Libo

大六壬灵觉经

清 · 佚名(吴师青手抄本)

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

天禄秘典大六壬霊覚経神課 巻之一・七体門

大六壬典籍

まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。

大六壬霊覚経(呉師青手抄本)

家蔵大六壬霊覚経 巻一・目次

元首 重審 比用 涉害 遙克 昴星 八專 雖責 伏吟 返吟

巻一に列挙される課体の名目は順に:元首、重審、比用、渉害、遥克、昴星、八専、雖責(すなわち「別責」、底本は「雖」に作る)、伏吟、返吟。この十の名目が大六壬で三伝を立てる十種の取用規則であり、古来合わせて「九宗門」と称する(元首と重審は同じく「賊克」の一体より出るので、実数は九)。いわゆる「四課三伝」は六壬で課を起こす骨組みである:まず「月将」(その月の太陽がいる宮次)を起課の時辰の上に加え、回転させて「天盤」を固定して動かない「地盤」十二宮の上に被せる。次に日干・日支それぞれの上神と、その上神の上神を取り、合わせて四課を並べる。そしてこの十種の規則により四課の中から一つの字を選び出して「発用」(すなわち初伝)とし、初伝から地盤に沿って上神を取って中伝を得、さらに上神を取って末伝を得る。合わせて三伝と称する。目次の各門は、いずれも四課から発用を選ぶ一種の判別法を講じている。

天禄秘典大六壬霊覚経神課 巻之一・七体門

古經九宗門乃一賊克,二比用,三涉害,四遙克,五昴星,六八專,七別責,八伏吟,九返吟,今折反伏二體入下卷七體中,故上卷只有七體,似為的當。 一賊克體。此體有二體之殊,該分作二體,今從古,只作一體。

古経の定めた「九宗門」の順序は:第一賊克、第二比用、第三渉害、第四遥克、第五昴星、第六八専、第七別責、第八伏吟、第九返吟である。本書は返吟・伏吟の両体を分かち出して下巻の七体に移して講じるので、上巻には七体だけを残す。この編成は妥当なものと見える。第一門は「賊克体」である。この一体の内部には本来二種の区別がある:四課のうち上神が下神を克するだけのものを元首と言い、下神が上神を克するだけのものを重審と言う。理の上では二体に分けるべきであるが、ここではなお古法に依り、併合して一体と数える。

一、元首課(賊克体の一:四課に一箇所の上克下)

元首課占內事,以日為己,辰為人;占外事以辰為己,日為人,出《六壬指南》。 象曰:四課一上克下,取賊克為初課,名曰元首,先吉後輸,此釋名義。日辰陰陽四課俱無下賊上,只有一上克下,則取克下者為用,名曰元首。以上能制下,得尊長制馭之權,宜居長上,故以元首名之,且為課體之首,亦名始入格。諸占吉多凶少,利先不利後。

元首課で「内事」(自身と家中の事)を占う時は、「日」(日干、占う人自身を代表)を己の方とし、「辰」(日支、相手方・家宅・他人を代表)を他方とする。「外事」(対外交渉の事)を占う時は逆に、日支を己とし日干を他とする。この区分は《六壬指南》より出る。《象》辞がこの課の命名の由来を解釈するには:四課の中に上神が下神を克する所が一箇所だけあれば、この一克を取って「初課」、すなわち発用・初伝とし、課の名を元首という。応験はまず吉利を得、のちに亏輸に転ずる。およそ日干と日支の陽課・陰課の合わせて四課の中に、下神が上神を賊する情形がなく、一箇所の上克下だけがあれば、その克する上神を取って発用とし、名づけて元首とする。上がよく下を制するのは、まさに尊長が卑幼を駕馭する名分に合うので、占者は尊長・先に動く位置に居るのがよい。ゆえに「元首」(頭首)の名を取る。また九宗門の課体の頭一位に列するので、「始入格」とも言う。この課が占う諸事は吉多く凶少なく、先に発動するに利があり、後に応じるに利なし。

占曰:四課陰陽一克下,課名元首是初神為課體之初也,忠臣孝子皆從順,憂喜因男非女人以上為男子,為外動,動以制靜,故事因男子。上則為尊下卑小,所為正理悉皆真以上制下事理甚正,真實無偽。官訟先發須當勝,後對之人理不伸上克下,固利尊長制卑幼,利先動不利後應。但為上神旺相,天將無內戰方吉。下旺上休囚則有反噬。

断語に曰く:四課の陰課・陽課の中に一箇所の上克下があるだけなら、課の名を元首という——原注に曰く、これは発用の神がまさに課体の開端であるためである。この課は忠臣孝子が人々に従い順うことを主る。憂い事も喜び事も男子より起こり女人によるのではない——原注に曰く、上神は男に属し外の動に属し、動く方が静かな方を制するので、事は男子に縁する。上神を尊とし下神を卑とし、行う所はみな正理に合い毫も虚偽がない——原注に曰く、上を以て下を制するのは事理最も正しく、真実にして偽りなし。訴訟では先に難を発する方が必ず勝ち、後に応訴する者は道理を伸張できない——原注に曰く、上克下は本来尊長が卑幼を制するに利あり、先に動くに利あり後に応ずるに利なし。ただしこれは上神が旺相の気に処り、乗る所の「天将」(貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后の十二位の神将)が本神と内戦しないことを前提として、はじめて吉と数える。もし下神が旺で上神が休囚ならば、反って下位に噛み返される。

占曰:元首情理順,克應亦易知。是歲年中事,月建月內吟。旬支旬內應,直日日中期。節氣半月等,今候五日移。諸課雖如此,獨此更無移此克應之占。凡占壬者須書年月日旬節候於圖中,看三傳四課年命上神直何神,有年月等支神者,則應此時矣。諸課如此占法,但元首課更為順應耳。

断語また曰く:元首課は情理が順暢で、「克応」(応験の時間)も推し易い。三伝の中にその年の太歳の支が現れれば本年の内に応じ、当月の月建の支が現れれば本月の内に応じ、本旬の支神が現れれば本旬の内に応じ、値日の支が現れれば当日の内に応じ、節気に対応すれば半月の上下に応じ、「候」に対応すれば五日ごとに移る。他の課体もこの法に照らして推すが、ただ元首課だけは毫も推し誤らない——原注に曰く、この一段が講ずるのはまさに元首課の克応の法である。およそ六壬課を起こす者は、占う所の年・月・日・旬と節候を課図に書き、さらに三伝・四課および「年命上神」(本命年支の上と「行年」の上に乗る神)に当値するのがどの位かを見る。その中に年・月・旬・日と同じ支神が現れれば、その時段に応じる。諸課はみなこの応期を推す法を用いるが、ただ元首課がより順調に応験するだけである。

又曰:上克下為事順,作順事者,縱課傳有凶,得憂亦淺,縱神將戰憂易解。凡一切事利動不利靜,利先不利後,利男不利女,加以上神旺相,天官順治,發用吉將,不犯空刑等凶,又生日神年命,則為三光、三陽之課,則有臣忠子孝、妻順弟恭、卑下懷服之美矣。若日干無氣,發用又在日上為日之鬼,鬼爻休囚,貴人逆治,凶將相併,則有動後之凶也。

また曰く:上克下は「順事」に属する。弁ずる所はすでに理に順う事なので、たとえ四課三伝の中に凶を帯びても、憂患は浅い。たとえ本神と乗る所の天将が相戦しても、憂患は化解し易い。およそ一切の事は動に利あり静に利なく、先発に利あり後応に利なく、男子に利あり女人に利なし。さらに加えて上神が旺相の気に処り、「天官」(天乙貴人)が順行して将を布し、発用の乗る所が吉将で、「旬空」(本旬の中で欠ける二つの空亡の地支)と刑冲などの凶を犯さず、しかも課神がなお日干・本命・行年の上の神を生扶できるならば、「三光課」「三陽課」(三伝が皆吉将を乗り皆陽明の地に向かう美格)となり、必ず臣忠く子孝く、妻順い弟恭しく、卑下が心より悦び誠服する好処がある。反対に、もし日干自身に気がなく、発用がまた日干上神に落ちて日干の「官鬼」(日干を克する神)となり、鬼爻は休囚にありながら、偏に貴人が逆行して将を布し凶将が并び臨むに逢えば、動いた後に反って凶禍を招く結果となる。

孔明曰:元首雲者,如人以首為一身之元,身無元首則無以成其身矣。其尊卑之義可見。又君為臣庶之元首,尊長為卑之元首,是以利居元首者,但上非下莫載,今若克之,必思身世果是居長?果是先動?果是得旺相否?有一果於是,則吉矣。又思居下者情理可克乎,休囚者可勝乎,有可克勝,是吉矣。若有不合則先動者被後應者所乘矣。且以上克下中理之當然,但亦不可過當,思元首所以臨下,乃一體無二之異,雖時勢不得不克下,亦當使在下者有所倚賴,可為受克之地,庶元首有所共載,故壬中六處有一處扶地盤之辰為妙,不然亦不可使地盤受空、虛、刑、害、沖、破之境及在驀越之位也。

諸葛孔明曰く:いわゆる元首とは、人が頭を一身の首とするようなもので、身に頭がなければ身を成せず、尊卑の名分はこれより見える。君は臣民の元首、尊長は卑幼の元首なので、元首課を占い得た者は首位に居るに利あり。ただし上位者に下位の承載がなければ立ち得ず、今すでに下位を克した以上、必ず三事を反問しなければならない:自分の身分は果して尊長に居するか?果して先に動く方か?果して旺相の気を得たか?三条のうち一条が実なれば、すなわち吉である。さらに二事を反問する:下位に処るその方は、情理上克すべきものか?彼が休囚にして気なし、これに勝つべきか?克す可く勝つ可くならば、これも吉。もしこれらが相合わなければ、先に動く者が反って後に応ずる者に乗ぜられる。況んや上克下は理の当然とはいえ、克し過ぎてはならない。元首が下位に君臨し得る所以は、本来一体であって両物ではないと思い至るべきである。たとえ時勢に迫られて下を克せざるを得なくても、下位者に依拠する所を与え、克制を受け承める余裕を留めるべきで、そうして初めて元首に共に擁戴する人がいる。ゆえに六壬盤の「六処」(日干上神・日支上神・初・中・末の三伝と年命上神)に一処でも地盤の辰を扶助するものがあるのが最も妙であり、そうでなくても地盤を空亡・虚耗・刑・害・冲・破の境地に落とし、あるいは蓦越(位次を跳び越す)の位置に処らせてはならない。

邵子曰:“幼不占元首,憂尊長之損害,又主先喜而後憂。”是元首課亦有不吉處,況先事者任勞任怨,首事發端,禍集所伏,苟上神休囚,則有先動過勞致疲之災深入,妄動之失,或貪小利而忘大害,或喜先勝而貽後悔,故其象樹木之嫩條未硬,又如初生之嬰兒學行也。言當此時,不可急遽戕賊,須當保護也。

邵康節曰く:「年の幼い者は元首課を占い得るに宜しからず、尊長を損害する憂いあるを恐れ、しかも先に喜び後に憂うことを主る。」これにより見れば元首課にも不吉の処がある。況んや先に頭を出して事を為す者は労を任じ怨を任じ、その端を首唱するので、禍患もここに伏する。もし上神が休囚にして気なければ、先に動き労に過ぎ疲弊して深く陥る災殃があり、軽挙妄動の過失があり、あるいは小利を貪って大害を忘れ、あるいは一時の先勝を図って後悔を残す。ゆえにこの課の取象は、木の上の嫩枝がまだ堅くなっていないようなもの、また生まれたばかりの嬰児が歩き初めたようなものである。まさにこの時に当たり、急ぎ催し逼り、摧き折り損傷してはならず、必ず小心に護持しなければならない。

袁天罡曰:“上之克下固利男子,占胎多是男子。若上神休囚,下神旺相,是克之不倒,反不利先舉,占胎多女。如干上神發用,干為我,被克豈宜?但當主客未分、欲動不動之際,則日干為尚介於彼我之,一見上神來克,則先動者為上神,後動者為干神。在我者,當審其衰旺何者得氣而乘之。此惟兵訟、鬥毆及空手求財、問取功名之吉,餘外鬼來侵身多凶,豈可以元首為純吉乎?”

袁天罡曰く:「上神が下神を克するのは固より男子に利あり、胎を占えば多く男胎を主る。もし上神が休囚で下神が旺相ならば、これを克し倒すことができず、反って先挙に利なく、胎を占えば多く女胎を主る。もし発用が日干上神に出れば、日干は我を代表し、我がそれに克されるのに、どうして相宜しかろう。ただ主客未だ分かれず、動かんと欲して未だ動かぬ当口には、日干はなお彼我の間に介在する。一旦上神が克し来れば、先に動くのはすなわち上神で、後に動くのこそ日干の神である。我がこの方より言えば、双方の衰旺を審察し、誰が気を得るかを見てその者に順って用るべきである。この局面はただ用兵・訴訟・闘毆および空手で財を求め功名を問取する時のみ吉と算する。その他は皆鬼爻が来て自身を侵犯するもので、多く凶险を主る。どうして元首課を一概に純吉と看做せようか。」

元首課・分類占断

占來意 元首課是貴人、歲君、將相,旺相生合行年神,來意是見大貴人,有生彩之慶。若是反吟等凶破,主闇昧,伸訴之事。 占天文 主元晴,必干上發用見朱、蛇、勾、空、貴、常方晴,若見合虎主風;支之二課發用,見玄后主雨,陰龍亦半陰晴。

来る人の来意を占う:元首課の応ずる人物は貴人・当年の太歳と将帥・宰輔の一流である。もし課神が旺相で、また「行年」(年歳により逐年推移する流年の支位)の神と相生相合ならば、来意は大貴人に拝見に行くことで、光彩を増す喜慶がある。もし課の中に「反吟」(天盤の諸神が各々对冲の宮に加わる)などの破敗の象を兼ね帯びれば、来意は曖昧不明・冤情を申訴しようとする事に転ずる。 天象を占う:元首課は本来晴れを主る。必ず日干上神が発用し、かつ乗る所が朱雀・螣蛇・勾陳・天空・貴人・太常の火土に属する几位の天将であってこそ、晴れと断ずる。もし六合・白虎を見れば、風起こることを主る。もし発用が日支の側の第三・第四課より出て、乗る所が玄武・天后の二位の水将ならば、雨降ることを主る。太陰・青龍を乗れば半陰半晴である。

占地利 主元陽之地。 占身命 宜居長,不利卑幼。好動少靜,帶丁馬則遷移不定,有祿、馬、貴人、龍、常者主居官顯達,為正印之官,臣忠子孝,夫婦和順。 占六甲 若發用旺相則生男,加以青龍等吉將,則生貴子;貴人順治利長子,生長孫。發用若休囚則男女未定。

地形地利を占う:主る所は陽に向かい高く爽やかな地である。 身命を占う:長房長子を為すに宜しく、卑幼の輩に利なし。性情は動を好み静少なし。もし「丁神」(本旬の旬首が遁す丁字の臨む神)と「駅馬」を帯びれば、移徙して定まらず。課の中に禄神・駅馬・貴人・青龍・太常があれば、官を為して顕達し、正の印を執る官職であることを主り、家中は臣忠く子孝く、夫婦和順である。

占婚姻 宜長男配長女,貴人順治得龍、後、合、貴,主男求女,女亦喜婚姻,夫妻和合;若貴人逆治,加以凶將,有刑剋,當不成。 占疾病 主下部之疾,吉凶以神將之吉凶言之。 占詞訟、征伐等事,如前袁天罡說同。

婚姻を占う:長子に長女を配するを以て宜とす。もし貴人が順行して将を布し、また青龍・天后・六合・貴人の几位の吉将が課に入るを得れば、男方が女方を求め、女方も成婚を楽しみ、夫婦和合することを主る。もし貴人が逆行して将を布し、さらに凶将を加え、その間にまた刑克があれば、この縁談は成らない。 疾病を占う:下半身の病症を主る。吉凶は乗る所の天将自体の吉凶により判定する。 詞訟・征伐の類を占うに至っては、前に引いた袁天罡の説と同じである——すなわち用兵・訴訟・闘毆のような強を以て弱を制する場合においてのみ、上克下はまことに吉と算する。

元首課・占例三則

假如正月丙申日亥將午時占,四課中惟天盤卯木克地盤戌土,是一上克下,以卯為用,課名元首,三傳得卯丑申,將作常合陰,卯為日之父母,乘太常主相見公卿有喜。申為日妻,則乘六合,主見貴得財物,有慶賀之事。丑為日子孫,乘太陰,主子孫因財物有相掩之事。正月木旺、火相、土死、金囚、水休,今卯木旺,丙火得相氣,故以吉斷之。

例を挙ぐ:正月丙申日、亥を用いて月将とし、午時に課を起こす。四課の中に天盤の卯木が地盤の戌土を克する、唯一の上克下だけがあるので、卯を取って発用とし、課の名を元首とする。原文は三伝を「卯丑申」と書くが、乗る所の天将「太常・六合・太陰」の次序および下の課盤によれば、中伝は申、末伝は丑であるべきである(卯が戌に加わるを初伝とし、卯の上に申を得て中伝とし、申の上に丑を得て末伝とする)。卯は丙日の父母爻で、太常を乗り、公卿と相見えて喜事あることを主る。申は丙日の妻財爻で、六合を乗り、貴人に見えて財物を得て慶賀の事あることを主る。丑は丙日の子孫爻で、太陰を乗り、子孫が財物の事に因り遮掩・隠諱の情形あることを主る。正月は木旺・火相・土死・金囚・水休の時令で、今卯木は旺に当たり丙火もまた相気を得るので、整課を吉と断ずる。

父卯常 才申六 子丑陰 龍 陰 常 蛇 午 丑 卯 戌 丑 申 戌 丙 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

これは上例丙申日の課盤で、三層を成し、読法は次の通り。最上の三行は三伝で、各行三字、順に六親・地支・天将である:初伝卯は丙日の父母爻で太常を乗る。中伝申は妻財爻で六合を乗る。末伝丑は子孫爻で太陰を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ数えて第一課より第四課まで:最下の行は各課の下神で、最右の格は日干「丙」と書く(丙は巳に寄宮)、その左に順に戌・申(申すなわち日支)・丑。中間の行は各課の上神で、右より左へ戌・卯・丑・午。最上の行は各課上神の乗る天将で、右より左へ螣蛇・太常・太陰・青龍。取用する時に見出すのは、第二課の卯が戌に加わる一箇所の上克下だけなので、卯を以て発用とする。最下の四行は「天地盤」図:外枠の十二格は固定して動かない地盤十二宮で、左上角より時計回りに順に巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰。格内に書くのは回転させて出した天盤十二神である。本課は亥将を午時に加え、天盤は地盤に比べ五位順進するので、巳宮の上は戌、午宮の上は亥、未宮の上は子、申宮の上は丑、その余はこれに照らして推す。盤を看る時はまず天地盤により四課の上神を査し出し、次に四課の中から唯一の上克下を選び出して発用を定め、然る後この盤に順って位ごとに上神を取り、中伝・末伝を排出する。

假如正月亥將甲戌日未時占,四課惟寅加戌為一上克下,以寅為用,為元首課。三傳寅午戌,將得後虎元,乃六合體,會成火局;為天后發用,天后主婦女。正月寅中有火,火主婦女妊娠。天后水與寅中火併,主生子不育。又功曹乃月建,主縣官,為憂縣官,受旺氣故也。

さらに一例を挙ぐ:正月亥将を用い、甲戌日未時に課を起こす。四課の中に寅が戌の上に加わる一箇所の上克下だけがあるので、寅を取って発用とし、元首課である。三伝は寅・午・戌で、乗る所の天将は順に天后・白虎・玄武。寅午戌の三支は位を隔てて連なり、火局を会成する。発用の寅は天后を乗り、天后は水神で、主る所は婦女の事である。正月の寅木の中には丙火の長生が蔵し、火はここにあって婦女の懐孕を主る。しかし天后は水に属し、寅の中の火と一位に并处し、水火相犯するので、子を生んでも養い活かせないことを主る。さらに寅は六壬の中で名を「功曹」と言い、またまさに正月の月建で、県官の事を主る。それが旺に当たり気を得るので、憂いが官府にあると断ずる。

中傳勝光,主子孫乘白虎,主喪。加寅上為日之子孫洩氣,主憂死喪,為人見閉遮。末傳天魁乘六合加午上,為日之財,主陰私媒妁。六合為私門,亦曰天門。河魁為天闕,出天門登天闕見白虎,必憂死喪,為人見遮閉,當移徒,婦女逃亡不安,至縣官。

中伝の午は六壬の中で名を「勝光」と言い、甲日の子孫爻で、白虎を乗り、白虎は丧事を主る。午が寅の上に加わるは、まさに日干の子孫が本気を泄するので、憂いが死喪にあり、しかも人に関閉・遮攔されることを主る。末伝の戌は名を「天魁」(河魁とも称す)、六合を乗り、午の上に加わり、甲日の妻財で、暗中の私情と媒を説く事を主る。六合は私門で、天門とも言う。河魁は天闕である。天門より出て天闕に登りて白虎に撞見すれば、必ず憂いが死喪にあり、人に遮攔・幽閉され、遷徙すべく、家中の婦女は逃亡して安んぜず、事は官府にまで鬨ぐ。

三傳火局,憂失火,燒燬驚人、口舌。用起以所生為吉期,所畏者為凶期。功曹為用,喜在丙丁,憂在庚辛。用起陽神憂事發他人,用起陰神憂事起己身,傳見父母為有救,見鬼重喪。

三伝は火局を合成し、火災を憂うことを主り、財物を焼き毀し、衆人を驚動し口舌是非ある。応期を推する通則は:発用と相生し得る干支の時を以て吉期とし、発用の畏れる所(すなわちそれを克する)の干支の時を以て凶期とする。この課は功曹寅木を以て発用とし、寅木は丙丁を喜び(木は火を生じ、気脈相通ず)、庚辛を忌む(金が木を克し来る)ので、吉は丙丁の日時に応じ、憂いは庚辛の日時に応ずる。発用が陽神より起これば憂い事は他人より発し、陰神より起これば憂い事は自身より起こる。三伝の中に父母爻を見るは救い有りと算し、官鬼爻を見るは丧事が重畳する。

兄寅后 子午虎 財戌六 虎 后 六 虎 午 寅 戌 午 寅 戌 午 甲 酉戌亥子 申 丑 未 寅 午巳辰卯

これは上例甲戌日の課盤。最上の三行は三伝:初伝寅は甲日の兄弟爻で天后を乗る。中伝午は子孫爻で白虎を乗る。末伝戌は妻財爻で六合を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ:下神の行は甲(甲は寅に寄宮)・午・戌(戌すなわち日支)・寅、上神の行は午・戌・寅・午、天将の行は白虎・六合・天后・白虎。四課の中に第二課の寅が戌に加わる一箇所の上克下だけがあるので、寅を取って発用とす。最下の四行はなお天地盤:外枠は固定して地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は亥将を未時に加え、天盤は地盤に比べ四位順進するので、巳宮の上に酉を得、午宮の上に戌を得、未宮の上に亥を得、申宮の上に子を得、余は類推す可し。これにより盤を査して寅の上は午、午の上は戌なれば、三伝は順次に寅・午・戌と排成する。

假如十二月壬申日丑將卯時占,四課中惟午火克申金為一上克下,以午為用,課名元首,三傳午辰寅,將得後蛇合,勝光為天后,並在金神,主憂婦女疾病,神將外戰故也。若占懷孕,主墮胎,蓋午火克申金,傳送亦是白虎,屬胎神故也。

さらに一例を挙ぐ:十二月壬申日、丑を用いて月将とし、卯時に課を起こす。四課の中に午火が申金を克する一箇所の上克下だけがあるので、午を取って発用とし、課の名を元首とする。三伝は午・辰・寅で、乗る所の天将は順に天后・螣蛇・六合。発用の午は名を「勝光」、火に属するが、水に属する天后を乗り、また申金の上に并び臨み、火神と水将が相犯し、また金神を圧するので、憂いが婦女の疾病にあることを主る——これは本神と乗る所の天将の「外戦」(将が神を克する)の故である。もし懐孕を占うに用いれば堕胎を主る:午火が申金を克し、申は六壬の中で名を「伝送」と言い、また白虎の位に値り、胎神に属し、胎神が克されれば胎は保てないからである。

中傳得天罡乘螣蛇,主驚恐事爭鬥,主三月內因女子事爭鬥也,以天罡主三月也;天后發用,故主因女子;水火搏擊入魁罡,故主爭鬥。末傳功曹乘六合加辰上,主來年正月當與吏議嫁,以寅為正月;末傳為未來之事,六合主婚媾,功寅主吏故也。

中伝の辰は六壬の中で名を「天罡」と言い、螣蛇を乗り、驚恐と争闘の事を主り、具体的には三箇月の内に女子に因り争闘が起こると断ずる——天罡辰の主る所がまさに三月であるためである。「女子に因る」と断ずる所以は、天后が発用にあるためであり、「争闘」と断ずる所以は、水火の両気が相搏して魁(戌)・罡(辰)の二つの剛燥の位に落入するためである。末伝の寅は名を「功曹」、六合を乗り、辰の上に加わり、来年正月に吏人と婚を議することを主る——寅の主る所が正月であるためである。末伝は将来の事を代表し、六合は婚配・媾合を主り、功曹寅の主る人物はまさに吏員なので、故にこの断がある。

才午后 寅辰蛇 子寅合 蛇 后 陰 常 辰 午 未 酉 午 申 酉 壬 卯辰巳午 寅 未 丑 申 子亥戌酉

これは上例壬申日の課盤。最上の三行は三伝:初伝午は壬日の妻財爻で天后を乗る。中伝辰は螣蛇を乗る(辰土は壬水を克し、六親により「官」と標すべきところ、底本はこの格を誤って「寅」と書く)。末伝寅は壬日の子孫爻で六合を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ:下神の行は壬(壬は亥に寄宮)・酉・申(申すなわち日支)・午、上神の行は酉・未・午・辰、天将の行は太常・太陰・天后・螣蛇。四課の中に第三課の午が申に加わる一箇所の上克下だけがあるので、午を取って発用とす。最下の四行は天地盤:外枠はなお固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は丑将を卯時に加え、天盤は地盤に比べ二位退後するので、巳宮の上は卯、午宮の上は辰、未宮の上は巳、申宮の上は午、余は類推す可し。これにより盤を査して午の上は辰、辰の上は寅なれば、三伝は午・辰・寅と排成する。

二、重審課(賊克体の二:一箇所の下賊上、第一)

重審課體一下賊上第一 四課觀克賊,先尋賊為初,克賊或二見,舍克取賊呼,課名曰重審,吉凶勿泥拘。凡占課先觀日辰四課,天盤與地盤有相剋賊否,上克下曰克,下克上曰賊,先取下賊上者為用。如無下賊上,則取上克下為用。如克賊二見,則舍克取賊,取一下賊上者,課名重審,若有二賊上,則非重審課矣。

重審課体は、四課の中に一箇所の下神が上神を賊するだけがあり、第一に列す。歌訣に曰く:四課を看るにまず「克」と「賊」の有無を察し、まず下賊上の一箇所を找い出して初伝とす。もし「克」と「賊」の両様が俱に現れれば、克を舎ててその賊を取る。このように定め出した課の名を重審という。その吉凶は死板的に拘執すべからず。およそ課を起こすには、まず日干・日支の排した四課を看て、天盤の神と地盤の神に相克あるかを見る。上神が下神を克するを「克」と言い、下神が上神を克するを「賊」と言う。取用にはまず下賊上の一箇所を取って発用とす。もし四課の中に下賊上がなければ、乃ち上克下を取って発用とす。もし「克」と「賊」が同時に現れれば、克を舎て賊を取り、その唯一の下賊上の所を取り、課の名を重審という。ただし下賊上が二箇所あれば、それはもはや重審課ではなく、別に比用・渉害の法に按じて取用しなければならない。

一下賊其上,重審事多凶。順行災尚可,逆治禍還濃。入墓災難脫,傳生反為良。陰常及天后,六合和青龍。用並生日辰,福來禍不逢。勾玄與朱雀,蛇虎並天空。用在墓神上,福去禍來從。

歌訣がこの課を断じて曰く:四課の中に一箇所の下神が上神を賊すれば、重審課の主る事は大多凶険である。もし貴人が順行して将を布すれば災禍はなお軽く、もし貴人が逆行して将を布すれば禍患は深重である。発用が「墓」(辰戌丑未の四庫、五行の帰蔵する地)に伝じ入れば災いを脱し難く、もし三伝が輾転相生すれば反って転じて好し。乗る所が太陰・太常・天后・六合・青龍の吉将であって、発用がまた日干・日支と并び臨み相生すれば、福至り禍来らず。乗る所が勾陳・玄武・朱雀・螣蛇・白虎・天空の凶将であって、発用がまた墓神の上に落ちれば、それは福去り禍随う。

凡占得重審課,主一切事多艱難。卑上犯上,其天將順治則災禍輕,若天將逆治則災禍重,謀事艱難,被凌辱更甚。加以發用傳入墓鄉,又是虎蛇朱勾元空等凶將,其禍甚深。受下凌迫者,輕則病危官災,重則死亡。如發用傳入長生旺相之鄉,加以天將順治,得貴青龍六合在常吉將入傳,或加日辰之上生日辰,則反為吉矣。

およそ重審課を占い得れば、一切の事が多く艱難であることを主る。これは卑者が尊上を冒犯する象であるためである:天将が順行して布列すれば災禍はなお軽く、天将が逆行して布列すれば災禍は重く、事を謀るに艱難で、人の凌辱を受けることもさらに甚だしい。もしさらに発用が墓庫に伝じ入り、乗る所がまた白虎・螣蛇・朱雀・勾陳・玄武・天空の凶将ならば、禍患は極めて深い。下位に凌迫される人は、軽ければ病危く官司に遭い、重ければ命を喪う。反対に、もし発用が「長生」「旺相」の地(すなわち十二長生の中で生気の在る所、また当令して気を得る処)に伝じ入り、かつ天将が順行して布列し、貴人・青龍・六合・太常の吉将が伝に入るを得、あるいは課神が日干・日支の上に加臨して日干・日支を生ずれば、それは凶に反して吉となる。

始入下賊上,女子及己身,主人利後舉,逆道患憂深。用得父母課,蛇虎與勾陳。臨事來害己,其禍在尊親。若得子孫動,將為賊上因。官動有災惡,姦淫謀女姻。妻財得凶用,謀害在陰人。

歌訣また曰く:一箇所の下賊上の「始入」の課は、事は女子と自身に関る。占者は後挙に利あり先動に利なく、これは下を以て上に犯す逆理の局なれば憂患深長である。もし発用が日干の父母爻で、また螣蛇・白虎・勾陳を乗れば、事に臨み人の来たりて己を害する有り、而して禍事は尊親・長輩の身上に出る。もし発用が子孫爻の発動なれば、子孫が下に賊せらるる縁由となったのである。もし発用が官鬼爻の発動なれば、災禍・悪事あるを主り、併せて姦淫・女子の婚姻を図謀する類の事に牽連する。もし発用が妻財爻で凶将を乗れば、遭う所の謀害は婦人より出る。

一下賊上又名始入課,言為入九宗之始課也。多主家內婦女事。凡事主後舉。若發用是日之父母,父母受賊,加以虎蛇凶將,主家中卑幼或婦女害父母。若發用是子孫,子孫受下賊主,因婦人或祖父母及印信文書害子孫,加以凶將,其禍必矣。發用是官鬼,主因子孫淫媒人婚姻之事勾惹官司爭財,加以凶將,定因財發禍,受陰人所害。

一箇所の下賊上の課はまた名を「始入課」と言い、それは九宗門の取用の法に入る頭一の関口であることを言う。この課は多く家門以内・婦女の方面の事を主り、およそ事は後発するに宜し。もし発用が日干の父母爻で、父母爻が下の賊を受け、さらに白虎・螣蛇の類の凶将を乗れば、家中の卑幼あるいは婦女が父母を加害することを主る。もし発用が子孫爻で、子孫爻が下の賊を受ければ、婦人・祖父母あるいは印信・文書の事に因りて子孫に害及ぶを主り、さらに凶将を乗れば、禍事は必ず発生する。もし発用が官鬼爻なれば、子孫・淫媒の人あるいは婚姻の事に因り官司を勾連し財物を争奪するを主り、さらに凶将を乗れば、必ず財に因り禍を起こし、併せて婦人の害を受ける。

一下賊其上,重審事可驚。父子情不順,夫妻不敬恭。更逢貴人逆,虎蛇元並空,勾陳墓用發,善事翻惡情。親者亦相害,先輸後人贏。

歌訣さらに断ず:四課に一箇所の下賊上あれば、重審課の主る事は驚く可し。父子の間は情意順わず、夫妻の間は彼此相敬わず。もしさらに貴人の逆行布将に遇い、白虎・螣蛇・玄武・天空が一併に現れ、あるいは勾陳と墓神が発用すれば、好き事も翻して悪事と成る。至親の人に至るまで彼此相害し、先に動く方が損を喫し、後に応ずる方が反って勝つ。

如發用是子孫,為地盤父母所克,故父母之情不順。如發用是父母,為地盤妻財所克,父母動,必傷子孫,主父子貪財,或因妻妾之事致父子不和。發傳是妻財,為地盤所克,乃兄弟爭財,主因卑幼弟妹爭財而害及身與耗財,或因兄弟有私淫妻妾之事而妻妾致怒,反不敬夫主也,更逢凶將及墓神發用,雖善事亦反為凶矣。況凶事乎?凡課中發用或是支神,或是日上神,或是日干三合六合之神,皆主親人相害,禍其身,非此類則主婦人卑幼及婦人相害也。

上文の道理はこうである:もし発用が子孫爻で、それが地盤の上の父母爻に克されれば、だから父子の情は順わぬと言う。もし発用が父母爻で、地盤の上の妻財爻に克されれば、父母爻が一たび動けば必ず子孫を傷り、父子が財のために貪心を起こすか、あるいは妻妾の事に因りて父子不和に鬨ぐを主る。もし発用が妻財爻で地盤に克されれば、それは兄弟の争財で、卑幼の弟妹が財を争うに因りて自身に害及び錢財を耗散するを主る。あるいは兄弟が私に妻妾と通じ、妻妾が悩怒し、反って夫を敬わぬことも有り得る。もしさらに凶将あるいは墓神の発用に逢えば、好き事すらなお翻して凶となる、況んや本来凶事なるをや。およそ課中の発用がもし日支の神・日干上神、あるいは日干と三合・六合を成す神ならば、皆至親の人が相害して禍己身に及ぶを主る。この几類に属さなければ、婦人・卑幼の加害、あるいは婦人の間の彼此相害を主る。

用下賊上名重審,子逆臣乖弟不恭。事起女人憂稍重,奴害主兮奸主娘。萬般作事皆不順,官災病厄禍患重。論訟後應須得理,先告雖直後及凶。

歌訣の総断:下賊上を取って発用とするを重審課という。子が父に忤逆し、臣が君に乖違し、弟が兄に恭しまぬことを主る。事が女人に因りて起これば憂患はやや重い。また奴僕が主人を加害し、主母を姦汚する類の事もある。諸般の作為は皆順遂せず、官司・災病・禍患が皆重い。訴訟では後に応訴する方が理を得、先に告げた者は理を占めていても、後になって反って凶に遭う。

發用是子孫,己是父母所克;是父母先有疾惡之心,使子孫無容身之地,故子孫反害父母。又如地盤為月建,是歲日之子孫,而天盤之神加於子孫,為歲日之官鬼,或作天乙,而地盤之子孫又沖剋刑害歲干,主屬下叛君上也。事起女人者,凡事重審,是以內制外,以靜制動。若發用是妻才,作六合、太陰、太陽、天后加子戌亥,又與才爻相合,主奴欺妻或妻妾之財。

もし発用が子孫爻で自ら父母爻に克されれば、それは父母が先に嫌悪の心を存し、子孫を逼って容身する処なきに至らしめたので、子孫が反って父母を加害する。また地盤の上が当月の月建で、太歳と日干の子孫爻に属し、天盤の神がこの子孫爻の上に圧して太歳と日干の官鬼となり、あるいは乗る所がまさに天乙貴人で、地盤の子孫爻がまた去って太歳と日干を冲克・刑害すれば、これは属下が君上に背叛することを主る。「事は女人より起こる」と言う所以は、およそ重審の課は皆内を以て外を制し、静を以て動を制する格局であるためである。もし発用が妻財爻で、六合・太陰・太陽・天后を乗りて子・戌・亥の水土の位に加わり、また財爻と相合すれば、奴僕が主母を欺凌し、あるいは私に妻妾の財物を占めることを主る。

孔明曰:“壬式中先取賊上者為用,用即發動初傳也。賊亦克也,然不謂之克而謂之賊,言下之克上,猶賊也。夫上之克下,如帝王、君公、父兄、尊長之人制馭四夷及臣宰、子弟、卑幼之人,縱過於刑罰亦勢分所易為也,未為變故;較之以下克上,則有四夷之侵凌中國、臣下之犯君上、子弟之賊父兄、妻奴之害夫主,勢分之難為,情理之所不堪,故名重審,言事之較深重也。

諸葛孔明曰く:「六壬式盤の中でまず下賊上の一箇所を取って発用とする。発用はすなわち発動の初伝である。『賊』も実は克であるが、克と称せず賊と称するのは、下位が上位を克すること、形は盗賊の如しと言うのである。上位が下位を克するは、帝王・公侯・父兄・尊長が四方の外族および臣宰・子弟・卑幼の人を制服するようなもので、たとえ刑罰が度を過ごしても、名分上は容易に成し得る事で、変故と算するに足らない。以下剋上——四方の外族が中原を侵凌し、臣下が君上を冒犯し、子弟が父兄を残害し、妻奴が夫主を謀害する——に比べれば、それは名分上に行い難く情理上も容認し得ないので、名を取って『重審』という。その意はこの類の事が格外に深重であるということである。

禍機之重者,必先主之;是以先取有賊者為用,雖克賊二鬼,亦舍克取賊矣,故曰賊上之課多凶也。且初發傳之神,是人首事,名曰發端,初既受賊,則事之根基已伏暗賊於內,有幾分不善矣。加以凶將與發用內外相戰,事是有七分不好了。若發用是旺相,尚可觀其傳變。若中傳吉生拱初傳,無下賊之嫌,則主先阻後順,事終有成。

禍患の機括が重いほど、ますます先にそれを揭示しなければならない。ゆえに取用する時はまず『賊』ある一処を取り、たとえ『克』と『賊』の両様の凶兆が并見しても、克を舎てて賊を取る。これがゆえに下賊上の課は多く凶を主ると言う。況んや初伝の神は人の事を始めるを代表し、『発端』と言う。発端すでに賊を受くれば、事の根基の裏にすでに暗賊が潜伏し、まず几分か壊れた。もしさらに乗る所の凶将と発用の神が内外相戦すれば(将が神を克するを外戦、神が将を克するを内戦)、事は七分壊れた。もし発用がなお旺相の気に処れば、なお中末二伝の変化を看る可し:もし中伝が吉神で初伝を生扶・拱護し、下賊上の嫌疑がなければ、それは先に阻碍を受け後に転じて順遂となり、事は終に成ることを主る。

若發用之神休囚,傳變又凶,或帶凶將克初,或是用神之墓、日干之絕,或生初而中傳自坐於剋制之支,皆為無救,則事已無始矣,雖末傳吉亦何益乎?此賊上之深,果然是不美。

もし発用の神が本已に休囚にして気なく、中末二伝の変化がまた凶なり、あるいは帯びる所の凶将が回頭して初伝を克し、あるいは中伝がまさに発用の神の墓庫・日干の絶地なり、あるいは中伝は初伝を生ずれども自らはそれを克制する支位に坐すれば、これらは皆救いなしと算す。然れば事は個の開頭すら立たず、末伝たとえ吉利なりとも何の用あらん。見るべし、下賊上の一層は実に深重にして解し難く、確かに美事に非ざるを。

然亦不可執一,倘國家當陽九百六之厄,會天人壓居上者之不仁,喜在下者之聖哲而察相其革舊鼎新之機,則下之犯上多在理勢之不容,己有應天順人之舉情否為泰,雖首事重大,發端艱難,正合重審之義,則重審豈專主凶乎?

話は然りといえども、一端に拘執してはならない。もし国家がまさに『陽九百六』(暦家の言う大厄運の会)の数に当たり、天意も人心も上に在る者の不仁を厭い、下に在る者の聖明に属意し、従って鼎故革新の時機を察するならば、下位が上位を冒犯するも、多くは形勢と情理の容れ已まざる所で、それ自身が天に応え人に順う挙動であり、正しく否より泰に転ず可し。この時首唱その事は関係重大にして発端は艱難なれども、恰恰として『重審』——反復審度して後動く——の本義に合う。かく見れば、重審課は豈に専ら凶を主るだけのものか。

然必察用神果是旺相否,果是生日乎,果作吉將乎,初之傳變中傳又能生初傳否,末傳又能生初或生中否。如有干支吉將作生神生日辰,初傳旺相帶吉將,末生中之生初,初生日,三傳皆吉將,則課體有反凶為吉之美。

ただ必ず層を逐いて考察しなければならない:発用の神は果して旺相か?果して日干を生じ得るか?果して吉将を乗るか?初伝より変じ出た中伝は回りて初伝を生じ得るか?末伝は初伝を生じあるいは中伝を生じ得るか?もし日干・日支の上が皆吉将で、皆日干・日支を生ずる生神であり、初伝が旺相にしてまた吉将を帯び、末伝が中伝を生じ、中伝が初伝を生じ、初伝が再び日干を生じ、三伝の乗る所が全て吉将ならば、この課体は凶に反して吉となる美処を具備する。

又自審天人之際從違何如;果天心人事應吉,與課體相合,則雖首事艱難,終克有濟,是必審之又審,故曰重審,亦是戒人不可輕易犯上也。如克初傳者旺相剋初,初又剋日辰,又加凶將變墓傳絕,則不但事之不成,反主害及其身,是一審已起其禍之重也。此重審之義也。”

さらに自ら天意と人事の向背の如何を権衡しなければならない:果して天心も人事も応吉して課体と相符すれば、たとえ首唱は艱難でも終に事を成し得る。見るべし、審してまた審さざるを得ざるなれば、名を取って『重審』という。これは同時に人に軽々しく上に犯す可からずを告げ戒めるものである。反対に、もし初伝を克するその神が旺相有力にて初伝を克し、初伝がまた回頭して日干・日支を克し、さらに凶将を加え、墓庫に変入し、絶地に伝じれば、それはただ事が成らざるばかりか、反って害が自身に及ぶを主る——ただこの一層を審すだけで、すでに禍患の重さが見える。これすなわち『重審』二字の意義である。」

夫上者,動也,有先舉之義;下者,靜也,有後應之義。先動制人,後應者制於人。今欲以靜制動,以主制客,勢力所難,故必審之詳而計之熟,方得變難為易也。欲決者吉凶順逆之事,先以貴神逆轉之善惡言之,如課本凶又貴人逆治,愈是反背乖逆之事,加以虎蛇勾元凶將,則後應者凶禍必重矣。若當貴人居東北陽明之地,天將順布,則吉神助順而不助逆,而居下犯上者必受殃矣。

上神は動に属し先挙の義を含み、下神は静に属し後応の義を含む。先に動く人は人を制服し、後に応ずる人は人に制服される。重審課は偏に静を以て動を制し、主を以て客を制せんとするので、勢力の上で本より吃力であり、ゆえに必ず審察を詳尽し籌算を成熟せしめて、はじめて難を易に化せる。吉凶順逆を判断するには、まず天乙貴人の順行か逆行かが帯び来る善悪を看る:もし課体が本凶で貴人がまた逆行して将を布すれば、それはさらに理に背き逆らう事で、さらに白虎・螣蛇・勾陳・玄武の凶将を加えれば、後に応ずる方の凶禍は必ず重い。反対に、もし貴人が東北方の陽明の地に落ちれば(貴人が亥子丑寅卯辰の六陽位に臨めば順行)、天将は順次布列し、吉神はただ順理の方を助けて逆理の方を助けず、下に居りて上に犯す人は必ず殃を受ける。

如被賊者是日之陽神,是我之後動制彼之先動,二動之間必審天乙之順逆、發用所乘之將。如將又克神,是將與日干同類,是為爭財格,主內外奪財,天將順則居上得勢,順者勝;天乙逆則居下雖處勢逆者勝也。 如日干賊上神,干上神是當今旺神,則日干休囚矣。事勢重大,但謀者心慵或失輔,必待日干旺相之月方成矣。

もし賊を受けるのが日干の陽神(日干上神)ならば、それはすなわち我が後動を以て彼の先動を制するものである。両動が相持する際には、必ず天乙貴人の順逆と発用の乗る天将の属性を審察しなければならない。もし乗る所の天将がまた本神を克し、この天将が日干と同一類の五行に属すれば、「争財格」を構成し、内外に人の我が財を奪う有りを主る。この時天将が順布すれば上位に居る者が勢いを得て、順行する方が勝ち、天乙が逆布すれば下位に居る者は劣勢に処れども、逆行する方が反って勝つ。 もし日干が去って日干上神を賊し、上神がまさに当令の旺神ならば、それは日干自身が休囚であることを説く。この類の事は干係が重大で、ただ事を謀る者の心思が懈怠するか臂助に欠けるので、必ず日干が旺相の月に転入するを待ってはじめて成し得る。

如日上神發用,日干無氣,又見日之陰神生扶日上神,則洩日之氣,主事勢是我黨倡成,或子孫女人之事,但患賴為炎之,求人相幫,或候旺月為之,吉。 如日干制日上神,又有辰之陽神或中末傳有一處反剋日干而制救日上神,縱為日者有先勝,終被他人所並矣。 如辰上神被支辰所賊,是以靜制動,以內制外,其吉凶如上審之。如日之陰或辰之陰神被賊,此以陰謀害上者,其凶亦同上推。

もし日干上神が発用して日干本身に気がなく、また日干の陰神(第二課上神)が来たりて日干上神を生扶するを見れば、それは日干の気を泄し、この件の勢いは我が方の同党が倡議して促成したもの、あるいは子孫・女人の類の事に属することを主る。患う所はただ他人に依頼して抬挙され、人に往きて相助けを求めるか、あるいは日干の旺相の月を待って後に弁じて、はじめて吉なり。 もし日干が日干上神を制住するが、日支の陽神(日支上神)あるいは中伝・末伝の裏に別に一箇所あって反って日干を克し、従って日干上神を救い下れば、我を代表する日干はたとえ先勝あっても、最終的に他人に呑併される。 もし日支上神が日支本身に賊されれば、それは静を以て動を制し内を以て外を制するもので、吉凶はなお上の办法に照らして審察する。もし賊されるのが日干の陰神あるいは日支の陰神ならば、それは人の陰謀を以て上位を加害するもので、凶险の推法も上と同じである。

劉誠意曰:重審之課多凶少吉,以發用觀事之始,始既受賊,如樹之伐根焉,能生長乎?更傳入墓鬼之地,縱有吉將亦不能免禍。更逢貴人逆治,將傳其凶甚矣。若得吉神良將,逢旺相,更又生年命,主舊事再改成新之喜。若用神是日辰之陰神,又為日干之鬼,加以凶將逆治,主人居下以訕上,婦人執事以謀夫,奴僕欺主以行奸,臣叛子逆,陰邪害正,卑幼害長,故曰尊長不占重審,恐卑幼之仇怨也。其象如內明外黑,進前有悔,退後難憑,心虛猶豫,舉動無措。

劉伯温曰く:重審課は凶多く吉少し。発用は事の開端を代表し、開端すでに賊を受くれば、木が根を砍られたるが如く、なお生長し得るか。もし三伝がさらに墓庫あるいは官鬼の地に伝じ入れば、たとえ吉将あっても禍を免れず。もしさらに貴人の逆行布将に逢えば、天将と三伝の凶性はさらに重し。反対に、もし吉神良将を得、また旺相の気に逢い、并びに本命と行年を生扶し得れば、旧事を翻新し改弦更張する喜慶を主る。もし発用が日干あるいは日支の陰神で、同時にまた日干の官鬼なり、さらに凶将の逆行を加えれば、人の下位に居りて上位を毀謗し、婦人が家を当てて夫を計算し、奴僕が主を欺きて奸を行い、臣子が背叛悖逆し、陰邪の輩が正人を加害し、卑幼が尊長を加害するを主る。ゆえに尊長は重審課を占い得るに宜しからずと言う。恐る所はまさに卑幼の仇怨である。この課の取象は裏は明白にして外は漆黑の如し:前に往けば悔い有り、後に退けば憑依する所なし、心虚にして猶豫し、挙動に落着なし。

邵子曰:“重則不一,審則有疑。事有不一伏一起理,或疑似必審之又審。凡事主間隔不一,不可忽略處之。”

邵康節曰く:「『重』字の意は事が一重のみならざること、『審』字の意は心中になお疑慮あること。事は往々に一件伏して一件また冒し出で、その中に自ら条理有り。是の如くして非なる情形に遇えば、必ず審しまた審さなければならない。およそ重審課を占い得れば、皆中間に阻隔有りて事が一端のみならざるを主り、草率に対付する可からず。」

袁天罡曰:“重審之課,以下犯上,非順,逆也。從辰上發用者,事多起於女子,其吉凶當以天將決之。傳及勾蛇虎作父母者,其人被父母殺害。傳是勾虎作子孫者,其人殺害父母也。其人慾謀害陰人妻子也。傳是勾蛇虎作妻財者,其人反被妻妾所害也。亦以休囚推其成敗也。” 《懸解賦》云:“重審象地,象地者先迷而後利。”

袁天罡曰く:「重審課は下を以て上に犯すもので、順理に非ずして逆理である。およそ日支上神より発用するは、事は多半女子より起こり、具体の吉凶は乗る所の天将により定める。三伝の中に勾陳・螣蛇・白虎が現れて臨む所がまた父母爻ならば、この人は父母に害される。三伝の中に勾陳・白虎が子孫爻に臨めば、この人は反って父母を加害せんとし、また彼が婦人と妻子を謀害せんと欲することをも主る。三伝の中に勾陳・螣蛇・白虎が妻財爻に臨めば、この人は反って妻妾に害される。成敗大小に至っては、同じく各神の休囚旺相を按じて推す。」 《懸解賦》曰く:「重審課は地に取象す。地に取象するもの、その応験は初め迷惑し後に利を得。」(この語は《周易・坤卦》の卦辞「先迷後得主、利」を借りて説を立つ。坤は地・順なり、静守して後動して乃ち利を得る。)

重審課・分類占断

占天文 主陰雲。日之陰神發用,主陰暗;辰之陰發用,主陰雨;日辰之陽發用,有數日風雲,然必參以將神五行生旺休囚言之。 占地利 主卑下、陰暗、汙溼之地,高陵崩塌,但亦必參以上下衰旺言之。 占身命 不利尊長,陽不利父,陰不利母。兄弟動,衰則克兄弟,旺則克妻妾。父母動,衰則克父母,旺則克子孫。官鬼動則論衰旺,作龍常祿馬貴人主有官貴,如身衰鬼衰作凶將,主多官衰災疾病;或鬼旺克兄弟。如妻財動,衰主克妻,旺則克父母。如子孫動,衰則克子孫,旺則退職傷官,但有病者愈。以上俱是因卑幼陰人起禍,兼天將吉凶言之。

天象を占う:陰雲が日を蔽うを主る。もし発用が日干の陰神(第二課上神)より出れば、天色陰暗を主る。日支の陰神(第四課上神)より出れば、陰雨を主る。日干あるいは日支の陽神(第一・第三課上神)より出れば、連日の風雲変幻を主る。ただし皆必ず乗る所の天将と本神の五行生旺休囚を参照して定めなければならない。 地形地利を占う:低窪・陰暗・汚湿の地、あるいは高岡の崩塌の処を主る。同じく上神下神の衰旺を参照して言うべし。 身命を占う:尊長に利なし。発用が陽位にあれば父親に利なく、陰位にあれば母親に利なし。兄弟爻が発動し、休衰なれば兄弟を克し、旺盛なれば妻妾を克す。父母爻が発動し、休衰なれば父母を克し、旺盛なれば子孫を克す。官鬼爻の発動は衰旺を分かつべし:青龍・太常・禄神・駅馬・貴人を乗るは、官職富貴有りを主る。もし自身衰え鬼もまた衰えて凶将を乗れば、多く官運衰敗・災病纏身を主る。もし鬼旺なれば兄弟を克す。妻財爻が発動し、衰なれば妻を克し、旺なれば父母を克す。子孫爻が発動し、衰なれば子孫を克し、旺なれば職を退き官を損う、ただし元来疾病ある人は反って痊愈する。以上の諸条は皆卑幼と婦人に因りて禍を起こすもので、さらに兼ねて乗る所の天将の吉凶を看なければならない。

論人性質主多疑多思,或好色作亂,或受卑下凌迫,柔弱不振。若旺相及日逢吉將則能詳審制宜,以靜制動,則無可失。雖刑剋尊長、孤立,於名利亦不虛也。居卑幼若加凶將,主重拜父母,兄弟失力,妻子重刑重創,功業得失不一。屬卑幼則好犯上,處臣子而逆君父;處尊長者,所行闇昧,故下人篡弒、妻奴所害也。

人の秉性を論ずれば、重審課はこの人が多疑多慮、あるいは好色にして乱を生じ、あるいは卑下の人の凌迫を受けて柔弱不振なるを主る。もし課神が旺相で日干がまた吉将に逢えば、この人は能く情势を詳審し宜に因りて変を制し、静を以て動を制して、失閃あることなし。命中に尊長を刑克し身世孤单なれども、名利の上ではかえって落空せず。もし卑幼の位に居りてまた凶将を加乗すれば、主に再び父母を拝す(過継あるいは双親を改認)、兄弟は指望するに足らず、妻子は屡々刑傷に遭い、功業の得失は反復して定まらず。卑幼の輩に属するは、性は上に犯すを好み、人臣たりて君父に忤逆す。尊長の輩に属するは、行う所は曖昧不明にして、因りて下人の篡弑・妻奴の謀害を招く。

占行兵 利主不利客,不利為應,兵不利先起,亦以上下衰旺詳之。 占婚姻 主猶豫不決,詳審方求之,上衰女人不利男家,上旺夫家不愛女家,以貴人順逆、將之吉凶斷之。得凶將克干,決主男家重妻;得凶將克辰,決主妻家重婚。 占六甲 若下旺相主生女,若上神旺相生男。易生難生,以貴人順逆、將之吉凶言之。

用兵を占う:主方に利あり客方に利なく、被動して戦に応ずるに利なく、兵を出すに先発すべからず。なお上神下神の衰旺を按じて詳しく分別すべし。 婚姻を占う:双方猶豫して決せざるを主り、必ず審慎に打听して後に求親に往くべし。上神が衰なれば女方は男家に利なく、上神が旺なれば夫家は女家を喜ばず。貴人の順行逆行および乗る所の天将の吉凶を按じて断ずべし。もし凶将が日干を克するを得れば、男方は再娶するを断ず。もし凶将が日支を克するを得れば、女方は再嫁するを断ず。 六甲(胎孕)を占う:下神旺相は女を生ずるを主り、上神旺相は男を生ずるを主る。生産の順か難かも、貴人の順逆と天将の吉凶を按じて言う。

占求財 主後求,但彼我遲疑,必重求方得,亦看才爻及青龍入傳否。若龍與才財爻生旺入傳,課雖下人干上,亦可再求有財矣,反之無財。 占病 尊長病,主被下賊人剋剝,或婢妾事致病多災,反覆不寧。貴人逆治,血氣不順,症甚重,卑幼人不妨,病症主上部、頭項、心肺之疾,亦看上下衰旺言之,最忌虎蛇發動。 占訟 主經易官司,利後動,必重訴重審,方可結果。

財を求むるを占う:後に求むるに宜し。ただ彼此ともに遅疑して、再三求めて非ざれば手に到らず。さらに妻財爻と青龍が三伝に入るや否やを看るべし。もし青龍と財爻が皆生旺に処りて伝に入れば、課体は下神賊上神なりとも、なお再び求めて得る所有り。反こればすなわち財なし。 疾病を占う:もし病人が尊長なれば、下位の人に克剥される所致、あるいは婢妾の事に因りて病を生ずるを主り、災患多くして反復して寧らず。もし貴人が逆行布将すれば血気順わず、病情甚だ重し。卑幼の人は妨げる事なし。病位は上半身を主り、多くは頭項と心肺の疾。同じく上下の衰旺を看、最も白虎・螣蛇の発動を忌む。 詞訟を占う:主に官司の周折を経歴し、後動に利あり、必ず再三申訴し反復審理して、はじめて結果を得る。

重審課・起例(子将壬辰日辰時)

起例 假如子將壬辰日辰時占,以子將加辰時,順布十二神將,三合體,壬日干課在亥,亥上得未為一上克下,未上得卯為二上克下,辰上得子為一下賊上,子上得申無賊,此四課,課中惟一下賊上,舍未卯二神二上克下,只取子神被下賊者為用。

課起こしの例を挙ぐ。仮に子を用いて月将とし、壬辰日辰時に課を起こす:子将を辰時の上に加えて天盤を転出し(天盤は地盤に比べ四位退後)、さらに順次十二天将を布く。三伝は恰も三合を成す。壬日干の寄宮は亥にあり、ゆえに第一課は亥より起こる:亥の上に未を得、未土が亥水を克する、第一の上克下である。未の上に卯を得、卯木が未土を克する、第二の上克下である。日支辰の上に子を得、子水は辰土に克される、これは下神が上神を賊する一箇所である。子の上に申を得、申金は子水を生ず、克もなく賊もなし。これすなわち四課である。四課の中に一箇所の下賊上があるのみなれば、ここに未・卯の二箇所の上克下を舎て、単に下神に賊されたる子神を取って発用とす。

用即初傳也,是初傳得子,又觀地盤子上得申為中傳,又觀地盤申上辰為末傳,三傳子申辰也。是日辰時貴人在巳,巳將在酉,於酉上起貴人,逆治,布前五後六之將於十二神上,則初傳得青龍,中傳得元武,末傳得螣蛇也。課名重審、潤下格,但冬月子水當旺,辰土無氣,雖下克上不倒,亦不為凶,兼子為太陽,可以解禍,陽星破墓,故不為凶也。

発用はすなわち初伝なれば、初伝は子を得。さらに天地盤の上、子の上神は申なれば、すなわち中伝となし。申の上神は辰なれば、すなわち末伝となし。三伝はすなわち子・申・辰。この日辰時の天乙貴人は地盤巳位に属し、天盤の巳は地盤酉宮の上に落つるなれば、すなわち酉宮に就きて貴人を起こす。貴人が酉に臨むは陰位に属するが故に、十二天将は逆行して布列す(貴人の前五将・後六将、貴人を連ねて共に十二位、順次十二天盤神の上に安んず)。このように排して下れば、初伝子は青龍を乗り、中伝申は玄武を乗り、末伝辰は螣蛇を乗る。課の名は重審、兼ねて「潤下格」(申子辰は三合水局、水性潤下)。ただし冬月子水は旺に当たりて辰土は気なし、下克上といえども克し倒すこと能わず、ゆえに凶と算せず。加うるに子位はまさに太陽(月将子)の所在にして、禍を解す可く、陽星は墓庫を冲破す。これによりて凶ならずと断ず。

兄子青 父申元 官辰螣 元 青 朱 陰 申 子 卯 未 子 辰 未 壬 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

これは上例壬辰日の課盤。最上の三行は三伝:初伝子は壬日の兄弟爻で青龍を乗る。中伝申は父母爻で玄武を乗る。末伝辰は官鬼爻で螣蛇を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ第一課より第四課まで:最下の行の下神は順に壬(壬は亥に寄宮)・未・辰(辰すなわち日支)・子。中間の行の上神は順に未・卯・子・申。最上の行の天将は順に太陰・朱雀・青龍・玄武。四課の中、第一課の未が亥を克し第二課の卯が未を克するは皆上克下、第三課の子が辰に克されるこそ下賊上なれば、「克を舎て賊を取る」の法に依り子を取って発用とす。最下の四行は天地盤:外枠の十二格はなお固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は子将を辰時に加え、天盤は地盤に比べ四位退後するので、巳宮の上は丑、午宮の上は寅、未宮の上は卯、申宮の上は辰、余は類推す可し。盤により査し得るに、子の上神は申、申の上神は辰なれば、三伝は遂に子・申・辰の三合水局を成す。

三、比用課(またの名を知一課)

比用課又名知一 歌曰:“比用課如何,賊上有兩位。無賊有兩克,先別陰陽類。陽日比陽神,陰日陰神隨。比者為用初。不比棄不為。”

比用課はまた知一課と言う。歌訣に曰く:「比用課はどのように成立するか。すなわち四課の中に下賊上が二箇所現れたる時、あるいは下賊上なくして上克下が二箇所ある時。この時まず陰陽同類を分別する:陽日(甲丙戊庚壬)は日干と同じく陽なるその神を取り、陰日(乙丁己辛癸)はそれに就いて陰神を取る。日干と同類にして相『比』するを取って初伝とし、同類ならず比せざるは棄置して用いず。」ここに関鍵となるは、賊克が二箇所ある時は賊克の法を照らして唯一の発用を定めるに由なく、止むを得ず「同類相従」の一条に改めて取舎するにある。

四課中有二三位下賊上,或二三位上克下者,必取何者與日辰相比,取其相比者為用,其不比者棄之。比者,同也。陽神與陽干同類,陰神與陰干同類,如君子與君子同類,小人與小人同類,則一氣相通,故因其同類而用之,是以名曰比用。課又曰知一課,蓋於克賊眾多之中知其一比而用之也。

四課の中にもし二箇所あるいは三箇所の下賊上あらば、あるいは二箇所あるいは三箇所の上克下あらば、必ずどの一箇所が日干・日支と「相比」するかを看て、相比するその一箇所を取って発用とし、相比せざるは一概に棄去す。いわゆる「比」はすなわち同類:陽支の神は陽干と同類、陰支の神は陰干と同類。君子と君子とが一類、小人と小人とが一類なるが如く、同類の間は気息相通ずれば、それが故に同類に順って取用す。かくの故に名づけて「比用」と言う。この課はまた「知一課」とも言う。その意は衆多の克賊の中より那唯一の相比する一箇所を辨認してこれを用るにあり。

斷曰:知一是如何,用神今日比,婚姻失和諧,事緣同類起。逃走不遠去,失物鄰人取,論訟和允好,為事尚狐疑。 又曰:二上來克下,盜賊在逡巡。小心須防備,簡慢禍惹迍。若言失脫去,閉口課中尋。

断語に曰く:知一課とはどんな様子か。すなわち発用の神と当日の日干とが同類にして相比するをいう。婚姻を占えば能和せざるを主り、事は多く同輩・同類の人より起こる。逃亡を占えば人は遠く走らず。失物を占えば隣里の人の取り去れるなり。官司を占えば和解を以て事を了するを好しとす。事を弁ずればなお猶疑定まらざる中に在り。 また曰く:もし二箇所の上神が下神を克すれば、盗賊の附近に徘徊する有りを主り、必ず小心して防備し、稍々怠慢すればすなわち禍を招く。もし問う所が失窃・走脱の事ならば、「閉口課」(三伝の首尾相閉じ口舌開き難き格)の断法の中に往きて答えを尋ねよ。

又曰:知一之課比處用,事來多起在親鄰。用將相尋干伴侶,亦有遺亡逃走因。四課若還見不備,陰私伏匿不干身。占人有伴意不動,財物雙雙有合論。結交朋友無兩心,求謀何必再三伸。

また曰く:知一課は相比の処に発用を取る。来る所の事は多く親戚・隣里より起こる。発用と乗る所の天将とが互いに相尋求するは、まさに人の伴侶を找うが如く、ゆえにまた常に遺失・逃亡の類の縁由有り。四課もし残欠全からざれば(すなわちいわゆる「不備課」、日干あるいは日支の一辺が一課少なき)、暗中隠匿の事を主り、本人とは渉らず。人事を占えばこの人に同伴有りて心意は肯んじて軽く動かざるを主る。財物を占えば成双成対して「合」を論ず可し。この課は朋友を結ぶに二心なく、謀求の事は一次にして即ち可なり、何ぞ必ずしも再三の申説を要せん。

孔明曰:比者憂在內,不比者憂在外。比者,事近而速;不比者,事遠而遲。故取其內近者占之,舍其外遠者後圖焉。”經曰:“知一則二事不成。”是不可圖貪二事也。所謂二事者,非僅兩件事。凡事物紛至,及眾論什投要之,不過兩端耳。必乘其明知獨見得,是擇取其一者而用之,不為二三所惑,方是知之之義也。則一之機自我執矣。”

諸葛孔明曰く:日干と相比するその一箇所は、憂患は内にあり。相比せざるその一箇所は、憂患は外にあり。相比する事は近くして来ること速く、相比せざる事は遠くして来ること遅し。ゆえにその内にして近きを取って占断を為し、外にして遠きを擱きて後に図謀す。《経》に曰く:「一を知れば、両件事は皆成り難し。」意は貪心して兼ねて両事を図る可からざるを言う。いわゆる「二事」は単に两桩の具体の事を指すのみならず。およそ事物紛紜として来り衆説交相投射すれども、帰総するも两端のみに過ぎず。必ず自家の清明の判断と独到の識見を凭りて、两端の中より其一を擇取してこれを用い、三心二意に迷惑せられざるを以て、これ「知」の真義とす。かくの如くなれば、一を執りて衆を制する機枢は我が手裏に掌握せらる。

又經曰:“比者為憂”,言禍福之切於身,不專言憂也。不比者為喜,言禍福之不關己,不是不比為可喜而趨之也。上克下同類相妒,朋友讒佞,禍從外來,利客不利主,夫妻相妒,或因妻財妒訟,詛咒不利,賊不出邑里,利主不利客。

《経》また曰く「比する者は憂」、これは禍福が自身に切近なるを講じ、単に憂患有らんを言うに非ず。「比せざる者は喜」と言うは、禍福が自己と関わらざるを講じ、相比せざればすなわち喜びて之に趨就すべきを言うに非ず。もし二箇所の上克下に属して比を取れば、同類の間の互相嫉妬・朋友の進讒献佞を主り、禍は外面より来り、客方に利あり主方に利なし。夫妻の間は彼此猜忌し、あるいは妻財の事に因り怨を結び訟を興し、また詛咒の類の不利有り。もし二箇所の下賊上に属して比を取れば、盗賊は本郷本里を出でず、主方に利あり客方に利なし。

李衛公曰:“上為外,下為內,二上克下,主外人謀害。事起於內,凶將加臨,主男子盜賊侵掠、失脫等事。吉事將敗,凶事漸深。象易之需課九三曰‘需于泥,致寇至。’之凶也。”

李靖曰く:「上神は外を代表し、下神は内を代表す。二箇所の上克下は、外面の人が加害を図謀するを主るも、事の根子は内部に在り。もしさらに凶将の加臨有れば、男子・盗賊の来たり侵掠し、および失窃・走脱の類の事有りを主る。好事は将に敗壞せんとし、悪事は漸々加深す。これ正しく《周易・需卦》九三爻辞『需于泥、致寇至』の凶象に合す——人は泥の裏に陷りて待ち、強盗を招き致す。」

袁天罡曰:“知亦有偏知生奸之敝,一亦有執一不通之弊。或恂利忘害,則是執迷,居安忘危,謂不逢變,或執滯多門,昧於取舍,首鼠兩端,不知所從,知一昧二,慮此昧彼,偏見蔽明,察近失遠,如狐之涉水,鹿之生疑,則失知一之義,其凶必矣。”故凡事必合一心幫力而求,知權變,有定守而始得順遂。凡事緣親友兄弟上事,不論吉凶皆涉此等人。又主狐疑,不能達權通變也。

袁天罡曰く:「『知』字にも偏聴偏信してこれにより奸を生ずる毛病有り、『一』字にも一端を固執して変通を知らざる毛病有り。ある人はただ利を見て害を忘る、これ是れ執迷なり。ある人は安穏に処りて危険を忘れ、変故あらじと思う。ある人は多頭緒の裏に拘泥して取舎を解せず、首鼠両端して誰を聴くべきかを知らず。ある人は其一を知りて其二に昧く、こちらを顧てあちらを失い、偏見は明智を遮蔽して、近処を察して遠処を失う——狐狸が河を過ぐるに一步三疑し、鹿が林中に疑神疑鬼するが如く、これは『知一』の本義を失うにして、凶险は必ず随い至る。」ゆえに凡事必ず一心を合定して併力して求め、権変を解してまた定守有って、乃ち順遂す可し。この課の占する事は多く親友・兄弟に縁し、吉凶を論ぜず皆この一類の人に牽渉す。また心に狐疑を存し通権達変し得ざるを主る。

邵氏曰:“知一而不知二。知者,喜我之知見,不知者,嫉我為仇讎。主恩中生害,凡事宜舍遠就近,舍疏就親,事貴和同,多觀於同類,又主吉凶之事皆有兩端。”經曰:“二克二賊,知一總名。神將凶而禍不單行,神將吉而福祥又至。”

邵康節曰く:「いわゆる知一とは、ただ一頭を取りて他の一頭を顧みざるをいう。取中されたる一方は、我が見識を喜び。舎棄されたる一方は、我を嫉恨して仇敵の如し。ゆえにこの課は恩情の中に反って禍害を生ずるを主る。およそ事は遠を舎てて近に就き、疏を舎てて親に就くを宜とし、和睦同心を貴び、多く同類の中より観察す。また吉事凶事ともに両箇の頭緒有るを主る。」《経》に曰く:「二箇所の上克下・二箇所の下賊上、統べて『知一』のこの総名の下に帰す。乗る所の神将もし凶なれば禍は単に来らず。乗る所の神将もし吉なれば福祥もまた接連して至る。」

《觀月經》以三上克下為長幼課,三下賊上為度厄課,雖有二課之異,但取一亦必依知一課而取三傳也。長幼度厄課詳於凶吉門課,此不及詳。大略所謂發用子孫憂小幼,發用父母憂尊長,發用妻財憂妻妾,傳入長生則吉,傳入休囚死墓則凶。

《観月経》は三箇所の上克下を「長幼課」と言い、三箇所の下賊上を「度厄課」と言う。名目は両課に分かつといえども、取用にはなお知一課の办法を照らして相比の一箇所を挑出し、再びこれに拠りて三伝を排す。長幼・度厄両課の詳細の論法は吉凶門の各課に見え、ここに細説せず。大略に言えば:発用が子孫爻なるは憂い幼小に在り、発用が父母爻なるは憂い尊長に在り、発用が妻財爻なるは憂い妻妾に在り。三伝もし「長生」(十二長生の中、生気初萌の位)に伝じ入れば吉、休囚・死地・墓庫に伝じ入れば凶。

比用課・分類占断

占國朝 主君臣彼此不定,上下紛紜,互持其說,必審其是非,定其所適從,君不自是,舍己從人,專制裁折,棄一用一,審其親暱,察其疏遠者,知其孰邪而取舍之,知其吉凶而趨避之。又觀神將之吉凶,以決庶政之利害罔違,道以干百姓之譽罔,引百姓以從己之慾,方是知一,而事可成,功可就,賢人可專征也。

朝廷国事を占う:君臣が彼此ともに主意を定め得ず、上下の議論は紛紜として各々一詞を執ることを主る。この時必ず是非を辨明し、どちらの方を聴従すべきかを定めなければならない。君たる者は自ら是と為してはならず、己を舎てて人に従い、独断裁決し、一頭を棄てて専ら一頭を用るべし。誰が親近で誰が疎遠かを審察し、どちらの方が邪僻かを看清して後に取舎し、どちらの方が吉凶かを看清して後に趨避すべし。さらに乗る所の天将の吉凶を観て、用いて各項政務の利害を判断して常道に違わず、百姓の称誉を博取せんがため道を失わず、また百姓を駆使して己の欲望に迁就させず——このようになればはじめて真に「知一」を成したと言え、事は乃ち成り、功業は乃ち就き、賢能の人もまた命を受けて専征す可きである。(末句の語意は《尚書・大禹謨》「罔違道以干百姓之譽、罔咈百姓以従己之欲」に本づく。)

占天文 比陽上克晴數日,比陰下賊主雨數日,以神將所屬決之。 占地理 上克比陽主高亢地,賊上比陰主低下地。 占身命 比陽上克不利卑幼,妻子有傷;比陰賊上難為尊長,多好結朋友;有知識,得人相濟。 占射覆 主重疊不一,或二三物合一。

天象を占う:もし陽神を取りて相比して上克下に属すれば、連日の晴れを主る。もし陰神を取りて相比して下賊上に属すれば、連日の雨を主る。さらに乗る所の天将の五行帰属を按じて定める。 地理を占う:上克下にして陽に比するは、高亢して乾爽の地を主る。下賊上にして陰に比するは、低窪下陷の地を主る。 身命を占う:上克下にして陽に比するは、卑幼に利なく、妻子児女に損傷有り。下賊上にして陰に比するは、尊長を為し難し、ただしこの人は多く朋友を結交することを喜び、見識有りて、他人の接済を得るを得。 射覆(器物の中に藏する物を猜す)を占う:藏する物は重畳して一件のみならず、あるいは二三様の東西が合成して一件となるを主る。

上出行 有伴侶,須知同類而皈依之,懼遺忘。 占求財 主朋輩之財,重進可得,或有二三項財,取舍得宜方得。 占盜賊 失物主朋輩,陽得男人,陰是姊妹親知,或是親鄰,賊不出邑里,或是家人。 占征戰 宜舍遠就近,結鄰為援。 占逃走 去不遠,不出邑里,或被親人所在。

出行を占う(底本はこの条の標題を「上出行」とし、「上」は「占」の訛):路上に同伴者有るべし。必ず同類の人を認準して依附するに往け、ただ彼此遺忘して失散するを恐る。 財を求むるを占う:得る所は朋輩・同伙の財なり。さらに一歩進んで求めれば便ち手に到る。あるいは两三項の財路有り、取舎が当を得てはじめて財を得。 盗賊を占う:失物は多く朋輩の手より出る。陽神を取るは男子の為す所、陰神を取るは姉妹あるいは熟識の親友、あるいは近隣なるも可なり。盗賊は本郷本里を走り出ざる、甚だしきはすなわち自家の人なり。 征戦を占う:遠を舎てて近を図るに宜しく、隣近の勢力を結交して援助と為すべし。 逃走を占う:逃ぐる人は遠く走らず、本郷本里を出ざる、あるいはすなわち親人の処に藏る。

占婚姻 主不和諧。若是遠方必有不諧。若是近鄰,或因親得親,則諧矣。若婚已成,亦主有親鄰之女煽惑私比,而欲離間其成者,未成主多婚未能主,其一而配之,宜決其比者娶之。但神將凶,二上克下,主先有二妻,重婚再娶;二下賊上,主妻有二夫,或經妝聘定,又再許人,或失節再醮。

婚姻を占う:不和諧を主る。もし対方が遠方の人家ならば、必ず談じ合わず。もし近隣なり、あるいはこの門の親戚より彼の門の親戚を牽出せば、すなわち成るを得。もし婚事すでに成れば、また近隣の女子の中より煽惑して私通し、この桩の姻縁を離間せんと欲する有りを主る。婚事未だ成らざるは、提親の対象が一処のみならず、一時にどの一家かを定め得ず。この時すなわち「比用」の法に照らし、決断してあの日干と相比する人家を取りて娶るべし。ただし乗る所の神将が凶なれば:二箇所の上克下なるは、男方は先前すでに两妻有り、重婚再娶に属するを主る。二箇所の下賊上なるは、女方に两夫有り、あるいはすでに聘礼を受けてまた他人に許し、あるいは失節改嫁するを主る。

占詞訟 二克主卑幼有虧,二賊主尊長受虧。但和允好,不然重疊艱結,重送衙門。 占家宅 主有遺失、逃亡、走脫之災。二克主妻子不安;一賊主夫婦不和,長上有災;又主有陰私隱匿、伏藏不明之事,心事狐疑,欲棄遠就,或欲親鄰居住。

詞訟を占う:二箇所の上克下なるは、卑幼の一方が損を喫すを主る。二箇所の下賊上なるは、尊長の一方が損を喫すを主る。総じて和解を以て好しと為し、否ざれば案情は重畳して了結し難く、なお一再に衙門に送進せらる。 家宅を占う:遺失・逃亡・走脱の災有りを主る。二箇所の上克下なるは、妻子児女が安寧を得ざるを主る。一箇所の下賊上なるは、夫婦不和・長輩に災有りを主る。また家中に暗昧の私情・隠匿不明の事有りを主り、人心は疑慮を存し、遠を舎てて近に就かんと欲し、あるいは親戚隣里の傍に搬りて住まんと欲す。

四、渉害課(見機課・察微課)

涉害課 歌曰:涉害為何起,兩比兩不比。受賊與受克,數至本痊止。歷涉地盤位,克賊深者取。行涉多被害,是為涉害矣。 又曰:涉害課相爭,還從比用生。前頭有迴路,涉害何難呈?有克難重數,偏多得用情。忽然涉害起,先舉莫相爭。

渉害課。歌訣に曰く:渉害課はどのように起こるか。すなわち四課中の克賊に二箇所ありて皆日干と相比し、あるいは二箇所ともに日干と相比せず、比用の法を以て定まらざる時。この時賊を受くるも克を受くるも論ぜず、皆これを加わる所の地盤位置より一路数えて己が本家の宮位に回るに至るまで、沿途に地盤の各宮を経歴し、どの一つが克を被り賊を被る次数多きかを看て、すなわちあの受害の深きを取りて発用とす。一路行き来りて被害最も多きが故に、「渉害」と言う。 また曰く:渉害課は両処の相争で、本は比用の法より転出したるもの。前頭すでになお回頭の路有りて数ふ可きなれば、渉害は何ぞ定め難きや。ただ克有りの位数は重複して計算し難く、あの克の偏多きを取る乃ち取用の情に合す。一旦渉害課と成れば、先に頭を出す人は人と争競する勿れ。

又曰:涉害原因比用加,地盤孟仲季求他,先看孟神次仲季,路涉有克到本家,孟深仲淺季無取,復等柔辰剛日查。 又曰:涉害孟仲季,一課分兩名,見機起四孟,仲季察奸生,總是涉害體,占得事豈寧?

また曰く:渉害課は本は比用の法より一層を加深して来る。地盤の孟・仲・季の三類の宫位の上において分別す可し。「孟」は寅申巳亥の四長生位を指し、「仲」は子午卯酉の四正位を指し、「季」は辰戌丑未の四墓庫位を指す。まず孟位に落つる神を看、其次は仲位、再次は季位。一路渉行して本家宮位まで数え、沿途に受克多少を看る。通例は孟位の受害深く、仲位浅く、季位さらに浅し。故に季位は往々にして取らず。もし深浅相等しければ、これを「復等」と言う。それなれば陽日(剛日)は日干上神を取り、陰日(柔日)は日支上神を取りて査定す。 また曰く:渉害は孟・仲・季を分かち、同じ一課にして二箇の名目を分かつ:発用が四孟に落つるを「見機課」と言い、仲位・季位に落つるを「察微課」と言う。察微は奸邪の暗に生ずるを主る。総じて皆渉害の体なり。この課を占い得れば、事は安寧ならんや。

四課二三克賊,與日俱比,或受俱不比,則分孟仲季取之,所謂孟深仲淺季又淺是也。以其害有深淺,故以深者為用,此係捷法,不必數涉歷地盤位數,只論孟仲季以為深淺者也。一說無仲只有季上神克賊,亦取季上神之,以上法雖便捷,終不若涉歸本家,以克賊之多寡為受害之淺害為正法也見《六壬示斯》,其說最詳,今不錄。

四課中に二箇所あるいは三箇所の克賊ありて、それらが日干と全て相比し、あるいは全て相比せず、比用の法を用い得ざれば、すなわち改めて孟・仲・季に按じて位を分かちて取る。すなわち「孟位は受害深く、仲位は浅く、季位はさらに浅し」のこの条の通例である。受害に深浅の別有るが故に、受害の深きその一箇所を取りて発用とす。これは一種の簡便算法で、必ずしも真にそれが渉行して地盤の経る所の位数を数ふるを要せず、ただ孟仲季を論ずるのみにして深浅を判定す可し。別に一説有り:もし四課中に仲位に落つるなく、ただ季位に落つる上神に克賊有れば、それもまたこの季位上神を取る。以上の办法は便捷なりといえども、終に受克の神を加わる所の処より一路数えて本家宮位に回り、途中の克賊の多寡を以て受害の深浅を定むるに如かず——原注に曰く、この正法は《六壬示斯》に見え、彼処に講じて最も詳細なり。ここには再び抄録せず。

用孟上神一名見機課,用仲季上神一名察微課,此涉害一課而分兩名也。何謂見機?蓋孟長也,事之先發者,凡事之先起,乃禍福之端,故名見機。何謂察微?蓋仲中也,事行至中半而吉凶已微著,當審察而知所進止也。如有兩孟兩仲,必擇先見者為用,課名曰復等,如先遇戰,不得不競也。長者受敵,而不受其小也。

孟位上神を取りて発用と為すを、別名「見機課」と言う。仲位・季位上神を取りて発用と為すを、別名「察微課」と言う——これすなわち渉害の一課にして両箇の名称有るの由来である。何をか見機と謂う。孟位は長に居り、事の最も先に発動する処なり。およそ事の開端はまさに禍福の端倪なれば、ゆえに見機と言う。何をか察微と謂う。仲位は中に居り、事は半ばに行き至り、吉凶は已に隠約として顕露す。この時まさに細微を審察して進退を決定すべし。もし四課中に二箇所ともに孟位に在り、あるいは二箇所ともに仲位に在り、深浅相等しければ、必ず先に現れたるその一箇所を挑みて発用とし、課の名を「復等」と言う——行軍して先に遇上したる敵には、先に彼と交戦せざるを得ざるが如し。年長者を以て敵に当たらしめ、年幼者を以て当たらしめず。

斷曰:見機起四孟,求事須難成。用起季與仲,察奸產婦驚。魁罡加四孟,產兒定不成,二下賊其上,體乃是比鄰以比用課取利。亦名知一課,失盜乃鄉鄰,小小須防備,昏執禍多門四孟主有多機多端,吉凶不止一路。

断語に曰く:発用が四孟に起こりて見機課と成るは、求むる所の事は成し難し。発用が季位・仲位に起こりて察微課と成るは、奸情を察覚し産婦が驚を受くるを主る。もし「魁」(戌)「罡」(辰)の二神が四孟の位に加臨すれば、胎産を占うに孩子は必ず保ち難し。もし二箇所の下神が上神を賊すれば、この課体の講ずるは近隣の事——原注に曰く、この時比用課の办法を照らしてあの有利なる一箇所を取る可し。故にまた知一課と言う。失窃を占えば、賊人はすなわち郷隣なり。小事なりとも必ず防備すべし。昏昧固執すればすなわち多頭の禍患を引出す——原注に曰く、四孟は機端・頭緒の繁多を主り、吉凶は一路の数のみに止まらず。

又曰:見機涉害見上克,數到本家方始休,但看何方神力最,所為先難後易求。凡事艱難多阻難,魁罡加日縣官憂,察微涉害用下賊,在事艱難多滯留,幽暗不明當見了,官事纏綿產婦憂,若更日辰魁罡立,婦人產難亦當愁。

また曰く:見機一路の渉害課は上克下の神を取り、これを加わる所の宮より一路数えて本家宮位に回るを以て完と為し、ただどちらの方が沿途に受くる克力最も重きかを看て、すなわちどちらの方を取る。弁ずる所の事は先難後易。凡事皆艱難多阻し、もし魁(戌)・罡(辰)が日干の上に加臨すれば、なお官府に至るを憂う。察微一路の渉害課は下賊上の神を取り、事も同じく艱難にして多く滞留し、幽暗不明の情形は終に顕露出る。官司は纏綿して了せず、産婦にも憂患有り。もし日干・日支の上にまた魁罡二神の立つ有れば、婦人難産の事もまた愁うべし。

假如涉害皆復等,先見之神為用傳。事主艱難無首尾,枝條蔓引作牽延。兩軍交爭不相伏,經時歲月更留連。凶神惡將來相見,官災疾病兩綿纏。月逢吉神並有氣,事雖遲遲卻有緣。若值凶神皆無氣,無情無緒事多端。

仮に各処の渉害の深浅が完全に相等しくして「復等」と成れば、すなわち先に現れたるその神を取りて発用とす。この類の事は艱難にして没頭没尾を主り、枝蔓の如く牽扯延伸す。両軍の交戦を占えば彼此服せず、節令・年月を拖えてなお糾纏す。もし凶神悪将が同時に出現すれば、官災と疾病と両頭纏身す。もし当月の逢う所が吉神にしてしかも気有れば、事は遅緩なれども、終に縁有りて成る可し。もし値る所の凶神がまた皆気無ければ、それは毫も情理・頭緒なく、事端百出す。

又曰:事有兩比兩不比,上天垂象要知機。涉害發用為初傳,行事稽遲多憂疑。憂患難消知見日,占胎傷孕忌當時。失物家中鄰里竊,逃亡必定隱親知。

また曰く:四課の克賊が二箇所ともに相比し、あるいは二箇所ともに相比せざれば、上天はこのような象を垂示し、すなわち人に機を見て事を行うを懂得せしめんと欲す。渉害の深き一箇所を取りて発用して初伝と為せば、行事は必ず拖延し、多く憂慮疑惑有り。憂患は一時消えず、日辰の応期を待ってはじめて分暁を見る。胎孕を占えばこの時を忌み、多く傷胎を主る。失物を占えば家中の人あるいは隣里の偷去なり。逃亡を占えば、人は必ず親友・熟人の処に藏る。

孔明曰:“涉害之象,如琴瑟不調,鳶在天關,存亡速焉。若遇見機則以合宜變通,不可執一,當知事機括而乘機早圖之。若遇察微,則宜防微杜漸,精察細微,不可忽略,暴進終逢殃咎。用辰主災害己,用日主家禍延人。一二課為用是用日,三四課為用是用辰。”

諸葛孔明曰く:「渉害の取象は、琴瑟の音律の諧せざるが如く、また鳶鳥の天関の上に懸るが如し。存亡はただ頃刻に在り。もし見機課に遇上せば、宜に因りて変通すべく、一端に固執す可からず。事の機括の所在を看清し、早く機に乗じて図謀すべし。もし察微課に遇上せば、微を防ぎ漸を杜ぢ、精細に細微の処を審察し、疏忽す可からず。猛進冒失すれば終に禍を招く。発用が日支の一辺より取られたるは、災害が自身の上に落つるを主る。日干の一辺より取られたるは、家中の禍が他人に牽連するを主る。第一・第二課の発用は『用日』と算し、第三・第四課の発用は『用辰』と算す。」

劉伯溫曰:“涉害者,干涉害,須審其宜而行之。見機者,已自審視,謂之見發不妄動,謂之機,察其微辨以機言之。一曰機者,猶弩之機牙也。務見機之禍,百發百中,萬舉萬全,始謂之見。又曰,機者動之微吉凶之先見者也。事在未然,須早見察之則不至害。若見於機已然之後,或輕舉妄動,則機括一差,而千里之失起於毫釐之謬,其害也深矣。”

劉伯温曰く:「いわゆる渉害とは、干涉して牽扯して害を受くるをいい、必ず相宜なりや否やを審度して後に行動す。いわゆる見機とは、自ら先に看清すを『見』と言い、看清した後に軽挙妄動せざるを『機』と言い、その細微を察して分別するは、まさに『機』字に就いて言うなり。一説に『機』は弩の上の機牙の如し。務めて禍患の機括の処に看て百発百中・万挙万全せば、乃ち真の『見』と算す。また曰く:機は動の先兆・吉凶の先見なり。事未だ発生せざるに早く察覚すれば、害を受くるに至らず。もし機括すでに発動した後に至って始めて見、あるいは軽挙妄動すれば、それなれば機括一たび差えば、千里の失は毫厘の謬より起こり、為害極めて深し。」

邵氏曰:“涉害課,凡事主欲用不用,欲言不言,事有兩而取一也。事主遲疑艱難,進退不定之意,用上克下,百事為淺。若得凶神惡將,則災禍難解,百事阻滯,作事稽留,多有疑,惟憂患難消,宜舍輕就重,趨安避危,方為不害。” 袁天罡曰:“用在四孟,事多反覆。凡事遲疑。”經曰:“見機則情有變,事主艱難而兩求主事有兩重。用在仲季主反覆無定,凡事未萌,須預察其吉凶。”

邵康節曰く:「渉害課は凡事皆用いんと欲して用いず、説かんと欲して説かざるを主り、事は両頭有りてただ一頭を取るのみ可なり。事は遅疑艱難にして進退定まらず。もし取る所が上克下なれば、各事の受害はなお浅し。もし凶神悪将に遇えば、災禍は解し難く、百事は阻滞し、事を弁ずるは拖延し、疑慮は重重なりて、憂患は久しく消えず。この時軽を舎てて重に就き、安に趨りて危を避くるに宜しく、乃ち害を受くるに至らず。」 袁天罡曰く:「発用が四孟に落つれば、事は多く反覆し、凡事遅疑す。」《経》に曰く:「見機課は情势に変化有るを主り、事は艱難にして必ず両頭に往きて求む——原注に曰く、これは事に两重有るを主るを言う。発用が仲位・季位に落つるは、反覆定まらざるを主る。事未だ萌发せざる時に、すなわち預めその吉凶を察看すべし。」

渉害課・分類占断

占國事 主建議商之,既欲於此,又欲於彼,不知適從,當審其事之是非、理之長短,方可取舍。若魁罡加四孟,則遣將提師深入,吉。 占征戰 不可深入賊境及渡江水戰,以水火土木金辨其何者為害如水神涉害則因水為害,火神涉害則因火為害之類,又主兩軍交爭,不肯相伏,經歲月遲久,遲疑進退不決。

国事を占う:朝議紛紛を主り、既にこの一頭を取らんと欲し、またあの一頭を取らんと欲し、どちらの辺に依従すべきかを知らず。まさに事の是非・道理の長短を審察して後に、乃ち取舎す可し。もし魁(戌)・罡(辰)が四孟の位に加臨すれば、将を派して兵を統べて敵境に深入するを吉とす。 征戦を占う:敵境に深入す可からず、また江水を渡りて水戦す可からず。受害の神の五行が水に属し火に属し土に属し木に属するか金に属するかを按じて、禍害がどの一方面より出るかを判断すべし——原注に曰く、水神の渉害なれば水に因りて害を受け、火神の渉害なれば火に因りて害を受け、その余は類推す。また両軍の相争して互いに服せず、経年累月を拖延し、進退遅疑して決せざるを主る。

占出行 如得天神下臨壬亥子癸,主水路有隔,其禍深,不可渡水,只宜陸行。得凶將克身命,出行遠涉最跋涉艱難,遠行受害,有吉將主行途中有得。 占生產 主產婦憂驚產難,魁罡加寅申巳亥發用,產見難養,魁罡覆日辰更凶。 占胎主產婦因遠涉或土移動傷胎,有妨其產母。

出行を占う:もし天盤の神が壬・亥・子・癸の水位に下臨すれば、水路上に阻隔有るを主り、その禍は頗る深し。水を渡る可からず、ただ陸路を走るに宜し。もし凶将が本命と行年の上に克し至れば、遠門に出でるは最も跋涉艱難にして、遠行は必ずその害を受く。もし吉将を乗れば、途中反って収穫有るを主る。 生産を占う:産婦驚憂・生産艱難を主る。もし魁(戌)・罡(辰)が寅申巳亥の四孟の上に加わりて発用すれば、生み下しても養い活かし難し。もし魁罡が日干・日支の上に覆圧すれば、さらに凶なり。 胎を占う:産婦が遠行跋涉に因り、あるいは動土・遷移に因りて胎気を傷り、并せて母体を妨害するを主る。

占官事 見機課,魁罡加日辰主官事欲起;察微課,魁罡加日辰主有牽連干涉事人,久延不決。 占疾病 主犯觸受染,病不止一端,沉重日久,難以起止,反覆不定,或遠行涉水所致,魁罡加四仲主哀傷。 占身命 主多刑害,流移不定,加凶將則孤賤卑微,惟多遲疑不決。嫉妒害人,或受人所害。

官司を占う:もし見機課なれば、魁罡が日干・日支の上に加わり、官司将に発作せんとするを主る。もし察微課なれば、魁罡が日干・日支の上に加わり、案が旁人に牽連干涉し、久拖して決せざるを主る。 疾病を占う:邪祟を触犯しあるいは時疫に染まるを主り、病症は一様に止まらず、沈重にして日久く、身を起こし得ず、反復定まらず。また遠行・涉水の所致なるも可なり。魁罡が子午卯酉の四仲の位に加臨するは、哀傷の事有るを主る。 身命を占う:一生刑害多く漂泊・遷移して定まらざるを主る。さらに凶将を加えれば孤苦卑賤にして、性情もまた多く遅疑して決せず。この人あるいは嫉妬して人を害し、あるいは反って人に害せらる。

占婚姻 有害,二家不和,反覆不定。 占求財 主干涉害人而求,吉將旺相有得,但多反覆延遲;凶將休囚剋日,主干涉反覆破財。 占失脫盜賊 主自家不謹慎,乃鄉鄰為盜若與日辰合不比者是遠人也。。主賊涉水來,或逾牆來。加凶將凶神主害人,或連眾而來,內外通引。

婚姻を占う:その中に害有り、両家和せず、反復定まらず。 財を求むるを占う:求むる所の財は干涉牽扯・人を損うを靠りて得。もし吉将を乗りまた旺相に逢えばすなわち手に到るを得、ただ反復拖延す。もし凶将を乗りて休囚かつ日干を克すれば、干涉・糾纏に因りて反って財を破る。 失窃・走脱と盗賊を占う:自家の不謹慎を主り、作案するは郷隣なり——原注に曰く、もし日干・日支と相合して日干と比せざるは、すなわち遠処より来たる人なり。また賊は水を渉りて来り、あるいは墻を翻して入るを主る。もし凶将・凶神を加えれば、人を傷るを主り、あるいは伙を結び群を成して来り、内外勾結して路を引く人有り。

渉害課・占例(四月申将辛酉日卯時)

假如四月將辛酉日卯時占,得三下賊上課,寅卯未加子辛酉寅之上,被俱下賊,不與日比,卯未俱與日比,雖以比用取,課則入涉害課,卯加辛,戌是季也,未加寅是孟也,當以孟上神為用。若欲何者涉害深,則卯加辛之歷至卯位,惟一乾克之;若未在寅歷至本位,則有寅甲卯乙巽五位克之,是為涉害深也,餘仿此推。

例を挙ぐ:四月に申を用いて月将とし、辛酉日卯時に課を起こし、三箇所の下賊上の課を得。卯・寅・未の三箇の上神はそれぞれ辛(寄宮戌)・酉・寅の上に加わり、皆下神に賊せらる:卯は辛金に克され、寅は酉金に克され、未は寅木に克さる。辛は陰干、寅は陽支に属し、日干と相比せず。卯・未は皆陰支にして、日干と相比す。相比するものすでに二箇所有れば、比用の法は定め得ず、この一課はすなわち渉害課に転入す。卯は辛(寄宮戌)の上に加わり、戌は辰戌丑未の季位に属す。未は寅の上に加わり、寅は寅申巳亥の孟位に属す。「孟深仲浅季更浅」に依り、孟位上神の未を取りて発用と為すべし。もし実数してどの一箇所の渉害が更深きかを言わば:卯は戌位より一路暦行して卯の本位に至るまで、途中ただ乾宮(戌亥の間、金に属す)一箇所のみ之を克す。而るに未は寅位より一路暦行して未の本位に至るまで、途中に寅・甲・卯・乙・巽の五箇所の木気之を克す。見るべし、未の受害更深し。ゆえに未を取りて発用とす。其余の各課はこの類に依りて推す。

此謂未加寅入墓,所謂仰見其仇,俯見其丘也。小吉主婦人,將得螣蛇憂死人入墓故也,女子驚恐,蛇主女人驚恐、有怪異血光亦是螣蛇所致,小吉入鬼門,主見鬼。中傳神后作天空加未,主婦人慾欺其夫而有二心天空主欺詐,未為神后之夫。末傳太乙作天后加子,主憂婦女,水克火日。

この一課は未が寅の上に加わり、木は未に至りて墓に入る。まさにいわゆる「頭を抬げれば仇家を見、頭を低くすれば墳丘を見」——寅木が未土を克するは仇なり、未は墓庫たるは丘なり。未は六壬の中で名を「小吉」と言い、主る所は婦人なり。本段はそれが螣蛇を乗ると言う。故に死人を憂う——原注に曰く、これは墓庫に入るの緣故なり。また女子の驚恐を主る——原注に曰く、螣蛇は本より女人の驚恐を主り、怪異と血光の出現も皆螣蛇より来る。小吉未はまた「鬼門」に属し(未申の交は坤、俗に鬼門と称す)、ゆえに鬼を見るを主る。中伝の子は名を「神后」と言い、本段はそれが天空を乗りて未の上に加わると言う。婦人が丈夫を欺瞞して二心を懐くを主る——原注に曰く、天空は欺詐を主り、未はまさに神后子の配偶なり(子未の相害・相配の義)。末伝の巳は名を「太乙」と言い、本段はそれが天后を乗りて子の上に加わると言う。憂いが婦女に在るを主る、水の来たりて火を克するが故なり。下に附する課盤を按ずれば、三伝の未・子・巳が乗る天将は実は白虎・朱雀・玄武と作り、この段の言う螣蛇・天空・天后と合せず。まさに底本の伝抄に異有るべし。読む時は課盤を以て準と為せ。

父未白 子子朱 官巳元 白 貴 勾 后 未 寅 申 卯 寅 酉 卯 辛 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

これは上例辛酉日の課盤。最上の三行は三伝:初伝未は辛日の父母爻で白虎を乗る。中伝子は子孫爻で朱雀を乗る。末伝巳は官鬼爻で玄武を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ第一課より第四課まで:最下の行の下神は順に辛(辛は戌に寄宮)・卯・酉(酉すなわち日支)・寅。中間の行の上神は順に卯・申・寅・未。最上の行の天将は順に天后・勾陳・貴人・白虎。四課の中、辛が卯を克し酉が寅を克し寅が未を克する共に三箇所の下賊上、その中卯・未は陰干辛と相比し寅は比せず。故に渉害の法に転用し、渉害最も深き未を取りて発用とす。最下の四行は天地盤:外枠の十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は四月申将を卯時に加え、天盤は地盤に比べ五位順進するので、巳宮の上は戌、午宮の上は亥、未宮の上は子、申宮の上は丑、余は類推す可し。盤により査し得るに、未の上神は子、子の上神は巳なれば、三伝は遂に未・子・巳と排成す。

五、遥克課(蒿矢格・弾射格)

遙克課 蒿矢格 彈射格 歌曰:四課無克賊,如何取用神?先取神剋日,蒿矢課之名。如是日克神,彈射課之名。總名為遙克,禍患此中生。

遥克課は、蒿矢・弾射の両格に分かつ。歌訣に曰く:四課の上下神の間に克もなく賊もなければ、それなればどのように発用を取るか。まず四課の上神の裏に日干を克する有りや否やを看、有ればすなわちそれを取りて発用とし、課の名を「蒿矢」(蒿杆で作れる箭)という。もし反って日干が去りて四課上神を克すれば、克されたるその上神を取りて発用とし、課の名を「弾射」(弾弓が丸を射る)という。両格を合わせて遥克と称す——「遥」は遠の意なり。克力は同一課の上下の間に直接発生せずして、課を隔てて日干を克し、あるいは日干より課を隔てて克するが故に、禍患はこの一層の隔空の克より生出ず。

又曰:陰陽上下無相剋,其中擇取遙相賊,賊日之神為用初,課名蒿矢似無力。如無神遙於今日,日有克神是彈射。有如日遙克於神,後有兩神亦剋日。用比用涉是為良,依此課之情不失。

また曰く:四課の陰課・陽課・上神・下神の間に皆相克なければ、その中に隔空相賊の一箇所を挑出す。日干を賊する神を以て初伝と為し、課の名は蒿矢。その克力は綿軟無力の如く見ゆ。もし上神の隔空して日干を克するなくして、日干が去りて某箇の上神を克すれば、それすなわち弾射なり。もし日干の隔空して上神を克する有り、後面にまた二箇の上神が反って日干を克する有らば、それなればまさに「神克日」を以て先と為し、仍りて蒿矢を取る。两三箇所の并見に遇上せば、すなわち比用・渉害の法に照らして取舎し去れば、乃ち妥当と算す——この次第に依りて定めれば、この課の情理は判じ誤らざるなり。

四課上下並無克賊,則前四體俱不入,須看四課之神有克今日干否,以有克者為用,課名蒿矢。如無神剋日,看今日干有克四課之神,如有克,則以受克者為用,課名曰彈射。如有神剋日,又有日克神,則取神剋日為用。如有二三神剋日,則如前比用取用,俱比俱不比者,則以涉害取用。其日克神,亦依此例。總名曰遙克課。遙者,遠也。神所加臨處為近,視日干則遠矣。日之陽為近,於二三課之視日又益遠矣。此遙之謂也。

四課の上下の間に克もなくまた賊もなければ、それなれば前面の元首・重審・比用・渉害の四体は皆用い得ず。必ず四課の上神の裏に当日の日干を克する有りや否やを看る:日干を克する有ればすなわちそれを取りて発用とし、課の名は蒿矢。もし日干を克する神なければ、日干に四課上神を克する有りや否やを看る:有れば、すなわちあの克されたる上神を取りて発用とし、課の名は弾射。もし神の日干を克する有り、また日干の神を克する有れば、すなわち「神克日」を以て先と為し、それを取りて発用とす。もし两三箇の神皆日干を克せば、すなわち前面の比用の法に照らして日干と相比するを取る。もし皆相比しあるいは皆相比せざれば、すなわち渉害の法に照らして受害の深きを取る。日干の神を克する情形もこの規矩に照らして弁ず。これらを統名して遥克課という。「遥」はすなわち遠なり:上神が己の臨む所の下神の上に加臨するは近なり。日干に相対して言えばすなわち遠なり。日干の陽神(第一課上神)は近しと算し、第二・第三・第四課はさらに日干を看ればさらに遠し。これすなわち「遥」字の含義なり。

斷曰:蒿矢有吉凶,先看吉凶神,吉將朝天去得吉將生身,主功名遠利,上謂朝覲,遠求財利吉,凶將禍到身材從外來。彈射得吉將,求財得相親。若值凶將加,出入值仇人。利動陰謀竊刑害並則主陰謀竊害傷人矣,相生各有伸。凶刑劫盜賊,合成喜自頻相合則吉。分明是兩課,休斷一般陳。吉合主允歡喜,凶將勿來迎。三刑妨賊害,六害殺傷人交射乃傷人之物,加以刑害金土則刑傷必重矣。

断語に曰く:蒿矢課は吉有り凶有り、まず乗る所の天将の吉凶を看る。吉将を乗ればすなわち天に朝し去るが如し——原注に曰く、これは吉将を得て来りて自身を生扶するを得、功名は遠方において求め可きを主り、「上」は入朝して覲見するを指し、遠処に財を求むるも吉なり。凶将を乗れば禍患身に臨み、しかも外面より来るなり。弾射課もし吉将を得れば、財を求むるに人の親附を得るを得。もし凶将の加臨に遇えば、出入に皆仇家に碰上す。この課は暗中に事を行うに利あり——原注に曰く、もし刑と害と并見すれば、すなわち人の陰謀を以て竊かに害し人を傷る有りを主る。彼此相生すれば、各方皆舒展を得。もし凶神と三刑に逢えば、劫掠・盗賊を主る。もし六合を成せば、喜事は頻頻なり——原注に曰く、相合すればすなわち吉なり。蒿矢・弾射は本より両課なるを分かち清め、一様と作して断ず可からず。吉合に逢えば心に称い欢喜するを主り、凶将なればそれを迎えに往く勿れ。三刑は賊害を防ぐ要し、六害は殺傷有らん——原注に曰く、箭矢・弾丸は本より人を傷る物、さらに刑害と金土の神を加えれば、刑傷は必ず加重す。

又曰:神遙剋日名蒿矢,射我雖端必當畏。日克天神名彈射,縱饒得中還無利。貴人逆治子無良,天乙順行臣不義。家有客來不可容,每憂口舌西南至。起事因外至本身,心意悠悠無所止。比用他意非本心,用力向前須得喜。中間尤恐有防人,暗箭傷殘禍不已。喜得或同歲上並,經涉朝遷歲月計。若見凶神多詭詐,外事收來知謹備。吉凶皆主艱辛事,若將言將禍庶幾此蒿矢彈射總斷也。

また曰く:上神が隔空して日干を克するを蒿矢と言う。箭は我に対準して射来るといえども、終に提防すべし。日干が去りて天盤の神を克するを弾射と言う。たとえ射中すとも実利なし。貴人が逆行布将すれば子孫不肖、天乙が順行布将すれば反って臣下の不義を主る。家裏に客の来る有れば收留す可からず、常に西南方向より来る口舌是非を憂う。事は外面より引起されて自身に落ち、心緒悠悠として落着なし。もし比用に因りて取れば、それは他人の意に随うにして本心に非ず。力を出し向前するを肯んずれば乃ち喜を得。当中尤も要するに人の悪を為し暗箭して人を傷る有るを提防し、禍事は接連して断えず。もし太歳と并臨し得れば、暦官・遷転を望む可し、ただ歳月を以て計算す。もし凶神を見れば多く欺詐、外来の事には収斂して謹慎し防備すべし。総じて吉なりとも凶なりとも、皆辛苦費力を主る。もし単に乗る所の天将に就きて禍福を言えば、また大致差ならず——原注に曰く、この一段は蒿矢・弾射両格の総断なり。

又曰:彈射之課日克神,事從內起干他人。凡事艱難須勉力,雖成不免有爭嗔。望信不來人未至,出行一去沒回音彈射蒿矢同斷。三傳終始干支合,吉將來並喜事新。三刑又見諸凶將,劫盜須防禍及身。若是庚辛而得吉,信來行人卻欣欣。 又曰:彈射有丸傷痛苦,占病死人傷命焚。三傳辰戌丑未土,有土諸事皆有阻。

また曰く:弾射課は日干が去りて上神を克するもので、事は内部より発起して他人に牽扯す。凡事艱難にして、必ず勉力して為さざればならず。たとえ弁成すとも、争執・嗔怨を免れず。消息を等てば消息来らず、人を等てば人至らず。出門して一たび去れば回音なし——原注に曰く、この一点は弾射と蒿矢の断法相同じ。もし三伝の首尾が日干・日支と相合し、また吉将の并臨有れば、すなわち新たなる喜事有り。もし三刑と各種の凶将と并見すれば、すなわち劫掠・盗賊を防ぎ、禍の自身に及ぶべし。もし庚辛の日に逢いて課体が吉に転ぜば、書信到来し行人は家に帰り、人人欣喜す。 また曰く:弾射は弾丸の人を傷る痛苦有り。病を占えば人死に命を傷り、甚だしきは焚焼の厄すら有り。三伝もし皆辰戌丑未の四土なれば、土有ればすなわち諸事皆阻滞有るを主る(土性凝滞す、故に留難を主る)。

孔明曰:“神遙剋日,緩而輕。其象如蒿矢之輕,遠射則力弱也。蒿者,草之杆。矢者,箭持蒿草之杆而作之箭。直將射物也,雖有射物之心,卻無射物之名,雖有中物之具,而無獲物之功。縱射雖中而輕不入也。故禍福俱輕,主外人欺己,禍從外來,其始如雷之吼,未免驚憂,後卻無事,愈遠愈小,漸久漸消也。

諸葛孔明曰く:「上神が隔空して日干を克するは、来勢緩くして力量軽し。取象は蒿杆の作れる箭の如く、射ること遠ければ力道を失う。『蒿』は草の杆子、『矢』は箭なり。蒿草の杆子を拿りて箭と為し、径直に去りて物を射るに、射るの心思有れども射るの名分なく、射中するの家伙有れども獲物の功效なし——たとえ射中すとも、太だ軽きに因りて扎り入らず。ゆえにこの課は禍福皆軽く、外人の己を欺凌するを主り、禍は外より来る。起初は雷声の轟響の如く、驚憂の一陣を免れざれども、後来は事なし。離るること遠ければ弥々軽く、拖るること久しければ弥々消ゆ。

神為客,日為主,神遙剋日,是客來欺主,故言客來不可容之,必有是非及身也。但以蒿為矢,雖射中不深入者,以其無簇也。若見傳送白虎發動,則有金加於矢上,必能傷人,故曰仍憂口舌西南起傳送白虎乃西南隅,申地之神。經曰‘蒿矢見金為利簇。’是見金之為凶也。或有金而金落空,一名空矢,亦曰亡矢,一曰季矢 ,亦不能為凶也。”

上神は客、日干は主なり。上神が隔空して日干を克するは、すなわち客の来たりて主を欺くなり。ゆえに来たる客は收留す可からずと言う。否ざれば必ず是非纏身有り。ただし蒿杆を以て箭と作れば、たとえ射中すとも扎ること深からず、それは箭鏃無きが故なり。もし「伝送」(申)と白虎とが発動すれば、それはすなわち箭杆の上に金属の箭頭を装えたるに等しく、必ず人を傷る能し。ゆえになお西南方向より来る口舌を憂慮すべしと言う——原注に曰く、伝送と白虎は皆西南方に在り、申位の神なり。《経》に曰く『蒿矢は金を見れば利鏃と成る』、まさに金を見るを凶と為すを言う。あるいは金有るといえどもこの金が旬空に落入すれば、それを『空矢』と言い、また『亡矢』『季矢』とも言う。同じく凶と為り得ず。」

李衛公曰:“蒿矢之課,主有不測之憂忽來相干。若有吉將,主不虞之喜不期而至。有金則主血光。經云‘三傳地下申酉是,公人持捧應無禮。’是也不論是金神,但發用是地下申酉上神者,亦有外來是非出於禮法之外相加。故曰‘蒿矢有金,主驀然有災’也。不必金將,只有傳送從魁河魁金神而作朱雀勾陳者,亦主有官非口舌從外驀然而來也。

李靖曰く:「蒿矢課は意表に出ざる憂患が忽然と来たりて干擾するを主る。もし吉将を乗れば、思いもよらざる喜事が期せずして至るを主る。課中に金を帯びればすなわち血光を主る。《経》に曰く『三伝の落つる地盤が申酉なるは、公人が棍を持ちて来る、全然礼無し』——原注に曰く、これは金神に限らず、ただ発用が地盤の申・酉の上に加わる神であれば、また外来の是非有りて、礼法を超出して人の身上に加わる。ゆえに曰く『蒿矢に金を帯びれば、突然災有るを主る』。また必ずしも金将を要せず、ただ伝送(申)・従魁(酉)・河魁(戌)のこれら金神が朱雀・勾陳を乗れば、同じく官非口舌が外面より突如として来るを主る。

大抵此課主利主而利客,利後動。不利他人,利小不利大,主人害己,事由官非鬥訟之害,加以陰神賊日,則憂從外來,驀然而至矣。水火神動加金將,主水火之厄,酉陰刑刃動主暗傷之災,小心防備得吉。凡事不利己身。”

大体に言えば、この課は主方にも利あり客方にも利あり、而も後動を以て宜とす。他人には不利、小事に宜しく大事に宜しからず。それは別人の来たりて己を害するを主り、事由は多く官非・闘訟の害なり。もしさらに陰神が日干を賊克すれば、憂患は外面より突然襲来す。水神・火神が発動してまた金将を乗れば、水火の厄を主る。酉位の陰刑・羊刃が発動すれば、暗中に傷を受くるの災を主る——小心して防備すればすなわち吉に転じ得。総じて凡事は自身に不利なり。」

孔明曰:“日遙克神,其象如彈射之近,不射遠,事則難中也。主自己謀害他人,事從內起。但有近射遠射之異,所占勢大者近射,凶重,忌先動;勢小者遠射,凶輕,但不可出頭。一二課發動為近射,三四課發動為遠射。又發用之神之將相剋名近射,主有傷害,更陰虎乘金神,尤凶。若神將比和,名遠射,雖有口舌惡意,亦不至傷害矣。”

諸葛孔明曰く:「日干が隔空して上神を克するは、取象は弾弓が丸を射るが如く、ただ近くを射る能くして遠くを射る能わず、事は射中し難し。それは己が他人を謀害するを主り、事は内部より発起す。ただその中に近射・遠射の別有り:占する所の勢い大なるは近射に属し、凶重く先動を忌む。勢い小なるは遠射に属し、凶軽く、ただ頭を出す可からず。第一・第二課の発用は近射と算し、第三・第四課の発用は遠射と算す。この外、発用の神と乗る所の天将とが相克するもまた近射と言い、傷害有るを主る。もしさらに太陰・白虎が金神を乗れば、尤其凶险なり。もし本神と天将とが比和して相安んずれば、あれを遠射と言い、たとえ口舌・悪意有るとも、真に人を傷るに至らず。」

又曰:“彈射見土為彈丸,則彈中有傷,驀然有災。若有土而土落空亡,謂之遺丸,縱彈皆不為凶。若是彈射又是知一課,尤為無力,雖凶無畏。但欲用事者遇之其力輕,多費力不成也。經曰‘彈射憂事立散,若見太陰元武天空發用,主虛詐欺誕之事,禍從內起。’”

また曰く:「弾射課は土を見ればすなわち弾丸なり。一旦弾中すれば傷損有りて、突然災を生ず。もし土有るといえども土が旬空に落つれば、これを『遺丸』と言い、たとえ弾を発すとも凶と為らず。もし弾射と同時にまた知一課を兼ねれば、それはさらに力なく、凶なりとも必ずしも怕るるに足らず。ただそれを借りて事を弁ぜんとする人がこの課に遇えば、力道太だ軽く、多く気力を白費して弁成せず。《経》に曰く『弾射課の憂事は立時に消散す。もし太陰・玄武・天空の発用を見れば、虚詐・欺騙の事を主り、禍は内部より生起す』。」

袁天罡曰:“遙克課主事遙動不定,人情倒置,禍 福皆輕,求事難成,吉凶皆主不實,來意雖有惡而不至傷殘也。第二課為用乃是日上兩課相戰,作事不力,外事不干,內事不可出頭。第三課為用,是辰陰自戰,兩陰相競,凶重有力,不可先動。第四課為用,尤為無力。

袁天罡曰く:「遥克課は事の隔空して動き飄忽として定まらざるを主り、人情は顛倒錯置し、禍と福と皆軽く、事を求めて成り難く、吉凶皆実処に落ちず。来たる人は悪意を存すといえども、真に傷残を造成するに至らず。もし第二課を取りて発用すれば、それは日干の一辺の両課が自ら交戦するもので、事を為すに力を得ず、外に対する事は管するに足らず、内に対する事も頭を出す可からず。もし第三課を取りて発用すれば、それは日支の陰陽両課が自ら交戦するもので、両陰相争い、凶重くして力有り、先動す可からず。もし第四課を取りて発用すれば、すなわち尤も力なし。

若日干克兩神名曰一箭中兩鴻,又名一箭射兩鹿格。若兩神遙克,一曰一鹿含兩矢,皆主心貪望大,遠交近攻,近交遠攻,費力並取之兆。故曰‘兩神剋日,主二事合為一事;日克兩神,主一端分為兩端。’”

もし日干が同時に二箇の上神を克すれば、これを『一箭中両鴻』と言い、また『一箭射両鹿格』とも言う。もし二箇の上神が同時に隔空して日干を克すれば、これを『一鹿含両矢』と言う。これらは皆心貪りて望む所過大なるを主り、遠交近攻あるいは近交遠攻なり、気力を費尽して両頭を兼得せんとする兆頭なり。ゆえに曰く:『両神が日を克すは、両件事が并せて一件と成るを主る。日が両神を克すは、一件事が分かれて両頭と成るを主る。』」

遥克課・分類占断

占行人 第一第二課為用,行人立歸。第三第四課為用,行人未歸。若三傳沖剋歲建,占行人主凶。一曰“彈射不來,蒿矢課歸矣。遠出未歸,或中途有阻。” 占出行 若遠出至不至所往之地而回,不可西南行,恐人是非。 占訪人 彈射課主訪人不見,蒿矢課主訪人即出見矣。

行人を占う:第一・第二課を取りて発用するは、行人は立刻に回る。第三・第四課を取りて発用するは、行人は未だ回らず。もし三伝が太歳を冲克すれば、行人を占うに凶を主る。また一説に曰く:「弾射課は人の来らざるを主り、蒿矢課は人の已に帰れるを主る。もし遠出して未だ帰らざれば、すなわち中途に阻碍を受けたるなり。」 出行を占う:もし遠門に出づれば、多く目的地に到らずして折り返す。尤も西南方向に往く可からず、人に是非を惹くを恐る。 訪人を占う:弾射課は往きて人を訪うも見えざるを主り、蒿矢課は一たび往けば便ち人有りて出でて相見るを主る。

占公訟 蒿矢課利小不利大,利後不利先;彈射課利上不利下,利先不利後。蒿矢主人害己,事由官司鬥訟之害也。 占國朝 值蒿矢課主事自外來,草寇弄兵,邊鄙生事,有使命來闕。值彈射課主有頒命遠出。 占身命 神剋日害從外入,日克神身他人,有刑害受驚,帶官貴祿馬主武途出身,但福力不大,無長遠之事業,多虛詐或夭折。

官司を占う:蒿矢課は小に利あり大に利なく、後動に利あり先動に利なし。弾射課は上位に利あり下位に利なく、先動に利あり後動に利なし。蒿矢は本より別人の己を害するを主り、事由は多く官司・闘訟の害に出ず。 朝廷国事を占う:蒿矢課を得れば事の自ら外より来るを主り、草莽の盗寇が兵を興し、辺地に事端を生出し、あるいは使臣の入朝有り。弾射課を得ればすなわち朝廷に詔命有りて遠方に頒発するを主る。 身命を占う:上神が日干を克するは、禍害は外より入る。日干が上神を克するは、この人は身を他人の事に渉らす。皆一生に刑害・驚恐有るを主る。もし官星・貴人・禄神・駅馬を帯びれば、武途より出身するを主るも、ただ福力大ならず、長久の事業なく、多く虚詐の行あり、あるいは長寿を得ず。

占疾病 蒿矢有金見白虎,彈射見從魁有血光、脾胃之疾,其病難療。歌曰“占病小兒與老人,蒿矢彈射有災迍。一彈一矢俱不存,須知性命在逡巡。” 占求財 彈射課是朱雀主爭財口舌,或與妻爭,輕求則遂心,重求則無矣。

疾病を占う:蒿矢課もし金を帯びてまた白虎を見、弾射課もし「従魁」(酉)を見れば、皆血光の災と脾胃の疾有るを主り、病は医し難し。歌訣に曰く:「小児と老人の病を占うに、蒿矢・弾射に遇上すれば便ち災難有り。もし弾丸箭矢が皆落空して存せざれば、須らく性命は旦夕の間に在るを知るべし。」 財を求むるを占う:弾射課もし朱雀を乗れば、財のために争吵して口舌を生じ、あるいは妻子と争執するを主る。軽描淡写に求めれば反って心に称い、逼ること緊過ぎれば反って求め得ず。

遥克課・占例二則(蒿矢・弾射各一)

假如甲午日申時巳將占,四課無克賊,先取神克干,惟取申金克甲木為用,課名蒿矢,三傳巳申寅,將得白勾蛇,天乙順行,主君臣不信,亦憂男子病。此時不可出行,有客不可納,有內讒之事,禍從西南來,主有爭鬥來害,以蒿矢見金作虎勾也。加以年命見鬼,鬼置元武,定主賊盜謀殺也。

例を挙ぐ:甲午日申時、巳を用いて月将として課を起こす。四課の上下の間に克もなく賊もなし。ここにまず上神に日干を克する有りや否やを看るに、ただ申金が甲木を克する一箇所のみあり、すなわち申を取りて発用とし、課の名は蒿矢。三伝の原文は「巳申寅」と書くが、乗る所の天将「白虎・勾陳・螣蛇」の次序および附する課盤を按ずれば、実は申・巳・寅(申は白虎を乗り、巳は勾陳を乗り、寅は螣蛇を乗る)なり。天乙貴人は順行して将を布く。君臣の間相信じ得ざるを主り、また男子の病を生ずるを憂う。この時出行す可からず、客来る有れば收留す可からず、内部に讒を進むの事有るべし。禍は西南方より来り、人の争闘を挑起して来たりて加害する有りを主る——蒿矢課が金を見、また白虎・勾陳を乗るの緣故なり。もしさらに本命・行年の上に官鬼を見、この鬼がまた玄武を乗れば、それなれば盗賊の殺害を図謀する有りと断定す。

殺申白 子巳勾 兄寅螣 后 朱 白 陰 子 卯 申 亥 卯 午 亥 甲 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

これは上例甲午日の課盤。最上の三行は三伝:初伝申は甲日の七殺(官鬼)で白虎を乗る。中伝巳は子孫爻で勾陳を乗る。末伝寅は兄弟爻で螣蛇を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ第一課より第四課まで:最下の行の下神は順に甲(甲は寅に寄宮)・亥・午(午すなわち日支)・卯。中間の行の上神は順に亥・申・卯・子。最上の行の天将は順に太陰・白虎・朱雀・天后。四課の上下皆相克せず、ただ第二課の上神申金が隔空して日干甲木を克すのみあれば、故に申を取りて発用として蒿矢と成す。最下の四行は天地盤:外枠の十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は巳将を申時に加え、天盤は地盤に比べ三位退後するので、巳宮の上は寅、午宮の上は卯、未宮の上は辰、申宮の上は巳、余は類推す可し。盤により査し得るに、申の上神は巳、巳の上神は寅なれば、三伝は遂に申・巳・寅と排成す。

假如九月將己卯日午時占,四課並無克賊,先取神遙剋日,四課上神又無遙剋日;次取日遙克神,惟神后受己日所克,以神后為用,三傳子酉午,將得貴元空,課名彈射,神后作天乙,作初傳,主婦女事,有貴人徵召之喜,但以死氣所勝,主憂人死及官訟墳墓事。

さらに一例を挙ぐ:九月に月将を用い、己卯日午時に課を起こす。四課の上下皆克賊なし。まず上神に隔空して日干を克する有りや否やを看る——四課上神の裏に并びて無し。さらに日干に隔空して上神を克する有りや否やを看るに、ただ「神后」(子水)が己土に克せらるるのみあり。ここに神后子を取りて発用とす。三伝は子・酉・午、乗る所の天将は順に貴人・玄武・天空、課の名は弾射。神后子は天乙貴人を乗りて初伝と作る。婦女方面の事を主り、貴人に徴召せらるる喜慶有り。ただそれが当令の死気に勝たるるに因り、ゆえにまた人の喪亡および官司・墳墓の類の事を憂うを主る。

財子貴 子酉元 父午空 玄 貴 螣 勾 酉 子 丑 辰 子 卯 辰 己 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

これは上例己卯日の課盤。最上の三行は三伝:初伝子は己日の妻財爻で貴人を乗る。中伝酉は子孫爻で玄武を乗る。末伝午は父母爻で天空を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ第一課より第四課まで:最下の行の下神は順に己(己は未に寄宮)・辰・卯(卯すなわち日支)・子。中間の行の上神は順に辰・丑・子・酉。最上の行の天将は順に勾陳・螣蛇・貴人・玄武。四課の上下皆相克せず、ただ第三課の上神子水が日干己土に隔空して克せらるるのみあれば、故に子を取りて発用として弾射と成す。最下の四行は天地盤:外枠の十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は月将を午時に加え、天盤は地盤に比べ三位退後するので、巳宮の上は寅、午宮の上は卯、未宮の上は辰、申宮の上は巳、余は類推す可し。盤により査し得るに、子の上神は酉、酉の上神は午なれば、三伝は遂に子・酉・午と排成す。

六、昴星課(仰視・伏視;虎視・転蓬・冬蛇掩目)

昴星課 仰視 伏視 歌曰:無克又無遙,昴星理可知。陽日看酉上,發用立根基。辰作中傳日,末傳日上依。柔日看從魁,中日末辰支。仰視總名昴星矣。

昴星課は、また仰視・伏視の両式に分かつ。歌訣に曰く:四課に上下相克もなく、また隔空の遥克もなければ、それすなわち昴星課なり。道理はかく明白なり:陽日(甲丙戊庚壬)は地盤酉位の上に臨む所の天盤神を看て、それを取りて発用とし、以て課を立つる根基と為す。中伝は日支上神を取り(辰すなわち日支)、末伝は日干上神を取る。陰日(乙丁己辛癸、すなわち柔日)は則ち天盤の「従魁」(酉)が地盤のどの一宮に落つるかを看て、あの一宮の地盤の支を取りて発用とす。中伝は日干上神を取り、末伝は日支上神を取る。陽日は頭を仰いで酉上を看るを「仰視」と言い、陰日は身を俯せて酉下を看るを「伏視」と言う。両者を総名して昴星課という。

又曰:四課又無遙相剋,須當仰伏觀昴星。剛日酉上神為用,柔視酉下度何之。假令從魁居亥地,用神端的是登明。中傳乃附日辰上,剛日先辰後日呈。柔日中日末辰上,虎視如何不免驚。

また曰く:四課すでに相克なく、また遥克もなければ、まさに仰視・伏視の法を用いて昴星を看るべし。陽日(剛日)は地盤酉宮の上の天盤神を取りて発用とす。陰日(柔日)は則ち天盤の従魁(酉)がどの一宮に落ちて行ったかを看る。たとえば従魁酉が地盤亥位の上に落つれば、それなれば発用は便ち「登明」(亥)と確定す。中伝・末伝は皆日干・日支の上神の上に附して取る:陽日はまず日支上神を取りて中伝と為し、後に日干上神を取りて末伝と為す。陰日は則ち中伝は日干上神を取り、末伝は日支上神を取る。この課の取象は虎視なり。何ぞ驚恐を免れ得んや。

凡四課上下全無克賊,又克遙克,曰昴星課。夫昴星者,乃酉是昴日雞之宿也。位鎮西方,為日月之門戶,分居兌極,作天地之關梁,其居心也虛靈,有以剖決事端 之吉凶,其秉悸也英銳,有以擅掌殺伐之威儀。

およそ四課の上下全く克賊なく、また遥克の取る可きなければ、これを昴星課と言う。いわゆる昴星とは、酉位を指す——二十八宿の中「昴日鶏」のこの一宿がまさに酉に配す。酉位は西方を鎮守し、日月出入の門戸なり。それは兌卦の極に分居し、天地を溝通する関梁なり。その居心に就いて言えば虚静霊明にして、因りて事端の吉凶を剖判する能し。その秉性に就いて言えば英鋭果決にして、因りて粛殺刑伐の威権を執掌する能し。これすなわち本課が酉位を借りて名を立て、并せて関梁阻隔と驚懼殺伐を主るの緣由なり。

陽日則仰視酉上所見者為用,陽從地起,故中傳用辰上,辰為地也,本乎天者親上,故末傳歸日上,日者,天也。其象如虎之視轉蓬而動也。陰日是伏視酉上所臨者為用,陰從天降,故中傳從日,日天也,本乎地者親下,故末傳歸辰,辰為地也。其象如冬蛇掩目而匿也。

陽日はすなわち頭を仰いで地盤酉宮の上に見える所の天盤神を看て、それを取りて発用とす。陽気は地より上昇すれば、ゆえに中伝は日支上神を取る——日支は地に属す。また「本乎天者親上」に因り、ゆえに末伝は日干上神に帰る——日干は天に属す。その取象は、老虎が風に随い転ずる飛蓬を盯着して機を伺い動くが如し。陰日は則ち身を俯せて天盤酉(従魁)の臨む所の地盤の位を看て、それを取りて発用とす。陰気は天より下降すれば、ゆえに中伝は日干上神に跟う——日干は天に属す。また「本乎地者親下」に因り、ゆえに末伝は日支上神に帰る——日支は地に属す。その取象は、冬眠の蛇が目を閉じて藏るが如し。(「本乎天者親上、本乎地者親下」は《周易・乾卦・文言》より出ず。)

是昴星一課而有四名也。但四名亦有時義,春曰虎視,夏曰轉蓬,秋曰昴星,冬曰科蛇掩目。春占白虎,與酉金逢,春令死絕,謂之死虎,卯月沖酉,辰月合酉,謂之死虎遭合,不能傷人,但以目視人而驚人耳。夏月金囚,如以草為蓬,隨風不定也。秋月金旺,昴星主事,故曰昴星。冬月金休,如蛇掩目不能傷人也。

ゆえに昴星の一課にして四箇の名目有り。この四名はまた各々時令の含義有り:春は「虎視」と言い、夏は「転蓬」と言い、秋は「昴星」と言い、冬は「冬蛇掩目」(底本「科蛇」はまさに「冬蛇」と作るべし)と言う。春に占い得て白虎と酉金と相逢すれば、金は春令に死絶の地に処れば、ゆえに「死虎」と言う。卯月は酉を冲し辰月は酉に合すれば、また「死虎遭合」と言い、それは人を傷る能わず、ただ眼を拿りて人を盯めて人を嚇かすのみなり。夏月は金気囚廃し、蓬草を拿りて扎れる球の如く、風に随い滾動して定処なし。秋月は金気旺に当たり、昴星はまさにその事を主る。ゆえにすなわち昴星と言う。冬月は金気休歇し、蛇の目を閉じ蟄伏し、人を傷る能わざるが如し。

斷曰:用起昴星為虎視,秋兮在酉知生死,出入關梁日月門,舉動稽留難進止。剛日出行自不歸,柔日伏匿憂難起。女多淫泆問何因,此地私門難禁止。

断語に曰く:発用が昴星に起これば、すなわち虎視の象なり。秋に占い得れば、関鍵は全て酉位の上に生死を看るに在り。この課は人の関梁・日月の門に出入するを主り、一挙一動皆拖延して阻まるるを受け、進退両難す。陽日の占は出門遠行して己は回らざるを主る。陰日の占は藏匿して出でず憂患は解除し難きを主る。もし女子に何を以てか淫乱多きを問わば、それは酉のこの方位が本より私門なるが故に、禁絶し難きなり。

又歌曰:昴星轉蓬並虎視,冬蛇掩目異名求,剛日出頭而閉塞,柔日藏身不自由,事多勾陳非本意,搖擺不定將出遊,文字不明多恐感,關梁阻滯事多留,更變反覆多不定,全家疾病傳梁周,引惹官事皆失理,淫泆畏布伏藏憂。 又曰:冬蛇掩目課,萬事不相從,伏罪何須出,莫勞西與東,出行遭禁繫,淫泆敗家風。

また歌訣に曰く:昴星・転蓬・虎視・冬蛇掩目は、名目異なれども実は一課なり。陽日の占は頭を出さんと欲するも処処閉塞すを主り、陰日の占は身を藏るも自由を得ざるを主る。事は多く勾牽・糾纏を受け、本意に出づるに非ず。心思は揺擺して定まらず、外出して遊走せんと欲す。文書・契約は含糊にして清からず、多く疑懼を生ず。関梁・道路は阻滞し、事は多く耽擱有り。変故は反覆して定準なく、一家上下疾病相伝す。官司に惹かれて皆理を占め得ず、淫乱に因りて畏縮藏匿し、憂愁は解し難し。 また曰く:冬蛇掩目のこの課は、万事皆人意に順わず。すでに罪に伏せば、何ぞ必ずしも再び頭を出さん。また東奔西走して気力を白費するに足らず。出門遠行すれば拘禁・系累に遭い、縱欲淫乱すれば家風を敗壞す。

又歌曰:轉蓬柔日見螣蛇,冬蛇掩目有欺遮,不獨憂疑有怪夢,屈指闇昧有怨嗟。事縱在內多淫泆,閉留在外不歸家。剛日昴星見白虎,白虎耽耽定有驚。事從外來憂在內,勾牽刑獄有稽留。伏藏在外不欲出,疑悲文字不分明。 經曰:“昴星為用,孤立、狐疑、疾病、進退、囚繫、文墨。”若值吉將,相親可得。

また歌訣に曰く:陰日に占い得て転蓬にしてまた螣蛇を見れば、便ち冬蛇掩目なり。人の欺瞞・遮掩する有るを主る。ただ憂疑定まらず常に怪夢を為すのみならず、また屈指して暗算し心に怨嘆を懐く。事はたとえ家内に発生するも、多く淫乱と関有り。人もし外に在れば困られて家に回る能わず。陽日に占い得て昴星にして白虎を見れば、白虎は眈々として虎視し、必ず驚有り。事は外面より来りて憂いは裏に在り、勾連・刑獄の事に拖住せらる。人は外に藏して出でんと肯んぜず、疑慮悲愁し、文書は含糊にして明ならず。 《経》に曰く:「昴星発用すれば、孤立無援・狐疑不決・疾病纏身・進退失拠・囚禁系累・文書筆墨の事を主る。」もし乗る所が吉将なれば、彼此親近の事は求め得べし。

孔明曰:“昴星課,若非春占,但值陽日如虎視不息轉蓬而已。陰日如冬蛇蟄藏伏身不動也。虎視者,虎以爪牙害人,視則覷我而有意也。苟無先見之知,而輕舉妄動,無有不傷者,故行者宜止,動者宜靜也。疑者宜精意思維,寬懷省事,則虎雖視我,亦安能害我哉?

諸葛孔明曰く:「昴星課もし春に占い得たるに非ざれば、それなればおよそ陽日に遇えばただ虎視止まず・飛蓬転ずるのみ、陰日に遇えばすなわち冬蛇の蟄伏し身を藏して動かざるが如し。いわゆる虎視とは、老虎が爪牙を凭りて人を害し、それが盯めて看るは、すなわち我に意を起こしたるを言う。仮に預め看清したる見識なくして軽挙妄動せば、傷を受けざるはなし。ゆえに正に走る所の者はまさに停下すべく、正に動く所の者はまさに静下すべし。心に疑慮を存する人はまさに精心に思量し、胸懐を放寛し事端を減省すべし。それなれば老虎は我を盯むといえども、また何ぞ能く我を害せんや?

夏曰轉蓬者,如以草為蓬,因風而起,旋轉不定也,其斷略與虎視同,若三傳見白虎乘申酉剋日辰及行年上神,名曰真虎視,來意主見凶禍傷損,見血光有火憂之事。若行年見神將吉,更見生旺,則不為凶。剛日虎視,靜則有官災病患暴驚,在家防火驚,動則有盜賊風濤虎獸驚恐。凡舉事皆有憂驚,先有憂驚後有破家也,凡事又主稽留伏匿。柔日虎視主伏匿於內,事多闇昧,進退猶豫,靜則有幽暗徒流逃匿,內有婦人小口災病。”

夏は転蓬と言うは、蓬草を以て扎れる球の如く、風に遇えば起こり、転転として定処なきを言う。断法は大略虎視と同じ。もし三伝中に白虎が申・酉の金神を乗りて去りて日干・日支および行年上神を克するを見れば、これを『真虎視』と言い、来意は凶禍・傷損・血光の災と火患の憂いを見るを主る。もし行年上の見る所の神将が吉で、また生旺の気に逢えば、凶と算せず。陽日の虎視は、安坐して動かざれば官災・病患と突発の驚嚇有り、家に在りては火驚を防ぐ要し。一たび動けば盗賊・風浪・虎獣の類の驚恐有り。およそ挙動有れば皆憂驚を帯び、先に驚憂を受け後に破家に至る。諸事また拖延と藏匿を主る。陰日の虎視はすなわち内に藏匿するを主り、事は多く曖昧不明、進退猶豫す。安静にして動かざれば幽禁・流放・逃亡藏匿の事有り、家内に婦女・小孩の災病有り。」

袁天罡曰:“一課而有四名,雖有四時之名,但亦不可執一,其占惟通用,特有剛日柔日之異耳。陽掩陰,所以謂虎視;陰掩陽,所以為昴星,皆主有舉動稽留、進退猶豫。剛日昴星不利男人,有渡越關梁、遠行之事,事起於外。更值秋占,出行主不歸。柔日昴星太陰主事不利婦人,主隱匿伏藏,不欲見人,有憂懼之事。

袁天罡曰く:「一課にして四箇の名目有るは、四時を按じて名を立つといえども、また一端に拘執す可からず。占断する時はただ一法を通用し、同ならざるはただ陽日と陰日の別に在るのみ。陽は陰を掩えば、ゆえに虎視と言う。陰は陽を掩えば、ゆえに昴星と言う。両者は皆挙動の拖延・進退の猶豫を主る。陽日の昴星は男子に利なく、関隘を渡越し遠門に出づるの事有らん、事は外部より起こる。もしまた秋に値りて占い得れば、出行すれば一たび去りて帰らざるを主る。陰日の昴星は太陰の事を主るより出で、婦女に利なく、隠匿・藏伏して人に見えんと肯んぜざるを主り、憂懼の事を懐く。

若後陰為用,則是倚其門,立其戶,占婦人必淫邪不正之人。凡事多阻隔,主潛伏不欲見人而隔,或人心不相照而隔。剛日主道路關梁有阻而隔。春占主雨雪,冬占主霜雪阻隔。故曰昴星有閉塞,行者有稽留。若是稽留停止久者,則有復行之兆。” 又曰:“剛日男人遠行未返,恐鬧死於外。柔日伏藏女子淫泆,深憂不解,行者藏止不來,居者在家不欲見人。”

もし天后・太陰が発用すれば、それすなわち門に倚り戸に立つの象なり。婦人を占えば必ず淫邪にして正しからざる人なり。凡事多く阻隔有り:あるいは人の潜伏して見えんと肯んぜざるに因りて隔たり、あるいは彼此心相照らさざるに因りて隔たる。陽日は則ち道路・関隘の阻有りて隔たるを主る。春に占えば雨雪の路を阻むを主り、冬に占えば霜雪の路を阻むを主る。ゆえに昴星課は閉塞の象有り、路を行く人は拖延有りと言う。もし拖延停頓して久しきを得れば、反って再度起行の兆頭有り。」 また曰く:「陽日は男子の遠行して未だ帰らざるを主り、外に在りて事に出で命を喪うを恐る。陰日は藏伏を主り、女子は淫乱にして深憂解し難し。門を出でたる人は藏れて回らず、家に在る人は門を閉じて人に見えんと願わず。」

邵氏曰:“柔日昴星憂在婦女小口。又有空亡,主久病不起,或以事逃亡徒流。至殺陰主靜,宜藏伏也。又主事欲舉終難起。占謀事有亂常廢弱。若神將相戰主不正奸惡之事。又以日辰決之。水日防水災,火日防火災 ,金日防殺傷,木日防跌墜,土日主傾壓。又主家亡男女奔逃,皆主死亡在外及門戶閉塞不通也。發用在四孟主求事遲得,發用在仲季則陰少驚恐。”

邵康節曰く:「陰日の昴星は、憂患は婦女と小孩の身上に在り。もしまた旬空に逢えば、久病して起きざるを主り、あるいは事に因りて逃亡し・流放に遭う。この課は至陰にして静を主り、藏伏に宜し。また事は弁ぜんと欲して終に弁起こり得ざるを主る。事を謀るを占えば常規を敗乱し廃弛衰弱の象有り。もし本神と乗る所の天将と相戦せば、正当ならざる奸悪の事を主る。また日干の五行を按じて定むる要し:水日は水災を防ぎ、火日は火災を防ぎ、金日は殺傷を防ぎ、木日は跌墜を防ぎ、土日は傾覆・圧傷を主る。また家中の男女逃散し、皆外に死すと門戸閉塞して通ぜざるを主る。発用が寅申巳亥の四孟に落つれば、求むる所の事は遅く得るを主る。発用が仲位・季位に落つれば、すなわち女子・小孩の驚を受くるを主る。」

劉誠意曰:“冬占名冬蛇掩目之瞑而不能開,口含土而不能食,蟠側而不能仲,伸而不能蟠,受氣時也。名蛇者,凶之兆也。名冬蛇者,升騰變化未能出見,亦不能害人也。他人為蛇,或亦不懼,我若為蛇,又當隱形身晦也。若勉強趨走,必貽其咎也。凡占主伏匿潛藏,闇昧不明,人不能見,事因女子,亂從內起,主虛驚不明之事。但值剛日,亦有晴光不息,轉蓬不已,欲動難動耳。柔日則主蟄藏掩目不動,宜持防,闇昧驚恐耳。若見空亡,則伏藏者出見也。”

劉伯温曰く:「冬に占い得るを冬蛇掩目と言う:眼は閉じて睜き得ず、口は土を含みて物を食い得ず、盤曲して伸直し得ず、伸直してまた盤し回り得ず。まさに気を受けて蟄伏する時なり。名を取りて『蛇』と為すは凶兆なり。名を取りて『冬蛇』と為すは、則ちそれがなお昇騰変化して顕現する能わざるを言うにして、すなわち人を害する能わざるなり。別人は蛇なれば、我は必ずしも怕るるに足らず。我自己は蛇なれば、まさに形を隠し晦を韬すべし。もし強いて奔走すれば、必ず過咎を留む。およそこの課を占えば伏匿・潜藏・曖昧不明・人の見る能わざるを主り、事は女子に起因し、禍乱は内部より生出す。多くは虚驚不明の事なり。ただしもし陽日に逢えば、また陽光息まず飛蓬停まらざるの象有り、動かんと欲するも動く能わず。陰日は則ち蟄藏掩目・静にして動かざるを主り、持守・防備に宜しく、ただ曖昧驚恐のみなり。もし課中に旬空を見れば、それなれば潜藏の人は反って身を現して出ず。」

李衛公曰:“柔日昴星名冬蛇掩目,憂在陰小,事主伏匿而闇昧多驚。在家則猶豫難動也。蓋四課既無克又無遙克,是陰陽閉塞不通,故者皆主驚危,惟利空亡以解之。若虎視逢視,則至驚至危矣,故不拘剛日柔日,但傳見白虎傳送皆名虎視轉蓬,傳見太乙螣蛇皆名冬蛇掩目,若冬蛇無力,須防驚蟄後方有力。”

李靖曰く:「陰日の昴星を冬蛇掩目と言う。憂患は婦女・幼小の身上に在り、事は藏匿して曖昧多驚を主り、家に在れば猶豫して動き難し。四課すでに相克なくまた遥克なきが故に、まさに陰陽閉塞して通ぜざるの象なれば、ゆえに皆驚懼・危険を主り、ただ旬空を靠りて化解するのみ有り。もし虎視がさらに虎視と相逢せば、それなれば驚くこと極点に至り危きこと極点に至るなり。ゆえに陽日陰日を拘わず:ただ三伝中に白虎・伝送(申)を見れば、皆虎視・転蓬と言う。三伝中に太乙(巳)・螣蛇を見れば、皆冬蛇掩目と言う。もし冬蛇が力なきと断定せば、なお驚蟄の後蛇の醒め起きたるを提防する要し。あの時它は乃ち真に力有り。」

占國事 未有涯際,狐疑無所適從,忽有剛毅果敢之人,出身為國,制裁急務,剖決不回。但勢必至於傷,然後濟事,或有不願與論,特立獨行,任怨舉事,則事舉矣,亦宜剛日方妙。 占病 歌曰:“虎視傳中有螣蛇,占病絕食事堪嗟。不是咽喉不相嗟,滿口生瘡火上奢。”剛日不利男子占,夏秋占男子外病者死,加凶將主殺傷,冬日占,柔日女子小口病將死。 占六甲 剛日昴星生女,柔日虎視生男。

国事を占う:局面は漫として辺際なく、人人狐疑して従う所を知らず。忽然として剛毅果敢の人有りて身を挺し国のためにし、急務を裁断し、剖決して回頭せず。ただ勢い必ず損傷有らんことを要し、然る後乃ち事を済す可し。あるいは人の彼と共に議せんことを願わざる有りて、彼は特立独行し、人に埋怨せらるるを任じて毅然として事を挙げ、事もまた弁成す。この象はなお陽日に占い得て乃ち妙なり。 疾病を占う:歌訣に曰く:「虎視課の三伝中にまた螣蛇有れば、病を占えば飲食進まず、実に嘆く可し。咽喉に毛病出ずるに非ざれば、便ち満口に瘡を生じ、火気太だ盛んなり。」陽日は男子の占に利なし。夏秋に占い男子は外に在りて病を得るは死せん。さらに凶将を加えれば殺傷を主る。冬に占い陰日に占えば、則ち女子と小孩の病将に治せざらんとするを主る。 六甲(胎孕)を占う:陽日の昴星は女を生ずるを主り、陰日の虎視は男を生ずるを主る。

七、八専課(またの名を帷簿不修課・蕪淫課;独脚課を附す)

八專課 歌曰:日辰同一位,此是八專名,五日陰陽見,三傳順逆存,陽日順數去,陰日逆後奔,復看日辰上,終傳此處輪。

八専課。歌訣に曰く:日干の寄宮と日支とが同一の地盤位置に落つるを、これを八専と言う。六十甲子の中ただ五日のみかくの如し。それらは陰陽の両類に分かち、三伝を取る時もまた順数・逆数の両法に分かつ:陽日は地支の次序に順って三位を数えて発用を取り、陰日は逆らいて三位を数えて発用を取る。然る後さらに日干上神を看、中伝・末伝は皆ここに輪取す。(八専日は干支同位にして四課は并せて两課と成り、前面の元首・重審等の取用法は多く用い得ず、ただ別に順逆の三辰を数ふるの法を立つるのみ。)

又曰:八專之日是無淫,有克比並涉害深,無克須當涉害數,陰日還陰逆數尋,陽日便從陽起順,順逆三位用為真,中末傳歸日干上,依此用之是為精。有時順到日辰上,三傳飛散莫重臨。正月己未酉時占,酉作三傳獨腳名。

また曰く:八専の日は本称「蕪淫」(底本は「無淫」と作る)。課中もし克有れば、仍りて比用・渉害等の法に按じて深きを取りて発用とす。もし克の取る可きなければ、乃ち渉害の数を照らして推す。陰日は仍りて陰に帰し、逆らいて数えて尋ね往く。陽日はすなわち陽より起こり、順って数えて往く。順数あるいは逆数して三位に満てば、取り到ったあの天盤神こそ真の発用なり。中伝・末伝は皆日干上神に帰す。時に順数して正に日干・日支同位の処に落つれば、三伝はすなわち散じて聚まらず。それを重復して位に臨ましむる勿れ。たとえば正月己未日酉時に課を起こせば、三伝は全て酉なり。これを「独脚課」と言う。

六十甲子中有五日支干同位,及專祿日,名曰八專,乃丁未、癸丑、甲寅、己未、庚申是也。此五日干支同位,陰陽只有二課,其取用若有克賊,則依克賊、比用、涉害、遙克取用,如前例取三傳;如無克賊則看日辰之陰陽,陽日就干上第一課上所得之神順數三辰,看天盤得何神,為初傳;中末俱於日上取。

六十甲子の中に五個の日子の日干寄宮と日支とが同じ一位に在るのが有りて、兼ねて専禄の日に属し、名を八専といい、すなわち丁未・癸丑・甲寅・己未・庚申なり。この五日は干支同位にして、陰課陽課が合併してただ两課のみ残れば、ゆえに取用は別に规矩有り:もし課中に克有り贼有れば、仍りて前面の贼克・比用・渉害・遥克の各法に照らして発用を取り、さらに前例に依りて三伝を排す。もし克なく贼なければ、日干の属する所が陽か陰かを看る。陽日は日干上神(第一課上神)より起こり、地盤の上に順って三辰を数え、あの一位の地盤の上に臨む天盤神が何なるかを看て、それを取りて初伝と為す。中伝・末伝は皆日干上神を取る。

陰日就日後第二課上所得之神逆數三辰,看天盤上落得何神為用,中末俱在日上取也。此名八專課,有時逆到日辰上而中末與初傳同空,則謂之獨腳課,皆八專課內。又八專課一名帷簿不修課。

陰日は則ち第二課上神より起こり、逆らいて三辰を数え、どの天盤神の上に落つるかを看て、それを取りて発用と為す。中伝・末伝も同じく皆日干上神を取る。これを八専課と言う。時に逆数して正に日干・日支の在る所に落ち回り、中伝・末伝がまた初伝と同一の字(あるいは同じく旬空に落つ)となれば、あれを「独脚課」と言い、仍りて八専課の内に帰す。八専課はまた一つの別名有りて、「帷簿不修課」と言う——帷幕・帳幔を整飭せざるは、家内の男女の別無きを喻る。

斷曰:帷簿丑聲亂,不修更難管,順陽妻有謀,逆陰夫目反,陰邪驚怪起,出門須迴轉。 歌斷曰:一神二神號八專,陰陽不備向乾坤,帷簿不修逆失理,婦懷他婿外人傳,陽不備兮男不足,占身定是病相侵,公事不成災自散,出入求財枉用心,事多駁什無分別,淫泆難明偽與真,陰日只為家法懷,悖亂乖違因婦人。

断語に曰く:八専課は帷帳の内に醜聞の伝わり出づるを主り、家法整わざれば尚更管束し難し。陽日の順数取用は、妻子の別に図謀有るを主る。陰日の逆数取用は、丈夫の反目を主る。陰邪・驚怪の事はこれに由りて起こり、出門の人は須らく中途にて折り返すべし。 歌訣の断に曰く:ただ一神両神の成す課のみあれば、すなわち八専と言い、陰陽残欠して全からずして乾坤の両隅に偏す。帷帳修まらざるは、常理に背逆す、主として婦人の心に別の男子を懐きて外人の伝揚するを主る。陽課備わらざれば男子に欠缺有り、身命を占えば必ず疾病に侵擾せられん。官事は弁成らず、災禍は却って自ら散去す。出入・求財は皆心思を白費す。事は駁雑にして頭緒を分かち得ず、淫乱の情は真偽明ならず。陰日の占は則ちただ家法敗壞に因り、悖乱乖違は皆婦人に由りて起こる。

又曰:獨腳八專皆丑課,陰陽並雜火淫泆,陰私出入無門戶,淫泆交通事可嗟。亂欲於內外不見,獨在無人便有邪。 又曰:日之陽神還不備,事有兩頭報君知。陽是男兮男不足,父占子息子不備。子若占父父不足,三心二意阿誰知?若然父子二俱足,莫須內有一人夷。若占家宅不完備,縱使德兮財無支。陰人坎坷陰私撓,謀望出入進退疑。無非狹隘必損害,人口奴婢啾唧悲。日辰年上添鬼賊,更加凶將禍難醫。

また曰く:独脚課と八専課と皆醜事の課なり、陰陽混雑して欲火淫佚す。暗中の往来は門戸の防無しと謂う可く、男女私通の事実は嘆く可し。淫乱の欲は内に発して外人の見る能わざるも、一旦独处して人無ければ邪念を生ず。 また曰く:日干の一辺の陽課残欠して全からざれば、事は両頭有り、この点は占者に告ぐる要し。陽は男子を代表し、陽課備わらざればすなわち男丁に欠缺有り:父が子息を占えば子息全からず、兒子が父を占えば父足らず、三心二意は誰か知る能わんや。倘若父子の両課皆斉全なるとも、家にも受傷の一人有るを免れず。もし家宅を占えば、宅舎は完整せず、縦令德行有るも銭財は支うに足らず。婦人は坎坷にして順わず、暗中に人の攪擾を受く。謀望と出入と皆進退疑惑す。総じて局面狹隘にして必ず損害有り、家口奴婢は啾啾として悲鳴すに外ならず。もし日干・日支と本命・行年の上にさらに官鬼・贼克を添え、また凶将を加えれば、この禍は医し難し。

又歌曰:日值八專帷簿課,陰陽並雜不分明。不修帷簿何為禮?內外占之總丑聲。厭醫合門元武當,嫂通於叔妹淫兄。人間察事難推測,元女留經鑑此情。 又曰:陰陽不備是蕪淫,夫婦奸邪有二心。二女爭男男不足,二男共女是單陰。上之克下緣夫過,反此誠為婦不仁。陽既不終陰取合,陰來陽處畏刑臨。

また歌訣に曰く:日辰が八専に値りて帷簿課と成れば、陰陽混雑して分辯し清からず。帷帳整わざれば、なんぞ礼法を談ぜんや。占内・占外を問わず、帰するところ醜聞なり。もし六合が門に当たりて玄武がこれに臨めば、便ち嫂子の小叔と私通し・妹妹の兄長と淫乱するを主る。人間のこの類の事は尤も推測し難く、ただ《元女留経》(六壬の旧籍)のみ能くこの様の情形を照見す。 また曰く:陰陽不備はすなわち「蕪淫」なり、夫婦の間は奸邪にして各々二心を懐く。両個の女子が一個の男子を争うは、男丁の不足なり。両個の男子が一個の女子を共にするは、孤陰の独り存するなり。上神が下神を克すれば、過錯は丈夫に在り。反って下神が上神を克すれば、あれは確かに婦人の賢ならざるなり。陽課すでにその位を終わる能わざれば、陰課は往きて別に配合を尋ぬ。陰神が陽位の上に走り来たれば、刑克の身に臨むに逢うを恐る。

孔明曰:“八專,日干支同位,彼此不分,陰陽混處,如男女合體之象。一名帷簿不修,課言房屋不備而破損,被人窺覷,有無恥不正之事。又名蕪淫,課乃陽不與陰合,陰不與陽親,外無不淫,奸生於內,發用陽神,終不見陰神。以此占人,必有淫泆。陽多陰少,起於男子;陽少陰多,起於女人。兩陽夾陰,男爭女;兩陰夾陽,女爭男。

諸葛孔明曰く:「八専の日は、日干寄宮と日支と同じく一位に処り、彼此分かたず、陰陽混雑し、男女合体の象の如し。それ一名を『帷簿不修』といい、これは房屋完备せずして破損有り、人に外より窺看せられ、家中に無恥不正の事有るを言う。又名を『蕪淫』という:陽は陰と相合せず、陰は陽と相親しまず、外面に淫ならざる無しといえども、奸情は内部に生ず。発用に取る所は陽神にして、始終陰神を見ず。それを以て人を占えば、この人必ず淫佚の行有り。陽神多く陰神少なきは、事は男子に起こる。陽神少なく陰神多きは、事は女人に起こる。両個の陽神が一個の陰神を挟むは、男子の女子を争うなり。両個の陰神が一個の陽神を挟むは、女子の男子を争うなり。

更見天后六合元武作初傳,或合後傳見元武,決主淫亂。元武又見夜神,則淫穢甚矣。若陰合在傳,主室家不正,婦婢不順理。陽不備事起於外,陰不備事起於內。凡事必干婦人,阻塞不通。居多淫泆,事多彰露,姦淫外暴,當謹厚修省,閉於家,而以理自律,遠奸邪而勿狎於近小,則免貽羞辱之事矣。凡有占只於日辰上神將決之。”

もしさらに天后・六合・玄武の初伝と作るを見、あるいは六合・天后の伝に入りてまた玄武を見れば、それなれば淫乱有りと断定す。玄武さらに夜将の当値に逢えば、淫穢さらに甚だし。もし太陰・六合が三伝に入れば、家室正しからず、妻妾婢僕の规矩を守らざるを主る。陽課不備なるは、事は外に起こる。陰課不備なるは、事は内に起こる。凡事必ず婦人に牽渉し、処処阻塞して通ぜず。この課は家中に淫佚多く、事はまた暴露多く、奸情は外に張揚すを主る。これに遇えば謹厚に自省し、門を閉じて家を守り、道理を以て己を約束し、奸邪を遠ざけて身辺の小人と親暱せざれば、乃ち羞辱を招くを免れ得。凡そ占う所有れば、ただ日干・日支上神の乗る所の天将に就きて判定すべし。」

邵氏曰:“八專之課,事多重疊。外不隔而內不遏,憂喜二來,干涉婦人,久而反蔽。若后合入傳則男不知恥,女不知羞,淫穢之事尤恐太陰六合臨日辰。” 劉伯溫曰:“八專如人專執不分之意。無通變之義也。”經曰:“求望則不愛八專。”以人己不分,上下之情不通故也。剛日主進趨欲出,凡事機急速;柔日主退縮欲歸,凡事機遲緩。”

邵康節曰く:「八専課の事は多く重重畳畳たり。外面は挡えず、裏面も攔えず、憂と喜と一斉に涌来し、皆婦人に干連し、日子久しければ反って遮蔽せらる。もし天后・六合が三伝に入れば、すなわち男は恥を知らず女は羞を知らざるを主る。淫穢の事に至りては、尤も太陰・六合の日干・日支の上に臨むを怕る。」 劉伯温曰く:「八専は人の己見に固執し彼此分かたざるに比す、通権達変の意無し。」《経》に曰く:「求望する所有る人は八専課を喜ばず。」これは人我分かたず上下の情通ぜざるの緣故なり。陽日は進取して外出せんと欲するを主り、凡事機勢急速なり。陰日は退縮して回帰するを主り、凡事機勢遅緩なり。

獨腳課斷曰:課名獨腳主憂驚,不宜占病問行人,占賊不來被人殺,任是險危三日平。主自己家之事,不能移,動之則費力,占逃亡去不遠遭獲,陰入自歸家。

独脚課の断語に曰く:課名独脚、憂愁驚懼を主り、用いて疾病を占い行人を問うに宜しからず。盗賊を占えば賊は来らず、反って人に殺害せらるるの虞有り。縦令險危なるも、三日の内に便ち平復す。この課が主る所は皆自家の事にして、挪動する可からず、一たび動けば便ち力を費やす。逃亡を占えば、人は遠からずして捕獲せらる。もし陰神の主る所に属せば、すなわち自ら家に回り来たる。

八専課・分類占断

占國朝 主臣下奸邪,陽不備是列職之長,陰不備是有司之屬,更夜神加臨,決非中正之事。若有剋制,則有救,其奸必可隔。 占兵事 主客不分,不宜出軍,占賊不來。 占婚姻 不宜出嫁,男女無恥淫亂,有口舌離別之事。 占六甲 母子不分,必有一傷,或破傷獨足,產未生,生亦險難。

朝廷国事を占う:臣下の奸邪を主る。陽課不備とは、各部門の長官を指す。陰課不備とは、有司の属吏を指す。もしさらに夜将の加臨有れば、中正の事に非ずと断定す。倘若課中に別に克制の神有れば、便ち救有りと算し、あの奸邪は隔断せらる可し。 兵事を占う:主客双方の界限清からず、出兵に宜しからず。敵寇を占えば敵人は来らず。 婚姻を占う:嫁娶に宜しからず、男女は無恥にして淫乱し、口舌争吵と離散の事有らん。 六甲(胎孕)を占う:母と子と界限分かたず、必ず一方の受傷有り、あるいは生まれ出でて残缺・跛足有り。産期未だ至らず、縦令臨産するも險難重重なり。

占來意 元武剋日辰者,主重重走失、人情不和之事。若陰合在傳,主室家不正、家奴悖亂之事。若日辰上神不利,來意主外人不同,欲改之事。陽不備則起於外,陰不備則起於內。 占身命 淫亂不正,名利俱虛,休囚則壽命不久。 占逃亡 吉不遠自歸,或家中人藏匿,或藏在屋下。 占出行 主因家事牽惹,不得移步,去亦不利。

来意を占う:もし玄武が日干・日支を克すれば、来意は接続して物を走失し・人情不和の事なり。もし太陰・六合が三伝に入れば、来意は家室正しからず・家奴悖乱の事なり。もし日干・日支上神利あらざれば、来意は則ち外人の意見合わず・更改せんと欲する事なり。陽課不備は、事は外に起こる。陰課不備は、事は内に起こる。 身命を占う:この人は淫乱正しからず、名と利と皆落空す。もし課神休囚なれば、寿数長からず。 逃亡を占う:吉象は人の遠からずして自ら回り来たるか、あるいは便ち家里人の処に藏れ、あるいは屋子の底下に藏るるなり。 出行を占う:家事に牽扯せられ歩を挪動し得ざるを主る。勉強して往くも順利ならず。

八専課・占例三則(陽日・陰日・独脚)

假如甲寅日未將卯時占,四課不全,只有二課,此陽日當從一課於日上順數三位,至辰上見申為初傳,中末二傳以日干上午字取之,三傳為申午午,此陽日八專。 陽日與陽比為用。

例を挙ぐ:甲寅日、未を用いて月将とし卯時に課を起こす。甲は寅に寄宮して日支もまた寅に因り、四課は并せて両課と成り、斉全ならず。これは陽日なれば、第一課(日干上神午)より起こり、地盤の上に順って三位を数ふ:午の臨む所の地盤は寅、寅より順数して寅・卯・辰、地盤辰位に到り、辰上の天盤神は申なり、申を取りて初伝と為す。もし直に天盤神名を数えば、午より順数三辰しても亦申を得、結果相同じ。中伝・末伝は皆日干上神午を取る。ゆえに三伝は申・午・午、これは陽日八専の例なり。 (原注)陽日は陽と同類相比する一方を取りて発用と為す。

官申青 子午白 子午白 六 白 六 白 戌 午 戌 午 午 寅 午 甲 酉戌亥子 申 丑 未 寅 午巳辰卯

これは上例甲寅日の課盤。最上の三行は三伝:初伝申は甲日の官鬼爻で青龍を乗る。中伝午・末伝午は皆子孫爻で白虎を乗る——中末重複は、正に八専課の两課并合・三伝不足の象を見る。中間の三行は四課で、右より左へ:最下の行の下神は甲(甲は寅に寄宮)・午・寅(寅すなわち日支)・午。中間の行の上神は午・戌・午・戌。最上の行の天将は白虎・六合・白虎・六合。日干寄宮と日支と同じく寅に在るに因り、第一課と第三課と完全重合し・第二課と第四課と完全重合すれば、ゆえに実際ただ両課のみ。最下の四行は天地盤:外枠十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は未将を卯時に加え、天盤は地盤に比べ四位順進するので、巳宮上は酉・午宮上は戌・未宮上は亥・申宮上は子、余は類推す可し——これに由りて査し得るに、地盤辰位の上は正に申、すなわち本課の発用なり。

假如丁未日丑將戌時占,四課不全,只有二課,此柔日,從第二課逆數三位為用神,從丑逆數至亥,以亥作初傳,中末俱從日干戌字取之,此係陰日八專例。

さらに一例を挙ぐ:丁未日、丑を用いて月将とし戌時に課を起こす。丁は未に寄宮して日支もまた未なれば、四課は并せて両課と成り、斉全ならず。これは陰日なれば、第二課の上神より起こり逆らいて三位を数えて発用を取る:第二課上神は丑、丑より逆数して丑・子・亥、亥を得、亥を取りて初伝と為す。中伝・末伝は皆日干上神戌を取る。これは陰日八専の例なり。

官亥陰 子戌后 子戌后 常 后 常 后 丑 戌 丑 戌 戌 未 戌 丁 申酉戌亥 未 子 午 丑 巳辰卯寅

これは上例丁未日の課盤。最上の三行は三伝:初伝亥は丁日の官鬼爻で太陰を乗る。中伝戌・末伝戌は皆子孫爻で天后を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ:最下の行の下神は丁(丁は未に寄宮)・戌・未(未すなわち日支)・戌。中間の行の上神は戌・丑・戌・丑。最上の行の天将は天后・太常・天后・太常。日干寄宮と日支と同じく未に在れば、ゆえに第一・第三課は重合し、第二・第四課は重合し、実ただ両課のみ。最下の四行は天地盤:外枠は仍りて固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は丑将を戌時に加え、天盤は地盤に比べ三位順進するので、巳宮上は申・午宮上は酉・未宮上は戌・申宮上は亥、余は類推す可し。第二課上神丑より逆数三辰して亥を得、すなわち本課の発用なり。

假如己未日日亥將占,從辰上所乘之神酉,又就地盤酉位逆數三辰,就看天盤所乘之神為初傳,中末皆從日干上酉為中末傳是也。名為之獨腳課。

さらに一例を挙ぐ:己未日、亥を用いて月将として課を起こす(課盤に依れば天盤は地盤に比べ二位順進し、これは亥将を酉時に加う)。まず日支未上の乗る所の神は酉なるを看る。再び地盤酉位より起こり逆らいて三辰を数ふれば、すなわち酉・申・未、地盤未位に落ち、未位上の乗る所の天盤神を看るに仍りて酉なれば、便ち酉を取りて初伝と為す。中伝・末伝も皆日干上神酉を取る。三伝全く一個の酉字なれば、ゆえに「独脚課」と言う——三伝ただ一足を得、孤立して依傍する所無し。(底本「己未日日亥将占」の中「日」字は重出す。)

子酉后 子酉后 子酉后 元 后 元 后 亥 酉 亥 酉 酉 未 酉 己 未申酉戌 午 亥 巳 子 辰卯寅丑

これは上例己未日の課盤。最上の三行は三伝:初伝・中伝・末伝全て酉にして、皆己日の子孫爻、皆天后を乗る——三伝同じく一字を為すは、正に独脚課の名の本とする所なり。中間の三行は四課で、右より左へ:最下の行の下神は己(己は未に寄宮)・酉・未(未すなわち日支)・酉。中間の行の上神は酉・亥・酉・亥。最上の行の天将は天后・玄武・天后・玄武。日干寄宮と日支と同じく未に在れば、ゆえにただ両課を成すのみ。最下の四行は天地盤:外枠十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は天盤が地盤に比べ二位順進するので、巳宮上は未・午宮上は申・未宮上は酉・申宮上は戌、余は類推す可し。地盤酉位より逆数三辰して地盤未位に至れば、その上は正に酉、ゆえに初伝は酉を得、中末二伝と字を同じくす。

八、別責課

別責課 歌曰:四課不全三課成,無克無遙別責名,剛日先傳干合傳,支前三合柔日行,中末歸於日干上,此是別責三傳靈。

別責課。歌訣に曰く:四課斉全ならず、ただ三課を成すを得、而も課中に既に相克無くまた遥克無ければ、これを別責と言う。陽日(剛日)は日干の天干五合の神の在る宮位の上神を取りて初伝と為す。陰日(柔日)は日支三合局の中位に居りてその前に在るあの一支の上神を取りて初伝と為す。中伝・末伝は皆日干上神に帰す。これに依りて排出する三伝は尤も霊験なり。「別責」とは、本課干支の内に在りて取らず、別に向かって他処より責取して一神を得るを言う。

干支只有三課,無克賊,又無遙克,又不入昴星不以昴星發用,非不入也。只以別責取用。陽日取干合處上神為用,如甲日合己,己在未,則取未上所得之神為用,為初傳;中傳末傳俱在日上取。陰日以日支辰三合前一辰上所得神為初傳。如乙巳日,巳酉丑三合也,酉在巳前,取上得之神為初傳,中末之依日上取之,是名別責課。

日干・日支ただ三課を排し出すを得るのみ、その中に既に克贼無くまた遥克無く、また昴星課に按じて取らず——原注に曰く、ここは昴星の法を用いずして発用するにして、それが昴星に帰入し得ざるに非ず、ただ別責取用に改むるのみ。陽日は日干の天干五合の神の在る宮位の上神を取りて発用と為す:たとえば甲日は己と相合し、己は未に寄宮すれば、便ち未位の上の得る所の天盤神を取りて発用と為し、すなわち初伝。中伝・末伝は皆日干上神を取る。陰日は則ち日支三合局の中に位してその前に在るあの一辰の上の得る所の神を取りて初伝と為す:たとえば乙巳日、巳酉丑三合、酉は巳の前に在れば、便ち酉上の得る所の天盤神を取りて初伝と為し、中伝・末伝は仍りて日干上神を取る。これを別責課と言う。

別責者,言不在干支之課之內取用,就日之陰陽別責他神而用之。陽日取干合者,陽主動,干常動,陽求陰合,故以干合之神為用。陰陽合則變化神明之道出矣。陰日取支前三合神為用者,陰主靜,靜以類聚,故以三合靜極則動,而變化出矣。陰陽各以類聚相合,則不復別求志向,故中末傳俱歸於本身也。

いわゆる「別責」とは、日干・日支の本課の内に在りて発用を取らずして、日の陰陽属性に按じて別に向かって別の神に責取して来たりて用うるを言う。陽日に天干五合の神を取るは、陽は動を主り日干は常に動き、陽は往きて陰を求めてこれと相合すれば、ゆえに日干と相合する神を取りて発用と為す——陰陽一たび合すれば、変化神明の道理便ち顕現す。陰日に日支三合局の中の前に在るあの一辰を取るは、陰は静を主り、静なれば則ち同類を以て相聚まるが故に、ゆえに三合の局を借り、静極まれば便ち動き、変化もまた出づ。陰陽各々同類を以て相合すれば、更に別に志向を尋ぬるを要せず、ゆえに中伝・末伝は皆日干本身の上に帰す。

斷曰:別責闇昧多不足,與人先合後參差。一人二心為定托,屈己從人始為宜。又主他人之事,經曰:“別責事在他人!” 孔明曰:“別責課主蕩泆、奸盜、不正之事。凡舉不備,求謀不遂,欲動不動,留連之課。以支干皆取合神,故男婦皆有私合。”

断語に曰く:別責課は曖昧不明にして処処欠缺し、人と相処るにまず合い得て後に参差す。一人が両様の心思を懐き、説定の托付も算数し難し。ただ己を委屈して人に順従するのみ、乃ち相宜と算す。この課はまた他人に替わりて事を弁ずるを主り、《経》に曰く:「別責の事は皆別人の身上に在り。」 諸葛孔明曰く:「別責課は放蕩淫佚・奸盗不正の事を主る。凡そ挙動有れば皆完备せず、求むる所謀る所皆心に称わず、動かんと欲して動く能わず、これは牽纏留連の課なり。日干・日支ともに別に合神を取るを要すれば、ゆえに男女双方皆私下の苟合有り。」

假如丙辰日巳時未將占,陽取丙與辛合,辛課戌之上見亥為初傳,中末俱在日干午字取之,此是陽日別責例。

例を挙ぐ:丙辰日巳時、月将を用いて課を起こす(課盤に依れば、天盤は地盤に比べ一位順進し、すなわち午将を巳時に加う。底本は「巳時未将」と作るも盤に合わず)。これは陽日、丙と辛との相合を取り、辛は戌に寄宮し、戌位の上に亥を得、便ち亥を以て初伝と為す。中伝・末伝は皆日干上神午を取る。これすなわち陽日別責の例なり。

官亥貴 兄午青 兄午青 青 空 勾 青 午 巳 未 午 巳 辰 午 丙 午未申酉 巳 戌 辰 亥 卯寅丑子

これは上例丙辰日の課盤。最上の三行は三伝:初伝亥は丙日の官鬼爻で貴人を乗る。中伝午・末伝午は皆兄弟爻で青龍を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ:最下の行の下神は丙(丙は巳に寄宮)・午・辰(辰すなわち日支)・巳。中間の行の上神は午・未・巳・午。最上の行の天将は青龍・勾陳・天空・青龍。第一課「午加巳」と第四課「午加巳」と完全相同なれば、ゆえに四課は実ただ三課、且つ上下の間に既に克無く遥克無く、正に別責取用の条件に合す。最下の四行は天地盤:外枠十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は天盤が地盤に比べ一位順進するので、巳宮上は午・午宮上は未・未宮上は申・申宮上は酉、余は類推す可し——これに由りて査し得るに、丙の合神辛の寄る所の戌宮の上は正に亥、すなわち本課の発用なり。

假如辛丑日戌時未將,柔日取丑前巳三合為用為初傳,中末皆在日干上取,未為中末傳也。一說三合巳上寅為用,為尋天盤上寅作初傳。《神定經》云:“柔日取三合上神為卦首。”,則是寅是也。此是陰日別責例。

さらに一例を挙ぐ:辛丑日戌時、未を用いて月将として課を起こす。これは陰日、日支丑は巳酉丑三合に属し、巳は丑の前に在れば、便ち巳を取りて発用と為し初伝と為す。中伝・末伝は皆日干上神未を取る。別に一説有り:地盤巳位の上の天盤神を取るべし——本課は天盤が地盤に比べ三位退し、巳位上は寅なれば、便ち寅を以て初伝と為す。《神定経》に曰く:「陰日は三合の位の上神を取りて課首と為す。」この説に照らせば、初伝は寅たるべし。本例の附する課盤が取る所は巳なり。これすなわち陰日別責の例なり。

官巳蛇 印未后 印未后 后 常 朱 后 未 戌 辰 未 戌 丑 未 辛 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

これは上例辛丑日の課盤。最上の三行は三伝:初伝巳は辛日の官鬼爻で螣蛇を乗る。中伝未・末伝未は皆印綬(父母)爻で天后を乗る。中間の三行は四課で、右より左へ:最下の行の下神は辛(辛は戌に寄宮)・未・丑(丑すなわち日支)・戌。中間の行の上神は未・辰・戌・未。最上の行の天将は天后・朱雀・太常・天后。第一課「未加戌」と第四課「未加戌」と相同じれば、ゆえに四課は実ただ三課、且つ克無く遥無く、正に別責の例に合す。最下の四行は天地盤:外枠十二格は固定の地盤巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の十二宮。本課は未将を戌時に加え、天盤は地盤に比べ三位退後するので、巳宮上は寅・午宮上は卯、未宮上は辰、申宮上は巳、余は類推す可し。

九、伏吟課(陽日自任・陰日自信)

伏吟課 歌曰:六甲伏吟寅巳申,六丙六戊巳申寅,六乙更言辰未戌,六庚申寅巳為真,六癸便尋丑戌未,壬辰壬午亥巳申,惟有四壬別立法,日先辰次末取刑。六己丁辛臨亥酉,辰先日次末取刑。丁未己未無相剋,辰刑沖處三傳明。已上伏吟十五法,剛日柔辰沖末分。

伏吟課。歌訣は十干伏吟の三伝排法を列して十五条と為す:凡そ六個の甲日は、三伝は寅・巳・申(甲は寅に寄り、寅は巳を刑し・巳は申を刑す)。六丙・六戊日は巳・申・寅。六乙日は辰・未・戌。六庚日は申・寅・巳。六癸日は丑・戌・未。壬辰・壬午日は亥・巳・申。ただ其余の四個の壬日のみ別に一法を立つ:まず日干上神を取り、次に日支上神を取り、末伝はさらに刑する所の神を取る。六己・六丁・六辛日の亥・酉に臨むは、則ちまず日支上神を取り、次に日干上神を取り、末伝は刑を取る。丁未・己未の両日は干支同位にして相克無ければ、便ち辰位の刑と冲との上に三伝を定め出す。以上共に十五種の伏吟排法、陽日と陰日との分別は、末伝に刑を取るか冲を取るかに在り。

又曰:伏吟之課見相親,便以克處為用神,亦如課中克者取,剛看日上柔看辰。迤邐刑之作傳末,依此《玉曆》作其真。若也用神當自刑,次傳還與日辰並。次傳刑取神為末,此課諸占最有靈。次者更復自刑者,從此沖取末為精。且如乙丑用天罡,天罡自刑在辰方,用取大吉為中次,刑取天魁為主場。乙木為緣木克上,所以次傳居丑鄉。餘則自刑陰日上,陽日次傳辰上張。

また曰く:伏吟課は天地盤相重なり諸神各々本位に帰り、彼此相親しむに似たり。もし課中に克有れば、仍りて克有るの処を以て発用を取り、弁法は常課の克を取ると相同じ。もし克の取る可き無ければ、陽日は日干上神を看、陰日は日支上神を看る。初伝を取り定めたる後、順次に刑を以て中伝・末伝を取る、これは《玉暦》の定むる所の正法を照らすなり。もし発用の神が恰も自刑の支(辰は辰を刑し・午は午を刑し・酉は酉を刑し・亥は亥を刑す)なれば、刑し出でざれば、中伝は便ち日干・日支の上に并せて取る。再び中伝の刑する所の神に由りて末伝を取れば、かく定め出す三伝は何を占うとも尤も霊験なり。もし中伝がまた自刑に碰上れば、便ちその冲位より改めて末伝を取りて乃ち精当と算す。例を挙げて曰く:乙丑日は「天罡」(辰)を以て発用と為し、辰は自刑の支にして刑し動かざれば、便ち「大吉」(丑)を取りて中伝と為し、再び丑の刑する所の「天魁」(戌)に由りて末伝と為す。乙は木に属し、木は上位の土を克すれば、ゆえに中伝は丑位に落つ。其余の各日は、陰日の自刑は日支の上に帰して取り、陽日の中伝は則ち日支の上に安んず。

又曰:伏吟先用責三刑,若見三刑迤遞憑。有克初傳相剋應,先沖後刑用為真。無克柔辰剛所用,先刑後沖作初名。初傳若犯自刑者,中傳剛日柔辰沖。中傳或又自刑次,先沖後作末刑星。刑沖或無往來處,末傳或用剛三刑。

また曰く:伏吟課の三伝を取るはまず三刑を責求す。もし三刑俱に見えば、便ち依次に輾転相刑して取る。課中にもし克有れば、初伝は便ち相克のあの一処を取りて応じ、中末二伝はまず冲を取り後に刑を取りて乃ち真と為す。課中にもし克無ければ、陰日は日支上神・陽日は日干上神を取りて発用と為し、中末二伝はまず刑を取り後に冲を取りて名を定む。初伝もし自刑を犯せば、中伝は陽日は日干上神に帰し・陰日は日支上神に帰し、あるいは冲位を取る。中伝もしまた自刑なれば、あれなればまず冲を取り、後に刑する所の神を以て末伝と為す。倘若刑と冲と皆取る処無ければ、末伝は便ち仍りて陽日の三刑の神を取る。

式中天盤諸神皆伏於本位,如其家,所謂登殿入垣者是也。如天盤神后加地盤子之例也。凡值此象名曰伏吟課,此時日辰陰陽不分,無相剋制,剛日以干神為用,柔日以辰上神為用,以剛德在陽,柔德在陰故也。

式盤の上に天盤十二神全て自らの本位の上に伏し、各々家に回帰せるが如し、これすなわちいわゆる「登殿入垣」なり。たとえば天盤の「神后」(子)が正に地盤の子位の上に加わり、其余の十一神も一々対応す。凡そこの種の局面に遇上すれば、便ち伏吟課と言う。この時日干・日支の陰陽は分かち出でず、彼此にも相克相制無ければ、ゆえに陽日は日干上神を取りて発用と為し、陰日は日支上神を取りて発用と為す——剛健の徳は陽に在り・柔順の徳は陰に在るの緣故なり。

以日辰有陰陽之分也,故伏吟名曰自任,柔日伏吟名自信,如甲丙戊庚壬是剛日也,甲日用寅,丙戊日用巳,庚日用申,壬日用亥,此皆用自己所課之位,自恃有德有祿,是以自任事也。故名自任課,但未免將德祿以刑人,故中末傳用三刑也。

正に日干・日支に陰陽の別有るを以て、ゆえに陽日の伏吟は「自任課」と言い、陰日の伏吟は「自信課」と言う。甲・丙・戊・庚・壬は陽日:甲日の発用は寅を取り、丙日・戊日は巳を取り、庚日は申を取り、壬日は亥を取る——これらは皆各自の寄宮の在る所の位にして、自ら恃むに徳有り禄有り、因りて一切自ら承当すれば、ゆえに自任課と言う。ただこうなれば、免れず自らの徳禄を拿りて人を刑するを要し、ゆえに中伝・末伝は皆三刑を以て相承く。

但用神偶有自刑而不能刑人者,則中末傳杜塞不行矣,理必取支神為中傳而末傳用支之刑也,或偶有中傳又是自刑,則末傳杜矣,卻以中傳所沖者為末傳,此剛日取三傳之法也。乙丁己辛癸是柔也,惟乙癸日有天罡被賊克下為用,亦非比肩德祿,乃是財官之神,其餘皆用本支辰或信人,或自信而用之,故名自信課。

ただし発用の神は偶々正に自刑の支にして、別人を刑する能わざれば、中末二伝は堵塞して通ぜず。理に按じて必ず日支の神を改め取りて中伝と為し、末伝はさらに日支の刑する所の神を取るべし。もし中伝が碰巧また自刑なれば、末伝もまた堵え塞がり、あれなれば中伝の冲位を取りて末伝と為す。これすなわち陽日の三伝を排する弁法なり。乙・丁・己・辛・癸は陰日:その中ただ乙日・癸日のみ「天罡」(辰)の下神に贼克せられて発用と為さるる有り、あれもまた同類の徳禄の神に非ずして、財爻・官爻なり。其余の各陰日は皆本日の日支を取り、あるいは人に信托し、あるいは自ら信じ自ら守りて之を用うれば、ゆえに自信課と言う。

如丁卯日用卯,丁巳日用巳之類,皆取相刑為中末傳,若初傳是自刑,則是杜傳,用日者中傳投於辰,用辰者中傳投於日,如乙酉、乙亥、丁酉、丁亥日皆是自刑,須用此法相刑而作中末傳也。如中傳又是自刑,須以中傳所沖者為末傳,此五陰日最三傳之法也。

たとえば丁卯日は卯を取りて発用と為し・丁巳日は巳を取りて発用と為すの類にして、中末二伝は皆相刑の神を取る。もし初伝本身が自刑の支なれば、あれはすなわち「杜伝」(路の堵死せる)なり:もと日干上神を以て発用と為したるは、中伝は便ち日支の上に投ず。もと日支上神を以て発用と為したるは、中伝は便ち日干の上に投ず。乙酉・乙亥・丁酉・丁亥のこれらの日の如きは皆自刑に属し、必ずこの弁法を用いて輾転相刑し以て中末二伝を定むる要し。もし中伝また自刑なれば、便ち中伝の冲位を取りて末伝と為すを得。これは五個の陰日の三伝を排する要法なり。

愚按:前七言歌中十干伏吟十五法乃出於《玉曆》者,及查鈐法中,伏吟三傳與歌中不同,《玉曆》言“六乙辰未戌”,而鈐中惟乙丑是無辰丑未戌,若乙亥日則辰亥巳,乙酉日則辰酉卯,乙未日則辰未丑,乙巳日則辰巳申,乙卯日則辰卯子,《玉曆》言“壬辰壬午亥巳申”,而鈐中壬午則亥午子,壬辰則亥辰戌,

我按ず:前面のあの七言歌の中の十干伏吟の十五種排法は、《玉暦》より出づ。查対して「鈐法」(日に按じて排定せる現成の課鈐)に到りて、伏吟三伝が歌訣の説く所と并せて一致せざるを発見す。《玉暦》に六乙日は一律に辰・未・戌と曰うも、鈐法の中ただ乙丑日のみ略々この式に近く、辰丑未戌のやうなる排法は有らず:乙亥日は辰・亥・巳と作り、乙酉日は辰・酉・卯と作り、乙未日は辰・未・丑と作り、乙巳日は辰・巳・申と作り、乙卯日は辰・卯・子と作る。《玉暦》に壬辰・壬午の両日は亥・巳・申と曰うも、鈐法の中に壬午日は亥・午・子と作り、壬辰日は亥・辰・戌と作る。

《玉曆》言“六己丁辛臨己卯,辰先日次末取刑”,而鈐中己巳日則巳申寅,己卯日則卯子卯,己丑日則丑戌未,己亥日亥未丑,己酉日酉未丑,己未日未丑戌,丁巳日巳申寅,辛未日未丑戌,辛巳日巳申寅,辛卯日卯子午,辛丑日丑戌未,辛亥日亥戌未,辛酉日酉戌未,此《玉曆》與鈐法不同者,如此當以鈐法為正,可依鈐法而占也。丁卯日卯子卯,丁丑日丑戌未,丁亥日亥未丑,丁酉日酉未丑,丁未日未丑戌,

《玉暦》に六己・六丁・六辛日の己卯に臨むは、まず日支を取り次に日干を取り末伝は刑を取ると曰うも、鈐法の中に於ては:己巳日は巳・申・寅と作り、己卯日は卯・子・卯と作り、己丑日は丑・戌・未と作り、己亥日は亥・未・丑と作り、己酉日は酉・未・丑と作り、己未日は未・丑・戌と作る。丁巳日は巳・申・寅と作る。辛未日は未・丑・戌と作り、辛巳日は巳・申・寅と作り、辛卯日は卯・子・午と作り、辛丑日は丑・戌・未と作り、辛亥日は亥・戌・未と作り、辛酉日は酉・戌・未と作る。《玉暦》と鈐法と合わざるの処はこれらなり。この種の情形に遇えば、応に鈐法を以て正と為し、鈐法に照らして課を起こし占断すれば便ち可なり。この外丁卯日は卯・子・卯と作り、丁丑日は丑・戌・未と作り、丁亥日は亥・未・丑と作り、丁酉日は酉・未・丑と作り、丁未日は未・丑・戌と作る。(末に列ぬる数条は乃ち上に承けて丁日の各課を補録せるにして、底本ここに至りて未だ収束を加えず。)

陽日伏吟名自任,陰日伏吟名自信,陰陽各伏歸根本,伏吟體靜不安寧。 歌曰:自信伏吟體,陰陽歸本家,剛以日為用,刑處作中程,末向刑沖處,三傳為弟兄,忽逢凶惡將,破敵別離情,剛日行中止,柔辰伏內驚,居者將離析,逃亡不遠程。

陽日の伏吟は自任と言い、陰日の伏吟は自信と言う。陰陽両方各々伏して根本の位に回れば、ゆえに伏吟のこの一躰は静中に不安寧を帯ぶ。 歌訣に曰く:自信伏吟のこの課躰、陰陽皆本家に帰す。陽日は日干上神を以て発用と為し、刑する所の処を取りて中伝と為し、末伝はさらに刑あるいは冲の処に向かいて取る。三伝彼此は兄弟の如し(同気にして相離れず)。もし忽然として凶悪の天将に遇上せば、則ち敵を破りあるいは離別の情を主る。陽日は行きて中途に止まるを主り、陰日は裏に伏して驚を受くるを主る。安居の人は将に離散せんとし、逃亡の人も遠く走る能わず。

又曰:信任伏吟體,行人主到門,失物家內盜,逃者隱鄉鄰,病人難言語,占胎聾啞人,訪人藏不出,行者卻回輪。 又曰:信任伏吟體,詔召人到門,失物主者盜,逃逋隱親鄰,有病難得好,言語緘默人,求人舌捲縮,城守勿逡巡。

また曰く:自信・自任の这两种伏吟課躰、行人を占えば人の已に門口に到れるを主る。失物を占えば家里人の偷めしなり。逃亡を占えば、人は郷隣の処に藏る。病人を占えば則ち口を開きて言う能わし難し。胎孕を占えば生まれ出づるが聾唖の人たらんことを怕る。往きて人を訪えば則ち対方は藏れて出で来らず。出行の人は半路にしてまた折り返る。 また曰く:自信・自任の伏吟課躰は、詔命の徴召する人の門に到る有るを主る。失物を占えば主家の自己人の盗めるなり。逃亡の人は親戚隣里に藏る。病有れば痊愈し難し。言う人は緘黙して言わず。往きて人を求めれば則ち対方は舌を巻縮して応承を肯んぜず。もし城を守れば安守して動く勿れ、遅疑徘徊する勿れ。

又斷曰:自任剛日得伏吟,行止遷移根本深,出行中道須回返,關梁杜絕未歸心,居者得移逃者去,迫而後動不自任,或言三刑俱得用,事多害物反沈吟。 又曰:自信乘日伏吟課,危者獲安動者寧,伏藏於內不相見,行人立歸出不成,逃亡應不出邑里,盜賊審察家裡人,深根固蒂多勞苦,吉將乘之求望榮,若值凶將來入課,諮嗟不動難見形。

また断じて曰く:陽日に占い得る自任伏吟は、行止・遷移を論ぜず、根柢は皆扎ること甚だ深し。出門して半路に走れば必ず折り返さんと要し、関隘阻絶して人はなお帰意未だ有らず。安居の人は反って遷走し得、逃亡の人は真に去り去らん。逼られて已むを得ざるに至りて乃ち動く要し、自らその事を任ずとは談ずるに足らず。ある人は三刑皆取用し得と言うも、其実事は多く傷害有りて、反ってただ伏してあの処に在りて嘆息するのみ有り。 また曰く:陰日に占い得る自信伏吟は、険に処る人は反って平安を得、躁動の人は反って安寧を得。人は裏に伏藏して彼此相見えず。行人を占えば則ち立刻に回り、出行を占えば則ち去り成らず。逃亡の人は本郷本里を跑出でず。盗賊を占えば自家人の裏に査す要し。この課は根は深く蔕は固くして労苦多し。吉将を乗れば則ち求むる所の栄顕を得べし。もし凶将の課に入るに逢えば、便ちただ咨嗟嘆息し・動弾し得ず・形跡現われ難きのみ有り。

孔明曰:“伏吟者屈伏而不得伸,伏藏而不安,久靜欲動,故伏而呻吟也。吟乃諮嗟呻吟之聲有可聞者。蓋其體用陽則害陰,用陰則舍陽,是天地不備,陰陽偏枯,實為不足之體,是以有吟聲也。

諸葛孔明曰く:「いわゆる伏吟とは、屈伏して伸展し開かず・藏伏して安寧を得ず、静なること久しければ便ち動かんと欲すれば、ゆえに伏してあの処に在りて呻吟す。『吟』とはすなわち聴聞し得べき咨嗟呻吟の声なり。この一課躰に因りて、陽を用うれば則ち陰を傷り、陰を用うれば則ち陽を舎て、是れ天地完备せず・陰陽偏枯の局面にして、実にこれ欠陷有る課躰なれば、ゆえに呻吟の声有るを乃ちす。

其為用也,有克無克,刑人自刑,一體之中有不一者。有如六乙日財多害己,六己日否極泰來,甲丙庚日有祿無馬,六戊日有丙三奇,六壬日自刑,壬午壬辰日重犯,壬申日不為空亡,丁己辛日無德,此十干有不一如此,陽日先刑後沖,以見伏外。陰日刑害破沖,以見伏內。皆是刑中有害,破中有合,凶中有吉,吉處藏凶,禍福倚伏,不可一概而推之,更有助刑伐德,歲月沖空亡者,全在天神煞刑沖破害評之。”

取用に就きて言えば、あるは克有りあるは克無く、あるは人を刑しあるは自刑す、同一課躰の中に情形は并せて一律ならず。譬へば六個の乙日は財爻多過ぎて反って己を害す。六個の己日は否極まりて泰来たる。甲・丙・庚日は禄神有りて駅馬無し。六個の戊日は丙火三奇を帯ぶ。六個の壬日は自刑に属し、壬午・壬辰の両日はさらに重犯にして、壬申日は則ち空亡に落ちず。丁・己・辛日は則ち天徳無し。十干の情形は参差してかくの如し。陽日はまず刑を取り後に冲を取り、以てそれが伏すといえども気は外に在るを見ん。陰日は兼ねて刑・害・破・冲を取り、以てそれが伏して気は内に在るを見ん。総じて刑の中に害を夾み・破の中に合を夾み・凶の中に吉有り・吉の裏に凶を藏め、禍福は互相に倚伏し、一概に論ず可からず。この外また助刑伐徳・太歳月建の空亡を沖動する等の情形有りて、全て天神・凶煞と刑冲破害と合わせて評断するを靠る要し。」

邵子曰:“伏吟之體,陰陽各還本位,天地各合元神,各歸根復命矣。自陰陽伏位未動言之,則遠本乎靜;自天地復合言之,則動極而靜也。雖靜亦將動也,是以伏吟主靜而有靜中之動,雖三傳刑沖而成,亦造化當然之理也。”

邵康節曰く:「伏吟のこの一課躰、陰陽各々退回して本位に就き、天盤地盤各々元神と相合し、皆根に帰り命に復す。陰陽伏位して未だ動かざるのこの一面より言えば、それは静に本源于す。天地重ねて合一するのこの一面より言えば、則ち動極まりて復た静に帰るなり。静なるといえども、また将に動かんとすれば、ゆえに伏吟は静を主りて静中に動有り。三伝は刑冲に由りて排成するといえども、あれもまた正に造化本然の理なり。」(「帰根復命」の語は《老子》十六章に出づ。)

袁天罡:“伏者,伏俯於人,為人所役,甘伏而不敢從者也。俯伏則不能舉首也,呻吟則有憂嘆之聲矣。象曰‘如浮萍之無根,自聚自散’也。陽日伏吟名自任課,任者,委用也,用則必動矣。蓋陽日發用在干,干處外,又是四神生旺祿馬之鄉,有刑有沖,安得不動?豈可概言靜守伏藏哉?更見丁馬發用,則決動矣。

袁天罡曰く:「『伏』とはすなわち別人の下に俯伏し・人に役使せられ、甘心して屈伏して従違有るを敢てせず。俯伏すれば便ち頭を抬ぐ能わず、呻吟すれば便ち憂嘆の声を帯ぶ。象辞にそれを『浮萍の根無きに像り、自ら聚まり自ら散ず』と曰う。陽日の伏吟は自任課と言い、『任』は委任任用の義なり、一たび任用せられれば必ず動くを要す。陽日の発用は日干の上に在るに因り、日干は外位に処り、また四長生・旺気・禄神・駅馬交匯の郷にして、その間に刑有り冲有り、怎んぞ動かざらんや?豈に一概に静守伏藏と説くを得んや。もしさらに丁神・駅馬の発用を見れば、あれなれば動かんと断定す。

陰日伏吟曰自信課,惟信乎己,不敢委任他人也。既僅自信,則安靜自守矣。蓋陰日發用在支,支辰屬內,又傳入四季庫墓之地,終不見陽神,安得不伏哉?雖丁馬入用,亦難行動矣。大抵此課不論日之陰陽,總是不可信用他人,只宜自信自任自知,伏匿於深處,裁度於自己。若謀用於他人,則變詐生,任使於他人,則奸慝至,當在反思之。”

陰日の伏吟は自信課と言い、ただ自己を信じて別人に托付するを敢てせず。すでにただ自己を信ずれば、あれなれば安静にして自守す。陰日の発用は日支の上に在るに因り、日支は内位に属し、三伝はまた辰戌丑未の四季庫墓の地に伝入し、始終陽神を見ず、怎んぞ伏せざらんや。縦令丁神・駅馬の用に入る有るも、行動を得ること難し。大体に言えば、この課は日干の陽に属する陰に属するを論ぜず、帰するところ他人を信用す可からず、ただ自ら信じ・自ら任じ・自ら知るに宜しく、深き処に藏れ、凡事は自己に由りて裁度す。もし事を別人に謀托すれば、便ち欺詐を生出す。もし事を別人に差使すれば、便ち奸悪を招来す——この一点は応に反覆して思量すべし。」

劉伯溫曰:“伏吟課不可輕用,諸神不易位,不可妄動,能盡意自守,則吉輕。用妄動則憂喜交併,可不謹哉?”凡事主近,又主進退不寧,進不能遂,退不能通。三傳日辰見虎,加辰戌巳亥作貴人臨於卯酉上者,主因不足而生疑憂,欲行動而未決者,欲行動而不能致遠也。

劉伯温曰く:「伏吟課は軽易に取用す可からず。天盤諸神皆移位無ければ、人もまた妄動す可からず。能く一心自守せば、凶は便ち軽し。もし妄動せば、憂と喜と便ち交錯して并せ至り、怎んぞ謹慎せざるを得んや。」この課は凡事皆近処を主り、また進退不寧を主る:進むもまた心に称う能わず、退くもまた行き通らず。もし三伝と日干・日支の上に白虎を見、辰・戌・巳・亥の位に加えて、而も貴人また卯・酉の上に臨めば、欠缺不足に因りて疑慮憂愁を生じ、行動せんと欲して主意を拿定せず、あるいは行動せんと欲すといえども遠く走る能わざるを主る。

又如剛日木神臨木,憂木器,男子欲遠行;火神臨火,主男子口舌,至縣官;金神臨金,主憂遷移分異;土神臨土,主憂女子訟田宅分異;水神臨水,主憂財物走失。剛日外事撓,或緣動作,事多難了,牽連累及人;凡舉動未能遂心,在內將出,在外將移,合者將離,皆以神將言之。

また陽日に占い得る伏吟の如き:木神の木位に臨むは、憂は木器に在り、あるいは男子の遠門に出でんと欲するなり。火神の火位に臨むは、男子に口舌有りて県衙に鬧ぐを主る。金神の金位に臨むは、遷移分家を憂うを主る。土神の土位に臨むは、女子の田宅のために争訟し分産するを憂うを主る。水神の水位に臨むは、財物の走失を憂うを主る。陽日は多く外事に擾せられ、あるいは動作する所有るに因りて事は了し難く、牽連して旁人に累及す。凡そ挙動有れば皆心に称う能わず:家に在るは将に外出せんとし、外に在るは将に遷移せんとし、聚合のは将に離散せんとす——具体は仍りて乗る所の天将に按じて言う要し。

伏吟課・分類占断

占來意 若剛日得此課,行年上值六合,來意主成合事,喜須有阻隔,成不成以天將言之。又卯酉日卯酉為用,將得蛇虎雀,或行年或立丑未,來意主陰人欺詐不明之事。若子午巳亥日得此課,並行年上,來意主為訟之憂也。若寅申日占得青龍神后,主占望小兒疾病,祭祀方安。柔日得此課,主陰人病及失血,六戊六癸日伏吟日。

来意を占う:もし陽日にこの課を得て行年の上に正に六合に逢えば、来意は結合の事を促成せんとするなり、喜中に却って阻隔有り、成るか成らざるかは乗る所の天将を看る要し。また卯日・酉日が卯・酉を以て発用と為し、乗る所は螣蛇・白虎・朱雀、あるいは行年・あるいは丑未の位に立てば、来意は便ち婦人の欺詐・真相不明の事なり。もし子・午・巳・亥日にこの課を得、また行年の上に并せ在れば、来意は訴訟のために憂うるを主る。もし寅日・申日に占い得る青龍と神后(子)は、小児の疾病を問い来たるを主り、須らく祭祀したる後乃ち安寧を得べし。陰日にこの課を得れば、婦人の生病および失血の症を主る。六戊・六癸日は則ち本より伏吟の日なり。

占謀望 用是孟神,主暗託人謀外事,欲言不言,欲舉不舉,舉亦未成,占事動則宜,靜則宜動。 占功名 惟六戊六癸日吉。歌曰:六戊六癸日伏吟,官旺三奇有祿神,何堪傳又入三刑,四十五日賀天恩。

謀望を占う:発用もし寅申巳亥の四孟の神なれば、暗中に人を托して外面の事を謀弁するを主る。言わんと欲して言わず、挙動せんと欲して挙動せず、縦令挙動するも弁成らず。事情を占えば則ち動は静に比して好く、静久しければ便ち動くべし。 功名を占う:ただ六戊・六癸日のみ吉と為す。歌訣に曰く:「六戊・六癸日に占い得る伏吟は、官星旺相・三奇斉全してまた禄神有り。たとえ三伝さらに三刑に入るとも、四十五日の内に皇恩に拝謝せんと要す。」

占家宅 主宅不變動,有不寧之事。辰上若作墓神,作天后,主家有伏尸鬼,家不振發,人口刑並,若得辰上見六合,必主已下子孫振發及凶中進人口。卯酉上見蛇虎,主有喪服至,卯主外服,酉主內服,事速則應六日或十二日,遲則應六十日或一百六十日。又主家藏盜賊,家小不寧,萬狀皆不能遂。值丁馬,有人出外,或修改,或遷移之事。

家宅を占う:住宅は変動せざるを主るも、家中に不安寧の事有り。もし日支上神が墓神と成り、また天后を乗れば、家裏に伏尸の邪祟有りて家道興らず、人口は相刑し并せ害するを主る。もし日支上神に六合を見れば、必ず以下の子孫の興旺を主り、甚だしくは凶中にまた人口を添う。もし卯位・酉位の上に螣蛇・白虎を見れば、喪服の門に臨む有るを主る:卯は外親の喪を主り、酉は内親の喪を主る。応期の速きは六日あるいは十二日に在り、遲きは六十日あるいは一百六十日に在り。また家中に盗賊を窩藏し・家小不寧・万事皆心に遂わざるを主る。もし丁神・駅馬に逢えば、則ち人の門外に出でて在る有り、あるいは修造・遷移の事有り。

占疾病 主病難愈,支干見死神者死,或休囚死絕亦死。無凶將死氣,主伏枕。冬淹,病者面向內臥,朝陰背陽,至危至重。若太陰入傳,主不能言語;螣蛇加日辰,亦主見子眼目有疾;白虎加日辰,主見子有唇口喉舌之患;餘不妨,亦主血病。

疾病を占う:病の痊愈し難きを主る。日干・日支の上に「死神」を見るは死せんとし、課神休囚・死地絶地に入るもまた死せんとす。もし既に凶将無くまた死気無ければ、則ちただ臥床して起きざるのみなり。冬に占えば則ち病情纏綿し、病人は面を向けて裏に睡り・陰に向かい陽に背き、尤も危重なり。もし太陰が三伝に入れば、病人の言を出づる能わざるを主る。螣蛇が日干・日支の上に加われば、子女の眼目に疾有るを主る。白虎が日干・日支の上に加われば、子女に唇口咽喉の患有るを主る。其余の情形は事を妨げざるも、ただ血分の病を主るのみなり。

占行人 若天驛二馬入傳,占遠行則日立至。無馬亦主信來。占近人陽日主歸家,但身不安寧。經曰“剛日行人到戶庭。”以用神是孟,或見馬故也。若是千餘里之行人,則不回矣。緣天方不動故也。又經曰“剛日伏吟時會間”者,是言近出約回之人,占得此則可以倚門相會。若陰日亦主遲歸矣。

行人を占う:もし天馬・駅馬の両馬が三伝に入れば、遠行の人を占うに当日便ち到る。馬無きも書信の来る有るを主る。近処の人を占えば、陽日は家に回るを主るも、ただ回り来たる後身心安寧を得ず。《経》に「陽日の行人は門庭に到る」と曰うは、あれは発用が四孟の神たるか・あるいは課中に馬を見るの緣故なり。もし千里之外に行く所の人なれば、便ち回り来る能わず——天盤諸神皆伏して動かざるに因る。《経》にまた「陽日の伏吟は、時会の間」と曰うは、あの近処に出門し・約して回らんとする人を説くにして、この課を占い得れば便ち門に倚りて相候す可し。もし陰日なれば、則ち帰期の遲からんを主る。

占出行 剛日主中道有再回之象,在內將出,在出將移,合者將離,一曰陽日欲行中止,有丁馬始可言動。若無馬,縱行程已備,亦不成行。柔日雖行,亦不能致遠也。 占逃亡 主逃亡不出邑里,有丁馬方欲遠逃,無馬主伏匿深處,離家不遠也。

出行を占う:陽日は半路に走りてまた折り返るを主る。家に在るは将に外出せんとし、已に外に在るは将に遷移せんとし、聚合のは将に分離せんとす。別の一説:陽日は走らんと欲して中途に停下し、必ず課中に丁神・駅馬有りて乃ち動身を談ず。もし馬無ければ、縦令行装皆備え斉うとも、終に走り成らず。陰日は縦令動身するも、遠く走る能わず。 逃亡を占う:逃亡の人は本郷本里を跑出でざるを主る。丁神・駅馬有りて乃ち遠逃の可有り、馬無ければ則ち深き処に藏れ、家を離るること遠からず。

占盜失 壬子日卯為貴,丙子日酉為貴,乙亥日申為貴,辛酉日午為貴,壬申日巳為貴,此五日不可言家中盜賊,可言鄰近也。自信主家藏盜賊,或不出邑里,其盜伏而不動,捕捉則不獲。 占訪人 主其人藏伏不欲見人,剛日其人暫出不在家,可以倚門候見。

失竊を占う:壬子日は卯を以て貴人と為し、丙子日は酉を以て貴人と為し、乙亥日は申を以て貴人と為し、辛酉日は午を以て貴人と為し、壬申日は巳を以て貴人と為す——この五日は家里人の偷めしと断ず可からず、ただ近隣の為す所と断ずるのみ可し。自信課(陰日伏吟)に至りては、則ち家中に盗賊を窩藏するか・あるいは賊の本郷本里を跑出でざるを主る。賊人は伏して動かず、往きて捉うも捉え得ず。 訪人を占う:対方の藏れて人に見えんと願わざるを主る。陽日は則ちこの人の暫時出門して家に在らざるを主り、門に倚りて等候して相見る可し。

伏吟十二支課例(六十日十例)

右伏吟體六十日有六十課,共有十例,今錄於後。 子加子,未動故無,順逆之憂。 丑加丑,重山,暗過默視。詩曰:遠望無真信,目下便虛驚。東北多驚懼,鵲音難分明。 寅加寅:相得,春旺有力。詩曰:趨北又趨東,旋轉路必通。就遠尊禮法,成始又成終。 卯加卯,遲驟,外神內塞。詩曰:重重微鎖鑰,撓聒合提防。不患不能成,因循大成殃。

以上の伏吟一躰、六十日共に六十課有り、帰納して十種の例と成し、現に下に録す。 子加子:静にして未だ動かず、ゆえに順行・逆行の憂患無し。 丑加丑:是れ「重山」の象、暗中に経過して默默として観望す。詩に曰く:遠望して確実の音信を得ず、眼前に便ち自ら虚驚す。東北方に驚懼の事多く、喜を報ずる鵲声も聴き分け明ならず。(丑は東北に在れば、ゆえに東北を取りて言と為す。) 寅加寅:彼此相得、春に旺に当たりて力有り。詩に曰く:北に往きてまた東に走り、輾転周旋して道路必ず通ず。遠処に去りて礼法を尊重す可し、かくの如くすれば則ち始有り終有らん。 卯加卯:遅緩と急驟と并せ見え、外面の神は裏面に堵塞せらる。詩に曰く:一重また一重の細小の鎖鑰、吵鬧紛擾は応に提防すべし。事の弁成らざるを愁うる莫れ、ただ因循拖延して反って大禍を招くを怕るのみ。

辰加辰,老驛。利動不張。詩曰:秘策莫輕宣,謹身必靜立。一朝風雨動,功業便掀天。 巳加巳,憂喜。兩事並立。詩曰:疑中起煩勞,無風起波濤。向南求利益,東北乃難逃。 午加午,不入傳。 未加未,暗陳。遠望信音。詩曰:家屬不用疑,一簇車糧肥。已得東風便,揚益親馬蹄。

辰加辰:是れ「老駅」の象、動きて宜しく張揚に宜しからず。詩に曰く:機密の謀略は軽易に説出する莫れ、謹んで自身を守り静立して待て。一旦風雨驟起すれば、功業便ち天を驚かし地を動かす可し。 巳加巳:憂と喜と并せ見え、两件事同時に立ち起こる。詩に曰く:疑慮の中に煩労を生じ、風無きに波涛を起こす。南方に向かいて利益を求めれば得べし、東北方に往かば逃脱し難し。(巳は東南に在り、午未は南に属し、丑寅は東北に属す。) 午加午:三伝に入らず(伏吟本課は午位自刑して伝を成さざれば、ゆえに課無し)。 未加未:是れ「暗陳」の象、遠望して消息を待つ。詩に曰く:家里人は疑慮するを要せず、一隊の車馬糧草充足せり。すでに東風の便を借り得たれば、疾く鞭を揚げ馬を策して前行せよ。

申加申 酉加酉,重金。媚婦災後。詩曰:吉將又無喜,凶神臨更凶。金風門牆蟄,人事止難通。 戌加戌 亥加亥,重陰。事復歸根。詩曰:吉將天休命,凶神凶暗生。陰動主憂患,老皆卻通亨。 右十二支,惟子午戌不立課傳,故無詩斷。其解九支用大意皆以動靜不出於域中,遠謀多是親近,朕將萌,謀計不定,不出一堂而見千萬里,雖在異方遐域之遠,自相孚於措晝指顧之間。但防窒塞不伸,下情壅塞不明,吉凶之應須以天官言之。

申加申(底本この条に断語無し)。 酉加酉:是れ「重金」の象、婦人を媚悦して災はその後に在り。詩に曰く:吉将を乗るも喜事無く、凶神位に臨めば尚更凶なり。秋風粛殺し、門牆の内に蟄伏して出でず、人事ここに至りて停滞し通じ難し。 戌加戌(底本この条に断語無し)。 亥加亥:是れ「重陰」の象、事はまた根本に回帰す。詩に曰く:吉将を乗れば則ち上天は美命を賜い、凶神に逢えば則ち凶険は暗処より生出す。陰気一たび動けば憂患有るを主り、年老の人は反って通達亨順す。 以上の十二支、ただ子・午・戌の三支のみ課伝を立てず、ゆえに詩断無し。其余の九支の解説、大意は皆:動くも好し静も好し、皆本地を出でず、謀劃は再び遠きを得るも其実皆身辺に在り。事機は将に萌動せんとし、謀算は却って定まり得ず。一間の堂屋を出でずといえども、却って千万里の外を照見し得、縦令異地遠方に在るも、能く挙手の間に彼此相合す。ただ閉塞不通・下情壅蔽して明ならざるを提防すれば便ち是れなり。吉凶の如何に応験するに至りては、仍りて須らく乗る所の天官(天将)に按じて言うべし。

十、反吟課(またの名を無依課;附す孤单課・革羈課)

反吟課 歌曰:反吟沖擊勢,坎戶入離宮。剛日陽為用,如無陰日通。反吟有不克,柔日以辰沖。沖處為初傳,臨神卻在中。雖然看日上,所見乃為終。此是課中法,學人莫亂攻。 詩曰:反吟有克為初生,理在先沖而後刑,次傳若在自刑者,須求破法是原因。

反吟課。歌訣に曰く:反吟の象は彼此衝撃の形勢なり、坎位の門戸は離位の宮に跑入す(天盤諸神各々对冲の宮に加わる、如く子は午に加わり・卯は酉に加わる)。克有る時は陽日は陽神を取りて発用と為す。もし取る可き無ければ、陰日はこれに照らして変通す。反吟もし全く相克無ければ、陰日は便ち日支の冲位を取る:冲得の神を以て初伝と為し、その臨む所の神を中伝と作す。再び日干上神を看、見る所のあの一位便ち末伝なり。これは本課の三伝を立つる法度にして、学者は胡乱に推求する勿れ。 詩に曰く:反吟課もし克有れば、便ち克有るの処を以て初伝を生出し、その理はまず冲を取り後に刑を取る。中伝もし正に自刑の支なれば、必ず「破」法に改めて求むる要し、これすなわち緣由なり。

又詩曰:反吟課傳有相剋,比與涉害為用初。次傳還與初神並,末傳卻來初上居。來去相沖初共末,此理靈通定不虛。假令辛亥是反吟,太乙加亥用初傳。沖看登明為次將,末傳反沖太乙宮。六己丁亥照巳卯,辰刑沖末作三傳。辰破丑兮午破卯,亥破寅兮酉破子。惟有無克六個神,丑未配於丁巳辛。辛巳辛丑與丁丑,取用刑沖為課首。甲辰未反吟名丁未,己未八專取。

また詩に曰く:反吟課の三伝もし相克有れば、仍りて比用・渉害の法に照らして初伝を取る。中伝は便ち初伝の神と并せ臨みて取り、末伝はまた初伝の上に回帰す。初伝と末伝と彼此往来相冲す、この道理は霊験にして虚ならず。譬へば辛亥日に反吟を成し、「太乙」(巳)が亥上に加われば、便ち巳を取りて初伝と作す。再びその冲神「登明」(亥)を看て中伝と作す。末伝はまた反って太乙の在る所の宮を冲す。六己日・丁亥日は則ち巳・卯の位を参照し、辰の刑冲を用いて三伝を定む。「破」の配法に至りては:辰は丑を破り・午は卯を破り・亥は寅を破り・酉は子を破る。ただ六個の克無き神のみ別に安排を須う:丑・未の両支は丁・巳・辛の日の上に配す。辛巳・辛丑と丁丑の三日は、刑冲の神を取りて課首と作す。甲辰・甲戌等の日の反吟は別に名目有り、丁未・己未の両日は則ち干支同位に因りて八専に帰入して取る。

孔明曰:反吟之體,天地各易其位,陰陽反易其方,南北互交,東西反背,水火相射,金木交併,十二神各安其所,晝是刑沖剋賊之地,此時天地神明尚避其反覆,況於人乎?當其反常變動之際,雖列於動,然反而吟,是反而不安者,況彼此相反,則性情不合,安得久於反而不移乎?

諸葛孔明曰く:反吟のこの一課躰、天盤と地盤と各々位置を換え、陰陽互いに方向を換え、南北交錯し・東西南北背反し、水火相射り・金木交并す。十二神は各々その位に安んずといえども、処る所は全て刑冲克贼の地なり。この時天地神明ですらなおこの一番の反覆を躲れ避けんとす、況んや人をや。正に反常変動の際に当たり、列して「動」の一辺に在るといえども、却って反りて呻吟す——反れども安寧を得ず。況んや彼此相反し、性情自然に合わず、哪能く長く反の状態に停まりて再び移易せざらんや。

且陰陽遞至七變而上,變動則必運動,極則必靜,反極則必復,逆極則必順,此自然之理也。故動中有靜之極,否極有反泰之時,振者必蟄,屈者必伸,周而復始,睽而復合,反而更往,欲動不動,疑而不決,事從內起,臣慢其君,子逆其父,夫妻反情,朋友失信。凡動無德,何以依倚?故名曰無依課,惟當反動息靜也。

況んや陰陽の遞変は第七位に到れば便ち転折す(《周易・復卦》の「七日にして来復す」の如く)、変動は到れば必然に運行し、運行は極処に到れば必然に静に帰り、反は極処に反れば必然に復帰し、逆は極処に到れば必然に順に転ず——これは自然の理なり。ゆえに動の中に静の極を含み、否極点に到れば便ち泰に転ずるの時有り。奮起のは終に蟄藏し、屈曲のは終に伸展す。周して復た始まり、睽違して後に重合し、反り過ぎてまた再び回り往く。この課は因りて動かんと欲して動く能わず・疑慮不決・事は内部より生起するを主る:臣下は君主を怠慢し、兒子は父に忤逆し、夫妻は反目し、朋友は信を失う。凡そ挙動皆憑む可き徳無し、また何を以てか依靠せんや。ゆえにまたの名を「無依課」という。これに遇上せばただ応に反りて動を止め静に帰すべし。

柔日非一事,雖有二事,亦隨成隨格。若是子午乘蛇,官病災凶。卯酉乘合,人離財散。寅申乘龍,隔角有禍。巳亥乘白以下脫漏數字。辰戌名動凶,不論空亡。丑未不吉,惟癸日期約不爽。又卯酉上發用,主門戶動搖。若值四下克上,名曰孤單課,主幼無父,獨立無依,妻殺夫,奴叛主。若四上克下,名曰革羈課,夫無妻妾,亦少兒孫,輔從乖離,獨夫無情,若遇吉將,事尚可為。

陰日の主る所は一件事に止まらず、縦令两件有るも、また随い成り随い阻むなり。もし子・午が発用して螣蛇を乗れば、官非・疾病と灾凶を主る。卯・酉が発用して六合を乗れば、人離れ財散ずを主る。寅・申が発用して青龍を乗れば、隔角して相望みて禍有るを主る。巳・亥が発用して白虎を乗れば——ここ底本に脱文有り、原書已に「以下脱漏数字」と注明し、臆して補うを敢てせず。辰・戌が発用すれば「動凶」と言い、旬空を連ぬるも救う能わず。丑・未が発用するも亦吉ならず、ただ癸日の約する所の期限のみ落空せず。また凡そ卯・酉の上に発用するは、門戸の動揺を主る。もし四課全て下神の上神を克するなれば、「孤单課」と言い、幼年に父を喪い・独立して依拠無きを主り、妻子は丈夫を謀害し・奴僕は主人に背叛す。もし四課全て上神の下神を克するなれば、「革羈課」と言い、男子に妻妾無く・児孫少なきを主り、輔佐随従の人は乖違離散し、无情の独夫と成る。もし能く吉将に遇上せば、事はなお為す可き有り。

反吟者,天盤諸神各加於對沖之宮是也。如神后加於午宮,卯太沖加於酉宮之類,三傳以有克賊者為用,克賊多者依比用例取動,俱比俱不比者依涉害例取動,課名曰反吟,其中末傳以先沖後刑取之。若無相剋賊,柔日以辰沖處作初傳,中傳歸辰,末傳歸日。若中傳是自刑,則以中傳破處作末傳矣。

いわゆる反吟とは、すなわち天盤十二神各々自己と相冲する宮位の上に加わるなり。たとえば「神后」(子)は午宮に加わり、「太冲」(卯)は酉宮に加わり、其余は類推す。三伝を取る時は、克有り贼有る一処を以て発用と為す。克贼一処より多きは、比用の例に照らして取る。皆相比するあるいは皆相比せざるは、渉害の例に照らして取る。かく定め出す課の名は反吟と言い、その中伝末伝は「先冲後刑」の次序に按じて取る。もし四課全く相克相贼無ければ、陰日は便ち日支の冲位を取りて初伝と作し、中伝は日支上神に帰し、末伝は日干上神に帰す。もし中伝が恰も自刑の支なれば、便ち中伝の「破」位を改め取りて末伝と作す。

斷詩曰:反吟事反處,百為皆有妨。征途多阻遏,寇盜暗中攻。課凶遭盜賊,遠去路難通。父子不和睦,婚姻無始終。三傳如有救,莫過是青龍。 又曰:無依是反吟,逃走遠追尋。合者將應散,安居別改鄰。官守須易位,輔弼多殊心。臣子俱懷背,夫妻有外心。所為多反覆,占病百般侵。己未連丁未,復是兩般吟。臣萌背君意,子起怨父心。無端須絕後,有罪自相侵。更若逢凶將,虎蛇禍尤深。

断詩に曰く:反吟課は事事皆反りて来り、百般の作為皆妨患有り。遠行の路は阻遏多く、盗寇は暗中に進攻す。課躰凶なれば則ち盗賊に遭い、遠門に出づれば則ち道路通じ難し。父子の間は和睦せず、婚姻は始有りて終無し。三伝の中にもし解救の神有れば、青龍より好きは莫し。 また曰く:無依課はすなわち反吟なり、逃亡を占えば則ち遠処に到りて追尋する要し。聚合のは将に離散せんとし、安居のは将に隣里を改換せんとす。官を為すは須らく職位を調換すべく、輔佐の人は多く異心を存す。臣子皆背離の意を懐き、夫妻各々外心有り。為す所作す所多く反覆し、病を占えば則ち百般身に纏う。己未と丁未の両日相連なり、また是れ別の一种の吟象なり(干支同位、兼ねて八専に帰す)。臣下は君に背くの意を萌生し、兒子は父を怨むの心を生出す。端無くして絶嗣の憂有らん、罪有る人は自相侵害す。もしさらに凶将に逢えば、白虎・螣蛇の帯び来る所の禍は便ちさらに深し。

邵子曰:反吟之課,陽日無所依,陰日無所親,禍生於外,殃及其身,其凶甚矣。占事陽日動擾不安,反覆進退;陰日遲滯猶豫,不明迷亂,驚憂。若得旺相氣,亦有吉者。若是休廢加以凶將,則受敵者必遇其仇對。凡君臣父子夫婦兄弟朋友並不宜占,必有離異、逃亡、背叛、遷移、失意、剝落等事。或二三其德,反覆不定,馳逐不寧。

邵康節曰く:反吟課、陽日は依托する所無く、陰日は親附する所無し。禍は外面より生出して身に殃及す、その凶険は甚だ重し。事を占うに陽日に在れば、則ち騷動安からず・反覆進退す。陰日に在れば、則ち遅滞猶豫し・昏昧迷乱して驚憂す。倘若課神が旺相の気を得れば、吉に転ずる有り。もし休廃無気にしてまた凶将を加えれば、あれなれば攻め受くるの一方は必ずその対頭に碰上せん。凡そ君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友のこれらの関係は皆この課を占い得るに宜しからず、必ず離異・逃亡・背叛・遷移・失意・剥落の一类の事有らん、あるいは三心二意・反覆不定・奔走不寧なり。

劉氏曰:反者,反覆;吟者,嘆息。無依則難以立身,是無輔助,無可倚靠者。此因坎離相錯,喜怒不常,金木交差,是非並亂,雖有謹靜之君子,亦有是非、動作不寧之意。經曰:反吟占事休言定,往復雙雙二事因。

劉伯温曰く:「反」は反覆、「吟」は嘆息なり。無依なれば便ち立身し難く、指して言う所は既に輔助する人無く・また倚靠す可き無し。これは坎水と離火と交錯換位し・喜怒常無く、金と木と交叉相犯し・是非并せ起こるに因る。縦令謹慎安靜の君子たりとも、遇上すれば是非身に纏い・挙動不寧の意味有らん。《経》に曰く:「反吟課の事を占うに説き定むる勿れ、来往は総じて成双成対の两件事が因由を作す。」

反吟課・分類占断

占身命 主身心不定,移東徙西,沉吟不決,心性無常,賊上凌下,邪而不正者,有殘疾,否則心腎交攻。又主刑傷,六親孤獨無倚。得旺長生長逢吉將生身命行年者,先凶後吉。 占家 主宜修改,不然人口不寧。牧畜不旺,或南北易向,反照三廳,不可居住。 占墳墓 主山水反背,傷丁破財,亡魂不安,出奴人反背。

身命を占う:身心定まらざるを主り、東に遷り西に徙り、沈吟して決せず、心性常無し。下位は上位を贼害し・上位は下位を凌迫し、行事邪僻正しからざる人は多く残疾有り、否ずればまた心腎両虚・水火交攻なり。また一生に刑伤多く、六親孤独にして依靠する所無きを主る。もし課神が旺気・長生を得、また吉将に逢いて本命と行年とを生扶せば、則ちまず凶して後に吉なり。 家宅を占う:住宅は応に修葺改造すべきを主り、否ずれば家中の人口寧ならず、牲畜旺ならず。あるいは南北の朝向を掉転して回らすを要す。もし「反照三庁」(屋宇彼此背照する)の勢を成せば、便ち居住す可からず。 墳墓を占う:山形水勢反背して情無きを主り、人丁を傷損し・銭財を破耗し、亡魂安からず、家中に主に叛き恩に背く奴僕を出す。

占症病 主吐逆反覆不寧,外感內傷,加虎蛇死氣,主死亡,久病者死。 占逃亡 主遠去,但久亦反歸,或與同逃者攻擊終被獲。 占詞訟 主二三衙門,反覆難結,事多不順,問多枉斷,終失和氣。 占行人 主關梁阻滯,久出者回家,其人多動,不安其居,路中恐有疾、盜賊之擾。

病症を占う:嘔吐反胃・反覆不安を主り、外に風寒感冒有り・内に臓腑損傷有り。もしさらに白虎・螣蛇と死気とを加えれば、則ち死亡を主り、久病の人は必ず死す。 逃亡を占う:逃るること甚だ遠きを主るも、時間一たび久しければやはり折り返す。あるいは同逃の人と互相に攻訐し、終に捉獲せらる。 詞訟を占う:両三処の衙門を経過するを要するを主り、反覆して了結し難く、事は多く順遂せず、案を問えば多く冤枉の判決有り、最終に和気を傷る。 行人を占う:関隘道路の阻滞を主る。出門久しき人は反って家に回らんとす。この人は動を好みて居所に安んぜず、路上恐らく疾病と盗賊の騷擾有らん。

占出門 忌遠行,有阻滯,或去而復返,防惡人盜賊謀害,童僕欺詐背叛,若近出即回者無妨。 占婚姻 主反覆遲疑,不成。因欺詐不實,亦主妻孤克,性氣反常,異日亦有背離,亦多無子。 占生產 主胎不安,或難產反逆之凶。若當臨盆易產,以沖擊故也。但子母多刑,宜別養,否則子母不全。 占功名 主失意不遂,經旨反背,主司不悅,居官失職,君臣不和。 占行兵 主不可,去之則受困遭敗。 九宗門總要起例詳法終

出門を占う:遠行を忌み、路上に阻滞有り、あるいは去りてまた返回す。須らく悪人盗賊の謀害を防ぎ、また僮僕の欺詐背叛を防ぐべし。もしただ近処に出でて随すなわち回るのみならば、則ち妨げ無し。 婚姻を占う:反覆遅疑して談成らざるを主り、起因は欺瞞不実の処有るなり。また妻子の孤克・性情乖張反常を主り、日後にもまた背離し、且つ多半子無し。 生産を占う:胎気安からざるを主り、あるいは難産・胎位倒逆の凶有り。ただしもし正に臨盆に当たれば、反って生まれ易し——反吟は本より衝撃の力有るに因る。ただ母子の間多く刑克し、宜しく別に他人に托して撫養すべし、否ずれば母子両全し難し。 功名を占う:失意不遂を主り、対する所の経義は題旨と相背し、主考官は喜ばず。已に官を為すは則ち職位を失い、君臣不和なり。 行兵を占う:出兵す可からずと断じ、去れば必ず困を受けて敗に遭う。 九宗門の取用総要と起例詳法とは、ここに至りて結束す。

《天禄秘典大六壬霊覺經神課》卷之二・目録

天祿秘典大六壬靈覺經神課卷之二 連茹 夾定 不夾 虛一 不住 朝日 朝支 相朝 間傳 懸胎 三合 曲直 炎上 從革 潤下 稼穡 德刑 井欄 富貴 官爵 鑄印 斫輪 三奇 六儀 龍德 四順 三光 三陽 天恩

《天禄秘典大六壬霊覺經神課》卷之二目録。収むる所の課格は依次に:連茹・夾定・不夾・虚一・不住・朝日・朝支・相朝・間伝・懸胎・三合・曲直・炎上・従革・潤下・稼穡・徳刑・井欄・富貴・官爵・鋳印・斫輪・三奇・六儀・龍徳・四順・三光・三陽・天恩。卷一が講ずる所は四課より発用を挑む九宗門の取用法にして、「課躰」に属す。卷二が講ずる所は則ち三伝排定の後に結成する所の各种「格局」——あるいは三伝首尾と日辰との関係に按じて名を立て(夾定・朝日・朝支の如し)、あるいは三伝五行会局に按じて名を立て(三合・曲直・炎上・従革・潤下・稼穡の如し)、あるいは乗る所の神煞に按じて名を立つ(三奇・六儀・龍徳・天恩の如し)、各々専門の吉凶断法有り。

巻二・一、連茹課(またの名を連珠課)

天祿秘典大六壬靈覺經神課卷之二 連茹課 事緒千萬端,凶則災不已,吉則數重觀,三傳同一處,事遂不艱難。 歌曰:三位相連作三傳,占者須知進退間。進行千里卻迴環,退而不久即須遷。

《天禄秘典大六壬霊覺經神課》卷之二。連茹課:事の頭緒は千頭万緒にして、凶なれば則ち災禍接連して断えず、吉なれば則ち喜慶重重として観る可し。三伝同じく一処に聚まれば、事を弁ずるに艱難ならず。 歌訣に曰く:三個の相連なる地支を排して三伝と為せば、占者は必ずそれが「進」か「退」かを分清する要し。進に属するは、千里を走出でてなお繞回して来たる。退に属するは、久しからずして便ち遷移するを得。

凡用神傳在一方相連作中末傳也,為連茹課,亦曰連珠課。如三傳寅卯辰之類也,乃初中末合為孟仲季之神,有始有終,一點不雜,相連無缺也。若非孟仲季或隔角而作三傳,如辰巳午或子丑寅之類,即非真連茹也。 孔明曰:“陽方動而出,陰方靜而入。相離未遠,與日相連。故曰連茹,茹者眾也。《易》言“拔茅連茹”,言其相牽引也。”

凡そ発用の神と中伝・末伝と同一方位の上に首尾相連なるは、すなわち連茹課にして、また連珠課とも言う。たとえば三伝が寅・卯・辰と作るの類:初伝寅は孟(四長生位)、中伝卯は仲(四正位)、末伝辰は季(四墓庫位)にして、始有り終有り、一点も雑らず、相連なりて缺口無し。倘若三伝が孟・仲・季各々其一を占めて排し下るに按せず、あるいは中間に隔角跳位あれば、辰巳午・子丑寅の類の如く、あれなれば真の連茹に非ず。 諸葛孔明曰く:「陽気正に動きて外出し、陰気正に静にして内入し、両者相離るること遠からず、また日干と相連なれば、ゆえに連茹と言う。『茹』は衆多の義なり。《周易・泰卦》初九に『茅を拔くに茹たり、その彙を以てす』と曰うは、講ずる所は正に一根の茅草を拔き起こして一叢を牽連し出だす、彼此牽引の象なり。」

總斷 吉事占得此課,若連珠之可愛,凶事如連茹之可惡,統復卦之體,為山外重山之課也。象曰:“陰陽拱夾,奇偶有主,凶則重凶,吉當累累,孕必連胎,士獲舉舉,時旱多晴,天陰雨久。”

総断:吉事にこの課を占い得れば、一串の連珠の如く愛す可し。凶事にこの課を占い得れば、一串の連根の茅草の如く悪む可し。それは《周易・復卦》の躰に統属し、「山外に山を重ぬ」の課象なり。象辞に曰く:「陰陽互相に拱夾し、奇数偶数各々主る所有り。凶なれば則ち重重畳畳に凶し、吉なれば則ち接連不断に吉なり。胎孕を占えば必ず連ねて懐胎し、士人の挙に応ずれば必ず能く接連して中式せん。天旱の時に占えば則ち晴多く、天陰の時に占えば則ち久雨なり。」

若三傳得亥子丑為日月星,奇全者為三奇連珠格,主萬事和合,更乘吉將,事事尤吉,則應復卦六五爻曰:“敦復,無悔。”之數也。大抵此課主久靜初動,戀舊憐新,繼續遷延,首尾膠葛。順進則新,事連舊事,逆退則故,事連新事。

もし三伝が亥・子・丑を得、日・月・星の三光に配し、三奇斉全せば、便ち「三奇連珠格」と言い、万事和合を主る。さらに吉将を乗れば、則ち事事格外に吉利にして、正に《周易・復卦》六五爻辞の「敦復、悔无し」に応ず——篤実に正道に回帰して悔恨無し。大体に言えば、この課は久静にして初動・既に旧を眷恋しまた新を怜愛し・接連拖延し・首尾糾纏するを主る。順いて往きて進めば、新事の旧事を牽連す。逆らいて後に退けば、旧事の新事を牽連す。

進退雲者,如亥子丑是進而順,名曰進連茹;如亥戌酉之類是退而逆,名曰退連茹。值進連茹,又逢貴人順治,宜進前勇往謀為,主事事順遂。值退連茹,又逢貴人逆治,宜退後,凡事不順,遲滯阻節,不論進退二課,凡事雖散,或二三年,或二三月,若初傳是年支,中傳是月支,末傳是日支,順布者,主事速至。若先小後大,則事主至遲矣。

いわゆる進退:たとえば三伝が亥・子・丑と作るは、地支次序に順いて前に往くにして、「進連茹」と言う。たとえば亥・戌・酉の類と作るは、次序に逆らいて後に往くにして、「退連茹」と言う。進連茹を占い得てまた貴人の順行布将に逢えば、便ち応に勇往直前して謀劃すべく、事事順遂を主る。退連茹を占い得てまた貴人の逆行布将に逢えば、便ち応に退後すべく、凡事順わず、遅滞して阻むを受く。進退のいずれを論ぜず、事は散ずるといえども、あるいは両三年拖り、あるいは両三月拖る。もし初伝が太歳の支・中伝が月建の支・末伝が日辰の支にして、大より小に按じて順次排布するは、事の甚だ速く来るを主る。反ってまず小して後に大(初伝日支・中伝月支・末伝年支)なれば、則ち応期便ち遲し。

邵子曰:“若三傳空亡,連茹而至者,宜退步避虛詐也。如壬子日干上子,三傳寅卯辰,皆是空亡,是欲進而逢空陷,則不可連進矣。宜抽身退步,來就支上子與丑合,互有所像,庶使壬水不被寅卯辰木所脫,可以全身遠害。但不利占他人之事如丁丑日干上申,癸丑日干上寅是也。

邵康節曰く:「もし三伝接連して来たるも皆旬空に落ちれば、便ち応に退步して虚詐を避くべし。たとえば壬子日の日干上神は子にして、三伝は寅・卯・辰と作りて全て空亡に属す、これは進まんと欲して空陷に撞上するにして、あれなれば一連して進み下る可からず。応に身を抽き退步し、日支上の子に回帰し、丑と相合して、彼此照応有り、好く壬水をして寅卯辰のこの一路の木気に泄尽せられざらしめて、乃ち身を全くし害を遠ざくる可し。ただこうなれば、他人の事を占うに利あらず——譬へば丁丑日の日干上神は申・癸丑日の日干上神は寅は、皆この一类に属す。

又有退連茹而逢空亡者,既欲退而俱空,則不可連退矣。宜因進而退可也。如戊申日干上辰,三傳卯寅丑,皆作日之鬼,幸值鬼空,是可脫災,不宜守舊,宜前進謀為,不宜求官,以官爻空也。又丙午日干上辰,三傳卯寅丑,雖三傳作日之父母生身,但三傳空亡,不利父母。又曰若得進中退者,事雖遲滯,亦得終吉。” 又曰:進而逢空,宜退步,可以全身遠害;退而逢空,宜進步,可以消災避禍。順連茹逢空,名曰谷傳空亡,退吉而進不宜;逆連茹俱空,名曰腳踏空亡,進宜而退不可。

また退連茹にして空亡に逢う有り:既に退かんと欲し、退路はまた全て空なれば、あれなれば一連して退き下る可からず、応に進の姿態を借りて以て退を完成すべし。たとえば戊申日の日干上神は辰にして、三伝は卯・寅・丑と作り、全て日干の官鬼なり、幸いに鬼爻は落空して、反って灾を脱す可し。この時守旧に宜しからず、前に向かいて謀劃に宜しく、ただ官を求むるに宜しからず、官爻空なればなり。また丙午日の日干上神は辰にして、三伝は卯・寅・丑と作るが如し、三伝は皆日干の父母爻にして自身を生扶し得といえども、三伝空亡にして父母に利あらず。また曰く:もし『進中に退有り』の局を得れば、事は遅滞するといえども、終に能く吉ならん。」 また曰く:進みて空に逢えば、退步に宜しく、以て自身を保全し・禍害を遠ざくる可し。退きて空に逢えば、進歩に宜しく、以て灾を消し禍を避くる可し。順連茹が空に遇うは、「谷伝空亡」と言い、退けば則ち吉にして進めば宜しからず。逆連茹が全て空なるは、「脚踏空亡」と言い、進めば則ち宜しく退けば可ならず。

連茹課・分類占断

占身命 得進連茹吉課,主有進取,不安小成,或受祖蔭三代富貴,見事成群,子孫濟濟,有連好數。連值空亡,則福氣不全,值進茹凶深,主狂圖妄進,以招禍患;值退茹則宜退遁,同高人避世,事業不振,只宜守舊,以衰旺及生克吉凶天將言之。

身命を占う:進連茹のかくの如き吉課を得れば、この人に進取心有りて小成に安んずるを肯んぜざるを主る。あるいは祖上の余蔭を承受して三代富貴し、事に遇えば総じて群を成し伙を結び、子孫衆多にして、接連して好运数有り。もし連ねて空亡に落ち入れば、福気は便ち完全ならず。もし進連茹にして課躰凶重なれば、則ち狂妄の図謀・冒進して禍を招くを主る。もし退連茹を得れば、便ち退隠に宜しく、高人と同じく世を避く。事業振るわず、ただ守旧に宜し。具体は仍りて課神の衰旺・生克および乗る所の天将の吉凶に按じて言う要し。

占功名 主取進,值進茹旺相作官印者,加以祿馬,有連捷;或得上人引援,同心合德之明,遞相吹噓引援,一路功名到老。切忌逢空值退茹,又是兄弟脫氣,休囚墓,無官者無意功名,有職者退失歸家,亦以天將言之。

功名を占う:進取す可きを主る。もし進連茹を得て課神旺相にして、また官星印綬を作し、さらに禄神駅馬を加えれば、則ち接連中式の喜有り。あるいは能く上位者の引薦を得、彼此同心合徳し、互相に吹噓提携し、一路の功名直に老に至る。尤も旬空に逢いまた退連茹に値り、兼ねて三伝が兄弟爻を作して気を泄し・休囚して墓に入るを忌む:功名無き人は便ち功名に意無く、已に職位有る人は則ち退職失位し・罷め帰りて郷に還る。同じく乗る所の天将に按じて断ずる要し。

占求財 進茹逢青龍財爻,宜進取,得二三起財,或事干眾人之財。經曰:“拔茅連茹,何妨類聚?”以求聚言宜結交同夥,相幫求財,亦二三處求,俱有所得,雖主遲滯,若發用與日辰德合、三合,卻有決遂之事。若退茹又無財爻者,惟守常免耗。

求財を占う:進連茹にして青龍と財爻とに逢えば、進取に宜しく、能く両三筆の財を得、あるいは弁ずる所は衆人の合伙の財なり。《経》に曰く:「茅を拔きて茹に連なる、何ぞ類聚を妨げんや。」求財聚衆に就きて言えば、同伙を結交し・互相に幇襯して往きて財を求むるに宜しく、また両三処同時に往きて求むる可く、皆得る所有らん。主として拖延遅滞を主るといえども、もし発用が日干・日支と天徳相合あるいは三合を成せば、反って果断成就の事有らん。もし退連茹にしてまた財爻無ければ、あれなればただ常を守りて日を度り、耗損を免るるのみ有り。

占訟 忌進茹,事干眾人,蔓延久滯,經二三衙門,事經縣府道二院,以天將言其吉凶。喜退茹,若是進茹又是貴人逆治,主官事解而後結,更日鬼動,雖遇鑰神,亦難解脫。 占疾病 忌進茹,淹延,二三症相纏,更作死神者,不出二時必死,喜退上好。

詞訟を占う:進連茹を忌む、案が衆人に牽連し・蔓延して日久しく滞留し、両三処の衙門を経過し、甚だしくは県より府に至りさらに道・院の両級に至るを要するに因る。吉凶は仍りて乗る所の天将に按じて言う。この占は退連茹を喜ぶ。もし既に進連茹にして・貴人また逆行布将すれば、官司まず解散して後にまた結び起こるを主る。もしさらに日干の官鬼の発動を加えれば、縦令能く鎖を開き厄を解く神に遇うとも、脱する身を得難し。 疾病を占う:進連茹を忌み、病情纏綿し・両三種の症候が相互に糾纏するを主る。もしさらに死神を作せば、両個の時辰を出でずして必ず死す。この占は退連茹を喜び、退けば則ち転好す。

占逃亡 主逃者不止一人,或有男女同走,或有人誘。值進茹隔角,越省而走,然終敗露被捉,更日辰夾定三傳,難逃久遠,走亦終難脫。值退茹逢空,進退猶豫,隱伏於親故,不敢進前,終被捉獲。 李氏曰:“連茹課,凡事難散,進茹病至淹延,官事解而復結,更日鬼發用,雖遇鑰神,亦為不善。若得進中退者,雖遲滯而得終吉。若與日辰三合六合,又初傳是日之財,主和合,雖進茹遲滯,卻有決成之象。”

逃亡を占う:逃走するは一人に止まらざるを主り、あるいは男女结伴して同逃し、あるいは人に引誘せられて走れるなり。もし進連茹に値りてまた隔角を帯びれば、則ち本省を越出して逃走すといえども、終竟敗露して捉えらる。もし日干・日支が三伝を當中に夾めば、尚更遠く逃るる能わず、走るも終に脱する身を得難し。もし退連茹に値りてまた旬空に逢えば、則ち進退猶豫し、親友故旧の家に藏れて敢て前に往かず、最後に仍りて捉獲せらる。 李氏曰く:「連茹課は凡事皆了散し難し:進連茹なれば則ち病情纏綿し、官司は解けてまた結ぶ。もしさらに日干の官鬼の発用を加えれば、縦令解厄の神に遇うとも、好しと算すに足らず。もし『進中に退有り』の局を得れば、遅滞すといえども終に吉に帰す。もし三伝が日干・日支と三合・六合を成し、而も初伝また日干の財爻なれば、則ち和合を主る。進連茹にして遅滞すといえども、却って果断成事の象有り。」

連茹十六課例(順連茹八課・逆連茹八課)

若連茹課六十日共有十六例,附錄於後。 順連茹八課 子加丑 子丑加進,謀事不捷。詩曰:目下事須勝,前程在塞中,疾病腹痛喘,舉事卻亨通。 丑加寅 丑寅交戰,文事來獻。詩曰:薦舉注人利,益下卻方與。欲行疑有阻,災否不傷身。 卯加辰 卯辰二將,謀事爭起。詩曰:謀為須順滯,音信出關來。將相多憂患,目下必傷財。

連茹課は六十日の中に共に十六個の例有り、附録して後にす。まず順連茹八課を列す。 子加丑:子丑相接して前に向かいて推進するも、事を謀れば速成し得ず。詩に曰く:眼下の事は必ず能く勝を取らん、前程はなお関塞の中に堵えあり。疾病は腹痛気喘に見え、事を弁ずれば反って亨通す。 丑加寅:丑と寅と交戦し、文書の事は人の送り来たる有り。詩に曰く:薦挙の事は挙げらるる人に利有り、下に恵を施して乃ち与うるを談ず。身を動かさんと欲して疑うに阻有り、灾と否と皆身を傷る能わず。 卯加辰:卯辰両神并立し、事を謀れば争い起こり興る。詩に曰く:謀劃は勢いに順いて緩行する要し、音信は関外より伝わり来たらん。将相の人は多く憂患有り、眼下必ず財を破らん。

巳加午 巳午重光,須正化綱。詩曰:攪過小成大,外傷內有杈。行移須動卜,虛譽詢朝端。 午加未 午未進合,來往小捷。詩曰:動靜過杈期,災吉禍來時。新事何矜喜,舊事恐重傷。 未加申 未申迷發,未喜凶發。詩曰:雁陣入鵬鄉,陰謀起禍殃。尊前芳景好,曬衣入秋涼。

巳加午:巳午皆火に属し、是れ「重光」の象、須らく教化綱紀を端正すべし。詩に曰く:攪動の後小事は大事と変じ、外面傷を受けて裏面にも枝節有り。遷動せんと要せば便ちまず占い卜する要し、虚浮の名誉は朝廷の上に到りて査問する要し。 午加未:午未相進み相合し、往来の間に小小の順利有り。詩に曰く:動と静と皆枝節応験の時期を錯過し、灾と吉とは正に禍事来臨の時なり。新事に何の誇耀歓喜するに値するや、旧事は却って再び損傷を受けんことを恐る。 未加申:未申の交昏迷して明ならず、歓喜未だ至らずして凶はまず発す。詩に曰く:雁陣は大鵬の郷に飛入し、陰謀は禍殃を引起す。尊長の面前風景は好しといえども、衣を曬るの時已に秋涼に入る。

申加酉 申酉暗煞,交殃橫禍。詩曰:成外有乖災,須防人不仁。有謀成遠去,遷逃事兩完。 戌加亥 戌亥不安,動撓靜安。詩曰:天德水生造,君臣出離朝。世事雜披後,春風曉發枝。 逆連茹八課 丑加子 避合求望小捷。詩曰:志大謀移外,文書仰信行。人心金喜合,所向頗欣榮。 寅加丑 丑寅相戰。詩曰:順謀反逆應,有變卻妨財。逸未獨難喜,誰能免後災?

申加酉:申酉皆金に属し、暗に殺気を藏め、交々に横禍を帯び来たる。詩に曰く:事成るの外に別に乖違の灾有り、須らく人心の不仁を防ぐべし。謀劃有れば便ち能く遠く走り高く飛び、遷移と逃避の两件事皆了結し得べし。 戌加亥:戌亥の間安寧を得ず、動けば則ち擾を受け・静なれば則ち安を得。詩に曰く:天徳と水気と相生して造作する所有るも、君臣は却って朝を離れて去らん。世事紛雑披靡の後、春風一夜また枝頭を吹発す。 以下逆連茹八課を列す。 丑加子:合神を避けて往きて求望すれば、小小の順利を得べし。詩に曰く:志向遠大にして謀劃は外に向かい、文書の事は信義に仰仗して行う。人心は金石の如く歓喜相合し、向う所の処頗る欣栄なり。 寅加丑:丑と寅と相戦す。詩に曰く:順いて謀劃するも逆反の応験を得、一たび変故有れば便ち銭財を妨げる。安逸なお欢喜と称し難し、誰か日後の灾殃を免れ得んや。

辰加卯 辰卯相害凶撓。詩曰:事撓財帛災,凶吉在目前。莫患當春否,遇事且心堅。 午加巳 午巳繼體,陽極陰極。詩曰:炎炎當世連。災過自亨通。刑德二途事,群情不意同。 未加午 未午旺合,繼明獻納。詩曰:孕男並盛喜,謀事曷遲疑?莫彼失機會,難於見後時。

辰加卯:辰卯相害し、凶事紛擾す。詩に曰く:事は擾を受けて銭財灾に遭い、凶と吉と皆眼前に在り。当春時節の閉塞を愁うる莫れ、事に遇えばただ心を放ちて堅定せよ。 午加巳:午は巳の躰勢を承接し、陽は極処に到ればすなわち陰の極処に到るなり。詩に曰く:炎威は当世に接連不断、災禍過ぎ去れば自然に亨通す。刑と徳とは两条の路上の事、衆人の心意は必ずしも相同じからず。 未加午:未午旺気相合し、光明を承継して進献采納す。詩に曰く:懷孕して男を生むと興盛の喜と并せ至り、事を謀るに何ぞ必ずしも再び遅疑せんや。この機会を錯失する莫れ、将来便ち再び遇う難し。

申加未 申未恣義,同謀考意。詩曰:慶會同雷處,須詳疑忘風。重近新意遲,秋望落長空。 亥加戌 亥戌無親,殺害驚心。詩曰:身近奸餿地,心居好貨中。須更災害至,謀事更好妨。 右是順逆連茹八體,舊本新意,非全占國家大體之句,但時有應驗,附此成篇而已。

申加未:申未の間その義を放任し、共同に謀劃し・心意を参詳す。詩に曰く:慶典聚會は雷同一処の如く、須らく疑慮を細察し・風声に惑わさるる莫れ。重ねて親近して新意遅緩し、秋日の期望は長空に落ち入る。 亥加戌:亥戌彼此相親しまず、殺害の事は人の心を驚かす。詩に曰く:身は奸邪腐敗の地に処り、心は財を貪り貨を好むの念を存す。必定なお災害の到来有り、事を謀ればさらに妨げを防備する要し。 以上は順・逆連茹の八種課躰。これらは旧本の上に後添の新意にして、并せて全て国家大局を占う句子に非ず、ただ時に応験有るに因りて、乃ちここに附して一篇を凑成せるのみ。

增補詩斷 孟仲季三傳,尊卑位不偏。或是歲月日,累累身相逢。皆曰連茹課,事緒萬千端。凶則災不已,吉則數重欣。三傳同一處,事遂不艱難。 按:此之外必欲孟仲季之神相連方可名連茹。若非孟仲季,不順序者,或隔角,亦非連茹也。若順序而成一氣者,如寅卯辰、巳午未之類者,主事無阻滯而速遂也。又若初傳是年支,中傳是月支,末傳是日支,順布者,主事速至。若先小後大,如初傳是日支,中傳是月支,末傳是年支,則至遲矣。

増補の詩断。詩に曰く:三伝各々孟・仲・季の一位を占め、尊卑の位次偏らず倚らず。あるいは分かれて太歳・月建・日辰の支を為し、接連不断に自身と相逢す。これら皆連茹課と言い、事の頭緒は万千:凶なれば則ち災禍止まず、吉なれば則ち喜慶重重なり。三伝同じく一処に聚まれば、事を弁ずるに艱難ならず。 按語に曰く:この外、必ず孟・仲・季三位の神相連なりて乃ち連茹と言う可し。もし孟仲季各々其一を占め・次序順わず、あるいは中間に隔角跳位あれば、便ち皆連茹に非ず。もし順序相接して一気と成る、寅卯辰・巳午未の類の如きは、事の阻滞無くして速やかに成就するを主る。またもし初伝が太歳の支・中伝が月建の支・末伝が日辰の支、かくの如く大より小に由りて順布するは、事の甚だ速く来るを主る。もしまず小して後に大、すなわち初伝日支・中伝月支・末伝年支なれば、あの応期は便ち遲し。

歌曰:三位相連作三傳,占者須知進退間,進行千里卻迴環,退回不久即須遷。 經曰:順連茹,言位順行,龍潛亥子丑,陽光在下,空懷寶以迷邦;含春子丑寅,和氣積中,勿炫玉以求售;將泰丑寅卯,有聲名而未譽實惠;正和寅卯辰,展經略而果沐恩光;離漸卯辰巳,利用賓于王家;利升辰巳午,親觀光於上國;

歌訣に曰く:三個の相連の位を排して三伝と為せば、占者は必ず進と退とを分清する要し:進に属するは、千里を走出でてなお繞回して来たる。退に属するは、退回して久しからずして便ち遷走するを得。 《経》は順連茹の十二種排法に按じて逐一に名を立つ:いわゆる順連茹とは、三伝が地支次序に按じて順行するを言う。亥子丑は「龍潜」と言い、陽気はなお下面に伏し、是れ空しく宝玉を懐きて邦国を迷わしむ(語は《論語・陽貨》の「その宝を懐きてその邦を迷はす」に本づく)。子丑寅は「含春」と言い、和気は内に積蓄し、美玉を炫耀して售を求むる莫れ。丑寅卯は「将泰」と言い、声名家づといえどもなお実際の恩惠を得ず。寅卯辰は「正和」と言い、経略を施展して果して恩光を蒙る。卯辰巳は「離漸」と言い、賓客と作りて王家に効力するに宜し(語は《周易・観卦》の「王に賓たるに用て利あらん」に本づく)。辰巳午は「利升」と言い、身を親しく上国に到りて観光す。

近陽巳午未,名實相須;麗明午未申,威權獨勝;回春未申酉,若午夜殘燈;流金申酉戌,似霜橋走馬;革故從新酉戌亥,小人進而君子退;隱明就暗戌亥子,私事吉而公事凶。

巳午未は「近陽」と言い、名と実と互相に依待す。午未申は「麗明」と言い、威権は独り上風を占む。未申酉は「回春」と言い、半夜裏の一盞の残灯に比す(春意已に尽き、徒らに余光を存す)。申酉戌は「流金」と言い、霜結ぶ橋の上に馬を縦めて行くに比す。酉戌亥は「革故従新」と言い、この時小人進用して君子引退す。戌亥子は「隠明就暗」と言い、私事の上は吉利にして公事の上は凶険なり。

又曰逆連茹亥位逆推,回陽亥戌酉,心懷闇昧之私;返駕戌酉申,正行肅殺之道;出獄酉申未,主出丑離群,疏者親而親者疏;凌陰申未午,主行險僥倖,危者安而安者危;漸烯未午巳,脫凡俗而漸入高明;登庸午巳辰,舍井蛙而旋登月闕;

《経》にまた逆連茹の十二種排法を列し、亥位より逆らいて回りて推す:亥戌酉は「回陽」と言い、心裏に曖昧の私念を懐く。戌酉申は「返駕」と言い、正に粛殺の道の上に行く。酉申未は「出獄」と言い、人の醜地を脱出して群伙を離れ、疎遠のは反って親近し・親近のは反って疎遠すを主る。申未午は「凌陰」と言い、険を行い僥倖するを主り、危険のは安に転じ・安穏のは危に転ず。未午巳は「漸烯」(漸明)と言い、凡俗を脱離して逐步に高明に走向す。午巳辰は「登庸」と言い、井底の蛙の見識を捨棄して一挙に月中宮闕に登上る。

巳辰卯名正己,人物咸亨;反照辰卯寅,行藏攸利;聯芳卯寅丑,悔正須知否極泰來;游魂寅丑子,成凶主見事成反散;入墓丑子亥,有攸藏之態,任進無心;重陰子亥戌,安嘉遁之形,寧甘沒齒。

巳辰卯は「正己」と言い、人と物と皆亨通す。辰卯寅は「反照」と言い、出仕・退隠を論ぜず皆利有り。卯寅丑は「聯芳」と言い、過を悔い正に帰りて否極まりて泰来るを知る要し。寅丑子は「遊魂」と言い、事成れば反って凶、事の弁成りてまた散掉するを主る。丑子亥は「入墓」と言い、応に收藏すべき形態有り、縦令手を放して前進するも心思を提起し得ず。子亥戌は「重陰」と言い、「嘉遁」(《周易・遯卦》九五「嘉遁、貞吉」、すなわち従容として退隠す)の形に安んじ、寧ろかくの如く一生を過ごさんとす。

二、夾定三伝格(附す遇夾不夾・夾定虚一・夾不住過関)

夾定三傳格 日辰夾三傳於內日辰在首尾,三傳在中間,視天將吉凶以其類言之。若乘吉將,吉不可言;若乘凶將,凶不可逃。主凡事進退皆不由人,以被日辰夾也。占病訟、憂疑、解散事及驅除、脫走不利。若占利名、成合事則美。若占產未生,占胎穩固;凡事機密,藏頭掩尾,事多難解。

夾定三伝格。いわゆる夾定とは、日干と日支とが三伝を中間に夾む——原注に曰く、日干・日支は分かれて首尾に居り、三伝は當中に排す。断法は乗る所の天将の吉凶を看、その属する類別に按じて言う要し:もし吉将を乗れば、吉は説き尽くし得ず。もし凶将を乗れば、凶もまた躲れ得ず。この格は凡事進退皆自ら做主せざるを主る、日干・日支に夾住せらるるに因る。疾病・訴訟・憂疑・消解・駆除・逃脱の一类の「散開」を要する事を占うに皆利あらず。功名利禄・結合成事の一类の「聚攏」を要する事を占えば則ち美なり。生産を占えば則ち未だ生まれ下らざるを主り、胎孕を占えば則ち胎気穩固を主る。凡事機密隠晦にして、頭を藏し尾を掩い、多半化解し難し。

孔明曰:“夾三傳者,更看所夾何象。若夾財則利求財,不利病訟。若夾官鬼則利求官,不宜占病訟。若夾子孫,則憂疾病,不利作用,利占孕不利占產。若夾生氣,利占生氣,不利占憂。若夾兄弟,則百事少利。若夾空亡,則事多虛華,枉用其心。”

諸葛孔明曰く:「三伝を夾住する格局、なお夾住する所が何の六親の象なるかを看る要し。もし夾住する所が財爻なれば、便ち財を求むるに利有り、而も病を占い訟を占うに利あらず。もし夾住する所が官鬼爻なれば、便ち官を求むるに利有り、病を占い訟を占うに宜しからず。もし夾住する所が子孫爻なれば、則ち憂は疾病に在り、作為する所有るに利あらず。懷孕を占うに宜しく分娩を占うに宜しからず。もし夾住する所が生気なれば、則ち生育・生機の事を占うに利有り、憂患を占うに利あらず。もし夾住する所が兄弟爻なれば、あれなれば百事皆利益少なし。もし夾住する所が空亡なれば、あれなれば事多く虚華にして、一番の心思を白費す。」

如乙丑日干上巳,三傳寅卯辰;癸酉日干上寅,三傳亥子丑;庚辰日干上酉,三傳午未申;甲午日干上卯,三傳辰巳午;壬申日干上戌,三傳戌酉申;庚子日干上未,三傳戌酉申;辛丑日干上酉,三傳子亥戌;甲戌日干上丑,三傳子亥戌;癸巳日干上子,三傳卯寅丑是也。

夾定三伝格に属する実例有りて:乙丑日の日干上神は巳にして三伝は寅卯辰。癸酉日の日干上神は寅にして三伝は亥子丑。庚辰日の日干上神は酉にして三伝は午未申。甲午日の日干上神は卯にして三伝は辰巳午。壬申日の日干上神は戌にして三伝は戌酉申。庚子日の日干上神は未にして三伝は戌酉申。辛丑日の日干上神は酉にして三伝は子亥戌。甲戌日の日干上神は丑にして三伝は子亥戌。癸巳日の日干上神は子にして三伝は卯寅丑。この几組の共同点は三伝の両端が恰も日干上神と日支とに包住せらるるなり。

遇夾不夾格 有日辰夾定三傳而日辰乘空亡,謂之遇夾不夾格,不問吉凶,有名無實矣。有凶不至於死,有吉不至於成,過後失時失機,機密反成退失。 夾定虛一格 有日辰夾定,前後少一位者,為夾定虛一格。凡事少節不完,其勢稍緩;或前虛一位,主初時有阻;或後虛一位,主事將成有阻。

遇夾不夾格。日干・日支は三伝を夾住するといえども、日干・日支自身は却って旬空に落つ、これを「遇夾不夾格」と言う。吉凶を論ぜず、皆有名無実なり。凶は命を送るに至らず、吉もまた事を成すに至らず。錯過の後時機を失い、本より機密に事を行わんと欲したるも反って退敗失手す。 夾定虚一格。日干・日支は夾定するといえども、前面あるいは後面に一位を缺けば、これを「夾定虚一格」と言う。凡事一節を欠きて完整せず、その勢いもまた稍緩やかなり。もし前面の一位に缺けば、起初に阻碍有るを主る。もし後面の一位に缺けば、事の将に成らんとする時に阻碍有るを主る。

如虛一位是財,財上不足;虛一位是父母,是長上文字不足;如丁卯日夜貴,干上申,三傳辰巳午,欠一未字,乃今日之脫氣,主子孫舊事牽連未了。然日時得勾陳,亦主子孫舊事,牽連失文字,或因文字不明而相爭費氣,致事不足也。子孫乘朱雀主卑幼文字上口舌不足,年命填實,不在此限。

例を挙げて曰く:缺くる所のあの一位もし財爻なれば、便ち銭財の上に欠缺有り。缺くる所がもし父母爻なれば、すなわち尊長と文書の方面に欠缺有り。譬へば丁卯日に夜貴人を用い、日干上神は申、三伝は辰・巳・午、一個の未字を缺く——未は正に当日の泄気の神(丁火は未土を生ず)なれば、ゆえに子孫の旧事牽連して未だ了せざるを主る。もし当日当時また勾陳を得れば、も子孫の旧事を主り、牽連の中に文書を丢失し、あるいは文書の含糊不清に因りて争執を起こし・気力を費尽し、以致って事に欠缺有らん。子孫爻もし朱雀を乗れば、卑幼が文書の上に口舌を招きて欠缺有るを主る。倘若本命あるいは行年が恰好缺くる所のあの一位を填め上ぐれば(これを「填実」と謂う)、便ちこの限りに在らず。

若是官鬼,則因官事而不主足;若是兄弟,則主朋友手足不足。如辛丑日干上申,三傳亥酉未之類,乃後虛一位也。壬午日干上酉,三傳寅子戌;乙酉日干上寅,三傳未巳卯;丙戌日干上卯,三傳丑亥酉;辛卯日干上申,三傳丑亥酉之類。皆虛後一位也。

缺くる所がもし官鬼爻なれば、便ち官府の事に因りて欠缺有り。もし兄弟爻なれば、便ち朋友・手足の方面に欠缺有るを主る。たとえば辛丑日の日干上神は申にして、三伝は亥・酉・未の類、すなわち後面に一位を虚しくすなり。この外壬午日の日干上神は酉にして三伝は寅・子・戌。乙酉日の日干上神は寅にして三伝は未・巳・卯。丙戌日の日干上神は卯にして三伝は丑・亥・酉。辛卯日の日干上神は申にして三伝は丑・亥・酉——これらも亦皆後面に一位を虚しくする例なり。

夾不住格過關格 有三傳透出日干之外,為夾不住格。經云:“夾住夾不住,留中有去。”若進透出,因進之太過;若退透出,因退之不及。如甲子日干上丑,三傳子亥戌之類。皆干傳出支外。斷曰:時不當時,過後失事。凡事主失時,或心力不逮,致於落後,或已成了事,為人所破。又曰“透者乃自干上傳出支位外也。”

夾不住格、また過関格とも言う。三伝もし一端有りて透出して日干の外に到れば、便ち「夾不住格」と言う。《経》に曰く:「夾得住と夾不住、中間に留まるは終に去らん。」もし前に向かいて透出するは、進むこと太だ過ぎたるに因る。もし後に向かいて透出するは、退くこと足らざるに因る。たとえば甲子日の日干上神は丑にして、三伝は子・亥・戌の類、皆日干のこの一頭より伝出して日支の外に去れるなり。断語に曰く:時機その時に当たらず、過ぎれば便ち事を誤る。凡事時機を失去するを主り、あるいは心力済わずして後に落ち、あるいは事已に弁成りてまた人に破壞せらる。また曰く:「いわゆる『透』とは、すなわち日干上神より一路伝出して日支の位以外に到るなり。」

經云:“夾定之傳不住,其中又云有所透”者,是鬼爻反凶成吉,主破財。若透出財者,反吉成凶,主財破耗。若是退而透出者,因遲緩而有所不及。若進出而退出者,因進過而反成不及。若是干透出干,不利外動,事有迴環之意,先動後靜。若是支透出干者,不利內事,惟宜出外,先靜後動。如庚午日干上上未,三傳午巳辰;癸卯日干上子,三傳丑子亥;辛亥日干上酉,三傳戌酉申;癸酉日干上卯,三傳丑卯巳;丙子日干上未,三傳辰午申;戊子日干上未,三傳辰午申;庚辰日干上戌,三傳申戌子。更支朝干,干朝支,其透出者吉凶尤緊。

《経》に「夾定の伝は夾不住、その中にまた透出する所有り」と曰う、この時もし透出する所が官鬼爻なれば、反って凶を成して吉と為り、ただ財を破るを主るのみ。もし透出する所が財爻なれば、則ち反って吉を成して凶と為り、銭財の耗散を主る。もし退きて透出するは、遅緩に因りて及ばざるなり。もし進みて出でてまた退きて出づるは、進むこと太だ過ぎて反って及ばざると成るに因る。もし日干のあの一頭より透出して日干の外に到れば、外に対する行動に利あらず、事に回環折返の意有り、まず動して後に静なり。もし日支のあの一頭より透出して日干の外に到れば、内に対する事に利あらず、ただ外出に宜しく、まず静して後に動す。実例有りて:庚午日の日干上神は未にして三伝は午・巳・辰。癸卯日の日干上神は子にして三伝は丑・子・亥。辛亥日の日干上神は酉にして三伝は戌・酉・申。癸酉日の日干上神は卯にして三伝は丑・卯・巳。丙子日の日干上神は未にして三伝は辰・午・申。戊子日の日干上神は未にして三伝は辰・午・申。庚辰日の日干上神は戌にして三伝は申・戌・子。もし同時にまた日支朝日干・日干朝日支の局を成せば、あれなれば透出の吉凶は便ち格外に緊要なり。

三、三伝朝日格・三伝朝支格・干支相伝格

三傳朝日格 有三傳自支上發用,傳歸干上者,或在他處發用,傳歸干上者,或有日干上發用相連作三傳者,皆謂三傳朝日格。神將俱吉,主成合事不求自至,或無心中得。神將俱凶,主禍來不測,占病及生產事最忌。如丙寅日干上午,三傳辰巳午;癸酉日干 酉,三傳巳丑酉;戊寅日干上午,三傳辰巳午;庚辰日干上辰,三傳子申辰;甲申日干上亥,三傳巳寅亥;丁亥日干上巳,三傳酉未巳;壬寅日干上戌,三傳子亥戌之類,主他人誘托幹事,占行人至。

三伝朝日格。凡そ三伝が日支上より発用して末伝が日干上神に帰するか、あるいは別処より発用して末伝が日干上神に帰するか、あるいは日干上神を以て発用して再び順次相連なりて三伝を排成するか、皆「三伝朝日格」と言う——三伝は群臣の君王を朝拜するが如く日干に帰向す。もし本神と天将と皆吉なれば、結合成事は求めずして自ら来り、あるいは無意の中に得るを主る。もし本神と天将と皆凶なれば、禍事は不测に至るを主り、疾病と生産を占うに尤もこの格を忌む。実例有りて:丙寅日の日干上神は午にして三伝は辰・巳・午。癸酉日の日干上神は酉にして三伝は巳・丑・酉。戊寅日の日干上神は午にして三伝は辰・巳・午。庚辰日の日干上神は辰にして三伝は子・申・辰。甲申日の日干上神は亥にして三伝は巳・寅・亥。丁亥日の日干上神は巳にして三伝は酉・未・巳。壬寅日の日干上神は戌にして三伝は子・亥・戌の類。この格はまた別人の来たりて引誘托付し之に替わりて事を弁ずるを主り、行人を占えば則ち人已に到れり。

三傳朝支格 有三傳自干上發用,傳歸支上,或自支發用,相連作三傳者,或他處發用,而傳歸支上者,皆為三傳朝支格。如臣使君、子使父,不免俯就他人,被人抑勒,不得自由,難自屈伸,旺相猶 吉,死休不安,只宜低下,不宜高上,利卑不利尊,利靜不利動。如丁亥日干人,酉作初傳,支上丑作末傳;甲午日干上辰,癸未日干上戌。又如甲午日三傳辰巳午,末傳引入死絕,姻緣和好,占病必死,行人未來,餘仿此。

三伝朝支格。凡そ三伝が日干上より発用して末伝が日支上神に帰するか、あるいは日支より発用して再び順次相連なりて三伝を排成するか、あるいは別処より発用して末伝が日支上神に帰するか、皆「三伝朝支格」と言う。これは臣子の反って往きて君主を役使し・兒子の反って往きて父を役使するに比し、免れず他人に俯就し・人の挟制を受け、自由を得ず、自ら屈伸する能き難し。課神旺相なればなお吉と算し、死気・休気なれば便ち安寧ならず。ただ下に居るに宜しく、上に居るに宜しからず。卑者に利ありて尊者に利あらず、静に利ありて動に利あらず。実例:丁亥日は日干上神発用し、酉を以て初伝と作し、日支上神丑を末伝と作す。甲午日の日干上神は辰。癸未日の日干上神は戌。また甲午日の三伝辰・巳・午の如く、末伝は引入して死絶の地に入れば、あれなれば姻縁を占えば則ち和好し、疾病を占えば必ず死し、行人を占えば則ち未だ到らず。其余はこれに照らして類推す。

干支相傳格 凡支朝干、干朝支,而透出者,吉凶尤緊。蓋不能透出於外也。如庚午日上未,三傳午巳辰;癸卯日干上子,三傳丑子亥;己巳日干上卯,三傳丑卯巳;辛 亥日干上酉,三傳戌酉申;癸酉日干上卯,三傳丑卯巳;丙子日干上戌,三傳巳戌卯;戊子日干上未,三傳辰午申;庚辰日干上戌,三傳申戌子之類。

干支相伝格。凡そ日支が日干を朝し・日干が日支を朝し、而も三伝にまた一端の透出して外に在る有れば、吉凶は便ち格外に緊要なり——理に按ずればそれは本より外面に透出すべからざるに因る。実例有りて:庚午日の日干上神は未にして三伝は午・巳・辰。癸卯日の日干上神は子にして三伝は丑・子・亥。己巳日の日干上神は卯にして三伝は丑・卯・巳。辛亥日の日干上神は酉にして三伝は戌・酉・申。癸酉日の日干上神は卯にして三伝は丑・卯・巳。丙子日の日干上神は戌にして三伝は巳・戌・卯。戊子日の日干上神は未にして三伝は辰・午・申。庚辰日の日干上神は戌にして三伝は申・戌・子の類。

四、間伝課(順間伝十二格・逆間伝十二格)

間傳課 孔明曰:“凡間傳一位而作三傳,名間傳課。順間傳課有十二格,逆間傳有十二格。其義各有所主,若得順間傳主事順;逆間傳主事逆。統巽之體,乃陰昇陽降之課也。象曰‘間位相傳,事多阻緩’,順有登天、向陽、出戶,傳逆有回明、勵德、顧祖,占者逢之皆為吉課,如日發用旺相將吉,凡事吉利,則應巽卦‘小亨,利見大人。’之象。若日發用休囚神將又凶,則應巽上九‘喪其資斧,凶。’之象也。”

間伝課。諸葛孔明曰く:「凡そ三伝彼此一位を隔てて相伝するは、間伝課と言い、辰・午・申の中間に各々一位を隔つるが如し。地支次序に順いて間隔して伝うるは十二格有り、次序に逆らいて間隔して伝うるも亦十二格有り、各々主る所有り:順間伝を得れば事の順遂を主り、逆間伝を得れば事の逆滞を主る。それは《周易・巽卦》の躰に統属し、陰気上昇・陽気下降の課なり。象辞に『位を隔てて相伝え、事は阻碍と遅緩と多し』と曰う。順間伝の中に登三天・向三陽・出戸等の格有り、逆間伝の中に回明・励明・顧祖等の格有り、占者これらに遇上せば皆吉課と算す。もし発用旺相にして乗る所の天将また吉なれば、凡事吉利にして、正に巽卦卦辞の『小亨、往く所有るに利あり、大人を見るに利あり』の象に応ず。もし発用休囚にして神将また凶なれば、便ち巽卦上九の『その資斧を喪う、貞にして凶』の象に応ず。」

袁天罡曰:“間傳者,隔一辰而傳課也。所占主隔手而舉,轉換而後成,經月而後方便,近不相孚,遠而相得,分進、退、水、火四例。” 經曰:三間之傳,亦有課由,課將六陽,利於公干,課傳六陰,利於私謀,半陰半陽,或陽多陰少,或陽少陰多,以理推求,陽為德而陰為刑,陰從人而陽自處。

袁天罡曰く:「いわゆる間伝とは、すなわち一辰を隔てて相伝する課なり。占う所の事は主として人の転手を経て乃ち弁じ起こすを得、方式を換えて乃ち成る可く、一個月を過ぎて乃ち方便なり。近処の人は反って相投合せず、遠処の人は反って相得。それは分かれて進・退・水・火の四類の例と為す。」 《経》に曰く:この種の一位を隔てて相伝する三伝もまた各々縁由有り:三伝の乗る所全て六陽の神なるは、公家の事を弁ずるに利あり。三伝全て六陰の神なるは、私下の事を謀るに利あり。半陰半陽、あるいは陽多く陰少なく・あるいは陽少なく陰多きは、便ち情理に按じて推求する要し。総じて陽は徳を主り陰は刑を主り、陰は須らく他人に順従すべく、陽は則ち自ら処る可し。

順間伝十二格

順間傳十二課 登三天辰加寅 辰午申 詩曰:辰午申為用,三天不可登 ,病死遠行極,訟乃省部陳。 經曰:辰午申傳雲梯步,言自辰而傳入午申,如人登三天之象。蓋巳午未申四位皆屬天也。辰加寅作三傳,間一位得辰午申三傳,故為登三天格。共十四課。

順間伝十二課。第一は「登三天格」、辰が寅に加わるより起こり、三伝は辰・午・申と為す。 詩に曰く:辰午申を以て三伝と為すも、三重の天は却って登上り得ず。病を占えば死を主り、遠行を占えば則ち極遠に走り、官司を占えば省部に到りて陳告する要し。 《経》に曰く:辰午申のこの一伝は雲梯を踏みて上るが如く、これは辰より伝じて午に入り・再び伝じて申に入るを言い、人の三重の天に登上るに比す。巳・午・未・申の四位は皆天に属するに因る。辰が寅上に加わりて三伝を排し、一位を隔てて辰・午・申を取得すれば、ゆえに登三天格と言う。合計して十四課有り。

若龍登天則行雨,官登天則位高遷,訟登天則事情轉大,病登天則病勢彌深,占賊來,行人至,久旱雨,占功名一遠一任。占考試,小試、鄉試先難後易,高登虎榜,會試主登魁首,面天顏,只忌空脫,占病不是疾風,便是結胸、風疾、壅塞。經曰:登三天雲雨內之蛟龍。

もし青龍天に登れば、便ち雲を行い雨を布く要し。官を為すの天に登れば、則ち職位高く升る。官司を打つの天に登れば、則ち案情は越えて鬧ぎ大ならん。病生ずるの天に登れば、則ち病勢愈々深重ならん。盗賊を占えば則ち賊来たり、行人を占えば則ち人到り、久旱なれば則ち雨を得。功名を占えばまず遠調し・後に実任を得るを主る。考試を占えば則ち小試・郷試はまず難く後に易く、能く榜首に高中す(「虎榜」すなわち進士榜)、會試は魁を奪い天子に面見を得るを主る——ただ課神の落空脱気を忌む。疾病を占えば則ち急風の症に非ざれば、便ち結胸・風疾・壅塞の一类なり。《経》に曰く:登三天、雲雨の中の蛟龍に比す。

其十四課則甲子、丙寅、丙子、庚寅、甲午、戊寅、甲戌、戊子、壬子、甲寅是也。庚子日戌加申。 經曰:三間之課,亦有緣由,課傳六陽,利於公干,課傳六陰,私於私謀,半陰半陽,以理推求,陽多陰少,陰多陽少,陽為德而陰為人,陰從人而陽自處。

あの十四課はすなわち甲子・丙寅・丙子・庚寅・甲午・戊寅・甲戌・戊子・壬子・甲寅の諸日。この外庚子日は戌を申に加えて課を起こすもこの格に属す。(底本の列す所は十四の数に足らず、応に脱漏有るべし。) 《経》に曰く:この種の位を隔てて相伝する課もまた各々縁由有り:三伝全て六陽の神を乗ずるは、公家の事を弁ずるに利あり。全て六陰の神を乗ずるは、私下の事を謀るに利あり。半陰半陽なるは、便ち情理に按じて推求す。陽多く陰少なくあるいは陰多く陽少なきは、各々その偏に随う。総じて陽は徳を主り陰は人事を主り、陰は須らく他人に順従すべく、陽は則ち自らその位を守る。

涉三淵申加午為用 申戌子 詩曰:欲動不動涉三淵,申戌子兮在眼前,進退艱難千萬狀,對面占之是隔年。 經曰:申加午為用,傳申戌子為涉三淵格。蓋子為江湖,申為道路,自申而傳戌子,如涉三淵之象。凡事主眼前有阻,舉動艱難,欲行不行,欲動不動,龍涉三淵不雨,賊涉三淵不來,疾訟危險,千難萬難。占官不久,謀望無成。占身命,主奔波艱難,先吉後凶,功名陰沉。共十四課,乙丑、戊辰、庚午、乙亥、壬午、乙酉、庚辰、壬辰、乙未、乙巳、丙午 、乙卯、丙辰、戊午是也。經曰:涉三淵,當歸隱於山林。

第二は「渉三淵格」、申が午に加わりて発用し、三伝は申・戌・子と為す。 詩に曰く:動かんと欲して動く能わず、正に是れ渉三淵の象。申戌子は便ち眼前に擺り、進退皆艱難万状。面を対せて占う所の事も、また一年を隔つる要し。 《経》に曰く:申が午に加わりて発用し、伝じて申・戌・子と成れば、すなわち渉三淵格なり。子は江湖と為り、申は道路と為り、申より伝じて戌・子に到るは、人の三重の深淵を渉渡するに比す。凡事眼前に阻碍有るを主り、挙動艱難にして、行かんと欲して行き成らず、動かんと欲して動く能わず。龍の三淵を渉れば則ち雨を下さず、賊の三淵を渉れば則ち来犯せず。疾病と官司と皆危険にして、千難万難なり。官を為すを占えば則ち任期久しからず、謀望を占えば則ち一事成らず。身命を占えば一生奔波艱難・まず吉して後に凶・功名沈滞を主る。合計十四課、すなわち乙丑・戊辰・庚午・乙亥・壬午・乙酉・庚辰・壬辰・乙未・乙巳・丙午・乙卯・丙辰・戊午。《経》に曰く:三淵を渉るは、応に山林に帰隠すべし。

入三淵格戌子寅 詩曰:三淵深處不宜入,戌子寅兮未可言,勸君早早回頭轉,不然深淵禍綿延。 經曰:如遇戌子寅為三傳,名入三淵格。蓋亥子寅為地,自戌而轉入子寅,有深入三淵之象。凡舉皆如春冰而蹈虎尾,其禍在前,或末傳乘蛇虎為鬼煞,病必死,禍尤凶。經曰:入三淵而屈不能明。

第三は「入三淵格」、三伝は戌・子・寅と為す。 詩に曰く:三重の深淵の深処は入るに宜しからず、戌子寅のこの一伝は実に説いて好しと為し難し。君に勧む及び早く回頭せよ、否ずれば深淵の裏の禍患は綿延して絶えざらん。 《経》に曰く:もし三伝が戌・子・寅なれば、便ち入三淵格と言う。亥・子・寅皆地に属するに因り、戌より転じて子・寅に入るは、深く三淵に入るの象有り。凡そ挙動有れば皆春天の薄氷の上を走り・老虎の尾巴を踏むが如く、禍は便ち前頭に在り。もし末伝が螣蛇・白虎を乗りてまた官鬼凶煞を作せば、病を占えば必ず死し、その禍尤其凶険なり。《経》に曰く:三淵に入るは、屈曲して下に在りて顕明する能わず。

向三陽格子加戌為用 子寅辰 詩曰:三陽去暗向陽深,惟怕空亡有隔停,若是相生無克賊,子寅出暗向辰明。經曰:三傳子寅辰為向三陽格。蓋子屬北方幽暗之鄉,寅辰乃日出之地,自子傳入寅辰,有向三陽之象。凡事自暗入明,初凶後吉,病者愈,訟宜解釋,人情皆美,惟怕空亡,則有隔停,共有八課。壬申、丙戌、戊申、庚戌、丙申、戊戌、庚申、壬戌。

第四は「向三陽格」、子が戌に加わりて発用し、三伝は子・寅・辰と為す。 詩に曰く:三陽の地は幽暗を離れて陽に向かうこと愈々深し、ただ旬空に逢い中間に阻隔停頓有らんことを怕る。もし彼此相生して克無く贼なければ、子・寅は便ち暗処を走出でて辰位の光明に奔向せん。《経》に曰く:三伝子・寅・辰を向三陽格と言う。子は北方幽暗の郷に属し、寅・辰は日出の地なり。子より伝じて寅・辰に入るは、三陽に趨向するの象有り。凡事自ら暗より明に入り、まず凶して後に吉:病人は痊愈し、官司は和解に宜しく、人情皆好し。ただ空亡に落ちんことを怕る、あれなれば阻隔停頓有らん。合計八課:壬申・丙戌・戊申・庚戌・丙申・戊戌・庚申・壬戌。

出三陽格 寅加子為用 寅辰午 詩曰:三陽大過防欹側,日中有斗憂不明,更防災咎相將至,病訟二占卒未停。經曰:如傳入寅辰午,名出三陽格。蓋午后陰生,自寅出辰午,出三陽之外,有出三陽之象。統大過卦,凡事主剛明大過,反為聰明所誤,有離明投暗之失,災咎相仍,病訟皆凶也。經曰:出三陽似金鯉波中,惟辛未辛巳日有之。

第五は「出三陽格」、寅が子に加わりて発用し、三伝は寅・辰・午と為す。 詩に曰く:三陽過盛なれば便ち傾側を防ぐ要し、日正に當中に在るも却って星斗の相闘・光明反って晦む有り。さらに災咎の接連到来を防ぐ要し、病を占い訟を占う両様は終竟停歇を得ず。《経》に曰く:三伝が伝じて寅・辰・午に入るを、出三陽格と言う。午後に陰気便ち生ずるに因り、寅より出でて辰・午に到るは、已に三陽の外に越出せり、ゆえに「出三陽」の象有り。それは《周易・大過卦》に統属し、凡事剛強明察太だ過ぎて反って聡明に誤られ、光明に背离して暗処に投入するの過失有るを主る。災咎は踵を接して至り、病を占い訟を占う皆凶なり。《経》に曰く:三陽を出づるは、金鯉の波涛の中に躍るに像く。この格はただ辛未・辛巳の両日のみ有り。

出戶格 丑加亥為用,丑卯巳。 詩曰:出戶逢明白,欲見干望時,君子祈鴻漸,小人尚狐疑。經曰:三傳是丑卯巳,名出戶格。蓋卯為門,巳為地戶,自丑傳入卯巳,有人出戶之象。凡占訪人不在,行人出門,有所變宜干望,君子升遷,士子出身進取,小人狐疑。凡事宜離暗投明,先晦後明,宜審神將而言之。共有五課:癸酉、己酉、辛酉、辛亥、癸亥。經曰:出戶者,如春雷振蟄。

第六は「出戸格」、丑が亥に加わりて発用し、三伝は丑・卯・巳と為す。 詩に曰く:門戸を出でれば便ち明白の境に逢い、正に往きて有力の人を謁見し・干求する所有らんと欲す。君子は《周易・漸卦》の中の鴻雁の如く循序して進み、小人は却ってなお狐疑す。《経》に曰く:三伝は丑・卯・巳、出戸格と言う。卯は門と為り、巳は地戸と為り、丑より伝じて卯・巳に入るは、人の門戸を走出でるの象有り。凡そ訪人を占えば則ち人は家に在らず、行人を占えば則ち人已に出門せり。情勢に変有り、干謁求望に宜し:君子は升遷を得、士子は出仕進取し、小人は則ち狐疑不定なり。凡事暗を離れ明に投ずるに宜しく、まず晦して後に明なり。具体は仍りて乗る所の天将を審察して言う要し。合計五課:癸酉・己酉・辛酉・辛亥・癸亥。《経》に曰く:戸を出づるは、春雷の蟄虫を驚醒するに像く。

盈陽格 卯加丑為用,卯巳未。 詩曰:過中將動時,迎陽急就之。緩則將無氣,卯巳未可知。經曰:三傳是卯巳未,名盈陽格。蓋卯巳為三陽,未為二陽之始,自卯傳巳未,是名盈陽之象。日過中則昃,陽至盈則大往小來,凡事當急就之則吉,遲緩則凶也。惟有三課:己丑、辛丑、癸丑是也。

第七は「盈陽格」、卯が丑に加わりて発用し、三伝は卯・巳・未と為す。 詩に曰く:正中を過ぎれば便将に転動せん、此時陽気を迎えて趕緊に弁ず。一たび遅緩すれば陽気便ち衰え、卯巳未の道理はここに由りて知る可し。《経》に曰く:三伝は卯・巳・未、盈陽格と言う。卯・巳は三陽の地に属し、未は則ち二陰初起の始(陽中に陰を含む)なり、卯より巳・未に伝ずるは、正に陽気盈満の象なり。太陽正午を過ぎれば便ち西斜し、陽は極盈に到れば則ち転じて「大往小来」(《周易・否卦》の義)と成る。ゆえに凡事趕緊に弁ずれば便ち吉、拖延すれば則ち凶なり。この格はただ三課のみ:己丑・辛丑・癸丑。

變盈格 巳加卯為用 巳未酉 詩曰:勢迫人衰莫妄為,巳未酉傳素有危,君子防盈將不測,小人官病二加之。經曰:三傳巳未酉為變盈格,蓋未為一陰,酉為二陰,自巳傳酉,物滿已虧,勢逼人衰故耳。凡占皆凶吉,占官被黜,占物非常時用者,占新病死,舊病可,久淹者顯,久顯者晦,占生產生女,惟有二課,乃癸未、辛卯二日有之。經曰:變盈者名秋場之登稼。

第八は「変盈格」、巳が卯に加わりて発用し、三伝は巳・未・酉と為す。 詩に曰く:形勢緊迫して人已に衰頽し、妄動する莫れ。巳未酉のこの一伝は素より危険有り。君子は応に盈満の不测を招来するを防ぐべく、小人は則ち官非と疾病の両様皆身に加わる。《経》に曰く:三伝巳・未・酉を変盈格と言う。未は一陰初生にして、酉は二陰漸長なり、巳より伝じて酉に到るは、物満ちれば則ち虧け・勢いは人の衰に逼るの緣故なり。凡そ占うに凶多く吉少なし:官を為すを占えば則ち罷黜せられ、物件を占えば則ち当令合用の物に非ず、新病を占えば則ち死し・旧病は反って可なり。久しく埋没せられたるは将に顕達せんとし、久しく已に顕達せるは将に晦暗ならんとす。生産を占えば則ち女を生ず。この格はただ両課のみ、すなわち癸未・辛卯の両日に有り。《経》に曰く:変盈は、秋収時節の庄稼の場に登るに比す(盛極まりて収む)。

入冥格 未加巳為用,未酉亥 詩曰:入冥投陰未酉亥,衰人為用各無成,君子謹持無妄動,小人改變宜無明。經曰:三傳未酉亥,名入冥格。蓋酉亥乃日出入幽冥之時,有暗明消長之象。凡占事體速干則可,緩則不及時,占病訟皆凶,官事不利;乃吉漸消,凶漸長之課也。經曰:入冥者主心勞而日絀。惟有二課:癸卯、癸巳二日有之。

第九は「入冥格」、未が巳に加わりて発用し、三伝は未・酉・亥と為す。 詩に曰く:未酉亥は幽冥に入り陰方に投向す、衰敗の神を取りて発用と為せば、各様の事皆弁成らず。君子は応に謹慎持守して妄動せざるべく、小人は縦令改変せんと欲すも明路有ること難し。《経》に曰く:三伝未・酉・亥を入冥格と言う。酉・亥は正に日の落ちて幽冥に入るの時にして、明消え暗長ずるの象有り。凡そ事を占うに皆趕緊に弁じて乃ち可なり、緩ければ便ち及ばず。病を占い訟を占う皆凶、官事利あらず。これは吉気漸消・凶気漸長の課なり。《経》に曰く:冥に入るは、心力労苦して日々に窘迫するを主る。この格はただ両課のみ:癸卯・癸巳の両日に有り。

凝陰格 酉加未為用 酉亥丑 詩曰:凝陰酉亥並大吉,幽明不端理不直,作福禳災始可寧,不然財損人又失。經曰:三傳酉亥丑為凝陰格,蓋亥丑屬北方,冬令陰氣凝結,有覆霜踏冰之象。凡占主淫慾奸盜之事,主事體幽暗不明也。不利占訟求名,防群小奸邪暗算。占身乃愚昧或險詐不明之人。經曰:凝陰而憂不可解,惟有六課:丁卯、丁丑、丁亥、丁酉、丁未、丁巳六日有之。

第十は「凝陰格」、酉が未に加わりて発用し、三伝は酉・亥・丑と為す(丑は六壬の中に名を「大吉」と曰う)。 詩に曰く:凝陰の課は酉・亥并せて大吉の丑を以て伝を成し、幽明正しからずして事理直ならず。須らく福を作り災を禳めて乃ち安寧を得べし、否ずれば既に財を損じまた人を失わん。《経》に曰く:三伝酉・亥・丑を凝陰格と言う。亥・丑は北方に属し、冬令陰気凝結し、霜を履み堅氷の象有り。凡そ占うに淫欲奸盗の事・事の幽暗不明を主る。詞訟と求名を占うに利あらず、須らく小人の群起して暗算するを防ぐべし。身命を占うに、この人は愚昧の輩あるいは陰険狡詐・心跡不明の人なり。《経》に曰く:凝陰は、憂患解く可からず。この格はただ六課のみ:丁卯・丁丑・丁亥・丁酉・丁未・丁巳の六日に有り。

溟濛格 亥加酉為用 亥丑卯 詩曰:暗中逢暗號溟濛,丑亥卯神便不通,病宜保佑防危重,小人無事貴興工。經曰:三傳亥丑卯為溟濛格,蓋亥丑為陰溟之極,卯為始生之陽,二陽之下雖有一朝在上,俱尚在溟濛之時也。凡占事體不真,憂懼不寧,進退未決也。久晦者將明,久疑者將決之兆。經曰:溟濛而事多闇昧。惟己巳日有之。

第十一は「溟蒙格」、亥が酉に加わりて発用し、三伝は亥・丑・卯と為す。 詩に曰く:暗中また暗に逢う、名を溟蒙と曰う。丑亥卯の三神は便ち通達せず。病を占えば応に神に祈りて保佑を求め・病勢の危重を防ぐべし。小人は事無きといえども、貴人は却って正に工を興し土を動かさんとす。《経》に曰く:三伝亥・丑・卯を溟蒙格と言う。亥・丑は陰晦の極処に到り、卯は乃ち初生の陽なり。两重の陰気の下に已に一線の陽光上に在るといえども、総じてなお溟蒙未だ開けざるの時に処す。凡そ占えば則ち事は真切ならず、憂懼安からず、進退未だ決せず。ただしまた久晦将に明らかならんとし・久疑将に決せんとする兆頭なり。《経》に曰く:溟蒙は、事多く曖昧なり。この格はただ己巳日のみ有り。(順間伝の上文はただ十一格を列すのみ、底本は盖し脱漏有り。)

逆間伝十二格

逆間傳十二格 冥陽格 寅加辰為用 寅子戌 詩曰:自明入闇冥陽課,凶咎將來暗有傷,君子猶防消祿位,寅子戌兮仔細詳。經曰:三傳寅子戌為冥陽格,蓋寅乃日出之地,曉方發靄,陽氣始生;子戌乃日落,在眾陰氣;始旺之陰能消微陽,故自寅傳入子戌,名曰溟陽,以陽氣退入陰方也。凡事自明入暗,凶暗在前,猶防暗損之害,占官凶,百事莫舉,病人昏沉,日輕夜重,惟壬午、壬辰日有之。

逆間伝十二格。第一は「冥陽格」、寅が辰に加わりて発用し、三伝は寅・子・戌と為す。 詩に曰く:明処より自ら暗処に走入るは、すなわち冥陽の課なり。凶咎将に至らんとして暗中に傷有り、君子はなお禄位の消削せらるるを防ぐ要し。寅子戌のこの一伝は仔細に推詳する要し。《経》に曰く:三伝寅・子・戌を冥陽格と言う。寅は日出の地にして、拂曉雲気初めて開け、陽気剛く生ず。子・戌は則ち日落后・衆陰聚集の処なり。初旺の陰気は微弱の陽気を消去し得れば、ゆえに寅より伝じて子・戌に入り、名を取りて冥陽と為し、意は陽気の退入して陰方に就くを言う。凡事自ら明より暗に入り、凶暗皆前頭に在り、なお暗中の損害を防ぐ要し。官を為すを占えば則ち凶、百事皆挙動に宜しからず。病人は昏沈し、白天は軽く夜里は重し。この格はただ壬午・壬辰の両日のみ有り。

經曰:冥陽善人是寶。 偃蹇格 子加寅 子戌申 詩曰:偃蹇迷惑不堪為,三傳子戌申兮推,災難重生百不吉,除是空亡隱卻非。經曰:三傳子戌申名偃蹇格,蓋申亦陰方也。自子傳入戌申,是以陰入陰之氣,歷涉艱難,有重遭荊棘之象。凡舉事主闇昧不明,行軍進逢險阻,凶陷退被圍困,出入不吉也。六十日並無此課,經曰:偃蹇似馬馳棧道。

《経》に曰く:冥陽の世は、善人こそ真の宝なり。 第二は「偃蹇格」、子が寅に加わるより起こり、三伝は子・戌・申と為す。 詩に曰く:偃蹇の課は迷惑して行くこと難く、作為する可き無し、便ち子・戌・申のこの一伝に照らして推せ。災難は層出して窮まらず、百事不吉、空亡に落ちて凶を隠去せるに非ざれば算するに足らず。《経》に曰く:三伝子・戌・申を偃蹇格と言う。申もまた陰方に属し、子より伝じて戌・申に入るは、陰気を以て陰気に進入し、一路艱難跋涉し、重重に荆棘に遭遇するの象有り。凡そ事を挙ぐれば皆曖昧不明を主る。行軍前進すれば則ち険阻に遇い、凶険に陷落して後に退くもまた困囲せられ、出入皆吉ならず。六十日の中に并せてこの課無し(一日もかくの如き三伝を排し出す無し)。《経》に曰く:偃蹇は、馬の栈道の上を奔馳するに比す。

悖戾格 戌加子為用 戌申午 詩曰:勉強將前何所之,戌申午上不堪形,縱然求得暗根本,凶咎依前定不移。經曰:三傳戌申午為悖戾格,蓋午為陰氣始生,申戌乃陰之盛,自深退淺,欲沈災禍,終不能沈,未免勉強而後退,故曰悖戾。占行人未至,占賊不來,作事阻滯招禍也。經曰:悖戾有退悔之心。惟甲子、壬寅、甲午、甲辰、壬子日有之。

第三は「悖戾格」、戌が子に加わりて発用し、三伝は戌・申・午と為す。 詩に曰く:勉强して前に往きてまた何の処に到る能わんや。戌申午の形勢は実に堪え難し。縦令暗中に一点の根基を求め得るも、凶咎は照り旧り移り去らざらん。《経》に曰く:三伝戌・申・午を悖戾格と言う。午は陰気初生の処にして、申・戌は則ち陰気正盛の地なり。深きより浅きに退き、災禍を沈埋せしめんと欲するも終竟沈み得ず、免れず勉强一陣して後に退く、ゆえに「悖戾」(乖違相背)と言う。行人を占えば則ち人未だ到らず、盗賊を占えば則ち賊来らず、事を弁ずれば則ち阻滞して禍を招く。《経》に曰く:悖戾は、退縮悔恨の心を含む。この格はただ甲子・壬寅・甲午・甲辰・壬子の諸日のみ有り。

凝陰格 一曰迎陽格 申加戌為用 申午辰 詩曰:凝陽尚有餘陰在,莫被日月引入陰,日辰年命在陽上,災殃未發尚敷榮。經曰:三傳申午辰,名凝陽格,蓋午辰為陽,自中傳辰自陰入陽,有陰消陽長之象。只怕年日是陰。若年命日辰居陽,凡事先暗後明,先塞後通,一曰自申午至陰位,退入辰之陽位,尚有二陰,而一陽在下初至,故謂之凝陽,如乾之初九“潛龍勿用”災咎,尚繫前事未了,行人來遲,占訟留連,謀事遲滯。本課中無此格。經曰:迎陽者,迎罡上之。

第四格は底本の標題に「凝陰格、一名迎陽格」と作るも、下文の詩と経文と皆「凝陽格」と称すれば、応に凝陽を以て正と為すべし。それは申が戌に加わりて発用し、三伝は申・午・辰と為す。 詩に曰く:凝陽の中にまた余陰を留む、日月に牽引せられて陰方に落ち回る莫れ。ただ日干・日支と本命・行年と皆陽位に在れば、災殃はなお未だ発作せず、仍りて繁栄す可し。《経》に曰く:三伝申・午・辰を凝陽格と言う。午・辰は陽に属し、中伝辰より起こりて陰より陽に転じ、陰消え陽長ずるの象有り。ただ本命と日辰とが陰位に落つるを怕る。もし本命・行年と日干・日支と皆陽位に居れば、則ち凡事まず暗して後に明・まず塞して後に通ず。別の一説:申・午より退きて辰のこの陽位に到るは、その上になお两重の陰気有りて、而も一陽剛く下面に在りて初生すれば、ゆえに凝陽と言い、正に《周易・乾卦》初九の「潜龍用る勿れ」の如し——災咎はなお前事未だ了せざるの上に係る:行人は来ること遲く、訟を占えば牽連不断、事を謀れば遅滞す。本課(本書の拠る所の課鈐を指す)の中に并せてこの格無し。《経》に曰く:迎陽とは、すなわち天罡(辰)を迎えて上るなり。

顧祖格 午加申為用 午辰寅 詩曰:顧祖迎親復舊廬,求財謀望盡堪圖。惟有庚日不宜見,鬼來又入鬼鄉居。經曰:三傳午辰寅為顧祖格。蓋午為寅之子孫,寅乃午火長生之格,自午傳寅,如子之回顧其母,有投舊廬之象也。凡求財謀望皆吉,占賊去,行人回家,惟庚日占病凶,則事則為大吉。經曰:顧祖而意氣和平。惟庚午、辛未、甲戌、庚子、庚辰、甲申、庚寅、庚戌、辛亥、庚申、辛酉、壬戌、壬申有之。

第五は「顧祖格」、午が申に加わりて発用し、三伝は午・辰・寅と為す。 詩に曰く:顧祖の課は親を迎えて旧居に帰返するが如く、財を求め謀を望む皆図謀す可し。ただ庚日のみこの格を見るに宜しからず、官鬼来たりてまた官鬼の郷に住入す。《経》に曰く:三伝午・辰・寅を顧祖格と言う。午は寅の子孫(寅木は午火を生ず)にして、寅はまた午火の長生の地なり。午より伝じ回りて寅に到るは、兒子の回頭して母親を顧念するに比し、回り投じて旧居に帰るの象有り。凡そ財を求め・謀望する皆吉、盗賊を占えば則ち賊已に離去し、行人を占えば則ち人已に家に回れり。ただ庚日に病を占うのみ凶と為す(寅午皆火にして庚金の鬼と為す)、其余の事情は皆大吉なり。《経》に曰く:顧祖は、意気和平なり。この格はただ庚午・辛未・甲戌・庚子・庚辰・甲申・庚寅・庚戌・辛亥・庚申・辛酉・壬戌・壬申の諸日のみ有り。

涉疑格 辰加未為用 辰寅子 詩曰:辰並寅子歸涉疑,凡事占之甚非時。進退不決由閒事,病訟二般主見悲。經曰:三傳辰寅子為涉疑格,蓋陽主進,寅傳子,不進而反自明而退入暗,有涉疑難而莫知淺深之象。占事主進退不決,行人不來,欲出不出,問渡訪賊埋伏,寢食不寧,不可舉兵,官訟皆凶。經曰:涉疑入禍福雙關之道。

第六は「渉疑格」、辰が未に加わりて発用し、三伝は辰・寅・子と為す。 詩に曰く:辰は寅・子に連なりて便ち渉疑に帰入し、凡事占い得る皆甚だ時宜に合わず。進退不決は全て些の閑事に耽るが為め、病を占い訟を占う両様皆悲を見んと要す。《経》に曰く:三伝辰・寅・子を渉疑格と言う。陽は本より進を主るも、如今寅は却って子に伝向し、進まずして反って退き、明処より暗処に退入す、険を渉りて疑を生じ深浅を摸り清め得ざるの象有り。事を占えば進退不決を主る。行人を占えば則ち来らず。出門せんと欲して出で得ず。渡口を問えば則ち賊の埋伏有るを怕る。寝食寧ならず。兵を発す可からず。官司詞訟皆凶なり。《経》に曰く:渉疑は、禍福双関の道路を走るなり。

極陰格 丑加卯為用 丑亥酉 詩曰:極陰之課丑亥酉,有事逢之悉皆丑。占訟省部方端的,病者定是不長久。經曰:如傳遇居亥酉為極陰格。蓋陰主退,自丑傳酉而終於極,有陰入陰之象。凡占主淫佚酒色之事,病主死,訟至省部,或淫亂而生病,以亥主淫亂,枯萎為酒色也。經曰:極陰如月隱西山。惟丙寅、丁卯、戊辰、己巳、丙子、戊寅、己卯、辛巳、丙戌、戊子、辛卯、癸巳、丙申、戊戌、癸卯、乙巳、戊申、乙卯、丙辰、丁巳、戊子、丙子日有之。

第七は「極陰格」、丑が卯に加わりて発用し、三伝は丑・亥・酉と為す。 詩に曰く:極陰の課は丑・亥・酉と作る、事有りてこれに碰上れば全て醜事なり。官司を占えば省部に打到して乃ち分暁を見ん、病人もまた一定して長く活くる能わざらん。《経》に曰く:三伝が丑・亥・酉に落つれば、すなわち極陰格なり。陰は本より退を主り、丑より退伝して酉に至りて終に極処に至る、陰気の再び陰気に入るの象有り。凡そ占うに淫佚酒色の事を主る:病を占えば死を主り、訟を占えば省部に鬧到する要し、あるいは淫乱に因りて病を生ず——亥は淫乱を主り、枯萎憔悴は則ち酒色より来るに因る。《経》に曰く:極陰は、月の西山の後に隠没するに比す。この格はただ丙寅・丁卯・戊辰・己巳・丙子・戊寅・己卯・辛巳・丙戌・戊子・辛卯・癸巳・丙申・戊戌・癸卯・乙巳・戊申・乙卯・丙辰・丁巳・戊子・丙子の諸日のみ有り(その中戊子・丙子の両日は底本重出す)。

時遁格 亥加丑為用 亥酉未 詩曰:時不利兮遁關中,亥酉未兮報君知,君子守待來時吉,小人急害且防危。經曰:三傳亥酉未名時遁格,如人入暗求隱,有遁身之象。蓋酉為太陰,未中有丁為玉女,故可隱遁潛形,占行人不來,行者不出,捕盜難獲,賊去不來,君子吉,小人凶也。經曰:時遁無出潛之意。

第八は「時遁格」、亥が丑に加わりて発用し、三伝は亥・酉・未と為す。 詩に曰く:時運利あらざれば便ち応に関中に退遁すべし。亥・酉・未のこの一伝は特に汝に告ぐ:君子は守候して等待せば来日便ち吉、小人は急ぎて人を害せんと欲し、且つ危を防ぐ要し。《経》に曰く:三伝亥・酉・未を時遁格と言う、人の暗処に走り入りて隠蔽を求むるに比し、身を遁るの象有り。酉は本より太陰の位にして、未の中に丁を藏めて「玉女」に配するに因り、ゆえに能く隠遁潜形す。行人を占えば則ち人来らず、出行を占えば則ち走出で得ず、盗を捕えば則ち擒獲し難く、盗賊去りても再来たらず。この格は君子は吉にして小人は凶なり。《経》に曰く:時遁は、出でて顕揚するの意無く、ただ潜藏に宜し。

勵明格 酉加亥為用 酉未巳 詩曰:勵明之格勉強之,日昃正中事可疑。君子宜進取祿位,小人營運早趨時。經曰:三傳酉未巳為勵明格。蓋巳為三陽之地,勵明之象。自酉傳巳,從暗入明,在晦暗中得明之象。不免先歷涉陰暗,方得向。凡舉皆由勉強而後成,君子宜進取祿位,小人宜早營運趨時。經曰:勵明者,出入從其便 。惟丁亥、乙亥日有之。

第九は「励明格」、酉が亥に加わりて発用し、三伝は酉・未・巳と為す。 詩に曰く:励明のこの一格は全て勉力して為すに靠る。日已に西斜するも却って正に中天に當るが如く、事は頗る疑う可し。君子は禄位を進取するに宜しく、小人は及び早く経営して時勢に趨合するに宜し。《経》に曰く:三伝酉・未・巳を励明格と言う。巳は三陽の地にして、正に「励明」(勉力して明に向かう)の象に合す。酉より伝じて巳に到るは、暗処より明処に走入り、晦暗の中に光明を得るなり。ただ免れずまず一段の陰暗を跋涉して、乃ち光明に転向すを得。凡そ挙動有れば皆勉强して力を用いて而後成る:君子は禄位を進取するに宜しく、小人は早めに経営して時に趨くに宜し。《経》に曰く:励明は、出入皆その方便に随う可し。この格はただ丁亥・乙亥の両日のみ有り。

回明格 未加酉為用 未加卯 詩曰:回明來早未得時,且行明暗方可亨。遲進成名有所得,早求反被禍來縈。經曰:三傳未巳卯名回明格。蓋未為一陰也。己卯二陽也,自未傳卯,由陰至陽,有由缺漸滿,光明漸回之象。凡事不可驟舉,兵宜遲進,久雨則晴,吉事漸成,凶事漸消也。經曰:回明而利有攸往。惟癸酉、乙酉、癸亥日有之。

第十は「回明格」、未が酉に加わりて発用し、三伝は未・巳・卯と為す(底本の標題「未加卯」は応に「未巳卯」と作るべし)。 詩に曰く:光明は回転して来たること早きも、時機は却って未だ到らず。姑らく明暗の間に緩行して乃ち亨通する能し。遲めに進取して名を成せば、反って得る所有らん。急ぎて往きて求めれば、反って禍事に纏身せらる。《経》に曰く:三伝未・巳・卯を回明格と言う。未は一陰初生にして、卯は二陽漸長なり。未より伝じて卯に到るは、陰より陽に走向し、虧より漸く盈ち・光明逐漸に回復するの象有り。凡事驟然として挙動す可からず、兵を用うれば緩進に宜し。久雨なれば則ち将に晴れ放たんとし、吉事は渐渐に成就し、凶事は渐渐に消散す。《経》に曰く:回明は、往く所有るに利あり。この格はただ癸酉・乙酉・癸亥の諸日のみ有り。

轉悖格 巳加未為用 巳卯丑 詩曰:轉悖孤棲事可嗟,家寒身怯有些些,守己不如省僅的,出頭用事便遭邪。經曰:三傳巳卯丑為轉悖格。蓋巳卯為二陽,丑乃終陰,自巳傳入丑,避明而暗,自正歸邪,事轉悖戾之象也。主家寒身怯,多夢,作事似邪魔相隨,縱使得出頭處,不如守分安命民。經曰:轉悖在吉凶二者之間。惟癸未、癸丑、癸酉日有之。

第十一は「転悖格」、巳が未に加わりて発用し、三伝は巳・卯・丑と為す。 詩に曰く:転悖の課は孤零零として身を棲め、事は実に嘆く可し。家道寒微・身心怯懦、多少総じて几分有り。自己を守るはなお省事収斂に如かず。一たび頭を出だして事を弁ずれば便ち邪祟に遭わん。《経》に曰く:三伝巳・卯・丑を転悖格と言う。巳・卯は二陽にして、丑は却って陰の終なり。巳より伝じて丑に入るは、光明を避けて幽暗に入り・正道より邪路に転帰し、正に是れ事の転じて悖戾と成るの象なり。家道貧寒・身心怯弱・夢多きを主る。事を為るに邪魔の跟隨する有るが如く、縦令出頭の機会有るも、安分して命を守るに如かず。《経》に曰く:転悖は、吉凶両者の間に処る。この格はただ癸未・癸丑・癸酉の諸日のみ有り。

斷澗格 卯加巳為用 卯丑亥 詩曰:斷澗如何涉,妄前失後時。君子宜退位,小人自有悲。經曰:三傳卯丑亥為斷澗格。蓋卯為一陽,亥丑為二陰,自卯傳亥,一陽涉入二陰,有暗長明消之象。凡占君子退職,小人遇凶。經曰:斷澗義利分明。惟己亥、己丑、己酉日有之。

第十二は「断澗格」、卯が巳に加わりて発用し、三伝は卯・丑・亥と為す。 詩に曰く:路の断えたる山澗を怎んぞ渡らんや。冒失に前に向かえば反って後来の時機を誤らん。君子は退位に宜しく、小人は自ら悲しむ可き処有り。《経》に曰く:三伝卯・丑・亥を断澗格と言う。卯は一陽にして、亥・丑は二陰なり。卯より伝じて亥に到るは、一陽が渉入して二陰の中に入るにして、暗気漸長・明気漸消の象有り。凡そ占えば則ち君子は退職し、小人は凶に遇う。《経》に曰く:断澗は、義と利と分かれて清清楚楚たり。この格はただ己亥・己丑・己酉の諸日のみ有り。

邵氏曰:“右間傳格,進退各隔一位,進隔主退而後進,進而有隔;退隔主進而後退,退而有隔。凡事主轉手託人,又謂之折腰三合格。凡事待中傳一辰為克應之期。謂之虛一待用格,陽主公道,陰主私迷。如辰午申,課本係申子辰潤下體,其中缺子,謀事必是子午月可奏效也。又名隔傳格,隔者主間隔,或隔州隔縣而換手謀事也。

邵康節曰く:「以上の間伝各格は、進退を論ぜず皆一位を隔つ。『進隔』に属するは、まず退きて後に進むを主り、進の路上に阻隔有り。『退隔』に属するは、まず進みて後に退くを主り、退の路上に阻隔有り。凡事皆人の転手托付を経るを主れば、ゆえにまた『折腰三合格』(三合が一位を缺き、腰を折りたるが如し)と言う。凡事は中伝の隔つる所のあの一辰を以て応験の期と作せば、ゆえにまた『虚一待用格』と言う:陽日は公道を循りて行くを主り、陽日は私情に陷りて迷うを主る。たとえば三伝辰・午・申、本応に申子辰の潤下三合水局たるべきに、中間に一個の子を缺けば、あれなれば事を謀れば必定に子月あるいは午月(子は来たりて填実し・午は来たりて冲起す)を待ちて乃ち効を見ん。この格はまた『隔伝格』と言い、『隔』とはすなわち中間に間隔有り、あるいは州を隔て県を隔て・人の手を換えて往きて謀弁する要するなり。

又主反覆,如子加未號鼠騎羊頭上,丑加午曰牛嗔馬不耕,寅加酉號曰虎憎酉嘴短,卯加酉號曰猴怨兔不平,辰加亥號曰辰嫌豬面黑,巳加戌號曰蛇加犬吠解。所謂偏隔反覆也。又名進間格,如辰午申、申戌子、戌子寅、寅辰午之類,陽則隔涉阻滯,陰則闇昧不明。如退間傳主阻隔不能進順之象。故反吟前立五辰,號曰隔七隔八,伏吟前後二辰,號曰進退間傳,皆主進退動靜而不能也。

それはまた反覆不定を主る、たとえば子が未に加わるを『老鼠の羊頭の上に騎る』と言い、丑が午に加わるを『牛は恼みて馬は耕さんと肯んぜず』と言い、寅が酉に加わるを『虎は雞の嘴の太短きを嫌う』と言い、卯が酉に加わるを『猴は兎子の平ならざるを怨む』と言い、辰が亥に加わるを『龍は猪の臉の太だ黒きを嫌う』と言い、巳が戌に加わるを『蛇の門に上りて犬の吠えて休まず』と言う——これらは皆偏隔反覆の写照なり(すなわち六害の位の相加して彼此諧らざる)。この格はまた『進間格』と言い、辰午申・申戌子・戌子寅・寅辰午の類の如し:陽日は則ち隔渉阻滞し、陰日は則ち曖昧不明なり。退間伝に至りては、則ち阻隔して能く順進せざるの象を主る。ゆえに反吟は自本位より起こりて第五辰を数えて格を立て、『隔七隔八』と言い、伏吟は本位より前後各々二辰を数えて格を立て、『進退間伝』と言う——皆進まんと欲し退かんと欲し・動かんと欲し静ならんと欲して終竟成し得ざるを主る。」

五、外附二格(撞干格・撞支格)

外附二格 撞干格 乃三傳迫連干也 三傳自支內發用,傳入子干,主事先緩而後急。蓋初末傳為日之關,故主事急,我宜前有為也。如辛巳日丑加卯,三傳丑亥酉,是退間格。凡事偃蹇阻滯,緣被末傳撞關,所以先緩而後爭也。吉凶皆如此推之。 撞支格 如三傳迫連支辰,為撞支格。蓋初末傳撞支之隔,主事亦急,候彼動而我應之也。或傳帶日貴、日財為用,末傳墓絕,大不利貴人交易,因財而有所屬也。

別に二格を附列す。 その一「撞干格」——原注に曰く、すなわち三伝が緊逼相連なりて日干に抵る。三伝もし日支のこの一辺より発用し、一路伝じて日干の上に来たれば、事のまず緩して後に急なるを主る:初伝・末伝が正に日干の関口の上に撞するに因り、ゆえに事は急に転じ、我方は応に搶先して作為する所有るべし。たとえば辛巳日は丑を卯に加えて課を起こし、三伝は丑・亥・酉、本は退間格なり。凡事偃蹇阻滞すといえども、ただ末伝の関口に撞着するに因り、ゆえにまず緩して後に争う。吉凶は皆この道理に照らして推す。 その二「撞支格」。もし三伝が緊逼相連なりて日支に抵れば、すなわち撞支格なり。初伝・末伝が日支の隔口の上に撞するは、事もまた急なるを主るも、ただ相手のまず動くを待ちて我は後に随いて之に応ずる要し。あるいは三伝が日干の貴人・日干の財爻を帯びて発用し、而も末伝が却って墓庫・絶地に落つれば、あれなれば大いに貴人と往来交易するに利あらず、事は往往財に因りて牽属する所有り。

六、懸胎課(玄胎格)

懸胎課 詩曰:五行受氣處,四孟主懷胎,寅申一氣受,火土此處來,水從申上起,木產五行臺,金逢巳上生,水土卻栽培。登明上生木,火因此路開。要知懷胎婦,因此課中推。若欲知端的,女人先有災。若然無產婦,來卜為求財。正月丙申日,申時課作倍。孟秋申發用,寅亥俱一該。學人因此取,此法不遲迴。

懸胎課。詩に曰く:五行の受気の処は、正に是れ寅申巳亥の四孟なれば、ゆえに四孟は懐胎を主る。寅と申と同じく一気を受け、火と土と皆寅上より長生す。水は申上より長生を起こし、木は五行の台上に産育す。金は巳位に逢いて生じ、水土はここに栽培を得。「登明」(亥)の上に木を生じ、火もまた寅のこの一路に由りて開端す。懐胎の婦人有るや否やを知らんと欲せば、便ちこの一課の裏より推せ。もし確切を問わんと欲せば、則ち女人まず災殃有り。倘若家中に并せて孕婦無ければ、占い問いに来るは便ち財を求むるの事なり。譬へば正月丙申日申時に課を起こせば、便ちこの一格を成す。孟秋は申を以て発用と為し、寅・亥も亦皆この例に同じく属す。学者はこれに照らして取用せよ、この法は遅疑するを要せず。

三傳四孟見長生,課名懸胎事未明。若將出行須遠程,天后財爻主胎孕。惡將須疑有恐驚,孟日又逢凶將克,須憂尊長受侵凌。 又曰:三傳俱是孟懸胎,五行生處產嬰孩。所占百事皆新意,或得懷胎結禍來。玄胎子孫若空亡,天后居處不安寧。此為玄胎不育格。事事無成定嘆傷。更有正時加四孟,人家無子主空育。單有義男相接續,更於課體細推詳。

三伝全て四孟長生の位に落つれば、課の名は便ち懸胎と言い、事はなお未明の中に在り。もし出行を占えば、必ず遠程なり。もし天后と財爻と同じく現われば、則ち胎孕を主る。乗る所もし悪将なれば、便ち応に驚恐有りと疑心すべし。もし寅申巳亥の四孟の日に在りてまた凶将の来たりて克するに逢えば、なお尊長の人に侵凌せらるるを憂慮する要し。 また曰く:三伝皆孟位なれば、すなわち懸胎なり。五行の長生の処は正に是れ嬰孩を生産する所なり。占う所の百事皆新意を帯び、また因りて懐胎に由りて禍端を結出する可し。懸胎(玄胎)の課もし子孫爻が旬空に落ち・天后の居る所の位また安寧ならざれば、あれはすなわち「玄胎不育格」にして、事事成ること無く、ただ嘆息傷感するのみ。もしさらに課を起こすの正時また四孟の上に加われば、則ちこの戸の人家は子無く、いわゆる生育はただ一場の空なり。ただ義子に靠りて香火を接続するのみ有り。さらに詳細なるは、なお課躰に就きて細細に推詳する要し。

又曰:三傳臨四孟,此格號玄胎,火向寅宮炎,金從巳上懷,水原申內吐,木向亥中生,盡是長生地,必為新事來,不懷奸孕婦,身卻自生災,重重相纏絆,事來又事來。 孔明曰:“凡孟神發用,傳入四孟,三傳皆是孟神,為懸胎課。蓋四孟乃五行長生之局,受氣之辰也。木生在亥,火子先受亥中之木氣;火生在寅,土子先受寅中之土氣;金生在巳,水子先受巳中之金氣;水生在申,木子先受申中之水氣。故以受處名曰懸胎,統家人之體,乃開花結子之課也。”

また曰く:三伝皆四孟に臨むは、この一格を玄胎と言う:火は寅宮に在りて燃え始め、金は巳位より受孕し、水は本より申中より吐出し、木は亥中に向かいて萌生す——全て十二長生の中の「長生」の地なれば、ゆえに必定に新事の到来有り。もし家中に暗中懷孕の婦人無ければ、あれなればすなわち自身の灾を生ぜんとするなり。事は重重に纏絆し、一件に接してまた一件あり。 諸葛孔明曰く:「凡そ孟位の神を以て発用と為し、三伝また皆四孟に伝入し、全て孟神なれば、すなわち懸胎課なり。四孟は正に是れ五行長生の局・受気の辰なり。木は亥に長生し、火は木の子としてまず亥中の木気を承受す。火は寅に長生し、土は火の子としてまず寅中の土気を承受す。金は巳に長生し、水は金の子としてまず巳中の金気を承受す。水は申に長生し、木は水の子としてまず申中の水気を承受す。これに因りて便ち『受気の処』を以て名を取りて懸胎と為す。それは《周易・家人卦》の躰に統属し、花を開き子を結ぶの課なり。」

象曰:三傳長生,胎孕成形。官加恩壽,婚曰娉婷。病訟淹滯,財利疊興。行人畏賊,戀生不行。所謂懸胎者,如胎之懸於母腹,不知男女,子母不分,不能判剖,故主事多闇昧,亦多新意也。所占百事皆新意也。或卜結耦事,利上不利下,事主遠而多伏,闇昧不通,觸則成禍,帶吉將利遠利百事吉,應家人九四“富家大吉”之象也。

象辞に曰く:三伝皆長生の位に在れば、胎孕便ち已に成形す。官を為すを占えば則ち恩栄寿考を增添し、婚姻を占えば則ち娉婷の佳偶を得。疾病と詞訟とを占うに皆纏綿滞留し、財利を占えば則ち接連興旺す。行人を占えば則ち彼は盗賊を畏懼し、盗賊を占えば則ち賊は生路を貪恋して出動を肯んぜず。いわゆる「懸胎」は、胎兒の母腹の中に懸かるに像く、男か女かを知らず、母子未だ分かたず、剖判するに由無ければ、ゆえに事多く曖昧・また新意多きを主る——凡そ占う所の百事皆新意を帯ぶ。もし婚配結合の事を占えば、上位に利ありて下位に利あらず。事は多く遠処に在りて潜伏未だ顕れず、曖昧通ぜず、一たび触動すれば便ち禍と成る。もし吉将を帯びれば、則ち遠行に利あり、百事皆吉、正に《周易・家人卦》九四の「家を富む、大吉」の象に応ず。

李衛公曰:“有病懸胎者,如寅加巳,巳加申,申加亥,亥加寅,為進步長生,主事速。若寅加亥,亥加申,申加巳,巳加寅,為退步長生,主其事遲。若老幼病,值此課為後世投胎之逃。最為凶逃,若常占值此值此,更見三刑凶神惡將,必有憂疑驚恐。若家中尚是父母用事,則主父母尊長之災。

李靖曰く:「懸胎の中に別に『病懸胎』の分別有り。寅加巳・巳加申・申加亥・亥加寅の如きは、これは長生次序に順いて一歩前に進むにして、『進歩長生』と言い、事の来ること速きを主る。寅加亥・亥加申・申加巳・巳加寅の如きは、これは長生次序に逆らいて一歩退くにして、『退歩長生』と言い、事の来ること遲きを主る。もし老人あるいは小兒が病生じてこの課を占い得れば、あれは後世に投胎して往かんとするにして、尤も凶険なり。平常の占問もしこの課に碰上し、さらに三刑と凶神悪将とを見れば、必定に憂疑驚恐有り。もし家中になお父母の家に當りて事を主れば、便ち父母尊長に灾有るを主る。

或日用休囚,天后落空,為懸胎不育課,主家招干兒義女。若占謀事,主有四人共謀,終見乖乖加巳,名生胎,為憂課,女人懷孕安得不憂?主事生新。巳加申名病胎,為怕課,胎孕有病,安得不怕?主災病。見白虎入傳尤的。反吟四孟為絕胎,主胎產之災。若下生上,將得蛇虎,來意主身喜心憂,亦為孕事。

倘若日干と発用と皆休囚無気にして、天后また旬空に落つれば、あれなれば「懸胎不育課」と成り、この家の乾兒を認め・義女を収むるを主る。もし事を謀るを占えば、四個の人の一同に謀劃し・最終に仍りて乖違を見るを主る。(この下底本の文字に訛脱有り、「終見乖乖加巳」は応に「終見乖張。寅加巳」と作るべし、今は照録して補わず。)寅加巳を「生胎」と言い、是れ憂慮の課——女人は孕を懐けば怎んぞ憂わざらんやや。新事の発生を主る。巳加申を「病胎」と言い、是れ恐懼の課——胎孕病有れば怎んぞ怕れざらんや。灾病を主る。もし白虎の三伝に入るを見れば尚更準なり。反吟にして三伝また四孟に在るを「絶胎」と言い、胎産の灾を主る。もし下神が上神を生じて乗る所が螣蛇・白虎なれば、来意は身上に喜有りて心中に憂有るを主り、また孕事に属す。

若上生下神,將不和,胎動不安。更得與日辰相剋,魁罡在孕主行年上,主胎動疾病,又寅加亥為生玄胎,懷孕之時,漸有生意,受生男女生旺家門也。如亥加寅為病玄胎,懷孕之時母常有病,受生男女多長進也。寅加辰,亥加丑,為衰玄胎,是懷孕之時,家道衰廢,受生男女身軀衰弱也。”

もし上神が下神を生じて乗る所の天将が本神と和せざれば、則ち胎動不安を主る。さらに日干・日支と相克し、あるいは魁(戌)・罡(辰)が孕婦の行年の上に圧すれば、便ち胎動して疾病を生ずるを主る。この外、寅加亥を「生玄胎」と言い、懷孕期間家中渐に生機有り、生ずる所の児女は門戸を興旺せしむる能し。亥加寅を「病玄胎」と言い、懷孕期間母親は常常病生じ、ただし生ずる所の児女は多く長進有り。寅加辰・亥加丑を「衰玄胎」と言い、懷孕期間家道は衰敗し、生ずる所の児女は身体もまた孱弱なり。」

袁天罡曰:“既名玄胎,豈不利孕?三傳長生,豈不易產?官遇長生,受皇恩之壽。病遇長生,增沈重之疾。五行受氣,未卜問才;三傳皆生,順成有胎決成;求婚亦就,貪生未生;行人未來,賊不來敵,天后長生,行雲旋雨。”

唐代の術数家袁天罡の「玄胎課」を論ずる(また懸胎課と作る、「三伝」全て寅・申・巳・亥の四孟の位に落ち、而も寅申巳亥は恰も火・水・金・木の四行の「長生」の地なる課躰を指す)。三伝はすなわち発用に由りて推排し出だす初伝・中伝・末伝にして、六壬の事を断ずるの主干なり。袁氏曰く:この課はすでに玄胎を以て名と為せば、玄胎はすなわち胎兒の母腹の中に懸かるの形象、懷孕を占い問うに利あらざるの理何ぞや。三伝また全て長生に坐し、生機初めて動けば、生産を占い問うに順ならざるの理何ぞや。門を分かちて看れば:官職を占いて長生に遇えば、皇家の恩命を承受し・禄位綿長を主る。疾病を占いて長生に遇えば、則ち病気もまたこれに随いて滋生蔓延し、反って沈重の症を加重せしむ。この時五行はただ剛く受気成形し、財気未だ定まらず、用いて銭財を占い問うに宜しからず。三伝一路相生すれば、凡事皆能く勢いに順い成形し、胎を占えば必ず孕を成し、婚を求むもまた説合し得。ただし長生はただ初生を主りて結果を主らず、一味に生発を貪るもなお未だ真に生出せず、ゆえに行人を占えば対方のなお未だ啓程せざるを主り、盗賊を占えば賊人の敢て前に来たりて交鋒せざるを主る。もし「天后」(十二天将の中に婦女・陰私・婚媾を主るの女将)が恰好長生の神上に乗れば、便ち雲を行い雨を布くが如く、正に男女交合・孕育の事に応ず。

李淳風曰:“占遇懸胎,孕產嬰孩。若是無謀計,妻妾必孕。經曰‘玄胎利卜乎嬰孩。’又曰‘玄胎合後青龍入,並喜謀與婦人歡。’又如人懷孕,吉凶未判,男女未分,事在胸腹,外人不覺,必謀生涯,攸久事也。出行則宜遠去二千里外。若天后作財爻主結偶懷胎;或妻財值生氣,胎神發用,主妻有孕如正月戊己日用子,四月庚辛日用卯,七月壬癸日用午,占妻懷孕無疑,或年命見之,遇玄胎尤的。”

唐代の天文暦算家李淳風の懸胎課を論じて曰く:事を占いてこの課に遇えば、応ずる所は正に是れ懷孕生子なり。もし来る人の心裏に并せて具体の謀劃する事無ければ、あれなれば多半是れ妻妾の孕有りなり。経文に「玄胎は嬰孩を占い問うに利あり」と曰い、また「玄胎課の上にもし六合・天后・青龍の三将の伝に入る有れば、事を謀るの順遂・婦人と歓好するを主る」と曰う——六合は婚配媒妁を主り、天后は女子を主り、青龍は喜慶財禄を主り、三者同じく現われば、ゆえに喜事と断ず。さらに言えば、この課の象は人の胎を懐けるに像く:吉凶はなお判じ出でず、男女もまた分け清め得ず、事は胸腹の内に藏れ、外人は見出で得ず、ゆえに来る人の謀る所は必ず長遠の生計にして、久しく拖りて乃ち分暁を見るの事なり。出行を占えば則ち遠走に宜しく、二千里の外に到る可し。もし「天后」のこの天将が「財爻」(日干と我克の関係を構成する神、家事を占う時は妻室を代表す)の上に落てば、婚配を成し・身孕有るを主る。あるいは妻財の神が正に当令の生気に値り、而も「胎神」の発用(発用すなわち初伝にして一課の起端なり)なれば、また妻子の懷孕を主る。例を挙げて曰く:正月の裏に戊・己日に逢い子を以て初伝と為し、四月の裏に庚・辛日に逢い卯を以て初伝と為し、七月の裏に壬・癸日に逢い午を以て初伝と為せば、妻子の懷孕を占うに便ち断じて疑義無し。もしこれらの神が本命あるいは「行年」(歳数に按じて逐年推移する流年神位)の上に落ち、玄胎課に配上せば、応験は尚更準なり。

寅加巳,寅巳交加,逃者遠行。詩曰:內外皆懷望,音書暗報凶,權謀須在鄉,逃者無覓方。 寅加亥,盤結勢,天外一番春。詩曰:憂喜懷未久,權謀是入新。深根盤結勢,天外一番春。 巳加申,巳申合刑,喜有凶並。詩曰:歲運逢災眚,懷謀事恰成。禍害和根處,三家多逢迎。 巳加寅,巳寅相合,謀事有成。詩曰:內外多逢吉,謀為事已伸。屬事成有待,千載會風雲。 申加亥,申亥求庚,吉里凶生。詩曰:持危須損下,客得守諸宮。千謀運參處,前吉後仿凶。 申加巳,申巳全甲,脫節亨通。詩曰:有事喜重得,十脩始一新。圖謀須在外,在外破財亡。

以下の六条は、玄胎課が四孟の間に遞相に加臨して変出する六種の課躰にして、「某加某」は天盤の神が地盤の辰上に圧するを指す。 第一、寅加巳:寅は木の長生・巳は金の長生、二者また互いに刑すれば、ゆえに「寅巳交加」と言い、逃亡の人の已に他郷に遠走せるを主る。詩の中に曰く:家裏家外皆消息を盼望するも、来る音信は暗に凶兆を藏む。謀劃は本郷に在りて乃ち勁を使い得、逃走の人は已に尋覓する処無し。 第二、寅加亥:亥は木の長生・寅は木の臨官、同気相扶し、樹根の盤結するが如し、ゆえに「天外一番の春」と曰う。詩の中に曰く:憂喜皆なお落着無きも、謀劃は已に新意を翻出せり。根は扎ること深く勢いは結ぶこと牢にして、遠処に自ら一番の新気象有り。 第三、巳加申:巳と申とは既に相合しまた相刑すれば、ゆえに「喜に凶并せ有り」。詩の中に曰く:流年運気の上に災殃に撞見すも、懐裏の謀算は却って恰好弁成す。禍根と事根と一処に纏え、三方の人馬皆来たりて周旋す。 第四、巳加寅:巳寅相生相合し、事を謀れば成る能し。詩の中に曰く:内外皆吉に遇い、謀る所已に伸展せり。事は成るといえどもなお時機を等待する要し、一旦風雲際會すれば便ち千載難逢なり。 第五、申加亥:申金は亥水を生ず、是れ我の往きて彼を生ずるにして、ゆえに「申亥求庚」と言い、吉中に凶を生ず。詩の中に曰く:危を扶けんと要せば便ちまず下面を損ずる要し、客を為るはただ本位を固守するに宜し。千般の謀算は摻雑して一処に在り、まず吉して後に凶に転ず。 第六、申加巳:申と巳と合し、甲木の長生は亥に在り・禄は寅に在り、ここに気脈転接すれば、ゆえに「脱節亨通」と称す。詩の中に曰く:事有りて重ねて歓喜を得、屢次修整して乃ち焕然一新す。図謀は外頭に往くを要すも、外に在れば財を破ること易し。

三合課

孔明曰:“三合者,申子辰合水局,寅午戌合火局,亥卯未合木局,巳酉丑合金局。水曰潤下,炎曰炎上,木曰曲直,金曰從革,此水火木金俱以三合成局,若辰戌丑未全者則為稼穡課,此一課不入三合體,兼四象而五之四五行門。夫三合之課,總生旺墓之神而成一局,要論當令不當令,用起生神,加於旺氣,則事可成。若加相墓之地,主事欲廢而又興。若用起旺神加於生地,則是非常之事,所舉行中道,成了又再舉一事。若加於墓地,則所舉無氣,銳志已沮,又復真行。用起墓神加生死,主舊事又舉。若加旺相,雖心閉氣阻,猶未釋機。凡三合課若見支干上有一神與傳中一神六合,凡謀必遂,全無阻滯。但當詳其衰旺斷之。如春夏火旺相,水囚死;秋冬月水旺相,火囚死之例。值旺相則用事有氣,孕生男,求利吉;值囚死坐守財吉。用爻無氣,孕生女。總之統大畜之體,乃同類歡會之課也。”

名を諸葛孔明に托する解説:いわゆる三合とは、申子辰の会して水局を成し・寅午戌の会して火局を成し・亥卯未の会して木局を成し・巳酉丑の会して金局を成すなり。《尚書・洪範》の五行の性を取りて命名す:水局は「潤下」と言い、火局は「炎上」と言い、木局は「曲直」と言い、金局は「従革」と言う。この四局は皆三支の会合に由りて成る。辰戌丑未の四土斉全なるに至りては、別に「稼穡課」と言い、それは三合の内に算せずして、四象を把りて五行に合せて一門を凑足す。三合の課は、某一行の長生・帝旺・墓庫の三個の神を把りて一局を凑成し、断ずる時はまずそれの当令するや否やを看る要し:初伝もし長生の神に起こりて帝旺の地に加われば、気は盛処に往き、事は弁じ成る。もし墓庫の地に加われば、則ち事は本より作罢せんと欲するもまた重ねて興起す。初伝もし帝旺の神に起こりて長生の地に加われば、非常の挙を主り、事は半ばに弁じてまた別に一椿を起こす。もし墓の地に加われば、則ち挙ぐる所の事は気力無く、鋭気已に挫げ、然れどもなお硬く頭皮を頂きて走下去らざるを得ず。初伝もし墓神に起こりて長生・死絶の地に加われば、旧事重提を主る。もし旺相の地に加われば、心裏に一口の気を堵えるといえども、機会は畢竟なお未だ失掉せず。凡そ三合課、ただ日干・日支上の乗る所の神と三伝中の某一神とが六合を構成せば、あれなれば謀る所は必ず遂い、全く阻碍無し。ただし仍りて四時衰旺を細分して断ずる要し。たとえば春夏は火は旺相の気を得て水は囚死に処り、秋冬は水は旺相の気を得て火は囚死に処す。旺相に逢えば則ち用神力有り、胎を占えば男を生じ、財を求めれば利を得。囚死に逢えば則ち守るに宜しく進むに宜しからず、本分に坐守して反って財を得。用爻気無ければ、胎を占えば女を生ず。総じて言えば、三合課は《易経》大畜卦の躰に統属し、同類相聚歓会の課なり。

象曰:二財會金,得成一本,吉事必成,凶禍難離。尊長恩榮,常人財喜。和合婚姻,謀為大利。 如求財,傳中有財財易得,傳中有官求官易就。日用旺氣相生,神將吉,大利謀為,則應大畜卦上九爻曰“天衢亨”之象也。若日用衰,水倒逆,主事遲逆;火併火鬼,主火災;金並金鬼,主血光,忌行兵;木並木鬼,主木怪木壓;戊己丑未主田宅事,丑戌未乘虎主病死訟獄,則應大畜卦九三爻曰“輿脫輻”之象也。

課象辞に曰く:三合は両筆の財貨を湊りて一処に来たりて一錠を鋳成するに同じく、本銭は一処に合成すれば、ゆえに吉事は一定に弁じ成り、凶禍もまた同じく甩脱し得ず。身份有る人は恩栄を得、尋常の百姓は財喜を得、婚姻は和合する能く、事を謀れば大いに利有り。 具体に分占すれば:財を求むる時、もし三伝の中に「財爻」(我克の神)を帯びれば、財は便ち手に到ること易し。三伝の中に「官爻」(我を克する神、仕途を占う時は官職を代表す)を帯びれば、官を求めれば成就し易し。日干と初伝と皆当令の旺気を得てまた上下相生し、乗る所の十二天将もまた吉なれば、あれなれば大いに謀為に利あり、正に大畜卦上九爻辞の「何の天の衢か、亨」の通達の象に応ず。反って、もし日干と初伝と皆衰弱し、水気逆行して倒流すれば、事の遅滞順わざるを主る。火は并せて火鬼を見れば、火災を主る。金は并せて金鬼を見れば、血光を見るを主り、出兵を忌諱す。木は并せて木鬼を見れば、木石の作怪するあるいは樹木に圧傷せらるるを主る。戊己日あるいは丑未の土神の権に當るは、田地房宅の事を主る。丑・戌・未の三神が白虎を乗れば、病死と訟獄とを主る——これすなわち大畜卦九三爻辞の「輿は輹を説く」に応ず、車輪脱落し・半途に抛錨するの凶象なり。

袁天罡曰:三合之體,孟為隱伏,仲為進神,季為遊蕩,皆屬刑沖破害。況孟有孤神,仲有敗煞,季有華蓋,豈為全美?若日辰上神有一神與傳中一神六合,凡謀事主有人相助於中,但求解事,則不能散;若見天將六合亦妙;或有一傳於干支上作刑沖破害者,名三合殺散,合如不合,美中有冤,俗為“笑裡藏刀”是也。若合中有日刑,則主三人共謀,其志不一,朋友期會,交相爭競。若占得水火木金四局,不論那一局,皆如推磨,無休歇之象,一事未了又一事,來往不竭。又得吉將,用事須借人引進,亦須十四五度乃可。從革先從後革,炎上有影無形,潤下往而不返,稼穡艱難,作事無頭。又如甲乙日得稼穡課,土神將;丙丁日得從革課,金神將;戊己日得潤下課,水神將;庚辛日得曲直課,木神將;壬癸日得炎上課,火神將,是重重財物。若傳將克行年,來意主爭財論訟。若凶將入傳克,來必有公訟臨門。若貴人入傳生日辰行年,必有喜慶。若逢朱雀,來意必占文書或占信息。

袁天罡の三合の躰を論ず:三合局は四孟(寅申巳亥)・四仲(子午卯酉)・四季(辰戌丑未)より各々一支を出して合成す。四孟は隠伏未だ発せざるを主り、四仲は往きて前進の神、四季は則ち遊蕩不定を主り、而もこの三類は彼此の間にまた皆刑・冲・破・害を帯ぶ。況んや四孟の位は孤神を帯び、四仲の位は敗煞(沐浴咸池)を帯び、四季の位は華蓋を帯ぶ、哪能く十全十美と算せんや。もし日干・日支上の乗る所の神と三伝中の某一神とが六合を成せば、凡そ事を謀るに中間に人の旁より幇襯する有るを主る。ただしもし「解事」を求めに来る——纏えたるを了断せんと欲する——なれば、便ち散掉し得ず。三伝の中に「六合」のこの天将を見るも、同じく是れ好し。もし三伝中に一神有りて日干・日支と刑冲破害を構成せば、便ち「三合殺散」と言い、合するも合せざるに等しく、美中に怨を帯び、俗に謂う所の「笑裏に刀を藏む」は正にこの象なり。もし合局の中にまた日干の刑を夾めば、三個の人の合謀して一事をなすも各々心思を懐くを主り、朋友の聚會は反って相互争奪と成る。凡そ占い得る水・火・木・金の四局中の任何の一局も、皆磨を推すが如く転じて停まず、一事未だ了せざるに一事また起こり、往来絶えず。もしさらに吉将を乗れば、事を弁ずるになお人の引薦に托するを須い、且つ来回去りて十四五趟にして乃ち弁じ成る。四局各自の性情に就きて言えば:従革課はまず順従して後に変革し、炎上課は影有りて形無く、潤下課は去りて返らず、稼穡課はまず難く後に獲・事を為るに頭緒無し。さらに日干と課局との配合を看れば:甲乙木日は稼穡土局を得・丙丁火日は従革金局を得・戊己土日は潤下水局を得・庚辛金日は曲直木局を得・壬癸水日は炎上火局を得、会する所の局は皆日干の克する所の財にして、また同類の天将を乗れば、便ち重重の財物なり。もし三伝の乗る所の天将が往きて「行年」を克すれば、来る人の本意は財を争いて官司を打つなり。もし凶将が伝に入りて相克せば、必ず公門の訟事の門に上らん。もし「天乙貴人」が伝に入りて日干・日支あるいは行年を生ぜば、必ず喜慶有らん。もし「朱雀」(文書口舌を主るの天将)を見れば、来る人の占う所は必ず文書あるいは消息の事なり。

詩曰:從革怕火日,定有事招殃。土日見潤下,金日曲直逢,木遇稼穡地,水家炎上當,在吉又可取,小事定遭傷。君子又可用,小人災異凶。 又詩曰:三合之課是雜神,二姓公婆及議人,凡事干謀宜託人,不然帶眾事縈心。

歌訣に曰く:三合局と日干五行と相克する時は尤も留意する要し——従革金局は丙丁火日に遇うを怕れ、火は金を克し、必定に災を招く。戊己土日が潤下水局に碰上し、庚辛金日が曲直木局に碰上し、甲乙木日が稼穡土局に碰上し、壬癸水日が炎上火局に碰上するは、皆日干の往きて局を克するにして、局は日干の財と為る。この几種の配合は、大処に向かいて看ればなおその吉を取り得、小事の上では却って一定に些の損傷を受くる要し。位望有る君子は駕馭して住ましめ得、なお用う可し、小人これに遇えば便ち災異の凶と成る。 また一首の歌訣に曰く:三合課の会する所は不同方位の雑神にして、两姓の親家・居間に説合する人を象徴す。凡そ干求する所有れば、人に托して代弁するに宜しく、否ずれば一群の人を牽扯し、事は心上に堆りて放し下げ得ず。「縈」はすなわち繚繞の意なり。

曲直課

詩曰:曲直東方是木形,三傳亥卯未相併。人占桴篾並栽植,病者傷寒致久縈。 又曰:三傳皆屬木,其位名曲直。利作舡車事,修造覓財植。震動雖然有,求財無壅塞,百事悉皆通。

歌訣に曰く:曲直は東方に属し、取る所は木の形性にして、その課は三伝亥・卯・未の木局斉全なり。事を占えば多く竹木の編排する筏子・篾器と栽種の事に応じ、病を占えば則ち傷寒の一类・纏綿して日久しく愈えざるを主る。 また一首に曰く:三伝全て木に属す、この位次を便ち曲直と言う。船を造り車を造るに宜しく、興修建造・草木を経営して財を求むるに宜し。木性は動を主りて免れず些の震蕩有るといえども、財を求むるは并せて壅塞せず、百事皆能く通達す。「舡」はすなわち船なり。

又詩曰:曲直多不一,日又屬木神,亥卯未三傳,此名曲直課,固蒂亦深根。栽培方有獲,攸久始榮光。歷風易搖動,枝葉連遷延。吉則人謀害,凶為自己奸。近事休謀度,終應不濟美。災過當亨泰,秋冬占必殘。路逢須瘦僕,木事必姻緣。 又詩曰:曲直神后為天乙,傳中蛇虎憂訟官。后合陰龍傳曲直,大吉並之課親傳。

また一首の歌訣に曰く:曲直の象は枝干横斜にして、頭緒多くして斉一ならず。もし日干本身また木に属し、三伝さらに亥卯未を見れば、便ち正に名づけて曲直課と為し、その勢いは蔕固く根深し。凡事は樹を栽えるが如く培植して乃ち収成有り、須らく長久を待ちて乃ち栄光を見ん。木高ければ風に揺るること易く、枝葉牽連して事は拖延す。吉処に向かいて言えば、別人の汝に替わりて謀劃するなり。凶処に向かいて言えば、自己の心裏に別に算盤を打つなり。眼前の近事は籌謀するを要せず、終竟円満せざらん。あの一段の災厄の過ぎ去るを待てば自然に亨通す。もし秋冬にこの課を占い得れば、木気已に衰え、必ず残損を主らん。路上に遇う所は応に清痩の僕従なり。凡そ草木の事に渉るは、多半一椿の姻縁を牽く。 また一首に曰く:曲直課もし「神后」(子水の神)の上に天乙貴人を乗じ、而も三伝中に螣蛇・白虎を見れば、則ち官司刑訟を憂う。もし三伝曲直にして天后・六合・太陰・青龍の这几位の吉将を乗じ、さらに「大吉」(丑土の神)の并入有れば、便ち課気親和・伝遞有情の好格なり。

孔明曰:木為曲直,三傳見亥卯未,或臨日辰,則為曲直課。《集靈經》云“斗加亥,前五卯,後五未,以應此課。”蓋木生於亥,旺於卯,墓於未,為木之始終。木至始終豈無曲直之處?故名之。主有克樹克木之應,有種植之事及委蛇贊佑之事,或主舡車之事。凡事主先曲後直,利修造,但謀為遲滯,或先直而後曲,變象多端,事多從雜;自下傳上則直,上傳下曲;未加亥為下傳上,亥加未為上傳下;自生傳旺墓則謀事有成,自量傳墓生則前事已成後舉;自墓傳生則事已廢復行,但以曲襯直,則不能無是非也。若見勾朱鬼煞,必有因林木爭鬥之事。其占官主同僚有爭;占行兵主群黨背叛,居家者主親族爭撓;占訟先直後曲,或先曲後直,須委始其詞;又主與朋友致爭。

孔明曰く:木の性情は曲直、三伝に亥卯未の木局を見、あるいは木局の神が日干・日支上に臨めば、便ち曲直課と言う。《集霊經》に「北斗天罡を以て亥上に加え、前に往きて五位を数えて卯を得、後に往きて五位を数えて未を得」と曰うは、正にこの課の排法に合す。木は亥に長生し・卯に帝旺し・未に入墓す、この三支は木の一生の始終を管す。木は生より墓に至るまで、枝干哪能く曲折伸直の処無からんや。ゆえに名を取りて曲直と為す。この課の応ずる所、多くは樹木を砍伐するの事、あるいは種植の事、あるいは迂回周旋して人の旁より幇扶する事、また船車の上に応ずる可し。凡事はまず曲折して後に順直を主り、興修建造に利あり、ただ謀劃推進は遅緩なり。またまず順して後に曲なる有り、変化多端にして事は雑乱す。伝遞方向を看れば:下より上に向かいて伝うるを直と為し、上より下に向かいて伝うるを曲と為す——未が亥に加わるは下伝上にして、亥が未に加わるは上伝下なり。長生より帝旺・墓庫に伝向せば、事を謀れば成る能し。旺気より伝じて墓に入り・再び墓より生に転ずるは、前の一椿の事已に了して後の一椿また起こるなり。墓庫より長生に伝向するは、已に廃棄したる事の重ねて起こり作るなり。ただ曲と直と互相に襯托し、その間に是非を免れず。もし「勾陳」「朱雀」の这两位の争闘口舌を主るの天将、あるいは木鬼凶煞を見れば、必ず林木に因りて起こるの争闘有らん。官職を占えば、同僚の間の争有るを主る。行兵を占えば、部衆の背叛を主る。家に居りて占えば、親族の糾纏吵鬧を主る。詞訟を占えば、あるいはまず直して後に曲・あるいはまず曲して後に直、須らく最初の説法を仔細に究問すべし。この外また朋友と怨を結び相争うを主る。

袁天罡曰:曲直課屬木,木以水為根,秋氣斂,雖不浮華,枝蔓有損,但內氣緊實,有結果,加以生日,亦有代斷木植之事,或修造事。日辰見金或年見金,有三合之財。若春夏則木氣敷榮散,內伐而外柔,多虛少實。壬癸甲乙日得此;戊己根固有傷;丙丁日枝枯,有英華;庚辛日斫削成,艱難後得。

袁天罡曰く:曲直課は木に属し、木は水を靠りて根と為すを要す。秋は金気収斂し、木は浮華せざるといえども、枝蔓にも折損有る、ただ内裏の気は反って緊実にして、能く果を結ぶ。もし木局また来たりて日干を生ぜば、また人に替わりて林木を砍伐しあるいは興造修葺するの事上に応ず。日干・日支上に金を見、あるいは本命・行年上に金を見れば、金は木の官・木は日の財と為り、便ち三合の会え来たるの財有り。もし春夏に在れば、木気正に舒展発散し、外表柔順にして内裏已に耗伐せられ、虚多く実少なし。日干を分かちて看れば:壬癸水日・甲乙木日がこの課を得るは、水の木を生じ・木の比和にして、尤も気を得。戊己土日がこれを得るは、根は固きといえども土は木に克せられ、傷有り。丙丁火日がこれを得るは、木は火を生じて自身は枝枯れ、ただ表面の光彩を落つのみ。庚辛金日がこれを得るは、金は能く斫削して器を成し、須らくまず艱難を経て而後得有らん。

順三局申加子 逆三局辰加子

この一行は曲直等の三合課両種排法の示例なり。「順三局」は申加子を挙げて式と為す:天盤申は地盤子上に圧し、長生・帝旺・墓庫を取りて申—子—辰の順次に依りて相伝す。「逆三局」は辰加子を挙げて式と為す:天盤辰は地盤子上に圧し、辰—子—申の逆次を取りて相伝す。順局は生より墓に至り、気機は前に向かい、事の勢いに順いて推展するを主る。逆局は墓より生に返り、気機は回頭し、旧事重提・進度倒転を主る。四局皆この例に照らして安排す。

炎上課

詩曰:三傳俱是火,炎上勢沖天,利為窯冶事,分明爐火燃,五姓看宅上,切怕見行年,若到火炎上,火起皆日延,辰神又屬火,三傳戌午寅,名曰炎上課,顯赫皆日新,內謀方有礙。外事已昭然。初則端微細,終成長大倫。易衰還易發,迅速必驚人。炎上多勢大,遏止則沈淪。定有文書動,見火有災殃。白虎更乘死,必有燒死魂。庶言炎火事,天必大晴明。冬占人問墓,所往必蒙親。文書主往來,仍看本宅主。行年相生合,火災決宅真。

歌訣に曰く:三伝全て火なれば、便ち炎上の課を成し、気勢直に雲天に冲し、焼窯・冶煉の一类の営生に宜しく、分明に是れ炉中の火焰正に旺なるの象なり。家宅を占えば五姓の配する所の宅位を看る要し、尤も火局の当年の「行年」上に落つるを怕る:一たび行年に落てば、火勢は便ち本人の身上に延び、火災は多半応験す。日支の神もまた火に属し、三伝排成して戌・午・寅と為れば、便ち正に名づけて炎上課と為し、その勢いは顕赫にして一日一日に張揚す。心裏に暗に打つ算盤は反って阻碍を受け、外面に擺る事は却って一目了然なり。起初は端倪細微にして、最後に長じて大局面と成る。火性は熄め易くまた起こり易く、来ること速くして、往往人を駭かす。炎上の気勢すでに大なれば、もし強いて遏止せば、反って沈埋し下る。事を占えば必ず文書の興動有り、火を見れば則ち災殃有り。「白虎」(血光死喪を主るの天将)さらに死気に乗上すれば、必ず焼死せられたるの亡魂有らん。凡そ火事を説けば、天必ず大晴なり。冬に墳墓を占い問えば、往く所の処は必ず親族の庇蔭を得。文書は往来奔走を主り、なお本宅の主の気数を看る要し。もし火神と行年と相生相合すれば、あれなればこの家に火災有りと断ずるに断ずること準なり。

又曰:寅午戌為炎上課,三傳皆火是其名。日象為君人性急,釜鳴爐冶卜天晴。占人欲行憂口舌,婦人占孕是嬰孩。

また曰く:三伝排成して寅・午・戌の火局と為れば、便ち炎上課と言い、取る所は三伝全火の義なり。太陽は火の精にして、人事の上に君主を象徴し、性情の上に人の急躁を主る。家中の鍋釜の作響するを占い、あるいは炉冶の事を占い、晴雨を占えば則ち天晴を主る。人の出門せんとするを占えば、須らく口舌是非を防ぐべし。婦人の胎孕を占えば、男嬰を生ずるを主る——火性は陽に属するに因りて、ゆえに男と断ず。

孔明曰:火曰炎上,乃三傳見寅午戌,或在日辰上,故名炎上課。《集靈經》云“斗加寅,前五午,後五戌,以應此課。以火生於寅,旺於午,墓於戌,為火之始終。”火有始終,其勢必上炎,故名之,主有熔煅爐冶之事。又主大利文章之事,主有主主君事,皆火之精為日為君象。火生土,主有土之君,又主文書口舌事,事體急速,應離卦,內暗外明,內柔外剛。凡事多虛少實,有始無終。如火之炎光,暫時便暗也。主朋黨群隊疏狂,鼓扇而成事,先欣後嗔。蓋火之初燃,其勢掀熾,一滅而成灰燼,故無長久。又暴燥好怒不正。占雨必晴,晴久必雨。占命必虛氣淫慾,年命更來火神,其病必凶,炎症瘦疾。占孕婦必生男子。占訟有刑罰,占謀望主舊事欲成。或旺相生日辰,最利文場,文字清新,必然高顯。旺不宜於老景,及囚死之月則不吉矣。又訟事大鬧而散,陳詞多虛,行人口舌。

孔明曰く:火の性情は上に向かいて燃焼す、三伝に寅午戌を見、あるいは火局の神が日干・日支上に臨めば、便ち炎上課と言う。《集霊經》に「北斗天罡を以て寅上に加え、前に往きて五位を数えて午を得、後に往きて五位を数えて戌を得」と曰うは、正にこの課に合す。火は寅に長生し・午に帝旺し・戌に入墓するに因り、この三支は火の一生の始終を管す。火はすでに始終有れば、その勢いは必然に上炎すれば、ゆえに名を取りて炎上と為し、応ずる所の事は多くは熔鋳鍛打・炉冶の一类なり。また大いに文章の事に利あり、また君主・主上に関有る事を主る——太陽は火の精にして、象に日と為り君と為るに因る。火は土を生じ得れば、ゆえにまた土徳の君を主る。この外また文書口舌・事の来ること急速を主る。この課は《易経》離卦に応ず:外は明にして内は暗く、外は剛にして内は柔なり。凡事虚多く実少なく、頭有りて尾無し、火光の一閃・转眼に便ち暗くなるに像く。また一群の人の結党放縱し・鼓動煽扇を靠りて事を弁成し・まず高興して後に臉を翻すを主る——火は剛く点着する時勢頭は熾烈にして、一たび熄めば便ち灰燼と成り、長久する能わざるに因る。また人性情暴躁して怒り易く端正ならざるを主る。雨を占えば則ち必ず晴、久晴なれば則ち雨に転ず。命を占えば気虚にして色を好むを主る。もし本命・行年上にさらに火神来たれば、病を得れば必ず凶、多くは炎症と消痩の疾なり。孕婦を占えば必ず男を生ず。詞訟を占えば刑罰有り。謀望を占えば、旧事の将に弁成らんとするを主る。もし火局旺相にして来たりて日干・日支を生ぜば、尤も科場に利あり、文思清新にして必ず能く名を顕さん。ただし旺気は晚年に宜しからず、また火の囚死に処る月份に在るも宜しからず、あれなれば便ち吉ならず。この課は訟を占うに、往往鬧ぐこと甚だ大にして終竟散場に帰り、供詞は多く虚妄有り。行人を占えば則ち口舌紛糾を主る。

袁天罡曰:寅午戌刑在午,有刑無德,事若火焚,但主利見大人,虛聲皂白,見朱雀公訟,見后合主婦女姦淫,見蛇虎主婦女血疾,見天空主屋宇損壞,大忌戌加寅,是墓臨生地火散則炎,塞則無光。所占明白反為闇昧狂鄙不遂,秋得之主恃勢謀事有成。若庚辛日得此名帶煞,來意主官疾患,又主災疾火之病。惟庚辛酉日寅加辛為用,主因財反仇;戊己日得曲直,丙丁日得潤下,甲乙日得從革,壬癸日得稼穡,並依此例斷之。壬癸日見炎上,雖為財局,其實是鬼。蓋火能生土,土反克水故也。名子母鬼,占事被骨肉解破,狂鄙不遂。

袁天罡曰く:寅午戌の火局、午は午に自刑し、是れ刑有りて徳無し、事は火に焼かるるが如く急迫なり。ただし火は文明を主り、仍りて大人を謁見するに利あるを主るも、ただ声名の虚実は辯じ難し。三伝もし「朱雀」を見れば、公門の訟事を主る。「天后」「六合」を見れば、婦女の奸情を主る。「螣蛇」「白虎」を見れば、婦女の血分の疾を主る。「天空」を見れば、房屋の損壞を主る。尤も戌加寅を忌む、あれは墓神が長生の地に圧するなり:火は散開して乃ち炎上し得、堵え塞がれば便ち光無し、ゆえに本応明白なる事は反って暗昧と成り、人も狂妄鄙陋・諸事遂わず。秋にこの課を占い得れば、火気已に退きて金気権に當り、勢力に凭りて事を謀れば反って成功し得るを主る。もし庚辛金日に炎上を得れば、火は金を克し、これを帯煞と作り、来る人の本意は多く官事あるいは疾患にして、また火性の災病を主る。独り庚辛日・酉日に寅を辛に加えて初伝と為すは、財物に因りて反って仇怨と成るを主る。同理に、戊己土日が曲直木局を得・丙丁火日が潤下水局を得・甲乙木日が従革金局を得・壬癸水日が稼穡土局を得るは、皆この例に照らして断ず。壬癸水日に炎上を見るは、火は水の克する所の財局たるといえども、実際上は却って是れ鬼——火は土を生じ、土は反って回りて水を克すれば、ゆえに「子母鬼」と言う:財は我の克して生出する土に由りて反って来たりて我を傷れば、事を占えば便ち骨肉至親に中より拆散せられ、人も狂妄鄙陋・求むる所遂わず。

従革課

詩曰:三傳皆是金,從革課內生。兵家為大忌,臨見血光臨。求財獲珍寶,遠行利相尋。利成反覆旺,有祿必相侵。問病傷筋骨,又主神勞侵。 詩曰:日辰又屬金,巳酉丑三辰。此名從革課,還多改變心。所為鬧津渡,必有重權任。心煩易煎怒,人有暗謀深。吉則招喜事,多從憂撓尋。凶則病血氣,瘡痍勞疾禁。應日光有響,逢熔鑄冶金。

歌訣に曰く:三伝全て金に属せば、便ちここより従革の課を生出す。兵を用うる人は尤もこの課を忌み、一たび陣に臨めば便ち血光を見る。財を求めれば珍宝を得、遠行は相尋ね會合するに利あり。得る所の利は反覆起落し易く、縦令禄位有るも、人に侵奪せらるるを免れず。病を占えば筋骨に傷有るを主り、また心神の労耗を主る。 また一首に曰く:日干・日支もまた金に属し、三伝排成して巳・酉・丑の三辰と為れば、これを従革課と言い、人心裏に多く改変の念頭有り。弁ずる所の事は多く渡口津梁の一帯に喧鬧し、必ず重権を掌るの差事有り。人心煩躁して怒り易く、旁に人の暗中深謀する有り。吉処に向かいて応ずれば、喜事を招来するも、却って多半憂愁煩擾の中より生出す。凶処に向かいて応ずれば、血気の病・瘡瘍と労損の疾の身に纏うなり。応験の時は多く日光有り・響声有るの処に在り、あるいは正に熔鋳冶煉金属の時に逢う。

又詩曰:巳酉丑為從革課,兵革相持位屬金。改舊入新為別業,病傷筋骨肺癆侵。 孔明曰:金曰從革,乃三傳巳酉丑全,或臨日辰,皆名從革課。《集靈經》曰“斗加巳,前五酉,後五丑,以應此課,主有兵革、金鐵之應,主軍旅征伐之事。亦多別業,利有更改等事,主先從而後革。”《玉 歌》云:“從革課傳巳酉丑,若卜爭端為大咎。”雖和合亦有更改。占訟三傳見的煞,主有罪。占病主筋骨疼痛及勞血之症,見白虎勾陳主有爭鬥、血光、死亡之事。占婚姻不利。占考試功名事,多執特不完成,或從戎為美,革故鼎新為妙。然必酉加巳,巳加酉方合改革之應。火必金須變革。若火多金少,金旺火囚,及傳得後武水者,即名從革不革格,來意主事欲動而多不從。如六癸日巳加丑發用,三傳巳酉丑,難以從革例言改動也。

また一首の歌訣に曰く:巳酉丑会して従革課を成し、兵戈相持し、位は西方金に属す。旧を改めて新に換え、別に一份の産業を立つ。病を占えば則ち筋骨に傷有り、あるいは肺癆の来侵すなり。 孔明曰く:金の性情は「従革」——人意に順従して改鋳変形す可し。三伝巳酉丑斉全し、あるいはこの局の神が日干・日支上に臨めば、皆従革課と言う。《集霊經》に「北斗天罡を以て巳上に加え、前に往きて五位を数えて酉を得、後に往きて五位を数えて丑を得」と曰うは、正にこの課に合す。応ずる所は多く兵戈・金鉄の事にして、軍旅征伐を主り、また多く別に別業を立つるを主り、更改に利あり、その勢いはまず順従して後に変革す。《玉歌》に「従革課の三伝巳酉丑、もし争端を占えば便ち是れ大禍」と曰う。この課は縦令和合するも、終竟帰して変更有り。詞訟を占えば、三伝に見る所の煞は、当事人に罪有るを主る。病を占えば筋骨疼痛と労損血症を主り、もし「白虎」「勾陳」を見れば、争闘・血光・死亡を主る。婚姻を占えば利あらず。考試功名を占えば、多半一端に執着して弁成らず、倒れて如かず軍に従るを好しと為し、故を革め新を鼎くして乃ちこの課の性に合す。ただし必ず酉加巳・巳加酉——金の火位に臨み・火の金位に臨む——にして乃ち真に改革の応に合し、火の来たりて煆煉する有りて、金乃ち形を変じ得。もし火多く金少なく、あるいは金正に旺にして火は囚地に処り、又あるいは三伝の中に天后・玄武の這類の水神を帯びれば、便ち「従革不革格」と言い、来る人の本意は事の動かんと欲するも多半動き成らざるなり。譬へば六癸日に巳を丑に加えて発用と為せば、三伝は巳酉丑たるといえども、従革の常例に照らして変動を断ず可からず。

袁天罡曰:從革課,水日生氣,火日死氣,丙丁日財氣,戊己日耗氣。若酉加丑發用,將見貴神常勾,此乃為降氣,卻主父母災,多主被勢力之主強劫其財,而不得伸。大抵忌天將降盡絕氣也。又況盡犯孟仲季之呻吟,必主被而不完,先阻而後成也。

袁天罡曰く:従革金局と日干と相配するは、気に四様有り——壬癸水日は、金は水を生ず、是れ生気なり。丙丁火日は、火は金に泄せられて金また克を受く、是れ死気なり。丙丁日は金はその克する所と為り、また是れ財気なり。戊己土日は、土は金を生じて自身は泄せらる、是れ耗気なり。もし酉を丑に加えて発用と為し、天将の上にまた「天乙貴人」「太常」「勾陳」の这几位の土性・穏重の将を見れば、金気は反って圧下せられ、これを「降気」と言い、父母に灾有るを主り、多半是れ権勢有る人に財物を強奪せられて申訴するに門無し。大体に言えば、従革課は尤も天将の金気を一路絶地に圧到するを忌む。況んや巳は四孟に属し・酉は四仲に属し・丑は四季に属し、三類の神皆牽動せられて呻吟安からず、必ず事の受損にして周全ならざるを主り、須らくまず阻碍を経て而後乃ち成るべし。

又曰:從革課遇旺相與吉神並者,主死喪兵革之事。若日干囚死,有西行之兆。占利進從革事,順丑酉巳為從新革舊,有氣則革而增進,無氣即革而韜退。巳酉丑主幹事有氣而欲就又革;酉丑巳革而不順方革,主雖有和合,亦有更改,內有六合,欲動不動,最忌作金鬼。大抵利更改遷移,商人得從革課主修門換戶事喧嚷。詩曰:春暮舉兵戈,兵家火厄,惟宜求貨利,商賈主大獲。

また曰く:従革課もし金気旺相にしてまた吉神と并せ見れば、反って死喪・兵戈の事を主る——金は粛殺を主り、気盛んなれば則ち殺気盛んなり。もし日干が囚死の地に処れば、則ち西行の兆有り、金位は西に在るに因る。進取を占えば、変革の一类の事を為るに宜し。三伝が丑・酉・巳に按じて順次相伝するは、「新に従り旧を革む」なり:金気力有れば一辺変革し一辺增益し、金気力無ければ変革の後反って収斂退蔵す。三伝が巳・酉・丑と作るは、事を弁ずるに本より気力有りて、眼を看て成らんと欲してまた変更を生ずを主る。三伝が酉・丑・巳と作るは、変革して順わず・勉强して乃ち革め動くを得にして、縦令和合有るも終に更改有るを主る。もし三伝中に「六合」を夾めば、則ち動かんと欲して動かず。尤も金の化作して日干の鬼と為りて身を克するを忌む。総じて言えば、この課は更改と遷移とに利あり。商人に従革課を得れば、門を修め戸を換え・張羅喧鬧の事を主る。歌訣に曰く:暮春に兵を動かすは、兵家の火厄なり。この時ただ貨利を求取するに宜しく、商賈は反って大いに獲る所有らん。

潤下課

詩曰:三傳俱是水,潤下本因由。天后與六合,姦情必有憂。忽然盜賊起,玄武倍添愁。萬般皆有忌,順水任遨遊。縱有陰私事,救神主便休。 又詩曰:日辰又屬水,三傳申子辰。名為潤下課,事體分流轉。欲成還就滅,盈以必須傾。吉則宜爭先,凶逢阻障人。君子所謀近,卑小必有聲。雨天有應象,農夫多潤澤。天后並六合,姦情淫泆周。

歌訣に曰く:三伝全て水なれば、これすなわち潤下課の由来なり。もし「天后」と「六合」の両将を見れば、必ず奸情の憂有り。もし忽然として盗賊起こり、さらに「玄武」(盗賊陰謀を主るの天将)を見れば、さらに愁煩を添う。この課は諸般の事皆忌諱有り、ただ水に順いて舟を推し・流に随いて行くに宜し。縦令陰私の事有るも、ただ課中に解救の神有らば、便ち消停す。 また一首に曰く:日干・日支もまた水に属し、三伝排成して申・子・辰と為れば、便ち潤下課と言い、事は水の如く分流して転折す。眼を看て成らんと欲してまた消滅に帰し、水満ちれば必ず傾瀉す。吉処に向かいて言えば人の前に搶するに宜しく、凶処に向かいて言えば中より梗を作すの人に遇上せん。身份有る人の謀る所は近処を出でず、地位卑微の人は反って些の声名有り。雨天を占えば応験の象有り、農夫は雨水の滋潤を得。もし「天后」と「六合」と同じく現われば、則ち奸情淫乱の事は便ち周遍に糾纏せん。

又詩曰:立用傳中申子辰,課逢潤下水之因。占者必言溝瀆事,不然舟楫魚網鱗。占胎定是生女子,疾病為殃謝水神。潤下天罡龍合併,有人送物錯斑鱗。潤下後為龍合子,相召飲酒來舟船。

また一首の歌訣に曰く:立つる所の初伝と中末伝と皆申子辰の内に在れば、この一課は便ち潤下にして、縁由は水に在り。占い問う人の説く所は必ず溝渠水道の事、否ずれば便ち船只・漁網・魚蝦の類なり。胎を占えば必定に女を生ず——水性は陰に属す。疾病を占えば、水神の作祟にして、須らく水神を祭謝して災を消すべし。潤下課もし「天罡」(辰土の神)の上に「青龍」「六合」を乗ずれば、人の禮物を送り来たる有るを主り、多くは斑斕の魚鱗水産の類なり。もし「天后」が子位に在りて青龍・六合と同じく見れば、則ち人の相邀有りて、船に坐して酒を飲むを主る。

孔明曰:水為潤下,乃三傳得申子辰全,或日辰上見之,故名潤下課。《集靈經》曰“斗罡加申,前五子,後五辰,以應此課。主溝渠、舟楫、魚鹽、網罟之事。又主淫泆盜賊等事。凡事不急,攸攸久長,淹留伏匿,中不能靜,柔順中伏,險蹈,先暗後明,事體叢雜,口舌陰私。” 經曰:“潤下之課申子辰,口舌陰私徹外人”是也。順生則事皆順,逆生則事皆逆且遲,金生則吉,金克則凶,老人逢此課吉,少人逢此課凶。若在旺相宜問老者,在休宜問少者。

孔明曰く:水の性情は下に向かいて潤沢す、三伝申子辰斉全し、あるいはこの局の神が日干・日支に見えれば、便ち潤下課と言う。《集霊經》に「北斗天罡を以て申上に加え、前に往きて五位を数えて子を得、後に往きて五位を数えて辰を得」と曰うは、正にこの課に合し、応ずる所は溝渠・船只・魚鹽・漁網の一类の事にして、また淫乱と盗賊の事を主る。凡事皆急迫せず、悠悠長長として、滞留潜伏し、表面平静にして内裏は静め得ず、柔順の中に険陷を藏め、まず暗して後に明、事躰は繁雑にして、口舌と陰私と多し。 経文に「潤下の課は三伝申子辰、口舌陰私は外人に通ず」と曰うは、正にこの意なり。三伝順次相生すれば則ち事事順遂し、相生に逆らえば則ち事事别扭にして且つ遅緩す。金の来たりて水を生ずる有れば則ち吉、土金に相克せられれば則ち凶。老年人がこの課を得れば吉、年輕の人がこの課を得れば凶——水は沈潜收藏を主り、静に宜しく進むに宜しからず。もし水気正に旺相に當れば、老者の事を占い問うに宜し。もし水気が休囚に処れば、則ち少者の事を占い問うに宜し。

袁天罡:五行正氣,入於揉雜之體,三合則異方生旺墓之神,事主駁雜不一,至於水萬折,必東流而不息。易清易濁,易圓易方;際之則靜,激之則鬧;順則決江河,莫之能御;逆則為挽舟上灘,艱滯莫前;得時則千江萬派,總歸於一;失時則為無源之水,易涸易盈。凡事主淹留,遲伏於中,不能轉靜;干係眾謀, 轉為轉立而不決意,刻應多過月;牽連疑忌,利占成不利占解散,謀事主連累下人。占病凶,以辰為水土墓也。占宅占宅近水居住也。雖然無凶,亦不振發。占訟主官事不成。占孕主女子。占文章不利。占晴雨主陰涉。占求財最忌全財化鬼。

袁天罡曰く:五行の正気は一旦三合の這種の揉雑なる課躰に入れば、会する所が不同方位に分属する長生・帝旺・墓庫の三神なるに因り、ゆえに事を断ずれば駁雑にして一ならず。水に就きて言えば、それは千回百折して終竟東流して息まず:清くもなり易く濁りもなり易く、円にもなり易く方にもなり易し。安んじて置けば則ち静、激動すれば則ち鬧ぐ。順いて走れば決開せる江河の如く、誰も挡え住む能わず。逆らいて走れば船を拉して灘に上ぐるが如く、艱難停滯して寸步行くこと難し。時を得れば則ち千江万派同じく一処に帰し、時を失えば則ち無源の水と成り、乾涸し易くまた泛濫し易し。ゆえに凡事拖延を主り、事は中間に伏して遲遲として動かず、また静め得ず。許多の人の謀議に牽渉し、翻来覆去に議を立ててまた反悔し、主意を拿定せず、応期は常常に一個月を拖過す。人事の上は牽連猜忌し、成事を占うに宜しく、解散を占うに宜しからず、事を謀ればまた下面の人に連累及ぼす。病を占えば凶、辰は水土の墓なるに因る。住宅を占えば、近水の地方に住むを主る。この課は凶と算せざるといえども、また振作し起これず。詞訟を占えば、官司の弁成らざるを主る。胎孕を占えば、女を生ずるを主る。文章を占えば利あらず。晴雨を占えば、陰天に渉水を主る。財を求むるを占えば尤も整個の財局の反って鬼と化して身を克するを忌む。

稼穡課

詩曰:日辰屬土三傳季,或日即逢戊己干。初傳丑未終火土,併為稼穡主田園。吉則有喜凶多訟,歲功建立實艱難。若也三傳俱四季,遠行遊子更留連。 又曰:戊己占時用土神,三傳四季合新文。此名稼穡多從土,築圃開田宅墓因。

歌訣に曰く:日干・日支が土に属して三伝皆辰戌丑未の四季の位に落つるか、あるいは占う所の日が恰も戊・己の土干なるか。初伝は丑あるいは未に起こり、末伝は火・土の神に帰す——これら皆稼穡課と算し、主る所は田地園圃の事なり。吉処に向かいて言えば喜慶有り、凶処に向かいて言えば詞訟多し、一年の収成は立て建つる実に艱難なり。もし三伝全て四季の土なれば、あれなれば尚更遠行の遊子の外に滞留して帰らざるを主る。 また曰く:戊己日に占う時、発用は土神を得、三伝全て四季の辰、合して一格を成す。これを稼穡課と言い、事は多く土の上より生出し、縁由は園圃を筑し・田地を開き・宅舎墳墓を修するに外ならず。

孔明曰:土為稼穡,乃三傳得辰戌丑未土;或戊己日干支見土神,故名稼穡課。主耕農開墾,土工築室,田園之事。季夏旺相,動作遂意。秋冬喪敗,主田墓有憂。如四季月與夏月占,主田苗墳墓之事。如得土將發用,主事干眾佃,或因田土爭鬥事。如非勾陳將,亦主二人事,爭田土。如戊土日四季為傳,土氣太重,艱難遲滯之象。又不如壬癸多土為脫難煞,蓋物極則變,變則通也。久危者,反有解散之意;無事常占則鯨鯢歸澗格,若遇雷神則能變化。雷神者,太沖六合也。六癸日伏吟同。

孔明曰く:土の性情は種収、三伝が辰戌丑未の土を得、あるいは戊己日の日干・日支上に土神を見れば、便ち稼穡課と言い、主る所は耕種開荒・土を夯りて房を蓋い・田園の一类の事なり。六月は土旺にして、この課は旺相の気を得、動作心に称う。秋冬は土気衰敗し、則ち田地墳墓に憂有り。もし辰戌丑未の四個月あるいは夏月に占い得れば、多く田苗と墳墓の事に応ず。もし土性の天将を以て発用と為せば、事の衆多の佃戸に牽渉するを主り、あるいは田土に因りて争闘を起こす。縦令「勾陳」(田土争闘を主るの天将)に非ずとも、両人の田土を争うを主る。もし戊土日にして三伝全て四季なれば、土気太だ重く、便ち艱難遅滞の象なり。反って壬癸水日の土を多く見るに如かず——土多く水を克するに極処に到りて、「脱難煞」と言い、物は極まれば必ず反し、反って変通す:久しく危境に処る人は反って解脱の意有り。もし事無くして常常にこの課を占い得れば、則ち是れ「鯨鯢帰澗格」、大魚は小澗に困せられて施展し開かず。ただし「雷神」に遇上すれば便ち変化し得。いわゆる雷神とは、すなわち太冲卯木と六合の这两位なり。六癸日の伏吟課は、断法はこれと同じ。

袁天罡:稼穡課,先難後獲,凡事迫逼,不由己出,只宜靜守田墳,忌逢三刑。如丑刑戌,貴人若與白虎在傳,占病死。蓋內有三刑煞也。正未二辰三丑四戌,周而復始。占訟主入獄刑。占孕主生男。又名遊子課。

袁天罡曰く:稼穡課は耕作するに同じく、まず難くして而後収獲有り。凡事皆形勢に逼られて走り、自ら作主せず、ただ安静に田地墳墓を守るに宜しく、尤も課中に三刑を帯ぶるを忌む。譬へば丑は戌を刑し、もし「天乙貴人」と「白虎」とまた同じく三伝に在れば、病を占えば死を主る、裏頭に暗に三刑の煞を藏するに因る。三刑は月に按じて推移す:正月は未に在り、二月は辰に在り、三月は丑に在り、四月は戌に在り、かくの如く循環往复す。この課は詞訟を占うに、獄に下りて刑を受くるを主る。胎孕を占えば、男を生ずるを主る。四季の土皆五行の墓神にして人の外に飄蕩するを主るに因り、ゆえにこの課はまた遊子課と言う。

稼穡共に八体有り

丑加辰,丑辰煞重,事多不成。詩曰:災病終有恐,改移亦防爭 。庭論雖多事,謀猷定不成。 丑加戌,丑戌暗刑,吉凶虛名。詩曰:吉凶皆在外,群眾倡狐疑。遇後方逢福,保護可扶危。 辰加未,辰未動發,彼此相挾。詩曰:有聲無定跡,作事遂成凶。縱有風光在,名言信不通。 辰加丑,辰丑被刑,事多不成。詩曰:吉小凶應大,變動意而東。損下而益上,更後事有期。 未加戌,未戌不寧,吉事不成。詩曰:事後謀動處,其勢不安寧。艱難起功業,末得見昇平。 未加辰:未辰有情,乃有不成。詩曰:萬事斷中吉,公訟得其平。謀望事宜發,貪勤思害成。 戌加丑,戌丑不葉,親疏改劫。詩曰:事凶有實跡,憂慮有銷熔。舊事如謀動,禍待過時逢。 戌加未,戌未就義,動靜不利。詩曰:衰旺休遲逞,凡事宜守靜。刑雖終有疑,守道保安靜。

以下の八条は、四季の土の彼此加臨するに由りて変出する八種の稼穡課躰なり。 一、丑加辰:丑辰は同じく土にして煞気重畳し、事は多く弁成らず。詩に曰く:災病は終竟人を驚恐せしめ、搬遷改動もまた争執を防ぐ要し。官府の論理は事多きといえども、謀る所は定んで成らざらん。 二、丑加戌:丑と戌とは三刑の中の相隠する一対にして、ゆえに暗刑と称し、吉凶は皆虚名のみなり。詩に曰く:吉凶皆外頭に在り、衆人は議論紛紛として衷を得ず。後来に到りて乃ち福に逢い、人の護持を得て以て危を扶く可し。 三、辰加未:辰未相加して気機発動し、双方は互相に挟制す。詩に曰く:ただ声響を聞くも定跡無く、事を為れば終竟凶と成る。縦令一時の風光有るも、名声と音信と皆通ぜず。 四、辰加丑:辰丑相刑し、事は多く弁成らず。詩に曰く:吉は小にして凶は大なり、変動の心意は東方に転向す。下面を損じて上面を益し、往いて後に看て方に指望有らん。 五、未加戌:未戌相刑して寧ならず、吉事は弁成らず。詩に曰く:事の後に謀劃動作す、その勢いは帰して安からず。艱難の中に功業を興起し、末了に乃ち太平を見ん。 六、未加辰:未辰彼此情有るも、却ってなお成らざるの処有り。詩に曰く:万事中より断ずるを吉と為し、公門の訟事は公平を得べし。謀望の事は発動に宜し、ただ勤に貪りて過ぎれば反って損害を招く。 七、戌加丑:戌丑協わらず、親疏の関係はこれに随いて改易劫奪す。詩に曰く:凶事は実在の痕迹有り、憂慮は却って消解し得。旧事もし重提して再動せんと要せば、禍事はこの一段の時候を過ぐるを待ちて乃ち碰上す。 八、戌加未:戌未相就して義に合すも、動静両頭皆利あらず。詩に曰く:衰旺の勢いは急ぎて強を逞うするを要せず、凡事静を守るに宜し。刑克有るといえども終竟疑を存せば、正道を守りて乃ち平安を保ち得。

徳行課

孔明曰:同德則行而無阻,名曰德行課。己德在甲,故寅未相加為德;乙德在庚,故卯申相加為德;辛德在丙,故戌巳相加為德;丁德在壬,故午亥相加為德;癸德在戊,故子巳相加為德。外有卯戌相加,雖不為德亦通。為六害子未相加,丑午相加,亦為六害。辰亥相加,酉寅相加,雖不為害,而亦入德之類者,通名德行課。

孔明曰く:彼此同徳なれば、事を為るに通行して阻む無し、この種の課を徳行課と言う。いわゆる「徳」とは、十干互相配合の合徳の位にして、さらに折算して十二支に為して天地盤の加臨を看る:己は甲を以て徳と為し、甲禄は寅に在り・己禄は午に在りて支は未に属すれば、ゆえに寅未相加を徳と為す。乙は庚を以て徳と為し、乙禄は卯に在り・庚禄は申に在れば、ゆえに卯申相加を徳と為す。辛は丙を以て徳と為し、辛の位次は戌に在り・丙禄は巳に在れば、ゆえに戌巳相加を徳と為す。丁は壬を以て徳と為し、丁禄は午に在り・壬禄は亥に在れば、ゆえに午亥相加を徳と為す。癸は戊を以て徳と為し、癸位は子に在り・戊禄は巳に在れば、ゆえに子巳相加を徳と為す。この外また卯戌相加有り、正徳と算せざるといえども、気脈もまた通ず。子未相加・丑午相加に至りては、本より六害の位なり。辰亥相加・酉寅相加は、害を成さざるといえども、却ってまた徳の一类に帰入す可し。以上の这些の加臨、総名して徳行課という。

巳加子 卯加寅 巳子陽極,謀事元無。詩曰:求望又木逢,遠事喜成遲。六陽今已足,有變不成徵。 酉寅辰,寅未得日,災去喜及。詩曰:乘龍丁上見,天乙喜臨寅。災散福方於,興衰此鑑明。 卯加申,卯申相容,謀事正中。陰私暗謀望,懷喜不成聲。文書須反覆,諫諍有忠言。又名斫輪課。 午丑申,午亥極陰,吉有凶臨。詩曰:刑殘須已破,行謀已撲陰。入為事倒破,災禍二相侵。 酉辰亥,酉寅破喜,暗福重來。詩曰:否中須有喜,災殃後卻榮。陽德無限好,景色又重新。 戌巳子,戌卯喜合,虛語亡多。詩曰:求上三應合,虛驚浪語徵。逢時道又阻,有望出維持。 亥午丑,亥辰重會,舉事有凶。詩曰:事向無心見,安居慮轉移。陰謀多慮子,憂望再相隨。

以下は徳行課の依次に排し出だす各躰にして、每条まず三伝あるいは加臨を標し、次に断語を列し、末に歌訣を附す。 第一、巳加子・卯加寅:巳と子と会徳して陽気極処に到り、物は極まれば必ず反し、謀る所は原本落空す。詩に曰く:求むる所また木気に遇い、遠処の事は喜ぶといえども成ること遲し。六陽の数は今已に填満し、一たび変動有れば便ち徵験を成さず。 第二、三伝酉・寅・辰:寅はなお未だ日干の助力を得ざるも、災患は漸く去りて喜事将に至らんとす。詩に曰く:青龍は丁位の上に乗りて出現し、天乙貴人は欣然として寅位に臨む。災散じたる後福乃ち落定し、興衰の分際はここに由りて分明白かりき。 第三、卯加申:卯木と申金と相容れ、謀る所は正に要害に中る。この格は多く陰私暗中の謀劃を主り、心裏に喜事を懐きて説き出口せず。文書は来回答復反覆する要し、進諫諍言の人は忠心有り。この一格はまた斫輪課と言う。 第四、三伝午・丑・申:午と亥と相会して陰気極処に到り、吉中に凶を帯ぶ。詩に曰く:刑傷残破の局面は已に一回破られ、行う所の謀算は已に陰暗の一面に撲向せり。入りて反って事を倒壊せしめ、災と禍と両頭より侵す。 第五、三伝酉・辰・亥:酉と寅と相破して喜は破処より生じ、暗地裏の福分再度到來す。詩に曰く:否塞の中に自ら喜有り、災殃過ぎたる後反って栄顕を得。陽徳は好きこと辺際無く、景象はまた一番簇新なり。 第六、三伝戌・巳・子:戌と卯と歡会して合を成すも、却って虚言妄語多し。詩に曰く:求むる所の上頭三処相応じて合す、其実は虚驚と浪語の徵兆なり。時機に碰上して道路また阻を受け、なお人の中より維持する有るを指望する要し。 第七、三伝亥・午・丑:亥と辰と重畳相会し、事を挙ぐれば凶有り。詩に曰く:事は無心の処に顕露し、安居の中に却って遷移を慮及する要し。陰謀の下は多く子女のために憂慮し、憂愁と指望と踵を接して来たる。 以上は首尾相連なりて順行する徳行課にして、実際に課を成し得るはただ八体のみ、其余は発用する能わざれば、ゆえに別に課名を立てず。 以下さらに一組を列す: 三伝子・巳・戌:子と未と相阻み、謀る所は了結無し。詩に曰く:人を換えて来たりて弁ぜしめば乃ち好く、開頭有れば一定に收梢有り。同宗同族は相互に照応すといえども、却って重重に子嗣を損折せり。 三伝寅・未・子:寅と酉と相破して事は破碎し、謀為は受損す。詩に曰く:太陽は沈落して反って留住せられ、春木に属する事の上に災有り。官吏は文書を丢失し、刑厄は九泉に驚動す。 三伝卯・申・丑:卯と戌と会合して事は遂を得、結局は凶なるといえども開頭に説く可きの話有り。詩に曰く:一たび念を動かして謀劃すれば終竟阻有り、声勢は大にして実力はなお小なり。千秋の大事を為さんと欲せば、須らく対する人に遇上して乃ち作為有らん。

已上是連順德行課,只有八課出現,餘不發用,故不立課。 子巳戌,子未勢阻,謀望未已。詩曰:易置人方美,有始必有終。天族共天眷,損失子重重。 寅未子,寅酉破碎,謀為破損。詩曰:太陽沉反留,春屬合有災。官吏文書失,刑厄動泉臺。 卯申丑,卯戌會遂,終凶始言。詩曰:動謀終有阻,聲大實猶微。欲擬千秋事,逢人始有為。 辰酉寅,辰亥刑凶,生者不寧。詩曰:心勞得猶未,凶殃累子孫。闇昧財上事,心腹與誰論? 巳戌卯,巳子極會,謀望最吉。千里乏良驥,臨銜始奮庸。又為鑄印格。

三伝辰・酉・寅:辰と亥と相刑して凶と為り、活くる人は安寧を得ず。詩に曰く:心を労し神を費やして仍りて未だ得ず、凶殃は子孫に連累及ぼす。財物の上に暗昧不明の事有り、一片の心事はまた誰に対して説かんや。 三伝巳・戌・卯:巳と子と相会して極処に到り、謀る所は尤も吉なり。千里の途は一匹の良馬を缺き、一旦銜勒を套上すれば便ち能く奮力して効労す。この躰はまた鋳印格と言う。 歌訣に曰く:「天魁」(戌土の神、形は印章の如し)は怎様にして印を鋳成せんや。丙火の地に臨みて乃ち名を成すを得——丙巳は火に属し、正に是れ金を熔かして印を鋳るの炉なり。もし申・酉の位に「太陰」有り、而も「太冲」(卯木の神、象は軒車)また三伝の中に在れば、印は便ち鋳り成ることを得。これすなわち鋳印乗軒の象にして、官職はここに由りて成就す。三伝中の神将気有れば、気脈乃ち連なり上ぐるを得。この外また駅馬の同時に并せ見るや否やを兼ねて看る要し。太陽一路はその暗中相助の陰私の力を取る可し。天乙貴人が占時に加臨すれば、恩命は便ち施行を得。太陰と六合とは皆吉物なり。また天乙の居る所の神がこれと相生して乃ち好し。 本格の定式は戌加巳なり。詩に曰く:職に在る人は再度遷転せん、本已に栄顕にしてなおさらに栄顕せん。平頭百姓もしこの一課に遇上せば、官府の事は眼前に便ち発生せんと要す。

詩曰:天魁為印如何鑄,臨於丙地始知名。申酉太陰車又在,太沖傳中有即鑄。鑄印乘軒官職成,傳中有氣將為連。又欲兼知驛以並,太陰上取陰私力。天乙加時恩命行,太陰六合為吉物。天乙所居神相生。 戌加巳。詩曰:在職重遷取,當榮更發榮。庶人如逢此,官府目前生。

三伝午・丑・申:午と丑との間気機明ならず、憂疑と暗中の驚恐とを主る。詩に曰く:事は陰柔幼小の人の身上より頭を起こし、災病は却って凶を成すに至らず。財を理するは後来に到りて乃ち得る所有り、人はなお路途の中に在り。 三伝未・子・巳:未と寅との間に愁怨嫌隙有るも、当事人は見て反って寛解す。詩に曰く:吉将もし凶神に碰上せば、行止蔵露は一片迷蒙なり。慢慢として謀劃すればなお手に入れる能く、急躁なれば反って通達し難し。 三伝申・丑・午:申と卯と相合して政令は修挙を得るも、音信全く無く、何より知るを得んや。詩に曰く:事を謀れば皆心に称うと算す、陰陽消長の関鍵は老人の身上に在り。説くに吉兆とはいえ、也不外二隻の雁の寒雲に落ち入る、前景は仍りて渺茫たり。

午丑申,午丑不明,憂疑暗驚。詩曰:事從陰小起,災病不成凶。理財後晚得,行路在途中。 未子巳,未寅愁嫌,人見有寬。詩曰:吉將若逢凶,行藏漫漫蒙。有謀遲可得,急難乃難通。 申丑午,申卯修政,音無何得?詩曰:謀事皆稱意,陰陽在老人。有雖為吉兆,二雁落寒雲。

上面の列す所の徳行課は共に十二躰、その中四躰は発用と三伝とに進入する能わず、実際に課を成すはただ八体のみ。全部一百一十九課の中に於て、徳行の一类は十六体を得べし。この裏頭に、あるは三伝合するといえども并せて喜慶無く、あるは三伝相害して「隔伝」と成れる(気脈は隔断せられ・伝遞接せず)有り、吉凶は細辨せずして明に看るを得。総じて言えば、徳行課は并せて単に一個の「徳」字に靠りて勝を取るに非ずして、凶煞を転化して権柄と為して用うるを要す。課気の旺相休囚・乗る所の天将の善悪に至りては、皆必ず一斉に参看して、乃ち疑難を決断する能し。

右德行課十二體,其四體不入用傳,只有八體,通一百一十九課,得十六體,其間有傳合無吉慶,傳害為隔傳者,休咎不待辨而明。大率德行之課,本非重以德勝之,反煞為權,而課氣之休旺、天官之善惡必當參用,方可決疑。

井欄射格

六陰日の中の丁丑・丁未・己丑・辛丑・辛未のこの五日、もし「反吟課」(天地盤相冲して、各神皆対宮に落ち、動盪不安の象)を排成せば、便ち井欄射課と言う。それは井口の上に架起するの木欄の如く、歪斜傾側し易く、撐えて久しからず、ゆえに事を占えば成り難くして敗れ易し。もし課中に吉神良将の扶助を得れば、もなお豊足して願いの如くならん。別の一説:ただ「旬空」(本旬の中に天干の配すべき無き両個の空亡の支)に落ちざれば、病を占えば同時に両種の病症を患有るを主る。経文に曰く:井欄の課を得れば、便ち従来事を弁成したること無し。

六陰日丁丑、丁未、己丑、辛丑、辛未,此五日反吟名井欄射課。如井上架木,易欹易斜,不能長久之象。占事難成易敗。若得吉神良將,亦可豐遂。一雲不空,症病主二症。經曰:井欄則未嘗成事。

井欄射格の几種の定式は下の如し。 午加子・寅加申:天盤の神と地盤の辰と正相対冲し、来回顛倒して、八方の鬼の後に追逐するの象有り。詩に曰く:謀る所有れば衆議紛争し、内外はただ互相攻訐するを恐る。彼此交動すれば倒れて能く利を興し、奸雄の事を弁ずるは総じて両副の面孔なり。 卯加酉:卯酉对冲して気は相入れず、人群分散して各々一方に拠る。詩に曰く:内外皆災を防ぎ盗を防ぐ要し、分家遷移の事はこれに随いて驚擾を引起す。上天はまた罪譴を降し、水火の患はただ遲遲として便ち迎え上ぐらんを怕るのみ。

午加子 寅加申 反復其道,八鬼追逐。詩曰:有謀多諫諍,內外恐相攻。交動則興利,奸雄事二端。 卯加酉,卯酉不入,群分各處。詩曰:內外防災盜,分移事從驚。天上又作孽,水火恐遲迎。 巳加亥,巳亥逐馳,天翻地覆。詩曰:歲馬逢天潤,謀成事亦傾。欲家知否泰,變化反枯榮。 內伏吟反吟二課,抄在首卷湊成九宗門矣。故二卷內欠此伏吟反吟之課。

巳加亥:巳亥相冲して奔馳停まず、天翻り地覆るが如し。詩に曰く:流年の駅馬は天潤の気に遇上し、謀算は成るといえども事はまた傾覆せんと要す。一家の否塞と通泰とを知らんと欲せば、ただこの変化の中の枯栄を看るのみ。 本書はもと伏吟・反吟の両課を首巻に抄して、用いて「九宗門」の数目を凑足せしめたれば、ゆえに第二巻の裏に伏吟・反吟のこの両課を缺けり。

吉泰門

富貴格

象曰:富貴格為良,權握天乙卿。貴人順旺相,年命日辰中。貴臨名富貴,家門日漸良。四月時加卯,壬子入木鄉,富貴兼權印,萬事喜融融。懷胎生貴子,生下置田莊。福澤從天降,萬里有馨香。約信依時到,家業合宮商。

課象辞に曰く:富貴格は好個の格局にして、権柄は天乙貴人の这位の公卿の神の手裏に握られあり。貴人順行してまた旺相の気を乗り、本命・行年あるいは日干・日支の上に落つ。貴人一たび臨めば、この課は便ち名づけて富貴と為り、家門は一日一日に興旺す。例を挙げて曰く:四月に占いて占時を卯上に加え、壬子日の気は木郷に進入し、便ち富貴兼ねて権印を帯ぶの格と成り、万事喜気融融たり。婦人は胎を懐けば則ち貴子を生じ、孩子は生まれ下りてなお田荘を置弁し得。福沢は天より降り、声名は万里に遠播す。約定の音信は時に按じて便ち到り、家業は和順して宮商相応ずるの楽律の如し。

又曰:天乙順行乘旺相,臨在行年與日辰。發用傳終吉有氣,即見從前富貴人。中遇吉神近榮顯,但見青龍足寶珍眾是天乙順行旺相相加日辰年命,亦欲不逢空及年命日辰不克貴人。又要貴人立於生旺比和德祿長生之地。又要三傳有常龍等吉將扶之,方為全吉,否則虛名虛利,中末不吉者亦是乍得乍失,又要官星天馬方貴。又《望江南》詞曰:“富貴格,天乙有氣吉將臨天乙有氣入年命,吉將加日辰發用。發用年命日辰並並天乙,決然不是凡庸人。雖有凶神還旺相天乙順,凶神不做惡。只要凶神旺相為權,先權貧來後顯宦,將見青龍足寶藏,支干馬祿官俸旺。干上有支之驛馬,支上有干之祿神。”

また曰く:天乙貴人順行して旺相の気を乗り、行年あるいは日干・日支上に臨む。発用より末伝に至るまで始終吉利にして気有れば、あれはすなわち自ら来たれば富貴の人家なり。中伝に吉神に遇えば、眼を看て便ち栄顕せんとす。ただ青龍を見れば、珍宝は便ち足ならん——原注に曰く:これら皆天乙の順行し・旺相の気を乗りて日干・日支あるいは本命行年上に加わるを指し、なお旬空に落ちず、且つ本命・日辰は貴人を克せざるを要す。この外また貴人の長生・帝旺・比和・徳・禄の這类の気を得るの地に立ち、三伝中にまた太常・青龍等の吉将の扶持有りて、乃ち全吉と算す。否ずればただ虚名虚利なり。中伝末伝の不吉なるは、也不过乍ら得乍ら失うのみ。なお官星と天馬と同じく見る有りて、乃ち真に貴を算す。また《望江南》の詞に曰く:「富貴格、天乙気有りて吉将来たりて臨む」——原注:天乙気有りて本命行年に入り、吉将は日干・日支上に加わりて発用す。発用・本命・日辰皆天乙と并せて一処に在れば、この人は決して平庸の輩に非ず。縦令凶神有るも、ただ天乙順行し・凶神なお旺相に在れば、凶神もまた悪を作す能わず。ただ凶神旺相なれば、反って権柄と化し、まず是れ権有りて貧にして、後来に便ち顕達して官と為る。眼を看て青龍は満倉の宝藏を帯び来り、日支・日干上に駅馬と禄神と俱に旺なり、官俸は豊厚なり——いわゆる「支干禄馬に逢う」とは、日干上に日支の駅馬を乗り・日支上に日干の禄神を乗るを指す。

《金匱》曰:“天乙在紫微近右樞,其神主干貴、上官、慶財、田莊等事。若乘旺氣在日辰年命作初傳,名富貴課,主富貴雙全。如中末傳得戌加巳為印綬,則是正貴,則名富貴權印課,主迎貴人課,望士人薦貴威權,無求不遂。氣足則產易生,貴足則產必貴,家富貴,婚姻遂。貴生身,則訟得理,更得末傳吉將生助,求官入選,皆通而有終慶,恩命升摧,始終不替。如年命日辰上得吉神良將,有旺相氣,三傳始終旺相為積代富貴。若得凶神惡將有旺相氣者,先貧賤後富貴。”

《金匱》に曰く:天乙貴人は天上に於て紫微垣の中に位し・右枢星に靠近す、この神は干求貴人・升遷上任・慶賀得財・置弁田荘の一类の事を主管す。もしそれが旺気を乗りて日干・日支あるいは本命行年上に落ちて初伝と成れば、便ち富貴課と言い、富貴双全を主る。もし中伝末伝にまた戌加巳を得て印綬の象を成せば、あれは便ち正牌の貴にして、これを富貴権印課と言い、貴人を迎接し・士人の挙薦を指望し・威権を掌握し、求むれば必ず応ずるを主る。課気充足なれば則ち生産順利し、貴気充足なれば則ち生ずる所の子は必ず貴、家門は富貴にして婚姻は順遂す。貴人の来たりて日干を生ぜば、則ち官司を打てば勝理を得べし。末伝にさらに吉将の生助有れば、官を求め選調する皆通達して終に喜慶有り、恩命の升賞は始終廃せず。もし本命・日辰上に吉神良将を得て旺相の気を帯び、三伝は自始至終旺相なれば、あれは累世積伝の富貴なり。もし得る所が凶神悪将にして旺相の気を帯ぶれば、則ちまず貧賤して後に富貴す。

假如年命在寅,十月丙寅日巳時占事,惟登明遙剋日為用,十月登明水正旺,為丙之官星,登明加寅上下相生為用,天乙旦在亥,此人主積代富貴。 又如四月申將壬子日卯時占,三傳巳戌卯,天乙在巳加子發用,為富貴課。戌加卯為權印,公私有喜,加官進財之象。經曰:富貴增財喜慶。《畢法賦》曰:“富貴支干逢祿馬。”謂干上有支之驛馬,支上有干之祿神,名富貴君子格。主加官進祿,富貴雙全,常人宅移身動,病訟俱興。如丙寅日干上申支上巳。如戊寅日干上申,支上巳之例。

例を挙ぐ一:本命行年は寅に在り、十月の丙寅日巳時に事を占う、四課の中ただ「登明」(亥水の神)のみ位を隔てて遥に日干を克し、それを取りて発用と作す。十月は正に亥水の旺に當るの時、亥水は丙火を克し、是れ丙日の官星なり。登明は寅上に加わり、水は木を生じ・木は火を生じ、上下相生して発用す。白天に占う時天乙貴人は正に亥位に在り。かくの如き課は、この人の累世富貴を主る。 例を挙ぐ二:四月に申将を用い、壬子日卯時に占う、三伝排成して巳・戌・卯と為り、天乙貴人は巳に在りて子上に加わりて発用と為す、これすなわち富貴課なり。戌が卯に加わりて権印の象を成し、公私皆喜有り、是れ官を加え財を進むの格局なり。経文に曰く:富貴課は財を増し喜を添うを主る。《畢法賦》に「富貴の課は、日支・日干上に禄に逢い馬に逢う」と曰う、意は日干上に日支の駅馬を乗り・日支上に日干の禄神を乗るなり、これを富貴君子格と言い、官を加え禄を進め・富貴双全を主る。平常の百姓これに遇えば則ち家を搬き身を動かし・病と訟と一斉に興起するを主る。譬へば丙寅日、日干上に申を見・日支上に巳を見。また戊寅日、日干上に申を見・日支上に巳を見、皆この例なり。

官爵課

詩曰:驛馬當頭發,官爵課中留。四路分明取,年月與日辰。三合頭沖是,年月一般求。時日同年月,四孟上追遊。發動君王詔,加官移好州。忽然驛馬破,官職有淹流。末傳合神動,重遷喜不休。 詩曰:二般印綬初用見,四個驛馬傳內逢。值此定名官爵課,仕官得此喜匆匆。

歌訣に曰く:駅馬が初伝と作りて頭を領して発動すれば、これ便ち官爵課の裏に帰す。駅馬は四処より分明に取る要し:太歳・月建・本命行年と今日と各々一個の駅馬有り。取法は三合局の頭の一位の冲する所の支に按ず——申子辰の頭は申にして、寅を冲すれば、ゆえに駅馬は寅に在り。余はこれに倣う。年・月の駅馬は照様に求取し、占時と日との駅馬は年月と法を同じくし、落る処は皆寅申巳亥の四孟の位の上に遊走す。この課発動すれば、君王の詔命下達し・官を加えて好州郡に遷るを主る。もし駅馬忽然として冲破せられれば、官職は便ち拖延停滯す。もし末伝に合神の発動有れば、則ち再度升遷し・喜事不断ならん。 また一首に曰く:两重の印綬は初伝の上に出現し、四処の駅馬は三伝の内に碰頭す。この様の課に遇えば、名を定めて官爵課と為し、官を為す人はこれを得れば、喜事の来ることまた速くまた急なり。

又曰:日辰年年無克賊,或逢德合相加臨。天魁太常全見用,太歲月建入傳心。天乙後朱龍入課,此名官祿福祿深。喜美大招財祿至,遷官轉職顯佳音。若是凶神乘吉將,有氣之時土化金。微賤之人暴名譽,平下占之慶賀臨。

また曰く:日干・日支と流年・本命との間彼此克伐無く、あるいは正に徳神・合神の相加相臨に逢う。「天魁」(戌土、象は印)と「太常」(象は綬帯)と皆発用の上に出現し、太歳と月建とまた三伝の中心位置に進入す。天乙貴人・天后・朱雀・青龍の这几位の天将は課に入る——これを官禄の課と言い、福禄深厚なり。喜慶美満にして、大いに財禄を招き、官を遷り職を換え、好消息を顕出す。倘若凶神にして乗る所は吉将なれば、ただ課気力有れば、土の能く金を生ずるが如く、凶もまた化成して吉と為る。この時地位微賤の人もまた声名驟起し、平常人占い得れば、慶賀の事は便ち門に上らん。

孔明曰:印綬與驛馬入傳發用,更吉神在末傳,又見吉將,無刑沖破害者,名官爵課。蓋天魁為印,太常為綬,驛馬投遞之神、傳命之使也。傳見本命、太歲、月建、今日四處之驛馬發用,中末傳見印綬,如君命欽賜所臨,故為官爵課。又凡人年命日辰發用,見印綬驛馬亦是官爵課。有旺相氣,求事皆得,求官入選,有升遷之喜;馬動行人來;占賊至;訪人不遇。占訟歷通諸司;占病必是游魂鬼。占孕必生貴子;若發用驛馬,終傳合之,主職位高遷;如中傳沖破主降官失職。如甲戌人二十五歲,行年在寅,正月庚寅日亥時占事,則太歲、行年、月建、今日驛馬俱在申,用起傳送,得四驛馬,當有添官榮遷之喜。經曰:官爵改轉升遷。詞曰:官爵課,印綬四馬當頭發,日辰年命旺相夾,不落空亡必顯達。初傳寅馬末是申,卻為破馬官不寧。末傳亥馬合生,管取超遷得美名。

孔明曰く:印綬と駅馬と三伝に進入して発用と作り、末伝の上にまた吉神有り、さらに吉将を見、而も刑・冲・破・害無ければ、これを官爵課と言う。天魁戌土は形は印章の如ければ、ゆえに印と為す。太常は衣冠絲帛を主れば、ゆえに綬と為す。駅馬は文書を投遞し・命令を伝達するの使者なり。三伝中に本命・太歳・月建・今日のこの四処の駅馬の発用するを見、中伝・末伝にまた印綬を見れば、君命の自ら頒ち到るに像ければ、ゆえに官爵課と言う。この外、凡そ本命・行年あるいは日干・日支上に発用して印綬・駅馬を見るは、同じく是れ官爵課なり。この課は旺相の気有り、何を求めても何が成る:官を求め選調すれば升遷の喜有り。駅馬一たび動けば則ち行人帰り来り、盗賊もまた到らん。人を訪えば則ち遇着せず。詞訟を占えば、案子は好几個の衙門を経るを主る。病を占えば必ず遊魂作祟の鬼なり。胎孕を占えば必ず貴子を生ず。もし発用が駅馬にして末伝これと相合すれば、職位の高升を主る。もし中伝が駅馬を冲破すれば、則ち降職失位を主る。例を挙ぐ:甲戌年に生まるる人は二十五歳にして、行年は寅に在り、正月庚寅日亥時に事を占えば、あれなれば太歳・行年・月建・今日の駅馬全て申上に在り、発用は「伝送」(申金の神)に起こり、四処の駅馬斉備し、応に加官栄遷の喜有るべし。経文に曰く:官爵課は改任升遷を主る。詞中に曰く:官爵課の上、印綬と四馬と頭を領して発動し、日辰と本命行年とは旺相にして相夾し、ただ旬空に落ちざれば、必定に顕達せん。もし初伝が寅馬にして末伝が申なれば、寅申相冲して、便ち破馬と成り、官位安寧ならず。もし末伝が亥馬にしてこれと相合相生せば、管保して越級升遷し、美名を博得せん。

外有驛馬沖破,天魁太常空亡,名官爵失印格。詩曰:驛馬逢沖破,印綬落空亡,官爵遭失印,吉後反棲遑貶黜,謀望亦虛空。 詩曰:用逢官爵課全強,河魁太常附空亡,此為官爵失印逃,遺失好信情惶惶。求望亦應不利捷,文書沈溺忽思量。居官在職憂公亂,拆資祿位亦無昌。

この外また一種の変格有り:駅馬は冲破せられ、天魁と太常とまた旬空に落ち入るを、官爵失印格と言う。詩に曰く:駅馬は冲破に遭い、印綬は空亡に落ち、官爵は便ち印信を失いしが如く、まず吉して後に反って倉皇奔走して・貶黜に遭い、謀る所もまた是れ一場の空なり。 また一首に曰く:発用は官爵課に逢うといえども気勢全き強しとす可きに、河魁(戌)と太常と皆空亡の上に附すれば、これすなわち官爵失印の象にして、好消息は半路に丢失し、心裏は惶惶として安からず。求望の事もまた順利痛快ならず、文書は沈擱して下らず、忽然として想起して乃ち糟しと覚ゆ。任に在る官員は公事の乱子を出さんを憂心し、資歴を削減せられ・禄位もまた昌盛ならず。

鋳印格

詩曰:河魁本是印,火到自然成。丙子正月占,午時無改更。丙巳為爐冶,卯木又助攻。傳中受印綬,此是課中情。在職重遷職,身榮更加榮。宣命看看到,文書驛馬程。庶人逢此課,難銷官訟生。

歌訣に曰く:「河魁」はすなわち戌土の神にして、形は一方の印章に像く。火気一たび到れば、印は自然に鋳成す。丙子日の正月占・占時は午に在るを挙げて例と為すは、この一格の定式は更改せず。丙と巳と皆火に属し、正に是れ金を熔かすの炉冶なり。卯は木に属し、また能く火を助けて攻煉す。三伝の中に印綬を承受すれば、これすなわち本課の実情なり。職に在る人は再度遷転し、本已に栄顕にしてなおさらに栄顕せん。任命を宣布するの詔書は眼を看て便ち到らんとし、文書は駅馬に随いて路に上がる。平頭百姓もしこの一課に碰上せば、却って官司を惹き出だすを免れ難し。

詩曰;天魁為印鑄方成,臨於巳丙冶之名。中有太沖車又在,鑄印乘軒官祿榮。傳中有氣將為速,復欲兼之驛馬並。太陰六合陰私利,天乙順治君令行。 又曰:天魁並吉傳臨火,吉將相併遇太沖。此課名為鑄印象,又關法律有窺容。心惡煎煩事成就,為人所重亦豐隆。太陰天乙來當課,私恩寵命向憂中。

歌訣に曰く:天魁戌土は印と作る、必ず熔鋳を得て乃ち形を成す。それが巳・丙の火位に臨めば、便ち炉冶の名有り。三伝の中にさらに「太冲」(卯木の神、象は軒車)の在る有れば、便ち是れ鋳印してまた軒に乗る、官禄栄顕なり。三伝中の神将気有れば、事は便ち来ること速し。尤も好きはさらに駅馬を加えて同じく見るなり。「太陰」と「六合」の両将は、暗中運作の陰私の力に利あり。天乙貴人順行して事を治むれば、則ち君命は推行を得べし。 また曰く:天魁と吉神と一同に伝じて火位に到り、吉将并せ見てまた太冲に遇えば、この一課は便ち鋳印の象と言い、同時にまた法律条文に関渉し、その中に乗ず可きの隙有り。心裏煩悪煎熬するといえども、事は終竟弁成し、なお人に看重せられて豊厚興隆す。もし太陰・天乙を一斉に課に當てば、則ち私下の恩寵詔命は是れ憂患の中より得るなり。

詩曰:鑄印河魁附空亡,天空入課又遭傷,人年日辰逢凶惡,火旺時加巳午方。此為鑄印損模課,事緣律理多憂惶。先成後防事不濟,縱用機深且不常。潛藏牢堅且須慎,免消財力費一場。

歌訣に曰く:鋳印の課にして河魁戌土が偏偏として旬空に附着し、「天空」の这位の虚詐を主るの天将また課に入りて傷を受け、本命行年と日干・日支上と皆凶悪の神に遇い、加うるに火気正に旺・占時また巳午の火位に加われば——これを鋳印損模課と言う。鋳印は戌を靠りて模範と為すを要し、模壊れば印は便ち鋳成らず、事は多く法律条理に縁りて心裏に憂惶を懐く。まず看て成る能しとするも、後頭に弁じ下ぐる能わざるを防ぐ要し。縦令心機を用い尽くすも、長久し難し。この時は潜蔵堅守し・処処謹慎するに宜しく、白白と財力を耗散し・空しく一場に忙しきを免れんことを。

詞曰;鑄印課,天魁為印巳爐煉。末傳卯駟是乘軒,金火將,得旺相,金切常,中合末陰將功名佑婚事成,只破水神來破犯;虎傷卯,墜軒象;玄武墓空滅官況。

詞中に曰く:鋳印課は天魁戌を以て印と為し、巳を以て炉と為して熔煉す。末伝の卯は天駟の馬にして、すなわち是れ乗軒の象なり。乗る所の天将は金・火の属を要し、また旺相の気を得るを要す。金気は切に太常と相合するを要す。中伝に六合を得・末伝に太陰を得れば、則ち功名に佑有り・婚事は成る能し。唯一怕るるは水神の来たりて冲破克犯する——水は能く火を滅し、炉熄めば則ち印成らず。もし「白虎」が卯木を傷つけば、すなわち是れ墜軒の象、車翻り人落つ。もし「玄武」また墓神・空亡と同じく現われば、官運の指望は便ち徹底に熄滅せん。

孔明曰:戌加巳發用為鑄印課,天魁為印,加巳丙為爐冶,有鑄印之象。終於卯,為模,以助巳丙成功;又卯為軒車,故名鑄印乘軒課。此有干法律、有規矩事,皆從憂煩中。若值天乙順行入傳,必有恩澤寵命之事,宜見貴人進策。仕官該考滿長遷者,得此課兼馬動,主有詔敕中升,餘占不甚美,事事費力,託人幫扶,久方得遂。如仕官失印,遇此更凶,將空主改官,更鑄印其原印毀傷矣,引課惟利占孕占產未生,仕人加職權柄之利;不利占病,沈吟日重,無空亡解之,之即死。占來意主謀立身之大事。

孔明曰く:戌が巳に加わりて発用すれば、すなわち是れ鋳印課なり。天魁戌土は印に像く、巳・丙の火位の上に加われば便ち炉冶と成り、ゆえに金を熔かして印を鋳るの象有り。末伝は卯に落ち、卯木は鋳印の范模と為り、用いて巳丙を助けて成功せしむ。卯はまた是れ軒車、ゆえにこの課の全名は鋳印乗軒課と言う。その応ずる所は多く是れ法律に干犯し・規章制度に渉るの事、而も皆憂愁煩擾の中より生出す。もし正に天乙貴人の順行して伝に入るに逢えば、必ず恩沢寵命の事有り、貴人を謁見して籌策を進獻するに宜し。官を為す人は任満ちて升遷すべく、この課を得て駅馬また動けば、詔敕の擢升有るを主る。其余の占問は便ち甚だ美ならず:事事力を費やし、須らく人の幇扶に托して、久しく拖りて乃ち弁成らん。もし官を為す人が已に印信を失去し、この課に遇えば尚更凶なり。乗る所の天将が落空すれば、主に別職に改任せんとし、而も是れ重ねて印を鋳る——原來のあの一方の印は已に毁壞せり。この課はただ胎孕を占い・なお未だ臨盆せざる生産を占い、及び官を為す人の加職掌権するに利あり。病を占うに利あらず、病情は沈吟して日に重く、もし旬空の来たりて解く無ければ、人は便ち死す。来る人の本意を占えば、謀る所は是れ安身立命の大事を主る。

袁天罡曰:丙丁日天魁加巳,丙上得吉將,名鑄印課。又須虎陰蛇雀金火將入傳,若金少火多,金多火少,謂之五行不等,互有所傷。 如正月戊子日午時占事,太乙臨子為用,將得太常,中傳天魁已為鑄印,將得六合,末傳太沖為乘軒,得太陰以此,占人為印綬中。有婚姻之喜,末有太陰,福佑恩榮之事。

袁天罡曰く:丙・丁火日にして天魁戌が巳上に加わり、丙位上にまた吉将を得れば、便ち鋳印課と言う。この外なお白虎・太陰・螣蛇・朱雀のこれら金に属し火に属するの天将の三伝に進入するを須す。もし金少なく火多く、あるいは金多く火少なければ、便ち五行不勻と言い、彼此互いに損傷有り、好き印を鋳出だせず。 例を挙ぐ:正月戊子日午時に事を占う、「太乙」(巳火の神)は子上に臨みて発用と作り、乗る所の天将は太常なり。中伝は天魁戌にして、正に鋳印の象に合し、乗る所の天将は六合なり。末伝は太冲卯にして、正に乗軒の象に合し、乗る所の天将は太陰なり。これに拠りて人のために占断す:初伝巳は戊土日に対して印綬にして、印信の事を主る。中伝六合は婚配を主り、婚姻の喜有り。末伝太陰は、福佑と恩栄とを主る。

印巳常 兄戌合 官卯陰 合 常 陰 合 戌 巳 卯 戌 巳 子 戌 戊 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

これは上例の正月戊子日午時の完整なる課式にして、共に三層に分かちて読む。 最上の三行は三伝にして、自上より下へ依次に初伝・中伝・末伝と為す:初伝は巳、戊土日に対して是れ印綬、太常を乗す。中伝は戌、戊と同じく土に属し、是れ兄弟爻、六合を乗す。末伝は卯木は土を克し、是れ官鬼爻、太陰を乗す。每行三字、依次に是れ六親・地支・天将なり。 中間の三行は四課にして、古法に按じて自右向左へ読む:第一課は日干戊は巳に寄宮し、巳上に戌を得、六合を乗す。第二課は戌を以て下と為し、戌上に卯を得、太陰を乗す。第三課は日支子、子上に巳を得、太常を乗す。第四課は巳を以て下と為し、巳上に戌を得、六合を乗す。 最下の四行は天地盤なり。地盤十二宮の位置は固定して動かず、自左上角より起こりて順時針に巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰と為す。盤上の列す所の字は各宮の上に圧するの天盤の神なり。正月は亥将を用い、占時は午に在れば、ゆえに天盤亥を把りて地盤午上に加え、其余は順排す:天盤戌は地盤巳に在り、亥は午に在り、子は未に在り、丑は申に在り、寅は酉に在り、卯は戌に在り、辰は亥に在り、巳は子に在り、午は丑に在り、未は寅に在り、申は卯に在り、酉は辰に在り。第一課の戌加巳は、正にこの盤に由りて查出す。

外有鑄印破模課,戌為模範而落空亡,雖有巳爐,卻不成鑄;或夏月占,火旺則毀模。凡占事不成,急速大忌。玄武加巳,戌更乘今日墓神,主退失事,或舊事再新之意;或末傳見後武,更臨水鄉,與日辰相破,名曰鑄印不成格,來意主望官爵成立事欲成被人破了。

この外また一種の鋳印破模課有り:戌は本より鋳印の范模たるに、却って旬空に落ち入り、巳のこの一炉の火有るといえども、印はまた鋳成らず。あるいは夏月に占いて、火気太だ旺にして、反って模子を焼壊せり。凡そこれ皆事の成らざるを主り、急切の事は尤も大いに忌む。もし「玄武」が巳上に加わり、而も戌また当日の墓神を乗れば、退職失位あるいは旧事の重ねて翻起するを主る。又あるいは末伝に天后・玄武の这两位の水将を見、さらに亥子の水郷に臨み、日干・日支と相破せば、便ち鋳印不成格と言い、来る人の本意は官爵の成立を指望するも、眼を看て成らんと欲して却って別人に攪黄せられり。

高蓋乗軒課

詩曰:勝光本是馬,太沖是軒車,神后為華蓋,三傳俱不虛。中末傳神后,華蓋下鋪舒。明朝加寵祿,定主賜天光。官職自是別,皇躬親不疏。漢朝聖天子,目下詔相如。

歌訣に曰く:「勝光」(午火の神)は本より是れ天馬、「太冲」(卯木の神)は是れ軒車、「神后」(子水の神)は是れ華蓋、三者皆三伝に進入して、一様も落空せず。中伝末伝は神后に排し到り、華蓋は便ち下面に鋪展して開かん。明日は便ち恩寵を加え・禄位を賜い、一定に天子の光輝の降下有らん。得る所の官職は自ら常人と同じからず、皇上は自ら過問して疎遠を加えず、漢朝の聖天子の当下に便ち詔を下して司馬相如を征召するに像く。

詩曰:神后紫微為華蓋,太沖天駟又為車,若乘吉將相逢者,高蓋乘軒富貴家。 詩曰:紫微華蓋居神后,天駟房星是太沖。馬則勝光正月起,六陽順數二申同。高蓋乘軒又騎馬,更得龍常祿位豐。

歌訣に曰く:神后子位は天上の紫微垣に対応し、是れ華蓋なり。太冲卯位は天駟星に対応し、是れ軒車なり。もし二者の乗る所皆吉将にして彼此相逢えば、あれなればすなわち高蓋乗軒、富貴の家の課なり。 また一首に曰く:紫微華蓋は神后子位に落ち、天駟房星はすなわち太冲卯位なり。天馬の推法は正月より午に起こり、寅・辰・午・申・戌・子のこの六個の陽支の上に順数し、ゆえに二月は申に在り、其余はこれに類推す。すでに高蓋乗軒有りて、また天馬に騎り上がり、さらに青龍・太常の両位の吉将を得れば、禄位は便ち豊厚ならん。

詩曰:神后勝光並太沖,俱並吉將在三傳。高蓋乘軒騎駟馬,必有遠行將動過。上覆下承人引動,事無多少總成歡。小人出入多財帛,君子逢之得高官。 詞曰:子華蓋,卯為天駟房星,在天馬,先驅華蓋隨,龍常有氣官封拜,三傳內不紊亂,受職公卿居上位。

歌訣に曰く:神后子・勝光午と太冲卯の三神同じく現われ、また皆吉将を乗りて三伝の裏に落つ。これは高蓋乗軒・駟馬に騎り上がるの象にして、必定に一趟の遠行の将に動身せんとする有らん。上に華蓋の遮覆有り・下に車馬の承載有り、また人の旁より引動する有りて、事は大小を論ぜず、帰して歡喜に收場す。地位低き人これを得れば、出入多く財帛を進め、身份有る君子これに遇えば、則ち能く高官を得べし。 詞中に曰く:子は是れ華蓋、卯は是れ天駟房星、午は是れ天馬なり。天馬は前に道を開き、華蓋は後に跟随す。さらに青龍・太常の気有れば、便ち官職封拜有らん。ただ三伝の排するが紊亂せざれば、便ち能く職を公卿に受け・位は人の上に居らん。

詩曰:乘軒之課乘蛇虎,太沖勝光還見凶,或為有氣克年月,日乘軒落墜欲傷,身被人賺相脫卸,百事無成總望空。若無墜落必喪偃,所為陷匿終見凶。

歌訣に曰く:乗軒の課もし乗る所が螣蛇・白虎の這类の凶将なれば、あれなれば太冲卯と勝光午と反って凶を見ん。又あるいはそれらの気力正に盛んにして往きて本命・太歳・月建を克せば、日上の乗る所の軒車は便ち傾覆墜落の傷有らん。人は他人に誆騙せられ・責任を推卸して自己の身上に到り、百事成ること無く、一場の指望は落空す。就算に傾覆に至らずとも、また必ず喪亡偃仆の事有らん。作為する所は陷落隠匿して、終竟凶を見ん。

孔明曰:華蓋星在紫微星宮子位,居太乙之後,神后是也。房為天駟,又為軒車,居卯位,太沖是也。天馬正月起午,順行六陽之辰是也。驛馬即申子辰馬居寅之例是也。若子卯入傳發用,乘天驛二馬,為高蓋乘軒課,或以午卯子全者,亦為高蓋乘車。蓋以勝光為馬故也。此義亦通。仕人值此,加官進職,喜慶重重;如勝光作月內之天馬,太沖作月內之天車尤佳。車馬既動,問賊必來,行人必至,行者必出,訪人不至,訟主換司易衙;占病乘軒,游魂千里;高蓋有龍,出入有大雨;車馬見財,財自外來,求財大獲,更得龍常吉將,則大利進取。

孔明曰く:華蓋星は紫微垣の中の子位に在り、太乙星の後に排せらる、十二神の上に落つれば便ち是れ神后なり。天上の房宿は天駟と称し、また軒車に象り、卯位に在り、十二神の上に落つれば便ち是れ太冲なり。天馬の推法は正月より午に起こり、六個の陽支の上に順行す。駅馬は則ち別の一套なり:申子辰の駅馬は寅に在り、三合局の首位の冲する所の支に依りて定まる。もし子・卯が三伝に進入して并且発用し、また天馬・駅馬のこの両種の馬を乗れば、すなわち是れ高蓋乗軒課なり。あるいは午・卯・子の三神斉全するも、また高蓋乗車と算す——勝光午は本身就是れ天馬なるに因り、この説法もまた講じ通ず。官を為す人この課に碰上せば、官を加え職を進め、喜慶重重なり。もし勝光が恰も本月の天馬・太冲が恰も本月の天車なれば、あれなれば便ち尚更好し。車馬すでに発動すれば、盗賊を占えば則ち賊は必ず来り、行人を占えば則ち人は必ず到り、出行を占えば則ち行者は必ず出門し、人を訪うは却って訪い着かず、詞訟を占えば衙門を換えて審を改むを主る。病を占いて軒に乗るは、是れ遊魂の遠行千里にして、凶を主る。華蓋の上にさらに青龍有れば、則ち出入に大雨に遇う。車馬が財爻を見れば、財は外面より来り、財を求めれば大いに獲る所有り。さらに青龍・太常等の吉将を得れば、便ち大いに進取に利あらん。

如正月癸酉日寅時占,勝光為用,將得天后,正月天馬在午,中傳見太沖,將得朱雀,謂之軒車。末傳神后,將得青龍,謂之華蓋。合此乘軒,要見龍常方主祿位。青龍主文官,太常主武官。文武方得高蓋乘軒之貴,餘官不得。

例を挙ぐ:正月癸酉日寅時に占う、勝光午は発用と作り、乗る所の天将は天后なり。正月の天馬は正に午に在れば、ゆえに発用は即ち是れ天馬なり。中伝に太冲卯を見、乗る所の天将は朱雀、これすなわち是れ軒車なり。末伝は神后子、乗る所の天将は青龍、これすなわち是れ華蓋なり。かくの如き乗軒の課を湊成すに、また必ず青龍・太常を見るを須して、乃ち真に禄位を主る——青龍は文官を主り、太常は武官を主り、文武両途にして乃ち高蓋乗軒の貴に當り得、別の官職は担い起これず。

才午后 子卯朱 比子青 朱后陰虎 卯午未戌 午酉戌癸

これは上例の正月癸酉日寅時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は午、癸水日に対して是我克の財爻、天后を乗す。中伝は卯、是れ水の生ずる所の子孫爻、朱雀を乗す。末伝は子、癸と同じく水に属し、是れ比肩爻、青龍を乗す。 下の三行は四課、自右向左へ読む:第一課は日干癸は丑に寄宮し、丑上に戌を得、白虎を乗す。第二課は戌を以て下と為し、戌上に未を得、太陰を乗す。第三課は日支酉、酉上に午を得、天后を乗す。第四課は午を以て下と為し、午上に卯を得、朱雀を乗す。正月は亥将を用いて占時は寅に在れば、ゆえに亥を寅に加えて天盤を起こし、午は便ち酉上に落ち・卯は午上に落ち、四課と三伝と皆ここに由りて推し出だす。

又如正月庚子日寅時占,乃勝光臨酉,天馬亦在午,此為用起天馬,中傳太沖為車神,末傳神后為華蓋,一時之內三神並遇,始終遇吉,主有公卿之位。

さらに一例を挙ぐ:正月庚子日寅時に占う、勝光午は酉上に臨み、而も正月の天馬もまた正に午に在れば、ゆえに発用は便ち是れ天馬なり。中伝太冲卯は是れ車神、末伝神后子は是れ華蓋なり。一個の時辰の内に、馬・車・蓋の三神斉しく遇い、初伝より末伝に至るまで一路皆吉、公卿の位有るを主る。

午 卯 子 午酉寅巳 酉子巳庚

これは上例の正月庚子日寅時の課式にして、ただ地支を列して未だ六親天将を標せず。 上の三行は三伝:初伝は午・中伝は卯・末伝は子、正に是れ天馬・天駟・華蓋の依次相承なり。 下の二行は四課、自右向左へ読む:第一課は日干庚は申に寄宮し、申上に巳を得。第二課は巳を以て下と為し、巳上に寅を得。第三課は日支子、子上に酉を得。第四課は酉を以て下と為し、酉上に午を得。仍りて正月亥将を以て寅時に加えて天盤を起こせば、ゆえに午は酉に臨みて発用す。

外有乘軒墜落課,主美中不美,如三傳午子卯,帶煞空亡,或死乘虎蛇克年命日辰,或卯作喪車,則三傳從凶,以動刑沖俱起,變高蓋而為三交,豈不應乘軒墜落乎?一曰空乃墜馬。

この外また乗軒墜落課有り、好事の中に缺陷有るを主る。譬へば三伝排作して午・子・卯と為すも、却って凶煞あるいは旬空を帯ぶ。又あるいは死気が白虎・螣蛇を乗りて往きて本命・行年・日干・日支を克す。又あるいは卯は軒車と作らずして変じて喪車と為る——かくの如きは三伝は便ち凶に随いて転じ、一たび動けば便ち刑冲斉しく起こり、本より高蓋の課は反って変じて子午卯酉の四仲交錯の「三交」と為る、あれは正に乗軒墜落に応ずるに非ずや。別の一説:乗る所の神が落空すれば、すなわち是れ墜馬の象なり。

斫輪課

詩曰:斫輪團圓象,本自太沖生,太沖原是木,車輪因木成。成形須雕琢,斤斧要堅金。申酉庚辛位,太沖頭上行。破傷得斧斤,得用斫輪名。辛丑正月占,辰時無改更。太沖傳送上,發用是其真。求官必得祿,逢事得均平。立意先敲磕,後乃主身榮。莫嫌職位小,愷悌得封贈。

歌訣に曰く:斫輪は取る所は車輪団円の象にして、この象は本より太冲卯木より生出す——太冲は原より木に属し、車輪は正に是れ木を用いて做成するなり。木は形を成さんと欲せば須らく雕琢を経るを要し、砍削の斧頭は必ず堅硬の金を須す。ゆえに申・酉と庚・辛のこれらの金位を看る要し、太冲卯木は恰好それらの頭上に圧す。木は斧斤に破開砍傷せられ、この一課は便ち斫輪の名を得。辛丑日の正月占・占時は辰に在るを挙げて例と為す、この一格の定式は更改せず:太冲卯は「伝送」(申金の神)の上に落ちて発用して、乃ち真の斫輪なり。この課は官を求めれば必ず禄位を得、事に遇えば皆能く一個の公平を得。意を立つるの初にはまず一番の敲打を挨ね、後来に乃ち自身の栄顕を主る。官職の小きを嫌う勿かれ、人と為るは和楽平易にして、終に封贈を得る能し。

詩曰:庚辛之金為斧斤,卯木單寒立作車,太沖作用來金上,斫削修軒官職除。傳得太陰並印綬,六合青龍福慶餘。 詩曰:太沖加金傳見魁,課名斫輪有用材。事遭敲磕還影響,成就皆因擊觸來。必願安身謀遠計,運用無窮歷往回。安行致遠無憂慮,事先引領有妁媒。龍合陰常還更見,加官造作及營財。

歌訣に曰く:庚辛の金はすなわち是れ斧頭、孤零零たる卯木は立て起これば便ち車と成る。太冲は発用と作りて金位の上に圧すれば、正に是れ砍削修造軒車の象にして、官職はここに由りて授予せらる。三伝もし太陰と印綬と同じく見るを得、さらに六合・青龍有れば、福慶は便ち綽綽として余有らん。 また一首に曰く:太冲は金位の上に加わり、三伝中にまた河魁戌土を見れば、この一課を斫輪と言い、是れ一塊の有用の材を説明す。事は敲打を挨ねるを要し、声響は回蕩す。能く成所有るは、正に是れこの一擊一触の中より来るなり。人は必定に安身立命を想着し・長遠を謀劃し、運用の妙は無窮無尽にして、来来去去に経歴す。車すでに造成せば、安穏に遠く行くもまた憂慮無し。事を弁ずるの前にはまず人の牽頭引薦有りて、媒妁の中間に説合する有るに同じ。もし青龍・六合・太陰・太常さらに一斉に出現せば、便ち官を加え・興造と財貨を経営するを主る。

又曰:斫輪直在庚辛日,秘占又是申酉時。神將是舍凶惡到,斫輪傷斧可防之。謀遠堅牢攸久事,終憂破敗不成為。欲施恩人及見害,功名無遂定依依。忌有血光傷損厄,得火逢時且守為。 詞曰:庚辛會,卯加申,用起龍常陰合臨,先歷艱辛後方成。三傳若見今日墓,斫輪再斫禍方侵。卯若空亡朽木同,難雕別立生涯做。乙見庚天德課,除官轉爵朝中賀。

また曰く:斫輪課は正に庚・辛日の上に立ち、隠秘の占法はなお占時が申・酉に落つるを要す。もし乗る所の神将が吉将を舎て去りて来るは凶悪の神なれば、あれなれば「斫輪傷斧」と成り、須らく提防を加うべし。この課の謀る所は是れ堅牢長久の遠計、ただ終竟中途に破敗し・事を弁成らざるを憂心する要し。本想は人に恩を施さんと欲すも反ってその害に遭い、功名遂わずして依違して決し難し。この課は血光傷損の厄を見るを忌む。もし火気の時に応じて来たりて金を煉るを得れば、姑らく守りて動かざるを好しと為す。 詞中に曰く:庚辛と卯と相会し、卯は申上に加わり、発用の時青龍・太常・太陰・六合は来臨し、まず艱辛を経て而後成功するを主る。三伝中もし当日の墓神を見れば、便ち「斫輪再斫」と言い、禍事はこれに随いて侵來す。卯もし旬空に落ち入れば、便ち朽木に同じく、彫りて器を成さず、ただ別に営生を立つるのみ。乙日に庚を見るは是れ天徳の課にして、官を授け爵を晋むるを主り、朝中は同じく賀す。

孔明曰:卯加庚申酉辛為用,為斫輪課。庚辛酉為斧,卯為車輪,卯加申,有斫削之義。帶天將龍常陰后六合,方成其體。若寅為天梁乃成器之木,則不可再見斧斤。卯乃未成器之木,故可斫削。天魁印綬主婦組織之事,亦必見此方妙。占者遇之,主有除授營運之職;見龍常在傳,宜應舉進策;又戌加年為印,常加年為綬,主官爵榮遷,當踐公卿之位。壬癸日占,有除綬官職之事,次則大利求財,惟占孕病不吉。

孔明曰く:卯が庚・申・酉・辛のこれらの金位の上に加わりて発用すれば、すなわち是れ斫輪課なり。庚辛と酉とは是れ斧、卯は是れ車輪、卯が申に加われば便ち砍削の義有り。なお青龍・太常・太陰・天后・六合の这几位の天将を帯びて、乃ちこの課の躰を湊成するを須す。注意する要し:寅は是れ天梁、已に是れ成器の木にして、再び斧斤に遭う可からず。卯は是れ尚未だ成器せざるの木、ゆえに砍削す可し。天魁戌は印綬と為り、また婦女の紡織裁制の事を主り、また必ずそれを見て乃ち妙なり。占う者この課に遇えば、除授職務・経営運作の事有るを主る。三伝中に青龍・太常を見れば、応挙献䇿に宜し。もし戌が本命行年上に加わりて印と為り・太常が本命行年上に加わりて綬と為れば、則ち官爵栄遷を主り、応に公卿の位に登るべし。壬癸日に占い得れば、職を授け綬を受くるの事有り、その次もまた大いに財を求むるに利あり。ただ胎孕と疾病を占うは吉ならず。

袁天罡曰:庚申日和太沖加傳送,得龍常貴,名斫輪。來意主動官望事,先應歷艱難,然後有成。若傳見本日墓者,名曰斫輪再斫,來意主退官失職之事,再謀理作敘復之義。

袁天罡曰く:庚申日にして太冲卯が伝送申上に加わり、また青龍・太常・天乙貴人を得れば、これを斫輪と言う。来る人の本意は官職を謀動し・升遷の事を指望するにして、まず一番の艱難を経歴し、然る後乃ち成功する能し。もし三伝中に当日の墓神出現せば、便ち「斫輪再斫」と言う——已に砍れたる木頭に再び一斧を挨る、来る人の本意は是れ退職失位の事にして、須らく再び打點謀劃して、復職敘用を図るべし。

外有斫輪傷斧格,謂秋占金旺又逢金時金將,有金多傷木,木不能勝也。 又如太沖作喪車煞,乘白虎為棺槨煞,則不可言吉。 又太沖空亡,是朽木難雕,亦不美之格也。宜改業別作營生。

この外また斫輪傷斧格有り:秋に占いて金気正に旺・占時また金時に逢い・乗る所また金将なれば、金多くして反って木を傷透し、木は承受し住まず、車輪もまた砍れ壊れり。 また太冲卯が喪車の煞に変じ、さらに白虎を乗りて棺槨の煞と成れば、あれなれば吉と説く能わず。 また太冲が旬空に落ち入れば、すなわち是れ朽木彫り難く、同じく是れ好格局に非ず、この時は行を改めて別に生計を謀るに宜し。

假如正月辛卯日午時占事,太沖為用,臨辛為斫輪課,當有印綬除官之職。 卯 申 丑 丑申申卯 申卯卯辛

例を挙ぐ:正月辛卯日午時に事を占う、太冲卯は発用と作り、辛位上に臨み、正に是れ斫輪課にして、応に印綬授官の事有るべし。 下面は課式なり。上の三行は三伝、自上より下へ初伝は卯・中伝は申・末伝は丑と為す:卯木は申金に斫られ、丑は金庫と為り、正に砍削して器を成すの義に合す。 下の二行は四課、自右向左へ読む:日干辛は戌に寄宮し、正月は亥将を用い・占時は午に在れば、ゆえに亥を午に加えて天盤を起こし、戌上に卯を得、第一課卯/辛を成す。卯を以て下と為し、卯上に申を得、第二課申/卯を成す。日支は是れ卯、卯上に申を得、第三課申/卯を成す。申を以て下と為し、申上に丑を得、第四課丑/申を成す。太冲卯すでに日干に臨めば、斫輪の象はここに由りて確立す。

三奇課また枯木重栄格

詩曰:甲子與甲戌,大吉二旬奇;甲申與甲午,神后鎮相隨;甲辰與甲寅,登明救療師。萬事皆和合,千災難解離,忽傳亥子丑,連茹百禍移。更得元首課,得福甚是奇。

歌訣に曰く:三奇は六甲旬に按じて分配す——甲子旬と甲戌旬とは、「大吉」(丑土の神)を以て奇と為す。甲申旬と甲午旬とは、「神后」(子水の神)を以て相随の奇と為す。甲辰旬と甲寅旬とは、「登明」(亥水の神)を以て奇と為し、疾を救い傷を療すの良医の如し。これを得れば則ち万事和合して、千般の災禍は身に纏うこと難し。もし三伝忽然として排成して亥・子・丑の相連なれば、便ち「連茹」と言い、一根を抜き起こせば便ち一串を帯い出だすが如く、百禍は皆これに随いて移走す。さらに「元首課」(第一課の上克下して取りて発用と為すの正格)を配上せば、得る所の福気は便ち格外奇特ならん。

詩曰:三奇發用逐旬行,兩處區分共一名。甲午甲申神后見,寅辰二甲在登明。子戌旬中居大吉,不忌煞氣沖與刑。甲日勝光乙在巳,支逆順干己丑停。庚卻順行奇在癸,略盡天魁總有靈。占值二奇皆喜悅,傳由天官喜更深。

歌訣に曰く:三奇は各旬に随いて定まり、両個の旬は共用して一個の奇名と為す。甲午・甲申の両旬は神后子を見。甲寅・甲辰の両旬は登明亥に在り。甲子・甲戌の両旬は則ち大吉丑に居る。ただ三奇発用すれば、便ち冲・刑の類の煞気を怕れず。別に一套の日干に按じて奇を取るの算法有り:甲日は勝光午に在り、乙日は巳に在り、地支は逆行して天干は順推し、数えて己日に到りて丑に停まる。庚日は却って順行に転じ、一路数えて癸日に到り、末了は天魁戌上に落つ——この一套もまた帰して霊験なり。事を占いて凡そ両重の奇に遇えば、皆喜悅を主る。もし三伝また吉利の天官(天将)に由りて伝遞せば、喜慶は便ち尚更深厚ならん。

詞曰:甲戊庚兮乙丙丁,三奇星旬干,五子遁中取,三傳全遇利名成。六旬發用亥子丑,甲子甲戌大吉同,申午奇子餘登明。甲奇在午順行丑,庚起未,辛逆走,連茹三奇百福有。

詞中に曰く:奇門一路の三奇は甲戊庚と乙丙丁、六壬は則ち三奇を把りて星奇・旬干と五子遁の三種の取法に分作す。もし三伝全て三奇に遇えば、功名利禄は皆成就し得。六旬の三奇の発用は亥・子・丑の三支に外ならず:甲子・甲戌の両旬は同じく大吉丑を取り、甲申・甲午の両旬は子を取り、其余の甲寅・甲辰の両旬は登明亥を取る。日干に按じて取るの一套は則ち甲日の奇は午に在り、順行して数え下りて己日に到りて丑に落ち。庚日は未より起こり、辛日は転じて逆行す。もし三伝排成して亥子丑相連の連茹の象と為りてまた三奇に逢えば、あれなれば便ち百福斉備ならん。

孔明曰:二旬一曜者,日生於艮,而丑繫焉。雞鳴於丑,則日精已備。故丑為日奇。月滿於望,應半月,至子則月精已備,故子為月奇。星出日沒,日沒於乾,而亥屬焉,星至亥百星精已備,故亥為星奇,此三奇丑子亥分佈六甲,本甲之日,占值本甲之奇發用,是為三奇課。

孔明の何を以てか両旬は共用して一奇と為すを解釈するに:太陽は東北の艮方より昇起し、艮位は丑に係わり、鶏は丑時に鳴叫し、あの時太陽の精気は已に完備すれば、ゆえに丑は是れ日奇なり。月亮は十五に円満し、正に半月の数に當り、子位に行き到る時月の精気は已に完備すれば、ゆえに子は是れ月奇なり。星星は日落の後に出現し、太陽は西北の乾方に落ち、乾位は亥に属し、星辰は亥に行き到る時衆星の精気は已に完備すれば、ゆえに亥は是れ星奇なり。この三奇丑・子・亥は六個の甲旬に分配し、凡そ本旬の日に事を占いて恰も本旬の奇の発用に逢えば、すなわち是れ三奇課なり。

又有一般奇格,甲日在午,乙日在巳,丙日在辰,丁日在卯,戊日在寅,己日在丑,庚日在未,辛日在申,壬日在酉,癸日在戌。亦謂之三奇格。

別にまた一套の日干に按じて奇を取るの格式有り:甲日の奇は午に在り、乙日は巳に在り、丙日は辰に在り、丁日は卯に在り、戊日は寅に在り、己日は丑に在り。庚日より起こりて順行に改め、庚日は未に在り、辛日は申に在り、壬日は酉に在り、癸日は戌に在り。凡そ発用の本日の属するこの支の上に落つるも、また三奇格と言う。

又三奇有三等,有三傳全逢甲戊庚者,有全遇乙丙丁者,亦有遇旬中之干者,有遁五子元者。旬中之干,如乙卯日初傳丁丑加寅,中傳丙子,末傳乙亥。又壬申日初傳乙丑,中傳丙寅,末專丁卯之例。五子元者,如辛巳日初傳甲午加戌,中傳庚寅,末傳戊戌之例。

三奇はまた三等に分かつ:一は三伝全て甲・戊・庚に遇い、二は全て乙・丙・丁に遇い、三は本旬中に遁ずるの天干に遇上するか、あるいは「五子元遁」(日干に按じて子時を起こすの遁干法)に依りて配し出だすの天干なり。いわゆる旬中の干とは、たとえば乙卯日は初伝は丁丑が寅に加わり・中伝は丙子・末伝は乙亥——三伝各々旬内の干を配す。また壬申日は初伝乙丑・中伝丙寅・末伝丁卯の如く、三干は恰も是れ乙丙丁なり。いわゆる五子元とは、たとえば辛巳日は初伝甲午が戌に加わり・中伝庚寅・末伝戊戌の如く、三干は恰も是れ甲戊庚なり。

三奇若臨日辰行年本年發用,主喜慶之事。雖刑煞相遇,亦當有喜,仕人主加官進祿,常人雖無官祿,亦可消禍,百福臻而百禍散,官至一品。

三奇もし日干・日支・行年あるいは本命の上に臨みて発用すれば、喜慶の事有るを主る。縦令刑煞に碰上するも、同じく喜有り。官を為す人は官を加え禄を進むるを主る。平常の百姓は官禄と言う可き無きといえども、またこれに藉りて災を消し禍を解し得。百福斉しく来り・百禍消散し、官を為すは位を一品に至らしめ得。

六儀課

詩曰:六甲之首旬日奇,如入發用號六儀。又曰:甲子神后是,旬中即用之。神仙名六儀,六甲本根基。甲戌旬中推,河魁改變時。甲申傳送是,甲午勝光期。甲辰天罡並,愁容改笑眉。甲寅功曹動,萬類得其儀。六甲取首用,有罪卻無危。眾事皆如此,病者得天醫。求財倍獲利,投告喜不遲。

歌訣に曰く:每一旬の頭の一日はすなわち甲日にして、この旬首の支は便ち本旬の奇なり。それもし発用に進入すれば、便ち六儀と言う。または曰く:甲子旬の旬首の支は子、即ち神后、本旬に事を占えば便ちそれを取りて発用と作す。この一格は仙家は名づけて六儀と為し、是れ六甲旬の根基の在る所なり。甲戌旬は戌を推し出だす、即ち河魁、変改の時を主る。甲申旬は是れ申、即ち伝送なり。甲午旬は是れ午、即ち勝光なり。甲辰旬は是れ辰、即ち天罡、愁容は笑顔に転成し得。甲寅旬は是れ寅、即ち功曹、功曹一たび動けば、万類各々その宜しきを得。六甲は皆旬首の支を取りて発用と作れば、縦令罪有るも危険無し。衆事皆これに照らして断ず:病人は能く天医に遇上し、財を求めれば倍にして利を獲、状を投げて官に告ぐるもまた速やかに喜信有らん。

詩曰:六儀一段居旬首,甲子旬中神后為,更復子當從午起,逆行相背逐神移,輪來巳入終於丑,午還居未順求之,用得此神為善課,又須末傳吉相隨。 詩曰:天乙順行用旺相,日辰干上加旬頭,傳末生初或生日,用傳環顧乙不相仇,四三人年有吉將,此課六儀百不憂,解禍求凶皆順遂,加官進祿事王侯,所為百事皆順遂,是凶化吉無禍由。

歌訣に曰く:六儀のこの一格は旬首に取る、甲子旬は便ち神后子を以て儀と為す。別に一套の推法有り:子は午位上より起こり、方向に逆らいて背行し、位を逐うて挪移し、巳に輪り当たりて丑上に落つを止めと為す。午は則ち未位上より起こり、順に数え下る。発用がこの神を得着せば、すなわち是れ善課、ただなお末伝にも吉神の相随有るを須す。 また一首に曰く:天乙貴人順行して発用は旺相の気を得、日干上に恰好旬首の支を加えたり。末伝は能く初伝を生じあるいは日干を生じ、発用と三伝とは首尾環顧して彼此相仇克せず。第三課・第四課と本命行年上とにまた吉将有り——かくの如き六儀課は百事憂無く、災禍を解き・凶险を避くる皆順遂にして、官を加え禄を進めて王侯に事奉す可く、作為する所は件件順當にして、凶もまた化成して吉と為り、禍を生ずるに由無し。

孔明曰:此六儀與三奇課大同小異,亦觀發用,以六甲旬支入初傳為吉。如甲子旬十日占得子為初傳是也。 又有一般儀,於午上起子,先逆數至丑上得巳止,又從未上起午,順數至子上得亥止。如今日子,得午發用之例。此二儀病上得痊,有罪解降,萬般皆吉,喜慶來,雖興與煞相併,不能為害。

孔明曰く:六儀と三奇課とは大同小異にして、同じく発用を看、本旬の旬首の支を以て初伝に進入するを吉と為す。譬へば甲子旬中の十天の裏、子を占い得て初伝と作れば、すなわち是れ六儀なり。 別に一套の儀の推法有り:子を把りて午位上に安んじて起算し、逆に数えて丑位上に到りて巳を得るを止めと為す。さらに午を把りて未位上に安んじて起算し、順に数えて子位上に到りて亥を得るを止めと為す。譬へば今日は子に属せば、便ち午を以て発用と為す。この両套の儀は皆病人の愈を得・罪の減免有るを主り、万般皆吉にして喜慶自ら来る。縦令それが凶煞と并せ見るも、凶煞もまた人を害する能わず。

袁天罡曰:旬首作用為六儀,蓋甲為星官之首,直符之使,諸干之長,此支干之儀,俱在傳內,人宅皆吉,傳中神將又大吉,末傳又吉,則主始終有吉矣。若臨人年日辰更吉。所為成就,並無災咎,若克年命日辰則凶。

袁天罡曰く:旬首の支を以て発用と為すはすなわち是れ六儀なり。甲は是れ衆星官の首・直符の神の使者・十干の長なれば、ゆえにこの旬首の干支は便ち一旬の儀表なり。もしそれが日干・日支と一斉に三伝の内に落てば、人口と宅舎と皆吉なり。三伝中の乗る所の神将また大吉にして、末伝もまた吉なれば、あれなれば便ち頭より尾に至るまで皆吉なり。もしそれがさらに本命行年・日干・日支上に臨めば尚更吉にして、作為する所は皆成就し得、全く災咎無し。ただしもしそれが反って往きて本命・行年・日干・日支を克せば、あれなれば便ち凶に転ず。

若旬首作天乙發用,為富貴課。六甲作簾幕官上此簾幕即夜貴天空也,科名必中高舉。如乙丑、己丑二日夜占,乙酉、己酉二日晝占,皆旬首作簾幕官也。 又曰:六儀能集千祥,室家和順,利財增益,如遇末傳吉,更妙。

もし旬首の支の上に天乙貴人を乗りて発用すれば、あれはすなわち是れ富貴課なり。六甲旬首もし「帘幕官」と作れば——原注に曰く、帘幕はすなわち夜間の貴人天空——則ち科挙功名は必定に高中せん。譬へば乙丑・己丑の両日は夜間に占い、乙酉・己酉の両日は白天に占うは、皆旬首の帘幕官と作るの例なり。 また曰く:六儀は能く千般の吉祥を聚集し、家室和順にして財利増長す。もし末伝さらに吉なれば、便ち尚更妙ならん。

龍徳課

太歲乘天乙,月將作用神,此為龍德課,君恩及庶人。 詩曰:太歲今朝作貴人,立用還居月將神,龍德課宜居祿位,恩賜真官荷聖恩。

太歳の支の上に天乙貴人を乗り、而も当月の「月将」(即ち太陽の在る所の神、節気に随いて逐月更換す)また恰好発用の用神と作れば、これすなわち是れ龍徳課にして、君王の恩沢の下って百姓に及ぶを主る。 歌訣に曰く:今日の太歳は正に貴人と作り、立つる所の発用また月将の神上に落つ。龍徳課を得る人は官に居りて禄を食むに宜しく、恩賜を蒙受し・実職を授けられ、全く聖上の恩典に靠る。

又曰:太歲月建作天乙,還與用神同處興,此名龍德大吉課,事必遠大經朝廷,今日貴人相助救,恩澤賞賜來交併,更得天后來入課,此事消詳必有成。

また曰く:太歳と月建の支上とに天乙貴人を乗り、また発用の用神と同じく一位に処りて一斉に興起すれば、これを龍徳大吉課と言い、占う所の事は必定に遠大に関係し、朝廷を経るを要す。当日に貴人の旁より幇扶救助する有り、恩沢賞賜は一斉に到来す。もしさらに天后の課に入るを得れば、あれなればこの一件の事を把りて細細に推詳すれば、必定に成る能し。

孔明曰:用神是月將太歲,作天乙,末傳又得吉將,為龍德課。蓋太歲,天子也,首出庶物,而德及天下;月將,太陽也,懸空而明照四方,今太歲與月將並,更作日之貴神,則為龍德在上,澤及於物,占者遇之,主天子恩澤,除綬官爵,遷官蓋職之喜,可謁貴求望。經曰:“龍德累承君命,恩賜頻加。”

孔明曰く:用神はすなわち是れ月将、また正に太歳に當り、その上にさらに天乙貴人を乗り、末伝にまた吉将を得れば、これすなわち是れ龍徳課なり。太歳は天子を象徴し、万物の首と為りて徳沢は天下に遍及す。月将はすなわち是れ太陽、空中に高懸して光は四方を照す。今太歳と月将と并せて一処に在り、また本日の貴神と作れば、あれは便ち龍徳の上位に居りて恩沢の下りて万物に及ぶの象なり。占う者これに遇えば、天子の恩沢を蒙受し・官爵を授予され・職務を遷転するの喜事を主り、貴人を謁見して干求する所有るに宜し。経文に曰く:龍徳課は屢次に君命を承受し・恩賜は一再に身に加わるを主る。

如壬癸日巳為太歲,七月將己酉時占,天乙加酉為用,是月將並太歲作天乙為用也。 龍德課若帶煞為日鬼,謂之反德為刑,占訟則遠達朝庭,遠大之事,有誅戮之凶,百事不遂,一曰有太陽可以化吉,亦不為災也。

例を挙ぐ:壬癸日にして当年の太歳は巳に在り、七月は巳将を用い、酉時に於て事を占う、天乙貴人は酉上に加わりて発用と作る——これすなわち是れ月将と太歳と并せて一処に在り・また天乙と作りて発用するの龍徳課なり。 龍徳課もし凶煞を帯びて日干の鬼と成りて身を克すれば、便ち「徳を反して刑と為す」と言う:徳は反転して刑と成る。詞訟を占えば則ち案子は一直に朝廷に遞る、远大の事たるといえども、却って誅戮の凶有り、百事遂わず。別に一説有り:ただ課中に太陽(月将)の在る有れば、仍りて凶を化して吉と為し得、便ちまた災を成さず。

時泰課

《靈轄經》曰:時泰課,占時得太歲發用,為天子月將所合,為青龍。若臨日辰年命發用,為時泰課。利見大人,有福神相助,當有官爵榮遷之喜。

《霊轄經》に曰く:時泰課の構成は——占時の上に太歳の発用を得、太歳は天子を象徴す。それまた月将と相合し、その上に青龍を乗す。もしこの一組の神が日干・日支あるいは本命行年上に落ちて発用すれば、すなわち是れ時泰課なり。この課は大人を謁見するに利あり、福神の旁より幇助する有りて、応に官爵栄升の喜有るべし。

如寅年六月乙丑日丑時占事,四課中陰陽見功曹臨酉,下克上為用,此太歲為用,傳見小吉,得青龍為月建,是為時泰課,宜謁尊貴,覲天庭,有福神相助也此雖夜時,但日間占不用夜貴,只子貴逆治,至未在寅上得青龍太歲發用,旺得青龍貴人。

例を挙ぐ:寅年六月乙丑日丑時に事を占う。六月は午将を用い、午を以て丑に加えて天盤を起こし、四課の陰神陽神の中に、「功曹」(寅木の神)の酉上に臨むを見、酉金は寅木を克し、是れ下克上にして、「賊克法」に依りてそれを取りて発用と為す。而も寅は正に是れ本年の太歳、ゆえに是れ太歳の発用なり。三伝中にまた「小吉」(未土の神)を見、青龍を乗り、未は正に是れ六月の月建なり。これ便ち時泰課を構成し、尊貴を謁見し・天庭に朝覲するに宜しく、福神の相助有り。原注に曰く:この例は夜間の時に在るといえども、白天に占えば夜貴を用いず、ただ子位に按じて貴人を起こして逆行排布し、数えて未に到りて寅上に落ち、便ち青龍と太歳と一同に発用を得、旺気の中にまた青龍貴人を得たり。

比寅陰 才未青 印子貴 亥午寅酉 午丑酉乙

これは上例の寅年六月乙丑日丑時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は寅、乙木日と同類、是れ比肩爻、太陰を乗す。中伝は未、乙木の克する所と為り、是れ財爻、青龍を乗す。末伝は子、水は木を生じ、是れ印爻、天乙貴人を乗す。 下の二行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に酉を得、第一課酉/乙を成す。酉を以て下と為し、酉上に寅を得、第二課寅/酉を成す。日支は丑、丑上に午を得、第三課午/丑を成す。午を以て下と為し、午上に亥を得、第四課亥/午を成す。六月午将を丑時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて五位を進めば、ゆえに辰上に酉を得・丑上に午を得。第二課は酉金は下に在りて寅木は上に在り、下は上を賊し、寅を取りて発用と為し、正に是れ太歳の課に臨むの象なり。

四順課

詩曰:用凶終吉衰終旺,天乙順行轉出陽,此名四順初雖否,終來吉慶喜相逢。百事嚮明宜勉進,小求大獲盡褒揚。

歌訣に曰く:発用は凶にして末伝は吉に転じ、起初は衰弱にして最終は旺盛なり、天乙貴人また順行して転出して陽位に到る——これを四順課と言う。開頭は否塞するといえども、末了に自ら吉慶相逢有らん。百事皆光明の処に向かいて往き、勉力進取に宜しく、求むる所は小なるといえども得る所は甚だ大にして、人人美と称せん。

孔明曰:用起凶神惡將,傳得吉神良將,為一順;用起囚死,傳得旺相,為二順;貴人順治,為三順;傳出貴人前,名曰四順。此時百事可為,雖無初亦有終。

孔明曰く:いわゆる四順とは、四層の逆より順に転ずるなり。発用は凶神悪将に起こるも、而も三伝は却って吉神良将を得、これを第一順と為す。発用は囚死無気の処に起こるも、而も三伝は却って旺相の気を得、これを第二順と為す。天乙貴人は順行して事を治めて逆行せず、これを第三順と為す。三伝は排し出だして貴人の前に落つ、これを第四順と為す。この時百事皆為す可く、縦令開頭利あらずとも、結局は帰して成有らん。

三光課

詩曰:用起日辰俱旺相,傳中復有吉神並,三光並立無相剋,作事皆歡病者輕。縱逢凶將無憂患,囚繫官災事不成。六月戊寅日占課,三傳俱旺貴人榮。

歌訣に曰く:発用と日干・日支と皆旺相の気を乗り、三伝中にまた吉神の并せ見る有り、三重の光明并立して彼此相克せず——これすなわち是れ三光課なり。事を為る皆歡喜にして、病人の病もまた軽し。縦令凶将に碰上するも憂患無く、囚禁・官非の类の災事は皆構成する能わず。譬へば六月戊寅日に課を占い、三伝俱に旺して貴人栄顕すれば、すなわち是れ这一类なり。

詩曰:用神逢旺相,一光事所宜。吉將臨其上,三光喜勿疑。日辰兼有氣,三光不改移。求事多來速,官職定不遲。末傳無刑害,車馬鎮相隨。三合與六合,逍遙自在時。忽然刑害破,凶將作頻眉。

歌訣に曰く:用神は旺相の気を得、これを第一重の光と為し、事を弁ずる皆合宜なり。吉将またそれの上頭に乗れば、三光の喜は疑うを必とせず。日干・日支は同じく気有れば、三光は便ち穏固にして移らず。事を求むるは多半来ること速く、官職は一定に拖延せざらん。末伝に刑害無ければ、車馬は便ち一路相随せん。三伝中にさらに三合・六合有れば、あれは正に是れ逍遙自在の時なり。ただしもし忽然として刑・害・冲破に遇上し、また凶将を乗れば、あれなれば便ち愁眉展かざらんと要す。

詩曰:三光並立,用在其中,日辰之陽,吉神旺相,用起相傳,旺生良將,上下相生,自獲吉昌,雖有凶將,亦不為殃,當此之時,入水不溺,入病惡思不當,入兵不傷,所種者成,所為者遂,所求者得,所欲者諧,病困不死,繫者無刑,刀雖臨頸,亦為虛驚,舉尸入猶後回生,出幽入明,是謂神靈。

歌訣に曰く:三重の光明并立し、用神はその中に居る。日干・日支の乗る所の陽神は皆吉神にして旺相の気を帯ぶ。発用は一路相伝し、旺気また良将を生扶す。上下彼此相生すれば、自然に吉慶昌盛を獲得す。この時縦令凶将有るも、災殃を造る能わず。この様の時に當りて:水に入りても淹死せず、病に染むも壊処に向かわず、陣に上がりても傷受けず。種えたるは成る能く、為すは遂げる能く、求むるは得る能く、想うは諧う能し。病は重きを得るも死するに至らず、囚繋せらるるは刑罰を受けず。刀は頸子の上に架けらるといえども、也不过一場の虚驚なり。就算に屍首を抬して進入すとも、後来に還て活け転ずる能し。これは幽暗より光明に走入る、ゆえに神霊の護佑と言う。

又曰:三光日辰天乙後,中末囚死將神凶,此是三光失明象,本明向自暗昏,前看虛喜後枉悶,抑塞屈招難泰通,在上雖明不見察,所為無就喪前功。

また曰く:三光課もし日干・日支が天乙貴人の後に落ち、中伝末伝また囚死の地に処りて乗る所の神将皆凶なれば、あれはすなわち是れ三光失明の象:本来光明たるに、却って自ら行きて昏暗に向かう。前頭は看て是れ空歡喜、後頭は徒らに煩悶す。処処壓抑閉塞して、冤を含みて招認して通泰し難し。上の人は明察するといえども、汝の実情を見るに到らず。作為する所は成ること無く、先前の功労を把りて皆賠え入れたり。

孔明曰:日為人,如得旺相氣,則人口安寧建旺,諸鬼不能犯,一光也;辰為宅,若得旺相氣,則宅居新美,氣運方亨,則益主人,諸邪不侵,二光也;用神乃日用所占發端之事,若得旺相氣,則所為無阻,豐亨盛大,德以速成,三光也。此三者,又乘吉將,故曰三光課。占者遇之,光其神又光其宅,而又光其動作,遂所為不費力矣。此課與官爵乘軒等占課並,主仕人加官進職,如有喜神,亦必見吉慶,雖有凶神凶將,始終有福,但日辰發用,要在天乙前。

孔明曰く:日干は人を代表し、もし旺相の気を得れば、則ち家中の人口は安寧興旺し、各種の鬼祟は皆侵犯する能わず、これを第一光と為す。日支は宅舎を代表し、もし旺相の気を得れば、則ち住処は新美にして気運正に通じ、能く主人に益し、各種の邪祟は侵さず、これを第二光と為す。用神は当下の占う所の事の起端にして、もし旺相の気を得れば、則ち作為する所は阻碍無く、豊盛亨通して、徳行に凭りて迅速に事を成す、これを第三光と為す。この三者また皆吉将を乗れば、ゆえに三光課と言う。占う者これに遇えば、人は光彩・宅は光彩・行事もまた光彩にして、何を弁ずるも力を費やさず。この課もし官爵課・乗軒課等と并せ見れば、官を為す人の官を加え職を進むるを主る。もし喜神有れば、また必ず吉慶を見ん。縦令凶神凶将有るも、始終福有らん。唯一の条件は:日干・日支と発用とは必ず天乙貴人の前に落つるを須す。

外有三光失明,為烏雲蔽天格。蓋日辰在天乙後為陰,中末傳又囚死,乃自明入暗,自旺入衰,故凶。主作為朦朧遲滯,吉事變為凶事,病人痊而作,終不起矣,占人主愚昧。

この外また三光失明の変格有り、これを烏雲蔽天格と言う。日干・日支が天乙貴人の後に落つれば則ち陰に属し、中伝末伝また囚死の地に処り、これは明処より暗処に走入り・旺処より衰処に落入る、ゆえに凶なり。作為する所は朦朧遅滞にして、本来の吉事は変じて凶事と為るを主る。病人は看て好転するも、其実は還て復発し、終竟起き上がり来れず。人の品性を占えば、則ち愚昧を主る。

如正月甲寅日巳時反吟課,春月甲寅木旺,傳送作青龍加日辰,功曹加申為用,用神乘旺作天后,正合三光課,雖反吟而神將並吉。法曰“有凶,從其吉多者”,此之謂也。 比寅后 官申青 比寅后 寅申寅申 申寅申甲

例を挙ぐ:正月甲寅日巳時に占い、反吟課を得。正月は亥将を用いて巳時に加え、天地盤は正相冲すれば、ゆえに反吟を成す。春月は甲寅の木気正に旺なり。「伝送」(申金の神)は青龍を乗りて日干・日支上に加わり、「功曹」(寅木の神)は申上に加わりて発用と作り、用神は旺気を乗りて乗る所の天将は天后、正に三光課に合す。動盪の反吟たるといえども、神と将と却って皆吉なり。断法の上に「凶有る時は、便ち吉多きのあの一辺に跟いて断ず」と説くは、講ずる所は正に是れこの種の情形なり。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は寅、甲と同じく木に属し、是れ比肩爻、天后を乗す。中伝は申、金は木を克し、是れ官鬼爻、青龍を乗す。末伝はまた寅、仍りて是れ比肩、天后を乗す。反吟課は天地相冲すれば、ゆえに初末は重複す。 下の二行は四課、自右向左へ読む:日干甲は寅に寄宮し、寅上に申を得、第一課申/甲を成す。申を以て下と為し、申上に寅を得、第二課寅/申を成す。日支は寅、寅上に申を得、第三課申/寅を成す。申を以て下と為し、申上に寅を得、第四課寅/申を成す。四課はただ寅申の両神の来回対冲するのみ、正に是れ反吟の象なり。

如正月庚申日卯時占,神后臨戌為用,將得天后;中傳功曹,將得螣蛇;末傳天罡,將得六合。秋占,日辰旺相為一光;神后天后發用乘相氣,為二光;吉將在中,為三光。占病不死,囚繫得出,市賈有利,謀望得成,福佑自至,殃禍消除。 子子后 才寅蛇 父辰合 子戌子戌 戌申戌庚

さらに一例を挙ぐ:正月庚申日卯時に占い、「神后」(子水の神)は戌上に臨みて発用と作り、乗る所の天将は天后なり。中伝は「功曹」(寅木の神)、螣蛇を乗す。末伝は「天罡」(辰土の神)、六合を乗す。もし秋に占えば、日干・日支は旺相の気を得、これを第一光と為す。神后は天后を乗りて発用して相気を帯ぶ、これを第二光と為す。吉将は中伝に居る、これを第三光と為す。この課は病を占えば死せず、囚禁せらるるは獄を出る能く、売買を為れば利を得、謀望は成る能く、福佑自ら来り、災禍消除せん。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は子、金は水を生じ、庚日に対して是れ子孫爻、天后を乗す。中伝は寅、金は木を克し、是れ財爻、螣蛇を乗す。末伝は辰、土は金を生じ、是れ父母印爻、六合を乗す。 下の二行は四課、自右向左へ読む:日干庚は申に寄宮し、申上に戌を得、第一課戌/庚を成す。戌を以て下と為し、戌上に子を得、第二課子/戌を成す。日支は申、申上に戌を得、第三課戌/申を成す。戌を以て下と為し、戌上に子を得、第四課子/戌を成す。天盤各神は皆地盤に比べて两位を進めば、ゆえに戌上に子を見・子上に寅を見・寅上に辰を見、三伝は便ち依次に排成して子・寅・辰と為る。

三陽課

詩曰:一陽一順起,用旺二陽知,日辰前天乙,陽神進不回,良將當其上,三陽次第推,病者應無死,獄囚脫災危,凡事皆吉慶,求財利必值,縱逢刑與害,喜事不遲疑。

歌訣に曰く:第一重の陽は気機の順に起こる。用神は旺相の気を得れば、便ち第二重の陽を知る。日干・日支は天乙貴人の前に排せられ、陽神は一路前進して回頭せず、その上にまた良将有り、第三重の陽は便ち依次に推し出ださん。この課を得れば、病人は死するに至らず、牢裏の人は災危を脱する能く、凡事皆吉慶有り、財を求めれば一定に利を得。縦令刑と害とに碰上するも、喜事もまた遅疑せずして来らざらん。

詩曰:貴人順行治,支干俱行前。用傳得有氣,三陽照不偏。利向公直作,莫從私曲權。吉事須揚舉,凶將惡名傳。所為皆有得,運限合通年。 詩曰:天乙順布日居前,日辰逢旺更推詳。三陽偏與人為慶,若乘吉將更為良。見龍常主錢財慶賀事。

歌訣に曰く:天乙貴人順行して事を治め、日干と日支と皆貴人の前に排せらる。発用と三伝とまた皆気有り、三重の陽光は周遍に照して偏らず。この課は公正の一路を走るに利あり、私曲権を弄するに靠る勿かれ。吉事は応に張揚して挙弁すべく、もし乗る所が凶将なれば、伝え出だす所は便ち是れ悪名なり。作為する所は皆収穫有り、運勢と年限と一斉に通達す。 また一首に曰く:天乙は順に布列して日干はその前に居り、日干・日支さらに旺気に逢い、なお細細に推詳する要し。三陽は偏偏是れ人に喜慶を帯い来たるを為し、もしさらに吉将を乗れば便ち尚更好し。三伝中に青龍・太常を見れば、銭財と慶賀の事を主る。

詩曰:天乙順行為正理,日辰有氣復居前。主用行年並旺相,三陽吉慶保安然。上下旺相神將吉,出行有利職主遷。病者入棺當再活,刀當囚頭卻無愁。

歌訣に曰く:天乙貴人順行する乃ち是れ正理、日干・日支はすでに気有りてまた貴人の前に排せらる。用神と本命行年と一斉に旺相せば、三陽吉慶は便ち平安を保ち得。上下皆旺相にして神将皆吉なれば、出行は利有り、官職は升遷を主る。病人は縦令已に棺に入るも応に復活すべく、刀は囚犯の頭上に架けらるるも愁うるを必とせず。

詩曰:三陽天乙來辰戌,用神克賊終無救。此時三光不照時,事多闇昧求多就。是非雖滯不傳揚,傍勢堪為終嘆謬。病人雖安亦須死,囚人罪輕赦不宥。望人不來憑人虛。家人衰耗多凶咎。

歌訣に曰く:三陽課にして天乙貴人が辰・戌の両位に落ち、用神また克を受け賊を受けて終竟救無し——辰戌は是れ天羅地網、貴人はここに入れば下獄するに同じ。この時三光は照り到らず、事は多く暗昧不明にして、求むる所は多きといえども勉强凑合す。是非は滞留して張揚に至らざるといえども、旁人の勢力を借りて往きて弁ぜんと欲するも、最後にただ一声の嘆息を落すのみ。病人は看て安穏なるも終竟帰して死せんと要し、囚犯は罪は軽きといえども赦免を得ず。盼する人は来らず、托する人は靠り得ず、一家人は衰敗耗損して、凶咎多し。

孔明曰:三陽者,天乙順行,前三五加日辰為一陽也;旺相不相剋,二陽也;日照今日之本;三陽也。又按《金匱》曰:用神旺相順行,日辰在天乙前,謂之三陽課。蓋主進旺氣,順於前進,謂一陽,主順。天乙在行為順,謂二陽;陽主伸,日辰在天乙前,為伸,謂三陽。兼吉將加臨,謂三陽課。此義甚通,利公干,不利私謀。占賊來,不利為主,無伏兵。占訟得理,病無憂,官升遷,行人來,產易養,孕貴。婚姻求望遂。一曰天乙順治,龍合立於前乘旺生初,正時生行年,為明為泰為生為長,舉事亨通,病者復生,囚者無罪。三陽遇太乙,來意主先喜後憂。

孔明曰く:いわゆる三陽とは、一は天乙貴人順行し、往きて三位・五位を数えて日干・日支上に加わる。二は各神旺相して彼此相克せず。三は太陽(月将)が当日の根本の処に照り到る。また《金匱》に据りて曰く:用神旺相して順行し、日干・日支は天乙の前に排せられれば、便ち三陽課と言う。気は旺地に進み・勢に順い前に行くは第一陽、順を主る。天乙順行して逆らわずは第二陽。陽の本義は伸展にして、日干・日支が天乙の前に居るは正に伸展の象、是れ第三陽。さらに吉将の位に臨むを加えれば、便ち三陽課を成す。この講法は甚だ通ず:この課は公事に利あり、私謀に利あらず。盗賊の来犯を占えば、守りを作すに利あらず、伏兵の用いる可き無きを以てなり。詞訟を占えば勝理を得る能く、病を占えば憂無く、官を占えば升遷を主り、行人を占えば則ち人回り来り、生産を占えば養い易く、胎孕を占えば貴子を生むを主り、婚姻と求むる所と皆遂げる能し。もう一説:天乙順行して事を治め、青龍・六合は前面に立ちて旺気を乗りて来りて初伝を生じ、占時また本命行年を生ずれば、これすなわち是れ明・是れ泰・是れ生・是れ長にして、事を挙げる亨通して、病人は能く復生し、囚は罪無し。ただしもし三陽課が「太乙」(巳火の神)に遇上すれば、来る人の本意は多く先に喜びて後に憂う。

外有三陽不照格,天乙在辰戌,雖順治亦為貴人入獄,獄乃陰地也,即非陽矣。用神雖旺相卻為鬼氣,鬼貪旺,雖不克人,名既為鬼,即陰物也,豈能照人乎?若三陽無救神,則為三陽不照,未免先吉後凶。

この外また三陽不照格有り:天乙貴人が辰あるいは戌に落つれば、辰は是れ天羅・戌は是れ地網にして、縦令貴人順行して事を治むるも、また算えて是れ貴人の獄に下るなり。獄は是れ陰暗の地、便ち陽と為るに成らざらん。用神は旺相するといえども、それは身を克するの鬼気——鬼は旺気に貪着して、一時は来りて人を克せざるといえども、名号すでに是れ鬼たれば、便ち陰物に属し、何ぞ還て人を照し亮め得んや。もし三陽課中に解救の神無ければ、便ち三陽不照と成り、先に吉にして後に凶なるを免れず。

如六月戊辰日辰時,申加午為用,日辰時皆旺相也。 又如二月乙丑日酉時,功曹為用,天乙加亥,辰在天乙前,順行,亦是三陽。

例を挙ぐ一:六月戊辰日辰時に占い、申は午上に加わりて発用と作り、日干・日支と占時と皆旺相の気を得、正に三陽の義に合す。 例を挙ぐ二:二月乙丑日酉時に占い、「功曹」(寅木の神)は発用と作り、天乙貴人は亥上に加わり、日支は天乙の前に排せられて貴人順行す、これも同じく是れ三陽課なり。両例の課式は下面に列す。

申 戌 子 申午酉未 午辰未戊 未申酉戌 午 亥 巳 子 辰卯寅丑

これは上文の第一例・六月戊辰日辰時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は申・中伝は戌・末伝は子。六月は午将を用いて辰時に加え、天盤各神は皆地盤に比べて两位を進めば、ゆえに申上に戌を得・戌上に子を得、三伝順次に遞出す。 中間の二行は四課、自右向左へ読む:日干戊は巳に寄宮し、巳上に未を得、第一課未/戊を成す。未を以て下と為し、未上に酉を得、第二課酉/未を成す。日支は辰、辰上に午を得、第三課午/辰を成す。午を以て下と為し、午上に申を得、第四課申/午を成す。 最下の四行は天地盤なり。地盤十二宮は固定して動かず、左上角より順時針に巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰と為す。盤面に列する所は即ち各宮の上に壓るの天盤の神:巳上未・午上申・未上酉・申上戌・酉上亥・戌上子・亥上丑・子上寅・丑上卯・寅上辰・卯上巳・辰上午、処々相差は两位なり。

寅 卯 辰 卯寅午巳 寅丑巳乙 午未申酉 巳 戌 辰 亥 卯寅丑子

これは上文の第二例・二月乙丑日酉時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は寅・中伝は卯・末伝は辰。二月は戌将を用いて酉時に加え、天盤各神は皆地盤に比べて一位を進めば、ゆえに寅上に卯を得・卯上に辰を得、三伝一路順進して、正に是れ「陽神進みて回らず」の象なり。 中間の二行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に巳を得、第一課巳/乙を成す。巳を以て下と為し、巳上に午を得、第二課午/巳を成す。日支は丑、丑上に寅を得、第三課寅/丑を成す。寅を以て下と為し、寅上に卯を得、第四課卯/寅を成す。 最下の四行は天地盤:地盤は巳上午・午上未・未上申・申上酉・酉上戌・戌上亥・亥上子・子上丑・丑上寅・寅上卯・卯上辰・辰上巳、処々ただ一位を差すのみ。

天恩課

詩曰:支辰得用為天乙,青龍天后來入傳,或在行年日辰上,天恩恩澤求中天。感動尊長非細事,貴人救濟感恩寬。天恩傳見空亡死,天恩未定成虛喜。心下有憂多疑貳,吉凶爭奪多猶豫。

歌訣に曰く:日支の神は発用して上に天乙貴人を乗り、青龍・天后また三伝に進入し、あるいは本命行年と日干・日支上に落つれば、これ便ち是れ天恩課にして、恩沢は朝廷中樞に向かいて往きて求むるを要す。感動する所は是れ尊長にして、小事にあらず。貴人は手を出だして救済し、感恩の情は寛厚なり。ただしもし三伝中の天恩の神が旬空あるいは死気に落ち込めば、天恩は便ち定まり得ず、一場の空歡喜と成る:心裏に憂慮を存し、疑いて決せず、吉凶両頭相争い、人もまた猶豫不定なり。

孔明曰:支辰旺相發用,作貴人或臨行年,入傳生日干,名天恩課。主得貴人救濟,尊長賜恩澤,利干謁貴、求選、赦宥之事,終身不逢危險。忌見貴人空亡,則喜事不實,事多猶豫,憂疑不決矣。

孔明曰く:日支の神旺相して発用し、その上に天乙貴人を乗り、あるいは本命行年に臨み、三伝に進入してまた来りて日干を生ずれば、これを天恩課と言う。貴人の救済を得・尊長の恩沢を賜与するを主り、貴人を干謁し・選調を求取し・赦免を請求するの类の事に利あり、終身危険に遇わず。ただ貴人の旬空に落ち込むを忌み、かくの如くんば喜事は便ち落実せず、事は多く猶豫して、憂疑決せず。

天禄秘典大六壬霊覚経神課巻之二終

天禄秘典大六壬霊覚経神課巻之三

三交 斬關 遊子 閉口 刑德 解散 亂首 度厄 無祿 殘下 凌犯 孤寡 龍戰 勵德 贅婿 無淫 泆女 沖破 天祿秘典大六壬靈覺經神課卷之三

この一行は本書巻三の課目総列にして、依次に:三交・斬関・游子・閉口・刑徳・解散・乱首・度厄・無禄・残下・凌犯・孤寡・龍戦・励徳・贅婿・無淫・泆女・冲破、共に十八課なり。これらの課名の下に列するの各条は、皆下文の「隠匿門」の裏に帰し、講ずる所は是れ隠伏・逃亡・悖乱・孤克・淫奸の类の陰暗に偏するの課体なり。列目の後、底本はまた重ねて一行の巻題「天禄秘典大六壬霊覚経神課巻之三」を出だす、ここに原様の如く保留す。

隠匿門

三交格

象曰:卯酉加日辰,六合太陰並,用起四仲神,三交是課名釋課名義。 又曰:四仲發用誰可先?其中若有克,三交得此篇。 又曰:昴宿房星加日辰,太陰六合又並臻。今日復臨子午,三傳四仲類相尋。 又曰:三傳日辰俱四仲,太沖從魁加日辰,四三陰合相併見,三交為課主交神。

課象辞に曰く:卯・酉が日干・日支上に加わり、六合と太陰と一斉に出現し、発用また子午卯酉の四仲の神に起これば、この一課は便ち三交と言う——本句は正に是れ課名の含義を解釈するなり。 また曰く:四仲同時に発用せば、応に先ずどれ一個を取るべきや。その中にもし相克する有れば、便ち賊克法に依りて取り、三交課は便ちこの一篇に由りて講明さる。 また曰く:昴宿は酉に属し・房星は卯に属し、二者は日干・日支上に加わり、太陰と六合とまた一斉に来り到る。今日の神さらに子・午に臨み、三伝全て是れ四仲、同類相尋ねるなり。 また曰く:三伝と日干・日支と皆四仲の位に落ち、「太冲」(卯)と「従魁」(酉)は日干・日支上に加わり、第三課・第四課の陰神また太陰・六合と并せ見れば、三交課は便ちこれらの交錯するの神を以て主と為す。

《金匱》曰:卯酉之位,日月所從;子午之辰,陰陽所起;皆幽暗,謂之私門。若四仲加四仲,是門戶相通,陰陽交媾,私奸聚黨,而中末又兼之,故名三交,太陰六合皆主陰私蔽匿,更見此二神加之,愈是三交。 又曰:卯酉加日辰為一交,作太陰六合為二交,傳中四仲為三交。

《金匱》に曰く:卯と酉の方位は、是れ日月出入の経る所の門。子と午の辰位は、是れ陰陽消長の起点。この四処は皆幽暗不明、ゆえに「私門」と言う。もし四仲の神また四仲の位上に加われば、あれはすなわち是れ門戸の彼此相通じ・陰陽交媾し・私通奸邪して衆を聚め党を結ぶの象。中伝末伝さらにこの格局を重複せば、ゆえに三交と言う。太陰と六合の両位の天将は皆陰私隠蔽を主り、もしさらにこの両神の加臨を見れば、三交の象は便ち尚更足らん。 また曰く:卯酉の日干・日支上に加わるは是れ第一交、その上に太陰・六合と作るは是れ第二交、三伝中にまた全て四仲なるは是れ第三交。

又曰:子午卯酉,四仲神也。太沖為天私門,從魁為地私門,六合為地私門,太陰為地私戶,更日辰見四仲,三傳又是四仲,太陰六合入課傳,名曰三交格。 又曰:凡四仲日加傳用為一交,四仲時加傳用為二交,上乘朱雀陰合後為三交。一曰三交課有二例,三傳俱仲是為一例;又仲日四仲發用,又得仲時,傳有雀合陰后,亦為三交。

また曰く:子・午・卯・酉は是れ四仲の神。太冲卯を天私門と言い、従魁酉を地私門と言い、天将の中の六合もまた地私門と言い、太陰は則ち地私戸と言う。もし日干・日支上に四仲を見、三伝また全て四仲にして、太陰と六合さらに四課三伝に進入せば、便ち三交格と言う。 また曰く:凡そ四仲の日の三伝発用上に加わるは是れ第一交、四仲の時の三伝発用上に加わるは是れ第二交、上面にさらに朱雀・太陰・六合・天后を乗するは是れ第三交。もう一説:三交課に両種の成例有り——三伝全て四仲、これは是れ一例。四仲の日にして四仲を以て発用し、占時また是れ四仲、三伝中に朱雀・六合・太陰・天后有れば、これもまた是れ三交なり。

象曰:三交主匿罪,女子外交連,占人當六月,丁卯之時寅。秋仲加夏仲,被克是姻緣,有救除高蓋,凡此罪夢延。 又曰:三交家隱奸私客,不是自逃將避迍。螣蛇防火勾陳斗,武盜白虎殺傷人。或幽或明公私絆,門戶開闔事屈伸。謀望遠行皆伏匿,關隔阻滯謀不成。陰私交加有淫泆,室女深閨也逐迎。若因死囚傳惡將,貴人居向戌與辰。二仇定戰不相伏,定因官訟纏其身。更若四正加四仲,人家妨得不分明。年月日時加四仲,所謀之事徒用情。有祿貴人臨四仲,遷移卻有陰私名。

課象辞に曰く:三交は家中に罪人を窩蔵し、あるいは外人と私通するの女子に牽連するを主る。例を挙ぐるは六月に占い・丁卯日・占時は寅に在り。秋天の仲支(酉)は夏天の仲支(午)上に加わり、克を受くるの一方の応ずる所はすなわち是れ姻縁。もし救神有れば、あるいは転じて高蓋乗軒の格と成れば、便ち解免し得、否ればこの类の事は皆罪愆を拖りて夢魘の如し。 また曰く:三交の家は奸私の客を蔵し、自ら逃亡せざれば便ち人に替わりて難を避く。螣蛇を見れば火を防ぐを要し、勾陳を見れば争闘を防ぐを要し、玄武を見れば盗を防ぎ、白虎を見れば殺傷を防げ。事あるいは暗あるいは明、公私両頭牽絆す。門戸は一たび開き一たび合し、事は時に屈し時に伸ぶ。謀望と遠行と皆潜伏隠匿を主り、関卡阻隔して謀事は成らず。陰私交錯せば則ち淫乱の事有り、深闺の裏の処女に連ねてもまた往きて追逐迎合す。もし課中に死気囚気を帯びて三伝は悪将を乗り、天乙貴人また辰・戌の天羅地網の位に落つれば、両方の仇家は必定に相闘い誰も服せず、一定に官司に纏身するに因る。さらにもし子午卯酉の四正の神が四仲の上に加われば、一家人の受くる所の妨害は説き分明する能わざらん。太歳・月建・日辰・占時皆四仲上に落つれば、謀る所の事は不过心力を白費す。禄有るの貴人は四仲上に臨めば、遷移を主るといえども、却って陰私の名声を帯ぶ。

陰合乘卯酉之神,則為伏匿罪人,或為女子牽連之事,主交加,事體交連,未能得脫。為人好勾惹結交,多私情而不擇精粗美惡,私易不定,更換住場,離鄉異井。或重拜雙親,多妻妾,養螟蛉,內外驚而外施仁義也。終必為犯,被罪外竄矣。

太陰と六合は卯・酉の神上に乗れば、罪人を窩蔵しあるいは女子の事に牽連するを主り、事は交錯糾纏して身を脱する能わず。この様の人は勾搭結交するを好み、私情甚だ多くして好壞美醜を挑揀せず、行事は私密にして反復常無く、屢屢家を搬き地を換え、故郷を離れて別に井邑を択ぶ。あるいはまた第二重の父母を認め、妻妾衆多にして義子を收养す。内裏は惶惶として安からざるに外面は仁義の模样を装う。到頭来れば必定に事を犯し、罪を獲て流窜して外に在らん。

《曾門經》曰:三交相因,家匿罪人。人或公訟,或明晦,或出入受害,伏匿關留,又主逃隱不及。凡事被人阻破,求財無得,謀望無成,占病沈重,或日輕夜重,或日重夜輕,多是犯色二三感。占官不吉,六陰日先阻後遂,但多疑,事不歸一。女人得此刑剋疊並,多淫亂或偏寵。

《曾門經》に曰く:三交は彼此牽引して、家中に罪人を蔵するを主る。その人あるいは公門の訟事に牽入し、あるいは行迹は忽ち明忽ち暗、あるいは出入の際に害を受け、潜伏隠匿して関卡に留難せられ、また主に逃げんと欲するも来り及ばざるを主る。凡事皆人に中より阻破され、財を求めて得る所無く、謀望は弁じ成らず。病を占えば則ち病勢沈重にして、あるいは白天軽く夜裏重く、あるいは白天重く夜裏軽し、多半是れ色欲を犯し・両三種の病を感染せるなり。官運を占えば吉ならず。もし六陰日に占い得れば、先に受阻して後に願いを遂ぐるを主り、ただ是れ疑慮甚だ多く、事は一処に帰するに到らず。婦人この課を得て刑克重疊せば、多く淫乱を主り、あるいは人に偏宠せらるるなり。

孔明曰:三交課,來意主自疑惑,家欲匿罪人。又須陰合併,方名三交。若無此二神,則不為交。又子午為二至,卯酉為二門,若四仲相交,更天將得白虎,並主望行人音信。又若傳不和,有交加難解不明之憂。又帶白虎克日辰行年上神者,來意主殺傷見血之禍。占來賊有戰,或三路來,勾引合交而來,或三路或三疊,陣中有埋伏,須防之。占行人游神動必來,否則主行者勾留牽惹,他事不得來;或來,半路被朋友或婦女引去他方矣。

孔明曰く:三交課の来意は、多く是れ当事の人自ら心に疑惑を存し、家裏に罪人を藏匿せんと要す。なお太陰・六合の并せ見るを須して、乃ち三交の名に够え上がり得。もしこの両位の神無ければ、便ち交と算せず。子午は是れ冬至夏至の在る所、卯酉は是れ春分秋分の門。もし四仲交相に加臨し、天将また白虎を得れば、一斉に行人の音信を盼望するを主る。もし三伝彼此不和なれば、則ち交錯糾纏・解明し難きの憂有り。もし白虎を帯びて往きて日干・日支あるいは本命行年上の神を克せば、来意はすなわち是れ殺傷見血の禍。賊寇の来犯を占えば、主に打仗し、あるいは三路より進兵して彼此勾連交合して来り、あるいは三路に分かれ・あるいは三重に疊進して、陣中にまた埋伏有り、必ず防備するを須す。行人を占えば、もし「遊神」発動せば則ち人必ず回り来る。否れば則ち行人の牽絆拖住せられて、別の事の為に回り来れざるを主る。即便に身を動かすとも、半路上にも朋友あるいは婦女に引かれて別処に往き去らん。

袁天罡曰:此可知四仲純全,前無孟之可就,後無季之可奔,是謂四平,互刑互破,前不能進,後不能退,交加之旬。凡事失節阻礙,謀則被人破矣。后合又入傳,主陰私違法之事。虎勾入傳,主事爭鬥喪孝之事,或殺傷逃亡之事。 李淳風曰;孟神加孟,仲神加仲,季神加季,故曰三交。孟主未來,課名玄胎;仲主現在,課名三交;季主已往,課名稼穡遊子。

袁天罡曰く:これに由りて知る可し、四仲純にして雑らざる時は、前面に四孟の依り就く可き無く、後面に四季の奔投する可き無し、これを「四平」と言う。彼此互いに刑し互いに破り、前進は得ず後退は能わず、正に是れ交錯糾纏の時なり。凡事皆節度を失いて受阻し、一たび謀划有れば便ち人に攪破さる。もし天后・六合また三伝に進入せば、陰私違法の事を主る。もし白虎・勾陳が三伝に進入せば、争闘と喪事孝服、あるいは殺傷逃亡の事を主る。 李淳風曰く:四孟の神の四孟の位に加わり・四仲の四仲に加わり・四季の四季に加わるは、皆「三交」と言う。四孟は将来の事を主り、その課は名づけて玄胎。四仲は眼前の事を主り、その課は名づけて三交。四季は過去の事を主り、その課は名づけて稼穡・游子。

子加卯,子卯相刑,舉錯不吉。詩曰;變異謀還遠,須訪卑下凌。陰亡陽始虛,賤否貴方榮。 子加酉,子酉遇破,舉事多端。詩曰:事因多閉起,變異及災亡。闇昧無分曉,蹇過後方亨。 卯加午,卯午遞志,老凶幼喜。詩曰:病凶訟不利,懷主欲登坡。暑天炎涼日,秋來始發輝。 午加酉,午酉光置,災福二慮。詩曰:小榮傾否日,老病事難言。火死金當旺,秋老生墓天。 午加卯,午卯沐浴,言好動逐。詩曰:事應言在位,便見後遷移。戶口多逢破,效治失多歧。 酉加子,酉子遇破,可禳災禍。詩曰:天禍終難解,金水來傷多。火燥其陰內,空木轉春和。 酉加午,酉午變應,事有凶證。詩曰:水力方行衣,樽節當日持。事後陰小敗,火力不相依。 卯加子,高蓋乘軒,紫微華蓋。詩曰:太沖為天駟,勝光為天馬。更得龍常將,祿位喜重重。 概見高蓋乘軒內。

以下の八条は、四仲の神の互相に加臨して成るの八種の三交課体なり。 一・子の卯に加わる:子卯相刑して、一挙一動皆吉ならず。詩に曰く:変故一たび起これば、謀る所は越发遥遠なり。須らく往きて人に欺凌せらるるの下層を訪問すべし。陰気亡尽して陽気方に虚しく、卑賤は否塞して顕貴は乃ち栄えん。 二・子の酉に加わる:子酉相破して、事を挙げる頭緒紛雑なり。詩に曰く:事は閉塞多きに因りて起こり、変故は災亡に連なる。一片の暗昧は分明を看る能わず、この段の艱難の過ぎ去るを待ちて乃ち通泰せん。 三・卯の午に加わる:卯と午とは彼此心志を遞送し、老者に於て凶・幼者に於て喜なり。詩に曰く:病を占えば凶・訟を占えば利あらず、心裏は却って登高の一步を想着す。暑天裏は冷熱常無く、秋来に到りて乃ち光輝を見ん。 四・午の酉に加わる:午酉の間は光影錯置して、災と福と両頭皆顧慮する要し。詩に曰く:小小の栄顕は正に傾覆否塞の日に當り、老人は病有りて事は説き難し。火已に死地に入りて金正に旺に當り、深秋は是れ生気の墓に帰するの時なり。 五・午の卯に加わる:午卯の相加は為に「沐浴」の地(十二長生の中に淫佚・変動を主るの一位)、説話は動聴して追逐を好む。詩に曰く:事は職位の上に応じ、随即に就きて遷移を見ん。家中の戸口は多く破損有り、治理を仿効するも歧路百出す。 六・酉の子に加わる:酉子相破して、法を作して災禍を禳解するに宜し。詩に曰く:天の降すの禍は終竟解き難く、金と水とは一路に来りて傷る。火は陰分の裏に燥灼し、空虚の木は転じて春天の和気と成るを要して乃ち好し。 七・酉の午に加わる:酉午の間は応験多く変じ、事は凶の征兆有り。詩に曰く:水の力量は剛剛行き開き、須らく当の天に節制すべし。事後に陰柔幼小の一方は敗落し、火力は已に靠り得ず。 八・卯の子に加わる:この一体はすなわち是れ高蓋乗軒、紫微華蓋の象なり。詩に曰く:太冲卯は是れ天駟の馬、勝光午は是れ天馬。さらに青龍・太常の両将を得れば、禄位の喜は重々疊疊たらん。 この条の詳説は前面の高蓋乗軒課の内を見よ。

又曰:凡課入三交體,則以三交宮時斷之,絳宮時孟也。 詩曰:三神入仲是絳宮,此法幽微是經蹤。絳宮時得登明入,更有六神相隨從。天罡是德得生氣,辰午申上宜見進。功曹只是名華蓋,有恐居之可免凶。魁罡加孟丑為煞,行人不到渡江風。占賊未來亡叛獲,病瘥囚徒凶犯重。人情不實行宜止,路若迷時左道通。見怪身通妖不出,孕主生男財主空。

また曰く:凡そ課の三交の体に落入れば、便ち「三交宮時」に按じて断ず。いわゆる絳宮の時とは、指す所は是れ四孟なり。 歌訣に曰く:三神の四仲に入れば便ち是れ絳宮、この套の法門は幽微精深にして、是れ経典の循ふ可き有り。絳宮の時もし「登明」(亥水の神)の進み来るを得れば、なお六位の神の相随有り。「天罡」(辰土の神)はここに在りて是れ徳神、生気を得る能く、辰・午・申上に落つれば進取に宜し。「功曹」(寅木の神)はここに在りてただ華蓋の名を作すのみ、畏懼する所有る時はその下に居りて反って凶を免れ得。もし「河魁」「天罡」(戌・辰)が四孟の上に加わりて丑を以て煞と為せば、則ち行人は到る能わず、江を渡らんとすれば大風に遇わん。賊寇を占えば則ち賊はまだ来らず、逃亡叛離の人は捉獲し得。病を占えば能く痊愈し、而も囚犯の罪は反って加重さる。人情実ならず、出行は止まるに宜し。路もし迷失せば、偏僻の小道に従いて反って行き通り得。怪異を見れば、自身は通過する能くして妖祟は出ださず。胎孕を占えば男を生むを主り、財を占えば則ち落空せん。

大吉居仲是玉堂,軫星是德生天梁,申酉卯同名為德,神后之位華蓋方,天罡加仲亥為煞,賊人來路戰俱傷。上者遭繫追逃獲,天乙無風可渡江。謁人相見胎生女,若問人歸半路傍。

「大吉」(丑土の神)が四仲の位に落つれば便ち是れ玉堂の時。軫星の対応する所の位次は是れ徳神、能く天梁を生じ、申・酉・卯は同じく徳と称す。神后子の位置は則ち華蓋の在る所なり。もし天罡辰が四仲の上に加わりて亥を以て煞と為せば、則ち賊人は来路の上に双方交戦して皆傷を受けん。上位に在る人は拘系に遭わん、逃亡する者を追捕すれば能く捉え得。天乙貴人有れば、風無くして順利に江を渡り得。人を謁見すれば能く見着け得、胎孕を占えば女を生むを主る。もし遠人の帰期を問わば、人は正に半路の旁に在り。

神后入仲明堂時,從魁為德未申隨,功曹別立為生氣,丑是華蓋避凶進。魁罡加季河魁煞,囚人得出病難醫。看人不出上無見,占賊即來急防之。逃亡不獲得人到,納財惟上類須遲。

神后子が四仲の位に落つれば便ち是れ明堂の時。この時「従魁」(酉金の神)は徳神と為り、未・申は随いて来る。功曹寅は別に立てて生気と為り、丑は是れ華蓋にして、凶を避けて進取し得。もし河魁・天罡が四季の上に加わりて河魁戌を以て煞と為せば、則ち囚犯は能く出獄して病人は医治し難し。人を訪えば則ち人は門を出ださず上頭もまた見着け得ず。賊寇を占えば則ち賊は馬上に就きて来らん、急速に防備するを須す。逃亡の人は捉え得ず、却って別人の到来有らん。財物を収納するはただ上頭の一类に在り、而且に拖延せん。

陽日三交課,日前四仲因。交刃天羅體,陰私來上門。有金斷傷殺,無金纏繞論。更值三交重,勾連事亦昏。如在三陰日,則為交祿雲。倘乘元武將,陰私失祿存。若得乘吉將,高蓋格為尊。

歌訣に曰く:陽日に三交課を得れば、起因は日干の前の四仲の神に在り。この時成る所は是れ「交刃」と「天羅」の体、陰私の事は門に找し来る。課中に金有れば、便ち傷殺の禍と断じ、金無ければ、ただ陰私の糾纏と断ずるのみ。もし三交の象さらに一層を重疊せば、牽連勾扯して、事は越发昏昧不明なり。もし是れ陰日に占い得れば、則ち「交禄」と言う。倘若乗る所が玄武の这位の凶将なれば、便ち陰私に因りて禄位を失掉するを主る。もし乗る所が吉将なれば、あれなれば便ち高蓋乗軒の格を以て尊と為す。

如在六陽日,逢三交,則為交刃羅網之格,主刑剋疊疊,因罪被刑,因陰私逃匿,破敗危亡,殺傷纏繞事。有金主殺傷損害,無金主陰私是非纏繞事。如在六陰日則為交祿格,主交接印信,私求官祿,則若乘元武凶神,則為陰私而失祿。如饋遺賄賂私托漏洩,被人毀謗害,因之而失祿矣。

もし甲丙戊庚壬の六陽日に三交に遇上すれば、便ち「交刃羅網」の格と成り、刑克重疊を主る:犯罪に因りて刑を受け、陰私に因りて逃匿し、破敗危亡して、殺傷糾纏す。課中に金有れば、殺傷損害を主り、金無ければ、ただ陰私是非の糾纏を主るのみ。もし乙丁己辛癸の六陰日に占い得れば、則ち「交禄」の格と成り、印信を交接し・私下に官禄を謀求するを主る。ただしもし玄武のこの类の凶神を乗れば、便ち陰私に因りて禄位を丟掉することと成る——譬へば礼を送り賄を行い・私相に請托して消息を走漏し、人に毀謗中傷せられて、禄位は便ちこれに因りて没す。

如子午卯酉逆加三位,名破交愁課,凡事不免阻破,見后合主欲奸邪之事,被人阻破不成。 又三交內有伏殃格,寅午戌月酉,亥卯未月午,申子辰月卯,巳酉丑月子是也。

もし子午卯酉の四仲が逆に三位次を加え過ぎれば、便ち「破交愁課」と言い、凡事は受阻被破を免れず。もしまた天后・六合を見れば、本に奸邪の事を行わんと欲するも、却って人に中より攪破されて弁じ成らざるを主る。 三交の内にまた一種の「伏殃格」有り、月令に按じて沐浴の地を取る:寅午戌月は酉を取り、亥卯未月は午を取り、申子辰月は卯を取り、巳酉丑月は子を取る。これに逢えば則ち災殃潜伏せん。

假如正月己未日卯時占事,太沖為六合,加日辰上,上克下為用,太沖發動為一交;將得六合為二交;發用其中為三交。假如正月乙酉日寅時占事,勝光臨酉上克下為用,傳見太沖,終於神后,皆四仲,以終傳決之,中見白虎,主煞人,終見勾陳,主有鬥傷者。

例を挙ぐ一:正月己未日卯時に事を占い、太冲卯の上に六合を乗り、日干・日支上に加わり、卯木は未土を克し、是れ上克下にして、賊克法に依りてそれを取りて発用と為す。太冲発動は是れ第一交、乗る所の天将は六合を得るは是れ第二交、発用また四仲の中に在るは是れ第三交、三交の名はこれに由りて定まる。 例を挙ぐ二:正月乙酉日寅時に事を占い、勝光午は酉上に臨み、午火は酉金を克し、是れ上克下にしてそれを取りて発用と為す。三伝中に太冲卯を見、末了は神后子に帰す——初・中・末全て是れ四仲なり。断法は末伝を以て断と為す:中伝に白虎を見れば、殺人の事有るを主り、末伝に勾陳を見れば、争闘して傷を受くるの人有るを主る。

斬関課

象曰:魁罡日辰上,發用斬關名。出行應吉利,居住暗相通。三傳陰合見,地戶太陰中。功曹與小吉,天梁玉女同。青龍萬里翼,華蓋紫微宮。避罪宜逃走,追人永無蹤,乙酉正月占,午時是此宗。亡人華蓋下,避罪此中通。終向太陰上,私門萬里忙。若言不飛走,濁亂在家中。

課象辞に曰く:河魁戌と天罡辰とが日干・日支の上に落ちて発用すれば、この一課は便ち斬関と言う——関卡を斬断して冲り出でたるに如し。出行を占えば応に吉利すべく、家に居れば則ち暗中に外と通ず。三伝中に太陰・六合を見れば、太陰は便ち是れ地戸なり。「功曹」(寅)を天梁と言い、「小吉」(未)を玉女と言い、二者同時に現る。青龍は是れ能く万里を飛ぶの羽翼、華蓋は是れ紫微宮中に上帝の頭頂に覆うの傘蓋なり。この課は罪責を躲避するに逃走に宜しく、人を追えば則ち永遠に踪影を追い着け得ず。乙酉日を正月に占い・占時は午に在るを挙げて例と為せば、すなわち是れ这一类なり。逃亡の人は華蓋の下に蔵れ、罪を避くる人はここより逃脫す。末了は太陰の上に帰し、私門より出でて、万里奔忙す。もし人の飛逃し出でざるを説かば、あれはすなわち是れ濁乱の事の家中に蔵するなり。

又曰:日辰上見魁罡立,此課是為斬關名。厭翳神光參玉女,天梁地戶太陰間。更加青龍並六合,紫微天駟可乘閒。逃亡最利難逃隱,去住亨嘉信不還。 又曰:魁罡加日辰,傳見天上寅,斬關有逃遁,不角遠行人,傳得子與未,吉貴來相因,道路獨通遠,天地藏著身。

また曰く:日干・日支上に河魁と天罡と立てば、この一課は便ち斬関と言う。厭神の形迹を遮蔽し・天乙神光の照護する有り、また玉女を参入し、天梁・地戸皆太陰の間に在り。さらに青龍と六合とを加えれば、紫微華蓋と天駟の車と皆从容に乗用し得。この課は最も逃亡に利あり、別人は逃者を搜し出だし難し。去るも好く留まるも好く皆亨通美満なり、ただ是れ音信は再び伝え回らず。 また曰く:河魁・天罡は日干・日支上に加わり、三伝中にまた天盤の寅を見れば——天梁は高くして攀じ得ず、あれなれば便ち逃遁の象有り、また遠行の人と較量するを必とせず。もし三伝が子と未とを得れば、吉神貴人相因じて至り、道路上は独自に暢通して遠行し、天覆地載皆身を蔵する能し。

孔明曰:魁罡乃天關也,太陰乃地戶也,六合乃私門也;功曹乃天梁也,高不可及;小吉為玉女也,乃天之使者;青龍為萬里翼也,可以致遠;華蓋乃紫微覆上帝所居者,有天乙為神光,有今旬六丁為玉女。此數者加日辰而發用,如人逾關梁而得神光擁護,又辰戌為急烈之神,故名斬關。更中末傳見此,最利私,以出行、逃走、避罪、隱形,獨入獨出,逃走遠方,無所觸礙,如有神助也。若在家中而求隱匿,如夜地奸私盜賊而畏人知也。

孔明曰く:河魁戌と天罡辰は是れ天関、太陰は是れ地戸、六合は是れ私門。功曹寅は是れ天梁にして高くして攀じ到らず。小吉未は是れ玉女にして上天の使者と為る。青龍は是れ万里の翼にして能く遠く行く。華蓋は是れ紫微宮中に上帝の頭頂に覆うの傘蓋なり。この外また天乙貴人の神光と作る有り、本旬中の六丁の神の玉女と作る有り。この幾様は日干・日支上に加わりて発用すれば、便ち人の関口橋梁を翻え過ぎて神光の護送有るに似たり。辰戌また是れ急烈の神、ゆえに名を取りて斬関と為す。中伝末伝もしさらにこれらを見れば、最も私底下の事に利あり:出行・逃走・避罪・蔵形し、独り来り独り往き、遠方に逃れて毫も阻碍無く、神の相助有るに如し。もし是れ家中に於て隠匿を求めれば、あれは便ち夜裏に奸私盗竊を行い人に知らるるを怕るるに似て、蔵し得るといえども、却って光を見る能わず。

袁天罡曰:天梁天關天門六合,此三天若動,更天罡覆日,主逃者不可尋,必天乙神光引導,六丁玉女來扶,青龍飛騰萬里,太陰地戶閉形,逃亡適占,捕亡難追。占謁見難會面。占遺失難尋。占遠行利。占久出者必歸。占身命,主人陰私不可測度,多動少靜,離鄉異井。占人品為術士師巫,不利六親居家。

袁天罡曰く:天梁(寅)・天関(辰戌)・天門(六合)のこの三処一たび動けば、天罡辰のまた日干の上に覆壓するを加えて、逃走する人の尋ねる処無きを主る。この時必ず天乙神光の前に在りて路を引き・六丁玉女の来りて扶持し・青龍の飛騰して万里し・太陰地戸の形迹を把りて封閉する有らん。ゆえに逃亡を占えば正にこの課に合し、追捕を占えば則ち追い上げ難し。謁見を占えば、会面し難し。失物を占えば、尋ね回り難し。遠行を占えば、利有り。久しく外に出で在るの人を占えば、必定に回り来らん。身命を占えば、この人の心思は陰私にして深く測る可からず、動多く静少なく、郷を離れ井を背くを主る。人の行業品類を占えば、多く是れ術士と師巫にして、六親の団聚し安く居りて日を度るに利あらず。

若日辰見魁罡,將得陰虎,來意占行人之事。又用神或傳內沖剋行年者,來意又欲終身逃避之事。又傳見螣蛇白虎玄武,來意主捕盜之事,行者必動。 已上俱欲六處有陰虎,更見螣蛇為勝光,方是斷斬關得斷。如無金則不斷。經曰:斬關不見陰虎不斷,難逃避是也。行者不動,逃者不遠,占盜獲應。

もし日干・日支上に河魁天罡を見、乗る所の天将は太陰と白虎なれば、来る人の本意は是れ行人の事を占うなり。もし用神あるいは三伝の内に於て往きて本命行年を冲克せば、来る人の本意は便ち是れ一辈子逃避せんと欲するの事なり。もし三伝中に螣蛇・白虎・玄武を見れば、来意は是れ盗を捕らふにして、出行の人は一定に身を動かさん。 以上は皆四課三伝のこの六処に太陰と白虎と有るを要求し、さらに螣蛇の勝光午上に乗るを見て、乃ち斬関と断じ成り得——関は金を用いて乃ち斬り断じ得れば、ゆえに課中にもし金気無ければ、関は便ち斬り開けず。経文に曰く「斬関にして太陰・白虎を見ざれば、関は便ち斬り断たず、逃るもまた逃れ得ず」は、正に是れこの意なり。この時出行の人は動く能わず、逃走の人は遠く跑れず、捕盗を占えば則ち能く捉えるに応じて成さん。

邵氏曰:課得斬關,不有逃遁,必有遠行。神后、小吉、龍、常、天后、六合、太陰、貴人等入課傳。此乃天道獨通時,又為天藏地蓋時,最利逃亡。又曰斬關官鬼來入傳,凶神凶將又相逢。此名斬關逢吏課,幽行逃遁定會愁。此斬關逢吏格,乃魁罡作日之鬼,又作勾蛇合,更逢鎖鑰關隔等煞,必主被捕遭刑。

邵氏曰く:斬関課を占い得れば、人の逃亡するあるいは人の遠行するにあらざればならず。この時神后子・小吉未・青龍・太常・天后・六合・太陰・天乙貴人等の四課三伝に進入するは、正に是れ天道が独り放行するの時にして、また天蔵地蓋の時と言い、最も逃亡に利あり。また曰く:もし斬関の課に官鬼の三伝に進入する有り、また凶神凶将に碰上すれば、これを「斬関逢吏課」と言い、暗中に潜行逃遁するは必定に愁うる要し。この一格は河魁天罡が化作して日干の鬼と為り、また勾陳・螣蛇・六合を乗り、さらに鎖鑰・関隔の类の凶煞に遇上せば、必ず捕獲せられて刑罰を遭受するを主る。

如正月乙巳日午時亥將占,亥將加午,辰臨亥,為逾天關,功曹為用,為越天梁,將得太陰為入地戶,中傳未為參玉女,將得青龍是乘青龍,終傳子,得天乙為入天任引道。一說是乙亥日,非乙巳日也。 兄寅陰 才示青 父子貴 元朱陰六 卯戌寅酉 戌巳酉乙 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

例を挙ぐ:正月乙巳日午時、亥将を用いて占う。亥将を以て午時に加えて天盤を起こせば、天盤の辰は便ち地盤の亥上に臨み、これは是れ天関を翻え過ぎたり。「功曹」(寅)は発用と作り、是れ天梁を越過す。乗る所の天将は太陰、是れ地戸に進入す。中伝は未にして玉女を参見す、乗る所は青龍、即ち青龍に乗上す。末伝は子の上に天乙貴人を得、是れ天任の位に進入して神光の引路有り。別に一説有り、この例は本是れ乙亥日にして、乙巳日にあらず。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は寅、乙木と同類にして兄弟爻と為り、太陰を乗す。中伝は未(底本は「示」と作す、応に是れ未字の訛、ここに照録す)、乙の克する所と為りて是れ財爻、青龍を乗す。末伝は子、水は木を生じて父母印爻と為り、天乙貴人を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に酉を得、第一課酉/乙を成し、六合を乗す。酉を以て下と為し、酉上に寅を得、第二課寅/酉を成し、太陰を乗す。日支は巳、巳上に戌を得、第三課戌/巳を成し、朱雀を乗す。戌を以て下と為し、戌上に卯を得、第四課卯/戌を成し、玄武を乗す。 最下の四行は天地盤:亥将を午に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて五位を進めば、ゆえに地盤は巳上戌・午上亥・未上子・申上丑・酉上寅・戌上卯・亥上辰・子上巳・丑上午・寅上未・卯上申・辰上酉。

如正月庚寅日卯時占,天罡臨申,初傳戌,將得六合,為逾天關;中傳午,將得白虎,必殺傷;終傳寅,將得天后,憂婦女。六合臨寅為天乙,三天俱動,以此占人,必主伏匿逃亡,其事始陰私終連婦人有傷,甲申庚寅己丑癸未,范蠡去越入五湖,用此日也。 印戌六 官午白 才寅后 白六螣元 午戌子辰 戌寅辰庚 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

さらに一例を挙ぐ:正月庚寅日卯時に占い、天罡辰は申上に臨む。初伝は戌、乗る所は六合、是れ天関を翻過す。中伝は午、乗る所は白虎、必ず殺傷有らん。末伝は寅、乗る所は天后、婦女の為に憂心するを主る。六合は寅上に臨みて寅位また是れ天乙の在る所、天梁・天関・天門の三処斉しく動く。これを以て人の為に占断すれば、必ず潜伏逃亡を主り、事は陰私に起こりて終竟に婦女の傷を受くるに牽連せん。甲申・庚寅・己丑・癸未のこの幾日は、正に是れ当年に范蠡の越国を離れ・五湖に泛舟するの用いたるの日なり。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は戌、土は金を生じて父母印爻と為り、六合を乗す。中伝は午、火は金を克して官鬼爻と為り、白虎を乗す。末伝は寅、金は木を克して財爻と為り、天后を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干庚は申に寄宮し、申上に辰を得、第一課辰/庚を成し、玄武を乗す。辰を以て下と為し、辰上に子を得、第二課子/辰を成し、螣蛇を乗す。日支は寅、寅上に戌を得、第三課戌/寅を成し、六合を乗す。戌を以て下と為し、戌上に午を得、第四課午/戌を成し、白虎を乗す。 最下の四行は天地盤:正月亥将を卯時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて八位を進めば、ゆえに地盤は巳上丑・午上寅・未上卯・申上辰・酉上巳・戌上午・亥上未・子上申・丑上酉・寅上戌・卯上亥・辰上子。

游子課一名絶迹課

象曰:何類為遊子,五墳稼穡同。三傳皆四季,惡事竟相攻。病者應難瘥,逃走西與東。破敗三年內,官災在歲中。三傳如有救,翻禍卻為通。 又曰:三傳皆是土,天馬與之並,有丁為遊子,主人當遠行,陰幽之他邑,陽德變舊程,不然當遠適,方見課之名。

課象辞に曰く:如何なる課を游子と算うや。それは「五墓」「稼穡」と是れ同一副の骨架——三伝全て辰戌丑未の四季の土に落つ。この課は悪事接連して相攻む:病人は痊愈し難く、逃亡の人は東西に乱窜す。三年の内に家業破敗し、一年の中に官非の災有り。もし三伝中に救神有れば、反って禍を把りて通達に転じ得。 また曰く:三伝全て是れ土、また天馬のそれと并せ見る有り、さらに旬中の「六丁」(本旬に遁する所の丁神、動揺奔走を主る)を帯ぶれば、すなわち是れ游子課にして、この人の遠門に出でんとするを主る。陰暗の処に向かいて走れば、是れ別の城邑に遷り、陽徳の処に向かいて走れば、是れ旧有の路程を改換す。不然ならばまた応に郷を遠く適きて他郷と為るべし、これ乃ち課名の意思を見出だし得るなり。

又曰:四季三傳有六丁,不然天馬又相併,占身欲出為遊子,逃者天涯地解停,乙巳午時三月課,用神小吉未為丁,申為天魁為天馬,終於在吉例斯成。若值墓神並殺害,恐有冤家來迫刑。

また曰く:三伝全て是れ四季にして六丁を帯ぶか、あるいは天馬もまた一斉に現身すれば、自身を占えば則ち門を出でて游子と作らんと欲するを主り、逃亡を占えば則ち人は天涯地角に跑れ到りて乃ち肯んじて停下するを主る。三月乙巳日午時の占を挙げて例と為す:用神は是れ「小吉」(未土の神)、正に本旬の丁神に當る。申は是れ天魁の臨む所にしてまた天馬と作る。末伝は大吉丑に帰すれば、この一格は便ち成立す。もし墓神に碰上してまた殺害の神を并せば、只怕くは冤家の門に追い上げ来りて逼迫して刑を用うる有らん。

又曰:三傳四季名遊子,四三之內有旬丁,占人必定身遠出,吉神良將必安寧,傳入陰時必回里,傳出陽來必遠程,年月日時都逢季,求名難遂物非真。 又曰:三傳四季不逢丁,凶神惡將莫相併,五墓四煞名又惡,行藏出入禍相仍,路逢仇惡並巡吏,惡橫相沖官病縈。

また曰く:三伝全て是れ四季なれば便ち游子と言う。第三課・第四課の内にまた本旬の丁神有れば、人を占えば必定に遠行して外に在らん。もし吉神良将を配上せば、外に在るもまた安寧なり。三伝は陽位より陰位に伝え入れば、人は必ず郷に回る。陰位より陽位に伝え出だせば、必ず遠路を走らん。もし太歳・月建・日辰・占時皆四季の上に落つれば、功名を求めて遂げ難く、得る所の物もまた真ならず。 また曰く:三伝は四季たるといえども丁神を見ざれば、あれなれば便ち再び凶神悪将と并せ見る勿かれ。この時別に「五墓」「四煞」の名有り、同じく凶悪なり:行止出入処処禍を招き、路上に仇家と巡查の差吏とに撞見し、凶横の気相冲じて、官司と疾病とに纏身せん。

孔明曰:經云“四季入傳 ,六丁相倚,天驛加之,其名遊子。”蓋辰戌丑未,四季之終,五行之墓神,在外遊,故三傳皆季,課名遊子。若會丁馬在傳,必有逃亡遊行之事,宜在外不宜在家;見天馬為地角格,占身命逢此,主性質迍滯不通,作為闇昧。旬首三奇,亦主晚發福壽,終多刑剋。有丁馬,則身心勞役,晚始安寧,出祖繼房。主日干利於稼穡,或外方創業。剋日干則因田土相爭,破耗四絕,傳出陽者,欲遠行,傳入陰者欲匿藏。

孔明曰く:経文に講じて曰く「四季の神の三伝に進入し、六丁それと相倚り、天馬と駅馬とさらに加え上げれば、この課は便ち游子と言う」。辰戌丑未は是れ四季の末、また是れ五行の墓庫の神、墓神は外に在りて飄游すれば、ゆえに三伝全て四季の課は名を取りて游子と為す。もし三伝中に丁神と駅馬と会斉せば、必ず逃亡游走の事有り、この時は外に在るに宜しく家に在るに宜しからず。もし天馬を見れば、則ち「地角格」と成る。身命を占いてこの課に遇えば、人の性情は遅滞して通ぜず、行事は暗昧なり。もし課中に旬首三奇有れば、また晚年に至りて乃ち発福長寿するを主り、終竟に刑克甚だ多し。丁有り馬有れば、則ち身心は労碌奔波して、老に到りて乃ち安寧を得、本家を離れて別房を継承せんと会す。土は能く金を生じて物を養えば、ゆえにこの課は日干の耕作稼穡に利有るを主り、あるいは外郷に到りて創業す。もし土反って来りて日干を克せば、便ち田土相争うに因りて財を破り損耗し・四面絶路するを主る。三伝の陰より陽に伝わるは、是れ遠行せんと想い、陽より陰に伝わるは、是れ蔵匿せんと想う。

袁天罡曰:遊子課,主出遊不返之象。或有丁無馬,或有馬無丁,皆為遊子,不必丁馬並也。若值天驛龍合者,主萬里奮飛,未丑戌是陰傳入陽,主動而往;丑戌未是陽傳入陰,主動而歸;丑加辰為破遊,戌加未為衰遊,反吟為復遊。

袁天罡曰く:游子課は門を出でて游荡して回らざるを主る。丁有りて馬無く、あるいは馬有りて丁無きも、皆游子と算し、必ずしも丁と馬の同時に出現するを要せず。もし天馬・駅馬に碰上してまた青龍・六合を乗れば、万里奮飛して去るを主る。三伝は排して未・丑・戌と作れば、是れ陰より陽に伝え入るにして、身を動かして外に出づるを主る。排して丑・戌・未と作れば、是れ陽より陰に伝え入るにして、身を動かして回り来るを主る。丑の辰に加わるを「破游」と言い、游びて破を受く。戌の未に加わるを「衰游」と言い、游びて気衰う。もし反吟の課と成れば、則ち「復游」と言い、来回反復す。

經曰:三傳俱季,春曰稼穡,夏曰遊子,秋曰地角,冬曰五墓。與斬關並,則為絕跡課,如范蠡去越,張良歸隱,而不見跡,與泆女狡童並,有淫慾私逃之事,欲遠逃也。與天寇並,主盜賊逃亡之事。如在行年,則欲逃亡,故問也。占行人來,占行者出,主遲滯;主求望有阻;占婚不成;五行墓地,占病訟俱凶;占晴雨天陰不雨。

経文に曰く:三伝全て是れ四季の土、四季に按じて各々名目有り——春天は稼穡と言い、夏天は游子と言い、秋天は地角と言い、冬天は五墓と言う。もし斬関課と并せ見れば、便ち「絶迹課」と成り、范蠡の越国を離れ・張良の功成りて帰隠するに如く、これより蹤迹を見ず。もし泆女・狡童の両課と并せ見れば、則ち淫欲私奔の事有り、是れ遠く逃げ開かんと想うなり。もし天寇の神と并せ見れば、則ち盗賊逃亡の事を主る。もしこれらの神が本命行年上に落つれば、あれはすなわち是れ本人の逃げんと想うなり、ゆえに乃ち来りて占問す。この課は行人を占えば則ち人回り来り、出行する者を占えば則ち人門を出づ、ただ皆遅滞を主る。求望は阻碍有り、婚を占えば成らず。四季すでに是れ五行の墓地なれば、病を占い・訟を占う皆凶なり。晴雨を占えば則ち天陰して雨を下さず。

外有五墓四煞課,不利遠行,路逢仇惡巡吏。貴在用前,前路見事速成;或貴順亦速;用在貴前凶將起,貴逆主遲。 如詩中乙巳日午時三月占,未臨乙,為旬中六丁使者為用,中傳天魁為傳出陽,將得朱雀主於文章口舌,將欲遠行,日墓覆日多凶少吉。

別にまた五墓四煞課有り、遠行に利あらず、路上に仇家と巡查の差吏とに碰到せん。遅速を断ずるは貴人を看るを要す:天乙貴人は発用の前に排せられれば、則ち前路上は事は速やかに弁成さる。貴人順行もまた速を主る。もし発用が貴人の前に排せられて凶将興起し、あるいは貴人逆行せば、便ち遅緩を主る。 さらに上文の詩中に挙げるの例を看る:三月乙巳日午時に占い、未は乙上に臨み、未は正に是れ本旬の六丁の使者にして、それを取りて発用と為す。中伝は是れ天魁戌、属して陰より陽に伝え出だすに由り、乗る所の天将は朱雀にして、文章と口舌の事を主り、人は将に遠行せんとす。ただ是れ戌はまた乙日の墓神にして日干の上に覆壓すれば、ゆえに凶多くして吉少なし。

閉口課

象曰:凡占閉口課,其理二般陳,六甲當旬上,要推度四辰,陽日作玄武,陰逆四同旬,子為玄武上,從魁作陰神,假令河魁上,陰君小吉神,忽然臨傳送,太乙為使臣,陽位勝光上,太沖隱去人,天罡若作主,大吉是其賓,功曹居武下,登明無處伸。

課象辞に曰く:凡そ閉口課を占うに、道理に両層有り。六甲旬首の支上より「度四」を推するを要す——旬首より逆に四位を数えて到る所のあの辰なり。陽日は旬首の支を以て玄武の乗る所の神と作し、陰日は則ち逆に四位を数え、仍お同一旬の内に取る。具体的に曰く:子上に玄武を乗する時、「従魁」(酉)はすなわち是れその陰神。もし玄武が「河魁」(戌)上に落つれば、陰神は便ち是れ「小吉」(未)。忽然として「伝送」(申)に臨めば、則ち「太乙」(巳)は使臣と作る。陽位の「勝光」(午)上に落つれば、則ち「太冲」(卯)は是れあの蔵れ起きたる人。「天罡」(辰)もし主と作れば、「大吉」(丑)は便ち是れその賓。「功曹」(寅)が玄武の下に居れば、「登明」(亥)は便ち伸展する処無し。以上の各対は、皆是れ四位を相隔たるの配法なり。

孔明曰:《金匱》云“開口閉陰居陽後度四而同。如從神后逆四至酉從魁,相合丑陰之位。”又曰“旬尾加旬首,閉口課。”又真蓋,凡事有頭必有尾,若頭尾相加,謂之首不可,謂之尾不可,如環之圓,匿其首尾,故名閉口。如坤之六四,括囊結口而不出也。陰陽雲者,以六甲之支為陽神,六癸之支為陰神,癸支則旬尾也,甲支則首尾也,旬首至後旬尾,隔四位,所謂度四是終陰也終印尾也。但用起陽神作玄武,名閉口課;用起陰神作元武,名察奸課;用起陽神,作武賊不正;六甲旬首,但是用起則一位陰神作武,亦是。

孔明曰く:《金匱》に講じて曰く「開口と閉口との分別は、陰神が陽神の後に居りて四位を相隔たるに在り」。譬へば神后子より逆に四位を数えて従魁酉に到り、さらに丑の陰位と相合す。また曰く「旬尾の支が旬首の支上に加われば、すなわち是れ閉口課」。この道理は是れ:凡そ事に頭有れば必ず尾有り、頭尾一たび相加すれば、それを頭と説くも是れにあらず・尾と説くも是れにあらず、円環の如くして首尾を把りて皆蔵せば、ゆえに閉口と言い、正に《易経》の坤卦六四の爻辞の説く所の「括嚢」——袋を扎し住して物を出ださしめず——に如し。いわゆる陰陽とは、六甲の支を以て陽神と為し・六癸の支を以て陰神と為す:癸支は是れ一旬の尾、甲支は是れ一旬の首。旬首より本旬の尾に至るは、正に四位を隔たり、これすなわち是れ「度四」、亦た是れ終陰・終尾の処なり。凡そ発用の陽神に起こりて玄武を乗するは、これを閉口課と言う。発用の陰神に起こりて玄武を乗するは、これを察奸課と言う。発用の陽神に起こりて玄武は賊と作れば、則ち事は正ならず。六甲旬首の支は、ただ発用する時にその下一位の陰神が玄武を乗れば、同じく数に算す。

象曰:閉口可逃亡,追捕可知方,男女陰下去,婦逃玄武當,賊在陰神下,搜尋可知蹤。假令正月占,卯時甲子旬,武天罡下,天罡申上逢,玄往西南去,隱走在鄰坊。度四是大吉臨巳,逃亡賊盜亦同此,引類可旁通。

課象辞に曰く:閉口課は以て逃亡を断じ得、追捕する時は方向を知る能し。男女皆陰神の下に向かいて逃走し、婦人の逃亡は則ち玄武を以て准と為す。盗賊は陰神の下に蔵れ、これに照らして搜尋すれば便ち踪迹を找到し得。例を挙ぐ:正月に占い、占時は卯に在り、日は甲子旬に在り。玄武は「天罡」(辰)の下に落ち、而も天罡辰は正に申上に壓り、申は西南方に属せば、ゆえに玄武は西南を指向し、人は隣近の坊里に蔵る。度四の処は「大吉」(丑)の巳上に臨むなり。逃亡と占盗賊とを占う皆この弁法に照らし、類に触れて旁通せば便ち可なり。

才戌六 子午白 兄寅后 元青白六 辰申午戌 申子戌甲 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

これは上例の正月甲子日卯時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は戌、甲木は土を克して財爻と為り、六合を乗す。中伝は午、木は火を生じて子孫爻と為り、白虎を乗す。末伝は寅、甲と同類にして兄弟爻と為り、天后を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干甲は寅に寄宮し、寅上に戌を得、第一課戌/甲を成し、六合を乗す。戌を以て下と為し、戌上に午を得、第二課午/戌を成し、白虎を乗す。日支は子、子上に申を得、第三課申/子を成し、青龍を乗す。申を以て下と為し、申上に辰を得、第四課辰/申を成し、玄武を乗す。第四課の玄武は正に天罡辰を乗りて申位に壓れば、ゆえに逃者の西南に向かいて往くと断ず。 最下の四行は天地盤:正月亥将を卯時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて八位を進めば、ゆえに地盤は巳上丑・午上寅・未上卯・申上辰・酉上巳・戌上午・亥上未・子上申・丑上酉・寅上戌・卯上亥・辰上子。丑は巳に臨み、正に是れ文中に説く所の「度四」の処なり。

又曰:不見六旬日,陰居下德真。上德推旬首,此法又兼陰。正月乙卯日,午時課六壬。卯為元武陽,傳送本是陰。女往西北去,男往正東尋。凶神若相剋,去人賊子擒。三傳不相剋,吉將永難尋。欲知賊藏處,陰神去處尋。金來在水下,水生在高林。木神窯灶處,炎火隱高林。土藏坑壑內,空墓窯裡沈。若訟看得日,玄武怕自擒,此法隨身寶,捕賊若通神。

また曰く:もし六旬の日の正格を見ざれば、便ち陰神の下に居る者を以て真徳と為し、上徳は則ち旬首より推し起こす、この套の法子は陰陽兼ねて看る。正月乙卯日午時の六壬課を挙げて例と為す:卯は是れ玄武の乗る所の陽神、「伝送」(申)は本是れその陰神なり。これに據りて断ずれば、女子は西北に向かいて往き、男子は正東に向かいて尋ぬ。もし凶神彼此相克せば、逃走の人と賊子と皆擒獲し得。もし三伝彼此相克せずして乗る所は吉将なれば、便ち永遠に找り着かざらん。賊の何処に蔵るるを知らんと欲せば、ただ陰神の往く所の処より找す:金に属するは水下に蔵れ、水に属するは高林に生じ、木に属するは窯灶の処に在り、火に属するは高林に隠れ、土に属するは坑壑の内に蔵れ、落空するは則ち墓窯の裏に沈む。もし詞訟を占えば、当日の干支を看、玄武は最も自ら羅網に投じて擒せらるるを怕る。この套の方法是れ随身の法宝にして、賊を捕らふは簡直に神助の有るに如し。

兄寅陰 才未青 父子貴 后勾陰六 丑申寅酉 申卯酉乙 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

これは上例の正月乙卯日午時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は寅、乙木と同類にして兄弟爻と為り、太陰を乗す。中伝は未、木の克する所と為りて是れ財爻、青龍を乗す。末伝は子、水は木を生じて父母印爻と為り、天乙貴人を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に酉を得、第一課酉/乙を成し、六合を乗す。酉を以て下と為し、酉上に寅を得、第二課寅/酉を成し、太陰を乗す。日支は卯、卯上に申を得、第三課申/卯を成し、勾陳を乗す。申を以て下と為し、申上に丑を得、第四課丑/申を成し、天后を乗す。 最下の四行は天地盤:正月亥将を午時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて五位を進めば、ゆえに地盤は巳上戌・午上亥・未上子・申上丑・酉上寅・戌上卯・亥上辰・子上巳・丑上午・寅上未・卯上申・辰上酉。卯上に申を見、申は正に是れ文中に説く所の卯の陰神にして、盗を捕らふるは即ちここより方位を推す。

又曰:陽神作玄武,度四是終陰。此名閉口課,逃者遠追尋。亡人隨武匿,盜神往終擒。順行陽所起,逆行陰所臨。婢走求陽處,奴走責在陰。 孔明曰:用閉口課,逃者往玄武方捕,盜者於度四終陰處捕之。用察奸課,逃者亦從玄武方;捕盜者,只就玄武陰神捕之。

また曰く:陽神の上に玄武を乗れば、逆に四位を数えれば便ち是れ終陰の処、これを閉口課と言い、逃亡の人は遠く追尋する要し。逃者は玄武に随いて蔵匿し、盗賊は則ち終陰の処に到りて乃ち擒え得住る。順行する時は陽神より起算し、逆行する時は陰神の臨む所を看る。婢女は逃走すれば陽処に向かいて找し、奴僕は逃走すれば則ち責は陰処に在り。 孔明曰く:閉口課を用いて断ずれば、逃者は玄武の在る所の方位に向かいて往きて捕らふるを要し、盗賊は度四の終陰の処に於て往きて捕らふるを要す。察奸課を用いて断ずれば、逃者は同じく玄武の方より找し、而も盗を捕らふるはただ玄武の陰神に就きて往きて捕らふるを須す。

一曰:亡人盜賊責元武,追藏發伏皆在陰。 一法,陽日男亡責陰,女亡責陽,陰陽相求,自然之理。若陰神作元武,用常術第三傳作元武陰神也,元武陰神為賊來處,元武陽神為賊去處。

一説:逃亡の人と盗賊と皆玄武に帰して管せらる、踪を追いて蔵匿し・伏蔵を掲発する皆陰神上に於て着落する要し。 もう一法:陽日裏は男子の逃亡は責は陰神に在り、女子の逃亡は責は陽神に在り、陰陽互相に尋求す、これは是れ自然の理なり。もし是れ陰神の上に玄武を乗れば、便ち常法に依りて第三伝を把りて当たりて玄武の陰神と作して看る。玄武の陰神は是れ賊の来りし処、玄武の陽神は是れ賊の去りし処なり。

袁天罡曰:占得閉口課,事多閉匿,不能測其機關,更值初末上下六處有土,則氣塞於中。 占病,主啞口昏迷,或禁口痢,或咽喉壅塞,或厥陰症,不思飲食。 占胎孕定是啞兒。

袁天罡曰く:閉口課を占い得れば、事は多半閉塞隠匿して、その中の関窍を摸し透る能わず。もし初伝末伝と四課とのこの六処また皆土なれば、土性は壅塞して、気は便ちその裏頭に堵死せん。 疾病を占えば、口は言う能わず・神志昏迷し、あるいは噤口の痢、あるいは咽喉壅塞し、あるいは厥陰の类の病症にして、飲食を思わざるを主る。 胎孕を占えば、生む所は一定に是れ唖児なり。

占失脫,縱有旁人見,竟不肯言。凡求事閉口不語。乘朱雀,占訟枉屈而難伸,乘白虎不明而作罪。 占病,遇日祿作閉口,必絕食而餓死,以天將言其事類,餘詳見追捕逃亡盜賊內。

失窃走失を占えば、縦令旁辺に人の看見する有るも、終竟に肯んじて口を開かざらん。凡そ求むる所有れば、対方は皆閉口して言わざらん。もし朱雀を乗れば、詞訟を占えば則ち冤を含み屈を受けて申訴し難し。もし白虎を乗れば、則ち事は不明不白にして罪名を落下せん。 疾病を占えば、もし日干の禄神が恰好閉口を構成せば、必定に食を絶ちて餓死せん。以上は皆乗る所の天将に按じて分類して事を断ず。其余の細節は、詳しくは逃亡と盗賊とを追捕するのあの一門を見よ。

假令四月乙巳日子時占捉盜賊,神后為勾陳臨乙,其陰在子,得申為貴人,太乙為元武臨酉為用,夏月太乙旺氣,大吉為青龍,為太乙陰,夏月大吉相氣,捉盜賊責陰上之神,是大吉,大吉受相氣,不敢行盜,當責大吉本家陰上神,得從魁,為日鬼,夏日死氣,酉金生亥水,生乙木,是母家親為盜。繫貴人之族,乃是母家之婢也。酉來加丑,是俯見其丘,仰見螣蛇之仇,法憂驚恐,盜者從西方來,從東去,藏在陵墓之傍。

例を挙ぐ:四月乙巳日子時に占いて盗賊を捉えんとす。四月は申将を用いて子時に加えて盤を起こす。神后子は勾陳を乗りて乙(辰に寄宮)上に臨み、その陰神は子の上に在り、申を得て天乙貴人を乗す。太乙巳は玄武を乗りて酉上に臨み、取りて発用と為す。四月裏は巳火正に旺気に當る。大吉丑は青龍を乗り、是れ太乙巳の陰神。四月は丑土は相気を得。盗賊を捉うるは陰神の乗る所の神を責問するを要し、ここに在りてすなわち是れ大吉丑なり。丑はすでに相気を受くれば、説明するにそれは敢えて盗を行わざるなり、あれば則ちさらに上に向かいて追い、大吉丑本位の陰神を責問して、従魁酉を得。酉金は乙木を克し、是れ本日の鬼、四月裏は金は死気に処す。酉金は亥水を生じ、亥水また乙木を生ずれば、説明するに是れ母親の一辺の親眷の作るの賊なり。またそれが貴人の族に係るに因りて、母家の婢女と断定す。酉は丑上に加わり、頭を低うして丘陵を看見し、頭を抬げて螣蛇のこの仇家を看見し、法に按じて応に憂懼惊恐有るべし。ゆえに断じて曰く:盗賊は西方より来り、東方に向かいて往き、陵墓の旁辺に蔵る。

課象: 鬼酉蛇 子巳元 才丑青 螣青貴勾 酉丑申子 丑巳子乙 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

これは上例の四月乙巳日子時の課式なり。 上の三行は三伝、自上向下して酉・巳・丑と為す:酉金は乙木を克して是れ官鬼爻、螣蛇を乗す。巳は木の生ずる所と為りて是れ子孫爻、玄武を乗す。丑は木の克する所と為りて是れ財爻、青龍を乗す。上文の断語は則ち玄武を乗するの太乙巳を取りて用と為し、さらにその陰神より一路に追問して下る、両処は以て対看し得。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に子を得、第一課子/乙を成し、勾陳を乗す。子を以て下と為し、子上に申を得、第二課申/子を成し、天乙貴人を乗す。日支は巳、巳上に丑を得、第三課丑/巳を成し、青龍を乗す。丑を以て下と為し、丑上に酉を得、第四課酉/丑を成し、螣蛇を乗す。 最下の四行は天地盤:四月申将を子時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて八位を進めば、ゆえに地盤は巳上丑・午上寅・未上卯・申上辰・酉上巳・戌上午・亥上未・子上申・丑上酉・寅上戌・卯上亥・辰上子。酉は丑に臨み・巳は酉に臨み、皆この盤に由りて查出さる。

刑徳課

象曰:五陽德自取,陰來親者論,乙日庚為德,丁日壬戶門,己土居陽甲,辛金丙處云,癸來歸戊土,刑為辰上論。賢士去德下,奴婢走刑村,德若克其刑,逃走無路門。 又曰:賢德追亡不一分,德在日兮刑課辰,陰德在陽陽自處,乙人隨庚妨好人,辛居丙兮丁壬位,癸向戊中求其真,寅午戌兮刑在火,申子辰兮在木鄰。巳酉丑日西方是,亥卯未日北方侵。

課象辞に曰く:甲丙戊庚壬の五個の陽干は、各々本干に就きて徳を取る。乙丁己辛癸の五個の陰干は、則ち天干五合に按じてそれと相親しむのあの陽干を找して以て徳を定む——乙日は庚を以て徳と為し、丁日は壬を以て門戸と為し、己土は陽干の甲上に帰し、辛金は丙の処に落ち、癸は則ち戊土に帰す。刑は日干を看ず、専ら日支上より論ず。徳行有るの士人は徳神の在る所の処に向かいて往き、奴婢は則ち刑神の在る所の村落に向かいて走る。徳もし能く刑を克し得住せば、逃走の人は便ち出づる可きの路無し。 また曰く:徳と刑とに靠りて逃亡を追捕するは、一概に論ずるにあらず:徳は日干上に在り、刑は日支上に在り。陰干の徳は陽干に寄せられ、陽干は則ち自ら本位を守る。乙人は庚に随いて走り、好人を妨げん。辛は丙位に帰し、丁は壬位に帰し、癸は戊の中に到りてその真を求むる要し。この外また一套の三合局に按じて刑方を取るの説法有り:寅午戌日は刑は火方に在り、申子辰日は刑は木方に在り、巳酉丑日は刑は西方に在り、亥卯未日は刑は北方より来りて侵す。

孔明曰:天地之道,陽為德,陰為刑,故日為有德,辰為有刑,德主美,刑主惡。德主君子,刑主小人。君子之所往所親者,德之所在也。小人之所向所近者,刑之所在也。故君子小人之懷德懷刑之異,是以好者責德,惡者責刑,賢者責德,惡者責刑,尊貴君子責德,卑賤奴婢責刑,發用干德,公私皆美,發用支刑,公私不成。

孔明曰く:天地の道は、陽は徳と為り・陰は刑と為る。ゆえに日干は陽に属して徳有り、日支は陰に属して刑有り。徳は善美を主り、刑は凶悪を主る。徳は君子に対応し、刑は小人に対応す。君子の往く所・親近する所は、すなわち是れ徳の在る所。小人の向かう所・靠拢する所は、すなわち是れ刑の在る所。《論語》に君子は徳を懐き・小人は刑を懐くと講ずるは、正に是れこの分別なり。これに因りて好人を占えば則ち徳を問い、悪人を占えば則ち刑を問う。賢者を占えば徳を問い、不肖なる者を占えば刑を問う。尊貴の君子を占えば徳を問い、卑賤の奴婢を占えば刑を問う。もし発用が日干の徳に起これば、公事私事皆美満なり。もし発用が日支の刑に起これば、公事私事皆弁じ成らず。

甲子日,德寅刑卯;乙丑日德申刑戌;丙寅日德巳刑巳;丁卯日德亥刑子;戊辰日德巳刑辰;己巳日備寅刑申;庚午日德申刑午;辛未日德巳刑戌;壬申日德亥刑寅;癸酉日德巳刑酉;甲戌日德寅刑未;乙亥日德申刑亥;丙子日德巳刑卯;丁丑日德亥刑戌;戊寅日德巳刑巳;己卯日德寅刑子;庚辰日德申刑辰;辛巳日德巳刑申;癸未日德巳刑戌;甲申日德寅刑寅;乙酉日德申刑酉;丙戌日德巳刑未;丁亥日德亥刑亥;戊子日德巳刑卯;己丑日德寅刑戌;庚寅日德申刑巳;辛卯日德巳刑子;壬辰日德亥刑辰,癸巳日備巳刑申,甲午日德寅刑午,乙未日德申刑戌,丙申日德巳刑寅,丁酉日德亥刑酉,戊戌日德巳刑丑,己亥日德寅刑亥,庚子日德申刑卯,辛丑日德巳刑未,壬寅日德亥刑巳,癸卯日德巳刑子,甲辰日德寅刑辰,乙巳日德申刑申,丙午日德巳刑午,丁未日德亥刑戌,戊申日德巳刑寅,己酉日德寅刑酉,庚戌日德申刑未,辛亥日德巳刑亥,壬子日德亥刑卯,癸丑日德巳刑戌,甲寅日德寅刑巳,乙卯日德申刑子,丙辰日德巳刑辰,丁巳日德亥刑申,戊午日德巳刑午,己未日德寅刑戌,庚申日德申刑寅,辛酉日德巳刑酉,壬戌日德亥刑未,癸亥日德巳刑亥。

これは六十甲子日の徳神・刑神の対照表にして、甲子日より起こり癸亥日に至りて止み、逐日に「徳は某支に在り・刑は某支に在り」を列し出だして、占断する時に直接に検取するを供す。表文は長きといえども、背後の取法はただ两条のみ、掌握した後は表を查せずともまた随手に推し得。 第一条、徳は日干より出で、天干五合に依りて位置を定む:甲は己と合し、その徳は寅に在り。乙は庚と合し、その徳は申に在り。丙は辛と合し、その徳は巳に在り。丁は壬と合し、その徳は亥に在り。戊は癸と合し、その徳は巳に在り。いわゆる徳とは、すなわち本干と相合するのあの一方の居る所の支——陰干は徳を把りてそれと相合するの陽干の身に寄せ、陽干は則ち自ら本位を守り、取る所は是れ「徳同じければ則ち行きて阻無し」の意思なり。ゆえに凡そ甲日・己日は一律に「徳寅」、乙日・庚日は一律に「徳申」、丙日・辛日と戊日・癸日は一律に「徳巳」、丁日・壬日は一律に「徳亥」にして、日支と関係無し。 第二条、刑は日支より出で、用る所は是れ十二支の三刑:子は卯を刑し・卯は子を刑すは、是れ無礼の刑。寅は巳を刑し・巳は申を刑し・申は寅を刑すは、是れ無恩の刑。丑は戌を刑し・戌は未を刑し・未は丑を刑すは、是れ恃勢の刑。辰・午・酉・亥の四支は各々自ら刑と為す、これを自刑と言う。ゆえに子日は卯を刑し・丑日は戌を刑し・寅日は巳を刑し・卯日は子を刑し・辰日は辰を刑し・巳日は申を刑し・午日は午を刑し・未日は戌を刑し・申日は寅を刑し・酉日は酉を刑し・戌日は未を刑し・亥日は亥を刑す。 两条合せ起これば、任何の一日の徳刑も皆当場に推し出だし得:日干は徳を定め、日支は刑を定む。徳はただ寅・申・巳・亥の四個の落点有り、刑は則ち十二支に遍布す。用法の上は、徳神の臨む所の処は是れ君子・賢者・尊長の去向、刑神の臨む所の処は是れ奴婢・盗賊・卑幼の去向なり。発用もし徳に起これば、公私皆順し、刑に起これば、公私皆滞る。追捕する時はなお両者の強弱を比較する要し:徳旺して能く刑を克せば、人は擒え易し。刑旺して反って徳を制すれば、則ちこれを追うも獲られず。 対照の表文に依りて知る可し:己巳日・癸巳日の両処の「備」は是れ「徳」字の訛。戊戌日は「刑丑」と作す、恃勢の刑に按じて応に「刑未」と作すべし。また、辛巳日の後は径に癸未日に接す、ここの底本に脱文有り、壬午の一日を脱き去れり(例に依りて応に「徳亥刑午」と作すべし)、原文は敢えて臆補せず、謹んでここに記して考に備ふ。

象曰:德若克其刑,逃人失路魂,刑者克其德,走者道逢恩,刑德不相剋,閉口上跟尋,或有刑德同,貴賤同隱身。德勝刑易獲,反之捉無因。正月甲戌日,辰時發刑雲。賢士西南去,未地有災迍。奴婢正北走,刑地驀牆垣。此名德刑課,走者得逢冤。六月己巳日,卯時走失看。賢士西北去,亥地有遮攔。奴婢東南竄,巳地戀情欣。此為刑剋德,走人要見難。或有德刑同一位,貴賤皆因德隱身。德若勝刑容易獲,刑若制德捉無因。

課象辞に曰く:徳もし能く刑を克し得住せば、逃走の人は便ち路に迷いて魂を丟す。刑もし反って来りて徳を克し得住せば、逃走の人は一路上反って照応に遇见す。刑と徳と彼此相克せざれば、便ち閉口課の法門の上に転じて踪を跟して查尋す。もし刑と徳と恰好同一位上に落つれば、則ち貴賤の人皆同一処に蔵る。徳は刑に勝えば、捉え易し。反って来れば、便ち下手するに従無し。 第一例:正月甲戌日辰時に占い、発用は刑神に起こる。甲日の徳は寅に在り、戌日の刑は未に在り、未は西南に属せば、ゆえに士人は西南に向かいて往き、未の地界上に於て災厄有らん。奴婢は則ち正北に向かいて走り、牆を越え垣を翻えて刑地に逃げ向かう。この一課はこれを徳刑課と言い、逃走の人は冤家に撞上せん。 第二例:六月己巳日卯時に走失を占う。己日の徳は寅に在り、巳日の刑は申に在り。士人は西北に向かいて往きて亥の地界上に於て阻攔を受けると断ず。奴婢は東南に向かいて窜れて巳の地界上に於て恋愛に貪恋して肯んじて走らざらん。この一例は是れ刑反って徳を克すれば、ゆえに逃走の人を找し回るは甚だ難し。 もし徳と刑と同じく一位に落つれば、貴賤の人皆徳神を借りて身を蔵す。総じて徳は刑に勝てば便ち捉獲し易く、刑は徳を制し住せば便ち捉え起るに従無し。

正月戌日辰時占案 官酉勾 才辰元 父亥朱 蛇常元勾 子巳辰酉 巳戌酉甲 子丑寅卯 亥 辰 戌 巳 酉申未午

これは上文の第一例・正月甲戌日辰時の課式なり(標題はただ「戌日」と作す、即ち甲戌日)。 上の三行は三伝:初伝は酉、金は甲木を克して是れ官鬼爻、勾陳を乗す。中伝は辰、木は土を克して是れ財爻、玄武を乗す。末伝は亥、水は木を生じて父母印爻、朱雀を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干甲は寅に寄宮し、寅上に酉を得、第一課酉/甲を成し、勾陳を乗す。酉を以て下と為し、酉上に辰を得、第二課辰/酉を成し、玄武を乗す。日支は戌、戌上に巳を得、第三課巳/戌を成し、太常を乗す。巳を以て下と為し、巳上に子を得、第四課子/巳を成し、螣蛇を乗す。 最下の四行は天地盤:正月亥将を辰時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて七位を進めば、ゆえに地盤は巳上子・午上丑・未上寅・申上卯・酉上辰・戌上巳・亥上午・子上未・丑上申・寅上酉・卯上戌・辰上亥。甲日の徳は寅に在り、戌日の刑は未に在り、各々本位に按じて盤上にその臨む所を查すれば、便ち賢士と奴婢の逃走するの方向を知らん。

六月己巳日卯時占案 子申勾 才亥蛇 官寅陰 蛇勾后朱 亥申丑戌 申巳戌己 申酉戌亥 未 子 午 丑 巳辰卯寅

これは上文の第二例・六月己巳日卯時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は申、己土は金を生じて是れ子孫爻、勾陳を乗す。中伝は亥、土は水を克して是れ財爻、螣蛇を乗す。末伝は寅、木は土を克して是れ官鬼爻、太陰を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干己は未に寄宮し、未上に戌を得、第一課戌/己を成し、朱雀を乗す。戌を以て下と為し、戌上に丑を得、第二課丑/戌を成し、天后を乗す。日支は巳、巳上に申を得、第三課申/巳を成し、勾陳を乗す。申を以て下と為し、申上に亥を得、第四課亥/申を成し、螣蛇を乗す。 最下の四行は天地盤:六月午将を卯時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて三位を進めば、ゆえに地盤は巳上申・午上酉・未上戌・申上亥・酉上子・戌上丑・亥上寅・子上卯・丑上辰・寅上巳・卯上午・辰上未。己日の徳は寅に在り、巳日の刑は申に在り、徳神寅は亥位に落ち・刑神申は巳位に落ち、正に上文の「賢士は西北に往き・奴婢は東南に窜る」の断に合す。

孔明曰:亡人以刑德為命,抵德者昌,抵刑者亡。德在傳,諸凶皆除,不論公干私謀,皆成。陰刑在傳,人情不美,彼此不相持,公私皆不成。若占求隱士,或君子逃亡所在,只看日德所臨,則知其方。若小人、奴婢、隸妾、盜賊逃亡,則觀辰上所臨,可知其方。若尊貴君子,欲追捕卑賤盜賊,則欲德神克刑神,捕之必獲。若刑神反克德神,則捕之不獲,反受其制辱矣。如德刑同是一位,是美惡賢愚貴賤同居,則有天地之分。經曰“在天為德,在地為式。地者如甲日以地下甲者為陰德,故曰式天者。”如甲日以天上寅為陽德,地下寅為陰刑。天上寅為陽刑,寅刑在巳。丙德亦在巳,是刑德同一位也。然巳臨酉,則德神成金,寅木臨午是陰刑屬火,但寅之刑在巳,卑賤不敢與尊者同,德乃退而安於地,刑之寅則金德克之,捕捉可向寅位獲之;占君子利,小人不利,又以五行衰旺決之。

孔明曰く:逃亡の人は刑・徳を以て性命の係る所と為す——徳に投向するは便ち興旺し、刑に投向するは便ち敗亡す。徳神は三伝に進入せば、各種の凶咎皆消除して、公事を弁ずると論せず私下の謀划するも皆成る能し。陰刑は三伝に進入せば、人情は睦まず、彼此支撑し得住せず、公私皆弁じ成らず。もし隠士を尋訪するを占い、あるいは君子の何処に逃れしを占わば、ただ日干の徳の臨む所の位置を看れば、便ち方向を知る。もし小人・奴婢・僕妾・盗賊の逃亡を占わば、則ち日支の刑の臨む所の位置を看る。もし尊貴の君子は卑賤の盗賊を追捕せんと要せば、便ち徳神能く刑神を克するを要し、追捕すれば必然に捉え到らん。もし刑神反って徳神を克せば、便ち捉え得ず、反ってその挟制羞辱を受くる要し。もし徳と刑と同じく一位に落つれば、あれは是れ美と悪・賢と愚・貴と賎との一室に同処する、仍お天地上下を分出する要し。経文に曰く「天に在るは徳と言い、地に在るは式と言う」、すなわち説くは是れ:甲日は地盤上の甲位を以て陰徳と為し、これを式と言い、天盤上の寅を以て陽徳と為す。反って、天盤上の寅もまた陽刑と作す可し、寅の刑は巳に在り、而も丙の徳もまた巳に在るを以て、これすなわち是れ刑徳の一位に同処するなり。不过巳もし酉上に臨めば、徳神は便ち金性を帯び、寅木が午上に臨めば、陰刑は便ち火性を帯ぶ。寅の刑すでに巳に在れば、卑賎は敢えて尊者と同処せず、徳は便ち退きて地盤に安居し、而も寅の化する所の刑は金徳に克せらるれば、追捕すれば便ち寅位上に到りて捉獲し得。この課は君子を占えば利有り、小人を占えば利あらず、最後に還て五行の衰旺に按じて決断する要し。

袁天罡曰:刑在木,亡人在水鄉;刑在水,亡人在木鄉;刑在土,亡人在火鄉;刑在火,亡人在土鄉。此刑德一位占也。又觀今日刑與勾陳並否,上下相剋,與刑遇,則斗勾陳和合。又不與刑關,是不相遇,即不鬥爭。然刑德之課,亦可以定人品。若德神所臨,上下相生,和合旺相生身命,能制其刑,則為有德君子,尊貴好人,或得貴人扶持。若德神受空破刑剋休囚克身命,縱是世族,多懦弱不振,受制卑賤,若刑旺德衰,則是奴隸小人也。

袁天罡曰く:刑神は木に属せば、逃亡の人は水郷に在り。刑神は水に属せば、人は木郷に在り。刑神は土に属せば、人は火郷に在り。刑神は火に属せば、人は土郷に在り——総じて我を生ずるの処に向かいて往きて躲る。これは是れ刑徳の一位に同居する時の占法なり。なお当日の刑神が「勾陳」(争闘捕捉を主るの天将)と并せ見るか否やを看るを要す:もし上下相克してまた刑と相遇えば、便ち勾陳と争闘しあるいは和解せん。もし刑と毫も相干せず・彼此遇わざれば、便ち争闘有らざらん。 刑徳の課は還て以て人の品格を判定するに用い得。もし徳神の臨む所の処が上下相生して、和合して旺相し、また来りて本命を生じ、能く刑神を制し得住せば、あればすなわち是れ徳有るの君子・尊貴の好人、あるいは能く貴人の扶持を得ん。もし徳神落空し・冲破せられ・刑を受け克を受けて休囚に処り、また反って来りて本命を克せば、あれなれば縦令是れ世家大族も、多くは懦弱して振たず、卑賎の人に挟制せられん。もし刑旺して徳衰えば、あの人はすなわち是れ奴隷小人の流ならん。

解離課

象曰:夫妻天匹配,有難解離頻。年來相交克,終始一同陳。妻年行至午,夫運定於寅,午將申時占,妻運配夫嗔。夫年上臨子,妻運見乎辰,辰來克子水,的有解離迍。夫年反有克,與子一般陳。遞夫深情起,暗地使媒人。

課象辞に曰く:夫妻は本是れ天配の姻縁、一たび難有れば、便ち頻頻に離散す。もし両人の「行年」(各々歳数に按じて逐年推移するの流年の位)が交互相克せば、頭より尾に至るまで皆是れ一副の局面なり。例を挙ぐ:妻の行年は午に走到し、夫の行年は寅に定まる。午将を用いて申時に加えて占えば、妻の運数は夫に配上して則ち嗔怒を生ず。夫の行年の上に子の臨む有り、妻の運数上に辰を見れば、辰土は来りて子水を克し、あれば則ち確実に離散の厄難有り。もし夫の行年が反って克を受くれば、情形は子の克を受くると一様なり。丈夫を作るは情深ければ情深きほど、越えて人の暗地裏に媒人を請いに往きて別に打算を作す有らん。

又曰:解離之卦在行年,先須看地後看天。夫妻終始互相剋,二月寅時課請看。妻年立子夫年午,神后須知克勝光。年上功曹子傳送,遞相殘疾相安子。水本年來先克午,子上申金怕勝光。午上功曹被申克,此為終始互相殘。金盆覆子皆斯類,玉軫音稀號斷絃。

また曰く:解離の一課は全て行年の上に在りて看る、先ず地盤上の行年を看、さらに天盤上の行年を看る。夫妻は始より終に至るまで互相に克伐す、二月寅時のこの一課を請看せよ:妻の行年は子に立ち、夫の行年は午に立ち、神后子水は正に勝光午火を克す。行年の上に、午は功曹寅を得・子は伝送申を得て、両下裏は彼此残傷し、何ぞ能く安生せんや。子水は本位より先去りて午火を克し、子上の申金はまた午火勝光の来りて克するを怕れ、午上の功曹寅木はまた申金に克せらる——これを始より終に至るまで互相に残害すと言う。金盆倒蓋・玉軫弦断は、皆是れ这一类の比喩にして、説く所は是れ夫妻恩断じ義絶え・音信稀絶するなり。

孔明曰:《金匱》云“夫婦和好,人之大倫。若夫婦行年上相剋,在下相賊,終始雲者,妻以陰年為始,陽年為終;夫以陽年為始,陰年為終。天上行年陽,地下行年為陰,終始相生為和合,終始相剋為解離。若彼此交互遙克,則為天地解離,各有他心。”主凡事不和,必有睽而生外心。謀事不成,投謁不遂,朋友二心,家宅離叛,夫妻反心,各有私淫,出行、出師不吉,上下二心,各有離叛。若無惡事逢之,主解散脫離。

孔明曰く:《金匱》に講じて曰く、夫婦和睦は是れ人倫の大端なり。もし夫婦二人の行年が上に於て相克し・下に於て相賊せば、便ち「終始」を論ずる要し:妻子は陰年を以て始と為し・陽年を以て終と為し、丈夫は陽年を以て始と為し・陰年を以て終と為す。天盤上の行年は陽に属し、地盤上の行年は陰に属す。終始は彼此相生すればすなわち是れ和合、終始は彼此相克すればすなわち是れ解離。もし両下交互に遥かに克せば、あれはすなわち是れ天地解離して、各々異心を懐く。この課は凡事不和を主り、必定に《易経》の睽卦の如くの乖違有りて外心を生出さん:事を謀る成らず、書を投げて見を求める遂わず、朋友は二心有り、家宅は背叛し、夫妻は反目して各々私情有り、門を出でて遠行するも兵を出だして打仗するも皆吉ならず、上下心を離れて各々叛離す。もし本来悪事無くしてこの課を占い得れば、則ち解散脱離するのみを主る。

占身命,主夫妻離散,家庭退敗。如遇泆女狡童課,則夫妻因淫泆而分離也。如遇年上神克支上神,支上神克干上神,乃名真解離課。如妻年在子,夫年在午,是妻先剋夫矣,及以月將加時,午上得寅木,子上得申金,申克寅,而午又克占,定主夫妻相剋而妻死矣。

身命を占えば、夫妻離散し・家道衰退するを主る。もしまた泆女・狡童の両課に遇上せば、あればすなわち是れ夫妻の淫乱に因りて分離するなり。もし行年上の神が往きて日支上の神を克し・日支上の神がまた往きて日干上の神を克せば、層層相克して、これ乃ち真の解離課と言う。譬へば妻の行年は子に在り・夫の行年は午に在れば、子水は午火を克し、是れ妻先に夫を克す。さらに月将を以て時に加えて盤を起こせば、午上に寅木を得・子上に申金を得、申金は寅木を克し、而も午火はまた反って克し回す——かくの如くにして便ち夫妻相克し・而且に妻子は死せんと断定す。

假如夫年立辰,妻年立午,以四月卯時占,以申加卯,辰上得從魁金,午上得登明水,先以夫年上神始者,天罡也;妻以地年上神為始者,登明也。天罡克登明為始相剋;夫以地上神為終者,是從魁也。妻以陽年上為終者,勝光也。勝克從魁,此是始終相剋。妻之陽年勝光在丑,上下私和,是妻有二心,與東北丑地人有私情。夫以陽年勝光臨亥,是夫有二心,與西北地人有私情。故曰各有他心。若始相生,終相剋,前雖和合,後有解散。若始相剋,轉相生,前雖不合,後必和好。

例を挙ぐ:丈夫の行年は辰に立ち、妻子の行年は午に立ち、四月卯時に占う。四月は申将を用い、申を以て卯に加えて天盤を起こせば、天盤各神は皆地盤に比べて五位を進めば、ゆえに地盤の辰上に従魁酉金を得・午上に登明亥水を得。丈夫は行年の神を以て始と為せば、あればすなわち是れ天罡辰。妻子は地盤行年上の神を以て始と為せば、あればすなわち是れ登明亥。天罡辰土は登明亥水を克し、これは是れ「始」上の相克なり。丈夫は地盤の神を以て終と為せば、あればすなわち是れ従魁酉。妻子は天盤行年の神を以て終と為せば、あればすなわち是れ勝光午。午火は酉金を克し、これは是れ「終」上の相克なり。始終皆相克せば、ゆえに解離と断ず。さらに私情を看る:妻子の天盤行年勝光午は丑位上に落ち、上下暗合して、説明するに妻子は別に二心有り、東北の丑方の人と私情有るなり。丈夫の一辺は、底本は「勝光は亥に臨む」と作す、上文の夫年は辰に立つに按じてこれを推せば、応に指すは天罡辰の亥位に臨むなり、亥は西北に属せば、ゆえに丈夫もまた二心有り、西北方の人と私情有ると断ず。ゆえに説いて両人は各々異心を懐くと為す。最後に還て先後を分かつ要し:もし「始」上相生して「終」上相克せば、是れ先前は和合し後来は解散す。もし「始」上相克して転成して「終」上相生せば、則ち先前は合せざるといえども、後来は必定に和好せん。

乱首課またの名は反常課

象曰:日為尊長父,辰作卑幼兒。尊者來加子,少者反克之。此名為亂首,老者必低蕤。家內應無禮,官心不喜之。先宗或外姓,上祖別人兒。從此家和順,官私免被欺。年上功曹木,妻年魁罡悲。壬癸日值上,今後必分離。

課象辞に曰く:日干は尊長・父輩を代表し、日支は卑幼・子輩を代表す。尊長の神は反って往きて子輩の頭上に加わり、子輩は却って反って来りて彼を克す、これを乱首と言い、老一輩は必定に頭を低うして屈を受けん。家裏に上下の礼無く、官を為す人もまた心裏は喜ばず。もしこの家の先祖が本是れ外姓にして、あるいは上代は原是れ別人の児子の過継せし来るならば、あればこれより還て和順し得、公私両面は欺を被るを免れん——名分は本就りて是れの如くなれば、悖逆と談ずるに及ばざるを以てなり。もし本命行年上に「功曹」(寅木)を得て、妻子の行年は却って「河魁」「天罡」(戌・辰)の悲位に落ち、また壬癸日に逢えば、あれば今後夫妻は必定に分離せん。

又曰:日德加辰辰剋日,發用當為亂首名。臣叛君兮子害父,妻背夫兮弟凌兄。奴婢反心欺凌主,將軍出塞失其兵。日為尊長辰卑幼,犯上之時忌此刑。正月酉時庚午日,傳送臨支午克庚,略舉一課須取識,他占仿此例須明。

また曰く:日干の徳が日支上に加わりて、日支は却って反って来りて日干を克し、これに由りて発用すれば、この一課は便ち乱首と言う。それの応ずる所は是れ:臣子は君主を背叛し、児子は父親を加害し、妻子は丈夫を背棄し、弟弟は兄長を欺凌し、奴婢は反心を起こして主人を欺壓し、将軍は塞に出でて自らの兵を丟す。日干は尊長と為り・日支は卑幼と為れば、凡そ以下の上を犯すの事を占うに、最もこの一种の刑克を忌む。正月酉時庚午日を挙げて例と為す:「伝送」(申金の神)は日支の午上に臨み、午火は庚金を克し、正にこの格に合す。ここにただ略々一課を挙げて人をして門径を識らしむ、其余の占例はこれに照らして推明す。

亂首課案 申朱 戌勾 子空 勾朱空勾 戌申子戌 申午戌庚 未申酉戌 午 亥 巳 子 辰卯寅丑

これは上例の正月庚午日酉時の乱首課式なり。 上の三行は三伝:初伝は申、朱雀を乗す。中伝は戌、勾陳を乗す。末伝は子、天空を乗す。三伝はただ地支と天将とを標し、未だ六親を標さず。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干庚は申に寄宮し、申上に戌を得、第一課戌/庚を成し、勾陳を乗す。戌を以て下と為し、戌上に子を得、第二課子/戌を成し、天空を乗す。日支は午、午上に申を得、第三課申/午を成し、朱雀を乗す。申を以て下と為し、申上に戌を得、第四課戌/申を成し、勾陳を乗す。第三課は午火は下に在りて申金は上に在り、下は上を賊し、賊克法に依りて申を取りて発用と為す——日支の火は反って日干の金を克し、正に是れ卑幼の尊長を犯すの乱首の象なり。 最下の四行は天地盤:正月亥将を酉時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて两位を進めば、ゆえに地盤は巳上未・午上申・未上酉・申上戌・酉上亥・戌上子・亥上丑・子上寅・丑上卯・寅上辰・卯上巳・辰上午。

又曰:辰剋日而日加辰,或將日賊作初因。此為亂首無頭尾,條理縱橫事不分。歲墓逢凶多墓弒,月建若逢有逆臣。更看親疏詳用起,酉戌奴婢害主人。若為異姓或僧道,可以終身免禍迍。

また曰く:日支は日干を克し、而も日干の神はまた日支上に加え到る。あるいは日干の賊克せらるるの神を取りて発用の因と作す——これすなわち是れ乱首にして、頭尾顛倒して条理は縦横交錯し、事は理め清まらず。もし太歳の墓神また凶に逢えば、多く弑逆の禍を埋伏するを主る。もし月建上に碰上せば、則ち叛臣有らん。なお発用の神と日干との親疏を看て以て細断する要し:もし発用が酉・戌の神なれば、便ち奴婢の主人を加害するを主る。倘若当事の人が本是れ異姓の過継にして、あるいは出家の僧道なれば、名分上は原よりこの一家に属せず、反って終身この禍を免れ得。

又曰:辰剋日而日克辰,反常作事不相宜。小來作大皆紊逆,此際人情不順時。下奪上權少壓長,百事凶災不可量。又於亂首課消息,氣類初傳立見危。

また曰く:日支は日干を克し、日干また反って来りて日支を克し、彼此対克して、行事は反常にして様様合宜せず。小は僭越して大を為り去り、全て紊乱悖逆し、この時人情正に順遂せず。下面の人は上面の権を奪い、年少は年長を壓し住せば、百事の凶災は估量する能わず。要は乱首課の上にさらに消息を作して推詳するに、ただ初伝の属する所の気類を看れば、危機は立刻に顕れ出ださん。

孔明曰:日往加辰被支辰所克,名亂首格。或支辰剋日又相加為用,亦名亂首。或辰上神剋日上神,亦名亂首者,無紀綱也。首者指尊長言也。尊長無紀綱而不持重,卑下有欺惘侮慢,因上之不正,故在下凌犯亂上之紀綱也。經曰“日克其辰,辰又剋日,亂首殃深,君臣反側。”

孔明曰く:日干の神が往きて日支上に加わりて日支に克せらるるを、乱首格と言う。あるいは日支の神が日干を克し・また日干上に加えて発用と作るも、また乱首と言う。あるいは日支上の神が日干上の神を克すも、同じく乱首と言う。いわゆる乱とは、是れ紀綱無きなり。いわゆる首とは、指す所は是れ尊長なり。尊長は自ら紀綱無くして持重する能わざれば、卑下の人は便ち欺瞞軽慢の心有らん——正に上面正しからざるが為に、下面は乃ち敢えて凌犯して、上面の紀綱を攪乱するなり。経文に曰く:日干は往きて日支を克し、日支はまた反って来りて日干を克す、乱首の殃は極めて深く、君臣の間は互相に猜忌反覆せん。

又《金匱》云:日為長為身,辰為卑為家為眷屬。干神臨支被支克,為自取禍,是我為尊長不合,自去受幼所克犯,事體稍輕。若支神臨干克干,為上門亂首,此卑下自來犯上,事體稍重。日臨辰受克者,謂自挾以臨其辰,如丙子日太乙挾丙加子,乙酉日太沖挾乙加酉,壬戌日登明挾壬加戌,癸未日神后挾癸加未,丁亥日勝光挾丁加亥,甲申日功曹挾甲加申,辛巳日從魁挾辛加巳,己卯日小吉挾己加卯,戊寅日天罡挾戊加寅,此伐日又用下克上,統臨之體,乃鳳入雞群之象。

《金匱》また曰く:日干は尊長を代表し・自身を代表し、日支は卑幼を代表し・家宅と眷属とを代表す。日干の神が日支上に臨み到りて日支に克せらるるは、是れ自ら找し求むるの禍——我が身は尊長と為り、本に応に主動して凑り過ぎ去る可からず、結果反って卑幼に克犯せられ、事はなお軽しと算う。もし日支の神が日干上に臨み到りて日干を克せば、便ち「上門乱首」と言い、是れ卑下の人の主動して来りて上を犯すにして、事は便ち重き些し。いわゆる日干は日支に臨みて克を受くるとは、指すは日干が自らの寄宮の神を挟みて日支上に壓到するを謂い、たとえば:丙子日は太乙巳を以て丙を挟みて子上に加え、乙酉日は太冲卯を以て乙を挟みて酉上に加え、壬戌日は登明亥を以て壬を挟みて戌上に加え、癸未日は神后子を以て癸を挟みて未上に加え、丁亥日は勝光午を以て丁を挟みて亥上に加え、甲申日は功曹寅を以て甲を挟みて申上に加え、辛巳日は従魁酉を以て辛を挟みて巳上に加え、己卯日は小吉未を以て己を挟みて卯上に加え、戊寅日は天罡辰を以て戊を挟みて寅上に加う。こ类の課はすでに日干を伐ち、発用また下克上を取れば、是れ「統臨」の体に属し、正に是れ鳳凰の鶏群の裏に落ち込むの样子なり。

象曰:臣子不道,悖逆綱常,或上失禮,或下為殃,家宅不吉,累世不昌。偷營劫寨,多主刑傷。如逢凶將,死囚大凶。若得吉將旺相,可也。 將得青龍,一克,來意因陰小不和,別藉異居之事。若得元武等凶將,必有叛逆,臣殺其君,子弒其父,妻謀其夫,奴害其主,百事俱凶。

課象辞に曰く:臣子道無く、綱常に違背し、あるいは上面は礼を失い・あるいは下面は殃を作す。家宅吉ならず、幾代も皆興旺せず。兵を用うるもし往きて営を偷み寨を劫せば、多く刑傷を受くるを主る。もしさらに凶将に碰上してまた死気囚気を帯ぶれば、あれば則ち大凶。もし吉将を得て気また旺相せば、還て過ぎ去るを算え得。 もし乗る所が青龍にしてただ一重の克のみなれば、来る人の本意は是れ妻妾子女の类の陰柔幼小の一方不和の為にして、家を分かちて別に住まんと要す。もし乗る所が玄武のこの类の凶将なれば、必ず叛逆の事有らん:臣は君を殺し・子は父を弑し・妻は丈夫を謀害し・奴僕は主人を加害し、百事皆凶なり。

袁天罡曰:尊去臨卑而卑賤之,是客去臨主而主克之,事因內而起於外,用兵不宜作客,惟宜固守解圍,安營不利。若辰來加日而日被辰克,主卑下著意謀叛,犯上作亂,此尊不惹卑,卑自害之;客不干主,主來勝之,事伏外而起於內,用兵不利主。更四課俱是下賊上,不免窩犯丑聲,禍自內出也。上下無禮,家作亂賊,來去不宜,攻掠干傷。占官不吉,支傷謀望不成,占身主家主受制,卑幼休囚則柔懦不振,致下人欺侮。旺相帶凶將,主剛狠橫逆,欲侵凌卑下,反被卑下所害;或入贅而被妻所欺,或淫狎奴婢,反為奴婢所害。日往加辰被辰克,不利出外;日往見日克不利守祖,或因祖業敗害惹禍。又主下克上,不利子息,主忤逆,或是螟蛉,又主奴婢犯主。若占君國,主臣無忠節,謀欺君上。若天官見龍常,當是文過飾非之人。如見陰后合,則陰佞奸邪。如見朱勾,是偽直道以求容之人。如白虎與死神並者,見於日辰年上,又值魁罡相併,其危尤重。

袁天罡曰く:尊長は跑れ去りて卑幼の上に臨みて卑幼に賎せらるるは、客軍の往きて主人の営壘を逼るも反って主人に克せらるるに似たり、事の根由は内に在りて外に発作す。この時兵を用うるは客を作して攻打するに宜しからず、ただ固守して囲を解くに宜しく、営を扎し撃ち出ずる皆利あらず。もし日支の神が日干上に加えて日干はそれに克せられれば、則ち下面の人の存心して謀叛し・上を犯して乱を作すを主る。これは是れ尊長が并せて卑幼を招惹せざるに、卑幼自ら来りて人を害するなり。亦是れ客軍は主人を侵犯せざるに、主人反って来りて勝を取る——事は外に伏して内に発作す、この時兵を用うるは守りを作すに利あらず。もし四課全て是れ下賊上なれば、罪犯を窩蔵し・醜聞を伝え出だすを免れず、禍は家裏より出づ。上下礼無く、家中に乱賊出でて、来往皆宜しからず、攻伐劫掠皆傷を受くる要し。官運を占えば吉ならず。日支は傷を受ければ則ち謀望成らず。身命を占えば一家の主の人に挟制せらるるを主る。卑幼もし休囚に処れば、則ち柔懦して振たず、下人の欺侮を招き致す。卑幼もし旺相して凶将を帯ぶれば、則ち剛狠蛮橫にして、本に下面を欺壓せんと想うも、反って下面に害せらる。あるいは入贅して妻子に欺凌せられ、あるいは奴婢を淫狎して反って奴婢に害せらる。日干の神は往きて日支に加わりて日支に克せらるれば、門を出でて外に在るに利あらず。日干の神は往きて反って克を受くれば、祖業を守りて利あらず、あるいは祖業敗落に因りて禍を惹く。この課また下の上を克するを主り、子嗣に利あらず、子女の忤逆するを主り、あるいは抱養の義子なり。また奴婢の主を犯すを主る。もし国事を占えば、臣下の忠節を守らず・君上を謀り欺瞞するを主る。天将もし青龍・太常を見れば、当に是れ過を文り非を飾るの人。もし太陰・天后・六合を見れば、則ち是れ陰柔諂佞・奸邪の輩。もし朱雀・勾陳を見れば、是れ正を假装して以て容れ見られんと求むるの人。もし白虎と死神と并せ見れば、また日干・日支あるいは本命行年上に出現し、さらに河魁・天罡の相并するに逢えば、あれは危険便ち格外に深重ならん。

度厄課

象曰:三下賊其上,六親事不虞。日干分貴賤,我克是婕妤。同類為宰相,我生是比閭。生我皇宗族,克我乃刑餘。吉氣仍欣樂,凶神豈自如?慮患厚貴早,免得費逐驅。

課象辞に曰く:四課の中に三課の下賊上有れば、六親の間に意料到らざるの事出づるを主る。断法は先ず日干に按じて六親貴賤を分出す:日干の克する所は是れ妻妾の一类、宮中の婕妤に同じ。日干と同類なるは是れ兄弟同儕、宰相の位に比作す。日干の生ずる所は是れ子孫、鄰里郷黨に比作す。日干を生ずるは是れ父母、皇家宗族に比作す。日干を克するは是れ官鬼、刑を受け過ぎたるの人に比作す。臨む所の神もし吉気を帯ぶれば、仍お能く歡楽せん。もし是れ凶神なれば、何ぞ能く安然として自ら処らんや。須らく早く及びて禍患を深慮し・貴人を厚待して、日后の奔走労費を免れんことを。

又曰:三下賊其上,六親事不虞。事還同長幼,凶即暗嗟吁。生氣逢欣樂,休囚下淚珠。五行皆如此,消息用工夫。 又曰:四課之中三賊來,課名度厄甚為凶。事多不順憂疑重,患難遷延節節逢。子孫犯上妻奴逆,後應偏宜作主翁。更逢一課上克下,上下相侵事斗推。

また曰く:四課中に三課の下賊上は、六親の間に意外の事を生出ずるを主り、情形は長幼相犯するに相同じく、凶に逢えば便ちただ暗自に嘆息するのみ。臨む所の神は生気を得れば便ち歡楽有り、休囚に落てば便ちただ涙を落す有るのみ。五行の各类皆これに照らして推し、還て工夫を下して細細に消息するを須す。 また曰く:四課の中に三課の来りて上を賊する有れば、この一課の名は度厄と言い、非常に凶なり。事は多く順遂せず、憂疑深重にして、患難拖延して一節一節接し畳みて遇上す。子孫は上を犯し、妻子と奴僕とは悖逆す。此の後反って自ら出面して家に當り主を作すに宜し。もしその中にまた一課の上克下有れば、あれば則ち上下互相に侵犯して、争闘の路数に按じて往きて推断する要し。

孔明曰:三下賊上名度厄課,主綱常不正,卑幼凌長。 象曰:卑幼害長,病患重來,家門不吉,骨肉尤乖,出軍失利,行者多災,將神旺相,禍去福來。如發用陽神乘凶將,主伯叔尊長有災,陰神發用乘凶將,主姑姨姆姐妹小有災。應剝上九“不利攸往”之象。三上制其下,根源長幼推。子孫先發動,小者必依蕤。父母相連用,凶神入墓悲。且看末傳位,人生福可期。

孔明曰く:四課中に三課の下賊上は、便ち度厄課と言い、綱常正しからず・卑幼の尊長を欺凌するを主る。 課象辞に曰く:卑幼は尊長を加害し、病患は一再に襲い来り、家門吉ならず、骨肉は尤其に乖違す。兵を出だせば失利し、出行の人は多く災有り。もし乗る所の神将旺相せば、則ち禍去りて福来る。もし発用する所が陽神にして凶将を乗れば、伯叔尊長に災有るを主る。もし発用する所が陰神にして凶将を乗れば、姑母・姨母・乳母・姉妹のこれらの女眷に小災有るを主る。この課は《易経》の剥卦上九の「攸往するに利あらず」の象に応ず。反って、もし是れ三課の上克下なれば、便ち長幼の根源の上より推する要し:子孫先に発動せば、年幼の一方は必然に頭を低うして順従せん。もし父母爻が接連して伝に入りて凶神また墓庫に落ち込めば、則ち悲む可し。最後に仍お末伝の如何なる位次上に落つるを看る要し、人生の福分は便ちあそこに在りて指望し得るなり。

四課之中三克下,課名長幼事須知。須得下勢先通利,上無承接下不隨。居上自如不利下,雖望遠方不見歸。若還長幼來相問,用起親疏說禍機。此係長幼課。

歌訣に曰く:四課の中に三課の上克下は、この一課の名は長幼と言い、その中の道理は須らく先ず弄清す可し。必ず下面に先ず通達順利の勢有るを須して乃ち行く。上面にもし承接無ければ、下面は便ち跟上り来れず。上位者は自在にして、下位者は利あらず。遠方の人を盼望するといえども、また彼の回り来るを見着け得ず。もし来る人正に長幼の事の為に発問せば、便ち発用の神と日干との親疏関係に按じて往きて禍機の在る所を説明する要し。この一格は是れ長幼課に属す。

孔明曰:《金匱》云“課有三上克下,名長幼課。主長來欺幼,亦名幼度厄,主禍自外來。”經云“長傷卑幼災網布。”又曰:“長幼不利於小。”此度厄課,亦不可以全凶目之。若日用旺相乘吉將,主幼得長力,長得幼力,則應“君子得輿”之象。

孔明曰く:《金匱》に講じて曰く「課中に三課の上克下有れば、長幼課と言い、長輩の来りて幼輩を欺壓するを主り、また幼度厄と言い、禍の外面より来るを主る」。経文に曰く「尊長は卑幼を傷及せば、災網は便ち張り開けらる」、また曰く「長幼の課は年幼の一方に利あらず」。不过度厄のこの一課も、また一概に全凶と看作す能わず:もし日干と発用と皆旺相して吉将を乗れば、反って幼輩の長輩の助力を得・長輩もまた幼輩の助力を得るを主り、あれば則ち《易経》の剥卦上九の「君子は輿を得」——車乗の承載を得るの吉象に応ずるなり。

無禄課一に曰く無路課、またの名は絶嗣課

象曰:四課克其上,名為絕嗣凶。中年多子息,墓歲滅先宗。有救同前例,無依傳後宗。專看發用類,年月日時同。 四課俱克下,男鰥女寡孤。三傳如有救,子必勝於吾。首尾俱相制,臨年子失途。切須看族類,到老如無憂。

課象辞に曰く:四課皆是れ下面の上面を克すれば、この課の名は絶嗣と言い、甚だ凶なり。中年の時は子女還て多く、墓庫の年に到れば便ち先人の香火を滅す。もし課中に救神有れば、断法は前面の例と相同じ。もし依託する所無ければ、便ち香火を把りて後房に伝え過ぐ。断ずる時は専ら発用のどの一类の六親に属するを看、太歳・月建・日辰・占時皆この弁法に照らして看る。 反って、四課皆是れ上面の下面を克せば、則ち男は鰥居し・女は寡を守り・人丁孤单するを主る。三伝中にもし救神有れば、児子の一輩は反って能く自己に勝えん。もし首尾皆制し住せられて、本命行年上に臨めば、児子は便ち前程を失わん。総じて属する所の六親族類を看清する要し、老に到りて乃ち憂無き能し。

又曰:四課下神俱賊上,孤立如何保二親?妻叛夫兮奴叛主,子殺父兮臣弒君。占胎長憂遭刑害,定是縈獨失業人。欲擬爭訟忌先起,卻被翻之難雪陳。若占朝廷下生叛,關隔九族不能親。凡事切忌乎先舉,為主不利之為賓。

また曰く:四課の下神全て往きて上神を賊克し、孤零零に立てば、怎んぞ双親を保し得住せんや。この課の応ずる所は是れ妻子の丈夫を背叛し・奴僕の主人を背叛し・児子の父親を殺害し・臣下の君主を弑殺するなり。胎孕を占えば、長久に刑に遭い害を受くるを擔心する要し、生まれ下れば定めて是れ孤苦して業を失うの人なり。官司を打たんと想えば、自ら先に起訴するを忌諱し、一たび起訴すれば反って人に翻案せられ、冤屈は辯白し難し。もし朝廷の事を占えば、下面の叛乱を生出ずるを主り、九族の間は関卡阻隔して相親しむ能わず。凡事切に先を搶りて発動するを忌み、主動の一方と作るは反って被動の一方と作るに如かざるが利なり。

又曰:四課並來皆克下,占人無祿主孤窮。自信當權不信人,下無承順應不忠。內窮勢迫難為遂,僕從俱無屋內空。雖有吉將還何用,刑以尊上卑下凶。 又曰:四課並皆來賊上,絕嗣之課甚不好。中年之前祿昌盛,脫歲之後頗衰病。若為人從事由己,居首之時僭逆多。利以為主莫為客,卑犯尊兮其奈何。

また曰く:四課一斉に皆是れ上克下なれば、人を占えば則ち禄無くして孤苦貧窮なり。この人はただ自己の権を掌るを信じて肯んじて人を信ぜず、下面に人の承順する無く・応対するもまた忠ならず。内裏は窮困して形勢逼迫し、事は成り難し。僕従は一個も皆無にして、屋子裏は空荡荡なり。縦令吉将有るもまた何の用有らん。刑法を用いて尊上を壓し・卑下を欺凌するは、終竟是れ凶なり。 また曰く:四課一斉に皆是れ下賊上なれば、この絶嗣の課は甚だ好からず。中年以前は禄位還て昌盛し、あの道の年歳を過ぎれば便ち相当に衰病す。この様の人は事を弁ずる全て自己に凭り、人の上に居る時は僭越悖逆の挙動甚だ多し。この課は主を作るに利あり・客を作るに宜しからず。卑幼の上を犯すを可とするも、また彼を把りて怎様せんや。

孔明曰:四課俱賊上,名絕嗣課。是下逆而上傷,是上失其威,為下所亂,豈能有其妻子,故曰絕嗣。凡得此課,若遇神將吉,主分財異居;神將凶,主骨肉分離。又主靜而必動,暗中生災。病者必死,逃者轉匿。凡事宜後施,主身命主克雙親,幼為孤子。此時若生男女多克父母。又主子孫悖逆,滅毀祖先,雖父母已亡,不備祭祀之禮。

孔明曰く:四課全て是れ下賊上なれば、便ち絶嗣課と言う。下面は悖逆して上面は傷を受くるは、是れ上位者の威権を失いて下面に攪乱せらる、かくの如くにして還て妻子児女を保し得住せんや。ゆえに絶嗣と言う。凡そこの課を得れば、もし乗る所の神将吉なれば、家を分かち財を分かち・各自居住するを主る。神将凶なれば、則ち骨肉離散を主る。この課また本来安靜なるの必ず動かんと要するを主り、暗中に災禍を生出す。病人を占えば必ず死し、逃亡を占えば則ち人は転じて別処に往きて蔵匿す。凡事は後発するに宜しく先を搶るに宜しからず。身命を占えば、双親を克するを主り、幼年に便ち孤児と成る。この時に生まれ下るの児女は、多半父母を克す。また子孫悖逆して祖先を毀棄するを主り、縦令父母已に過世するも、肯んじて祭祀の礼を備弁せず。

雜占主陽虧陰盛,卑害尊居,上位者未免有困篤之憂。在下位者則無不吉,福神所佑也。忌占盈,罡加孟,傷胎子病,主喪訟罪;在先起之人,占此更值天空旬空,主來占者孤獨,名曰單孤課。若不空,亦主小人無禮,訟宜後舉,中年有子,晚亦無。

雑占の方面は、この課は陽気の虧損して陰気の過盛するを主り、卑下の人は尊長を加害し、上位に居るは困頓病篤の憂有るを免れず。下位に処るは反って不吉無し、是れ福神の護佑するに在り。それを用いて盈満の事を占問するを忌諱す。もし「天罡」(辰)が寅申巳亥の四孟の上に加われば、胎を傷り・小児に病有るを主り、また喪事と訟罪とを主り、而且に先に手を動かすのあの一方に応ず。この課を占いてもしまた「天空」と旬空とに碰上せば、来りて占う人の孤独にして依る無きを主り、これを単孤課と言う。もし落空せざれば、また小人の礼無きを主る。官司を打つは後発するに宜しく、中年は児子有るといえども、晩年に到ればまた留め住め得ざらん。

袁天罡曰:絕嗣乃群下賊上,臣輕其君,子逆其父,弟賊兄,妻悖夫,奴悖,主娘宜謹婢。反吟之課,亦照此推。若末傳見子孫,為有救。

袁天罡曰く:絶嗣課は是れ衆多の下位者の往きて上位者を賊克するなり、ゆえに臣子は君主を軽慢し・児子は父親に忤逆し・弟弟は兄長を賊害し・妻子は丈夫に悖逆し・奴僕は主人に悖逆し、主母を作るは身辺の婢女を提防する要し。反吟の課は天地相冲して上下顛倒す、またこの路数に照らして推断す。もし末伝に子孫爻を見れば、就算に救有りと為す。

孔明曰:四上克下,名無祿,謂十干之祿皆寄地盤之支,今上克之則祿不存矣。取第四課為用,又曰下供上食,謂之祿之為養命之本,無祿則上下不食也。是上慢而賤下,豈能保佑其祿位?故曰無祿。主動而不靜,室家孤獨,病不久退,訟不久散,囚者出,逃者獲。凡事宜先舉,但舉事不得下情,又主虛人不祿,有官罷職,輕者罰俸,重者削權。蓋以上制也,臣子受災。屈者難伸,對敵利客,訟宜先起,罪在後舉之人,占病不利少者,天不佑,地不容。凡事動於外,起因男子,空室無人,老必孤獨。臣子受殃,六親死亡。彼此離散,客勝主負。經曰“無祿是上驕而下殘。”

孔明曰く:四課皆是れ上克下なれば、便ち無禄と言う。十天干の禄は皆地盤の支上に寄せられ、今上神は地盤の支を把りて克せば、禄は自然に便ち没す、ゆえに第四課を取りて発用と作す。また一説有り:下面は供養し・上面は進食す、禄は是れ命を養うの根本、禄無ければ則ち上下皆吃るを得ず。これは是れ上位者の傲慢にして下位者を軽賎する、何ぞ還て自己の禄位を保し得住せんや。ゆえに無禄と言う。この課は動を主りて静ならず、家室孤独なり。病は速やかに退き去らず、官司は速やかに了結せず。囚せらるるは出る能く、逃げ走るは捉え得。凡事は先を搶りて発動するに宜しといえども、発動し起きてもまた下情を摸し着けず。また虚浮の人の俸禄を保し能わざるを主り、職に在るは官を罷められ、軽ければ俸を罰し・重ければ権を削る——上面の制し住せられしを以て、臣子を作るは便ち跟いて災を受く。冤を含むは伸雪し難し。両軍相対すれば客方に利有り。官司を打つは先に起訴するに宜しく、罪責は後に手を動かすの人の身に落つ。病を占えば年少の人に利あらず、天は保佑せず・地は容留せず。凡事の発動は外に在り、起因は多く男子の身上に在り。家裏は空蕩として人無く、老来必定に孤独ならん。臣子は殃に遭い、六親死亡して、彼此離散し、客方は勝を取りて主方は落敗す。経文に曰く:無禄課はすなわち是れ上面の驕慢にして下面の残破するなり。

袁天罡曰:四上克下曰無祿課,神將俱吉,來意主分財異居。若神將凶,主骨肉分離。又名單羈課,必無妻妾,又無男兒,若遇吉將,乃尚可為,若末傳得父母,可解此凶。

袁天罡曰く:四課皆是れ上克下なれば、便ち無禄課と言う。もし乗る所の神将皆吉なれば、来る人の本意は是れ財を分かち家を分かち・別に門戸を立つるなり。もし神将凶なれば、則ち骨肉離散を主る。この課また単羈課と言い、人は必定に妻妾無く・また男嗣無きを主る。もし吉将に遇えば、尚且還て為す可有り。もし末伝に父母爻を得着せば、便ちこの重の凶を解き得。

又曰:絕嗣無祿總名無路。蓋日陰陽既相剋制,不得其所依,不免投辰上二課,辰之陰陽又相剋,則無所投之路,故總名曰無路課。統否之體,乃上下僭亂之課也。占曰:上克無祿,下賊無嗣,君臣悖義,父子分離,求謀不遂,動作憂疑。三傳有救,方免災危。如神將凶,則應否卦之三爻,有“包羞”之象也。要發用有救者,如用是水,末傳是金,用是金,末傳是土之類。此名救神 ,不可克初,又不可克末,欲斷何人受災,以發用之神看所屬何六親言之。

また曰く:絶嗣と無禄とは、総名は無路と言う。日干のこの一辺の陰神陽神すでに互相に克制して、依託する処無ければ、ただ日支上の第三・第四の両課に投向する好し。而も日支の陰神陽神また彼此相克せば、あれば便ち投奔するの路もまた断たる、ゆえに総名を無路課と為す。この課は《易経》の否卦の体に統属し、是れ上下僭越紊乱の課なり。断辞に曰く:上は下を克せば便ち禄無く、下は上を賊すれば便ち嗣無し。君臣は道義に背离し、父子は分離し、求むる所は遂わず、一たび動けば憂疑す。必ず三伝中に救神有るを須して、乃ち災危を免れ得。もし乗る所の神将凶なれば、則ち否卦六三爻の「包羞」——羞を含み辱を受くるの象に応ず。いわゆる発用に救有りとは、指すは末伝能く発用を生ずるを謂う:発用は水に属して末伝は金に属するが如く、発用は金に属して末伝は土に属するの类なれば、これを救神と言う。救神はすでに初伝を克す可からず、また末伝を克す可からず。如何なる一個の人の災を受くるを断ぜんと要せば、便ち発用の神のどの一类の六親に属するを看て以て説く。

假令正月庚辰日辰時占,四下賊上,課名絕嗣課。以寅為用,將得白虎占婦人始於死亡,連及貴人爭及財物而絕嗣也。 官午白 父丑貴 兄申青 白朱六陰 午亥戌卯 亥辰卯庚 子丑寅卯 亥 辰 戌 巳 酉申未午

例を挙ぐ:正月庚辰日辰時に占い、四課全て是れ下賊上、課の名は絶嗣。寅を取りて発用と作す(下列の課式に按ずれば、初伝は実は午と作す、底本ここにあるいは訛字、併存して考に備ふ)、乗る所の天将は是れ白虎、婦人を占えば則ち死亡に起こり、貴人の財物を争奪するに牽連し、最終に至りて絶嗣す。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は午、火は庚金を克して官鬼爻と為り、白虎を乗す。中伝は丑、土は金を生じて父母爻と為り、天乙貴人を乗す。末伝は申、庚と同類にして兄弟爻と為り、青龍を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干庚は申に寄宮し、申上に卯を得、第一課卯/庚を成し、太陰を乗す。卯を以て下と為し、卯上に戌を得、第二課戌/卯を成し、六合を乗す。日支は辰、辰上に亥を得、第三課亥/辰を成し、朱雀を乗す。亥を以て下と為し、亥上に午を得、第四課午/亥を成し、白虎を乗す。四課は依次に庚金は卯木を克し・卯木は戌土を克し・辰土は亥水を克し・亥水は午火を克し、全て是れ下面の上面を克すれば、ゆえに絶嗣と断ず。 最下の四行は天地盤:正月亥将を辰時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて七位を進めば、ゆえに地盤は巳上子・午上丑・未上寅・申上卯・酉上辰・戌上巳・亥上午・子上未・丑上申・寅上酉・卯上戌・辰上亥。

假如六月癸丑日未時占,神后臨丑,下賊上為用,是首制也。末傳見河魁臨亥,是尾制也。其神后受制,慾望功曹為子來救,又被地神是火去脫之,欲觀從魁為母,又被天罡土壓之,此天不容,地不載也。 兄子元 兄亥常 官戌白 常元常元 亥子亥子 子丑子癸 辰巳午未 卯 申 寅 酉 丑子亥戌

さらに一例を挙ぐ:六月癸丑日未時に占う。神后子は丑上に臨み、丑土は子水を克し、是れ下賊上にして、それを取りて発用と為す、これを「首制」と言う——開頭便ち制し住せられり。末伝に河魁戌の亥上に臨むを見、戌土また亥水を克し、これを「尾制」と言う——結尾もまた制し住せられり。神后子すでに制を受け、本に功曹寅を指望して子孫爻と作りて来りて救わんと想うも、寅木は却って地盤の火気に泄掉せられり。さらに従魁酉を看て母爻と作りて来りて生ぜんと想うも、酉金また天罡辰土に壓し住せられり。これすなわち是れ上天容れず・大地載せざるなり。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は子、癸と同じく水に属して兄弟爻と為り、玄武を乗す。中伝は亥、同じく兄弟爻と為り、太常を乗す。末伝は戌、土は水を克して官鬼爻と為り、白虎を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干癸は丑に寄宮し、丑上に子を得、第一課子/癸を成し、玄武を乗す。子を以て下と為し、子上に亥を得、第二課亥/子を成し、太常を乗す。日支は丑、丑上に子を得、第三課子/丑を成し、玄武を乗す。子を以て下と為し、子上に亥を得、第四課亥/子を成し、太常を乗す。 最下の四行は天地盤:六月午将を未時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて一位を退けば、ゆえに地盤は巳上辰・午上巳・未上午・申上未・酉上申・戌上酉・亥上戌・子上亥・丑上子・寅上丑・卯上寅・辰上卯。

假如正月己巳日辰時占,四上克下,惟從魁加寅為涉害深為用,得六合將;中傳天罡,將得太常;終得登明,將得螣蛇,主始因財物田宅,終有死喪驚恐,為無祿之象也。 子酉六 兄辰常 才亥螣 青貴六陰 未子酉寅 子巳寅己 子丑寅卯 亥 辰 戌 巳 酉申未午

さらに一例を挙ぐ:正月己巳日辰時に占い、四課皆是れ上克下なり。四課俱に克せば則ち賊克法を用いる能わず、改めて「渉害法」を用う——各上神の地盤上に於て一路に克を受くるの深浅を比較して、傷を受くる最も深きの一個を取る。ここに従魁酉は寅上に加わりて渉害最も深し、それを取りて発用と為し、乗る所の天将は是れ六合。中伝は是れ天罡辰、太常を乗す。末伝は是れ登明亥、螣蛇を乗す。ゆえに断じて曰く:事は起初に財物田宅に因りて起こり、最後に死喪惊恐有り、これすなわち是れ無禄の象なり。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は酉、己土は金を生じて子孫爻と為り、六合を乗す。中伝は辰、己と同じく土に属して兄弟爻と為り、太常を乗す。末伝は亥、土は水を克して財爻と為り、螣蛇を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干己は未に寄宮し、未上に寅を得、第一課寅/己を成し、太陰を乗す。寅を以て下と為し、寅上に酉を得、第二課酉/寅を成し、六合を乗す。日支は巳、巳上に子を得、第三課子/巳を成し、天乙貴人を乗す。子を以て下と為し、子上に未を得、第四課未/子を成し、青龍を乗す。 最下の四行は天地盤:正月亥将を辰時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて七位を進め、その排布は前一例の正月庚辰日と相同じ。

残下課

日加辰而日克辰,或作上克或初因。殘下不宜居上位,客勝難為作主人。倚傍他人威勢重,卻成事濟榮其身。 日為尊長,臨支而克支,殘害無已。若又四上克下為用,主上無慈悲,卑小受剝,為客宜防外禍,惡人入宅,行人將至,夫害婦,婚姻不宜,雖不日加辰為用,而得上克下,亦是。

歌訣に曰く:日干の神が日支上に加えてまた往きて日支を克し、あるいは上克下を取り・あるいは初伝の因を取りて発用すれば、これすなわち是れ残下課なり。下位者を残害するの人は上位に居るに宜しからず。この課は客方は勝を取り、主人と作るは難し。別人の威勢を倚仗して乃ち場面を壓し得住するを要すれども、事は可なり反って弁成して、自身還て栄顕を得たり。 解説:日干は尊長を代表し、それが日支の上に臨み到りてまた往きて日支を克せば、残害止まず。もし同時に四課皆是れ上克下にして取りて発用と為せば、則ち上位者に慈悲の心無く・卑幼小輩は備へて剥削を受くるを主る。客を作すは外来の禍を防ぐ要し、悪人は家門に進み入り、出行の人は將に到らんとす。丈夫の妻子を加害するを主り、婚姻は宜しからず。即便に日干の日支に加わりて発用するにあらずとも、ただ課中に上克下を得れば、また残下課に照らして断ず。

凌犯課

日克辰而下用殘,辰剋日而上克初,此等皆為凌犯課,二強相遇不相容。上凌下犯名悖逆,父子相猜君臣誣。用得官鬼災尤重,下賊為親克下疏。 日克辰乃上殘下之象,而得下賊上為用;辰賊日乃下凌上之象,而得上克下為用,皆名凌犯課。主上凌下,下犯上,尊卑不分,故多弒奪篡奪之禍。若官鬼發用,災禍之至,克下外事起,賊上內事起。

歌訣に曰く:日干は日支を克すれども、却って下賊上のあの一課を取りて発用と為す。日支は日干を克すれども、却って上克下の初伝を取りて発用と為す——この両種は皆凌犯課と言い、両個の強者の相遇えて互いに相容れざるに比す。上面は凌壓し・下面は冒犯す、名は悖逆と為る:父子彼此猜忌し、君臣互相に構陷す。もし発用の得る所が官鬼爻なれば、災禍尤其に深重なり。下賊上は是れ自家の親近の人の為す所、上克下は則ち疎遠の人の為す所なり。 解説:日干の日支を克するは本是れ上残下の象、偏偏下賊上を取りて発用と作す。日支の日干を賊するは本是れ下凌上の象、偏偏上克下を取りて発用と作す——この両種は皆凌犯課と言う。上は下を凌ぎ・下は上を犯し・尊卑分かたざるを主り、ゆえに多く君を弑し位を奪い・権を篡み産を奪うの禍有らん。もし官鬼発用せば、災禍は便ち来らんと要す。上に往きて下を克するは、事は外面より起こる。下に来りて上を賊するは、事は内裏より起こる。

孤寡課

詩曰:若論孤辰課,四時辰上推。北方亥子丑,寅卯辰得孤。南方巳午未,申酉寡孤移。春東寅卯辰,孤在巳午悲。秋西申酉戌,亥子作孤推。父母分離散,夫妻有生離。忽然諸吉救,禍滅福相隨。前課說孤辰,此法說寡宿。仿象孤辰推,依彼相馳逐。冬天酉戌臨,發用無骨肉。夏天卯與辰,親疏不和睦。秋天午未占,春亥子卜凶,吉與孤辰同,有救禍反福。

歌訣に曰く:孤辰課を論ぜんと要せば、四季に按じて地支上に推するを得。冬天は北方亥子丑の位に當り、孤辰は便ち寅卯辰の一帯に落つ。夏天は南方巳午未の位に當り、孤寡は便ち申酉の一帯に移る。春天は東方寅卯辰の位に當り、孤辰は巳午に落ちて悲む可し。秋天は西方申酉戌の位に當り、孤辰は便ち亥子に推せらる。これに逢えば則ち父母分離散失し、夫妻は生きながら分かるる要し。もし忽然として各種の吉神の来りて救う有れば、禍は便ち滅び、福は随いて至らん。 上の一段は講ずる所は是れ孤辰、この一段は講ずる所は是れ寡宿。推法は孤辰と相仿れども、ただ各々追逐する所の方位同じからず:冬天は酉・戌に臨み、発用せば則ち依る可きの骨肉無し。夏天は卯と辰に在り、親疏の間皆和睦せず。秋天は午・未に占い、春天は亥・子に占う、皆凶を主る。その吉凶の断法は孤辰と相同じく、救神有る時は禍反って福と成る。

居天孤宿地孤辰,發用須依六甲辰。欲識空亡何日是,甲戌旬中用酉申。占人孤獨離桑梓,財業虛聲伴不親。官位遇之須改動,出行謹防賊人侵。所問傳事皆無實,卒病遭官必害身。

歌訣に曰く:天盤上に落つるを孤宿と言い、地盤上に落つるを孤辰と言い、発用の神は六甲旬に依りて以て定むる要し。如何なる両位が空亡なるを知らんと欲せば、旬首より下に向かいて数うを看:甲戌旬裏は便ち申・酉を用いて空亡と作す。人を占いてこれを得れば、孤独漂泊して故郷を離るるを主る。財業はただ虚名有るのみ、身辺の人もまた親近せず。官位上に在りて遇えば、変動有るを須す。門を出でて遠行するは盗賊の来りて侵すを謹防する要し。問う所の事は、伝え出だすの消息皆実在せず。一たび急病を得あるいは官司を吃すれば、必定に身を傷らん。

凡旬空遇四時孤辰寡宿發用,為孤寡課。蓋六甲旬首後二位為空亡。如甲子旬空戌亥,陽日空戌,陰日空亥之類。春以巳為孤辰,丑為寡宿。夏以申為孤辰,辰為寡宿。秋以亥為孤辰,未為寡宿。冬以寅為孤辰,戌為寡宿。何以明之?蓋冬令亥子丑水位,以金為父,絕在寅,故定為孤辰也。以火為妻,墓在戌,故以戌為寡宿也。此陰惆陰悵,犯之者必然孤寡也。

凡そ「旬空」(本旬の十日に天干に配し得ざるのあの两支)と四季の孤辰・寡宿と一同に発用すれば、すなわち是れ孤寡課なり。六甲旬首より後に数えて第十一・十二の両位は便ち是れ空亡:甲子旬の空は戌・亥に在り、陽日は戌を以て空と為し・陰日は亥を以て空と為すが如く、其余の各旬は類推す。四季の孤寡の定位は是れ:春は巳を以て孤辰と為し・丑を寡宿と為す。夏は申を以て孤辰と為し・辰を寡宿と為す。秋は亥を以て孤辰と為し・未を寡宿と為す。冬は寅を以て孤辰と為し・戌を寡宿と為す。何を憑じてこの様に定むるや。冬天を以て例と為せば:冬令は亥子丑の水位に當り、水は金を以て父母と為し、金は寅に絶す、父絶すれば則ち依る所無し、ゆえに寅を定めて孤辰と為す。水は火を以て妻財と為し、火は戌に墓す、妻は墓に入れば則ち偶無し、ゆえに戌を定めて寡宿と為す。この一套の推する所は是れ陰気の凄愴の地、上を犯するの人は必定に孤寡ならん。

象曰:課入孤寡,其慶難久。名利未遂,胎孕虛有。婚遇斷絃,財求空手。喜美榮華,吉祥解救。 如四時孤寡並旬空,為空孤空寡,日辰無氣最忌,凶犯孤辰主父母災,犯寡宿,主夫妻離散。

課象辞に曰く:課は孤寡に落つれば、喜慶は長久を得難し。名利は求め成らず、胎孕は是れ虚しき、婚事は弦の断えたるに同じく、財を求めれば両手は空空なり。喜美栄華の一类の吉神吉将に靠りて解救するを須して、乃ち転じ得来るなり。 もし四季の孤寡の神また旬空と并せ見れば、便ち「空孤空寡」と言い、この時最も日干・日支の気無きを忌む。凶にして孤辰を犯し着せば、父母に災有るを主る。寡宿を犯し着せば、夫妻離散を主る。

凡生我德神喜神生煞解神吉將空,吉為凶,當應恆上九“振恆,凶。”之象。若甲乙日戌旬占,憂功名;丙丁日憂妻財;或初傳上下俱空,憶喜俱不成,託人多詐,謀望不成,近事出旬可圖,遠事經難時空,事亦難成;或傳中空亡,為空亡折腰,主事中止,謀難就;或中末俱空,是移遠就近,動中不動,尋近人而在近也。初中空,取末傳,末傳空,取初傳,以不空者言其吉凶。若盜我克我,墓神及遙剋日神,凶將,定凶變為吉。或值三奇六儀為救神,及遇太歲月建月將填實,為孤寡再醮,反禍為福,先破後成。日辰年命不論空亡,填實空者次之,時又次之。又有純空反實,或運歲月日時沖起,為逢沖暗動,禍福皆成。當應恆“無咎”之象。

凡そ我を生ずるの父母爻・徳神・喜神、および生扶解煞の救神と吉将とは、一たび落空せば、吉は反って凶と成り、正に《易経》の恒卦上六の「振恒、凶」——動揺不定の象に応ず。もし甲乙木日は甲戌旬に占って空は申酉に在り、申酉は是れ木の官、便ち功名を憂う。丙丁火日は空は申酉に在り、申酉は是れ火の財、便ち妻財を憂う。もし初伝の上下の神皆落空せば、指望するの喜事皆弁じ成らず、人を托して事を弁ぜんとすれば多く欺詐に遇い、謀望成らず。近期の事は本旬を出でずばまた図謀し得、遠期の事は艱難を経歴してまた時空に碰上せば、また成り難し。もし中伝落空せば、「空亡折腰」と言い、事は半途に中止し・謀划は就き難きを主る。もし中伝末伝皆空なれば、是れ遠処の事を把りて近処に挪り来りて弁ずる、動くを看るも其実は動かず、找する要しの人は便ち近旁に在り。初伝中伝空なれば、便ち末伝を取りて断と為し、末伝空なれば、便ち初伝を取りて断と為す——総じて落空せざるのあの一伝を以て吉凶を定む。反って、もし落空する所が我を盗むの神・我を克するの神・墓神および遥かに日干を克するの神、あるいは是れ凶将なれば、あれば則ち凶より変じて吉と為る。もし三奇・六儀に碰上して救神と作り、あるいは太歳・月建・月将に遇いて来りて「填実」(空位を把りて填め満たす)すれば、便ち「孤寡再醮」と言い、禍を反して福と為し、先に破れて後に成る。日干・日支と本命行年上とは空亡を論ぜず。空位を填実するの効力は次一等、占時の填実はまた次一等なり。別にまた純空にして反って実と成る有り、あるいは大運・太歳・月・日・時に冲起せられて、「逢冲暗動」と言い、禍福皆応験せん、あれば則ち恒卦の説く所の「咎無し」に応ずるなり。

《金匱》云:孤寡者,謂前後不得相望,陰陽不得相合,如孤陽寡陰之義也。假令十月陽始萌於三陰之中,十一月陽始生於二陰之中,十二月陽始生於一陰之中,陽生陰降,皆有互變之理,至於寅卯三陽即出,三陰漸絕,所以冬因寅卯為孤,如男子之無婦也。至於酉戌三陰漸成,三陽已絕,所以冬用酉戌為寡,如女子之無夫也。此陰陽之道,不比諸煞之不經者。此課皆主孤獨。若為今日空亡,則為孤寡,父子分離,夫妻失散,骨肉分散之象。

《金匱》に曰く:いわゆる孤寡とは、是れ前後に照応し上げ得ず・陰陽配合成らず、孤零零たる陽は陰無く・寡落落たる陰は陽無きに似たり。節気を以て例と為せば:十月は陽気は始めて三阴の中に萌動し、十一月は陽気は二阴の中に生じ、十二月は陽気は一阴の中に生ず——陽は升り陰は降りて、各々互相に転換するの道理有り。寅・卯に到れば、三陽すでに出で来りて三阴は漸漸に断絶せば、ゆえに冬天は便ち寅卯を以て孤と為し、男子の妻子無きに比す。酉・戌に到れば、三阴は漸漸に長成して三陽すでに断絶せば、ゆえに冬天は便ち酉戌を以て寡と為し、女子の丈夫無きに比す。これは是れ陰陽消長の正理にして、別のあれらの経義に合せざるの雑煞に似ず。この課は一概に孤独を主る。もしこの両位また正に是れ当日の空亡なれば、あれば則ち孤寡の課と成りて、是れ父子分離・夫妻失散・骨肉離散の象なり。

《龍轄經》云:占遇寡宿,懦居孤獨。言四課陰陽中用起傳送,遇寡宿,男子婦人皆合懦弱也。求寡宿法,甲子旬室壁,甲戌旬昴畢,甲申旬井鬼,甲午旬翼軫,甲辰旬房心,甲寅旬斗牛。

《龍轄經》に曰く:事を占いて寡宿に遇上せば、人は便ち懦弱にして孤独なり。意思は四課の陰神陽神の中にもし発用が「伝送」(申金の神)に起こりてまた寡宿に逢えば、あれば男子なると婦人なるとを論ぜず皆懦弱に顕れ出る。別に一套の二十八宿に按じて寡宿を求むるの方法有り、六甲旬に按じて分配す:甲子旬は室・壁の二宿を取り、甲戌旬は昴・畢を取り、甲申旬は井・鬼を取り、甲午旬は翼・軫を取り、甲辰旬は房・心を取り、甲寅旬は斗・牛を取る。

假令十二月乙丑日寅時占事,登明臨丑,將元武,此為發用寡宿;中傳從魁,將得天后;末傳小吉,將得螣蛇,以此占人,始因亡盜,中連婦人而驚恐,後當孤獨。 父亥元 官酉后 才未螣 後元常空 酉亥子寅 亥丑寅乙 卯辰巳午 寅 未 丑 申 子亥戌酉

例を挙ぐ:十二月乙丑日寅時に事を占う。乙丑日は甲子旬に属し、上文の宿法に按ずれば、甲子旬は室・壁を以て寡宿と為し、室壁は亥に在り。この課は「登明」(亥水の神)は丑上に臨みて玄武を乗り、正に是れ寡宿の発用なり。中伝は是れ「従魁」(酉)、天后を乗す。末伝は是れ「小吉」(未)、螣蛇を乗す。これに據りて人の為に占断すれば:起初は失窃して盗に遭うに因り、中間は婦人に牽連して惊恐を受け、最後は孤独に帰せん。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は亥、水は乙木を生じて父母爻と為り、玄武を乗す。中伝は酉、金は木を克して官鬼爻と為り、天后を乗す。末伝は未、木は土を克して財爻と為り、螣蛇を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に寅を得、第一課寅/乙を成し、天空を乗す。寅を以て下と為し、寅上に子を得、第二課子/寅を成し、太常を乗す。日支は丑、丑上に亥を得、第三課亥/丑を成し、玄武を乗す。亥を以て下と為し、亥上に酉を得、第四課酉/亥を成し、天后を乗す。 最下の四行は天地盤:十二月は子将を用いて寅時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて两位を退けば、ゆえに地盤は巳上卯・午上辰・未上巳・申上午・酉上未・戌上申・亥上酉・子上戌・丑上亥・寅上子・卯上丑・辰上寅。

又如乙巳日申時丑將占,寅為旬空會孤寡課,又為冬令孤辰。 兄寅陰 才未龍 父子貴 玄朱陰六 卯戌寅酉 戌巳酉乙 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

さらに一例を挙ぐ:乙巳日申時、丑将を用いて占う。乙巳日は甲辰旬に属し、空亡は寅・卯に在り。寅はすでに旬空にして、また正に是れ冬令の孤辰、両者は一処に会すれば、ゆえに孤寡課と成る。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は寅、乙木と同類にして兄弟爻と為り、太陰を乗す。中伝は未、木は土を克して財爻と為り、青龍を乗す。末伝は子、水は木を生じて父母爻と為り、天乙貴人を乗す。初伝の寅は正に空亡に落ちれば、ゆえに謀望は実処に落ち着かず。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干乙は辰に寄宮し、辰上に酉を得、第一課酉/乙を成し、六合を乗す。酉を以て下と為し、酉上に寅を得、第二課寅/酉を成し、太陰を乗す。日支は巳、巳上に戌を得、第三課戌/巳を成し、朱雀を乗す。戌を以て下と為し、戌上に卯を得、第四課卯/戌を成し、玄武を乗す。 最下の四行は天地盤:丑将を申時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて五位を進めば、ゆえに地盤は巳上戌・午上亥・未上子・申上丑・酉上寅・戌上卯・亥上辰・子上巳・丑上午・寅上未・卯上申・辰上酉。

大抵發用天盤空亡,又合當季之寡宿,為寡宿課,主夫妻分散,男女孤單,妻妨婦,婚姻妨幼,女新病,新病久,久病死。凡用起地下空亡為孤辰,並當季之孤辰課,主父子相剋,占人孤獨,財物虛耗,無官改動,出入防盜。

大体に説けば:発用の神が天盤上に於て空亡に落ち、また恰好当季の寡宿に合上せば、すなわち是れ寡宿課にして、夫妻分散し・男女孤单するを主る。妻子は同輩の婦人を妨克し、婚姻は年幼の一方を妨克す。女子は新たに病を得、新病は拖りて久病と成り、久病は則ち死に至らん。凡そ発用の地盤上の空亡の位に起こるは、すなわち是れ孤辰、もしまた当季の孤辰に合上せば、便ち孤辰課と成りて、父子相克し・占う者は孤独し・財物は虚耗するを主る。官職無きは変動有らん、出入の間は盗賊を防ぐ要し。

龍戦課

歌曰:日辰是卯酉,所臨作用神,名為龍戰課,進退事逡巡。父子難同室,夫妻亦不親。分財爭明外,偷盜在北鄰。立秋乙卯日,辰時登明雲。天罡臨卯上,若用正合嗔。人命合卯酉,正是涉迷津。

歌訣に曰く:日干・日支は卯・酉に落ち、それらの臨む所の神また用神と作れば、この一課は便ち龍戦と言い、凡事進退遅疑して決せず。父子は一屋に住み着かず、夫妻もまた親近せず。家産を分かつの争執は明面上に擺り、盗は則ち北北辺の鄰里に出づ。立秋乙卯日辰時・登明亥将を用うるを挙げて例と為す:「天罡」(辰土の神)は卯上に臨み、もしそれを取りて発用せば、正に嗔怒相争の象に応ず。もし本人の本命もまた恰好卯あるいは酉に在れば、あれば尚更是れ身は迷津に陥りて渡口を找り着かざらん。

又曰:龍戰玄黃二八門,春生秋殺決於分。燕去燕歸合離兆,雷收雷現見潛因。假如卯酉日占事,行年用起立斯辰。刑德二途俱合此,出南入北亦遭迍。行人進退多疑惑,兄弟乖張心不親。

また曰く:龍戦の説は《易経》の坤卦上六の「龍は野に戦い、その血は玄黄」に本づき、六壬上に落とせばすなわち是れ二月は卯を建て・八月は酉を建つのこの两道の門なり。春分は生を主り・秋分は殺を主り、皆この両個の分点の上に於て決出す。燕子は秋に去り春に回るは、是れ聚散離合の征兆。雷声は二月に発し・八月に収むは、是れ顕現と潜蔵の縁由。假如卯日あるいは酉日に事を占い、行年と発用とまた皆この两支上に立てば、あれば刑と徳との两条の路は皆ここに匯す:南に出で・北に入る、一様に困厄に遭う要し。行人を占えば則ち進退多く疑い、兄弟を占えば則ち乖張不和して心相亲しまず。

《金匱》云:卯之月,陽氣南出,故萬物生,陰氣北入,故疊榆落。建酉之月,陽氣北入,萬物遭傷,陰氣南出,以斷其獄也。此時陰陽俱合於門,陰為刑主殺傷,陽為德主生。其象如二龍,一生一殺,相戰,故曰龍戰。人年立卯酉,卯酉日占事,用其卯酉是也。此時天地離散,欲行不行,欲止不止,家室人離,兄弟移居,相貪克戰,老病者死,克妻相刑起迭,遷移不利,事無果決。

《金匱》に曰く:卯を建つの月は陽気は南に向かいて発出すれば、ゆえに万物は生長す。陰気は北に向かいて退入すれば、ゆえに楡莢は層層に落下す。酉を建つの月は陽気は北に向かいて退入し、万物は肅殺に遭う。陰気は南に向かいて発出し、正好ち以て刑獄を断決するに用う。この両個の時、陰陽は皆同じ一道の門上に会合す:陰は刑に属して殺傷を主り、陽は徳に属して生養を主る。その象は両条の龍に比して、一条は生を主り・一条は殺を主りて、彼此争闘せば、ゆえに龍戦と言う。構成の条件是れ:本命行年は卯あるいは酉に立ち、また卯日・酉日に事を占い、還て卯酉を取りて発用と為す。この時天地離散して、走らんと想うも走り成らず・停まらんと想うも停まらず。家室の人は離散し、兄弟は搬き開きて別に住む。彼此相貪相克して闘争す。年老にして病有るの人は死せん。妻を克し、刑克は層層に疊起す。遷移は利あらず、事は果断の結局無し。

又曰:卯酉東西也,合者將離,成者將移,夫妻不同室,兄弟不同居,君臣不同道,朋友不相信也。 經曰:二八之門,用占俱起,欲行不得行,欲止不得止,人年立之,或分或異,刑德集俱會於門,天地分離,不可復合。蓋二月建卯,出萬物之門;八月建酉,入萬物之門。占行人慾行不得行,欲止不得止,刑德俱合於門,出者切勿南,入者勿北;占人搖動不安;夫妻行年立之,室家離散;兄弟行年立之,爭財異居;合者將離,居者將移。經曰:龍戰改更,狐疑不定。

また曰く:卯は東に在り・酉は西に在り、両下は相背けば、ゆえに合せ在るは将に分かれんとし、已に成りたるは将に挪動せんとす:夫妻は屋を同じくせず、兄弟は住を同じくせず、君臣は道を同じくせず、朋友は相信ぜず。 経文に曰く:二月と八月とのこの两道の門は、発用と占時と皆ここより起こり、ここに於て走らんと想うも走り成らず・停まらんと想うも停まらず。本命行年ここに立てば、家を分かつにあらざれば便ち離異なり。刑と徳と皆この道の門上に会合して、天地はこれに就きて分離し、再び合し回る能わず。二月は卯を建つは、是れ万物出生の門。八月は酉を建つは、是れ万物収斂入蔵の門。行人を占えば、走らんと想うも走り得ず・留まらんと想うも留まり得ざるを主る。刑徳すでに皆門上に会すれば、門を出づるの人は切に南に向かう莫かれ、門に入るの人は切に北に向かう莫かれ。人を占えば則ち揺動安らからず。夫妻の行年ここに立てば、家室離散せん。兄弟の行年ここに立てば、財を争いて各自分居せん。合するは将に離れんとし、住むは将に遷らんとす。経文に曰く:龍戦の課は更改变動・狐疑不定を主る。

又曰:小人無況,年上卯酉,用居其門,龍戰之兆,進退不能。蓋二月建卯春分,萬物立為至以象;八月建酉秋分,肅萬物立象去以象。二月雷發聲,龍現;八月雷收聲,龍潛。以應會離隱之課。又二月萬物生,主德,復有殺氣盜行而榆莢落。八月秋分殺萬物,主刑,復有德氣盜施而薺麥生,故云刑德二途。此言卯酉日占課,用起卯酉,名龍戰課。主身心疑惑,進寸退尺。又有卯酉之位,行年立其上,又發用加之,亦是此課,主行止不定,東西俱凶,南北上得吉將,南北亦吉。

また曰く:小人は处境佳からず、行年は卯あるいは酉に落ち、発用またこの道の門上に居れば、便ち是れ龍戦の兆にして、進むも是れにあらず・退くも是れにあらず。二月は卯を建てて春分に當り、万物はここに由りて挺立して至る。八月は酉を建てて秋分に當り、肅殺の気は万物を把りて収め去る。二月は雷は始めて声を発し、龍は天に現る。八月は雷声は収斂し、龍は淵に潜む——正に会合・分離・隠伏のこの幾種の課象に応ず。さらに、二月は万物生長して本に徳を主るといえども、可しその中に仍お殺気の暗暗に運行する有り、ゆえに楡莢は照様に凋落す。八月は秋分に肅殺して万物は本に刑を主るといえども、可しその中に仍お徳気の暗暗に施与する有り、ゆえに薺菜麦苗は照様に発生す。これすなわち是れいわゆる刑徳の两条の路なり。ここに説く所は是れ卯日・酉日に課を占いて発用また卯酉に起こるを、名づけて龍戦課と為し、身心疑惑して一寸を進めて一尺を退くを主る。別に一種有り:卯酉の位上に行年の立つ有り、発用またその上に加われば、同じくこの課と算して、行止不定を主り、東に往き西に往く皆凶なり。もし南北方位上に吉将を得れば、南北に向かいて往くは反って吉利ならん。

孔明曰:凡卯酉日為用,又人年立卯酉,為龍戰課。如卯日占課,遇卯為用,人年復立卯上云云。統離卦之體,乃門戶不寧之課也。

孔明曰く:凡そ卯日・酉日に在りてまた卯酉を以て発用し、本人の行年もまた卯酉に立てば、すなわち是れ龍戦課なり。譬へば卯日に課を占い、卯に遇いて発用と作り、本命行年また卯上に立てば、酉日はこの类に照らして推す。この課は《易経》の離卦の体に統属し、是れ門戸の安寧を得ざるの課なり。

象曰:合者將離,居者將徙。欲行不行,欲止不止。出路迍邅,求婚莫娶。胎孕不安,財物不聚。如傳入主賊來必戰,游神相加,遊人不來,游神春子夏丑秋亥冬戌是也。求財不得,占官改動,或夫家行年立其上,室家離散。將得天后,事涉婦女;乘蛇虎玄龍,主驚恐;秋冬占必有死喪,家有重病無痊也。又主事無決斷,進退猶豫,南北二方去則有禍,東西行或東西居者,其禍慘。縱有吉神將,不免其咎,當應離卦九三“大耋嗟,凶。”之象也。

課象辞に曰く:合するは将に離れんとし、住むは将に遷らんとす。走らんと想うも走り成らず、停まらんと想うも停まらず。門を出でて外に在れば困頓して前せず、婚を求めて娶る勿かれ。胎孕安らからず、財物は聚め攏れず。もし卯酉が伝に入れば、盗賊を占えば則ち賊は来りて必定要ず交戦せん。もし「遊神」加臨せば、則ち出遊の人は回らず——遊神の定位は是れ春は子に在り・夏は丑に在り・秋は亥に在り・冬は戌に在り。この課は財を求めて得られず、官を占えば則ち変動有り。もし丈夫一家の行年その上に立てば、家室は便ち離散せん。乗る所もし天后なれば、事は婦女に牽渉す。もし螣蛇・白虎・玄武・青龍を乗れば、惊恐を主る。秋冬に占い得れば必ず死喪有り、家裏の重病人は好らざらん。また事の決断無く・進退猶豫するを主る。南北の両方に向かいて往けば禍有り、東西方向に向かいて走りあるいは東西方向に住むは、禍事尚更慘ならん。縦令吉神吉将有るも、またこの份の咎を免れず、正に離卦九三の爻辞の「大耋の嗟、凶」——年老いて悲嘆するの象に応ず。

假如正月丁卯日辰時占,男行年辛卯,二十六歲,河魁臨卯為用,是為天門與用俱動,將得天后,事起婦人,傳得天罡,必相欺,終末於螣蛇,後有驚恐。 詩曰:卯酉日辰年共立,與用相刑龍戰時。事至飛離多撼動,進退行止不安居。官獄連疾如減,斯為纏綿不伸舒。

例を挙ぐ:正月丁卯日辰時に占い、男子の行年は辛卯に在り・年は二十六歳。河魁戌は卯上に臨みて取りて発用と為す、これは是れ天門と発用と一斉に発動す。乗る所の天将は是れ天后、ゆえに事は婦人の身上より起こる。三伝中にまた天罡の気有れば、必ず相欺するの事有らん。末伝は螣蛇に帰すれば、後に向かいて惊恐有る要し。 歌訣に曰く:卯酉はすでに是れ日辰・また是れ行年、一斉にここに立ち、さらに発用と相刑せば、すなわち是れ龍戦の時なり。事は飛散分離せんと要するの歩に到りて、動盪已まず。進退行止皆安穏せず。官司牢獄は疾病に連ねて、看るに軽減するに似たれども、其実は纏綿として解けず・伸展して開けず。

子戌后 兄巳空 官子螣 空后陰六 巳戌酉寅 戌卯寅丁 子丑寅卯 亥 辰 戌 巳 酉申未午

これは上例の正月丁卯日辰時の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は戌、丁火は土を生じて子孫爻と為り、天后を乗す。中伝は巳、丁と同じく火に属して兄弟爻と為り、天空を乗す。末伝は子、水は火を克して官鬼爻と為り、螣蛇を乗す。発用の戌は正に日支の卯上に壓り、卯戌は相合してまた是れ門戸の位、ゆえに龍戦の象と成る。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干丁は未に寄宮し、未上に寅を得、第一課寅/丁を成し、六合を乗す。寅を以て下と為し、寅上に酉を得、第二課酉/寅を成し、太陰を乗す。日支は卯、卯上に戌を得、第三課戌/卯を成し、天后を乗す。戌を以て下と為し、戌上に巳を得、第四課巳/戌を成し、天空を乗す。 最下の四行は天地盤:正月亥将を辰時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて七位を進めば、ゆえに地盤は巳上子・午上丑・未上寅・申上卯・酉上辰・戌上巳・亥上午・子上未・丑上申・寅上酉・卯上戌・辰上亥。

励徳課

詩曰:天乙立二八,卯酉日月門。貴神當其上,勵德課根基。六月甲子日,寅時得此門。辰午陽在後,申戌陰前存。小吏犯剝退,大吏位更尊。忽然申時莫,微服別一般。陰陽俱在後,君子賜珠因。小人逢此課,四大不能安。更攻蹉跎體,陰陽翻在前,君子災迍悶,小人喜津津,

歌訣に曰く:天乙貴人は二月の卯と八月の酉上に立ち、卯酉は正に是れ日月出入の門。貴神一たびここに壓れば、すなわち是れ励徳課の根基なり。六月甲子日寅時を挙げて例と為せば、正好ちこの道の門を得着す。この時辰・午の両個の陽神は貴人の後に落ち、申・戌の両個の陰神は却って貴人の前に搶する:小吏はこれに因りて上を犯して剥奪退職せられ、大吏の位次は反って尚更尊し。もし忽然として申時に改めて占えば、あれはまた「微服」のもう一番の格局なり。陰神陽神皆貴人の後に排せられれば、君子は賞賜を得らん。小人この一課に碰上せば、則ち身心四大は安寧を得ざらん。もしさらに「蹉跎」の体と変成せば——陰神陽神皆貴人の前頭に翻る——あれば則ち君子は災に遭い鬱悶して、而も小人は反って喜滋滋たらん。

詩曰:勵德陰陽何以分,卯酉將為日月門。天乙此時居上位,尊卑貴賤位各陳。陰妄立前陽處後,大吏升遷小吏迍。庶人身宅憂移動,魂夢匪安后土神。

歌訣に曰く:励徳課の陰陽は怎様に分かつや。便ち卯酉のこの両個の月将の位を以て日月の門と作す。天乙貴人この時上位に居り、尊卑貴賤各々位次に按じて排せ開く。もし陰神が妄りに自ら前頭に站りて陽神反って後頭に落てば、則ち大吏は升遷して小吏は困頓す。平常の百姓遇上せば、自身と住宅とに遷動の憂有るを主り、魂夢安らからず、応に土神を祭祀すべし——二月・八月は正に是れ祭祀の月份を以てなり。

孔明曰:凡天乙立卯酉,為勵德課。蓋卯酉為陰陽交易之位,貴人由之而遷。如日辰陰神在天乙前,貴人不得引從,則退陰,主小吏退剝。蓋小人恃勢,不知謹身修德則凶。若日辰陽神在天乙後,則貴人前引後從,則進陽,主君子進用。蓋君子知機而能行仁布德,則吉。此天道禍善淫,獎勵有德,故名勵德課。利君子不利小人,統隨之體,乃反覆不定之象也。

孔明曰く:凡そ天乙貴人が卯あるいは酉上に立てば、すなわち是れ励徳課なり。卯酉は是れ陰陽交替更換の位置、貴人はこれに由りて升降す。もし日干・日支の陰神が天乙の前に排せられれば、貴人は便ち引導随従を得ず、ここに於て「陰を退くる」を要し、小吏の剥奪退職せらるるを主る——小人は勢を仗りて謹身修徳を知らざれば、ゆえに凶なり。もし日干・日支の陽神が天乙の後に排せられれば、貴人は便ち前に路を引き・後に随従有り、ここに於て「陽を進むる」を要し、君子の進用せらるるを主る——君子は時機を識りて能く仁を行い徳を布けば、ゆえに吉なり。これは是れ天道の驕淫に禍を降し・徳有るの人を奨励する、ゆえに課の名は励徳と為る。この課は君子に利ありて小人に利あらず、《易経》の随卦の体に統属し、是れ反覆不定の象なり。

象曰:陽神前引,陰神后隨。君子則吉,小人則危。陰神前立,陽神后居。小人得志,君子失機。 如陽則貴人接引,陰則貴人繼之,陰在貴前,訟則卑幼遭責,陽則在貴後,災則修德自愈。若貴立卯酉,陽前陰後,當應隨之六三“隨丈夫,失小子。”之象。若陰前陽後,當應隨之六二“失丈夫”之凶象也。

課象辞に曰く:陽神は前に在りて路を引き・陰神は後に在りて跟随せば、君子は吉にして小人は危し。陰神は前面に搶り・陽神は後面に落てば、小人は志を得て君子は機会を失わん。 具体的に曰く:陽に属するの一辺は貴人の接引有り、陰に属するの一辺は貴人に由りて後に接続さる。陰神は貴人の前に排せられれば、詞訟を占えば則ち卑幼の一方は責罰を受けん。陽神は貴人の後に排せられれば、縦令災殃有るもまた修徳に靠りて自ら愈る能し。もし貴人が卯酉に立ちて陽前陰後なれば、則ち随卦六三の爻辞の「丈夫に係り、小子を失う」——大人に跟い定めて小人を捨て去るの象に応ず。もし陰前陽後なれば、則ち随卦六二の爻辞の「小子に係り、丈夫を失う」——小人に跟いて大人を失掉するの凶象に応ず。

《金匱經》云“日月之門,天乙臨之,勵德之名。”看陰陽將,君子榮遷,忌魁罡年凶。又忌遠行,道路多盜,見元武、太陰多有闇昧者。陰者是日辰之陰,乃第二第四課,屬卑,不合妄居貴人前,必黜退。陽者,是日辰之陽,乃第一第二課,屬尊,不合居貴人後,必遷進。

《金匱經》に曰く「日月の門上に天乙の位に臨む有れば、便ち励徳の名を得」。断ずる時は陰神陽神の乗る所の天将を看る要し:君子は栄升遷転を主る、ただ河魁・天罡の本命行年上に落つるを忌み、かくの如くんば便ち凶なり。また遠行を忌み、路上は盗賊多し。もし玄武・太陰を見れば、多く暗昧不明の事有らん。いわゆる陰とは、指すは日干・日支の陰神、亦たすなわち是れ第二課と第四課、卑位に属して、応に妄りに自ら貴人の前頭に站る可からず、站れば必ず黜退せられん。いわゆる陽とは、指すは日干・日支の陽神、亦たすなわち是れ第一課と第三課(ここの底本は「第一第二課」と作す、下文の「陰なるは第二第四課」と相犯す、応に是れ第一第三課の誤)、尊位に属して、応に貴人の後頭に落つ可からず、落てば必ず遷進を得ん。

又曰:天乙立二八之門,陰陽失德。卯春分,氣交加,陰易其陽之氣;酉秋分氣,交加,陽易其陰之氣。此二八之門,陰陽易位,貴神加之作發用,其貴亦因陰陽而遷易也。夫小吏乃食工之人也,若日辰之陰神俱在天乙前外之地,貴人不得引從,謂之貴退,故主小吏退剝;君子乃食祿之人也,若日辰之陽神俱在天乙內之地,而貴人前引,謂之貴進,故主君子遷進,小吏進必待其時,執而不知修省,惟落退,然後修省,君子退則卷而懷之,進則佈德行仁,而愈加修省,故陰在前,陽在後,名勵德課。亦主庶人居不安。

また曰く:天乙貴人が二月・八月のこの道の門上に立てば、陰陽は便ち本位の徳を失う。卯は春分に當り、二気交錯して、陰は陽の気を把りて換え過ぎ去る。酉は秋分に當り、二気交錯して、陽は陰の気を把りて換え過ぎ去る。正にこの道の門上の陰陽位を易うるが為に、貴神その上に加臨して発用と作する時、この份の貴気もまた便ち陰陽に随いて升降遷転す。小吏は是れ役使に靠りて食を謀るの人:もし日干・日支の陰神皆天乙の前面に排せられて外囲の地に居れば、貴人は引導随従を得ず、これを「貴退」と言い、ゆえに小吏の剥退せらるるを主る。君子は是れ俸禄に靠りて食用するの人:もし日干・日支の陽神皆天乙の裏面の地に排せられて、而も貴人は前に在りて路を引けば、これを「貴進」と言い、ゆえに君子の遷升を主る。小吏は進まんと想えば、必ず時機を等待するを須す。もし一味に執拗して修身反省を知らざれば、ただ一路に退落する有り、退落した後乃ち肯んじて反省せん。君子は退けば則ち収斂して深蔵し、進めば則ち徳を布き仁を行いて愈加に修省す。ゆえに陰は前に在り・陽は後に在るの格局は名を取りて励徳課と為す。この課また平常の百姓の居処安らからざるを主る。

氣以日月之門戶,乃陰陽進退之路,利陽而不利陰也。其開闔無時,則利動而不利靜也。公明之所,正大之域,則利公而不利私也。天乙貴人至尊,立於死生進退之位,有德者進之,無德者退之,甚至有惡者死之,且與君子同德,小人見之,自厭然退藏矣。夫貴人在前,而日辰之陽在貴人之後,是尊卑實位,在我有尊君退讓之德,是有撝謙可敬者,則貴人必引而進之於正大光明之域。若小人居貴人之前,是妄自尊大,悖逆之禍至矣。何止於黜退乎?況小吏之位已滿其限,安有不退?不但小吏無德而有犯上,又在極位,則貴人亦必退之矣。總之俱是欲有德者,方可居貴人二八之門,故課名勵德,是獎勵有德者,則必在所懲矣。占者遇之,君子吉小人凶,陰在貴前,則卑幼受責,陽在貴後,則病則修德自愈。

気は日月の門に行く、あれは是れ陰陽進退の通道、ゆえに陽に利ありて陰に利あらず。この道の門は開合常無し、ゆえに動に利ありて静に利あらず。それまた是れ公開光明・正大堂皇の在る所、ゆえに公事に利ありて私謀に利あらず。天乙貴人は至りて尊貴にして、生死進退の関口上に立つ:徳有るは便ち彼を提拔し、徳無きは便ち彼を貶退し、甚至に悪を作すは便ち彼を置きて死地と為す。貴人は君子と徳を同じくし、小人は見れば自ら羞愧して退避せん。もし貴人は前に在りて、而も日干・日支の陽神は貴人の後に排せられれば、あれは是れ尊卑各々その位を得、我のこの一辺に在りては君上を尊敬し・退譲して分を守るの徳行有り、是れ謙抑を識りて敬む可きの人にして、貴人は必定に彼を引薦して正大光明の境地に進入さしめん。もし小人反って貴人の前頭に站れば、あれは是れ妄りに自ら尊大にして、悖逆の禍は便ち来らん——豈にただ黜退せらるるに止まらんや。況んや小吏の職位は本に已に頂頭に到れり、何ぞ退かざるの道理有らんや。ただ小吏の徳無くして上を犯すのみならず、一たびまた極位に処れば、貴人もまた必定に彼を把りて退け下さんと要す。総じて言えば、皆是れ徳有るの人を要して乃ち貴人の二八の門上に站るに配す、ゆえに課の名は励徳——奨励するは徳有るにして、徳無きは便ち一定に懲処の列に在るなり。占う者この課に遇えば、君子は吉・小人は凶なり。陰神は貴人の前に在れば、卑幼は責罰を受くる要し。陽神は貴人の後に在れば、縦令疾病有るもまた修徳に靠りて自ら愈る能し。

又曰:天乙後為門內,乃君子處事之所,小吏不得到之處也。若小吏犯罪方到此。如日辰陰陽俱在天乙後,為門之內,天命之義也。主君子遷官、小人伺候之所也。若日辰陰陽俱在天乙前,則貴人不得引從,名蹉跎課,亦不遇之義也。小人與君子同群,故小吏進職,君子退職。凡事自卑小處干則可,倘驟干尊大,則不可。主事體君子不安其居。

また曰く:天乙貴人の後は門内と算し、あれは是れ君子の事を弁ずるの処、小吏は進み入り得ず。小吏はただ罪を犯して乃ちあそこに到り得。もし日干・日支の陰神陽神皆天乙の後に排せられれば、すなわち是れ皆門内に在り、天命の義に合して、君子の官を升るを主り、而も小人はただ外に在りて伺候する能うのみ。もし日干・日支の陰神陽神皆天乙の前に排せられれば、貴人は引導随従を得ず、便ち「蹉跎課」と言い、亦たすなわち是れ時運遇わざるの意思:この時小人と君子とは一処に混じりて、反って小吏は職を進め・君子は職を退かん。凡事は卑小の処より着手して往きて弁ずるは還て行けども、もし驟然として往きて尊貴顕要の大事を干求せば便ち行かず。この課は君子の居処安らからざるを主る。

袁天罡曰:日辰陰陽在天乙後,名微服課。君子遷官,小吏退職,事體稍遲,大干則可,小干則不可。 詩曰:天乙來臨二八門,日辰陰在門前奔。干陽支陽俱立後,勵德之時難固存。上下動搖不安處。進退貴賤利為尊,有勢求名利成就。亦須身足動遷行。

袁天罡曰く:日干・日支の陰神陽神皆天乙の後に排せられれば、「微服課」と言う。君子の官を遷し・小吏の職を退くを主り、事の来る稍々遅し。大事を干求するは可とし、小事を干求するは反って成らず。 歌訣に曰く:天乙は二八の門に来り臨み、日干・日支の陰神は却って門前に搶りて奔走す。日干と日支の陽神は皆後面に立つ——これすなわち是れ励徳の時にして、局面は穏固長存を得難し。上下揺動して、処処安からず。進退貴賤の間は、ただ尊位に居るの人に利有り。権勢有るは名利を求取して成就する能くとも、自身もまた身を動かして遷徙の一趟するを免れざらん。

又曰:天乙來加二八門,日辰陰陽俱後存,此為卑微服事象,惟利陰私從貴人。更將天將來消息,在意推詳次第分。

また曰く:天乙は二八の門に加臨し、而も日干・日支の陰神陽神皆貴人の後に留まるは、これは是れ身份卑微・他人を服侍するの象にして、ただ暗中に貴人に依附して些かの私下の事を弁ずるに利あり。此の外還て乗る所の十二天将を把りて来りて一斉に消息し・用心して推詳し・次第に按じて高下吉凶を分出する要し。

陰者,第二第四課也。陽者,第一第三課也。陰為卑,不可妄立貴人之前,必退黜也。陽為尊,不可居貴人之後,必遷進也。主庶人身宅憂疑,魂夢驚恐,宜祀土神,以二八為祭祀之月故也。如日辰陰陽俱在前,如貴人游行,皆前奔之象。此有蹉跎不遇之兆。君子悶,小人喜。若誤便速望為之小吉,不然卑下處求望之事,亦小吉。若其人下賤當直之類,求之亦吉。或事體起於高大,即無成。

ここにさらに申明する一度:いわゆる陰とは、是れ第二課と第四課。いわゆる陽とは、是れ第一課と第三課。陰は卑位に属して、妄りに自ら貴人の前面に站る可からず、站れば必ず退黜せられん。陽は尊位に属して、貴人の後面に落つ可からず、落てば必ず遷進を得ん。この課は平常の百姓の自身と住宅との為に憂疑し・魂夢惊恐するを主り、応に土神を祭祀すべし——二月・八月は正に是れ祭祀の月份を以てなり。もし日干・日支の陰神陽神皆貴人の前に在れば、便ち貴人の外に在りて游走し・衆人皆前に向かいて奔るに似て、これは是れ蹉跎して遇わざるの兆頭:君子は鬱悶し、小人は歡喜す。この時もし一時に失察して急いで何かを指望せば、勉强に小吉と算う。不然ならば便ちただ卑下の処に在りて往きて求め、また小吉と算う。もし来る人は本是れ下等に当差するの流なれば、事を求むる反って吉なり。倘若事の起頭より便ち高大の処に攀れば、あれば則ち成る所無からん。

如正月辛亥日寅時占事,小吉臨辛,天罡為陰臨未,傳送加亥,太乙為陰臨申為用,天乙居勝光在酉上。小吉傳送為日辰之陽神,居天乙後;天罡太乙為日辰之陰神,居天乙前;前為陰而居之,後為陰而陽居之,陰陽易位,不安其居,故有進陽抑陰也。 印巳螣 才寅勾 子亥白 螣陰朱后 巳申戌丑 申亥丑乙 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

例を挙ぐ:正月辛亥日寅時に事を占う。正月は亥将を用いて寅時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて九位を進む。日干辛は戌に寄宮し、戌上に「小吉」(未)を得、ゆえに説いて小吉は辛に臨むと為す。未上に「天罡」(辰)を得、これは是れ日干の陰神なり。日支亥上に「伝送」(申)を得、申上に「太乙」(巳)を得、これは是れ日支の陰神にして、それを取りて発用と為す。天乙貴人は「勝光」(午)を乗りて酉上に落つ。小吉未と伝送申とは是れ日干・日支の陽神にして、皆天乙の後に排せられ。天罡辰と太乙巳とは是れそれらの陰神にして、却って天乙の前に排せらる。応に前に在る可きの位置は陰神に占められ、応に後に在る可きの位置はまた陽神に占められ、陰陽位を易えて各々その所に安んぜず、ゆえに陽を扶え陰を抑するを要す。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は巳、螣蛇を乗す。中伝は寅、金は木を克して財爻と為り、勾陳を乗す。末伝は亥、金は水を生じて子孫爻と為り、白虎を乗す(初伝の巳は辛金日に対して応に官鬼と作すべし、底本は「印」と標す、疑い有り訛字と)。巳は九位を進みて寅を得、寅は九位を進みて亥を得、三伝はこれに由りて遞出す。 中間の三行は四課、自右向左へ読んで丑/乙・戌/丑・申/亥・巳/申と為す。上文の述ぶる所に按ずれば本是れ辛亥日の課にして、第一・第二課は応に未/辛と辰/未と作すべし、ここの底本は却って乙日の式と写し出だす、応に是れ伝写に誤有り、謹んで原様に照らして録し出だして考に備ふ。第三・第四課の申/亥・巳/申は正文と相合す。 最下の四行は天地盤:地盤は巳上寅・午上卯・未上辰・申上巳・酉上午・戌上未・亥上申・子上酉・丑上戌・寅上亥・卯上子・辰上丑、正に是れ亥将を寅時に加えて九位を進むの排法にして、正文の説く所の「小吉は辛に臨む」「太乙は申に臨む」と一一相符す。

贅婿課

欲知贅婿課,將身就妻家。辰往臨其日,被克妄稱邪。上下交相引,行年作爪牙。婦女帶子嫁,次及後榮華。假令五月占,甲戌卯時加,辰來臨日上,被克更無差。此課名贅婿,仔細自吁嗟。

歌訣に曰く:贅婿課を認めんと要せば、看る所は是れ自身を把りて妻家に送り往くの格局——日支の神が跑れ去りて日干上に臨み、反って日干に克せらる、動すれば便ち不正と指さる。上下彼此牽引して、本命行年は人に替わりて爪牙と充作す。応ずる所の事は、是れ婦女の前夫の孩子を帯びて改嫁して、後来は倒って些かの栄華を得たり。五月に占い・甲戌日・占時は卯に加うるを挙げて例と為す:日支の神は来りて日干の頭上に臨みて克を受くる、一点も差せず、この一課は便ち贅婿と言い、占う者は自ら細かに想想せよ、またただ一声の長嘆有るのみ。

贅婿日干遙克辰,辰來加日制其身。如男寄在妻家住,欲嫁攜兒就適人。意欲所為他不肯,心懷屈抑未能伸。恰似舍兒來就位,作事由妻不在君。凶災吉慶皆主內,即詳天官決事因。 辰加日兮日克辰,辰受下克為初顯。占人贅婿不由己,事繫他人從外期。不是將身隨母嫁,定因就聘他人妻。出入不快多牽制,總然力求亦虛信。

歌訣に曰く:贅婿課は是れ日干の位を隔てて遥かに日支を克し、而も日支また反って来りて日干上に加えて・日干自身を制し住せる。男子の妻子の家裏に寄住するに似たり、あるいは婦人の孩子を帯びて他人に改嫁する。自ら為さんと想うの事は対方は肯んぜず、心裏屈抑して伸展して開かざらん。児子を把りて舎て出だして別家に過継するに比して、家裏の事は妻子に由りて主と作さるれども丈夫に由らず。この課の凶災吉慶は皆家内に応じ、ただ乗る所の十二天将を細看するを須して、便ち事の縁由を断定し得。 また曰く:日支は日干上に加わりて、而も日干また日支を克し、日支は下に在りて克を受く、此の一層は最も先に顕れ出づ。人を占えば則ち入贅して身は己に由らざるを主り、事は別人に係りて外面より消息を等する要し。母親に随いて改嫁して過ぎ去るにあらざれば、便ち一定に是れ入贅して別人の家の女婿と作り往かん。出入皆痛快せず処処牽制を受け、縦令力を尽して往きて求むるも、得る所はただ是れ空信なり。

孔明曰:凡值日干克辰,辰又加日為用,名贅婿課。蓋干為夫,辰為妻,干克皆為妻,此占婚姻及常占身命之事皆依此法。惟占嫁娶則不然,以動者為夫,屬干,以靜者為妻,守宅之義,屬支。今支之靜反來就干之動,如男贅於妻家,故曰贅婿,主兄弟不快,寓居他室,身不自由,統旅之卦,乃為客求財之課也。

孔明曰く:凡そ日干の日支を克し・日支また日干上に加えて発用と作るに遇えば、便ち贅婿課と言う。日干は夫と為り、日支は妻と為り、日干の克する所は皆妻と作して看、婚姻を占うおよび平常に身命の事を占う、皆この法子に照らす。ただ嫁娶を占う時はこの様に論ぜず:動くの一方を以て夫と為し日干に属し、静にして家宅を守るの一方を以て妻と為し日支に属す。今応に静守する可きの日支は反って跑れ来りて動くの日干に就くは、便ち男子の妻家に入贅するに似たり、ゆえに贅婿と言う。この課は兄弟の間痛快せざるを主り、別人の屋子裏に寄居して身は己に由らず。《易経》の旅卦の体に統属し、是れ客を作して外に在りて財を求むるの課なり。

占曰:屈意從人,多被牽制。胎孕遲延,行人淹滯。財名可成,病訟未濟。用兵利客,先動勝計。如日德加辰,干克支,以上取下,男就於女,利尊長而不利卑幼,宜動而不宜靜,用兵利為客,見陣利先動。若辰來加日,支就干克干,以小加長,女就於男,凌尊長而尊長不容,用兵利客反為主,他來干我,我能勝之,更遇白虎主殺傷,勾陳主爭鬥,朱雀主口舌,螣蛇主驚恐,或日用休囚,病人傳染不離,則應旅九三“喪其僮僕”之象。遇天后恩澤,遇天乙主官長,遇六合主陰私,遇太常主酒食。及日用旺相,凡事謀為可就,則應旅之六二“得僮僕”之象也。

断辞に曰く:この課は己意を委屈して別人に順従するを主り、多く牽制を受く。胎孕は遅延し、行人は滞留す。財と名とは還て成る能く、疾病と官司とは却って了結し得ず。兵を用うるは客方に利あり、先を搶りて発動するは是れ上策なり。両種の情形に分かちて看る:もし日干の徳が日支上に加われば、是れ日干の日支を克し、上を以て下を取り、男方は女方に就けば、則ち尊長に利ありて卑幼に利あらず、動に宜しく静に宜しからず。兵を用うるは客軍を作すに宜しく、陣に臨めば先を搶りて手を動かすに宜し。もし日支は来りて日干に加わり・日支は日干に就きて反って往きて日干を克せば、是れ小を以て長に加わり・女方は男方に就き、卑幼は尊長を凌犯して尊長は容る能わず。兵を用うる時は本に客と為るも反って主と成り、別人の来りて我を犯するも、我は能く彼に勝たん。さらに白虎に遇えば則ち殺傷を主り、勾陳は争闘を主り、朱雀は口舌を主り、螣蛇は惊恐を主る。もし日干と発用と皆休囚に処れば、病人の病は還て伝染して去らざらん、あれば則ち旅卦九三の「其の童僕を喪う」の象に応ず。もし天后に遇えば恩沢を得るを主り、天乙に遇えば官長を見るを主り、六合に遇えば陰私を主り、太常に遇えば酒食を主る。さらに日干と発用と旺相するを加えれば、凡そ謀為有る皆成就する能く、あれば則ち旅卦六二の「童僕を得」の吉象に応ずるなり。

袁天罡曰:贅婿課主身寄居不得自專。若辰脫氣必無正屋可居。若中末有救,兼行年有氣,無刑害,有吉神良將,則為贅婿課當權格,所占不同。

袁天罡曰く:贅婿課は人の他処に寄居するを主り、凡事は自ら主を作す能わず。もし日支は気を泄して力無ければ、必定に一間の正屋にさえ住むを得ず。ただしもし中伝末伝に救神有り、本命行年に気有りて刑害無く、また吉神良将有れば、あれば則ち「贅婿当権格」と転成して、占う所の結果は便ち一様ならざらん。

假如甲戌日天魁臨甲,乙未日小吉臨乙,丙申日傳送臨酉。甲辰日天罡臨甲,乙丑日大吉臨乙。此皆辰加日為下克下,以此占吉凶,少將害老,室家相剋,中外淫泆,內亂之道。臣謀其君,子謀其父,奴謀其主,但甲戌日天罡臨甲,有爭女子衣服事。甲戌日天罡臨甲,有酒食言語相爭事。癸巳日天乙臨癸有爭衣服事。己亥日登明臨巳有女子驚逃事。丁酉日從魁臨丁有分離事。壬午日勝光臨壬有田宅相連相爭事。戊子日神后臨戌有子疾病就人財物事。丙子日傳送臨丙有言他人事。辛卯日太沖臨辛有大器傷敗事。一曰天魁加甲出行之人鬥訟,小吉加乙憂女子酒食。太乙加癸女子爭訟衣服事。登明加巳女子錢帛爭競事。從魁加丁有欲分異事。勝光加壬有訟田宅女子之喜及火驚事。神后加戊,女子病死淫泆,將得天后淫於親戚事。

下面に贅婿課を成すの各種の日辰配合を列挙す:甲戌日にして天魁戌は甲上に臨み、乙未日にして小吉未は乙上に臨み、丙申日にして伝送申は酉上に臨み、甲辰日にして天罡辰は甲上に臨み、乙丑日にして大吉丑は乙上に臨む。これらは皆是れ日支の神の日干上に加えて下に於て克を受くる、これに據りて吉凶を断ずれば、主る所は是れ年少の年長を害し・一家人の互相に克伐し・内外淫乱する、是れ家門内乱の路数なり:臣下は君主を算計し、児子は父親を算計し、奴僕は主人を算計す。さらに各日に按じて細分す:甲戌日は天罡は甲に臨み、女子の衣服を争奪するの事有り。甲戌日は天罡は甲に臨み、また酒食言語に因りて相争うの事有り。癸巳日は天乙は癸に臨み、衣服を争うの事有り。己亥日は登明亥は巳に臨み、女子の驚を受けて逃走するの事有り。丁酉日は従魁酉は丁に臨み、分離の事有り。壬午日は勝光午は壬に臨み、田宅の相連して起こる争執の事有り。戊子日は神后子は戊に臨み、子女の生病し・人に向かいて財物を索取するの事有り。丙子日は伝送申は丙に臨み、他人を議論するの事有り。辛卯日は太冲卯は辛に臨み、大件の器物の損壊するの事有り。もう一説:天魁は甲に加われば、出行の人の闘殴争訟有るを主る。小吉は乙に加われば、憂は女子と酒食とに在り。太乙は癸に加われば、女子の衣服の為に争訟するを主る。登明は巳に加われば、女子の銭帛の為に争奪するを主る。従魁は丁に加われば、分居して産を析くせんと想うを主る。勝光は壬に加われば、田宅の為に官司を打ち・また女子の喜および火驚有るを主る。神后は戊に加われば、女子の病死あるいは淫乱するを主り、もし乗る所が天后なれば、則ち是れ親戚の間との淫乱の事なり。

如二月甲戌日寅時占,主少將害老,室家相剋,臣謀君,子欺父,奴謀主,內逢之道。 才戌六 子午白 兄寅后 後白白六 寅午午戌 午戌戌甲 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

例を挙ぐ:二月甲戌日寅時に占い、年少の年長を加害するを主り、一家人は互相に克伐し、臣下は君主を算計し、児子は父親を欺凌し、奴僕は主人を算計す、皆是れ内裏より生出するの路数なり。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は戌、甲木は土を克して財爻と為り、六合を乗す。中伝は午、木は火を生じて子孫爻と為り、白虎を乗す。末伝は寅、甲と同類にして兄弟爻と為り、天后を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干甲は寅に寄宮し、寅上に戌を得、第一課戌/甲を成し、六合を乗す。戌を以て下と為し、戌上に午を得、第二課午/戌を成し、白虎を乗す。日支は戌、戌上に午を得、第三課午/戌を成し、白虎を乗す。午を以て下と為し、午上に寅を得、第四課寅/午を成し、天后を乗す。日支の戌は日干の寄宮の上に加わりて甲木に克せらる、正に是れ贅婿の象なり。 最下の四行は天地盤:二月戌将を寅時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて八位を進めば、ゆえに地盤は巳上丑・午上寅・未上卯・申上辰・酉上巳・戌上午・亥上未・子上申・丑上酉・寅上戌・卯上亥・辰上子。

甲辰日天罡臨甲帶六合,六合主衣服。春占木旺主少,土死主老,下克上主少怨老,辰主家室,干克主內亂相爭。六合亦主婦女謀合之狀。 才辰六 子午青 官申白 白青青六 申午午辰 午辰辰甲 未申酉戌 午 亥 巳 子 辰卯寅丑

さらに甲辰日を看る:天罡辰は甲上に臨みて六合を乗り、六合は衣服を主る。春に占えば、木気正に旺にして、年少の一方を主る。土は死気に処して、年長の一方を主る。下面は上面を克すれば、すなわち是れ年少の年長を怨恨するなり。辰また家室を代表し、日干は往きてそれを克せば、家内に乱を起こして相争うを主る。六合同時にまた婦女の中より謀合するの情状を主る。 下面は課式なり。上の三行は三伝:初伝は辰、甲木は土を克して財爻と為り、六合を乗す。中伝は午、木は火を生じて子孫爻と為り、青龍を乗す。末伝は申、金は木を克して官鬼爻と為り、白虎を乗す。 中間の三行は四課、自右向左へ読む:日干甲は寅に寄宮し、寅上に辰を得、第一課辰/甲を成し、六合を乗す。辰を以て下と為し、辰上に午を得、第二課午/辰を成し、青龍を乗す。日支は辰、辰上に午を得、第三課午/辰を成し、青龍を乗す。午を以て下と為し、午上に申を得、第四課申/午を成し、白虎を乗す。 最下の四行は天地盤:天盤各神は皆地盤に比べて两位を進めば、ゆえに地盤は巳上未・午上申・未上酉・申上戌・酉上亥・戌上子・亥上丑・子上寅・丑上卯・寅上辰・卯上巳・辰上午。

己上二課案式,主有少犯老,又主有女子爭競衣服等事。 邵氏曰:辰加日被日與天將克,若傳將不和,來意主因不見喜疑,動而又不由自己。若占囚繫,終必出獄。若三傳貴人居卯酉,必遷居。

以上の両個の課式は、皆年少の年長を冒犯するを主り、また女子の衣服の為に争奪を起こすの类の事有るを主る。 邵氏曰く:日支は日干上に加わりて同時に日干と乗る所の天将とに克せられ、もし三伝と天将とまた彼此不和なれば、来る人の本意は是れ喜ぶべき事を見ざるに因りて心に疑慮を生じ、一たび動き起きてもまた自らの主を作す能わざるなり。もし囚禁を占えば、最終に必ず能く出獄せん。もし三伝中の天乙貴人が卯あるいは酉上に落つれば、必定要ず遷居せんと要す。

贅婿当権格

贅婿若來臨課象,中傳末位得救神。行年有煞無刑剋,卻與吉神良將親。此名贅婿當權課,為人謀事有權倫。雖然有事不干己,在我專恣有區分。大體不明而自得,與人幹事最為精。若下自身多不濟,縱得成時無益身。

歌訣に曰く:贅婿の象すでに課を成し、而も中伝・末伝上にまた救神を得着す。本命行年は凶煞を帯ぶといえども刑克無く、反って吉神良将と親近す——これを贅婿当権課と言い、この人は別人に替わりて事を謀るも却って権柄を握り得住す。雖に弁ずる所の事は本に自己の事に干らざるというも、自己のこの一辺に在りては却って能く専断処置し・軽重を分かち清らかにす。大体上は是れ暗中に意を得て、人に替わりて事を弁ずる最も精明なり。ただしもし自身の頭上に落つれば、便ち多半弁じ成らず。縦令弁成すとも、自己に対してもまた好処無し。

右言贅婿不由己,見財求財見不遂。天官若也土神值,萬般作事成淹滯。 贅婿當權格,將相青龍旺相,主有貴人酒食相迎,得太陰有陰私之事,得天后太常有親屬財物相通事,得朱雀勾陳有口舌鬥訟,得螣蛇白虎有死亡驚恐之事。

上面に説く所は是れ贅婿の身は己に由らず:財を見れば便ち往きて財を求め、求めても却って心に遂わず。乗る所の天将もし正に土性の神に碰上せば、あれば万般の事情皆淹滞して通ぜざらん。 贅婿当権格の裏は、もし乗る所の天将が青龍にしてまた旺相なれば、貴人の酒食を備えて相迎する有るを主る。太陰を得れば、則ち陰私の事有らん。天后・太常を得れば、則ち親属の間の財物往来の事有らん。朱雀・勾陳を得れば、則ち口舌争訟有らん。螣蛇・白虎を得れば、則ち死亡惊恐の事有らん。

假如十月甲戌日午時占事,甲遙克戌,戌為天魁,臨甲,下賊上,彼此俱是日克,主不得自安,故名贅婿,主寄居攜子行嫁,以身從人,不得自專。各以神將言其禍福。若見朱雀內相害,見白虎內相殺,見勾陳內相訟。又曰將得虎蛇勾主凶事迫抑,後陰武主陰私不明事迫抑。

例を挙ぐ:十月甲戌日午時に事を占う。甲木は位を隔てて遥かに日支の戌土を克し、而も戌は正に是れ天魁にして、また甲の寄宮の上に臨み、下賊上の勢を成す。両辺皆是れ日干の往きて克する、ゆえに人は安寧を得ざるを主り、ゆえに名は贅婿と為り、他家に寄居し・孩子を帯びて改嫁し・自身を以て別人に依附して自主する能わざるに応ず。禍福は仍お乗る所の天将に按じて分説す:朱雀を見れば、家内の互相に加害するを主る。白虎を見れば、家内の互相に殺傷するを主る。勾陳を見れば、家内の互相に争訟するを主る。また曰く:乗る所もし白虎・螣蛇・勾陳なれば、凶事に逼迫壓抑せらるるを主る。もし天后・太陰・玄武なれば、則ち曖昧不明の陰私の事に逼迫壓抑せらるるを主る。

無淫課

四課俱不備,其課號無淫。乙卯時加午,五月丑時臨。陽神見天罡,太乙作陰神。日上無陽類,二女爭男心。假令乙亥日二月巳時占。午為辰之陽,丑作午上兼。日陽還得亥,日陰無午添。此名為不備,雙又男把婦纏。主有奸私事,逢時心不嫌。有救應血事,凶神刑獄淹。

四課は残缺して全からず、この一課は便ち無淫と言う。例を挙げて説けば:乙卯の日・占時は午上に加わり、五月にして丑時に臨めば、陽神は天罡辰・太乙巳を見て陰神と作り、日干の上は対を成すの陽類を配し出ださず、ここに於て両個の女子の一個の男子を争うの局面と成る。また乙亥日二月巳時に占うが如し:午は是れ日支の陽神、丑また午上に疊る。日干の陽神は亥を得、日干の陰神は却って午を配し出ださず。これを「不備」と言う——四課は四個の不同の上神を凑め満たさず、両重の男女は彼此糾纏す。この課は奸私の事有るを主り、当事の人は赶上してもまた嫌む可き有ると覚えず。もし救神有れば、血光の事上に応ず。もし凶神に逢えば、則ち牢獄淹滞の災有らん。

男女不備號蕪淫,陰陽奸邪有二心。二女爭男男不足,二男爭女女單陰。上之克下緣太過,反此誠為婦不仁。陽即不將陰處合,陰來陽處畏刑臨。要知其例看正月,甲子時加卯課尋,申上天魁子傳送,甲子將就子憂申,金近甲時魁必侵,干支上神交互見,則名夫婦失調琴。心懷內有私情切,甲子相生水合金。

歌訣に曰く:男女両辺皆配し斉わざれば、便ち蕪淫と言い、陰陽の間は奸邪の二心を生出す。両個の女子は一個の男子を争うは、是れ男の够えざるなり。両個の男子は一個の女子を争うは、是れ女の孤单なり。上面は下面を克するは、是れ上面の太過に因る。反って下面は上面を克するは、あれは実に是れ妻子を作るの不仁なり。陽神は肯んじて陰神のあの辺に到りて相合せず、陰神は陽位上に来り到りてまた刑克に遭うを怕る。具体の例を知らんと要せば、便ち正月甲子日・占時は卯に加うるのこの一課を看:申上は是れ天魁戌、子上は是れ伝送申。甲子日は子位に就きて憂は申上に在り——金は甲木に逼近し、天魁は必ず来りて相侵せん。日干と日支上の神とは交錯互見す、これを夫婦の琴瑟の調を失うと言う。心裏は切切たるの私情を懐くれども、可し甲と子とは本是れ水木相生して・水また金と相合すれば、終竟に糾纏して清らず。

才戌六 子午白 兄寅后 元青白六 辰申午戌 申子戌甲

これは上文の正月甲子日卯時の無淫課の課式なり。 上の三行は三伝:初伝は戌、甲木は土を克して財爻と為り、六合を乗す。中伝は午、木は火を生じて子孫爻と為り、白虎を乗す。末伝は寅、甲と同類にして兄弟爻と為り、天后を乗す。 下の三行は四課、自右向左へ読む:日干甲は寅に寄宮し、寅上に戌を得、第一課戌/甲を成し、六合を乗す。戌を以て下と為し、戌上に午を得、第二課午/戌を成し、白虎を乗す。日支は子、子上に申を得、第三課申/子を成し、青龍を乗す。申を以て下と為し、申上に辰を得、第四課辰/申を成し、玄武を乗す。正月亥将を卯時に加えれば、天盤各神は皆地盤に比べて八位を進み、戌・午・申・辰の四個の上神は即ちここに由りて排出さる。四課の上神は四位有るといえども、却って日干・日支と両両相対するの陰陽を配し成らざれば、ゆえに「不備」と判ず。この式の下に附する所の天地盤は別に行列して、後に接続す。

丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

この四行は上一課の課盤の末段、即ち「天地盤」の十二宮図なり。本書の盤を画くの規矩は:外框の十二格は固定して動かざるの「地盤」を代表し、左上角の一格は地盤の巳宮と為り、順時針に依次は午・未・申(右上角)・酉・戌・亥(右下角)・子・丑・寅(左下角)・卯・辰にして、巳に回る。格内に写す所の十二個の字は則ち占時に随いて旋転するの「天盤」なり。この図は左上角より順に読んで丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子と為す、亦たすなわち天盤の丑は地盤の巳上に壓り、天盤の寅は地盤の午上に壓り、其余は依次に類推す——天盤の每一位は皆それの壓る所の地盤に比べて四位を退いたり。いわゆる「月将」とは、是れ太陽の当月に躔る所の宮神、十月は小雪の後は功曹寅を用う。月将寅を把りて占時の午上に加えて順に十二神を布けば、排し出だす所は正に是れこの一圈の天盤なり。下文の甲子日の四課と三伝とは、皆この一圈の天盤上より取る。

傳見陽神終不見陰神,曰無淫。

三伝は自始至終ただ陽神を見るを得て、それと相配するの陰神を見ず、この様の課は便ち「無淫課」と言う。いわゆる陽神とは、是れ四課中に日干・日支に由りて一路に推し出だすの上神。陰神は則ちこれらの上神のさらに上一层に得る所の神なり。四課は本に応に陰陽対を成すべし、今ただ一辺有るのみ、配偶残缺して全からざれば、ゆえにまた「不備」と称し、事を占うもまた便ち多半頭有りて尾無し。

日辰上下交相剋,三四陰陽不相得,此課立名為淫泆,則有姦淫內伏匿,事多乖違不相約。各有邪心相詭賊,一二人心恩不備。二相交戰難任職,后合武陰用入傳,姦淫內亂相侵逼。

日干と日支の上下の神は互相に克戦し、第三課・第四課の陰陽配合また彼此相得ざれば、この様の課は便ち名を立てて「淫泆」と為す。それは内裏に人に見せ得ざるの私情を蔵するを主り、事は多半互相に違背して、講じ好りしの約定は皆数に作さず。当事の各方は皆邪念を存し、彼此欺瞞暗算して、一両個の心は早已に一処に在らず、恩義は残缺して全からず。上下の両方は交戦休まず、誰も自らの本分職守を担い起き得ず。もしさらに天后・六合・玄武・太陰のこの幾位の陰私を主るの天将が「発用」に随いて三伝に進入せば、あればすなわち是れ奸情内乱交相に侵逼するの局面なり。

凡四課不備,名曰無淫課。諸葛孔明曰:陽不與陰合,陰不與陽合,三言相傳,如仿此為法,曰無淫,奸生其中。又曰:四課缺一,為不備;及日辰交互相剋,為無淫課。又曰:上辰克辰辰剋日。

凡そ「四課」の斉備せざるは、皆無淫課と言う。諸葛孔明曰く:陽の一辺は陰の一辺と相合せず、陰の一辺もまた陽の一辺と相合せず、三伝の伝する所の神また同じく一类に属す、こ様の样子に照らして取法すれば、便ち無淫と言い、奸邪は便ちその中に生ず。また曰く:四課は本に応に四組の上下神有るべし、一組を缺けば便ち「不備」なり。日干上神と日支上神と彼此対克するも、また無淫課と算す。還て一説有り:日支上神は日支を克し、日支さらに転じて来りて日干を克する、この種の連環相克は同じくこの課に帰入す。

邵氏曰:剛日從日上起一課,柔日從辰上起一課,凡見二陽一陰為陰不備,此二男爭一女。若二陰一陽為陽不備,為二女爭一男,及日辰交互相剋,各不相生是也。陽不與陰合,陰不與陽親,謂日為陽,辰為陰,辰上神剋日上神,為陰不與陽親;日上神克辰上神,為陽不與陰合。

邵氏曰く:甲丙戊庚壬のこの类の「剛日」に逢えば、四課は日干上神より数え起きて第一課と為す。乙丁己辛癸のこの类の「柔日」に逢えば、則ち日支上神より数え起きて第一課と為す。四課の中にもしただ両陽一陰を見れば、是れ陰の一辺の缺けたる、「陰不備」と言い、両個の男子の一個の女子を争うに比す。もしただ両陰一陽を見れば、是れ陽の一辺の缺けたる、「陽不備」と言い、両個の女子の一個の男子を争うに比す。日干と日支の上神の彼此対克し・また誰も誰を生生ぜざるも、同じくこの課に属す。いわゆる陽は陰と合せず・陰は陽と親しまずとは、是れ日干を把りて陽と看作し・日支を把りて陰と看作すに至る:日支上神は往きて日干上神を克せば、すなわち是れ陰の肯んじて陽に親しまざるなり。日干上神は往きて日支上神を克せば、すなわち是れ陽の肯んじて陰と相合せざるなり。

《金匱經》曰:四課不備為無淫。若從日起第一課,陰不備占事多有失誤。須知剛日先有日,日上起第一課;柔日先有辰,辰上起第一課。三言如往比尊者,言三傳之神自比同類也。謂三金三木三火也,此言用河魁傳出勝光,皆火類也。

《金匱経》に曰く:四課の斉備せざればすなわち是れ無淫なり。もし日干に照らして第一課を起きて「陰不備」を排し出だせば、事を占い起きて往々に失誤落空せん。剛日は日干を以て先と為し・第一課は日干上神より起き、柔日は日支を以て先と為し・第一課は日支上神より起くるを記住する要し。いわゆる「三言は往比尊の如し」とは、説くは三伝の三個の神は彼此同じく一类に属して互相に攀附依託す、三個皆金に属するが如く・三個皆木に属するが如く・三個皆火に属するの类なり。下文のあの例に就きて言えば、「発用」は河魁戌を取り、中伝は勝光午を伝え出だし、末伝は功曹寅に帰し、寅午戌の三支は合して火局を成す、正に是れ同じく火類に属するの意思なり。

此課主臣下奸邪,陽不備是列職之長,陰不備是有司之屬;更夜神加臨,決非中正之事。若有剋制,則有救。其奸邪可隔,主夫婦各有私通,二情相背。貪淫無度,家門不正,事多淫亂,統小畜之體,乃琴瑟不調之課也。

この課は属下の臣僚の心に奸邪を懐くを主る:陽不備は職位有るの長官の身上に応じ、陰不備は下属の吏員の身上に応ず。もしさらに夜占の用うる所の「夜将」の加臨に遇上せば、占う所の事は一定に是れ光明正大にあらざらん。倘若課中に別にそれを克制する能くの神将有れば、便ち救有りと算して、奸邪の謀は以て隔断せらるる能し。家事に就きて言えば、それは夫妻各々外遇有るを主り、両人の心思は道を背けて馳し、貪淫は節制無く、家門正しからず、事事淫乱に牽連す。この課は総じて《小畜》卦の卦体に帰し、是れ一副の夫妻失和して琴瑟調わざるの課象なり。

傳見陽神終,不見陰神也。陽多陰不備,事起男子;陰多陽不備,事起婦人。下克上責在女人。夾陽女爭男,夾陰男爭女,占他事不成,成亦破。蓋不備課,事主不全耳。無淫課主陰私起禍。

三伝は頭より尾に至るまでただ陽神を見、陰神を見ず。陽神多くして陰の一辺残缺せば、事は男子に由りて挑起さる。陰神多くして陽の一辺残缺せば、事は婦人に由りて挑起さる。もし是れ下神の反って上神を克するなれば、過錯は便ち女方に帰する要し。両陽は一陰を夾むは、是れ一個の女子の両個の男子に争奪せらるるなり。両陰は一陽を夾むは、是れ一個の男子の両個の女子に争奪せらるるなり。それを用いて別の事を占えば、多半弁じ成らず、即便に勉强に弁成するもまた中途に破裂する要し。「不備」の这一类の課は、凡事皆残缺して全からざるを主るを以てなり。無淫課は総じて説くに、是れ私情暗昧にして禍端を惹き出だすなり。

象曰:陰陽不備,交克最嫌。名利碌碌,獄病淹延。陰微晴久,陽少雨添。行人未至,征戰愁占。如陽不備,用兵利為主,賊不來。如陰不備,用兵利為客,賊來皆不戰。凡得三課,又逢日辰交互相剋,最凶,將凶尤甚。則應小畜九三爻“夫妻反目”之象。若課不備,無克亦不為凶,只是事有遲延,夫婦拆散,終復團圓,則應小畜二爻“牽復同心”之象也。

象辞に曰く:陰陽配合全からざれば、最も忌む所はすなわち是れ上下の交相に克するなり。この課は功名利禄は奔忙して成る無く、牢獄と疾病とは久しく拖りて愈えざるを主る。天時を占えば、陰の一辺残缺せば則ち久しく晴れ、陽の一辺残缺せば則ち雨を添う。行人を占えば、人は一時還て到らざらん。征戦を占えば、是れ人をして愁えしむるの課なり。もし是れ陽不備なれば、兵を用うるは守りを作すに宜しく、敵人は来りて犯さざらん。もし是れ陰不備なれば、兵を用うるは攻むを作すに宜しく、敵人は来るといえどもまた真に打たざらん。凡そ四課ただ三課を成し、また日干上神と日支上神の互いに相対克するに碰上せば、最も凶险にして、乗る所の天将もしまた凶なれば、あれば則ち尚更なり、正に《小畜》九三爻の「夫妻反目」の爻象に応ず。假如ただ四課不備にして并せて克戦無からば、倒ってもまた凶と算え上がらず、不过事は遅延し・夫婦は一時離散すれども、最終に還て団円する能し、あれば則ち《小畜》九二爻の「牽復」して同心たるの爻象に応ずるなり。

上克下,禍由男子;下克上,禍由女人。三傳相得陽多,事起男子;三傳而得陰多,事起女人。陽不備男不足,二女相爭;陰不備,女不足,二男相爭。此荒淫無度之象也。經曰:陰陽不備家醜陋。又曰:荒淫兮琴瑟不調,求謀不得病難痊,身物有缺。

上神は下神を克すれば、禍端は男子に出づ。下神は上神を克すれば、禍端は女子に出づ。三伝の配する所は陽神居多ければ、事は男子に由りて引き起こさる。三伝の配する所は陰神居多ければ、事は女子に由りて引き起こさる。陽不備は是れ男方の人数足らず、両個の女子は一個の男子を争う。陰不備は是れ女方の人数足らず、両個の男子は一個の女子を争う。これ皆是れ荒淫度無きの象なり。経文に曰く:陰陽斉備せざれば、家中に必ず醜事有らん。また曰く:荒淫して夫妻失和せば、謀求するの事は弁じ成らず、病もまた痊愈し難く、人身と財物と皆欠缺有る要し。

假令十月甲子日午時占事,天魁臨甲,傳送臨子,甲為陽,陽為夫,子為陰,陰為婦。甲欲從子,畏傳送金,子欲從甲,畏河魁土,是為陽不與陰合,陰不與陰親者。子內懷奸喜,欲傳送相通,是婦有私情而欺其夫。發用天魁,中傳得勝光,終於功曹,寅午戌火也,三辰三合,異姓各親。三言比甲,夫有他意,以背其婦。上生下不順,內外生奸。此占人內外皆不正矣,應妻與西南方人有私情。餘仿此。

例を挙ぐ:十月甲子日午時に事を占う。この月の月将は是れ功曹寅、占時の午上に加えて盤を排す。日干甲は寅に寄宮し、地盤の寅上に天盤の戌を得、ゆえに説いて「天魁は甲に臨む」と為す——天魁は即ち河魁戌なり。日支の子上に天盤の申を得、申は即ち伝送、ゆえに説いて「伝送は子に臨む」と為す。甲は是れ陽干にして丈夫を象し、子は是れ陰支にして妻子を象す。甲木は本に子水を親近せんと想うも、却って子上の伝送申金の来りて自己を克するを怕る。子水は本に甲木に依従せんと想うも、また甲上の河魁戌土の来りて自己を克するを怕る:これすなわち是れ陽の肯んじて陰と相合せず・陰の肯んじて陽に親しまざるなり。子水は暗自に歓喜して、一心に申金と相通ぜんと要し、申子は本能に水局を半合して、正に是れ妻子の別に私情有りて丈夫を欺瞞するの象なり。三伝は河魁戌を以て「発用」して初伝と作り、中伝は勝光午を取り、末伝は功曹寅に帰し、寅午戌の三支は合して火局を成し、三個の異姓の人の各々党を結ぶに比す。三伝は同類にして皆来りて甲木に比附すれば、説明するに丈夫もまた別に心思を存して、妻子を背けて事を行うなり。上神は下神を生ずは本に応に順當すべし、ここの処は反って順せず、ここに於て内外皆奸情を生出す。この種の課を占い到れば、その人は内外皆端正ならず、応験するに是れ妻子の西南方の人と私情有るなり。其余の情形はこれに照らして類推す。

才戌六 子午白 兄寅后 元青白六 辰申午戌 申子戌甲 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

これは上文の十月甲子日午時のあの一課の完整の課盤にして、自上向下して三層に分かつ。最上の三行「才戌六・子午白・兄寅后」は是れ「三伝」にして、依次に初伝・中伝・末伝と為す:初伝は即ち「発用」にして、河魁戌を取り、甲木日に於て是れ財爻、乗る所の天将は是れ六合。中伝は勝光午、甲木に於て是れ子孫、白虎を乗す。末伝は功曹寅、甲木に於て是れ兄弟、天后を乗す。中間の三行は「四課」にして、古法は自右向左へ読む:末の一行「申子戌甲」は是れ下神、右より起きて甲・戌・子・申。中の一行「辰申午戌」は是れ上神、右より起きて戌・午・申・辰。上の一行「元青白六」は是れ乗る所の天将、右より起きて六合・白虎・青龍・玄武。ここに於て第一課は甲上に戌を見て六合を乗り、第二課は戌上に午を見て白虎を乗り、第三課は日支の子上に申を見て青龍を乗り、第四課は申上に辰を見て玄武を乗す。最下の四行は天地盤:外框の十二格は固定の地盤、左上角は巳宮にして、順時針に午未申酉戌亥子丑寅卯辰。格内に書する所は天盤にして、左上角より順に読んで丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子と作り、天盤の每一位は皆それの壓る所の地盤に比べて四位を退く。これ正に是れ月将功曹寅を占時の午上に加えて成る所の局:寅は午に加わり・戌は寅に加わり(甲は寅に寄すれば、ゆえに甲上に戌を見)・申は子に加わりて、四課に列する所と完全に相符す。

假令十月甲子日午時,即陽不與陰合二句之占,“三言相得,各往比尊”者,言三傳之神自相比同類也。占人皆主淫邪之心事將危敗也。

上に挙げる十月甲子日午時のこの一課は、正に是れ「陽は陰と合せず・陰は陽に親しまず」の両句の話の実例なり。いわゆる「三言相得し・各々往きて尊に比す」とは、説くは三伝の三個の神は彼此同じく一类に属して互相に攀附依託す——この課は寅午戌は同じく火に属すれば、すなわち是れこの意思なり。凡そこの課を占い到るの人は、皆心に淫邪を懐くを主り、謀る所の事は将に敗壊せんとす。

假如庚巳日申時,天罡加庚,神后加辰,天罡土神克神后水,亦是陽不與陰合,神后水畏天罡土,是陰不與陽親,用起神后,傳見申辰,是三言也。皆得其類,故比。此言陰陽不和,而用三傳同類,內自相得,內將有私親,有奸謀之意。蓋神后既為天罡陰,又為起用,陽一神有二從,故知人有二心淫泆之意,言無淫此時御淫婦,必有禍起。

また庚辰日申時に占うが如し。原文は「庚巳日」と写し作す、而も下面の課盤の四課の下神は依次に庚・辰・辰・子、日支は明明是れ辰なれば、見る可し「巳」は是れ「辰」の訛字にして、応に課盤を以て准と為すべし。庚金は申に寄宮し、地盤の申上に天盤の辰を得、ゆえに説いて「天罡は庚に加わる」と為す——天罡は即ち辰なり。日支の辰上に天盤の子を得、子は即ち神后、ゆえに説いて「神后は辰に加わる」と為す。天罡辰は土に属して、往きて神后子水を克せば、これもまた是れ陽の陰と合せざるなり。神后水は天罡土を畏懼すれば、すなわち是れ陰の陽に親しまざるなり。三伝は神后子を以て「発用」し、中伝は伝送申、末伝は天罡辰、子申辰は同じく一家の水局に属し、正に「三言」の同類の説に合し、彼此攀附して党を成す。この課の講ずる所は是れ陰陽すでに和せざるに、而も三伝は却って自ら一类を成して内部相得すれば、ここに因りて内裏に必ず私相に親昵し・暗に奸謀を結ぶの事有らん。神后子はすでに是れ天罡辰の「陰神」(即ち辰上にさらに上一层の神)にして、また発用を充当し、等しく一個の陽神の底下に両個の随従を跟えたるが如し、ゆえにその人は二心を懐いて淫泆を生ずと断ず。いわゆる無淫とは、説くはこの時もし淫乱の婦人を管束し得住せざれば、必定要ず禍を惹き出ださんと要するなり。

子子螣 兄申青 父辰元 青螣螣元 申子子辰 子辰辰庚 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

これは庚辰日申時の一課の課盤なり。上の三行「子子螣・兄申青・父辰元」は是れ三伝:初伝は神后子、庚金に於て是れ子孫、螣蛇を乗す。中伝は伝送申、庚金に於て是れ兄弟、青龍を乗す。末伝は天罡辰、庚金に於て是れ父母、玄武を乗す。中の三行は四課、自右向左へ読む:下神の一行「子辰辰庚」は右より起きて庚・辰・辰・子。上神の一行「申子子辰」は右より起きて辰・子・子・申。天将の一行「青螣螣元」は右より起きて玄武・螣蛇・螣蛇・青龍。ゆえに第一課は庚上に辰を見て玄武を乗り、第二課は辰上に子を見て螣蛇を乗り、第三課は日支の辰上に子を見て螣蛇を乗り、第四課は子上に申を見て青龍を乗す。第二課と第三課とは上下の神完全相同にして、四課は併せて三課と成る、正に是れ本篇の説く所の「不備」の象なり。最下の四行は天地盤:地盤の左上角は巳宮と為り、順時針に巳午未申酉戌亥子丑寅卯辰。格内の天盤は左上角より順に読んで丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子と為り、天盤は地盤に比べて四位を退く。庚は申に寄し、地盤の申上は正に是れ天盤の辰、「天罡は庚に加わる」と相合す。言い換えれば、これは是れ月将天罡辰を占時の申上に加えて排し成るの盤なり。

泆女課

初傳見卯酉,六合天后來。末傳二相應,泆人暗門開。天后入六合,婦人暗使媒。背夫欲逃走,從此降成災。六合入天后,此是狡童排。男誘他人婦,商量走去來。二辰同一將,反覆二徘徊。盡意思量看,不覺笑顏開。

初伝は卯あるいは酉に落ち、また六合・天后の両位の天将を見、末伝と初伝とは前後に呼応すれば、これ便ち是れ淫奔の人の私門を推し開きたるなり。もし天后発用して末伝は六合に帰せば、是れ婦人の暗中に人を托して媒を作さしめて、丈夫を背けて私逃せんと打算するにして、災禍はこれより降臨せん。もし六合発用して末伝は天后に帰せば、あれは是れ「狡童」の格局にして、男子は別人の妻子を勾引し、両下は商量して一同に出走せんとす。倘若両個の地支の上に同一の天将を乗れば、事は便ち反覆不定にして、双方皆猶豫徘徊せん。これらの情状を一一細想し来れば、人をして失笑せしむるを覚えざらん。

天后常為厭翳神,須知六合是私門。二將相傳名泆女,夫妻失友畢情思。欲知男女須淫蕩,更向傳中辨將論。六合即為男誘女,天后女攜男子奔。

天后のこの位の天将は一向に遮蔽掩盖し・光を見るを得ざるを主り、六合は則ち是れ私通出入の門戸なり。この両将は一先一後にして三伝に進入せば、便ち「泆女課」と言い、夫妻は各々私友と交わりて・心思を把りて全く情事の上に用いるを主る。男女双方は究竟に誰が淫荡なるを断ぜんと要せば、還て三伝裏の発用と末伝と各々何の天将を乗するを看るを得:六合の当て先と為るは、是れ男子の女子を勾引するなり。天后の当て先と為るは、是れ女子の男子を帯びて私奔するなり。

天后六合在傳中,更並卯酉為狡童。泆女陰私相誘逐,事多嫌疑有淫通。所作中末多狡詐,淫亂相欺心不公。純陽除不備,家道不整私相通。

天后と六合と同じく三伝の中に在り、さらに卯・酉のこの両処の私門と并せ見れば、便ち「狡童」の格局と成る。泆女の課は男女の暗中に互相に引誘追逐するを主り、占う所の事は多半嫌疑と私通とに牽渉す。中伝・末伝を看れば、その人の行事の多く狡诈にして彼此淫乱欺瞞し・居心正しからざるを知る可し。もし課体は純陽にしてまた四課不備なれば、あればすなわち是れ家道整斉せず・内外私に往来するの象なり。

孔明曰:日出乎卯而奸盜所由入,日入於酉而奸盜所由出,此卯酉為私門,六合天后皆私淫之物也。六合主男,天后主女,此二物臨於二八私門之上,為之泆女課。用起六合終於天后,為之狡獞課。狡者,狡猾也。獞者,童獞獸好淫也。用起天后,終於六合,謂之泆女課,主女隨男也。皆主男女淫奔之象也。

孔明曰く:太陽は卯位より升起し、奸人盗賊はこの個の時候に趁りて門に進入す。太陽は酉位に落ち、奸人盗賊はこの個の時候に趁りて門を出づ。ゆえに卯・酉の両宮は「私門」と称作せらる。六合と天后とは皆是れ男女の私情を主るの天将にして、六合は男子を代表し、天后は女子を代表す。この両位の天将は二月は卯を建て・八月は酉を建つのこの両処の私門の上に落つれば、便ち「泆女課」と言う。もし三伝は六合を以て「発用」して天后に終われば、別に名を立てて「狡獞課」と言う:狡は是れ狡猾の意、獞は是れ一種の性に淫乱を喜ぶの野獣にして、借りて以てその人を形容す。もし天后を以て発用して六合に終われば、乃ち泆女課と言い、女子の男子に随いて走るを主る。発用の前に在るのあの一将は、正に先に念頭を動かすの一方を指す:六合は前に在れば是れ男方の主動、天后は前に在れば是れ女方の主動なり。両種の格局は説き到り底の処は皆是れ男女私奔の象なり。

經曰:用起天后,中見六合,泆女之課,陰私頻作,主有闇昧私情,淫亂不正之事。占者得之,宜善馭童僕,謹其出入,否則小人猖狂欺我,所不見不關有難言者。蓋天后主婦女,女子不可倚門當戶而立,其意必有私望耳。占家宅宜謹慎家門,以杜陰私之亂。如丙丁日六合為天后,則男誘女;壬癸日元武為天后則女誘男;故經曰:發傳六合終傳元武為狡童課,是元武亦主陰私竊奸拐之事。

経文に曰く:天后を以て発用して中伝に六合を見れば、すなわち是れ泆女の課にして、陰私の事は接続して発生し、曖昧の私情と淫乱不正の挙動有るを主る。この種の課を占い到るの人は、応に家中の童僕を好好と管束し・それらの出入を留意すべし、不然ならば下人は放肆して主を欺き・見えざるの処に於て啓歯し難きの事を作り出ださん。天后は本に婦女を主り、女子は応に門戸に倚りて張望する可からず、一たびかくの如し、心裏に必定に別に図る所有らん。家宅を占いてこれを得れば、門戸を謹守して・内闈の私乱を杜绝する要し。もし丙丁日に在れば、六合は便ち天后の角色を充当して、男子の女子を勾引するを主る。壬癸日に在れば、玄武は便ち天后の角色を充当して、女子の男子を勾引するを主る。ゆえに経文また曰く:初伝は六合・末伝は玄武は、是れ「狡童課」なり、見る可し玄武は同じく暗中に情を偸み・人口を拐帯するの类の事を主る。

袁天罡曰:泆女課與天后並,主男子遭殺,與地煩並,主女子遭殺;利私謀不利公干,訪人不遂,捉賊難獲;與三交會,濁濫淫泆,所私非止一處一人,不論在卯酉皆然。經曰:天后主厭翳六合為私門,若無逃女,必有淫婦,忌嫁娶婚配之事。或合后乘卯酉,或乘神入卯為淫泆課。

袁天罡曰く:泆女課もし天后と并せ見れば、男子の殺身の禍に遭うを主る。もし「地煩」と并せ見れば、女子の殺身の禍に遭うを主る。この課は私下に謀划するに利あり、公事を干求するに利あらず。人を訪うも訪い着かず、賊を捉うも捉い得ず。もしさらに「三交」と相会せば、就中加えて汚濁泛滥して、私通する所の対象は一処に止まらず・一人に止まらず。而且この両将の恰好卯酉に落つるや否やを論ぜず、情形は皆一様なり。経文に曰く:天后は遮掩を主り、六合は是れ私門なり、家中を占いてもし女子の出逃有るにあらざれば、便ち必定に淫乱の婦人有らん、ゆえにこの課は最も嫁娶婚配を占うに用うるを忌む。此の外、六合・天后の二将が卯あるいは酉上に乗り、あるいは乗る所の神が卯宮に進入するも、皆淫泆課と算作す。

衝破課

孔明曰:凡日辰六沖神,加破為用,曰沖破課。沖者,動搖也。初雖有得,後必有傾覆。如子午沖相加,主道路馳逐,男女爭鬥變動。卯酉沖主門戶相沖,或改移,或逃亡失脫,外人淫亂奸私。寅申沖主人鬼相傷,夫婦異心。巳亥沖主人事反覆無實,重求輕得。丑未沖主兄弟興替相衰,謀心不同,幹事不遂。辰戌沖主奴婢離異,貴賤不明,不義之事。

いわゆる「六衝」とは、是れ子午・丑未・寅申・卯酉・辰戌・巳亥のこの六対の六位を隔たるの地支。「破」は則ち是れもう一套の損傷離散を主るの配合なり。孔明曰く:凡そ日干・日支の衝する所のあの神、また加臨してそれと相破するの宮位上に在りて発用と成れば、便ち「衝破課」と言う。衝は是れ動揺不安の意思、この種の課は起初は所取得るに似て、後来に到りては必定に傾覆せん。分かちて言えば:子午は相衝相加して、道路に奔波し・男女争闘し・事情変動するを主る。卯酉は相衝して、門戸の彼此に衝犯し・あるいは改換遷移し・あるいは逃亡走失し・外人は淫乱の私情に牽れ入るを主る。寅申は相衝して、人と鬼神と彼此相傷し・夫妻各々異心を懐くを主る。巳亥は相衝して、人事は反覆して着落無く・大力気を費してただ小収成を得るを主る。丑未は相衝して、兄弟は一興一衰して・各々心思を存して同じく謀る能わず・事を弁じても弁じ成らざるを主る。辰戌は相衝して、奴婢離散し・尊卑貴賤混淆して清らかにあらず・道義に合せざるの事を做出すを主る。

破者,解散也。主事更動,中有多輟。若午破酉,酉破子,主門戶破敗,陰小災病。辰破丑,主丘墓寺觀破損。戌破未主先破後刑。亥破寅,申破巳,主先破後合。蓋沖主反覆,破主損害,沖破合一,乃雪上加霜之象。

破とは、是れ解散の意思にして、事は中途に改変して半ばを做り到れば便ち停まり下がるを主る。譬へば午は酉を破り・酉は子を破れば、門戸敗落して婦女小児に災病有るを主る。辰は丑を破れば、墳塋と寺観と損壊するを主る。戌は未を破れば、先に破壊に遭いて後にまた刑罰を招くを主る。亥は寅を破り・申は巳を破れば、則ち先に破れて後に合するを主り、雖に一度は散じたるも、終竟に還て一処に凑り得。総じて衝は反覆不定を主り、破は損傷敗壊を主り、衝と破と一処に合すれば、便ち是れ雪上に霜を加うるの象なり。事を占いてそれに遇えば、凡そ已に成りたるの局皆中途に翻覆するを防ぐ要し。

天祿秘典大六壬靈覺經神課卷之三終

《天禄秘典・大六壬靈覺經》の神課第三巻はここに到りて結束す。本巻の収むる所は、贅婿・無淫の諸課より起きて、泆女・衝破の二課に至りて止まり、講ずる所は皆是れ陰陽配合の序を失い・内裏に私情を蔵し・および動揺破敗するの一类の課体なり。

天禄秘典大六壬靈覺経神課巻之四

凶咎門

迍福課 八迍課 五福課

正月癸酉日,午時亥加午甲子旬。小吉臨功曹,為囚四土中。此之為墓氣,是為第一迍;旺氣之所聚,是為第二迍;丘墓怕木位,此為第三迍;朱雀與刑合,算來是五迍;中傳子臨未,名為第六迍;星傳虛宿同宿,是在七迍;勝光臨癸位,下克是八迍;此名八迍課,凶咎不可論。

正月癸酉日午時に占い、登明亥を用いて占時の午に加えて盤を起き、この一天は甲子旬内に在り。発用する所は是れ小吉未にして、功曹寅の上に加臨す、春月は土は囚死の地に居り、未また是れ四季の土神の一なり。未は木の墓庫と為り、用神は墓気を帯ぶ、これは是れ第一迍。未は寅に加わり、寅木は春に當りて旺相にして、旺気は下面に聚まりて反って上神を壓す、これは是れ第二迍。丘墓は最も木位を怕るるに、未墓は偏偏寅木の上に落つ、これは是れ第三迍。発用の乗る所の天将は是れ朱雀にして、また刑と相配合す、算め来れば是れ第五迍。中伝の神后子は未上に臨む、是れ第六迍。星家の説く所の虚宿は恰好伝中の神と同宿す、是れ第七迍。勝光午は日干癸の宮位上に臨みて、下神は上神を克す、是れ第八迍。以上は合して「八迍課」と称し、凶咎は多くして説き尽す能わず。按:歌訣は第三迍より径く第五迍に接し、中間に第四迍の一句を缺く、ここの底本は脱文有り、臆に補う可からず、その義は応に後文の「囚克を見るを四迍と為す」に依りて補読すべし。

官未朱 兄子白 才巳貴 朱元空螣 未寅亥午 寅酉午癸 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

これは正月癸酉日午時のあの一の一課の課盤なり。上の三行は三伝:初伝は小吉未、癸水日に於て是れ官鬼、朱雀を乗す。中伝は神后子、是れ兄弟、白虎を乗す。末伝は太乙巳、是れ妻財、天乙貴人を乗す。中の三行は四課、自右向左へ読む:下神の一行「寅酉午癸」は右より起きて癸・午・酉・寅。上神の一行「未寅亥午」は右より起きて午・亥・寅・未。天将の一行「朱元空螣」は右より起きて螣蛇・天空・玄武・朱雀。癸水は丑に寄宮せば、ゆえに第一課は是れ癸(丑)上に午を見て螣蛇を乗り、第二課は午上に亥を見て天空を乗り、第三課は日支の酉上に寅を見て玄武を乗り、第四課は寅上に未を見て朱雀を乗す。発用は第四課の未の寅に加わるを取り、寅木は未土を克して下賊上に属せば、ゆえに未を以て初伝と為す。さらに未上の神の子を取りて中伝と為し、子上の神の巳を末伝と為す。最下の四行は天地盤:地盤は仍お左上角を以て巳宮と為し、順時針に午未申酉戌亥子丑寅卯辰。格内に書する所は天盤にして、左上角より順に読んで戌亥子丑寅卯辰巳午未申酉と作り、亦たすなわち天盤は地盤に比べて五位を進む。これ正に是れ正月の月将登明亥を占時の午上に加えて排し出だすの盤——亥は午に壓り・午は丑に壓り(癸は丑に寄すれば、ゆえに癸上に午を見)・未は寅に壓り・子は未に壓りて、四課三伝と一一相合す。

用死終生為一福,子母相生二福。天乙為用為三福,用得救神解禍冤。德臨日為五福,五福兼全福祿寬。八迍五福詳凶吉,以意推之無定神。欲別凶吉微有力,不為八五是詳文。

用神は死気より起きて末伝は旺相に帰するは、是れ第一福。三伝の上下は子母相生するは、是れ第二福。天乙貴人は発用を充当するは、是れ第三福。用神は解救の神を得て来りて禍冤を化解するは、是れ第四福。日干の徳神は日上に臨むは、是れ第五福。五福斉く備われば、福禄は自然に寛綽なり。八迍と五福とは是れ吉凶を分辨するの両把の尺子なれども、但だ心意を憑じて推詳する要して、并せて一成不変の定神無し。吉凶を分かち清めんと想いてまた把握の大ならざると覚ゆる時は、必ずしも八迍に够うや・五福に够うやを死に摳めず、ただ課体本身の文理を細看するを須す。

沖剋休囚刑墓殺,惡將都看有幾迍。旺相相生吉神救,又視福之多寡均。福力均時災漸退,病瘥遭官理自伸。用起死囚旺相券,俯見其仇仰見丘。初傳克賊終無救,凶將惡神日辰頭。中末得凶而自戰,時賊行年八迍愁。事無大小皆不泰,出入迍遭是滯留。所作百事皆不可,居行必有大殃仇。

凡そ衝・克・休・囚・刑・墓・殺のこれらの不利の配合に遇い、さらに乗る所の悪将を加えれば、皆一一点数して究竟に幾個の迍を凑成せるを要す。反って、旺相・相生・吉神の来りて救うに遇上せば、また福は幾個有りて・彼此均衡なるや否やを看る要し。福の力量は迍と相当する時、災禍は便ち漸漸に退去し、病人は痊愈し、官司を吃するの人は道理は自然に申し開き得。もし発用は死囚の気より起きて下面に旺相の神を壓したり、頭を低れて我を克するの仇神を見、頭を擡げて我を収むるの墓庫を見る。初伝は克賊に遭いて末伝また解する所従る無く、凶将悪神は偏偏日干・日支の上に壓す。中伝末伝の得る所もまた是れ凶神にして自ら相交戦し、占時また本人の「行年」を克傷す——この八迍を凑斉すれば、あれば則ち真に愁う可きなり。この様の課は事は大小を論ぜず皆順遂せず、門を出でて家に在りても皆阻滞に遭い、百事皆挙動する可からず、居家出行は必ず大禍大仇有らん。

五福起生處,旺相為一福。子母相生處,便為第二福。用傳是天乙,吉將第三福。天乙亥子水,三宿為四福。發福戊寄丙,中傳是五福。癸日利於未,中用功曹復。此之為成例,故名曰五福。

五福は皆生気の処より起きて算す:発用は旺相の地に落つるは、是れ第一福。三伝は彼此子母相生するは、是れ第二福。用神あるいは三伝の中に天乙貴人のこ様の吉将を見るは、是れ第三福。天乙の属する所の亥子水位は相応の三個の星宿と相配するは、是れ第四福。日干の徳神の寄する所の宮は力を得——戊は丙と同じく巳宮に寄し、徳神は中伝上に落つ——是れ第五福。癸日に就きて言えば、宜しく小吉未を取りて用と為し、中伝さらに功曹寅を取りて来りて回護す。これらの幾条は皆是れ現成の成例、ゆえに合して五福と称す。

孔明曰:八迍者,加死氣為用,旺相所勝,俯仰丘仇,帶凶將刑害,傳逢墳墓,下賊上,殺臨日辰相剋,為八迍課。用起初死終旺,子母相生,始凶終吉,年神制初,旺相臨日,為五福課。此八凶為迍,五吉為福,故曰迍福課。

孔明曰く:いわゆる八迍とは、是れ発用が死気を帯びて、また下面の旺相の神に勝たるるを指す。頭を低れて我を克するの仇神を見、頭を擡げて我を埋むるの丘墓を見る。乗る所の天将は凶悪にして、還て刑と害とを帯ぶ。三伝は墳墓の神に遇う。下神は反って上神を克す。凶殺の神は日干・日支上に臨みて相克す——この八項を凑斉すれば、便ち是れ八迍課なり。反って、発用の初は死気より起きるといえども末伝は旺相に帰し、三伝は子母相生し、開頭は凶にして結局は吉なり、行年の神は能く初伝を制し住し、旺相の神は日上に臨む——この五項はすなわち是れ五福課なり。八件の凶事を迍と言い、五件の吉事を福と言う、ゆえに合して迍福課と称す。

又曰:時令死氣發用,為一迍;下為旺氣所勝,為二迍;上見丘墓,為三迍;見囚克,為四迍;乘凶將,為五迍;刑害為凶星,其主死亡,為六迍;下賊上,為七迍;凶神臨日辰,為八迍。

また一種の数法:令に當るの死気は発用を充当するは、是れ第一迍。用神の下面は旺気に壓制せらるるは、是れ第二迍。上頭に丘墓の神を見るは、是れ第三迍。囚気の来りて克するに遇うは、是れ第四迍。乗る所が是れ凶将なるは、是れ第五迍。刑を帯び害を帯びて凶星と成り・死亡の事を主るは、是れ第六迍。下神は反って上神を克するは、是れ第七迍。凶神は日干・日支の上に壓するは、是れ第八迍。前面の歌訣裏に脱掉せるのあの一迍は、正にこの一条に照らして補足する可し。

一曰用得死氣,二曰為旺相所勝,三曰仰見其丘,四曰用得凶將,五曰刑與刑合,六曰傳得下賊,七曰星得凶宿,八曰凶將臨日辰。

還て一種の尚更簡明の排法有り:一は発用は死気を帯ぶ、二は旺相の神に勝たる、三は頭を擡げて自己の墓庫を見、四は発用は凶将を乗す、五は刑と刑と相配合す、六は三伝中に下神の上神を賊する出現す、七は値する所の星宿は凶宿に属す、八は凶将は日干・日支上に壓す。八条は前説と大同小異にして、ただ次序と措詞との上に略有り出入するのみ。

若用起死氣,末傳旺相,為一福。子逢母凶,帶德神救解,為二福。始雖凶將,終有吉將,為三陽。初傳賊日,末傳為剋制,為四福。日辰有吉將臨,為五福。

もし発用は死気より起きて末伝は旺相に帰するは、是れ第一福。子神は母神に遇うは本に凶象に属すれども、却って徳神の来りて救解する有るは、是れ第二福。開頭の乗る所は凶将なれども、最終に却って吉将に換るは、是れ第三福(底本は「三陽」と作す、応に是れ「三福」の訛)。初伝は日干を克傷するも、末伝は却って能く反ってそれを制し住するは、是れ第四福。日干・日支の上に吉将の臨照有るは、是れ第五福。

又曰:一用始終旺,二曰子母相生,三曰始凶終吉,四曰用得生救,五曰德神臨日。

また一種の尚更簡の説法有り:一は用神は初伝より末伝に到るまで始終旺に當る、二は三伝は子母相生す、三は開頭は凶にして結局は吉なり、四は用神は生扶救助を得、五は日干の徳神は日上に臨む。

經曰:八迍課大凶,應屯卦“泣血漣茹”之象。如得五福,則先凶後吉,統屯之體,乃雷雨解災之課也。

経文に曰く:八迍課は大凶にして、正に《屯》卦上六の「泣血漣如」のあの種の走り投ずるの路無く・痛哭流涕するの爻象に応ず(底本は「漣茹」と写し作す、通行本は「漣如」と作す)。もし課中に兼ねて五福を得れば、便ち先に凶にして後に吉と転成す。この課は総じて《屯》卦の卦体に帰し、雷雨の驟り降りて後に災患は解せらるるに比す。

象曰:八迍並用,憂患將至,得病傾危,遭官坐死,營干不成,舉動殃累,五福相逢,變憂為喜。

象辞に曰く:八迍は一斉に発用の上に凑れば、憂患は便ち頭に臨まんと要す:病を生ずれば則ち病勢は危重し、官司を吃すれば則ち罪に坐して死に至る。経営謀干は一成る所無く、一挙一動皆連累を招く。ただ五福の来りて会する有りて、乃ち能く憂を転じて喜と為さん。

外有八迍變五福格,主先憂後喜始難終易,應屯卦初九“居貞”之象也。

此の外還て一種の「八迍は五福と変ず」の格局有り、先に憂えて後に喜び・起頭は艱難にして後来は平順を主り、正に《屯》卦初九の「居貞に利し」——正道を安守して時機を以て待つの爻象に応ず。

假令正月癸酉日午時占,四課陰陽見小吉臨寅與日比為用,春占土死,用得死氣,為一迍;未加寅被木旺相勝,為二迍;木墓在未,仰見其丘,未土畏木,為俯見其仇,為三迍四迍;將得朱雀與刑合,為五迍;中傳神后臨未,下賊上,乘白虎,為六迍;子有虛宿,主墳墓哭泣之事,白虎與墳墓哭泣相併,為七迍;癸上見螣蛇,酉上見元武,皆凶將,為八迍。

例を挙ぐ:正月癸酉日午時に占う。四課の陰陽神の中に小吉未の功曹寅上に臨むを見、未は日干癸と同類にして相比せば、便ちそれを取りて発用と作す。春に卦を占えば、土は死地に処り、用神の未土は死気を帯ぶ、これは是れ第一迍。未は寅上に加えられて、令に當るの旺相の寅木に勝たる、これは是れ第二迍。木の墓庫は正に未に在り、頭を擡げて自己の丘墓を見、而も未土また寅木を畏懼して、頭を低れて我を克するの仇神を見る、これ便ち第三・第四の両迍を凑成す。発用の乗る所の天将は是れ朱雀にして、また刑と相配合す、これは是れ第五迍。中伝の神后子は未上に臨み、下神は上神を賊し、また白虎を乗す、これは是れ第六迍。子位上は虚宿に値り、虚宿は墳墓哭泣の事を主り、白虎と墳墓哭泣と一処に并せり、これは是れ第七迍。日干の癸上に螣蛇を見・日支の酉上に玄武を見、皆是れ凶将、これは是れ第八迍。八迍斉く備われば、ゆえに八迍課と言う。

官未朱 兄子白 才巳貴 朱元空螣 未寅亥午 寅酉午癸 戌亥子丑 酉 寅 申 卯 未午巳辰

この盤は前図と相同じく、是れ正月癸酉日午時の一課の重出にして、専ら上文の八迍の逐条の推算に対看するを供す。盤に照らして複核すれば:第一課は癸(丑に寄す)上に勝光午を見て螣蛇を乗り、第二課は午上に登明亥を見て天空を乗り、第三課は日支の酉上に功曹寅を見て玄武を乗り、第四課は寅上に小吉未を見て朱雀を乗す。三伝は未(官鬼・朱雀)・子(兄弟・白虎)・巳(妻財・貴人)と為る。八迍の着落は一一按す可し:用神の未土は春に死し・下は寅木の旺気を壓し・未は木の墓と為りてまた寅を畏るは、是れ頭の四迍。初伝は朱雀は刑を帯ぶるは是れ第五迍。中伝は子は未に臨みて白虎を乗り・下は上を賊するは是れ第六迍。子位は虚宿は哭泣を主りて白虎と同じく并せるは是れ第七迍。日干上は螣蛇・日支上は玄武の両凶将は夾持するは是れ第八迍。最下の四行は仍お是れ天地盤にして、地盤の左上角は巳宮と為りて順時針に排布し、格内の天盤は左上より順に読んで戌亥子丑寅卯辰巳午未申酉と為り、正に是れ登明亥を占時の午に加え・全盤の天盤は五位を進むの局なり。

又如正癸酉日午時占,用未,終見太乙,火神乘相氣,為一福;始終相生,有子母之義,為二福;用起朱雀,終見天乙,為三福;以火臨水,得將天乙為救,為四福。癸德在戊,巳中有戊加日,為五福。

同じく正月癸酉日午時のこの一課、角度を換えてもまた能く五福を数え出だす:発用は未を取りて末伝に太乙巳を見、巳は火に属し、正月は火は相気と為り、用は死より起きて終に旺に帰す、これは是れ第一福。三伝は自始至終輾転相生して・母子相続の義有るは、これは是れ第二福。発用の乗る所は是れ朱雀にして、末伝は却って天乙貴人を見るは、これは是れ第三福。末伝は巳火を以て癸水の日干の上に臨みて本に患と為す可きに、却って天乙貴人の来りて救うを得るは、これは是れ第四福。癸の徳神は戊に在りて、而も巳中に戊土を蔵し、正に日干に加臨するは、これは是れ第五福。見る可し同一の課盤にして、凶吉の両面皆看る要して、八迍と五福とは偏執して一端する可からず。

天地煩課 一に曰く二煩課

日宿加四仲,發用在其中。斗繫丑兼未,天煩課本宮。愆招男子罪,如何走西東。兵甲將誅戳,加刑命必終。月宿加四仲,地煩發用名,天罡臨丑未,女子血光驚。產婦多憂懼,胎成子不成。傳中雖有救,父子淚淋淋。

太陽の躔る所の星宿は子午卯酉のこの四個の「四仲」の宮に加臨し、発用またその中に出で、同時に天罡辰は丑あるいは未上に係る、これすなわち是れ「天煩課」の本相なり。それの招き来る所は是れ男子の罪愆にして、東に往くと西に往くとを論ぜず皆避け開く能わず。兵刃は身に加わりて誅戮に遭い、もしさらに刑を帯ぶれば、性命は必然に断送せん。太陰の躔る所の星宿は四仲に加臨し、発用またその中に在れば、あれば便ち「地煩」と言う。天罡辰また丑未に臨めば、女子の血光の驚を見るを主る:産婦は多く憂懼して、胎は結成するといえども孩子は保ち難し。三伝の中に即便に救神有るも、また父子相対して泣くを免れざらん。

日月宿行臨四仲,此課名為天地煩。又被罡星加丑未,復以兼稱為杜傳。男行抵日女沖月,舉事災殃為汝言。禍散更生歡復恐,仇人和了又成冤。弦望晦朔天煩合,男犯刑傷被吏纏。子午卯酉地煩會,女主血流迍又邅。

太陽と太陰の躔る所の星宿は皆子午卯酉の四仲の上に行き到れば、この課は便ち「天地煩」と言う。もしさらに天罡辰を加えて丑あるいは未に壓せば、便ち兼ねて一個の名目の「杜伝」有りて、意思は是れ去るの路は堵死せらるるなり。男子の「行年」は日宿に抵り、女子の行年は月宿に衝り、凡そ挙動有れば皆災を招く要し、これは是れ明白にあなたに告ぐるなり。禍事は剛に散ぜばまた生じ、歓喜の中に還て惊恐を蔵す。仇人は剛に講和するも、眼を転ずればまた新怨を結ぶ。上弦・望・晦・朔のこの四個の正日に逢えば天煩と相合して、男子は便ち刑を犯し傷を受けて・吏役に纏身せられん。子午卯酉の宮は地煩と相会すれば、女子は便ち血光の災有りて、一波未だ平らがざれば一波また起こらん。

神臨四仲雖天煩,斗繫丑未丈夫愆。月宿臨仲名地煩,斗繫丑未女人顛。日宿月宿俱臨仲,斗繫丑未為妄傳。地煩金氣為凶咎,不獨婦人憂產厄,男兒亦自懼爭喧。此時課傳名杜塞,無門無戶鬼相逢。天意為災不可避,惟宜謹守把門關。

日宿は四仲に臨みて雖に已に天煩と成るも、還て天罡は丑未に係るを要して、乃ち丈夫の身上に在るの罪愆に応ず。月宿は四仲に臨むを地煩と言い、天罡は丑未に係れば、則ち女人の顛沛に応ず。もし日宿月宿は一斉に仲に臨み・天罡また丑未に係れば、あれ便ち是れ「妄伝」にして、伝する所の神は皆憑信するに足らず。地煩さらに金気を帯びて来りて凶咎を主れば、便ち単に婦人の産厄を憂慮するのみならず、男子もまた驚を担い怕を受けて・争闘して休まざらん。此の時の課と伝とは合して「杜塞」と称し、前に門無く後に戸無く、どこに走り到りても皆鬼祟に撞見す。これは是れ天意の災を降すにして、躲避するを得ず、ただ小心謹慎して・門戸を関め緊むるのみ。

孔明曰:凡四仲遇四正及四平日,占得日月宿加四仲,斗罡繫丑未,為二煩課。四仲者,子午卯酉也;宿者,躔宮神也。正月起亥,逆行十二宮神也。月宿者,太陰躔宮神也。正月起虛逆行十二神也。正月初一日移一宿,逐二十八宿,遇奎張井室氐斗宿,重留一算,數盡月宿住處,為太陰所在宮神,更詳七政歷細度為準。

孔明曰く:凡そ子午卯酉のこの四個の仲支の日にして、また朔望上下弦のこの「四正」および「四平」の日に碰上し、日宿・月宿を占い得て皆四仲の上に加わりて、而も天罡辰また丑あるいは未に係れば、すなわち是れ「二煩課」なり。いわゆる四仲とは、すなわち是れ子・午・卯・酉なり。いわゆる「宿」とは、指すは太陽の躔る所の宮神にして、正月は亥宮より算を起き、十二宮を逆行す。いわゆる「月宿」とは、指すは太陰の躔る所の宮神にして、正月は虚宿より算を起き、十二神を逆行す。推法は是れ毎月の初一は一宿を移し、依次に二十八宿を数え過ぎて、奎・張・井・室・氐・斗のこれらの幾宿に遇えば多く一算を留め、尽頭に数え到りて停まる所の処は、すなわち是れ太陰の当時在る所の宮神なり。尚更精細の度数は、還て七政暦を査対して准と為すを要す。

斗罡者,辰也;四正者,朔望弦晦也。初一日為朔,八日為上弦,十五日為望,二十三日為下弦,月終為晦;四平者,即四仲也,子平卯,卯平午,午平酉,酉平子也。如日月經仲宿度數,多有稽留,及天罡凶神交繫丑未,貴人不得理事,則三光不明,德氣在內,刑氣在外,此二者天地煩相併之,故名之。

いわゆる斗罡とは、すなわち是れ天罡辰なり。いわゆる四正とは、指すは朔・望・弦・晦のこの幾個の節点:初一は朔と為り、初八は上弦と為り、十五は望と為り、二十三は下弦と為り、月末は晦と為る。いわゆる四平とは、其実はすなわち是れ四仲にして、子と卯と相平なり・卯と午と相平なり・午と酉と相平なり・酉と子と相平なりの義を取る。倘若日月の仲宮に行経するの宿度の時に多く停留遅滞有りて、また天罡のこの個の凶神は丑未に交系す——丑未は正に是れ天乙貴人の起居の地にして、貴人は凶神に絆し住せられれば便ち事を理する無法なり——ここに於て日月星の三光は皆昏暗にして明からず、徳気は退蔵して内に在りて、刑気は張揚して外に在す。天煩と地煩との両者は一処に并せりて、この課は便ちこれに因りて名を得るなり。

又曰:日宿加仲為天煩,月宿 加仲為地煩;日宿者,天將也;月宿者,太陰行度是也,正月起室,二月起奎,三月胃,四月結,五月參,六月魁,七月張,八月軫,九月氐,十月心,十一月斗,十二月虛。如正月十五占,從室宿數起,值奎井張重算,得張宿加四仲,即名地煩課。

また一説:日宿は四仲に加臨すれば天煩と言い、月宿は四仲に加臨すれば地煩と言う。日宿はすなわち是れ天将の値する所の宿。月宿は則ち是れ太陰の行度にして、その算を起くるの法は是れ正月は室宿より起き、二月は奎宿より起き、三月は胃宿、四月は畢宿(底本は「結」と作す、応に是れ「畢」の訛)、五月は参宿、六月は觜宿、七月は張宿、八月は軫宿、九月は氐宿、十月は心宿、十一月は斗宿、十二月は虚宿なり。譬へば正月十五日に占えば、便ち室宿より起きて数え、奎・井・張の幾宿に遇えば重ねて一算を計する要し、数え下りて張宿を得て四仲の上に加われば、これを地煩課と言う。

《金匱》云:子午卯酉為四極,其四極之辰,每多一宿度數,日月到此未免杜塞,留久而後出其宮。丑未十干貴人之首也,天罡者凶神也,若繫之故貴人不得理事,故名二煩。

《金匱》に曰く:子午卯酉は是れ天地の四個の極点にして、この四個の宮辰の轄する所の宿度は往々に別宮に比べて多く出づる有り、日月はここに運行して滞塞を免れず、停留すること甚だ久しくして乃ちその宮を走出す。丑と未との両宮は是れ十天干の天乙貴人を起くるの首位にして、天罡辰は則ち是れ凶神。凶神一たびこの両宮に纏えば、貴人は便ち主事する能わず。これに因りてこの課は名を取りて「二煩」と為し、煩はすなわち是れ攪擾せられて安寧を得ざるなり。

經曰:若見地煩,無天煩,日月異宮,不在一處,其弦望二日,是仲在上發用,方可言煩。夫天覆於上,地載於下,人住於中,故為三才,人受天地覆載以生者也。煩者,亂也,厭憎之意,天煩為天厭憎而不知。蓋地煩如地厭憎之而不知,載之地即如此,人將何求哉?

経文に曰く:もしただ地煩を見て天煩無からば、日と月とは両宮に分処して一処に在らず、あれは応に上弦・望のこの両日に在りて、仲支の神は上に居りて発用を充当して、乃ち煩と断じ作す可し。天は上に在りて覆い、地は下に在りて載せ、人は中間に処りて、合して三才と称す。人は正に天覆地載を受けて以て生存を得るなり。煩とは、すなわち是れ乱にして、また是れ厭悪憎棄の意思なり:天煩とは、是れ上天のこの人を厭棄して而も他自らは還て知らざるなり。地煩とは、是れ大地のこの人を厭棄して而も他自らは還て知らざるなり。自己を承載するの大地に連ねてすでにかくの如し、人は還て何を求むる能けんや。

占者得此,主家有災禍,統明夷之體,乃荊棘滿途之課也。象曰:男遇天煩,命遭刑戮;女遭地煩,身受荼毒;徵占傷亡,疚病號哭;刑獄徒流,胎孕不育。

この課を占い到れば、家中に災禍有るを主る。それは総じて《明夷》卦の卦体に帰し、是れ一副の満路荆棘の課象なり。象辞に曰く:男子は天煩に遇えば、性命は刑戮に遭う要し。女子は地煩に遇えば、身体は荼毒を受くる要し。征戦を占えば傷亡を主り、疾病を占えば号哭を主り、刑獄を占えば流放を主り、胎孕を占えば生育する能わざるを主る。

經曰:日月二宿若加在仲,天煩之課,男人無用;罡入丑未地煩之課,立命當之,傷殘淫佚。

経文に曰く:日宿と月宿ともし皆四仲の上に加わりて天煩の課と成れば、男子は占い来りて一も用うる所無し。天罡辰は丑未に進入して地煩の課と成れば、もし正に本人の「命上神」——即ち本命の地支の臨む所の天盤の神——の上に落つれば、便ち傷残と淫佚の事とを主る。

又曰:得天煩者,百事未遂,當見訟獄,又本命在四季上,四仲在本命上,大凶,縱有吉將在傳,亦不可免。男行年抵日宿,主被吏執;天地煩並,男女俱有患難。春夏可生,秋冬必死,當此之時,利居家,不利出行及干求舉事。凡有謀為造作,決招凶禍,則應明夷卦上六“後入于地,失明。”之象也。

また曰く:天煩を占い得れば、百事皆願いの如くならず、還て官司を吃し坐牢する要し。もし本命は辰戌丑未のこの四季の支上に落ち、而も四仲の神また本命の上に壓せば、あれば則ち大凶にして、即便に三伝中に吉将有るも免れざらん。男子の行年は日宿に抵れば、吏役に拘捕せらるるを主る。天煩地煩は一斉に出現せば、男女皆患難有らん。春夏の時は尚お命を保つ可く、秋冬の時は必ず死せん。此の際に當りては、家中に守りて居るに宜しく、門を出でて遠行するに利あらず、また干求挙事するに利あらず。凡そ謀划興造有れば、一定に凶禍を招き来たらん、正に《明夷》卦上六の「後に地に入る」——明より暗に入りて終に失明に至るの爻象に応ず。いわゆる行年とは、是れ人の年歳に按じて逐年に推し出だすの流年の支にして、吉凶を断ずる時は本命と合看するを須す。

又曰:天煩主男人犯法而死,刀兵血光,兵刃誅戮,縱有解救,亦作徒配;地煩女子血光產厄,或犯法而死,春夏天煩災罪立生,秋冬則死。卯午,春夏也;酉子,秋冬也。若日月臨四仲,天罡不繫丑未,名杜傳,利居家不利遠行。凡舉皆凶,若與三交、龍戰並,其凶尤甚。

また曰く:天煩は男子の法を犯して死するを主り、刀兵血光を見て、兵刃の誅戮に遭い、即便に解救の神有るも、不過減じて流放充軍と成る。地煩は女子の血光産厄を主り、あるいは法を犯して死す。春夏の時に天煩に遇えば、災禍罪責は立刻に来り、秋冬の時に遇上せば、則ち直ちに死を主る。卯と午とは春夏に属し、酉と子とは秋冬に属す。もし日月はただ四仲に臨むのみにして、而も天罡は并せて丑未に係らざれば、あれば則ちただ「杜伝」と言い、家を守るに宜しく遠行に宜しからず、凡そ挙動有る皆吉利ならず。もしさらに「三交」「龍戦」のこの両種の凶格と并せ見れば、凶险は就中加えて甚ならん。

假如九月初一丙午日午時卯將占,寅命,行年在午,月將為日宿,躔氐二度,月宿躔氐五度,日月俱在卯宮,加午為仲,辰為斗罡,臨未二者為天地煩課。

例を挙ぐ:九月初一の丙午日午時に占い、太冲卯を用いて月将と為す。占う者の本命は寅に属し、行年は午に在り。ここに月将を以て日宿を充当し、太陽は氐宿の二度に躔り、太陰は則ち氐宿の五度に躔り、日月皆卯宮に落つ。卯は午上に加臨し、午は是れ四仲の一、天罡辰また未上に臨む——日宿月宿は倶に仲に加わり・天罡は丑未に係るの两条は同時に具備すれば、ゆえに天地煩課と判ず。初一は朔と為りて、また正に前文の説く所の「四正」の日に合す。

官亥貴 才申元 兄巳空 螣勾貴六 子卯亥寅 卯午寅丙 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

これは九月初一の丙午日午時・太冲卯を月将と為すのあの一課の課盤なり。上の三行は三伝:初伝は登明亥、丙火日に於て是れ官鬼、天乙貴人を乗す。中伝は伝送申、是れ妻財、玄武を乗す。末伝は太乙巳、是れ兄弟、天空を乗す。中の三行は四課、自右向左へ読む:下神の一行「卯午寅丙」は右より起きて丙・寅・午・卯。上神の一行「子卯亥寅」は右より起きて寅・亥・卯・子。天将の一行「螣勾貴六」は右より起きて六合・天乙貴人・勾陳・螣蛇。丙火は巳に寄宮せば、ゆえに第一課は丙(巳)上に寅を見て六合を乗り、第二課は寅上に亥を見て貴人を乗り、第三課は日支の午上に卯を見て勾陳を乗り、第四課は卯上に子を見て螣蛇を乗す。四課の上下は并せて相克無く、ただ第二課の上神の亥と第四課の上神の子と能く丙火を克して、遥克取用に属す。本盤は登明亥を取りて発用と為し、さらに順に亥上の申を取りて中伝と為し・申上の巳を末伝と為す。最下の四行は天地盤:地盤の左上角は仍お是れ巳宮にして、順時針に午未申酉戌亥子丑寅卯辰。格内の天盤は左上より順に読んで寅卯辰巳午未申酉戌亥子丑と為り、即ち天盤は地盤に比べて三位を退く。これ正に是れ月将の卯を占時の午に加うるの局——卯は午に壓りて上文の「午に加わるを仲と為す」に合し、辰は未に壓りて「辰は斗罡を為して未に臨む」に合し、亥は寅に壓り、丙は巳に寄して巳上に寅を得、一一験す可し。

假如三月十五日己卯子時酉將占,男命,行年在子,月宿是酉,加子為加仲,罡加未為地煩課。又女命行年在午,月宿卯臨午為加仲,罡加未為地煩課。

また三月十五日の己卯日子時に占い、従魁酉を用いて月将と為すが如し。もし是れ男子の来りて占うは、行年は子に在り:月宿の酉は正に子上に加わり、子は是れ四仲の一、即ちいわゆる「仲に加わる」なり。天罡辰また未上に加わり、两条相合して、地煩課と断ず。もし是れ女子の来りて占うは、行年は午に在り:この時看る所は是れ午上に加わるの太冲卯、卯は午に臨むは同じく是れ仲に加わるなり。天罡辰は仍お未に加わり、また地煩課と断ず。十五日は望と為り、正に是れ「四正」の一なり。

才子勾 子酉螣 印午陰 螣勾青常 酉子丑辰 子卯辰己 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

これは三月十五日の己卯日子時・従魁酉を月将と為すのあの一課の課盤なり。上の三行は三伝:初伝は神后子、己土日に於て是れ妻財、勾陳を乗す。中伝は従魁酉、是れ子孫、螣蛇を乗す。末伝は勝光午、是れ印綬父母、太陰を乗す。中の三行は四課、自右向左へ読む:下神の一行「子卯辰己」は右より起きて己・辰・卯・子。上神の一行「酉子丑辰」は右より起きて辰・丑・子・酉。天将の一行「螣勾青常」は右より起きて太常・青龍・勾陳・螣蛇。己土は未に寄宮せば、ゆえに第一課は己(未)上に辰を見て太常を乗り、第二課は辰上に丑を見て青龍を乗り、第三課は日支の卯上に子を見て勾陳を乗り、第四課は子上に酉を見て螣蛇を乗す。四課の上下は克無く、ただ日干の己土のみ能く第三課の上神の子水を克して、日干の遥かに上神を克して取用するに属せば、ゆえに神后子を以て発用と為し、さらに子上の酉を取りて中伝と為し・酉上の午を末伝と為す。最下の四行は天地盤:地盤の左上角は巳宮と為りて順時針に排布し、格内の天盤は左上より順に読んで寅卯辰巳午未申酉戌亥子丑と為り、天盤は地盤に比べて三位を退く、正に是れ従魁酉を占時の子に加うるの局なり。盤上は酉は子に壓り・卯は午に壓り・辰は未に壓り、恰好上文の男命女命の両種の断法の挙ぐる所の仲に加わり・罡は未に臨むと一一相符す。

假如六月壬子日卯時午將,勝光臨卯,日遙克神為用,日月宿俱臨午加卯,斗加丑,晦朔弦望為四正,男行年抵日,主被吏執,子午卯酉為四仲;女行年抵月宿,主被盜賊。一雲男行年忌宿;女行年忌抵月宿。一雲日宿加卯午,為春夏天煩;加酉子為秋冬天煩,男人忌之;月宿加卯午為春夏地煩;加酉子為秋冬地煩,女人忌之。

また六月壬子日卯時に占い、勝光午を用いて月将と為すが如し。午は卯上に加臨し、四課の上下は克無く、日干の遥かに克するの神を取りて発用と為す。日宿月宿皆午に落ちて卯に加わり、天罡辰は丑上に加わる。晦・朔・弦・望は即ちいわゆる四正、子午卯酉は即ちいわゆる四仲なり。この時男子の行年もし日宿に抵れば、吏役に拘捕せらるるを主る。女子の行年もし月宿に抵れば、盗賊に遭うを主る。もう一説は男子の行年は日宿に抵るを忌み、女子の行年は月宿に抵るを忌む。還て一説有り:日宿は卯あるいは午上に加われば、是れ春夏の天煩。酉あるいは子上に加われば、是れ秋冬の天煩、男子は最も忌む。月宿は卯あるいは午上に加われば、是れ春夏の地煩。酉あるいは子上に加われば、是れ秋冬の地煩、女子は最も忌む。見る可し同一の盤上の日月の二宿にして、春夏の位に落つると秋冬の位に落つるとは、応験の遅速軽重は并せて相同じからず。

九醜課

四辰臨五日,九丑惡聲名,大吉時加仲,天災莫舉兵。遠行人必死,嫁娶起哀聲,修造妨家長,遷移人口驚,葬埋絕後裔,買賣不順成。大小二時並,凶神生四平,三年與三月,不出大凶星。乙戊己辛壬,四仲上加臨。大吉與支干,九丑不堪論。

子午卯酉のこの四個の地支は乙・戊・己・辛・壬のこの五個の天干に配上して、九醜の悪名を凑成す。大吉丑は四仲の時に加臨すれば、正に天の災殃を降すに當りて、切に兵を興す可からず。この時遠行の人は必ず死し、嫁娶は声を哭し出だす要し、房屋を修造すれば家長を妨害し、搬遷移居すれば人口を驚動し、安葬埋殯すれば後嗣を断絶せんとし、売買交易もまた順遂ならず。もし「大時」「小時」の両個の凶神は一斉に来りて会し、凶神また四平の位に生ずれば、あれば当旺の時は三年の内に応じ、囚死の時は三月の内に応じ、総じてこの顆の大凶の星を跑れ出づる能わず。乙・戊・己・辛・壬の五日は、四仲の支はその上に加臨し、大吉丑また日干・日支の上に壓せば、九醜の凶は便ち説き尽す能わず。

《協記辨方?奏議》:九丑本於壬遁,其法以乙卯、己卯、辛 卯、乙酉、己酉、辛酉、戊午、戊子、壬午、壬子十日,丑臨於支上,則其時為九丑課。推其理,以此十課魁罡及日干皆落敗地,故謂之丑。乙己辛壬戊五日干加子午卯酉四支,共為九,故曰九丑。

《協紀辨方書・奏議》に曰く(底本の書名中の一字は漫漶して、「協記辨方?奏議」と作す):九醜は本に壬遁の法より出で、乙卯・己卯・辛卯・乙酉・己酉・辛酉・戊午・戊子・壬午・壬子のこの十個の日子を取り、凡そ大吉丑は日支の上に臨めば、あの個の時辰は便ち九醜課と成る。その理を推究すれば、この十課の魁・罡の二神および日干は皆衰敗の地に落つれば、ゆえに「醜」と言う。乙・己・辛・壬・戊の五個の日干は、子・午・卯・酉の四個の地支に配上して、五に四を加えて共に九数を得れば、ゆえに九醜と称す。

乙戊己辛壬五日,四仲相併九丑神。大吉臨其干支上,值此凶災將入人。大小二時相濟會,剛日男凶柔女迍。重陽害父陰害母,測其天官決事因。不但納妻並嫁女,最忌行遊及出軍。日干乙戊己辛壬,子午卯酉支來尋,大吉還加日辰上,四仲加時九丑淫。穢惡聲聞為不肖,百體雜亂家陰沈。月建大時來入課,必有喪禍哭呻吟。

乙・戊・己・辛・壬のこの五個の日干は、子午卯酉の四仲と相配すれば、便ち併せて九醜の神と成る。大吉丑は日干あるいは日支の上に臨めば、凶災は便ち人身に臨み到らんと要す。もし大時・小時の両個の凶神また相済えて会合せば、あれば陽干の日は男子に応じ、陰干の日は女子に応ず。日干・日支皆貴人の前に在るを「重陽」と言い、父を傷るを主る。皆貴人の後に在るを「重陰」と言い、母を傷るを主る。さらに乗る所の天将を看れば、便ち事の由来を断定し得。この課は不但に妻を娶り女を嫁するに宜しからざるのみならず、最も門を出でて遊遠し・兵を領して出征するを忌む。総じて言えば:日干は乙戊己辛壬を取り、日支は子午卯酉を尋ね、大吉丑は還て日干・日支上に加わる要し、占時また是れ四仲、これにて乃ち九醜の淫を凑成す。この課を占い得れば、穢悪の名声は外に伝揚し、行為挙止は雑乱して堪えず、家道は昏沈す。もし月建と大時とまた課中に進入せば、家里に必ず喪禍有りて、哭泣呻吟止まざらん。

經曰:大吉乘乙戊己辛壬之日,配子午卯酉之神,是謂天地之道歸殃九丑,謂五干四神合為九也。大吉乃天帝之大殺,居其上行其殺,故曰丑。四仲之日時加四仲,在吉臨日辰,舉百事大凶。大吉加日害長,加辰害幼,剛日害男,柔日害女。

経文に曰く:大吉丑は乙・戊・己・辛・壬のこの五個の日子上に乗り、また子午卯酉の四神に配せば、これ便ち天地の道の殃咎を九醜上に帰結するを言う。いわゆる九とは、是れ五個の天干に四個の地支を加えて合成するの数なり。大吉丑は本是れ天帝の大殺神にして、それは上位に高居してその誅殺の権を行う、ゆえにこれを名づけて「醜」と為す。四仲の日また四仲の時に逢い、大吉は日干・日支上に臨めば、如何なる事を做るも皆大凶なり。大吉は日干上に加われば、家中の長輩を傷害し、日支上に加われば、家中の幼小を傷害す。陽干の日は男子を傷り、陰干の日は女子を傷る。

在日陽傷夫,在月陰傷婦,重陰害母,重陽害父。天乙前為陽,天乙後為陰,日辰皆在天乙前為重陽,日辰皆在天乙後為重陰。以四時為旺相期三年,囚死期三月。以大吉並將言其形狀,四辰與天將大吉與凶並,如加九者大凶,禍重至,必有刑戳、死亡、流血千里,萬無全者。

日の陽位に落つれば丈夫を傷り、月の陰位に落つれば妻子を傷る。重陰は母親を傷り、重陽は父親を傷る。陰陽を分辨するの弁法は是れ:天乙貴人の前に排せられれば陽と算し、天乙貴人の後に排せられれば陰と算す。日干・日支皆貴人の前に在ればすなわち是れ重陽、皆貴人の後に在ればすなわち是れ重陰。応期は四時の旺衰に照らして推算す:令に當りて旺相するは、三年の内に応験す。囚死に処るは、三月の内に応験す。さらに大吉丑と乗る所の天将とを合看すれば、便ち災禍の具体の形状を説き出だす能し。もし四課の辰と天将と・大吉と凶神と層層并せ見て九数を凑足せば、あればすなわち是れ大凶にして、禍事は接連して来りて、必ず刑戮・死亡・流血千里の事有りて、人も能く保全する無からん。

經言“乙者,雷霆之始;戊己,北辰下降之日;辛乃秋金,斷刑之日;壬乃三光所不照之日。四仲之日,萬物存亡所繫,子午為易氣,子為冬至,陽氣所生,以陽易其陰之氣;午為夏至,陰氣始生,以陰易其陽之氣。卯乃春分氣交,陽盛陰絕;酉乃秋分氣交,陰盛陽絕。大吉乃日月五星所始也,故合則為害,即乙卯、乙酉、己卯、己酉、辛卯、辛酉、戊子、戊午、壬子、壬午十日是也。

経文また曰く:乙は是れ雷霆萌動の始。戊己は是れ北極星の下降するの日。辛は秋金に属して、是れ刑を断じ刑を用うるの日。壬は則ち是れ日月星の三光の照り到らざるの日。子午卯酉のこの四仲の日は、万物の存亡に関係す:子午の两支は気の交替を主り、子は冬至に當りて陽気初生して・陽を以て陰の気を換う。午は夏至に當りて陰気初生して・陰を以て陽の気を換う。卯は春分に當りて二気交接して陽盛んにして陰絶ゆ。酉は秋分に當りて二気交接して陰盛んにして陽絶ゆ。大吉丑また是れ日月五星の運行の起点、ゆえにこの幾様は一処に凑合せば便ち禍害と成る、具体はすなわち是れ乙卯・乙酉・己卯・己酉・辛卯・辛酉・戊子・戊午・壬子・壬午のこの十日なり。按:底本の此の段の引号はただ開きて合せず、引文と正文との界限は已に辨う可からず、姑らく文義に依りて句末に到るまで読む。

孔明曰:天地之道,賞善罰惡,故以九丑之歸,四時成功,諸神奏書,集會明堂,以考生殺,建丑之九。大吉為眾會之首,更兼大小二時在四仲之時,與日辰俱會,則主殺傷悖逆之禍。

孔明曰く:天地の道は、善を賞して悪を罰すれば、ゆえに殃咎を把りて九醜上に帰す。一年四時の功は成るの際、衆神は各々奏章を上りて・明堂に斉集し・生殺の事を考核し、ここに於て丑を以て建と為し・九を以て数と為すの説法有り。大吉丑は是れ衆神会集の首位にして、もしさらに大時・小時の両個の凶神の恰好四仲の時に在るを加え、また日干・日支と一斉に会合せば、あれば則ち殺傷と悖逆の禍とを主る。

如二月壬子日酉時,大吉臨子,剛日當殺長男,期六月戊辰、戊戌、己丑、己未日應,所以然者,壬子惡土,故寺月之日期之。四土月十二月時加四仲,亦是大吉加子,此謂加陽神,男人主之。

譬へば二月壬子日酉時に占えば、大吉丑は日支の子上に臨む。壬は是れ陽干にして剛日に属し、応に家中の長男を傷害すべし。応期は六月の戊辰・戊戌・己丑・己未のこの幾日に在り。かくの如くするの所以は、是れ壬子水は最も土の来りて克するを怕るるに因れば、ゆえに四季の土旺の月の土日を取りて以て応期を定む(底本の「寺月」は応に是れ「四月」あるいは「四季の月」の訛)。凡そ辰戌丑未のこの四個の土月および十二月は、占時また四仲上に加われば、同じく是れ大吉の子に加わる、これを陽神の上に加わると言い、男子の身上に応ず。

二月大吉在子,春日土死,此為大凶,決知所主,以大吉所得將言之,太常並,定主父無,鬼神為敗;螣蛇併為驚死;朱雀並主祠寺燒死;六合並主女子淫佚;勾陳並主路鬥死;青龍並主領會酒食財錢死;天乙並與貴人同貴死;天后並主婦人懷他人子死;玄武並主盜賊詐為敗。

二月の時に大吉丑は子上に落ち、春に土は死地に処れば、これは是れ大凶なり。応ずるは何事の上なるを確定せんと要せば、便ち大吉の乗る所は是れ哪の一位の天将なるを看る:太常と同じく并せれば、父の保たざるを主り、是れ鬼神の作祟して事を敗るなり。螣蛇と同じく并せれば、驚を受けて死するを主る。朱雀と同じく并せれば、祠廟寺観の火を失して焼死するを主る。六合と同じく并せれば、女子の淫佚するを主る。勾陳と同じく并せれば、路上に在りて争闘して死に至るを主る。青龍と同じく并せれば、聚会酒食財銭の為に命を喪うを主る。天乙貴人と同じく并せれば、貴人に攀附して同じく貴なるに因りて死するを主る。天后と同じく并せれば、婦人の別人の孩子を懐いて死するを主る。玄武と同じく并せれば、盗賊に欺詐せられて敗るるを主る。見る可し同じく是れ一個の大吉丑にして、乗る所の天将同じからざれば、応験するの人事は便ち完全に両様なり。

如十一月乙卯日辰時,大吉加乙為用,將得螣蛇,憂婦女爭田宅,長女主之。又如戊子日卯時,大吉加子陰,功曹為用,大吉雖不為用,亦名九丑,少男主之。大吉課家冢動。如四仲占,丑臨日辰,加四仲時發用,亦為九丑課。夫丑紐也,歲終物慾歸而未舒,尚紐也。占事多凶,統小過之體,乃上迍邅之課也。

また十一月乙卯日辰時に占い、大吉丑は日干の乙上に加わりて発用を充当し、乗る所の天将は是れ螣蛇にして、婦女の為に田宅を争奪して憂うるを主り、長女の身上に応ずが如し。また戊子日卯時に占うが如く、大吉丑は日支の子の陰神位上に加わり、発用の取る所は是れ功曹寅。大吉は雖に発用を充当せざるも、仍お旧として九醜課と言い、幼子の身上に応ず。凡そ大吉は課に入れば、還て家中の祖墳に動有るを主る。もし四仲の日に占い、丑は日干・日支に臨み、占時また四仲に加えて発用せば、同じく是れ九醜課なり。「醜」はすなわち是れ「紐」にして、一年将に尽きんとし、万物は蔵に帰せんと想うも還て舒展して開かず、仍お旧として纏束せられをり。事を占えば多く凶なり、この課は総じて《小過》卦の卦体に帰し、是れ一副の処境艱難して・進退迍邅たるの課象なり。

象曰:剛日男凶,柔日女凶,重陽害父,重陰害母,婚姻有災,造葬無補,諸事難為,徒勞辛苦。此時不可舉兵、遠行、移徒、嫁娶、造葬、求謀,百事災禍,更與大小時並,禍不出月。或神將吉滅凶神將,一切事皆不可就,且多凶咎,應小過上六“災眚”之凶。

象辞に曰く:陽干の日は凶は男子に在り、陰干の日は凶は女子に在り。重陽は父を傷り、重陰は母を傷る。婚姻に災有り、営造安葬皆事に補う無く、諸事成り難く、辛苦を白費す。この時は兵を興し・遠行し・遷移し・嫁娶し・造葬し・謀求する可からず、件件皆是れ災禍なり。もしさらに大時・小時の両個の凶神と并せ見れば、禍事はこの月を出でざれば便ち発作する要し。即便に吉神吉将の凶神凶将を壓し住する能く有るも、一切の事情もまた皆往きて做るに宜しからず、凶咎は仍お多し、正に《小過》卦上六の「災眚」の凶象に応ず——天の降すの災と人為の過と一斉に来り到るなり。

如二月乙卯日子時占,大吉臨卯,下克上為用,時加四仲,大吉乘白虎帶死氣而臨旺鄉,在小時殺上,以此占人,有暴死,三年與三月者,四仲每隔三辰也。

また二月乙卯日子時に占うが如く、大吉丑は日支の卯上に臨み、卯木は丑土を克して下克上に属して取りて以て発用と為す。占時の子また是れ四仲の一なり。大吉の乗る所は是れ白虎にして、本身は死気を帯ぶるも却って木旺の郷に落ち、而且正に小時の凶殺の上に壓す。これを以て人を占えば、暴死の事有るを主る。前面の説く所の応期あるいは三年あるいは三月とは、是れ子午卯酉の四仲は彼此三辰を相隔てるに因れば、ゆえに三のこの個の数を取る。

三陰課

課名號三陰,災患疊來侵。天乙逆行治,丘墓加日辰。用爻值囚死,上下相剋刑。賊來賊年上,是課名三陰。

この個の課の名は「三陰」と言い、災患は一層に一層を接して侵り来る。天乙貴人は逆行して将を布くは、是れ第一重の陰。墳墓の神は日干・日支上に加わり、用神また囚死の気に値り、上下彼此克戦して刑を帯ぶは、是れ第二重の陰。克賊の神は本人の行年上に落つるは、是れ第三重の陰。三者倶に備われば、ゆえに名は三陰課と為る。

天乙逆行為不順,元白二神日前立。用終囚死又相剋,賊行年凶必殘破。三陰任如能施作,課主精神入墓間。百事總乖家業散,縱使登科位不遷。

天乙貴人は逆行すれば、是れ政令順せざるの象なり。玄武・白虎の両位の凶将また日干の前に立つ。用神は初伝より末伝に到るまで皆囚死の地に処り、彼此還て相克する要し。克賊の気は行年上に落てば、凶险は必ず残破に致るに到る。この様の課は、縦令勉强に往きて事を做すとも、人の精神は墓庫に関め入れられたるが如きなり。百事乖違して順せず、家業離散し、即便に僥倖に登科中挙するも、官位もまた遷升して上がり得ざらん。

正時克年天乙逆,元武白虎加日辰。初傳更往克末傳,或終囚死又克賊。此曰三陰事不明,陰暗災危事非一。居官之人年入墓,縱得為官不遷職。

占時は行年を克傷し、天乙貴人また逆行す。玄武・白虎の両個の凶将は日干・日支上に壓す。初伝さらに往きて末伝を克し、あるいは末伝は囚死の地に落ちてまた克賊に遭う——これを三陰と言い、事は曖昧不明にして、陰暗の中の災危は一に止まらず。官を作るの人もし行年また墓庫に入れば、縦令官職を得たるも、調も動かず升もせざらん。

天乙逆行,三五加日辰,一陰也;用終囚死,上下相剋,二陰也;時克行年,三陰也。斗月照今日之本,為殃;用在其中,名曰重陰,一曰凡天乙逆行,日辰在後,用起囚死,將乘玄虎,時克行年,陰氣不利三也。此三者,主闇昧陰危,故名三陰。

天乙貴人は逆行し、丘墓の神は日干・日支の上に加わる、これは是れ第一重の陰。用神と末伝と皆囚死の地に落ち、上下また互相に克戦す、これは是れ第二重の陰。占時は行年を克傷す、これは是れ第三重の陰。天罡と月建とは本日の長生の位を照臨せば、便ち災殃と成る。発用また恰好その中に在れば、便ち「重陰」と言う。別に一種の説法有り:凡そ天乙貴人逆行して、日干・日支皆貴人の後に排せられ、発用は囚死の気より起き、乗る所また是れ玄武・白虎にして、占時さらに行年を克す——陰気不利の三条はすなわち是れこれらなり。この三様は皆曖昧陰険を主れば、ゆえに三陰と言う。

一曰天乙逆治,日辰在後立,白虎居前,是名三陰。占者得此,凡謀不通,多有悔滯,統中孚之體,乃群陰黨惡之課也。

もう一説:天乙貴人は逆行して事を主り、日干・日支皆貴人の後に立ち、白虎は却って前に居れば、これを三陰と言う。この課を占い到れば、凡そ謀划有る皆行き通らず、多く懊悔と滞碍と有らん。それは総じて《中孚》卦の卦体に帰し、是れ一副の群陰党を結びて悪を為すの課象なり。

象曰:動作困苦,百事沉淪,見官屈伏,占病多迍,士憂祿位,男亡婚姻,求財破散,孕主女娠。又主終日禍患困窮,繫者雖解身屬災,病者雖起精魂入棺,居家理耗破敗憂愁,萬事大凶,所謂入九地之下。

象辞に曰く:挙動は困苦し、百事沈淪す。官長を見ればただ屈服する能うのみ、病を占えば則ち病勢纏綿す。読書人は禄位の保たざるを憂慮し、男子の婚事は告げ吹かん。財を求めれば則ち財散じ人離れ、孕を占えば則ち女を生む。此の外還て整日の禍患困窮を主る:拘系せらるるの人は縦令釈を得るも、身上に仍お災を帯ぶ。生病の人は縦令床を起き得るも、精魂は已に棺木に進入せり。居家して日子を過ぐれば処処消耗破敗して・憂愁断えず、万事大凶、正にいわゆる九地の下に陷入するなり。

夫三陰者,如日辰三傳始終囚死,帶墓鬼克行年,最凶,主公私事皆不成,或喪魄、五鬼、伏殃諸煞並臨,禍尤甚喪魄正月起未,逆行四季。游魂天鬼伏殃正殺,正月起亥順行十二辰。此諸煞有一併臨日辰年命者,占病必死,行兵多敗,謀為反覆。

いわゆる三陰とは、説くは是れ日干・日支と三伝とは頭より尾に至るまで皆囚死の地に処り、また墓神と日鬼とを帯びて来りて本人の行年を克す、これは是れ最も凶にして、公事私事一概に弁じ成らざるを主る。もしさらに喪魄・五鬼・伏殃のこの幾個の凶煞は一斉に臨照せば、禍害は就中加えて重し。喪魄の起法は是れ正月は未より起き、逆行して辰戌丑未の四季の支を經る。遊魂・天鬼・伏殃のこの幾個の正殺は、則ち是れ正月は亥より起き、順行して十二辰を經る。これらの凶煞はただ一個有りて日干・日支あるいは行年本命上に并臨せば、病を占えば必ず死し、兵を出だせば多く敗れ、凡そ謀划有る皆反反覆覆する要し。

家宅を占う

主破財人離,百事凶殃,則應中孚六三“得敵,或鼓或罷”之凶象。若六處有救解,末傳旺相,主敗中反成,始則凶。

家宅を占いて三陰課を得れば、財を破りて家人離散するを主り、百事皆是れ凶殃にして、正に《中孚》六三の「敵を得、あるいは鼓しあるいは罷る」——対手に遇上して、一會兒は鼓を撃ちて進攻し・一會兒はまた停まり下がるのあの種の進退拠を失うの凶象に応ず。倘若日干・日支・初中末の三伝と行年本命とのこの六処の中に救解の神有り、末伝また旺相に當れば、あれば則ち敗中に反って成るを主る、ただ是れ起頭は兇険を免れざるのみ。

假令三十四歲,行年立亥。七月乙亥日丑時,小吉臨卯為用,乙木入墓中得又帶死氣,丑時克行年是也。未加卯為初傳,發用之神囚死,日未為墓中傳,又是死氣,丑時又克行年,亥水天乙又逆行,故名三陰。

例を挙ぐ:占う者は三十四歳、行年は亥に立つ。七月乙亥日丑時に占い、小吉未は太冲卯上に臨みて取りて以て発用と為す。乙木は未を以て墓庫と為し、用神はすでに墓に入りてまた死気を帯び、占時の丑また行年を克傷す、正に三陰の条に合す。未は卯上に加えられて初伝と作り、発用の神は囚死の地に落つ。乙日の墓は正に是れ未にして、中伝の得る所また死気を帯ぶ。丑時さらに行年を克す。亥上の天乙貴人は還て是れ逆行す——三重の陰気は倶に全し、ゆえに名は三陰課と為る。

才未后 印亥六 兄卯白 後白勾貴 未卯子申 卯亥申乙 酉戌亥子 申 丑 未 寅 午巳辰卯

これは七月乙亥日丑時の一課の課盤なり。上の三行は三伝:初伝は小吉未、乙木日に於て是れ妻財、天后を乗す。中伝は登明亥、是れ印綬父母、六合を乗す。末伝は太冲卯、是れ兄弟、白虎を乗す。中の三行は四課、自右向左へ読む:下神の一行「卯亥申乙」は右より起きて乙・申・亥・卯。上神の一行「未卯子申」は右より起きて申・子・卯・未。天将の一行「后白勾貴」は右より起きて天乙貴人・勾陳・白虎・天后。乙木は辰に寄宮せば、ゆえに第一課は乙(辰)上に申を見て貴人を乗り、第二課は申上に子を見て勾陳を乗り、第三課は日支の亥上に卯を見て白虎を乗り、第四課は卯上に未を見て天后を乗す。第四課は卯木は未土を克して是れ下神の上神を賊する、ゆえに未を取りて発用と為し、さらに順に未上の亥を取りて中伝と為し・亥上の卯を末伝と為す。最下の四行は天地盤:地盤の左上角は巳宮と為りて順時針に排布し、格内の天盤は左上より順に読んで酉戌亥子丑寅卯辰巳午未申と為り、天盤は地盤に比べて四位を進む、正に是れ七月の月将太乙巳を占時の丑上に加うるの局なり。盤上は未は卯に壓りて上文の「小吉は卯に臨みて用と為す」と相合し、巳は丑に壓るは即ち月将の時に加うるの落点なり。

天寇課

分至四神前,蟾光月正臨。名為天寇課,百禍皆來侵。君臣無義合,夫妻有離心。傳中雖有救,父子淚淋淋。

二分二至という四つの節気には、それぞれ前の日があり、これを「離神」とよぶ。月宿の清らかな光がちょうどその上に照り臨むとき、「天寇課」と名づける——あらゆる禍患がいっせいに襲い来る。この課を占えば、君臣のあいだには情義を語るべくもなく、夫妻はそれぞれ離別の心を抱く。三伝のなかにたとえ救いの神があっても、父子が顔を合わせて涙を流すことは免れない。

陰陽生煞言分至,前之一日是離神,假令春分今日卯,離神昨日是居寅。占時月宿在寅上,詳其多少患災殃。八月積陰為殺氣,離上逢之天寇逆。豈但行人去遭劫,所事修營害及身。分至之神月宿度,來加作支今日辰。天寇必因神願動,事無多至患敗群。資財耗散皆凶惡,故宜守舊勿逡巡。

陰陽二気の生殺の交代は、ちょうど二分二至の四つの節気の上に落ち、その節気の前の日がすなわち「離神」である。たとえば春分の日が卯日なら、その昨日の寅日が離神である。占時にもし月宿がまさに寅の上に落ちていれば、災殃の深さを詳しく推し量らなければならない。八月には陰気が重く積もって殺気と化し、離神の上でそれに出会うと、天寇が逆行して乱をなす。このときは門を出て行く者が劫掠に遭うだけでなく、修造・営繕をなす者もみな身を害する。二分二至の神と月宿の度数がいっしょに今日の日支の上に加わると、天寇の禍は必ず神霊の求めに応じて発動し、事は多くなくとも一群の人を敗壊させるに足る。財貨は耗散し、样样凶悪である。だから旧業を守り、あれこれ先を見越してうろうろ動き回らないのがよい。

孔明曰:四離日者,春分秋分冬至夏至各前一日是也。春分,陰氣在卯,盜殺百草,薺麥死;秋分陽氣在酉,秋主刑煞而有秋華之美;冬至陽氣在子,萬物蟄藏,薺麥之類冬至始生,皆非正氣,故曰寇。加以月宿乃積陰之精,主刑殺闇昧,與四離之日盯臨,而加於日辰及發用者,其禍之慘勝於寇盜之劫掠矣,豈但竊取乎?

孔明がいう。いわゆる四離日とは、春分・秋分・冬至・夏至のそれぞれ前の日である。春分のとき陰気はなお卯位に残り、ひそかに百草を戕い、薺麦を枯死させる。秋分のとき陽気はなお酉位に残る——秋はもともと刑殺をつかさどるのに、かえって草木が花を開く異象がある。冬至のとき陽気は子位に生じはじめる——万物は本来蛰伏して収蔵すべきなのに、薺麦のたぐいが偏に冬至に萌えはじめる。これらはみな当令の正気ではないので「寇」とよぶ——外から来て侵奪する義を取るのである。さらに月宿は陰気の積もった精華で、刑殺と暗昧をつかさどる。これが四離の日に値し、また日干・日支あるいは発用の上に加われば、その禍害の凄惨さは強盗の劫掠よりもはなはだしく、ただこそこそ盗むだけの話ではない。

又按:《金匱》云:二月春分,陽氣始出,先一日謂之陰離;八月秋分,陰氣始出,先一日謂之陽離;冬至陽氣始至,先一日謂之陰離;夏至陰氣始生,先一日謂之陽離。

また《金匱》の説によると、二月の春分は陽気があらわれはじめるので、その前の日を「陰離」とよぶ——陰気がまさに去ろうとする義を取る。八月の秋分は陰気があらわれはじめるので、前の日を「陽離」とよぶ。冬至は陽気がはじめて来るので前の日を「陰離」とよび、夏至は陰気が生まれはじめるので前の日を「陽離」とよぶ。四離の名は、いずれも旧い気がまさに去ろうとして新しい気がまだ定まらない意を取るのである。

假令寅日春分,先一日丑,丑便為春分之離神,此離神之上見月宿加之作發用,故名天寇。蓋月者積陰之精,其氣主刑主盜賊,離為陰陽衰盛之地,未離而月宿加之,未為無凶,即離而蟾光照之,不免有盜。經曰:四離之神望見月,是謂不祥,不祥災多,天寇所遇主有寇盜暴至,不出日中,亦不可遠行,必逢盜賊,卻死道路,又主事破壞,多值亂離,統蹇之體,乃時事多艱辛之課也。

例を挙げる。もし寅日が春分なら、その前の日の丑日が春分の離神である。この離神の上に月宿が加臨して発用を務めると、これを天寇とよぶ。月は陰気の積もった精華で、その気は刑罰をつかさどり盗賊をつかさどる。離神は陰陽が交代して一衰一盛となる関所である。気がまだ真に去っていないのに月宿が先に加わって来れば、凶がないとはすでにいえない。気がすでに去って月の光がまたその上に照り臨めば、盗を免れない。経文にいう——四離の神が月を望み見る、これを不祥とよび、不祥なれば災い多し。天寇に遇えば、強盗が突如として至り、その日のうちに発生するのを主とする。また遠く行くべからず。門を出れば必ず盗賊に遭い、甚だしきは路頭に死す。このほか事の破壊を主とし、喪乱・離散に多く遭う。この課は総じて《蹇》卦の卦体に帰する——世事が艱難で歩々に阻まれる課象である。

象曰:陰陽分離,氣不得反,盜賊恣生,軍兵惰懶,病者即亡,孕者當產,出路死傷,婚姻拆散。如月宿加離神發用,禍事尤速。若乘元武作游都盜神,定主盜賊來,必戰,或乘白虎作鬼劫,為真天寇,其凶尤甚。如年命見月宿加離神,主己身欲為盜來問也。

象辞にいう。陰陽がたがいに離れて、気の機が回らない。盗賊は恣に滋生し、軍兵は怠惰で闘志なし。病人はただちに死亡し、孕婦はただちに臨盆する。門を出れば路上に死傷あり、婚姻はとらえれば離散する。もし月宿が離神の上に加わり発用を務めると、禍事の来ることことに速やかなり。乗ずる所が玄武でかつ「游都」という盗をつかさどる神を務めるなら、必ず盗賊の上門を主とし、一戦を避けられない。乗ずる所が白虎でかつ鬼劫を務めるなら、それは真の天寇であって凶険いっそう甚だしい。もし行年・本命の上に月宿が離神に加わるのを見るならば、それは卦を問う人が自ら賊を為そうという念を起こして、来て占ったのである。

如是真天寇,則不可出行及市賈,主劫盜喪亡,百事不遂,應蹇卦九三曰“往蹇,來連。”之凶。或月宿值太陽,謂之日月交明,主盜賊敗露,為敗寇課。當應蹇卦之上六,曰“往蹇來碩,利見大人,以濟蹇”之象也。

もし真の天寇ならば、門を出て遠く行くべからず、売買を為すもべからず。劫盗に遭い喪亡あるを主とし、百事ことごとく遂げられず、まさに《蹇》卦の九三「往蹇、来連」——往けば険しく、退き来れば牽連される凶象に応ずる。もし月宿がちょうど太陽と値するなら、これを「日月交明」とよび、それは盗賊の敗露を主とし、別の名を「敗寇課」という。《蹇》卦の上六「往蹇来碩、利見大人」——出て行けば難があるが帰って来ればかえって豊碩を得、大人に見えて蹇難を済すに利あり、という爻象に応ずる。

袁天罡曰:天寇課,在家吉,出外凶,占孕主女,占產子母分離,占婚不成,離神見月,病主死,天寇臨身,出行逢盜,謀望無成。如月宿乘元白勾,或作游都,或作月內之死氣,主死於非命。

袁天罡がいう。天寇課は、家に守って居れば吉、門を出て外に居れば凶。胎孕を占えば女を生ずるを主とし、分娩を占えば母子分離を主とし、婚事を占えば成らないのを主とする。離神の上に月宿を見れば、病を占って死を主とする。天寇が本人の身に臨めば、門を出れば盗賊に撞遭し、謀り望む所は一成もならない。もし月宿の乗ずる所が玄武・白虎・勾陳のこれら凶将であるか、あるいは「游都」という盗神を務めるか、あるいは当月の死気を帯びるならば、それは非命に死することを主とする。

如二月五日春分是卯,前一日是寅。二月四日是丙寅卯時占課,倍正月得二加四,更添一日,得七數,以室順到七個星宿,得酉畢宿在酉發用,或將加卯時,室上得酉,見月宿加四離日,名天寇。

たとえば二月初五の春分が卯日なら、前の日は寅日である。二月初四は丙寅日で、卯時に課を起こす。月宿を推す算法は、正月の月の数を倍して二を得、さらに初四の日数の四を加え、また一日を添えて、合わせて七数を得る。室宿から順に七つの星宿を数えて畢宿を得、酉の上に落ちるので、酉をもって発用とする。あるいは月将を卯時に加えて盤を排すと、室宿の上に酉を得る。これがすなわち月宿が四離日の上に加わるのであって、名づけて天寇という。

二月五日春分卯,先一日是四日是丙寅,為春分前一日,繫四離日,卯時占課,以月將戌加卯時數去,以室為亥宮星首,亥屬天門,故以亥宮室星為法。

二月初五の春分は卯日、前の日の初四は丙寅日で、まさに春分の前一日で四離日に属する。卯時に課を起こし、月将の河魁・戌を用いて占時の卯の上に加え、順に数えてゆく。星宿を推するには室宿を亥宮の星の首とする。亥が西北に居り天門の所在だからである。ゆえに亥宮の室星を用いて起算する定めを立てたのである。

子丑寅卯 亥 正 辰 戌 巳 酉申未午

これは上文の二月初四丙寅日卯時の一課の天地盤である。外枠の十二格は固定した地盤で、左上角を巳宮とし、時計回りに午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰である。格の内に書かれたものが天盤で、左上角から順に読んで子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥、すなわち天盤は地盤より七位進んでいる。これはまさに月将・河魁戌を占時の卯の上に加えて排した盤である。戌が卯を圧するのは「月将戌をもって卯時に加う」という語と合致する。これにより日干・丙の寄る巳宮の上に神後・子を得、日支・寅の上に従魁・酉を得ることがわかる——まさに上文にいう月宿が酉の上に落ちるという着落である。盤心の「正」の字は底本が中宮の正位を標示する記号であって、十二宮の数には入らない。

丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未

これは上図と並べられたもう一枚の天地盤である。地盤はやはり左上角を巳宮として時計回りに排布し、格内の天盤は左上から順に読んで丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子、天盤は地盤より四位退いている。すなわち月将が占時より四位退いて加臨する局であって、功曹・寅将が午時に加わり、天罡・辰将が申時に加わるようなたぐいである。本篇が天寇を推すには四離日・月宿と日干・日支の三者の会合を見る必要があるので、二盤を並べて対照しやすくしたのである。一方の盤は月将加時の進位を示し、一方の盤は退位を示す。読者は占う日に応じてそれぞれ取り用いればよい。

月宿者,乃子午卯酉宮之四月宿也。法以室宿加占時上,詳其倍上之月為數,再加四離日數,又添一日為數,共湊多少,即數多少星宿至何宮辰,看四離日所加之辰,有四月宿者,即天寇也。

いわゆる月宿とは、子・午・卯・酉の四宮に落ちる四つの月宿を指す。推算の法は、室宿を占時の上に加え、まず占う月の倍数を取り、さらに四離日の日数を加え、また一日を添えて、これらを一つの総数にする。それからこの数に従って室宿からいくつかの星宿を数え、どの宮辰に数え止まるかを見る。さらに四離日が加臨したその辰を検し、もしその上にちょうどこの四つの月宿の一つがあれば、それが天寇である。

天禍課

四立干神上,分明未日臨。此名天禍課,乖覺更相侵。火動燒人死,水臨劫盜侵。木囚梁屋折,土動重懸檁。金則兵戈亂,鬧處主衰聲。

立春・立夏・立秋・立冬の四立の日に、日干の上神が明白に前の日の絶神の上に落ちているとき、これを「天禍課」とよぶ——乖戾の気がたがいに侵犯する。さらに五行によって分断する。火に属すれば失火が人を焼き殺すを主とし、水に属すれば盗賊の劫掠を主とし、木に属すれば屋梁が折れるを主とし、土に属すれば重圧で陥没し檩木が危うく垂れるを主とし、金に属すれば兵戈の変乱を主とする。にぎやかな所にかえって衰敗の気配が伝わるのである。

四立日占為百事,切忌干臨四絕辰。此名曰為天禍課,殃咎之災四立旬。今日立春當乙酉,昨暮穹各是甲申,假令乙酉戌時課,乙將臨申害凌人。欲知禍患緣何起,以將推之決事因。白虎死亡元武賦,官追朱雀鬧勾陳。天官凡事主欺詐,可依此法立災迍。四立七日干屬陽,加往昨日干欲亡。此名天禍多凶惡,禍起多因廟廢傷。不出一節事必至,定見家亡後死喪。

四立の日にいろいろな事を占うにあたり、もっとも忌むべきは日干が四絶の辰の上に臨むことである。これを天禍課とよび、殃咎の災いは四立のあるこの旬のうちに出る。たとえば今日の立春が乙酉日なら、昨日は甲申日である(底本の「昨暮穹各」四字は訛脱があり、昨日の干支と読むべきである)。もし乙酉日の戌時に課を起こせば、乙の上神が申の上に臨み、人を害し人を欺く。禍患が何より起こるかを知りたければ、乗ずる天将を見て事の由縁を断ずる。白虎は死亡を主とし、玄武は失窃を主とし、朱雀は官府の追捕を主とし、勾陳は争闘を主とし、天空は凡事に欺詐を主とする——この法によって災迍を定めることができる。四立の後七日以内に、日干が陽に属して昨日の干の上に加われば、その人には性命の憂いがある。この課を名づけて天禍という。凶多く悪多く、禍端はしばしば廟宇の荒廃、神霊の傷つきより起こる。一つの節気を出ないうちに事は必ず応験し、必ず家破人亡を見て後に丧事がある。

孔明曰:四立前一日為死絕,立春日少陽氣始,立夏日太陽氣始立,秋日少陰氣始,立冬日太陰氣始立。春日水絕,立夏日木絕,立秋日火絕,立冬日金絕,時變四始,以先一日相臨悲哀,相去決絕,故曰四絕。如辛亥日立克,先之一日庚戌,月將臨庚是也,故曰天禍。得此日而臨之,萬事莫為。

孔明がいう。四立の前の日は死絶の日である。立春は少陽の気がはじまる日、立夏は太陽の気がはじまる日、立秋は少陰の気がはじまる日、立冬は太陰の気がはじまる日である(底本はここの句読が錯落しており、「立夏日太陽気始立、秋日少陰気始」は「立夏日太陽気始、立秋日少陰気始」と断ずべきである)。立春の日に水が絶え、立夏の日に木が絶え、立秋の日に火が絶え、立冬の日に金が絶える。時令が一変して四気が改めて起こり、前の日をもって今日に相臨せしめるのは、まさに悲哀にして訣別する象である。ゆえに「四絶」とよぶ。たとえば辛亥日の立冬(底本は「立克」と作るが、「克」は「冬」の訛であろう)は、前の日が庚戌で、月将が庚の上に臨む——この格局であり、ゆえに天禍とよぶ。このような日に遇いまたこのように相臨むなら、万事してはならない。

一曰凡四立日占得今日干支臨昨日干支,或昨日干支臨今日干支,為天禍課。又四立日干支神加絕神干支,或絕神干支加四立干支神。此四時之氣德絕用刑,如天刑時災,人受其禍,故名天禍。

別の説もある。およそ四立の日に占って、今日の干支が昨日の干支の上に臨み、あるいは昨日の干支が今日の干支の上に臨むなら、これが天禍課である。このほか、四立の日の干支の神が絶神の干支の上に加わるか、あるいは絶神の干支が四立の干支の神の上に加わっても、同様にこれに算する。これは四時の気の徳性が断絶して刑杀に用い替えられるのであって、上天が刑を用い、時令が災いを降し、人がその禍を受けるに等しい。ゆえに名づけて天禍という。

《金匱》云:四立之日,五行正旺,立前一辰,其德既絕。如今日立春,是甲申,前一日是癸未,便為絕神。如絕神臨今日發用,則為天禍課。

《金匱》にいう。四立の日、新たに当令した五行はまさに旺盛であるのに、立日の前一辰の旧気は、その徳がすでに断絶している。たとえば今日の立春が甲申日なら、前の日の癸未がすなわち絶神である。もしこの絶神が今日の干支の上に臨んで発用を務めるなら、天禍課となる。

邵氏曰:四立干支忌加時,曰天禍,將來殃凶必極。如今日癸亥,後一日甲子,甲加癸上,亦是天禍,定主血傷,禍不出一節,四十五日內也。主暴禍在門,流血。至臨官不失其時,女子逆生,月神正立,其禍愈速月生者,月將也。又主暴死道路,不出月中,占者動有凶咎,不可妄為。統大過之體,乃嫩草遭霜之課。

邵氏がいう。四立の日の干支は占時の上に加わることをもっとも忌む——それを天禍とよび、将来の禍殃は必ず極まるに至る。たとえば今日が癸亥で、後の日が甲子で、甲が癸の上に加わる——これも同じく天禍であって、必ず流血して傷を受けるを主とし、禍事は一つの節気、すなわち四十五日以内を出ない。横禍が門に臨み、血光を見るを主とする。臨官・得時の際に至っても逃れられず、婦人は難産・逆生する。月将がちょうどその上に立てば、禍の来ることいっそう速やかである——いわゆる「月生」とは、月将を指す。また道路上に横死するを主とし、この月を出ない。占う人は一挙一動ごとに凶咎があり、妄りに為すべからず。この課は総じて《大過》卦の卦体に帰する——若草が霜に遭う課象である。

象曰:以新易舊,天有災咎。事莫亂為,身宜謹守。戰鬥流血,葬喪凶禍。出行死亡,干謁空走。如四立日是金,前一日是火神,相加又發用,占者主火災,或雷震天災。水主水災,或盜賊淫亂。木主屋樑折。金主戈兵戰鬥。土主土瘟,或牆壁陷塌,主官司陰暗,遭罪而死。

象辞にいう。新気をもって旧気に代えれば、上天は災咎を降す。事を乱れて為すべからず、自身は慎んで守るべきである。戦闘を占えば流血し、丧葬を占えば凶禍を生じ、出行すれば死亡があり、干謁して見えを求めれば空しく往くのみである。さらに五行によって細分する。もし四立の日が金に属し、前の日が火神で、両者が相加わりかつ発用を務めるなら、占う人は火災を主とし、あるいは雷撃のたぐいの天災である。水に属すれば水患を主とし、あるいは盗賊・淫乱の事である。木に属すれば屋梁が折れるを主とする。金に属すれば刀兵の戦闘を主とする。土に属すれば土気の生ずる瘟疫を主とし、あるいは牆壁が陥没する。また官司が暗昧で明らかでなく、冤罪を蒙って死ぬことをも主とする。

更乘白虎,主死喪;元武主失脫;朱雀主口舌;勾陳主爭鬥;帶德煞必有不意之殃,不出九十日也。或四立日值朔望先一日,月窮為四廢,並此四絕之日,止望見月宿,其凶尤甚。當此之時,不可出行造作等事,犯者大凶,當應大過九三“棟橈,凶。”之象也。一年之間只有四課。

もしさらに白虎を乗ずれば死亡の丧事を主とし、玄武を乗ずれば失窃・走脱を主とし、朱雀を乗ずれば口舌の是非を主とし、勾陳を乗ずれば争闘を主とする。もし徳煞を帯びるならば、必ず意想外の禍殃があり、九十日を出ない。もし四立の日がまた朔日あるいは望日の前の日にちょうど当たり、月尽き気窮まって「四廃」となり、これが四絶の日と一カ所に湊り、さらに月宿を望み見れば、凶険いっそう甚だしい。この時に当たっては、出行すべからず、興造もすべからず。犯せば大凶であって、まさに《大過》卦の九三「棟撓、凶」——屋梁が撓みまさに折れんとする凶象に応ずる。一年のうちに、このような課は四度しかない。

假令日立干神發用,亦謂之天禍課。今日干臨昨日干,為絕神,禍不出戶。如甲日立春,前一日癸,甲日占,甲上見丑是絕神;庚日立夏,前一日己未,庚日占,庚上見未是也。餘例推。

もし四立の日に日干の上神をもって発用とするなら、同じく天禍課とよぶ。今日の干が昨日の干の上に臨めば、昨日の干はすなわち絶神であって、禍事は自家の門戸を出ない。たとえば甲日の立春なら、前の日は癸に属し、甲日に課を起こせば甲の上神に丑を見る——癸の寄宮は丑にあるので、丑がすなわち絶神である。また庚日の立夏なら、前の日は己未で、庚日に課を起こせば庚の上神に未を見る——己の寄宮は未にあるので、未がすなわち絶神である。その余の各例はこれに類して推せ。

甲日立春,前一日癸,甲占甲上是丑,是絕神,丑好癸,癸為絕神也。庚日立夏,前一日己未,庚日占庚上見未是也,未為絕神。

もう一度明らかに述べる。甲日の立春は前の日が癸に属し、甲日に課を起こせば甲の上神は丑で、丑がすなわち絶神である——丑はまさに癸の寄宮だから癸を絶神というのである(底本の「丑好癸」は、「好」は「乃」「即」のたぐいの字の訛誤であろう)。庚日の立夏は前の日が己未で、庚日に課を起こせば庚の上神に未を見、未がすなわち絶神である。

辰巳午未 卯 申 寅 酉 丑子亥戌

これは甲日立春の例の天地盤である。地盤の左上角はやはり巳宮で、時計回りに午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰である。格内の天盤は左上角から順に読んで辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯、天盤は地盤より一位退いている。甲木の寄宮は寅にあり、地盤の寅の上にまさに天盤の丑を得る——上文の「甲の上に丑を見るは絶神なり」という語と合致する。丑は癸の寄宮であり、癸はすなわち立春の前の日の干であるので、丑を絶神とする。およそ月将が占時よりただ一位退いて排した盤は、みなこの格局である。

辰巳午未 卯 申 寅 酉 丑子亥戌

これは庚日立夏の例の天地盤で、格局は上図と同じである。地盤の左上角を巳宮として時計回りに排布し、格内の天盤は左上から順に読んで辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯、天盤は地盤より一位退いている。庚金の寄宮は申にあり、地盤の申の上にまさに天盤の未を得る——上文の「庚の上に未を見る」という語と合致する。未は己の寄宮であり、己未はすなわち立夏の前の日の干支であるので、未を絶神とする。二図を並べれば、四立の日と絶神とが相臨む通例がまさに見える。

天獄課

欲知天獄格,發用死囚神。斗繫加日本,相臨犯法人。傳中災劫煞,刑害轉生嗔。正墓加同類,災迷受禍深。

天獄という格を見分けるには、まず発用が当令の死気・囚気の神であるかを見、次に天罡・辰が「日本」——すなわち日干の長生の位——の上に圧しているかを見る。この二つが相臨めば、占う人は法を犯す人である。三伝のなかにもし災煞・劫煞を帯び、刑と害とが交わり攻めれば、怨怒はここより転じて生ずる。日干の正墓がまた同類の神の上に加われば、災禍は昏迷し、受ける害はいっそう深い。

占課用神當死囚,仰見其丘俯見仇,更值斗罡加日本。四凶天獄是其由。正月乙酉午時課,小吉臨寅故曰丘。春占土死未為墓,土畏於寅又是仇。乙木生亥將為木,斗繫當為父母憂。臨仲己身兄弟患,加季兒孫妻妾愁。登明小吉例推定,如火如木忌逢秋。行人不可此時出,有事莫為則免憂。

課を起こすとき用神がまさに死囚の気に当たり、顔を上げれば己を収め葬る丘墓を見、頭を低くすれば己を剋する仇神を見、さらに天罡・辰が日干の長生の位の上に加わる——この四つの凶処が揃うと、天獄の名はこれより来る。正月の乙酉日午時の一課を例に挙げる。小吉・未が功曹・寅の上に臨み、未は木の墓庫であるので「丘」とよぶ。春に卦を占って土は死地に処り、未土はすなわち墓であり、かつ未土は寅木を畏れるのでまた「仇」ともよぶ。乙木の長生は亥にあり、亥の上に乗ずる将がまた木に属するなら、天罡がここに係れば、父母のために憂えるべきである。天罡がもし子・午・卯・酉の四仲に臨めば、憂えるのは自身と兄弟であり、もし辰・戌・丑・未の四季に加われば、愁えるのは児孫と妻妾である。登明・亥と小吉・未のこの二処はこれに照らして推定する。およそ火に属し木に属する神は、秋令に碰上することをもっとも忌む。このとき行人は門を出るべからず、凡事為さざればこそ憂愁を免れる。

天獄貴人臨戌辰,日辰斗上得子孫,德神吉德乘良將,天獄清平可釋迍。厄難之中逢解救,官訟無凶主鬼神。

もし天乙貴人が辰・戌の両宮に臨み、日干・日支と天罡の上にまた子孫の神を得て、徳神・吉神の乗ずる所もまた良将であるならば、それは「天獄清平」の格局となり、迍難は解くことができる。厄難のなかで解救に遇えば、官司を打っても凶険はない。ただ鬼神の崇りのたぐいの由縁に帰結するのみである。

用起死囚當亡日,中傳日上旺墓生。天獄外憂凶禍發,多憂動土及登程。獄訟疾病有神責,若見丘仇更可驚。生為父母墓卑下,旺是自身及弟兄。要使天將斷其事,所作百事總無成。

発用が死囚の気より起こり、まさに身の亡ぶ日に当たる。中伝が日干の上に落ち、あるいは旺であり、あるいは墓であり、あるいは生扶して相接する。天獄は外より来る憂患と凶禍の発作を主とし、多くは土を動かし工を興し、あるいは起程して遠行することより起こる。牢獄・訟事、疾病・災患には、往々にしてまた神霊の責罰がある。もしさらに丘墓と仇神を見るならば、いっそう驚くべきである。長生の位は父母を主とし、墓庫の位は卑幼を主とし、旺気の位は自身と兄弟を主とする。事を断ずるには乗ずる天将を借りてその帰属を定めなければならない。要するに凡そ為す所、百事ことごとく成り難い。

孔明曰:囚死墓神發用者,為天獄,主死喪囚繫之事。囚者,時令囚氣也。墓者,日之暗庫也。我克者為死,克我者為囚,囚死發用,又斗加日本。斗者,天罡也。日本者,長生位也。罡壓日本,則失其所生,故有囚禁之災。若日本不犯斗而生旺,雖囚死可解。若斗繫日本,中末再遇災劫刑害,則真天獄,乃致死之地也。占者憂患相仍難解,統噬嗑之體,萎靡不振之課也。

孔明がいう。囚気・死気あるいは墓神をもって発用とするのは、すなわち天獄であって、死喪と牢獄・拘繋の事を主とする。いわゆる囚とは、当令の時序のうちの囚気である。いわゆる墓とは、日干の暗庫である。我の剋する所を死とよび、我を剋しに来るを囚とよぶ。囚死の神が発用し、天罡がまた日干の長生の位の上に加わる——いわゆる斗とは天罡・辰であり、いわゆる日本とは日干の長生の位である。天罡が長生の位を圧すれば、日干は我を生ずる源を失い、これによって囚禁の災いがある。もし長生の位が天罡に沖犯されずに自身が生旺するならば、囚死の気があってもなお解くことができる。もし天罡が確かに長生の位を係止し、中伝・末伝がまた災煞・劫煞と刑・害に遇うならば、それは真の天獄であって、人を死地に置く処境となる。占う人は憂患が一重また一重で、解き難い。この課は総じて《噬嗑》卦の卦体に帰する——萎靡して振るわない課象である。

象曰:日月迍邅,刑獄之愆。犯法難解,染病未痊。出門凶也,謀事徒然。兵家大忌,出軍禍纏。如用神囚死,俯仰丘仇,斗繫日本,又帶刑煞災劫,雖有青龍,莫能救止;或為魄化、死奇,繫日本凶禍尤速,不可出行及造作,百事皆凶,應噬嗑卦上九曰“何校滅耳”,凶之甚也。

象辞にいう。日月の運行はことごとく迍邅して進み難い——これは刑獄の災いである。法を犯せば脱解し難く、病に染まれば痊愈せず。門を出れば凶、事を謀れば空しく費やす。用兵の家はもっともこの課を忌み、軍を出せば必ず禍事に纏われる。もし用神が囚死の地に落ち、頭を低くし顔を上げてもみな丘墓と仇神に遭い、天罡がまた日干の長生の位を係止し、さらに刑煞・災煞・劫煞を帯びるならば、たとえ課中に青龍のような吉将があっても救い止めることができない。もしさらに「魄化」「死奇」などの格を成して長生の位を係止するならば、凶禍の来ることいっそう速やかで、出行すべからず、興造もすべからず、百事ことごとく凶である。まさに《噬嗑》卦の上九「何校滅耳」——重い枷を頸に負い、耳まで遮没される極凶の象に応ずる。

然辰為天罡,戌為地網,若囚罪入獄,喜見貴人臨辰戌,有貴人審獄錄囚之義。兼日辰行年得生氣、子孫、德合、解神加之,為天獄清平課,危中有救,憂中有喜,官訟理,賊圍可解,噬嗑卦九四曰“得金矢”之吉也。若魄化為用神,死囚繫日本,凶倍於天獄,為之絞斬卦,大凶,占賊不來,被圍無救,人在獄中必死。

ただし辰は天罡、戌は地網である。もし人がすでに罪により獄に入っているならば、かえって天乙貴人が辰・戌の両宮に臨むを見ることを喜ぶ——貴人が親しく囚を審録する義を取るのである。さらに日干・日支と行年の上に生気・子孫・徳合・解神を得て加臨すれば、「天獄清平課」となる。危うきなかに救いあり、憂いのなかに喜びあり、官司は道理を講じて分明にでき、賊に囲まれても解脱できる。まさに《噬嗑》卦の九四「得金矢」の吉象に応ずる。反対に、もし「魄化」の神をもって用神とし、死囚の気がまた日干の長生の位を係止するならば、凶険は天獄に比べて加倍し、別の名を「絞斬卦」という。これは大凶である。盗賊を占えば賊は来ず、囲まれて突くに解救なく、人がすでに獄中にあれば必ず死して疑いなし。

袁天罡曰:天獄課,公用則驚憂生,私用則喪亂至。雖天之靈祗,地之嶽瀆,無不惟懼此,而況人乎?若帶劫殺刑害,刑年命,無救則不能久居人世矣。如得貴人、龍、常,來意主望天恩赦宥也。

袁天罡がいう。天獄課は、公事に用いれば驚憂を生じ、私事に用いれば喪乱を招く。天上の神祇、地上の五岳四瀆すらこれを忌憚する。いわんや人をや。もしさらに劫煞・刑・害を帯び、また行年・本命を刑剋して救神なきならば、生き永らえることなかれ。もし課中に天乙貴人・青龍・太常のこれら吉将を得るならば、来て問う心意は多くは朝廷の天恩に赦免を仰ぐことを盼んでいるのである。

天網課

時辰俱剋日,萬禍競相逢。事及因爭鬥,人傷禍必從。傳中災劫殺,犯法的難容。旺相凌囚死,迍有數千章。乙酉六月課,同時第二人。顛狂偏僻害,免得法傷凶。管鑰論孤寡,相逢災更濃。

占時と四課の辰とがことごとく来て日干を剋すれば、万般の禍事が競い合って一カ所に湊る。事は多く争闘より起こり、人がいったん傷つけば、禍患は必ず随って来る。三伝のなかに災煞・劫煞を帯びれば、法を犯して寛容され難い。旺相の神が囚死の神を欺凌すれば、迍難は数え尽くし難い。たとえば六月の乙酉日の一課では、占時と用神とがともに来て日を剋し、同時に占った第二の人も同じように殃に遭う。このとき主人は顛狂して乖僻でありながら害を受け、刑法の傷を逃れ得ればすでに万幸である。もしさらに管鑰・孤寡のたぐいの凶神に論じ及び、二つが相逢えば、災殃はいっそう濃重である。

用起並辰同剋日,四張天網有災臨。庚辛占值日中課,火作初傳火克金。甲乙申時得傳送,他皆仿此例推尋。問其憂事緣何發,消息天官服眾心。

発用と四課の辰がいっしょに来て日干を剋すれば、四面に張った天網がまさに災殃を罩め降ろさんとする。たとえば庚辛金の日に日中の課を占って得、火をもって初伝とすれば、火は来て金を剋する。また甲乙木の日に申時に課を起こして伝送・申を得れば、申金は木を剋する。その余の情形はみなこの例に照らして推尋する。問う所の憂いが何より起こるかを知らんとすれば、天空という天将の消息を細察せよ。それは凡事に欺詐を主とし、人心がなぜ服さないかをもっともよく説明し得る。

時辰及用俱剋日,課為天網四張名。動多抵障不通泰,鬥爭鬼賊相交迎。必有官災刑獄事,凶惡相傳禍患並。天網卻逢中末救,日上之神克初傳。二處有一逢良將,此為天網解網篇。先凶後吉終凶猛。不須憂患不為僭,囚繫囚空逢天赦,疾病須遭太乙丹。天網課中有勝光,逃盜原來在目前。

占時と用神とがともに来て日干を剋する——この課を「天網四張」とよぶ。一たび動けば至る所阻まれ、事事通ぜず、闘争と鬼賊とが交わり相い迎面して来る。必ず官非・刑獄の事があり、凶悪の気は三伝のなかを輾転して相い伝わり、禍患はいっせいに併発する。もし天網課の中伝・末伝に救いがあるか、あるいは日干の上神が初伝を剋し得るか、この二処のうち一カ所でも吉将に遇えば、「解網」の格に属する。先に凶あり後に吉あるとはいえ、ついに凶勢は猛烈であるが、しかし過度に憂懼して自ら分寸を乱す必要はない。囚繋された人はもし旬空に逢いまた天赦に遇えば、身を脱することができる。病に害まれた人は太乙のつかさどる霊丹を得なければ救い返せない。天網課のなかに勝光・午を見るならば、逃走した盗賊はもとより眼前の近くにいる。

《金匱》經曰:凡事原始可以要終,時為目前,用為事初,二處既為日鬼,則主至近之處,先有阻。其像有天網之在頭,不能踴躍而去。與日前一辰之網,辰為天之網戌為地之網不同,所主與天獄、死奇一致,死亡尤甚。傳見災劫,為之入網,凶禍難脫,旺相凌囚死,為之天網四張,萬物盡傷,占賊不來,不利先舉,解圍難出,占訟入獄,時剋日,孕產損子,求望難成。

《金匱経》にいう。凡事その開端を推究すれば結局を推知することができる。占時は眼前を代表し、発用は事の起頭を代表する。この二処がすでにことごとく日を剋する「日鬼」となれば、もっとも近い所にまず阻礙があるを主とする。その形象は頭上に一張の網を罩めたるがごとく、跳び出そうとしても動くことができない。これは日干の前一辰の成す羅網——あれは辰をもって天羅とし戌をもって地網とする——とは同じではない。しかし主とする禍事は天獄・死奇のたぐいと同じで、死亡の凶はとりわけ厳重である。三伝のなかに災煞・劫煞を見れば、これを「入網」とよび、凶禍は摆脱し難い。旺相の神が囚死の神を欺凌するを「天網四張」とよび、万物はことごとく傷損される。盗賊を占えば賊は来ず、先に手を動かすに利あらず。囲困されて突出し難く、訟事を占えば入獄する。占時が日を剋せば、孕産は胎児を損傷し、求め望む所はことごとく成り難い。

孔明曰:時克其日,用又助之,所治之事,上下為憂,神將內戰,天網四張,如今日甲乙時加庚辛,是時剋日也。若用起又是傳送,從魁又克甲乙木,是用去助時,得剋日也。神將內戰者,申酉上見龍合也。故凶禍難救,凡事不能踴躍,登高致遠,統蒙之體,乃羅網在頭之課也。

孔明がいう。占時が日干を剋傷し、発用がまた来てこれを助けるならば、為す所の事は上下ともに人を憂えさせる。さらに神と将とがたがいに内戦すれば、天網四張となる。たとえば今日が甲乙木の日で、占時が庚辛金の上に加われば、これは時が来て日を剋するのである。もし発用がまた伝送・申を取り、従魁・酉を加えれば、両者ともに甲乙の木を剋する。これは用神が占時を助けてともに日を剋するのである。いわゆる神将内戦とは、申・酉のこの二つの金神の上に青龍・六合のこの二つの木性の吉将が乗り、神と将とが五行相い仇することを指す。ゆえに凶禍は救い難く、凡事奋起騰躍して高く登り遠く致すことができない。この課は総じて《蒙》卦の卦体に帰する——羅網が頭上に罩まる課象である。

先凶有救,後獲吉祥。如占時及用神俱剋日干,並天網煞正月起亥,逆地四孟。及天刑煞,或天網地網入傳,多凶愈甚。主官災口舌難消,出軍被圍難出,則應蒙卦六四“困蒙,吝。”之占,若末傳及年命有救神,克初傳為解網課,反凶為吉,應蒙卦二爻“子克家”之吉占也。

先に凶ありて救いあれば、後にまた吉を得ることができる。もし占時と用神とがともに来て日干を剋し、また天網煞を併せ加える——天網煞の起法は正月に亥より起こり、寅・申・巳・亥の四孟の地を逆行する——さらに天刑煞を加え、あるいは天羅・地網が三伝に入るならば、凶の上に凶を重ねる。このとき官司・口舌は了結し難く、兵を出せば囲まれて突出することができない。まさに《蒙》卦の六四「困蒙、吝」——蒙昧のなかに困して憾惜ある占辞に応ずる。もし末伝あるいは行年・本命の上に救神があり、初伝を剋し得るならば、「解網課」となり、凶を反して吉とする。《蒙》卦の九二「子克家」——子が家業を担うことができる吉占に応ずる。

歌曰:天網卻逢中末救,日上之神克初傳。三處有逢良將者,名為解網不為愁。君子得之宜謹言、節事、屈己、斂意,始免其咎,苟為不然。如鳥之投網,必遭折羽亡身之殃。

歌訣にいう。天網課でもし中伝・末伝が来て救うことができるか、あるいは日干の上神が初伝を剋し得るか、これらの処にただ吉将に遇えば、これを「解網」とよび、愁えるに足らない。君子がこの課を占って得たならば、言語を慎み、事務を節制し、己を屈し、心意を収斂すべきである。これによってこそ咎を受けることを免れる。もしこのようにするを肯んぜざれば、鳥が自ら羅網に投ずるがごとく、必ず羽翼を折られ性命を喪う禍殃を招く。

袁天罡曰:正時及用神剋日,下克上神,謂之天網。若陰龍合入傳,來意主捕盜。若中傳克末,和占來殺賊。

袁天罡がいう。占時と用神とがともに来て日干を剋し、しかも下神が上神を剋する——これを天網とよぶ。もし太陰・青龍・六合のこれらの将が三伝に進入すれば、来る人の意図は多くは盗賊を捉拿しようとするのである。もし中伝が末伝を剋し得るならば、それは来て和を議するか、あるいは賊を殺しに行くのである。

《玉關歌》曰:天網時用來陽,死亡湊集必顛狂。言用神剋日時又助之,惟利捕盜、行刑,若中末傳見財,主捕盜有財。

《玉関歌》にいう。天網課の占時と用神とがともに陽位に落ち、死亡の気が一カ所に湊れば、人は必ず顛狂に至る。これは用神が日干を剋して占時がまた来てこれを助けることをいう。このような局面では、ただ盗賊を捉拿し刑罰を執行するのみが利と算えられる。もし中伝・末伝に財爻を見れば、捕盗してなお財物を得るを主とする。

天羅地網課

日辰前一天羅殺,對沖名為地網神。發用行年支干上,官災病厄是其迍,朱雀吏追白虎病,螣蛇主怪夢驚人。從魁發用殃方甚,天魁臨干禍不移。

日干・日支の前の一位のあの神を「天羅殺」とよび、それと相い対冲するあの神を「地網神」とよぶ。この二者が発用を務めるか、あるいは行年と日干・日支の上に落ちれば、官非・疾病・厄難はすなわちこれがもたらす迍滞である。さらに乗ずる天将を見る——朱雀は吏役の追捕を主とし、白虎は疾病を主とし、螣蛇は怪異・悪夢が人を驚かすを主とする。もし従魁・酉をもって発用とすれば、殃咎ははじめてもっとも重いと算えられる。もし河魁・戌が日干の上に臨めば、禍事はもはや動かし去ることができない。

孔明曰:凡日辰前一辰為天羅,對沖為地網,並行年日辰發用,為羅網課。遇丁馬主官災疾病,更以神將言之,以天羅課同斷。

孔明がいう。およそ日干・日支の前の一辰の神がすなわち天羅であり、それと相い冲する神がすなわち地網である。この二者がいっしょに行年あるいは日干・日支の上に落ちて発用を務めれば、「羅網課」となる。もしまた丁神・駅馬に遇えば、官非と疾病を主とする。このほかはなお乗ずる天将に依って事類を分説し、断法は天羅課と同じである。

死奇課

式家死奇課,天罡日月輪。死亡推斗下,憂患月中陳。日至能除禍,諸家課備均。所生為父母,同類兄弟親。墓處為妻妾,三奇誰苦辛。斗臨遭死損,月至憂更頻。日到深殃散,思量課有神。

式盤の一家が立てる死奇課は、天罡と日・月の三者の輪転を見る。死亡の事は天罡の指す下より推求し、憂患の事は月宿の臨む処に顕現し、太陽が一たび至れば、すなわち禍患を除去することができる——各家の課法はこの点において大致同じである。天罡の臨む所がもし日干の長生の位ならば、憂いは父母にあり。もし同類の位に臨めば、憂いは兄弟にあり。もし墓庫の位に臨めば、憂いは妻妾にある。三奇のうちに究竟誰がこの苦辛を受けるかは、この分派に照らせばよい。天罡が臨み到れば、死傷・損耗に遭うを主とする。月宿が臨み到れば、憂患はいっそう頻繁である。太陽が照り到れば、深重の殃咎は消散する。よくよく思えば、この課にはおのずから神妙さがある。

天有三奇日月星,日為福德月為刑。星為死奇為死繫,更互加之各有靈。加孟所生憂父母,臨仲為身及兄弟。季上見之妻與子,看其藏否與誰並。日主旬中辰月裡,歲上一年之內。星月獨臨當子患,其中日照免災殃。

天上に三奇あり、すなわち日・月・星である。太陽を福徳の奇と為し、太陰を刑罰の奇と為し、星はすなわち北斗の光で死奇と為す。三者はたがいに加臨して、それぞれの霊験がある。寅・申・巳・亥の四孟の位に加われば、憂いは父母にあり。子・午・卯・酉の四仲に臨めば、自身と兄弟に応ずる。辰・戌・丑・未の四季に落ちれば、妻子・児女に応ずる。さらにそれが何処に蔵れ、どの神将と併見するかを見なければならない。応期は、日干の上に加われば本旬の内に応じ、日支の上に加われば本月の内に応じ、太歳の上に加われば本年の内に応ずる。星と月とが単独で臨照すれば、子女の患があるべし。そのなかにもし太陽の照臨があれば、災殃は免除し得る。

孔明曰:三奇者,日月星也。日為福德奇,日出則奸盜止,鬼神潛,惡獸伏,病者開口。月為刑奇,蓋月夜則奸盜橫行,鬼寇從生,惡獸不伏,病者多劇。星為死奇,謂北斗之光,不及日月之耀。處暗之中,奸盜邪鬼惡物為害,故曰死奇課。

孔明がいう。いわゆる三奇とは、日・月・星である。太陽は福徳の奇である——太陽が一たび出れば、奸人・盗賊は手を収め、鬼神は隠匿し、悪獣は伏蔵し、病人もまた口を開いて話すことができる。太陰は刑罰の奇である——月夜のなかには奸盗が横行し、鬼祟・寇盗が随って生じ、悪獣は伏蔵しようとせず、病人の病情は多く加重する。星は死奇であって、北斗の光を指す。その光輝は日月に及ばず、人がこのような昏暗のなかに処れば、奸盗・邪鬼・悪物がみな来て害を為す。ゆえに名づけて死奇課という。

如今日甲子斗加寅,是孟,憂父母;加午仲,憂兄弟;加戌季,憂妻子奴婢。雖星奇主死,月奇主患。若日辰太歲上,或有日奇,則星月不能為殃。蓋日出則星月沒故也。日奇者,日宿也。月奇者,月宿也。如二煩課,加日則吉凶在旬內,奇加辰則吉凶在月內,加太歲則去吉凶在今年內。

たとえば今日が甲子で、天罡が寅の上に加われば、寅は四孟に属し、よって父母を憂える。午の上に加われば、午は四仲に属し、よって兄弟を憂える。戌の上に加われば、戌は四季に属し、よって妻子・奴婢を憂える。星奇は死を主とするけれども、月奇は患を主とする。しかし日干・日支あるいは太歳の上に日奇があるならば、星と月とは殃を成し作すことができない——太陽が一たび出れば星月は自ら隠没するからである。いわゆる日奇とは日宿であり、いわゆる月奇とは月宿であって、推法は前の天地煩課に講じたところと同じである。応期は、日干の上に加われば吉凶は本旬の内に分曉を見、日支の上に加われば吉凶は本月の内にあり、太歳の上に加われば吉凶は本年の内にある。

又曰:斗罡繫日辰陰陽發用,為死奇課,斗罡者,凶惡之神,貴人不臨之地,所指者殃。如罡加四課之神,決主死亡奇怪之事。月星雖為死奇,但為刑未甚,特主疾病憂患而已。日奇為福德,主奸盜屏息,反凶為吉。統未濟之體,憂中望喜之課也。

またいう。天罡が日干・日支の陽神あるいは陰神の上に係止して発用を務める——これが死奇課である。天罡は凶悪の神で、天乙貴人が臨むを肯んぜざる所であり、それが指す処にはすなわち殃咎がある。もし天罡が四課のいずれかの神の上に加われば、必ず死亡あるいは離奇古怪の事を主とする。月奇と星奇とは同じく死奇と名づくけれども、刑傷はなお甚だしくはなく、ただ疾病・憂患を主とするのみである。日奇は福徳に属し、奸盗が跡を斂めるを主とし、凶を反して吉と為し得る。この課は総じて《未済》卦の卦体に帰する——憂愁のなかにありてなお喜びに転ずるを指望し得る課象である。

象曰:辰為天罡,刑獄之曜。疾病死期,征伐凶兆。論訟被囚,干貴失靠。婚嫁出行,禍福自招。如罡帶日鬼、日墓、災煞、劫煞相併克及乘白虎,為死亡之兆,大凶。更乘歲月之上,為三奇死課,其禍尤甚。經云:“三者盡傷,歲必受殃。”當應未濟卦初六“濡尾”之凶象也。

象辞にいう。辰は天罡で、刑獄の星に属する。疾病を占えば死期あり、征伐を占えば凶兆なり。官司を打てば拘囚され、貴人に見えを求めれば依拠を失う。婚嫁と出行とはいずれも禍福が自ら招く所にある。もし天罡が日鬼・日墓・災煞・劫煞を帯びて併せ来て剋し、また白虎を乗ずれば、それは死亡の兆であって大凶である。もしさらに太歳・月建の上に乗れば、「三奇死課」を成し、禍害はいっそう甚だしい。経文にいう——日月星の三者がことごとく傷損されれば、この年必ず殃を受く。これはまさに《未済》卦の初六「濡其尾」——小狐が河を渡って尾を濡らし、進退なし得ざる凶象に応ずる。

若斗旺相德合相生,遇吉將,或六處有克沖救神,及有日奇反吉,更辰為月將,尤美,為死奇回生課,除禍為福,應未濟卦六五爻“有孕”吉之象也。經曰:“三者太陽,歲中無殃。”又曰:“死奇主五官無主,四大不收。云為措置,多恐亡失,有類行尸也。”

反対に、もし天罡が旺相の気に当たり、また徳神と相合い、たがいに相生し、吉将に遇うか、あるいは日干・日支・三伝・行年・本命のこの六処に剋制・冲散する救神があるか、あるいは課中に日奇があってかえって吉に転じ得るか、さらにもし天罡・辰がちょうど当月の月将であるならば、それはさらに妙であって、「死奇回生課」を成す——禍を去って福を得、《未済》卦の六五「有孚」にして吉の爻象に応ずる(底本は「有孕」と作るが、これは「有孚」の訛であろう)。経文にいう——日月星の三者がみな太陽の統摂に帰すれば、この年災殃なし。またいう——死奇は五官が主宰を失い、四肢百体が収拾し得ざるを主とし、凡そ挙措あるごとに多く失落を担い心し、人は行尸のごとし。

星月臨日,凶在一旬;星月臨辰,凶在一月;星月臨歲,凶在一歲;若日辰太歲上見日奇,則救之。如五月初八甲子寅時,天罡加亥,憂父母。月守元,此為星月二奇皆係日本,為大凶也。卻得太陽在井臨甲者,傾危矣。

星と月とが日干の上に臨めば、凶は一旬の内に応じる。日支の上に臨めば、凶は一月の内に応じる。太歳の上に臨めば、凶は一年の内に応じる。もし日干・日支あるいは太歳の上に日奇を見れば、救解し得る。たとえば五月初八の甲子日寅時の占は、天罡が亥の上に加わる——亥は甲木の長生の位であり、また四孟に属するので、父母を憂える。月宿がまた元位に守る——これは星・月の二奇がともに日干の長生の処を係止するのであって、大凶に属する。このときもし太陽が井宿に躔して甲の上に臨むを得るならば、本来危きを転じて安しとすべきである。しかし底本は「傾危矣」と作り、上文の「日辰太歳の上に日奇を見れば則ちこれを救う」と自ら相い矛盾する。疑うに「傾危」の上に一つの「不」の字が脱したのであろう。読者は前義を依りどころとして準ずべきである。

魄化課

死囚為白虎,來臨日用中。魄化魂銷散,亡神病者愁。行年同一位,患者命難留。細言看年月,凶神禍病由。

白虎が死気・囚気の上に落ち、また日干あるいは発用のなかに臨み来れば、「魄化」を成す——人の魂魄は消散するがごとし。さらに亡神を帯びれば、病人はとりわけ愁うべきである。もしこの凶神がまた行年と同じ位にあれば、患者の性命は保ち難い。それが太歳の上に落ちるか月建の上に落ちるかを細かく見れば、凶神の主とする禍患と病症が何より来るかを知ることができる。

白虎西方性屬金,性硬刑殺忌加臨。若與死神相合並,日辰年上見災侵。值此課名為化魄,假若無病亦昏沉。二月寅時甲戌日,勝光為虎是真陰。死神正巳二居午,只怕相乘作害深。六月未時壬戌課,天魁為虎又加壬。六月死神未臨戌,下迫行年依此尋。賊上為內下為外,陽為男子女為陰。行年若值魁罡上,身須逢害必災迍。

白虎は西方の金に属し、性情は剛硬で、刑を主とし殺を主とし、加臨することをもっとも忌む。もしそれが死神と相い並べば、日干・日支あるいは行年の上に災いを見る。この種の課を占って得るを「化魄」とよび、たとえ本来病がなくとも、人は昏昏として沈む。たとえば二月甲戌日寅時の占は、勝光・午の上に白虎を乗じ、まさに陰神の位に落ちる。死神は正月は巳にあり二月は午にあるので、ちょうど白虎と同じく一神を乗ずる。ゆえにそれが相い乗じて害を為すことの深さを恐れるのである。また六月壬戌日未時の占は、河魁・戌の上に白虎を乗じて日干・壬の上に加わる。六月の死神は未にあり、未がまた戌の上に臨んで、下に向かって行年を逼迫する。みなこの法に照らして尋ねればよい。剋賊が上神に落ちれば内応、下神に落ちれば外応である。陽神は男子に応じ、陰神は女子に応ずる。行年がもしちょうど河魁・戌と天罡・辰のこの二つの凶神の上に落ちれば、その身は必ず傷害を受け、災迍は免れ難い。

魄化貴人為鬼門,日辰年上吉神存。白虎更受諸處制,此為魄化得歸魂。事主先難而後易,須圖終吉勿憂心。舉尸入棺還再活,刀臨頭上亦無痕。白虎乘神入墓中,墓加神宅亦難容。或乘月厭加年命,魄化魂歸事休凶。

魄化の課でもし天乙貴人が鬼門の位に加わり、日干・日支と行年の上にまた吉神があり、白虎がさらに多くの処の剋制を受けるならば、それを「魄化得帰魂」とよぶ——散じ去った魂魄が帰り来ることができる。このような事は先に難あり後に易しで、ただ好い結局を謀求するを須とし、憂い心するに足らない——棺に抬げ入れられた死尸でもなお活き返ることができ、刀を頭上に架せられても痕を留めない。もし白虎の乗ずる神が墓庫に落ち入り、墓神がまた日支の主とする宅の上に加われば、それはやはり人を容れて置かない。あるいは白虎が月厭を乗じて行年・本命の上に加わるならば、名は魄化・魂帰というけれども、事はついに凶と算うに足らない。

《金匱》云“白虎並死神,上迫日辰為魄化課。病主死亡,常人得之,官司血光。”蓋白虎乃凶惡之將,若乘旺則自貪其旺,不能為害。如值死囚,又並死神死氣,即是餓虎,定主傷人。如人魄受化而散飛,故名魄化,又死神死氣乘虎,剋日主己之災,克辰主門戶之災。

《金匱》にいう。白虎と死神とが併見し、上より日干・日支を逼迫する——これがすなわち魄化課である。病を占えば死亡を主とし、平常の人がこれを占って得れば、官司を喫するか血光を見るを主とする。白虎はもともと凶悪の天将である。もし旺気を乗ずれば、それは自らこの旺盛を貪恋して、かえって来て人を害さない。ひとたび死囚の地に落ち、また死神・死気と併せ上がれば、それは一頭の餓虎であって、必ず人を傷つける。人の魂魄はそれに化せられて飛散するがごとし。ゆえに名づけて魄化という。このほか、死神・死気が白虎を乗じて日干を剋しに行けば、自身に災いあるを主とし、日支を剋しに行けば、家門・戸に災いあるを主とする。

孔明曰:魄化之課,不利老人占,病訟最凶,占家宅不利,統蠱之體,乃陰害相連之課。

孔明がいう。魄化という課は、老年人が来て占するにもっとも利あらず。それをもって疾病と訟事とを占うはもっとも凶で、家宅を占うもまた利あらず。それは総じて《蠱》卦の卦体に帰する——暗中の損害が相い継いで断えない課象である。

象曰:人身喪魄,憂患相仍。病多喪死,訟有憂驚。產孕傷子,征戰損兵。謀為招禍。切莫遠行。

象辞にいう。人の身は魂魄を喪失し、憂患は相い継いで断えない。病を占えば多くは喪亡を主とし、訟事を占えば憂懼・惊恐あり。生産を占えば胎児を傷り、征戦を占えば兵員を折損する。凡そ謀画あるごとに禍事を招来し、くれぐれも遠い門出をしてはならない。

如日墓乘白虎,或斗罡作日墓帶死神發用,為虎銜尸課,極凶。在年月又為日鬼,乃自己喪魄,動則自尋死也。或是墓虎,鬼臨干,身受殃,其禍甚速。若日墓乘虎臨宅,主宅有伏尸作鬼,或有形響,虎在陽憂在男,虎在陰憂在女,上克下與日主外喪,下克下與辰主內喪。或人年命在魁罡蛇虎之下,無沖剋解救,決主死亡。當應蠱三爻之象。

もし日干の墓神の上に白虎を乗じ、あるいは天罡・辰が日墓を充當して死神を帯びて発用すれば、これを「虎銜尸課」とよび、極めて凶険である。この一組がまた太歳・月建の上に落ちて日鬼を成すならば、それは自ら魂魄を喪うのであって、一たび動けばすなわち自ら死路を尋ねる。あるいは墓神と白虎とが同じく並び、日鬼がまた日干の上に臨むならば、本人は殃を受け、禍の来ること極めて速やかである。もし日墓が虎を乗じて日支の主とする宅の上に臨めば、宅中に伏尸が祟りを為すか、あるいは形影・声響あるを主とする。白虎が陽神に落ちれば、憂いは男子にあり。陰神に落ちれば、憂いは女子にある。上神が下神を剋して日干に関渉するは、外頭の丧事を主とする。下神が上神を剋して日支に関渉するは、家内の丧事を主とする。もし人の行年・本命がちょうど河魁・天罡・螣蛇・白虎の下に圧され、また冲破・剋制して解救するがなければ、必ず死亡を主とする。まさに《蠱》卦の九三の爻象に応ずる。

若貴人加鬼門,虎陰制虎神,日辰年命六處有沖剋,及有吉神救爭,為魄化魂歸課,主先憂後喜,則應蠱卦上九“高尚其志”之占也。

もし天乙貴人が鬼門の位に加わり、白虎の陰神がまた反って白虎の乗ずる神を制し得、日干・日支・三伝と行年・本命のこの六処に冲あり剋あり、さらに吉神が出て争持を解救するならば、「魄化魂帰課」を成す——先に憂いあり後に喜びあるを主とする。まさに《蠱》卦の上九「不事王侯、高尚其志」——超然として自ら守りて吉を得る占辞に応ずる。

袁天罡曰:魄化課,虎在死氣休囚,臨人年命日辰發用,為銜尸,其凶尤甚。在人年命上,謂之魄之,極凶。如年命囚死,為死墓,乘虎,謂之喪。占者無病防病有病必死。又白虎為遞牒,論訟凶,出戰必被圍。惟沖散,則為救解。占兵初凶後吉,遇圍有解救得蘇,行人來。君子占遇魄化,宜存誠定志,以待方來,庶無大咎。若白虎在日前,神后加行年,必占官災疾病之事,若甲乙日主滿宅有災。

袁天罡がいう。魄化課のなか、白虎がもし死気と休囚の地に処り、また人の行年・本命あるいは日干・日支の上に臨んで発用を務めるならば、これを「銜尸」とよび、凶険とりわけ甚だしい。それが人の行年・本命の上に圧するを「魄之」とよび、極めて凶である。もし行年・本命がすでに自ら囚死の地にあって死墓を成し、また白虎を乗ずれば、「喪」とよぶ。占う人はもともと病なくとも病を防ぐべく、すでに病あれば必ず死す。白虎はまた文書の伝逓を主とする。ゆえに訟事を論ずれば凶と為し、出て戦えば必ず囲困される。ただそれを冲散することに倚ってのみ、はじめて救解を得たと算えられる。用兵を占えば先に凶あり後に吉あり、囲困されても解救を得て蘇活し、門を出て外にある人は帰り来る。君子が魄化を占って得たならば、誠意を持守し心志を安定し、時機の自ら至るを待つべし。これによってこそ大きな咎害を免れる。もし白虎が日干の前に排し、神後・子がまた行年の上に加われば、来て占するは必ず官非・疾病の事である。もし甲乙の日に逢えば、満宅ことごとく災いあるを主とする。

殃咎課

三傳剋日,神將相戰,或日干乘墓,為殃咎課。如己巳日三傳巳申寅,初傳克中傳,中傳克末傳,末傳剋日干。又如丙子日三傳子未寅,末克中,中克初,初剋日,為之遞克,主他人欺凌,互相戰害,宜自損,防合臺交章論劾,常人有凶損之禍,或被鄰人雷狀交攻。

三伝がことごとく来て日干を剋し、神と将とがたがいに交戦し、あるいは日干が墓神を乗ずれば、すなわち殃咎課である。たとえば己巳日に三伝が巳・申・寅であれば、初伝が中伝を剋し、中伝が末伝を剋し、末伝がまた日干を剋する。また丙子日に三伝が子・未・寅であれば、末伝が中伝を剋し、中伝が初伝を剋し、初伝が日干を剋する——これを「逓剋」とよび、他人に欺凌され、たがいに交戦して相い害するを主とする。このときは自ら減損し退譲するに宜しい。官にある者は台諫の交章の弹劾を堤防すべく、尋常の人は凶事・損失の禍があり、あるいは隣里に急切の状詞をもって交わり攻訐される。

如丁酉日亥卯未,將得貴常勾;如庚午日戌午寅夜將合後虎,將克神為外戰,禍患易解。或壬子日午加亥為用,將乘元武,上下夾克,主身不由己,上下夾攻之。或受人有拘束,財不由己費。若上下夾克為鬼煞,反吉。

また丁酉日に三伝が亥・卯・未で、乗ずる所は順に貴人・太常・勾陳。また庚午日に三伝が戌・午・寅で、夜占に乗ずる所は順に六合・天后・白虎——天将が反って乗ずる神を剋するを「外戦」とよび、禍患は比較的解き易い。また壬子日に午を亥に加えて発用とし、乗ずる所は玄武で、上下両面が挟み撃ちして来て剋する——自身が己に由らず、上下の両頭に夹攻され、あるいは人に拘管・束縛され、銭財が自ら作し得ずして空しく費やされるを主とする。もしこの上下の夹剋がちょうど日鬼・凶煞であるならば、凶煞は挟まってかえって害を為すことができず、それは転じて吉となる。

如己酉日三傳酉丑巳,晝將合後虎,神克將,為內戰,禍患難解。又如丁巳日乘六合,初傳下克上,又克將,為內戰,主謀事將成被人攪擾。天后內戰,主多病。又如壬申日亥加辰,申加丑,為干支坐墓,乃心肯意甘受禍。又如丙寅日,干加戌,支加未,亦為干支坐墓,人宅皆不亨通。此例非殃必有過失之咎。故名殃咎課。統解卦之體,乃內外凌辱之課也。

また己酉日に三伝が酉・丑・巳で、昼占に乗ずる所は順に六合・天后・白虎——乗ずる神が反って天将を剋するを「内戦」とよび、禍患は解き難い。さらに丁巳日に六合を乗じ、初伝が下神の上神を剋し、また行って乗ずる将を剋する——同じく内戦であって、事がまさに成らんとするを見て人に攪擾されるを主とする。内戦がもし天后ならば、疾病が纏身するを主とする。また壬申日に亥を辰に加え、申を丑に加えれば、日干と日支とがともに墓庫の上に坐り、それは心甘んじ情愿って禍事を承け受けるのである。また丙寅日に日干が戌に加わり、日支が未に加わる——これも干支が墓に坐るのであって、人と宅とがともに亨通しない。このたぐいの種種は、明らかな禍殃ではなくとも、必ず過失の招き来す咎責がある。ゆえに名づけて殃咎課という。それは総じて《解》卦の卦体に帰する——内外が交わり凌辱する課象である。

象曰:五行克賊,征戰災禍。疾病遭厄,論訟反坐。官遭彈劾,人罹罪過。營干不宜,出行有阻。如三傳遙剋日干為凶,如末傳助之,主他人發唆賊害。如三傳下賊上及日辰內戰,主家法不正,致爭窩犯,丑聲於外。出占病訟極危,惟占官自慎,從微至著迤邐轉遷則吉。舍之皆凶。

象辞にいう。五行が相い剋し相い賊する。征戦を占えば災禍あり、疾病を占えば厄難に遭い、官司を打てばかえって罪を判せられ、官にある者は弹劾を遭い、尋常の人は罪過に身陷る。経営・謀干はいずれも合宜せず、門を出て遠く行けば至る所阻まれる。もし三伝が遠くより日干を剋すれば、すなわち凶である。もし末伝がまた来てこれを助けるならば、他の人が傍らより挑唆して加害することを主とする。もし三伝がすべて下神の上神を賊し、日干・日支がまた内戦するならば、家法の正しからざるを主とし、内部が争鬧して法を犯し、醜名が外に伝わるに至る。これをもって病を占い訟を占うは極めて危険である。ただ官職を占う人がもし自ら謹慎することができ、小より大へ、一歩一歩ゆるゆると遷転するならば、はじめて吉と算うべし。これを舍くほか、样样みな凶である。

如墓神覆日之為天羅自裹,主命運衰弱,作事昏迷,被人抑揄虧算,宜本醮禱本命星辰。如干支逢墓,二處逢空,可解。如三傳皆鬼,雖制無畏。鬼自榮貪,無意興災,主囚死之月,禍方發。如傳財大旺,財反傾危。或冬占水旺克火,主大災,但財自貪生旺,身弱難管。至身旺財衰生時可取。凡相剋又遞遇刑害更凶,應解卦六三“致寇至”之凶也。

もし墓神が日干の上に蓋い被されば、これを「天羅自裹」とよび、命運が衰弱し、事を為すに昏昧糊涂で、人に圧抑され戯弄され、暗中に算計されるを主とする。醮を設けて本命の星辰を祈祷し、禳解を求めるに宜しい。もし日干・日支が墓に逢うけれども、この二処がまたともに旬空の内に落ちるならば、解くことができる。もし三伝がことごとく日鬼ならば、制伏の神があるけれども畏れるに足らない——鬼は自ら栄旺を貪り着し、災いを興す心なし、囚死の月を待ってはじめて禍が発作する。もし三伝の伝う所の財爻があまりに旺ならば、財はかえって人を傾危せしめる。たとえば冬に卦を占って水が旺にして火を剋すれば、大災を主とする——財が自ら生旺を貪求し、日主が衰弱してそれを管する能わざればである。身旺し財衰する時節を待ってはじめて取り用いることができる。およそ相剋のほかにまた層層と刑と害とに遇うは、いっそう凶である。まさに《解》卦の六三「負且乘、致寇至」——盗寇を招き致す凶象に応ずる。

災厄課

游魂與凶將,加年及日辰。飛魂神不定,鬼祟欲牽人。

遊魂の煞と凶将とがいっしょに行年あるいは日干・日支の上に加われば、災厄を成す。飛魂が一たび動けば、人の精神は安定し得ない——これは鬼祟がまさに来て人を牽引せんとする兆候である。いわゆる遊魂・飛魂とは、いずれも月に按じて起算する凶煞の名目であり、起法は下文に詳しい。

游魂來加日干上,用起兼之悉所並。但見飛魂魂不定,行逢鬼祟夢神驚。若問煞居何處所,順行正月起登明,喪門三月未為是,四季逆行數逆推。用在行年支干上,病人必死健人危。白虎若臨愈凶惡,依將決之必無疑,天罡若臨四仲神。建寅居酉逆相巡,行年日上來並用,伏殃兵火亂殺人。

遊魂の煞が日干の上に加わり、発用がまたそれと同じく並べば、凶象はことごとく湊り揃う。ただ飛魂を見れば、人の魂魄は安定し得ず、門を出れば鬼祟に撞遭し、睡夢のなかで神霊に驚かされる。これらの凶煞が何処に居るかを問わんとすれば、起法はこうである。遊魂のたぐいは正月に登明・亥より起こり、順行して十二辰を巡る。喪門は三月を未に在るを準とし、辰・戌・丑・未の四季の支の上を逆行して推数する。これらの凶煞がもし行年あるいは日干・日支の上に落ちて発用を務めれば、病人は必ず死し、健康な人もまた危険である。白虎がさらに臨み上がればいっそう凶悪で、乗ずる天将に依って断ずれば必ず誤りなし。天罡がもし子・午・卯・酉の四仲の神に臨めば、寅月より起算して酉に居り、逆行して巡布する。ひとたび行年・日干の上神と一カ所に併りて発用すれば、それは伏殃の煞であって、兵火が乱れ起こりて人を殺すを主とする。

孔明曰:凡喪車、游魂、伏殃、病符、喪吊、丘墓、歲虎發用,為災厄課。喪車一名喪門,為惡鬼臨門,主病憂死,婦人產死,非病必有厄困。游魂鬼主妖怪不祥,精神驚恐,病患災凶。伏殃為天魁殺,主殃禍所侵,伏兵殺傷,病符臨支克支,主合家病,並天鬼主時疫,並白虎主死喪甚凶,或臨干支相生帶日財貴人,即合成就舊歲之事。

孔明がいう。およそ喪車・遊魂・伏殃・病符・喪吊・丘墓・歳虎のこれらの凶煞が発用を務めるは、すなわち災厄課である。喪車はまたの名を喪門といい、悪鬼が門に臨む象で、生病・憂死を主とし、婦人は難産して亡ぶ。たとえ病を生ぜずとも必ず困厄がある。遊魂の鬼は妖怪・不祥を主とし、人心は惊恐し、病患は災いを成す。伏殃はすなわち河魁の殺で、殃禍が身を侵し、伏兵に殺傷される患あるを主とする。病符は日支の上に臨みまた日支を剋すれば、全家が病に罹るを主とする。天鬼と同じく並べば時行の瘟疫を主とし、白虎と同じく並べば死喪を主とし、極めて凶である。もしそれが日干・日支の上に臨みてたがいに相生し、また日財と貴人とを帯びるならば、かえって去年遺留下来の旧事を促成し得る。

喪吊全加支干年命,動身披孝服,並死氣絕神白虎主身死災中,人掛孝;並鬼,愈出病不可療,並歲作鬼亦然。並五墓亦凶,並虎雀喪門有葬埋之事;臨丑有墓田之事;或丘墓入傳,季神逢丁神,將又凶,主惡禍官病之災。此等凶煞皆主災殃危厄,故名曰災厄課。統歸妹之體,乃鬼祟作孽之象也。

喪門・吊客がことごとく日干・日支と行年・本命の上に加われば、一たび身を動かせば孝を着ることを要する。もしさらに死気・絶神・白虎と同じく並べば、本人が災禍のなかに死し、家人が彼のために孝を掛けるを主とする。日鬼と同じく並べば、病は拖り重くなりて医治すること能わず。太歳の化する所の鬼と同じく並ぶも同じである。五墓と同じく並ぶも同じく凶である。白虎・朱雀・喪門と同じく並べば、埋葬の事あり。丑の上に臨めば、墓地・田産の事あり。あるいは丘墓の神が三伝に進入し、辰・戌・丑・未の神がまた丁神に逢い、乗ずる天将がさらに凶ならば、悪禍・官非と疾病の災いとを主とする。これらの凶煞はみな災殃・危厄を主とする。ゆえに名づけて災厄課という。それは総じて《帰妹》卦の卦体に帰する——鬼祟が孽を為す課象である。

象曰:家門厄會,妖孽為害,疾病死亡,財喜破壞,婚姻多凶,徵人大敗,行人不歸,訪人不出。如絕神申子辰用巳之類,為墓門,主女災,占孕凶,宜絕舊事,血支血忌劍刺,並天空沐浴為產候,血支忌破胎,主傷產婦,羊刃主兵刃凶,有血支,或值日用囚死,將並諸喪車等惡煞,大凶;或青龍作日鬼,為幸中不幸,則應歸妹“征凶”之象。

象辞にいう。家門は厄運の会集に遭い、妖孽が害を為す。疾病よりして死亡に至り、財物・喜事はことごとく破壊される。婚姻は多く凶、出征の人は大いに敗れ、出て行った人は帰らず、訪ねる人は見えない。もし絶神が申・子・辰に落ちて巳を取りて用とするのたぐいであれば、「墓門」を成し、女子に災いあるを主とし、胎孕を占えば凶で、旧事を断絶するに宜しい。血支・血忌・剣刺のこれらの凶煞がさらに天空と沐浴とに併せ上がれば、臨産の徴候である。血支は破胎をもっとも忌み、産婦を傷るを主とする。羊刃は刀兵の凶を主とし、もしさらに血支と同じく見えばいっそう甚だしい。あるいは日干と用神とがちょうど囚死の地に落ち、乗ずる天将がまた喪車のたぐいの悪煞を並べ帯びるならば、大凶である。あるいは青龍のような吉将が反って日鬼を充當するは、幸いのうちの不幸に属する。まさに《帰妹》卦の「征凶」の爻象に応ずる。

若諸凶煞值日辰年命,中有沖剋,及天地醫解救,反凶為吉,占病可療;或白虎作長生,為不幸中有幸,應歸妹“跛能履”之象也。或發用喪魄,或臨日辰年命,為喪魄課,病人將死,健者將病;更加白虎,並諸惡煞,其人必死無疑,或發用游魂,或加日辰行年者,為飛魂課。

もしこれらの凶煞が日干・日支と行年・本命の上に落ちるけれども、そのなかに冲あり剋あり、また天医・地医の神が来て解救するならば、凶を反して吉と為し得、病を占ってなお治し好すことができる。あるいは白虎がちょうど長生の位に落ちれば、それは不幸のうちの万幸で、《帰妹》卦の「跛能履」——跛げれどもなお行歩し得る爻象に応ずる。もし喪魄の煞をもって発用とし、あるいはそれが日干・日支と行年・本命の上に臨めば、「喪魄課」とよばれ、病人はまさに死せんとし、病なき人はまさに病せんとする。さらに白虎が諸悪煞を併せ加えれば、その人は必ず死して疑いなし。もし遊魂をもって発用とし、あるいは遊魂が日干・日支と行年の上に加われば、「飛魂課」とよぶ。

鬼墓課

孔明曰:凡日辰墓神及日鬼發用,為鬼墓課。主凡事多不美,謀事不成,災凶及己;陽鬼主訟庭,陰鬼主星宿神祗。墓者,朦昧也。凡鬼入傳及傳墓,不吉甚矣,非官災必有疾病。辰未入墓,暗中有明;及夜墓生日亦吉。丑戌為夜墓,昏昧愈甚;日墓入夜,亦然。辰戌墓主得剛猛,逢速速之禍;丑未墓主事業遲延。統困卦之體,乃守己待人之課也。

孔明がいう。およそ日干・日支の墓神と日鬼とが発用を務めるは、すなわち鬼墓課である。凡事多く美満ならず、事を謀れば成らず、災凶は自身の上に落ちるを主とする。陽鬼は官府・公庭の訟を主とし、陰鬼は星宿・神祇の祟りを主とする。墓とは、昏暗・蒙昧の義である。およそ日鬼が三伝に進入するか、あるいは三伝が墓庫に帰入するは、いずれも甚だ不吉で、官非ならずんば疾病である。辰と未とは昼墓で、墓に入るもなお暗中に明を帯びる。夜墓がもし日干を生扶し得るならば、吉と算えられる。丑と戌とは夜墓に属し、昏昧はいっそう重い。昼日の墓がもし夜間に課を起こせば、情形も同じである。辰・戌の墓は剛猛で、遇う所の禍事の来ること急速である。丑・未の墓は陰柔で、事業の遅延して進まざるを主とする。この課は総じて《困》卦の卦体に帰する——己を守りて静かに人を待つ課象である。

象曰:五行克賊,死墓之鄉。人丁多耗,家宅不昌。行人可至,病者顛狂。謀為遲滯,捕盜深藏。如鬼在日上發用,常人多。或內有德神旺氣,求官大利。或辰戌丑未作日鬼,為魁罡,占科舉必高中;鬼帶惡煞,多主怪禍。

象辞にいう。五行が相い剋し相い賊し、死地・墓郷に落ちる。家中の人口は多く損耗し、家宅は昌盛すること能わず。門を出て外にある人はかえって家に到ることができ、病に罹る人は神志が顛狂せんとする。謀画の事は遅滞して進まず、盗賊を捉拿すれば賊は深く蔵れる。もし日鬼が日干の上にあって発用を務めれば、尋常の人は多くその害を受ける。しかし課中に別に徳神と旺気とがあるならば、それを用いて官を求めるにかえって大いに利あり。もし辰・戌・丑・未のこの四つの墓支が日鬼を充當すれば、それは魁罡の神であって、科挙を占えば必ず高中する。日鬼がもし悪煞を帯びれば、多く怪異の禍事を主とする。

鬼墓俱發用無氣,占病大忌,乘虎必死。或財祿神官星長生發用,中末見墓,仕人不利,應六三“困于石”之凶角。若日鬼盜氣,中末逢墓,常人占之喜;或鬼墓臨日辰作生氣,或自墓傳生,或鬼墓有剋制沖破,則反凶為吉,先憂後喜,應困“亨貞,大人吉。”之象。

日鬼と墓神とがいっしょに発用を務めてまた毫も生気なければ、それを用いて病を占うをもっとも忌み、もしさらに白虎を乗ずれば必ず死す。あるいは財爻・禄神・官星・長生の神をもって発用とし、しかるに中伝・末伝に墓庫を見れば、官にある人は利あらず。まさに《困》卦の六三「困于石」——大石に去路を遮られて進み能わざる凶象に応ずる(底本の「凶角」は「凶爻」と作るべきである)。もし日鬼がただ泄耗の気のみで、中伝・末伝にまた墓庫に逢うならば、尋常の人はこれを占って得てかえって喜ぶべきである。あるいは鬼墓が日干・日支の上に臨みて生気と化するか、あるいは墓庫より転出して生地に伝向するか、あるいは鬼墓が剋制・冲破せられるか——すなわちみな凶を反して吉と為し得、先に憂いあり後に喜びある。《困》卦の卦辞「亨、貞、大人吉」の吉象に応ずる。

外有日辰墓神乘蛇虎加卯酉,並行年,為墓門開格。如日墓加卯為外喪,支墓加卯為內喪出外,宜遷葬以禳之。日墓加酉為內喪,支墓加酉為真墓門開,或是喪吊死神死煞尤的。更看發用囚死克賊歸墓何類神,以主何人喪也。

また別に一種の格局がある。日干・日支の墓神の上に螣蛇・白虎を乗じて卯あるいは酉の上に加わり、また行年と併見する——これを「墓門開」とよぶ。日干の墓が卯の上に加われば、外面の丧事を主とする。日支の墓が卯の上に加われば、家内の丧事を主として外地に応ずる——迁葬を用いて禳解するに宜しい。日干の墓が酉の上に加われば、家内の丧事を主とする。日支の墓が酉の上に加われば、はじめて真の墓門開である。もしさらに喪門・吊客・死神・死煞が同じく併れば、いっそう準確である。さらに発用の神が囚か死か、誰に剋賊されるか、どの墓庫に帰入するか、どのような「類神」に属するかを見なければならない——類神とは、占う人事の象徴たる神である。これによって喪がどの人の身に応ずるかを断定する。

假如壬戌日巳時丑月子將占,子命,又是戊子日七月二十六日卯時生,行年未交占尚在酉,上見辰墓,將得螣蛇,為墓門開格,主內喪。

例を挙げる。壬戌日巳時の占、時は丑月に値し、神後・子を用いて月将とする。占う人の本命は子に属し、戊子年七月二十六日卯時に生まれ、この年の行年はまだ交換せず、課を起こすときなお酉の上に算する。酉の上に天罡・辰を見る——辰はまさに壬水日の墓庫である。乗ずる天将はまた螣蛇である。これがすなわち墓門開の格局を成すのであって、家内に丧事あるを主とする。

六陽六陰課

孔明曰:凡四課三傳俱陽神,或四課三傳俱陰神,皆名六純課。六陽課宜占天庭尊長之事,若初傳中傳逢空,君子畏之減福。常人賴之有力,未事得理。六陰課宜占女流卑賤之事,乃天淵懸隔之課也。

孔明がいう。およそ四課と三伝の得る所がすべて陽神であるか、あるいはすべて陰神であるかを、一概に「六純課」とよぶ。六陽課は朝廷・尊長のたぐいの事を占うに宜しい。もし初伝・中伝が旬空の内に落ちれば、君子はこれによって福分を減損して心に畏懼を存す。尋常の人はかえってこの空虚を借りて力を得、未了の事もまた道理を講じ通すことができる。六陰課は女流・卑賎のたぐいの事を占うに宜しい。この両者は一つは天に在り、一つは淵に在り、相去ること懸遠である。

象曰:六陽動達,乃登三天。私凶公吉,官遇升遷。六陰朦昧,似涉重淵。公凶私利,患病纏綿。

象辞にいう。六陽課は発動して通達し、比するに三重の天に登るがごとし。私事を占えば凶、公事を占えば吉で、官にある者は昇遷を望み得る。六陰課は朦朧として昏昧で、比するに深淵を渉るがごとし。公事を占えば凶、私事を占えば利あり、病に罹れば纏綿して愈え難い。

如甲子日干上子,三傳戌申寅,是六陽課,是退間傳,一名拔蛇,一名悖戾,兼初傳戌財引入中末鬼鄉。凡事艱辛,不免公勞。雖夜傳,主事有明白,或遇五羊,以年命定之。亦是六陽課,或六陰課,值丑卯巳為出戶課,值卯巳未為盈陽課,值酉未巳為勵明課,值未巳卯為回明課,亦未可以昏昧斷之,凶中有吉之課也。應革卦九五爻曰“大人虎變”之象也。

たとえば甲子日に日干の上神が子で、三伝が戌・申・寅——これは六陽課で、また「退間伝」に属し、別に拔蛇・悖戻の二つの名目がある。さらに初伝の戌は甲木の財爻であるのに、人を引きて中末の両伝の鬼郷に進ませる。このような課は凡事艱辛で、公事のために労碌することを免れない。夜間の伝なりとはいえ、事はかえってなお明白である。もし五つの陽神のみを湊成すれば(底本は「五羊」と作るが、「羊」は「阳」の訛であろう)、行年・本命に凭って補定し、同じく六陽課と算える。六陰課に至っては、三伝が丑・卯・巳に値するを「出戸課」とよび、卯・巳・未に値するを「盈陽課」とよび、酉・未・巳に値するを「励明課」とよび、未・巳・卯に値するを「回明課」とよぶ。この数種は一概に昏昧と断ずべからず、みな凶のうちに吉を帯びる課であって、《革》卦の九五「大人虎変」——大人は虎のごとく毛色を換えて焕然と改観する爻象に応ずる。

如乙卯日酉加未,六陰課,旦將入夜,昏迷尤甚。將得合後玄,支干盜氣發用,彈射坐空費力,不可占病,必死,占求謀主虛耗。或只有五陰,以年命定之,亦是六陰課。夫五陰相續盜氣,迤邐脫去,為消源斷本,占病不攝而死,占事皆主脫耗,應革卦“小人革面,征凶。”之象也。

また乙卯日に酉をもって未に加えて課を起こせば、六陰課を成す。白昼の天将が夜間の用に転入すれば、昏迷して明らかならざることいっそう甚だしい。乗ずる所は順に六合・天后・玄武で、日干・日支の泄耗の気が発用を務め、「弾射」の取用に属してまた旬空の上に坐り、気力を空しく費やす。この種の課はもって病を占うべからず——病を占えば必ず死す。謀求を占えば虚耗の一場を主とする。もし五つの陰神のみを湊成すれば、行年・本命を用いて補定し、同じく六陰課と算える。五つの陰神が相い継いで泄耗し、一路脱漏して出で行くは、源頭をことごとく消し根本をことごとく断つに等しい。病を占えば元気が収摂し得ずして死し、事を占えば一概に脱失・耗損を主とする。《革》卦の上六「小人革面、征凶」——小人はただ表面上に顔色を改換し、往けば凶ある爻象に応ずる。

四逆課

用吉終凶昧未衰,天乙逆行轉陰歸,四逆事主多怯惡,隔滯難成亡復萊。有頭無尾意俱拙,始知遂稱終無為。不特求謀並無益,更定防慎妻與兒。

発用は吉なれども結局は凶に転じ、昏昧の気はいまだ衰減を見ず。天乙貴人は逆行して将を布き、一路転じて阴暗に帰る。四逆の課は、事主が多くは怯懦にして心に悪念を存し、事は隔閡して滞碍し、成し難く、失去してまた帰り来る。頭あって尾なく、用心と手段とがともに笨拙である。初めは順遂にして意に称うと為し、到頭来すれば一事も成らない。これはただ謀求に益なきのみならず、さらに格外に妻子・児女の事を出さざるを堤防すべきである。

徳刑課

天乙原來是貴神,三傳刑剋非良因。此為刑非於貴德,見貴被責無上嗔。出入逢災多危難,家內神明作禍延。三傳若或克其貴,必卑犯長瀆神明。天災貴人雖獲罪,尊長生嗔禍及身。

天乙はもともともっとも尊貴の神であるのに、三伝がかえって行ってこれを刑しこれを剋する——これは好い由縁ではない。これを刑罰を用いて貴人と徳神とを冒犯するという。貴人に見えに行ってかえって責備を喫し、上の怒りを動かすを惹き起こす。門を出るも門に入るも災いに遇い、至る所危難で、家中に奉る神明すら禍患を降して拖延し去らない。三伝がもし真に行って貴人を剋傷するならば、必ず卑幼が尊長を冒犯し、神明を褻瀆した所致である。天の降す災いは貴人をも随いて罪を獲らせる。尊長が一たび怒れば、禍は自身の上に落ちる。

鬼呼課

日鬼用加墓中兼,兼之年上有神凶。鬼呼為課憂官病,被人牽累入牢中。病人有鬼相纏繞,事多罪病作奸雄。

日鬼が発用を務めてまた墓庫のなかに加わり、行年の上にさらに凶神が併見する——これがすなわち「鬼呼課」である。官非を憂え、疾病を憂え、また人に牽連されて獄に下るを主とする。病人は鬼祟が身に纏い付いて去らない。占う所の事は多く罪責・疾病に関り、そのあいだにまた強横にして巧みを取り、奸を逞しくし雄を称する人が夾雑している。

死絶課

日之死絕為用神,更逢絕處立其身。此象名曰死絕課,綱紀敗紊禍及身。壯者將病病將死,百事衰微不可論。

日干の死地・絶地の神をもって用神とし、本人がまたちょうど絶処に立つ——この課象を「死絶課」とよぶ。綱紀の敗壊・紊乱を主とし、禍事は自身の上に落ちる。強壮の人はまさに病せんとし、すでに病ある人はまさに死せんとする。百事ことごとく衰微して、さらに論ずるに足らない。

天祿秘典大六壬靈覺經神課卷終

《天禄秘典・大六壬霊覚経》の神課はこれをもって全書が告終する。第四巻「凶咎門」は迍福課より起こり、二煩・九醜・三陰・天寇・天禍・天獄・天網・天羅地網・死奇・魄化・殃咎・災厄・鬼墓・六陽六陰・四逆・徳刑・鬼呼を歴て、死絶課に至って止む。収める所はみな凶咎のたぐいの課体であって、前三巻の論ずる吉課と互いに表裏を為す。

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