦は続ぐことを得ず、劫を歴て響き泠泠たり。」僧が問うた。「教に言があると承る。阿逸多は煩惱を断たず禅定を修せず、仏はこの人に記して仏を成ること疑いなしと。この理はいかに。」師が言った。「鹽はまた尽き炭はまた無し。」言った。「鹽尽き炭無き時はいかに。」師が言った。「愁人は愁人に向かって道うな、道に向かえば愁人は人を愁い殺す。」

眉州黃龍繼達禪師。僧問。如何是衲。師曰。針去線不迴。曰如何是帔。師曰。橫鋪四世界。竪蓋一乾坤。曰道滿到來時如何。師曰。要羹與羹要飯與飯。問黃龍出世金翅鳥滿空飛時如何。師曰。問汝金翅鳥還得飽也無。

景德伝燈録巻第二十四

棗樹和尚(第二世住)問僧。發足什麼處。曰閩中。師曰。俊哉。曰謝師指示。師曰。屈哉。僧鋤地次見師乃不審。師曰。見阿誰了便不審。曰見師不問訊禮式不全。師曰。卻是孤負老僧。其僧歸堂舉似第一座。第一座曰。和尚近日可畏為人切。師聞之乃打第一座七棒。第一座曰。某甲恁麼道未有過打恁麼。師曰。枉吃如許多年鹽醋。又打七棒。

景德伝燈録巻第二十五

興元府玄都山澄和尚。僧問。喜得趨方丈家風事若何。師曰。燻風開曉露。明月正當天。曰如何拯濟。師曰。金雞樓上一下鼓。問如何是沙門行。師曰。一切不如。

吉州青原山の行思禅師第九世上

嘉州黑水和尚。初參黃龍問曰。雪覆蘆華時如何。黃龍曰。猛烈。師曰。不猛烈。黃龍又曰。猛烈。師又曰。不猛烈。黃龍便打。師因而惺覺。自爾契緣化行黑水。

金陵清涼の文益禅師の法嗣上三十人

鄂州黃龍智顒禪師(第三世住)僧問。如何是黃龍家風。師曰。待賓飣僊果。僧問。如何是諸佛之本源。師曰。即此一問是何源。曰恁麼即諸佛無異路去也。師曰。延平劍已成龍去。猶有刻舟求劍人。

天臺山の德韶国師

眉州昌福達和尚。僧問。學人來問師則對。不問時師意如何。師曰。謝師兄指示。問本來則不問。如何是今日事。師曰。師兄遮問大好。曰學人不會時如何。師曰。謾得即得。問國有寶刀誰人得見。師曰。師兄遠來不易。曰此刀作何形狀。師曰。要也道不要也道。曰請師道。師曰。難逢難遇。問石牛水上臥時如何。師曰。異中異妄計不浮沈。曰便恁麼去時如何。師曰。翅天日落把土成金。

杭州報恩寺の慧明禅師

前婺州明招德謙禪師法嗣

漳州羅漢の智依大師

處州報恩契從禪師。初開堂升座欲坐乃曰。烈士鋒前還有俊鷹俊鷂兒麼。放一箇出來看。所以道。烈士鋒前少人陪。雲雷擊鼓劍輪開。誰是大雄獅子種。滿身鋒刃但出來。時有僧始出。師曰。看好精彩。僧擬申問。師曰。什麼。處去也。問獅子未出窟時如何。師曰。鋒鋩難擊。曰出窟後如何。師曰。藏身無路。曰欲出不出時如何。師曰。命似懸絲。曰向去事如何。師曰拶。師後住南明。有僧問。如何是和尚家風。師曰。還奈何麼。問十二時中如何即是。師曰。金剛頂上看。曰恁麼即人天有賴。師曰。汝又誑𧬵人天作麼。

金陵章義の道欽禅師

婺州普照瑜和尚上堂未坐謂眾曰。三十年後大有人。向遮裡亡鋒結舌去在。還會麼灼然。若不是真師子兒。爭識得上來機。僧問。師子未出窟時如何。師曰。眾獸徒然。曰出窟後如何。師曰。孤絕萬裡。曰欲出不出時如何。曰當沖者喪。問向去事如何。師曰。決在臨鋒。師乃頌曰。

金陵報恩の匡逸禅師

決在臨鋒處天然獅子機

金陵報慈の文遂導師

嚬呻出三界非祖莫能知

漳州羅漢の守仁禅師

婺州雙谿保初禪師示眾曰。未透徹不須呈。十方世界廓然明。孤峰頂上通機照。不用看他北斗星。僧問。九夏靈峰劍請師不露鋒。師曰。未拍金鎖前何不問。僧曰。千般徒設用。難出髑髏前。師曰。背後礙殺人。

杭州永明寺の道潜禅師

處州湧泉究和尚。師上堂良久曰。還有虎狼禪客麼。有則放出一箇來。時有僧才出。師曰。還知喪命處麼。曰學人諮和尚。師曰。什麼處去也。問獅子未出窟時如何。師曰。抖㖃地。曰獅子出窟後如何。師曰。蓋天蓋地。曰欲出不出時如何。師曰。一切人辨不得。問向去事如何。師曰。俊鷂亦迷蹤。

撫州黄山の良匡禅師

衢州羅漢義和尚。上堂眾集有僧才出禮拜。師曰。不是好底。僧曰。龍泉寶劍請師揮。師曰。什麼處去也。曰恁麼印龍谿南面盡鋒鋩。師曰。收取。問不落古今請師道。師曰。還怪得麼。曰猶落古今。師曰。莫錯。

杭州靈隱の清聳禅師

前朗州大龍山智洪禪師法嗣

金陵報恩の玄則禅師

大龍山景如禪師(第二世住)僧問。如何是佛法大意。師喝。僧曰。尊意如何。師曰。會麼。曰不會。師又喝。問太陽一顯人皆羨鼓聲才罷意如何。師曰。季秋凝後好晴天。

金陵報慈の行言導師

朗州大龍山楚勛禪師(第四世住)上堂良久曰。大眾只恁麼各自散去。已是重宣此義了也。久立又奚為然。久立有久立底道理。知了經一小劫如一食頃。不知道理便見茫然。還知麼。有知者出來。大家相共商量。時有僧出展坐具曰。展即遍周沙界。縮即絲髮不存。展即是不展即是。師曰。爾從什麼處得來。曰恁麼即展去也。師曰。勿交涉。問如何是大龍境。師曰。諸方舉似人。曰如何是境中人。師曰。爾為什麼謾我。問亡僧遷化向什麼處去也。師曰。阿彌陀佛。僧問。善法堂中師子吼。未審法嗣嗣何人。師曰。猶自恁麼問。

金陵淨德の智筠禅師

興元府普通院從善禪師。僧問。法輪再轉時如何。師曰。助上座喜。曰合譚何事。師曰。異人掩耳。曰便恁麼領會時如何。師曰錯。問佩劍叩松關時如何。師曰。莫亂作。曰誰不知有。師曰出。

高麗道峰の慧炬国師

前襄州白馬行靄禪師法嗣

金陵清涼の泰欽禅師

襄州白馬智倫禪師。僧問。如何是佛。師曰。真金也須失色。問如何是和尚出身處。師曰。牛觝牆曰。學人不會意旨如何。師曰。已成八字。

杭州寶塔寺の紹巖禅師

前安州白兆山第二世懷楚禪師法嗣

金陵報恩の法安禅師

唐州保壽匡祐禪師。僧問。如何是佛法大意。師曰。近前來近前來。僧近前。師曰。會麼。曰不會。師曰。石火電光已經塵劫。僧問。如何是為人底一句。師曰。開口入耳。僧曰。如何理會。師曰。逢人告人。

撫州崇壽の契稠禅師

前襄州谷隱智靜禪師法嗣

洪州雲居の清錫禅師

谷隱知儼禪師登州人也。受業於本州鵲山。得法於前谷隱知靜禪師。繼踵住持玄侶臻萃。僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。白雲南傘蓋北。問如何是迦葉親聞底事。師曰。速須作卻。問如何是諸佛照不著處。師曰。問遮山鬼窟作麼。曰照著後如何。師曰。咄精怪。問千山萬水如何登涉。師曰。舉步便千里萬裡。曰不舉步時如何。師曰。亦千里萬裡。

洪州百丈の道常禅師

襄州普寧院法顯禪師。僧問。曩劫共住為什麼不識親疎。師曰誰。曰更待某甲道。師曰。將謂不領話。問萬水千山如何登涉。師曰。青霄無間路到者不迷機。

天臺般若の敬遵禅師

前廬山歸宗第四世住弘章禪師法嗣

廬山歸宗の策真禅師

東京普淨院常覺禪師者陳留人也。姓李氏。幼習儒學絕無幹祿之意。志樂山水頗以遊覽為務。至廬山歸宗禪師會下聞法惺悟遂求出家。未幾歸宗將順寂。命師撫之曰。汝於法有緣。他後濟眾人莫測其量也。仍以披剃事囑諸門人訖。然後示滅。師至梁乾化二年落髮。明年納戒於東林寺甘露壇。尋遊五臺山。還上都於麗景門內獨居。二載間有北隣信士張生者。請師供養。張素探玄理。因叩師垂誨。師乃隨宜開誘。張生於言下發悟。遂設榻留宿。至深夜與妻竊窺之。見師體遍一榻。頭足俱出。及令婢僕視之即如常。張生倍加欽慕曰。弟子夫婦垂老。今願割宅之前堂以裨丈室。師欣然受之。至後唐天成三年遂成大院。賜額曰普淨。師以時機淺昧難任極旨。苟啟之非器。令彼招謗讟之咎。我寧不務開法。每月三八施浴僧道萬計。師常謂諸徒曰。但得慧門無壅則福何滯哉。一日給事中陶穀入院致禮而問曰。經云。離一切相則名諸佛。今目前諸相紛然如何離得。師曰。給事見箇什麼。陶欣然仰重。自是王公大人屢薦章服師號。皆卻而不受。以開寶四年十二月二日示疾。十一日告眾囑付訖右脅而化。壽七十有六。臘五十有六。今法嗣繼世住持彌盛。

洪州同安の紹顯禅師

前襄州石門山第三世慧徹禪師法嗣

廬山栖賢の慧圓禅師

石門山紹遠禪師(第四世住)僧問。師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。十方無異類揭覺鳳林前。問先師歸於雁塔。當仁一句請師垂示。師曰。脩羅掌內擎日月。夜叉足下踏泥龍問金龍不吐凡間霧。請師舉唱鳳凰機。師曰。白眉不展手長安路坦平。問如何是西來意。師曰。布袋盛烏龜。問如何是石門境。師曰。孤峰對鳳嶺。曰如何是境中人。師曰。巖中殘雪處處分輝。問如何是和尚家風。師曰。滴瀝非旨趣千山不露身。問如何是古佛心。師曰。白牛露地臥清谿。問生死之河如何過得。師曰。風吹荷葉浮萍草。問如何是三乘教外別傳一句。師曰。羊頭車子入長安。問生死浪前如何話道。師曰。毛袋橫身絕飲啄。青谿常臥太陽春。問如何是道。師曰。山深水冷。曰如何是道中人。師曰。金槌擊金鼓。問天陰日不出光輝何處去。師曰。鐵蛇橫大路通身黑似煙。

洪州觀音の從顯禅師

鄂州靈竹守珍禪師。僧問。如何是西來意。師曰。錫帶胡中土瓶添漢地泉。問迷悟不入諸境時如何。師曰。境從何來。曰恁麼即入諸境去也。師曰。龍頭蛇尾漢。

廬州長安的延規禅師

前洪州同安志和尚法嗣

常州正勤の希奉禅師

朗州梁山緣觀禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。資楊水急魚行澁。白鹿松高鳥泊難。問大眾雲集白鹿一句請師闡揚。師曰。近日居何國土。又曰。梁山高掛秦時鏡。光壽門風不假燈。問師唱誰家曲宗風嗣阿誰。師曰。龍生龍子鳳生鳳兒。問如何是西來意。師曰。蔥嶺不傳唐土信。胡人謾說太平歌。問如何是從上傳來底事。師曰。渡水胡僧無膝袴。背駝梵夾不持經。問如何是正法眼。師曰。南華裡。曰為什麼在南華裡。師曰。為汝問正法眼。問如何是衲衣下事。師曰。密有端。長老訪師晤坐譚話時。有僧問。二尊不並化。為什麼兩人居方丈。師曰。一亦非師。有頌曰。

洛京興善の栖倫禅師

梁山一曲歌格外人難和

洪州新興の齊禅師

十載訪知音未甞逢一箇

潤州慈雲の匡達禅師(以上三十人、録に見ゆ)

又頌曰。

青原行思禅師第九世上

紅焰藏吾身何須塔廟新

金陵清涼文益禅師の法嗣

有人相肯重灰裡貌全真

天臺山の德韶国師は處州龍泉の人。俗姓は陳氏。母は葉氏。白光が体に触れる夢を見て、因りて娠した。誕するに及びて奇異尤も多し。年十五に梵僧あって勉めて出家せしめ、十七で本州の龍歸寺について業を受け、十八で信州の開元寺で戒を納めた。梁の開平の中に方を游して投子山に詣り、大同禅師を見た。乃ち発心の始め。次いで龍牙の遁和尚に謁して問うた。「雄雄の尊はなぜ之に近づくを得ないか。」龍牙が言った。「火と火とのごとし。」言った。「忽ち水に遇うたらまたどうか。」龍牙が言った。「お前は会せない。」師がまた問うた。「天は蓋わず地は載せず。この理はいかに。」龍牙が言った。「かくあるべき合。」師は旨を喻えず、再び垂誨を請うた。龍牙が言った。「道者、お前は後日向かって自ら会去る。」次いで疏山に問うた。「百匝千重は何人の境界か。」疏山が言った。「左に芒繩を搓りて鬼子を縛る。」師が進んで言った。「古今に落ちず、師に説くを請う。」言った。「説かない。」師が言った。「なぜ説かないのですか。」言った。「個中に有無を辨えず。」師が言った。「師は今善く説く。」疏山はこれを駭れた。師はかくのごとく五十四の善知識を歴参したが、皆法縁いまだ契わず。最後に臨川に至り浄慧禅師に謁した。浄慧は一見して深くこれを器とした。師は遍く叢林を渉りて参問に倦み、ただ衆に随うのみ。ある日、浄慧が上堂して僧が問うた。「どういうのが曹源の一滴水ですか。」浄慧が言った。「これ曹源の一滴水。」僧は惘然として退いた。師は坐側にて豁然として悟りを開き、平生の疑滞は渙然として冰の釋くるがごとし。遂に悟る所をもって浄慧に聞かせた。浄慧が言った。「お前は後日向かって国王の師たるべし。祖道を光大せしむるに吾も如かず。」これより諸方の異唱・古今の玄鍵を彼と決擇して微迹を留めず。尋いで本道に回りて天臺山を游び、智者𫖮禅師の遺蹤を睹ること旧居の若し。師はまた智者と同姓。時に「後身」と謂えり。初め白沙に止まった。時に呉越忠懿王が国王子をもって台州を刺す。師の名に向かい延請して道を問うた。師が謂うて言った。「他日霸主と為らば仏恩を忘るるなかれ。」漢の乾祐元年戊申、王が国位を嗣ぎ、使を遣わしてこれを迎え弟子の礼を申した。天臺智者の教を伝える羲寂という者が、屡々師に言うた。「智者の教は年祀浸遠く、散佚多きを慮る。今新羅国はその本甚だ備わる。和尚の慈力に自らずんば、孰か能くこれを致さん。」師はここに忠懿王に聞かせた。王は使を遣わし、また師の書を齎して彼の国に往かせ、繕写して備足して回った。今に至りて世に盛行す。師が上堂して言った。「古聖の方便は河沙のごとし(底本は「何沙」に作る)。祖師は道う、風幡の動くに非ず、仁者の心動なりと。これ乃ち無上の心印の法門。我輩は祖師門下の客、どう祖師の意を会すべきか。風幡動かずしてお前の心安動すと道うな。風幡を撥ねずして風幡に就きて通取すると道うな。風幡の動く処は何ぞやと道うな。ある云う、物に附して心を明らめ、物を認るを須いずと。ある云う。」

前襄州廣德第二世延和尚法嗣

(師が続けて言う。)「色即是空と。ある云う、風幡の動くに非ず、応に須く妙会すべしと。かくのごとき解会は祖師の意旨と何の交渉がある。すでにかくのごとき会を許さない。諸上座は便ち知悉すべし。もしここに於て徹底して悟り去れば、何の法門か明らかならざらん。百千の諸仏の方便は一時に洞了す。さらにどんな疑情があろう。ゆえに古人は道う、一つ了れば千明らか、一つ迷えば万惑えると。上座は豈に今日は一を会得し、明日はまた会せざるか。まさに一分の向上の事は会し難く、一分の下劣凡夫は会せざるか。かくのごとき見解は設え塵劫を経るも、ただ自ら神を労し思を乏しめ、是の処なし。」僧が問うた。「諸法の寂滅相は言をもって宣ぶべからず。和尚はどう人を為しますか。」師が言った。「お前は諸方に到ってさらに一遍問え。」言った。「そうなればすなわち言句を絶して去る。」師が言った。「夢裏惺惺。」問うた。「櫓櫂俱に停まる、どう彼岸に到り得るか。」師が言った。「お前の平生を慶す。」問うた。「どういうのが三種の病人ですか。」師が言った。「ちょうど問いに著いた。」問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「この問いは弱からず。」問うた。「どういうのが六相ですか。」師が言った。「則ちお前是れ。」問うた。「どういうのが方便ですか。」師が言った。「この問い甚だ当たる。」問うた。「亡僧の遷化はどの処に向かって行くか。」師が言った。「終にあなたに道わない。」言った。「なぜ某甲に道わないのですか。」師が言った。「お前が会せぬを恐れる。」問うた。「一華開いて五葉、結果自然成。どういうのが一華開いて五葉ですか。」師が言った。「日出で月皎し。」言った。「どういうのが結果自然成ですか。」師が言った。「天地皎然。」問うた。「どういうのが無憂の仏ですか。」師が言った。「人を愁い殺す。」問うた。「一切の山河大地は何れより起るか。」師が言った。「この問いは何れより来るか。」問うた。「どういうのが数起の心ですか。」師が言った。「争いで諱め得ん。」問うた。「どういうのが第二月ですか。」師が言った。「来る処甚だ分明。」言った。「なぜ会せないのですか。」師が言った。「何を第二月と喚ぶか。」問うた。「どういうのが沙門の眼ですか。」師が言った。「漆のごとく黒し。」問うた。「消息を絶する時はいかに。」師が言った。「指示を謝す。」問うた。「どういうのが物を転ずれば則ち如来に同じですか。」師が言った。「お前は何を物と喚ぶか。」言った。「そうなればすなわち如来に同じ。」師が言った。「野干の鳴を作すな。」問うた。「那咤太子は肉を析きて母に還し、骨を析きて父に還した。然る後蓮華の上で父母のために法を説く。いまだどういうのが太子の身かを審らかにせず。」師が言った。「大家は上座を見よ。」問うて言った。「そうなればすなわち大千は同一真如性。」師が言った。「依稀として曲才ねんに聴くに堪う、また風に吹かれて別調の中に將らる。」問うた。「六根俱に泯びるに、なぜ理事明らかならないか。」師が言った。「どの処が明らかでないか。」言った。「そうなればすなわち理事俱に如。」師が言った。「前言は何れに在るか。」師は時に衆に謂うた。「およそ言句は応に須く渗漏を絶して始めて得べし。」時に僧が問うた。「どういうのが絶渗漏の句ですか。」師が言った。「お前の口は鼻孔に似る。」問うた。「どういうのが一法を証せざるですか。」師が言った。「言語の在るを待て。」言った。「どういうのが諸法を証するですか。」師が言った。「何を酔うか。」

襄州廣德周禪師。僧問。見話不學時如何。師曰。遍界沒聾人誰是知音者。曰如何是知音者。師曰。斷絃續不得歷劫響冷冷。僧問。承教有言。阿逸多不斷煩惱不修禪定。佛記此人成佛無疑。此理如何。師曰。鹽又盡炭又無。曰鹽盡炭無時如何。師曰。愁人莫向愁人道。向道愁人愁殺人。

師は時に衆に謂うた。「ただ山僧がそう彼の諸上座に對するがごとき、どう体会するか。まさに真実に相為るか。まさに正しくそうなる時、証すべき一法なしか。まさに彼の来る処を識るか。まさに全体顕露か。錯って会するなよ。かくのごとき見解は依草附木と喚び、佛法とは天地懸隔だ。假令え答話の簡辯懸河のごとくなるも、ただ個の顛倒の知見を成し得るのみ。もしただ答話の簡辯を貴ぶのみならば何の難かあらん。ただ恐らくは人に益なく、翻って賺誤を成さん。ごとき上座の從前学んだ所の、簡辯の問答・記持し説く道理は極めて多い。なぜ心疑息まないか。古聖の方便を聞いて特に会せざるは、ただ虚多く実少なきが為だ。上座は脚跟の下より一時に觑破して看るに如かず、どんな道理か、多少の法門あるか。上座の為に疑を作して解を求めば、始めて從前学んだ事は、ただ生死の根源・陰界裏の活計を知るのみと知らん。ゆえに古人は道う、見聞は脱せず水裏の月のごとしと。無事珍重。」師に偈ありて衆に示して曰く、

通玄の峯頂は人間に非ず、心外に法なし、

满目の青山。

吉州青原山行思禪師第九世上

師は後に般若寺にて堂を開き法を説くこと十二会。第一会、師が初めて堂を開く日、衆に示して言った。「一毛は海を呑みて海性虧けず。纖芥は鋒に投じて鋒利動かず。見ると見ざると、会すると会せざると、唯だ我のみ知る。」乃ち頌ありて曰く、

金陵清涼文益禪師法嗣上三十人

高峰を暫く下りて已に顕揚す、般若円通十方に遍し。

天台山德韶國師

人天浩浩として差別なく、法界縦横として処々に彰る。

杭州報恩寺慧明禪師

珍重。師が堂に昇る日、僧が問うた。「古に言があると承る。もし人般若を見れば則ち般若に縛られ、もし人般若を見ざればまた般若に縛らると。すでに般若を見るに、なぜ却って縛られん。」師が言った。「お前は般若が何を見ると道うか。」学人が言った。「般若を見ざればなぜ却って縛られん。」師が言った。「お前は般若がどの処を見ぬと道うか。」また言った。「もし般若を見れば般若と名づけず、般若を見ざればまた般若と名づけず。般若はさあどう見る見ざるを説くか。ゆえに人は道う、もし一法を欠けば法身を成さず、もし一法を剩えば法身を成さず、もし一法あれば法身を成さず、もし一法なければ法身を成さずと。これは般若の真宗、諸上座。」また僧が問うた。「凝峰の丈室を乍ち離れ、般若の道場に坐しに来る。今日の家風、師に一句を請う。」師が言った。「お前のどの処を虧くか。」学人が言った。「そうなればすなわち雷音震動して乾坤の地、人人尽く恩に沾らざるは無し。」師が言った。「幸いにいまだ会せず、且く頭を探るな。頭を探れば則ち中らず。諸上座、相共に証明して法をして国土に久住し安楽ならしめよ。珍重。」第二会、師が上堂して僧が問うた。「教に言があると承る。歸源の性に二無く、方便に多門ありと。どういうのが歸源の性ですか。」師が言った。「お前が問い我が答える。」学人が言った。「どういうのが方便の門ですか。」師が言った。「お前が答え我が問う。」学人が言った。「どう趣向しますか。」師が言った。「顛倒して何をする。」また僧が問うた。「一身は則ち無量身、無量身は則ち一身。どういうのが無量身ですか。」師が言った。「一身。」学人が言った。「そうなればすなわち昔日の霊山、今来親しく睹る。」師が言った。「理は当に行ずべし。」また言った。「三世の諸仏は一時に上座を証明す。上座はさあどう会するか。もし会する時は遷らず、絲毫も移易を得るなし。何をもっての故にか。過去未来現在の三際はこれ上座、上座は且つ三際に非ざるが為だ。沢霖の大海は滴々皆満ち、一塵の空性は法界を全く収む。珍重。」第三会、師が上堂して僧が問うた。「四衆雲集して人天恭敬す。尊顔を目睹す、願わくは般若を宣べよ。」師が言った。「分明に記取せよ。」学人が言った。「師が妙法を宣べれば国王万歳、人民安楽。」師が言った。「誰がお前に道ったか。」学人が言った。「法爾然るがごとし。」師が言った。「お前は霊利だ。」また僧が問うた。「三世の諸仏は有るを知らず、狸奴白牯は却って有るを知る。すでに三世の諸仏、なぜ却有るを知らざるか。」師が言った。「却是お前が有るを知る。」学人が言った。「狸奴白牯はなぜ却って知るか…」

漳州羅漢智依大師

(師が続けて言う。)「事通ぜざるなく、理備わらざるなし。良に一切の言語、一切の三昧の横竪・深浅・隱顯・去来は、これ諸仏の実相の門。ただ如今に據りて一時に驗取せよ。珍重。」第四会、師が上堂して挙げた。古人は言った。「どういうのが禅、三界綿綿。どういうのが道、十方浩浩。」なにによって三界綿綿と道うか。どの処が十方浩浩の道理か。会せんと要するか。眼を塞ぎ耳を塞ぎ舌身意を塞げ。空闕の処なく轉動の処なし。上座はどう会するか。横にも得ず竪にも得ず、縦にも得ず奪にも得ず。心を用いる処なく施設する処もなし。もしかくのごとく会得すれば始めて法門絶擇を会し、一切言語の渗漏を絶す。かつて一僧あって問うた。「どうするが絶渗漏の語か。」彼に向かって説く、「口は鼻孔に似て甚だ好し、上座。かくのごとく会せば自然に風を通さずして去る。もし尽十方世界は金剛の眼睛と識得するがごとき。無事珍重。」第五会、師が上堂して僧が問うて言った。「天下太平、大王長寿。どういうのが王ですか。」師が言った。「日曉け月皎し。」学人が言った。「どう領会しますか。」師が言った。「誰が学人か。」また言った。「天下太平、大王長寿。国土豊楽にして諸の患難無し。これは仏語、古は今を易えず、一言を遷さず。もって古を定め今を定むべし。会取せよ、諸上座。」また僧が問うた。「古に言があると承る。物有りて天地に先だち、形無くして本寂寥と。どういうのが物有りて天地に先だつか。」師が言った。「同合に非ず。」学人が言った。「どういうのが形無くして本寂寥ですか。」師が言った。「誰が天地に先だつを問うか。」学人が言った。「そうなればすなわち静かなる林間に随いて独り游ぶ。」師が言った。「乱道して何をする。」また言った。「佛法はこの道理に非ず。会せんと要するか。言発れど声色の前に物せず、始めて会す。天下太平、大王長寿。久立珍重。」第六会、師が上堂して衆に示して言った。「佛法は現成し一切具足す。古人は道う、太虚に同じく円なり、欠けるもなく余るもなしと。もしこのようであれば、さあ誰が欠け誰が剩え、誰が是で誰が非か。誰が会する者か、誰が会せざる者か。ゆえに道う、東に去るもまた上座、西に去るもまた上座、南に去るもまた上座、北に去るもまた上座。上座はなにによって東西南北を成し得るか。もし会得すれば自然に見聞覚知の路絶え、一切の諸法が現前す。何の故にかくのごとしか。法身は無相にして触目皆形だからだ。般若は無知にして縁に對して照らす。一時に徹底して会取せよ。諸上座、出家児はどう合作すべきか。これは本有の理にして分外に為らず。心を識り本原に達すれば故に沙門と号す。もし心を識ること皎皎たれば、実に絲毫の障礙なし。上座、久立珍重。」第七会、師が上堂して僧が問うた。「無為の海に入らんと欲すれば先ず般若の船に乗れ。どういうのが般若の船ですか。」師が言った。「常に住する所なし。」「どういうのが無為の海ですか。」師が言った。「且く般若の船を会せよ。」また僧が問うた。「古德に云う。」

金陵章義道欽禪師

(僧が続けて問うた:)天に登るに梯を借らず、地に遍く行路無し。どういうのが天に登るに梯を假らざるですか。」師が言った。「絲髪の地を遺さず。」学人が言った。「どういうのが地に遍く行路無しですか。」師が言った。「適來お前に向かい何と道った。」師また言った。「百千の三昧門・百千の神通門・百千の妙用門、盡く般若の海中より出で得ず。何の故ぞ、無住の本に於て諸法を建立するが為。所以に道う、生滅去來・邪正動靜・千變萬化は、是れ諸佛の大定門、此に過ぐる無しと。諸上座、大家究取して佛法の壽命を增して珍重あれ。」第八の會に師が上堂すると僧有りて問うた。「世尊に正法眼有りて摩訶迦葉に付囑す。ただ迦葉の賓鉢羅窟に在るがごときは、未だ何人に付囑するかを審らかにせず。」師が言った。「我を教えて誰に向かって説かしめん。」学人が言った。「そうであれば即ち靈山の付囑は今日と異ならず。」師が言った。「お前は什麼の處に靈山を見た。」また僧が問うた。「淨慧の寶印は和尚が親く傳えた。未だ今日の一會は當に何人に付すべきか審らかにせず。」師が言った。「鼕鼕の鼓、一頭を打てば兩頭鳴る。」学人が言った。「そうであれば即ち千聖は儔を同じくし古今異ならず。」師が言った。「禅河は浪靜かなれど水を尋ねて源に迷う。」また僧の清遇が言った。「帝王の請命に師は王恩に赴く。般若の會中に師の擧唱を請う。」師が言った。「分明に記取せよ。」学人が言った。「そうであれば即ち雲臺寶網が同じく妙音を演ぶ。」師が言った。「清遇は何處に在る。」学人が言った。「法王の法は是のごとし。」師が言った。「阿誰か證明する。」また言った。「靈山の付囑は分明なり、諸上座は一時に驗取せよ。もし驗得せばさらに別の理無し、ただ是れ如今なり。譬えば太虛に日明かり雲暗く、山河大地一切の有為世界は悉く皆明かに現ず、乃至無為もまた復是のごとし。世尊の付囑は今に迄りて、並びに絲毫の差別無し、さらに阿誰に付せん。所以に祖師が道う、心は自ら本來の心、本心は有法に非ず、法法に本心有り、心に非ず本法に非ず。此れ是れ靈山付囑の榜樣(底本は「牓樣」)。諸上座は徹底して會取せば好し、虛しく時光を度る莫れ。國王の恩は報い難し、諸佛の恩は報い難し、父母師長の恩は報い難し、十方施主の恩は報い難し。況んや建置是のごとき次第に佛法興隆する、國王の恩力に非ざれば焉んぞ此のごとくなるを得んや。もし恩を報いんと要せば、應に須らく道眼を明徹し般若の性海に入りて始めて得。久しく立たれり、珍重。」第九の會に師が上堂すると僧有りて問うた。「先德に云うを承く、人空すれば法も亦た空なり、二相は本來同じと。どういうのが二相本來同じですか。」師が言った。「山河大地。」学人が言った。「會せず、師の方便を乞う。」師が言った。「什麼の處が是れ方便ならざる處ぞ。」また僧が問うた。「教に言有るを承く、心清淨なるが故に法界清淨なりと。どういうのが清淨心ですか。」師が言った。「迦陵頻伽の共命の鳥。」学人が言った。「心と法界とは一か二か。」師が言った。「お前は自ら問うべし、別人が問う。」師また言った。「大道は廓然として詎ぞ今古に齊う、名無く相無きが是れ法是れ修。」

金陵報恩匡逸禪師

(師が続けて言う。)「良に法界は辺なく心もまた際なし。事は彰らざるなく、言は顯れざるなし。かくのごとく会得すれば般若と喚ぶ。現前の理極まりて真際に同じ、一切の山河大地・森羅万象・牆壁瓦礫、並びに絲毫の亏闕を得るなし。無事久立珍重。」第十会、師が上堂して僧が問うた。「師に言があると承る。九天は玉印を擎げ、七仏は前心を兆すと。どういうのが印ですか。」師が言った。「文を露わさず。」「どういうのが心ですか。」師が言った。「お前の名は安嗣。」また言った。「法界の性海は函のごとく盖のごとく鈎のごとく鎖のごとし。金と金色とのごとく、位位皆齊しく纖毫の参差なく、相い混滥せず。一に非ず異に非ず、同に非ず別に非ず。もし実地に歸して去れば法法皆到底する。ここに上りて個の如何若何を問えば則ち是、問わざる時は便ち非、というのではない。長連床に坐する時は有り、坐せざる時は無し。ただ諸方の老宿の言教の世に在ること恒河沙のごとし。如来の一大蔵経は巻巻皆仏理を説き、句句尽く仏心を言う。なにによって会し去ることを得ざるか。もし一に言教に纖絡し意識に解会せば、假令え上座が塵沙劫を経るも能く徹を得ず。これを顛倒の知見・識心の活計と喚び、並びに得力の処なし。これは概ね根脚下の明らかならざるが為だ。もし諸仏の法源を究尽せば、河沙の大蔵は一時に現前し、絲毫を欠かず絲毫を剩えず。諸仏は時々に世に出で、時々に法を説き人を度す。かつて間歇せず。乃至猿の啼き鳥の叫び、草木叢林も常に上座の発機を助く。いまだ一時として上座の為ならざるなし。かくのごとき奇特の処有り、可惜すべし。諸上座、大家で究取し、法をして世間に久住せしめ、人天の寿命を増益し、国王安楽無事ならしめよ。久立珍重。」第十一会、師が上堂し、古人が言ったを挙げた。「吾に一言有り。天上人間、もし人会せざれば緑水青山。さあどうするが一言の道理か。古人の語は須く曉達して始めて得べし。もし言を將て言に名づけば、いまだ個の会する処あらず。良に諸法の根蒂を究尽して、始めて一言を会す。一言半句の思量解会をもって一言と喚ぶに非ず。もし言語道断・心行処滅を会せば、始めて古人の境界に到る。また目を閉じ睛を蔵し、暗く睹て見る所なしをもって言語道断と喚ぶに非ず。且く賺会するな。佛法はこの道理に非ず。会せんと要するか。假令え塵沙劫を経て説くも、またかつて半句の到る有らず。諸上座が塵沙劫を経て説かざるも、またかつて半句を欠少せず。応に須く徹底して会し去って始めて得べし。もしこのようであれば名言を斟酌するは空しく心力を労し、並びに用いる処なし。諸上座と相共に証明せん。後学初心は速やかに須く究取すべし。久立珍重。」第十二会、師が上堂して僧が問うた。「髑髏は常に世界を干し、鼻孔は家風を摩触す。どういうのが髑髏の常に世界を干すか。」師が言った。「さらに答話の在るを待て。」学人が言った。「どういうのが鼻孔の家風を摩触するか。」師が言った。

金陵報慈文遂導師

(師が続けて言う。)「時にまた一遍を挙げよ。」また僧が問うた。「一人は炬を執りて自らその身を尽くし、一人は冰を抱きて路に屍を横たう。この二人は阿誰が道を辨えるか。」師が言った。「遺さざる者。」学人が言った。「会せず、師に指示を乞う。」師が言った。「お前の名は敬新。」学人が言った。「いまだまた人証明する者あるかを審らかにせず。」師が言った。「ある。」学人が言った。「何人が証明するか。」師が言った。「敬新が証明する。」また僧が問うた。「牛頭がいまだ四祖に見えざる時はいかに。」師が言った。「異境の靈蹤、睹る者皆羨む。」僧がまた言った。「見る後はいかに。」師が言った。「さっきお前に何を道ったか。」また僧が問うた。「古に言があると承る。虚空を敲打すれば觳觳と鳴り、石人木人齊しく応諾す。六月に雪を降らせ落つること紛紛たり。これは如来の大円覺。どういうのが虚空を敲打するか。」師が言った。「崑崙奴が鐵袴を著て一棒を打てば一步を行く。」学人が言った。「そうなればすなわち石人木人齊しく応諾。」師が言った。「お前はまだ聞くか。」また言った。「諸仏の法門は時常かくのごとし。譬えば大海の千波万浪、かつて暫く住せず、かつて暫く有せず、かつて暫く無せず。浩浩として光明自在なり。一毛端に三世を宗とし、一念に古今を円かにす。応に須く徹底して明達して始めて得べし。一則の語を問い一転の話を記え、巧みに道理を作し、風雲水月の四六八對をもって佛法に便当するに非ず。自ら賺るな、諸上座、究竟に益なし。もし徹底して会し去れば実に隱蔵すべきなく、刹として彰らざるなく、塵として現ぜざるなし。直ちに下って凡夫の位は諸仏に齊しく、絲毫の気力を用いず。一時に会取せよ。無事久立珍重。」開寶四年辛未、華頂の西峯が忽ち摧れ、声は一山に震えた。師が言った。「吾は久しからざらん。」明年六月、大星が峯頂に隕ちて林木は白と変じた。師は乃ち蓮華峯に示疾し、参問は常のごとし。二十八日、衆を集めて別れを言い、跏趺して逝した。寿八十二、臘六十五。

漳州羅漢守仁禪師

杭州報恩寺の慧明禅師。姓は蔣氏。幼くして出家し三学精練し、志は玄旨を探らんとす。乃ち南の闽越の間に游び、諸の禅会を歴るも本心与契わず。後に臨川に至り浄慧禅師に謁す。師資道合した。尋いで鄞水の大梅山に回り庵居した。時に呉越の部内は禅学者盛んなりといえども、玄沙の正宗をもって閫外に置く。師は整え導かんと欲した。ある日二禅客が到った。師が問うて言った。「上座はどの処を離れたか。」言った。「都城。」師が言った。「上座が都城を離れてこの山に到れば、則ち都城は上座を欠きこの山は上座を剩える。剩えば心外に法あり、欠けば心法周からず。道理を説き得れば則ち住せよ、会せざれば則ち去れ。」その二禅客は対える能わず。新到の僧が問うた。「どういうのが大梅の主ですか。」師が言った。「闍梨は今日どの処を離れたか。」僧は對なし。師は尋いで天臺山の白沙に遷り庵を卓した。時に朋彦上座あり、博学強記にして師を訪い宗乗を敵論した。師が言った。「言多ければ道を去ること遠し。今事有りて借問す。ただ從上の諸聖および諸の先德に、まだ悟らざる者あるか。」朋彦が言った。「もし諸聖先德ならば、豈に悟る者あらざらんや。」師が言った。「一人真を発して源に歸れば十方の虚空悉く皆消殞す。今天臺山は嶷然たり。どう消殞し去るを得るか。」朋彦は措く所を知らず。これより他宗の泛学の来る者は皆服膺した。漢の乾祐の中、呉越忠懿王が王府に延き入れて法を問い、資崇院に住せしめた。師は玄沙宗一大師および地藏・法眼の宗旨の臻極を盛んに談じた。王は因りて翠巖の令参等の諸禅匠および城下の名公に命じてその勝負を定めしめた。天龍禅師が問うて言った。「一切の諸仏および佛法は皆この経より出づ。いまだこの経は何れより出づるかを審らかにせず。」師が言った。「何を道うか。」天龍が方に再び問わんとす。師が言った。「過ぎ。」資嚴長老が問うた。「どういうのが現前の三昧ですか。」師が言った。「まだ聞くか。」言った。「某甲は聾を患えず。」師が言った。「果して聾を患える。」師は雪峰の塔銘を挙げて老宿に問うた。「夫れ縁より有る者は始終して成壞す。縁より有らざる者は劫を歴て長く堅し。堅と壞とは則ち且く置く。雪峰は只今どの処に在るか。」(法眼は別に言う。「只今は成か壊か。」)衆皆對なし。設え對する者あるもまたその徵詰に当る能わず。時に群彦弭伏した。王大いに悦び師に居るを命じ、円通普照禅師と署した。師が上堂して衆に謂うた。「諸人はまだ委ね得るか。語默動静は佛事に非ざるなしと道うな。且く錯って会するな。」僧が問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「お前はまだ香臺を見るか。」言った。「某甲はいまだ会せず、師に指示を乞う。」師が言った。「香臺も識らず。」問うた。「目前の機を離れ却きて、どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「お前は何ぞ問わざる。」言った。「そうなればすなわち委ねて是れ去る。」師が言った。「また虚しく施す。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「我が見るに灯明仏の本光は瑞ことごとくこのよう。」

杭州永明寺道潛禪師

問うた。「どういうのが学人の自己ですか。」師が言った。「特に申問するとは何の意か。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「十万八千真の跋涉、直ちに西より来たりて東に至らず。」問うた。「どういうのが第二月ですか。」師が言った。「目を捏して華を看れば華数朵、精を明らめて樹を見れば幾枝枝。」

撫州黃山良匡禪師

漳州羅漢の宣法大師智依。師が上堂して言った。「尽十方世界に一微塵許りの法もあなたに見聞覚知を作して与えるなし。まだ信ずるか。然るにこのようと雖も、また須く悟って始めて得べし。將て等閑と為すな。道うを見ずや、単に自己を明らめて目前を悟らざる者、この人はただ一只眼を具すのみと。まだ会するか。」僧が問うた。「纖塵立たざるに、なぜ好醜が現前するか。」師が言った。「分明に記取し、別の処で人に問え。」問うた。「大衆雲集、誰が得る者か。」師が言った。「かつて失うたか。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前是れ。」行脚の僧が問うた。「どういうのが寶壽の家風ですか。」師が言った。「一任に観看せよ。」言った。「そうなればすなわち大衆に頼りあり。」師が言った。「お前はどうするか。」言った。「終に大衆を谩ることを敢えてせず。」師が言った。「少なきを嫌って何をする。」師が僧に問うた。「業を受けたのはどの処か。」言った。「仏蹟に在り。」師が言った。「仏はどの処に在るか。」言った。「どの処かそうでない。」師は拳を挙げ起して言った。「どうか。」言った。「和尚は收取せよ。」言った。「闍梨に七棒を放す。」師が僧に問うた。「今夏はどの処に在ったか。」言った。「無言上座の処に在り。」師が言った。「かつて彼に問訊したか。」言った。「かつて問訊した。」師が言った。「無言はどう問い得るか。」言った。「もし無言を得ればどの処か問い得ざる。」師はこれを喝して言った。「恰も老兄に問うに似たり。」師は彦端長老とともに餅を喫した。端が言った。「百種千般、その体は不二。」師が言った。「どうするが不二の体か。」端は餅を拈じ起して啖った。師が言った。「ただこれ百種千般。」端が言った。「また和尚の見る処。」師が言った。「お前もまた羅公詠の梳頭の樣だ。」師がまさに滅を示さんとして、乃ち衆に謂うた。「今晩四大和暢せず。雲騰り鳥飛び風動き塵起こり浩浩たり。まだ人治め得る者あるか。もし治め得れば永劫に相識らず。もし治め得なければ時時に常に我を見ん。」言い終わりて寂を告げた。

杭州靈隱清聳禪師

金陵鐘山の章義禅師道欽は太原の人。初め廬山栖賢に住した。師が上堂して言った。「道は遠きかな哉。事に触れて真なり。聖は遠きかな哉。之を体すれば神なり。我は尋常にお前に示す。なぜ衣鉢の下に向かい地に坐して直ちに参取しないか。須く上来して個の何を討らん。すでに上来すれば我は則ち事獲已せず。便ち古德の少許の方便を挙げ、些子の龜毛兎角を抖擻して解落せん。諸上座、省要を得んと欲するか。僧堂裏・三門下・寮舎裏で参取せよ。まだ会する処あるか否か。もし会する処あれば試しに説いてみよ。上座に証明を与えん。」僧が問うた。「どういうのが栖賢の境ですか。」師が言った。「栖賢にどんな境があるか。」問うた。「古人の椎を拈じ拂を竪てるは、まだ宗乗中の事に当るか。」師が言った。「古人は道い了んぬ。」問うた。「学人は創めて叢林に入る、和尚に指示を乞う。」師が言った。「一手は天を指し一手は地を指す。」江南国主が師に章義道場に居るを請うた。衆に示して言った。「総じてここに来て立って何をするか。善知識は河沙の数のごとく、常にお前と伴を為し、行住坐臥相い舎離せず。ただ長連床に穩やかに地に坐せば、十方の善知識は自ら参ず。上座は何ぞ信取せざる。如許多の難易を作すことを得ん。かの古聖は嗟きて今時の人の奈何しがたきを見て、乃ち説く。夫人情の感の久しきを傷むと。口は真に對して覚えず。これは乃ちお前の諸人が看るも知らざるを嗟くなり。さあ看るも何を知らざるか。なぜ古人の方便を体察せざるか。ただ信の及ばざるが為に此のごとくを致す。諸上座はただ佛法の中に心を留めれば得ざるなし。無事に道を体して去れ。」僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「東せず西せず。」問うた。「百年の暗室を一燈が破る時はいかに。」師が言った。「谩語するな。」問うた。「佛法はまだ変異を受けるか否か。」師が言った。「上座是れ。」僧が問うた。「大衆雲集、師に宗旨を挙揚するを請う。」師が言った。「久し。」問うた。「どういうのが玄旨ですか。」師が言った。「玄にどんな旨があるか。」

金陵報恩玄則禪師

金陵報恩の匡逸禅師は明州の人。初め潤州慈雲に住した。江南国主が上院に居るを請い、凝密禅師と署した。ある日上堂して衆が集まった。師は大衆を顧視して言った。「依りて之を行えば則ち累無し。まだ信ずるか。太陽の赫奕として皎然たるがごとし。さらに思量するな。思量及ばず。設え思量の及ぶを得るも、分限の智慧と喚ぶ。先德の云うを見ずや、人は心無くして道に合し、道は心無くして人に合すと。人道すでに合すれば是れ無事の人と名づく。且つ自ら何によりて凡と為し、自ら何によりて聖と為すか。これもし未だ会せざれば、またただ迷情に覆わるるが為に便ち去ることを得ず。迷う時は則ち窒碍あり、對と為り待と為り種種不同なり。忽然として惺め去ればまた得る所なし。譬えば演若達多が影を認めて頭と為すがごとし。豈に頭を担いで頭を覓めるに非ずや。然るに正しく迷う時、頭は且つ失わず。及んで悟り去ればまた得と為さず。何をもっての故にか。人の迷を失と謂い、人の悟を得と謂う。得失は人に在りて、何ぞ動静に關らん。」僧が問うた。「諸仏は法を設けて普く群機を潤す。和尚が法を設けるは何人が聞くを得るか。」師が言った。「ただお前のみ聞かず。」問うた。「どういうのが報恩の一句ですか。」師が言った。「道って得るではないか。」問うた。「十二時の中、思量の到らざる処はどう行履するか。」師が言った。「お前は如今どの処に在るか。」問うた。「祖師の西来をどう挙唱するか。」師が言った。「請う所に違わず。」問うた。「どういうのが一句ですか。」師が言った。「我が答えはお前の挙げるに争い似ん。」問うた。「仏は一大事の因縁の為に世に出づ。いまだ和尚の出世はいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「恰好。」言った。「そうなればすなわち大衆に頼りあり。」師が言った。「錯って会するな。」

金陵報慈行言導師

古人の骨は多く靈異。賢き子孫は密かに安置す。この一門は孝義を成す。人いまだ達せざれば差池する莫れ。須らく志を固くして狐疑を遣わすべし。安靜を得て傾危せず。向うれば即ち遠く、求めれば即ち離る。取れば即ち急ぎ、失えば即ち遲し。計較無くして覺知を忘る。濁流は今古の僞を識る。一刹那に變異を通ず。嵯峨の山石は火氣。內裏に發して巔巒を焚く(底本の末字は山に從う、未だ識らず、疑を存す)。遮欄無くして海底を燒く。法網は疏にして靈焰は細し。六月に臥して衣被を去る。蓋うるを得ず僞を假る無し。道人に達して祖意を唱う。我が師の宗は古來の諱。唯だ此人のみ善く安置す。法財足りて慚愧を具す。虛施せず用の處は諦なり。人の問う有れば呵氣を少し。さらに審らかに來りて米貴を説く。

金陵淨德智筠禪師

最後の語

高麗道峰慧炬國師

一つの語有り、全く規矩なり。思惟を休し、自ら許さず。路に道人に達するに逢えば、眉を揚げて來る處を省る。踏み著けざれば、疑慮多し。却りて看んと思えば、伴侶を帶ぶ。一生の參学の事は成る無く、殷勤に旃檀の樹を抱く。

金陵清涼泰欽禪師

暢玄と崔大夫

杭州寶塔寺紹巖禪師

達人は多く隱顯し、形儀を露わすを定めず。語の下に跡を遺さず、密密として潛かに護持す。容を動かして古路を揚げ、妙を明らめて乃ち方に知る。物に應ずるはただ施設、不思議なりと道う莫れ。

金陵報恩法安禪師

道場と城陰の行者に達す

撫州崇壽契稠禪師

理奧にして思量を絶つ、根を尋ぬれば径路長し。此に因りて隔闊を知り、封疆に封ぜらるるに那んかせん。人生は須らく特達すべし、起坐に馨香を覺ゆ。清淨の如来の子、安然として道場に坐す。

洪州雲居清錫禪師

薛判官に與う

洪州百丈道常禪師

一滴々の水、一焰々の火。水を飮む人は醉い、火に向かう人は老ゆ。飮まず向かわざれば、また安く臥すこと無し。弓箭を拗折し、射垛を踏み倒す。もし人知らんと要せば、先ず鈎錐を去れ。人須らく我に問わん、我は是れ阿誰ぞ。快く道え快く道え。

天台般若敬遵禪師

臨濡縣の行者に與う

廬山歸宗策真禪師

丈夫よ咄せ、久しく塵に埋もれり。我は今日に因りて山に入り來るを得たり。眉を揚げて我に示す、此に因りて眼開けり。老僧の手風、書く處は龍鍾。語の下に意有り、的に樊籠を出づ。

洪州同安紹顯禪師

旨を顯す

廬山棲賢慧圓禪師

遠きを思うて神儀奧なり、精虛に履踐通ず。見聞は影像を離れ、密際は前蹤を語る。意を得れば塵中の妙、機に投ずれば道容を露わす。明を藏して警覺を照らし、肯んじて真宗に達すべし。

洪州觀音從顯禪師

三句の後の意

廬州長安延規禪師

書き出づれば語多く虛なり。虛の中に有無を帶ぶ。却りて書の前に會せ。意中の珠を放卻せよ。

常州正勤希奉禪師

鄭郎中の問に答うる二首

洛京興善棲倫禪師

語中に跡を埋め、聲前に容を露わす。即時の妙會、古人と同じ風。響應して機宜に、自他の宗無し。騃蟒を诃起して、奮迅して龍と成る。

洪州新興齊禪師

語裏に筋骨を埋む。音聲は道容を染む。即時に才かに妙會す。拍手して乖龍に趁う。

潤州慈雲匡達禪師(已上三十人見錄)

道を談ず

青原行思禪師第九世上

的々として兼帶無し。獨り運ぶは何を依賴せん。路に道人に達するに逢えば。語默を將て對とする莫れ。

金陵清涼文益禪師法嗣

学人の玄機に與う

天台山德韶國師處州龍泉人也。俗姓陳氏。母葉氏。夢白光觸體。因而有娠。及誕尤多奇異。年十五有梵僧勉令出家。十七依本州龍歸寺受業。十八納戒於信州開元寺。梁開平中遊方詣投子山。見大同禪師。乃發心之始。次謁龍牙遁和尚問。雄雄之尊為什麼近之不得。龍牙曰。如火與火。曰忽遇水來又作麼生。龍牙曰汝不會。師又問。天不蓋地不載。此理如何。龍牙曰。合如是。師不喻旨再請垂誨。龍牙曰。道者汝向後自會去。次問疎山曰。百匝千重是何人境界。疎山曰。左搓芒繩縛鬼子。師進曰。不落古今請師說。曰不說。師曰。為什麼不說。曰箇中不辨有無。師曰。師今善說。疎山駭之。師如是歷參五十四善知識。皆法緣未契。最後至臨川謁淨慧禪師。淨慧一見深器之。師以遍涉叢林亦倦於參問。但隨眾而已。一日淨慧上堂有僧問。如何是曹源一滴水。淨慧曰。是曹源一滴水。僧惘然而退。師於坐側豁然開悟。平生疑滯渙若氷釋。遂以所悟聞於淨慧。淨慧曰。汝向後當為國王所師。致祖道光大吾不如也。自是諸方異唱古今玄鍵。與之決擇不留微跡。尋迴本道遊天台山。覩智者顗禪師遺蹤有若舊居。師復與智者同姓。時謂之後身也。初止白沙。時吳越忠懿王以國王子刺台州。嚮師之名延請問道。師謂曰。他日為覇主無忘佛恩。漢乾祐元年戊申王嗣國位。遣使迎之申弟子之禮。有傳天台智者教羲寂者。屢言於師曰。智者之教年祀寖遠慮多散落。今新羅國其本甚備。自非和尚慈力其孰能致之乎。師於是聞於忠懿王。王遣使及齎師之書。往彼國繕寫備足而迴。迄今盛行於世矣。師上堂曰。古聖方便猶如何沙。祖師道。非風幡動仁者心動。斯乃無上心印法門。我輩是祖師門下客。合作麼生會祖師意。莫道風幡不動汝心妄動。莫道不撥風幡就風幡通取。莫道風幡動處是什麼。有云。附物明心不須認物。有云。

妙旨は迅速、言説は來ること遲し。才かに語に随いて會せば、神機を迷い却れり。眉を揚げて問に當たり、對面熙怡たり。是れ何の境界ぞ、同道のみ知る。

色即是空。有云。非風幡動應須妙會。如是解會與祖師意旨有何交涉。既不許如是會。諸上座便合知悉。若於遮裡徹底悟去。何法門而不明。百千諸佛方便一時洞了。更有什麼疑情。所以古人道。一了千明一迷萬惑。上座豈是今日會得一。則明日又不會也。莫是有一分向上事難會。有一分下劣凡夫不會。如此見解設經塵劫。只自勞神乏思無有是處。僧問。諸法寂滅相不可以言宣。和尚如何為人。師曰。汝到諸方更問一遍。曰恁麼即絕於言句去也。師曰。夢裡惺惺。問櫓櫂俱停如何得到彼岸。師曰。慶汝平生。問如何是三種病人。師曰。恰問著。問如何是古佛心。師曰。此問不弱。問如何是六相。師曰。即汝是。問如何是方便。師曰。此問甚當。問亡僧遷化向什麼處去也。師曰。終不向汝道。曰為什麼不向某甲道。師曰。恐汝不會。問一華開五葉。結果自然成。如何是一華開五葉。師曰。日出月明。曰如何是結果自然成。師曰。天地皎然問如何是無憂佛。師曰。愁殺人。問一切山河大地從何而起。師曰。此問從何而來問如何是數起底心。師曰。爭諱得。問如何是第二月。師曰。來處甚分明。曰為什麼不會。師曰。喚什麼作第二月。問如何是沙門眼。師曰。黑如漆。問絕消息時如何。師曰。謝指示。問如何是轉物即同如來。師曰汝喚什麼作物。曰恁麼即同如來也。師曰。莫作野幹嗚。問那吒太子析肉還母析骨還父。然後於蓮華上為父母說法。未審如何是太子身。師曰。大家見上座。問曰。恁麼即大千同一真如性也。師曰。依俙似曲才堪聽。又被風吹將別調中。問六根俱泯為什麼理事不明。師曰。何處不明。曰恁麼即理事俱如也。師曰。前言何在。師有時謂眾曰。大凡言句應須絕滲漏始得。時有僧問。如何是絕滲漏底句。師曰。汝口似鼻孔。問如何是不證一法。師曰。待言語在。曰如何是證諸法。師曰。醉作麼。

道を明らむ

師有時謂眾曰。只如山僧恁麼對他諸上座。作麼生體會。莫是真實相為麼。莫是正恁麼時。無一法可證麼。莫是識伊來處麼。莫是全體顯露麼。莫錯會好。如此見解喚作依草附木。與佛法天地懸隔。假饒答話簡辯如懸河。只成得箇顛倒知見。若只貴答話簡辯有什麼難。但恐無益於人翻成賺誤。如上座從前所學。簡辯問答記持說道理極多。為什麼心疑不息。聞古聖方便特地不會。只為多虛少實。上座不如從腳跟下一時覻破看是什麼道理。有多少法門。與上座作疑求解。始知從前所學底事。只知生死根源陰界裡活計。所以古人道。見聞不脫如水裡月。無事珍重。師有偈示眾曰。

思思として蹤有るに似たり。明明として處を知らず。借りて宗賓に示すを問わん。徐徐として暗に回顧す。

通玄峰頂不是人間心外無法

玄旨

滿目青山

去去として標的無し。來來としてただそう來る。人有りて相い問うを借れば。語らずして笑うこと咍咍たり。

師後於般若寺開堂說法十二會。第一會師初開堂日示眾雲。一毛吞海。海性無虧。纖芥投鋒。鋒利無動。見與不見。會與不會。唯我知焉。乃有頌曰。

鄧州の行者に與う

暫下高峰已顯揚般若圓通遍十方

林下に身の愚なるを覺ゆ。緣は心珠を帶びず。口を開けば言説無し。筆頭に書くべき無し。人の香嚴の旨を問うに。山居に在りと道う莫れ。

人天浩浩無差別法界縱橫處處彰

三跳の後

珍重。師陞堂日有僧問。承古有言。若人見般若即被般若縛。若人不見般若亦被般若縛。既見般若為什麼卻被縛。師雲。爾道般若見什麼。學雲。不見般若為什麼卻被縛。師雲。爾道般若什麼處不見。又云。若見般若不名般若。不見般若亦不名般若。般若且作麼生說見不見。所以人道。若欠一法不成法身。若剩一法不成法身。若有一法不成法身。若無一法不成法身。此是般若之真宗諸上座。又僧問。乍離凝峰丈室來坐般若道場。今日家風請師一句。師雲。虧汝什麼處。學雲。恁麼即雷音震動乾坤地。人人無不盡霑恩。師雲。幸然未會且莫探頭。探頭即不中。諸上座相共證明令法久住國土安樂。珍重。第二會師上堂有僧問。承教有言。歸源性無二方便有多門。如何是歸源性。師雲。爾問我答。學雲。如何是方便門。師雲。爾答我問。學雲。如何趣向。師雲。顛倒作麼。又僧問。一身即無量身無量身即一身。如何是無量身師雲。一身。學雲。恁麼即昔日靈山今來親覩。師雲。理當即行。又云。三世諸佛一時證明上座。上座且作麼生會。若會時不遷。無絲毫可得移易。何以故。為過去未來現在三際是上座。上座且非三際。澤霖大海滴滴皆滿。一塵空性法界全收。珍重。第三會師上堂有僧問。四眾雲集人天恭敬。目覩尊顏願宣般若。師雲。分明記取。學雲。師宣妙法國王萬歲。人民安樂。師雲。誰向爾道。學雲。法爾如然。師雲。爾靈利。又僧問。三世諸佛不知有。狸奴白牯卻知有。既是三世諸佛。為什麼卻不知有。師雲。卻是爾知有。學雲。狸奴白牯為什麼卻知有。師雲爾什麼處見三世諸佛。又僧問承教有言。眼不見色塵意不知諸法。如何是眼不見色塵。師雲。卻是耳見。學雲。如何是意不知諸法。師雲。眼知。學雲。恁麼即見聞路絕聲色喧然。師雲。誰向爾道。又云。夫一切問答如針鋒相投。無纖豪參差相。

三門の前に合掌す。兩廊の下に行道す。中庭の上に舞を作す。後門の外に頭を搖す。

事無不通。理無不備。良由一切言語。一切三昧橫竪深淺隱顯去來。是諸佛實相門。只據如今一時驗取。珍重。第四會師上堂舉。古人云。如何是禪三界綿綿。如何是道十方浩浩。因什麼道三界綿綿。何處是十方浩浩底道理。要會麼。塞卻眼塞卻耳塞卻舌身意。無空闕處無轉動處。上座作麼會。橫亦不得竪亦不得。縱亦不得奪亦不得。無用心處亦無施設處。若如是會得始會法門絕擇。一切言語絕滲漏。曾有一僧問。作麼是絕滲漏底語。向他道。口似鼻孔甚好上座。如此會自然不通風去。如識得盡十方世界是金剛眼睛。無事珍重。第五會師上堂有僧問雲。天下太平大王長壽如何是王。師雲。日曉月明。學雲。如何領會。師雲。誰是學人。又云。天下太平大王長壽。國土豐樂無諸患難。此是佛語古不易今。不遷一言。可以定古定今。會取好諸上座。又僧問。承古有言。有物先天地無形本寂寥。如何是有物先天地。師雲。非同合。學雲。如何是無形本寂寥。師雲。誰問先天地。學雲。恁麼即隨靜林間獨自遊。師雲。亂道作麼。又云。佛法不是遮箇道理。要會麼。言發非聲色前不物始會。天下太平大王長壽。久立珍重。第六會師上堂示眾雲。佛法現成。一切具足。古人道。圓同太虛無欠無餘。若如是且誰欠誰剩誰是誰非。誰是會者。誰是不會者。所以道。東去亦是上座。西去亦是上座。南去亦是上座。北去亦是上座。上座因什麼得成東西南北。若會得自然見聞覺知路絕。一切諸法現前。何故如此。為法身無相觸目皆形。般若無知對緣而照。一時徹底會取好。諸上座。出家兒合作麼生。此是本有之理未為分外。識心達本源故號為沙門。若識心皎皎地。實無絲豪障礙。上座久立珍重。第七會師上堂有僧問。欲入無為海先乘般若船。如何是般若船。師雲。常無所住。如何是無為海。師雲。且會般若船。又僧問。古德雲。

上根

登天不借梯。遍地無行路。如何是登天不假梯。師雲。不遺絲髮地。學雲。如何是遍地無行路。師雲。適來向爾道什麼。師又云。百千三昧門百千神通門百千妙用門。盡不出得般若海中。何以故。為於無住本建立諸法。所以道。生滅去來邪正動靜千變萬化。是諸佛大定門無過於此。諸上座。大家究取增於佛法壽命珍重。第八會師上堂有僧問。世尊有正法眼付囑摩訶迦葉。只如迦葉在賓缽羅窟。未審付囑何人。師雲。教我向誰說。學雲。恁麼即靈山付囑不異今日。師雲。爾什麼處見靈山。又僧問。淨慧寶印。和尚親傳。未審今日一會當付何人。師雲。鼕鼕鼓一頭打兩頭鳴。學雲。恁麼即千聖同儔古今不異。師雲。禪河浪靜尋水迷源。又僧清遇雲。帝王請命師赴王恩。般若會中請師舉唱。師雲。分明記取。學雲恁麼即雲臺寶網同演妙音。師雲。清遇何在。學雲。法王法如是。師雲。阿誰證明。又云。靈山付囑分明。諸上座一時驗取。若驗得更無別理。只是如今。譬如太虛日明雲暗山河大地一切有為世界悉皆明現。乃至無為亦復如是。世尊付囑迄至於今。並無絲豪差別。更付阿誰。所以祖師道。心自本來心。本心非有法。法法有本心。非心非本法。此是靈山付囑牓樣。諸上座徹底會取好。莫虛度時光。國王恩難報。諸佛恩難報。父母師長恩難報。十方施主恩難報。況建置如是次第佛法興隆。若非國王恩力焉得如此。若要報恩應須明徹道眼入般若性海始得。久立珍重。第九會師上堂有僧問。承先德雲。人空法亦空。二相本來同。如何是二相本來同。師雲。山河大地。學雲。不會乞師方便。師雲。什麼處是不方便處。又僧問。承教有言。心清淨故法界清淨。如何是清淨心。師雲迦陵頻伽共命之鳥。學雲。心與法界是一是二。師雲。爾自問別人問。師又云。大道廓然詎齊今古。無名無相是法是修。

咄せ錯るる莫れ、頓爾として覺無し。空處に言を發し、龍の驚く一著。小語は呼召し、妙は名貌を絶す。巍巍たる道流、披剥すべき無し。

良由法界無邊心亦無際。無事不彰。無言不顯。如是會得喚作般若。現前理極同真際一切山河大地森羅萬象牆壁瓦礫。並無絲毫可得虧闕。無事久立珍重。第十會師上堂有僧問。承師有言。九天擎玉印七佛兆前心。如何是印。師雲。不露文。如何是心。師雲。爾名安嗣。又云。法界性海如函如蓋如鉤如鎖。如金與金色。位位皆齊無纖毫參差。不相混濫。非一非異。非同非別。若歸實地去法法皆到底。不是上來問箇如何若何便是。不問時便非。在長連床上坐時是有。不坐時是無。只如諸方老宿言教在世。如恆河沙。如來一大藏經卷卷皆說佛理。句句盡言佛心。因什麼得不會去。若一向纖絡言教意識解會。饒上座經塵沙劫亦不能得徹。此喚作顛倒知見識心活計。並無得力處。此蓋為根腳下不明。若究盡諸佛法源。河沙大藏一時現前。不欠絲豪不剩絲豪。諸佛時常出世。時常說法度人。未曾間歇。乃至猿啼鳥叫草木叢林常助上座發機。未有一時不為上座。有如是奇特處。可惜許。諸上座。大家究取令法久住世間。增益人天壽命。國王安樂無事。久立珍重。第十一會師上堂。舉古人云。吾有一言。天上人間若人不會綠水清山。且作麼生是一言底道理。古人語須是曉達始得。若是將言而名於言。未有箇會處。良由究盡諸法根蔕。始會一言。不是一言半句思量解會喚作一言若會言語道斷心行處滅。始到古人境界。亦不是閉目藏睛暗覩無所見喚作言語道斷。且莫賺會。佛法不是遮箇道理。要會麼。假饒經塵沙劫說。亦未曾有半句到。諸上坐經塵沙劫不說。亦未曾欠少半句。應須徹底會去始得。若如是斟酌名言空勞心力並無用處。與諸上座相共證明。後學初心速須究取。久立珍重。第十二會師上堂有僧問。髑髏常幹世界鼻孔摩觸家風。如何是髑髏常幹世界。師雲。更待答話在。學雲。如何是鼻孔摩觸家風。師雲。

法身の見を破る

時復舉一遍。又僧問。一人執炬自盡其身。一人抱氷橫屍於路。此二人阿誰辨道。師雲。不遺者。學雲。不會乞師指示。師雲。爾名敬新。學雲。未審還有人證明也無。師雲有。學雲。什麼人證明。師雲。敬新證明。又僧問。牛頭未見四祖時如何。師雲。異境靈蹤覩者皆羨。僧又云。見後如何。師雲。適來向爾道什麼。又僧問。承古有言。敲打虛空鳴觳觳。石人木人齊應諾。六月降雪落紛紛。此是如來大圓覺。如何是敲打虛空底。師雲。崑崙奴著鐵袴打一棒行一步。學雲。恁麼即石人木人齊應諾也。師雲。爾還聞麼。又云。諸佛法門時常如是。譬如大海千波萬浪。未曾暫住。未嘗暫有。未嘗暫無。浩浩地光明自在。宗三世於一毛端。圓古今於一念。應須徹底明達始得。不是問一則語記一轉話巧作道理。風雲水月四六八對。便當佛法。莫自賺諸上座究竟無益。若徹底會去實無可隱藏。無剎不彰。無塵不現。直下凡夫位齊諸佛。不用纖豪氣力。一時會取好。無事久立珍重。開寶四年辛未華頂西峰忽摧聲震一山。師曰。吾非久矣。明年六月大星隕於峰頂林木變白。師乃示疾於蓮華峰。參問如常。二十八日集眾言別。跏趺而逝。壽八十二。臘六十五。

上に向かえば父娘無し。下に向かえば男女無し。獨り一個の身。切に須らく了却して去るべし。我に此の言有るを聞けば。人人競い來りて取る。他に對する一句子。話さずして言語無し。

杭州報恩寺慧明禪師。姓蔣氏。幼出家三學精練。志探玄旨。乃南遊於閩越間。歷諸禪會莫契本心。後至臨川謁淨慧禪師。師資道合。尋迴鄞水大梅山庵居。時吳越部內禪學者雖盛。而以玄沙正宗置之閫外。師欲整而導之一日有二禪客到。師問曰。上座離什麼處。曰都城。師曰。上座離都城到此山。則都城少上座此山剩上座。剩則心外有法。少則心法不周。說得道理即住。不會即去。其二禪客不能對。新到僧問。如何是大梅主。師曰。闍梨今日離什麼處。僧無對。師尋遷於天台山白沙卓庵。時有朋彥上座。博學強記來訪師敵論宗乘。師曰。言多去道遠矣。今有事借問。只如從上諸聖及諸先德。還有不悟者也無。朋彥曰。若是諸聖先德豈不有悟者哉。師曰。一人發真歸源十方虛空悉皆消殞。今天台山嶷然。如何得消殞去。朋彥不知所措。自是他宗汎學來者皆服膺矣。漢乾祐中吳越忠懿王延入王府問法。命住資崇院。師盛談玄沙宗一大師及地藏法眼宗旨臻極。王因命翠巖令三等諸禪匠及城下名公定其勝負。天龍禪師問曰。一切諸佛及佛法皆從此經出。未審此經從何而出。師曰。道什麼。天龍方再問。師曰。過也。資嚴長老問。如何是現前三昧。師曰。還聞麼。曰某甲不患聾。師曰。果然患聾。師舉雪峰塔銘問老宿雲。夫從緣有者始終而成壞。非從緣有者歷劫而長堅。堅之與壞即且置。雪峰只今在什麼處(法眼別雲。只今是成是壞)眾皆無對。設有對者亦不能當其徵詰。時群彥弭伏。王大悅命師居之。署圓通普照禪師師上堂謂眾曰。諸人還委得麼。莫道語默動靜無非佛事好。且莫錯會。僧問。如何是祖師西來意。師曰。汝還見香臺麼。曰某甲未會乞師指示。師曰。香臺也不識。問離卻目前機如何是西來意。師曰。汝何不問曰恁麼即委是去也。師曰。也是虛施。問如何是佛法大意。師曰。我見燈明佛本光瑞如此。

獨脚

問如何是學人自己。師曰。特地申問是什麼意。問如何是西來意。師曰。十萬八千真跋涉。直下西來不到東。問如何是第二月。師曰。揑目看華華數朵。見精明樹幾枝枝。

子は啐き母は啄む、子覺えて殼無し(底本はこの字は卵殼の一類に從う、当に「殼」たるべし)。母子俱に亡び、緣に應じて錯えらず。同道は唱和し、妙に獨脚と云う。

漳州羅漢宣法大師智依。師上堂曰。盡十方世界無一微塵許法與汝作見聞覺知。還信麼。然雖如此也須悟始得。莫將為等閑。不見道。單明自己不悟目前。此人只具一隻眼。還會麼。僧問。纖塵不立為什麼好醜現前。師曰。分明記取別處問人。問大眾雲集誰是得者。師曰。還曾失麼。問如何是佛。師曰。汝是。行腳僧問。如何是寶壽家風。師曰。一任觀看。曰恁麼即大眾有賴。師曰。汝作麼生。曰終不敢謾大眾。師曰。嫌少作麼。師問僧。受業在什麼處。曰在佛跡。師曰。佛在什麼處。曰什麼處不是。師舉起拳曰。作麼生。曰和尚收取。曰放闍梨七棒。師問僧。今夏在什麼處。曰在無言上座處。師曰。還曾問訊他否。曰也曾問訊。師曰。無言作麼生問得。曰若得無言什麼處不問得。師喝之曰。恰似問老兄。師與彥端長老吃餅餤(徒濫切)。端曰。百種千般其體不二。師曰。作麼生是不二體。端拈起餅餤。師曰。只者百種千般。端曰。也是和尚見處。師曰。汝也是羅公詠梳頭樣。師將示滅。乃謂眾曰。今晚四大不和暢。雲騰鳥飛風動塵起浩浩地。還有人治得麼。若治得永劫不相識。若治不得時時常見我。言訖告寂。

洞山和尚良价の頌一首

金陵鍾山章義禪師道欽。太原人也。初住廬山棲賢。師上堂曰。道遠乎哉。觸事而真。聖遠乎哉。體之則神。我尋常示汝。何不向衣缽下坐地直下參取。要須上來討箇什麼。既上來我即事不獲已。便舉古德少許方便。抖擻些子龜毛兔角解落。諸上座欲得省要麼。僧堂裡三門下寮舍裡參取好。還有會處也未。若有會處試說看。與上座證明。僧問。如何是棲賢境。師曰。棲賢有什麼境。問古人拈椎竪拂。還當宗乘中事也無。師曰。古人道了也。問學人創入叢林乞和尚指示。師曰。一手指天一手指地。江南國主請師居章義道場。示眾曰。總來遮裡立作什麼。善知識如河沙數。常與汝為伴。行住坐臥不相捨離。但長連床上穩坐地。十方善知識自來參。上座何不信取。作得如許多難易。他古聖嗟見今時人不奈何了。乃曰。傷夫人情之感久矣。口對真而不覺。此乃嗟汝諸人看卻不知。且道看卻什麼不知。何不體察古人方便。只為信之不及致得如此。諸上座但於佛法中留心無不得者。無事體道去。僧問。如何是西來意。師曰。不東不西。問百年暗室一燈能破時如何。師曰。莫謾語。問佛法還受變異也無。師曰。上座是。僧問大眾雲集請師舉揚宗旨。師曰。久矣問如何是玄旨。師曰。玄有什麼旨。

心無くして道に合す

金陵報恩匡逸禪師明州人也。初住潤州慈雲。江南國主請居上院。署凝密禪師。一日上堂眾集。師顧視大眾曰。依而行之即無累矣。還信麼。如太陽赫奕皎然地。更莫思量。思量不及。設爾思量得及。喚作分限智慧。不見先德雲。人無心合道。道無心合人。人道既合是名無事人。且自何而凡自何而聖。此若未會。也只為迷情所覆。便去不得。迷時即有窒礙。為對為待種種不同。忽然惺去亦無所得。譬如演若達多認影為頭。豈不是擔頭覓頭。然正迷之時頭且不失。及乎悟去亦不為得。何以故。人迷謂之失。人悟謂之得。得失在於人。何關於動靜。僧問。諸佛設法普潤群機。和尚設法什麼人得聞。師曰。只有汝不聞。問如何是報恩一句。師曰。道不是得麼。問十二時中思量不到處如何行履。師曰。汝如今在什麼處。問祖師西來如何舉唱。師曰。不違所請。問如何是一句。師曰。我答爭似汝舉。問佛為一大事因緣出世。未審和尚出世如何。師曰。恰好。曰恁麼即大眾有賴。師曰。莫錯會。

道は心無くして人に合す。人は心無くして道に合す。個中の意を識らんと欲せば。一は老い一は老いず。

金陵報慈道場文遂導師杭州人也。姓陸氏。乳抱中父母徙家於宣城。才丱歲挺然好學。乃禮池州僧正落髮登戒。年十六觀方禪教俱習。嘗究首楞嚴經十軸。甄分真妄緣起本末精博。於是節科注釋文句交絡。厥功既就。謁於淨慧禪師述己所業。深符經旨。淨慧問曰。楞嚴豈不是有八還義。師曰是。曰明還什麼。師曰。明還日輪。曰日還什麼。師懵然無對。淨慧誡令焚其所注之文。師自此服膺請益始忘知解。初住吉州止觀。乾德二年國主延入居長慶。次清涼次報慈大道場。署雷音覺海大導師。禮待異乎他等。師上堂謂眾曰。天人群生類皆承此恩力。威權三界。德被四生。若稟靈光鹹稱妙義。十方諸佛常頂戴。汝誰敢是非及乎。向遮裡喚作開方便門。對根設教便有如此。如彼流出無窮。若能依而奉行。有何不可。所以清涼先師道。佛即是無事人。且如今覓箇無事人也不可得。僧問。崇壽佛法付囑止觀。止觀佛法付囑何人。師曰。汝試舉崇壽佛法看。問巔山巖崖還有佛法也無。師曰。汝喚什麼作巔山巖崖。問如何是道。師曰。忘想顛倒。師謂眾曰。老僧平生百無所解。日日一般雖住此間隨緣任運。今日諸上座與本無異。僧問。如何是無異底事。師曰。千差萬別。僧再問。師曰。止止不須說。且會取千差萬別。問如何是和尚家風。師曰。方丈板門扇問如何是無相道場。師曰。四郎五郎廟。問如何是吹毛劍。師曰。簳麫杖。問如何是正直一路。師曰。遠遠近近。曰便恁麼去時如何。師曰。咄哉痴人此是險路。師問僧。從什麼處來。曰撫州曹山來。師曰。幾程到此。曰七程。師曰。行卻許多山林谿㵎。何者是汝自己曰總是。師曰。眾生顛倒認物為己。曰如何是學人自己。師曰。總是。師又曰。諸上座各在止觀經冬過夏。還有人悟自己也無。止觀與汝證明。令汝真見不被邪魔所惑。問如何是學人自己。師曰。

龍牙和尚居遁の頌一十八首

好箇師僧眼目甚分明。

景德伝燈録巻第二十九

漳州羅漢院守仁禪師泉州永春人也。初參淨慧。後迴故郡止東安興教寺上方院。示眾曰。只據如今誰欠誰剩。然雖如此猶是第二義門。上座若明達得去。也且是一是二。更須子細看。僧問。如何是祖師西來的的意。師曰。即今是什麼意。問如何是涅槃。師曰。生死。曰如何是生死。師曰。適來道什麼。僧眾晚參。師謂眾曰。物物本來無處所。一輪明月印心池。便歸方丈。師次住漳州報恩院。謂眾曰。報恩遮裡不曾與人揀話。今日與諸上座揀一兩則話。還願樂麼。諸上座鶴脛長鳧脛短。甘草甜黃蘗苦。恁麼揀辨還愜雅意麼。諸上座莫道血脈不通泥水有隔好。且莫錯會。珍重。僧問。如何是西來意。師曰。喚什麼作西來意。曰恁麼即無西來也。師曰。由汝口頭道。問如何是報恩家風。師曰。無汝著眼處。問學人未委稟承請師方便。師曰。莫相孤負麼。曰恁麼即有師資之分也。師曰。叢林見多。問如何是佛法大意。師曰。向汝道什麼。問如何是無生之相。師曰。捨身受身。曰恁麼即生死無過也。師曰。料汝恁麼會。師又曰。人人皆備理一一盡圓常。問如何是圓常之理。師曰。無事不參差。曰恁麼即縱橫法界也。師曰。巧道有何難。問如何是不到三寸。師曰。汝問我答。師問僧。什麼處來。曰福州來。師曰。跋涉如許多山嶺。阿那箇是上座自己。曰某甲親離福州。師曰。恁麼商量別有商量。曰更作麼生商量。師曰。汝話墮也。問不昧緣塵請師一接。師曰。喚什麼作緣塵。僧曰。若不伸問焉息疑情。師曰。若不是今日便作官方。

景德伝燈録巻第三十

杭州永明寺道潛禪師河中府人也。姓武氏。初詣臨川謁淨慧禪師。一見異之便容入室。一日淨慧問曰。子於參請外看什麼經。師曰。看華嚴經。淨慧曰。總別同異成壞六相。是何門攝屬。師對曰。文在十地品中。據理則世出世間一切法皆具六相。曰空還具六相也無。師懵然無對。淨慧曰。子卻問吾。師乃問曰。空還具六相也無。淨慧曰空。師於是開悟踴躍禮謝。淨慧曰。子作麼生會。師曰空。淨慧然之。異日因四眾士女入院。淨慧問師曰。律中道。隔壁聞釵釧聲即名破戒。見覩金銀合雜朱紫駢闐。是破戒不是破戒。師曰。好箇入路。淨慧曰。子向後有五百毳徒。而為王侯所重在。師尋禮辭駐錫於衢州古寺。閱大藏經而已。後忠懿王錢氏命入府受菩薩戒。署慈化定慧禪師。建大伽藍號慧日永明。請居之。師曰。欲請塔下羅漢銅像過新寺供養。王曰。善矣。予昨夜夢十六尊者乞隨禪師入寺。何昭應之若是。仍於師號加應真二字。師坐永明大道場常五百眾。師上堂謂眾曰。佛法顯然因什麼卻不會去。諸上座欲會佛法但問取張三李四。欲會世法則參取古佛叢林。無事久立。僧問。如何是永明的的意。師曰。今日十五明朝十六。曰覽師的的意。師曰。何處覽。問如何是永明家風。師曰。早被上座答了也。問三種病人如何接。師曰。汝是聾人。曰請師方便。師曰。是方便。問牛頭未見四祖時為什麼百鳥銜華。師曰。見東見西。曰見後為什麼不銜華。師曰。見南見北。曰昔日作麼生。師曰。且會今日。問如何是第二月。師曰月。問如何是覿面事。師曰。背後是什麼。問文殊杖劍擬殺何人。師曰。止止。曰如何是劍。師曰。眼是。問諸餘即不問。向上宗乘亦且置。請師不答。師曰。好箇師僧子。曰恁麼即禮拜去也。師曰。不要三拜盡汝一生去。一日大眾參。師指香鑪曰。汝諸人還見麼。若見一時禮拜各自歸堂。僧問。

銘記箴歌

至道無言借言顯道。如何是顯道之言。師曰。切忌揀擇。問如何是慧日祥光。師曰。此去報慈不遠。曰恁麼即親蒙照燭也。師曰。且喜沒交涉。

傅大士の心王銘

撫州黃山良匡禪師吉州人也。上堂謂眾曰。高山頂上空蔬飯無可祇待。諸道者。唯有金剛眼睛憑助汝發明真心。汝若會得能破無明黑暗。汝若不會真箇不壞。便起歸方丈。僧問。如何是黃山家風。師曰。築著汝鼻孔。問如何是物不遷義。師曰。春夏秋冬。問如何是一路涅槃門。師曰。汝問宗乘中一句豈不是。曰恁麼即不哆哆。師曰。莫哆哆好。問眾星攢月時如何。師曰。喚什麼作月。曰莫即遮箇便是也無。師曰。遮箇是什麼。問明鏡當臺森羅為什麼不現。師曰。那裡當臺曰爭奈即今何。師曰。又道不現。問如何是禪。師曰。三界綿綿。曰如何是道。師曰。四生浩浩。

三祖僧璨大師の信心銘

杭州靈隱山清聳禪師福州福清縣人也。初參淨慧。一日淨慧指雨謂師曰。滴滴落上座眼裡。師初不喻旨。後因閱華嚴經感悟。承淨慧印可。迴止明州四明山卓庵。節度使錢億。執師事之禮。忠懿王命於臨安兩處開法。後居靈隱上寺署了悟禪師。師上堂示眾曰。十方諸佛常在汝前。還見麼。若言見將心見將眼見。所以道。一切法不生一切法不滅。若能如是解諸佛常現前。又曰。見色便見心。且喚什麼作心。山河大地萬象森羅青黃赤白男女等相。是心不是心。若是心為什麼卻成物象去。若不是心又道見色便見心。還會麼。只為迷此而成顛倒種種不同。於無同異中強生同異。且如今直下承當頓豁本心。皎然無一物可作見聞。若離心別求解脫者。古人喚作迷波討源。卒難曉悟。問根塵俱泯為什麼事理不明。師曰。事理且從。喚什麼作俱泯底根塵。問如何是觀音第一義。師曰錯。問無明實性即佛性。如何是佛性。師曰。喚什麼作無明。問如何是和尚家風。師曰。亙古亙今。問不問不答時如何。師曰。寱語作麼。問如何是巔山巖崖裡佛法。師曰。用巔山巖崖作麼。問牛頭未見四祖時如何。師曰。青山綠水。曰見後如何。師曰。綠水青山。師問僧。汝會佛法麼。曰不會。師曰。汝端的不會。曰是。師曰。且去待別時來。其僧珍重。師曰。不是遮箇道理。問如何是摩訶般若。師曰。雪落茫茫。僧無語。師曰。會麼。曰不會。師遂有頌曰。

牛頭山初祖法融禅師の心銘

摩訶般若非取非捨若人不會

僧亡名の息心銘

風寒雪下

菩提達磨の略して大乘入道四行を辨ず(弟子曇琳の序)

金陵報恩院玄則禪師滑州衛南人也。初問青峰(有本雲白兆)如何是佛(有云自己)。青峰曰。丙丁童子來求火。師得此語藏之於心。及謁淨慧。詰其悟旨。師對曰。丙丁是火而更求火。亦似玄則將佛問佛。淨慧曰。幾放過元來錯會。師雖蒙開發頗懷猶豫。復退思既殆莫曉玄理。乃投誠請益。淨慧曰。汝問我與汝道。師乃問。如何是佛。淨慧曰。丙丁童子來求火。師豁然知歸。後住報恩院。師上堂顧視大眾曰。好箇話頭只是無人解問得。所以勞他古人三度喚之。諸人即不勞他喚也。此即且從古人意。作麼生還說得麼。千佛出世亦不增一絲毫。六道輪迴也不減一絲毫。皎皎地現無絲頭翳礙。古人道。但有纖毫即是塵。且如今物象嶷然地。作麼生消遣得汝若於此消遣不得。便是凡夫境界。然也莫嫌樸實說話。也莫嫌說著祖佛。何以故。見說祖佛便擬超越去。若恁麼會大沒交涉。也須子細詳究看。不見他古德究離生死。亦無剃頭剪爪工夫。如今看見大難繼續。問了了見佛性如何是佛性。師曰。不欲便道。問如何是金剛大士。師曰。見也未。問如何是諸聖密密處。師曰。卻須會取自己。曰如何是和尚密密處。師曰。待汝會始得。師謂眾曰。諸上座盡有常圓之月。各懷無價之珍。所以月在雲中雖明而不照。智隱惑內雖真而不通。無事久立。問如何是不動尊。師曰。飛飛颺颺。問如何是瞭然一句。師曰。對汝又何難。曰恁麼道莫便是也無。師曰。不對又何難。曰深領和尚恁麼道。師曰。汝道我道什麼。問亡僧遷化向什麼處去也。師曰。待汝生即道。曰賓主歷然。師曰。汝立地見亡僧。問如何是學人本來心。師曰。汝還曾道著也未。曰只如道著如何體會。師曰。待汝問始得。問教中有言。樹能生果作頗梨色。未審此果何人得吃。師曰。樹從何來。曰學人有分。師曰。去果八萬四千。問如何是不遷。師曰。

荷澤大師の顯宗記

江河競注日月旋流。問宗乘中玄要處請師一言。師曰。汝行腳來多少時也。曰不曾逢伴侶。師曰。少瞌睡。

南嶽石頭大師の參同契

金陵報慈道場玄覺導師行言。泉州晉江人也。得法於淨慧禪師。上堂示眾曰。凡行腳人參善知識。到一叢林放下瓶缽。可謂行菩薩之道能事畢矣。何用更來遮裡舉論真如涅槃。此是非時之說。然古人有言。譬如披沙識寶。沙礫若除真金自現。便喚作常住世間具足僧寶。亦如一味之雨。一般之地生長萬物。大小不同甘辛有異。不可道地與雨有大小之名也。所以道。方即現方圓即現圓。何以故。爾法無偏正。隨相應現。喚作對現色身。還見麼。若不見也莫閑坐地。問如何是祖師西來意。師曰。此問不當。問坐卻是非如何合得本來人。師曰。汝且作麼生坐。江南國主新建報慈大道場。命師大闡宗猷。海會二千餘眾。別署導師之號。師謂眾曰。此日英賢共會海眾同臻。諒惟佛法之趣無不備矣。若是英鑒之者。不須待言也。然言之本無何以默矣。是以森羅萬象諸佛洪源。顯明則海印光澄。冥昧則情迷自惑。苟非通心上士逸格高人。則何以於諸塵中。發揚妙極卷舒物象。縱奪森羅示生非生應滅非滅。生滅洞已乃曰真常。言假則影散千途。論真則一空絕跡。豈可以有無生滅而計之者哉。問國王再請蓋特薦先朝和尚。今日如何舉唱。師曰。汝不是問再唱人。曰恁麼即天上人間無過此也。師曰。勿交涉。問遠遠投師請垂一接。師曰。卻依舊處去。

五台山鎮国大師澄觀の皇太子の心要を問うに答う

金陵淨德道場達觀禪師智筠。河中府人也。姓王氏。弱齡邁俗。依普救寺杲大師披削。年滿受具。始遊方謁撫州龍濟修山主。親附久之機緣莫契。後詣金陵報恩道場。參淨慧頓悟玄旨。後住廬山棲賢寺。師上堂謂眾曰。從上諸聖方便門不少。大底只要諸仁者有箇見處。然雖未見且不參差一絲髮許。諸仁者亦未嘗違背一絲髮許。何以故。烜赫地顯露。如今便會取。更不費一豪氣力。還省要麼。設道毘盧有師法身有主。斯乃抑揚對機施設。諸仁者作麼生會對底道理。若也會且莫嫌他佛語。莫重祖師。直下是自己眼明始得。僧問。如何是的的之言。師曰。道什麼。問紛然覓不得時如何。師曰。覓箇什麼不得。問如何是祖師意。師曰。用祖師意作什麼。問今朝呈遠瑞正意為誰來。師曰。大眾盡見汝恁麼問。乾德三年江南國主仰師道化。於北苑建大道場曰淨德。延請居之。署大禪師之號。上堂謂眾曰。夫欲慕道。也須上上根器始得。造次中下不易承當。何以故。佛法非心意識境界。上座莫恁麼㒝偰地。他古人道。沙門眼把定世界函蓋乾坤。綿綿不漏絲髮。所以諸佛讚歎讚歎不及。比喻比喻不及。道上座威光赫奕亙古亙今。幸有如是家風何不紹續取。為什麼自生卑劣。枉受辛勤不能曉悟。只為如此所以諸佛出興於世。只為如此所以諸佛唱入涅槃。只為如此所以祖師特地西來。僧問。諸聖皆入不二法門。如何是不二法門。師曰。但恁麼入。曰恁麼即今古同然去也。師曰。汝道什麼處是同。問如何是佛法大意。師曰。恰問著。曰恁麼即學人禮拜也。師曰。汝作麼生會。問如何是佛。師曰。如何不是。師復謂眾曰。吾不能投身巖谷滅跡市𮠔。而出入禁庭以重煩世主。吾之過也。遂屢辭歸故山。國主錫以五峰棲玄蘭若。開寶二年八月十七日安坐告寂。壽六十四。臘四十四。

杭州五雲和尚の坐禅箴

高麗道峰山慧炬國師。始發機於淨慧之室。本國主思慕遣使來請。遂迴故地。國主受心訣禮待彌厚。一日請入王府上堂。師指威鳳樓示眾曰。威鳳樓為諸上座舉揚了。諸上座還會麼。儻若會且作麼生會。若道不會威鳳樓作麼生不會。珍重。師之言教未被中華。亦莫知所終。

永嘉真覺大師の證道歌

金陵清涼法燈禪師泰欽。魏府人也。生而知道辯才無礙。入淨慧之室海眾歸之。僉曰敏匠。初受請住洪州幽谷山雙林院。上堂未升座乃曰。此山先代一二尊宿曾說法來。此座高廣不才何升。昔古有言。作禮須彌燈王如來乃可得坐。且道須彌燈王如來今在何處。大眾要見麼一時禮拜。師便升座良久曰。為大眾只如此。也還有會處麼。僧問。如何是雙林境。師曰。畫也不成。曰如何是境中人。師曰。且去。又曰。境也未識且討人。問一佛出世震動乾坤。和尚出世震動何方。師曰。什麼處見震動。曰爭奈即今何。師曰。今日有什麼事。有僧出禮拜。師曰。道者前時謝汝請。我將什麼與汝好。僧擬問次。師曰。將謂相悉卻成不委。問如何是西來密密意。師曰苦。問一佛出世普潤群生。和尚出世當為何人。師曰。不徒然曰。恁麼即大眾有賴也。師曰。何必。師告眾曰。且住得也久立。官人及諸大眾。今日相請勤重。此箇殊功比喻何及。所以道未了之人聽一言。只遮如今誰動口。師便下坐立倚拄杖而告眾曰。還會麼。天龍寂聽而雨華。莫作須菩提㡧子畫將去。且恁麼信受奉行。師次住上藍護國院。僧問。十方俱擊鼓十處一時聞。如何是聞。師曰。汝從那方來。問善行菩薩道不染諸法相。如何是菩薩道。師曰。諸法相。曰如何得不染去。師曰。染著什麼處。問不久開選場還許學人選也無。師曰。汝是點額人。又曰。汝是什麼科目。問如何是演大法義師曰。我演何似汝演。師次住金陵龍光院。上堂升座。維那白椎雲。法筵龍象眾當觀第一義。師曰。維那是第二義。長老只今是第幾義。師又舉衣袖謂眾曰。會麼大眾。此是山呼舞蹈。莫道五百生前曾為樂主來。或有疑情請垂見示。時有僧問。如何是諸佛正宗。師曰。汝是什麼宗。曰如何。師曰。如何即不會。問上藍一曲師親唱。今日龍光事若何。師曰。汝什麼時到上藍來。

騰騰和尚の了元歌

曰諦當事如何。師曰。不諦當即別處覓。問如何是佛法大意。師曰。且問小意卻來與汝大意。師後入金陵住清涼大道場。上堂陞座。僧出問次。師曰。遮僧最先出為大眾已了第國主深恩。問國主請命祖席重開。學人上來請師直指心源。師曰。上來卻下去。問法眼一燈分照天下。和尚一燈分付何人。師曰。法眼什麼處分照來。江南國主為鄭王時受心法於淨慧之室。暨淨慧入滅復。嘗問於師曰。先師有什麼不了底公案。師對曰。見分析次。異日又問曰。承聞長老於先師有異聞底事。師作起身勢。國主曰。且坐。師謂眾曰。先師法席五百眾。今只有十數人在諸方為導首。爾道莫有錯指人路底麼。若錯指教他入水入火落坑落塹。然古人又道。我若向刀山刀山自摧折。我若向鑊湯鑊湯自消滅。且作麼生商量言語即熟。及問著便生疎去。何也只為隔闊多時。上座但會我什麼處去不得有去。不得者。為眼等諸根色等諸法。諸法且置。上座開眼見什麼。所以道不見一法即如來。方得名為觀自在。珍重。師開寶七年六月示疾告眾曰。老僧臥疾強牽拕與汝相見。如今隨處道場宛然化城。且道作麼生是化城。不見古導師雲。寶所非遙須且前進。及至城所又道。我所化作。今汝諸人試說箇道理看。是如來禪祖師禪。還定得麼。汝等雖是晚生。須知僥忝我國主凡所勝地建一道場所須不闕。只要汝開口。如今不如阿那箇是汝口。爭答効他四恩三有。欲得會麼。但識口必無咎。縱有咎因汝有我。今火風相逼。去住是常道。老僧住持將逾一紀。每承國主助發。至於檀越十方道侶主事小師皆赤心為我。默而難言。或披麻帶布。此即順俗我道違真。且道順好違好。然但順我道即無顛倒。我之遺骸必於南山大智藏和尚左右乞二墳冢。升沈皎然不淪化也。努力努力珍重即其月二十四日安坐而終。

南嶽懶瓚和尚の歌

杭州真身寶塔寺紹巖禪師雍州人也。姓劉氏。七歲依高安禪師出家。十八進具於懷暉律師。暨遊方與天台韶國師同受記於臨川。尋於浙右水心寺掛錫宴寂。後止越州法華山。續入居塔寺上方淨院。吳越王命師開法。署了空大智常照禪師。上堂謂眾曰。山僧素寡知見。本期閑放念經待死。豈謂今日大王勤重苦勉山僧。効諸方宿德施張法筵。然大王致請也。只圖諸仁者明心。此外無別道理。諸仁者還明心也未。莫不是語言譚笑時。凝然杜默時。參尋知識時。道伴商略時。觀山翫水時。耳目絕對時。是汝心否。如上所解盡為魔魅所攝。豈曰明心。更有一類人離身中妄想。外別認遍十方世界。含日月包太虛。謂是本來真心。斯亦外道所計非明心也。諸仁者要會麼。心無是者亦無不是者。汝擬執認其可得乎。問六合澄清時如何。師曰。大眾誰信汝。問見月忘指時如何。師曰。非見月。曰豈可認指為月耶。師曰。汝參學來多少時也。師開寶四年七月示疾。謂門弟子曰。諸行無常即常住相。言訖跏趺而逝。壽七十三。臘五十五。

石頭和尚の草庵歌

金陵報恩院法安慧濟禪師太和人也。印心於法眼之室。初住撫州曹山崇壽院為第四世。上堂謂眾曰。知幻即離不作方便。離幻即覺亦無漸次。諸上座且作麼生會。不作方便又無漸次。古人意在什麼處。若會得諸佛常見前。若未會莫向圓覺經裡討。夫佛法亙古亙今未嘗不見前。諸上座一切時中鹹承此威光。須具大信根荷擔得起始得。不見佛讚猛利度人堪為器用。亦不賞他向善久修淨業者。要似他廣額兇屠拋下操刀便證阿羅漢果。直須恁麼始得。所以長者道。如將梵位直授凡庸。僧問。大眾既臨於法會。請師不吝句中玄。師曰。謾得大眾麼。曰恁麼即全應此問也。師曰。不用得。問古人有言一切法以不生為宗。如何是不生宗。師曰。好箇問處。問佛法中請師方便。師曰。方便了也。問如何是古佛心。師曰。何待問江南。國主請入居報恩。署號攝眾。師上堂謂眾曰。此日奉命令住持當院為眾演法。適來見維那白槌了。多少好令教當觀第一義。且作麼生是第一義。若遮裡參得多少省要。如今更別說箇什麼。即得然承恩旨不可杜默去也。夫禪宗示要法爾常規。圓明顯露亙古亙今。至於達磨西來。也只與諸人證明。亦無法可得與人。只道直下是。便教立地覯取。古人雖即道立地覯取。如今坐地還覯得也無。有疑請問。僧問。三德奧樞從佛演一音玄路請師明。師曰。汝道有也未。問如何是報恩境。師曰。大家見汝問。師開寶中示滅於本院。

道吾和尚の樂道歌

撫州崇壽院契稠禪師西州人也。上堂升座。僧問。四眾諦觀第一義。如何是第一義。師曰。何勞更問。師又曰。大眾欲知佛性義。當觀時節因緣。作麼生是時節因緣。上座如今便散去。且道有也未。若無因什麼便散去。若有作麼生是第一義。上座第一義現成。何勞更觀。恁麼顯明得佛性。常照一切法常住若見有法常住。猶未是法之真源。作麼生是法之真源。上座不見古人道。一人發真歸元十方虛空悉皆消殞。還有一法為意解麼。古人有如是大事因緣。依而行之即是。何勞長老多說。眾中有未知者便請相示。僧問。淨慧之燈親然汝水今日王侯請命。如何是淨慧之燈。師曰。更請一問。問古人見不齊處請師方便。師曰。古人見什麼處不齊。問如何是佛。師曰。如何是佛。曰如何領解。師曰。領解即不是。問的的西來意師當第幾人。師曰。年年八月半中秋。問如何是和尚為人一句。師曰。觀音舉上藍舉。師淳化三年示滅。

一鉢歌(別の録に杯渡禅師の作と説く)

洪州雲居山清錫禪師泉州人也。初住龍須山廣平院。有僧問。如何是廣平境。師曰。識取廣平。曰如何是境中人。師曰。驗取。次住雲居山。僧問。如何是雲居境。師曰。汝喚什麼作境。曰如何是境中人。師曰。適來向汝道什麼。師後住泉州西明院。有廖天使入院見供養法眼和尚真。乃問曰。真前是什麼果子。師曰。假果子。天使曰。既是假果子。為什麼將供養真。師曰。也只要天使識假。問如何是佛。師曰。容顏甚奇妙。

樂普和尚の浮漚歌

洪州百丈山大智院道常禪師。本山出家。禮照明禪師披剃。尋參淨慧獲預函丈。因請益問。外道問佛不問有言不問無言。敘語未終。淨慧曰。住住汝擬向世尊良久處會去。師從此悟入。後本山請歸住持。當第十一世。學者尤盛。師上堂示眾曰。乘此寶乘直至道場。每日勞諸上座訪及。無可祇延。時寒不用久立。卻請迴車。珍重。僧問。如何是學人行腳事。師曰。拗折拄杖得也未。問古人有言。釋迦與我同參。未審參何人。師曰。唯有同參方得知。曰未審此人如何親近。師曰。恁麼即不解參也。問如何是祖師西來意。師曰。往往問不著。問還鄉曲子作麼生唱。師曰。設使唱落汝後。問如何是百丈境。師曰。何似雲居。問如何是百丈為人一句。師曰。若到諸方總須問過。師又謂眾曰。實是無事與上座各各事佛。更有何疑得到遮裡。古人只道。十方同共聚箇箇學無為。此是選佛場心空及第歸。心空是及第。且作麼生會心空。不是那裡閉目冷坐是心空。此正是識陰想解。上坐要心空麼。但且識心。所以道。過去已過去。未來更莫算。兀然無事坐。何曾有人喚。設有人喚上座。應他好不應好。若應阿誰喚上座。若不應不患聾也。三世體空且不是木頭。所以古人道。心空得見法王。還見法王麼也只是老病僧。又莫是渠自伐麼。珍重僧問。如何是佛。師曰。汝有多少事不問。僧舉人問玄沙曰。三乘十二分教即不問。如何是祖師西來意。玄沙曰。三乘十二分教不要。其僧不會。請師為說。師曰。汝實不會。曰實不會。師示偈曰。

蘇溪和尚の牧護歌

不要三乘要祖宗三乘不要與君同

法燈禅師の古鏡歌三首

君今欲會通宗旨後夜猿啼在亂峰

潭州龍會道尋の遍參三昧歌

師淳化二年示滅。塔於本山。

丹霞和尚の玩珠吟二首

天台山般若寺通慧禪師敬遵。上堂謂眾曰。皎皎烜赫地亙古亙今也。未曾有纖豪間斷相。無時無節長時拶定上座無通氣處。所以道。山河大地是上座善知識。放光動地觸處露現。實無絲頭許法可作隔礙。如今因什麼卻不會。特地生疑去。無事不用久立。僧問。優曇華坼人皆覩。般若家風賜一言。師曰。不因上座問不曾舉似人。曰恁麼即般若雄峰詎齊今古。師曰。也莫錯會。問牛頭未見四祖時為什麼百鳥銜華。師曰。汝什麼處見。曰見後為什麼不銜華。師曰。且領話好。問靈山一會迦葉親聞。未審今日一會何人得聞。師曰。汝試舉迦葉聞底看。曰恁麼即迦葉親聞去也。師曰。亂道作麼。師自述真讚曰。

關南長老の獲珠吟

真兮廖廓郢人圖艧嶽聳雲空

香嚴和尚の勵覺吟歸寂吟二首

澄潭月躍

韶山和尚の心珠歌

廬山歸宗寺法施禪師策真。曹州人也。姓魏氏本名慧超。升淨慧之堂。問如何是佛。淨慧曰。汝是慧超。師從此信入。其語播於諸方。初自廬山餘家峰請下住歸宗。上堂示眾曰。諸上座。見聞覺知只可一度。只如會了。是見聞覺知不是見聞覺知。要會麼與諸上座說破了也。待汝悟始得。久立珍重。僧問。如何是佛。師曰。我向汝道即別有也。問如何是歸宗境。師曰。是汝是什麼。曰如何是境中人。師曰。出去。問國王請命大啟法筵。不落見聞請師速道。師曰。閑言語。曰師意如何。師曰。又亂說。問承教有言。將此身心奉塵剎是則名為報佛恩。塵剎即不問。如何是報佛恩。師曰。汝若是即報佛恩。問無情說法大地得聞獅子吼時如何。師曰。汝還聞麼。曰恁麼即同無情也。師曰。汝不妨會。問古人以不離見聞為宗。未審和尚以何為宗。師曰。此問甚好。曰猶是三緣四緣。師曰。莫亂道。師次住金陵奉先寺。未幾復遷止報恩道場。太平興國四年歸寂。

傅大士の心王銘

洪州鳳棲山同安院紹顯禪師。僧問。王恩降旨師親受熊耳家風乞一言。師曰。已道了也。問千里投師請師一接。師曰。好入處。雲蓋山僧乞瓦造殿。有官人問。既是雲蓋何用乞瓦。無對。師代曰。罕遇奇人。

心を觀ずれば空王、玄妙にして測り難し。形無く相無くして、大神力有り。能く千災を滅し、萬德を成就す。體性は空なると雖も、能く法則を施す。觀ずれば形無く、呼べば聲有り。大法將と為り、心戒は經を傳う。水中の鹽味、色裏の膠清。決定して是れ有りて、其の形を見ず。心王もまた爾なり、身內に居り停まり、面門より出入す。物に應じ情に随い、自在にして礙無く、作す所皆成る。本を了して心を識り、心を識りて佛を見る。是の心是れ佛、是の佛是れ心。念々は佛心、佛心は佛を念ず。早く成るを得んと欲せば、心を戒して自ら律せよ。淨律淨心、心即是れ佛。此の心王を除きて、さらに非無有り。隱顯定まらず。心性は空を離れ、能く凡に能く聖なり。是の故に相い勸めて、好く自ら防慎せよ。刹那の造作は、還って復た漂沈す(底本の「刹邦」は当に「刹那」たるべし)。清淨の心智は、世の黄金のごとし。般若の法藏は、並びに身心に在り。無為の法寶は、淺からず深からず。諸佛菩薩は、此の本心を了す。緣有りて遇う者は、去來今に非ず。

江州廬山棲賢寺慧圓禪師。上堂示眾曰。出得僧堂門見五老峰。一生參學事畢。何用更到遮裡來。雖然如此也勞上座一轉。無事珍重。僧問。不是風動不是幡動。未審古人意旨如何。師曰。大眾一時會取。又上堂有僧擬問。師乃指其僧曰。住住。其僧進步問。從上宗乘請師舉唱。師曰。前言不搆後語難追。曰未審今日事如何。師曰。不會人言語。問如何是佛法大意。師曰好。問如何是棲賢境。師曰。入得三門便合知。問如何是祖師西來意。師曰。此欠少。問祖燈重耀不吝慈悲更垂中下。師曰。委得麼。曰恁麼即方便門已開。師曰。也賺。

三祖僧璨大師の信心銘

洪州觀音院從顯禪師泉州莆田人也。少依本邑石梯山出家具戒。參法眼受記。初住昇州妙果院。後住茲院參學頗眾。師上堂眾集。良久謂曰。文殊深贊居士。未審居士受贊也無。若受贊何處有居士耶。若不受贊文殊不可虛發言。大眾作麼生會。若會真箇衲僧。時有僧問。居士默然文殊深贊此意如何。師曰。汝問我答。曰恁麼人出頭來又作麼生。師曰。行到水窮處坐看雲起時。僧問。如何是觀音家風。師曰。眼前看取。曰忽遇作者來作麼生見待。師曰。貧家只如此未必便言歸。問久負沒絃琴請師彈一曲。師曰。作麼生聽。其僧側耳。師曰。賺殺人。師謂眾曰。盧行者當時大庾嶺頭為明上座言。莫思善莫思惡。還我明上座本來面目來。觀音今日不恁麼道。還我明上座來。恁麼道是曹谿子孫。若是曹谿子孫。又爭合除卻四字。若不是又過在什麼處試出來商量看。良久師又曰。此一眾真行腳人也。珍重。太平興國八年九月中。師謂檀那袁長史曰。老僧三兩日間歸鄉去。袁曰。和尚尊年何更思鄉。師曰。歸鄉圖得好鹽吃。袁不測其言。翌日師不疾而坐亡。壽七十有八。袁長史建塔於西山。

至道は難き無し、唯だ揀擇を嫌う。但だ憎愛する莫れ、洞然として明白なり。毫釐の差有れば、天地に懸隔す。現前を得んと欲せば、順逆を存する莫れ。違順は相い争い、是れを心病と為す。玄旨を識らざれば、徒らに靜を念ずるを労す。太虛に圓同じくして、欠無く餘無し。良く取捨に由る、所以に如かず。有緣を逐う莫れ、空忍に住する勿れ。一種の平懷、泯然として自ら盡く。動を止めて止に歸す、止はさらに弥いよ動く。唯だ兩邊に滯りて、寧ぞ一種を知らん。一種通ぜざれば、兩處功を失う。有を遣って有無く、空に從いて空に背く。言多く慮多ければ、轉じて相應せず。言を絶ち慮を絶てば、通ぜざる處無し。根に歸して旨を得、任性にして道に合し、逍遥して惱を絶つ。念を繫えば真に乖り、昏沈は好からず。好からず神を労するは、何を用いて疎親せん。一乘を取らんと欲せば、六塵を惡む勿れ。六塵惡まず、還って正覺に同じ。智者は無為、愚人は自ら縛る。法に異法無し、妄りに自ら愛著す。心を將て心を用うるは、豈に大錯に非ざらん。迷えば寂亂を生じ、悟れば好惡無し。一切の二邊は、良に斟酌に由る。夢幻の虛華を、何ぞ把捉を労せん。得失是非、一時に放却せよ。眼もし睡らざれば、諸の夢自ら除かる。心もし異ならざれば、万法は一如。一如は體玄にして、兀爾として緣を忘る。万法を齊觀して、復た自然に歸す。其の所以を泯めば、方比すべからず。止動に動無く、動止に止無し。兩すでに成らざれば、一何ぞ爾有らん。究竟窮極して、軌則を存せず。心に契して平等なれば、作す所俱に息まる。狐疑盡き淨く、正信は調直なり。一切留めず、記憶すべき無し。虛明は自ら照らす、心力を労せず。思量の處に非ず、識情は測り難し。真如法界は、他無く自無し。急に相應せんと要すれば、唯だ不二と言え。不二は皆同じく、包容せざる無し。十方の智者は、皆此の宗に入る。宗は促延に非ず、一念は萬年。在に在らずして、十方は目前。極小は大に同じくして、境界を忘絶す。極大は小に同じくして、邊表を見ず。有即是れ無、無即是れ有。もし此のごとくならざれば、必ずしも守るを須いず。一即是一切、一切即是一。ただ能く是のごとくなれば、何の慮ぞ畢わらざる。信心は不二、不二は信心。言語は道斷え、去來今に非ず。

盧州長安院延規禪師。僧問。如何是庵中主。師曰。到諸方但道從長安來。師化緣將畢。以住持付門人辯實接武說法。乃歸本院西堂示滅。

牛頭山初祖法融禅師の心銘

常州正勤院希奉禪師蘇州人也。姓謝氏。住本院為第二世。初上堂示眾曰。古聖道。圓同太虛無欠無餘。又云。一一法一一宗。眾多法一法宗。又道起唯法起滅唯法滅。又云。起時不言我起。滅時不言我滅。據此說話屈滯久在叢林上座若是初心兄弟且須體道。人身難得正法難聞。莫同等閑。施主衣食不易消遣。若不明道箇箇盡須還他。上座要會道麼珍重。僧問。如何是祖師西來意。師曰。什麼處得遮箇消息。問如何是諸法空相。師曰。山河大地。問僧眾雲集請師舉唱宗乘。師曰。舉來久矣。問佛法付囑國王大臣。今日正勤將何付囑。師曰。萬歲萬歲。問古人有言。山河大地是汝真善知識。如何得山河大地為善知識去。師曰。汝喚什麼作山河大地。師如何是合道之言。師曰。汝問我答。問靈山會上迦葉親聞。未審今日誰人得聞。師曰。迦葉親聞箇什麼。問古佛道場學人如何得到。師曰。汝今在什麼處。問如何是和尚圓通。師敲禪床三下。問如何是脫卻根塵。師曰。莫妄想。問人王法王是一是二。師曰。人王法王。問如何是諸法寂滅相。師曰。起唯法起滅唯法滅。問如何是未曾生底法。師曰。汝爭得知。問無著見文殊為什麼不識。師曰。汝道文殊還識無著麼。問得意誰家新曲妙。正勤一句請師宣。師曰。道什麼。曰豈無方便也。師曰。汝不會我語。

心性は生ぜず、何ぞ須らく知見せん。本より一法無し、誰か熏煉を論ぜん。往返は端無く、追尋しても見えず。一切作す莫れ、明寂は自ら現ず。前際は空のごとく、處を知れば宗に迷う。分明に境を照らすも、照に随いて冥蒙たり。一心に滯有れば、諸法通ぜず。去來は自ら爾、胡ぞ推窮を假らん。生に生相無く、生照は一同。心淨を得んと欲せば、心無くして功を用いよ。縱横に照無きは、最も微妙と為る。法を知りて知無きは、知無きは要を知る。心を將て靜を守るは、なお未だ病を離れず。生死は懷を忘れ、即是れ本性。至理は詮無く、解に非ず纏に非ず。靈通は物に應じ、常に目前に在り。目前に物無く、心は心に異ならず、貪淫を斷ぜず。性空は自ら離れ、運に任せて浮沉す。清に非ず濁に非ず、淺に非ず深に非ず。本來古に非ず、見在は今に非ず。見在は住無く、見在は本心。本來存せず、本來即ち今。菩提は本來有り、須らく用いて守る無し。煩惱は本來無し、須らく用いて除く無し。靈知は自ら照らし、万法は如に歸す。歸無く受無く、觀を絶ち守を忘る。四德は生ぜず、三身は本より有り。六根は境に對して、分別は識に非ず。一心に妄無ければ、萬緣は調直なり。心性は本來齊しく、同居して携えず。生無くして物に順い、處に随いて幽棲す。覺は不覺に由り、即ち覺にして覺無し。得失の兩邊、誰か好惡を論ぜん。一切の有為は、本より造作無し。心を知りて心ならず、病無く藥無し。迷う時は事を捨て、悟り罷めば異に非ず。本より取るべき無し、今何を用いて棄てん。魔の興る有りと謂い、空は象備わりと言う。凡情を滅する莫れ、唯だ意を息めよと教う。意無ければ心滅し、心無ければ行絶ゆ。空を證するを用いず、自然に明徹す。生死を滅盡して、心を冥めて理に入る。目を開けば相を見、心は境に随いて起こる。心の處に境無く、境の處に心無し。心を將て境を滅せば、彼此由りて侵す。心寂かにして境如なれば、遣わず拘えず。境は心に随いて滅し、心は境に随いて無し。兩處生ぜず、寂静虛明。菩提は影現し、心水は常に清し。德性は愚のごとく、親疏を立てず。寵辱は變えず、居る所を擇ばず。諸緣頓に息み、一切憶えず。永日は夜のごとく、永夜は日のごとし。外は頑嚚に似て、內心は虛真。境に對して動かざれば、力有る大人。人無く見無く、見無くして常に現ず。一切に通達して、未だ曾て遍からざる無し。思惟は轉じて昏く、精魂を汩亂す。心を將て動を止めれば、止めを轉じて轉じて奔る。万法に所無く、唯だ一門有り。入らず出でず、靜に非ず喧に非ず。聲聞緣覺は、智もって論ずる能わず。

洛京興善棲倫禪師。僧問。如何是佛。師曰。向汝恁麼道即得。問如何是西來意。師曰。適來猶記得。因宮師致政李公繼勳終世。有僧問。是法住法位世間相常住。未審宮師李公向什麼處去也。師曰。恰被汝問著。曰恁麼即虛申一問。師曰。汝不妨靈利。

(銘文は続けて書く:)實に一物無く、妙智獨り存す。本際は虛冲、心の窮める所に非ず。正覺は覺無く、真空は空ならず。三世の諸佛は、皆此の宗に乘る。此の宗の毫末も、沙界を含容す。一切顧みる莫れ、心を安んずるに處無し。處無くして心を安んずれば、虛明自ら露わる。寂静にして生ぜず、放曠にして縱横す。作す所滯無く、去住皆平なり。慧日は寂寂、定光は明明。無相の苑を照らし、涅槃の城を朗くす。諸緣忘れ畢りて、神を詮して質を定む。法座を起たず、虛室に安眠す。道を樂しみ恬然として、真實に優游す。無為無得、無に依りて自ら出づ。四等六度、同じく一乘の路。心もし生ぜざれば、法に差互無し。生にして生無きを知れば、現前常住す。智者のみ知る、言詮の悟に非ず。

洪州武寧嚴陽新興齊禪師。僧問。如何得出三界去。師曰。汝還信麼。曰信即深信乞和尚慈悲。師曰。只此信心亙古亙今。快須究取何必沈吟。要出三界三界唯心。師因雪謂眾曰。諸上座還見雪麼。見即有眼。不見無眼。有眼即常。無眼即斷。恁麼會得佛身充滿。僧問。學人辭去泐潭。乞和尚示箇入路。師曰。好箇入路。道心堅固。隨眾參請。隨眾作務。要去即去。要住即住。去之與住更無他故。若到泐潭不審馬祖。

僧亡名の息心銘

潤州慈雲匡達禪師僧問。佛以一大事因緣故出現於世。未審和尚出世如何。師曰。恰好。曰作麼生。師曰。不好。

法界に如意寶有り。人は焉んぞ久しく其身を缄せん。其の膺に銘して説く、古の攝心の人なり。之を戒む哉、之を戒む哉。慮多き無く、知多き無く。知多ければ事多し、意を息むに如かず。慮多ければ失多し、一を守るに如かず。慮多ければ志散じ、知多ければ心亂る。心亂れば惱を生じ、志散ずれば道を妨ぐ。何の傷ぞと謂う勿れ、其の苦は悠長なり。何の畏れぞと言う勿れ、其の禍は鼎沸す。滴水は停まらず、四海將に盈ちんとす。纖塵拂わざれば、五岳將に成らんとす。末を防ぐは本に在り、小なりと雖も輕しとせず。お前の七竅を關し、お前の六情を閉よ。色を視る莫れ、聲を聽く莫れ。聲を聞く者は聾し、色を見る者は盲す。一文一造。心想もし滅せば、生死は長に絶ゆ。死せず生ぜず、相無く名無し。一道は虛寂、萬物は齊平なり。何が貴か何が賤か、何が辱か何が榮か。何が勝か何が劣か、何が重か何が輕か。澄天も淨に愧じ、皎日も明に慙る。岱嶺に安んじ、彼の金城に同じ。賢哲に敬して貽す、斯の道は利貞なり。

菩提達磨の略して大乘入道四行を辨ず(弟子曇琳の序)

法師は、西域南天竺國の是れ大婆羅門國王の第三の子。神慧は疏朗にして、聞けば皆曉悟す。志は摩訶衍の道に存す、故に素を捨て緇に從い、聖種を紹隆す。心を冥めて虛寂し、世事を通鑑す。內外俱に明らかにして、德は世表を超ゆ。邊隅に正教の陵替を悲んで誨え、遂に能く山海を遠く涉り、漢魏に游化す。心を忘れたる士は歸信せざる莫し、見を存する流は乃ち譏謗を生ず。于の時唯だ道育・慧可有り。此の二位の沙門は年は後生なると雖も、俊志は高遠なり。幸いに法師に逢い、之に事えること數載。虔恭に咨啟して、善く師意を蒙る。法師は其の精誠に感じ、真道を以て誨え、是のごとく安心せしめ、是のごとく發行せしめ、是のごとく物に順わせ、是のごとく方便せしむ。此れ是れ大乘の安心の法、錯謬無からしむ。是のごとき安心は、是れ壁觀。是のごとき發行は、是れ四行。是のごとく物に順うは、是れ譏嫌を防護す。是のごとき方便は、是れ其の著かざるを遣わす。此の略序の由る所は是のごとし。

吉州青原山行思禪師第九世下至第十一世

道に入る路途は多し、之を要すれば、出づること兩種に過ぎず。一は是れ理入、二は是れ行入。理入は、教を借りて宗を悟る。深く含生は同一の真性と信ず、ただ客塵妄想の覆う所と為りて、顯了する能わず。もしも妄を捨てて真に歸し、凝住して壁觀し、自無く他無く、凡聖等しく一なり、堅住して移らず、さらに文教に随わざれば。此れ便ち理と冥符して、分別有ること無く、寂然として無為、理入と名づく。行入は、是れ四行。其の餘の諸行は皆此の中に入る。哪の四行ぞ。一は報冤行、二は随緣行、三は無所求行、四は法に稱うの行。何が是れ報冤行ぞ。道を修する行人はもし苦を受くる時、當に自ら念じて説くべし、我は往昔無數劫中より本を棄て末に從い、諸有を流浪し、多く冤憎を起こし、違害無限なりと。今は犯無しと雖も、是れ我が宿殃惡業の果熟す、天に非ず人に非ず能く見與する所。甘心して忍受して、都て冤訴無し。『經』に説く、苦に逢えど憂えずと。何の故ぞ。識達の緣故なり。此の心の生ずる時は理と相應し、冤を體して道に進む、故に報冤行と説く。二、随緣行:衆生は我無し、並びに業の轉ずる所に緣る。苦樂は齊しく受く、皆緣より生ず。もし勝報榮譽等の事を得れば、是れ我が過去の宿因の感ずる所、今方に之を得たり。緣盡ければ還って無し、何の喜び之れ有らん。得失は緣に從い、心に增減無し。喜風動かず、冥に道に順う。所以に随緣行と説く。三、無所求行:世人は長く迷い、處處に貪著し、名づけて求と為す。智者は真理を悟り、俗を將て反す。心を安んじて無為にして、形は運に随いて轉ず。萬有斯れ空にして、願樂する所無し。功德と黑暗とは常に相い随逐す。三界に久しく居るはなお火宅のごとし。身有れば皆苦、誰か安きを得ん。此の處を了達すれば、故に諸有を捨て、想を息めて求無し。『經』に説く、求有れば皆苦、求無きは乃ち樂と。無求は真に道行と判知す。故に無所求行と説く。四、稱法行:性淨の理を、之を法と目す。此の理は衆相斯れ空にして、染無く著無く、此無く彼無し。『經』に説く、法に衆生無し、衆生の垢を離るるが故。法に有我無し、我の垢を離るるが故。智者もし能く此の理を信解せば、當に法に稱いて行ずべし。法體は慳無し。身命財に於て檀捨の施を行じ、心に吝惜無し。三空を達解して、倚らず著かず。但だ垢を去るが為に、衆生を化するに稱して相を取らず。此れ是れ自行、復た能く他を利し、亦能く菩提の道を莊嚴す。檀施すでに爾、餘の五もまた然り。妄想を除くが為に、六度を修行して行ずる所無し。此れ便ち是れ稱法行。

第九世下

荷澤大師の顯宗記

金陵清涼文益禪師法嗣下三十三人蘇州薦福紹明禪師

念無きを宗と為し、作無きを本と為す。真空を體と為し、妙有を用と為す。真如は念無し、想念に非ずして能く實相を知る。無生は、豈に色心にして能く見えんや。念無きに念ずる者は、即ち真如を念ず。生無きに生ずる者は、即ち實相を生ず。住無きに住して、常に涅槃に住す。行無きに行して、即ち彼岸を超ゆ。如如として動かず、動用は窮無し。念々に求無し、求は本より念無し。菩提は得無し、五眼を淨めて三身を了す。般若は知無し、六通を運ばして四智を弘む。是れ知る、即ち定にして定無く、即ち慧にして慧無く、即ち行にして行無し。性は虛空に等しく、體は法界に同じ。六度は茲に自りて圓滿し、道品は是に於て虧無し。是れ知る、我法は體空にして、有無双泯す。心は本より作無く、道は常に念無し。念無く思無く、求無く得無し。彼ならず此ならず、去らず來らず。體は三明を悟り、心は八解に通ず。功は十力を成し、富は七珍有り。不二の門に入り、一乘の理を獲る。妙中の妙は、即ち妙法身。天中の天は、乃ち金剛慧。湛然として常寂、應用は方無し。用いて常に空、空にして常に用。用いて有らざれば、即是れ真空。空にして無ならざれば、便ち妙有と成る。妙有は即ち摩訶般若。真空は即ち清淨涅槃。般若是涅槃の因、涅槃是般若の果。般若は見無し、能く涅槃を見る。涅槃は生無し、能く般若を生ず。涅槃般若は、名異なりて體同じ。義に随いて名を立つ、故に法に定相無しと説く。涅槃は能く般若を生ずれば、即ち真佛法身と名づく。般若は能く涅槃を建つれば、故に如来知見と號す。知は即ち心の空寂を知り、見は即ち性の無生を見る。知見は分明にして、一ならず異ならず。故に能く寂に動じて常に妙なり、理事皆如なり。如は即ち處處に通達する能くし、即ち理事礙無し。六根は染められず、即ち定慧の功。六識は生ぜず、即ち如如の力。心は境謝するがごとく、境滅すれば心空なり。心境双亡して、體用異ならず。真如は性淨にして、慧鑑は窮無し。水に分かつ千月のごとく、能く見聞覺知す。見聞覺知して常に空寂。空は即ち無相、寂は即ち無生。善惡に拘えられず、靜亂に攝められず。生死を厭わず、涅槃を樂まず。無は能く無ならず、有は能く有ならず。行住坐臥、心は動搖せず。一切の時中に、得る所無きを獲る。三世諸佛の教旨は斯くのごとし。即ち菩薩の慈悲にして、遞い相い傳授す。世尊の滅後より、西天の二十八祖は共に無住の心を傳え、同じく如来知見を説く。達磨に至りて、此を屆けて初と為し、遞代相承して、今に於て絶えず。傳う所の秘教は、要は人を得るに藉る。王の髻珠のごとく、終に妄りに與えず。福德智慧の二種の莊嚴、行解相應して、方に能く建立す。衣は法信と為り、法は衣の宗。唯だ衣法の相傳を指して、さらに別の法無し。內は心印を傳え、印は本心に契す。外は袈裟を傳え、將て宗旨を表す。衣に非ざれば法を傳えず、法に非ざれば衣を受けず。衣は是れ法信の衣、法は是れ無生の法。

澤州古賢謹禪師

關南長老の獲珠吟

宣州興福可勳禪師

三界は幻のごとく。六道は夢のごとし。聖賢の世に出づるは電のごとく。國土はなお水上の泡のごとし。無常生滅は日に遷變す。唯だ摩訶般若のみ有り。堅きことなお金剛の若く讚ずべからず。軟らかさは兜羅に似て大は空に等し。小は極まりて微塵見るべからず。之を擁して聚めしむれど聚まらず。之を拨いて散ぜしむれど散ぜず。耳を側めて聞かんと欲すれど聞こえず。目を瞪りて之を觀るも見えず。歌にまた歌。盤陀の石上に笑って呵呵たり。笑いにまた笑い。青松の影下に高聲叫ぶ。自ら此の心珠を獲得してより。帝釋輪王も俱に要せず。是れ山僧獨り施為するに非ず。自から古の先賢は此の調を作せり。坐禅せず道を修せず。運に任せて逍遥してただそう了す。但だ能く万法に懷を干めざれば。無始より何曽て生老有らん。

洪州上藍守訥禪師

香嚴和尚智閑の吟二首

撫州覆船和尚

勵覺吟

杭州奉先法瓌禪師

口に滿てる語は説く處無し。明明として人に向かえど道い決せず。急いで力を著けて咬嚙を勤めよ。無常到來すれば救い徹せず。日裏の語は暗く瑳切れり。快く古錐を磨きて淨く挑揭せよ。理盡くば覺えて自ら護持せよ。此生の事は終に説かず。玄学は他の古老の吟を求む。禅学は須らく心影を窮めて絶すべし。

廬山化城慧朗禪師

歸寂吟同住に贈る

杭州永明道鴻禪師

同住の道人七十餘。共に城郭を辭して山居を樂む。身は寒木のごとく心牙は絶え。唐言を話さず梵書を休む。心期盡きる處は身喪うと雖も。如来の弟子は沙門の樣。深く信じて共に鉢塔の成を崇む(『涅槃經』に説く、如来の身は已に無量阿僧祇劫に飲食を受けず。諸の聲聞の為に説く、先に二牧牛女の乳糜を受けたり。故に『本行經』に説く、菩薩將に道樹に往かんとする時、天人の善生神王の二女に告ぐる者有りて、一は難陀と名づけ華言は喜、二は婆羅と名づけ華言は昌なり。お前らは最も初めに食を施すべしと。是に於て二女は乳を以て糜を烹り、その釜上に種種の瑞相を現じ、乃ち鉢を用いて盛りて奉獻す。菩薩食し已りて、其の鉢を將て尼連河中に擲向す。天帝釋は收め歸りて天上に塔を建て安置して供養す。故に鉢塔と名づく。此れ天上の四塔の一。四塔は、一は髮塔、二は箭塔、三は鉢塔、四は牙塔。人間もまた四塔有り、一は如来の生處の塔、二は如来の成道處の塔、三は如来の轉法輪處の塔、四は如来の涅槃處の塔)。巍巍として青山の掌に置かれ在り。夫れ道を參ずるは虛然ならずと觀る。形骸を脫去して甚だ高尚。從來今朝の事を説かず。暗裏に頭を埋めて玄暢を隱す。蹤跡を留めず人間に異なり。深妙の神光は明亮に飽く。

高麗靈鑒禪師

韶山和尚の心珠歌

荊門上泉和尚

山僧は空門に達すること久し。心珠を淬煉して功已に構えり。珠は迥く玲瓏として主客分かる。往々にして聲は師子の吼のごとし。師子吼は非常の義。皆佛性真如の理を明らむ。或る時往往に自ら思惟す。豁然として大意に心歡喜す。あるいは經を造りあるいは論を造る。あるいは漸を説き兮あるいは頓を説く。もし諸佛に在りては神通を運ばし。あるいは凡夫に在りては鄙吝を興す。此の心珠は水月のごとし。地角天涯に殊別無し。ただ迷悟に參差有るに因る。所以に如来は多種に説く。地獄趣餓鬼趣。六道の輪回は暫住無し。此れ諸佛の慈悲ならざるに非ず。豈に是れ閻王の配交して作すや。時流に勧めて深く體悉せよ。見在の心珠を浪りに失う勿れ。五蘊の身は全うくして尚お知らず。百骸の散じたる後は何の處にか覓めん。

廬山大林僧遁禪師

景德伝燈録巻第三十

池州仁王緣勝禪師

翰林學士工部侍郎禮部尚書を贈る文公楊億は秘書監汝州を知る日、曾て書有りて李維內翰に寄せ、其の始末師承を敘す。書に説く:

廬山歸宗義柔禪師(已上一十三人見錄)

病夫は夙に頑憃を以て、獎顧を受くるを獲たり。南宗の旨に預聞し、久しく上國の游に陪す。動靜に諮詢し、周旋に策發す。其の心を刳るの詣有り、牆面の慙無きを俾さしむるは、誠に席間床下より出づ。矧げんや故の安公大師は、每に誘導を垂る。雙林の影を滅し、隻履の西歸してより、中心浩然として、止まる所を知らず。仍歲沈痼にして、神慮迷恍す。殆ど小間に及び、再び方位を辨ず。また雲門の諒公大士の蒿蓬を見顧するを得たり。諒の旨趣は、正に安公と轍を同じくし、並びに廬山歸宗・雲居より自りて來る、皆是れ法眼の流裔なり。去年假りて茲の郡を守り、

泉州上方慧英禪師

侍郎は廣慧和尚に問うた。「尋常和尚に言有るを承く、一切の罪業は皆財寶に因りて生ずと、人に勸めて財利を疏にせしむと。況んや南閻の衆生は財を以て命と為し、邦國は財を以て人を聚む、教中に財法二施有り、何ぞ人に勸めて財を疏にするを得んや。」廣慧が説いた。「幡竿の尖上の鐵龍頭。」侍郎が説いた。「海壇の馬子は驪大に似たり。」廣慧が説いた。「楚の雞は是れ丹山の鳳に非ず。」侍郎が説いた。「佛滅して二千歲、比丘は慚愧少なし。」門僧の表澄に問う。「說に言有るを承く、天上に彌勒無し、地上に彌勒無し。未だ彌勒は什麼の處に在るかを審らかにせず。」澄が説いた。「中原の寶は、ただ是れ酬價する人無し。」興化が説いた。「略して陛下の寶を借りて看ん。」帝は手を以て幞頭の脚を舒べたり。興化が説いた。「君王の寶は、誰か敢えて價を酬いん。」玄覺が説いた。「ただ興化の眼は什麼の處に在るか。もし肯んぜざれば、過は什麼の處に在るか。」侍郎が説いた。「興化がそう只對するは、是れ莊宗を肯んずるか、莊宗を肯んぜざるか。試みに辨じて看よ。」僧の道を談ずるに因りて、侍郎は便ち説いた。「道は人を離れず、人は能く道を弘む。大凡參学の人は、十二時中に長く須らく照顧すべし。南泉の道うを見ずや、三十年一頭の水牯牛を看る、もし他人の苗稼を犯せば、鼻を摘んで拽い回らす。如今露地の白牛に變成して、裸裸地に放すも彼肯んじて去らず。諸人は長く須らく些かの精彩を著けるべし。禅道を説く時に便ち個の照帶底の道理有りて、菜を擇び務を作す時に便ち無き去りと説くべからず。雞の卵を抱くがごとく、もし拋離して起き去れば、暖氣接せず、便ち種子と成らず。如今萬境は森羅し、六根は煩動し、略して照顧を失えば、便ち身命を喪う、小事に非ず。今來此の緣生を受けて、生死に繫縛せらるは、蓋し塵劫已來生滅心に順い、他に随いて流轉して如今に至る。諸人等さあ道え、もし曾て喪失せば、何を以て如今に至るを得たか。露地の白牛を識らんと要するか。試みに鼻孔を把って拽い看よ。」侍郎が説いた。「玄沙和尚が道う、大唐國內の宗門中の事は未だ曾て人の擧唱有らず。人の擧唱有らば、盡大地の人は總て性命を失い却り、孔無き鐵鎚に相似て、一時に鋒を亡び舌を結び去らん。さあ道え是れ甚の道理ぞ。如今假りに個の賓主を立て、兩片の皮を動かし、指頭を豎起し、拂子を拈起すれば、總て颠倒の知見と成り、お前の狂意に順い、お前を教えて個の申問の處有らしむ。もし是れ眼前を明らめたる人ならば、怎生に拈掇し出だすを得ん。ただ魯祖和尚のごとき、僧の來るを見れば便ち壁に面す。長慶が道う、そう接人するは、

荊州護國邁禪師

(侍郎は続けて説いた:)驢年に一個を得て去る。我が道う、魯祖もただ是れ羞を識らざるのみ。是れ他の眼前を明らめて人また爭いて肯んじて爾せん。今來事獲已せず、お前の諸人と颠倒の知見を作す、一似たり巾を結びて馬と為し、目を捏して花を生ず。上祖が道う、個に佛知見を開き、佛知見を示し、佛知見を悟り、佛知見に入る。他を教えてそう道わしむれば、多少の威光を抑下せん。さあ道え、諸人の分上は個の什麼を欠少するか。雖も此のごとし、我もしそうお前と知聞せずんば、お前また什麼の處にか見るを得ん。古人道う、恩を知る者は少なし。さあ道え個の甚人の恩を承くるか。此に於て明らかならざれば、露柱に問い取って去れ。」侍郎が説いた。「此の事は大いに難し。釋迦老子は三七日中思惟して、便ち涅槃に入らんと欲したり。帝釋梵王の殷勤の三請にせられて、已むを得ずして之を許したり。始めは鹿苑より、終に拘尸羅城に至る、中間四十九年、大いに佛事を作して、五乘十二分教を説く、瓶の水を注ぐがごとし。後來に至りて靈山會上に於て、目を以て迦葉を視て、大衆に謂うて説く、吾に正法眼有り、已に摩訶大迦葉に付せり。また説く、我は四十九年中曾て一字を説かず。此れ是れ什麼の道理ぞ。もし是れ諸人の分上ならば一字の脚を著くるを得ず。諸人の各々に奇特の事有りて在るが為、奇特と喚ぶは早くも是れ中ならず。我が道う、釋迦は是れ敗軍の將、迦葉は是れ身を喪い命を失う底の人と。お前等の諸人、さあ怎生會せん。道うを見ずや、涅槃生死は俱に是れ夢言、佛と衆生とは並びに增語と為ると。直に須らくそう會取し、外に向かいて馳求する莫れ。もしも此に於て未だ明ならざれば、敢えて諸人は乖張少なからずと道う。」侍郎は『肇論』を擧げて説いた。「萬物を會して己と為す者は、其れ唯だ聖人か。如今山河大地、樹木人物は摐摐地にして、是れ同か是れ別か。もし同と道えば、是れ他の頭頭物物各各同じからず。もし別と道えば、他の古人はまた萬物を會して己有りと道う。さあ怎生會せん。ただ教中に説くがごとき、もし一人の真を發して元に歸する有らば、十方虛空は一時に銷隕す。古德もまた説く、もし人心を識るを得れば、大地に寸土無し。此れ是れ甚の道理ぞ。直下に十方世界を盡くすは、是れお前の一隻眼(底本は「一集眼」、当に「一隻眼」たるべし)。一切の諸佛、天人群生類は、盡くお前の威光を承けて建立す。須らく是れ信及ぶを得て方に得。」侍郎は臨終の前一日、親しく一偈を寫して家人に與え、來日李駙馬の處に送達せしむ。

饒州芝嶺照禪師

偈に曰く:

廬山歸宗師慧禪師

漚生と漚滅と、二法は本來齊し。

廬山歸宗省一禪師

真の歸る處を識らんと欲せば、趙州の東院の西。

襄州延慶通性大師

尉は偈を接得して説いた。「泰山の廟裏に紙錢を賣る。」

廬山歸宗夢欽禪師

『天聖廣燈録』第十八卷より出づ。

洪州舍利玄闡禪師

延祐三年、歲は丙辰に在り。四明の苾芻希渭は、衣鉢を估倡し、一力に工を命じて、廬山穩庵の舊本に依りて道場禅幽庵に翻刊す。茲の善利を集めて、上は四恩を報い、下は三有に資せん。法界の有情、同じく種智を圓にせんことを。

洪州永安明禪師

跋

洪州禪谿可莊禪師

右『景德傳燈録』本は、湖州鐵觀音院に住す僧拱辰の撰む所。書成りて將に京師に游び投進せんとし、途中に一僧と舟を同じくし、因りて出して之を示す。一夕其の僧は之を負いて走る。都に及ぶに至りて、則ち道原なる者は已に進めて賞せられ矣。此の事は郭象の向秀の『莊子注』を竊むと同じ。拱辰が説く、吾が意は佛祖の道を明らめんと欲するのみ。夫れすでに行われ矣、彼に在り此に在り同じ。吾其れ名利を為さんや。絶えて復た言わず。拱辰の用心は此のごとく、吾が孔子の「人亡弓、人得之」の意と同じ。其の取與は必ず私を容れ無し。また楊文公の具に法眼を擇ぶを得たり、長樂の鄭昂が題す。

潭州石霜爽禪師

疏

江西靈山和尚

天童宏智和尚が撰む

廬山佛手巖因禪師

道樞は中虛にして、理は我ならず、其の名像を取る。靈機は內發して、智は我ならず、其の化通を囚う。一念は本源を深徹し、六義は具りて神用を成す。氣を出だし鼻快く、佛口より生ず。眄を轉ずるの間、指を彈くの頃。廓として雷龍の蟄を破るがごとく、炳として霧豹の文を變ずるがごとし。諸方の衲子の傳、一等の丈夫の作。達磨の來りて文字を立てず、威音の後は須らく師承を要す。符は符に合して規矩相投じ、心は心に印して語默俱に到る。燈燈は焰を續ぎ、分かちて世の不斷の光明を照らす。葉葉は芳を聯ね、靈種の枯れざる春色を綴る。嗣は祖譜に連なり、師は誰の宗を紹ぐ。綿綿として踵き、寶公の杖頭の剪刀。節奏は誰に由る、萬回の懷中の花鼓。僧伽は楊枝を擧起し、大士は拍板して歌行す。鳳を網し鼇を釣るは、本分の功夫。蝦蜆を捞摝するは、平生の快活。應接磨礱の妙、對酬錐鑿の方。電卷の機輪、風馳の問答。草を打ち蛇を驚かすの句、竿を探り影草の功。啐啄は同時に、心目は相い照らす。運に任せて騰騰として累無く、懷を平らにして坦坦として羈えられず。出家行脚の因緣、坐脫立亡の時節。之を編簡に紀して古人を見るがごとく、將に蓍龜を以て後學に格すべし。當に神契に諧い、愼んで言を求むる勿れ。恐らくは口耳の流通は、身心の障礙と為らん。比丘思鑑は久しく此の懷を軫し、阿祖は燈を傳えて其の印を成さんと欲す。眼に入るは青白を分かつを要し、口を開けば雌黄を亂る莫れ。葛藤の窠は作して自ら纏う無く、版を擔ぐ漢は人の喚ぶを嫌わず。輙く同道に投じ、相い與に緣を結ばん。

金陵保安止和尚

景德傳燈録の後序

昇州華嚴幽禪師

左朝奉大夫右文殿修撰權發遣台州軍州事を充つ劉棐が撰む

袁州木平道達禪師

『傳燈録』の鏤行は舊し。兵が興ってより以來、其の版は灰飛す。心宗を慕う者は其の書無きを患う。僧思鑑は、婺の人なり。芒屩して道を訪うこと三十年矣。また人に涅槃の妙心を同じく悟らしめんと欲し、而も以て之を資發する所有らんと思う。廣く淨信を募り、復た其の板を鏤る。緇素は讚嘆して助成せり。或る人説く、自心の法は形無し、人より得ず。初祖釋迦より降りて、一祖師として默契して自ら證せざるは無し。故に達磨は直指して文字を立てず、少林九年面壁のみ。二祖は雪に立ち臂を斷ると雖も、一字も亦た為に説かず、但だ其の知見の非を遮るのみ。二祖は是に因りて得て省し、黄龍心は何為れば多福の語を讀して悟る。蓋し言詞は相い寂し、文字は性空、亦た此の道のみ。もし即ち言句文字に於て性相の空寂を見れば、是れ乃ち一超して直に入るなり。吾故に是の書の流布して、心地を發明する者衆しを知る。且つ鑑の募緣なるや、台の寧海邑民の周氏は歎じて説く、吾が地に大梨木有りて、三世を閱せりと。比歲我家の人は各々曾て夢む、其の上に樓閣行庑有りて、無數の僧が其の間に往來すと。每に之を疑い、乃ち今方に悟る、當に此の錄を刊すべき耶と。遂に舍てて版を析し(底本は此の字は木旁㭊に從う、当に「析」たるべし)、且つ鑑を邀えて即ち其の家に工を僦して之を刻さしむ。すでに刻し、周氏は夢む六僧の已刻の者を求めて之を觀ると。周は鑑に問うて説く、「此れ何の僧ぞ耶。」鑑が説く、「此れ六代傳衣の祖師が特に來りて此の事を證明するなり。」嗚呼、是の書を以て一大事と為すは、則ち宜しく感發の祥有りて以て人の心を寤すを發すべし。余故に並びに之を列す、庶幾くば觀る者は小緣に非ざるを知りて其の信心を堅くせんと云う。紹興四年上元日、等慈庵の善男子睢陽劉棐仲忱の序。

洪州大寧道邁禪師

魏府華嚴長老の衆に示す

楚州龍興德賓禪師

佛法の事は日用の處に在り、お前の行住坐臥の處、茶を喫い飯を喫う處、言語相い問う處に在り。作す所為す所、心を擧げ念を動かすも、また却って是れに非ず。會するか。もし會し得れば、即今無礙自在の真人。もし未だ會せざれば、則ち是れ個の檐枷鎖を帶ぶる重罪の人。何の故に此のごとし。佛法は遠からず、塵沙の劫を隔つ。お前の一念の中に見得るは、お前の眉毛鼻孔の上に在り。お前もし見得ざれば、竹を接ぎて月を點ずるがごとし。處に在りて切に思惟する莫れ、言語すべからず。お前の時中に何の恩力を承くるか。もし知得せば、お前は須らく個の歡喜の處有るべし。古人道う、常に寂寂、常に歷歷と。諸佛は世頭枿枿地、口は子吧吧地、眼は子眨眨地。無常の殺鬼が到來して床上に向かえば、なお似たり心を使い行を用い、財を戀い境を戀う。驀然として驅られて閻老子に見ゆるに去れば、一詞措かず、鐵爐火炭・銅柱刀山は盡く戲玩と為る。そう時に追悔すれば、大段として免離し難し。お前如今は病いまだ身を尋ねざるに來らず、何ぞ十二時中に於て一毫の善利を求め、津梁を辨取せざる。幻化の色身は何を憑えて實と為さん。諸佛は過去に經を留め論を造し、一切の善法はお前の初学底の人と為し、罪を懺め障を滅して、漸漸に利益を增長す。善知識を求めて、解脱の法門を開示す。無明の性中に向かいて個の真實の主人を認取せよ。萬劫の中に人の身を得るも容易ならず。お前還って個の身の本性は佛と同時にして、本より欠少無きを知るか。一大事有りてお前の尿囊裏・糞堆頭に在りて、光爍爍地、圓陀陀地。還って信及ぶを得るか。もし信及ばざれば、またお前に從いて深坑罪海に永く沈淪せん。お前もし光を回し返照せば、一刹那中に於て即ち心念息まる。時中の迷惑煩惱・痴暗狂情は、頓に自ら消滅す。諸緣境界は轉じて甘露醍醐安樂國土と為る。豈に是れ好ならざる否。聖人道う、万法は心より生じ、万法は心より滅すと。皆お前の心に由る。善惡もただお前の心に由る。地獄天堂もただお前の心に由る。只今相應して佛と合す。

鄂州黃龍仁禪師

(師は続けて言う:)智即是れ佛なり、さらに相い誑く無し。直下に信を奉じて疑無ければ、心即ち正覺。また何ぞ必ずしも僧祇大劫を歷らん。此の身今生は甚だ遇い難し。我は是れ凡夫と道う莫れ、自家に退屈す。千經萬論はただ衆生の迷亂して、本性を識らざるが為のみ。お前暫時の間あの些子の物を貪る底の功夫を取りて、經書上の義理を看よ。ただ衆生は一切の境に攝せられ、欲に著くの故と言う。山僧は苦口にして、實に忉忉と為る。お前還って肯んずるか。お前還って信ずるか。尋常に寒を著き熱を著き、些子の情に違えば、辛を喫い苦を受けて卻るを得ず。日用の時中に於て自ら醒悟せず。整頓して取るは須らく是れお前自家の著力、前程は自ら辦ず。お前もし一切有為の功德を作せば、ただ是れ業を造り、頑福を增長して、個の清淨の知見を生ぜず。山僧は雖も供養を求得すとも、日夜安んぜず、慮るに未だ是れに在らざるを為る。還って知るか。一任にお前は諸方に向かいて説け。耆宿は我を笑う也、山僧の得ざるを嫌う。お前の施主に問わんと欲す錢を得る處、お前は應に人に濟潤せず、貧苦する者を救拔せざると想う。了了として取りて喰い休め。了して取りて著き休め。早く修行して休め。此の身を度して休め。心を悔い取りて休め。心を悔い取りて休め。伏して惟るに珍重。

洪州西山道聳禪師(已上二十人無機緣語句不錄)

景德伝燈録巻第三十

襄州清谿洪進禪師法嗣二人相州天平山從漪禪師

(記文は続けて書く:)生無きは即ち虛妄無き、乃ち是れ空寂の心。空寂を知りて法身を了し、法身を了して真の解脱なり。

廬山圓通緣德禪師(已上二人見錄)

南嶽石頭和尚の參同契

金陵清涼休復禪師法嗣二人金陵奉先慧同禪師(一人見錄)

竺土大仙の心。東西密かに相い付す。人根に利鈍有り。道に南北の祖無し。靈源は明らかに皎潔。枝派は暗に流注す。事を執るは元より是れ迷。理に契するもまた悟に非ず。門門一切の境。回互回互せず。回りてさらに相い涉る。爾ならざれば位に依りて住す。色は本より質象に殊なり。聲は元より樂苦に異なり。暗は上中の言に合し。明は清濁の句を明らむ。四大の性は自ら復す。子の其の母を得るがごとし。火は熱く風は動搖。水は濕く地は堅固。眼は色、耳は音聲。鼻は香、舌は鹹醋。然るに一一の法に依り。根に依りて葉分布す。本末は須らく宗に歸すべし。尊卑は其の語を用う。明中に暗有るを當り。暗を以て相い遇う勿れ。暗中に明有るを當り。明を以て相い睹る勿れ。明暗は各々相い對す。比すれば前後の步。萬物は自ら功有り。當に用および處を言うべし。事は函蓋の合を存し。理は箭鋒の拄に應ず。言を承くるは須らく宗を會すべし。自ら規矩を立てる勿れ。目に觸れて道を會せざれば。足を運ばして焉んぞ路を知らん。步を進むるは近遠に非ず。迷えば山河の固に隔たる。謹んで參玄の人に白す。光陰は虛しく度る莫れ。

廬山寶慶庵道習禪師(一人無語句不錄)

五台山鎮国大師澄觀の皇太子の心要を問うに答う

撫州龍濟山紹修禪師法嗣一人河東廣原和尚(一人見錄)

至道は其の心に本づく。心法は無住に本づく。住無き心體は靈知。性相を昧からずとして寂然。德用を包含し、內外を該攝す。能く深く能く廣し、有に非ず空に非ず。生せず滅せず、終わり無く始め無し。之を求めて得ず、之を棄てて離れず。迷えば現量は惑苦紛然、寤れば真性は空明廓徹。即心即佛と雖も、唯だ證する者のみ知る。然るに證有り知有れば、則ち慧日は有地に沈没す。もし照無く悟無ければ、則ち昏雲は空門を掩蔽す。もし一念生ぜざれば、則ち前後際斷ゆ。照體は獨立し、物我皆如なり。直に心源に造り、智無く得無し。取らず捨てず、對無く修無し。然るに迷悟はさらに依り、真妄は相い待つ。もし真を求めて妄を去れば、なお影を棄てて形を労するがごとし。もし妄を體して即ち真なれば、陰に處りて影滅するに似たり。もし心無くして照を忘れば、則ち萬慮は都て捐なり。もし運に任せて寂知すれば、則ち衆行は爰に起こる。放曠して其の去住に任せ、靜鑑して其の源流を覺る。語默は玄微を失わず、動靜は未だ法界を離れず。言を止めれば則ち知寂双亡し、觀を論ずれば則ち寂知双照す。語の證は則ち人に示すべからず、理を説けば則ち證に非ざれば了らず。是を以て寂を悟りて寂無く、真に知りて知無し。知寂不二の一心を以て、空有双融の中道に契す。住無く著無く、攝むる莫れ収むる莫れ。是非は兩亡し、能所は双絶す。斯の絶もまた寂なれば、則ち般若現前す。般若は心外の新生に非ず、智性は乃ち本來具足す。然るに本寂は自ら現ずる能わず、實に般若の功に由る。般若の智性と、翻覆して相い成す。本智の始修と、實に兩體無し。双亡して正に入れば、則ち妙覺圓明。始末該融すれば、則ち因果交徹す。心心は佛を作し、一心の佛心に非ざる無し。處處に道を成し、一塵の佛國に非ざる無し。故に真妄物我は、一を舉げて全く収む。心佛衆生は、浑然として齊致す。是れ知る、迷えば人は法に随い、法法萬差して人同じからず。悟れば法は人に随い、人人一智にして萬境を融る。言は窮まり慮は絶え、何の果か何の因か。體は本より寂寥、孰れか同じく孰れか異なる。唯だ懷を忘れて虛朗、消息は冲融す。其れなお水を透る月華のごとく、虛にして見るべし。心無くして象を鑑るは、照らして常に空なり。

衡嶽南臺守安禪師法嗣二人襄州鷲嶺善美禪師(一人見錄)

杭州五雲和尚の坐禅箴

安州慧日院明禪師(一人無機緣語句不錄)

坐は身を拘えず、禅は境に涉らず。拘えば乃ち疲れ、涉れば則ち靜ならず。涉らず拘えず、真光は迥く孤なり。六門は齊しく應じ、萬行は同じく敷く。嗟く爾の初機、未だ玄微に達せず。處りて沈み掉に随い、能所は支離す。權巧有らざれば、胡として對治せん。驅策抑按して、惛亂を均調す。慮を息め緣を忘れば、乍ち死漢に同じ。宜に随いて開を合せば、壁觀に專らならず。(達磨大師は法眼を正しく付する外、初機に心を修めるの要を委示し、四門四行を啟き、專一に匪ざるなり。)想を馳する多し、安那般那。(あるいは掉擧猛利および惛住等は、宜しく觀を易え、數息を修し、あるいは出あるいは入、交互するを得ず。)流に沿い劍閣を過ぐること、木鵝に滯無し。火の水を得るがごとく、病の醫を得るがごとし。病瘳えて醫罷み、火滅びて水傾く。一念清淨にして、體寂常靈。是れ靈是れ寂、靈に非ず寂に非ず。是非は迭い生じ、過を犯して極無し。前滅し後興るは、還って步み走るがごとし。患うは知らざる、知れば則ち咎無し。日は夜を背くに由り、鏡は奚ぞ後を照らさん。此れ則ち然らず、圓明通透。照らして緣らず、寂として誰か守らん。萬象は瀛漚、太虛は閃電。魔宮を摧壞し、佛殿を衝倒す。跛く者は履を得、瞽く者は見を發す。法界塵寰、輪を齊うくして頓に現ず。曠蕩たる郊市、あるいは坐しあるいは眠る(底本の「市」字は网に從う、当に「市」たるべし)。すでに方便を明らめば、乃ち金仙と號す。吾は強いて説くと雖も、爰に聖言に符う。聖言は何ぞや、要は重ねて宣ぶを假る。動かず禅ならず、是れ無生の禅。また説く、もし諸の三昧を学ばば、是れ動にして坐禅に非ず。心は境界に随いて流る、云何して定と名づけん。故に歷代の祖を知る、唯だ此の一心を傳う。祖光はすでに遠大、吾子は幸いに任ずるに堪えたり。聊か無言の旨を述べて、乃ち坐禅箴と曰う。

漳州報劬院玄應禪師法嗣一人報劬第二世仁義禪師(一人無機緣語句不錄)

永嘉真覺大師の證道歌

漳州隆壽無逸禪師法嗣一人漳州隆壽法騫禪師(一人見錄)

君見ずや。學を絶ち無為の閑道人。妄想を除かず真を求めず。無明の實性は即ち佛性。幻化の空身は即ち法身。法身は覺了して一物無し。本源自性は天真の佛。五陰は浮雲のごとく空しく去來す。三毒は水泡のごとく虛しく出沒す。實相を證して人法無し。刹那に阿鼻の業を滅卻す。もし妄語を將て衆生を誑かば。自ら拔舌塵沙の劫を招かん。頓に覺了す如来禅。六度萬行は體中に圓す。夢裏は明明として六趣有り。覺後は空空として大千無し。罪福無く損益無し。寂滅の性中は問覓する莫れ。比來塵境は未だ曾て磨らず。今日分明に須らく剖析すべし。誰か念無く誰か生無し。もし實に生無ければ生ぜざる無し。機關木人に喚び取りて問え。佛を求めて功を施せば早晚に成らん。四大を放ちて把捉する莫れ。寂滅の性中に飮啄に随え。諸行は無常にして一切空。即是れ如来の大圓覺。決定して説いて真乘を表す。人肯んぜずして情に任せて征する者有り。直截の根源は佛の印す所。葉を摘み枝を尋ぬるは我不能なり。摩尼珠は人識らず。如来藏裏に親しく収得す。六般の神用は空にして空ならず。一顆の圓光は色にして色に非ず。五眼を淨めて五力を得。唯だ證して乃ち知る誰か測らん。鏡裏に形を看るは見難からず。水中の月を捉えんと争い拈ぐを得ん。常に獨り行き常に獨り步す。達する者は同じく涅槃の路に游ぶ。調古神清にして風自ら高し。貌は悴み骨は剛にして人顧みず。窮き釋子は口に貧を稱す。實に是れ身貧にして道貧ならず。貧なれば則ち身常に縷褐を披く。道なれば即ち心に無價の珍を藏す。無價の珍は用盡きず。物を利し時に應じて終に吝まず。三身四智は體中に圓す。八解六通は心地に印す。上士は一たび決すれば一切了す。中下は多聞多く信ぜず。但だ自ら懷中の垢衣を解するのみ。誰か能く外に向かいて精進を誇らん。他の謗るに從い他の非に任す。火を把りて天を燒くは徒らに自ら疲る。我が聞くは恰似たり甘露を飮むに。銷融して頓に不思議に入る。惡言を觀ずれば是れ功德。此れ則ち吾が善知識を成す。訕謗に因りて怨親を起こさざれば。何を以て無生慈忍の力を表せん。宗も通じ説も通ず。定慧圓明にして空に滯らず。非だただ我今獨り達了す。河沙の諸佛は體皆同じ。師子吼して畏れ無き説。百獸之を聞けば皆腦裂す。香象は奔波して威を失い却る。天龍は寂として聽きて欣悅を生ず。江海に游び山川を涉る。師を尋ね道を訪い禅を參ずるが為。自ら曹溪の路を認得してより。生死は相い干らざるを了知す。行くも禅坐するも禅。語默動靜は體安然たり。縱い鋒刀に遇うとも常に坦坦たり。假饒毒藥もまた閑閑たり。我が師は然燈佛を見るを得たり。多劫に曾て忍辱仙と為る。幾回生じ幾回死す。生死は悠悠として定止無し。自ら頓悟して無生を了してより。諸の榮辱に於て何の憂喜ぞあらん。深山に入り蘭若に住す。岑崟幽邃の長松の下。優游靜坐する野僧の家。闃寂安居して實に瀟灑なり。覺れば即ち了して功を施さず。一切有為の法は同じからず。

廬山歸宗道詮禪師法嗣一人筠州九峰義詮禪師(一人見錄)

(歌は続けて唱う:)相に住して布施すれば天福を生ず。なお箭を仰仰ぎて虛空を射るがごとし。勢力盡きて箭は還って墮つ。招き來るは來生の不如意。爭い似ん無為實相の門。一超して直に如来地に入る。但だ本を得れば末を愁う莫れ。淨瑠璃の寶月を含むがごとし。すでに能く此の如意珠を解すれば。自利利他は終に竭きず。江月照らし松風吹く。永夜清宵に何を為さん。佛性戒珠は心地に印す。霧露雲霞は體上の衣。龍を降す鉢は虎を解す錫。兩股の金環は歴歴と鳴る。是れ形を標る虛事の持に非ず。如来の寶仗は親しく蹤跡す。真を求めず妄を斷ぜず。二法の空にして相無きを了知す。相無く空無くして空ならざる無し。即是れ如来の真實相。心鏡は明らかにして鑑礙無し。廓然として瑩徹して沙界を周す。萬象森羅は影の中に現ず。一顆の圓明は內外に非ず。豁達の空は因果を撥く。漭漭蕩蕩として殃禍を招く。有を棄てて空に著くも病は然り。還って溺を避けて火に投ずるがごとし。妄心を捨てて真理を取る。取捨の心は巧僞と成る。学人は了らずして修行を用う。真成して賊を認めて將て子と為す。法財を損し功德を滅す。斯の心意識に由らざる莫し。是を以て禅門は心を了却して。頓に無生の智見力に入る。大丈夫は慧劍を秉る。般若の鋒は金剛の焰。能く外道の心を摧くのみならず。早く曾て天魔の膽を落し却れり。法雷を振い法鼓を撃つ。慈雲を布きて甘露を灑ぐ。龍象は蹴蹋して潤うは邊無し。三乘五性は皆惺悟す。雪山の肥膩はさらに雜無し。純に醍醐を出だす我常に納す。一性は圓通して一切性。一法は遍く一切法を含む。一月は普く一切水に現ず。一切の水月は一月に攝す。諸佛の法身は我性に入る。我性は還って共に如来と合す。一地は一切地を具足す。色に非ず心に非ず行業に非ず。彈指に八萬門を圓成す。刹那に阿鼻の業を滅卻す。一切の數句は數句に非ず。吾が靈覺と何の交涉有らん。毀るべからず讚ずべからず。體は虛空のごとく涯岸勿れ。當處を離れず常に湛然。覓めれば則ち君は見るべからざるを知る。取るを得ず捨てるを得ず。得べからざる中にただそう得。默の時は説き説の時は默。大施の門は開きて壅塞無し。人有りて我に問う何の宗を解するか。報えて道う摩訶般若の力と。あるいは是あるいは非にして人識らず。逆行順行は天測る莫れ。吾は早く曾て多劫に修す。是れ等閑に相い誑惑するに非ず。法幢を建て宗旨を立つ。明明として佛は曹溪を敕す。第一は迦葉首に燈を傳う。二十八代は西天に記す。法は東流して此の土に入る。菩提達磨は初祖と為る。六代は衣を傳えて天下に聞こゆ。後人の道を得るは何ぞ數に窮まらん。真は立たず妄は本より空。有無俱に遣わして空に空ならず。二十の空門は元より著かず。一性の如来は體共同。心是れ根法はれ塵。兩種はなお鏡上の痕のごとし。痕垢盡き除けば光始めて現ず。心法双亡して性即ち真。嗟く末法惡時の世。衆生は福薄くして調制し難し。

眉州黃龍繼達禪師法嗣一人第二世黃龍和尚(一人見錄)

(歌は続けて唱う:)聖を去る遠くして邪見深し。魔強く法弱くして怨害多し。如来の頓教門を聞き説くや。滅除せざるを恨みて瓦碎せしめんとす。心に作し身に殃す。怨訴し人を尤むを須いず。無間の業を招かざるを得んと欲せば。如来の正法輪を謗る莫れ。旃檀の林に雜樹無し。本來空。未了にして還って宿債を償うを須う。饑えて王膳に逢えど餐す能わず。病みて醫王に遇えど爭い差るを得ん。欲に在りて禅を行ずるは知見力。火中に蓮を生ずれば終に壞れず。勇施は重を犯して無生を悟る。早時に佛と成りて今に於て在り。師子吼して畏れ無き説。深く懵懂の頑皮靼を嗟く(多達切)。ただ重を犯して菩提を障ぐるを知るのみ。如来の秘訣を開くを見ず。二の比丘有りて淫殺を犯す。波離は螢光を增じて罪結す。維摩大士は頓に疑を除く。還って赫日の霜雪を銷すに同じ。不思議の解脱力。此れ即ち吾が善知識を成す。四事の供養は敢えて労を辭す。萬兩の黄金もまた銷得す。粉骨碎身も未だ酬うに足らず。一句は了然として百億を超ゆ。法中の王は最高勝。河沙の如来は同じく共に證す。我今此の如意珠を解す。信受する者は皆相應す。了了として見れば一物無し。亦人無く亦佛無し。大千世界は海中の漚。一切の聖賢は電の拂くがごとし。仮使鐵輪頂上に旋ずとも。定慧圓明は終に失わず。日は冷えべく月は熱すべし。衆魔は能く真説を壞らず。象駕は峥嵘として谩に途を進む。誰か螗蜋の能く轍を拒ぐを見ん。大象は兔径に游ばず。大悟は小節に拘えられず。管見を將て蒼蒼を謗る莫れ。未了は吾今君の為に決せん。

朗州梁山緣觀禪師法嗣一人郢州大陽山警玄禪師(一人見錄)

騰騰和尚の了元歌

第十世

道を修するも修すべき無し。法を問うも問うべき無し。迷う人は色空を了らず。悟る者は本より逆順無し。八萬四千の法門。至理は方寸を離れず。自家の城郭を識り取れ。他の鄉郡を谩に尋ぬる莫れ。廣学多聞を用いず。辯才聰俊を要せず。月の大小を知らず。歲の餘閏を管せず。煩惱即是れ菩提。淨華は泥糞に生ず。人來りて我に問えば若為せん。伊と共に談論する能わず。寅朝に粥を用いて饑を充たす。齋時にさらに一頓を餐す。今日は運に任せて騰騰。明日は騰騰にして運に任す。心中は了了として總て知る。さあ佯痴して縛鈍を作さん。

天台山德韶國師法嗣四十九人杭州永明寺延壽禪師

南嶽懶瓚和尚の歌

溫州大寧可弘禪師

兀然として事無くして改換無し。事無ければ何ぞ須らく一段を論ぜん。直心は散亂無し、他の事は斷ずるを須いず。過去は已に過去し、未來はなお算する莫れ。兀然として事無く坐し、何曽て人の喚ぶ有らん。外に向かいて功夫を覓むるは、總て是れ痴頑の漢。糧は一粒を畜えず、飯に逢えば但だ食すを知るのみ(此の字は未だ識らず、反切は陟立切、文意は飯に遇えば便ち喰うの一類、正字を硬く猜せず)。世間の事多き人は、相い趁って渾く及ばず。我は天に生を樂まず、また福田を愛せず。饑え來れば飯を喰い、困れば即ち眠る。愚人は我を笑い、智は乃ち之を知る。是れ痴鈍に非ず、本體は然るがごとし。去らんと要すれば即ち去り、住まんと要すれば即ち住む。慮を亡して緣を忘る。巧説は得べからず、ただ心を以て傳う。さらに一語有り、真與に過ぎる無し。細きこと毫末のごとく、大ききこと方所無し。本より圓成して、機杼を労せず。世事は悠悠として、山丘に如かず。青松は日を蔽い、碧澗は長く流る(底本の「澗」字は水旁㵎に從う、当に「澗」たるべし)。山雲は幕に當り、夜月は鈎と為る。藤蘿の下に臥し、塊石に枕す。天子に朝せず、豈に王侯を羨まん。生死に慮無く、さらに何の憂え有らん。水月は形無く、我常にただ寧なり。万法皆爾、本より自ら生無し。兀然として事無く坐すれば、春來れば草自ら青し。

蘇州長壽朋彥大師

石頭和尚の草庵歌

杭州五雲山志逢大師

吾は草庵を結ぶに寶貝無し。飯了れば從容として睡の快を圖る。成る時は初め茆草の新たなるを見。破れたる後は還って將て茆草を蓋う。庵に住む人は鎮かに常在す。中間と內外とに屬せず。世人の住む處に我は住まず。世人の愛する處に我は愛せず。庵は小なりと雖も法界を含む。方丈の老人は相い體解す。上乘の菩薩は信疑無し。中下は之を聞けば必ず怪を生ず。此の庵は壞れるか壞れざるかを問えば。壞れと壞れざると主は元より在り。南北と東西とに居らず。基上は堅牢にして最と為す。青松の下明窗の內。玉殿朱樓も未だ對と為らず。衲帔は頭を蒙ぎて万事休す。此の時山僧は都て會せず。此の庵に住すは解を作す休め。誰か席を鋪きて人の買うを圖ると誇らん。光を回し照を返せば便ち歸來す。廓達の靈根は向背に非ず。祖師に遇い親しく訓誨せられ、草を結びて庵と為して退を生ずる莫れ。百年は拋却して縱横に任す。手を擺て便ち行けば且つ罪無し。千種の言萬般の解。ただ君を教えて長く昧からざらんと要す。庵中の不死の人を識らんと欲せば。豈に而今此の皮袋を離れん。

杭州報恩法端禪師

道吾和尚の樂道歌

杭州報恩紹安禪師

道を樂しむ山僧は性を縱うこと多し。天回り地轉ずるは他に任す。閑に孤峰に臥して伴侶無し。獨り無生の一曲の歌を唱う。無生の歌は出世の樂。笑うべし時人の和して著らざるを。情を暢べ道を樂んで殘生を過す。張三李四は渾く忘却す。大丈夫は須らく氣概有るべし。人情に順いて妨礙無くする莫れ。お前が順う即是れ菩提と言う。我は謂う從來相い背くと。時には憨かなり時には痴なり。我の途中に非ざれば爭い知るを得ん。特達の一生は常に運に任す。野客は歸るべき鄉無し。今日の山僧はただ這是れ。元本山僧はさらに若為せん。祖機を探る空王子。體は浮雲に似て隈倚を沒す。自から一衲衣を長く披く。曾て幾度か寒暑に遭えり。是れ真ならず偽ならず。鼓を打ちて神施拜跪を樂む。明明たる一道の漢江の雲。青山綠水は相似ず。性を稟めて揩改無きを成す。角を結び羅紋は相い礙せず。あるいは慈悲喜捨の心を運び。あるいは即ち人に逢い棒闈を以てす。慈悲恩愛は牽纏に落つ。棒打して伊を教えて恩愛を破らしむ。月下の旅中の人に報う。もし恩情有れば吾為に改まらん。

福州廣平守威禪師

一鉢歌

杭州報恩永安禪師

遏喇喇として聒聒たり。總て是れ悠悠として佅を造る(下の一字は人旁に從う、未だ識らず、正字を硬く猜せず)。饑のごとき鹽を喰えば渴を加え。一生を枉げて頭枿枿たり。究竟に始末を知る能わず。死尸を拋却して何の處にか脫せん。君を勸めて解脱を求むるに努力せよ。閑事は頭に到れば須らく結撮すべし。火は身上に落ちれば當に須らく拨くべし。臨時に菩薩と叫ぶを待つ莫れ。丈夫の語話は須らく豁豁たるべし。痴人に学びて摩捋を受くる莫れ。時に趁りて結裹して摆拨を学べ。また柔和を学びまた粗糲なり。また頭を剃りまた褐を披く。また凡夫の生活を学ぶ。直語を君に向かえば君未だ達せず。さらに長歌を作りて一鉢を歌う。一鉢の歌は中に多くして一、一の中に強いて分かつ須らく諦聽すべし。人人盡く真如性有り。恰似たり黄金の礦中に在るに。煉え去り煉え來れば金體淨し。真は是れ妄は是れ真なり。もし真妄を除けばさらに人無し。真心は谩に煩惱を生ずる莫れ。衣食は時に随いて色身を養う。好きも著き弱きも著く。一切心無く染著無し。また惡無くまた好無し。二際は坦然として平等の道。粗きも餐し細きも餐す。凡夫に学びて相上を觀る莫れ。また粗無くまた細無し。上方の香積は根蒂無し。坐するも行くも坐す。生死の樹下に菩提の果。坐無くまた行無し。生無ければ何を用いて無生を覓めん。生ずるも得死するも得。處處に當に來りて彌勒を見ん。生無くまた死無し。三世の如来は總て此のごとし。離るれば則ち著き著けば則ち離る。幻化の門中に實義無し。離るべき無く著くべき無し。何の處にさらに病無き藥を求めん。語の時は默默の時は語。語默は縱横にして處所無し。語無くまた默無し。東西を喚びて南北と作す莫れ。瞋は即ち喜喜は即ち瞋。我自ら魔を降し法輪を轉ず。瞋無くまた喜無し。水は波を離れず波は即ち水。慳の時は捨捨の時は慳。內外および中間を離れず。慳無くまた捨無し。寂寂寥寥として把るべき無し。苦の時は樂樂の時は苦。ただ這の修行は門戶を斷つ。苦無くまた樂無し。本より自在にして繩索無し。垢は即ち淨淨は即ち垢。兩兩邊は畢竟に前後無し。垢無くまた淨無し。大千は同一の真如性。藥は是れ病は是れ藥。頭に到れば兩事は須らく拈却すべし。藥無くまた病無し。正に是れ真如の靈覺性。

廣州光聖師護禪師

(歌は続けて唱う:)魔は佛を作し佛は魔を作す。鏡裏に形を尋ねて水上の波。魔無くまた佛無し。三世は本來一物無し。凡は即ち聖聖は即ち凡。色裏の膠青水裏の鹹。凡無くまた聖無し。萬行は總持して一行無し。真中は假假中は真。自ら是れ凡夫の妄塵を起こす。真無くまた假無し。もし喚ばざれば何ぞ應喏せん。本來姓無くまた名無し。ただそう騰騰として脚の信すままに行く。時には闤市の屠肆に並ぶ(左阜の旁の字は未だ識らず、「市」と連文、疑わしくは「闤」と讀むか、疑を存す)。一朵の紅蓮は火上に生ず。かつて杖を策して京洛に游ぶ。身は浮きのごとし。中にして細きもまた無し。即是れ圓明の真實諦。真實諦は本より真に非ず。但だ名聞有れば即是れ塵。もし塵中に向かいて真實を解せば。便ち是れ堂堂たる出世の人。出世の人は造作する莫れ、獨行獨步して空索索たり。生無く死無く涅槃無し。本來生死は相い干らず。是非無く動靜無し。谩に身を將て空井に入る莫れ。善惡無く去來無し。また明鏡を高臺に挂けず。山僧の見解はただ此のごとし。信ぜざれば他に從いて劫灰を造らしめよ。

杭州奉先清昱禪師

樂普和尚の浮漚歌

天台普聞智勤禪師

雲天に雨落ちて庭中の水。水上に漂漂として漚の起こるを見る。前の者は已に滅し後の者は生ず。前後相い續いて窮まる已無し。本より雨滴に因りて水は漚を成す。還って風激に緣りて漚は水に歸す。漚水の性は殊無きを知らず。他の轉變に随いて將て異と為す。外は明瑩として內は虛を含む。內外は玲瓏として寶珠の若し。正に澄波に在りて看れば有るに似て。動きて乎れはまた無のごとし。有無動靜は事明らめ難し。無相の中に有相の形有り。ただ漚の水中より出づるを知るのみ。豈に水もまた漚より生ずるを知らんや。權に漚水を將て余の身に類す。五蘊は虛攅して假に人を立つ。蘊空を解達すれば漚は實ならず。方に能く本來の真を明見せん。

溫州雁蕩願齊禪師

蘇溪和尚(即ち五泄の小師)の牧護歌

杭州普門希辯禪師

衲僧の牧護を聽け。運に任せて逍遥にして住無し。一条の百衲の瓶盂。便ち是れ生涯の調度。至理を求めて參尋して。寒暑の辛苦を憚らず。曾て四海に周游す。山水風雲は肚に滿つ。內は戒律の精嚴を除く。威儀行步を学ばず。三乘は我の能無きを笑う。我は三乘の谩に做すを笑う。智人は權に階梯を立つ。大道は本より迷悟無し。達する者は修治を假らず。能言能語に在らず。麻を披きて目は雲霄を視る。遮莫王侯も顧みず。道人の本體は然るがごとし。是れ佛の去る處を知るに非ず。生きるもなお衫を著るがごとし。死するも還って袴を脫ぐに同じ。生きるも喜無く憂無し。八風豈に能く驚怖せん。外相はなお痴人に似たり。肚裏は非常に峭措。活計は一錢無しと雖も。敢えて君王と富を鬥わん。愚人は手を擺きて憎嫌す。智者は頭を點きて相い許す。那んぞ知らん傀儡は牽抽され、歌舞は盡く行主に由るを。一言を以て諸人に報ず。畫瓶を打破して歸去せん。

杭州光慶遇安禪師

法燈禅師泰欽の古鏡歌三首

天台般若友蟾禪師

盡く古鏡は曾て見ずと道う。爾に借りて時人に一遍を看せしむ。目前は一纖毫を睹らず。湛湛たる冷光は一片を凝る。一片を凝るるは背面する勿れ。嫫母は妝に臨みて情に稱せず。潘生は首を回らして頻りに嘉嘆す。何の欣欣ぞ何の戚戚ぞ。好醜は由來那れ是れ的ぞ。ただ這是れ轉じて沉醉す。演若は晨に窺いて怖れ走る時。子細に思量すれば還って有以なり。我は颠狂に問い暫く回らず。淚は流れて予に向かい聲哀哀たり。哽咽して申吐する能わず。爾の頭と影とは悠悠哉。悠悠哉爾は許多の時。あの裏より來りて迷雲開けり。行行として手を携えて高臺に上る。

婺州智者全肯禪師

其の二

福州玉泉義隆禪師

誰か云う古鏡に樣度無しと。古今出入は何の門戶ぞ。門戸は君見ず見ざるの時。即ち此を以て君に全く顯露させん。全く顯露す。お前に一生終に保護せん。もし知音に遇い益を請い來れば。人に逢いて輕く分付するを得ず。但だ作して面を見るに任せよ。生に怖るるを須いず。當時の演若多を看取せよ。如今に直至りて錯誤と成す。如今は影分明を省らず。還って是れ當時の同一の顧。同一の顧は苦苦苦。

杭州龍冊曉榮禪師

其の三(六言)

杭州功臣慶蕭禪師

古鏡は精明皎皎たり。皎皎として遍く河沙を照らす。到る處名を安ね字を題す。儂を除きてさらに誰の家有らん。過去未来現在。諸佛は鏡上の纖瑕。纖瑕垢盡きて物無し。此れ真の火裏の蓮華。蓮華は千朵萬朵。朵朵端然として釋迦。誰か云う俱尸に入滅すと。誰か云う膝を穿つ芦芽と。信信ぜざれば鏡中に看取せよ。羊車鹿車牛車。時人は古鏡を識らず。盡く本來清淨と道う。ただ清淨を看れば是れ假。照らし得れば形容正からず。あるいは圓あるいは短あるいは成長。もし纖毫有れば俱に病。君に勧む打破するに如かず。鏡去りて瑕消えて瑩べし。また杜口の毗耶を見。また圓通を知る。

越州稱心敬璡禪師

潭州龍會道尋の遍參三昧歌

福州嚴峰師朮禪師

天涯海角に知識を參ず。遍く咨えて我が全提の力を惠す。師は乃ち余を呵して退步せしめ追う。躬を省みて廓爾として茲より息まる。諸方を睹ゆ垂帶の直。善財は得る處にして藏匿し難し。棒頭喝下に幽奇を露わす。縱い去り奪うも來りて殊特を看る。趙州の關雪嶺を陟る。廬峰の前に廬を築きて虛實を驗す。證を據えて靈由は萬機を闢く。祖刃を橫揮して三域に聞こゆ。卷舒は重重として孰か委すべき。識意を呈して猜揣を谩にする休め。衲子は眉を攒え碧眼は咦。黄海は倒逆して崑崙の嘴。潙山の牛は道吾の唱。馬師は奮迅して圓相を呈す。水を執り針を投じて後規を作す。鏡を把り幡を持ちて先匠を看る。廣陵の歌は誰か繼いで唱わん。宮商を續かんと拟して調况し難し。石人は色を愠みて鞭撻を下す。木馬は奔嘶して梵天の上。麗水は金藍田の玉。祝融の峰は湘浪の蹙に攒る。滿月は溪を澄めて松韻清し。雲は龍に從い騰りて觀瞩し好し。

潞州華嚴慧達禪師

丹霞和尚の玩珠吟二首

越州清泰道圓禪師

般若の靈珠は妙にして測り難し。法性の海中に親しく認得す。隱顯は常に五蘊の中に游ぶ。內外の光明は大神力。此の珠は大に非ずまた小に非ず。晝夜の光明は皆悉く照らす。覓むる時は物無くまた蹤無し。起坐に相い随い常に了了たり。黄帝は曾て赤水に游ぶ。聽を争い求を争うも都て遂げず。罔象は心無くして却って珠を得。能見能聞は是れ虛僞。吾が師は權に喩えて摩尼を指す。人を采ること無數にして春池に溺る。瓦礫を争い拈じて將に寶と為さんとす。智者は安然として之を得たり。森羅萬象は光中に現ず。體用は如如として轉じて轉ぜず。萬機は寸心の中に消遣す。一切の時中に方便巧みなり。六賊を燒き衆魔を爍す。能く我山を摧し愛河を竭くす。龍女は靈山に佛を親しく獻す。貧兒は衣下に幾ど蹉跎せん。亦名は性亦名は心。性に非ず心に非ず古今を超ゆ。全體の明の時は明を得ず。權時に題して弄珠吟と作す。

杭州九曲慶祥禪師

其の二

杭州開化行明大師

識得せよ衣中の寶。無明は醉りて自ら醒ます。百骸は潰散すると雖も。一物は鎮かに長く靈なり。境を知るは渾く體に非ず、神珠は形を定めず。悟れば三身の佛。迷疑すれば萬卷の經。心に在れば心は測るべし。耳に歷れば耳は聽き難し。罔象は天地に先んじ。玄泉は杳冥より出づ。本剛は鍛煉に非ず。元淨は澄渟する莫れ。盤泊は朝日に輪し。玲瓏は曉星に映ず。瑞光は流れて滅せず。真氣は觸れて還って生ず。鑑照は崆峒寂に。羅籠は法界明なり。凡を挫く功は滅せず。聖を超ゆる果は盈に非ず。龍女は心親しく獻す。闍王は口自ら呈す。鵝を護る人は却って活き。黄雀は意なお輕し。語を解すれば舌に關せず。能く言うは声に非ず。邊を絶ちて汗漫を弥え。際無くして空平に等し。教を演ぶは説の為に非ず。名を聞くは名を認る勿れ。兩邊は俱に立てる莫れ。中道は行ずるを須いず。月を見れば指を觀る休め。家に還れば程を問う罷めよ。心を識れば心は則ち佛。何の佛かさらに成るに堪えん。

越州開善義圓禪師

大法眼の文益禅師が堂に上りて言った。「諸の上座、時は寒し、何を用いて上り來るか。さあ道え、上り來るが好いか、上り來らざるが好いか。あるいは上座の道う、上り來らざれば却って好し、どの処か是れに非ざる、さらに上り來りて何を作さんと。さらに上座の道う有り、是れ彼もまた一向を得ず、また須らく和尚の處に到りて始めて得べしと。諸の上座さあ道え、この兩人は佛法の中にまだ進趣有るか未だ。上座。實に是れ得ず、並びに少許の進趣も無し。古人は孔無き鐵鎚と喚ぶ。生まれつき盲き生まれつき聾きと異ならず。もしさらに上座の出で來りて道う有らば、彼の二人は總て得ずと。何を以ての故にかくのごとくするか。彼が執著するが為に得ざる所以なり。諸の上座は總てそう行脚に似たり、總てそう商量に似たり、さあ何を圖るか。是れ復たただ唇嘴を弄せんと要するか、為に復た別に圖る所有るか。恐らくは彼が執著せん、さあ何を執著するか。為に復た理を執著するか・事を執著するか・色を執著するか・空を執著するか。もし是れ理ならば、理はさあどう執せん。もし是れ事ならば、事はさあどう執せん。色を著し空を著するもまた然り。山僧が尋常に諸の上座に向かいて道う所以、十方の諸佛・十方の善知識は時々に手を垂れたり。諸の上座は時々に手を接ぐ。十方の諸佛が手を垂るる時の有るは、どの處か是れ諸の上座が時々に手を接ぐる處。まだ會する處か、會し取れば好し。もし未だ會し得ざれば、總て是れ都來して圓取と道う莫れ。諸の上座は傍家の行脚にしても、また審諦を須う、些かの精彩を著けよ。ただ少しの智慧に藉りて時光を過し却る莫れ。山僧は衆中にこの多きを見れり。さらに一般の上座有りて、自己の東西はなお未だ知らず、こちらあちらに向かいて東に聽き西に聽き、少許を説き得て以て胸襟と為し、仍って他人に注脚を為し、將て自己の眼目と為す。上座は總てこの行脚に似たり、自ら賺りてまた乃ち他を賺る。諸の上座に奉勸す、さあ道眼を明らめ取れば好し。些子の粥飯の智慧は恃むべく足らず。もし是れ世間の種種の非違の事を造作するは、地獄に入るもなお劫數有りて、且つ出づるの期有り。もし是れ錯りて他人と眼目を開くは、地獄に陷りて冥冥長夜、出づるの期有ること無し。將て為すに等閑とする莫れ。奉勸す、さあ古聖の慈悲の門に依れば好し。他の古聖の見る所の諸境は唯だ自心を見る。祖師が道う、是れ風動幡動に非ず、仁者の心動なり。たださあそう會せば好し。別に親に於ける親の處無きなり。」師は良久してまた言った。「諸の上座、貶するも得、剝するも得。」時に僧が問うた。「学人は別の事と為らず、師の直道を請う。」師が言った。「お前は是れ別の事と為らず。」問う。「如何なるか是れ不生不滅底の心。」師が言った。「あの個か是れ生滅底の心。」僧が言った。「奈何せん、学人は見えず。」師が言った。「お前もし見えざれば、不生不滅底もまた是れに非ず。」問う。「如何なるか是れ佛法の大意。」師が言った。「便ち會し取れ。」問う。「古人は才かに人がそう來るを見れば便ち失なりと叫ぶ、古人の意は如何。」師が言った。「お前は信ぜず、ただ別の人に問え。」問う。「維摩と文殊と對談するは何の事か。」師が言った。「お前は妨げず聰明なり。」

溫州瑞鹿遇安禪師

問う。「法は法性と同じく諸法に入るが故に、古意は如何。」師が言った。「お前は是れ行脚の僧。」問う。「如何なるか是れ修行を解する底の人。」師が言った。「お前は是れ何の人ぞ。」言った。「そうなれば即ち因果に落ちざるなり。」師が言った。「野干の鳴くを作す莫れ。」問う。「本を識り源に還る時は如何。」師が言った。「谩語なり。」問う。「明と暗と分かたざる時は如何。」師が言った。「何をか道いたか。」問う。「如何なるか是れ境に對して數起こる底の心。」師が言った。「恰も道い著けり。」問う。「如何なるか是れ学人の本分の事。」師が言った。「指示に謝す。」問う。「決擇の次は輕冰を履むがごとし、如何に決擇せん。」師が言った。「お前が疑うを待てば即ち道わん。」言った。「学人は即ち今疑う。」師が言った。「阿誰を吓せん。」問う。「上よりの宗乘は如何に履踐すべきか。」師が言った。「雷聲は甚だ大き、雨點は全く無し。」問う。「如何なるか是れ末後の句。」師が言った。「苦なり。」問う。「如何なるか是れ玄言妙旨。」師が言った。「玄言妙旨を用いて何を作さん。」問う。「如何なるか是れ直道。」師が言った。「恐らくはこの問に副うは難からん。」問う。「教に言有るを承く、佛の真法身はなお虛空のごとく、物に應じて形を現ずるは水中の月のごとし。如何にかそうを得ん。」師が言った。「如何にかそうを得ん。」問う。「教に云う、佛は一音を以て法を演説し、衆生は類に随いて各々解を得。学人は如何に解せん。」師が言った。「お前は甚だ解す。」師はまた言った。「この問は已に古人の語を會せざるなり。何に因りての故にか却って彼に向かいてお前は甚だ解すと道う。何の處か是れ彼の解する處。莫れ是れ彼の分中に於て便ち彼に點與するか。莫れ是れ彼の問に會せざるが為に却って彼に反射するか。さあ素よりこの理に非ず。愼んで錯りて會する莫れ。この兩會を除きて、別にまた如何に商量せん。諸の上座もしこの語を會し得れば、即ち諸聖の總持門を會し得たり。さあどう會せん。もしも會して一音演説を得て、會して類に随いて各々解するを得ざれば。そう道うは、莫れ是れ過有り過無きと説くか。錯りて會する好からず(底本の「英」は当に「莫」たるべし)。すでにそう會せざれば、どう説いて一音演説・類に随いて解を得とせん。個の去る處有りて始めて得。每日空しく上り來り下り去りて、また人事に當たるを得ず。さあ道眼を究めて始めて得。他の古人道う、一切の聲は是れ佛聲。一切の色は是れ佛色。何ぞさあそう會し取らざる。」僧が問うた。「遠く聲を尋ねて來れり、師の一接を請う。」師が言った。「お前の尋ぬる底は是れ何の聲か。是れ僧聲か、是れ俗聲か、是れ凡聲か、是れ聖聲か。まだ會する處か。もしも實に會せざれば。上座の吵吵は是れ聲、吵吵は是れ色。聲色は奈何ともせず。將て為すに等閑とする莫れ。上座もし會し得れば即是れ真實。もし會せざれば即是れ幻化。もしも會し得れば即是れ幻化。もしも會せざれば即是れ真實。他の古人もまた上座に向かいて道う、唯だ我能く知ると。これを除く外さらに計較を作す處無し。上座の成るか成らざるかは何より出づる。是か是れに非ざるかは何より出づる。理は事無ければ顯れず。事は理無ければ消えず。事理不二にして、事ならざれば理ならず、理ならざれば事ならず。そう上座に注解す。もしさらに會せざれば、且く古語に依るに如かず。」

杭州龍華慧居禪師

(師が続けて言う。)「他の古人は上座の百般に得ざるを見て、所以に慈を垂れてお前に向かいて道う、聞くを將て佛佛を持するに、何ぞ自ら聞聞せざると。事無くして珍重。」

婺州齊雲遇臻禪師

景德伝燈録巻第二十八

溫州瑞鹿寺本先禪師(已上三十人見錄)

景德伝燈録巻第二十九

杭州報恩德謙禪師

讚頌偈詩

杭州靈隱處先禪師

志公和尚の大乘讚十首

天台善建省義禪師

志公和尚の十二時頌十二首

越州觀音安禪師

志公和尚の十四科頌

婺州仁壽澤禪師

歸宗至真禅師の頌一首

越州雲門重曜禪師

香嚴襲燈大師の頌十九首

越州大禹榮禪師

筠州洞山和尚の頌一首

越州地藏瓊禪師

潭州龍牙和尚の頌一十八首

杭州靈隱紹光禪師

玄沙宗一大師の頌三首

杭州龍華紹鑾禪師

招慶真覺大師の頌二首

越州碧泉行新禪師

漳州羅漢和尚の明道頌一首

越州象田默禪師

南嶽般舟道場の勁和尚の覺地頌一首

潤州登雲從堅禪師

鄆州臨溪和尚の入道淺深頌五首

越州觀音朗禪師

大法眼禅師の頌十四首

越州諸暨五峰和尚

唐の白居易の八漸偈八首

越州何山道孜禪師

同安察禅師の玄談十首

越州大禹自廣禪師

雲頂山僧德敷の詩一十首

筠州黃蘗師逸禪師

僧潤の詩三首

蘇州瑞光清表禪師(已上一十九人無機緣語句不錄)

梁の寶志和尚の大乘讚十首

杭州報恩寺慧明禪師法嗣一人福州保明道誠大師(一人見錄)

大道は常に目前に在り。目前に在ると雖も睹れ難し。もし道の真體を悟らんと欲せば、聲色言語を除く莫れ。言語即是れ大道、煩惱を斷除するを假らず。煩惱は本來空寂、妄情は遞い相い纏繞す。一切は影のごとく響のごとし、何が惡か何が好かを知らず。心有りて相を取りて實と為せば、定めて性を見ること了らざるを知る。もし業を作して佛を求めんと欲せば、業は是れ生死の大兆。生死の業は常に身に随い、黑暗の獄中にいまだ曉らず。理を悟れば本來異ならず、覺るの後は誰か晚く誰か早き。法界の量は太虛に同じ、衆生の智心は自ら小なり。ただ能く吾我を起こさざれば、涅槃法食は常に飽かん。

金陵報慈道場文遂導師法嗣五人常州齊雲慧禪師

妄身は鏡に臨みて影を照らす、影と妄身と殊ならず。ただ影を去りて身を留めんと欲するも、身の本より虛に同じきを知らず。身は本より影と異ならず、一の有り一の無きを得ず。もし一を存し一を舍てんと欲せば、永く真理と相い疎んず。さらにもし聖を愛し凡を憎まば、生死の海裏に浮沉せん。煩惱は心有るが故に因り、心無ければ煩惱は何にか居らん。分別して相を取るを労せず、自然に道を得ること須臾なり。夢の時は夢中に造作し、覺の時は覺境都て無し。翻って覺時と夢とを思えば、颠倒の二見殊ならず。迷を改め覺を取りて利を求むるは、何ぞ販賣の商徒に異ならん。動靜兩亡して常に寂なれば、自然に真如に契合す。もし衆生佛に異なりと言わば、迢迢として佛と常に疎んぜん。佛と衆生とは二ならず、自然に究竟して餘無し。

洪州雙嶺祥禪師

法性は本來常に寂、蕩蕩として辺畔有ること無し。心を安んずるは取捨の間に在り、他の二境に回換せらる。容を斂めて定に入り坐禅し、境を攝めて心を安んじて覺觀す。機關木人の道を修するは、何の時にか彼岸に達するを得ん(底本の「彼」は「被」に作る、当に「彼」たるべし)。諸法は本空にして著無し、境は浮雲の會し散ずるに似たり。忽ち本性の元空を悟れば、恰似たり熱病の汗を得るに。智無き人の前に説く莫れ、お前の色身を打って星散せしめん。

洪州觀音真禪師

お前の衆生に報ゆるに直道す、有に非ず即是れ無に非ず。非有非無は二ならず、何ぞ須らく有に對して虛を論ぜん。有無は妄心の號を立つ、一を破れば一の居る無し。兩名はお前の情の作すに由り、情無ければ即ち本來の真如。もし情を存して佛を覓めんと欲せば、網を將て山上に魚を羅するがごとし。徒らに功夫を費やして益無く、幾許か枉げて功夫を用いん。即心即佛を解せざれば、真に似たり驢に騎りて驢を覓むるが。一切は憎まず愛せず、この個の煩惱は須らく除くべし。之を除かば則ち身を除くを須う。身を除けば佛無し因無し。佛無く因無くして得べければ、自然に法無く人無し。

洪州龍沙茂禪師

大道は行じて得るに由らず、行を説くは權に凡愚の為なり。理を得て返りて行を觀ずれば、始めて枉げて功夫を用いしを知る。未だ圓通の大理を悟らざれば、言と行と相い扶くを須う。他の知解を執するを得ず、光を回して本に返れば全く無し。誰かこの説を解會する者有らん、君を教えて己に向かいて推求せしめん。自ら昔時の罪過を見て、五欲の瘡疣を除却す。解脱して逍遥自在にして、方に随いて風流を賤賣す。誰か是れ心を發して買う者、また我に似て憂え無きを得ん。

洪州大寧獎禪師(已上五人無機緣語句不錄)

内見外見は總て惡し、佛道魔道は俱に錯り。此の二大の波旬にせられて、便ち即ち苦を厭いて樂を求む。生死は本體の空を悟り、佛魔は何の處にか安著せん。ただ妄情の分別に由りて、前身後身は孤薄なり。六道に輪回して停まらず、業を結びて除却する能わず。所以に生死を流浪するは、皆橫に經略を生ずるに由る。身は本より虛無にして實ならず、本に返れば是れ誰が斟酌するぞ。有無は我自ら能く為す、妄心に卜度せしむるを労せず。衆生の身は太虛に同じ、煩惱は何の處にか安著せん。ただ一切の希求無ければ、煩惱は自然に消落せん。

杭州永明道潛禪師法嗣三人杭州千光王瓌省禪師

笑うべし衆生の蠢蠢たる、各々一般の異見を執す。ただ傍ら鏊に餠を求めんと欲し(底本はこの字は金に從う、当に「鏊」たるべし、疑を存す)、本に返りて面を觀ずるを解せず。面は是れ正邪の本、人の造作するに由りて百變す。須る所は意に任せて縱横し、偏ら耽り愛戀するを假らず。著無き即是れ解脱、求有ればまた羅羂に遭う。慈心は一切平等にして、真は即ち菩提自ら現ず。もし彼我の二心を懷けば、對面して佛面を見ず。

衡州鎮境志澄大師

世間の幾許か癡人の、道を將て復た道を求めんと欲す。廣く諸の義の紛紜を尋ねて、自己の身を救うこと了らず。專ら他の文を尋ねて説を乱し、自ら至理の妙好と稱す。徒らに一生を虛しく過し、永劫に沈淪して生老す。濁愛は心に纏いて捨てず、清淨の智心は自ら惱む。真如法界の叢林は、返りて荆棘荒草を生ず。ただ黄葉を執して金と為し、金を棄てて寶を求むるを悟らず。所以に念を失い狂走し、力を強いて相好を裝持す。口內に經を誦し論を誦し、心裏は尋常に枯槁す。一朝本心の空なるを覺れば、真如を具足して少なからず。

明州崇福慶祥禪師(已上三人見錄)

聲聞は心々に惑を斷ず、斷ずる能くの心是れ賊。賊賊は遞い相い除遣し、何の時にか語默の本を了せん。口內に經千卷を誦し、體上に經を問えば識らず。佛法の圓通を解せず、徒らに行を尋ね墨を數えん。頭陀阿練の苦行は、後身の功德を希望す。希望する即是れ聖に隔たり、大道は何に由りてか得べけん。譬えば夢裏に河を度り、船師は度りて河北に過ぎたり。忽ち床上に安眠するを覺れば、度船の軌則を失い却れり。船師および彼の度人は、兩個は本より相い識らず。衆生は迷倒して羈絆し、三界に往來して疲極す。生死は夢のごとしと覺悟せば、一切の求心自ら息まん。

杭州靈隱清聳禪師法嗣九人杭州功臣院道慈禪師

悟解する即是れ菩提、本に階梯有ること無きを了す。歎ずべし凡夫の傴僂たる、八十にして跋蹄する能わず。徒らに一生を虛しく過し、日月の遷移するを覺らず。上に向かいて他の師の口を看るは、恰似たり乳を失うの孩兒。道俗は峥嵘として集聚し、終日他の死語を聽く。己身の無常を觀ぜず、心行は狼虎のごとく貪なり。嗟くべし二乗の狹劣なる、須らく六府を摧伏すべし。酒肉五辛を食せず、邪眼に他の飮咀を看る。さらに邪行の猖狂有りて、氣を修して鹽醋を食せず。もし上乘の至真を悟れば、男女を分別するを假らず。

秀州羅漢願昭禪師

寶志和尚の十二時頌

處州報恩師智禪師

平旦寅。狂機の內に道人の身有り。窮苦は已に無量劫を經るも、常に如意の珍を擎ぐるを信ぜず。もし物を捉えば、迷津に入る。ただ纖毫有れば即是れ塵。旧時の相貌無きに住せず、外に知識を求むるもまた真ならず。

衢州瀫寧可先禪師

日出卯。用の處は須らく善巧を生を生ぜざるべし。縱い神光の有無を照らすとも、意を起こせば便ち魔事の撓に遭う。もし功を施さば、終に了らず。日夜他人に我を拗らる。安排せずしてただそうに從えば、何曽て心地に煩惱を生ぜん。

杭州光孝道端禪師

食時辰。無明は本より是れ釋迦の身。坐臥して知らず元是れ道、ただそう忙忙として苦辛を受く。聲色を認めて、疎親を覓む。ただ是れ他家の染污の人。もし心を將て佛道を求めんと拟せば、虛空に問い取りて始めて塵を出でん。

杭州保清遇寧禪師

禺中巳。未了の人は教至らず。假饒祖師の言に通達するも、心頭に向かいて了義を安ずる莫れ。ただ玄を守りて、文字を沒す。認め著くは前に依りて還って是れに非ず。暫時に自ら肯んじて追尋せざれば、曠劫に魔境の使に遭わず。

福州支提辯隆禪師

日南午。四大の身中に無價の寶。陽焰空華は抛つるを肯んぜず、意を作して修行して轉じて辛苦す。かつて迷わず、悟を求むる莫れ。お前に任せて朝陽幾回の暮。有相の身中に無相の身、無明の路上に無生の路。

杭州瑞龍希圓禪師(已上八人見錄)

日昳未。心地は何曽て了義を安んぜん。他家の文字は親疎を沒す、功夫を起こして意を求むる莫れ。縱横に任せて、忌諱を絶つ。長く人間に在りて世に居らず。運用は聲色の中を離れず、歷劫に何曽て暫くも抛棄せん。

杭州國泰德文禪師(一人無機緣語句不錄)

僧が老宿に問うた。「どういうのが密室中の人か。」老宿が言った。「客有りて話に答えず。」(玄沙が言う、「何曽て密ならん。」歸宗の柔は老宿に別に言う、「お前は何に因りて見るを得たか。」)

金陵報慈行言導師法嗣二人洪州雲居義能禪師(一人見錄)

法眼和尚が『百法論』を講ずる僧に問うた。「百法は体用双く陳す。明門は能所兼ねて挙ぐ。座主は是れ能、法座は是れ所。どう兼挙を説かん。」(老宿有りて代わりて言う、「某甲は個の法座と喚ぶ。」歸宗の柔は別に言う、「和尚がかくのごときを労せず。」)

饒州北禪清皎禪師(一人無機緣語句不錄)

僧が教を挙げて言う。「文殊が忽ち仏見法見を起こせば、仏の威神に攝せられて二鐵圍山に向けられたり。」(五雲が言う、「どの処か是れ二鐵圍山。まだ会するか。如今もし人の仏法の見を起こす者有らば、吾と茶を烹じて兩甌せん。さあ道え、彼に賞すか彼に罰するか。教意に同じきか教意に同じからざるか。」)

金陵清涼泰欽禪師法嗣二人洪州雲居道齊禪師(一人見錄)

洪州大寧院が狀を上りて第二座に堂を開くを請えた。人が問うた。「何ぞ第一座を請えざる。」(法眼が代わりて言う、「かくのごときを労せず。」)

廬山棲賢慧聰禪師(一人無機緣語句不錄)

洞山が行脚する時に一の官人に會して言った。「『三祖信心銘』を弟子は注せんと拟す。」洞山が言った。「才かに是非有れば、紛然として心を失う。どう注せん。」(法眼が代わりて言う、「そうなればすなわち弟子は注せず。」)

金陵報恩法安禪師法嗣二人廬山棲賢道堅禪師

法眼和尚が脚を患えたに因りて。僧が問訊する次に、師が言った。「人に非ずして來る時は動く能わず。及んで人來れば動くを得ず。さあ道え、佛法の中に何の語を下すべきか。」僧が言った。「和尚は且く較を得て喜べ。」師は肯んぜず。(自ら別に言う、「和尚は今日減に似たり。」)

廬山歸宗第十四世慧誠禪師(二人見錄)

九峰和尚が江西城に入る。人が市に入りて教化するに何を以て眼と為すかを問う(底本の「市」の字は网に從う、当に「市」たるべし)。九峰が言った。「日月はかつて乱れず。」(法眼は別に言う、「眼有るを待て。」)

廬州長安院延規禪師法嗣二人廬州長安辯實禪師

僧が龍牙に問うた。「終日区区として如何頓に息まん。」龍牙が言った。「孝子の父母を喪い却りて始めて得べきがごとし。」(東禅の齊が言う、「衆中に道う、父母を喪うがごときは何の閑暇有らん。そう会すればまだ人の疑情を息め得るか。これを除く外、さあどう龍牙の意を会せん。」)

潭州雲蓋用清禪師(已上二人見錄)

僧が龍牙に問うた。「十二時の中に如何著力すべきか。」龍牙が言った。「手無き人の拳を行わんと欲するに始めて得べきがごとし。」(東禅の齊が言う、「好き言語、さあどう会せん。かつて一の僧に問う。彼は道う、手無き人は何ぞさらに拳を行い得んやと。及んで彼に佛法を問えば、彼は便ち休み去りたり。将に知らん、路布は説き得て用いる処無し、仔細に古人の意を體取するに如かず。」)

第十一世

鼓山が言った。「この事を知らんと欲せば一口の劍のごとし。」僧が問うた。「学人は是れ死屍、どういうのが劍か。」鼓山が言った。「この死屍を拽き出だし著けよ。」僧は諾に應じ、便ち僧堂に歸りて結束して去った。鼓山は晩間に去りしを聞きて、乃ち言った。「好く拄杖を與えよ。」(東禅の齊が言う、「この僧もし鼓山を肯んぜざれば何の過か有らん。もし肯んぜば何ぞ便ち發り去るを得ん。また鼓山の拄杖は彼に賞するか彼に罰するか。眼を具する上座は試しに商量して看よ。」)

杭州永明寺延壽禪師法嗣二人杭州富陽子蒙禪師

庵主有りて僧の來るを見て、火筒を竪てて言った。「会するか。」言った。「会せず。」庵主が言った。「三十年用い盡さざる底。」僧は却って問うた。「三十年前は個の何を用いたか。」(歸宗の柔が代わりて言う、「また知るを要す。」)

杭州朝明院津禪師(已上二人無機緣語句不錄)

招慶和尚が鉢囊を拈じて僧に問うた。「お前は直きに幾錢と道うか。」(歸宗の柔が代わりて言う、「人に留めて價を增さしむ。」)

蘇州長壽院朋彥大師法嗣一人長壽第二世法齊禪師

雲門和尚が手を木師子の口に入れて言った。「我を咬殺せり、相い救え。」(歸宗の柔が代わりて言う、「和尚は手を出だすこと太だ殺し。」)

杭州普門寺希辯禪師法嗣二人高麗國慧洪禪師

座主有りて彌陀の名號を念ずる次。小師が和尚を喚ぶ。及んで回顧すれば、小師は對せず。かくのごとく数四なり。和尚は叱って言った。「三度四度喚びて何の事か有る。」小師が言った。「和尚は几年彼を喚べば則ち得、某甲は才かに喚べば便ち業を發す。」(法燈が代わりて言う、「咄叱。」)

越州上林胡智禪師(已上二人無機緣語句不錄)

鷂子が鴿子を趁い、飛んで佛殿の欄干の上に向かいて顫えた。人あって僧に問うた。「一切の衆生は佛影の中に常安常樂す。鴿子は佛を見てなぜ顫えるか。」(法燈が代わりて言う、「佛を怕る。」)

行思禪師第九世下

悟空禅師が忠座主に問うた。「何の経を講ずるか。」言った。「『法華経』。」悟空が言った。「もし『法華経』を説く処有らば、我は寶塔を現じて当に証明と為すべし。大德が講ずるは何人が証明するか。」(法燈が代わりて言う、「和尚の証明に謝す。」)

金陵清涼文益禪師法嗣

僧が老宿に問うた。「魂かな歸去來す、我が家園の葚を食え。どういうのが家園の葚か。」(玄覺が代わりて言う、「是れまた食うを得ず。」法燈は別に言う、「お前の口を污し却れり。」)

蘇州薦福院紹明禪師。州將錢仁奉請住持。乃問。如何是和尚家風。師曰。一切處看取。

官人が僧に問うた。「何と名づくか。」言った。「無揀。」官人が言った。「忽然として一碗の沙を將て上座に與えばまたどうか。」言った。「官人の供養に謝す。」(法眼は別に言う、「これはなお是れ揀ぶ底。」)

澤州古賢院謹禪師。師勘僧雲。如來堅密身一功塵中現。如何是堅密身。僧竪指。師雲。現即現爾怎生會。僧無語。師侍立次見淨慧問一僧雲。自離此間什麼處去來。曰入嶺來。淨慧曰。不易。曰虛涉他如許多山水。淨慧曰。如許多山水也不惡。其僧無語。師於此言下大悟。僧問。如何是佛。師曰。築著汝鼻孔。

廣南に僧有りて庵に住す。国主が獵に出づ。人が庵主に報じて、大王が來りて起つを請うと言う。言った。「唯だ大王の來るのみならず、佛の來るもまた起たず。」王が問うた。「佛は豈に是れお前の師に非ざらんや。」言った。「是なり。」王が言った。「師を見てなぜ起たざるか。」(法眼が代わりて言う、「未だ恩に酬ゆるに足らず。」)

宣州興福院可勳禪師。建州建陽人也。姓朱氏。自淨慧印心遂開法住持。僧問。如何是興福主。師曰。闍梨不識。曰莫只遮便是麼。師曰。縱未歇狂頭亦何失。問如何是道。師曰。勤而行之。問何雲法空。師曰。不空。師有偈示眾曰。

僧が趙州和尚に辞した。趙州は謂うて言った。「佛有る処には住するを得ず、佛無き処には急ぎ走り過ぐべし。三千里の外に人に逢うも挙ぐる莫れ。」(法眼が代わりて言う、「そうなればすなわち去らず。」)

秋江煙島晴鷗鷺行行立

泗州の塔前に一の僧礼拝す。人あって問うた。「上座は日日礼拝してまだ大聖を見るか。」(法眼が代わりて言う、「お前は礼拝を是れ何の義と道うか。」)

不念觀世音爭知普門入

僧が圓通和尚に問うた。「一塵才かに起これば、大地全く収む。まだ禅床を見るか。」圓通が言った。「何を塵と喚ぶか。」また法燈に問うて言う。「何を禅床と喚ぶか。」(東禅の齊が言う、「この二尊宿の語は、彼の問う処を明らめ、彼の問う処を明らめず。もし彼の問う処を明らめば、まだ尽善を得るか未だ。試しに斷じて看よ。忽然として彼に向かって道わば、お前は我に指示せよ。さらに答語を要するもまたどう会せん。さらに答えて一轉子と道うな。」)

洪州上藍院守訥禪師。上堂謂眾曰。盡令提綱無人掃地。叢林兄弟相共證明。晚進之流有疑請問。有僧問。願開甘露門。當觀第一義。不落有無中。請師垂指示。師曰。大眾證明。曰恁麼即屈去也。師曰。閑言語。問如何是佛。師曰。更問阿誰。

玄覺和尚が鳩子の叫ぶを聞きて、僧に問うた。「何の声か。」(底本の「僧」は「增」に作る、当に「僧」たるべし。)僧が言った。「鳩子。」師が言った。「無間の業を招かざらんと欲せば、如来の正法輪を謗るな。」(東禅の齊が言う、「上座が是れ鳩子の声と道えば便ち謗法と成る。どの処か是れ謗する処。もし是れに非ずと道わばまだ得るか。上座さあ道え、玄覺の意はどうか。」)

撫州覆船和尚。僧問。如何是佛。師曰。不識。問如何是祖師西來意。師曰。莫謗祖師。

保福の僧が地蔵に到る。地蔵和尚が問うた。「彼の中の佛法はいかに。」言った。「保福は時に衆に示して道う、お前の眼を塞ぎ却りて、お前に覷り見えざらしむ。お前の耳を塞ぎ却りて、お前に聴き聞えざらしむ。お前の意を坐し却りて、お前に分別するを得ざらしむ。」地蔵が言った。「吾はお前に問う。お前の眼を塞がざれば、個の何を見るか。お前の耳を塞がざれば、個の何を聞くか。お前の意を坐せざれば、どう分別せん。」(東禅の齊が言う、「あの僧は聞き了りて忽然として惺れ去り、さらに他游せず。上座は如今まだ得るか。もし会せざれば每日に個の何を見るか。」)

杭州奉先寺法明普照禪師法瓌。僧問。釋迦出世天雨四華地搖六動。未審和尚今日有何祥瑞。師曰。大眾盡見。曰法王法如是也。師曰。人王見在。問淨慧寶印和尚親傳。今日一會當付何人。師曰。誰人無分。曰恁麼即雷音普震無邊剎也。師曰。也須善聽。

福州洪塘橋の上に僧有りて列坐す。官人が問うた。「この中にまだ佛有るか。」(法眼が代わりて言う、「お前は是れ何の人ぞ。」)

廬山化城寺慧朗禪師。江南相宋齊丘請開堂。師升座曰。今日令公請山僧為眾。莫非承佛付囑不忘佛恩。眾中有問話者出來。為令公結緣。僧問曰。令公親降大眾雲臻。從上宗乘請師舉唱。師曰。莫是孤負令公麼。問師常苦口為什麼學人己事不明。師曰。闍梨什麼處不明。曰不明處請師決斷。師曰。適來向汝道什麼。曰恁麼即全因今日去也。師曰。退後禮三拜。

人が僧に問うた。「無為無事の人はなぜ却って金鎖の難有るか。」(五雲が代わりて言う、「ただ無為無事の為。」)

杭州慧日永明寺通辯禪師道鴻(第三世住)僧問。遠離天台境。來登慧日峰。久聞師子吼。今日請師通。師曰。聞麼。曰恁麼即昔時崇壽今日永明也。師曰。幸自靈利何須亂道。師謂眾曰。大道廓然古今常爾。真心周遍如量之智皎然。萬象森羅鹹真實相。該天括地亙古亙今。大眾還會麼。還辨白得麼。問國王嘉命公貴臨筵。未審今日當為何事。師曰。驗取。曰此意如何。師曰。什麼處去來。曰恁麼即猶成造次也。師曰。休亂道。問諸佛出世放百寶光明。師登寶座有何祥瑞。師曰。可驗。曰法王法如是。師曰。也是虛言。

老宿が僧に問うた。「どの処より來るか。」言った。「牛頭山にて祖師を礼拝して來れり。」老宿が言った。「まだ祖師を見るか。」(歸宗の柔が代わりて言う、「大いに信ずるに似たらず。」)

高麗靈鑒禪師。僧問。如何是清淨伽藍。師曰。牛欄是。問如何是佛。師曰。拽出癲漢著。

僧有りて童子と経を上げ了りて、経を持して函の內に著けしむ。童子が言った。「某甲の念ずる底はどこに向かって著けるか。」(法燈が代わりて言う、「お前は何の経を念ずるか。」)

荊門上泉和尚。僧問。二龍爭珠誰是得者。師曰。我得。問遠遠投師如何一接。師接杖視之。其僧禮拜。師便喝。問尺璧無瑕時如何。師曰。我不重。曰不重後如何。師曰。火裡螂蟉飛上天。

一の僧が『道徳経』に注す。人が問うて言った。「久しく大德の『道徳経』に注すと響く。」僧が言った。「敢えず。」言った。「明皇に何如。」(法燈が代わりて言う、「是れ弟子。」)

廬山大林寺僧遁禪師初住圓通。有僧舉。僧問玄沙和尚。向上宗乘此間如何言論。玄沙雲。少人聽。今問師。不知玄沙意旨如何。師曰。待汝移卻石耳峰我即向汝道(歸宗柔別雲。且低聲)。

雲門和尚が僧に問うた。「どの処より來るか。」言った。「江西より來れり。」雲門が言った。「江西の一遂の老宿は呓語して住まれるか未だ。」僧は對する無し。(五雲が代わりて言う、「興はなお未だ已まず。」)

池州仁王院緣勝禪師。僧問。農家擊壤時如何。師曰。僧家自有本分事。曰不問僧家本分事。農家擊壤時如何。師曰。話頭何在。

後に僧有りて法眼に問うた。「和尚は知らず、雲門の意はどうか。」法眼が言った。「大小の雲門はこの僧に勘破されたり。」(五雲が言う、「どの処か是れ雲門を勘破する処。会せんと要するか。法眼もまた後の僧に勘破されたり。」)

廬山歸宗寺義柔禪師(第十三世住)師初上堂升座。維那白槌曰。法筵龍象眾當觀第一義。師曰。若是第一義且作麼生觀。恁麼道落在什麼處。為是觀。為復不許人觀。先德上座共相證明。後學初心莫喚作返問語倒靠語。有疑請問。僧問。諸佛出世說法度人感天動地。和尚出世有何祥瑞。師曰。人天大眾前寱。語作麼。問諸官己集大眾側聆。如何是出世一言之事。師曰。大眾證明。問香煙起處師登座。未審宗乘事若何。師曰。教乘也恁麼會。問優曇華拆人皆覩達本無心事若何。師曰。謾語。曰恁麼即南能別有深深旨。不是心心人不知。師曰。事須飽叢林。問昔日餘峰今日歸宗。未審是一是二。師曰。謝汝證明。問智藏一箭直射歸宗。歸宗一箭當射何人。師曰。莫謗我智藏。問此日知軍親證法。師從何處答深恩。師曰。教我道什麼即得。師又曰。一問一答也無了期。佛法也不是恁麼道理。大眾此日之事故非本心。實謂只箇住山寧有意。向來成佛亦無心。蓋緣是知軍請命寺眾誠心。既到遮裡。且說箇什麼即得。還相悉麼。此若不及古人便道。相逢欲相喚脈脈不能語。作麼生會。若會堪報不報之恩。足助無為之化。若也不會。莫道長老開堂只舉古人語。此之盛事天高海深。況喻不及。更不敢讚祝皇風迴向清列。何以故。古人猶道吾禱久矣。豈況當今聖明者哉。久立珍重。僧問。如何是空王廟。師曰。莫少神。曰如何是廟中人。師曰。適來不謾道。問靈龜未兆時如何。師曰。是吉是兇。問未達其源乞師方便。師曰。達也。曰達後如何。師曰。終不恁麼問。問久發大乘心中忘此意。如何是此意。師曰。又道中忘。

井を開くに因りて沙に泉眼を塞がれ却られたり。法眼が僧に問うた。「泉眼通ぜざるは沙に塞がる。道眼通ぜざるは何の物にか碍うか。」僧は對する無し。(師は自ら代わりて言う、「眼に碍う。」)

前襄州清谿洪進禪師法嗣

景德伝燈録巻第二十七

相州天平山從漪禪師。有僧問。如何得出三界。師曰。將三界來與汝出。僧問。如何是和尚家風。師曰。顯露地。問如何是佛。師曰。不指天地。曰為什麼不指天地。師曰。唯我獨尊。問如何是天平。師曰。八凹九凸。問洞深杳杳清谿水飲者如何不升墜。師曰。更夢見什麼。問大眾雲集合譚何事。師曰。香煙起處森羅見。

景德伝燈録巻第二十八

廬山圓通院緣德禪師錢塘人也。姓黃氏。初出家於臨安朗瞻院落髮。依年往天台山受具。始習禪那於天龍順德大師。尋往江表問道。值洪進山主印心。時江南國主於廬山建院請師開法。師上堂示眾曰。諸上座明取道眼好。是行腳僧本分事。道眼若未明有什麼用處。只是移盤吃飯。道眼若明有何障礙。若未明得強說多端。也無用處無事也好尋究。僧問。如何是四不遷。師曰。地水火風問如何是古佛心。師曰。水鳥樹林。曰學人不會。師曰。會取學人。問久負勿絃琴請師彈一曲。師曰。負來得多少時也。曰未審作何音調。師曰。話墮也珍重。問如何是佛法大意。師雲。過去燈明佛本光瑞如此。問如何是學人自己。師雲。特地申問是什麼意。問如何是大梅主。師雲。闍梨今日離什麼處。

諸方の廣語一十二人、録に見ゆ

前昇州清涼休復禪師法嗣

南陽慧忠国師の語

昇州奉先寺淨照禪師慧同。魏府人也。姓張氏。幼歲出家禮饒州北禪院惟直禪師披削。年滿受具於撫州希操律師於清涼得法。僧問。唯一堅密身一切塵中現。又云。佛身充滿於法界。普現一切群生前。於此二途請師說。師曰。唯一堅密身一切塵中現。僧問。如何是古佛心。師曰。汝疑阿那箇不是。問如何是常在底人。師曰。更問阿誰。

洛京荷澤神会大師の語

前撫州龍濟山紹修禪師法嗣

江西大寂道一禅師の語

河東廣原和尚。僧問。如何是佛法大意。師示偈曰。

澧州藥山惟儼和尚の語

剎剎現形儀塵塵具覺知

越州大珠慧海和尚の語

性源常鼓浪不悟未曾移

汾州大達無業国師の語

前衡嶽南臺守安禪師法嗣

池州南泉普願和尚の語

襄州鷲嶺善美禪師(第三世住)僧問。如何是鷲嶺境。師曰。峴山對碧玉江水往南流。曰如何是境中人。師曰。有什麼事。問百川異流還歸大海。未審大海有幾滴。師曰。汝還到海也未。曰到海後如何。師曰。明日來向汝道。

龍牙の山裏の龍。形は世間の色に非ず。世上の龍を畫く人。巧巧として描き得ず。唯だ龍を識る人有りて。一見すれば便ち心息まる。

前漳州隆壽院無逸禪師法嗣

唯だ門前の樹を念ず。能く鳥の泊り飛ぶを容る。來る者は心無くして喚ぶ。身を騰げて歸るを慕わず。もし人の心樹に似たれば。道と相い違えず。

隆壽法騫禪師泉州晉江縣人也。姓施氏。母廖氏始娠頓惡葷腥。及長捨於本州開元寺菩提院出家納戒。詣漳州參逸和尚得旨。刺史陳洪銛請開堂住持(隆壽第三世住)上堂謂眾曰。今日隆壽。出世三世諸佛森羅萬象同時出世同時轉法輪。諸人還見麼。僧問。如何是隆壽境。師曰。無汝插足處。曰如何是境中人。師曰。未識境在。有僧到參。至明日入方丈請師心要。師曰。昨日相逢序起居。今朝相見事還如。如何卻覓呈心要。心要如何特地疎。

一たび心無きを得れば便ち道情。六門は休歇して形を労せず。緣有るは余の朋友に非ず。双眉を用いずして却って弟兄。

前廬山歸宗寺道詮禪師法嗣

悟り了れば還って未悟の人に同じ。心無き勝負は自ら神を安んず。從前の古德は貧道と稱す。此の門中に向かいて幾人か有らん。

筠州九峰義詮禪師。僧問。如何是祖師西來意。師曰。有力者負之而趨。

道を学ぶは先ず悟の由有るを須う。還って曾て快き龍舟を鬥わしたるがごとし。旧閣は空地に在ると雖も。一度贏ち來りて方に始めて休まん。

前眉州黃龍繼達禪師法嗣

心空は道空の安きに及ばず。道と心空とは状一般なり。玄を參ずるは道空の士に非ず。一たび乍ち相逢えば易く看られず。

眉州黃龍第二世和尚。僧問。如何是密室。師曰。斫不開。曰如何是密室中人。師曰。非男女相。問國內按劍者是誰。師曰。昌福。曰忽遇尊貴時如何。師曰。不遺。

小より師に從い祖宗を学ぶ。閑華はなお人を纏う蜂に似たり。僧真は假らずして雲外に居る。得ての後は色無きが自ら空なるを知る。

前朗州梁山緣觀禪師法嗣

道を学ぶに端無く龍を畫くを学ぶ。元來いまだ筆頭の蹤を得ず。一朝真龍を體得したる後。方に覺えて從前は枉げて功を用いしと。

郢州大陽山警玄禪師。僧問。叢林浩浩法鼓喧喧。向上宗乘如何舉唱。師曰。他無箇消息爭肯應當。曰今日宗乘已蒙師指示。未審法嗣嗣何人。師曰。梁山點出秦時鏡。長慶峰前一樣輝。問如何是大陽境。師曰。孤鶴老猿啼谷韻。瘦松寒竹鎖青煙。曰如何是境中人。師曰。作麼作麼。問如何是大陽家風。師曰。滿缾傾不出大地勿饑人。問如何是佛。師曰。汝何不是佛。曰學人不會時如何。師曰。迢然不掛三秋月。一句當陽豈在燈。問如何是祖師西來意。師曰。解問不當。曰學人不會時如何。師曰。陝府鐵牛人皆嚮。卞和得玉至今傳。問如何是大陽透法身底句。師曰。大洋海底紅塵起。須彌頂上水橫流。問牛頭未見四祖時為什麼百鳥銜華。師曰。出戶烏雞頭戴雪。曰見後為什麼不銜華。師曰。杲日當天後烏雞出戶飛。

佛と成る人は希にして佛を念ずるは多し。念じ來ること歲久しくして却って魔と成る。君今自ら佛と成るを得んと欲せば。念無き人は較ぶるに多からず。

行思禪師第十世

夢に在れば那んぞ夢の虛なるを知らん。覺め來れば方に夢中の無なるを覺ゆ。迷う時は恰も是れ夢中の事。悟りて後は還って睡り起きし夫に同じ。

前天台山德韶國師法嗣

道を学びて師に蒙りて閑に詣ず。無中に路有りて人間に隱る。君を饒て千の經論を講じ得るとも。一句機に臨んで口を下し難し。

杭州慧日永明寺智覺禪師延壽。餘杭人也。姓王氏。總角之歲歸心佛乘。既冠不茹葷。日唯一食。持法華經七行俱下。才六旬悉能誦之。感群羊跪聽。年二十八為華亭鎮將。屬翠巖永明大師遷止龍冊寺大闡玄化。時吳越文穆王知師慕道。乃從其志放令出家。禮翠巖為師。執勞供眾都忘身宰。衣不繒纊食無重味。野蔬布襦以遣朝夕。尋往天台山天柱峰九旬習定。有鳥類尺鷃巢於衣襵中。暨謁韶國師一見而深器之密授玄旨。仍謂師曰。汝與元帥有緣。他日大興佛事密受記。初住明州雪竇山學侶臻湊(咸平元年賜額曰資聖寺)師上堂曰。雪竇遮裡迅瀑千尋不停纖粟。奇巖萬仞無立足處。汝等諸人向什麼處進步。時有僧問。雪竇一徑如何履踐。師曰。步步寒華結言言徹底氷。建隆元年忠懿王請入居靈隱山新寺為第一世。明年復請住永明大道場為第二世。眾盈二千。僧問。如何是永明妙旨。師曰。更添香著。曰謝師指示。師曰。且喜勿交涉。師有偈曰。

菩薩聲聞はいまだ空を盡くさず。人天に往來して真宗を訪う。爭い如かん佛は是れ疑無き士。端坐して心無くただそう通ず。

欲識永明旨門前一湖水

此生息まらざれば息まるは何の時ぞ。息まるは今生に在りて共に要知すべし。心の息まるはただ妄想無きに緣る。妄除けば心息まる是れ休む時。

日照光明生風來波浪起

迷う人は未了にして盲聾を勸む。土の上に泥を加えてさらに一重。悟る人は意有りて迷う意に同じ。ただ迷中に在りて逢うこと迷わず。

問學人久在永明。為什麼不會永明家風。師曰。不會處會取。曰不會處如何會。師曰。牛胎生象子碧海起紅塵。問成佛成祖亦出不得。六道輪迴亦出不得。未審出箇什麼不得。師曰。出汝問處不得。問承教有言。一切諸佛及佛法皆從此經出。如何是此經。師曰。長時轉不停非義亦非聲。曰如何受持。師曰。若欲受持者應須用眼聽。問如何是大圓鏡。師曰。破砂盆。師居永明道場十五載。度弟子一千七百人。開寶七年入天台山度戒約萬餘人。常與七眾受菩薩戒。夜施鬼神食。朝放諸生類不可稱算。六時散華。行道餘力念法華經一萬三千部。著宗鏡錄一百卷。詩偈賦詠凡千萬言。播於海外。高麗國王覽師言教。遣使齎書敘弟子之禮。奉金線織成袈裟紫水精數珠金澡罐等。彼國僧三十六人親承印記。前後歸本國各化一方。以開寶八年乙亥十二月示疾。二十六日辰時焚香告眾跏趺而亡。明年正月六日塔於大慈山。壽七十二。臘四十二。太宗皇帝賜額曰壽寧禪院。

夫れ人の道を学ぶは貪求する莫れ。万事に心無ければ道と頭を合す。心無き始めて心無き道を體す。心無きを體得すれば道もまた休まん。

溫州大寧院可弘禪師。僧問。如何是正真一路。師曰。七顛八倒。曰恁麼即法門無別去也。師曰。我知汝錯會去。問皎皎地無一絲頭時如何。師曰。話頭已墮。曰乞師指示。師曰。適來亦不虛設。問向上宗乘請師舉揚。師曰。汝問太遲生。曰恁麼即不仙陀去也。師曰。深知汝恁麼去。

眉間の毫相の焰光の身。事の見は爭い如かん理の見の親しきに。事有るはただ理の有るに因る。理は權に方便して天人を化す。一朝大悟すれば俱に消却し。方に無事の人と名づくるを得ん。

蘇州安國長壽院朋彥大師永嘉人也。姓秦氏本州開元寺受業。初參婺州金鱗寶資和尚。後因慧明禪師激發而歸於天台之室悟正法眼。自此隨緣闡法盛化。姑蘇節帥錢仁奉禮重創院請轉法輪。本國賜紫衣。署廣法大師。僧問。如何是玄旨。師曰。四稜塌地。問如何是絕絲豪底法。師曰。山河大地。曰恁麼則即相而無相也。師曰。也是狂言。問如何是徑直之言。師曰。千迂萬曲曰恁麼即無不總是也。師曰。是何言歟。問如何是道。師曰。跛涉不易。師建隆二年辛酉以住持付門人法齊繼世說法。即其年四月六日示滅。壽四十九。臘三十五。

人情は濃厚にして道情は微なり。道は人情を用いるを世豈に知らん。空しく人情有りて道用無し。人情は能く幾多の時を得ん。

杭州五雲山華嚴道場志逢大師餘杭人也。生惡葷血膚體香潔。幼歲出家於本邑東山朗瞻院。依年受具。通貫三學了達性相。嘗夢升須彌山覩三佛列坐。初釋迦次彌勒皆禮其足。唯不識第三佛。但仰視而已。時釋迦示之曰。此是彌勒補處師子月佛。師方作禮。覺後因閱大藏經乃符所夢。天福中遊方抵天台山雲居道場參國師。賓主緣契頓發玄秘。一日因入普賢殿中宴坐。倏有一神人跪膝於前。師問曰。汝其誰乎。曰護戒神也。師曰。吾患有宿愆未殄汝知之乎。曰師有何罪唯一小過耳。師曰。何也。曰凡折缽水亦施主物。師每常傾棄非所宜也。言訖而隱。師自此洗缽水盡飲之。積久因致脾胃疾。十載方愈(凡折退飲食及涕唾便利等。並宜鳴指默唸呪發施心而傾棄之)吳越國王嚮其道風。召賜紫署普覺大師。初命住臨安功臣院。玄侶輻湊。師上堂曰。諸上座捨一知識而參一知識。盡學善財南遊之式樣也。且問上座。只如善財禮辭文殊擬登妙峰山謁德雲比丘。及到彼所何以德雲卻於別峰相見。夫教意祖意同一方便終無別理。彼若明得此亦昭然。諸上座即今簇著老僧。是相見是不相見。此處是妙峰是別峰。脫或從此省去。可謂不孤負老僧。亦常見德雲比丘。未甞剎那相捨離。還信得及麼。僧問。叢林舉唱曲為今時。如何是功臣的的意。師曰。見麼。曰恁麼即大眾鹹欣也。師曰。將謂師子兒。問佛佛授手祖祖傳心。未審和尚傳箇什麼。師曰。汝承當得麼。曰學人承當不得。還別有人承當得否。師曰。大眾笑汝。問如何是如來藏。師曰。恰問著。問如何是諸佛機。師曰。道是得麼。師一日上堂良久曰。大眾看看。便下座歸方丈。開寶初忠懿王創普門精舍。三請住持再揚宗要。即普門第一世。師上堂曰。古德為法行腳實不憚勤勞。如雪峰和尚三迴到投子九度上洞山。盤桓往返尚求箇入路不得。看汝近世參學人。

牛を尋ねるは須らく跡を訪うべし。道を学ぶは心無きを訪う。跡在れば牛は還って在り。心無ければ道は尋ね易し。

才跨門來便待老僧接引指掌說禪。且汝欲造玄極之道。豈同等閑。況此事悟亦有時。躁求焉得。汝等要知悟時麼。如今各且下去堂中靜坐。直待仰家峰點頭。老僧即為汝分說。時有僧出曰。仰家峰點頭也請師說。師曰。大眾且道。此僧會老僧語不會老僧語。其僧禮拜。師曰。今日偶然失鑒。問如何是普門家風。師曰。幾人觀不足。曰如何是普門境。師曰。汝到處且問家風了休。師開寶四年固辭國主。稱年老願依林泉頤養。時大將凌超以五雲山新創華嚴道場。奉施為終老之所。雍熙二年乙酉十一月忽示疾。二十五日命侍僧辦香水盥沐跏趺而坐。良久告寂。壽七十七。臘五十八。塔曰寶峰常照。

玄沙師備宗一大師の頌三首

杭州報恩光教寺慧月禪師法端(第三世住)師上堂曰。數夜與諸上座東語西話猶未盡其源。今日與諸上座大開方便一時說卻。還願樂也無。久立珍重。僧問。學人恁麼上來請師接。師曰。不接。曰為什麼不接。師曰。為汝太靈利。

玄沙に游ぶ径は別なり。時の人は切に須らく知るべし。三冬は陽氣盛んにして、六月は霜を降す時。語有るは舌に關せず、言無きは切に辭を要す。我が最後の句に會せば、世に出づるも人の知ること少し。

杭州報恩光教寺通辯明達禪師紹安(第四世住)師上堂曰。一句染神萬劫不朽。今日為諸上座舉一句。分明記取珍重。僧問。大眾側聆請師不吝。師曰。奇怪。曰恁麼即今日得遇於師也。師曰。是何言歟。師有時示眾曰。幸有樓臺匝地常提祖印。不妨諸上座參取。久立珍重。問如何是和尚家風。師曰。一切處見成。曰恁麼即亙古亙今也。師曰。莫閑言語。

奇なりや一靈の叟。那に許の叨叨を頓せむ(音は兜)。風起きて箜篌を引く。迷子は頭を争い凑る。設し總て是れに非ずとも。蝦蟆は口を大きく張る。口を開くも口を開かざるも。終に是れ靈叟を犯す。個中の意を識らんと欲せば。南の星は真に北斗なり。

福州廣平院守威宗一禪師福州侯官人也。西峰山受業。參天台得旨。國師授之法衣。時有僧問曰。太庾嶺頭提不起。如何傳授於師。師拈起衣曰。有人敢道天台得麼。時吳越忠懿王嚮德命闡法住持。署於師名玄徒臻萃。上堂示眾曰。達磨大師雲。吾法三千年後不移絲髮。山僧今日不移達磨絲髮。先達之者共相證明。若未達者不移絲髮。僧問。洪鍾韻絕大眾臨筵。祖意西來請師提唱。師曰。洪鍾韻絕大眾臨筵。問古人云。任汝千聖見我有天真佛。如何是天真佛。師曰。千聖是弟。問如何是廣平家風。師曰。誰不受用。師後遷住怡山長慶。上堂謂眾曰。不用開經作梵。不用展鈔牒科。還有理論處也無。設有理論處乃是方便之譚。宗乘事作麼生。僧問。如何是西來意。師曰。未曾有人答得。曰請師方便。師曰。何不更問。師後終於長慶。

萬里の神光は頂後の相。頂を沒するの時何の處にか望まん。事已に成り、意もまた休まる。此の個は從來觸る處に周し。智者は聊か聞きて猛く提挈せよ。須臾を待って頭を失い却る莫れ。

杭州報恩光教寺第五世住永安禪師溫州永嘉人也。姓翁氏。幼歲依本郡彙徵大師出家。後唐天成中隨本師入國。吳越忠懿王命徵為僧正。師尤不喜俗務。擬潛往閩川投訪禪。會屬路岐艱阻。遂迴天台山結茆而止。尋遇韶國師開示頓悟本心乃辭出山。徵師聞於忠懿王。初命住越州清泰院。次召居上寺署正覺空慧禪師。師上堂曰。十方諸佛一時雲集。與諸上座證明。諸上座與諸佛一時證明。還信麼。切忌卜度。僧問。四眾雲臻如何舉唱。師曰。若到諸方切莫錯舉。曰非但學人大眾有賴。師曰。禮拜著。僧問。五乘三藏委者頗多。祖意西來乞師指示。師曰。五乘三藏。曰向上還有事也無。師曰。汝卻靈利。問如何是大作佛事。師曰。嫌什麼。曰恁麼即親承摩頂去也。師曰。何處見世尊。問如何是西來意。師曰。汝過遮邊立。僧移步。師曰。會麼。曰不會。師示偈曰。

招慶省僜真覺大師の頌二首

汝問西來意且過遮邊立

坐禅を執する者に示す

昨夜三更時雨打虛空濕

大道は分明にして點塵を絶つ。何ぞ須らく長く坐して始めて相い親しまん。緣に遇い儻も解すれば非是無し。憒の處に那んぞ能く故新有らん。散誕して肯んじて支遁の侶に齊し。逍遥して曷くんぞ慧休と鄰と為らん。あるいは泉石に游びあるいは闤闠に。謂うべし煙霞の物外の人と。

電影豁然明不似蚰蜒急

坐禅の方便を示す

師開寶七年甲戌夏六月示疾。告眾為別。時有僧問。昔日如來正法迦葉親傳。未審和尚玄風百年後如何體會。師曰。汝什麼處見迦葉來。曰恁麼即信受奉行不忘斯旨也。師曰。佛法不是遮箇道理。言訖坐亡。壽六十四。臘四十四。既闍維而舌不壞。柔軟如紅蓮葉。今藏於普賢道場中。師以華嚴李長者釋論旨趣宏奧。因將合經成百二十卷雕印。遍行天下。

四威儀の內は坐を先と為す。身心を澄濾して漸く坦然たり。瞥爾として緣有りて濁界に随うも、當に續ぐ莫きを須う是れ天年なり。修持はただ功路に從うを話す。至理は寧に論ずるあの邊に在るを。一切の時中に常に管帶す。因緣相い湊りて豁として玄に通ず。

廣州光聖道場師護禪師閩越人也。自天台得法化行嶺表。國主劉氏待以師禮。創大伽藍請師居焉。署大義之號。僧問。昔日梵王請佛今日國主臨筵。祖嗣西來如何舉唱。師曰。不要西來。山僧已舉唱了也。曰豈無方便。師曰。適來豈不是方便。問國王三請來坐光聖道場。未審和尚法嗣何方。師曰。一聲鼕鼓萬戶齊窺。曰恁麼即天台妙旨光聖親承也。師曰。莫亂道。問學人乍入叢林西來妙訣乞師指示。師曰。汝未入叢林我已示汝了也。曰如何領會。師曰。不要領會。

漳州羅漢桂琛和尚の明道頌一首

杭州奉先寺清昱禪師永嘉人也。得法於天台國師。吳越忠懿王召入問道。命軍使薛溫於西湖建大伽藍曰奉先。建大佛寶閣。延請師居之演暢宗旨。署圓通妙覺禪師。僧問。如何是西來意。師曰。高聲舉似大眾。師開寶中示滅於本寺。

至道は淵曠にして、言を以て宣べる勿れ。言の宣ぶは指に非ず、孰か有是と云わん。觸る處皆渠なり、豈に真虛を喩えん。真虛は辨を設ければ、鏡中に現ずるがごとし。有無は彰ると雖も、在處傷無し。傷無く在無ければ、何の拘え何の阂あらん。功成を假らず、何の法爾を將とせん。法爾は爾ならず、俱に唇齒と為る。もし斯を以て陳なば、宗旨を埋沒す。宗は意陳に非ず、見聞する無以。見聞脫せざれば、水中の月のごとし。此に於て明ならざれば、翻って剩法と為る。一法に形有れば、お前の眼睛を翳す。眼睛明ならざれば、世界は峥嵘たり。我が宗は奇特にして、陽に當りて顯赫たり。佛および衆生、皆恩力を承く。低頭に在らず、思量は得難し。面門を拶破し、乾坤を覆蓋す。快く須らく薦取し、根塵を脫却すべし。其れ曉らざるが如くんば、而今を谩に説かん。

台州天台山紫凝普聞寺智勤禪師。僧問。如何是空手把鋤頭。師曰。但恁麼諦信。曰如何是步行騎水牛。師曰。汝自何來。師有頌示眾曰。

南嶽惟勁禅師の覺地頌一首(七言)

今年五十五腳未蹋寸土

略して覺地を明かし、名は同じく異なり。起は復た初終互いに換えて生ず。性海は首に名號を增建す。妙覺は還って性覺の明に依る。體覺は俱に明妙に含む。明覺妙覺は並びて双行す。妙覺は妙を覺じて元明の體。全く無漏一真精と成る。明覺は明を覺じて明の了す所。あるいは了相に因りて元明を失う。明妙の二覺は體覺を宗とす。體覺性覺は二つながら同じ明。湛覺は圓圓として增減無し。此の中に佛も衆生も無し。覺えざれば終始了了に非ず。迷悟を聞かざれば豈に惺惺ならん。是れ心地の如来藏と稱す。また覺照および無生無し。生に非ず滅に非ず真如の海。湛然常住して名は無名。太虛は未だ霞點を生ぜずと覺え。豈に微塵の有漏の聲有るを聞かん。空漚は覺誨を離れず。動寂は元より一真明。覺明の體は爾くして靈焰を含む。覺明は焰に逐いて虧盈を致す。之に差えりて返らざれば無覺と名づく。之に會し本に復るを始覺の生と為す。本覺は始覺に因りて生ずるに由る。正覺は還って合覺の明に依る。他の二種に由りて差互を成し、遂に渾く賴耶の名を作さしむ。染淨の双岐の路を具含す。覺明の含む處に異途萌ゆ。性起は無生不動の智。覺體を離れず本來圓成す。性起は覺を轉じて生ずる所を翻す。遂に有漏をして迷盲に堕せしむ。無明は愛に因りて相い滋潤す。名色の根本は漸次に生ず。七識の轉ずる處は圓鏡を蒙る。五六の生ずる時は覺明を蔽う。觸受有取は相依りて起こる。生老病死は續繼して行く。業識は茫茫として苦海に沒す。流に徇って浩浩として漂零を逐う。大聖は慈悲にして救濟を興す。一聲の用の處より三聲を出ず。智身は法身より由りて起こる。行身は還って智身に約りて生ず。智行の二身は融れて二無し。還って一體本來平に歸す。萬有は齊しく真海の印を含む。一心は普く現じて總て圓明。湛光は焰焰として何に依止せん。空性は蕩蕩として停まる所無し。處處に生を示すも生の相無し。處處に滅を示すも滅の形無し。珠鏡は頓に印して來往無し。浮雲は聚散して常程勿れ。出沒は真に任せて水月に同じ。緣に應ずるは響のごとく群情を化す。衆生の性地は元より染無し。ただ浮妄が真精を翳するに緣る。五陰の空聚のごときを了せざれば、豈に四大の乾城の若きを知らん。我慢の癡山は高く屹屹たり。無明の欲海は杳として溟溟たり。每に旃陀の憍誑の友に逐い。常に猛獸に随いて悲鳴を作す。自性は識を轉じて翻って幻と為る。自心の幻境に自心驚く。此の幻性の陽焰に同じきを了すれば、空華識浪も復た圓成す。太虛に忽ち浮雲の散ずるを覺えば、始めて虛空の本より自ら清きを覺ゆ。今古湛然として常に皎瑩たり。古今凡聖の名を得ず。

山河是眼睛大海是我肚

鄆州臨溪敬脫和尚の入道淺深頌五首

太平興國四年例試僧經業。山門老宿各寫法名。唯師不閑書札。時通判李憲問禪師。世尊還解書也無。師曰。天下人知。至淳化初不疾命侍僧開浴。浴訖垂誡徒眾安坐而逝。塔於本山。三年後門人遷塔。發龕覩師全身不散。容儀儼若髭髮仍長。迎入新塔。

露柱は聲聲に喚ぶ。猢猻は繩子に絆る。中下は由を知る莫れ。上士のみ看るに堪えたり。

溫州雁蕩山願齊禪師錢塘人也。姓江氏。少依水心寺紹巖禪師出家受具。初習智者教精研止觀圓融行門。後參天台國師發明玄奧。乃住雁蕩山。開寶五年吳越王長子。於西關建光慶寺請師開法住持。仍於城下諸禪眾中訪求名行三百人同入新寺。師上堂有僧問。夜月舒光為什麼碧潭無影。師曰。作家弄影漢。其僧從東過西立。師曰。不唯弄影兼乃怖頭。師居之未幾固辭入山。太平興國中示滅。

露柱は聲に喚ばず。猢狲の繩子は斷ゆ。上士は笑って呵呵たり。中流は若し見れば何んがせん。

杭州普門寺希辯禪師蘇州常熟人也。幼出家禮本邑延福院啟祥禪師落髮具戒。詣楞伽山聽律。尋謁天台受心印。乾德初吳越忠懿王命住越州清泰院。署慧智禪師。開寶中復召入居普門寺(即第二世住)師上堂曰。山僧素乏知見。復寡聞持。頃雖侍坐於山中。和尚亦不蒙一句開示。以至今與諸仁者聚會。更無一法可相助發。何況能為諸仁者。區別緇素商量古今。還怪得山僧麼。若有怪者且道。此人具眼不具眼。有賓主義無賓主義。晚學初機必須審細。時有僧問。如何是普門示現神通事。師曰。恁麼即闍梨怪老僧也。曰不怪時如何。師曰。汝且下堂裡思惟去。太平興國三年吳越王入覲。師隨寶塔至見於滋福殿。賜紫號慧明大師。端拱中上言願還故里。詔從之賜御製詩。及忠懿王施金。於常熟本山院創塼浮圖七級高二百尺。功既就。至道三年八月二十五日示疾而逝。壽七十七。臘六十三。塔於院之西北隅。

猢猻と露柱と。未だ東西の步を免れず。太平の歌を唱するに任せて。徒らに佛祖を超ゆと話す。

杭州光慶寺遇安禪師錢塘人也。姓沈氏。丱歲出家。於天台華頂峰禮庵主重蕭披剃依年受具。尋遇本山韶國師密契宗旨。乾德中吳越忠懿王命住北關傾心院。又召入居天龍寺。開寶七年甲戌安僖王請於光慶寺攝眾。署善智禪師。初上堂有僧問。無價寶珠請師分付。師曰。善能吐露。曰恁麼即人人具足也。師曰。珠在什麼處。僧乃禮拜。師曰。也是虛言。問提綱舉領盡立主賓。如何是主。師曰。深委此問。曰如何是賓。師曰。適來向汝道什麼。曰賓主道合時如何。師曰。其令不行。問心月孤圓光吞萬象。如何是吞萬象底光。師曰。大眾總見汝恁麼。問曰。光吞萬象從師道心。月孤圓意若何。師曰。抖擻精神著。曰鷺倚雪巢猶可辨。光吞萬象事難明。師曰。謹退。問青山緣水處處分明。和尚家風乞垂一句。師曰。盡被汝道了也。曰未必如斯請師答話。師曰。不用閑言。又一僧方禮拜。師曰。問答俱備。僧擬伸問。師乃叱之。師有時示眾曰。欲識曹谿旨。雲飛前面山。分明真實箇。不用別追攀。問承古德有言。井底紅塵生山頭波浪起。未審此意如何。師曰。若到諸方但恁麼問。曰和尚意旨如何。師曰。適來向汝道什麼。師又曰。古今相承皆雲。塵生井底浪起山頭。結子空華生兒石女。且作麼生會。莫是和聲送事就物呈心句裡藏鋒聲前全露麼。莫是有名無體異唱玄譚麼。上座自會即得古人意旨。不然既恁麼會不得合作麼生會。上座欲得會麼。但看泥牛行處陽焰翻波。木馬嘶時空華墜影。聖凡如此道理分明。何須久立珍重。太平興國三年隨寶塔見於滋福殿。賜紫號朗智大師。淳化初還光慶舊寺。三年九月二十一日歸寂。

我は匠者の誇るを見る。語默の玄妙の句。本の根源を善せず。巧みに祇園の事を布く。

天台山般若寺友蟾禪師錢塘臨安人也。幼歲出家。於本邑東山朗瞻院得度。聞天台國師盛化。遠趨函丈密印心地。初命住雲居普賢院。僧侶鹹湊。吳越忠懿王署慈悟禪師。遷止上寺眾盈五百。僧問。鼓聲才動大眾雲臻。向上宗乘請師舉唱。師曰。虧汝什麼。曰恁麼即人人盡霑恩去也。師曰。莫亂道。雍熙三年以山門大眾付受業弟子隆一繼踵開法。至淳化初示滅。歸葬於本山。

少室と摩竭と。第代に稱揚を許す。我今お前の徒に問う。誰か將來の主を作さん。

婺州智者寺全肯禪師。初參天台。天台問。汝名什麼。曰全肯。天台曰。肯箇什麼。師乃禮拜。住後有僧問。有人不肯。師還甘也無。師曰。若人問我即向伊道。師太平興國中以住持付法嗣弟子紹忠繼世說法。尋於本寺歸寂。

語默測り難し

福州玉泉義隆禪師。上堂曰。山河大地盡在諸人眼睛裡。因什麼說會與不會。時有僧問曰。山河大地眼睛裡。師今欲更指歸誰。師曰。只為上座去處分明。曰若不上來伸此問。焉知方便不虛施。師曰。依俙似曲才堪聽。又被風吹別調中。

閑坐して冥然として聖も知る莫れ。縱い言うも物の伊に比せん無し。石人は板を把りて雲中に拍す。木女は笙を含みて水底に吹く。もし聞こえずと道わば渠いまだ曉らず。其の響を尋ねんと欲すれば爾は還って疑う。君を教えて唱和すれば仍って須らく和すべし。宮商の竹と絲とを問う休め。

杭州龍冊寺第五世住曉榮禪師溫州白鹿人也。姓鄧氏。幼依瑞鹿寺出家登戒。聞天台國師盛化。遂入山參禮受心法。初住杭州富陽淨福院。後住龍冊寺。二處皆聚徒開法。僧問。祖祖相傳未審和尚傳阿誰。師曰。汝還識得祖未。僧慧文問。如何是真實沙門。師曰。汝是慧文。問如何是般若大神珠。師曰。般若大神珠分形萬億軀。塵塵彰妙體剎剎盡毘盧。問日用事如何。師曰。一念周沙界。日用萬般通。湛然常寂滅。常轉自家風。師一日坐妙善臺受大眾小參。有僧問。向上事即不問。如何是妙善臺中的的意。師曰。若到諸方分明舉似。曰恁麼即雲有出山勢水無投㵎聲。師乃叱之。師淳化元年庚寅八月二十九日於秀州靈光寺淨土院歸寂。預告門人致書辭同道。壽七十一。臘五十六。

祖教迥く異なり

杭州臨安縣功臣院慶蕭禪師。僧問。如何是功臣家風。師曰明暗色空。曰恁麼即諸法無生去也。師曰。汝喚什麼作諸法。師乃頌曰。

祖意は迥然として一句を傳う。教中は廣く布きて三乘を引く。淨名は岳を倒して雷聲吼る。鶖子の孤潭は月影澄めり。市肆に魚を賣りて進趣を忘る(底本の「市」字は网に從う、当に「市」たるべし)。岩林に虎を飼いて超升を望む。同體の權方便を知ると雖も。また炎天の日裏の燈に似たり。

功臣家風明暗色空法法非異

学は妙を得ると雖も

心心自通恁麼會得諸佛真宗

心を棲めて道を学ぶは塵のごとく數う。曹溪を認得するは幾人か有らん。もし聖凡に挂礙無からしめば。便ち應に磚瓦是れ修真なるべし。瞥然として一念の邪思起これば。已に多生の放逸の因に屬す。祖師に遇い親の指的せざれば。機に臨んで口を開きて卒に陳め難し。

越州稱心敬璡禪師。僧問。結束囊裝請師分付。師曰。莫諱。曰什麼處孤負和尚。師曰。卻是汝孤負我。師後遷住杭州保安院示滅。

問い來れば只對するを得ず

福州嚴峰師朮禪師。初開堂升座。時有極樂和尚問曰。大眾顒望請震法雷。師曰。大眾還會麼還辨得麼。今日不異靈山。乃至諸佛國土天上人間總皆如是。亙古亙今常無變異。作麼生會無變異底道理。若會得所以道。無邊剎境自他不隔於豪端。十世古今始終不移於當念。問靈山一會迦葉親聞。今日嚴峰一會誰是聞者。師曰。問者不弱。問如何是文殊。師曰。來處甚分明。

只對の句の分明を誇る莫れ。句を執り言を尋ねば卿を誤殺す。只合せば文殊は便ち是れ道。彼の居士の杳として聲無きに虧し。人を見れば須らく門を敲く物を棄つべし。路を知れば仍って堠子の名を忘る。倘若言を會し盡すを疑わざれば。何か妨げん默默として浮生せん。

潞州華嚴慧達禪師。僧問。如何是古佛心。師曰。山河大地。問如何是華嚴境。師曰。滿目無形影。

指す的無し

越州剡縣清泰院道圓禪師。僧問。亡僧遷化向什麼處去也。師曰。今日遷化。嶺中上座問。如何是祖師西來意。師曰。不可向汝道庭前柏樹子。

南北と東西とに居らず。上下の虛空豈に齊しからん。小さき毛頭に現ずるもなお廣しと道う。長き天外に變ずるもなお低きを嫌う。頓に四海を干して紅塵起こる。能く三塗の黑業の迷を竭くす。かくのごとき萬般は皆壞に屬す。さらに須らく前進して曹溪に問うべし。

杭州九曲觀音院慶祥禪師餘杭人也。姓沈氏。身長七尺餘。辯才冠眾多聞強記。時天台門下推為傑出。僧問。險惡道中以何為津梁。師曰。以此為津梁。曰如何是此。師曰。築著汝鼻孔。

僻執を自ら樂む

杭州開化寺傳法大師行明。本州人也。姓於氏。少投明州雪竇山智覺禪師披剃。及智覺遷住永明大道場。有徒二千。王臣欽仰法化彌盛。師自天台受記迴永明。翼贊本師。海眾傾仰。開寶八年智覺歸寂。師遂住能仁寺。忠懿王又建大和寺(尋改名六和寺。後太宗皇帝賜號開化)延請住持二處。皆聚徒說法。僧問。如何是開化門中流出方便。師曰。日日潮音兩度聞。問如何是無盡燈。師曰。謝闍梨照燭。太宗皇帝賜紫衣師號。咸平四年四月六日示滅。

僻執は風流ならずと雖も。松門を出づるに懶くして數十秋。合掌する時有りても佛を問うに慵し。腰を折りて誰か肯んじて王侯を見ん。電光の夢世は堅久に非ず。欲火の蒼生は早晚に休まん。自ら本來の靈覺性を薀んでも。暫くも心頭に挂けしむる能わず。

越州蕭山縣漁浦開善寺義圓禪師。僧問。一年去一年來。方便門中請師開。師曰。分明記取。曰恁麼即昔時師子吼今日象王迴。師曰。且喜勿交涉。

問答は須らく起倒を知るべし

溫州瑞鹿寺上方遇安禪師福州人也。得法於天台。又常閱首楞嚴了義。時謂之安楞嚴也。至道元年季春月將示滅。有法嗣弟子蘊仁侍坐。師乃說偈曰。

問答は須らく起倒を知らしむべし。龍頭蛇尾は自ら欺谩す。王の劍を秉るがごとくなお王の意。鏡の臺に當るに似て鏡の觀を待つ。眼を眨めば參差千里の莽。頭を低れば思慮萬重の灘。各々此の道に於て深見を争う。何ぞ前程に野干と作すに止まらん。

不是嶺頭攜得事豈從雞足付將來

言行相い扶く

自古聖賢皆若此非吾今日為君裁

言語は行う時易く行われず。烏のごとく兔のごとく兩つながら光明。寧ぞ晝夜の精勤に關りて得ん。是れ貪瞋懈怠の生に非ず。菩薩もなお説き到ること難し。聲聞は焉んぞ敢えて論評を拟せん。然るに地位無くして長く閑坐すれば。誰か料らん龍神の來りて捧迎するを。

師說偈付囑。以香水沐身易衣安坐。令舁棺至室。良久自入棺。經三日門人與本寺瑜闍梨輒啟棺覩。師右脅吉祥而臥。四眾哀慟師乃再起上堂說法。及訶責垂誡曰。此度更啟吾棺者非吾之子。言訖復入棺長往。

一句子

杭州龍華寺慧居禪師閩越人也。自天台領旨。吳越忠懿王命住上寺。初開堂眾集定。師曰。從上宗乘到此如何言論。又如何舉唱。只如釋迦如來說一代時教。如瓶注水。古德尚雲。猶如夢事寱語一般。且道古德據什麼道理便恁麼道。還會麼。大施門開何曾擁塞。生凡育聖不漏纖塵。言凡則全凡。舉聖則全聖。凡聖不相待箇箇獨尊。所以道山河大地長時說法長時放光。地水火風一一如是。時有僧出禮拜。師曰。好箇問頭如法問將來。僧方進前。師曰。又勿交涉也。僧問。諸佛出世放光動地。和尚出世有何祥瑞。師曰。話頭自破。異日上堂謂眾曰。龍華遮裡也只是拈柴擇菜。上來下去晨朝一粥。齋時一飯睡後吃茶。但恁麼參取珍重。僧問。學人未明自己。如何辨得淺深。師曰。識取自己眼。曰如何是自己眼。師曰。向汝道什麼。

一句子は玄にして盡くすべからず。颯然として會し了れば渠を奈何せん。世事に干はるに非ずして無事と成る。祖教の心魔は是れ佛魔。貧子の喻中に此の道を明かす。珠を獻ずる偈裏に張羅を顯す。空門に路有りて平にして兼ねて廣し。痛切に相い招くも誰か肯んじて過らん。

婺州齊雲山遇臻禪師越州人也。姓楊氏。幼歲依本州大善寺出家。年滿登具。預天台之室親承印記。住齊雲山宴居。法侶鹹湊。僧問。如何是無縫塔。師曰。五六尺。其僧禮拜。師曰。塔倒也。問圓明瞭知為什麼不因心念。師曰。圓明瞭知。曰何異心念。師曰。汝喚什麼作心念。師秋夕閑坐。偶成頌曰。

古今の大意

秋庭肅肅風颾颾寒星列空蟾魄高

古今は拂を以て東南を示す。大意は幽微にして肯んじて易く參ぜん。指を動かし頭を掩うは元より是れ一。眸を斜めにし掌を拊るは固より三に非ず。道吾の笏無きは同人の會。石鞏の弓を彎めるは作者の諳ん。此の理もし師の印授無からば。將に何の見を以て玄談を語らん。

搘頤靜坐神不勞鳥窠無端拈布毛

僧潤の詩三首

其諸歌偈皆觸事而作。三百餘首流行見乎別錄。至道中卒於大善寺。

寶林傳を覽るに因りて

溫州瑞鹿寺本先禪師溫州永嘉人也。姓鄭氏。幼歲於本州集慶院出家。納戒於天台國清寺。得法於天台韶國師。師初遇國師。國師導以非風幡動仁者心動之語。師即時悟解。後乃示徒曰。吾初學天台法門諸下便薦。然千日之內四儀之中。似物礙膺。如讎同所。千日之後一日之中物不礙膺讎不同所。當下安樂頓覺前咎。乃述頌三首。一非風幡動仁者心動。頌曰。

祖月禅風は寶林に集まる。二千餘載の道は尋ぬるに堪えたり。西國と東國とに分かると雖も。人心を隔てず佛心に到る。迦葉は最初に傳え去りて盛ん。慧能は末後に得來りて深し。之を覽れば頓に悟りて凡衆を超ゆ。嗟く彼の常に古と今とを迷うを。

非風幡動唯心動自古相傳直至今

道者に贈る

今後水雲徒欲曉祖師真實好知音

一語の真空は世間を出づ。憐れむべし迷う者の蟾の循環。此生は三禅の樂に坐するに勝れたり。好句を長く吟じて万事閑なり。秋月は圓くして看盡くす夜。野雲は散じ去りて何の山に落つる。頭に到れば自ら了して方に了と為る。他の經を執して祖關を扣く休め。

二見色便見心。頌曰。

禅客に贈る

若是見色便見心人來問著方難答

妄を了して真に歸すれば萬慮空なり。河沙の凡聖は體通同。迷い來れば盡く蛾の焰に投ずるに似たり。悟り去れば皆な鶴の籠を出づるがごとし。片月の影は千澗の水に分かる(底本の「澗」字は水旁㵎に從う、当に「澗」たるべし)。孤松の聲は四時の風に任す。直に須らく心心地に密契すべし。勞生を苦しめて睡夢の中に居る休め。

若求道理說多般孤負平生三事衲

漳州報劬院玄應禅師の法嗣一人 報劬第二世の仁義禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)

三明自己。頌曰。

漳州隆寿の無逸禅師の法嗣一人 漳州隆寿の法騫禅師(一人、録に見ゆ)

曠大劫來秖如是如是同天亦同地

廬山歸宗道詮禅師の法嗣一人 筠州九峰の義詮禅師(一人、録に見ゆ)

同地同天作麼形作麼形兮無不是

眉州黄龍継達禅師の法嗣一人 第二世の黄龍和尚(一人、録に見ゆ)

師自爾足不歷城邑。手不度財貨。不設臥具。不衣繭絲。卯齋終日宴坐。申旦誨誘徒眾。朝夕懇至踰三十載其志彌厲。師示眾雲。爾等諸人還見竹林蘭若山水院舍人眾麼。若道見則心外有法。若道不見焉奈竹林蘭若山水院舍人眾現在摐然地。還會恁麼告示麼。若會不妨靈利。無事莫立。師示眾雲。佛身充滿於法界。普現一切群生前。隨緣赴感靡不周。而常處此菩提座。若道佛身充滿於法界去。菩薩界緣覺界聲聞界天界修羅界人界畜生界餓鬼地獄界。如是等界應須勿有蹤跡去始得。為什麼有此二三說。為道法界唯是佛身。便恁麼道恁麼道既成二三。又作麼生說。是充滿法界底佛身。向遮裡為爾等亂道。還得麼。於遮箇說話若也薦得。不妨省心力。若也薦不得爾等且道。不歷僧祇獲法身。是箇甚人。彼此出浴勞倦不妨且退。師有時雲。大凡參學佛法未必學問話是。參學未必學揀話是。參學未必學代語是。參學未必學別語是。參學未必學捻破經論中奇特言語是。參學未必捻破諸祖師奇特言語是。參學若也於如是等參學。任爾七通八達。於佛法中儻無箇實見處。喚作乾慧之徒。豈不聞古德雲。聰明不敵生死。乾慧豈免苦輪。諸人若也參學。應須真實參學。始得真實參學也。行時行時參取。立時立時參取。坐時坐時參取。眠時眠時參取。語時語時參取。默時默時參取。一切作務時一切作務時參取。既向如是等時參。且道參箇甚人參箇什麼說。到遮裡須自有箇明白處始得。若非明白處喚作造次參學則無究了。又云。幽林鳥叫碧㵎魚跳。雲片展張瀑聲嗚咽。爾等還知得如是多景象示爾等箇入處麼。若也知得不妨參取好。又云。天台教中說文殊觀音普賢三門。文殊門者一切色。觀音門者一切聲。普賢門者不動步。而到我道。文殊門者不是一切色。觀音門者不是一切聲。普賢門者是箇什麼。莫道別卻天台教說話。無事且退。

朗州梁山緣觀禅師の法嗣一人 郢州大陽山の警玄禅師(一人、録に見ゆ)

又云。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。若是求出三界修行底人。聞遮箇言語不妨狐疑不妨驚怛。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。千變萬化不出真常。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。須會異類中行始會得遮箇言語。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。東家是南泉西家是南泉。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。東家郎君子西家郎君子。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。東家是什麼西家是什麼。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。乃作驢叫又作馬嘶。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。喚什麼作東家驢。喚甚麼作西家馬。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。既問遷化答在問處。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。作露柱處去。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。或會雲。東家作驢虧南泉甚處。西家作馬虧南泉甚處。如是諸家會也。總於佛法有安樂處。南泉遷化向甚處去。東家作驢西家作馬。學人不會。要騎便騎要下便下。遮箇答話不消得多道理而會。若見法界性去也勿多事。珍重。又云。晨朝起來洗手面盥漱了吃茶。吃茶了佛前禮拜。佛前禮拜了和尚主事處問訊。和尚主事處問訊了僧堂裡行益。僧堂裡行益了上堂吃粥。上堂吃粥了歸下處打睡。歸下處打睡了起來洗手面盥漱。起來洗手面盥漱了吃茶。吃茶了東事西事。東事西事了齋時僧堂裡行益。齋時僧堂裡行益了上堂吃飯。上堂吃飯了盥漱。盥漱了吃茶。吃茶了東事西事。東事西事了黃昏唱禮。黃唱禮昏了僧堂前喝參。僧堂前喝參了主事處喝參。主事處喝參了和尚處問訊。和尚處問訊了初夜唱禮。初夜唱禮了僧堂前喝珍重。僧堂前喝珍重了和尚處問訊。和尚處問訊了禮拜行道誦經念佛。如此之外或往莊上。

第十世

或入郡中。或歸俗家。或到市肆。既有如是等運為。且作麼生說箇勿轉動相底道理。且作麼生說箇那伽常在定無有不定體底道理。還說得麼。若也說得一任說取。珍重。又云。鑑中形影唯憑鑑光顯現。爾等諸人所作一切事。且道唯憑箇什麼顯現。還知得麼。若也知得於參學中千足萬足。無事莫立。又云。爾等諸人夜間眠熟不知一切。既不知一切。且問。爾等那時有本來性。若道那時有本來性。那時又不知一切與死無異。若道那時無本來性。那時睡眠。忽醒覺知如故。還會麼。不知一切與死無異。睡眠忽省覺知如故。如是等時是箇什麼。若也不會各自體究取。無事莫立。又云。諸法所生唯心所現。如是言語好箇入底門戶。且問。爾等諸人眼見一切色。耳聞一切聲。鼻嗅一切香。舌知一切味。身觸一切軟滑。意分別一切諸法。只如眼耳鼻舌身意所對之物。為復唯是爾等心。為復非是爾等心。若道唯是爾等心。何不與爾等身都作一塊了休。為什麼所對之物卻在爾等眼耳鼻舌身意外。爾等若道眼耳鼻舌身意所對之物非是爾等心。又焉奈諸法所生唯心所現。言語留在世間何人不舉著。爾等見遮箇說話。還會麼。若也不會大家用心商量教會去。幸在其中莫令厭學。無事且退。大中祥符元年二月師忽謂上足如晝曰。可造石龕。仲秋望日吾將順化。如晝稟命尋即成就。及期遠近士庶奔趨瞻仰。是日參問如常。至午時安坐方丈手結寶印。復謂如晝曰。古人云。騎虎頭打虎尾。中央事作麼生。如晝答雲。也只是如晝。師雲。爾問我。晝乃問。騎虎頭打虎尾中央事和尚作麼生。師雲。我也弄不出。言訖奄然。開一目微視而寂。壽六十七。臘四十二。長吏具以事聞。詔本州常加檢視。如晝乃奉師嘗所著竹林集十卷詩篇歌辭共千餘首詣闕上進。詔藏秘閣。如晝特賜紫衣。

天臺山德韶国師の法嗣四十九人 杭州永明寺の延寿禅師

前杭州報恩寺慧明禪師法嗣

温州大寧の可弘禅師

福州長谿保明院通法大師道誠。師上堂曰。如為一人眾多亦然。珍重。僧問。如何是保明家風。師曰看。問圓音普震三等齊聞。竺土仙心請師密付。師良久。僧曰。恁麼即意馬已成於寶馬。心牛頓作於白牛。師曰。七顛八倒。曰若不然者幾招哂笑。師曰。禮拜退後。問如何是和尚西來意。師曰。我不曾到西天。曰如何是學人西來意。師曰。汝在東土多少時。

蘇州長寿の朋彦大師

前杭州永明寺道潛禪師法嗣

杭州五雲山の志逢大師

杭州千光王寺瓌省禪師溫州陶山人也。姓鄭氏。幼歲出家精究律部。聽天台文句棲心於圓頓止觀。後閱楞嚴文理宏𤀹未能洞曉。一夕誦經既久就案。若假寐夢中見日輪自空降開口吞之。自是倏然發悟。差別義門渙然無滯。後聞國城永明法席隆盛。專申參問。永明唯印前解無別指喻。即以忠懿王所遣衲衣授之表信。後住湖西嚴淨院。開寶三年衢州刺史翁晟仰重師道。乃開西山創大禪苑。太宗皇帝改賜寶雲寺額。請師居之。學者臻萃。師上堂曰。諸上座佛法無事。昔之日月今之日月。昔日風今日風。昔日上座今日上座。莫道舉亦了說亦了。一切成現好珍重。師開寶五年壬申七月示疾不求醫。三日前有寶樹浴池現。師曰。凡所有相皆是虛妄。二十七日晡時集眾言別安坐而逝。壽六十有七。闍維舍利門人建塔。

杭州報恩の法端禅師

衢州鎮境志澄大師。僧問。如何是定乾坤底劍。師曰。不漏絲髮。曰用者如何。師曰。不知。問或因普請鋤頭損傷蝦蟇蚯蚓。還有罪也無。師曰。阿誰是下手者。曰恁麼即無罪過。師曰。因果歷然。師後遷住杭州西山寶雲寺說法。本國賜紫署積善大師。

杭州報恩の紹安禅師

明州崇福院慶祥禪師上堂曰。諸禪德見性周遍聞性亦然。洞徹十方無內無外。所以古人道。隨緣無作動寂常真。如此施為全真智用。問如何是本來人。師曰。堂堂六尺甚分明。曰只如本來人還作如此相貌也無。師曰。汝喚什麼作本來人。曰乞師方便。師曰。教誰方便。

福州廣平の守威禅師

前杭州靈隱寺清聳禪師法嗣

杭州報恩の永安禅師

杭州臨安功臣院道慈禪師。問師登寶座大眾鹹臻請師舉揚宗教。師曰。大眾證明。上座曰。恁麼即亙古亙今也。師曰。也須領話始得。

廣州光聖の師護禅師

秀州羅漢院願昭禪師錢塘人也。依本部西山保清院受業。自靈隱發明眾請出世。師上堂曰。山河大地是真善知識。時常說法時時度人。不妨諸上座參請。無事久立。僧問。羅漢家風請師一句。師曰。嘉禾合穗。上國傳芳。曰此猶是嘉禾家風。如何是羅漢家風。師曰。或到諸方分明舉似。師後住杭州香嚴寺。僧問。不立纖塵請師直道。師曰。眾人笑汝。曰如何領會。師曰。還我話頭來。

杭州奉先の清昱禅師

處州報恩院師智禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。誰人不見。問如何是一相三昧。師曰。青黃赤白。曰一相何在。師曰。汝卻靈利。問祖祖相傳傳祖印。師今法嗣嗣何人。師曰。靈鷲峰前月輪皎皎。

天臺普聞の智勤禅師

衢州瀫寧可先禪師。僧問。如何是瀫寧家風。師曰。謝指示。問如何是西來意。師曰。怪老僧什麼處。曰學人不會乞師方便。師曰。適來豈不是問西來意。

温州雁蕩の願齊禅師

杭州臨安光孝院道端禪師。僧問。如何是佛。師曰。高聲問著。曰莫即便是也無。師曰。勿交涉。師後住靈隱寺示滅。

杭州普門の希辯禅師

杭州西山保清院遇寧禪師。初開堂升座。有二僧一時禮拜。師曰。二人俱錯。僧擬進語。師便下座。

杭州光慶の遇安禅師

福州支提山雍熙寺辯隆禪師明州人也。依靈隱寺了悟禪師出家。遂受心印。師上堂曰。巍巍寶相偪塞虛空。金剛之體無有破壞。大眾還見不見。若言見也且實相之體本非青黃赤白長短方圓。亦非見聞覺知之法。且作麼生說見底道理。若言不見又道。巍巍實相偪塞虛空。為什麼不見。僧問。如何是向上一路。師曰。腳下底。曰恁麼即尋常履踐。師曰。莫錯認。問如何是堅密身。師曰。倮倮地。曰恁麼即不密也。師曰。見什麼。

天臺般若の友蟾禅師

杭州瑞龍院希圓禪師。僧問。如何是和尚家風。師曰。特謝闍梨借問。曰借問即不無家風作麼生。師曰。瞌睡漢。

婺州智者の全肯禅師

前金陵報慈行言導師法嗣

福州玉泉の義隆禅師

洪州雲居山義能禪師(第九世住)師上堂曰。不用上來。堂中憍陳如上座為諸上座轉第一義法輪。還得麼。若自信得各自歸堂參取。師下堂後。卻問一僧。只如山僧適來教上座參取聖僧。聖僧還道箇什麼。僧曰。特謝和尚再舉。問如何是佛。師曰。即心是佛。曰學人不會乞師方便。師曰。方便呼為佛迴光返照看身心是何物。

杭州龍冊の晓榮禅師

前金陵清涼泰欽禪師法嗣

杭州功臣の慶蕭禅師

洪州雲居山第十一世住道齊禪師洪州人也。姓金氏。禮百丈山明照禪師得度。遍歷禪會學心未息。後遇法燈禪師機緣頓契。暨法燈住上藍院。師乃主經藏。一日侍立次法燈謂師曰。藏主我有一轉西來意話。汝作麼生會。師對曰。不東不西。法燈曰。有什麼交涉。曰道齊只恁麼。未審和尚尊意如何。法燈曰。他家自有兒孫在。師於是頓明厥旨。初住筠州東禪院。僧問。如何是佛。師曰。汝是阿誰。問荊棘林中無出路。請師方便為畬開。師曰。汝擬去什麼處。曰幾不到此。師曰。閑言語。問不免輪迴不求解脫時如何。師曰。還曾問建山麼。曰學人不會乞師方便。師曰。放爾三十棒。問如何是三寶。師曰。汝是什麼寶。曰如何。師曰。土木瓦礫。師次住洪州雙林院。後住雲居山。三處說法著語要搜玄拈古代別等集盛行諸方。此不繁錄。至道三年丁酉九月示疾。八日申時令聲鍾集眾。維那白雲。眾已集。師曰。老僧三處住持三十餘年。十方兄弟相聚話道。主事頭首勤心贊助老僧。今日火風相逼。特與諸人相見。諸人還見麼。今日若見是末後方便諸人向什麼處見。為向四大五陰處見。六入十二處見。遮裡若見。便可謂雲居山二十年間後學有賴。吾去後山門大眾付契瓌開堂住持凡事更在勤而行之。各自努力珍重。大眾才散。師歸西挾告寂。壽六十九。臘四十八。今塔存本山。

越州称心の敬琎禅師

前金陵報恩院法安禪師法嗣

福州嚴峰の師術禅師

廬山棲賢寺道堅禪師。有官人問。某甲收金陵布陣殺人無數。還有罪也無。師曰。老僧只管看問如何是祖師西來意。師曰。揚瀾左里無風浪起。問如何是棲賢境。師曰。棲賢有什麼境。

潞州華嚴の慧達禅師

廬山歸宗寺第十四世慧誠禪師揚州人也。姓崔氏。幼出家於撫州明水院受具。遊方緣契慧濟禪師密承心印。庵於廬山之餘峰。淳化四年孟夏月歸宗柔和尚歸寂。郡牧與山門徒眾三請師開法住持。初上堂未升座。謂眾曰。天人得道此為證。恁麼便散去。已是周遮。其如未曉再為重敷。方乃升座。僧問。郡主臨筵請師演法。師曰。我不及汝。問如何是佛。師曰。如何不是。問如何是祖師西來意。師曰。不知。師又曰。問話且住諸上座問到窮劫問也不著。山僧答到窮劫答也不及。何以故。為上座各有本分事圓滿十方亙古亙今。乃至諸佛也不敢錯誤上座。謂之頂族只助發上座。所以道。十方法界諸有情念念以證善逝果。彼既丈夫我亦爾。何得自輕而退屈。諸上座不要退屈信取便休。祖師西來只道見性成佛。其餘所說不及此說。更有箇奇特方便。舉似諸人分明記取。到諸方莫錯舉。久立珍重。異日上堂。僧問。不通風處如何過得。師曰。汝從什麼處來。僧舉南泉雲。銅瓶是境瓶中有水。不得動著境與老僧將水來。鄧隱峰便拈瓶瀉水。南泉乃休。師曰。鄧隱峰甚奇怪。要且亂瀉。師接武歸宗十有四載。常聚五百餘眾。景德四年三月十八日上堂辭眾。安然而化壽六十有七。臘五十二。全身塔於本山。

越州清泰の道圓禅師

前廬州長安院延規禪師法嗣

杭州九曲の慶祥禅師

廬州長安院辯實禪師(第二世住)僧問。如何是祖師西來意。師曰。少室靈峰住九霄。

杭州開化の行明大師

潭州雲蓋山海會寺用清禪師河州人也。姓趙氏。本州出家酷志求法。遠參長安潛契宗旨。先住韶州東平山。淳化二年知潭州張茂宗請居雲蓋(第六世住)僧問。有一人在萬丈井底如何出得。師曰。且喜得相見。曰恁麼即穿雲透月去也。師曰。三十三天事作麼生。僧無語。問如何是雲蓋境。師曰。門外三泉井。曰如何是境中人。師曰。童行作子。師有頌示眾曰。

越州開善の義圓禅師

雲蓋鎖口訣擬議皆腦裂

温州瑞鹿の遇安禅師

拍手趁玄空雲露西山月

杭州龍華の慧居禅師

僧問。如何是雲蓋鎖口訣。師曰。遍天遍地。曰恁麼即石人點頭露柱拍手。師曰。一瓶淨水一鑪香。曰此猶是井底蝦蟇。師曰。勞煩大眾。師常節段食隨眾二時但展缽而已。或逾年月。亦不調練服餌無妨作務。有請必開。即便飽食而亡拘執。至道二年四月二日示疾而逝。闍維建塔於本山。

婺州齊雲の遇臻禅師

行思禪師第十一世

温州瑞鹿寺の本先禅師(以上三十人、録に見ゆ)

前蘇州長壽院朋彥大師法嗣

杭州報恩の德謙禅師

長壽第二世法齊禪師婺州人也。姓丁氏。始講百法因明二論。尋置講遊方。受心印於廣法大師。建隆二年廣法歸寂付授住持。節使錢仁奉禮重請揚真要。有百法座主問。令公請命四眾雲臻。向上宗乘請師舉唱。師曰。百法明門論。曰畢竟作麼生。師曰。一切法無我。問城東老母與佛同生。為什麼卻不見佛。師曰。不見即道。曰恁麼即見去也。師曰。城東老母與佛同生。師太平興國三年戊寅捨眾就本院創別室宴居。咸平三年庚子十二月十一日示滅。壽八十九。臘七十二。

杭州靈隱の處先禅師

天臺善建の省義禅師

越州觀音の安禅師

禪門達者雖不出世有名於時者一十人見錄

婺州仁寿の澤禅師

金陵寶誌禪師

越州雲門の重曜禅師

婺州善慧大士

越州大禹の榮禅師

南獄慧思禪師

越州地蔵の瓊禅師

天台智顗禪師

杭州靈隱の紹光禅師

泗州僧伽和尚

杭州龍華の紹鑾禅師

萬迴法雲公

越州碧泉の行新禅師

天台豐幹禪師

越州象田の默禅師

天台寒山子

潤州登雲の從堅禅師

天台拾得

越州觀音の朗禅師

明州布袋和尚

越州諸暨の五峰和尚

諸方雜舉徵拈代別語

越州何山の道孜禅師

寶誌禪師金城人也。姓朱氏。少出家止道林寺修習禪定。宋泰始初忽居止無定飲食無時。髮長數寸徒跣執錫杖。頭擐剪刀尺銅鑑。或掛一兩尺帛。數日不食無飢容。時或歌吟詞如讖記。士庶皆共事之。齊永明七年。武帝謂師惑眾收付建康獄。既旦人見其入市。及檢獄如故。建康令以事聞。帝延於宮中之後堂。師在華林園忽一日重著三布帽。亦不知於何所得之。俄豫章王文惠太子相繼薨。武帝尋厭世齊亦以於季矣。由是禁師出入。梁高祖即位下詔曰。誌公跡拘塵垢神遊冥寂。水火不能焦濡。蛇虎不能侵懼。語其佛理則聲聞以上。譚其隱淪則遯仙高者。豈以俗士常情空相拘制。何其鄙陋一至於此。自今勿得復禁。帝一日問師曰。弟子煩惑何以治之。師曰。十二。識者以為十二因緣治惑藥也。又問十二之旨。師曰。旨在書字時節刻漏中。識者以為書之在十二時中。又問。弟子何時得靜心修習。師曰。安樂禁。識者以為修習禁者止也。至安樂時乃止耳。又製大乘贊二十四首盛行於世(餘諸辭句與夫禪宗旨趣冥會。略錄十首及師製十二時頌編於別卷)天監十三年冬將卒。忽告眾僧令移寺金剛神像出置於外。乃密謂人曰。菩薩將去。未及旬日無疾而終。舉體香軟。臨亡然一燭以付後閤舍人吳慶。慶以事聞。帝歎曰。大師不復留矣。燭者將以後事囑我乎。因厚禮葬於鍾山獨龍阜。仍立開善精舍。勅陸倕製銘於冢內。王筠勒碑於寺門。處處傳其遺像焉。初師顯跡之始年可五六十許。及終亦不老。人莫測其年。有徐捷道者。年九十三。自言是誌外舅弟小誌四年。計師亡時蓋年九十七矣。勅諡妙覺大師。

越州大禹の自廣禅師

善慧大士者。婺州義烏縣人也。齊建武四年丁丑五月八日降於雙林鄉傅宣慈家本名翕。梁天監十一年。年十六納劉氏女名妙光。生普建普成二子。二十四與里人稽亭浦漉魚。獲已沈籠水中祝曰。去者適止者留。人或謂之愚。會有天竺僧達磨(時謂嵩頭陀)曰。我與汝毘婆屍佛所發誓。今兜率宮衣缽見在。何日當還。因命臨水觀其影。見大士圓光寶蓋。大士笑謂之曰。鑪韛之所多鈍鐵。良醫之門足病人。度生為急何思彼樂乎。嵩指松山頂曰。此可棲矣。大士躬耕而居之。乃說一偈曰。

筠州黄蘗の師逸禅師

空手把鋤頭步行騎水牛

蘇州瑞光の清表禅師(以上一十九人、機縁の語句なし、録さず)

人從橋上過橋流水不流

杭州報恩寺慧明禅師の法嗣一人 福州保明の道誠大師(一人、録に見ゆ)

有人盜菽麥瓜果。大士即與籃籠盛去。日常傭作夜則行道。見釋迦金粟定光三如來放光襲其體。大士乃曰。我得首楞嚴定。當捨田宅設無遮大會。大通二年唱賣妻子獲錢五萬以營法會。時有慧集法師聞法悟解。言我師彌勒應身耳。大士恐惑眾遂呵之。六年正月二十八日遣弟子傅暀致書於梁高祖。書曰。雙林樹下當來解脫善慧大士。白國主救世菩薩。今欲條上中下善。希能受持。其上善略以虛懷為本。不著為宗。亡相為因。涅槃為果。其中善略以治身為本。治國為宗。天上人間果報安樂。其下善略以護養眾生勝殘去殺。普令百姓俱稟六齋。今聞皇帝崇法欲伸論義。未遂襟懷故。遣弟子傅暀告曰。暀投太樂令何昌。昌曰。慧約國師猶復置啟。翕是國民又非長老。殊不謙卑豈敢呈達。暀燒手御路。昌乃馳往同泰寺詢皓法師。皓勸速呈。二月二十一日進書。帝覽之遽遣詔迎。既至帝問。從來師事誰耶。曰從無所從來無所來師事亦爾。昭明問。大士何不論義。曰菩薩所說非長非短非廣非狹非有邊非無邊如如正理復有何言。帝又問。何為真諦。曰息而不滅。帝曰。若息而不滅此則有色。有色故鈍。若如是者居士不免流俗。曰臨財無苟得臨難無苟免。帝曰。居士大識禮。曰一切諸法不有不無。帝曰。謹受居士來旨曰大千世界所有色象莫不歸空。百川叢注不過於海。無量妙法不出真如。如來何故於三界九十六道中獨超其最。視一切眾生有若赤子有若自身。天下非道不安非理不樂。帝默然。大士辭退。異日帝於壽光殿請大士講金剛經。大士登座執拍板唱經成四十九頌。大同五年奏捨宅於松山下因雙檮樹而創寺。名曰雙林。其樹連理祥煙周繞。有雙鶴棲止。太清二年大士誓不食。取佛生日焚身供養。至日白黑六十餘人代不食燒身。三百人刺心瀝血和香。請大士住世。大士愍而從之。承聖三年復捨家資為眾生供養三寶。而說偈曰。

金陵報慈道場文遂導師の法嗣五人 常州齊雲の慧禅師

傾捨為群品奉供天中天

洪州雙嶺の祥禅師

仰祈甘露雨流澍普無邊

洪州觀音の真禅師

陳天嘉二年大士於松山頂遶連理樹行道。感七佛相隨。釋迦引前維摩接後。唯釋尊數顧共語。為我補處也。其山忽起黃雲盤旋若蓋。因號雲黃山。時有慧和法師不疾而終。嵩頭陀於柯山靈巖寺入滅。大士懸知曰。嵩公兜率待我。決不可久留也。時四側華木方當秀實欻然枯悴。太建元年己丑四月二十四日示眾曰。此身甚可厭惡眾苦所集。須慎三業精勤六度。若墜地獄卒難得脫。常須懺悔。又曰。吾去已不得移寢床。七日有法猛上人。持像及鍾來鎮於此。弟子問。滅後形體若為。曰山頂焚之。又問。不遂何如。曰慎勿棺斂。但壘甓作壇移屍於上。屏風周繞絳紗覆之。上建浮圖以彌勒像處其下。又問。諸佛涅槃時皆說功德。師之發跡可得聞乎。曰我從第四天來為度汝等。次補釋迦。及傅普敏文殊。慧集觀音。何昌阿難。同來贊助故。大品經云。有菩薩從兜率來。諸根猛利。疾與般若相應。即吾身是也。言訖趺坐而終。壽七十有三。尋猛師果將到織成彌勒像及九乳鐘留鎮之。須臾不見。大士道具十餘事見在。晉天福九年甲辰六月十七日錢王遣使發塔。取靈骨一十六片紫金色及道具。乃府城南龍山建華寺寘之。仍以靈骨塑其像。

洪州龍沙の茂禅師

衡嶽慧思禪師武津人也。姓李氏。頂有肉髻牛行象視。少以慈恕聞於閭裡。嘗夢梵僧勸出俗。乃辭親入道。及稟具常習坐日唯一食。誦法華等經滿千遍。又閱妙勝定經歎禪那功德。遂發心尋友。時慧聞禪師有徒數百(聞禪師始因背手探藏。得中觀論發明禪理。此論即西天第十四祖龍樹大士所造。遂遙稟龍樹)乃往受法晝夜攝心坐夏。經三七日獲宿智通。倍加勇猛。尋有障起。四支緩弱不能行步。自唸曰。病從業。生業由心起。心源無起外境何狀。病業與身都如雲影。如是觀已顛倒想滅輕安如故。夏滿猶無所得。深懷慚愧放身倚壁。背未至間豁爾開悟。法華三昧最上乘門一念明達研練逾久前觀轉增。名行遠聞學侶日至。激勵無倦機感寔繁。乃以大小乘定慧等法隨根引喻。俾習慈忍行奉菩薩三聚戒。衣服率用布。寒則加之以艾。以北齊天保中領徒南邁。值梁孝元之亂。權止大蘇山。輕生重法者相與冒險而至填聚山林。師示眾曰。道源不遠性海非遙。但向己求莫從他覓。覓即不得得亦不真。偈曰。

洪州大寧の獎禅師(以上五人、機縁の語句なし、録さず)

頓悟心源開寶藏隱顯靈通現真相

杭州永明道潜禅師の法嗣三人 杭州千光の王瓌省禅師

獨行獨坐常巍巍百億化身無數量

衡州鎮境の志澄大師

縱合偪塞滿虛空看時不見微塵相

明州崇福の慶祥禅師(以上三人、録に見ゆ)

可笑物兮無比況口吐明珠光晃晃

杭州靈隱清聳禅師の法嗣九人 杭州功臣院の道慈禅師

尋常見說不思議一語標名言下當

秀州羅漢の願昭禅師

又偈曰。

處州報恩の師智禅師

天不能蓋地不載無去無來無障礙

衢州瀫寧の可先禅師

無長無短無青黃不在中間及內外

杭州光孝の道端禅師

超群出眾太虛玄指物傳心人不會

杭州保清の遇寧禅師

其他隨叩而應。以道俗所施造金字般若法華經。時眾請師講二經。隨文發解。復命門人智顗代講。至一心具萬行有疑請決。師曰。汝所疑乃大品次第意耳。未是法華圓頓旨也。吾昔於夏中一念頓發諸法見前。吾既身證不勞致疑。顗即諮受法華行三七日得悟(顗即天台教主智者大師。如下章出焉)陳光大元年六月二十三日自大蘇山將四十餘僧徑趣南嶽乃曰。吾寄此山止期十載。已後必事遠遊。吾前身曾履此處。巡至衡陽值一處林泉勝異。師曰。此古寺也。吾昔曾居俾掘之基址猶存。又指巖下曰。吾此坐禪賊斬吾首。尋得枯骸一聚。自此化道彌盛。陳主屢致慰勞供養目為大禪師。將欲順世謂門人曰。若有十人不惜身命。常修法華般舟念佛三昧方等懺悔期於見證者。隨有所須吾自供給。如無此人吾即遠去矣。時眾以苦行事難無有答者。師乃屏眾泯然而逝。小師雲辯號叫。師開目曰。汝是惡魔。吾將行矣。何驚動妨亂吾邪。痴人出去。言訖長往。時異香滿室。頂暖身軟顏色如常。即太建九年六月二十二日也。壽六十有四。凡有著述皆口授無所刪改。撰四十二字門兩卷。無諍行門兩卷。釋論玄隨自意安樂行次第禪要三智觀門等五部各一卷。並行於世。

福州支提の辯隆禅師

天台山修禪寺智者禪師智顗荊州華容人。姓陳氏。母徐氏。始娠夢香煙五色縈饒於懷。誕生之夕祥光燭於隣裡。幼有奇相膚不受垢。七歲入果願寺。聞僧誦法華經普門品即隨念之。忽自憶記七卷之文宛如宿習。十五禮佛像誓志出家。怳焉如夢見大山臨海際峰頂有僧招手。復接入一伽藍雲。汝當居此。汝當終此。十八喪二親。於果願寺依僧法緒出家。二十進具。陳天嘉元年謁光州大蘇山慧思禪師。思一見乃謂曰。昔靈鷲同聽法華經。今復來矣。即示以普賢道場。說四安樂行。師入觀三七日。身心豁然定慧融會。宿通潛發唯自明瞭。以所悟白思。思曰。非汝弗證非吾莫識。此乃法華三昧前方便初旋陀羅尼也。縱令文字之師千萬不能窮汝之辯。汝可傳燈。莫作最後斷佛種人。師既承印可。太建元年禮辭住金陵闡化。凡說法不立文字。以辯才故晝夜無倦。七年乙未謝遣徒眾隱天台山佛隴峰。有定光禪師先居此峰。謂弟子曰。不久當有善知識領徒至此。俄爾師至。光曰。還憶疇昔舉手招引時否。師即悟禮像之徵悲喜交懷。乃執手共至庵所。其夜聞空中鍾磬之聲。師曰。是何祥也。光曰。此是犍稚集僧得住之相。此處金地吾已居之。北峰銀地汝宜居焉開山。後宣帝建修禪寺。割始豐縣租以充眾費。及隋煬帝請師受菩薩戒。師為帝立法名號總持。帝乃號師為智者。師常謂。法華為一乘妙典。蕩化城之執教。釋草菴之滯情。開方便之權門。示真實之妙理。會眾善之小行。歸廣大之一乘。遂出玄義。曰釋名辨體明宗論用判教相之五重也。名則法喻齊舉。謂一乘妙法即眾生本性。在無明煩惱不為所染。如蓮華處於淤泥而體常淨。故以為名。此經開權顯實廢權立實會權歸實。如蓮之華有含容開落之義。華之蓮有隱現成實之義。亦謂從本垂跡因跡顯本。夫經題不越法喻人。單複具足凡七種(單三複三具足一)攝一切名。

杭州瑞龍の希圓禅師(以上八人、録に見ゆ)

妙法蓮華即複之一也(法譬為複)名以召體。體即實相。謂一切相離實相無體故。宗則一乘因果。開示悟入佛之知見可尊尚故。用則力用。以開廢會之義有其力故。然後判教相者。以如來一代之說。總判為五時八教。五時者。一佛初成道為上根菩薩說華嚴時。二為小機說阿含時。三彈偏折小歎大褒圓說方等時。四蕩相遣執說般若時。五會權歸實。授三乘人及一切眾生成佛記。說法華涅槃時。八教者。謂化儀四教即頓漸秘密不定也。化法四教即藏(生滅四諦)通(無生)別(無量)圓也(無作四諦唯法華圓理。乃至治生產業一色一香無非實相)該三世如來所演罄殫其致(四正三接廣如本教)捨此皆魔說故。教理既明。非觀行無以復性。乃依一心三諦之理(真俗中)示三止三觀。一一觀心念念不可得。先空次假後中。離二邊而觀一心如雲外之月者。此乃別教之行相也。嘗雲。破一切惑莫盛乎空。建一切法莫盛乎假。究竟一切性莫大乎中。故一中一切中無假無空而不中。空假亦爾。即圓教之行相。如摩醯首羅天之三目。非縱橫並別故(第十四祖龍樹菩薩偈雲。因緣所生法。我說即是空。亦名為假名。亦名中道義。斯與楞嚴圓覺經說奢摩他三摩缽底禪那三觀。名目雖殊其致一也。達磨大師以心傳心不滯名數。直為上上根智俾忘筌忘意故。與此教同而不同。智者禪師窮理盡性備足之門故。與禪宗異而非異也)三觀圓成法身不素。即免同貧子也。尚盧學者昧於修性或墮偏執故。復創六即之義以絕斯患。一理即佛者。十法界眾生下至蟭螟同稟妙性。從本以來常住清淨覺體圓滿一理齊平故(執名相者不信即心即佛。覩此而生信也)二名字即佛者。雖理性坦平。而隨流者日用不知。必假言教外燻得聞名字。生信發解故(起信論雲。以有忘想心故。能知名義。自此已下簡暗證者)三觀行即佛者。既聞名開解。

杭州国泰の德文禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)

要假前之三觀而返源故(圓教外凡也。圓觀五陰為不思議境。即五品位。大師示居此位。別教十信及藏通教。皆名資糧位)四相似即佛者。觀行功深發相似用故(內凡也圓伏無明入十信鐵輪位。不斷見思惑。至七信以去見思惑自隕得六根清淨。如經云。父母所生眼悉見三千界云云。思大禪師示居此位。若別教乃地前三十心也。藏通皆名加行位。楞嚴經唯識論三十心後。別立四加行。名位雖同詮旨逈異。惟通悟者善巧融會)五分真即佛者。三心開發得真如用。位位增勝故(發圓初住即銅輪位也。如龍女一念成佛現百界身。從此轉勝至等覺位。凡四十一心盡目真因。分位雖殊圓理無別。若別教即名十地。藏通皆言見道位)六究竟即佛者。無明永盡覺心圓極證無所證故(妙覺也。起信雲。始本不二名究竟覺。仁王名寂滅上忍也。別教權佛攝。對圓行第二位耳。藏通二教佛可知)如上六位既皆即佛(不屈不濫)通具法報化三身為正(三寶三德屬對交絡。乃至十種三法含攝無遺。偈雲。道識性般若。菩提大乘身。涅槃三寶德。一一皆三法)隨居四土為依。四土者。一常寂光(法性土也。法身居之身土相稱)二實報無障礙(攝二受用也。自受用土報佛自居。他受用土登地菩薩所居)三方便有餘。四淨穢同居(並為應化土也。地前菩薩二乘凡夫所居)其實則非身非土無優無劣。為對機故假說身土而分優劣。師得身土互融權實無礙故。三十餘年晝夜宣演。生四種益具四悉檀(悉遍也。檀翻名施。禪師之法遍施有情隨根得益如雲。世界悉檀生歡喜益云云)門人灌頂日記萬言而編結之。總目為天台教。別即分諸部類。(法華玄義文句大小止觀金光明仁王淨名涅槃諸觀章十六觀經等及四教禪門凡百餘軸)歷代付授盛於江浙。隋開皇十七年十一月十七日帝遣使詔師。將行乃告門人曰。吾今往而不返。汝等當成就佛隴南寺一依我圖。

金陵報慈行言導師の法嗣二人 洪州雲居の義能禅師(一人、録に見ゆ)

侍者曰。若非師力豈能成辦。師曰。乃是王家所辦。汝等見之吾不見也(師初欲建寺於石橋。禪寂見三神人。皂幘絳衣從一老僧。謂師曰。若欲造寺今非其時。三國成一當有大力施主與師造寺。寺成國即清。宜號為國清。言訖不見。開皇十八年帝遣司馬王弘入山依圖造寺。方應前誌)師二十一日到剡東石城寺百尺石像前不進。至二十四日顧侍者曰。觀音來迎不久應去。時門人智朗請曰。不審何位何生。師曰。吾不領眾必淨六根捐己利他獲預五品耳(五品弟子。即法華三昧前方便之位。與思大禪師昔語冥符)命筆作觀心偈。唱諸法門綱要訖。趺坐而逝。壽六十。臘四十。弟子等迎歸佛隴巖。大業元年九月煬帝巡幸準海。遣使送弟子智璪及題寺額入山赴師忌齋。到日集僧開石室唯覩空榻。時會千僧至忽剩一人。鹹謂師化身來受國供。師始受禪教終乎滅度。常披一壞衲冬夏不釋。來往居天台山二十二年。建造大道場一十二所。國清最居其後。及荊州玉泉寺等共三十六所。度僧一萬五千人。寫經一十五藏。造金銅塑畫像八十萬尊。事蹟甚廣如本傳。

饒州北禅の清皎禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)

泗州僧伽大師者。世謂觀音大士應化也。推本則過去阿僧祇殑伽沙劫值觀世音如來。從三慧門而入道。以音聲為佛事。但以此土有緣之眾乃謂大師自西國來。唐高宗時至長安洛陽。行化歷吳楚間。手執楊枝混於緇流。或問師何姓。即答曰。我姓何。又問師是何國人。師曰。我何國人。尋於泗上欲構伽藍因宿。州民賀跋氏捨所居。師曰。此本為佛宇。令掘地果得古碑。雲香積寺。即齊李龍建所創。又獲金像眾謂然燈如來。師曰。普光王佛也。因以為寺額。景龍二年中宗遣使迎大師至輦轂深加禮異。命住大薦福寺。帝及百官鹹稱弟子。與度慧儼慧岸木叉三人。御書寺額(普光王寺)三年三月三日大師示滅。勅令就薦福寺漆身起塔。忽臭氣滿城。帝祝送師歸臨淮。言訖異香騰馥。帝問萬迴曰。僧伽大師是何人耶。曰觀音化身耳。乾符中諡證聖大師。皇朝太平興國中太宗皇帝重創浮圖壯麗超絕。

金陵清凉泰欽禅師の法嗣二人 洪州雲居の道齊禅師(一人、録に見ゆ)

萬迴法雲公者。虢州閿鄉人也。姓張氏。唐貞觀六年五月五日生始在弱齡嘯傲如狂鄉黨莫測。一日令家人灑掃雲。有勝客來。是日三藏玄奘自西國還訪之。公問印度風境瞭如所見。奘作禮圍繞稱是菩薩。有兄萬年久徵遼左。母程氏思其音信。公曰。此甚易爾。乃告母而往至暮而還。及持到書隣裡驚異。有龍興寺沙門大明少而相狎。公來往明師之室。屬有正諫大夫明崇儼夜過寺。見公左右神兵侍衛崇儼駭之。詰旦言與明師。復厚施金繒作禮而去。咸亨四年高宗召入內。時有扶風僧蒙澒者。甚多靈跡。先在內每曰。迴來迴來。及公至又曰。替到當去。迨旬日而澒卒。景雲二年辛亥十二月八日師卒於長安醴泉裡。壽八十。時異香氤氳舉體柔軟。制贈司徒虢國公喪事官給。三年正月十五日窆於京西香積寺。

廬山栖賢の慧聰禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)

天台豐幹禪師者。不知何許人也。居天台山國清寺。剪髮齊眉衣布裘。人或問佛理。止答隨時二字。嘗誦唱道歌乘虎入松門。眾僧驚畏。本寺廚中有二苦行。曰寒山子拾得。二人執爨終日晤語。潛聽者都不體解。時謂風狂子。獨與師相親。一日寒山問。古鏡不磨如何照燭。師曰。氷壺無影像猨猴探水月。曰此是不照燭也更請師道。師曰。萬德不將來教我道什麼。寒拾俱禮拜。師尋獨入五臺山巡禮。逢一老翁師問。莫是文殊否。曰豈可有二文殊。師作禮未起忽然不見(趙州沙彌舉似和尚。趙州代豐幹雲。文殊文殊)後迴天台山示滅。初閭丘公胤出牧丹丘將議巾車。忽患頭疼醫莫能愈。師造之曰。貧道自天台來謁使君。閭丘且告之病。師乃索淨器呪水噴之斯須立瘥。閭丘異之。乞一言示此去安危之兆。師曰。到任記謁文殊普賢。曰此二菩薩何在。師曰。國清寺執爨洗器者寒山拾得是也。閭丘拜辭。方行尋至山寺。問此寺有豐幹禪師否。寒山拾得復是何人。時有僧道翹對曰。豐幹舊院在經藏後今𨵙無人矣。寒拾二人見在僧廚執役。閭丘入師房唯見虎跡。復問道翹。豐幹在此作何行業。翹曰。唯事舂糓供僧閑則諷詠。乃入廚尋訪寒拾。如下章敘之。

金陵報恩法安禅師の法嗣二人 廬山栖賢の道堅禅師

天台寒山子者本無氏族。始豐縣西七十里有寒明二巖。以其於寒巖中居止得名也。容貌枯悴布襦零落。以樺皮為冠。曳大木履時來國清寺就拾得取眾僧殘食菜滓食之。或廊下徐行。或時叫噪望空慢罵。寺僧以杖逼逐。翻身拊掌大笑而去。雖出言如狂而有意趣。一日豐幹告之曰。汝與我遊五臺即我同流若不與我去非我同流。曰我不去。豐幹曰。汝不是我同流。寒山卻問。汝去五臺作什麼。豐幹曰。我去禮文殊。曰汝不是我同流。暨豐幹滅後。閭丘公入山訪之。見寒拾二人圍鑪語笑。閭丘不覺致拜。二人連聲咄叱。寺僧驚愕曰。大官何拜風狂漢耶。寒山復執閭丘手笑而言曰。豐幹饒舌。久而放之。自此寒拾相攜出松門更不復入寺。閭丘又至寒巖禮謁。送衣服藥物。二士高聲喝之曰。賊賊便縮身入巖石縫中。唯曰。報汝諸人各各努力。其石縫忽然而合。閭丘哀慕令僧道翹尋其遺物。於林間得葉上所書辭頌。及題村墅人家屋壁。共三百餘首傳布人間。曹山本寂禪師注釋謂之對寒山子詩。

廬山歸宗第十四世の慧誠禅師(二人、録に見ゆ)

天台拾得者不言名氏。因豐幹禪師山中經行。至赤城道側聞兒啼聲遂尋之見一子可數歲。初謂牧牛子。及問之雲。孤棄於此。豐幹乃名為拾得。攜至國清寺。付典座僧曰。或人來認必可還之。後沙門靈熠攝受令知食堂香燈。忽一日輒爾登座與佛像對盤而餐。復於憍陳如上座塑形前呼曰。小果聲聞僧驅之。靈熠忿然告尊宿等罷其所主。令廚內滌器。常日齋畢澄濾食滓以筒盛之。寒山來即負之而去。一日掃地。寺主問。汝名拾得。豐幹拾得汝歸。汝畢竟姓箇什麼在何處住。拾得放下掃箒叉手而立。寺主罔測。寒山搥胸雲。蒼天蒼天。拾得卻問。汝作什麼。曰豈不見道。東家人死西家助哀。二人作舞哭笑而出。有護伽藍神廟。每日僧廚下食為烏所有。拾得以杖抶之曰。汝食不能護。安能護伽藍乎。此夕神附夢於合寺僧曰。拾得打我。詰旦諸僧說夢符同。一寺紛然牒申州縣。郡符至雲。賢士隱遁菩薩應身宜用旌之。號拾得為賢士(隱石而逝見寒山章)時道翹纂錄寒山文句。以拾得偈附之。今略錄數篇。見別卷。

廬州長安院延規禅師の法嗣二人 廬州長安の辯實禅師

明州奉化縣布袋和尚者。未詳氏族。自稱名契此。形裁腲(烏罪切)脮(奴罪切)蹙額皤腹。出語無定寢臥隨處。常以杖荷一布囊。凡供身之具盡貯囊中。入𮠔肆聚落見物則乞。或醯醢魚𦵔才接入口。分少許投囊中。時號長汀子布袋師也。甞雪中臥雪不沾身。人以此奇之。或就人乞其貨則售。示人吉凶必應期無忒。天將雨即著濕草屨途中驟行。遇亢陽即曳高齒木履市橋上竪膝而眠。居民以此驗知。有一僧在師前行。師乃拊僧背一下。僧迴頭。師曰。乞我一文錢。曰道得即與汝一文。師放下布囊叉手而立。白鹿和尚問。如何是布袋。師便放下布袋。又問。如何是布袋下事。師負之而去。先保福和尚問。如何是佛法大意。師放下布袋叉手。保福曰。為只如此為更有向上事。師負之而去。師在街衢立。有僧問。和尚在遮裡作什麼。師曰。等箇人。曰來也來也(歸宗柔和尚別雲。歸去來)師曰。汝不是遮箇人。曰如何是遮箇人。師曰。乞我一文錢。師有歌曰。

趙州從谂和尚の語

只箇心心心是佛十方世界最靈物

鎮州臨濟義玄和尚の語

縱橫妙用可憐生一切不如心真實

玄沙宗一師備大師の語

騰騰自在無所為閑閑究竟出家兒

潭州羅漢桂琛和尚の語

若覩目前真大道不見纖毫也大奇

大法眼文益禅師の語

萬法何殊心何異何勞更用尋經義

南陽慧忠国師が禅客に問うた。「何の方より來るか。」對して言った。「南方より來れり。」師が言った。「南方に何の知識有るか。」言った。「知識は頗る多し。」師が言った。「如何に人に示すか。」言った。「彼方の知識は直下に学人に示す、即心是れ仏、仏は是れ覺の義。お前は今悉く見聞覺知の性を具えり。この性は善く眉を揚げ目を瞬ぎ、去來運用して身中に遍し。頭を挃れば頭知り、脚を挃れば脚知る。故に正遍知と名づく。これを離るる外さらに別の仏無し。この身は即ち生滅有り。心性は無始より已來かつて生滅せず。身の生滅するは、龍の骨を換え、蛇の皮を脱ぎ、人の故宅を出づるがごとし。即ち身は是れ無常、その性は常なり。南方の説く所は大約かくのごとし。」師が言った。「もし然らば、彼の先尼外道と差別有ること無し。彼は説く、我がこの身中に一の神性有り、この性は能く痛痒を知る。身の壞るる時、神は則ち出去す。舍の燒かるるに舍主が出去するがごとし。舍は即ち無常、舍主は常なりと。かくのごとくなれば、邪正辨ずる莫く、孰れか是と為さん。我は比来方を游びて多くこの色を見、近頃尤も盛んなり。三五百の衆を聚めて、目は雲漢を視て、是れ南方の宗旨と説く。他の壇経を把りて改換し、鄙談を添え糅め、聖意を削除し、後徒を惑乱す。豈に言教と成らんや。苦しいかな、吾が宗喪えり。もし見聞覺知を以て是れ仏性とせば、淨名は説くべからず、法は見聞覺知を離ると。もし見聞覺知を行ぜば、是れ則ち見聞覺知にして、法を求むるに非ず。」僧はまた問うた。「『法華』の了義は仏知見を開く、これ復たいかん。」師が言った。「彼は仏知見を開くと云うも、なお菩薩二乗を言わず。豈に衆生の癡倒を以て便ち仏の知見に同じくせんや。」僧はまた問うた。「阿那個か是れ仏心。」師が言った。「墙壁瓦礫。」是なり。僧が言った。「経と大いに相い違う。『涅槃』に説く、墙壁の無情の物を離るるを以ての故に仏性と名づく。今は是れ仏心と云う。いまだ心と性とが別か別ならざるかを審らかにせず。」師が言った。「迷えば即ち別、悟れば即ち別ならず。」言った。「経に云う、仏性は是れ常、心は是れ無常。今別ならずと云うは何ぞや。」師が言った。「お前はただ語に依りて義に依らず。譬えば寒月に水は結びて冰と為る。及んで暖かき時は、冰は釋けて水と為る。衆生の迷う時は性を結びて心と成す。衆生の悟る時は心を釋して性と成す。もし無情に仏性無しと執る者は、経は言うべからず三界唯心と。宛ら是れお前が自ら経に違う、我は違わざるなり。」問う。「無情すでに心性有れば、まだ解して法を説くか否か。」師が言った。「彼は熾然として常に説き、間歇有ること無し。」言った。

心王本自絕多知智者只明無學地

言った。「衆生は畢竟に聞くを得るか否か。」師が言った。「衆生もし聞かば即ち衆生に非ず。」言った。「無情が法を説くは何の典據か有る。」師が言った。「『華嚴』の説くを見ずや、刹説、衆生説、三世一切説。衆生は是れ有情か。」言った。「師はただ無情に仏性有りと説く。有情は復たいかん。」師が言った。「無情なおかくのごとし、況んや有情をや。」言った。「もし然らば、前に挙げたる南方の知識の、見聞は是れ仏性と云うは、應に合して外道に同じと判ぜざるべし。」師が言った。「彼に仏性無しと道わず。外道は豈に仏性無けんや。ただ見が錯えるに縁り、一法に於て二見を生ず。故に非なり。」言った。「もし俱に仏性有らば、さあ有情を殺せば即ち業を結び互いに酬い損害す。無情は報有ると聞かず。」師が言った。「有情は是れ正報、我我所と計りて結恨を懷けば、即ち罪報有り。無情は是れその依報にして、結恨の心無し。これを以て報有りと言わず。」言った。「教の中にただ有情の仏と作るを見て、無情の記を受くるを見ず。さあ賢劫の千仏に孰れか是れ無情の仏なるか。」師が言った。「皇太子の未だ位を受けざる時は唯だ一身のみ。位を受けたる後は、国土盡く王に屬す。寧んぞ国土別に位を受くる有らんや。今ただ有情の記を受けて仏と作る時、十方の国土は悉く是れ遮那の仏身。あにさらに無情の記を受くるを得んや。」言った。「一切の衆生は盡く佛身の上に居り、便利して佛身を穢污し、穿鑿して佛身を踐踏す。豈に罪無けんや。」師が言った。「衆生の全體は是れ佛、誰をか罪と為さんと欲する。」言った。「経に云う、佛身は罣礙無し。今有為質礙の物を以て佛身と作るは、豈に聖旨に乖かざらんや。」師が言った。「『大品経』に説く、有為を離れて無為を説くべからず。お前は色是れ空と信ずるか否か。」言った。「佛の誠言、あに敢えて信ぜざらん。」師が言った。「色すでに是れ空、寧んぞ罣礙有らんや。」言った。「衆生の佛性すでに同じければ、ただ一佛の修行を用いて、一切衆生は時に應じて解脱すべし。今すでに爾らざれば、同の義安くに在るか。」師が言った。「お前は『華嚴』の六相の義の説くを見ずや、同中に異有り、異中に同有り。成壞總別、類例皆然り。衆生と佛とは同一性と雖も、各各の自修自得を妨げず。他食して我飽きざるを未だ見ず。」言った。「知識有りて学人に示す、ただ自ら性を識り了りて、無常の時殼漏子を抛却して一辺に著けよ(底本はこの字は卵殼の一類に從う、当に「殼」たるべし)。靈臺智性は迥然として去りて、解脱と名づくと。これ復たいかん。」師が言った。「前に已に説き了んぬ。なお是れ二乗外道の量。二乗は生死を厭離して涅槃を欣樂す。外道もまた説く、吾に大患あれば吾に身有るが為なり。乃ち冥諦に趣く。須陀洹人は八万劫。余の三果人は六・四・二万。辟支佛は一万劫。定中に住す。外道もまた八万劫非非想中に住す。二乗は劫滿してなお能く心を回して大に向かう。外道は還って却て輪回す。」言った。「佛性は一種の為に別か。」師が言った。「一種を得ず。」言った。「何ぞや。」師が言った。「あるいは全く生滅せず、あるいは半生半滅・半不生滅。」言った。「この解を執りて為す。」師が言った。

非聖非凡復若乎不彊分別聖情孤

(師が続けて言う。)「我がこの間の佛性は全く生滅せず。お前の南方の佛性は半生半滅・半不生滅。」言った。「如何に區別するか。」師が言った。「これ則ち身心一如、心外に餘無し。所以に全く生滅せず。お前の南方は身は是れ無常、神性は是れ常。所以に半生半滅・半不生滅。」言った。「和尚の色身は豈に便ち法身の生滅せざるに同じくせんや。」師が言った。「お前あに入るを邪道に於て得んや。」言った。「学人は早晚邪道に入り。」師が言った。「お前は『金剛経』を見ずや、色見聲求は皆邪道を行く。今お前の見る所、其れ然らざらんや。」言った。「某甲はかつて大小乗の教を讀み、また不生不滅・中道正性の処を説く有るを見、また此の陰滅して彼の陰生じ、身に代謝有りて神性は滅せざるの文を説く有るを見たり。あに盡く外道の斷常二見に撥り同ぜんことを得んや。」師が言った。「お前は出世の無上正真の道を学ぶか、是れ世間の生死斷常の二見を学ぶや。お前は肇公の説くを見ずや、真を談ずれば則ち俗に逆い、俗に順えば則ち真に違う。真に違うが故に性を迷いて返る莫く、俗に逆うが故に言は淡くして味無し。中流の人は存するがごとく亡ぶがごとし。下士は掌を拊ちて顧みず。お前は今下士の大道に笑うを学ばんと欲するか。」言った。「師もまた即心是れ仏と言う。南方の知識もまた爾り。あに異同有らん。師は應に自を是として他を非とせざるべし。」師が言った。「あるいは名異にして體同、あるいは名同じくして體異と名づく。これに因りて濫れ矣。ただ菩提・涅槃・真如・佛性のごときは、名異にして體同。真心妄心・佛智世智は、名同じくして體異。南方は錯りて妄心を將て是れ真心と言い、賊を認めて子と為す。世智を取りて佛智と稱する有るは、なお魚目の明珠を乱るがごとし。雷同すべからず、事は甄別を須う。」言った。「いかにかこの過を離るるを得ん。」師が言った。「お前はただ仔細に陰入界處を反觀し、一一に推窮せよ。纖毫得べき有るか否か。」言った。「仔細に之を觀るに、一物の得べきを見ず。」師が言った。「お前は身心の相を壞るか。」言った。「身心の性離れば、何か壞るべき有らん。」師が言った。「身心の外さらに物有るか否か。」言った。「身心の外無し、寧んぞ物有らんや。」師が言った。「お前は世間の相を壞るか。」言った。「世間の相は即ち無相、あに用いてさらに壞らん。」師が言った。「もし然らば即ち過を離れ矣。」禅客は唯然として教を受けた。常州の僧靈覺が問うて言った。「心を發して出家し、本來佛を求めんと拟す。いまだ如何に心を用いれば則ち得んかを審らかにせず。」師が言った。「心無くして用いれば則ち佛と成るを得。」言った。「心無くして用いれば、阿誰か佛と成る。」師が言った。「心無ければ自ら成り、佛もまた心無し。」言った。「佛に大不可思議有りて、能く衆生を度すと為す。もしも心無ければ、阿誰か衆生を度さん。」師が言った。「心無きは是れ真の度生。もし生の度すべきを見る者は、即ち是れ心有り、宛然として生滅す。」言った。「今すでに心無し。能仁の出世して許多の教迹を説く、豈に虛言ならんや。」師が言った。「佛が教を説くもまた心無し。」言った。「法を説いて心無ければ應に是れ無説なるべし。」師が言った。「説は即ち無、無は即ち説。」言った。「法を説いて心無きに、業を造るは心有るか否か。」師が言った。「心無ければ即ち業無し。」

無價心珠本圓淨凡是異相妄空呼

(靈覺が続けて言う。)「今すでに業有れば、心は即ち生滅す。何ぞ心無きを得ん。」言った。「心無ければ即ち佛と成る。和尚は即ち今佛と成れるか未だ。」師が言った。「心はなお自ら無し、誰か佛と成ると言わん。もし成るべき佛有らば、なお是れ心有り。心有れば即ち漏有り、何の処にか心無きを得ん。」言った。「すでに成るべき佛無ければ、和尚はまだ佛の用を得るか否か。」師が言った。「心はなお自ら無し、用は何よりか有らん。」言った。「茫然として都て無し、斷見に堕つること莫きか否か。」師が言った。「本來見無し、阿誰か斷と道わん。」言った。「本來無し、空に落つること莫きか否か。」師が言った。「空すでに是れ無、堕ちは何より立たん。」言った。「能所俱に無し。忽ち人の刀を持して來りて命を取る者有らば、是れ有か是れ無か。」師が言った。「是れ無。」言った。「痛みあるか否か。」師が言った。「痛みもまた無し。」言った。「痛みすでに無ければ、死後何の道に生ずるか。」師が言った。「死無く生無くまた道無し。」言った。「すでに物無くして自在なるを得れば、飢寒の逼む所、いかに心を用いん。」師が言った。「飢えれば即ち飯を喫い、寒ければ即ち衣を著よ。」言った。「飢を知り寒を知るは應に是れ心有るべし。」師が言った。「我はお前に問う。心有れば、心は何の體段か作る。」言った。「心は體段無し。」師が言った。「お前すでに體段無きを知れば、則ち是れ本來心無し。何ぞ有りと言うを得ん。」言った。「山中に虎狼に逢い見えば如何に心を用いん。」師が言った。「見るは見ざるがごとく、來るは來らざるがごとし。彼は即ち心無し、惡獸は加害する能わず。」言った。「寂然として事無く、獨り脱して心無し、何物と名づくか。」師が言った。「金剛大士と名づく。」言った。「金剛大士に何の體段か有る。」師が言った。「本より形段無し。」言った。「すでに形段無ければ、何物を喚びて金剛大士と作すか。」師が言った。「形段無き金剛大士と喚び作す。」言った。「金剛大士に何の功德か有る。」師が言った。「一念に金剛と相應じて、能く殑伽沙劫の生死重罪を滅し、殑伽沙の諸佛を見るを得。その金剛大士の功德は無量にして、口の説く所に非ず、意の陳ぶる所に非ず。仮使殑伽沙劫世に住して説くも、また盡くすを得ざるなり。」言った。「如何なるか是れ一念相應。」師が言った。「憶智俱に忘るるは即ち是れ相應。」言った。「憶智俱に忘れれば、誰か諸佛を見ん。」師が言った。「忘るるは即ち無、無は即ち佛。」言った。「無は即ち無と言う、何ぞ佛と喚び作すを得ん。」師が言った。「無もまた空、佛もまた空なるが故。」言った。「無は即ち佛、佛は即ち無。」言った。「すでに纖毫の得べき無ければ、何物と名づくか。」師が言った。「本來名字無し。」言った。「まだ相似の者有るか否か。」師が言った。「相似の者無し、世に號して無比獨尊と為す。お前は努力してこれに依りて修行せよ。人の能く破壞する者無く、さらに問うを須いず、意に任せて游行し、獨り脱して畏れ無し。常に河沙の賢聖の覆護する所有り。在る所の處には常に河沙の天龍八部の恭敬するを得。河沙の善神來りて護り、永く障難無し。何の處にか逍遥を得ざらん。」また問うた。「迦葉は佛の邊に在りて聽く、是れ聞くか聞かざるか。」師が言った。「聞かざるを聞く。」言った。「云何に聞かざるを聞くか。」師が言った。「聞くは不聞。」言った。「如来は説有りて不聞聞、説無くして不聞聞か。」師が言った。「如来は説無くして説く。」言った。「云何に無くして説くか。」師が言った。「言は天下に滿ちて口過無し。」

人能弘道道分明無量清高稱道情

洛京の荷澤神会大師が衆に示して言った。「およそ学ぶ者は須らく自ら源に達すべし。四果三賢は皆調伏と名づく。辟支羅漢はいまだその疑を斷たず。等妙二覺は了達分明なり。覺に淺深有り、教に頓漸有り。その漸なるは、僧祇劫を歷りてなお輪回に處る。その頓なるは、臂を屈伸する頃に便ち妙覺に登る。もし宿に道種無ければ、徒らに多知を学ぶ。一切は心に在り、邪正は己に由る。一物を思わざれば即是れ自心、智の知る所に非ず。さらに別の行無し。これに悟り入る者は、真の三摩提なり。法に去來無く、前後際斷ず。故に無念を最上乘と為すを知る。曠徹清虛にして、頓に寶藏を開く。心は生滅に非ず、性は推遷を絶つ。自ら淨ければ則ち境慮生ぜず。作無きは乃ち攀緣自ら息む。我は昔日に退かざる輪を轉じたり。今定慧雙修するを得て、拳のごとく手のごとし。無念の體を見て、物に逐いて生ぜず。如来の常を了りて、さらに何を起こす所かあらん。今この幻質は元は是れ真常。自性は空のごとく、本來相無し。すでにこの理に達せば、誰か怖れ誰か憂えん。天地もその體を變ずる能わず。心は法界に歸し、萬象一如なり。思量を遠離し、智は法性に同じ。千經萬論はただ心を明らむのみ。すでに心を立てざれば、即ち體は真理にして都て得る所無し。諸の学衆に告ぐ、外に馳求すること無かれ。もし最上乘なれば、當に作無かるべし。珍重。」人が問うた。「無念の法は有無有るか否か。」師が言った。「有無を言わず。」言った。「そうの時はどうか。」師が言った。「またそうの時無し。なお明鏡のごとく、もし像に對せざれば終に像を見ず。もし物無きを見れば、乃ち是れ真の見なり。」師は大蔵経の內に六處の疑有りて、六祖に問うた。第一に戒定慧を問う。言った。「戒定慧は如何に用いる所か。戒は何物か。定は何の處より修するか。慧は何の處に因りて起こるか。見る所流通せず。」六祖が答えて言った。「定は則ちその心を定む。戒を將てその行を戒む。性中に常に慧照す。自ら見て自ら知ること深し。」第二の問。「本無今有は何の物有るか。本有今無は何の物無きか。経を誦して有無の義を見ず。真に似たり驢に騎りてさらに驢を覓むるが。」答えて言った。「前念の惡業は本來無し。後念の善生じて今有り。念念常に善行を行ぜよ。後代の人天久しからず。お前は今正に我が言を聽く。我は即ち本無今有。」第三の問。「生を將て滅を却り滅す。滅を將て滅を却り生ず。生滅の義を了らず。見る所は聾盲に似たり。」答えて言った。「生を將て滅を却り滅すは、人をして性を執らざらしむ。滅を將て滅を却り生ずるは、人をして心の境を離るしむ。未だ二辺を離れざれば、自ら生滅の病を除け。」第四の問。「先ず頓にして後に漸。先ず漸にして後に頓。…不悟する頓漸の人は、心裏常に迷悶せり。」答えて言った。「法を聽くは頓中の漸。法を悟るは漸中の頓。修行するは頓中の漸。果を證するは漸中の頓。頓漸は是れ常因。悟中に迷悶せず。」第五の問。「先ず定後に慧、先ず慧後に定。定慧の後初、何れを生じて正と為すか。」答えて言った。「常に清淨心を生ず。定中にして慧有り。境上に於て心無し。慧中にして定有り。」

攜錦若登故國路莫愁諸處不聞聲

(六祖が続けて言う。)「定慧等しく先無し。雙修して自心正し。」第六の問。「先ず佛にして後に法。先ず法にして後に佛。佛法の本根源。起こりて何の處より出づるか。」答えて言った。「説けば即ち先ず佛にして後に法。聽けば即ち先ず法にして後に佛。もし佛法の本根源を論ぜば、一切衆生の心裏より出づ。」

又有偈曰。

江西の大寂道一禅師が衆に示して言った。「道は修を用いず、ただ污染する莫れ。何を污染と為すか。ただ生死の心・造作趣向有れば、皆是れ污染なり。もし直ちにその道に會せんと欲せば、平常心是れ道なり。平常心は造作無く・是非無く・取捨無く・斷常無く・凡無く聖無しと謂う。経に云う、凡夫の行に非ず、賢聖の行に非ず、是れ菩薩の行と。ただ今の行住坐臥・機に應じ物に接するは、盡く是れ道。道は即ち是れ法界。乃至河沙の妙用も法界を出でず。もし然らざれば、云何に心地法門と言わん。云何に無盡燈と言わん。一切の法は皆是れ心法。一切の名は皆是れ心名。萬法は皆心より生ず。心は萬法の根本と為る。経に云う、心を識り本に達す、故に沙門と號すと。名等しく義等しく、一切の諸法皆等しく、純一にして雜無し。もし教門の中に於て時に随いて自在を得れば。法界を建立すれば盡く是れ法界。もし真如を立てれば盡く是れ真如。もし理を立てれば、一切の法盡く是れ理。もし事を立てれば、一切の法盡く是れ事。千を挙げれば千從い、理事別無し。盡く是れ妙用、さらに別の理無し。皆心の回轉に由る。譬えば月影に若干有るも、真の月に若干無し。諸の源水に若干有るも、水性に若干無し。森羅萬象に若干有るも、虛空に若干無し。道理を説くに若干有るも、無礙の慧に若干無し。種種の成立は皆一心に由るなり。建立するも得、掃蕩するも得。盡く是れ妙用。妙用は盡く是れ自家。真を離れて立つ處有るに非ず。立つ處即ち真、盡く是れ自家の體。もし然らざればさらに是れ何人ぞ。一切の法は皆是れ佛法。諸法は即ち解脱。解脱する者は即ち真如。諸法は真如に出でず。行住坐臥は悉く是れ不思議の用、時節を待たず。経に云う、在在處處は則ち佛有りと為すと。佛は是れ能仁にして、智慧有り、機情を善くす。能く一切衆生の疑網を破り、有無等の縛を出離す。凡聖の情盡き、人法俱に空なり。無等の輪を轉じて數量を超ゆ。作す所礙無く、事理雙く通ず。天の雲を起こすがごとく、忽ち有りて還って無く、礙迹を留めず。なお水に畫いて文を成すがごとく、生ぜず滅せず。是れ大寂滅なり。纏に在りては如来蔵と名づき、纏を出でては大法身と名づく。法身は窮無く、體に增减無し。能く大にし能く小にし、能く方にし能く圓にす。物に應じて形を現ずるは、水中の月のごとし。滔滔として運用し、根栽を立てず。有為を盡さず、無為に住せず。有為は是れ無為家の用。無為は是れ有為家の依。依に住せざるが故に、空のごとく依る所無しと云う。心生滅の義。心真如の義。心真如とは、譬…

一缽千家飯孤身萬裡遊

(師が続けて言う。)「迷えば即ち自家の本心を迷い、悟れば即ち自家の本性を悟る。一悟すれば永く悟り、復たさらに迷わず。日の出づる時の冥に合せざるがごとし。智慧の日出づれば、煩惱の暗と俱せず。心および境界を了れば、妄想は即ち生ぜず。妄想すでに生ぜざれば、即是れ無生法忍。本有今有にして、修道坐禅を假らず。修せず坐せず、即是れ如来の清淨禅。如今もしこの理を真正に見れば、諸の業を造らず、分に随いて生を過ぐ。一衣一鉢、坐起相随う。戒行熏を增し、淨業に積む。ただ能くかくのごとくなれば、何ぞ通ぜざるを慮らん。久しく立つ諸人は珍重。」

青目覩人少問路白雲頭

澧州の藥山惟儼和尚が堂に上りて言った。「祖師はただ保護せよと教う。もし貪瞋起こり來らば、切に防禦を須う。揨(直庚切)触せしむる莫れ。是れお前が枯木石頭を知らんと欲せば、却って擔荷を須う。實に枝葉の得べき無し。かくのごとくと雖も、さらに宜しく自ら看るべし、言語を絶ち却るを得ず。我今お前の為にこの個の語を説くは、語無き底を顯さんとす。他のあの個は本來耳目等の貌無し。」時に僧有りて問うて言った。「何ぞ六趣有るか。」師が言った。「我がこの要輪はその中に在ると雖も、元來染めず。」問う。「身中の煩惱を了らざる時は如何。」師が言った。「煩惱は何の相狀か作る。我は且くお前に考え看せしめん。さらに一般の底有りて、ただ紙背に向かいて言語を記持し、多く経論に惑わされり。我はかつて経論の策子を看ず。お前はただ事に迷うが為に、自家を走失して定まらず。所以に便ち生死の心有り。未だ一言半句・一経一論を学び得ざれば、便ちそう菩提涅槃・世に攝するか攝せざるかと説く。もし是のごとき解なれば即是れ生死。もしこの得失に繫縛せられざれば、便ち生死無し。お前は律師が何と説くかを見るか。尼薩耆・突吉羅は最も是れ生死の本。かくのごとくと雖も、生死を窮めて且つ得べからず。上は諸佛に至り、下は螻蟻に至るまで、盡くこの長短好惡大小の不同有り。もしも外より來らざれば、何の處にか閑漢有りて地獄を掘りてお前を待たん。お前は地獄道を識らんと欲せば、ただ今の鑊湯に煎煮する者是れなり。餓鬼道を識らんと欲せば、即ち今多虛少實・人をして信ぜしめざる者是れ。畜生道を識らんと欲せば、今の仁義を識らず・親疎を辨ぜざる者を見よ。豈に毛を披き角を戴き、斬割倒懸せられんことを須いんや。人天を識らんと欲せば、即ち今威儀を洗淨し・瓶を持ち鉢を挈ぐる者是れ。保任して諸趣に堕つるを免れよ。第一にこの個を棄つるを得ず。この個は是れ易く得るに非ず。須らく高き山の頂に立ち・深き海の底に行くべし。この處に行くは易しとせず、方に少し相應する有り。如今頭を出だして來れば、盡く是れ多事の人。個の癡鈍の人を覓めて得べからず。ただ策子中の言語を記して以て自家の見知と為す莫れ。他の解せざるを見れば便ち輕慢を生ず。この輩は盡く是れ闡提外道。この心は直に中らず、切に審悉を須う。そう道うもなお是れ三界の辺事。衲衣の下に在りて空しく過ぐる莫れ。ここに到ればさらに微細在り。等閑に將てする莫れ。須らく珍重を知るべし。」

梁貞明二年丙子三月師將示滅。於嶽林寺東廊下端坐磐石。而說偈曰。

越州の大珠慧海和尚が堂に上りて言った。「諸人は幸いに自ら好き個の無事の人。苦しみ死んで造作し、檐枷を要して獄に落ちて何を作すか。每日夜に至るまで奔波して、我は禅を参し道を学び、佛法を解會すと道う。かくのごときは轉じて交渉無きなり。ただ是れ聲色に逐いて走る、何の歇む時か有らん。貧道は江西和尚の道うを聞く、お前の自家の寶藏は一切具足し、使用自在にして、外に求めるを假らずと。我はこれより一時に休み去れり。自己の財寶は身に随いて受用す、快活と謂うべし。一法の取るべき無く、一法の捨つべき無し。一法の生滅の相を見ず、一法の去來の相を見ず。十方界に遍く一微塵許りにして自家の財寶ならざる無し。ただ自ら仔細に自心を觀察せよ。一體の三寶は常に自ら現前して、疑慮すべき無し。尋思する莫れ、求覓する莫れ。心性は本來清淨なり。故に『華嚴経』に説く、一切の法は生ぜず、一切の法は滅せず。能く是のごとく解すれば、諸佛は常に現前す。また『淨名経』に説く、聲の實相を觀ずれば、佛を觀ずるも然り。もし聲色に随いて念を動かさず、相貌に逐いて解を生ぜざれば、自然に事無くして去れり。久しく立つ莫れ、珍重。」この日大衆普く集まりて、久しくして散ぜず。師が言った。「諸人は何の故にかここに在りて去らざる。貧道は已に對面に相い呈す。まだ休むを肯んずるか。何の事か疑うべき有らん。錯りて心を用い、枉げて氣力を費やす莫れ。もし疑情有らば、一に諸人の恣意に早く問うに任せよ。」時に僧の法淵有りて問うて言った。「云何なるか是れ佛。云何なるか是れ法。云何なるか是れ僧。云何なるか是れ一體三寶。願わくは師の垂れ示さんことを。」師が言った。「心是れ佛、佛を將て佛を求むるを用いず。心是れ法、法を將て法を求むるを用いず。佛法二無し、和合して僧と為る。即是れ一體三寶。経に云う、心佛および衆生是れ三に差別無し。身口意の清淨なるを佛出世と名づく。三業の清淨ならざるを佛滅度と名づく。譬えば瞋る時は喜無く、喜ぶ時は瞋無し。唯だ是れ一心、實に二體無し。本智法爾にして、無漏現前す。蛇の化して龍と為るがごとく、その鱗を改めず。衆生の心を回して佛と作るも、その面を改めず。性は本より清淨にして、修成を待たず。證有り修有れば、即ち增上慢の者に同じ。真空滯無く、應有窮盡無く、始無く終無し。利根頓悟して、用は等々無し。即是れ阿耨菩提。心に形相無く、即是れ微妙色身。相無き即是れ實相法身。性相體空にして、即是れ虛空無邊身。萬行莊嚴にして、即是れ功德法身。この法身は乃ち是れ萬化の本。處に随いて名を立つ。智用盡きざるを無盡蔵と名づく。萬法を生ずる能くを本法蔵と名づく。一切智を具うるを智慧蔵と為す。…

彌勒真彌勒分身千百億

(師が続けて言う。)壽命の遺風を傳う。持犯を洞くして開遮に達す。威儀を秉りて軌範を行ず。牒三番の羯磨(底本は「羯么」に作る、当に「羯磨」たるべし)、四果の初因を作す。もし宿德の白眉に非ざれば、あんぞ敢えて造次せんや。およそ法師とは、師子の座に踞り、懸河の辯を瀉す。稠人廣衆に對して、玄關を啓鑿す。般若の妙門を開き、三輪の空施を等しくす。もし龍象の蹴踏に非ざれば、安んぞ敢えてこれに當たらんや。およそ禅師とは、その樞要を撮み、直ちに心源を了す。出没卷舒して、縱横に物に應ず。咸く事理に均しく、頓に如来を見る。生死の深根を拔き、見前三昧を獲る。もし禅を安じ慮を靜めざれば、ここに到れば總て茫然たるを須う。機に随いて法を授くれば、三學殊なれども。意を得て言を忘れば、一乗何の異かあらん。故に経に云う、十方の佛土中に唯だ一乗の法有り、二無くまた三無し。佛の方便の説を除きて、ただ假名字を以て衆生を引導す。」言った。「和尚は深く佛旨に達して、無礙の辯を得たり。」また問うた。「儒道釋の三教の同異はいかに。」師が言った。「大量の者は之を用いれば即ち同じ。小機の者は之を執れば即ち異なり。總て一性の上より用を起こす。機見の差別して三と成る。迷悟は人に由りて、教の同異に在らず。」『唯識』を講ずる道光座主が問うて言った。「禅師は何の心を用いて道を修するか。」師が言った。「老僧は心無くして用い、道無くして修す。」言った。「すでに心無くして用い道無くして修せば、云何に每日衆を聚めて人に勸めて禅を学び道を修せしむるか。」師が言った。「老僧はなお錐を卓つるの地無し、どの処にか衆を聚めて來らん。老僧は舌無し、何曽て人に勸めて來らん。」言った。「禅師は對面に妄語す。」師が言った。「老僧はなお舌無くして人に勸めず、あんぞ妄語を解せん。」言った。「某甲は禅師の語論を会せざるなり。」師が言った。「老僧は自らもまた会せず。」『華嚴』を講ずる志座主が問うた。「禅師は何の故にか青青の翠竹は盡く是れ法身、鬱鬱の黄華は般若ならざる無しと許さざるか。」師が言った。「法身は象無く、翠竹に應じて以て形を成す。般若は知無く、黄華に對して相を顯す。彼の黄華翠竹に般若法身有るに非ず。故に経に云う、佛の真法身はなお虛空のごとく、物に應じて形を現ずるは水中の月のごとし。黄華もし是れ般若ならば、般若は即ち無情に同じ。翠竹もし是れ法身ならば、翠竹は還って應用する能わん。座主は会するか。」言った。「この意を了らず。」師が言った。「もし性を見る人は、是と道うも得、是に非ずと道うも得。用に随いて説きて、是非に滯らず。もし性を見ざる人は、翠竹を説けば翠竹に著き、黄華を説けば黄華に著き、法身を説けば法身に滯り、般若を説けば般若を識らず。所以に皆争論と成る。」志は礼して謝して去った。人が問うた。「心を將て修行すれば幾時にか解脱を得ん。」師が言った。「心を將て修行するは、譬えば滑泥に垢を洗うがごとし。般若玄妙にして本より生無し。大用現前して時節を論ぜず。」言った。「凡夫もまたかくのごとくなるを得るか否か。」師が言った。「性を見る者は即ち凡夫に非ず。頓に上乘を悟りて、凡を超え聖を越ゆ。迷う人は凡を論じ聖を論ず。悟う人は生死涅槃を超越す。迷う人は事を説き理を説く。悟う人は大用方無し。迷う人は得を求め證を求む。…

時時示時人時人自不識

(師が続けて言う。)悟う人は得無く求無し。迷う人は遠劫に期す。悟う人は頓に見る。」維摩座主が問うた。「経に云う、彼の外道六師等は是れお前の師。その出家に因りて、彼の師の堕つる所はお前もまた随いて堕つ。そのお前に施する者は福田と名づけず。お前を供養する者は三惡道に堕つ。佛を謗り、法を毁り、衆數に入らず、終に滅度を得ず。お前もし是のごとくなれば乃ち食を取るべしと。今禅師に明らかに解説せしめんことを請う。」師が言った。「迷いて六根に徇う者を六師と號す。心外に佛を求むるを外道と名づく。施すべき物有れば福田と名づけず。心を生じて供を受ければ三惡道に堕つ。お前能く佛を謗る者は是れ佛に著きて求めざるなり。法を毁る者は是れ法に著きて求めざらんなり。衆數に入らざる者は是れ僧に著きて求めざるなり。終に滅度を得ざる者は智用現前なり。もし是のごとき解の者有らば、便ち法喜禅悦の食を得。」行者有りて問うた。「人の佛を問えば佛に答え、法を問えば法に答うる有り、これを一字法門と喚ぶ、是か非かを知らず。」師が言った。「鸚鵡の人の語話を学ぶがごとく、自ら語るを得ず。智慧無きが為の故なり。譬えば水を將て水を洗い、火を將て火を燒くがごとく、都て義趣無し。」人が問うた。「言と語と同か異か。」師が言った。「およそ一字を言と曰い、句を成すを語と名づく。さあ靈辯の滔滔たるは、譬えば大川の流水のごとく。峻機の疊疊たるは、圓器の珠を傾くるがごとし。所以に郭象は懸河と號し、春鸚は義海と稱す。これ是れ語なり。言とは一字にして心を表すなり。內は玄微に著き、外は妙相を現ず。萬機は撓れども乱れず。清濁は渾れども常に分かつ。齊王ここに到りてなお大夫の辭に慚ぢ、文殊ここに到りてなお淨名の説を歎ず。如今の常人云何に能く解せん。」源律師が問うた。「禅師は常に即心是れ佛と談ず、是の處有ること無し。さあ一地の菩薩は身を分ちて百の佛世界にす。二地は十倍に增す。禅師試しに神通を現じて看よ。」師が言った。「闍梨は自ら是れ凡か是れ聖か。」言った。「是れ凡。」師が言った。「すでに是れ凡僧なれば、能く是のごとき境界を問う。経に云う、仁者の心に高下有り、佛慧に依らず。これが是なり。」また問うた。「禅師は每に云う、もし道を悟れば、現前の身は便ち解脱す、是の處有ること無し。」師が言った。「人の一生善を作し、忽然として物を偷みて手に入れれば、即ち身是れ賊か否か有る。」言った。「故に是と知る。」師が言った。「如今了了に性を見れば、云何に解脱を得ざらん。」言った。「如今必ず可ならず。須らく三大阿僧祇劫を經て始めて得べし。」師が言った。「阿僧祇劫にまだ數有るか否か。」源は聲を抗げて言った。「賊を將て解脱に比ぶ、道理通ずるを得るか否か。」師が言った。「闍梨は自ら道を解せず、一切人の解を障むべからず。自ら眼開かざれば、一切人の物を見るに瞋れり。」源は色を作して去りて、言った。「老といえども渾に道無し。」師が言った。「即ち行き去る者は是れお前の道なり。」『止觀』を講ずる慧座主が問うた。「禅師は魔を辨うるを得るか否か。」師が言った。「心を起こすは是れ天魔。心を起こさざるは是れ陰魔。あるいは起こしあるいは起こさざるは是れ煩惱魔。我が正法中に是のごとき事無し。」言った。「一心三觀の義はまたいかん。」

偈畢安然而化。其後他州有人見師亦負布袋而行。於是四眾競圖其像。今嶽林寺大殿東堂全身見存。

師が言った。「過去の心は已に過去し、未來の心は未だ至らず。現在の心は住無し。その中間に於てさらに何の心を用いて觀を起こさん。」言った。「禅師は止觀を解せず。」師が言った。「座主は解するか否か。」言った。「解す。」師が言った。「智者大師のごとき、止を説けば止を破り、觀を説けば觀を破る。止に住すれば生死に沒す。觀に住すれば心神乱る。さあ当に心を將て心を止めるか、為に復た心を起こして觀を觀ずるか。もし心觀有れば是れ常見の法。もし心觀無ければ是れ斷見。法は亦有り亦無しと成れば二見の法。座主に仔細に説き看よと請う。」言った。「もし是のごとく問わば、俱に説くを得ざるなり。」師が言った。「何曽て止觀なりや。」人が問うた。「般若は大か否か。」師が言った。「大なり。」言った。「幾許か大なり。」師が言った。「邊際無し。」言った。「般若は小か否か。」師が言った。「小なり。」言った。「幾許か小なり。」師が言った。「見えざるを看よ。」言った。「何の處か是れ。」師が言った。「何の處か是れに非ざる。」維摩座主が問うた。「経に云う、諸の菩薩各々不二法門に入る、維摩は默然たり、是れ究竟か否か。」師が言った。「未だ是れ究竟ならず。聖意もし盡きば、第三卷さらに何の事を説かん。」座主は良久して言った。「禅師の為に未究竟の意を説かんことを請う。」師が言った。「経の第一卷のごときは、是れ衆を引きて十大弟子の心に住するを呵す。第二は諸の菩薩各々不二法門に入るを説き、言を以て無言に顯す。文殊は無言を以て無言に顯す。維摩は言を以てせず無言を以てせず、故に默然たり。前の言語を収むるが故。第三卷は默然より起こりて説き、また神通の作用を顯す。座主は会するか。」言った。「奇怪是のごとし。」師が言った。「また未だ是のごとくならず。」言った。「何の故に未だ是ならざる。」師が言った。「さあ人の執情を破りて是のごとき説を作す。もし経意に據れば、ただ色心の空寂を説きて、本性を見しめ、偽行を舍てて真行に入らしむ。言語紙墨の上に向かいて意度を討う莫れ。ただ淨名の兩字に會すれば便ち得。淨とは本體なり。名とは迹用なり。本體より迹用を起こし、迹用より本體に歸す。體用不二にして、本迹殊ならず。所以に古人道う、本迹殊なりと雖も、不思議は一なり。一もまた一に非ず。もし淨名の兩字の假號を識れば、さらに何の究竟と究竟ならざるとを説かん。前無く後無く、本に非ず末に非ず、淨に非ず名に非ず。ただ衆生の本性不思議解脱を示すのみ。もし性を見ざる人は、終身この理を見ず。」僧が問うた。「萬法盡く空にして、識性もまた爾り。譬えば水泡の一たび散ればさらに再び合する無し。身死すればさらに再生せず。即是れ空無。何の處にかさらに識性有らん。」師が言った。「泡は水に因りて有り。泡散ずれば可なり即ち水無きか。身は性に因りて起こる。身死すれば豈に性滅すと言わんや。」言った。「すでに性有りと言えば、將て出だして看よ。」師が言った。「お前は明朝有りと信ずるか否か。」言った。「信ず。」師が言った。「試しに明朝を將て來りて看よ。」言った。「明朝は實に是れ有り、如今は得べからず。」師が言った。「明朝は得べからざるも、是れ明朝無きに非ず。お前自ら性を見ず、是れ性無しとすべからず。今衣を著け飯を喫い、行住坐臥して、對面して識らず。愚迷と謂うべし。」

諸方雜舉徵拈代別語

(師が続けて言う。)「お前は明朝と今日と異ならざるを見んと欲するか。性を將て性を覓むれば、萬劫終に見えず。また盲人の日を見ざるがごとく、是れ日無きに非ず。」『青龍疏』を講ずる座主が問うた。「経に云う、法の説くべき無きを説法と名づくと。禅師は如何に體會するか。」師が言った。「般若の體は畢竟清淨にして、一物の得べき有ること無きが為、是れを無法と名づく。即ち般若の空寂の體中に於て河沙の用を具うれば、即ち事として知らざる無し、是れを説法と名づく。故に云う、法の説くべき無きを説法と名づくと。」『華嚴』を講ずる座主が問うた。「禅師は無情是れ佛と信ずるか否か。」師が言った。「信ぜず。もし無情是れ佛ならば、活人は死人に如かざるべし。死驢死狗もまた活人に勝れるべし。経に云う、佛身とは即ち法身なり。戒定慧より生じ、三明六通より生じ、一切の善法より生ず。もし無情是れ佛と説かば、大德は如今便ち死して佛と作して去るべし。」法師有りて問うた。「『般若経』を持するは最多く功德有り。師はまだ信ずるか否か。」師が言った。「信ぜず。」言った。「もし爾らば、『靈驗傳』の十余卷は皆信ずるに堪えざるなり。」師が言った。「生きる人の孝を持するは自ら感應有り。是れ白骨の能く感應有るに非ず。経は是れ文字紙墨にして、性空なり。何の處にか靈驗有らん。靈驗する者は経を持する人の心の用いるに在り。所以に神通物に感ず。試しに一卷の経を將て案上に安著し、人の受持無ければ、自ら能く靈驗有らんか否か。」僧が問うた。「いまだ一切の名相および法相、語と默と、如何に通會して則ち前後無きを得んかを審らかにせず。」師が言った。「一念の起こる時本來相無く名無し。何ぞ前後有りと説くを得ん。名相の本淨を了らざれば、妄りに前後有りと計す。およそ名相は關鎖して、智鑰に非ざれば開く能わず。中道とは中道に病むなり。二辺とは二辺に病むなり。現用は是れ無等等法身を知らず。迷悟得失は常人の法。自ら生滅を起こして、正智を埋没す。あるいは煩惱を斷じ、あるいは菩提を求めて、般若波羅蜜に背き却れり。」人が問うた。「律師は何の故に禅を信ぜざるか。」師が言った。「理は幽くして顯し難く、名相は持し易し。性を見ざる者は信ぜざる所以なり。もし性を見る者は之を佛と號す。佛を識るの人は方に能く信入す。佛は人を遠ざらずして、人は佛を遠ざる。佛は是れ心の作す所。迷う人は文字の中に向かいて求む。悟う人は心に向かいて覺る。迷う人は因を修して果を待つ。悟う人は心の相無きを了す。迷う人は物を執して我を守りて己と為す。悟う人は般若の應用前に見る。愚かなる人は空を執り有を執りて滯を生ず。智ある人は性を見て相を了し靈通す。乾慧の辯者は口疲れ、大智の體了するは心泰なり。菩薩は物に觸れれば斯に照らす。聲聞は境を怕れて心を昧くす。悟う者は日用に生無し。迷う人は前を見て佛に隔たる。」人が問うた。「如何に神通を得て去らん。」師が言った。「神性靈通して、沙界に遍く周る。山河石壁も去來礙無し。刹那萬里、往返蹤無し。火も燒く能わず、水も溺れしむる能わず。愚かなる人は自ら心智無くして、四大の空を飛ぶを得んと欲す。経に云う、相を取る凡夫には宜に随いて為に説くと。」

障蔽魔王領諸眷屬。一千年隨金剛齊菩薩覓起處不得。忽因一日得見。乃問雲。汝當於何住。我一千年領諸眷屬覓汝起處不得。金剛齊雲。我不依有住而住。不依無住而住。如是而住(法眼舉雲。障蔽魔王不見金剛齊即且從。只如金剛齊還見障蔽魔王麼)。

(師が続けて言う。)「心に形相無き即是れ微妙色身。相無き即是れ實相。實相は體空にして、虛空無邊身と喚び作す。萬行莊嚴なるが故に功德法身と云う。即ちこの法身是れ萬行の本。用に随いて名を立つ。實にして之を言えば、ただ是れ清淨法身なり。」人が問うた。「一心に道を修すれば、過去の業障は消滅を得るか否か。」師が言った。「性を見ざる人は未だ消滅を得ず。もし性を見る人は、日の霜雪を照らすがごとし。また性を見る人はなお積草の須彌に等しきがごとく、ただ一星の火を用いるのみ。業障は草のごとく。智慧は火に似たり。」言った。「云何に業障の盡くるを知るを得ん。」師が言った。「前を見れば心通じ、前後に事を生ずるはなお對見のごとし。前佛後佛、萬法同時なり。経に云う、一念に一切の法是れ道場と知るは、一切智を成就するが故と。」行者有りて問うた。「云何に正法に住するを得ん。」師が言った。「正法に住せんと求むる者は是れ邪。何を以ての故に、法に邪正無きが故。」言った。「云何に佛と作して去るを得ん。」師が言った。「衆生の心を捨てるを用いず。ただ自性を污染する莫れ。経に云う、心佛および衆生是れ三に差別無し。」言った。「もし是のごとく解する者は解脱を得るか否か。」師が言った。「本より自ら縛無し、解を求むるを用いず。法は言語文字を過ぎ、數句の中に求むるを用いず。法は過現未來に非ず、因果の中に契うを以てすべからず。法は一切を過ぎ、比對すべからず。法身は象無く、物に應じて形を現ず。世間を離れて解脱を求むるに非ず。」僧が問うた。「何者か是れ般若。」師が言った。「お前の是に非ずと疑う者、試しに説きて看よ。」また問うた。「云何に性を見るを得ん。」師が言った。「見るは即是れ性、性無ければ見る能わず。」また問うた。「如何なるか是れ修行。」師が言った。「ただ自性を污染する莫れ、即是れ修行。自ら欺誑する莫れ、即是れ修行。大用現前すれば即是れ無等等法身。」また問うた。「性中に惡有るか否か。」師が言った。「この中は善もまた立たず。」言った。「善惡俱に立たざれば、心を將て何の處に用いるか。」師が言った。「心を將て心を用いるは是れ大颠倒。」言った。「どうなれば即是れ。」師が言った。「どうも無く、また是なるべきも無し。」人が問うた。「人の船に乘り、船底に螺蜆を刺殺する者有り。是れ人の罪を受くるか、為に復た船が辜に當たるか。」師が言った。「人と船と兩に心無し、罪は正にお前に在り。譬えば狂風の樹を折りて命を損ずるがごとく、作る者無く、受くる者無し。世界の中は衆生の苦を受くる處ならざる無し。」僧が問うた。「いまだ情勢に托し・境勢に指し・語默の勢、乃至眉を揚げ目を動かす等の勢、如何に一念の間に於て通會するを得んかを審らかにせず。」師が言った。

外道問佛雲。不問有言不問無言。世尊良久。外道禮拜雲。善哉世尊。大慈大悲開我迷雲令我得入。外道去已阿難問佛雲。外道以何所證而言得入。佛雲。如世間良馬見鞭影而行(玄覺徵雲。什麼處是世尊舉鞭處。雲居錫雲。要會麼。如今歸堂去復是阿誰。東禪齊拈雲。什麼處是外道悟處。眾中道世尊良久時。便是舉鞭處。恁麼會還得已否)。

(師が続けて言う。)「お前は今正に説く時、何の處に及ばざるを疑うか。」宿德十余人有りて同じく問うた。「経に云う、佛法を破滅す。いまだ佛法は破滅すべきか否かを審らかにせず。」師が言った。「凡夫外道は佛法は破滅すべしと謂う。二乗人は破滅すべからずと謂う。我が正法中にこの二見無し。もし正法を論ぜば、唯だ凡夫外道のみならず、未だ佛地に至らざる者の二乗もまた是れ惡人。」また問うた。「真法・幻法・空法・非空法、各々種性有るか否か。」師が言った。「およそ法は種性無しと雖も、物に應じて俱に現ず。心は幻なり、一切俱に幻。もし一法の幻ならざる者有らば、幻は即ち定有り。心は空なり、一切皆空。もし一法の空ならざる有らば、空の義立たず。迷う時は人は法に逐い、悟る時は法は人に由る。森羅萬象のごときは空に至りて極まる。百川衆流は海に至りて極まる。一切の賢聖は佛に至りて極まる。十二分経・五部毘尼・五圍陀論は、心に至りて極まる。心とは是れ總持の妙本・萬法の洪源なり。また大智慧蔵・無住涅槃と名づく。百千万の名は盡く心の異號に罷るのみ。」また問うた。「如何なるか是れ幻。」師が言った。「幻は定相無く、旋火輪のごとく、乾闥婆城のごとく、機關木人のごとく、陽焰のごとく、空華のごとく、俱に實法無し。」また問うた。「何を大幻師と名づくか。」師が言った。「心は大幻師と名づく。身は大幻城と為る。名相は大幻の衣食と為る。河沙の世界に幻外の事有ること無し。凡夫は幻を識らず、處處に幻業に迷う。聲聞は幻境を怕れて、心を昧くして寂に入る。菩薩は幻法を識り、體幻に達し、一切の名相に拘わらず。佛は是れ大幻師。大幻の法輪を轉じ、大幻の涅槃を成じ、幻の生滅を轉じて不生不滅を得、河沙の穢土を轉じて清淨法界と成す。」僧が問うた。「何の故に誦経を客語と喚ぶを許さざるか。」師が言った。「鸚鵡のただ人の言を学びて、人の意を得ざるがごとし。経は佛意を傳う。佛意を得ずして但誦するは、是れ語を学ぶ人。所以に許さざるなり。」言った。「文字言語を離れて別に意有るべからざるか。」師が言った。「お前が是のごとく説くもまた是れ語の学び。」言った。「同じく是れ言語、何ぞ偏に許さざる。」師が言った。「お前は今諦かに聽け、経に明文有り。我の説く所は義語にして文に非ず。衆生の説く所は文語にして義に非ず。意を得る者は浮言を越え、理を悟る者は文字を超ゆ。法は言語文字を過ぐ、何ぞ數句の中に向かいて求めん。これを以て菩提を發する者は意を得て言を忘れ、理を悟りて教を遺る。また魚を得て筌を忘れ、兔を得て蹄を忘るるがごとし。」…

緊那羅王奏無生樂供養世尊。王勅有情無情俱隨王去。若有一物不隨王。即去佛處不得。又無厭足王入大寂定。王勅有情無情皆順於王。如有一物不順王。即入大寂定不得(雲居錫雲。有情去也且從。只如山河大地是無情之物。作麼生說亦隨王去底道理)。

(師が続けて言う。)「その心もし淨からざれば、生ずる所の處に在りて皆是れ穢土。淨穢は心に在りて、国土に在らず。」また問うた。「每に道を説くと聞くも、いまだ何人か能く見るかを審らかにせず。」師が言った。「慧眼有る者は能く見る。」言った。「甚だ大乘を樂む、如何に学び得ん。」師が言った。「悟れば即ち得、悟らざれば得ず。」言った。「如何に悟りて去るを得ん。」師が言った。「ただ諦觀せよ。」言った。「何の物に似たるか。」師が言った。「似る物無し。」言った。「應に是れ畢竟空なるべし。」師が言った。「空は畢竟無し。」言った。「應に是れ有るべし。」師が言った。「有りて相無し。」言った。「悟らざれば如何。」師が言った。「大德は自ら悟らず、また人の相い障る無し。」人が問うた。「佛法は三際に在るか否か。」師が言った。「無相を見るに在りて、その外に在らず。應用窮盡無くして、その內に在らず。中間に住する處無く、三際得べからず。」言った。「この言は大いに混ず。」師が言った。「お前は正に混の一字を説く時、內外に在るか否か。」言った。「弟子は內外を究檢するに蹤迹無し。」師が言った。「もし蹤迹無ければ、上來の語は混ぜざるを明らかに知る。」言った。「如何に佛と作るを得ん。」師が言った。「是れ心是れ佛、是れ心佛を作す。」言った。「衆生は地獄に入る、佛性は入るか否か。」師が言った。「如今正に惡を作す時さらに善有るか否か。」言った。「無し。」師が言った。「衆生は地獄に入る、佛性もまた是のごとし。」言った。「一切衆生は皆佛性有りは如何。」師が言った。「佛の用を作すは是れ佛性。賊の用を作すは是れ賊性。衆生の用を作すは是れ衆生性。性に形相無く、用に随いて名を立つ。経に云う、一切の賢聖は皆無為の法を以て差別有りと。」僧が問うた。「何者か是れ佛。」師が言った。「心を離るる外即ち佛有ること無し。」言った。「何者か是れ法身。」師が言った。「心是れ法身。萬法を生ずる能くと謂い、故に法界の身と號す。『起信論』に説く、法と言う所は、衆生心と謂う。即ちこの心に依りて摩訶衍の義を顯示す。」また問うた。「何をか大経卷の一微塵中に內在すと名づくるか。」師が言った。「智慧是れ経卷。経に云う、大経卷有りて、量は三千大千界に等しく、一微塵中に內在す。一塵とは是れ一念の心塵なり。故に云う、一念の塵中に河沙の偈を演出す、時人自ら識らずと。」また問うた。「何をか大義城と名づくるか。何をか大義王と名づくるか。」師が言った。「身は大義城と為る。心は大義王と為る。経に云う、多聞の者は義に善くして、言說に善からず。言說は生滅の義。不生滅の義は形相無く、言說の外に在り。心は大経卷と為る。心は大義王と為る。もし了了に心を識らざる者は、善義と名づけず。ただ是れ語を学ぶ人なり。」また問うた。「『般若経』に説く、九類の衆生を度して皆無餘涅槃に入らしむ。また説く、實に衆生の滅度を得る無し。これ兩段の経文、如何に通會せん。前後の人の説は皆云う、實に衆生を度し而も衆生の相を取らず。常に疑いて未だ決せず。師に為に説かんことを請う。」師が言った。「九類の衆生は一身に具足し、造るに随いて成る。この故に無明は是れ卵生。煩惱包裹するは是れ胎生。愛水浸潤するは是れ濕生。歘然と煩惱を起こすは是れ化生。」

罽賓國王秉劍詣師子尊者前問曰。師得蘊空否。師曰。已得蘊空。曰既得蘊空離生死否。師曰。已離生死。曰既離生死就師乞頭還得否。師曰。身非我有豈況於頭。王便斬之出白乳。王臂自墮(玄覺徵雲。且道斬著斬不著。玄沙雲。大小師子尊者不能與頭作主。玄覺又云。玄沙恁麼道。要人作主不要人作主。若也要人作主蘊即不空。若不要人作主。玄沙恁麼道意在什麼處。試斷看)。

(師が続けて言う。)體空なり、衆生を度すと名づくるなり。智ある者は自ら本際の上に於て未形を度す。未形すでに空なれば、即ち實に衆生の滅度を得る無きを知る。」僧が問うた。「言語是れ心か否か。」師が言った。「言語是れ緣、是れ心に非ず。」言った。「緣を離れて何者か是れ心。」師が言った。「言語を離れて心無し。」言った。「言語を離れてすでに心無ければ、いかにか是れ心。」師が言った。「心に形相無く、言語を離るに非ず、言語を離れざるに非ず。心は常に湛然として、應用自在なり。祖師が説く、もし心の心に非ざるを了れば、始めて心々の法を解す。」僧が問うた。「如何なるか是れ定慧等の学。」師が言った。「定は是れ體、慧は是れ用。定より慧を起こし、慧より定に歸す。水と波のごとく、一體にしてさらに前後無し。定慧等の学と名づく。およそ出家の兒は言を尋ね語に逐う莫れ。行住坐臥は並びに是れお前の性用。どの處にか道と相應せざらん。さあ自ら一時に休歇して去れ。もし外境の風に随わざれば、心性の水は常に自ら湛湛たり。事無くして珍重。」

泗州塔頭侍者及時鎖門。有人問。既是三界大師為什麼被弟子鎖。侍者無對(法眼代雲。弟子鎖大師鎖。法燈代雲。還我鎖匙來。又老宿代雲。吉州鎖䖍州鎖)。

汾州の大達無業国師が堂に上る。僧有りて問うて言った。「十二分教はこの土に流れて、道果を得る者は一二に止まらず。云何に祖師は東に化して、別に玄宗を唱え、直指人心して、性を見て佛と成るか。豈に世尊の法を説くに盡くさざる所有らんや。ただ上代の諸の德高僧のごときは、並びに学は九流に貫き、洞く三藏を明らめり。生・肇・融・叡は盡く是れ神異にして間に生まれり。豈に佛法の遠近を知らざらんや。某甲は庸昧なり、願わくは師の指示せんことを。」師が言った。「諸佛はかつて出世せず、また一法も人に與うる無し。ただ病に随いて方を施し、遂に十二分教有り。蜜果を將て苦葫蘆に換えるがごとく、お前等諸人の業根を淘うに、都て實事無し。神通變化および百千三昧門は、彼の天魔外道を化す。福智の二嚴は、有を執り空に滯るの見を破るが為。もし道および祖師の來意を會せざれば、何の生肇融叡を論ぜん。如今天下の禅を解し道を解するは河沙の數のごとし。佛を説き心を説くは百千万億有り。纖塵去らざれば、未免輪回す。思念亡びざれば、盡く沈墜を須う。斯のごときの類はなお自ら業果を識る能わず、妄りに自利利他と言う。自ら上流と謂い、他の先德を並ぶ。ただ目に觸るるは佛事ならざる無し、足を舉ぐるは皆道場と言う。その習う所を原めれば、一個の五戒十善の凡夫に如かず。その發言を觀れば、他の二乗十地の菩薩を嫌う。さあ醍醐の上味は世の珍奇と為るも、この等の人に遇えば翻って毒藥と成る。南山はなお自ら大乘の語を学ぶ流と呼ぶを許さず。鋒を唇舌の間に争い、形無き事を鼓論し、他の先德を並ぶ。誠に苦しいかな。ただ野逸の高士のごときもなお石を枕き流を漱ぐを解し、その利祿を棄つ。また國を安んじ民を理むるの謀有りて、征すれども赴かず。況んや我が禅宗の途路は且つ別なり。他の古德道人の意を得たる後を看よ、茆茨石室に向かいて折脚の鐺子の裏に飯を煮て喫い過ぐること三十二十年。名利は懷に干らず。財寶は念と為らず。大いに人世を忘れ、岩叢に迹を隱す。君王は命ずれども來らず。諸侯は請うれども赴かず。豈に我が輩の名を貪り利を愛し、世途に汩沒するに同じからんや。短販の人のごとく、少しの希求有りて大果を忘る。十地の諸賢は豈に佛理に通ぜざらんや、一個の博地凡夫に如かざるべけんや。實にこの理無し。彼は法を説くこと雲のごとく雨のごとしと雖も、なお佛に呵せられて説く、性を見るは羅縠を隔つるがごとしと。ただ情の聖量に存り、果因に見在するが為。未だ聖情を逾越し、諸の影迹を過ぐる能わず。先賢古德・碩學高人は、古今に博達し、教網を洞明す。蓋し是れ學を識り文を詮ずるが為、水乳辨じ難し。自理を明らめず、念を靜めて真を求む。嗟乎、人身を得る者は爪甲の上の土のごとく、人身を失う者は大地の土のごとし。良く傷まざるべけんや。設い理を悟る者有りて、一知一解有りて、是れ悟中の則・理に入るの門と知らずして、便ち永く世利を出づと謂い、山を巡り澗に傍い(底本はこの字は水に從う、当に「澗」たるべし)、上流を輕忽す。心漏盡きず、理地明らかならざるを致して、空しく老死に至りて成ぜず、虛しく歳月を延ぶ。さあ聰明は業に敵する能わず。

或問僧。承聞大德講得肇論是否。曰不敢。曰肇有物不遷義是否。曰是。或人遂以茶盞就地撲破曰。遮箇是遷不遷。無對(法眼代拊掌三下)。

(師が続けて言う。)乾慧は未免苦輪なり。仮使才は馬鳴に並び、解は龍樹に齊しからんも、ただ一生兩生に人身を失わざるのみ。根の宿淨を思えば、之を聞けば即ち解す。彼の生公のごときは、何ぞ羨むに足らん、道と全く遠し。兄弟と實を論じて虛を論ぜず。ただこの口食身衣は、盡く是れ賢を欺き聖を罔くす。將來に求め得れば、他の心慧眼に之を觀れば膿血を喫うがごとき一般。總て彼に償うを須うて始めて得。阿那個か道果有らん。自然に彼の信施の來るを招く。受けざる者は、般若菩薩を学ぶは自ら谩るを得ず。冰凌の上に行くがごとく、劍刃の上に走るに似たり。臨終の時、一毫の凡聖情量盡きざれば、纖塵の思念未だ忘れざれば、念に随いて生を受け、五陰を輕重す。驢胎馬腹の裏に質を托すこと向き、泥犁鑊湯の裏に煮煠して一遍了りて、從前の記持憶想見解智慧は都盧一時に失い却りて、前に依りて再び螻蟻と為り、頭よりまた蚊虻と作る。雖か善因なれども惡果に遭う。さあ何を圖るか。兄弟はただ貪欲が性と成るが為のみ。二十五有は脚跟の下に向かいて繫著し、成辦の期無し。祖師はこの土の衆生に大乘の根性有るを觀て、唯だ心印を傳え、迷情を指示す。之を得る者は即ち凡と聖と・愚と智とを揀わず。さあ多虛は少實に如かず。大丈夫兒は如今直下に便ち休歇して去れ。頓に萬緣を息め、生死の流を越え、迥かに常格を出づ。靈光獨り照らして、物累は拘わらず。巍巍堂堂として、三界に獨り步す。何ぞ必ずしも身の長さ丈六・紫磨の金輝・項に圓光を佩び・廣長の舌相を須いんや。もし色を以て我を見れば、是れ邪道を行く。設い眷屬の莊嚴有らば、求めずして自ら得。山河大地は眼光を礙えず。大總持を得て、一聞千悟す。都て一餐の直を希求せず。お前等諸人倘も是のごとくならずんば、祖師の來りてこの土に至るは非常に損益有り。益有る者は、百千人中に一個半個を捞摝して堪えて法器と為す。損有る者は、前のごとく已に明らかなり。他に從いて三乗の教法に依りて修行せば、妨げず却って四果三賢を得て、進修の分有り。所以に先德説く、了れば即ち業障は本來空、未だ了らざれば還って宿債を償うを須うと。」

樂普侍者謂和尚曰。肇法師製得四論甚奇怪。樂普曰。肇公甚奇怪要且不見祖師。侍者無對(法燈代雲。和尚什麼處見。雲居錫雲。什麼處是肇公不見祖師處。莫是有許多言語麼。又云。肇公有多少言語)。

池州の南泉普願和尚が堂に上りて言った。「諸子、老僧は十八の上に活計を作すを解す。活計を作すを解する者有れば出で來れ。お前と共に商量せん、是れ山に住する人のみ始めて得。」良久に大衆を顧視して、合掌して言った。「珍重。事無く各自修行せよ。」大衆は去らず。師が言った。「聖果のごときは大いに畏るべし。量をする莫れ、大人なお奈何ともせず。我は且く是れ渠に非ず。渠は且く是れ我に非ず。渠は争いで我を奈何とせん。他の経論家は法身を以て極則と説きて、理盡三昧・義盡三昧と喚ぶ。老僧の向前に人に返本還源せよと教えられたるに似たり。幾そう會すや、禍事。兄弟、近日の禅師は太多し。個の癡鈍の人を覓めて得べからず。全く無しと道わず、中に於て還って少なし。もし有らば、出で來りてお前と共に商量せん。空劫の時に修行の人有るか否か。有無をどう道わざる。ああお前は尋常に巧唇薄舌。及んで問い著けば、總て皆道わず。何ぞ出で來らざる。佛出世の時の事を論ずる莫れ。兄弟、今時の人は佛を擔いで肩の上に行く。老僧の心是れ佛に非ず・智是れ道に非ずと言うを聞けば、便ち頭を聚めて老僧を推さんと拟す。お前の推す處無し。お前もし虛空を束えて棒と作し得て、老僧を打ち著くれば、一に推すに任せよ。」時に僧有りて問うた。「上より祖師より江西大師に至るまで、皆即心是れ佛・平常心是れ道と云う。今和尚は心是れ佛に非ず・智是れ道に非ずと云う。学人は悉く疑惑を生ず。和尚の慈悲指示せんことを請う。」師は乃ち聲を抗げて答えて言った。「お前もし是れ佛ならば、さらに疑に渉りて問うを休めよ。老僧は何の處にかそう傍家の佛を疑うを來れり。老僧は且く是れ佛に非ず、またかつて祖師を見ず。お前がそう道うは、自ら祖師を覓めて去れ。」言った。「和尚がそう道えば、学人に如何に扶持するを得しめん。」師が言った。「お前は急いで手を虛空に托し著けよ。」言った。「虛空に動相無し。云何に托せん。」師が言った。「お前が無動相と言うは、早く是れ動なり。虛空は何ぞ我が動相無しと道うを解せん。これ皆是れお前の情見。」言った。「虛空に動相無きはなお是れ情見。前に某甲に何の物を托せしめんか。」師が言った。

有兩僧各住菴尋常來往。偶旬日不會。一日上山相見。上菴主問曰。多時不見在什麼處。下菴主曰。只在菴裡造箇無縫塔子。上菴主曰。某甲也欲造箇無縫塔。就菴主借取樣子。曰何不早道。恰被人借去也(法眼舉雲。且道借伊樣子不借伊樣子)有婆子令人送錢去。請老宿開藏經。老宿受施利便下禪床轉一匝乃雲。傳語婆子轉藏經了也。其人迴舉似婆子。婆雲。比來請開全藏。為甚開半藏(玄覺徵雲。什麼處是缺半藏處。且道那箇婆子具什麼眼便恁麼道)有老宿令人傳語思大禪師。何不下山教化眾生。目視雲漢作麼。思大曰。三世諸佛被我一口吞盡。更有甚眾生可教化(玄覺徵雲。且道是山頭語山下語)龍濟修山主問翠巖曰。四乾闥婆王奏樂供養世尊。直得須彌振動大海騰波。迦葉起舞。菩薩得忍不動。聲聞頗我。只如迦葉作舞意旨如何。對曰。迦葉過去生中曾作樂人來習氣未斷。山主曰。須彌大海莫是習氣未斷否。翠巖無對(法眼代雲。正是習氣)。

(師が続けて言う。)「また誰を教えて異ならざるか異なるか。」言った。「無からん可からず、他の是れ心に非ず・是れ佛に非ず・是れ物に非ず。」師が言った。「お前もしこの個を認めば、還って心佛と成り去れり。」言った。「和尚の説かんことを請う。」師が言った。「老僧は自ら知らず。」言った。「何の故に知らざる。」師が言った。「我をどう説かしめん。」言った。「学人に道を會するを許さざるべきか。」師が言った。「何の道を會するか、またどう會せん。」言った。「某甲は知らず。」師が言った。「知らざるは却って好し。もし老僧の語を取れば、依通の人と喚ぶ。設い彌勒の出世を見るも、還って彼に頭尾を𬊈却せられん。」言った。「後人を如何せしむるか。」師が言った。「お前は且く自ら看よ、他の後人を憂うる莫れ。」言った。「前は某甲に道を會するを許さず。今復た某甲に自ら看よと令す。いまだ如何なるかを審らかにせず。」師が言った。「冥會妙會はお前に許す。お前はどう會せん。」言った。「如何なるか是れ妙會。」師が言った。「まだ老僧の語を学ばんと欲するか。縱い是れ老僧の説と雖も。大德如何。」言った。「某甲もし自ら會せば、即ち和尚を須いず、慈悲の指示を乞う。」師が言った。「東を指し西を指して人を賺るべからず。お前は当に哆哆和和の時にどう來りて老僧に問わざる。今時巧黠にして、始めて我は會せずと道い、何を圖るか。お前もし此生頭を出だして來りて我は出家して禅師と作すと道わば、未だ出家せざる時にかつて何を作して來たかと。さあ説きて看よ、お前と共に商量せん。」言った。「そうの時某甲は知らず。」師が言った。「すでに知らざれば、即ち今認得する可々是か。」言った。「認得すればすでに是れに非ず、認めざれば是か否か。」師が言った。「認め認めざるは是れ何の語話か。」言った。「ここに到れば某甲は轉じて會せざるなり。」師が言った。「お前もし會せざれば、我はさらに會せず。」言った。「某甲は是れ学人にして即ち會せず。和尚は是れ善知識にして會するを合す。」師が言った。「この漢はお前に向かいて會せずと道う。誰か善知識を論ぜん。巧黠する莫れ。他の江西の老宿の日に在りて、一の學士有りて問う、水の筋骨無くして萬斛の舟に乘る能くは、この理如何と。老宿が言った、ここに水無くまた舟無し。何の筋骨を論ぜんと。兄弟、他の學士は便ち休み去れり、省力せざるべけんや。所以に數數向かいて道う、佛は道を會せず。我自ら修行す、知るを用いて何を作さん。」言った。「如何に修行せん。」師が言った。

有僧親附老宿一夏不蒙言誨。僧歎曰。只恁麼空過一夏不聞佛法。得聞正因兩字亦得也。老宿聞之乃曰。闍梨莫𧬊(音西)速。若論正因一字也無。恁麼道了叩齒三下曰。適來無端恁麼道。隣房僧聞曰。好一鑊羹被兩顆鼠糞汙卻(玄覺徵雲。且道讚歎語不肯語。若是讚歎為什麼道鼠糞汙卻。若不肯他有什麼過驗得麼)。

言った。「東に行き西に行くに當たりて總て思量せざる是か否か。」師が言った。「そうの時は誰か是か否かと道わん。」言った。「和尚は每に言う、我は一切の處に於て行く所無し。他は我を拘うを得ず。遍行三昧・普現色身と喚ぶ。是の理か否か。」師が言った。「もし修行を論ぜば、何の處にか去らざらん。拘うと拘わざるとを説かず。また三昧を説かず。」言った。「何ぞ法有りて菩提道を得るに異ならん。」師が言った。「異なるか異ならざるかを論ぜず。」言った。「和尚の説く所の修行は、迢然として大乘と別す。いまだ如何なるかを審らかにせず。」師が言った。「他の別すか別せざるかを管せず。兼ねてかつて學び來れず。もし教を看るを論ぜば、自ら經論の座主有り。他の教家は實に大いに畏るべし。お前は且く聽きて去るに如かず。」言った。「究竟に学人をどう會せしむるか。」師が言った。「お前が問う所のごときは、元はただ因緣の邊に在り。お前を看れば且く緣を奈何とせず。是れ六門頭の事を認得す。お前はただ佛のあちらに會し却って來れ、我はお前と商量せん。兄弟、そう尋ね逐う莫れ。そうに住せず。古人の語を取らず。菩薩行を行ずるは唯だ一人行。天魔波旬は諸の眷屬を領して、常に菩薩の後に随い、心行の起こる處を覓めて便ち撲倒せんと拟す。是のごとく無量劫を經て、一念の異なる處を覓むるを得ず、方に眷屬と礼して辞し讚嘆供養す。なお是れ進修位中。下の人は便ち奈何とせず。況んや功用を絶する處をや。文殊普賢のごときは、さらに他を話さず。兄弟、どう道行は無と道わん。一日の行底の人を覓めて得べからず。今時の傍家は年より歳に至るまで、ただ究竟を覓めてどうかと。空しく唇舌を弄して解を生ず。」言った。「当にそうの時、佛名無く衆生名無し。某甲をどう圖度せしむるか。」師が言った。「お前が佛名無く衆生名無しと言うは、早く是れ圖度了れり。また是れ他の言語を記す。」言った。「もし是のごとくなれば、悉く佛出世の時の事に屬す。了りて言わざるべからず。」師が言った。「お前はどう言うか。」言った。「設い言うとも、言もまた及ばず。」師が言った。「もし言は及ばずと道わば、是れ語に及ぶ。お前は虛しくそう尋ね逐う。誰かお前と境と為さん。」言った。「すでに境と為す者無ければ、誰か是れあちらの人。」師が言った。「お前もし教を引き來らざれば、即ち何の處にか佛を論ぜん。すでに佛を論ぜざれば、老僧は誰とこちらあちらを論ぜん。」言った。「果は雖も道に住せざれども、而も道は能く因と為る、如何。」師が言った。「是れ他の古人。如今は戒を奉ぜざるべからず。我は是れ渠に非ず、渠は是れ我に非ず。伊を作り得て狸奴白牯のごときは、行履却って快活。お前もし一念異なれば、即ち修行を難いと為す。」言った。

僧肇法師遭秦主難。臨就刑說偈曰。

(僧が続けて言う。)「お前は我に道えと教うれば即ち得。」言った。「三身を離るる外に何の法か是れ真佛。」師が言った。「この漢は八九十の老人と相い罵る。お前に向かいて道い了れり。さらに何の離るか離れざるかを問う。楔を把りて他の虛空に釘らんと拟す。」言った。「伏して『華嚴経』是れ法身の佛の説と承く、如何。」師が言った。「お前は適來何の語を道いたか。」その僧は重ねて問うた。師は顧視して歎じて言った。「もし是れ法身の説ならば、お前は何の處に向かいて聽かん。」言った。「某甲は會せず。」師が言った。「大難大難。好く去りて珍重。」

四大元無主五陰本來空

趙州の從谂和尚が堂に上りて言った。「金佛は爐を度らず。木佛は火を度らず。泥佛は水を度らず。真佛は內裏に坐す。菩提・涅槃・真如・佛性は盡く是れ體に貼る衣服、また煩惱と名づく。問わざれば即ち煩惱無し。さあ實際の理はどの處に著け得るか。一心生ぜざれば、萬法咎無し。お前はただ理を究めて、坐して三二十年看よ。もし道を會せざれば、老僧の頭を截取して去れ。夢幻空華、何ぞ把捉を勞せん。心もし異ならざれば、萬法一如。すでに外より得ざれば、さらに拘執して何を作さん。羊に相似たり、乱れて物を拾い安んじて口裏に向かう。老僧は藥山和尚の道うを見る、人の問い著くる有れば便ち口を合し却らしむと。老僧もまた口を合し却らしむ。我を取りて是れ淨。一に獵狗に似たり、專ら物を喫わんと欲す。佛法はどの處に在るか。ここに一千人は盡く是れ佛を作さんと覓むる漢子。中に於て一個の道人を覓むる無し。もし空王と弟子と為らば、心病最も醫し難しと教うる莫れ。未だ世間有らざる時早くこの性有り。世界壞るる時この性壞れず。一に老僧を見たる後さらに是れ別の人に非ず。ただ是れ一個の主人公。これ個さらに外に向かいて物を覓めて何を作さんと用いる。正にそうの時頭を轉じ腦を換える莫れ。もし頭を轉じ腦を換えれば即ち失い却り去れり。」時に僧有りて問うた。「師の言有るを承く、世界壞るる時この性壞れず。如何なるか是れこの性。」師が言った。「四大五陰。」僧が言った。「これはなお是れ壞るる底。如何なるか是れこの性。」師が言った。「四大五陰。」(法眼が言う、「是れ一個か兩個か、是れ壞るか壞れざるか。さあどう會せん。試しに斷じて看よ。」)

將頭臨白刃猶似斬春風

鎮州の臨濟義玄和尚が衆に示して言った。「今時の学人は且く自らの真正の見解を明らめ取るを要す。もし自己の見解を得れば、即ち生死に染められず、去住自由なり。他の殊勝を求むるを要せず、殊勝は自ら備わる。如今の道流は且く惑に滯らざるを要す。用いんと要せば便ち用いよ。如今得ざれば、病は何の處に在るか。病は自ら信ぜざる處に在り。自ら信ずるに及ばざれば、即ち便ち忙忙として一切の境に徇う。大德もし能く念念の馳求の心を歇め得れば、便ち祖師と別れず。お前は祖師を識らんと欲するか。即ちお前が目前に法を聽く底是れなり。学人は信ずるに及ばざれば便ち外に向かいて馳求す。得る者はただ是れ文字の学、他の祖師と大いに遠き在り。錯る莫れ、大德。この時遇わざれば、萬劫千生三界に輪回し、好惡の境に徇いて、驢牛の肚裏に向かいて去れり。如今の諸人は古聖と何の別か有らん。お前は且く何を欠少するか。六道の神光はかつて間歇せず。能く是のごとく見れば、是れ一生の無事の人。一念の淨光は是れお前の屋裏の法身佛。一念の無分別光は是れお前の報身佛。一念の無差別光は是れお前の化身佛。この三身即是れ今日目前に法を聽く底の人。外に向かいて求めざるが為に、この三種の功用有り。教に據れば、三種は極則と名づく。山僧に約して道えば、三種は是れ名言。故に云う、身は義に依りて立ち、土は體に據りて論ず。法性身・法性土は、明らかに是れ光影と知る。大德。且く光影を弄ぶ人を識り取るを要せよ。是れ諸佛の本源。是れ一切道流の歸舍する處。大德。四大の身は法を説き法を聽くを解せず。虛空は法を説き法を聽くを解せず。是れお前の目前に歷歷として孤明して、形段無き者、法を説き法を聽くを解す。所以に山僧はお前に向かいて道う、五蘊の身田の內に無位の真人有り、堂堂として顯露し、絲髮許りの間隔無しと。何ぞ識り取らざる。心法は形無く、十方を通貫す。眼に在りては見と曰い、耳に在りては聞と曰う。手に在りては執捉し、足に在りては運奔す。心もし在らざれば、處に随いて解脱す。山僧の見る處、坐して報化佛頂を斷ず。十地滿心はなお客作兒のごとし。等妙二覺は枷を擔い鎖を帶びるがごとし。羅漢辟支はなお糞土のごとし。菩提涅槃は驢馬の橛に繫ぐ。何を以て斯のごとくするか。蓋し是れ三祇劫空に達せざるが為に、この障隔有り。もし是れ真の道流ならば、盡く是のごとくせず。如今略して諸人の為に大約に話破す。自ら遠近を看よ。時光は惜しむべし、各自努力せよ。珍重。」

(玄沙雲。大小肇法師臨死猶寱語)。

玄沙の宗一師備大師が堂に上りて言った。「太虛の日輪は是れ一切人の太虛を成立せしむる見。諸人に在りてはどうか。目を滿たして覷れども見えず。耳を滿たして聽けども聞えず。この兩處省り得ざれば、便ち是れ瞌睡の漢(底本はこの字は目に從う、当に「瞌」たるべし)。もし明徹し得れば、凡聖を坐し却り、三界夢幻の身心を坐し却る。一物の針鋒許りの緣と為り對と為る無し。直に饒て諸佛出で來りて無限の神通變現を作し、設い許多の教網を如くとも、かつて一分毫を措き著けず。唯だ初学の誠信の門を助く。まだ會するか。水鳥樹林は却って提綱を解す。他は甚だ端的なり、自ら是れ聽く人少なし。是れ小事に非ず。天魔外道は是れ孤恩負義。天人六趣は是れ自欺自誑。如今沙門はこの事を薦めざれば、翻って影を弄ぶ漢と成る。生死の海裏に浮沉して、幾時休息して去らん。自家は幸いにこの廣大の門風有るに、紹繼し得る能わず。さらに五蘊の身田裏に向かいて主宰を作す。まだ夢に見るか。許多の田地を如きは誰を教えて主宰を作さしめん。大地も載せ起こすを得ず。虛空も包み盡くす能わず。豈に是れ小事ならんや。もし徹せんと要せば、即ち今ここに便ち明徹して去れ。仁者をして一法の微塵のごとき大を取らしめず。仁者をして一法の毫髮許りを捨てしめず。まだ會するか。」時に僧有りて問うた。「上よりの宗旨は如何。」師は默然たり。僧は再び問うた。師は乃ち之を叱る。僧が問うた。「何の方便門より学人に入るを得しめん。」師が言った。「入るは是れ方便。」僧が問うた。「初心の人來らば、師は如何に指示するか。」師が言った。「どの處に初心を得て來るか。」僧が問うた。「学人は創めて叢林に入る、師の提接を乞う。」師は杖を以て之を指す。僧が言った。「学人は會せず。」師が言った。「我はそうお前の為にすれば、却って人に抑屈せられて成れり。如今もし的自ら肯んずれば、当人の分上に當たり、初学の叢林に入るを論ぜず。諸人と共に久しく踐むと謂うべし。過去の諸佛と乏少する所無し。大海水のごとく、一切の魚龍の初生より老に至るまで、吞吐受用は悉く皆平等。所以に道う、初發心の者は古佛と肩を齊うすと。奈何せん、お前は無始積劫より諸の妄情を動かし、結びて煩惱と成す。重病の人のごとく、心狂熱悶して、颠倒の乱見、都て實事無し。如今睹る所の一切の境界も皆また是のごとし。お前の諸根に對して盡く颠倒と成る。古人は無窮の妙藥を以て醫療對治す。十地に至るまで未だ惺惺を得ず。將に知らん大いに容易ならざるを。古人の思惟するは考妣を喪うがごとし。如今の兄弟は見るに等閑に似たり。どの處にか別に人有りてお前の為に了するを得ん。惜しむべし時光虛しく度す。何ぞ密密に自ら究め、子細に觀尋して、著力する處無きに至りて、自ら諸緣を息めて去るを妨げんや。縱い未だ萌を發せずとも、種子はなお在り。もし總て我が傍家の鼓を打ち、粥飯の氣力を弄し、これを將て造次に生死を排遣せんと取れば、お前の一生を賺りて、何の益か有らん。應に實のごとく知り取るを須うて好し。事無くして珍重。」

僧問老宿雲。師子捉兔亦全其力。捉象亦全其力。未審全箇什麼力。老宿雲。不欺之力(法眼別雲。不會古人語)。

漳州の羅漢桂琛和尚が堂に上る。大衆久しく立つ。師が言った。「諸の上座。頭を低めて思量するを用いず。思量は及ばざれば、便ち揀擇するを用いずと道う。下口の處を委ね得るか。お前は何の處に向かいて口を下さん。試しに道い看よ。まだ一法のお前に近づく有るか。まだ一法のお前に遠ざかる有るか否か。同じくお前を得るか・異なりてお前を得るか。すでに是のごとく、何を以ての故にか却って特地に艱難して去る。蓋し是れ大丈夫男子ならざるが為(底本はここに人偏の兩字は未識、疑を存す)。些子の威光無し。戚戚たり地に意根を遮護して、恐らくは人の問い著くるを怕る。我常に道う、お前もし達悟の處有らば、ただ人我を去却し、披露して將來れ、お前と驗し過さん。直下にどうか。肯んぜず。牛跡裏の水を把りて以て大海と為す莫れ。佛法は沙界に遍く周る。錯りて肉團心の上に向かいて妄りに知見を立てて以て疆界と為す莫れ。この見聞覺知・識想情緣は、然り非るに非ずと雖も。もしここに向かいて頭を點じて我は真實と道わば、即ち得ず。ただ古人のこの事は唯だ我能く知ると道うがごときは、是れ何の境界か。まだ識り得るか。莫れ是れお前が我を見・我がお前を見れば便ち是か。錯りて會す莫れ。もし是れこの我なれば、我は生滅に随う。身有れば即ち有り、身無ければ即ち無し。所以に古佛はお前の今日の人の為に説く、異法有るが故に異法出生す。異法無きが故に異法滅盡すと。將て為すに等閑とする莫れ。生死の事は大なり、この一團子は消殺するに到らず。在る處乖張して、聲色少なからず。もし受想行識を破らざれば、また然りお前の骨を役して出づる在り。五陰本來空と道う莫れ。お前の口に由らず便ち空を解して去らん。所以に道う、須らく親徹を得べし、須らく真實ならべし。是れ今日の老師始めてそう道うを解すに非ず。他の古聖の告報。お前は金剛祕密・不思議の光明蔵と喚ぶ。乾坤を覆蔭し、凡を生じ聖を育す。亙古亙今、誰人か分無き。すでに是のごとくなれば、さらに何人を藉らん。所以に諸佛慈悲して、お前の奈何ともせざるを見て、方便の門を開き、真實の相を示す。我今方便なり、お前はまだ會するか。もし會せざれば、意根の下に向かいて怪を捏ぬる莫れ。」僧が問うた。「上よりの宗門、師の方便を乞う。」師が言った。「方便は即ち無からず。お前は何を宗門と喚ぶか。」言った。「そうなれば即ち学人は虛しくこの問を施す。」師が言った。「お前に何の罪過か有る。」問う。「佛法はまだ雕琢を受くるか無きか。」師が言った。「どう受けざらん。」言った。「如何に雕琢せん。」師が言った。「佛法。」問う。「諸行無常是れ生滅の法。如何なるか是れ不生不滅の法。」師が言った。「不生不滅を用いて何を作さん。」問う。「才かに拟すれば是れ過、拟せざる時は如何。」師が言った。「拟すれば何の過か有らん。」言った。「そうなれば即ち便ち自ら瘡無きなり。」師が言った。「口を合して取れ。」問う。「諸境の中は何を以て主と為すか。」師が言った。「あの個か是れ諸境。」言った。「莫れ是れ疑う處是か。」師が言った。「疑う處を把りて將來れ。」問う。「正にそうの時是れ何ぞ。」師が言った。「そうせざる時是れ何ぞ。」言った。「学人は道うを得ず。」師が言った。「口裏は是れ何ぞ塞ぎ却る。」師はまた言った。

李翱尚書見老宿獨坐問曰。端居丈室當何所務。老宿曰。法身凝寂無去無來(法眼別雲。汝作什麼來。法燈別雲。非公境界)。

(師が続けて言う。)「諸人は朝晡にそう上り來り下り去る。もただ是れ些子の聲色に惑乱せられて、身心安からず。もし是れ聲色名字が佛法ならざれば、また彼を何を疑うか。もし是れ佛法が聲色名字ならざれば、お前はまたどう身心を將て彼に湊泊せんと拟するか。もし是れ聲色名字なれば、總て是れ聲色名字。もし是れ佛法なれば、總て是れ佛法。會するか。異聲は聲無し。異色は色無し。字を離れて名無し。名を離れて字無し。試しに舌頭を把りて點じて看よ。多少の聲色名字有るか。自ら何より色と為し、何を以て名と為すか。三界は是のごとく峥嶸たり、なお頭を出だすを覓めて得ず。何に因りての故にか却って特地に難いと為して去る。ただ是れ諸人が自ら颠倒を生ずるが為。常を以て斷と為し、假を悟りて真に迷う。妄りに外に馳求し、強いて異見を捏ぬ。終日人と共に商量すれば便ち佛法有り。人と商量せざれば便ち是れ世間の閑人。話はここに到りて、才かに佛法を舉げれば、便ち心を拟すれば即ち差し、念を動かせば即ち乖くと道う。尋常の諸處は元無く、口は紡車に似たり。總て便ち差し去らず。佛法の事は是れ隔日の瘧に非ず。皆お前の狂識凡情が差と不差との解を作すに由る。忽然として我が個の槌子を拈じて背を槌るを見れば、便ち意度顧覽を作す。然らずんば我が個の掃帚を把りて東を掃い西を掃うを見れば、便ち各々照管す。是れお前の尋常柴を打つ、何ぞ顧覽招呼せば便ち悟り去らんや。上座、佛法は意根の下・皮袋裏に向かいて則度を作す莫れ。お前は自ら賺りて成れり。我は敢えて初心を網絆し後學を籠罩せず。各自究めて去れ。事無くして珍重。」

有道流在佛殿前背坐。僧曰。道士莫背佛。道流曰。大德本教中道。佛身充滿於法界。向什麼處坐得。僧無對(法眼代雲。識得汝)。

惟だ真は常に在りて、妄の蒙らす所と為る。真妄は苟も辨ぜば、覺其の中に生ず。妄有を離れずして、真空を得たり。

禪月詩云。禪客相逢只彈指。此心能有幾人知。大隨和尚舉問禪月。如何是此心。無對(歸宗柔代雲。能有幾人知)。

定

台州六通院僧欲渡船。有人問。既是六通為什麼假船。無對(天台韶國師代雲。不欲驚眾)。

真はもし滅せざれば。妄は即ち起こらず。六根の源。湛として止水のごとし。是れを禅定と為す。乃ち生死を脫す。

聖僧像被屋漏滴。有人問。既是聖僧為什麼有漏(天台國師代雲。無漏不是聖僧)。

慧

死魚浮於水上。有人問僧。魚豈不是以水為命。僧曰是。曰為什麼卻向水中死。無對(杭州天龍機和尚代雲。是伊為什麼不去岸上死)。

之を定に專らにすれば。定はなお繫有り。之を慧に濟えば。慧は則ち滯無し。珠の盤に在るがごとし。盤は定めて珠は慧なり。

僧問雲臺欽和尚。如何是真言。欽曰。南無佛陀耶(大章如菴主別雲。作麼作麼)。

明

江南國主問老宿。予有一頭水牯牛萬裡無寸草。未審向什麼處放(歸宗柔代雲。好放處)。

定慧は相合す。合して後明なり。彼の萬物を照らす。物に遁るる形無し。大圓鏡のごとし。應有りて情無し。

南泉和尚遷化。陸亙大夫來慰院主問。大夫何不哭先師。大夫曰。院主道得亙即哭。無對(歸宗柔代雲。哭哭)。

通

江南相馮延巳與數僧遊鍾山。至一人泉問。一人泉許多人爭得足。一僧對曰。不教欠少。延已不肯。乃別雲。誰人欠少(法眼別雲。誰是不足者)。

慧至れば乃ち明。明なれば則ち昧からず。明至れば乃ち通。通なれば則ち礙無し。礙無きは何ぞ。變化自在なり。

有施主婦人入院行眾僧隨年錢。僧曰。聖僧前著一分。婦人曰。聖僧年多少。僧無對(法眼代雲。心期滿處即知)。

濟

法燈問新到僧。近離什麼處曰廬山。師拈起香合曰。廬山還有遮箇也無。僧無對(師自代雲。尋香來禮拜和尚)。

通力は常ならず。念に應じて變ず。變相は有に非ず。求に随いて見る。是れ大慈悲なり。一を以て萬を濟う。

僧問仰山。彎弓滿月齧鏃意如何。仰山曰。齧鏃。僧擬開口。仰山曰。開口驢年也不會。僧無對(南泉代側身而立)。

捨

有一行者隨法師入佛殿。行者向佛而唾。法師曰。行者少去就何以唾佛。行者曰。將無佛處來與某甲唾。無對(溈山雲。仁者卻不仁者。不仁者卻仁者。仰山代法師雲。但唾行者。又云。行者若有語即向伊道。還我無行者處來)。

衆苦すでに濟われれば。大悲もまた捨つ。苦はすでに真に非ざれば。悲もまた是れ假なり。是の故に衆生は。實に度する者無し。

偃臺感山主到圓通院相看。第一座問曰。圓通無路。山主爭得到來(歸宗柔代雲。不期又得相見)。

同安察禅師の十玄談(并びに序)

有僧入冥見地藏菩薩。地藏問。是爾平生修何業。僧曰。念法華經。曰止止不須說我法妙難思。為是說是不說。無對(歸宗柔代雲。此迴歸去敢請流通)。

夫れ玄談妙句は、迥く三乘を出づ。すでに緣に混ぜず、また獨立に非ず。當臺の應用は、朗月の晶空を以てす。影を轉じ機を泯すは、明珠の海に隱るるに似たり。さあ学徒は等有りて、妙理は窮無し。事に達する者は稀にして、源に迷う者は衆し。森羅萬象、物物に上明す。あるいは即ち事理双祛、名言俱に喪わる。是を以て殷勤に月を指して、端倪を錯るる莫れ。水を透るの針を迷わざれば、拳を開くの寶を付すべし。略して微言を序して、以て事理を彰かん。(卿公の事苑に説く、叢林の行う所の十玄談は皆序引無し。愚は曩に廬阜に游び、その序を同安の影堂に得たり。今之を録すと云うのみ。)

歸宗柔和尚問僧。看什麼經。曰寶積經。柔曰。既是沙門為什麼看寶積。無對(柔自代雲。古今用無極)。

心印

劉禹端公因雨問先雲居和尚。雨從何來。曰從端公問處來。端公歡喜讚歎。雲居卻問端公從何來。無語。有老宿代雲。適來道什麼(歸宗柔別雲。謝和尚再三)。

君の心印を問う何の顏を作すか。心印は何人か敢えて授傳せん。歷劫坦然として異色無し。心印と呼ぶは早くも虛言。須らく本より虛空の性を知るべし。紅爐の火裏の蓮に喩え將す。心無きを道と云うと謂う莫れ。心無きはなお一重の關に隔たる。

昔有三僧雲遊。擬謁徑山和尚。遇一婆子時方收稻次。一僧問曰。徑山路何處去。婆曰。驀直去。僧曰。前頭水深過得否。曰不濕腳。僧又問。上岸稻得恁麼好。下岸稻得恁麼怯。曰下岸稻總被螃蟹吃卻也。僧曰。太香生。曰勿氣息。僧又問婆。住在什麼處。曰只在遮裡。三僧乃入店內。婆煎茶一瓶將盞子三箇安盤上謂曰。和尚有神通者即吃茶。三人無對。又不敢傾茶。婆曰。看老朽自逞神通也。於是便拈盞子傾茶行。

祖意

法眼和尚謂小兒日。因子識得爾爺爾爺名什麼。無對(法燈代雲。但將衣袖掩面)。

祖意は空のごとくして空ならず。靈機は爭い墮つや有功無。三賢は固よりいまだ斯の旨を明らめず。十聖は那んぞ能く此の宗に達せん。網を透る金鱗はなお水に滯る。途を回す石馬は沙籠を出づ。殷勤に西來の意を説くが為に。西來および東を問う莫れ。

法眼卻問一僧。若是孝順之子合下得一轉語。且道合下得什麼語。無對(法眼自代雲。他是孝順之子)。

玄機

僧問講彌陀經座主。水鳥樹林皆悉念佛念法念僧作麼生講。坐主曰。基法師道。真友不待請如母赴嬰兒。僧曰。如何是真友不待請(法眼代雲。此是基法師語)。

迢迢たる空劫は収むる能わず。豈に塵機の為に繫留を作さん。妙體は本來處所無し。通身は何ぞさらに蹤由有らん。靈然たる一句は群象を超ゆ。迥く三乘を出でて修を假らず。手を撒してあの邊の千聖の外。回程は堪えて火中の牛と作す。

泉州王延彬入招慶院。見方丈門閉問演侍者。有人敢道大師在否。演曰。有人敢道大師不在否(法眼別雲。太傅識大師)。

塵異

僧舉。佛說法有一女人忽來問訊。便於佛前入定。時文殊近前彈指。出此女人定不得。又托昇梵天亦出不得。佛曰。假使百千文殊亦出此女人定不得。下方有網明菩薩能出此定。須臾網明便至問訊佛了。去女人前彈指一聲。女人便從定而起(五雲和尚雲。不唯文殊不能出此定。但恐如來也出此定不得。只如教意怎生體解)。

濁る者は自ら濁り清き者は清し。菩提煩惱は等しく空平。誰か卞璧に鑑る人無しと言わん。我が道う驪珠は到る處に晶なり。萬法の泯す時は全體現ず。三乘は分別して強いて名を安んず。丈夫は皆冲天の志有り。如来の行く處に向かいて行く莫れ。

誌公雲。每日拈香擇火不知身是道場。玄沙雲。每日拈香擇火不知真箇道場(玄覺徵雲。只如此二尊者語還有親疎也無)。

演教

雲巖院主遊石室迴。雲巖問。汝去入到石室裡許看為只恁麼便迴來(院主無對)洞山代雲。彼中已有人占了也。雲巖曰。汝更去作什麼。洞山曰。不可人情斷絕去也。

三乘は次第に金言を演ぶ。三世の如来もまた共に宣ぶ。初め有空を説けば人盡く執す。後に空有に非ざれば衆皆緣す。龍宮は藏を滿たして醫方の義。鶴樹は終に理を談じて未だ玄ならず。真淨の界中に才かに一念すれば。閻浮は早已に八千年。

鹽官會下有一主事僧。將死鬼使來取。僧告曰。某甲身為主事未暇修行。乞容七日得否。使曰。待為白王。若許即七日後來。不然須臾便至。言訖去。至七日後方來覓其僧不見。後有人舉問一僧。若來時如何抵擬他(洞山代雲。被他覓得也)洞山會下有老宿去雲巖迴。洞山問。汝去雲巖作什麼。答雲。不會(洞山自代雲。堆堆地)。

達本

臨濟見僧來舉起拂子。僧禮拜。師便打。別僧來。師舉拂子。僧並不顧。師亦打。又一僧來參。師舉拂子。僧曰。謝和尚見示。師亦打(雲門代雲。只疑老漢。大覺雲。得即得猶未見臨濟機在)。

中路に於て空王を事とする勿れ。杖を策して還って本鄉に達するを須う。雲水の隔つ時君住る莫れ。雪山の深處我は忘れず。去る日の顏は玉のごとしを尋ね思い。回り來るの鬢は霜に似たりを嗟嘆す。手を撒きて家に到れば人は識らず。さらに一物の尊堂に獻る無し。

閩王送玄沙和尚上船。玄沙扣船召曰。大王。爭能出得遮裡去。王曰。在裡許得多少時也(歸宗柔別雲。不因和尚不得到遮裡)。

還源

僧問老宿。如何是密室中人。老宿曰。有客不答話(玄沙雲。何曾密。歸宗柔別老宿雲爾因什麼得見)。

本に返り源に還るは事已に差えり。本來住無くして名家ならず。萬年の松径は雪深く覆い。一帶の峰巒は雲さらに遮る。賓主の穆る時は全て是れ妄。君臣の合する處は正に中邪なり。鄉に還るの曲調は如何に唱わん。明月の堂前に枯樹の華。

法眼和尚問講百法論僧。百法是體用雙陳。明門是能所兼舉。座主是能法座是所。作麼生說兼舉(有老宿代雲。某甲喚作箇法座。歸宗柔別雲。不勞和尚如此)。

回機

僧舉教雲。文殊忽起佛見法見。被佛威神攝向二鐵圍山(五雲曰。什麼處是二鐵圍山。還會麼。如今若有人起佛法之見。吾與烹茶兩甌。且道賞伊罰伊。同教意不同教意)。

涅槃の城裏はなおなお危し。陌路に相逢えば定期を沒す。權に垢衣を挂けて佛と云い。却って珍御を裝いて復た誰と名づく。木人は夜半に靴を穿ちて去り。石女は天明に帽を戴いて歸る。萬古の碧潭は空界の月。再三に捞漉して始めて知るべし。

洪州大寧院上狀請第二座開堂。人問。何不請第一座(法眼代雲。不勞如此)。

轉位

洞山行腳時會一官人曰。三祖信心銘弟子擬注。洞山曰。才有是非紛然失心。作麼生注(法眼代雲。恁麼即弟子不注也)。

毛を披き角を戴いて市に入り來る(底本の「市」字は网に從う、当に「市」たるべし)。優鉢羅華は火裏に開く。煩惱の海中に雨露と為る。無明の山上に雲雷を作す。鑊湯爐炭は吹きて滅せしむ。劍樹刀山は喝して摧かしむ。金鎖の玄關は留め住めず。異類に行き且つ輪回す。

法眼和尚因患腳。僧問訊次師曰。非人來時不能動。及至人來動不得。且道佛法中下得什麼語。僧曰。和尚且喜得較。師不肯(自別雲。和尚今日似減)。

一色

九峰和尚入江西城。人問入𮠔教化以何為眼。九峰曰。日月不曾亂(法眼別雲。待有眼)。

枯木の岩前は路の差える多し。行人此に到れば盡く蹉跎す。鷺鸞の雪に立つは同色に非ず。明月の蘆華は他に似ず。了了了の時は了すべき無し。玄玄玄の處もまた須らく诃すべし。殷勤に玄中の曲を唱うが為に。空裏の蟾光は撮むを得るや。

僧問龍牙。終日區區如何頓息。龍牙曰。如孝子喪卻父母始得(東禪齊雲。眾中道。如喪父母何有閑暇。恁麼會還息得人疑情麼。除此外且作麼生會龍牙意)。

雲頂山僧德敷の詩十首

僧問龍牙。十二時中如何著力。龍牙曰。如無手人慾行拳始得(東禪齊雲。好言語且作麼生會。嘗問一僧。他道無手底人何更行得拳也。及問伊佛法。伊便休去將知路布說。得無用處不如子細體取古人意好)。

泗州の塔頭の侍者が時に門を鎖した。人あって問うた。「すでに三界の大師、なぜ弟子に鎖されしむるか。」侍者は對する無し。(法眼が代わりて言う、「弟子の鎖、大師の鎖。」法燈が代わりて言う、「我に鎖匙を還せ。」また老宿が代わりて言う、「吉州の鎖、虔州の鎖。」)(底本の「虔」の字は未識の形に作る、当に「虔」たるべし。)

鼓山曰。欲知此事如一口劍。僧問。學人是死屍如何是劍。鼓山曰。拽出遮死屍著。僧應諾便歸僧堂結束而去。鼓山晚間聞去乃曰。好與拄杖(東禪齊雲。遮僧若不肯鼓山有什麼過。若肯何得便發去。又鼓山拄杖賞伊罰伊。具眼底上座試商量看)。

あるいは僧に問うた。「聞くところに承ける、大德は『肇論』を講ずと。是か否か。」言った。「敢えず。」言った。「肇に物不遷の義有り、是か否か。」言った。「是なり。」その人は遂に茶盞を以て地に就いて撲り破って言った。「この個は是れ遷か不遷か。」對する無し。(法眼が代わりて掌を拊つこと三下。)

有菴主見僧來竪火筒曰。會麼。曰不會。菴主曰。三十年用不盡底。僧卻問。三十年前用箇什麼(歸宗柔代雲。也要知)。

樂普の侍者が和尚に謂うて言った。「肇法師が制得したる四論は甚だ奇怪。」樂普が言った。「肇公は甚だ奇怪、要するに且つ祖師を見ず。」侍者は對する無し。(法燈が代わりて言う、「和尚はどの処で見たか。」雲居の錫が言う、「どの処か是れ肇公の祖師を見ざる処。まさかは許多の言語有るか。」また言う、「肇公に多少の言語有るか。」)

招慶和尚拈缽囊問僧。爾道直幾錢(歸宗柔代雲。留與人增價)。

兩の僧有りて各々庵に住し、尋常に來往した。偶々旬日會せず。ある日山に上りて相見えた。上の庵主が問うて言った。「多時見えず、どの処に在るか。」下の庵主が言った。「ただ庵の裏に在りて個の無縫の塔子を造る。」上の庵主が言った。「某甲もまた個の無縫の塔を造らんと欲す、庵主に就いて樣子を借り取らん。」言った。「何ぞ早く道わざる。ちょうど人に借り去られたり。」(法眼が挙げて言う、「さあ道え、彼に樣子を借すか彼に樣子を借さざるか。」)婆子有りて人をして錢を送らしめ、老宿に蔵経を開くを請えた。老宿は施利を受けて、便ち禅床を下りて一匝を轉じ、乃ち言った。「婆子に語を伝えよ、蔵経を轉じ了んぬ。」その人は回りて婆子に挙似した。婆が言った。「比來全藏を開くを請うたるに、なぜ半藏を開いたか。」(玄覺が征して言う、「どの処か是れ半藏を缺く処。さあ道え、あの婆子は何の眼を具して便ちそう道ったか。」)老宿有りて人をして思大禅師に語を伝えしめた。「何ぞ山を下りて衆生を教化せざる。目は雲漢を視て何を作すか。」思大が言った。「三世の諸仏は我が一口に呑み盡くされたり、さらに甚んの衆生有りて教化すべけん。」(玄覺が征して言う、「さあ道え、是れ山頭の語か山下の語か。」)龍濟の修山主が翠巌に問うた。「四の乾闥婆王が樂を奏して世尊に供養するや、直ちに須弥を振動させ大海に波を騰がしめたり。迦葉は舞を作し、菩薩は忍を得て動かず、声聞は頗われ我なり。ただ迦葉の舞を作す意旨はいかに。」對して言った。「迦葉は過去の生中にかつて樂人と作り来れり、習氣いまだ斷たれず。」山主が言った。「須弥大海はまさか是れ習氣いまだ斷たれざるか否か。」翠巌は對する無し。(法眼が代わりて言う、「正に是れ習氣。」)

雲門和尚以手入木師子口曰。咬殺我也相救(歸宗柔代雲。和尚出手太殺)。

僧有りて老宿に親附して一夏、言誨を蒙らず。僧は歎じて言った。「ただそう空しく一夏を過ぐり、佛法を聞かず。正因の兩字を聞くを得ればまた得るなり。」老宿はこれを聞きて乃ち言った。「闍梨は諰速するな(底本はこの字は言に從う、音は西)。もし正因を論せば、一字も無し。」そう道い了りて、齒を叩くこと三下して言った。「さっき端無くそう道えり。」鄰房の僧が聞いて言った。「好一鑊の羹、兩顆の鼠糞に污され却られたり。」(玄覺が征して言う、「さあ道え、是れ讚嘆の語か不肯の語か。もし是れ讚嘆なればなぜ鼠糞に污され却られたりと道うか。もし彼を肯んぜざれば何の過か有らん。験し得るか。」)

有座主念彌陀名號次。小師喚和尚。及迴顧小師不對。如是數四。和尚叱曰。三度四度喚有什麼事。小師曰。和尚幾年喚他。即得某甲才喚便發業(法燈代雲。咄叱)。

僧の肇法師は秦主の難に遭えり。刑に就かんと臨みて偈を説いて曰く、

鷂子趁鴿子飛向佛殿欄幹上顫。有人問僧。一切眾生在佛影中常安常樂。鴿子見佛為什麼顫(法燈代雲怕佛)。

四大は元より主無く、五陰は本來空なり。

悟空禪師問忠座主。講什麼經。曰法華經。悟空曰。若有說法華經處我現寶塔當為證明。大德講什麼人證明(法燈代雲。謝和尚證明)。

頭を將て白刃に臨ましむるも、なお春風を斬るに似たり。

僧問老宿。魂兮歸去來食我家園葚。如何是家園葚(玄覺代雲。是亦食不得。法燈別雲。汙卻爾口)。

(玄沙が言う、「大小の肇法師は死に臨みてなお呓語せり。」)

官人問僧。名什麼。曰無揀。官人曰。忽然將一椀沙與上座又作麼生。曰謝官人供養(法眼別雲。此猶是揀底)。

僧が老宿に問うて言った。「師子は兎を捉うるもその力を全うし、象を捉うるもその力を全うす。いまだ個の何の力を全うするかを審らかにせず。」老宿が言った。「欺かざるの力。」(法眼は別に言う、「古人の語を会せず。」)

廣南有僧住菴。國主出獵。人報菴主大王來請起。曰非但大王來佛來亦不起。王問。佛豈不是汝師。曰是。王曰。見師為什麼不起(法眼代雲。未足酬恩)。

李翱尚書が老宿の獨り坐すを見て問うて言った。「丈室に端居して当に何を務むるか。」老宿が言った。「法身は凝寂し、去る無く來る無し。」(法眼は別に言う、「お前は何を作して来たか。」法燈は別に言う、「公の境界に非ず。」)

僧辭趙州和尚。趙州謂曰。有佛處不得住無佛處急走過。三千里外逢人莫舉(法眼代雲。恁麼即不去也)。

道流有りて佛殿の前に背坐す。僧が言った。「道士は佛に背くな。」道流が言った。「大德、本教の中に道う、佛身は法界に充満すと。どの処に向かって坐することを得ん。」僧は對する無し。(法眼が代わりて言う、「お前を識り得たり。」)

泗州塔前一僧禮拜。有人問。上座日日禮拜還見大聖麼(法眼代雲。汝道禮拜是什麼義)。

禅月の詩に曰く、「禅客相逢えばただ指を彈く。この心は能く幾人か知らん。」大随和尚が挙げて禅月に問うた。「どういうのが此の心か。」對する無し。(歸宗の柔が代わりて言う、「能く幾人か知らん。」)

僧問圓通和尚。一塵才起大地全收。還見禪床麼圓通曰。喚什麼作塵。又問法燈曰。喚什麼作禪床(東禪齊雲。此二尊宿語明。伊問處。不明伊問處。若明伊問處還得盡善也未。試斷看。忽然向伊道。爾指示我。更要答語。又作麼生會。莫道又答一轉子)。

台州六通院の僧が船を渡らんと欲した。人あって問うた。「すでに六通なれば、なぜ船を假るか。」對する無し。(天臺の韶国師が代わりて言う、「衆を驚かさんと欲せず。」)

玄覺和尚聞鳩子叫問增。什麼聲。僧曰。鳩子。師曰。欲得不招無間業。莫謗如來正法輪(東禪齊雲。上座道是鳩子聲便成謗法。什麼處是謗處。若道不是還得麼。上座且道。玄覺意作麼生)。

聖僧の像が屋漏に滴らされたり。人あって問うた。「すでに聖僧なれば、なぜ漏有るか。」(天臺国師が代わりて言う、「無漏は是れ聖僧に非ず。」)

保福僧到地藏。地藏和尚問。彼中佛法如何。曰保福有時示眾道。塞卻爾眼教爾覷不見。塞卻爾耳教爾聽不聞。坐卻爾意教爾分別不得。地藏曰。吾問爾。不塞爾眼見箇什麼。不塞爾耳聞箇什麼。不坐爾意作麼生分別(東禪齊雲。那僧聞了忽然惺去。更不他遊。上座如今還得麼。若不會每日見箇什麼)。

死魚が水上に浮かぶ。人あって僧に問うた。「魚は豈に是れ水を以て命と為さざらんや。」僧が言った。「是なり。」言った。「なぜ却って水中に向かって死するか。」對する無し。(杭州天龍の機和尚が代わりて言う、「是れ彼はなぜ岸上に去りて死せざるか。」)

福州洪塘橋上有僧列坐。官人問。此中還有佛麼(法眼代雲。汝是什麼人)。

僧が雲臺の欽和尚に問うた。「どういうのが真言か。」欽が言った。「南無佛陀耶。」(大章の如庵主は別に言う、「作么作么。」)

人問僧。無為無事人為什麼卻有金鎖難(五雲代雲。只為無為無事)。

江南の国主が老宿に問うた。「予に一頭の水牯牛有り、万里に寸草無し。いまだどの処に向かって放つべきかを審らかにせず。」(歸宗の柔が代わりて言う、「好き放つ処。」)

老宿問僧。什麼處來。曰牛頭山禮拜祖師來。老宿曰。還見祖師麼(歸宗柔代雲。大似不相信)。

南泉和尚が遷化した。陸亘大夫が來りて慰めた。院主が問うた。「大夫は何ぞ先師を哭せざる。」大夫が言った。「院主が道い得れば、亘は即ち哭せん。」對する無し。(歸宗の柔が代わりて言う、「哭せ哭せ。」)

有僧與童子上經了。令持經著函內。童子曰。某甲念底著向那裡(法燈代雲。汝念什麼經)。

江南の相の馮延巳が数僧と鍾山に游び、一人泉に至りて問うた。「一人の泉に許多の人は争いで足るを得ん。」一の僧が對して言った。「欠少せしめず。」延巳は肯んぜず、乃ち別に言った。「誰人か欠少せん。」(法眼は別に言う、「誰か是れ足らざる者。」)

一僧注道德經。人問曰。久嚮大德注道德經。僧曰。不敢。曰何如明皇(法燈代雲。是弟子)。

施主の婦人有りて院に入りて衆僧に随年の錢を行いた。僧が言った。「聖僧の前に一分を著けよ。」婦人が言った。「聖僧は年多少。」僧は對する無し。(法眼が代わりて言う、「心期の滿ずる処に即ち知らん。」)

雲門和尚問僧。什麼處來。曰江西來。雲門曰。江西一遂老宿寱語住也未。僧無對(五雲代雲。興猶未已)。

法燈が新到の僧に問うた。「近くどの処を離れたか。」言った。「廬山。」師は香合を拈げ起こして言った。「廬山にまだこの個有るか無きか。」僧は對する無し。(師は自ら代わりて言う、「香を尋ねて來りて和尚に礼拝す。」)

後有僧問法眼。和尚不知雲門意作麼生。法眼曰。大小雲門被遮僧勘破(五雲曰。什麼處是勘破雲門處。要會麼。法眼亦被後僧勘破也)。

僧が仰山に問うた。「弓を彎めて月に滿つ。鏃を嚙むの意はいかに。」仰山が言った。「鏃を嚙む。」僧が口を開かんと拟す。仰山が言った。「口を開けば驢年にも会せず。」僧は對する無し。(南泉が代わりて身を側にして立つ。)

因開井被沙塞卻泉眼。法眼問僧。泉眼不通被沙塞。道眼不通被什麼物礙。僧無對(師自代雲。被眼礙)。

一の行者有りて法師に随いて佛殿に入る。行者は佛に向かいて唾した。法師が言った。「行者は去就を少しす。何を以て佛に唾するか。」行者が言った。「佛無き処を將て来れ、某甲が唾せん。」對する無し。(潙山が言う、「仁者は却って不仁者、不仁者は却って仁者。」仰山が法師に代わりて言う、「ただ行者に唾せよ。」また言う、「行者もし語有らば、即ち彼に向かって道え、我に行者無き処を還して来れと。」)

偃臺の感山主が圓通院に到りて相看せり。第一座が問うて言った。「圓通に路無し、山主は争いで來るを得たか。」(歸宗の柔が代わりて言う、「期せずしてまた相見するを得たり。」)

僧有りて冥に入りて地蔵菩薩を見た。地蔵が問うた。「是れお前が平生何の業を修したか。」僧が言った。「『法華経』を念ず。」言った。「止まれ止まれ、説くを須いず、我が法は妙にして思議し難し。為に是れ説くか説かざるか。」對する無し。(歸宗の柔が代わりて言う、「此に回りて歸り去り、敢えて流通を請う。」)

諸方廣語一十二人見錄

歸宗の柔和尚が僧に問うた。「何の経を看るか。」言った。「『寶積経』。」柔が言った。「すでに沙門なれば、なぜ寶積を看るか。」對する無し。(柔は自ら代わりて言う、「古今用いるに極まり無し。」)

南陽慧忠國師語

劉禹の端公が雨に因りて先の雲居和尚に問うた。「雨は何より來るか。」言った。「端公の問う処より來る。」端公は歓喜讚嘆した。雲居は却って端公に問うた、何より來るかと。語無し。老宿有りて代わりて言った。「さっき何を道ったか。」(歸宗の柔は別に言う、「和尚の再三に謝す。」)

洛京荷澤神會大師語

昔三の僧有りて雲游し、径山和尚に謁せんと拟す。一の婆子に遇う。時に方に稲を収むる次。一の僧が問うて言った。「径山の路はどの処に去るか。」婆が言った。「驀直に去れ。」僧が言った。「前頭は水深し、過ぐるを得るか否か。」言った。「脚を濕さず。」僧はまた問うた。「上岸の稲は得ることそう好く、下岸の稲は得ることそう怯なるは何ぞ。」言った。「下岸の稲は總て螃蟹に喫され却られたり。」僧が言った。「太だ香なるかな。」言った。「氣息を勿れ。」僧はまた婆に問うた。「どの処に在りて住するか。」言った。「ただここに在り。」三の僧は乃ち店內に入った。婆は一瓶の茶を煎じ、盞子三個を將て盤に安じ、謂うて言った。「和尚に神通有らば即ち茶を喫せ。」三人は對する無く、また敢えて茶を傾けず。婆が言った。「老朽の自ら神通を逞しうするを看よ。」便ち盞子を拈じて茶を傾けて行いた。

江西大寂道一禪師語

法眼和尚が小兒に謂うて言った。「子に因りてお前の爺を識り得たり。お前の爺は何と名づくか。」對する無し。(法燈が代わりて言う、「ただ衣袖を將て面を掩え。」)

澧州藥山惟儼和尚語

法眼が却って一の僧に問うた。「もし是れ孝順の子なれば、合い一轉の語を下すべし。さあ道え、合い何の語を下すべきか。」對する無し。(法眼は自ら代わりて言う、「彼は是れ孝順の子。」)

越州大珠慧海和尚語

僧が『彌陀経』を講ずる座主に問うた。「水鳥樹林は皆悉く仏を念じ法を念じ僧を念ず、どう講ずるか。」座主が言った。「基法師は道う、真の友は請を待たず、母の嬰兒に赴くがごとしと。」僧が言った。「どういうのが真の友は請を待たざるか。」(法眼が代わりて言う、「これ是れ基法師の語。」)

汾州大達無業國師語

泉州の王延彬が招慶院に入る。方丈の門の閉づるを見て、演侍者に問うた。「人敢えて大師在りと道う者有るか否か。」演が言った。「人敢えて大師在らずと道う者有るか否か。」(法眼は別に言う、「太傅は大師を識る。」)

池州南泉普願和尚語

僧が挙げた。仏の法を説くに、一の女人あって忽ち來りて問訊し、便ち仏前に於て定に入る。時に文殊は近前して指を彈くも、この女人を定より出だすを得ず。また梵天に升らせるを托すもまた出だすを得ず。仏が言った。「仮使百千の文殊なりとも、またこの女人を定より出だすを得ず。下方に網明菩薩有りて能くこの定を出ださん。」須臾にして網明便ち至り、仏に問訊し了りて、女人の前に去りて指を彈くこと一声、女人は便ち定に從りて起った。(五雲和尚が言う、「唯だ文殊のみ能くこの定を出ださざるに非ず、但し恐らくは如来もまたこの定を出だすを得ず。ただ教意のごときはどう體解せん。」)

趙州從諗和尚語

志公が言った。「每日に香を拈じ火を擇ぶも、身の是れ道場なるを知らず。」玄沙が言った。「每日に香を拈じ火を擇ぶも、真個の道場を知らず。」(玄覺が征して言う、「ただかくのごとき二尊者の語、まだ親疏有るか無きか。」)

鎮州臨濟義玄和尚語

雲巌の院主が石室に游びて回る。雲巌が問うた。「お前は去りて石室の裏許に入りて看たか、為にただそう便ち回り来たか。」(院主は對する無し。)洞山が代わりて言った。「彼の中に已に人の占めたる有り。」雲巌が言った。「お前はさらに去りて何を作すか。」洞山が言った。「人情を断絶せしむべからず。」

玄沙宗一師備大師語

鹽官の会下に一の主事僧有り。將に死せんとすに、鬼使來りて取らんとす。僧が告げて言った。「某甲は身主事と為りて、未だ修行するに暇無し。七日を容れんことを乞う、得るか否か。」使が言った。「王に白せんを待て。もし許さば即ち七日後に來らん。然らずんば須臾に便ち至らん。」言い訖りて去った。七日後に至りて方に來り、その僧を覓むるに見えず。後に人あって挙げて一の僧に問うた。「もし來る時は如何に彼に抵拟せん。」(洞山が代わりて言う、「彼に覓め得られたり。」)洞山の会下に老宿有りて雲巌に去りて回る。洞山が問うた。「お前は雲巌に去りて何を作したか。」答えて言った。「會せず。」(洞山は自ら代わりて言う、「堆堆地。」)

潭州羅漢桂琛和尚語

臨濟が僧の來るを見て、拂子を舉げ起こした。僧は礼拝した。師は便ち打った。別の僧來る。師は拂子を舉げた。僧は並びに顧みず。師もまた打った。また一の僧來りて参す。師は拂子を舉げた。僧が言った。「和尚の示すを見るに謝す。」師もまた打った。(雲門が代わりて言う、「ただ老漢を疑う。」大覺が言う、「得れば得れども、なお臨濟の機に在るを見ず。」)

大法眼文益禪師語

閩王が玄沙和尚を船に上らしめて送った。玄沙は船を扣いて召して言った。「大王。争いで能くここより出づるを得ん。」王が言った。「裏許に在ること得ること多少の時ぞ。」(歸宗の柔は別に言う、「和尚に因らざればここに到るを得ず。」)

南陽慧忠國師問禪客。從何方來。對曰。南方來。師曰。南方有何知識。曰知識頗多。師曰。如何示人。曰彼方知識直下示學人。即心是佛佛是覺義。汝今悉具見聞覺知之性。此性善能揚眉瞬目去來運用遍於身中。挃頭頭知挃腳腳知。故名正遍知。離此之外更無別佛。此身即有生滅。心性無始以來未曾生滅。身生滅者。如龍換骨。蛇脫皮人出故宅。即身是無常其性常也。南方所說大約如此。師曰。若然者與彼先尼外道無有差別。彼雲。我此身中有一神性。此性能知痛癢。身壞之時神則出去。如舍被燒舍主出去。舍即無常。舍主常矣。審如此者。邪正莫辨孰為是乎。吾比遊方多見此色近尤盛矣。聚卻三五百眾。目視雲漢雲。是南方宗旨。把他壇經改換。添糅鄙譚削除聖意惑亂後徒。豈成言教。苦哉吾宗喪矣。若以見聞覺知是佛性者。淨名不應雲法離見聞覺知。若行見聞覺知是則見聞覺知非求法也。僧又問。法華了義開佛知見此復若為。師曰。他雲開佛知見。尚不言菩薩二乘。豈以眾生痴倒便同佛之知見耶。僧又問。阿那箇是佛心。師曰。牆壁瓦礫。是僧曰。與經大相違也。涅槃雲。離牆壁無情之物故名佛性。今雲是佛心。未審心之與性為別不別。師曰。迷即別悟即不別。曰經云。佛性是常心是無常。今雲不別何也。師曰。汝但依語而不依義。譬如寒月水結為氷。及至暖時氷釋為水。眾生迷時結性成心。眾生悟時釋心成性。若執無情無佛性者。經不應言三界唯心。宛是汝自違經。吾不違也。問無情既有心性還解說法否。師曰。他熾然常說無有間歇。曰某甲為什麼不聞。師曰。汝自不聞。曰誰人得聞。師曰。諸佛得聞。曰眾生應無分邪。師曰。我為眾生說不為聖人說。曰某甲聾瞽不聞無情說法師應合聞。師曰。我亦不聞。曰師既不聞爭知無情解說。師曰。我若得聞即齊諸佛。汝即不聞我所說法。

大法眼禅師文益の頌十四首

曰眾生畢竟得聞否。師曰。眾生若聞即非眾生。曰無情說法有何典據。師曰。不見華嚴雲。剎說眾生說三世一切說。眾生是有情乎。曰師但說無情有佛性。有情復若為。師曰。無情尚爾況有情耶。曰若然者前舉南方知識雲見聞是佛性。應不合判同外道。師曰。不道他無佛性。外道豈無佛性耶。但緣見錯於一法中而生二見故非也。曰若俱有佛性。且殺有情即結業互酬損害。無情不聞有報。師曰。有情是正報計我我所而懷結恨即有罪報。無情是其依報無結恨心。是以不言有報。曰教中但見有情作佛。不見無情受記。且賢劫千佛孰是無情佛耶。師曰。如皇太子未受位時唯一身爾。受位之後國土盡屬於王。寧有國土別受位乎。今但有情受記作佛之時。十方國土悉是遮那佛身。那得更有無情受記耶。曰一切眾生盡居佛身之上。便利穢汙佛身。穿鑿踐蹋佛身。豈無罪耶。師曰。眾生全體是佛欲誰為罪。曰經云。佛身無罣礙。今以有為質礙之物而作佛身。豈不乖於聖旨。師曰。大品經云。不可離有為而說無為。汝信色是空否。曰佛之誠言那敢不信。師曰。色既是空寧有罣礙。曰眾生佛性既同。只用一佛修行。一切眾生應時解脫。今既不爾同義安在。師曰。汝不見華嚴六相義雲。同中有異異中有同。成壞總別類例皆然。眾生佛雖同一性。不妨各各自修自得。未見他食我飽。曰有知識示學人。但自識性了無常時拋卻㲉漏子一邊著。靈臺智性逈然而去。名為解脫。此復若為。師曰。前已說了。猶是二乘外道之量。二乘厭離生死欣樂涅槃。外道亦云。吾有大患為吾有身。乃趣乎冥諦。須陀洹人八萬劫。餘三果人六四二萬。辟支佛一萬劫。住於定中。外道亦八萬劫住非非想中。二乘劫滿猶能迴心向大。外道還卻輪迴。曰佛性一種為別。師曰。不得一種。曰何也。師曰。或有全不生滅。或半生半滅半不生滅。曰執為此解。師曰。

三界唯心

我此間佛性全不生滅。汝南方佛性半生半滅半不生滅。曰如何區別。師曰。此則身心一如心外無餘。所以全不生滅。汝南方身是無常神性是常。所以半生半滅半不生滅。曰和尚色身豈得便同法身不生滅耶。師曰。汝那得入於邪道。曰學人早晚入邪道。師曰。汝不見金剛經色見聲求皆行邪道。今汝所見不其然乎。曰某甲曾讀大小乘教。亦見有說。不生不滅中道正性之處。亦見有說。此陰滅彼陰生身有代謝而神性不滅之文。那得盡撥同外道斷常二見。師曰。汝學出世無上正真之道。為學世間生死斷常二見耶。汝不見。肇公雲。譚真則逆俗。順俗則違真。違真故迷性而莫返。逆俗故言淡而無味。中流之人如存若亡。下士拊掌而不顧。汝今欲學下士笑於大道乎。曰師亦言即心是佛。南方知識亦爾。那有異同師不應自是而非他。師曰。或名異體同。或名同體異。因茲濫矣。只如菩提涅槃真如佛性名異體同。真心妄心佛智世智名同體異。緣南方錯將妄心言是真心。認賊為子。有取世智稱為佛智。猶如魚目而亂明珠。不可雷同事須甄別。曰若為離得此過。師曰。汝但子細反觀陰入界處一一推窮。有纖豪可得否。曰子細觀之不見一物可得。師曰。汝壞身心相耶。曰身心性離有何可壞。師曰。身心外更有物不。曰身心無外寧有物耶。師曰。汝壞世間相耶。曰世間相即無相那用更壞。師曰。若然者即離過矣。禪客唯然受教。常州僧靈覺問曰。發心出家本擬求佛。未審如何用心即得。師曰。無心可用即得成佛。曰無心可用阿誰成佛。師曰。無心自成佛亦無心。曰佛有大不可思議為能度眾生。若也無心阿誰度眾生。師曰。無心是真度生。若見有生可度者。即是有心宛然生滅。曰今既無心。能仁出世說許多教跡豈可虛言。師曰。佛說教亦無心。曰說法無心應是無說。師曰。說即無無即說。曰說法無心造業有心否。師曰。無心即無業。

三界は唯心、万法は唯識。唯識唯心、眼は聲に耳は色。色は耳に至らず、聲は何ぞ眼に觸れん。眼色耳聲、万法成辦す。万法は緣に匪ざれば、豈に幻のごときを觀ぜん。大地山河、誰か堅く誰か變ずる。

今既有業心即生滅何得無心。曰無心即成佛。和尚即今成佛未。師曰。心尚自無誰言成佛。若有佛可成還是有心。有心即有漏何處得無心。曰既無佛可成和尚還得佛用否。師曰。心尚自無用從何有。曰茫然都無莫落斷見否。師曰。本來無見阿誰道斷。曰本來無莫落空否。師曰。空既是無墮從何立。曰能所俱無。忽有人持刀來取命。為是有是無。師曰。是無。曰痛否。師曰。痛亦無。曰痛既無死後生何道。師曰。無死無生亦無道。曰既得無物自在饑寒所逼若為用心。師曰。饑即吃飯寒即著衣。曰知饑知寒應是有心。師曰。我問汝。有心心作何體段。曰心無體段。師曰。汝既知無體段。則是本來無心。何得言有。曰山中逢見虎狼如何用心。師曰。見如不見來如不來。彼即無心惡獸不能加害。曰寂然無事獨脫無心名為何物。師曰。名金剛大士。曰金剛大士有何體段。師曰。本無形段。曰既無形段喚何物作金剛大士。師曰。喚作無形段金剛大士。曰金剛大士有何功德。師曰。一念與金剛相應。能滅殑伽沙劫生死重罪。得見殑伽沙諸佛。其金剛大士功德無量非口所說非意所陳。假使殑伽沙劫住世說亦不可得盡。曰如何是一念相應。師曰。憶智俱忘即是相應。曰憶智俱忘誰見諸佛。師曰。忘即無無即佛。曰無即言無何得喚作佛。師曰。無亦空佛亦空故。曰無即佛佛即無。曰既無纖豪可得名為何物。師曰。本無名字。曰還有相似者否。師曰。無相似者世號無比獨尊。汝努力依此修行。無人能破壞者。更不須問任意遊行獨脫無畏。常有河沙賢聖之所覆護。所在之處常得河沙天龍八部之所恭敬。河沙善神來護永無障難。何處不得逍遙。又問。迦葉在佛邊聽為聞不聞。師曰。不聞聞。曰云何不聞聞。師曰。聞不聞。曰如來有說不聞聞無說不聞聞。師曰。如來無說說。曰云何無說說。師曰。言滿天下無口過。

華嚴の六相の義

洛京荷澤神會大師示眾曰。夫學者須達自源。四果三賢皆名調伏。闢支羅漢未斷其疑。等妙二覺了達分明。覺有淺深教有頓漸。其漸也歷僧祇劫猶處輪迴。其頓也屈伸臂頃便登妙覺。若宿無道種徒學多知。一切在心邪正由己。不思一物即是自心。非智所知。更無別行悟入此者。真三摩提法無去來前後際斷。故知無念為最上乘。曠徹清虛頓開寶藏。心非生滅性絕推遷。自淨則境慮不生。無作乃攀緣自息。吾於昔日轉不退輪。今得定慧雙修如拳如手。見無念體不逐物生。瞭如來常更何所起。今此幻質元是真常。自性如空本來無相。既達此理誰怖誰憂。天地不能變其體。心歸法界萬象一如。遠離思量智同法性。千經萬論只是明心。既不立心即體真理都無所得。告諸學眾無外馳求。若最上乘應當無作。珍重。人問。無念法有無否。師曰。不言有無。曰恁麼時作麼生。師曰。亦無恁麼時。猶如明鏡若不對像終不見像。若見無物乃是真見。師於大藏經內有六處有疑。問於六祖。第一問戒定慧。曰戒定慧如何所用。戒何物。定從何處修。慧因何處起。所見不通流。六祖答曰。定則定其心。將戒戒其行。性中常慧照。自見自知深。第二問。本無今有有何物。本有今無無何物。誦經不見有無義。真似騎驢更覓驢。答曰。前念惡業本無。後念善生今有。念念常行善行。後代人天不久。汝今正聽吾言。吾即本無今有。第三問。將生滅卻滅。將滅滅卻生。不了生滅義。所見似聾盲。答曰。將生滅卻滅。令人不執性。將滅滅卻生。令人心離境。未若離二邊。自除生滅病。第四問。先頓而後漸。先漸而後頓。不悟頓漸人。心裡常迷悶。答曰。聽法頓中漸。悟法漸中頓。修行頓中漸。證果漸中頓。頓漸是常因。悟中不迷悶。第五問。先定後慧先慧後定。定慧後初何生為正。答曰。常生清淨心。定中而有慧。於境上無心。慧中而有定。

華嚴の六相の義。同中に還って異有り。異はもし同に異なれば。全く諸佛の意に非ず。諸佛の意は總別なり。何曽て同異有らん。男子の身中に定に入る時。女子の身中に留意せず。留意せず、名字を絶つ。萬象は明明として理事無し。

定慧等無先。雙修自心正。第六問。先佛而後法。先法而後佛。佛法本根源。起從何處出。答曰。說即先佛而後法。聽即先法而後佛。若論佛法本根源。一切眾生心裡出。

須菩提を瞻る

江西大寂道一禪師示眾雲。道不用修但莫汙染。何為汙染。但有生死心造作趣向皆是汙染。若欲直會其道平常心是道。謂平常心無造作無是非無取捨無斷常無凡無聖。經云。非凡夫行非賢聖行是菩薩行。只如今行住坐臥應機接物盡是道。道即是法界。乃至河沙妙用不出法界。若不然者云何言心地法門。云何言無盡燈。一切法皆是心法。一切名皆是心名。萬法皆從心生。心為萬法之根本。經云。識心達本故號沙門。名等義等一切諸法皆等純一無雜。若於教門中得隨時自在。建立法界盡是法界。若立真如盡是真如。若立理一切法盡是理。若立事一切法盡是事。舉一千從理事無別。盡是妙用更無別理。皆由心之迴轉。譬如月影有若干真月無若干。諸源水有若干水性無若干。森羅萬象有若干虛空無若干。說道理有若干無礙慧無若干。種種成立皆由一心也建立亦得。掃蕩亦得。盡是妙用。妙用盡是自家。非離真而有立處。立處即真盡是自家體。若不然者更是何人。一切法皆是佛法。諸法即解脫。解脫者即真如。諸法不出於真如。行住坐臥悉是不思議用不待時節。經云。在在處處則為有佛。佛是能仁有智慧善機情。能破一切眾生疑網。出離有無等縛。凡聖情盡人法俱空。轉無等輪超於數量。所作無礙事理雙通。如天起雲忽有還無不留礙跡。猶如畫水成文不生不滅。是大寂滅。在纏名如來藏。出纏名大法身。法身無窮體無增減。能大能小能方能圓。應物現形如水中月。滔滔運用不立根栽。不盡有為不住無為。有為是無為家用。無為是有為家依。不住於依故云如空無所依。心生滅義。心真如義。心真如者。譬如明鏡照像。鏡喻於心像喻諸法。若心取法即涉外。因緣即是生滅義。不取諸法即是真如義。聲聞聞見佛性。菩薩眼見佛性。了達無二名平等性。性無有異用則不同。在迷為識。在悟為智。順理為悟。順事為迷。

須菩提、貌は古奇。空法を説きて、法離れず。信及ばず、また懷疑す。信及ぶを得て、復た何に之かん。笻杖に倚りて、東西を視る。

迷即迷自家本心。悟即悟自家本性。一悟永悟不復更迷。如日出時不合於冥。智慧日出不與煩惱暗俱。了心及境界。妄想即不生。妄想既不生。即是無生法忍。本有今有不假修道坐禪。不修不坐即是如來清淨禪。如今若見此理真正。不造諸業隨分過生。一衣一缽坐起相隨。戒行增燻積於淨業。但能如是何慮不通。久立諸人珍重。

街鼓鳴る

澧州藥山惟儼和尚上堂曰。祖師只教保護。若貪瞋起來切須防禦。莫教揨(直庚切)觸是爾欲知枯木石頭卻須擔荷。實無枝葉可得。雖然如此更宜自看不得絕卻言語。我今為汝說遮箇語顯無語底。他那箇本來無耳目等貌。時有僧問雲。何有六趣。師曰。我此要輪雖在其中元來不染。問不了身中煩惱時如何。師曰。煩惱作何相狀。我且要爾考看。更有一般底。只向紙背上記持言語。多被經論惑。我不曾看經論策子。汝只為迷事走失自家不定。所以便有生死心。未學得一言半句一經一論。便說恁麼菩提涅槃世攝不攝。若如是解即是生死。若不被此得失繫縛。便無生死。汝見律師說什麼。尼薩耆突吉羅最是生死本。雖然恁麼。窮生死且不可得。上至諸佛下至螻蟻。盡有此長短好惡大小不同。若也不從外來。何處有閑漢掘地獄待爾。爾欲識地獄道。只今鑊湯煎煮者是。欲識餓鬼道。即今多虛少實不令人信者是。欲識畜生道。見今不識仁義不辨親疎者是。豈須披毛戴角斬割倒懸。欲識人天。即今洗淨威儀持瓶挈缽者是。保任免墮諸趣。第一不得棄遮箇。遮箇不是易得。須向高高山頂立深深海底行。此處行不易。方有少相應。如今出頭來。盡是多事人。覓箇痴鈍人不可得。莫只記策子中言語以為自己見知。見他不解者便生輕慢。此輩盡是闡提外道。此心直不中切須審悉。恁麼道猶是三界邊事。莫在衲衣下空過。到遮裡更微細在。莫將等閑。須知珍重。

鼓は冬冬、大功を運ぶ。滿朝の人、道路は通ず。道路通ず、何の至る所ぞ。達する者は寶地に登ると言う莫れ。

越州大珠慧海和尚。上堂曰。諸人幸自好箇無事人。苦死造作要簷枷落獄作麼。每日至夜奔波道我參禪學道解會佛法。如此轉無交涉也。只是逐聲色走有何歇時。貧道聞江西和尚道。汝自家寶藏一切具足。使用自在不假外求。我從此一時休去。自己財寶隨身受用。可謂快活。無一法可取。無一法可捨。不見一法生滅相。不見一法去來相。遍十方界無一微塵許不是自家財寶。但自子細觀察自心。一體三寶常自現前無可疑慮。莫尋思莫求覓。心性本來清淨。故華嚴經云。一切法不生一切法不滅。若能如是解諸佛常現前。又淨名經云。觀聲實相觀佛亦然。若不隨聲色動念。不逐相貌生解。自然無事去。莫久立珍重。此日大眾普集久而不散。師曰。諸人何故在此不去。貧道已對面相呈。還肯休麼。有何事可疑。莫錯用心枉費氣力。若有疑情一任諸人恣意早問。時有僧法淵問曰。云何是佛。云何是法。云何是僧。云何是一體三寶。願師垂示。師曰。心是佛不用將佛求佛。心是法不用將法求法。佛法無二和合為僧。即是一體三寶。經云。心佛與眾生是三無差別。身口意清淨名為佛出世。三業不清淨名為佛滅度。喻如嗔時無喜喜時無嗔。唯是一心實無二體。本智法爾無漏現前。如蛇化為龍不改其鱗。眾生迴心作佛不改其面。性本清淨不待修成。有證有修即同增上慢者。真空無滯應有無窮無始無終。利根頓悟用無等等。即是阿耨菩提。心無形相。即是微妙色身。無相即是實相法身。性相體空即是虛空無邊身。萬行莊嚴即是功德法身。此法身者乃是萬化之本。隨處立名。智用無盡名無盡藏。能生萬法名本法藏。具一切智是智慧藏。萬法歸如名如來藏。經云。如來者即諸法如義。又云。世間一切生滅法。無有一法不歸如也。時有人問雲。弟子未知律師法師禪師何者最勝。願和尚慈悲指示。師曰。夫律師者。啟毘尼之法藏。

慕道を捨棄するを示す

傳壽命之遺風。洞持犯而達開遮。秉威儀而行軌範。牒三番羯麼作四果初因。若非宿德白眉焉敢造次。夫法師者。踞獅子之座瀉懸河之辯。對稠人廣眾啟鑿玄關。開般若妙門等三輪空施。若非龍象蹴蹋安敢當斯。夫禪師者。撮其樞要直了心源。出沒卷舒縱橫應物。鹹均事理頓見如來。拔生死深根獲見前三昧。若不安禪靜慮。到遮裡總須茫然。隨機授法三學雖殊。得意忘言一乘何異。故經云。十方佛土中唯有一乘法無二亦無三。除佛方便說但以假名字引導於眾生。曰和尚深達佛旨得無礙辯。又問。儒道釋三教同異如何。師曰。大量者用之即同。小機者執之即異。總從一性上起用。機見差別成三。迷悟由人不在教之同異。講唯識道光座主問曰。禪師用何心修道。師曰。老僧無心可用無道可修。曰既無心可用無道可修。云何每日聚眾勸人學禪修道。師曰。老僧尚無卓錐之地。什麼處聚眾來。老僧無舌何曾勸人來。曰禪師對面妄語。師曰。老僧尚無舌勸人焉解妄語。曰某甲卻不會禪師語論也。師曰。老僧自亦不會講華嚴志座主問。禪師何故不許青青翠竹盡是法身欝欝黃華無非般若。師曰。法身無象應翠竹以成形。般若無知對黃華而顯相。非彼黃華翠竹而有般若法身。故經云。佛真法身猶若虛空。應物現形如水中月。黃華若是般若。般若即同無情。翠竹若是法身。翠竹還能應用。座主會麼。曰不了此意。師曰。若見性人道是亦得道不是亦得。隨用而說不滯是非。若不見性人說翠竹著翠竹。說黃華著黃華。說法身滯法身。說般若不識般若。所以皆成爭論。志禮謝而去。人問。將心修行幾時得解脫。師曰。將心修行喻如滑泥洗垢。般若玄妙本自無生。大用現前不論時節。曰凡夫亦得如此否。師曰。見性者即非凡夫。頓悟上乘超凡越聖。迷人論凡論聖。悟人超越生死涅槃。迷人說事說理。悟人大用無方。迷人求得求證。

東堂に桂を折らず。南華に仙を学ばず。却って乾竺の寺に來りて。衣を披きて坐禅を效う。禅はもし坐して效わるを得ば。非想もまた何の偏ぞ。(劫を經て閑を守り、生死を出でず。)參禅の者に報いんが為に。須らく道中の玄を悟るべし。如何なるか道中の玄。真規は自ら宛然たり。

悟人無得無求。迷人期遠劫。悟人頓見。維摩座主問。經云。彼外道六師等是汝之師。因其出家彼師所墮汝亦隨墮。其施汝者不名福田。供養汝者墮三惡道。謗於佛毀於法不入眾數。終不得滅度。汝若如是乃可取食。今請禪師明為解說。師曰。迷徇六根者號之為六師。心外求佛名為外道。有物可施不名福田。生心受供墮三惡道。汝若能謗於佛者是不著佛求。毀於法者是不著法求。不入眾數者是不著僧求。終不得滅度者智用現前。若有如是解者。便得法喜禪悅之食。有行者問。有人問佛答佛問法答法。喚作一字法門不知是否。師曰。如鸚鵡學人語話自語不得。為無智慧故。譬如將水洗水將火燒火都無義趣。人問。言之與語為同為異。師曰。夫一字曰言。成句名語。且如靈辯滔滔譬大川之流水。峻機疊疊如圓器之傾珠。所以郭象號懸河。春鸚稱義海。此是語也。言者一字表心也。內著玄微外現妙相。萬機撓而不亂。清濁渾而常分。齊王到此猶慚大夫之辭。文殊到此尚歎淨名之說。如今常人云何能解。源律師問。禪師常譚即心是佛無有是處。且一地菩薩分身百佛世界。二地增於十倍。禪師試現神通看。師曰。闍梨自己是凡是聖。曰是凡。師曰。既是凡僧能問如是境界。經云。仁者心有高下不依佛慧。此之是也。又問。禪師每雲。若悟道現前身便解脫無有是處。師曰。有人一生作善忽然偷物入手。即身是賊否。曰故知是也。師曰。如今了了見性。云何不得解脫。曰如今必不可。須經三大阿僧祇劫始得。師曰。阿僧祇劫還有數否。源抗聲曰。將賊比解脫道理得通否。師曰。闍梨自不解道。不可障一切人解。自眼不開瞋一切人見物。源作色而去。雲雖老渾無道。師曰。即行去者是汝道。講止觀慧座主問。禪師辨得魔否。師曰。起心是天魔。不起心是陰魔。或起不起是煩惱魔。我正法中無如是事。曰一心三觀義又如何。

金剛經の人の為に輕賤せらるる章(詮に云う:經を持する者は佛地を證するなり)

師曰。過去心已過去。未來心未至。現在心無住。於其中間更用何心起觀。曰禪師不解止觀。師曰。座主解否。曰解。師曰。如智者大師。說止破止。說觀破觀。住止沒生死。住觀心神亂。且為當將心止心。為復起心觀。觀若有心觀是常見法若無心觀是斷見。法亦有亦無成二見法。請座主子細說看。曰若如是問俱說不得也。師曰。何曾止觀。人問。般若大否。師曰大。曰幾許大。師曰。無邊際。曰般若小否。師曰小。曰幾許小。師曰。看不見。曰何處是。師曰。何處不是。維摩座主問。經云。諸菩薩各入不二法門維摩默然是究竟否。師曰。未是究竟。聖意若盡第三卷更說何事。座主良久曰。請禪師為說未究竟之意。師曰。如經第一卷。是引眾呵十大弟子住心。第二諸菩薩各說入不二法門。以言顯於無言。文殊以無言顯於無言。維摩不以言不以無言故默然。收前言語故。第三卷從默然起說。又顯神通作用。座主會麼。曰奇怪如是。師曰。亦未如是。曰何故未是。師曰。且破人執情作如此說。若據經意只說色心空寂令見本性。教捨偽行入真行。莫向言語紙墨上討意度。但會淨名兩字便得。淨者本體也。名者跡用也。從本體起跡用。從跡用歸本體。體用不二本跡非殊。所以古人道。本跡雖殊不思議一也。一亦非一。若識淨名兩字假號。更說什麼究竟與不究竟。無前無後非本非末非淨非名。只示眾生本性不思議解脫。若不見性人終身不見此理。僧問。萬法盡空識性亦爾。譬如水泡一散更無再合。身死更不再生。即是空無。何處更有識性。師曰。泡因水有。泡散可即無水。身因性起。身死豈言性滅。曰既言有性將出來看。師曰。汝信有明朝否。曰信。師曰。試將明朝來看。曰明朝實是有如今不可得。師曰。明朝不可得不是無明朝。汝自不見性不可是無性。今見著衣吃飯行住坐臥對面不識。可謂愚迷。

寶劍は失わず、虛舟は刻まず。失わず刻まず、彼の子は為に得たり。倚待は堪えず、孤然として仍として則る。鳥の跡は虛空、有無は弥た忒ならず。(之を思え。)

汝欲見明朝與今日不異。將性覓性萬劫終不見。亦如盲人不見日不是無日。講青龍疏座主問。經云。無法可說是名說法。禪師如何體會。師曰。為般若體畢竟清淨無有一物可得。是名無法。即於般若空寂體中具河沙之用。即無事不知。是名說法。故云。無法可說是名說法。講華嚴座主問。禪師信無情是佛否。師曰。不信。若無情是佛者。活人應不如死人。死驢死狗亦應勝於活人。經云。佛身者即法身也。從戒定慧生。從三明六通生。從一切善法生。若說無情是佛者。大德如今便死應作佛去。有法師問。持般若經最多功德。師還信否。師曰。不信。曰若爾靈驗傳十餘卷皆不堪信也。師曰。生人持孝自有感應。非是白骨能有感應。經是文字紙墨性空何處有靈驗。靈驗者在持經人用心。所以神通感物。試將一卷經安著案上。無人受持自能有靈驗否。僧問。未審一切名相及法相語之與默。如何通會即得無前後。師曰。一念起時本來無相無名。何得說有前後。不了名相本淨。妄計有前後。夫名相關鎖。非智鑰不能開。中道者病在中道。二邊者病在二邊。不知現用是無等等法身。迷悟得失常人之法。自起生滅埋沒正智。或斷煩惱或求菩提。背卻般若波羅蜜。人問。律師何故不信禪。師曰。理幽難顯名相易持。不見性者所以不信。若見性者號之為佛。識佛之人方能信入。佛不遠人而人遠佛。佛是心作。迷人向文字中求。悟人向心而覺。迷人修因待果。悟人了心無相。迷人執物守我為己。悟人般若應用見前。愚人執空執有生滯。智人見性了相靈通。乾慧辯者口疲。大智體了心泰。菩薩觸物斯照。聲聞怕境昧心。悟者日用無生。迷人見前隔佛。人問。如何得神通去。師曰。神性靈通遍周沙界。山河石壁去來無礙。剎那萬裡往返無蹤。火不能燒水不能溺。愚人自無心智。欲得四大飛空。經云。取相凡夫隨宜為說。

僧が色に随う摩尼珠を問う

心無形相即是微妙色身。無相即是實相。實相體空喚作虛空無邊身。萬行莊嚴故云功德法身。即此法身是萬行之本。隨用立名。實而言之。只是清淨法身也。人問。一心修道過去業障得消滅否。師曰。不見性人未得消滅。若見性人如日照霜雪。又見性人猶如積草等須彌。只用一星之火。業障如草。智慧似火。曰云何得知業障盡。師曰。見前心通前後生事猶如對見。前佛後佛萬法同時。經云。一念知一切法是道場。成就一切智故。有行者問雲。何得住正法。師曰。求住正法者是邪。何以故。法無邪正故。曰云何得作佛去。師曰。不用捨眾生心。但莫汙染自性。經云。心佛及眾生是三無差別。曰若如是解者得解脫否。師曰。本自無縛不用求解。法過語言文字。不用數句中求。法非過現未來。不可以因果中契。法過一切不可比對。法身無象應物現形。非離世間而求解脫。僧問。何者是般若。師曰。汝疑不是者試說看。又問雲。何得見性。師曰。見即是性無性不能見。又問。如何是修行。師曰。但莫汙染自性即是修行。莫自欺誑即是修行。大用現前即是無等等法身。又問。性中有惡否。師曰。此中善亦不立。曰善惡俱不立將心何處用。師曰。將心用心是大顛倒。曰作麼生即是。師曰。無作麼生亦無可是。人問。有人乘船船底刺殺螺蜆。為是人受罪。為復船當辜。師曰。人船兩無心罪正在汝。譬如狂風折樹損命。無作者無受者。世界之中無非眾生受苦處。僧問。未審託情勢指境勢語默勢乃至揚眉動目等勢。如何得通會於一念間。師曰。無有性外事。用妙者動寂俱妙。心真者語默總真。會道者行住坐臥是道。為迷自性萬惑茲生。又問。如何是法有宗旨。師曰。隨其所立即有眾義。文殊於無住本立一切法。曰莫同太虛否。師曰。汝怕同太虛否。曰怕。師曰。解怕者不同太虛。又問。言方不及處如何得解。師曰。

摩尼は色に随わず。色裏に摩尼を失う勿れ。摩尼と衆色と。合せずして離れず。

汝今正說時疑何處不及。有宿德十餘人同問。經云。破滅佛法未審佛法可破滅否。師曰。凡夫外道謂佛法可破滅。二乘人謂不可破滅。我正法中無此二見。若論正法非但凡夫外道。未至佛地者二乘亦是惡人。又問。真法幻法空法非空法各有種性否。師曰。夫法雖無種性應物俱現。心幻也一切俱幻。若有一法不是幻者。幻即有定。心空也一切皆空。若有一法不空空義不立。迷時人逐法。悟時法由人。如森羅萬象至空而極。百川眾流至海而極。一切賢聖至佛而極。十二分經五部毘尼五圍陀論至心而極。心者是總持之妙本萬法之洪源。亦名大智慧藏無住涅槃。百千萬名盡心之異號耳。又問。如何是幻。師曰。幻無定相如旋火輪。如乾闥婆城。如機關木人。如陽焰。如空華。俱無實法。又問。何名大幻師。師曰。心名大幻師。身為大幻城。名相為大幻衣食。河沙世界無有幻外事。凡夫不識幻。處處迷幻業。聲聞怕幻境昧心而入寂。菩薩識幻法達體幻。不拘一切名相。佛是大幻師。轉大幻法輪。成大幻涅槃。轉幻生滅得不生不滅。轉河沙穢土成清淨法界。僧問。何故不許誦經喚作客語。師曰。如鸚鵡只學人言不得人意。經傳佛意。不得佛意而但誦是學語人。所以不許。曰不可離文字言語別有意耶。師曰。汝如是說亦是學語。曰同是語言何偏不許。師曰。汝今諦聽經有明文。我所說者義語非文。眾生說者文語非義。得意者越於浮言。悟理者超於文字。法過語言文字。何向數句中求。是以發菩提者得意而忘言。悟理而遺教。亦猶得魚忘筌得兔忘蹄也。有法師問。念佛是有相大乘禪師意如何。師曰。無相猶非大乘。何況有相。經云。取相凡夫隨宜為說。又問。願生淨土未審實有淨土否。師曰。經云。欲得淨土當淨其心。隨其心淨即佛土淨。若心清淨所在之處皆為淨土。譬如生國王家決定紹王業。發心向佛道是生淨佛國。

牛頭の庵

其心若不淨在所生處皆是穢土。淨穢在心不在國土。又問。每聞說道未審何人能見。師曰。有慧眼者能見。曰甚樂大乘如何學得。師曰。悟即得不悟不得。曰如何得悟去。師曰。但諦觀。曰似何物。師曰。無物似。曰應是畢竟空。師曰。空無畢竟。曰應是有。師曰。有而無相。曰不悟如何。師曰。大德自不悟亦無人相障。人問。佛法在於三際否。師曰。見在無相不在其外。應用無窮不在於內。中間無住處三際不可得。曰此言大混。師曰。汝正說混之一字時在內外否。曰弟子究檢內外無蹤跡。師曰。若無蹤跡明知上來語不混。曰如何得作佛。師曰。是心是佛是心作佛。曰眾生入地獄佛性入否。師曰。如今正作惡時更有善否。曰無。師曰。眾生入地獄佛性亦如是。曰一切眾生皆有佛性如何。師曰。作佛用是佛性。作賊用是賊性。作眾生用是眾生性。性無形相隨用立名。經云。一切賢聖皆以無為法而有差別。僧問。何者是佛。師曰。離心之外即無有佛。曰何者是法身。師曰。心是法身。謂能生萬法故號法界之身。起信論雲。所言法者。謂眾生心。即依此心顯示摩訶衍義。又問。何名有大經卷內在一微塵。師曰。智慧是經卷。經云。有大經卷量等三千大千界。內在一微塵中。一塵者是一念心塵也。故云。一念塵中演出河沙偈時人自不識。又問。何名大義城。何名大義王。師曰。身為大義城。心為大義王。經云。多聞者善於義。不善於言說。言說生滅義。不生滅義無形相。在言說之外。心為大經卷。心為大義王。若不了了識心者不名善義。只是學語人也。又問。般若經云。度九類眾生皆入無餘涅槃。又云。實無眾生得滅度者。此兩段經文如何通會。前後人說皆雲。實度眾生而不取眾生相。常疑未決。請師為說。師曰。九類眾生一身具足隨造隨成。是故無明為卵生。煩惱包裹為胎生。愛水浸潤為濕生。歘起煩惱為化生。

國城の南、祖師の庵。庵の旧趾、雲嵐に依る。獸は驯淑、人は相い參ず。忽ち心有れば、終に堪えず。

悟即是佛。迷號眾生。菩薩只以念念心為眾生。若了念念心體空。名為度眾生也。智者於自本際上度於未形。未形既空即知實無眾生得滅度者。僧問。言語是心否。師曰。言語是緣不是心。曰離緣何者是心。師曰。離言語無心。曰離言語既無心若為是心。師曰。心無形相非離言語非不離言語。心常湛然應用自在。祖師雲。若了心非心始解心心法。僧問。如何是定慧等學。師曰。定是體慧是用。從定起慧從慧歸定。如水與波一體更無前後。名定慧等學。夫出家兒莫尋言逐語。行住坐臥並是汝性用。什麼處與道不相應。且自一時休歇去。若不隨外境風。心性水常自湛湛。無事珍重。

乾闥婆城

汾州大達無業國師上堂有僧問曰。十二分教流於此土。得道果者非止一二。云何祖師東化別唱玄宗。直指人心見性成佛。豈得世尊說法有所未盡。只如上代諸德高僧。並學貫九流洞明三藏。生肇融叡盡是神異間生。豈得不知佛法遠近。某甲庸昧願師指示。師曰。諸佛不曾出世。亦無一法與人。但隨病施方。遂有十二分教。如將蜜果換苦葫蘆。淘汝諸人業根都無實事。神通變化及百千三昧門化彼天魔外道。福智二嚴為破執有滯空之見。若不會道及祖師來意。論什麼生肇融叡。如今天下解禪解道如河沙數。說佛說心有百千萬億。纖塵不去未免輪迴。思念不亡盡須沈墜。如斯之類尚不能自識業果。妄言自利利他。自謂上流並他先德。但言觸目無非佛事。舉足皆是道場。原其所習不如一箇五戒十善凡夫。觀其發言嫌他二乘十地菩薩。且醍醐上味為世珍奇。遇斯等人翻成毒藥。南山尚自不許呼為大乘學語之流。爭鋒唇舌之間。鼓論不形之事。並他先德。誠實苦哉。只如野逸高士。尚解枕石漱流棄其利祿。亦有安國理民之謀徵而不赴。況我禪宗途路且別。看他古德道人得意之後。茆茨石室向折腳鐺子裡。煮飯吃過三十二十年。名利不幹懷。財寶不為念。大忘人世隱跡巖叢。君王命而不來。諸侯請而不赴。豈同我輩貪名愛利汩沒世途。如短販人有少希求而忘大果。十地諸賢豈不通佛理可不如一箇博地凡夫。實無此理。他說法如雲如雨。猶被佛呵雲。見性如隔羅縠。只為情存聖量見在果因。未能逾越聖情過諸影跡。先賢古德碩學高人博達古今洞明教網。蓋為識學詮文水乳難辨。不明自理念靜求真。嗟乎得人身者如爪甲上土。失人身者如大地土。良可傷哉。設有悟理之者有一知一解。不知是悟中之則入理之門。便謂永出世利。巡山傍㵎輕忽上流。致使心漏不盡理地不明。空到老死無成虛延歲月。且聰明不能敵業。

乾闥婆城、法法皆爾なり。法爾は爾ならず、名相は真の軌。日は暖かく月は涼し、海は深く山は起つ。乾闥婆城、是非は亡び矣。

乾慧未免苦輪。假使才並馬鳴解齊龍樹。只是一生兩生不失人身。根思宿淨聞之即解。如彼生公何足為羨與道全遠。共兄弟論實不論虛。只遮口食身衣。盡是欺賢罔聖。求得將來他心慧眼。觀之如吃膿血一般。總須償他始得。阿那箇有道果。自然招得他信施來不受者。學般若菩薩不得自謾。如氷凌上行。似劍刃上走。臨終之時一豪凡聖情量不盡。纖塵思念未忘。隨念受生輕重五陰。向驢胎馬腹裡託質。泥犁鑊湯裡煮煠一遍了。從前記持憶想見解智慧都盧一時失卻依前再為螻蟻。從頭又作蚊虻。雖是善因而遭惡果。且圖什麼兄弟只為貪欲成性。二十五有向腳跟下繫著無成辦之期。祖師觀此土眾生有大乘根性。唯傳心印指示迷情。得之者即不揀凡之與聖愚之與智。且多虛不如少實。大丈夫兒如今直下便休歇去。頓息萬緣越生死流逈出常格。靈光獨照物累不拘。巍巍堂堂三界獨步。何必身長丈六紫磨金輝。項佩圓光。廣長舌相。若以色見我是行邪道。設有眷屬莊嚴不求自得。山河大地不礙眼光。得大總持一聞千悟。都不希求一餐之直。汝等諸人儻不如是。祖師來至此土非常有損有益。有益者百千人中撈摝一箇半箇堪為法器。有損者如前已明。從他依三乘教法修行。不妨卻得四果三賢有進修之分。所以先德雲。了即業障本來空。未了還須償宿債。

僧の經を看るに因りて

池州南泉普願和尚上堂曰。諸子老僧十八上解作活計。有解作活計者出來。共爾商量是住山人始得。良久顧視大眾合掌曰。珍重無事各自修行。大眾不去。師曰。如聖果大可畏。勿量大人尚不奈何。我且不是渠。渠且不是我。渠爭奈我何。他經論家說法身為極則。喚作理盡三昧義盡三昧。似老僧向前被人教返本還源去。幾恁麼會禍事。兄弟近日禪師太多。覓箇痴鈍人不可得。不道全無於中還少。若有出來共爾商量。如空劫時有修行人否。有無作麼不道。阿爾尋常巧唇薄舌。及乎問著總皆不道。何不出來。莫論佛出世時事。兄弟今時人擔佛著肩上行。聞老僧言心不是佛智不是道。便聚頭擬推老僧無爾推處。爾若束得虛空作棒打得老僧著一任推。時有僧問。從上祖師至江西大師。皆雲。即心是佛平常心是道。今和尚雲。心不是佛智不是道。學人悉生疑惑。請和尚慈悲指示。師乃抗聲答曰。爾若是佛休更涉疑卻問。老僧何處有恁麼傍家疑佛來。老僧且不是佛亦不曾見祖師。爾恁麼道自覓祖師去。曰和尚恁麼道。教學人如何扶持得。師曰。爾急手托虛空著。曰虛空無動相。云何托。師曰。爾言無動相早是動也。虛空何解道我無動相。此皆是爾情見。曰虛空無動相尚是情見。前遣某甲托何物。師曰。爾既知不應言托。擬何處扶持他。曰即心是佛既不得。是心作佛否。師曰。是心是佛是心作佛情計所有斯皆想成。佛是智人心是採集主。皆對物時他便妙用。大德莫認心認佛。設認得是境。被他喚作所知愚。故江西大師雲。不是心不是佛不是物。且教爾後人恁麼行履。今時學人披箇衣服。傍家疑恁麼閑事還得否。曰既不是心不是佛不是物。和尚今卻雲心不是佛智不是道。未審若何。師曰。爾不認心(一有不字)是佛智不是道。老僧勿(一作忽)得心來復何處著。曰總既不得何異太虛。師曰。既不是物比什麼太虛。

今人は古教を看る。心中の閙を免れず。心中の閙を免れんと欲せば。但だ古教を看るを知れ。

又教誰異不異。曰不可無他不是心不是佛不是物。師曰。爾若認遮箇還成心佛去也。曰請和尚說。師曰。老僧自不知。曰何故不知。師曰。教我作麼生說。曰可不許學人會道。師曰。會什麼道又作麼生會。曰某甲不知。師曰。不知卻好。若取老僧語喚作依通人。設見彌勒出世還被他燖卻頭尾。曰使後人如何。師曰。爾且自看莫憂他後人。曰前不許某甲會道。今復令某甲自看。未審如何。師曰。冥會妙會許爾。爾作麼生會。曰如何是妙會。師曰。還欲學老僧語。縱說是老僧說。大德如何。曰某甲若自會。即不須和尚乞慈悲指示。師曰。不可指東指西賺人。爾當哆哆和和時作麼不來問老僧。今時巧黠始道我不會圖什麼。爾若此生出頭來道。我出家作禪師。如未出家時曾作什麼來。且說看共爾商量。曰恁麼時某甲不知。師曰。既不知即今認得可可是耶。曰認得既不是不認是否。師曰。認不認是什麼語話。曰到遮裡某甲轉不會也。師曰。爾若不會我更不會。曰某甲是學人即不會。和尚是善知識合會。師曰。遮漢向爾道不會。誰論善知識。莫巧黠。看他江西老宿在日。有一學士問。如水無筋骨能乘萬斛舟此理如何。老宿雲。遮裡無水亦無舟。論什麼筋骨。兄弟他學士便休去可不省力。所以數數向道佛不會道。我自修行用知作麼。曰如何修行。師曰。不可思量得向人道。恁麼修恁麼行大難。曰還許學人修行否。師曰。老僧不可障得爾。曰某甲如何修行。師曰。要行即行不可專尋他背。曰若不因善知識指示無以得會。如和尚每言。修行須解始得。若不解即落他因果無自由分。未審如何修行即免落他因果。師曰。更不要商量。若論修行何處不去得。曰如何去得。師曰。爾不可逐背尋得。曰和尚未說教某甲作麼生尋。師曰。縱說何處覓去。且如爾從旦至夜。忽東行西行。爾尚不商量道去得不得。別人不可知得爾。

僧に問うて説く、「會するか。」對えて、「會せず。」

曰當東行西行總不思量是否。師曰。恁麼時誰道是不是。曰和尚每言。我於一切處而無所行。他拘我不得。喚作遍行三昧普現色身。莫是此理否。師曰。若論修行何處不去。不說拘與不拘。亦不說三昧。曰何異有法得菩提道。師曰。不論異不異。曰和尚所說修行。迢然與大乘別。未審如何。師曰。不管他別不別。兼不曾學來。若論看教自有經論座主。他教家實大可畏。爾且不如聽去好。曰究竟令學人作麼生會。師曰。如汝所問元只在因緣邊。看爾且不奈何緣。是認得六門頭事。爾但會佛那邊卻來。我與爾商量。兄弟莫恁麼尋逐不住恁麼不取古人語行菩薩行唯一人行。天魔波旬領諸眷屬。常隨菩薩後覓心行起處便擬撲倒。如是經無量劫覓一念異處不得。方與眷屬禮辭讚歎供養。猶是進修位中。下之人便不奈何。況絕功用處。如文殊普賢。更不話他。兄弟作麼生道行是無。覓一日行底人不可得。今時傍家從年至歲。只是覓究竟作麼生。空弄唇舌生解。曰當恁麼時無佛名無眾生名。使某甲作麼圖度。師曰。爾言無佛名無眾生名。早是圖度了也。亦是記他言語。曰若如是悉屬佛出世時事。了不可不言。師曰。爾作麼生言。曰設使言言亦不及。師曰。若道言不及是及語。爾虛恁麼尋逐。誰與爾為境。曰既無為境者。誰是那邊人。師曰。爾若不引教來即何處論佛。既不論佛老僧與誰論遮邊那邊。曰果雖不住道而道能為因如何。師曰。是他古人如今不可不奉戒。我不是渠渠不是我。作得伊如狸奴白牯。行履卻快活。爾若一念異即難為修行。曰云何一念異難為修行。師曰。才一念異便有勝劣二根。不是情見隨他因果。更有什麼自由分。曰每聞和尚說報化非真佛亦非說法者。未審如何。師曰。緣生故非。曰報化既非真佛。法身是真佛否。師曰。早是應身也。曰若恁麼即法身亦非真佛。師曰。法身是真非真。老僧無舌不解道。

會すと會せざると。お前と面對す。もしも面對せば。真個に會せず。

爾教我道即得。曰離三身外何法是真佛。師曰。遮漢共八九十老人相罵。向爾道了也。更問什麼離不離。擬把楔釘他虛空。曰伏承華嚴經是法身佛說如何。師曰。爾適來道什麼語。其僧重問。師顧視歎曰。若是法身說。爾向什麼處聽。曰某甲不會。師曰。大難大難。好去珍重。

庭柏盆蓮

趙州從諗和尚上堂雲。金佛不度鑪。木佛不度火。泥佛不度水。真佛內裡坐。菩提涅槃真如佛性盡是貼體衣服。亦名煩惱。不問即無煩惱。且實際理什麼處著得。一心不生萬法無咎。汝但究理坐看三二十年。若不會道截取老僧頭去。夢幻空華何勞把捉。心若不異萬法一如。既不從外得。更拘執作什麼。如羊相似亂拾物安向口裡。老僧見藥山和尚道。有人問著者便教合卻口。老僧亦教合卻口。取我是淨。一似獵狗專欲吃物。佛法在什麼處。遮裡一千人盡是覓作佛漢子。於中覓一箇道人無。若與空王為弟子。莫教心病最難醫。未有世間時早有此性。世界壞時此性不壞從一見老僧後更不是別人。只是一箇主人公。遮箇更用向外覓物作什麼。正恁麼時莫轉頭換腦。若轉頭換腦即失卻去也。時有僧問。承師有言。世界壞時此性不壞。如何是此性。師曰。四大五陰。僧曰。此猶是壞底。如何是此性。師曰。四大五陰(法眼雲。是一箇兩箇是壞不壞。且作麼生會。試斷看)。

一朵の菡萏の蓮。兩株の青瘦の柏。長く僧家の庭に向かう。何ぞ労して高格を問わん。

鎮州臨濟義玄和尚示眾曰。今時學人且要明取自己真正見解。若得自己見解。即不被生死染去住自由。不要求他殊勝殊勝自備。如今道流且要不滯於惑。要用便用。如今不得病在何處。病在不自信處。自信不及即便忙忙徇一切境。脫大德若能歇得念念馳求心。便與祖師不別。汝欲識祖師麼。即汝目前聽法底是。學人信不及便向外馳求。得者只是文字學。與他祖師大遠在。莫錯大德。此時不遇萬劫千生輪迴三界。徇好惡境向驢牛肚裡去也。如今諸人與古聖何別。汝且欠少什麼。六道神光未曾間歇。若能如此見。是一生無事人。一念淨光是汝屋裡法身佛。一念無分別光是汝報身佛。一念無差別光是汝化身佛。此三身即是今日目前聽法底人。為不向外求有此三種功用。據教三種名為極則。約山僧道三種是名言。故云身依義而立。土據體而論。法性身法性土明知是光影。大德。且要識取弄光影人。是諸佛本源。是一切道流歸舍處。大德。四大身不解說法聽法。虛空不解說法聽法。是汝目前歷歷孤明。勿形段者解說法聽法。所以山僧向汝道。五蘊身田內有無位真人。堂堂顯露無絲髮許間隔。何不識取。心法無形通貫十方。在眼曰見。在耳曰聞。在手執捉。在足運奔。心若不在隨處解脫。山僧見處坐斷報化佛頂。十地滿心猶如客作兒。等妙二覺如擔枷帶鎖。羅漢闢支猶如糞土。菩提涅槃繫驢馬橛。何以如斯。蓋為不達三祇劫空有此障隔。若是真道流盡不如此。如今略為諸人大約話破。自看遠近。時光可惜各自努力。珍重。

正月偶に示す

玄沙宗一師備大師上堂曰。太虛日輪是一切人成立太虛見。在諸人作麼生。滿目覷不見。滿耳聽不聞。此兩處不省得便是𥋙睡漢。若明徹得坐卻凡聖。坐卻三界夢幻身心。無一物如針鋒許為緣為對。直饒諸佛出來作無限神通變現。設如許多教網未曾措著一分豪。唯助初學誠信之門。還會麼。水鳥樹林卻解提綱。他甚端的自是少人聽。非是小事。天魔外道是孤恩負義。天人六趣是自欺自誑。如今沙門不薦此事。翻成弄影漢。生死海裡浮沈幾時休息去。自家幸有此廣大門風不能紹繼得。更向五蘊身田裡作主宰。還夢見麼。如許多田地教誰作主宰。大地載不起。虛空包不盡。豈是小事。若要徹即今遮裡便明徹去。不教仁者取一法如微塵大。不教仁者捨一法如豪髮許。還會麼。時有僧問。從上宗旨如何。師默然。僧再問。師乃叱之。僧問。從何方便門令學人得入。師曰。入是方便。僧問。初心人來師如何指示。師曰。什麼處得初心來。僧問。學人創入叢林乞師提接。師以杖指之。僧曰。學人不會。師曰。我恁麼為汝卻成抑屈於人。如今若的自肯當人分上。不論初學入叢林。可謂共諸人久踐。與過去諸佛無所乏少。如大海水一切魚龍初生至老吞吐受用悉皆平等。所以道。初發心者與古佛齊肩。奈何汝無始積劫動諸妄情結成煩惱。如重病人心狂熱悶。顛倒亂見都無實事。如今所覩一切境界皆亦如是。對汝諸根盡成顛倒。古人以無窮妙藥醫療對治。直至十地未得惺惺。將知大不容易。古人思惟如喪考妣。如今兄弟見似等閑。何處別有人為汝了得。可惜時光虛度。何妨密密地自究子細觀。尋至無著力處。自息諸緣去。縱未發萠種子猶在。若總取我傍家打鼓。弄粥飯氣力。將此造次排遣生死。賺汝一生有何所益。應須如實知取好。無事珍重。

正月の春、時節に順う。情の有無、皆な悦を含む。君は知らんと要す、誰の力を得るか。さらに誰に問う、誰に決せしむるを教えん。

漳州羅漢桂琛和尚上堂。大眾立久。師曰。諸上座。不用低頭思量。思量不及。便道不用揀擇。委得下口處麼。汝向什麼處下口。試道看。還有一法近得汝。還有一法遠得汝麼。同得汝異得汝麼。既然如是為什麼卻特地艱難去。蓋為不丈夫男子。㒝㒝偰偰無些子威光。慼慼地遮護箇意根。恐怕人問著。我常道。汝若有達悟處。但去卻人我披露將來。與汝驗過。直下作麼。不肯莫把牛跡裡水以為大海。佛法遍周沙界。莫錯向肉團心上妄立知見以為疆界。此見聞覺知識想情緣。然非不是。若向遮裡點頭道我真實即不得。只如古人道此事唯我能知。是何境界。還識得麼。莫是汝見我我見汝便是麼。莫錯會。若是遮箇我我隨生滅。身有即有身無即無。所以古佛為汝今日人說。異法有故異法出生。異法無故異法滅盡。莫將為等閑。生死事大此一團子消殺不到。在處乖張不少聲色。若不破受想行識。亦然役得汝骨出在。莫道五陰本來空也。不由汝口便解空去。所以道。須得親徹須真實也。不是今日老師始解恁麼道。他古聖告報。汝喚作金剛秘密不思議光明藏。覆蔭乾坤生凡育聖。亙古亙今誰人無分。既若如此更藉何人。所以諸佛慈悲見汝不奈何。開方便門示真實相。我今方便也汝還會麼。若不會莫向意根下揑怪。僧問從上宗門乞師方便。師曰。方便即不無。汝喚什麼作宗門。曰恁麼即學人虛施此問。師曰。汝有什麼罪過。問佛法還受雕琢也無。師曰。作麼不受。曰如何雕琢。師曰。佛法。問諸行無常是生滅法。如何是不生不滅法。師曰。用不生不滅作麼。問才擬是過不擬時如何。師曰。擬有什麼過。曰恁麼即便自無瘡也。師曰。合取口。問諸境中以何為主。師曰。那箇是諸境。曰莫是疑處是麼。師曰。把將疑處來。問正恁麼時是什麼。師曰。不恁麼時是什麼。曰學人道不得。師曰。口裡是什麼塞卻。師又曰。

鍾陵の光僧正に寄す

諸人朝晡恁麼上來下去。也只是被些子聲色惑亂身心不安。若是聲色名字不是佛法。又疑伊什麼。若是佛法不是聲色名字。汝又作麼生擬把身心湊泊伊。若是聲色名字。總是聲色名字。若是佛法總是佛法。會麼。異聲無聲。異色無色。離字無名。離名無字。試把舌頭點看。有多少聲色名字。自何而色以何為名。三界如是崢嶸尚覓出頭不得。因什麼卻特地難為去。只為諸人自生顛倒。以常為斷悟假迷真。妄外馳求強揑異見。終日共人商量便有佛法。不與人商量便是世間閑人。話到遮裡才舉著佛法。便道擬心即差。動念即乖。尋常諸處元無口似紡車。總便不差去。佛法事不是隔日瘧。皆由汝狂識凡情作差與不差解。忽然見我拈箇槌子槌背。便作意度顧覽。不然見我把箇箒子掃東掃西。便各照管。是汝尋常打柴。何不顧覽招呼便悟去。上座佛法莫向意根下皮袋裡作則度。汝成自賺。我不敢網絆初心籠罩後學。各自究去無事。珍重。

西山は巍巍として碧を聳え。漳水は澄澄として練色。對現分明にして何の極まり有らん。

大法眼文益禪師上堂曰。諸上座時寒何用上來。且道上來好不上來好。或有上座道。不上來卻好什麼處不是。更用上來作什麼。更有上座道。是伊也不得一向。又須到和尚處始得。諸上座且道遮兩箇人於佛法中還有進趣也未。上座。實是不得並無少許進趣。古人喚作無孔鐵鎚。生盲生聾無異。若更有上座出來道。彼二人總不得。為什麼如此。為伊執著所以不得。諸上座總似恁麼行腳。總似恁麼商量。且圖什麼。為復只要弄唇嘴。為復別有所圖。恐伊執著且執著什麼。為復執著理執著事執著色執著空。若是理理且作麼生執。若是事事且作麼生執。著色著空亦然。山僧所以尋常向諸上座道。十方諸佛十方善知識時常垂手。諸上座時常接手。十方諸佛垂手時有。也什麼處是諸上座時常接手處。還有會處會取好。若未會得莫道。總是都來圓取。諸上座傍家行腳。也須審諦著些精彩。莫只藉少智慧過卻時光。山僧在眾見此多矣。更有一般上座。自己東西猶未知。向遮邊那邊東聽西聽。說得少許以為胸襟。仍為他人註腳。將為自己眼目。上座總似遮箇行腳。自賺亦乃賺他。奉勸諸上座。且明取道眼好。些子粥飯智慧不足可恃。若是世間造作種種非違之事。入地獄猶有劫數且有出期。若是錯與他人開眼目。陷在地獄冥冥長夜無有出期。莫將為等閑。奉勸且依古聖慈悲門好。他古聖所見諸境唯見自心。祖師道。不是風動幡動仁者心動。但且恁麼會好。別無親於親處也。師良久又云。諸上座貶也得剝也得。時僧問。學人不為別事請師直道。師曰。汝是不為別事。問如何是不生不滅底心。師曰。那箇是生滅底心。僧曰。爭奈學人不見。師曰。汝若不見不生不滅底也不是。問如何是佛法大意。師曰。便會取。問古人才見人恁麼來便叫失也古人意如何。師曰。汝不信但問別人。問維摩與文殊對談何事。師曰。汝不妨聰明。

白居易の八漸偈(并びに序)

問法同法性入諸法故古意如何。師曰。汝是行腳僧。問如何是解修行底人。師曰。汝是什麼人。曰恁麼即不落因果也。師曰。莫作野幹鳴。問識本還源時如何。師曰。謾語。問明暗不分時如何。師曰。道什麼。問如何是對境數起底心。師曰。恰道著。問如何是學人本分事。師曰。謝指示。問決擇之次如履輕氷如何決擇。師曰。待汝疑即道。曰學人即今疑。師曰。嚇阿誰。問從上宗乘如何履踐。師曰。雷聲甚大雨點全無。問如何是末後句。師曰苦。問如何是玄言妙旨。師曰。用玄言妙旨作什麼。問如何是直道。師曰。恐難副此問。問承教有言。佛真法身猶若虛空。應物現形如水中月。如何得恁麼。師曰。如何得恁麼。問教雲。佛以一音演說法。眾生隨類各得解。學人如何解。師曰。汝甚解。師又曰。此問已是不會古人語。也因什麼卻向伊道。汝甚解。何處是伊解處。莫是於伊分中便點與伊麼。莫是為伊不會問卻反射伊麼。且素非此理。慎莫錯會。除此兩會別又如何商量。諸上座若會得此語。也即會得諸聖總持門。且作麼生會。若也會得一音演說不會隨類各解。恁麼道莫是有過無過說麼。英錯會好。既不恁麼會。作麼生說。一音演說隨類得解。有箇去處始得。每日空上來下去。又不當得人事。且究道眼始得。他古人道。一切聲是佛聲。一切色是佛色。何不且恁麼會取。僧問。遠遠尋聲請師一接。師曰。汝尋底是什麼聲。是僧聲是俗聲是凡聲是聖聲。還有會處麼。若也實不會。上座吵吵是聲吵吵是色。聲色不奈何。莫將為等閑。上座若會得即是真實。若不會即是幻化。若也會得即是幻化。若也不會即是真實。他古人亦向上座道。唯我能知。除此外別無作計校處。上座成不成從何而出。是不是從何而出。理無事而不顯。事無理而不消。事理不二不事不理不理不事。恁麼註解與上座。若更不會不如且依古語好。

唐の貞元十九年秋の八月、大師有りて凝公と曰い、東都聖善寺の鉢塔院に遷化す。越えて明年の春二月、東の客白居易有りて八漸偈を作る。偈は六句、句は四言にして之を讚す。初め居易は曾て心要を師に求む。師は我に言を賜う焉。曰く觀。曰く覺。曰く定。曰く慧。曰く明。曰く通。曰く濟。曰く捨。繇りて耳に入り、心に貫く。嗚呼、今師の報身は則ち化す。師の八言は化せず。至る哉八言、實に無生忍の漸門を觀ずるなり。故に觀より捨に自りて、次いで之を讚す。一言を廣めて一偈と為し、之を八漸偈と謂う。蓋し以て師の心教を發揮し、且つ居易は敢えて失墜せざるを明らめんと欲す。すでにして堂に升り、床に禮し、跪きて唱え、泣きて去る。偈に曰く。

他古人見上座百般不得。所以垂慈向汝道。將聞持佛佛。何不自聞聞。無事珍重。

觀

心中の眼を以て、心外の相を觀ず。何よりか有り、何よりか喪う。觀るにまた觀れば、則ち真妄を辨ず。

覺

讚頌偈詩

越州剡縣清泰院の道圓禅師。僧が問うた。「亡僧の遷化はどの処に向かって行くか。」師が言った。「今日遷化す。」嶺中の上座が問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「お前に庭前の柏樹子とは道うべからず。」

誌公和尚大乘讚十首

杭州九曲觀音院の慶祥禅師は余杭の人。姓は沈氏。身の長さ七尺余り。辯才は衆に冠し多聞強記なり。時に天臺の門下はこれを杰出と推した。僧が問うた。「險惡の道の中では何を以て津梁と為すか。」師が言った。「これを以て津梁と為す。」言った。「どういうのがこれですか。」師が言った。「お前の鼻孔を築き著ける。」

誌公和尚十二時頌十二首

杭州開化寺の伝法大師行明。本州の人。姓は于氏。少くして明州雪竇山の智覺禅師に投じて披剃した。及んで智覺が永明大道場に遷り住す。徒二千有り。王臣欽仰して法化彌いに盛んなり。師は天臺より記を受けて永明に回り、本師を翼贊した。海衆は傾仰した。開寶八年に智覺が寂に歸し、師は遂に能仁寺に住した。忠懿王はまた大和寺を建て(尋いで六和寺と改名、後に太宗皇帝が開化の号を賜う)、延請して二処を住持せしめた。皆徒を聚めて法を説いた。僧が問うた。「どういうのが開化門中より流出する方便ですか。」師が言った。「日日の潮音は两度聞ゆ。」問うた。「どういうのが無盡燈ですか。」師が言った。「闍梨の照燭に謝す。」太宗皇帝は紫衣と師号を賜った。咸平四年四月六日に滅を示した。

誌公和尚十四科頌

越州蕭山縣漁浦開善寺の義圓禅師。僧が問うた。「一年去り一年来たる。方便門中に師に開くを請う。」師が言った。「分明に記取せよ。」言った。「そうなればすなわち昔時の師子吼、今日の象王の回。」師が言った。「且く喜べ、交渉を勿れ。」

歸宗至真禪師頌一首

温州瑞鹿寺上方の遇安禅師は福州の人。天臺に於て法を得た。また常に『首楞厳』の了義を閱し、時にこれを安楞厳と謂った。至道元年季春の月、將に滅を示さんとす。法嗣の弟子蕰仁あって侍坐した。師は乃ち偈を説いて曰く、

香嚴襲燈大師頌十九首

是れ嶺頭より携え得たる事に非ず、豈に鶏足より付して将来せんや。

筠州洞山和尚頌一首

古より聖賢は皆このよう、吾が今日の為に君の裁に非ず。

潭州龍牙和尚頌一十八首

師は偈を説きて付嘱し、香水を以て身を沐して衣を易え安坐し、棺を舁いて室に至らしめた。良久して自ら棺に入った。三日を経て門人と本寺の瑜闍梨とが輒ち棺を啓いて睹るに、師は右脇にて吉祥に臥せり。四衆哀恸すれば師は乃ちまた起ちて上堂し法を説き、及んで訶責して誡を垂れて言った。「この度さらに吾が棺を啓く者は吾が子に非ず。」言い訖りて復た棺に入りて長く往いた。

玄沙宗一大師頌三首

杭州龍華寺の慧居禅師は閩越の人。天臺より旨を領した。呉越忠懿王が命じて上寺に住せしめた。初め堂を開き衆集まりて定まる。師が言った。「從上の宗乗、ここに至りてどう言論するか。またどう挙唱するか。ただ釋迦如来の一代時教を説きしがごとき、瓶に水を注ぐがごとし。古德はなお云う、なお夢事・呓語の一般のごとしと。さあ道え、古德は何の道理に據って便ちそう道ったか。まだ会するか。大施の門は開きて何曽て擁塞せん。凡を生じ聖を育て纖塵を漏らさず。凡と言えば則ち全き凡、聖を挙げれば則ち全き聖。凡聖相い待たずして個個独尊なり。ゆえに道う、山河大地は長時に法を説き長時に光を放つ。地水火風は一一かくのごとしと。」時に僧ありて出でて礼拝した。師が言った。「好個の問頭、法のごとく問い將り来れ。」僧が方に前に進む。師が言った。「また交渉を勿れ。」僧が問うた。「諸仏の出世には光を放ち地を動かす。和尚の出世にはどんな祥瑞があるか。」師が言った。「話頭自ら破れたり。」異日上堂して衆に謂うた。「龍華のここはただ是れ柴を拈り菜を擇ぶ。上来下去し晨朝に一粥、斎時に一飯、睡の後に茶を喫す。ただそう参取せよ、珍重。」僧が問うた。「学人はいまだ自己を明らめず。どう浅深を辨じ得るか。」師が言った。「自己の眼を識取せよ。」言った。「どういうのが自己の眼ですか。」師が言った。「お前に何を道わん。」

招慶真覺大師頌二首

婺州齊雲山の遇臻禅師は越州の人。姓は楊氏。幼歳に本州大善寺について出家し、年満ちて具に登った。天臺の室に預りて親しく印記を承けた。齊雲山に住して宴居し、法侶咸く凑る。僧が問うた。「どういうのが無縫の塔ですか。」師が言った。「五六尺。」その僧は礼拝した。師が言った。「塔は倒れた。」問うた。「圓明了知、なぜ心念に因らざるか。」師が言った。「圓明了知。」言った。「心念と何の異なるか。」師が言った。「お前は何を心念と喚ぶか。」師は秋夕に閑坐して、偶々頌を成して曰く、

漳州羅漢和尚明道頌一首

秋庭は肅々として風颾々たり、寒星空に列なり蟾魄高し。

南嶽般舟道場勁和尚覺地頌一首

頤を搘えて静坐すれば神労らず、鳥窠は端無く布毛を拈ず。

郢州臨溪和尚入道淺深頌五首

その諸の歌偈は皆事に触れて作れり。三百余首流行して別録に見ゆ。至道の中に大善寺にて卒した。

大法眼禪師頌十四首

温州瑞鹿寺の本先禅師は温州永嘉の人。姓は鄭氏。幼歳に本州集慶院に於て出家し、天臺國清寺に戒を納め、天臺の韶国師に法を得た。師は初め国師に遇うや、国師は風幡動かず仁者の心動くの語を以て之を導いた。師は即時に悟解した。後に乃ち徒に示して言った。「吾は初め天臺の法門を学び、諸の下に便ち薦した。然れど千日の内・四儀の中に、物の膺に碍うがごとく、仇の所を同じくするがごとし。千日の後・一日の中は、物は膺に碍えず仇は所を同じくせず。当下に安楽にして頓に前の咎を覚えたり。」乃ち頌三首を述べた。一に曰く、風幡動くに非ず仁者の心動く。頌に曰く、

唐白居易八漸偈八首

風幡の動きに非ず唯だ心の動き、古より相伝えて直に今に至る。

同安察禪師玄談十首

今より後水雲徒に暁かんと欲す、祖師は真実の好知音なり。

雲頂山僧德敷詩一十首

二に曰く、色を見れば便ち心を見る。頌に曰く、

僧潤詩三首

もし是れ色を見れば便ち心を見れば、人の来たりて問い著くるは方に答え難し。

梁寶誌和尚大乘讚十首

もし道理を求めて多般を説かば、平生の三事の衲を孤負せん。

大道常在目前。雖在目前難覩。若欲悟道真體。莫除聲色言語。言語即是大道。不假斷除煩惱。煩惱本來空寂。妄情遞相纏繞。一切如影如響。不知何惡何好。有心取相為實。定知見性不了。若欲作業求佛。業是生死大兆。生死業常隨身。黑闇獄中未曉。悟理本來無異。覺後誰晚誰早。法界量同太虛。眾生智心自小。但能不起吾我。涅槃法食常飽。

三に曰く、自己を明らむ。頌に曰く、

妄身臨鏡照影。影與妄身不殊。但欲去影留身。不知身本同虛。身本與影不異。不得一有一無。若欲存一捨一。永與真理相疎。更若愛聖憎凡。生死海裡沈浮。煩惱因心有故。無心煩惱何居。不勞分別取相。自然得道須臾。夢時夢中造作。覺時覺境都無。翻思覺時與夢。顛倒二見不殊。改迷取覺求利。何異販賣商徒。動靜兩亡常寂。自然契合真如。若言眾生異佛。迢迢與佛常疎。佛與眾生不二。自然究竟無餘。

曠大劫より来たりてただかくのごとし、かくのごとく天に同じくまた地に同じ。

法性本來常寂。蕩蕩無有邊畔。安心取捨之間。被他二境迴換。歛容入定坐禪。攝境安心覺觀。機關木人修道。何時得達被岸。諸法本空無著。境似浮雲會散。忽悟本性元空。恰似熱病得汗。無智人前莫說。打爾色身星散。

地に同じく天に同じくしてどんな形を作すか、どんな形か是れに非ざる無し。

報爾眾生直道。非有即是非無。非有非無不二。何須對有論虛。有無妄心立號。一破一箇不居。兩名由爾情作。無情即本真如。若欲存情覓佛。將網山上羅魚。徒費功夫無益。幾許枉用工夫。不解即心即佛。真似騎驢覓驢。一切不憎不愛。遮箇煩惱須除。除之則須除身。除身無佛無因。無佛無因可得。自然無法無人。

師はこれより足は城邑を歴らず、手は財貨を度さず。臥具を設けず、繭絲を衣ず。卯の斎に終日宴坐し、申旦に徒衆を誨誘す。朝夕懇至にして三十余載を逾え、その志彌いに厲し。師は衆に示して言った。「お前等の諸人はまだ竹林の蘭若・山水の院舍・人衆を見るか。もし見ると道わば則ち心外に法有り。もし見ざると道わば焉んぞ竹林の蘭若・山水の院舍・人衆の現在摐然たるを奈何せん。まだそう告示するを会するか。もし会せば妨げず霊利。無事立つな。」師は衆に示して言った。「仏身は法界に充満し、普く一切の群生の前に現じ、縁に随い感に赴きて周らざる靡し、而も常にこの菩提の座に処る。もし仏身法界に充満して去ると道わば、菩薩界・縁覺界・声聞界・天界・修羅界・人界・畜生界・餓鬼地獄界、かくのごとき等の界は應に須く蹤跡有ること勿れとして去って始めて得べし。なぜこの二三の説有るか。法界は唯だ是れ仏身と道うが為に、便ちそう道いそう道えばすでに二三と成る。またどう説く、是れ法界に充満する仏身と。ここに向かってお前等の為に乱道す。まだ得るか。この個の説話に於てもし薦得せば、妨げず心力を省く。もしまた薦得せざればお前等且く道え。僧祇を歴らずして法身を獲るは、個の甚んの人ぞ。彼此浴を出でて労倦せば妨げず且く退け。」師は時に言った。「およそ佛法を参学するは未だ必ずしも学問の話を是とせず。参学は未だ必ずしも揀話を学ぶを是とせず。参学は未だ必ずしも代語を学ぶを是とせず。参学は未だ必ずしも別語を学ぶを是とせず。参学は未だ必ずしも経論中の奇特の言語を捻破するを是とせず。参学は未だ必ずしも諸祖師の奇特の言語を捻破するを是とせず。参学もしもしかくのごとき等を参学せば、お前に任せて七通八達すとも、佛法の中に於て倘も個の実見の処無ければ、これを干慧の徒と喚ぶ。豈に聞かざらんや、古德は云う、聰明は生死に敵せず、干慧は豈に苦輪を免れんやと。諸人もしも参学せば、應に須く真実に参学すべし。始めて真実の参学を得。行く時は行く時に参取し、立つ時は立つ時に参取し、坐する時は坐する時に参取し、眠る時は眠る時に参取し、語る時は語る時に参取し、默する時は默する時に参取し、一切作務の時は一切作務の時に参取せよ。すでにかくのごとき等の時に向かって参ずれば、さあ道え個の甚んの人を参じ個の何を説くを参ずるか。ここに到りて須く自ら個の明白の処有って始めて得べし。もし明白の処に非ざればこれを造次の参学と喚びて則ち究了無し。」また言った。「幽林に鳥叫び碧澗に魚跳ぶ。雲片は展張し瀑声は嗚咽す。お前等はまだかくのごとき多くの景象がお前等に個の入処を示すを知り得るか。もしも知り得れば妨げず参取すれば好し。」また言った。「天臺の教中に文殊・觀音・普賢の三門を説く。文殊の門は一切の色、觀音…」

大道不由行得。說行權為凡愚。得理返觀於行。始知枉用工夫。未悟圓通大理。要須言行相扶。不得執他知解。迴光返本全無。有誰解會此說。教君向己推求。自見昔時罪過。除卻五欲瘡疣。解脫逍遙自在。隨方賤賣風流。誰是發心買者。亦得似我無憂。

また言った。「南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。もし是れ三界を出でて修行する人ならば、この個の言語を聞けば妨げず狐疑し妨げず驚怛せん。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、千変万化も真常を出でずと。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、須く異類の中行ずるを会して始めてこの個の言語を会得せんと。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、東家は是れ南泉西家は是れ南泉と。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、東家の郎君子西家の郎君子と。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、東家は是れ何か西家は是れ何かと。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、乃ち驢の叫を作しまた馬の嘶を作すと。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、何を東家の驢と喚ぶか、何を西家の馬と喚ぶかと。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、すでに遷化を問えば答は問う処に在りと。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、露柱と作る処に去ると。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。あるいは会して云う、東家にて驢と作るは南泉の甚んの処を虧くか、西家にて馬と作るは南泉の甚んの処を虧くかと。かくのごとき諸家の会なり。総て佛法に安楽の処有り。南泉の遷化は甚んの処に向かって去るか。東家にて驢と作り西家にて馬と作る。学人は会せず。騎らんと要すれば便ち騎り、下らんと要すれば便ち下る。この個の答話は多くの道理を消せずして会す。もし法界の性を見て去らばまた多事を勿れ。珍重。」また言った。「晨朝起きて手と面を洗い盥漱し了りて茶を喫し、茶を喫し了りて仏前に礼拝し、仏前に礼拝し了りて和尚主事の処に問訊し、和尚主事の処に問訊し了りて僧堂の裏に行益し、僧堂の裏に行益し了りて上堂して粥を喫し、上堂して粥を喫し了りて下処に歸りて打睡し、下処に歸りて打睡し了りて起きて手と面を洗い盥漱し、起きて手と面を洗い盥漱し了りて茶を喫し、茶を喫し了りて東事西事し、東事西事し了りて斎時に僧堂の裏に行益し、斎時に僧堂の裏に行益し了りて上堂して飯を喫し、上堂して飯を喫し了りて盥漱し、盥漱し了りて茶を喫し、茶を喫し了りて東事西事し、東事西事し了りて黄昏に礼を唱え、黄昏に礼を唱え了りて僧堂の前に参を喝し、僧堂の前に参を喝し了りて主事の処に参を喝し、主事の処に参を喝し了りて和尚の処に問訊し、和尚の処に問訊し了りて初夜に礼を唱え、初夜に礼を唱え了りて僧堂の前に珍重を喝し、僧堂の前に珍重を喝し了りて和尚の処に問訊し、和尚の処に問訊し了りて礼拝行道し経を誦し仏を念ず。かくのごときの外あるいは莊上に往き…」

內見外見總惡。佛道魔道俱錯。被此二大波旬。便即厭苦求樂。生死悟本體空。佛魔何處安著。只由妄情分別。前身後身孤薄。輪迴六道不停。結業不能除卻。所以流浪生死。皆由橫生經略。身本虛無不實。返本是誰斟酌。有無我自能為。不勞妄心卜度。眾生身同太虛。煩惱何處安著。但無一切希求。煩惱自然消落。

(師が続けて言う。)「あるいは郡中に入り、あるいは俗家に歸り、あるいは市肆に到る。すでにかくのごとき等の運為有り。さあどう個の轉動の相を勿れの道理を説かん。さあどう個の那伽は常に定に在りて不定の体無きの道理を説かん。まだ説き得るか。もしも説き得れば一任に説き取れ。珍重。」また言った。「鑑中の形影は唯だ鑑の光に凭りて顯現す。お前等の諸人の作す所の一切の事は、さあ道え唯だ個の何に凭りて顯現するか。まだ知り得るか。もしも知り得れば参学の中に於て千足万足なり。無事立つな。」また言った。「お前等の諸人は夜間眠り熟して一切を知らず。すでに一切を知らず。さあ問わん。お前等はその時本来の性有るか。もしその時本来の性有りと道わば、その時また一切を知らずして死と異ならず。もしその時本来の性無しと道わば、その時睡眠して忽ち醒めて觉知故のごとし。まだ会するか。一切を知らずして死と異ならず、睡眠して忽ち省めて觉知故のごとし。かくのごとき等の時は個の是れ何ぞ。もしも会せざれば各々自ら体究して取れ。無事立つな。」また言った。「諸法の生ずる所は唯心の現ずる所。かくのごとき言語は好個の入るの門戸。さあ問わん。お前等の諸人は眼に一切の色を見、耳に一切の声を聞き、鼻に一切の香を嗅ぎ、舌に一切の味を知り、身に一切の軟滑に触れ、意に一切の諸法を分別す。ただ眼耳鼻舌身意の對する所の物のごときは、是れ唯だお前等の心か、是れお前等の心に非ずか。もし唯だお前等の心と道わば、何ぞお前等の身と都て一塊と作して了り休せざる。なぜ對する所の物は却ってお前等の眼耳鼻舌身意の外に在るか。お前等もし眼耳鼻舌身意の對する所の物はお前等の心に非ずと道わば、また焉んぞ諸法の生ずる所は唯心の現ずる所を奈何せん。言語は世間に留まりて何人か挙著せざらん。お前等はこの個の説話を見る。まだ会するか。もしも会せざれば大家心を用いて商量して教会して去れ。幸いにその中に在りて学を厭わしむるな。無事且く退け。」大中祥符元年二月、師は忽ち上足の如昼に謂うて言った。「石龕を造るべし。仲秋の望日に吾將に順化せんとす。」如昼は命を禀けて尋いで即ち成就した。及んで期に至りて遠近の士庶奔り趨りて瞻仰した。是日参問常のごとし。午時に至りて方丈に安坐し手に寶印を結んだ。復た如昼に謂うて言った。「古人は云う、虎頭に騎り虎尾を打つと。中央の事はどうか。」如昼が答えて言った。「ただ是れ如昼のみ。」師が言った。「お前は我に問え。」昼は乃ち問うた。「虎頭に騎り虎尾を打つ中央の事、和尚はどうか。」師が言った。「我も弄じ出だせず。」言い訖りて奄然として、一目を開きて微かに視て寂した。寿六十七、臘四十二。長吏は具さに事を以て聞え、詔して本州に常に檢視を加えしめた。如昼は乃ち師がかつて著わしたる『竹林集』十卷・詩篇歌辭共に千余首を奉りて闕に詣りて上進した。詔して秘閣に蔵せしめた。如昼は特に紫衣を賜った。

可笑眾生蠢蠢。各執一般異見。但欲傍𨫼求餅。不解返本觀麫。麫是正邪之本。由人造作百變。所須任意縱橫。不假偏耽愛戀。無著即是解脫。有求又遭羅羂。慈心一切平等。真即菩提自現。若懷彼我二心。對面不見佛面。

前杭州報恩寺慧明禅師の法嗣

世間幾許痴人。將道復欲求道。廣尋諸義紛紜。自救己身不了。專尋他文亂說。自稱至理妙好。徒勞一生虛過。永劫沈淪生老。濁愛纏心不捨。清淨智心自惱。真如法界叢林。返生荊棘荒草。但執黃葉為金。不悟棄金求寶。所以失念狂走。強力裝持相好。口內誦經誦論。心裡尋常枯槁。一朝覺本心空。具足真如不少。

福州長溪保明院の通法大師道誠。師が上堂して言った。「一人の為のごとく衆多もまた然り。珍重。」僧が問うた。「どういうのが保明の家風ですか。」師が言った。「看よ。」問うた。「圓音普く震い三等斉しく聞ゆ。竺土の仙心、師に密付を請う。」師は良久した。僧が言った。「そうなればすなわち意馬已に寶馬と成り、心牛頓に白牛と作す。」師が言った。「七顛八倒。」言った。「もし然らざれば幾んど哂笑を招かん。」師が言った。「礼拝して退き後れ。」問うた。「どういうのが和尚の西来の意ですか。」師が言った。「我はかつて西天に到らず。」言った。「どういうのが学人の西来の意ですか。」師が言った。「お前は東土に在ること多少の時か。」

聲聞心心斷惑。能斷之心是賊。賊賊遞相除遣。何時了本語默。口內誦經千卷。體上問經不識。不解佛法圓通。徒勞尋行數墨。頭陀阿練苦行。希望後身功德。希望即是隔聖。大道何由可得。譬如夢裡度河。船師度過河北。忽覺床上安眠。失卻度船軌則。船師及彼度人。兩箇本不相識。眾生迷倒羈絆。往來三界疲極。覺悟生死如夢。一切求心自息。

前杭州永明寺道潜禅師の法嗣

悟解即是菩提。了本無有階梯。堪歎凡夫傴僂。八十不能跋蹄。徒勞一生虛過。不覺日月遷移。向上看他師口。恰似失嬭孩兒。道俗崢嶸集聚。終日聽他死語。不觀己身無常。心行貪如狼虎。堪嗟二乘狹劣。要須摧伏六府。不食酒肉五辛。邪眼看他飲咀。更有邪行猖狂。修氣不食鹽醋。若悟上乘至真。不假分別男女。

杭州千光王寺の瓌省禅師は温州陶山の人。姓は鄭氏。幼歳に出家して律部を精究し、天臺の文句を聴きて円頓止觀に心を栖めた。後に『楞厳』を閱して文理宏迅にして未だ洞晓する能わず(底本はこの字は水に従う、同書の他処は「迅」に作る)。ある夕誦経すでに久しく案に就きて、若し假寐すれば夢中に日輪空より降るを見て口を開きて之を呑んだ。これより倏然として悟を発し、差別の義門は涣然として滞り無し。後に国城永明の法席隆盛と聞き、專ら参問を申した。永明は唯だ前の解を印して別の指喻無し。即ち忠懿王の遣わしたる衲衣を以て之に授けて信を表した。後に湖西の嚴淨院に住した。開寶三年に衢州刺史の翁晟が師の道を仰重し、乃ち西山を開きて大禅苑を創った。太宗皇帝は改めて寶雲寺の額を賜い、師に居らんを請うた。学者臻り萃まった。師が上堂して言った。「諸上座、佛法は事無し。昔の日月は今の日月、昔日の風は今日の風、昔日の上座は今日の上座。挙げても了り説いても了りと道うな。一切成現すれば好し、珍重。」師は開寶五年壬申七月に示疾して医を求めず。三日前に寶樹の浴池現る。師が言った。「およそ相有る所は皆是れ虚妄。」二十七日の晡時に衆を集めて別れを言い安坐して逝した。寿六十有七。荼毘して舍利を門人が塔を建てた。

寶誌和尚十二時頌

衢州鎮境の志澄大師。僧が問うた。「どういうのが乾坤を定める劍ですか。」師が言った。「絲髮を漏らさず。」言った。「用いる者はいかに。」師が言った。「知らず。」問うた。「あるいは普請に因りて鋤頭が蝦蟆蚯蚓を損傷する。まだ罪有るか無きか。」師が言った。「阿誰が是れ下手の者か。」言った。「そうなればすなわち罪過無し。」師が言った。「因果歴然。」師は後に杭州西山寶雲寺に遷り住して法を説いた。本国は紫を賜い積善大師と署した。

平旦寅。狂機內有道人身。窮苦已經無量劫。不信常擎如意珍。若捉物入迷津。但有纖豪即是塵。不住舊時無相貌。外求知識也非真。

明州崇福院の慶祥禅師は上堂して言った。「諸の禅德、見性は周遍して聞性もまた然り。十方を洞徹して内無く外無し。ゆえに古人は道う、縁に随いて作無く動靜常に真と。かくのごとき施為は全真の智用。」問うた。「どういうのが本来人ですか。」師が言った。「堂堂たる六尺、甚だ分明。」言った。「ただ本来人のごときはまだかくのごとき相貌を作すか否か。」師が言った。「お前は何を本来人と喚ぶか。」言った。「師に方便を乞う。」師が言った。「誰に方便せしめん。」

日出卯。用處不須生善巧。縱使神光照有無。起意便遭魔事撓。若施功終不了。日夜被他人我抝。不用安排只麼從。何曾心地生煩惱。

前杭州靈隱寺清聳禅師の法嗣

食時辰。無明本是釋迦身。坐臥不知元是道。只麼忙忙受苦辛。認聲色覓疎親。只是他家染汙人。若擬將心求佛道。問取虛空始出塵。

杭州臨安功臣院の道慈禅師。問うた。「師の寶座に登るや大衆咸く臻る、師に宗教を挙揚するを請う。」師が言った。「大衆が証明す。」上座が言った。「そうなればすなわち古を亘ぎ今を亘ぐ。」師が言った。「また須く話を領して始めて得べし。」

禺中巳。未了之人教不至。假饒通達祖師言。莫向心頭安了義。只守玄沒文字。認著依前還不是。暫時自肯不追尋。曠劫不遭魔境使。

秀州羅漢院の願昭禅師は銭塘の人。本部西山の保清院について受業した。靈隱より発明して衆が出世を請うた。師が上堂して言った。「山河大地は是れ真の善知識、時に常に法を説き時時に人を度す。妨げず諸上座参請せよ。無事久立。」僧が問うた。「羅漢の家風、師に一句を請う。」師が言った。「嘉禾の穗を合わせ、上国に芳を伝う。」言った。「これはなお是れ嘉禾の家風。どういうのが羅漢の家風ですか。」師が言った。「あるいは諸方に到れば分明に挙げて似せよ。」師は後に杭州香嚴寺に住した。僧が問うた。「纖塵を立てず、師に直道を請う。」師が言った。「衆人はお前を笑う。」言った。「どう領会しますか。」師が言った。「我に話頭を還せ。」

日南午。四大身中無價寶。陽焰空華不肯拋。作意修行轉辛苦。不曾迷莫求悟。任爾朝陽幾迴暮。有相身中無相身。無明路上無生路。

處州報恩院の師智禅師。僧が問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「誰人か見ざらん。」問うた。「どういうのが一相三昧ですか。」師が言った。「青黄赤白。」言った。「一相は何に在るか。」師が言った。「お前は却って霊利だ。」問うた。「祖祖相伝えて祖印を伝う。師は今法嗣は何人を嗣ぐか。」師が言った。「靈鷲峰の前に月輪皎皎たり。」

日昳未。心地何曾安了義。他家文字沒親疎。莫起工夫求的意。任縱橫絕忌諱。長在人間不居世。運用不離聲色中。歷劫何曾暫拋棄。

衢州瀫寧の可先禅師。僧が問うた。「どういうのが瀫寧の家風ですか。」師が言った。「指示に謝す。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「老僧のどの処を怪しむか。」言った。「学人は会せず、師に方便を乞う。」師が言った。「さっき豈に是れ西来の意を問うに非ざらんや。」

晡時申。學道先須不厭貧。有相本來權積聚。無形何用要安真。作淨潔卻勞神。莫認愚痴作近隣。言下不求無處所。暫時喚作出家人。

杭州臨安光孝院の道端禅師。僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「高声に問い著けよ。」言った。「まさにこれがそうではないのですか。」師が言った。「交渉を勿れ。」師は後に靈隱寺に住して滅を示した。

日入酉。虛幻聲音終不久。禪悅珍羞尚不餮。誰能更飲無明酒。沒可拋無物守。蕩蕩逍遙不曾有。縱爾多聞達古今。也是痴狂外邊走。

杭州西山保清院の遇寧禅師。初めて堂を開き座に升る。二の僧ありて一時に礼拝した。師が言った。「二人俱に錯り。」僧が語を進めんと拟す。師は便ち座を下った。

黃昏戌。狂子興功投暗室。假使心通無量時。歷劫何曾異今日。擬商量卻啾唧。轉使心頭黑如漆。晝夜舒光照有無。痴人喚作波羅蜜。

福州支提山雍熙寺の辯隆禅師は明州の人。靈隱寺の了悟禅師について出家し、遂に心印を受けた。師が上堂して言った。「巍巍たる寶相は虚空に逼塞す(底本は「偪塞」に作る)。金剛の体は破坏有ること無し。大衆はまだ見るか見ざるか。もし見ると言わば且つ実相の体は本青黄赤白・長短方円に非ず、また見聞覚知の法に非ず。さあどう見るの道理を説かん。もし見ざると言わばまた道う、巍巍たる実相は虚空に逼塞すと。なぜ見ざるか。」僧が問うた。「どういうのが向上の一路ですか。」師が言った。「脚下の底。」言った。「そうなればすなわち尋常の履踐。」師が言った。「錯りて認めるな。」問うた。「どういうのが堅密身ですか。」師が言った。「裸裸地。」言った。「そうなればすなわち密ならず。」師が言った。「何を見るか。」

人定亥。勇猛精進成懈怠。不起纖豪修學心。無相光中常自在。超釋迦越祖代。心有微塵還窒閡。廓然無事頓清閑。他家自有通人愛。

杭州瑞龍院の希圓禅師。僧が問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「特に闍梨の借問に謝す。」言った。「借問は則ち無しからず、家風はどうか。」師が言った。「瞌睡の漢。」

夜半子。心住無生即生死。生死何曾屬有無。用時便用沒文字。祖師言外邊事。識取起時還不是。作意搜求實沒蹤。生死魔來任相試。

前金陵報慈行言導師の法嗣

鷄鳴醜。一顆圓珠明已久。內外推尋覓總無。境上施為渾大有。不見頭又無手。世界壞時渠不朽。未了之人聽一言。只遮如今誰動口。

洪州雲居山の義能禅師(第九世住)。師が上堂して言った。「上来するを用いず。堂中の憍陳如上座が諸上座の為に第一義の法輪を轉ず。まだ得るか。もし自信し得れば各々自ら堂に歸りて参取せよ。」師は堂を下りて後、却って一の僧に問うた。「ただ山僧がさっき上座に教えて聖僧を参取せしめしがごとき、聖僧はまだ個の何を道うか。」僧が言った。「特に和尚の再挙に謝す。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「即心是れ仏。」言った。「学人は会せず、師に方便を乞う。」師が言った。「方便に仏と呼ばれ、光を回して返照して看よ、身心は是れ何の物ぞ。」

誌公和尚十四科頌

前金陵清凉泰欽禅師の法嗣

菩提煩惱不二

洪州雲居山第十一世住の道齊禅師は洪州の人。姓は金氏。百丈山の明照禅師に礼して度を得た。遍く禅会を歴りて学心未だ息まず。後に法燈禅師に遇い、機縁頓に契えた。法燈が上藍院に住するに等しく至りて、師は便ち経蔵を主った。ある日侍立する時、法燈は師に對して言った。「蔵主、我に一轉の西来意の話有り、お前はどう会するか。」師が對して言った。「東ならず西ならず。」法燈が言った。「何の交渉有るか。」師が言った。「道齊はただそうのみ。いまだ和尚の尊意はいかなるかを審らかにせず。」法燈が言った。「他家に自ら兒孫在り。」師はここに於て頓にあの旨趣を明らめた。初め筠州東禅院に住した。僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前は是れ阿誰か。」問うた。「荆棘の林中に出る路無し、師に方便して畲を開かんを請う。」師が言った。「お前はどの処に行かんと拟すか。」言った。「幾んどここに到らざらんとした。」師が言った。「閑言語。」問うた。「輪回を免れず解脱を求めざる時はいかに。」師が言った。「まだかつて建山に問うたか。」言った。「学人は会せず、師に方便を乞う。」師が言った。「お前に三十棒を放す。」問うた。「どういうのが三寶ですか。」師が言った。「お前は何の寶か。」言った。「如何。」師が言った。「土木瓦礫。」師は接ぎて洪州雙林院に住し、後に雲居山に住した。三処に法を説き、『語要』『搜玄』『拈古代別』等の集を著わし、諸方に盛行した。ここには繁く録せず。至道三年丁酉九月に示疾し、八日の申時に鐘を敲かせて衆を集めた。維那が禀告して言った。「衆已に集まりました。」師が言った。「老僧は三処に住持すること三十余年。十方の兄弟相聚まりて道を話し、主事の頭首は勤心して老僧を贊助した。今日火風相い逼る、特に諸人と相見す。諸人はまだ見るか。今日もし見れば、是れ末後の方便。諸人はどの処に向かって見るか。四大五陰の処に向かって見る為か、六入十二処に見る為か。ここにもし見れば、便ち雲居山二十年の間、後学に頼り有りと説くべし。我が去る後、山門の大衆は契瓌に付して堂を開き住持せしめ、凡事はさらに勤めて之を行うに在る。各々自ら努力せよ、珍重。」大衆が才かに散ずれば、師は西挟に歸りて寂を告げた。寿六十九、臘四十八。今塔は本山に存す。

眾生不解修道。便欲斷除煩惱。煩惱本來空寂。將道更欲覓道。一念之心即是。何須別處尋討。大道曉在目前。迷倒愚人不了。佛性天真自然。亦無因緣修造。不識三毒虛假。妄執浮沈生老。昔時迷日(一作未)為晚。今日始覺非早。

前金陵報恩院法安禅師の法嗣

持犯不二

廬山栖賢寺の道堅禅師。官人ありて問うた。「某甲は金陵を収め、陣を布きて人を殺すこと无数。まだ罪有るか無きか。」師が言った。「老僧はただ管して看るのみ。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「揚瀾左里に風浪起つ無し。」問うた。「どういうのが栖賢の境ですか。」師が言った。「栖賢に何の境か有らん。」

丈夫運用無礙。不為戒律所制。持犯本自無生。愚人被他禁繫。智者造作皆空。聲聞觸途為滯。大士肉眼圓通。二乘天眼有翳。空中妄執有無。不達色心無礙。菩薩與俗同居。清淨曾無染世。愚人貪著涅槃。智者生死實際。法性空無言說。緣起略無人子(一本作為茲偈)。百歲無智小兒。小兒有智百歲。

廬山歸宗寺第十四世の慧誠禅師は揚州の人。姓は崔氏。幼年に撫州明水院に於て出家受具した。方を游び慧済禅師に縁契し、密かに心印を承けた。廬山の余峰に庵した。淳化四年孟夏の月、歸宗の柔和尚が寂に歸した。郡牧と山門の徒衆とが三たび師に請うて法を開き住持せしめた。初め上堂して未だ座に升らず、衆に對して言った。「天人が道を得たり、これを以て証と為す。そう便ち散って去れば、已に周遮なり。そのいまだ晓らざるが如くは、再び重ねて敷かん。」方に座に升った。僧が問うた。「郡主筵に臨む、師に法を演ぶるを請う。」師が言った。「我はお前に及ばず。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「どういうのが仏でないか。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「知らず。」師はまた言った。「問話は且く住せ。諸上座は窮劫に到りて問うも、問うも著かず。山僧は窮劫に到りて答うも、答うも及ばず。何をもっての故にか。上座に各々本分の事有るが為、十方に圓満し、古を亘ぎ今を亘ぐ。乃至諸仏もまた敢えて上座を錯誤せず。これを頂族と謂い、ただ上座を助発す。ゆえに道う、十方の法界の諸の有情は、念々に以て善逝の果を証す。彼すでに丈夫なれば我もまた爾り、何ぞ自ら輕んじて退屈せんやと。諸上座は退屈するなかれ、信取せば便ち休まん。祖師の西来はただ性を見て仏と成ると道う。その余の説く所はこの説に及ばず。さらに個の奇特の方便有りて、諸人に挙似す。分明に記取せよ。諸方に到りて錯りて挙ぐるな。久立珍重。」異日上堂した。僧が問うた。「風を通ぜざる処はどう過ぎ得るか。」師が言った。「お前はどの処より来たか。」僧が南泉を挙げて言う。「銅瓶は是れ境、瓶の中に水有り。境に動著するを得ず、老僧に水を將て来れ。」鄧隱峰は便ち瓶を拈じて水を瀉ぐ。南泉は乃ち休んだ。師が言った。「鄧隱峰は甚だ奇怪、要するに且つ乱れて瀉ぐ。」師は歸宗に接武すること十有四載、常に五百余衆を聚めた。景德四年三月十八日に上堂して衆に辞し、安然として化した。寿六十七、臘五十二。全身を本山に塔した。

佛與眾生不二

前廬州長安院延規禅師の法嗣

眾生與佛無殊。大智不異於愚。何須向外求寶。身田自有明珠。正道邪道不二。了知凡聖同途。迷悟本無差別。涅槃生死一如。究竟攀緣空寂。惟求意想清虛。無有一法可得。翛然自入無餘。

廬州長安院の辯實禅師(第二世住)。僧が問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「少室の靈峰は九霄に住す。」

事理不二

潭州雲蓋山海会寺の用清禅師は河州の人。姓は趙氏。本州に出家し、酷く法を求むるを志とした。遠く長安を参じて、潜かに宗旨を契えた。先に韶州東平山に住した。淳化二年、潭州を知る張茂宗が請うて雲蓋に居らしめた(第六世住)。僧が問うた。「一の人有りて万丈の井底に在り、どう出づるを得るか。」師が言った。「且く喜べ、相見するを得たり。」言った。「そうなればすなわち雲を穿ち月を透して去る。」師が言った。「三十三天の事はどうか。」僧は語なし。問うた。「どういうのが雲蓋の境ですか。」師が言った。「門外の三泉井。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「童行の作子。」師に頌ありて衆に示して曰く、

心王自在翛然。法性本無十纏。一切無非佛事。何須攝念坐禪。妄想本來空寂。不用斷除攀緣。智者無心可得。自然無爭無喧。不識無為大道。何時得證幽玄。佛與眾生一種。眾生即是世尊。凡夫妄生分別。無中執有迷奔。了達貪瞋空寂。何處不是真門。

雲蓋の鎖の口訣、拟議すれば皆腦裂せん。

靜亂不二

手を拍ちて玄空を趁れば、雲露西山の月。

聲聞厭諠求靜。猶如棄麫求餅。餅即從來是麫。造作隨人百變。煩惱即是菩提。無心即是無境。生死不異涅槃。貪瞋如焰如影。智者無心求佛。愚人執邪執正。徒勞空過一生。不見如來妙頂。了達婬慾性空。鑊湯鑪炭自冷。

僧が問うた。「どういうのが雲蓋の鎖の口訣ですか。」師が言った。「天に遍く地に遍し。」言った。「そうなればすなわち石人は点头し、露柱は手を拍つ。」師が言った。「一瓶の淨水一炉の香。」言った。「これはなお是れ井底の蝦蟆。」師が言った。「大衆を労煩す。」師は常に食を節段し、衆に随いて二時ただ鉢を展ぐるのみ。あるいは年月を逾ゆ。調練し服餌せず、作務を妨げず。請あれば必ず開き、便ち飽食して、而も拘執無し。至道二年四月二日に示疾して逝した。荼毘して本山に塔を建てた。

善惡不二

行思禅師第十一世

我自身心快樂。翛然無善無惡。法身自在無方觸目無非正覺。六塵本來空寂。凡夫妄生執著。涅槃生死平等。四海阿誰厚薄。無為大道自然。不用將心畫度。菩薩散誕靈通。所作常含妙覺。聲聞執法坐禪。如蠶吐絲自縛。法性本來圓明。病癒何須執藥。了知諸法平等。翛然清虛快樂。

前蘇州長寿院朋彦大師の法嗣

色空不二

長寿第二世の法齊禅師は婺州の人。姓は丁氏。始め『百法』『因明』の二論を講じ、尋いで講を置きて方を游び、廣法大師に心印を受けた。建隆二年、廣法が寂に歸し、付授して住持せしめた。節使の銭仁奉は礼して重んじ、真要を揚げんを請うた。百法の座主ありて問うた。「令公の請命、四衆雲のごとく臻る。向上の宗乗、師に挙唱を請う。」師が言った。「『百法明門論』。」言った。「畢竟どうか。」師が言った。「一切法は我無し。」問うた。「城東の老母は仏と同じく生まる。なぜ却って仏を見ざるか。」師が言った。「見ざれば則ち道え。」言った。「そうなればすなわち見て去る。」師が言った。「城東の老母は仏と同じく生まる。」師は太平興國三年戊寅に衆を舍て、本院に就いて別室を創りて宴居した。咸平三年庚子十二月十一日に滅を示した。寿八十九、臘七十二。

法性本無青黃。眾生謾造文章。吾我說他止觀。自意擾擾顛狂。不識圓通妙理。何時得會真常。自疾不能治療。卻教他人藥方。外看將為是善。心內猶若豺狼。愚人畏其地獄。智者不異天堂。對境心常不起。舉足皆是道場。佛與眾生不二。眾生自作分張。若欲除卻三毒。迢迢不離災殃。智者知心是佛。愚人樂往西方。

景德伝燈録巻第二十六

生死不二

景德伝燈録巻第二十七

世間諸法如幻。生死猶若雷電。法身自在圓通。出入山河無間。顛倒妄想本空。般若無迷無亂。三毒本自解脫。何須攝念禪觀。只為愚人不了。從他戒律決斷。不識寂滅真如。何時得登彼岸。智者無惡可斷。運用隨心合散。法性本來空寂。不為生死所絆。若欲斷除煩惱。此是無明痴漢。煩惱即是菩提。何用別求禪觀。實際無佛無魔。心體無形無段。

禅門の達者、世に出でずと雖も時に名有る者一十人、録に見ゆ

斷除不二

金陵の寶志禅師

丈夫運用堂堂。逍遙自在無妨。一切不能為害。堅固猶若金剛。不著二邊中道。翛然非斷非常。五欲貪瞋是佛。地獄不異天堂。愚人妄生分別。流浪生死猖狂。智者達色無礙。聲聞無不恛惶。法性本無瑕翳。眾生妄執青黃。如來引接迷愚。或說地獄天堂。彌勒身中自有。何須別處思量。棄卻真如佛像。此人即是顛狂。聲聞心中不了。唯只趁逐言章。言章本非真道。轉加鬪爭剛彊。心裡蚖蛇蝮蠍。螫著便即遭傷。不解文中取義。何時得會真常。死入無間地獄。神識枉受災殃。

婺州の善慧大士

真俗不二

南嶽の慧思禅師

法師說法極好。心中不離煩惱。口談文字化他。轉更增他生老。真妄本來不二。凡夫棄妄覓道。四眾雲集聽講。高座論義浩浩。南座北座相爭。四眾為言為好。雖然口談甘露。心裡尋常枯燥。自己元無一錢。日夜數他珍寶。恰似無智愚人。棄卻真金擔草。心中三毒不捨。未審何時得道。

天臺の智顗禅師

解縛不二

泗州の僧伽和尚

律師持律自縛。自縛亦能縛他。外作威儀恬靜。心內恰似洪波。不駕生死船筏。如何度得愛河。不解真宗正理。邪見言辭繁多。有二比丘犯律。便卻往問優波。優波依律說罪。轉增比丘網羅。方丈室中居士。維摩便即來訶。優波默然無對。淨名說法無過。而彼戒性如空。不在內外娑婆。勸除生滅不肯。忽悟還同釋迦。

萬回の法雲公

境照不二

天臺の豊干禅師

禪師體離無明。煩惱從何處生。地獄天堂一相。涅槃生死空名。亦無貪瞋可斷。亦無佛道可成。眾生與佛平等。自然聖智惺惺。不為六塵所染。句句獨契無生。正覺一念玄解。三世坦然皆平。非法非律自制。翛然真入圓成。絕此四句百非。如空無作無依。

天臺の寒山子

運用無礙

天臺の拾得

我今滔滔自在。不羨公王卿宰。四時猶若金剛。苦樂心常不改。法寶喻於須彌。智慧廣於江海。不為八風所牽。亦無精進懈怠。任性浮沈若顛。散誕縱橫自在。遮莫刀劍臨頭。我自安然不採。

明州の布袋和尚

迷悟不二

諸方の雑挙・征拈・代別の語

迷時以空為色。悟即以色為空。迷悟本無差別。色空究竟還同。愚人喚南作北。智者達無西東。欲覓如來妙理。常在一念之中。陽焰本非其水。渴鹿狂趁怱怱。自身虛假不實。將空更欲覓空。世人迷倒至甚。如犬吠雷叿叿。

寶志禅師は金城の人。姓は朱氏。少くして出家し、道林寺に止まりて禅定を修習した。宋の泰始初、忽然として居止定まらず飲食時無し。髮の長さ数寸、赤脚にして錫杖を執り、頭上に剪刀・尺・銅鏡を戴き、あるいは一兩尺の帛を挂けた。数日食せずして飢容無し。時にあるいは歌吟して、詞は讖記のごとし。士庶は都て共に彼に事えた。齊の永明七年、武帝は師が衆を惑わすと認めて収めて建康の獄に付した。早朝に至りて人彼が市に入るを見、及んで獄を檢すれば却ってなお在り。建康令は事を以て聞えた。帝は宮中の後堂に延請した。師は華林園に在りて、忽然として一日重ねて三頂の布帽を著し、またどの処より得たかを知らず。間もなく豫章王・文惠太子が相継いで薨じ、武帝は間もなく世を厭い、齊もまた季世に至った。これに由りて師の出入を禁じた。梁の高祖が即位して詔を下して言った。志公の形跡は塵垢に拘えられ、神は冥寂に游ぶ。水火も焦らし濡らす能わず、蛇虎も侵し懼れしむ能わず。その佛理を語れば則ち声聞の上に在り、その隱淪を談ずれば則ち遁仙よりも高し。豈に俗士の常情を以て空しく相い拘制せんや、何ぞ鄙陋のこのに至るや。今より再び禁ずるを得ずと。帝がある日師に問うて言った。「弟子は煩惑す。何を以て之を治せん。」師が言った。「十二。」識る者は十二因縁は惑を治するの藥と為す。また十二の旨を問うた。師が言った。「旨は字を書する時節刻漏の中に在り。」識る者は書写の十二時の中に在るを以てすとす。また問うた。「弟子は何の時にか静心修習を得ん。」師が言った。「安樂禁。」識る者は修習の謂う所の禁は則ち止なり、安樂に到りて時に止むのみと為す。また『大乘讚』二十四首を製して世に盛行した(その余の辭句は禅宗の旨趣と冥會す。略して十首および師の製する十二時頌を録し、別卷に編む)。天監十三年冬將に卒せんとして、忽然として衆僧に告げ、寺の金剛神像を移して出でて外に置かしめ、また密かに人に對して言った。「菩薩將に去らんとす。」旬日に及ばざるに、疾無くして終わった。體を挙げて香軟なり。亡に臨みて一燭を燃やし、後閣の舍人呉慶に交付した。慶は事を以て聞えた。帝は歎して言った。「大師は復た留まらず。燭は、將に後の事を以て我に嘱託するか。」ここに厚礼を以て鐘山の獨龍阜に葬り、仍ねて開善精舍を立てた。陸倕に勅して塚内に銘を制せしめ、王筠に寺門に碑を勒せしめた。処々にその遺像を伝う。初め師が跡を顯し始めし時、年は可なり五六十許り、及んで終わるも老いず、人はその年を測る莫し。徐捷なる道者有り、年九十三、自ら是れ志の外舅弟なりと言い、志より小さきこと四年。計れば師の亡くせし時蓋し年九十七なり。勅して妙覺大師と諡した。

歸宗至真禪師智常頌一首

善慧大士は婺州義烏縣の人。齊の建武四年丁丑五月八日、雙林郷の傅宣慈の家に降り、本名は翕。梁の天監十一年、年十六にして、劉氏の女を娶り、名は妙光。普建・普成の二子を生む。二十四歳にして里人と稽亭浦に魚を漉し、獲て已に籠を水中に沈め、祝して言った。「去る者は適ぎ、止まる者は留まれ。」人あるいはこれを愚と謂う。會して天竺の僧達磨(時に嵩頭陀と謂う)あって言った。「我はお前と毘婆尸仏の所に於て誓を発したり。今兜率宮の衣鉢見在す。何の日にか当に還るべき。」因りて水に臨みてその影を觀らしめ、大士の圓光寶蓋を見た。大士は笑うて彼に對して言った。「鑪鞴の所は鈍鐵多く、良醫の門は病人足る。生を度するを急と為す、何ぞ彼の樂を思わん。」嵩は松山の頂を指して言った。「これ栖むべし。」大士は躬ら耕して之に居り、乃ち一偈を説いて曰く、

歸宗事理絕。日輪正當午。自在如師子。不與物依怙。獨步四山頂。優遊三大路。欠呿飛禽墜。嚬呻眾邪怖。機竪箭易及。影沒手難覆。施張若工伎。裁剪如尺度。巧鏤萬般名。歸宗還似土。語默音聲絕。旨妙情難措。棄箇眼還聾。取箇耳還瞽。一鏃破三關。分明箭後路。可憐大丈夫。先天為心祖(體字函涅槃經二十七卷真師子王晨朝出穴嚬呻欠呿)。

空手に把へる鋤頭、歩行に騎れる水牛。

香嚴襲燈大師智閑頌一十九首

人は橋の上より過ぐ、橋は流れて水は流れず。

授指

人の菽麦瓜果を盗む有れば、大士は即ち篮籠に盛りて去らしめた。日は常に佣作し、夜は則ち行道す。釋迦・金粟・定光の三如来の光を放ちてその體を襲うを見た。大士は便ち言った。「我は首楞厳の定を得たり。当に田宅を舍て、無遮の大会を設くべし。」大通二年に妻子を唱賣し、錢五万を獲て以て法会を營んだ。時に慧集法師ありて法を聞きて悟解し、我が師は彌勒の應身なりと説くのみ。大士は衆を惑わさんことを恐れて、遂に之を呵した。六年正月二十八日、弟子の傅暀を遣わして書を梁の高祖に致せしめた。書に言う。「雙林の樹下に当来解脱の善慧大士、国主救世菩薩に白す。今上中下の善を條せんと欲し、能く受持せんことを希う。その上善は略して虚懐を以て本と為し、不著を以て宗と為し、亡相を以て因と為し、涅槃を以て果と為す。その中善は略して身を治むるを以て本と為し、国を治むるを以て宗と為し、天上人間に果報安樂す。その下善は略して衆生を護養し、殘に勝ち殺を去り、普く百姓をして俱に六齋を禀けしむ。今皇帝の法を崇むを聞く、論義を伸べんと欲すれども襟懐を遂げず、故に弟子傅暀を遣わして告ぐ。」暀は太樂令の何昌に投げた。昌が言った。「慧約国師もなお復た啓を置く。翕は是れ国民にしてまた長老に非ず、殊に謙卑ならず、豈に敢えて呈達せんや。」暀は御路に手を燒いた。昌は乃ち馳せて同泰寺に往きて皓法師に詢ねた。皓は速やかに呈せんを勸めた。二月二十一日に書を進めた。帝これを覧て、遽に詔を遣わして迎えた。すでに至りて帝が問うた。「從来誰に師事するか。」言った。「從う所無し、来る所無し、師事もまた爾り。」昭明が問うた。「大士は何ぞ義を論ぜざる。」言った。「菩薩の説く所は、長に非ず短に非ず、廣に非ず狭に非ず、邊有るに非ず邊無きに非ず、如如の正理、復た何の言か有らん。」帝はまた問うた。「何を真諦と為すか。」言った。「息して滅せず。」帝が言った。「もし息して滅せざれば、これ則ち色有り。色有れば故に鈍し。もしかくのごとくならば、居士は流俗を免れず。」言った。「財に臨みて苟にも得ず、難に臨みて苟にも免れず。」帝が言った。「居士は大いに礼を識る。」言った。「一切の諸法は有らず無からず。」帝が言った。「謹んで居士の来旨を受く。」言った。「大千世界の所有の色象は帰空せざる莫く、百川の叢注も海に過ぐることなく、無量の妙法も真如を出でず。如来は何の故に三界九十六道に於て獨りその最を超えるか。一切の衆生を視るに赤子の若く、自身の若き有り。天下は道に非ざれば安からず、理に非ざれば樂まず。」帝は默然とした。大士は辞退した。異日帝は壽光殿に於て大士に『金剛経』を講ぜんを請うた。大士は座に登り、拍板を執りて経を唱え、四十九の頌を成した。大同五年、宅を松山の下に舍てるを奏し、雙梼の樹に因りて寺を創り、名づけて雙林と曰う。その樹は理を連ね、祥煙周り繞りて、雙鶴の栖止する有り。太清二年、大士は食せざるを誓い、仏の生まるる日に取りて身を焚きて供養せんとす。日に至りて、白黒六十余人が代わりて食せず身を燒き、三百人が心を刺して血を瀝りて香に和し、大士に世に住せんを請うた。大士は愍れみて之に從った。承聖三年、復た家資を舍てて衆生の為に三寶に供養し、而して偈を説いて曰く、

古人骨多靈異。賢子孫密安置。此一門成孝義。人未達莫差池。須志固遣狐疑。得安靜不傾危。向即遠求即離。取即急失即遲。無計校忘覺知。濁流識今古偽。一剎那通變異。嵯峨山石火氣。內裡發焚巔𡻭。無遮欄燒海底。法網疎靈焰細。六月臥去衣被。蓋不得無假偽。達道人唱祖意。我師宗古來諱。唯此人善安置。足法財具慚愧。不虛施用處諦。有人問少呵氣。更審來說米貴。

舍を傾けて群品と為し、天の中の天に奉供す。

最後語

甘露の雨を仰祈し、流澍して普く辺無からんことを。

有一語全規矩。休思惟不自許。路逢達道人。揚眉省來處。蹋不著多疑慮。卻思看帶伴侶。一生參學事無成。殷勤抱得旃檀樹。

陳の天嘉二年、大士は松山の頂に於て連理の樹を繞りて行道した。七仏の相随うを感じ、釋迦は前を引き維摩は後を接ぎ、唯だ釋尊は数々顧みて共に語り、我が補處と為す。其の山に忽ち黄雲起こり、盤旋して蓋の若し。因りて雲黄山と号す。時に慧和法師ありて疾せずして終わり、嵩頭陀は柯山靈巖寺に於て滅に入った。大士は懸けて知りて言った。「嵩公は兜率にて我を待つ、決して久しく留まるべからず。」時に四側の花木は方に秀実に当たるに、忽然として枯悴した。太建元年己丑四月二十四日に衆に示して言った。「この身は甚だ厭惡すべし、衆苦の集まる所。須く三業を慎み、六度を精勤すべし。もし地獄に墜ちれば、卒ちに脱れ難し。常に須く懺悔すべし。」また言った。「我が去り已んぬれば、寝床を移すを得ず。七日に法猛上人有りて、像および鐘を持ちて來りて此に鎮めん。」弟子が問うた。「滅の後、形體はいかんと為す。」言った。「山頂にて之を焚け。」また問うた。「遂わざれば何如。」言った。「慎んで棺斂する勿れ。ただ甓を壘ねて壇を作り、尸を其上に移せ。屏風に周り繞らせ、絳紗を以て之を覆え。上に浮圖を建て、彌勒の像を以て其の下に處せ。」また問うた。「諸仏の涅槃の時は皆功徳を説く。師の發跡は聞くを得べきか。」言った。「我は第四天より来たりて、お前等を度せんが為。次いで釋迦に補す。および傅普敏は文殊、慧集は觀音、何昌は阿難、同じく來りて贊助す。故に『大品経』に説く、菩薩有りて兜率より來りて、諸根猛利にして疾く般若と相應ずと。即ち是れ吾が身なり。」言い訖りて趺坐して終わった。寿七十三。尋いで猛師果たして織成の彌勒像および九乳の鐘を將て到りて留めて之を鎮め、須臾にして見えず。大士の道具十余事は見在す。晋の天福九年甲辰六月十七日、錢王は使を遣わして塔を發き、靈骨一十六片を取る。紫金色、および道具。乃ち府城の南の龍山に華寺を建てて安置し、仍ねて靈骨を以てその像を塑した。

暢玄與崔大夫

衡嶽の慧思禅師は武津の人。姓は李氏。頂に肉髻有り、牛の行き象の視るがごとし。少くして慈恕を以て閭里に聞ゆ。かつて梵僧の俗を出づるを勸むるの夢を見、乃ち親に辞して道に入った。及んで具を禀けて常に坐を習い、日に唯だ一食。『法華』等の経を誦して千遍に満つ。また『妙勝定経』を閱して禅那の功徳を歎き、遂に心を發して友を尋ねた。時に慧聞禅師に徒数百有り(聞禅師は始め背に手をして藏を探るに因り、『中觀論』を得て禅理を發明す。この論は即ち西天第十四祖の龍樹大士の造る所、遂に遙かに龍樹を禀く)、乃ち往きて法を受け、晝夜心を攝して夏に坐す。三七日を経て宿智の通を獲て、倍加勇猛なり。尋いで障有りて起こり、四肢緩弱して行歩する能わず。自ら念じて言う。病は業より生じ、業は心より起こる。心源は起こる無く、外境は何の状か。病業と身とは都て雲影のごとし。かくのごとく觀じ已りて、顛倒の想滅し、輕安故のごとし。夏滿じてなお獲る所無く、深く慚愧を懐き、身を放ちて壁に倚る。背の未だ至らざる間に、豁爾として開悟した。法華三昧最上乘の門を一念に明達し、研練逾えて久しく、前の觀轉た増す。名行遠く聞え、学侶日に至る。激勵して倦まず、機感実に繁し。乃ち大小乗の定慧等の法を以て根に随いて引喻し、慈忍の行を習わしめ、菩薩の三聚戒を奉らしめた。衣服は率ね布を用い、寒ければ則ち艾を以て之に加えた。北齊の天保中に徒を領して南に邁すを以て、梁の孝元の乱に值い、權く大蘇山に止まった。生を輕んじ法を重んずる者は相與に險を冒して至り、山林に填聚した。師は衆に示して言った。「道源は遠からず、性海は遥かならず。ただ己に向かって求めよ、他に從って覓める莫れ。覓めれば則ち得ず、得るもまた真ならず。」偈に曰く、

達人多隱顯。不定露形儀。語下不遺跡。密密潛護持。動容揚古路。明妙乃方知。應物但施設。莫道不思議。

頓に心源を悟りて寶藏を開き、隱顯の靈通は真相を現ず。

達道場與城陰行者

金陵報慈道場の文遂導師は杭州の人。姓は陸氏。乳抱中に父母が家を宣城に徙した。纔かに丱歳にして挺然として学を好み、乃ち池州の僧正に礼して落髪登戒した。年十六にして方を觀じ禅教俱に習う。かつて『首楞厳経』十軸を究め、真妄・縁起・本末を甄分すること精博なり。ここに科を節して注釈し、文句交絡した。厥の功すでに就く。浄慧禅師に謁して己が業む所を述ぶ。深く経旨に符した。浄慧が問うて言った。「『楞厳』に八還の義があるではないか。」師が言った。「是なり。」浄慧が言った。「明は何に還るか。」師が言った。「明は日輪に還る。」浄慧が言った。「日は何に還るか。」師は懵然として對せず。浄慧は誡めて注する所の文を焚かしめた。師はこれより服膺して請益し、始めて知解を忘れた。初め吉州の止觀に住し、乾德二年に国主が長慶に延き入れ居せしめ、次いで清凉、次いで報慈大道場。雷音覺海大導師と署し、礼待は他の等と異なり。師が上堂して衆に謂うた。「天人・群生の類は皆この恩力を承く。威権は三界、徳は四生に被る。もし靈光を禀けば咸く妙義と称す。十方の諸仏は常に頂戴す。お前たち誰が敢えて是非に及ぼうか。ここに向かって開方便門と喚ぶ。根に對して教を設ければ便ちかくのごとし。彼の流出するが如く窮まりなし。もし依りて奉行する能わば、何の不可かあらん。ゆえに清凉先師は道う、仏は則ち無事の人と。さあ如今個の無事の人を覓めても得るべからず。」僧が問うた。「崇寿の佛法は止觀に付嘱す。止觀の佛法は何人に付嘱するか。」師が言った。「お前は試しに崇寿の佛法を挙げてみよ。」問うた。「巅山巖崖にまだ佛法があるか否か。」師が言った。「お前は何を巅山巖崖と喚ぶか。」問うた。「どういうのが道ですか。」師が言った。「妄想顛倒。」(底本は「忘想」に作る)師は衆に謂うた。「老僧の平生は百とする所の解なく、日日一般に此間に住して縁に随い運に任る。今日の諸上座は本と異ならず。」僧が問うた。「どういうのが無異の事ですか。」師が言った。「千差萬別。」僧が再び問うた。師が言った。「止め止め、説くを須いず。且く千差萬別を会取せよ。」問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「方丈の板の門扇。」問うた。「どういうのが無相の道場ですか。」師が言った。「四郎五郎の廟。」問うた。「どういうのが吹毛の劍ですか。」師が言った。「竿面杖。」問うた。「どういうのが正直の一路ですか。」師が言った。「遠々近々。」言った。「便ちそう去る時はいかに。」師が言った。「咄哉、痴人よ、これは險路だ。」師が僧に問うた。「どの処より来たか。」言った。「撫州曹山から来ました。」師が言った。「幾程でここに到ったか。」言った。「七程。」師が言った。「許多の山林溪澗を行き却いた(底本は「㵎」に作る)。どれがお前の自己か。」言った。「総じて是れ。」師が言った。「衆生は顛倒して物を認めて己と為す。」言った。「どういうのが学人の自己ですか。」師が言った。「総じて是れ。」師はまた言った。「諸上座は各々止觀に在って冬を経夏を過ぐ。まだ人己を悟る者あるか。止觀はお前に証明を與え、お前をして真に見て邪魔の惑わす所と為らざらしめん。」問うた。「どういうのが学人の自己ですか。」師が言った。

理奧絕思量。根尋徑路長。因茲知隔闊。無那被封疆。人生須特達。起坐覺馨香。清淨如來子。安然坐道場。

(師が続けて言う。)「好個の師僧の眼目は甚だ分明。」

與薛判官

漳州羅漢院の守仁禅師は泉州永春の人。初め浄慧を参じ、後に故郡に回りて東安の興教寺上方院に止まった。衆に示して言った。「ただ如今に據れば誰が欠け誰が剩えるか。然るにこのようと雖もなお第二義の門。上座もし明達して去るを得れば、また且つ一か二か。さらに須く子細に看るべし。」僧が問うた。「どういうのが祖師西来の的々の意ですか。」師が言った。「即今是れ何の意か。」問うた。「どういうのが涅槃ですか。」師が言った。「生死。」言った。「どういうのが生死ですか。」師が言った。「さっき何を道ったか。」僧衆が晩参した。師は衆に謂うた。「物物は本来処所無し。一輪の明月は心池に印す。」便ち方丈に歸った。師は次いで漳州報恩院に住した。衆に謂うた。「報恩のここはかつて人と話を揀ばず。今日諸上座と一兩則の話を揀ばん。まだ願樂するか。諸上座、鶴の脛は長く鳧の脛は短し。甘草は甜く黄檗は苦し。そう揀辨するはまだ雅意に愜るか。諸上座、血脈通ぜず泥水に隔ありと道うな。且く錯って会するな。珍重。」僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「何を西来意と喚ぶか。」言った。「そうなればすなわち西来無し。」師が言った。「お前の口頭に由って道え。」問うた。「どういうのが報恩の家風ですか。」師が言った。「お前の眼を著くる処なし。」問うた。「学人はいまだ禀承を委ねず、師に方便を請う。」師が言った。「相い孤負するな。」言った。「そうなればすなわち師資の分有り。」師が言った。「叢林は見ること多し。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「お前に何を道わん。」問うた。「どういうのが無生の相ですか。」師が言った。「身を捨て身を受く。」言った。「そうなればすなわち生死に過なし。」師が言った。「お前がそう会するを料る。」師はまた言った。「人人皆理に備わり、一一盡く圓常なり。」問うた。「どういうのが圓常の理ですか。」師が言った。「事として参差ならざるなし。」言った。「そうなればすなわち法界を縦横す。」師が言った。「巧みに道うに何の難かあらん。」問うた。「どういうのが三寸に到らざるか。」師が言った。「お前が問い我が答える。」師が僧に問うた。「どの処より来たか。」言った。「福州から来ました。」師が言った。「如許多の山嶺を跋涉して、どれが上座の自己か。」言った。「某甲は親しく福州を離れました。」師が言った。「そう商量すれば別に商量有り。」言った。「さらにどう商量しますか。」師が言った。「お前は話に堕した。」問うた。「縁塵を昧くせず、師に一接を請う。」師が言った。「何を縁塵と喚ぶか。」僧が言った。「もし問を伸べざれば焉んぞ疑情を息めん。」師が言った。「もし今日でなければ便ち官方を作さん。」

一滴滴水一焰焰火。飲水人醉向火人老。不飲不向無復安臥。抝折弓箭蹋倒射垛。若人要知先去鉤錐。人須問我我是阿誰。快道快道。

杭州永明寺の道潜禅師は河中府の人。姓は武氏。初め臨川に詣りて浄慧禅師に謁した。一見してこれを異とし、便ち入室を容れた。ある日浄慧が問うて言った。「子は参請の外に何の経を看るか。」師が言った。「華厳経を看る。」浄慧が言った。「總別同異成壞の六相は、是れ何の門の攝属か。」師が對して言った。「文は十地品の中に在り。理に據れば世出世間の一切法皆六相を具す。」浄慧が言った。「空はまだ六相を具すか否か。」師は懵然として對せず。浄慧が言った。「子は却って吾に問え。」師は乃ち問うて言った。「空はまだ六相を具すか否か。」浄慧が言った。「空。」師はここに开悟して踊躍して礼謝した。浄慧が言った。「子はどう会するか。」師が言った。「空。」浄慧はこれを然とした。異日、四衆の士女が院に入るに因り、浄慧が師に問うて言った。「律中に道う、隔壁に釵釧の声を聞けば則ち破戒と名づくと。金銀の合雑・朱紫の駢阗を見睹するは、是れ破戒か破戒に非ずか。」師が言った。「好個の入路。」浄慧が言った。「子は後日向かって五百の毳徒有りて、王侯の重んずる所と為らん。」師は尋いで礼辞して衢州の古寺に錫を駐め、大蔵経を閱するのみ。後に忠懿王錢氏が府に入れて菩薩戒を受けしめ、慈化定慧禅師と署した。大伽藍を建てて慧日永明と号し、居るを請うた。師が言った。「塔下の羅漢銅像を請いて新寺に過ぎて供養せんと欲す。」王が言った。「善し。予昨夜十六尊者が禅師に随いて寺に入らんことを乞う夢を見た。何ぞ昭応のことこのようであらん。」仍ねて師号に應真の二字を加えた。師は永明大道場に坐して常に五百衆。師が上堂して衆に謂うた。「佛法は顯然たり、なにによって却って会し去らざるか。諸上座、佛法を会せんと欲せばただ張三李四に問い取れ。世法を会せんと欲せば則ち古仏の叢林に参取せよ。無事久立。」僧が問うた。「どういうのが永明の的々の意ですか。」師が言った。「今日は十五、明朝は十六。」言った。「師の的々の意を覧る。」師が言った。「どの処を覧るか。」問うた。「どういうのが永明の家風ですか。」師が言った。「早くも上座に答えられた。」問うた。「三種の病人はどう接するか。」師が言った。「お前は聾人だ。」言った。「師に方便を請う。」師が言った。「是れ方便。」問うた。「牛頭がいまだ四祖に見えざる時、なぜ百鳥が華を銜えたか。」師が言った。「東を見西を見る。」言った。「見る後、なぜ華を銜えないか。」師が言った。「南を見北を見る。」言った。「昔日はどうだったか。」師が言った。「且く今日を会せよ。」問うた。「どういうのが第二月ですか。」師が言った。「月。」問うた。「どういうのが觌面の事ですか。」師が言った。「背後は何か。」問うた。「文殊が杖劍して擬して何人を殺さんとするか。」師が言った。「止め止め。」言った。「どういうのが劍ですか。」師が言った。「眼是れ。」問うた。「諸余は則ち問わず、向上の宗乗も且つ置く。師に答えざるを請う。」師が言った。「好個の師僧子。」言った。「そうなればすなわち礼拝して去る。」師が言った。「三拜するを要せず、お前の一生を尽くして去れ。」ある日大衆が参した。師は香爐を指して言った。「お前の諸人はまだ見るか。もし見れば一時に礼拝して各々堂に歸れ。」僧が問うた。

與臨濡縣行者

(僧が続けて問うた。)「至道は言無く、言を借りて道を顯す。どういうのが道を顯す言ですか。」師が言った。「切に揀擇を忌む。」問うた。「どういうのが慧日の祥光ですか。」師が言った。「ここより報慈に去ること遠からず。」言った。「そうなればすなわち親しく照燭を蒙る。」師が言った。「且く喜べ、交渉なし。」

丈夫咄哉久被塵埋。我因今日得入山來。揚眉示我因茲眼開。老僧手風書處龍鍾。語下有意的出樊籠。

撫州黄山の良匡禅師は吉州の人。上堂して衆に謂うた。「高山の頂の上に蔬飯を空しくして只待すべきなし。諸の道者、唯だ金剛の眼睛有りてお前を憑助し真心を発明せしむ。お前もし会得すれば能く無明の黑暗を破り、お前もし会せざれば真個に壊れず。」便ち起ちて方丈に歸った。僧が問うた。「どういうのが黄山の家風ですか。」師が言った。「お前の鼻孔を築き著ける。」問うた。「どういうのが物不遷の義ですか。」師が言った。「春夏秋冬。」問うた。「どういうのが一路の涅槃門ですか。」師が言った。「お前が宗乗中の一句を問えば豈に是れならざる。」言った。「そうなればすなわち哆哆せず。」師が言った。「哆哆するな、好し。」問うた。「衆星が月を攅む時はいかに。」師が言った。「何を月と喚ぶか。」言った。「まさにこの個が是れか否か。」師が言った。「この個は何か。」問うた。「明鏡が臺に當たるに、森羅はなぜ現ぜないか。」師が言った。「どこが臺に當たるか。」言った。「即今を争い耐えばいかに。」師が言った。「また現ぜずと道う。」問うた。「どういうのが禅ですか。」師が言った。「三界綿綿。」言った。「どういうのが道ですか。」師が言った。「四生浩浩。」

顯旨

杭州靈隱山の清聳禅師は福州福清縣の人。初め浄慧を参じた。ある日浄慧が雨を指して師に謂うて言った。「滴々上座の眼裏に落つ。」師は初め旨を喻えず。後に『華厳経』を閱するに因りて感悟し、浄慧の印可を承けた。回りて明州四明山に止まり庵を卓した。節度使の錢億が師事の礼を執った。忠懿王が臨安の両処に法を開くを命じた。後に靈隱の上寺に居り、了悟禅師と署した。師が上堂して衆に示して言った。「十方の諸仏は常にお前の前に在り。まだ見るか。もし見ると言わば、心を將て見るか眼を將て見るか。ゆえに道う、一切法は生せず一切法は滅せず。もし能くかくのごとく解せば、諸仏は常に現前すと。」また言った。「色を見れば便ち心を見る。さあ何を心と喚ぶか。山河大地・万象森羅・青黄赤白・男女等の相は、是れ心か是れ心に非ずか。もし心ならば、なぜ却って物象と成りて去るか。もし心に非ざれば、また色を見れば便ち心を見ると道う。まだ会するか。ただ此れを迷うが為に顛倒と成りて種種不同なり。同異無き中に強いて同異を生ず。さあ如今直下に承当して本心を頓豁せよ。皎然として一物も見聞と作すべきなし。もし心を離れて別に解脱を求むる者は、古人はこれを波に迷いて源を討つと喚ぶ。卒ちに晓悟し難し。」問うた。「根塵俱に泯びるに、なぜ事と理とが明らかでないか。」師が言った。「事理は且く從え。何を俱泯の根塵と喚ぶか。」問うた。「どういうのが觀音の第一義ですか。」師が言った。「錯り。」問うた。「無明の実性は則ち佛性。どういうのが佛性ですか。」師が言った。「何を無明と喚ぶか。」問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「古を亘ぎ今を亘ぐ。」問うた。「問わず答えざる時はいかに。」師が言った。「呓語して何をする。」問うた。「どういうのが巅山巖崖裏の佛法ですか。」師が言った。「巅山巖崖を用いて何をする。」問うた。「牛頭がいまだ四祖に見えざる時はいかに。」師が言った。「青山緑水。」言った。「見る後はいかに。」師が言った。「緑水青山。」師が僧に問うた。「お前は佛法を会するか。」言った。「会しません。」師が言った。「お前は端的に会せぬ。」言った。「是。」師が言った。「且く去りて別の時を待って来い。」その僧は珍重した。師が言った。「この道理ではない。」問うた。「どういうのが摩訶般若ですか。」師が言った。「雪落ちて茫茫。」僧は語なし。師が言った。「会するか。」言った。「会しません。」師は遂に頌ありて曰く、

思遠神儀奧。精虛履踐通。見聞離影像。密際語前蹤。得意塵中妙。投機露道容。藏明照警覺。肯可達真宗。

摩訶般若、取るに非ず捨てるに非ず。もし人会せざれば、

三句後意

風寒く雪下る。

書出語多虛。虛中帶有無。卻向書前會。放卻意中珠。

金陵報恩院の玄則禅師は滑州衛南の人。初め青峰(ある本は白兆と云う)に問うた、どういうのが仏か(あるいは自己と云う)。青峰が言った。「丙丁の童子、来たりて火を求む。」師はこの語を得て心に蔵した。及んで浄慧に謁し、その悟旨を詰られた。師が對して言った。「丙丁はこれ火にして更に火を求む。また玄則が仏を將て仏に問うに似たり。」浄慧が言った。「幾んど放過するところを、元來錯って会していたか。」師は開発を蒙るも頗る猶豫を懐き、復た退思してすでに殆し、玄理を晓ること莫し。乃ち誠を投げて請益した。浄慧が言った。「お前が問えば吾お前に道わん。」師は乃ち問うた。「どういうのが仏ですか。」浄慧が言った。「丙丁の童子、来たりて火を求む。」師は豁然として歸るを知った。後に報恩院に住した。師が上堂して大衆を顧視して言った。「好個の話頭だが、ただ解して問い得る人なし。ゆえにかの古人を労して三度之を喚ばしめた。諸人は則ち彼を労して喚ばしめず。ここは且く古人の意に從う。どうまだ説き得るか。千仏が世に出づるもまた一絲毫を増せず、六道の輪回するも一絲毫を減ぜず。皎皎として現れて絲頭の翳碍なし。古人は道う、ただ纖毫有れば則ち是れ塵と。さあ如今物象は嶷然たり。どう消遣し得るか。お前もしここに於て消遣し得ざれば、便ち是れ凡夫の境界。然るにも朴実の説話を嫌うな、祖佛を説き著けるを嫌うな。何をもっての故にか。祖佛を説くを見れば便ち超越し去らんと拟す。もしそう会せば大いに交渉なし。また須く子細に詳究して看るべし。彼の古德が生死を究離するを見ずや。また剃頭剪爪の工夫無し。如今看れば大いに継続し難しと見ゆ。」問うた。「了了に仏性を見る、どういうのが仏性ですか。」師が言った。「便ち道うを欲せず。」問うた。「どういうのが金剛大士ですか。」師が言った。「見たか否か。」問うた。「どういうのが諸聖の密密の処ですか。」師が言った。「却って須く自己を会取すべし。」言った。「どういうのが和尚の密密の処ですか。」師が言った。「お前の会するを待って始めて得る。」師は衆に謂うた。「諸上座は尽く常円の月を有し、各々無價の珍を懐く。ゆえに月は雲中に在れば明らかにして照らさず、智は惑内に隱れれば真にして通ぜず。無事久立。」問うた。「どういうのが不動尊ですか。」師が言った。「飛飛として飏飏。」問うた。「どういうのが了然の一句ですか。」師が言った。「お前に對すればまた何の難かあらん。」言った。「そう道うはまさに是れか否か。」師が言った。「對せざればまた何の難かあらん。」言った。「深く和尚のそう道うを領しました。」師が言った。「お前は我が何を道うと道うか。」問うた。「亡僧の遷化はどの処に向かって行くか。」師が言った。「お前の生ずるを待って則ち道わん。」言った。「賓主歴然。」師が言った。「お前は立ちて亡僧を見よ。」問うた。「どういうのが学人の本来心ですか。」師が言った。「お前はまだかつて道い著けたか否か。」言った。「ただ道い著けたがごとき、どう体会しますか。」師が言った。「お前の問うを待って始めて得る。」問うた。「教中に言あり、樹は能く果を生じて頗梨色を作すと。いまだこの果は何人が喫するを得るかを審らかにせず。」師が言った。「樹は何れより来るか。」言った。「学人に分あり。」師が言った。「果を去ること八万四千。」問うた。「どういうのが不遷ですか。」師が言った。

答鄭郎中問二首

(師が続けて言う。)「江河競りて注ぎ、日月旋りて流る。」問うた。「宗乗中の玄要の処、師に一言を請う。」師が言った。「お前の行脚は多少の時か。」言った。「かつて伴侶に逢わず。」師が言った。「睡を少なくせよ。」

語中埋跡聲前露容。即時妙會古人同風。響應機宜無自他宗。訶起騃蟒奮迅成龍。

金陵報慈道場の玄覺導師行言は泉州晋江の人。浄慧禅師に法を得た。上堂して衆に示して言った。「およそ行脚の人は善知識を参じ、一叢林に到りて瓶鉢を放下すれば、菩薩の道を行ずる能事畢われたりと謂うべし。何用ぞさらにここに来たりて真如涅槃を挙論せん。これは非時の説なり。然るに古人の言有り、譬えば沙を披いて寶を識るがごとし。沙礫もし除かれれば真金自ずから現ず。便ち常住世間の具足する僧寶と喚ぶ。また一味の雨のごとく、一般の地に万物を生長す。大小同じからず甘辛異あり。地と雨とに大小の名有りと道うべからず。ゆえに道う、方に即して方を現じ、圓に即して圓を現ず。何をもっての故にか。お前の法は偏正無く、相い應じて現ずるに随う。これを對現の色身と喚ぶ。まだ見るか。もし見ざればまた閑に地に坐するな。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「この問いは当らず。」問うた。「是非を坐し却きて、どう本来人に合し得るか。」師が言った。「お前は且くどう坐するか。」江南国主が新たに報慈大道場を建て、師に命じて大いに宗猷を闡かしめた。海会二千余衆、別に導師の号を署した。師は衆に謂うた。「此日英賢共に会し、海衆同じく臻る。諒しに佛法の趣は備わらざる無し。もし英鑑の者あれば、言を待つを須いざらん。然るに言を之れば本何を以てか黙せん。是をもって森羅万象は諸仏の洪源、顯明なれば則ち海印光澄み、冥昧なれば則ち情迷って自ら惑う。苟くも通心の上士・逸格の高人に非ざれば、則ち何をもって諸塵の中に於て、妙極を発揚し物象を卷舒し、森羅を縱奪し、生に非ずして生を示し滅に非ずして滅に應ずるや。生滅洞然として已まれば乃ち真常と曰う。言假なれば則ち影は千途に散じ、論真なれば則ち一空にして跡を絶つ。豈に有無生滅をもってこれを計らんとするを得んや。」問うた。「国王が再請するは、概ね特に先朝の和尚を薦んが為。今日はどう挙唱しますか。」師が言った。「お前は再唱の人を問うに非ず。」言った。「そうなればすなわち天上人間、これに過ぐるなし。」師が言った。「交渉を勿れ。」問うた。「遙々師に投ず、垂れて一接を請う。」師が言った。「旧の処に依りて却って去れ。」

語裡埋筋骨。音聲染道容。即時才妙會。拍手趁乖龍。

金陵淨德道場の達觀禅師智筠は河中府の人。姓は王氏。弱齢にして俗を邁し、普救寺の杲大師について披削し、年満ちて具を受けた。始めて方を游び撫州龍済の修山主に謁した。親附すること久しきも機縁契えず。後に金陵報恩道場に詣り、浄慧を参じて玄旨を頓悟した。後に廬山栖賢寺に住した。師が上堂して衆に謂うた。「從上の諸聖の方便門は少なからず。大抵ただ諸の仁者に個の見る処あらんことを要す。然るにいまだ見ずと雖も、且つ一絲髮許りも参差せず。諸の仁者もまたかつて一絲髮許りも違背せず。何をもっての故にか。烜赫として顯露す。如今便ち会取せよ、さらに一毫の気力を費やすなし。まだ省要するか。設え道う、毘盧に師有り法身に主有りと。これ乃ち抑揚して機に對し施設す。諸の仁者、どう會對の道理を会するか。もしも会せば且くかの仏語を嫌うな、祖師を重んずるな。直ちに下って自己の眼明らかなれば始めて得る。」僧が問うた。「どういうのが的々の言ですか。」師が言った。「何を道うか。」問うた。「紛然として覓め得ざる時はいかに。」師が言った。「個の何を覓めて得ざるか。」問うた。「どういうのが祖師の意ですか。」師が言った。「祖師の意を用いて何をする。」問うた。「今朝遠瑞を呈す、正意は誰のために来るか。」師が言った。「大衆は尽くお前がそう問うを見る。」乾德三年、江南国主が師の道化を仰ぎ、北苑に大道場を建てて淨德と曰い、延請して居せしめ、大禅師の号を署した。上堂して衆に謂うた。「夫れ道を慕わんと欲すれば、また須く上々の根器にして始めて得べし。造次に中下は承当し易からず。何をもっての故にか。佛法は心意識の境界に非ず。上座はそう〔この二字は未識〕地とするな。かの古人は道う、沙門の眼は世界を把定し、乾坤を函蓋す。綿綿として絲髮を漏らさずと。ゆえに諸仏の讚歎は讚歎及ばず、比喻は比喻及ばず。道上座の威光赫奕として古を亘ぎ今を亘ぐ。幸いにかくのごとき家風有り、何ぞ紹続して取らざる。なぜ自ら卑劣を生じ、枉げて辛勤を受けて晓悟する能わざるか。ただこのようの為に、ゆえに諸仏は世に出興す。ただこのようの為に、ゆえに諸仏は涅槃に入るを唱う。ただこのようの為に、ゆえに祖師は特に西来した。」僧が問うた。「諸聖は皆不二法門に入る。どういうのが不二法門ですか。」師が言った。「ただそう入れ。」言った。「そうなればすなわち今古同然として去る。」師が言った。「お前はどの処が同じと道うか。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「ちょうど問いに著いた。」言った。「そうなればすなわち学人は礼拝す。」師が言った。「お前はどう会するか。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「どういうのが仏でないか。」師はまた衆に謂うた。「吾は巖谷に身を投じて市〔この字は未識〕に跡を滅すること能わず、而も禁庭に出入して以て世主を重ねて煩わす。吾の過なり。」遂に屢々辞して故山に歸らんとす。国主は五峰栖玄の蘭若を錫う。開寶二年八月十七日に安坐して寂を告げた。寿六十四、臘四十四。

譚道

高麗道峰山の慧炬国師。始めて浄慧の室に機を発した。本国主が思慕して使を遣わして請うた。遂に故地に回った。国主は心訣を受け礼待彌いに厚し。ある日請い入れて王府に上堂せしめた。師は威鳳樓を指して衆に示して言った。「威鳳樓は諸上座の為に挙揚し了んぬ。諸上座はまだ会するか。倘若会せば且くどう会するか。もし会せぬと道わば、威鳳樓はどう会せざるか。珍重。」師の言教はいまだ中華に被らず。また終る所を知る莫し。

的的無兼帶。獨運何依賴。路逢達道人。莫將語默對。

金陵清凉の法燈禅師泰欽は魏府の人。生まれながらにして道を知り辯才无碍。浄慧の室に入りて海衆これに歸す。僉に敏匠と曰う。初めて請を受けて洪州幽谷山の雙林院に住した。上堂して未だ座に昇らず、乃ち言った。「この山は先代の一二の尊宿かつて法を説き来たり。この座高廣にして不才、何ぞ昇らんや。昔古に言有り、須弥燈王如来に礼を作して乃ち坐するを得べしと。さあ道え、須弥燈王如来は今何の処に在るか。大衆は見んことを要するか、一時に礼拝せよ。」師は便ち座に昇り良久して言った。「大衆の為にただこのよう。まだ会する処あるか。」僧が問うた。「どういうのが雙林の境ですか。」師が言った。「画きても成らず。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「且く去れ。」また言った。「境もまた識らざりて且く人を討つ。」問うた。「一仏世に出でて乾坤を震動す。和尚の出世は何方を震動するか。」師が言った。「どの処に震動を見るか。」言った。「即今を争い耐えばいかに。」師が言った。「今日何の事あるか。」僧ありて出でて礼拝した。師が言った。「道者、前時はお前の請に謝す。我は何を將てお前に與えて好し。」僧が問わんと拟す次、師が言った。「相悉と將に謂えるに、却って委ならずと成れり。」問うた。「どういうのが西来の密密の意ですか。」師が言った。「苦。」問うた。「一仏世に出でて普く群生を潤す。和尚の出世は当に何人と為るべきか。」師が言った。「徒然ならず。」言った。「そうなればすなわち大衆に頼りあり。」師が言った。「何ぞ必ずしも。」師は衆に告げて言った。「且く住し得たり、久立せよ。官人および諸の大衆、今日相請するに勤重なり。この個の殊功は比喻何の及ばん。ゆえに道う、未了の人は一言を聴けと。ただこれ如今誰が口を動かすか。」師は便ち座を下り、立ちて拄杖に倚りて衆に告げて言った。「まだ会するか。天龍は寂しく聽して華を雨らす。須菩提〔この字は巾に従う〕子と作して画き將り去るな。且くそう信受奉行せよ。」師は次いで上藍護國院に住した。僧が問うた。「十方俱に鼓を撃ち、十処一時に聞ゆ。どういうのが聞ですか。」師が言った。「お前は那の方より来たか。」問うた。「善く菩薩道を行じて諸法相に染まらず。どういうのが菩薩道ですか。」師が言った。「諸法相。」言った。「どう染まらずして去るを得るか。」師が言った。「何の処を染め著くるか。」問うた。「久しからず選場を開く、まだ学人の選ばるるを許すか否か。」師が言った。「お前は点額の人。」また言った。「お前は何の科目か。」問うた。「どういうのが大法義を演ぶるですか。」師が言った。「我が演ぶるはお前の演ぶるに何に似るか。」師は次いで金陵龍光院に住した。上堂して座に昇る。維那が槌を白して言った。「法筵の龍象衆、当に第一義を觀ずべし。」師が言った。「維那は是れ第二義。長老は只今是れ第幾義か。」師はまた衣袖を挙げて衆に謂うた。「会するか大衆。これは山呼の舞蹈。道うなかれ、五百生前かつて樂主と為りて来たりと。あるいは疑情あれば請うて見示を垂れよ。」時に僧が問うた。「どういうのが諸仏の正宗ですか。」師が言った。「お前は何の宗か。」言った。「如何。」師が言った。「如何とすれば則ち会せず。」問うた。「上藍の一曲は師が親しく唱えた。今日の龍光の事はいかに。」師が言った。「お前は何の時にか上藍に到ったか。」

與學人玄機

言った。「諦当の事はいかに。」師が言った。「諦当ならざれば則ち別の処で覓めよ。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「且く小意を問え、却って来たりてお前に大意を與えん。」師は後に金陵に入り清凉大道場に住した。上堂して座に昇る。僧が出でて問う次、師が言った。「この僧は最先に出でて大衆の為に已に第を了えた。国主の深恩。」問うた。「国主の請命に祖席重ねて開く。学人上来して師に心源を直指するを請う。」師が言った。「上来して却って下去せよ。」問うた。「法眼の一燈は分かちて天下を照らす。和尚の一燈は何人に分付するか。」師が言った。「法眼はどの処に分照し来たるか。」江南国主は鄭王たる時、浄慧の室に心法を受けた。暨ねて浄慧が入滅するや復た、かつて師に問うて言った。「先師にどんな不了の公案が有るか。」師が對して言った。「分析する次を見よ。」異日また問うて言った。「長老は先師に於て異聞の事有りと承る。」師は起身の勢を作した。国主が言った。「且く坐せよ。」師は衆に謂うた。「先師の法席は五百衆。今ただ十数人ありて諸方に導首と為る。お前は道え、錯って人の路を指す者あるか。もし錯って指せば他をして水に入り火に入り坑に落ち堑に落ちしめん。然るに古人また道う、我もし刀山に向かわば刀山自ら摧折し、我もし鑊湯に向かわば鑊湯自ら消滅すと。さあどう商量する。言語は則ち熟す。及んで問い著けば便ち生疏して去る。何となれば、ただ隔闊多き時の為だ。上座はただ我のどの処か行き得ざるを会せよ。行き得ざる者有り。眼等の諸根・色等の諸法が為なり。諸法は且く置く。上座が眼を開けば何を見るか。ゆえに道う、一法を見ざれば則ち如来、方に觀自在と名づくるを得と。珍重。」師は開寶七年六月に示疾して衆に告げて言った。「老僧は疾に臥して強いて牽拖し、お前と相見す。如今随処の道場は宛然として化城。さあ道え、どうするが化城か。古導師の云うを見ずや、寶所遠からず、須く且く前進すべしと。及んで城の所に至りてまた道う、我が化して作れる所と。今お前の諸人、試しに個の道理を説いてみよ。是れ如来禅か祖師禅か。まだ定め得るか。お前等は晚生と雖も、須く知るべし、我が国主は凡そ勝地には一の道場を建て、須する所闕かざることを僥忝すと。ただお前の口を開くを要す。如今阿那個がお前の口かと如かず。争いで答えて彼の四恩三有に效えん。会せんと欲するか。ただ口を識れば必ず咎なし。縱え咎有るもお前の有るに因る。我今火風相い逼る。去住は是れ常道。老僧の住持は將に一紀を逾えんとす。毎に国主の助発を承け、檀越・十方の道侶・主事の小師に至るまで、皆赤心を我が為にす。默して言い難し。あるいは麻を披き布を帶びる。これは則ち俗に順い、我が道は真に違う。さあ道え、順うが好いか違うが好いか。然るにただ我が道に順えば則ち顛倒無し。我が遺骸は必ず南山の大智蔵和尚の左右に二つの墳塚を乞わん。升沈皎然として化に淪せず。努力努力、珍重。」即ちその月の二十四日に安坐して終わった。

妙旨迅速言說來遲。才隨語會迷卻神機。揚眉當問對面熙怡。是何境界同道方知。

杭州真身寶塔寺の紹巖禅師は雍州の人。姓は劉氏。七歳で高安禅師について出家し、十八で懐暉律師に進具した。暨ねて方を游び天臺の韶国師とともに臨川で記を受けた。尋いで浙右の水心寺に錫を挂けて宴寂した。後に越州法華山に止まり、續いて入りて塔寺の上方淨院に居た。呉越王が師に命じて法を開かせ、了空大智常照禅師と署した。上堂して衆に謂うた。「山僧は素より知見寡し。本は閑放して経を念じて死を待つを期すのみ。豈に今日大王が勤重にして苦めて山僧を勉め、諸方の宿德に效いて法筵を施張せしむとは思わざりき。然るに大王の致請するは、ただ諸の仁者の心を明らめんことを図るのみ。これ以外に別の道理なし。諸の仁者はまだ心を明らめたか否か。言語談笑の時、凝然として杜默の時、知識を参尋の時、道伴と商略の時、山を觀じ水を翫ぶ時、耳目絶對の時が、是れお前の心か否か。上のごとく解するは盡く魔魅の攝する所と為る。豈に心明と曰わんや。さらに一類の人有りて身中の妄想を離れ、外に別に遍十方世界を認めて、日月を含み太虚を包むを、是れ本来の真心と謂う。これもまた外道の計する所にして心明に非ず。諸の仁者、会せんと要するか。心に是の者無く亦た不是の者も無し。お前が拟して執認せば其れ得べからんや。」問うた。「六合澄き清まる時はいかに。」師が言った。「大衆の誰かお前を信ぜん。」問うた。「月を見て指を忘るる時はいかに。」師が言った。「月を見るに非ず。」言った。「豈に指を認めて月と為すべきか。」師が言った。「お前の参学は多少の時か。」師は開寶四年七月に示疾し、門弟子に謂うて言った。「諸行無常は則ち常住の相。」言い終わりて跏趺して逝した。寿七十三、臘五十五。

明道

金陵報恩院の法安慧済禅師は太和の人。法眼の室に心を印した。初め撫州曹山の崇寿院に住して第四世と為る。上堂して衆に謂うた。「幻を知れば則ち離れ、方便を作さず。幻を離れば則ち覚り、また漸次無し。諸上座、さあどう会するか。方便を作さずまた漸次無し、古人の意はどの処に在るか。もし会得すれば諸仏は常に前に見えん。もし未だ会せずば『圓覺経』の裏に向かって討つな。夫れ佛法は古を亘ぎ今を亘ぎてかつて前に見えざらず。諸上座は一切時の中に咸くこの威光を承く。須く大信根を具えて荷担し起こし得て始めて得べし。仏の猛利を讚めて人を度するは器用と為り堪えるを見ずや。また彼の善に向かい久しく淨業を修する者を賞せず。彼の廣額の兇屠に似て、操刀を抛ち下し便ち阿羅漢果を証せんことを要す。直に須くそうあって始めて得べし。ゆえに長者は道う、梵位を將て直に凡庸に授くるがごとしと。」僧が問うた。「大衆すでに法会に臨む。師に請うて句中の玄を吝かにするな。」師が言った。「大衆を谩るを得んや。」言った。「そうなればすなわち全くこの問いに應ず。」師が言った。「得るを用いず。」問うた。「古人の言有り、一切法は不生を宗と為すと。どういうのが不生の宗ですか。」師が言った。「好個の問い処。」問うた。「佛法の中、師に方便を請う。」師が言った。「方便し了んぬ。」問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「何ぞ問うを待たん。」江南国主が請い入れて報恩に居らせ、号を署して衆を攝せしめた。師が上堂して衆に謂うた。「此日命を奉じて当院を住持し、衆の為に法を演ぶ。さっき維那が槌を白し終わるを見た。多少好し、教に当に第一義を觀ずべしと。さあどうするが第一義か。もしここに参得せば多少省要なり。如今さらに別に個の何を説かん。則ち得たり、然れど恩旨を承けて杜默して去るべからず。夫れ禅宗の要を示すは法爾の常規。円明顯露として古を亘ぎ今を亘ぐ。達磨の西来に至るも、ただ諸人と証明するのみ。また法あって人に與うべからず。ただ直下是れと道い、便ち地に立ちて觏取せしむ。古人は則ち地に立ちて觏取せよと道うと雖も、如今地に坐してまだ觏得するか否か。疑あれば請い問え。」僧が問うた。「三德の奥樞は仏に従って一音を演ぶ。玄路、師に明らめんを請う。」師が言った。「お前は有りと道うか否か。」問うた。「どういうのが報恩の境ですか。」師が言った。「大家はお前が問うを見る。」師は開寶の中に本院にて滅を示した。

思思似有蹤。明明不知處。借問示宗賓。徐徐暗迴顧。

撫州崇壽院の契稠禅師は西州の人。上堂して座に昇る。僧が問うた。「四衆は諦かに第一義を觀ず。どういうのが第一義ですか。」師が言った。「何ぞさらに問うを労せん。」師はまた言った。「大衆、佛性の義を知らんと欲せば、当に時節因縁を觀ずべし。どうするが時節因縁か。上座は如今便ち散って去る。さあ道え、有るか否か。もし無ければ何によって便ち散って去るか。もし有ればどうするが第一義か。上座、第一義は現成す。何ぞさらに觀ずるを労せん。そう顯明せば佛性を得、常に一切法を照らして常住す。もし法の常住するを見れば、なお未だ是れ法の真源に非ず。どうするが法の真源か。上座、古人の道うを見ずや、一人真を発して元に歸れば十方の虚空悉く皆消殞すと。まだ一法有りて意解と為るか。古人にかくのごとき大事の因縁有り。依りて之を行えば則ち是れ。何ぞ長老に多説を労せしめん。衆中に未だ知らざる者あれば便ち請うて相い示せ。」僧が問うた。「浄慧の燈は親しく汝水に然り。今日王侯の請命。どういうのが浄慧の燈ですか。」師が言った。「さらに一問を請う。」問うた。「古人の見るに齊しからざる処有り、師に方便を請う。」師が言った。「古人はどの処が齊しからずと見るか。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「どういうのが仏ですか。」言った。「どう領解しますか。」師が言った。「領解すれば則ち是れに非ず。」問うた。「的々の西来意、師は当に第幾人か。」師が言った。「年年八月半ばは中秋。」問うた。「どういうのが和尚の人を為す一句ですか。」師が言った。「觀音が挙げ、上藍が挙ぐ。」師は淳化三年に滅を示した。

玄旨

洪州雲居山の清錫禅師は泉州の人。初め龍須山の廣平院に住した。僧が問うた。「どういうのが廣平の境ですか。」師が言った。「廣平を識取せよ。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「驗取せよ。」次いで雲居山に住した。僧が問うた。「どういうのが雲居の境ですか。」師が言った。「お前は何を境と喚ぶか。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「さっきお前に何を道ったか。」師は後に泉州西明院に住した。廖天使が院に入り、法眼和尚の真を供養するを見て、乃ち問うて言った。「真の前は何の果子か。」師が言った。「假の果子。」天使が言った。「すでに假の果子、なぜ將て真を供養するか。」師が言った。「またただ天使に假を識らしめんと要すのみ。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「容顔甚だ奇妙。」

去去無標的。來來只麼來。有人相借問。不語笑咍咍。

洪州百丈山の大智院道常禅師。本山に出家し、照明禅師に礼して披剃した。尋いで浄慧を参じて函丈に預るを獲た。請益して問うに因る、外道が仏に問うて言を問わず无言を問わずと。語を叙べ未だ終わらず、浄慧が言った。「住せ住せ。お前は世尊の良久の処に向かって会去らんと拟すか。」師はこれより悟入した。後に本山が歸りて住持するを請うた。第十一世に当たる。学者尤も盛ん。師が上堂して衆に示して言った。「この寶乗に乗じて直ちに道場に至る。每日諸上座の訪及を労す。只延する可きなし。時寒し、久立を用いず。却って請うて車を回せ。珍重。」僧が問うた。「どういうのが学人の行脚の事ですか。」師が言った。「拄杖を拗折すること得たか否か。」問うた。「古人の言有り、釋迦は我と同参すと。いまだ何人に参ずるかを審らかにせず。」師が言った。「唯だ同参あれば方に知るを得。」言った。「いまだこの人はどう親近するかを審らかにせず。」師が言った。「そうなればすなわち参ずるを解せず。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「往々にして問い著かず。」問うた。「郷に還る曲子はどう唱えるか。」師が言った。「設え唱えば落ちてお前の後。」問うた。「どういうのが百丈の境ですか。」師が言った。「雲居に何に似るか。」問うた。「どういうのが百丈の人を為す一句ですか。」師が言った。「もし諸方に到れば総じて須く問い過ぐべし。」師はまた衆に謂うた。「実に是れ事無し、上座と各々仏に事える。さらに何の疑かここに到るを得るか。古人はただ道う、十方同じく共に聚まり、個個無為を学ぶと。これ是れ仏を選ぶ場、心空して及第して歸る。心空は是れ及第。さあどう心空を会するか。彼の処で目を閉じて冷たく坐するが心空に非ず。これ正しく是れ識陰の想解。上座は心空を要するか。ただ且く心を識れ。ゆえに道う、過去は已に過去し、未来はさらに算する莫し。兀然として事無く坐すれば、何曽て人の喚ぶ有らん。設え人上座を喚ぶ有らば、彼に應じて好しか應ぜざれば好しからざるか。もし應ずれば阿誰が上座を喚ぶか。もし應ぜざれば聾を患えず。三世は体空して且つ是れ木頭に非ず。ゆえに古人は道う、心空すれば法王を見るを得と。まだ法王を見るか、ただ是れ老病僧。またまさに渠が自ら伐つのではないか。珍重。」僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前に多少の事あって問わざるか。」僧が人の玄沙に問うたを挙げて言う。「三乗十二分教は則ち問わず、どういうのが祖師西来の意か。」玄沙が言った。「三乗十二分教は要らず。」その僧は会せず、師に説かんを請うた。師が言った。「お前は実に会せぬ。」言った。「実に会しません。」師は偈を示して曰く、

與鄧州行者

三乗を要せずして祖宗を要す、三乗は要せずして君と同じからず。

林下覺身愚。緣不帶心珠。開口無言說。筆頭無可書。人問香嚴旨。莫道在山居。

君今宗旨を通じ会せんと欲せば、後夜に猿啼くは乱峰に在り。

三跳後

師は淳化二年に滅を示した。本山に塔す。

三門前合掌。兩廊下行道。中庭上作舞。後門外搖頭。

天臺山般若寺の通慧禅師敬遵。上堂して衆に謂うた。「皎皎として烜赫たり、古を亘ぎ今を亘ぐ。かつて纖毫の間断の相有らず。時無く節無く、長時に上座を拶定して通気の処無し。ゆえに道う、山河大地は是れ上座の善知識、光を放ち地を動かし、触る処に露現す。実に絲頭許りの法も隔碍と作すべきなし。如今なにによって却って会せざるか、特に疑を生じて去る。無事、久立を用いず。」僧が問うた。「優曇華坼れて人皆睹る。般若の家風、一言を賜わらん。」師が言った。「上座の問うに因らざれば、かつて人に挙似せず。」言った。「そうなればすなわち般若の雄峰、豈に今古に齊しからん。」師が言った。「また錯って会するな。」問うた。「牛頭がいまだ四祖に見えざる時、なぜ百鳥が華を銜えたか。」師が言った。「お前はどの処で見たか。」言った。「見る後、なぜ華を銜えないか。」師が言った。「且く話を領せよ、好し。」問うた。「霊山の一会は迦葉が親しく聞いた。いまだ今日の一会は何人が聞くを得るかを審らかにせず。」師が言った。「お前は試しに迦葉の聞いた所を挙げてみよ。」言った。「そうなればすなわち迦葉は親しく聞いて去る。」師が言った。「乱道して何をする。」師は自ら真讚を述べて曰く、

上根

真なるかな寥廓、郢人は圖〔この字は舟に従い未識〕す。嶽聳ぎ云空にして、

咄哉莫錯頓爾無覺。空處發言龍驚一著。小語呼召妙絕名貌。巍巍道流無可披剝。

澄潭に月躍る。

破法身見

廬山歸宗寺の法施禅師策真は曹州の人。姓は魏氏。本名は慧超。浄慧の堂に升り、どういうのが仏かと問うた。浄慧が言った。「お前は慧超。」師はこれより信入した。その語は諸方に播れた。初め廬山余家峰より請い下りて歸宗に住せしめた。上堂して衆に示して言った。「諸上座、見聞覚知はただ一度すべきのみ。ただ会し了れば、是れ見聞覚知か是れ見聞覚知に非ずか。会せんと要するか、諸上座に説破し了んぬ。お前の悟るを待って始めて得る。久立珍重。」僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「我がお前に道えば則ち別有り。」問うた。「どういうのが歸宗の境ですか。」師が言った。「是れお前、是れ何か。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「出でて去れ。」問うた。「国王の請命に大いに法筵を啓く。見聞に落ちず、師に速やかに道うを請う。」師が言った。「閑言語。」言った。「師意はいかに。」師が言った。「また乱説す。」問うた。「教に言があると承る。この身の心を將て塵刹に奉れば是れ則ち仏恩に報いると名づくと。塵刹は則ち問わず、どういうのが仏恩に報いるですか。」師が言った。「お前もし是れなれば則ち仏恩に報いる。」問うた。「無情が法を説きて大地聞くを得、師子吼の時はいかに。」師が言った。「お前はまだ聞くか。」言った。「そうなればすなわち無情に同じ。」師が言った。「お前は妨げず会す。」問うた。「古人は見聞を離れざるをもって宗と為す。いまだ和尚は何をもって宗と為すかを審らかにせず。」師が言った。「この問い甚だ好し。」言った。「なお是れ三縁四縁。」師が言った。「乱道するな。」師は次いで金陵奉先寺に住し、未几にして復た報恩道場に遷り止まった。太平興國四年に寂に歸した。

向上無父孃。向下無男女。獨自一箇身。切須了卻去。聞我有此言。人人競來取。對他一句子。不話無言語。

洪州鳳栖山同安院の紹顯禅師。僧が問うた。「王恩の降旨、師は親しく熊耳の家風を受く。一言を乞う。」師が言った。「已に道い了んぬ。」問うた。「千里師に投ず、師に一接を請う。」師が言った。「好個の入処。」雲蓋山の僧が瓦を乞い殿を造らんとす。官人あって問うた。「すでに雲蓋、何用ぞ瓦を乞わん。」對せず。師は代わりて言った。「罕に奇人に遇う。」

獨腳

江州廬山栖賢寺の慧圓禅師。上堂して衆に示して言った。「僧堂の門を出でれば五老峰を見る。一生の参学の事畢われり。何用ぞさらにここに到り来たらん。かくのごとしと雖も、また上座の一転を労す。無事珍重。」僧が問うた。「風の動くに非ず幡の動くに非ず。いまだ古人の意旨がいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「大衆は一時に会取せよ。」また上堂して僧あって問わんと拟した。師は乃ちその僧を指して言った。「住せ住せ。」その僧は歩を進めて問うた。「從上の宗乗、師に挙唱を請う。」師が言った。「前言は構わず後語は追い難し。」言った。「いまだ今日の事はいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「人の言語を会せず。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「好し。」問うた。「どういうのが栖賢の境ですか。」師が言った。「三門に入り得れば便ち知るに合す。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「これは欠少。」問うた。「祖灯重ねて耀く、慈悲を吝かにせずさらに中下に垂れよ。」師が言った。「委ね得るか。」言った。「そうなればすなわち方便門已に開く。」師が言った。「また賺った。」

子啐母啄子覺無㲉。母子俱亡應緣不錯。同道唱和妙雲獨腳。

洪州觀音院の從顯禅師は泉州莆田の人。少くして本邑の石梯山について出家具戒し、法眼を参じて記を受けた。初め昇州妙果院に住し、後にこの院に住して参学頗る衆し。師が上堂して衆集まる。良久して謂うて言った。「文殊は居士を深く讚めた。いまだ居士は讚を受けたか否か。もし讚を受くればどの処に居士あらん。もし讚を受けざれば文殊は虚しく言を発すべからず。大衆、どう会するか。もし会せば真個の衲僧。」時に僧が問うた。「居士は默然として文殊は深く讚む。この意はいかに。」師が言った。「お前が問い我が答える。」言った。「そういう人が頭を出ださばまたどうか。」師が言った。「行きて水窮まる処に到り、坐して雲の起つ時を看る。」僧が問うた。「どういうのが觀音の家風ですか。」師が言った。「眼前に看取せよ。」言った。「忽ち作者来たるに遇わば、どう見待するか。」師が言った。「貧家はただこのよう、未だ必ずしも歸と言わず。」問うた。「久しく弦無き琴を負う、師に一曲を彈くを請う。」師が言った。「どう聴くか。」その僧は耳を側めた。師が言った。「人を賺い殺す。」師は衆に謂うた。「盧行者は当時大庾嶺頭で明上座の為に言った。善を思う莫れ惡を思う莫れ、我が明上座の本来の面目を還せと。觀音は今日そう道わず。我が明上座を還せ。そう道うは是れ曹溪の子孫。もし曹溪の子孫ならば、また争いで四字を除却せんや。もしそうでなければまた過はどの処に在るか。試しに出でて商量してみよ。」良久して師はまた言った。「この一衆は真の行脚人。珍重。」太平興國八年九月の中、師は檀那の袁長史に謂うて言った。「老僧は三両日の間に郷に歸り去らん。」袁が言った。「和尚の尊年、何ぞさらに郷を思わん。」師が言った。「郷に歸るは好き塩を喫するを図る。」袁はその言を測らず。翌日師は疾せずして坐亡した。寿七十八。袁長史は西山に塔を建てた。

洞山和尚良价頌一首

廬州長安院の延規禅師。僧が問うた。「どういうのが庵中の主ですか。」師が言った。「諸方に到ってただ長安より来たと道え。」師は化縁將に畢わらんとして、住持を門人の辨實に付し、武に接ぎて法を説かしめ、乃ち本院の西堂に歸りて滅を示した。

無心合道

常州正勤院の希奉禅師は蘇州の人。姓は謝氏。本院に住して第二世と為る。初め上堂して衆に示して言った。「古聖は道う、太虚に同じく円なり、欠けるもなく余るもなしと。また云う、一一の法一一の宗、衆多の法一法の宗と。また道う、起は唯だ法の起、滅は唯だ法の滅と。また云う、起つ時は我が起つと言わず、滅する時は我が滅すと言わずと。この説話に據れば、久しく叢林に屈滞する上座、もし初心の兄弟ならば且つ須く道を体すべし。人身は得難く正法は聞き難し。等閑に同じくするな。施主の衣食は消遣し易からず。もし道を明らめざれば個個盡く須く彼に還すべし。上座は道を会せんと要するか。珍重。」僧が問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「どの処でこの消息を得たか。」問うた。「どういうのが諸法の空相ですか。」師が言った。「山河大地。」問うた。「僧衆雲集、師に宗乗を挙唱するを請う。」師が言った。「挙げ来たること久し。」問うた。「佛法は国王大臣に付嘱す。今日正勤は何を將て付嘱するか。」師が言った。「万歳万歳。」問うた。「古人の言有り、山河大地はお前の真善知識と。どう山河大地を善知識と為して去るを得るか。」師が言った。「お前は何を山河大地と喚ぶか。」問うた。「どういうのが道に合する言ですか。」師が言った。「お前が問い我が答える。」問うた。「霊山の会に迦葉は親しく聞いた。いまだ今日誰人が聞くを得るかを審らかにせず。」師が言った。「迦葉は個の何を親しく聞いたか。」問うた。「古仏の道場に学人はどう到り得るか。」師が言った。「お前は今どの処に在るか。」問うた。「どういうのが和尚の円通ですか。」師は禅床を三下敲いた。問うた。「どういうのが根塵を脱却するですか。」師が言った。「妄想するな。」問うた。「人王と法王とは一か二か。」師が言った。「人王法王。」問うた。「どういうのが諸法の寂滅相ですか。」師が言った。「起は唯だ法の起、滅は唯だ法の滅。」問うた。「どういうのが未だ曾て生ぜざる法ですか。」師が言った。「お前は争いで知るを得ん。」問うた。「無著が文殊を見て、なぜ識らないか。」師が言った。「お前は文殊がまだ無著を識るかを道え。」問うた。「意を得るは誰の家の新曲の妙か。正勤の一句、師に宣べんを請う。」師が言った。「何を道うか。」言った。「豈に方便無きや。」師が言った。「お前は我が語を会せず。」

道無心合人。人無心合道。欲識箇中意。一老一不老。

洛京興善の栖倫禅師。僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前にそう道えば則ち得る。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「さっきなお記えている。」宮師致政の李公繼勲が世を終えるに因り、僧あって問うた。「是れ法住法位、世間の相は常住。いまだ宮師の李公はどの処に向かって行ったかを審らかにせず。」師が言った。「ちょうどお前に問い著けられた。」言った。「そうなればすなわち虚しく一問を申す。」師が言った。「お前は妨げず霊利だ。」

龍牙和尚居遁頌一十八首

洪州武寧嚴陽の新興齊禅師。僧が問うた。「どう三界を出でて去るを得るか。」師が言った。「お前はまだ信ずるか。」言った。「信ずれば則ち深信す。和尚の慈悲を乞う。」師が言った。「ただこの信心は古を亘ぎ今を亘ぐ。快く須く究取すべし、何ぞ必ずしも沈吟せん。三界を出でんと要せば三界は唯心。」師は雪に因りて衆に謂うた。「諸上座はまだ雪を見るか。見れば則ち眼有り、見ざれば眼無し。眼有れば則ち常、眼無ければ則ち断。そう会得すれば仏身充満す。」僧が問うた。「学人は辞して泐潭に行かんとす。和尚に個の入路を示すを乞う。」師が言った。「好個の入路。道心は堅固にして、衆に随いて参請し、衆に随いて作務す。去らんと要すれば則ち去り、住せんと要すれば則ち住せ。去と住とさらに他の故無し。もし泐潭に到れば馬祖を不審せよ。」

龍牙山裡龍。形非世間色。世上畫龍人。巧巧描不得。唯有識龍人。一見便心息。

潤州慈雲の匡達禅師。僧が問うた。「仏は一大事の因縁を以て故に世に出現す。いまだ和尚の出世はいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「恰好。」言った。「どうか。」師が言った。「好からず。」

唯念門前樹。能容鳥泊飛。來者無心喚。騰身不慕歸。若人心似樹。與道不相違。

景德伝燈録巻第二十五

一得無心便道情。六門休歇不勞形。有緣不是餘朋友。無用雙眉卻弟兄。

景德伝燈録巻第二十六

悟了還同未悟人。無心勝負自安神。從前古德稱貧道。向此門中有幾人。

吉州青原山の行思禅師第九世下至第十一世

學道先須有悟由。還如曾鬪快龍舟。雖然舊閣於空地。一度贏來方始休。

第九世下

心空不及道空安。道與心空狀一般。參玄不是道空士。一乍相逢不易看。

金陵清涼文益禅師の法嗣下三十三人 蘇州薦福の紹明禅師

自小從師學祖宗。閑華猶似纏人蜂。僧真不假居雲外。得後知無色自空。

澤州古賢の謹禅師

學道無端學畫龍。元來未得筆頭蹤。一朝體得真龍後。方覺從前枉用功。

宣州興福の可勲禅師

成佛人希念佛多。念來歲久卻成魔。君今欲得自成佛。無念之人不較多。

洪州上藍の守訥禅師

在夢那知夢是虛。覺來方覺夢中無。迷時恰是夢中事。悟後還同睡起夫。

撫州覆船和尚

學道蒙師詣卻閑。無中有路隱人間。饒君講得千經論。一句臨機下口難。

杭州奉先の法瓌禅師

菩薩聲聞未盡空。人天來往訪真宗。爭如佛是無疑士。端坐無心只麼通。

廬山化城の慧朗禅師

此生不息息何時。息在今生共要知。心息只緣無妄想。妄除心息是休時。

杭州永明の道鴻禅師

迷人未了勸盲聾。土上加泥更一重。悟人有意同迷意。只在迷中迷不逢。

高麗の靈鑑禅師

夫人學道莫貪求。萬事無心道合頭。無心始體無心道。體得無心道亦休。

荊門の上泉和尚

眉間毫相焰光身。事見爭如理見親。事有隻因於理有。理權方便化天人。一朝大悟俱消卻。方得名為無事人。

廬山大林の僧遁禅師

人情濃厚道情微。道用人情世豈知。空有人情無道用。人情能得幾多時。

池州仁王の緣勝禅師

尋牛須訪跡。學道訪無心。跡在牛還在。無心道易尋。

廬山歸宗の義柔禅師(以上一十三人、録に見ゆ)

玄沙師備宗一大師頌三首

泉州上方の慧英禅師

玄沙遊徑別。時人切須知。三冬陽氣盛。六月降霜時。有語非關舌。無言切要辭。會我最後句出世少人知。

荊州護國の邁禅師

奇哉一靈叟。那頓許吺吺(音兜)。風起引箜篌。迷子爭頭湊。設使總不是。蝦蟇大張口。開口不開口。終是犯靈叟。欲識箇中意。南星真北斗。

饒州芝嶺の照禅師

萬裡神光頂後相。沒頂之時何處望。事已成意亦休。此箇從來觸處周。智者聊聞猛提取。莫待須臾失卻頭。

廬山歸宗の師慧禅師

招慶省僜真覺大師頌二首

廬山歸宗の省一禅師

示執坐禪者

襄州延慶の通性大師

大道分明絕點塵。何須長坐始相親。遇緣儻解無非是。處憒那能有故新。散誕肯齊支遁侶。逍遙曷與慧休隣。或遊泉石或闤闠。可謂煙霞物外人。

廬山歸宗の夢欽禅師

示坐禪方便

洪州舍利の玄闡禅師

四威儀內坐為先。澄濾身心漸坦然。瞥爾有緣隨濁界。當須莫續是天年。修持只話從功路。至理寧論在那邊。一切時中常管帶。因緣相湊豁通玄。

洪州永安の明禅師

漳州羅漢桂琛和尚明道頌一首

洪州禅溪の可莊禅師

至道淵曠勿以言宣。言宣非指孰雲有是。觸處皆渠豈喻真虛。真虛設辨如鏡中現。有無雖彰在處無傷。無傷無在何拘何閡。不假功成將何法爾。法爾不爾俱為唇齒。若以斯陳埋沒宗旨。宗非意陳無以見聞。見聞不脫如水中月。於此不明翻為剩法。一法有形翳汝眼睛。眼睛不明世界崢嶸。我宗奇特當陽顯赫。佛及眾生皆承恩力。不在低頭思量難得。拶破面門覆蓋乾坤。快須薦取脫卻根塵。其如不曉謾說而今。

潭州石霜の爽禅師

南嶽惟勁禪師覺地頌一首(七言)

江西霊山和尚

略明覺地名同異。起復初終互換生。性海首建增名號。妙覺還依性覺明。體覺俱含於明妙。明覺妙覺並雙行。妙覺覺妙元明體。全成無漏一真精。明覺覺明明所了。或因了相失元明。明妙二覺宗體覺。體覺性覺二同明。湛覺圓圓無增減。此中無佛與眾生。不覺始終非了了。不聞迷悟豈惺惺。是稱心地如來藏。亦無覺照及無生。非生非滅真如海。湛然常住名無名。太虛未覺生霞點。豈聞微塵有漏聲。空漚匪離於覺誨。動寂元是一真明。覺明體爾含靈焰。覺明逐焰致虧盈。差之不返名無覺。會之復本始覺生。本覺由因始覺生。正覺還依合覺明。由他二種成差互。遂令渾作賴耶名。具含染淨雙岐路。覺明含處異途萌。性起無生不動智。不離覺體本圓成。性起轉覺翻生所。遂令有漏墮迷盲。無明因愛相滋潤。名色根本漸次生。七識轉處蒙圓鏡。五六生時蔽覺明。觸受有取相依起。生老病死繼續行。業識茫茫沒苦海。徇流浩浩逐飄零。大聖慈悲興救濟。一聲用處出三聲。智身由從法身起。行身還約智身生。智行二身融無二。還歸一體本來平。萬有齊含真海印。一心普現總圓明。湛光焰焰何依止。空性蕩蕩無所停。處處示生無生相。處處示滅無滅形。珠鏡頓印無來往。浮雲聚散勿常程。出沒任真同水月。應緣如響化群情。眾生性地元無染。只緣浮妄翳真精。不了五陰如空聚。豈知四大若乾城。我慢痴山高屹屹。無明慾海杳溟溟。每逐旃陀憍誑友。常隨猛獸作悲鳴。自性轉識翻為幻。自心幻境自心驚。了此幻性同陽焰。空華識浪復圓成。太虛忽覺浮雲散。始覺虛空本自清。今古湛然常皎瑩。不得古今凡聖名。

廬山佛手巖の因禅師

郢州臨谿敬脫和尚入道淺深頌五首

金陵保安の止和尚

露柱聲聲喚。猢猻繩子絆。中下莫知由。上士方堪看。

昇州華嚴の幽禅師

露柱不聲喚。猢猻繩子斷。上士笑呵呵。中流若為見。

袁州木平の道達禅師

猢猻與露柱。未免東西步。任唱太平歌。徒話超佛祖。

洪州大寧の道邁禅師

我見匠者誇。語默玄妙句。不善本根源。巧布祇園事。

楚州龍興の德寶禅師

少室與摩竭。第代稱揚許。我今問汝徒。誰作將來主。

鄂州黄龍の仁禅師

大法眼禪師文益頌十四首

洪州西山の道聳禅師(以上二十人、機縁の語句なし、録さず)

三界唯心

襄州清溪洪進禅師の法嗣二人 相州天平山の從漪禅師

三界唯心萬法唯識。唯識唯心眼聲耳色。色不到耳聲何觸眼。眼色耳聲萬法成辦。萬法匪緣豈觀如幻。大地山河誰堅誰變。

廬山圓通の緣德禅師(以上二人、録に見ゆ)

華嚴六相義

金陵清涼休復禅師の法嗣二人 金陵奉先の慧同禅師(一人、録に見ゆ)

華嚴六相義。同中還有異。異若異於同。全非諸佛意。諸佛意總別。何曾有同異。男子身中入定時。女子身中不留意。不留意絕名字。萬象明明無理事。

廬山寶慶庵の道習禅師(一人、語句なし、録さず)

瞻須菩提

撫州龍済山紹修禅師の法嗣一人 河東廣原和尚(一人、録に見ゆ)

須菩提貌古奇。說空法法不離。信不及又懷疑。信得及復何之。倚笻杖視東西。

衡嶽南臺守安禅師の法嗣二人 襄州鷲嶺の善美禅師(一人、録に見ゆ)

街鼓鳴

安州慧日院の明禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)

鼓鼕鼕運大功。滿朝人道路通。道路通何所至。達者莫言登寶地。

潭州雲蓋の用清禅師(以上二人、録に見ゆ)

示捨棄慕道

第十一世

東堂不折桂。南華不學仙。卻來乾竺寺。披衣效坐禪。禪若效坐得。非想亦何偏(經劫守閑。不出生死)為報參禪者。須悟道中玄。如何道中玄。真規自宛然。

杭州永明寺延寿禅師の法嗣二人 杭州富陽の子蒙禅師

金剛經為人輕賤章(詮雲持經者證佛地也)

杭州朝明院の津禅師(以上二人、機縁の語句なし、録さず)

寶劍不失虛舟不刻。不失不刻彼子為得。倚待不堪孤然仍則。鳥跡虛空有無彌忒(思之)。

蘇州長寿院朋彦大師の法嗣一人 長寿第二世の法齊禅師

僧問隨色摩尼珠

杭州普門寺希辯禅師の法嗣二人 高麗国の慧洪禅師

摩尼不隨色。色裡勿摩尼。摩尼與眾色。不合不分離。

越州上林の胡智禅師(以上二人、機縁の語句なし、録さず)

牛頭庵

行思禅師第九世下

國城南祖師庵。庵舊址依雲嵐。獸馴淑人相參。忽有心終不堪。

金陵清涼文益禅師の法嗣

乾闥婆城

蘇州薦福院の紹明禅師。州将の銭仁奉が請い住持せしめた。乃ち問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「一切の処に看取せよ。」

乾闥婆城法法皆爾。法爾不爾名相真軌。日煖月涼海深山起。乾闥婆城是非亡矣。

澤州古賢院の謹禅師。師が僧を勘えて言った。「如来の堅密身は一切塵中に現ず(底本は「一功」に作る)。どういうのが堅密身か。」僧が指を竪てた。師が言った。「現ずれば現ず、お前はどう会するか。」僧は語なし。師が侍立する次、浄慧が一の僧に問うて言うを見た。「この間を離れてよりどの処へ行って来たか。」言った。「嶺に入りて来ました。」浄慧が言った。「容易ならざるな。」言った。「虚しくかの如許多の山水を渉りました。」浄慧が言った。「如許多の山水も惡しからず。」その僧は語なし。師はこの言の下に大いに悟った。僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前の鼻孔を築き著ける。」

因僧看經

宣州興福院の可勲禅師。建州建陽の人。姓は朱氏。浄慧に心を印してより、遂に法を開き住持した。僧が問うた。「どういうのが興福の主ですか。」師が言った。「闍梨は識らず。」言った。「まさにこれがそうではないのですか。」師が言った。「たとい狂頭を歇めずともまた何の失かあらん。」問うた。「どういうのが道ですか。」師が言った。「勤めて之を行え。」問うた。「何を法空と云うか。」師が言った。「空ならず。」師に偈ありて衆に示して曰く、

今人看古教。不免心中鬧。欲免心中鬧。但知看古教。

秋江の烟島晴れて、鴎鷺行々として立つ。

問僧雲。會麼。對不會

觀世音を念ぜざれば、争いで普門に入るを知らん。

會與不會。與汝面對。若也面對。真箇不會。

洪州上藍院の守訥禅師。上堂して衆に謂うた。「令を尽くし綱を提げるも、地を掃う人無し。叢林の兄弟、相い共に証明せよ。晚進の流、疑あれば請い問え。」僧あって問うた。「願わくは甘露の門を開き、当に第一義を觀じ、有無の中に落ちず、師に指示を垂れんことを。」師が言った。「大衆が証明す。」言った。「そうなればすなわち屈して去る。」師が言った。「閑言語。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「さらに阿誰に問うか。」

庭柏盆蓮

撫州覆船和尚。僧が問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「識らず。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「祖師を謗るな。」

一朵菡萏蓮。兩株青瘦柏。長向僧家庭。何勞問高格。

杭州奉先寺の法明普照禅師法瓌。僧が問うた。「釋迦の出世に天は四華を雨らし地は六動に揺れた。いまだ和尚の今日にどんな祥瑞があるかを審らかにせず。」師が言った。「大衆は尽く見る。」言った。「法王の法はかくのごとし。」師が言った。「人王は見在す。」問うた。「浄慧の寶印は和尚が親しく伝えた。今日の一会は当に何人に付すべきか。」師が言った。「誰人か分無からん。」言った。「そうなればすなわち雷音は普く無辺の刹に震う。」師が言った。「また須く善く聴くべし。」

正月偶示

廬山化城寺の慧朗禅師。江南の相宋齊丘が堂を開くを請うた。師が座に升りて言った。「今日令公が山僧に請うて衆の為にす。非ずんば仏の付嘱を承けて仏恩を忘れざらんが為か。衆中に話を問う者有らば出で来い。令公の為に縁を結ばん。」僧が問うて言った。「令公が親しく降り、大衆雲のごとく臻る。從上の宗乗、師に挙唱を請う。」師が言った。「令公を孤負すること莫れ。」問うた。「師は常に苦口す。なぜ学人の己事が明らかでないか。」師が言った。「闍梨はどの処が明らかでないか。」言った。「明らかでない処を師に決断を請う。」師が言った。「さっきお前に何を道ったか。」言った。「そうなればすなわち全く今日に因って去る。」師が言った。「退き後りて三拜を礼せよ。」

正月春順時節。情有無皆含悅。君要知得誰力。更問誰教誰決。

杭州慧日永明寺の通辯禅師道鴻(第三世住)。僧が問うた。「天臺の境を遠く離れ、来たりて慧日峰に登る。久しく師子吼を聞く。今日師に通ずるを請う。」師が言った。「聞いたか。」言った。「そうなればすなわち昔時の崇寿、今日の永明。」師が言った。「幸いに自ら霊利なり、何ぞ乱道を須いん。」師は衆に謂うた。「大道は廓然として今古常に爾り。真心は周遍して量のごとき智皎然たり。万象森羅、咸く真実の相。天を該め地を括り、古を亘ぎ今を亘ぐ。大衆はまだ会するか。まだ辨白し得るか。」問うた。「国王の嘉命に公貴筵に臨む。いまだ今日当に何事と為すべきかを審らかにせず。」師が言った。「驗取せよ。」言った。「この意はいかに。」師が言った。「どの処に去り来したか。」言った。「そうなればすなわちなお造次と成る。」師が言った。「乱道を休めよ。」問うた。「諸仏の出世には百寶の光明を放つ。師の寶座に登るにどんな祥瑞があるか。」師が言った。「驗るべし。」言った。「法王の法はかくのごとし。」師が言った。「また是れ虚言。」

寄鍾陵光僧正

高麗の靈鑑禅師。僧が問うた。「どういうのが清淨の伽藍ですか。」師が言った。「牛栏是れ。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「癫漢を拽き出だし著けよ。」

西山巍巍兮聳碧。漳水澄澄兮練色。對現分明有何極。

荊門の上泉和尚。僧が問うた。「二龍が珠を争う、誰が得る者か。」師が言った。「我が得る。」問うた。「遙々師に投ず、どう一接するか。」師は杖を接げて之を視た。その僧は礼拝した。師は便ち喝した。問うた。「尺璧に瑕無き時はいかに。」師が言った。「我は重んぜず。」言った。「重んぜざる後はいかに。」師が言った。「火裏の螂蟉は天に飛び上がる。」

白居易八漸偈(並序)

廬山大林寺の僧遁禅師は初め圓通に住した。僧あって挙げた。僧が玄沙和尚に問うた。「向上の宗乗、此間にてどう言論するか。」玄沙が言った。「聴く人少なし。」今師に問う。玄沙の意旨がいかなるかを知らず。師が言った。「お前が石耳峰を移し却るを待ち、我則ちお前に道わん。」(歸宗柔は別に言う、「且く声を低くせよ」)

唐貞元十九年秋八月。有大師曰凝公。遷化於東都聖善寺缽塔院。越明年春二月有東來客白居易。作八漸偈。偈六句。句四言贊之。初居易嘗求心要於師。師賜我言焉。曰觀。曰覺。曰定。曰慧。曰明。曰通。曰濟。曰捨。繇是入於耳貫於心。嗚呼今師之報身則化。師之八言不化。至哉八言實無生忍觀之漸門也。故自觀至捨。次而贊之。廣一言為一偈。謂之八漸偈。蓋欲以發揮師之心教。且明居易不敢失墜也。既而升於堂禮於床。跪而唱泣而去。偈曰。

池州仁王院の緣勝禅師。僧が問うた。「農家が壤を撃つ時はいかに。」師が言った。「僧家は自ら本分の事有り。」言った。「僧家の本分事は問わず。農家が壤を撃つ時はいかに。」師が言った。「話頭は何に在るか。」

觀

廬山歸宗寺の義柔禅師(第十三世住)。師は初めて上堂して座に升る。維那が槌を白して言った。「法筵の龍象衆、当に第一義を觀ずべし。」師が言った。「もし第一義ならば且くどう觀ずるか。そう道えばどの処に落つか。是れ觀ずる為か、是れ復た人の觀ずるを許さざる為か。先德の上座は共に相い証明せよ。後学の初心は返問の語・倒靠の語と喚ぶな。疑あれば請い問え。」僧が問うた。「諸仏の出世は法を説き人を度して天地を感動す。和尚の出世にはどんな祥瑞があるか。」師が言った。「人天の大衆の前で呓語して何をする。」問うた。「諸官すでに集まり大衆側耳して聴く。どういうのが出世の一言の事ですか。」師が言った。「大衆が証明す。」問うた。「香烟の起つ処に師が座に登る。いまだ宗乗の事はいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「教乗もそう会す。」問うた。「優曇華坼れて人皆睹り、本の心無き事に達すれば事いかに。」師が言った。「谩語。」言った。「そうなればすなわち南能は別に深々たる旨有り、是れ心の心の人知らず。」師が言った。「事は須く叢林に飽くべし。」問うた。「昔日は余峰、今日は歸宗。いまだ一か二かを審らかにせず。」師が言った。「お前の証明に謝す。」問うた。「智蔵の一箭は直ちに歸宗を射る。歸宗の一箭は当に何人を射るべきか。」師が言った。「我が智蔵を謗るな。」問うた。「此日知軍が親しく法を証す。師はどの処より深恩に答えるか。」師が言った。「我に何を道えと教うれば則ち得るか。」師はまた言った。「一問一答もまた了期無し。佛法もまたそういう道理ではない。大衆、此日の事は故に本心に非ず。実に謂く、ただ個の山に住するは寧ろ意有らんや、向來仏と成るもまた心無し。蓋し縁は是れ知軍の請命と寺衆の誠心。すでにここに到れば、且く個の何を説かば則ち得るか。まだ相悉するか。これもし古人に及ばざれば便ち道う、相逢いて相い喚ばんと欲するも脉脉として語る能わずと。どう会するか。もし会せば報いざる恩に報ゆるに堪え、無為の化を助ぐるに足る。もしまた会せざれば、長老の開堂はただ古人の語を挙ぐのみと道うな。これの盛事は天高く海深し。況して喻は及ばず。さらに敢えて皇風を讚祝し清列に回向せず。何をもっての故にか。古人はなお道う、吾祷ること久しと。豈に況して当今の聖明なる者をや。久立珍重。」僧が問うた。「どういうのが空王の廟ですか。」師が言った。「神を少くするな。」言った。「どういうのが廟中の人ですか。」師が言った。「さっき谩りに道わず。」問うた。「靈亀いまだ兆さざる時はいかに。」師が言った。「是れ吉か是れ凶か。」問うた。「いまだその源に達せず、師に方便を乞う。」師が言った。「達したり。」言った。「達する後はいかに。」師が言った。「終にそう問わず。」問うた。「久しく大乗を発して心中にこの意を忘る。どういうのがこの意ですか。」師が言った。「また中に忘ると道う。」

以心中眼觀心外相。從何而有從何而喪。觀之又觀則辨真妄。

前襄州清溪洪進禅師の法嗣

覺

相州天平山の從漪禅師。僧あって問うた。「どう三界を出でるを得るか。」師が言った。「三界を將て来れ、お前に出でを與えん。」僧が問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「顯露地。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「天地を指さず。」言った。「なぜ天地を指さないか。」師が言った。「唯我独尊。」問うた。「どういうのが天平ですか。」師が言った。「八凹九凸。」問うた。「洞深く杳杳たる清溪水、飲む者はどう升墜せざるか。」師が言った。「さらに何を夢見るか。」問うた。「大衆雲集し、何の事を合談するか。」師が言った。「香烟起つ処に森羅現ず。」

惟真常在為妄所蒙。真妄苟辨覺生其中。不離妄有而得真空。

廬山圓通院の緣德禅師は銭塘の人。姓は黄氏。初め臨安の朗瞻院に出家して落髪し、年に依りて天臺山に往きて具を受けた。始めて禅那を天龍の順德大師に習い、尋いで江表に往きて道を問い、洪進山主に值い心を印した。時に江南国主が廬山に院を建て師に法を開くを請うた。師が上堂して衆に示して言った。「諸上座は道眼を明らかに取れば好し。是れ行脚僧の本分の事。道眼もし未だ明らかならざれば何の用処か有らん。ただ是れ盤を移して飯を喫するのみ。道眼もし明らかならば何の障碍か有らん。もし未だ明らかに得ざれば強いて多端を説くも、また用処無し。無事なればまた尋究するに好し。」僧が問うた。「どういうのが四不遷ですか。」師が言った。「地水火風。」問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「水鳥樹林。」言った。「学人は会せず。」師が言った。「学人を会取せよ。」問うた。「久しく弦無き琴を負う、師に一曲を彈くを請う。」師が言った。「負い来たりて多少の時か。」言った。「いまだどんな音調を作すかを審らかにせず。」師が言った。「話に堕したり、珍重。」問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師が言った。「過去の燈明仏の本光は瑞かくのごとし。」問うた。「どういうのが学人の自己ですか。」師が言った。「特に申し問うは何の意か。」問うた。「どういうのが大梅の主ですか。」師が言った。「闍梨は今日どの処を離れたか。」

定

前昇州清凉休復禅師の法嗣

真若不滅。妄即不起。六根之源。湛如止水。是為禪定。乃脫生死。

昇州奉先寺の淨照禅師慧同。魏府の人。姓は張氏。幼歳に出家し饒州北禅院の惟直禅師に礼して披削し、年満ちて撫州希操律師に具を受け、清凉に於て法を得た。僧が問うた。「唯一堅密身は一切塵中に現ず。また云う、仏身は法界に充満し、普く一切の群生の前に現ずと。この二途に於て師に説かんを請う。」師が言った。「唯一堅密身は一切塵中に現ず。」僧が問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「お前は阿那個が不是と疑うか。」問うた。「どういうのが常在の人ですか。」師が言った。「さらに阿誰に問うか。」

慧

前撫州龍済山紹修禅師の法嗣

專之以定。定猶有繫。濟之以慧。慧則無滯。如珠在盤。盤定珠慧。

河東の廣原和尚。僧が問うた。「どういうのが佛法の大意ですか。」師は偈を示して曰く、

明

刹刹に形儀を現じ、塵塵に覚知を具す。

定慧相合。合而後明。照彼萬物。物無遁形。如大圓鏡。有應無情。

性源は常に浪を鼓し、悟らざればかつて移らず。

通

前衡嶽南臺守安禅師の法嗣

慧至乃明。明則不昧。明至乃通。通則無礙。無礙者何。變化自在。

襄州鷲嶺の善美禅師(第三世住)。僧が問うた。「どういうのが鷲嶺の境ですか。」師が言った。「峴山は碧玉の江水に對して南に流る。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「何の事あるか。」問うた。「百川異なり流れて還って大海に歸る。いまだ大海に幾滴あるかを審らかにせず。」師が言った。「お前はまだ海に到ったか否か。」言った。「海に到る後はいかに。」師が言った。「明日来たれ、お前に道わん。」

濟

前漳州隆寿院無逸禅師の法嗣

通力不常。應念而變。變相非有。隨求而見。是大慈悲。以一濟萬。

隆寿の法騫禅師は泉州晋江縣の人。姓は施氏。母の廖氏が始めて娠するや頓に葷腥を惡み、及んで長じて本州開元寺菩提院に舍てられて出家し戒を納めた。漳州に詣りて逸和尚を参じて旨を得た。刺史の陳洪銛が堂を開き住持するを請うた(隆寿第三世住)。上堂して衆に謂うた。「今日の隆寿、三世の諸仏・森羅万象が同時に出世し同時に法輪を轉ず。諸人はまだ見るか。」僧が問うた。「どういうのが隆寿の境ですか。」師が言った。「お前の足を插す処なし。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「未だ境を識らざる在り。」僧ありて参に到り、明日に至りて方丈に入り師の心要を請うた。師が言った。「昨日相逢いて起居を序し、今朝相見えて事は還って如し。どう却って心要を呈せんを覓めるか。心要はどう特に疏ならんや。」

捨

前廬山歸宗寺道詮禅師の法嗣

眾苦既濟。大悲亦捨。苦既非真。悲亦是假。是故眾生。實無度者。

筠州九峰の義詮禅師。僧が問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「力有る者は之を負いて趨る。」

同安察禪師十玄談(並序)

前眉州黄龍継達禅師の法嗣

夫玄談妙句。逈出三乘。既不混緣。亦非獨立。當臺應用。如朗月以晶空。轉影泯機。似明珠而隱海。且學徒有等。妙理無窮。達事者稀。迷源者眾。森羅萬象物物上明。或即理事雙袪。名言俱喪。是以慇懃指月。莫錯端倪。不迷透水之針。可付開拳之寶。略序微言。以彰事理(卿公事苑雲。叢林所行十玄談皆無序引。愚曩遊廬阜。得其序於同安影堂。今錄之雲耳)。

眉州黄龍第二世和尚。僧が問うた。「どういうのが密室ですか。」師が言った。「斫り開くべからず。」言った。「どういうのが密室中の人ですか。」師が言った。「男女の相に非ず。」問うた。「国内に剣を按ずる者は誰か。」師が言った。「昌福。」言った。「忽ち尊貴に遇わば時はいかに。」師が言った。「遺さず。」

心印

前朗州梁山緣觀禅師の法嗣

問君心印作何顏。心印何人敢授傳。歷劫坦然無異色。呼為心印早虛言。須知本自虛空性。將喻紅爐火裡蓮。莫謂無心雲是道。無心猶隔一重關。

郢州大陽山の警玄禅師。僧が問うた。「叢林浩浩として法鼓喧喧たり。向上の宗乗、どう挙唱するか。」師が言った。「彼に個の消息無ければ争いで肯んじて應當せん。」言った。「今日宗乗すでに師の指示を蒙る。いまだ法嗣は何人を嗣ぐかを審らかにせず。」師が言った。「梁山は点出して秦時の鏡、長慶峰前に一樣の輝き。」問うた。「どういうのが大陽の境ですか。」師が言った。「孤鶴老猿は谷韻に啼き、瘦松寒竹は青烟を鎖す。」言った。「どういうのが境中の人ですか。」師が言った。「どうかどうか。」問うた。「どういうのが大陽の家風ですか。」師が言った。「滿瓶傾けて出でず、大地に飢ゆる人勿れ。」問うた。「どういうのが仏ですか。」師が言った。「お前は何ぞ仏に非ざる。」言った。「学人が会せざる時はいかに。」師が言った。「迢然として三秋の月に挂けず、一句当陽に豈に灯に在らんや。」問うた。「どういうのが祖師西来の意ですか。」師が言った。「問いを解して当らず。」言った。「学人が会せざる時はいかに。」師が言った。「陝府の鐵牛は人皆向かい、卞和の得たる玉は今に至りて伝わる。」問うた。「どういうのが大陽の法身を透る句ですか。」師が言った。「大洋の海底に紅塵起こり、須弥の頂上に水は横流す。」問うた。「牛頭がいまだ四祖に見えざる時、なぜ百鳥が華を銜えたか。」師が言った。「戸を出づる烏鶏は頭に雪を戴く。」言った。「見る後、なぜ華を銜えないか。」師が言った。「杲日天に當たる後、烏鶏戸を出でて飛ぶ。」

祖意

行思禅師第十世

祖意如空不是空。靈機爭墮有無功。三賢固未明斯旨。十聖那能達此宗。透網金鱗猶滯水。回途石馬出沙籠。慇懃為說西來意。莫問西來及與東。

前天臺山德韶国師の法嗣

玄機

杭州慧日永明寺の智覺禅師延寿。余杭の人。姓は王氏。總角の歳に佛乗に歸心し、既冠にして葷を茹でず。日に唯だ一食。『法華経』を持し七行俱に下る。才かに六旬にして悉く能く之を誦す。群羊の跪きて聴くを感じた。年二十八にして華亭の鎮將と為る。翠巌の永明大師が龍冊寺に遷り止まりて玄化を大いに闡くに属す。時に呉越の文穆王は師の道を慕うを知り、乃ちその志に從い放ちて出家せしめた。翠巌に礼して師と為し、勞を執りて衆に供して身宰を都忘れた。衣は繒纊ならず、食は重味無く、野蔬布襦をもって朝夕を遣った。尋いで天臺山天柱峰に往きて九旬定を習い、尺鷃の類の鳥あって衣襵の中に巢った。暨んで韶国師に謁すや一見して深く之を器とし、密かに玄旨を授けた。仍ねて師に謂うて言った。「お前は元帥と縁有り。他日大いに佛事を興さん。」密かに記を受けた。初め明州雪竇山に住して学侶臻り凑う(咸平元年に額を賜いて資聖寺と曰う)。師が上堂して言った。「雪竇のここは迅瀑千尋にして纖粟を停めず、奇巖万仞にして足を立つる処無し。お前等の諸人はどの処に向かって歩を進めるか。」時に僧が問うた。「雪竇の一徑、どう履踐するか。」師が言った。「歩々寒華結び、言々徹底に冰す。」建隆元年、忠懿王が請い入れて靈隱山の新寺に居せしめ第一世と為す。明年、復た請うて永明大道場に住せしめ第二世と為す。衆二千に盈つ。僧が問うた。「どういうのが永明の妙旨ですか。」師が言った。「さらに香を添え著けよ。」言った。「師の指示に謝す。」師が言った。「且く喜べ、交渉を勿れ。」師に偈ありて曰く、

迢迢空劫勿能收。豈為塵機作繫留。妙體本來無處所。通身何更有蹤由。靈然一句超群象。逈出三乘不假修。撒手那邊千聖外。迴程堪作火中牛。

永明の旨を識らんと欲せば、門前の一湖水。

塵異

日照れば光明生じ、風来れば波浪起つ。

濁者自濁清者清。菩提煩惱等空平。誰言卞璧無人鑒。我道驪珠到處晶。萬法泯時全體現。三乘分別強安名。丈夫皆有沖天志。莫向如來行處行。

問うた。「学人は久しく永明に在る。なぜ永明の家風を会しないか。」師が言った。「会せざる処を会取せよ。」言った。「会せざる処はどう会するか。」師が言った。「牛胎に象子を生じ、碧海に紅塵起つ。」問うた。「仏と成り祖と成るもまた出でるを得ず、六道の輪回もまた出でるを得ず。いまだ個の何を出でて得ざるかを審らかにせず。」師が言った。「お前の問う処を出でて得ず。」問うた。「教に言あると承る、一切の諸仏および佛法は皆この経より出づと。どういうのがこの経ですか。」師が言った。「長時に轉じて停まらず、義に非ず声に非ず。」言った。「どう受持しますか。」師が言った。「もし受持せんと欲する者は應に須く眼を用いて聴くべし。」問うた。「どういうのが大圓鏡ですか。」師が言った。「破れた砂盆。」師は永明道場に居ること十五載。弟子を度すること一千七百人。開寶七年に天臺山に入りて戒を度すること約万余人。常に七衆と菩薩戒を受け、夜は鬼神に食を施し、朝は諸の生類を放つこと称算すべからず。六時に華を散じ、行道の余力に『法華経』を念ずること一万三千部。『宗鏡録』一百卷を著わし、詩偈賦詠およそ千万言。海外に播れた。高麗国王は師の言教を覧て、使を遣わして書を齎し弟子の礼を叙し、金線織成の袈裟・紫水精の数珠・金の澡罐等を奉った。彼の国の僧三十六人が親しく印記を承け、前後に本国に歸りて各々一方を化した。開寶八年乙亥十二月に示疾し、二十六日の辰時に香を焚き衆に告げ跏趺して亡した。明年正月六日に大慈山に塔す。寿七十二、臘四十二。太宗皇帝が額を賜いて寿寧禅院と曰う。

演教

温州大寧院の可弘禅師。僧が問うた。「どういうのが正真の一路ですか。」師が言った。「七顛八倒。」言った。「そうなればすなわち法門に別なしとして去る。」師が言った。「我はお前が錯って会して去るを知る。」問うた。「皎皎として一絲頭無き時はいかに。」師が言った。「話頭已に堕せり。」言った。「師に指示を乞う。」師が言った。「さっきもまた虚設せず。」問うた。「向上の宗乗、師に挙揚を請う。」師が言った。「お前の問うこと太だ遲生。」言った。「そうなればすなわち仙陀ならざるとして去る。」師が言った。「深くお前がそう去るを知る。」

三乘次第演金言。三世如來亦共宣。初說有空人盡執。後非空有眾皆緣。龍宮滿藏醫方義。鶴樹終談理未玄。真淨界中才一念。閻浮早已八千年。

蘇州安國長寿院の朋彦大師は永嘉の人。姓は秦氏、本州開元寺に受業した。初め婺州金鱗の寶資和尚を参じ、後に慧明禅師の激発に因りて天臺の室に歸して正法眼を悟った。これより縁に随いて法を闡き化を盛んにす。姑蘇の節帥銭仁奉が礼して重ねて院を創り、法輪を轉ずるを請うた。本国は紫衣を賜い、廣法大師と署した。僧が問うた。「どういうのが玄旨ですか。」師が言った。「四稜地に塌る。」問うた。「どういうのが絲毫を絶する法ですか。」師が言った。「山河大地。」言った。「そうなれば則ち即相にして無相。」師が言った。「また是れ狂言。」問うた。「どういうのが徑直の言ですか。」師が言った。「千迂萬曲。」言った。「そうなればすなわち総じて是れならざるなし。」師が言った。「是れ何の言ぞや。」問うた。「どういうのが道ですか。」師が言った。「跋涉容易ならず。」師は建隆二年辛酉に住持を門人の法齊に付して世を継ぎて法を説かしめ、即ちその年四月六日に滅を示した。寿四十九、臘三十五。

達本

杭州五雲山華嚴道場の志逢大師は余杭の人。生まれながら葷血を惡み、膚体香潔なり。幼歳に本邑東山の朗瞻院に出家し、年に依りて具を受けた。三学を通貫し性相を了達す。かつて須弥山に升りて三仏の列坐を睹るの夢を見た。初めは釋迦、次は彌勒、皆その足に礼した。唯だ第三仏を識らず、ただ仰視するのみ。時に釋迦は示して之に言った。「これは彌勒補處の師子月仏。」師は方に礼を作した。覚めて後に大蔵経を閱するに因り、乃ち夢む所に符した。天福中に方を游び天臺山雲居道場に抵りて国師を参じ、賓主縁契して頓に玄秘を発した。ある日普賢殿中に入りて宴坐するに因り、倏然として一の神人有りて前に膝を跪かせた。師が問うて言った。「お前は其れ誰ぞ。」言った。「護戒の神。」師が言った。「吾は宿愆の未だ殄たざるに患あり、お前は之を知るか。」言った。「師に何の罪か有らん、唯だ一小過のみ。」師が言った。「何ぞや。」言った。「およそ鉢の水を折るもまた施主の物。師は毎に常に傾棄するは宜しき所に非ず。」言い訖りて隱れた。師はこれより鉢を洗う水を尽く之を飲んだ。積久にして因りて脾胃の疾を致し、十載にして方に愈えた。(およそ飲食を折退するおよび涕唾便利等は、並びに宜しく指を鳴らし默に呪を念じ施心を発して傾棄すべし)呉越国王はその道風に向かい、召して紫を賜い普覺大師と署した。初め命じて臨安功臣院に住せしめ、玄侶輻の凑くがごとし。師が上堂して言った。「諸上座は一の知識を舍てて一の知識を参ず。尽く善財の南游の式樣を学ぶなり。さあ上座に問わん。ただ善財が文殊に礼辞して妙峰山に登り德云比丘に謁せんと拟し、及んで彼の所に到るに何を以てか德云は却って別峰に於て相見えたか。夫れ教意と祖意とは同一の方便にして終に別理無し。彼もし明らかに得れば此もまた昭然なり。諸上座は即今老僧に簇著す。是れ相見是れ不相見か。此処は是れ妙峰是れ別峰か。脱いで或いは此より省去せば、孤負せず老僧をと謂うべく、また常に德云比丘を見て、かつて刹那相い舍離せず。まだ信じ及ぶか。」僧が問うた。「叢林の挙唱は今時に曲がる。どういうのが功臣の的々の意ですか。」師が言った。「見るか。」言った。「そうなればすなわち大衆咸く欣ぶ。」師が言った。「師子児と將に謂えり。」問うた。「仏仏は手を授け祖祖は心を伝う。いまだ和尚は個の何を伝うかを審らかにせず。」師が言った。「お前は承当し得るか。」言った。「学人は承当し得ず。まだ別に人承当し得る者有るか否か。」師が言った。「大衆はお前を笑う。」問うた。「どういうのが如来蔵ですか。」師が言った。「ちょうど問いに著いた。」問うた。「どういうのが諸仏の機ですか。」師が言った。「道うは是れ得るか。」師はある日上堂して良久して言った。「大衆、看よ看よ。」便ち座を下りて方丈に歸った。開寶初、忠懿王が普門精舍を創り、三たび請うて住持せしめ再び宗要を揚げた。即ち普門の第一世。師が上堂して言った。「古德の法の為に行脚するは実に勤労を憚らず。雪峰和尚のごときは三回投子に到り九度洞山に上り、盤桓往返してなお個の入路を求め得ず。お前の近世の参学人を看よ。」

勿於中路事空王。策杖還須達本鄉。雲水隔時君莫住。雪山深處我非忘。尋思去日顏如玉。嗟歎迴來鬢似霜。撒手到家人不識。更無一物獻尊堂。

(師が続けて言う。)「才かに門を跨ぎて来れば便ち老僧の接引・指掌の説禅を待つ。さあお前は玄極の道を造らんと欲す。豈に等閑に同じからん。況してこの事は悟るもまた時有り。躁りて求めて焉んぞ得ん。お前等は悟る時を知らんと要するか。如今各々且く下りて堂中に静坐せよ。直に仰家峰の点头するを待たば、老僧則ちお前の為に分説せん。」時に僧あって出でて言った。「仰家峰の点头するも請うて師に説かしめよ。」師が言った。「大衆、且く道え。この僧は老僧の語を会するか会せざるか。」その僧は礼拝した。師が言った。「今日偶然に鑑を失したり。」問うた。「どういうのが普門の家風ですか。」師が言った。「幾人觀じて足らざるか。」言った。「どういうのが普門の境ですか。」師が言った。「お前は処に到りて且く家風を問い了って休せ。」師は開寶四年に固く国主に辞し、年老いたり林泉に依りて頤養せんことを願うと称した。時に大將の凌超が五雲山に新たに華嚴道場を創り、奉施して終老の所と為した。雍熙二年乙酉十一月に忽ち示疾し、二十五日に侍僧に命じて香水を辦え盥沐し跏趺して坐した。良久して寂を告げた。寿七十七、臘五十八。塔は寶峰常照と曰う。

還源

杭州報恩光教寺の慧月禅師法端(第三世住)。師が上堂して言った。「数夜に諸上座と東に語り西に話すもなおその源を尽くさず。今日諸上座と大いに方便を開きて一時に説き却せん。まだ願樂するか否か。久立珍重。」僧が問うた。「学人はそう上来す、師に接するを請う。」師が言った。「接せず。」言った。「なぜ接しないか。」師が言った。「お前の太だ霊利なるが為。」

返本還源事已差。本來無住不名家。萬年松逕雪深覆。一帶峰巒雲更遮。賓主穆時全是妄。君臣合處正中邪。還鄉曲調如何唱。明月堂前枯樹華。

杭州報恩光教寺の通辯明達禅師紹安(第四世住)。師が上堂して言った。「一句は神に染して万劫朽ちず。今日諸上座の為に一句を挙げん。分明に記取せよ、珍重。」僧が問うた。「大衆は側耳して聴く、師に吝かならざるを請う。」師が言った。「奇怪。」言った。「そうなればすなわち今日師に遇うを得た。」師が言った。「是れ何の言ぞや。」師は時に衆に示して言った。「幸いに樓臺地に匝うあり、常に祖印を提げん。妨げず諸上座参取せよ。久立珍重。」問うた。「どういうのが和尚の家風ですか。」師が言った。「一切の処に見成す。」言った。「そうなればすなわち古を亘ぎ今を亘ぐ。」師が言った。「閑言語を莫れ。」

迴機

福州廣平院の守威宗一禅師は福州侯官の人。西峰山に受業し、天臺を参じて旨を得た。国師は之に法衣を授けた。時に僧あって問うて言った。「大庾嶺頭にて提げ起こし得ず。どう師に伝授するか。」師は衣を拈げ起こして言った。「人敢えて天臺の得たりと道う者有るか。」時に呉越の忠懿王が徳に向かいて法を闡き住持するを命じ、師の名に署すや玄徒臻り萃まった。上堂して衆に示して言った。「達磨大師は云う、吾が法は三千年後に絲髮を移さずと。山僧は今日達磨の絲髮を移さず。先に達する者は共に相い証明せよ。もし未だ達せざる者は絲髮を移すな。」僧が問うた。「洪鐘の韻絶えて大衆筵に臨む。祖意西来、師に提唱を請う。」師が言った。「洪鐘の韻絶えて大衆筵に臨む。」問うた。「古人は云う、お前に任れて千聖我を見るに天真の仏有りと。どういうのが天真の仏ですか。」師が言った。「千聖は是れ弟。」問うた。「どういうのが廣平の家風ですか。」師が言った。「誰か受用せざらん。」師は後に怡山長慶に遷り住した。上堂して衆に謂うた。「経を開きて梵を作すを用いず、鈔を展げて科を牒るを用いず。まだ理論の処有るか無きか。設え理論の処有らば乃ち是れ方便の談。宗乗の事はどうか。」僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「いまだ曾て人の答え得る有らず。」言った。「師に方便を請う。」師が言った。「何ぞさらに問わざる。」師は後に長慶に終わった。

涅槃城裡尚猶危。陌路相逢沒定期。權掛垢衣雲是佛。卻裝珍御復名誰。木人夜半穿靴去。石女天明戴帽歸。萬古碧潭空界月。再三撈漉始應知。

杭州報恩光教寺第五世住の永安禅師は温州永嘉の人。姓は翁氏。幼歳に本郡の彙征大師について出家した。後唐天成中に本師に随いて国に入った。呉越忠懿王が征して僧正と為すを命じた。師は尤も俗務を喜ばず、潜かに閩川に往きて禅会に投ぜんと拟した。路岐の艱阻に属し、遂に天臺山に回りて茅を結びて止まった。尋いで韶国師に遇い開示して本心を頓悟し、乃ち辞して山を出た。征師は忠懿王に聞えた。初め命じて越州清泰院に住せしめ、次いで召して上寺に居らせ、正覺空慧禅師と署した。師が上堂して言った。「十方の諸仏は一時に雲のごとく集まり、諸上座と証明す。諸上座は諸仏と一時に証明す。まだ信ずるか。切に卜度を忌む。」僧が問うた。「四衆雲のごとく臻る、どう挙唱するか。」師が言った。「もし諸方に到れば切に錯挙するな。」言った。「但し学人のみならず大衆に頼りあり。」師が言った。「礼拝し著けよ。」僧が問うた。「五乗三蔵を委ねる者頗る多し。祖意西来、師に指示を乞う。」師が言った。「五乗三蔵。」言った。「向上にまだ事有るか無きか。」師が言った。「お前は却って霊利だ。」問うた。「どういうのが大いに佛事を作すか。」師が言った。「何を嫌うか。」言った。「そうなればすなわち親しく摩頂を承けて去る。」師が言った。「どの処に世尊を見るか。」問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「お前はこちらの辺に過ぎて立て。」僧が歩を移した。師が言った。「会するか。」言った。「会しません。」師は偈を示して曰く、

轉位

お前は西来の意を問う、且くこちらの辺に過ぎて立て。

披毛戴角入𮠔來。優缽羅華火裡開。煩惱海中為雨露。無明山上作雲雷。鑊湯爐炭吹教滅。劍樹刀山喝使摧。金鎖玄關留不住。行於異類且輪迴。

昨夜の三更の時、雨は虚空を打ちて湿す。

一色

電影は豁然として明らかなり、蚰蜒の急なるに似ず。

枯木巖前差路多。行人到此盡蹉跎。鷺鸞立雪非同色。明月蘆華不似他。了了了時無可了。玄玄玄處亦須訶。殷勤為唱玄中曲。空裡蟾光撮得麼。

師は開寶七年甲戌夏六月に示疾し、衆に告げて別れと為す。時に僧あって問うた。「昔日如来の正法は迦葉が親しく伝えた。いまだ和尚の玄風は百年の後どう体会するかを審らかにせず。」師が言った。「お前はどの処で迦葉を見て来たか。」言った。「そうなればすなわち信受奉行してこの旨を忘れず。」師が言った。「佛法はこの道理ではない。」言い訖りて坐亡した。寿六十四、臘四十四。すでに荼毘するも舌は壊れず、柔軟なること紅蓮の葉のごとし。今普賢道場の中に蔵す。師は華嚴の李長者の釋論の旨趣が宏奥なるを以て、因りて將て経に合わせて百二十卷を成し雕印して遍く天下に行わしめた。

雲頂山僧德敷詩十首

廣州光聖道場の師護禅師は閩越の人。天臺に於て法を得て化を嶺表に行った。国主の劉氏は師礼を以て待ち、大伽藍を創りて師に居らんを請うた。大義の号を署した。僧が問うた。「昔日梵王は仏を請い、今日国主筵に臨む。祖嗣西来、どう挙唱するか。」師が言った。「西来を要らず。山僧は已に挙唱し了んぬ。」言った。「豈に方便無きや。」師が言った。「さっき豈に是れ方便ならざらんや。」問うた。「国王三たび請いて光聖道場に坐せしむ。いまだ和尚の法嗣は何方かを審らかにせず。」師が言った。「一声の冬鼓に万戸斉しく窺う。」言った。「そうなればすなわち天臺の妙旨は光聖が親しく承く。」師が言った。「乱道するな。」問うた。「学人は乍ち叢林に入る、西来の妙訣を師に指示を乞う。」師が言った。「お前が未だ叢林に入らざるに我已に示し了んぬ。」言った。「どう領会しますか。」師が言った。「領会するを要らず。」

語默難測

杭州奉先寺の清昱禅師は永嘉の人。天臺国師に法を得た。呉越忠懿王が召し入れて道を問い、軍使の薛温に命じて西湖に大伽藍を建てて奉先と曰い、大仏の寶閣を建て、師を延請して居らせて宗旨を演暢せしめた。圓通妙覺禅師と署した。僧が問うた。「どういうのが西来の意ですか。」師が言った。「高声に挙げて大衆に似せよ。」師は開寶の中に本寺にて滅を示した。

閑坐冥然聖莫知。縱言無物比方伊。石人把板雲中拍。木女含笙水底吹。若道不聞渠未曉。欲尋其響爾還疑。教君唱和仍須和。休問宮商竹與絲。

台州天臺山紫凝普聞寺の智勤禅師。僧が問うた。「どういうのが空手に把へる鋤頭ですか。」師が言った。「ただそう諦信せよ。」言った。「どういうのが歩行に騎る水牛ですか。」師が言った。「お前は自ら何れより来るか。」師に頌ありて衆に示して曰く、

祖教逈異

今年五十五、脚いまだ寸土を踏まず。

祖意逈然傳一句。教中廣布引三乘。淨名倒嶽雷聲吼。鶖子孤潭月影澄。𮠔市賣魚忘進趣。巖林飼虎望超升。雖知同體權方便。也似炎天日裡燈。

山河は是れ眼睛、大海は是れ我が肚。

學雖得妙

太平興國四年に例の僧経業を試す。山門の老宿各々法名を写す。唯だ師は書札に閑えず。時に通判の李憲が禅師に問うた。「世尊はまだ書を解するか否か。」師が言った。「天下の人知る。」淳化初に至りて疾せずして侍僧に浴を開かしめ、浴び訖りて徒衆に誡を垂れ安坐して逝した。本山に塔す。三年後門人が塔を遷し、龕を発して師の全身散ぜざるを睹る。容儀儼若として髭髮なお長し。迎えて新塔に入れた。

棲心學道數如塵。認得曹谿有幾人。若使聖凡無罣礙。便應甎瓦是修真。瞥然一念邪思起。已屬多生放逸因。不遇祖師親指的。臨機開口卒難陳。

温州雁蕩山の願齊禅師は銭塘の人。姓は江氏。少くして水心寺の紹巖禅師について出家受具した。初め智者の教を習い止觀圓融の行門を精研し、後に天臺国師を参じて玄奥を発明した。乃ち雁蕩山に住した。開寶五年に呉越王の長子が西關に光慶寺を建て師に法を開き住持するを請い、仍ねて城下の諸の禅衆の中に名行を訪求すること三百人、同じく新寺に入れた。師が上堂すれば僧あって問うた。「夜月は光を舒ぶるに、なぜ碧潭に影無しか。」師が言った。「作家の影を弄ぶ漢。」その僧は東より西に過ぎて立った。師が言った。「唯だ影を弄ぶのみならず兼ねて頭を怖る。」師は之に居ること未几にして固く辞して山に入った。太平興國の中に滅を示した。

問來祇對不得

杭州普門寺の希辯禅師は蘇州常熟の人。幼くして出家し本邑延福院の啓祥禅師に礼して落髪具戒し、楞伽山に詣りて律を聴き、尋いで天臺に謁して心印を受けた。乾德初に呉越忠懿王が命じて越州清泰院に住せしめ、慧智禅師と署した。開寶中に復た召し入れて普門寺に居らせた(即ち第二世住)。師が上堂して言った。「山僧は素より知見乏しく、また聞持寡し。頃は山中に侍坐すと雖も、和尚もまた一句の開示を蒙らず。以て今諸の仁者と聚会するに至り、さらに一法も相助発すべき無し。況して能く諸の仁者の為に緇素を区別し古今を商量せんや。まだ山僧を怪しむを得るか。もし怪しむ者有らば且く道え。この人は眼を具するか具せざるか、賓主の義有るか無きか。晚学の初機は必ず須く審細なるべし。」時に僧が問うた。「どういうのが普門の神通を示現する事ですか。」師が言った。「そうなればすなわち闍梨は老僧を怪しむ。」言った。「怪しまざる時はいかに。」師が言った。「お前は且く堂の裏に下りて思惟して去れ。」太平興國三年に呉越王が覲に入り、師は寶塔に随って至り滋福殿に見えた。紫を賜い慧明大師と号す。端拱中に言上して故里に還らんことを願い、詔は之に從い御製の詩を賜った。及んで忠懿王が金を施し、常熟の本山院に甎の浮圖七級を創り、高さ二百尺。功すでに就き、至道三年八月二十五日に示疾して逝した。寿七十七、臘六十三。院の西北隅に塔す。

莫誇祇對句分明。執句尋言誤殺卿。只合文殊便是道。虧他居士杳無聲。見人須棄敲門物。知路仍忘堠子名。儻若不疑言會盡。何妨默默默浮生。

杭州光慶寺の遇安禅師は銭塘の人。姓は沈氏。丱歳に出家し、天臺華頂峰に於て庵主の重蕭に礼して披剃し年に依りて具を受けた。尋いで本山の韶国師に遇い宗旨を密契した。乾德中に呉越忠懿王が命じて北關の傾心院に住せしめ、また召し入れて天龍寺に居らせた。開寶七年甲戌に安僖王が請うて光慶寺に衆を攝せしめ、善智禅師と署した。初め上堂せしとき僧あって問うた。「無價の寶珠、師に分付を請う。」師が言った。「善く吐露する能し。」言った。「そうなればすなわち人人具足。」師が言った。「珠はどの処に在るか。」僧は乃ち礼拝した。師が言った。「また是れ虚言。」問うた。「綱を提げ領を挙げて尽く主賓を立つ。どういうのが主ですか。」師が言った。「深くこの問いを委ねる。」言った。「どういうのが賓ですか。」師が言った。「さっきお前に何を道ったか。」言った。「賓主道合する時はいかに。」師が言った。「その令は行われず。」問うた。「心月孤圓にして光は万象を呑む。どういうのが万象を呑む光ですか。」師が言った。「大衆は総てお前がそうするを見る。」問うて言った。「光の万象を呑むは師の道心に從う。月孤圓の意はいかに。」師が言った。「精神を抖擻し著けよ。」言った。「鷺の雪巢に倚るはなお辨すべきも、光の万象を呑む事は明らめ難し。」師が言った。「謹んで退れ。」問うた。「青山緑水処処分明。和尚の家風、一句を垂れんを乞う。」師が言った。「尽くお前に道われ了んぬ。」言った。「未だ必ずしも斯くのごとからず、師に答話を請う。」師が言った。「閑言を用いず。」また一の僧方に礼拝す。師が言った。「問答俱に備われり。」僧が問いを伸べんと拟す。師は乃ち之を叱った。師は時に衆に示して言った。「曹溪の旨を識らんと欲せば、雲は前面の山を飛ぶ。分明に真実の個、用いて別に追攀せず。」問うた。「古德に言有ると承る、井底に紅塵生じ山頭に波浪起つと。いまだこの意はいかなるかを審らかにせず。」師が言った。「もし諸方に到ればただそう問え。」言った。「和尚の意旨はいかに。」師が言った。「さっきお前に何を道ったか。」師はまた言った。「古今相承けて皆云う、塵は井底に生じ浪は山頭に起つ。結子は空華、生児は石女と。さあどう会するか。和声に事を送り物に就いて心を呈し、句裏に鋒を蔵し声前に全く露すか。莫れや是れ名有りて体無く異に唱えて玄を譚るか。上座自ら会せば則ち古人の意旨を得。不然なればすでにそう会し得ず、合いどう会すべきか。上座は会せんと欲するか。ただ泥牛の行く処に陽焰波を翻し、木馬の嘶く時に空華影を墜すを看よ。聖凡かくのごとし、道理分明。何ぞ久立を須いん、珍重。」太平興國三年に寶塔に随いて滋福殿に見えた。紫を賜い朗智大師と号す。淳化初に光慶の旧寺に還った。三年九月二十一日に寂に歸した。

無指的

天臺山般若寺の友蟾禅師は銭塘臨安の人。幼歳に出家し、本邑東山の朗瞻院にて度を得た。天臺国師の盛化を聞き、遠く函丈に趨りて心地を密印した。初め命じて雲居普賢院に住せしめ、僧侣咸く凑る。呉越忠懿王は慈悟禅師と署した。上寺に遷り止まり衆五百に盈つ。僧が問うた。「鼓声才かに動いて大衆雲のごとく臻る。向上の宗乗、師に挙唱を請う。」師が言った。「お前の何を虧くか。」言った。「そうなればすなわち人人尽く恩に沾って去る。」師が言った。「乱道するな。」雍熙三年に山門の大衆を以て受業の弟子隆一に付して踵を継ぎて法を開かしめ、淳化初に至りて滅を示した。本山に歸葬した。

不居南北與東西。上下虛空豈可齊。現小毛頭猶道廣。變長天外尚嫌低。頓乾四海紅塵起。能竭三塗黑業迷。如此萬般皆屬壞。更須前進問曹谿。

婺州智者寺の全肯禅師。初め天臺を参じた。天臺が問うた。「お前は何と名づくか。」言った。「全肯。」天臺が言った。「個の何を肯んずるか。」師は乃ち礼拝した。住して後に僧あって問うた。「人肯んぜざる有り、師はまだ甘んずるか否か。」師が言った。「もし人の問わば我則ち伊に向かって道わん。」師は太平興國中に住持を法嗣の弟子紹忠に付して世を継ぎて法を説かしめ、尋いで本寺に於て寂に歸した。

自樂僻執

福州玉泉の義隆禅師。上堂して言った。「山河大地は尽く諸人の眼睛の裏に在り。何によって会すると会せずと説くか。」時に僧あって問うて言った。「山河大地は眼睛の裏。師は今さらに誰に指歸せんと欲するか。」師が言った。「ただ上座の去処分明なるが為。」言った。「もし上来してこの問いを伸べざれば、焉んぞ方便の虚しく施さざるを知らん。」師が言った。「依稀として曲に似て才かに聴くに堪え、また風に吹かれて別調の中。」

雖然僻執不風流。懶出松門數十秋。合掌有時慵問佛。折腰誰肯見王侯。電光夢世非堅久。慾火蒼生早晚休。自蘊本來靈覺性。不能暫使掛心頭。

杭州龍冊寺第五世住の晓榮禅師は温州白鹿の人。姓は鄧氏。幼くして瑞鹿寺について出家登戒した。天臺国師の盛化を聞き、遂に山に入りて参礼して心法を受けた。初め杭州富陽の淨福院に住し、後に龍冊寺に住した。二処皆徒を聚めて法を開いた。僧が問うた。「祖祖相伝う、いまだ和尚は阿誰に伝うかを審らかにせず。」師が言った。「お前はまだ祖を識り得るか否か。」僧の慧文が問うた。「どういうのが真実の沙門ですか。」師が言った。「お前は慧文。」問うた。「どういうのが般若の大神珠ですか。」師が言った。「般若の大神珠は形を分かちて万億の躯、塵塵に妙体を彰し刹刹に盡く毘盧。」問うた。「日用の事はいかに。」師が言った。「一念は沙界を周し、日用は万般に通ず。湛然として常に寂滅し、常に自家の風を轉ず。」師はある日妙善臺に坐して大衆の小参を受けた。僧あって問うた。「向上の事は則ち問わず、どういうのが妙善臺中の的々の意か。」師が言った。「もし諸方に到れば分明に挙げて似せよ。」言った。「そうなればすなわち雲は山を出づる勢有り、水は澗に投ぐる声無し(底本は「㵎」に作る)。」師は乃ち之を叱った。師は淳化元年庚寅八月二十九日に秀州靈光寺淨土院に於て寂に歸した。預め門人に告げて書を致し同道に辞した。寿七十一、臘五十六。

問答須知起倒

杭州臨安縣功臣院の慶蕭禅師。僧が問うた。「どういうのが功臣の家風ですか。」師が言った。「明暗色空。」言った。「そうなればすなわち諸法無生として去る。」師が言った。「お前は何を諸法と喚ぶか。」師は乃ち頌して曰く、

問答須教知起倒。龍頭蛇尾自欺謾。如王秉劍猶王意。似鏡當臺待鏡觀。眨眼參差千里莽。低頭思慮萬重灘。各於此道爭深見。何啻前程作野幹。

功臣の家風、明暗色空。法法は異ならず、

言行相扶

心心自ずから通ず。そう会得せば、諸仏の真宗。

言語行時不易行。如烏如兔兩光明。寧關晝夜精勤得。非是貪瞋懈怠生。菩薩尚猶難說到。聲聞焉敢擬論評。然無地位長閑坐。誰料龍神來捧迎。

越州称心の敬琎禅師。僧が問うた。「囊装を結束す、師に分付を請う。」師が言った。「諱むな。」言った。「どの処が和尚を孤負するか。」師が言った。「却是れお前が我を孤負す。」師は後に杭州保安院に遷り住して滅を示した。

一句子

福州嚴峰の師術禅師。初めて堂を開き座に升る。時に極樂和尚あって問うて言った。「大衆は颙望す、請うて法雷を震わん。」師が言った。「大衆はまだ会するか、まだ辨じ得るか。今日は霊山と異ならず。乃至諸仏の国土・天上人間は総て皆かくのごとし。古を亘ぎ今を亘ぎて常に変異無し。どう変異無きの道理を会するか。もし会得せばゆえに道う、無辺の刹境は自他毫端に隔たらず、十世の古今は始終当念に移らずと。」問うた。「霊山の一会は迦葉が親しく聞いた。今日の嚴峰の一会は誰が聞く者か。」師が言った。「問う者は弱からず。」問うた。「どういうのが文殊ですか。」師が言った。「来る処甚だ分明。」

一句子玄不可盡。颯然會了奈渠何。非幹世事成無事。祖教心魔是佛魔。貧子喻中明此道。獻珠偈裡顯張羅。空門有路平兼廣。痛切相招誰肯過。

潞州華嚴の慧達禅師。僧が問うた。「どういうのが古仏の心ですか。」師が言った。「山河大地。」問うた。「どういうのが華嚴の境ですか。」師が言った。「満目に形影無し。」

古今大意

晡時申。道を学ぶには先ず貧を厭わざるを須う。有相は本來權に積聚し、無形は何を用いて真を安んぜんと要せん。淨潔を作し、却って神を労す。愚痴を認めて近隣と作す莫れ。言の下に求めず処所無し、暫時に出家人と喚び出だす。

古今以拂示東南。大意幽微肯易參。動指掩頭元是一。斜眸拊掌固非三。道吾無笏同人會。石鞏彎弓作者諳。此理若無師印授。欲將何見語玄談。

日入酉。虛幻の聲音は終に久しからず。禅悦珍羞もなお餮せず、誰か能くさらに無明の酒を飮まん。抛つべきを沒し、守る物無し。蕩蕩として逍遥してかつて有らず。縱いお前が多聞古今に達すとも、また是れ痴狂の外辺を走る。

僧潤詩三首

黄昏戌。狂子は功を興して暗室に投ず。仮使心の無量の時に通ずとも、歷劫に何曽て今日に異ならん。商量せんと拟して、却って啾唧す。轉じて心頭を黑漆のごとくせしむ。晝夜に光を舒べて有無を照らせば、癡人はこれを波羅蜜と喚ぶ。

因覽寶林傳

人定亥。勇猛精進して懈怠と成す。纖毫の修学の心を起こさず、無相の光中に常に自在なり。釋迦を超え、祖代を越ゆ。心に微塵有れば還って窒礙す。廓然として事無くして頓に清閑なり、他家自ら通人の愛有り。

祖月禪風集寶林。二千餘載道堪尋。雖分西國與東國。不隔人心到佛心。迦葉最初傳去盛。慧能末後得來深。覽斯頓悟超凡眾。嗟彼常迷古與今。

夜半子。心を無生に住せば即ち生死。生死は何曽て有無に屬せん、用の時は便ち用いて文字を沒す。祖師の言は、外辺の事。起こる時を識り取れば還って是れに非ず。意を作して實を搜し求むるも蹤を沒せば、生死の魔の來るに試みるに任せよ。

贈道者

鶏鳴丑。一顆の圓珠は明らかなること已に久し。內外推尋して覓むるも總て無く、境上に施為して渾く大いに有り。頭を見ず、また手無し。世界壞るる時、渠朽ちず。未了の人は一言を聽け、ただこの如今誰か口を動かす。

一語真空出世間。可憐迷者蟾循環。此生勝坐三禪樂。好句長吟萬事閑。秋月圓來看盡夜。野雲散去落何山。到頭自了方為了。休執他經扣祖關。

志公和尚の十四科頌

贈禪客

菩提煩惱不二

了妄歸真萬慮空。河沙凡聖體通同。迷來盡似蛾投焰。悟去皆如鶴出籠。片月影分千㵎水。孤松聲任四時風。直須密契心心地。休苦勞生睡夢中。

衆生は道を修することを解せず、便ち煩惱を斷除せんと欲す。煩惱は本來空寂、道を將てさらに道を覓めんと欲す。一念の心即是れ、何ぞ須らく別の處に尋ね討たん。大道は曉として目前に在り、迷倒の愚人は了らず。佛性は天真自然にして、また因緣の修造無し。三毒の虛假を識らず、妄りに沈浮の生老を執す。昔時は迷日(一に未と作す)を為りて晚しと為し、今日始めて覺えて早からざるに非ず。

持犯不二

丈夫の運用は礙無く、戒律に制せられず。持犯は本より自ら生無し、愚人は他に禁繫せらる。智者は造作皆空、聲聞は途に觸れて滯と為る。大士の肉眼は圓通し、二乗の天眼は翳有り。空中に妄りに有無を執し、色心の礙無きに達せず。菩薩は俗と同居して、清淨かつて世に染めず。愚人は涅槃を貪著し、智者は生死の實際。法性は空にして言説無く、緣起は略して人子無し(一の本は茲の偈と作す)。百歳に智無き小兒、小兒に智有りて百歳。

銘記箴歌

佛と衆生不二

傅大士心王銘

衆生と佛とは殊無く、大智も愚に異ならず。何ぞ須らく外に向かいて寶を求めん、身田自ら明珠有り。正道邪道は二ならず、凡聖の途に同じきを了知す。迷悟は本より差別無く、涅槃生死は一如なり。究竟攀緣は空寂にして、惟だ意想の清虛を求む。一法の得べき有ること無し、翛然として自ら無餘に入る。

三祖僧璨大師信心銘

事理不二

牛頭山初祖法融禪師心銘

心王は自在翛然として、法性は本より十纏無し。一切は佛事ならざる無し、何ぞ須らく念を攝めて坐禅せん。妄想は本來空寂、攀緣を斷除するを用いず。智者は心無くして得べければ、自然に争無く喧無し。無為の大道を識らざれば、何の時にか幽玄を證するを得ん。佛と衆生とは一種、衆生即是れ世尊。凡夫は妄りに分別を生じ、無中に有を執して迷奔す。貪瞋の空寂を了達すれば、何の處にか真門ならざらん。

僧亡名息心銘

靜亂不二

菩提達磨略辨大乘入道四行(弟子曇琳序)

聲聞は喧を厭いて靜を求む、なお面を棄てて餠を求むるがごとし。餠は從來是れ面、造作は人に随いて百變す。煩惱即是れ菩提、心無き即是れ境無し。生死は涅槃に異ならず、貪瞋は焰のごとく影のごとし。智者は心無くして佛を求めず、愚人は邪を執り正を執す。徒らに一生を空しく過し、如来の妙頂を見ず。淫欲の性空を了達すれば、鑊湯爐炭は自ら冷えん。

荷澤大師顯宗記

善惡不二

南嶽石頭大師參同契

我が自身心は快樂にして、翛然として善無く惡無し。法身は自在にして方無く、目に觸るは正覺ならざる無し。六塵は本來空寂、凡夫は妄りに執著を生ず。涅槃生死は平等、四海に阿誰か厚薄せん。無為の大道は自然、心を將て度を畫くを用いず。菩薩は散誕靈通にして、作す所は常に妙覺を含む。聲聞は法を執して坐禅す、蚕の絲を吐きて自ら縛るがごとし。法性は本來圓明、病愈えて何ぞ須らく藥を執せん。諸法の平等を了知して、翛然として清虛快樂なり。

五臺山鎮國大師澄觀答皇太子問心要

色空不二

杭州五雲和尚坐禪箴

法性は本より青黄無く、衆生は谩に文章を造る。吾我は他に止觀を説きて、自ら意擾擾として颠狂す。圓通の妙理を識らざれば、何の時にか真常に會するを得ん。自ら疾は治療する能わずして、却って他人に藥方を教う。外を看れば將に是れ善と為すも、心內はなお豺狼のごとし。愚人はその地獄を畏れ、智者は天堂に異ならず。境に對して心常に起こらず、足を舉ぐるは皆是れ道場。佛と衆生とは二ならず、衆生は自ら分張を作す。もし三毒を除却せんと欲せば、迢迢として災殃を離れず。智者は心是れ佛と知り、愚人は西方に往くを樂む。

永嘉真覺大師證道歌

生死不二

騰騰和尚了元歌

世間の諸法は幻のごとく、生死はなお雷電のごとし。法身は自在にして圓通し、山河を出入りて間無し。颠倒妄想は本より空、般若は迷無く乱無し。三毒は本より自ら解脱す、何ぞ須らく念を攝めて禅觀せん。ただ愚人の了らざるが為のみ、他に從いて戒律の決斷せらる。寂滅の真如を識らざれば、何の時にか彼岸に登るを得ん。智者は斷ずべき惡無し、運用は心に随いて合散す。法性は本來空寂、生死に絆せられず。もし煩惱を斷除せんと欲せば、これ是れ無明の癡漢。煩惱即是れ菩提、何を用いて別に禅觀を求めん。實際は佛無く魔無く、心體は形無く段無し。

南嶽懶瓚和尚歌

斷除不二

石頭和尚草菴歌

丈夫は運用堂堂、逍遥自在にして妨げ無し。一切も害と為す能わず、堅固なればなお金剛のごとし。二辺中道に著かず、翛然として斷に非ず常に非ず。五欲貪瞋は是れ佛、地獄は天堂に異ならず。愚人は妄りに分別を生じ、生死を流浪して猖狂す。智者は色に達して礙無し、聲聞は回惶ならざる無し。法性は本より瑕翳無く、衆生は妄りに青黄を執す。如来は迷愚を引接して、あるいは地獄天堂を説く。彌勒は身中自ら有り、何ぞ須らく別の處に思量せん。真如の佛像を棄却して、この人即是れ颠狂。聲聞は心中了らず、唯だただ言章に趁逐す。言章は本より真道に非ず、轉じて鬥争剛強を増う。心裏は蚖蛇蝮蝎、螫き著けば便ち即ち傷を遭う。文中の義を取るを解せざれば、何の時にか真常に會するを得ん。死して無間地獄に入り、神識は枉げて災殃を受く。

道吾和尚樂道歌

真俗不二

一缽歌(別錄雲杯渡禪師作)

法師は法を説くこと極めて好し、心中は煩惱を離れず。口に文字を談じて他を化すも、轉じてさらに他の生老を增ず。真妄は本來二ならず、凡夫は妄を棄てて道を覓む。四衆は雲集して講を聽き、高座は義を論じて浩浩たり。南座北座は相い争い、四衆は言を為して好と為す。口に甘露を談ずと雖も、心裏は尋常に枯燥す。自己は元より一錢無く、日夜に他の珍寶を數う。恰似たり智無き愚人の、真金を棄却して草を擔ぐに。心中の三毒は捨てず、いまだ何の時にか道を得んを審らかにせず。

樂普和尚浮漚歌

解縛不二

蘇谿和尚牧護歌

律師は律を持して自ら縛る、自ら縛ればまた能く他を縛る。外は威儀恬靜を作すも、心內は恰似たり洪波。生死の船筏を駕せざれば、如何に愛河を度るを得ん。真宗の正理を解せず、邪見の言辭は繁多なり。二の比丘有りて律を犯し、便ち却りて優波に往きて問う。優波は律に依りて罪を説き、轉じて比丘の網羅を增ず。方丈の室中の居士、維摩は便ち即ち來りて呵す。優波は默然として對無し、淨名は法を説きて過無し。而るに彼の戒性は空のごとく、娑婆の內外に在らず。生滅を勸除するも肯んぜざれば、忽ち悟りて還って釋迦に同じ。

法燈禪師古鏡歌三首

境照不二

潭州龍會道尋遍參三昧歌

禅師の體は無明を離る、煩惱は何の處よりか生ぜん。地獄天堂は一相、涅槃生死は空名。また斷ずべき貪瞋無く、また成ずべき佛道無し。衆生と佛とは平等、自然に聖智惺惺なり。六塵に染められず、句句獨り無生に契う。正覺は一念に玄解し、三世は坦然として皆平なり。法に非ず律に非ず自ら制して、翛然として真に圓成に入る。この四句百非を絶ち、空のごとく作無く依無し。

丹霞和尚翫珠吟二首

運用無礙

關南長老獲珠吟

我今滔滔として自在、公王卿宰を羨まず。四時はなお金剛のごとく、苦樂に心常に改まらず。法寶は須彌に喻え、智慧は江海に廣し。八風に牽かれず、また精進懈怠無し。性に任せて沈浮すれば颠のごとく、散誕縱横自在なり。遮莫刀劍頭に臨むとも、我自ら安然として採らず。

香嚴和尚勵覺吟歸寂吟二首

迷悟不二

韶山和尚心珠歌

迷う時は空を以て色と為し、悟れば即ち色を以て空と為す。迷悟は本より差別無く、色空は究竟して還って同じ。愚人は南を喚びて北と作し、智者は西東無きに達す。如来の妙理を覓めんと欲せば、常に一念の中に在り。陽焰は本よりその水に非ず、渴鹿は狂って匆匆に趁う。自身は虛假にして實ならず、空を將てさらに空を覓めんと欲す。世人の迷倒は甚しきに至り、犬の雷に吠うるがごとく轟轟たり。

傅大士心王銘

歸宗至真禅師智常の頌一首

觀心空王玄妙難測。無形無相有大神力。能滅千災成就萬德。體性雖空能施法則。觀之無形呼之有聲。為大法將心戒傳經。水中鹽味色裡膠清。決定是有不見其形。心王亦爾。身內居停面門出入。應物隨情自在無礙。所作皆成。了本識心識心見佛。是心是佛是佛是心。念念佛心佛心念佛。欲得早成戒心自律。淨律淨心心即是佛。除此心王更無別佛。欲求成佛莫染一物。心性雖空貪瞋體實。入此法門端坐成佛。到彼岸已得波羅蜜。慕道真士自觀自心。知佛在內不向外尋。即心即佛即佛即心。心明識佛曉了識心。離心非佛離佛非心。非佛莫測無所堪任。執空滯寂於此漂沈。諸佛菩薩非此安心。明心大士悟此玄音。身心性妙用無更改。是故智者放心自在。莫言心王空無體性。能使色身作邪作正。非有非無隱顯不定。心性離空能凡能聖。是故相勸好自防慎剎邦造作還復漂沈。清淨心智如世黃金。般若法藏並在身心。無為法寶非淺非深。諸佛菩薩了此本心。有緣遇者非去來今。

歸宗は事理絶えり。日輪は正に午に當たる。自在なこと師子のごとく、物に依怙せず。四山の頂に獨り步し、三大路に優游す。欠呿すれば飛禽墮ち、嚬呻すれば衆邪怖る。機は竪れば箭及び易く、影は沒すれば手覆い難し。施張するは工伎のごとく、裁剪するは尺度のごとし。巧みに万般の名を鏤るも、歸宗は還って土に似たり。語默の音聲絶え、旨は妙にして情措け難し。個の眼を棄てば還って聾く、個の耳を取れば還って瞽なり。一鏃は三關を破り、分明なり箭後の路。憐れむべし大丈夫、先天に心祖と為る(体字函の『涅槃経』二十七卷に、真の師子王は晨朝に穴を出で、嚬呻欠呿す)。

三祖僧璨大師信心銘

香嚴襲燈大師智閑の頌一十九首

至道無難唯嫌揀擇。但莫憎愛洞然明白。豪釐有差天地懸隔。欲得現前莫存順逆。違順相爭是為心病。不識玄旨徒勞念靜。圓同太虛無欠無餘。良由取捨所以不如。莫逐有緣勿住空忍。一種平懷泯然自盡。止動歸止止更彌動。唯滯兩邊寧知一種。一種不通兩處失功。遣有沒有從空背空。多言多慮轉不相應。絕言絕慮無處不通。歸根得旨隨照失宗。須臾返照勝卻前空。前空轉變皆由妄見。不用求真唯須息見。二見不住慎莫追尋。才有是非紛然失心。二由一有一亦莫守。一心不生萬法無咎。無咎無法不生不心。能隨境滅境逐能沈。境由能境能由境能。欲知兩段元是一空。一空同兩齊含萬象。不見精麁寧有偏黨。大道體寬無易無難。小見狐疑轉急轉遲。執之失度必入邪路。放之自然體無去住。任性合道逍遙絕惱。繫念乖真昏沈不好。不好勞神何用疎親。欲取一乘勿惡六塵。六塵不惡還同正覺。智者無為愚人自縛。法無異法妄自愛著。將心用心豈非大錯。迷生寂亂悟無好惡。一切二邊良由斟酌。夢幻虛華何勞把捉。得失是非一時放卻。眼若不睡諸夢自除。心若不異萬法一如。一如體玄兀爾忘緣。萬法齊觀歸復自然。泯其所以不可方比。止動無動動止無止。兩既不成一何有爾。究竟窮極不存軌則。契心平等所作俱息。狐疑盡淨正信調直。一切不留無可記憶。虛明自照不勞心力。非思量處識情難測。真如法界無他無自。要急相應唯言不二。不二皆同無不包容。十方智者皆入此宗。宗非促延一念萬年。無在不在十方目前。極小同大忘絕境界。極大同小不見邊表。有即是無無即是有。若不如此必不須守。一即一切一切即一。但能如是何慮不畢。信心不二不二信心。言語道斷非去來今。

授指

牛頭山初祖法融禪師心銘

景德伝燈録巻第二十四

心性不生何須知見。本無一法誰論燻鍊。往返無端追尋不見。一切莫作明寂自現。前際如空知處迷宗。分明照境隨照冥濛。一心有滯諸法不通。去來自爾胡假推窮。生無生相生照一同。欲得心淨無心用功。縱橫無照最為微妙。知法無知無知知要。將心守靜猶未離病。生死忘懷即是本性。至理無詮非解非纏。靈通應物常在目前。目前無物無物宛然。不勞智鑒體自虛玄。念起念滅前後無別。後念不生前念自絕。三世無物無心無佛。眾生無心依無心出。分別凡聖煩惱轉盛。計校乖常求真背正。雙泯對治湛然明淨。不須功巧守嬰兒行。惺惺了知見網轉彌。寂寂無見暗室不移。惺惺無妄寂寂明亮。萬象常真森羅一相。去來坐立一切莫執。決定無方誰為出入。無合無散不遲不疾。明寂自然不可言及。心無異心不斷貪淫。性空自離任運浮沈。非清非濁非淺非深。本來非古見在非今。見在無住見在本心。本來不存本來即今。菩提本有不須用守。煩惱本無不須用除。靈知自照萬法歸如。無歸無受絕觀忘守。四德不生三身本有。六根對境分別非識。一心無妄萬緣調直。心性本齊同居不攜。無生順物隨處幽棲。覺由不覺即覺無覺。得失兩邊誰論好惡。一切有為本無造作。知心不心無病無藥。迷時捨事悟罷非異。本無可取今何用棄。謂有魔興言空象備。莫滅凡情唯教息意。意無心滅心無行絕。不用證空自然明徹。滅盡生死冥心入理。開目見相心隨境起。心處無境境處無心。將心滅境彼此由侵。心寂境如不遣不拘。境隨心滅心隨境無。兩處不生寂靜虛明。菩提影現心水常清。德性如愚不立親疎。寵辱不變不擇所居。諸緣頓息一切不憶。永日如夜永夜如日。外似頑嚚內心虛真。對境不動有力大人。無人無見無見常現。通達一切未嘗不遍。思惟轉昏汩亂精魂。將心止動轉止轉奔。萬法無所唯有一門。不入不出非靜非諠。聲聞緣覺智不能論。

吉州青原山の行思禅師第八世七十四人

實無一物妙智獨存。本際虛沖非心所窮。正覺無覺真空不空。三世諸佛皆乘此宗。此宗豪末沙界含容。一切莫顧安心無處。無處安心虛明自露。寂靜不生放曠縱橫。所作無滯去住皆平。慧日寂寂定光明明。照無相苑朗涅槃城。諸緣忘畢詮神定質。不起法座安眠虛室。樂道恬然優遊真實。無為無得依無自出。四等六度同一乘路。心若不生法無差互。知生無生現前常住。智者方知非言詮悟。

漳州羅漢院の桂琛禅師の法嗣七人 金陵清涼の文益禅師

僧亡名息心銘

襄州清谿の洪進禅師

法界有如意寶。人焉久緘其身。銘其膺曰。古之攝心人也。戒之哉戒之哉。無多慮無多知。多知多事不如息意。多慮多失不如守一。慮多志散知多心亂。心亂生惱志散妨道。勿謂何傷其苦悠長。勿言何畏其禍鼎沸。滴水不停四海將盈。纖塵不拂五嶽將成。防末在本雖小不輕。關爾七竅閉爾六情。莫視於色莫聽於聲。聞聲者聾見色者盲。一文一藝空中小蚋。一伎一能日下孤燈。英賢才藝是為愚蔽。捨棄淳樸耽溺淫麗。識馬易奔心猿難制。神既勞役形必損斃。邪行終迷修途永泥。莫貴才能日益惛瞢。誇拙羨巧其德不弘。名厚行薄其高速崩。內懷憍伐外致怨憎。或談於口或書於手。邀人令譽亦孔之醜。凡謂之吉聖謂之咎。賞翫暫時悲哀長久。畏影畏跡逾遠逾極。端坐樹陰跡滅影沈。厭生患老隨思隨造。心想若滅生死長絕。不死不生無相無名。一道虛寂萬物齊平。何貴何賤何辱何榮。何勝何劣何重何輕。澄天愧淨皎日慚明。安夫岱嶺同彼金城。敬貽賢哲斯道利貞。

金陵清涼の休復禅師

菩提達磨略辨大乘入道四行(弟子曇琳序)

撫州龍済の紹修禅師

法師者。西域南天竺國。是大婆羅門國王第三之子也。神慧疎朗聞皆曉悟。志存摩訶衍道。故捨素從緇紹隆聖種。冥心虛寂通鑒世事。內外俱明德超世表。悲誨邊隅正教陵替。遂能遠涉山海遊化漢魏。忘心之士莫不歸信。存見之流乃生譏謗。於時唯有道育慧可。此二沙門年雖後生俊志高遠。幸逢法師事之數載。虔恭諮啟善蒙師意。法師感其精誠。誨以真道。令如是安心如是發行如是順物如是方便。此是大乘安心之法令無錯謬。如是安心者壁觀。如是發行者四行。如是順物者防護譏嫌。如是方便者遣其不著。此略序所由雲爾。

杭州天龍寺の秀禅師

夫入道多途。要而言之不出二種。一是理入。二是行入。理入者。謂藉教悟宗。深信含生同一真性。但為客塵妄想所覆不能顯了。若也捨妄歸真凝住壁觀。無自無他凡聖等一堅住不移。更不隨於文教。此即與理冥符無有分別。寂然無為名之理入。行入者。謂四行。其餘諸行悉入此中。何等四耶。一報冤行。二隨緣行。三無所求行。四稱法之行。云何報冤行。謂修道行人若受苦時當自念言。我從往昔無數劫中棄本從末流浪諸有。多起冤憎違害無限。今雖無犯是我宿殃惡業果熟。非天非人所能見與。甘心忍受都無冤訴。經云。逢苦不憂。何以故。識達故。此心生時與理相應。體冤進道故說言報冤行。二隨緣行者。眾生無我並緣業所轉。苦樂齊受皆從緣生。若得勝報榮譽等事。是我過去宿因所感今方得之。緣盡還無何喜之有得失從緣心無增減。喜風不動冥順於道。是故說言隨緣行也。三無所求行者。世人長迷處處貪著。名之為求。智者悟真理將俗反。安心無為形隨運轉。萬有斯空無所願樂。功德黑暗常相隨逐。三界久居猶如火宅。有身皆苦誰得而安。了達此處故捨諸有息想無求。經云。有求皆苦無求乃樂。判知無求真為道行。故言無所求行也。四稱法行。性淨之理目之為法。此理眾相斯空無染無著無此無彼。經云。法無眾生。離眾生垢故。法無有我。離我垢故。智者若能信解此理。應當稱法而行。法體無慳。於身命財行檀捨施心無悋惜。達解三空不倚不著。但為去垢稱化眾生而不取相。此為自行。復能利他。亦能莊嚴菩提之道。檀施既爾。餘五亦然。為除妄想修行六度而無所行。是為稱法行。

潞州延慶の伝殷禅師

荷澤大師顯宗記

衡嶽南臺の守安禅師(以上七人、録に見ゆ)

無念為宗無作為本。真空為體妙有為用。夫真如無念非想念而能知實相。無生豈色心而能見。無念念者即念真如。無生生者即生實相。無住而住常住涅槃。無行而行即超彼岸。如如不動動用無窮。念念無求求本無念。菩提無得淨五眼而了三身。般若無知運六通而弘四智。是知即定無定。即慧無慧。即行無行。性等虛空體同法界。六度自茲圓滿。道品於是無虧。是知我法體空有無雙泯。心本無作道常無念。無念無思無求無得。不彼不此不去不來。體悟三明心通八解。功成十力富有七珍。入不二門獲一乘理。妙中之妙即妙法身。天中之天乃金剛慧。湛然常寂應用無方。用而常空空而常用。用而不有即是真空。空而不無便成妙有。妙有即摩訶般若。真空即清淨涅槃。般若是涅槃之因。涅槃是般若之果。般若無見能見涅槃。涅槃無生能生般若。涅槃般若名異體同。隨義立名故云法無定相。涅槃能生般若即名真佛法身。般若能建涅槃。故號如來知見。知即知心空寂。見即見性無生。知見分明不一不異。故能動寂常妙理事皆如如。即處處能通達。即理事無礙。六根不染即定慧之功。六識不生即如如之力。心如境謝境滅心空。心境雙亡體用不異。真如性淨慧鑒無窮。如水分千月能見聞覺知。見聞覺知而常空寂。空即無相。寂即無生。不被善惡所拘。不被靜亂所攝。不厭生死不樂涅槃。無不能無有不能有。行住坐臥心不動搖。一切時中獲無所得。三世諸佛教旨如斯。即菩薩慈悲遞相傳受。自世尊滅後。西天二十八祖共傳無住之心。同說如來知見。至於達磨。屆此為初遞代相承於今不絕。所傳秘教要藉得人。如王髻珠終不妄與。福德智慧二種莊嚴。行解相應方能建立。衣為法信。法是衣宗。唯指衣法相傳更無別法。內傳心印印契本心。外傳袈裟將表宗旨。非衣不傳於法。非法不受於衣。衣是法信之衣。法是無生之法。

福州仙宗の契符大師の法嗣二人 福州仙宗の洞明大師

無生即無虛妄乃是空寂之心。知空寂而了法身。了法身而真解脫。

泉州福清の行欽禅師(以上二人、録に見ゆ)

南嶽石頭和尚參同契

杭州天龍の重機大師の法嗣一人 高麗雪嶽の令光禅師(一人、録に見ゆ)

竺土大仙心。東西密相付。人根有利鈍。道無南北祖。靈源明皎潔。枝派暗流注。執事元是迷。契理亦非悟。門門一切境。迴互不迴互。迴而更相涉。不爾依位住。色本殊質象。聲元異樂苦。暗合上中言。明明清濁句。四大性自復。如子得其母。火熱風動搖。水濕地堅固。眼色耳音聲。鼻香舌鹹醋。然依一一法。依根葉分佈。本末須歸宗。尊卑用其語。當明中有暗。勿以暗相遇。當暗中有明。勿以明相覩。明暗各相對。比如前後步。萬物自有功。當言用及處。事存函蓋合。理應箭鋒拄。承言須會宗。勿自立規矩。觸目不會道。運足焉知路。進步非近遠。迷隔山河固。謹白參玄人。光陰莫虛度。

婺州國泰の瑫禅師の法嗣一人 婺州齊雲の寶勝禅師(一人、録に見ゆ)

五臺山鎮國大師澄觀答皇太子問心要

福州昇山白龍の道希禅師の法嗣五人 福州廣平の玄旨禅師

至道本乎其心。心法本乎無住。無住心體靈知。不昧性相寂然。包含德用該攝內外。能深能廣非有非空。不生不滅無終無始。求之而不得。棄之而不離。迷現量則惑苦紛然。寤真性則空明廓徹。雖即心即佛。唯證者方知。然有證有知則慧日沈沒於有地。若無照無悟則昏雲掩蔽於空門。若一念不生則前後際斷。照體獨立物我皆如。直造心源無智無得。不取不捨無對無修。然迷悟更依真妄相待。若求真去妄。猶棄影勞形。若體妄即真。似處陰影滅。若無心忘照。則萬慮都捐。若任運寂知則眾行爰起。放曠任其去住。靜鑒覺其源流。語默不失玄微。動靜未離法界。言止則雙亡知寂。論觀則雙照寂知。語證則不可示人。說理則非證不了。是以悟寂無寂真知無知。以知寂不二之一心。契空有雙融之中道。無住無著莫攝莫收。是非兩亡能所雙絕。斯絕亦寂則般若現前。般若非心外新生。智性乃本來具足。然本寂不能自現。實由般若之功。般若之與智性翻覆相成。本智之與始修實無兩體。雙亡正入則妙覺圓明。始末該融則因果交徹。心心作佛。無一心而非佛心。處處成道。無一塵而非佛國。故真妄物我舉一全收。心佛眾生渾然齊致。是知迷則人隨於法。法法萬差而人不同。悟則法隨於人。人人一智而融萬境。言窮慮絕何果何因。體本寂寥孰同孰異。唯忘懷虛朗消息沖融。其猶透水月華。虛而可見。無心鑑象照而常空矣。

福州白龍の清慕禅師

杭州五雲和尚坐禪箴

福州靈峯の志恩禅師

坐不拘身禪非涉境。拘必乃疲涉則非靜。不涉不拘真光逈孤。六門齊應萬行同敷。嗟爾初機未達玄微。處沈隨掉能所支離。不有權巧胡為對治。驅策抑按均調惛亂。息慮忘緣乍同死漢。隨宜合開靡專壁觀(達磨大師正付法眼外。委示初機修心之要。啟四門四行。匪專一也)馳想頗多安那缽那(或掉舉猛利及惛住等。宜易觀修於數息。或出或入不得交互)沿流劍閣無滯木鵝。如火得水如病得醫。病瘳醫罷火滅水傾。一念清淨體寂常靈。是靈是寂非靈非寂。是非迭生犯過無極。前滅後興還如步走。患乎不知知則無咎。日由背夜鏡奚照後。此則不然圓明通透。照而不緣寂而誰守。萬象瀛漚太虛閃電。摧壞魔宮沖倒佛殿。跛者得履瞽者發見。法界塵寰齊輪頓現。曠蕩郊𮠔或坐或眠。既明方便乃號金仙。吾雖強說爰符聖言。聖言何也要假重宣。不動不禪是無生禪。又云。若學諸三昧。是動非坐禪。心隨境界流。云何名為定。故知歷代祖。唯傳此一心。祖光既遠大。吾子幸堪任。聊述無言旨。乃曰坐禪箴。

福州東禪の玄亮禅師

永嘉真覺大師證道歌

漳州報劬の玄應禅師(以上五人、録に見ゆ)

君不見。絕學無為閑道人。不除妄想不求真。無明實性即佛性。幻化空身即法身。法身覺了無一物。本源自性天真佛。五陰浮雲空去來。三毒水泡虛出沒。證實相無人法。剎那滅卻阿鼻業。若將妄語誑眾生。自招拔舌塵沙劫。頓覺瞭如來禪。六度萬行體中圓。夢裡明明有六趣。覺後空空無大千。無罪福無損益。寂滅性中莫問覓。比來塵境未曾磨。今日分明須剖析。誰無念誰無生。若實無生無不生。喚取機關木人問。求佛施功早晚成。放四大莫把捉。寂滅性中隨飲啄。諸行無常一切空。即是如來大圓覺。決定說表真乘。有人不肯任情徵。直截根源佛所印。摘葉尋枝我不能。摩尼珠人不識。如來藏裡親收得六般神用空不空。一顆圓光色非色。淨五眼得五力。唯證乃知誰可測。鏡裡看形見不難。水中捉月爭拈得。常獨行常獨步。達者同遊涅槃路。調古神清風自高。貌悴骨剛人不顧。窮釋子口稱貧。實是身貧道不貧。貧則身常披縷褐。道即心藏無價珍。無價珍用無盡。利物應時終不吝。三身四智體中圓。八解六通心地印。上士一決一切了。中下多聞多不信。但自懷中解垢衣。誰能向外誇精進。從他謗任他非。把火燒天徒自疲。我聞恰似飲甘露。銷融頓入不思議。觀惡言是功德。此則成吾善知識。不因訕謗起怨親。何表無生慈忍力。宗亦通說亦通。定慧圓明不滯空。非但我今獨達了。河沙諸佛體皆同。師子吼無畏說。百獸聞之皆腦裂。香象奔波失卻威。天龍寂聽生欣悅。遊江海涉山川。尋師訪道為參禪。自從認得曹谿路。了知生死不相干。行亦禪坐亦禪。語默動靜體安然。縱遇鋒刀常坦坦。假饒毒藥也閑閑。我師得見然燈佛。多劫曾為忍辱仙。幾迴生幾迴死。生死悠悠無定止。自從頓悟了無生。於諸榮辱何憂喜。入深山住蘭若。岑崟幽邃長松下。優遊靜坐野僧家。閴寂安居實瀟灑。覺即了不施功。一切有為法不同。

泉州招慶の法因大師の法嗣七人 泉州報恩の宗顯大師

住相佈施生天福。猶如仰箭射虛空。勢力盡箭還墜。招得來生不如意。爭似無為實相門。一超直入如來地。但得本莫愁末。如淨瑠璃含寶月。既能解此如意珠。自利利他終不竭。江月照松風吹。永夜清宵何所為。佛性戒珠心地印。霧露雲霞體上衣降龍缽解虎錫。兩股金鐶鳴歷歷。不是標形虛事持。如來寶仗親蹤跡。不求真不斷妄。了知二法空無相。無相無空無不空。即是如來真實相。心鏡明鑒無礙。廓然瑩徹周沙界。萬象森羅影現中。一顆圓明非內外。豁達空撥因果。漭漭蕩蕩招殃禍。棄有著空病亦然。還如避溺而投火。捨妄心取真理。取捨之心成巧偽。學人不了用修行。真成認賊將為子。損法財滅功德。莫不由斯心意識。是以禪門了卻心。頓入無生智見力。大丈夫秉慧劍。般若鋒兮金剛焰。非但能摧外道心。早曾落卻天魔膽。振法雷擊法鼓。佈慈雲兮灑甘露。龍象蹴蹋潤無邊。三乘五性皆惺悟。雪山肥膩更無雜。純出醍醐我常納。一性圓通一切性。一法遍含一切法。一月普現一切水。一切水月一月攝。諸佛法身入我性。我性還共如來合。一地具足一切地。非色非心非行業。彈指圓成八萬門。剎那滅卻阿鼻業。一切數句非數句。與吾靈覺何交涉。不可毀不可讚。體若虛空勿涯岸。不離當處常湛然。覓則知君不可見。取不得捨不得。不可得中只麼得。默時說說時默。大施門開無壅塞。有人問我解何宗。報道摩訶般若力。或是或非人不識。逆行順行天莫測。吾早曾經多劫修。不是等閑相誑惑。建法幢立宗旨。明明佛勅曹谿是。第一迦葉首傳燈。二十八代西天記。法東流入此土。菩提達磨為初祖。六代傳衣天下聞。後人得道何窮數。真不立妄本空。有無俱遣不空空。二十空門元不著。一性如來體共同。心是根法是塵。兩種猶如鏡上痕。痕垢盡除光始現。心法雙亡性即真。嗟末法惡時世。眾生福薄難調制。

金陵龍光の澄忋禅師

去聖遠兮邪見深。魔強法弱多怨害。聞說如來頓教門。恨不滅除令瓦碎。作在心殃在身。不須怨訴更尤人。欲得不招無間業。莫謗如來正法輪。旃檀林無雜樹。欝密深沈師子住。境靜林間獨自遊。走獸飛禽皆遠去。獅子兒眾隨後。三歲即能大哮吼。若是野幹逐法王。百年妖怪虛開口。圓頓教勿人情。有疑不決直須爭。不是山僧逞人我。修行恐落斷常坑。非不非是不是。差之毫釐失千里。是即龍女頓成佛。非即善星生陷墜。吾早年來積學問。亦曾討疏尋經論。分別名相不知休。入海算沙徒自困。卻被如來苦訶責。數他珍寶有何益。從來蹭蹬覺虛行。多年枉作風塵客。種性邪錯知解。不達如來圓頓制。二乘精進沒道心。外道聰明無智慧。亦愚痴亦小騃。空拳指上生實解。執指為月枉施功。根境法中虛揑怪。不見一法即如來。方得名為觀自在。了即業障本來空。未了還須償宿債。飢逢王饍不能餐。病遇醫王爭得差。在欲行禪知見力。火中生蓮終不壞。勇施犯重悟無生。早時成佛於今在。師子吼無畏說。深嗟懵懂頑皮靼(多達切)只知犯重障菩提。不見如來開秘訣。有二比丘犯婬殺。波離螢光增罪結。維摩大士頓除疑。還同赫日銷霜雪。不思議解脫力。此即成吾善知識。四事供養敢辭勞。萬兩黃金亦銷得。粉骨碎身未足醻。一句瞭然超百億。法中王最高勝。河沙如來同共證。我今解此如意珠。信受之者皆相應。了了見無一物。亦無人亦無佛。大千世界海中漚。一切聖賢如電拂。假使鐵輪頂上旋。定慧圓明終不失。日可冷月可熱。眾魔不能壞真說。象駕崢嶸謾進途。誰見螗蜋能拒轍。大象不遊於兔徑。大悟不拘於小節。莫將管見謗蒼蒼。未了吾今為君決。

永興北院の可休禅師

騰騰和尚了元歌

郴州太平の清海禅師

修道道無可修。問法法無可問。迷人不了色空。悟者本無逆順。八萬四千法門。至理不離方寸。識取自家城郭。莫謾尋他鄉郡。不用廣學多聞。不要辯才聰俊。不知月之大小。不管歲之餘閏。煩惱即是菩提。淨華生於泥糞。人來問我若為。不能共伊談論。寅朝用粥充飢。齋時更餐一頓。今日任運騰騰。明日騰騰任運。心中了了總知。且作佯痴縛鈍。

連州慈雲の慧深大師

南嶽懶瓚和尚歌

郢州興陽の道欽禅師(以上六人、録に見ゆ)

兀然無事無改換。無事何須論一段。直心無散亂他事不須斷。過去已過去未來猶莫算。兀然無事坐何曾有人喚。向外覓功夫總是痴頑漢。糧不畜一粒逢飯但知𭚜(陟立切)。世間多事人相趁渾不及。我不樂生天亦不愛福田。饑來吃飯困來即眠。愚人笑我智乃知焉。不是痴鈍本體如然。要去即去要住即住。身披一破衲腳著孃生袴。多言復多語由來反相誤。若欲度眾生無過且自度。莫謾求真佛真佛不可見。妙性及靈臺何曾受燻鍊。心是無事心面是孃生面。劫石可移動箇中無改變。無事本無事何須讀文字。削除人我本冥合箇中意。種種勞筋骨不如林下睡。兀兀舉頭見日高。乞飯從頭𢫫將功。用功展轉冥濛。取即不得不取自通。吾有一言絕慮亡緣。巧說不得只用心傳。更有一語無過真與。細如豪末大無方所。本自圓成不勞機杼。世事悠悠不如山丘。青松蔽日碧㵎長流。山雲當幕夜月為鉤。臥藤蘿下塊石枕頭。不朝天子豈羨王侯。生死無慮更復何憂。水月無形我常只寧。萬法皆爾本自無生。兀然無事坐春來草自青。

漳州保福の清溪禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)(底本は「機録」に作る)

石頭和尚草菴歌

婺州報恩の寶資禅師の法嗣一人 處州福林の澄和尚(一人、録に見ゆ)

吾結草菴無寶貝。飯了從容圖睡快。成時初見茆草新。破後還將茆草蓋。住庵人鎮常在。不屬中間與內外。世人住處我不住。世人愛處我不愛。庵雖小含法界。方丈老人相體解。上乘菩薩信無疑。中下聞之必生怪。問此庵壞不壞。壞與不壞主元在。不居南北與東西。基上堅牢以為最。青松下明窓內。玉殿朱樓未為對。衲帔幪頭萬事休。此時山僧都不會。住此庵休作解。誰誇鋪席圖人買。迴光返照便歸來。廓達靈根非向背。遇祖師親訓誨結草為庵莫生退。百年拋卻任縱橫。擺手便行且無罪。千種言萬般解。只要教君長不昧。欲識庵中不死人。豈離而今遮皮袋。

處州翠峯の從欣禅師の法嗣一人 處州報恩の守真禅師(一人、録に見ゆ)

道吾和尚樂道歌

襄州鷲嶺の明遠禅師の法嗣一人 襄州鷲嶺第二世の通和尚(一人、録に見ゆ)

樂道山僧縱性多。天迴地轉任從他。閑臥孤峰無伴侶。獨唱無生一曲歌。無生歌出世樂。堪笑時人和不著。暢情樂道過殘生。張三李四渾忘卻。大丈夫須氣概。莫順人情無妨礙。汝言順即是菩提。我謂從來自相背。有時憨有時痴。非我途中爭得知。特達一生常任運。野客無鄉可得歸今日山僧只遮是。元本山僧更若為。探祖機空王子。體似浮雲沒隈倚。自古長披一衲衣。曾經幾度遭寒暑。不是真不是偽。打鼓樂神施拜跪。明明一道漢江雲。青山綠水不相似。稟性成無揩改。結角羅紋不相礙。或運慈悲喜捨心。或即逢人以棒闓。慈悲恩愛落牽纏。棒打教伊破恩愛。報乎月下旅中人。若有恩情吾為改。

杭州龍華の志球禅師の法嗣一人 仁王院の俊禅師(一人、録に見ゆ)

一缽歌

漳州保福の可儔禅師の法嗣一人 漳州隆壽の無逸禅師(一人、録に見ゆ)

遏喇喇鬧聒聒。總是悠悠造佅㒓。如饑吃鹽加得渴。枉卻一生頭枿枿。究竟不能知始末。拋卻死屍何處脫。勸君努力求解脫。閑事到頭須結撮。火落身上當須撥。莫待臨時叫菩薩。丈夫語話須豁豁。莫學痴人受摩捋。趁時結裹學擺撥。也學柔和也麁糲。也剃頭也披褐。也學凡夫生活。直語向君君未達。更作長歌歌一缽。一缽歌多中一一中多。莫笑野人歌一缽。曾將一缽度娑婆。青天寥寥月初上。此時影空含萬象。幾處浮生自是非。一源清淨無來往。更莫將心造水泡。百毛流血是誰教。不如靜坐真如地。頂上從他鵲作巢。萬代金輪聖王子。只遮真如靈覺是。菩提樹下度眾生。度盡眾生不生死。不生不死真丈夫。無形無相大毘盧。塵勞滅盡真如在。一顆圓明無價珠。眼不見耳不聞。不見不聞真見聞。從來一句無言說。今日千言強為分。強為分須諦聽。人人盡有真如性。恰似黃金在鑛中。鍊去鍊來金體淨。真是妄妄是真。若除真妄更無人。真心莫謾生煩惱。衣食隨時養色身。好也著弱也著。一切無心無染著。亦無惡亦無好。二際坦然平等道。麁也餐細也餐。莫學凡夫相上觀。也無麁也無細。上方香積無根蔕。坐亦行行亦坐。生死樹下菩提果。亦無坐亦無行。無生何用覓無生。生亦得死亦得。處處當來見彌勒。亦無生亦無死。三世如來總如此。離則著著則離。幻化門中無實義。無可離無可著。何處更求無病藥。語時默默時語。語默縱橫無處所。亦無語亦無默。莫喚東西作南北。嗔即喜喜即嗔。我自降魔轉法輪。亦無嗔亦無喜。水不離波波即水。慳時捨捨時慳。不離內外及中間。亦無慳亦無捨。寂寂寥寥無可把。苦時樂樂時苦。只遮修行斷門戶。亦無苦亦無樂。本來自在無繩索。垢即淨淨即垢。兩邊畢竟無前後。亦無垢亦無淨。大千同一真如性。藥是病病是藥。到頭兩事須拈卻。亦無藥亦無病。正是真如靈覺性。

潭州延壽寺の慧輪禅師の法嗣二人 廬山歸宗の道詮禅師

魔作佛佛作魔。鏡裡尋形水上波。亦無魔亦無佛。三世本來無一物。凡即聖聖即凡。色裡膠青水裡鹹。亦無凡亦無聖。萬行總持無一行。真中假假中真。自是凡夫起妄塵。亦無真亦無假。若不喚時何應喏。本來無姓亦無名。只麼騰騰信腳行。有時𫑮市並屠肆。一朵紅蓮火上生。也曾策杖遊京洛。身似浮雲無定著。幻化由來似寄居。他家觸處更清虛。若覓戒三毒瘡痍幾時瘥。若覓禪我自縱橫汩碖眠。大可憐不是顛。世間出世天中天。時人不會此中意。打著南邊動北邊。若覓法雞足山中問迦葉。大士持衣在此中。本來不用求專甲。若覓經法性真源無可聽。若覓律窮子不須教走出。若覓修八萬浮圖何處求。只知黃葉止啼哭。不覺黑雲遮日頭。莫怪狂言無次第。篩羅漸入麁中細。只遮麁中細也無。即是圓明真實諦。真實諦本非真。但是名聞即是塵。若向塵中解真實。便是堂堂出世人。出世人莫造作獨行獨步空索索。無生無死無涅槃。本來生死不相干。無是非無動靜。莫謾將身入空井。無善惡無去來。亦無明鏡掛高臺。山僧見解只如此。不信從他造劫灰。

潭州龍興の裕禅師(以上二人、録に見ゆ)

樂普和尚浮漚歌

韶州白雲の祥和尚の法嗣六人 韶州大歴和尚

雲天雨落庭中水。水上漂漂見漚起。前者已滅後者生。前後相續無窮已。本因雨滴水成漚。還緣風激漚歸水。不知漚水性無殊。隨他轉變將為異。外明瑩內含虛。內外玲瓏若寶珠。正在澄波看似有。及乎動著又如無。有無動靜事難明。無相之中有相形。只知漚向水中出。豈知水亦從漚生。權將漚水類餘身。五蘊虛攢假立人。解達蘊空漚不實。方能明見本來真。

連州寶華和尚

蘇溪和尚(即五洩小師也)牧護歌

韶州月華和尚

聽說衲僧牧護。任運逍遙無住。一條百衲瓶盂。便是生涯調度。為求至理參尋。不憚寒暑辛苦。還曾四海周遊。山水風雲滿肚。內除戒律精嚴。不學威儀行步。三乘笑我無能。我笑三乘謾做。智人權立階梯。大道本無迷悟。達者不假修治。不在能言能語。披麻目視雲霄。遮莫王侯不顧。道人本體如然。不是知佛去處。生也猶如著衫。死也還同脫袴。生也無喜無憂。八風豈能驚怖。外相猶似痴人。肚裡非常峭措。活計雖無一錢。敢與君王鬪富。愚人擺手憎嫌。智者點頭相許。那知傀儡牽抽歌舞盡由行主。一言為報諸人。打破畫瓶歸去。

南雄州地藏和尚

法燈禪師泰欽古鏡歌三首

英州樂淨の含匡禅師

盡道古鏡不曾見。借爾時人看一遍。目前不覩一纖豪。湛湛冷光凝一片。凝一片勿背面。嫫母臨粧不稱情。潘生迴首頻嘉歎。何欣欣何慼慼。好醜由來那是的。只遮是轉沈醉。演若晨窺怖走時。子細思量還有以。我問顛狂不暫迴。淚流向予聲哀哀。哽咽未能申吐得。爾頭與影悠悠哉。悠悠哉爾許多時。那裡來迷雲開。行行攜手上高臺。

韶州後白雲和尚(以上六人、録に見ゆ)

其二

朗州德山の緣密大法師の法嗣二人 潭州鹿苑の文襲禅師

誰雲古鏡無樣度。古今出入何門戶。門戶君看不見時。即此為君全顯露。全顯露。與汝一生終保護。若遇知音請益來。逢人不得輕分付。但任作見面。不須生怕怖。看取當時演若多。直至如今成錯誤。如今不省影分明。還是當時同一顧。同一顧苦苦苦。

澧州藥山の可瓊禅師(以上二人、録に見ゆ)

其三(六言)

西川青城香林の澄遠禅師の法嗣一人 灌州羅漢和尚(一人、録に見ゆ)

古鏡精明皎皎。皎皎遍照河沙。到處安名題字。除儂更有誰家。過去未來現在。諸佛鏡上纖瑕。纖瑕垢盡無物。此真火裡蓮華。蓮華千朵萬朵。朵朵端然釋迦。誰雲俱屍入滅。誰雲穿膝蘆芽。不信鏡中看取。羊車鹿車牛車。時人不識古鏡。盡道本來清淨。只看清淨是假。照得形容不正。或圓或短成長。若有纖豪俱病。勸君不如打破。鏡去瑕消可瑩。亦見杜口毘耶。亦知圓通少剩。

襄州洞山の守初禅師の法嗣一人 潭州道崧禅師(一人、機縁の語句なし、録さず)(底本は「寺初」に作る)

潭州龍會道尋遍參三昧歌

鄂州黄龍の晦機禅師の法嗣九人 洛京紫蓋の善沼禅師

天涯海角參知識。遍諮惠我全提力。師乃呵餘退步追。省躬廓爾從茲息。覩諸方垂帶直。善財得處難藏匿。棒頭喝下露幽奇。縱去奪來看殊特。趙州關雪嶺陟。築廅峰前驗虛實。據證靈由闢萬機。橫揮祖刃聞三域。卷舒重重孰可委。休呈識意謾猜揣。衲子攢眉碧眼咦。黃海倒逆崑崙嘴。溈山牛道吾唱。馬師奮迅呈圓相。執水投針作後規。把鏡持幡看先匠。廣陵歌誰繼唱。擬續宮商調難況。石人慍色下鞭撾。木馬奔嘶梵天上。麗水金藍田玉。祝融峰攢湘浪蹙。滿月澄谿松韻清。雲從龍騰好觀矚。

眉州黄龍の繼達禅師

丹霞和尚翫珠吟二首

棗樹第二世和尚

般若靈珠妙難測。法性海中親認得。隱顯常遊五蘊中。內外光明大神力。此珠非大亦非小。晝夜光明皆悉照。覓時無物又無蹤。起坐相隨常了了。黃帝曾遊於赤水。爭聽爭求都不遂。罔象無心卻得珠。能見能聞是虛偽。吾師權指喻摩尼。釆人無數溺春池。爭拈瓦礫將為寶。智者安然而得之。森羅萬象光中現。體用如如轉非轉。萬機消遣寸心中。一切時中巧方便。燒六賊爍眾魔。能摧我山竭愛河。龍女靈山親獻佛。貧兒衣下幾蹉跎。亦名性亦名心。非性非心超古今。全體明時明不得。權時題作弄珠吟。

興元府玄都山の澄和尚

其二

嘉州黑水和尚

識得衣中寶。無明醉自醒。百骸雖潰散。一物鎮長靈。知境渾非體神珠不定形。悟則三身佛。迷疑萬卷經。在心心可測。歷耳耳難聽。罔象先天地。玄泉出杳冥。本剛非鍛鍊。元淨莫澄渟。盤泊輪朝日。玲瓏映曉星。瑞光流不滅。真氣觸還生。鑒照崆峒寂。羅籠法界明。挫凡功不滅。超聖果非盈。龍女心親獻。闍王口自呈。護鵝人卻活。黃雀意猶輕。解語非關舌。能言不是聲。絕邊彌汗漫。無際等空平。演教非為說。聞名勿認名。兩邊俱莫立。中道不須行。見月休觀指。還家罷問程。識心心則佛。何佛更堪成。

鄂州黄龍の智顒禅師

關南長老獲珠吟

眉州福昌の達和尚(以上七人、録に見ゆ)

三界兮如幻。六道兮如夢。聖賢出世兮如電。國土猶如水上泡。無常生滅日遷變。唯有摩訶般若。堅猶若金剛不可讚。軟似兜羅大等空。小極微塵不可見。擁之令聚而不聚。撥之令散而不散。側耳欲聞而不聞。瞪目觀之而不見。歌復歌。盤陀石上笑呵呵。笑復笑。青松影下高聲叫。自從獲得此心珠。帝釋輪王俱不要。不是山僧獨施為。自古先賢作此調。不坐禪不修道。任運逍遙只麼了。但能萬法不幹懷。無始何曾有生老。

常州慧山の然和尚

香嚴和尚智閑吟二首

洪州雙嶺の悟海禅師(以上二人、機縁の語句なし、録さず)

勵覺吟

婺州明招の德謙禅師の法嗣六人 處州報恩の契從禅師

滿口語無處說。明明向人道不決。急著力勤咬齧。無常到來救不徹。日裡語暗瑳切。快磨古錐淨挑揭。理盡覺自護持。此生事終不說。玄學求他古老吟。禪學須窮心影絕。

婺州普照の瑜和尚

歸寂吟贈同住

婺州雙溪の保初禅師

同住道人七十餘。共辭城郭樂山居。身如寒木心牙絕。不話唐言休梵書。心期盡處身雖喪。如來弟子沙門樣。深信共崇缽塔成(涅槃經云。如來之身。已於無量阿僧祇劫。不受飲食。為諸聲聞說。先受二牧牛女乳糜。故本行經云。菩薩將往道樹。時有天人告善生神王二女。一名難陀。華言喜。二名婆羅。華言昌。汝可最初施食。於是二女。以乳烹糜。其釜上現種種瑞相。乃用缽盛奉獻。菩薩食已。將其缽擲向尼連河中。天帝釋收歸天上。建塔安置供養。故名缽塔。此天上四塔之一也。四塔者。一髮塔。二箭塔。三缽塔。四牙塔。人間亦有四塔。一如來生處塔。二如來成道處塔。三如來轉法輪處塔。四如來涅槃處塔)。巍巍置在青山掌。觀夫參道不虛然。脫去形骸甚高尚。從來不說今朝事。暗裡埋頭隱玄暢。不留蹤跡異人間。深妙神光飽明亮。

處州涌泉の究和尚

韶山和尚心珠歌

衢州羅漢の義和尚(以上五人、録に見ゆ)

山僧自達空門久。淬鍊心珠功已搆。珠逈玲瓏主客分。往往聲如師子吼。師子吼非常義。皆明佛性真如理。有時往往自思惟。豁然大意心歡喜。或造經或造論。或說漸兮或說頓。若在諸佛運神通。或在凡夫興鄙悋。此心珠如水月。地角天涯無殊別。只因迷悟有參差。所以如來多種說。地獄趣餓鬼趣。六道輪迴無暫住。此非諸佛不慈悲。豈是閻王配交做。勸時流深體悉。見在心珠勿浪失。五蘊身全尚不知。百骸散後何處覓。

福州興聖の調和尚(一人、機縁の語句なし、録さず)

朗州大龍山の智洪禅師の法嗣三人 大龍山の景如禅師(底本は「郎州」に作る)

翰林學士工部侍郎贈禮部尚書文公楊億任秘書監知汝州日。嘗有書寄李維內翰。敘其始末師承。書云。

大龍山の楚勲禅師

病夫夙以頑憃。獲受獎顧。預聞南宗之旨。久陪上國之遊。動靜諮詢。周旋策發。俾其刳心之有詣。牆面之無慚者。誠出於席間床下矣。矧又故安公大師。每垂誘導。自雙林滅影隻履西歸。中心浩然罔知所止。仍歲沈痼神慮迷恍。殆及小間再辨方位。又得雲門諒公大士見顧蒿蓬諒之旨趣。正與安公同轍。並自廬山歸宗雲居而來。皆是法眼之流裔。去年假守茲郡。適會廣慧禪伯。實承嗣南院念。念嗣風穴。風穴嗣先南院。南院嗣興化。興化嗣臨際。臨際嗣黃檗黃檗嗣先百丈海。海嗣馬祖。馬祖出讓和尚。讓即曹谿之長嫡也。齋中務簡退食多暇。或坐邀而至。或命駕從之。請叩無方。蒙滯頓釋。半歲之後曠然弗疑。如忘忽記。如睡忽覺。平昔礙膺之物嚗然自落。積劫未明之事㸌爾現前。固亦決擇之洞分。應接之無蹇矣。重念先德率多參尋。如雪峰九度上洞山三度上投子遂嗣德山。臨際得法於大愚。終承黃蘗。雲巖多蒙道吾訓誘。乃為藥山之子。丹霞親承馬祖印可。而作石頭之裔。在古多有。於理無嫌。病夫今繼紹之緣。實屬於廣慧。而提激之自。良出得鼇峰也。忻幸忻幸。

興元府普通院の從善禅師(以上三人、録に見ゆ)

侍郎問廣慧和尚。尋常承和尚有言。一切罪業皆因財寶所生。勸人疎於財利。況南閻眾生以財為命。邦國以財聚人。教中有財法二施。何得勸人疎財。廣雲。幡竿尖上鐵龍頭。侍雲。海壇馬子似驪大。廣雲。楚雞不是丹山鳳。侍雲。佛滅二千歲比丘少慚愧。問門僧表澄。承雲有言。天上無彌勒地上無彌勒。未審彌勒在什麼處。澄雲手上木。侍雲。罪有所歸。澄雲。知過人難得。侍雲。吃取拄杖。澄喝。侍雲。且放過即不可。侍郎問李附馬。釋迦六年苦行成得什麼事。尉雲。擔折知柴重。問一盲引眾盲時如何。尉雲盲。侍雲。灼然。尉便休。同光帝問興化和尚雲。朕收得中原之寶。秖是無人醻價。興化雲。略借陛下寶看。帝以手舒幞頭腳。興化雲。君王之寶誰敢醻價。玄覺雲。秖如興化眼在什麼處。若不肯過在什麼處。侍雲。興化恁麼祇對。是肯莊宗不肯莊宗。試辨看。因僧談道。侍郎遂雲。道不離人人能弘道。大凡參學之人。十二時中長須照顧。不見南泉道。三十年看一頭水牯牛。若犯他人苗稼。摘鼻拽迴。如今變成露地白牛。裸裸地放他不肯去。諸人長須著些精彩。不可說禪道之時便有箇照帶底道理。擇菜作務之時不可便無去也。如雞抱卵。若是拋離起去暖氣不接。便不成種子。如今萬境森羅。六根煩動。略失照顧。便喪身命不是小事。今來受此緣生。被生死繫縛。蓋為塵劫已來順生滅心。隨他流轉以至如今。諸人等且道。若曾喪失何以得至如今。要識露地白牛麼。試把鼻孔拽看。侍郎雲。玄沙和尚道。大唐國內宗門中事未曾有人舉唱。有人舉唱。盡大地人總失卻性命。無孔鐵錘相似。一時亡鋒結舌去。且道是甚道理。如今假立箇賓主。動者兩片皮。竪起指頭。拈起拂子。惣成顛倒知見。順汝狂意。教汝有箇申問處。若是明眼人前怎生拈掇得出。秖如魯祖和尚。見僧來便面壁。長慶道。恁麼地接人。

襄州白馬の行靄禅師の法嗣一人 白馬の智倫禅師(一人、録に見ゆ)

驢年得一箇去。我道。魯祖也秖是不識羞。是他明眼人又爭肯爾。今來事不獲已。與汝諸人作顛倒知見。一似結巾為馬揑目生花。上祖道。箇開佛知見示佛知見悟佛知見入佛知見。教他恁麼道。抑下多少威光。且道。諸人分上欠少箇什麼。雖然如此。我若不恁麼與汝知聞。爾又什麼處得見。古人道。知恩者少。且道承箇甚人恩。於此不明問取露柱去。侍雲。此事大難。釋迦老子三七日中思惟。便欲入涅槃。被帝釋梵王慇懃三請。不得已而許之。始自鹿苑終於俱屍羅城。中間四十九年。大作佛事。說五乘十二分教。如瓶注水。後來於靈山會上。目視迦葉謂大眾雲。吾有正法眼。已付摩訶大迦葉。又云。我於四十九年中不曾說一字。此是什麼道理。若是諸人分上著一字腳不得。為諸人各各有奇特事在喚作奇特早是不中也。我道釋迦是敗軍之將。迦葉是喪身失命底人。汝等諸人。且怎生會。不見道。涅槃生死俱是夢言。佛與眾生並為增語。直須恁麼會取不要向外馳求。若也於此未明。敢道諸人乖張不少。侍舉肇論雲。會萬物為己者。其唯聖人乎。如今山河大地樹木人物摐摐地是同是別。若道同去。是他頭頭物物各各不同。若道別去。他古人又道會萬物有己。且怎生會。秖如教中說。若有一人發真歸元。十方虛空一時銷隕。古德亦云。若人識得心。大地無寸土。此是甚道理。直下盡十方世界。是汝一集眼。一切諸佛天人群生類。盡承汝威光建立。須是信得及方得。侍郎臨終前一日。親寫一偈與家人。令來日送達李附馬處。

安州白兆山の懷楚禅師の法嗣三人 唐州保壽の匡祐禅師(一人、録に見ゆ)

偈曰。

蘄州の自南禅師

漚生與漚滅二法本來齊

果州永慶院の繼勲禅師(以上二人、機縁の語句なし、録さず)

欲識真歸處趙州東院西

襄州谷隱の智静禅師の法嗣二人 谷隱の知儼禅師

尉接得偈雲。泰山廟裡賣紙錢。

襄州普寧の法顯禅師(以上二人、録に見ゆ)

出天聖廣燈錄第十八卷。

廬山歸宗の弘章禅師の法嗣一人 東京普淨院の常覺禅師(一人、録に見ゆ)

延祐三年歲在丙辰。四明苾芻希渭。估倡衣缽一力命工。依廬山穩菴舊本翻刊於道場禪幽菴。集茲善利上報四恩下資三有。法界有情同圓種智者。

鳳翔府紫陵の微禅師の法嗣二人 鳳翔府大朗和尚

跋

潭州新開和尚(以上二人、機縁の語句なし、録さず)

右景德傳燈錄本。住湖州鐵觀音院僧拱辰所撰。書成將遊京師投進途中與一僧同舟。因出示之。一夕其僧負之而走。及至都則道原者已進而被賞矣。此事與郭象竊向秀莊子註同。拱辰謂。吾之意欲明佛祖之道耳。夫既已行矣。在彼在此同。吾其為名利乎。絕不復言。拱辰之用心如此。與吾孔子人亡弓人得之之意同。其取予必無容私。又得楊文公具擇法眼以為之剛定。此其書所以可信。與夫續燈錄遣僧採事而受金廁名以亂真者間矣。或者猶疑。佛祖傳法偈。無傳譯之人。此夏蟲不知春秋也。佛祖雖曰傳無傳。至付授之因豈容不知。又達磨具正遍知。華竺之言蓋悉通曉。觀其答問安有傳譯哉。此如世愚人謂教外別傳不立文字。便疑稜伽經宋已有之。非達磨攜至。豈不悖哉。福州大中寺知藏僧正自以寇亂而來文籍道厄募緣。再刊此書以便道俗。齎覽扣餘為序。因書其後。紹興壬子初冬十日長樂鄭昂題。

襄州石門山の慧徹禅師の法嗣二人 石門山の紹遠禅師

疏

鄂州靈竹の守珍禅師(以上二人、録に見ゆ)

天童宏智和尚譔

洪州同安の志和尚の法嗣二人 朗州梁山の緣觀禅師(一人、録に見ゆ)

道樞中虛理不我。取其名像。靈機內發智不我。囚其化通。一念深徹本源。六義具成神用。出氣鼻快。從佛口生。轉眄之間彈指之頃。廓若雷龍破蟄。炳如霧豹變文。諸方衲子之傳。一等丈夫之作。達磨來不立文字。威音後須要師承。符合符而規矩相投。心印心而語默俱到燈燈續焰。分照世不斷之光明。葉葉聯芳。綴靈種不枯之春色嗣連祖譜。師紹誰宗。綿綿踵武之人。的的克家之子。剛柔可則。爛爛憐百鍊之金。𭄗黜不移。區區抱三獻之璞。不可期也。開池得月難其契也。擲芥投針。出爐鞴而放光。入鉗鎚而成器。自得受用相求證明。哆哆啝啝底。放教舌上毛生。磊磊落落底。拶使額頭汗出。下拳可畏。其勇卻來捋虎髭鬚。攛棒作勢。且驚看取。弄蛇手段。相分圓缺應用合宜。位列正偏。隨機中矩。毫氂有差而天地懸隔。絲糝未淨而蠅螘留連。不聞不見以降魔。箇非泛泛自呼自應而作主。許是惺惺匾擔頭。事事挑來。布袋裡般般著得。短長在我。寶公杖頭剪刀。節奏由誰。萬回懷中花鼓。僧伽楊枝。舉起大士。拍板歌行。網鳳釣鼇也。本分工夫撈摝蝦蜆也。平生快活。應接磨礱之妙。對酬錐鑿之方。電卷之機輪。風馳之問答。打草驚蛇之句。探竿影草之功。啐啄同時心目相照。任運騰騰而無累。平懷坦坦而不羈。出家行腳之因緣坐脫立亡之時。節。紀之編簡如見古人將以著龜可格後學。當諧神契慎勿言求。恐口耳之流。通為身心之障礙。比丘思鑑久軫此懷。阿祖傳燈欲成其印。入眼要分青白。開口莫亂雌黃。葛藤窠無作。自纏擔版漢。不嫌人喚輒投。同道相與結緣。

陳州靈通和尚(一人、機縁の語句なし、録さず)

景德傳燈錄後序

襄州廣德の延和尚の法嗣一人 廣德の周禅師(一人、録に見ゆ)

左朝奉大夫充右文殿修撰權發遣台州軍州事劉棐譔

益州淨衆寺の歸信禅師の法嗣一人 漢州靈龕山和尚(一人、機縁の語句なし、録さず)

傳燈錄鏤行舊矣。兵興以來其版灰飛。慕心宗者患無其書。僧思鑒婺人也。芒屩訪道三十年矣。亦欲人同悟涅槃妙心。而思有以資發之也。廣募淨信。復鏤其板。緇素贊歎而助成焉。或曰。自心之法無形。不從人得。初祖釋迦而降。無一祖師非默契而自證者。故達磨直指不立文字。少林九年面壁而已。雖二祖立雪斷臂。一字亦不為說。但遮其知見之非。二祖因是得正知見。豁然大省。則二祖亦不從達磨言句中入迺自證也。且百丈卷席。雪峰輥毬。魯祖面壁。石鞏駕箭。道吾舞笏。鳥窠吹布毛。俱胝舉一指。古德如此示人甚多。不在言句之間故也。言句且爾。況文字乎。心宗要當自參。祖師言句於我何與焉。餘曰。不然。心法雖曰無形。然遍一切處。翠竹真如也。黃花般若也。蛙蚓發機管絃傳心。乃至牆壁瓦礫無非說法。故靈雲見桃花悟道。玄沙謂語燕深談實相。然則大地皆是悟門。孰非此道。況明心宗言句乎。況載明心宗文字乎。若二者於心宗果無與耶。薦福古何為閱雲門錄而省。黃龍心何為讀多福語而悟。蓋言詞相寂文字性空。亦此道耳。若即言句文字。而見性相之空寂。是乃一超而直入也。吾故知是書之流佈。發明心地者眾矣。且鑒之募緣也。臺之寧海邑民周氏歎曰。吾地有大梨木。閱三世矣。比歲我家之人各嘗夢。其上有樓閣行廡。而無數僧往來於其間。每疑之乃今方悟。當刊此錄耶。遂捨以㭊版。且邀鑒即其家僦工而刻之。既刻。周氏夢六僧求已刻者觀焉。周問鑒曰。此何僧耶。鑒曰。此六代傳衣祖師特來證明此事也。嗚呼是書用為一大事。則宜有感發之祥以發寤人心。餘故並列之庶觀者。知非小緣而堅其信心雲。紹興四年上元日。等慈菴善男子睢陽劉棐仲忱序。

隋州護國の知遠禅師の法嗣一人 東京開寶の常普大師(一人、機縁の語句なし、録さず)

魏府華嚴長老示眾

行思禅師第八世

佛法事在日用處。在爾行住坐臥處吃茶吃飯處言語相問處。所作所為舉心動念又卻不是也。會麼。若會得即今無礙自在真人。若也未會則是箇簷枷帶鎖重罪之人。何故如此。佛法不遠隔塵沙劫。爾一念中見得。在爾眉毛鼻孔上。爾若不見得。如接竹點月在處。切莫思惟不可言語。爾時中承何恩力。若知得爾須有箇歡喜處。古人道。常寂寂常歷歷。諸佛不求覓。眾生斷消息。爾會得麼。一切諸法本無情。一切諸佛本自靈。混然同太虛無欠亦無餘。會麼。若不會直是箇觸途成滯。不知箇身落地處茫茫劫劫只是戀物著境認色為實。不捨恩愛痴迷財寶。立我爭人一團子意氣。些子箇違情面青面赤。說強道弱。我不受人欺瞞。我是大丈夫兒。養妻養子。爾豈知在業海之中罪坑之內。吃肉如似餓鬼吞屍。噇酒如餓狗飲水。愛色如渴蠅咂血。不知此身是大禍患恣縱無明愚養意氣。不久敗壞浪死虛生。枉經千劫徒然出沒。何不識取金剛堅固之體長生不滅之道。在世頭枿枿地。口子吧吧地。眼子眨眨地。無常殺鬼到來向床上。猶似使心用行戀財戀境。驀然驅去見閻老子。一詞不措鐵罏火炭銅柱刀山盡為戲翫。恁時追悔大段難為免離。爾如今病未來尋身。何不於十二時中求一毫善利辨取津梁。幻化色身憑何為實。諸佛過去留經造論。一切善法與爾初學底人。懺罪滅障漸漸增長利益。求善知識開示解脫法門。向無明性中認取箇真實主人。於萬劫中得箇人身也不容易。爾還知箇身本性與佛同時本無欠少。有一大事在爾尿囊裡糞堆頭。光爍爍地圓陀陀地。還信得及麼。若信不及也從爾深坑罪海永墮沈淪。爾若迴光返照。於一剎那中即心念息。時中迷惑煩惱痴暗狂情頓自消滅。諸緣境界轉為甘露醍醐安樂國土。豈不是好否。聖人道。萬法從心生。萬法從心滅。皆由爾心。善惡也只由爾心。地獄天堂也只由爾心。只今相應與佛合。

前漳州羅漢の桂琛禅師の法嗣

智即是佛也更無相誑。直下奉信無疑心即正覺。又何必歷僧祇大劫。此身今生甚大難遇。莫道我是凡夫自家退屈。千經萬論只為眾生迷亂不識本性。爾暫時間那取些子貪物底工夫。看經書上義理。只言眾生被一切境攝。著慾之故。山僧苦口實為忉忉。爾還肯麼。爾還信麼。尋常著寒著熱。些子違情吃辛受苦不得卻。於日用時中自不醒悟。整頓取心好為取身好。百年如箭富貴如夢。恩情也只不久。百年無多日。頭白是病來。病是業債來。業債是死來。死是地獄來。爾莫道。我為人平生好心吉善。只依本分不作惡事我無罪過。別教爾有箇好生處。我即今朝未信爾在何故爾平等在甚處。爾還知否。不依佛法一切法皆是邪法外道見解。更莫說擔人擔。我貪色愛財餐魚啖肉妄言綺語。日費上事罪業極深。爾莫道。我捨財造塔起殿設僧轉經。便為長久功德。以此為實未可託倚眾中。老和尚也為爾不得。爾還知麼。爾有千般萬種無明罪業。佛亦為爾不得。須是爾自家著力前程自辦。爾若作一切有為功德。只是造業增長頑福。不生箇清淨知見。山僧雖然。求得供養日夜不安為慮未是在。還知麼。一任爾說向諸方。耆宿笑我也。嫌山僧不得。欲問爾施主得錢處。想爾應不濟潤於人。不救拔貧苦者。了得了取吃休。了取著休。早修行休。度此身休。悔取心休。悔取心休伏惟珍重。

昇州清涼院の文益禅師は余杭の人で、姓は魯氏。七歳で新定の智通院の全偉禅師について剃髪し、二十歳で越州の開元寺で具足戒を受けた。時に律匠の希覚師が明州鄮山の育王寺で大いに教化していたので、師はそこに赴いて聴聞に与り、その微旨を究めた。また傍ら儒典を探り、文雅の場に遊んだ。覚師は師を我が門の游・夏と見なした。師は玄機が一たび発すると、雑務をすべて捨て、錫を振って南へ向かい、福州の長慶の法会に至った。縁心はいまだ息まなかったが、海衆はこれを推した。まもなくさらに道伴を結んで湖外に行こうとした。出発して天雨に遭い、溪流がたちまち漲った。しばらく城西の地藏院に寓し、そこで琛和尚を参じた。琛が問うた。「上座はどこへ行く。」師が言った。「あてもなく行脚します。」琛が言った。「行脚のことはどうか。」師が言った。「知りません。」琛が言った。「不知がいちばん親切だ。」師は豁然として悟りを開いた。同行の进山主ら四人とともに、誠を投げて咨決したので皆契会し、順に記を受けてそれぞれ一方を鎮めた。師はひとり甘蔗洲に庵を結び、留まる議があった。進師らは江表の叢林を歴覧しようと期して、師に同行を命じた。臨川に至り、州牧が崇寿院に住することを請うた。初めての開堂の日、日の中頃茶筵に坐してまだ起たない。四衆が先に法座を取り囲んだ。時に僧正が師に白して言った。「四衆がすでに和尚の法座を取り囲みました。」師が言った。「衆人はかえって真の善知識を参ずるのだ。」しばらくして座に昇った。大衆が礼請し終わると、師は衆に謂うた。「衆人はすでに尽くここにいる。山僧は無言ではいられない。大衆のために古人の一つの方便を挙げよう。珍重。」すなわち座を下りた。時に僧が出て礼拝した。師が言った。「よい問いだ。」僧がまさに問いを申そうとすると、師が言った。「長老はまだ開堂していないので話には答えない。」子方上座が長慶から来た。師は先の長慶の稜和尚の偈を挙げて問うた。「どういうのが万象の中に独り身を露わすか。」子方は拂子を挙げた。師が言った。「そう会してどうする。」子方が言った。「和尚の尊意はいかに。」師が言った。「何を万象と呼ぶか。」子方が言った。「古人は万象を撥ねません。」師が言った。「万象の中に独り身を露わす。撥ねる撥ねないを何と言うか。」子方は豁然として悟り解き、偈を述べて誠を投じた。これより諸方の会下に知解を存する者は翕然として至り、初めは行行たるが、師が微かに激発すると皆漸く服膺した。参海の衆は常に千計を減らなかった。師が上堂すると大衆が久しく立った。そこでこれに謂うた。「ただそうやって散れば、まだ仏法があるかないか。試しに言ってみよ。なければまたここに来て何をする。あれば大市の人の集まる処にもある。どうしてここまで来る必要があろう。諸人は各々かつて『還源観』『百門義海』『華厳論』『涅槃経』を看た。諸多の策子、どの教の中にこの時節がある。あれば試しに挙げてみよ。もしやこのような経の中にこのような語があるのがこの時節か。何の交渉がある。ゆえに微言は心首に滞り、常に縁慮の場となる。実際は目前に居り、翻って名相の境となる。またどうすれば翻し去れるか。'

(師が続けて言う。)「もし翻し去ったらまたどうすれば正しくいけるか。まだ会するか。ただそうやって策子を念じるばかりで、何の用があろう。」僧が問うた。「どう披露すれば道と相応することが得られますか。」師が言った。「お前がいつ披露するか、すなわち道と相応しない。」問うた。「六処が音を知らない時はどうですか。」師が言った。「お前の家の眷属一団。」師はまた言った。「どう会するか。ただそう来て問えば、得ないことを道うな。六処が音を知らず、眼処が音を知らず、耳処が音を知らない。もし根本が有ならば、争い解けて無の得があろうか。古人は道うた。声色を離れて声色に著き、名字を離れて名字に著く。ゆえに無想天に修めて八万大劫を経ても、一朝退堕すれば諸事は儼然とある。概ね根本の真実を知らないためだ。次第に修行して三生六十劫、四生一百劫、かくのごとく三祇の果満に至るまで、かの古人はなお道う。一念の縁起の無生に如かず、かの三乗の権学の等見を超えると。また道う、弹指に八万門を円成し、刹那に三祇劫を滅却すると。まさに体究すべし。かくのごとくするのにどれほどの気力を用いるか。」僧が問うた。「指は問いません。どういうのが月ですか。」師が言った。「どれがお前の問わない指か。」また僧が問うた。「月は問いません。どういうのが指ですか。」師が言った。「月。」僧が言った。「学人は指を問うのに、和尚はなぜ月に対するのですか。」師が言った。「お前が指を問うたためだ。」江南の国主は師の道を重んじ、迎えて報恩禅院に住せしめ、浄慧禅師と署した。師が上堂して衆に謂うた。「古人は道うた。我は立ちてお前が覿面するのを待つと。山僧は今坐してお前が覿面するのを待つ。まだ道理があるか。どれが親でどれが疎か。試しに裁断してみよ。」問うた。「洪鐘を撃てば大衆が雲のように集まる。師にお請いします。」(底本は「系」に作る)師が言った。「大衆の会するはお前の会するに何に似る。」問うた。「どういうのが古仏の家風ですか。」師が言った。「どこか見足りない処があるか。」問うた。「十二時の中にどう行履すれば道と相応が得られますか。」師が言った。「取舍の心が巧偽を成す。」問うた。「古人が衣を伝えた時、誰に記すべきですか。」師が言った。「お前はどこで古人が衣を伝えたのを見たか。」問うた。「十方の賢聖は皆この宗に入る。どういうのがこの宗ですか。」師が言った。「十方の賢聖が皆入る。」問うた。「どういうのが仏の向上の人ですか。」師が言った。「方便に仏と呼ぶ。」問うた。「声色の二字はどんな人が透り得るか。」師は却って衆に謂うた。「諸上座。さあ、この僧はまだ透り得たかどうか。この問いの処を会すれば、声色を透るは難くない。」問うた。「仏の知見を求めるにどの路がいちばん近いか。」師が言った。「これを過ぎるはなし。」問うた。「瑞草が凋まない時はどうですか。」師が言った。「謾語。」問うた。「大衆が雲集する、師に請うて頓に疑網を決したい。」師が言った。「寮舎の内に商量し、茶堂の内に商量せよ。」問うた。「雲が開けて日を見る時はどうですか。」師が言った。「謾語、まことに。」問うた。「どういうのが沙門の重んずる処ですか。」師が言った。「もし繊毫でも重んずる所があれば沙門とは名づけない。」問うた。「千百億の化身、その中でどういうのが清浄の法身ですか。」師が言った。「すべてそうだ。」問うた。「簇簇として上る、師意はいかに。」師が言った。「眼である、眼でない。'

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