Libo

六壬拃河棹(银河棹)

明 · 张松源

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

四課三伝皆硬局、干神将位更差馳

大六壬典籍

まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。

巻首・刊記

同治元年重鐫銀河棹。大文堂業兌。

これは書首の牌記である。清の同治元年(一八六二年)に新たに版木を彫り直して刊印し、版木には《銀河棹》と題された——これは本書の別題で、「一つの棹で銀河を渡る」という意を取り、六壬の学が天の川のように浩瀚であるのに対し、この書はそれを渡る一本の櫂であるという意味である。「大文堂業兌」は刻書店号の記載で、版木は大文堂が事業を継承して転売した、すなわち版権は大文堂に帰属するということである。

自序

壬遁秘旨,傳自武侯所著,迄今二千餘年;精其學者,每秘不輕示,而奇門、六壬、太乙三式每多錯謬,鮮有真訣秘授。姚少師得此書,藏之內府,正統中土木之變,蓉城孫南華先生於燕營屠曾門室中得之,未有師傳也。後從史道鄰共窗安慶,始遇異人指授,遂精其學。萬分珍重,什襲以藏。

「壬遁」とは六壬における遁干の法であり、その秘要の宗旨は諸葛武侯(諸葛亮)の著述に由来すると伝えられ、今日まで二千余年流伝してきた。歴代この学に精通した者は、往々にしてこれを不伝の秘とし、軽々しく人に示さなかった。そのため「奇門」「六壬」「太乙」の合わせて「三式」と称される三大占法は、転写伝写のうちに錯誤百出し、真に口訣の密授を得た者はごく少ない。明初の姚少師(姚広孝、官は太子少師に至る)はかつてこの書を得て、宮中の内府に蔵した。明英宗正統十四年に「土木の変」が起こり、英宗が瓦剌に捕らえられて京師が大乱した際、蓉城の人・孫南華先生が燕京の軍営・屠曾の門室の中でこの書を拾い得たが、当時伝授する者がおらず、彼は読み解くことができなかった。後に彼は史道隣(史可法、字は憲之、号は道隣)と安慶で同窓して学んだ際、ようやく異人の指授に遇い、これによってこの学に精通した。彼はこの書を極めて重んじ、幾重にも包んで珍藏した。

每與人談,少露一斑,奇中如神。餘懇求再四,僅以經文授,且曰:「非吝也,實愛道也。君歸讀之。」餘拜而受之,恨不得其解,因靜坐一室,探其源於《河圖》《洛書》,稍得其說。

孫先生は平素、人と談ずるに一星半点しか洩らさなかったが、断るごとに奇しくも神の如く的中した。私は再三再四伝授を懇願したが、彼は「経文」——すなわち本書冒頭の十六句の総括口訣——だけを私に授け、そして言った。「惜しむのではない、実にこの道を愛するのだ。君は持ち帰ってこれを読みなさい。」私は礼をして拜謝し、経文を受け取ったが、遺憾ながらその意を読み解くことができず、そこで独り一室に静坐し、《河図》《洛書》の数理からその根源をたどって、ようやくわずかに端緒を得た。

復趨蓉城就正,先生笑且怒,笑則喜子之買舟相訪也,怒則怒子之洩其機也。謂予曰:「君能苦心原理,可以指示矣。慎勿輕以示人,致於天律。」叮嚀教戒而別。餘欲遵其戒,慮世失其傳,因手錄成帙,使後之君子遇茲編者知可珍重也,並述其傳之始末,以為之序。

私はまた蓉城に急ぎ赴き、孫先生に求证した。先生は私の推求を聞いて、笑いもし怒りもした。笑いは、私が船を雇って遠路はるばる訪ねてきたことを喜んだためであり、怒りは、私がその中の機要を言い破ってしまったことを恼んだためである。彼は私に言った。「汝がかくも苦功を下してその理を推求する以上、私は汝を指し示すことができよう。ただし決して軽々しく人に見せてはならない。天律に触れることを免れんがためだ。」彼が反覆して叮嚀に告げ戒めた後、我々は別れた。私は彼の告戒を守って秘して人に示さぬつもりだったが、またこの学がこのまま世に失伝することを慮り、そこで自ら写録してこの一書に編んだ。後世の君子がこの書に遇うとき、その珍重すべきことを知るためであり、あわせてその伝授の来歴を記して、この書の序とするものである。

崇禎癸未年仙槎張松源題於雲門山屋。

崇禎癸未年、すなわち西暦一六四三年、仙槎と号する張松源が雲門山中の書屋にて題した。この序は明亡の前一年に作られており、これによって本書の成書が明末であることが分かる。

長生図

子辛寅丙戊,卯癸巳生庚;午中單乙木,壬水是生申;酉中丁己是,甲木亥宮輪。沐浴等十一位俱由長生數去,剛干順數,柔干逆數。

これは十天干の「長生」のある宮位の口訣である。逐句を拆けば:辛金は長生が子宮にある。丙火と戊土は同じく寅宮に長生する。癸水は卯宮に長生する。庚金は巳宮に長生する。午宮には乙木一つだけが長生するので「単乙木」という。壬水は申宮に長生する。酉宮は丁火と己土が共に長生する宮である。甲木は亥宮に長生する。「長生」は十二長生(また「長生十二宮」とも)の第一位で、一気の初めて萌えることを表す。長生を定めた後、残りの「沐浴・冠帯・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養」の十一位は、いずれも長生の宮から順に数えてゆく。甲・丙・戊・庚・壬の五つの「剛干」(陽干)は十二宮を順行に数え、乙・丁・己・辛・癸の五つの「柔干」(陰干)は逆行に数える。占課のときにはまず掌上に長生を定め、残りの各位は一々数えて得る。これをもってある干支が有気か無気かを判断する。

掌図 分野

巳 楚地 螣蛇 太乙 鶉尾 翼軫 午 三河 朱雀 勝光 柳星張 鶉火 未 雍州 太常 小吉 井鬼 鶉首 申 晉地 白虎 傳送 觜參 實沈

これは掌上に排盤するための「掌図」で、十二地支宮に順に分野(主る地域)、十二天将、月将の別名と二十八宿、十二星次を配したものである。占課のときはこの一組を左手の十二宮に記え、ある宮を見れば同時にその方位・地域・天将・星次が分かる。この四行は:巳宮、分野は楚の地、天将は「螣蛇」、月将の別名は「太乙」、所轄は翼・軫の二宿、星次は「鶉尾」という。午宮、分野は三河(河東・河内・河南)、天将は「朱雀」、月将の別名は「勝光」、所轄は柳・星・張の三宿、星次は「鶉火」という。未宮、分野は雍州、天将は「太常」、月将の別名は「小吉」、所轄は井・鬼の二宿、星次は「鶉首」という。申宮、分野は晋の地、天将は「白虎」、月将の別名は「伝送」、所轄は觜・参の二宿、星次は「実沈」という。

辰 兗州 勾陳 天罡 角亢 壽星 丁 丙 己 庚 戊 辛 乙 戊 甲 己 壬 癸

前の一行も同じく分野掌図で:辰宮、分野は兗州、天将は「勾陳」、月将の別名は「天罡」、所轄は角・亢の二宿、星次は「寿星」という。次の四行は掌図の中に夹刻されたもう一つの小図——「十干寄宮図」で、十の天干がそれぞれ寄居する地支宮を方框の上・左・右・下の四辺に標したものである。六壬で課を起こすとき、天干には自らの宮位がなく、地支宮を借りて身を安んじなければならない。規矩は:甲は寅宮に寄し、乙は辰宮に寄し、丙と戊は同じく巳宮に寄し、丁と己は同じく未宮に寄し、庚は申宮に寄し、辛は戌宮に寄し、壬は亥宮に寄し、癸は丑宮に寄す。底本のこの図は彫版の方框図で、横排文字に転換した後、各字と宮位の対応関係が既に錯乱している。ここでは底本の原字の次序のまま照録し、通行本によって改めない。図を読むときは上記の寄宮口訣を正とすべきである。

酉 冀州 太陰 從魁 胃昴畢 大梁 卯 豫州 六合 太沖 氐房心 大火 戌 徐州 天空 河魁 奎婁 降婁

分野掌図の続き。酉宮、分野は冀州、天将は「太陰」、月将の別名は「従魁」、所轄は胃・昴・畢の三宿、星次は「大梁」という。卯宮、分野は豫州、天将は「六合」、月将の別名は「太冲」、所轄は氐・房・心の三宿、星次は「大火」という。戌宮、分野は徐州、天将は「天空」、月将の別名は「河魁」、所轄は奎・婁の二宿、星次は「降婁」という。ここの排列順序は彫版方框図の左右両辺に分列されたものに従ったので、酉・卯・戌は地支の次序に従わない。読むときは宮に従って認め取ればよい。

寅 燕地 青龍 功曹 尾箕 析木 丑 揚州 貴人 大吉 斗牛 星紀 子 青州 天后 登明 女虛危 元枵 亥 豳地 玄武 登明 室壁 諏訾

分野掌図の末四行。寅宮、分野は燕の地、天将は「青竜」、月将の別名は「功曹」、所轄は尾・箕の二宿、星次は「析木」という。丑宮、分野は揚州、天将は「貴人」、月将の別名は「大吉」、所轄は斗・牛の二宿、星次は「星紀」という。子宮、分野は青州、天将は「天后」、所轄は女・虚・危の三宿、星次は「元枵」(すなわち玄枵、清帝の諱を避けて「玄」を「元」に改めた)という。亥宮、分野は豳の地、天将は「玄武」、月将の別名は「登明」、所轄は室・壁の二宿、星次は「諏訾」という。留意すべきは:底本は子宮の下にも「登明」と刻し、亥宮と重出しているが、これは刻し損じであろう。十二月将の通例では子宮は「神后」と名づけ、亥宮こそ「登明」と名づく。ここでは底本に従って照録し改めないが、読者が用いるときは「神后」を正とすべきである。

経文総括十六句

訣傳壬式遁干奇,天地人盤上下推。四課三傳皆硬局,干神將位更差池。錯認日躔為月將,謬將天乙亂神祗。箇中綱領皆非法,局外行藏必要知。

この十六句は全書の総綱であり、まず前の八句を見る。第一句に曰く:この一支の口訣が伝える六壬の式法、その奇要はすべて「遁干」にある——地支の排した盤の上に、さらに五子元遁によって天干を套せる。これこそ他家に無い要領である。第二句に曰く:遁干は「天盤」「地盤」「人盤」の三層の間で上下互いに推さねばならず、一層だけを見てはならない。第三句に曰く:四課と三伝は九天玄女が定め死せる「硬局」で、格式は固定し人は移せない。第四句は批評で:世間が干・神・将の位次を別に一套立てる(例えば「金口訣」が六位を四位に改める)のは、六壬の正法との差があまりに遠い。第五句は時人の第一の大錯を指摘する:太陽の躔する宮度を月将と誤認した。第六句は第二の大錯を指摘する:天乙貴人の起法を誤り、連れて十二天将の位置をすべて排し乱した。第七句に曰く:世人が綱領と奉ずるそれらの法門は、実はすべて真法ではない。第八句に曰く:真の枢機は課体格局の外、すなわち遁干の取捨進退にあり、この一層を知らないではいられない。

取旺因時名發用,披神帶煞可遷移。真飛假伏潛消息,年月日明運動機。德合刑沖雖一理,吉凶應驗不同期。圓融活潑真玄妙,剖盡人間萬事疑。

これは総綱の後の八句である。第九句に曰く:取用の法は時令に因ってその当旺の字を取ることにあり、これを真の「発用」と呼ぶ。死んで初伝を認めるのではない。第十句に曰く:一つの字の上に貴神を披き、かつ神煞を帯びれば、吉凶はそれによって挪移変化し得る。第十一句に曰く:事の行くべきか留まるべきかは、「真飛・假飛・真伏・假伏」の幾種かの消息の中に蔵されている。第十二句に曰く:太歳・月建・日辰・時辰のこれら数か所は、まさに事機の発動する枢紐である(この句は底本に「年月日明運動機」と作るが、後文の正篇の標目は「年月日時運動機」と作る。「日時」を正とすべきである)。第十三句に曰く:徳・合・刑・冲のこれらの関係は、道理は一貫である。第十四句に曰く:しかしそれらの応験が吉凶となる時間の早晩は各々同じではない。第十五句に曰く:これらを融會貫通し活発に運用できてこそ、真の玄妙である。第十六句に曰く:このようにしてこそ人間万事の疑難を剖断し尽くすことができる。

此張仙槎所受經文十六句也,寥寥數言括盡壬遁之妙旨。編後皆仙槎逐句演解之論也。有銀河之一棹,而壬學如天漢之長,昭矣。

以上は張仙槎が孫南華先生から受伝した十六句の経文である。字数は少ないが、六壬遁干の精妙な宗旨をすべて概括し尽くしている。この十六句以下の篇幅は、すべて仙槎自ら逐句に敷演し解説した議論である。六壬の学は天の銀河の如く浩渺としているが、この一支の棹があれば渡り得る——本書が《銀河棹》と題された道理はまさにここにあり、今や明らかに説き尽くされた。

訣伝壬式遁干奇

下四句亦經文。

作者はここに一句の自注を加え、読者に注意を促す:次の四言体の一段(「天地本静」から「隠于両言」まで)もまた受伝した経文の原文であって、仙槎自身の言葉ではない。さらにその下からが彼の解説である。全書の体例はすべてこのようである:まず四言の経文を列し、後に演解を附す。

天地本靜,因人而動。人物亦靜,因心而動。心動機現,誠感神應。拈時演式,照灼兆朕。地支靜載,天干遁遊。得支尋干,干動支變。循環六十,天三地三,六支相乘,因時取旺,觸類旁通,觀象求形,理法圓融,披神帶煞,局外推窮,干支有六,用焉舍焉。《金匱》要訣,隱於兩言。

これは受伝した経文の第一段で、四字句をもって書かれ、遁干の総原理を講する。天地は本来寂然として動かず、人の作為があってこそ動く。人と万物も本来静であるが、心が一動すれば動く。心が一動すれば、事の機兆が顕現する。占者が誠をもって相感ずれば、神明に応えがある。そこで手まぐさに当下の時辰を拈取して課式を排せば、事の征兆が明らかに照らし出される。十二地支は静かに承載して大地の如く動かず、十天干はその上を遁行游走して天体の如く旋転する。まず地支の位を得、次いでその上に遁する天干を尋ね出す。天干が一動すれば、地支の主る事も随って変化する。天干と地支は循環相配して六十甲子となる。「天三地三」とは天盤・地盤・人盤が各々一層の干を遁し、三層合わせて六層となることをいう。六層の干支が互いに乗配し、さらに当時の時令に照らして当旺の一つを挑び出す。これによって触類旁通し、卦象を観察して事の形貌を求めれば、法と理は円融無碍となる。いわゆる「披神帯煞」とは、一つの字の上に天将を披き、かつ神煞を帯びることをいう。これらはすべて課体格局の外において推究すべきである。《金匱経》に「干支有六、用焉舎焉」とある——どれを取るべきか、どれを舎くべきか、すべての要訣はこの二句の中に蔵されている。

此探六壬之源最重遁干。蓋干曰天干,屬陽而動;支曰地支,屬陰而靜。有靜必有動,猶有陰必有陽也。故天地本穆然靜也,自人有所為,則天心亦動矣。人物無為,自靜也;自事有感觸,則人心遂動矣,靜動禍福,隨之而應。故元女以前民用令占者,誠心拈時演式,以察吉凶之朕兆,便知所趨避。

この段は仙槎の解説で、六壬の本源を探究し、全書が最も重んずるのは遁干であると指摘する。天干は「天」と称し陽に属し動を主る。地支は「地」と称し陰に属し静を主る。静あれば必ず動があり、陰あれば必ず陽があるのと同じである。だから天地は本来粛穆として安静であるが、人に作為があってから天心も随って動く。人と万物は作為なきとき本来自ずから静であるが、一旦事に触動されれば人心は動き出す——この一静一動の間に、禍福が随って応ずる。したがって九天玄女がこの法を制作したのは、あらかじめ百姓の用に供するためであり、占者が誠敬の心をもって随時に時辰を拈取し課式を排布して、それによって吉凶将至の兆頭を察見し、もって何に趨き何に避くべきかを知らしめるためである。

地支靜而演式,如地之載天;干象天而周遊,如天之旋轉,非動無以觀其變也。天地人三層遁干,始成天地六支,亦可察其衰旺,旁通觸類,以知吉凶悔吝之形象。蓋圓通之妙,全在遁干之披神帶煞,乃局外行藏,世人所不知也。《金匱經》曰:「干支有六,用之舍之。」遁干之秘,已隱於兩言中矣。

課式を排するとき、地支は動かぬ底盤で、大地が天を承載するが如し。天干は天に象りて周流游走し、天体の旋転の如し——動かなければ変化を見る由がない。天盤・地盤・人盤の三層は各々一層の天干を遁し、本来の地支と合わせてこそ六層の干支をなし、このようにしてこそ各所の衰旺を察見し、進んで触類旁通して吉・凶・悔・吝の諸情形の形貌を推知できる。六壬が円融変通し得る妙は、すべて遁干の上に披く貴神と帯ぶる神煞にある。この一層は課体格局の外の進退去留に属し、世人の知るところではない。《金匱経》に曰く「干支有六、用之舎之」。遁干の秘訣は、既にこの二句の中に蔵されている。

太乙遁一於六,示前知也;奇門遁其甲,示逃藏也;六壬遁干於支,象人事之變遷也。故遁干非支不顯,遁支無干不靈。壬遁無干,則無六層,何名六壬哉?故經文自揭之曰:「遁干奇。」

三式は各々その「遁」がある。太乙は「一」(太乙星)を六宮の中に隠遁し、取るところはあらかじめ知るの意。奇門は「甲」を六儀の下に隠遁し、取るところは蔵れ隠るの意。六壬は天干を地支の上に隠遁し、取象は人間世事の遷移変化である。だから遁じ出た天干は地支がなければ顕れるところなく、排せた地支は天干がなければ霊験もない。六壬の遁法が天干を用いなければ、六層を湊えることはできず、それで何をもって「六壬」と呼ばれようか。正にこの故に、経文は開篇において自ら「遁干奇」の三字を点明し、この一層を掲げ出したのである。

十干十二支配成六十,以配年月日時,以範圍天地萬物,未有單用干而無支者。元女借文以演式,本以日辰干支為主,而四課三傳雖以支演,而干之字暗藏其中,支特以架出取干為用,故天地人三盤字字是支而實,字字是干遁其上。蓋隱而不見,以見其秘,懼洩造化之機也。

十の天干と十二の地支は相配して六十甲子となり、年・月・日・時を配して天地万物を籠罩する。ただ天干のみを用いて地支を用いぬという理はかつてない。九天玄女が文字を借りて課式を演布するに、本来日辰の干支を主とした。四課三伝は表面上地支のみをもって排演するが、天干の字は実はその中に暗藏している——地支はただ一つの架子を搭起して、天干を取出して用いるまでである。したがって天盤・地盤・人盤の三層は、見れば字々すべて地支であるが、実は字々に天干がその上に遁している。隠して露わさぬ所以は、まさにこの秘密を保ち、造化の機密を軽々しく洩らすことを憚るためである。

經曰「干支有六」者,年、月、日、時、年、命六處,皆有遁干,故天地人三盤自有三層遁干,配成六層。凡一字中有三層遁干,而六處尤重。六處之遁干內有旺者則取為用。用生日干者吉,剋日干者凶。

経文のいう「干支有六」とは、太歳・月建・日辰・正時・行年・本命の六か所を指し、各所に遁じ出た天干がある。これに天・地・人の三盤自体が各々一層の遁干を持つことを加えて、合わせて六層を配成する。いずれの字の上にも三層の干を遁じ出すことができ、上述の六か所は殊に緊要である。この六か所の遁干のうち、当旺の一つに遇えば、それを取って「用」とする。取出した用干が日干を生ずれば(日干は求占人自身を代表する)、すなわち吉。日干を克すれば、すなわち凶である。

「舍之處之」,干又不宜克賊用干,宜生比用干,則吉而實矣。故曰「用之舍之」也。

いわゆる「舎之处之」とは、用干と日干の関係を見るほかに、さらに他所の天干がこの用干に対して如何であるかを見ることをいう。他所の干はこの用干を克伐・賊害すべきではなく、最もよいのはこれを生じまたはこれと同類に比助することであり、これによってこの「用」がはじめて吉利かつ実落に帰する。経文の「用之舎之」と講ずるは、まさにこの一層の取捨である。

又遁干有六,而實有九:一日上、二日陰、三辰上、四辰陰、五初傳、六中傳、七末傳、八命上、九年上;蓋六、九,陰陽相倚之數也。事神、類神、陽神、陰神、用神,五神之干即在其中矣。乃地盤支中又有伏藏之干,寄干及人元,二六潛神也。是名伏干。

遁干は名義上は六か所と云うが、実際に数えれば九か所ある。第一は日上神、第二は日陰神、第三は辰上神(日支上神)、第四は辰陰神、第五は初伝、第六は中伝、第七は末伝、第八は本命上神、第九は行年上神。六と九は、まさに陰陽が互いに依倚し合う成数である。占断に用いる「事神」(所占の事の主神)、「類神」(同類に象を取る神)、「陽神」「陰神」「用神」の五種の神の帯ぶる天干は、すべてこの九か所の内に包含される。このほか、地盤の地支の中にはさらに潜伏して露われぬ天干がある——すなわち十干の寄宮の干、および地支の蔵する人元で、下文に講ずる「二六潜神」である。この類を「伏干」と呼ぶ。

行年以男起丙寅,女起壬申,逐旬首推。

「行年」の起法に至っては:男命は丙寅より一歳を起こし、女命は壬申より一歳を起こし、しかる後に六十甲子に従い旬を逐って順次推排し、当年の歳数の落着く干支に数え至れば、それがその人の今年の行年である。行年の上に遁ずる天干は、まさに上文の九か所の一つであり、一年の吉凶を占断するにはこれを見る。

二六潜神歌

子中癸水八分真,壬三辛二是初生;丑內己土癸三是,辛金二半一同陳;寅宮甲木七分是,丙戊三分火土均;卯中乙木七分是,癸水初生甲三分;辰中戊土分分在,癸乙各居二半尋;巳中四分屬丙火,庚初三分戊三停。

「二六潜神」とは十二地支が各々暗藏する天干で、「人元」とも呼ぶ。「二六」は十二の数、「潜」はそれが地支の下に伏して面を露わさぬことをいう。歌訣はまた各蔵干に「分数」を標し、その力量の大小を衡量するのに用いる。分数が多ければ力量は強い。前の六支は:子宮は癸水を主とし八分を占め、別に壬水三分・辛金二分があり、辛はここでは初生の気に属す。丑宮は己土を当家とし、別に癸水三分・辛金二分半を蔵し、三者が同列する。寅宮は甲木を主とし七分を占め、別に丙火と戊土各々三分で火土均分する。卯宮は乙木を主とし七分を占め、癸水はここで初生の気となり、別に甲木三分がある。辰宮は戊土がところどころにあり(本気最も足る)、癸水と乙木各々二分半。巳宮は丙火が四分を占め、庚金はここで初生となり、別に戊土三分で丙・庚と三者鼎立する。

午宮丁火領先分是,己土二半乙三明;未中己土五分確,乙丁二半各均勻;申中庚七辛金二,壬水初生只二分;酉宮辛七庚三準,乙己各二最分明;戌伏戊土五分實,辛丁二半各相臨;亥中壬七癸三定,更有甲木繫初生。

後の六支は:午宮は丁火を首とし、別に己土二分半・乙木三分。未宮は己土確かに五分、乙木と丁火各々二分半で分得均しい。申宮は庚金七分・辛金二分、壬水はここで初生で二分のみを得る。酉宮は辛金七分・庚金三分、別に乙木・己土各々二分で界限最も分かち明らかである。戌宮は戊土を伏し実に五分を得、辛金と丁火各々二分半で一同にその下に臨む。亥宮は壬水七分・癸水三分、このほかに甲木がここで初生の気となる。これらの蔵干と分数は、地盤のある宮の下に究竟どれほどの力量があり、天盤の干を生扶しまたは克制し得るかを判断する根拠である。

地中伏干與天上遁干有制、化、德、合、比、旺,如三命之取人元法同,所以佐天盤之不足而圓融通變也。

地支の中に潜伏するこれらの天干は、天盤上に遁じ出た天干との間に、克制・化合・干徳・干合・比助・当旺の幾種かの関係を生ずる。その取法は子平三命術において「人元」(地支人元の用事の神)を取る办法と同じである。これをもって天盤の尽くし得ぬところを補足すれば、占断ははじめて円融通変し、死板に至らない。

遁干秘旨歌

月將加時覓遁干,法輪五子繞天盤。神臨方上仍加遁,旬首地盤次第看。用神消息箇中求,三遁取象一處收。旺相生合刑沖究,假伏真飛決去留。

これは遁干の総訣の頭八句である。第一步は当月の月将を占時の上に加えて天盤を転じ出し、次いで天盤上に遁干を尋ねる。用いる方法は「五子元遁」(甲己は甲子より起こし、乙庚は丙子より起こし、丙辛は戊子より起こし、丁壬は庚子より起こし、戊癸は壬子より起こす)と呼ばれ、この法輪に従って天盤を繞って一路遁じ下る。十二天将の臨む方位の上にも、同じくもう一層の遁干を加える。地盤上の遁干は本旬の旬首の甲某から始め、次序に従って排し下って見る。取るべき「用神」の消息は、これらの遁干の中から求める。天・地・人の三遁の取った象は、最後に一か所に帰結して見る。取り定めた後は、さらにそれが旺か相か、他所と生か合か、刑冲の有無を推究する。所占の事が行くか留まるかは、「假伏」と「真飛」の幾種かの格局によって決断する。

神將加干三匝周,真空飛去假為謀。或逢伏地潛端倪,五旺之中好返求。遁干所主號為真,飛合天官遁建巡。旬首伏干詳次第,假從盤外課中論。

貴神と天将は遁干の上に加わり、天・地・人の三層が繞り満ちて一周するのを「三匝」と呼ぶ。真の旬空に遇えば、その字は飛び去る。ただの假空なら、事にはなお図謀すべきところがある。遁干が地盤の下に伏して端倪のみを露わすときは、このとき「五旺」(天旺・地旺・日旺・時旺・化旺)の中に回頭してその根を求めなければならない。およそ遁干自体の主るところのみを「真」と呼び、それと十二天官(十二天将)と相合し、太歳月建と相巡照するそれらの関係は、「飛」の一路に属する。地盤上に旬首から排し下った伏干は、次第に従って細看しなければならない。そして「假」の一路は、課体格局の外、課伝全体の中において論じなければならない。

中黃五變通幽處,時上傳時天地人。干遁不拘前後見,課中移換不同雲。既得來情察遁干,所占輕重要詳參。遁干臨處知去向,所乘神煞吉凶看。克者為無從旺斷,五行之內細推原。便將神將藏凶吉,始察來人見的端。

《中黄経》の伝える「五変」の法は、最も幽微の処に通ずる。それは正時を本とし、時の上にさらに時を伝え出して、天・地・人の三層を配成する。この法子を用いれば、遁干は前一位にあろうと後一位に現れようと、いずれも取ることができる。一つの課はその中で挪移変換し、断り出した言は各々同じからず、一時に五人五事を占うに供する。既に課象によって人の占うところの事を見出したなら、遁干を察看し、所占の事の軽重を仔細に参詳しなければならない。遁干がどの宮に臨むかを見れば、事の去向がどの方にあるかが分かる。それの乗ずる貴神と神煞は吉凶を決定する。もし遁干が克されて用なきに見えるときは、改めて「旺」の字の上から断り、五行生克の内において細々と本源を推究する。さらに天将の蔵する吉凶を合わせて見て、はじめて来人の問う事の確切なる端倪を察することができる。

貴人加臨亦遁建,中有披神帶煞妙。將帶神兮神帶將,於中玄妙誰能曉?遁干一字神殺貫,一實二虛披帶始。遙臨同行人不知,龍披寅甲亥壬子,

天乙貴人の加臨する宮位も、同じく天干を遁じ出し、あわせて太歳月建を参看して、その中に「披神帯煞」の妙用がある。いわゆる「将帯神」は天将の上に貴神を帯びること、「神帯将」は貴神の上に天将を帯びること。この中の玄妙は、能く解する者は多くない。一つの遁干の字は、貴神と神煞を一々貫穿し得る。この字自体は「実」、それの披く神と帯ぶる煞は「虚」で、一実二虚、この「披」「帯」の二字より分別を始める。ある字は遥々として相臨み、一路を同じくして行くが、一般人には見出されない。例を挙げれば:青竜は木に属し寅宮に寄し、寅の中に甲を蔵し、亥宮は甲木の長生でありまた壬水の位である——ゆえに青竜が一たび出れば、すなわち虚に寅・甲・亥・壬・子の幾字を披くに等しい。

春占木旺名天旺,寅卯日占木遊干,地旺遁干立處比,十干五合為人旺,類旺日比時旺祿。此名五旺課中求。右十首皆經中歌之要訣,註解見後。

末の数句は「五旺」を講ずる。春に課を占えば、木は時令の気を得て「天旺」と呼ばれ、すなわち気旺である。寅日・卯日に課を占えば、木は日干と同気で、遁干はその上に游行し、日辰の助けを得る。遁干の立つ宮の地支がそれと比和するを「地旺」と呼ぶ。十天干が両々相合して(甲己・乙庚・丙辛・丁壬・戊癸)化するを「人旺」と呼ぶ。同類に比するは「類旺」、占時が正に日干の禄位に当たる(例えば甲日に寅時を占する)は「時旺」である。この五種の旺は、いずれも課中において尋ねるべきである。以上の十首歌は、いずれも経文の中の要訣で、逐条の注解は後の各篇を見よ。

天地人盤上下推

天盤月將,斗建之合,遁以五鼠,仰觀於天;地盤宮位,神將所臨,遁以五虎,即旬遁,俯察於地。天盤貴人,事機所主,時起遁干,參觀天地。開三撥五,數往知來。

これは経文第二句「天地人盤上下推」の四言正文で、三、三層の盤が各々どの方法をもって遁干するかを講ずる。天盤上に排するは月将で、月将は斗柄の建する月の六合の神である。天盤の遁干は「五鼠遁」を用い(子時より遁を起こし、甲己日は甲子より起こし、乙庚日は丙子より起こし、丙辛日は戊子より起こし、丁壬日は庚子より起こし、戊癸日は壬子より起こす)、この一層は仰いで天を観る。地盤は固定の十二宮位で、天将と貴神はいずれもその上に臨む。地盤の遁干は「五虎遁」を用い、すなわち本旬の旬首より推排する「旬遁」で、この一層は俯して地を察する。人盤は天盤上の貴人を主とし、貴人はまさに事機の主るところである。占時より遁干を起こし、貴人のある宮まで推して、この一層をもって天地の両盤を参合する。いわゆる「開三撥五」とは、三層の遁干を開き出し、五行の衰旺を撥定することである。能くこのようにしてこそ、已往により将来を推知するに足る。

此探夫六壬有天地人三盤之遁干,仰觀俯察,中審人事,以參觀乎天地之吉凶,非開三遁,撥五行之衰旺,何以數往知來乎?

この段は仙槎の解説:六壬に天・地・人の三層の盤の遁干あり、上は天象を察し、下は地理を察し、中は人事を審断して、天地の間の吉凶を参合観察するのに用いる。もしこの三層の遁干を開列せず、五行の衰旺を撥清せざれば、何をもって過去により未来を推知せんや。

天遁假如図例

天遁以本日之干為主,起五鼠遁。假如乙庚日乃乙庚丙作初遁起。若以亥時占,即逆尋甲戌旬起數,至亥上即是乙亥,數至辰上即是庚辰,未時以前用甲戌旬遁干也。

天遁は占日の日干を主とし、「五鼠遁」をもって起こす。例を挙げれば:乙日または庚日は、口訣は「乙庚丙作初」、すなわち丙子時より遁を起こす。假如亥時に課を占するなら、まず倒り返ってこの時辰がどの旬に属するかを尋ね出さなければならない——査すれば甲戌旬であるから、甲戌より数を起こす。戌上に甲戌、亥上にすなわち乙亥、一路数えて辰上に至ればすなわち庚辰である。およそ未時以前に占するは、すべて甲戌旬の这一套の遁干を用いる。

自申時以後,俱用甲申旬遁干。申上遁見甲,酉上便得乙。若寅時占即得庚寅,餘仿此。不明此即犯旬空,誤矣。

申時起以後は、甲申旬の遁干に換えなければならない。申上に遁じて甲申を得、酉上にすなわち乙酉、依次に排して下る。もし寅時に占すれば、数えて寅上に至れば庚寅を得る。其余の各日各時はすべてこの办法に照らして類推する。この一歩は必ず弄清楚さねばならない。旬が同じからざれば遁干も同じからず、換旬の界限を明白にせざれば、本ならぬ空の字を旬空と為したり、旬空の字を誤って実字として用いたりして、断り出すは自然と錯る。

寅時例

在申時以前,拈得寅時,為戊寅;在申時以後拈得寅時,為庚寅。以本旬之甲不同也。申時以後拈得亥,為丁亥。

専ら寅時を例として挙げる。同じく乙庚日の寅時でも、申時以前に占すれば、寅上に遁じ得るは戊寅(甲戌旬に属す:甲戌・乙亥・丙子・丁丑・戊寅)。申時以後に占すれば、寅上に遁じ得るはかえって庚寅(甲申旬に属す:甲申・乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅)。同じ一つの寅の字で、遁干は一つは戊、一つは庚。その原因はまさに属する旬の旬首の甲が同じからぬことによる。同じ理で、申時以後に亥の字に遇えば、遁じ得るは丁亥であって乙亥ではない。

天遁図例

辛 壬 癸 甲 巳 午 未 申 庚辰本 本酉乙 日 日 己卯干 干戌丙 寅 丑 子 亥 戊 丁 丙 丁

これは天遁の掌図で、もとは彫版の方框図で四辺に各々三宮を排したものである。中間に「本日干」の三字を竪書し、この一層が本日の日干を主とすることを示す。四辺の読法は:上辺の一排は自ら左より右に巳・午・未・申の四宮で、その上にそれぞれ辛・壬・癸・甲を遁じ得る、すなわち辛巳・壬午・癸未・甲申。左辺は自ら上より下に辰・卯の二宮で、庚辰・己卯を遁じ得る。右辺は自ら上より下に酉・戌の二宮で、乙酉・丙戌を遁じ得る。下辺の一排は自ら左より右に寅・丑・子・亥の四宮で、戊寅・丁丑・丙子・丁亥を遁じ得る。この図は乙庚日を取るため、口訣「乙庚丙作初」に従い、丙子より遁を起こし順排して一周十二宮をなし、得数は上の如し。

天遁乃在天盤上,卻以日干為主運。從子逆數去尋甲,數到本日是天遁。此圖繫乙庚日亥將,故用乙庚丙作初。餘仿此。

天遁は天盤上に排する一層であるが、日干をもって運転の主宰とする。具体的做法は子位より起こし、倒れて数え返って本旬の旬首の甲某を尋ね、本日に相応する位置まで数えて、得出したのがすなわち天遁の干である。この一幅の図は乙庚日・亥将の例を取るので、口訣「乙庚丙作初」に従い丙子より遁を起こす。其余の各日はすべてこの办法に照らして類推する。

地遁假如図例

地遁以旬首為例,起旬首,如庚午日即是甲子旬首。若用未時占,即是辛未時也。酉時占,即是癸酉時也。戌時即出旬,用甲戌旬,為空亡時矣。亥同戌例。

地遁の起法は本旬の旬首を准とし、すなわち旬首のあの甲某より排し起こす。例を挙げれば:庚午日は甲子旬に属し、旬首はすなわち甲子。もし未時に占すれば、甲子より順数して未に至り、辛未を得、これがすなわち未時の地遁干である。もし酉時に占すれば、数えて酉に至り癸酉を得る。戌時に至れば、既に甲子旬を出でている(甲子旬は癸酉までしかない)ので、甲戌旬を改用して遁さなければならない。而して戌・亥の两位は甲子旬の中に正に「旬空」の地であるから、これを空亡の時という。亥時の算法は戌時と同じである。

地遁図例

己 庚 辛 壬 巳 午 辛 申 辰戊 酉癸 卯丁 戌甲 寅 丑 子 亥 丙 乙 甲 乙

これは地遁の掌図である。上辺の一排は自ら左より右に巳・午・未・申の四宮で、己巳・庚午・辛未・壬申を遁じ得る。左辺は自ら上より下に辰・卯の二宮で、戊辰・丁卯を遁じ得る。右辺は自ら上より下に酉・戌の二宮で、癸酉・甲戌を遁じ得る。下辺の一排は自ら左より右に寅・丑・子・亥の四宮で、丙寅・乙丑・甲子・乙亥を遁じ得る。この図は庚午日・甲子旬首を取るので、甲子より遁を起こし順排一周してすなわち得る。注意すべきは:底本の上辺第二排は本当は「巳午未申」と刻すべきところ、「未」の字を誤って「辛」と刻した。ここでは底本の原字のまま照録し改補せず、読者は宮位の次序により自ずから未宮と明らかにすべきである。

地遁卻從旬遁尋,數至正時好住停。旬頭甲子時是未,便是辛未見分明。此圖庚午日未時甲子旬首。餘仿此。

この四句は地遁の口訣である。地遁は本旬の旬遁より尋ねて、旬首より一路数えて占する正時に至り、すなわちそこで停住する。どの字の上に停まるか、その字がすなわち地遁干である。旬頭の甲子を例とすれば、もし正時が未時ならば、数え過ぎ去れば正に辛未で、一目了然である。この図は庚午日未時・甲子旬首の例を取る。其余の情形はすべてこれに照らして類推する。

人遁假如図例

人遁以貴人為主,起所用貴人,順數所占時上,看是何神。如丙子日亥將子時占,陽時用陰貴人,酉加戌逆行,申上蛇、未上雀,數到子時上是玄武,即起壬子順數至辛酉,酉即貴人。宮遁得辛酉,是為貴人之遁干也。餘例此。

人遁は天乙貴人を主とする。まずこの課に用いるべき貴人を起出し、次いで貴人のある宮から順に数えて占する時辰の上に至り、そこに落着くのがどの天将かを見る。例を挙げれば:丙子日・亥将・子時に占す。子時は陽時に属し、陽時は陰貴人を用いるべきで、丙日の陰貴は亥にある。亥将を子時に加えて天盤を転じ成せば、陰貴は天盤の酉に落ち地盤の戌位に臨む。そこで戌上より貴人を起こして逆行し——申上は螣蛇、未上は朱雀、このように一路数えて子時のある宮に至れば、落着くは玄武である。貴人の臨むを既に知れば、次いで時遁を見る。子時上に遁じ得るは壬子であるから、壬子より起こして順数一周し、数えて酉宮に至れば辛酉で、酉は正に貴人のあるところである。ゆえに貴人のこの宮に遁じ得る干は辛、「辛酉」がすなわち貴人の遁干である。其余の各例はすべてこのように推す。

丙子日子時該是戊子,如何是壬子?蓋貴人隨干用的,是時遁至子,因時是戊子,戊遁壬子,故又言壬子。從壬子順數至酉上,為辛酉,是貴人戊遁壬子者,即戊癸何方覓,壬子順行流也。人遁是從本日子時干上再用五鼠遁。

ここで読者のために一つの疑問を解く。丙子日は「丙辛従戊起」の五鼠遁に照らせば、子時は本当は戊子であるべきなのに、なぜ上文は壬子と云うか。原因は人遁の貴人は天干に随って走ることにある。まず日干より子時に遁じて戊子を得、次いでこの「戊」の字を取って新たな日干として、五鼠遁の口訣「戊癸何方覓、壬子是真途」に照らし、改めて壬子より遁を起こす——ゆえにまた壬子と云う。壬子より順数して酉上に至り辛酉を得、これこそ貴人の遁干である。一言でいえば、人遁は本日の子時に遁じ出たあの天干の上に、さらに一層の五鼠遁を疊用するので、天遁より一層多く遁ずる。これがまさにそれを「人盤」と呼ぶ所以である。

人遁図例

丙 丁 戊 己 辰 巳 午 未 卯乙 申庚 寅甲 酉辛 丑 子 亥 戌 癸 壬 癸 壬

これは人遁の掌図で、起点が子にあって寅にあらざるが故に、四辺の宮位の排法は前の二図と同じからない。上辺の一排は自ら左より右に辰・巳・午・未の四宮で、丙辰・丁巳・戊午・己未を遁じ得る。左辺は自ら上より下に卯・寅の二宮で、乙卯・甲寅を遁じ得る。右辺は自ら上より下に申・酉の二宮で、庚申・辛酉を遁じ得る。下辺の一排は自ら左より右に丑・子・亥・戌の四宮で、癸丑・壬子・癸亥・壬戌を遁じ得る。この図はすなわち上文の丙子日子時の例で、まず戊子を遁じ得、次いで戊をもって壬子を起こし、壬子より順排一周十二宮して成る。

丙子日子時亥將例,貴用陰陽酉宮起,是逆行,武到壬子,時壬順至酉,辛酉貴。

この一行は上図の説明である。例は丙子日・子時・亥将を取る。貴人は陰陽二種に分かれ、この課の用いる貴人は酉宮より起こり、規矩に従い逆行して十二天将を布する。逆数して下れば玄武は正に壬子のあの宮に落ち、次いで時上の壬子より順数して酉宮に至り辛酉を得る——辛酉がすなわち貴人の遁ずる干である。

三遁歌

占天用天遁,占地用地遁,占人用人遁,分別明白。即可看遁干之生旺,不然三盤上許多遁干,以何為用?

三遁は各々その用処があり、必ず先に分かち清らかにせねばならない。天時晴雨・神鬼の類を占するは天遁を取る。地域方所・墳塋宅舎の類を占するは地遁を取る。人事往来・性情吉凶の類を占するは人遁を取る。分辨が明らかになって後、ようやく取ったあの遁干が生か旺かを見るに好い。そうでなければ、天・地・人の三盤上に遁じ出た天干は密麻の如く一大片、究竟どれを取って「用」とすべきか。

天遁地遁與人遁,三遁之中有神妙。天時神鬼天遁重,地域墳宅地遁求。中惟人遁推人事,此法神秘不輕傳。三干遁用有重輕,其中揀取臨生旺。旺用遁干與日干,兩字從教著意看。旺用兩字秘中秘,認得真時決不誤。

これは三遁歌の前半である。天遁・地遁・人遁の三者の中には各々神妙がある。天時陰晴・鬼神禍祟の類を占するは天遁を重とし、地域方位・墳墓宅舎の類は地遁に向かって求め、中に居る人遁は専ら人間の事を推す。この一層の法訣は最も秘密で、軽々しく人に伝えない。三層の遁干は取用の上で軽重があり、中から長生・帝旺の地に臨む一つを揀び出さなければならない。揀定した後、「旺用」のあの遁干と本日の日干、この二字は必ず意を着けて細看しなければならない。「旺用」の二字は秘中の秘で、一旦真切に認識すれば、占断に差錯はないからである。

首詳遁干旺與衰,二察年命並月將。細看日干生兼破,兩字分明來掌上。克洩刑沖及破穿,德合生扶並祿馬。三盤上下六層研,占斷吉凶無謬者。

これは三遁歌の後半で、下手の次第を講ずる。第一步は、取った遁干が究竟旺か衰かを詳辨する。第二步は、本命・行年と月将のこれら数か所を察看する。さらに仔細にそれが日干に対して生か破かを見、この二字を掌上に分かち清らかにする。凶の一路は克・泄・刑・冲および破・穿(六害はまた穿心と呼ぶ)を見、吉の一路は干徳・六合・相生・扶助および禄神・駅馬を見る。天・地・人の三盤の上下六層をすべて研究し透徹すれば、占断吉凶に出錯りはない。

凡日上神、辰上神、三傳上神,太歲、月建、正時、方位上神之遁干,皆以生比日干為吉。有一處生比,即取為用,有一處克害亦取為用,更較其兩途衰旺,此八處皆有遁干,先看生比,後看克害,兩者既定,再尋何干得五旺為旺,不得五旺為衰。旺者有力,衰者無力。

およそ日上神・日支上神・三伝上神、および太歳・月建・正時・方位上神、これらの位置上に遁じ出た天干は、いずれも日干を生じまたは日干と同類に比助するを吉とする。八か所の中に一か所でも日干を生比するがあれば、すなわちそれを取って「用」とし得る。同じく、一か所でも日干を克害するがあれば、それも取出して対照とする。取り定めた後、さらにこの両路——我を生ずる一路と我を克する一路——を比較して、どちらが旺でどちらが衰かを見る。この八か所はいずれも遁干があり、見る次序はまず生比を見、後に克害を見る。両辺とも定まって後、さらにどの干が上文のいう「五旺」(天旺・地旺・日旺・時旺・化旺)を占め得るかを査する。占め得たを旺とし、占め得ざるを衰とす。旺は力量あり、衰は力量なし。吉凶軽重はこれにより分かつ。

四課三伝皆硬局、干神将位更差馳

正時太極,日辰兩儀,陰陽太少,四象列成,陽干寄祿,陰干寄刃,戊己無位,各依所生,九宗包羅,克賊斯興,三傳遞因,始終未形,體凡七變,逆順兩輪,刑沖德合,立胎建運,宗門附例,一體數名,顧名思義,占斷如神,七百二十,演式斯全,遁干取用,秘法真詮。

これは経文第三・四句の四言正文で、六壬が課を起こす全体の架子を一通り説いたものである。占課の拈取る正時は「太極」に比すべく、日と辰(日干と日支)は太極より分かれた「両儀」に比し、さらに太陽・少陰・太陰・少陽を分かてば、四課は「四象」の如く排列して形を成す。天干は本来宮位なく、地支に寄居しなければならない。陽干は自らの禄位に寄し(例えば甲は寅に寄す)、陰干は自らの刃位に寄す(例えば乙は辰に寄す)。戊・己の二土は本位なく、各々生ずる宮に依って身を安んず(戊は丙に随って巳に寄し、己は丁に随って未に寄す)。「九宗」は種々の課体を包羅し尽くし、その中に「克」と「賊」をもって課を起こし用を発する枢機とする。三伝は一つまた一つと逓相因生し、事の始・中・終の三段の未だ成形せざる走向を先に摆出する。課体の大類は共に七変あり、また逆行・順行の両輪に分かつ。このほか刑・冲・干徳・六合などの関係があり、もって胎息を立定し運程を建起する。各宗門の下にはまた種々の別例を附し、同じ一つの課体に往々にして幾つかの名目がある。ただ名に顧りて義を思えば、占断は応じて神の如くなり得る。全部演算すれば共に七百二十課あり、課式はこれに至りてはじめて完備となる。そして最後に取用する秘法真訣は、なお遁干の二字にある。

此探六壬,雖重遁干,而四課三傳,玄女所重,額定之硬局,原不可棄。蓋支之課傳既定,以七百二十,然後可以遁干而究其活變。無支何以遁干乎?

この段は仙槎の解説:本書はところどころ遁干を強調するが、四課三伝は九天玄女の重んじ額定移さざる「硬局」で、本来棄て去るべからざるものである。まず地支の排する四課三伝を定め、七百二十七百二十課の定式を湊え、しかる後にはじめてその上に遁干をもって活の変化を推究するに及ぶ。地支という底子がなければ、天干はまたどこへ行って遁せんや。

正時,太極也。日辰,兩儀也。四課,即四象而分陰陽太少,日辰之干寄於支宮。寄祿寄刃,各有精義;九宗七體,俱有妙理。四課為彼我現在之形象,三傳乃此事始終之形象。惟加以遁干,則活變而有把提,所以為真詮也。若金口訣之干神將位詭六為四,指為六壬,差池極矣。

上の段の経文を逐字解釈する。正時は太極、日辰は両儀、四課はすなわち四象で、太陽・太陰・少陽・少陰に分かつ。日辰の天干は地支宮に寄居し、陽干は禄に寄し陰干は刃に寄す。各々その精義あり。「九宗」「七体」これらの課体分類も、各々その妙理あり。四課の顕示するは、彼我双方の眼下の形象。三伝の顕示するは、この事の頭から尾までの走向。この上にさらに一層の遁干を加えてのみ、占断は活き起こり把柄あるものとなり得る。ゆえに遁干は真の訣要であるという。至って「金口訣」のあの派は、干・神・将の位次を六位より詭めて四位に改め、なお六壬と称す。これは相差あまりに遠い。

四課三傳用遁干者,蓋地支陰也,遁也。天干陽也,用也。干能制支,支不能制干,陽能制陰,陰不能勝陽,陰者遁之已然,陽者用之變動;而必尋旺用者,陽衰終不能勝陰也。

四課三伝の遁干を配する所以の道理は:地支は陰に属し、隠藏せられる一面であるから、それを「遁」という。天干は陽に属し、作用を発揮する一面であるから、それを「用」という。天干は地支を制し得、地支は天干を制し得ない。陽は陰を制し得、陰は陽に勝てない。地支の代表するは既に成形して蔵れて未だ発せざる部分、天干の代表するは正に変動しつつあって発揮し得る部分である。その中に必ず「旺用」のあの一つの字を尋ね出さねばならぬ所以は、陽が衰弱すれば終に陰を圧し得ないからである——天干は気を得て当旺せねば、真に地支を管領し得ない。

故課以日干為我、身,日支為人、宅,日上所加之支干為陽神,自上而臨我身者也。生合旺我則身受其吉,刑剋洩我則身受其殃,故干上神將遁干為最切,而又必看陽神所加之支神轉吉,倘陽神吉而陽神之支干反剋制陽神,則陽神雖欲生旺我,而受陰神之制不能生旺我矣。蓋居下從上,不敢有違,理勢然也。惟陽神克陰神,則陰神不得不聽令於我矣。

だから課を排するに当たり、日干をもって「我」・自身を代表し、日支をもって他人・居所を代表する。日干の上に加わるあの地支とその遁干は「陽神」と呼ばれ、それは上より下へ我が身に臨むものである。それが我を生じ、我に合し、我を旺ならしめば、我は吉を得る。それが我を刑し、我を克し、我を泄すれば、我は殃を受ける。したがって日干の上に乗ずる貴神・天将と遁じ出た天干は、関係最も切近である。しかし必ずさらに陽神の上にまた何が加わるかを見ねばならない——あの一層を「陰神」と呼ぶ。もし陽神自体は吉であるが、陽神の上のあの地支とその遁干がかえって陽神を克制すれば、陽神はたとい我を生じ旺ならしめんと欲すとも、陰神の圧制を受けるが故に、我を生ずることも旺ならしめることもできない。これはちょうど下位にある者が上位にある者に服従しなければならず、逆抗を敢えてせざるに似たり。事理形勢は本来かくの如し。反対に、ただ陽神が陰神を克住し得るときのみ、陰神は我の調遣に聴かざるを得ない。

故日上陽神生日干之吉凶,而陰神又助陽神之吉凶,陰陽二神若相比相生,或陽神克陰神,則日干之吉凶如一人矣。惟陰神制陽神,則吉變為凶,凶變為吉,陽神不能自主而惟陰神是從矣。故日上陽神主性情美惡、品格尊卑,其應數俱以陰神之干支變化而決。此論日干二課之陰陽也。

ゆえに日上の陽神が日干に対し吉か凶かは、さらに陰神がそれを幇しているかを見ねばならない。陰陽の二神がもし同類に比しまたは相生し、または陽神が陰神を克住し得れば、日干の受ける吉凶は前後一致し、一人の手より出るが如し。ただ陰神がかえって陽神を制住するときのみ、局面は翻転する——本来の吉は凶に変じ、本来の凶はかえって吉に変ず。陽神が主を為し得ず、ただ陰神に聴従するのみだからである。したがって、日上陽神の主ずるはこの人の性情の好悪・品格の尊卑である。至って応験の具体的数目と結局は、すべて陰神の干支の如何なる変化かによって決定する。以上講ずるは日干のあの両課(第一課・第二課)の陰陽の関係である。

第三課支神為人、宅,人者,他人也;宅者,居也,事也。支上陽神主他人、宅屋、事情之吉凶也。支上陰神能制辰上陽神,與日之陰神同例。身與人、宅之吉凶既判,各為吉凶並提而論之為吉凶。此論日支二課之陰陽也。

第三課は日支を主とし、日支は「人」と「宅」を代表する。いわゆる人とは、対方・他人を指す。いわゆる宅とは、居処を指し、引申して占するあの事をも指す。日支の上の陽神は、他人・宅舎および事の自体の吉凶を主管する。日支上の陰神は日支上の陽神を制住し得、その道理は日干のあの辺の陰神と完全に同じである。我のこの辺(身)と対方のあの辺(人・宅)の吉凶を判断し清らかにして後、さらに両辺各々の吉凶を合併して通盤に論断して、はじめて課全体の吉凶とする。以上講ずるは日支のあの両課(第三課・第四課)の陰陽の関係である。

四課列而吉凶明,遁干見而變化決。此四課硬局,安可少哉?

四課を排列し出せば吉凶の大勢は清らかになり、遁干を顕現すれば変化の去向を決断し得る。見れば、四課という固定して変わらぬ「硬局」は、どうして少なくして得られようか。

看課之法,首看日干之衰旺何如,次看日之陽神與日生克何如,次看陰神陽神相生克何如,次看陰陽二神所得天官即十二貴何如,則事情之中路變易可知矣。

課を見る歩驟はこのようである。第一步はまず日干自体が衰か旺かを見る。第二步は日上陽神と日干の間が生か克かを見る。第三步は陰神と陽神が互いに生か克かを見る。第四步は陰陽二神が各々どの「天官」に乗ずるかを見る——天官とはすなわち十二貴神(貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后)。この四歩を走り終えれば、事が中途にて如何に変化するかを知り得る。

看末傳之法,如中傳,又兼看與日、辰、初、中傳相生克何如,則人已性情之吉凶無不了然矣。地為方所,干為衣著,神為形貌,主事之人逐層可知矣。

末伝を見る办法は中伝を見ると同じく、別にまたそれと日干・日支・初伝・中伝の間が相生か相克かを一々見なければならない。このようにすれば、対方と自己の性情と吉凶はすべて清らかである。至って主ずる人の具体的情状は、分層に取象し得る。臨む地盤の宮はその人のある方位処所を代表し、遁ずる天干はその衣着の顔色を代表し、乗ずる貴神はその形貌相状を代表する——事を主るはいかなる人か、一層一層と推し出し得る。

將有六吉,曰生、曰扶、曰官、曰祿、曰德、曰合。有六凶,曰鬼、曰脫、曰刑、曰害、曰破、曰沖,以干支上三傳內遁干所帶之支分屬吉凶何如。

天将の帯ぶる関係に六種の吉あり。一は相生、二は扶助、三は官星、四は禄神、五は干徳、六は六合。また六種の凶あり。一は官鬼、二は脱気(我が気を泄す)、三は相刑、四は六害、五は相破、六は相冲。判断するときは、日干・日支の上および三伝の内、各所の遁干の帯ぶるあの地支が、分別にこの吉凶十二項のどの一項に落ちるかを見ねばならない。

看人我兩邊誰吉誰凶、半吉半凶、全吉全凶、應在何時何時何人、其始中終何如、兩邊人我之衰旺何如、兩邊陰神二神之相助何如,旺衰分則強弱見矣。陰陽助洩則吉凶辨矣。

通盤に見るべきは:対方と我の両辺が、どちらが吉でどちらが凶か、半吉半凶か全吉全凶か。いつに応験し、いかなる人の上に落ちるか。事の開頭・中間・結局は各々いかなる様か。両辺各々衰か旺か。両辺の陰神と陽神が互いに幇くか幇かぬか。衰旺が一たび分かれは強弱が見え出し、陰陽二神が相助か相泄かが一たび分かれば吉凶が辨じ明らかになる。

又逐字看得何貴神、帶何等煞、披何等遁干,則事類情形之吉凶,莫不了然於心矣。再看占人之行年命上得何干支,乃其人一年所主之吉凶,應於本歲者。與日干課傳參看,或自人傳己,或自己傳人,或自凶傳吉,或自吉傳凶,或課中相傳,或課外相傳,有何救助,而人己之端的瞭然矣。

さらに一歩進んで、逐個の字を見る。この字が乗ずるはどの貴神か、帯ぶるはいかなる神煞か、披くはいかなる遁干か。このようにすれば、所占の事がどの類に属し、情形は如何、吉か凶か、心の中にすべて明らかとなる。しかる後また求占人の行年と本命の上にいかなる干支が落ちるかを見る——あれはその人のこの一年に当値する吉凶で、本年の内に応ずべきものである。これを日干・四課三伝と合わせて参看し、事が他人より自己に伝わるか、自己より他人に伝わるか。凶より吉に転ずるか、吉より凶に転ずるか。課体の内において逓伝するか、課体の外において相伝するか。中間に解救の神の有無か。このようにすれば人我双方の確切なる情形は一目了然である。

蓋課傳硬局,眾所同者,公也。年命上干支,人所獨也,私也。局凶而年命干支有救助者,雖凶可解,若年命上凶局,局雖吉亦減。

要点は:四課三伝という硬局は、同一時辰に課を起こす人の共有するもので、「公」に属する部分である。そして行年・本命上の干支は、各個人が各自独自に有するもので、「私」に属する部分である。ゆえに課局は凶であっても、ただ行年本命上の干支が来て救助し得れば、凶も化解し得る。反対に、もし行年本命上が本から凶局なれば、課局はたとい吉でも、吉も折扣を打たなければならない。

《中黃經》曰:「我為日干最要明,其餘皆是屬他人。」四課三傳除日干一字,俱主他人。日者,我也。日之陰陽二神,從我者也。支者,他也。支之陰陽二神,從他者也。日之陰陽二神與我為吉凶者也,支之陰陽二神與人為吉凶者也。

《中黄経》に曰く「我を代表するはただ日干のこの一字のみ、最も認め清らかにすべく、其余の字はすべて他人に属す」。四課三伝の中、日干の一字を除き、其他はすべて他人を主る。日干はすなわち我。日干の上の陽神と陰神は、我のこの辺に随う人である。日支はすなわち彼。日支の上の陽神と陰神は、対方のあの辺に随う人である。ゆえに日干上の陰陽二神が決定するは、我のこの辺の吉凶。日支上の陰陽二神が決定するは、対方のあの辺の吉凶。

若我與人相交,則人與我為吉凶;而從人之人,亦與我為吉凶矣。故生、克、脫、比,無論其為從我之人與從人之人,莫不欲其生比、惡其克脫,故四課之內各以人與己相生相剋審之,則吉凶各有在矣。

ただし一旦我と対方と交渉を生ぜば、対方の吉凶は我に牽連する。対方のあの辺に随う人に至るまでも、我と吉凶の関係を生ずる。ゆえに生・克・脱(我が気を泄す)・比(同類相助)の四種の関係は、対方が我のこの辺の人とするか彼のあの辺の人とするかを論ぜず、我はつねに彼が我を生じ我を比助することを望み、彼が我を克し我を泄することを悪む。したがって四課の内において、逐一他人と自己の相生相克の関係をもって審察すれば、吉凶は自然各々その位に帰する。

各以衰旺生克察之,而成敗吉凶各有據矣。更各以所乘之天官主事決之,而所主之事情得矣。某一處干支動,即係某一人;某一處天官來生克,即係某一事;其來情主事,無不前知矣。

さらに各々衰旺と生克に照らして考察すれば、成敗吉凶にはすべて凭拠がある。進んで、また各所の乗ずる天官(十二貴神)がいかなる事を主るかを見、これに拠って判断すれば、主ずる事は実落する。どのか所の干支が発動すれば、どの一人に牽渉する。どのか所の天官が来て我を生じまたは我を克すれば、どの一事に牽渉する。このようにすれば、来人が何のために来たか、占するところ何事か、あらかじめ知り得ざるはない。

蓋一字有一字之人,一字有一字之事。第三四課動,定是他人事;自一二課傳歸三四課,是干傳支,必始於我而終於人;自三四課傳歸一二課,是支傳干,其事始於人而終於己。以生克決人己之有情無情,以旺相休囚決人己之有力無力,以十二天官之喜怒分其事類,以發用分事類之動靜,以末傳看事之成敗。

要点は:每一つの字は一人に対応し、每一つの字はまた一事に対応する。第三・第四課が発動すれば、必ず他人の事である。もし第一・二課より第三・四課に伝われば、あれは干伝支で、事は必ず我に起こり対方に終わる。もし第三・四課より第一・二課に伝われば、あれは支伝干で、事は対方に起こり我に終わる。このほか、生克をもって人我の間に有情か無情かを判断し、旺相休囚をもって人我双方に力あるか力なきかを判断し、十二天官の喜怒をもって事の種類を区別し、初伝発用をもってこの事が動か静かを判断し、末伝をもって事の最終的に成るか敗るかを見る。

吉神以旺月為應,凶神以衰月為應,未有不驗者也。特其變化全在遁干之取舍,旺用貴臨時自悟,斯為善學六壬者也。

応期の通例は:吉神はその当旺の月をもって応験の月とし、凶神はその衰敗の月をもって応験の月とする。これに照らして推せば霊験ならざるはない。ただその中の変化は、すべて遁干の如何に取捨するかにあり。至って「旺用」の二字は、臨占の時に自ら体悟するを貴とし、能くこのようにしてこそ善く六壬を学ぶ人と算えられる。

凡看一字,有六層,須看所遁之干與所遇之時、所臨之地,並本日字上之陰陽神,五者合而詳之。

およそ課中の一つの字を見るに、実は六層の内容がある。必ずその遁じ出た天干、遇う時辰、臨む地盤の宮、さらに本日のあの字の上の陽神と陰神、この五様を合わせて仔細に推詳して、はじめてこの一つの字を看透したと算えられる。

《中黃經》曰:「日上發用己身論,辰上動時占別人。日陰從我事相尋,陰伏小口定災迍。」玄女曰:「閉口閉口,陰在女後,欲得其隱,急發其陰。」蓋言陰神也。不觀陰神之干支,何以決其幽隱乎?

《中黄経》に曰く「初伝発用がもし日上の両課に出れば、断ずるは自己本身の事。発用が日支上の両課に出れば、断ずるは別人の事。日上の陰神は我に随う者、それに順って事の来由を尋ねよ。陰神の潜伏する処にもし妨害あれば、小児婦孺の類の人口は必ず災厄あり」。九天玄女もまた曰く「閉口、閉口——陰は女の後ろに伏す。隠情を知らんと欲せば、急ぎ陰神の上より発掘せよ」。これらの講ずるはすべて陰神である。陰神の干支を見ずして、どうしてそれら幽隠露われざる実情を断じ出し得られよう。

凡陽神剋日干者,名官鬼臨身;若陰神為日干之子孫,支即官鬼不能為禍,但子孫爻不入傳則不管事,故曰有鬼須求救;救者,子孫也,制鬼之神也;必入課傳、見年命上方有力。又看衰旺,若鬼旺子孫衰,則難解救。父兄子財同例。

およそ陽神が日干を克するを、「官鬼臨身」と呼ぶ。このときもし陰神が恰も日干の子孫爻なれば、たとい日支がすなわち官鬼でも、我を害することはできない。子孫は官鬼を制し得るからである。ただし注意すべきは:子孫爻がもし三伝に入らざれば、事を管せず、無きに等しい。ゆえに「有鬼須求救」という——いわゆる救とは、すなわち子孫爻で、それは官鬼を制伏する神である。それは必ず四課三伝に入り、または行年本命の上に出現して、はじめて真に力量がある。さらに双方の衰旺を見なければならない。もし官鬼旺にして子孫衰なれば、すなわち解救し難い。父母・兄弟・子孫・妻財のこれら数種の六親の関係は、判断の办法はすべてこれと同じである。

日者,我之身也;辰者,我之居也;三傳者,我之所在也。故日上吉則可以自守,辰上吉則可以自安,三傳吉則所往無不利矣。或日吉而辰凶,或辰吉而日凶,或日辰吉而三傳凶,則利靜而不利動,日辰凶而三傳吉則靜凶而動吉,斯動靜知所趨避矣。

日干は我自身を代表し、日支は我の居処を代表し、三伝は我の往く処を代表する。ゆえに日上吉なれば、我は本身を安守し得る。日支上吉なれば、我は家中において安寧を得る。三伝吉なれば、我はどこへ往くとも順利である。もし日上吉にして日支凶、または日支吉にして日上凶、または日・支ともに吉にして三伝凶なれば、すなわち静に宜しく動に宜しからず。反対に、日・支凶にして三伝吉なれば、すなわち原処に守るは凶、歩み出せばかえって吉。これに拠って動すべきか静すべきか、趨くべきか避くべきかを知る。

三傳如他人之兄弟三人者,有一傳剋日即凶,有助克者愈凶。若一傳生,一傳克,名三傳不合,吉凶無分,或始中終三限看,末生日或制反則凶有救矣。

三伝は外人家の兄弟三人に譬えられる。ただ一伝が日干を克すれば、すなわち凶。もし別に一伝がそれを幇けて克せば、すなわち更に凶。假如一伝は我を生じ、一伝は我を克せば、これを「三伝不合」と呼び、吉凶混雑して高下を分かち得ない。このとき初・中・末の三伝をもって事の開頭・中間・結局の三段階として分かち見ればよい。もし末伝が日干を生じ、または末伝がかえってあの我を克する字を制住すれば、凶にも救いがある。

鬼以遁干為重,支鬼次之。支不能克干也,有洩於鬼,則吉凶乃見。所謂「壬無遁不靈,遁非干不顯」也。明神暗遁,昔賢蓋慎之而不輕洩耳。幸勿濫傳匪人,以干天律。此一篇乃六壬之大旨,理數之金針,誠仙人之秘蘊也。

官鬼を論ずるに、遁干の成す鬼を最も重とし、地支の成す鬼は次の一等とする。地支は本来天干を克動し得ず、ただそれが官鬼に泄気して鬼勢を助長するときのみ、吉凶が顕現するからである。これがいわゆる「六壬は遁干なければ霊験せず、遁法は天干に落着せざれば顕れず」である。貴神は明処に摆き、遁干は暗処に蔵す。先輩の慎重にして軽々しく泄漏を肯ぜざる所以は、正にこの故のためである。読者よ、濫りに非人に伝えることなく、天律に触れることを免れんことを。以上のこの一篇は、六壬の大宗旨・理数の金針で、実に仙人の秘蔵する心得である。

錯認日躔為月将

斗建之合,為天月將,餘氣如環,犬牙相入,逆行十二,司權一月,節氣前後,代謝交接,將爻出現,遲留盈昃,授受有期,或趨或接,陽生陰成,河圖數測。

これは経文第五句の四言正文で、専ら月将の本義を辨ずる。月将は斗柄の建する月の六合の神であるから「天月将」と呼び、太陽ではない。前後両将の余気は円環の如く首尾相接し、交界処は犬牙相錯する。十二月将は逆行の次序に従い、每将は権を当たること一ヶ月。交替はすなわち節気の前後に完成し、新旧逓代して彼此交接する。月将のこの一爻の現わるるとき、遅きあり留まるあり、盈あり昃(偏斜して将に退かんとする)あり、授受はいずれも一定の日期あり、あるいは提前して趨進し、あるいは延後して承接する。至って究竟どの日に交接するかは、《河図》の「陽数は生を主り、陰数は成を主る」の道理に按じて推算する。

此探月將之原本於太極河圖,非曆數之太陽也。月將乃斗建之合神,為將,司一月之號令,若天之命卿出將也。故曰月將。其月之氣盡,則更易一將,以司後月之權。十二月將,始登明,終神后,法後天之左旋,其巡行交代雖同太陽之過宮,而實非曆數之太陽也。

この段の解説:月将の本源は太極と《河図》に出でて、暦法上に推算する太陽ではない。月将は斗建の六合の神で、「将」と称して一ヶ月の号令を掌管する。ちょうど上天が大臣を任命して将帥に任ずるが如く、ゆえに「月将」と呼ぶ。一ヶ月の気数が尽きれば、一将を更換して次の月の権柄を掌管せしむ。十二月将は「登明」(亥)より始まり「神后」(子)に至るまで、後天卦位の左旋の次序を效法する。その巡行交替の路線は太陽の過宮と同じであるが、それは実実に暦法の推す太陽ではない。

將有陰陽,象天地之太極;太極中陰陽二氣,如環相接,陽中有陰,陰中有陽,必有留餘不盡之處,猶分界定界,必有交錯之地,如犬牙相入,故月將之乘權代謝,必前將餘氣未盡,後將新氣未來,必查月中交接之候,

月将は陰陽の両類に分かち、天地の太極に象る。太極の中に陰陽の二気は円環の如く首尾相接し、陽の裏に陰を含み、陰の裏に陽を含み、中間に必ず一段の残留未だ尽きざるところがある。これは疆界を划分するとき、界線の両側に総じて犬牙交錯の地帯あるが如し。ゆえに月将の当権と交替は、必ず前一将の余気の未だ走完せざると、後一将の新気の未だ到来せざると、の情形を出現する。ゆえにこの月の中間交接のときを査清せずにはいられない。

中節之前看月令之支辰,既出現之日,仿《河圖》之生數,陰將則從《河圖》之成數定其何日交接,如奇門之有超接,非若曆數之太陽,必到中氣始過宮界。是以一宮兼兩月之節令,有是理乎?

具体的办法は:中気・節気の前に、まず本月の月令の属する地支を見る。月将の出現するあの日に至り、陽将は《河図》の生数(一・二・三・四・五)に依って推算し、陰将は《河図》の成数(六・七・八・九・十)に依って推算し、これに拠って究竟どの日に交接するかを定め出す。これはちょうど奇門遁甲に「超神接気」の算法あるが如し。決して暦法上の太陽の如く、必ず中気を待って宮界を過ぐることはない。もし暦法の太陽に照らして将を換えれば、一つの宮位が兼ねて二ヶ月の節令を管する怪事を出現する——天下にどうしてこの種の道理あらんや。

諸書皆候太陽過宮方換將,而太陽竟作月將矣。按太陽躔度必在每月中氣後,則與月建合神相去遠矣。世人但尋每月太陽過宮方換將,則月建節令已過,將從何合?

如今各家の壬書はいずれも太陽の過宮を待って月将を換える。これはすなわち直接に太陽を月将と為すに等しい。しかし天文の推歩に按ずれば、太陽の躔する宮度は必ず每月中気の後に宮を過ぐる。このようであれば、それと月建の六合の神とは已に相差甚だ遠い。世人はただ太陽の過宮を待って将を換えるを知るのみで、その時には本月の節令は早や過ぎ去りて、この「将」はまたどの月建と相合せんや。

姚少師訣曰:「世人用將常落空,太陽誤認各西東,河圖八節生成數,須知過此失無蹤。」又曰:「月將逾太陽,八節圖數藏,陰陽生成合,過此落空亡。」前賢之詩訣具在,世人乃以落空之將加正時,必致東西舛謬,失其一月之真將,以故占事往往不驗。此六壬之首訣也。經文特辨之,而月將之法始明。

姚少師の口訣に曰く「世人の用いる月将は常に落空し、太陽を誤って月将と為し、一つは東にあり一つは西にあり。《河図》の八節に配する生数成数こそ准縄なれ。須く知るべし、あの界限を過ぎれば、真将は無影無蹤となることを」。また曰く「月将は太陽の前頭を走り、八節の図数はその中に蔵す。陰陽の生数成数が一合すれば、この点を過ぎて便ち空亡に落つ」。先輩の詩訣は明白に彼処に摆けあるが、世人は已に落空した月将を持って正時に加え、結果は自然と南轅北轍、この一ヶ月の真月将を把え失う——占事の往々にして霊験せざる所以、根子はまさにここにある。これは六壬の第一要訣で、経文は特地にこれを辨明し、月将の法ははじめて講じ清らかになったと算えられる。

河圖陰陽之數,陽生陰成,故六壬陽將從生數超接,陰將從成數超接,以定陰陽二將遲留交代之期,豈太陽之躔度哉?南火二七,北水一六,東木三八,西金四九,中土五十。一二三四五為生數,六七八九十為成數,陰陽配象太極。

《河図》の陰陽の数は、規律は陽は生を主り、陰は成を主る。ゆえに六壬の陽将は生数に依って超接し、陰将は成数に依って超接し、この办法をもって陰陽両将の遅留と交替の日期を定め出す。どうして太陽の躔度に依ることを要せんや。《河図》の数は:南方は火に属し二と七に配し、北方は水に属し一と六に配し、東方は木に属し三と八に配し、西方は金に属し四と九に配し、中央は土に属し五と十に配す。その中に一・二・三・四・五を「生数」と呼び、六・七・八・九・十を「成数」と呼ぶ。一生一成、陰陽相配、正に太極の象である。

謬加天乙乱神祇

後天坎下,先天之坤,陰中藏陽,陽貴所起,後天坤位,老陰退申,得其所止,陰貴起焉。一干統二,順逆求合,避去魁罡,去其沖首,陰時用陽,陽時用陽,靜動互根,陰陽顛倒,干用支貴,支用干貴,天地兩盤,各有其貴,世人不知,顛倒誤戾。

これは経文第六句の四言正文で、専ら天乙貴人の正確な起法を講ずる。後天八卦の坎位は下(正北の子位)にあり、この位置は先天八卦において正に坤卦である。坤は純陰であるが、陰の中に一点の陽を蔵す。ゆえに「陽貴」はここより起こる。後天八卦の坤位は西南にあり、老陰の退居して申にあるところで、陰気はここに至りてその帰宿を得る。ゆえに「陰貴」はここより起こる。每一つの天干は両個の貴人(一陽一陰)を統轄し、あるいは順あるいは逆してその干合の神を求める。排布するときは辰・戌の二宮を避けなければならない——辰は天罡、戌は河魁で、牢獄の地であり、貴人は居留を肯ぜない。貴人の对冲の位は「天空」と呼び、また「冲首」とも名づけ、これも除いて用いない。ここにおいてただ九つの地支が環列に残り、もって十の天干を安放する。貴を用いるにまた時辰を分かたなければならない。陰時は陽貴を用い、陽時は陰貴を用いる(底本はここの両句とも「用陽」と刻すが、下句の「陽時用陽」は当に「陽時用陰」の誤り)。動静は互いにその根を為し、陰陽は互いに顛倒する。このほか、天干は地支の配する貴人を取り、地支は天干の配する貴人を取り、天盤地盤は各々その貴人あり。世人はこれらを明白にせず、順序を顛倒錯乱せしめ、それにより全盤皆誤る。

此探貴人源起於先、後天八卦。先天為陽,後天為陰,故先天坎位起陽貴,後天坤位起陰貴,先天坎位在子,故陽貴起子,子上起申,順行求干合為貴,而辰戌為魁罡,牢獄之地,貴人不居而避之,貴人之對沖為天空,名曰沖首,亦去之而不居,惟取九支環列十干,仿卦例納甲以取合神。

この段の解説:貴人の来歴は先天・後天の两套の八卦に出ず。先天は陽に属し、後天は陰に属す。ゆえに先天の坎位より陽貴を起こし、後天の坤位より陰貴を起こす。先天の坎位は子にある。ゆえに陽貴は子位より算を起こし、子位より数えて申に至り、しかる後順行して本干の干合の神を尋求する。どの支に合するか、その支がすなわち貴人である。排布するときは辰・戌の両宮を避ける。辰は天罡、戌は河魁と名づき、牢獄の凶地で、貴人は居住を肯ぜないからである。貴人の正対面に相冲するあの宮は天空で、また「冲首」とも呼び、これも除けて用いない。このようにして十二支はただ九支を残して環列し圏を成し、もって十の天干を配置する。办法は卦例中の「納甲」の方式を仿照し、その相合の神を取る。

而求貴人又以子午分陰陽之時,陽時用陰貴,陰時用陽貴,太極陰陽互根之理也。又干取支貴,支取干為貴,天地二盤各有貴人,干陽主動,支陰主靜,陰陽相遁之義也。

貴人を求めるにまた子・午の両点を用いて一天を陰時と陽時に分かたなければならない。陽時はかえって陰貴を用い、陰時はかえって陽貴を用いる——これは正に太極中に陰陽が互いにその根を為すの道理である。このほか、天干は地支の配する貴人を取り、地支は天干の配する貴人を取る。天盤・地盤の両層は各々その貴人あり。天干は陽に属し動を主り、地支は陰に属し静を主る。一動一静は互いに隠遁する。これがすなわち陰陽相遁の含義である。

俗術紛紛不明,至理勉強穿鑿,遂有旦暮晝夜之說,不察陰陽干合之理,硬分混淆,兼用一干二支,首字為陽貴,次字為陰貴,日出為旦貴,日入為夜貴,夢中說夢,遂至謬天乙而亂神祗矣。今列圖說取貴用貴之秘法,詳加辨擇,庶不虛銀河之一棹云爾。

世俗の術家は紛紛擾擾してこの層の至理を明白にせず、ただ牽強附會するよりなく、ここにおいて「旦貴・暮貴・昼貴・夜貴」のあの一套の説法を造り出した。彼らは陰陽と干合の道理を考察せず、硬に一つの天干の統ずる両個の地支を前後に分かつ。口訣の中に前面に排する字を陽貴と算え、後面に排する字を陰貴と算え、日出以後は旦貴を用い、日没以後は夜貴を用いる。これは真に夢の中に夢を説くで、結果として天乙貴人を弄り誤り、連れて十二天将の位次もすべて乱れた。今や私は取貴・用貴の秘法を列して図説と為し、逐条に辨別選択して、この「銀河一棹」が空しく划らざるを得しめんとする。

先天陽貴説

甲在子而己在未,故甲日合未中之己而取羊貴;乙在丑而庚在申,故乙日合申中之庚而取猴貴;丙在寅而辛在酉,故丙日以酉中之辛而取雞貴;丁在卯而壬在亥,故下日合亥中之壬而取豬貴;戊在巳而癸在丑,故戊日合丑中之癸而取牛貴;

先天陽貴の起法は、まず十干が先天位上に各々いずれの支に居るかを定め出し、次いで本干の干合の神の居する支を取って貴人とする。甲は子位に居り、甲と相合する己は未位に居る。ゆえに甲日はすなわち未宮中の己に合し、未を取って貴人とし、未は羊に属するが故に「羊貴」と称す。乙は丑位に居り、乙と相合する庚は申位に居る。ゆえに乙日は申宮中の庚に合し、申を取って貴とし、申は猴に属するが故に「猴貴」と称す。丙は寅位に居り、丙と相合する辛は酉位に居る。ゆえに丙日は酉宮の辛を取って貴とし、酉は鶏に属するが故に「鶏貴」と称す。丁は卯位に居り、丁と相合する壬は亥位に居る。ゆえに丁日は亥宮中の壬に合し、亥を取って貴とし、亥は猪に属するが故に「猪貴」と称す(底本はこの句の「丁日」を誤って「下日」と刻す。今照録して改めず)。戊は巳位に居り、戊と相合する癸は丑位に居る。ゆえに戊日は丑宮中の癸に合し、丑を取って貴とし、丑は牛に属するが故に「牛貴」と称す。

己在未而甲在子,故己日合子中之甲而取鼠貴;庚在申而乙在丑,故庚日合丑中之乙而取牛貴;辛在酉而丙在寅,故辛日合寅中之丙而取虎貴;行在房租而丁在卯,故壬日合卯而取卯中之丁而取兔貴;癸在丑而戊在巳,故癸日合巳中之戊而取蛇貴也。六壬多取合,如月將取月合,支合也;貴人取干合也。

続いて後の五干を説く。己は未位に居り、己と相合する甲は子位に居る。ゆえに己日は子宮中の甲に合し、子を取って貴とし、子は鼠に属するが故に「鼠貴」と称す。庚は申位に居り、庚と相合する乙は丑位に居る。ゆえに庚日は丑宮中の乙に合し、丑を取って貴とし、「牛貴」と称す。辛は酉位に居り、辛と相合する丙は寅位に居る。ゆえに辛日は寅宮中の丙に合し、寅を取って貴とし、寅は虎に属するが故に「虎貴」と称す。壬は本に亥位に居り、壬と相合する丁は卯位に居る。ゆえに壬日は卯宮中の丁に合し、卯を取って貴とし、卯は兎に属するが故に「兎貴」と称す(底本はこの句の起首の四字を「行在房租」と刻す。顕らかに「壬在亥」の訛りで、今底本に依って照録し改めず)。癸は丑位に居り、癸と相合する戊は巳位に居る。ゆえに癸日は巳宮中の戊に合し、巳を取って貴とし、巳は蛇に属するが故に「蛇貴」と称す。見れば六壬はところどころ「合」を取る。月将の取るは月建の六合で、地支の合に属す。貴人の取るはすなわち天干の合である。

後天陰貴説

甲在申而己在丑,故甲日合丑中之己而取牛貴;乙在未而庚在子,故乙日合子中之庚而鼠貴;丙在午而辛在亥,故丙日合亥中之辛而取豬貴;戊在卯而癸在未,故戊日合未中之癸而取羊貴;貴在己而壬在酉,故丁日合酉中之壬而取雞貴;

後天陰貴の起法は陽貴と同じく、ただ十干の居する宮位を後天位に換える。甲は申位に居り、甲と相合する己は丑位に居る。ゆえに甲日は丑宮中の己に合し、丑を取って貴とし、「牛貴」と称す。乙は未位に居り、乙と相合する庚は子位に居る。ゆえに乙日は子宮中の庚に合し、子を取って貴とし、「鼠貴」と称す。丙は午位に居り、丙と相合する辛は亥位に居る。ゆえに丙日は亥宮中の辛に合し、亥を取って貴とし、「猪貴」と称す。戊は卯位に居り、戊と相合する癸は未位に居る。ゆえに戊日は未宮中の癸に合し、未を取って貴とし、「羊貴」と称す。丁は巳位に居り、丁と相合する壬は酉位に居る。ゆえに丁日は酉宮中の壬に合し、酉を取って貴とし、「鶏貴」と称す(底本はこの句の「丁在巳」を誤って「貴在己」と刻す。今照録して改めず)。

己在丑而甲在申,故己日合申中之甲而取猴貴;庚在子而乙在未,故庚日合未中之乙而取羊貴;辛在亥而丙在午,故辛日合午中之丙而取馬貴;壬在酉而丁在巳,故壬日合巳中之丁而取蛇貴;癸在未而戊在卯,故癸日合卯中之戊而取免貴也。

さらに後の五干を説く。己は丑位に居り、己と相合する甲は申位に居る。ゆえに己日は申宮中の甲に合し、申を取って貴とし、「猴貴」と称す。庚は子位に居り、庚と相合する乙は未位に居る。ゆえに庚日は未宮中の乙に合し、未を取って貴とし、「羊貴」と称す。辛は亥位に居り、辛と相合する丙は午位に居る。ゆえに辛日は午宮中の丙に合し、午を取って貴とし、午は馬に属するが故に「馬貴」と称す。壬は酉位に居り、壬と相合する丁は巳位に居る。ゆえに壬日は巳宮中の丁に合し、巳を取って貴とし、「蛇貴」と称す。癸は未位に居り、癸と相合する戊は卯位に居る。ゆえに癸日は卯宮中の戊に合し、卯を取って貴とし、「兎貴」と称す(底本は「兎」の字を「免」と刻す。形近くして訛る。今照録す)。

先天陽貴図

己 戊巳 午 未 申庚 辰 酉辛 丁卯 戌 寅 丑 子 亥 丙 乙癸 甲壬

これは先天陽貴図で、方框の十二宮上に标注するは十天干が先天位上に各々居する支である。巳宮は戊を標し、未宮は己を標し、申宮は庚を標し、酉宮は辛を標し、卯宮は丁を標し、寅宮は丙を標し、丑宮は乙と癸を標し(二干は同じく丑に居る)、子宮は甲を標し、亥宮は壬を標す。辰・戌の両宮は空けて標さず、辰は天罡、戌は河魁で、貴人は避けて居らざるが故である。図を見て貴を取る办法は:本日の日干のある宮を尋ね出し、次いでそれと相合するあの干がどの宮に標されるかを見れば、その宮がすなわち本日の陽貴である。例えば甲は子に標され、甲と合する己は未に標される。ゆえに甲日の陽貴は未にある。

後天陰貴図

丙 乙癸 丁巳 午 未 申甲 辰 酉壬 戊卯 戌 寅 丑 子 亥 己 庚 辛

これは後天陰貴図で、标注するは十天干が後天位上に各々居する支である。巳宮は丁を標し、午宮は丙を標し、未宮は乙と癸を標し(二干は同じく未に居る)、申宮は甲を標し、酉宮は壬を標し、卯宮は戊を標し、丑宮は己を標し、子宮は庚を標し、亥宮は辛を標す。同じく辰・戌の両宮は空缺して用いず、寅宮にも干の標すべきはなし。貴を取るの法は陽貴図と同じく:本日の日干のある宮を尋ね出し、次いでその干合の神がどの宮に標されるかを見れば、その宮がすなわち本日の陰貴である。例えば甲は申に標され、甲と合する己は丑に標される。ゆえに甲日の陰貴は丑にある。両図を対看すれば、同じ一日干がなぜ一陽一陰の両個の貴人を有するかを知る。

天盤甲羊、戊庚牛、乙猴、己鼠、丙雞、丁豬、壬兔、癸蛇、辛虎,此係陽貴;甲牛、戊庚羊、乙鼠、己猴、丙豬、丁雞、壬蛇、癸兔、辛馬,此係陰貴。

両図を口訣に帰納する。天盤上の陽貴は——甲日は未(羊)、戊日と庚日は同じく丑(牛)、乙日は申(猴)、己日は子(鼠)、丙日は酉(鶏)、丁日は亥(猪)、壬日は卯(兎)、癸日は巳(蛇)、辛日は寅(虎)。陰貴は——甲日は丑(牛)、戊日と庚日は同じく未(羊)、乙日は子(鼠)、己日は申(猴)、丙日は亥(猪)、丁日は酉(鶏)、壬日は巳(蛇)、癸日は卯(兎)、辛日は午(馬)。両組は恰好互いに顛倒する。

古本歌

甲戊庚牛羊,乙己鼠猴鄉,丙丁豬雞位,壬癸蛇兔藏,六辛分馬虎,顛倒合陰陽。

これは古本の伝える貴人歌である。每句に両個の生肖を列し、正に一つの天干の統ずる両個の貴人である。甲・戊・庚の三干は牛(丑)と羊(未)に配し、乙・己の二干は鼠(子)と猴(申)に配し、丙・丁の二干は猪(亥)と鶏(酉)に配し、壬・癸の二干は蛇(巳)と兎(卯)に配し、辛の一干は独り馬(午)と虎(寅)に配す。末句の「顛倒合陰陽」は全歌の関鍵で、この両字は随に韻を湊えるのではなく、ここの両支が先天を陽とし後天を陰とする規矩に按じて互換顛倒して、はじめてどちらが陽貴でどちらが陰貴かを分かち出すことを説くのである。

顛倒者,一干統二肖,互換顛倒,以分陰貴陽貴也。右古訣也,世人不察「陰陽」二字本於先後天之陰陽,遂有旦暮盡夜之訛。不明「顛倒」二字藏有陰貴陽貴之互換,遂有混兼俱用之紊。

いわゆる「顛倒」とは、一つの天干が両個の生肖の支を統轄し、この両支は互いに換位顛倒して、もって陰貴と陽貴を区別することをいう。以上はすなわち古訣。世人は歌中の「陰陽」の二字が本来先天・後天の分に出ずるを考察せず、ここにおいて旦貴・暮貴・昼貴・夜貴のあの類の訛説を錯生せしめた。また「顛倒」の二字の中に陰陽二貴の互換の用法の蔵するを解せず、ここにおいて両個の貴人を混じ合わせ、一々に使用する混亂を造成した。

六辛句分字是眼暗指陰陽二字之分。俗術改為從字,一日兼兩貴,以上字為陽,下字為陰,而不知陰陽互換之妙,誠俗學之大謬也。必先觀起陰陽貴二圖並觀古訣,始知起貴所以然之理本於先後天之卦。古訣顛倒分列,符合自然。蓋古歌陰陽非指地支天干之陰陽,乃先天為陽,後天為陰也。

「六辛分馬虎」のこの一句の中の「分」の字こそ全歌の字眼で、暗に陰・陽の二貴は必ず分かち用いなければならぬを指す。世俗の術家はこの「分」の字を「従」の字に改め、ここにおいて一日の内に両個の貴人を兼用するとなし、口訣の中の前の一字を陽貴と為し、後の一字を陰貴と為し、全然陰陽互換の妙処を解せざるは、これ実に俗学の大錯である。学者は必ず先に先天陽貴・後天陰貴のこの両幅の図を看明白にし、再び古訣に対照して、はじめて貴人を起こすのかくの如くなる所以、道理は本に先天と後天の两套の卦位に出ずるを知る。古訣の顛倒分列する所以は、正にこの自然の理と相符す。緊要なのは:古歌の中の「陰陽」の二字は、決して天干地支自体の陰陽を指すのではなく、先天を陽とし後天を陰とすることを指す。

陽貴歌

甲羊戊庚牛,己鼠乙尋猴,丙雞丁豬位,壬兔癸蛇求,六辛惟用虎,陽貴順行遊。

これは陽貴専用の歌訣で、十干の陽貴を一々列出する。甲日の陽貴は未(羊)、戊日と庚日の陽貴は同じく丑(牛)、己日は子(鼠)、乙日は申(猴)、丙日は酉(鶏)、丁日は亥(猪)、壬日は卯(兎)、癸日は巳(蛇)、辛日はすなわち単に寅(虎)を取る。末句の「陽貴順行游」は将を布する規矩で、陽貴を用いて課を起こすとき、十二天将は貴人のある宮より起こり、順時針の方向に従い依次排布する。

陰貴歌

甲牛戊庚羊,慚鼠己猴鄉,丙豬雞丁位,壬蛇癸兔藏,六辛單用馬,陽貴逆相將。

これは陰貴専用の歌訣:甲日の陰貴は丑(牛)、戊日と庚日の陰貴は同じく未(羊)、乙日は子(鼠)、己日は申(猴)、丙日は亥(猪)、丁日は酉(鶏)、壬日は巳(蛇)、癸日は卯(兎)、辛日はすなわち単に午(馬)を取る。末句は布将の方向を講ず:陰貴を用いて課を起こすとき、十二天将は貴人の宮より起こり逆行して排布する。底本のこの一首には両か所の刻誤あり。第二句の「乙鼠」を誤って「慚鼠」と作り、末句の「陰貴逆相将」を誤って「陽貴逆相将」と作る。今照録して改めず、読むときは陰貴逆行を正とすべし。

地盤陰貴人図訣 支用干貴

天盤貴以十干分統兩支,地盤貴以一支分統兩干,上下兼而六層始備。

天盤上の貴人は、十の天干を綱とし、每一干は両個の地支(一陽貴一陰貴)を統轄する。地盤上の貴人は正に反対で、一つの地支を綱とし、每一支は両個の天干(も一陽一陰)を統轄する。天盤は干を用いて支を求め、地盤は支を用いて干を求め、上下両層ともに兼ね顧て、六層干支の架子ははじめて完備と算えられる。

地盤 己 庚 辛 壬 戊 癸 辛 甲 乙 丙 己 丁 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥 日支 乙 甲 辛 癸 己 壬 辛 庚 己 丁 戊 丙

これは地盤貴人の対照表で、中間の一行は十二地支、上下の両行はそれぞれこの一支の統ずる両個の貴干である。上行は「地盤」と標し、地盤陽貴:子宮は己に配し、丑宮は庚に配し、寅宮は辛に配し、卯宮は壬に配し、辰宮は戊に配し、巳宮は癸に配し、午宮は辛に配し、未宮は甲に配し、申宮は乙に配し、酉宮は丙に配し、戌宮は己に配し、亥宮は丁に配す。下行は「日支」と標し、地盤陰貴:子宮は乙に配し、丑宮は甲に配し、寅宮は辛に配し、卯宮は癸に配し、辰宮は己に配し、巳宮は壬に配し、午宮は辛に配し、未宮は庚に配し、申宮は己に配し、酉宮は丁に配し、戌宮は戊に配し、亥宮は丙に配す。用法は:まず日支がどの宮に落ちるかを見、すなわちこの宮においてその配する貴干を取出し、これを「支用干貴」と呼ぶ。

歌曰:地盤旬遁起貴干,但尋支上報干取。假如子日披乙己,乙是陰貴己陽貴,丙蛇丁雀戊六合,巳勾庚青辛天空,壬虎癸常甲元武,乙是太陰丙天后,後陰兩位亦為空,

歌訣に曰く:地盤の貴干は本旬の旬遁より起こすべく、ただ日支のあるあの宮の上において、その報ずる天干を取出せばよい。例を挙げれば子日:子宮の上には乙・己の両個の干を披き、乙は陰貴、己は陽貴。貴干を取り定めた後、すなわちそれより順に十干を下に排して十二天将に配する——丙は螣蛇に配し、丁は朱雀に配し、戊は六合に配し、己は勾陳に配し(底本はここの「己」を誤って「巳」と刻す)、庚は青竜に配し、辛は天空に配し、壬は白虎に配し、癸は太常に配し、甲は玄武に配し、乙は太陰に配し、丙は天后に配す。十干はただ十位、十二将は十二位あるが故に、排して最後の天后・太陰のこの両か所に至れば多け出るので、別に空位をもって処理する。

支用干貴統十位,干用支貴顯易知,支用干貴隱難明。辰戌無貴戊己寄,午寅辛取無同異,陰陽順逆法同干,天地貴人兩盤看。

歌訣は続けて曰く:地支をもって天干の貴人を取るに、一支は十位の天干を統ずる。ゆえに「支用干貴統十位」と呼ぶ。天干を用いて地支の貴人を取るは、明処に摆けて人々看易く明白す。地支を用いて天干の貴人を取るは、暗処に蔵して看明白なり難し。辰・戌の両宮は本来貴人の居るべきはなく、その位は戊・己の二土に代わり寄せしむ。午宮と寅宮はいずれも辛を取って貴とし、陰貴陽貴はここにおいて区別なし。至って陰陽順逆に将を布する規矩は、天干貴人を用いるときと完全に同じである。要するに天盤・地盤の両層の貴人は合わせて見て、はじめて周全と算えられる。

地盤陽貴歌

子己丑庚寅取辛,卯壬辰戊巳尋,午辛未甲申用乙,酉丙戌己亥求丁。

これは地盤陽貴の歌訣:子宮は己を取り、丑宮は庚を取り、寅宮は辛を取り、卯宮は壬を取り、辰宮は戊を取り、巳宮は癸を取り、午宮は辛を取り、未宮は甲を取り、申宮は乙を取り、酉宮は丙を取り、戌宮は己を取り、亥宮は丁を取る。底本の第二句は「卯壬辰戊巳尋」と作り、「巳」の字の下にその配する「癸」の字を脱す。ここでは底本に依って照録し補わず。脱する字は上文の地盤貴人対照表に拠って癸と補明し得る。

地盤陰貴歌

子乙丑甲寅辛同,卯癸辰巳己乙中,午辛未庚申用己,酉丁戌戊亥丙逢。

これは地盤陰貴の歌訣:子宮は乙を取り、丑宮は甲を取り、寅宮は辛を取り、卯宮は癸を取り、辰宮は己を取り、巳宮は壬を取り、午宮は辛を取り、未宮は庚を取り、申宮は己を取り、酉宮は丁を取り、戌宮は戊を取り、亥宮は丙を取る。底本の第二句は「卯癸辰巳己乙中」と刻し、辰・巳の両宮の配する干の次序は錯乱して前の対照表と合わず。ここでは底本に依って照録し改めず、対照表の列する「辰己・巳壬」を正とすべし。

王元明曰:「地下支元之貴,即人元旺用之稱。隱伏其下,人所難曉,地下有旬遁之干支,靜而有動。世人皆謂奇門重干不重支,六壬重支不重干,皆偏廢之說。地盤貴人佐天盤之不足,六層乃全。」

王元明に曰く:地盤の下に地支の蔵する貴人は、すなわち「人元旺用」の別の呼法である。それは地支の下に潜伏して、一般人には見出し難い。地盤の下には本来旬遁の排した干支あり、見れば静止するが如く、実は静中に動あり。世人は皆奇門は天干を重んじ地支を重んぜず、六壬は地支を重んじ天干を重んぜずというが、これら両種の説法はいずれも各々一偏を執る。実際は地盤貴人は正に天盤の不足を補い、両層を合わせて六層の架子ははじめて完整となる。

陰陽分時用貴人図

夏至一陰生 巳 午 未 申 辰 酉秋分 春分卯 戌 寅 丑 子 亥 冬至一陽生

これは分時用貴人図である。方框の十二宮の外に四つの節候の方位を標出す。図の上方(午位の一側)は「夏至一陰生」を標し、下方(子位の一側)は「冬至一陽生」を標し、右側の酉宮は「秋分」を標し、左側の卯宮は「春分」を標す。それの表達せんとするは:一年は冬至より陽気の生を始め、夏至より陰気の生を始む。この道理を一天の内に移せば、すなわち子時より陽と為し、午時より陰と為す。占課のときどの種の貴人を用いるかは、すなわちこの図に照らして分界する。

巳為陽極,純陽之月也,地雷復。亥為陰極,純陰之月也。天風姤。

巳は陽気の頂点に到達する処で、対応するは純陽の月(四月、卦は乾)。亥は陰気の頂点に到達する処で、対応するは純陰の月(十月、卦は坤)。至って附する「地雷復」は、本に子月の一陽来復の卦。「天風姤」は本に午月の一陰始生の卦。ここに標するは陰陽始生の両個の端点に就いて言うので、巳・亥の両個の極点と対照するためで、読者は巳・亥自体の卦象と相混してはならない。

按:冬至一陽生於子,止於巳;夏至一陰生於午,止於亥;乃天地真陰真陽之分際也。法以一日之干分統兩支之貴,又以六時之支分用兩般之貴。陰時卻用陽貴,陽時卻用陽貴,自子時起巳時止用陰貴,陽乘地將也。午時起亥時至用陽貴,陰乘天將也。

按語に曰く:冬至は一陽の生を子に始め、巳に至りて止む。夏至は一陰の生を午に始め、亥に至りて止む——これは天地間の真陰真陽の分界である。これに拠って法を立つ:一天の日干は両個の地支の貴人(一陽貴一陰貴)を統轄し、一天十二時辰はまた前六後六の両段に分かち、各々一種の貴人を用いる。規矩は陰時は反対に陽貴を用い、陽時は反対に陰貴を用いる(底本はここの両句とも「用陽貴」と作るが、後の一句は当に「陽時卻用陰貴」の誤り)。具体的に言えば:子時より起こり巳時に止むまでのこの六時辰は陽時に属し、陰貴を用い、これを「陽乗地将」と呼ぶ。午時より起こり亥時に止むまでのこの六時辰は陰時に属し、陽貴を用い、これを「陰乗天将」と呼ぶ。

天動為陽、地動為陰,陰陽互根之理也。一陽生子,子至巳而極;一陰生午,至亥而極,故一日分陰分陽互用兩貴,陰陽配合而化育成也。豈以日出日入分旦暮哉?豈陽貴治晝,陰貴治夜哉?旦暮夜以地盤所臨言則可也,豈以時分哉?

天の運行は陽に属し、地の運行は陰に属す。陽時に陰貴を用い、陰時に陽貴を用いるは、正に陰陽互いにその根を為すの道理である。一陽は子に生じ、子より行きて巳に至りて極に達す。一陰は午に生じ、午より行きて亥に至りて極に達す。ゆえに一天の内に陰陽の両段を分かち、交互に両種の貴人を使用し、陰陽配合して化育ははじめて完成し得る。どうして日出日没に按じて早晚を分かたんや。またどうして陽貴は白天を管し、陰貴は夜晚を管せんや。「旦」「暮」「夜」これらの説法は、もし貴人の臨む地盤の宮に就いて講ずればなお説き通せるが、どうして一天の時段を持って分かつことができよう。

凌移文劉演輩所注《畢法》《心印》皆暗藏其旨而不輕洩,世俗不知而謬解訛傳,壬學之時失真也久矣,能不為之關明乎?

凌移文・劉演のこれらの先輩の注した《畢法賦》《心印賦》は、いずれもこの層の意思を文字の中に暗藏して軽々しく点破を肯ぜない。世俗の人は明白にせず、ここにおいて誤解訛伝す。六壬の学が時を用いる上で真を失う已に久し。どうしてこれに代わって辨明せざるを得んや。

分時用貴経文歌訣

陽貴乘地將,陰貴乘天將,動靜互為根,陰陽得真將。午後為陰將,陽貴盤上乘;子起為陽時,陰貴盤上乘,先後天不明,貴人失所親,牛羊分旦暮,夢中說夢因。

これは分時用貴の経文歌訣である。陽貴は地将に配して用い、陰貴は天将に配して用い、動と静は互いにその根を為し、このようにして陰陽ははじめて各々その真将を得る。午時以後は陰将の当令に属し、天盤上は陽貴を乗ずべし。子時起は陽時に属し、天盤上は陰貴を乗ずべし。もし先天・後天のこの一層の来歴を明白にせざれば、貴人はその親附すべき位置を尋ね得ない。至って「牛」(丑)「羊」(未)の両支を硬に早貴晩貴に分かつあの種の講法は、純粋に夢の中に夢を説くで、全く根拠なし。

右歌發明用貴之真訣,合前圖說,看之明白瞭然矣。世俗不明所以然之,故宜其舛謬也。

上のこの歌は貴人を用いる真訣を点出し、前の両幅の図と図説に配合して看れば、道理は一清二楚となる。世俗の術家はその中の所以然の縁故を明白にせず、彼らの弄り誤るも怪しむに足らない。

貴人順逆巡治図訣

地戶巳 午 未 申人門 辰 酉 卯 戌 鬼戶寅 丑 子 亥天門

これは貴人順行逆行の分界図である。方框の十二宮上に四つの門戸を標出す。巳宮は「地戸」を標し、申宮は「人門」を標し、寅宮は「鬼戸」を標し、亥宮は「天門」を標す。図の四辺は依次上辺は巳・午・未・申、左辺は辰・卯、右辺は酉・戌、下辺は寅・丑・子・亥。この四門は十二天将を布するに順逆を判断する路標で、貴人が亥(天門)の一側に落ちれば天将は順行し、巳(地戸)の一側に落ちれば天将は逆行する。

辰戌為陰陽之界,貴人登天門以前俱順行,貴人臨地戶以後俱逆行,豈以卯酉寅申分旦暮哉?貴人臨地盤則有晝夜之異。《畢法》之雲晝夜貴人,蓋以臨地盤論,後人錯解之也。

辰・戌の両宮は陰陽の分界線である。貴人が天門(亥宮)に登る以前は、十二天将は一概に順行。貴人が地戸(巳宮)に臨みて以後は、一概に逆行。どうして卯・酉・寅・申のこれら数宮を依りて早晚を分かたんや。貴人の臨む地盤の宮は、確かに昼位夜位の区別があり、《畢法賦》の説くところの「昼貴人・夜貴人」は、本来貴人の臨む地盤の宮に就いて言うので、後来の人がこれを誤解して白天黑夜に按じて両個の貴人を分用するとなした。

訣曰:貴人在亥子為先,在戌邊將酉引前,在巳俱從辰位轉,若居辰位巳為先。

口訣に曰く:貴人がもし亥宮に落ちれば、すなわち子宮をもって下一位として順排し。戌宮に落ちれば、すなわち酉宮をもって前導とする(ここはなお順行の一段の中)。巳宮に落ちれば、すなわち一律に辰位より転じて逆排す。もし辰宮に落ちれば、すなわち巳位をもって先とする。この四句は人に貴人の落ちる宮より直接に十二天将がどの一頭へ向かって数うべきかを判定せしめるを教え、必ずしも別に規矩を記することを要しない。

笥中綱領俱非法、局外行蔵必要知

夜將日將,四課三傳,九宗七體,年命六樣,為綱為領,孰重孰輕,合法顯應。非法不靈,局外行藏,變動難名,笥中奧妙,得中則神,知開三遁,得撥五行。

これは経文第七・八句の四言正文。夜将と日将・四課と三伝・九宗と七体・行年本命などの六様は、いずれも世人に六壬の綱領と為される。しかしこれらの綱領の間、究竟どれが重くどれが軽いか。真法に合するのみ応験を顕出し、真法に合せざるは自然に験ならず。真の枢機は課体格局の外の進退去留にあり、その変動は名状し難い。この箱篋の中に蔵する奥妙は、一旦之を得れば神妙无比——関鍵は天地人の三遁を開き出し、五行の衰旺を撥清するを解するにある。

此探六壬月將貴人課傳宗體年命六親,俱有真法在笥中,世人不知,錯解誤用,則皆非真法矣。且煩冗散漫,毫無把握,孰為綱領,孰為輕重,何以決斷哉?

この段の解説:六壬の月将・貴人・四課三伝・宗門課体・行年本命・六親取用は、每一様に真法が箱篋の中に蔵せられている。世人は知らず、錯解錯用し、ここにおいて通通真法ではなくなった。しかもこれらの名目は煩瑣散漫で、学者に毫も把柄の抓めるところなし。どの一様が綱領か。どれが重くどれが軽いか。このようであって何をもって吉凶を決断せんや。

法用遁干,動中有變,周流六處,即能窺天地未發之機,闡課傳吉凶活動之妙,要在變通。遁干所在之方,即六壬傳課之方也,豈若金口訣以占人來方、坐方為方哉?故遁之一字,神機變化;推年月日之歸程的路,全在箇中,不以遁干取用,將何為據?不以旺字取舍,斷法終是模糊。可告者神也,虛而善應者亦神也,必學者誠心澄慮,依法求用。

真の办法は遁干を用いることである。それは動中に変を生じ、太歳・月建・日辰・正時・行年・本命の六か所に周流して、天地の未だ発動せざる機兆を窺見し、四課三伝の中の活の吉凶を闡発し出し得る。要訣はすべて一つの「変通」にある。遁干のあるあの一方は、すなわち六壬課伝の指す方位である——どうして「金口訣」の如く、ただ来人の来る方・坐する方を持って方位とせんや。ゆえに一つの「遁」の字は、正に神機変化のあるところ。太歳・月建・日辰を推断してどの一条の路に帰結するかは、すべてこの中にある。遁干を用いて取用せざれば、なお何をもってせんや。「旺」の字を用いて取捨を定めざれば、断法は終竟模糊する。消息を人に告げ得るは神明であり、虚静にして善く応ずるも神明である。ゆえに学者は必ず心を誠に慮を澄まし、法に依ってあの「用」を求めなければならない。

然此旺用二字,非三傳發用之用,亦非占時取用之用,圓通無方,不可執是彼是我之稱。若就我而言,則是有我之運用,是我為主。自彼而言,則有彼之運用,是彼為主。若我用帶刑害則我之運用必坎坷,我用帶德祿則我之運用必多吉慶。

ただし説き清らかにすべきは:ここに説く「旺用」の二字は、三伝中の初伝発用のあの「用」でもなく、占時取用のあの「用」でもない。それは円通にして固定の方所なく、死んでどの字が彼でどの字が我かを認むべからず。もし我のこの辺より講ずれば、すなわち我の運用で、我を主とする。もし対方のあの辺より講ずれば、すなわち対方の運用で、対方を主とする。例を挙げれば:我のこの辺の用神が刑・害を帯ぶれば、我の行事は必ず坎坷。我のこの辺の用神が干徳・禄神を帯ぶれば、我の行事は必ず多く吉慶あり。

然占天時之晴雨,則我之一字難言矣。占六甲則我又屬彼。占行人則我字盡屬他人,妙在觸類旁通,取物象形,以知箇中之旺用。若必要分彼字我字,則非壬遁圓通之說矣。

しかし題目を換えれば同じからない。天時の晴雨を占するに、「我」の字は説くところなし。六甲(婦人の懐孕)を占するに、「我」はかえって対方のあの辺に帰する。行人(門出して外にある人)を占するに、「我」の字は全部他人の上に落ちる。妙処はまさに触類旁通にあり、占する物に随って象を取り形を定め、その中にあの当旺の用神を認め出す。假如必ず死んでどれが彼でどれが我かを分かたんとすれば、すなわち六壬遁干の円通の道理ではない。

若拘定硬局,四課三傳,如時俗之解,則以干為我,支為彼;占行人以干為動,占他人以支為靜,屬宅;占胎孕以支靜為母,日動為子。若此之論彼我,果是乎?否乎?在卜者果驗乎否?

もし四課三伝という硬局を死守すれば、当今時俗の講法に照らして、成るは:一律に日干をもって我とし、日支をもって対方とする。行人を占するに日干をもって動とし、日支をもって静として宅舎に属す。胎孕を占するに日支の静なる者を母とし、日干の動なる者を子とする。このように彼我を論ずるは、究竟正しいかどうか。占卜する人がこのように断ずるは、究竟霊験するかどうか。

且鈐上三傳結構於課中,共有九字,初發用,次變體,末歸計,九宗七綱領,非一全用乎?抑不用乎?如用三傳,則先有四課;用四課,必棄三傳;煩冗散漫,反無依據把握。且更有門類附課、卦名神煞、德合刑沖等字,年月日時、本命行年上下字都不能盡用。欲去惑而反生惑矣。

さらに言えば、課鈐の上に三伝を四課の中に結構するは、共に九つの字。初伝は事の発端、中伝は中途の変化、末伝は最後の帰結。これに九宗・七体これらの綱領を加え、究竟全部用いるべきか、それともいずれも用いざるべきか。もし三伝を用いるというなら、しかし三伝の前には先に四課あり。もし四課を用いるというなら、あれはまた勢い三伝を丢開せねばならぬ。名目は煩瑣散漫にして、かえって人に拠るべきを尋ね得ず、抓めるべき把柄なからしむ。何况このほかにまた各種の門類附課・卦名・神煞、および徳・合・刑・冲これらの字、さらに太歳・月建・日辰・正時および本命・行年の上下の各字を加えれば、根本に一々用い尽くすことは不可能である。本に疑惑を解除せんと欲するに、結果はかえって更に多くの疑惑を生ずる。

惟智者超乎課體之外,而又不離乎課體之中,不為課體所蔽,開三遁而撥五行,斯妙手萬化,生身從茲而定,故曰「局外行藏」。蓋言取用也,能取課中之真用,則課傳硬局皆為我用而活矣。

ただ明智の人のみ、能く課体の外に超出しつつ、また課体の中より脱離せず、課体の名目に遮蔽されず、天地人の三遁を開き出し、五行の衰旺を撥清する——このようでこそ妙手が万般の変化を生じ、自身の吉凶はこれより定准を有する。ゆえに経文は「局外行蔵」という。それの講ずるは正に取用の法で、能く課中にあの真の「用」を取出せば、四課三伝という死板の硬局は全部我に調動されて、活に変ずる。

取旺因時難発用、披神帯煞可推移

萬物化育,乘時者旺,得地者旺,次則得助,德祿生比,黨合倚托,詳其加臨,聚旺尤勝,三遁所主,孰衰孰旺,用干宜旺,鬼干莫興,何干發用,吉凶方明,披神須察,帶煞當詳,生剋制化,禍福遷移,取之舍之,趨避前知。

これは経文第九・十句の四言正文。天地万物の生長化育は、およそ時令に乗ずるは旺、有利の地位を占めるも旺。次の一等は外来の幇助を得る——例えば干徳・禄神・相生・比和、または結党相合して倚託するあれば、である。要細看この字の上下に何が加臨するか。もし幾種かの旺気が同じ一つの字の上に聚れば、すなわち格外に強盛。天・地・人の三遁は各々一路を主り、どの一路が衰でどの一路が旺かを分かち清らかにすべし。用神とする天干は旺に宜しく、官鬼とする天干は興盛すべからず。究竟どの干が用を発するか、吉凶ははじめて判明し得る。それの披く貴神は必ず察看し、帯ぶる神煞は応に詳辨すべし。さらに生・克・制・化を合わせれば、禍福はこれに随って遷移する。取るべきは取り、舎くべきは舎く。吉に趨り凶を避くることあらかじめ知り得る。

此探六壬之妙用既在遁干矣,然天地萬物之化育,首貴得天時之旺氣,次貴得地之旺生,再次得年月日時生比德祿,更三合六合,旁人之比助、救制、提拔,知此字為真用,尤要看此字之上下六層加臨之神將遁干,有傷無傷,有氣無氣,孰旺孰衰。用干宜加臨生旺,則能生助我,且有力矣。

この段の解説:六壬の妙用は既に遁干の上にある以上、すなわち記るべきは天地万物の化育は、まず天時の旺気を得るを貴とし、その次は地盤の生旺の位を占めるを貴とし、さらにその次は太歳・月建・日辰・正時の相生・比助と干徳・禄神を得るを貴とし、さらに一歩進んでまた三合・六合、および旁人の一路の比助・救護・制伏・提拔あり。既にある字を真の用神と認定したなら、殊にこの字の上下六層の加臨する貴神・天将と遁干を見るべき。それに傷の有無か。気あるか気なきか。どちらが旺でどちらが衰か。用神とする天干は最も生地・旺地に加臨するを好しとし、このようにしてそれははじめて我を生助し得、しかも力量ある。

鬼干忌加臨生旺來克我,一生一克,誰旺誰衰,入課傳年命六處者,皆可發用,非特初傳為發用也。初傳為發用,不過心之初萌,事之方動也。

反対に、官鬼とする天干は最も生地・旺地に加臨することを忌む。それなればそれの来て我を克するは更に凶。一辺は我を生ず、一辺は我を克す。すなわちこの両個のどちらが旺でどちらが衰かを見る。およそ四課三伝および行年本命の六か所に入る字は、いずれも取って来て「発用」とし得、初伝のみを発用とするのではない。初伝のいわゆる発用は、ただ人心の剛に念頭を起こし、事の剛に動き始めるを指すのみで、それがすなわち取用の字と等しいとはいわない。

故用干神將得時合之旺氣者,為得天時之旺者也。再臨地盤生比德祿旺者,乃一方之當權用事來助我之用也。次看用與本日之干相生比者,為吉則實。蓋一日之旺氣當權用事來助我之用也。次看與月建干相生比否,蓋一月旺氣當權用事來助我之用也。次看歲干與我相生比否,蓋一歲之旺氣當權用事來助我之用也。

ゆえに、用神とする天干とその乗ずる貴神天将が、もし当令時節の旺気を得れば、これを「天時之旺」を得るという。それがさらに地盤上の我を生じ、我に比し、または干徳禄神のある旺位に臨めば、すなわちこの一方の権を当てて事を用いる気が来て我が用神を幇く。第三步はこの用神と本日日干とが相生か相比かを見る。もし相生相比なれば、吉は実処に落ちる。あれは一日の旺気が権を当てて事を用いて我が用神を幇くからである。第四步はそれと月建の干とが相生か相比かを見る。あれは一月の旺気が来て我が用神を幇く。第五步は太歳の干と我とが相生か相比かを見る。あれは一歳の旺気が来て我が用神を幇く。

若天、地、年、月、日,五旺全而加臨在一字,則以可用必成而言。若得地得日,而不得月與天時,則有基而未逢其時,未可以求應也。若比年月日而不比地,則逢其時而無其基,不可求應也。

もし天時・地利・太歳・月建・日辰の五種の旺気が斉備して、しかも全部同じ一つの字の上に加臨すれば、この字は必ず用い得、所占の事は必ず成り得る。假如ただ地盤の旺と日辰の旺を得て、月建と天時を得ざれば、すなわち根基は已に立てりと時候は未だ至らざるに譬すべく、なおそれの立刻応験を指望すべからず。反対に、假如太歳・月建・日辰と皆相比和するも、地盤上にて比助を得ざれば、すなわち時候に逢えど根基なしにて、同じく応験を指望すべからず。

然遁干旺用之一字,最為活潑,不可拘。若死看則為硬局矣。如所旺用之遁干不入課傳,日又受克則無用矣。則有披神帶煞之訣焉。歌曰:「將是神兮神是將,一實二虛具至妙。神帶將兮將帶神,於中幽奧誰能曉?」

ただし遁干旺用のこの一つの字は、最も活発にして拘死すべからず。もしこれを看死せば、あれはまた硬局に変ずる。譬えば取った旺用の遁干は並べて四課三伝に入らず、日干はまた克を受くるとき、あの字は豈に没用とならざるか。このときすなわち「披神帯煞」の訣竅を用いる。歌訣に曰く「天将はすなわち貴神、貴人はすなわち天将、一つの実字が両個の虚象を帯び、妙処はすべてここにある。貴人の上に天将を帯び、天将の上に貴神を帯び、その中の幽深奥妙は誰が能く解得せんや」。

蓋人盤貴人,亦有遁干,遁其中為鬼為生,既披神帶煞也。假如丙子日亥將子時占,陽時用陰貴酉,於子時本屬壬子,即從天盤起壬子順遁去,到酉上是辛字,即為辛酉貴人。貴人臨戌逆數,至壬子上是玄武,即是子時虛披元武神矣。壬為丙日之遁干,鬼為元武,為帶盜賊之事,即帶煞矣。又如課傳見青龍,即是虛帶壬字甲字矣。所謂一實二虛也。

道理はこのようである:人盤上の貴人にも遁干があり、遁じ出た干は日干に対してあるいは官鬼を成し、あるいは生扶を成す。これがいわゆる「披神帯煞」である。例を挙げれば丙子日・亥将・子時に占す。子時は陽時に属し、陽時は陰貴を用い、丙日の陰貴は亥にあり、転じて天盤を成せば酉に落ちる。子時自体は壬子を遁じ得、すなわち天盤より壬子を起こして順遁して下り、数えて酉宮に至れば辛の字。ゆえに貴人は辛酉。さらに貴人の臨む戌宮より起こして逆に十二天将を数え、数えて壬子のあの宮に至れば落着くは玄武。これがすなわち子時に虚に玄武のこの一位の神を披く。壬はまた丙日の官鬼の干で、玄武の主ずるは盗賊。両下相合せば、すなわち「帯煞」である。同じく、課伝の中にもし青竜を見れば、青竜は木に属し寅に寄し、すなわち虚に壬の字と甲の字を帯ぶるに等しい。これがいわゆる「一実二虚」——本字は実、披く神と帯ぶる煞は両重の虚象である。

神帶將,是遁干加臨貴人,以干為將,將即遁干之稱也。總是遁干貫之,故為圓通活潑,可遷可移,丙子例此。

いわゆる「神帯将」とは、遁干が貴人の上に加臨するを指し、このときすなわち天干をもって天将として看る——「将」はただ遁干のもう一つの名称に過ぎない。要するに一切は遁干に貫穿せられる。ゆえにこそ円通活発にして遷移変化し得る。上の丙子日のあの例は、正にこのように推した。

占人事須察人盤貴人之遁干,何事為鬼,如元武主盜賊。更察其陰神,即知盜賊方所、色目、形貌、姓氏、逃獲、破匿之隱微,次看課傳以觀其過去、現在、未來究竟,更尋年命與用如何能載與否,趨其吉而避其凶。非精於壬之者,安能前知以遠害耶?歌曰:「克者為無從旺斷,五旺之內細推原。用神神將詳生克,方察來人見的端。」

人事を占するに、必ず人盤上の貴人の遁干を察看し、どの一様が日干に対して官鬼を構成するかを弄清さねばならない。例えば玄武の主ずるはすなわち盗賊の事。さらに一歩進んでその陰神を察看すれば、すなわち盗賊のある方位・衣着顔色・形貌・姓氏、および捉獲し得るかどうか・蔵在する処などの隠微の事を知る。其次は四課三伝を見、もって事の過去・現在と将来の結局を観察する。さらに行年・本命と用神の間が載承し得るか否かを見、これに拠って吉に趨り凶を避く。六壬に精通せざる人なれば、どうしてあらかじめ知って禍害を遠離することができよう。歌訣に曰く「用神は克されて用なきに見ゆれば、すなわち改めて旺処より断り、五旺の内において細々と本源を推究せよ。用神とその乗ずる貴神天将の間の生克を辨明して、はじめて来人の問う事の確切なる端倪を察し得る」。

此取用歌訣也,蓋壬數皆以本日之干為主,若日干受克,見用於鬼,即為無用矣。從旺斷者,乃於月將貴人三盤之遁干,尋一處推其旺相之根源者,論其微妙之理也。旺有五等,旺地、旺日、旺月、旺日、旺時,從化也。五等聚於一處,又名聚旺,尤妙。

これは取用の歌訣。六壬の数は一概に本日日干を主とする。日干がもし克を受け、取出した用神がまた官鬼の上に落ちれば、この用神は廃す。いわゆる「従旺断」とは、月将・貴人および天地人の三盤の遁干の中に転じ入りて、一か所を尋ね出してその旺相の根源を推究し、中よりあの微妙の道理を論ずることである。旺は共に五等あり:地旺・日旺・月旺・時旺、さらに従化して成る化旺を加える。五等がもし同じ一か所に聚れば、また「聚旺」と呼び、すなわち格外に妙。底本はここの「旺日」の二字を重出し、「旺時」の一項を脱す。今照録して改めず、五等の目は下文の「五旺」の一節に依って列するを正とすべし。

又看三盤上所披何干、何神、何煞,如常、德、祿、財、馬或與支合或與干合,又要與年月日時干支相合,如祿馬同行,德合生比則吉。如帶刑煞克害、衰破墓絕等煞則凶。

さらに天地人の三盤上に披くはどの天干・どの貴神・どの神煞かを見ねばならない。例えば太常・干徳・禄神・財爻・駅馬これらは、あるいは地支と相合し、あるいは天干と相合する。同時にまたそれと太歳・月建・日辰・正時の干支と合うか合わぬかを見ねばならない。もし禄神と駅馬と同行して、また干徳・六合・相生・比助あれば、すなわち吉。もし刑煞・克害を帯び、または衰・破・墓・絶これらの位置上に落ちれば、すなわち凶。

其次方察來人之情,就遁干旺用之方,而見其事情之端的何如也。蓋用之一字有六層,須要如前之五旺次第推審詳明,斯取用方定,則其人之賢愚貴賤、求謀舉動,必有一毫之端倪發露於課之中,要智者圓通,取其近理者斷事之吉凶,則的確無疑,靈應如神矣。

これらを看定して後、はじめて来人の実情を察看するに輪する。遁干旺用のあるあの一方に就いて、この事の確切なる情形が究竟如何を見る。知るべきは「用」のこの一字に六層の内容の含まるるを、必ず前に説くところの五旺に照らして依次推詳審明して、取用ははじめて定まったと算えられる。取用が一たび定まれば、この人が賢か愚か、貴か賎か、彼の図謀する・挙動するは、必ず一糸の端倪を課象の中に顕露す。これはすなわち明智の人の円通体察に依って、あの最も情理に合うを挑んで吉凶を判断し、このようにすれば確鑿として疑いなく、霊験神の如し。

五旺

一氣旺,如春占木旺也,夏火秋金冬水四季土也。氣旺即月旺。凡吉神乘時令月旺則成吉,凶神乘時令月旺則成凶,居囚死地亦凶,小人窮則亂。又名天旺,得天時也。

第一種は「気旺」。例えば春に課を占えば、木は当旺。同じ理で夏は火旺、秋は金旺、冬は水旺、辰戌丑未の四季月は土旺。気旺はすなわち月旺である。およそ吉神は時令月份の旺気に乗ずれば、吉事は能く成る。凶神は時令月份の旺気に乗ずれば、凶事もまた成る。そして凶神はもし囚地・死地に落ちれば、同じく凶——ちょうど小人が一旦走投無路すればすなわち乱を作すが如し。この一種はまた「天旺」と呼び、天時を得るの意である。

二地旺。凡吉神居廟樂之地,比助之鄉,愈成其吉;凶神居廟樂之地,不成其災。小人戀安戀生也。又居旺地為有氣,居生地亦有氣。餘為無氣。入廟為真,不入廟為假。入廟者,十二神各居本家也。

第二種は「地旺」。およそ吉神は自ら入廟得地し、安楽相宜の宮位に居り、または同類比助の方位に落ちれば、吉は更に円満。凶神はもし入廟安楽の地に居れば、かえって災を興さない——小人は安逸を貪り生地に留恋すれば、事を生ずるを肯ぜないからである。このほか、旺地に居るは気ありと算え、長生の地に居るも気ありと算え、其余の位置はすべて気なしと算える。入廟するは真と算え、入廟せざるは假と算える。いわゆる「入廟」とは、十二天将が各々自らの本家宮位に回帰するをいう。

三日旺,如木神將則甲乙日相,壬癸日旺,丙相日休,戊己日囚,庚辛日死,故凡見兄爻皆相氣,父爻皆旺氣,子孫爻為休氣,妻財爻為囚氣,官鬼爻為死氣。故甲乙日見甲乙寅卯俱為旺氣,以得比助也。占妻財父母則不利,以兄能奪劫克妻,又多洩父母之氣也。

第三種は「日旺」、すなわち日干を准として気を分かつ。木に属する神将を例とすれば:甲・乙の日には「相」に属し、壬・癸の日(水は木を生ず)には「旺」に属し、丙・丁の日(木は火を生じ泄気)には「休」に属し、戊・己の日には「囚」に属し、庚・辛の日(金は木を克す)には「死」に属す。六親の説法に換えればすなわち:およそ兄弟爻に見ゆるはすべて相気と算え、父母爻はすべて旺気と算え、子孫爻は休気と算え、妻財爻は囚気と算え、官鬼爻は死気と算える。ゆえに甲・乙の日に甲・乙・寅・卯を見れば、すべて旺気と算える。同類比助を得るからである。ただしこの種の情形はもし妻財を占し父母を占するに用いれば不利である。兄弟爻は争って財を劫して妻を克し、同時に大量に父母の気を泄するからである。

四時旺。如甲乙日占寅卯祿為時用也。事主近乃妙,不利長久。

第四種は「時旺」、すなわち占時の支が日干に相当する。例えば甲日・乙日に課を占して寅時・卯時に遇えば、あれは正に甲乙の禄位で、取って時上の用と為し得る。時旺の力量は来ること快く、ゆえに所占の事は近期に効を見るを妙とし、長遠を図謀するに利せず。

五化旺。如三盤上下神將皆一氣,則雖非時令旺氣,以從多從勝而化旺也。又有合化為旺,如甲乙日,見遁干乙庚之合干用之,上下或支作三六合生遁干、比遁干、遞生助遁干以生日干,皆能化而為旺。若凶神得黨助,其凶愈熾,必非一人一事之害矣。又看吉凶遁干坐長生十二位上,以察休旺,皆能化而為旺。若臨長生,主其事不已,墓絕則其事將止。

第五種は「化旺」。例えば天地人の三盤上下の乗ずる貴神天将が同じ一種の五行の気に属すれば、たとい時令の旺気に合せずとも、「従多従勝」に因って化して旺となる。別に一種は合化して旺を成す:譬えば甲・乙の日に遁干中に乙と庚と相合して化するを見れば、すなわちこの合化の干を取って用とする。または上下の間・地支の間に三合・六合を結成して遁干を生扶し、遁干に比助し、または一層一層逓相生助して遁干に及び、更に遁干より日干を生ずる。これらはいずれも化して旺を為し得る。反対に、凶神はもし党羽の相助を得れば、凶勢は更に熾盛にして、害を為すは必ず一人一事のみならず。このほかまた吉凶の遁干が十二長生のどの一位に坐するかを見、もってその休旺を考察し、これらもいずれも化して旺を為し得る。もし長生に臨めば、この事の綿延止まざるを主る。もし墓・絶に臨めば、この事のすなわち停まらんとするを主る。

凡遁干旺用,或得天、得地、得時、得化,五者有其一,則衰旺之勢已分。蓋五勝之旺,必不能全,從其多者而論之。以旺氣勝者為用事之神,然後可求其驗。時令得天為第一,次地,次旺,次化,皆六壬之秘要也。

およそ旺用に取る遁干は、あるいは天時を得、あるいは地利を得、あるいは時辰を得、あるいは合化の助を得、五様の中ただ一様を占めさえすれば、衰旺の形勢は分かち出し得る。これはこの五種の取勝の旺気が様様斉備し得ないが故に、ただその中の占め得る多き一面に就いて論断し、旺気の最も盛なる一つを定めて「用事之神」と為し、しかる後にはじめて求験に及ぶを得る。軽重を論ずる次第は:時令天時を得るを第一とし、其次は地利、さらに次は本身の旺、最後は合化。これらはいずれも六壬の秘要である。

既得遁干之五旺,則看遁干所披之神,即知其所占之事,神即貴神也。貴神即主事之人也。得了貴人遁干,再看月將遁干,更看其所乘之月將遁何干,帶何煞。帶煞指支言,不以遁干言。其事日旺、月旺、地旺、時旺、化旺,則為乘旺矣,吉必成,吉凶必成,凶未有旺而不成也,亦未有不旺而成者也。旺則成於目前,未旺則待將來,即此觀之,可知尋旺用在貴審所遁之干尋之,不然則茫然無下手處矣,宜玩之。

既に遁干の五旺を定め出したなら、続いてこの遁干の披く貴神を見、これにより占するはいかなる事かを知る——貴神は事類を代表し、またこの事を主管する人を代表する。貴人の遁干を取得して後、さらに月将の遁干を見、進んでそれの乗ずる月将がいかなる干を遁じ出し、いかなる煞を帯ぶるかを見る(注意すべきは:いわゆる「帯煞」は地支に就いて言うので、遁干に就いて言うのではない)。この事がもし日・月・地・時・化の五方面において皆旺気を得れば、すなわち「乗旺」と呼ぶ。吉事なれば必ず成り、凶事も必ず成る。かつて旺にして成らざるなく、旺ならずして成り得るもなし。旺なれば眼前に成り、旺ならざれば将来を待たなければならない。これより見れば、旺用を尋ねるは細察貴人の遁ずる干を緊要とする。さもなくば茫茫として下手するところなく、この一層は反覆玩味に値する。

假如遁干之旺用乘青龍六合木神,並寅卯之月將,居艮震之地,逢甲乙日,遇三春之令,拈得寅卯之時,旺用俱全,大吉之占也。據此凡言所成不一,以本支論,不以遁干論。然比日為為主,比月為要,比時比地比化次之。在皆不可缺者,以比日是一月之旺氣也,比月是一歲之旺氣也,比地是一方之旺氣也,比將則得類而內外和同,比日比月比時則得天時之旺氣,比地則得家而居處安,比合化則得人相助,無有不驗者。

例を挙げれば:取った旺用の遁干が青竜・六合のこの両位の木に属する天将に乗じ、また寅・卯の月将を併せ、艮・震のこの両個の木に属する方位に居り、恰好甲日または乙日に逢い、正に春季三月の時令に当たり、占時にまた寅時または卯時を拈得すれば——これはすなわち旺用俱全、大吉の占である。これに拠って知るべきは、事の成るか成らざるか情形は一様ならず、判断するときは本身の地支を准とし、遁干を准としない。その中に日辰と比和するを最も主要とし、月建と比和するを其次に重要とし、時・地・化と相比するをまた次の一等とする。しかし一様として缺くべきはない。日と相比すれば、得るは一月の中の旺気。月と相比すれば、得るは一年の中の旺気。地と相比すれば、得るは一方の旺気。月将と相比すれば、すなわち同類を得て内外和洽する。日・月・時と相比すれば、すなわち天時の旺気を得る。地と相比すれば、すなわち家宅・居処の安穏を得る。合化と相比すれば、すなわち他人の相助を得る。このように照らして推せば、応験せざるはない。

然數無全吉,亦無全凶,在參其旺衰而詳審其吉凶,而成敗從違,自了然矣。在所臨之地長生十二位中以分衰旺。然所披之神,必以入課傳年命為緊,入傳尤緊。

ただし術数の中に全吉なく、また全凶なし。関鍵は旺衰を参合し、吉凶を詳審すれば、事の成敗と該順従するか該違避するかは、自然に清らかとなる。衰旺を分かつ办法は、それの臨む地盤の宮が十二長生のどの一位に落ちるかを見る。至ってそれの披く貴人は、必ず四課三伝または行年本命に入ってはじめて緊要と算え、その中に三伝に入るは殊に緊要である。

欲知其事之成敗,必成者有五,必不成者有五:事神居有氣之地必成,與日相比必成,不落空陷必成,用與日主相生必成,陰陽相生必成,此五美而成旺則速成。如休廢則必待旺月方成,神居無氣不成,不比日主不成,用神相剋不成,陰神相剋不成,然五美四惡亦無全具,惟從其多者、旺者斷之,則成敗可立判矣。

事の成敗を知るに、五条の必ず成る条件あり、また五条の必ず成らざる条件あり。必ず成る五条は:事神は気ある地に居れば必ず成る。事神と日辰と相比和すれば必ず成る。空亡に落ちず凶位に陥らざれば必ず成る。用神と日主と相生すれば必ず成る。陰神陽神が彼此相生すれば必ず成る。この五様を「五美」と呼び、もしまた旺に逢えば、すなわち成ること快し。もし休廃に逢えば、旺月を待ってはじめて成る。必ず成らざる幾条は:事神は気なき地に居れば成らず。日主と比和せざれば成らず。用神は克を受ければ成らず。陰神は克を受ければ成らず。もちろん、五美と四悪は様様斉備するはなく、ただその中の条数の多き・気の旺なる一面に就いて断れば、成敗は立刻に判定し得る。

比日者為用事,不比日者為不用事,旺者速成,不旺者緩成,或相氣休氣皆須待時而成,犯死氣者不成,空亡而旺相者出空自成,此斷成敗之秘要也。

総括する一句:日辰と比和するのみ権を当てて事を用いると算え、日辰と比和せざれば事を用いず。旺なれば成ること快く、旺ならざれば成ること慢し。相気・休気の処にあるは、いずれも時候を待ってはじめて成る。死気を犯せば成らず。空亡に落ちたれど本身旺相なれば、旬空を出でれば自然に成る。これがすなわち成敗を判断する秘要である。

真飛假伏潜消息、年月日時運動機

旺用己得,真假有殊,年月日時,生比則真。課傳年命,克洩終假。年月貴馬,沖剋真飛,一二逢合,假飛難去,干逢庫合,伏始為真,沖來日月,伏飛真伏,洩沖敗克,其去方真,生扶有馬,沉滯去假,

これは経文第十一・十二句の四言正文。上半段は「飛」と「伏」を講ずる。旺用は已に取り定めたれど、その中に真と假の別あり。太歳・月建・日辰・正時のこれら数か所がもし来てそれを生じ、それに比すれば、あれはすなわち真。四課三伝と行年本命がもし来てそれを克し、それを泄せば、終竟是假。太歳月建上の貴人・駅馬がもしそれと相冲相克すれば、あれは「真飛」で、事は必ず走る。もし六か所の中に一両か所それと相合すれば、あれは「假飛」——走らんと欲して走り得ず。天干がもし墓庫相合に遇えば、「伏」ははじめて真伏と算えられる。もし日辰・月建に冲来られれば、あれは見れば伏で実は飛であるか、また冲に因って定まり住まりて真伏を成すかもしれない。要するに泄気せられ・冲せられ・敗地に居り・克を受くるは、その離去こそ真。もし生扶ありてまた駅馬を帯ぶれば、かえって留恋沈滞して、あの種の「去」は假である。

用臨長生,年月生合,斯為真來,二三沖剋,來假無成,旺相比合,真生有氣,傳臨脫洩,雖生猶假,遁臨死空,年月月遞死,命將用空,死假有救,八法消詳,神機可測。八法:真、飛、假、伏、去、來、生、死也。

下半段は「来」「生」「死」を講ずる。用神がもし長生の位に臨み、太歳・月建がまた来てそれを生じ、それに合すれば、これこそ真の「来」。もし両三か所来てそれを冲克すれば、あれは假来で、事は弁じ成さず。旺相にしてまた比和すれば、これこそ真の「生」で、元気充足する。もし三伝の中に脱気泄気に遇えば、生扶あるもなお假生。遁干がもし死地に臨み、空亡に落ち、太歳月建がまた一層一層逓相死を為し、本命・月将と用神が皆空に落ちれば、あれは「死」。ただしもしなお救神あれば、あの種の死もまた假である。この八種の法門を反覆して消息を推詳すれば、事の神機は測知し得る。いわゆる八法とは、すなわち真・飛・假・伏・去・来・生・死のこの八字である。

此探六壬之旺用雖得,而事情之變動有真有假,吉凶猶未定也。故以日干為主,遁干之旺用為實。如遁干旺用已生比日干,則吉矣。乃年月日時年命上之遁干,或有一二克洩日干,則遁干之來生猶假;即不克日干而克旺用之遁干,則遁干亦不能來生我也。

この段の解説:六壬の旺用は已に取り到ったれど、事の変動にはなお真と假があり、吉凶は未だ定准ならず。ゆえに判断するときはなお日干を主とし、遁干の旺用を実とする。假如旺用の遁干は已に日干を生じ日干に比していれば、あれは自然と吉。ただしもし太歳・月建・日辰・正時および行年本命上の遁干が、一両か所来て日干を克し日干を泄せば、この遁干の来生は假を成す。たといそれが直接に日干を克せずとも、ただそれがあの旺用の遁干を克せば、旺用の干にも余力なく我を生じ得ない。

又如我欲去求謀,遁干與年月日時之干相沖克,貴人驛馬又相沖克,則為真飛而可去。若年月日時六處之干有一二與遁干之用相合,則欲去而不去,為假飛也。如欲其人之留與己身之留,則必真伏。如遁干遞合遞生干支,三五六合並見於年命六處,或四墓見於課傳,則真伏而不出矣。若年命六處遁干有一二來沖剋破墓,則終當飛去而不伏。遁干休囚,年月六處沖剋,又臨敗地,地盤驛馬空亡,其去真矣。若六處有一二生我,又臨長生,主留戀沉滯而不真去。

さらに例を挙げれば:我が門を出でて事を謀らんと欲すとき、もし遁干と太歳・月建・日辰・正時の干と相冲相克し、貴人と駅馬もまた相冲相克すれば、あれは「真飛」で、動身し得る。もし六か所の干の一両か所が旺用の遁干と相合すれば、あれは走らんと欲して走り成さぬ「假飛」である。反対に、もし某人の留下を望み、または自己の留下を望むならば、すなわち必ず「真伏」を成さねばならない。遁干と干支の間に層層層相合し層層相生し、三合・五合・六合が併せて行年本命の六か所に見え、または辰戌丑未の四墓が課伝の中に出現すれば、すなわち真伏にして外出せず。しかし六か所の遁干がもし一両か所来てそれを冲し、それを克し、その墓庫を破れば、それは終竟やはり飛び去りて伏し得ない。もし遁干自体が休囚で、六か所がまた来て冲克し、さらに敗地に臨み、地盤上の駅馬も空亡に落ちれば、その離去はすなわち真である。もし六か所の一両か所が我を生じ、また長生の位に臨めば、すなわち留恋沈滞を主り、真に走らない。

如欲其人之來,若支上臨遁干之長生,六處又遞生,傳又見長生,又支逢三五六合則其人必來。若有一二來克害遁干旺用者,究有有阻滯不來而事難成矣。六處遞生遁干,遁干又與日干生比,而又乘令旺氣,又臨長生帝旺,又與日干三五六合,則為真生,其事必成。若見一二子孫洩氣,則雖生而猶假。

もし某人の前来を望むならば、条件は:日支の上に正に遁干の長生が臨み、六か所がまた層層相生し、三伝の中にも長生を見、日支がさらに三合・五合・六合に逢う——このようであればその人は必ず来る。もし一両か所来て旺用の遁干を克害すれば、終竟阻滞あり、人は来ず、事も成り難い。もし六か所が層層遁干を生扶し、遁干がまた日干と相生相比し、同時に当令の旺気に乗り、また長生・帝旺の位に臨み、さらに日干と三合・五合・六合を結成すれば、あれは「真生」で、事は必ず成り得る。しかしもし一両個の子孫爻を見て泄気せしむれば、たとい生扶あるも、なお假生である。

如卜其人之生死,最怕六處皆乘時令死氣,用干又臨死宮,或年月日地遞死,則必無救。若本命月將貴神,上遁干為救,則為患門有救。約略八法以消息,詳其真假,只在年、月、日、時、年、命六處之遁干消息運動,以測其神機也。

もし某人の生死を占すれば、最も怕るるは六か所が皆時令の死気に乗り、用干がまた死宮に臨み、または太歳・月建・日辰・地盤が一層一層逓相死を為す——あれは必ず救いなし。もし本命・月将・貴神の上に遁ずる天干が解救の作用を起こし得れば、すなわち禍患ありと雖もなお救いあり。大略この八法を用いて消息を揣摩し、真假を詳辨すれば、説き尽くせばただ太歳・月建・日辰・正時・行年・本命の六か所の遁干の消長動静の上に、その神機を測るのみである。

徳合刑冲雖一理、吉凶応験不同期

八煞九寶,干支披帶,事神類神,喜忌所因,吉神帶吉,其吉乃真,凶神帶凶,其凶必成,鬼非一種,來意可憑,主事一定,神陰搜隱,將神比旺,歲月應徵,日鬼受克,災禍乃息,干旺受生,福祿斯集,應驗不一,遲早有期。

これは経文第十三・十四句の四言正文。八種の凶煞と九種の吉宝は、いずれも干支に披掛携帯せられる。事神と類神の喜と忌は、根源まさにここにあり。吉神がさらに吉煞を帯ぶれば、あの吉こそ真吉。凶神がさらに凶煞を帯ぶれば、あの凶は必ず成る。官鬼は一種のみならず、これに拠って来人の用意を推知し得る。主事の神が一旦定まれば、すなわち貴神の陰神の上より幽隠の情を捜索する。天将と貴神がもし比和して旺を得れば、応験はすなわち太歳・月建の上に徴験すべし。日干の官鬼がもし克制を受ければ、災禍はすなわち平息し得る。日干が旺を得てまた生扶を受ければ、福禄は聚集する。応験の情形は各々同じからず、早晩各々その期限あり。

此探三遁六處之干,各帶八煞九寶,或干支帶,或在干披貴神,為主事之神。各有其類,即為事神也。皆喜寶而惡煞,事神帶吉則吉,類神披凶則凶。然必與日比始用事,不比不用事,旺則有力,不旺則無力,若被鬼克尤甚。然鬼非一種,遁干之鬼尤甚,名真鬼、正鬼,無救。

この段の解説:天地人の三遁と六か所の天干は、各々八煞九宝を帯ぶ——あるは干支自身の帯ぶるところ、あるは天干の上に貴神を披くところ、これがすなわち主事の神を成す。それらは各々その門類あり、すなわちいわゆる「事神」。一概に九宝を喜びて八煞を悪む。事神は吉を帯ぶればすなわち吉、類神は凶を披けばすなわち凶。ただし必ず日辰と比和してはじめて権を当てて事を用いると算え、比和せざれば事を用いず。旺なれば力量あり、旺ならざれば力量なし。もしさらに官鬼に克せられれば、すなわち更に堪えず。官鬼は一種のみならず、その中に遁干の成す官鬼は最も厲害にして、「真鬼」「正鬼」と呼ばれ、解救の由なきものである。

凡占來意,以日鬼所乘之神分其事類;鬼所乘之月將為因;而起禍之人,將上所乘之神為因;而起禍之事,如雀主文書口舌,龍主財制,虎主病訟之類。再看所乘之時為何時,所臨之地為何地;再求其陰神,以知幽隱藏匿之善惡,方取責其所臨,形貌性情責神將,遁干責其衣著顏色。

およそ来人の用意を推占するに、日干の官鬼の乗ずるはどの一位の貴神かを見、これに拠って事の種類を区別する。官鬼の乗ずる月将は、すなわち禍を招く原因で、また禍を惹くあの人を代表する。天将の上に乗ずる貴神は、すなわち禍を招くあの事を代表する。例えば朱雀は文書と口舌を主り、青竜は財帛を主り、白虎は疾病と訟事を主る。いずれもこの類に属す。其次はそれの乗ずるはいかなる時辰か、臨むはどの宮の地盤かを見、さらにその陰神を求め出して、それら幽隠蔵匿の処が善か悪かを知るを好しとする。取象のときの分工はこのようである:臨む宮は方位処所を決定し、乗ずる貴神天将は形貌と性情を決定し、遁ずる天干は衣着の顔色を決定する。

又看其陰神之生克脫救,或有或無。又看其與日主相去遠近何如,又看其來克之有路無路何如。以鬼旺之月為受禍之期,以克鬼建旺之月為除禍之期,則吉凶判然,應驗不爽矣。

さらにその陰神がそれに対して生か克か泄か、救助の神の有無を見ねばならない。またそれと日主との相隔の遠近、およびそれの来て我を克するに通ずべき路の有無を見ねばならない。応期を定める办法は:官鬼の当旺するあの月をもって、禍を受くる時期とする。官鬼を克制し得て、しかもあの克神が正に建旺に当たる月をもって、禍患消除の時期とする。このようにすれば吉凶は分かち清らかにして、応験にも差錯なし。

《中黃經》曰:「要知災福興休日,先以鬼救分端的。次看初末發休期,衰旺月中無一失。」是也。剋日干之時,正當月令之旺,即發禍之日鬼,受克之旺月即,即為休息之月也。又凡主事之類神,以入課傳者為動而有為,不入則靜而無為,無所應也。

《中黄経》に曰く「災禍と福慶の興起・止息する日子を知らんと欲せば、まず官鬼と救神とを分辨し清らかにせよ。其次は初伝と末伝を見、これに拠って発動と止息の期限を推定し、衰月旺月の中において推求すれば、一度たりとも錯ることなし」。説くところは正にこの道理である。およそ日干を克するあの字が、もし正に月令の当旺に逢えば、あれはすなわち禍を発する日鬼。そしてそれ自体が克せられ、あのそれを克する字がまた当旺の月にあれば、すなわち禍患の止息する月である。このほか、およそ事を主る類神は、四課三伝に入るのみ「動」として作為あると算え、課伝に入らざればすなわち「静」にして作為なく、すなわち応験する由なし。

故十二天官各有所主,見六處者各有與日主相比,則為有應驗。如甲乙日龍合在六處,必有應驗。丙丁日蛇雀、戊己日貴勾常空、庚辛日虎陰、壬癸日元后在六處,所遁之干與日主相比,則為旺用之神。經云:「與日為類,災福乃集。」類者,比也,同類也。故用神某一事建旺之月為應月。凡吉事以生我之月為應月,比我之日為應日。凶事以克我之月為應月,克我之日為應日,以我生之日為散期。蓋子孫能制鬼為救也。

ゆえに十二天官は各々その主ずる事あり、ただそれらが六か所の中に出現して、また日主と同類比和せば、すなわち応験あり。例を挙げれば:甲日乙日は木に属し、青竜・六合もまた木に属す。それらがもし六か所に出現すれば、必ず応験す。丙日丁日は火に属し、螣蛇・朱雀に配す。戊日己日は土に属し、貴人・勾陳・太常・天空に配す。庚日辛日は金に属し、白虎・太陰に配す。壬日癸日は水に属し、玄武・天后に配す。これらの天将がもし六か所に出現し、遁ずる干がまた日主と比和せば、すなわち旺用の神である。経に曰く「日辰と同類すれば、災禍福慶ははじめて一か所に聚まる」。いわゆる「類」とは、すなわち比和・同類の意である。したがって、用神の主ずるあの事が建旺する月がすなわち応月である。通例は:吉事は我を生ずる月をもって応月とし、我に比する日をもって応日とする。凶事は我を克する月をもって応月とし、我を克する日をもって応日とし、そして我の生ずる日をもって禍患消散の期とする——子孫爻は官鬼を制し得て、解救の神だからである。

經曰:「假令春占功曹太沖為用,喜事必應旦夕,以春木旺也。」此論旺相也。當令者為旺,將來者為相,與前論所比者為相,生我者為旺不同。此為正法也。太乙勝光為用,喜事方來,火至自方旺,春則旺氣未來也。惟空亡則終無應期。餘皆俟旺月為應期也。

経に曰く「假如春に課を占して、功曹(寅)または太冲(卯)を取って用とせば、喜事は必ず早晚の間に応験す。春は木が正に当旺なればなり」。ここに講ずるは旺と相の区別で、正に令に当たるを「旺」と呼び、将に令に当たらんとするを「相」と呼ぶ。これは前に説く「我と比和するを相と算え、我を生ずるを旺と算えた」とは両回事で、ここに用いるこそ正法である。もし太乙(巳)または勝光(午)を取って用とせば、あの喜事はなお路上にある——火は夏に至りてはじめて自然と当旺し、春には火の旺気は未だ到らざるが故。ただ空亡に落ちたるのみ、終始応期なし。其余はいずれも当旺の月を待ってはじめて応ず。

又法,專看行年上為主,看過去現在未來。假如正月占其人行年在寅,太乙乘朱雀加年上,則將來四月丙丁日當有火燭事。若登明元武加年,則去年十月壬癸日當有遺失盜賊事。

別に一法あり、専ら行年上の字を主とし、もって過去・現在と将来を見る。例を挙げれば:正月に課を占して、この人の行年は寅にあり、もし太乙(巳)が朱雀に乗って行年の上に加われば、すなわち将来四月の丙日・丁日に火燭の災あり——巳と朱雀はいずれも火に属し、巳はまた四月に当たるが故。もし登明(亥)が玄武に乗って行年の上に加われば、あれはすなわち去年十月の壬日・癸日にかつて遺失または盗まれるの事あり——亥と玄武はいずれも水に属し、亥は十月に当たり、しかも行年の後にあるが故に、過去として断ず。

蓋月建為現在,向前順數五位皆為未來事,向後逆數五位皆為過去事,對沖之宮為界限,亦以過去,試之果驗。亦責陰神,測其幽隱救制。蓋一事有事之類神也。旺之月即為旺期,如寅上乘巳加朱蛇,即於四月防火燭是也。

ここの規矩は:月建は現在を代表し、月建より前に順数して五位は、いずれも将来の事に属す。後に逆数して五位は、いずれも過去の事に属す。月建と正对冲するあの一宮は分界線で、過去として算える。試験すれば果たして霊験す。同じくまた陰神を察看して、もって幽隠の処および救助と制伏の有無を測度する。每一件事にその自身の類神あるが故。類神の当旺する月はすなわちその旺期で、例えば寅位の上に巳に乗り、また朱雀または螣蛇を加えれば、すなわち四月において火燭を提防すべし。

又類神與地比者為真,蓋一方之當權用事者也,其事必見於此地。與日比者為實,蓋一月之當權用事者也,其事必應於此日。與月比者為旺,蓋一歲之當權用事者也,其事必應於此月。是以七百二十課流轉於四時,而吉凶多不應者,又不知所以必應之理也。若明此三旺,而求之遁干旺用以決之,未有不驗者。且如占逃亡,則責元武,必元武與日比而又為遁干旺用,則必應矣。

さらに、類神と地盤と比和するを「真」と呼ぶ。あれは一方の権を当てて事を用いる気で、この事は必ずこの地方に出現するからである。日辰と比和するを「実」と呼ぶ。あれは一月の内に権を当てて事を用いる気で、この事は必ずこの一日に応ずるからである。月建と比和するを「旺」と呼ぶ。あれは一年の内に権を当てて事を用いる気で、この事は必ずこの月に応ずるからである。七百二十課は四時の中を流転するが、占断は多く応験せざる。その原因は、なぜ必ず応験するかの道理を解せざるにある。もし「真・実・旺」のこの三層を明白にして、さらに遁干旺用に求めて決断すれば、霊験せざるはない。例を挙げれば逃亡を占するに、主責は玄武にあり。必ず玄武が既に日辰と比和し、また正に遁干の旺用にあって、あれははじめて一定に応験する。

經曰:「壬癸來占元武用,失脫遺亡事不虛。天后陰人看何如,水將須求水上居。」是也。占病白虎,占婚太陰與日比,又係遁干旺用,則必應矣。

経に曰く「壬日癸日に来りて占するに、もし玄武を取って用とせば、走失・脱漏・遺亡の事は必ず假ならず。牽渉する女子の如何を見んには、天后を査せよ。およそ水に属する月将は、いずれも水位の上において尋ねよ」。講ずるはすなわちこれ。同じく、疾病を占するは白虎を主責とし、婚姻を占するは太陰を主責とする。ただそれらが日辰と比和して、また正に遁干の旺用にあれば、すなわち必ず応験す。

經曰:「庚辛白虎作初傳,便言病者主纏綿,太陰女手議成事,金將庚辛取類傳。」是也。占音書責朱雀,必朱雀與日比,又發用,則必應矣。

経に曰く「庚日辛日に白虎が初伝に入れば、すなわち病人の纏綿愈え難きを断ず。太陰は女子の出面して経手するを主り、事は議成し得る。およそ金に属する月将は、いずれも庚辛の類においてその類神と伝送を取れ」。講ずるはすなわちこれ。同じく、書信音訊を占するは朱雀を主責とし、ただ朱雀が日辰と比和して、また発用して初伝と為れば、すなわち必ず応験す。

經曰:「時逢朱雀象文書,或求信息亦同途。丙丁巳午又同居,秘法流傳決不虛。」是也。蛇朱屬火,文明之象。陰見貴、龍、德、祿、馬、三六合、天干互合,宜見貴、求財祿、功名、文章之事。主有貴人薦引提拔。

経に曰く「占時に朱雀に逢えば、取象は文書と為す。音訊消息を求むもまたこの一条の路を走る。もし丙丁と巳午とまた同じく一か所に居れば、この流伝する秘法は決して落空せず」。説くは正に然り。螣蛇と朱雀はいずれも火に属し、文明の象である。その陰神の上にもし貴人・青竜を見、または干徳・禄神・駅馬を帯び、または三合六合・天干互合を結成せば、すなわち貴人に謁見し、財禄を求取し、功名と文章の事を図謀するに宜しく、貴人の挙薦提拔あるを主る。

再看陰神所乘之貴神,斷其何等樣人。如龍主文職,常主武職,白主權貴,空主侍衛太監僧道,勾蛇主將軍,陰后主貴戚,常主漕糧,元主水曹之類而決之。其姓氏衣著方所色目生肖,俱責陰神之六層。然朱雀惟丙丁月生之,其他非也。故六壬家以比日不實,不比日為虛,實則必應,虛則不驗,此要訣也。

さらに陰神の乗ずる貴神を見、これに拠って挙薦するはいかなる身份の人かを判断する。青竜は文職官員を主り、太常は武職を主る(太常はまた漕運糧米の事を主る)。白虎は権勢ある貴人を主り、天空は侍衛・宦官・僧人道士を主り、勾陳と螣蛇は将帥武官を主り、太陰と天后は皇親国戚を主り、玄武は水利水運を管する官署を主る——諸の如くに判定する。至ってこの人の姓氏・衣着・所在方位・顔色品類・生肖は、すべて陰神の六層より求める。ただし朱雀はただ丙・丁の月においてはじめて生気を得、別の月には然らず。ゆえに六壬家の規矩は:日辰と比和するを「実」と算え、比和せざるを「虚」と算える。実なれば必ず応じ、虚なれば験ならず。これは一条の要訣である。

然不乘旺月,猶非克應之時也。經曰:「克應不必死墓推,類應本命上不虛,如同文書午上朱,類神入廟應無疑。」由此觀之,如十二天官各有所司之事,即所謂類神,類神在廟樂之地,本命日時之位,又值類神之建旺月,必應無疑矣。然猶未可拘也。如必執此求之,則文書必應午月,萬無此理也。不知又有活法,更求之天官,類神所乘之月將,今朱乘午則神與將合居為一,故午月應。以神將合居一位,如化為一人也。

ただし、もし当旺の月に乗乗ぜざれば、なお応験の時にあらず。経に曰く「応期を推するに必ずしも一味に死地墓庫の上より尋ねるにあらず。類神は本命の上に落ちれば、応験は決して落空せず。譬えば文書を占して朱雀が正に午上に乗れば、類神は廟に入り、応験は疑問なし」。これより見れば、十二天官は各々その管する事あり、あれがいわゆる類神である。類神がもし入廟安楽の地に居り、また本命または日時の位に落ち、さらに類神建旺の月に趕上せば、必ず応験して疑いなし。しかしこの話も死守すべからず。もし一味にこれに照らして求めれば、文書を占するは必ず午月に応ずるに非ざれば不可となり、天下に断じてこの理なし。知るべきは別に活法ありて、さらに進んで天官に求め、類神の乗ずるはどの月将かを見る。上例は朱雀は恰好午将に乗り、貴神と月将とは一位に合居して、一人に化成せるが如し。ゆえにこそ午月に応ずると断じたのである。

如類神不與日月比而所乘之月將與日月比,即以所乘之將斷其應期。經曰:「占財春申論休囚,午作青龍立巳頭。青龍相去來比日,成在巳午月中求。」言占財而得火日申財,在春月占,則財氣休囚矣。若見青龍乘午將而立在巳鄉,則青龍乘月之相氣,又比日干之火,必求財在巳午月成,以火神值旺之月也。然此專論支也,究當以支上遁干所遇之旺月為應,始為真訣,前賢不肯輕洩耳。

もし類神自体が日辰月建と比和せずとも、それの乗ずる月将がかえって日辰月建と比和すれば、すなわち改めて乗ずる月将を用いて応期を断ず。経に曰く「春に財を占して申を得れば、財気は休囚と論ずべし。もし午上に青竜に乗りて巳位に立てば、青竜は既に相気を得てまた来て日に比すれば、求財はすなわち巳月午月の間において成り得る」。この話の意思は:火に属する日干をもって財を占するに、申金はその財爻であるが、春月に占するに金気は休囚で、財は力なし。もし青竜が午将に乗って巳宮に立つを見れば、青竜は便ち本月の相気に乗り、また火に属する日干と比和して、求財は必ず巳月・午月においてはじめて成る。あの時正に火神の当旺の月に逢うが故。ただしこの一段はただ地支に就いて立論する。究竟はなお地支の上に遁ずる天干が当旺の月に遇うをもって応期とし、あれこそ真訣——ただ先輩は軽々しく点破を肯ぜざるのみ。

主幹事之成敗,亦當於用神決之,若用神與日之類神相比則成,若克類神則不成,相生比而乘旺則速成,乘相則遲,休囚更遲,以必待事神旺而後成也。經曰:「欲知成敗若何憑,大抵皆求發用神,旺相相生必早遂,休廢空亡必不成。用逢休憂兼空死,事神無氣比不得,但多阻隔幾時成,即於事神旺日覓。」事神成無氣之地,而又不與日月比,則多阻滯,必待事神旺月而應也。

至って弁ずる事の成敗は、同じく用神によりて決断すべし。用神がもし日辰の類神と比和すれば、事は成る。もしあの類神を克せば、成らず。相生相比してまた旺に乗ずれば、成ること快し。ただ相気に乗ずるのみなれば慢るさめし。休囚の処にあるは更に慢し——事神の当旺を待たざれば不可なればなり。経に曰く「成敗は何に拠るかを知らんと欲せば、大抵すべて発用の神の上より求めよ。旺相にしてまた相生するは必ず早く心願を遂ぐ。休廃落空するは必ず弁じ成さず。用神は既に休気に逢いまた空亡死気を兼ね、事神は気なくして日と比和し得ざれば、すなわちただ阻隔重々、幾時にか成らん。ただ事神の当旺の日に至りて尋ねるのみ」。事神がもし気なき地に落ち、また日辰月建と比和せざれば、すなわち阻滞多くして、必ず事神の当旺の月を待ってはじめて応験す。

此又以事神言之,又不若以事神之遁干與日月比旺之月求克應,為活而推驗也。又神將遁干者,各有所臨之地,以長生沐浴等十二位詳其旺相休囚,或得地之旺,或得黨之旺,或得時之旺,或得用之旺,或得日之旺,則衰旺之勢分矣。然五旺必不能得全,須從其多者論之,以旺氣勝者為用事之神,然後可求其驗也。時旺為第一,日旺次之,地旺又次之,用又次之,此六壬之秘要也。

以上のこの一層は事神自体に就いて講ずるが、実は事神の遁ずる天干と日辰月建と比和して当旺なるあの月を持って応期を求めるに如かず。活発にして験を得易し。このほか、貴神・天将・遁干は各々その臨む地盤の宮あり、長生・沐浴など十二位に按じてその旺相休囚を詳辨すべし。あるいは地の旺を得、あるいは党羽の旺を得、あるいは時の旺を得、あるいは用の旺を得、あるいは日の旺を得、衰旺の形勢は分かち出さる。しかし五種の旺は様様斉備し得ず、ただその中の占め得る多きに就いて論じ、旺気の最も盛なるを定めて用事の神と為し、しかる後にはじめて験を求め得る。軽重の次第は:時旺第一、日旺其次、地旺さらに次、用旺またそれに次ぐ。これは六壬の秘要である。

又所占十二事神,必以入課傳為的而有應驗。若在四課之中,以上日為要;若在三傳之中,以初傳為要;若既入課傳,又要日月為要,與初傳相生比次之。又類事神既分,首看所得之將為何字,生日者為吉,脫剋日者為凶,而總以乘旺為主。故有旺月、旺日、旺時、旺地,類乘之將乘此四者為旺,將神而乘此四者為旺神,遁干而乘此四者為旺干;吉神、吉干、吉將乘此四者,事吉而必成;凶神、凶將、凶干乘此四者,事凶必無成。未有旺而不成,亦未有不旺而成也。旺則成於目前,未旺則成於他日,

さらに、占する十二種の事神は、必ず四課三伝に入ってはじめて実処に落ちて応験する。もし四課の中に出現すれば、日上神を最も緊要とする。もし三伝の中に出現すれば、初伝を最も緊要とする。既に課伝に入ったなら、また日辰月建と比和し得るを緊要とし、其次ははじめて初伝と相生相比するを以てす。類神と事神と分定して後、まずそれの得る天将がどの字かを見る。日干を生ずるを吉とし、日干を泄し日干を克するを凶とし、そして総じて旺に乗ずるを根本とする。ゆえに旺月・旺日・旺時・旺地のこの四様あり。類神の乗ずる天将がこの四様を占めればすなわち旺、貴神がこの四様を占めればすなわち旺神、遁干がこの四様を占めればすなわち旺干。吉神・吉干・吉将がこの四様を占めれば、事は吉にして必ず成る。凶神・凶将・凶干がこの四様を占めれば、事は凶にして必ず成らず。かつて旺にして成らざるなく、旺ならずして成り得るもなし。旺なれば眼前に成り、旺ならざれば他日に成る。

故旺也者,六壬一字之訣也,比日得一月中之旺氣,比月得一歲中之旺氣,比時得一日中之旺氣,比地得一方之旺氣,比月將得尊上提攜,比日月時得天時鬼神之應助,比德祿得意外之遭逢際遇,其脫克反是而推可知也。故曰:「德合刑沖雖一理,其吉凶應驗之期,有衰旺遲速之不同,不可執一而斷也。」

ゆえに「旺」のこの一字は、すなわち六壬の一字真訣である。日辰と比和すれば、得るは一月の中の旺気。月建と比和すれば、得るは一年の中の旺気。時辰と比和すれば、得るは一日の中の旺気。地盤と比和すれば、得るは一方の旺気。月将と比和すれば、尊長の提携を得るを主る。日・月・時と皆比和すれば、天時鬼神の呼応幇助を得るを主る。干徳禄神と比和すれば、意外の際遇あるを主る。至って泄せられ克せられの情形は、反対に推して知る。ゆえに曰く「徳・合・刑・冲これらの関係は道理は一貫であるが、それらの吉凶応験の日期は、衰旺の同じからぬにより遅速あり、死に一端を執して断ずべからず」。

八煞九寶圖說俱詳法例,斷訣宜熟記採用。

八種の凶煞と九種の吉宝の図説は、いずれも下の法例の中に詳細に列す。これらの断法口訣は熟記すべく、臨占の時に随時採用すべきである。

九宝

干徳

甲己寅 乙庚申 丙辛戊癸巳 丁壬亥 子起巳順十二,福佑之神,乃一日之喜神也,課傳六處見之,能轉禍為福,化凶為吉。

「干徳」はまた日徳と呼び、日干に按じて取る。甲日と己日の徳は寅にあり、乙日と庚日の徳は申にあり、丙日・辛日・戊日・癸日の徳はいずれも巳にあり、丁日と壬日の徳は亥にある。推法は子位より巳を起こし、順行十二宮してすなわち得る。干徳は福を賜い保佑する神で、一日の内の喜神である。ただ四課三伝および行年本命の六か所においてそれを見れば、すなわち禍を転じて福と為し、凶を化して吉と為し得る。

天徳

正丁二坤宮,三壬四辛同,五乾六甲上,七癸八寅逢,九丙十居乙,子巽丑庚中。主心慈好善。

「天徳」は月份に按じて取る。正月は丁にあり、二月は坤宮(すなわち申位)にあり、三月は壬にあり、四月は辛にあり、五月は乾宮(すなわち亥位)にあり、六月は甲にあり、七月は癸にあり、八月は寅にあり、九月は丙にあり、十月は乙にあり、十一月(子月)は巽宮(すなわち巳位)にあり、十二月(丑月)は庚にある。歌訣の中に坤・乾・巽の三つの卦名を夹用するは、後天卦位を借りて申・亥・巳の三支を代指する。天徳の主ずるは心地の慈善・善を為すを楽しむことである。

月徳

寅午戌月丙,申子辰月壬,亥卯未月甲,巳酉丑月庚。上遁干見之,一月逢凶化吉。

「月徳」は月支の属する三合局に按じて取る。寅・午・戌の三ヶ月は丙を取り、申・子・辰の三ヶ月は壬を取り、亥・卯・未の三ヶ月は甲を取り、巳・酉・丑の三ヶ月は庚を取る——いずれも本局の五行の陽干を取る。およそ盤上に遁ずる天干の中にそれを見れば、この一月の内に皆凶に逢うも吉に化し得る。

月徳合

寅午戌月辛,申子辰月丁,亥卯未月己,巳酉丑月乙,與月德同。

「月徳合」は月徳と相合するあの天干である。寅・午・戌月は辛を取り(辛は丙と合す)、申・子・辰月は丁を取り(丁は壬と合す)、亥・卯・未月は己を取り(己は甲と合す)、巳・酉・丑月は乙を取り(乙は庚と合す)。その功用は月徳と同じく、また凶に逢うも吉に化するを主る。

支合

子丑合土,寅亥合木,卯戌合火,辰酉合金,巳申合水,午未合日月。一名六合,又名橫合。若干支互合,名同心合,婚事吉。凡事成合不脫。

「支合」は十二地支の両々相合で、共に六対。子と丑は合して土を化し、寅と亥は合して木を化し、卯と戌は合して火を化し、辰と酉は合して金を化し、巳と申は合して水を化し、午と未は相合して日と月に配する(午は太陽、未は太陰で、別に一行を化せず)。それはまた「六合」と呼び、また「横合」とも呼ぶ。もし天干と地支の間にも互いに合を成せば、すなわち「同心合」と呼び、婚姻を占するに最も吉。およそ事は支合に遇えば、聚合成就して脱散せざるを主る。

干合

甲己化土,乙庚化金,丙辛合水,丁壬合木,戊癸合火。遇六則合,遇五則化。五陽奇,五陰偶,陰配為夫婦,故凡事和合,一名五合。

「干合」は十天干の両々相合で、共に五対。甲と己は合して土を化し、乙と庚は合して金を化し、丙と辛は合して水を化し、丁と壬は合して木を化し、戊と癸は合して火を化す。いわゆる「遇六則合、遇五則化」とは、両干が六位相隔てばすなわち合を成し、五位相隔てばすなわち化し得るをいう。十干の中、五つの陽干は奇数、五つの陰干は偶数で、一陰一陽相配して夫婦の如し。ゆえにおよそ事は干合に遇えば、和睦成合を主る。それはまた「五合」と呼ぶ。

三合

申子辰合水,亥卯未合木,寅午戌合火,巳酉丑合金,三方作合會局,上了字生中一字,下一字主墓,主凡事湊合,外方相助,一名三角合,但主事成遲。

「三合」は三支会して一局を成す。申・子・辰は合して水局を成し、亥・卯・未は合して木局を成し、寅・午・戌は合して火局を成し、巳・酉・丑は合して金局を成す。三つの方位の支が一か所に会して局を結び、その中の頭の一字は本局の五行の長生(中間のあの字を生出す)、中間の一字は帝旺、末の一字は墓庫。三合はおよそ事の湊合を主り、外方の人の相助あり。ゆえにまた「三角合」と呼ぶ。ただそれは事の成るの遅緩を主る。底本はここの「上一字」を誤って「上了字」と刻す。今照録して改めず。

干奇

甲午、乙巳、丙辰、丁巳、戊寅、己丑、庚未、辛申、壬酉、癸戌。主意外遇合超遷。

「干奇」は十天干が各々一支に配して成る十組の干支で、およそ課伝の中に見ゆれば、意外の遇合と越級の升遷を主る。この一組の排法は本に天干は順数し、地支は逆退し、甲午より起こって一路癸酉まで退る(甲午・乙巳・丙辰・丁卯・戊寅・己丑・庚子・辛亥・壬戌・癸酉)。底本は「丁巳」以下の幾組はこの規律と合せず、当に刻本伝写の誤り。ここでは底本に依って照録し、通例に拠って改補せず。

旬奇

子戌旬丑,申午旬子,辰寅旬亥。

「旬奇」は属する旬に按じて取り、六旬は合して三組を成す。甲子旬と甲戌旬は、奇は丑にあり。甲申旬と甲午旬は、奇は子にあり。甲辰旬と甲寅旬は、奇は亥にあり。占課のときはまず本日がどの旬に属するかを見、再びこれに照らして該旬の奇神のある宮を取出す。

連珠奇

亥星精,子月精,丑日精。斗轉亥,鶴鳴子,雞鳴丑,日月星三光之精備,化凶為吉。

「連珠奇」は亥・子・丑の三支の相連なりて串を成すを取る。亥は星の精華、子は月の精華、丑は日の精華。対応する物候は:斗柄は亥に転じ、仙鶴は子時に鳴き、雄鶏は丑時に啼く。三支同じく見ゆれば、すなわち日・月・星の三光の精華が斉備して、凶を化して吉と為し得る。

三奇

天下乙丙丁,地下甲戊庚,人中壬癸辛。奇本忌空,要三傳全見,順為上,逆次,亂又次之。

「三奇」は三組に分かつ。天上の三奇は乙・丙・丁、地下の三奇は甲・戊・庚、人中の三奇は壬・癸・辛(底本は「天上」を「天下」と刻す。今照録す)。三奇は本来最も空亡に落つるを忌み、しかも三字が三伝の中に斉見してはじめて数に入る。三字が本序に従い順排するを上等とし、逆排するを次の一等とし、次序錯乱するをまた次の一等とする。

干儀

同干奇。入課傳有喜,動用有禮。同常冠冕、筵會、婚姻、賞賜。

「干儀」の取る干支は上の「干奇」と同じである。それが四課三伝に入れば喜事あるを主り、およそ挙動あるは皆礼数に合す。それは太常と同類で、衣冠礼服・宴会筵席・婚姻嫁娶・封賞賜与の類の事を主る。

支儀

子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥 午 巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌 酉 申 未 禮儀之中,主喜慶之事,居同旬首作幕貴主高中。

「支儀」は一張の対照表で、上行は十二地支、下行は各支の対応する支儀の位である。逐一対応すればすなわち——子は午に対し、丑は巳に対し、寅は辰に対し、卯は卯に対し、辰は寅に対し、巳は丑に対し、午は子に対し、未は亥に対し、申は戌に対し、酉は酉に対し、戌は申に対し、亥は未に対す。両行は恰好卯・酉の一線を軸として左右相映す。支儀は礼儀の類に属し、喜慶の事を主る。それがもし旬首と同じく一宮に居れば、「幕貴」と作り得て、科挙を占するに高中を主る。

旬儀

甲子甲戌甲申甲午甲辰甲寅。六甲之首,主婚姻、喜慶、考試、冠軍。並忌刑害,主因喜起禍,忌空。

「旬儀」はすなわち六旬の旬首:甲子・甲戌・甲申・甲午・甲辰・甲寅。それらは六甲の首で、婚姻・喜慶・試験および魁を奪い第を得るを主る。ただそれは最も刑を帯び害を帯ぶるを怕れ、一旦帯ぶれば、すなわち喜事に因ってかえって禍を招くを主る。同じく空亡に落つるをも怕れる。

干禄

甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 寅 卯 巳 午 巳 午 申 酉 亥 子 臨官之位,利仕宦食祿,入課傳顯榮,遇合養身之本,受命之源。

「干禄」は十天干各々の禄位で、対応すれば:甲の禄は寅にあり、乙の禄は卯にあり、丙の禄は巳にあり、丁の禄は午にあり、戊の禄は巳にあり、己の禄は午にあり、庚の禄は申にあり、辛の禄は酉にあり、壬の禄は亥にあり、癸の禄は子にあり(戊・己の二土は本位なく、丙・丁に随って寄す)。禄位はすなわち十二長生の中の「臨官」の位で、官を為し俸を食むに利することを主る。四課三伝に入れば顕達栄耀を主る。もしまた合に逢えば、あれはすなわち安身立命の根本・受命の源頭である。

干馬

申子辰寅牡水,亥卯未巳牡木,寅午戌牡火,巳酉丑亥牡金。三合頭沖也。帶丁祿臨卯酉,名喜報神。助威迅捷,年月日時命上馬俱見,主大富貴。

「干馬」はすなわち駅馬で、三合局に按じて取る。申子辰水局は、馬は寅にあり。亥卯未木局は、馬は巳にあり。寅午戌火局は、馬は申にあり(底本はこの条に「申」の字を脱す。今照録して補わず)。巳酉丑金局は、馬は亥にあり。取法の原理は「三合頭冲」——三合局の第一の字(長生位)の对冲の支を持って馬とする。駅馬がもし丁神と禄神を帯び、また卯位または酉位に臨めば、すなわち「喜報神」と呼ぶ。駅馬は威勢を助長し行動迅捷を主る。もし太歳・月建・日辰・時辰および本命上に皆駅馬を見れば、大富大貴を主る。

天馬

正七午,二八戌,四十子,五十一寅,六十二辰。正月起午順數六陽神也。仕宦升遷,飛騰萬里,並貴名天使星。

「天馬」は月に按じて取り、両ヶ月は一支を共用する。正月と七月は午にあり、二月と八月は申にあり、三月と九月は戌にあり、四月と十月は子にあり、五月と十一月は寅にあり、六月と十二月は辰にあり。推法は正月より午を起こし、六つの陽支(午・申・戌・子・寅・辰)に順って依次に数え下る。天馬は官を為して升迁し、万里を飛騰するを主る。もし貴人と同じく併せば、また「天使星」と呼ぶ。底本はこの条の「二八」の下を「戌」と刻し、また「三九戌」の一項を脱し、「正月起午順数六陽神」の推法と合わず。今照録して改めず、用いるときは順数六陽支に依って正とすべし。

干星

即十干之長生,乃天地生氣,凡事有益,名學堂星,忌空克,名文星受制。

「干星」はすなわち十天干各々の長生の位で、天地間の生発の気のあるところ、いかなる事にも益あり。また「学堂星」と呼び、文章科挙を占するに殊に重んずる。それは最も空亡に落ちまたは克せられを忌み、一旦空に落ち克を受ければ、すなわち「文星受制」と呼び、功名文章の受阻を主る。

干旺

即五行自旺之季,蓋五行自旺則氣盛之候也。諸事有氣,強盛生發。再同類相比,亦名比旺。

「干旺」はすなわち五行各々の当旺の季節——春木・夏火・秋金・冬水・四季月土。五行が自らの当旺の時令に逢えば、正に気勢の最も盛なるとき。ゆえに諸事は皆気あり、強盛にして生発し得る。もしさらに同類の比助に遇えば、あれはすなわち「比旺」と呼ぶ。

干貴

即每日陰陽二貴也。乃十干之貴氣也。

「干貴」はすなわち每一日に配する陽貴人と陰貴人のこの両位で、起法は前の先天陽貴・後天陰貴の両図を見よ。それは十天干各々の秉くる貴気を代表し、九宝中の最も尊き一項である。

以上九寶也,德合奇儀祿馬生旺貴,皆十干之吉煞,故曰寶。

以上はすなわち「九宝」で、帰納すれば徳・合・奇・儀・禄・馬・生・旺・貴の九項(その中、徳は干徳・天徳・月徳・月徳合を包み、合は支合・干合・三合を包み、生はすなわち干星)。それらはいずれも十天干の帯ぶる吉煞で、ゆえに「宝」と称す。

八煞

三刑

一字刑名自刑,自相戕害也。二字刑名無禮刑,父子相賊也。三字刑名無恩刑,兄弟同類相傷也。

「三刑」は参与する字数に按じて三等に分かつ。一つの字が自ら自ら刑するを「自刑」と呼び(例えば辰は辰を刑し、午は午を刑し、酉は酉を刑し、亥は亥を刑す)、自相戕害を主る。両個の字が互刑するを「無礼刑」と呼び(子と卯は互刑す)、父子の間に彼此賊害するが如し。三つの字が逓刑するを「無恩刑」と呼び(寅は巳を刑し、巳は申を刑し、申は寅を刑す。丑は戌を刑し、戌は未を刑し、未は丑を刑す)、兄弟同類の間に互相傷害するが如し。

干冲

甲沖庚,乙沖辛,丙沖壬,丁沖癸,戊己無沖,合逢沖則散,伏逢沖則動,空逢沖則起,吉事不宜沖,凶事宜沖。

「干冲」は天干が七位相隔てて相克する。甲は庚を冲し、乙は辛を冲し、丙は壬を冲し、丁は癸を冲す。戊・己は中に居り土に属し、冲なし。冲の作用は:本来相合するは冲に遇えば散開し、本来潜伏するは冲に遇えば発動し、本来落空するは冲に遇えばかえって起用す。ゆえに吉事は冲に遇うを宜とせず、凶事はかえって冲に遇うを宜とす。

支冲

子午卯酉之類,搖動反覆,解散變遷,分爭離異之神,一名斜沖,吉凶逢之皆變動散解,隔七位相沖,又名七煞。

「支冲」は子と午・卯と酉のこの類で、共に六対(子午・丑未・寅申・卯酉・辰戌・巳亥)。それは揺動反覆・解散変遷・分争離異を主る神で、また「斜冲」と呼ぶ。吉事を論ぜず凶事を論ぜず、それに遇えば皆変動散解する。両支が七位相隔てて冲するが故に、また「七煞」と呼ぶ。

支破

午破卯,辰破丑,酉破子,戌破未,亥破寅,申破巳,主破碎解裂、改換不完,陽日前四,陰日後四,隔四位相破,人情不順,諸事虧缺,仕防虧空,又名破隔。

「支破」は共に六対。午は卯を破し、辰は丑を破し、酉は子を破し、戌は未を破し、亥は寅を破し、申は巳を破す。それは破碎裂解・改換して完整ならざるを主る。取法の上で、陽日は前に往って四位を数え、陰日は後に往って四位を数え、要するに四位相隔てて破を成す。支破に逢えば人情順ならず諸事欠亏を主る。官を為すは公帑を亏空するを提防すべし。それはまた「破隔」と呼ぶ。

支害

子 丑 寅 卯 辰 申 酉 未 午 巳 辰 卯 亥 戌 主事阻抑不利,骨肉參商,直致相害,穿心可畏。一名穿心煞、怨恨煞。財物中心穿。

「支害」はまた六害と呼び、上下両行が相対すればすなわち一対を成す。子は未を害し、丑は午を害し、寅は巳を害し、卯は辰を害し、辰は卯を害し、申は亥を害し、酉は戌を害す(其余の各対はこれらの組の反向で、例えば未は子を害し、午は丑を害す。同例)。それは事の阻抑せられて順利ならざるを主り、骨肉親人の間に彼此参差不合し、直接に傷害を造り出し、あの種の「穿心」の凶険は最も畏るべし。ゆえにそれはまた「穿心煞」「怨恨煞」と呼ぶ。財物を占してこれに遇えば、財物が中より穿破せられ漏失するを主る。

干支墓

水土壬辛辰,火乙丙戌,金庚丁己丑,木甲癸未。辰戌為陽墓剛墓,丑未為陰墓柔墓,又辰未為晝墓,戌丑為夜墓,占者得夜墓臨日,自暗投明;晝墓臨夜,自明入暗。又三傳自生入墓,如人墮井中,呼天不應。病死賊獲,己不能去,行人不能來,凡事皆昏晦、閉塞、遲滯,五行葬地,伏沒之神,蒙閉之象也。

「干支墓」は十天干各々の墓に入る宮である。辰宮は水土の墓で、壬と辛はここにおいて墓に入る。戌宮は火墓で、乙と丙はここにおいて墓に入る。丑宮は金墓で、庚・丁・己はここにおいて墓に入る。未宮は木墓で、甲と癸はここにおいて墓に入る。四墓の中、辰・戌は陽に属し、「陽墓」「剛墓」と呼び、丑・未は陰に属し、「陰墓」「柔墓」と呼ぶ。また辰・未は「昼墓」と呼び、戌・丑は「夜墓」と呼ぶ。占課のときもし夜墓が日上に臨めば、暗処より光明に走向する。昼墓が夜間に臨めば、明処より昏暗に走入する。このほか、三伝がもし長生より一路墓庫に走り入れば、人の井の中に掉げ落ちて、天を呼ぶも応も応ぜざるが如し。この種の情形は病を占するに死を主り、賊を占するに擒獲せられるを主り、自ら走脱し得ず、行人も回帰し来らず、およそ事は皆昏晦・閉塞・遅滞。墓は五行の埋葬の地・潜伏没落の神で、蒙昧閉塞を取象す。

干鬼

甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 庚 辛 壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊 己 陽見陽,陰見陰為鬼賊克之神,威制之敵也。陽見陽則爭,陰陽相見則相配。青龍為鬼,名紙錢煞,占病有祟,吉神帶鬼亦凶。

「干鬼」はすなわち日干を克するあの天干で、上下対照すればすなわち得る。甲の鬼は庚、乙の鬼は辛、丙の鬼は壬、丁の鬼は癸、戊の鬼は甲、己の鬼は乙、庚の鬼は丙、辛の鬼は丁、壬の鬼は戊、癸の鬼は己——いずれも同陰同陽にして相克する。陽干は陽干に見え、陰干は陰干に見えてはじめて鬼と算え、それは賊害克伐の神で、威勢を用いて我を圧制する敵である。陽が陽に見ゆれば争闘を主る。もし一陰一陽の相見なれば、すなわち鬼を成さずして相配の合を成す。もし青竜が官鬼を成せば、「紙銭煞」と呼び、疾病を占するに鬼祟の作怪あるを主る。たとい吉神でも、一旦官鬼を帯ぶればすなわち凶。

日上鬼、干合鬼、死鬼、陰鬼、外鬼、害鬼、蛇鬼、六樣鬼、日陰鬼、穿宮鬼、黨鬼、敵鬼、金木水火土五鬼、沖鬼、馬鬼、日下鬼、支藏鬼、絕鬼、家鬼、破鬼、刃鬼、日支鬼、墓中鬼、行年鬼、貴鬼、旬鬼、客鬼、罡鬼、辰上鬼、納音鬼、邪鬼、正鬼、剛鬼、明鬼、暗鬼、厭鬼、本命鬼、三傳鬼、空鬼、真鬼、建鬼、虎鬼、旺鬼、丁鬼、假鬼、夜鬼、勾鬼、六合鬼、三合鬼、陽鬼、日鬼、刑鬼,以上鬼非一種,取其旺用者斷之。

官鬼はそのある位置・帯ぶる神煞の違いにより種々の名目があり、底本はここに五十余を列す。帰納すれば大略幾類かある:位置により名付けるもの——日上鬼・日下鬼・日陰鬼・日支鬼・辰上鬼・三伝鬼・行年鬼・本命鬼・穿宮鬼・家鬼・客鬼・外鬼。帯ぶる関係により名付けるもの——干合鬼・害鬼・冲鬼・刑鬼・破鬼・刃鬼・馬鬼・党鬼・敵鬼・三合鬼。ある状態により名付けるもの——死鬼・絶鬼・墓中鬼・旺鬼・空鬼・旬鬼・建鬼・真鬼・假鬼。乗ずる天将により名付けるもの——蛇鬼・虎鬼・勾鬼・六合鬼・貴鬼・罡鬼。五行と陰陽明暗により名付けるもの——金木水火土の五鬼・陽鬼・剛鬼・明鬼・暗鬼・邪鬼・正鬼・夜鬼・丁鬼・厭鬼・納音鬼・支蔵鬼。名目は多いが用法は一条のみ:その中より正に当旺して正に用と取られてあるあの一つを挑み出し、それに拠って断ずる。

合而為我之友,剛柔相倚之義也;晝則為官府,夜為鬼神,見子孫則有救。身強不妨,有助不妨,鬼坐制不妨。鬼臨日干,身必難,看是何等鬼,以日干為主,三遁干為賓,只以所遁干鬼為重,餘鬼之名不一種,各以所臨、所伏、所帶、所乘而號其名,其吉凶則隨時、隨地、隨人、隨事取斷可也。

官鬼がもし我と相合すれば、かえって我が朋友と成る——これは剛柔の互相倚靠する理。性質に就いて言えば、昼間に占すれば官府衙門を代表し、夜に占すれば鬼神の作祟を代表する。ただ子孫爻を見れば救いあり。このほか、自体の強健なるは妨げず、別に帮手あるも妨げず、官鬼自ら被制伏の位に坐するも妨げず。もし官鬼が日干に直臨すれば、本人は必ず難あり——このときはそれが究竟どの一種の鬼かを見る。判断は日干を主とし、天地人三層の遁干を賓とする。その中、ただ遁干の成す鬼を最も重くし、其余の種種の鬼名は、各々それの臨む宮・伏する処・帯ぶる煞・乗ずる将によりて名を得、吉凶は時候に随い・地方に随い・人に随い・事に随いて活発に取断すればよい。

鬼臨鬼上剋日,為攢眉煞,兩重不美。雙親鬼坐生旺地,戀生貪旺不來,過時仍來。臨制剋死絕不來,無路不來,遠於日干遲來。鬼下伏官,小人得助;官下伏鬼,受賄懷欺;鬼帶合,反覆進退;鬼多,有救不妨,要年命上有子孫。見合局,為鬼為黨,鬼煞必非一人。若生干上爻為全鬼化生,反凶為吉。

官鬼がさらに官鬼の上に畳ねて併せて日干を克するを「攒眉煞」と呼び、二重の圧迫にして、まことに良からず。もし官鬼が長生・帝旺の地に坐せば、あれは生旺の郷を貪戀して一時来らず、しかもその時を過ぎれば依然として来る。もしそれが被制伏・被克または死・絶の地に臨めば、来ず。通ずべき路なきは来ず。日干より遠きは来ること遅し。さらに伏蔵の関係を見る:官鬼の下に官星を伏せば、小人の勢を得て帮衬する人あるを主る。官星の下に官鬼を伏せば、賄賂を収受し欺詐を懐くを主る。官鬼が合を帯ぶれば、事の反覆・進退不定を主る。官鬼は多しと雖も、ただ救いあれば妨げず——関鍵は行年・本命の上に子孫爻あるを要す。もし官鬼が三合局を結成せば、すなわち鬼多くして党を成し、作祟するは必ず一人に止まらず。倘若官鬼がかえって日干の上の爻を生ぜんと往かば、すなわち全部の鬼は皆生气と化し、凶を反して吉と為す。

干敗

甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 子 巳 卯 申 卯 申 午 亥 酉 寅 五行沐浴之神,主頹浪、費產、嫖賭。

「干敗」は十天干の敗地で、上下対照すればすなわち得る。甲は子において敗れ、乙は巳において敗れ、丙は卯において敗れ、丁は申において敗れ、戊は卯において敗れ、己は申において敗れ、庚は午において敗れ、辛は亥において敗れ、壬は酉において敗れ、癸は寅において敗る。それはすなわち十二長生の中の「沐浴」の位で、また敗気と呼ぶ。これに逢えば頽唐放浪・家産の耗費・嫖娼賭博の類の事を主る。

干脱

甲乙丙丁,丙丁戊己,戊己庚辛,庚辛壬癸,壬癸甲乙。名脫氣、盜神、洩氣、一名剝官,皆盜洩日干之氣。又名救神,制鬼,有鬼須尋制。

「干脱」は我の生ずるあの天干で、両々対照すればすなわち得る。甲乙日は丙丁を脱とし、丙丁日は戊己を脱とし、戊己日は庚辛を脱とし、庚辛日は壬癸を脱とし、壬癸日は甲乙を脱とす。それはまた脱気・盗神・泄気と呼び、また「剥官」とも呼ぶ——皆日干の元気を盗泄するが故。ただしそれは別に一面あり:それはすなわち子孫爻で、官鬼を制伏し得る。ゆえにまた「救神」と呼ぶ——およそ課中に鬼あれば、すなわちここにおいて制伏の法を尋ねる。

干絶

甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 申 酉 亥 子 亥 了 寅 卯 巳 午 斷絕之神,加生絕而復發,利結舊事。

「干絶」は十天干の絶地。甲は申に絶え、乙は酉に絶え、丙は亥に絶え、丁は子に絶え、戊は亥に絶え、己は子に絶ゆ(底本はこの位の「子」の字を「了」と刻す。形近くして訛り、今照録す)。庚は寅に絶え、辛は卯に絶え、壬は巳に絶え、癸は午に絶ゆ。絶は断絶の神。もし絶地の上にさらに長生を加えば、すなわち絶処に生に逢い断じて復た起つ——旧日の事を了結するに宜し。

干死

甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 午 亥 酉 寅 亥 寅 子 巳 卯 申 十干無氣之神,百事不成,帶自刑主自盡。並二血見血光,並刑刃主兵死,帶蛇虎厭亦凶。

「干死」は十天干の死地。甲は午に死し、乙は亥に死し、丙は酉に死し、丁は寅に死し、戊は亥に死し、己は寅に死し、庚は子に死し、辛は巳に死し、壬は卯に死し、癸は申に死す(火土同宮の例に按ずれば、戊の死位は当に酉にあるべし。底本は亥と作す。今照録して改めず)。死は十干の気なき神で、これに逢えば百事成らず。もしさらに自刑を帯ぶれば、自盡を主る。血支・血忌の二血神と併見すれば、血光を見るを主る。刑・羊刃と併見すれば、兵刃に死するを主る。螣蛇・白虎または天厭の類を帯ぶれば、同じく凶。

旬空

空者,十干不到之地,孤虛之神也。一名天中煞。經曰:「空亡諸事慢對沖,必虛本位為孤虛。」加日干並華蓋、墓神,主占非孤即寡,非僧即道,陰為尼,陽為僧道。又主庶出孤寡無妻,故名孤寡煞。有數等空亡,逢沖好起遇合即就。

いわゆる「空」は、十天干の遁及ばざるあの両個の地支の位(每一旬、十干は十二支を配し、必ず两支余りて配すべき干なし)で、孤虚の神、また「天中煞」と呼ぶ。経に曰く「空亡に落ちれば、諸事皆慢し。その对冲を見るを要す。本位既に虚なれば、すなわち孤虚を成す」。空亡がもし日干の上に加わり、また「華蓋」(星名、孤高を主る)・墓神と同じく併せば、占する人は孤ならずんば寡、僧ならずんば道——女子は尼姑、男子は僧道。それはまた庶出・孤寡・妻室なきを主る。ゆえにまた「孤寡煞」と呼ぶ。空亡は幾等かに分かつ(詳しくは下文)。大体の用法は:冲に逢えば空より復た起ち、合に遇えば事はかえって就緒し得る。

諸空亡

漏空 地下空亡名漏底空亡,主事無根底,空中樓閣,宜空手求謀,或過三甲六甲百日主有成,以衰旺酌論。或年命歲月時填實。 截空 初傳空破有為而被截住也。名曰斷首,主月內不成。中傳空名折腰,又名斷橋,凡事中間有變更、斷更復續,並漏底則無成。 遊空 即旬空,天上空亡也。出旬可望,年月太陽可填。

「漏空」:地盤の上に落ちる空亡を「漏底空亡」と呼び、弁ずる事の根底なきを主り、空中楼閣の如し。この種の情形は空手にて事を謀るに宜し。もし三個の甲(三旬三十日)・六個の甲(六旬六十日)または一百日を挨過し得れば、事はなお成るを望み得——具体は衰旺を斟酌して定め、また行年・本命・太歳・月建・時辰上の字によりてあの空位を填実し得る。「截空」:初伝が落空または破せられ、本来作為あるを截断せられるを「断首」と呼び、一個月の内に弁じ成さざるを主る。中伝の落空を「折腰」と呼び、また「断橋」とも呼び、事の中途に変更有り・断じて復た続ぐを主る。もし同時にまた漏底空を犯せば、すなわち徹底的に弁じ成らず。「游空」:すなわち通常言う旬空で、天盤上の空亡に属す。本旬を出でれば指望あり、また太歳・月建または太陽のある位によりて填実し得る。

皆空 上下天地皆傾家蕩產,凡事莫追,了無一實。 究竟空 末傳空也,事無下稍,又名失尾,又名刖足,終不能行而少歸結。 無依空 日上空亡也。主無依告,空自出頭,較高親少力。 無家空 支上空亡也。孤獨無居,無妻子田產,或常出外,或賃居。

「皆空」:天盤・地盤の上下皆落空し、家産の傾蕩を主り、凡事さらに追求するに及ばず、一つとして実在するなし。「究竟空」:末伝が落空し、事の下梢なきを「失尾」と呼び、また「刖足」とも呼ぶ(刖は断足の刑)、終竟走り動き得ず、帰結する少なし。「無依空」:日干の上の落空は、投告すべき処なきを主り、徒らに出頭露面し、高門顕親に攀附するも力を助け得ず。「無家空」:日支の上の落空は、孤身にて安居すべき処なきを主り、妻子児女田産なし、または常に外にあり、または屋を租りて住む。

孤鴻空 初末兩傳空也,事無頭尾,憑中作主。 虛聲空 正時入空也。凡事有名無實,有心無意,指空說空。 孤虛空 凡年月日時前一位為孤,後一位為寡,對沖為虛,行兵宜擊。

「孤鴻空」:初伝と末伝と皆落空し、ただ中伝を残し、事の頭も尾もなく、ただ中伝に憑って主を為すのみ。「虚声空」:占する正時が空亡に落ちれば、凡事は名あって実なく、心あって意なく、言うところ皆空話。「孤虚空」:およそ太歳・月建・日辰・時辰を准として、その前の一位を「孤」と呼び、後の一位を「寡」と呼び、正对冲のあの一位を「虚」と呼ぶ。この三処は兵家の重んずるところで、行軍作戦は虚位より攻撃するを宜とす。

退茹空 反急宜進步,即可求退,則入空亡矣。 進茹空 急宜退步,若再求進,則入空亡矣。 真空 春土夏金夥木冬火,乃五行絕地,諸事不宜。

「退茹空」:三伝が連茹退行の象を作すとき、かえって急速に進取すべし。もし勢いに順って退を求めれば、すなわち空亡の中に退け入る。「進茹空」:三伝が連茹進行の象を作すとき、かえって急ぎ退步を趕すべし。もしさらに一味に進を求めれば、すなわち空亡に進入す。この両条は進退の勢いと空位と相反することを説き、逆らって見るを要す。「真空」:春月の土・夏月の金・秋月の木・冬月の火は、いずれも五行の絶地で、これこそ真の空——諸事宜しからず(底本は「秋木」を「伙木」と刻す。形近くして訛り、今照録す)。

以上八煞也。刑沖破害墓鬼廢空,為八煞。與九寶皆斷法所必需也。

以上はすなわち「八煞」で、帰納すれば刑・冲・破・害・墓・鬼・廃・空の八項(その中、廃は干敗・干脱・干絶・干死を包み、空は上列の各等の空亡を包む)。八煞は九宝と同じく、いずれも占断の時の必須の工具である。

神煞類神猶如散錢,以遁干貫之,方有用耳。凡欲知來情,諸書皆以發用初傳上所乘之神測其事類,為來意,參日干生克詳之。如我生為子,生我為父,克我為鬼,我克為財,比肩為兄弟朋友。若旺而有氣,必有所行之事而來矣。看所乘之神,細分其事類,即知為何事也。如休囚無氣,必是來占一物,則看月將為何類之物。蓋將主遁,神主事也。主物則以神為形貌,干為顏色也。主事又看旺用生比日干者為吉事,克洩日干者為凶事也。

神煞と類神は一堆の散銭の如く、遁干のこの繩子を以てそれらを串ねばはじめて用あらん。およそ来人の情由を推知せんには、各家の壬書は皆発用初伝の上に乗ずる貴神をもって事の種類を測り、来意と為し、さらに日干の生克を参合して詳辨す。六親の分かつ法は:我の生ずるは子孫、我を生ずるは父母、我を克するは官鬼、我の克するは妻財、我と同類なるは兄弟朋友。この字がもし旺にして気あれば、来人は必ず或る弁じつつある事の為に来る。それの乗ずる貴神を見て事の類別を細分すれば、問うところ何事なるかを知る。もしそれが休囚にして気なければ、あれは多くは一件の物品を占しに来る——このときは月将のどの一類の物に属するかを見る。月将は遁干を主り、貴神は事を主るが故。物を占すれば貴神を以て形貌を定め、天干を以て顔色を定む。事を占すればさらに旺用の字を見る:日干を生じ日干に比するは吉事、日干を克し日干を泄するは凶事。

故凡占來意,全責初傳,初傳乃人心之開、意之萌、事之始也。又四課之間,日辰各有陽神,陽神之上各有陰神,陰神乃事之背後幽隱之處也。即三傳內初傳之陰,即中傳,中傳之陰即末傳也。因而事之初中末可究,故陰神與陽神相生比者,其事成。若陰神克陽神者,其事不成。陰神陽神兩相摩蕩者,此法是也。觀其立課傳之旨,知其陰神為最重矣。不然何以初傳之成敗主變易於中傳,中傳之成敗變易於末傳哉?是故陽神之吉,惟恐陰神之凶;陽神之凶,專望陰神之吉。即行年本命皆取陰陽並看,故經曰:「欲知其隱,必觀其陰。」是也。

ゆえにおよそ来意を占するは、全て初伝に責す——初伝は正に人心の初めて開き・念頭の初めて萌え・事の初めて起これる処なればなり。さらに四課の間を見る:日干・日支は各々一個の陽神あり、陽神の上にまた各々一個の陰神あり、陰神はすなわち事の背後の幽隠にして露われざる処。三伝の中に推して、初伝の陰神はすなわち中伝、中伝の陰神はすなわち末伝——事の開頭・中間・結局はこれに由って推究し得る。ゆえに陰神と陽神と相生相比するは事の成るを得、陰神の陽神を克するは事の成らず——いわゆる陰神陽神の両相摩盪は、講ずるすなわちこの法である。古人の四課三伝を立てる用意を見れば、陰神の最も緊要なるを知る。さもなくば、初伝の成敗はなぜ中伝において変化を生じ、中伝の成敗はまたなぜ末伝において変化を生ずるや。この故に陽神吉のとき、最も怕るるは陰神の凶。陽神凶のとき、すなわち専ら陰神の吉を盼ぐ。行年・本命に至るも、皆陰陽の両層を併せ見るを要す。ゆえに経に曰く「隠情を知らんと欲せば、必ず陰神を見よ」。

然凡看一字,須看所遁之干為緊。遁干乃活動能變遷其事之凶吉,而其事乃實干能制支、動能制靜所必然也。既得其來情,首看神上所遁之干,次看末傳神將所遇之時,次看所臨之地,次看神將所得之陰神,合而細詳之,得以遁干論。如初傳在日上兩課,則為己身之事,在辰上兩課發用則為他人之事也。經曰:「日上發用己事論,日陰從我事相尋。辰上動時占別人,陰伏小口定災迍。」

ただしいかなる字を見るにも、最も緊要なるはなおそれの遁ずる天干を見ること。遁干は活なり、事の吉凶をして遷移変化せしめ得、事の実処に落ち得る所以は、正に天干の地支を制し得・動の静を制し得るが故——これは必然の理。既に来情を推知したる後、第一步は貴神の上に遁ずる天干を見、第二步は末伝の貴神天将の遇う時辰を見、第三步はそれの臨む地盤の宮を見、第四步は貴神天将の配する陰神を見、合わせて細々と推詳し、最後に遁干の上に帰して論断す。もし初伝が日干のあの両課に出ずれば、すなわち自身の事。日支のあの両課に出でて発用すれば、すなわち他人の事。経に曰く「初伝発用は日上にあれば、断ずるは己が事。日上の陰神は我に跟いて、それに順いて事の由来を尋ねよ。日支上の発動するときは、占するは別人。陰神の潜伏の処にもし妨害あらば、小児婦孺は必ず災あらん」。

故凡陽神之剋日干者,是官鬼臨身。若陰神乃克陽神,則陰神為子孫爻,定是子孫為主,官鬼不能害,故有鬼須尋救也。若仕宦人不忌官鬼,官為爵位,鬼為威權,反忌子孫剝官。又忌子孫克洩青龍祿神。

ゆえにおよそ陽神の日干を克するは、すなわち官鬼の身に臨む。このときもし陰神が陽神を克し得れば、あの陰神は便ち子孫爻にして、事はすなわち子孫を主とし、官鬼は我を害し得ず——ゆえに曰く鬼あれば救いを尋ねよ。ただし人を分かつを要す:官を為す人はかえって官鬼を忌まず——官は爵位を代表し、鬼は威権を代表すれば、彼らにとってかえって子孫爻の来て官職を剥奪するを怕れる。同時に子孫爻の往きて青竜と禄神とを克泄するをも怕る(青竜は財喜文職を主り、禄神は俸禄を主る)。

又如陰神生日干者,是父母臨身。若陰神克陽神則陰神為妻財,定是妻財為主,占父母病則凶。又如陽神為日干所生,是子孫臨身矣。若陰神克陽神則陰神為父母,定知父母為主,占子孫為凶。又如陽神與日干比者,是兄弟臨身,若陰神克陽神則陰神為官鬼,定是官鬼為主,占妻病亦凶,占財亦有分奪,其辰上陰神陽神與日上陰陽同例看,則兩邊之情事得矣。

さらに幾種かの情形を挙ぐ。もし陽神が日干を生ずれば、あれは父母の身に臨む。このとき陰神がもし陽神を克せば、陰神は便ち妻財爻にして、事はすなわち妻財を主とし、もって父母の病を占せば凶(財は父母を克し得ればなり)。もし陽神が日干の生ずるところなれば、あれは子孫の身に臨む。このとき陰神がもし陽神を克せば、陰神は便ち父母爻にして、事は父母を主とし、もって子孫を占せば凶(父母は子孫を克すればなり)。もし陽神が日干と同類比和すれば、あれは兄弟の身に臨む。このとき陰神がもし陽神を克せば、陰神は便ち官鬼爻にして、事は官鬼を主とし、もって妻子の病を占するも凶、財物を占するも人に分奪せらる(兄弟は財を劫すればなり)。日支上の陰神陽神は、日干上のこの一套に照らして同じく推看し、両辺の情形は皆掌握せらる。

若又占己身之事,則以辰上陰陽為我事之情形,與日干參看。蓋辰上陰陽,皆占我與他人相涉之事,假如甲子日辰上兩課發用,是水將土神,水將生甲為父母,乃乘土神,又克水神,若水旺則主父母官位事,水相則主父母財喜事,若水休囚則主父母失財物事。蓋將為六親,神為事也。

倘若占するは己が事なれば、すなわち日支上の陰陽二神をもって我がこの事の情形と為し、日干と合わせて参看す——日支上の陰陽は、いずれも我と他人と相牽渉する事を占すればなり。例を挙げれば:甲子日、日支上のあの両課が発用して、乗ずるは水に属する月将・土に属する貴神。水将は甲木を生じ得、ゆえに父母を代表す。しかるにそれは土神を乗じ、土はかえって水を克す。このときはすなわち水の強弱を見る:水旺なれば、父母の官職方面の事を主る。水が相気に居れば、父母の財物喜慶の事を主る。水休囚なれば、父母の財物を丢失する事を主る。総の原則は:月将は六親の身份を代表し、貴神は事の内容を代表す。

又如甲木兄弟太沖木將為用,乘土神,則為兄弟財物事。又孟為長,仲為次,又為等輩,季為幼輩,又將旺為壯少,休囚為老。又與日干三合為親,不合為疏,如上法推占來意,決無差誤。再看六處遁干孰旺孰衰,旺而生比日干則與我為吉,旺而克洩日干則與我為凶,而吉凶判矣。

さらに一例を挙ぐ。甲日は木を以て兄弟と為す。もし太冲(卯)のこの木将を取って用と為し、それが土に属する貴神を乗じ、木は土を克して財と為せば、すなわち兄弟と財物方面の事。人の輩分を判断するは四孟四仲四季を見る:寅申巳亥を孟と為し、長輩または排行の長に居るを主る。子午卯酉を仲と為し、次の一輩または同輩を主る。辰戌丑未を季と為し、幼輩を主る。また天将の旺衰を以て年紀を定む:旺なるは壮年少年、休囚なるは老年。さらに日干と合するや否やを以て親疎を定む:三合を結成するは親近の人、合せざるは疎遠の人。上のこれらの办法に照らして来意を推占すれば、絶えて差錯なからん。最後にさらに六処の遁干の誰が旺か誰が衰かを見る:旺にして来て我を生じ我に比するは、我に対してすなわち吉。旺にして来て我を克し我を泄するは、我に対してすなわち凶。吉凶はここに至りて便ち判明す。

円融活潑真元妙、剖尽人間万事疑

仰觀於天,俯察於地,陰顯共象,陰現其情,旺相休囚,四時迭運,乘時者強,失時者難,得地者茂,陷險者亡,干傷我畏,支傷人懼,數目之端,先天是責,新舊之故,孟仲季求,明無暗有,遁干是求,

これは経文の最後の両句の四言正文。上半段は取象の通例を講ず。上は天盤を観、下は地盤を察すべし。陽は事の形象を顕出し、陰は事の実情を透出す。旺・相・休・囚は四時に随って輪換す:時令に乗ずるは強盛、時令を失うは困難、有利の地位を占するは茂盛、険地に陥るは敗亡。天干の傷を受くるは、我が辺の畏惧あること。地支の傷を受くるは、対方の辺の畏惧あること。数目の多少を推するは、《河図》の先天の数に責す。事の新旧を分かつは、四孟・四仲・四季の上に向って求む。明処に見えざるは、暗処にかえってあり——すなわち遁干の上に到りて尋ねるを要す。

苟得其同,雖遠必合,苟失其同,雖近不親,生我不喜,克我不凶,氣化圓通,妙理斯出,占類既陳,類情非一,陽神陰神,兼求失執,數則物類,偏求則蕩,觀陽觀陰,主賓情洩,遁干加臨,吉凶盡變,萬事決疑,真偽自判。

下半段は円通の理を講ず。もし同類を得れば、隔たること遠きも必ず相合す。もし同類を失えば、近きに靠るも相親しまず。我を生ずるは未だ必ずしも喜ぶべからず、我を克するは未だ必ずしも凶ならず——一切は気化の如何に円融変通するを看るべく、妙理はまさにここより出づ。占する門類は既に列明せり、同一類の中の情形はただ一種に止まらず。ゆえに陽神・陰神は兼ね顧して併せ求め、一端に偏執すべからず。数目は物類の上に帰して見るべく、一味に偏求すれば流蕩して帰するなし。陽神・陰神を皆見到れば、主と賓との両辺の実情ははじめて泄露す。最後に遁干の加臨を加えれば、吉凶はこれに随って全盤変化す。万般の疑難は皆決断し得、真偽は自ずから分明ならん。

此贊遁干剖人間萬事之疑惑,而趨避其得失確有把捉,其氾濫無據之說俱可廢也。《金繩書》云:「六壬之法,不可偏執其象,亦不可偏執其義。」取其象而不察其義,則失之拘而執;取其義而不得其象,又失之遁而蕩。占文書象類取朱雀矣,止以朱雀察之,不失之拘乎?課傳六處遍推而無所主,不失之蕩乎?必也合陰神陽神之兩相摩蕩,遁干與日干生比克洩,庶幾得之。

この一段は遁干の能く人間万事の疑惑を剖開し、吉に趨り凶を避くるに確かに抓むべき把柄あるを讃嘆し、あの泛濫して拠なき説法は皆廃棄し得る。《金縄書》に曰く「六壬の法は、象に偏執すべからず、また義に偏執すべからず」。ただその象を取りてその義を体察せざれば、毛病は拘泥執着にあり。ただその義を取りてその象を抓住せざれば、毛病は空泛游蕩にあり。譬えば文書を占するに、取象は自然朱雀。しかるにもし一味にただ朱雀を盯着して見れば、拘泥に失せずや。反対に、四課三伝と六処とを通々推遍しても主脳を定め得ざれば、游蕩に失せずや。必ず陰神陽神の両相摩盪を合わせて見て、さらに遁干と日干との間の生・比・克・泄を参じて、はじめてほぼその真を得ん。

苟非其類之比克,雖近有其象,而不應苟得;其類之比,雖遠必驗也。特衰旺分遲速耳,且如甲日秋占求財,龍居子午敗死之鄉,甲木敗子而死午。而見於用傳,雖近而不成也。失其天時,又失其地利也。或又遁干與日相剋刑害,則畏而不成也。所以必仰觀俯察於陰陽,而取其一也。

倘若同類間の比和または克制にあらざれば、形象は眼前に近しと雖も、応験せず。反対に、ただ同類比和なれば、隔たること遠きも必ず応験す——ただ衰旺の同じからぬに因って遅速あるのみ。例を挙げれば:甲日に秋に財を占するに、青竜は子位または午位に居る——甲木は子において沐浴敗地、午において死地——たとい青竜が用神と三伝の中に出現して、近きに見ゆるも、財は求め成らず。既に天時を失い(秋は木囚なり)、また地利を失えば(敗死の郷に坐せばなり)。または遁干と日干と相克・相刑・相害すれば、すなわちさらに畏惧を心に存して弁じ成らず。ゆえに必ず上に天盤を観、下に地盤を察して、陰陽両面の中よりあの真に用い得る一つを擇取せねばならない。

又如兵陣責勾陳為類神,勾剋日及日上陽神皆凶也。日克勾及日上陽神克勾,則勝而吉矣。而勾之陰神遁干卻剋日,雖勝而後必有悔,將受其殃。推廣其例,以凶類論之,陰神上得朱雀,則必有讒間爭功之禍,得天空則主詐敗佯輸,得玄武主在奇兵暗伏。更求其將,若帶刑害則愈凶,帶德合則解凶,惟年命上太歲上遁干能救制。若太歲年命上遁干,又助生陰神之鬼,又臨生旺之地,則凶不可逃矣。以鬼干所旺之月為應期。凶類現於四課則主現在,若見於初傳則尤速,中末稍遲,故鬼為凶類而不可執也。

さらに兵陣を例とす:戦陣を占するは勾陳を以て類神と為す。勾陳がもし日干を克しまたは日上の陽神を克せば、いずれも凶。反対に日干が勾陳を克しまたは日上の陽神が勾陳を克せば、すなわち取勝して吉。しかるに勾陳の陰神の遁ずる干がもし来て日干を克せば、すなわち勝つと雖も事後必ず悔いあり、主将は禍殃を受くるを主る。この例を凶類に推广すれば:陰神の上にもし朱雀を得れば、必ず讒言離間・争功邀賞の禍あり。天空を得れば、詐敗佯輸を主る。玄武を得れば、奇兵の暗中に埋伏するあるを主る。さらに一歩を進めてそれの乗ずる天将を見る:刑を帯び害を帯ぶればさらに凶、干徳六合を帯ぶれば凶を解し得。能く解救制伏し得るは、ただ行年・本命と太歳上の遁干のみ。倘若太歳と行年本命上の遁干がかえって陰神のあの官鬼を生助せば、官鬼がまた生旺の地に臨めば、あの凶は躲れ得ず——応期は官鬼の干の当旺するあの月を取る。凶類の四課に出現するは眼前の事を主る。初伝に出現するはさらに快し。中伝・末伝にあるは稍遅し。見るべし、官鬼は凶類に属すと雖も、一端を死執すべからず。

如占官祿須圓融看矣,反喜官鬼在課傳,而並吉將吉神,乘旺相地,得旺相時,與日上年命上神相生,只與日干為克,尤妙遁干亦要透,干支傳來剋日干,類神之陰又不可有子孫之遁干來克用干,必得官矣。

譬えば官職俸禄を占するは、すなわちさらに円通して看るを要す:このときはかえって官鬼の四課三伝の中に出現するを喜び、しかもそれを吉将吉神と同じく併せ、旺相の地に乗り旺相の時を得、日上神および行年本命上神と相生して、ただ日干に対して克を構成する——これこそ好格局。殊に妙なるは遁干もまた官鬼を透出して、干支一路伝来して日干を克すること。同時に類神の陰神の上にもまた子孫の遁干の来てあの用干を克するあらざるべし(子孫は官を克し、官位を剥掉せん)。これらの条件に合乎せば、すなわち必ず官を得ん。

又有圓融之法,假如人來占不求文書而朱雀見課傳,居有氣之地,而旺相,與日干年命上德合生比,遁干又與日生比旺,則更看其陰神而知其何事。如陰神上見青龍,是用文書而有錢財之喜。然亦必六處見財為實。欲知何人之財,則看日支上神,如乘太常主尊長父母之財,白虎主兇惡人及死傷疾病人之財,旺並官祿則為武職或威權人之財。

さらに一種の円通の法あり。假如来人の占するは文書を求むるにあらざれど、朱雀がかえって四課三伝の中に出現し、気ある地に居り而且旺相して、日干・行年・本命上の字と干徳六合と相生比和を構成し、遁干がまた日干と比和して当旺せば——このときは進んでその陰神を見て、従って究竟いかなる事なるかを知るべし。例えば陰神上に青竜を見れば、すなわち文書を借りて銭財の喜を得る。ただしなお必ず六処において財爻を見て、あの財ははじめて実処に落つ。あの財の何人より出づるを知らんには、日支上神を見る:太常を乗ずれば、尊長父母の財を主る。白虎を乗ずれば、凶悪の人または死傷病患の財を主る。もし太常が旺にしてまた官禄と併せば、すなわち武職または権勢ある人の財。

再圓通看之,若青龍遁干剋日干則我畏而不敢取,如日克支干遁干又克支則懼疑我而不肯與。更圓通之,欲知所為何事,則看青龍之陰神,若得勾陳,懼有爭奪;得天后,懼有婦人阻撓;得太常懼尊長;得太陰懼親戚也。

さらに一層円通して見る:もし青竜の遁干が来て日干を克せば、あれは我が畏惧を心に存して敢えてあの財を取らざる。もし日干が日支の干を克し、而して遁干がまた往きて日支を克せば、すなわち対方の我に疑惧して与え肯ぜざる。さらに一層円通す:弁ずるところ究竟いかなる事なるかを知らんには、青竜の陰神を見る——陰神が勾陳を得れば、人の来て争奪するあるを恐れん。天后を得れば、婦人の中より阻撓するあるを恐れん。太常を得れば、尊長の牽制を受くるを恐れん。太陰を得れば、親戚のこの一頭より問題出づるを恐れん。

又圓通之,雖生我者,亦反為凶。如甲子日,日上得午,傳見子,午上見白虎來遙剋日干,遁建干亦金,天地皆屬旺相氣,雖子水能生甲木為甲父母,乃為實必實,以將雖吉而神與遁干皆凶,且居有氣之時地也。更圓通之,如占求財,忌見父母何也?父克子則子孫傷,無以制鬼而生財,何況子孫見於日上乎?此求財所以忌見父母,雖生無益也。即遁干見父母,亦不吉,而為吝也。

さらに一層円通す:たとい我を生ずるも、時にかえって凶を成す。譬えば甲子日、日上に午を得、三伝の中に子を見、午の上にまた白虎の遥かに来て日干を克し、太歳月建の遁ずる干もまた金に属し、天地両盤とも旺相の気に処す——このとき子水は甲木を生じ得て甲の父母と算うと雖も、天将は吉と雖も貴神と遁干とは皆凶、また気ある時と地に居れば、あの「生」は靠み得ず。さらに一層円通す:財を占するはなぜ父母爻を見るを忌むか。父母は子孫を克し、子孫一たび傷を受ければ、官鬼を制し財を生ずるものなし。況んや子孫爻が正に日上に出現するにおいてをや。これすなわち財を占するの父母を忌む所以——それは我を生ずると雖も、財を求むるに益なし。たとい遁干上に父母を見るも、吉ならず、ただ吝惜にして得難きを主る。

更圓通歲上言之,假如凶將乘凶類神,遁干乘太歲上,遙剋日辰及日上神,或太歲支上又來克,或太歲生遁干來克,並死氣刑沖,其凶於人必矣。歲上得勾陳主爭鬥獄論,更看太歲之陰神又得白虎,遁干又來剋日,帶刑刃,主大辟。若陰神得吉將吉神來生比日干、日上神,上下旺相能解,其凶則輕減速,不致死。見墓神必主囚禁入獄,見救神主有救。皆圓通之妙法也。

さらに太歳のこの一頭より円通して説く:假如凶将が凶の類神を乗じ、その遁干がまた太歳の上に乗りて、遥かに日辰と日上神とを克す。または太歳の地支の上にも来て克し、または太歳があの遁干を生助して再来て我を克せしめ、同時にまた死気と刑冲とを併せば——すなわちこの人の凶に遭うは免れ得ず。太歳上に勾陳を得れば、争闘と牢獄官司を主る。さらに太歳の陰神を見、もしさらに白虎を得、遁干がまた来て日干を克し、併せて刑と羊刃を帯ぶれば、すなわち死刑に処するを主る。反対に、もし陰神が吉将吉神を得て日干を生じ・日干に比しまたは日上神を生じ、上下また皆旺相にして化解し得れば、あの凶は減軽して、命を送るに至らず。課中に墓神を見れば、必ず囚禁入獄を主る。救神を見れば、すなわち救いあるを主る。これらは皆円通取断の妙法である。

責陰神,假如二月戊戌日戌將寅時占求財,甲午旬癸辛戊甲,是神之遁干,蒿矢課,陽時用陰貴。

下に陰神を専責とする実例を一つ挙ぐ。二月、戊戌日、戌将を用い、寅時に財を占す。本日は甲午旬に属し、課上の四処の貴神の遁ずる干は依次に癸・辛・戊・甲。此の課は日干の遥克に因って成り、課体の名は「蒿矢課」(三伝は遥克より発用し、箭の弦上に在りて力弱きが如く、事の虚にして実ならざるを主る)。占時は寅時で、前文の分時用貴の法に按じて陽時に属し、陽時は当に陰貴を用うべし。以下はまず課盤を列し、再び逐層解説す。

戊戌日戌将寅時占求財課

鬼 甲 寅 后 才財 財 壬 午 合 官未 比 戊 戌 虎 子父

この三行は三伝で、上より下へ依次に初伝・中伝・末伝、每一行の読み法は:六親・遁干・本支・乗ずる天将、最後の一格は附記の六親標記。初伝は寅で、遁干は甲、甲木は戊土を克すれば「鬼」(官鬼)と標し、天后を乗ず。中伝は午で、遁干は壬、戊土は壬水を克すれば「財」(妻財)と標し、六合を乗ず。末伝は戌で、遁干は戊、日干と同類なれば「比」(比肩)と標し、白虎を乗ず。見るべし此の課は三伝が寅・午・戌の火局を作り、発用の字は官鬼。末尾の「才財」「官未」「子父」の幾字は、底本が三伝の旁に別記する六親(才はすなわち財、官はすなわち官鬼、子はすなわち子孫、父はすなわち父母)で、横排に転録せられて已にそれらの各々どの格に対応するかを見えず——ここでは原字の次序に照らして録存し、臆断して補正せず。

後 虎 勾 貴 甲 戊 辛 癸 慈 身遊 子 財 寅 午 酉 丑 午 戌 丑 戊

この五行は四課で、古式に按じて右より左へ読み、第一課は最右にあり。五行は上より下へ分れて:乗ずる天将・遁ずる天干・六親・上神・下神。これに拠って還元すれば:第一課、下神は日干の戊(戊は巳宮に寄す)、上神は丑、貴人を乗じ、遁干は癸、戊土は癸水を克すれば「財」と為す。第二課、下神は丑、上神は酉、勾陳を乗じ、遁干は辛、戊土は辛金を生ずれば「子」(子孫)と為す。第三課、下神は日支の戌、上神は午、白虎を乗じ、遁干は戊、日干と同類なれば「身游」(すなわち游身、日干の游行する身)と標す。第四課、下神は午、上神は寅、天后を乗じ、遁干は甲。四課の上神は依次に丑・酉・午・寅、下神は依次に戊・丑・戌・午——推法は:戌将を寅時の上に加えて天盤を転じ、日干の戊は巳宮に寄し、巳上に丑を得、すなわち第一課。再び丑を以て下神と為し、丑上に酉を得、すなわち第二課。日支戌上に午を得、すなわち第三課。再び午を以て下神と為し、午上に寅を得、すなわち第四課。

癸 甲 乙 丙 貴 后 陰 元 丑 寅 卯 辰 乙巳 甲午 乙未 丙申

ここより天地盤の方図で、まず最上の一排を見、共に四格、地盤の巳・午・未・申の四宮に対応す。四行は上より下へ:天盤の字の遁ずる天干・天盤の字の乗ずる天将・天盤の字・地盤本宮の干支。逐格読めば:地盤巳宮の上に天盤の丑を加え、丑は癸を遁じ(癸丑)、貴人を乗ず。地盤午宮の上に天盤の寅を加え、寅は甲を遁じ(甲寅)、天后を乗ず。地盤未宮の上に天盤の卯を加え、卯は乙を遁じ(乙卯)、太陰を乗ず。地盤申宮の上に天盤の辰を加え、辰は丙を遁じ(丙辰)、玄武を乗ず。天盤のこのように排する所以は、戌将を寅時に加うるが故——月将の戌を地盤の寅上に放り、其余の各字は順次に排布し、ここにおいて巳上に丑を得・午上に寅を得・未上に卯を得・申上に辰を得。貴人は天盤の丑に落ちて地盤巳宮に臨み、巳は「地戸」で、前文の「貴人地戸に臨みて以後俱に逆行す」の規矩に按じ、十二天将は丑より起こって一路逆布す。ゆえに下りて依次に寅后・卯陰・辰玄。

壬蛇子 巳常丁 辰甲 酉丁 癸朱亥 午虎戊 卯癸 戌戊

この四行は方図の左右両辺で、左辺は上より下へ地盤の辰宮・卯宮、右辺は上より下へ地盤の酉宮・戌宮。左辺:地盤辰宮の上に天盤の子を加え、子は壬を遁じ(壬子)、螣蛇を乗ず。辰宮の本身は「甲辰」と記す。地盤卯宮の上に天盤の亥を加え、亥は癸を遁じ(癸亥)、朱雀を乗ず。卯宮の本身は癸卯。右辺:地盤酉宮の上に天盤の巳を加え、巳は丁を遁じ(丁巳)、太常を乗ず。酉宮の本身は丁酉。地盤戌宮の上に天盤の午を加え、午は戊を遁じ(戊午)、白虎を乗ず。戌宮の本身は戊戌、正に本日の日辰。ここに留意すべきは:本日は甲午旬に属し、甲午旬の中の辰・巳の两支は配すべき天干なく、正に本旬の旬空。ゆえに図上の辰・巳の両宮は甲辰・乙巳を借りて標するのみ、実は空亡の地。

戌 酉 申 未 壬寅 丑辛 子庚 亥己 壬 辛 庚 巳 六 勾 龍 空

この四行は方図の最下の一排で、地盤の寅・丑・子・亥の四宮に対応す。第一行は天盤の字:地盤寅上に戌を加え、丑上に酉を加え、子上に申を加え、亥上に未を加う。第二行は地盤本宮の旬遁干支:寅は壬寅、丑は辛丑、子は庚子、亥は己亥。第三行は天盤の字の遁ずる天干:戌は壬を遁じ、酉は辛を遁じ、申は庚を遁じ、未は己を遁ず(底本は「己」の字を「巳」と刻す。形近くして訛り、今照録す)。第四行は天盤の字の乗ずる天将:戌は六合を乗じ、酉は勾陳を乗じ、申は青竜を乗じ、未は天空を乗ず。四辺を合わせて一圈数え、貴人のある丑より起こって逆行すれば、正に丑貴・子蛇・亥雀・戌合・酉勾・申竜・未空・午虎・巳常・辰玄・卯陰・寅后、十二天将は首尾相接して、図上の各格と一一相符す。

占求財以龍為類神象,不入課則不准究。如此課,龍並不入課,又何以為類乎?且遁干又不與日干比,胡為取之得,毋相矛盾?大約不入課,其財多不利,雖取必有不妥。法曰:「求財責青龍。」今天上申乘龍為傷鱗,雖日上陽神貴人遁癸為財,而神將兄爻比劫,初傳甲寅旺鬼發用,傳火遞剋日金局,青龍陰神申上見辰乘元武,遁丙來克青龍之遁干庚金,庚乃戊之子孫,子孫受傷,龍之上下六層不比生日,末傳遊身戊干乘白虎,求財亦凶,反有盜破官司。

下にこの課を断ぜんと始む。財を占するは青竜を以て類神として取象し、類神がもし四課三伝に入らざれば、これに拠って推究する能わず。此の課の中、青竜は並に課伝に入らず——あればなお何を以て類神とせん。しかもその遁干はまた日干と比和せず、それを取るは自ずから相矛盾せずや。大体言えば、類神の課に入らざるは、求むる財の多くは利ならず、たとい勉強して取るも必ず不妥あり。法訣に曰く「財を求むれば青竜に責す」。此の課の青竜は天盤の申上にあり、申金は木を克し、青竜は木に属して金に傷せられ、「傷鱗」と呼ぶ。日上の陽神は貴人を乗じ遁干は癸にして財爻と作ると雖も、しかるにこの一層の貴神天将は兄弟爻——兄弟は財を劫す。初伝甲寅は当旺の官鬼にして発用し、三伝寅午戌は火局を結成し、火はまたかえって一層一層あの金局を克す。さらに青竜の陰神を見れば、申上に辰を見て玄武を乗じ、遁干は丙、丙火は来て青竜の遁干庚金を克し、而して庚は正に戊土の子孫——子孫は傷を受ければ、すなわち財を生ずるに由なし。青竜の上下六層は皆日干と比和せず・また日干を生ぜず。末伝は游身の戊干にして白虎を乗ず。ゆえに此の課は財を求むれば凶なりのみならず、かえって盗竊破財と官司とを招来せん。

陰神元武,末傳白虎也。出門求財尤忌。馬乘陰元武,又遙見蒿矢也。惟利求盜賊、婦女及罪人、獄訟、死喪之財,其財凶惡,以財之神將皆凶也。然亦安可求哉?支上陽神所乘神為將財與我之人,今白虎之疾病、死喪、訟獄,陰神上見天后乘甲寅鬼,為財克干。又日上陽神乘貴遁癸,財陰神上見勾陳,亦主訟獄,斷為訟獄說情之事。果驗。又斷得財後有殃,亦驗。事關婦女,亦驗。

ゆえに曰く盗と官司の応験は、一は陰神の玄武を乗ずるにあり(盗賊を主る)、一は末伝の白虎を乗ずるにあり(刑喪訟獄を主る)。このような課は、門を出でて財を求むるに殊に忌む。駅馬が陰神の玄武を乗じ、課体はまた遥克より成る蒿矢課なればなり。この種の財はただ盗賊・婦女および罪犯・獄訟・死・死喪のこの幾路に向って求むるに利あり——あの財の本身は凶悪、財の乗ずる貴神天将は皆凶将なればなり。しかもこの種の財はまたどこにか求め得べき。さらに日支上の陽神を見、それの乗ずる貴神は財を我に交するあの人を代表す:今は白虎にして、疾病・死喪・訟獄を主る。その陰神上に天后の甲寅官鬼を乗ずるを見——あれは財のかえって日干を克する。而して日上陽神は貴人を乗じ遁干は癸にして、この財爻の陰神上に勾陳を見——勾陳もまた訟獄を主る。合わせて断ずれば、此の事は人に替って官司を打ち情を説く事——後に果たして応験せり。また彼の財を得たる後必ず禍殃あるを断じ、また応験せり。また事の婦女に牽渉するを断じ、同じく応験せり。

財所乘神看是何等財。如貴人是占官府之財,騰蛇是爐冶、小人之財,朱雀是文書、口舌之財,六合是交易、買賣之財,勾陳是鬥訟之財,空亡是欺詐、虛妄之財,太陰是婦女、陰私、闇昧之財,白虎是死喪、疾病、訟獄、兵丁之財,太常是尊長、衣帛、飲食之財,元武是盜賊、小人之財,青龍是文書、喜慶之財。

財爻の乗ずるはどの一位の貴神なるか、すなわちこれはどの一路の財なるかを決定す:貴人を乗ずれば、官府衙門の財。螣蛇を乗ずれば、炉冶鋳造と小人の財。朱雀を乗ずれば、文書または口舌争訟より得来之財。六合を乗ずれば、交易売買の財。勾陳を乗ずれば、争闘訴訟の財。天空を乗ずれば、欺詐虚妄実ならざる財。太陰を乗ずれば、婦女・陰私・暗昧の財。白虎を乗ずれば、死喪・疾病・訟獄・兵丁の財。太常を乗ずれば、尊長の与うるところ、または衣帛飲食の類の財。玄武を乗ずれば、盗賊小人の財。青竜を乗ずれば、文書喜慶の財。

假如占財求所得之數,以先天數斷。法曰:「甲己子午九,乙庚丑未八,丙辛寅申七,丁壬卯酉六,戊癸辰戌五,巳亥是四數。」俱以財爻上下相因乘除,衰旺斷之。旺則相因而倍進,財相則止就上下本數總計,財休則但言盤上之本數而不因,財死囚減其盤上乘數之半。如法活潑推之,方有準。

もし財を占してさらに所得の数目を推さば、すなわち先天数を用いて断ず。口訣は:甲・己と子・午は皆九と作し、乙・庚と丑・未は皆八と作し、丙・辛と寅・申は皆七と作し、丁・壬と卯・酉は皆六と作し、戊・癸と辰・戌は皆五と作し、巳・亥は四と作す。推算のときは財爻の上下両字の数を相乗または相除し、再び衰旺に按じて加減す:財爻の当旺するは、両数を相乗して後さらに加倍す。財爻の相気に居るは、ただ上下両数を相加して合計す。財爻の休気なるは、ただ盤上の本数を説き、さらに相乗せず。財爻の死囚の地に処するは、盤上の相乗の数を以て一半を減ず。この法に照らして活発に推せば、はじめて准ならん。

然究當以天盤干支之數,如上法之相因乘除加減,不用地盤干支斷占,尤準。如甲子相則九九八十一數,此本數也。旺倍則一百八十二,休則九十,死囚則四十五也。又大數旺取干,其零數取支。如甲子春占為九十四兩九錢,或九百九十兩。如衰則九兩九錢,死則九錢九分,酌量加減如前法。又錠件取財爻五行斷,水一六,火二七,金四九,木三八,土五十,生數為錠,成數為件。如水則一錠六件,或十二件,亦以旺衰死囚加減,合圓融之妙也。

ただし帰根到底、当に天盤上の干支の数を取り、上の办法に照らして相乗相除・加減増損すべし。地盤の干支を用いて断断ぜざれば、かえってさらに准なり。例を挙げて甲子を説けば:甲九・子九、相気に居れば九乗九にて八十一を得、これは本数。当旺なれば加倍す(底本は一百八十二と作す。本数を加倍すれば当に一百六十二なるべし)。休気なれば九十を取る。死囚なれば四十五を取る。このほか、大数は天干を取り、零数は地支を取る:甲子を如し春に占せば、九十四両九銭と断じ得、または九百九十両。もし衰なれば、すなわち九両九銭。もし死なれば、すなわち九銭九分——前法に照らして酌量加減す。至って錠を成すか件を成すかは、すなわち財爻の五行に按じて断ず:水は一と六、火は二と七、金は四と九、木は三と八、土は五と十。その中、生数は錠を主り、成数は件を主る。譬えば水に属せば、すなわち一錠六件、または合せて十二件と成す。同じく旺・衰・死・囚に按じて加減す。これすなわち円融変通の妙処。

数目歌訣

數目財爻干支測,旺多囚少半中窺,年為萬數月為千,日百辰十時零算,銀錢一數為一個,四足八數為一獸,飛禽五數為一隻,算人十數為一人,旺相相乘加倍說,休為本數囚空半,死依本數還減半,孤神十分減其三,刑沖破害十減七,干支定數本先天。

この歌訣は専ら如何に数目を推するかを講ず。数目は財爻の干支の上より測るを要す:旺なれば数多く、囚なれば数少なく、半旺半衰なるは中間を取る。位数を定位する办法は:太歳上より得るは万位と算え、月建上のは千位と算え、日辰上のは百位と算え、日支上のは十位と算え、時辰上のは零頭と算う。折算の単位は:銀銭は一数を以て一個とし、四足牲畜は八数を以て一頭とし、飛禽は五数を以て一隻とし、人は十数を以て一個とす。加減の規矩は:旺相は両数相乗して後さらに加倍す。休気は本数を取る。囚気と落空とは半減す。死気は先ず本数を取りて再び一半を減ず。孤辰寡宿の類の孤神を帯ぶるは、十分の中より三分を減ず。刑・冲・破・害を帯ぶるは、十分の中より七分を減ず。至って干支各々の配する数の多少は、本来《河図》の先天の数より出づ(すなわち上文の「甲己子午九」のあの一套)。

凡有類神入課傳為有象,有象則有數目情形,不入課傳則無象,無象則不准究。又與日干比者為得其同類,取為主事之神,雖不臨日上亦必取占;不與日比為失其類,即入課傳不取為主事。故經曰:「苟得其同,雖遠必合。苟失其同,雖近不親」也。其圓融如是。

およそ類神の四課三伝に進入するを「有象」と算え、有象あればはじめて数目と情形を談じ得。課伝に入らざるはすなわち「無象」にして、無象なればこれに拠って推究する能わず。このほか、日干と同類比和するは、同類を得たると算え、もって主事の神と取り作し得——この種の字はたとい日上に臨まざるも、必ず取り来りて占断せん。日干と比和せざるは、同類を失えると算え、たといそれが課伝に進むも、取って主事の神と為さず。ゆえに経に曰く「もし同類を得れば、隔たること遠きも必ず相合す。もし同類を失えば、靠ること近きも相親しまず」。その円融は正にここにあり。

凡身強身弱,以財旺之日月為得財之日月。若財強身弱,以身旺之日月為得財之日月,不可粗看,細辨方準。凡財神無傷而得氣,且見於三傳中者,其遲速以傳之次第為早晚。在初傳必速,更旺尤速。相則早晚,死休囚同。中末次之。若傳歸入日干上,或入宅於門,必主速斷。故曰:「遲中有速,速中有遲也。」

財を得る日月を論ずるは、身と財との強弱を見るを要す:本身の強きに足れば、すなわち財爻の当旺するあの日月を以て財を得る期と為す。もし財強くして本身弱ければ、すなわちかえって本身の当旺するあの日月を以て財を得る期と為す。この一層は粗看すべからず、細辨してはじめて准なり。およそ財神の損傷を受けず而且気を得、并且三伝の中に出現するは、快慢はすなわちそれの三伝中の次第に按じて定む:初伝に落つるは必ず快く、もしまた当旺なればさらに快し。相気に居るは或るいは早く或るいは晩し。死・休・囚のは皆慢し。中伝・末伝に落つるは次の一等。倘若三伝が最後に日干の上に帰し、または宅位・門戸の位に帰入せば、あれは必ず快く得ると断ず。ゆえに曰く「遅の中に速あり、速の中に遅あり」。

凡類神不入傳在閒處者,則看發用。法以年月日時旬後分應也。《觀月經》云:「起歲年華問,逢蟾月內求。」蓋年月日時發用則應即在此也。又龍上所遁之干為年月日時克者為真財。經云:「明無財爻,暗建為真。」是也。三傳遞克為克財,名江網魚。干支俱取遞克。凡財爻及青龍所乘是孟,為新財;仲為半新,季為舊財也。又臨隔年太歲為舊財舊事,隔年之欠也。蓋孟為四時之首,故主新;季為歸墓而舊矣。

もし類神が三伝に入らずして閑位上に落つれば、すなわち改めて発用の神を看、太歳・月建・日辰・正時および旬後に按じて応期を分別す。《觀月経》に曰く「太歳上より起これば、すなわち一年の内の事を問う。月将(蟾はすなわち月)に逢えば、すなわち一個月の内において求めよ」。意思は:発用の落つるは太歳・月建・日辰・時辰のどの一層に在るか、応期はすなわちあの一層に在り。このほか、青竜上に遁ずる天干がもし太歳・月建・日辰・時辰に克せられれば、あれははじめて真財。経に曰く「明処に財爻なきとき、暗中に建つるこそ真財なれ」。三伝が一層一層逓相克し下るを「克財」と呼び、また「江網魚」と名づく——層層網を張って得るの意、干支の両辺とも逓克を見るを要す。さらに、財爻と青竜の乗ずるがもし四孟(寅申巳亥)なれば、新財を主る。四仲(子午卯酉)なれば、半新を主る。四季(辰戌丑未)なれば、旧財を主る。もし隔年の太歳上に臨めば、あれは旧財旧事、往年の欠下せるもの。道理は:孟は四時の首、ゆえに新を主る。季は墓庫に帰入す、ゆえに旧を主る。

凡類之將神即和,與日相比,見六處而又下臨長生帝旺之地,方有其象。而可求否則為之無象。如求財既無象,求之何益?凡吉神內外戰者,即地有氣,生旺亦不吉。蓋生旺之氣神自受之,與將無干也。以得氣之神內戰其將,將之氣愈弱,變吉為凶。以將者神之身也,故以和為吉。凡吉盤空,吉將吉神亦空,吉既落空,有財尚防損失,況可求乎?若神生其將,出旬猶可望也。以上數條以求財為例,餘可類推。

およそ類神の乗ずる天将と貴神と彼此和順して、また日干と比和し、六処の中に出現し、而且下面に長生・帝旺の地に臨む——これはじめて「有象」と算え、はじめて往きて求め得。さもなくばすなわち無象——財を求むるに既に無象なれば、それを求めてまた何の用かせん。さらに一種の情形あり:吉神と乗ずる将と内外交戦すれば、すなわちたとい地盤に気ありて生旺の位に居るも、吉ならず。あの生旺の気は貴神自ら受けて、天将と関係なきが故。反って気を得たる貴神は内部においてそれの乗ずる天将を攻戦し、天将の気は愈々衰弱し、ここにおいて吉を変じて凶と為す。天将は貴神の身体の如く、ゆえに両者の和順を以て吉と為す。また、もし吉の盤位が落空すれば、吉将吉神もまた跟い落空し、吉は既に落空すれば、たとい財あるも損失を提防せん——況んやさらに往きて求めんや。ただしもし貴神がそれの乗ずる天将を生じ得れば、すなわち本旬を出でて後なお指望あり。以上のこの幾条は財を求むるを以て例と作す。其余の各類の事はこれに照らして類推し得。

地盤十二氣神,四吉八凶,宜分玩其情。如長生有生生不息之義。若將本求財,生息大利;沐浴主渙散消除,故為敗氣無利且主散失;冠帶冠冕崢蠑,則財可求;臨官則顯榮利達,宜利求官府公貴之財;帝旺則得時乘勢,宜求須速,不可遲誤;衰則消耗無幾;病則困頓力弱,不能求;死則有去無來,那有生息?墓則歸庫,遇刑沖開庫,則秘藏之財猶可圖;絕則生理已絕,若結絕之財亦可圖;胎養則尚未現,只可求微細之財,不可奢望。

地盤上に十二個の気神あり、すなわち十二長生。その中、四位は吉、八位は凶、各々それらの情態を分別して体会すべし。長生は生々息まずの義あり、もし本銭を持ちて利息を求めば、大いに利あり。沐浴は涣散消除を主る敗気にして、利なきのみならず、また財物の散失を主る。冠帯は加冠戴冕・気象崢嶸の如く、財は求め得。臨官は顕栄通達を主り、官府公家または権貴のあの一路の財を求むるに宜し。帝旺は時を得て勢いに乗ず——求むればすなわち快くするを得、遅誤すべからず。衰はすなわち消耗已に多く、余るところ幾ばくなし。病はすなわち困頓力弱く、求め動かず。死は去りて来らざるあり、どこにか利息言うべき。墓は庫の中に帰入し、もし刑冲に遇うて庫を冲開せば、あの秘蔵の財はなお図謀し得。絶は生機已に断ず、ただしもし旧帳を了結するあの一類の財なれば、かえって図り得。胎と養は未だ形を顕せず、ただ微細の財を求むるのみ、奢望すべからず。

凡遁干遊行之日干為遊身。蓋日干為身,其遁干則游行之身也。日干固要旺相,而遊行之干乃我行動求謀之身,亦要旺,上下旺相,遊身得氣,無往不利矣。否則不宜轉動,此圓通之妙訣也。

およそ遁干の中に游行出現するあの日干と同じ天干を「游身」と呼ぶ。日干は本身を代表し、而して遁出するこの同干はすなわち我が身の外に游走する化身。日干は固然旺相を要し、この游行の干は既に我が行動謀事の身なれば、同じく旺を要す。上下皆旺相にして游身が気を得れば、すなわち何処に至るも順利。さもなくば行動あるを宜とせず。これは円通取断の一条の妙訣。

凡日之陰神,乃我心懷所欲也,又與我為心腹之人也。與日上陽神要相比合,則我之慾可求,我之心腹人可托。欲知何人為我心腹,則看天官之神,如太陰為親戚,太常為尊長、武弁,若合者為親,同氣者為兄弟門族。又看所乘衰旺,而知其人之貧富、老幼、賢愚。以將知其六親,以神知其形貌衣著,無不可知矣。

日干の陰神は、我心裡の欲する所を代表し、同時に我が心腹の人を代表す。それは日上陽神と相比相合するを要し、斯くの如くすれば我が想うところははじめて求め得、我が心腹の人ははじめて托付に堪う。誰が我が心腹なるかを知らんには、それの乗ずる天官を見る:太陰は親戚を主り、太常は尊長または武職人員を主る。我と相合するは親近の人、我と同気なるは兄弟または同族。さらにそれの乗ずる衰旺を見れば、すなわちこの人の貧富・老幼・賢愚を知る。天将を用いてそれのどの一門の六親に属するかを判断し、貴神を用いてその形貌と衣着を判断すれば、推し出せざるなし。

日支為與我相涉交際之人也。支上陰神乃其人之心腹及其人所託之心腹之人,亦如日之陰陽例推,則彼與我皆知矣。知彼知己,百發百中,更求其遁干,而吉凶乃真。凡欲知人之心懷喜懼,責其支之陰神上所乘之天官。若陰神生旺陽神者,其心必喜,勇於從事。若帶刑沖破害,則其人必怒,事相牴牾。欲知喜怒為何心,即視陰神上所乘之天官,如朱雀克害則因讒謗之類,可例推之。

日支は我と往来交渉あるあの人を代表す。日支上の陰神は、すなわちあの人の心腹、および彼の托付する心腹の人。推法は日干のあの辺の陰陽と全く同じ。斯くすれば対方と我との両辺皆清楚なり。彼を知り己を知れば、百発百中。さらに進んでその遁干を求め出せば、吉凶ははじめて真処に落つ。およそ対方の心裡の喜か懼かを知らんには、日支陰神上の乗ずる天官を査す:陰神がもし生旺して陽神を生ぜば、あの人の心裡は必ず歓喜して放ち手にて為すを肯んず。もし刑・冲・破・害を帯ぶれば、あの人は必ず惱怒して事は彼此抵觸す。彼の喜怒の缘由を知らんには、陰神上の乗ずる天官を見る——例えば朱雀を乗じて来て克害すれば、すなわち讒言毀謗の類の事に因り、其余はこれに依って類推し得。

凡干支為上神所克,或干支上神為陰神所克,皆為有傷。干支上克乃兩邊皆有自不得志之事也。干支陰神克干支陽神,乃兩邊俱為人阻逆牽連為難,雖欲來生而不能,為克而不得,故傷干則我有所畏而不能,傷支人有所忌而不敢。其所以不能不敢之故,則看其陰上之天官而決斷,未有不洞曉如見者。凡我取人與之機,全決於此,在學者圓融通變以測之耳。照心之鏡,取占之機,可以先覺矣。

およそ日干・日支がその上の神に克せられ、または日干・日支上の陽神がまた陰神に克せられれば、皆「有傷」と算う。干支の上神に克せらるるは、両辺各々に志を得ざる事あるを説明す。干支の陰神が干支の陽神を克するは、両辺とも人に阻攔牽連せられ・難を為し制せらるるを説明す——本来生助せんと来りて生じ成さず、本来克制せんと往きて克し動かず。ゆえに傷の日干にあれば、我が畏惧あるに因って弁じ成さず。傷の日支にあれば、対方の顧忌あるに因って敢えて為さず。至ってなぜ弁じ成さず・なぜ敢えて為さざるかは、陰神上の天官を見て決断すれば、洞若觀火に看ることなからず。およそ我の人に索取すべきか・それとも人に給与すべきかの機宜は、全てここより決定す。学者はただ円融通変に推測せばすなわちよし。六壬のこの人心を照見する一面の鏡は、正に取占の機要にして、人をして先知先覚せしめ得。

凡人來占,不明說心事凡求斷,諸書皆以發用初傳之天官為測,然七百二十課占萬物萬事,何由知其斷主一事也?法當兼取外占,外占者,當其占問之時,以所見所聞之機參斷之,確有準驗。如觀梅法。

およそ来人の心事を明言せず、ただ彼の為に断じてくれを求むるに、各家の壬書は皆発用初伝の乗ずる天官を持ちて推測す。しかるに七百二十課は万事万物を占尽さんとす——単にこの一条に憑りて、どうして断ずべきは正にあの一件の事なるを知らん。办法は「外占」を兼取するを要す。いわゆる外占とは、彼の占問するあの当口において、自己の看見し聴聞する機兆を持ち来りて参合判断するを謂い、確かに准なり。これは邵雍の《梅花易数》の觀梅取象の法の如し。

假如占課時見有貴人來,斷他是謁貴;聞讀書聲,見人翻書寫字,斷他是上書應試;見人吉笑,斷其慶賀;聞人呼喚,斷其賞賜;見人坐立,斷其行止;聞人愁嘆哭泣,斷其憂苦;聞人爭鬥,斷其口舌是非;見人密語,斷其陰私;見婦人女子,知其占陰人;見人攜抱,知其占子孫胎孕。皆要隨機活潑參斷,其應如響,亦圓通之一法也。總以遁干為主,稍參外占為穩。

例を挙げて説かば:課を起こすとき正に顕貴の人の到来を見れば、すなわち彼の貴人に謁見せんと往くを断ず。読書の声を聞き、または人の書を翻し字を写するを見れば、すなわち彼の上書または赴考せんとするを断ず。人の喜笑するを見れば、慶賀の事あるを断ず。人の呼喚するを聞けば、賞賜あるを断ず。人の或いは坐し或いは立つを見れば、彼の問うは行か止まるかを断ず。人の愁嘆哭泣を聞けば、彼に憂苦あるを断ず。人の争吵するを聞けば、口舌是非を断ず。人の低声密語を見れば、陰私の事あるを断ず。婦人女子を見れば、彼の占するは女方の事なるを知る。人の児を抱くを見れば、彼の占するは子孫または胎孕なるを知る。これらは皆機に随い活発に参合判断すべく、応験するや回声の如し。これもまた円通の法の一種。ただし総じてなお遁干を主と為し、略々外占を参用してはじめて穏妥なり。

凡一人來占數事,數人共得一課,則課同、類同、旺相同、遁干同、發用同,何以知其心事?何以察其吉凶?諸書有稱換將之法。陽將後三前五,陰將後五前一,其理舛錯,其時隔越,其法背亂,斷法往往不驗,惟《中黃經》曰:「中黃五變五般推,時上傳時三遁時,課中移換無差錯,好把當時建一巡。」其法最妙,以遁干變換一課,可占五時,一時可占五人,總用遁干,不離正訣,而確有五變也。

もし一人が一次に幾件かの事を来り問い、または幾人かが同時に同一の課を占得せば、すなわち課体相同・類神相同・旺相相同・遁干相同・発用も相同——斯くの如くして如何に各人の心事を分辨し、如何に各人の吉凶を察知せん。各家の書に「称神換将」の一種の办法あり:陽将は後へ三位退り・前へ五位進み、陰将は後へ五位退り・前へ一位進む。この種の法は道理本就乱錯し、時辰はまた隔たること遠く、用法は自ずから相違背して、断じ出せば往往にして霊験せず。ただ《中黄経》に曰く「中黄五変、一課は五般を推し出し得。正時の上に再び時を伝出し、配して三遁の時を成す。課中のこのように移換するは絶えて差錯なく、ただ当時の建位を一遍巡行せばすなわちよし」。この法子は最も妙:遁干を用いて一課を変換し、一課は五個の時辰を占じ得、一個の時辰は五人を占じ得、通盤ただ遁干を用いて正訣を離れず、而して確かに五種の局面を変出し得。

假如癸丑日丙辰時丑將,五人來占,或占五事,皆以一時一課占斷,而總不雷同,今癸丑日丑將加辰時上,即為第一人第一事,占用五子元遁戊癸起壬子,遁至辰時上是丙辰時,即於癸丑日上斷第一人。第二人第二事即從時上丙字用丙辛從戊起,戊子旬丙有癸巳,即於癸巳上斷之。第三人第三事從癸巳旬有壬辰,即以丁壬庚子居,庚子旬有癸卯,即於癸卯上斷之。

例を挙げて説かば:癸丑日・丙辰時・丑将を用い、五人が同じく来りて占し、または一人が五件の事を占せんとす——皆この一個の時辰・この一個の課を用いて断じて、而して断じ出すは各々雷同せず。做法は:癸丑日は丑将を辰時の上に加えて天盤を排し、これがすなわち第一人・第一件事。遁を起こすは五子元遁を用い、癸日は「戊癸起壬子」に照らし、壬子より辰時上に遁って丙辰を得。ゆえに第一人はすなわち「癸丑」のこの日干支上において断ず。第二人・第二件事は、改めて時上の「丙」の字より起こる:「丙辛従戊起」に照らし、戊子より排し下りて、戊子旬の中の丙と相配する一路を癸巳まで数え、すなわち癸巳上において断ず。第三人・第三件事は、癸巳のこの旬の中より壬辰を取り得、再び「丁壬庚子居」に照らし、庚子より排し下りて癸卯を得、すなわち癸卯上において断ず。

第四人第四事癸卯下遁甲辰,即以甲己還生甲,遁至丙上是癸酉,即以癸酉課上斷之。第五人第五事癸酉下甲戌旬遁至辰上是庚辰,即以乙庚丙作初,遁至未上是癸未,即以癸未課上斷之。五課皆若有第六人第六事即當換時,再演五課,則日辰上時之神將遁干俱不雷同,其生克衰旺按干皆不雷同,日上之陰神遁干年命上之遁干亦不雷同,

第四人・第四件事は、癸卯の下に遁って甲辰を得、すなわち「甲己還加甲」に照らし、一路丙位の上に遁って癸酉を得、便ち癸酉のこの課上において断ず。第五人・第五件事は、癸酉の下は甲戌旬に属し、辰位上に遁って庚辰を得、すなわち「乙庚丙作初」に照らし、未位上に遁って癸未を得、便ち癸未のこの課上において断ず。五課はここに排し畢わりぬ。倘若さらに第六人・第六件事あれば、すなわち一個の時辰を換え、再び五課を演出すべし。このようにすれば、日辰の上・時辰の上の貴神・天将・遁干は通々重様せず、それらの間の生克衰旺は干に按じて推しても各々相同ならず、日上の陰神遁干と行年本命上の遁干と同じく各々相同ならず。

而變換活潑,豈若時術之拘執硬局,次客次籌,稱神換將,舛錯隔越者可比?蓋不得其傳,穿鑿無據,以救其說之窮,今以時上遁干變換一時五課,自然而然,無所勉強,斷之無不驗矣。

このように変換し起こせば活発自如、どこにか当今の術家の硬局を死守し・客人の来る先後に按じて次序を排し・籌碼を用いて輪換し・「称神換将」のあの一套の錯乱隔越の办法の比すべきに似ん。彼らはただ真伝を得ざるのみ、やむを得ず穿鑿附会し、もって自己の説法上の窟窿を補救するのみ。今は時上の遁干を用いて変換すれば、一個の時辰は五課を演出し、自然而然にして毫も勉強なく、断ずれば霊験せざるなし。

癸丑日丑将丙辰時五変課

癸丑日丑將丙辰時。陽時用陰貴,課名斬關、不備、遊子。

此の課の条件は:癸丑日、丑将を用い、丙辰時。辰時は前文の分時の法に按じて陽時に属し、陽時は陰貴を用う。課体は三個の名目あり:「斬関」(三伝退行し、関を闖いて出づるが如く、遠行・逃避を主る)、「不備」(日干と日支と同じく一宮に寄し、四課は四位に足らず、事の缺陷あるを主る)、「游子」(人の外に漂泊し・遠行の象あるを主る)。以下はまず課盤を列す。

壬 戌 龍 己 未 常 丙 辰 後

この三行は三伝で、上より下へ依次に初伝・中伝・末伝、毎行の読み法は遁干・本支・乗ずる天将。初伝は戌、遁干は壬(壬戌)、青竜を乗ず。中伝は未、遁干は己(己未)、太常を乗ず。末伝は辰、遁干は丙(丙辰)、天后を乗ず。遁干の来歴は癸日が「戊癸起壬子」の五子元遁に照らし、壬子より順排一周して、戌上に壬戌を得・未上に己未を得・辰上に丙辰を得たる。三伝戌・未・辰は每次三位を退る、「退茹」の象に属す。ゆえに課の名は斬関・游子と呼ぶ。

常 龍 常 龍 己 壬 己 壬 鬼 鬼 未 戌 未 戌 戌 丑 戌 癸

この五行は四課で、右より左へ読み、最右の一列は第一課。五行は上より下へ:乗ずる天将・遁ずる天干・六親・上神・下神。還元し出せば:第一課の下神は日干の癸(癸は丑宮に寄す)、上神は戌、青竜を乗じ、遁干は壬。第二課の下神は戌、上神は未、太常を乗じ、遁干は己。第三課の下神は日支の丑、上神は戌、青竜を乗じ、遁干は壬。第四課の下神は戌、上神は未、太常を乗じ、遁干は己。癸日の寄宮は正に丑にして、日支の丑と重合するが故に、第一課と第三課・第二課と第四課とは全く同じく、四課はただ両課を残す——これがすなわち課の名の「不備」と呼ぶ所以。戌と未とは皆土、土は癸水を克す。ゆえに六親の一行は両個の「鬼」の字を標す——両重の官鬼が身に臨む。

甲 乙 丙 丁 蛇 貴 后 陰 寅 卯 辰 巳

ここより天地盤の方図で、まず最上の一排を見、地盤の寅・卯・辰・巳の四宮に対応す。三行は上より下へ:本宮の旬遁天干・布する天将・地盤宮位。癸丑日は甲寅旬に属す。ゆえに寅宮は甲寅・卯宮は乙卯・辰宮は丙辰・巳宮は丁巳、遁干は依次に甲・乙・丙・丁。天将はすなわち寅宮に螣蛇・卯宮に貴人・辰宮に天后・巳宮に太陰。貴人の卯宮に落つる所以は、本書の伝うる地盤陰貴に照らす——地盤陰貴の歌の中、卯宮は癸を配し、癸日の地盤陰貴は正に卯にあり。貴人は既に卯にあれば、十二天将は便ち卯より起こって逆行排布す。

占三 占二 癸朱丑 午玄戊 占一 壬六子 未常己 占五 占四

この幾行は方図の左右両側で、中間に五次占断の標記を夹む。左辺は上より下へ地盤の丑宮・子宮:丑宮は癸を遁じ(癸丑)、朱雀を乗ず。子宮は壬を遁じ(壬子)、六合を乗ず。右辺は上より下へ地盤の午宮・未宮:午宮は戊を遁じ(戊午)、玄武を乗ず。未宮は己を遁じ(己未)、太常を乗ず。「占一」より「占五」は五次変課の各々どの一宮に落つるかを標注す——第一占は丑に落ち、第二占は巳に落ち、第三占は卯に落ち、第四占は酉に落ち、第五占は未に落ち、下文の五占表と相合す。底本はここに雕版の方框図で、横排に転録せられて各標記と宮位との対応は已に見出し難し——ここでは原字の次序に照らして録存す。

亥 戌 酉 申 勾 龍 空 虎 癸 壬 辛 庚

この三行は方図の最下の一排で、地盤の亥・戌・酉・申の四宮に対応す。第一行は宮位、第二行は布する天将:亥宮に勾陳・戌宮に青竜・酉宮に天空・申宮に白虎。第三行は本宮の旬遁天干:亥は癸亥・戌は壬戌・酉は辛酉・申は庚申、遁干は依次に癸・壬・辛・庚。十二宮の天将を連ねて一遍数え、卯宮の貴人より起こって逆行すれば、正に卯貴・寅蛇・丑雀・子合・亥勾・戌竜・酉空・申虎・未常・午玄・巳陰・辰后、図上の各格と一一相符す。

第五占 第四占 第三占 第二占 第一占 癸癸 癸癸 癸癸 癸癸 癸癸 入未 入酉 卯八 入巳 入丑 戌 子 午 申 辰 官 絕 刑 鬼五 祿四 財三 合二 墓一

これは五次変課の一覧表で、右より左へ読む。每一列は上より下へ:第几占・変出する癸某(表中の「癸癸」は上一字は日干の癸を標し、下一字は変ずる癸某を標す)・癸の落入するはどの支か・この支の下に臨む地盤の何宮か・帯ぶる神煞・および断語と序号。逐条還元すれば:第一占、癸は丑に入り、下に辰に臨み、刑を帯び、「墓」と断ず。第二占、癸は巳に入り、下に申に臨み、「合」と断ず。第三占、癸は卯に入り、下に午に臨み、絶を帯び、「財」と断ず(底本は此の格の「入卯」の二字を「卯八」と刻す。今照録して改めず)。第四占、癸は酉に入り、下に子に臨み、「禄」と断ず。第五占、癸は未に入り、下に戌に臨み、官を帯び、「鬼」と断ず。五占は各々一象を得:墓・合・財・禄・鬼、彼此絶えて重複せず——これ正に「五変」の実効。

如第一占癸丑丙辰時,則遊身癸干乘朱入辰墓,辛丑為太陰,月將為解。然癸上陰神戌土乘青龍,陰神又見己未乘常,為癸水之墓,來去俱凶,惟利逃亡而已。課名又是斬關遊子,年命在甲寅,下臨丁巳,若求功名,子武財則利也。

まず第一占を断ず。癸丑は丙辰時を配す:游身の干癸は朱雀を乗じて辰宮に落入し、辰は水の墓庫。ゆえに曰く「辰墓に入る」。好いことに辛丑は太陰にして、また本課の月将、解救の作用を起こし得。しかるに癸上の陰神は戌土にして青竜を乗じ、さらに上の陰神はまた己未にして太常を乗ず——戌と未とは皆土、土は水を克し、而且正に癸水の墓。ゆえに来るも往くも凶に論ぜず、ただ逃亡の这一件事のみ利ありて為し得。課名はまた斬関・游子と呼び、本来遠走を主る。此人の行年本命は甲寅にあり、下に丁巳に臨む。もし功名を求めば、すなわち子孫・玄武・財爻のこの幾路はかえって利あり。

第二占癸巳遊身帶巳財乘太陰遁丁,財下臨庚申刑合,利行動,求財得陰私之助也。

第二占は癸巳。游身の干癸は巳を帯び、巳火は癸水の財と為り、太陰を乗じ、遁干は丁。この財爻は下に庚申に臨む——巳と申とは既に相刑しまた相合し、刑の中に合を帯び、動して成るあるを主る。ゆえに此の占は行動に宜しく、財を求むるときは陰私の一路(太陰は婦女・暗昧の事を主る)の幇助を得るを得。

第三占癸卯,遊身乘貴遁乙,下臨戊午絕財空,利求子孫功名及結絕財帛事。

第三占は癸卯。游身は貴人を乗じ、遁干は乙。卯木は癸水の生ずるところ、子孫に属す。それは下に戊午に臨み、午は木の死絶の地、財爻はまた落空す。ゆえに此の占は子孫方面の事と功名を求むるに宜しく、また旧有の・已に断絶せる財帛賬目を了結するに宜しく、新財を指望するに宜しからず。

第四占癸酉,遊身乘天空遁辛,下臨子孫,防欺詐失財,利占子孫事。

第四占は癸酉。游身は天空を乗じ、遁干は辛。酉金は癸水を生じ、印綬の位にして、而してそれは下に子孫に臨む。天空は欺詐虚妄を主る。ゆえに此の占は人の欺騙を受けて銭銭を損失するを提防すべし。もし子孫方面の事を占せば、かえって利あり。

第五占癸未乘常,下臨庚戌官鬼,尊卑不和,陰小不利,凡占俱凶。

第五占は癸未。游身は太常を乗じ、下に庚戌に臨み、戌土は癸水を克し、官鬼なり。太常は尊長を主り、官鬼は頭に当たる。ゆえに尊長と卑幼との間の不和睦を主る。陰人と幼小の輩は皆利ならず。此の占は何を問うも、皆凶。

如此活潑斷之,其應如神。彥和邵先生以年命上分斷固是,但年命亦同者,不如用遁干五變之尤為活潑也。

このように照らして活発に分断すれば、応験するや神明の如し。邵彦和先生は各人の行年・本命を用いて区別するを主張す——固然として亦是なり。しかるに幾人かの行年本命まで相同なるに碰上せば、遁干五変のこの一法を用うるに如かず、来たること活発なり。

《中黃經》又有七體五變之法,訣曰:「遁干奧妙,一體數名,干支遁變,各有專名,世人淺學,法稱宗門,不探其奧,反失其直。甲子日時,演例以明。」第就干支所在以別課名,取甲子一日七時用七體以盡其變,即時上傳時之訣也。

《中黄経》に別に「七体五変」の一套の法あり。口訣に曰く「遁干は奥妙にして窮まりなく、同一の課体は幾個かの名目を有し得。干支は一たび遁変せられれば、各々その専名あり。世人の学ぶこと浅く、ただ宗門に按じて帰類し、往きてその中の奥義を探究せず、かえってその正解を丢掉せり。今は甲子日の各時辰を就きて、実例を演成して説明せん」。その办法はただ干支の落つる位置に就いて課名を区別し、甲子のこの一日の七個の時辰を取り、七種の課体を用いて変化を窮尽す——これがすなわち前に説く「時上伝時」の口訣。

七体五変

五變載前。

作者はここに一句の自注を加う:五変の推法は前に已に講じたり(すなわち癸丑日に一時五課のあの一段)、ここでは重複せず、ただ七体の課式を列す。

甲子日甲子時子將加子課。 一甲入子名自信課,二甲入午沖子合干名沖合課,三甲入申名返吟課,伏吟之返。四甲入寅名自任,五甲入辰支三合。

第一体:甲子日・甲子時、子将を用いて子時の上に加う。月将と占時と同じく子にして、天盤と地盤と完全に重合す——これがすなわち「伏吟課」。この課上において五変を作し、甲字を依次に五個の同じからぬ宮位に落として、各々一個の課名を得:第一変甲は子に落ち、名は「自信課」。第二変甲は午に落ち、午は子を冲し而して日干と相合し、名は「冲合課」。第三変甲は申に落ち、名は「返吟課」——それは伏吟の反面。第四変甲は寅に落ち、寅は甲の本家寄宮、名は「自任課」。第五変甲は辰に落ち、辰は子と三合水局を結成す。

寅 巳 申 子 子 寅 寅 子 子 寅 甲 二甲入午 三甲入申 巳 午 未 申 五甲入辰 辰 酉 卯 戌 寅 丑 子 亥 四甲入寅 一甲入子

これは第一体の課式図。最上の三行は三伝、上より下へ初伝寅・中伝巳・末伝申——伏吟課は自ら克して発用する能わず。ゆえに日干寄宮の寅を取って初伝と為し、再び依次相刑して巳を得・申を得。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲(甲は寅宮に寄す)、上神は寅。第二課の下神は寅、上神は寅。第三課の下神は日支の子、上神は子。第四課の下神は子、上神は子。天地両盤の重合に因り、四課の上下は同字——正に伏吟の象。以下は十二宮の方図:上辺の一排は左より右へ巳・午・未・申、左辺は上より下へ辰・卯、右辺は上より下へ酉・戌、下辺の一排は左より右へ寅・丑・子・亥。五変の落点は各々各宮の上に標す——第一変は子宮にあり、第二変は午宮にあり、第三変は申宮にあり、第四変は寅宮にあり、第五変は辰宮にあり。

甲子日乙丑時子將加丑課。 一甲入丑與支六合,二甲入申名閉口課,申酉相加;三甲入辰名德合,支德干合;四甲入午名墓害,干墓支墓;五甲入寅而復入子,祿旺。此課內有三奇、斬關、觀光、升階、進用、連茹等名。

第二体:甲子日・乙丑時、子将を用いて丑時の上に加う。天盤は地盤より一位を退り、各字は依次に錯開す。五変の得る課名は:第一変甲は丑に落ち、丑は日支の子と相六合す。第二変甲は申に落ち、申は酉と相加す——名は「閉口課」(事の説き出口せず・消息の閉塞を主る)。第三変甲は辰に落ち、辰は日支子の支徳にしてまた日干と相合し、名は「徳合」。第四変甲は午に落ち、午は既に干墓また支墓のあるところ、名は「墓害」。第五変甲は寅に落ちてまた子に回帰す——寅は甲の禄位、子は甲の沐浴、合せて禄旺と称す。この一課の中はなお三奇・斬関・観光・升階・進用・連茹等の幾個かの名目を兼ね有す。

子 亥 戌 戌 亥 子 丑 亥 子 丑 甲 四甲入未 三甲入辰 辰 巳 午 未 卯 申 二甲入申 五甲入卯 寅 酉 丑 子 亥 戌 一甲入丑

これは第二体の課式図。最上の三行は三伝:初伝子・中伝亥・末伝戌、每次一位を退るは連茹退行の象、ゆえに課名は「斬関」あり。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲、上神は丑(甲は寅に寄し、寅上に丑を得)。第二課の下神は丑、上神は子。第三課の下神は日支の子、上神は亥。第四課の下神は亥、上神は戌。以下は十二宮の方図、上辺の一排は辰・巳・午・未、左辺は卯・寅、右辺は申・酉、下辺は丑・子・亥・戌。五変の落点は各宮に標す:第一変は丑にあり、第二変は申にあり、第三変は辰にあり、第四変は未にあり(底本は此の格を「四甲入未」と作す。上文の口訣の説く「四甲入午」と合わず。今原字に照らして録存す)、第五変は卯にあり。

甲子日丙寅時子將加寅課。 一甲入寅名德祿課;二甲入申名閉口課;三甲入戌合空;四甲入辰,支墓;五甲入子名敗財;此課內有亂首、六儀、不備、斬關、涉害、回陽、出戶等名。

第三体:甲子日・丙寅時、子将を用いて寅時の上に加う。天盤は地盤より両位を退る。五変の得る課名は:第一変甲は寅に落ち、寅は既に甲の干徳また甲の禄位、名は「徳禄課」。第二変甲は申に落ち、名は「閉口課」。第三変甲は戌に落ち、戌は卯と相合し而してまた空に逢う、名は「合空」。第四変甲は辰に落ち、辰は日支子の墓庫、名は「支墓」。第五変甲は子に落ち、子は甲の沐浴敗地、名は「敗財」。この一課の中はなお乱首・六儀・不備・斬関・渉害・回陽・出戸等の名目を兼ね有す。

戌 申 午 申 戌 戌 子 戌 子 子 甲 二甲入申 卯 辰 巳 午 四甲入辰 寅 未 丑 申 三甲入戌 子 亥 戌 酉 一甲入寅 五甲入戌

これは第三体の課式図。最上の三行は三伝:初伝戌・中伝申・末伝午、每次両位を退る。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲(寅宮に寄す)、上神は子。第二課の下神は子、上神は戌。第三課の下神は日支の子、上神は戌。第四課の下神は戌、上神は申。以下は十二宮の方図:上辺の一排は左より右へ卯・辰・巳・午、左辺は上より下へ寅・丑、右辺は上より下へ未・申、下辺の一排は左より右へ子・亥・戌・酉。五変の落点は各宮に標す:第一変は寅にあり、第二変は申にあり、第三変は戌にあり、第四変は辰にあり、第五変は底本「五甲入戌」と標す——上文の口訣の説く「五甲入子」と合わず。今原字に照らして録存す。

甲子日丁卯時子將加卯課。 一甲入卯真三交,二甲入未干墓稼穡,三甲入巳懸胎,四甲入亥空亡,五甲入酉。

第四体:甲子日・丁卯時、子将を用いて卯時の上に加う。五変の得る課名は:第一変甲は卯に落ち、名は「真三交」(三処交錯して相刑する象)。第二変甲は未に落ち、未は甲木の墓にして土気聚合、名は「干墓稼穡」。第三変甲は巳に落ち、名は「懸胎」(事の半空にあり・懸けて未だ決せず)。第四変甲は亥に落ち、甲子旬の中に戌亥は空を為す。ゆえに名は「空亡」。第五変甲は酉に落つ。

午 卯 子 午 酉 申 亥 酉 子 亥 甲 三甲入巳 二甲入未 寅 卯 辰 巳 丑 午 五甲入酉 一甲入卯 子 未 亥 戌 酉 申 四甲入亥

これは第四体の課式図。最上の三行は三伝:初伝午・中伝卯・末伝子、每次三位を退る。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲、上神は亥。第二課の下神は亥、上神は申。第三課の下神は日支の子、上神は酉。第四課の下神は酉、上神は午。以下は十二宮の方図:上辺の一排は左より右へ寅・卯・辰・巳、左辺は上より下へ丑・子、右辺は上より下へ午・未、下辺の一排は左より右へ亥・戌・酉・申。五変の落点は分れて各宮に標す:第一変は卯にあり、第二変は未にあり、第三変は巳にあり、第四変は亥にあり、第五変は酉にあり。

甲子日戊辰時子將加辰課。 一甲入辰潤下課,二甲入午炎上課,三甲入戌空亡,四甲入申名閉口,五甲入子潤下。

第五体:甲子日・戊辰時、子将を用いて辰時の上に加う。五変の得る課名は:第一変甲は辰に落ち、辰は子と会して水局を成し、名は「潤下課」(潤下は水の徳性)。第二変甲は午に落ち、午火は当旺、名は「炎上課」(炎上は火の徳性)。第三変甲は戌に落ち、戌は甲子旬の中に空を為す、名は「空亡」。第四変甲は申に落ち、名は「閉口課」。第五変甲は子に落ち、子は水の正位と為す、同じく名は「潤下」。

戌 午 寅 辰 申 午 戌 申 子 戌 甲 二甲入午 四甲入申 丑 寅 卯 辰 一甲入辰 子 巳 亥 午 三甲入戌 戌 酉 申 未 五甲入子

これは第五体の課式図。最上の三行は三伝:初伝戌・中伝午・末伝寅、正に寅午戌三合火局の逆序。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲、上神は戌。第二課の下神は戌、上神は午。第三課の下神は日支の子、上神は申。第四課の下神は申、上神は辰。以下は十二宮の方図:上辺の一排は左より右へ丑・寅・卯・辰、左辺は上より下へ子・亥、右辺は上より下へ巳・午、下辺の一排は左より右へ戌・酉・申・未。五変の落点は各宮に標す:第一変は辰にあり、第二変は午にあり、第三変は戌にあり、第四変は申にあり、第五変は子にあり。

甲子日己巳時子將加巳課。 一甲入巳德合,二甲入亥空亡,三甲入未干墓,四甲入酉閉口,五甲入丑支三合,第六卦首課名天德。

第六体:甲子日・己巳時、子将を用いて巳時の上に加う。五変の得る課名は:第一変甲は巳に落ち、名は「徳合」。第二変甲は亥に落ち、亥は甲子旬の中に空を為す、名は「空亡」。第三変甲は未に落ち、未は甲木の墓と為す、名は「干墓」。第四変甲は酉に落ち、名は「閉口」。第五変甲は丑に落ち、丑は巳・酉と会して三合金局を成し、名は「支三合」。このほか第六卦の卦首は別に一個の課名ありて「天徳」と呼ぶ。

寅 酉 辰 寅 未 辰 酉 未 子 酉 甲 一甲入巳 三甲入未 子 丑 寅 卯 亥 辰 四甲入酉 戌 巳 酉 申 未 午 五甲入丑 二甲入亥

これは第六体の課式図。最上の三行は三伝:初伝寅・中伝酉・末伝辰。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲、上神は酉。第二課の下神は酉、上神は辰。第三課の下神は日支の子、上神は未。第四課の下神は未、上神は寅。以下は十二宮の方図:上辺の一排は左より右へ子・丑・寅・卯、左辺は上より下へ亥・戌、右辺は上より下へ辰・巳、下辺の一排は左より右へ酉・申・未・午。五変の落点は各宮に標す:第一変は巳にあり、第二変は亥にあり、第三変は未にあり、第四変は酉にあり、第五変は丑にあり。

甲子日庚午時子將加午課。 一甲入午名返吟,二甲入寅反吟之伏吟,三甲入戌旬空,四甲入子支反吟,五甲入申返吟。

第七体:甲子日・庚午時、子将を用いて午時の上に加う。子と午とは正相冲し、天盤と地盤の各字は皆対冲す——これがすなわち「返吟」。五変の得る課名は:第一変甲は午に落ち、名は「返吟」。第二変甲は寅に落ち、寅は甲の本家にして、返吟局の中に反って伏吟を成す。ゆえに「反吟之伏吟」と呼ぶ。第三変甲は戌に落ち、戌は甲子旬の中に空を為す、名は「旬空」。第四変甲は子に落ち、子は日支と同字にして対冲す、名は「支返吟」。第五変甲は申に落ち、同じく返吟。

寅 申 寅 子 午 寅 申 午 子 申 甲 一甲入午 五甲入申 亥 子 丑 寅 戌 卯 酉 辰 三甲入戌 申 未 午 巳 二甲入寅 四甲入子

これは第七体の課式図。最上の三行は三伝:初伝寅・中伝申・末伝寅、寅申は往复して相冲し、正に返吟の名に合す。続く両行は四課、右より左へ読む:第一課の下神は日干の甲、上神は申。第二課の下神は申、上神は寅。第三課の下神は日支の子、上神は午。第四課の下神は午、上神は子——上下の各字は両々対冲し、一望すればすなわち返吟なるを知る。以下は十二宮の方図:上辺の一排は左より右へ亥・子・丑・寅、左辺は上より下へ戌・酉、右辺は上より下へ卯・辰、下辺の一排は左より右へ申・未・午・巳。五変の落点は各宮に標す:第一変は午にあり、第二変は寅にあり、第三変は戌にあり、第四変は子にあり、第五変は申にあり。

右甲子日甲子七時七體課式,一時有一時遁干,而日干因時遁而五變。各有課名及附課等名,以遁干所在而各有斷,內藏如許變動,可斷五人五事,不必移神換將也。一課五名,不得紊亂,自然而然,圓融無跡,甲戌不入用而以他甲為用者,因甲子旬中戌亥空也。故名會試。若甲子旬中忌朱雀臨甲戌為空甲,名落孫山之外矣。曰旬空者,十干遁不到之地也。

以上は甲子日の七個の時辰・七種課体の課式。每一個の時辰はそれ自身の遁干を有し、而して日干はまた時遁に因って五変を生出す。各変は皆本名と附課の名あり、遁干の落つる処に按じて各々断法あり。一個の課の中にこの許多の変動を蔵し、五人・五件事を断ずるに足り、貴神を搬動し月将を更換するを用いず。一課は五個の名目あると雖も、各々その位に帰して紊乱せず、自然而然にして、円融にして痕跡を着けず。至ってなぜ甲戌を取って用とせずして別の甲を取るか——あれは甲子旬の中に戌・亥の両位が落空するが故のゆえ。ゆえにこの一格を「会試」と呼ぶ。もし甲子旬の中において、最も忌むは朱雀の甲戌のこの空甲の上に臨む——すなわち「名落孫山之外」と呼び、科挙を占すれば必ず中らず。いわゆる「旬空」は、すなわち十天干の遁及ばざるあの両個の地支の位。

以諸法皆遁干圓通活潑之妙用,世俗罕知,前賢未洩,頭緒雖多,理仍一貫。蓋萬殊一本,一本萬殊,執遁干旺用,以剖人間萬事之疑,洞若觀火,無幽不燭,此六壬一家向時所謬戾者得銀河之一棹,探時而校正。好道君子於此而識進退薦亡之機、吉凶消長之理,趨之避之,豈曰小補云爾哉?

以上のこれらの法門は、皆遁干の円通活発の妙用にして、世俗に之を知る人少なく、前輩もまたかつて説破せず。頭緒は繁多と雖も、道理はなお一貫なり:万般の差別は同一の根本より出で、同一の根本はまた万般の差別を生出す。ただ遁干の旺用を抓住して、往きて人間万事の疑難を剖断せば、洞若觀火にして、幽微なる処も照らし到る。六壬のこの一門の学問は、向來錯謬混乱せり。今はこの一支の「銀河の棹」を得て、随時に探究校正す。此の道を愛好する君子はこれに由って進退存亡の機微・吉凶消長の道理を認識し、従って吉に趨り凶を避く——これはどうしてただ小小の補益と算うべきのみならんや。

銀河棹卷終

《銀河棹》の正巻はここに到りて結束す。以下は附録の七体五変演式。

附七体五変

要從天盤上數起,其言入者,繫入地盤也。

附録はまず一条の読み法を交代す:五変の推数は皆天盤上より起算するを要す。而して前面の各条の説く「甲入某」は、あの「入」の字は地盤の某一宮に落進するを指す。一は天に在り、一は地に在り、両者は混じるべからず。

甲子日甲子時子將,此課伏吟,故天盤與地盤同。 第一占甲己還加甲,用本干甲子。第二占丙子,用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。第三占庚子,用乙庚丙作初,遁至申上是甲申,第四占遁至寅上是甲寅。第五占庚子,歷乙庚丙作初已經用過,是以用庚子之下壬子。遁至辰上是甲辰。

甲子日・甲子時・子将を用う。此の課は月将と占時と同じく子にして、天盤と地盤と完全に重合す。ゆえに伏吟なり。五占の推法は:第一占、「甲己還加甲」に照らし、すなわち本日の本干甲子を用う。第二占は改めて丙子より起こり、「丙辛従戊転」に照らし、戊子より午上に遁って甲午を得。第三占は改めて庚子より起こり、「乙庚丙作初」に照らし、丙子より申上に遁って甲申を得。第四占は依然としてこれに由って寅上に遁って甲寅を得。第五占は本来依然として庚子を用うべきなれど、「乙庚丙作初」のこの一路は已に用い済み。ゆえに庚子の下の壬子を改取し、「戊癸起壬子」に照らして辰上に遁って甲辰を得。このようにすれば五占は各々甲子・甲午・甲申・甲寅・甲辰を得、五個の甲字は五個の同じからぬ宮位に落ち、断じ出すは自然と雷同せざらん。

甲子日乙丑時子將。 第一占用本干甲子。第二占從時上用乙庚丙作初遁至申上是甲申。第三占丁丑用丁壬庚子居遁至辰上是甲辰。第四占辛丑用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。

甲子日・乙丑時・子将を用う。第一占は依然として本日の本干甲子を用う。第二占は時上の乙字より起こり、「乙庚丙作初」に照らし、丙子より申上に遁って甲申を得。第三占は改めて丁丑より起こり、「丁壬庚子居」に照らし、庚子より辰上に遁って甲辰を得。第四占は改めて辛丑より起こり、「丙辛従戊転」に照らし、戊子より午上に遁って甲午を得。

第一占己丑,因甲己還加甲已經用過,己丑之下辛丑亦用過,是以用辛丑之下癸丑。用戊癸從壬子遁至寅上是甲寅。第五占疑當逆轉,用丁壬庚子居,遁至辰上是甲辰,即不落空矣,存驗。

続く此の一占は、底本は依然として「第一占」と標す。上下文の次第に按じて当に第五占の誤りなるべし。今照録して改めず。その推法は:本来己丑より起こるべきなれど、「甲己還加甲」は已に用い済み、己丑の下の辛丑もまた用い済み。ゆえに辛丑の下の癸丑を取り、「戊癸起壬子」に照らして寅上に遁って甲寅を得。作者はまた一句の存疑を附す:第五占は恐らく逆らって転ずべく、改めて「丁壬庚子居」に照らして辰上に遁って甲辰を得べし——斯くすれば落空に至らざらん。姑らく記して、日後の験証に留め置く。

甲子日丙寅時子將。 第一占用本干甲子。第二占從時上用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。第三占庚寅,用乙庚丙作初,遁至申上是甲申。第四占戊寅,用戊癸從壬起,遁至寅上是甲寅。第五占壬子旬內有甲寅,因甲己還加甲已經用過,是以出旬用甲戌為空亡矣。

甲子日・丙寅時・子将を用う。第一占は依然として本干甲子を用う。第二占は時上の丙字より起こり、「丙辛従戊転」に照らし、戊子より午上に遁って甲午を得。第三占は改めて庚寅より起こり、「乙庚丙作初」に照らし、申上に遁って甲申を得。第四占は改めて戊寅より起こり、「戊癸起壬子」に照らし、寅上に遁って甲寅を得。第五占は本来壬子のこの旬の中にすなわち甲寅あり。しかるに「甲己還加甲」は已に用い済み。やむを得ず本旬を出でて甲戌を取る——而して戌は甲子旬の中に正に空位。ゆえに此の占は空亡の上に落つ。

甲子日丁卯時子將。 第一占用本干甲子。第二占從時上用丁壬庚子居,遁至辰上是庚辰。第三占癸卯,用戊癸從壬起,遁至寅上是甲寅。第四占乙卯用乙庚丙作初,遁至申上是甲申。第五占己卯,因甲己還加甲已經用過,是用己卯之下辛卯,用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。

甲子日・丁卯時・子将を用う。第一占は依然として本干甲子を用う。第二占は時上の丁字より起こり、「丁壬庚子居」に照らし、庚子より辰上に遁る(底本はここに「庚辰」と作す。前後の各条の体例に按じて当に甲辰なるべし。今照録して改めず)。第三占は改めて癸卯より起こり、「戊癸起壬起」に照らして寅上に遁って甲寅を得。第四占は改めて乙卯より起こり、「乙庚丙作初」に照らして申上に遁って甲申を得。第五占は本来己卯より起こるべきなれど、「甲己還加甲」は已に用い済み。ゆえに己卯の下の辛卯を取り、「丙辛従戊転」に照らして午上に遁って甲午を得。

甲子日戊辰時子將。 第一占用本干甲子。第二占從時上用戊癸從壬起,遁至寅上是甲寅。第三占丙辰用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。第四占壬辰,用丁壬庚子居,遁至辰上是甲辰。第五占甲辰,因甲己還生甲已經用過,是以用庚辰,用乙庚丙作初,遁至申上是甲申。

甲子日・戊辰時・子将を用う。第一占は依然として本干甲子を用う。第二占は時上の戊字より起こり、「戊癸起壬子」に照らして寅上に遁って甲寅を得。第三占は改めて丙辰より起こり、「丙辛従戊転」に照らして午上に遁って甲午を得。第四占は改めて壬辰より起こり、「丁壬庚子居」に照らして辰上に遁って甲辰を得。第五占は本来甲辰より起こるべきなれど、「甲己還加甲」は已に用い済み。ゆえに改めて庚辰を取り、「乙庚丙作初」に照らして申上に遁って甲申を得。

甲子日己巳時子將。 與甲子時同,因甲與己合故也。 第一占用本干甲子。第二占從時上,因甲己還生甲已經用過,是以用己巳之下辛巳,用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。第三占癸巳,用戊癸從壬起,遁至寅上是甲寅。第四占丁巳,用丁壬庚子居,遁至辰上是甲辰。第五占乙巳,用乙庚丙作初,遁至申上是甲申。

甲子日・己巳時・子将を用う。此の課の推法は甲子時のあの課と同じ——甲と己と相合するが故。第一占は依然として本干甲子を用う。第二占は本来時上の己字より起こるべきなれど、「甲己還加甲」は已に用い済み。ゆえに己巳の下の辛巳を取り、「丙辛従戊転」に照らして午上に遁って甲午を得。第三占は改めて癸巳より起こり、「戊癸起壬子」に照らして寅上に遁って甲寅を得。第四占は改めて丁巳より起こり、「丁壬庚子居」に照らして辰上に遁って甲辰を得。第五占は改めて乙巳より起こり、「乙庚丙作初」に照らして申上に遁って甲申を得。

甲子日庚午時子將。 與乙丑課同,因乙與庚合故也。 第一占用本干甲子。第二占從時上,用乙庚丙作初,遁至申上是甲申。第三占壬午,用丁壬庚子居,遁至辰上是甲辰。第四占丙午,用丙辛從戊轉,遁至午上是甲午。第五占戊子旬內甲午,因甲己還加甲已經用過,甲午之下丙午亦用過,是以用丙午之下戊午,用戊癸從壬起,遁至寅上是甲寅。

甲子日・庚午時・子将を用う。此の課の推法は乙丑時のあの課と同じ——乙と庚と相合するが故。第一占は依然として本干甲子を用う。第二占は時上の庚字より起こり、「乙庚丙作初」に照らして申上に遁って甲申を得。第三占は改めて壬午より起こり、「丁壬庚子居」に照らして辰上に遁って甲辰を得。第四占は改めて丙午より起こり、「丙辛従戊転」に照らして午上に遁って甲午を得。第五占は本来戊子のあの旬の中にすなわち甲午あり。しかるに「甲己還加甲」は已に用い済み、甲午の下の丙午もまた用い済み。ゆえに丙午の下の戊午を取り、「戊癸起壬子」に照らして寅上に遁って甲寅を得。

右七課演式以例其餘,辛未則與丙寅同,壬申與丁卯同,癸酉與戊辰同,俱可不必列矣。

以上の七課の演式は、持ち来りて例と作し、もって其余を推さんとする。辛未時は丙寅時と同じ(辛は丙と合す)、壬申時は丁卯時と同じ(壬は丁と合す)、癸酉時は戊辰時と同じ(癸は戊と合す)。ゆえに皆必ずしも再び一一列出せず。全書はここに至りて結束す。

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