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大六壬管辂神书(卷一)

三国 · 管辂(旧题)

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

一人の終身の命運を推し断るには、日干・日支・四課・三伝の四様を合わせて総綱領とする。第一歩はまず本人を代表する日干に傷がないかを審察すること…

大六壬典籍

まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。

大六壬管輅神書 巻一

身命を論ず

支干傳課作提綱,先審安身無所傷。事業一身經歷處,存亡隱見莫胡詳。

一人の終身の命運を推し断るには、日干・日支・四課・三伝の四様を合わせて総綱領とする。第一歩はまず本人を代表する日干に傷がないかを審察すること——すなわち刑・冲・克・害を受けていないかどうかである。一生の事業と経歴は、三伝の経過する宮位の上から読み取る。存亡興廃、顕達か埋没かは、すべて課体に依って推演しなければならず、空に依って乱に講じてはならない。

凡看課,皆以干為主。干者,我也。其干支課傳上神皆我之用,有以首課入傳為終身經歷者,有以支起入傳為終身經歷者,有以干之陰神起傳為終身經歷者,有以支之陰神起傳為終身經歷者,有以初傳末傳作先歸支為終身經歷者,皆以生干、比干為上吉;若干克干支傳用上神,為次吉,是安身無所傷也。此為上吉之數也。

およそ六壬課を看るには、一律に日干を主体とし、日干はすなわち求測する本人である。日干・日支の両組課位および三伝上に乗る天盤の神は、みな「我」の調用できる力量と算す。終身の経歴を看るに、取法は一条に止まらない:あるいは「首課」(すなわち日干上神、第一課)の発する三伝を取り、その一路どの宮位を経過するかを看て一生の履歴とし;あるいは日支より伝を起こして看;あるいは「干之陰神」(第二課)より伝を起こして看;あるいは「支之陰神」(第四課)より伝を起こして看;またあるいは初伝・末伝の先に日支に落帰る一路を取って看る。いずれの路を走ろうとも、伝中の神が日干を生扶し、または日干と同類にして比助すれば、上等の吉課である;もし日干が反って四課三伝の上神を克制すれば、一差は落ちるが、それでもなお次吉と算す。この二種の情形はいずれも歌訣のいう「安身無所傷」に属し、上等の命数である。

若干支上神、傳用上神,或克害刑沖破干,是我身無所安著,以至絕嗣敗家,災訟喪命,終身無成,下等之數也。若占功名,則以克我者為官,又從貴論,不在此項也。

反対に、もし日干上神・日支上神あるいは三伝の発用する神が、来て我を克し・害し・刑し・冲し・破すれば、それは本人の立身に落着がなく、重ければ嗣を断ち・家を敗し、災殃に遇い・官司を喰らい甚だしくは命を喪い、一生一事成らず、下等の命数に属す。ただしこの条に例外あり:もし功名を占問すれば、我を克する五行はまさに「官星」で、貴気を以て論ずべく、反って好事であって、上の凶断を套用してはならない。

干祿得地守本身,略有些傷支用尋。尋到好地方住腳,有些疑惑不堪停。

日干の「禄神」(禄はすなわち本命干の臨官の位、衣食俸給を主る)がもし有力の宮位に落ちれば、本人はこの生計を守ることができる。禄神にやや損傷あれば、日支上神より・三伝発用の神より改めて別に禄を求む。一箇の穏当な落着地を見得れば、日子は安頓できる;もし求めて求めて常に可疑の処を帯びれば、それは身を安んずる処なく、久留に堪えない。

此承上言,既審干無所傷,尤宜看干上之祿神。若祿神得地,則求名者有祿可享,庶人有祿可用,九流、百技、工藝生意可資。要不陷空亡,並年命干支傳用又不來刑沖剋破此祿,斯謂祿無所傷,終身可守,乃美數也。

この節は上文を承接して来たものである。すでに日干の傷なきことを審明したれば、次は殊に日干上に臨む禄神を看るべし。禄神が得力の宮位に落ちれば、功名を求取する人は俸禄の享くべきあり、平民百姓は生計の用うべきあり、九流雑業・各種手芸・工匠生意に従事する人もみな本銭の依るべきあり。条件はこの禄が「空亡」(旬中缺位、有名無実)に陷入せず、同時に行年・本命・日干・日支および三伝発用がみな来て之を刑し・冲し・克し・破さぬこと。この歩を致してはじめて「禄無所傷」と叫ぶべく、一辈子守り得る、美満の命数である。

若被刑沖破陷,是祿有傷,既無所靠,則尋支上神之祿,或無祿則尋用傳上神之祿,無空陷刑沖破克害為吉。蓋干祿乃自身營為祿也,支祿家中見成祿也,用傳之祿,在外營求祿也。三者得一為美數。如三者俱無,或有祿不吉,則無所立腳,不可停守矣。

もしこの禄が刑せられ・冲せられ・破せられ、また空亡に陷入すれば、それは禄すでに傷を受け、本人に倚靠するところなし。この時日支上神より改めて禄を求む;日支上にも禄なければ、三伝発用の神上より求む。ただこの見つけた禄が空陷せず・刑冲破克害を受けなければ、吉と算す。三処の禄の性質は各々同じからず:日干上の禄は、本人が亲手経営して挣得したる;日支上の禄は、家中に現成の産業;三伝上の禄は、出門在外に謀求して得たる。三者によく一様を占むれば、すなわち美数である。もし三処にともに禄なく、あるいは禄ありと雖も凶象を帯びれば、それは立足する処なく、この家業は守り難し。

或財或比或生身,要把無傷細推尋。得個穩中堪下腳,莫令衰敗又無存。課中無祿可依,當尋我之財、我之比、我之生,俱要無刑沖剋破害,方為平穩。若有所傷亦無所靠。

退一步して、もし禄が全然指望し難ければ、転じて「財」(我が克する神)・「比」(我と同類の神)・「生」(我を生ずる神、すなわち父母爻)の三様を看、仔細にそれらの傷あるなきを推求す。一箇の穏当処を見つけてこそ、人に落脚の地あり;最も忌むはこの三様がみな衰敗の郷に落ち、存身の処なきに連ること。注解に曰く:課中すでに依るべき禄なきは、まさに我之財・我之比肩・生我之神のうちより求むべし、この三者はみな刑・冲・克・破・害を受けざるを要す、乃ち平稳と算す。倘若それらも傷を帯びれば、同じく倚靠する処なし。

先審干上作原因,次把用傷合配尋。初不成傳方看末,方知此事得何神。

推課の次第は:まず日干上神を審し、ここより事情の起因を找出し;次に三伝発用の傷あるなきを看、之を日干と配合して推求す。初伝事を成さざれば、下りて中伝・末伝を看、これを以て整件事が最終にどの神将の手裡に落、誰を以て成全するかを知ることを得る。

凡課見全吉,宜先尋干上以究共原,次看用傳以審其運用。如初傳空克有傷,則看中傳、末傳有救得我之神,何方可靠,何人可依,何事可為,雖不能天成富貴,亦可為終身之依矣。如無所依,斯為下也。

およそ整体にして吉利なる課に遇うも、またまず日干上神より事情の本原を追究し、次に三伝発用を看てその如何に運作するかを審察す。仮に初伝が落空しかつ克を受け、すでに傷を帯びれば、中伝・末伝上に往きて我を救い得る神あるなきを求む:救神のある方位にはすなわちその方位に靠り、是れ誰家の神かに就きてどの様の人に依頼し、何事を為すに宜しければすなわち何事を為す。これなれば縦い一挙に大富贵を得ずとも、少なくとも終身の倚靠あるべし。もし一箇の可依の処さえ求め出ずれば、乃ち下等課である。

然壬課有吉有凶,尤不可執一而論。如占功名,而無官星,或有官星而受空克,則又以暗遁得官星,父母得地無傷,所臨吉神吉煞,亦可取貴。如遁得再凶,則功名不成矣。如常人占,明無財星,或財星空克,又以暗遁得財,子孫得地無傷,所臨吉神吉煞,亦可取財;若遁無救,則財不聚。又有明吉而遁凶,亦為有害,宜詳之。又察年命上神,與日干並用上神,或生或克,或刑或害,方為得體也。

ただし六壬課は吉凶交錯し、殊に一条の死規矩を以て套に当ててはならない。譬如功名を占して、課上の明処に官星を見ず、あるいは官星ありと雖も落空し克を受くる時は、還って「暗遁」(旬に按じて遁出したる天干)を用いて官星を求むべし:ただ遁出の官星に力あり、父母爻(文書印綬を主る)も好位を占住して傷を受けず、臨むところがまた吉神吉煞ならば、一様に貴気を取得すべし。若し遁出したるが反って更に凶ならば、功名は成らず。平常人の占事もまた同理なり:明処に財星を見ず、あるいは財星が落空し克を受ければ、暗遁を用いて財を求む;ただ遁出の財が位を得て傷を受けず、子孫爻(財を生ずる源)も地を得て傷なく、臨むところが吉神吉煞ならば、照様に財を取るべし。もし遁出しても救うことなきは、銭財は聚め難し。また一種に明処は看るに吉にして暗遁出したるは凶なるあり、これも同じく害あり、必ず細辨すべし。此の外還って行年・本命上に臨む之神を察看し、日干および発用上神と相生か相克か・相刑か相害かを視て、斯く断り出ずる結論はじめて周全得体と算す。

空亡を論ず

卻有空亡臨吉神,吉神無依不和平。惟有凶神臨日辰,就言其事生災迍。

もし「空亡」(旬中に缺く二支、有名無実を主る)が吉神の頭上を圧すれば、この吉神は空に落ち、依托する処なく、事情は自然安穏を得ず。反って、ただ凶神が日干・日支上に臨む時にのみ、はじめて直ちにこの事は災殃困厄を生ずべしと断ずべし。

辰空亡,為真空亡,作事無力。在地曰孤,無妻可依;在天曰寡,無夫可依。凡凶神刑、沖、克、害、破我者,宜空;生我、救我,不宜空也。初空末實,先雖無準,後必有成。在中空者,事將成而中止。如末空,終無結果矣。

地支が空亡上に落つるを「真空亡」と叫び、事を為すに全然力を用い難し。空亡が地支の一辺に在るを「孤」と称し、妻子の倚頼すべきなきを主る;天盤の一辺に在るを「寡」と称し、丈夫の倚頼すべきなきを主る。空亡の好壞を判断するに総原則あり:およそ我を刑し・冲し・克し・害し・破する凶神は、最も空に落つるを好とし、落空すればそれは我を傷る能わず;而我を生じ・救う吉神は、則ち絶対に落空を宜しとせず。再び三伝の位置に按じて分かつ:初伝空にして末伝が実に落着せば、起初に着落なきと雖も、後に必ず成就する能し;中伝に空なるは、事将に成らんとして中途擱浅す;末伝に空なるは、則ち到頭に結果なし。

若訟爭、憂賊、暴病,占空亡無凶有吉;久病占主死;餘不吉,主人財走失。金水不嫌空,有生不為空,月建、歲、將、日、時、辰、年、命填實為不空,不可全以空論。占墳宅,取支左空則空左,右空則空右,先吉而後空不嫌。

事類を分かちて言えば:官司争訟・憂慮盗賊・突発急病の幾様を占して、空亡に遇うは反って凶なくして吉有り、凶の一頭もまた空に落つるが故なり;但し久病の人が空亡を占するは、死を主る。其余各類の事の空に逢うは多半不吉、人口走失・銭財失散を主る。空亡にもまた算にならぬ時あり:金・水の两行は落空を嫌わず;生扶する神の来て生ずるあるは、空と作論せず;月建・太歳・月将・日干・占時・日支・行年・本命のいずれか一項に「填実」せらるるも、また空と作論せず。ゆえに空亡を一見すれば全く空に按じて断ずべからず。墳地と宅舎を占するは別に取法あり:日支に按じて方位を定め、左辺の落空なれば左辺の虚を断じ、右辺の落空なれば右辺の虚を断ず;先に吉象を見て後に落空するは、忌諱するを要せず。

占六畜,逢空,看其地分,若欄加不得地,必損傷;欄加得地臨生氣,雖空不妨。一買賣空亡不成。一占財空,名先實後空,後空有阻隔不遂,破財。一占子孫帶空,有子是空來,或奸生,或過繼之子。不然主有傷。旬中空亡,逐類推之。

六畜を占して空亡に遇うは、それの占する地盤を看るべし:牲口欄の加る宮位がもし地を得ざれば、牲畜は必ず損傷あり;欄の加る宮位が地を得、また「生気」に臨めば、則ち落空すると雖も妨なし。以下は分類断法:一、売買を占して空亡に遇うは、生意成り難し。二、銭財を占して空に逢うは、先実後空と叫ばる、後頭空になれば阻隔不順あり、終に財を破る。三、子孫を占して空を帯ぶるは、得来の儿子は空裏より来たる——私生ならずんば、すなわち過継して来たる;更ならんや則ち子女に傷損あるを主る。およそ旬中空亡の断法は、みなこの様に事類に按じて逐一推衍す。

甲子乙日空財、父母,戌亥既已入空,縱在六處,亦不可用。丙寅、丁卯日空官與子孫。戊辰己巳日,空兄與財;庚午辛未日,空子孫與父母;壬申癸酉日,空官與兄,仿此。

甲子一旬に按じて排すれば、空亡は戌・亥の両位に落、各日の空ずる六親は各々同じからず。甲・乙日に空しくなるは財爻と父母爻(底本此処に「甲子乙日」と作る、日名に脱訛あるを疑う、当に甲子・乙丑の二日なるべし)。戌・亥の两支すでに入空せば、則ちそれらは四課三伝のどの一処に現わるると雖も、みな有用の神と当作して取るべからず。丙寅・丁卯の二日に空しくなるは官星と子孫;戊辰・己巳の二日に空しくなるは兄弟と妻財;庚午・辛未の二日に空しくなるは子孫と父母;壬申・癸酉の二日に空しくなるは官星と兄弟。其余各旬は此に照じて類推す。

凡占十惡大敗日,乃無祿之日也。甲戌,乙巳,壬申,丙申,丁亥,庚辰,戊戌,癸亥,辛巳,己丑。此十日財祿空亡,故曰大敗,占身無祿財,決然不安,占壽無才祿,亦不美。但看傳中有生,則亦不死。直傳克年方死。占官求財,俱為不吉。

およそ「十悪大敗日」を占するは、これ十箇の無禄の日にして、具體は:甲戌・乙巳・壬申・丙申・丁亥・庚辰・戊戌・癸亥・辛巳・己丑。この十日の財と禄は恰好みな空亡のうちに落ち、ゆえに「大敗」と叫ぶ。この十日を用いて本身を占すれば、禄なくまた財なく、一定に安寧を得ず;寿数を占すれば、同じく才なく禄なく、また不吉なり。但し還って三伝中に生扶の神あるなきを看るべし:ただ生有らば、人は死する能わず;必ず三伝が直ちに行年に克到せば、乃ち死を断ず。もしこの十日を用いて官職・銭財を求むれば、みな不吉なり。

用空入生,廢事再來。遇陰而昧,不是沈埋。如用空,居生旺長生之方,是事不成而再發;傳入太陰在上,事雖露機而又加入闇昧之地,將成又廢,畢竟是空,不可以值長生而事再成。

発用の神が落空するも、また長生の地に坐すれば、あのすでに作廃したる事は還って重新に提起せらるべし;但し若し「太陰」这位の隠蔽を主る天将に碰上れば、事情は昏昧に転入し、真に埋没し底までするにあらず。注解の講ずるは更に細なり:初伝落空して居るところは正に旺相・長生の宮位なれば、これ事情成らずして再度発動す;可若し三伝が太陰之上に行到せば、則ち事機すでに苗头を露出したると雖も、また陰暗遮蔽の位置に落ち、眼見要成にして又告吹す——帰根到底それは還って箇の空なり、それの長生に値るを以て事情の能く重新に做成するを断ずべからず。

用空入干,舊事再發。凶則宜逃,凶則莫合。用作空亡,而末傳歸於干上,主舊事再發,若帶吉神良將,則當為之而不可舍。若帶凶神惡將,則宜逃之而不可為。

発用が落空して末伝が日干上に帰到すれば、旧事は必ず重新に翻起す。この時当に躲くべきは躲き、当に手を沾さざるべきは手を沾すなかれ(歌訣の両句みな「凶」の字を作る、底本に訛脱あるを疑う、下文注解に拠れば、上句は当に吉を指し・下句は乃ち凶を指すべし)。注解に曰く:初伝が空亡を作るも、末伝は却って日干の頭上に回落するは、旧事の再発を主る;もしこの一路に帯るは吉神良将ならば、就きて勢に乗じて為すべく、放棄すべからず;もし帯るは凶神悪将ならば、就きて避开逃開すべく、為すべからず。

空於其妻,其妻復歸。初雖有傷,後當再為。支為宅、為妻,入空是空於其妻也。又妻財亦然。先見其空而後其妻財入實,未娶者先難後成,已娶者先傷而後娶。若先空而末得生,亦主再娶。

妻位が落空すれば、妻子は終竟に還って回来するべし;起初に損傷あると雖も、後来還って当に再度婚を成すべし。注解に曰く:日支はすでに宅舎を代表し、また妻子を代表す、日支が落空するはすなわち妻位の落空なり;「妻財」爻(日干の克する神)が落空するも一様に看る。もし先に落空を見て後来妻財が「填実」(月建・太歳・日辰等に補足せらる)に転ずれば、則ち未娶なるは先難後成、已娶なるは先有傷損にして而後再娶す。もし先に落空し・末伝にまた生扶を得るは、同じく再娶一次を主る。

用見其妻,入於空中,半路斷絃,何日續終?發用見妻財,或中末傳空,主半路斷絃,再無可續也。

初伝上に妻財を見るも、この妻財は却って空亡のうちに落つるは、すなわち半途に琴弦を断つ——夫妻は中道に分離し、更に続弦の日なし。注解に曰く:発用に妻財を見るも、中伝あるいは末伝に落空すれば、中途に偶を喪いあるいは離異を主り、此の後更に接続し上ぐべからず。

妻雖入空,旺生所終,一則有喜,一則病沖。初傳入空,而中末歸旺,是空中有病,旺中有喜,是病中而得子也。

妻位は落空するも、ただ末尾が旺相・生扶の地に帰れば、結局は便ち一喜一病の夾雑して来たる。注解に曰く:初伝が落空し・中伝末伝は却って旺地に回るは、空の一頭は病、旺の一頭は喜、合わせてすなわち妻子の病中に孩子を生ずるなり。

空於其子,復見其子。子難初年,後還有濟。空子為用,是初年難為子。中末是子星入實,是為後終有子,為不孤也。如末得父母生之,亦為有子也。

子位が落空したる後にまた重新に子星を見るは、早年に子嗣を得難く、晚来に還って指望あるを主る。注解に曰く:子孫爻が空を帯びて初伝を作るは、初年に子有り難し;中伝・末伝上に子星が填実に転ずるは、便ち後来終竟に子あり、孤老に至らざる。もし末伝上に父母爻(我を生ずる神)を得て来て子星を生扶するは、同じく子ありと断ず。

用見其子,復見其空。子雖初逢,不見於終。用見子爻本有子,傳入空亡死絕之鄉,中年必喪成家之子,不然則生殘疾,破家離鄉,退財出外,而不能守父之終也。

初伝上に子星を見るも、後頭に却って空亡のうちに落つるは、孩子は一開始に有ると雖も、最後まで守り到らざる。注解に曰く:発用に子孫爻を見るは、本は有子の象なり;可し三伝が一路空亡・死絶の郷に行入れば、中年に必ずすでに成家したる儿子を喪掉す。就中夭折せずとも、また生下に残疾あるを主り、あるいは家を敗し郷を離れ・財を耗して出走し、終に能く父の膝下に終を送らざる。

貴入於空,干貴反凶。當謁莫謁,當逢莫逢。貴人能解禍生福,若入於空則貴人不得力,忌干謁。

「貴人」(十二天将の首、すなわち天乙貴人、提携解厄を主る)が空亡のうちに落つるは、貴人に攀附するに行くは反って凶を招く:当に拝謁すべきは拝謁するなかれ、当に会面すべきは会面するなかれ。注解に曰く:貴人は本能に災禍を化解し福気を生出す、一旦落空すれば、この位の貴人は力を用い難し、ゆえに最も上門して干謁求托するを忌む。

貴入於空,求名虛聲,傳入二死,不善其身。貴人入於空亡之地,有名無實,若中末入於二死,是慕功名,終身無成也。

貴人が落空して功名を求むるに往くは、得るはただ虚名のみ;もし三伝が再び「二死」(死気と死神の両煞)に落つれば、自身に連れても善終を得ざらん。注解に曰く:貴人が空亡の地に落つるは、一切みな有名無実;もし中伝・末伝がまた二死に入れば、那便ち一生功名を傾慕して終身一成する処なし。

螣入於空,可免諸凶。任爾出入,自迪其功。螣蛇凶將,若入空亡則諸凶可免,而出入有功矣。

「螣蛇」(凶将、驚恐怪異・牽連糾纏を主る)が空亡のうちに落つるは、各様の凶事は反って皆回避すべし、随い出門入戸、自然に事を成し得る。注解に曰く:螣蛇は本は凶将、一旦落空すれば、それの帯来する種種の凶険は便ち皆化解し、出入行事みな功效あり。

朱入於空,旺文不就,機不如舍,進則難售。朱為文書,入空則文書雖旺,亦不能成就,不如舍此,而萬事可謀也。

「朱雀」(文書・口舌・音信を主る)が空亡のうちに落つるは、文運は再び旺なりと雖も事を成す能わず、それに抓住してこの機会を放さざるより、むしろ撒手せよ;硬に往進するも、また売り出し難し。注解に曰く:朱雀は文書を主る、落空の後、文書の事は縦い気勢正に旺なりと雖も成し難し、倒底はこの一頭を舎開き、別の事は反って皆図謀すべし。

六入於空,求財難通。不宜賣買,互相見攻。六合為財,相合之神,入空則不宜買賣,彼此不合而互相攻矣。

「六合」(和合・交易・婚姻を主る)が空亡のうちに落つるは、財を求むれば便ち通順ならず、売買を作るに宜からず、双方は還って互いに攻訐せん。注解に曰く:六合はすでに財を主り、また和合を促成する神、一旦落空すれば、売買は作ること能わず、彼此は談り合わず、反って対立に鬧成す。

勾入於空,官無訟凶。在外莫見,在後莫容。勾陳爭鬥之神,入空則官無可干。若在外見之,外有勾引之禍。在末傳之後見之,是後勾引之禍也。

「勾陳」(争闘・勾連・田土訟事を主る)が空亡のうちに落つるは、官府の那边は便ち訟凶なし;但し外に在てそれに遇うは照面するなかれ、後頭に在てそれに遇うは容留するなかれ。注解に曰く:勾陳は争闘を主る神、落空の後官府の一路は便ち下手する処なし。もしそれが外位に現ずるは、外頭に人あり牽扯勾引して禍を惹く;もし末伝の後に現ずるは、那是事情過後して乃ち牽連して禍事を出す。

龍入於空,仍作我妻。我妻見傷,難以再歸。青龍乃賢德之妻,入空則傷妻。妻者,干支上神合也。

「青竜」(吉将、財喜・貴気・婚慶を主る)が空亡のうちに落つるは、もしこの一課のうちにそれが我が妻位を充当すれば、則ち妻子は損傷を受け、且つ再び回来し難し。注解に曰く:青竜は賢淑有德の妻子を象徴す、落空すれば便ち妻を傷る。所謂妻位とは、日干・日支上神の彼此相合して成る那一位を指す。

龍入於空,仍作我財,一半可得,一半可諧。龍乃財喜之神,入空財可半得,難於全獲。

青竜が空亡のうちに落つるは、もしそれが課中に我が財位を充当すれば、則ちこの筆の財はただ半に到手するのみ、另一半は勉强に凑合す。注解に曰く:青竜は財喜を主る神、落空の後銭財はただその半数を得べく、全部を拿到し難し。

龍入於空,仍作我官。志雖慕貴,不得成歡。龍乃官貴之神,入空志難慕貴,而不得成歡矣。

青竜が空亡のうちに落つるは、もしそれが課中に我が官星を充当すれば、則ち心裏は一意貴顕に向往するも、終竟に喜び起こらず。注解に曰く:青竜もまた官貴を主る神、落空の後この慕貴の志は実現し難く、称心如意の結果に落らず。

天空入空,諸事無蹤。吉不作吉,凶不作凶。凡劫煞凶神加天空,俱有影無形,吉凶俱不成。

「天空」(虚詐・奴僕・文書伝逓を主る)が再び空亡のうちに落つるは、那就是空上加空、何事も皆着落なし:吉のは吉と算されず、凶のも凶と算されず。注解に曰く:およそ劫煞の一類の凶神が天空之上に加臨するは、全く有影無形にして、吉凶の両頭みな実に落ること能わず。

白虎見空,見凶不凶,宜於出往,反得其功。白虎凶將入空,則凶不成凶。更末傳有吉神良將,任我出行,反得其功矣。

「白虎」(凶将、道路・疾病・喪亡・血光を主る)が空亡に遇うは、看るに凶なれど凶として起こらず、この時反って出門遠行に宜しく、倒れて事を成し得る。注解に曰く:白虎這凶将は一旦落空すれば、凶は凶を成す能わず;もし末伝上に再び吉神良将有らば、放心して出行するに儘く、反って功效を収るべし。

常入於空,喪吊又逢,雙親為服,何事匆匆?太常為喪服之象。若帶喪門、弔客,則雙親成服矣。凡事不通,安得不匆匆乎?

「太常」(衣冠・宴飲・印綬・喪服を主る)が空亡のうちに落ち、また喪門・弔客の両煞に碰上れば、父母の為に麻を披き孝を戴くを主り、家中は一片の忙乱。注解に曰く:太常は喪服の象あり、もし再び喪門・弔客を帯びれば、双親は丧事を弁ずべし。この時諸事みな順暢ならず、怎んぞ手忙脚忙せざらんや?

常入於空,作官不逢。雖有祿馬,亦莫騰通。太常為印綬之象,入空則印綬不來,而官不沐朝廷之賜矣。其能飛騰乎哉?

太常が空亡のうちに落つるは、官を作るは便ち機縁に遇わず;縦い課上に禄神・駅馬あると雖も、騰達し起こる能わず。注解に曰く:太常は官印誥命を象徴す、落空すれば則ち印綬は下り来らず、官を作るは朝廷の封賞を得ず、又怎んぞ飛黄騰達し得んや?

常入於空,求財不成。當守則守,當窮則窮。太常為財帛之神,入空則財帛不成。若課傳無依,則當守而不可妄動,守窮而不宜妄為。

太常が空亡のうちに落つるは、財を求むれば便ち成らず、当に成を守るべきは成を守り、当に貧に安んずべきは貧に安んずべし。注解に曰く:太常もまた財帛を主る神、落空すれば則ち財帛は聚まり起こらず。もし四課三伝上に再び倚靠すべき神を求め得ざれば、就きて老実に守るべく、軽挙妄動すべからず、清貧に安んじて胡乱に作為するなかれ。

玄入於空,謀害不凶。疑其盜失,無入吾宮。玄武乃謀害之人也。入空不來害我,雖疑其為盜賊之神,而亦不能入我之室。

「玄武」(盗賊・暗昧・陰謀を主る)が空亡のうちに落つるは、暗中の算計も凶を構成する能わず;疑心して失窃せんとするも、賊は我が家の門に入り得ず。注解に曰く:玄武は暗中に我を謀害する人を代表す、落空の後それは便ち来て我を害せず;それは盗賊を象徴する神なりと雖も、落空の後は我が屋に闖入する法なし。

陰后入空,女詐不逢。反得陰利,而有後通。太陰乃女詐之神也。然太陰喜空,既空則女詐不興,反得陰私,而後有私通之事也。

太陰・「天后」(婦女・婚姻・暗昧の事を主る)這一路の陰神が空亡のうちに落つるは、女子の欺瞞は碰上せず、反って暗処の好処を得べく、日後に還って私下の往来あらん。注解に曰く:太陰は本は女子の詭詐を主る神、但し太陰は偏偏として落空を喜び、一空に落つれば女子の詐偽は興り起こらず、反って陰私の利を得べし、此の後私通の事あらん。

空亡作鬼帶負謾,陰空相乘事欺慢。空亡作鬼,如帶相負、謾語,乘太陰、天空,亦主有人欺騙,宜早防之,可免其欺也。

空亡の位がまた「鬼」(我を克する神すなわち官鬼)を充当し、還って相負・謾語の両煞を帯び、再び太陰・天空といった隠蔽虚詐を主る天将に乗れば、事情はすなわち人に欺瞞怠慢せらるるなり。注解に曰く:空亡が鬼を作り、若し相負・謾語の二煞を帯び、また太陰・天空に乗れば、同じく人の来て行騙するを主り、早く提防を作れば便ちその欺を受けずに免れん。

空亡作鬼帶五盜,玄耗相乘有失耗。空亡作鬼帶五盜、賊神,並玄武耗神,其賊必自空中而來,其財亦自空中而去,失耗之事亦不免。

空亡の位が鬼を作り、また「五盗」を帯び、再び玄武と耗神に乗れば、必ず失窃破財あらん。注解に曰く:空亡が鬼を作して五盗・賊神を帯び、玄武と耗散を主る神を加うれば、那賊は空處より来たり、財もまた空處より去る、失窃破耗といった類の事情は終竟に免れざるなり。

空亡作鬼作丁亡,有人走外出忙忙。空亡作用,而帶丁馬與亡神,必有人盜走出外之事,不然則主離鄉過繼之事。

空亡の位が鬼を作り、また「丁神」(旬中天干の丁の臨む支、動蕩奔走を主る)と亡神を帯ぶれば、家裏に必ず人あり匆匆として往外に跑る。注解に曰く:空亡が発用を作して丁神・駅馬と亡神を帯ぶれば、一定に人の偸跑して外出する事を現ず;否らざれば則ち離郷背井・他家に過継する類の事を主る。

支是天空,行人信通。帶喜尤妙,不宜入空。天空乃文書、走報之神,加於支上,必有外人書信入於我家,若入空亡,則不可以此論矣。

日支上に天空を乗ずるは、出門在外の人より信の来るあり;もし再び天喜を帯ぶれば更に妙なり、ただ空亡のうちに落つるを切に忌む。注解に曰く:天空は文書・跑腿報信を主る神、日支上に加臨すれば、一定に外人の書信の我が家に送進せらるるあり;可しそれ一旦空亡のうちに落つれば、能くこの様に断ずべからず。

空亡剋日卻無依,孤單冷淡過生時。發用空亡,而又作鬼克干,則無所依,乃孤單冷淡生時之人也。

空亡の神が反って日干を克するは、這人は便ち依傍する処なく、一生冷清孤单に日子を過す。注解に曰く:初伝が空亡に落ち、同時にまた官鬼を充当して日干を克すれば、那就毫も倚靠なく、是れ孤苦伶仃・境遇冷淡の命なり。

破神を論ず

破神最是不相宜,入干卻有內人欺。若是臨支被外虧,一切交遊總不知。破神,即月破神也。又隔四位相破,如丑見辰,迷也。此二破在日上,必家內鄰人之欺也。在支上,主朋友侮、外人侮人也。干支互破,則外破內,內破外,交相破也。大抵逢破則凡事不成,財見破財,物見是破物也。

「破神」は最も不吉利の一位にして、それが日干上に落つれば、家裏の人は就きて我を欺侮せん;日支上に落つれば、就きて外人に虧待せられ、平日往来の朋友に連れても鼓裏に蒙せらる。注解に曰く:破神はすなわち月破の神(月建と相冲する那一支);別に一種の四位を隔てて相破するあり、丑が辰を見るが如き便ち是れ、此の種を「迷」と叫ぶ。この両種の破が日干上に落つれば、必ず家裏人あるいは近隣の来て欺する;日支上に落つれば、則ち朋友の侮慢・外人の欺凌を主る。もし日干・日支が互相に破すれば、就是外面の里面を破し・里面の外面を破し、彼此交攻す。総の規律は:一たび破神に遇えば、凡事みな成し得ず——財に碰上れば財を破り、東西に碰上れば東西を毀る。

貴人見破,則功名薦引、干謁不成。螣蛇見破,則牽連、提帶之事不允。朱雀見破,則文書、口舌暗捺不行。六合見破,則賣買、交關、婚姻、納子不允。白虎見破,則道路防劫,望舉不成。勾陳見破,則爭鬥、田莊、墳墓、交關不就。青龍見破,則婚姻、公文、案卷不行。天空見破,則文書、進納、奴婢不就,玄學不成。太常見破,則薦本、推官、婚姻、酒食路止。元武見破,則投師、玄學、陰謀、賊黨不就。太陰見破,則陰謀、金銀、錢財、關節不通。天后見破,則恩澤、詔赦不成,婚喜不就。

十二天将が各自破に遇うは、壊すところの事も各々同じからず。貴人が破に遇うは、功名を求め・人を托して挙薦し・上門干謁するにみな成し得ず。螣蛇が破に遇うは、那些の互相牽連・彼此提携する事情は談り合わず。朱雀が破に遇うは、文書往来と口舌交涉はみな暗中に圧住せられ、走り通らず。六合が破に遇うは、売買・交割・婚事・養子嗣を収むること皆成らず。白虎が破に遇うは、路上に打劫を防ぐべく、挙薦提拔を指望するも落空す。勾陳が破に遇うは、争訟・田荘・墳地・交易の這幾様みな成し得ず。青竜が破に遇うは、婚姻・公文・案巻が統統行かず。天空が破に遇うは、文書・捐納・奴僕の事成らず、方術を学習するも成するところなし。太常が破に遇うは、挙薦の本章・保挙官職・婚事・宴飲の這幾路みな中途に停住す。玄武が破に遇うは、師を拝し・方術を学び・陰謀を行い・党羽を聚合するに皆成らず。太陰が破に遇うは、暗中の籌劃・金銀銭財・関節の疏通が皆通ぜず。天后が破に遇うは、恩賞詔赦は下り来らず、婚慶喜事もまた成し得ず。

破者如何冷損煞,必有損破不能饒。破即四破也,更驗神煞,審所破之由。

破神は何の故に冷酷の損傷の煞と算えらるるか?それ一到すれば、必ず損毀あるべし、放過すること肯んぜざるが故なり。注解に曰く:此処の破の指すは「四破」なり、還って再び同宮の其他の神煞を核対して、乃ち審明して破壊する所は究竟どの一桩の事か・何の縁故に由りて引起されるかを知るべし。

歲破加於月破中,吉將相逢也不容。更有凶神與凶將,破財壞事主貧窮。歲破月破入課作用,一破難當,又兼二破同用,則吉將相逢亦所不免。更有凶神凶將,破財、壞事、貧窮,到底無所成主矣。

「歳破」(太歳と相冲する支)がまた「月破」の上頭を圧すれば、縦い吉将に碰上するも救う能わず。もし再び凶神凶将を添うれば、就是破財敗事・貧窮に落つる。注解に曰く:歳破・月破が四課に入りて并せて発用を充当するは、単に一箇の破のみにて已に当たり難し、況んや二破の同時に事を用うるをや、この時即便に吉将に遇うも躲過し得ず。再加凶神凶将あれば、破財・壞事・貧窮は接踵して来たり、到頭に一事成らず。

沖者如何論殺神,必有橫禍損所招。沖者,破碎煞。子午卯酉在巳,辰戌丑未在丑,寅申巳亥在酉。再詳神煞以審所招之故也。

「冲」は何の故に凶煞と当作して論ぜらるるか?それ必ず横禍損傷を招来するが故なり。注解に曰く:此処の冲の指すは「破碎煞」なり、起法は:日支が子・午・卯・酉に属するは、破碎は巳に在り;辰・戌・丑・未に属するは、破碎は丑に在り;寅・申・巳・亥に属するは、破碎は酉に在り。還って同宮の其他の神煞を參看して、乃ち審明して這場の横禍は何に由りて招来せられたかを知るべし。

或破或廢傳居中,事聞破廢不須疑。破者,四破、月破是也;廢者,四廢是也。若用傳中帶破廢之煞,則凡事不遂,不須疑矣。

あるいは破煞・あるいは廃煞が三伝の当中に落つれば、則ち聞くところの事情は必ずまた破れまた廃す、更に遅疑するを要せず。注解に曰く:破は四破と月破を指し、廃は「四廃」(四季中に五行氣なき干支)を指す。ただ三伝裏に破・廃の這両類の煞を帯ぶれば、凡事みな順遂ならず、此の一点は疑いを用いず。

破碎初傳成不成?中則狐疑末無後。破碎煞,子午卯酉在巳之類,事遇之破事,物遇之破物。初傳得之則不成事,中傳得之狐疑不決,末傳得之,終日無歸著也。

破碎煞が初伝に落つれば、事情は究竟成るか成らざるか?中伝に落つれば就是猶豫不決、末伝に落つれば就是有始無終。注解に曰く:破碎煞は前面の「子午卯酉在巳」那一類の起法に按じて取る;それ事に碰上れば事を壞し、物に碰上れば物を毀る。初伝にそれに遇うは、事情成し得ず;中伝にそれに遇うは、狐疑不決;末伝にそれに遇うは、整天懸きて実処に落らず。

巳亥相沖有貴空,迷神關隔又相逢,要行不行語不語,凡事算來竟沒蹤。巳亥相加,上乘貴人天空,夫巳亥巳自相沖,再加迷神關隔,欲行不行,欲語不語,凡事沒蹤也。

巳と亥の两支が相冲し、上にまた貴人と天空を乗じ、再び迷神・関隔の両煞に撞上すれば、于是走らんとするも走る能わず・説かんとするも説き出ず、何事も算えども算えども下落なし。注解に曰く:巳・亥の两支相加し、上に貴人と天空を乗ず——巳亥は本來就に自ら相冲し、再添迷神・関隔あれば、便ち動かんとするも動く能わず・開口せんとするも開口する能わずと成り、凡事みな无影無蹤なり。

人情斷絕見刑破,又臨衰敗主無親。夫情相生則相親,自然和順而共成美事也。若臨衰敗之鄉,而又見刑破,則人情斷絕而不親矣。安能望其成事乎?

人情の断絶するは、是れ課上に刑と破を見るが因なり;若し再び衰敗の地に落つれば、就きて六親の疏遠無靠を主る。注解に曰く:人と人の間は五行相生すればすなわち相親しみ、自然和順して、能く力を合力して好事を做成す。可し若し臨むところが衰敗の郷にして、また刑を見・破を見れば、人情は便ち断絶を告げ、彼此更に親近せず、還って怎んぞ事を办成せんを指望せんや?

或破或廢上,不日破殘帶疾呼。用傳帶破神四廢,則主事之無成而所謀未遂。如帶病符、天鬼,則有殘疾之厄。

破煞あるいは廃煞が上位に臨めば、不多久に就きて破損残傷・病痛呼號の事を現出せん。注解に曰く:三伝発用が破神と四廃を帯ぶるは、事情の成し得ざる・謀るところの如願し得ざるを主る;若し再び病符・天鬼の両煞を帯ぶれば、就きて残疾を落下する災厄あらん。

破侮須知忍在心,謾將狂語出傷人。但宜速閉毋令緩,好計方成勝且贏。用見四破,又見刑害、閉口、朱雀、謾語等殺,是為人所侮,受人所侮而即以言傷人。若見閉口課而不閉口,徒自取禍,且含忍而以計勝人,則破我者,豈得以害我哉?

人に欺侮せらるるに遭う時は要懂得して氣を心裏に忍ばせ、順口に狂話を撂下して往きて人を傷るなかれ。此の時愈も早く嘴を閉すれば愈も好し、拖延すべからず、計謀を用いて乃ち取勝すべし。注解に曰く:発用に四破を見、また刑害・閉口・朱雀・謾語の這幾様の煞を見るは、就きて人に欺侮せらるるの象なり;一たび欺侮を受くれば立刻に話を用いて往きて人を傷る。若し課體すでに「閉口課」を現出して当事人が偏に閉口すること肯んぜざれば、那是白白に自ら災禍を招くなり。倒不如忍じて、計策を用いて對方に勝過す——則ち我を破らんと想う人は、又怎んぞ我を傷ることを得んや?

月破加於辰戌宮,其年必有跌傷興。若加死氣患蒙朧,生氣加之喜氣濃。辰戌跌撲之殺也,發用月破加於辰戌之上,主撲跌之事。若加死氣,則蒙聾之難;若見生氣,雖危而無事矣。

月破が辰宮あるいは戌宮に加臨すれば、這一年に必ず跌打損傷の事を出さん;若し再加上死氣すれば、就きて眼を害し耳を昏くし聾くする類の毛病を害せん;若し加るは生氣なれば、反って喜氣盈門す。注解に曰く:辰・戌の两支は本是跌撲を主る凶煞位、発用が月破を帯びて辰戌之上に加るは、摔跌の事を主る。若し同時に死氣を加えば、就きて目昏耳聾の難あらん;若し見るは生氣なれば、雖凶險なりと雖も終帰に無事なり。

歲破日上加玄空,必有逃走人不容。日上乘玄空歲殺破,必有逃走出外之人也。

歳破が日干上に落ち、また玄武・天空に乗ずれば、家中に必ず人の出逃するあり、留むるも留め止め難し。注解に曰く:日干上に玄武・天空を乗じ、また歳煞・歳破を帯ぶれば、一定に逃走外出の人を現出せん。

刑を論ず

刑者,即三刑之謂也。如巳日見寅,寅刑巳,申日見巳,巳刑申,寅日見申,申刑寅,此謂無恩之刑也。卯日見子,子日見卯,此謂無禮之刑也。戌日見丑,丑日見未,未日見戌,為恃勢之刑也。午傳午,酉傳酉,辰傳辰,亥傳亥,此為自刑也。入傳輔吉為吉,輔凶則凶。旺則如乘車得馬,休則為囚禁拘縛,口舌憂擾,刑獄憂疑,惟宜捕捉,不宜占病,仕人則吉,常人則凶。

所謂「刑」は、指すところは三刑なり。寅・巳・申の三支が互刑す:巳日に寅を見るは寅の巳を刑するなり、申日に巳を見るは巳の申を刑するなり、寅日に申を見るは申の寅を刑するなり、這一組を「無恩之刑」と叫ぶ。子・卯が互刑す:卯日に子を見・子日に卯を見る、這を「無禮之刑」と叫ぶ。丑・戌・未の三支が互刑す:戌日に丑を見・丑日に未を見・未日に戌を見る、這を「恃勢之刑」と叫ぶ。還って午に午を見・酉に酉を見・辰に辰を見・亥に亥を見る、同支の自見、這を「自刑」と叫ぶ。刑が三伝に入るは、吉を幇すか凶を幇すかは輔する所の神を看るべし:吉を輔すれば即ち吉に應じ、凶を輔すれば即ち凶に應ず。刑にして旺相に当るは、譬して出門に車有り馬有るが如く、氣勢正に盛ん;刑にして休囚に處すれば、就きて囚禁拘縛の象と成り、口舌紛擾・牢獄疑慮を主る。此の種の課を用いて人犯を捉拿するに最も合適、最も占病に用うるに宜しからず。官を做る人は刑に遇えば吉を為し、尋常百姓は刑に遇えば則ち凶なり。

冲を論ず

沖者,即月破是也。正申二酉之類。入課主人情不和,動擾出入,望事難成,聞憂不憂,聞喜不喜,官事不決。格局沖而不成,生合破而不用。旺相逢沖則發凶,亦無危;休囚逢沖,吉而不吉。卯酉為門戶,相剋逢沖,主宅變而不能修,宅改遷。凶逢沖則沖散,吉逢沖則不吉,大抵言旺則吉,休囚則凶。

所謂「冲」は、就是月破なり、起法は正月は申に在り・二月は酉に在り、依次に順行す。冲が課中に入るは、人情不睦・進出擾攘・盼望の事の成り難きを主る;憂事を聞くも其實憂うるを要せず、喜事を聞くもまた喜び起こらず、官府の事情は懸きて決せず。およそ格を成し局を成するは、一たび冲に逢えば便ち散ず;本來相生相合するは、一たび破に逢えば便ち取用する能わず。旺相の神が冲に逢うは、凶象を發出するも、倒れて未だ危險に至らず;休囚の神が冲に逢うは、看るに吉なれど吉として起こらず。卯・酉の两支は門戶を象徴し、若し彼此相克してまた冲に逢えば、宅舎の變動せんとするも又修め成らざるを主り、只好改建するか遷り去るのみ。總而言之:凶のは冲に逢えば便ち冲散し、吉のは冲に逢えば便ち吉ならず;旺相の時は吉に應じ、休囚の時は凶に應ず。

六害を論ず

如子害未,丑害午,寅害巳,亥害申,卯害辰,戌害酉,入課不論君子小人,有人謀害,事主艱難,占訟病大凶,聞不利。

六害の配法は:子は未を害し・丑は午を害し・寅は巳を害し・亥は申を害し・卯は辰を害し・戌は酉を害す。害が課中に入るは、当事人が君子なるか小人なるかを管せず、皆人の暗處に算計するあるを主り、事情を辦するに格外艱難なり。之を用いて官司・疾病を占するに最も凶、聞くところの消息もみな利ならず。

破碎を論ず

如子午卯酉蛇頭開口,辰戌丑未牛頭大忌,寅申巳亥雞頭粉碎是也,此乃破碎之破也。

破碎煞は三組の地支に按じて起す:日支が子・午・卯・酉に属するは、煞は巳に在り、巳は蛇に属す、故に「蛇頭開口」と稱す;辰・戌・丑・未に属するは、煞は丑に在り、丑は牛に属す、故に「牛頭大忌」と稱す;寅・申・巳・亥に属するは、煞は酉に在り、酉は鶏に属す、故に「鶏頭粉碎」と稱す。这就是破碎の指す那種の破なり。

刑を論ず(三刑歌)

刑者原來有三說,自刑原來帶強倔。二刑有二主傷殘,三刑卻有三條例。辰午酉亥為自刑,妄自尊大以凌人。子卯為二刑,無禮之刑,自家有傷殘之事。寅申巳為無恩刑,丑戌未為恃勢之刑,論物有決裂處。

刑は本來三種の説法に分かつ:自刑一路は倔强執拗の性子を帯び;二刑はただ两支の相刑にして、傷殘を主り;三刑は則ち三支の互刑にして、共に三条の例あり。辰・午・酉・亥の四支は各自本支を見るを自刑と為し、性情上に表現するは妄自尊大・他人を欺壓す。子と卯の两支が相刑するは、是れ二刑、「無禮之刑」と叫び、自家に傷殘の事を出すを主る。寅・申・巳の三支が相刑するは、是れ「無恩之刑」。丑・戌・未の三支が相刑するは、是れ「恃勢之刑」。若し之を用いて器物を論ずれば、およそ刑處に遇うは必ず決裂破損あり。

墓神を論ず

墓神蓋日,主人不逢時,所為昏昧。墓蓋宅,主宅不光明,昏沉陰退。墓神蓋行年、本命,主本人昏滯,作事不通。墓神蓋官星,主功名不顯。墓神蓋財,主財難求。墓神蓋病,主病有死亡。若遇刑、沖、空、破碎,則此墓有名無實,暫時不利,終久無事矣。

「墓神」(辰戌丑未の四庫、五行の歸藏の地と為す)が日干上に蓋るは、人生の時に逢わざる・事を作する糊裏糊塗を主る。墓が日支上に蓋るは、宅舎の明亮ならざる・一片の昏沉陰退の氣を主る。墓が行年・本命上に蓋るは、本人の神智昏滯・作事の處處通ぜざるを主る。墓が官星上に蓋るは、功名の顯達せざるを主る。墓が財爻上に蓋るは、銭財の求め難きを主る。墓が病位上に蓋るは、這場の病は人を死なしめんとするを主る。但し若し墓神が刑・冲・空亡・破碎に遇えば、這箇の墓は有名無實と為り、只是一時不利にして、久しければ終歸無事なり。

日干年命坐於墓上,同論。德祿被墓而不來,丁馬被墓而有礙。休囚被墓而愈衰。旺相被墓而有晦。初與中墓,猶望末傳而解救;至於末墓無刑沖剋破,官至此而被貶責,人至此而敗亡。

日干・行年・本命が墓上に坐落するは、斷法は上面と相同なり。德神・禄神が墓に収住せらるるは、好處は送り來らず;丁神・駅馬が墓に収住せらるるは、動くも動くに利くせず。本已休囚の神が再び墓に収せらるるは、只會愈發衰弱するのみ;正當旺相の神が墓に収せらるるも、また一層の晦氣を蒙るべし。墓が初傳・中傳に落つるは、還って末傳の來て解救するを指望すべし;若し末傳が就是墓にして、しかも刑・冲・克・破の來て之を打開するなくんば、則ち官を做るは這一步に走到して貶斥問責せられん、平常人は這一步に走到すれば就是敗亡なり。

又有一等隨財入墓,如金克木為財,三傳寅卯丑,是木財歸於金庫,反折木破財矣。火用申酉戌,土用亥子辰,不用巳午辰,木作辰戌丑未是也。

還って一類あり「隨財入墓」と叫ぶ。譬如金日は克する所の木を以て財と為し、三傳に寅・卯・丑を排出す、丑は正に金の墓庫、木財は一頭に金庫裏に扎進し、反って木を折損す、等しく破財なり。同理に、火日は金を以て財と為し、三傳は申・酉・戌を作る;土日は水を以て財と為し、三傳は亥・子・辰を作る;水日は火を以て財と為し、三傳は巳・午・戌を作る(底本此句は「不用巳午辰」と作る、「不」の字と「辰」の字は皆訛あるを疑う、火墓は戌に在り);木日は土を以て財と為し、三傳は辰・戌・丑・未を作る。皆是れ這箇の路數なり。

又有一等用財庫,丙丁用巳酉丑是,財歸木庫反主豐盈矣。戊己子申辰,庚辛亥卯未,壬癸寅午戌也。

別に一類あり恰も相反し、「用財庫」と叫ぶ。丙丁火日は金を以て財と為し、三傳に巳・酉・丑の三合金局を排出す、財は自己の庫中に歸し、反って家資豐盈を主る(底本は「財歸木庫」と作る、「木」の字は「金」の訛なるを疑う)。同理に、戊己土日は申・子・辰の水局を取り;庚辛金日は亥・卯・未の木局を取り;壬癸水日は寅・午・戌の火局を取る。

又有一等丙丁日以亥為鬼,三傳亥卯未。凡此者,先吉後凶,行年臨未,或數盡於未,以木盡歸本庫,不能生丙丁之火。初亥克干,中木克未土,不能為救,豈不至死乎?餘八日言生我不宜入墓死,生我者入墓則自己入墓矣,豈能生他人乎?

再び一類あり:丙丁火日は亥水を以て官鬼と為し、三傳に亥・卯・未の木局を排出す。此の種の課は先吉後凶——因るに行年が一たび未に走到すれば、あるいは氣數が未上に耗盡する時、木は全く自己の墓庫に歸し、就きて再び丙丁の火を生出す能わず。此の時初傳の亥水は直ちに日干を克し、中傳の卯木は又去りて末傳の未土を克す、自身も保ち難く、日干を救う能わず、豈に死せざらんや?其余八箇の天干の日子もまた此理に同じ:我を生ずる神は最も入墓して死するを忌み、我を生ずる者は一旦入墓すれば、等しくそれ自己が先に墳墓に進む、還って怎んぞ別人を生ずるに往かんや?

時墓加來作日用,此時明被人欺弄。時為日墓加干,或發用,必有內外人欺弄,使我昏昧,作事不決,更帶飛廉、蛇虎,其禍尤的。

占時の支が恰も日干の墓にして、また日干上に加るかあるいは發用を充当すれば、这就明らかに人に耍弄せられんとするなり。注解に曰く:占時が正に日干の墓にして、日干に加臨するかあるいは初傳を作れば、必ず裏外の人の來て欺哄戲弄するあり、我を弄得して糊塗ならしめ、事を辦するに主意を拿定せず;若し再び飛廉・螣蛇・白虎を帶ぶれば、這場の禍事は就更に確鑿なり。

墓若加日帶迷神,此人一世困紅塵。墓蓋干主昏昧不達,若在旺墓之中,或刑沖剋破,猶有生意,若休囚帶迷神無救,乃一世守困之人。

墓神が日干上に加りてまた迷神を帶ぶれば、這人は一輩子紅塵裏に困って出來ず。注解に曰く:墓が日干を蓋るは、人の昏昧通達せざるを主る;但し若し這墓が正當旺氣にし、あるいは刑・冲・克・破の來て之を打開するあれば、還って一線の生機を留む。要是墓が休囚の地に落ち、また迷神を帶び、且つ救神なければ、那就是一生守困の人なり。

丁神を論ず

丁神者,至動之神也。逃亡得之,萬里遠遁;盜賊得之,隱匿難獲;婚姻得之,聚散成奸;病訟得之,幽冥難伸;為官得之,巡行查核。如帶蛇馬,主逃亡;帶虎主憂思;帶陰后主女人走;帶天空,奴婢逃亡;帶玄武,賊盜走失;帶朱雀,主音信;帶勾陳,兵遠來;帶青龍,主飛騰;帶六合,主遠行。

「丁神」(旬中天干の丁の臨む支)は十二神のうち最も動蕩を主る一位である。逃亡を占してそれに遇えば、人はすでに万里に遠遁し;盗賊を占してそれに遇えば、賊は隠匿して擒獲し難し;婚姻を占してそれに遇えば、聚散常なく、また姦情を生じ易し;疾病・官司を占してそれに遇えば、冤屈は幽深にして申明し難し;官を做るを占してそれに遇えば、則ち奔走巡行・稽査考核の事を主る。丁神の乗ずる天将の同じからざるに随い、應驗もまた同じからず:螣蛇・駅馬を帶ぶれば、逃亡を主る;白虎を帶ぶれば、憂愁思慮を主る;太陰・天后を帶ぶれば、女人の出走を主る;天空を帶ぶれば、奴婢の逃跑を主る;玄武を帶ぶれば、盗賊と走失を主る;朱雀を帶ぶれば、音信往來を主る;勾陳を帶ぶれば、兵馬の遠道より來るを主る;青竜を帶ぶれば、騰達高升を主る;六合を帶ぶれば、遠行を主る。

帶三陽、三光、六儀、三奇等課,主官升財遂;帶三陰、魄化、喪門、伏殃、弔客,主病不可生;帶天網、天獄、官符,變動,有抑可申。合中有變,新故有更。帶孤神、絕嗣、無祿,內中有復續之圖;亂首、贅婿、龍戰、有非常之變。

丁神と各種の課格・神煞との相配にはまた別の斷法あり。三陽・三光・六儀・三奇といった類の吉課を帶ぶれば、官職升遷・財運順遂を主る。三陰・魄化・喪門・伏殃・弔客を帶び、病を占すれば活き成らざるを主る。天網・天獄・官符を帶ぶれば、局面の變動を主り、原先壓抑せられたる事情は反って申辯伸張の機會を得る。およそ相合の中に變動を現ずるは、就是新舊交替・更換あるべしなり。孤神・絶嗣・無禄といった類の煞を帶ぶるは、看るに斷絶するもその中に卻って接續重来の機會を藏す。亂首・贅婿・竜戰の這幾種の課格に遇上すれば、則ち反常の變故を出さん。

閉口不可開,斬關可斷。三交欲移,遊子不反。八專、泆女,久而生病;元首則吉凶在長上,犯者必動;重審則吉凶在下,犯者必成。比用有反戾之心,涉害有生禍之勢。反吟動於遠思,伏吟動其歸輿。又附蛇朱,卻來生怪。

再び課體に按じて分かつ:「閉口課」を得れば則ち口は開く能わず、「斬關課」を得れば則ち強行して關を冲して斷然として事を行うべし。「三交課」を得れば搬遷挪動を主り、「游子課」を得れば出門の人の回來せざるを主る。「八専」「泆女」の這兩種の課を得れば、拖久して病を生ぜん。「元首課」を得れば、吉凶は尊長の身上に應じ、一旦觸犯すれば必定動作を引發す;「重審課」を得れば、吉凶は卑下の人の身上に應じ、一旦觸犯すれば必定事を成す。「比用課」を得れば、人は乖戾反覆の心を懷き;「涉害課」を得れば、事情に禍端を釀成する勢いあり。「返吟課」を得れば、心思は遠方に動き;「伏吟課」を得れば、動くは回家の車駕なり。丁神が若し再び螣蛇・朱雀に附着すれば、那就怪異の事を生ぜん。

剛日伏吟有丁馬,行人即日見歸寧;柔日丁馬雖出現,行人未必轉回程。伏吟課,凡事遲滯。若占行人尤為不來,惟剛日帶丁馬兼游煞,則可以望其來。柔日占雖有丁馬,且暫合於外,一時不至。經曰:“任信伏吟神,行人立至門。”此暫時出行人可以至家,非言久出遠遊之行人。

陽日(甲丙戊庚壬)に伏吟課を占得して丁神・駅馬を帶ぶれば、出門の人は當日に家に到るを得る;陰日(乙丁己辛癸)は雖も同じく丁馬を現出するも、出門の人は未だ必ずしも動身回程するにあらず。注解に曰く:伏吟課は萬事の停滯不前を主り、行人を占すれば殊に人の來らざるを主る;ただ陽日に丁馬を帶びてまた游煞を兼ぬれば、乃ち他の回来を指望すべし。陰日の占は雖丁馬ありと雖も、人も只是暫時外頭に牽合するあるのみ、一時半刻に到らず。『六壬』經文の裏に「任信伏吟神,行人立至門」と說くは、指すは短期出門の人は家に到り得るを謂う、并せて説くは久出遠游の人もまた立刻に返回するにあらず。

剛日伏吟名自任,可以委託於他人;柔日伏吟我自信,可以取信於自己。干之神已主動,若傳於支上,有旬中之丁馬,或乘天驛二馬,亦靜而求動。如壬辰、戊午、丙辰、甲寅、庚申,此五日伏吟,乃有旬丁在傳內者;又癸未、己酉、辛亥、癸丑,通前共九日,訪人必出,先允後改,故名無任信也。

陽日の伏吟課を「自任」と叫び、事情は別人に托付して辦せしむべし;陰日の伏吟課を「自信」と叫び、凡事はただ自己に取信するのみ。注解に曰く:日干上の神は本來動を主る、若しそれが日支上に傳し、また本旬の丁神・駅馬あり、あるいは天馬・駅馬の這兩馬に乗ずれば、那便是静中に動を求むの象なり。壬辰・戊午・丙辰・甲寅・庚申の這五日が伏吟を占得するが如きは、三傳裏に就きて本旬の丁神を帶ぶ;再び癸未・己酉・辛亥・癸丑を加上すれば、前後共に九日、この九日に人を訪せば必定撲空す、對方は先に答應して後に變卦す、故に「無任信」と叫ぶ。

天馬逐月而論,課內無二馬旬丁者,謀事伏而不起。若無丁馬而人年命乘魁罡者,尤主速動。如庚子日二八月占天馬隨白虎入廟,反主不動,若訪人亦在外相遇。

天馬は月份の輪轉に按じて取る。課中にもし天馬・駅馬なく、また本旬の丁神なければ、謀劃の事情は就きて伏して起き上がらず。反って、縱い丁馬なくとも、ただ当事人の行年・本命上に魁罡(辰を天罡とし・戌を河魁とす)に乗ずれば、照樣に迅速發動を主る。但しまた例外あり:庚子日に二月あるいは八月に占すれば、天馬は白虎に跟って入廟し、反って不動を主る;この時人を訪するに往くも、也只能外頭に碰上するのみ。

丁神靈靈,入居宅門,神戶移改,欲寧不寧。丁神旺相加宅,主家宅不寧,門哀改移之象。若年命傳課中有生支之神,此宅主修改,尤可居也。若無生支之神,又帶刑剋、破耗、空亡,則宅中有變更矣。

丁神が動いて停まらず、宅門に闖進すれば、神位と門戸は皆挪動せんとす、安寧せんと想うも安寧する能わず。注解に曰く:丁神が當旺にして日支(宅位)に加臨するは、家宅不安を主り、是れ門庭衰敗・改建挪移せんとする象なり。若し行年・本命あるいは四課三傳中に日支を生扶する神あれば、這宅子は只是修葺改造を要するにして、還って住むべきなり。若し一箇の日支を生扶する神もなく、反って刑克・破耗・空亡を帶ぶれば、那宅中に就きて大變動を出さん。

丁神靈靈,二死相侵,家門不幸,必有死人。丁神旺相帶二死克干支,家中必有死亡之事。

丁神が動いて停まらず、また死氣・死神の這「二死」の來て侵すあれば、家門不幸、一定に人を死なしめん。注解に曰く:丁神が當旺にして二死を帶びて日干・日支を克するに往けば、家中に必定喪亡の事を出さん。

丁神靈靈,鬼厭入門,人財俱損,何日可寧?丁神旺相帶月厭作鬼,破耗於卯酉之門,或克支加支,主人口災病不安,財畜破損而無一日寧矣。

丁神が動いて停まらず、官鬼と月厭が一斉に門に進む、人口と錢財の両頭みな折損を要す、いずれの日にか安寧を得ん?注解に曰く:丁神が當旺にして、月厭を帶びて官鬼を充当し、卯・酉の這兩扇の門戸位上に破耗するか、あるいは日支を克し・日支に加臨するは、家中人口に災病あり安寧せざる・錢財牲畜に破損あるを主り、一日の太平もなし。

丁神靈靈,喜三合神,三人共事,其事安寧。丁神相得三合之神,凡謀事者,三人共之,則可以得吉。若有空、克、刑、沖、破、害,又不安寧矣。

丁神が動いて停まらず、卻って三合の神に喜逢すれば、那就是三人の合伙共事にして、事情は反って安穩なり。注解に曰く:丁神と三合局の神とが相得するは、およそ事を謀るに三箇人が力を合力して做せば、便ち吉を得るを能くす。若し三合の當中に空亡・克・刑・冲・破・害を夾帶すれば、那又安寧を得ざるなり。

丁神靈靈,劫煞相侵,早暮宜謹,免災其身。丁神旺相,作劫煞、刑害禍克干,又帶飛廉、飛禍、羊刃,則必有人謀害之禍。在卯、辰、巳、午、未、申,此禍出於日而日宜謹防也。在亥、戌、酉、子、丑、寅,此禍出於夜而暮宜謹防也。若有救神,則謹之得免其禍。若無救神,必宜藏匿,滿數而後可出也。

丁神が動いて停まらず、また劫煞に相侵せらるれば、早晚皆小心謹慎すべし、乃ち災禍の上身を免れんとす。注解に曰く:丁神が當旺にして劫煞を充当し、刑・害の力を以て來て日干を克し、また飛廉・飛禍・羊刃を帶ぶれば、必ず人の圖謀加害するあり。晝夜を分かちて方位を看るべし:禍が卯・辰・巳・午・未・申の這六位に在れば、是れ白天に事を出す、白天に就きて防ぐべし;禍が亥・戌・酉・子・丑・寅の這六位に在れば、是れ夜裏に事を出す、傍晚より就きて防ぐべし。若し課上に救神あれば、謹慎一点すれば便ち躲過すべし;若し救神無ければ、就きて必ず藏れて風頭を避け、凶數の走完するを待ちて乃ち出面すべし。

丁神靈靈,合干欲行,前逢常貴,事俱安寧。丁神旺相與日相合,是身欲出行之象也。若逢常貴在前,又得吉神,則出外必得貴人提挈,事俱平安,而利有攸往矣。

丁神が動いて停まらず、また日干と相合すれば、人は就きて動身出門せんと想う;前路上に再び太常・貴人に遇えば、事情は樣樣安寧なり。注解に曰く:丁神が當旺にして日干と相合するは、是れ本人の出行せんとする象なり。若し前頭に太常・貴人の這兩位の吉將あり、又得別の吉神の相助あれば、則ち出門在外に必ず貴人の提携を得、諸事平順、正に往くところあるに宜し。

丁神靈靈,沖我妻身,難求家來,妻其離分。我克者為妻財也。丁神帶劫煞、陰煞、女災而來沖妻財,或帶巳酉丑、從革、關隔煞,則妻必有生離之禍也。如帶二死,妻居墓絕之鄉,則妻有死別之逃。如帶二死、月破、破碎而沖財爻,則難守家業也。

丁神が動いて停まらず、直ちに我が妻位を冲すれば、家中は安頓し難く、妻子は我と分離せんとす。注解に曰く:我の克する五行は就是「妻財」なり。丁神が劫煞・陰煞・女災を帶びて妻財を冲するか、あるいは巳酉丑の三合金局・從革格・關隔煞を帶ぶれば、妻子に必ず生離の禍あらん。若し帶ぶるは二死にして、妻財がまた墓絶の郷に落つれば、那就是死別なり。若し同時に二死・月破・破碎を帶びて往きて財爻を冲せば、家業に連れても守る能わざらん。

丁神靈靈,作鬼克身,災禍不已,禳祭堪生。丁神旺相作鬼,乘亥、子、丑、寅位,又加月鬼、火神、生氣克干者,主災禍不已。若見天巫、咒詛、儀神,必須祭禱方可免災也。

丁神が動いて停まらず、また官鬼を充当して來て我が本身を克すれば、災禍は接連して斷えず、ただ禳解祭禱に靠って乃ち生を求むべし。注解に曰く:丁神が當旺にして鬼を作し、亥・子・丑・寅の這幾位上に乗じ、再加月鬼・火神・生氣が一同に日干を克するは、災禍の沒完沒了を主る。若し課上に天巫・咒詛・儀神の這幾位を見れば、就きて必ず祭禱禳解の禮を行いて、乃ち災を免るべし。

丁神靈靈,賊侵我域,干乘生旺,未免流血。丁神並元武、盜神、劫煞旺相,侵克支域,若干被傷,刑沖二血,是我被傷而流血也。如支帶刑沖、二血,是彼被傷而流血也。

丁神が動いて停まらず、盜賊が我が地界に侵入し、日干がまた生旺の氣に乗ずれば、血を見るを免れず。注解に曰く:丁神と玄武・盜神・劫煞とが旺相の地に同處し、日支の管轄する地界を侵克す;若し日干が此に因りて傷を受け、また刑冲と血支・血忌の這「二血」に逢えば、那就是我の傷を受けて流血す。若し刑冲と二血を受くるは日支の一邊なれば、那就是對方の傷を受けて流血す。

丁神靈靈,玉敕兼行,一差未了,二差又臨。丁神旺相,而帶皇書、天詔在歲上作丁者,乃天子之欽差也。帶皇詔、月建、日辰作丁者,乃臺部之差使也,主迭見差使。

丁神が動いて停まらず、また天子の敕命と同行すれば、前一趟の差使は還だ辦し終わらず、第二趟は又派して下る。注解に曰く:丁神が當旺にして、皇書・天詔を帶びて太歲上に落ちて丁神を充当するは、那是天子親派の欽差なり;皇詔を帶びて月建・日辰上に落ちて丁神を充当するは、那是台省部院の派下する差使なり。此の種の課は差事の接二連三を主る。

丁神靈靈,皇詔臨辰,使者早晚,赴我家庭。丁神旺相,作貴人加於支辰之上,而帶皇書、天詔,必有封贈、超升之喜而至我家庭雲。

丁神が動いて停まらず、皇帝の詔書が日支上に臨到するは、旨を傳る使者は早晚に就きて我が家に來らん。注解に曰く:丁神が當旺にして、また貴人を充当して日支上に加臨し、還って皇書・天詔を帶ぶれば、則ち必ず家人を封贈し・越級升遷する喜事の門に送上せられん。

丁神靈靈,凶殺刑辰,家業頹敗,過房繼人。丁神旺相,乘破、耗以刑剋支辰,主門戶必頹敗也。若三交、遊子、孤寡課,或加干,必有過繼之人也。

丁神が動いて停まらず、また凶煞を帶びて往きて日支を刑すれば、家業は就きて衰敗し、還って過継して旁人を以て嗣を承せしめん。注解に曰く:丁神が當旺にして、破煞・耗煞に乗って往きて日支を刑克すれば、門戸は一定に頹敗す。若し課體が三交・游子・孤寡の這幾種なれば、あるいは這些の煞が日干上に加臨すれば、家中に必ず過継して來る人あらん。

丁神靈靈,德合加身,早晚有慶,福壽湊人。丁神帶天德、月合、德祿來生干者,主人有福壽安寧。

丁神が動いて停まらず、卻って德神・合神の加臨して自身に及ぶあり、早晚に喜慶あり、福氣と壽數とが一斉に這人の身上に凑る。注解に曰く:丁神が天德・月合・德神・禄神を帶びて來て日干を生扶するは、人に福あり壽あり、一生安寧を主る。

丁神靈靈,帶鬼不寧,敗子生禍,如何得停?丁神旺相,乘干克支,帶劫煞破耗,是子之敗家生禍也。

丁神が動いて停まらず、また官鬼を帶びて擾りて人の不安ならしむ、敗家子が禍を惹き出す、怎んぞ場を收得住せん?注解に曰く:丁神が當旺にして、日干に乗って往きて日支を克し、同時に劫煞・破耗を帶ぶれば、这就是儿子の家を敗し禍を生ずる象なり。

丁神靈靈,大禍刑干,當躲莫躲,當安莫安。丁神旺相,帶大惡、劫煞、飛廉、亡神、二死刑剋干,是大難也。又丁神主動,必有出入途路之事。傳加青龍,乘劫煞,帶風、雨、雷煞,必有風雨之難,所當躲也。見元武帶五盜、二都,必有途路劫煞賊之難,所當躲也。見白虎,又見虎煞,乘蛇,又帶蛇煞,必有蛇虎之難,所當躲也。

丁神が動いて停まらず、大禍が來て日干を刑す、當に躲くべき時に偏に躲けず、當に安坐すべき時に偏に安坐せず(皆禍を招く)。注解に曰く:丁神が當旺にして、大惡・劫煞・飛廉・亡神・二死を帶びて來て日干を刑克するは、这是大難の頭に臨むなり。加上丁神は本來奔動を主る、必定出門趕路の事に牽涉す。分別して看れば:三傳に青竜を加え・劫煞に乗じ、また風煞・雨煞・雷煞を帶ぶれば、必ず風雨の難に遇う、这是當に躲くべし;玄武を見て五盗・二都を帶ぶれば、必ず路上に劫かるる賊難に遇う、这是當に躲くべし;白虎を見てまた虎煞を見、螣蛇に乗じてまた蛇煞を帶ぶれば、必ず蛇虎の難に遇う、这もまた當に躲くべし。

傳見陰后帶奸神、咸池、女禍,必有婦女姦淫之禍,不可安也。傳見虎蛇,帶病符、天鬼、月厭,必有家中人瘟疫之病,不可安也。傳見勾朱、官符、吏神、關隔、天地盤結,必有牢獄之事。

接着して安坐すべからざる幾種を說く。三傳に太陰・天后を見、また姦神・咸池・女禍を帶ぶれば、必ず男女姦淫の禍あり、坐視して管せざる能わず。三傳に白虎・螣蛇を見、また病符・天鬼・月厭を帶ぶれば、必ず家人の瘟疫に染上するあり、也不能坐視して管せず。三傳に勾陳・朱雀を見、また官符・吏神・關隔を帶び、加上天盤地盤が糾結して開けざれば、那就必ず牢獄の災あらん。

丁神冷冷,不宜殺刑,當殺莫殺,當侵莫侵。冷冷者,羊刃也。丁神臨刃而有殺我之氣,又帶三刑、大煞、金神,或日干得時生旺,可以殺人,可以殺我。若傳入空墓,並關隔囚休,則殺人侵人,恐自取其禍也。故云當殺莫殺,當侵莫侵,乃權宜之法,趨避惟者能之。

丁神は冷森森たり、更に刑殺を見るに宜しからず、當に動手すべき時は動手せず、當に進犯すべき時は進犯するなかれ。注解に曰く:所謂「冷冷」は、指すは羊刃なり。丁神が羊刃に臨めば、便ち一股の我を殺さんとする氣を帶ぶ;再び三刑・大煞・金神を帶び、あるいは日干が正當得時旺相なれば、那就是既可以人を殺し・也可能人に殺さるる局面なり。若し三傳が空亡と墓庫に落進し、また關隔・囚休無氣に逢う、この時還って往きて人を殺し人を侵さんとすれば、恐怕反って自ら其の禍を取らん。故に說く當殺莫殺・當侵莫侵——这是一种權衡變通の辦法、懂得して吉に趨り凶を避くる人のみ之を能くす(底本「趨避惟者能之」の句、「惟」の下に「智」の字を脱したるを疑う)。

丁神靈靈,馬在上行,中途車坑,必有馬驚。丁神旺相帶馬,其人必動。若入天車、天坑、撲殺、二死,必有墮馬撲跌之患。

丁神が動いて停まらず、駅馬がまた上頭に奔走すれば、半路上に車坑を碰見し、一定要驚馬の事を發生せん。注解に曰く:丁神が當旺にしてまた駅馬を帶ぶれば、這人は必定に出行走動せんとす。若し三傳が天車・天坑・撲殺・二死に落入すれば、必ず墜馬摔跌の禍患あらん。

丁空帶劫,行不可出,必有虛驚,伏藏草野。丁神臨空,又帶劫煞、盜神,若出行必有虛驚之禍。若傳入卯與丑未之神,則當伏草野之處,庶可免其盜劫也。

丁神が落空してまた劫煞を帶ぶれば、走らんとするも走る成らず、一定に場の虛驚あり、只好荒草野地裏に躲藏するのみ。注解に曰く:丁神が空亡に臨み、また劫煞・盜神を帶ぶれば、這時出門すれば必ず一場の虛驚に遭う。若し三傳が卯および丑・未の這幾位上に行到すれば、就きて草野僻靜の處に藏身すべし、方に這場の劫盜を躲開する能し。

干支家宅を論ず

六壬變化隨人所占,如占家宅,干為人,支為宅也。如占君臣,干為君,支為臣。如占父子,干為父,支為子。如占兄弟,干為兄,支為弟。如占夫妻,干為夫,支為妻。如占尊卑,干為尊,支為卑。如占己人,支為人,干為己。先審其次序之分而後可以驗其所為之實也。

六壬の取象は占する所の事に隨って變化し、日干・日支が各々何を代表するかは、占するはどの一類の事かを看るべし。家宅を占すれば、日干は人を代表し、日支は宅舍を代表す。君臣を占すれば、日干は君、日支は臣。父子を占すれば、日干は父、日支は子。兄弟を占すれば、日干は兄、日支は弟。夫妻を占すれば、日干は夫、日支は妻。尊卑を占すれば、日干は尊長、日支は卑幼。自己と他人の關係を占すれば、則ち日支は對方を代表し、日干は自己を代表す。必ず先ず這層の主次名分を審定して、然る後に乃ち他們の各自所作所為の實情を驗證する能し。

干支上下を論ず

干克支兮我凌人,刑劫惑迷審其因。干為我,支為宅、為人,干克支,是我欲謀害他。如帶三刑,其人帶劫煞,是我欲劫其財也。帶惑迷,是我欲亂其心也。俱以神煞詳之。

日干が往きて日支を克するは、是れ我這一方の對方を欺凌す;至って起因は、帶る所の刑・劫・惑・迷の各煞上より審察すべし。注解に曰く:日干は我を代表し、日支は宅舍あるいは對方を代表す。日干の日支を克するは、就是我想して他に加害せんとす。若し三刑を帶ぶれば、則ち對方が劫煞を帶び、説明するは我は想して他の錢財を劫奪せんとす;若し惑迷の煞を帶ぶれば、説明するは我は想して他の心志を擾亂せんとす。這些は皆具體の神煞を參照して細辨すべし。

支來克干人害己,劫破刑害當預防。支發用克干,是人慾侵害我也。如帶劫煞刑害,又帶凶神惡將,則當慮患,預防其難則可矣。

日支が反って來て日干を克するは、是れ別人の我を害せんと要す、およそ劫・破・刑・害を見れば就きて豫先防備すべし。注解に曰く:日支が發用して日干を克するは、这是人ありて我を侵害せんと想う。若しそれが劫煞・刑害を帶び、また凶神惡將に乗ずれば、就きて早く憂患の想を作して、這場の難を提前に防住せよ。

上克下兮人害己,下克上兮己害人。上克下,帶刑害,故云人之害己也。下克上,帶刑害,故云己欲謀害他人也。若干上用上能制之,能不可執而論矣。

天盤の神が地盤の神を克するは、是れ別人の我を害す;地盤の神が天盤の神を克するは、是れ我の別人を害す。注解に曰く:上が下を克して刑害を帶ぶれば、故に說く別人の來て自己を害すと;下が上を克して刑害を帶ぶれば、故に說く自己想して別人を謀害せんとす。不過若し日干上神あるいは發用の神が能くそれを制住するを得れば、這條の斷法は死守する能わず(底本「能不可執而論矣」、「能」の字は疑らく「則」と当作るべし)。

干之陽神,年命相關。惟其不親,爾身自言。干之陽神,是第一課也。與年命上神相關者也。若又與用傳無相剋,只與干相干者,吉凶惟以本體言之,不可作親,與外人論矣。

日干の陽神は行年・本命と互相關聯す;若しそれが別處と并せて親近せざれば、則ち這一課は只你自身の事を説く。注解に曰く:日干の陽神は就是第一課(日干上神)、それは行年・本命上神と是れ相關聯する。假如それが三傳發用との間に既に相生もなくまた相克もなく、只日干本身と牽涉あるのみなれば、則ち吉凶は只それ本身に按じて斷じ、當作して親近の人と為すべからず、更に當作して外人と為して論ずべからず。

干若刑支傷小口,類無子嗣絕為殃。若見天空並酉戌,必主奴逃並婢亡。支為妻財,為小口。干刑支,或發用,主傷小口。若課值絕嗣,又不見子息,主無子。絕嗣為殃也。若支上更乘天空,並酉戌,必主奴僕、婢妾逃亡有災也。

日干が若し往きて日支を刑すれば、家中幼小の損傷を主る;這一類の課が再び絶嗣の象に逢えば、就きて斷嗣を以て禍殃と為す。若しまた天空および酉・戌の兩位を見れば、一定に奴僕逃走・婢女亡故を主る。注解に曰く:日支は妻財を代表し、も代表して家中小口す。日干の日支を刑するか、あるいは支を刑する神が發用を充当するは、小口を傷るを主る。若し課上に正に「絶嗣」煞に値い、課中にまた子孫爻を見ざれば、就きて無子を主り、斷嗣は便ち這家の禍殃なり。若し日支上に再び天空に乗じ、并せて酉・戌の兩位を占すれば、必ず奴僕婢妾の出逃あるいは災に遭うを主る。

支上神剋日上神,害刑負煞兩相侵。並帶迷神與謾語,卻有冤家來迫人。支上神發用剋日上神,帶刑害、迷惑、相負、謾語等煞,必有仇人負心,巧計善言以迷害也。

日支上神が往きて日干上神を克するは、害煞・刑煞・相負煞が一斉に來侵す;若し再び迷神と謾語を帶ぶれば、那就冤家の上門相逼するあり。注解に曰く:日支上神が發用して日干上神を克し、また刑害・迷惑・相負・謾語の這幾種の煞を帶ぶれば、必定に仇人の背信棄義し、巧計と花言巧語を用いて來て蒙騙加害するあり。

支之陰神帶刑害,又為病哭加內外,不爾其宜病若何?家中小口不寧泰。支之陰神,第四課也。陰神固為小口,又須巳、亥、子、卯為的。干之陰神亦然,若乘虎蛇,帶刑害、病符、哭神、天鬼,主有小口之災。若有生氣、解神、德、天醫、喜神,則輕。

日支の陰神が刑害を帶び、また病符・哭神の内外兩處に加るあれば、那不病ざれば還って怎様ならん?家中の孩子小口は安寧を得ず。注解に曰く:日支の陰神は就是第四課。陰神は本來小口を主る、還って巳・亥・子・卯の這幾位上に落ちて乃ち更に準なり。日干の陰神もまた此に照じて看る。若しそれが白虎・螣蛇に乗じ、刑害・病符・哭神・天鬼を帶ぶれば、小口に災あるを主る;若し課上に生氣・解神・德神・天醫・喜神の來て救うあれば、災は就きて輕し。

干支陽位用臨陽,必是男子有威光。干支陰位用臨陰,必是女人來問因。干支陽位上發用,又見陽神,必為男子之事。干支陰位上發用,又見陰神,必是女人之事也。

日干・日支が陽位に落ちて發用がまた陽神に臨めば、來占するは必ず威勢ある男子;日干・日支が陰位に落ちて發用がまた陰神に臨めば、來占するは必ず女子、問うもまた女人の事。注解に曰く:日干・日支の陽位上より發用し、また陽神を見れば、一定是男子の事;日干・日支の陰位上より發用し、また陰神を見れば、一定是女子の事。

子帶憂神與刑支,必有小兒災哭隨。支為卯也,卯上加子,用是子卯相刑也。更帶哭憂二神,必有家中小兒哭泣之病也。子發用卯日占,可用言子刑剋。何必以卯加子,而言其災病乎?

子位が憂神を帶びて又去りて日支を刑すれば、家中に必定跟って小兒の災に遭い啼哭するあり。注解に曰く:這裏日支の指すは卯、卯上に子を加えれば、發用は便ち子卯相刑と成る。若し再び哭神・憂神の這兩位を帶ぶれば、家中に一定に小孩の啼哭生病するあり。這裏原作者は一點の辨正を提出す:既是卯日占にして子が發用すれば、直ちに子の來て日支を刑克すると説けば足る、何必に一圈繞いて説きて卯を子上に加えて而後災病を論ずるや?

貴子二死神作祟,小子不寧防病至。子為小子也。更臨子孫之位,又為死絕之地,貴人臨之,必有鬼神作祟,主小子不寧而防災病也。

貴人・子位がまた二死に碰上するは、是れ鬼神の作祟、小兒不安、生病を提防すべし。注解に曰く:子は小兒を代表す。それ若しまた子孫爻の位置上に臨み、而して這箇位置が恰も死絶の地にして、再び貴人の加臨あれば、那就一定に鬼神の作祟あり、小兒の安寧を得ざるを主り、須く災病を防ぐべし。

支上見支破為用,病符的有妻妾災。支上發用作初傳帶刑害、病符,主人口妻妾災。

日支上に日支を破する神を現出して并せて發用を充当し、また病符を帶ぶれば、那是確確實實に妻妾の災あるべし。注解に曰く:日支上より發用して初傳を作り、刑害・病符を帶ぶれば、家中人口および妻妾の災に遭うを主る。

辰上加支,害及家門。人口不利,帶有病生。辰上加支上作鬼發用,帶刑害、病符,主人口有災。

辰位が日支上に加臨すれば、禍害は要して整箇の家門に牽連し、人口不利、還って病を生じ出さん。注解に曰く:辰が日支上に加りて官鬼を充当して發用し、また刑害・病符を帶ぶれば、家中人口に災あるを主る。

天鬼馬厭有鬼神,若克干支有災悔。用帶天鬼、月厭、天馬,若刑剋支干,是有鬼神之禍,災悔不寧也。

課上に天鬼・天馬・月厭を現ずるは、那是鬼神の作怪するあり、若し再び往きて日干・日支を克せば、就きて災を生じ悔を生ぜん。注解に曰く:發用が天鬼・月厭・天馬を帶び、若しそれが日支あるいは日干を刑克せば、便ち鬼神作祟の禍、災殃悔吝、安寧を得ざるなり。

寅申丁馬傳入支,必有貴人臨門宇。寅申為貴人之象也。發用得寅申並丁馬、貴人,末傳又歸支上,為有貴人臨於門宇之象也。

寅・申の兩支が丁神・駅馬を帶びて日支上に傳るは、一定に貴人の登門するあり。注解に曰く:寅・申は本來就に貴人の象あり。發用に寅あるいは申を取り、また同時に丁神・駅馬と貴人を帶び、末傳が再び日支に落回れば、这就是貴人の我が家門庭に來到する象なり。

用西相生旺合支,人家興旺乃相宜。發用與支上神相生相合,而又得時之旺相,無刑沖剋破,主人家興旺之象也。

發用と日支上神とが相生相合し、また旺相の時に當れば、這家人は自然に興旺す(底本「用西」の「西」の字は疑らく「与」あるいは「酉」の訛)。注解に曰く:發用と日支上神とが既に相生しまた相合し、而且正に時令の旺氣を得て、刑・冲・克・破の來て攪擾するなければ、這戸人家の興旺の象を主る。

丁馬會神,喜貴臨門,事成在邇,仍有喜音。發用卯酉,或又傳入支上,乘貴人、會神、丁馬、德喜、成神,必有眾貴臨門之事也,而成事喜信,可預卜焉。

丁神・駅馬が再び會神と會し、喜神と貴人とが一同に門に臨むは、事情は近在眼前にして就きて成り辦せん、還って喜訊の傳來するあらん。注解に曰く:發用に卯あるいは酉を取り、あるいは三傳がまた日支上に行到し、貴人・會神・丁神・駅馬・德神・喜神・成神に乗ずれば、必ず眾多の貴人の登門するあり;事情の成り辦し・喜信の傳到するは、皆豫先斷定すべし。

貴人捧印入吾門,皇恩眷顧光家庭。卯酉發用,或臨干,或臨支,為吾之門也。乘貴人帶天印,是貴人捧印入吾門也。更得月將、皇書、天喜,必獲朝廷恩命之榮,而光顧家庭之內也。

貴人が官印を捧げて我が家の門に走進するは、那是皇恩の眷顧、門庭を光耀す。注解に曰く:卯・酉の兩支は門戸を象徴し、それらが發用し、あるいは日干に臨み、あるいは日支に臨むも、皆我が家の門と算す。上に貴人に乗じてまた天印を帶ぶれば、就是貴人の印を捧げて我が門に入るなり。若し再び月将・皇書・天喜の相助を得れば、必定朝廷の恩命榮典を獲得し、光彩は家裏に照到せん。

明明圓鏡生我宅,家門大小應多益。月將如明明圓鏡也。或發用,或加支生支,是明明之鏡照我宅也。其得天神之助,而一家大小均沾其福矣。雖有凶神惡煞,寧不潛藏?病可脫,訟可解,冤可伸,闇昧得明矣。

一輪の明亮なる圓鏡が生して我が宅舍を照らすは、一家の大小皆利を得せん。注解に曰く:月将(當月の太陽の在る神)は譬して一面の明亮なる圓鏡の如し。それあるいは發用を充当し、あるいは日支上に加って日支を生扶すれば、就是明鏡の我が家を照るなり。这是天神の助を得たり、一家の老小皆福氣に沾る。此の時縱い凶神惡煞ありと雖も、難道還って躲藏せざらんや?病は能く好し、官司は能く了し、冤屈は能く申し、原本暗昧不清の事も皆明朗に變ず。

貴人處高上下照,家中爭訟應可靠。貴人至尊之神,若臨於辰戌之上,謂之履獄,如臨於死、囚、刑、克地,謂之受制,皆不利也。惟臨於發用而得時旺相,是處於高強之地,而下照之,占訟必得貴人之力,應事有靠矣。凡占皆吉。

貴人がその位に高踞して向下に照臨するは、家裏の爭訟は便ち靠山を得る。注解に曰く:貴人は至尊の神、最も幾種の落位を忌む——辰・戌之上に臨むを「履獄」と叫び、死地・囚地・刑を受け克を受くる地に臨むを「受制」と叫び、這些は皆利ならず。ただ發用之上に臨みてまた正當旺相するのみ、乃ち高にして有力の位置に處すと算し、居に高くして下を照らす。斯く官司を占すれば必ず貴人の力を得、事を辦するに依靠あり、何を占するも皆吉利なり。

支耗又見入空亡,財家疑退失脫章。支上發用,帶二耗,加於干支上,又入空亡,家中財退失脫之事章然可見矣。

日支上に耗煞を帶びてまた空亡のうちに落つれば、家財の退敗・遺失走脱の事は就きて明明白白に那裏に擺れり。注解に曰く:日支上より發用し、大耗・小耗の二煞を帶び、日干・日支上に加り、また空亡のうちに落つれば、則ち家中の破財・失物走脱の事已に昭然として見るべし。

彼阻此阻鬼六害,望事無成害自耐。日干加支而被支六害,是被彼阻矣。如入傳而又克支、害支,為此阻也。彼此皆阻,則拂逆不通,安望其成事哉?只得耐而守之。

這邊擋り那邊阻し、また官鬼と六害とが攙雜すれば、指望する事は成り辦せず、害を受けるも也只能自己忍るのみ。注解に曰く:日干が日支上に加るも卻って日支に害せらるるは、这是對方の我を阻ぐ;若し這一路がまた三傳に入りて往きて日支を克し・日支を害すれば、那是我の對方を阻ぐ。雙方互いに阻し、事事拂逆して通ぜず、還って怎んぞ成事を指望せんや?只能忍耐して守るのみ。

頭欲低佗欲阻內,腳欲出行外為懼。頭干也,入支而為支所制,是頭欲低佗而事不能自為,阻於內。自支發用於外,是腳欲出行於外也,而又逢鬼害,被外人之侵侮而外懼矣。

頭は低く下げんとするは、是れ裏頭に擋住せらる;脚は門を邁出せんとするは、また外面を懼る。注解に曰く:這裏の「頭」は日干を指す。日干が日支に進入して反って日支に制住せらるるは、就是頭の低く下るを得・事情の主を作す能わざる、内に受阻す。若し日支より發用して外に向かって走れば、那是脚の門を出でて遠行せんとす;可し外頭にまた官鬼と害煞に碰上し、要して外人に欺侮せられん、故に外に對しても心裏に畏懼を懷く。

火制金干或合支,帶兒就婦作家資。如干金也,上乘火神,是干被火制,投己被克,乃貧賤之人也。又投火上,而支合上乘六合,外子之象也。以干加支,乃帶兒就婦,相生相合,以作家資而別從於女,此干加支而合支者此也。

火が來りて金に屬する日干を制住し、日干がまた日支と相合すれば、那就是孩子を帶びて婦家に投奔し、女方に靠って家業を置辦す。注解に曰く:假設日干が金に屬し、上に火に屬する神に乗ずれば、日干は便ち火に制せられ、自ら羅網に投じて人の克制を受く、是れ貧賤の人。それまた火上に投じ、而して日支上の相合處に六合に乗ずれば、这是外來子女の象なり。日干を日支上に加れば、便ち兒を帶びて婦に就くと成る:彼此相生相合し、女方に靠って家資を置辦し、自己は改めて女家に從う——这就是所謂日干が日支に加りてまた日支と相合する格局なり。

干來合財無支合,必是贅婿人家去。辰、戌、丑、未,土也。如木來克土為妻,或加支合支作用,帶天后、天喜、月合、成神,乃將身就妻,贅婿人家為生也。

日干が來て財爻と合するも日支上に并せて合なければ、那必定に是要して別人家に入贅するなり。注解に曰く:辰・戌・丑・未の四支は土に屬す。若し日干が木に屬すれば、木が土を克すれば便ち土を以て妻財と為す;這土が日支上に加り・日支と相合して發用を充当し、また天后・天喜・月合・成神を帶ぶれば、那就是自身を送って妻に就き、人家に入贅して日子を過すなり。

贅婿又見關格臺,凡事由人難自裁。一生故被人人制,作事何曾得一諧?以支加干而被干克,名贅婿。又見關格、臺土之煞,是事由人制,財由人用,屈身聽令,不得自行,平生無一事可以自成也。

已成の贅婿の課に、また關格・台土の兩煞を見れば、凡事みな別人に由りて主を作さる、自己は主意を拿る能わず;一輩子人に管着せられ、何事を辦するも稱心せず。注解に曰く:日支を日干上に加って日干に克せらるるを、此の種の格局を「贅婿」と叫ぶ。若し再び關格・台土の煞を見れば、就是事情は人家に由りて安排せられ・錢財は人家に由りて支配せられ、只能身を屈して命を聽き、自ら主張を作す能わず、一生に一件事の自己に靠って成し辦したるなし。

寅卯加為贅婿才,老人作腳接夫來。喜成更有良緣在,須向三合可稱懷。寅加卯上,不可言贅婿也。如癸卯者,初課子,二課亥,三課寅四課丑,丑發用,中傳子復歸干上,是課中不見贅婿而初傳亦安。末見寅,復歸支上,丑見子,子與丑合,寅與亥合,寅上乘六合,以剋日干,亦可以贅婿論矣。為老人腳作接夫,以成良緣,更得三合六合,其成事無不稱意。

寅の卯上に加るもまた贅婿の才と論ずべし、老人の出面牽線に由りて女婿を接來す;喜神・成神が齊備すれば便ち良緣あり、還って三合を看て乃ち稱心を須いん。注解に曰く:單に寅の卯上に加るを看るは、本來直ちに贅婿と斷ずべからず。癸卯日を擧げて例と爲さん:第一課は子、第二課は亥、第三課は寅、第四課は丑;丑が發用し、中傳の子がまた日干上に回到す、這様に課中に本來贅婿の象を見ず、初傳も還だ安穩なり。可し末傳に寅を見、また日支上に回落し、加上丑が子を見て子丑相合し・寅と亥と相合し、寅上にまた六合に乗じて來て日干を克すれば、这就同樣に贅婿に按じて論ずべし。这便是老人に由りて出面して女婿を接引し・良緣を促成す;若し再び三合・六合を得れば、事情を辦するに無からず稱心如意せん。

午巳玄一,旺見龍合。生氣女合,招婿堪覓。如乙巳日,初課巳辰、午巳,支課午巳、未午,三傳未申酉。夫以支言,巳加於辰,本為贅婿也。然在支上,午與未合,乙克未土為妻也。中傳申未,未與干上巳合,是支上午未之女,而合干上之婿,招婿入宅之象也。不為婿之堪覓?

午・巳の兩位が玄武と同處し、旺相の時にまた青竜・六合を見、再び生氣と女合あれば、那就是女婿を招得すべし。注解に曰く:乙巳日を以て例と爲す、日干一邊の兩課は巳の辰に加り・午の巳に加り、日支一邊の兩課は午の巳に加り・未の午に加り、三傳は未・申・酉を排出す。單に日支より看れば、巳が辰上に加るは、本是贅婿の象;但し日支上に在て、午と未と相合し、而して乙木は未土を克す、未土は正に乙の妻財なり。中傳は申の未に加り、未はまた日干上の巳と相合す——这就是日支上の午未這一位の女子、往きて日干上の女婿と合し、是れ女婿を招きて門に進むる象なり。这不正に佳婿を覓得すべきにあらずや?

傳來遞生,看合何因。宣傳部上不遂,我心不平。如末生中,中生初,初生干,傳來遞生也。又看生我者上乘何神,為貴人,主功名文書干謁之相投也。如螣蛇,得牽連、提挈之相合也。朱雀,主功名、文書之相遇也。如六合,則婚姻、財喜之相合也。勾陳,主田地、墓墳之進益也。青龍,主添人、進喜之美慶也。

三傳が一路遞相に生助するも、還ってそれらの相合する緣由が何なるかを看るべし;若し上頭に不遂心の處あれば、我心裏は終究平らず(底本此句は「宣傳部上不遂」と作る、「宣傳部」の三字は顯に傳寫訛脱なり、文意は當に所生の上位が遂わざるを謂うべし)。注解に曰く:末傳が中傳を生じ・中傳が初傳を生じ・初傳が日干を生ず、这就叫「遞生」。還って我を生ずる那一位の上頭に乗るはどの天將なるかを看るべし:貴人に乗ずれば、功名文書上に人の投契するあり・干謁得力を主る;螣蛇に乗ずれば、是れ牽連提携方面の凑合;朱雀に乗ずれば、功名文書上の機遇を主る;六合に乗ずれば、則ち婚姻財喜の和合;勾陳に乗ずれば、田地墳墓方面の進益を主る;青竜に乗ずれば、添丁進喜の美事を主る。

天空,主奴婢、僕,空中之財喜也。白虎,得死喪、道路之錢財也。太常,主親眷、布市之酒食也。元武,有陰私財物之相益也。陰后,有婦人財物之美利也。

接着して其余の幾位の天將を說く:天空に乗ずれば、奴婢僕役の事を主り、得るは虚空不實の財喜;白虎に乗ずれば、得るは喪事上・路途上より來る錢財;太常に乗ずれば、親戚往來・布帛集市と酒食の利を主る;玄武に乗ずれば、得るは暗地裏より來る財物好處;太陰・天后に乗ずれば、得るは婦人の身上に帶來する財利。

若年命上神與干支自相刑、沖、破、害、空亡,則亦有名無實矣,我心得平乎?蓋末生中,中生初,初生干,猶外人之推薦我也。因無往不利矣。若初生中,中生末,末生干,而干不洩氣,則為人歸報於我,而事終成就知。

但し若し行年・本命上神と日干・日支との間に自ら相刑・冲・破・害し、あるいは空亡に落つれば、那這些の好處も不過有名無實、我心裏は怎んぞ平らかに下り得ん?注解に曰く:末傳が中傳を生じ・中傳が初傳を生じ・初傳が日干を生ずる這一路は、好比外人の層層に我を擧薦して上に上去せしむ、故に往くところ利なからずなし。反って若是初傳が中傳を生じ・中傳が末傳を生じ・末傳が再び回來して日干を生じ、而して日干本身がまた泄氣せざれば、那便是別人の辦事を完して再び回頭して來て我に報答す、事情は終究に成就する能し。

支為房屋卻相生,必定人家屋宇寬。更有德神來聚會,居之還是出高官。干為人,支為宅。若三傳生干脫支,則人旺宅衰。若三傳生支克干,是宅廣人損,俱為不能全美也。今支相生,則屋宇寬平。干又不克,更帶德神聚會,則宅可居,出高官而人宅俱盛矣。

日支は房屋を代表す、若し日干と相生すれば、這家の屋宇は一定に寬敞なり;若し再び德神の會聚あれば、住進みて還って高官を出さん。注解に曰く:日干は人を代表し、日支は宅を代表す。三傳が若し只日干を生じて日支を泄耗すれば、就是人旺にして宅衰;三傳が若し只日支を生じて卻って日干を克すれば、就是宅子寬大にして人口損を受く——這兩種は皆圓滿と算せず。如今日干と日支と相生すれば、屋宇は便ち寬敞平穩;日干が又不去りて它を克し、再び德神の會聚を帶ぶれば、則ち這宅子は居に宜しく、還って高官を出す能し、人と宅と兩旺す。

合酉遷移並改門,欲爭利役兩相尋。卯酉發用,上乘六合,或臨支,或傳支,神將相沖,有更改門戶之象。若帶吏神、勾絞、刑害,非為公事,則與吏相爭門戶之事也。

六合と酉と相遇すれば、搬家改門を主り、還って利益と差役の兩頭に奔走爭執せん。注解に曰く:卯あるいは酉が發用し、上に六合に乗じ、あるいは日支に臨到し・あるいは日支に傳り、天將と地支とが彼此相冲すれば、就是要門戸を改建する象なり。若し再び吏神・勾絞・刑害を帶ぶれば、則ち不是公事の為め、便是官吏と門戸の事を以て爭執し起こる。

午臨金上人家退,破耗凶亡並其位。支為宅,宅位若是金上見火克之,又自支發用,破耗,必主人家退財破耗而一矣。

午火が金に屬する宮位上に臨めば、這家は要して敗退し、破耗と凶亡とが一斉に那箇位置を占住す。注解に曰く:日支は宅を代表す、宅位が若し金に屬して上に火の來克するを見、また日支上より發用し、破耗の煞を帶ぶれば、一定に這家の退財破耗を主る(底本末句「而一矣」の文字は訛脱あるを疑う)。

二死加支宅死人,則因墓在支上並。支上見墓而克支,又帶二死,必有伏尸而人死不寧也。如乙亥日未加亥,辛亥日丑加亥是也。

二死が日支上に加れば、這宅裏は人を死なしめん、原因是墓神もまた一幷に日支上を壓す。注解に曰く:日支上に墓神を現出してまた日支を克し、再び死氣・死神を帶ぶれば、必有伏屍未安・死者不寧の事。譬如乙亥日に未が亥に加り・辛亥日に丑が亥に加るは、皆是れ這種の格局(乙は未を以て墓と爲し・辛は丑を以て墓と爲し、正に日支の亥上を壓す)。

滅門大禍月鬼破,不去人財致災禍。用帶滅門、大禍、月破、月鬼、破碎克干支,而干支受克,人財兩失矣。

滅門・大禍・月鬼・月破の幾様が凑齊し、法を設けて除去せざれば、就きて人財の禍を招來せん。注解に曰く:發用が滅門・大禍・月破・月鬼・破碎を帶びて往きて日干・日支を克し、而して日干日支がまた確實に克を受くれば、那就是人口と錢財の兩頭皆損失せん。

喪吊鬼並刑與鬼,家中死喪淚沾巾。支上發用乘喪吊、月鬼,以克干支,家中必有死亡之兆。

喪門・弔客と官鬼と并見し、また刑煞を夾めば、家中に要して喪事を辦し・手巾を哭濕せん。注解に曰く:日支上より發用し、喪門・弔客と月鬼に乗じ、往きて日干・日支を克すれば、家裏に一定に死亡の徵兆あらん。

用帶劫煞月厭鬼,刑剋其干不測災。用帶劫煞、月厭、月鬼,刑剋其干,必人有不測之災。

發用が劫煞・月厭と官鬼を帶び、往きて日干を刑克すれば、人に意外の災あるを主る。注解に曰く:發用が劫煞・月厭・月鬼を帶び、日干を刑克すれば、這人は必定要して一場の料想し得ざる災禍に遭わん。

貴乘卯酉加用支,家宅遷移並逃走。卯酉加支作用,而上乘貴人。蓋卯酉乃日月之門,而貴人臨之,則不安矣。主宅遷移,而逃亡不免也。

貴人が卯・酉に乗じて日支上に加り并せて發用を充当すれば、家宅搬遷を主り、還って人の出逃するあらん。注解に曰く:卯あるいは酉が日支に加臨して發用を作り、上にまた貴人に乗ず。卯酉は本是日月出入の門戸、貴人が門戸上に臨到すれば、家裏は就きて安定し下來る能わず、宅子の遷移せんとするを主り、也免れず人の逃走せんことあらん。

貴人劫煞作陰鬼,二死克干因願許。未曾還願賽神明,不久魂魁歸地府。貴人臨陰位之上,或陰時所占,又臨死囚之地,是貴人之為陰貴,又帶二死克干,是願未還,欺罔神明,不久而歸陰府也。

貴人が劫煞を帶びて陰鬼と變成し、二死が又來て日干を克するは、这是從前許し下せし願の未だ還さざるに由りて致す;許願の後一直に曾て還願酬神せず、不多久魂魄は就きて地府に歸到せん。注解に曰く:貴人が陰位之上に臨み、あるい是在夜時起する課にして、また死地・囚地に落つれば、这就「陰貴」と成る;再び二死を帶びて來て日干を克すれば、説明するは当事人が願を許して未だ還さず、神明を欺瞞し、不久便ち陰間に下らんとす。

螣加於水,二死刑支,家有連喪,門戶嗟吁。支上發用,帶二死,以刑其支,必有喪人口之厄。若帶病符,主有帶病之人;帶官符,主有門戶官司之擾也。

螣蛇が水位に加臨し、二死が又去りて日支を刑すれば、家中に接連して喪事を辦し、門庭は一片の嘆息(此條の歌訣は下文の另一條と同じく「螣加于水」と作る、底本は訛重あるを疑う)。注解に曰く:日支上より發用し、二死を帶びて往きて日支を刑すれば、必有人口を喪失する厄。若し同時に病符を帶ぶれば、家中に久病の人あるを主る;官符を帶ぶれば、則ち門戸の間に官司の來て攪擾するを主る。

螣加於火,火鬼又發。來刑爾身,火災橫發。用乘螣蛇,帶火鬼,並天地火克干,主本身之被火傷。克支,主宅被火焚之難也。

螣蛇が火位に加臨し、火鬼がまた發動し、來て我が身を刑すれば、火災は就きて橫發せん。注解に曰く:發用が螣蛇に乗じ、火鬼を帶び、再加天火・地火が一同に來て日干を克すれば、本人の火に燒傷せられんことを主る;若し克するは日支なれば、則ち宅舍の火焚の難に遭うを主る。

螣加於水,又見水鬼,防身溺亡,逢水投水。用乘蛇,帶井煞克干,防有溺水之患。因客而死於水者,因賊而死於水者,因酒而死於水者,因奸而死於水者,因爭而死於水者,以數神詳之。

螣蛇が水位に加臨し、また水鬼を見れば、要して淹死を防ぐべし、水を見れば就往きて水裏に投ず。注解に曰く:發用が螣蛇に乗じ、井煞を帶びて來て日干を克すれば、須く溺水の患を防ぐべし。至って溺死の緣由は則ち各各相同ならず:作客在外に因りて淹死する有り、賊に遭うて追趕せられて淹死する有り、醉酒して失足し淹死する有り、姦情の敗露に因りて水に投ずる有り、人と爭鬥して推入水せらるる有り——要して同宮の各種神煞を參照して分辨すべし。

螣加於戌,不利家室。災病無時,令人撲滅。用乘螣蛇加於戌上,或墓干支,主災病之人。帶二死,則有撲滅之災矣。

螣蛇が戌位に加臨すれば、家室に利あらず、災病は隨時に來らん、甚だしくは人を撲倒撲滅せん。注解に曰く:發用が螣蛇に乗じて戌上に加るか、あるいは墓神が日干・日支を蓋住すれば、家中有災病之人を主る;若し再び二死を帶ぶれば、那就是要して人命を出す撲滅の災なり。

螣寅官宜文字驚,克干欲求得救人。寅為官吏、文書之神也,用乘螣蛇克干,主有公文驚恐憂疑之事,如傳中有刑蛇之神,方可得免其害矣。

螣蛇が寅に乗じて官位に臨めば、要して文書公文の爲め一場の驚嚇を受けん;それ若し日干を克せば、就得趕緊に救助の人を找ふべし。注解に曰く:寅は官吏・文書を主る神、發用が螣蛇に乗じて來て日干を克するは、公文の爲め驚恐憂疑するを主る。只有三傳中に能く螣蛇を刑制する神を現出せば、才可以這場の害を免れん。

螣刑火鬼並月厭,火德家中事無奈。用作螣蛇,帶火鬼、月厭、火德,或支發傳刑支,主家有火災。

螣蛇が刑を帶び、又并せて火鬼と月厭に上火すれば、家中に要して火事を出さん、人をして無可奈何ならしむ。注解に曰く:發用が螣蛇を作し、火鬼・月厭・火德を帶び、あるいは日支より發出して三傳が反って日支を刑すれば、皆家中に火災あるを主る。

朱禽二死克其日,若帶火鬼火燒身。用乘雀,帶火鬼克干,又帶二死克,主身有火燒之事。

朱雀這隻の火禽が二死を帶びて來て日干を克すれば、若し再び火鬼を帶ぶれば、火は就きて本人の身上に燒到せん。注解に曰く:發用が朱雀に乗じ、火鬼を帶びて來て日干を克し、又二死を帶びて同じく來て克すれば、本人の火燒の事に遭うを主る。

朱來剋日主不寧,必有口舌再相爭。用乘朱雀剋日,並謾語,必有口舌相爭之事。

朱雀が來て日干を克すれば、人は安寧を得ず、一定要口角爭執を生ぜん。注解に曰く:發用が朱雀に乗じて去りて日干を克し、再び謾語の煞を帶上すれば、必有口舌相爭の事。

朱午官符兩相磨,火鬼焚燒屋宇過。午者,朱雀之本位也。午上乘朱雀火,見火鬼,若帶官符,主官訟之事。帶火鬼,火焚之怪,二事不能免。

朱雀が午位に落ちて又官符に碰上すれば、兩下相磨す;火鬼が一動すれば、屋宇は就きて燒かれん。注解に曰く:午は朱雀の本位。午上に火に屬する朱雀に乗じ、又火鬼を見、若し官符を帶ぶれば、官司を打つを主る;若し火鬼を帶ぶれば、火燒の怪事を主る。這兩樁は皆躲掉する能わず。

勾陳臨卯加在辰,病符死血共相臨。家中必有災凶病,須向東方去索神。勾陳臨支發用,加卯辰上,帶病符、二死、二血,有災病之人。卯為東方上神不安寧,向東方禳之吉。

勾陳が卯に臨みて又辰上に加り、病符と死氣・血煞が一齊に壓過來れば、家中に必有凶險の病症、須く東方に往きて禳解し神を求むべし。注解に曰く:勾陳が日支に臨みて發用し、卯・辰之上に加り、病符・二死・二血を帶ぶれば、家中に病患の人あるを主る。卯は東方に屬し、是れ東方位上の神の不安寧なり、故に東方に往きて祭禱禳解するを吉と爲す。

青龍帶死來剋日,德祿與空在傳立。乃見因家得美官,喜中而亡死非分。用乘青龍,帶德祿、青龍,有喜。成神是喜事也。又帶二死克干,必因人有喜事太過而死亡於後也。

青竜が死氣を帶びて來て日干を克し、而して德神・禄神が又空亡と一同に三傳裏に立つ、这是家世に靠って好官職を得たるも、卻って喜慶の中に意外身亡す。注解に曰く:發用が青竜に乗じ、德神・禄神を帶ぶれば、本是喜ある象、成神もまた喜事の標志;可し它が同時に二死を帶びて來て日干を克すれば、那就必定是喜事の過度に因り、隨後反って命を喪うなり。

青龍帶死來剋日,自祿成神因財業。謀為太過已勞心,得遂在心過喜卒。青龍發用,帶祿神、成神,主因財產而謀為也。或傳中帶二死克干,是謀為勞心太過,得遂心而卒也。

青竜が死を帶びて來て日干を克し、本身にまた禄神・成神あれば、説明するは是れ財産家業の爲め奔忙す;籌劃過度して心力を耗盡し、心願の達成する時を等到すれば反って狂喜に因りて猝死す。注解に曰く:青竜が發用し、禄神・成神を帶ぶれば、財産の爲め經營謀劃するを主る;若し三傳中に又二死を帶びて來て日干を克すれば、那就是謀劃操勞過度にして、事情の如願の時に人卻って沒すなり。

天空二死克其身,丁馬因人騙我銀。為此惱傷成病卒,喜負相負一片心。用乘天空,帶丁馬玄盜而脫干,是有人騙我銀也。更帶憂神、二死,因此惱而成病。

天空が二死を帶びて來て本身を克し、丁神駅馬が一動すれば、就きて人ありて我が銀錢を騙走す;這事の爲め懊惱して疾を成し、一片の好心は反って辜負せらる。注解に曰く:發用が天空に乗じ、丁神・駅馬と玄武盜神を帶びて來て日干を「脱」す(その氣を泄耗す)は、就是人ありて我が銀子を騙走す。若し再び憂神・二死を帶ぶれば、便ち這場の懊惱に因りて病を生出せん。

天空二死克其身,丁馬亡神又在旬。仍為逃人成病死,何曾念我是東人。天空發用帶丁馬、亡神克干,必為逃走在逃,因而成病。若帶刑沖劫煞克干,必有奴婢謀主之事,而不念我是其東人也。

天空が二死を帶びて來て本身を克し、本旬中に又丁神・亡神あれば、那是逃走の人の爲め操心して病を成して死す、對方は何處か還って我の其の主家なるを念うや。注解に曰く:天空が發用して丁神・駅馬・亡神を帶びて來て日干を克するは、必ず人の潜逃して外に在るに因り、此の爲め憂急して病を成す。若し再び刑・冲・劫煞を帶びて來て日干を克すれば、那就一定に奴婢の暗算して主人する事を現ず——彼らは根本的に我の其の東家なるを顧みず。

白虎乘金剋日干,一刀之下有何難?胡為不早潛逃去,以免臨時受害殘?白虎帶劫煞、羊刃、金神、大煞克干,必有刀兵之厄,宜潛逃避以射其難也。

白虎が金氣に乗って來て日干を克すれば、一刀の砍り下すに還って何の難あらん?何に因って不趁早に躲開して、臨頭に那傷殘の苦を受くるを免れん?注解に曰く:白虎が劫煞・羊刃・金神・大煞を帶びて去りて日干を克するは、必有刀兵の厄、應當暫避して躲藏し、以て這場の災難を化解すべし。

白虎劫殺刑剋來,又加天鬼在中排。此是人家添瘟病,爾惟不謹甚危哉!用乘白虎帶劫煞,或支發用克支,帶天鬼,主人家有瘟疫之病。

白虎が劫煞を帶びて來て刑克し、中間に又天鬼を排すれば、这是家裏に要して瘟疫の病人を添えん、你に若し不小心提防せば就きて太も危險なり。注解に曰く:發用が白虎に乗じて劫煞を帶ぶるか、あるいは日支より發用して反って日支を克するか、同時に天鬼を帶ぶれば、這家の要して瘟疫を鬧すを主る。

白虎二死作空刑,剋日辰年病必死。白虎發用並二死、空亡刑剋日干支年命者,占病必死。

白虎と二死とが空亡上に落ちて又刑を帶び、去りて日干・日支と行年を克するは、病を占すれば必死なり。注解に曰く:白虎が發用し、并せて二死と空亡とが、日干・日支・行年・本命を刑克するを、以て疾病を占すれば、人は必ず死す。

白虎入午帶劫亡,必有殺傷身碎廢。用乘白虎發用,逢午帶劫煞、亡神、破碎、四廢在干與年命,主有殺傷之厄。

白虎が午位に落入して又劫煞・亡神を帶ぶれば、必有殺傷の事、身體は破損殘廢す。注解に曰く:發用が白虎に乗じ、午位に逢って劫煞・亡神・破碎・四廢を帶び、且つ這些の煞が日干あるいは行年本命上に落つれば、有して殺傷せらるるの災厄を主る。

白虎若克寅龍木,看殺相加知禍福。用乘白虎,加寅卯,帶病符,主病。官符主訟,以神煞詳之。

白虎が若し往きて木に屬する寅位の青竜を克せば、究竟是れ禍か福かは、同宮に何の煞を加えしかを看るべし。注解に曰く:發用が白虎に乗じて寅・卯上に加れば、若し病符を帶ぶれば則ち生病を主り、若し官符を帶ぶれば則ち官司を主る——要して具體の神煞を參照して分辨すべし。

太常劫煞二醫空,又有劫煞在其中。剋日二死氣沉蒙,毒藥而亡冤不通。太常帶劫煞克干,是毒藥以傷人也。若二醫空亡,不能為救,又帶二刑,必有毒藥而亡矣。

太常が劫煞を帶びて天醫・地醫の兩位は皆落空し、中間に還って劫煞を夾む;それが日干を克して又二死を帶ぶれば、人は便ち氣息沉昏し、終に毒に中って死す、冤屈は申説する處なし。注解に曰く:太常が劫煞を帶びて來て日干を克するは、就是人ありて毒を下して人を害する象。若し天醫・地醫の兩位の醫神が皆空亡のうちに落つれば、就きて救治の力量なし;再び二刑を帶上すれば、那就必定中毒して身亡す。

太常劫煞害與刑,食殺有來傳上臨。二死克干無解救,必因酒食病相侵。太常酒食宴會之神,子午卯酉則殺吃索之神,太常帶劫煞克干,傳中無救,必因酒食相侵而成病也。

太常が劫煞と刑・害を帶び、飲食の煞が又三傳上に臨到す;二死が來て日干を克するも救神なくば、一定是酒食に因りて病を得る。注解に曰く:太常は本是酒食宴會を主る神、而して子・午・卯・酉の四位は則ち索命して吃を討る煞を主る。太常が劫煞を帶びて來て日干を克し、三傳中に又救神を找得ざれば、必定飲食に因りて身を傷って病を成す。

玄劫相加刑與害,日干受克應無奈。奸門陰殺入傳來,必是婦人冤業債。玄武並劫煞、奸神、陰煞刑害日干,是為婦人所害之事。若帶五盜,是盜賊相害也。

玄武と劫煞と相加し、又刑を夾み害を帶び、日干は克を受けて無可奈何;姦門と陰煞とが三傳に進めば、那必是婦人の身上の冤孽債なり。注解に曰く:玄武が劫煞・姦神・陰煞に并せて往きて日干を刑害するは、是れ婦人に害せらるるの事。若し帶ぶるは五盗なれば、那就是盗賊に害せらるるなり。

太陰和合進金銀,陰小私謀共一情。太陰發用生干,帶三六合、成神,主進財寶、婚姻之事。若刑剋害干,主陰謀奸私之事。

太陰と合神と相配すれば、金銀財寶を進るを主る;若是陰私小人が暗中に謀劃すれば、那就另に一番の情形。注解に曰く:太陰が發用して日干を生扶し、三合・六合と成神を帶ぶれば、財寶を進り・婚姻を成すを主る。若しそれが反って日干を刑克害すれば、則ち暗中の陰謀と姦私の事を主る。

馬載太陽鬼加亥,為中鳴叫鬼相害。太陰陰私闇昧之神也,或夜時占,乘亥之陰神,帶月鬼、月厭,主有鳴叫之聲,陰鬼相害也。

駅馬が太陽を驮りて官鬼が亥位に加れば、屋中に鳴叫の聲あるべく、是れ陰鬼の作害なり。注解に曰く:太陰は陰私暗昧を主る神、若是夜間起する課にして、それが亥位の陰神に乗じ、又月鬼・月厭を帶ぶれば、家中に異樣の鳴叫聲を聞くを主り、那是陰間の鬼の來て作害するなり。

支神三合俱事成,或為親眷或親姻。支神三合不空,凡事俱成。或為親眷姻親之事也。

日支の神が三合を結成すれば、諸事皆辦成する能し、辦する所は多半は親戚あるいは姻親の事。注解に曰く:日支の神が三合を結成して空亡に落ちざれば、凡事皆成す能し;成する所の事は、往往親眷あるいは姻親に關涉す。

三合原來有三事,天空卻又無三至。凡三合,主有三事,於人則有三人。若又空亡,則有所缺而無三至也。

三合は本來三樁の事を主る、可し一旦天空に碰上すれば、三樣は就きて凑齊せず。注解に曰く:およそ三合を結成するは、三件事有るを主る;若し人の身上に落れば、就是三箇人あらん。若し三合の中に空亡を夾めば、就きて一處の缺失あり、三樣は到り齊わず。

家道已衰主失意,傳課衰敗空沒氣。支為宅,若支上所臨之神入於衰囚之地,而傳用又見衰敗死氣之鄉,則家門洩氣可知矣。

家道は已に衰落し、人は自然に失意す、因るに四課三三傳が處處衰敗落空し・毫も生氣なし。注解に曰く:日支は宅を代表す。若し日支上に臨む神が衰・囚の地に落ち、三傳發用に又衰敗死氣の郷を見れば、則ち這一家門戸の泄氣衰頹するは、就きて一目了然なり。

火鬼乘支入用中,克支作鬼定為凶。急宜移宅且匆匆,方免殃折回祿凶。火鬼加支,是家藏火燭。而又自支作用克支,則火所必發,此宅之數也。若急移之,方可免禍。不然而有回祿之厄,焚燒之慘,智者詳也。

火鬼が日支上に乗じて又發用に進入し、反って日支を克して官鬼を充当すれば、斷定して凶と爲す;要して趕緊に搬家し、愈も快ければ愈も好し、乃ち殃に遭い火に遇うを免れん。注解に曰く:火鬼が日支に加臨するは、説明するは家裏に火を起す隱患を藏す;若し又日支より發用して回頭して日支を克すれば、那火は一定要燒き起こらん、这是這所宅子の注定する數なり。趕緊に搬り走れば、才可以禍を免れん;否らざれば就きて回禄の災(回禄は即ち火神、火災を指す)・焚燒の慘あり、明智の人は應當細察すべし。

申旺相生,德金神直,喜家財富,足真無比。申為財寶之地,旺相乘德神與干相生合,家財富足,真無比矣。

申位が當旺して又日干と相生し、德神と金神とが端正して位を得れば、家財豊厚・富足無比を主る。注解に曰く:申は財寶の居する地、それが正當旺相にして、上に德神に乗じ、又日干と相生相合すれば、則ち家財は富足し、真に之に比倫するなし。

家藏其仇,無與人語。惟子不肖,生出嗟吁。三交課,支帶刑害其干者,是其仇。帶太陰六合,是家藏其仇人,無與人知也。內有子,是我之子也,加風煞、謾語,是子不肖,妄與人語,傳入劫煞、亡神,大則殺身害命,小則口舌爭訟而生災。

家裏に仇人を藏む、此事は人に對して講る能わず;偏偏として儿子は成器せず、禍を惹き出して人をして嘆息せしむ。注解に曰く:三交課を得て、日支が刑害を帶びて去りて日干を傷るは、那就是仇人。若し同時に太陰・六合を帶ぶれば、便ち家中に仇人を窩藏し、外人は知るに由なし。課中に若し子孫爻を見れば、那是我的儿子;這子孫爻上に風煞・謾語を加えば、就是儿子の不肖、胡亂に外人に對して亂說す。若し三傳が再び劫煞・亡神に落進せば、大なれば殺身害命に鬧到り、小なれば口舌爭訟して災禍を生ず。

螣加於金,劫煞刑害。因煞而殺,支干互侵。螣加於金作用,而帶劫煞、金煞,有殺人之象;或因支帶刑害克干,而干或作用刑害克支,是干支互侵,報復之象也。

螣蛇が金位に加臨し、又劫煞と刑害を帶ぶれば、煞に因りて殺心を起し、日干日支が互相侵犯す。注解に曰く:螣蛇が金位上に加って發用を充当し、劫煞・金煞を帶ぶれば、就きて人を殺する象あり;あるいは日支が刑害を帶びて去りて日干を克し、而して日干あるいは發用が又反って日支を刑害克すれば、这便是干支互侵・彼此報復の象なり。

螣加於金,暗見金鬼,毋苟出入,被人謀死。螣加金作用,帶金神、劫煞,若遁鬼克干,此必有人謀殺傷之厄,慎之!

螣蛇が金位に加臨し、暗處に又金鬼を現出すれば、隨便に出入すべからず、當心して人に謀害して致死せらるることなかれ。注解に曰く:螣蛇が金に加って發用を作し、金神・劫煞を帶び、若し旬遁し出す天干が又官鬼と成って來て日干を克すれば、那就一定に人ありて圖謀殺傷す、務必謹慎すべし。

螣加於金,劫見刑害,干乘生旺,刀斧虛驚。螣加金作用,帶刑害日干,若傳並生旺,則有刀斧虛驚之厄,而不至於見傷也。

螣蛇が金位に加臨し、劫煞が又刑害を見るも、但し日干が正に生旺の氣に乗ずれば、那就只是刀斧の身に臨む一場の虚驚なり。注解に曰く:螣蛇が金に加って發用を作し、刑害を帶びて去りて日干を傷る;若し三傳が同時に生旺の地に處し、日干に氣あれば、就只有刀斧虚驚の厄、至らず真に傷を受くるに。

螣加於木,二死催促。又見索神,縊死而足。蛇加於木上,主害人之角。如並二死、索神,或加干,或加用克干,主占人有吊死之厄。若加支,或作用,克支,主有吊死之人也。

螣蛇が木位に加臨し、二死が又來て催逼し、再び繩索の神を見れば、就足以上弔して死すと斷ずべし。注解に曰く:螣蛇が木上に加るは、人の頭首を傷害するを主る(底本は「角」と作る)。若し二死と索神に并せるか、あるいは日干上に加るか、あるいは發用を充当して來て日干を克すれば、占する所の人に上弔の厄あるを主る;若し日支上に加るか、あるいは發用を作して去りて日支を克すれば、則ち家中に人の上弔するを主る。

螣見於金。劫殺飛昇,子無不慎,厄於刀兵。螣加於金,帶劫煞、羊刃、飛廉,是劫煞飛昇之象也。若加干上,或作用克干,必主有刀兵之難。若入於空陷之地,可以避之也。

螣蛇が金位に見え、劫煞が勢に乗じて飛騰すれば、你可不謹慎ならざるべからず、否らざれば刀兵の厄に遭わん。注解に曰く:螣蛇が金位に加り、劫煞・羊刃・飛廉を帶ぶれば、这就是劫煞飛升の象。若しそれが日干上に加るか、あるいは發用を作して來て日干を克すれば、必ず刀兵の難を主る;若しそれが空亡の陷地に落進せば、那還って躲け過ぐるを得べし。

螣加於水,陰私驚伏,當行莫行,當浴莫浴。螣乃驚恐之神,加於水,是藏伏其身而陰旋害人。若並丁馬道路之亡神,則當行而不可行,並浴盆、劫煞而當浴而不可浴,庶免其禍矣。

螣蛇が水位に加臨し、暗し、暗處に驚險を潜伏す、當に走るべき時は走るなかれ、當に洗浴すべき時は洗浴するなかれ。注解に曰く:螣蛇は驚恐を主る神、水上に加れば、就是自己を藏めて暗中に圈を轉して人を害す。若しそれが丁神・駅馬と道路上の亡神に并せば、則ち本該出門するも出門すべからず;若し浴盆煞と劫煞に并せば、則ち本該洗浴するも洗浴すべからず——這様にして乃ち事を出すを免れん。

白虎劫煞克刑來,又加虎殺在中排。莫入山中尋老虎,擦口磨虎去不回。用乘白虎劫煞,又並虎煞,或克干,或入傳刑害干,或入山中,則有虎傷之厄。

白虎が劫煞を帶びて來て克し來て刑し、中間に又虎煞を排せば、切に山に進りて老虎を找しに往くなかれ、否らざれば往きて回る有れど回る無からん。注解に曰く:發用が白虎に乗じて又劫煞を帶び、再び虎煞に并せるか、あるいは日干を克するか、あるいは三傳に進入して往きて日干を刑害するか;此の種の課が若し還って山に進らば、就きて虎に傷せらるるの災厄あらん。

馬丁卯酉入支用,為遷家宅問其故。馬丁卯酉發用帶生氣,是問宅移遷修改之事。

駅馬・丁神と卯酉とが一同に日支に進入して發用を作れば、來人の問うは搬家の緣故なり。注解に曰く:駅馬・丁神が卯・酉上に落ちて發用し、又生氣を帶ぶれば、則ち來人の問う所は正に宅子の遷移あるいは改建の事なり。

貴加卯酉作初傳,定是遷居家宅吉。貴並卯酉加支帶生氣、丁馬,是來意問遷居之事也。

貴人が卯・酉上に加って初傳を充当すれば、來意は必定是遷居を問う、且つ吉利を主る。注解に曰く:貴人が卯・酉に并せて日支に加臨し、又生氣と丁神・駅馬を帶ぶれば、説明するは來人の本意は就是搬家の事を問うなり。

欲下欲上下還上,令人主脊腰自強。笑而不語外見僧,卻有喜來出非望。此喜事來也。課體返吟,自上而下,下而又上,如丙日在巳,下亥,亥上克巳,是欲下也。以欲上也,欲上欲下不得。末傳又歸巳,是下又還上也。巳主腰,被亥所克,主半世中間忽然腰自強也。巳主笑,帶銜物煞,得此風疾,笑而不語,再加僧煞、天醫、喜神,是有僧來醫,喜出非望。

要して下り又要して上り、下去して還って上頭に回到す、這人の腰脊は忽然に僵直するを會せん;笑みて語らず、外頭に僧人に遇見し、反って意外の喜あり。注解に曰く:這一條の斷ずるは喜事の將至なり。課體は返吟、天盤は上より下り・下去して又回りて上る。譬如丙日は日干が巳に寄し、巳の下に亥に臨み、亥が反って上り來て巳を克す、这是要して下に往き行かんとす;同時にそれまた往上に行かんと想う、上下皆動き成らず。等到末傳に又巳位に歸回すれば、就是下去了にして又還って上頭に回る。巳は人體に在て腰を主り、亥に克せらるれば、人の半生に到って忽然に腰背僵硬するを主る。巳は又笑を主り、若し銜物煞を帶ぶれば、得るは正に這種の風疾にして、只會笑みて話を說出する能わず。若し再加僧煞・天醫・喜神あれば、那便ち僧人ありて前來醫治し、喜は意外より來るなり。

行人を論ず

干支丁馬,互臨日辰。臨辰外動,臨日內生。凡壬課以干為主,干者我也。干上神是我所為之事,為外也。以支為宅,支者,家宅也。支上神是家所為之事,為內事也。此就我本身而言也。若與外人謀,不免有人己之分,則以干上為我,即內也。支上神為他人,即外也。此就變動而言也。若丁馬加於干,凡事必自內生,由內而出也。馬丁加於支,凡事必自外來,由外而來也。庶內外之事不混淆矣。

日干・日支上の丁神と駅馬とが、交互に日辰の各處に臨到す:日支に臨めば就是動は外に在り、日干に臨めば就是發は内に在り。注解に曰く:およそ六壬課は日干を以て主と爲し、日干は就是我。日干上神の管するは我在外頭に做する事、算して「外」;日支は宅を代表し、是れ家、日支上神の管するは家裏の事、算して「内」——这是就我本身に立論す。可し若是外人と打交道すれば、就きて免れず人我を分かつ:這時日干上は我を算し、反って「内」;日支上は他人を算し、反って「外」——这是就情勢變動に立論す。至って丁神・駅馬の落處:丁馬が日干上に加れば、事情は必定に内部より發起し・裏より往外に走る;丁馬が日支上に加れば、事情は必定に外面より來り・外より内に向かう。這様にして内外の兩路は至らず混淆するに。

行行在馬,進入天空。中途而止,扶我興濃。干上行馬作用,欲行也。中傳見空亡,則馬不能前進,主中途迴轉。帶天空、關格、臺土則中途羈遲,其吉凶以所乘之神定之。

一路馬上に奔るも、卻って天空に撞進し、半途に走到して就きて停住し、只好回來して我這一頭の興致を扶持す。注解に曰く:日干上の駅馬が發動して發用を充当するは、想して出行せんとす;可し中傳に空亡を見れば、馬は便ち前進する得ず、半路に折回するを主る。若し天空・關格・台土の這幾樣を帶ぶれば、就是中途に絆住せられて耽擱す。至って這一趟が究竟是れ吉か凶かは、駅馬上に乗ずるはどの位の天將なるかを看て定めん。

九丑不宜入盜神,武將得之忌出兵。回家之象。若傳進,是在家有出行之象。二者必居一於此矣。

「九醜」這種の課は更に盜神と同處するに宜しからず、武將がそれを占するに切に發兵出征を忌む。以下の注解は歌訣と不相銜接し、底本此處は顯に脱文あり、僅に後半を存す:三傳が若し退けば、是れ回家の象;三傳が若し進めば、則ち人は家中に在りて將に出行せんとする象——兩者は必ず其一に居る。

遊子斬關,空亡入傳,天涯尚遠,書也無還。遊子斬關乃行人出外不歸之象。若入於空亡,則留戀他鄉,書信且無,安望其歸乎?

游子課あるいは斬關課を得て、三傳が又空亡のうちに落つれば、人は還だ天涯に遠く、封の回信に連れてもなし。注解に曰く:游子・斬關の這兩種の課は、本是出門人の不回家の象;若し再び空亡のうちに落つれば、那就是異鄉に留戀して歸來すること肯んぜず、書信に連れても斷え、還って他の回來を指望せんや?

遊子斬關,以時入傳,登時而至,何以疑難?遊子斬關乃行人不歸之象,若占時發用,則即時而至,何以疑難而不來哉?

同じく游子・斬關の課にして、若し占時の支を以て傳に入れば、人は立刻に就到す、何の疑難する可きあらん?注解に曰く:游子・斬關は本是行人不歸の象;但し若し占時の支が發用を充当すれば、那就當下に即至す、何必に他の回來せざるを疑心せんや?

初支末干,帶馬人還,或丁或喜,喜至無難。初傳支上末傳歸於干上,並天馬、天喜、遊戲,占行人回家甚速也。若無丁馬、天喜等煞,乃人求事於我,又不可以行人論也。

初傳が日支より起り・末傳が日干に歸到し、又駅馬を帶ぶれば、人は就きて回來す;再び丁神あるいは天喜を帶ぶれば、喜訊は到來して毫も阻難なし。注解に曰く:初傳が日支上に在り・末傳が日干上に歸し、同時に天馬・天喜・游戲の諸神に并せば、行人を占して回家の很快を主る。若し并せて丁馬・天喜の這些の煞なければ、那是別人の來て我に事を辦するを求む、就不能行人に按じて論ず。

日辰貴前,白虎退傳,行人不久,返入家園。日辰在天乙之前,白虎並戲、遊,退末傳又歸於支上,主行人不久回家也。

日辰が貴人の前に落ち、白虎が又退傳を走れば、出門の人は不久に就きて回家せん。注解に曰く:日辰が天乙貴人の前に在り、白虎が游戲・游子の諸神に并せ、三傳が逆退して末傳が又日支上に歸到すれば、行人の不久に便ち回家するを主る。

貴加丑未馬與丁,傳送多因是出行。貴人加於丑未之上,更帶天馬,是貴人身動也。再見傳送,其出行無疑矣。

貴人が丑・未上に加りて又駅馬と丁神を帶び、再び傳送を見れば、多半是出行せんとす。注解に曰く:貴人が丑・未之上に加臨し、再び天馬を帶ぶれば、那是貴人自身の要して動かんとす;若し又「傳送」(申の別名、道路往來を主る)を見れば、出行は毫も疑問なし。

巳亥驛馬喜遊戲,家必有人行外處。巳亥發用並驛馬、天喜、遊戲之神,必有行人在外處也。

巳・亥の兩支が駅馬・天喜・游戲を帶ぶれば、家裏に一定に人ありて外に奔走せん。注解に曰く:巳あるいは亥が發用し、駅馬・天喜・游戲の神に并せば、必有家人の外地に正在する。

巳亥上見蛇虎侮,吉煞劫煞來相狃。舡中必有大驚憂,慎之庶可免其咎。巳亥上見蛇虎並井殺、天車、道路煞,如陸行,必有劫賊殺傷之事。九丑如帶盜神,更將軍年命上又帶凶將惡神,統兵此時不可出軍也。乙卯、乙酉、己卯、己酉、辛卯、辛酉、戊子、戊午、壬子、壬午是九丑日矣。

巳・亥上に螣蛇・白虎の相欺するを見、吉煞と劫煞とが互相糾纏すれば、船上に必ず一場の大驚憂あり、謹慎すれば乃ち事を出すを免れん。注解に曰く:巳・亥上に螣蛇・白虎を見、又井煞・天車・道路煞に并せば;此の種の課が若し陸路を走れば、必ず劫匪殺傷の事に遇う。若し九醜課を得て又盜神を帶び、加上主將の行年・本命上に再び凶將惡神に乗ずれば、此時統兵の人は絶對に出軍すべからず。九醜日は共に十箇:乙卯・乙酉・己卯・己酉・辛卯・辛酉・戊子・戊午・壬子・壬午(舊說は本を九醜と稱す、此處は十日を列出す、底本如此)。

九丑如帶天車坑,又兼劫煞亂紛紛。此時不可更出行,遭凶遭吉不安寧。九丑日占得天車、天坑並劫煞、元盜,必有車馬之驚,盜賊之劫也。

九醜日が若し又天車・天坑を帶び、再加劫煞の亂紛紛たれば、這時は切に出門すべからず、無論凶に遇うか吉に遇うか皆安寧を得ざらん。注解に曰く:九醜日に天車・天坑を占得し、劫煞と玄武盜神に并せば、必有車馬驚を受くるの事、也必有盗賊の來て劫す。

馬丁不到入伏吟,遊子空有遊戲神。終須欲行不得行,遠者一時未歸程。伏吟若無丁馬,縱遊戲之神,而遊子空有依歸之心,而一時不至也。

丁神駅馬は皆位に到らずして課が伏吟に入れば、游子這一頭は縱い游戲の神あるも是れ空、終究に想い走るも走る得ず、遠行の人は一時に回來らざらん。注解に曰く:伏吟課に若し丁神・駅馬なければ、縱い游戲の神ありと雖も、出門人も不過空に一份の歸家の心を存す、一時半刻に到らざるなり。

子臨丁馬去扶干,必定行人在路間。子為道路之神,帶丁馬,傳入歸子上,其人本歸家,不合在子上是路上也。

子位が丁神駅馬を帶びて往きて日干を扶助すれば、出門の人は一定に路上に正在せん。注解に曰く:子は道路を主る神、それが丁馬を帶び、三傳が又子上に歸到すれば;這人は本來家に回らんと要する、只是子位上に落つべからず——子位上に落つれば路上半道に還在すると説明す。

丁馬遊戲,支用干木,行之其歸,毋雲滯發。發用是支,帶丁馬游神加干上下,而末傳又歸干上,是行人回家之象。若干上陰神,則應此日即歸也。

丁神・駅馬と游戲の神とが俱全し、日支より發用して日干に歸るは、这是走した人の要して回來する、説くなかれ他の還だ耽擱するあるを(底本「支用干木」の句、「木」の字は疑らく「上」の訛)。注解に曰く:發用に日支を取り、丁神・駅馬と游神を帶びて日干の上下に加り、末傳が又日干上に歸到すれば、这就是行人回家の象なり。若し這一位が正に日干の陰神なれば、則ち應じて當日に家に到るべし。

遊子斬關,退作其傳,丁馬再動,回不為難。遊子斬關二課,乃行出外之象。若退作其傳,是行人返家之象。

游子・斬關の課、三傳が若し走るは退傳なれば、丁神駅馬が再び一發動すれば、回家は就きて難からず。注解に曰く:游子・斬關の這兩種の課は、本是出門在外の象;可し一旦三傳が逆退すれば、那就轉成して行人返家の象なり。

游煞丁馬人不得停,退則回退,進則出行。用乘丁馬再並遊殺,皆主動而不停。若傳退是在外者有。若舟行必有波濤溺水之事,慎之。

游煞と丁馬とが同現すれば、人は就きて停まり下來る能わず:三傳が退れば就是往回に退り、三傳が進めば就是往外に走る。注解に曰く:發用が丁神・駅馬に乗じ、再び游煞に并せば、皆動いて停まらざるを主る。若し走るは退傳なれば、説明するは人は還だ外頭に在る。此の種の課が若是水路を走れば、必有風浪覆溺の事、務必謹慎すべし。

天喜帶馬入傳來,一帶行人信息至。發用乘馬並天喜、信煞、天雞,主行人有信至。

天喜が駅馬を帶びて三傳に進入すれば、隨之就きて出門人の消息の傳來するあり。注解に曰く:發用が駅馬に乗じ、天喜・信煞・天鶏に并せば、行人に書信の到るを主る。

傳逢天喜不帶馬,下時未必分真假。天喜及傳進作用,若不帶丁馬則此行人出行未定。

三傳が天喜に逢うも駅馬を帶びざれば、眼下這消息は未必に眞假を分清する能わず。注解に曰く:天喜と進傳とが一同に發用を充当し、若し丁神・駅馬を帶びざれば、則ち這箇人が到底走るか走らざるかは還だ定まりて下らず。

上馬下馬有牽絆,欲行不行情自變。干上有馬,是上馬也。支上馬,是下馬也。若末傳帶長繩、懸索煞,是有牽絆也。不可以馬多作速論也。反欲行不行而已。

上頭に一匹馬・下頭に一匹馬、反って互相牽絆し、想い走るも走る成らず、心思は自然に要して變ぜん。注解に曰く:日干上に駅馬あるを「上馬」と叫び;日支上に駅馬あるを「下馬」と叫ぶ。若し末傳に再び長繩・懸索といった類の煞を帶ぶれば、那就是絆住せられたるなり。能く馬の多きに因りて走るの快と斷作すべからず、反って想い走るも卻って走る得ざるなり。

子作丁馬,攸攸揚揚,子其出行,可以榮昌。子午為二至之路,申為傳送之神,若並丁馬吉神,是行人出行攸揚,無往不利。

子位が丁神駅馬を充当し、一路悠然揚揚たり、你盡く出行すべし、此の去りて榮昌を得べし。注解に曰く:子・午の兩支は冬至・夏至の在する通路、申は傳送を主る神;若し它們が丁神・駅馬と吉神に并せば、那就是行人出門して意氣揚揚、往くところ利ならずなし。

卯上見雀下克未,雞詔有惰信阻程。朱雀、天雞、天詔乃文書之神,若加卯上又卯加未,是木入幕,文書羈於程,一時不至也。

卯上に朱雀を見て下に未土を克し、天鶏・天詔は皆懶く動かず、音信は便ち半路に受阻す。注解に曰く:朱雀・天鶏・天詔は皆是れ文書を主る神;若し它們が卯上に加り、而して卯が又未上に加れば、那是木の墓庫に入る、文書は路上に絆れて、一時に到らず。

喪吊臨馬並加午,旅途相逢孝服干。用乘天馬、喪門、弔客,是途旅之中有孝服相干之事。

喪門・弔客が駅馬に臨みて又午位に加れば、旅途中に要して孝を戴く人に碰上せん。注解に曰く:發用が天馬に乗じ、又喪門・弔客を帶ぶれば、那是旅途の中に孝服喪事と相干する事に遇う。

二死臨馬入休囚,定主行人死在途。用乘日馬又入休囚之地,主行人死在途中也。

二死が駅馬に臨みて又休囚の地に落進せば、斷定して行人は要して路上に死せん。注解に曰く:發用が日干の駅馬に乗じ、而して這馬が又休囚無氣の處に落つれば、行人の途中に死するを主る。

行人年上帶二死,更入休囚無氣處。不須再望回家來,已在他鄉無祀鬼。行人年命上帶二死、游魂,入休囚死絕,主行人死於他鄉也。

出門人の行年上に二死を帶び、又休囚無氣の地に落進すれば、就不必再び他の回家を盼す——他は已成して客死他鄉・祭祀する人なき孤魂なり。注解に曰く:行人の行年・本命上に二死と游魂を帶び、又休囚死絶の地に落つれば、此人の異鄉に死するを主る。

天空作卯有災悔,若問行人可言至。只因家中土地故,故此作鬼生災禍。卯為門,天空為信,如並丁馬,傳退,主行人可以至家。或加卯並月鬼克干支,則天空又為土地之神,主家中土地不安,故作鬼而生禍也。

天空が卯位に落つるは災悔あるを主る、可し若し行人を問えば、倒れて他の能く家に到るを斷ずべし;至って災悔の來由は、家中の土地神の不安なり、故に化して鬼と作りて來て禍を生ず。注解に曰く:卯は門戸を象徴し、天空は音信を主る;若し它們が丁神・駅馬に并せて三傳が逆退すれば、行人の能く家に到るを主る。若し天空が卯上に加って又月鬼に并せて去りて日干日支を克すれば、則ち天空は此の時又土地の神を代表し、家中土地神の不安を主り、因而作祟して禍を生ず。

白虎喜生,乘馬而行,遊子不遠,即日回程。白虎為道路之神,又乘馬而行,則不動不容己。更並天喜、生氣,會合干生支,則遊子不久即日而歸矣。

白虎が喜に逢い生に逢い、又駅馬に騎して奔走すれば、游子は已に遠からず、當日に就きて回程する能し。注解に曰く:白虎は道路を主る神、又駅馬に乗じて行けば、那就動かざるべからず・停まらんと想うも停まる能わず。若し再び天喜・生氣に并せて、日干と會合して去りて日支を生ずれば、則ち游子は不久に便可く當日に歸來せん。

白入道神子午申,丁馬必是問行人。子午申則道路神,作發用乘丁馬,必是問行人之事。

白虎が子・午・申の這幾位の道路の神に落進し、又丁神・駅馬を帶ぶれば、來人の問うは一定是行人なり。注解に曰く:子・午・申は皆是れ道路を主る神、它們が發用を充当して丁神・駅馬に乗ずれば、則ち來意は必是外に出門する人を詢問す。

命上已見辰戌立,又加丁馬來相入,必是己意欲出行,則以財喜為至急。辰戌剛猛好動之神,加於命上,自己不肯安居,而傳中又見丁馬,與命上沖,或生或合,又帶財爻天喜,必因財喜而動,甚速。

本命上に已に辰あるいは戌を立て、又丁神駅馬の加進來るあれば、那必是自己想して出門せんとし、而且急着財と喜事を謀りに往かんとす。注解に曰く:辰・戌は剛猛好動の神、本命上に加れば、人は就きて安分して下來る能わず;三傳中に又丁神・駅馬を見、本命と相冲するか・或相生・或相合し、再び財爻と天喜を帶ぶれば、那就一定是財喜の爲め動く、且つ動くの很快なり。

用傳傳退卯酉門,我馬加鞭入來旬。任是天涯有遊子,即時足動轉家庭。斬關遊子、遊戲,若初傳逆退於卯酉門上,而又馬在末傳,此行人必來之兆也。

三傳が逆退して卯酉の這兩扇の門戸上に到れば、我が馬は便ち鞭を加えて本旬に趕進す;縱い游子は天涯に遠くとも、此刻にも要して脚を擡げて家裏に往き趕らん。注解に曰く:斬關・游子・游戲の這幾種の課を得て、若し初傳が逆退して卯・酉の門戸上に落ち、而して駅馬が又末傳に在れば、这就是行人の必到の兆なり。

鬼加午上,刑害干支。傷人於路,因此馬羈。午為馬為路,午發用為日鬼,刑害干支兼道路、天坑等煞,又遭馬而傷於路上矣。

官鬼が午位に加り、來て日干日支を刑害すれば、人は要して路上に傷を受けん、起因は就是馬の絆住せられたるなり。注解に曰く:午は既に馬を主り又道路を主る。午が發用して日干の官鬼と成り、去りて日干・日支を刑害し、同時に道路・天坑といった類の煞を帶ぶれば、那就是馬に累せられて路上に傷を受くるなり。

日鬼加午,不可見丁,自遊於跌,爾有馬羈。午為馬發用,又乘丁作日鬼,必主跌撲馬驚之患。

日干の官鬼が午上に加るは、最も再び丁神を見るを怕る、那様にすれば人は一走動すれば就きて摔跤し、是れ馬の你を絆住するなり。注解に曰く:午が駅馬を作して發用し、又丁神に乗じて日干の官鬼を充当すれば、必ず摔跌と驚馬の患を主る。

朱丁馬鬼劫害凶,馬上跌撲須仔細。朱作丁馬為鬼,並劫煞,刑害日干,必主馬上跌撲災也。

朱雀と丁神・駅馬・官鬼とに再加劫煞刑害あれば、凶;馬に騎る時は須く格外に摔跌を小心すべし。注解に曰く:朱雀が丁神・駅馬を充当して又は官鬼にして、劫煞に并せて去りて日干を刑害すれば、必ず馬上より摔り下るの災禍を主る。

卯酉返吟居貴後,若問行人入門戶。辰戌丑未四墓之地,行人入墓,課得返吟,作傳退之課,無丁馬之動,不可占行人矣。寅申巳亥乃四生之地,行人貪生不歸,又不得返吟,並丁馬傳退,亦不可占行人也。子午卯酉孕旺之地,旺則返本,有欲動之心。然午發用,或加子沖丁馬,雖動而尚遲滯,惟卯酉門戶是也。若居在貴人之後,又帶丁馬,主行人入門戶而至也。

卯・酉が返吟に逢いて貴人の後に落つれば、若し行人を問えば、那是要して門に進らんとす。注解に曰く:辰・戌・丑・未は四墓の地、行人が墓に入れば、即便課に返吟を得・走るは退傳なりと雖も、只要丁馬の發動なくば、就不能行人の回來を斷ず。寅・申・巳・亥は四生の地、行人は生機に貪戀して歸ること肯んぜず、若し又返吟・丁馬と退傳の配合なくば、同様に行人の回來を斷ずる能わず。子・午・卯・酉は沐浴帝旺の地、旺極すれば則ち要して本に返り原に歸す、人は便ち動かんと想う心有り;不過午が發用するか、あるいは子上に加って去りて丁馬を冲すれば、雖要して動くも還だ遲緩、眞正利落なるは只有卯・酉の這兩扇の門戸のみ。若し它們が又貴人の後に落ち、還って丁神・駅馬を帶ぶれば、那就行人の門に進り家に到るを主る。

有馬不行,諸事宜停。子無前程,諸事不成。日馬主動也。若落空亡,則馬不能行,行人不至也。

馬ありと雖も走動する能わざれば、諸事皆當に暫停すべし;前頭に出路なくば、甚麽も辦成する能わず。注解に曰く:日干の駅馬は本來動を主る、可しそれ一旦空亡のうちに落進せば、馬は就走る能わず、行人も到る能わず。

白虎劫煞克刑來,又加路煞在中排。且是居家無出外,出死於路不回來。用並白虎、劫煞、道路、二死克刑日干,主行人在外而死不回來。

白虎が劫煞を帶びて來て克し來て刑し、中間に又道路の煞を排すれば、那就老實に家裏に待いて出門するなかれ、出去すれば就きて路上に死して回來らざらん。注解に曰く:發用が白虎・劫煞・道路煞と二死に并せて、去りて日干を克刑すれば、行人の客死して外に在り・回還する能わざるを主る。

六合加未巳亥神,傳中又見馬和丁。遊戲煞神忽爾入,主君莫去遠行程。用在巳亥未上,乘六合,是木庫在未矣。雖見丁馬、遊戲,遠行之人中途有阻。

六合が未・巳・亥の這幾位上に加り、三傳中に又駅馬と丁神を見、游戲の煞が忽然に進來すれば——勸めて你遠路を走るなかれ。注解に曰く:發用が巳・亥・未上に落ちて六合に乗ずる、未は正に木の墓庫、等しく木の庫裏に収進せらるるなり。這時縱い丁神・駅馬・游戲の諸神を見るも、遠行の人も要して半路上に受阻せん。

螣加於金,又見馬丁,意有所往,此時必行。金神乃道路之神,螣加於金,再見丁馬,必有所往矣。

螣蛇が金位に加臨し、又駅馬・丁神を見れば、心裏に箇の去處あり、此の時必定に動身せん。注解に曰く:金神は本是道路を主る神、螣蛇が金上に加り、再び丁神・駅馬を見れば、那就一定要出門せんとす。

朱申詔書與天雞,信動他鄉卻自歸。二死人亡官符訟,光厭相逢妖怪迷。申為道路之神,用並朱加申,詔、天雞、信煞,主他鄉信到,帶二死,主人亡在外,帶官符,主官訟。並光怪、月厭,主妖怪迷之。

朱雀が申位に落ちて又詔書・天鶏あれば、異鄉の音信が一動すれば、人自己も就きて回來す;若し二死を帶ぶれば則ち人亡を主り、官符を帶ぶれば則ち官司を主り、光怪・月厭に碰上すれば就是妖異迷惑なり。注解に曰く:申は道路を主る神。發用が朱雀に并せて申上に加り、又天詔・天鶏・信煞あれば、異鄉に信の到るを主る;若し二死を帶ぶれば、人の外に死するを主る;官符を帶ぶれば、官司を打つを主る;若し光怪と月厭に并せば、妖怪に迷惑せらるるを主る。

白虎加耗辰戌中,相逢卻主困沉蒙。白虎臨辰戌之地,並破耗之煞克干,而逢之,中有沉蒙之苦也。

白虎が耗煞を帶びて辰・戌の中に落つれば、它に碰上すれば就きて困頓昏蒙を主る。注解に曰く:白虎が辰・戌の地に臨み、破耗の煞に并せて來て日干を克すれば、此の種の課に遇上すれば、其中に便ち沉滯昏昧の苦あらん。

遊子久滯烏不回?忽有風來折樹枝。此中應有音書至,不久天涯捆載歸。

出門の游子は久久に滯留す、何の爲にか還だ回來せざる?忽然一陣の風の來て樹枝を吹折す——這徵兆の裏に應當書信の要到するあり、不久他は就きて天涯より行囊を裝載して歸來せん(此條の歌訣は底本の下に注解なし)。

白乘子午申臨丁,更帶遊馬是出行。非是求財他處去,不然謀事喜登程。白虎臨子午申俱道路之神,帶丁馬游神,日克用神,必是求財出行之事也。

白虎が子・午・申に乗じて又丁神に臨み、再び游神・駅馬を帶ぶれば、那就是要して出門す:不是別處に到りて財を求むれば、便是事を謀る爲め欣然として程に登る。注解に曰く:白虎が子・午・申の這幾位上に臨むは、它們は皆是れ道路を主る神;再び丁神・駅馬と游神を帶び、而して日干が又發用の神を克すれば(發用は日干の財と爲る)、那就一定是財を求めて出行の事なり。

朱午為官文字動。德合相生喜為用。水上克干帶文書,下克玄盜是公文。朱午為文書之神,午上乘朱雀發用,主官中文字動也。如並德、合、喜,相生而不克干,則有文書之喜。若上克下,主有文書之動。若下克上,帶盜亡神,則公文有失也。

朱雀が午位に落つれば、官府の文書は就きて動かんとす;若し德神・合神が相生して發用を充当すれば、便是喜事なり。上神が日干を克して文書を帶ぶるは、是れ文書の身に臨む;下が上を克して又玄武盜神を帶ぶるは、那是公文の要して岔子を出さんとす。注解に曰く:朱雀と午とは皆是れ文書を主る神、午上に朱雀に乗じて發用すれば、官府中の文書の發動を主る。若し德神・合神・喜神に并せ、日干と相生して相克せざれば、就きて文書上の喜事あらん。若し上が下を克すれば、文書の要して動作あるを主る;若し下が上を克し、又盜神・亡神を帶ぶれば、則ち公文は就きて遺失せん。

朱乘入墓帶書詔,文書欲到還不到。朱雀帶皇書、天詔作用,主文書動也。若乘墓,是有阻,欲到不到,於破墓之日到也。

朱雀が皇書・天詔を帶びるも卻って墓庫に乗入れば、文書は眼看に到らんとするも又到らず。注解に曰く:朱雀が皇書・天詔を帶びて發用を充当するは、文書の發動を主る;可し它若し墓神に乗ずれば、就是中途に受阻し、將に到らんとして未だ到らず、要して墓庫を冲開する那一天を等到して乃ち到らん。

天空又主文書累,克害因文惱殺人。天空為文書之神,傳見朱雀克害日干,必因文書所惱。

天空もまた文書上の拖累を主る、一旦日干を克害すれば、就きて文書の事の爲め煩惱して要命せん。注解に曰く:天空は文書を主る神、三傳中に若し朱雀の去りて日干を克害するを見れば、那一定是文書に因りて煩惱を生ず。

太陽太歳月建を論ず

太陽個用作貴人,獨掌朝綱作宰臣太陽發用,作貴人、官星克干,而日干得時之旺相,又乘皇書、天詔、天喜,必主獨掌朝綱而宰輔,一人之貴也。

太陽(月將、即ち當月の太陽の臨む神)が發用して貴人を充当するは、朝廷の綱紀を獨攬し・位は宰輔に居るを主る(底本「个用」の「个」の字は疑らく「發」の訛)。注解に曰く:太陽が發用し、貴人あるいは官星を充当して來て日干を克し、而して日干本身が正當時令旺相にして、又皇書・天詔・天喜に乗ずれば、那就必定朝綱を獨掌して宰輔を做り、是れ一人の下の貴顯なり。

太陽皇書天詔旺,女人封贈事無誑。太陽發用,帶皇書、天詔而支干旺相,或傳入陰神得位,主女人封贈之事而無誑也。

太陽が皇書・天詔を帶びて氣勢正に旺なるは、女眷は要して封贈を受けん、這話は假ならず。注解に曰く:太陽が發用し、皇書・天詔を帶び、而して日干日支が皆旺相に當るか、あるいは三傳が陰神に落進して又各々その位を得れば、那就家中の婦人の朝廷の封贈を得るを主り、絶に虚言にあらず。

太陽德詔生合位,武仕須當官極貴。太陽發用,乘太常、德神、天詔、會神,主為武職而極貴也。

太陽と德神・天詔とが相生相合の位に落つれば、武を習い仕に出る人は當に極貴に至るべし。注解に曰く:太陽が發用し、太常・德神・天詔・會神に乗ずれば、武職を任じて極貴に做到するを主る。

太歲今朝作貴人,不分民庶皆承恩。太歲發用,作貴人而無刑剋沖害,不分民庶,皆承恩也。

今日太歳が貴人を充当すれば、官民を論わず皆恩澤を承受する能し。注解に曰く:太歳が發用して貴人を充当し、又刑・克・冲・害の來て攪擾するなければ、則ち無論官を做るも百姓も、皆恩惠を蒙受する能し。

太歲今朝受克干,尊長不病連官厄。太歲發用,至尊之神也。干固不可犯之,而亦不可受其克也。若干克太歲、天鬼,主尊長有病。若遇官符、二獄,主官訟有禍也。

今日太歳と日干とが互克すれば、尊長は不是生病すれば便是連累して官非を出さん。注解に曰く:太歳が發用するは、是れ最も尊貴の神。日干は固然不可く往きて它を冒犯すべからず、同時にも不該反って它に克せらるべからず。若し日干が往きて太歳を克して又天鬼を帶ぶれば、家中尊長に病あるを主る;若し再び官符・天獄地獄に遇えば、官司を打ち禍を惹くを主る。

太歲刑日,用墓貴死,病符虎蛇,必有災丕。太歲發用為日之刑,上乘貴人,而又臨於墓絕之地,更帶病符蛇虎,必其年有災丕之事,而不可逃也。

太歳が來て日干を刑し、發用が又墓に逢い・貴人が又死地に逢い、再加病符と白虎・螣蛇あれば、這一年に必ず大災あらん。注解に曰く:太歳が發用して恰も日干の刑神にして、上に貴人に乗ずるも、卻って又墓絶の地に臨み、再び病符と螣蛇・白虎を帶ぶれば、則ち這一年は必定に大災を出し、躲くも躲掉する能わず。

太歲臨支,又見病符,必有災病,入我門閭。太歲刑支而帶病符,則家門災禍不免矣。

太歳が日支に臨到し、又病符を見れば、一定有災病の我が家門に進入せん。注解に曰く:太歳が日支を刑して病符を帶ぶれば、這家の災禍は就きて免れざらん。

太歲臨支,又見喪吊,必有孝服,來我家門。太歲臨支,帶喪吊,則家有孝服之災。

太歳が日支に臨到し、又喪門・弔客を見れば、一定有喪事の我が家門に進入せん。注解に曰く:太歳が日支に臨みて喪門・弔客を帶ぶれば、這家は就きて麻を披き孝を戴くの災あるべし。

太歲臨支,人見官符,必有官訟,入我家門。太歲臨支帶官符,其年有官訟之事。

太歳が日支に臨到し、又官符を見れば、一定有官司の我が家門に找上せん。注解に曰く:太歳が日支に臨みて官符を帶ぶれば、這一年に就きて官訟の事あらん。

月建刑歲作用墓,必有災訟審其過。月建作用臨墓,以刑日干,其災訟之故,審其神煞之由也。

月建が去りて太歳を刑し、發用を充当して又墓に臨めば、必有災殃と官司、須く其中の過失の在所を審明すべし。注解に曰く:月建が發用を充当して墓上に臨み、以て日干を刑す;至って這場の災訟は何に由りて起るかは、要して同宮の神煞を參照して根由を審察すべし。

月建今朝與干刑,兄弟災障難相侵。月建乃兄弟之位,與干作刑害,其災障亦詳於神煞。

今日月建と日干とが相刑すれば、兄弟の間に要して災を生じ障を生ぜん、彼此は難しく扶助し相う能わず。注解に曰く:月建は兄弟の位を代表す、它と日干とが刑害を構成すれば、則ち災障の具體情形は同様に神煞上より細看すべし。

月建乘網,爭訟必死。月建發用而帶羅網、勾朱,爭訟之事,其年當慎之也。

月建が羅網に乗ずれば、官司を打つに必ず死地に至らん。注解に曰く:月建が發用して羅網煞と勾陳・朱雀を帶ぶれば、這一年はおよそ爭訟の事に遇うに皆格外謹慎すべし。

太歲丑未戌加辰,二死又來歲上停。小口多因疾病生,不保須知欲殺人。丑未為太歲,又兼辰戌作用,是四墓俱全。若二死加丑未年歲之上,丑未為小口,必有小口病災。如有天巫、天咒,保禳之可以安生也。

太歳が丑あるいは未に在り、戌が又辰上に加り、二死もまた太歳の頭上に停すれば、家中の小兒は多病に因りて事端を起し、保不住れば就きて人命を出さん。注解に曰く:丑・未は既に太歳の所在、又兼ねて辰・戌が發用を充当すれば、这就四墓齊全なり。若し二死が丑・未の這兩箇の太歳の位上に加り、而して丑・未が又小口を代表すれば、則ち必ず小兒の病災あらん。若し課上に天巫・天咒あれば、加えて祈保禳解すれば、還って平安を保得すべし。

日過月上兩相合,家門定得多悅喜。月建發用,是為月也。月將日上,是為日也。干與用合,是日過月上,兩相合也。更帶德喜神,則德福之盛,家門之榮,而悅喜可知矣。

日が月上に走り到りて兩兩相合すれば、這家門裏に一定喜事連連ならん。注解に曰く:月建が發用するは、代表して「月」;月將が日干之上に加臨するは、代表して「日」。日干と發用と相合するを、就叫「日過月上」、兩下相合す。若し再び德神・喜神を帶ぶれば、那就是德厚福盛・門庭榮耀、喜悦は想知すべし。

歲建刑害,劫煞日干。此官不久,戮於市廛。歲建者,天子之象也。若日干刑害,占官遇之,是犯天子之刑也。更帶刑亡、大煞,二死,則後官不久而有市廛誅戮,其年見之矣。

歳建が刑害と劫煞を帶びて日干を冲すれば、這官は長久を做る能わず、要して鬧市上に處死せられん。注解に曰く:歳建は天子を象徴す。若し它と日干とが刑害を構成せば、官職を占する人が遇上するは、那是天子の刑法を觸犯す。若し再び刑煞・亡神・大煞と二死を帶ぶれば、則ち這官職は維持不久、就きて市集上に處決せられん、而且當年に就きて應驗せん。

月建刑害,上官見凌。丁馬遠動,竄於海濱。月建者,上官之位也。月建發用作勾絞、飛廉刑害日干,更並馬丁,必受上官欺凌,遠竄於海濱矣。

月建が刑害を帶ぶれば、就きて上司に欺凌せられん;丁神駅馬が一動すれば、人は便ち遠遠に海邊に流放せられん。注解に曰く:月建は上級長官の位を代表す。月建が發用して勾絞・飛廉を充当して去りて日干を刑害し、再び駅馬・丁神に并せば、必定に上司の欺壓を受け、海濱遠地に貶竄せられん。

月建會書生合干,一定進財可喜欣。若是天喜臨生氣,又是添丁進田吉。月建發用帶會神、皇書,或生合,主進財之喜。並天喜、生氣、旺相,又主添丁進田之吉也。

月建が皇書と會同して來て日干と生合すれば、一定に財を進る、喜ぶに値す;若し再び天喜の生氣に臨むあれば、那就是丁を添え田を進るの吉兆なり。注解に曰く:月建が發用して會神・皇書を帶ぶるか、あるいは日干と相生相合すれば、進財の喜あるを主る。若し再び天喜・生氣に并せて正當旺相すれば、又人口を添え・田産を置くの吉慶を主る。

月破若加凶剋日,破財災病無時歇。若還變化吉相扶,總然吉事成虛寂。發用帶月破凶神、病符,以剋日干,主災病。如並二耗,主破財。若傳中有吉生干,可以解凶。而占事則成虛寂矣。

月破が若し凶神を帶びて來て日干を克せば、破財と災病とは就きて停歇する箇なし;縱い中途に吉神に變化して扶助するに來るも、那份の吉事も終歸落空せん。注解に曰く:發用が月破の這様の凶神を帶び、又病符を帶び、去りて日干を克するは、災病を生ずるを主る;若し大耗・小耗に并せば、破財を主る。若し三傳中に吉神の來て日干を生ずるあれば、凶は化解すべし;但し以て具體の事情を占するは、仍舊に一場の空寂無憑なり。

月鬼加鬼加弄鬼,那知謾迷又相依。急宜禳鬼方能部,免使吾兒坐受虧。乘陽位克干者,謂之人鬼也。乘夜位而克干,謂之陰鬼也。或今支,或陰神,見夜占而作鬼而克害干者,謂之鬼也。發用月鬼加之,謂之月鬼加鬼也。或陷於空亡之地,謂之鬼弄鬼。又帶迷神、謾語、天咒,則鬼之害人,須禳之方能免禍。

月鬼に又別の鬼を加上すれば、鬼が鬼を弄し、何處に料らん謾語と迷神とが又纏い上來るを;趕緊に禳解して乃ち制住するを得、免れて自家の孩子が白白に虧を受くるを(底本「方能部」の「部」の字は疑らく訛)。注解に曰く:陽位に乗じて日干を克するを「人鬼」と叫び;夜位に乗じて日干を克するを「陰鬼」と叫ぶ。無論當日の支か陰神か、およそ夜間起課する時に鬼を充当して來て日干を克害するは、皆鬼と稱す。發用が月鬼にして又其上に加臨するを、就叫「月鬼加鬼」;若しそれが空亡の地に陷進すれば、就叫「鬼弄鬼」。再び迷神・謾語・天咒を帶ぶれば、那就是鬼の人を害するに在り、必ず禳解して乃ち禍を免るべし。

月鬼加卯建加辰,早晚鬼催人難保。辰加卯為羅網煞也。今辰為月建發用,又帶天鬼,加卯。夫辰克干又見卯帶鬼克辰,為鬼弄人,死期將至,而不至本月之中矣。

月鬼が卯上に加り・月建が辰上に加れば、早晚に鬼に催逼せられ、人は保不住せん。注解に曰く:辰の卯に加るは就是羅網煞。如今辰が月建を充当して發用し、又天鬼を帶び、卯上に加る。辰は既に日干を克し、卯は又鬼を帶びて來て辰を克す、这就是鬼の人を戲弄するに在り、死期將に近づく、本月を撑過する能わず。

時日用羅,爭訟必訛。妻兒小口,且是災多。時作發用作羅網、勾陳,主爭訟,帶病符主妻有災。

占時と日辰とが發用して羅網に遇えば、官司を打つに必ず差錯を生ぜん;妻兒小口も、また災病斷えず。注解に曰く:占時が發用を充当して羅網煞を作し・勾陳に乗ずれば、爭訟あるを主る;若し病符を帶ぶれば、妻子に災あるを主る。

歲在五位歲宅神,生氣加之問宅因。歲前五位為歲宅,乘生氣作用,或加支之二課作用,來意問宅也。

太歳の前の第五位は「歳宅」の神、それが生氣を帶ぶれば、來人の問うは就是宅子なり。注解に曰く:太歳より往前に第五位を數えれば就是歳宅。それが生氣に乗じて發用を充当するか、あるいは日支の那兩課上に加って發用を充当すれば、説明するは來人の本意は宅舍の事を問うなり。

行年本命を論ず

命者,占人之命也,就終身而言也。年,占人之年也,就行年而言也。課中傳中不見財官,則以占人之年命財官,看與日或生或合以定之。斯為課法也。蓋日上神克命上神為吉,命上神剋日上神不吉。此論命之神也。日克行年上神為凶,行年剋日上亦凶,此論年之神也。大抵課傳年命或生、或合、或比,為美數也,占者務宜詳之。

「本命」は占する人の生年の支を指し、是れ一輩子に就いて言う;「行年」は占する人の當年の行到する那一位を指し、是れ流年に就いて言う。若し四課三傳中に財爻と官星を見ざれば、就きて改めて本人の行年・本命上より財官を求め、それと日干とが相生か相合かを看て、此に據りて定斷す——这是六壬の通用課法なり。總の原則は:日干上神が本命上神を克するを吉と爲し、本命上神が反って日干上神を克するは則ち不吉、这是就本命の神に論ず。而して日干が去りて行年上神を克するを凶と爲し、行年が反って日干上神を克するもまた凶、这是就行年の神に論ず。大體に説來、四課三傳と行年本命との間に能く相生し・相合しあるいは同類に相たとえば、就是美好の命數、占卜の人は務必細察すべし。

人命十訣

日干神克命上神,今日求財明日成。更帶喜馬與德祿,此身應可作功名。日上神克命上神,是財神加於命也。求財固無不利,如並天喜、祿、馬、德,加於年命之上,再有官星亦可以功名論。

日干上神が去りて本命上神を克すれば、今天財を求めて明天就きて成す;若し再び天喜・駅馬と德神・禄神を帶ぶれば、這人は還って功名を挣得する能し。注解に曰く:日干上神が本命上神を克するは、等しく財神を本命上に加る、財を求むれば自然に往くところ利ならずなし。若し同時に天喜・禄神・駅馬・德神に并せ、一齊に行年本命之上に加り、課中に再び官星あれば、那就可以功名に按じて論ずべし。

日財臨命最可取,更喜生和合與比。此去求財財可許,喜上眉峰自開語。日克命為上神為財,是命中有財,最可取也。更喜與日干或生或合,以之求財,利有攸往。

日干の財爻が本命上に臨到するを最も可取と爲す、尤其它の日干と相生し・相合しあるいは同類に相比するを喜ぶ;這一趟去りて財を求むれば、財は必ず手に到り、喜色は眉梢に堆り、話も又自然に多く起こらん。注解に曰く:日干の克する本命上神は就是財、这叫命中有財、最も可取と爲す。若し它又日干と相生しあるいは相合すれば、此の種の課を拿して去りて財を求むれば、正に前往するに宜し。

命上神剋日上神,病符生病不安寧。官符災訟不安寧,喪吊家中孝服侵。耗破家中主退貧,百般求事不完成。命上神剋日上神,則命帶鬼賊也。如並病符,主病;官符主訟。喪吊主孝服,耗破主耗費百出,求事不完,不能全美。

本命上神が反って日干上神を克すれば、就きて事を出さん:病符を帶ぶれば則ち生病不寧、官符を帶ぶれば則ち災訟不寧、喪門弔客を帶ぶれば則ち家中に要して孝を戴かん、耗煞破煞を帶ぶれば則ち家道は退敗して貧に轉じ、何事を辦するも皆辦成する能わず。注解に曰く:本命上神が日干上神を克するは、説明するは本命上に鬼賊を帶ぶ。それが病符に并せば就きて病を主り、官符に并せば就きて官司を主り、喪門弔客に并せば就きて孝服を主り、耗破に并せば就きて開銷百出を主る;事を求むるも總に辦完せず、事事圓滿する能わず。

命上不宜逢見申,朱勾官符訟事見。申為劫煞,若帶官符、朱雀、勾陳、直符,主官非爭訟。

本命上は最も申を見るに宜しからず、若し再び朱雀・勾陳と官符あれば、官司は就きて來らん。注解に曰く:申は此に劫煞を充当す、若しそれが官符・朱雀・勾陳・直符を帶ぶれば、官非爭訟あるを主る。

日蛇玄虎身生迍。申為肅殺之神。如命上神與申相見,更並官符,主災訟。

日干上に螣蛇・玄武・白虎を見れば、本身は就きて困頓を生出せん。注解に曰く:申は肅殺を主る神;若し本命上神と申と相遇し、再び官符に并せば、災禍と官司あるを主る。

年上不宜見勾酉,若見凶神為事阻。行年上見酉,乘勾,主關格。凡事阻滯不通。

行年上は勾陳と酉を見るに宜しからず、若し再び凶神を見れば、事情は就きて卡住せらる。注解に曰く:行年上に酉を現出して勾陳に乗ずれば、「關格」の象を主り、凡事阻滯して通ぜず。

日上神合命上神,此年喜事眷自生。日上神若與命並行年上神三六合,主其年有喜事。

日干上神と本命上神とが相合すれば、這一年に喜事は自然に門に找上して來らん。注解に曰く:日干上神が若し本命および行年上神と三合・六合を結成すれば、這一年に喜事あるを主る。

行年三十六訣

年神不可日相剋,縱帶吉神不為吉。害主骨肉有災傷,刑則人神有破失。行年上神不可剋日上神,若害干,主骨肉有傷,刑干主家人損失也。

行年上神は日干と相克する可からず、縱い吉神を帶ぶるも吉と算得せず;害を帶ぶれば則ち骨肉に災傷あり、刑を帶ぶれば則ち家人に破損失落あり。注解に曰く:行年上神は不該去りて日干上神を克すべからず。それ若し日干を害すれば、骨肉至親の傷を受くるを主る;それ若し日干を刑すれば、家裏人に損失あるを主る。

日克年神帶遊戲,行人病在中途裡。更加二死上頭臨,死在途中應莫避。日克行年上神,帶遊戲二煞,更並二死,主行人路途有死也。

日干が去りて行年上神を克して游戲の煞を帶ぶれば、出門の人は半路に病倒せん;若し二死が再び壓上來れば、就きて途中に死せん、避くも避開く能わず。注解に曰く:日干が行年上神を克し、游神・戲神の兩煞を帶び、再び二死に并せば、行人の路途中に死するを主る。

年帶二死去剋日,並見休囚病符入。不久須已到陰官,死在今年應日急。行年在太歲之謂也。太歲剋日,更見休囚、病符、死氣,則歲君不容矣,其死應在本年之已急也。

行年が二死を帶びて去りて日干を克し、又休囚と病符の進來するを見れば、不久人は就きて陰曹に到らん、死期は應じて今年に在り、且つ眉睫に迫る。注解に曰く:這裏の行年は就太歳に言う。太歳が來て日干を克し、再び休囚・病符・死氣を見れば、那就是歳君の相容すること肯んぜざるなり;死期は應じて本年に在り、而且很急なり。

貴人年神入羅獄,此身必有字差訛。貴人臨行年之上,而下見辰戌,為貴人履獄,干求已不得力。凡卜諸事有差訛矣。

貴人と行年の神とが一同に羅網牢獄に落進すれば、這人は必定に文字上に差錯を出さん。注解に曰く:貴人が行年之上に臨み、而して下面地盤に辰あるいは戌を見れば、这叫「貴人履獄」、人を托して情を求むも已に力を用い上ぐ能わず、何事を占問するも皆偏差を出さんとす。

貴帶吉神臨我命,能解家人抱孤悶。平空高處無出頭,不是終沉蹇中運。命上乘貴人、皇書、天詔、青龍、德喜,能解人之憂悶,必能平空出人頭地,而不終於蹇滯矣。

貴人が吉神を帶びて我が本命上に臨到するは、能く家人の爲め心裏の孤悶を解開す;本來平地裏に出頭の處なきも、如今は至らず終身蹇滯の運裏に困るに。注解に曰く:本命上に貴人・皇書・天詔・青竜および德神・喜神に乗ずれば、能く人の憂悶を化解し、必定能く平地裏に出人頭地し、不會一輩子困頓して前ならず。

螣克年神驚恐多,夜加驚夢果如何。日是訟事並破失,空勞心事有差訛。螣蛇乃驚恐、破耗之神,用螣蛇克行年上神,帶光怪、破耗,必主夜夢、憂驚、耗破之事。

螣蛇が去りて行年上神を克するは、驚恐は特別に多し:夜裏に加臨すれば就是噩夢不斷、白天に加臨すれば就是官司と破財走失、白に一場心を操して還って錯を出さん。注解に曰く:螣蛇は驚恐・破耗を主る神;發用が螣蛇に乗じて去りて行年上神を克し、又光怪・破耗を帶ぶれば、必ず夜裏夢を做し・終日驚憂しおよび破財耗損の事を主る。

螣克年神有病符,此時災病鬼來呼。更入空亡反相制,有病終須得解憂。用乘螣蛇,並病符克行年上神,人帶天鬼,主有災病之厄。若傳入空亡,而又有制鬼之神,則病終得解也。

螣蛇が病符を帶びて去りて行年上神を克すれば、這時災病は如同鬼の來て魂を招くが如し;不過それ若し空亡のうちに落進して反って制住せらるれば、病は到底還って解開する能し。注解に曰く:發用が螣蛇に乗じ、病符に并せて去りて行年上神を克し、人が又天鬼を帶ぶれば、災病の厄あるを主る。若し三傳が空亡のうちに落進し、而して課中に別に能く鬼を制する神あれば、則ち病は終究に解除すべし。

螣生年神帶喜德,爾身必有人提挈。凡事須成頃刻中,家得財兮人得吉。用乘蛇並喜德生年上神,凡人占事,必有人提挈成事,而家得財,人獲吉矣。

螣蛇が轉じて行年上神を生扶し、又喜神・德神を帶ぶれば、你必定に人の提携するあり;何事を辦するも頃刻に成し、家裏に財を進り、人もまた吉を得ん。注解に曰く:發用が螣蛇に乗じ、喜神・德神に并せて去りて行年上神を生ず;無論誰の來て事を占するも、皆必ず人の提携成全するあり、家中に財を得、人に吉利を得ん。

朱帶吏神克年神,又兼劫謾兩相侵,不繫文書仍口舌,一片憂愁掛我心。用乘朱雀併火神、劫煞、謾語克行年上神,必有文書口舌之事憂掛心憹也。

朱雀が吏神を帶びて去りて行年上神を克し、又劫煞と謾語とが兩頭に相侵すれば、不是文書上の麻煩便是口舌是非、一片の憂愁が心上に挂る。注解に曰く:發用が朱雀に乗じ、火神・劫煞・謾語に并せて去りて行年上神を克すれば、必有文書と口舌の事、人をして挂心煩悶せしむ。

朱乘雞詔加行年,無害克刑丁馬連。公文私信近來言,游神戲神尤的然。年神上乘朱雀,並天雞、天詔、丁馬,無刑害,主其年為官者有公文之喜,為民亦有私信之通。更帶遊戲,尤為的然也。

朱雀が天鶏・天詔に乗じて行年上に加り、刑克害なくして丁神駅馬が相連すれば、近日に必有公文あるいは私信の消息;再び游神・戲神を帶ぶれば就更に準なり。注解に曰く:行年上神が朱雀に乗じ、天鶏・天詔と丁神・駅馬に并せ、又刑害なくば、則ち這一年に官を做るは公文の喜あり、百姓も又私信往來あらん。若し再び游戲の神を帶ぶれば、應驗は尤其確鑿なり。

朱克年神遇火鬼,必有火燭來相侵。用乘朱雀,併火鬼,克行年上神,必有火災。

朱雀が去りて行年上神を克して又火鬼に遇えば、一定有火燭の災の侵擾せん。注解に曰く:發用が朱雀に乗じ、火鬼に并せて去りて行年上神を克すれば、必有火災。

蛇加本命主心疑,進退不能自決為。螣蛇乃牽連狐疑之神,加本命之上,乃進退不決之象。

螣蛇が本命上に加れば、人は便ち疑心重重し、進退に主意を拿定せず。注解に曰く:螣蛇は牽連狐疑を主る神、本命之上に加れば、就是進退不決の象なり。

凡事初傳嫌見勾,或直行年命上頭。忽爾後勾見朱玄,用破心身不遂謀。勾陳乃勾引、牽連之神,或初傳見色,或年命上見勾,又見朱雀、玄武、天后,縱用破心,不能遂謀也。

凡事最も忌むは初傳上に勾陳を見る、あるいは勾陳が直接行年・本命の頭上を壓す;若し後頭に再び朱雀・玄武に撞上せば、縱い心機を費盡すも事を謀成する能わず。注解に曰く:勾陳は勾引牽連を主る神。無論初傳上に勾陳を見るか(底本は「見色」と作る、「色」の字は疑らく「勾」の訛)、還是行年本命上に勾陳を見るか、再加上朱雀・玄武・天后あれば、則ち縱使心思を用盡すも、願いを遂ぐる能わず。

勾陳乘神上年上,必有田墳增入門。用乘勾陳來生年上神,其年必有進田墳之事。

勾陳の乗ずる神が行年上に加れば、家裏に必定要田産墳地を添置せん。注解に曰く:發用が勾陳に乗じて來て行年上神を生ずれば、這一年に必有田地・墳山を置進の事。

龍克行年因喜破,不過破財無大禍。爭親奪產反相磨,惟宜謹慎無差錯。用乘青龍,克行年上神,必因喜破財。若帶成神、喜神,是爭親而破財。若臨丑未之上,是爭產而破財也。

青竜が去りて行年上神を克するは、是れ喜事に因りて破財す、不過點の錢財を破る、大禍なし;只是親を爭い産を奪うは會して彼此相磨するに鬧り、唯有謹慎して乃ち差錯を出さず。注解に曰く:發用が青竜に乗じて去りて行年上神を克するは、必ず喜慶に因りて財を破る。若し成神・喜神を帶ぶれば、是れ親事を爭う爲め財を破る;若し丑・未之上に臨めば、則ち是れ家産を爭う爲め財を破る。

空克年神被人騙,必須破耗兩相見。休囚方有旺相無,口內無言心裡念。克干速來,自身行年亦常來力破耗錢財之事。行年臨休囚方,則破耗尤的。若行年臨旺相之地,則有騙我之心,而其言亦不敢發也。

天空が去りて行年上神を克すれば就きて人に騙せられん、破財と耗損とは必定一同に現出せん;行年が休囚に落つれば乃ち真に破れ、旺相に落つれば就不破れ、對方は嘴上に説かざるも、心裏に卻って盤算す。注解に曰く(底本此段の起首に脱文あり):日干を克するの來勢は很急、本人の行年も常に錢財を破耗するの擾を受く。行年が休囚の方位に落つれば、破耗は就きて特別確實;若し行年が旺相の地に落つれば、對方は雖我を騙さんの心有るも、話は卻って口に出すを敢えてせず。

空克年神或丁馬,奴婢小人怨情寡。必須逃走隨別人,一例須防情意假。天空為奴婢,不實之將,用乘天空,克年上神,又帶丁馬,是奴僕、小人怨主人而逃走也。

天空が去りて行年上神を克するか、あるいは丁神駅馬を帶ぶれば、那是奴婢下人の抱怨して主家の情の薄きを;彼らは必要に别人に跟って逃走せん、凡そ此は皆要して彼らの情意の作假するを防ぐべし。注解に曰く:天空は奴婢を代表す、本是一位虚にして不實の天將。發用が天空に乗じて去りて行年上神を克し、又丁神・駅馬を帶ぶれば、就是奴僕・小人の主人を怨恨して出逃す。

天空負喜生合生,其年奴婢必添丁。用乘天空、相負、天喜,與行年上生合,其年奴僕添丁。

天空が相負と天喜を帶び、行年と相生相合すれば、這一年に奴婢の裏に必定人口を添えん。注解に曰く:發用が天空に乗じ、相負煞と天喜を帶び、行年上神と相生相合すれば、則ち這一年に僕役の中に丁を添えん。

白虎年神帶劫煞,大禍滅門羊刃發。必然逢煞傷數人,預備防之免遭法。行年上乘白虎劫煞、大禍、滅門、羊刃,必有殺傷數人之事。或在傳用課首,克行年亦然。

行年上の白虎が劫煞を帶び、大禍・滅門と羊刃とが一齊に發動すれば、必定に煞に遇い數人を傷り、豫先防備して乃ち刑法に觸犯するを免れん。注解に曰く:行年上に白虎と劫煞に乗じ、又大禍・滅門・羊刃あれば、必有數人を殺傷するの事。若し這些の煞が三傳發用あるいは第一課上に落ちて去りて行年を克すれば、斷法は相同なり。

白生年上欲出行,游煞空亡行不成。白為道路之神,用乘白虎生行年上之時,必有出行之事。若入空亡而無游煞,不可言出行矣。

白虎が行年を生扶すれば、人は就きて出門せんと想う;可し若し游煞に碰上し空亡に落つれば、這趟は就きて走る成らず。注解に曰く:白虎は道路を主る神、發用が白虎に乗じて去りて行年上神を生ずる時、必有出行の事;但し它若し空亡のうちに落進して又游煞の相助なければ、就不能出行と斷ず。

常克行年帶破碎,必有爭奪財親事。預防不測免其傷,當與則與免災悔。用乘太常,帶破碎,克行年上神,必有爭奪親財之事。又當審中末制化,當與則與,可免災悔也。

太常が破碎を帶びて去りて行年を克するは、必定に親族財産の爲め爭奪を起さん;豫先に意外を防着して乃ち傷を受くるを免れ、當に讓るべきは就きて讓れ、可く災禍悔恨を免れん。注解に曰く:發用が太常に乗じ、破碎を帶びて去りて行年上神を克すれば、必有親族財産を爭奪するの事。還って中傳・末傳の是れ制か化かを審察すべし:當に給るべきは就きて給出去せば、便可く災悔を免掉せん。

玄克行年入五盜,又兼等煞來臨照。必有賊盜作害吾,夜晚防之免殘耗。用乘玄武帶五盜、劫煞、陰煞,克行年上神,又二耗若臨夜方,必宜夜間防之。

玄武が去りて行年を克して又五盗に落進し、其余の諸煞も亦一齊に照臨すれば、必有盗賊の來て我を害す、夜裏に防備して乃ち損耗を免れん。注解に曰く:發用が玄武に乗じ、五盗・劫煞・陰煞を帶びて去りて行年上神を克す;若し大耗・小耗が又夜間の方位上に落つれば、那就務必夜裏に防范を加うべし。

玄克行年帶負迷,更兼謾語轉無依。必有冤仇陰致語,欲過東兮又過西。用乘玄武,帶相負、迷神、謾語,克行年上神,必有仇人陰謀私語,欲引人過東,又引人過西也。

玄武が去りて行年を克して相負・迷神を帶び、再加謾語あれば、人は就更に依傍なし;必有仇家の暗中に話を遞し、人を把いて一會兒東に引き・一會兒西に引かん。注解に曰く:發用が玄武に乗じ、相負・迷神・謾語を帶びて去りて行年上神を克すれば、必有仇人の暗中に密謀私語し、存心して人を牽して東奔西走せしめん。

年上玄受年之生,又入德成喜合旺。旺進人財衰進畜,其課真可言其福。用乘玄武,帶德、喜、成、六合,以生行年上神,旺相則主進人口,衰則主進六畜,而其年必獲其福矣。

行年上の玄武が反って行年の生を受け、又德神・成神・喜神・六合に逢って氣勢旺盛なれば;旺相すれば就きて人口錢財を進り、衰弱も亦能く六畜を添え、此の種の課は真に有福と斷作すべし。注解に曰く:發用が玄武に乗じ、德神・喜神・成神・六合を帶びて去りて行年上神を生ず:當旺相の時は人口を添るを主り、處衰弱の時は牲畜を添るを主り、這一年に必定福を得ん。

后加年神起女人,或為喜合轉相親。見時會有婚和聘,姻婢其間一語尋。用乘天后,帶天喜,生年上神,主婢婦人相親之事。旺相主有婚聘之喜,休囚則有姻婢之喜也。

天后が行年上に加れば、事情は女人に由りて引起す;若し喜神・合神に逢えば就きて轉成して彼此親近し、往往婚事聘禮あり、姻親と婢妾との間も亦要して話の尋る可きを留意すべし。注解に曰く:發用が天后に乗じ、天喜を帶びて去りて行年上神を生ずれば、婢女・婦人と相親近の事を主る。當旺相の時は婚聘の喜あるを主る;處休囚の時は、則ち姻親あるいは婢妾方面の喜事なり。

后克年神帶奸門,傳中又帶害和刑。必有姦情兩鬥爭,累死人家又至貧。用乘天后帶奸門、刑神,刑害克行年上神,必有因奸至爭。如帶二死,必因人命而累於貧困也。

天后が去りて行年を克して姦門を帶び、三傳中に又刑と害を夾めば、必ず姦情に因りて兩下相爭を鬧出し、甚だしくは人命に連累し・家破人貧に拖到せん。注解に曰く:發用が天后に乗じ、姦門と刑神を帶び、去りて行年上神を刑害克制すれば、必有姦情に因りて起る爭鬥;若し再び二死を帶ぶれば、那就會人命を出したに因りて貧困に拖累せん。

陰克行年帶咸池,婦人相害事無疑,或東或西或陰謀,子其朝夕慎防之。用乘太陰,帶咸池、奸門,克行年上神,婦人因奸謀害之事。若帶相負、天機、謾語上,有陰人謀事也。

太陰が去りて行年を克して咸池を帶ぶれば、婦人に害せらるるは沒跑の事;あるいは東あるいは西、あるいは明あるいは暗に計を施す、你要早晚小心提防すべし。注解に曰く:發用が太陰に乗じ、咸池・姦門を帶びて去りて行年上神を克するは、婦人の姦情に因りて圖謀加害するを主る。若し再び相負・天機・謾語を帶ぶれば、那就是陰私の人ありて暗中に謀算す。

干克年年帶關吏,此年必定見爭官。吏帶關迷並戲咒,縲紲之罪欲脫難。干克行年上神帶關吏,此年必有爭官之事,更帶繩索之神,必主縲紲囚繫。

日干が去りて行年を克して行年上に關吏を帶ぶれば、這一年に一定要官職の爲め爭端を起さん;吏神が再び關隔・迷神および戲煞・咒煞を帶ぶれば、牢獄の罪は就きて身を脱する難し。注解に曰く:日干が行年上神を克して關吏を帶ぶれば、這一年に必有爭官の事;若し再び繩索の神を帶ぶれば、必ず繩に捆り索に綁せられ・囚繫して獄に入るを主る。

大六壬管輅神書卷終

『大六壬管輅神書』巻一は此に至りて終る。此書は舊題して三國の管輅の撰と爲すも、實は後人の依托、通篇は歌訣に注解を配する體例を以て、逐條に六壬課の身命・空亡・破神・刑冲・墓神・丁神・干支家宅・行人・太歳月建および行年本命の各門の斷法を講ず。

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