注解大六壬指南
注解大六壬指南 明・陳公献ら著
大六壬典籍
まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。
注解大六壬指南 明・陳公献ら著
巻首語
邵康節先生詩云:“一物從來有一身,一身還有一乾坤。能知萬物備於我,肯把三才別立根。天心一中分造化,人於心上起經綸。仙人亦有兩般話,道不虛行只在人。”此易斷之總綱也。季銀國先師亦以易宜活用,觀其見水流至隴頭知病人將死,騎門限問考知必委培二例,斯得易髓者也。學壬者不可不知之。
宋代の邵康節先生に一首の詩がある。曰く、およそ一物は本来それ自体が一つの完整たる身を成し、その一身の中にまた一つの天地を含む。万物の理が本来備わって我が心に具わっていることを悟れば、天・地・人の「三才」を心外に別立する根源とはしなくなる。天心は正中に居て種々の造化を分かち、人はみずからの心の上に経綸の事業を起こす。仙家の言にも真偽両般の説があり、道術は決して空しく自ら験するものではなく、霊験か否かは全てそれを用いる人に存する。この詩こそ易学が事を断ずる総綱領である。季銀国先師も同じく易は活学活用すべしと主張した。彼は水が田畝の果てまで流れるのを見て病人が間もなく死ぬと断じ、門の敷居に跨がって試験を問う者を見て必ず委託代培の身で自ら取ること能わざると断じた——この二例はいずれも真に易学の骨髓を得た者にしかできないことである。「六壬」を学ぶ者はこの一層を知らざるべからず。
目録
自序、程序、卷一 註釋心印賦、卷二 註釋指掌賦、卷三 六壬會纂占驗指南、卷四 大六壬神煞指南。
全書の篇目の次第は次の通りである。まず作者の自序を掲げ、次いで程氏の作った序を載せる。巻一は《心印賦》の逐句の注釈、巻二は《指掌賦》の逐句の注釈、巻三は《六壬会纂》に収めた占験実例の指南、巻四は専ら「大六壬」に用いる神煞の体系を講じる。
自序
六壬之術,傳之甚古,周、漢、唐、宋迄於明季,名家輩出,而今式微矣。餘出身隴畝,世業耕讀,非今慕古,雅愛五行。庚戌季秋,以百七十元,貿得上海民國江東書局《改良大六壬全書三種》,三十年間,苦讀不綴,間為人占,而實求理自娛也,雖多有應者,亦不過好之耳。
「六壬」という術数が流伝して久しく、周代・漢代・唐代・宋代から明末に至るまで、代々名家が輩出したが、今日に至ってはすでに衰微した。私は田間に出で、家中代々耕田と読書を業とし、古を厚くし今を薄くするのではなく、ただ生来五行の学を愛するのみである。庚戌の年の秋の末、私は百七十元を費やして、上海民国年間の江東書局の印行した《改良大六壬全書三種》を買い求め、それより三十年のあいだ苦読して輟めず、時折人のために占算もしたが、実のところその中の理を探求して自ら楽しんだに過ぎない。応験することも少なくなかったが、個人のささやかな愛好と数えるほかない。
然觀今者納甲、星命之書,充棟汗牛,而壬學之書,屈指可數,為之可懼,故有意將所得所感,成一帙而濫芋於壬書中,以副尊壬之意,以消永日之閒。但賢如孔聖,尚且述而不作,吾輩後生,焉敢自題曰某某著耶?
しかし今日の市面を見れば、「納甲」六爻と星命を講ずる書は屋に満ち、牛車をも圧し潰さんばかりに多いのに、六壬を講ずる書は指を屈して数えるほどしかない。これは実に憂うべきことである。そこで私は自己の得たる所・感じたる所を一冊に書き成し、濫竽充数ながら六壬の著作のあいだに列しようと思う。一には我が六壬を尊崇する心に背かぬため、二にはこれをもって長き闲日を消磨せんがためである。ただし孔子のごとき聖賢でさえ整理と闡述をなすのみで創作を自ら居らなかったのに、我ら後輩のごとき、どうして書上に「某甲著」と自ら題することが敢えてできようか。
竊謂所閱書中,以《大全》、《指南》最為壬學圭臬,而《大全》匯類總集,繁複不可驟讀;《指南》則言簡意賅,發人深省,但引而不發,未盡細故,令後學無由而致其道,餘因之簡注之,僭參己意,並引少許實例,稍著翼論之功,以求拋磚之效。壬學廁身,未得其徑,南畝農夫,言辭陋鄙,徒汙明家之目,訛漏必多,方家指正。是為序。北海張洪於庚辰年秋。
私が私淑するに、読んだ書のうち《六壬大全》と《六壬指南》が最も六壬の学の準繩に足る。《大全》は分類彙編の総集で、条目が煩複し、一気に読了し得ない。《指南》は言葉が簡練で意が完備し、人の深き思いを発するに足るが、惜しいことに弓を引き絞るばかりで箭を射出さず、細節の交代が尽きず、後学は入門する途がない。そこで私はそれのために簡要の注解を作り、僭越ながら幾分かの自家の見解を織り込み、また少量の実例を引用して、略々補助し申論する力を尽くし、抛磚引玉の作用を発揮せんことを願う。私は六壬の門外に栖身し、未だ門径をも摸さず、また南畝のあいだの農夫であって、言葉は粗陋、徒らに行家の眼を汚し、錯誤遺漏は必ず少なからざらん。どうか方家の指正を仰ぎたい。以上が我が序である。北海張洪、庚辰年の秋に書す。
原序
余初習制舉業,先大人諭以八股,投時美技也。然而窺天人奧、存帝王師,非異書不為功。每有奇聞,輒欣賞之。以故閱九流陳言,間廢寢食。一日讀三式帙,知自九天玄女,為滅蚩尤授之軒轅,內六壬更饒繁劇,非九年面壁,莫竟其源。食精蘊可以養性全身,吐餘緒可以料敵知勝,上六千百年問,周有子牙,越有少伯,漢有子房,三國迄今,僅蜀孔明、明青田而已。豈尋常章句之士,隨處不立人哉!
私は早年に科挙の挙業を攻めた。先父は八股文こそ時尚に迎合する好い才学であると教えた。しかし天人の際の奥密を窺い、帝王の師となるには、奇異の書を読まずして成し得ない。そこで私は奇聞を聞くごとに欣然として賞玩し、九流百家の旧説を遍覧し、寝食をも顧みぬことさえあった。ある日「三式」の書を読み、初めてこの学問が九天玄女に出で、蚩尤を誅滅せんがために軒轅黄帝に伝えられたことを知った。その中で「六壬」はことさら繁難で、九年面壁の苦功を下さざれば、その源頭を窮究するに至らない。その精華を吸収すれば、性を養い身を保つことができる。その余り一点の緒余を吐き出せば、敵情を料定し、勝負を預知するに足る。上下幾千百年のあいだ、周朝には姜子牙、越国には范少伯、漢朝には張子房がいて、三国から今に至るまでは、蜀汉の諸葛孔明と明の劉青田の両人あるのみである。これを見れば、章句訓詁のみを能くする尋常の読書人は、至る所で人物を立て得るものではないことが分かる。
崇禎甲申,督師史元輔羽檄徵餘,再及而應,置之禮賢前席,題授中州司理,取道淮陰,得逅陳子公獻。印證所學,相嘆伯樂不常有也。公獻以維揚將家子,自祖父及昆季,文苑武虎,著聲海內,又生而膂勇,耽習奇技,《太公》、《陰符》諸篇以及黃老之術,瞭然胸次。向請纓於大司馬王霽宇先生,出門上書屯田,見知受任,勞有成效。忽為讒阻,功志未竟,識者惜之。
崇禎甲申の年、督師史可法元輔は羽を挿した緊急文書をもって私を徴召し、二度目の催促に至って初めて命に応じた。彼は私を礼賢の前席に置き、奏請して中州司理の職を授けた。私は淮陰を取り道して赴任し、そこで陳公献先生に遇った。互いに所学を印証したのち、世に伯楽が常にあらがたきことを共に嘆じた。公献は揚州の将門の子で、祖父から兄弟の輩に至るまで、文には文名、武には武功があって、声誉は海内に遍し。彼は天賦の膂力が人に過ぎ、また奇技を钻研することを酷愛し、《太公兵法》《陰符経》の類の書および黄老の術は、胸に了然とせぬはなし。かつて大司馬王霽宇先生に縄を請い、屯田の事を議論する上書を出して、よって賞識され任用され、事を弁ずるに成効があったが、忽然として讒言に阻まれた。功業と志向はともに実現せず、識者は皆彼のために惜しんだ。
潛究六壬,寒暑不輟,訪學燕京,與塗松亭、何半鶴二公齊名。由是冠蓋問奇者,日無虛晷,縱口而談,無不翩翩奇中。好事者為嘉賞,分類纂編,摘計百數有奇,乞以盡事之概。外《心印賦》、《指掌賦》為之註解,更歷試諸經,成《會纂》一冊,並付剞劂,以廣其傳,加閱《心鏡》、《畢法》、《互變》、《中黃》,約而可徵,管而能遠,指南捷徑,無踰於此。此蓋迷津之筏,夜行之炬也。精而研之,理入牛毛,響應桴鼓。又奚必泛求諸篇。以滋惑也耶?特為首引。今上元仲夏穀旦,南州吾弟周元曙龍隨氏題於邗之甓湖社。
その後彼は潜心して「六壬」を钻研し、寒来暑往に断絶せず、また燕京に師を訪ね学を問うて、声名は涂松亭・何半鶴の両先生と並んだ。それより冠を戴き車に乗って疑难を請いに来る者が、一日中暇な時なく、彼は口を随うて談ずれば、従容として奇中せぬはなかった。此の道を好む者は彼を賞賛し、彼のために占例を分類編纂し、百条余りを摘録して、これを藉りて事理の大概を説き尽くさんことを請うた。そのほか彼はまた《心印賦》《指掌賦》のために注解を作り、さらに逐一実占において各家の経書を検験し、《六壬会纂》一冊に編み成し、併せて刻版に交付し、もって広く流伝せしめんとした。私はまた《六壬心鏡》《畢法賦》《互変》《中黄》の諸書を読み、この書が簡要にして検験能く、一端を執って遠きに推及し得るを覚え、入門の捷径としてこれより好きはなし。これ実に迷津の中の渡筏、夜行の時の火炬である。精研して読めば、理は牛毛に入るほど細かく、応験は鼓槌が鼓を撃つがごとく迅捷なり。何ぞ泛泛と遍く各家の篇章を求めて、かえって迷惑を増さんや。特にこの文字を写して巻首に置く。今上元年仲夏の吉日、南州の小弟周元曙龍随氏、揚州甓湖社に題す。
世之談壬式者,靡不自矜神哲,口吐長河,膚徵其應驗,不能無相左焉!餘潛心此術幾二十載,恆嘆其奧妙難窮。雖占斷之後,頗有奇中,每以未獲異人指點為歉。凡君子至斯,未嘗不造庭相謁,叩其所長。庚寅仲春,因訪公獻陳君於邗上。公獻縱口而談,悉本於理,及考其事,應如左券。然洵當世之管郭,後起之李袁詹歟!
世上六壬式法を談ずる者は、神明叡智を自誇せぬはなく、説き起こせば滔々として長河のごとし。しかし応験をもって印証すれば、往々にして浮浅なる表面の文章に過ぎず、事実に相違するを免れない。私はこの術数に潜心することほぼ二十年、常にその奥妙無窮なるを嘆じた。占断の後は頗る奇中の時もあったが、高人の指導に遇わざるを以て憾みとした。およそ此の道に精通せる君子が本地に至れば、私は登門して拜访し、その長ずる所を教え請わぬはなかった。庚寅年仲春、私はこの因りて揚州に陳公献君を拜访した。公献は口を随うて談じ、句句皆義理に本づき、占う所の事を核対するに及んで、応験は左券を合わすがごとく分毫差なし。彼は実に当今の管輅・郭璞、後起の李淳風・袁天罡の一流の人物である。
因語之曰:與其藏之匱中,無寧懸之國門乎?公獻曰唯唯。爰簡占驗百餘條,與所作之分門會纂,播諸梨棗。其所增注先賢之《心印》、《指掌》二賦,易知簡能。及公遠莊君所著之《神煞圖位》,闢訛定誤,皆指南捷徑。仍因合併付梓,公諸同好,亦吉凶同患之遺意云爾。噫!斯道久湮,絕學難繼,神而明之,存乎其人矣。順治壬辰陽月,新安程起鸞翔雲氏,題於白下之崇德堂。
私はかくて彼に言った。これらの心得を柜の中に鎖するよりは、書を国門に懸けるがごとく衆に公布するに如かず、と。公献は声を連ねて承諾した。そこで占験百余条を選定し、彼の編んだ分門会纂とともに、一括して付印刊行した。彼が前賢の《心印賦》《指掌賦》の两篇に増加した注解は、浅顯易懂にして簡要可行である。また荘公遠君の著す所の《神煞図位》は、訛伝を辨正し錯誤を訂定し、皆入門の捷径である。ここにそれらを合併して刻印し、同好に公開するは、すなわち《易経》の言う人と吉凶を同じく憂うる遺意に過ぎない。嗚呼、この学問の湮没せること久しく、絶学は継ぎがたし。心領神会して運用自在たり得るや否や、終にそれを学ぶ者を視んのみ。順治壬辰年十月、新安程起鸞翔雲氏、南京崇徳堂に題す。
邗,揚州古稱;陽月,亥月;白下,南京舊稱。
上文の序中の「邗」は揚州の古称、「陽月」は農暦十月すなわち亥月を指し、「白下」は南京の旧名である。
巻一 注釈大六壬心印賦
按:《六壬大全》亦有《心印賦》,諸書常曰“經云”者,蓋出諸此賦,如“歲破加臨月破中,上下相逢財物空。”等。與此心印不同,不可相混。
注者按:《六壬大全》の中に別に一篇の《心印賦》があり、各家の書に常に言う「経云」は多くあの一篇に出る。例えば「歳破は月破の中に加臨し、上下相逢えば財物空し」といった句がそれである。それは本巻に注するこの《心印賦》と同一篇ではなく、読者は決して混同してはならない。
六壬如入,先明日辰。六壬運式,先以日辰為根本也。日尊,故曰天干;辰卑,故曰地支。亥子丑應於北方,寅卯辰應於東方,巳午未應於南方,申酉戌應於西方,即地盤也。天干者甲乙東方木,丙丁南方火,戊己中央土,庚辛西方金,壬癸北方水。入式之法:甲課在寅乙課在辰,丙戊課在巳,丁己課在未,庚課在申,辛課在戌,壬課在亥,癸課在丑。而不居卯午酉子者,以正位不敢當,故陽干居祿神所在,而陰干居祿神前一位也。
「六壬」の門に入るには、まず「日辰」を弄清せねばならぬ。すなわち占日の天干と地支である。六壬課式を推演するに日辰を以て根本とす。天干は上に在りて尊なり、故に「日」と曰う。地支は下に在りて卑なり、故に「辰」と曰う。地支のうち、亥子丑は北方に対応し、寅卯辰は東方に対応し、巳午未は南方に対応し、申酉戌は西方に対応し、この十二支は固定して動かず、これを「地盤」とす。十天干は甲乙は東方木に属し、丙丁は南方火に属し、戊己は中央土に属し、庚辛は西方金に属し、壬癸は北方水に属す。起課の時に天干が地支に寄居する規矩は、甲は寅に寄り、乙は辰に寄り、丙戊は巳に寄り、丁己は未に寄り、庚は申に寄り、辛は戌に寄り、壬は亥に寄り、癸は丑に寄る。それらをして各々卯・午・酉・子のこれら本方正位に居らしめぬ所以は、正位は太尊くして占むるを敢えてせざればなり。故に陽干は自己の「禄神」の在する宮に寄せ、陰干は禄神の前一位に寄せる。
此“入”字切著《大全》“入手法”之“入”字,蓋言起課以干支各二課以成四課也。又,日辰為兩儀,斷課先觀日辰上下之乘臨,以見事態之表現。又,來意多應於日上及發用,嘗有一人己巳日來,進門不言所事,餘以丑將加辰時,寅木自支上遙克發用乘朱雀,斷有橫禍發於家中,果驗。此亦占來意之良方也。
注者按:賦文のこの「入」の字は、正に《六壬大全》の「入手法」の「入」を扣す。これは起課が日干・日支より各々両課を排し、「四課」を合成することを言う。又、日と辰は陰陽両儀に相当し、課を断ずるに先ず日上・辰上に各々何の神将を乘せ、哪一宮に臨むかを看て、始めて事が外に表現する様子を見出し得る。さらに、来人の来意は多く日干上神と「発用」すなわち初伝に応ず。嘗て一人が己巳の日に来り、入門して問う所の何事かを言わず、我は丑月将を以て辰時の上に加えて課を起こし、寅木が日支の上より日干を遥克して発用を成し、また「朱雀」を乘ずるを見て、彼の家中に意外の禍出づと断じ、果して応験せり。これも来意を占測する一つの好法なり。
以月將加占時之上。月將,即日宿太陽也。正月雨水後日躔娵訾之次入亥宮,乃登明將也;二月春分後日躔降婁之次入戌宮,乃河魁將也;三月穀雨後日躔大梁之次入酉宮,乃從魁將也;四月小滿後日躔實沈之次入申宮,乃傳送將也;五月夏至後日躔鶉首之次入未宮,乃小吉將也;六月大暑後日躔鶉火之次入午宮,乃勝光將也;
起課の第一歩は、当月の「月将」を来人の占う時辰の上に加えることである。いわゆる月将とは、太陽が当時在る星宿の位で、中気に随いて更換する。正月雨水以後、太陽は娵訾の次に行き、すなわち亥宮に入る。本月の月将は「登明」と曰う。二月春分以後は降婁の次に行き、戌宮に入り、月将は「河魁」と曰う。三月穀雨以後は大梁の次に行き、酉宮に入り、月将は「従魁」と曰う。四月小満以後は実沈の次に行き、申宮に入り、月将は「伝送」と曰う。五月夏至以後は鶉首の次に行き、未宮に入り、月将は「小吉」と曰う。六月大暑以後は鶉火の次に行き、午宮に入り、月将は「勝光」と曰う。
七月處暑後日躔鶉尾之次入巳宮,乃太乙將也;八月秋分後日躔壽星之次入辰宮,乃天罡將也;九月霜降後日躔大火之次入卯宮,乃太沖將也;十月小雪後日躔析木之次入寅宮,乃功曹將也;十一月冬至後日躔星紀之次入丑宮,乃大吉將也;十二月大寒後日躔玄枵之次入子宮,乃神后將也。
続いて下に数うるに、七月処暑以後、太陽は鶉尾の次に行きて巳宮に入り、月将は「太乙」と称す。八月秋分以後は寿星の次に行き、辰宮に入り、月将は「天罡」と称す。九月霜降以後は大火の次に行き、卯宮に入り、月将は「太衝」と称す。十月小雪以後は析木の次に行き、寅宮に入り、月将は「功曹」と称す。十一月冬至以後は星紀の次に行き、丑宮に入り、月将は「大吉」と称す。十二月大寒以後は玄枵の次に行き、子宮に入り、月将は「神後」と称す。見るべし、月将の行度は月建と方向相反し、正に太陽視行の在する位置なり。
每以此值月之將而加來人所占之正時上順布十二宮辰,即天盤也。假令正月雨水後日躔娵訾乃亥將登明也,如午時則用亥加午,子加未,順行十二辰是也。占時以正時最佳,次報時,報數之法不可從。
課を起こすごとに、当月に値事するこの月将を来人の占う正時の上に加え、再び十二支の次序に依りて順行し十二宮に布き満たす。この一層の転動し得る十二神がすなわち「天盤」である。例を挙げて言えば、正月雨水以後に太陽は娵訾に在り、月将は亥にして名を登明と曰う。もし来人の占うが午時ならば、亥を以て地盤の午の上に加え、子を未の上に加え、順に順行して十二辰せよ。注者按:時を取るは来人の実際に到来した正時を以て最上とし、其の次は来人の自報する時辰とす。人をして随に数字を報じて時辰を定めしむる作法は、採信すべからざるなり。
視陰陽為四課之分。天干陽也,干上得者曰日,干上陽神為第一課,乃陽中之陽也;地支陰也,支上得者曰辰,支上陽神為第三課,乃陰中之陽也;干上陰神為第二課,乃陽中之陰也;支上陰神為第四課,乃陰中之陰也。夫月將加時則無極而太極也;加時而有天盤動而生陽,地盤靜而生陰,乃太極生兩儀也。至於干支分而四課布,非兩儀生四象乎!故曰:一陰一陽之謂道,陰陽不測之謂神。陽主外而陰主內,陽主顯而陰主晦,不可不知。凡占日陰克干,支陰克支者,以內賊及思慮自傷斷之,必無差池。
「四課」の分別は陰陽を按じて看るべし。天干は陽に属し、干上の得る所を「日」と曰い、日干の上に乘ずる陽神は第一課にして陽中の陽なり。地支は陰に属し、支上の得る所を「辰」と曰い、日支の上に乘ずる陽神は第三課にして陰中の陽なり。第一課の上に更に一層の陰神を取るを第二課とし、陽中の陰なり。第三課の上に更に一層の陰神を取るを第四課とし、陰中の陰なり。象数を以て言えば、月将未だ時に加えざるの前は無極、一たび時を加えれば便ち太極を成す。時を加えた後に天盤有り、動にして陽を生じ、地盤は動かず、静にして陰を生ず。これすなわち太極の両儀を生ず。干・支分かれて四課排定せらるるに及び、豈に両儀の四象を生ずるに非ざらんや。故に《易・繋辞》に曰く「一陰一陽之を道と謂い、陰陽測り難き之を神と謂う」と。注者按:また知るべし、陽は外を主り、陰は内を主り、陽は顕露を主り、陰は隠晦を主ることを。およそ占に第二課の陰神が日干を克し、第四課の陰神が日支を克するを見れば、内部の暗害および自己の思慮過度にして自ら傷るとして断ずべし。必ず差錯あらじ。
賊克為初用之始,相因作中末之身。四課既布,則八卦生矣。四課陰陽既具,須求三傳以為發用,則以四課上下審之。若有一下克其上神者,雖有二三之上克下,不論矣,名曰重審課;若四課中並無下克,唯一上神克下,取而用之名曰元首課。重審者重複審詳也,元首者別無下克而亭亭然有首出庶物之象也。俱以所得發用為初傳,以初傳地盤上所乘者為中傳,以中傳地盤上所乘者為末傳,故曰相因也。
「三伝」を取るには先ず「賊克」を看る。賊有り克有るのあの一課を取りて来て初伝と做し、すなわち発用の起点とす。中伝・末伝は則ち初伝より順次に相因じて成る。四課排定の後、陰陽の数は已に具わり、八卦の理もまた其の中に在り。此の時に三伝を求め出して発用と為さんとすれば、办法は逐課に上下神の生克を審視するに在り。若し一課に下神が上神を克すること有れば、之を「賊」と曰う。たとえ別に两三課の上克下有りと雖も、一概に論ぜず、就中この一賊を取りて用と為し、課名を「重審」と曰う。若し四課中に並びて下克上無く、只だ一課の上神が下神を克する有れば、之を取りて用と為し、課名を「元首」と曰う。所謂重審とは、反復審察詳究の意なり。所謂元首とは、別に下賊無く、亭亭然として首出万物の象有るなり。両者は皆取得の発用を以て初伝と為し、再び初伝の地盤の哪一宮に落つるを看て、其の上に乘ずる天盤神を中伝と為し、また中伝の落つる所の宮に乘ずる天盤神を看て末伝と為す。これを「相因」と謂う。
克者動也,不克則不動。課中有幾克,即有幾事。又事之應期,亦在克中求,蓋克者,轉折也。元首主速,重審主遲;元首主喜,切防樂極生悲;重審主憂,亦詳自暗而明。
注者按:「克」はすなわち動なり。克無くんば動かざるなり。課中に幾処かの克有れば、則ち幾事かを主る。事の応験の日期もまた克の処に到りて求むべし。克は正に事態の転折点を以てなり。元首課を得れば事の来ること速きを主り、重審課を得れば事の遅緩を主る。元首課は本として喜慶を主れども、楽極めて悲を生ずるを提防すべし。重審課は本として憂疑を主れども、事の暗より明に転ずるを留意すべし。
克多比用涉害,重審不過一下賊,若四課中有二三四下賊者非審矣;元首不過一上克,若四課中有二三四上克者非首矣。上克下曰克,下克上曰賊。今賊克紛紛,則以甲丙戊庚壬為陽日,而用一子寅辰午申戌之神陽與陽比,雖二三陰勿論也;若乙丁己辛癸為陰日,而用一丑卯巳未酉亥之神陰與陰比,雖二三陽勿論也,故曰比用也。
若し相克の処多ければ、則ち「比用」と「渉害」の両法に改め用いるべし。重審課は只だ一処の下賊あるのみ能くし、若し四課中に両処・三処・四処の下賊有れば、重審と算せず。元首課は只だ一処の上克あるのみ能くし、若し四課中に両処以上の上克有れば、亦た元首と算せず。上神が下神を克するを「克」と曰い、下神が上神を克するを「賊」と曰う。如今賊克紛然として並び見ゆれば、則ち日干の陰陽を看る。甲丙戊庚壬は陽日なり、便ち子寅辰午申戌のこれら陽支の中に一つを取りて発用と為し、其の陽と陽と同類相比するを取る。たとえ別に两三処の陰支相克有りと雖も理せず。乙丁己辛癸は陰日なり、便ち丑卯巳未酉亥のこれら陰支の中に一つを取りて発用と為し、其の陰と陰と同類相比するを取る。たとえ別に两三処の陽支相克有りと雖も理せず。これを「比用」と謂う。
然又曰知一者何也?蓋陽知用一陽爻而不知有陰也,陰知用一陰爻而不知有陽也。若夫陰日只知用一陰,今而有二陰三陰四陰矣;陽日只用一陽,今而有二陽三陽四陽矣,則名之曰涉害課,先以寅申巳亥上乘之神為用,則涉之深而建名曰見機,蓋有害者不可不見機,明哲保身之義也。
比用は又「知一」と曰う。何を以てか。陽日は只だ一個の陽神を認め取りて用と為し陰有るを管せず、陰日は只だ一個の陰神を認め取りて用と為し陽有るを管せず、一味に一処を認定するを以て、故に知一と称す。至りて陰日は本当に只だ一個の陰神を取るべきに、如今却て両個・三個乃至四個の陰神が皆相克するを現ず。陽日は本当に只だ一個の陽神を取るべきに、如今両個・三個甚至四個の陽神が皆相克する有り。同類相比しても高下を分かち難し。此の時課名は則ち「渉害」と曰う。用を取るには先ず寅申巳亥の四孟の上に乘る所の神を看る。孟位は害を受けること最も深く、渉害底に至るを以てなり。此の一格は又「見機」と曰い、意は身に害を受くる之地に処りて見機に作さざる能わずと謂い、取る所は明哲保身の義理なり。
若孟神上無克賊,則以子午卯酉上乘之神為用,此涉之淺而又名曰察微,蓋見於明者不可不究其精微,履霜堅冰至之意也。其中末必如賊克之相因。涉害取法,只以孟仲季為準,不以涉害深淺為義,此《指南》所用之法,切記!又涉害者,克多也,主事體紛紛,事體繁則曲折多,曲折多則遲慢矣。觀涉水者,豈非小心翼翼,步覆惟艱乎?以婚姻言之,無不“好事多磨”也。故涉害統坎之體,歷盡風霜也。凡見涉害課,宜取《易》需之卦義,坐待詳察,則不涉於險也。
若し四孟の上に克賊無ければ、則ち改めて子午卯酉の四仲の上に乘る所の神を取りて用と為す。此の一層の渉害は較淺し。故に又「察微」と曰い、意は已に明処に顕現する事にして其の精微の処を推究せざる能わずと謂い、正に《易経》の「霜を履めば堅氷至る」の用意に合す。中伝・末伝は仍お賊克課の如く依次に相因じて取得す。注者按:本書の渉害を取るは只だ孟・仲・季の位次を以て準と為し、並びて真に害を受くるの深浅を比較せず。これは《六壬指南》の用うる所の办法にして、務めて記住すべし。再び言う、渉害はすなわち克多きなり。事の頭緒紛雑を主る。頭緒一たび多ければ則ち曲折多く、曲折一たび多ければ則ち必ず拖延迟慢す。人の水を渉り河を過ぐるを看よ、哪一個か小心翼々・歩歩艱難ならざる。婚姻を以て言えば、渉害課を得れば「好事多磨」ならぬは無し。故に渉害は総じて坎卦の体性を帯び、風霜を歴尽すべし。およそ渉害課に遇わば、《易経》需卦の卦義を取るを宜しとす。安坐して等待し、詳らかに審察を加えれば、険境に陷入せじ。
無克是以遙嗔。若四課上下全不相剋賊,則以日干為主而與第二、三、四課上神相對較之。若有一上神剋日干者取以為用,名神遙剋日,曰蒿矢課,以彼能遙傷於我而似矢也。何以蒿矢名之?蓋上下相剋力勇,而有賊克之稱,斯遙遠力綿,雖克而猶蒿而已。若無剋日干者,則視日干遙克彼三上神矣。若有一上神被日干克者取以為用,名曰遙克神,曰彈射課,以我能遙傷於彼而似射也。何以彈名之?蓋亦因其射遠力薄,取象於彈丸而已。如有二克或克二者,亦如比用之法。三傳相因亦如賊克之法。
四課の上下に皆克無くんば、則ち「遥克」を用いて用を取るべし。若し四課の上下全く相克相賊せざれば、便ち日干を以て主と為し、第二・三・四課の上神を拿りて之と対比す。若し一個の上神有りて遥々と日干を克するに至らば、則ち之を取りて発用と為し、之を「神遥克日」と謂い、課名を「蒿矢」と曰う。対方が遠処より能く我を傷るを以て、箭の射来る有るがごときなり。何を以てか蒿矢と謂うや。上下贴近に相克するは力量剛猛を以て、才だ賊克と称す。遥遠に相克するは力量綿軟、克と雖も、亦不過蒿草の做す箭のみ。若し上神の日干を克する無ければ、則ち反転して日干の能くどの上神を遥克するを看る。若し一個の上神有りて日干の克する所と為らば、之を取りて発用と為し、「日遥克神」と曰い、課名を「弾射」と曰う。我より遠処に対方を傷るを以て、弾弓の射出すがごときなり。何を以てか弾と謂うや。亦た射ること遠く力量薄しを以てなり。只だ弾丸の象を取るのみ能くす。若し両処の日を克し或いは日が両処を克すること有れば、仍お比用の法を照じて一つを擇びて取れ。中末二伝の相因もまた賊克課と相同じ。
遙克遠來之事,然不可拘蒿彈之名,雖篙矢亦可我干涉於人,而彈射亦有人干涉於我。惟以課傳神將斷之而已。又遙克者,斜交也,亦有另闢他徑之理。若昴星當俯仰於酉上。
注者按:遥克は遠処より来る事を主れども、蒿矢・弾射の名目を死守すべからず。蒿矢課を得るも亦た我の往きて别人を干涉する有り得べく、弾射課を得るも亦た别人の来りて我を干涉する有り得べし。究竟如何なるかは、只だ三伝の乘る所の神将に憑りて断ずべし。再び言う、遥克は斜めに相交るが故に、別に蹊迳を闢き繞道して行くの道理を含有す。以下「昴星課」を講ず。其の取用は地盤酉宮の上に一俯一仰して尋ぬべし。
若四課既無克而復無遙,則為昴星矣。蓋遙克力輕,取象於蒿取象於彈,況無遙克而獨天地盤之酉金作用,其力尤輕之至,而應事則未免明之微矣,故以酉中之昴星為名,言其明之微,雖七星相聚,非至明之目不能辨也。陽日則取酉上所得之神為發用,有日將出而雞鳴仰首之義也;陰日則取酉下所得之神為發用,有日將墓而虎視俯首之意也。陰則日作中傳辰作末傳,陽則辰作中傳日作末傳。不唯陰陽迭遷,而終有返本之象也。
若し四課に既に上下相克無く、又遥克無くんば、則ち是れ「昴星課」なり。遥克の力量は已に甚だ軽し、只だ蒿箭・弾丸に比するのみ能くす。況んや遥克すら無きに於てをや。只だ天地盤上の酉金に単頼して作用を起こすほかなく、力量は則ち更に軽微極点に至り、事に応ずる時は暗弱不明を免れず。故に酉宮中の昴星を借りて命名す。説く所は正に其の光明微弱なり。昴宿は七星有りて一処に聚ると雖も、極好の眼力ならずして分別し出だす能わず。取法は、陽日は地盤酉上の乘る所の天盤の神を取りて発用と為し、太陽将に出づる・雄鶏仰首して鳴くの義を取る。陰日は天盤酉下の臨む所の地盤の神を取りて発用と為し、日将に墓に入る・虎視俯首の意を取る。陰日は日干上神を以て中伝と為し日支上神を末伝と為し、陽日は則ち日支上神を以て中伝と為し日干上神を末伝と為す。此の如くすれば不特陰陽交替変換するのみならず、最終には又回帰本位の意思を含有す。
昴星者蛇虎當道之象,得此課必不自安。七星者,昴宿也,今稱昴宿星團,西方稱七姊妹星團。返本者,以柔日末傳支上,剛日末傳干上,總有迴歸之意,判斷宜參考之。若別責取干支之合神。
注者按:昴星課は蛇虎当道の象有り。此の課を占得する人は必ず心中安からず。所謂七星はすなわち昴宿、今天は昴宿星団と謂い、西方は七姊妹星団と称す。所謂「返本」とは、柔日すなわち陰日の末伝に日支上神を取り、剛日すなわち陽日の末伝に日干上神を取るを指し、総じて自身の本位に回帰するの意思を帯ぶ。課を断ずる時は此の点を参考すべし。以下「別責課」を講ず。其の取用は日干の合神或いは日支の三合の神に靠るべし。
假如四課有首尾相同為三課者,有二三相同而為三課者,名曰不備,言四課不全,不完備也。其不備課中無賊克無遙克,不可以昴星取例。四課昴星,三課別責也。若陽日得之以天干之合位上乘者取為用神。合者,甲己、乙庚、丙辛、丁壬、戊癸相合也。干陽尚有動用之機也。若陰日得之以地支之三合前一位用之,而不用乘神,靜之機也。三合前一位者,如巳酉丑、亥卯未,酉日用丑,丑日用巳,未日用亥是也。中末不問陰日陽日,並以干上所乘者為之。
假如四課の中に第一課と第四課と相同じく、或いは第二課と第三課と相同ずれば、四課は則ち只だ三課を残す。これを「不備」と謂い、意は四課斉全ならずと謂う。此の類の不備の課は若し既に賊克無く又遥克無くんば、昴星課を按じて取用する能わず。四課斉全にして克無き者は才だ昴星を用い、只だ三課を残す者は「別責」を用いるべし。陽日に別責課を得れば、日干と相合する干の寄る所の宮の上乘の神を取りて用神と為す。所謂合とは、甲と己と合し、乙と庚と合し、丙と辛と合し、丁と壬と合し、戊と癸と合す。陽干に尚ほ主动出击の機有るの意思を取るなり。陰日に別責課を得れば、則ち日支の三合局中の前一位の地支本身を取りて用と為し、其の上に乘る所の神を取らず、其の静守の機を取る。所謂三合前一位とは、巳酉丑・亥卯未の此の類の三合局の如く、酉日は丑を用い、丑日は巳を用い、未日は亥を用うを説く。中伝・末伝は陰日陽日を分かたず、一律に日干の上に乘る所の神を以て充当す。
伏返以刑沖為定。若諸神歸於本位,如子加子、午加午之類,乃伏吟之象也。有克者取克,不過癸乙二干而已。無克者陽日自干上發傳,陰日自辰上發傳,迤邐三刑而為三傳也。若初傳值自刑則中傳陽日用支、陰日用干,仍取刑為末傳也。倘逢中傳自刑者,末傳以沖神為之矣。夫刑有三者:一字刑乃午刑午、辰刑辰、酉刑酉、亥刑亥,自刑也。二字刑乃卯刑子、子刑卯也。三字刑乃丑刑戌、戌刑未、未刑丑也;寅刑巳、巳刑申、申刑寅也。
伏吟と返吟の両種の課は、三伝を取るに皆「刑」と「衝」を以て定む。およそ天盤の各神が皆自己の本宮に回帰し、例えば子を子上に加え午を午上に加えるの類は、すなわち伏吟の象なり。伏吟課中に若し克有れば則ち克を取れ。但だし癸・乙の両個の日干のみ有り得べきなり。克無き者は、陽日は日干上神より発用し、陰日は日支上神より発用し、再び三刑の関係に順いて依次に三伝を取出す。若し初伝恰好自刑の支ならば、中伝は則ち改めて用いる。陽日は日支上神を取り、陰日は日干上神を取り、末伝は仍お刑神を取れ。倘若中伝又自刑に逢えば、末伝は則ち改めて相衝の神を用いる。三刑は三類に分かつ。一字刑はすなわち自刑、午刑午・辰刑辰・酉刑酉・亥刑亥を為す。二字刑は卯刑子・子刑卯なり。三字刑は丑刑戌・戌刑未・未刑丑、および寅刑巳・巳刑申・申刑寅なり。
反吟乃子加午、卯加酉,十二神各臨沖射之位也。克之少者重審、元首取之,多則知一涉害取之。三傳初末相同而沖乎中傳。若夫丁未、己未、辛未、丁丑、己丑、辛丑六課無克,乃名無依,以支神之井欄沖射上所得之神以為初用,而日支所乘為中傳,日干所乘為末傳。夫井欄者,丑沖未、巳沖亥也。返伏之課,雖較靜動之意,還當以神將取之。若“任信丁馬須言動。”、“來去俱空豈動移。”,舉其一端,餘可推矣。
返吟課は則ち子を午上に加え卯を酉上に加え、十二天盤神各々本宮と相衝する位置に臨む。返吟課は克少なき者は仍お重審・元首を按じて取用し、克多き者は則ち知一・渉害を按じて取用す。三伝は往々初伝と末伝と相同じくして中伝と相衝す。至りて丁未・己未・辛未・丁丑・己丑・辛丑の此の六個の日辰の起こす返吟課は克無し。課名は「無依」と曰い、取法は日支「井欄」の相衝する位の上に得る所の神を用いて初伝と為し、日支の上に乘る所の神を中伝と為し、日干の上に乘る所の神を末伝と為す。所謂井欄とは、丑と未と相衝し、巳と亥と相衝するを指す。注者按:返吟・伏吟の両課は分別して動と静とに比擬すと雖も、判断の時は仍お乘る所の天将と結合して以て定むべし。「任信丁馬須言動」「来去倶空豈動移」の此の類の口訣の如きは、不過各々一端を挙ぐるのみ、其の余は類推すべし。
八專以逆順為真。若干支同處一位,則四課中只得二課矣。有克仍從賊克、比用、涉害三法取用。無克不復取遙矣。蓋遙,遠也,干支同位何遠耶?只用八專之法而用之。陽日則順從干上陽神得三而止;陰日則逆從支上陰神得三而止,是為發用也。中末二傳概用干上所乘神為之。“得三而止”者,剛日自干陽連根順數三神,干上丑,以丑為一,順數至三,取卯;柔日自支陰連根逆數三神,第四課酉,以酉為一,逆數至三,取未。凡得八專,多以雙論。
「八専課」の取用は順数と逆数に靠る。およそ日干の寄る所の宮と日支と同じく一位に在れば、四課は只だ両課を排出し得るのみ。此の時若し克有れば、仍お賊克・比用・渉害の三法を按じて取用せよ。若し克無くんば、則ち再び遥克を取らず。遥は遠の意なり。干支既に已に一宮に同じく在り、哪裏に還た遠を談ずるを得んや。只だ八専の法を用うるのみ能くす。陽日は日干上神より起こり、順数して第三位に至るまで止まる。陰日は日支の陰神より起こり、逆数して第三位に至るまで止まる。数え到るあの一神がすなわち発用なり。中伝・末伝は一概に日干の上に乘る所の神を用いて充当す。注者按:所謂「三を得て止まる」とは、剛日は日干上の陽神より連ねて本位を順数三位し、譬えば干上は丑ならば、則ち丑を以て第一と為し、順数して第三に取りて卯に到る。柔日は日支の陰神より連ねて本位を逆数三位し、譬えば第四課は酉ならば、則ち酉を以て第一と為し、逆数して第三に取りて未に到る。およそ八専課を得れば、多くは成双成対の事情を按じて断ずべし。
十二天将・天乙貴人
天乙居中,後六前五。天乙乃貴人也,此神居紫微垣之門,住持上帝征伐以行令於人間,應己丑之土,有止戈之武,統馭十二神。在天門之前、地戶之後則順行;若居地戶之前、天門之後則逆行。其神后有六位,乃天空、白虎、太常、玄武、太陰、天后也;前有五位,乃騰蛇、朱雀、六合、勾陳、青龍也。夫課中有涉及天乙前與後者,俱以此例推,若此支乘天將為前神則在前,所乘天將為後六神則在天乙後也。不必校其他也。此斷前後之簡法。
「天乙」は十二天将の中心に居り、其の後に六位の天将有り、前に五位の天将有り。天乙はすなわち「貴人」なり。此の神は紫微垣の門口に住し、上帝の征伐の令を主持して人間に頒行す。五行は己丑の土に応じ、武を以て戈を止むるの徳性有り、其の余の諸神を統轄す。貴人若し天門亥の前・地戸申の後の半辺に落つれば、十二天将は則ち順時針に排布す。若し地戸の前・天門の後の半辺に落つれば、則ち逆時針に排布す。貴人の後の六将は、依次に「天空」「白虎」「太常」「玄武」「太陰」「天后」なり。貴人の前の五将は、依次に「螣蛇」「朱雀」「六合」「勾陳」「青竜」なり。注者按:課中におよそ某神の貴人の前か後かを分別せんと欲せば、皆此の次序を照じて推せ。某支の乘る所の天将は前五将に属せば、則ち貴人の前に在り。後六将に属せば、則ち貴人の後に在り。再び別に他を考究するを須いず。これは前後を判断するの簡便办法なり。
解紛必囑事於童僕。貴人居子曰解紛,曰解除紛紜擾攘也。蓋子乃夜半安居之神,故得解去紛擾而坦腹。然既為至貴,日有萬機,雖無君象,貴臣宰輔代天宣化事,亦同天子之勞,恐其蕪脫遺漏,故囑事於有用之童僕,庶不負國漠民矣。
貴人が子に臨むを「解紛」と曰う。此の時必ず事情を童仆に交託して弁ぜしむべし。所謂解紛とは、紛乱扰攘を解除するなり。子は夜半安居の神、故に貴人此に到れば紛扰を解去して安然と袒腹休息し得るなり。然るに貴人の身分極めて尊く、一天到晚万機叢集し、其は君主の象に非ずと雖も、却て天子に代わりて教化を宣布する貴臣宰輔なり。労碌は天子と相同じ。只だ事の荒廃脱漏するを怕る。故に事務を得力の童仆に嘱託して経弁せしめ、此の如くして始めて国家に辜かず百姓に辜かざるなり。此の象を占得すれば、事は下属・晩輩或いは傭仆の代弁に靠りて始めて成るを主る。
此判辭與易之爻相仿,間有巧合可照讀之,但易道活潑,多與事不親,故當活斷。但潛心推究,可明五行之理。五行之理者,易占之根本,真秘訣也,故不可不細玩之。一、此課十二天將臨十二位,有乘有臨。二、判詞之理解,不可全有生克論,有以神將之象連綴而成其意者,不可不知。此大六壬與六爻不同處。三、十二宮之本意,壬學關節也。
注者按:これらの判辞は《易経》の爻辞に相仿り、偶々巧合の処有りて対照して読むべし。但だ易理は活霊にして、往々具体の事情と那嚢贴切せず。故に活看活断すべし。只だ肯んじて潜心推究すれば、則ち五行の道理を明白し得べく、而るに五行の理は正に易占の根本・真正の秘诀、細々と玩味せざるべからず。此処に三点を提す。第一、本篇の講ずるは十二天将の分別して十二地支の位に落つるなり。既に天将の某支の上に乘る有り、亦た天将の某宮の中に臨む有り、両者は分かち清めんことを要す。第二、判辞の理路は全て生克を用いて解釈する能わず。不少は神と将の取象を連綴して以て文意を成す有り。此の一点は必ず知るべし、亦た正に「大六壬」と「六爻」の同じからざる処なり。第三、十二宮の本身の含義こそ、六壬学問の関節の在る所なり。
貴人居子,子者子民,貴人治下嚴謹,惡人不興,禍事不起,故可曰解紛。切記:解紛者,必非無紛也,先有紛始有解紛之事。升堂宜投書於公府。貴人居丑曰升堂,乃本位屬己丑故也,升堂則有泰山岩巖之象,非可私干,必欲見之,宜持書或移文,必以正大光明,然後可於公堂府第見之。一云,貴人居本家不治事。
再び説く、貴人が子に臨む。子は以て子民と看做すべし。貴人は属下を治理するに厳謹にして、坏人は敢えて風浪を興し作さず、禍事も亦た発生せず。故に解紛と称す。切記すべし、既に「解紛」と曰えば、則ち必ず本来紛無きに非ず、而も先に紛乱有り、然る後に解紛の此事有るなり。貴人が丑に臨むを「升堂」と曰う。此の種の課に遇いて事を弁ぜんと欲せば、官府に往きて文書を投逓すべし。之を升堂と謂う所以は、丑は正に貴人己丑の本位を以てなり。既に已に升堂せば、則ち泰山巖巖・荘厳犯すべからざるの気象有り。私下に求告する能わず。一定に彼を見んと欲せば、則ち書状を遞呈し或いは公文を行移し、必ず正大光明にして、然る後に公堂官府の中に於て彼を見るべし。別に一説有り、貴人の自己本家の宮に居る時は事を弁ぜず、と。
憑几可謁見於其家。貴人居卯曰憑几,蓋功曹乃案牘碎瑣之象,貴人有暇必親於典籍也。當此可乘之機,雖細務亦可相干,可就私第謁之,而非公堂之比也。寅為幾象,草文書所用,故貴人臨之當有公事要辦。親於典籍者,一例而已。我遇此象,多以有公事論,多驗。卯酉日月門也,故貴人加於地盤卯酉之上發用,亦主貴人臨門或主顧、客人上門也。又經云“貴加門戶,意總不足。”,以有欲而外求,故亦為搖動之象。
貴人が寅に臨むを「憑几」と曰う。此の時は彼の家中に到りて拝見すべし。原文は此処に居卯と写す。但だ下文に明らかに寅を以て几と為すと説く。知るべし、当に寅位を指すべし。寅は「功曹」、文書案牘瑣碎の象なり。貴人に閑暇有れば必ず典籍に親近す。此の可乘の機に趁りて、たとえ小事なりと雖も打搅するに妨げず、彼の私宅に到りて拝謁すべし。升堂の如く必ず公堂に於て相見るを須いざるがごときなり。注者按:寅は几案の象、文書を起草するに用うる所の物なり。故に貴人が寅に臨むは当に公事の弁ずべき有るべし。「典籍に親近する」は只だ其の中の一例のみ。我は此の種の課象に遇うや、多くは公事有りを按じて断じ、屢々応験せり。卯と酉は日月出入の門。故に貴人の地盤卯・酉の上に加えて発用と為すや、亦た貴人の門に上るを主り、或いは主顧・客人の登門を主る。経文に又曰く「貴の門戸に加わる、意総じて足らず」と。心の中に欲求する所有りて外に向かい奔走するを以て、故に亦た心神揺動の象なり。
登車宜訴詞於路。貴人居卯曰登車,卯乃軒車之象,既升車則非私家又非公署,若非緊急事,豈可唐突於貴人之前耶?若被屈或遭豪暴,非陳於有位之正人,何得雪斯沉辱哉?不得不俯於路而哀達其情也。卯酉為門戶,故貴人加於地盤二分之上,亦主主顧來臨。巳午受貢兮君喜臣歡。貴人居巳午曰受貢,乃相生助,非不遂之方,既貢則以賤事貴,以貴下賤,君喜臣悅忘其授受之私,貢者受者俱不越度之象。
貴人が卯に臨むを「登車」と曰う。此の時冤情有れば只だ路上に攔えて陳訴するのみ。卯は軒車の象。貴人既に已に登車せば、則ち既に私宅に在らず亦た官署に在らず。若し緊急の事に非ざれば、怎麼して好く冒昧に貴人の面前に攔えんや。但だし若し冤を含み屈を受け或いは豪強の凌暴に遭わば、職位有る正人に陳述せざれば、又た何を靠りて此の沈重の耻辱を洗刷せんや。只だ路旁に俯身し、情由を哀告し上ぐるほかなし。注者按:卯酉は門戸。故に貴人の地盤春分・秋分の此の両個の宮位の上に加わるや、亦た顧客の登門を主る。貴人が巳に臨み午に臨むを「受貢」と曰う。君臣両方皆歓喜す。巳午の火は貴人の土を生ず。是れ相生扶助の地にして、遂心せざる方位に非ず。既に受貢と称せば、則ち卑を以て尊に事え、尊を以て卑に接し、君上歓喜し臣下悦服し、彼此授受のあいだの私念を忘掉し、進献する人と接受する人と皆分寸を失わず。
辰戌懷怒兮下憂上辱。貴人居辰曰天牢,居戌曰地獄,非法之地,必非法之人,而後入之,何貴人而居此乎?文王羑里亦莫非天所使耳。在上者有此非常之辱,則俯仰於彼者,烏得不憂乎?貴居辰戌,是加於地盤上。貴人不乘此二神。判辭舉事之一端耳,干貴則貴入羅網不吉,而履獄錄囚之理亦不可不知。《畢法》云“貴雖在獄宜臨干”是也。但貴人臨干,不免操勞。身入公門之人,有不殫精竭慮以副其職乎?正所謂“人人愛當官,當官不自由”也。
貴人が辰に臨み戌に臨むを「懐怒」と曰う。下に在る人は憂懼し、上に在る人は辱を受く。貴人が辰に臨むは「天牢」、戌に臨むは「地獄」、皆刑法の地、本当に法を犯す人のみ進入すべき所。貴人は怎麼して此処に落ち到らんや。周文王の羑里に囚わるるがごとき、亦た天意の安排に過ぎず。上位者此の如く非同尋常の羞辱に遭えば、彼を仰仗して日子を過ぐる下属、怎麼して憂愁せざるを得んや。注者按:貴人の辰戌に居ると説くは、貴人の地盤の辰・戌宮の上に加わるを指す。天将の中、貴人本身は辰・戌の此の両個の神に乘らず。判辞は不過其の一端を挙ぐるのみ。日干上の貴人の辰戌羅網に落入るは固より不吉なり。但だし貴人の牢獄を巡視し囚犯を复核するの道理も亦た知らざるべからず。《畢法賦》に曰く「貴は獄に在りと雖も干に臨むを宜しとす」と、正に此の意なり。但だし貴人の日干に臨むも、亦た操労を免れず。身に公門に在る人、哪一個か精慮を殫さずして其の職に称えんや。正に所謂「人人官を当るを愛し、官を当れば自由ならず」なり。
移途則有求干之榮。貴人居申為移途,蓋傳送乃道路之神,貴人在嬉遊衍時也,因而獲便以求其進用之私,乘間而行,必榮遂矣。此言有二說:一、貴人加申之上,申者車也,若生我,是貴人乘車下顧,有求皆應。二、申為貴人,動中有利。
貴人が申に臨むを「移途」と曰う。此の時干求する所有れば反って栄顕を得るを能くす。申は「伝送」、道路の神なり。貴人此に到れば正に外出游行の際に在り。求告する人は便ち此の方便に乗じて自己進用の私を謀り、隙に乘じて行えば、必ず栄耀意を遂ぐ。注者按:此の句は両種の講法有り。其一、貴人の地盤申の上に加われば、申は車馬、若し申が能く我方を生助せば、則ち是れ貴人の車に乘りて駕を屈して顧うなり。およそ請求有れば皆応允す。其二、申宮の乘る所を以て貴人と看做せば、走動の中に於て利を獲るを主る。
列席則有酒筵之娛。蓋未為夜貴,二貴相會入貴家,故有筵會之象。托貴干貴事無不遂矣。還絳宮坦然安居。居亥又曰登天門,此時六凶俱藏。蓋蛇雀之火而伏於水,勾陳天空之土而伏於木,白虎之金伏於火,玄武之水而伏於土,且亥乃夜方,日之勞擾者至此而坦然安居矣。貴登天門,萬禍皆消。但當以課體為主,較量得輕也。若課體凶,則貴登天門,乃宣旨屠戮之詔,何以為福?故常人占不喜也。
貴人が未に臨むを「列席」と曰う。酒宴の楽しみ有るを主る。未は夜貴人の本家、昼貴此に到れば便ち両位の貴人の貴人の家に相会するなり。故に筵席聚会の象有り。此の時人情を托して貴人に事を弁ませれば、弁まざるは無し。貴人が亥に臨むを「還絳宮」と曰い、能く坦然として安居す。此の一格は又「登天門」と曰う。此の時六個の凶将は皆蔵伏す。螣蛇・朱雀は火に属して亥水に伏し、勾陳・天空は土に属して亥中の木に伏し、白虎は金に属して火に伏し、玄武は水に属して土に伏す。況んや亥は夜半の方位、白天労碌奔忙の人も此に到れば則ち坦然として安居す。注者按:貴の天門に登れば、万禍皆消す。然れども仍お整個の課体を以て主と為し、権衡した後に始めて吉凶軽重を知る。若し課体本凶ならば、則ち貴の天門に登るは反って旨を奉じて屠戮の詔書を宣読するがごとき、哪裏ぞ福と算するを得んや。故に平常人の占得は喜ぶべからず。
入私室不遑寧處。蓋酉為日月出入之門,有私門之號也。夫貴達而在上,致君、澤民、律身、行已,自當持正,以至難進易退。趨謁於私門則律己不正,而清議所不容矣,豈遑寧處也?貴人臨酉,乃貴人自後門而入之象,宜私不宜公。占託人辦事,無不利。又酉者,媚也,少女也,至尊為其所迷,則失其持正之心,宜慎之。
貴人が酉に臨むを「入私室」と曰う。此の時心神安からず、安居する暇無し。酉は日月出入の門、故に私門の称有り。貴人は顕達にして上位に居り、君主を輔佐し、百姓に恵を施し、自身を約束し、行事を検点せんことを要す。本当に正道を持守し、進取すること難く引退すること易きを致すべし。如今却て私門に奔走して見を求むれば、便ち己を律すること正しからず、清議の容るる所と為らず。哪裏に還た能く安然として自ら処るを得んや。注者按:貴人が酉に臨むは、貴人の後門より入り来るの象。私下に事を弁ずるに宜しくして公開に進行するに宜しからず。人を托して事を代弁せしむるを占えば順利ならぬは無し。再び言う、酉は又た嫵媚を主り、少女の象なり。至尊の貴人彼女の迷惑する所と為らば、則ち持正の心を失掉せん。此の一点は当に謹慎すべし。
十二天将・螣蛇
但見螣蛇驚疑擾亂。前一螣蛇乃丁巳火神也,主火光驚疑憂恐怪異。蓋凶神也,以其離貴人前一位,故曰前一也。螣蛇最主變化多端。掩目則無患無憂。居子也,不惟子水克巳火,且居夜方有掩目之象。蟠伏棲息之時,其凶焰無所施,無患無憂矣。螣蛇掩目,彼無害人之心,若日帶自刑,或本命行年作鬼墓絕神,則自逞自作,禍患不淺也。
およそ課中に「螣蛇」を見れば、則ち驚疑と扰乱を主る。貴人の前一位は螣蛇、丁巳の火に属し、火光の災・驚疑憂恐および種種の怪異を主る。是個の凶将なり。貴人を離るること只だ一位を以て、故に「前一」と称す。注者按:螣蛇は最も変化多端を主る。螣蛇が子に臨むを「掩目」と曰う。此の時患無く憂無し。不但子水が能く巳火を克するのみならず、而且子は夜半の方、眼を閉ずるの象有り。蛇正に蟠伏栖息し、凶焔は施すに従無し。自然に災無く憂無し。注者按:螣蛇の目を掩うは、其の本身に人を害するの心無きなり。但だし若し日辰が自刑を帯び、或いは本命・行年が鬼・墓・絶の一類の凶神の上に落つれば、則ち會當自ら強を逞しうして事を生じ、禍患浅からざらん。
蟠龜則禍消福善。蓋丑中有暗禽星龜也。夫蛇與龜姤亦離坎交濟象。豈復有禍心於人哉?是以禍消,占者修善以立身,斯福不窮矣。“修善立身”者,亦言宜守靜,不可冒進。生角露齒禍福兩途。居寅生角,蓋火生於寅,榮旺之極,化蛟化龍,此為貪榮不禍,是以為福。居酉露齒,蓋火制鄉,猖獗得志之地,且金石地無食,被蛇肆毒含饕,求口腹之計為禍,得此者退藏於密可也。凡蛇居寅,以龍斷之可也,以寅為青龍之本位也。
螣蛇が丑に臨むを「蟠亀」と曰う。災禍消散し福善之に随うを主る。丑中に暗く禽星の亀を蔵し、蛇と亀と相遇うれば、亦た則ち離火と坎水と交わりて相済するの象。哪裏に還た人に対して害心存さんや。故に禍消すと曰う。占者は只だ善行を修養し自身を立定すれば、福気便ち無窮無尽なり。注者按:所謂「善を修め身を立つ」も、亦た説くは守静に宜しく冒進すべからざるなり。螣蛇が寅に臨むを「生角」と曰い、酉に臨むを「露歯」と曰う。一は福を為し一は禍を為し、両条の路を走る。寅に臨み角を生ずるは、火の長生寅に在るを以て、正に栄旺の極に当たり、蛇は蛟に化し竜に化すべし。是れ栄に向うを貪りて禍を作さざるなり。故に福と為す。酉に臨み歯を露すは、酉は火の克制する所の郷、蛇此に在りて猖獗得志す。況んや金石の地は本として食物の得べき無し。蛇便ち其の毒を肆にし其の貪を逞しうし、口腹を求めんが為に禍を作す。此の象を占得する人は退蔵隠密を以て宜しと為す。注者按:およそ螣蛇の寅に臨むは、青竜を按じて断ずるも妨げず。寅は正に青竜の本位を以てなり。
乘霧飛空休祥不辨。居巳為乘霧,以霧為隱,雖毒目無所見,毒不得肆身,得此者仍宜避之。蓋霧之蒙,彼固目迷矣,而我至此獨不迷哉?倘誤犯之,為其所噬,悔何及矣。居午飛空,以蛇飛空化龍化蜃之氣也。彼有此大志始有此大為,豈復毒人?縱彼不毒人,在我仍宜避之,不失為明哲。辰巳午天位也,臨居之必化龍,志象必大。生干大吉。
螣蛇が巳に臨むを「乘霧」と曰い、午に臨むを「飛空」と曰う。此の両種の情形は吉凶分別し難し。巳に臨み霧に乘るは、霧は能く形跡を隠蔽し、蛇は毒有ると雖も物を見る能わず、毒も亦た施すに処無し。占得する人は仍お躲避を以て宜しと為す。霧気迷蒙を以て、其は固より眼花すれども、我が霧に到れば豈に迷わざらんや。万一誤りて撞上がりて其の咬まるる所と為らば、後悔するも及ばざらん。午に臨み空を飛ぶは、蛇の騰空して起こり竜に化し蜃に化するの気象。其は既に此の如き大志有り、才だ此の如き大作為有り。哪裏に還た人を毒するを顧みんや。縱令え其が人を毒せずと雖も、我が此辺に於ては仍お回避を以て上と為し、明智を失わざるなり。注者按:辰・巳・午は天位に属し、螣蛇此の三宮に臨めば必ず竜に化し、志向気象は一定に遠大なり。若し能く日干を生扶せば、則ち大吉の兆なり。
入林兮鋒不可砍。居未為入林,未乃木庫,以土有木,非林之象乎?林簏棲止,既有所蔽矣,其穴必深,當雖有刀鋒無所施其利也。彼螣蛇有此優遊之樂,必無肆禍之心,占者無所忌矣。然逢林有蛇,還當莫入。墜水兮從心無患。居亥蛇墜能水居,則隨波逐流,魚蝦為食,似無橫路毒人之慾。在我則任其往返周旋,豈不從心所欲哉?
螣蛇が未に臨むを「入林」と曰う。此の時刀鋒も亦た之を砍るに着かず。未は木庫、土中に木を含む。林藪の象に正しからずや。蛇の林麓のあいだに栖息するは已に遮蔽有り、洞穴は必ず甚深し。縱令え鋒利の刀刃有りと雖も施すに処無し。螣蛇既に此の従容自得の楽しみ有れば、必ず凶を逞し禍を作すの心無し。占者は顧忌を須いず。注者按:但だ林中に蛇有るに遇わば、還た冒然として走り入らざるを好しと為す。螣蛇が亥に臨むを「墜水」と曰う。此の時心の欲する所に随うて患無し。蛇の水中に墜ちて能く水に栖えば、便ち波に随い流に逐い、魚蝦を以て食と為す。路を攔えて人を害するの念頭無きがごとし。我が此辺に於ては尽く其の来回去動に任せて可なり。豈に正に心の欲する所に従うに好からずや。
當門銜劍總是成災。居卯為當門,卯乃日月之門,則出門即被其害矣。有備者無害也。得此者預為之計,不待彼奮起而攻其不意。若趨而不顧,斯墮其害矣。蛇加地盤卯酉之上,則妖氛之氣入門矣,於人於物皆受其毒,行為作事亦有蛇之性矣。申者金刃之象也。金刃乃斬彼之物,而胡為彼所銜哉?火能克金,得以猖獗逞妖,銜劍蓋異且妖之象。占得者惟退潛而避之,彼凶不能處,妖氛息而吾復何患哉?
螣蛇が卯に臨むを「当門」と曰い、申に臨むを「銜剣」と曰う。両者は皆災を成すべし。卯に臨み門に当たるは、卯は日月出入の門、一出門すれば則ち其の害する所と為らんとす。但だし防備有る人は以て害無し。占得する人は当に預め謀画し、其の撲起するを待たずして其の不意に出で先んじて之を制すべし。若し只だ前に闖らんことを顧みて防範を加えざれば、則ち其の禍害に落入らん。注者按:螣蛇の地盤卯・酉の上に加わるは、則ち妖氛の気の門に入るなり。人たると物たるとを論ぜず皆其の毒に中り、行事作為するも亦た蛇の性情を帯ぶ。至りて申は金刃の象。金刃は本として蛇を斬るの物、怎麼して反って蛇の口中に銜まるる所と為るや。是れ火の能く金を克するを以て、蛇便ち以て猖獗し妖を逞しうす。「銜剣」は正に既に怪異にして又た妖邪の象。占得する人は只だ退避潜蔵あるのみ。其の凶焔は施すに処無く妖氛平息せば、我又た何の憂うべき有らんや。
入冢而象龍併為釋難。戌為入冢。戌乃火庫,有蛇入墓之象。彼深居而簡出,吾往過雖不免小心惴惴,而彼非蟠伏路途之比也。居辰象龍。蛇乃龍之從也,有化之機,若入龍之穴,有隨化之義。夫彼貪上達必熱於中,豈復深為我患哉?故可釋難。蛇乘辰則化龍,發用或居日上,占天時必雨。
螣蛇が戌に臨むを「入塚」と曰い、辰に臨むを「象竜」と曰う。両者は皆能く危難を解除す。戌は火庫、蛇此に到れば入墓の象有り。其は深居して出づること少く、我が旁より経過するは惴惴不安を免れずと雖も、其の路の中間に盤伏するに比すれば強ち多し。辰に臨み竜に象るは、蛇は本として竜の従属、変化の機会有り。竜の洞穴に進み入れば便ち之に随いて化するの意思有り。其は一心に上進を貪求して心思正に熱し。哪裏に還た深深と我を為難せんや。故に以て難を釋すべしと曰う。注者按:螣蛇の辰を乘ずれば則ち竜に化せんとす。若し其が発用し或いは日干の上に居れば、天気を占うに必ず雨降らん。
十二天将・朱雀
朱雀南方文書可防。前二朱雀乃丙午火神也,故曰南方、文書、司訟、章奏、口舌之神,主火光怪異,去貴人二位,故曰前二。損羽也自傷難逃。居子,羽翼不成,進飛必難矣,占此者文書無氣,而詞訟口舌不凶也。掩目也動靜得昌。丑亦北方水氣之餘,制雀火,有投江破頭之喻。蓋彼既目瞑吾得有為矣。動靜俱吉,無口舌之憂,訟息而文書不行也。
「朱雀」は南方の火に属し、およそ文書の事に渉れば皆其を防ぐべし。貴人の前第二位は朱雀、丙午の火神と為る。故に之を南方の神と曰い、文書・訴訟・章奏・口舌を主り、亦た火光と種種の怪異を主る。貴人を離るること両位を以て、故に「前二」と称す。朱雀が子に臨むを「損羽」と曰う。自身傷を受けて脱逃し難し。子上に到れば羽翼長成せず、飛ばんと欲するも飛ぶ能わず。占得する人は文書に気力無し。但だ詞訟口舌の事は則ち凶ならず。朱雀が丑に臨むを「掩目」と曰う。動も静も皆順昌を得べし。丑は仍お北方水気の余脈、能く朱雀の火を克制す。江に投じて頭を碰破するの比喩有り。其は既に已に目を閉ぢ、我は便ち以て作為有るべし。故に動静皆吉、口舌の憂無く、官司平息す。只だ文書の事も亦た弁動し得ず。
安巢兮遲滯沉溺。居寅卯為之。蓋木皆火生助之神,且有山林之象,雀至山林結巢砌壘,育子貪榮。占者所喜有口舌消亡之義,而曰遲滯沉溺者,蓋卜文書章奏事未免淹滯而沉溺。此壬學“馬戀生不行”、“鬼戀生不克”、“印戀生不生”之理,最為玄妙。投網兮乖錯遺忘。辰戌為天羅地網,而戌為雀火庫,而辰戌對宮,有丘墓象也。夫以朱雀之凶,入此不得飛揚,占者所喜也。故曰乖錯遺忘,亦指文書事。朱乘辰戌發用,多無音信,試之屢驗。
朱雀が寅に臨み卯に臨むを「安巢」と曰う。事の遅滞沉溺を主る。寅卯の木は皆火を生助するの物、又た山林の象有り。雀は山林に到れば則ち巣を結び窩を壘り雛鳥を養育し、此の栄景を貪恋す。占者の喜ぶ所は口舌の此に因りて消亡するなり。之を遅滞沉溺と説くは、文書章奏の事を占えば拖延停滞を免れざるを以てなり。注者按:此は正に六壬学中の「馬の生に恋れば行かず」「鬼の生に恋れば克せず」「印の生に恋れば生ぜず」の道理、最も玄妙なり。朱雀が辰に臨み戌に臨むを「投網」と曰う。事の乖錯・人に遺忘せらるるを主る。辰戌は天羅地網、戌は又た朱雀の火の墓庫、辰と戌と相対して皆丘墓の象有り。朱雀の此の如き凶将を以て此処に進み入れば、飛揚し起こる能わず。正に占者の喜ぶ所。故に乖錯遺忘と曰う。指す所も亦た文書の事なり。注者按:朱雀の辰或いは戌を乘じて発用するや、多くは音信を得る能わず。屢試屢験なり。
厲嘴銜符怪異經官語訟。雀居申能剋制申金,其方得志之處也。厲嘴奮啄,所以口舌尤旺也。望文書固有氣,而他占則訟訴之象,凶不可免。居午曰銜符,古名真朱雀,有非細之訟,常人之憂,若士子入場,斯高中矣。
朱雀が申に臨むを「厲嘴」と曰い、午に臨むを「銜符」と曰う。怪異の事と官を経て訟を動かすを主る。朱雀の申に在りて能く申金を克制すれば、正に其の得志の地。嘴を磨き利らせ奮力して啄撃す。故に口舌は格外に旺盛。此の時文書を盼望するは固より気力有れども、別の事を占えば則ち訴訟の象と成り、凶事免れず。午に臨み符を銜むは、古く「真朱雀」と称し、不小の官司有るを主る。平常人に対しては憂患なり。但だし若し是れ読書人の考場に進むならば、則ち当に高中せん。
臨墳入水悲哀且在雞窗。臨未言其巢於古墓之象。夫巳午未申俱在上,有飛空而翱翔之義。朱雀得肆之時也。主口舌不細,故曰悲哀,妻孥烏有不悲者乎?孥,男女也。臨亥入水,火入水鄉有投江義,乃甚喜矣。凶神無氣何曰哀悲。蓋亦指文書動用而言耳。若有急用文詞不能得用,亦悲也。朱為言,為文,入水則言辭悲切。悲切者必有因,蓋因運勢不佳。故入水臨墳,不惟文書也。
朱雀が未に臨むを「臨墳」と曰い、亥に臨むを「入水」と曰う。皆悲哀を主る。而るに此の悲哀は往々読書人の書窓の下に落つ。未に臨むは、説くは其の古墓の上に巣を築くなり。巳午未申は皆天位の上半辺に在り、凌空翱翔の義有り。正に朱雀の放肆する時、口舌不小を主る。故に悲哀と曰う。妻子児女有りて傷心に随わざらんや。原文中の「孥」は、指すは妻子児女なり。亥に臨み水に入るは、火の水郷に入りて投江の義有り。本当に甚だ喜ぶべし。凶将気を失う、怎麼して反って哀悲と説くや。此も亦た文書の動用に就きて言うなり。若し急用の文書辞章有りて用場に派せざれば、同じく是れ傷心の事なり。注者按:朱雀は言語を主り文章を主る。水に入れば則ち言辞悲切なり。悲切には必ず縁由有り、多くは運勢の佳からざるに因る。故に入水・臨墳の此の両格の主る所は、並びて只だ文書の一端のみならず。
官災起蓋因夜噪。居酉為之。亦火制金鄉,得以奮志為惡,其性好亂便生口舌,得此者必官非不免。又且酉為門戶,口舌入門非官災而何?若克干其災必大,酉刃也,如刃之文辭,何能免禍也?亦主口舌爭鬥。音信至都緣晝翔。居巳為之,以巳未交午乃白晝象。雀至此最為有氣,占凶則口舌詞訟,占喜則起用文書,望人書信俱至。
朱雀が酉に臨むを「夜噪」と曰う。官司の災は此に由りて起こる。酉も亦た火の克制する所の金郷。朱雀此に在りて以て其の悪志を逞しうし、本性乱を好みて口舌を生ず。占得する人は必ず官非を免れず。況んや酉は門戸、口舌門に入れば、官災に非ずして何ぞや。注者按:若し朱雀の乘る所の神が日干を克すれば、災禍は必ず不小。酉は又た羊刃、刀刃の如き文辞、怎麼して禍を惹かざるを得んや。此の格も亦た口舌争闘を主る。朱雀が巳に臨むを「昼翔」と曰う。音信此に因りて至る。巳は未だ午に交わらず、正に白昼の象。朱雀此に到れば最も気有り。凶事を占えば則ち口舌詞訟、喜事を占えば則ち文書起用、盼望の書信も皆到來せん。
十二天将・六合
粵有六合之神婚姻佳會。六合主和合成就宴會婚姻,又名私門。待命和同。亥乃天門,我欲成就公私事端來天門之下待命,必成。不唯六合,凡十二神臨於天門之上,天門者仙佛之門,自此門所傳之消息,所關禍福必巨大無比,故吉神臨之則其禍甚巨,凶神臨之則必受深殃。
「六合」の此の天将を説くに、其は婚姻と美好の聚会を主る。六合は和合・成就・宴会と婚姻を主り、又た「私門」と曰う。六合が亥に臨むを「待命」と曰う。彼此和同を主る。亥は天門、我が公事私事を成就せんと欲すれば、天門の下に来りて静かに命令を候えば、必ず成るを得べし。注者按:不只だ六合此の如し。およそ十二天将の天門の上に臨むは皆此の如し。天門は仙仏の門、此の道の門裏より伝出する消息の関渉する所の禍福は必ず巨大無比なり。故に吉神の亥に臨むは其の福極めて大なり(原文は「其の禍甚だ巨」と作す。「禍」は当に「福」の字の誤りと為すべし)、凶神の亥に臨むは則ち必ず深重の災殃に遭う。
不諧驚悖。六合木入於巳火鄉,煙滅灰飛,不吉矣。凡占憂懼不免。日干乙木,坐於巳方亦有此意。又地陷於東南,為不足,“馬逢巳亥在路歧。”蓋言在巳亥之地,諸事不備,故無信心而憂懼猶豫。又巳者陽之極,亥者陰之極,當此大轉關之時,非謹慎萬分不可,故亦主憂懼。
六合が巳に臨むを「不諧」と曰う。驚恐悖乱を主る。六合は木に属して巳火の郷に進み入れば、烟消灰滅し、自然に吉ならず。およそ占は憂愁畏懼を免れず。注者按:日干の乙木にして巳方に坐するも、亦た同様の意思を含有す。再び言う、大地は東南方に於て陥落して不足の所有り。口訣に「馬の巳亥に逢うは路歧に在り」と曰う。正に説くは人の巳・亥の地に処りて諸事斉備せず、故に信心を缺乏して憂懼猶豫す。又た巳は陽気の極、亥は陰気の極、正に陰陽大転関の時に当たり、万分の謹慎に非ずんば可ならず。故に亦た憂懼を主る。
反目兮無禮之事端。子水也,六合木也,何為反目?蓋無禮之刑也。凡事必起於無禮,以致彼此不投而有反目也。私竄兮不明之囚地。居酉,以卯酉為私門,六合又乙卯之屬,以私並私,以門復門,乃出入私門逃竄。且六合之木而臨從魁之金受克,故囚地重複私陰,故曰不明。此者惟姦淫陰私是利,而正大反殃也。
六合が子に臨むを「反目」と曰う。事端は無礼より起こる。子は水に属し六合は木に属し、水は本として木を生ず。何を以てか反って反目と説くや。子と卯と相刑するを以て、正に「無礼の刑」なり。およそ事は一たび無礼より起これば、則ち彼此話投機せずして翻臉に至る。六合が酉に臨むを「私竄」と曰い、暗昧不明の囚地に落つ。卯と酉は皆私門、六合本身は又た乙卯に属す。私を以て私に加え門を以て門に疊ねれば、則ち私門に出入し暗々裏に逃竄するの象と成る。況んや六合の木の「従魁」酉金の上に臨みて克を受くるに於てをや。故に囚禁の地に又た重重と私隠陰暗を疊上し、才だ「不明」と説く。此の種の課象は只だ奸淫陰私の事に対し利有り。正大光明の事は反って殃に遭う。
“此者惟姦淫陰私是利,而正大反殃也。”一句最宜深思,蓋吉得凶課,凶得吉課,晴得陰課,陰得晴課,亦返吟遷移之意。若陰得陰課,陽得陽課,則亦如伏吟不動之意。乘軒結髮從媒妁而成歡。寅乃軒車,故為乘軒。申庚卯乙相合故結髮,故結髮。以從媒妁之言而有歡成之慶也。
注者按:「此の種の課象は只だ奸淫陰私に利し、正大の事は反って殃害を受く」の此の一句は最も深思に値す。吉事を占えども凶課を得、凶事を占えども吉課を得、晴天を盼えども陰を主る課を得、陰雨を盼えども晴を主る課を得るは、皆返吟の如き翻転遷移の意味を含有す。反って、陰事を占えば陰陰課を得、陽事を占えば陽課を得れば、則ち伏吟の如く兵を按じて動かざるなり。六合が寅に臨むを「乘軒」と曰い、申に臨むを「結髪」と曰う。媒人の説合を経て歓好を成就するを主る。寅は軒車、故に軒に乘ると称す。申中の庚金は卯中の乙木と相合す。故に髪を結ぶと称す。両者は皆媒妁の言に依従して歓喜成就の慶有り。
違理亡羞因妄冒而加罪。卯辰有六害之凶,故居辰為違理。若臨戌以己之私門而自就戌,以為六合苟合乃亡羞之徵。占得此者必因自失檢約,以招罪愆,非干人之害我也。升堂入室併為已就之占。午為離位,似為升堂。卯則六合本位,故入室。二者合於堂合於室,豈非已就乎?占得此皆可成遂。壬學重象,課中見午,則有明堂封拜之象,課傳再得一二處類似之象,則可得此吉也。
六合が辰に臨むを「違理」と曰い、戌に臨むを「亡羞」と曰う。皆妄行冒犯に因りて罪責を招来す。卯と辰と相害す。故に六合の辰に臨むは違理と為る。若し戌に臨めば、則ち自己の私門を拿りて戌に湊就し、六合を以て苟且の合と做す。正に羞耻を知らざるの徴兆。占得する人は必ず自己の検点約束を失して罪愆を招来するにして、並びて別人の我を害し来るに非ず。六合が午に臨むを「升堂」と曰い、卯に臨むを「入室」と曰う。皆事の已に成就せるを主る。午は離位に属し、升堂のごとし。卯は六合の本位、故に室に入ると称す。一は堂上に合し一は室内に合す。已に手に到るに正しからずや。此の両格を占得するの事は皆弁成を得べし。注者按:六壬の学は取象を重んず。課中に午を見れば則ち明堂封拝の象有り。若し三伝中に再び一两処の類似の象を得れば、此の吉慶は則ち落实を得べし。
納采妝嚴總是欲成之例。六合臨丑乃貴之本垣也,以賤謁貴,妝飾不得不嚴,所以事上也。居未乃卯未有合慶,且太常酒食帛物之鄉,似納采之喜也。占得之者何事不可成也。
六合が未に臨むを「納采」と曰い、丑に臨むを「粧厳」と曰う。皆事正に成就せんとするの例に属す。六合が丑に臨むは、丑は貴人の本宮、卑賤を以て尊貴に拝謁するに粧飾整粛せざる能わず。是れ上司に事奉するの道理。未に臨めば則ち卯と未と三合慶有り、未は又た太常酒食布帛の郷、下聘納采の喜事に甚だ似たり。此の両格を占得する人、何事か弁成せざる有らんや。
十二天将・勾陳
或逢勾陳發用必然鬥訟爭官。主征伐、戰鬥、詞訟、爭論田土事。又主勾連遲滯。更遇受越投機被辱暗遭毒害。丑乃貴人之鄉,以爭神而入貴地,乃受邁越之訟訴而勾陳肆其侮於人也。若至子,乃土能剋制之適,所以投其狂妄之機,尤可以展布其奮忿之心。占得之者亦惟忍而已矣。
若し「勾陳」発用せば、必ず争闘と官司有り。勾陳は征伐・戦闘・詞訟および田土を争奪するの事を主り、又た糾纏牽連・事情遅滞を主る。勾陳が丑に臨むを「受越」と曰い、子に臨むを「投機」と曰う。辱を受け暗々裏に人の毒害に遭うを主る。丑は貴人の郷、争闘の神の尊貴の地に闖り入るは、則ち越級訴訟の虧を喫せんとし、而るに勾陳も亦た肆意に別人を欺侮す。子上に到れば、正に土の能く水を克し意に称い手を得るの処。故に其の狂妄の時機に投合したと説く。更に能く其の忿を逞しうするの心を施展す。此の両格を占得する人も、亦た只だ忍耐するのみ。
遭囚兮宜上書。勾陳遇寅乃剋制之方,故有遭囚之象。宜上書者,彼凶既衰,而我得發上言告發其積害成愆之狀。若不於此時制之,則過時仍肆虐而物受其害矣。寅者文書之象,勾者鬥爭之意,上書者據理力爭之事,其意在此。
勾陳が寅に臨むを「遭囚」と曰う。此の時は上書して事を言うに宜し。寅木は能く勾陳の土を克す。是れ其の受制するの方。故に囚に遭うの象有り。上書に宜しと説くは、対方の凶勢既に已に衰落すれば、我正に好く進言し、其の罪を積累し人を害するの情状を掲発し出だすべきを以てなり。若し此の時候に趁りて之を制せざれば、此の陣を過ぎれば其は仍お肆虐し、万物は還た害を受けん。注者按:寅は文書の象、勾陳は闘争の意。上書は正に理に拠りて力に争うの事。此の句の用意は則ち此に在り。
捧印兮有封拜。巳乃鑄印之方,而勾陳一印之模範,印鑄而成以捧奉其上,非封拜而何?君子見之遷擢極速,常人見之反為可憂,自非有不法等情何干於印信也?“常人見之反為可憂,自非有不法等情何干於印信也?”,此句道盡壬學重象之理。
勾陳が巳に臨むを「捧印」と曰う。封官拝爵の事有るを主る。巳は印を鋳るの方位、勾陳本身は則ち一副の印模。印鋳成の後捧げて献上すれば、封拝に非ずして又た何ぞや。官を做る人は之に遇えば昇遷極めて速し。平常百姓は之に遇えば反って憂うべし。若し不法の情事に牽渉するに非ざれば、普通人と官印と何の関係有らんや。注者按:「常人之を見れば反って憂うべしと為す。自ら不法等の情に非ざれば何ぞ印信に干すや」の此の一句は、六壬の取象を重んじ、併せて占者の身分を按じて吉凶を定むるの道理を説き尽せり。
臨門兮家不和。卯本日月之門,勾陳爭鬥之神入之,是爭神進門矣,必家不和,以致搶攘紛更,人眷非寧,蓋亦破敗之征也。不唯“爭神入門”,更以“紛更”!宜思之。披刃兮身遭責。酉金為凶器矣,況又陰爻肅煞之氣,與勾陳之戊辰生合,彼凶斗之神而持此凶,豈有善念哉?然非理之舉,法所不容,終於遭責,占者惟避其凶可也。
勾陳が卯に臨むを「臨門」と曰う。家中不和を主る。卯は本として日月出入の門、勾陳の此の争闘の神門に進み入れば、則ち争神門に入るなり。家裏必ず和睦せず、以致紛擾断えず變故頻りに生じ、家眷安寧を得ず。亦た破敗の徴兆なり。注者按:此処に看るべき所は不只だ「争神門に入る」のみ、更に「紛更」の両字に在り。細想するに値す。勾陳が酉に臨むを「披刃」と曰う。自身責罰に遭うを主る。酉金は本として凶器、況んや其は陰に属し粛殺の気を帯び、又た勾陳の属する所の戊辰の土と相生相合するに於てをや。本として凶悍闘を好む神将更に此の如き凶器を持てば、哪裏に還た善念有らんや。然るに情理に合せざる挙動は法の容るる所と為らず、最終には還た責罰を受けん。占者は只だ其の凶鋒を避開するのみ好し。
升堂有獄吏以勾連。勾陳入辰非升堂而何,其神主鬥訟勾連,故至辰則有獄吏勾連之應,知機君子生平無非禮之舉,不過因他人之不法而及之耳。勾者,鉤也。反目因他人而逆戾。午火生勾陳而何曰反目也?以勾陳好鬥訟而午火真朱雀,尤訟之最者也。彼此皆反面相賊之神,孰肯相容也?故有反目之象。君子占之必被小人之逆戾波以及之耳。
勾陳が辰に臨むを「升堂」と曰う。獄吏の牽連し来る有るを主る。勾陳は本として戊辰に属し、辰宮に進み入れば升堂に非ずして何ぞや。此の神は争闘訴訟と糾纏牽連を主る。故に辰に到れば則ち獄吏勾連の応験有り。見機を懂る君子の平生には並びて非礼の挙無し。不過別人の法を犯すに因りて牽累を受くるのみ。注者按:「勾」は則ち鈎、鈎住して放さざるの意。勾陳が午に臨むを「反目」と曰う。他人に因りて悖逆の禍に遭う。午火は能く勾陳の土を生ず。何を以てか反って反目と説くや。勾陳は闘訟を好み、而るに午火は所謂「真朱雀」、最も訟を興すを愛す。両個は皆臉を翻して相殘るの神、誰か相容れんと肯んずる。故に反目の象有り。君子此の一格を占せば、必ず是れ小人の悖逆の事の牽連波及する所と為る。
入驛下獄往返詞訟稽留。未乃垣途如驛道也,故曰入驛。戌乃地網,又曰地獄,況與勾陳之戊辰對相沖射,乃下獄之象也。非詞訟之往來而何?見者惟退避則否。
勾陳が未に臨むを「入駅」と曰い、戌に臨むを「下獄」と曰う。詞訟の為に往来奔走し久しく拖れて決せざるを主る。未は垣牆道路、駅道の如し。故に駅に入ると曰う。戌は地網、又た地獄と称す。況んや其は勾陳の属する所の戊辰と正好相衝対射するに於てをや。正に下獄の象。此は官司を打ちて来来去去するに非ずして又た何ぞや。此の両格に遇う人は、只だ退避して能く禍を免れんのみ。
趨戶褰裳反得勾連改革。夫申非門戶之神,何以趨戶目之?蓋申前即酉戶也,立此可以入門,故曰趨戶。至亥而褰裳者,亥方夜靜更闌,必褰衣而酣息,然曰勾陳反覆者,申為坤地戶也,亥為乾天門也。門戶之內何立此等凶神,君子至此即返而抽身,稍遲則被彼勾執矣。
勾陳が申に臨むを「趨戸」と曰い、亥に臨むを「褰裳」と曰う。反って牽連と変革を帯来す。申は本として門戸の神に非ず。何を以てか戸に趨ると曰うや。申の前一位は則ち酉戸を以て、申上に立てば便ち以て門に入るを得。故に戸に趨ると称す。亥に到りて裳を褰むは、亥方の夜深人靜にして必ず衣裳を撩り起こして安睡するを以てなり。至りて勾陳の此の両処に到るや反復不定と説くは、申は坤に属して地戸と為り、亥は乾に属して天門と為るを以てなり。門戸の内に怎麼して此の如き凶神の站立を容れんや。君子此に到れば則ち当に身を抽きて退回すべし。稍も遅疑すれば則ち其の鈎住し拿住する所と為らん。
十二天将・青竜
青龍財喜雖主亨通。主財帛米穀喜慶亨通,十二神中惟此神最吉,增福解禍。但青龍克干,必有血光。以龍為財神,而血亦財象也。吾曾有甲日龍發用乘申而被刀割破手指事。
「青竜」は財帛と喜慶を主り、凡事亨通す。其は銭財・米穀・喜慶と順利を主り、十二天将の中に只だ此の一位最も吉、能く福を増し禍を解す。注者按:但だし青竜若し日干を克すれば、必ず血光を見ん。竜は財神、而るに血は取象の上に於ても財類に帰入す。我は嘗て甲日青竜発用して申金を乘ずるに遇い、結果刀に手指を割破せられき。
在陸蟠泥所謀未遂。未近南離之火,故為陸;丑近北坎水,故為泥。夫龍飛於九天,潛於九淵變化而莫測也。若失地亦厄且困矣。蟠於泥在於陸非失地而何,慾望其遂也難矣。有友來占,龍乘丑加干,真斷財務吃緊,點頭稱是,妙絕!
青竜が未に臨むを「在陸」と曰い、丑に臨むを「蟠泥」と曰う。謀る所の事は皆願いの如くなり難し。未は南方離火に靠近し、是れ乾燥の陸地。丑は北方坎水に靠近し、是れ泥淖。竜は本当に九天に飛騰し九淵に潜蔵し、変化測り難きべし。一旦居る所の地を失えば、則ち困厄行難し。泥中に蟠し陸上に擱ぐるは、失地に正しからずや。事情の弁成を指望せんと欲するは則ち難し。注者按:一友人来りて占すに青竜丑を乘じて日干の上に加わり、我は径直に其の財務吃緊を断ず。其は首を点き是と称す。実に奇妙なり。
登魁兮小人爭財。戌乃河魁也,以青龍之吉神而入網羅之地,則小人爭財之象矣。財之神落此,所以致小人之爭也。春種秋收,戌者秋末,正萬物收藏之時,收其收殺之氣更甚於酉,《三國演義》中所謂無底洞正此宮之象。龍為財神,陷於無底之淵,何能出頭?小人不知陷入此無底之淵,萬劫不復將至,尚一意於財帛,故主大凶。不利財,亦不利身,若克我是是逃生無門,任人宰割矣。且戌者,灰土也,散而難聚,分而難合,故亦主所為艱難。
青竜が戌に臨むを「登魁」と曰う。小人の銭財を争奪するを主る。戌は「河魁」、青竜の此の如き吉神の天羅地網の地に落ち入れば、則ち小人財を争うの象と成る。財神此処に落つれば、故に小人の相争うを引き来たす。注者按:一年の中に春種秋收、戌は秋末に在り、正に万物収蔵の時。あの収斂粛殺の気は酉より還た重し。《三国演義》裏に説く所の無底洞は、正に此の一宮の象。竜は財神、無底の深淵に陥りて、怎麼して還た頭を出だすを得んや。小人は自己が已に無底の淵に落入り万劫復せざる眼前に在るを知らず、還た一味に只だ銭財を顧みる。故に大凶を主る。既に財に利せず、亦た身に利せず。若し其が再び我を克せば、則ち是れ逃生門無く人に宰割せらるるなり。再び言う、戌は灰土、散じて聚り難く分かれて合し難し。故に亦た做す所の事情の格外に艱難を主る。
飛天兮君子欲動。以辰乃龍庭也,而曰天者,戌亥子丑象地在下也,辰巳午未象天在上也,故曰飛天也。青龍若飛騰在上,君子有為之時也,非欲動乎?龍乘辰發用或加干,則志向遠大,奮發有為。若中末空亡或陰神制之,或末得日墓,則半空折翅,江底翻舟。
青竜が辰に臨むを「飛天」と曰う。君子将に動作所有らんとするを主る。辰は竜庭、之を「天」と称する所以は、戌亥子丑の一帯が地在下を象徴し、辰巳午未の一帯が天在上を象徴するを以てなり。故に飛天と曰う。青竜の上に飛騰するは、正に君子の作為有るべきの時。怎麼して動かざるを得んや。注者按:青竜の辰を乘じて発用し、或いは日干の上に加臨するは、此の人の志向遠大・奮発有為を主る。但だし若し中伝末伝が空亡に落空し、或いは陰神の克制せらるる所と為り、或いは末伝が日干の墓の上に落ち到れば、則ち半空に飛びて翅膀を折断し江心に行きて船を翻すと成る。
乘雲驅雷利以經營。寅乃青龍之宮,有乘雲出入之象,占謂雲從龍也。卯乃震為雷也,龍為雲,非經營之時乎?驅雷乘雲而得以施為展布。《易》曰“艮為雲”,寅居艮宮,故曰乘雲。《繫辭》曰“雲從龍,風從虎”,亦其一解。占天時為陰、雲之象。
青竜が寅に臨むを「乘雲」と曰い、卯に臨むを「駆雷」と曰う。皆経営し事を謀るに利す。寅は青竜の本宮、雲に騰りて出入するの象有り。占書上に「雲は竜に従う」と説く。卯は震に属して雷と為り、竜は又た雲を主る。雲行き雷動けば、経営の好時候に正しからずや。雷を駕り雲に乘れば、才だ手を放して施為し大いに展布するを得。注者按:《易》に「艮は雲と為る」と説き、寅は艮宮に在り。故に雲に乘ると称す。《繋辞》に「雲は竜に従い風は虎に従う」と説くも、亦た一種の解釈なり。若し天気を占えば、此の両格は皆陰天多雲の象なり。
傷鱗摧角宜乎安靜。申乃陽金,酉乃陰金,金能克木,青龍之甲寅所深畏也。至此有退鱗折角之象。吉神遭厄,豈福佑於我也,惟安居守靜而已。燒身掩目因財有不測之虞憂。居午燒身,居巳掩目。以青龍木得水為喜,而見火為仇,巳上入蛇穴,尤為不吉。故有掩目之象。午乃南離真火,故曰燒身,青龍有此不足,尚可賴之為財神?若求謀財物則有莫測之憂。入海遊江因動有非常之慶。居子入海,居亥遊江。蓋俱水也,青龍得水,何吉不生?吉福斯民,占者動則有非常之美。
青竜が申に臨むを「傷鱗」と曰い、酉に臨むを「摧角」と曰う。安分守静するに宜し。申は陽金、酉は陰金、金は能く木を克す。正に甲寅の木に属する青竜の深く畏懼する所。此処に到れば便ち鱗片脱落し角折断せらるるの象有り。吉神厄難に遭えば、哪裏に還た能く我を保佑せんや。只だ安居守静するのみ。青竜が午に臨むを「焼身」と曰い、巳に臨むを「掩目」と曰う。銭財に因りて預料し難き憂患を生ずるを主る。青竜は木に属し、水を得て喜と為し火を見て仇と為す。巳は螣蛇の巣穴、青竜進み入れば尤其不吉。故に目を掩うの象有り。午は南方離位の真火、故に身を焼くと曰う。青竜此の如き損缺有れば、還た其の財神を做るを指望すべきや。若し財物を求謀せば、則ち莫測の憂有り。青竜が子に臨むを「入海」と曰い、亥に臨むを「游江」と曰う。行動する所有るに因りて非常の喜慶を得る。子亥は皆水に属し、青竜水を得れば、何の吉慶か生じ出ださざらん。福沢衆人に及ぶ。占者は只だ一動すれば則ち非同尋常の好事有り。
十二天将・天后
後有天后之神蔽匿陰私之婦。主陰私曖昧之事,蔽匿穢汙之神,性似柔而實剛。《金口》云“登明無定執”,以水乃無體之物。故玄后二天將,變幻莫測,神秘無狀,多陰氣。
貴人の後に「天后」の此の天将有り。隠蔽蔵匿および婦人の陰私の事を主る。其は男女曖昧不明の事を主り、是れ汚穢を遮掩するの神。性情は柔順なるがごとく看るも其の実剛強なり。注者按:《金口訣》に「登明は定執無し」と曰う。水は本として固定形体無きの物を以て、故に玄武・天后の此の両位の水に属する天将は変幻測り難く神秘無形、陰気甚だ重し。
守閨治事動止多宜。居子曰守閨,居亥治事。天后婦人也,壬子乃天后本家,故象守閨閣也,亥乃乾健自強不息之地,有治事持家克動之道也。二者動止相宜,得其道之正也。如當旺相,其慶深矣。玄本象為亥癸,後本象為子壬,不可混淆。
天后が子に臨むを「守閨」と曰い、亥に臨むを「治事」と曰う。動と静とを論ぜず皆相宜なり。天后は婦人の象、壬子は天后の本家。故に安く閨閣を守るの象有り。亥は乾に属し、是れ剛健自强不息の地。事務を治理し家業を操持して能く行動する所有るの道理有り。此の両格は一静一動皆其の宜しきを得る。走る所は正路。若し又た旺相の時に当たれば、喜慶は更に深厚なり。注者按:玄武の本象は亥癸、天后の本象は子壬、両者は混淆すべからず。
倚戶臨門好淫未足。居酉倚戶,居卯臨門,以穢汙之神而入卯酉之私門,非淫奔之象乎?除奸私之外而正大之舉反見殃。褰帷伏枕非嘆息而呻吟。居戌褰帷,居午伏枕。蓋戌土克水病象,丑戌昏黑之時,有褰帷之象。午乃晝長午寐之時,故曰伏枕。二才皆臥而不快,故曰嘆息呻吟,非病即事不遂也。後居戌,為入地網,無由以出,病痛之徵。吉神入戌,則無吉神之力矣,反榮為辱,占事反吉為凶。
天后が酉に臨むを「倚戸」と曰い、卯に臨むを「臨門」と曰う。貪淫にして足るを知らざるを主る。此の如き一の穢汚を主る神を以て卯酉両処の私門に進み入れば、私奔苟合の象に正しからずや。奸私の事を除きては、およそ正大光明の挙動は反って殃を受けん。天后が戌に臨むを「褰帷」と曰い、午に臨むを「伏枕」と曰う。嘆息ならざれば呻吟す。戌土は水を克し、是れ病を生ずるの象。丑戌は又た天色昏黑の時辰。故に帳帷を掀き開くの象有り。午は白昼最も長く正に午睡の時。故に枕に伏すと曰う。両者は皆躺きて痛快ならず。故に嘆息呻吟と説く。病有るに非ざれば則ち事の遂わざるなり。注者按:天后の戌に落つるは、是れ地網に進み入りて出で来る能わず。正に病痛の兆。吉神一たび戌に入れば則ち吉神の力量を失し、栄より辱に転じ、占事も亦た吉より凶に変ず。
裸體毀妝不哭而羞辱。居巳裸體,居辰毀妝。壬子遇巳,有露暴之傷,刑剋之地,故曰裸體。辰為水之克賊,天后至此而毀妝,形體裸露而見傷,毀妝易容而不飾,非羞辱而何也。見此者悲災必矣。
天后が巳に臨むを「裸体」と曰い、辰に臨むを「毀粧」と曰う。哭泣に至らずと雖も必ず羞辱を受く。壬子の水巳に遇上すれば、暴露し傷を受くるの患有り。又た是れ刑克の地。故に裸体と称す。辰土は水を克賊し、天后此に到れば便ち粧容尽く毀る。形体裸露して傷を受け、粧飾毀棄して修整を加えず。此は羞辱に非ずして何ぞや。此の両格を占見する人は、悲傷と災禍は免れがたし。
優遊閒暇蓋因理髮修容。居寅理髮,居申修容。平旦而起理髮時也。申哺時,容殘妝裉,故有理髮修容之義。無非不遂也,且水與木金不克,故主優遊閒暇,得其平和也。后乘寅克干,有因理髮起爭競之例。悚懼驚惶緣為偷窺沐浴。天后子與丑六合也,有私匿之情,窺之恐人知是以偷窺。未有井宿,而壬子水入之有浴,則畏人至矣。二者皆有懼疑之心,故曰悚懼驚惶。
天后が寅に臨むを「理髪」と曰い、申に臨むを「修容」と曰う。悠閑自在を主る。寅は天剛らかに亮みて起牀し頭を梳るの時、申は傍晚飯を喫し畢り粧容残褪して重新に整理せんとするの時。故に髪を理め容を修むるの義有り。此の両格は並びて事の遂わざるに非ず、而且水と木・金のあいだ相克せず。故に従容閑暇を主り、平和を得べし。注者按:天后の寅を乘じて日干を克するも、亦た理髪の一類の小事に因りて争競を引起こすの例有り。天后が丑に臨むを「偷窺」と曰い、未に臨むを「沐浴」と曰う。心裏惶恐安からざるを主る。天后は子に属し、子と丑と六合す。私下蔵匿の情を含有し、人を偷み看て又怕るる人に知られんとす。故に偷み窺うと曰う。未宮に井宿有り、壬子の水進み入れば則ち沐浴、最も人の走近るを怕る。両者は皆恐懼疑慮の心を懐く。故に悚懼驚惶と説く。
十二天将・太陰
太陰所為蔽匿,禍福其來不明。主陰私、蔽匿、奸邪、淫亂、闇昧不明,又為冥冥中之默助。干上太陰,或此人性少言語,多沉靜;或時運不及而思想灰色;或害相思,屢驗。
「太陰」の主る所は遮蔽蔵匿。禍も好し福も好し、来路は皆分明ならず。其は陰私・隠匿・奸邪・淫乱と曖昧不明の事を主り、同時に冥冥の中に於て暗々裏に相助するの力量を主る。注者按:日干の上に太陰を乘ずれば、或いは此の人の性情寡言・多く沈静を主り、或いは時運済わずして心思消沉灰暗を主り、或いは相思病を害するを主る。此らは皆屢試屢験なり。
垂簾則妾婦相侮。居子正北也,端門嚮明垂簾,昏夜無見,所以妾婦居陰位,得施其慢上之心而欺侮之,不過群小別地生非而已。不惟如此,凡神將臨子則有幽暗蔽匿之象,惟太陰更甚耳。
太陰が子に臨むを「垂簾」と曰う。妾婦の一類の人の欺侮を受くるを主る。子は正北に在り、端門は本当に光明に朝向すべし。如今却て簾を垂下し、昏夜の中に何を見るも得ず。そこで陰位に処る妾婦の流は、則ち以て彼女らの尊上を軽慢するの心思を施展し而て欺侮を加うるを得。不過是れ一群の小人の暗地裏に事を生ずるのみ。注者按:不只だ太陰此の如し。およそ天将の子位に臨むは皆幽暗蔽匿の象有り。只だ太陰尤其に厳重なり。
入內則尊貴相蒙。丑乃斗牛之墟,天乙貴人之位,至尊而受此陰蒙則蔽其明矣。亂之始也,君子必謹焉。貴人之性情,仁而無韌性,耳軟而心活,最易涉及陰私,故不喜見暗神。不似勾、虎之類,性情堅定,甚有主見。
太陰が丑に臨むを「入内」と曰う。尊貴の人の蒙蔽せらるるを主る。丑は斗・牛二宿の分野、亦た天乙貴人の本位。至尊の人此の一一層の陰暗の蒙蔽を受ければ、明察の力は則ち遮られん。此は正に禍乱の開端。君子は必ず謹慎すべし。注者按:貴人の性情は仁厚にして韌勁を缺少し、耳根軟く心思活にして、最も陰私の事に牽扯し入り易し。故に暗昧の神を見るを喜ばず。勾陳・白虎のあの一類の如からず、性情堅定にして甚だ主見有り。
被察兮當憂怪異。蓋太陰辛酉與戌六害,且河魁刑獄之方,非被察象乎?欲飾其非則愈怪且異故當憂也。造庭兮宜備乖事。辰乃龍庭也,且與酉合,而太陰之妖媚必與天罡相得,然彼剛之眷寵必夙,亦不常無也。烏得不爭寵而乖變哉?
太陰が戌に臨むを「被察」と曰う。怪異の事を為に憂うを主る。太陰は本として辛酉に属し、酉と戌と相害し、戌は又た河魁・是れ刑獄の地。此は正に人に查察せらるるの象に正しからずや。自己の過失を掩飾せんと欲すれば、事情反って越發怪異なり。故に当に憂うべし。太陰が辰に臨むを「造庭」と曰う。当に乖違の事を防備すべし。辰は竜庭、又た酉と相合す。太陰の妖媚は必ず「天罡」の辰土と相投せん。但だ辰性剛強、其の寵愛する所の対象は已来久しく、亦た一直空きて有るべからず。太陰豈に寵を争わずして乖変を生ぜざらんや。
跣足脫巾財物文書暗動。居寅跣足,居午脫巾。蓋寅方平旦之時,有跣足之象,午則長晝晝眠,亦必有脫巾矣。然太陰之金能克寅木為財,而午則朱雀反制太陰,二者乃財物文書俱暗中動也。裸形伏枕盜賊口舌憂驚。居亥裸形,居巳伏枕。亥乃夜深就榻,有裸形之象。巳則剋制太陰,必伏不起乃伏病臥床之義。並主憂疑口舌盜賊。蓋巳乃蛇主驚恐,亥乃玄武主賊盜憂疑也。
太陰が寅に臨むを「跣足」と曰い、午に臨むを「脱巾」と曰う。財物と文書の暗中に変動するを主る。寅は天剛らかに亮むの時、脚下に赤く地に下るの象有り。午は白昼正に長く午睡の時、亦た必ず頭巾を脱ぐべし。太陰は金に属して能く寅木を克し、木は便ち其の財なり。午に到れば則ち朱雀の火は反って太陰を克制す。故に此の両格は分別して財物と文書と皆暗処に於て発動するを主る。太陰が亥に臨むを「裸形」と曰い、巳に臨むを「伏枕」と曰う。盗賊・口舌と憂驚を主る。亥は夜深上牀の時、身を裸ぐるの象有り。巳火は太陰を克制し、其は只だ伏して起こる能わず。正に牀に臥して病むの義。両格は併せて憂疑・口舌と盗賊を主る。巳は螣蛇に属して驚恐を主り、亥は玄武に属して盗賊と憂疑を主るを以てなり。
閉戶觀書雅稱士人之政。居酉閉戶,居未觀書。酉乃太陰之本家,好靜故閉戶。未乃離明之次,土金生養,故曰涵詠優遊。二者安且吉也。“未土……金生養”,微露五行妙理之一斑,思之,思之!
太陰が酉に臨むを「閉戸」と曰い、未に臨むを「観書」と曰う。甚だ読書人の其身を自ら守るの做法に合す。酉は太陰の本家、其の性は安静を喜ぶ。故に門を閉ぢて出でず。未は離明の後に在り、未土は能く金を生養す。故に以て従容涵泳すべしと説く。此の両格は皆安穏にして吉利。注者按:「未土は辛金を生養す」の此の一句は、微微として五行妙理の一角を透露す。反復思量するに値す。
微行執政偏宜君子之貞。居卯微行,居申執政。卯乃私門必袒裸之象。以入之非微行乎?申乃太陰旺地,得志行權之所,有執政象。君子占之非陰神之比時,當微行也,或當政也,亦持一貞之操而已。太陰以柔金而入剛金之地,正是《滴天髓》所謂“藤蘿繫甲”、歸寧依兄之意,故以陰私柔弱之神而有堅貞之意,此反宜公事。酉閉戶、未觀書,獨善其身也,此則兼濟天下也。
太陰が卯に臨むを「微行」と曰い、申に臨むを「執政」と曰う。格外に君子の貞正を守持するに適合す。卯は私門、門に進めば必ず袒露の象有り。此処より入れば便装私行に非ずや。申は太陰の旺地、是れ其の得志し権を掌るの所在。故に政を執るの象有り。君子此の両格を占えば、則ち一般の陰神当令の時と同じからず。便服私行すべき時は則ち私行し、権を当にし事に任ずべき時は則ち事に任ず。只だ始終一個の「貞」の字の操守を守住すれば好し。注者按:太陰の柔金を以て剛金の地に進み入るは、正に《滴天髄》の説く所の「藤蘿は甲に繋る」、女子の帰寧して兄長に依靠するの意思。故に此の陰私柔弱の神反って堅貞の意有り。此に因りて反って公事を弁ずるに宜し。酉に臨み戸を閉ぢ未に臨み書を観るは独善其身、卯に臨み微行し申に臨み政を執るは則ち兼済天下なり。
十二天将・玄武
玄武遺亡陰賊走失。主賊盜、陰私、走失、遺亡、兵戈、搶攘。主耗散,乘財、官、子孫俱為耗散之意,凶也。散髮有畏捕之心。居子散髮,乃夜半其睡未醒,而子鼠乃虛驚之神,況玄武賊神自多懷疑,被驚而夜起有散髮之象,懷畏捕之心,不過虛疑不害耳。
「玄武」は遺失・暗中の偷盗と人口の走失を主る。其は盗賊・陰私・走失・遺亡・兵戈と騒乱搶奪を主り、亦た耗散を主る。財爻・官爻・子孫爻の何れを乘ずるを論ぜず、皆耗散の意を取る。是個の凶将なり。玄武が子に臨むを「散髪」と曰い、捉えらるるを怕るるの心を懐く。子に到れば夜半睡意未だ醒めざるの時。子は鼠に属し、本として虚驚の神。況んや玄武は賊神、本として多疑。驚を受けて夜起きて頭を披き髪を散らし、心裏に人の来りて捉えんことを怕れ、其の実不過是れ虚驚一场、害を成さざるなり。
升堂有干求之意。居丑乃天乙貴人之位,能制玄武,不能行盜,以禮謁見,實懷穿窬之心,有所干求,不以實對也。玄武升於堂,謀私之象。亦主奸謀敗露。吾曾據新聞占貪官後果,多見此象。
玄武が丑に臨むを「升堂」と曰う。人に向い干求する所有るの意思を含有す。丑は天乙貴人の位置、能く玄武を制して其をして窃を行うを敢えてせしめず、只だ礼に依りて来りて拝見するほかなし。然るに其の心裏は実に墻を鑽り洞を挖るの念頭を懐き、求むる所有りて実情を以て相告げんことを肯んぜず。注者按:玄武の升堂は私利を謀取するの象、亦た奸謀敗露を主る。我は嘗て新聞に拠りて貪官の結局を占算し、多くは此の種の課象を見る。
愛寅兮入林難尋。居寅入林。寅卯山林之地,盜賊有所憑依,捕者難以追尋,非穿窬得志乎?偶占失物,子將午時丁亥日,玄乘寅,勾與陰神空陷,馬星發用,不可尋。果驗。
玄武は寅位を喜ぶ。寅に臨むを「入林」と曰い、失物は找回し難し。寅卯は山林の地、盗賊依托有れば、追捕する人は尋覓するに従無し。此は窃賊の得志に正しからずや。注者按:我は偶然人の為に失物を占して、丁亥日に子月将を以て午時に加えて課を起こし、玄武寅を乘じ、勾陳と陰神と皆空亡に落空し、又た駅馬発用せり。找回せざると断ずれば、果して応験せり。
愁辰兮失路自制。辰土能制玄武,至此非失路乎?盜賊消亡,君子坦腹之時也。辰者公法也,玄武見之必主被捉。此乃勾陳克玄武之意。窺戶也家有盜賊。居卯盜賊入門之象。亦惟謹以預之而已。反顧也虛獲驚悸。居巳乃晝方,非盜賊之利也。縱無人追逐亦反顧,既無追者,豈非虛驚也?巳字乃反首之形。
玄武は最も辰位を怕る。辰に臨むを「失路」と曰う。此の時其は自ら制を受けん。辰土は能く玄武を克制す。此処に到れば路を迷うに非ずや。盗賊消亡すれば、正に君子の以て坦腹安臥すべきの時。注者按:辰は国法公法を代表し、玄武之に遇えば必ず捉えらるるを主る。此れ則ち勾陳の玄武を克するの意思。玄武が卯に臨むを「窺戸」と曰い、家中に盗賊有るを主る。卯に到れば盗賊門に進むの象。只だ謹慎して預め防備すべし。玄武が巳に臨むを「反顧」と曰う。只だ是れ一场の虚驚。巳は白昼の方、盗賊に対し利あらず。縱令え人の之を追う無くとも亦た頭を回して張望せん。既に本として追兵無ければ、則ち虚驚に非ずや。注者按:「巳」の此の字の字形は、正に頭を回して去るの様子に象る。
伏藏則隱於深邃之鄉。玄居亥乃夜方,又為玄之本位,深邃之象,捕盜者必難獲也。不成必敗於酒食之地。玄居未,未乃土也剋制玄神之水,欲盜不成。又未酒食之地,因酒而敗,盜易獲也。君子之慶,小人之憂。
玄武が亥に臨むを「伏蔵」と曰い、幽深の処に躲れ入る。亥は夜半の方、又た玄武の本位。深邃隠蔽の象有り。盗を捕る人は必ず擒獲し難し。玄武が未に臨むを「不成」と曰い、必ず酒食の地に敗れん。未は土に属し、能く玄武の水を克制す。故に偷みたりと雖も偷み成さず。未は又た酒食の郷、賊は杯を貪りて敗露し、甚だ捉えられ易し。此は君子に対しては喜慶、小人に対しては則ち憂患なり。
截路拔劍,懷惡攻之而反傷。玄居午截路,居酉拔劍。午乃天地之道路,故取象於道路;酉陰金劍鋒也,故為拔劍。賊勢至此猖獗已甚,豈宜攻之?故攻之反傷。子午為天地道路,占病則有昇天入地之象,子午日返吟遇之,多有死者。
玄武が午に臨むを「截路」と曰い、酉に臨むを「抜剣」と曰う。其は悪意を心懐し、此の時往きて之を攻めば反って自ら傷を受く。午は天地のあいだの大路、故に道路の象を取る。酉は陰金、剣鋒と為る。故に剣を抜くと称す。賊勢此の時に到れば已に十分猖獗、哪裏に還た正面進攻に適さんや。故に之を攻めば反って傷せらるる所と為る。注者按:子午は天地の道路、病を占えば則ち天に升り地に入るの象有り。若し子日・午日に返吟課に遇上せば、多くは人の死亡有らん。
折足遭囚,失勢擒之而可得。玄居申折足,居戌遭囚。申坤土且晝方制玄,賊所深畏,有折足象,剛金斬賊也。戌地獄,又土克水,故遭囚。二者賊失利,故捕之最易。
玄武が申に臨むを「折足」と曰い、戌に臨むを「遭囚」と曰う。其は已に勢を失い、此の時往きて捉拿すれば則ち捉うるを得。申は坤に属して土と為り、又た白昼の方、能く玄武を制住す。是れ賊の最も害怕する所。故に腿足を折断するの象有り。而るに申中の剛金は正に以て賊を斬るに用いるべし。戌は地獄、土は又た水を克す。故に囚に遭うと称す。此の両処は賊皆不利の地に処る。此に因りて最も捕獲し易し。
十二天将・太常
太常筵會酒食相奉。太常主筵會、酒食、衣冠、物帛,又曰安常吉慶之神。《易坤》曰“安貞吉”,未居於坤,故有此象。遭枷必值決罰。常居子,土值水,有崩陷象,又子未六害,以害而陷有枷鎖象。所以必致決罰而遭枷。土雖克水,未為田園,子為江河,正是江河決口,淹沒田地,責任官吏被降罰之象。
「太常」は宴会を主り、人の酒食を以て款待する有り。太常は筵席聚会・酒食・衣冠と布帛財物を主り、又た安常吉慶の神と曰う。注者按:《易経・坤卦》に「安貞吉」と曰う。太常は未に属して未は坤位に近し。故に此の如き取象有り。太常が子に臨むを「遭枷」と曰う。必ず判罰を受けん。太常は土に属して子水の上に落つれば、崩塌陥落の象有り。子と未は又た相害す。害に因りて陥落すれば、便ち枷鎖の象有り。故に必ず判罰を招致して刑枷を戴かん。注者按:土は水を克するを能くすと雖も、未は田園、子は江河。此は正に江河の決口して田地を淹没し、主管官吏此に因りて降職処罰せらるるの象なり。
側目須遭讒佞。常居寅木克太常土,有虎豹在山之勢,而太常土何敢與之敵也?況未羊逢虎受其制敢怒而不敢言,亦惟側目而已,尚畏有讒佞於傍譖之也。遺冠也財物相傷。常居卯私門,以冠裳之神而入私門,有冠不正象,故為遺冠。然何以曰財物遭傷?太常亦土,為財物衣帛,主失去者,以土破卯木之克也。
太常が寅に臨むを「側目」と曰う。還た讒言諂害を遭受せん。寅木は太常の土を克し、虎豹の山中に盤踞するの気勢有り。太常の土は哪裏ぞ敢えて之と対抗せんや。況んや太常は未に属して羊と為る。羊は虎に遇えば只だ制を受くるのみ。怒るを敢えてして言うを敢えてせず。亦た只だ眼を斜めにして看るのみ。更に怕るるは旁に還た奸佞の人有りて讒を進め構え陥るること。太常が卯に臨むを「遺冠」と曰う。財物の損を受くるを主る。卯は私門、衣冠を掌管するの神を以て私門に進み入れば、則ち冠帽正しからざるの象有り。故に冠を遺ると曰う。何を以てか又た財物の傷を受くると説くや。太常も亦た土に属し財物衣帛を主るを以て、而るに卯木は土を克し、土は木に克破せらる。故に財物を失うを主る。
逆命也尊卑起訟。常居戌逆命,未戌刑,且河魁為獄網之凶。未在上,其位為尊;戌在下,其位甚卑,二者相刑非尊卑相訟乎?太常者官星也,官星居於網羅,不利之極。太常者父母類神,故與子孫有隙。
太常が戌に臨むを「逆命」と曰う。尊卑のあいだに争訟を起こすを主る。未と戌と相刑し、戌は又た河魁、牢獄羅網の凶地に属す。未は上に在りて位次尊と為り、戌は下に在りて位次甚だ卑し。両者相刑すれば、尊卑のあいだの官司に正しからずや。注者按:太常は官星に比す。官星の天羅地網の中に落つるは、不利極点に至る。太常は又た父母の一類の類神に属す。故に子孫の一類の人事とのあいだに嫌隙有り易し。
銜杯受爵不轉職而遷官。常居申銜杯,居丑受爵。申為傳送,太常酒食,二義詳之,似銜杯矣。冠裳之象,而非轉職之吉乎?丑乃天乙之宮,以太常而拜至尊,非受爵乎?
太常が申に臨むを「銜杯」と曰い、丑に臨むを「受爵」と曰う。職位を調換するを須せずして官を升るを得。申は「伝送」、太常は酒食を主る。両層の意思を合看すれば、酒杯を端るがごとし。更に太常の衣冠を主るを加えれば、豈に転任を須せずして吉を得るに非ずや。丑は天乙貴人の宮、太常此に到れば、正に至尊に拝見して爵位を受封するなり。
鑄印捧觚不征而喜慶。太常居巳鑄印,居未捧觚。太常印綬,巳鑄印之位,公器非徵召不用也。未乃太常本位,宴會之宮,捧觚酬酢有喜慶也。乘軒有改拜之封。常居午為乘軒,午乃天地之道路,乘軒之象也。又立南向北,面君之象,故改拜之封,君子之慶也。常者貴官也,常乘馬宣命,非遷官嘉獎而何?
太常が巳に臨むを「鋳印」と曰い、未に臨むを「捧觚」と曰う。徴召を待たずして喜慶有り。太常は印綬を主り、巳は印を鋳るの方位、而るに官印は公家の器、徴召を奉ぜざれば則ち動用せず。未は太常の本位・宴会の宮、酒器を捧げて相互に酬酢すれば、自然に喜慶有り。太常が午に臨むを「乘軒」と曰う。改任受封の事有るを主る。午は天地のあいだの道路、正に車に乘るの象。又た南面に立ちて北に朝向するは、君主に面見するの象。故に改任受封を主る。是れ君子の喜慶。注者按:太常は顕貴の官員に比す。官員の馬に乘りて命令を宣布し往くは、升官ならざれば則ち嘉奨なり。
佩印有用遷之命。常居辰為佩印,辰乃天罡首領之神,與太常印綬並之,乃佩印之義,必主遷除。生日最吉,居行年本命上次吉。亥為徵召,雖喜而必下憎。常居亥徵召。亥天門有徵召冠裳之象。但未土在上,亥水在下,水必憚土之克,故雖喜而下憎也。
太常が辰に臨むを「佩印」と曰う。起用昇遷の命令有るを主る。辰は天罡、首領の神と為る。印綬を主る太常と一処に合すれば、正に官印を佩帶するの義。必ず昇遷調補を主る。注者按:此の一格は若し能く日干を生扶せば最も吉利、行年・本命の上に落つれば次吉。太常が亥に臨むを「徴召」と曰う。喜事なりと雖も、下面の人は心裏に怨憎を懐く。亥は天門、徴召と冠服を賜うの象有り。但だ未土は上に在り亥水は下に在り、水は必然に土の克制を懼る。故に上面は歓喜して下面は憎悪す。
《金口三才賦》云“登明徵召”,意指龍常貴合虎勾空臨亥上,均有徵召之意。以文看青龍,武看太常,貴人宰執之象,六合公吏之形,空為印綬,施大功成大事必有白虎,勾為將軍之神,自天子之門而出,生我貴無更替之時,克我死無葬身之地,乘歲月更的。
注者按:《金口三才賦》に「登明徴召」と曰うは、青竜・太常・貴人・六合・白虎・勾陳・天空の此の几位の天将の亥宮に臨むを指し、皆徴召され任用せらるるの意思を含有す。分かちて看れば、文職は青竜を看て武職は太常を看る。貴人は宰輔執政の象、六合は公門吏員の形、天空は印綬を主る。大功を建て大事を成さんと欲せば必ず白虎有るを要す。勾陳は則ち将軍の神なり。此らの天将は皆天子の門より出ず。故に其らの我を生ずるは、貴顕を主りて替換せらるるの憂無し。我を克するは、則ち葬身の地無きまで死するを主る。若し再び太歳・月建を乘ずれば、応験は就更加に确切なり。
酉作券書,雖順而防後競。常居酉曰券書,太常未土生從魁之酉,金得助矣,魁則鋒刃成功,宜書之左券,有何不順也?但酉金太強自刑其方,終有後競,勿以身貴而賤人,勿以獨斷而違眾則吉。此變化之機,宜深思之。
太常が酉に臨むを「券書」と曰う。事情は順利なりと雖も、却て日后の争競を防ぐべし。太常は未土に属して能く「従魁」の酉金を生ず。金は帮助を得たり。酉は又た鋒刃、事を弁ずれば能く成り、正に契券を書するに好し。何の順ならざる有らんや。只だ是れ酉金太強にして、自己の方位の上に於て自刑せん。終に日后相争うの隠患を留む。故に自己の身分尊貴を以て他人を軽賤すること勿れ、独断専行を以て衆意に違背すること勿れ。此の如くして始めて吉なり。注者按:此は正に吉中変を蔵するの関節。当に深思すべし。
十二天将・白虎
白虎道路凶災病喪。
「白虎」は道路の凶険および疾病喪亡の災を主る。其は十二天将の中に最も凶猛の一位。およそ占に之に遇えば、多くは出行在外の意外・刀兵血光・疾病と喪事と関連す。具体の断法は下文に逐条分説す。
白虎臨神断
虎主道路、刀劍、血光、官災、疾病、死亡,至凶之神也。溺水音書不至。虎居子溺水,居亥亦然。虎喜山林,主道路,今溺陷水中,則道路不通,不凶矣。蓋至凶之神而為陷沒,有何不利?勿以道路阻而音不達為忌。焚身禍害反昌。虎居午焚身,居巳亦然,在彼白虎之金,固所畏忌,而占者反昌矣。何則?白虎喪凶血光之神,既已焚身何能為患?問音書亦不至。晚道活潑,事異則斷異,不可膠柱鼓瑟。
「白虎」は十二天将の中に最も凶の一位、道路・刀剣・血光・官司・疾病と死亡を掌管す。所謂「水に溺れて音書至らず」とは、白虎の子位に落つるを溺水と曰い、亥位に落つるも亦た同じ。白虎は本として山林を喜び道路を主れども、如今水の中に陥れば、道路便ち通ぜず、凶性も亦た発し出だす能わず。只だ消息書信を問う時に音信達せざるなり。既に此の至凶の神は已に水に淹没せられ、又た何の不利か言うべき有らんや。故に道路の受阻・音信の不通を以て一味に忌諱と作すべからず。所謂「身を焚きて禍害反って昌なり」とは、白虎の午位に落つるを焚身と曰い、巳位に落つるも亦た是れ同じ。白虎は金に属し、本として最も火を怕る。然るに占卜する人は反って此に因りて吉に転ず。白虎は既に喪事・凶険・血光を主るの神、如今自身已に火に焼かれ、還た怎麼して人を害せんや。但だし此の時書信を問うは同じく到る能わず。占断は活霊を要し、事情同じからざれば断法則ち同じからず。成例を死守し柱に膠りて瑟を鼓すべからず。
臨門兮傷折人口。虎居卯酉為臨門。虎守卯酉之門,一家驚懼不寧矣。輕出無備者莫不為之噬矣,故曰傷折人口也。在野兮損壞牛羊。虎居丑未為在野,以丑未田野之象也。白虎在此固似無成,而丑中之牛未中之羊為虎所噬,貪哺啜無後凶矣。
白虎の卯・酉両位に落つるを「臨門」と叫ぶ。卯は日出の門、酉は日入の戸。猛虎門口に守れば、一家人は自然に驚恐安からず。誰にしろ毫も防備無く冒然として門に出でれば、其の傷害を免れず。故に人口を折損する会うと説く。白虎の丑・未両位に落つるを「在野」と叫ぶ。丑・未は取る所は田野の象を以てなり。白虎の曠野に到るは看るに威を施すに処無きがごとし。其の実丑中に牛を蔵し未中に羊を蔵し、正好虎口の食と成り、其は只だ牛羊を貪食するを顧みて、反って再び人に向い凶を逞しうせず。
登山掌生殺之權。虎居寅,其威自倍,仕途占之當有生殺之重柄。常人占之凶不可當。虎者,權柄也。寅居艮,艮為山。落阱脫桎梏之殃。虎居戌,戌乃地獄,吉神入則凶,凶神入之則凶焰猥衰,不復孔熾,占者不被其殃,往返無虎截路,猶桎梏之脫也。
白虎の寅位に落つるを「登山」と叫ぶ。寅は木に属し又た艮方に当たり、艮は山と為る。虎の山林に帰れば声威倍増す。官を做る人占えば、生殺の大権を掌るを主る。平常百姓占えば、則ち凶険当たり難し。白虎は本として権柄を象徴す。白虎の戌位に落つるを「落穽」と叫ぶ。戌は地獄の地、吉神進み入れば反って害を受け、凶神進み入れば却て気焔頓減して再び熾烈ならず。占者此に因りて其の殃に遭わず、来去の路上にも猛虎の攔截無く、手脚の上の枷鎖一朝にして脱落するがごとし。
銜牒無凶即可持其喜信。虎居申,乃白虎本宮,彼貪其巢穴之榮,而無復肆噬之心,故有喜。而曰銜牒者,乃傳送往來之神,牒信之象也。咥人有害終不見乎休祥。虎居辰,辰申有尸乃虎噬尸,既曰咥人何復有吉祥也?得此凶占,亦惟避之而已矣。生我亦主成功非凡,驚天動地。
白虎の申位に落つるを「銜牒」と叫ぶ。申は白虎の本宮、其は安く巣穴の栄を享け、再び人を傷るの意無し。故に反って喜慶を主る。申は又た伝送の神、往来通信を掌る。故に文書を銜むの象を取り、多くは佳音捷報を主る。白虎の辰位に落つるを「咥人」と叫ぶ。辰・申の地に尸有り、正に虎の尸を噬するの象。既に名は咥人と曰えば、又た哪裏に還た吉慶の言うべき有らんや。此の凶象を占得すれば、只だ法を設けて回避するほかなし。但だし白虎若し来りて日干を生ずれば、亦た成就非凡・声勢驚天動地を主るを得。
天空神義
天空奏書之神以天乙尊者無對。天空後六戊戌土神也,其神無形無影,由正對天乙至尊,即空亡也。由無敢對至尊而虛其位,故曰天空,專主詐偽不實,曰奏書者,言惟執書以奏,則此片時可對至尊耳。談判、合同、護照、試卷之類神。嘗有辦護照者,得癸日,三合金局,初中空陷,末得天空,俗論合局二空而一乘天空,以全空論,吾反其意,以類神生干,必果。果驗。
「天空」は奏書の神、其は正に至尊の天乙「貴人」に対し、誰も敢えて天乙と相対する無し。天空は貴人の後第六位の戊戌土神、無形無影にして恰好天乙と対衝す。則ち「空亡」の位なり。無人敢えて至尊と平起平坐するを以て、只だ虚しく此の位子を着けたり。故に天空と曰い、専ら欺詐虚偽・名実相符せざるを主る。之を奏書と称するは、説くは其の只だ文書を捧げて上奏するの那一刻にのみ至尊に面し得るなり。天空は又た談判・合同・護照・考巻の一類の事情の類神。嘗て護照を弁じ来りて占す人有り。癸日課を得て「三伝」は金局を合成し、初伝・中伝は皆空に落ち、末伝は天空を乘ず。通常の説法を照れば合局中両位空に落ち一位天空を乘ずれば、当に全空を作して断ずべし。我は却て反転して看て、類神の日干を生ずるを取り、必ず成ると断定す。後に果して応験せり。
六十四課体名義
神雖所主休徵,必察卦名之義。六十四課者,象也。諸象合一則事之吉凶出焉。卦名者象之一翼,故必察之。但不可執其一端,須全盤考察,方可下斷。元首象天,重審法地。象天者先喜而後憂,法地者先迷而後利。象天者,上位之動用也;法地者,下位之動用也。以其上克其下,故先喜而而憂;以其下賊其上,故先迷而後利。
天将は各々吉凶徴兆を主ると雖も、還た必ず「課体」名目の含義を審察すべし。六壬六十四種の課体は皆取象、各種の象一処に合して、事情の吉凶才だ顕現す。課名は不過衆象の中の一翼。故に参看するを要すれども、一点を抓住して放さざるべからず。通盤考察して始めて断語を下すを須す。「元首」課は天に取象し、「重審」課は地に取法す。天に象るは先に喜び後に憂え、地に法るは先に迷い後に利す。天に象るは、上位先に動くなり。地に法るは、下位先に動くなり。元首は上克下、故に起初順遂にして後來憂を生ず。重審は下賊上、故に起初迷乱にして終究利を得るなり。
知一則得一為宜。此用卦又名知一卦,知一不及其他,惟一得則永得一也。知一主近,主親,主內。選舉、競爭多得此課,亦妙不可言。見機則不俟終日。涉害之深者曰見機,不俟終日,言機貴速者,雖密而易失也。涉害之深,主歷盡風霜,必有長時艱險,且見機者孟上神也,主遠滯。何由“不俟終日”,似與上文矛盾?以艱險異常,宜當機立斷,速速行動,否則後患無窮也。
「知一」課は専ら其一を取るを以て宜しと為す。此の課は又た比用課と叫ぶ。只だ一処を認定して他に旁渉せず、一たび得る所有れば長く保ちて失わず。知一は近事を主り親密を主り内部を主る。選挙と競争の一類の事は多く之を占えば、応験極めて妙なり。「見機」課は則ち当機立断を要求し、一天の後に拖るを得ず。渉害課中の渉害最も深きを見機と叫ぶ。説くは機会は快速に把握するを貴とす。看るに周密に似て而も極めて錯失し易し。渉害既に深ければ、本として風霜を歴尽し長期艱険を主る。而るに見機は取る所は四孟上神、又た路遠き遅滞を主る。何を以てか反って拖延する能わずと説くや。正に艱険異常を以て、才だ更に当機立断・速速行動を要す。然らざれば後患無窮なり。
遙克所卜難成。遙克者神遙剋日名蒿矢,日遙剋日名彈射,二者皆力不雄也,故所卜難成,觀蒿與彈之意自明。亦不可執一。別責所占罔濟。四課不備而無遙曰別責,尤無力之甚也。故凡占罔濟也,不過利守而已矣。借徑而行亦可。
「遥克」課の占する所の事は多くは成り難し。天神の遥々日干を克するを「蒿矢」と叫び、日干の遥々天神を克するを「弾射」と叫ぶ。両者は力量皆雄厚ならず。故に事情は弁成し難し。只だ蒿草の做す箭・弾丸の打出す力道を看れば、意思は自ずから明白なり。当然一概に論ずる能わざるなり。「別責」課の占する所の事は則ち成效有り難し。四課斉全ならず、又遥克無くんば、則ち別責を立つ。是れ最も無力の一種。およそ占は多くは事に済まず、只だ成を守るに宜し。若し能く他人の路を借りて行えば、倒れて亦た融通すべし。
冬蛇掩目虛警而終不傷。昴星卦有騰蛇發用曰冬蛇掩目,卦既曰掩目之蛇,則人得而害彼,彼不得而害人,不過虛凶不成實害也。虎視轉蓬出外而稽留不起。昴星卦白虎發用曰虎視轉蓬。卦既曰虎視則凶不可當,即猶蓬轉而避之可矣。虎視掩目,凶吉之判,還在神將課傳具象。
「冬蛇の目を掩う」は只だ是れ虚驚、終に真に人を傷らず。昴星課中に「螣蛇」に由りて発用するを則ち冬蛇の目を掩うと叫ぶ。蛇既に已に目を閉ぢ、人は能く之を傷るも、其は却て人を傷る能わず。不過空に凶名有りて実害無し。「虎視の蓬を転ず」は則ち出外奔走するも滞留して帰り難きを主る。昴星課中に白虎に由りて発用するを虎視の蓬を転ずと叫ぶ。既に虎視と称すれば、凶勢は則ち鋭く当るべからず。只だ風に随いて飄転する蓬草の如く躲け開くを妙と為す。虎視も罷め、目を掩うも罷め、究竟吉を断ず凶を断ずるは、還た「天将」と「四課」三伝の顕ずる所の具体の象を看るを要す。
伏吟任信宜用靜去盜非遙。伏吟剛日自任卦柔日自信,卦主靜也。逃去之人及盜賊失物俱不遠也。貴順支前一位尋之,貴逆支後一位尋之。返吟無依則後舊往來不一。返吟來去不定故曰無依倚也。凡事不定且干遠。“不定”涵義寬廣,多波折,中途而廢,多屬此類。
「伏吟」課は守静に宜しく、逃亡の人と盗賊は皆走ること遠からず。伏吟は陽日に「自任」課を立て、陰日に「自信」課を立つ。課象は静を主りて動を主らず。走失の人・失窃の財物は皆附近に在り。貴人順行の時は日支前一位に到りて尋ぬ、貴人逆行の時は日支後一位に到りて尋ぬべし。「返吟」課は則ち依倚する所無く、往来反復・新旧一ならず。返吟は来去定まらず。故に依拠無く靠る無しと説く。凡事定めるを得ず、而且遠処に牽渉す。所謂不定とは、含義甚だ寛し。多く波折し半途にして廃すの類、大多此の一一課に帰入す。
八專之音不宜男子波波,帷簿之名不利婦人嘻嘻。八專卦干支同位內有怨女,外有曠夫,故曰帷簿不修之卦,多淫泆之意也。龍首累逢君命恩賜頻加。太歲月建月將貴人同為發用曰龍首卦,君子則有恩命出自天子,常人利見大人。龍德卦也。若占病見太歲者必見閻王,占訟亦訟達朝廷,切不可以吉論。
「八専」課は男子の四処奔忙に利せず、亦た婦人の軽佻嬉笑に利せず。八専の干支同宮は、屋裏に幽怨の女子有り門外に独居の男子有り。故に帷帳修まらざるの課と称作し、多く淫乱の意を含有す。「竜首」課は屢々君命に遇い、恩賞頻頻として身に加わる。太歳・月建・「月将」・貴人同時に発用すれば則ち竜首課。官を做るは天子に出づるの恩命を得べく、百姓は則ち貴人に求見するに利す。其は又た竜徳課と叫ぶ。但だし疾病を占うに若し太歳発用を見れば、閻王に見えんとするに等し。官司を占えば則ち訟事は一直に朝廷に鬧到す。一味に吉課を作して断ずるは切不可なり。
龍戰屢見改革災禍不已。卯酉日辰行年發用,又值此者名龍戰卦,不問君子常人俱主更革災禍不一。卯日占卯發用,酉日占酉發用方為龍戰,否則不是。官爵改拜升遷。驛馬發用名官爵卦,主改拜升遷;常人得之,反搖動不寧。富貴增財吉慶。貴人發用主增財喜慶,君子常人皆吉。
「竜戦」課は屢々変革を帯来し、災禍接連として断えず。卯・酉日にして「日辰」・行年又た卯酉に逢うて発用するを竜戦課と叫ぶ。官宦たると百姓たるとを論ぜず、皆変動改革・災禍止まざるを主る。卯日占して卯発用・酉日占して酉発用せんことを要し、才だ竜戦と算す。然らざれば非ず。「官爵」課は改任昇遷を主る。「駅馬」発用すれば則ち官爵課と為る。官を做るは調職高昇せん。普通人占えば、反って奔波動蕩・心神寧まらず。「富貴」課は財を増し吉慶を主る。貴人発用すれば則ち財を添え喜を添え、貴賤を論ぜず皆吉利なり。
斫輪鑄印官職須遷。卯加申發用曰斫輪卦,戌加巳發用曰鑄印卦,有官者必遷,無官者反不能當,而有官非口舌。常占得之俱為遲滯之象,此二課亦主外行及乘車之象,試之屢驗。又鑄印者,印得火冶鍛而成,受苦不輕,故此課占官貴則宜,占常人則多方煎熬,占婚多次方遇佳耦,占訟以小翻大而受盡磨折,占出身白手而成歷盡艱辛。
「斫輪」「鋳印」両課は皆官職遷転を主る。卯を申に加えて発用するを斫輪課と叫び、戌を巳に加えて発用するを鋳印課と叫ぶ。官職有るは必ず昇遷を得、官職無きは反って承受するに堪えず、還た官非口舌を招来せん。平常人占えば、多くは遅滞の象。此の両課は又た外出遠行・車に乘るの象を主る。屢試屢験なり。再び鋳印を説くに、印は炉火に靠りて反復鍛錬して才だ鋳成す。苦を受くること軽からず。故に此の一課は官貴を占うに最も宜しく、常人を占えば則ち百般煎熬、婚姻を占えば幾経周折して才だ良配に遇い、訟事を占えば小より大に鬧して備に磨折を受け、出身を占えば則ち白手起家・艱辛を歴尽す。
高蓋乘軒鼎席必致。午卯子三傳曰高蓋乘軒卦,亦同斫輪鑄印斷。三傳遞生,若辛日得之,午加於酉祿之上,公私皆不利。蕪淫主琴瑟不調。夫干也,妻支也,上神互克干支名曰蕪淫卦,主夫妻異心。泆女必瀆亂太甚。初傳天后,末傳六合,更傳見卯酉曰泆女卦,主淫奔不已。
「高蓋乘軒」課は必ず鼎席高位に位列するを得。三伝の午・卯・子を作すは則ち高蓋乘軒課。断法は斫輪・鋳印と相仿る。此の一課は三伝依次相生す。但だし若し辛日に占得すれば、午火は辛の禄神酉金の上に加わり、公事私事皆不利。「蕪淫」課は夫妻不和を主る。日干は丈夫を代表し日支は妻子を代表し、上神の交互に干支を克傷するを則ち蕪淫と叫び、夫妻各々異心を懐くを主る。「泆女」課は則ち淫乱太甚を主る。初伝「天后」を乘じ末伝「六合」を乘じ、三伝中に又た卯・酉を見れば、則ち泆女課。私奔淫佚を主り、収束し難し。
是知三交為三匿。子午卯酉仲神全見於三傳曰三交,主藏匿陰私不明之人。蓋此神皆五行敗氣,主人昏晦,收留此人異日不利。九丑定災殃。乙己戊辛壬日更得四仲相併,而又大吉加仲曰九丑卦,主占者家長有災。斬關不利安居,波波不定。罡魁加干支更得合龍名斬關卦,主不能安居而奔波不定。占婚亦主離棄。
此に由りて「三交」課の蔵匿を主るを知るべし。子・午・卯・酉の四仲の神の三伝中に全部出現するを則ち三交と叫び、行跡不明の陰私の人を窩蔵するを主る。此の四位は皆五行の敗気、人をして昏昧不明ならしむ。此の種の人を收留すれば日后必ず其の累を受けん。「九丑」課は定めて災殃有り。乙・己・戊・辛・壬の五日再び四仲相並に逢い、且つ大吉丑土の仲位に加臨すれば、則ち九丑課。占卜の家の家長に災有るを主る。「斬関」課は安居に利せず、奔波不定を主る。天罡辰と河魁戌と干支に加臨し、又た六合・青竜を乘ずれば、則ち斬関課と叫ぶ。居家寧まらず四処奔走するを主る。婚姻を占えば還た離散抛弃を主る。
遊子不遑寧處,碌碌無常。四季在三傳本靜,而丁神驛馬入曰遊子,主動而碌碌奔波不免。但須詳傳陽傳陰之義。亦不利婚。天獄憂刑罪責。凡用囚死,更天罡加日本之上曰天獄,主官非口舌刑罰及身。天網囚繫災傷。凡時與地支並克天干而發用者曰天網,詞訟,遭凶擊常占多主病凶。失物必回,但恐末克發用或年命上克之則解網。
「游子」課は安居を得ず碌碌奔波するを主る。辰戌丑未の四季の神の三伝中に在るは本として安静を主る。然るに一旦丁神と駅馬と掺り入れば、則ち游子課と叫び、動蕩奔労を免れずを主る。但だ還た三伝の陽に属し陰に属するの分別を細看すべし。此の一課も亦た婚姻に利せず。「天獄」課は刑罰罪責を主る。発用の神の囚・死の気に処り、又た天罡辰の日干寄宮の上に加わるに逢えば、則ち天獄と叫ぶ。官非口舌・刑罰身に臨むを主る。「天網」課は囚禁災傷を主る。占時と日支と一同に日干を克して発用するを天網と叫び、詞訟と凶に遭うを主る。平常占は多く病情凶険を主る。失物を占えば則ち必ず能く追回せん。只だ怕るるは末伝が発用を克し或いは年命上神の来りて克する、則ち網を解き開くに等し。
懸胎主隱匿藏懷而胎子。四孟在三傳曰玄胎,主隱慝藏懷或為胎子。凡得玄胎,主新人新事新物。但須詳生絕病三胎分而辨之。贅婿主伏潛屈辱或相將。支辰加天干上被克為用曰贅婿,主屈身於人而支尋必依棲於人而相傍。
「玄胎」課は暗蔵隠匿を主り、或いは懐孕生子に応ず。寅申巳亥の四孟の神の三伝に布くを則ち玄胎と叫び、情を匿し私を蔵するを主り、或いは婦人の孕有るを主る。およそ玄胎を占得すれば、多くは新人・新事・新物の出現を主る。但だ胎神の長生・絶地に処るか病地に処るかを分かち清むを要す。三種の情形は断法各々異なり。「贅婿」課は身を屈して潜伏し人の轄制を受くるを主る。日支の日干の上に加えて又た克を受けて発用すれば、則ち贅婿課。人の身を委屈して他人に依附し、事事人の籬下に寄り人の門戸に傍うを主る。
無祿之名是上驕而下弱。凡四上克下為無祿,上皆得意故驕,下皆受制故弱,無祿猶無路,凶之占也。亦必視三傳。絕嗣之意乃下逆而上傷。凡四下克四上曰絕嗣,下皆得志而逾逆,上皆受制而全傷尤凶之喜也。觀陳公獻斷課,還當視課體大勢,分類占之。上為尊長、為公事;下為卑幼、為私謀,自然之理也,而克下曰無祿克上曰絕嗣反其道行之何也?蓋陰陽互見之理也。又為勵德以動搖為意。貴人當卯酉之上為勵德,貴人不自安則搖動也。常人占主動靜不寧,內戰者尤烈。亂首以悖逆為心。日加辰上被克曰亂首,悖逆之象。亦主奔波不寧,占下崗必矣。
「無禄」課は上驕下弱を以て名を得たり。四課皆上神が下神を克するを則ち無禄と叫ぶ。上位は処処得意を以て驕横し、下位は処処受制を以て孱弱す。無禄は路を走るべき無きがごとく、是れ凶占。但だし仍お三伝如何を看るを要す。「絶嗣」課の意思は下位悖逆にして上位傷を受くるなり。四課皆下神が上神を克するを則ち絶嗣と叫ぶ。下位得志して愈發忤逆し、上位全く克傷せられ、無禄に比すれば更に凶なり。陳公献の課を断ずるを読むに、還た課体の大勢を看て分門別類に占うを要す。上位は尊長と公事を象徴し、下位は卑幼と私謀を象徴す。是れ自然の理。然らば何を以てか下を克するは反って無禄と叫び上を克するは反って絶嗣と叫ぶや。正に陰陽互見・其の理相反相成するを以てなり。再び「励徳」課有りて動揺を以て義と為す。貴人の卯位或いは酉位に加わるは則ち励徳。貴人は自己安穏を得ず、事情は自然に揺動す。常人占えば動静寧まらずを主り、若し内戦の象と成らば尤其に劇烈なり。「乱首」課は悖逆を以て心と為す。日干の日支の上に加えて又た支上神の克する所と為るを乱首と叫ぶ。正に下を以て上を犯すの象。亦た奔波寧まらざるを主り、失業を占えば則ち十の八九応験せり。
稼穡定自微而至著。四季在三傳曰稼穡,土有生萬物之功而日漸增長,故自微至著。曲直必福善而禍淫。三傳亥卯未為之,為福者愈增其福,有禍者愈益其禍,乃木日漸長象也。《五行大義》曰:“深木無草,犯上虐下”,木實不仁,試之極驗。
「稼穡」課は必ず是れ微より顕に至る。辰戌丑未の四季の神の三伝に布くを稼穡と叫ぶ。土に万物を生養するの功有り、事情は一天天壮大せん。故に細微より漸く顕著に至る。「曲直」課は則ち善者は福を得て悪者は禍を受く。三伝の亥卯未木局を成すは則ち是れ。本として福有るは福気愈増し、本として禍有るは禍患愈重し。取る所は木の一天天生长するの象。《五行大義》に「深木に草無し、上を犯し下を虐ぐ」と曰う。木性は其の実並びて仁厚ならず。此を以て事を験すれば極めて霊準なり。
巳酉丑俱逢則傷情改革。金局全主革故鼎新,且金乃破物之神,主刑傷之凶也。查破碎全取酉巳丑,可知一斑。寅午戌全見則意欲成親。火局全者主氣焰熏天,上進象也,而急於進用有相親傍之義也。炎上局多不長久。緣關潤下之首惟宜施惠於人。三傳申子辰全為潤下,主恩澤下流,惟宜施惠於人,不可獨利而招尤。
三伝巳酉丑斉全なれば、傷情と変革を主る。金局成全し、一面は革故鼎新を主り、一面は金は摧折の神を以て刑傷の凶を帯来す。破碎煞を看るは正に酉・巳・丑の三位を取れば、則ち金局の性情を知るべし。三伝寅午戌斉全なれば、則ち攀附親近の意有り。火局成全して気焔天を燻るを主り、是れ向上進取の象。而るに身を進めんと急げば則ち他人に依傍するを免れず。只だ是れ炎上の局は多くは持久し難し。上を承けて言えば、「潤下」は諸局の首と為り、只だ人に恵を施すに宜し。三伝申子辰斉全なれば則ち潤下、恩沢の下に流布するを主る。当に広く恩惠を施すべく、其の利を独占して怨尤を招来すべからず。
天神類神と占断挙要
凡斷吉凶,占從將意。此將非天將,天神也。事體系於天將,吉凶現於天神,自然之理,故必知天神之義。大抵功曹為用木器文書。寅乃木神,功曹乃奏書之神,故主文書。傳送加臨行程信息。傳送乃郵馬故主之。太沖盜賊及車船,從魁金銀與奴婢。辰為鬥訟兼主喪亡。戌為欺詐或稱印綬。天罡主鬥爭詞訟亦名天牢天羅,主死亡。天魁主欺詐亦名地獄又主印綬之神。
およそ吉凶を断ずるは、「将」の意思に順い着て看るを要す。此処に説く将は十二天将に非ず、而も是れ十二「天神」。事情の体段は天将に係り、吉凶の顕現は却て天神の身上に落つ。是れ自然の理。故に必ず各天神の含義を明白すべし。大体、寅位「功曹」発用は木器と文書を主る。寅は木に属し功曹は又た奏書の神を以てなり。申位「伝送」加臨は行程と信息を主る。伝送は本として駅伝郵馬の神。卯位「太衝」は盗賊と車船を主り、酉位「従魁」は金銀と奴婢を主る。辰位は争闘訴訟を主り、兼ねて喪亡を主る。戌位は欺詐を主り、亦た印綬と称すべし。辰は則ち天罡、闘争詞訟を主り、又た天牢・天羅と名づけて死亡を主る。戌は則ち天魁、欺詐を主り、又た地獄と名づけ、同時に是れ印綬を主るの神。
登明徵召,太乙非災。亥天門,故主徵召;太乙陽亢之地,故主非災橫禍。勝光火怪絲綿。午主光明怪異,又主絲綿文書。神后陰私婦女。子水天后之宮,主陰私不明,事干婦女。未為衣物筵賓。小吉乃太常之宮也,主衣冠、財帛、筵會、賓客。丑號田宅園囿。大吉上神主田宅園囿之爭。丑未皆田畝五穀之象,以萬物生於土,辰戌牢獄之地,又陽土高燥,故只丑未為田地也。
亥位「登明」は徴召を主り、巳位「太乙」は意外の災を主る。亥は天門と為る。故に徴聘召喚を主る。巳は陽気亢極の地、故に非常の災と横禍を主る。午位「勝光」は火怪と糸綿を主る。午は光明を主り、亦た怪異を主り、還た糸綿と文書を主る。子位「神後」は陰私と婦女を主る。子水は天后の宮位、陰私曖昧・女子に関する事を主る。未位「小吉」は衣物と筵席賓客を主る。小吉は「太常」の宮位、衣冠・財帛・宴会と賓客を掌るを以てなり。丑位「大吉」は田宅園囿と称す。大吉上神は田宅園林の争を主る。丑・未は皆田畝五穀の象、万物は土に生ず。辰・戌は亦た土に属すと雖も、却是れ牢獄の地、又た是れ高燥の陽土。故に只だ丑・未を以て田地と為す。
大吉小吉會勾陳因田宅而爭訟。丑未主田宅,見勾陳鬥訟之神,必因爭田宅而起訟。此斷吉凶之法也。又如財乘玄則失財,祿乘虎則傷祿之類。從魁河魁乘六合為奴婢之逃亡。酉主婢,戌主奴,乘六合之私門,乃奴僕逃亡之象。同上例。
丑「大吉」と未「小吉」若し「勾陳」に会せば、必ず田宅に因りて争訟を起こさん。丑未は田宅を主り、勾陳は又た争闘訴訟の神。両者相遇えば、官司は多く田を争い屋を争うに由りて生ず。此れ則ち天神と天将を合看して以て吉凶を断ずるの办法。又た如く財爻が「玄武」を乘ずれば財を失うを主り、禄神が白虎を乘ずれば禄を傷るを主る。皆是れ同一路数なり。酉「従魁」と戌「河魁」と六合を乘ずれば、奴婢逃亡を主る。酉は婢女を主り戌は奴仆を主り、六合の此の道の私門を乘上すれば、正に仆役私逃の象。亦た同一の類推法に属す。
文宜青龍不戰,武欲太常無傷。文看青龍,武看太常為類神,旺相相生必吉,上下相剋必凶。卷四占驗多有龍神下賊與上克不利官者。登科者祿馬扶會。登科者,祿神驛馬臨於干支之上,富貴相必生上吉是也,馬主前程遠大,祿乃臨官之神。《畢法》云,“富貴干支逢祿馬”,乃干上見馬,支上見祿。人乘馬,支得祿,官貴之象。
文事は「青竜」の戦克を受けざるに宜しく、武事は太常の損傷に遭わざるに宜し。文は青竜を看て武は太常を看て類神を作す。旺相にして又た相生せば必ず吉、上下相克せば必ず凶。本書巻四の占験裏に、多く青竜の下賊或いは上克せられて官を做るに利あらざるの例有り。科に登り第に及ぶの人は、禄神と駅馬と会合して扶助し来るなり。禄神・駅馬の干支の上に臨むは、富貴の象再び生扶を得れば最も上吉。駅馬は前程遠大を主り、禄神は臨官得位の神。《畢法賦》に「富貴は干支に禄馬に逢う」と曰うは、日干の上に駅馬を見日支の上に禄神を見るを指す。人は馬に乘り家宅は禄を得る。正に官貴の象なり。
不第者刑害俱駢。三刑六害交臨干支之上,刑主有缺,害主阻隔難成。投書宜虎勾無氣。投書獻策見上貴也,若白虎勾陳無氣自然無阻矣。捕賊欲玄武相侵。捕賊以玄武為類神,若玄武臨克地自然得捉也。侵者克也,他自受制,何用我力?垂拱而已。
第に落ちて中らざるの人は、刑と害と並び見るなり。三刑・六害交々干支の上に加わり、刑は残缺少なからざるを主り、害は阻隔成り難きを主る。書状を投逓し上書して策を献ずるは、白虎と勾陳と皆気無きに宜し。書を投じ策を献ずるは上位貴人に見えんと欲するを要す。白虎・勾陳の此の両個の阻撓の神は一旦休囚無力なれば、路上は自然に阻碍無し。盗賊を緝捕するは、則ち玄武の克せらるるを希望す。賊を捕るは玄武を以て類神と為す。玄武の克を受くるの地に落つれば、自然に手到りて擒来す。所謂侵は則ち克、賊人は自己已に制を受く。哪裏に還た我の費力するを用うるや。手を垂れて待つべきのみ。
若候雨占風,當看青龍白虎。白虎主風,青龍雨,有氣旺相有風有雨,囚死空亡風雨必微。觀後例,風雨空亡以微斷,不以無斷。蓋天時變化,課必顯象,無變化則不顯也。若遷官退職宜觀天吏天城。寅為天吏卯為天城,若加年命相生必主變。有吏有城,非官而何?命上神主本人生平,如命上見貴而不克干,必貴人,見朱雀為文人。年上神主一年運氣,若年上神為鬼,一年不吉;年上神克用,有制化之功。
雨を候い風を測らんと要せば、則ち青竜と白虎を看よ。白虎は風を主り青竜は雨を主る。二者気有り旺相なれば則ち風有り雨有り。若し囚死の地に落ち或いは空亡に逢えば、風雨は必ず微弱。後面の占例を看れば知るべし、風雨空亡に遇えば只だ細微を作して断ずべく、全無を作して断ずべからず。天時は本として変化に在り、課上は一定に象を顕す。真に毫も変化無きに非ざれば顕さざるのみ。升官か退職かを看らんと要せば、則ち天吏と天城を観察すべし。寅は天吏・卯は天城。若し本命或いは行年の上に加わりて又た相生せば、必ず職位変動を主る。既に官吏有り又た城池有れば、官を做るに非ずして何ぞや。本命上神は一生の境遇を主る。命上に貴人を見て日干を克せざれば、此の人は必ず貴顕を得ん。「朱雀」を見れば則ち是れ読書の人。行年上神は一年の運気を主る。年上神若し鬼爻を成せば、此の一年は順ならず。年上神若し発用を克せば、反って制化の功有り。
動望行人觀二八卯酉之限。占東南行人以酉為中途,子上神為至期,若西北行人以卯為中途,午上神為至期。《尋原》法:按貴神順逆,看天上日干歸地盤日干,若從卯酉上過,則為度門,主人來,否則不來。若門上神剋日干,亦主不來,以其度門不成也。如辛酉日巳時卯將占東南行人,貴人乘午逆行,辛日干戌加子上,逆行歷亥而至戌,不從酉門上過,故必不來矣。
遠行の人の帰来を盼望するは、二月卯・八月酉の此の両道の門限を看るを要す。東南方向の行人を占うは、酉を以て中途と為し、子上神の臨む所の日を以て帰期と為す。西北方向の行人を占うは、卯を以て中途と為し、午上神の臨む所の日を以て帰期と為す。《尋原》の算法は、貴神の順行逆行の方向を按じ、天盤上の日干寄宮の地盤日干寄宮に回るの路径を看る。途中に若し卯或いは酉を経過すれば、則ち度門と叫び、人は回り来らんと主る。経過せざれば則ち回らず。若し門上の神が日干を克せば、同じく来らざるを主る。度門度成せざるを以てなり。例えば辛酉日巳時・月将は卯と為し、東南の行人を占うに、貴人は午を乘じて逆行し、辛日寄宮の戌は子上に加わり、逆行して亥を経て戌に回り、並びて酉門を経過せず。故に此の人は必ず回らざると断定す。
追逃亡盜捕四六玄武之陰。占捕盜賊看玄武之陰神上所得何神,便知其在何處,捕之必獲。失伴必詳勝光而可見。用在日前則向前追之必見,在日後則稍等立見矣。亡財則察玄武而可尋。失財以玄之陰神上見乃知所尋之必獲矣。此皆略舉其綱,要在智者臨時而審情。
逃亡と盗賊を追捕するは、玄武の陰神を看るを要す。盗を捕るを占う時、玄武の乘る所の神の陰神の上是れ何の神なるを看れば、則ち賊の何処に蔵るるを知る。此を照じて往きて捉えば必ず能く擒獲せん。同伴走失せれば、勝光午位を詳察すれば便ち尋見すべし。発用の神は日干の前に在れば、則ち前に向い追えば必ず遇上せん。日干の後に在れば、片刻稍待すれば自ずから出現せん。財物を丢失せれば、玄武を察看すれば則ち找回すべし。玄武の陰神の上に見る所の神を以て線索と為し、此を照じて往きて尋ぬれば必ず獲る所有らん。此らは不過略々綱要を挙ぐるのみ。関鍵は還た明智の人の事に臨みて具体の情形を詳審するに在り。
若夫旺氣求就官職,相氣經營利祿,囚氣囚繫呻吟,死氣死亡悲哭,休氣疾病淹延,詳在四時休旺。此又一法也,旺衰斷事成之遲速,判斷各有類神,似不應徒增紛亂。相加孟仲萬事新鮮,季上逢之互為故舊。孟仲之神發用主新事動,季神發用為舊事矣。歡欣在旺相之中,悲哀在死囚之處。旺相發用皆喜,休囚發用皆主憂。必須與日干較量,方可斷。如旺鬼克我,彼自貪榮,亦以吉斷;衰鬼克干,卻要深忌。但旺神與日上相刑不以吉論,試之屢驗。
至りて五気の分別は、旺気は官職を謀求するに宜しく、相気は財利を経営するに宜しく、囚気は牢獄呻吟を主り、死気は死亡悲泣を主り、休気は疾病纏綿を主る。詳細は四季の休囚旺相を按じて推すべし。此は只だ是れ別種の断法。旺衰は本として事情成敗の遅速を判断するに用い、各類の事情は又た各々自己の類神有り。徒らに添乱するに宜しからず。発用の神の四孟・四仲の上に加われば、万事は皆新たに頭を起こす。辰戌丑未の四季の上に落つれば、則ち皆是れ旧人旧事。孟神・仲神発用は新事発動を主り、季神発用は旧事重提を主る。歓欣は旺相の中に蔵れ、悲哀は死囚の処に出ず。旺相発用は多く喜を主り、休囚発用は多く憂を主る。但だ必ず日干と相互に較量して才だ定断し得べし。例えば旺盛の鬼爻の来りて我を克するや、其は自己正に栄顕を貪図し、反って以て吉を断ずべし。衰弱の鬼爻の来りて日干を克するは、倒れて深く忌憚すべし。另外旺神若し日上神と相刑せば、則ち吉を作して論ずる能わず。屢試屢準なり。
五行相加断例
凡見火加水上亡遺口舌非寧。乃巳午臨亥子也,火乃朱雀主口舌,水乃玄武主亡遺。火入金鄉淫泆奸邪未息。火則蛇雀,金乃白虎太陰淫泆奸邪,皆太陰為火所逼也。水加土位逢財,若在火宮遷職。水加土上受土之克則為財,水加火上受水之克則為官。
およそ火の水上に加わるを見れば、遺失と口舌寧まらざるを主る。此は是れ巳・午の亥・子に臨むなり。火は朱雀にして口舌を主り、水は玄武にして遺失走失を主る。火の金郷に入れば、則ち淫佚奸邪の事息まず。火は騰蛇・朱雀を指し、金は白虎・「太陰」を指す。淫佚奸邪の名目は多く太陰の火に逼せらるる所に因りて起こる。水の土位に加われば則ち財に遇い、水の火宮に加われば則ち職を遷すを主る。水の土の上に加われば土に克せらるるを受け、土は便ち其の財と成る。水の火の上に加われば、火は水に克せらるるを受け、反って官星と成る。故に昇遷を主る。
木逢水則流落他鄉。以木之少而見水之有水多木漂之象,故曰流落他鄉。水遇土則人財散失。水加土上,水為財而主散失者,亦水為玄武之位也。金居火上則病疾死亡。金加火上白虎入朱雀蛇之位,故主疾病死亡也。金肅殺斷絕之神,故主疾病與死亡。土臨木地則田宅詞訟。土加木乃勾陳受制之象,故主因田宅爭鬥而興詞訟也。以上自“凡見火加水上亡遺口舌非寧。”始乃竄入之金口訣內容,與六壬無涉。
木の水に遇上すれば他郷に流落するを主る。木少なくして水多し。正に水泛し木漂うの象。故に異地に漂流すると説く。水の土に遇上すれば人口財物両散するを主る。水の土の上に加われば、水は本として財と為るも却て散失を主る。亦た水は正に玄武の居る所の位を以てなり。金の火の上に圧すれば疾病死亡を主る。金の火上に加わるは、白虎の朱雀・騰蛇の地盤に進み入るに等し。故に病を主り亡を主る。金は本として粛殺断絶の神、故に疾病と死亡に応ず。土の木地に臨めば田宅詞訟を主る。土の木の上に加わるは、是れ勾陳の受制するの象。故に田産房屋を争闘して訟を興すを主る。注者按:以上「およそ火の水上に加わるを見れば遺れて口舌寧まらず」の一句より起こるは、皆是れ竄り入るの《金口訣》の内容、六壬本法と関係無し。
金加火位中傳有水無妨。若金加火上為發用而中末見水則有救矣。火入水鄉末傳得鎮星復喜。若火加水上為發用而中末有土則不凶矣。以上兩句從未有驗,不知何故。貴人順行凶將少降禍殃,天乙逆行吉將聊施恩惠。天乙貴人順則凡事順,逆則凡事逆。順貴雖凶將降禍必輕,逆貴雖吉將賜福不重。不若觀三傳之向背。
金の火位に加わるは、只だ中伝に水有れば則ち妨げ無し。金の火上に加わりて発用し、中伝・末伝に水の来りて相救うを見れば、凶険は便ち化解すべし。火の水郷に入るは、末伝鎮星土神を得れば則ち喜に転ず。火の水上に加わりて発用し、中末両伝に若し土有れば、亦た凶に至らざるなり。注者按:此の両句は我は従来未曾だ験したらず。何の縁故なるを知らず。貴人順行の時、凶将の降下する禍殃は較軽し。天乙逆行の時、吉将の施予する恩惠も亦た有限。天乙貴人順行すれば則ち諸事順遂し、逆行すれば則ち諸事拂逆す。順貴の下に於てはたとえ凶将の作祟するも、禍を降すは必ず軽し。逆貴の下に於てはたとえ吉将の権を当にするも、福を賜うは亦た厚からず。但だし此は還た直接三伝の我に向うか我に背くかを看るに如かず、更に切实なり。
逢災遇禍上下皆凶,招利求祥始終俱吉。三傳中全無吉將吉神者災禍並見,三傳中全吉者招財利可求吉祥。凶神災禍連綿,吉將相生歡欣不已。三傳中凶將更乘刑害災禍愈重,三傳中吉將更生者喜慶愈多。凶神和合逢災不至深危,吉將逢傷賜福終非全美。三傳中凶將見生合雖凶不甚,三傳中吉將夙傷雖吉不甚。
上下ともに凶なれば、連なりて災禍に遭い、始終皆吉なれば、乃ち利を招き祥を求むるを得。三伝の裡に毫も吉神吉将無き者は、災禍踵を接し、三伝全く吉なるは、財を招き利を得、亦た吉慶を求むるを得。凶神道に当たれば則ち災禍連綿とし、吉将相生すれば則ち歓欣断えず。三伝中の凶将若し更に刑・害を乗せば、災禍愈々深重し、三伝中の吉将若し更に相生を得ば、喜慶愈々増多す。凶神若し和合を得ば、災に遇うとも危殆に至らず、吉将若し損傷を受くれば、福を賜うも終に円満ならず。三伝中の凶将が生扶と六合とに見ゆれば、凶なりと雖も甚だしからず、三伝中の吉将が早く已に克傷せらるれば、吉なりと雖も顕れず。
日辰彼此と神将尊卑
日辰有彼此之殊,神將有尊卑之異。日為己,辰為人,貴神在上尊,月將在下卑。辰來剋日諸事難成,日往克辰所謀皆遂。支辰來克干乃我受制於人也,日干去克支辰乃人聽命於我也。實論亂首贅婿二課也。
日と辰とに我方と他方の別有り、神と将とに尊卑の分有り。日干は自己を代表し、日支は対方を代表す。貴神は上層に布くを尊と為し、月将は下層に布くを卑と為す。日支の来りて日干を克するは、諸事成り難し。日干の往きて日支を克するは、謀る所皆遂ぐ。日支の来りて日干を克するは、我が人に制せらるるなり。日干の往きて日支を克するは、人の我に聴命するなり。此の二句は実に前の乱首と贅婿との両課の理を説くなり。
男逢災厄須以日上推窮,女遇迍邅但向辰宮尋覓。日干又曰天干故看男子之災祥,支辰又曰地支故看女子之禍福。此分男女占之例也,占婚姻日夫辰妻;一班同學、同事,干男生,支女生;餘例此推。若占一人則以干為外,支為內,不拘男女也。
男子の災厄に遇うは、日上神より推究すべく、女子の困頓に遭逢するは、只だ辰宮に到りて尋ぬべし。日干は又た天干と曰い、故に男子の災祥を看る。日支は又た地支と曰い、故に女子の禍福を看る。是れ男女分占の通例。婚姻を占うに日干を以て夫と為し日支を以て妻と為し、一つの班の同窓・一処の同事を占えば、則ち干を男生と為し支を女生と為し、其の余は類推すべし。若し只だ一人を占えば、則ち干を以て外と為し支を以て内と為し、復た男女を分たず。
先凶後吉終成喜慶,始吉終凶終見悲哀。常理也。發用旺相乘吉將吉神,事暫可成;末遇凶神空亡,享用不久。如凶終吉反是。初刑末位災來果必無輕,末克初傳有禍須知亦小。先賢以時作先鋒,占萬事皆可以推。
先凶後吉は終に喜慶を成し、先吉後凶は終に悲哀を見る、是れ常理なり。発用旺相にして又た吉神吉将を乗せば、事は一時成るべし。但だし末伝に凶神或いは空亡に遇えば、成果は便ち久しく享くことなし。反って先凶後吉なれば、則ち壊より好に転ず。初伝の末伝に刑するは、災の来る必ず軽からず。末伝の反って初伝を克するは、縦い禍事有るも還って算するに小なり。先輩は占時を以て先鋒と為して看る。凡そ事を占うに皆な此に照らして推演すべし。
若乃披刑則侵欺詭詐,乘馬則搖動遷移。時作支刑子刑卯之類,乘馬主搖動也。沖支沖干彼己不遑寧處,同辰同日爾子蹇滯遲疑。時沖干己不寧,時沖支彼不寧,同辰彼蹇同日蹇。比肩之性情不定,須視陰神。
占時若し刑を帯びば、人の侵欺詭詐を受くるを主る。占時若し駅馬を乗せば、動揺遷移を主る。謂う所の帯刑は、占時と日支と相刑するなり、子刑卯の類の如し。乗馬は則ち揺動安からざるを主る。占時の日支を冲し或いは日干を冲するは、双方皆な安寧を得ず。占時の日支と相同じ或いは日干と相同じるは、彼此皆な蹇滞遅疑す。占時の日干を冲するは、自己寧からず。日支を冲するは、対方寧からず。支と相同じれば則ち対方阻まるるを受け、日と相同じれば則ち自己阻まるるを受く。此の類の比肩相同の情形は性情定まらず、還た須く陰神を再看して判定すべし。
時日相生迭為恩惠,生克其辰災祥居第。時生日下報上,日生時上惠下,時生支宅吉,時克支宅災。上數句乃參斷之言,事之吉凶還當詳考課傳。所以遇子遇午若往若來,值卯值酉為門為戶。子午天地之道路往來之象。不惟天地之道路,乃一切有形無形之道路。不惟陰陽之門戶,乃一切之門戶,如射覆,卯酉乃口竅也。
占時と日干と互相生助するは、則ち彼此恩恵を施与するなり。占時の日支に対する生克は、則ち家宅の災祥を決定す。占時の日干を生ずるは、下位の上位に報答するなり。日干の占時を生ずるは、上位の下位に施恵するなり。占時の日支を生ずるは、家宅吉利なり。占時の日支を克するは、家宅災有り。已上の数句は皆な参断の辞。事の吉凶は最終に還た須く四課三伝を細考すべし。故に子・午に遇えば則ち往来を論じ、卯・酉に逢えば便ち門戸と作す。子午は天地の道路、来来往往を象徴す。只だ天地の路のみならず、一切有形無形の道路皆な取象すべし。卯酉も亦た只だ陰陽の門戸のみならず、一切の門戸皆な其の中に在り。譬えば射覆の占、卯酉は則ち口竅を代表す。
大抵克多則事繁,克少則事簡。涉害比用主繁,元首重審事簡,克者動也。一克有一件事,二克有二件事,但以發用之事為主。鬼臨所畏當憂而不憂,財在鬼鄉聞喜而不喜。因財而變換禍矣。鬼受制無暇克我,財生鬼不惟耗盜且取之成禍,故憂喜均不成。
大体克多ければ則ち事は繁雑に、克少なければ則ち事は簡単なり。渉害課・比用課は頭緒の紛繁を主り、元首課・重審課は事体の単純を主る、克は則ち動なるを以てなり。一処の克有れば則ち一件の事有り、両処の克有れば則ち两件の事有り。但だし仍ほ発用の主る所の事を以て主と為す。鬼爻の自己の畏るる所の地に落つるは、本当憂うべきも憂うるを須いず。財爻の鬼郷に落つるは、聴くに喜ぶべしと雖も其の実喜ばず、財は禍に転化するを以てなり。鬼爻は自身制せられて、暇あって我を克する無し。財爻は反って往きて鬼を生ず、但だ耗散盗まるるのみならず、取りて手に到るも禍を生ぜんと欲す。故に憂いも喜びも、皆な実処に落つること無し。
神將互克占及夫妻,類來傷事因兄弟。鬼乃夫也,鬼動事起於夫,財乃妻也,財動事起妻。比肩爻動事起兄弟朋友也。財遇天空兮產業須傷,鬼臨旬尾兮官災不起。財爻乘空求妻財不得,官爻空有官非不妨也。亦不可執一,鬼既出現,早晚必有禍,此與其他空亡不同。
天神と天将と交互に克戦するは、占うは夫妻の事。同類の神の来りて相傷るは、事は多く兄弟に因りて起こる。鬼爻は丈夫を代表し、鬼爻の発動するは、事の由丈夫より生ずるなり。財爻は妻子を代表し、財爻の発動するは、事の由妻子より生ずるなり。比肩の爻の発動するは、事の由兄弟朋友より生ずるなり。財爻の天空に遇うは、産業必ず損傷を受く。鬼爻の旬尾空亡に臨むは、官災は便ち起こり来らず。財爻の空を乗ずるは、妻を求め財を求めて皆な得る可からず。官爻の空に落つるは、縦い官非有るも事を妨げず。但だし亦た一概に論ずべからず。鬼爻既に出現せば、早晚必ず禍端有り、此れ別の空亡の情形と同じからず。
吉神臨凶卦之中無咎爭之道,惡煞臨吉卦之內無歡欣之理。卦名亦象也,惟神將判斷為要,餘皆末節。煞雖惡,生我則其喜終至。將雖良,克我則憂難不已。如虎勾生我其力尤雄,龍合克我其凶亦至。總以日干向背為準。生克驗吉凶,天將斷由來。如虎生我則有大勢力之人相扶,龍克我則官上不喜,或受劍刃之傷也。《畢法》“幸中不幸”與“不幸中幸”即此義也。凶神無吉也,合干則訟休,吉神無凶也,剋日則禍起。與日合,朱雀之口舌亦休。更若識其通變,舉一隅而不復三矣。
吉神の凶課の中に落つるも、争闘を免るるの理無し。悪煞の吉課の内に落つるも、同じく歓欣を談ずるに足らず。課名は過ぎず一重の象なり、判断の関鍵は仍ほ神将に在り、其の余は皆な枝節なり。煞は凶悪なりと雖も、只だ要す我を生じ来らば、喜慶終に到来す。将は良善なりと雖も、一旦我を克すれば、憂患便ち休止無し。白虎・勾陳の我を生ずるが如きは、扶助の力尤も雄厚なり。青龍・六合の我を克するは、凶険照様降臨す。総じて日干に対し是れ向か是れ背なるを以て準と為す。生克は以て吉凶を験し、天将は以て事の来路を断ず。白虎の我を生ずるは、大勢力有る人の相扶くる有り。青龍の我を克するは、則ち上司悦ばず、或いは刀剣の傷を遭受す。『畢法賦』の謂う所の「幸中不幸」と「不幸中幸」とは、講ずる所正に此の理なり。凶神は未だ必ずしも全く吉処無きならず、日干と相合すれば、訟事は便ち止息す。吉神は未だ必ずしも全く凶処無きならず、一旦日を克すれば、禍端は便ち生起す。朱雀は本より口舌を主れども、只だ要す日干と相合すれば、口舌も亦た平息す。若し能く進んで象に随いて通変するを得ば、一隅を挙ぐれば便ち更に三隅を待つを須いず。
巻二・大六壬九天玄女指掌賦
九,天數;玄,天色;女,陰象。《黃帝陰符》亦如此解,言陰與之符也。故:九,天之數,以玄女名,包於陰而陰與符合意。賦敷其事而直言,言一見而始終無餘蘊也。六壬通萬變之機,大為國而小為家。日辰定動靜之位,日為人而辰為事。變即窮變,通久之變機,發動所由也。家國要從地盤分野處看。若單論家宅則惟在支上看可也。
「九」は天の数、「玄」は天の色、「女」は陰の象を取る。『黄帝陰符経』も亦た是の如く解釈し、陰と天道と相符すと曰う。故に九を天数と為し、玄女を以て名を立つるは、含義は陰に包挙して陰と相合するに在り。謂う所の賦は、則ち其の事を舗陳し其の理を直言し、一見して便ち首尾了然として、別に隠晦無し。六壬は万般変化の機枢を貫通し、大には国事に用い小には家事に用うべし。日と辰とは動静の位置を確定し、日は人を代表し辰は事を代表す。変は則ち変化を窮むるなり、通は則ち長久之変の機関、則ち事の発動する由来なり。国事家事は地盤の分野の上より看るべし。若し単に家宅を論ぜば、只だ日支上神を看るに足る。
大者干也,論我方與敵國之戰爭、外交,論我單位與外方之關係,皆以干為我。小者支也,論家宅只從支上論之,如太陽臨宅屋舍光輝,貴人臨宅家中富貴,白虎臨宅多病,太常臨宅乘酉多酒食、臨劫煞多嗜酒之人之類。
謂う所の大は、日干を指す。凡そ我方と敵国の戦争・外交を論じ、本单位と外部の往来を論ずるに、皆な日干を以て我方を代表す。謂う所の小は、日支を指す。家宅を論ずるは只だ日支上神より看る。例えば太陽の宅に臨めば、屋舎明るく光鮮なり。貴人の宅に臨めば、家中富貴なり。白虎の宅に臨めば、家人多病なり。太常の宅に臨みて又た酉を乗せば、家中酒食多し。若し更に劫煞に臨めば、家裡に酒を嗜む人有り。其の余は此に照らして類推すべし。
月將中時,局圖順節,日二課而辰二課,合成四象。生主和而克發用,義法三才。日上神為太陽,日陰為少陽;辰上神為太陰,辰陰為少陰。陰陽生合比和處吉凶之端倪不露,惟於相剋處一逗殺機而遂爾見形。蓋不殺不成其為生,而取克正所以觀五行相生之妙也。
月将を占時の上に加えば、天地盤は則ち節気に随いて排定す。日上に両課を取り辰上に両課を取りて、四課の象を合成す。相生するは和順を主り、相克するは乃ち取りて発用と為す。其の義は天・地・人の三才に取法す。日上神を太陽と叫び、日陰神を少陽と叫ぶ。辰上神を太陰と叫び、辰陰神を少陰と叫ぶ。陰陽の間相生・相合・比和の處は、吉凶の端倪並びに顕露せず。唯だ相克の處に於いて一たび殺機を透すに、事乃ち形跡を現出す。殺伐を経ざれば則ち生機を成す能わざるを以て、克を取るは正に五行相生の妙処を看清らかにするが為めなり。
克者事之端,克者事之變。上克為元首,理順成而百事咸宜。上天下地,天克地理勢皆順,故百事宜。下賊為重審,人事逆而謀為不利。地克天是下陵乎上,故主逆。二三克賊,知一總名。神將凶而禍不單行,神將吉而福祥雙至。如二三克賊,則看克處與本於有益無益而福禍之來可決矣。知一者必二三事也,故主禍福成雙。又主狐疑、近事。
克は事の開端、亦た事の転折なり。上神の下神を克するを立てて元首課と為すは、事理顺遂にして百事皆な宜し。上は天・下は地、天の地を克するは順勢、故に諸事相宜る。下神の上神を賊するを立てて重審課と為すは、人事悖逆にして謀劃不利。地の天を克するは以下犯上、故に逆を主る。若し両三処の克賊有れば、則ち総じて名づけて知一課と為す。神将凶なれば則ち禍は単行せず、神将吉なれば則ち福禄双至す。両三処の克賊に遇えば、則ち此の克處の本身に対し益有りや無益かを看て、禍福の走向は便ち決断すべし。知一は既に両三件の事に牽渉す、故に吉凶皆な双を成して来たり、又た猶疑不決・事は眼前に在るを主る。
用孟名曰見機,當因時以致宜;仲季號為察微,事未萌而預計。克賊重重比涉害,用辰主外災害己,用日主我禍延人。涉害取地盤孟仲季發用,涉四孟乃見機課,涉仲季為察微課是也。涉害比用復等,則剛用日比,柔用辰比。蓋人我以支干分,日上發用乃我先發端,辰上發用是人先發端也。
発用の四孟に取るを見機課と叫び、要す時機に順応し機を見て事を行う。発用の四仲四季に取るを察微課と叫び、事の未だ萌芽せざるは則ち預め籌劃すべし。克賊重重の時は先ず比用を論じ後に渉害を論ず。辰上より発用するは、災禍の自ら外より来りて己身に加わるを主る。日上より発用するは、我が辺の禍事の他人に牽連するを主る。渉害課は地盤の孟・仲・季の神を取りて発用す。四孟に渉るは則ち見機課、仲・季に渉るは則ち察微課。若し渉害と比用との深淺相等しければ、陽日は日上の神を取りて比用し、陰日は辰上の神を取りて比用す。人我は干支を以て劃分するを以て、日上発用は我の先に挑起し、辰上発用は対方の先に挑起するなり。
蒿矢遙剋日,二克主兩事而合為一事;彈射日遙克神,一克主一端而分作兩端。日止一日,克有二,是兩事合來作一事。一克互觀自見,二課若見金土二煞,為有鏃有丸,能傷人也。昴星如虎對立,視俯仰以定遠近之憂危。俯視憂近仰憂遠。殺氣至酉而盛,故將曰太陰,俯仰皆以酉位言,陰陽無克乃從至陰處討出消息來也。正君子履霜之漸多憂懼之時也。宜深思坤初六之義,以遠災避禍。
蒿矢課は天神の遥かに日干を克する、両処相克するは両件の事の最終に併せて一件と作るを主る。弾射課は日干の遥かに天神を克する、一処相克するは一件の事の却って両頭に分かるるを主る。日干は只だ一つ有るのみ、来りて克するは却って両処有り、故に両事は合して一事と成る。只だ一処の克有る時は、互相参看すれば便ち知る。四課中に若し金・土の両煞を見れば、則ち箭に鏃有り弾に丸有るに等しく、真能く人を傷る。昴星課は譬えば人と虎と相対して立つが如し、是れ俯視か是れ仰視かを看て、以て憂患の遠近を定む。俯視は近憂を主り、仰視は遠憂を主る。殺気は酉位に到りて最も盛んなり、故に此の一課は太陰を取りて将と為し、俯仰皆な酉位より説き起こす。陰陽の間克戦無ければ、只だ至陰の處より消息を探り出すのみ。此れ正に君子の霜を履みて氷を知り、多憂多懼の時。宜しく『坤』卦初六爻の用意を深思し、及び早く災を遠ざけ禍を避くべし。
別責如花待時,合日辰以定人事之巧拙。課名不倘,事屬有待時象可知矣。玩別責字言尊見端於此,而成就於彼之義也。如花待時者,事端尚未萌動。突如其來之事而別求方法也。陳公獻占吳太史占入閣,突有秦益之人不由詞館入閣,皆此象也。又如花待時者,言別責課以遲緩論也。又當詳其課傳神將,不可執一。
別責課は好もしく花蕾の時令を待つが如く、日と辰とを合看して以て人事の巧拙を判定すべし。課名は既に順当ならず、事は時機を待つに属す、象已に明白なり。「別責」の二字を体会するは、端倪は此の一頭に顕れ成就は却って彼の一頭に落つるを説くなり。謂う所の花の時を待つが如きは、事端は還た萌動せず、忽然一椿の事を冒出し、好もしく別に弁法を尋ぬる。陳公献が呉太史に替わりて入閣を占いしに、結果突然に秦益の地方の人の翰林詞館を経ずして入閣する有り、則ち此の種の象なり。再び言う、花の時を待つが如きは、亦た別責課は一律に遅緩を以て論ずるを説くなり。当然還た須く課伝の神将を細看すべく、一端に拘執すべからず。
八專士女懷春,一名不修幃箔。凡陰陽施化以別,而神令干支同位,陰陽不分,主客未辨,故取象若此。遇事亦主不知對手為誰,莫名其妙,橫生枝節,防不勝防。丁巳辛同丑未,井欄射主深災。井欄射亦主前途憂危。以馬星發用,主事變;而中傳支上,末傳干上,又動而回歸,亦與迴環同義,主事不越軌也。占逃人必自回也。
八專課は男女の懐春を主り、又た帷帳不修の課と叫ぶ。陰陽は本当に分別施化すべし、今干支同じく一宮に處り、陰陽分たれず主客辨え難し、故に此の様の象を取る。事に遇うも亦た対手は誰なるかを知らざるを主り、事は莫明其妙に、枝節を横生して防ぎ勝えず。丁巳・辛日の同じく丑未を見るは、立てて井欄射課と為し、深重の災を主る。井欄射も亦た前途の憂危を主る。駅馬を以て発用と為すは、事の変動を主る。而して中伝は支上神を取り末伝は干上神を取る、動きて而して原處に回る、回環課と同義、事の終に軌を越えざるを主る。逃亡の人を占うは、必ず自己回り来らん。
伏吟任信用刑而事多反覆。謂十二神名居沖位,無可依倚,主反覆不寧也。或上克則事起男子,或屬他人;若下賊則事由女人,或因自己。大凡克處是動機,上克動在客在陽,故為男子為他人,下賊反觀可知。上克下外人尋我,外人干預於我。下克上必有行動也。還看三傳之影響。三傳如君,四課如臣。《金口》云:上克下兮從外入,下克上兮向外遷。將克神為外戰,災自外來。神克將為內戰,禍由內起。將謂月將,神即貴神。將克神相戰於外,神克將相戰在內。災外來是因彼而有克也。禍內起以其克加於我也。內戰多見,外戰少驗。
伏吟の自任・自信の両課は刑を以て用と為し、事は多く反復有り。十二神は各々冲位に居り、依倚する所無し、故に反反復復・安寧を得ず。若し是れ上神の下神を克すれば、事は男子より起こり、或いは外人に属す。若し是れ下神の上神を賊すれば、事は女人より起こり、或いは自己に因る。大体克せらるる所の處は則ち動機の在る所。上克は客に属し陽に属す、故に男子・外人と断ず。下賊は則ち反って看れば便ち知る。上克下は、是れ外人の来りて我を找う、外人の我を干預す。下克上は、則ち必ず是れ我が辺の行動する所有り。此の外還た須く三伝の影響を看るべし。三伝は君の如く、四課は臣の如し。『金口訣』に曰く、上克下は則ち外面より進入し、下克上は則ち外面に向かいて遷出す。将の神を克するは外戦、災は外面より来たる。神の将を克するは内戦、禍は内部より起こる。将は月将を指し、神は貴神を指す。将の神を克するは、交戦は外に在り。神の将を克するは、交戦は内に在り。災の自ら外来るは、対方に因りて生克を生ずるなり。禍の内より起こるは、克の我が身に加わるに因るなり。実占中は内戦多く見ゆ、外戦は較少に応験す。
用在日前事情已過,用居日後事起將來。日辰發用應今時,辰日刑沖事成恍惚。年月旬日發用,事應年月節旬。如甲課在寅則卯為後而丑為前。蓋前為已往,後為未來故也。日謂今日,辰主於日,言日干發用事應在今時。凡日寄辰,辰仰於日,要合德祿比合相生乃為足貴。刑則人情不美,沖則反覆不寧,故多事恍惚也。年主一年,月主一月,節主半月,不作氣字看。如立春為節,雨水為氣,節字論氣,無謂月也。
発用の日干の前に在るは、事已に過去せり。発用の日干の後に在るは、事将に発生せんとす。日辰より発用するは、当下に応ず。辰と日と相刑相冲すれば、事は便ち办ゆるに恍惚不定なり。太歳・月建・旬首・日辰より発用するは、則ち分別に年・月・節・旬に応ず。例えば甲日の寄宮は寅に在れば、則ち卯は後と為り丑は前と為る。前は已往、後は未来。日は今日を指し、辰は又た日に依附す、故に日干の発用は眼下に応ず。日は既に辰上に寄すれば、辰は便ち日に仰頼す。要す徳有り・禄有り・比和相生して乃ち可貴と算す。相刑すれば則ち人情睦まじからず、相冲すれば則ち反復寧からず、事は自然に含糊なり。年は一年を主り、月は一月を主り、節は半月を主る。此の節の字は当に気の字と看るべからず。立春は節・雨水は気、此の處の論ずる所は節にして月に非ず。
此二句論克應之理,最為絕妙。方朔克應歌云:起歲年華問,逢蟾月裡尋,占旬旬裡應,值日日前辰,氣動蟾分體,候來旬折身,諸門從此起,萬類若通神。苗公云:七位克應訣,季神總用同,墓中見的實,吉凶取合沖,陰陽分墓絕,七位應須通。又云:看發用是何季之神,如見寅卯則應在辰月辰日辰時,如見巳午則應在未月未日未時,故言與日同也。此二句正是應期之正理。如發用在丑,日辰在子則次日應,日辰在亥則第三日應,日辰在戌則第四日應,日辰在酉則不以此論。用加丑上亦如前法。但應期之法變化多端,課體不同,應期之法卻當活論。
此の両句の講ずる所は克応の理、最も精妙なり。東方朔の『克応歌』に曰く、太歳に遇えば則ち年成を問い、月建に逢えば便ち月裡に尋ぬ、旬首を占えば旬内に応じ、日辰に値れば日前に応じ、気の動けば則ち月に按じて体を分かち、候至れば則ち旬中に折算す、各門の法度皆な此に由りて起こり、万類の応験は通神するが如し、と。苗公曰く、七位克応の口訣、季神と発用と同断し、入墓の中に於いて見ること真切に、吉凶は合と冲とを取りて定め、陰陽は墓と絶とを分出し、七位の応は須く貫通すべし、と。又た曰く、発用は何れの一季の神なるかを看よ、寅卯を見れば則ち辰月辰日辰時に応じ、巳午を見れば則ち未月未日未時に応ず、故に日と同じと曰う、と。此の両句は正に応期の正理なり。譬えば発用は丑に在り、日辰は子なれば則ち次日に応験し、日辰は亥なれば則ち第三日に応じ、日辰は戌なれば則ち第四日に応じ、日辰は酉なれば則ち此に照らして論ぜず。発用の丑上に加わるも、亦た前法に按じて推す。但だし応期の法は変化多端、課体同じからざれば、推法は則ち当に霊活なるべし。
吉神旺相事皆吉,凶神旺相事必凶。旺氣求官吉,爭財相氣親,死言喪禍起,囚動見官刑,休來憂病患,五氣仔細尋。此皆以剋日論也。吉凶二神,謂三傳日干年命兼歲月建正時來方支辰上神,非搜盡此十一處也,須要視何處生我克我,還是生我者多,克我者多。助我生者多或助我克者多,生我者得地,還是克我者得地,宜詳察。官鬼之衰災旺福又不可不察。又生我者多不一定吉論,克我者多不一定凶論,當依課體事類活潑之。此“我”字又不可全以日干言,占類不同、課體不同則象義不同。如丁日占官亥貴發用則亥為“我”,占行人則馬為“我”。此生克又涵德合鬼墓刑沖破害之義,不可想差。
吉神旺相なれば則ち事事皆吉、凶神旺相なれば則ち事事必ず凶。旺気は官を求むるに利しく、相気は財を争うに便り、死気は喪禍の生起を主り、囚気の動くは官を見て刑を受くるを主り、休気の来るは憂愁病患を主る。此の五気は須く仔細に推尋すべし。皆な日干を克するに就きて論ず。謂う所の吉神凶神は、三伝・日干・本命・行年を指し、加うるに太歳・月建・正時・来方と支上神とを以てす。並びに此の十一処を一々に捜遍くするに非ず、而して何れの処の我を生ずるか・何れの処の我を克するかを看、我を生ずる者多きか我を克する者多きかを看、我を生ずるを幇す者多きか我を克するを幇す者多きかを看、我を生ずるの得地か我を克するの得地かを看る。皆な仔細に審察すべし。官鬼衰えれば則ち災軽く、旺んなれば則ち福大なり、亦た察せざるべからず。再び言う、我を生ずる者多きは未だ必ずしも吉と断ぜず、我を克する者多きは未だ必ずしも凶と断ぜず、当に課体と事類とに依りて霊活に変通すべし。此の「我」の字も亦た一概に日干を指すこと能わず。占むの門類同じからず・課体同じからざれば、象義同じからず。例えば丁日に官を占い、亥上の貴人発用せば、亥は則ち我なり。行人を占えば、則ち駅馬は我なり。此の處の生克は還た徳・合・鬼・墓・刑・冲・破・害の種種の含義を包む、想い岔てるべからず。
九門定式と附卦加臨
已上九門定式,次觀附卦加臨,日臨辰而受克為亂首,主行悖逆之道。如庚午日申加午是日臨辰而辰克之。 未申酉戌 午 亥 戌申 子戌 巳 子 申午 戌庚 辰卯寅丑 辰臨日而受克為贅婿,不能自立其身。如庚寅日寅加申,是辰臨日而日克之。夫日寄於辰,今反克辰,是自家竟無安頓處矣。 亥子丑寅 戌 卯 寅申 申寅 酉 辰 申寅 寅庚 申未午巳
已上の九門は既定の格式、続いて附卦の加臨を看るべし。日干の日支の上に臨みて反って克せらるるは、則ち乱首課、行う所悖逆を主る。例えば庚午日、天盤申の地盤午上に加わるは、庚の寄宮は申に在り、申は午位に臨み、午火は申金を克す、正に日の辰に臨みて辰に克せらるるなり。附する所の第一幅の課盤、外圏は加臨の後の天盤、地盤巳位に未を見、午位に申を見、順次転じて地盤卯位に巳を見、辰位に午を見、正に申の午に加わるの格局。中の四組は四課、右より左に向かいて戌庚・子戌・申午・戌申、則ち干上神戌・戌上神子・支上神申・申上神戌。盤を看るは只だ須く天盤の各神の何れの宮に落つるか・四課如何に取るかを辨明すべく、必ずしも符号に照らして逐字に念ずるを須いず。反って、日支の日干の上に臨みて日干に克せらるるは、則ち贅婿課、人の自立能わざるを主る。例えば庚寅日、天盤寅の地盤申上に加わるは、正に辰の日に臨みて日に克せらる。日干は本より辰上に寄居す、今反って往きて辰を克すは、自家再び安頓の處無きに等し。第二幅の課盤の天盤は寅の申に加わり、地盤巳位に亥を見、申位に寅を見、四課は右より左に向かいて寅庚・申寅・申寅・寅申。
辰臨日而生日名自在,有恢宏之志。辰來生我可云安享。主他來就我,但須以三傳、空亡、衰旺定能否就我。如空亡,只有意而無形,如受克則有心無力。更有逢生不生不如無生之意。每因他人之助而受其累。亦多驗。
日支の日干の上に臨みて又た来りて日干を生ずるは、自在課と叫び、人の恢宏の志向有るを主る。日支の来りて我を生ずるは、安然と享受すと曰うべし。此れ対方の主動して来りて我に迁就するを主る。但だし還た須く三伝・空亡と衰旺とを以て彼の果たして我に就くを得るや否やを判断すべし。若し空亡に逢えば、則ち心意有るのみにして実形無し。若し克制を受くれば、則ち心有りて力無し。更に一種の生に逢うも生成らざるの情形有り、還って此の生扶無きに如かず、往々他人の相助を得て反って拖累せらるるを以て、此の一点も亦た屡屡応験す。
日臨辰而受生名俯就,有榮顯之機。我就他生一何榮顯。亦主在家不出。日臨辰而生辰名歷虛,主無措之語笑。我去生他,他為脫氣。辰臨日而受生名歸福,履來之崇。辰是我所履之境,加我之上而與我合體生辰,豈非福履之崇乎。
日干の日支の上に臨みて日支の生ずる所を受くるは、俯就課と叫び、栄顕の機会有るを主る。我の往きて彼に就きて彼の来りて我を生ずるは、何等の栄耀ぞ。此れも亦た人の家中に安處して門を出でざるを主る。日干の日支の上に臨みて反って往きて日支を生ずるは、暦虚課と叫び、空しく言笑有りて措く所無きを主る。我の往きて彼を生ずるは、自己反って脱気と成る。日支の日干の上に臨みて日干の生ずる所を受くるは、帰福課と叫び、福履崇隆を主る。辰は本より我が踏む所の地、今我が頭上に加わり、我と合成一体して又た我が生ずるを得、豈に福気高厚ならざらんや。
同類相加同諧和合。培植和合,言比肩之妙。比肩吉凶,尤當詳祿、刃之別及天將與日之關係。“忽然兄弟為鬼吏,要知還被兄弟累。”是也,祿乘鬼將不論。日辰交生名為脫骨,主彼我舒情多寶;日辰交克號曰無涉,主內外疑忌生猜。交生不認我而認人,故為脫骨,乃相信之誠也,交克反看。交生者,《畢法》云“人宅受脫俱招盜。”之人宅互脫格是也,主互相迷戀,各有損耗,吉凶詳三傳神將定之。交克者,解離卦是也。
同類の神相加るは、彼此諧和相合を主り、是れ和合を培植するの象、比肩の妙処を説くなり。比肩の吉凶は、尤も須く是れ禄神か是れ羊刃か、及び天将と日干との関係を分清すべし。謂う所の「忽然兄弟鬼吏と為り、要知還被兄弟累」は則ち此の意、若し禄神の乗ずるは凶将なれば、則ち此の例に在らず。日と辰と交互相生するを脱骨と叫び、彼此舒心・多く所得有るを主る。日と辰と交互相克するを無渉と叫び、内外猜疑忌惮を主る。交生は自己を顧みずして対方を顧みる、故に脱骨と称す、是れ彼此推誠相信なり。交克は則ち反って看る。交生は則ち『畢法賦』の謂う所の「人宅受脱倶招盗」の人宅互脱格、両下互相迷恋し各々耗損有るを主り、吉凶は還た須く三传神将を以て定むべし。交克は則ち解離の課なり。
課傳皆在年月日時名天心,憂不成憂而喜中加喜。三傳不離四課名迴環,吉不全吉而凶不全凶。天地大化不離是在天之心也,名迴環,意不宜占訟散事。三傳所以變化,四課不離殊少變動之意,故吉凶不全。“三傳所以變化”者,事之變化繫於三傳,迴環吉凶,還當詳神將。
四課三伝皆な太歳・月建・日辰と占時の上に落つるを、天心課と叫ぶ。憂愁は憂愁を化成せず、喜慶の上に更に喜慶を添う。三伝の四課の範囲を出でざるを回環課と叫び、吉は全吉なること能わず、凶も亦た全凶なること能わず。天地大化皆な此の数處を離れず、正に天の心意の在る所なり。回環の課は、訟事と散事とを占うに用うべからず。三伝は本より変化を顕示するに用う、今四課を出でざれば、則ち変動の意を少くし、故に吉凶皆な徹底せず。謂う所の三伝の変化を主るは、事の変化は三伝に繋るを説くなり。回環課の吉凶は、仍ほ須く天将を細看して判定すべし。
三上克為幼度厄,腐繩維臣室之象;三下克為長度厄,越海無舟楫之形。凡長幼課看發用才官父子何如,是財則傷財,餘可例推。又看餘一課,或是上克必主上下不安爭鬥。若生日干則凶可解,上下相生凶亦稍解。四上克為無祿,主孤單,得救神亦能免禍。四下賊為絕嗣,主貧苦,雖吉將到底成空。救神如三傳年命有一處生干即是,若四下賊則是我所遇皆仇敵,吉將其奈我何。亦以三傳為主。
四課中に三処の上克下有るは、幼者の度厄、譬えば朽縄を以て臣室を繋ぐが如く、随時断ゆべし。三処の下克上有るは、長者の度厄、譬えば海を過ぎんと欲して船桨無きが如し。凡そ長幼度厄の課に遇えば、先ず発用は是れ財か・是れ官か・還た是れ父母子孫かを看る。是れ財なれば則ち財を傷り、其の余は類推すべし。再び余る所の一課を看る、若しも亦た上克なれば、必ず上下安からず争闘休まざるを主る。若しそれ日干を生ぜば、凶険は便ち解くべく、上下相生すれば凶も稍や減ず。四課全て上克下は無禄課と為し、孤单を主る、若し救神を得ば仍ほ禍を免るる能し。四課全て下賊上は絶嗣課と為し、貧苦を主る、縦い吉将有るも到頭は一場の空なり。謂う所の救神は、只だ要す三伝・本命・行年中に一処の日干を生ずる有れば則ち是れなり。若し四課全て下賊なれば、我が遇う所皆な仇敵に等しく、吉将も亦たそれを奈何すること無し。判断は仍ほ三伝を以て主と為す。
日辰見辰戌又發用為斬關,陽逃亡而陰主伏匿。辰戌動神,中傳更遇寅字為天梁,主萬里飛騰,故陽日為逃亡。陰日為伏匿,總無蹤跡可尋也。凡傳遇寅卯未子乘貴陰合為天地獨通,出行吉。貴人臨卯酉分前後為勵德,庶人吝而君子亨通。視干支陰神,如立貴人前是小人恃勢當強。如陽神立貴人後是君子謙沖當進。此勵德之卦。蓋日陰辰陰為卑,不合妄居於前。日陽辰陽為尊,不合退居於後也。
日辰の上に辰・戌を見て又た取りて以て発用と為すは、則ち斬関課。陽日は逃亡を主り、陰日は藏匿を主る。辰・戌は本より動神、中伝再び寅の字に遇えば便ち天梁と成り、万里飛騰を主る、故に陽日は逃亡と断作す。陰日は則ち潜伏隠匿と断作し、総じて蹤跡尋ぬ難し。凡そ三伝に寅・卯・未・子に遇いて貴人・太陰・六合を乗せば、則ち天地独通と叫び、出行大吉なり。貴人の卯位或いは酉位に臨み、再びそれ干支陰神の前か後かを分かつは、則ち励徳課。百姓の占うは吝嗇にして行い難く、君子の占うは反って亨通す。干支の陰神を看る、若し貴人の前に立たば、是れ小人の勢を仮りて逞強す。若し陽神の貴人の後に立たば、是れ君子の謙退して当に進取すべし、則ち励徳の課なり。日陰・辰陰は卑に属し、妄りに人の前に居るべからずを以てなり。日陽・辰陽は尊に属し、退きて人の後に處るべからず。
天乙在卯酉立私門,名微服而名懷異志。天乙來臨主八門,日辰陰陽俱後,遇此即是為微服象,惟利陰私。貴後謂居貴人後,卯酉為日月之門,陰私之象,惟利安居不利有為。夫婦若年神交相剋,作蕪淫主琴瑟不調。夫婦年若相剋,日神更與日辰互克乃乖戾之象。
天乙貴人の卯・酉此の两道の私門に落つるを、微服と叫び、人の心に異志を懐くを主る。天乙の来臨は八門を主管す、若し日辰の陰神陽神皆な貴人の後に落ち、此の種の情形に遇えば則ち微服の象、只だ暗中に行事するに利し。謂う所の貴後は、則ち貴人の後に居るなり。卯酉は日月出入の門、陰私の象を取る、此の時只だ安居すべく、作為有るに利からず。夫妻両人の行年の神若し交相克傷すれば、則ち蕪淫課を構成し、夫妻不和・琴瑟失調を主る。夫婦の行年相克し、日上の神又た日辰と互克するは、正に乖戻の象なり。
用卯為龍戰,用酉為虎斗,主更改而憂疑不定。凡卯日發用,行年又在卯名龍戰卦,虎斗仿此。蓋卯日陽氣南出,陰氣北入;入酉日陽氣北入,陰氣南出,主刑殺。陽主德生,相戰於門,故名。主事疑惑,反覆不定。壬課判斷,最要詳陰陽升降沉浮。亥為陰極,子為陽生;巳為陽極,午為陰生;卯則陽氣之門,辰則鼓萬物而出;酉則陰氣之戶,戌則收萬物而入。詳審課傳,必得其情。尤當詳間傳聯茹釋義解之。
卯を取りて発用と為すを龍戦と叫び、酉を取りて発用と為すを虎闘と叫び、皆な変更改易・憂疑不定を主る。凡そ卯日にして卯発用・行年又た卯に在るは、則ち龍戦課。虎闘は此に依りて類推す。卯日は陽気自ら南より出で陰気自ら北より入り、酉日に到れば則ち陽気自ら北より入り陰気自ら南より出づ、刑殺の事を主る。陽は徳を主り生を主る、二者は門戸の上に於いて相戦う、故に此の名を取る。事を占うに多く疑惑し、反復不定なり。六壬課を断ずるに最も緊要なるは、詳しく陰陽の升降沈浮を辨ずるに在り。亥は陰の極、子は陽の始。巳は陽の極、午は陰の始。卯は陽気の門、辰は則ち万物を鼓動して出づ。酉は陰気の戸、戌は則ち万物を収斂して入る。課伝を細細と審め来らば、必ずその実情を得るを得、尤も当に間伝・聯茹等の格の義例を参照して解説すべし。
六合為泆女,天后為狡童,主厭翳而男女有淫。卯為六合私門也,酉為太陰私戶也。凡卯酉作傳,而前見天后、後見六合,為陰往求陽,非泆女而何?前見六合後見天后為陽往求陰,非狡童而何?三傳四孟名曰玄胎,非懷孕則有移舊更新之意。四孟五行生地故曰胎;玄,水色黑,言方胎於中,男女未分,不可見也,主事有根蒂,日漸長進之意;如人胎於母腹,鑄成五官之象,故說移舊。四孟主事遲,又主更新。金口云“四孟相生有草房”,草者亦有草創義,即新房也。又主事情不備。
六合の作用するは泆女と為り、天后の作用するは狡童と為り、皆な曖昧遮掩・男女淫佚の事有るを主る。卯は六合の主る所の私門、酉は太陰の主る所の私戸。凡そ卯・酉の三伝に入る、前に天后を見後に六合を見るは、是れ陰の陽を追求し去る、泆女ならずして何ぞ。前に六合を見後に天后を見るは、是れ陽の陰を追求し去る、狡童ならずして何ぞ。三伝全て四孟を玄胎課と叫ぶ、懐孕ならざれば、則ち棄旧更新の意を含む。四孟は五行の長生の地、故に胎と称す。玄は水の黒色、胎気方に内に結び男女未だ分明ならず、看るべからずを説く。事の根柢有り・一日一日長進するを主る、譬えば人の母腹の中に於いて胎を成し・漸々五官を生成するが如し、故に又た移旧と説く。四孟は事の遅緩を主り、亦た更新を主る。『金口訣』に「四孟相生有草房」と曰う、草も亦た草創の義有り、則ち新房なり。此の課は還た事の完備せざるを主る。
三傳四仲謂之三交,加日辰則主隱匿罪人之名。凡仲日四仲相加一交,有克發用二交,課傳又見陰合,三交卦也。子午卯酉所藏乃乙丁己辛癸五陰干,陰為刑,故太公立課將五陰干移於四季,正謂此也。蓋四仲當陰干之旺,如乙祿到卯,丁巳祿居午,則極氣盛矣。而五陽干生於四孟者,以四仲為沐浴敗地,是仲位刑旺而德衰也。若課傳年命全逢乎此,諸事不吉,故武侯云:德氣在內,刑氣在外,之此不可出兵。
三伝全て四仲を三交課と叫び、若し更に日辰に加臨すれば、則ち罪人を窩蔵するの名を主る。凡そ仲日にして四仲相加るは、是一交。克有りて発用するは、是二交。課伝中に又た太陰・六合を見れば、便ち三交課と成る。子午卯酉の蔵する所は乙・丁・己・辛・癸の五つの陰干、陰は刑を主る、故に姜太公の課を立つる時五陰干を四季位の上に移せり、説く所正に此の層の道理なり。四仲は正に陰干の旺地に当たる、乙禄は卯に在り、丁・己禄は午に在るが如き、陰気極めて盛んなり。而して五陽干の長生は四孟に在り、却って四仲を以て沐浴敗地と為す、仲位は刑気旺にして徳気衰なるを見るべし。若し課伝と本命・行年と全て此に落つれば、諸事不吉、故に諸葛武侯曰く、徳気は内に在り刑気は外に在り、此の局面に遇うは出兵すべからずと。
四仲亦名二煩,主殺傷而更遭刑訟。凡太陽加仲,斗繫丑未為天煩;太陰加仲,斗繫丑未為地煩。是天地大小吉之氣俱為天罡所傷,而太陽加仲是德為刑也。月宿加仲刑氣大旺,故主殺傷獄訟之象。如斗罡繫丑未名杜傳,德在內刑在外,凡占利靜不利動。此杜傳乃別立名法,與中末空亡或用起自刑不同。德者,陽氣也;刑者,陰氣也。杜者,堵也,關也。丑為二陽,未為二陰,長養之區,萬物食糧,罡繫之則長養之氣鬱不得出,刑殺無制而成災,故德在內而刑在外,出則不利,守則獲吉,故利靜不利動。
四仲は又た二煩と叫び、殺傷を主り、而も還た刑罰訟事に遭遇せんとす。凡そ太陽の仲位に加わり天罡の丑未に繋るを、天煩と叫ぶ。太陰の仲位に加わり天罡の丑未に繋るを、地煩と叫ぶ。是れ大吉丑と小吉未の天地の気皆な天罡に傷られ、而して太陽の仲に加わるは、徳の反って刑を被るに等し。月宿の仲位に加われば則ち刑気大いに旺なり、故に殺傷と牢獄訟事の象有り。斗柄天罡の丑未に繋るが如きは又名杜伝、徳気は内に在り刑気は外に在り、凡そ占うに静に利し動に利からず。此の杜伝は別に立つるの名目、中末伝空亡・或いは発用自刑と並び相同じからず。徳は則ち陽気、刑は則ち陰気。杜は則ち堵塞・関閉。丑は二陽を含み未は二陰を含み、皆な長養の区・万物の糧倉、天罡に一繋せられて、長養の気は鬱結して舒展を得ず、刑殺の気は制約する所無くして災と成る、故に徳は内に在りて刑は外に在り。出行は不利、守静すれば則ち吉、故に利静不利動と曰う。
四季名為遊子,乘天馬而將欲遠行。四土是游行之地,天馬是游行之象,故名。於課不止遠行,凡事主游移不定,蹤跡無憑。用天馬而中卯末午名為高蓋,主公卿爵位。正月午為天馬,卯天車,子華蓋,蓋利見大人之象。
三伝全て四季の神を游子課と叫び、若し更に天馬を乗せば、人の将に遠行せんとするを主る。辰戌丑未の四土は遊走の地、天馬は又た行走の象、故に此の名を取る。此の一課は只だ遠行を主るに止まらず、凡事皆な遊移不定・蹤跡凭なきを主る。天馬を以て発用と為して中伝卯・末伝午なれば、則ち高蓋課と叫び、公卿爵位を主る。正月の裡午は天馬・卯は天車・子は華蓋、皆な大人に進見するに利しき象なり。
卯發用而中戌末巳號斫輪,為印綬俱全。卯加庚辛木就金雕,中傳戌,又是辛之寄宮,末傳巳火煉辛金而金又斷卯木成器,且戌中辛金得巳火,又為鑄印,而戌又為印綬,所以說印綬俱全,爵祿崇高之象。亦主裝飾、木匠、巧工。事則遲。
卯発用して中伝戌・末伝巳なれば、則ち斫輪課と叫び、是れ印綬斉備の象。卯の庚辛の上に加わるは、是れ木の金に就きて雕琢す。中伝の戌は又た辛金の寄宮。末伝巳火は辛金を鍛煉し、金は又た卯木を斫断して器物と成る。加うるに戌中の蔵する辛金の巳火を得、正に鋳印の象、而して戌は本身又た印綬、故に印綬俱全と曰い、爵禄崇高を象徴す。此の一課は亦た装飾・木匠と精巧手芸とを主る、只だ事の来る遅緩なり。
戌卯為鑄印乘軒驛馬六合而升官爵。丙辛合為鑄印,卯戌合為乘軒,駟房星謂卯也,如卯發用升官之象。若逢真破,得罪於帝王之象;害氣加遠涉,有江湖之患。凡刑沖破害皆謂之破,於仕宦則為得罪,於賈人則為江湖之患,為盤車故也。
戌と卯と相合するは鋳印兼ねて乗軒、更に駅馬・六合の相助有れば、則ち升官進爵を主る。丙辛相合するは鋳印と為り、卯戌相合するは乗軒と為る。駟房の星は指す所則ち卯、若し卯より発用せば、便ち升官の象。若し真破に遇えば、則ち帝王に罪を獲るの象と成る。若し害気加臨して而も遠行すれば、則ち江湖漂泊の患有り。凡そ刑・冲・破・害は皆な統じて破と称す、官を做るの身に落つれば則ち獲罪、商人の身に落つれば則ち江湖の患、彼らの車を盤し販運する要あるを以てなり。
時逢太歲作貴人兼發用而乘月將,名時泰有賜爵升官之象。日時月建會青龍而用歲氣作初傳 ,名富貴主利見大人之徵。天乙發用,又日辰月建名青龍,歲支作天乙是為用歲氣,言一時而諸吉臻合也。四離前一日為天寇,利居家不利遠行。四絕前一日為天禍,事體絕而又復重興。分至前一日為四離,已非遠行吉象,那堪月宿極陰,玄武陰私重加故主遇盜賊。四立前一日為四絕,乃陰陽交接之日那堪立絕互交,是乘權卸肩而兩不得力,所以事休絕而復興。
占時の太歳に逢いて而も貴人に充当し、并且発用の月将を乗ずるを、時泰課と叫び、賜爵升官の象有り。日辰・占時と月建と青龍に会合し、再び太歳の気を取りて初伝と作るを、富貴課と叫び、大人に進見するに利しきを主る。天乙発用し、日辰月建又た青龍に逢い、太歳の支の天乙に充作するは、則ち謂う所の用歳気、説く所は一時の間に衆吉の聚合す。四離の前一日を天寇と叫び、居家に利し遠行に利からず。四絶の前一日を天禍と叫び、事の断絶の後又た重新に興起せんとす。二分二至の前一日を四離と為す、本より遠行の吉象に非ず、況んや月宿至陰・玄武陰私重重に叠加するをや、故に路に盗賊に遇うを主る。四立の前一日を四絶と為す、是れ陰陽交接の時、又た立と絶と互相交錯するに逢い、一つの正当権・一つの已に卸任に等しく、両辺皆な力を使うべからず、故に事の停歇の後還た再起する有り。
四時前孤後寡,或遇空苦楚無依,閉口旬尾,如乘玄發用病危不失。如寅卯日當春之時則巳為孤丑為寡,若無別吉象,則為孤寡課。閉口有二格,如玄武加天地盤,六甲合此成兩般;病逢閉口則不進飲食,訟逢閉口則枉屈難伸。
四時の前を孤と為し後を寡と為す、若し更に空亡に遇えば、則ち苦楚依る无し。閉口格は旬尾に出づ、若し玄武を乗せて発用せば、病人危重にして失物は失なわず。例えば寅・卯日は正に春令に当たる、巳は則ち孤神・丑は則ち寡宿、若し別の吉象無ければ、便ち孤寡課と成る。閉口は両種の格局有り、玄武の天盤或いは地盤の上に加わり、六甲各自配合して便ち此の両般を分かつ。病を占うに閉口に遇えば、飲食を進めざるを主り、訟を占うに閉口に遇えば、寃を含みて伸び難きを主る。
時剋日而用又助之名曰天網,有死喪之危。用死囚而斗加日本名曰天獄,主囚繫之災。時用剋日為天網,如春占甲干用土金死囚神而有辰復加日本亥,則木之根本受傷,更用不旺,囚繫可知。凡課得天網,捕賊必獲,兵戰必勝。
占時の日干を克し、発用又た来りてそれを幇すを、天網課と叫び、死喪の危有り。発用の死気囚気に落ち、而して斗柄天罡の日干の本位の上に加わるを、天獄課と叫び、牢獄囚繋の災を主る。占時と発用と一同に日干を克するは則ち天網、例えば春天に甲日を占い、発用は土・金一類の死囚の神、又た辰の甲木の根本亥の上に加わる有り、木の根本傷を受け、発用又た旺相ならず、囚繋せらるるは以て預知すべし。凡そ課中に天網を得ば、賊を捕らえて必ず能く擒獲し、兵を用いて作戦して必ず勝たん。
上下旺相為三光,始終迪吉。神將順布為三陽,作事皆成。用旺相一光,吉神臨用二光,日辰旺相當令三光;用旺相一陽,日在天乙前二陽,貴順布三陽,忌克破刑沖害。傳見六儀病將瘥而獄囚出,三奇發用疑惑解而喜氣生。旬首發用為六儀,子戌旬奇在丑,申午旬奇在子,辰寅旬中奇在亥,丑為玉堂,雞鳴於丑而日精備;子為明堂,鶴鳴於子而月精備;亥為絳宮,斗轉於亥而星精備。
上下皆な旺相を三光と叫び、頭より尾に至るまで皆な吉利。神将の順布するを三陽と叫び、事を做すに成功せざる無し。発用旺相は一光、吉神の発用に臨むは二光、日辰旺相当令は三光。発用旺相は一陽、日干の天乙の前に在るは二陽、貴人の順行布将は三陽、只だ克・破・刑・冲・害の来りて破壊するを忌む。三伝中に六儀を見れば、病人将に愈えんとし囚犯将に出でんとす。三奇発用すれば、疑惑解け喜気頓に生ず。旬首発用は則ち六儀。甲子・甲戌旬の奇は丑に在り、甲申・甲午旬の奇は子に在り、甲辰・甲寅旬の奇は亥に在り。丑は玉堂と為り、鶏は丑時に啼鳴して日の精気完備す。子は明堂と為り、鶴は子時に長鳴して月の精気完備す。亥は絳宮と為り、斗柄は亥に転向して星の精気完備す。
用起天魁為伏殃有殺傷之厄,傳虎死神為魄化有死喪之憂。用喪魄健者衰而病者死,傳起飛魂家有咎而人有災。天魁在酉逆四仲,非河魁也。死神正巳順十二,是虎乘死神加日主死,加辰主喪,有吉可解。喪魄正未逆四季,飛魂正亥逆十二。
発用の天魁より起こるを伏殃と叫び、殺傷の厄有り。三伝中に白虎の死神を乗ずるを魄化と叫び、死喪の憂有り。発用の喪魄に逢うは、健壮の人も亦た衰病し、本已患病の人は則ち死亡を免れず。三伝の飛魂を起こすは、家中咎有り人身災有り。此の處の謂う天魁は酉より起こり逆行四仲、並びに河魁戌に非ず。死神は正月より巳に起こり順行十二支。白虎の死神を乗じて日干の上に加わるは死亡を主り、日支の上に加わるは喪事を主る、若し吉神有れば仍ほ化解すべし。喪魄は正月より未に起こり逆行四季、飛魂は正月より亥に起こり逆行十二支。
卦曰始終視神將玩克戰以方知,課名新故用剛柔察死生以方見。始終要兼旺相休凶,細細推尋,然亦就三傳說,三傳原該本事始終,或始克終生,或始生終克,或始生終墓,或始墓終生,皆始終之義。視神將者,神將以生我為吉,不生則雖吉亦減力。凡陽干發用得陰為故,得陽為新;陰干發用得陽為故,得陰為新。陽生主事之方生而艾也,陰主死事之已去而不乘權也。死生即得令不得令義。始終者,論三傳也。《畢法》“有始無終難變易。”是也。有始無終者,始生終墓;難變易者,始墓終生。又云“苦去甘來樂里悲。”,亦符此意。始克終生則官化為印,始生終克則末官助初印,當詳印之虛實強弱定之。凡占新故,當詳發用休旺言之,未可以陰陽言。
課に始終有り、須く神将を看て克戦を玩味して乃ち知るを得。課は新旧に分かれ、須く剛柔を用いて其の死生を察して乃ち看清らかなり。謂う所の始終は、須く兼ねて旺相休囚を看、細細に推尋すべし。而して此れ主に三伝に就きて言う。三伝は本より一事の首尾を涵蓋し、或いは始め克して終に生じ、或いは始め生じて終に克し、或いは始め生じて終に墓に入り、或いは始め墓に在りて終に生を得、皆な始終の義に属す。謂う所の神将を看るは、神将は我を生ずるを以て吉と為し、我を生ぜざれば縦使是れ吉将なるも力を減ずと説くなり。凡そ陽日干の発用は陰神を得るを旧と為し陽神を得るを新と為し、陰日干の発用は陽神を得るを旧と為し陰神を得るを新と為す。陽は生を主り、事は方に興りて艾まらず。陰は死を主り、事は已に過ぎて再び権を当たらず。死生は則ち得令と不得令の意なり。始終の指す所は三伝、『畢法賦』に「有始無終難変易」と曰うは正に此の意。有始無終は始め生じて終に墓する、難変易は始め墓して終に生ずるなり。又た「苦去甘来楽裡悲」と曰うも、亦た此の意に合す。始め克して終に生ずるは、官星の化成して印綬と為るなり。始め生じて終に克するは、末伝の官の来りて初伝の印を助くるなり、当に印の虚実強弱を細辨して乃ち定むべし。占新旧に至りては、当に発用の休旺に就きて説くべく、宜しく単に陰陽を以て論ずべからず。
八迍立見憂危,將至五福必主福祿駢臻。八迍五福不是定然八件五件,八是陰數,一切惡神凶將克賊日兼帶刑害者,是陰慘至極,故名。五乃天之中數,極陽之象,如傳逢生旺貴人日德,即有凶亦解救矣。
八迍一たび現れれば、憂危直ちに頭に臨む。五福将に至らんとすれば、福禄必ず双を成して来たる。八迍・五福は並びに真に八件・五件有るに非ず。八は陰数、凡そ悪神凶将の日干を克賊して又た刑害を兼帯するは、陰惨極点に到る、故に八迍と叫ぶ。五は天の中数、極陽を象徴す、若し三伝の生旺に逢い、又た貴人と日徳と有れば、縦使凶険有るも能く解救す。
三伝順逆相加の諸格
若順相加之卦傳列巳申亥寅,春玄胎者生意已萌於中,夏勵陽者機關略見於外,秋占四牡驅馳不息,冬占全福行止亨通。凡三傳順加,以巳上加申起,四孟是五行長生之地,順加則水木金各就所生,是四生之神復各居長生之位也。如春令寅木乘權,勾萌甲坼,生意正蒙,乃生生之始也,曰胎。四孟至於夏則生氣日長日盛,曰勵陽者,謂陽氣盛中伏衰,君子當勉勵勿縱,猶退藏意。秋時生氣漸微,殺氣漸盛,且言申位何為傳送?天地之化至七月是生殺之轉關,是送往迎來之會也。蓋巳為海角,巳酉丑三合為寬大,坤為馬,即四牡,即傳送也。申加巳行寬大之地,正驅馳不息意。至於冬萬物歸根,四生各歸生處,是全福而無害,行止有不亨快乎?
若し是れ順相加の課なれば、三伝は巳・申・亥・寅と排す。春に占うを玄胎と叫び、生機已に内裏に萌動す。夏に占うを励陽と叫び、機括略々外に顕露す。秋に占うを四牡と叫び、奔走駆馳して停まらず。冬に占うを全福と叫び、行止皆な亨通す。凡そ三伝の順加は、皆な巳の申上に加わるより起算す。四孟は五行の長生の地、順加すれば則ち水・木・金各々自己の生ずる所の處に帰し、四つの長生の神又た各々長生の位に居るに等し。春天寅木の当令するが如き、草木は勾芽し甲を拆き、生意は正に朦朧、是れ生生の始め、故に胎と叫ぶ。夏天に到れば生気日に長盛し、励陽と称す、陽気極盛の中に已に衰意を伏せたるを説く、君子は当に自ら勉めて放縦せず、退蔵の意を含むべし。秋天は生気漸く微にして殺気漸く盛ん、何ぞ申位に偏えに伝送と叫ぶや。天地の造化は七月に到りて正に生と殺の転関、送旧迎新の交会なり。巳は海角と為り、巳酉丑の三合は寛大の義を取り、坤は馬と為る、則ち四牡・則ち伝送なり。申の巳上に加わるは、寛大の地に於いて行走し、正に駆馳息まざるの意。冬天に到れば万物根に帰し、四つの長生の神は各々本處に回る、是れ全福にして害無し、行止何ぞ亨通畅快ならざらんや。
此句之解,玄胎者,巳申亥也;勵陽者,申亥寅也;四牡者,亥寅巳也;全福者,寅巳申也;三傳皆加長生之位,是為生玄胎,生生水息,來日方長,陰陽二氣俱順,故主動主進主福主生。與貴順傳順同理。惟順其時,陰陽二氣漸升,宜進,故玄胎也,四牡也,以順進為義;升近於極,則戒盈避滿,宜退藏,故勵陽也,全福也,以退藏為福是也。但吉凶之判,又必與日辰較量方知。又巳申亥、亥寅巳三傳,惟遙克課有之,克賊之法無例。申亥寅初不克末,吉凶皆成;寅巳申末制初傳,凶不成而吉亦不就也。
此の一句は当に是の如く解すべし。玄胎は巳・申・亥、励陽は申・亥・寅、四牡は亥・寅・巳、全福は寅・巳・申。三伝皆な長生の位に加わる、故に生玄胎と曰い、生生已まず、来日は方に長し、陰陽二気皆な順なり、因て動を主り進を主り福を主り生を主る。貴人の順行・三伝の順布と同じ一つの道理なり。只だ要す時令に順応し、陰陽二気正に上昇せんとすれば、則ち進取に宜し、故に玄胎と四牡と皆な順進を以て義と為す。升りて極点に近づくに及びては、則ち当に満を戒め盈を避け、退蔵に宜し、故に励陽と全福と皆な退蔵を以て福と為す。但だし吉凶の判定は、終竟還た須く日辰と較量して乃ち知る。別に巳申亥・亥寅巳の此の両組の三伝は只だ遥克課のみ出現し、克賊取用の常法に按じて排し出すこと能わず。申亥寅の一組は、初伝は末伝を克せず、吉凶皆な成るを得。寅巳申の一組は、末伝は初伝を制住し、凶は固より成らざるも、吉も同じく落空す。
四仲相加子午卯酉,春占關隔若羝羊之觸藩,夏占觀瀾似游魚之吞餌,秋占四平,逢望弦晦朔名曰三光不仁,冬占匿陽,時遇日月辰戌號為四門俱閉。四仲乃四敗之地,以卯加子算,四仲相加在卯為陰不備,以日出於卯離太陰也,在酉為陽不備,以日入於酉離太陽也。在子一陽初復,陽氣不壯,在午一陰始生,陰氣不壯。玩課體名義,重陰互換知無一吉占矣。春曰觸藩言為陰所縛,進退不得自如。觀瀾意同,蓋午生於寅,敗於卯,前見辰是水庫,乃觀瀾而不敢進意。弦月漸進,望月已滿,晦月既盡,朔月初生,重陰相加,又逢弦望晦朔,更加四仲天官如六合太陰,陰總是陰翳之象,故曰三光不仁。日月卯酉也,四仲相加更卯酉上見辰戌總是陰陽閉寒意。又子乃一陽初生,今加於酉方,向閉塞之路,那見生機,故云匿陽。
四仲相加して子・午・卯・酉と排す。春に占うを関隔と為すは、公羊の角の籬笆に掛かりて進退するを得ざるが如し。夏に占うを観瀾と為すは、遊魚の口を張りて餌を呑むが如し。秋に占うを四平と為す、若し上弦・望・晦・朔に逢えば、則ち三光不仁と叫ぶ。冬に占うを匿陽と為す、若し又た日月卯酉の上に辰戌を見るに遇えば、則ち四門俱閉と叫ぶ。四仲は五行の四敗の地、卯の子に加わるより算を起こす。四仲相加るに、卯に在りては陰の完備せざるは、日の卯に出でて太陰を離るるを以てなり。酉に在りては陽の完備せざるは、日の酉に入りて太陽を離るるを以てなり。子に在りては一陽初めて復し、陽気壮ならず。午に在りては一陰始めて生じ、陰気壮ならず。此の課体の名義を玩味するに、重重の陰気互相交換し、一つも吉占無きを知るべし。春天を触藩と叫ぶは、陰気に束縛せられて進退皆な自ら如ならざるを説くなり。観瀾の意も相同じ、午は寅に長生し卯に敗れ、前面に又た辰此の水庫を見る、正に水に臨みて瀾を観て敢えて前進せず。上弦の月は漸々盈満し、望月は已に円く、晦月は将に尽きんとし、朔月は初めて生ず、重陰相加り、又た弦望晦朔に逢い、更に加うるに四仲の天官の六合・太陰の如きを以て、陰の上に陰を加え、全て是れ陰翳の象、故に三光不仁と曰う。日月は則ち卯酉、四仲相加りて卯酉の上に又た辰・戌を見るは、全て是れ陰陽閉塞の意。再び説く、子は一陽の初生、今酉方に加わり、走るは閉塞の路、何れの処にか生機を見んや、故に匿陽と叫ぶ。
四仲乃四極,故過而不及,不以吉論。此一義也。二者,此句乃以四仲之名,實解陰陽二氣之實。如“子乃一陽初生,今加於酉方,向閉塞之路,那見生機”,有深意哉。餘可類推。另,此論四句,各以卯、午、酉、子立極作解,亦是《指南》精微處。斷課之關鍵,實在五行原理中。
四仲は四方の極点、因て是れ太過ならざれば則ち不及、吉の論と作すべからず、是れ第一層の意。第二層、此の数句は表面上は四仲の名目を用うるも、実際に講ずる所は陰陽二気の実理、例えば「子乃ち一陽の初生、今酉方に加わり、閉塞の路に向かいて、那れにか生機を見ん」の如き、含意極めて深し、其の余は類推すべし。別に、此の四句は分別に卯・午・酉・子の各々一極を立てて解説す、亦た『六壬指南』の精微の處。課を断ずるの関鍵は、終竟五行の原理の中に落つるを見るべし。
四季相傳丑辰未戌,春稼穡而生長以時,夏遊子而漂流不定,秋地角據一隅而忘天下,冬五墓舍朝市而守丘墟。稼穡者,以辰加丑起算為順,土生萬物故在春為稼穡,且辰加於丑,土氣乍開,生生之思初動。又土盛於夏,乘巳午之生,有千里之勢,故曰遊子。至秋則土氣漸衰,生物之功滅去矣,曰據一隅而忘天下,便與夏之通達不同,四土皆庫獨以冬為墓者,休囚故也。
四季の神順次に相伝するは、丑・辰・未・戌と排す。春に占うを稼穡と叫び、生長は時に応ず。夏に占うを游子と叫び、漂流して定まらず。秋に占うを地角と叫び、一隅を守りて天下を忘る。冬に占うを五墓と叫び、朝市を舎てて独り丘墟を守る。謂う所の稼穡は、辰の丑上に加わるより起算して順と為す、土は万物を生養する能く、故に春天に於いて稼穡と叫ぶ。辰の丑に加わるは、土気剛に開啓し、生生の意初めて動く。土は又た夏天に盛ん、巳・午の生に乗じて、千里を奔行するの気勢有り、故に游子と叫ぶ。秋天に到れば土気漸く衰え、万物を生養するの功用消退す、故に一隅に拠守して天下を忘ると説く、夏天の四通八達と大いに相同じからず。四土は本より皆な庫、独り冬天は墓と称す、其の已に休囚なるを以てなり。
三傳純土,丘墓重疊,常占總以凶論。惟見二馬旬丁,及寅卯克動,方可消災避難,但總不見吉處。若逆相加勢情為悖,三傳亥申巳寅六合,一名六害。春亢毓有始動終怠之形,夏洪鈞秉中正權衡之象,秋含章而無中生有,冬待慶而暗事將明。
三伝純に土神なれば、丘墳墓庫重重畳畳、平常に占えば総じて凶を以て断ず。只だ天馬・駅馬の二馬と旬丁とを見、或いは寅・卯の来りて土気を克動するを見て、乃ち災を消し難を避くるを得、但だし終竟吉処を看出すこと無し。若し是れ逆相加なれば、勢と情と皆な相背く。三伝は亥・申・巳・寅と排し、六合の名を取り、又た六害と叫ぶ。春に占うを亢毓と為すは、頭は奮発し末は懈怠するの形有り。夏に占うを洪鈞と為すは、中正の権衡を執掌するの象有り。秋に占うを含章と為すは、能く無中に有を生ず。冬に占うを待慶と為すは、暗中の事将に明朗ならんとす。
逆相加謂以亥上加申起算,六合六害在加處見。寅盛於春已毓矣。又值亥生則毓之太過,故曰亢毓,且亥加於寅為休氣用事,故云始勤終怠。寅加於巳,木火通明,是為洪鈞,巳加於申,正火旺於夏,亨嘉之會,謂之中正權衡,固宜申金制約為義。巳加申是金生於巳,含章之意,故曰無中生有。申加於亥,天乙生水,得申金之光相湧相生,是為將明,從此而春、而夏、而秋,生長萬物之慶皆為有待。此論病玄胎也。亢毓亥申巳也,洪鈞寅亥申也,含章巳寅亥也,待慶申巳寅也。三傳亥申巳、寅亥申、申巳寅,惟遙克有之,賊課無例。寅亥申、巳寅亥若發用吉神吉將,喜事可成;然末傳制之,難以長久。
謂う所の逆相加は、亥の申上に加わるより起算す、六合と六害と皆な加臨の處に於いて看出す。寅は春天に最も盛ん、本已に生養余り有り、再び亥水の来りて生ずるに遇えば、則ち養うこと太過す、故に亢毓と叫ぶ。而して亥の寅上に加わるは休気の用事、故に頭は勤勉し後に懈怠すと説く。寅の巳上に加わるは、木火通明、則ち洪鈞なり。巳の申上に加わるは、正に火の夏に旺なるに当たり、是れ亨通嘉美の会合、中正権衡と称す、本当に申金を以て制約を義と為すべし。巳の申に加わるは、是れ金の巳に長生する、含章の意、故に無中に有を生ずと説く。申の亥上に加わるは、天一水を生じ、又た申金の光を得て互相に涌生す、則ち将に明ならんとす。此より春を経夏を経秋を経て、万物を生長するの喜慶は皆な還た将来に待つ有り。此の一段の講ずる所は病玄胎。亢毓は亥申巳、洪鈞は寅亥申、含章は巳寅亥、待慶は申巳寅。其の中亥申巳・寅亥申・申巳寅の三組は只だ遥克課のみ出現し、賊克取用の常法は排し出すこと能わず。寅亥申・巳寅亥の両組は、若し発用は是れ吉神吉将なれば、喜事は成るべきも、但だし末伝反って来りてそれを制す、終竟長久し難し。
四仲逆傳子酉午卯,春占井陷如鳥投籠,夏占正煩若牛受刃,秋失友既散離而復合,冬出漸名陰極而陽生。四仲以酉加子起算,則皆相逆,為五行死地,如金庫於丑,則酉死於子,餘可類推,投籠正表其象。正煩或作二煩,以日宿月宿加四仲分,曰受刃則生氣盡矣,金土殺酉加於子為洩殺氣,氣既衰故為失友。酉未為離隔之神,加於一陽初生之地,為陰靜而陽復,故居離而復合之象。
四仲逆伝して子・酉・午・卯と排す。春に占うを井陥と叫び、鳥の籠中に投げ入るが如し。夏に占うを正煩と叫び、牛の刀刃に遭うが如し。秋に占うを失友と叫び、散離の後又た復た聚合す。冬に占うを出漸と為す、是れ陰極まりて陽生ず。四仲は酉の子上に加わるより起算し、一律に相逆し、五行の死地に落つる、譬えば金庫は丑に在り、酉は則ち子に於いて死す、其の余は類推すべし、籠に投ずるは正に此の象なり。正煩は或いは二煩と作る、日宿・月宿の四仲に加臨するに按じて分かつ。刃を受くと説くは、生気已に尽くるなり。金土の殺気は酉に到り、酉の子上に加われば則ち殺気を泄し、気は既に衰敗す、故に失友と叫ぶ。酉・未は本より離隔の神、一陽初生の地に加わるは、是れ陰静にして陽復す、故に離散の後重ねて合聚するの象有り。
逆傳四季丑戌未辰,春占越庫,散財不以其道;夏曰轉魁,委任不得其人;秋殺墓勢將興而將起,冬伏陰機漸收而漸藏。四季以辰加未起算,春季辰土受未中乙木之克,是發越庫財已散矣,曰不以其道者,順則合,道逆則不以其道也。戌為天魁,中藏辛金,夏季未土木庫加戌,而為戌中辛金所克,又戌為火庫洩木之氣,是未轉魁上為委託非人也。戌火庫丑金庫,火加金則殺金,陰象原伏而不動,遇火煉之,有發越之勢。丑金庫,辰水庫,丑加辰則金水相涵象重陰,又子見母,故曰收藏。
四季逆伝して丑・戌・未・辰と排す。春に占うを越庫と叫び、財を散じて正道に合せず。夏に占うを転魁と叫び、委任するも托する所は其人に非ず。秋に占うを殺墓と叫び、勢い将に興り起こらんとす。冬に占うを伏陰と叫び、機運漸く収め漸く蔵す。四季は辰の未上に加わるより起算す。春季の辰土は未中の蔵する乙木に克せられ、庫中の銭財已に発散し出でたるに等し。正道に合せずと説くは、順行すれば則ち相合し、逆行すれば則ち正道に循わざるを以てなり。戌は天魁、中に辛金を蔵す。夏季の未土は木庫、戌上に加わりて戌中の辛金に克せられ、戌は又た火庫・木の気を泄さんと欲す、故に未の魁位に転ずれば則ち托付する人に非ずと成る。戌は火庫・丑は金庫、火の金上に加われば則ち金を殺す、金は本より伏して動かざるの陰象、一たび火の来りて鍛煉するに遇えば、則ち発越の勢有り。丑は金庫・辰は水庫、丑の辰上に加われば則ち金水相涵し、是れ重陰の象、又た是れ子の其の母を見る、故に収蔵と叫ぶ。
巻二・三合順逆局義
若順相合理勢自然,申子辰為潤下以和順為義,寅午戌為炎上以發達為名,亥卯未為曲直舉直錯枉,巳酉丑為從革革故鼎新,三傳稼穡田土稽留。 子為水,申為生地,辰水庫,自申而子而辰理勢自然,有不和順者乎?甲乙日為生氣。炎上順其次序,自然烈焰彌天,與和順同解。更得驛馬為倚權,利奏對也。凡木之生死曲與直,舉直錯枉,正去徇向直意。金有革故之義,言革故自有鼎新之勢。凡占得四土,雖當作稼穡,須玩順逆玩四時,上文備矣。
「三伝」若し「三合局」の次序に按じて順行排列せば、事の発展は則ち情理に合い水到渠成す。申子辰は水局を合成し、五行は「潤下」に属し、水性の柔順にして下行するの義を取り、凡事は和順謙退を以て吉と為す。寅午戌は火局を合成し、「炎上」に属し、火焔の騰上するの勢を取り、声名発達を主る。亥卯未は木局を合成し、「曲直」に属し、木の幹の挺直するの象を取り、正直を挙用して邪枉を斥退するを主る。巳酉丑は金局を合成し、「従革」に属し、金は熔鋳して形を改むべきの義を取り、旧弊を革除し新局を開創するを主る。若し三伝皆な辰戌丑未の四土に落つれば、則ち「稼穡」に属し、事の田土の如く遅滞留連して、久しく了結する能わざるを主る。張洪の注解に曰く、子は水に属し、申は水の長生の地、辰は水の墓庫、申より子に従い再び辰に至るは、正に生より旺より蔵への自然の次第、何れにか和順ならざるの道理有らんや。甲乙木日に逢うて占えば、水局は又た能く木を生じ、更に一片の生気なり。火局の順行も亦た長生・帝旺・墓庫の次序に依りて来たり、自然烈焰弥天、義を取るは水局の和順と相同じ。若し更に「駅馬」を帯びば、便ち権勢倚るべき有り、最も面君奏対に利し。木は曲有り直有り、本より其の生長枯死の常態、謂う所の「挙直錯枉」は、正に曲徇を舎てて正直に帰向するの意。金は革故の能有り、旧物を革除すと説けば、自然に新局を鼎立するの勢有り。凡そ三伝純に四土なるを占得すれば、雖も当に稼穡に按じて断ずべしと雖も、還た須く其の順行逆行を再看し、四時の旺衰を参合すべし、此ら前文已に講じて完備せり。
子辰申為出奇自新改過,午戌寅為間魁舍室從庭,卯未亥為合從彼我咎懷其忿,酉丑巳為獻刃遠近俱被其傷,辰申子為呈斗玩觀於天象,戌寅午為丁墓會消息於方與,丑酉巳為藏金因事而韜,未亥卯為從吉待時而動。
同じく三合局にして、起首の字同じからざれば、取象と断語と亦た之に随いて改変す。三伝の子辰申と作るを「出奇」と叫び、翻然として自ら新にし過を改め善に遷るを主る。午戌寅と作るを「間魁」と叫び、「魁」は戌を指し、中間に戌墓を隔て、内室を舎てて外庭に走向するを主る。卯未亥と作るを「合従」と叫び、彼我は合すと雖も、心裏に却って各々怨忿を存す。酉丑巳と作るを「献刃」と叫び、鋒刃已に鞘を出で、遠近の人皆な傷を受けんとす。辰申子と作るを「呈斗」と叫び、天象を仰観し時勢を揣摩するに宜し。戌寅午と作るを「丁墓」と叫び、「丁」は是れ動神、墓庫と相会して、只だ四方の消息往来の中に於いて打探するのみ。丑酉巳と作るを「蔵金」と叫び、鋒芒は事に因りて収斂す。未亥卯と作るを「従吉」と叫び、吉は其の中に在ると雖も、却って時機を待つて乃ち発動すべし。
若逆三合事主乖違,辰子申為特順貴勿躐等,戌午寅為就燥行合中庸,未卯亥為正陽遵發生之意,丑酉巳為法罡防肅殺之威,四土逆行尚宜守正。 水局逆行言勿躐等者,欲其以順正也。火不順則燥,故正以中庸。玩遵之一字,言當依本生生之理而無毗乎陽也。罡殺氣,金逆而殺氣愈盛,故肅殺宜防。土能生金,若逆生恐猶未出於正,故特用戒之。
三伝若し三合局の逆序に按じて排列せば、事は多く乖張違逆す。辰子申の逆行を「特順」と叫び、名は順と曰うと雖も、却って循序漸進を貴び越級躐等すべからず。戌午寅を「就燥」と叫び、火気偏えに燥き、行事は必ず中庸に合して乃ち過激に致らざるべし。未卯亥を「正陽」と叫び、須く草木発生の本性に遵循し、生機に順て走るべし。丑酉巳を「法罡」と叫び、「罡」は是れ肅殺の気、須く金気の人を傷るを隄防すべし。三伝純に四土にして逆行するは、亦た只だ正を守り自ら持するに宜し。張洪の注に曰く、水局の逆行の躐等すべからずを強調する所以は、占者の循序を以て正と為すを希うなり。火性は一旦順ならざれば則ち燥烈に転ず、故に中庸の道を以て矯正するを要す。「遵」の此の一字を玩味するは、当に木性の生生不己の道理に依りて走るべく、亢陽の一辺に偏向すべからずを説くなり。「罡」は本より殺気、金局の逆行すれば則ち殺気更に盛ん、故に肅殺の威は防がざるべからず。土は能く金を生ず、若し是れ相生に逆えば、恐らくは未だ正路に走上せず、因此特に正を守るを以て告誡す。
子申辰為仰玄守凝寒之困,午寅戌為正義顯朱夏之形,卯亥未為先春未萌先動非時過,酉巳丑為操會已過受時豈失宜,申辰子為間十聚秀氣於懷中,寅戌午為華明彰精光於天表,亥未卯為轉輪,因顛蹶而自反,巳丑酉為反射,懷殺伐以酬恩。
逆行の三合局再び起首の字を換えれば、取象又た各々相同じからず。子申辰を「仰玄」と叫び、一味北方玄冥の水気を仰望して、只だ凝寒の中に困守するのみ。午寅戌を「正義」と叫び、火徳端正、盛夏光明の気象を顕出す。卯亥未を「先春」と叫び、春意未だ萌発せざるに先んじて動く、時機未だ到らざるに妄進するに属す。酉巳丑を「操会」と叫び、節候已に過ぎて乃ち操持し往き、反って未だ必ずしも宜しきを失せず。申辰子を「間十」と叫び、秀気は胸中に聚りて外に露れず。寅戌午を「華明」と叫び、精光煥発して外に顕揚す。亥未卯を「転輪」と叫び、跌倒顛僕に因りて頭を回らして自省す。巳丑酉を「反射」と叫び、胸中は雖も殺伐の気を懐くも、却って是れ恩義に報答するを用いるなり。
天罡加四仲為關隔,人事昭遲;登明脫日辰為萃如,事情和美。 卯酉日月門也,子午為日月之門,辰戌為網羅之煞,辰加四仲為門被阻隔,人事何由通快?子午為關,卯酉為隔,既為日出而作,日沒而息之門戶,子午既為陰死陽生陽死陰生之地,則人事一動一靜,能離此門戶乎?今被網羅煞阻隔,人事豈得亨快?亥為乾位,加日辰是統天之德聚於日辰也,天德昭臨人情自然和美矣。
「天罡」は則ち辰、辰若し子午卯酉の此の四つの仲位の上に加臨せば、便ち「関隔」の象と成り、人事此に因りて遅滞し通じ難し。「登明」は則ち亥、亥若し日干・日支の上に脱臨せば、便ち「萃如」の象と成り、事は反って和順美満す。張洪の注に曰く、卯と酉は日月出入の門、子と午も亦た日月往来の戸、而して辰と戌は則ち「網羅煞」。辰の四仲に加臨するは、門戸の網羅に挡住せらるるに等しく、人事何ぞ通暢快意すること能わんや。子午を「関」と称し、卯酉を「隔」と称す、本より日出でて作し日落ちて息う所の必経の門戸。子午は又た陰気終結して陽気初生・陽気終結して陰気初生の交界、人事の一動一静、何れにか此の两道の門戸を離るるを得んや。今網羅の煞に阻断せられて、人事自然に亨通を得ず。亥は乾位に属し、乾は天と為す、亥の日干日支の上に加わるは、則ち上天を統摂するの徳気皆な日辰の上に聚到し、天徳昭然として照臨し、人情当然和洽美好なり。
用為發端之門,中為移易之府,末為歸計之宮。 太公立三傳極重在發端,歸結在末傳。 孟為神之在室,仲為神之在門,季乃在外之應。 孟仲季乃泛論,其理不在傳之例。孟為生地,仲為旺地,季為結果之地,此正由微至著,由小而大意。
三伝の中、初伝は事の頭を起こすの門戸、中伝は中途転折変化の所在、末伝は最後に帰結落定するの宮位。張洪の注に曰く、相伝えるに六壬の法は太公に出づ、太公の三伝を排定するや、最も初伝の発端を看重し、而して結局を末伝の上に帰す。又た曰く、寅申巳亥の四孟は、譬えば神明の還た屋裡に在るが如し。子午卯酉の四仲は、譬えば神明の已に門口に走り到るが如し。辰戌丑未の四季は、則ち応験の門外に顕現す。孟・仲・季は只だ十二支に就きて泛論するのみ、其の道理は並びに三伝の体例に専属せず。四孟は五行の長生の地、四仲は帝旺の地、四季は結果収蔵の地、正に隠微より顕著に由り・細小より盛大に由るの次第なり。
占行人罡加孟未動,加仲半路,加季立至,因孟新仲壯季老,孟為始,仲為中,季為末,故耳。 初生中,中生末,名遺失而事久陵夷;末生中,中生用,名榮盛而多人推薦。初克中,中克末,為迭噬而受眾輩之欺,末克中,中克用,為僣亡而致外人之侮。
門外に出で在る人の何時か回り来るを占問するは、「天罡」辰の加わる所の位を看る。辰の寅申巳亥四孟に加われば、行人は還た身を動かさず。子午卯酉四仲に加われば、人已に半路に在り。辰戌丑未四季に加われば、則ち直ちに到らん。此れ四孟は気新に・四仲は気壮に・四季は気老に、孟は起始を主り・仲は中途を主り・季は終末を主るの故なり。再び三伝の生克の方向を論ず。初伝の中伝を生じ中伝の末伝を生ずるは、名づけて「遺失」と曰い、我が気は一路外に泄れ、事は長久に衰落せんとす。反って末伝の中伝を生じ中伝の初伝を生ずるは、名づけて「栄盛」と曰い、気は一路我に向かいて聚攏し、多く他人の挙薦提携を得。初伝の中伝を克し中伝の末伝を克するは、名づけて「迭噬」と曰い、層層相吞み、衆人の欺凌を受くるを主る。末伝の中伝を克し中伝の初伝を克するは、名づけて「僣亡」と曰い、外人の欺侮を招来するを主る。
畢法云:三傳遞生人舉薦,重下生上不重上生下,大凡發用之氣要無所分折,一心聚於干上方好。若初生中末則益我之氣薄矣,所以事久陵夷。惟末生上傳,專益於我,故榮盛耳。又上克下為迭噬,下賊上為偕亡,從輩侵欺。
張洪の注は『畢法賦』を引きて曰く、三伝の依次相生は人の挙薦有るを主る、但だし此の處の看重する所は下位の上位を生ずるに在り、而して上位の下位を生ずるに非ず。大凡発用の気は、最も中途に分散折損せざるを好み、能く一心一意に日干の身上に聚るを得て乃ち好しと算す。若し是れ初伝の中伝を生じ中伝の末伝を生ずれば、気は一路外に向かいて走り、我を補益する能くするは単薄なり、故に事は長久に衰落す。只だ末伝の頭を回らして来りて上の一位を生ずる、気は専ら我に帰益し、乃ち栄盛と称うに足る。別に、上位の下位を克するを「迭噬」と叫び、下位の上位を賊害するを「偕亡」と叫び、皆な同輩の人の侵奪欺凌せらるるを主る。
三傳生日百事宜,日生三傳財源耗。日克三傳求財可羨,三傳剋日眾鬼難堪。初傳克末事成空,末克初傳事可成。傳見妻財利益多,傳見父母饒生意,傳見兄弟口舌生,傳見子孫福祿滿,傳見官鬼有兩途,病訟畏兮官位顯。子傳父兮逆且疑,母傳子兮順且便。三傳凶謀事不成而終不喜,三傳吉兮干支凶,事吉而成無少憚。支若傳干人求我,干若傳支我求人。
三伝皆な来りて日干を生ずれば、百事皆な宜し。日干反って往きて三伝を生ずれば、財源は便ち耗散せんとす。日干の三伝を克するは、是れ我が克する者は財と為り、財を求むるは大有りて観るべし。三伝皆な来りて日干を克すれば、便ち群鬼の交攻、実に承当し難し。初伝の末伝を克するは、事は終に帰して落空す。末伝の初伝を克するは、事は反って成るべし。三伝の中に「妻財」を見れば、利を得る必ず多し。「父母」を見れば、生計は寛裕なり。「兄弟」を見れば、口舌争競之に随いて起こる。「子孫」を見れば、福禄円満なり。「官鬼」を見れば則ち吉凶両途有り、疾病・官訟を占うに畏るべし、功名を占うに却って官位の顕達を主る。子爻の反伝して父爻に至るは、是れ逆行、事は多く疑難なり。母爻の順伝して子爻に至るは、是れ順行、事は便ち当に順遂すべし。三伝皆な凶なれば、事を謀る既に成らず、結局も亦た人を喜ばしめず。三伝は吉なりと雖も而して日干日支凶を帯びば、事は仍ほ能く吉にして成る有り、過ぐるに顧忌するを須いず。日支の伝わりて日干に向かうは、是れ別人の来りて我を求む。日干の伝わりて日支に向かうは、是れ我の往きて人を求む。
巻二・連茹間伝十二課
課連茹傳逆速而順則遲,越三間向陽明而向陰暗,故順三間之課,亥丑卯為溟濛而事多闇昧,子寅辰向三陽而漸望光明,丑卯巳為出戶春雷震蟄,寅辰午出三陽金鯉波中,卯巳未迎陽者鳴高岡之鸞鳳,辰午申登三天得雲雨之蛟龍,亥未酉變盈者名秋聲之稼穡,午申戌出三天似鳴鶴之在天,未酉亥為人局主心勞而日拙,申戌子涉三淵當隱於山林,酉亥丑乃凝陰而憂不可解,戌子寅入三淵而枉不能伸。
四課三伝若し「連茹」の格を成せば、逆伝は事に応じて快く・順伝は事に応じて慢し。若し是れ一位を隔てて相伝するの「間伝」なれば、則ち須く其の陽明に走向するか陰暗に走向するかを看るべし。故に順行の間伝十二課は各々名目有り。亥丑卯を「溟蒙」と叫び、事は多く暗昧不明なり。子寅辰を「向三陽」と叫び、漸々光明を望見す。丑卯巳を「出戸」と叫び、春雷の蟄虫を驚動するが如し。寅辰午を「出三陽」と叫び、金鯉の波中に躍るが如し。卯巳未を「迎陽」と叫び、鸞鳳の高岡に鳴くが如し。辰午申を「登三天」と叫び、蛟龍の雲雨を得るが如し。亥未酉を「変盈」と叫び、秋声の裡に庄稼の成を告ぐるが如し。午申戌も亦た「出三天」と叫び、白鶴の天上に鳴くが如し。未酉亥を「入局」と叫び、心力労苦にして処境日に拙きを主る。申戌子を「渉三淵」と叫び、山林に隠居するに宜し。酉亥丑を「凝陰」と叫び、憂愁鬱結して紓解し難し。戌子寅を「入三淵」と叫び、寃屈委曲にして伸展し開けず。
天地之氣,東南為陽,西北為陰,自寅到酉為日,自酉到丑為夜。凡人日出而作,與陽俱開,故向陽則明。日入而息,與陰俱閉,故向陰則暗。凡人逆則歸,歸則速;順則遊,遊則遠,自然之理也。若三傳俱在夜方,豈不闇昧?寅為三陽而傳之前後拱向之豈不光明?卯為門戶,出門向陽,正如雷之震蟄,陽則下也。寅三陽之地,出乎此一路向東南,辰午之旺氣,可知亨快,魚得水之象。午為陽而卯巳者迎之,正高岡鳴鶴之象,占事宜帶就,少遲則無氣矣。午申在南,先天乾位,固曰天,而辰在東南亦是陽明之位,合之曰三天,登之故有蛟龍雲雨之象。只一巳字在午之前,而未酉向西去矣,陽終陰始,肅進萬寶告成,故曰登三天。午當陽極而申戌已流於酉矣;在陰子和,言聞其聲不見其形也。未酉亥陰氣盛矣,凡人心勞不休皆屬於陰。書云:為善心安,日休為惡,日勞日拙,善惡之際,陰陽之別也。申子水局有林之象,戌土山象,言人夜方似幽人之守正也。酉亥丑皆在夜位,陰氣所凝,休憂如之?戌寅火局,而子水居北乘旺為淵,則火亦化而為矣,故曰入三淵,屈不能伸,無非幽暗之意。
張洪の注に曰く、天地の気は、東南方は陽に属し西北方は陰に属す。寅より酉に至るは白昼、酉より丑に至るは黑夜。人は日出でて作し、陽気と一同に開啓す、故に三伝の陽位に趨向するは則ち明朗を主る。日落ちて息う、陰気と一同に閉蔵す、故に陰位に趨向するは則ち晦暗を主る。人の逆行するは則ち頭を回らす、頭を回らせば便ち快し。順行するは則ち外に遊ぶ、外遊すれば便ち遠し、是れ自然の道理なり。三伝若し全く夜半の陰方に落つれば、何ぞ暗昧ならざらんや。寅は三陽開泰の地、三伝の前後に拱向するは、何ぞ光明ならざらんや。卯は門戸、門を出でて陽に向かうは、正に春雷の蟄伏する物を驚動するが如く、陽気已に下達せり。寅は既に三陽の地、此より一路東南に向かいて走り、辰・午の旺気に接続す、亨通爽快なるを知るべし、正に魚の水を得るの気象。午は陽に属し、而して卯・巳は両旁に在りてそれを迎接す、正に鶴の高岡に鳴くの象、事を占うに当に勢に乗じて手に就くべく、稍や一たび遅疑すれば便ち気勢無し。午と申は南方に在り、是れ先天乾卦の位置、本より天と称すべく、而して辰は東南に在りて亦た陽明の位に属し、三者合して「三天」と叫ぶ、登り上がれば自然に蛟龍の雲雨を得るの気象有り。只だ一つの巳字を隔てて便ち午に到る、而して未・酉は已に西に向かいて去り、陽気は終を告げ陰気初めて起こり、肅殺の中に万物成を告ぐ、故に亦た登三天と叫ぶ。午は陽気の極点、而して申・戌は已に酉位に流向し、陰中に落ちて反って調和す、只だ其の声を聞き其の形を見ざるを説くなり。未酉亥は陰気已に盛ん、凡人は心力労苦して休まず、皆な陰に属す。古書の上に曰く、善を行う人は心安くして日益に安閑、悪を作る人は心労して日益に拙困、善悪の分際は、亦た則ち陰陽の分別なり、と。申子水局は林藪の象有り、戌土は又た山に象り、人の夜方に処り、幽居の士の正を守り自ら持するが如きを説くなり。酉亥丑は全く夜位に在り、陰気凝結し、憂愁は何時か了らんや。戌寅は本より火局を合す、可なりと雖も子水は北方に居りて旺を乗じて深淵と成り、火も亦た便ち化せらる、故に入三淵と叫び、屈して伸ぶ能わず、无非皆な幽暗の意なり。
言壬者,必明五行之理,明辨陰陽、晝夜、升降、明暗、盛衰、顯晦。 至若逆三間之課,亥酉未為時遁無出潛之意。戌申午曰悖戾有追悔之心。酉未巳勵明者出入從起所便,申午辰凝陽者動止罔戾於心。未巳卯為回明而利有悠往,午辰寅為顧祖而喜氣和平。巳卯丑為轉悖當吉凶二者之間,辰寅子為涉疑入禍福雙關之道。卯丑亥名斷澗義利分明,寅子戌為冥陽善人是寶。丑亥酉為極陰如月隱西山,子戌申名偃蹇似馬馳棧道。
六壬を講ずる人は、必ず五行の道理に通暁し、能く陰と陽・昼と夜・升と降・明と暗・盛と衰・顕と晦とを分辨すべし。逆行の間伝十二課に至りても、亦た各々名目有り。亥酉未を「時遁」と叫び、只だ潜蔵すべくして出頭の意無し。戌申午を「悖戻」と叫び、心中常に追悔を懐く。酉未巳を「励明」と叫び、自己を策励して光明に趨向し、出處進退皆な便利なり。申午辰を「凝陽」と叫び、陽気凝聚し、挙動進止皆な本心に違わず。未巳卯を「回明」と叫び、回向して光明に向かい、長遠に行事するに利し。午辰寅を「顧祖」と叫び、回顧して我を生ずるの母に向かい、喜気和平を主る。巳卯丑を「転悖」と叫び、吉凶両可の間に處る。辰寅子を「渉疑」と叫び、走るは禍福双関の路。卯丑亥を「断澗」と叫び、前に断澗の阻隔有り、義と利と分かつこと分明なり。寅子戌を「冥陽」と叫び、陽は幽冥に入り、唯だ善人のみ是れ真宝。丑亥酉を「極陰」と叫び、月亮の西山に隠入するが如し。子戌申を「偃蹇」と叫び、馬の峻険の桟道に行くが如し。
亥酉未逆傳,亥遁於酉,酉遁於未,有退而歸隱之意。戌午火局中間一申反成克象,不和同矣,故曰悖戾。酉至未,酉有背暗投明之象,曰勵明者,言策勵以從明也。申午辰俱東南陽位,故曰凝聚於陽,所以行止如意。午為明,未巳卯迴繞而向之,故利有悠往。午火生於寅,三傳午辰寅,有顧母之意。和平者,謂得所生而巡也。巳丑酉金局為殺機之悖令,中傳不用酉而用卯,是悖之轉,轉則吉。然猶未離於殺也,亦主凶,故為二者之間。辰子水局,中傳見寅,雖涉於凝而不沉於淵,但兩局不純,故曰禍福雙關。經曰:斷澗如何涉,失前忘後時。君子宜退位,小人須有悲。蓋亥為水,丑卯有橋樑意,言難進也。高高下下,義利豈不分明?寅戌火局,中傳見子,陽入於溟,乃懷寶不出意,丑亥酉皆是夜方,不見光明。子申辰水局,間一成土在中,坎水見險,豈是坦途?
張洪は逐一此の名目を解釈す。亥酉未の逆伝は、亥は退蔵して酉に、酉は退蔵して未に、身を退けて帰隠するの意有り。戌と午は本より火局を合す、中間に一つの申金を夾みて反って相克と成り、彼此再び和同せず、故に悖戻と叫ぶ。酉より未に退くは、酉は暗に背き明に投ずるの象有り、励明と称す、則ち自己を策励して以て光明を追随するなり。申・午・辰は皆な東南陽位に在り、故に陽気凝聚と曰い、行止自然に意の如し。午は光明の所在、未・巳・卯は回環してそれに朝向す、故に長遠に前行するに利し。午火は寅に長生し、三伝の午辰寅と作るは、生母を回顧するの意有り。謂う所の和平は、本源の生を得て循序に回帰するを説くなり。巳丑酉は本より金局を合す、是れ殺機当令の象、可なりと雖も中伝は酉を用いずして改めて卯を用う、殺気は便ち転開せられ、転開すれば則ち吉に転ず。然るに畢竟還た殺気を脱離せず、仍ほ凶険を主る、故に吉凶両者の間に處ると曰う。辰と子は本より水局を合す、中伝に却って寅木を見る、雖も凝滞に渉入するも深淵に沈溺するに至らず、只だ両局皆な純粹ならず、故に禍福双関と叫ぶ。経文に曰く、断澗は何ぞ渡り過ぐるを得んや、前に村に着かず後に店に着かず、君子は此の時宜しく退居して位を守るべく、小人は則ち悲傷を免れず。此れ亥は水に属し、丑・卯は橋梁の象有り、前進し難きを説くなり。地勢高きと下きと相下り、義と利とは豈に分かつこと清清楚楚ならざらんや。寅と戌は本より火局を合す、中伝に子水を見る、陽気は幽冥に堕し入る、正に珍宝を懐蔵して出仕を肯んぜざるの意。丑亥酉は又た全く夜方に在り、光明を見ず。子申辰は本より水局を合す、中間に又た一位の土神を夾む、坎水は本已に険多し、再加うるに土の阻むる、何れにか還た坦途あらんや。
若順連茹亥將順行,亥子丑為龍潛,陽光在下,空懷寶以迷邦;子丑寅為含春,和氣積中,莫炫玉而求售。丑寅卯為將泰,有聲名而未蒙實惠;寅卯辰為正和,展將略而果沐恩光。卯辰巳名離漸,利用賓于王家;辰巳午為升階,親觀光於上國。巳午未為近陽,名實相須;午未申為麗名,威權獨盛。未申酉為回春,若午夜殘燈;申酉戌曰流金,似霜橋走馬。酉戌亥革故從新,小人進而君子退;戌亥子隱明,私事吉而公事凶。
三伝若し是れ順行の連茹なれば、亥より起こりて依次下に推し、亦た十二課有り。亥子丑を「龍潜」と叫び、陽気は還た下に伏し、空しく一身の本领有りて隠れて用いず。子丑寅を「含春」と叫び、和気は内に積蓄し、急いで美玉を炫耀して售を求むべからず。丑寅卯を「将泰」と叫び、已に声名著るも還た実恵を得ず。寅卯辰を「正和」と叫び、韜略を施展すべく、果たして恩光を蒙受す。卯辰巳を「離漸」と叫び、賓客と作りて王家に入るに利し。辰巳午を「升階」と叫び、親身京城に到りて観光受用す。巳午未を「近陽」と叫び、名と実と互相に配称す。午未申を「麗名」と叫び、威権独り一時に盛んなり。未申酉を「回春」と叫び、却って午夜の一盞の残燈の如し。申酉戌を「流金」と叫び、霜天に馬を走らせて橋を過ぐるに比す。酉戌亥は革故従新を主り、小人は進を得て君子は引退す。戌亥子を「隠明」と叫び、私事は吉利にして公事は凶険なり。
此連茹之十二課,況先師孔子一生,概無過焉。 亥子丑俱在夜方,全無陽氣,故云,即《易》“乾龍勿用”意。子丑寅得陽氣而未暢,仍宜韜養勿用。寅為三陽開泰,此時從丑初履之,雖有將興之譽而功業仍未成就。寅卯辰為日之始,正君子嚮明求治之會。卯辰巳逼近離火,是君子作賓于王朝也。午正陽有泰階之象,從辰巳升之豈非觀光乎?午陽明君位,巳未近之,君臣合德,功成名就之象。午未申是聖主當陽攬權御下之象。未申酉東南之氣滅矣,是以比之殘燈勵之也。申酉戌乃金地肅殺,何險如之?曰霜橋走馬危之也。酉戌亥純是夜方,乃小人道長,君子道消之時。戌亥子以公私分明暗,若占逃亡盜賊,又當用夜方也。 自東南到西北,由離明漸入幽暗,聯茹、間傳之義,正從消息盈縮中推衍而來。大致自暗而明則生發進取,自明而暗則衰敗退悔,不可不詳察其義也。
此の連茹十二課の気象は、先師孔子の一生の出處行蔵を拏えて比方すれば、大致出入無し。張洪の解釈に曰く、亥子丑は全く夜方に在り、一点の陽気も無し、故に龍潜と叫ぶ、正に『周易』乾卦の「潜龍勿用」の意。子丑寅は已に陽気を得たりと雖も還た通暢せず、仍ほ宜しく韜光養晦・按兵不動すべし。寅は三陽開泰の地、此の時乃ち丑位より初めて踏み入り、雖も将に興起せんとするの名声有るも、功業は却って未だ成就せず。寅卯辰は白日の開端、正に君子の光明に面向して世を治むを求むるの時会。卯辰巳は南方離火に逼近し、是れ君子の賓客と作りて王朝に入る。午は正陽と為り、泰階高く升るの象有り、辰・巳より一路升り上がれば、豈に正に上国に到りて観光するに非ざらんや。午は陽明君位、巳と未は両旁に緊隣し、君臣は徳を合し、正に功成名遂の象。午未申は、是れ聖主の陽に当たり大権を総攬して群下を駕馭するの気象。未申酉の一到すれば、東南の陽気は便ち熄滅す、故に午夜残燈を以て比喻して之を策励す。申酉戌は金地肅殺、還た此れより険なる者有らんや。霜橋走馬と説くは則ち其の危殆を形容す。酉戌亥は純粋に是れ夜方、正に小人の勢を得君子の退避するの時。戌亥子は公事私事を以て明暗を分かつ、若し逃亡と盗賊とを占えば、反って当に此の夜方を取りて断ずべし。総じて言えば、東南より西北に走り到るは、離明より漸々幽暗に堕し入る。連茹・間伝の義理は、正に陰陽の消長盈縮の中より推衍し出づ。大致に説けば、暗より明に転ずれば則ち生発進取を主り、明より暗に転ずれば則ち衰败退悔を主る、其の中の含義を仔細に体察せざるべからず。
若逆連茹亥位逆推,亥戌酉回陰心懷闇昧之私,酉戌申為返駕主行肅殺之道。酉申未名出獄主離丑出群,疏者親而親者疏;申未午名陵陰行險僥倖,安者危而危者安。未午巳為漸烯脫凡俗而漸入高明,午巳胡名登庸舍井蛙而旋登月闕。巳辰卯名正己人物咸亨,辰卯寅為返照行藏攸利。卯寅丑聯芳悔吝須知否極泰來,寅丑子游魂乘凶坐見事成立敗。丑子亥為入墓有收藏之態,子亥戌為重陰安嘉之形寧甘沒齒。
三伝若し是れ逆行の連茹なれば、亥位より回りて推し、亦た十二課有り。亥戌酉を「回陰」と叫び、心裏に暗昧の私意を懐く。酉戌申を「返駕」と叫び、肅殺の道を奉行するを主る。酉申未を「出獄」と叫び、醜類を脱離し旧群を離るるを主り、従前疎遠の反って親近し、従前親近の反って疎遠す。申未午を「陵陰」と叫び、険を行いて僥倖を求め、安穏の危に転じ、危険の反って安し。未午巳を「漸晞」と叫び、露水の漸々乾くが如く、凡俗を脱去して漸々高明に入る。午巳辰を「登庸」と叫び、井底の蛙の見識を舎てて一挙に月宮に登る。巳辰卯を「正己」と叫び、自身既に正しければ、人と物と皆な通達に帰す。辰卯寅を「返照」と叫び、出仕するも退蔵するも論無く皆な利有り。卯寅丑を「聯芳」と叫び、雖も悔吝有るも、須く否極まりて自ら泰来するを知るべし。寅丑子を「遊魂」と叫び、凶に乗じて動き、眼に看て事の剛に成れば則ち敗るを見る。丑子亥を「入墓」と叫び、収斂蔵納の態有り。子亥戌を「重陰」と叫び、一派安處の形、寧ろ甘心して終老して出でず。
自亥回戌,自戌回酉,一團陰氣用事,可以卜其心之所藏矣。戌酉申為肅殺之地,昔孫臏占之不滿期刖足而返,故名,戌為牢獄之地,酉不向戌而向申,是為出獄不與戌之群丑為伍,而往西南,是平昔之親類反疏,而疏類反親矣。申為陰而未午凌之,陰陽交接,安危之機也。巳烯而午未漸而入之,是脫凡境入高明意。午巳辰逆轉,又未中有井宿,午逆向巳,巳中有蟾,月闕是也,巳寬大有正己之象。從巳至辰卯,正己而正物,人物皆歸於通達。寅中有生火,辰卯返而從之,是返照也。陽明相比,行藏自利,發洩太過,中藏烏有,反為吝象。今歸寅卯於丑,披枝歸根,方是泰來之象,寅之陽氣正好發舒,反入於丑陰極之位,諸事不利。魂陽魄陰,嚮晦宴息,百事收藏,占者寧矢志沒齒,靜俟不敢進也。
張洪の解説に曰く、亥より戌に退き戌より酉に退くは、全て是一団の陰気の権を当たる、此に由りて占者の心裏に蔵する所は何なるかを卜知すべし。戌酉申は肅殺の地、従前孫臏は此の課を占得し、期限に到らずして双足を刖られて返り、故に返駕の名有り。戌は牢獄の位、酉は戌に朝せずして申に朝すれば、則ち牢獄を出でて、再び戌位の一群の醜類と伍を為さず、転じて西南に走向す、是を以て平日親近の反って疎遠し、素来疎遠の反って親近す。申は本より陰に属し、而して未・午の両陽は其の上に凌駕し、陰陽此に於いて交接し、正に安危転換の関口。巳中の露水将に乾かんとし、午・未は漸々に逼近す、是れ凡境を脱離し高明に進入するの意。午巳辰は逆転して行く、未宿の中に井宿有り、午は逆に巳に向かい、巳中に蟾蜍有り、則ち謂う所の月闕。巳位は寛大、自身を端正するの気象有り。巳より辰・卯に退くは、先ず己を正しくして而る後に物を正しくし、人と物と皆な通達に帰す。寅中は火の長生を蔵し、辰・卯は頭を回らして来りてそれに跟従す、此れ則ち返照。陽明の気は彼此相隣り、出處進退自然に利有り。但だし発泄太過すれば、中間は反って空虚にして物無し、則ち吝嗇の象に転ず。今寅・卯を丑に帰还するは、是れ枝葉を撥開して根本に回る、乃ち否極泰来の象と算すべし。寅位は陽気本当に舒展すべきに、却って反って丑此の陰気極盛の位に退入す、諸事皆な順利ならず。魂は陽に属し魄は陰に属す、天色将に晚ならんとすれば便ち当に安息すべく、百事皆な収蔵すべし。此の課を占得する人は寧ろ志を立てて終身仕えず、安静に等待して敢えて冒進せず。
巻二・気機進退と空亡神煞
局有進退之意,氣有旺絕之殊,衰墓總同退斷,胎生進氣無虞。退氣則吉事成凶,凶事反吉,進氣則安者益安,危者益危。 長生之十二位所以象人之始終也,要從胎處說起,蓋胎在母腹中,養在始生之時,長生則從始生,漸漸長矣,宜竟接冠帶,何為有沐浴?蓋五行之氣,不鬱不舒,不凝聚不發散,正復卦安靜以養微陽之意。這一點生意不得沐浴處一番閉藏,如何得冠帶而臨官而帝旺也?到帝旺處一生事業盡矣,衰病死理勢必然。至墓之後胎可言矣,又加一絕,不生不有,十月之純陰何以得一陽之生,絕正死生互換之交,人鬼轉關之路也。課義雖言五行,實字字切著人事,細玩相見進退二字,全在旺相休囚死五字中分別。大抵吉氣進則聚,散則吉者不吉矣。氣退則散,散則凶者不凶矣。
三合の局を成すに進気退気の分有り、五行の気に旺極と絶滅の別有り。凡そ衰・墓の位に落つるは、一律に退気に按じて断ず。胎・養・長生の位に落つるは、皆な是れ進気、憂慮するを須いず。退気の時は、吉事は凶に転じ、凶事は反って吉に転ず。進気の時は、本より安穏なるは更に安穏に、本より危険なるは更に危険なり。張洪の注に曰く、長生等の十二個の位次は、以て人の一生の始終に比象するに用い、須く「胎」より講じ起こすべし。胎は母腹の中に在り、養は剛に出生するの時、長生は則ち初生より漸々成長す。理に照らせば該当に続くは冠帯、何を以て中間に一つの「沐浴」を插むや。此れ五行の気は鬱結せざれば則ち舒展する能わず、凝聚せざれば則ち発散する能わざるを以て、正に『周易』復卦の安静にして微弱の陽気を涵養するの意に合す。此の一点の生機、若し沐浴の處に於いて閉蔵一番せざれば、何ぞ能く冠帯・臨官に到りて帝旺に至らんや。帝旺に到れば、一生の事業も亦た頭に到る。随う所の衰・病・死は、理勢の必然なり。墓を過ぎて乃ち重新に入胎を談ずるに足り、中間に又た一つの「絶」を加う、生ぜず亦有らず。十月純陰の時、若し此の一絶無ければ、何ぞ一陽の来復有らんや。絶は正に死と生と互相交換するの関口、人と鬼の転折の路なり。課義は雖も五行を講ず、其の実字々皆な人事の上に切す。仔細に進と退との此の两字を玩味せば、全く須く旺・相・休・囚・死の此の五つの字の裡に於いて分辨すべし。大抵吉気は進めば則ち聚り、気一たび散ずれば、吉のも亦た吉ならず。気は退けば則ち散じ、散ずれば、凶のは反って凶ならず。
順連茹空,名曰聲傳空谷,退吉而進則不宜。逆連茹空,名曰踏腳空亡,時宜而退不可。三間之課,亦有緣由,課傳六陽利於公干,課傳六陰利用陰謀,半陰半陽原情審勢,陰多陽少以理推求。 陽為德而陰為刑,陰從夫而陽自處,癸為陰而丁主動,閉為死而動主生。
順行の連茹課若し「空亡」に逢う、則ち一旬の中に天干の配する能わざる彼の両つの地支、を「声伝空谷」と叫び、只だ退守するに宜しく、前に向かいて進取すれば便ち相宜しからず。逆行の連茹課の空亡に逢うを、「踏脚空亡」と叫び、只だ時に趁りて動くに宜しく、反って退縮すべからず。間伝三課も亦た各々来由有り。四課三伝全て是れ陽支は、公家の事を办理するに利し。全て是れ陰支は、隠秘の謀劃を施行するに利し。半陰半陽のは、則ち須く情実を推原し形勢を審度すべし。陰多く陽少なきは、只だ理に憑りて推求するのみ。総じて陽は徳を主り陰は刑を主り、陰気は陽に依従し、而して陽気は自ら能く独立す。癸水は陰に属し丁火は動を主り、口を閉ぢて言わざる者は死を主り、動く能き者は生を主る。
子午卯酉多是五陰所寄,而曰德從於陽,干在四孟位上,如甲祿在寅,乙祿在卯,甲與己合,而以寅為德祿,乙則合庚而從庚之申以為德。餘例同。癸水潤下之性於逢旬尾曰閉口者,言水氣在上不能開口也。假如人在水中,一閉口便不能生矣。丁火之性主陽主動,是生之象,正與癸相反。
張洪の注に曰く、子午卯酉の此の四仲の位は、多く是れ乙・丁・己・辛・癸の五つの陰干の寄居する所。謂う所の徳は陽に従うは、天干の徳位は須く四孟の上に落つるを説くなり。譬えば甲の禄は寅に在り乙の禄は卯に在り、甲と己と相合せば、則ち寅を以て徳禄の位と為し、乙と庚と相合せば、便ち庚に随いて申を以て徳と為す、其の余の各干は此に依りて類推す。癸は是れ潤下の水、旬尾に遇う時は「閉口」と称す、水気は上に浮びて口を開く能わざるを説くなり。人の水の裡に沈むが如く、一たび口を閉ぢれば便ち活き成る能わず。丁火の性質は陽を主り動を主り、是れ生機の象、正に癸水と相反す。
空亡乃耗散之神,初斬首、中折腰、末刖足。辰戌為網羅之煞,辰覆巢日毀卵而用逵。 空亡乃天中煞,人只知旬空為十干不到處,不知惟虛能起化,此正天之中也,故曰天中煞。數中凡遇空亡不可便說不好,要細察始見端的。天罡之氣鼓萬物而出,天魁之氣收萬物而入,四時網羅之殺,言一網無餘也。在日辰上是靜位,所以為覆巢為毀卵;在用上是動機,所以為置逵,言一往便留礙也。
「空亡」は是れ耗散の神。初伝に落つるを「斬首」と叫び、中伝に落つるを「折腰」と叫び、末伝に落つるを「刖足」と叫ぶ。辰と戌は「網羅煞」、辰若し日干日支に臨めば、便ち鳥の巣を傾覆し鳥の卵を毀壊するが如く、若し発用せば則ち前路多く阻碍有り。張洪の注に曰く、空亡は又た「天中煞」と叫び、世人は只だ旬空は十天干の配し到らざるの處なるを知りて、却って唯だ虚空のみ能く変化を生起するを知らず、彼れ正に天の中枢の所在、故に天中煞と称す。術数の中凡そ空亡に遇うは、一見すれば則ち好からずと説くべからず、須く其の情を細察して乃ち真章を見るを得。「天罡」辰の気は万物を鼓動して出づ、「天魁」戌の気は万物を収斂して入る、合して四時の網羅の煞と為す、意思は一網打尽・遺漏する所無し。其の日干日支の上に落つるは静位に属す、故に覆巢毀卵の象を取る。其の発用の上に落つるは動機に属す、故に途中に障を設くるの象を取る、一たび身を動かせば便ち牽絆有り。
年命若立魁罡動者靜者而靜者動,日辰加臨卯酉離者合而合者離。 立是年命所乘神,立於地盤辰戌之上,非辰戌作年命也。 辰戌卯酉皆有動搖之意,惟辰卯陽氣動出,戌酉陰氣動出。 三傳純子孫不求財而財自至,純父母勿身而身自安,三傳純妻財而父母克害,三傳純官鬼而兄弟成災。 畢法云;六爻現卦防其克即此意也。
本命行年上の神若し「天魁」戌・「天罡」辰の上に立たば、本より動くべきは反って静かに、本より静かなるべきは反って動く。日干日支の卯・酉の位に加臨すれば、本より分離するは会攏し、本より会合するは反って離散す。張洪の注に曰く、謂う所の「立」は、年命の乗ずる所の天盤神の地盤の辰・戌の上に立つを指し、並びに辰・戌の本身就ち年命と作るを説くに非ず。辰・戌・卯・酉は皆な動揺の意を含有す、只だ辰と卯は陽気の発動して出づ、戌と酉は陰気の発動して出づ。再び六親を論ず。三伝純に是れ「子孫」は、往きて財を求めずして財自ら来らん。純に是れ「父母」は、身を労するを須いずして身自ら安穏なり。三伝純に是れ「妻財」は、則ち父母を克害せん。三伝純に是れ「官鬼」は、兄弟必ず災と成らん。『畢法賦』に六爻の卦中に現形するは其の相克を防ぐを須すと曰うは、正に此の意なり。
見克不克從其鬼賊崖岸迫而勒馬收韁,見生不生鳥兔盡而藏弓烹犬。見救不救災須自受,當如燕雀處堂;見盜不盜本根無耗,須識荊棘巢鳳。 凡見克神要細他立處,若是生地,它自戀生不來克我;若是他之克處,他自受克不能克我矣。下三句俱如此看,如人之臨於危崖尚可收韁危而不危也。鳥兔盡言人之施恩於我者,今已盡矣。燕雀處堂而不知危機將至,救神無力也。荊棘解盜字,巢鳳則盜而不盜之意。 此四句不可靜觀之,須知有其心而無其力,必有其虛聲令人虛驚虛喜,然後消於無形也。
四種の似て是而して非ずの格局有り。看るに受克に似て其の実克は成らず、鬼賊は已に崖辺に逼り到ると雖も、却って能く馬を勒し繮を収めて険を化す。看るに生を得に似て其の実生に着かず、飛鳥走兎已に尽き、弓も亦た収め狗も亦た烹らる。看るに救有りに似て其の実救う能わず、災禍は終に自ら受くるを須し、正に燕雀の堂上に住して還た大禍の頭に臨まんとするを知らざるが如し。看るに盗に遭うに似て其の実盗み去らず、根本並びに損耗無し、須く荊棘叢中にも亦た鳳を栖むるを得るの道理を懂得すべし。張洪の注に曰く、凡そ我を克するの神を見れば、須く其の何れの位置に立つかを細看すべし。若し自身の長生の地に立たば、其れ自然に生気を貪恋して来りて我を克せず。若し其れ自身を克するの地方に立たば、其れ自身尚且つ克を受く、何れにか還た我を克し動かすを得んや。下面の三句も亦た皆な此の様に看る。譬えば人已に危崖に臨み、尚お能く繮繩を収住す、是れ危にして危ならず。鳥兎已に尽くは、従前恩を我に施す人の如今恩情已に尽くるを説くなり。燕雀の堂上に安居して危機の将至らんを知らざるは、是れ救神雖も在るも却って力無し。荊棘は「盗」の字を解し、巢鳳は則ち雖も盗むも終竟盗成らざるの意。此の四句は死看すべからず、須く対方に彼の份の心有りて彼の份の力無きを知るべく、必然に先ず一場の虚張の声勢有り、人をして空しく驚き空しく喜ばしめ、最後に自然に無形に消ゆ。
合中帶煞蜜裡藏砒,煞遇空亡飢食甘李。交車入長生之位苦盡甘來,交車坐刑害之宮幸中不幸。 吉中凶凶中吉須詳之干支門路,止在上下照射處,故曰交車。此處刑沖剋害極有關係,蓋交車二句似指交車立地盤長生刑害也,玩位字宮字自見,不然與下節重複矣。
六合の中に凶煞を夾帯するは、蜜の裡に砒霜を蔵するに比す。凶煞恰好に空亡に落つるは、則ち飢餓の時に甜李を喫するが如く、凶反って救と成る。「交車」の格若し長生の位に坐すれば、苦尽き甘来るを主る。若し刑害の宮に坐すれば、則ち幸中に不幸を帯びたるなり。張洪の注に曰く、吉中に凶を蔵し凶中に吉を蔵すは、必ず日干と日支と各自の門路を細察すべし。謂う所の交車は、只だ干支上下互相照射する處に於いて看る。此の處の刑・冲・克・害の関係極めて大なり。上面の交車両句は、似乎是れ交車の神の地盤の長生或いは刑害の上に立つを指す、「位」の字と「宮」の字を玩味すれば自然明白、否るれば則ち下一節と重複す。
先生後克樂極生悲,劫煞入辰蕭牆禍起。 樂極生悲即畢法樂里悲意,劫煞如亥卯未在申,其應極速,蕭牆應辰之一字。 日辰神將交會龍虎聚良明之會,日辰神將交克猿鶴爭風月之巢。 龍虎是合氣的狀,猿鶴是不合氣的狀,交生交克可謂極切。
先ず生を受けて而る後に克せらるるは、是れ楽極まりて悲を生ずるの象。「劫煞」の日支上に落つれば、禍端は便ち自家の墻内に起こる。張洪の注に曰く、楽極まりて悲を生ずるは則ち『畢法賦』の謂う所の楽裡蔵悲の意。劫煞の取法は、亥卯未木局の劫煞は申に在るが如く、其れ応験極めて速し。蕭墻の二字は日支の此の一字の上に応ず。日干日支の乗ずる所の神将若し彼此交相生会せば、青龍と白虎と共に清明の会に聚るが如し。若し彼此交相克戦せば、猿と鶴と一處の風月佳境を争奪するが如し。張洪曰く、龍虎相配は気機融洽の形容、猿鶴相争は気機不合の形容、以て交生と交克とに比擬す、贴切の極と謂うべし。
交車入墓喑啞雙盲,交車沖刑風癱痴隔。 喑盲俱切墓字,風癱切刑沖字,可見凡斷當各從其類。 乙戊己辛壬同四季名曰九丑,天地歸殃;死絕休囚氣加日辰號為二難,夫妻反目。 凡戊子、戊午、壬子、壬午、乙卯、乙酉、己卯、己酉、辛卯、辛酉日,而大吉又臨日辰子午卯酉上者,為真九丑卦也。蓋乙是雷電始動之日,震而不安之位;戊己是諸神下位之日,戊己為坤,諸神清虛之氣合德於乾,轉入坤維,曰下位是也。壬是三光不照之位,壬祿在亥,六陰俱足,日月之光至此損照。辛是西方殺物之位,如何又居在四仲極陰位上。大吉是十二宮神之主,為貴人本家,所以為星紀,諸星朝會於斗也,今又臨四仲極陰之位,為九丑。九,陽數,丑,言陽之丑也。二難正配夫妻兩字。
交車の神一同に墓に入るは、喑唖と双目失明を主る。交車にして冲刑に遇うは、中風癱瘓・痴呆閉塞を主る。張洪の注に曰く、喑唖・失明は皆な「墓」の此の字に切合し、風癱は則ち刑冲の二字に切合す、凡そ断語を下すに皆な各々其の類に依るべきを見るべし。又た曰く、乙・戊・己・辛・壬の五干に辰戌丑未の四季の支を配上するを、「九丑」と叫び、天地皆な殃咎を降下せんとす。死・絶・休・囚の気の日干日支に加臨するを、「二難」と称し、夫妻反目を主る。張洪の注に曰く、凡そ戊子・戊午・壬子・壬午・乙卯・乙酉・己卯・己酉・辛卯・辛酉の此の十日、而して「大吉」丑又た日辰の所在の子午卯酉の上に加臨するは、乃ち真の九丑課なり。乙は雷電初動の日、震動安からざるの位置に處る。戊・己は諸神降居下位の日、戊己は坤に属し、諸神清虚の気は本より乾に徳を合し、今坤維に転入す、故に下位と叫ぶ。壬は日月星の三光の照らし到らざるの位置、壬禄は亥に在り、六陰已に足る、日月の光は此に到れば便ち減損す。辛は西方肅殺の気に属す、何ぞ又た四仲極陰の位の上に居るや。大吉丑は十二宮神の主、又た是れ貴人の本家、故に「星紀」と称し、衆星の北斗に朝拱するの義を取る。今亦た四仲極陰の位に臨む、因此九丑と叫ぶ。九は陽数、丑は陽気の丑悪を説く。二難の両字は、正に夫妻二人に配上すべし。
上下六合主客合同,上下刑害冤仇相見。引從日辰名曰用媒家必興而人必旺,干首支尾名迴環成事吉而散事凶。 男年支而女年干合後成婚,辰加羅而日加網巧中反拙。太陽照武宜擒賊盜,月將加辰宅舍光輝,魁度天門行多阻隔,罡填鬼戶事任謀為。 此數句義同《畢法》。
天盤地盤上下相逢して六合すれば、主客双方は便ち和同一致す。上下相逢して刑害せば、則ち冤家仇人の相見るが如し。三伝前に引き後に従いて日干日支に帰するを、「用媒」と叫び、家道興旺・人丁昌盛を主る。日干を以て起首と為し日支を以て收尾と為すを、「回環」と叫び、事を成す時は吉・事を散ずる時は凶なり。婚姻を占う時、男方の行年の日支に落ち女方の行年の日干に落ち、両下相合すれば便ち婚を成すべし。辰の戌此の網羅の位に加わり日又た辰上に加わるは、則ち巧を弄して拙と成る。太陽の「玄武」を照臨するは、盗賊を擒拿するに宜し。「月将」の日支に加臨するは、宅舎の輝を生ずるを主る。「天魁」戌の亥此の天門を越ゆるは、出行多く阻隔有り。「天罡」辰の丑寅の間の鬼戸の上に填まるは、凡事皆な手を放ちて図謀すべし。張洪曰く、此の数句の意思は『畢法賦』と相同じ。
巻二・十二天将職司
既定課傳,次觀神將。貴人為百神之主,得位為福,失位為殃;螣蛇為卑賤之神,旺相怪異,休囚亦主憂驚。朱雀文書亦主刑戮奸讒口舌,白虎道路又為官災疾病死亡。勾陳主遲滯勾連之事,囚主訟而旺主生;玄武為盜賊虛耗之神,休失人而旺失物。六合為婚姻合和,婦女得之則為私門;太常主酒食衣裳,武職占之則為擢任。青龍所主財物,文官見之光為恩寵,天后雖為婦人,庶人得之亦主亨佳。天空奴婢妄誕,太陰暗昧不明。
四課三伝既に排定せば、続いて則ち十二天将を看るべし。「貴人」は是れ百神の主、位を得れば則ち福と為り、位を失えば便ち殃と成る。「螣蛇」は是れ卑賤の神、旺相の時は怪異の事を主り、休囚の時も亦た憂疑驚恐を主る。「朱雀」は文書を主り、同時に刑戮・奸讒と口舌とを主る。「白虎」は道路を主り、又た官災・疾病と死亡とを主る。「勾陳」は遅滞牽連の事を主り、囚地に處れば争訟を主り、旺地に處れば反って生発を主る。「玄武」は是れ盗賊虚耗の神、休囚の時は人口の走失を主り、旺相の時は財物の丟失を主る。「六合」は婚姻和合を主る、婦女の占得すれば却って私通の門と成る。「太常」は酒食衣裳を主る、武官の占得すれば則ち升遷を主る。「青龍」は財物を主る、文官の之を見れば尤も恩寵の兆なり。「天后」は雖も婦人を象徴すと雖も、平民の占得するも亦た亨通美満を主る。「天空」は奴婢と虚妄欺詐とを主り、「太陰」は暗昧不明を主る。
太公前只用天將十二,後見丑位為己土之精,北斗之樞,是十二宮之氣化拱照之地,因而加一名曰天乙貴人,貴人即丑也。前五位引之,後六位從之,其間分文武貴賤男女,如天后貴人之妻,太陰貴人之妾,空蛇皆貴人奴婢也,龍朱文臣,常勾武將,所不可不知也。蛇屬巽,風火搖動不寧,故主驚疑,防火外明內暗,故曰奸讒,火赤色,故主刑戮。虎處坤方,故主道路,又申金殺物,故主官災病疾。勾陳辰也,萬物至此勾萌甲坼未舒,遲滯勾連之象也。玄武為亥水,陰私闇昧故虛耗。六合和合之意,婦人豈宜私和。未味也,言物至此月而始成味也,故曰酒食;衣裳者,謂麻絮絲綿都於是月就緒也;曰武職者,言巳午所生之金,得未土而剛銳之氣畢聚,到申位方顯出純金來,可見未中之金自旺,故為武職。寅為三陽開泰,號曰青龍,正應文武之德,世間財物吉凶,嘉賓生死喪祭,貴賤尊卑男女長幼,哪一事少得?所以屬青龍,言其變化莫測也。天后有恩澤意,故亦云亨佳。天空誕詐,太陰陰私是也。
張洪の注に曰く、太公は起初只だ十二天将を用い、後に丑位は己土の精気・北斗の枢紐にして、十二宮の気化拱衛朝照するの處なるを看出し、是に於いて又た一の位を加え、名を取りて「天乙貴人」と為し、貴人の本位は則ち丑なり。貴人の前面は五将路を引き、後面は六将随従し、其の中還た文武・貴賎・男女を分かつ。天后は貴人の妻、太陰は貴人の妾、天空と螣蛇は皆な貴人の奴婢、青龍と朱雀は是れ文臣、太常と勾陳は是れ武将、此らは知らざるべからず。螣蛇は巽に属し、風と火と交動して安寧せず、故に驚疑を主る。火性は外明にして内暗、故に又た奸讒を主る。火色は赤し、故に刑戮を主る。白虎は坤方に居り、坤は地と為り路と為す、故に道路を主る。申金は又た肅殺を主る、故に官災病疾を主る。勾陳は則ち辰、万物此に到りて屈曲初萌し甲殻初裂して未だ舒展せず、正に遅滞牽連の象なり。玄武は是れ亥水、陰私暗昧を主る、故に虚耗を主る。六合は本より和合の意、婦人豈に私下に和合すべけんや。未は則ち「味」、万物此の月に到りて乃ち滋味を結出すを説く、故に酒食を主る。衣裳を説くは、麻絮絲綿皆な此の月に備斉するを以てなり。武職を説くは、巳午の生ずる所の金の未土を得て剛鋭の気全部聚攏し、申位に到りて乃ち純金を顕出すを以てなり、未中の金は自ら旺気有るを見るべし、故に武職を主る。寅は三陽開泰の地、号して青龍と曰い、正に文武兼備の徳に応ず。世間の財物吉凶・嘉賓往来・生死喪祭・貴賎尊卑・男女長幼、何れの一様かそれを少くするを得んや。故に皆な青龍に帰す、其の変化測るべからざるを説くなり。天后は恩沢の意を含有す、故に亦た亨通美満を説く。天空は虚誕詐偽を主り、太陰は陰私隠匿を主る、則ち此の道理なり。
寅功曹主木器文書,申傳送主行程消息,卯太沖主林木舟車,酉從魁主金刃奴婢,天罡為詞訟兼主死喪,戌天魁為欺詐或稱印綬,巳太乙驚怪癲狂,亥登明陰私哭泣,午勝光官訟連綿,子神后姦淫婦女,丑大吉咒詛冤仇,未小吉酣歌醫藥。
十二月将各々主る所有り。寅は「功曹」と叫び、木器と文書とを主る。申は「伝送」と叫び、行程と消息とを主る。卯は「太衝」と叫び、林木と舟車とを主る。酉は「従魁」と叫び、金刃と奴婢とを主る。辰は「天罡」と叫び、詞訟を主り、兼ねて死喪を主る。戌は「天魁」と叫び、欺詐を主り、時に或いは印綬と称す。巳は「太乙」と叫び、驚怪と癲狂とを主る。亥は「登明」と叫び、陰私と哭泣とを主る。午は「勝光」と叫び、官訟連綿絶えざるを主る。子は「神后」と叫び、奸淫と婦女の事とを主る。丑は「大吉」と叫び、呪詛と冤仇とを主る。未は「小吉」と叫び、酣飲歌楽と医薬とを主る。
辰乘貴人合祿,公門役吏,遇馬而為奔走公人;戌逢空祿臨孟,為了哨邊軍,見丁而為逃竄落陣。大吉小吉作勾陳鬥爭田地,天魁從魁為六合奴婢逃亡。從魁若乘武合妻妾懷娠,傳送上會青龍子孫財損。勝光如逢天馬必問行人,太乙若逢白虎家多疾病。未逢天后婦人姦淫,丑合貴常欲添財喜。天空臨酉走失家奴,常遇登明親朋酒食。辰戌見空武奴婢逃亡,小吉單逢六合婚姻聘禮。
神将相配すれば又た人事を断ずべし。辰の貴人を乗じて日禄と相合するは、公門中の差役小吏を主り、若し更に駅馬に遇えば、則ち奔走差遣の公人。戌の空亡の禄に逢いて四孟に臨むは、辺を戍り瞭望するの軍士を主り、若し「丁神」を見れば、則ち脱逃走散の兵。丑「大吉」と未「小吉」の上に勾陳を乗ずるは、田地の為に争闘するを主る。戌「天魁」・酉「従魁」の上に六合を乗ずるは、奴婢逃亡を主る。従魁若し玄武と六合とを乗せば、妻妾懐孕を主る。申「伝送」の上に青龍を会するは、子孫損有り・銭財傷を受くるを主る。午「勝光」若し「天馬」に逢えば、必ず是れ門外に出で在る人を占問す。巳「太乙」若し白虎に逢えば、家中疾病多し。未上に天后に逢うは、婦人奸淫を主る。丑上に貴人と太常とを会合するは、財を進め喜を添うるを主る。天空の酉に臨むは、家奴走失を主る。太常の亥「登明」に遇上するは、親友聚飲を主る。辰・戌上に天空と玄武とを見るは、奴婢逃亡を主る。未「小吉」の単独に六合に逢着するは、婚姻聘娶の事を主る。
辰上原無貴人,若天乙立地盤辰上則貴而不貴,若合日祿主為公門役吏,但食其公食而已,更帶日馬則為奔走公人。戌加天空軍人之象,臨孟而為了哨者,言去路方賒也。丁者壯也,惟壯盛善走,所以落陣中亦能逃出。從魁是妻妾,玄武為胎,合是懷孕,子孫歷代相傳。傳送之意,青龍為財,居申受克,非財損而何?勝光離火為日之精,行遊之象也,更乘天馬,豈非問行人事?太乙在紫微垣內,家室之象,遇疾病刑煞之神,則抱恙可知。未地始離於陽,漸進於陰,再乘天后,姦淫必矣。丑為貴人本家,太常為財為田,合而得之,則財產之事,添進無疑。天空為奴,酉門戶也,奴臨門戶,背主逆行。亥卯未三合故未亥為親朋也,又未中酒食與亥共之。辰戌動而不靜,有奔走之象,空是奴,武是婢,臨於辰戌故云。小吉主禮儀酒食,又見六合牙媒之神,其為婚聘也可知。
張洪は逐条解釈す。辰位は本より貴人の居る所に非ず、若し天乙貴人の地盤辰上に立たば、則ち貴にして貴ならず。若し更に日禄と相合せば、只だ公門差役を主る、過ぎず官家の飯を混ぜて喫うのみ、若し又た日馬を帯びば、彼れは則ち四處奔走の公人。戌上に天空を加うるは軍人の象、四孟に臨みて了望と称するは、去路還た遠きを説くなり。丁は是れ壮盛の義、唯だ壮健の人のみ善く走る、故に即便ち陣中に陥るも能く身を脱して逃出す。従魁酉は妻妾を象徴し、玄武は胎を主り、六合は孕を主る、故に三者相会すれば則ち懐孕、子孫此に由りて代々相伝わる、「伝送」の本意は則ち此に在り。青龍は本より財と為る、申位に落ちて金に克せらるるを受く、財損ならずして又た何ぞ。勝光午は離火に属し、是れ太陽の精華、行游の象有り、再び天馬を乗せば、豈に行人の事を占問するに非ざらんや。太乙巳は紫微垣内に在り、是れ家室の象、若し疾病刑煞の神に遇えば、家中人の病を抱く有るは知るべし。未位は剛に陽を離れて漸々陰に入り、再び天后を乗せば、奸淫の事は必ず免れ難し。丑は是れ貴人の本家、太常は財を主り田を主る、二者会合して得れば、則ち田産進益は疑問無し。天空は是れ奴僕、酉は是れ門戸、奴僕の門戸の上に守るは、正に主に背きて行くなり。亥卯未は三合成局、故に未と亥と互いに親友と為す。再び言う、未中の酒食も亦た亥と共享す。辰・戌は動を主りて静を主らず、奔走の象有り、天空は奴と為り玄武は婢と為る、二者辰戌に臨む、故に奴婢逃亡と説く。小吉未は礼儀酒食を主り、又た六合此の牙人媒妁の神を見るは、是れ婚姻聘娶も亦た知るべし。
巻二・神将会合の人物を断ず
辰逢勾虎必問田墳,丑作虎勾墓田破損。太歲龍常來占官職,子乘龍合女受皇恩,寅乘龍合兒孫歡慶。二八如同陰武,私通門戶搖動;巳亥若逢陰后,二女奔淫不已。干作六合為蕩婦,見亥亦作孩兒;丑遇天空為矮子,會申名為和尚。寅作朱雀,會卯為文章之輩;寅乘玄武,見巳為煉丹道人。卯上乘傳送為匠斫,辰上見白虎是屠人。巳入酉宮為犯刑遠配,會太陰亦作淫娼;酉加午上為寵婢登堂,會六合必主淫亂。未加酉為繼母,申乘合作醫人。戌作天空健奴軍吏,亥乘玄武乞丐鬼神。
神将の組合に由りて還た問う所の何事・指す所の何人を断出すべし。辰上に勾陳・白虎に逢うは、問う所必ず是れ田地墳塋。丑上に白虎・勾陳を作すは、墓地田産破損を主る。太歳上に青龍・太常を乗ずるは、是れ来りて官職を問う。子上に青龍・六合を乗ずるは、女子の皇恩を受くるを得るを主る。寅上に青龍・六合を乗ずるは、児孫に喜慶有るを主る。卯酉二八の門若し同時に太陰・玄武を乗せば、私情外露・門戸動揺を主る。巳・亥若し太陰・天后に逢えば、両女淫奔止まざるを主る。日干上に六合を作すは、放蕩の婦を主る。若し亥を見れば、則ち又た小孩を指す。丑上に天空に遇うは、矮小の人を主る。申と相会すれば、則ち和尚と称す。寅上に朱雀を作し、卯と相会するは、能く文なるの士。寅上に玄武を乗じ、巳を見るは、是れ丹を煉るの道人。卯上に申「伝送」を乗ずるは、是れ木を斫るの工匠。辰上に白虎を見るは、是れ屠戸。巳の酉宮に落入するは、刑を犯し遠く配るを主り、若し太陰に会すれば亦た淫娼を主る。酉の午上に加わるは、是れ寵婢の堂に登る、若し六合に会すれば必ず淫乱を主る。未の酉上に加わるは、継母を主る。申上に六合を乗ずるは、医生を主る。戌上に天空を作すは、是れ壮健の家奴或いは軍中の吏卒。亥上に玄武を乗ずるは、乞丐或いは鬼神の事を主る。
天罡主動,勾陳屬辰為田墳之象,更見白虎凶喪之神,則動問必在田與墳矣。丑土主靜,遇勾虎凶神必主墓田破損事。太歲君象,文視青龍武視太常,占者如近太歲豈非問官職乎?子為天后,龍為恩寵,女為龍合,自是膺受皇恩之象。寅卯即青龍喜神,六合為兒孫,所主必喜慶事。二八謂卯酉,如乘太陰玄武蔽匿陰私之神,則門戶汙淫必矣。巳為雙女,巳為雙魚,都為淫亂之象。子為婦女,見陰私六合之神,自然所主淫蕩。亥為幼子,乘六合兒孫之神,其為孩兒無疑。天空是戌為足,而加於丑,足為刑不能大長,故為矮子。天空亦作和尚,申解作身,身會空則身入空門矣。
張洪は上文の各条を細解す。天罡辰は動を主り、勾陳も亦た辰に属し、是れ田地墳墓の象、再び白虎此の凶喪の神を見れば、則ち動問する所必ず田産と墳塋の上に在らん。丑は土に属して静を主る、勾陳・白虎の両つの凶神に遇上すれば、必ず墓地田産破損を主らん。太歳は是れ君主の象、文官は青龍を看武官は太常を看る、占者若し太歳と相近ければ、豈に官職を問うに在らざらんや。子は是れ天后、青龍は恩寵を主り、女子は又た青龍と相合す、自然に皇恩を承受するの象なり。寅・卯は正に青龍此の喜慶の神の居る所、六合は児孫を主る、主る所必ず是れ喜慶の事。二八は卯・酉の両門を指す、若し太陰・玄武此の類の遮掩陰私の神を乗せば、門戸の汚淫は免るるを得ず。巳は既に双女を象り、又た双魚を象る、皆な是れ淫乱の象。子は婦女を主り、再び陰私と六合の神とを見れば、自然に淫蕩を主る。亥は是れ幼子、六合此の児孫の神を乗せば、小孩子を指すは是れ疑無し。天空の本位は戌に在り、戌は又た足を主る、丑に加臨すれば、足は刑克を受けて長く高きを得ず、故に是れ矮子。天空も亦た和尚と作りて看るべし、申は「身」と解すべし、身と天空と相会すれば、則ち身の空門に入るなり。
寅為書籍文章,卯為術,朱雀文明之象,課象值此,自是文人譽聲。寅為道士,玄武不正之神,乃竊取財物者也,巳為鼎灶,相會為一煉丹可知。一說寅屬艮,成言乎艮,艮道在是矣。上玄武下巳火,水上火下,正丹經所云“取將坎位中心實,點化離中腹裡虛”也。申者身也,身琢木為匠作,又卯加申琢成器物。罡成虎殺氣太旺,故為屠人。酉主殺,是天地之刑官,巳從巽入兌相剋,犯刑之義也,又巳加酉為配,所刑必屬遠配。巳雙女見太陰陰私蔽匿之將,所主必淫邪事。午正陽有堂之象,從魁婢也,加午為登堂,若見六合陰私之象,其淫汙可知。土生金者也,金旺於酉,土敗於酉,以敗氣生旺金,如子已長成,而母又生之,故為繼母。申身也,身入六合藥材之中,豈非醫藥流?戌者戍也,天空戌之本位,故為軍奴。玄武脫耗,亥為天門,故云乞丐鬼神。
寅は書籍文章を主り、卯は技芸を主り、朱雀は又た是れ文明の象、課象此らに遇上すれば、自然に是れ文人の声嘗有り。寅も亦た道士を主り、玄武は是れ不正の神、専ら財物を窃取するを会す、巳は是れ鼎鑪竈火、二者相会すれば、是れ丹を煉るの人便ち知るべし。別の一説、寅は艮卦に属し、『周易・説卦』に「成言乎艮」と講ず、修道の理は正に此に在り。上に玄武の水を乗じ下に巳位の火に臨み、水は上に在り火は下に在り、正に丹経の謂う所の坎中の満を取り離中の虚を填むるの坎離交媾の義なり。申は則ち「身」、身を以て木を斫れば便ち工匠。又た卯の申上に加わるは、是れ木料を把りて器物に琢成す。天罡辰上に白虎を成すは、殺気太く旺ん、故に是れ屠戸。酉は肅殺を主り、是れ天地間の刑官、巳は巽位より入りて兌位に入りて克を受く、正に刑を犯すの義。再び言う、巳の酉上に加わるは是れ「配」、受くる所の刑は必ず是れ遠地への充軍。巳は双女を象り、太陰此の遮掩陰私の天将を見れば、主る所必ず是れ淫邪の事。午は是れ正陽、廳堂の象有り、従魁酉は是れ婢女、午上に加われば便ち堂に登り室に入る。若し再び六合此の陰私の象を見れば、其の淫汚も亦た知るべし。土は能く金を生じ、金は酉に旺し土は酉に敗る、衰敗の気を以て旺盛の金を生ずるに往けば、児子已に長成したるに母亲却って又た其れを生養するが如し、故に象を取りて継母と為す。申は是れ身、身の六合此の薬材の中に落入するは、豈に医薬の一流に非ざらんや。「戌」は則ち戍守の戍、天空の本位は戌に在り、故に軍中の奴僕を主る。玄武は脱失耗散を主り、亥は又た是れ天門、故に乞丐と鬼神とを説く。
虎踞二八之門,八難興而三災發。貴立天門之地,六神藏而四煞沒。 卯酉為二八門,諸事所必由。今為虎踞,災難自興。惟丑貴加亥方說得四煞沒六神藏,四煞即辰戌丑未而加四孟,則化凶為吉矣。六神藏者,蛇臨子,朱臨丑,勾臨卯,空臨巳,虎臨午,玄臨申是也。
白虎の卯・酉此の两道の門の上に盤踞するは、八種の苦難之に随いて興起し三様の災禍接連して爆発す。貴人の亥此の天門の地に立つは、六つの凶神皆な蔵れ四つの凶煞も亦た皆な消隠す。張洪の注に曰く、卯と酉は「二八門」と称し、凡事皆な必ず此の門を経る、今白虎に占住せられ、災難自然に興起す。只だ丑上の貴人の亥位に加臨するのみ、乃ち四煞消没・六神潜蔵を談ずるに足る。四煞は則ち辰・戌・丑・未、其ら若し四孟の上に加われば、便ち凶を化して吉と為す。謂う所の六神蔵は、螣蛇の子に臨み・朱雀の丑に臨み・勾陳の卯に臨み・天空の巳に臨み・白虎の午に臨み・玄武の申に臨む此の六種の情形を指す。
太常為破碎為孝服,如天獄騰蛇主災致訟;天空會勾陳為鬥爭,會伏殃化鬼家破人離。天后臨卯酉一舉成名,月將乘青龍片言入相。勾龍同居旺地,財寶如田;常貴共入官鄉,當朝執政。 四孟金雞四仲蛇,四季丑日是紅砂,此破碎煞也。太常主衣服而遇破碎,豈非孝服之象乎?天獄即天獄煞也,或值天獄卦亦是常乘此,更會騰蛇驚恐之將,災訟必矣。天空即為戌,勾陳即為辰,辰相爭又魁罡動搖,豈非鬥爭?伏殃正酉逆四仲,凡四仲為五陰之地,陰盛化鬼家破人離之象也。又天后為恩澤之神,月將近君將之象,文青龍為恩寵,太陰屬金乃財帛之神,勾陳積眾之神,妙在同居旺地,四字問功名一事,大抵要官星得地,若太常天乙入官鄉而他處更無克害,便是升官遷職吉象。
太常若し「破碎煞」に逢えば、孝服の事を主る。若し「天獄」と螣蛇とに遇えば、則ち災禍を主りて官訟を招致す。天空の勾陳に会上するは、争闘を主る。「伏殃」に会上して鬼に化するは、家破人離を主る。天后の卯・酉に臨むは、一挙成名を主る。月将上に青龍を乗ずるは、片言の間に便ち入相を得るを主る。勾陳と青龍と同居して旺地に在るは、財宝多く田産の如し。太常と貴人と一同に官郷に進入するは、以て当朝執政すべし。張洪の注に曰く、破碎煞の取法は四孟の日は酉に在り四仲の日は巳に在り四季の日は丑に在り。太常は本より衣服を主る、偏偏破碎に遇上す、豈に正に孝服の象に非ざらんや。天獄は則ち天獄煞、或いは天獄課を占得するも常に此の煞を乗ず、再び螣蛇此の驚恐の将に会上すれば、災禍訟事は免るるを得ず。天空は則ち戌、勾陳は則ち辰、辰戌相争い、又た天魁天罡の動揺不定に逢う、豈に斗争に非ざらんや。伏殃は是れ酉より起こり逆行四仲、凡そ四仲は皆な五陰の寄居する地、陰気太く盛んなれば便ち鬼と化す、是れ家破人離の象。再び説く、天后は是れ恩沢の神、月将は近侍君王の象有り、文官は青龍を以て恩寵と為し、太陰は金に属し是れ財帛の神、勾陳は是れ聚衆の神、妙は妙なり其らの同居して旺地に在るに。同居旺地の此の四つ字は専ら功名一事を説く。大抵須く官星の地を得るを要し、若し太常・天乙の官郷に進入して、而して別處又た克害無ければ、便ち升官遷職の吉象なり。
年臨孤寡自甘半世孤燈,日遇空亡多主首陽餓死。太陽加神后之位,水火之災;太陰臨勝光之宮,自縊之患。財遇絕宮而上乘旺氣,定因白手成家;子作白虎而下見離明,多主螟蛉承嗣。年命加臨卯酉,作事朝移暮改;龍合下臨丑未,為人佛口蛇心。武會太陰,嘲風弄月;虎同天后,迷花戀酒。財同朱雀,主口舌上生財;武見官鬼,因奸偽而成事。財為天后,主宅主妻;財為太陰,為奴為婢。年作卯酉而入空申,隨娘再嫁;時逢酉未而乘刃絕,市井呼盧。合武乘旺臨酉寅,非雷驚必主沉溺;虎蛇帶煞臨未巳,非牙咬必主蛇傷。子午卯酉為關格,謀望多主難成;辰戌丑未為墓神,發用多因掩蔽。
行年の孤辰寡宿の上に落つるは、甘心して半生一盞の孤燈を守る。日干の空亡に遇うは、多く伯夷叔斉の首陽山に餓死するが如く窮困して依る无きを主る。太陽の子「神后」の位に加わるは、水火の災を主る。太陰の午「勝光」の宮に臨むは、自縊の患を主る。妻財の絶地に落ちて上面又た旺気を乗ずるは、必ず是れ白手起家。子孫の白虎を作して下面に離火の光明を見るは、多く他人の子を抱養して香烟を承継するを主る。年命の卯・酉に加臨するは、事を做すに朝令夕改す。青龍・六合の下に丑・未に臨むは、人と為るは是れ佛口蛇心。玄武の太陰に会するは、吟風弄月を主る。白虎の天后と同じくするは、声色酒食に迷恋するを主る。妻財の朱雀と同じくするは、口舌の間に於いて財を生出するを主る。玄武の官鬼を見るは、奸巧作偽を靠りて事を把り成すを主る。妻財上は是れ天后、主る所は是れ住宅と妻室。妻財上は是れ太陰、主る所は是れ奴僕婢女。行年の卯・酉を作して空亡の申位に入るは、母亲に随いて改嫁するを主る。占時の酉・未に逢いて羊刃と絶気とを乗ずるは、市井に流落して賭博を以て生と為すを主る。六合・玄武の旺を乗じて酉・寅に臨むは、雷に驚かされるに非ざれば、必ず溺水を主る。白虎・螣蛇の煞を帯びて未・巳に臨むは、歯牙に咬傷せらるるに非ざれば、必ず是れ蛇に傷せらるるなり。子午卯酉の合して「関格」と為るは、謀る所の事は多半成り難し。辰戌丑未は皆な是れ墓神、発用の時は事は多く遮蔽に因りて不明なり。
四時前孤後寡,或值旬空,皆為孤寡。若人年臨孤寡地,占婚最忌。日遇空亡,單言日干落空,則主空乏之事。水火相激而成災,干火克乾金,乾為首,火為心,心自害其首,故有自縊之象。財物遇絕是白手之象,上乘旺氣則絕而復興。虎傷子息無見,幸離火克虎則絕而不絕。卯酉為日月往來之門,故主移動不一。六合青龍乃東方主氣,主慈,而臨於丑未上,又主克,是口慈而心毒。陰金主陰,水象淫泆,又金水相涵,風月有情。白虎為傳送之神,會天后則閨門哪得貞靜。大凡事之成否要視官鬼,苗公云不克不成事者此也。申為坤為母,申空而母不安室,人年又加卯酉,必主變動,故云。酉為歌喉,未為酒店,又乘刃絕,故不事正業,但日趨於敗耗地也。六合司震,玄武屬水,水雷屯正雷雨之動滿盈也,故云。又蛇虎凶神,百葉窗煞乘巳未之生,其凶愈甚,故主受傷掩蔽。要論休旺。
張洪の注に曰く、四時各々孤辰前に在り寡宿後に在り、若し又た旬空に値すれば、皆な孤寡と算す。人の行年若し孤寡の地に落つれば、婚姻を占うに最も忌諱す。日の空亡に遇うは、単に日干の空に落つるを指し、空乏して著く所無きの事を主る。水と火と相激すれば便ち災害と成る。午火は乾金を克し、乾は頭首と為り、火は心と為る、心は反って自己の頭を傷る、故に自縊の象有り。財物の絶地に遇うは是れ白手空拳の象、上面若し旺気を乗せば、便ち絶處逢生なり。白虎は子を傷る、本より生路無し、幸いに離火の能く白虎を克する、是に於いて絶にして絶せず。卯・酉は是れ日月往来の門、故に変動不定を主る。六合・青龍は皆な東方の主気、本より仁慈を主る、可なりと雖も丑・未の上に臨むは又た克伐を主る、則ち口裡慈悲にして心裡狠毒なり。太陰は金に属し陰を主り、玄武は水に属し淫泆を象徴す、金水相涵し、自然に風月有情なり。白虎は是れ伝送の神、天后に会上すれば、閨門何れにか還た貞静を守るを得んや。大凡事の成と不成とは皆な官鬼を看るを要し、苗公の謂う所の相克せざれば則ち事を办成す能わずは、正に此の意なり。申は坤に属し母と為る、申の空に落つれば則ち母亲は其の室に安居する能わず、人の行年又た卯酉の上に加わるは、必ず変動を主る、故に此の様に説く。酉は歌喉を主り、未は酒店を主り、又た羊刃と絶気とを乗ず、故に正業を務めず、只だ一天一天敗耗の地に走向す。六合は震卦を主り、玄武は水に属す、水雷は合して屯卦と成る、正に雷雨大作・天地に盈満するの象、故に此の様に説く。再び言う、螣蛇・白虎は皆な是れ凶神、帯びる所の凶煞又た巳・未の生気を乗ず、凶険更に甚し、故に受傷と遮蔽とを主る。此らは還た皆な須く五行の休囚旺相を参看して定むべし。
巻二・占事分類総訣
占天看雲龍風虎,察水火升降以辨陰晴。占地看玉藻金英,視神將生克以知吉凶。占宅占人看日辰而次詳課義,占獄占病視勾虎而解救同論。捕亡三奸之下可得,鬼神煩神之位推詳。占婚姻視天后妻財與日辰比和。占胎孕夫妻年上方判陰陽。占謀望要成神合氣,占求財要看旺相龍常。占功名先看吉神吉將,占官職當明天吏天城。 占地,支之陽神是墓,支之陰神是穴,玉藻金英有之。勾主獄,虎主病,見此宜視救神。凡亥子丑有一位加於地盤仲上,則對沖處便為三奸。對沖視天盤天后,日辰比和俱重。若一處並吉便可言吉,男女自夫妻年上推來主的。成神正巳順四孟,合氣主旺相之氣,言成神有氣不休也。龍常是財神。
各類の占問各々取法有り。天時を占うは雲の龍に従い風の虎に従うを看、水火二気の升降を察して以て陰晴を分かつ。地理を占うは「玉藻」「金英」の二神を看、神将の生克を視て以て吉凶を定む。住宅・人事を占うは先ず日干日支を看、再び課体の義を細推す。牢獄・疾病を占うは勾陳と白虎とを看、解救の法も亦た此に照らして推論す。逃亡の人を捕捉するは、「三奸」の下に於いて擒獲すべし。鬼神の事を問うは、煩神の居る所の位より推詳するを従す。婚姻を占うは天后・妻財と日干日支と比和するか否かを看る。胎孕を占うは須く夫妻両人の行年の上に於いて乃ち男女を判出すべし。謀望を占うは須く「成神」有りて并且気機相合するを要す。求財を占うは須く青龍・太常の是れ旺相か否かを看るべし。功名を占うは先ず吉神吉将を看る。官職を占うは当に「天吏」「天城」の二神を明らかにすべし。張洪の注に曰く、地理を占う時、日支の陽神は是れ墳墓、日支の陰神は是れ穴位、玉藻・金英は則ち其の中に在り。勾陳は牢獄を主り白虎は疾病を主る、其らを見れば当に再び救神の有無を看るべし。凡そ亥・子・丑の中に一位の地盤の四仲の上に加わる有り、其の对冲する所の地方は則ち三奸なり。对冲の處は須く天盤の天后を看、日干日支と比和するか否かは皆な極めて緊要なり。若し一処に諸吉並び集まる有れば便ち吉と断ずべし。男女の別は自然に須く夫妻双方の行年の上より推して来らば乃ち準なり。成神は是れ巳より起こり順行四孟、合気は是れ旺相の気を指し、意思是れ成神に気有りて休囚せず。青龍と太常とは皆な是れ財神。
出行日為陸而辰為水,視神將之生克以辨吉凶。經商辰為主而日為客,視神將之衰旺以定合宜。子孫動而求官不吉,官鬼動則兄弟屯邅,兄弟動則妻財有損,妻財動則父母災危,父母動則子孫受克,官鬼動亦憂於己身。吉神宜旺宜相,凶煞要墓要空。吉神空吉不中不吉,凶煞空凶內不凶。吉居德祿之宮,出潛離隱而招祥致福;凶居生克之地,戀生解克而無害。貴人順治凶神少降災殃,天乙逆行吉將聊施恩澤。 蓋子至巳為陽,亥至午為陰,乃天地一大開關也。貴人順治向南諸事吉,逆治向陰位去則諸事主少吉。
出行を占うは、日干を以て陸路と為し日支を以て水路と為し、神将の生克を看て以て吉凶を分かつ。経商を占うは、日支を以て主人と為し日干を以て客商と為し、神将の衰旺を看て以て是れ相宜か否かを定む。六親の発動は各々応験有り。子孫動けば則ち官を求むるに利からず、官鬼動けば則ち兄弟艱難なり、兄弟動けば則ち妻財受損し、妻財動けば則ち父母災有り、父母動けば則ち子孫克を受け、官鬼一たび動けば自身も亦た憂うるを要す。吉神は宜しく旺しく宜しく相たるべし、凶煞は則ち最も墓に入るか或いは空に落つるを好しとす。吉神の空に落つるは、吉裡も亦た吉ならず。凶煞の空に落つるは、凶中反って凶ならず。吉神若し徳神禄神の宮に居れば、便ち能く潜を出で隠を離れ、祥を招き福を致す。凶神若し生地或いは克せらるるの地に居れば、或いは生を貪り或いは制を受け、亦た害を為すに従う无し。貴人の順行して事を治むるは、凶神の災殃を降すこと少なし。天乙の逆行するは、吉将も亦た只だ略々恩沢を施すのみ。張洪の注に曰く、子より巳に至るは陽に属し、亥より午に至るは陰に属す、此れ是れ天地間の一大開合の関口。貴人の順行して南に朝向して走るは、諸事皆な吉。逆行して陰位に向かいて去るは、諸事は則ち少しく吉利有り。
凶神刑害日辰連綿災禍,吉將交加課傳不絕歡忻。凶神和合雖災而不致深危,吉將刑傷有慶而終難全美。日辰有彼我之分,神將有尊卑之別。剋日則災及自身,刑辰主禍延家宅。男推日而女推辰,於中玄妙;陽課明而陰課暗,此際幽微。孟仲發用事應尊親,季作初傳定應卑幼。用神驗人事,比和為親為近,不比為遠為疏;神將斷吉凶,旺則日新月盛,衰則漸退旋頹。貴神帶印克今日為有位有祿,申午相合乘天后為保為媒。虎克日辰官災癆病,勾刑卯酉路死扛尸。白虎會旺相之金而克害年命,難免一刀之患;勾陳合太歲之神而刑沖日辰,定遭尸解之厄。年逢陰鬼,魃地生災;日遇陽官,明中致福。
凶神の日干日支を刑害するは、災禍連綿断えず。吉将の課伝の中に於いて交相叠加するは、歓喜の事接連して絶えず。凶神若し日辰と和合せば、雖も災有るも深危に至らず。吉将若し刑傷を受くれば、雖も喜慶有るも終竟円満を得難し。日干と日支とに彼我の分有り、十二天将に尊卑の別有り。日干を克すれば則ち災は己身に及び、日支を刑すれば則ち禍は家宅に延びる。男を占うは日干を看女を占うは日支を看、其の中自ら玄妙有り。陽課は事の明朗を主り陰課は事の隠晦を主る、此の處最も幽微を見る。四孟・四仲の発用は、応ずる所は是れ尊長親属。四季の初伝を作るは、応ずる所は必ず是れ卑幼の輩。用神は以て人事を験す。日辰と比和するを親と為し近と為し、比和せざるを遠と為し疏と為す。神将は以て吉凶を断ず。旺相なれば則ち日新月に盛ん、衰敗なれば則ち節節退落す。貴神の印綬を帯びて当日の日干を克するは、是れ官位有り俸禄有るの徴。申と午と相合して天后を乗ずるは、人の保を作り媒を作る有るを主る。白虎の日干日支を克するは、官災と癆病とを主る。勾陳の卯・酉を刑するは、道路に於いて死し人に由りて尸を抬げて帰るを主る。白虎の旺相の金に会上して年命を克害するは、刀刃の傷有るを免れ難し。勾陳と太歳と相合して日辰を刑冲するは、必ず身を喪うの厄に遭遇す。行年上に陰鬼に逢うは、旱魃の地に臨みて災を生ずるが如し。日上に陽官に遇うは、則ち光明の處に於いて福を得。
大凡合處為來之有路,帶印非生我之印也,乃巳加戌為鑄印也。戌為印綬,皆所謂帶印。經云:帶印皆指遁干生貴人,此說大有道理。傳送象媒保,朱為朱雀,乃口舌上生財是也。又傳送於道路而發用在天后,日主訟,辰主疾;勾主死尸,卯酉主道路,金旺虎愈旺,其凶愈甚。歲君合勾陳刑沖日辰,凶不可解。言勾虎者,以二煞原極刑極陰之氣故也。陰鬼是建干遁來之鬼也,陽官則見於上矣。 貴神帶印,謂貴神生日也,為有位有祿之徵。貴神若剋日則在上者不喜,豈能得益?吾遇此類課體甚多,貴、龍、常剋日則災殃不免,遑論祿位?
張洪の注に曰く、大凡相合の處は、則ち事の来る時路有りて通ず。謂う所の「帯印」は、並びに是れ我を生ずるの印綬に非ず、而して巳の戌上に加わりて鋳印の格を成すなり。戌は本より印綬を主る、凡そ此れ皆な帯印と叫ぶ。経文に帯印は皆な遁干の貴人を生ずるを指すと説く、此の説法は甚だ道理有り。申「伝送」は媒人保人を象る、朱は則ち朱雀、正に口舌の間に於いて財を生出するなり。又た申伝送は道路を主り、而して発用は天后に落つる。日干は争訟を主り日支は疾病を主る。勾陳は死尸を主り卯酉は道路を主る、金気一たび旺んれば白虎更に旺ん、凶険も亦た更に甚し。太歳と勾陳と相合して日辰を刑冲するは、凶険化解する法無し。単に勾陳と白虎とを挙ぐる所以は、此の両つの煞は本より則ち極刑・極陰の気なるを以てなり。陰鬼は是れ月建天干より遁出するの鬼、陽官は則ち明らかに盤上に現る。貴神帯印に至りては、貴神の日干を生ずるを説き、是れ官位有り・俸禄有るの徴験と為す。貴神若し反って日干を克すれば、則ち上位者の汝を喜ばざるなり、何れにか還た好處を得るを得んや。我は此の類の課体に遇うこと多し、貴人・青龍・太常一旦日を克すれば、災殃は則ち免るるを得ず、還た何の禄位を談ぜんや。
巻二・十二支分野と形体病症
要見分類形狀,當視州野區分。子列青州,亦主江湖溝澗。丑為揚地,更為宮殿橋樑。寅主幽燕亦主棟樑寺觀,卯為豫州更為棺槨門憲。辰為兗州亦主井泉墳墓,巳定荊州兼為弓弩簾筐。午主三河亦主山林書畫,未為雍州酒店茶房。申為晉域更主神祠鬼屋,酉為冀地又為庫房山岡。戌主徐州亦主州城牢獄,亥為豳地更為居榭廄房。此特舉其大概,於中仔細推詳。
占う所の事は何れの一類に属し・是れ何の形状なるかを辨明するには、当に十二支の分野州域に按じて区分すべし。子は青州に属し、亦た江湖溝澗を主る。丑は揚州に属し、又た宮殿橋梁を主る。寅は幽燕の地を主り、亦た棟梁と寺観とを主る。卯は豫州に属し、又た棺槨と門戸とを主る。辰は兗州に属し、亦た井泉と墳墓とを主る。巳は定めて荊州と為り、兼ねて弓弩・帘幕と箱筐とを主る。午は三河の一帯を主り、亦た山林と書画とを主る。未は雍州に属し、又た酒店茶坊を主る。申は晋地に属し、更に神祠と鬼屋とを主る。酉は冀州に属し、又た庫房と山岡とを主る。戌は徐州に属し、亦た州城と牢獄とを主る。亥は豳地に属し、更に台榭と馬廐とを主る。此の處は只だ其の大概を挙ぐるのみ、其の中還た須く仔細に推詳すべし。
子作內房婦女鬼神兼洩瀉,丑為庭院禿頭病腹患脾腸。寅主道路,入長生則為道士,主鬚髮而病風疥;卯為門戶,會玄武則為經濟,主手背而病在膏肓。辰為牆垣書簿,主皮毛臃腫之災;巳為爐灶小口,主咽喉面齒血光。午為堂屋,主心目葉瀉瘟;未為井院,主頭胃膈噎椎梁。申為驛遞,主骸骨心胸脈絡不利;酉為六戶,主口耳小腸喘咳難當。戌為牆院足腿,亦主夢魂顛倒;亥為廁間虐痢,定應脾疝膀胱。自茲觸類而長,當尊此例推詳。 天后為婦女,天一生水,鬼神造化之始。丑為星紀,寒土不生毛,故禿頭。木主肝,又膏上肓下,肝之表也。巽為風,主入,蛇火未井宿,先天午未屬乾,為首。未者味也,故言胃。魂藏辰戌,魄藏丑未,虐痢寒熱往來。
十二支は又た各々宅中の部位と身上の病症とを主る。子は内房・婦女と鬼神とを主り、病は則ち泄瀉を主る。丑は庭院を主り、人は則ち禿頭、病は腹部脾腸に在り。寅は道路を主り、若し長生に入れば則ち道士を指し、人は鬚髪を主り、病は是れ風疾疥癬。卯は門戸を主り、玄武に会上すれば則ち経紀売買の人を指し、身上は手背を主り、病は膏肓に在り。辰は墻垣と文書簿册とを主り、病は皮毛と臃腫とを主る。巳は爐竈と小児とを主り、病は咽喉・面歯と血光とを主る。午は堂屋を主り、病は心・目・吐瀉と瘟疫とを主る。未は水井院落を主り、病は頭・胃・噎膈と脊椎とを主る。申は駅站伝逓を主り、病は骸骨・心胸と脈絡不通とを主る。酉は門戸を主り、病は口・耳・小腸と喘咳難忍とを主る。戌は墻院と足腿とを主り、亦た夢魘顛倒を主る。亥は廁所を主り、病は瘧痢を主り、必ず脾疝と膀胱とに応ず。此に由りて触れて類推衍せば、皆な当に此の例に依りて細推すべし。張洪の注に曰く、天后は婦女を象り、天は一に水を生ず、是れ鬼神造化の開端。丑は是れ星紀、寒土は毛髪を長ぜず、故に禿頭を主る。木は肝を主り、膏は上に在り肓は下に在り、正に肝の表位。巽は是れ風、侵入を主る。螣蛇は火に属し、未中に井宿有り。先天八卦は午未は乾に属し、乾は是れ首。未は則ち味、故に胃を主ると説く。魂は辰戌に蔵り、魄は丑未に蔵る、瘧痢は正に寒熱往来の症。
巻二・正時先鋒門と総断
先賢時察來情,端倪無不應驗。時遇空亡必主侵欺詐偽,時乘驛馬必主動改遷移。沖日沖辰彼我流離顛沛,同辰同日事情偃蹇遲疑。時日相生迭為恩澤,日時克害親作仇寇。日克時則為財,時剋日則為鬼。遇子遇午時往時來,值卯值酉為門為戶。時乘日墓雖成而終成闇昧,日得夜時見貴而反作不祥。日逢時破主走失之災,辰遇時刑應訟獄之禍。時干日干相合外事和同,時支日支相合婚姻和會。日辰俱合正時,內外見一團和氣;正時沖刑月將,頃刻有不測災來。
先輩は占時を用いて来人の意図を察す、端倪は応験せざる無し。占時の空亡に逢うは、必ず人の侵奪欺騙・弄虚作偽有るを主る。占時の駅馬を乗ずるは、必ず変動遷移を主る。占時の日干を冲し日支を冲するは、彼此皆な流離顛沛せんとす。占時と日干日支と相同じるは、事は便ち遅滞疑難なり。占時と日干と相生するは、双方互に恩恵を施す。日と時と相克相害するは、親人も亦た仇敵と成る。日の時を克するは是れ財、時の日を克するは是れ鬼。子に遇い午に遇うは一往一来を主る。卯に値し酉に値すれば便ち是れ門と戸。占時の日干の墓を乗ずるは、事は雖も成るも終に帰して暗昧なり。白日に占して却って夜貴の時を得るは、貴人を見て反って不祥と成る。日の占時に逢いて相破するは、走失の災有るを主る。日支の占時に遇いて相刑するは、訟獄の禍有るべし。時干と日干と相合するは、外面の事は和順同心なり。時支と日支と相合するは、婚姻は和合するを得。日干日支皆な正時と相合するは、内外一団の和気。正時若し月将を冲刑せば、頃刻の間に不測の災有らん。
古人以時為先鋒門,故未得課,先視正時與日子祿墓生克何如,又以天上正時所乘神為直事,而事之原委已可知矣。如申日巳時,巳作蛇便知為子孫憂疑事也。 大抵四課三傳克多則事煩,克少則事一。生多則虛誕,生少則理明。 三傳內有克殺,子孫即為救神,無克則為脫氣;日辰交相入墓,沖神號作天恩,遇墓終成破損。
張洪の注に曰く、古人は占時を「先鋒門」と叫ぶ、故に未だ課を起こさざるに、先ず正時と日干の禄・墓と何の生克関係有るかを看、再び天盤正時の乗ずる所の天将を取りて「直事」の神と作す、事の来龍去脈は已に大概を知るを得。譬えば申日に巳時を占得し、巳上に螣蛇を作せば、便ち問う所は子孫方面の憂疑の事なるを知る。大抵四課三伝中相克太多ければ則ち事は煩雑、相克少なければ則ち事は単純。相生太多ければ反って虚浮にして実ならず、相生少なければ反って条理分明なり。三伝之内に若し克殺有れば、子孫爻は則ち是れ救神。若し克無ければ、子孫は便ち我が気を泄すと成る。日干日支の交相墓に入る時は、墓庫を冲開するの神を「天恩」と称す。若し一味に墓に遇いて冲無ければ、事は終竟破損せんと欲す。
天地務致中和,陰陽不宜偏勝。 鬼臨畏地,當憂不憂;財入鬼鄉,聞喜不喜。 神將交克,占及夫妻;同類相傷,事因昆季。 財遇天中,產業傾頹;鬼臨旬尾,官災不起, 吉凶神其神將,生死辨其安危。 例多而同歸一理,舉一隅當反三矣。 天中謂空亡也,旬尾謂閉口也。
天地は中和に帰するを貴び、陰陽は一方の独勝有るに宜からず。官鬼の自己畏るる所の地に落つるは、本当憂うべきも反って憂うるを須いず。妻財の官鬼の郷に落入するは、喜訊を聞くも起きて喜ぶ能わず。神将の交相克戦するは、占う所多く夫妻に渉る。同類の神の彼此相傷るは、事は多く兄弟より起こる。妻財の「天中」に遇上するは、産業傾覆頹敗す。官鬼の「旬尾」に落つるは、官司災訟便ち興起する能わず。吉凶は須く神将の上より分辨すべく、生死は須く安危の上より判別すべし。例は雖も多きも、道理は却って一条に帰す、一隅を挙出すれば便ち当に三隅を以て相証すべし。張洪の注に曰く、天中は則ち空亡、旬尾は則ち前面の講ずる所の閉口。
巻三・大六壬会纂占験指南
総論章第一
讀王弼注《易》,經傳合參,最利參考。茲遵其法,將原書卷三、卷四合而為一,列為二十九章。課中涉及人物,於史有正名正傳者不少,茲據《明史》、《清史稿》可知者注於後。 按原書占驗計一百二十五,首課起壬子,末課起辛卯,綿延四十年。查壬子為萬曆三十年(1612),萬曆帝子光宗泰昌元年為辛酉(1621),光宗子熹宗天啟元年為壬戌(1622),熹宗弟崇禎元年為己巳(1629),甲申年為崇禎十六年,李自成攻破北京,清軍入關。南明弘光帝小福王以甲申即位,乙酉敗亡。清帝福臨順治元年即起甲申。查其事蹟者皆踵此推。
王弼の注解する『周易』を読むに、経と伝と合して参看すれば、最も参考に便り。今此の弁法に依りて、原書の巻三・巻四を合併して一巻と為し、分列して二十九章と成す。課例の中に渉及するの人物は、史書の上に名有り伝有る者少なからず、凡そ『明史』『清史稿』に拠りて查考する能くする者は、皆な後に注す。又た按ず、原書の載する所の占験は共に一百二十五則、第一課は壬子年に起こり、末の一課は辛卯年に起こる、前后綿延して四十年。査するに壬子は是れ万暦三十年、則ち公元一六一二年。万暦帝の子光宗の泰昌元年は是れ辛酉、則ち一六二一年。光宗の子熹宗の天啓元年は是れ壬戌、則ち一六二二年。熹宗の弟崇禎の元年は是れ己巳、則ち一六二九年。甲申年は是れ崇禎十六年、此の年李自成は北京を攻破し、清軍は入関す。南明弘光帝小福王も亦た甲申年に即位し、乙酉年に到りて敗亡す。清帝福臨の順治元年も亦た同じく甲申に起こる。凡そ此らの課例の背後の史事を考查せんと要するは、皆な此の年表に照らして下に推算すべし。
天時章第二
天象先占大角星(辰),指陰主雨指陽晴。貴登絳明(亥子二宮)時雨沛,預卜陰晴此法精。 龍入廟(龍加寅)晴昇天(龍臨辰巳午未)雨,虎出山林(虎加寅卯)有烈風,水運乎天嘆霖澤,火離於地仰晴空。
天時を占うは、先ず「大角星」を看る、則ち辰位なり。辰の陰方を指向すれば則ち下雨を主り、陽方を指向すれば則ち天晴を主る。貴人の亥・子此の両宮「絳明」の地に登上すれば、時雨は便ち沛然として下る。此の方法を用いて陰晴を預卜すれば、最も精準なり。青龍の寅上に加わるを「入廟」と叫び、晴を主る。青龍の辰・巳・午・未に臨むを「昇天」と叫び、雨を主る。白虎の寅・卯に加わるを「出山林」と叫び、烈風の起こるを主る。水気の天上に於いて運行するは、久旱に甘霖を望むべし。火気の地面を離るるは、則ち只だ晴空を仰望するのみ。
風雨之主看龍虎,風雨之期尋羊鼠,螣蛇朱雀加卯丁,電雹霹靂空中見。 壬癸亥子臨寅卯,甲乙之日見淋漓,若加季位尋戊己,巳午丙丁依例推。 課傳不見亥子臨,或見空亡可類尋。子乘龍神丑上佳,青龍合處雨期霪(如子乘青龍,以地盤合處上神斷雨期)。
風を起こし雨を下すは誰に由りて主管するか、須く青龍と白虎とを看るべし。風雨は何れの一天に応験するか、須く未羊と子鼠の上に到りて尋ぬべし。螣蛇・朱雀の卯位或いは丁神の上に加臨すれば、空中便ち閃電・冰雹と霹靂と有らん。壬・癸・亥・子此らの水神の寅・卯の上に臨むは、甲・乙木日に逢えば則ち大雨淋漓を見る。若し辰戌丑未四季の位に加われば、則ち戊・己日の上に到りて応期を找う。巳・午の位に加われば、便ち例に照らして丙・丁日の上に推す。倘若課伝の裡に亥・子の水神の位に臨むを見ず、或いは水神の空亡に落つるも、亦た此の道理に照らして類推すべし。子上に青龍を乗じて丑位に在るを最も佳と為す、則ち青龍の所在と地盤と相合する處の上神より以て下雨の日期を定む、久雨連綿を主る。
衰旺空刑須細辨,剋日有氣滂沱見。無氣空亡微雨來,如響應聲真可羨。 風雷煞動大風起,雲雨神加驟雨來。猛烈唯足畏下真,迅速飛符疾雨雷。 雨師(丑)會畢(酉)雨滿天,風伯(未)會箕(寅)風滿谷。干在貴後雨倒河,干在貴前風拔木。
神将の衰旺・空亡・刑克は皆な須く細辨すべし。来りて日干を克して而も気有るは、必ず大雨滂沱を見る。気無く又た空亡に逢うは、只だ几点の微雨を落とす。此の法子は応験するに響の声に応ずるが如く、実に羨むべし。「風雷煞」の発動すれば便ち大風を起こし、「雲雨神」の加臨すれば則ち驟雨を来らす。凶猛の勢は唯だ下神の真実に力有る時のみ畏るべし、「飛符」は来る迅疾を主り、雷雨は頃刻に到る。「雨師」丑は畢宿の所在の酉に会上し、大雨天に満つ。「風伯」未は箕宿の所在の寅に会上し、大風谷に満つ。日干の貴人の後に落つるは、雨の大なること倒れたる銀河の如し。日干の貴人の前に落つるは、風の猛きこと大樹を拔起する能くするが如し。
罡加四季天無雲,去日幾位是其候。月將加時再一看,丙丁之下晴光透。 金(申)為水母巽(乙)風從,震(卯)為雷兮兌(酉)為澤。更加神煞旺相推,風雨掌中端可索。 陽備(即陰不備)晴兮陰備(即陽不備)雨,曲直生風炎上旱。從革主晦潤下陰,稼穡是主晴可斷。
天罡辰の辰戌丑未四季の上に加わるは、天空雲無し。其の日干より距るる几位は、則ち几日の後応験するの時。再び月将を占時の上に加えて一遍を看る、凡そ丙・丁の下に落つるは、晴光便ち透出せんと欲す。申金は是れ水の母亲、乙は巽に属して風の相従を主り、卯は震に属して雷を主り、酉は兌に属して沢を主る。再加うるに各种の神煞と旺相休囚とを一併に推算せば、風雨陰晴は便ち掌中に於いて求得すべし。課体の「陽備」を成す則ち陰不備なるは晴を主り、「陰備」を成す則ち陽不備なるは雨を主る。三伝の木局「曲直」を成すは風の起こるを主り、火局「炎上」を成すは亢旱を主り、金局「従革」を成すは陰晦を主り、水局「潤下」を成すは陰雨を主り、土局「稼穡」を成すは則ち晴天と断ずべし。
占雪之法以何云,太陰寅卯值用神。青龍暫時天后久,戌未白虎六合真。 太乙翼蛇頭有雪,天干遁起丙辛加。雨水入傳無克戰,玄后龍陰布六花。 張注:天時斷要課傳兼看,因課乃象也,天象者亦象也。
雪を占うに当に何の法則に依るべきか。須く太陰と寅・卯と是れ用神に値するか否かを看るべし。青龍の主る所は是れ一時の雪、天后の主る所は是れ久しく下りて停まらざるの雪。戌・未上に白虎と六合とを見るは、雪象最も真なり。太乙巳は翼宿に会上し、螣蛇の頭上に便ち雪有り、天干の遁ぢて丙・辛相加るを得れば更に験す。雨水の神の三伝に進入して克戦無ければ、玄武・天后・青龍・太陰は便ち漫天の六出の雪花を撒下せん。張洪の注に曰く、天時を断ずるに須く課体と三伝とを合して看るべし、課体は本身即ち一種の象、天上の物象も亦た是れ象、両者は理同じきを以てなり。
占験一・戊寅三月己巳日の雨を祈る
占驗一、戊寅三月己巳日乙丑時天氣亢旱,萊陽臺中遲父師因思宗祈雨,占何日有雨,遙克、玄胎,戌亥空、未申落空。 虎常 空 寅卯辰巳 玄 青 丑 午 陰 六空 青常 官 丙寅 空 勾 子 未 后 亥寅 丑辰 財 乙亥 六 六 亥戌酉申 貴 寅巳 辰己 子 壬申 貴 朱蛇 斷曰:巳午之日先有狂風起,出旬甲日小雨,乙日大雨。蓋斗罡加未為風伯,發用功曹劫殺剋日,故主有狂風。又貴登天門,龍神飛天,皆行雨之象。因中末亥申空亡,故言出旬有驗。甲日小雨者,乘休氣空亡也。乙日大雨者,子卯相刑也。 萊陽,山東縣名,臺中遲為萊陽人。
此れ是れ崇禎十一年戊寅三月己巳日乙丑時の占する所の一課。当時久旱雨せず、莱陽人台中遅先生は思宗皇帝の雨を祈るに因りて、来りて何れの一天に雨有らんを問う。課体は「遥克」に属し兼ねて「玄胎」、戌亥は旬空と為り、天盤の未・申両神は空位の上に落つ。中間の彼の一片の符号は是れ此の一課の課盤、是れ文句に非ず。外圏の十二字は是れ天盤十二神の地盤各宮に加臨するの位置、四周の注する所の空・青・勾・六・玄・陰・后・貴・朱・蛇等は、是れ十二天将各自の落つる所の宮。中間の両列は是れ四課の上下両神、最右の一列「官丙寅空」「財乙亥六」「子壬申貴」は則ち是れ三伝、依次に六親・遁干と乗ずる所の天将とを注明す。陳公献の断じて曰く、巳日・午日に先ず狂風を起こし、本旬を出でて甲日に小雨を下し、乙日に大雨を下す。此れ斗罡の未位に加臨すれば便ち「風伯」、発用の寅「功曹」は劫殺を帯びて日干を克す、故に狂風有るを主る。又た貴人の亥此の天門に登上し・青龍の天に於いて飛騰するは、皆な是れ行雨の象。中伝亥・末伝申皆な空亡に落つるを以て、故に此の一旬を出でて乃ち応験すると説く。甲日は只だ小雨を下すは、是れ水神の休気を乗じて又た空亡に逢う。乙日の大雨を下すは、是れ子と卯と相刑するの故。莱陽は是れ山東の県名、台中遅は則ち莱陽人。
占験二・庚寅正月甲戌日に雨を問う
占驗二、庚寅正月甲戌日辛未時途中一人因天氣亢旱問何日有雨,口報未時,比用、連茹,申酉空,酉戌落空。 空虎 青 午未申酉 常 后陰 六朱 財 庚辰 六 勾 巳 戌 玄 子亥 辰卯 子 辛巳 勾 六 辰 亥 陰 亥戌 卯甲 子 壬午 龍 朱 卯寅丑子 后 蛇貴 斷曰:明日必雨,六日後連雨。天罡加卯,日居貴前,雖三傳火土亦主大雨。況龍神飛天,貴人居子,皆行雨之象。第神后加亥,故知明日必雨。辛巳居中傳,壬午臨巳位,巳中丙火暗與辛金作合,化而為水。又辛壬上見亥子,壬癸加臨巳午,果六日後連雨。
此れ是れ庚寅年正月甲戌日辛未時の一課。路上に人有りて天旱に因りて来りて幾時に雨有らんを問う、口報するの時辰は未時。課体は「比用」に属し兼ねて「連茹」、申酉は旬空と為り、天盤の酉・戌は空に落つ。附する所の一片の符号は是れ課盤。外圏は是れ天盤十二神の地盤の位に加臨する、旁注の青・勾・六・朱・常・玄・陰・后・蛇・貴は是れ各宮の乗ずる所の天将、中間の両列は是れ四課、右側の「財庚辰六」「子辛巳勾」「子壬午龍」は是れ三伝及び其の六親・遁干と天将。陳公献の断じて曰く、明天必ず雨有らん、六天以後還た連なりて下らん。天罡辰の卯上に加わり、日干又た貴人の前に居るを以て、雖も三伝は是れ火土なりと雖も、仍ほ大雨を主る。況んや青龍の天に於いて飛騰し・貴人の子位に居るは、皆な是れ行雨の象。只だ「神后」子の亥上に加わるに因りて、故に明日必ず雨と断定す。辛巳の中伝に居り、壬午の巳位に臨み、巳中の蔵する丙火は暗かに辛金と相合して水と化す。再び言う、辛・壬の上に亥・子を見、壬・癸又た巳・午に加臨す、故に果たして六天の後連日下雨せり。
占験三・甲申十二月甲申日に元旦の雪有らんを占う
占驗三、甲申十二月甲申日癸酉時,予往淮陰時,鳳陽施指揮使相召守歲,見天氣昏沉,占元旦有雪否,午未空、酉戌落空。 朱六 蛇 申酉戌亥 勾 虎勾 蛇陰 鬼 甲申 蛇 貴 未 子 青 寅亥 申巳 父 丁亥 勾 后 午 丑 空 亥申 巳甲 兄 庚寅 虎 陰 巳辰卯寅 虎 玄常 斷曰:不但元旦有雪,今晚亦雪。因斗罡加丑陰象也。況申為水母發用,生中傳亥水,又乘蛇,乃雙雪頭彎曲之形,是以斷今晚、明日有雪。
此れ是れ甲申年十二月甲申日癸酉時の一課。作者は淮陰に前往するの途中、鳳陽の施指揮使は彼を邀えて一同に歳を守り、天色の陰沈なるを見て、則ち元旦に雪下るや否やを占う。午未は旬空と為り、天盤の酉・戌は空に落つ。列する所の符号は是れ課盤。外圏は是れ天盤十二神の加わる所の宮、旁注の朱・六・蛇・貴・后・陰・勾・青・空・虎・玄・常は是れ各宮の乗ずる天将、中間の両列は是れ四課、右側の「鬼甲申蛇」「父丁亥勾」「兄庚寅虎」は是れ三伝の六親・遁干と天将。陳公献の断じて曰く、但だ元旦に雪有るのみならず、今天晚上便ち下らんと欲す。斗罡の丑上に加わるを以て、是れ陰晦の象。況んや申金は是れ水の母亲にして発用を作り、又た中伝の亥水を生じ、申上に還た螣蛇を乗ず、正に雪花双出・頭端彎曲の形狀、故に今夜と明日と皆な雪有りと断定す。
占験四・丁丑十二月丁酉日に雪を占う
占驗四、丁丑十二月丁酉日癸卯時,江西前刑部兵長垣諱應遴曾先生,因雪後天氣昏沉,自將會數斷云:明日必雪,予以六壬斷,別責,辰巳空、寅卯落空。 青空 勾 卯辰巳午 虎 六 寅 未 常 空常 勾空 子 辛丑 朱 朱 丑 申 玄 巳未 卯巳 比 乙巳 空 蛇 子亥戌酉 陰 未酉 巳丁 比 乙巳 空 貴后 斷曰:明日無雪且有日色。太陽發用,乘朱雀乃南方火之精也。且三傳四課純陰,陰極陽生,必有日所;至庚日未時有暴風起,酉為風殺,未為風伯,酉與未會故也。又日祿乘白虎加庚,上下克戰,故有此應。
此れ是れ丁丑年十二月丁酉日癸卯時の一課。江西籍・曽て刑部の職を任ぜし長垣人曽応遴先生は、雪後天色の昏沈なるに因りて、自己先ず会数の法を用いて推算し、明天必ず還た雪下るべしと断定す。作者陳公献は却って改めて六壬を用いて断ず、得たる課体は是れ「別責」、則ち四課不備・只だ三課を得て別に一神を取りて発用と為すの格局、辰巳は本旬の旬空と為り、天盤の寅・卯両神は空位の上に落つ。列する所の一片の符号は並びに是れ文句に非ず、而して是れ此の一課の課盤。外圏の十二字は是れ天盤十二神の地盤各宮に加臨するの位置、旁辺の注する所の青・空・勾・六・朱・蛇・虎・常・玄・陰・貴・后は、是れ十二天将各自の落つる所の宮。中間の両列は是れ四課の上下両神、最右の一列「子辛丑朱」「比乙巳空」「比乙巳空」は則ち是れ三伝、依次に六親・遁干と乗ずる所の天将とを注明す。陳公献の断じて曰く、明天は但だ雪下らざるのみならず、還た太陽を出さん。太陽発用して上乘朱雀するを以て、朱雀は正に南方の火の精気。加うるに三伝四課純に是れ陰支、陰極まる處に到りて陽気自然に回生す、必ず日頭を見るを得。又た庚日未時に到りて暴風を起こさんと断ず、此れ酉は是れ「風殺」・未は是れ「風伯」、酉と未と相会するの故。再び加うるに日禄の白虎を乗じて庚上に加臨し、上下克戦す、故に乃ち此の様の応験有り。
刑長垣者,科道中刑科的都給事中。 占天時得太陽發用者,晴象也。未為風伯,是干支之本象,前課酉為雨師,亦如之,與玄武主盜耗意同。 酉為風殺者,神煞也。按卷五神煞指南,風殺為正月起寅逆十二,十二月應在卯。風伯正月起寅逆十二,十二月應在酉。故此風殺乃風伯神煞之誤也。想是為避免與“未為風伯”句重複耳。
張洪の注に曰く、謂う所の「刑長垣」は、彼の曽て科道官中の刑科の都給事中を任ぜしを指す。天時を占うに太陽発用を得るは、本より是れ晴天の象。未は「風伯」と為る、此れ是れ十二支本身の象を取る、前一課の酉を以て「雨師」と為すも亦た同一の路数、玄武の盗窃耗散を主るの取象の道理と相同じ。酉を「風殺」と説くに至りては、彼れ是れ神煞に按じて立説す。巻五『神煞指南』に依れば、風殺は正月より寅に起こり逆行十二位、十二月は当に卯に在るべし。風伯も亦た正月より寅に起こり逆行十二位、十二月は当に酉に在るべし。故に此の處の風殺は其の実是れ風伯此一神煞の誤、想うに上文の「未為風伯」の一句と重複するを避くるが為めならん。
占験五・庚寅五月甲寅日に鳩の鳴くを聞きて雨を占う
占驗五、庚寅五月甲寅日丁卯時,因天氣亢旱,聞鳩鳴,占一課,看有雨否,絕嗣、八專,子丑空、巳午落空。 朱蛇 六 戌亥子丑 貴 勾 酉 寅 后 蛇空蛇空 父 甲子 蛇 龍 申 卯 陰 子未子未 子 丁巳 虎 空 未午巳辰 玄 未寅未甲 財 壬戌 六 虎常 斷曰:鳩雖喚雨,此課乃風大雨小之象。蓋以神后發用旬空,中傳白虎風殺旬丁,又風伯臨干支、會寅,寅中有箕宿好風。豈不今日有風?夜子時填實旬空,豈不微雨?因休廢空亡,故略灑塵而已。 未為風伯者,亦干支本象也。論神煞,五月風伯在辰,風煞在戌。
此れ是れ庚寅年五月甲寅日丁卯時の一課。天は久しく旱して雨せず、作者は斑鳩の鳴叫するを聴聞し、則ち一課を起こして雨の有無を看る。課体は「絶嗣」に属し兼ねて「八專」、子丑は旬空と為り、天盤の巳・午は空に落つ。列する所の符号は是れ課盤。外圏は是れ天盤十二神の加わる所の宮、旁注の朱・蛇・六・勾・龍・空・貴・后・陰・玄・虎・常は是れ各宮の乗ずる所の天将、中間は是れ四課、右側の「父甲子蛇」「子丁巳虎」「財壬戌六」は是れ三伝及び其の六親・遁干と天将。陳公献の断じて曰く、斑鳩は雖も雨を喚ぶと雖も、此の一課は却って風大にして雨小の象。何を以てなれば、「神后」子発用して旬空に落ち、中伝上の白虎又た風殺と旬丁とを帯び、加うるに「風伯」未の日干日支に臨みて并びに寅と相会し、而して寅中は箕宿を蔵して最も風を起こすを愛す、今天何ぞ風無からんや。夜の子時に到りて旬空を填実すれば、何ぞ一点の微雨無からんや。只だ是れ水神休廃にして又た空亡に逢う、故に過ぎず略微些かの浮塵を灑るのみ。張洪の注に曰く、此の處は未を以て風伯と為す、亦た是れ干支本身の象を取る。若し神煞を論ぜば、五月の風伯は辰に在り、風煞は戌に在り。
占験六・甲申五月己丑日に日暈を占う
占驗六、甲申五月己丑日庚午時,偶見有大暈圍繞,眾皆曰此祥瑞之氣,應於福濟,予袖傳一課,元首、迎陽,午未空、申酉落空。 勾六 青 未申酉戌 朱 白玄 蛇六 鬼 辛卯 玄 空 午 亥 蛇 巳卯 亥酉 父 癸巳 白 虎 巳 子 貴 卯丑 酉己 兄 乙未 龍 常 辰卯寅丑 后 玄陰 斷曰:發用玄武賊符,克干克支,蓋干為天位而乘敗氣,支為社稷而見死神,且歲君臨滅沒之方,貴人又不得地,中州吳越必失封疆,君國敗亡之象。後福藩登位一載而失國,此其應也。
此れ是れ甲申年五月己丑日庚午時の一課。当時偶然に日辺に大暈の環繞するを見、衆人皆な此れ是れ祥瑞の気、福王の身上に応ずと説く。作者は便ち袖中に於いて掐算一課す、課体は「元首」に属し兼ねて「迎陽」、午未は旬空と為り、天盤の申・酉は空に落つ。列する所の符号は是れ課盤。外圏は是れ天盤十二神の加わる所の宮、旁注の勾・六・青・朱・空・蛇・虎・貴・常・后・玄・陰は是れ各宮の乗ずる所の天将、中間の両列は是れ四課、右側の「鬼辛卯玄」「父癸巳白」「兄乙未龍」は是れ三伝及び其の六親・遁干と天将。陳公献の断じて曰く、発用の卯上に玄武を乗ずるは、是れ賊盗の符、既に日干を克し又た日支を克す。日干は天子の位を代表して敗気を乗じ、日支は社稷を代表して死神に遇い、加うるに太歳の滅没の方に臨み、貴人又た其の地を得ず。中州と呉越とは必ず封疆を失守せん、此れ是れ君亡国破の象。後に福王政権は登位して纔かに一年にして江山を丢す、正に此の一課の応験。
有關歷史史實:萬曆帝有二子,長朱常洛,即光宗,為天啟、崇禎二帝之父;次朱常洵,封於河南洛陽,為福王,1641年,李自成攻破洛陽,殺福王朱常洵。1644(甲申)年,李自成攻破北京,崇禎帝自縊。1644年巳月,南京諸臣擁福王之子朱由崧即位,是為弘光帝,次年寅月,清兵南下,辰月史可法戰死於揚州,己月清軍渡江,南明政權崩潰,弘光逃亡安徽蕪湖,被其臣下總兵田雄、馬得功所執,獻降清軍,被害於北京。翌年五月,清軍占領南京。中州吳越者,福王封地在河南,故曰中州,分野在卯;在南京即位,即吳越之地,分野在丑。
張洪の補注する此の一課の渉及するの史実。万暦帝は両個の児子有り、長子朱常洛は則ち是れ光宗、是れ天啓・崇禎の両位の皇帝の父。次子朱常洵は河南洛陽に封ぜられ、福王と称す、一六四一年李自成は洛陽を攻破し、福王朱常洵を殺せり。甲申此の一年に到り、李自成は北京を攻破し、崇禎帝は自縊殉国す。同年巳月、南京の諸臣は福王の子朱由崧を擁立して即位せしむ、則ち是れ弘光帝。第二年寅月清兵は南下し、辰月史可法は揚州に於いて戦死し、巳月清軍は江を渡り、南明政権是に随いて崩潰し、弘光帝は安徽蕪湖に逃げ、部下の総兵田雄・馬得功に擒えられ、清軍に献降せられ、最後に北京に於いて遇害す。再び一年を過ぎて五月、清軍は南京を占領す。課辞の説く所の中州呉越は、福王の封地は河南に在るを以て、故に中州と称し、分野は卯に属す。彼は又た南京に於いて即位し、彼の處は正に呉越の地、分野は丑に属す。
陽宅章第三
支來干位宅就人,干來支位人入宅。刑沖剋害生旺看,否則二者有損益。 初末引從支貴神,肯堂肯構氣維新。周遍循環宜守舊,外戰內爭動有迍。 三傳脫支生日干,人多屋少從此斷。三傳盜干生支辰,屋旺人衰何必算。
陽宅を占うに、日支は房屋を代表し日干は人を代表す。日支の神の日干の位置に来るは、是れ宅の人に就く。日干の神の日支の位置に去るは、是れ人の宅に搬入す。其の間還た須く刑・冲・克・害と生旺と如何なるかを看るべく、否るれば人と宅の両辺は総じて一方の損を受け一方の益を得る有り。初伝と末伝と前に引き後に従いて日支上の貴神に帰するは、子孫の能く家業を承継し・屋宅気象一新するを主る。若し三伝の周りて復た始めるが如く循環すれば、則ち旧を守りて動かざるに宜し。若し外面交戦し・裡面相争えば、一たび動けば便ち屯難有り。三伝の日支の気を泄し去りて反って来りて日干を生ずるは、以て人は多く屋は少なきと断ずべし。三伝の日干の気を盗泄して往きて日支を生ずるは、彼れは則ち屋は大にして人は稀なり、更に算するを須いず。
三傳生支剋日干,賣屋償人免災晦。三傳生日克支辰,屋假他人棄家遷。 三傳做財生兩鬼(鬼臨三四),官非疾病一時生。支干相加被脫克,居無正屋自然明。 內順外助三合格,最嫌蜜裡暗藏砒。神合道合六合局,切忌丫叉為害之(合中帶刑沖破害也)。三傳合局,支干上一神合中神謂之三六相呼,大吉;支干上一神刑沖害中神謂之蜜中砒,吉中藏凶。干支相合,上神又合謂之神合道合;上神相合而干支六害者為之外好裡槎牙格,似好實壞。
三伝の日支を生じて日干を克するは、房屋を売却して他人に賠償するを主り、乃ち災晦を免るるを得。三伝の日干を生じて日支を克するは、房屋を別人に借与して自己は家を弃てて搬遷するを主る。三伝の化作して妻財と為りて往きて両重の官鬼を生ずる、則ち官鬼の第三課と第四課の上に出現するは、官司と疾病と便ち一斉に発作す。日干日支の互相加臨して而も脱泄せられ・克せらるるは、住む所正屋無し、自然明白なり。宅課は内順外助の三合格を以て佳と為し、最も忌むは是れ蜜裡に暗かに砒霜を蔵する。神合道合の六合の局は固より好しと雖も、亦た其の中に丫叉相害を夾むるを切忌す、則ち合中に刑・冲・破・害を帯びたるなり。凡そ三伝の一局を合成し、日干日支上の一神又た中伝と相合するを、「三六相呼」と叫び、大吉なり。若し日干日支上の一神反って往きて中伝を刑・冲・害すれば、則ち「蜜中砒」と叫び、吉裡に凶を蔵したるなり。日干日支本より相合し、上面の天盤神も亦た相合するを、「神合道合」と叫ぶ。若し上神雖も合するも日干日支彼此六害せば、則ち「外好里槎牙格」と叫び、看るに美好に似て其の実敗壊なり。
日祿加支被脫克,造房修屋防耗厄。墓神臨支少歡娛,如逢月將高明宅。 太陽生辰顯者至,寶藏麟兒喜慶來。干支祿馬加逢吉,身動家遷事事偕。 羅網來乘身宅上,頹垣敗棟不堪居。干支乘鬼傷人宅,遇日刑沖凶豈虛? 三四遇官災訟起,若逢歲破少安寧。干支上神如互脫,防脫防偷事不停。
日干の「禄神」の宅支に加臨して而も脱気克制せらるるは、屋を造り修めるを占うに破財耗損を主る。日干の「墓神」の宅支上に落つるは、家中歓楽少なし、但だし其れ若し正に当月の「月将」(太陽の躔る所の神)なれば、反って宅第高大明亮を主る。太陽の宅辰を生扶するは、貴人登門・宝を得子を生ずるの喜を主る。日辰上に禄神と「駅馬」とを乗じて又た吉将に逢うは、人身走動・家を挙げて搬遷する皆な事事順遂なり。「羅網」の神の人身と宅第の上に圧するは、屋宇傾頹・梁柱敗壊して、居住に堪えず。日辰の「鬼」を乗じて来りて人を傷り宅を損ずるは、再び日の刑冲に遇えば、凶険は決して虚話に非ず。第三課・第四課上に官鬼を見るは、官非訟事興起を主り、若し又た「歳破」に逢えば、一家安寧を得難し。日上神と支上神と互相脱気するは、則ち須く人の誆騙を防ぎ・家中失窃を防ぎ、事端の停まらざるを防ぐべし。
虎入宅凶蛇沖吉,龍乘生氣家日昌。居金谷兮龍虎拱,臥陋巷兮鄰獸傷(虎沖支上神也)。 寅木虎傷崩摧見,支乘常死孝服招。(寅木乘虎加宅主棟折,太常乘死氣臨支主有孝服,為破碎尤甚)。死虎喪絕陰司去,火鬼帶丁天火燒。 午克身凶忌見蛇,丁傷支動須防虎。血忌支厭煞入宅,更防嘔血墮胎苦。
「白虎」(血光凶喪の将を主る)の宅支に入るは凶と為り、「螣蛇」は只だ宅を冲するは反って吉と為り、「青龍」の生気を乗じて宅に臨むは、家道一天一天昌隆なり。龍虎両将の宅第を拱夹するは、住む所は金谷園の般の富室。白虎の支上の神を冲克するは、便ち身は陋巷に居り・隣家の凶獣に傷せらるるに遭う。寅木の白虎を乗じて宅上に加わるは、梁折れ屋摧るるを主る。宅支の「太常」を乗じて又た死気を帯びるは、家に孝服有るを主り、此の種の破碎は最も厳重なり。白虎の死気・喪車・絶気を帯びるは、人の陰司に往くを主る。火神は鬼と為りて又た「丁神」を帯びるは、天火焼焚を主る。午火の身を克するは最も再び螣蛇を見るを忌む、丁神の宅を傷りて宅支発動するは、須く白虎の禍を為すを防ぐべし。「血忌」「支厭」等の凶煞の宅に入るは、更に須く嘔血と堕胎の苦を防ぐべし。
喪吊干支兩處逢,姻親啼哭恨無窮。舊歲更來天鬼煞,克支災疫一家中。 三交九丑妨白髮,遠在三年近三月,全財化鬼親無妨,無鬼父母眉壽竭。傳官太旺傷兄弟,透印之時方得安,兄弟重逢妻財損,子爻出現反成歡。 父母乘傳子息憂,比肩若透反多子,傳中盜氣本傷官,六處有財偏吉喜。(《畢法》所云“六爻現卦防其克,救神如見反成歡”也。)
「喪車」「吊客」の両凶煞同時に日干と日支の上に落つるは、姻親の家の哭声絶えず・遺恨無窮を主る。去年の太歳又た「天鬼煞」を帯びて来りて宅支を克するは、一家人皆な災病瘟疫に遭わんとす。「三交」「九丑」の課を占得するは、妨ぐる所は是れ家中の白髪老人、応期は遠ければ則ち三年・近ければ則ち三個月。三伝全て是れ財爻は、本より父母を克傷す、若し財の能く化生して官鬼と為れば、父母は反って妨げ無し。若し局中に鬼無くして財を泄さざれば、父母の寿数は便ち尽きんと欲す。三伝官鬼太く旺んなれば則ち兄弟を傷り、須く印綬通関を透出するを待つて乃ち安寧を得。比劫重叠すれば則ち妻財損を受け、此の時子孫爻出現して比を泄し財を生ずれば、反って喜事と成る。父母爻の三伝に入るは、子息憂有り。比肩若し透出すれば、反って多子を主る。三伝の日干の気を盗泄するは本より傷官に属す、而して四課三伝の六處若し財爻を見れば、反って偏えに吉慶を得。此れ則ち『畢法賦』の謂う所の「六爻現卦防其克、救神如見反成歓」。
支之左右是旁鄰,辰上對沖是對門,金見螣蛇釜鳴怪,木逢白虎棟摧論。(寅乘虎臨支主棟折。) 卯作門兮酉為戶,須防官訟盜來侵,未為泉井巳推灶,要得平安吉宿臨。 震巽木星為棟宇,艮坤土宿作牆垣,乘凶乘吉須先定,安宅安人繼後言。
宅支左右の両位は隔壁隣居を代表し、宅支と相対冲するの一位は対門人家を代表す。金神上に「螣蛇」を見るは、鍋釜自ら鳴るの類の怪異を主り、木神上に「白虎」に逢うは、則ち屋梁摧折と断ず。寅木の白虎を乗じて宅支に臨むは、正に棟梁断裂を主る。卯は是れ大門、酉は是れ小戸、二者は克を受けば須く官司訴訟と盗賊侵擾とを防ぐべし。未は是れ水泉井、巳は是れ爐竈、此の几處は皆な須く吉神吉将の臨守有りて、家中方に平安を得。地盤の震・巽二宮の木神は屋宇棟梁を代表し、艮・坤二宮の土神は院墻囲垣を代表す。先ず其らの乗ずる所は是れ凶将か還た是れ吉将かを定め、然る後に乃ち宅第と人口の安危を談ずるに足る。
陰地章第四
辰陰主山看坐落,生合沖刑定吉凶,沖位對山防克害,旺生德合最宜從。 上下皆合風氣踞,干支受克沙水去,青龍左痛空陷憂,白虎右扶刑破慮。 伏尸支上臨墓虎(日墓乘虎加於支上,《畢法賦》云“支乘墓虎有伏尸”是也。),朱雀空刑山案差,土神旺處龍不錯(龍神春辰夏未秋戌冬丑),螣蛇落處穴應佳。
陰宅墳地を占うに、日支の陰神を以て山の坐落方位を代表し、其れと日辰との生・合・冲・刑を看て以て吉凶を定む。坐山と相冲するの彼の一位は則ち是れ対面の山、須く其の克害を防ぐべし。坐山の旺気・生気と徳神・合神とを得るは、最も宜しく依従すべし。上下神将皆な相合するは、是れ蔵風聚気の象。日干日支の克を受くるは、則ち沙脚流失・水法散去す。青龍は左に居りて空陥に落つるは、左側傷有り憂有るを主る。白虎は右に居りて本より扶護すべきも、若し刑破に逢えば亦た須く顧慮すべし。日墓の白虎を乗じて支上に加わるは、墳中に伏尸有るを主る、『畢法賦』の謂う所の「支乗墓虎有伏尸」は則ち此れを指す。朱雀の空に落ちて又た刑を受くるは、案山歪斜不正を主る。土神旺相の處は龍脈を錯認せず(龍神は春は辰に在り夏は未に在り秋は戌に在り冬は丑に在り)。螣蛇の落つる所の地は、正に穴を結ぶの佳處。
玄神乘水(玄武乘壬癸亥子上)水之玄,土宿臨山(貴常勾空臨四季土)山勢抱,陰后水口蛇羅城,勾陳明堂陰陽考(勾之陽神為內明堂,勾之陰神為外明堂)。 甲乙木神樹株森,丙丁火宿崗巒疊,庚辛沖刑路歪斜,戊己古冢休旺別(木火土金水俱分休旺)。(《金口訣》云“甲乙為林單見樹,見金枝損及皮傷;丙丁旺處為崗嶺,與姓相生子孫昌;庚辛道斜坤艮位,更有碓磨石獅幢;戊己為墳看旺處,土為墳壟痛苦殃;壬癸長河及溝澗,彎環曲折認刑傷。”可以參考,又云“克者為無從旺斷”,“克者便是移動事”,克更主移動及轉向也。若占出行,逢克必轉道或拐彎也。占事則主中間曲折,此克者之真理也。) 壬癸加臨水不謬,旺相休囚仔細詳,禍亂相見為禍亂,禎祥如遇斷禎祥。
玄武の壬癸亥子等の水神の上に乗ずるは、主る所正に水勢の曲折玄妙なり。貴人・太常・勾陳・天空の辰戌丑未四季土上に臨むは、山勢環抱有情を主る。太陰・天后の臨む所の處は水口と為り、螣蛇の落つる所の處は羅城と作る。勾陳は明堂を主り、還た須く陰陽両神を分かちて考究すべし。勾陳の陽神は是れ内明堂、陰神は是れ外明堂。甲乙木神の臨む所は、林木成行を主る。丙丁火宿の臨む所は、崗巒重畳を主る。庚辛の冲刑に逢着するは、道路歪斜を主る。戊己の臨む所は須く休旺を分かつべく、旺處は便ち是れ古墳旧冢。木火土金水は皆な須く休囚旺相を分かちて看るべし。『金口訣』に曰く、「甲乙は林と為り単に樹を見、金を見れば枝損し及び皮傷し。丙丁の旺旺處は崗嶺と為り、姓と相生すれば子孫昌ん。庚辛道は斜なり坤艮の位、更に碓磨石狮幢有り。戊己は墳と為り旺處を看よ、土は墳壟痛苦殃なり。壬癸は長河及び溝澗、彎環曲折して刑傷を認めよ」と、以て参看すべし。其れ又た曰く、「克する者は是れ無、旺に従りて断ず」「克する者は便ち是れ移動の事」、受克は更に移動と転向とを主るを見るべし。若し出行を占えば、克に逢えば必定に道を改め或いは弯を拐す。別の事を占えば、則ち中途に曲折を生出するを主る、此れ乃ち「克」の字の真義なり。壬癸の加臨する處は水有りと断ず、決して錯らず、只だ是れ旺相休囚は須く仔細に分辨すべし。総じて禍乱の神に遇着すれば則ち禍乱と断じ、禎祥の神に遇着すれば則ち禎祥と断ず。
占験一・劉二兄の風水吉凶を占う
占驗一、庚寅五月乙酉日戊寅時,庠友劉二兄占風水吉凶,亂首、涉害、不備,午未空、亥子落空。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 龍陰 陰六 財 乙未 龍 六 酉 寅 陰 未寅 寅酉 父 戊子 貴 勾 申 卯 玄 寅酉 酉乙 子 癸巳 虎 青 未午巳辰 常 空虎
此れ是れ庚寅年五月乙酉日戊寅時の課盤。同学の劉二兄は来りて祖墳風水の吉凶を占う、課体は「乱首」「渉害」「不備」に属し、本旬の午未両支は是れ空亡、天盤の亥・子二神は空亡の地盤の上に落つ。四囲の一圏は是れ地盤十二宮・其の上に加臨するの天盤の神及び乗ずる所の十二天将、朱雀・六合・勾陳・青龍は左に在り、天后・太陰・玄武・太常は右に在り、螣蛇・貴人は上に在り、天空・白虎は下に在り。中間の両行は是れ「四課」、自ら右より左に至るは酉の乙に加わり・寅の酉に加わり・寅の酉に加わり・未の寅に加わる。第二課と第三課と相同じ、故に課体は不備。右側の三行は上より下にして是れ「三伝」。初伝乙未は是れ財爻にして青龍を乗ず、中伝戊子は是れ父爻にして貴人を乗ず、末伝癸巳は是れ子孫爻にして白虎を乗ず。下面の断語は、全て是れ此の一盤の神将落宮に依りて推し出せるなり。
斷曰;此風水在西山,無真龍正穴。然不備之中亦有好處。何以論之?玄武為風水,臨卯加戌是西北山崗也。未為夾龍,雖空乘進氣。蛇為穴,加亥落空,喜乘旬丁長生,主穴活潑有情。然美中不足,亦有可取:喜貴人左旋,逆水之局。四課下寅之對沖為對案、是申,理合艮山坤向,兼丑未分金也。勾陳主明堂,陰陽二將見財官幕貴;朱雀河魁建丙臨巳,是對案山出文明富貴,利於中房也。但嫌子爻空戰,定艱於子息。酉為日之胎神,陰見寅木生巳火子爻,辰年十一月酉日主婢妾有妊,連生兩兒。因巳為雙義故也。但玄武(卯)建辛,主墳邊小路克比肩,與兄弟宮有礙;況龍虎空戰,長季房分人財不旺。後陰為水口,蛇作羅城,喜與緊關包固,但初中兩傳財貴逢空,一二代虛利虛名。末傳子爻為支之長生學堂,陰神河魁乃文明之宿,三代中房長房子孫,必出青衿科甲之貴。又兼武權之職,存此一案,以俟後學依而斷之。 風水之占法,詳《尋原》。
断語に曰く、此の處の墳地は西山に在り、並びに真龍正穴無し、但だし「不備」の課体の中も亦た自ら好處有り。何に凭りて此の様に論ずるや。玄武は風水形勢を代表し、其れ卯に臨みて戌宮に加わるは、正に西北方の山崗なり。未は是れ夹龍の神、雖も空亡に落つるも、却って進気を乗ず。螣蛇は穴場を代表し、亥上に加わりて空に落つるも、好在りて本旬の丁神と長生とを乗ず、穴場活潑有情を主る。雖も是れ美中不足なりと雖も、仍ほ可取の處有り。喜ぶべきは貴人左旋順行して、逆水の局を成す。四課下神寅の对冲は是れ申、申は則ち対面の案山、理に於いて正に艮山坤向に合し、兼ねて丑未分金を用う。勾陳は明堂を主り、其の陽神と陰神の上に皆な財爻・官爻と幕貴とを見る。朱雀は則ち河魁戌、遁干丙を得て巳に臨む、対案の山の文明富貴を出ずるを主り、尤も中房に利有り。只だ惜しむべきは子孫爻の空に落ちて克を受くる、子息の上に必定艱難なり。酉は是れ日干の胎神、其の陰神寅木は巳火子孫爻を生起す、故に辰年十一月の酉日に婢妾孕有りと断じ、并びに接連して両個の児子を生下す。巳は成双の義有るを以てなり。但だし玄武の臨む所の卯は遁干辛を得、墳辺の小路の比肩を克傷するを主り、兄弟一宮に於いて碍有り。況んや青龍・白虎皆な空に落ちて克を受くるをや、長房と幼房の人丁財帛は皆な興旺ならず。天后・太陰の位は水口と為り、螣蛇は羅城と作る、喜ぶべきは関拦緊密・包裹堅固なり。只だ是れ初伝・中伝の財爻と貴人と皆な空に逢う、頭の一两代は過ぎず虚利虚名。末伝の子孫爻は是れ宅支の長生と学堂の位、其の陰神河魁戌は又た是れ文明の宿、第三代の中房・長房の子孫は、必ず秀才科甲の貴を出で、并且兼ねて武職権柄有らん。此の一個の案例を留めて、後学の其れに依りて推断するに到るを待つ。風水を占うの詳細の方法は、『尋原』一書に見ゆ。
遷移章第五
周遍循環內外戰,占逢此課莫更移(遇此兩課,不宜更新,只宜守舊。),前空後盜同魁度,遷動家中悔吝隨。 不利移居是何課,初生末墓誰無破,墓刃臨身若動移,吉慶無兮有大過。 旺祿不空當守舊,返吟空動亦如之,昴星如遇傳蛇虎,舊宅迍邅新不宜(《畢法》云:虎視逢虎力難施是也。)。
「周遍」「循環」の此の両種の内外交戦の課体を占得すれば、則ち更に動遷する勿れ。此の両課に遇えば、更新するに宜からず、只だ旧を守るに宜し。日前の神の空に落ち・日後の神の盗泄せられ、又た「魁度天門」の一格と并び見るは、家中一旦遷動すれば、悔恨と吝惜と便ち跟ちて来らん。何の課体か引越しに利からず。初伝の生気を乗じて末伝の墓に入るは、破敗せざる無し。「墓神」「羊刃」の日干の身に臨みて強行して搬遷するは、非但吉慶無く、反って大過失有り。日干の禄神旺相にして空に落ちざれば、理当に旧を守るべし。返吟課を占得して空神発動するは、道理も亦た一様。若し「昴星課」に遇いて三伝上に螣蛇・白虎を乗ずれば、旧宅本已に困頓し、新居に迁入するは更に宜しからず。『畢法賦』の謂う所の「虎視逢虎力難施」は、正に此の意なり。
干支乘旺莫圖遷,遷遭羅網禍憂連,兩儀(干支)但乘死絕氣,最利更新獲福全(日為人辰為宅,人宅俱不利,遷居是避禍之良法)。 貴坐乾宮(貴登天門也)罡入艮(罡塞鬼戶任謀為),自墓傳生新宅良(所謂“出於幽谷,遷於喬木”是也。萬事先經險阻,後登坦途),伏吟丁馬遷居吉,九丑如移未免殃。 斬關發用遠移近,眾虎入傳守舊安,兩蛇夾墓無沖破,毀舊更新作咎看。 總以干為舊宅,支為新宅,唯趨向吉方定其行止可也。
日干日支皆な旺気を乗ずれば、則ち搬遷を図謀する勿れ、硬く遷せば便ち天羅地網に遭い、禍患憂愁接連して来らん。日干日支此の「両儀」若し只だ死気・絶気を乗ずれば、反って最も更新に利し、以て福を得て周全すべし。日は人を代表し辰は宅を代表す、人と宅と皆な已に不利なれば、引越しは正に禍を避くるの良法。貴人の乾宮に坐するは、則ち「貴登天門」。天罡辰の艮宮に入るは、則ち「罡塞鬼戸」、謀為するに阻碍無きを任す。墓神より発用して長生に伝わるは、新宅良善を主る、則ち謂う所の「幽谷を出でて喬木に遷る」、凡事先ず険阻を経て、後に坦途に登る。伏吟課を占得して丁神・駅馬を見るは、引越しは吉と為る。若し「九丑」の課を得て搬遷すれば、殃に遭うを免れ難し。「斬関」発用するは、遠處より近處に遷るを主る。衆多の白虎の伝に入るは、則ち旧を守りて乃ち安し。両条の螣蛇の墓神を夹みて冲破無きは、旧を拆き新を翻すは則ち咎害と作りて看るべし。総じて日干を以て旧宅と為し日支を以て新宅と為し、只だ吉方に趨向すれば、便ち是れ走るか是れ留まるかを定下すべし。
香火章第六
天乙乘鬼斷神祗(《金口》云“天乙神像佛堂言。”,又云“天乙神祠並宅道”),天空作官評佛位。繪畫諸真當看玄(玄武亦主畫家。),塑成眾聖土星類。木將見金雕刻像(金木相見為木匠。),金神遇火煉熔成。相生相合禎祥斷,逢克逢沖禍患明。
家中の香火神位を占う。貴人の鬼爻を乗ずるは、断ずる所は是れ奉る所の神祇。『金口訣』に「天乙神像仏堂言」と曰い、又た曰く「天乙神祠并宅道」。天空の官爻を作すは、評する所は是れ仏像の位次。絵画の諸位の真君の像は須く玄武を看るべし(玄武も亦た画工を主る)、塑造する衆聖の泥像は土神の一類に属す。木神の将の金神を見るは、是れ木像を彫刻す(金木相見れば則ち木匠)。金神の火神に遇上するは、是れ熔煉鋳造の金身。此らの神将の彼此相生相合すれば、則ち禎祥と断作す。一旦克に逢い冲に逢えば、禍患も亦た分明なり。
婚姻章第七
夫卜妻姻成不成,財居旬後總無情。女推夫婿將何斷,鬼坐天中同此祥。 傳將生合百年配,干支刑剋朝夕背。男女年命孰相加,欲知其事兩法對。 欲知偕老是何術,全憑財官虛與實。財乘旬後鳳孤飛,官坐空亡鸞失匹。
男家の婚事の成と不成を占うは、看る所は是れ財爻。財爻の旬後に落つるは、終竟無情にして成り難し。女家の夫婿を推算するは、則ち官鬼爻を看る、鬼爻の天空・空亡の上に坐するは、道理此れと相同じ。三伝の神将彼此生合するは、是れ百年相配の象。日干日支の互相刑克するは、便ち夫妻朝夕反目相背するを主る。男女双方の行年・本命、何れか一方の他方に加臨するは、須く此の事を断明すべく、正反両面皆な対看するを得。能く白頭偕老するや否やを知らんと欲すれば、全く財・官両爻の虚実に憑る。財の旬後を乗ずるは、鳳凰の孤飛して偶無きが如し。官の空亡に坐するは、鸞鳥の配匹を失えるに比す。
中不虛兮初末虛,冰人脫騙兩相欺。遞生干兮旁人贊,末傳合處驗成期。 財常日本必占姻(財乘太堂或常加日本來意皆占婚),水逢丁馬吉祥新。河魁渡亥風波動,牛女乘常晉合秦。 傳財生鬼必貪淫,財克生支悍侮情(背逆公姑也)。財乘暗鬼(遁鬼也)官訟起,財克明生(財克生爻)夫命傾。
中伝空ならずして初伝・末伝皆な空なるは、媒人の中より脱騙し両家互相蒙蔽するを主る。三伝の逓相生助して日干に及ぶは、旁人の賛成撮合を主る。末伝と日辰と相合する處は、則ち婚事成就の応期。財爻の太常を乗じて日干本位に臨むは、来意必ず是れ婚を問う(財の太常を乗じ、或いは太常の日干の上に加わる、来意皆な是れ婚姻を占う)。水神再び丁神・駅馬に逢うは、新婚吉祥を主る。河魁戌の亥上に加わるは、婚事風波陡起す。牛女の宿の太常を乗ずるは、則ち晋・秦両国の聯姻の如く美満なり。三伝の財爻転生して官鬼と為るは、其人必ず貪淫を主る。財爻の支を克して而も日干を生ずるは、婦性凶悍にして公婆に背逆す。財爻の遁干の蔵する所の暗鬼を乗ずるは、婚に因りて官訟を起こすを主る。財爻の明現する生気の爻を克傷するは、則ち丈夫の性命傾危なり。
日辰逢引兩不良,后合干支丑行揚。龍傷支兮婦先損,后克干兮夫早亡。 印綬公姑安可犯,子孫嗣息忌刑臨。女貌妍媸尋後次(天后陰神),男才修短看龍陰。 四課無遙婚必舛,九丑有克定憂臨。蕪淫(陰陽不備)解離(干上神克支,支上神克干)心腹禍,外爭凶淺內爭深。
日と辰と互相牽引して両皆不良なる、天后と六合と分別に日干日支に加臨するは、醜事張揚を主る。青龍の日支を傷克するは、妻子先に損傷を受く。天后の日干を克傷するは、丈夫早く身亡す。印綬は公婆を代表す、何ぞ冒犯すべけんや。子孫は後嗣を代表す、最も刑神の之に臨むを忌む。女子容貌の美醜は、須く天后の陰神を看るべし。男子才具の長短は、須く青龍の陰神を看るべし。四課の中に遥克無ければ、婚事必ず差錯を生ず。九丑の課を占得して而も克を帯びば、憂患一定頭に臨まん。陰陽不備を「蕪淫」と叫び、日上神の支を克し支上神の干を克するを「解離」と叫び、皆な是れ心腹の禍。争端の外面に出ずるは為害尚お浅し、争端の内室より起こるは則ち傷ること更に深し。
陽課不備女爭夫,陰課不備男競女(二課婚後主有詞訟)。孤辰寡宿多克刑(三會局前為孤,後為寡,如春寅卯辰前為巳,巳為孤;寅卯辰後為丑,丑為寡。克刑者非必剋死,只是不易溝通耳。見劫煞災煞、三傳財俱空方言剋死。),狡童泆女姦淫許(狡童者初合末後,主男誘女;泆女者初後末合,主女誘男。)。 傳將見妻復入空,中年絃斷無續嫗。空於其妻又見妻,初雖有傷復再娶。(此初末之妙用也。其餘占亦以初應始,末應中。)
陽課不備は、几個の女子の一個の丈夫を争うを主る。陰課不備は、几個の男子の一個の女子を争うを主る。此の両種の課は、婚後皆な口舌訴訟を生ぜんと要す。「孤辰」「寡宿」は多く克刑を主る。三会局の前の一位を孤と為し後の一位を寡と為す、譬えば春天寅卯辰は会して木局と成り、前の一位は是れ巳、巳は則ち是れ孤辰、後の一位は是れ丑、丑は則ち是れ寡宿。謂う所の克刑は、必ずしも克死に非ず、多半只だ彼此溝通し難きのみ。須く劫煞・災煞を見、而且三伝の財爻皆な空に落つるを見て、乃ち以て克死と断ずべし。「狡童」は是れ初伝六合・末伝天后、男子の女子を引誘するを主る。「泆女」は是れ初伝天后・末伝六合、女子の男子を引誘するを主る、皆な其の奸淫の事有るを許す。三伝神将の上に先ず妻財を見て妻財又た空亡に入るは、中年断絃・続娶する人無きを主る。若し先ず是れ妻位の空に落ちて而る後に又た財爻を見れば、起初雖も喪偶の傷有り、終竟還た能く再び娶らん。此れ正に初伝・末伝対看の妙用、其の余の占事も亦た一様、初伝は事の開頭に応じ、末伝は事の後段に応ず。
占験一・李庚自ら続絃を占う
占驗一、己丑五月癸酉日辛酉時,相知友人李庚自占:續絃婚姻成否,蒿矢、退茹,戌亥空、酉戌落空。 貴后 蛇 辰巳午未 陰 陰玄 空龍 鬼 辛未 陰 朱 卯 申 玄 未申 亥子 財 庚午 后 六 寅 酉 常 申酉 子癸 財 暗鬼己巳 貴 勾 丑子亥戌 白 青空
此れ是れ己丑年五月癸酉日辛酉時の課盤。熟識の友人李庚は自ら続絃の婚事の成就する能くするや否やを占う、課体は「蒿矢」「退茹」に属し、本旬の戌亥は是れ空亡、天盤の酉・戌二神は空亡の地盤の上に落つ。四囲の一圏は是れ地盤十二宮・其の上に加臨するの天盤の神と乗ずる所の十二天将。中間の両行は是れ「四課」、自ら右より左に至るは子の癸に加わり・亥の子に加わり・申の酉に加わり・未の申に加わる。右側の三行は上より下にして是れ「三伝」。初伝辛未は是れ官鬼にして太陰を乗ず、中伝庚午は是れ財爻にして天后を乗ず、末伝己巳は是れ財爻、遁干己を得て反って暗藏の日鬼と成り、上に貴人を乗ず。以下の断語は皆な此の一盤より推し出す。
斷曰:占婚必成,成後必有訟。蓋因干支上下相合(干支半三合,上神半三合),支上神又生干上神(支上申生干上子),女願與男連姻。喜財官旺相,夫婦偕老,有子之象也。有訟者何?中末生助初鬼,克害日上龍神。又財乘旬鬼(末傳巳財遁己為日鬼),必主因妻致訟。娶月餘,前夫之弟告理,破財百金;庚寅歲果生佳兒。
断語に曰く、此の門の親事は必ず成る、但だし成婚の後一定に官司有らん。何を以てなれば、日干日支上下相合す、干支自身は半三合を作り、両個の上神も亦た半三合を作る。支上神申は又た日干上神子を生ず、女方の情願にして男方と結親するを見るべし。喜ぶべきは財爻・官爻皆な旺相、是れ夫婦偕老・日後子有るの象。何を以て訟事有らんや。中伝・末伝皆な初伝の官鬼を生助し、反って日上の乗ずる所の青龍を克害す。末伝巳は雖も是れ財爻なりと雖も、遁干己を得て却って日を克するの暗鬼と成る、必ず妻室に因りて官司に惹き上ぐるを主る。後に娶りて門を過ぎて一個余月、前夫の弟弟便ち来りて告げ訴え、百両の銀子を破費す。庚寅年に到り、果たして一個の好き児子を生めり。
干支相合者,蓋申子、酉丑合作三合故也;如論六合,只有干上子與干宮丑合,申酉非合也。 此課斷法,以象為主。蓋三傳中末財生初官,兼之初男末女相生,成婚之象也。因妻致訟者,因遁暗鬼,非財助初鬼也。
注者曰く、謂う所の干支相合は、申と子・酉と丑と各々半個の三合局を成すの故を指す。若し六合を論ぜば、只だ日干上の子と日干の寄する所の丑宮と相合する有り、申と酉とは並びに六合に非ず。此の一課の断法は取象を以て主と為す。三伝の中、中伝・末伝の財爻は初伝の官爻を生起し、加うるに初伝は男に属し末伝は女に属して彼此相生す、正に成婚の象なり。妻室に因りて訟を惹くに至りては、末伝の遁出する暗鬼に由りて、並びに是れ財爻の往きて初伝の鬼を生助するに因らず。
增補課例: 補談:連茹間傳婚多艱,羊刃孤寡煞妻言。干支兩儀逢刑戰,兩敗俱傷主斷絃。財陰見財多內寵,官次見官再頻醮。(連茹主夫多妻多,間傳不能貫通一氣,都主婚不順。干陽支陽相刑,主中途分離,若只見克,卻無此凶險。財之陰神見財男多情人,官之陰神見官女多偏夫。情人之方方面面,視課傳及陰神。如陰見玄武寅木,為虛詐不實之醫人或小吏或文人之類。)
以下は是れ今人の増補する課例。幾句を補充して談ず。三伝の連茹或いは間伝を作るは、婚事多く艱難有り。羊刃・孤辰・寡宿等の煞を見るは、是れ妻を克するの兆。日干日支両儀の互相刑戦するは、両敗倶傷して、中途断絃を主る。財爻の陰神上に又た財を見るは、男子多く内寵有り。官爻の次に又た官を見るは、女子は再び嫁ぎ改醮せん。連茹は夫多く妻多きを主り、間伝は則ち前后貫通一気する能わず、皆な婚姻不順を主る。日干日支同じく陽に属して相刑するは、中途分離を主る、若し只だ相克するは、倒に此の様の凶険無し。財の陰神に財を見るは、是れ男子情人多し。官の陰神に官を見るは、是れ女子偏夫多し。情人の種種の情形は、須く課伝と陰神とを看て以て定むべし。譬えば陰神上に玄武の寅木を乗ずるを見れば、則ち是れ虚詐不実の医人・小吏或いは文人の一類。
増補占例一・女友との関係を占う
占例一戊寅年戌將戊戌日辰時問與其女友關係如何。 朱蛇貴后 四課: 六玄 常朱 亥子丑寅 戌辰 巳亥 六 戌 卯 陰 辰戌 亥戊 勾 酉 辰 玄 三傳:財 己亥 朱 申未午巳 父 空巳 常 龍空虎常 財 己亥 朱 斷:返吟課又得迴環,三番五次反覆。三傳皆空不成之象。辰上剋日,日入辰墓,男方不願意。 驗:果然。
戊寅年戌将・戊戌日辰時、自己と女友との関係如何を占う。盤外の一圏は是れ地盤十二宮・加わる所の天盤の神と十二天将。四課は自ら右より左に至るは亥の戊に加わり・巳の亥に加わり・辰の戌に加わり・戌の辰に加わる。三伝の初伝亥は是れ財爻にして朱雀を乗ず、中伝巳は是れ父爻にして并びに空亡に落ち・太常を乗ず、末伝は仍ほ是れ亥財にして朱雀を乗ず。断語に曰く、此れ是れ返吟課、又た回環の象を成す、事は必ず三番五次反復せんと要す。三伝皆な空亡に落つるは、是れ成就する能わざるの様子。日支上神の日干を克傷し、日干本身又た日支戌墓に入るは、是れ男方の情願ならざるを見るべし。返吟課は是れ天地二盤の彼此相冲、事は往復顛倒す。回環は又た首尾相銜して反復不定、両者畳みて一つに在り、正に男女の間の進退不決の情状に合す。後に験証せしに、果たして其の如し。
増補占例二・女同学の情況を占う
占例二、戊寅年未月壬申日申時未將,問其女同學之情況。 蛇貴后陰 辰巳午未 后陰常虎 鬼 戌 虎 朱 卯 申 玄 午未酉戌 父 酉 常 六 寅 酉 常 未申戌壬 父 申 玄 丑子亥戌 勾龍空虎 斷曰:日辰之上兩鬼相刑,又《指南》云“天魁度門風波動”,又斬關者掃地出門之象,發用空鬼剋日,斷其已離,且十月將有大病。 驗:果因夫外遇於六月離婚,亥月大病一場。正應了“兩敗俱傷主斷絃”之語。午年再婚。
戊寅年未月壬申日申時・未将を用い、女同学の近況を問う。四課は自ら右より左に至るは戌の壬に加わり・酉の戌に加わり・未の申に加わり・午の未に加わる。三伝の初伝戌は是れ官鬼にして白虎を乗じ而且空に落つ、中伝酉は是れ父爻にして太常を乗ず、末伝申は是れ父爻にして玄武を乗ず。断語に曰く、日と辰の上神両重の鬼爻互相刑害す、『六壬指南』の謂う所の「天魁度門風波動」は正に此の象に合す。再び言う、斬関課は掃地出門を主り、発用の空鬼又た来りて日を克す、故に彼女の已に離異し、并且十月の裡に将に一場の大病有らんと断定す。験証の結果、彼女は果たして丈夫の外に外遇有るに因りて、六月に離婚し、亥月に大病一場し、正に前面の「両敗倶傷して断絃を主る」の彼の句に応ず。午年に到りて再び婚す。
孕産章第八
受胎之期長生看,妻年上神此處算。月臨生年日歸月,時又歸日再一玩(如婦命乘木為胎神,看木之長生落何地盤,即知其月葉孕。又看月之長生落何地盤,即知孕日。又看日之長生落何地盤,即知孕時)。 婦孕中加天命上,婦行年上一詳推。陰神生女端可必,陽曜生男卻莫疑。
受胎の日期を推算するは須く長生を看るべし、妻子の行年上の乗ずる所の神より算を起こす。先ず此の神の長生の地盤の何れの一宮に落つるかを看れば、則ち受孕は何れの月に在るかを知る。再び彼の月の長生の何れの宮に落つるかを看れば、則ち受孕の日を知る。又た彼の日の長生の何れの宮に落つるかを看れば、則ち受孕の時を知る。譬えば婦人本命は木を乗じて胎神と為れば、則ち木の長生の地盤の何處に落つるかを看て、便ち懐孕の月份を知り、此に依りて再び日を推し・再び時を推す。婦人に孕有れば、須く中伝を其の本命の上に加え、又た其の行年の上に於いて仔細に推詳すべし。陰神発用すれば則ち女を生ず、端的に以て断定すべし。陽神照臨すれば則ち男を生ず、亦た疑うを須いず。
男女須觀日上神,剛干陽比是男身。若逢陰比知為女,不比陰陽兩處巡。 傳合西北為弄瓦(即從革潤下局),傳合東南定弄璋。二陽包陰女衣裼,二陰包陽男衣裳。 純陽之課多生女,課傳陰極復生男。罡加比日為男喜,不比端然作女參。
胎児の男女を分辨するは、須く日上の神を看るべし。陽日剛干にして上神も亦た陽に属し・日干五行と相比するは、是れ男胎。上神の陰に属して日と相比するは、便ち是れ女胎と知る。若し上下並びに相比せざれば、則ち須く陰神・陽神の両處に於いて来り回りて推尋すべし。三伝の会合して西方金局或いは北方水局(則ち従革・潤下の二局)を成すは、女を生ずるを主る。会合して東方木局或いは南方火局を成すは、一定に男を生ず。両個の陽神の一個の陰神を夹むるは、女を生ず。両個の陰神の一個の陽神を夹むるは、男を生ず。純陽の課体は反って多く女を生ず。課伝陰極まる處に到れば、又た転じ回りて男を生ず。天罡辰の日干と相比する處に加わるは、是れ男を生ずるの喜。若し相比せざれば、則ち端然として女胎と作りて参断すべし。
陰陽昴星兩課舉,陰俯是男陽仰女。不備何能十月全,陽備(即陰不備)為男陰備(陽不備)女。 一乳二子理甚約,年命課傳須審確。重逢建將(日月建也)是雙胎,男女陰陽再思索。 建陰為女建陽男,卦象陰陽一法參(如酉胎為兌少女,卯胎為震長男也。以此卦象參斷)。男女雙生何處斷,干支胎位兩重探。
昴星課は陰日・陽日の両種を分かつ。陰日の課は其の象は俯りて下に向かい、男を生ずるを主る。陽日の課は其の象は仰ぎて上に向かい、女を生ずるを主る。課体不備なれば、胎児何ぞ能く足月十個月ならんや。陽備(則ち陰不備)は男を生ずるを主り、陰備(則ち陽不備)は女を生ずるを主る。一胎に両子を生ずるは、道理甚だ簡約、但だし須く年命と課伝の上に於いて審断確切なるを要す。課中に重複して日建・月建を見るは、則ち是れ双胎、是れ男か是れ女かは再び陰陽の推敲を作すべし。日月建の陰神は女を主り、陽神は男を主る。還た以て卦象の陰陽を用いて一并に参看すべし。譬えば胎神の酉に在るは兑卦に属して少女と為り、卯に在るは震卦に属して長男と為る、則ち此の卦象に照らして参断す。双生の男女は従て何處より断ずべきか。日干・日支の両處の胎位の重畳するより探求すべし。
欲識產期何者善,勝光所臨最為便。又有沖胎一法看,女命納音沖處驗。 生養之下究產期,胎乘鬼死墮胎推。年命(夫婦)沖剋胎神者,生兒不育令人悲。 懷胎凶吉古今難,全憑落處地盤看。生旺比和祥可知,刑害克絕凶立驗。(胎神所落地盤,生合為吉,克刑衰絕死墓為凶。詳田妃生產占例)。
産期を知らんと欲するは、最も便捷なるは「勝光」午神の臨む所の處を看る。別に一の法有りて是れ冲胎を用いて看る、産婦本命の納音の冲せらるる所の處を以て応験と為す。生養此の一門の裡に於いて産期を推究するに、若し胎神の官鬼と死気とを乗ずれば、則ち須く堕胎に按じて推すべし。夫婦二人の行年・本命の往きて胎神を冲克するは、児子を生下すも養う能わざるを主り、人をして傷悲せしむ。懐胎の吉凶は自ら古最も断じ難し、全く胎神の落つる所の地盤宮位に憑りて看る。相生・旺相・比和の地に落つるは、祥瑞知るべし。刑・害・克・絶の地に落つるは、凶険立時に応験す。胎神の落つる所の地盤は生合を吉と為し、克刑衰絶死墓を凶と為す、詳情は後面の田妃の生産を占うの例を看るべし。
子母平安最為歡,須用干支細參照。支傷損母干損兒,兩處無傷母子笑。 又審盤中合後神,死生剋制細詳論。合受下克傷兒命,下制天后危母身。 生兒順逆理通玄,卯戌相加細細研。卯加戌上手指地,戌加卯位足朝天。
母子平安は最も喜ぶべし、須く日干・日支を拿して細細に参照すべし。日支の傷を受くるは、損ずる所は是れ母親。日干の傷を受くるは、損ずる所は是れ胎児。両處皆な傷無ければ、母子乃ち能く相視して笑わん。還た須く盤中の六合と天后の二将を審看し、其らの生・死・克・制に就きて細細に論断すべし。六合の下神に克せらるるは、傷る所は是れ孩児の性命。下神の天后を制伏するは、危うき所は是れ母親の身。嬰児は是れ順産か還た是れ逆産か、道理甚だ玄妙、須く卯と戌と相加する處に於いて細細に研究すべし。卯の戌上に加わるは、是れ手先に地を指して出ず。戌の卯位に加わるは、便ち脚の天に朝くの逆生。
干加支上子戀母,支臨干位兒生運。胎加生方子生艱,兩儀(干支)夾傳產門塞。 羅網日墓母多憂,蛇夾月厭亦同求。年命乘神若沖破,轉凶為吉又何尤。 貴傳俱逆生頗難,貴傳俱順生最易。魁度天門阻滯多,煞沒神藏應快利。
日干の日支上に加わるは、是れ孩子の母に恋れて出づるを肯ぜず。日支の日干の位に臨むは、孩児便ち勢に順りて生ず。胎神の長生の方に加わるは、反って生産艱難を主る。日干日支両儀の三伝を夹むるは、産門の堵塞せらるるに等し。天羅地網と日墓の身に臨むは、母親多く憂う。螣蛇の月厭を夹むるは、亦た同じ道理に照らして推求す。若し産婦の行年・本命の乗ずる所の神の能く此らの凶神を冲破して、凶を転じて吉と為さば、又た何の憂うべき有らん。貴人と三伝と皆な逆行するは、生産頗る艱難。貴人と三伝と皆な順行するは、最も生ずること易し。「魁度天門」を占得するは、阻滞便ち多し。凶煞隠没し・吉神潜蔵するは、応期便ち快にして順利なり。
胎逢偏鬼及玄神,種子私妊斷卻靈。(玄武主偷盜闇昧,他占亦可言之。)天乙發傳名富貴,可知兒是石麒麟。(必要生干主可言之,克干洩干皆不美妙。) 戀胎五等詳宜忌,寅加亥上家祿利。臨子為敗巳病推,申辰衰絕君須記。
胎神上に偏鬼或いは玄武に逢着するは、私通の得たる所の身孕と断ず、最も霊験なり。玄武は本より盗窃暗昧を主る、別の事を占うも亦た此の様に講ずべし。貴人発用して伝に入るは、是れ富貴の名、生下するの孩児は是れ一塊の美玉良材なるを知るべし。不過此れは須く貴人の日干を生扶して乃ち此の様に講ずべく、若し日干を克し・日干を泄すれば、皆な美事と算するを得ず。恋胎に五等有り、宜忌須く分かちて清きを要す。寅の亥上に加わるは、是れ臨官禄位、家に於いて最も利有り。子に臨むは是れ沐浴敗地、巳に臨むは是れ病地、申に臨むは是れ衰地・辰に臨むは是れ絶地、此の几等は請う記牢せよ。
占験一・曹化淳旨を伝えて田妃の六甲を占う
占驗一、丁丑十月癸丑日辛酉時,大司理諱化淳曹公奉上傳令靈臺牌子太監陳國用占東宮田妃六甲。元首、反吟,寅卯空、申酉落空。 勾六朱蛇 亥子丑寅 朱常 朱常 鬼 丁未 常 龍 戌 卯 貴 丑未 丑未 鬼 癸丑 朱 空 酉 辰 后 未丑 未癸 鬼 丁未 常 申未午巳 虎常玄陰
此れ是れ丁丑年十月癸丑日辛酉時の課盤。大司礼曹化淳公は皇上の伝令を奉じ、命じて霊台牌子太監陳国用に東宮田妃の胎孕を占わしむ、課体は「元首」「反吟」に属し、本旬の寅卯は是れ空亡、天盤の申・酉二神は空亡の地盤の上に落つ。四囲の一圏は是れ地盤十二宮・加臨の天盤の神と乗ずる所の十二天将。中間の両行は是れ四課、自ら右より左に至るは未の癸に加わり・丑の未に加わり・丑の未に加わり・未の丑に加わる、未と丑と相冲して互に加わる、故に返吟を成す。右側の三行は是れ三伝。初伝丁未は是れ官鬼にして太常を乗ず、中伝癸丑は是れ官鬼にして朱雀を乗ず、末伝丁未は仍ほ是れ官鬼にして太常を乗ず、三伝全て是れ日を克するの鬼。
斷曰:此男子之祥也,然生而難育,應在卯年。蓋因純陰返陽,支上神與支相比,故主男必矣。然而卯年不育者何也?胎神夾克無氣,此追魂之魔,卯為東宮子宿,受酉將陰殺沖剋,是以知其卯年不育。未幾田妃生第六子,卯年命殞。
断語に曰く、此れ是れ男を生ずるの吉兆、但だし生下し難く養い大きくし難し、卯年に応ずべし。何を以てなれば、課体純陰にして返りて陽を出ず、日支上神又た日支五行と相比す、故に必ず是れ男胎と断定す。然らば卯年は何を以て養い活かす能わざるや。胎神の夹まれ克制せられて毫も生気無きを以て、此れ則ち追魂の凶魔。卯は是れ東宮太子の宿、偏偏として酉将の陰殺の冲克を受く、故に彼の卯年に不育なるを知る。久しからず田妃果たして第六個の児子を生下し、卯年に到りて此の孩子則ち夭折せり。
明代皇帝信任宦官,雖有內閣,但因皇帝多在深宮不理政事,事多由太監傳達,故首輔之權,弱於太監,太監以司禮太監為最高,次即秉筆太監。魏忠賢即是天啟帝時之司禮太監,崇禎帝貶抑宦官,使首輔權重,但太監之權依然不小。曹大司禮者,司禮太監曹化淳也。 田妃,崇禎帝所龐幸之田氏妃子。
注者此の段の背景を補述す。明代の皇帝は宦官を信任し、雖も内閣を設くる有りと雖も、皇帝は多く宮中に深居して政事を理せず、事情は大多く太監に由りて伝達す、故に内閣首輔の権柄は反って太監に弱り。太監の中は司礼太監を以て最高と為し、其の次は是れ秉筆太監。魏忠賢は則ち是れ天啓皇帝の時の司礼太監。崇禎皇帝は宦官を貶抑して首輔の権を重からしむも、太監の権勢は依然として小ならず。文中の説く曹大司礼は、則ち是れ司礼太監曹化淳。田妃は、是れ崇禎皇帝の寵幸する所の田氏の妃子。
占験二・傅姓の隣人の六甲を占う
占驗二、庚辰三月辛卯日丙戌時,予寓埂子街,鄰人江右傅姓者求占六甲,伏吟、龍虎,午未空,午未落空勾 勾青 六 巳午未申 空 蛇蛇 常常 財 辛卯 蛇 朱 辰 酉 虎 卯卯 戌戌 子 戊子 陰 蛇 卯 戌 常 卯卯 戌辛 財 辛卯 蛇 貴 寅丑子亥 玄 后陰
此れ是れ庚辰年三月辛卯日丙戌時の課盤。我は当時揚州埂子街に寓居す、隣居の一位の江右傅姓の人家は来りて胎孕を占うを求む、課体は「伏吟」「龍虎」に属し、本旬の午未空亡、天盤の午未も亦た正に空亡の地盤の上に落つ。伏吟の課は天盤と地盤と相同じ、故に四課は自ら右より左に至るは戌の辛に加わり・戌の戌に加わり・卯の卯に加わり・卯の卯に加わる。三伝の初伝辛卯は是れ財爻にして螣蛇を乗ず、中伝戊子は是れ子孫爻にして太陰を乗ず、末伝辛卯は仍ほ是れ財爻にして螣蛇を乗ず。伏吟は静にして動かざるを主り、龍虎二将并び見れば則ち一喜一凶、胎孕を占うは正に須く此の一静の中に於いて男女を分辨すべし。
斷曰:此必雙胎,皆男子也,主八月戌日辰時生,母子清吉。何以知為雙胎?以月建重疊,作胎神乘旺氣故也(此必二月建,以金胎在卯故也)。何以知為兩男?卯屬震為長男,日上河魁,乾宮所屬,亦男也。何以知八月生,酉沖卯胎,戌日辰時者,戌為養神,俟辰來沖干上戌也。 學者宜切記陳公獻此課起例。 江右者,長江之北。 占男女,以干上之支所寄之卦之陰陽斷之,非以支之陰陽為斷也。
断語に曰く、此れ一定に是れ双胎、而且皆な是れ男孩、応するは八月の戌日辰時に降生し、母子平安なり。何に憑りて是れ双胎なるを知るや。月建の重畳して出現し、又た胎神を作りて旺気を乗ずるを以てなり。此の處必ず是れ二月の月建、金の胎位は卯に在るを以てなり。何に憑りて是れ両個の男孩なるを知るや。卯は震卦に属して長男と為り、日干上は又た是れ河魁戌、戌は乾宮に属し、亦た男を主る。何に憑りて八月に生ずるを知るや。酉月の来りて卯胎を冲するを以てなり。戌日辰時と説くは、是れ戌は是れ養神、須く辰の来りて日干上の戌を冲動するを待つを以てなり。学者は当に陳公献此の一課の起例を牢記すべし。謂う所の江右は、長江以北を指す。胎児の男女を占うは、是れ日干上神の寄する所の卦の陰陽を用いて断ず、並びに是れ日支の陰陽を用いて断ずるに非ず。
占験三・馮爾忠の六甲を占う
占驗三、丁丑年四月乙酉日乙酉時,嘉興馮爾忠占六甲,重審、斬關、伏吟,午未空、午未落空。 朱蛇 六 巳午未申 貴 后后 勾勾 財 壬辰 勾 勾 辰 酉 后 酉酉 辰辰 鬼 乙酉 后 青 卯 戌 陰 酉酉 辰乙 兄 辛卯 青 空 寅丑子亥 玄 虎常
此れ是れ丁丑年四月乙酉日乙酉時の課盤。嘉興人馮爾忠は来りて胎孕を占う、課体は「重審」「斬関」「伏吟」に属し、本旬の午未空亡、天盤の午未も亦た空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは辰の乙に加わり・辰の辰に加わり・酉の酉に加わり・酉の酉に加わる。三伝の初伝壬辰は是れ財爻にして勾陳を乗ず、中伝乙酉は是れ官鬼にして天后を乗ず、末伝辛卯は是れ兄弟爻にして青龍を乗ず。重審は是れ下神の上神を賊して取用を取る、斬関は阻隔を冲開するを主り、伏吟は又た静守不動を主る、三者并び見れば、胎事は便ち動有り静有り。
斷曰:產必雙胎,一男一女,然男必生,女必死。何也?酉為日之胎鬼死氣,偏房婢室之孕不言矣。但末傳卯作支之胎神生氣,中傳酉兌為少陰,末傳卯震為長男;其男子生者,胎財生氣也;女子死者,作死氣日鬼也。
断語に曰く、此の一胎必ず是れ双生、一男一女、但だし男孩は活き成るを得て女孩は必ず死す。何を以てなれば、酉は是れ日干の胎鬼にして又た死気を帯ぶ、是れ偏房婢女の懐く所の孕なるを見るべし、多く説くを須いず。末伝卯は是れ日支の胎神にして生気を乗ず、中伝酉は兑卦に属して少女と為り、末伝卯は震卦に属して長男と為る。男孩の生ずる能くするは、是れ彼の応ずる所の卯は是れ胎財にして生気を乗ずるを以て。女孩の死するを要するは、是れ彼女の応ずる所の酉は死気を帯び又た是れ日鬼なるを以て。
占験四・孫石渠の代わりに生育を占う
占驗四、己丑二月辛丑日己亥時,偶有一回子煩庠友孫石渠占生育,將所占課與予斷看吉凶,天獄、重審、退茹,辰巳空、卯辰落空。 六勾 朱 辰巳午未 青 玄陰 空虎 子 庚子 陰 蛇 卯 申 空 亥子 申酉 子 己亥 玄 貴 寅 酉 虎 子丑 酉辛 父 戊戌 常 后 丑子亥戌 常 陰玄
此れ是れ己丑年二月辛丑日己亥時の課盤。偶然に一位の回族人有りて同学の孫石渠に生育を占うを托す、孫石渠は占う所の課を把りて来りて我に吉凶を断ぜしむを請う。課体は「天獄」「重審」「退茹」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の卯・辰二神は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは酉の辛に加わり・申の酉に加わり・子の丑に加わり・亥の子に加わる。三伝の初伝庚子は是れ子孫爻にして太陰を乗ず、中伝己亥は是れ子孫爻にして玄武を乗ず、末伝戊戌は是れ父爻にして太常を乗ず。天獄は囚系閉塞を主り、重審は是れ下の上を賊して発用し、退茹は則ち三伝逐位後退す、合するは是れ歩歩倒退・閉じて通ぜざるの象。
斷曰;占產難生,子母皆亡。友人曰:一手先出矣,據課子必難保。予曰;不然,先母生子時,先一晚手出,次早腳出,母子無恙。此課河魁渡亥被阻隔,天獄無沖,其子何由而出?日干上虎來遁鬼,支上子乘游魂;天后象母,受寅貴劫煞制克,是以子母不保(天后地盤克天后也。與田妃占產參看)。未幾,子未出母已死矣。(天獄課,墓神發用,斗繫日本為之;天獄煞者正五九在子,二十六在卯……,依例推之。此課雖斗繫日本,便非墓神發用;若仍在寅月,則發用子為天獄煞。)
断語に曰く、此の一胎難産、母子皆な保つ能わず。友人曰く、孩子已に先ず一只の手を伸出せり、此の課に照らして看れば孩子必定保ち難し。我曰く、未だ必ずしも此の如くならず、先母当年に孩子を生むに、頭の天晚上先ず手を出し、第二天早上脚を出せり、母子皆な平安無事なりき。但だし此の一課は河魁戌は亥上に渡りて阻隔せられ、天獄又た冲開無し、孩子は従て何處より出づるを得んや。日干上の白虎は鬼を遁出し、日支上の子又た游魂を乗ず。天后は母親を象徴す、却って寅上の貴人の帯びる所の劫煞の制克を受く、故に母子皆な保つ能わず。此れ是れ天后の落つる所の地盤の反って天后を克する、以て前面の田妃の産を占うの例と対看すべし。久しからず、孩子未だ出でざるに、母親已に死せり。天獄課は、是れ墓神発用・斗柄の日の本命に系るて成る。天獄煞の排法は正月・五月・九月は子に在り、二月・六月・十月は卯に在り、此に依りて類推す。此の一課は雖も斗の日本に系るも、却って是れ墓神発用に非ず。若し仍ほ寅月に在らば、然らば発用の子は則ち正に是れ天獄煞なり。
占験五・戴羲宇の六甲を占う
占驗五、甲子四月癸卯日戊午時,予同公明長兄訪徽州戴羲宇占課,蒿矢、不備,辰巳空,午未落空。 六勾 朱 未申酉戌 青 朱貴 貴陰 鬼 乙未 朱 蛇 午 亥 空 未巳 巳卯 父 丁酉 勾 貴 巳 子 虎 巳卯 卯癸 兄 己亥 空 后 辰卯寅丑 常 陰玄
此れ是れ甲子年四月癸卯日戊午時の課盤。我は公明長兄と一道に徽州の戴羲宇を拝訪し、彼に課を占うを請う、課体は「蒿矢」「不備」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の午未は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは卯の癸に加わり・巳の卯に加わり・巳の卯に加わり・未の巳に加わる、第二課と第三課と相同じ、故に課体不備。三伝の初伝乙未は是れ官鬼にして朱雀を乗ず、中伝丁酉は是れ父爻にして勾陳を乗ず、末伝己亥は是れ兄弟爻にして天空を乗ず。蒿矢課は是れ四課に克無くして外神に由りて遥かに日干を克す、力量虚浮なり。再加うるに課体不備を以て、故に後文は胎児の足月する能わざるを断ず。
餘問戴曰:知來意否?曰:時為日之胎神(陳公獻用五行長生,占時午為癸之胎財,畢法云“胎財生氣妻懷孕”),必為六甲占也。余曰:然,男乎?抑女也?曰:干上卯屬震,長男之象。又是幕貴,三傳四課純陰極度陽,生貴兒必矣。且支加干,俯首見子,生必順利。但四課不備,未能足月。生於何時?曰:六月生。果一一如所斷。餘又細看之,子沖胎神,子上見寅,子日寅時生。
我は戴羲宇に問う、汝は我らの来意を知るか。彼曰く、占時午は正に是れ日干の胎神。陳公献は五行長生の法を用う、占時午は既に癸の胎位にして又た是れ財爻、『畢法賦』の謂う所の「胎財生気妻懐孕」。故に一定に是れ胎孕を占うなり。我曰く、正に是れ。然らば是れ男か是れ女か。彼曰く、日干上の卯は震卦に属す、是れ長男の象、又た是れ幕貴。三伝四課純陰極まる處に到りて返りて陽を出ず、必ず貴子を生ぜん。而且日支の日干の上に加わるは、是れ頭を低うして子を見るの象、生産一定に順利なり。只だ是れ四課不備、胎児未だ能く足月せず。問う、何れの時に生まるや。彼曰く六月に生まる。後来一一皆な彼の断ずるが如し。我又た細看此の一課、子の来りて胎神を冲動し、子上又た寅を見る、故に是れ子日寅時に降生す。
疾病章第九
病症之源尋虎鬼,沉痾之際看生龍(龍乘生氣)。須防虎鬼駕馬惡,死墓絕空最為凶。 福德(子孫爻)加臨名解厄,貴醫年命病全安。喪吊死常分內外,病符亡鬼死生看。 引鬼為生忌收魂(玄乘日墓),因妻致病嫌冢墓。全然脫敗身衰羸,鬼死兩逢痊癒痼。
病症の根源を查るに須く白虎と官鬼とを找うべし、久病沈重の際は則ち青龍の是れ生気を乗ずるか否かを看る。最も須く白虎・官鬼の又た駅馬を駕するを提防すべし、彼れ是れ悪の上に悪を加う。三伝の死・墓・絶・空の地に落つるは、最も凶険なり。子孫爻の加臨するを解厄と叫び、貴人の医神を作りて病人の年命に臨むは、病は以て全安すべし。喪車・吊客と死気・太常とは、須く内外両處を分かちて看るべし。病符・亡神と鬼爻とは、則ち之に拠りて生を断じ死を断ず。玄武の日墓を乗じて来りて鬼を引くは、「收魂」と叫び、最も忌諱と為す。妻室に因りて病を致すは、嫌う所は是れ冢墓の神。日干の脱泄せらるること乾乾浄浄たるは、人は則ち衰弱羸瘦す。鬼爻と死気との両様并び見るは、病は縱令一時痊愈すとも、亦た須く痼疾に転成せん。
鬼戶宜關人惡入(日下年命加寅),天門魁忌貴登佳。生空退茹尋死格,逆間遲痊倒拔蛇(空連茹死格,逆間傳難愈)。 身尸入棺亡可斷(庚日申加卯),兩蛇夾墓疾難除。忌支血症多崩嘔,常後婚筵起病初。 金水逢丁須兩論,舊新疾病驗空亡(新病應上字,舊病應下字)。歲墓干墓並蛇虎,如臨卯酉犯重喪(此墓門開格,《大全》鬼墓課有例甚好,可參看。)。
鬼戸は当に関閉すべし、最も悪うは是れ邪祟の彼の處より進入する有る。日下の行年本命の寅上に加わるは則ち是れなり。天門は是れ河魁の忌む所の處、却って正に是れ貴人登臨の佳境。生気の空に落ち・三伝退茹するは、須く死格の上に往きて尋ぬべし。逆行の間伝は、病は愈えること慢し、倒れて長蛇を拔くが如し。落空の連茹は是れ死格、逆行の間伝は病は痊愈し難し。「身尸入棺」は以て死亡を断ずべし、庚日申の卯上に加わるが如し。両条の螣蛇の墓神を夹住するは、病も亦た除根し難し。日支上に血忌を帯ぶるは、多く崩漏嘔血の症を主る。太常と天后と同じく臨むは、病は是れ婚宴喜筵の上より得たるなり。金神水神の丁神に遇上するは、須く両面を分かちて論ずべし。新病旧病皆な空亡の上に於いて応験す。新病は上の一字に応じ、旧病は下の一字に応ず。太歳の墓と日干の墓と并びに螣蛇・白虎を見るは、若し又た卯・酉の位に臨まば、則ち重喪を犯す。此れ便ち是れ「墓門開」の一格、『六壬大全』の鬼墓課の中に甚だ好き例有り、以て参看すべし。
網羅日墓覆支干,善神沖剋厄即安。閉口絕祿忌合絕,華蓋孝帛命年難。 蒿矢見金亦甚凶,浴盆(神煞)有水還須忌。自墓傳生危即安,初生末墓多憂事。 虎頭蛇尾重還輕,龍末虎初凶變吉。庸醫殺人官鬼乘,子爻丸散能療疾。
天羅地網と日墓との日干日支の上に覆圧するは、若し吉神の来りて冲開克破する有れば、厄難立時に転じて安し。「閉口」「絶禄」は最も再び合と絶とに逢うを忌む。「華蓋」「孝帛」等の煞の本命行年の上に落つれば、病人便ち関を過ぐり難し。蒿矢課再び金神を見るも亦た甚だ凶、「浴盆」煞又た水神を見るは、同じく須く忌むべし。墓神より発用して長生に伝わるは、危うくして復た安し。初伝の生気を乗じて末伝の墓に入るは、則ち多く憂事有り。初伝白虎・末伝螣蛇は、虎頭蛇尾、病は重より転じて軽し。末伝青龍にして初伝白虎は、凶中より変じて吉と為る。官鬼の乗ずる所の神は、庸医の人を殺すを主る。子孫爻の主る所は、則ち是れ丸薬散剤の能く病を治好するなり。
德喪祿絕最為凶,貴臨福集禍轉福(福集子孫爻也)。循環周遍二課名,占病逢之多反覆。 卯加戌逆主風搐,子臨巳位定死亡。六處還常逐類推,看課大吉(大吉課占官則宜,占病大凶)兩端詳。
徳神喪失し・禄神の絶に入るは、最も凶険なり。貴人の身に臨みて子孫爻聚集するは、禍事反って能く福気に転成す。「循環」「周遍」は是れ両種の課体の名目、病を占うに其らに遇えば、病情多く反復せんと要す。卯の戌上に加わりて逆行するは、抽風痙攣の症を主る。子の巳位に臨むは、死せんと断ず。其の余の四課三伝の六處は、亦た皆な此の路数に照らして逐類に推求す。「大吉課」に至りては、官職を占うに最も相宜、疾病を占うは却って大凶、両頭皆な須く分明に看るべし。
占験一・張奉初弟の観初の為めに病を占う
占驗一、辛巳九月丁亥辛丑時,庠友張奉初為乃弟觀初占病,予袖傳一課答之,重審、鑄印。(午未空,亥子落空) 貴后 蛇 戌亥子丑 陰 朱白空后 比 癸巳 空 朱 酉 寅 玄 酉辰巳子 子 丙戌 蛇 六 申 卯 常 辰亥子丁 印 辛卯 常 勾 未午巳辰 虎 龍空
此れ是れ辛巳年九月丁亥日辛丑時の課盤。同学の張奉初は彼の弟弟観初の為めに病を占う、我は袖中の伝えし所の一課を以て彼に答复す、課体は「重審」「鋳印」に属し、本旬の午未空亡、天盤の亥子は空亡の地盤の上に落つ。四囲の一圏は是れ地盤十二宮・加臨の天盤の神と乗ずる所の十二天将。四課は自ら右より左に至るは子の丁に加わり・巳の子に加わり・辰の亥に加わり・酉の辰に加わる。三伝の初伝癸巳は是れ比肩爻にして天空を乗ず、中伝丙戌は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず、末伝辛卯は是れ印綬爻にして太常を乗ず。
斷曰:課得鑄印,占病不吉,三日必死,張友不言而去。頃焉,一人至,占得未亥卯三傳,白虎發用,喪吊全逢,用木空則折,病主風寒,三日內死者。曰:適家伯先已來占矣,因不吉,故復占之。張友又請仙,呂純陽下降,判白數合於數,吾無問而果三日死。
断語に曰く、鋳印課を占得す、病を占うに吉ならず、三天之内必ず死せん。張友一句の話も説かずして則ち走り去れり。一会儿を過ぎて、又た一個の人来り、未・亥・卯の三伝を占得し、白虎発用し、喪車吊客は全て遇上す。発用の木爻は空に落ちれば則ち折る、病は風寒を主り、亦た是れ三日内に死せんと要す。彼の人曰く、刚才我家の伯父は已に先に来りて占過せり、不吉なるを以て、故に再び一次を占う。張家は後来又た仙を請うに往き、呂洞賓の壇に降る、判詞は我の断ずる所の日数と正に合す。我は更に問うを須いず、彼の病人は果たして三天後に則ち死せり。
占験二・張澹寧の病を占う
占驗二、己卯六月己酉日戊辰時,維揚埂子街六如齋扇店浙江張澹寧相會占病,蒿矢、三交。(寅卯空,巳午落空) 六朱 勾 申酉戌亥 蛇 玄貴辰朱 鬼 乙卯 玄 龍 未 子 貴 卯子丑戌 父 丙午 空 空 午 丑 后 子酉戌己 子 己酉 六 虎 巳辰卯寅 陰 常玄
此れ是れ己卯年六月己酉日戊辰時の課盤。維揚埂子街六如斎扇店に在りて浙江人張澹寧と相会し、彼の為めに病を占う、課体は「蒿矢」「三交」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の巳午は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは戌の己に加わり・丑の戌に加わり・子の酉に加わり・卯の子に加わる。三伝の初伝乙卯は是れ官鬼にして玄武を乗ず、中伝丙午は是れ父爻にして天空を乗ず、末伝己酉は是れ子孫爻にして六合を乗ず。蒿矢は遥克虚浮を主り、三交は則ち天地人三者交錯す、病を占うに最も糾纏不清を主る。
斷:當年病無妨,何須再三詳,黑馬自夷來,跨上往酉方,早覓玄空徑,教爾接命長,宅上見胎喜,一陰並兩陽。蓋太歲發用作日破,勾空目今無妨,但嫌醫神發用剋日,主醫人用藥不當,但木火為虎鬼,脾肺受病,未能脫體,須東南錢劉之醫,平肝清心,其病漸愈。曰:何以言?玄門卯乃死,我門酉為生,我乘玄空,長生在傳,宜避初鬼就末生,須向玄空之門求接命延年之術。否則,壬午春必有他慮矣。曰:有胎者何:余曰:支上見胎神。曰:三兒婦俱懷妊矣。余曰:試言何命。曰:丁未、壬子、甲寅,餘以行年推之,丁未生女,餘二皆男。後果然,澹寧壬午春死。
断語は先ず一段の歌訣を用いて曰く、今年此の病は還た妨げ無し、何ぞ須いん再三細詳を。黒馬は自ら東方遠處より来り、其上に騎りて西方酉位に往かん。及び早く玄武・天空の指す所の路経を尋覓せよ、汝に接続性命を教えん。宅上に胎神の喜を見るは、是れ一個の陰爻并びに両個の陽爻なり。此れ太歳発用して日破を作るを以て、勾陳・天空の主る所の事は目下還た妨碍有らず。只だ嫌うは医神の発用して来りて日干を克する、医生の用薬不当を主る。木火は白虎と官鬼とを作り、脾・肺両経は病を受け、一時に身を脱する能わず、須く東南方の銭・劉両姓の医生を請い、肝を平らげ心を清めば、病乃ち会して漸漸好転せん。彼問う、此の話は怎様に講する。我曰く、玄武の門は卯に在り、卯は是れ死地。我此の一門は酉に在り、酉は是れ生地。我自身は玄武・天空を乗じ、長生又た三伝の中に在り、故に宜しく初伝の鬼を避け・就近に末伝の生に就き、須く玄空の門に向かい往きて接命延年の術を求むべし。否るれば壬午年の春天に到り、必ず別の憂患有らん。彼又た問う、胎喜有りと説くは是れ何處より看出せる。我曰く、日支上に胎神を見る。彼曰く、我は三個の児媳皆な懐孕せり。我曰く、請う彼女らの年命を報出せよ。彼曰く是れ丁未・壬子・甲寅。我は行年に按じて推算し、丁未は女を生じ、其の余の両個は皆な男を生ず。後来果たして此の如し。張澹寧は則ち壬午年の春天に死せり。
占験三・盧承山の病の吉凶を占う
占驗三、乙酉正月己亥己巳時,總漕漂官、召賢參將盧承山盟兄占病吉凶,重審、交車。(辰巳空,亥子落空) 后陰 貴 子丑寅卯 玄 后空六陰 父 甲午 空 蛇 亥 辰 常 丑午酉寅 兄 辛丑 后 朱 戌 巳 虎 午亥寅己 子 丙申 勾 六 酉申未午 空 勾青
此れ是れ乙酉年正月己亥日己巳時の課盤。総漕漂官・召賢参将盧承山盟兄は病の吉凶を占う、課体は「重審」「交車」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の亥子は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは寅の己に加わり・酉の寅に加わり・午の亥に加わり・丑の午に加わる。三伝の初伝甲午は是れ父爻にして天空を乗ず、中伝辛丑は是れ兄弟爻にして天后を乗ず、末伝丙申は是れ子孫爻にして勾陳を乗ず。重審は是れ下神の上神を賊して発用し、交車は則ち日干日支上下互相交生交克す、病情は正に此の一交の間に在り。
脾土受症,目今無慮。蓋木為官鬼,則脾經受症矣。以平清肺心為上,切勿健脾理肺,七月恐有不測。蓋祿臨絕地,馬入墓鄉,且子巳相加為陽(生)臨陽絕,又卯臨申位是木被金離,病人非宜,且年帶二死剋日,故斷其七月必死。已而果然。
断語に曰く、此れ是れ脾土の病を受くる、眼下還た憂うるを須いず。木の官鬼を作りて来りて土を克するを以て、故に脾経は症を受く。用薬は肺を平らげ心を清むるを以て上と為し、切に脾を健め肺を理するに往くべからず。七月に到りて恐らく不測有らん。日禄の絶地に臨み、駅馬又た墓郷に投入するを以てなり。子と巳と相加するは、是れ陽生の陽絶に臨着す。卯の申位に臨むは、是れ木の金に隔离せらるる、此らは病人に対して皆な相宜ならず。加うるに流年の両重の死気を帯びて来りて日干を克するを以て、故に彼の七月必ず死せんと断ず。後来果たして応験せり。
占験四・楠姓の者の董晋侯の為めに病を占う
占驗四、辛卯二月丁未癸卯時,偶有楠姓者,為董晉侯占病,八專。(寅卯空,酉戌落空) 朱六 蛇 子丑寅卯 勾 陰六陰六 財 己酉 陰 貴 亥 辰 龍 酉寅酉寅 子 甲辰 青 后 戌 巳 空 寅未寅丁 鬼 辛亥 貴 陰 酉申未午 虎 玄常
此れ是れ辛卯年二月丁未日癸卯時の課盤。偶然に位の楠姓の人有りて董晋侯の為めに病を占う、課体は「八專」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは寅の丁に加わり・酉の寅に加わり・寅の未に加わり・酉の寅に加わる。三伝の初伝己酉は是れ財爻にして太陰を乗ず、中伝甲辰は是れ子孫爻にして青龍を乗ず、末伝辛亥は是れ官鬼にして貴人を乗ず。八專課は干支同位・四課只だ両課を成し、人事混雑分かたず、病を占うに内外牽纏を主る。
斷:此病主手足不舉,全無一點生氣,因日祿臨絕地(日祿午加亥為絕地),驛馬投墓鄉(巳為馬臨戌入墓也),又行年游魂,子巳相加,合為死字,三傳死墓絕,安能有救乎?蓋因卯加申、戌加卯,故知主風癲發搐之症。在何日?久病,應卯加申申日子時死矣。
断語に曰く、此の病は手脚皆な擡げ起こす能わざるを主り、全く一点の生気無し。日禄午の亥上に加わるを以て、正に絶地に落つ。駅馬巳の戌に臨みて墓郷に投入す。再加うるに行年の游魂に逢着するを以て、子と巳と相加して一個の「死」の字を合成す、三伝又た尽く是れ死・墓・絶、何處に還た救有らんや。又た卯の申上に加わり・戌の卯上に加わるを以て、故に患う所は是れ風癲抽搐の症なるを知る。何れの一天に死せんや。此の人は是れ久病、応するは卯の申に加わるの申日子時。後来果たして彼の天に死せり。
占験五・王養吾の占いを索む
占驗五、乙丑十月辛亥甲午時,予往金陵成賢街會六壬王養吾索占之課,元首、玄胎。(寅卯空,亥子落空) 六朱 勾 寅卯辰巳 蛇 蛇陰朱后 鬼 乙巳 蛇 龍 丑 午 貴 巳申辰未 財 甲寅 勾 空 子 未 后 申亥未辛 子 辛亥 白 虎 亥戌酉申 陰 常玄
此れ是れ乙丑年十月辛亥日甲午時の課盤。我は金陵成賢街に到りて六壬の名家王養吾に会見し、彼は此の課を索占す、課体は「元首」「玄胎」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の亥子は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは未の辛に加わり・辰の未に加わり・申の亥に加わり・巳の申に加わる。三伝の初伝乙巳は是れ官鬼にして螣蛇を乗ず、中伝甲寅は是れ財爻にして勾陳を乗じて正に空亡に落つ、末伝辛亥は是れ子孫爻にして白虎を乗ず。元首は是れ上の下を克し・尊の卑に臨むの正体、玄胎は則ち病の暗中に孕育して未だ明ならざるを主る。
斷曰:公為陰人占病。主胸膈不寬,飲食少進。曰:果婦病,若何?傳得病玄胎,又四課德鬼發用,巳作閉口,食神乘空,依知病在胸膈,不能飲食。且祿臨絕地,何以養生?目今子支制鬼無妨,恐來年初夏太歲生鬼可慮;況夫占妻豈宜財空,主半路斷絃續娶也。辛日亦不宜占病,因辛作亡神故也。
断語に曰く、您は是れ女眷の為めに病を占う。病象は是れ胸口膈間の舒暢ならず、飲食は喫し下る能わず。彼曰く、果たして是れ内人に病有り、究竟如何。我曰く、三伝は玄胎の象を得、四課中は又た是れ徳鬼発用、巳は「閉口」を作り、食神は空に落つ、此に拠りて病は胸膈に在り・食を進める能わざるを知る。況んや日禄の絶地に臨むをや、何に憑りて身体を将養せん。眼下に子水の鬼爻を制住する有り、還た妨げ無しと算す。只だ怕るは明年初夏太歳の来りて鬼爻を生助すれば、則ち憂慮するに値す。再び説く、丈夫の妻子の為めに占うは、何處に財爻の空に落つるに宜しからんや、中途断絃・日後続娶を主る。辛日は本より亦た病を占うに宜からず、辛は正に亡神を作るを以てなり。
占験六・劉一純の病を占う
占驗六、辛未正月戊申己未時,同鄉彭城衛幕劉一純占病,元首、潤下。(寅卯空,午未落空) 六朱 勾 酉戌亥子 蛇 玄蛇貴勾 兄 甲辰 玄 龍 申 丑 貴 辰子丑酉 子 戊申 龍 空 未 寅 后 子申酉戊 財 壬子 蛇 虎 午巳辰卯 陰 常玄
此れ是れ辛未年正月戊申日己未時の課盤。同郷の彭城衛に在りて幕僚を作す劉一純は来りて病を占う、課体は「元首」「潤下」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の午未は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは酉の戊に加わり・丑の酉に加わり・子の申に加わり・辰の子に加わる。三伝の初伝甲辰は是れ兄弟爻にして玄武を乗ず、中伝戊申は是れ子孫爻にして青龍を乗ず、末伝壬子は是れ財爻にして螣蛇を乗ず、申子辰は会して水局を成す、故に之を潤下課と叫ぶ。元首は是れ上克下の正課、潤下は是れ水局、病を占うに病勢下流して綿延するを主る。
斷曰:病起少陰,目今無慮,但綿纏難脫體。微獨病也,且防賊至。病起少陰者何?從魁臨干為日之敗氣,是因少陰而敗身也。病難脫體者何?傳將合成敗局,生起日之官鬼也。 占病而言賊至者何?玄武發用傳歸支上,主賊人入我內室也。
断語に曰く、此の病は是れ女子の身上より起これり、眼下憂うるを須いず、只だ是れ纏綿して身を脱し難し。而且単に是れ病のみならず、還た須く賊の来るを防ぐべし。何を以て病の少陰より起こると説くや。従魁酉の日干に臨むは、正に是れ日干の敗気、女色に因りて身体を敗壊するを見るべし。何を以て病の体を脱し難しと説くや。三伝の神将が会合して敗局を成し、反って生起して日干の官鬼と為るを以てなり。病を占うに却って賊の要らんことを説き到るは、又た是れ何處より看たる。玄武発用し、一路伝わりて日支の上に到るは、賊人の我が内室に闖入するを主る。
醫當如何?木為官鬼,火作白虎,心脾二經受症,當覓東方之醫,理肝清心,切勿健脾補肺。 何時當愈?甲戌流年方且不保,遑問愈乎?緣戊日玄墓發用,是為收魂殺。又純財生卯木,死氣剋日,故是年冬可慮乎?
医治は応に怎様に弁ずべき。木の官鬼を作り・火の白虎を作すは、是れ心・脾両経の病を受くる、当に東方の医生を尋ぬべく、肝気を調理し・心火を清むるべし、切に脾を健め肺を補うべからず。何れの時能く好らんや。甲戌流年に到りては性命すら保ち難し、還た何の痊愈を談ぜん。戊日の玄武は墓を乗じて発用す、此れを「收魂殺」と叫ぶ。又た是れ純財の往きて卯木を生じ、死気の来りて日干を克す、故に彼の一年の冬天は大いに憂慮すべし。
果後三月一賊入室,劉復來言及。餘乃以原數斷云:賊北方道路往來,陳姓年少人也。作賊無伴一人耳,然必告官方獲,玄辰乘相氣,主年少,在子為道路,辰與陳姓同音,玄陰生水,水合一數也。官鬼遙克玄武,公命上神又制盜神,必告官然後捕捉也。何日可獲?告官三日即獲。果陳忠也。
果たして三個月の後に一個の賊有りて彼の家に進入せり、劉一純又た来りて此の事を説起す。我は則ち原先の課数に照らして断じて曰く、此の賊は是れ北方の道路上より往来する、姓は陳、是れ一個の年輕人、作案する時並びに同伙無し、只だ彼一人、但だし必ず官に報じて乃ち捉えるを得。何を以てなれば、玄武の臨む所の辰は相気を乗ず、年紀の輕きを主る。辰は子位に落ち、子は是れ道路。辰と陳とは同音、故に彼の姓は陳と断ず。玄武の陰神は水を生じ、水の成数は一に合す、故に只だ一個人有りと説く。官鬼遥かに玄武を克し、劉公の本命上神又た盗神を制住す、故に必ず官に報じて然る後に乃ち捕獲すべし。何れの天に抓到するを得や。官に報ずるの後三天に則ち抓到せり。後来果たして是れ一個の陳忠と叫ぶ人なりき。
占験七・陳惟一の陳道台の病を占う
占驗七、己丑八月庚戌日壬午時,陳惟一占揚州道臺陳公祖病,伏吟、玄胎。(寅卯空,寅卯落空) 龍空 勾 巳午未申 虎 玄玄虎虎 兄 戊申 虎 六 辰 酉 常 戌戌申申 財 甲寅 蛇 朱 卯 戌 玄 戌戌申庚 官 乙巳 勾 蛇 寅丑子亥 陰 貴後
此れ是れ己丑年八月庚戌日壬午時の課盤。陳惟一は揚州道台陳公祖の為めに病を占う、課体は「伏吟」「玄胎」に属し、本旬の寅卯空亡、天盤の寅卯も亦た正に空亡の地盤の上に落つ。伏吟課は天盤と地盤と相同じ、四課は自ら右より左に至るは申の庚に加わり・申の申に加わり・戌の戌に加わり・戌の戌に加わる。三伝の初伝戊申は是れ兄弟爻にして白虎を乗ず、中伝甲寅は是れ財爻にして螣蛇を乗じて空に落つ、末伝乙巳は是れ官爻にして勾陳を乗ず、申は寅を刑し寅は巳を刑す、是れ逓相刑害して発出するの三伝。
斷:此課不利占病,丁巳日必死。蓋因祿馬(申為驛馬日祿)發用入傳,中空絕之鄉(庚絕於寅),病人見驛馬,乃神氣出遊象。課傳玄胎,主別處投胎之象。虎鬼臨處為畏期。傳既無天醫而末傳巳火剋日,故以日決之。
断語に曰く、此の一課は病を占うに宜からず、丁巳日に到りて必ず死せん。申は既に是れ日禄にして又た是れ駅馬、其れ発用して伝に入るは、中伝の寅は又た是れ空亡にして兼ねて絶地(庚金は寅に絶す)。病人課中に駅馬を見るは、正に是れ神気の体を出游して離るるの象。課伝の玄胎を作るは、別の處に到りて投胎しに往くを主る。白虎と鬼爻との臨む所の處は、則ち是れ畏るべきの応期。三伝の中既に天医無く、末伝の巳火又た来りて日干を克す、故に則ち此の日子を用いて死期を決断す。
占験八・程孝延の鄭姓の為めに病を占う
占驗八、己丑八月乙未日辛巳時徽友程孝延為同鄉鄭姓占病,蒿矢、連茹。(辰巳空,巳午落空) 虎常 空 午未申酉 玄 玄常空龍 鬼 丁酉 玄 龍 巳 戌 陰 酉申午巳 財 戊戌 陰 勾 辰 亥 后 申未巳乙 父 己亥 后 六 卯寅丑子 貴 朱蛇
此れ是れ己丑年八月乙未日辛巳時の課盤。徽州の友人程孝延は同郷の鄭某の為めに病を占う、課体は「蒿矢」「連茹」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の巳午は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは巳の乙に加わり・午の巳に加わり・申の未に加わり・酉の申に加わる。三伝の初伝丁酉は是れ官鬼にして玄武を乗ず、中伝戊戌は是れ財爻にして太陰を乗ず、末伝己亥は是れ父爻にして天后を乗ず、酉戌亥は順次相連なり、故に之を連茹課と叫ぶ。蒿矢は遥克虚浮を主り、連茹は則ち三伝の一位一位を接ぎて断えず、病を占うに最も纏綿して脱し難きを主る。
占病不治,且臨於床,八九月之會是其死期乎?蓋干支互乘絕氣(支上申為干乙絕氣,干上巳為支未絕氣,由此知公獻用五行長生,且以土長生於申也),課傳革故從新,且二馬臨身宅,乘青龍太常,謂之孝服紙錢也。病人見驛馬又非所宜,故不起矣。又身加卯上為床為棺,故臥床也。二陰一陽,中傳戌加酉位,是八九交會之時。果交九月節日死矣。
断語に曰く、此の病は治好する能わず、人已に床の上に臥せり、八月九月交接の際は則ち彼の死期ならん。日干日支の互相絶気を乗ずるを以てなり。日支上の申は是れ日干乙木の絶地、日干上の巳は是れ日支未土の絶地、此に由りて陳公献の用うる所は是れ五行長生の法、并且土の長生を申に定むるを知るべし。課伝又た革故従新を主る。両重の駅馬の人身と宅第の上に臨み、青龍・太常を乗ずるは、此れ則ち孝服と紙銭と叫ぶ。病人課中に駅馬を見るは本より相宜ならず、故に再び起き上がる能わず。人身又た卯上に加わるは、卯は是れ床にして亦た是れ棺、故に臥床して起きず。課体二陰一陽、中伝戌の酉位に加わるは、正に是れ八九の月交会の時。後来果たして一たび九月の節令に交れば則ち死せり。
増補課例・王国春老師の病を占う
增補課例: 己卯四月壬申日酉將亥時聽說王國春老師有病住院,問吉凶如何。 貴后陰玄 卯辰巳午 蛇 寅 未 常 后玄常空 財 午 玄 朱 丑 申 虎 辰午未酉 鬼 辰 后 子亥戌酉 午申酉壬 子 寅 蛇 六勾龍空
以下は是れ今人の増補する課例。己卯年四月壬申日・酉将亥時、王国春老師の生病して院に入るを聴聞し、吉凶如何を問う。四課は自ら右より左に至るは酉の壬に加わり・未の酉に加わり・午の申に加わり・辰の午に加わる。三伝の初伝午は是れ財爻にして玄武を乗ず、中伝辰は是れ官鬼にして天后を乗ず、末伝寅は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず、午・辰・寅は逆退して相間す、退間の伝に属す。壬申日は本旬空は戌亥に在り、日支上下又た互相脱気し、加うるに課体の顧祖退間・歩歩後退するを以て、病を占うに最も見るを喜ばず。
斷:《大六壬立成大全鈐》云:宅敗人衰,各乘破替。中墓末脫酉乘閉口,又被午克,斷然不利。課體顧祖退間,不吉之象。日空而辰落空,皆不吉,白虎乘金神主病在肝膽,中傳日墓,陽看墓,陰看絕,辰臨午,午年月日是其大限乎? 驗:王老師於己卯年午月戊辰日下午未時去世。
断語に曰く、『大六壬立成大全鈐』の講ずる「宅敗人衰、各乗破替」は、正に此の課に合す。中伝の墓に入り・末伝の脱せらるるは、酉上又た閉口を乗じ、還た午火に克せらる、断然利あらず。課体は是れ顧祖退間、本より不吉の象に属す。日干の空に落ち・日支も亦た空地に落つるは、皆な吉利ならず。白虎の金神を乗ずるは、病は肝胆に在るを主る。中伝は是れ日干の墓、陽日は墓を看・陰日は絶を看る、辰の午上に臨むは、午の年・月・日は只だ怕る彼の大限ならん。験証、王老師は果たして己卯年午月戊辰日の下午未時に去世せり。
出行章第十
出行先看天干蹤(即天上日干所臨處也),務求地道五成逢(天干臨地盤生旺德合相也)。中末兩儀玩其意,七戰當須斷是凶(謂刑沖剋害空墓絕)。 中末逢空初不空,行人半路欲回程。初中空陷末傳助,在此艱難在彼豐。 更忌驛馬居天中,勸君不必似萍蹤。若逢臺土(月建)及關隔(天罡加四仲),道路四塞何時通。
出行を占うは、先ず天干の蹤跡を看る、則ち天盤上の日干の臨む所の彼の一宮。務めて其れ地盤の上に於いて生・旺・徳・合・相の此の五种の好處に遇着せしむべし。中伝・末伝の両處も亦た須く其らの意思を玩味すべし。若し刑・冲・克・害・空・墓・絶の此の七様の交戦を見れば、則ち当に凶と断ずべし。中伝・末伝の空に落ちて初伝空ならざるは、行人は半路に走り到りて便ち回頭せんと想う。初伝・中伝空陥して末伝生扶を得るは、則ち是れ此處艱難・彼處豊足。更に駅馬の天空の地に落つるを忌む、彼れは則ち汝に浮萍の如く四處漂泊するを須いずと勧む。若し月建の土に遇上し、或いは天罡の子午卯酉四仲に加わりて関隔を成せば、道路は四面堵塞し、何れの時に乃ち通ずるを得んや。
逼迫令人難進退,干前之神測何因。狐假虎威休妄動,若逢強動有憂辛。 遠行誰不渡江河,發用支干要合和。干逢生旺宜行陸,支上無傷聽棹歌。 河井相加不可往,卯辰覆立死不爽。太歲遭虛(子中有虛宿)宜避之,登明加季須放槳。
「逼迫」の課を占得するは、人は進退両難、須く日干前の一位の神の上に於いて縁由を測出すべし。「狐仮虎威」の象は妄りに動くべからず、若し硬く強行して動身すれば、則ち憂愁辛苦有らん。遠行の人は誰か能く江河を渡らざらん。発用の神と日干日支とは須く相合和睦を要す。日干の生旺に逢うは、陸路を走るに宜し。日支上に傷克無ければ、則ち以て船歌を聴きて水路を走るべし。河神と井神と相加するは、前往すべからず。卯と辰と覆圧相立するは、死を主り、屡験して爽わらず。太歳の虚宿に遭遇するは(子中に虚宿有り)、回避するに宜し。登明亥の辰戌丑未四季の上に加わるは、正好く棹を放ちて船を行かすべし。
干乘玄劫克命年,陸路提防盜賊連。白虎臨干克命年,斷然抱病客中眠。 年命加支三與六,吾愛吾廬樂潛伏。驛馬居夜靜中看,必俟天明方駕椱。 滅沒(謂四季旺方也)飛符去不宜,長生日德遇合奇。方神最忌年相剋,丑酉未寅(丑加酉未加寅主有風雨)一探之。
日干上に玄武・劫煞を乗じて行年本命を克傷するは、陸路を走るに連連に盗賊を提備せんと要す。白虎の日干に臨みて又た年命を克するは、断じて須く客途に於いて臥病せんと要す。行年本命の日支に加わりて三合・六合を成すは、彼れは則ち自家の屋廬を安享し、深居して出でざるを楽しむ。駅馬の夜間静處に落つるは、必ず天明を待つて乃ち車を駕して啓程すべし。「滅没」(辰戌丑未四季旺方を指す)と「飛符」と当値するは、出行宜しからず。長生・日徳と合神とに遇うは、乃ち奇妙と算す。臨む所の方の神は、最も行年と相克するを忌む。丑の酉に加わり・未の寅に加わるの此の両様は、路上に風雨有るを主り、亦た須く一并に探明すべし。
干乘凶將支上吉,急往他鄉應有益。支見惡煞干上無,若安本分憂疑釋。 斗繫日本利家棲,天網張時急避宜。庶人占得大吉課,出門有益在家危。 初傳旺相末傳否,前去行藏嘆不偶。初傳囚死末傳旺,彼處機緣真個有。
日干上に凶将を乗じて日支上は是れ吉将なるは、急ぎて外郷に往くは反って益有り。日支上に悪煞を見て日干上に無ければ、彼れは則ち本分を安守し、憂疑自然に消解せん。斗柄の日の本命に系るは、家に在りて安居するに利し。天網の張開するの時は、宜しく急ぎて躲避すべし。平民百姓の「大吉課」を占得するは、門を出るに益有り、家に留まるは反って危険なり。初伝旺相にして末伝旺ならざれば、此の往く所行止遇わず、只だ嘆息する有り。初伝囚死にして末伝旺相なれば、彼の邊は確実に真に機縁有り。
未丁馬加季奔走,傳陰傳陽兩法推(謂二陰包陽、二陽包陰)。傳陽宜動傳陰靜,須求數理不須猜。 (似是遊子課之傳陰傳陰。) 喪亡道路死絕臨,羈絆旅程財墓見。善惡課體細推詳,神煞乘之吉凶驗。
未神・丁神と駅馬との辰戌丑未四季の上に加わるは、奔走して停まらざるを主る。三伝は還た須く「伝陰」「伝陽」の両法を分かちて推求すべし。則ち是れ両陰の一陽を夹み・両陽の一陰を夹む。伝陽は動身するに宜しく、伝陰は安静に宜し、此れは須く数理の上より求め、空に凭りて猜測すべからず(看るに指す所は則ち游子課の伝陰伝陽)。喪門・亡神の道路の神に臨みて而も死絶に逢うは、旅程必ず羈絆を受く。財爻の墓に入るを見るも、亦た是れ同様。課体の善悪は須く細細に推詳し、再び乗ずる所の神煞を看れば、吉凶自然に応験せん。
旺祿出門羅網加,墓空登路霧雲遮。虎蛇作鬼凶重至,貴德登門吉事誇。 補談:日祿歸支,日課歸支,自干傳支,皆在家不能行之象,即驛馬發用,亦不能行。但日祿、日課歸支而受支克,自支傳干,必是逼迫而行。 又:課得鑄印,亦是出行之象。只是不要破模。
旺相の禄神は本より門を出るべきも、偏偏として又た天羅地網を加う。墓神と空亡と路に当たるは、登程するに雲霧の眼を遮るに比す。白虎・螣蛇の鬼爻を作すは、凶険重重として至る。貴人・徳神の門に登るは、吉事則ち称道するに値す。幾句を補充して談ず。日禄の日支に帰し・日課の日支に帰し・日干より日支に伝わるは、皆な是れ家に留まりて走り成らざるの象、便ち駅馬発用すとも、一様に出で去る能わず。但だし若し日禄・日課の支に帰して而も反って日支に克せらる、或いは日支より日干に向かい伝われば、彼れは則ち一定に是れ逼迫せられて路に上る。另外、鋳印課を占得するも亦た是れ出行の象、只だ是れ印模を弄破する勿れ。
占験一・徐盟鹿の眷を携えて遠行す
占驗一、庚寅五月庚申日丁丑時,徐盟鹿占得此課問遠行,攜有妻子同往,看吉凶,八專、絕嗣。 貴后 蛇 子丑寅卯 陰 六陰六陰 父戌六 朱 亥 辰 玄 戌卯戌卯 官巳常 六 戌 巳 常 卯申卯庚 子子蛇 勾 酉申未午 虎 青空
此れ是れ庚寅年五月庚申日丁丑時の課盤。徐盟鹿は此の課を占得し、遠行の吉凶を問う、彼は妻子を帯びて同じく往く、課体は「八專」「絶嗣」に属す。四課は自ら右より左に至るは卯の庚に加わり・戌の卯に加わり・卯の申に加わり・戌の卯に加わる。三伝の初伝戌は是れ父爻にして六合を乗ず、中伝巳は是れ官爻にして太常を乗ず、末伝子は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず、子は正に是れ庚金の死地にして而も空亡に落つ。
斷:男女遠行俱不得意,中途被劫,死於他鄉,有沉溺破舟之虞。蓋因男干女支行入空墓之地,中傳劫煞旬丁刑剋支干,末傳日死加巳,是陽生臨陽絕,合為死字。且壬戌加卯發用,是河井相加,卯受干克,主車船破壞,其禍必矣。近江西百餘里,男女五人被盜而死。
断語に曰く、夫妻二人の遠行は皆な称心する能わず、中途に於いて搶劫に遭い、異郷に死し、還た翻船溺水の虞有り。男は日干を看・女は日支を看るを以て、両者皆な空亡と墓地とに行入す。中伝は劫煞と本旬の丁神とを帯び、日干日支を刑克す。末伝は是れ日干の死神にして巳上に加わり、陽生は陽絶に臨着し、一個の「死」の字を合成す。再び言う、壬戌の卯上に加わりて発用するは、正に是れ河と井との相加、卯又た日干に克せらるるを受く、車船破損を主り、此の禍事は是れ躲け去る能わず。後来彼らは江西より離るる一百余里の地方に走り到り、一行の五個の男女皆な強盗に殺害せらる。
増補占例一・次日門を出るを占う
增補課例: 占例一、己卯年酉月辰將辛卯日酉時,占次日出門如何。 朱蛇貴后 子丑寅卯 玄勾朱玄 父 戌 勾 六 亥 辰 陰 巳戌子巳 鬼 巳 玄 勾 戌 巳 玄 戌卯巳辛 子 子 朱 酉申未午 龍空虎常 斷曰:馬星臨干克干,不得自由,加支克支為之贅婿,亦身不由己。初傳生日乘勾,有人來找,陰神官星乘玄,必難為於我,末傳見子孫朱雀,要多說些好話。總斷是出不了門,要在家裡等待。 驗:次日大隊支書讓去算提留款數目,幾次返工,二人略有口舌,門未出成。
以下は是れ今人の増補する課例。己卯年酉月・辰将、辛卯日酉時、第二天門を出る如何を占う。四課は自ら右より左に至るは巳の辛に加わり・子の巳に加わり・戌の卯に加わり・巳の戌に加わる。三伝の初伝戌は是れ父爻にして勾陳を乗ず、中伝巳は是れ官鬼にして玄武を乗ず、末伝子は是れ子孫爻にして朱雀を乗ず。断語に曰く、駅馬の日干に臨みて却って日干を克するは、人身自由を得ず。其れ日支に加わりて又た往きて支を克するは、入贅の女婿の如く、同じく身は己に由らず。初伝の日干を生じて勾陳を乗ずるは、人有りて我を找し来るを主る。其の陰神は是れ官星にして玄武を乗ず、彼の人必ず我を為難せんと要す。末伝に子孫爻の朱雀を乗ずるを見るは、須く多く几句の好話を説くべし。総の断語は是れ門の出ずること成らず、只だ能く家の裡に在りて等るのみ。験証、第二天大隊支書は彼を叫びて提留款の数目を核算せしめ、来り回りて返工する好き几次、両人還た一点の口角を起こせり、門果たして出で成らざりき。
増補占例二・戊子日に次日の行止を占う
己卯年酉月巳將戊子日子時,占次日如何。 六勾龍空 戌亥子丑 朱 酉 寅 虎 六陰常六 父 巳 陰 蛇 申 卯 常 戌巳卯戌 比 戌 六 未午巳辰 巳子戌戊 官 卯 常 貴后陰玄 斷:日課臨支而克支,又被支克其祿,又父爻太陰發用,雖空但為月將,主有婦人因公府中事找我。要坐車了去,且要去好幾個地方。 驗:身體不適,不想出門,但濰坊一老總之妻來,接去為之策劃升官事,又有幾個局長相請,轉了幾個地方,方始回來。 後記:身體不適未曾看出,後始悟,乃地網覆日,且陰不備,陰陽不調節之兆也。坐車者,鑄印乘軒也。轉好幾個地方,課得迴環也。
己卯年酉月・巳将、戊子日子時、第二天の行止を占う。四課は自ら右より左に至るは戌の戊に加わり・卯の戌に加わり・巳の子に加わり・戌の巳に加わる。三伝の初伝巳は是れ父爻にして太陰を乗ず、中伝戌は是れ比肩爻にして六合を乗ず、末伝卯は是れ官爻にして太常を乗ず。断語に曰く、日上の課の日支に臨みて又た往きて其れを克するは、日干の禄神反って日支に克せらる。父爻の太陰を乗じて発用するは、雖も空に落つるも却って正に是れ当月の月将、婦人有りて官府裡の事を為すに因りて我を找し来るを主り、還た須く車に坐りて前往し、而且須く好き几個の地方を跑るべし。験証、彼の天身体舒服ならず、本より門を出ざらんと想いしも、可も濰坊の一位の老総の妻子来りて、彼を接して往きて人の為めに升官の事を籌画せしめ、又た几位の局長相請し、幾個の地方を転じて乃ち回り来れり。事後追記す、身体不適の此の一点は当時看出さざりき、後来乃ち領悟す、彼れ是れ地網の日干を覆圧し・又た陰不備に逢う、陰陽調和せざるの征兆なり。車に坐るを要するは、是れ鋳印乗軒の象。幾個の地方を転ずるは、是れ課の回環を得るの象。
行人章第十一
行人占法實多門,學者還當仔細論。二馬命年入傳課,歸期有法後詩存。 傳逆貴逆日用前,白虎催程返故園。更求末足即末傳抵辰日,干支互臨又何延。 支上傳干人固來,干傳支上亦同測。干若克支離彼方,反此卜歸歸未得。
行人を占うの方法は実に甚だ多し、学者は当に仔細に論断すべし。駅馬・天馬の両馬と本命・行年との課伝に入るは、帰期自ら法則有り、皆な後面の歌訣の裡に存す。三伝逆行し・貴人逆布して発用は日干の前に在り、加うるに白虎の後に於いて催程するを以て、行人便ち故郷に回らんと要す。還た須く末伝の是れ足数なるか否かを看るべし、則ち是れ末伝の日支に抵到するの彼の一天。日干日支の互相加臨するは、帰期又た何處に拖延すること有らんや。日支上神の日干に伝わるは、人は固より来らんと要す。日干の日支上に伝わるは、亦た同じ道理に照らして測算す。日干若し日支を克せば、是れ行人正に彼の地方を離れんと欲す。若し帰期を占いて而も反って此の象を成せば、人は帰り成らず。
剛日伏吟丁馬見,立刻遊人到草堂。柔日丁馬逢刑戰,關河雖遠亦還鄉。 初傳若是逢空陷,有阻還當逐類推。末遇天中鄰近滯,仍詳神將為何遲。 中傳空亡途路阻,詳察何神知為誰。返吟四絕人必至(剛日為四絕體,柔日不是),雖見天中亦不羈。
陽日に伏吟を占得して丁神・駅馬を見るは、門を出る人は立刻に草堂に到らん。陰日に丁神・駅馬を見て而も又た刑冲交戦に逢うは、関山江河雖も遠しと雖も、彼も亦た郷に還らんと要す。初伝若し空陥に落ちば、途中有阻、還た須く類に按じて推尋すべし。末伝の天空に遇上するは、是れ近處に於いて耽擱し、仍ほ須く乗ずる所の神将を詳審し、看て是れ何を為めに遅延するかを知るべし。中伝空亡は、是れ道路上に於いて受阻す、彼れ是れ何の神なるかを詳察すれば、則ち誰に絆せらるるかを知る。返吟して四絶の体を成すは、人必定到來す(陽日のみ乃ち四絶の体と算し、陰日は是れに非ず)、縱令天空を見るとも、亦た彼を羈絆して住ましむる能わず。
四季玄臨法最奇,六三合用地盤宜(以用神合處斷來期,近用六合,遠用三合)。玄神乘季傳末入,更在支辰下位知(斷來期)。 正時天乙入支干,湖海行人會不難。久出不知蹤跡處,游年分野細推看(以行人天上行年所加之分野測之)。 天干(原文作“吐”,當是干之誤)行年遇陷空,遊人染患客幃中。行年加孟他鄉吉,加仲為災臨季凶。
玄武の辰戌丑未四季の上に臨むは、此の一法最も奇妙なり。来期を断ずるに須く六合と三合とを用い、其れ地盤の何處に落つるかを看て乃ち合宜なり。用神の相合する處を以て帰期を断ず、近期は六合を用い、遠期は三合を用う。玄武の四季の神を乗じて末伝又た其の中に入るは、更に須く日支の下位に到りて推知して来期を得べし。占時の神と貴人と一同に日干日支に進入すれば、彼れ遠く湖海に在る行人も、相会する亦た難しとせず。若し久しく外に出でて蹤跡を知らざれば、則ち行年の加わる所の分野を細看すべし。行人天盤上の行年の臨む所の分野を用いて去りて測算す。日干と行年と空陥に遇上するは、門を出る人は正に客舎の中に於いて病に染む。行年の寅申巳亥四孟に加わるは、他郷に在りて尚お吉。子午卯酉四仲に加わるは、災有るを主る。辰戌丑未四季に臨むは、則ち凶なり。
年居生旺比和喜,刑剋墓絕悲哀擬。吉凶好向課傳看,此法從來為正理。 遙遙年命離支辰,地角天涯幾度春。巳亥若臨歸日近,無期因是在寅申(巳亥乃門戶之間,巳近於辰地網,亥居於亥天門,皆歸象。寅申乃道路之神也)。 不識行年何以分,又當辰上致殷勤。相生旺相俱為吉,惡煞刑沖作晦雲。
行年の生地・旺地に落ちて日と相比和するは、是れ可喜の象。刑・克・墓・絶の處に落つるは、則ち須く悲哀と擬作すべし。吉凶は最も好く課伝の上より看る、此の法則は従来則ち是れ正理。行年本命の遠く日支を離るるは、彼れ是れ人は天涯地角、已に好き几個の春天を過ぐり。巳・亥若し其の上に臨まば、帰期則ち近し。毫も帰期無きは、是れ寅・申に落つるに因る。巳と亥とは門戸の間に在り、巳は辰の地網に近く、亥は則ち天門に居り、皆な是れ回帰の象。寅と申と則ち是れ道路の神。若し行年を怎様に分辨するかを知らざれば、彼れは則ち日支上に到りて殷勤に尋求すべし。相生・旺相は皆な吉と為り、悪煞刑冲に遇上すれば、便ち陰雲の日を蔽うが如し。
日與年神生合吉,日上年神刑害凶。支水干陸宜乘吉,玄劫並河禍事重。 年臨三四來期速,日之二課到時遲(日為外辰為內,行人行年居辰二課,是已進宅矣,故主速)。書信幾番人未至,支前四位上神知。 孟遲仲中罡季速,用神墓絕日歸來(陽日墓所臨之下來,陰日絕所臨之下來)。游神加孟歸期遠,仲在途間季速回。
日干と行年の神と相生相合するは吉と為り、日上の神と行年と刑害するは凶と為る。日支は水路を主り・日干は陸路を主る、皆な宜しく吉将を乗ずべし。若し玄武・劫煞再び河神を并せば、禍事則ち重し。行年の第三課・第四課に臨むは、来期快し(日は是れ外・辰は是れ内、行人の行年の日支の此の両課に落つるは、是れ已に門に進み入る、故に快を主る)。日干の頭の両課に落つるは、到ること則ち遅し。書信は几回も来れど人而だ未到せば、須く日支前の第四位の上神を看て乃ち明白なり。行年の四孟に加わるは遅を主り、四仲に加わるは中に居り、天罡の四季に加わるは則ち快し。用神の所在する墓・絶の日は則ち是れ帰来の期。陽日は墓の臨む所の下を看、陰日は絶の臨む所の下を看る。游神の四孟に加わるは、帰期尚お遠し。四仲に在れば、人は還た途中に在り。四季に在れば、甚だ快く回らん。
所占若入課傳中,逐其類兮天盤探。將神之司各有門,子父財官須一勘。 發用前於本日支,便觀天上日臨時。若還發用居他處,旅次盤桓未動移。 三千里外卜將軍,千里須令看歲支。五百之遙看月建,百里干臨五十時。
占う所の人事若し已に課伝の中に進入せば、則ち其の類別に按じて天盤上に到りて探尋すべし。各位の天将各々司る所の門類有り、子孫・父母・妻財・官鬼は皆な須く一一に勘験すべし。発用の神若し本日日支の前に在れば、則ち天盤上の日干の臨む所の時辰を看る。発用若し別處に落ちば、彼の人は還た旅舎に於いて盤桓し、並びに動身せず。三千里の外の将軍を占うは、須く太歳を看るべし。千里之外は歳支を看、五百里之遥は月建を看、百里之内は日干の臨む所を看、五十里之内は占時を看る。
須度門限與二至,不度何須望遙徵。更逢遊戲二馬到,生日之神定何程。 傳墓入墓不須疑,征途攬轡歸心迫。間進間退兩課名,他鄉阻隔分明白。 末傳與支會日干,三會歸時早晚間。魁罡二將乘二馬,雖不入傳回故山。
行人は須く門限と冬夏二至とを越過するを得、越過する能わざれば、則ち彼の遠行帰来を指望するを須いず。若し再び游神と駅馬・天馬の両馬と同じく到るに遇えば、則ち生日の神を用いて彼の路程を定む。三伝の墓に入り・用神の墓に入るは、遅疑するを須いず、彼れ是れ征途上に於いて馬を勒して回頭し・帰心急切なり。「間進」「間退」の此の両種の課体は、明明白るく是れ他郷に於いて阻隔を受けたり。末伝と日支と会合して日干と三合会局を成すは、帰期則ち早晚の間に在り。河魁・天罡の二将若し駅馬・天馬を乗ずれば、縱令三伝に入らずとも、人も亦た故郷に回らんと要す。
天罡加在日辰前,千里迢迢必著鞭。若要居在日辰後,縱然咫尺不思旋。 卯酉為隔子午關,魁罡加處事多艱。津樑風雨時時阻,中路行人未得還。(魁罡臨卯子為天關,為天時而隔;臨酉午為地格,為地利而隔。)
天罡辰の日辰の前に加わるは、縱令千里之遥有りとも、行人も亦た必定鞭を揚げて路を趕らん。若し其れ日辰の後に落ちば、縱令咫尺の近きに在りとも、彼も亦た回り来らんと想わず。卯と酉とは是れ隔、子と午とは是れ関、河魁・天罡の此の几處に加臨するは、事便ち多く艱難なり。渡口橋梁時時に風雨に阻断せられ、行人は半路上に於いて回り来る能わず。河魁天罡の卯に臨み・子に臨むを「天関」と叫ぶ、是れ天時に隔てらるるを受く。酉に臨み・午に臨むを「地格」と叫ぶ、是れ地利に隔てらるるを受く。
朱雀天雞及信神,課傳乘馬信音頻(白虎生日亦主有信或電話)。三神若或逢空陷,魚雁寥寥尺素淪。 剋日生合書必來(克我生我皆他干預於我,我生我克皆我干預於他。《金口》所云“上克下,外人徵用自己;下克上,自己徵用他人”,正與此相表裡。),干克用神書不寄。天日臨時有便鴻,逐類求之職何事。
朱雀・天鶏と信神との此の三位、若し課伝中に於いて駅馬を乗ずれば、音信便ち頻頻として来る(白虎の日干を生ずるは、亦た書信或いは音訊有るを主る)。此の三神若し空陥に逢えば、魚雁稀少にして、一紙の書札も亦た沈没して見えず。用神の日干を克し・或いは日干と生合するは、書信必ず到る。我を克し我を生ずるは皆な是れ彼の来りて我に干渉し、我が生じ我が克するは皆な是れ我が往きて彼に干渉す、『金口訣』の謂う所の「上克下、外人徴用自己、下克上、自己徴用他人」は、正に此れと互に表裏と為る。日干反って往きて用神を克するは、信は則ち寄せ来る能わず。天盤日干の占時に臨むは、便ち順路の鴻雁の信を捎す有らん。再び類に按じて推求すれば、則ち為す所は何事なるかを知らん。
循環周遍兩課名,旦夕遊人抵家下。初克末兮人已還,末克初兮車未駕。 傳將若合三六中,眷戀他鄉資斧豐。支干上逢羅網罩,淹留客舍嘆漂蓬。 遊子斬關退作傳,丁馬再動歸舊處。游煞丁馬行不停,退則來兮進則去。(順則遊,逆則歸,自然之理也。)
「循環」「周遍」の此の両種の課体は、門を出る人の早晚便ち家に抵到せんとするを主る。初伝の末伝を克するは、人已に回り来れり。末伝の初伝を克するは、彼は連れ車すら還た套上げず。三伝の神将若し三合・六合の中に合入すれば、彼れ是れ他郷を眷恋し・盤纏豊足なり。日干日支上に天羅地網の籠罩するに遇着するは、人は則ち客舎に滞留し、空しく蓬の如く漂泊するを嘆ず。游子課は斬関退行を以て三伝と作り、再び丁神・駅馬の発動を見れば、便ち原處に回らんと要す。游煞と丁馬とは行走して停まらざるを主る。退行は来を主り、進行は去を主る。順行は則ち是れ継続して游荡し、逆行は則ち是れ回帰す、此れ是れ自然の理。
更詳年月節旬候,日辰正時鱗次透(年發用主年內之類)。應期再向此中求,諸法精奇無注漏。 增補:若問行人來與否,先從課體看奇偶。生日為至克亦來,日生日克空心有。(我克他生他,都是我想他來也。)連茹鱗次有人至,空亡信息賴電傳。(連茹必連續有人到也。)
還た須く年・月・節令・旬中の日候、及び日辰と正時と依次に透出するの層級を詳察すべし。譬えば太歳発用するは、事は則ち本年之内に応ず。応期は再び此の裡頭より往きて求むべし、各种の法門精妙奇特にして、遺漏無し。今人の増補して曰く、若し行人の来るか来らざるかを問わば、先ず課体より奇偶を看る。用神の日干を生ずるは必至と為り、日干を克するも亦た来らん。日干の往きて其れを生じ・日干の往きて其れを克するは、只だ是れ自己空しく一場を盼ずのみ。我が往きて彼を克し・我が往きて彼を生ずるは、皆な不過是れ我が彼の来らんことを想うのみ。三伝の連茹鱗次相接するは、接連して人到る有るを主る。空亡に逢着すれば、音信は則ち只だ能く電話伝逓に靠るのみ。連茹は必ず是れ接連して人の来到する有り。
占験一・劉漢式公祖の占う
占驗一、乙酉七月庚子日甲申時,揚州兵鹽道諱漢式劉公祖占,不言某事,涉害、顧祖。(辰巳空,寅卯落空) 六勾 朱 卯辰巳午 龍 白玄六龍 鬼 甲午 龍 蛇 寅 未 空 申戌辰午 父 甲辰 六 貴 丑 申 虎 戌子午庚 財 壬寅 蛇 后 子亥戌酉 常 陰玄
此れ是れ乙酉年七月庚子日甲申時の課盤。揚州兵鹽道劉漢式公祖は来りて占う、却って占う所は何事なるかを説かず、課体は「渉害」「顧祖」に属し、本旬の辰巳空亡、天盤の寅卯は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは午の庚に加わり・辰の午に加わり・戌の子に加わり・申の戌に加わる。三伝の初伝甲午は是れ官鬼にして青龍を乗ず、中伝甲辰は是れ父爻にして六合を乗じて空に落つ、末伝壬寅は是れ財爻にして螣蛇を乗ず。渉害課は渉害の深き一神を取りて発用し、顧祖は則ち末伝の初伝の祖を回顧す、両者皆な事の回顧牽絆・始め有りて終り難きを主る。
斷;勝光同天馬,來意問行人,過月望赤龍,眷屬到門庭。曰:然。蓋因中末空亡,是以月內不來,過月驛馬臨辰,故應丙辰日。 曰:此課占功名能復舊缺否?余曰:顧祖中末空,有初必無終。龍化為蛇例,請告始得榮。蓋因初龍末蛇,止於兵憲,龍神克下,上官不足,復任月餘,被劾逮問。 詳此課,占官之事分為二段:月將龍神作官星發用,官職必遷之象,以月將為當時之主宰也。此官不為長久,以課得顧祖且中末空亡也。此過程之法甚是精妙,宜詳思之。
断語に曰く、勝光午は天馬と同じくし、来意は是れ行人を問う。此の月の望日を過ぎて、眷属則ち門庭に到らん。劉公曰く、正に是れ。此れ中伝・末伝皆な空亡に落つるを以て、故に月内は来る能わず。月を過ぎて、駅馬の辰上に臨むを以て、因りて丙辰日に応ず。劉公又た問う、此の一課功名を占うに、能く我が旧職を復すや否や。我曰く、顧祖の課にして中末空に落つるは、開頭有りて必ず結局無し。此れ是れ青龍の螣蛇に化するの例子、只だ假を請い官を辞して乃ち栄名を保住するを得。初伝の青龍を乗じ・末伝の螣蛇を乗ずるを以て、官位は只だ兵憲に止まる。青龍又た下神を克するは、上司の支持足らず。後来彼は復任して一個余月、則ち弾劾を被りて逮問せらる。細看此の一課、官の事を占うに分かちて両段と作りて断ず。月将は青龍を帯びて官星を作りて発用するは、是れ官職必ず昇遷を得るの象、月将は是れ当時の主宰を以てなり。但だし此の官は長久するを作る能わず、課体は是れ顧祖にして中末又た空なるを以てなり。此の種の分段推断の方法は甚だ精妙なり、当に仔細に体会すべし。
占験二・倪子玄の女の京に到るを占う
占驗二、戊辰十一月壬戌乙巳時,餘在上京,江都倪子玄占女何日到京,路途平安否,元首、玄胎。(子丑空,酉戌落空) 朱蛇 六 寅卯辰巳 貴 蛇陰貴玄 財 丁巳 貴 勾 丑 午 后 辰未巳申 子 甲寅 六 龍 子 未 陰 未戌申壬 比 癸亥 空 空 亥戌酉申 玄 虎常
此れ是れ戊辰年十一月壬戌日乙巳時の課盤。我は当時京城に在り、江都人倪子玄は来りて彼の女儿の何れの一天京に到るか・路上是れ平安なるか否かを占う、課体は「元首」「玄胎」に属し、本旬の子丑空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは申の壬に加わり・巳の申に加わり・未の戌に加わり・辰の未に加わる。三伝の初伝丁巳は是れ財爻にして貴人を乗ず、中伝甲寅は是れ子孫爻にして六合を乗ず、末伝癸亥は是れ比肩爻にして天空を乗ず。元首は是れ上克下の正体、玄胎は事の暗中に於いて成形するを主り、行人を占うに正に途中別に変故有るに合す。
斷曰:行人已抵燕界,丙寅日方到,但途過馬賊劫奪。蓋二馬見於課傳,末足臨寅,乃幽燕之分,二陰夾陽,中傳見寅,故主寅日到。玄武驛馬臨干,遙克庚午命神,主大路有馬賊劫奪之應。果寅日到平子門外,雪中遇雪賊,劫銀四十兩。
断語に曰く、行人已に燕地の地界に到り、須く丙寅日に到りて乃ち京に進まん、只だ是れ路上に於いて馬賊の搶劫に遇わん。駅馬・天馬の両馬皆な課伝に於いて見ゆるを以て、末伝足数にして寅に臨み、寅は正に是れ幽燕の分野。課体両陰は一陽を夹み、中伝又た寅を見る、故に寅日に到ると断ず。玄武は駅馬を帯びて日干に臨み、遥かに彼女の庚午本命の神を克す、正に大路上に馬賊の劫奪有るに応ず。後来果たして寅日に平子門外に到り、雪地の裡に於いて盗賊に遇上し、四十両の銀子を劫去せらる。
占験三・李梅公の行人を占う
占驗三、庚寅七月丁丑午將巳時,江西吉水少司馬李梅公先生住揚時占行人,重審、連茹。(申酉空,酉戌落空) 勾六 龍 午未申酉 朱 常玄朱六 財 甲申六 空 巳 戌 蛇 卯寅酉申 財 乙酉朱 虎 辰 亥 貴 寅丑申丁 子 甲戌蛇 常 卯寅丑子 后 玄陰
此れ是れ庚寅年七月丁丑日・午将巳時の課盤。江西吉水の少司馬李梅公先生は揚州に寓居する時行人を占う、課体は「重審」「連茹」に属し、本旬の申酉空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは申の丁に加わり・酉の申に加わり・寅の丑に加わり・卯の寅に加わる。三伝の初伝甲申は是れ財爻にして六合を乗ず、中伝乙酉は是れ財爻にして朱雀を乗ず、此の両伝皆な空亡に落ち、末伝甲戌は是れ子孫爻にして螣蛇を乗ず。重審は是れ下の上を賊して発用し、連茹の三伝相連なりて断えず、行人を占うに一程一程を接ぐるを主り、来ること遅緩なり。
行人尚未起程,九月節後子丑日方能到揚州。曰:何以遲來?蓋因連茹逢空,玄武劫殺入辰之陰陽,主當地及交界兵戈盜賊擾害,宅中眷屬退避山水之間,遲來必矣。果九月郎同親家劉左車臨揚。
断語に曰く、行人還た起程せず、須く九月の節令の後・子日丑日に逢りて乃ち揚州に到るを得。李公問う、何を以て来ること此の様に遅きや。答えて曰く、連茹の伝は偏偏として空に逢い、玄武又た劫煞を帯びて日支の陰神陽神に進入す、当地及び交界の處に兵戈盗賊の扰害有るを主り、家中の眷属は只だ好く山水の間に躲避するのみ、来ること遅きは是れ必然なり。後来果たして九月の裡、彼の児子は親家の劉左車と同じく一起に揚州に到れり。
占験四・荘公遠の程翔雲の省に到るを占う
占驗四、辛卯九月辛巳日辛卯時,莊公遠在江寧,占看東翁程翔雲先生何日到省,蒿矢。 后陰 貴 午未申酉 玄 后貴空白 鬼 壬午 貴 蛇 巳 戌 常 未午子亥 印 癸未 后 朱 辰 亥 虎 午巳亥辛 兄 甲申 陰 六 卯寅丑子 空 勾龍
此れ是れ辛卯年九月辛巳日辛卯時の課盤。荘公遠は人は江寧に在り、東家の程翔雲先生の何れの一天省城に到るかを占う、課体は「蒿矢」に属す。四課は自ら右より左に至るは亥の辛に加わり・子の亥に加わり・午の巳に加わり・未の午に加わる。三伝の初伝壬午は是れ官鬼にして貴人を乗ず、中伝癸未は是れ印綬爻にして天后を乗ず、末伝甲申は是れ兄弟爻にして太陰を乗ず。蒿矢課は是れ四課に克無くして外神に由りて遥かに日干を克す、其の力は雖も虚なりと雖も其の来るは甚だ速し、行人を占うに正に人已に途中に在るを主る。
公遠斷曰:行人自宅中已起程,應於丙戌日到。蓋驛馬臨干,貴人入辰。又蒿矢為用,行人速來,故知其起程。丙戌者,因馬臨戌地,又為發用之墓絕,且寅為本命,午為用神,與戌作合也,後果丙戌日至。
荘公遠の断じて曰く、行人已に家中より起程し、応するは丙戌日に到らん。駅馬の日干に臨み、貴人の日支に入り、又た是れ蒿矢課発用するを以て、行人の快来を主る、故に彼の已に動身せるを知る。何を以て丙戌に定むるや。駅馬正に戌地に臨み、戌又た是れ発用の神の墓絶の處を以てなり。再び言う、彼の本命は寅に属し用神は是れ午、寅午と戌とは恰好会して局を合成す。後来果たして丙戌日に到れり。
増補占例一・王懐志の今晚来るか否かを問う
增補占例: 占例一、辛巳二月辛未日丁酉時,問王懷志今晚來否。彈射。 龍空虎常 未申酉戌 玄白 貴后 財 寅 貴 勾 午 亥 玄 亥酉 寅子 父 辰 朱 六 巳 子 陰 酉未 子辛 官 午 勾 辰卯寅丑 朱蛇貴后 斷:彈射課為己謀人,非人謀己,故不來也。 驗:果未來。
以下は是れ今人の増補する占例。辛巳年二月辛未日丁酉時、王懐志の今晚来るか来らざるかを問う、課体は「弾射」に属す。四課は自ら右より左に至るは子の辛に加わり・寅の子に加わり・酉の未に加わり・亥の酉に加わる。三伝の初伝寅は是れ財爻にして貴人を乗ず、中伝辰は是れ父爻にして朱雀を乗ず、末伝午は是れ官爻にして勾陳を乗ず。盤外の一圏は是れ地盤十二宮・加臨の天盤の神と乗ずる所の十二天将。弾射は本より遥克課の一種、日干に由りて遥かに用神を克す、力は我が此の邊より発出す。断語に曰く、弾射課は是れ自己往きて別人を謀り、是れ別人の来りて自己を謀るに非ず、故に彼の人は来らざらん。験証、果たして来らざりき。
増補占例二・陳清雲の能く時に按じて假を銷するか否かを問う
占例二、戌將二月己丑日卯時問:本村小學陳清云耳鳴請假,於校長問按時銷假否。斫輪 貴后陰玄 子丑寅卯 蛇 亥 辰 常 玄勾六陰 卯 玄 朱 戌 巳 虎 卯申酉寅 戌 朱 酉申未午 申丑寅己 巳 白 六勾龍空 斷:斫輪主遲,必不能來也。 驗:果然。
二月戌将・己丑日卯時に占問す。本村小学の陳清雲は耳鳴に因りて假を請う、于校長は彼の能く時に按じて假を銷するか否かを問う、課体は「斫輪」に属す。四課は自ら右より左に至るは寅の己に加わり・酉の寅に加わり・申の丑に加わり・卯の申に加わる。三伝の初伝卯は玄武を乗ず、中伝戌は朱雀を乗ず、末伝巳は白虎を乗ず。盤外の一圏は是れ地盤十二宮と加臨の天盤の神及び十二天将。斫輪の一名は木を砍りて車輪を造るに取れり、斧斤徐徐として下る、事は必定遅緩にして速かなら難し。断語に曰く、斫輪課は遅緩を主る、彼は必定来る能わず。験証、果たして此の如し、彼は期に按じて校に回り假を銷せざりき。
趨謁章第十二
干謁之利三六合,彼我兩儀欲相洽。六陽公事和諧看,六陰私謀素親狎。 舍益就損忌動用,根斷源消防耗失。逼迫旺祿守舊宜,周遍循環所求得。 初空末吉終有獲,首上尾加干何益(旬尾加旬首)。度亥塞鬼二者推,有阻無阻此處繹。 引從告謁往必唔,任信尋訪必難諧。二貴合害分輕重,六親生克吉凶排。 日德陰神見長短,末傳合處是成期。斫輪空亡須圖改,昴星蛇虎安舊宜。
上官に見え・干謁請託を求むるは、三合と六合とに利在り、彼我両儀は須く彼此融洽せんと要す。六陽の課は、看る所は是れ公事和諧。六陰の課は、私下の謀求・素来親狎を主る。「舎益就損」を占得するは、動用するを忌む。「根断源消」を占得するは、須く耗失を防ぐべし。「逼迫」にして日禄旺相なるは、旧を守るに宜し。「周遍」「循環」を占得するは、求むる所皆な手に到るを得。初伝空に落ちて末伝吉なるは、終竟収穫する所有らん。旬尾の旬首の上に加わるは、去りて又た何の益有らん。「魁度天門」と「罡塞鬼戸」との両者は須く分別に推求すべく、此の行の阻有るか阻無きかは、則ち此の處に於いて演繹す。「引従」を占得するは、前に往きて謁を告ぐれば必ず能く会面せん。「任信」を占得するは、往きて尋訪すれば一定に諧い難し。両位の貴人は是れ合か是れ害かは、須く軽重を分かつべし。六親の間の生克は、之に拠りて吉凶を排定す。日徳の陰神の上に於いて求むる所の長短を看出すべし。末伝の相合する處は則ち是れ成事の期。「斫輪」を占得して空亡に逢うは、須く別に図謀改変を作すべし。「昴星」を占得して螣蛇・白虎を乗ずるは、還た是れ旧局を安守するを以て宜と為すべし。
選挙章第十三
簾幕貴逢黃榜策,魁罡將遇青雲客。鬼斗臨干魁可掄,文華克歲犯時責。 從魁生扶亞魁中,辰未來臨解首逢。萬里風雲看龍奮(蛇化龍),一生泉石有蛇封(龍化蛇)。 六陽月將生光輝,兩貴拱夾榮名遂。墓神覆日文理差,羅網纏身書旨晦。
課中に帘幕貴人を見るは、金榜題名を主る。河魁・天罡の二将相遇するは、是れ青雲直上の客。鬼宿・斗宿の日干に臨むは、以て魁を奪うべし。文昌華蓋の神の反って往きて太歳を克するは、則ち須く上を犯して時忌の責を受くべし。従魁酉の来りて生扶するは、以て亜元に中るべし。辰・未の二神の来りて臨むは、以て解元に逢うべし。三伝の螣蛇より化して青龍と為るは、是れ万里の風雲・龍騰奮起の象。青龍より化して螣蛇と為るは、則ち一生只だ能く泉石山林に於いて跡を寄するのみ。六陽の課の月将の生助を得るは、前程光輝有らん。両位の貴人の左右に於いて拱夹するは、栄名成るべし。墓神の日干を覆圧するは、文理則ち差し。天羅地網の身位を纏住するは、書旨晦渋にして明ならず。
德入天門中必崇,河魁度亥失登庸。旬首冠群詳五甲(甲戌甲子甲寅甲辰甲午也),真朱超眾忌三凶(一克太歲,一克幕貴,一榜將出而乘丁馬)。 格見天心貴異常,源消根斷(四下生上也)費商量。雨露潤澤(謂四上生下也)中無慮,刑害空亡取次詳。
徳神の天門に進入するは、中式必然高崇なり。河魁戌の亥上に渡るは、則ち挙用せらるるの機会を失掉せり。旬首の神は冠絶群倫を主り、須く甲戌・甲子・甲寅・甲辰・甲午の此の五甲を詳辨すべし。真朱雀は衆人を超越するを主る、但だし三种の凶象を忌む。一は是れ太歳を克し、二は是れ幕貴を克し、三は是れ榜の将に出でんとして丁神・駅馬を乗ず。課格の「天心」に合するは、貴は尋常に同じからず。「源消根断」は、則ち四課皆な是れ下神の上神を生ず、則ち須く一番の商量を費すを得。「雨露潤沢」を得るは、則ち四課皆な是れ上神の下神を生ず、中式便ち憂うるを須いず。刑・害・空亡に至りては、則ち依次に一一に詳辨す。
占験一・宜陵景兄の入泮を占う
占驗一、庚寅七月甲申日丙寅時,宜陵景兄占府院試可入泮否,交車、重審、玄胎,午未空,酉戌落空。 勾六 龍 申酉戌亥 朱 后朱 龍常 鬼 甲申 龍 空 未 子 蛇 寅亥 申巳 父 丁亥 朱 虎 午 丑 貴 亥申 巳甲 兄 庚寅 后 常 巳辰卯寅 后 玄陰
此れ是れ庚寅年七月甲申日丙寅時の課盤。宜陵の景兄は来りて府試・院試の能く学に進むか否かを占う、課体は「交車」「重審」「玄胎」に属し、本旬の午未空亡、天盤の酉戌は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは巳の甲に加わり・申の巳に加わり・亥の申に加わり・寅の亥に加わる。三伝の初伝甲申は是れ官鬼にして青龍を乗ず、中伝丁亥は是れ父爻にして朱雀を乗ず、末伝庚寅は是れ兄弟爻にして天后を乗ず。交車は是れ日干日支上下彼此交互に生克し、重審は是れ下の上を賊して発用し、玄胎は事の暗中に於いて成就するを主り、以て科名を占うに最も吉兆を見る。
斷曰:不但府試高取,院考定然首薦。蓋因月建旬首發用。龍朱乘旺相(龍乘申月建旺,朱乘亥相),現於初中,末傳德祿驛馬,又干支交車生合,傳將進引,斗罡天喜加行年(秋三月天喜在辰,加行年丑上),朱雀乘丁神進氣,文字必貼主司之意。且格合天心(年寅、月申、日申、時寅皆在四課之內),主非常喜慶,掀天揭地也,是以首薦無疑。又問:該就府送考,該就司送考?予曰:六合加於辰未酉籍穩妥,後果首進。
断語に曰く、但だ府試の高中するのみならず、院試も亦た一定に名列第一ならん。発用するは正に是れ月建にして又た旬首の神を兼ぬるを以てなり。青龍・朱雀皆な旺相の気を乗ず(青龍は申を乗じて是れ月建の当旺、朱雀は亥を乗じて是れ相気)、初伝・中伝に出現す。末伝は是れ徳神・禄神と駅馬。日干日支又た交車相生相合し、三伝の天将節節進引す。斗柄天罡と天喜と行年上に加わる(秋の三個月の天喜は辰に在り、正に行年の丑上に加わる)。朱雀は丁神を乗じて進気を帯ぶ、写す所の文章必定主考の心意に合せん。加うるに課格の「天心」に合するを以て(太歳寅・月建申・日建申・占時寅皆な四課之内に在り)、非常の喜慶を主り、声勢は天を掀き地を掲ぐ、故に名列第一は疑問無し。彼又た問う、当に府に由りて考を送るべきか、還た是れ司に由りて考を送るべきか。我曰く、六合の辰・未・酉の位に加わるは、官籍を走りて考を送る乃ち穏妥なり。後来果たして第一を考取せり。
占験二・袁友の為めに陸奪翼の考試を占う
占驗二、壬子五月丙戌日己丑時,予住淮安都府前,有江陰六壬袁友,為宿遷陸庠友諱奪翼者占考試,不備、知一、度厄,午未空,丑寅落空。 朱六 蛇 子丑寅卯 勾 蛇空 常蛇 鬼 戊子 蛇 貴 亥 辰 龍 子巳 未子 兄 乙未 常 后 戌 巳 空 巳戌 子丙 父 庚寅 六 陰 酉申未午 虎 玄常
此れ是れ壬子年五月丙戌日己丑時の課盤。我は淮安都府前に住し、江陰の六壬同好袁友有りて、宿遷の庠生陸奪翼の為めに考試を占う、課体は「不備」「知一」「度厄」に属し、本旬の午未空亡、天盤の丑寅は空亡の地盤の上に落つ。四課は自ら右より左に至るは子の丙に加わり・未の子に加わり・巳の戌に加わり・子の巳に加わる。三伝の初伝戊子は是れ官鬼にして螣蛇を乗ず、中伝乙未は是れ兄爻にして太常を乗じて空に落つ、末伝庚寅は是れ父爻にして六合を乗ず。不備は是れ四課に一を缺き、知一は一神を取りて主と為し、度厄は関を過ぎて厄を渡るを主る、三者并び見れば、功名の事便ち取る有り舎る有り。
斷曰;院試必取,科舉省試未能遂志。問曰:史撫臺已升鳳督去否?余曰:必不能去。蓋因驛馬坐墓(寅為馬臨未),干神歸支(不惟歸支,且為支所墓,為在家不動之象),靜象也。 又問女病,余曰:胎鬼發用,血忌加支(血忌者,正月丑二未三寅四申五卯六酉,五月應在卯;血支者正月自丑順行,五月在巳,此血忌乃血支之誤也。),又四課不備,病主脈息虛弱,心胸不利,以致失血,必因胎產所致,冬月不保。
断語に曰く、院試は一定に録取し、省城の郷試は却って願いを遂ぐる能わず。彼の人又た問う、史撫台は是れ已に鳳陽総督に昇任して去りしや否や。我曰く、彼は一定に去り成らず。駅馬の墓上に坐するを以て(寅は是れ駅馬にして未に臨む)、日干の神又た日支に帰す。不只是れ支に帰すのみ、而且日支に墓せらる、正に是れ家に在りて動かざるの静止の象。又た家中の女子の病を問う、我曰く、胎鬼発用し、血忌は日支に加臨す(血忌の排法は正月は丑に在り・二月は未に在り・三月は寅に在り・四月は申に在り・五月は卯に在り・六月は酉に在り、五月は応に卯に在るべし。血支は則ち正月の丑より起こりて順行し、五月は巳に在り、此の處の血忌は其の実是れ血支の誤)、再加うるに四課不備を以て、病象は是れ脈息虚弱・心胸の舒暢ならざるに因りて失血す、必ず是れ胎産に因りて起これり、冬月の裡保つ能わず。
又問:宿遷邊合戰,安堵否?余曰:賊符加干支,冬月必有兵警,然日之陰陽自戰,中傳制初,來兵敗怯而退。干神生支,居守保固,無破城之患(此又不以日祿臨支徒妄作論)。後四事皆驗。
彼の人又た問う、宿遷の辺境上に戦事有り、能く安然恙無からんや否や。我曰く、賊符の日干日支に加臨するは、冬月必ず兵警有らん。但だし日の陰神陽神自ら交戦し、中伝又た初伝を制住す、来犯の兵は怯敗して退くべし。日干の神の日支を生助するは、堅守自固を主り、城を破るの患無し。此の處又た日禄の日支に臨むに因りて、則ち妄りに一味の静守と断ずることなし。後来此の四件の事皆な一一に応験せり。
郷試章又第十三
占験一・癸酉年宗開先の科場を占う
驗一、癸酉七月辛卯日庚寅時,揚州明經宗開先先生偕張向之占科場事,報寅時。(午未空,戌亥落空) 勾龍 六 酉戌亥子 空 涉 龍蛇 貴常 父 乙未 蛇 朱 申 丑 白 害 亥未 午寅 子 丁亥 龍 蛇 未 寅 常 曲 未卯 寅辛 財 辛卯 玄 貴 午巳辰卯 玄 直 后 陰 斷曰;即今中矣。曰:何以報一時即知其中。蓋因先鋒為幕貴(雖寅時,用晝貴,故寅時為幕貴),且臨日上。(寅加戌)月將官貴又加寅命(蓋命在寅,午為月將,乘貴神加之),是以必中無疑。然發用未作旬空,必俟未年太歲填實,方中甲榜。
崇禎六年癸酉七月、辛卯日庚寅時、揚州明経宗開先先生は張向之と同じく一起に来りて郷試科場の事を問う、報ずるは是れ寅時。辛卯日は甲申旬に属し、「空亡」(本旬中に天干の配する可き無き両支)は午未に在り、天盤の戌・亥二神は正に空亡宮の上に落つ。附する所の課盤の中、方框の十二宮に排するは是れ天地盤と十二「天将」(貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后)の分布、右辺の三列は依次に是れ「四課」(日干・日支及び其の上神に由りて排成するの四組)と「三伝」(四課より取出するの初・中・末の三個の用神)。此の課の四課は自ら右より左に向かいは寅の辛に加わり・午の寅に加わり・未の卯に加わり・亥の未に加わる。三伝は是れ未・亥・卯、初伝未は「螣蛇」を乗じて父母と為り、中伝亥は「青龍」を乗じて子孫と為り、末伝卯は「玄武」を乗じて妻財と為る、課体は「渉害」に属し兼ねて「曲直」。陳公献の断定す、此の一科便ち能く中る。人有りて彼に問う、何を以て只だ一個の時辰を報じて便ち必ず中るを知るや。彼曰く、占時の寅は正に是れ幕後の貴人。雖も是れ寅時なりと雖も、此の課は昼貴を取る、故に寅は幕貴と成れり。而且其れ又た日干の上に臨む(天盤の寅は辛の寄する所の戌宮に加わる)。再び言う、七月の「月将」午は貴神を帯びて本命寅上に加わる(此の人の本命は寅に在り、午は是れ月将にして貴人を乗じて之に臨む)、官星と貴人と倶に到る、故に彼の必ず中ること疑い無しと断ず。只だ是れ発用の未は旬空の裡に落つ、必ず未年の太歳の此の空を填実するを待つて、乃ち能く甲榜に中る。
占験二・戊子年孫興功の両人の郷試を占う
占驗二、戊子八月丙辰日,餘住金陵時右方伯東省孫興功老師寫本日辰時,又寫酉時,占兩人鄉試。 虎 常 (子丑空,未申落空) 空 巳午未申 玄 玄胎 青青 勾勾 比 丁巳 勾 青 辰 酉 陰 斬關 辰辰 巳巳 財 庚申 玄 勾 卯 戌 后 伏吟 辰辰 巳丙 父 甲寅 六 六 寅丑子亥 貴 朱蛇 斷曰:辰時者前,列酉時者次之。蓋緣天罡為領袖之神,從魁幕貴在後(天罡乘龍為前五,從魁乘陰為後二),故云。及排辰時課,三傳巳申寅,干乘德祿,支見月將青龍(八月將在辰,乘龍臨支),又祿馬入傳(巳祿寅馬),凡士子已試後得伏吟,必中。
清順治五年戊子八月丙辰日、作者は金陵に住す時、山東籍の右布政使孫興功老師は本日の辰時を写し、又た酉時を写し、彼に両個の人の為めに郷試を占わしむを請う。丙辰日の旬空は子丑に在り、天盤の未・申二神は空亡宮の上に落つ。先ず辰時此の一課を看る。月将辰は辰時の上に加わり、天地盤は重畳し、「伏吟」課を成し、兼ねて「玄胎」「斬関」の格。四課は是れ辰の巳に加わり・巳の丙に加わる。「三伝」は是れ巳・申・寅、初伝巳は「勾陳」を乗じて兄弟と為り、中伝申は「玄武」を乗じて妻財と為り、末伝寅は「六合」を乗じて父母と為る。陳公献の断じて曰く、辰時を写す此の一位は名次前に在り、酉時を写すは次の一等。原因は是れ辰則ち「天罡」、是れ十二神の中の領袖の神。酉則ち「従魁」、此の課の裡に於いて幕後の貴人を做し、位置は後に靠る(天罡は青龍を乗じて前の五位に居り、従魁は太陰を乗じて後の二位に居る)、故に先后の分有り。再び辰時の課を排す、日干丙は日徳と禄神巳とを乗じ、日支辰上又た八月の月将辰の「青龍」を乗ずるを見、禄神巳と「駅馬」寅と一斉に伝に入る。凡そ士子の考完じるの後伏吟を占得するは、必定得中す。此の課の外圏十二宮の中、青龍は辰宮に居り・太陰は酉宮に居り、両位の天将は一前に一後にして、名次の先后は正に此の處より看出せるなり。
酉時三傳子未寅也。初傳太歲空戰,墓貴又入墓庫(用夜貴酉,故亥為幕貴,臨辰為入庫),故次之。放榜時,辰時者陸可球中二十二名,酉時者常熟趙姓中副卷,此二者俱以時斷中也。 六勾青空 子丑寅卯 朱 亥 辰 虎 玄朱 陰六 甲子 六 蛇 戌 巳 常 午亥未子 己未 陰 酉申未午 亥辰子丙 甲寅 青 (似應是三傳午丑申) 貴后 陰玄
酉時彼の一課の「三伝」は是れ子・未・寅。初伝子は既に是れ戊子年の太歳にして、又た旬空の地に坐して日と相戦す。幕後の貴人亥又た墓庫に落ち進む(此の課は夜貴酉を取る、故に亥は幕貴と成る、亥は辰宮に臨みて便ち是れ水の辰庫に入る)、故に名次は須く次の一等を要す。榜を放つの時、辰時を報ずるの陸可球は第二十二名に中り、酉時を報ずるの常熟趙姓は只だ副榜に中るのみ、両人皆な是れ報ずる所の時辰に憑りて中るを断ぜられたり。附排の此の張の酉時課盤。月将辰は酉時の上に加わり、天盤の子丑寅卯は上に居り、四課は依次に子の丙に加わり・未の子に加わり・亥の辰に加わり・午の亥に加わる、乗ずる所の天将は是れ六合・太陰・朱雀・玄武、三伝は甲子は「六合」を乗じ・己未は「太陰」を乗じ・甲寅は「青龍」を乗ず。後人の校注は此の處の三伝は応に午・丑・申と作るべしと疑心す。両課を并列して対看すれば、最も時辰の不同なれば則ち吉凶判然として別有るを見るべし。
占験三・丁卯年何伴鶴の兄弟の郷試を占う
占驗三、丁卯八月乙巳日甲申時,浙江金華何伴鶴來揚相訪,予老母求占:汝兄弟鄉場中否?蒿矢、從革,寅卯空、戌亥落空。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 玄蛇 常貴 鬼 己酉 玄 貴 子 巳 青 酉丑 申子 子 乙巳 龍 后 亥 午 空 丑巳 子乙 財 癸丑 蛇 陰 戌酉申未 虎 玄常 斷:昆弟皆中,午命在前,亥命在後。蓋因蒿矢見金,如箭有簇,自四發用,箭數合式。朱雀翱翔,文事武備皆得之矣。且貴臨貴位,必得兩貴周旋推薦,後果前後一一不爽。問何以分前後,因三傳逆合,又午命甲寅亥命丁未,故知之。(畢法云:兩貴相逢求兩貴,誠不虛也。)
天啓七年丁卯八月乙巳日甲申時、浙江金華の何伴鶴は揚州に到りて拝訪す、作者の老母親は彼に一課を占わしむを請う。你家の兄弟此の一科能く中るか否や。課体は是れ「蒿矢」兼ねて「従革」、本旬の空亡は寅卯に在り、天盤の戌・亥は空亡宮の上に落つ。此の課の四課は是れ子の乙に加わり・申の子に加わり・丑の巳に加わり・酉の丑に加わり、分別に「貴人」「太常」「螣蛇」「玄武」を乗ず。「三伝」は酉・巳・丑は結して金局を成し、初伝己酉は玄武を乗じて官鬼と為り、中伝乙巳は青龍を乗じて子孫と為り、末伝癸丑は螣蛇を乗じて妻財と為る。断語に曰く、兄弟両個皆な能く中らん、午年生の名次は前に在り、亥年生は後に在り。蒿矢課に又た金を見るを以て、箭上に箭鏃を装上げるが如し、而且第四課より発用す、箭の数目は正に規式に合す。「朱雀」高く飛ぶは、文事と武備と皆な斉備せり。加うるに貴人の正に貴人の本位の上に臨むを以て、必ず両位の貴人の中より周旋推薦するを得。後来果たして兄弟先後に中式し、一一差えず。人有りて怎様に先后を分け出すと問う、彼曰く三伝は逆行して相合し、又た午年本命の一位は甲寅を遁得し・亥年本命の一位は丁未を遁得す、先后は則ち分明なり。『畢法賦』の謂う所の「両貴相逢求両貴」は、実に是れ虚話に非ず。課中の貴人と太常とは両端に分居す、亦た正に両位の貴人の先后に援引するの説に応ず。
占験四・丁丑年張公祖の八門生の会試を占う
占驗四、丁丑正月己巳日己巳時子將,滕縣諱盛美張公祖有八門生會試,請六壬諸友所斷之課持出與餘占,無祿,戌亥空、午未落空。 后陰 貴 子丑寅卯 玄 青貴 六陰 子 癸酉 六 蛇 亥 辰 常 未子 酉寅 比 戊辰 常 朱 戌 巳 虎 子巳 寅己 財 乙亥 蛇 六 酉申未午 空 勾龍 斷曰:惟戊戌者必中,其餘皆不然。眾友與餘爭,雲屬牛屬虎者中。予云:放榜時自驗。張公曰:公之斷即與眾不同,此乃吾本房首卷,亦望其中,然昨閱其文,恐未必然。予曰:初末暗拱戌命,月將貴人臨年,是以中甲無疑,朱雀又生墓貴(朱雀乘戌,生幕貴申),其文甚貼主司之意。及放榜果中,始知為常熟蔣畹仙也。(戊戌年生,丁丑年四十歲,行年在巳,貴神乘子臨之,可見,公獻用一歲起丙寅行年法,不用金口訣換旬法。)(又:課名雖為無祿,但亦有中者,可見不可全憑課體。)
崇禎十年丁丑正月己巳日己巳時、子将を用う。滕県の名は盛美の張公祖は八位の門生有りて会試に参加せんと要し、六壬同好らの断ぜし所の課を帯び出して、作者に再び一遍を占わしむを請う。課名は「無禄」、本旬の空亡は戌亥に在り、天盤の午・未は空亡宮の上に落つ。四課は是れ寅の己に加わり・酉の寅に加わり・子の巳に加わり・未の子に加わり、分別に「太陰」「六合」「貴人」「青龍」を乗ず。「三伝」は是れ酉・辰・亥、初伝癸酉は六合を乗じて子孫と為り、中伝戊辰は「太常」を乗じて兄弟と為り、末伝乙亥は「螣蛇」を乗じて妻財と為る。陳公献の断定す、只だ戊戌年生の彼の一位は必ず中る、其の余皆な中らず。衆友は彼と争弁し、牛に属し虎に属する乃ち能く中ると説く、彼曰く榜を放つに自ら分暁有らん。張公祖の講ず、您の断ずるは衆人と皆な相同じからず、此の一巻は是れ我本房の首巻、我も亦た彼の能く中らんことを盼ず、只だ是れ昨日彼の文章を看るに、恐怕くは未だ必ずしもならず。彼答えて曰く、初伝酉と末伝亥とは暗中に一個の戌を拱出し、正に戊戌の命に合し、月将貴人又た彼の行年上に臨む、故に甲榜に中ること疑い無し。「朱雀」は戌を乗じて去りて幕後の貴人申を生ず、彼の文字は甚だ主考の心意に合するを説明す。榜を放つて後果たして中れり、乃ち是れ常熟の蒋畹仙なるを知る。注者曰く、此の人は戊戌年生、丁丑年に到りて四十歳、行年は巳に在り、貴神は子を乗じて之に臨むは以て証すべし、以て陳公献の用うる所は是れ一歳丙寅を起こすの行年推法を見るべく、《金口訣》の換旬法を用いず。又た、課名は雖も無禄と叫ぶと雖も、照様に中式する人有り、以て能く全く課体に憑りて吉凶を定むべからずを見るべし。課中の外圏の青龍は子に居り・太陰は寅に居り・貴人は巳に臨み、几處の貴気皆な戊戌此の一命の上に聚る、別人は自然に沾り到る能わず、故に八個人の裡只だ彼一個を許す。
占験五・甲戌年王公祖の小童を令して字を持して来りて占わしむ
占驗五、甲戌二月戊辰日丙辰時,長興前刑垣禮部諱繼廉王公祖,令小童持字來占,反吟、玄胎,戌戌亥空、辰巳落空。 蛇貴 朱 亥子丑寅 后 玄六 常朱 父 己巳 常 六 戌 卯 陰 辰戌 巳亥 財 乙亥 朱 勾 酉 辰 玄 戌辰 亥戊 父 己巳 常 青 申未午巳 常 空虎 斷曰;素所占者皆不許中,惟此君必中高魁。曰:何也?蓋因戊日返吟是德入天門發用,又丑未兩貴相加,斗鬼相合為魁字,是以必中高魁,不須疑慮沖剋生空,必荷聖恩之象。及發榜后王公祖三公子偕來相顧,乃長興周仲璉先生也。
崇禎七年甲戌二月戊辰日丙辰時、長興人・曽て刑科給事中と礼部の職を任ぜし・名は継廉の王公祖は、小童を叫びて字条を拿了せしめて来りて占うを求めしむ。課体は是れ「反吟」兼ねて「玄胎」、原書は戌亥旬空と記作す(「戌戌亥空」は当に是れ「戌亥空」の誤なるべし)、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ亥の戊に加わり・巳の亥に加わり・戌の辰に加わり・辰の戌に加わり、順次に「朱雀」「太常」「六合」「玄武」を乗ず。「三伝」は巳・亥・巳、初末両伝皆な是れ己巳にして太常を乗じて父母と為り、中伝乙亥は朱雀を乗じて妻財と為る。断語に曰く、平素来りて占うを求むる人は彼皆な中るを許さず、唯だ此の一位は必ず高魁に中らん。是れ何を為めにするや。戊日の日徳は巳に在り、反吟課の裡此の徳神は発用して又た亥上に臨む、正に是れ「徳入天門」。丑・未両位の貴人は交相加臨し、斗と鬼の両個の字象は凑して一個の「魁」の字を合成す、故に彼の必ず高魁に中らんと断ず、課中の冲・克・生・空を顧慮するを須いず、此の人必定皇恩を承受せんと要す。榜を発して以後、王公祖の三公子は陪りて一同に来りて道謝し、乃ち占う所正に是れ長興の周仲璉先生なるを知る。反吟の一課は本より動荡反復を主る、此の課は却って日徳の地を得・両貴交加するに因りて、反って高中の象と成れり。
占験六・癸未年宮子玄の会試を占う
占驗六、癸未二月乙丑日己卯時,何九敘為泰州孝廉宮子玄占會試,從革、周遍,戌亥空,午未落空。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 青玄 常貴 子 己巳 青 貴 子 巳 青 巳酉 申子 財 乙丑 蛇 后 亥玄常午 空 酉丑 子乙 鬼 癸酉 玄 陰 戌酉申未 虎 斷曰:此課占會試,必中無疑。緣傳將遞生,格合周遍,且干支交車生合,文思滔滔,題目合舉干之意。又喜朱雀遁丙乘旺,主文章華藻,正合時宜。主試言推薦高甲,當寄聲卓翁。
崇禎十六年癸未二月乙丑日己卯時、何九叙は泰州の孝廉宮子玄の為めに会試を占う。課体は是れ「従革」兼ねて「周遍」、本旬の空亡は戌亥に在り、天盤の午・未は空亡宮の上に落つ。四課は是れ子の乙に加わり・申の子に加わり・酉の丑に加わり・巳の酉に加わる。「三伝」は巳・丑・酉、初伝己巳は「青龍」を乗じて子孫と為り、中伝乙丑は「螣蛇」を乗じて妻財と為り、末伝癸酉は「玄武」を乗じて官鬼と為る。断語に曰く、此の一課の会試を占うは、必ず中ること疑い無し。三伝と乗ずる所の天将とは節節逓生し、格局正に「周遍」に合す。日干と日支とは交互に車を駕して相生相合す、此の人の文思滔滔として絶えず、考題も亦た彼の長ずる所に合するを主る。更に「朱雀」の丙火を遁得して旺気を乗ずるを喜ぶ、文章辞采華美を主り、恰も当時の風尚に合す。主考必定彼を推薦して高甲に名列せしめん、応に人を托して卓翁に一個の信を捎し去るべし。外圏の青龍は巳に臨み・螣蛇は丑に臨み・玄武は酉に臨む、三伝雖も官鬼を帯ぶるも、却って木火の気に化開せられ、全く阻滞無し、故に彼の断ずること此の様に干脆なり。
占験七・丁丑年孫大宜の口に報ずる午時に会試を占う
占驗七、丁丑二月癸未日戊午時,同鄉孝廉孫大宜先生口報午時,占會試中否,予袖傳一課,涉害、從革,申酉空、子丑落空。 青空 勾酉戌亥子 虎 陰空 勾青 印 乙酉 勾 六申 丑 常 卯亥 酉巳 官 丁丑 常 朱未貴后 寅 玄 亥未 巳癸 財 辛巳 貴 蛇午巳辰卯 陰 斷曰:貴德財馬臨身,且居太歲之位,必應今年甲榜。況年上月將青龍主片言入相,又旬首河魁為官乃文明之宿,二者會於行年定是今年甲榜(月將河魁乘青龍臨於行年午上)。後果然。
崇禎十年丁丑二月癸未日戊午時、同郷孝廉孫大宜先生は口頭に一個の午時を報じ、会試能く中るか否やを問う、作者は則ち袖中に於いて一課を起こせり。課体「渉害」兼ねて「従革」、本旬の空亡は申酉に在り、天盤の子・丑は空亡宮の上に落つ。四課は是れ巳の癸に加わり・酉の巳に加わり・亥の未に加わり・卯の亥に加わる。「三伝」酉・丑・巳、初伝乙酉は「勾陳」を乗じて印綬と為り、中伝丁丑は「太常」を乗じて官星と為り、末伝辛巳は「貴人」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、貴人・日徳・財爻と「駅馬」皆な彼の身上に臨み、又た太歳の宮位を占住す、今年必定甲榜に応ずべし。況んや行年上の月将は「青龍」を帯び、正に「月将青龍、片言入相」の説に合す。旬首の「河魁」戌は又た官星を作る、本より是れ文明を主るの星宿、両者は行年の上に於いて会合す、彼の今年甲榜に中らんと断ず。後来果たして応験せり。此の課は行年を以て事を断ずるの枢紐と為り、青龍と河魁と一并に午上に会す、只だ年上の一處便ち全局を定む、是れ六壬の中年命に憑りて応を取るの典型例子。
占験八・丁丑年阮実夫の代わりに劉若宜の会試を占う
占驗八、丁丑二月乙未日丙戌時,安慶保舉明經,阮實夫代劉若宜先生占會試,蒿矢、連茹,辰巳空、巳午落空。 蛇貴 朱 午未申酉 后 后常 朱六 鬼 丁酉 后 六 巳 戌 陰 酉申 午巳 財 戊戌 陰 勾 辰 亥 玄 申未 巳乙 父 己亥 玄 青 卯寅丑子 常 空虎 斷:為人代占,今年必中。蓋發用日鬼皇恩,中傳河魁天喜,末見長生太陽,最利試場之象,支見幕貴官星。又朱雀生太歲(朱乘午生太歲丑故也),文字華藻合時。課名革故從新,更鄉科而中甲榜必無疑矣。但嫌干支上乘互絕,居官未能遠大。後補刑部主政,恬退不仕。又代占會武中兩名亦此課。予曾占病亦死二人。(此以土絕在巳論,以水土同長生。)
崇禎十年丁丑二月乙未日丙戌時、安慶の地方に由りて保挙の明経阮実夫は、劉若宜先生の為めに会試を占う。課体「蒿矢」兼ねて「連茹」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の巳・午は空亡宮の上に落つ。四課は是れ巳の乙に加わり・午の巳に加わり・申の未に加わり・酉の申に加わる。「三伝」酉・戌・亥は節節相連なり、初伝丁酉は「天后」を乗じて官鬼と為り、中伝戊戌は「太陰」を乗じて妻財と為り、末伝己亥は「玄武」を乗じて父母と為る。断語に曰く、此れ是れ別人の為めに占う、今年一定に中らん。発用の酉は既に是れ日鬼にして又た皇恩を帯び、中伝戌は是れ「河魁」にして又た天喜に値し、末伝亥は既に是れ乙木の長生にして、又た二月の太陽月将に逢う、最も試場に利し。日支上還た幕貴と官星とを見る。加うるに「朱雀」は午を乗じて去りて丁丑年の太歳丑土を生ず、文字華美にして時尚に合乎るを主る。課名は革故従新の意有り、郷科より更に一歩を進めて甲榜に中るは疑問無きなり。只だ嫌うは日干と日支上の乗ずる所の神の互相絶と為る、官を做るに長遠する能わず。後来彼は刑部主政を補し、便ち淡然として引退して再び出仕せず。作者又た同じ一課を用いて人の為めに武会試を占い、両名に中れり。亦た曽て其れを用いて病を占い、両個の人死せり。注者曰く、此の處は是れ土の巳に絶し・水土同じく長生するに按じて推算す。同じ一課を用いて試を占えば則ち中り・病を占えば則ち死す、以て課体の吉凶は必ず問う所の事に随いて転ずべく、一概に論ずべからざるを見るべし。
占験九・丁丑年呉克孝の会試を占う
占驗九、丁丑二月乙未日辛巳時,太倉吳孝廉諱克孝者,偶至安慶阮實夫寓中,相晤間占會試,稼穡、反吟、斬關,辰巳空、戌亥落空。 貴后 蛇 亥子丑寅 陰 龍后 常朱 財 戊戌 朱 朱 戌 卯 玄 未丑 辰戌 財 甲辰 常 六 酉 辰 常 丑未 戌乙 財 戊戌 朱 勾 申未午巳 虎 青空 斷:三傳年命魁罡俱空,如何敢許甲榜?但丑未年丑未日丑未合而為魁,又是必中之象。但中後居官末能滿任,即有丁艱之事。蓋傳課純財,則印爻被克矣,吾鄉閆和陽先生辛未會試,乙丑日占得返吟而中,亦此課也。 (河魁朱雀臨日而發用,亦為關鍵之處。)
同じく崇禎十年丁丑二月乙未日、辛巳時、太倉の呉孝廉名は克孝は、偶然安慶阮実夫の寓所に到り、談話の間に会試を占う。課体は是れ「稼穡」兼ねて「反吟」「斬関」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の戌・亥は空亡宮の上に落つ。四課は是れ戌の乙に加わり・辰の戌に加わり・丑の未に加わり・未の丑に加わる。「三伝」戌・辰・戌、初末両伝皆な是れ戊戌にして「朱雀」を乗ず、中伝甲辰は「太常」を乗ず、三伝全て是れ財爻。断語に曰く、三伝と年命の上に於いて、「河魁」戌と「天罡」辰とは皆な空に落つ、本より敢えて彼に甲榜に中らんを許さず。但だし丁丑年・乙未日、丑と未とは凑して一個の「魁」の字を合成し、又た是れ必中の象。只だ是れ中るの以後官を做るに任期を満たす能わず、則ち須く父母の喪に遇上せんと要す、三伝四課全て是れ財爻を以て、印綬の爻は便ち克傷せらるるを以てなり。作者の同郷閆和陽先生は、辛未年の会試の時乙丑日に於いて反吟を占得して中式せしも、亦た正に是れ此の一課。注者提醒す、河魁戌は朱雀を乗じて日干に臨みて発用す、亦た是れ此の課の関鍵の處。此の課の看点は是れ落空の未だ必ずしも全然無用ならざるに在り。丑未両支は合して一個の魁の字を成し、空裡反って実を生出す。只だ是れ三伝財多く印を克す、功名と親恩と両全する能わず。
武挙章第十四
蛇蚓(巳)象弓空最忌,觜參(申)如矢要如意。仲為中垛孟角花,午貫正鵠季落地。 一課一矢二課二,三課三矢四課四。 發用箭數課中詳,旺相休囚加減記。
巳は蛇蚓に属し、其の形は弓に像り、最も空に落つるを忌む。申は觜参に属し、其の形は箭に如し、其れの称心得地するを要す。四仲の神子午卯酉は箭の垛に中るを主り、四孟の神寅申巳亥は垛角と花辺とに射中るを主り、午は則ち正鵠を貫穿し、四季の神辰戌丑未は箭の地に落つるを主る。第一課の発用は便ち一箭と算し、第二課は両箭と算し、第三課は三箭、第四課は四箭。発用の處の箭数は須く課中に於いて細看し、再び四時の旺・相・休・囚に按じて加減して記数すべし。
占験一・戊辰年長兄公明の京に進みて会試を占う
占驗一、戊辰八月甲戌日丁亥時,占長兄公明進京會試,炎上、重審、斬關,申酉空、辰巳落空。 虎常 空 丑寅卯辰 玄 白後 后六 財 甲戌 六 青 子 巳 陰 寅午 午戌 子 壬午 后 勾 亥朱蛇午 后 午戌 戌甲 兄 戊寅 白 六 戌酉申未 貴 斷:吾兄必聯捷而去。蓋因河魁臨干發用,貴居命年上下;又太陰臨卯,傳將遞生,格合盤珠,喜朱雀遁乙奇乘長生旺氣,文字甚貼試官之意,傳送加子箭中中垛,是以中甲無疑。放榜時果中三十九名。後官至大元戎,晉官銜,封治安伯。(此課用月將加時法不符課,貴神亦不符課。若照公獻所斷,課體應是: 后陰 貴 丑寅卯辰 玄 后虎 虎六 財 甲戌 六 蛇 子 巳 常 寅午 午戌 子 壬午 虎 朱 亥 午 虎 午戌 戌甲 兄 戊寅 后 六 戌酉申未 空 勾青 太陰乘卯臨未;甲戌旬,亥遁乙乘朱雀。
崇禎元年戊辰八月甲戌日丁亥時、作者は長兄公明の為めに京に進みて会試を占う。課体「炎上」兼ねて「重審」「斬関」、本旬の空亡は申酉に在り、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ戌の甲に加わり・午の戌に加わり・午の戌に加わり・寅の午に加わる。「三伝」戌・午・寅は合して火局を成し、初伝甲戌は「六合」を乗じて妻財と為り、中伝壬午は「天后」を乗じて子孫と為り、末伝戊寅は「白虎」を乗じて兄弟と為る。断語に曰く、我が兄長必定連捷して去らん。「河魁」戌の日干上に臨みて発用するを以て、貴人又た本命と行年の上下に居る。「太陰」は卯に臨み、三伝と天将とは層層逓生し、格局は「盤珠」に合す。更に「朱雀」の乙奇を遁得して長生旺気を乗ずるを喜ぶ、文字甚だ主考の心意に合するを主る。「伝送」申の子上に加わるは、正に是れ箭の垛心に中るの象、故に彼の甲榜に中ること疑い無しと断ず。榜を放つの時果たして第三十九名に中れり。此の人は後来官は大元戎に至り、官銜を加晋し、治安伯に受封す。注者指出す、此の一課は月将時を加えるの法に按じて推排せしも、書上の列する所の原盤と対せず、十二天将の排布も亦た合せず。若し陳公献の断語中の説く所の内容に依りて反推せば、課体は当に是れ後面に別に附するの此の一張なるべし。四課は仍ほ戌の甲に加わり・午の戌に加わり・午の戌に加わり・寅の午に加わるを作し、三伝は仍ほ是れ甲戌・壬午・戊寅、只だ是れ乗ずる所の天将を六合・白虎・天后に改成し、外圏十二宮の天将も亦た随いて改排す、此の様にして乃ち「太陰は卯を乗じて未に臨む」及び甲戌旬中の亥は乙を遁得して「朱雀」を乗ずの此の両句の話と対え合うを得。武挙の一門は箭数と弓矢の象とを重んず。此の課の申金は是れ矢、子上に加わりて垛に中り、又た火局の助威を得、故に聯捷と断ず。後来兄長は武功を以て伯に封ぜらる、正に伝送の子に加わるの説と相符す、以て武科の占いは既に課体の旺衰を看るも、亦た須く弓矢箭数の何れの一宮に落つるかを看るべきを見るべし。
仕宦章第十五
欲問前程有與無,日辰虛實定榮枯。臨官帝旺干支遇,爵祿崢嶸任帝都。 六陽數足功名顯,前後引從卿相薦。傳神互克防諍章,課將遍生聲譽遍。 三傳退間蛇倒拔,三傳引進龍飛天。將逢內戰官超轉,德祿天門名顯傳。 鬼曜逢虎號催官,祿神臨支當替役。凶喪羅網返遭遲,富貴日辰丁見疾。
仕途前程に指望有るか無きかを問わんと要すれば、先ず日干と日支の虚実を看て以て栄枯を定む。日干日支の臨官・帝旺の地に遇上するは、爵禄便ち峥嵘顕赫にして、以て帝都に於いて任職すべし。課中の六陽の数斉足するは、功名顕達なり。前に引神有り・後に従神有るは、公卿の挙薦を得。三伝の神の彼此相克するは、須く人の章を上げて争訟弾劾する有るを防ぐべし。三伝の乗ずる所の天将の處々相生するは、声譽便ち四方に伝遍せん。三伝節節後退するを「蛇倒拔」と叫び、節節前進するを「龍飛天」と叫ぶ。天将の内戦に逢うは官職超遷を主り、日徳日禄の天門亥上に落つるは名声遠播を主る。官鬼の爻上に「白虎」を乗ずるは号して催官と為し、禄神の日支に臨むは人に替代せられて差役するを主る。凶喪の神と天羅地網と出現するは、反って遅滞す。富貴の課若し日干日支に丁神を見れば、則ち変動の患有らん。
魁度天門龍化蛇,貴臨鬼戶蛇成龍。吉課殊情分仕庶,大格異用別賢庸。 天乙卯酉號蹉(蹉跎格)微(微服格),朱雀值鬼防黜落。六處生旺遠大推,凡占墓絕虧官爵。 武視太常文視龍,二神切忌怕逢空。龍常克下鴛班憎,丁克龍常災廢從。 帝旺臨官日辰上,城吏龍常仕途暢。遷期干年支月推,內外日用生克量(龍常生日比日剋日升有內,日生龍常克龍常遷在外)。
「河魁」戌の天門亥を度過するは、青龍則ち螣蛇に化成す。貴人の鬼戸上に臨むは、螣蛇反って青龍に変成す。同じく是れ一課、官身と百姓と主る所同じからず。同じく是れ一格、用神別有れば則ち以て賢と庸とを分け出すべし。貴人の卯酉両宮に落つるを、「蹉跎格」「微服格」と叫ぶ。「朱雀」は官鬼に値するは、須く落榜黜退を防ぐべし。課中の六處皆な生旺に逢うは、前程は以て遠大の推断を作すべし。凡そ官を占いて墓・絶を見れば、官爵は総じて須く損を受けん。武職を占うは「太常」を看、文職を占うは「青龍」を看る、此の両位の天将は最も空に落つるを怕る。青龍・太常の下を克するは、同班同僚則ち相憎悪す。丁神の青龍・太常を克するは、則ち災禍廃黜の事有らん。帝旺・臨官の日干日支の上に臨み、加うるに城神・吏神と龍常と俱全すれば、仕途自然に通暢せん。遷転の時期は、年份は日干を看・月份は日支を看て以て推す。是れ内升か還た是れ外放かは、須く日干と用神の生克に按じて衡量すべし。龍常の日干を生じ・日干と比和し或いは日干を克するは、朝内に升る。日干の龍常を生じ或いは龍常を克するは、則ち外任に遷往す。
占験一・辛未年運芝莱王旋官の代わりに昇遷を占う
占驗一、辛未三月甲申日辛未時,萊陽運芝萊、吉安王旋官兩父師代占升遷,重審、玄胎,午未空、酉戌落空。 勾六 青 申酉戌亥 朱 后朱 龍常 鬼 甲申 龍 空 未 子 蛇 寅亥 申巳 父 丁亥 朱 虎 午 丑 貴 亥申 巳甲 兄 庚寅 后 常 巳辰卯寅 后 玄陰 斷:此課大吉,推升官爵必的。何以言之?課中龍常並見,城吏全逢,初傳青龍內戰,必有奇遇趨遷。中傳朱雀生日,公卿交譽。末傳驛馬德祿俱入天門,居官定然顯赫。寅為天吏,天后為恩澤,非天官而可?後屢旨另推七次,終點閔總憲為冢宰。然式中貴履地網,龍神下賊,主自欲退位,次年果請旨歸里。
崇禎四年辛未三月甲申日辛未時、莱陽の運芝莱と吉安の王旋官との両位の父師は、人を托して代わりに昇遷を占う。課体「重審」兼ねて「玄胎」、本旬の空亡は午未に在り、天盤の酉・戌は空亡宮の上に落つ。四課は是れ巳の甲に加わり・申の巳に加わり・亥の申に加わり・寅の亥に加わる。「三伝」申・亥・寅、初伝甲申は「青龍」を乗じて官鬼と為り、中伝丁亥は「朱雀」を乗じて父母と為り、末伝庚寅は「天后」を乗じて兄弟と為る。断語に曰く、此の課は大吉、官爵を推升すれば必定応験せん。何を以て見得するや。課中の青龍・太常は并び現れ、城神吏神斉全す。初伝の青龍内戦するは、必ず奇遇有りて遷転を得。中伝の朱雀の日干を生ずるは、公卿口を交えて称譽せん。末伝の「駅馬」と日徳・日禄とは一斉に天門亥宮に進む、官を做りて必然顕赫なり。寅は是れ天吏、天后は是れ恩沢の神、此れ天の官職を賜うに非ずして何ぞや。後来朝廷は屡次別に推挙し、前后七次、最終に閔総憲を点して冢宰を做らしめり。只だ是れ課式中の貴人は地網の上に踏み、龍神又た下に於いて賊克す、此の人は自己位を退かんと欲するを主り、第二年果たして旨を請いて郷に還れり。此の課は吉中に退を帯ぶ、前半段の昇遷と後半段の去り求むると同じ一課より出ず、関、関鍵は則ち貴人の踏む所の宮位及び龍神上下の向背に在り、読者は只だ初伝の吉象を看るべからず。
占験二・丁丑年楚省楊大司馬の何日に官を罷むを占う
占驗二、丁丑七月戊辰日丁巳時,淮陰蔡熙陽任漢中府時,占楚省楊大司馬何日罷官,連茹、別責,戌亥空、亥子落空。 空虎 青 午未申酉 常 龍勾 空龍 鬼 甲寅 蛇 勾 巳 戌 玄 午巳 未午 印 戊午 龍 六 辰 亥 陰 巳辰 午戊 印 戊午 龍 朱 卯寅丑子 后 蛇貴 斷:司馬尋入相出將矣。而以去任卜之,可乎?蓋因發用驛馬,太歲貴人居命,皆入相之征也。天罡加卯,靜有動機,況課傳天吏天馬全逢,干支上乘羊刃勾陳,出入將相無疑。戊寅六月,思宗召對稱旨,果入相;己卯歲督師討賊,果出將。 本命戊子,行年在卯。 楊嗣昌,(1588—1641年)湖南武陵人,故稱楚省,1641年(辛巳)畏罪自縊。
崇禎十年丁丑七月戊辰日丁巳時、淮陰の蔡熙熙陽は漢中府の任上に在り、湖広の楊大司馬の何れの一天官を罷むを占う。課体「連茹」兼ねて「別責」、本旬の空亡は戌亥に在り、天盤の亥・子は空亡宮の上に落つ。四課は是れ午の戊に加わり・未の午に加わり・巳の辰に加わり・午の巳に加わる。「三伝」寅・午・午、初伝甲寅は「螣蛇」を乗じて官鬼と為り、中末両伝皆な是れ戊午にして「青龍」を乗じて印綬と為る。断語に曰く、此の位の司馬は久しからずして則ち入りて朝に在りて相と為り・出でて将と為らんと要す、官を罷むを拿して彼を占うは、合適ならんや。発用の神は是れ「駅馬」を以て、太歳と貴人と又た彼の本命上に居るを以て、皆な是れ相に入るの征兆。「天罡」辰の卯上に加わるは、静中已に動機を含む。況んや課伝の裡の天吏・天馬は一応俱全し、日干日支上又た羊刃と「勾陳」とを乗ず、出将入相は疑問無きなり。崇禎十一年戊寅六月に到り、思宗は召見して奏対旨に称す、彼果たして閣に入りて相と為る。崇禎十二年己卯には師を督して賊を討ち、果たして出でて大将と為る。此の人の本命は戊子、行年は卯に在り。占う所の楊大司馬は則ち是れ楊嗣昌、万暦十六年(1588)に生れ、湖南武陵人、湖広は古は楚地に属す、故に書中は彼を楚省と称す。崇禎十四年辛巳(1641)、彼は兵敗罪を畏れて自縊せり。来る人の問う所は本より是れ官を罷むの日子、作者の答えるは却って是れ出将入相、此れ正に課象と来意と合せざる時一切は課象を以て準と為るの用法。
占験三・戊辰年少宗伯馬康荘の能く相に入るか否かを占う
占驗三、戊辰十二月庚寅日庚辰時,徽州汪仙民、邵無奇在京,占少宗伯馬康莊能入相否,涉害、顧祖,午未空、寅卯落空。 六勾 朱 卯辰巳午 青 玄后 六龍 鬼 甲午 龍 蛇 寅 未 空 戌子 辰午 印 壬辰 六 貴 丑 申 虎 子寅 午庚 財 庚寅 蛇 后 子亥戌酉 常 陰玄 斷:不但不能入相,且不日歸鄉。凡在朝為官占得顧祖,多不滿仕。又初中空亡,龍化為蛇,只宜猛省退步,且龍神克下,倘欲強進,定遭不足。後果枚卜不就,次年察處歸里。未久棄人間事從赤松子遊矣。 枚卜者,看能否做得宰相之意也。“顧祖空傳歸里門”,此課之謂也,觀陳分獻所占仕宦三課顧祖,皆以凶斷,可見此定論也,不可以末助初官論之。
崇禎元年戊辰十二月庚寅日庚辰時、徽州の汪仙民・邵無奇は京城に在り、少宗伯馬康荘の能く閣に入りて相と為るか否やを占う。課体「渉害」兼ねて「顧祖」、本旬の空亡は午未に在り、天盤の寅・卯は空亡宮の上に落つ。四課は是れ午の庚に加わり・辰の午に加わり・子の寅に加わり・戌の子に加わる。「三伝」午・辰・寅は節節倒退し、初伝甲午は「青龍」を乗じて官鬼と為り、中伝壬辰は「六合」を乗じて印綬と為り、末伝庚寅は「螣蛇」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、但だ閣に入る能わざるのみならず、而且多くの日ならずして則ち郷に還らんと要す。凡そ是れ朝に在りて官と為る人の顧祖課を占得するは、多半任期を満たすことを做る能わず。況んや初・中両伝又た空亡に落ち、青龍は螣蛇に化成せるをや、只だ当に猛然として省悟し・早く及びて歩を退くべし。龍神又た下に於いて克す、倘若強いて進取せんと要せば、一定に不足を招来せん。後来果たして枚卜成らず、第二年考察を被りて郷に回り、久しからずして則ち人間の事を抛開し、赤松子に随いて道を学びに往けり。注者曰く、謂う所の枚卜は、則ち是れ能く宰相を做るか否かを看るの意思。「顧祖空伝帰里門」は、講ずる所正に是れ此の一課。陳公献の占う所の仕宦門中に於いて三次顧祖課に遭うを看れば、皆な凶断を作す、以て此れ是れ定論を見るべく、末伝の初伝を生助するを拿して往きて升官と作りて論ずる能わず。顧祖の名は三伝の本宗を回顧するの意を取る、仕途の上に用いれば便ち是れ進まず反って退く。此の課の午辰寅は歩歩倒行し、又た空亡に逢う、退象已に十分明白なり、故に断語一たび口を開けば則ち日ならずして郷に帰ると説く。
占験四・丁丑年楊方壺太史の占いを索む
占驗四、丁丑十一月甲子日己巳時,雲間楊方壺太史自燕京抵揚索占,三交、元首、高蓋,戌亥空、未申落空。 朱六 蛇 寅卯辰巳 勾 龍常 白陰 子 庚午 龍 貴 丑 午 青 午酉 申亥 比 丁卯 朱 后 子 未 空 酉子 亥甲 父 甲子 后 陰 亥戌酉申 虎 玄常 斷:龍神發用無氣,又上克下,是以暫歸林下;明春祿馬生龍神(寅年寅月,寅為日祿驛馬,生龍神勝光),定然出山,由此位踐公卿。太史曰:星家云,十二月久利日,更有當塗雅薦。曰:前此何月不利?余曰:勾龍刑剋申酉,七八月間不利。曰:因何不利?答:嫌德蛇相加(蛇乘日德寅臨巳),有邪正同途之非。又問何如,曰:傳中太歲朱雀遙克年上貴人,必為門戶是非。太史遂默然。次年果起官,歷轉宮詹。 雲間者,上海古為松江府,別稱雲間。
崇禎十年丁丑十一月甲子日己巳時、雲間の楊方壺太史は燕京より揚州に到り、作者に向かい一課を求占す。課体「三交」兼ねて「元首」「高蓋」、本旬の空亡は戌亥に在り、天盤の未・申は空亡宮の上に落つ。四課は是れ亥の甲に加わり・申の亥に加わり・酉の子に加わり・午の酉に加わる。「三伝」午・卯・子、初伝庚午は「青龍」を乗じて子孫と為り、中伝丁卯は「朱雀」を乗じて兄弟と為り、末伝甲子は「天后」を乗じて父母と為る。断語に曰く、龍神発用して気無く、又た是れ上神の下神を克す、故に眼下須く暫時林下に帰隠すべし。明年春天に到りて禄神駅馬は来りて龍神を生ず。戊寅年寅月、寅は既に是れ甲日の禄神にして又た是れ駅馬、正好く初伝の勝光午を生ず。一定に重新して山を出づ、此に由りて公卿の列に躋身せん。太史曰く、星命家の講ず、十二月は長久に利有り、還た当権者の雅意挙薦有らん。作者反って問う、此の以前の何れの几個月か利ならず。自ら答えて曰く、勾陳と青龍とは申酉を刑克す、七八月の間は利ならず。太史は何を以て利ならざるやと問う、彼曰く、日徳と螣蛇と相加するを嫌う(螣蛇は日徳寅を乗じて巳上に臨む)、邪正同行の嫌有り。太史再び以後如何と問う、彼曰く、三伝中の太歳と朱雀とは行年上の貴人を遥克す、必定門戸党争の是非に困せらるるを為めんとす。太史は聴きて黙然として語らず。第二年彼果たして起復し、任を歴えて転じて宮詹の職に至れり。雲間は是れ上海の旧称、此の地は古は松江府に属す。此の課の妙は去・留・起・復の几層の意思を把りて月份と一一に対応するに在り。眼下の龍神気無きを以て当に帰隠すべく、明春の禄馬の龍を生ずるを以て当に山を出ずべく、中間の七八月は刑克に因りて利ならず、全て生克と神将の向背とより推し出す。
占験五・庚午年遅王両父師の入覲の占い
占驗五、庚午十二月丁未日庚戌時遲王兩父師偕予入覲,行到東門索占,八專、斬關,寅卯空、巳午落空。 貴后 蛇 申酉戌亥 陰 常后 常后 官 辛亥 陰 朱 未 子 玄 丑戌 丑戌 子 庚戌 后 六 午 丑 常 戌未 戌丁 子 庚戌 后 勾 巳辰卯寅 虎 青空 斷:所占必是顯宦。蓋發用官貴日德,而式中貴人又居歲君日祿旺位,斷非尋常之官。曰;此公將來何如?曰:不能久任。干支乘墓,祿馬空陷,又太陽入山(月將丑加戌),豈能久居廟堂?次年三月因言請歸。後知為大冢宰王射斗先生也。 干支乘墓,太陽落山,勢力已衰。祿馬空陷,則不可食此祿矣。此辨象而斷事,不以五行生剋為主也。
崇禎三年庚午十二月丁未日庚戌時、遅・王の両位の父師は作者と一同に京に進みて朝見し、東門に走り到る時一課を求占す。課体「八專」兼ねて「斬関」、本旬の空亡は寅卯に在り、天盤の巳・午は空亡宮の上に落つ。四課は是れ戌の丁に加わり・丑の戌に加わり・戌の未に加わり・丑の戌に加わる、日干日支同宮なり、故に八專を成す。「三伝」亥・戌・戌、初伝辛亥は「太陰」を乗じて官星と為り、中末両伝皆な是れ庚戌にして「天后」を乗じて子孫と為る。断語に曰く、占う所必定に是れ位の顕貴なる大官。発用の神は既に是れ官星貴神にして又た是れ日徳、課式中の貴人は還た太歳と日禄の旺位を占む、決して尋常の官職に非ず。人有りて問う、此の公は将来如何。彼曰く、能く久任する能わず。日干日支皆な墓神を乗じ、禄神駅馬又た空陥し、加うるに太陽の山に入るを以て(十二月の月将丑は戌上に加わる)、怎様に能く廟堂に久居せんや。第二年三月、此の人果たして事を言うに因りて里に帰るを請えり。後来乃ち占う所是れ大冢宰王射斗先生なるを知る。注者曰く、干支は墓を乗じ・太陽は山に落つるは、是れ勢力已に衰えたるの象。禄馬空陥すれば、則ち此の份の俸禄を喫い成る能わず。此れ是れ課象に憑りて来りて事を断ず、五行生克を以て主と為さず。官貴を占うに最も須く太陽月将の高下を看るべし。月将丑の戌上に加わるは、太陽已に山に入れり、縱令官星と徳神有りとも、亦た不過一時の光景、此の一層最も玩味するに値す。
占験六・丁丑年阮実夫の燕京に在りて事を言わざるの占い
占驗六、丁丑四月丙申日丁酉時,安慶阮實夫在燕京索占,不言所事,伏吟、玄胎,辰巳空、辰巳落空。六朱 勾 巳午未申 蛇 蛇蛇 勾勾 兄 乙巳 勾 青 辰 酉 貴 申申 巳巳 財 丙申 蛇 空 卯 戌 后 申申 巳丙 父 壬寅 虎 虎 寅丑子亥 陰 常玄 曰:仕途得此,主有臺省參劾,秋解任去,然繫何命?曰癸酉。此公必居相位,但不久矣。以太陽日貴臨命(月將從魁乘貴人居酉命),非相而何?獨嫌遞克伏吟丁馬,定有參劾行動之事。況太陽西墜,揮戈返景有幾人乎:後知為烏程溫首揆,占後果被論,秋月準馬驛而歸。(任信丁馬須言動,三傳遞克眾人欺,所以斷為參劾行動。) 首輔溫體仁,1628年誣陷錢謙益,1629年誣陷處死袁崇煥,入閣,《明史》列入奸臣類。
崇禎十年丁丑四月丙申日丁酉時、安慶の阮実夫は燕京に在りて占うを求む、却って問う所は何事なるかを説かず。課体「伏吟」兼ねて「玄胎」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の辰・巳も亦た空亡宮の上に落つ。天地盤は重畳し、四課は是れ巳の丙に加わり・巳の巳に加わり・申の申に加わり・申の申に加わる。「三伝」巳・申・寅、初伝乙巳は「勾陳」を乗じて兄弟と為り、中伝丙申は「螣蛇」を乗じて妻財と為り、末伝壬寅は「白虎」を乗じて父母と為る。作者曰く、官を做る人の此の一課を得るは、台諌参劾有るを主り、秋天便ち任を解きて去らんと要す。占う所の人は是れ何の本命なるかを知らず。答えて曰く癸酉。彼便ち曰く、此の公必定に位は宰相に居らん、但だし長久するを做る能わず。太陽月将は日貴を帯びて本命上に臨むを以て(月将「従魁」酉は貴人を乗じて酉命に居る)、是れ宰相に非ずして何ぞや。只だ嫌うは三伝の逓相克害し、又た是れ伏吟にして丁馬を帯ぶ、必定に参劾せられて奔走するの事有らん。況んや太陽已に西墜せるをや、能く戈を揮い日影を倒転せしむるの人は几人有らん。後来乃ち占う所是れ烏程の温首揆なるを知る、占うの後彼果たして弾劾を被り、秋天は駅馬の期に照らして帰去せり。注者曰く、丁馬は言語行動を主り、三伝逓克は衆人に欺凌せらるるを主る、故に参劾行動の事と断ず。此の位の首輔は則ち是れ温体仁、彼は崇禎元年(1628)に銭謙益を誣陥し、崇禎二年(1629)に袁崇煥を誣陥殺害し、因りて閣に入る、『明史』は彼を奸臣の一類に列入す。作者は并びに占う所何人なるかを知らざれども、却って先ず彼の位は宰輔に居るを断定す、憑る所正に是れ太陽月将と日貴との同じく本命の一處に落つる。
占験七・丙子年陸金吾の陳東明の江東に出師するを占う
占驗七、丙子二月辛巳日辛卯時,湖州陸金吾占總鎮陳東明奉命出師江東,元首、炎上,申酉空、辰巳落空。 勾六 青 丑寅卯辰 朱 玄青 勾貴 官 壬午 貴 空 子 巳 蛇 酉丑 寅午 財 戊寅 勾 虎 亥 午 貴 丑巳 午辛 印 甲戌 常 常 戌酉申未 后 玄陰 斷曰:春得炎上進氣,又合元首三奇,高爵宰官不復言矣。但干敗支墓且乘火鬼,天魁合中犯煞,易旅九三旅焚其次,喪其童僕,貞厲。不惟興師無濟,且有他虞。即官至卯年亦不見利。由卯上乘白虎驛馬,名為回馬。雖是剝官之煞,幸結貴木局生起初傳官星,故僅撤回討賊。庚辰太歲受克,子水司令制傷火局退位俱驗。 此課之切入點,在於合中犯煞,發用午火刑干害支,為凶兆。而吉凶之兆,不可全憑此處,看此蜜中之砒毒性如何。干敗支墓,貴履地網,驛馬加臨三合之地,不宜行動,故以凶斷之。 陳東明,總兵陳洪範。
崇禎九年丙子二月辛巳日辛卯時、湖州の陸金吾は総鎮陳東明の命を奉じて江東に出師するを占う。課体「元首」兼ねて「炎上」、本旬の空亡は申酉に在り、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ午の辛に加わり・寅の午に加わり・丑の巳に加わり・酉の丑に加わる。「三伝」午・寅・戌は合して火局を成し、初伝壬午は「貴人」を乗じて官星と為り、中伝戊寅は「勾陳」を乗じて妻財と為り、末伝甲戌は「太常」を乗じて印綬と為る。断語に曰く、春天に炎上課を得るは正に進気に当たり、又た元首と三奇とに合す、高官顕爵は本より更に説くを須いず。只だ是れ日干敗地・日支の墓に入り、又た火鬼を乗ず。「天魁」は合局の中に於いて凶煞を犯す、正に『周易・旅卦』の九三の説く所の「旅に次を焚き、童仆を喪い、貞にして厲なり」の如し。但だ出兵功無きのみならず、還た別に意外の患有らん、則ち官を做るも卯年に到りて亦た利を見ざらん。「回馬」と名づくるは、卯上に「白虎」と駅馬とを乗ずるを以て、本より是れ官職を剥奪するの凶煞。幸いなるは結成するの貴局木気は初伝の官星を生起す、故に只だ是れ撤回されて賊を討つるのみ。庚辰年に到りて太歳は克を受け・子水当令して火局を制傷して以て位を退く、皆な一一に応験せり。注者曰く、此の課の切入の處は合局の中に於いて煞を犯すに在り、発用の午火は日干を刑し日支を害す、是れ凶兆。但だし吉凶は只だ一處に憑るべからず、還た須く此の蜜中の砒の毒性の大小を看るべし。日干敗し・日支墓し、貴人は地網の上に踏み、駅馬又た三合の地に加臨す、皆な行動するに宜からず、故に凶と断ず。説く所の陳東明は、則ち是れ総兵陳洪範。此の課は是れ吉象の中に凶機を蔵するの様板。炎上火局は本より顕達を主る、一旦官星の乗ずる所の神の日干日支を刑冲せば、再び好き格局も亦た大きく打折扣を要す、軍旅の事を占うに尤も須く合局の中に於いて煞を尋ぬべし。
占験八・丁丑年阮胤平の八年講官枚卜を占う
占驗八、丁丑八月己未日戊辰時,經筵講官阮胤平曰:先日吳門申相公以八年講官拜相,吾今亦八年,枚卜如何,八專,子丑空、丑寅落空。 虎常 空 午未申酉 玄 玄常 玄常 比 己未 虎 青 巳 戌 陰 酉申 酉申 子 庚申 常 勾 辰 亥 后 申未 申己 子 庚申 常 六 卯寅丑子 貴 朱蛇 斷:太史雖有公卿推薦,恐不能也。蓋因日比虎刃自他處發用,突有秦人,任風憲兵刑之職者,不由詞館入閣;且中末干支年命俱見羅網,是秦晉梁益之人在中阻隔。又夜貴居本命,太史必賦歸來矣。後果黜。秦中薛國觀先生、蜀中劉宗伯入閣。
崇禎十年丁丑八月己未日戊辰時、経筵講官阮胤平曰く、従前呉門の申相公は八年の講官を做りて便ち相を拝せり、我如今亦た八年を満たせり、此の回の枚卜如何。課体「八專」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の丑・寅は空亡宮の上に落つ。四課は是れ申の己に加わり・酉の申に加わり・申の未に加わり・酉の申に加わる。「三伝」未・申・申、初伝己未は「白虎」を乗じて兄弟と為り、中末両伝皆な是れ庚申にして「太常」を乗じて子孫と為る。断語に曰く、太史は雖も公卿の推薦有るも、恐怕くは成らざらん。日の比肩は白虎羊刃を帯びて別處より発用し、突然一個の陜西人を冒出し、是れ風憲と兵刑の職を任ず、翰林院を経ずして径直に閣に入るを以てなり。加うるに中末両伝と日干日支・行年本命の上に皆な天羅地網を見るを以て、秦・晋・梁・益の一帯の人有りて中より阻隔するを説明す。又た夜貴は本命上に居る、太史必定に帰去来を賦せんと要す。後来果たして黜落せられ、閣に入りしは是れ関中の薛国観先生と蜀中の劉宗伯。八專課の要領は比肩の他處より発用するに在り、事は則ち別人の身上に帰す。再び未申両支の分野を以て推し出す阻隔の人は秦晋梁益より来れり、籍貫すら断出する能くするを連れり、此れ是れ六壬の分野を用いて人を推すの典型手法。
吳門申相公,申時行,長洲人,以萬曆年間繼張居正為首輔。 蓋仕宦忌羅網,以羅網為丁憂之象,主退職也。 八專課不從四課上發傳,而自他處發用,有驀然之意。未分秦地雍州,申分晉地(晉地為今山西地)梁州(為今陝西漢中、安康二地區及四川省),後梁又分出益州。 《六壬粹言》一例可參看。
説く所の呉門申相公は、則ち是れ申時行、長洲人、万暦年間に張居正の後を接ぎて首輔を做せり。仕途を占うに最も天羅地網を忌む、羅網は是れ丁憂守喪の象、退職離任を主る。八專課は四課上より三伝を取らずして、而して別處より発用す、事の突然より出ずるの意思を含有す。分野に按ずるに、未は秦地雍州に対応し、申は晋地(今の山西一帯)と梁州(今の陜西漢中・安康及び四川一帯)に対応す、後来梁州は又た益州を分出せり、故に秦・晋・梁・益の人の中より梗を作す有るを断ず。下面に『六壬粹言』中の一課を附録して以て参看すべし。
附例・庚辰年蕭季思の嵩太守の能く首府に調するか否かを占う
庚辰十二月己未日寅時子將,紹友蕭季思占施南府嵩菽圃太守能調首府否。 比 空丑 勾 父 丁巳 常 父 丁巳 常 空 常 空 常 卯 巳 卯 巳 巳 未 巳 己 空虎常玄 卯辰巳午 龍 寅 未 陰 勾 丑 申 后 子亥戌酉 六朱蛇貴 首府必為吳越人所得,太尊未必能調。然卻有別缺署理。且不至一次。蓋因日比月建自別處發用,丑為揚分,是以知為吳越人所得也。中末干支行年得五驛馬,又係皇恩,命上貴登天門,太歲月建,又生其命上神,是以有署理別缺。不止一次也,後果署理鹽法及督糧道事。首府丁公兆祺,江蘇人。
庚辰年十二月己未日寅時、子将を用い、紹興の友人蕭季思は施南府の嵩菽圃太守の能く首府に調任するか否かを占う。此の課は日干日支同宮にして八專を成し、四課は是れ巳の未に加わり・卯の巳に加わり・巳の未に加わり・卯の巳に加わる、天将は「太常」と「天空」とを見。「三伝」丑・巳・巳、初伝丑は既に是れ日の比肩にして又た旬空に逢りて「勾陳」を乗ず、中末両伝皆な是れ丁巳にして父母を作りて太常を乗ず。断語に曰く、首府の一職は必ず呉越人に得去せらるべし、此の位の太尊は未だ必ずしも調し成る能わず、但だし別に別の空缺有りて以て署理すべく、而且一次に止まらず。日の比肩又た月建を兼ぬるを以て、別處より発用す。丑は是れ揚州の分野、故に呉越人に得去せらるべきを知る。中末両伝は日干日支と行年の上に於いて五重の駅馬を凑成し、又た皇恩に系り、本命上の貴人は天門に登上し、太歳と月建と又た彼の本命上の神を生ず、故に別缺を署理するの事有り、且つ一回に止まらず。後来果たして鹽法と督糧道の事務を署理せり。首府の一職を得るは是れ丁兆祺公、江蘇人。此の一課は阮胤平彼の一課と機杼完全に相同じ、皆な是れ自己空に落ちて而して別人に由りて位を得る、正好く両相対看して、其の中の分別を参詳すべし。
據此課推,嵩太守為亥年生,行年在未。以上二課,皆是八專,比肩不從四課發用,故斷事屬他人。與納甲官臨應爻同斷,《畢法云》“兩貴皆空虛喜期”,亦有此意。 此二課,皆宜分兩段觀之。日比自別處發用,一段也,主己不得此職。中末之神,為干上神,則應己事矣。阮課中末太常洩氣,嵩課中末太常生我,太常者貴官也,形勢異矣。加之年命,高下立判。 嵩課亦末助初傳,但初空亡且是日比,故己無成而預於他人穎。故凡末助初傳者,或二次方成,或當時不得也。 此課宜深思之。
此の一課に照らして推算すれば、嵩太守は是れ亥年生人、行年は未に在り。以上の両課皆な八專に属し、比肩は四課より発用せず、故に事の別人に帰するを断ず。此れと納甲六爻中の官星の応爻に臨むの断法と相同じ、『畢法賦』の説く所の「両貴皆空虚喜期」も、亦た此の層の意思を含有す。此の両課は皆な応に分かちて両段と作りて看るべし。日の比肩の別處より発用するは是れ一段、自己此の職位を得る能わざるを主る。中末両伝は是れ日干上の神、則ち応に自己身上に在るべし。阮胤平彼の一課の中末の「太常」は我が気を泄す、嵩太守此の一課の中末の太常は却って来りて我を生ず、太常は本より是れ貴官の神、形勢則ち大きく相同じからず。再び年命を参照すれば、高下立刻に分明なり。嵩課も亦た是れ末伝の初伝を生助する、但だし初伝は既に空亡に落ち又た是れ日の比肩、故に自己は成らずして別人を成全せり。凡そ是れ末伝の初伝を生助するは、或いは須く第二次に乃ち成る、或いは当時得る能わず。此の一課は深思するに値す。学者は尤も当に初伝と中末両伝との断法上の分工を細辨すべし。
占験九・辛未年仇庸足の功名を占う
占驗九、辛未四月己未日戊辰時,東省兵長垣仇庸足先生占,八專、曲直,子丑空、辰巳落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 玄蛇 玄蛇 財 癸亥 蛇 勾 申 丑 后 卯亥 卯亥 鬼 乙卯 玄 青 未 寅 陰 亥未 亥己 兄 己未 龍 空 午巳辰卯 玄 虎常 斷:此課占功名,將來遠大,非常格也。傳將木局,官星崢嶸,喜本命丁馬恩星以化之,為逢凶化吉也。且木逢初夏,正在榮旺之時,又蛇化為龍,將來事業日新,功名顯赫,不待言矣。後歷任通州,擢南大司農、大司馬,請告歸里。
崇禎四年辛未四月己未日戊辰時、山東長垣の武官仇庸足先生は来りて占う。課体「八專」兼ねて「曲直」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ亥の己に加わり・卯の亥に加わり・亥の未に加わり・卯の亥に加わる。「三伝」亥・卯・未は合して木局を成し、初伝癸亥は「螣蛇」を乗じて妻財と為り、中伝乙卯は「玄武」を乗じて官鬼と為り、末伝己未は「青龍」を乗じて兄弟と為る。断語に曰く、此の一課の功名を占うは、将来必定遠大、是れ尋常の格局に非ず。三伝と天将とは結して木局を成し、官星高聳す。又た本命上に丁神駅馬と恩星と来りて化解するを喜ぶ、凶に逢いて吉に化するの象と成れり。況んや木の初夏に到るは正に栄旺の時に当たり、螣蛇又た青龍に変作す、将来事業日新・功名顕赫、彼れは是れ説くを用いざるなり。後来此の人は通州を任歴し、南京大司農・大司馬に擢升し、最後に辞を請いて郷に帰れり。此の課の留意すべきは両處有り。一は是れ八專雖も雑課に属すも、木局に逢りて時を得れば反って大器を成就す。二は是れ官鬼の玄武を乗ずるは本より善象に非ず、全く本命上の丁馬恩星に靠りて凶気を把りて化開す、以て年命の六壬断法の中に於ける分量の重きを見るべし。
占験十・癸酉年陳龍正の銭士升の能く相に入るか否かを占う
占驗十、癸酉七月甲寅日壬申時,浙嘉善諱龍正陳先生在京會試時,占同鄉少宗伯諱士升錢太史可能入相否,元首,子丑空、戌亥落空。 六勾 朱 卯辰巳午 青 玄后 玄后 財 壬戌 玄 蛇 寅 未 空 戌子 戌子 鬼 庚申 虎 貴 丑 申 虎 子寅 子甲 子 戊午 龍 后 子亥戌酉 常 陰玄 斷:發用干支旬空日敗,本不許入相。然餘終以入相許之。因中傳驛馬皇詔,末傳月將青龍,又歲建乘太常作官星加臨年命。經曰;太常入官鄉當朝執政,月將乘青龍片言入相。非宰執而何?嫌龍神克歲君(龍乘午克太歲酉),將來未必不獲意於君上而退位。後如其占。 據《明史》,南京禮部侍郎錢士升(1575—1652年)、以九月庚戌日升禮部尚書、東閣大學士,丙子年致仕。禮部尚書的職責類似於古代的“宗伯”,故尚書稱大宗伯,其副手侍郎稱少宗伯。
崇禎六年癸酉七月甲寅日壬申時、浙江嘉善の名は龍正の陳先生は京城の会試の期間、同郷の少宗伯・名は士升の銭太史の能く閣に入りて相と為るか否やを占う。課体「元首」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の戌・亥は空亡宮の上に落つ。四課は是れ子の甲に加わり・戌の子に加わり・子の寅に加わり・戌の子に加わる。「三伝」戌・申・午、初伝壬戌は「玄武」を乗じて妻財と為り、中伝庚申は「白虎」を乗じて官鬼と為り、末伝戊午は「青龍」を乗じて子孫と為る。断語に曰く、発用の神は日干日支上に於いて既に旬空に逢い又た日敗に値す、本より彼に相に入るを許すべからず、然而作者は終竟に入相を以て相許す。中伝は是れ駅馬にして又た皇詔を帯び、末伝は是れ月将にして青龍を乗じ、太歳又た「太常」を乗じて官星を作りて彼の年命上に加臨するを以てなり。経書の講ず、太常の官郷に入れば則ち当朝執政し、月将の青龍を乗ずれば則ち片言以て相に入るべし、此れ宰執に非ずして何ぞや。只だ嫌うは龍神の太歳を克する(青龍は午を乗じて太歳酉を克す)、将来難く君上の意に合せずして位を退かん。後来果たして彼の占うが如し。『明史』に拠れば、南京礼部侍郎銭士升(1575—1652)は九月庚戌日に礼部尚書・東閣大学士に升任し、丙子年に到りて致仕せり。礼部尚書の職掌は古の宗伯に近し、故に尚書は大宗伯と称し、彼の副手侍郎は便ち少宗伯と称す。此の課の最も功夫を見るの處は、是れ発用既に空且つ敗なるも而して作者は仍ほ敢えて以て入相を許す。彼は初伝の衰を取らずして、而して中末両伝の駅馬皇詔と月将青龍とを取り、再び太歳の太常を乗じて年命に加臨するを以て憑と為す。先ず用神の所在を看、再び年命の会する所を看、両相権衡して而る後に断を落とす、此れ正に陳公献の仕宦を断ずるの一貫の路数。
占験十一・癸酉年賀中怜の朝官去留を占う
占驗十一、癸酉二月甲子日己巳時,丹陽賀中憐先生居大寅臺時請占,反吟、玄胎、見機,戌亥空、辰巳落空。 蛇貴 朱 亥子丑寅 后 蛇虎 后龍 兄 丙寅 后 六 戌 卯 陰 子午 寅申 鬼 壬申 龍 勾 酉 辰 玄 午子 申甲 兄 丙寅 后 青 申未午巳 常 空虎 斷:朝官占此必主去位。賀曰:未去。曰:是何年生。己丑日。此必會狀之命,但不能久居於朝堂矣。蓋見任得夜貴即為不仕閒官也。況干支乘死絕,又德喪祿絕,四月尚有溫旨留,交秋必馳驛而去。朱雀月將加巳生日,我知其四月有溫旨相留。課傳二馬沖我,知其秋交馳驛而去。後知為宜興周首揆占。
崇禎六年癸酉二月甲子日己巳時、丹陽の賀中怜先生は大寅台の任上に在りて占うを請う。課体「反吟」兼ねて「玄胎」「見機」、本旬の空亡は戌亥に在り、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ申の甲に加わり・寅の申に加わり・午の子に加わり・子の午に加わる。「三伝」寅・申・寅、初末両伝皆な是れ丙寅にして「天后」を乗じて兄弟と為り、中伝壬申は「青龍」を乗じて官鬼と為る。断語に曰く、朝に在りて官と為る人の此の課を占得するは、必ず位を去るを主る。賀曰く、彼は還た走らず。作者は是れ何れの一年に生まれたるかと問う、答えて曰く己丑。彼便ち曰く、此れ必ず是れ会元・状元の一流の命、但だし能く朝堂に久居する能わず。現任の官員の夜貴を占得するを以て、則ち事を任任ぜざるの閑官と成れり。況んや日干日支皆な死絶の気を乗じ・日徳喪失し・禄神の絶に入るをや、四月の裡還た温言の聖旨の挽留有らん、一たび秋天に交れば必定駅を馳せて去らん。「朱雀」は月将を乗じて巳上に加わりて来りて日干を生ず、故に四月に温旨の相留する有るを知る。課伝中の両重の駅馬は我を冲す、故に秋天に駅を馳せて京を離るるを知る。後来乃ち占う所是れ宜興の周首揆なるを知る。此の一課は位を去るの月份すら断出せり。留まるは四月、去るは秋に交る、憑拠は分別に是れ巳上の朱雀の日を生ずると課伝中の両重の駅馬、以て同じ一課の裡の不同の神将は各々一段の時日を管するを見るべし。
由此例可知斷月令之法,學者識之。 宜興,縣名,在江蘇省。 周首輔,周延儒,公訟章占驗五亦是為此人所占,生年己丑,萬曆四十一年(1613)癸丑狀元,癸酉年行年在午。此課是歸鄉之占,因同黨溫體仁打擊,後復出仕,因欺上瞞下,於1643年癸未被賜死。 此課斷秋交,而公訟章斷六月後,說法略有不同,不知以何為是。據《明史》莊烈帝紀,六月庚辰日,周延儒致仕。 此課大勢,為德喪祿絕的四絕體,主凶。雖龍神居於日上,但不以吉論。且變體門中,未為幕貴,加於年上與加於日上同斷,在朝官不宜。 巳上朱雀亥水生日,故主有溫旨相留,雖乘月將但空,故只是虛與恩澤,溫旨而已。但為何突然說四月?以巳為占時先鋒,故言之,若巳不為之,則不可此斷矣。 二馬者,寅為驛馬沖干上龍神,申為天馬沖日干寄宮,干與干上神皆我之象也,故曰二馬沖我。
此の個の例子より月令を断ずるの方法を看出すべし、学者は当に記取すべし。宜興は是れ県名、江蘇省に在り。説く所の周首輔は則ち是れ周延儒。彼は己丑年に生れ、万暦四十一年癸丑(1613)に状元に中り、癸酉年の行年は午に在り、本書の公訟章占験五も亦た是れ彼の為めに占う所なり。此の一課の占う所は是れ郷に帰るの事、彼は同党温体仁の打撃に因りて職を去り、後来又た復出して官と為る、終に上を欺き下を瞞するに因りて、崇禎十六年癸未(1643)に死を賜えられり。此の課は秋に交ると断ず、公訟章は却って六月以後と断ず、両處の説法略々出入有り、何れの説か是と為すかを知らず。『明史・荘烈帝紀』に拠れば、六月庚辰日に周延儒は致仕せり。此の課の大勢は是れ日徳喪・日禄絶の四絶の体、凶を主る。雖も龍神の日干の上に居る有りとも、亦た吉論を作る能わず。而且変体門の説法に照らせば、未は是れ幕貴、行年上に加わるは日干上に加わると同じく断ず、朝に在るの官員は遇上すれば皆な相宜ならず。巳上の「朱雀」下の亥水は来りて日干を生ず、故に温旨の挽留有るを主る。只だ是れ其れ雖も月将を乗ずるも而して又た空に落つ、故に不過虚しく一点の恩沢・一道の温旨を給うのみ。何を以て忽然として四月に指定するや。巳は是れ占時の先鋒を以て、故に之に拠りて月を言う。若し巳は先鋒を作らざれば、便ち此の様に断ずる能わず。謂う所の両重の駅馬は、是れ寅は是れ駅馬にして日干上の龍神を冲し、申は是れ天馬にして日干の寄する所の宮を冲す。日干と日干上神と皆な是れ自身の象、故に両馬の我を冲すと説く。注者は両處の断法を把りて比对して講ず、正に人に応期は只だ一法に拠るべからずを明白せしめんと要す。
占験十二・戊子年趙福星の昇遷を占う
占驗十二、戊子四月丙子日壬辰時,予住金陵時,東省孫興功老師占左方伯趙福星公祖何日升遷,知一、反吟,申酉空、寅卯落空。 后陰 貴 亥子丑寅 玄 后龍 空貴 比 壬午 龍 蛇 戌 卯 常 子午 巳亥 鬼 丙子 后 朱 酉 辰 虎 午子 亥丙 比 壬午 龍 六 申未午巳 空 勾青 斷:在仕者占得此課,不惟官難滿任,且有意外之憂。何言之?龍神乘旺氣發用,理應升遷,但惡太歲作鬼,沖剋青龍,驚災所不免。且財官祿馬俱入空絕,意外之虞必應。六月升揚州撫臺,餘自嘆所占不驗,未幾疽發於背而死。餘然後信其數之莫能逃也。 越福星,清廷之鳳陽巡撫。
清順治五年戊子四月丙子日壬辰時、作者は金陵に住し、山東の孫興功老師は左布政使趙福星公祖の何れの一天昇遷するかを占う。課体「知一」兼ねて「反吟」、本旬の空亡は申酉に在り、天盤の寅・卯は空亡宮の上に落つ。四課は是れ亥の丙に加わり・巳の亥に加わり・午の子に加わり・子の午に加わる。「三伝」午・子・午、初末両伝皆な是れ壬午にして「青龍」を乗じて比肩と為り、中伝丙子は「天后」を乗じて官鬼と為る。断語に曰く、官を做る人の此の課を占得するは、但だ官の任期を満たすことを做る能わざるのみならず、還た意外の憂有らん。何を以て見得するや。龍神は旺気を乗じて発用す、理に照らせば当に昇遷すべし、悪うは是れ太歳の官鬼を作りて来りて青龍を冲克す、惊恐災禍免れ難し。加うるに財・官・禄・馬皆な空亡と絶地とに落ち進むを以て、意外の患必定応験せん。六月の裡此の人果たして揚州撫台に升れり、作者還た自ら占う所の霊ならざるを嘆ず、久しからずして彼則ち背に疽を生じて死す、作者此に至りて乃ち定数は逃れ去る能わざるを信ず。文中の「越福星」は当に趙福星と作るべく、是れ清廷の鳳陽巡撫。此れ是れ全書の少見の失手の例、作者も亦た言うを諱まず。課中の龍神は旺を乗じて発用す、本より是れ昇遷の象、彼は却って財官禄馬倶に空絶に落つるに因りて意外の憂有るを断ず。結果昇遷は応じ、凶事も亦た応ぜり。六月果たして升任し、随即に背疽して死す。吉凶両象は同じ一課に見ゆ、取舎の難しきは此に由りて見るべし。
此課是陳公獻失手的課例之一。實則龍神乘午為進氣,以巳月午為進氣,日上貴人,德祿臨月建入天門,升官之兆也。為何斷六月?以返吟六沖,太歲子水沖龍神,未上丑合子不沖龍神也。 在仕者得返吟,多不滿任。 但吉中藏凶,此課德喪。祿絕,驛馬空陷,太歲又制龍神,故凶。但凶時必在冬月水旺之時。 由此可知,縱太歲在一年中亦要乘旺時方有作用,“變”之一詞,有過程之意,則變死為活矣,宜深思之。
此れ是れ陳公献の失手するの課例の一。其の実龍神の午を乗ずるは正に進気に当たる。巳月の裡午は是れ進気。日干上又た貴人有り、日徳日禄は月建に臨着して天門に入る、皆な是れ官を升るの兆。何を以て六月に断ずるや。反吟は六冲を主るを以て、太歳子水は本より龍神を冲克す、未月に到りて、未上の丑は子と相合し、則ち更に龍神を冲せず。官を做る人の反吟課を得るは、多半任を満たすことを做る能わず。但だし吉中に凶を蔵す。此の課は日徳喪失し・日禄の絶に入り・駅馬空陥し、太歳又た龍神を制伏す、故に終帰は是れ凶。只だ是れ凶事は応するは冬月の水旺するの時。此に由りて知るべし、便ち是れ太歳なるも、一年の中に於いて亦た須く旺時を乗じて乃ち作用を起こすべし。「変」此の個の字は過程の意を含有す、此の一層を懂得せば、死法は則ち活に変ず、深思するに値す。注者の此の一段の辨析は、正に是れ只だ太歳を看て而して時令を看ざるの偏失を矯正せんと要するなり。
占験十三・丁丑年李括蒼太史の枚卜を占う
占驗十三、丁丑七月甲戌日己巳時,浣中阮胤平太史占經筵講官曲沃李括蒼太史枚卜如何,重審、升階,申酉空、酉戌落空。 空虎 青 午未申酉 常 后陰 六朱 財 庚辰 六 勾 巳 戌 玄 子亥 辰卯 子 辛巳 勾 六 辰 亥 陰 亥戌 卯甲 比 壬午 龍 朱 卯寅丑子 后 蛇貴 斷:太史將來大拜,目今未可得,還有丁艱事。劉曰:其人無父母,如何丁艱。答曰;仕宦逢羅網,主有此應,日下未得入相者,蓋嫌初傳辰卯相害,中傳勾陳脫氣,喜末傳月將青龍,是以將來可。後屢次枚卜,未點入閣,己卯丁庶艱,至癸未冬始入閣,奉命督師討賊。
崇禎十年丁丑七月甲戌日己巳時、浣中の阮胤平太史は経筵講官・曲沃人李括蒼太史の枚卜如何を占う。課体「重審」兼ねて「升階」、本旬の空亡は申酉に在り、天盤の酉・戌は空亡宮の上に落つ。四課は是れ卯の甲に加わり・辰の卯に加わり・亥の戌に加わり・子の亥に加わる。「三伝」辰・巳・午は節節上昇し、初伝庚辰は「六合」を乗じて妻財と為り、中伝辛巳は「勾陳」を乗じて子孫と為り、末伝壬午は「青龍」を乗じて比肩と為る。断語に曰く、此の位の太史は将来会して大拝して相と為らん、眼下還た得る能わず、中間還た丁憂の事有らん。劉某曰く、彼の父母皆な在らざれり、怎様に会して丁憂せんや。答えて曰く、官を做る人の課中に天羅地網に逢えば、則ち此の様の応験有らん。眼下閣に入る能わざるは、是れ初伝辰と卯と相害し・中伝勾陳の気を泄するを嫌う。喜ぶ所は末伝は是れ月将にして青龍を乗ず、故に将来成るべし。後来彼は屡次枚卜に参加せども皆な内閣に点入せられず、己卯年に庶母の喪に遭い、直に癸未年の冬天に到りて乃ち閣に入り、并びに命を奉じて師を督して賊を討てり。此の課の断ずるに極めて准なる一處は、是れ父母有りて丁憂すべき無きの情形の下に於いて仍ほ丁艱の事有るを断ず、憑る所は只だ是れ仕宦課中の天羅地網。後来庶母の喪に応ず、以て羅網の主る所は是れ退職守制此の一類の事を見るべく、并びに専ら親生の父母を指さず。
李建泰,曲沃人,天啟五年(1626丙寅年)進士,歷官國子祭酒,頗著聲望,祟禎十六年(癸未)五月擢吏部右侍郎,十一月辛亥以本官兼東閣大學士。十七年(甲申)春正月(庚寅朔),李自成逼山西,建泰慮鄉邦被禍,而家富於貲,可藉以佐軍,庚子日自請措餉治兵討賊,許之。乙卯,幸正陽門樓,餞李建泰出師。建泰以宰輔督師,兵食並絀,止五百人,甫出都,則曲沃已破,家貲盡沒,驚怛而病,抵保定,農民軍破城,自刎不殊,被執。後清召為內院大學士,未幾罷歸。姜反大同,據太平遙應之,兵敗被擒,伏誅。
占う所の李括蒼は則ち是れ李建泰、山西曲沃人、天啓五年丙寅(1626)に進士に中り、国子祭酒を任歴し、声望頗る著わし。崇禎十六年癸未五月、彼は吏部右侍郎に升任し、十一月辛亥日に本官を以て東閣大学士を兼ぬ。十七年甲申春正月庚寅朔、李自成の軍隊は山西に逼近し、李建泰は家郷の禍に遭うを擔心し、又た自家の資財豊厚にして以て軍を助くるべきを想到し、便ち庚子日に餉を籌め兵を練して賊を討たんを自請せり、皇帝は之を准せり。乙卯日、崇禎は正陽門楼に親臨して彼の為めに餞行して出師せしめり。彼は宰輔の身を以て師を督す、兵力と糧餉と皆な足らず、随行は只だ五百人。剛に京城を出づるに、曲沃已に失守せり、家産尽数没入せられ、彼は惊惧して病と成り、保定に走り到り、農民軍は城池を攻破し、彼は自刎して未だ死なざるに擒えられり。後来清朝は彼を召して内院大学士を做らしめ、久しからず官を罷めて郷に帰れり。姜瓖は大同に於いて清に反し、彼は太平県を占拠して遥かに相呼応す、兵敗れて擒えられ、法に伏して処死せらる。陳公献の断ずる所の大拝と丁艱との両件の事は、彼の一生行事の中に於いて皆な一一に実處に落着せり。
占験十四・丁丑年袁副鯨鄭玄岳の枚卜を占う
占驗十四、丁丑八月丙申日癸巳時,浣中阮胤平太史占楚省袁副鯨及同鄉大司空鄭玄嶽兩先生枚卜如何,伏吟、玄胎,辰巳空、辰巳落空。 虎常 空 巳午未申 玄 玄玄 空空 比 乙巳 空 青 辰 酉 陰 申申 巳巳 財 丙申 玄 勾 卯 戌 后 申申 巳丙 父 壬寅 六 六 寅丑子亥 貴 朱蛇 斷:兩公俱不能入相,且主臺省彈劾而回。何也?蓋三傳遞互刑剋,全無和洽之氣,剛日伏吟見馬,歸象已現。此非臺省有言而何?後兩公枚卜不果,袁公當被參去,鄭公為欽仵 獄擬罪而歸。因鄭命見地網日墓,是以罹禍尤重。
崇禎十年丁丑八月丙申日癸巳時、浣中の阮胤平太史は湖広の袁副鯨と同郷の大司空鄭玄岳との両位先生の枚卜如何を占う。課体「伏吟」兼ねて「玄胎」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の辰・巳も亦た空亡宮の上に落つ。天地盤重畳し、四課は是れ巳の丙に加わり・巳の巳に加わり・申の申に加わり・申の申に加わる。「三伝」巳・申・寅、初伝乙巳は「天空」を乗じて比肩と為り、中伝丙申は「玄武」を乗じて妻財と為り、末伝壬寅は「六合」を乗じて父母と為る。断語に曰く、両位皆な閣に入る能わず、而且台諌に弾劾せられて回るを主る。是れ何を為めにするや。三伝の彼此逓相刑克するは、全く和洽の気無し。陽剛の日は伏吟を得て而も又た駅馬を見るは、帰去の象已に顕現せり、此れ台諌に話の説く有るに非ずして何ぞや。後来両位の枚卜皆な結果無く、袁公は参劾を被りて去り、鄭公は欽定を被りて獄に入り罪を擬して帰れり。鄭の本命上に地網を見て又た日墓に逢うを以て、故に禍に遭うこと尤も重し。同じ一天の裡に連れて両人を占いて而して軽重を分け出すは、用うる所は是れ各人の本命の臨む所の宮位。袁公は不過参せられて去るのみ、鄭公は本命既に地網を見て又た日墓に逢う、則ち獄に下りて罪を擬するの地步に落着せり。伏吟は本より静にして動かざるを主る、一旦駅馬を帯びれば、静極まりて動を思う、反って職を去り郷に還るの象と成る。
凡占仕,三傳遞克是大凶之象。此課縱發用德祿月將,但旬空乘空,空之極矣。此太陽又非在夜方,但竟一毫無用,可見月將不空之說,大謬也,切記,切記! 由課推論鄭率嶽為戌年生,陰神戌乘天后,戌為地獄,戌為陰暗滯凝之神,黑暗何如之也。
凡そ是れ仕途を占うに、三伝逓相克は是れ大凶の象。此の一一課の発用は雖も日徳・日禄と月将とを帯ぶるも、可も其れ既に旬空に落ち、乗ずる所の天将又た是れ天空、空極まる處に到れり。此の個の太陽月将も亦た夜方に在らず、却って竟然として一点の用處も皆な無し、以て「月将不空」の説法は大錯特錯を見るべく、務めて牢記すべし。課に照らして推論すれば、鄭玄岳は是れ戌年生人、本命の陰神戌は「天后」を乗ず。戌は是れ地獄の位、又た是れ陰暗凝滞の神、彼の境況の黑暗は以て想うべし。
占験十五・甲申年藩鎮黄虎山の功名を占う
占驗十五、甲申十月辛亥日丁亥時,予在無為州時,長兄公明占藩鎮黃虎山功名,知一、曲直,子丑空、辰巳落空。 勾六 青 酉戌亥子 朱 虎后 常貴 父 丁未 虎 空 申 丑 蛇 未卯 午寅 子 辛亥 六 虎 未 寅 貴 卯亥 寅辛 財 乙卯 后 常 午巳辰卯 后 玄陰 斷:據此課,藩臺不得善後矣。蓋課中干乘絕氣,支見死神,兩貴空亡,祿神受制,功名安得久長。且官得空矣,誰與居位?營壘空矣,(支上卯空)誰與禦侮?財星空矣,誰與生官?況太陽西墜,桑榆之返照無多。冬木逢空,腐朽之折傷必應;歲在大梁,餘言必驗。何故也?明歲行年酉為自刑,破壞木局,次年五月御敵自刎。
崇禎十七年甲申十月辛亥日丁亥時、作者は無為州に在り、長兄公明は藩鎮黄虎山の功名を占う。課体「知一」兼ねて「曲直」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ寅の辛に加わり・午の寅に加わり・卯の亥に加わり・未の卯に加わる。「三伝」未・亥・卯は合して木局を成し、初伝丁未は「白虎」を乗じて父母と為り、中伝辛亥は「六合」を乗じて子孫と為り、末伝乙卯は「天后」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、此の一課に照らせば、此の位の藩台は善終を得ず。課中の日干は絶気を乗じ、日支は死神を見、両位の貴人皆な空亡に落ち、禄神又た制を受く、功名は怎様に能く長久せんや。官星空なれば、誰か来りて位に居らん。営塁空なれば(日支上の卯は空に落つ)、誰か来りて外侮を抵禦せん。財星空なれば、誰か来りて官を生ぜん。況んや太陽西墜し、桑楡の返照已に多からざるをや。冬天の木又た空に逢う、腐朽折傷必定応験せん。太歳は大梁の次に行到す、我が話一定に霊験せん。是れ何を為めにするや。明年の行年は酉に在り、酉は是れ自刑、課中の木局を破壊す。第二年五月、此の人果たして敵を御ぐる時自刎せり。此の課は官星・営塁・財爻の三處の空亡を把りて逐一に点出し、再び太陽西墜・冬木の空に逢うを以て総束と作し、層層皆な一個の敗の字に指向す。末了又た行年自刑を用いて応期を定出す、是れ全章の中に於いて断法最も厳密なる一例。
支為營,支陰為士卒,發用乘虎,雖生干,《畢法》云“虎乘遁反殃非淺”、“金日逢丁凶禍動”,變吉為凶。所以部下叛變,只得自刎。凡支陰克支者,均為屬下害主之象。 黃虎山,總兵黃得功也,封伯爵。1645年6月3日夜,弘光皇帝帶著少數人秘密出城,向西南方向蕪湖附近的黃得功駐地逃去。6月16日在蕪湖的弘光皇帝和留下來的少數支持者打算去杭州。但他還沒來得及動身,劉良佐就領著一支清軍到了。黃得功由於部下的背叛和受了重傷而自殺,皇帝被劉良佐捉去。 占課不知一葉障目,要看方方面面,方可斷之。占功名,干為我,支為宅,貴人為貴氣,祿神為傣祿。 大梁,黃道十二宮之一,對應地支為酉。
日支は営塁を代表し、支の陰神は士卒を代表す。発用の神の「白虎」を乗ずるは、雖も日干を生ずるも、但だし『畢法賦』に曰く「虎乗遁反殃非浅」「金日逢丁凶禍動」、吉は反って変じて凶と為る、故に部下叛変し、彼は只だ得て自刎すのみ。凡そ是れ支の陰神の日支を克するは、皆な是れ属下の主帥を加害するの象。黄虎山は則ち是れ総兵黄得功、伯爵に受封す。弘光元年(1645)六月三日の夜、弘光皇帝は少数の随従を帯びて秘密に城を出で、西南方向の蕪湖附近の黄得功の駐地に往きて逃げ往けり。六月十六日、蕪湖に在るの弘光皇帝と留まるの少数の支持者とは転じて杭州に往かんと打算し、還た動身するに及ばずして、劉良佐は則ち一支の清軍を領して趕到せり。黄得功は部下の背叛に因りて又た身に重傷を受けて自殺し、皇帝は劉良佐に擒去せらる。課を占うに一葉に目を障げらるべからず、須く各方面皆な看到して乃ち断語を下すべし。功名を占うに、日干は是れ自身、日支は是れ居所、貴人は貴気を代表し、禄神は俸禄を代表す。大梁は是れ黄道十二次の一、対応するの地支は是れ酉。此の一案の教訓は是れ発用の神雖も日干を生ずるも、若し乗ずる所の天将凶にして又た丁神に逢えば、生も亦た変じて害と為る。軍旅の事を占うに尤も須く支の陰神と日支との関係を看るべし、彼れ正に是れ部下と主帥との向背の所在なり。
占験十六・辛未年梁大司馬の冢宰に推せらるるを占う
占驗十六、辛未四月丁酉日癸卯時,同鄉彭城衛經歷劉一純占梁大司馬推冢宰可允否,重審、斬關,辰巳空、亥子落空。 朱六 蛇 子丑寅卯 勾 貴龍 陰六 鬼 己亥 貴 貴 亥 辰 青 亥辰 酉寅 比 甲午 虎 后 戌 巳 空 辰酉 寅丁 子 辛丑 朱 陰 酉申未午 虎 玄常 斷:不惟不遷,尋常退位。蓋日馬坐墓庫,祿神臨絕地,傳將又逆行故耳。況命上官貴履天羅,年上蛇做日鬼,交夏月應有一番風波。幸官鬼俱空,官祿退位卻無大咎。後以浙省大行水公參劾,請告而退。東省萬公名應斗者,在辰時壬申又占此,亦逮問擬罪而回。
崇禎四年辛未四月丁酉日癸卯時、同郷の彭城衛経歴劉一純は梁大司馬の推挙を被りて冢宰と為るの能く獲准するか否かを占う。課体「重審」兼ねて「斬関」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の亥・子は空亡宮の上に落つ。四課は是れ寅の丁に加わり・酉の寅に加わり・辰の酉に加わり・亥の辰に加わる。「三伝」亥・午・丑、初伝己亥は「貴人」を乗じて官鬼と為り、中伝甲午は「白虎」を乗じて比肩と為り、末伝辛丑は「朱雀」を乗じて子孫と為る。断語に曰く、但だ升る能わざるのみならず、而且久しからずして則ち位を退かんと要す。日の駅馬は墓庫の裡に坐し、禄神は絶地に臨み、三伝と天将と又た是れ逆行を以てなり。況んや本命上の官貴は天羅を踏み、行年上の螣蛇は日鬼を做るをや、一たび夏月に交れば応に一番の風波有るべし。幸いなるは官鬼皆な空に落つ、雖も位を退くも而して大禍無し。後来彼は浙江の大行水公に参劾を被り、辞を請いて退けり。山東に位の名は応斗の万公有りて、辰時壬申日に於いても亦た此の一課を占得し、同じく是れ逮問を被りて罪を擬して回れり。両人は同じく一課を得て而して同じく一事に応ず、以て課象は一たび経て定下せられれば、占う所の人雖も異なれども応験相同じきを見るべし。此の課の関鍵は全く官貴の墓に入ると禄馬の地を失うとの此の両處に在り、凡そ昇遷を占うに最も此の如くなるを忌む。
占升遷之要者,日干是否落空受克、日官貴、日祿、日馬、龍常如何。今發用官貴,看似吉利,但亥加於辰,是官、德、馬、貴皆和墓,不能為我所用也。官貴加天羅為退位得罪之徵。故不能升遷而有災。 本命在辰,行年在巳,巳上鬼乘蛇,被太歲克而害,亦主官職發生變化。變化於何時?子臨巳上,巳月有災。故“交夏月應有一番風波”。 《畢法》云“天羅自裹己招非”,此課梁之本命即是官鬼之墓,意義接近,亦是自找麻煩,自投網羅。
昇遷を占うの要点は、日干に落空受克有るか無きか、及び日の官貴・日禄・日馬と青龍太常と各處是れ何の状態なるかに在り。此の一課の発用するは是れ官貴、看るに吉利に似る、但だし亥の辰上に加わるは、官星・日徳・駅馬・貴人の一斉に墓に進む、皆な能く我が用と為る能わず。官貴の天羅の上に加わるは、正に是れ位を退きて罪を獲るの征兆、故に官を升る能わずして反って災有り。此の人の本命は辰に在り、行年は巳に在り、巳上の官鬼は螣蛇を乗じ、又た太歳に克害せられ、亦た官職の変動を発生せんと要するを主る。何れの時に変ずるや。子の巳上に臨むは、巳月便ち災有らん、故に夏月に交れば応に一番の風波有るべしと説く。『畢法賦』に曰く「天羅自ら己を裹めて招非す」、此の課中の梁公の本命は恰好則ち是れ官鬼の墓、意思相近し、同じく是れ自ら麻煩を找め・自ら羅網に投ず。本命は恰好官鬼の墓と相合す、是れ此の課の最も要緊なる一處の眼目。
梁廷棟,鄢陵人。萬曆四十七年進士,崇禎(辛巳)三年正月特召掌兵部事。廷臣見其驟用,心嫉之。給事中陳良訓首刺之,同官陶崇道其不知兵,崇禎帝不納。五月,永平四城復,賞廷棟調度功,加太子少保,世蔭錦衣僉事。其秋,以兵食不足加賦,得戶部尚書畢自肅助,得錢眾而海內怨,然帝無不從。後給事中葛應斗劾御史袁革納參將胡宗明金,請囑兵部。廷棟亦劾袁某及錦衣衛張某賄狀,二人下獄。並去吏部尚書王永光,以己代之。御史水佳胤者,經勳郡人,劾交接奸人,納賄營私,廷棟疏辯求去,帝猶慰留。有安國棟者,初以通判主插漢撫賞事,廷棟薦其才,特擢職方主事,仍主撫賞,頗為奸利。廷棟庇之,後佳胤坐他事左遷行人司副,復上疏發兩人交通狀,並列其賄鬻將領事,事俱有跡,廷棟危甚,賴中人左右之,得閉往去,能熊某代。八年又為兵部佳郎及右都御史,代總宣大,九年七月兵敗,服大黃藥,數月而死。法司定罪坐大辟,以死不究。
占う所の梁大司馬は則ち是れ梁廷棟、河南鄢陵人、万暦四十七年の進士、崇禎三年正月に特旨を被りて召して来りて兵部を執掌せしめらる。朝臣は彼の驟然に重用せらるるを見て、心の裡嫉妒す。給事中陳良訓は首先に彼を弾劾し、同僚の陶崇道も亦た彼の軍事を懂せざるを説く、崇禎帝は皆な採納せざりき。当年五月永平四城は収復せられ、朝廷は彼の調度有功を嘉奖し、太子少保を加え、世に錦衣衛僉事を蔭せり。彼の年の秋天は兵餉不足に因りて賦税を加派し、戸部尚書畢自粛の支持を得、銭は是れ収め上げられたれども、海内は却って怨声道に載せり、皇帝は仍然として一概に照准せり。後来給事中葛応斗は御史袁某の参将胡宗明の賄金を収受し・人の為めに兵部に向かい関説するを弾劾す。梁廷棟も亦た反って袁某と錦衣衛張某との賄を受くるの情状を弾劾し、両人皆な獄に下され、彼又た吏部尚書王永光を挤走せしめ、自己に由りて之に取代せり。御史水佳胤は是れ経勲郡人、彼の奸人と結交し・賄を納れて私を営むを弾劾す、梁廷棟は疏を上げて弁解して職を去らんを請求す、皇帝は還た是れ彼を慰留せり。一個の安国棟有りて、起初は通判を以て插漢部に対する撫賞事務を主管し、梁廷棟は彼の才有りを薦め、特意に職方主事に提拔し、仍ほ撫賞を管せしめ、中より大肆に牟利す、梁廷棟は一直に彼を庇護せり。後来水佳胤は別の事に因りて行人司副に降せられ、又た疏を上げて両人の結託を掲発し・并びに彼らの将領を賄売するの情形を列挙す、件件皆な跡の查べる可き有り、梁廷棟の処境十分危険なり、宦官の中より周旋するに靠りて、乃ち閉門して職を去るを得、熊某に由りて接替せらる。崇禎八年彼又た兵部侍郎兼右都御史に出任し、宣府大同一帯を代管し、九年七月に兵敗れ、大黄の薬を服し、几個月の後に死去せり。法司は罪を定めて本当に斬に処すべしと雖も、人已に死せるに因りて更に追究せず。
占験十七・戊寅年王昌時の占いを索む
占驗十七、戊寅三月丙寅日辛卯時,東省沂州諱昌時王大行來燕京寓中索占,知一、涉害、周遍,戌亥空、巳午落空。 朱六 蛇 子丑寅卯 勾 青陰 常蛇 子 甲子 蛇 貴 亥 辰 青 辰酉 未子 父 辛未 常 后 戌 巳 空 酉寅 子丙 財 丙寅 六 陰 酉申未午 虎 玄常 斷:在朝官占得此課,主有臺省參劾。蓋因官貴履天羅之地,祿馬入空墓之鄉。且身宅坐墓,必自甘受人欺紿,終難解脫。又傳將逆行,仕途得此理應請告而退,否則必掛彈章矣。後知為田大冢宰而占。果如其言,伊子仍被逮下獄。
崇禎十一年戊寅三月丙寅日辛卯時、山東沂州の名は昌時の王大行は燕京の寓所に到りて占うを求む。課体「知一」兼ねて「渉害」「周遍」、本旬の空亡は戌亥に在り、天盤の巳・午は空亡宮の上に落つ。四課は是れ子の丙に加わり・未の子に加わり・酉の寅に加わり・辰の酉に加わる。「三伝」子・未・寅、初伝甲子は「螣蛇」を乗じて子孫と為り、中伝辛未は「太常」を乗じて父母と為り、末伝丙寅は「六合」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、朝に在るの官員の此の一課を占得するは、台諌参劾有るを主る。官貴は天羅の地を踏み、禄神駅馬は空亡と墓庫の郷とに落ち進むを以てなり。自身と居所と又た皆な墓に坐す、必定に甘心して人の欺蒙を受け、終竟解脱し難し。加うるに三伝天将逆行するを以て、仕途は此れを得、理に応に病を告げて引退すべく、否るれば一定に弾章に掛けらるべし。後来乃ち是れ田大冢宰の為めに占う所なるを知る、結果果たして其の言の如し、連れて彼の児子も亦た逮捕を被りて獄に下せらる。作者は事先に并びに占う所何人なるかを知らざれども、只だ課象に憑りて便ち台諌参劾と自甘受欺との両層の意思を断出せり、後来田大冢宰の身上に於いて一一に応験す。三伝逆行・官貴の網を履み・禄馬の墓に入る、此の三条は一處に凑れば、仕宦門の裡に於いて幾ほど退職せざる無し。
“傳將遞克防諍章”,“三傳遞克眾人欺”,三傳遞剋日干大不吉之象。占官祿要看官、祿、龍、常、日、馬,今官亥貴人入辰庫,祿巳加戌入墓地網,龍常入日陰辰陰洩干氣克官星,在上之人反對我升遷。《畢法》云“人宅坐墓甘昏晦”,主自甘受人欺紿。今傳內六合又俯仰仇丘,故子孫亦不利,因而伊子仍被逮下獄。
歌訣に曰く「伝将逓克防諍章」「三伝逓克衆人欺」、三伝の逓相克傷するは是れ大不吉の象。官禄を占うに須く官星・禄神・青龍・太常・日干と駅馬との此の几處を看るべし。此の課の官星亥は貴人を帯びて辰庫に進み、禄神巳は戌上に加わりて墓に入り地網に入り、青龍太常は日の陰神と支の陰神の上に落ち、既に日干の気を泄し又た官星を克す、上頭の人は我が昇遷に反対するを説明す。『畢法賦』に曰く「人宅坐墓甘昏晦」、自ら甘んじて人の蒙騙を受くるを主る。加うるに三伝の中の「六合」は又た俯仰皆な仇敵に遇うを以て、故に子孫の一輩も亦た利ならず、因りて彼の児子は還た是れ逮捕を被りて獄に下せられり。
占験十八・壬午年僧人と丙午命人と偕に占いを索む
占驗十八、壬午九月丁亥日丁未時,予住埂子街,一僧人偕十餘人相顧,丙午命人索占,元首、玄胎,午未空、卯辰落空。 勾青 六 寅卯辰巳 空 空玄 朱龍 比 癸巳 空 朱 丑 午 虎 巳申 丑辰 父 庚寅 六 蛇 子 未 常 申亥 辰丁 鬼 丁亥 貴 貴 亥戌酉申 玄 后陰 斷:來意必為功名,公乃未年甲榜。曰然。蓋因貴德官星臨年,月將青龍居丁,且羊角相加,故應未年高第。曰:該做京官做外官。曰:歲居干後,日生青龍,理宜先京城而後外任;嫌身祿不得地。此去身不安而祿不養,況歲君臨嗔怒之所,此番當為國家起見耳。後知為吳門錢大鶴先生也。李賊破京遂歸。
崇禎十五年壬午九月丁亥日丁未時、作者は埂子街に住し、一個の僧人は十余人を帯びて来訪し、其の中の丙午年生の一位は占うを求めり。課体「元首」兼ねて「玄胎」、本旬の空亡は午未に在り、天盤の卯・辰は空亡宮の上に落つ。四課は是れ辰の丁に加わり・丑の辰に加わり・申の亥に加わり・巳の申に加わる。「三伝」巳・寅・亥、初伝癸巳は「天空」を乗じて比肩と為り、中伝庚寅は「六合」を乗じて父母と為り、末伝丁亥は「貴人」を乗じて官鬼と為る。断語に曰く、来意は必ず是れ功名の為め、您是れ未年に甲榜に中れり。相手曰く正に是れ。貴人・日徳と官星と皆な行年上に臨み、月将「青龍」は丁の位置に居り、又た羊角相加有るを以て、故に未年に高中に応ず。相手問う、当に京官を做るべきか還た是れ外官を做るべきか。彼曰く、太歳は日干の後に居り、日干は青龍を生ず、理に照らせば当に先ず京城に於いて而る後に外任すべし。只だ嫌うは自身と禄神と皆な地を得ず、此の一往は人身安からず・俸禄は以て家を養うに足らず。況んや太歳は嗔怒の所に臨むをや、此の一趟は当に是れ国事の為めに着想するのみ。後来乃ち是れ呉門の銭大鶴先生なるを知る、李自成は京城を攻破して後彼は則ち郷に回れり。作者は来る人の口を開くを待たずして便ち先ず来意を説破す、憑る所は是れ日干陰神上の月将青龍と日干と相生するの象。
來意占功名者,以時起三傳,陰神辰為月將青龍,干生龍,主人追求官階。羊角相加者,辰未相加也,《類纂》云“辰未加臨解首逢”,以羊角合為解字故也。未年上見月將青龍,《指掌賦》曰“月將青龍,片言入相”,陰神又見朱雀,文學之象,故主未年高第。凡占功名,干支空大為不利。今丁寄宮未空。又不宜祿空,今午祿又空。故曰“嫌身祿不得地”以空,兼之午虎祿臨酉死地,日未臨戌入地網,此皆不利之徵。
来る人の問う所は是れ功名の、則ち占時を以て三伝を起こす。日干の陰神辰上は月将「青龍」を乗じ、日干又た青龍を生ず、此の人は正に官階を謀求するを主る。謂う所の羊角相加は、則ち是れ辰と未と相加す、『類纂』に曰く「辰未加臨解首逢」、羊・角の両字は合わさりて正に一個の解の字を成すを以て、解元に応ず。未年の上に月将青龍を見、『指掌賦』に曰く「月将青龍、片言入相」。陰神又た「朱雀」を見るは、是れ文章学問の象、故に彼の未年に高中するを断ず。凡そ功名を占うに、日干日支の空に落つるは最も不利。此の課の丁の寄する所の未宮は空に落ち、禄神も亦た空なるを宜とせず、而して午禄又た空なり、故に自身と禄神と皆な地を得ざるを嫌うと説く。再加うるに午上の白虎・禄神の酉の死地に臨み・日支未の戌に臨みて地網に入るを以て、此ら皆な是れ不利の征兆。
占験十九・壬午年熊潭石の急ぎ聘して占いを索む
占驗十九、壬午十二月甲午日辛未時,江西南大司馬熊潭石先生因河北聲息緊迫,急聘予上金陵,隨占一課,知一、鑄印,辰巳空、酉戌落空。 朱蛇 六 戌亥子丑 貴 玄朱 蛇空 父 庚子 蛇 勾 酉 寅 后 辰亥 子未 子 乙巳 常 青 申 卯 陰 亥午 未甲 財 戊戌 六 空 未午巳辰 玄 虎常 斷:熊大司馬功名非久遠之象,來年秋初必解任去。蓋初傳歲破內戰,命上龍馬克下,必因宰執招非,上臺不足,燕京有奏,自欲請退。且斗繫日本,幕貴臨干,為仰丘俯仇,干墓支絕,種種不佳。喜奇儀天赦發用,朱雀皇詔作恩,定然好旨歸里。後果如所占。
崇禎十五年壬午十二月甲午日辛未時、江西籍の南京大司馬熊潭石先生は河北の軍情緊急に因りて、急ぎ作者を金陵に聘し、随即に一課を占えり。課体「知一」兼ねて「鋳印」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の酉・戌は空亡宮の上に落つ。四課は是れ未の甲に加わり・子の未に加わり・亥の午に加わり・辰の亥に加わる。「三伝」子・巳・戌、初伝庚子は「螣蛇」を乗じて父母と為り、中伝乙巳は「太常」を乗じて子孫と為り、末伝戊戌は「六合」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、熊大司馬の功名は是れ長久の象に非ず、明年の秋初必定任を解きて去らん。初伝は是れ歳破にして又た内戦に逢い、本命上の龍馬は下を克すを以て、必定宰輔に因りて是非を招惹し、上司満たず、燕京に人有りて奏を上げ、彼自己も亦た退き請わんと想う。加うるに斗神の日の本位に系り・幕貴の日干上に臨みて、仰ぎて丘陵を視・俯して仇敵に逢うの象と成り・日干の墓に入り・日支の絶に入るの種種不佳を以て。喜ぶ所は奇儀と天赦と発用し、「朱雀」は皇詔を帯びて恩神を作る、一定に好き旨意有りて彼をして里に帰らしめん。後来果たして占う所の如し。此の課は凶中に吉を帯ぶ、歳破内戦と干墓支絶とは任を解くの結局を定め、而して奇儀天赦と朱雀皇詔と又た体面を保住せり、故に是れ旨を奉じて里に帰るにして、而して罪を獲て官を去るに非ず。
熊明遇,字良孺,進賢人,萬曆二十九年進士,崇禎四年(壬申)繼梁廷棟為兵部尚書,因私庇擅自與清兵議和之宣府巡撫沈某,被給事中孫三傑等劾,乞休,帝責以疏庸誤事,解任候勘,尋以故官致仕。久之,用薦起南京兵部尚書(即所謂南大司馬),改工部,引疾歸,國變後卒。
熊潭石は則ち是れ熊明遇、字は良孺、江西進賢人、万暦二十九年の進士。崇禎四年彼は梁廷棟の後を接ぎて兵部尚書に出任す、偏袒して擅りに清兵と和を議するの宣府巡撫沈某を為めに、給事中孫三杰らに弾劾を被り、只だ得て退休を請求す。皇帝は彼の疏忽平庸・国事を貽誤するを責め、彼に任を解きて査勘を聴候せしめ、久しからずして則ち原官を以て致仕せり。過ぎること久しく、人の挙薦に因りて起復して南京兵部尚書と為る、則ち是れ書中の説く所の南大司馬、後に工部に改任し、又た病を称して郷に帰り、明の亡びるの以後に去世せり。
占験二十・戊寅年劉正宗の座間に占いを索む
占驗二十、戊寅二月辛丑日癸巳時,東省劉太史諱正宗者相召,座間索占,餘袖傳答之,重審、周遍,辰巳空、酉戌落空。 龍空 勾 戌亥子丑 虎 龍貴 朱玄 財 癸卯 玄 六 酉 寅 常 亥午 申卯 比 丙申 朱 朱 申 卯 玄 午丑 卯辛 父 辛丑 虎 蛇 未午巳辰 陰 貴后 斷:太史所占定是一外官,曾經降罰者。因日生青龍,又上克下故也。曰:家兄任太平知府,為錢糧降罰,看有礙遷升否。曰:支首干尾,格合周遍,何礙升遷。當在何時?余曰:青龍離支六位,初傳月建催官,中傳天馬,傳送為驛郵,為兵馬,為直符,七月內必升吳分兵憲。後果升嘉湖驛傳兵憲。 支為任所,丑應吳越揚州,故斷此也。祿臨辰上,亦是東南之徵。 劉正宗,字可宗,山東安丘人。明崇禎進士,自推官授編修。後降清,官至大學士,蠹國亂政。
崇禎十一年戊寅二月辛丑日癸巳時、山東の劉太史名は正宗の者は相邀し、座談の間に占うを求め、作者は袖中に於いて課を起こして答えを作す。課体「重審」兼ねて「周遍」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の酉・戌は空亡宮の上に落つ。四課は是れ卯の辛に加わり・申の卯に加わり・午の丑に加わり・亥の午に加わる。「三伝」卯・申・丑、初伝癸卯は「玄武」を乗じて妻財と為り、中伝丙申は「朱雀」を乗じて比肩と為り、末伝辛丑は「白虎」を乗じて父母と為る。断語に曰く、太史の占う所一定に是れ位の外任の官、而且曽て降職の処罰を被れり、日干の青龍を生じ・又た是れ上神の下神を克するの縁故を以てなり。劉曰く、家兄は太平知府を任じ、銭糧の事の為めに降罰を被れり、看るに昇遷に妨碍有るか無きか。答えて曰く、日支は是れ首・日干は是れ尾、格局は「周遍」に合す、何の昇遷に妨碍有らんや。是れ何れの時に在りやと問う、作者曰く、青龍は日支を離るること六位有り、初伝は是れ月建の来りて官を催し、中伝は是れ天馬、「伝送」申は既に是れ駅郵にして・又た是れ兵馬・又た是れ直符、七月之内必定呉地分野の兵備道に升らん。後来果たして嘉興湖州の駅伝兵備に升れり。日支は任所を代表し、丑は呉越揚州に対応す、故に此の様に断ず。禄神の辰上に臨むも、亦た是れ東南方の征兆。劉正宗の字は可宗、山東安丘人、明崇禎の進士、推官より翰林編修を授かり、後来清に降り、官は大学士に至り、国政を蠹害せり。本例の妙處は連れて升任するの時間と地方とすら断出せるに在り。七月は中伝の天馬と伝送の官を催すに憑り、呉地は日支丑の分野に憑る、後来果たして分毫も差えざりき。
占験二十一・癸酉年賀中令の昇遷吉凶を占う
占驗二十一、癸酉八月壬戌日戊申時,丹陽賀中令先生任大寅臺時,占升遷吉凶,元首、玄胎,子丑空、酉戌落空。 朱蛇 六 寅卯辰巳 貴 蛇陰 貴空 財 丁巳 貴 勾 丑 午 后 辰未 巳申 子 甲寅 六 青 子 未 陰 未戌 申壬 比 癸亥 空 空 亥戌酉申 玄 虎常 斷:目今必然榮轉,日後因他人之事請告。蓋因傳將遞互相生,城吏二馬出現,定有公卿推薦,但嫌鬼臨三四,必主他非退位。應於何年?丁丑行年蛇墓剋日,必自驚憂而退。月內昇天津撫臺,後以標官劫皇銷事發,請告歸里。
崇禎六年癸酉八月壬戌日戊申時、丹陽の賀中令先生は大寅台の任上に在り、昇遷の吉凶を占う。課体「元首」兼ねて「玄胎」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の酉・戌は空亡宮の上に落つ。四課は是れ申の壬に加わり・巳の申に加わり・未の戌に加わり・辰の未に加わる。「三伝」巳・寅・亥、初伝丁巳は「貴人」を乗じて妻財と為り、中伝甲寅は「六合」を乗じて子孫と為り、末伝癸亥は「天空」を乗じて比肩と為る。断語に曰く、眼下必定栄升調転し、日後は却って別人の事に因りて辞を請わんと要す。三伝と天将とは層層逓相生し、城神・吏神と両重の駅馬と皆な出現するを以て、必定公卿の推薦有らん。只だ嫌うは官鬼の第三・第四課上に臨む、主るに終に他人の過に因りて位を退く。応するは何れの一年に在りや。丁丑年の行年上の螣蛇は墓に入りて来りて日干を克す、必定自ら惊憂して退かん。当月彼は則ち天津撫台に升れり、後来標下の軍官の皇餉を侵吞するの事発に因りて、辞を請いて郷に帰れり。此の課は先ず吉して後に凶、界限分明なり。三伝逓生は眼前の栄転を主り、官鬼の第三第四課上に臨むは日後の人に累を受くるを主る。応期は則ち丁丑年の行年上の螣蛇の墓に入るを取る、凡そ昇遷を占うは皆な此に照らして推尋すべし。
占験二十二・戊子年司化南の何官の占う所かを占う
占驗二十二、戊子六月乙未日癸未時,山右司化南在淮陰占得此課;己丑正月寫出,求斷何官所占,重審、曲直,辰巳空、申酉落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 玄蛇 貴勾 父 己亥 蛇 勾 申 丑 后 卯亥 子申 兄 癸卯 玄 青 未 寅 陰 亥未 申乙 財 乙未 青 空 午巳辰卯 玄 虎常 斷:此必林木舟車官也,非科甲中人,卻作科甲之官。將來功名遠大。蓋夏占木局枝葉正見茂盛,況蛇化為龍,定然居官榮耀。因幕貴坐空,是以不由科甲也。卯為林木舟車見於中傳,故知為舟車之官。問果何官?曰:印爻發用,末傳皇恩必是恩蔭之官。問能升兵憲否。答曰:正官在日,偏印居支,先升知府,後轉司道。曰:此清江劉工部所占也。後果升鎮江太守。
清順治五年戊子六月乙未日癸未時、山西の司化南は淮陰に於いて此の一課を占得し、順治六年己丑正月に到りて乃ち写し出し、作者に是れ何の官の占う所かを断ぜしむを請う。課体「重審」兼ねて「曲直」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の申・酉は空亡宮の上に落つ。四課は是れ申の乙に加わり・子の申に加わり・亥の未に加わり・卯の亥に加わる。「三伝」亥・卯・未は合して木局を成し、初伝己亥は「螣蛇」を乗じて父母と為り、中伝癸卯は「玄武」を乗じて兄弟と為り、末伝乙未は「青龍」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、此れ必ず是れ林木舟車を主管するの官、本人は是れ科甲の出身に非ず、却って科甲の人の任ずる所の官を做す、将来功名遠大なり。夏天に木局を占得するを以て、枝葉正に茂盛に当たり、況んや螣蛇の青龍に化するをや、官を做りて一定に栄耀せん。幕貴は空に坐す、故に是れ科挙に由りての出身に非ず。卯は林木舟車を主りて中伝に於いて見ゆ、因りて是れ舟車を管するの官なるを知る。問う究竟是れ何の官や。答えて曰く、印爻発用し、末伝又た皇恩を帯ぶ、必ず是れ恩蔭に由りて得来の官。再び能く兵備道に升るか否やを問う。答えて曰く、正官は日干に在り、偏印は日支に在り、先ず知府に升り、後に司道に転ず。相手曰く、此れ是れ清江劉工部の占う所。後来果たして鎮江太守に升れり。此れ是れ半年を隔てるの後に旧課を追断するの例子。何人の占う所かを知らざれども、却って卯の林木舟車を主る・幕貴の空に坐す・印爻の発用するの几處より、彼の職掌・出身と遷転の次第とを推し出す、足りて六壬の象を取るの細なるを見るべし。
占験二十三・丁卯年塗松亭の為めに彭南溟の昇遷を占う
占驗二十三、丁卯正月丁巳日癸卯時,京營參將塗松亭先生為彭南溟占升遷,蒿矢、玄胎,子丑空、酉戌落空。 勾青 六 寅卯辰巳 空 貴六 常青 鬼 癸亥 貴 朱 丑 午 虎 亥寅 丑辰 財 庚申 玄 蛇 子 未 常 寅巳 辰丁 兄 丁巳 空 貴 亥戌酉申 玄 后陰 斷:太歲月建生日,目今必然遷擢,多是山環水繞之地。蓋支為任所,寅艮為山,與亥水相合,故應此也。蒿矢逢金即箭有簇,又貴德驛馬入傳,財官城吏全逢,催官迅速之象。但忌日之陰陽制官,須防陳王田姓人為祟。癸亥日隨授南京巡捕營都司,未幾田大司馬以添注參將罷之。
天啓七年丁卯正月丁巳日癸卯時、京営参将塗松亭先生は彭南溟の為めに昇遷を占う。課体「蒿矢」兼ねて「玄胎」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の酉・戌は空亡宮の上に落つ。四課は是れ辰の丁に加わり・丑の辰に加わり・寅の巳に加わり・亥の寅に加わる。「三伝」亥・申・巳、初伝癸亥は「貴人」を乗じて官鬼と為り、中伝庚申は「玄武」を乗じて妻財と為り、末伝丁巳は「天空」を乗じて兄弟と為る。断語に曰く、太歳と月建と皆な来りて日干を生ず、眼下必定遷升し、去り行く處は多半是れ山環水繞の地。日支は任所を代表するを以て、寅は艮に属して山と為り、又た亥水と相合す、故に此の一応有り。蒿矢課は金に逢えば、則ち是れ箭上に鏃有り。貴人・日徳と駅馬と皆な三伝に入り、財・官・城・吏は一応俱全す、是れ官を催す迅速の象。只だ忌むは日の陰神陽神の官星を制伏する、須く姓は陳・姓は王・姓は田の人の祟を為すを提防すべし。癸亥日彼は随即に南京巡捕営都司を授けられ、久しからずして田大司馬は則ち添注参将を以て由と為して彼を罷免せり。断語の中は連れて祟を為すの人の姓氏すら指し出せり、憑る所は是れ日の陰陽二神の官星を制伏するの象。後来果たして田大司馬の身上に応ず、以て人に到るの象を取るの断法は并びに虚談に非ざるを見るべし。
占験二十四・庚辰年潘雲従の鄭潜奄の昇遷を占う
占驗二十四、庚辰正月丁丑日癸卯時,同鄉潘雲從占安慶撫臺鄭潛奄公祖升遷,元首、從革,申酉空、辰巳落空。 六勾 朱 丑寅卯辰 龍 空陰 貴勾 比 辛巳 空 蛇 子 巳 空 巳酉 亥卯 子 丁丑 朱 貴 亥 午 虎 酉丑 卯丁 財 乙酉 陰 后 戌酉申未 常 陰玄 斷曰:不惟難以遷轉,且當請退。蓋傳將遞生空亡,太歲龍神落陷(太歲辰乘龍臨申落空),互乘死氣(干上卯為支丑之死地,支上酉為干丁之死地,公獻只用五行長生且以土長生在申也)。諸事只宜休息,況春得金局為四時返本,定然官難滿任。一交巳年即宜請告。巳年果被安慶縉紳參劾而回,又被徐撫臺接參,奉旨逮問,李賊破燕方歸。(朱雀臨巳,是斷應期之法也。不用行年。)
崇禎十三年庚辰正月丁丑日癸卯時、同郷の潘雲従は安慶撫台鄭潜奄公祖の昇遷を占う。課体「元首」兼ねて「従革」、本旬の空亡は申酉に在り、天盤の辰・巳は空亡宮の上に落つ。四課は是れ卯の丁に加わり・亥の卯に加わり・酉の丑に加わり・巳の酉に加わる。「三伝」巳・丑・酉は合して金局を成し、初伝辛巳は「天空」を乗じて比肩と為り、中伝丁丑は「朱雀」を乗じて子孫と為り、末伝乙酉は「太陰」を乗じて妻財と為る。断語に曰く、但だ遷転し難きのみならず、而且当に退き請うべし。三伝の天将は雖も逓生するも却って空亡の上に落ち、太歳と龍神と一斉に陥落し(庚辰年の太歳辰は青龍を乗じて申に臨みて空に落つ)、彼此又た死気を乗ず(日干上の卯は是れ日支丑の死地、日支上の酉は是れ日干丁の死地。陳公献は只だ五行長生の法を用い、并びに土の長生を申に在りと為す)、諸事只だ宜しく休息すべし。況んや春天に金局を得るは、是れ四時本に返るの象、官を做りて必定に任を満たす能わず、一たび巳年に交れば則ち当に退を告ぐべし。巳年に到り、此の人果たして安慶の士紳に参劾せられて回り、又た徐撫台に接ぎて参奏せられ、旨を奉じて逮問せられ、直に李自成の燕京を攻破するに到りて乃ち郷に帰るを得。注者曰く、朱雀は巳に臨む、此れ是れ応期を断ずるの方法、行年を用いて推さず。此の課の骨節は是れ三伝逓生は本より人の挙薦有るを主るも、可も生ずる所の處は尽く空亡に落つ、挙薦は便ち虚話と成れり。再加うるに金局は干を冲し支を刑す、喜裡に憂を生ず、故に但だ升り成らざるのみならず、反って退き請わんと要す。作者は連れて巳年に劫に遭うすら断出せり、靠る所正に是れ巳上の朱雀丁神。
詳此課,可思量者多矣。 《畢法》云“三傳遞生人舉薦”,必因推薦,故問升遷也。又云“合中犯煞蜜中砒”,三傳合金局,沖干刑支,一片不和之氣。此喜裡生憂,功敗垂成這象也。 但此象尚不足以言凶,今三傳遞生空亡,主推薦之人自身朝不保保夕,或不出實力也。又貴臨卯酉,動搖不定,此象更明。中陷末空,只餘中傳丑土,丁寄未宮,是丁馬乘朱雀沖我,為有人言沖我也。貴人加卯,受三傳沖剋,貴人不安,官職不穩矣。且青龍乘太歲而落空,是貴氣全無。 《會纂》云“丁動刃逢遭縲紲”,“朱勾剋日莫興詞”,日上勾刃,中傳雀丁神沖我,是牢狼之征也,故被參拿問。應巳年者,以巳上丁神朱雀也。 為何不應於巳月,以應近不應遠,應旺不應衰,切記! 月將貴人臨干陰,竟是無喜事,可思之。
細看此の一課、推敲すべきの處甚だ多し。『畢法賦』に曰く「三伝逓生人挙薦」、必ず是れ人の挙薦有るに因りて、故に乃ち来りて昇遷を問う。又た曰く「合中犯煞蜜中砒」、此の課の三伝は合して金局を成せども、却って日干を冲し日支を刑す、一片の不和の気、正に是れ喜中に憂を生じ・功は垂成に敗るの象。但だし只だ此の一点に憑りて還た以て凶を断ずるに足らず。如今三伝逓生して而して又た空亡の上に落つ、挙薦するの人は自身も亦た朝に保つ夕を知らず、或いは肯んじて実力を出さず。貴人又た卯酉の上に臨み、動揺して定まらず、此の層の意思は則ち更に明白なり。中伝陥し・末伝空にして、只だ中伝の丑土を剩す、而して丁は未宮に寄る、正に是れ丁馬の「朱雀」を乗じて来りて我を冲す、則ち是れ人有りて言を進めて我を攻訐す。貴人の卯上に加わるは、三伝の冲克を受け、貴人自身安からず、官職自然に穏ならず。加うるに青龍の太歳を乗じて空に落つるを以て、貴気全く皆な無し。『会纂』に曰く「丁動刃逢遭縲紲」「朱勾克日莫興詞」、此の課の日干上に勾陳羊刃有り、中伝の朱雀丁神又た来りて我を冲す、是れ牢獄の征、故に参劾を被りて拿問せらる。応するは巳年に在り、是れ巳上に丁神朱雀有るを以て。何を以て巳月に応に応ぜざるや。近きに応じて遠きに応ぜず・旺に応じて衰に応ぜざるを以て、務めて記住すべし。月将貴人の日干の陰神上に臨むは、竟然として喜事無し、此の一点も亦た思量するに値す。此の一段は陳公献の仕宦を断ずるの注脚と作るべく、層を逐いて辨析す、最も宜しく細読すべし。
占験二十五・庚寅年引部孫楊二公の来るか否かを占う
占驗二十五、庚寅二月癸卯日壬子時,偶會徽友程孝延程翔云,因引部孫楊二公京師議論未定,占看來否,重審、亂首、迴環,辰巳空、寅卯落空。 后陰 貴 卯辰巳午 玄 勾朱 空勾 鬼 辛丑 朱 蛇 寅 未 常 亥丑 酉亥 兄 己亥 勾 朱 丑 申 虎 丑卯 亥癸 父 丁酉 空 六 子亥戌酉 空 勾龍 斷曰:引部四月必來赴任,但居官不久耳。以兩貴旺相,且虛巳貴以合三傳之局,故知其四月赴任也。但嫌太歲克戰,三貴空陷,虛喜而已。況傳將退入極陰,格合迴環,必主來而復去。故知其居官不久也。又干神臨支,被支所克,縱來亦失意。果五月奉旨撤回,六月驛馬加未行矣。 按:干神歸支受克,無有不被迫動者。
清順治七年庚寅二月癸卯日壬子時、作者は偶然徽州の朋友程孝延・程翔雲に会見し、引部の孫・楊二公は京師に於いて議論未だ定まらざるに因りて、便ち一課を占いて彼らの来るか来らざるかを看る。課体「重審」兼ねて「乱首」「回環」、本旬の空亡は辰巳に在り、天盤の寅・卯は空亡宮の上に落つ。四課は是れ亥の癸に加わり・酉の亥に加わり・丑の卯に加わり・亥の丑に加わる。「三伝」丑・亥・酉は節節後退し、初伝辛丑は「朱雀」を乗じて官鬼と為り、中伝己亥は「勾陳」を乗じて兄弟と為り、末伝丁酉は「天空」を乗じて父母と為る。断語に曰く、引部は四月必定に来りて任に赴かん、但だし官を做るに長久するを做る能わず。両位の貴人皆な旺相にして、又た虚く巳位の貴人を借りて来りて三伝の局を凑合するを以て、故に四月に任に赴くを知る。只だ嫌うは太歳の克戦し・三處の貴神空陥する、不過是れ空しく一場を歓喜するのみ。況んや三伝天将の節節極陰の地に退入し・格局の「回環」に合するをや、必ず来りて又た去るを主る、故に彼の官に居ること久しからざるを断ず。加うるに日干の神の日支上に臨み・反って日支に克せらるるを以て、便ち来ると算すとも亦た得意ならず。後来果たして五月に旨を奉じて撤回せられ、六月に駅馬は未に加わりて動身せり。注者曰く、日干の神の日支上に帰して而して克を受くるは、迫られて変動せざる無し。別人の来るか来らざるかを占うに、既に須く来るを断じ、亦た須く来るの以後能く留まるか否かを断ずべし。此の課は両貴の旺相を以て彼の必ず来らんを断じ、回環退伝を以て彼の復た去るを断ず、来去の両層皆な一課の中に含まれり。
占験二十六・辛未年宋太斗の功名を占う
占驗二十六、辛未四月己未日戊辰時,東省吏科宋太斗先生,在仇兵科宅中占功名,八專、絕嗣、鑄印,子丑空、巳午落空。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 白貴 虎貴 父 丁巳 虎 六 酉 寅 陰 巳子 巳子 兄 壬戌 朱 勾 申 卯 玄 子未 子己 鬼 乙卯 玄 龍 未午巳辰 常 空虎 斷曰:月內定轉長垣,居官難以久任。蓋因月建虎馬發用,其力更見雄矣。又鑄印乘軒定應遷轉。但嫌貴臨空害,故難久任耳。果隨轉吏長垣,後因提武場事,降大行。 宋太斗者,宋玫,字文玉,萊陽人,“玫方值母喪,起故官(吏科給事中),歷刑科都給事中。”
崇禎四年辛未四月己未日戊辰時、山東吏科給事中宋太斗先生は、仇兵科の宅中に於いて功名を占う。課体「八專」兼ねて「絶嗣」「鋳印」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の巳・午は空亡宮の上に落つ。四課は是れ子の己に加わり・巳の子に加わり・子の未に加わり・巳の子に加わる。「三伝」巳・戌・卯、初伝丁巳は「白虎」を乗じて父母と為り、中伝壬戌は「朱雀」を乗じて兄弟と為り、末伝乙卯は「玄武」を乗じて官鬼と為る。断語に曰く、本月之内一定に長垣に調転せん、只だ是れ官を做るに長久し難し。四月の月建は白虎駅馬を帯びて発用し、力量は格外に雄勁を以てなり。又た是れ鋳印乗軒の格、一定に遷転の上に応ずべし。只だ嫌うは貴人の空亡に臨みて又た相害に逢う、故に久任し難し。後来果たして吏科長垣に転任し、再び後に武科考場を主持するの事に因りて、大行に降せらる。宋太斗は則ち宋玫、字は文玉、莱陽人、史は彼の正に母喪に遇い・服阕して後起復して原官の吏科給事中と為り・又た刑科都給事中を任歴すと称す。鋳印乗軒は是れ仕宦門の中に於いて最も見るを願うの格局、印信の手に到り・車駕の遷転するを主る。但だし此の課の貴人は既に空且つ害す、印は雖も鋳成すも而して久しく執るを得ざるに等し、故に彼の調転は雖も快しとも任期は長からずと断ず、後来武場の事に因りて降職せらる、正に此の意に応ず。
占験二十七・辛巳年孫興功の文を刻する時功名を占う
占驗二十七、辛巳十月己未日癸酉時,東省莘縣孫興功父師仕揚刻文時占功名,八專、鑄印、絕嗣,子丑空、巳午落空。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 虎貴 虎貴 父 丁巳 虎 六 酉 寅 陰 巳子 巳子 兄 壬戌 朱 勾 申 卯 玄 子未 子己 鬼 乙卯 陰 龍 未午巳辰 常 空虎 斷曰:仲冬月令必有起膏之徵。因子上貴雖空,幸乘進氣,交仲冬子水司令,填實旬空矣。且喜虎馬丁神發用,作歲君生日,又四墓覆生,已廢復興之象。起官何疑?後果然。凡有官君子得此,定主遷官轉職,面君奏事。次年冬,推補兵部車駕司。
崇禎十四年辛巳十月己未日癸酉時、山東莘県の孫興功父師は揚州に於いて官を做りて書を刻する時功名を占う。課体「八專」兼ねて「鋳印」「絶嗣」、本旬の空亡は子丑に在り、天盤の巳・午は空亡宮の上に落つ。四課は是れ子の己に加わり・巳の子に加わり・子の未に加わり・巳の子に加わる。「三伝」巳・戌・卯、初伝丁巳は「白虎」を乗じて父母と為り、中伝壬戌は「朱雀」を乗じて兄弟と為り、末伝乙卯は「太陰」を乗じて官鬼と為る。断語に曰く、仲冬の時節必ず起復の征兆有らん。子上の貴人は雖も空に落つるも、幸いに進気を乗ずるを以て、一たび仲冬の子水当令に交れば、此の個の旬空は則ち填実せらる。又た白虎・駅馬と丁神と一同に発用するを喜ぶ、太歳は来りて日干を生じ、四墓の神は反覆相生す、正に是れ已に廃して而して復興するの象、起復して官を做るに還た何の疑問有らんや。後来果たして此の如し。凡そ是れ官職有るの人の此の一課を得るは、一定に官を遷し職を転じ・君に面して事を奏するを主る。第二年の冬天、彼は兵部車駕司の職に推補せられり。此の課は上一課と四課三伝幾ほど相同じ、只だ是れ末伝の乗ずる所の天将は玄武より太陰に換えられ、占うの時令も亦た四月より十月に移る、断語は便ち久任し難しより已に廃して復興するに転ず、以て同じ一課体の不同の月令の下に於いて吉凶全然相同じからざるを見るべし。
為什麼斷他有膏之徵呢?課得鑄印,這種課最適宜問功名仕宦,課中見鬼,說明當官的事已經提到了上司面前,但遭到一些暗中的反對,因為鬼乘太陰。恰好發用生身,雖然巳火印綬落空,但太歲填實,則不為空,此謂天恩,皇上降恩澤,所以可斷官運有利。 起在何時呢?古法云,太歲發用應在當年,又太歲乘丁馬,會很快有好消息,因為白虎驛馬信息乘丁來生我,這個消息還能慢嗎?當在哪個月呢?巳落在子上,現在是亥月,巳落在建前一位上。一般情況下,發用落在月建上,與月建發用是一樣的。而落在建前一位,也與建前一位發用同。而建前一位發用,事必應在下個月,故斷他子月會有好消息。
注者は更に一歩を進めて何を以て彼に起復の征兆有るを断ずるかを解釈す。此の課は鋳印の格を得、此の一類の課は最も功名仕宦を問うに宜し。課の裡に官鬼出現するは、彼を起用するの動議は已に上司の面前に擺到せるを説明す、只だ是れ暗中に於いて一些の阻力を受く、官鬼の「太陰」を乗ずるを以てなり。恰好発用の神は来りて日干自身を生ず、巳火の印綬は雖も空に落つるも、却って太歳の填実する有り、則ち真空と算せず、此れ便ち天恩と叫ぶ、是れ皇上の降す所の恩沢、故に以て官運は利有りと断定すべし。起用の時間に至りては、古法の講ずる太歳発用するは応に当年に在るべく、況んや太歳又た丁神駅馬を乗ずるをや、消息の来るは極めて快し。白虎駅馬此の類の音信を主るの神の丁を乗じて来りて我を生ずるは、此の消息は何れの處か還た慢からんや。具体はれ何れの一個月に在りや。巳の子上に落つるは、当時正に是れ亥月、巳は恰好月建前の一位に落つ。通常発用の月建上に落つるは、月建自身の発用と同じく論ず。建前の一位に落つるも、亦た建前の一位の発用と同じく論ず、而して建前の一位の発用するは、事必定に下一個月に応ずべし、故に彼の子月に好消息有らんと断ず。此の一段は発用の神と月建との間の遠近関係を講じ得ること最も清楚なり、是れ全章の裡に於いて応期を推算するに最も実用なる一条の口訣。
合起來斷,就是巳年子月會有驛馬來。 所謂遷官轉職者,面君奏事者,因為馬星丁馬臨太歲發用,當然要見皇上了。 推補車駕司者,因卯木官星是林木舟車之官,又是二馬發用也。 為什麼“仕揚刻文”呢?因為日辰之上貴人空,貴者貴人,日克之,是自以為是,得罪了貴人。被貴人無中生有(貴人空克),矇騙皇上(貴人克太歲即是欺瞞之意),當然沒有好果子吃。 為什麼要這麼看呢?因為“四課現狀,三傳看發展”,事情的原因,可以從四課上去找。
注解者は上一課に接ぎて下へ往きて解説す。太歳と月建と合わせて断ずれば、則ち是れ巳年子月に「駅馬」(奔走遷動を主るの神煞)の来臨有らん。謂う所の升官改職・君に面して事を奏するは、是れ馬星と丁神と一同に太歳に臨みて初伝を作りしを以て、自然に皇帝を朝見するの事に応ず。彼の車駕司の職に改補するを断ずるは、是れ卯木は既に是れ官星にして、又た林木舟車の一類に属し、況んや天馬・丁馬の両重の馬星発用するをや。至りて何を以て彼の揚州に於いて文を刻して而して波折を生ずるを断ずるや、是れ日辰の上の「貴人」の空亡に落つるを以て。貴人は本より是れ尊長権要、日干は反って去りて其れを克す、自ら是と為し・上司を開罪するに等し。貴人は空に落ちて而して克を受くるは、則ち是れ人に無中より有を生じて構陥せらる。貴人又た去りて太歳を克するは、君上を欺瞞するの意思を含有す、結果自然に好きを討う能わず。何を以て此の様に看るや。是れ「四課」は看る所は是れ眼前の現状、「三伝」は看る所は是れ日後の発展、事の起因は須く四課の上に到りて尋ぬべきを以てなり。
占験二十八
占驗二十八、戊子七月丙寅日己亥時,揚州兵鹽道胡公祖相召未去,隨令喬中軍來占,指一晚字算十二筆,用亥時,涉害、周遍,戌亥空、巳午落空。 勾龍 六 子丑寅卯 空 白貴 陰六 鬼 甲子 六 朱 亥 辰 虎 辰酉 未子 子 辛未 陰 蛇 戌 巳 常 酉寅 子丙 父 丙寅 龍 貴 酉申未午 玄 后陰
此の一課は戊子年七月丙寅日己亥時に占えり。揚州の兵備・鹽政を掌るの胡道台は相邀すれども陳公献は未だ往く能わず、胡公便ち喬中軍を派して来りて占問せしむ。来る人は手を随いて一個の「晩」の字を指出し、筆画は十二、十二は正に亥に応ず、是に於いて則ち亥時を用いて課を起こせり。課体は「渉害」に属し、則ち四課中に数處の上克下有り、渉する所の険害の最も深き一神を取りて初伝を作る。格局又た「周遍」を成す。本旬の「空亡」は戌・亥に在り、天盤の巳・午両神は恰好戌・亥宮の上に落つ、故に巳午は空に落つと説く。以下の几行は是れ当時に排定せしの課盤。方框の十二格は是れ十二宮位、格内の地支は是れ月将時を加えて転出するの天盤、格外の「六」「朱」「蛇」「貴」等の字は、是れ六合・朱雀・螣蛇・貴人等の十二天将。中間の両列は自ら右より左に向かい依次に第一課より第四課に至る、上字は是れ天盤の神、下字は是れ日干或いは臨む所の支。最も右の一列は自ら上より下にして初伝・中伝・末伝、各々六親・遁出するの干支と乗ずる所の天将とを注明す。
斷曰:日得夜時,見官貴旬空,返為不祥。蓋因太歲發用剋日,傳將遞互相剋,提防臺諫封章。且龍神克下,主君上臺諫不喜。況干支俱傷,日祿空墓,秋末冬初定有他憂。後請告未久,隨被北臺參劾勘問。
陳公献の断じて曰く、白日の日辰にして却って夜間の時辰の上に占い、又た官星・貴人皆な旬空の中に落つるを見、反って不祥の兆と成れり。太歳は初伝を作りて来りて日干を克し、三伝と乗ずる所の天将とは層層逓相克戦す、須く台諌の章を上げて弾劾するを防ぐべし。「青龍」此の一喜神は又た反って下神を克す、君上と言官と皆な彼を喜ばざるを主る。況んや日干・日支の両辺倶に傷き・日禄は既に空に落ち又た墓に入るをや、秋末冬初一定に別に憂患有らん。後来彼の位の胡道台は假を請いて郷に帰りて久しからず、果たして北京都察院に参劾されて拿問せられり。
此為殃咎課,三傳遞剋日干,太歲克我為天禍課,豈能不大倒其黴?
注解者は点明す、此の一課は「殃咎課」に属し、三伝は依次に日干を克伐す。太歳又た来りて我を克す、便ち「天禍課」と成る、占う者は此の種の課格に遇上す、怎様に能く大いに其の霉を倒せざらんや。
占験二十九
占驗二十九、戊寅二月丙午日戊戌時,淮陰蔡熙陽任漢中府時占推吳淞總戎可得否,涉害、斬關,寅卯空、未申落空。 貴后 蛇 戌亥子丑 陰 白貴 常蛇 子 甲辰 白 朱 酉 寅 玄 辰亥 卯戌 財 己酉 朱 六 申 卯 常 亥午 戌丙 父 甲寅 玄 勾 未午巳辰 虎 龍空
此の課は戊寅年二月丙午日戊戌時に占えり。淮陰人蔡熙陽は正に漢中知府を任じ、朝廷の会推する呉淞総戎(則ち総兵)の一職は自己能く得るか否かを占問す。課体は仍ほ渉害に属し、又た「斬関」格を犯す、則ち魁罡は日辰に加臨して発用し、関を冲きて奔走し・職任を改換するの事を主る。本旬の空亡は寅・卯に在り、天盤の未・申両神は空亡の宮位の上に落つ。以下は是れ当日排出せしの課盤。方格の十二位内は是れ天盤十二支、格外の注する所は是れ各支の乗ずる十二天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝、并びに各々六親・遁干と天将とを注す。此の課の初伝甲辰は是れ子孫にして白虎を乗じ、中伝己酉は是れ財爻にして朱雀を乗じ、末伝甲寅は是れ父母にして玄武を乗ず。
斷曰:先推吾兄後推翁也。何以見之?蓋因亥貴作官星臨支,亥乃吾兄之命,辰乃翁之命,辰入辰陰發用,是以先推亥命者,且辰自亥發傳,與陳同姓同音,故知如此。果未及旬日推吾兄吳淞總鎮,兩月後,推蔡狼山提督。
陳公献の断じて曰く、此の回の会推は、先ず推挙せらるるは是れ我が兄長、後に推する乃ち蔡公您なり。何を拠りて此の様に看るや。亥上は貴人を乗じて官星を作り、又た日支上に臨むを以て。亥は正に是れ我が兄長の本命、辰は是れ蔡公の本命、如今辰は辰の陰神に入りて発用して初伝を作る、故に先ず亥命の人の身上に応ず。況んや辰は是れ亥より転出するの伝、辰と「陳」とは同音、正に陳家を指す、因りて此の如くなるを知る。果たして十天に到らざるに、我が兄長は便ち呉淞総鎮に推せられ、両個月の後、蔡熙陽は乃ち狼山提督に推せられり。
占験三十
占驗三十、丁丑六月己未日甲戌時,浣中阮胤平太史占推皖撫成否,日後結局如何,曲直、八專,子丑空、申酉落空。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 后六 后六 鬼 乙卯 六 貴 子 巳 龍 亥卯 亥卯 財 癸亥 后 后 亥 午 空 卯未 卯己 比 己未 虎 陰 戌酉申未 虎 玄常
丁丑年六月己未日甲戌時に占す。浣中人阮胤平太史(翰林院史官)は朝廷の彼を推挙して安徽巡撫に出任せしむるの能く成功するか否か・日後の結局如何を占問す。三伝亥卯未は会して木局を成す、故に課体は「曲直」と叫ぶ。日干と日支とは同位、又た「八專」課を成す。本旬の空亡は子・丑に在り、天盤の申・酉両神は空亡の宮に落つ。下面是是れ当日の課盤。方格内は是れ天盤十二支、格外に各々乗ずる所の天将を注し、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝乙卯は是れ官鬼にして六合を乗じ、中伝癸亥は是れ財爻にして天后を乗じ、末伝己未は是れ比肩にして白虎を乗ず、亥・卯・未の三字は正に会して木局を成す。
斷曰:目今會推必遂,但結局不佳耳。蓋因用合干支,傳成官局,推升必矣。但干支死傷喪吊全逢,又貴履天羅,斗繫日本,且行年酉金沖破官局,未受大有不如意事,若出兵擊賊,必有被圍失利也。其後流賊犯界,統副將程龍、潘可大敵之,全軍覆沒。己卯歲撫軍丁艱而歸。
陳公献の断じて曰く、眼下此の次の会推は一定に順遂せん、只だ是れ結局好からず。初伝は日干日支と相合し、三伝又た会して官局を成すを以て、昇遷は是れ必定なり。但だし干支上下は死気・傷気と喪門・吊客と一斉に斉え聚り、貴人又た天羅辰上に踏み、斗罡は日干本身に系り、加うるに行年酉金は木の官局を冲破するを以て、任内必ず大いに意に如わざるの事有らん、若し兵を出して賊を剿せば、一定に囲困を遭い失利せん。後来流寇は境を犯し、彼は副将程龍・潘可大を統率して敵を迎え、果たして全軍覆没せり。己卯年に到り、此の位の巡撫は又た父母の喪に因りて職を去りて郷に還れり。
兵敗事在崇禎十年(戊寅)。 問官者喜見官也。
注解者は補記す、此の場の兵敗は崇禎十年戊寅に於いて発生せり。又た指出す、凡そ官職を占問する人は、課中に官星を見る乃ち是れ可喜の事。
占験三十一
占驗三十一、辛卯三月癸酉日乙卯時,揚州府糧廳周公祖相召占課,涉害、斬關,戌亥空、巳午落空。 勾六 龍 子丑寅卯 朱 空蛇 朱玄 子 卯 朱 空 亥 辰 蛇 亥辰 卯申 官 戌 虎 虎 戌 巳 貴 辰酉 申癸 財 巳 貴 常 酉申未午 后 玄陰
辛卯年三月癸酉日乙卯時に占す。揚州府の糧儲を主管するの周道台は相邀し、陳公献に課を占わしむを請う。課体は渉害に属し、又た斬関格を犯す。本旬の空亡は戌・亥に在り、天盤の巳・午両神は空亡の地に落つ。下面是是れ当時の課盤。方格内の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ乗ずる所の天将、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝、毎伝并びに六親・遁干と天将とを注す。此の課の初伝卯は是れ子孫にして朱雀を乗じ、中伝戌は是れ官星にして白虎を乗じ、末伝巳は是れ財爻にして貴人を乗ず。日干は是れ癸・日支は是れ酉、干支上神は皆な須く三伝と合看して、乃ち吉凶の所在を見るべし。
斷曰:太歲乘朱雀發用,主有文書動事於朝廷,嫌中末財官空陷,占功名必有始無終。第支上月建蛇墓剋日,主上臺不足,幸初末兩貴拱支,中傳虎鬼沖蛇,以凶制凶,目今修為少解。然貴人入空墓,龍祿克絕,終非善後之象。且太歲坐克方,玄申臨日上,必有喜裡成憂,貪汙敗名之事。後果被總漕吳公祖參罷。
陳公献の断じて曰く、太歳は「朱雀」(文書口舌を主るの神)を乗じて初伝を作る、朝廷上に文書方面の動作有るを主る。可惜中伝・末伝の財爻と官星と皆な空に落ちて陥を受く、功名を占うに必然に始有りて終無し。日支上又た是れ月建にして螣蛇を乗じて墓に入りて来りて日干を克す、上司の彼に対して満たざるを主る。幸いなるは初伝・末伝の両重の貴人は日支を夹拱し、中伝の白虎の乗ずる所の鬼は又た去りて螣蛇を冲す、凶を以て凶を制す、眼下の処境は略々以て緩解すべし。但だし貴人は既に空に落ち又た墓に入り、青龍と日禄とは克を受けて絶地に入る、終竟は是れ善終の気象に非ず。加うるに太歳の克を受くるの方に坐し・玄武の申を乗じて日干の上に臨むを以て、必定に喜中に憂を生じ・貪墨に因りて名を敗るの事有らん。後来彼果たして漕運総督呉公祖に参劾せられて官を罷められり。
太歲乘朱雀,主文書涉於明廷,如生我則有益於我,克我則不利於我,我生則送信去也。 此月將在戌,且虎乘官鬼,乃催官使者,最利仕途,以月將不空論之,鑄印課成矣,大吉之征也。但竟以凶斷,可見月將不空者,全不可憑。月將入課者,一神煞耳。 又大象為凶,雖有一二吉處,亦不過減其凶勢而已,主次之法不可忽也。
注解者は此に於いて発揮す。太歳の朱雀を乗ずるは、文書の事の朝廷に牽渉するを主る。朱雀若し日干を生ぜば、文書は則ち我に対して利有り、若し来りて日干を克せば便ち我に対して利無し、日干は反って去りて其れを生ずるは、則ち是れ信を発して出す。此の課の「月将」(太陽の所在するの宮、月を逐いて一たび移る)は戌に在り、白虎又た官鬼を乗ず、正に是れ官を催すの使者、本当に最も仕途に利すべし。若し月将の空に落ちざるに按じて来りて論ぜば、則ち大吉の「鋳印課」と成る。可も陳公献は偏偏として凶と断ず、以て「月将不空」此の一条は完全に靠るに足らずを見るべく、月将は課に入るも、亦た不過是れ一個の神煞のみ。再び説く、一課の大象は既然として凶と為る、縱令一両處の吉處有りとも、亦た只だ能く凶勢を軽減するのみ、主次軽重の法は忽略すべからず。
占験三十二
占驗三十二、癸未正月己亥日辛未時,予在金陵卞聖瑞書房,偶有兩客進坐索占,涉害、曲直、迴環,辰巳空、申酉落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 龍玄 玄蛇 比 乙未 青 勾 申 丑 后 未卯 卯亥 財 己亥 蛇 龍 未 寅 陰 卯亥 亥己 鬼 癸卯 玄 空 午巳辰卯 玄 虎常
癸未年正月己亥日辛未時に占す。陳公献は当時金陵の卞聖瑞の書房に在り、偶然に両位の客人の進み来りて坐して占うを求むる有り。課体は渉害に属し、三伝は会して木局を成す、故に「曲直」と為り、首尾相接し又た「回環」を成す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の申・酉両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中は是れ天盤十二支、格外に乗ずる所の天将を注明し、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干と天将。此の課の初伝乙未は是れ比肩にして青龍を乗じ、中伝己亥は是れ財爻にして螣蛇を乗じ、末伝癸卯は是れ官鬼にして玄武を乗ず。亥・卯・未は会して木局を成す、正に是れ一片の官星の象。
斷曰:龍神發用,傳課結成官局,來意必占今年功名事。六月即有欽召之應。蓋春得進旺之木,遇夏則枝葉茂密,將來事業遠大。早:六月之說何也?緣歲建皇恩發用,中傳天詔,是以六月定有佳音。後知來占者即趙忻城昆弟也。果於是月奉詔進京授京營提督,甲申又升京營戎政。
陳公献の断じて曰く、青龍は初伝を作り、四課三伝又た結して官星の局を成す、来る人の来意は必定に是れ今年の功名を占問す。六月則ち皇帝の征召の応験有らん。春天の得る所は是れ正に進旺するの木を以て、夏天に到れば枝葉自然に繁茂し、将来の事業必定遠大なり。人有りて問う、六月の説は是れ何處より来るや。答う、太歳と皇恩と発用して初伝を作り、中伝又た是れ天詔を以て、故に六月一定に佳音有ると断定す。後来乃ち来りて占うは正に是れ趙忻城兄弟なるを知る。果たして則ち此の個月に詔を奉じて京に進み、京営提督を授けられ、甲申年又た京営戎政に升任せり。
此以神煞斷,可見靈機通變,在乎一心。
注解者は評説す、此の一課は是れ神煞に憑りて来りて断ず、以て占卜の霊機変通は全く占者の一心に在るを見るべし。
占験三十三
占驗三十三、壬午十月辛未日甲午時,桐城大中丞方潛夫先生奉詔進京,住楊柳巷羅宅索占,無路、無祿,戌亥空、巳午落空。 虎常 空 子丑寅卯 玄 六常 空后 兄 癸酉 六 龍 亥 辰 陰 酉寅 子巳 印 戊辰 陰 勾 戌 巳 后 寅未 巳辛 子 乙亥 貴 六 酉申未午 貴 朱蛇
壬午年十月辛未日甲午時に占す。桐城人大中丞方潜夫先生は詔を奉じて京に進み、楊柳巷の羅家に住し、陳公献に課を占わしむを請う。課格は「無路」に属し兼ねて「無禄」、皆な前程の阻滞し・俸禄の依る無きを主る。本旬の空亡は戌・亥に在り、天盤の巳・午両神は空亡の地に落つ。下面是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ十二天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝、各々六親・遁干と乗ずる所の天将とを注す。此の課の初伝癸酉は是れ兄弟にして六合を乗じ、中伝戊辰は是れ印綬にして太陰を乗じ、末伝乙亥は是れ子孫にして貴人を乗ず。日干辛未、干支上下皆な墓気を帯ぶ、故に陳公献は一たび口を開けば則ち得意ならざるの行と断作す。
斷曰:此去必不得意而歸,前途且遇大兵侵界。蓋游都臨支,賊符克干,課格無路無祿,安能得意?曰:病乎?余曰:病符坐空,陰神又制之,何慮乎病。所慮者,老母病耳,然母年生於甲子,壽合九九之數。因子命行年到申見財,母被克矣。果至青州遇兵不能進,反至京,授天津屯田巡撫。李賊破京遂歸,母乙酉壽終。
陳公献の断じて曰く、此の一趟の北上は必定に得意ならずして帰り、路上還た大股の兵馬の境を犯すに遇上せんと要す。游都此の賊盗の神の日支に臨み・賊符又た来りて日干を克し、課格は既に無路にして又た是れ無禄、怎様に能く順遂せんや。方公問う、会して病を生ぜんや。我曰く、病符は空亡の上に坐し、其の陰神又た其れを制住す、何を以て疾病を憂慮せんと要するや。真に須く担心すべきは是れ老母親の病。不過令堂は甲子年に生まる、寿数正に九九の数に合す。子命の行年は申上に行到して財を見、財は能く母を克すを以て、故に母は難有り。後来彼果たして青州に到りて兵の路を阻むに遇いて前進する能わず、転じて京に抵り、天津屯田巡撫に授けられ、李自成は北京を攻破して後則ち郷に回り、其の母は乙酉年に於いて寿終せり。
方孔炤,字潛夫,桐城人。萬曆四十四年進士,崇禎十一年(戊寅)以右僉都御史巡撫湖廣擊農民軍,軍敗,為楊嗣昌陷害,逮下詔獄,子檢討以智,伏闕訟父冤,膝行沙礫者數年,減死戌紹興。久之,用薦復官,以右僉都御史屯田山東、河北,馳至濟南,復命兼理軍務,督大名、廣平二監司與農民軍戰,命甫下而京師陷,遂南奔,馬士英、阮大鋮亂政,歸隱十餘年而終。
注解者は方孔炤の小伝を附上す。方孔炤の字は潜夫、桐城人、万暦四十四年の進士。崇禎十一年戊寅に右僉都御史を以て湖広を巡撫し、農民軍を進撃して兵敗れ、楊嗣昌の陥害に遭い、逮えられて詔獄に入れらる。其の児子の検討方以智は父親の為めに冤を鳴らし、砂礫の上を跪行する数年に達し、乃ち死罪より減じて紹興に発配して辺を戍ると為る。後来人の挙薦に因りて官に復し、右僉都御史を以て山東・河北に於いて屯田し、済南に馳赴し、朝廷又た彼に軍務を兼理せしめ、大名・広平の両道の監司を督率して農民軍と作戦せしむ。命令は剛に下達せられて而して京師は則ち陥落せり、彼は是に於いて南に奔る。其の時馬士英・阮大鋮は政を乱る、彼は便ち帰隠すること十余年にして終れり。
占験三十四
占驗三十四、庚午十一月己丑日辛未時寅將,予謁山陽父師富平朱酉昆,占入覲考選何官,重審、斫輪,午未空、未申落空。 后陰 貴 子丑寅卯 玄 玄勾 六陰 官 辛卯 六 蛇 亥 辰 常 卯申 酉寅 兄 丙戌 朱 朱 戌 巳 虎 申丑 寅己 父 癸巳 虎 六 酉申未午 空 勾龍
庚午年十一月己丑日辛未時・寅将を用いて占す。陳公献は山陽の老師・富平人朱酉昆を拝謁しに往き、自己の京に入りて朝見し・考選に参加して何の官職を得るかを占問す。課体は「重審」(下の上を賊して用を取る)に属し、又た「斫輪」格を成す。本旬の空亡は午・未に在り、天盤の未・申両神は空亡の宮に落つ。下面是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に乗ずる所の天将を注し、中間の両列は自ら右より左に向かいは是れ四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝辛卯は是れ官星、中伝丙戌は是れ兄弟、末伝癸巳は是れ父母。三伝の乗ずる所の天将は、正に下文の断語の官職の高下を分辨するの憑拠と為す所を用うるなり。
斷曰:考選不得銓部詞林,定是風憲言官,且有貴子由科甲入翰院。蓋因日上天吏官德空墓,陰神又制之,必有明暗相攻不得銓部也。發用卯乘玄武為官,中傳朱雀,末見白虎,是以主黃門金瑣、風憲言官。果後考入垣中,歷轉山海巡撫,都御史。因支上子乘幕貴,貴人又作長生學堂,應子由科甲入內院也。
陳公献の断じて曰く、此の次の考選は吏部と翰林の職位を得る能わず、一定に是れ監察風紀の言官を做し、而且貴子有りて科挙に由りて翰林院に進入せん。日干上の天吏・官星と日徳とは既に空に落ち又た墓に入り、其の陰神又た来りて其れを制すを以て、必ず明裡暗裡の攻訐有り、因りて吏部に進む能わず。初伝卯は「玄武」を乗じて官星と為り、中伝は是れ朱雀、末伝は白虎を見る、故に主る所は是れ黄門給事・金瑣台垣の一類の風憲言官。後来彼果たして六科給事中に考進し、山海巡撫・都御史を任歴せり。又た日支上の子は幕貴を乗じ、貴人は同時に長生・学堂の位に坐するを以て、故に児子の科甲に由りて翰林院に進入するに応ず。
銓部,吏部;詞林,翰林院;皆文職也。風憲,御史;言官,六科給事中,掌風紀糾察,屬秋官,有肅殺之威,以虎類之。可見德者,文官也。德主生而刑主殺,宜深思之。
注解者は此らの官名を解釈す。銓部は則ち是れ吏部、詞林は則ち是れ翰林院、皆な文職に属す。風憲は御史を指し、言官は六科給事中を指し、風紀糾察を掌管し、官制上は秋官に帰属し、粛殺の威を帯ぶ、故に白虎を用いて比類す。此に由りて日徳の主る所は是れ文官なるを見るべし。徳は生養を主り、刑は誅殺を主る、両者の分別は深思するに値す。
占験三十五
占驗三十五、壬午十月己亥日辛未時,徽友程孝延與沂州明經、任秦中州首王米山先生到埂子街訪顧,涉害、迴環、曲直,辰巳空、子丑落空。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 六虎 后六 兄 未 虎 貴 子 巳 龍 卯未 亥卯 鬼 卯 六 后 亥 午 空 未亥 卯己 財 亥 后 陰 戌酉申未 虎 玄常
壬午年十月己亥日辛未時に占す。徽州の朋友程孝延は、沂州の明経出身・曽て陜西州首を任ぜし王米山先生と同じく、一道に埂子街に到りて来訪す。課体は渉害に属し、首尾相接して「回環」を成し、三伝は木を会して又た曲直を成す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の子・丑両神は空亡の地に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ十二天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝未は是れ兄弟にして白虎を乗じ、中伝卯は是れ官鬼にして六合を乗じ、末伝亥は是れ財爻にして天后を乗ず。亥・卯・未又た会して木局を成す、故に兼ねて曲直の名有り。
王米山攜子某,來謁陳東明求官,過小齋訪道。余曰:先生少間,須臾有三客至,內必楊姓者。果如言。余曰:干神歸支,傳將逆行,郎君宜回東省取功名。且貴地不日兵動,且有攻城破邑之事,眷屬宜遷他處避之。曰:祝老母九十壽,方可遷也。曰:尊堂壽止八十有九,因乙發用與地盤己字合斷為八九之數也。此皆日後事,目今須防失脫也。米山接住灣子街舊同寅陳宅書房,果被盜。復來,余曰:玄武脫氣居丑命,所盜者郎君物耳。曰:然。還防賊復來。果三日又來,將物盡盜去,曰:何以明其然也?余曰:課傳回環,故知其改之復來。米山問曰:山東兵動者何?蓋因三傳純官鬼,又魯都虎鬼克支,賊符將星克干,是以知貴省中外兵動,攻城破邑也。果冬月一一如占。米山遷居淮安新安鎮,其母未度九十而終。
王米山は児子を帯びて陳東明を拝謁して官職を謀求せんと来り、我が小さき書房を路過して来訪せり。我曰く、先生は暫く待たれよ、一会儿に三位の客人の来到有らん、其の中必ず姓は楊の有らん。果たして応験せり。我又た曰く、日干の神は日支に帰入し、三伝と天将とは逆行す、令郎は当に山東に回りて功名を求取すべし。而且貴地は久しからずして則ち兵を動かし、還た城を攻め邑を破るの事有らん、家眷は応に別處に遷往して躲避すべし。彼曰く、須く老母親の為めに九十大寿を做完して後乃ち搬遷せば好からん。我曰く、令堂の寿数は只だ八十九に到るのみ。乙は初伝を作り・地盤の己の字と相合するを以て、合して八九の数と断ず。此ら皆な是れ日後の事、眼下先ず須く窃盗を失するを防備すべし。王米山は湾子街の旧同僚陳家の書房に住み進めり、果たして盗まる。彼再び来る時、我曰く、玄武は脱気の神を乗じて令郎の本命丑上に居る、盗まれたるは是れ令郎の東西ならん。彼曰く、正に是れ。我曰く還た須く賊の再来するを防ぐべし。果たして三天の後賊又た来り、東西を把りて全部盗去せり。彼問う、怎様に此の様なるを知るや。我曰く、四課三伝は回環の象を成す、故に賊の去りて而して復た返るを知る。王米山又た問う、山東の兵を動かすは是れ怎様に看出せるや。三伝は純に是れ官鬼にして、魯地分野に属するの白虎は鬼を帯びて又た日支を克し、賊符と将星とは来りて日干を克するを以て、故に貴省の内外皆な須く兵を動かし・城を攻め邑を破るを知る。冬月に到りて、果たして一一占うが如し。後来王米山は淮安新安鎮に遷居し、彼の母親は九十歳に過ぐる能わずして去世せり。
占験三十六
占驗三十六、甲申二月乙丑日亥將申時,如皋銓部季大生先生,持丹陽孫友所占進京課與餘看,重審、稼穡、不備,戌亥空、丑寅落空。 六朱 勾 申酉戌亥 蛇 龍常 朱龍 財 辛未 龍 龍 未 子 貴 未辰 戌未 財 甲戌 朱 空 午 丑 后 辰丑 未乙 財 乙丑 后 虎 巳辰卯寅 陰 常玄
甲申年二月乙丑日・亥将申時に占す。如皋人の吏部季大生先生は、丹陽の孫姓の朋友の占う所の京に進むの課を拿着して来りて陳公献に看せしむ。課体は重審に属し、三伝皆な土にして「稼穡」を成し、四課全からず又た「不備」と称す。本旬の空亡は戌・亥に在り、天盤の丑・寅両神は空亡の宮に落つ。下面是是れ此の一課の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ乗ずる所の天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは是れ四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の三伝は全て是れ財爻。初伝辛未は青龍を乗じ、中伝甲戌は朱雀を乗じ、末伝乙丑は天后を乗ず。未・戌・丑の三字皆な土に属す、故に稼穡と叫ぶ、四課の中又た重出有り、故に兼ねて不備と称す。
斷曰:必不能北行,行亦中途回也。蓋干支乘墓,所為不通。況傳課年命未見三馬,干神歸支,利靜不利動。又中末二傳空陷,主半道言旋。青龍居干發用,今年卻要起官,必補尚寶之職。因年上酉乃印也,陰神見貴生日,豈非司明乎?弘光時果官尚寶。
陳公献の断じて曰く、此の人は一定に北上する能わず、便ち動身すると算すとも亦た半途に於いて折り返らん。日干・日支皆な墓神を乗じ、為す所作す所は通達を得ずを以てなり。況んや三伝四課と行年・本命の上に皆な天馬・駅馬・丁馬の此の三种の馬星を見ず、日干の神又た日支に帰入し、安静に利しく而して行動に利あらざるをや。加うるに中伝・末伝皆な空に落ちて陥を受くるを以て、半路上に於いて便ち頭を掉りて回り来るを主る。青龍は日干に居りて発用す、今年は却って起復して官を做らんと要し、一定会して尚宝司の職務を補授せん。行年上の酉は正に是れ印綬を以て、其の陰神又た貴人の来りて日干を生ずるを見る、豈に正に是れ印を掌るの官に非ざらんや。後来南明弘光年間、彼果たして尚宝司の官を做れり。
銓部,吏部也,主人事安排。 據課推斷,此人為辰年生,行年在午。命上為未乘龍,年上為酉乘六。
注解者は説明す、銓部は則ち是れ吏部、人事安排を主管す。又た此の一課に依りて推断すれば、此の人は辰年に生れ、行年は午に在り。本命上は是れ未にして青龍を乗じ、行年上は是れ酉にして六合を乗ず。
此課實際上斷了兩件事:一者,北行進京如何;二者,將來如何。屬一課多斷。凡出行,首重馬星,今驛馬在亥而旬空,故不得行也。又且,三傳為進退行止過程,《指掌》云“初為發端之門,中為移易之府。末為歸結之宮”,初實、中空、末陷,多主半道言旋。干神歸支,為在家不動之象,亦不動。干支乘墓,逢墓則止,無沖無馬,故終不果行。
注解者は剖析す、此の一課は其の実両件の事を断ぜり、一は是れ北上して京に進むの成敗、二は是れ将来の前程、一課多断に属す。凡そ出行を占うに、首先に須く馬星を看るべし、如今駅馬は亥に在りて而して恰逢旬空す、故に走り成らず。再び言う、三伝の顕示する所は是れ進・退・行・止の過程、『指掌』に曰く初伝は是れ発端の門・中伝は是れ移易の府・末伝は是れ帰結の宮。此の課は初伝は実に落ち・中伝は空に落ち・末伝は陥を受く、多く半路上に於いて折り返るを主る。日干の神は日支に帰入す、是れ家に在りて動かざるの象、同じく動かざるを主る。干支又た皆な墓を乗ず、墓に逢えば則ち止む、既に冲动無く又た馬星無し、故に終竟に成行する有りしこと無し。
起官者,龍神加於干,第一徵兆;發用且遁官星,第二徵兆;加於本命之上,第三徵兆;酉為官星且為皇恩,陰神為日貴,第四徵兆,故必升無疑。但中末空陷,不長久,按弘光是南明年號,維持不到一年,此人為尚寶(掌璽官)最多不過一年而已。
注解者は接ぎて説く、彼の起復して官を做るを断ずるは、共有四重の征兆。青龍の日干に加臨するは是れ第一重。初伝の官星を遁得するは是れ第二重。官星又た本命の上に加わるは是れ第三重。酉は既に是れ官星にして又た是れ皇恩・其の陰神又た是れ日貴、此れ是れ第四重、故に昇遷必定疑い無し。但だし中伝・末伝は空陥し、官運の能く長久ならざるを説明す。弘光は是れ南明の年号、前后に維持すること一年に満たず、故に此の人は尚宝司此の個の璽を掌るの官を做るも、至多も亦た不過一年のみ。
占験三十七
占驗三十七、癸酉六月戊寅日巳未時,餘往昌平會陳東明總鎮府時,寇道臺聞東明言及六壬故索占,伏吟、玄胎,申酉空、申酉落空。 龍空 勾 巳午未申 虎 蛇蛇 勾勾 印 辛巳 勾 六 辰 酉 常 寅寅 巳巳 子 甲申 虎 朱 卯 戌 玄 寅寅 巳戊 鬼 戊寅 蛇 蛇 寅丑子亥 陰 貴後
癸酉年六月戊寅日・巳未の時に占す。陳公献は昌平に前往して総鎮陳東明に会見し、総兵府の中に於いて、寇道台は陳東明の大六壬を談起するを聴き、因りて占うを求む。課体は是れ「伏吟」、天盤と地盤とは同位、諸事伏して動かず、又た「玄胎」格を成す。本旬の空亡は申・酉に在り、天盤の申・酉両神も亦た正に空亡宮の上に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ十二天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の四課上下皆な是れ寅の寅に加わり・巳の巳に加わる、天地盤同位、正に是れ伏吟の象。初伝辛巳は是れ印綬にして勾陳を乗じ、中伝甲申は是れ子孫にして白虎を乗じ、末伝戊寅は是れ官鬼にして螣蛇を乗ず。
斷曰:仕途占得此課,當防臺諫封章所劾,必解任而去。左右駭然,寇公隨進後衙相晤,曰:舊事乎,未來事乎?曰:歲君在日後,斗罡又居支前,異日定有劾者。蓋因傳課互相刑剋,且蛇雀官鬼入宅臨門,龍神又克歲建,今秋餘官必應。後果被侯大司農參職解任。
陳公献の断じて曰く、仕途の上に於いて此の一課を占得するは、当に台諌の章を上げて弾劾するを防備すべく、必定に職を解きて去らんと要す。左右の人は聴きて皆な吃惊し、寇道台は随即に我を請うて後衙に到りて相見せしめ、問う、此れ是れ已に過去せしの事か、還た是れ将来の事か。我曰く、太歳は日辰の後に在り、斗罡又た日支の前に居る、日後一定に人の弾劾する有らん。四課三伝の彼此刑克し・螣蛇・朱雀の乗ずる所の官鬼又た宅に入り門に臨み・青龍還た去りて太歳を克するを以て、今年の秋天必然応験せん。後来彼果たして大司農侯某に参劾を被り、職務を解去せらる。
此課凶處,最大之處在於兩點,一者,伏吟見馬,最不利仕宦;二者《畢法》云“三傳遞克眾人欺”,為眾口一詞,痛加攻訐,為官者得此,必被參劾。有此二點,可論大凶。
注解者は指出す、此の一課の凶険は、最も要緊なるは両点有り。其の一、伏吟課は本已に諸事動かず、又た馬星を見るは、官を做る人に対して最も不利。其の二、『畢法賦』に曰く「三伝逓克衆人欺」、正に是れ衆口一詞・群起して攻訐するの象、官を做る人占い到れば、必定に参劾を被る。此の両点有れば、則ち以て大凶と断ずべし。
又支為宅,今寅乘蛇加之,蛇為壬占第二凶神,故主驚怪憂疑,是大災要發生在災舍之中,實際上凶神惡煞加於支上,與加於干上同斷,且不可忽視;卯為門戶,朱乘卯加之,《大六壬大全心印賦》云“卯乘前二招唇吻”,千夫所指,三凶也;龍神為歡喜之神,乘午克歲,是君上不喜也。
注解者は続けて論ず。日支は住宅を代表す、如今寅は螣蛇を乗じて其の上に加臨す、螣蛇は是れ六壬占法の中に於いて白虎に次ぐの第二の凶神、故に惊恐怪異・憂愁疑慮を主る、是れ大災の自家の屋裡に於いて発生せんと要するを説く。其の実凶神悪煞は日支上に加わるも、日干上に加わると同様に論断す、忽視すべからず。卯は是れ門戸、朱雀は卯を乗じて加臨す、『大六壬大全心印賦』に曰く「卯乗前二招唇吻」、正に是れ千夫の指す所の象、此れ是れ第三重の凶。青龍は本より是れ歓喜の神、如今午を乗じて去りて太歳を克す、則ち是れ君上の彼を喜ばざるなり。
“歲君在日後,斗罡又居支前”者,此前後以貴神論之,歲君酉乘太常為後四,干寄巳宮,乘勾陳為前四,故曰歲君在日後。斗罡者辰也,乘六合前三,而支辰寅木乘蛇為前二,前三在前二之前,故言斗罡居支前也。 庚寅冬或點總漕吳公祖亦得此課,辛卯春被臺省參劾退位。
注解者は「歳君は日後に在り、斗罡又た支前に居る」の此の句の話を解説す。此の處の前后は是れ十二天将の次序に按じて来りて論ず。太歳酉は「太常」を乗じ、位は貴人の後の第四に在り。日干戊は巳宮に寄り、「勾陳」を乗じ、位は貴人の前の第四に在り、故に太歳は日辰の後に在りと説く。斗罡は辰を指し、辰は六合を乗じ、前の第三に居る。而して日支寅木は螣蛇を乗じ、前の第二に居る、前三は前二の前に在り、故に斗罡は日支の前に居ると説く。注解者又た一例を挙ぐ。庚寅年の冬天、人有りて漕運総督呉公祖の為めに占卜し、亦た此の一課を得、辛卯年の春天に到り、呉公果たして台省に参劾せられて位を退けり。
求財章第十六
財明休旺生官忌,彼我干支害合論。旺祿受脫名償債,干財傳助號還魂。 順克非凶遞生吉,妻防生計兄爭力(比肩大旺)。末助初財暗助多,支干相加彼我益。 艱難(謂初中空陷也,要末傳見財德長生)避難(謂財坐空絕克脫處也,如是便有,看日干下坐財,此謂避難之財坐身下也)詳坐末,塞戶度門驗發端。貴坐生合求財吉,財逢空墓最為難。
求財章の歌訣に曰く、求財を占うに、先ず財爻の是れ明か是れ暗か・是れ旺か是れ衰かを看る、財は能く官を生ず、故に課中の官鬼の太盛なるを嫌う。彼此の得失は、日干を以て我と為し・日支を以て人と為し、両辺の是れ相害か還た是れ相合かを看る。日禄は当旺にして却って脱泄せらるるは、「償債」と名づく、是れ我銭を出して人に給う。日干は財を帯びて而して三伝又た来りて相助するは、「還魂」と名づく、是れ失いて而して復た得るの財。順次に相克するは并びに凶と算せず、層層相生する乃ち吉と算す。須く妻財の傷を受けて生計を妨碍するを防ぎ、亦た須く兄弟比肩の財力を争奪するを防ぐべし(比肩の太旺する時尤も此の如し)。末伝の頭を回らして去りて初伝の財を助くるは、多半是れ暗中に於いて人の相助するを得。日支と日干と上下相加するは、則ち彼此皆な利益を得。謂う所の「艱難」は、是れ初伝・中伝の空に落ちて陥を受くるを指し、須く末伝に財神・日徳或いは長生を見て乃ち好し。謂う所の「避難」は、是れ財爻の空・絶・克・脱の處に坐するを指し、看るに財無きに似て而して実に財有り、須く日干の下に財爻を坐するを看る、此れ則ち避難の財の自身の下に坐するを叫ぶ。此の両様皆な須く末伝の上に於いて細看すべし。塞戸・度門の両格は、則ち須く初伝の上に於いて験看すべし。貴人の我を生じ我と合するの位に坐するは、財を求むれば則ち順なり。財爻若し空亡に落ち或いは墓に入れば、求むること最も難し。
交車十法損益配(三吉七凶),喜遇生合愁破碎。財乘丁馬忌庚辛,壬癸見丁看事類。 鬼財險出須急求,絕財了結入墓憂。玄武防失內爭畏,龍生值喜徐徐收。 奇儀周遍枯木榮,閉口昴星皆不成,網羅任信空費力,成期須將末合詳。
交車十法は須く損益に配して来りて看るべし、其の中の三种は吉・七种は凶。相生相合に遇えば便ち喜ぶべく、刑冲破碎に碰上すれば便ち愁うべし。財爻の丁神・駅馬を乗ずるは、最も庚辛の日を忌む。壬癸日は丁神を見るは、須く問う所の事類に按じて分別に推詳すべし。財は是れ官鬼此の凶険の處より生出せしは、則ち得て急ぎて求めに往くべし。財の絶地に入るは、事便ち了結し、財爻の墓に入れば則ち憂慮有らん。玄武を見れば須く丢失を防ぐべく、内戦を見れば須く争奪を怕るべし。青龍相生は正に喜ぶに当たり、財は則ち以て慢慢として収進すべし。奇儀・周遍の両格は、枯木も亦た能く春に逢う。閉口・昴星の両課は、財を求むる皆な成らず。天羅地網と任信の課は、多是れ白く気力を費す。成事の日期は、須く末伝の何の神と相合するかの上に於いて細推すべし。
増補課例
占例一
占例一、己卯年未月甲戌日未將亥時,功友王某來,代其兄問所購貨物能否得利。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 朱空 空六 財 甲戌 六 貴 子 巳 青 寅午 午戌 子 壬午 后 后 亥 午 空 午戌 戌甲 比 戊寅 虎 陰 戌酉申未 虎 玄常
此れ是れ注解者の増補するの近人課例。己卯年未月甲戌日・未将亥時に占す、同好王某は彼の兄長に替わりて来りて問う、購う所の貨物は能く銭を賺るか否か。以下是是れ当時排出せしの課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ十二天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは是れ第一課より第四課に至り、最も右の一列は自ら上より下にして是れ初・中・末の三伝。初伝甲戌は是れ財爻にして六合を乗じ、中伝壬午は是れ子孫にして天后を乗じ、末伝戊寅は是れ比肩にして白虎を乗ず。此の課の日干は是れ甲・日支は是れ戌、戌は是れ財・午は是れ子孫・寅は是れ比肩、財爻は初に居り而して比肩は末に居る、正に下文の断ずる所の利を得と人に分薄せらるとに応ず。
斷:《指南》云:“干財傳助號還魂”,索還魂債格,必能得利。甲九數,戌五數,應得五千元,但由於初財遭夾克,必有損傷。甲乃功曹,必是公家人員,六合克財,中間人亦要得些好處。 果以五千元成交,但打發工商所和中間人共用去八百多元,實得四千元多一點。
注解者の断語。『指南』に曰く「干財伝助号還魂」、此の一課は正に是れ還魂債を索るの格、必ず能く利を得。甲は是れ九の数、戌は是れ五の数、合して当に五千元を得べし。只だ是れ初伝の財は両辺に夹克せられ、必ず損耗有らん。甲は是れ功曹、相手方は是れ公家の人員を主る。六合又た来りて財を克す、中間人も亦た須く中より些の好處を得るを説明す。応験の結果は是れ、果たして五千元を以て成交せり、但だし工商所と中間人とを打点するに共有八百多元を花去せり、実得は四千元多一点なり。
占例二
占例二、丁丑年未月乙巳日巳時午將,濰坊工商局稽某來占近來財運,彈射、進茹。 空虎常玄 午未申酉 虎空空龍 財 未 虎 龍 巳 戌 陰 未午午巳 官 申 常 勾 辰 亥 后 午巳巳乙 鬼 酉 玄 卯寅丑子 六朱蛇貴
此れも亦た是れ注解者の補入するの近人課例。丁丑年未月乙巳日・巳時午将に占す、濰坊工商局の稽某は来りて近来の財運を問う。課体は「弾射」に属し、三伝順進して又た「進茹」と叫ぶ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝。初伝未は是れ財爻にして白虎を乗じ、中伝申は是れ官星にして太常を乗じ、末伝酉は是れ官鬼にして玄武を乗ず。此の課の日干は是れ乙・日支は是れ巳、四課は自ら右より左に向かい依次に是れ巳の乙に加わり・午の巳に加わり・午の巳に加わり・未の午に加わる。三伝未・申・酉は順次にして進む、故に進茹と叫ぶ、事の節節推展するを主る。
斷:發用財乘白虎,錢財之象,但多驚憂奔波,未居午地,五月必發大財。中傳見官,主六月財來財去,收益不小但多半交給了單位。末傳酉鬼乘玄,七月份必破大財。因何而破,陰神亥乘天后,主因女人找而破財。 驗:五月得財甚大。六月吃吃喝喝。七月因妻子調節工作事,花去四千元但沒辦成事。天后乘馬主夫人調動,動入鬼鄉主不成也。
注解者の断じて曰く、初伝の財爻は白虎を乗ず、正に是れ銭財の象、只だ是れ多く惊憂奔波有り。未は午地の上に坐す、五月一定に大いに財を発せん。中伝は官星を見る、六月の裡財来り財去るを主り、収益小なからず、却って大半は単位に交与せられり。末伝酉は是れ官鬼にして又た玄武を乗ず、七月必ず一筆の大財を破らん。何に因りて破るや。其の陰神亥は天后を乗ず、女人の事の為めに財を破るを主る。応験、五月果たして財を得ること甚だ多し、六月は不過是れ喫喫喝喝して花掉し、七月は妻子の工作を調動するの為めに四千元を花去せれども、事は却って成り做さざりき。天后は馬を乗ず、夫人の調動を主る。一たび動けば則ち官鬼の郷に入る、故に辦り成らず。
売買章第十七
交車生合動無迷,末助三般遞生奇。互相生旺愁羅網,死墓如逢怕關妻(財墓並關)。 進步艱難喜末吉(謂初中空末不空要見財德長生),病符遇生舊更新。生涯遂意兩貴拱,祿神乘旺靜無屯。 登天度門分善惡,內戰外戰察重輕。生氣青龍財疊疊,常乘財印喜盈盈。 龍背興舟獨足利,虎頭覓利九丑忌。閉口源消自不佳,天心周遍財如意。 傳進當行間退止,有防生計為財多。損耗資財因劫重,財爻它絕必蹉跎。
売買章の歌訣に曰く、日干日支交車相生相合するは、売買の挙動は則ち迷乱せず。末伝は回りて三伝を助け・層層逓生するは、更に是れ奇妙の象。彼此互相生旺するも、却って天羅地網に落ち進むを怕る。若し死気に逢りて墓に入れば、更に関格と財墓との一同に来りて妻財を困住するを怕る。進歩艱難の課は、喜ぶは末伝に於いて吉を得、則ち是れ初・中両伝の空に落ちて而して末伝空ならず、還た須く財神・日徳或いは長生を見るべし。病符若し生扶に遇えば、旧局面も亦た能く翻新す。生計順遂するは、両重の貴人の夹拱するに在り。禄神は旺を乗ずれば、則ち安静に守成して而して屯難無し。貴人の天門に登ると度門との両格は須く善悪を分かち、内戦外戦は須く軽重を察すべし。生気と青龍と相会するは、財源重重畳畳。太常は財爻印綬を乗ずるは、喜気盈盈たり。龍背興舟の格は、独自行事して乃ち利有り。虎頭の利を覓るは、則ち最も九丑の日を忌む。閉口・源消の両格は自然に佳ならず。天心・周遍の両格は、財を求むれば便ち意に如し。三伝前進すれば則ち当に手を動かすべく、間退の課は則ち当に停下すべし。財多きの時は反って須く其れの生計を妨碍するを防ぐべし。資財の損耗するは、是れ劫煞の太重なるに因る。財爻若し他神の絶地に落ちば、必定に蹉跎して成る無し。
討債章又第十七
討債主客定虧盈,主若克客事須成。宅上空亡無攸利,日逢辰克力必傾。 交車十法看損益,三傳制救定違從。初實中陷宜急取,進步艱難喜末逢。 虎蛇帶鬼克干懼,歲破加臨月破中。青龍克我終有禍,傳財化鬼最無明。
討債章の歌訣に曰く、債を討うは須く主客を分かちて以て誰が亏し誰が盈つるかを定むべし、日干は是れ客・日支は是れ主、主若し能く客を克せば、事は則ち辦り成るを得。日支は是れ宅、宅上は空亡に落ちば則ち利有る無し。日干若し日支に克せられば、債を討うの気力必然に傾頽す。仍ほ交車十法を用いて来りて損益を看、再び三伝中に制伏と救助と有るか無きかを看、以て相手方の是れ順従か還た是れ違拗かを定む。初伝は実に落ちて而して中伝陥空せば、則ち当に趕緊に往きて討うべし。進歩艱難の課は、喜ぶは末伝に於いて吉に遇う。白虎・螣蛇は官鬼を帯びて来りて日干を克するは、最も懼るべし。歳破又た月破の上に加わるは、更に是れ凶象。青龍は本より喜慶を主る、反って我を克するは、終竟に禍有らん。三伝の財爻は官鬼に転化するは、最も不明智・最も手に到り難し。
課例一
課例一、九八年五月初三晚十點,楊家埠支書楊維新打電話來,因區裡徵用土地,但未給現款,而是劃給投資公司,今投資公司倒臺,故欲找其主管單位財政局歸還,問能討到否。 問討債事。時為戊寅年巳月乙亥日亥時申將。
此れ是れ注解者の増補するの近人課例。一九九八年五月初三の晩上十点、楊家埠支書楊維新は電話を打ちて来る。区裡は土地を征用して而して現款を付せず、而して款項を把りて投資公司に划給せり、如今投資公司は倒閉し、彼は投資公司の主管単位財政局を找して討回せんと想う、能く討い到るか否かを問う。問う所は是れ債を討うの事、時間は是れ戊寅年巳月乙亥日亥時・申将を用いて課を起こす。
財 丁丑 龍 財 甲戌 朱 財 空未 后 玄 貴 朱 龍 巳 申 戌 丑 申 亥 丑 乙 空虎常玄 寅卯辰巳 龍 丑 午 陰 勾 子 未 后 亥戌酉申 六朱蛇貴
以下是是れ此の一課の課盤、排法は前面の几課と略々同じからず、三伝を把りて最も上面に提げり。最も上の三行は自ら上より下にして依次に初・中・末の三伝、三伝皆な是れ財爻。初伝丁丑は青龍を乗じ、中伝甲戌は朱雀を乗じ、末伝未は空亡に落ちて而して天后を乗ず。中間の三行は是れ四課、自ら右より左に向かいは是れ第一課より第四課に至り、上字は是れ天盤の神、下字は是れ日干或いは臨む所の支、上方の注する所は是れ各課上神の乗ずる所の天将。最も下面の方格は是れ天地盤、格内は是れ天盤十二支、格外は是れ乗ずる所の十二天将。
斷曰:發用丁馬日財乘龍,財動極矣。但三傳俱財,生支上官星,《畢法》云“傳財化鬼財休覓”。申為大耗,加於月破之上,占財必空。而干支交車相剋,貴人克干,有公家之人出而為難,貴登天門,是有身份之人官僚作風,高高在上而不做實事也,必不能討回。 驗:果然各處扯皮,到今未得。今復看之,扯皮者,三傳三刑故也。
注解者の断じて曰く、初伝は是れ丁神駅馬、又た是れ日干の財、還た青龍を乗ず、財已に動きて極處に到れり。可も三伝全て是れ財爻、一斉に去りて日支上の官星を生ず、『畢法賦』に曰く「伝財化鬼財休覓」。申は是れ大耗の神、又た月破の上に加わる、財を占うに必然に空に落つ。加うるに日干日支交車相克し・貴人又た来りて日干を克するを以て、公家の人有りて出面して刁難するを説明す。貴人還た天門に登れり、是れ身份有るの人の官僚架子を擺し・高く上に居りて而して実事を辦せざるなり、此の筆の銭は一定に討い回る能わず。応験、後来果たして各處推諉扯皮し、到今も亦た討い到らず。如今再び此の一課を看るに、扯皮するに休まざる所以は、是れ三伝の三刑を成せるに在り。
課例二
課例二、(《六壬粹言》求財占)辛巳四月己酉日戌時申將,湖友蔡光德遣僕赴州城討取銀兩,占可即付否。 鬼 空卯 龍 比 癸丑 虎 財 辛亥 玄 六 蛇 龍 六 巳 未 卯 巳 未 酉 巳 己 龍勾六朱 卯辰巳午 空 寅 未 蛇 虎 丑 申 貴 子亥戌酉 常玄陰后
注解者は『六壬粹言』の一則の求財占例を転引す。辛巳年四月己酉日戌時・申将に占す。湖上の友人蔡光徳は仆人を派して州城に往かしめて銀両を討取せしめ、相手方の能く当即款を付するか否かを占問す。以下是是れ課盤、仍ほ三伝を把りて最も上に列す。初伝卯は是れ官鬼・旬空に落ちて而して青龍を乗じ、中伝癸丑は是れ比肩にして白虎を乗じ、末伝辛亥は是れ財爻にして玄武を乗ず。中間の三行は自ら右より左に向かいは四課、上字は是れ天盤の神、下字は是れ日干或いは臨む所の支、上方に乗ずる所の天将を注明す。最も下の方格は是れ天地盤、格内は是れ天盤十二支、格外は是れ十二天将。
不能即付,當從別處兌交也。蓋因龍神乘官星發用,奈屬旬空,迄邐至末傳,始逢財爻。又遙克為用,傳將間退,末傳亥為圖書,主使人持券而回,向別處交兌也。且三傳缺未,得支上神湊合,其銀必係兩次湊合,後果如所占。
『六壬粹言』の断語に曰く、銀両は能く当即に付清する能わず、須く別處より兌付せしむを得。青龍は官星を乗じて初伝を作れども、无奈正に旬空に逢い、一路曲折して末伝に到りて、乃ち財爻に遇上するを以てなり。又た是れ遥克取用、三伝と天将とは間退の勢を成し、末伝の亥又た是れ図書文契の象、派去するの人の字据を拿着して回り、別に別處に到りて兌取するを主る。加うるに三伝は一個の未を缺き、須く日支上神に靠りて凑合するを以て、此の筆の銀子は必定に是れ両次に分かちて斉え凑る。後来果たして占う所と相合せり。
此課恰如靈活遊于山路,曲折圓轉,變化多端,於課理指要之處多矣,學壬者最宜詳審。 課體大勢,干神加支而生支,正是求人之象,不得自專也。 首斷能否得之。財現於末傳,雖生初鬼,但初鬼旬空,此為枉作惡人格,艱難有成。若初傳鬼實,不可求也。
注解者は評説す、此の一課は人の山路上に於いて霊活に穿行するに比す、曲折回旋・変化多端、課理要旨に合する處甚だ多し、六壬を学ぶの人最も当に細細に体会すべし。課体大勢に就きて言えば、日干の神は日支上に加わりて又た去りて日支を生ず、正に是れ人に求むる有り・能く自己作主する能わざるの象。先ず能く討い到るか否かを断ず。財爻は末伝に於いて出現す、雖も去りて初伝の官鬼を生ずるも、但だし初伝の鬼は正に旬空に逢う、此れを「枉作悪人」格と叫ぶ、雖も艱難なりとも事は終帰能く成る。假如初伝の鬼は是れ実にして而して空ならざれば、彼れ則ち能く往きて求むべからず。
初中空陷,又末助初傳,大凡此等課體,必須二次方成。且類神現於末傳,故斷不能即付,必待後來。 課得間退,局名斷澗,半途而廢之象。但此退、此半途而廢,非此事也,乃應於使人也。
注解者は接ぎて説く。初伝・中伝皆な空陥し、末伝又た頭を回らして去りて初伝を助く、凡そ是れ此の一類の課体は、必定に須く両回を辦りて乃ち成る。況んや求む所の物の類神は末伝中に於いて出現するをや、故に能く当即款を付する能わざるを断定す、一定に須く後来に到るを待つべし。此の課又た間退の象を得、格局の名は「断澗」と叫ぶ、本より是れ半途にして廃するの兆。但だし此の個の退・此の個の半途にして廃するは、応するは并びに是れ債を討う此の件の事に非ず、而して是れ派去せしの仆人の身上に応ず。
占訟章第十八
占訟日辰分主客(日為客,辰為主,先動為客後應為主),課傳官鬼斷輸贏(日上有鬼不利客,支上有鬼不利主。發用剋日客輸,克辰主輸。如干支上神受克及干支上下交互相剋亦然)。勾陳帶木虎壬並(謂白虎帶旬遁或壬不中之壬也),庭成須如犯有刑。 子孫制鬼患有救,父母化官禍無傷。害合區分窺解結(逢合事解,逢害事結),仍觀旺敗定災祥(逢旺者祥,逢敗者災)。 空亡喜懼推亨患,墓庫欣檜分結散。傳互克干有災欺,用神內戰窩相犯。
占訟章の歌訣に曰く、詞訟を占うに先用日辰を以て主客を分かつ。日干は是れ客・日支は是れ主、先ず手を動かすは是れ客、後に戦に応ずるは是れ主。再び四課三伝中の官鬼を看て以て輸贏を断ず。日干上に鬼有れば客に利あらず、日支上に鬼有れば主に利あらず。初伝は日干を克せば則ち客は輸し、日支を克せば則ち主は輸す。日干日支の上神の克を受くるか、或いは干支上下の交互相克するも、亦た此の様に照らして推斷す。勾陳は木神を帯び・白虎又た壬と相并ぶ(是れ白虎の旬遁の壬を帯ぶるを指し、或いは壬中せざるの壬)、公庭に到りて簿に対すれば必ず刑傷を犯さん。子孫は能く官鬼を制すれば、禍患便ち救い有らん。父母は官星を化出すれば、災禍も亦た人を傷るに到らず。害と合とは須く分かち開きて看るべく、借りて以て事の是れ解か是れ結かを窺知せん。合に逢えば則ち解け開き、害に逢えば則ち糾結す。再び旺衰を看て以て災祥を定む。旺気に逢えば則ち吉、敗気に逢えば則ち災。空亡は須く喜懼を分かちて以て亨通或いは禍患を推すべし。墓庫は須く欣憂を分かちて以て事の結か還た散かを定むべし。三伝交互に来りて日干を克するは、則ち災禍欺凌有らん。用神内戦すれば、便ち是れ窩裡相犯す。
末初三般仔細論(忌末生初鬼),將傳間逆禍難伸。貴罡杜戶知殃退,虎鬼乘騏(即馬載虎鬼)識禍頻。 朱勾剋日莫興詞,妄舉輕為自投死。二將若也生日干,勘官昭雪人欣喜。 虎頭蛇尾(初虎末蛇)禍不凶,雀入勾鄉(午加辰也)訟為最(事情重大)。若犯歲君坐死推(朱雀克太歲也),螣蛇夾墓小翻大。 丁動刃逢(即羊刃煞也)遭縲紲,龍陽生遇禍消時(青龍太陽生氣也)。五行決罪(木主笞杖,火說流血,金主針刃,土主徒刑,水主流罰)明天將,二赦(即四季天赦及皇恩)解凶分地支。
末伝と初伝等三伝の間の関係は須く仔細に推論すべし、最も忌むは末伝の去りて初伝の官鬼を生ず。三伝と天将とは間隔逆行するは、禍事則ち申雪し難し。貴人と斗罡とは門戸を把住す、以て災殃将に退かんとするを知るべし。白虎は鬼を帯びて又た馬星を乗ずれば、以て禍事頻仍なるを知るべし。朱雀・勾陳は来りて日干を克するは、千万に訟を興す勿れ、軽率妄挙するは自ら死路に投ずるに等し。此の両位の天将若し反って日干を生ぜば、案を審するの官員は則ち汝の為めに昭雪し、人人欣喜せん。初伝白虎・末伝螣蛇は、是れ虎頭蛇尾、禍事并びに凶と算せず。朱雀は勾陳の郷に進むは(午は辰上に加わる)、官司則ち最も重大なり。若し朱雀は太歳を冲犯して又た死気に坐し、或いは螣蛇は墓を夹めば、小事も亦た翻りて大事と成らん。丁神発動して又た羊刃に逢うは、必ず牢獄枷鎖に遭わん。青龍・太陽・生気相遇するは、正に是れ禍事消解の時。五行は以て罪名を決断すべし。木は笞杖を主り、火は流血を主り、金は刀刃を主り、土は徒刑を主り、水は流放を主る。還た須く乗ずる所の天将を参看すべし。四季天赦と皇恩との此の両種の赦神は能く凶を解す、亦た須く地支を分かちて看るべし。
兔犬(卯手戌足)加臨防弔拷,雞蛇(酉巳相加為配)發用定成徒。循環周遍日纏紲,根斷源消終罄無。 勾陳白虎同剋日,犯法之人遭刑戮。太歲貴人作恩星(謂生日也),罪雖至重還輕逐。 格凶定當以凶斷,課吉還須作吉推。鬼賊絕處訟瞭解(要在官鬼絕上字定絕期),末傳沖處定散期(要在末傳沖處上字定散期)。
卯は是れ手・戌は是れ足、兎犬加臨するは、須く吊打拷問を防ぐべし。酉と巳と相加して発用するは、必定に徒刑と判成せん。課は循環周遍を成すは、官司便ち日日身に纏わん。若し根断源消せば、最終に一無所有ならん。勾陳と白虎と一同に来りて日干を克するは、法を犯すの人は須く刑戮に遭うべし。太歳・貴人若し恩星を作りて来りて日干を生ぜば、罪名雖も重しとも、亦た還た能く軽より発落するを得。格局凶なれば則ち当に凶に按じて来りて断ずべく、課体吉なれば則ち当に吉に按じて来りて推すべし。官鬼此の賊害は絶地に走到すれば、訟事則ち了結す、須く官鬼の絶に入るの上神の上に於いて以て絶期を定むべし。末伝の冲に逢うの處は便ち是れ散期、須く末伝の冲する所の上神の上に於いて以て散期を定むべし。
占訟章・占験一
占驗一、辛未四月丙辰甲午時,萊陽運芝萊父師在京考選相會時偶占。重審、玄胎。(子丑空,卯辰落空) 朱蛇 六 申酉戌亥 貴 蛇勾 貴六 財 庚申 六 勾 未 子 后 戌未 亥申 官 癸亥 貴 龍 午 丑 陰 未辰 申丙 父 甲寅 玄 空 巳辰卯寅 玄 虎常
辛未年四月丙辰日甲午時に占す。莱陽の運芝莱老師は京城に於いて考選に参加し、陳公献と相会するの時随ちに一課を起こせり。課体は重審に属し、格は玄胎を成す。本旬の空亡は子・丑に在り、天盤の卯・辰両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ十二天将、中間の両列は自ら右より左に向かいは是れ第一課より第四課に至り、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝、各々六親・遁干と乗ずる所の天将とを注す。此の課の初伝庚申は是れ財爻にして六合を乗じ、中伝癸亥は是れ官星にして貴人を乗じ、末伝甲寅は是れ父母にして玄武を乗ず、財・官・馬の三者倶に全し。
斷:傳將財官驛馬(初傳申財,中傳亥官,末傳寅馬),城吏遞互相生,大吉。芝翁曰:曰:此公已攖重戮,付刑部獄,生全即出望外,矧敢非乎?曰:月德發傳,中傳貴絕,末見長生,此為絕處逢生,支上皇恩化戌,斗罡居命,指日出獄,難免謫戍,然後來仕途顯遠。思宗因旱祈雨,壬戌日赦文武大臣七人,此公在赦內。後知為張逢玄先生也。十二年後,果歷仕途顯要,今為少冢宰,尋轉大司空。
陳公献の断じて曰く、三伝と天将とは財爻・官星と駅馬とを帯ぶ。初伝申は是れ財、中伝亥は是れ官、末伝寅は是れ馬。城吏の神又た層層逓相化生す、大吉。芝翁曰く、此の位の先生已に重罪を犯し、刑部大牢の中に関わる、能く性命を保住するは則ち已に出乎意外、何の處か敢えて別に奢望せんや。我曰く、月徳は初伝を作り、中伝の貴人は絶に入り、末伝は却って長生を見る、此れ正に是れ絶處に生に逢う。日支上の皇恩は戌に化し、斗罡又た本命に居る、日ならずして則ち能く獄を出でん、只だ是れ辺を戍るを贬谪せらるるを免れ難く、此の後の仕途は却って甚だ顕達なり。後来思宗は大旱に因りて雨を祈り、壬戌日に於いて文武大臣七人を赦免す、此の位の先生は正に赦免の列に在り。事の後乃ち彼是れ張逢玄先生なるを知る。十二年の後、彼果たして顕要を任歴し、如今吏部侍郎を做り、久しからずして又た工部尚書に転任せり。
占訟章・占験二
占驗二、丙子三月乙未日己卯時,御馬監太監馮允升被逮,刑部已定重闢,求占。重審。(辰巳空,亥子落空) 后陰 貴 子丑寅卯 玄 六陰 空蛇 子 甲午 空 蛇 亥 辰 常 酉寅 午亥 財 辛丑 后 朱 戌 巳 虎 寅未 亥乙 官 丙申 勾 六 酉申未午 空 勾龍
丙子年三月乙未日己卯時に占す。御馬監太監馮允升は逮捕を被り、刑部已に死罪を定め、因りて占うを求む。課体は重審に属す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の亥・子両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に乗ずる所の天将を注し、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干と天将。此の課の初伝甲午は是れ子孫にして天空を乗じ、中伝辛丑は是れ財爻にして天后を乗じ、末伝丙申は是れ官星にして勾陳を乗ず。日干乙未、日干上神と日支上神とは皆な須く三伝と参看して、乃ち赦するか赦せざるかを定出すべし。
斷曰:必遇恩宥,仍拔重用之兆。蓋以日主皇恩,支見天赦(春三月天赦在寅,此不必以太寅為天赦也),又太歲貴人生日,罪雖至重,亦能轉凶為吉。傳將遞生,初末引從子命(子命上見未,初末午申拱之),定主上臺推薦。 果五月奉旨熱審,開豁謫戍,發京營立功,後監洪黑二將及予追剿,有功復職。
陳公献の断じて曰く、此の人は一定能く恩赦に遇い、還た提拔重用せらるるの兆頭有らん。日干上は是れ皇恩、日支上は天赦を見るを以て(春三月の天赦は寅に在り、必ずしも拘定して太歳の寅を以て天赦と為すべからず)、太歳と貴人と又た来りて日干を生ず、罪名雖も極めて重しとも、亦た能く凶を転じて吉と為す。三伝と天将とは層層相生し、初伝末伝又た子年の本命を引従す(子命上は未を見、初伝午と末伝申と之を把りて夹拱す)、必定に上司の出面して推薦する有らん。結果五月の裡旨を奉じて熱審し、死罪を免れて谪戍に改め、京営に発して効力して功を立てしめり。後来彼は洪・黒二将を監督して并びに陳公献に随いて流寇を追剿し、功有るに因りて職に復せり。
占訟章・占験三
占驗三、丙子三月己酉丁卯時,粵東少伯陳秋桃太史,為宗藩建言被逮刑部,占出獄。驀越、重審。(寅卯空,酉戌落空) 后陰 貴 子丑寅卯 玄 蛇常 六陰 財 辛亥 蛇 蛇 亥 辰 常 亥辰 酉寅 印 丙午 空 朱 戌 巳 虎 辰酉 寅己 兄 癸丑 后 六 酉申未午 空 勾龍
丙子年三月己酉日丁卯時に占す。広東人少伯陳秋桃太史は、宗藩の為めに書を上げて言を進むに因りて刑部に逮え進められ、何れの時能く獄を出るかを占問す。課体は「驀越」に属し兼ねて重審。本旬の空亡は寅・卯に在り、天盤の酉・戌両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干と天将。此の課の初伝辛亥は是れ財爻にして螣蛇を乗じ、中伝丙午は是れ印綬にして天空を乗じ、末伝癸丑は是れ兄弟にして天后を乗ず。初伝の亥は正に是れ駅馬、却って辰墓の上に坐す、此れ是れ全課の関鍵、故に獄を出るは須く墓庫を冲開するの月を待つべし。
斷:目今不能脫難,交四月甲戌日巳時方出獄。同難諸縉紳皆曰:指日即出,余曰;不然,發用驛馬坐墓(驛馬亥坐辰上也),且赤鳥犯歲君(朱雀戌克太歲子也),如上疏旨意必駁。眾不然其說,三月馮大司寇上疏,旨意駁下,四月上疏,依擬脫離。因四月建沖初傳墓中驛馬,方有出獄之應也。
陳公献の断じて曰く、眼下還た難を脱する能わず、須く四月甲戌日巳時に到りて乃ち能く獄を出づべし。一同に獄に下るの士紳皆な日ならずして則ち能く出来ると説く、我曰く然らず。初伝の駅馬は正に墓上に坐す(駅馬亥は辰上に坐す)、朱雀又た太歳を冲犯す(朱雀の乗ずる所の戌は去りて太歳子を克す)、此の時に疏を上げて申弁すれば、旨意必定に駁回せらるべし。衆人皆な然りと為さず。三月の裡刑部尚書馮某は疏を上げ、旨意果たして駁下せられ。四月に到りて再び疏を上げ、乃ち擬する所に依りて罪を脱せり。四月の月建は初伝墓中の駅馬を冲动するを以て、此れ乃ち獄を出るの応験有るなり。
可見脫難之事,馬星十分重要,以其亦逃脫之意也。凡坐墓則不能動也,合亦然;受沖為動機。 宗藩,皇家宗室,為分封到各處的各代皇帝子孫,如福王朱常洵、桂王朱由榔、唐王朱聿建等。為宗藩建言者,上書請為某宗藩聽某件事說好話,如請求增加封地、提高官階等等。
注解者は指出す、以て難を脱する此の類の事は、馬星十分要緊を見るべし、馬も亦た逃脱の意思を含着するを以てなり。凡そ墓上に坐すれば則ち動く能わず、合住せらるるも亦た一様、冲を受くる乃ち是れ動くの契機。注解者又た「宗藩」を解釈す。宗藩は則ち是れ皇家宗室、各地に分封せられしの歴代皇帝子孫を指す、福王朱常洵・桂王朱由榔・唐王朱聿建等の如し。謂う所の宗藩の為めに建言するは、則ち是れ書を上げて某位の宗藩の某件の事の為めに好き話を説く、譬えば封地を增加し・官階を提高するを請求するの類。
占訟章・占験四
占驗四、壬午七月甲午日庚午時偶有一客至埂子街寓中,坐定時餘為袖傳課。退茹。(辰巳空,卯辰落空) 勾龍 六 辰巳午未 空 六勾 后貴 父 庚子 后 朱 卯 申 虎 辰巳 子丑 父 己亥 陰 蛇 寅 酉 常 巳午 丑甲 財 戊戌 玄 貴 丑子亥戌 玄 后陰
壬午年七月甲午日庚午時に占す。偶然に一位の客人有りて埂子街の寓所に来り到り、坐定するの後、陳公献便ち袖中に於いて掐算して課を起こせり。課体は「退茹」に属し、三伝節節後退す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の卯・辰両神は空亡の宮に落つ。以下は是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中間の両列は自ら右より左に向かいは四課、最も右の一列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝庚子と中伝己亥とは皆な是れ父母、末伝戊戌は是れ財爻、分別に天后・太陰と玄武とを乗ず。子・亥・戌は節節後退し、正に是れ退茹の象、謀る所の事は退有りて進無きを主る。
斷:公科第中人,非田姓即王姓也,然有朝廷事連累。蓋臨身貴人,必科甲中人;然貴被干克,歲破發用,課傳退茹,是以有獲罪朝廷事。喜初中後陰為恩赦,然而無大咎也。後知為荊州知府王承曾,甲戌進士,以失城逮問,賊破燕京始出。
陳公献の断じて曰く、您是れ科挙出身の人、姓は田に非ざれば則ち姓は王、只だ是れ朝廷の案子の牽累有るのみ。貴人の自身に臨むを以て、必ず是れ科甲中の人。然而貴人は日干に克せられ、歳破又た初伝を作り、四課三伝皆な是れ退茹の象、故に朝廷に於いて罪を獲るの事有り。喜ぶべきは初伝・中伝と天后・太陰と皆な恩赦の神を作る、因りて并びに大禍無し。後来乃ち彼是れ荊州知府王承曽・甲戌科の進士・城池を失守するに因りて逮問を被り、直に流寇の北京を攻破するに到りて乃ち身を脱するを得たるを知る。
占訟章・占験五
占驗五、癸酉四月癸亥丙辰時,宜興周首輔因陳科長彈論,命醫者周誠生來占,重審。(子丑空,巳午落空) 空虎 龍 戌亥子丑 常 勾后 空蛇 財 戊午 蛇 勾 酉 寅 玄 酉辰 亥午 兄 癸亥 空 六 申 卯 陰 辰亥 午癸 官 丙辰 后 朱 未午巳辰 后 蛇貴
癸酉年四月癸亥日丙辰時に占す。宜興人の周首輔は、陳科長に弾劾議論せられしに因りて、医師周誠生を命じて前来せしめて占問せしむ。課体は重審に属す。本旬の空亡は子・丑に在り、天盤の巳・午両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外の注する所は是れ十二天将、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝戊午は是れ財爻にして螣蛇を乗じ、中伝癸亥は是れ兄弟にして天空を乗じ、末伝丙辰は是れ官星にして天后を乗ず。日干癸と日支亥と同じく一宮に處を同じくし、全課の貴人・禄神・財爻・馬星の落つる處は、正に是れ下文の断語の着眼の所在す。
斷:朝官占此,必主去位。蓋因傳將遞克,德不勝刑(德在巳而刑在亥,亥克巳太耳。),主小人進用而君子退位。且貴祿財馬俱逢空陷(貴、財、馬俱在巳,臨子落空;祿子旬空,臨未非落空。),豈能善後乎。又夜貴臨行年(行年必在戌,卯臨之。),即不仕閒官也。六月後,年上日祿天馬沖動身命,是其行期矣。喜四墓覆生,仍有復起之象。果六月準辭,馳驛回里。
陳公献の断じて曰く、朝に在りて官を為すの人此の一課を占うに、必定に須く位を去らんと要す。三伝と天将と層層逓克し・日徳は刑神に敵す能わざるを以て(徳は巳に在りて而して刑は亥に在り、亥は来りて巳を克する太甚なり)、小人の用を得て而して君子の位を退くを主る。況んや貴人・禄神・財爻・馬星の統統空に落ちて陥を受くるをや(貴人・財・馬皆な巳に在り、子上に臨みて而して空に落つ。禄神子は本身旬空なれども、未上に臨むは却って落空と算さず)、怎んぞ能く好き結局有らんや。又た夜貴の行年に臨む有り(行年は必ず戌に在り、卯に由りて来临す)、便ち官を做すとも只だ是れ閑職。六月以後、行年上の日禄と天馬と身命を冲动するは、彼れ則ち彼の動身するの日期。喜ぶべきは四墓の反覆相生し、還た再起の象有り。果たして六月の裡朝廷は辞呈を准し、彼は駅の車馬を乗りて郷に回れり。
十四年辛巳九月,復入閣,十六年賜死。
注解者は補記す。崇禎十四年辛巳九月に到りて、此の位の周首輔は又た内閣に召回せられ、十六年に死を賜せられり。
占訟章・占験六
占驗六、丙子二月乙未日己卯時,東省登州戚都司諱司宗者因失機已定重闢八載,占吉凶若何。重審。(辰巳空,亥子落空) 后陰 貴 子丑寅卯 玄 六陰 空蛇 子 甲午 空 蛇 亥 辰 常 酉寅 午亥 財 辛丑 后 朱 戌 巳 虎 寅未 亥乙 官 丙申 勾 六 酉申未午 空 勾龍
丙子年二月乙未日己卯時に占す。山東登州都司戚司宗は軍機を貽誤するに因りて、已に死罪に定成せられて八年を関わり、吉凶如何を占問す。課体は重審に属す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の亥・子両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤、形制は前一課と相同じ。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課は前面の第二課と同じく是れ乙未日己卯時、排出する所の課盤完全に一様。初伝甲午は是れ子孫にして天空を乗じ、中伝辛丑は是れ財爻にして天后を乗じ、末伝丙申は是れ官星にして勾陳を乗ず。同様の一副の課盤、問う所の事の同じからざるに因りて断法各々異なり。
斷曰:六月遇赦,轉凶為吉。緣長生臨身(亥為木長生,臨日故也,此不以長生坐墓看。),天赦加支,況太歲貴人俱作恩星,罪雖重,亦減輕矣。尤可喜者,傳將遞生,初末暗拱未命(此又不以拱上神論。),仍有公卿推薦,他日出仕之象也。果六月奉命熱審,豁罪謫戍,發京營立功處贖,後辛巳年升甘肅鎮中軍參將。
陳公献の断じて曰く、六月に赦免に遇い、凶を転じて吉と為さん。長生の自身に臨むを以て(亥は是れ木の長生、又た日干上に臨む、此の處は長生の墓に坐するに按じて看ざるなり)、天赦は日支上に加わり、況んや太歳と貴人と皆な恩星を作るをや、罪名雖も重しとも亦た須く減軽すべし。尤も喜ぶべきは三伝と天将との層層相生し、初伝末伝暗中に未年の本命を夹拱す(此の處も亦た上神を拱住するに按じて論ぜず)、仍ほ公卿の推薦・日後に再び出仕するの気象有り。果たして六月に命を奉じて熱審し、罪を免れて谪戍に改め、京営に発して功を立てて罪を贖わしめ、後来辛巳年に甘肅鎮中軍参将に升任せり。
占訟章・占験十五
占驗十五、辛未四月戊午辛酉時,山東吏垣宋太斗先生相召占課,雲非己占、代占,玄胎、伏吟。(子丑空,子丑落空) 蛇貴 朱 巳午未申 后 蛇蛇 朱朱 父 丁巳 朱 六 辰 酉 陰 午午 巳巳 子 庚申 后 勾 卯 戌 玄 午午 巳戊 鬼 甲寅 龍 青 寅丑子亥 常 空虎
辛未年四月戊午日辛酉時に占す。山東籍の諌官宋太斗先生は相い邀ねて課を占う、声は是れ自己に替わりて占うに非ず、而して人に代わりて来りて占うなりと明かす。格は玄胎を成し、課体は是れ伏吟。本旬の空亡は子・丑に在り、天盤の子・丑両神も亦た正に空亡宮の上に落つ。以下は是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の四課上下皆な是れ午の午に加わり・巳の巳に加わる、天地盤同位、正に是れ伏吟。初伝丁巳は是れ父母にして朱雀を乗じ、中伝庚申は是れ子孫にして天后を乗じ、末伝甲寅は是れ官鬼にして青龍を乗ず。伏吟の課は事の伏して動かざるを主り、須く冲開を待ちて乃ち転機有らん。
斷:在朝官占此提防臺諫而回還得好 旨歸里。蓋因傳將互克,伏吟丁馬,且太陽無光矣(月將酉臨酉地,是西墜之象也),豈能久居廊廟乎?然喜朱雀德祿生日(朱乘巳作日德日祿臨日),故得好旨歸里。後知為四明諱象坤錢相公所占。果因人言請告而去。
陳公献の断じて曰く、朝に在りて官を做るの人此の一課を占うに、須く台諌の弾劾を提防すべし、不過還た能く一道の好き旨意を得て郷に回るを得。三伝と天将と互相克戦し・課は伏吟を成して又た丁神駅馬を見、加うるに太陽已に光無きを以て(月将酉は酉宮に臨み、正に是れ日の西方に落つるの象)、怎んぞ能く久しく朝廷に居らんや。幸いなるは朱雀は日徳・日禄を帯びて来りて日干を生ず(朱雀は巳を乗ず、巳は既に是れ日徳にして又た是れ日禄、正に日干に臨む)、故に能く好き旨意を得て里に帰るを得。後来乃ち知る、此れ是れ四明人銭象坤相公に替わりて占う所なり。彼果たして人に議論せらるるに因りて假を請い職を離れり。
錢象坤(1559——1640),崇禎二年(1629,己巳)十二月丁丑日以禮部侍郎入閣,四年六月丁未,與周延儒爭吵而致仕。
注解者は附注す。銭象坤は一五五九年に生れ、一六四〇年に卒す。崇禎二年己巳十二月丁丑日に礼部侍郎を以て閣に入り、崇禎四年六月丁未に、周延儒と争吵するに因りて官を辞し里に帰れり。彼正に是れ此の一課の占う所の当事者。
占訟章・占験十六
占驗十六、丙子二月乙酉日辛巳時,淮陽巡撫諱振纓浙湖吳公祖,因賊焚鳳靈被逮,刑部已定重闢索占,涉害、天獄,午未空、亥子落空。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 龍陰 陰六 財 乙未 龍 六 酉 寅 陰 未寅 寅酉 父 戊子 貴 勾 申 卯 玄 寅酉 酉乙 子 癸巳 虎 青 未午巳辰 常 空虎
丙子年二月乙酉日辛巳時に占す。淮陽巡撫・浙江湖州人呉振纓は流寇の鳳陽皇陵を焚焼するに因りて逮捕を被り、刑部已に死罪に定め、因りて占うを求む。課体は渉害に属し、格は「天獄」を成す。本旬の空亡は午・未に在り、天盤の亥・子両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝乙未は是れ財爻にして青龍を乗じ、中伝戊子は是れ父母にして貴人を乗じ、末伝癸巳は是れ子孫にして白虎を乗ず。中伝の子は正に是れ丙子年の太歳、故に下文は太歳を以て恩星を作りて来りて断ず。
斷:目今必遇赦,在六月便有出獄之徵。蓋因皇恩臨干,天赦居支,又中傳太歲作貴人生日,罪雖至重,亦能轉凶為吉。但嫌戌臨孟位,又為本命,謫戍未能免。後曹大司禮奉命熱審,開豁謫戍。
陳公献の断じて曰く、眼下必定に赦に遇い、六月に則ち獄を出るの征兆有らん。皇恩の日干に臨み・天赦の日支に居り・中伝の太歳又た貴人を作りて来りて日干を生ずるを以て、罪名雖も極めて重しとも、亦た能く凶を転じて吉と為す。只だ是れ戌の孟位に臨むを嫌う、戌又た正に是れ彼の本命、辺を戍るを贬谪せらるるは免る能わず。後来司礼監の曹某は命を奉じて熱審し、果たして死を免れて谪戍に改む。
熱審,明代錄囚制度,重新審理,一般從輕發落,《明史》載:“每年熱審自小滿後十餘日,司禮監傳旨下刑部,即會同都察院、錦衣衛題請,通行南京法思,一體審擬具奏,京師自命下之日至六月終止,南京自部移至日為始,亦滿月而止。”
注解者は「熱審」を解釈す。熱審は是れ明代の囚を録る制度、暑天に於いて案件を重新審理し、一般に軽より発落す。『明史』に記載す、毎年の熱審は小満以後の十几天より開始し、司礼監に由りて旨を伝えて刑部に給し、随即に都察院・錦衣衛と会同して疏を上げて請示し、南京各法司に通行して一体審擬して奏を具す。京師は命令の下達するの日より起し六月の底に到るを以て止め、南京は部文の移して到るの日より起算し、亦た一個月に満つるを以て止む。
《明史》八年正月,流賊陷鳳陽,毀皇陵。巡撫楊一鵬,(王)應熊座主;巡按吳振纓,(溫)體仁姻也。二人恐帝震怒,留一鵬、振纓疏未上,俟恢復報同奏之,遂擬旨令撫按戴罪。後一鵬棄市,振纓謫配。
注解者は『明史』の記載を引く。崇禎八年正月、流寇は鳳陽を攻陥し、皇陵を毀れり。当時の巡撫楊一鵬は是れ王応熊の座主、巡按呉振纓は是れ温体仁の姻親。両人は皇帝の震怒を怕れ、便ち楊一鵬・呉振纓の奏疏を把りて扣下して上せず、失地を收复するの捷報と一并に奏聞せんことを想い、於是に旨を拟して巡撫・巡按に罪を戴きて事を辦せしめり。後来楊一鵬は処死せられて市に棄てられ、呉振纓は贬谪せられて軍に充てられり。
此課發用死氣,斗繫日本,為天獄課,甚符問課之意。 三傳遞克,必有人參劾。支加干而克干,為上門亂首,必有人落井下石。焚鳳靈者,明帝之祖墳在鳳陽,專設廬鳳總督以護之,張獻忠、李自成兵發鳳陽,焚其祖墓,守土官失責,被參拿問,應是死罪。 此課之關節,在於太歲作恩星乘貴人,雖臨空害之地,不以凶論也。可見壬學於太歲甚重視,而月建則否。
注解者は分析す。此の一課は初伝は死気を乗じ、斗罡は日干本身に係わり、天獄課を成り、問う所の獄訟の事と極めて吻合す。三伝層層逓克す、必定に人の章を上げて参劾する有らん。日支は日干上に加わりて又た来りて日干を克す、是れ「上門乱首」の象、必ず人の井に落ちて石を下す有らん。謂う所の鳳霊を焚くは、是れ明朝皇帝の祖墳の鳳陽に在るに因り、朝廷は専ら廬鳳総督を設けて以て之を守護す。張献忠・李自成は鳳陽に兵を発し、明室の祖墓を焼き、土を守るの官は職を失し、参劾を被りて拿問せられ、本より当に処死すべし。此の一課の関節は、太歳の恩星を作りて又た貴人を乗ずるに在り、雖も落空して害を受くるの地に臨むとも、亦た凶に按じて論ぜず。此に由りて六壬の学は非常に太歳を看重し、月建に対して反って彼れほど重視せざるを見るべし。
占訟章・占験十七
占驗十七、癸未七月丁未丁未時,丹陽葺村盛順因逮進京,舟泊邦關請占,八專、斬關。(寅卯空,亥子落空) 勾龍 六 寅卯辰巳 空 朱龍 朱龍 鬼 辛亥 貴 朱 丑 午 虎 丑辰 丑辰 子 甲辰 龍 蛇 子 未 常 辰未 辰丁 子 甲辰 龍 貴 亥戌酉申 玄 后陰
癸未年七月丁未日丁未時に占す。丹陽葺村の人盛順は逮捕押解して京に進むに因りて、船は邦関に停泊し、陳公献に占卜を請う。課体は是れ八専、又た斬関を犯す。本旬の空亡は寅・卯に在り、天盤の亥・子両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝辛亥は是れ官鬼にして貴人を乗じ、中伝と末伝と皆な是れ甲辰・是れ子孫にして青龍を乗ず。八専課は干支同位、三伝往往にして重出す。月将辰は青龍を乗じて干支の上に加わる、正に是れ下文の断語の本とする所。
斷:其事定然辯雪,到京公訟前休。蓋因月將青龍加臨干支(八專課,月將辰乘龍臨干支),勾陳生日(勾乘卯生日干丁),官鬼空陷(亥子官鬼臨寅卯落空也),是以公訟辯雪白休息矣。
陳公献の断じて曰く、此の件の案子は一定能く弁白昭雪し、京城に到ると、訟事則ち先行して了結せん。月将は青龍を帯びて日干日支の上に加臨するを以て(八専課中は月将辰は青龍を乗じて干支に臨む)、勾陳又た来りて日干を生ず(勾陳は卯を乗ず、卯木は日干丁火を生ず)、官鬼は則ち空に落ちて陥を受く(亥・子両個の官鬼は寅・卯上に臨みて而して空に落つ)、故に官司は能く弁白清楚にして而して平息を告ぐ。
自為周相公占課何如,手取棋子三十二枚,以十二除之,餘八枚,亦是此課。曰:己丑命見日墓(丁墓戌臨丑),年乘三刑(命上戌,太歲未,三刑故也),與寅命相去甚遠,烏能無罪?後相國賜死,李賊破北京,盛脫自歸。
陳公献又た周相公に替わりて一課を占いて結局如何を看る。手に随いて棋子三十二枚を抓起し、十二を用いて之を除す、余りは八枚、起き出すも亦た正に是れ此の一課。我曰く、周相公は己丑年に生れ、本命上は日墓を見(丁火の墓は戌に在り、戌は丑に臨む)、流年又た三刑を乗ず(本命上は是れ戌、太歳は是れ未、戌未は相刑す)、寅年の命と相去ること甚だ遠し、怎んぞ能く罪無からんや。後来此の位の相国果たして死を賜せられ。李自成の北京を攻破するの時、盛順乃ち身を脱して自ら郷に回れり。
周相公者,前述之周延儒也,《明史莊烈帝紀》曰:“十六年,賜周延儒死。”盛順,周延儒之門客,故為盛順占而想起周延儒。
注解者は説明す、此の處の周相公は則ち是れ前面の提到する所の周延儒。『明史・荘烈帝紀』に崇禎十六年に周延儒に死を賜るを記載す。盛順は是れ周延儒の門客、故に盛順に替わりて課を占うに便ち周延儒を連想す。課を占う時の此の一番の連想は、往往正に是れ応験の線索。
占訟章・占験十八
占驗十八、丁丑五月甲子日巳時申將,浙上虞顧友與徽友吳子達為人代占吉凶,重審、玄胎,戌亥空、丑寅落空。 龍勾六朱 申酉戌亥 空 未 子 蛇 虎陰龍常 鬼 壬申 龍 虎 午 丑 貴 午卯申巳 父 乙亥 朱 巳辰卯寅 卯子巳甲 比 丙寅 后 常玄陰后
丁丑年五月甲子日・巳時申将に占す。浙江上虞の顧姓の朋友と徽州の呉子達とは、別人に替わりて吉凶を代占す。課体は重審に属し、格は玄胎を成す。本旬の空亡は戌・亥に在り、天盤の丑・寅両神は空亡の宮に落つ。以下は是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干と乗ずる所の天将。此の課の初伝壬申は是れ官鬼にして青龍を乗じ、中伝乙亥は是れ父母にして朱雀を乗じ、末伝丙寅は是れ比肩にして天后を乗ず。月将・青龍と官星と同時に出現す、是れ下文の宰輔内鬥を断ずるの根拠。
斷:月將龍官內戰,必因宰輔窩裡生非而敗事。但龍官與年神生合,斷非尋常可比,嫌干乘飛符,支見游魂,目今人宅必有災非之事。且年命勾神為祟,又丁動刃逢,貴履地網,公訟拘繫必見。喜勾陰生日,事可辨雪。曰:日後何如?予云:喜德神祿馬會入天門,定然位居顯要,忌見旬空,難以久遠。後知為常熟錢牧齋太史也,甲戌(申)歲官至大宗伯。
陳公献の断じて曰く、月将は青龍・官星と内戦を発生し、必定に是れ宰輔の間の窩裡争鬥に因りて事を壞し了る。但だし青龍官星又た流年の神と相生相合す、断ずる所は絶対に是れ尋常の小事に非ず。嫌うべきは日干上は飛符を乗じ、日支上は游魂を見、眼下人と宅と皆な必ず災禍是非有らん。加うるに本命行年上は勾陳の祟を為し・丁神発動して又た羊刃に逢い・貴人は地網上に踏むを以て、官司拘押は是れ必定要して遇上する所。幸いなるは勾陳と太陰と来りて日干を生ず、事は以て弁白する可し。彼問う、日後如何。我曰く、喜ぶべきは日徳・禄神・馬星皆な天門に於いて会聚す、将来必定に顕要に居るを位せん。忌む所は又た旬空を見る、恐怕らくは以て長久なり難し。後来乃ち占う所は是れ常熟人銭牧斎太史にして、彼は甲申年に礼部尚書に做到せりと知る。
錢牧齋,錢謙益(1582—1684年)字,1628年曾罷官消籍,1637年遭溫體仁誣陷而被下獄,東林黨人救之,迫使溫於1637年七月辭職,錢於甲申年為南明禮部尚書,次年降清。本命午,行年酉。
注解者は附注す。銭牧斎は是れ銭謙益の字、彼は一五八二年に生れ、一六八四年に卒す。一六二八年に曽て官を罷め名を除かれ、一六三七年に温体仁の誣陷を遭りて獄に下り、東林党人は力を出して営救し、温体仁をして此の年の七月に職を辞さしむを迫れり。銭謙益は甲申年に於いて南明の礼部尚書に出任し、第二年に清に降れり。彼の本命は午に在り、行年は酉に在り。此らの経歴は、正に課中の断ずる所の顕要に居るも能く久長ならざると相合す。
占訟章・占験十九
占驗十九、丁丑七月丁亥日甲辰時,太倉中翰錢是奄占常熟陳南洲逮問事,重審、進茹,午未空、未申落空。 勾六 龍 午未申酉 朱 空 巳 戌 蛇 陰后朱六 財 甲申 六 虎 辰 亥 貴 丑子酉申 財 乙酉 朱 常 卯寅丑子 后 子亥申丁 子 丙戌 蛇 陰后
丁丑年七月丁亥日甲辰時に占す。太倉の中書舎人銭是奄は、常熟人陳南洲の逮問を被るの一事に替わりて占卜す。課体は重審に属し、三伝順進して進茹と為す。本旬の空亡は午・未に在り、天盤の未・申両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝甲申と中伝乙酉とは皆な是れ財爻、分別に六合と朱雀とを乗じ、末伝丙戌は是れ子孫にして螣蛇を乗ず。申・酉・戌は順次にして進む、故に進茹と叫ぶ、事の歩歩逼近するを主る。
斷曰:占訟最凶,全無救解。蓋因發用皇詔坐空,又蛇虎二墓加臨卯酉,此為冢墓門開,必主重重死喪也。又傳將純劫殺,丁火病死墓絕俱見,原何有救?且年上勾刃帶木,是用刑人執杖,定遭凶死。其後果奉旨廷杖,枷死二人。
陳公献の断じて曰く、官司を占いて此の一課を得るは最も凶、完全に救解無し。初伝の皇詔は空亡上に坐し、螣蛇・白虎両個の墓神又た卯・酉の上に加臨するを以て、此れを冢墓門開と叫ぶ、必ず連続の死喪を主る。再び言う、三伝と天将とは純に是れ劫殺、丁火の病・死・墓・絶は一斉に出現す、何の處に還た救い有らんや。加うるに行年上は勾陳の羊刃を帯びて又た木を帯ぶるを以て、正に是れ行刑人の手に杖棒を執るの象、一定要して凶死に遭わん。後来果たして旨を奉じて廷杖し、両人有りて枷号して打死せられり。
占訟章・占験二十
占驗二十、丁丑十一月癸未日日丙辰時,山東撫臺諱懋芳與興化李父母被總鎮劉澤清參劾逮問,占何日脫難,元首,申酉空空、巳午落空。 朱蛇 六 寅卯辰巳 貴 勾 丑 午 后 勾蛇陰虎 官 丙戌 虎 龍 子 未 陰 丑辰未戌 鬼 乙未 陰 空 亥戌酉申 玄 辰未戌癸 官 壬辰 蛇 虎常
丁丑年十一月癸未日丙辰時に占す。山東巡撫(名は懋芳)と興化知県李某とは、総鎮劉沢清に参劾逮問せられ、何れの日能く難を脱するかを占問す。課体は「元首」に属す。本旬の空亡は申・酉に在り、天盤の巳・午両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当日の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝丙戌・中伝乙未・末伝壬辰、三伝全て官鬼の一類に属し、分別に白虎・太陰と螣蛇とを乗ず。辰・未・戌は皆な是れ墓庫の地、故に断語は最も弁白し難しと説き、只だ初伝末伝に於いて凶を以て凶を制する處に一線の生機を留む。
斷曰:占訟最難辨雪,後卻虎頭蛇尾。蓋課傳蛇虎鬼賊,又太歲歲破剋日,主君相見責;所喜者,支上皇恩,命乘天赦;又以初末觀之,以凶制凶,反無凶矣。但只今行年恩星洩鬼之氣,明春太歲為救,脫難出禁當在彼時。丑年冬月上疏,新正下旨謫戍。
陳公献の断じて曰く、官司を占うに最も弁白し難し、但だし後来は却って是れ虎頭蛇尾。四課三伝中は螣蛇・白虎と官鬼・賊神と倶に全く、太歳・歳破又た来りて日干を克するを以て、君王と宰輔と皆な須く責罰せんとするを主る。喜ぶべきは日支上は皇恩有り、本命上は天赦を乗ず。再び初伝末伝より来りて看れば、凶を以て凶を制し、反って大凶無きなり。只だ是れ眼下行年上の恩星は正に官鬼の気を泄し、明年の春天太歳の来りて救うは、難を脱し獄を出るは当に則ち彼の時に在るべし。果たして丑年の冬月に疏を上げ、新年の正月に旨を下して谪戍に改む。
占訟章・占験二十一
占驗二十一、辛未四月癸亥日戊午時,商城諱奮渭熊兵長垣為戊寅命人代占,斬關、稼穡,子丑空、卯辰落空。 勾龍 六 申酉戌亥 空 朱 未 子 虎 貴玄朱后 官 丙辰 后 蛇 午 丑 常 巳寅未辰 鬼 己未 朱 貴 巳辰卯寅 玄 寅亥辰癸 官 壬戌 龍 后陰
辛未年四月癸亥日戊午時に占す。商城の名は奮渭の熊公と長垣人とは、一位の戊寅年命の人に替わりて代占す。課は斬関を犯し、三伝皆な土にして而して稼穡を成す。本旬の空亡は子・丑に在り、天盤の卯・辰両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝丙辰は是れ官星にして天后を乗じ、中伝己未は是れ官鬼にして朱雀を乗じ、末伝壬戌は是れ官星にして青龍を乗ず。辰・未・戌の三字皆な土、既に稼穡を成し、又た是れ三伝純鬼の象、故に断語は先ず課象雖も凶なりともと説く。
斷:課象雖凶,終不為畏。曰:較張逢玄課何如?予曰:張公課好,太歲剋日,君上不喜,須得木姓人求解,方可釋荷也。三傳純官鬼,又關墓覆日,豈不為凶?喜兩貴拱身,福德儀神臨支;又丁馬貴德居命,且是皇恩天詔,定轉凶為吉。其後刑長垣諱覺斯李先生上疏救之,減死謫戍,後知為雲間錢相公也。
陳公献の断じて曰く、課象雖も凶険なれども、終竟に畏懼に足らず。来るの人問う、張逢玄の彼の一課に比ぶれば如何。我曰く、張公の彼の一課は更に好し。此の一課は太歳の来りて日干を克す、君上は彼を喜ばず、須く一位の木に属するの姓の人の出面して解を求めて、乃ち能く罪責を卸下するを得。三伝純に是れ官鬼、関格と墓神と又た日干を覆蓋す、怎んぞ凶ならざるを得んや。喜ぶべきは両重の貴人の其の身を夹拱し、福徳・儀神は日支に臨む。又た丁馬・貴人・日徳は本命に居り、而且皇恩・天詔を帯び、一定能く凶を転じて吉と為す。後来長垣の李覚斯先生は疏を上げて営救し、死罪に由りて谪戍に減ぜらる。事の後乃ち知る、占う所は是れ雲間銭相公なり。
雲間,今上海,明稱松江府。 《明史》(丁卯年)十二月,前南京吏部侍郎錢龍錫(1575——1645)、禮部侍郎李標、禮部尚書來宗道、吏部侍郎楊景辰、禮部侍郎周道登、少詹事劉鴻訓俱禮部尚書兼東閣大學士,預機務。二年(1629)十二月壬申日罷官,三年九月己卯逮下獄,四年五月甲戌朔,庚辰謫戍定海衛,十二年中,兩逢大赦而不宥,弘光間方回鄉,尋卒,年六十有八。
注解者は説明す、雲間は則ち是れ今天の上海、明代は松江府と称す。又た『明史』を引く。丁卯年十二月、前南京吏部侍郎銭竜錫(一五七五年に生れ、一六四五年に卒す)と礼部侍郎李標・礼部尚書来宗道・吏部侍郎楊景辰・礼部侍郎周道登・少詹事劉鴻訓と、一并に礼部尚書兼東閣大学士の身份を以て機務に参預せり。崇禎二年十二月壬申日に官を罷め、三年九月己卯日に逮捕して獄に下し、四年五月甲戌朔の庚辰日に定海衛に谪戍せり。十二年間に两度大赦に遇上して皆な寛宥を得ること無く、直に弘光年間に到りて乃ち郷に回り、久しからずして去世し、年を享くること六十八歳。注解者の此の一段を引くは、須く課中の断ずる所の死を減じて谪戍し・久しく困って寛宥を得ざるを坐実せんとするなり。
隠遁章第十九
天羅地網欲何之,塞鬼登天可遁馳。傳將見凶干上吉,逃生無困不須疑。 干上子孫傳鬼賊,患門有救便無傷。丁馬最喜加年命,虎鬼臨身禍急防。 有墓昏迷忌兩蛇,無遙混沌防蛇虎(即昴星是蛇虎)。長生月德避之佳,天目直符逃者佳。 暗鬼剋日災患侵,明犬當門(戌加亥上)禍自深。斬關遊子天涯去,內戰天心途路禁。 遠近發用憑休旺(休囚遠旺相近),傳將最嫌逢墓空。天地兩儀須細玩,避凶趨吉用無窮。
隠遁章の歌訣に曰く、課は天羅地網に落つ、還た能く何の處にか往かん。只だ塞鬼・貴人の天門に登る有れば、乃ち以て遁走して馳逃すべし。三伝と天将とは凶神を見ると雖も、只だ要するに日干上神の是れ吉なれば、生を逃るるは困を受けず、疑慮するに及ばず。日干上は是れ子孫にして而して三伝は是れ鬼賊なれば、患難の門便ち救援有り、亦た則ち人を傷るに到らず。丁神駅馬は最も流年・本命の上に加わるを喜ぶ。白虎は鬼を帯びて身に臨むは、則ち須く急急に禍を防ぐべし。墓神有れば便ち昏迷して行き難し、両重の螣蛇を見るを忌む。遥克無きの混沌の課は、須く螣蛇白虎を防ぐべし(昴星課は則ち是れ蛇虎頭に当たる)。長生・月徳の方に往きて躲避するを佳と為し、天目・直符に靠りて出逃するも亦た好し。暗鬼の来りて日干を克するは、災患則ち須く身に侵さんとす。明犬の門に当たる、則ち戌の亥上に加わるは、禍事自然に深重なり。斬関・游子の両格は、人の天涯に遠走するを主る。内戦・天心の両格は、則ち路途の阻まるを主る。逃るるの遠か還た近かは、休旺に憑りて以て定む。休囚すれば則ち遠く、旺相すれば則ち近し。三伝と天将とは最も墓に落ち空に落つるを嫌う。天盤地盤此の両儀は須く細細に玩味すべし、凶を避け吉に趨るの用處無窮無尽なり。
隠遁章・占験一
占驗一、甲申五月乙未癸未時,東省費縣諱四知張相公因高鎮兵馬屯北城外,借住府河廳公署,占進退行,蒿矢、連茹,辰巳空、巳午落空。 虎常 空 午未申酉 玄 玄常 空龍 鬼 丁酉 玄 青 巳 戌 陰 酉申 午巳 財 戊戌 陰 勾 辰 亥 后 申未 巳乙 父 己亥 后 六 卯寅丑子 貴 朱蛇
甲申年五月乙未日癸未時に占す。山東費県人の張四知相公は、高鎮の兵馬の北城外に屯駐するに因りて、府河庁の公署裡に借住し、当に進むべきか当に退くべきか・当に走るべきか当に留まるべきかを占問す。課体は「蒿矢」に属し、三伝相連なりて「連茹」を成す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の巳・午両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝丁酉は是れ官鬼にして玄武を乗じ、中伝戊戌は是れ財爻にして太陰を乗じ、末伝己亥は是れ父母にして天后を乗ず。酉・戌・亥は相連なりて断えず、故に連茹と叫ぶ。
曰:東南水鄉居住安穩。蓋因歲貴劫殺臨支,賊符驛馬加干,此地異日還有兵戈擾攘。幸日上羅網逢空,相公必當解脫而去。然昴星乘玄武剋日來年太歲,革故從新,應在酉年必矣。相公遂渡江而南。
陳公献は説く、東南方の水郷に往きて住して乃ち安穏なり。太歳貴人と劫殺と日支に臨み、賊符・駅馬又た日干上に加わるを以て、此の地は日後還た兵戈騒擾有らん。幸いなるは日干上の天羅地網は正に空亡に逢う、相公は一定能く身を脱して去らん。不過昴星は玄武を乗じて来りて日干と来年の太歳とを克す、是れ故を革めて新に従うの象、応期必ず酉年に在らん。張相公於是に江を渡りて南下せり。
張四知,山東費縣人,天啟二年進士,貌甚丑,嘗患惡瘍。崇禎十一年廷推閣臣忽及之,得薛國觀援,於十二年入閣為相。庸劣充位而已經,執政四年,為人所謐,十五年致仕,後降於清。
注解者は張四知の小伝を附す。張四知は是れ山東費県人、天啓二年の進士、相貌甚だ醜く、曽て悪瘡を患えり。崇禎十一年朝廷は閣臣を推挙するの時忽然として彼を提到し、又た薛国観の援引を得、崇禎十二年に於いて閣に入りて相と為れり。彼不過庸劣の才を以て位子を占め、執政四年、人に譏議せられ、十五年に官を辞し、後来清に降れり。
隠遁章・占験二
占驗二、乙酉四月癸亥戊午時,予住淮陰,欲回揚州搬家眷,田百原恩師占課看該城住鄉住,元首、斬關。(子丑空,卯辰落空) 勾龍 六 申酉戌亥 空 貴玄 朱后 官 丙辰 后 朱 未 子 虎 巳寅 未辰 鬼 己未 朱 蛇 午 丑 常 寅亥 辰癸 官 壬戌 龍 貴 巳辰卯寅 玄 后陰
乙酉年四月癸亥日戊午時に占す。陳公献は当時淮陰に住し、揚州に回りて家眷を搬取せんと想い、恩師田百原に課を占いを請い、是れ城裡に住するを好しとするか還た郷下に住到るを好しとするかを看る。課体は元首に属し、又た斬関を犯す。本旬の空亡は子・丑に在り、天盤の卯・辰両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝丙辰は是れ官星にして天后を乗じ、中伝己未は是れ官鬼にして朱雀を乗じ、末伝壬戌は是れ官星にして青龍を乗ず、三伝皆な土。辰は日干に加わりて発用す、正に是れ斬関の象。
斷曰:此課正宜歸隱住鄉安穩,住城雖有眾賊飛攻,亦不足畏。因遊子斬關(魁罡加日辰發用為斬關課,此正辰加日發用也;而遊子必三傳皆土,見天驛二馬方的,蓋此時仍在辰月,天馬在戌也),發用陽將傳入陰位,理應歸隱之象。住城雖有賊攻,賴支上寅木以敵之(正所謂一人當關,萬夫莫開也。),不若就西北水鄉卜居安穩。及到邦關,船被兵據,入城,史閣部命守西城,城破一家投水未死。
断じて曰く、此の一課は正に当に郷間に帰隠して乃ち安穏なり。城裡に住するは雖も大批の賊兵の飞速に来り攻める有らんとも、亦た畏懼に足らず。課は游子・斬関を成するを以て(魁罡は日辰に加わりて発用するは便ち是れ斬関課、此の課は正に是れ辰の日干に加わりて発用す。游子に至りては、必ず須く三伝皆な土にして、又た天馬・駅馬両馬を見て乃ち真と算す、此の時は還た辰月に在り、天馬は戌に在り)、初伝は是れ陽将にして而して陰位に転入す、理に按じ正に是れ帰隠の象。城中に住するは雖も賊の来りて攻打する有るも、全靠日支上の寅木の抵当す、正に謂う所の一人関に当たれば万夫も開く莫し。但だし終竟に西北の水郷に到りて卜居する安穏に如かず。後来邦関に到り、船は兵丁に占拠せられ、只好く城に進めり。史閣部は彼に西城を防守せしめ、城破れるの後全家水に投ずも而して死せず。
田百原,原名田仰,南明漕運總督。
注解者は附注す。田百原は原名田仰、是れ南明の漕運総督。
逃亡章第二十
追尋達士詳日德,捕捉逃奴看支刑。德克刑神必易獲,刑剋日德定難尋。 父子夫妻屬六親,還將逐類細詳因。酉婢戌奴觀異姓,空陰兩魁落處真。 盜竊姦淫論賊邪,伏吟主近無依遐。裡數多寡測魁坐(看戌臨何宮上下數乘之),課格善惡定凶嘉。
逃亡章の歌訣に曰く、走失せしの賢士を追尋するは、須く細看して日徳を見るべし。逃走せしの奴仆を捕捉するは、須く日支の刑神を看るべし。日徳能く刑神を克せば、必定に捉うること易し。刑神反って日徳を克すれば、則ち一定に尋ね難し。父子・夫妻各々同じからざるの六親に属す、還た須く類別に按じて逐一に其の中の縁由を細究すべし。酉は婢女を主り・戌は奴仆を主る、若し是れ異姓の人なれば便ち此の両支を看る。天空・太陰と河魁・天罡との両個の魁神の落つる所の處は、乃ち最も真確なり。若し盗窃・奸淫の一類に属せば、則ち賊邪に按じて来りて論ず。課は伏吟を成すは、人の逃るること近く、依拠無きも亦た走ること遠からずを主る。逃げ了りし多少の里路は、以て河魁の坐する所の處より推測すべし。戌の何れの一宮に臨むかを看、上下両数を把りて相乗すれば則ち得。凶吉に至りては、則ち課格の善悪に由りて来りて定む。
逃亡章・占験一
占驗一、庚寅四月乙酉辛巳時,彎子街二人來占子逃看何方找尋、何日得見,元首、九丑、潤下。(午未空,戌亥落空) 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 虎后 貴勾 官 甲申 勾 勾 申 丑 后 巳丑 子申 父 戊子 貴 龍 未 寅 陰 丑酉 申乙 財 壬辰 常 空 午巳辰卯 玄 虎常
庚寅年四月乙酉日辛巳時に占す。弯子街に両個人有りて来りて児子の逃走を占問し、須く何れの方向に往きて找し・何れの一日能く見るかを看ると要す。課体は元首に属し、又た「九丑」を犯し、三伝は水を会して「潤下」を成す。本旬の空亡は午・未に在り、天盤の戌・亥両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝甲申は是れ官星にして勾陳を乗じ、中伝戊子は是れ父母にして貴人を乗じ、末伝壬辰は是れ財爻にして太常を乗ず。申・子・辰の三字は会して水局を成す、故に潤下と叫ぶ、下文は逃者の水に近きの處に住するを断じ、方位と里数とも皆な此の副の課盤に由りて推出せられしなり。
斷:此子逃於西南四十八里親戚之家,其家近水樓房,門前有羊二隻,柳數株,爾子與金山僧往來,尋之丙丁日可見。蓋申為金,加辰為山又水局圍繞,豈非金山乎?玄卯居亥即近水樓房,亥支居未,上下相乘,即西南四十八里;玄陰未加卯,門內有鬼柳二宿,故言門前有羊有柳。後四日,其子方自金山回,於所云處見之。
陳公献の断じて曰く、此の孩子は西南方の四十八里外の親戚の家裡に逃げ、彼の家は是れ水に靠るの楼房、門前は両只の羊・几株の柳樹有り。你の児子は金山寺の僧人と来往有り、丙日・丁日に找しに往けば則ち能く見るを得。何に憑りて此の様に説くや。申は金に属し、辰上に加わるは是れ山、又た水局に囲遶せられ、豈に正に是れ金山に非ざらんや。玄武と卯とは亥上に居る、則ち是れ水に臨むの楼房。亥の臨む所の支は未上に落ち、上下両数は相乗し、正に是れ西南四十八里。玄武・太陰の未は卯上に加わる、門内は鬼宿・柳宿の両宿に応ず、故に門前に羊有り柳有りと説く。四天の後、彼の児子乃ち金山より回りて来り、果たして説く所の地方に於いて見たるを得たり。
賊盗章第二十一
占賊行藏須視鬼,玄神生克看加臨。卜贓失得憑財斷,子孫休旺定追尋。 玄武來方看所佇,地支臨處知賊去(謂玄武所臨地盤之支遊於何方也)。穿戶越窗是懸繩,鑿壁逾牆因馬御(玄乘驛馬)。 玄居夜地越關梁,午在晝方(申)身莫藏。丁馬交加遁必遠,太陽照曜捉還鄉。 旬首乘玄度四獲,河魁度亥隔難捕。游都之下訪賊人,公勝盜時官克武。 宅逢盜脫人家竊,鬼乘生氣去來頻。子孫出現為趕賊,鬼遇刑沖自敗擒。 發用為偷即賊身,中傳為贓末捕人。一數至陰詳數目,五行生處物藏真。
賊盗章の歌訣に曰く、賊人の行踪を占うは、先ず須く官鬼を看るべし。玄武此の賊神の生克は、須く其れの何の處に加臨するかを看るべし。赃物の得失を卜するは、財爻に憑りて来りて断ず。能く追回するか否かは、子孫の旺衰に由りて来りて定む。玄武の来る所の方位は、則ち是れ賊人の停留するの處。其れの地盤の何れの一支に臨むかを看れば、則ち賊の何れの處に往き去るかを知る。門を穿り窓を越ゆるは、是れ懸縄を用う。壁を鑿ち墻を逾ゆるは、是れ玄武の駅馬を乗ぜしに因る。玄武は夜地に居れば、賊は会して関梁を越えて遠走す。午は昼方の申に在れば、賊身則ち蔵る能わず。丁神と駅馬と交加するは、賊一定に逃るること遠し。太陽の照耀するは、便ち能く賊を把りて捉え回るを得。旬首は玄武を乗ずれば、四位を度るに獲る可し。河魁は亥上に度到するは、隔閡して捕え難し。游都の臨む所の下に到りて賊人を訪查せよ。官府の勝を得て盗賊の網に落つるの時は、則ち是れ官鬼の玄武を克住するの時。住宅は脱気に逢うは、是れ自家の人の偷窃。官鬼は生気を乗ずれば、賊便ち来去頻繁なり。子孫の出現するは、是れ人の去りて賊を赶う有り。官鬼は刑に遇い冲に遇えば、賊は自己就りて敗露して擒を被る。初伝は偷児本身を代表し、中伝は赃物を代表し、末伝は捕人を代表す。一数より陰神に到るは、以て賊の数目を推詳すべし。五行の生ずる所の處は、則ち是れ赃物の真正に藏匿するの地方。
歲月克玄彌年月,日時傷彼期日時。首尾相加問不說,財爻空陷贓難尋。 六處無武難妄擬,貴順玄藏自失憂。課見螣蛇鄉邑寇,年乘玄武室人偷。 循環周遍去復來,羅網破敗失資財。鬼脫乘玄遭盜竊,伏支前後返沖排(伏吟貴順支前一位捕之,逆支後一位尋。返吟賊在玄武對沖處也)。 貴人順治終玄捉(玄武末傳),天乙逆行初武尋(玄武初傳)。初將比和賊安處,玄神內戰分贓爭。 歲勾朱虎應自首(如玄陰見太歲勾朱虎主自首官),龍合陰丁助有神。玄武三傳日辰士,賊人還歸莫告陳。
太歳・月建は玄武を克すれば、賊を捉うるに須く一年半載を拖すべし。日辰・時辰は之を傷れば、則ち某日某時に応ず。首尾相加の課は、捉え住めども亦た話を問い出す能わず。財爻は空に落ちて陥を受くれば、赃物則ち尋ね難し。四課三伝の六處皆な玄武を見ざれば、便ち妄りに推測を加うること難し。貴人順行して而して玄武蔵伏すれば、失主自然に憂愁せざるべし。課中に螣蛇を見るは、是れ郷邑の間の盗寇。流年上は玄武を乗ずるは、是れ家裡の人の所偷。課は循環周遍を成すは、賊は去りて還た須く再来せん。羅網破敗に落ち入れば、資財終竟に失去せん。官鬼は脱気を帯びて又た玄武を乗ずれば、則ち須く盗窃に遭うべし。伏吟の課は日支の前后に於いて尋ね、返吟の課は対冲の處に於いて找す。伏吟課は貴人順行せば則ち日支の前の一位に就きて捕え、逆行せば則ち日支の後の一位に就きて尋ねよ。返吟課は、賊は玄武の冲する所の處に在り。貴人順行せば、終竟に玄武の末伝の處に於いて捉獲す。天乙逆行せば、則ち玄武の初伝の處に到りて尋ねよ。初伝の天将は賊と比和するは、賊は蔵れて安穏なり。玄武内戦するは、是れ賊人の赃を分かつが為めに争鬥す。太歳・勾陳・朱雀・白虎相応すれば、賊は会して去りて自首せん。青龍・六合・太陰・丁神来りて助くるは、亦た神明の相幇する有り。玄武は三伝に連なりて皆な日辰の人の身上に帰するは、彼れ是れ自家の人の所為、赃物自ら会して帰還し、告官しに往くに及ばず。
三傳玄神賊居處,初中有克末神尋。行年上神傷武盜,發使追求早見擒。 盜神末虎勾蛇合,不死遭官被吏捉。更將玄武三傳算,上克下賊即敗旋。 天乙順行賊遊走,逆行方識賊藏瞞。裡數但知玄武上,上下相乘數若干。 大賊亡神天目星(如捕大賊視此二神),賊居其下莫教驚。亡神旬內甲居乙,天目春辰順季行。
三伝中の玄武の在る所は、則ち是れ賊人の居處。初伝・中伝若し克有れば、則ち末伝の神上に到りて尋ねよ。行年上神能く玄武此の賊盗を傷れば、人を派して追捕すれば則ち能く早日に擒獲するを得。盗神は末伝に在りて若し白虎・勾陳・螣蛇と相合せば、賊は死せずとも亦た官吏に捉え去られん。再び玄武を把りて三伝に連ねて一并に推算す、上の下を克するは、賊は当即敗露せん。天乙順行すれば、賊は還た四處に游走す。天乙逆行すれば、乃ち賊の蔵れて人を瞞すを知る。須く里数を算するは、只だ玄武の臨む所の宮を看て、上下両数を把りて相乗すれば則ち是れ。大賊を捉うるは須く亡神と天目星との此の両個の神を看るべし。賊は則ち其らの臨む所の下に在り、彼を驚動する勿れ。亡神は本旬の内に於いて甲に由りて乙上に推到し、天目は則ち春季の辰より開始して季に按じて順行す。
賊盗章・占験一
占驗一、丙寅四月丙寅日庚寅時,維揚關外建龍寺僧麗天在藍園住靜,偶晤求占,涉害、周遍。(戌亥空,巳午落空) 朱六 蛇 子丑寅卯 勾 虎貴 常蛇 鬼 甲子 蛇 (雖寅時,仍用晝貴) 貴 亥 辰 龍 辰酉 未子 子 辛未 常 后 戌 巳 空 酉寅 子丙 父 丙寅 六 陰 酉申未午 虎 玄常
丙寅年四月丙寅日庚寅時に占す。揚州関外建龍寺の僧人麗天は藍園に於いて静修し、偶然相遇して占うを求む。課体は渉害に属し、格は周遍を成す。本旬の空亡は戌・亥に在り、天盤の巳・午両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。三伝の旁は還た注明す、雖も寅時に占すとも、仍ほ旧りて白天の昼貴人に按じて排布すと。此の課の初伝甲子は是れ官鬼にして螣蛇を乗じ、中伝辛未は是れ子孫にして太常を乗じ、末伝丙寅は是れ父母にして六合を乗ず。日干上の子は既に是れ旬首、日支上の酉又た是れ旬尾、首尾相見る、正に是れ周遍の象。
斷曰:神后蛇鬼臨干發用,必有陰人往來纏擾。僧默然久之,曰:凶吉若何?曰:干支首尾相見(此甲子旬課,干上子為旬首,支上酉為旬尾。),一時不能拆離;且河魁加卯命,驛馬臨行年,必有相攜而逃之意。然而傳將互克,提防有人攻訐事。因而眾施主送僧渡江,後復來揚,
陳公献の断じて曰く、神後子は螣蛇の鬼を帯びて日干上に臨みて而して発用す、必定に女子の往来糾纏する有らん。僧人は沈黙する許久、問う、究竟是是れ吉か是れ凶か。我曰く、日干日支上は首尾相見る(此れ是れ甲子旬の課、日干上の子は是れ旬首、日支上の酉は是れ旬尾)、一時の間拆き開く能わず。況んや河魁は卯年の本命上に加わり・駅馬又た行年上に臨むをや、必ず相携えて私奔するの念頭有らん。然而三伝と天将とは互相克戦す、還た須く人の此の事を攻訐するを提防すべし。後来衆位の施主は此の位の僧人を送りて江を渡りて去らしめ、此の後彼又た揚州に回りて来れり。
此課的判斷,主要集中在三個象上: 一是干上蛇鬼發用;二是課為一旬周遍;三是末傳逢六合。
注解者は説く、此の一課の判断は、主要に三個の象の上に集中す。一は是れ日干上の螣蛇の鬼の発用、二は是れ課の一旬周遍を成す、三は是れ末伝の六合に遇う。下面則ち此の三層の意思を逐一に分説せん。
干上蛇鬼發用,蛇虎為最凶之將,蛇虎作鬼凶甚,只是虎鬼如排山倒海,見血封喉;蛇鬼似零刀碎斫,於驚恐萬狀之中慢慢喪失一切。所以,故人以蛇為纏繞之煞,取其初來神不知鬼不覺,然越纏越緊,無以解脫。子作蛇鬼,“子作內房,婦女鬼神兼洩瀉。”被婦人所纏繞,沉迷於溫柔鄉中不能自拔,壞多年修行,也算極凶了。
注解者は第一象を詳説す、日干上の蛇鬼発用。螣蛇と白虎とは是れ最も凶の天将、蛇虎再び官鬼を作れば則ち更に凶、只だ是れ虎鬼は山を排し海を倒すが如く、血を見て喉を封ず。蛇鬼は却って零刀碎割の如く、人をして惊恐万状の中に於いて慢慢に一切を喪失せしむ。故に古人は螣蛇を把りて纏繞の煞と看做す、其れの初めて来るや神も知らず鬼も覚らざるを取り、却って纏えば纏うほど緊く、解脱するの法無し。子は蛇鬼を作る、占書に曰く「子は内房を作り、婦女鬼神兼ねて泄泻す」。婦人に纏い住められ、温柔郷裡に沈迷して自ら拔く能わず、多年の修行を壊す、亦た極凶と算すべし。此の一層は是れ僧人的女色に困せらるるを説く、看るに声を動かし色を作さざるに似て、実は則ち歩歩深く陥る。
一旬周遍,首尾相見,如環之無端,無頭亦無其尾,宜成事不宜散事,所以不能拆離也。 六合為天地之私門,遇之則有逃竄之事。陳公說河魁居卯命,驛馬臨行年,但河魁旬空,驛馬坐墓,主有“相攜而逃之意。”我們寧願認為,本命卯作丁神,加馬星申上,卯臨申為絕,二馬相重;又初末引從行年,這個逃象就非常明顯了。另外,“眾施主送僧渡江”裡,這個引從之象最切“送”字。 至於三傳遞克,眾人攻訐;寅既為丙之長生,又是遞克之源,故成也蕭何,敗也蕭何,可有兩解,僧因施主之賜而得名聲財利,又因施主而黯然離揚;僧因此婦之合和而受眾人之攻,又因私門逃走而得與其婦在一起。這些象在課中也至為顯明。
注解者は後の両象を続けて説く。一旬周遍・首尾相見るは、円環の起点無きに比す、既に頭無く亦た尾無し、事を成すに宜しくして事を散ずるに宜しからず、故に拆き開く能わずと説く。六合は是れ天地の間の私門、之れに遇えば則ち逃竄の事有らん。陳公献は河魁は卯年の本命に居り・駅馬は行年に臨むと説く、但だし河魁は正に旬空に逢い、駅馬又た墓上に坐す、故に只だ相携えて逃るるの念頭有るのみと説く。注解者は寧ろ此の様に看ん、本命卯は丁神を作り、馬星申上に加わり、卯の申に臨むは是れ絶地、両重の馬星相畳す。再び加うるに初伝末伝は行年を引従す、此の個の逃亡の象は則ち非常に明顕なり。另外、衆施主は僧を送りて江を渡る此の一節は、引従の象は最も一個の「送」の字に合す。三伝逓克に至りては、衆人の攻訐を主る。寅は既に是れ丙火の長生、又た是れ逓克の源頭、故に成るも蕭何敗るるも蕭何、以て両種の解法有るべし。僧人は施主の布施に因りて名声財利を得、亦た施主に因りて黯然として揚州を離る。僧人は此の婦人と相合するに因りて衆人の攻撃に遭い、又た私門を走りしに因りて彼女と在るを得たり。此らの象は課中に於いて亦た皆な十分顕明なり。注解者の意思は是れ、陳公献は只だ相携えて逃るるの念頭有るに到るを断ぜれども、而して丁神・馬星と初末の引従の象より来りて看れば、実際上已に事実上の出走を成せり、両種の説法は以て互相補足すべし。
田蚕章第二十二
金宜二麥不宜他,水本稻粱須種禾。火防亢旱宜黍豆,土生萬物自溫和。 早中晚田三傳別,旺相空亡刑害詳,勝光蠶命忌見子,太乙加午憂自僵。 戌黃亥死丑則危,寅之兆不申為絲,辰薄相生本是吉,婦命傷午凶隨之。
田蚕章の歌訣に曰く、課は金に属せば、宜しく大麦小麦を種へ、而して別に宜しからず。水に属せば本是れ稲粱の象、須く禾苗を種うべし。火に属せば須く大旱を防ぐべく、黍と豆とを種うるを宜しくす。土に属せば能く万物を生養し、自然に温和にして碍なし。早田・中田・晚田は、分別に初・中・末の三伝に由りて来りて看る、再び詳しく各伝の旺相・空亡と刑害とを審す。勝光は則ち是れ午、是れ蚕の本命、最も子の来りて之れを冲するを見るを忌む。太乙は午上に加われば、則ち蚕の自ら僵死するを愁う。戌は蚕の色の黄に発するを主り、亥は蚕の死を主り、丑は則ち危有り。寅は是れ不吉の兆、申は乃ち糸を得るを主る。辰は蚕の薄きを主り、若し相生を得れば本来是れ吉。婦人の本命若し午を傷れば、凶事則ち之れに随いて来らん。
六畜章第二十三
楚魚(巳)周鹿(午)伏星稽,宋兔秦鷹暗曜棲。捕捉狼(戌)熊(亥)分魯衛,獵田狐(卯)雉(酉)遁東西。 戌為犬兮寅屬貓,雞是酉兮馬在午。丑牛未羊喜逢龍,卯騾亥豬怕見虎。旺相為吉不墓凶,六畜繁生可日見。
六畜章の歌訣に曰く、楚地分野の巳は是れ魚、周地分野の午は是れ鹿、皆な須く伏星を察看すべし。宋地の卯は是れ兎、秦地の酉は是れ鷹、暗曜の下に棲息す。狼と熊とを捕捉するは、須く魯地の戌と衛地の亥とを分かつべし。猟を打ちて狐と雉とを追うは、則ち卯と酉とを看て分別に東西に遁往す。戌は是れ狗、寅は猫に属し、雞は是れ酉、馬は午に在り。丑牛・未羊は青龍に遇上するを喜び、卯騾・亥猪は最も白虎を見るを怕る。乗ずる所の神の旺相なれば則ち吉、墓に入らざれば則ち凶ならず。此の様に六畜の繁衍生息するは、一天天皆な看るを得。
六畜章・占験一
占驗一、庚寅十月癸卯庚申時,同鄉王懷蔭問失馬向何方、何日得,知一、斫輪。(辰巳空,亥子落空) 勾六 龍 子丑寅卯 朱 貴虎 朱玄 子 癸卯 朱 空 亥 辰 蛇 巳戌 卯申 官 戊戌 白 虎 戌 巳 貴 戌卯 申癸 財 乙巳 貴 常 酉申未午 后 玄陰
庚寅年十月癸卯日庚申時に占す。同郷王懐蔭は来りて丢失せしの馬の何れの方向に往き去り・何れの一日能く找着するかを問う。課体は「知一」に属し、格は「斫輪」を成す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の亥・子両神は空亡の宮に落つ。以下是是れ当時の課盤。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして初・中・末の三伝及び其の六親・遁干・天将。此の課の初伝癸卯は是れ子孫にして朱雀を乗じ、中伝戊戌は是れ官星にして白虎を乗じ、末伝乙巳は是れ財爻にして貴人を乗ず。末伝の巳は正に是れ駅馬、又た恰も本旬の空亡の上に落つ、故に下文は実を填むるの日を用いて以て馬を得るの期を定め、馬の毛色と方位とも皆な課盤より象を取る。
斷:此馬青黑色,在西北山崗,三日必獲。蓋因末傳之馬(此以驛馬為馬)而乘旬中之空,必俟出旬乙巳日填實,方能得馬也。何以知其色為青黑?因馬陰神見子乘青龍,故知色青黑。何以知其在西北山崗也?因馬居戌地故知在西北。果三日後自劉家集尋得。(陰神為形狀,地盤為方向。)
陳公献の断じて曰く、此の馬は是れ青黒色、西北方の山岡の上に在り、三天の内一定に找着せん。末伝の馬(此の處は駅馬を以て馬に当つ)正に本旬の空亡を乗ずるを以て、必ず須く此の一旬を出て・乙巳日に到りて空亡実を填みて、乃ち能く馬を得るを待つ。怎んぞ毛色の青黒なるを知るや。馬の陰神は子を見て而して青龍を乗ずるを以て、故に是れ青黒色なるを知る。怎んぞ西北の山岡に在るを知るや。馬の戌地に居るを以て、故に西北に在るを知る。果たして三天以後、劉家集より馬を把りて找し回れり。此の處は陰神は形状を代表し、地盤は方向を代表す。
応候章第二十四
応候章・占験一
占驗一、己巳十一月丁酉日庚戌時偶有扣門聲,隨占一課,蒿矢,辰巳空、未申落空。 貴后 蛇 申酉戌亥 陰 空玄常后 官 庚子 玄 朱 未 子 玄 卯子丑戌 父 癸卯 空
己巳年十一月丁酉日庚戌時、忽然として人の敲門するを聴き、陳公献随即に一課を占えり。課体は蒿矢に属す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の未・申両神は空亡の宮に落つ。下面是是れ此の一課の課盤の前の几行。方格中の十二支は是れ天盤、格外に十二天将を注し、中列は自ら右より左に向かいは四課、右列は自ら上より下にして三伝。初伝庚子は是れ官星にして玄武を乗じ、中伝癸卯は是れ父母にして而して空亡の上に落つ。課盤の余りの一行と断語とは下文を見よ。
六 午 丑 常 子酉戌丁 比 甲午 六 勾 巳辰卯寅 虎 青空
此の三行は是れ上一則の占例(己巳年十一月丁酉日庚戌時、丑将を以て戌時に加えて布成せしの蒿矢課)の課盤の末尾。左辺は是れ天盤円図の下半圏。地盤卯位の上に天盤午を落し、「六合」を乗ず(婚姻・交易・和合の将を主る)。地盤戌位の上に天盤丑を落し、「太常」を乗ず(衣食・財帛・宴饗の将を主る)。最も下の一排の地盤寅・丑・子・亥の上に依次に是れ天盤巳・辰・卯・寅、両端は分かちて「勾陳」と「白虎」とを乗じ、中間の天盤辰・卯は則ち分かちて「青龍」「天空」を乗ず。中間の「子酉戌丁」は是れ「四課」の下半截、則ち日支酉上に子を得・日干丁上に戌を得る。右端の「比甲午六」は是れ「三伝」の末伝午、旬遁して甲を得、六親は比肩を作り、乗ずる所の天将は是れ六合。
斷曰:來扣門者必因盜賊之事。及開門時,是遲王兩父師相召,往見之,坐下即云:彼鄉有一舉人做亂。予袖傳一課答之曰:敗擒,無煩過慮。蓋因干支上乘死墓,玄鬼臨於敗地,日上神又制之,是以不能持久,一交土旺時自休息矣。又問家宅安否,曰:然繫何命?曰:乙亥、戊子者。予云:亥年驛馬貴人,子年乘河魁,又二貴拱夾亥命,曰功名而未成,子乃科舉中人,俱遷居他處矣。曰:亥命家兄是秀才,子命舍弟是舉人。果不十二月,為亂者事敗,家中安堵。
陳公献の判断して曰く、門を敲くの人は必定に是れ盗賊の事の為めに来る。門を開きて一看するを待つに、原来自是れ遅・王両位の老師の人を派して相い邀ぜしめたり、前往して相見し、剛て坐に就くや彼ら即ち説く、彼の辺の郷裡に一位の挙人有りて衆を聚めて乱を作す。我便ち袖中の伝う所の此の一課を用いて回答して曰く、乱を作す者は終竟に須く兵に敗れて擒を被るべし、過りて憂慮するに及ばず。日干・日支の上の乗ずる所は皆な是れ死気と墓神にして、盗賊を代表するの「玄武」の化する所の官鬼又た敗地に落ち、日干上神は反って来りて之れを制伏するを以て、故に乱事は能く長久ならず、一たび土旺の月分に交到れば自然に平息せん。両位又た家宅の是れ平安なりや否やを問う、我便ち占う所の是れ何れの両個の本命かを問う、答えて説く是れ乙亥・戊子。我曰く、亥年の本命上は「駅馬」と「貴人」と有り、子年の本命は「河魁」(戌)を乗じ、又た両重の貴人有りて自ら左右より亥命を夹拱す、以て亥命の人は功名を求めて而して曽て成就せざるを知るべく、子命の人は則ち是れ科挙中式の人、両家皆な已に別處に遷往して居住せり。相手方は説く、亥命は是れ家兄、還た是れ秀才。子命は是れ舎弟、已に挙人に中れり。結果十二月に到らずして、乱を作すの人便ち事に敗れて誅に伏し、両家宅中安然として恙無し。
応候章第二十四・占験二(己丑三月乙丑日丁亥時)
占驗二、己丑三月乙丑日丁亥時,廣儲門外普賢庵僧敏若半夜亥時因鴉鳴占得此課,來問主何吉凶,重審、退茹,戌亥空、酉戌落空。 六朱 勾 辰巳午未 蛇 玄常空青 父 甲子 常 青 卯 申 貴 亥子寅卯 父 乙亥 玄 空 寅 酉 后 子丑卯乙 財 甲戌 陰 虎 丑子亥戌 陰 常玄
第二例。己丑年三月乙丑日丁亥時、広儲門外普賢庵の僧人敏若は半夜亥時に烏鴉の啼叫するを聴き、因りて課を起こし、前来して此の事の何の吉凶を主るかを詢問す。此の課は戌将を以て亥時に加えて布成し、課体は「重審」に属し、三伝子・亥・戌は位を逐いて後退し、「退茹」と称す。本旬の「空亡」は戌・亥両支に落ち、而して天盤の酉・戌二神は恰好に地盤戌・亥の此の両個の空位の上に圧す。四課は自ら右より左に向かい依次に是れ、日干乙は辰に宮を寄り・辰上に卯を得、卯上に寅を得、日支丑上に子を得、子上に亥を得。三伝は初伝子は太常を乗じて六親は是れ父母、中伝亥は「玄武」を乗じ(盗賊・遺失・暗昧の将を主る)仍ほ父母を作り、末伝戌は「太陰」を乗じて而して妻財と為る。円図の外圏の標する所の六合・朱雀・勾陳・螣蛇・青龍・貴人・天空・天后・白虎・太陰・太常・玄武は、是れ十二天将の各自の臨む所の位置。
斷曰:主有賊八九人,自東北來劫鄰人衣物銀錢,遂渡河而去,汝庵無妨。蓋因游都賊符臨干支,右見驛馬玄武,左見劫煞賊符,故有此象,提防復至,然五日後獲。但子發用,賊必東北而來,因子加丑乃八九之數,五日獲者,因勾陳居支前五辰,遙克玄武,又魁渡玄陰,賊何所逃乎?果次日北關門外行劫,遂獲二名。
陳公献の判断して曰く、此の課は八九名の盗賊の東北方向より来りて・隣家の衣物銭銭を抢劫し・手を得るの後河を渡りて逃げ去る有るを主り、你の住する所の庵堂は害を受けず。賊首と賊衆とを代表するの「游都」「賊符」両個の神煞正に日干・日支の上に臨み、右辺又た「駅馬」と玄武とを見、左辺又た「劫煞」と賊符とを見るを以て、故に此の様の象を顕出す。還た須く其らの再来するを提防すべし、不過五天の後必ず能く擒獲せん。初伝は子を取りて発用す、賊人一定に東北方より来る。子は丑上に加わる、正に八九此の個の数目に合す。五日内に擒獲すると説くは、是れ「勾陳」(捕捉・争鬥・官司の将を主る)の日支の前の第五位に居りて・遥遥として玄武を克制し、加うるに「河魁」戌の玄武と太陰とを圧渡するを以て、盗賊は還た能く何の處にか逃げ往かんや。結果第二天賊人則ち北関門外に於いて行劫し、当即に両名を捉獲せり。
応候章第二十四・占験三(己丑六月乙未日丁亥時)
占驗三、己丑六月乙未日丁亥時,天寧寺半夜內外人驚,江南吳一三占此課,問予主何應候,元首、曲直,辰巳空、子丑落空。 空虎 青 丑寅卯辰 常 六白貴勾 鬼 癸卯 白 勾 子 巳 玄 亥卯申子 父 己亥 六 六 亥 午 陰 卯未子巳 財 乙未 后 朱 戌酉申未 后 蛇貴
第三例。己丑年六月乙未日丁亥時、天寧寺の裡裡外外の人は半夜皆な惊を受け、江南人呉一三は此の課を占得して、来りて我に此れ是れ何の征兆かを問う。此の課は未将を以て亥時に加えて布成し、課体は「元首」に属し、三伝亥・卯・未は結して木局を成し、「曲直」と称す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の子・丑二神は正に地盤辰・巳の此の両個の空位の上に落つ。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干乙は辰に宮を寄り・辰上に子を得、子上に申を得、日支未上に卯を得、卯上に亥を得。三伝は初伝卯は白虎を乗じて而して官鬼、中伝亥は六合を乗じて而して父母、末伝未は「天后」を乗じ(陰私・婦女の将を主る)而して妻財と為る。末伝未又た正に是れ六月の月建と月将、気勢最も旺なり。
斷曰:主有賊船東來,無攻城破邑之虞。蓋因游都賊符臨干支,自支發用,故主東有賊船至。初中二傳休囚,末傳太陽月建,故主城邑無虞。己亥日報賊自東方來,水陸並進,人民驚走,餘以申時占課,三傳戌酉申為返駕,初旺生末,雖有奸人勾引,不戰自退。官兵出,賊遂奔散。
陳公献の判断して曰く、此の課は賊船の東面より開き来る有るを主る、但だし城を攻め邑を破るの禍患有る会せず。游都・賊符両煞正に日干・日支に臨み、又た日支上より発用して初伝と為るを以て、故に東方に賊船の到来有るを断定す。初伝・中伝皆な休囚して力無きの地に處り、末伝は却って是れ当令の月将月建、故に城邑は失有る会せず。己亥此の一天に到り、果たして人有りて来りて賊兵の東方より来りて・水陸両路并びに進むを報じ、百姓は惊惶して奔逃す。我は申時に於いて又た一課を占えり、三伝戌・酉・申は歩歩倒退し、「返駕」と称し、初伝旺相にして而して末伝を生ず、以て雖も奸人の裡面に於いて勾引接応する有るとも、賊衆も亦た戦わずして自ら退くを知るべし。後来官兵一たび出動すれば、賊人便ち四散して奔逃せり。
時為己丑年六月己亥日申時未將,昴星、返駕,辰巳空、卯辰落空 龍空 勾 辰巳午未 虎 六 卯 申 常 玄陰龍空 比 戊戌 陰 朱 寅 酉 玄 酉戌巳午 子 丁酉 玄 蛇 丑子亥戌 陰 戌亥午己 子 丙申 常 貴後
此の一課は己丑年六月己亥日申時に起こり、六月の未将を用いて申時の上に加え、課体は「昴星」に属し、三伝戌・酉・申は節節倒退し、是れを返駕と為す。本旬の空亡は辰・巳に在り、天盤の卯・辰二神は正に地盤辰・巳の両個の空位の上に圧す。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干己は未に宮を寄り・未上に午を得、午上に巳を得、日支亥上に戌を得、戌上に酉を得。四課上神酉・戌・巳・午は依次に玄武・太陰・青龍・天空を乗ず。三伝は初伝戌は太陰を乗じて而して比肩、中伝酉は玄武を乗じて而して子孫、末伝申は太常を乗じて仍ほ子孫と為る。此れ正に是れ上一段の説く所の彼の一課。
応候章第二十四・占験四(庚寅十月辛巳朔甲午時・日食)
占驗四、庚寅十月辛巳朔甲午時,日有食之,莊公遠占當主何應,彈射、病胎、勵德。 六朱 勾 寅卯辰巳 蛇 白勾朱后 財寅勾 龍 丑 午 貴 亥寅辰未 子亥虎 空 子 未 后 寅巳未辛 兄申陰 白 亥戌酉申 陰 常玄
第四例。庚寅年十月初一辛巳日甲午時に日食を発生し、荘公遠は此れ将に何の事の上に応験せんとするかを占問す。此の課は卯将を以て午時に加えて布成し、課体は「弾射」に属し、兼ねて「病胎」「励徳」両格を帯ぶ。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干辛は戌に宮を寄り・戌上に未を得、未上に辰を得、日支巳上に寅を得、寅上に亥を得。四課上神亥・寅・辰・未は依次に白虎・勾陳・朱雀・天后を乗ず。三伝は初伝寅は勾陳を乗じて而して妻財、中伝亥は白虎を乗じて而して子孫、末伝申は太陰を乗じて而して兄弟。辛巳日は甲戌旬に属し、空亡は正に申・酉に在り、故に末伝申は是れ落空の神。
公遠斷曰:太歲做游都(丙辛只向功曹上,故寅為游都)臨翼軫(巳地)發用,且乘勾陳,披刑帶煞,楚地當有戰爭之象。彈射有丸,憂驚必重,中傳虎馬居支,陰沖剋日支,末傳太陰刀乘歲破沖剋太歲,然是旬空,陰謀必敗。又河覆井、玄武入穴、虎出林、乘年(辰加未為河覆井,武乘酉臨子為入穴,虎乘亥臨寅為出林,虎臨寅歲上為乘年),定主風多澇患,奈何雷公雷煞並見,以作病胎,氣不收斂,民生多病之征也。次日,雷電大作,次年水澇為災。餘占亦驗。
荘公遠の判断して曰く、本年の太歳寅は同時に「游都」を充当す(丙日・辛日の游都は固定して功曹寅位に安ず、故に寅即ち游都)、其れは翼・軫二宿の主る所の巳地に加臨して発用して初伝と為り、又た勾陳を乗じ、身上に刑と凶煞とを帯ぶ、楚地一帯は当に戦争の象有るべし。弾射の課は弾丸の射出さるるが如く、惊憂必定に深重なり。中伝亥上の白虎又た是れ駅馬、日支の位に居り、其の陰神は頭を回らして日支を冲克す。末伝申は是れ太陰、刀兵の象に属し、歳破の気を乗じて太歳を冲克す、好しとは申は旬空に落つ、故に陰謀終帰失敗せん。又た課中に兼ねて「河覆井」「玄武入穴」「白虎出林」「白虎乗年」の四象を見る(辰は未に加わるは是れ河覆井、玄武は酉を乗じて子に臨むは是れ入穴、白虎は亥を乗じて寅に臨むは是れ出林、白虎は太歳寅上に臨むは是れ乗年)、必定に多く風多く水澇の患有らん。无奈「雷公」と「雷煞」と同時に出現し、又た病胎の格を結成し、天地の気は収斂して住まざるを得ず、正に是れ百姓多く病するの征兆。第二天果たして雷電大いに作り、第二年又た水澇に鬧りて災を成せり。我自己の別に占える一課も亦た同様に応験せり。
雷煞,月煞也,寅亥申巳四輪,天盜雷公下逆寅。雷公,亥申巳寅四輪,獄門酒網女雷劫。
此の處は両個の神煞の起法を附注す。雷煞は月煞の一類に属し、寅・亥・申・巳の四位に按じて輪転排布し、口訣に曰く「天盗雷公下逆寅」、則ち寅位より起こりて逆行推算す。雷公は則ち亥・申・巳・寅の四位に按じて輪転し、獄門・酒網・女雷・雷劫等の煞と同じく一系に属す。
《清史稿世祖紀二》載“順治七年冬十月辛巳朔,日食七分太。……八年……八年春,嘉興、海鹽、桐鄉霪雨。五月,潞安霪雨八十餘日,傷禾稼,房舍傾倒甚多。六月,江陰霪雨六晝夜,禾苗爛死;吳平大雨傾盆,一晝夜方息;當塗大雨。秋,沁水大雨,東阿霪雨,青浦大雨彌日。”
注者は『清史稿・世祖紀二』を引いて証と為す。順治七年冬十月初一辛巳日に日食を発生し、食分は七分多に達せり。順治八年春天に到り、嘉興・海塩・桐郷一帯は連綿として陰雨す。五月の裡潞安は八十多天の霪雨を下し、庄稼は損を受け、房屋は倒塌すること甚だ多し。六月江陰は連なりて六昼夜の大雨を下し、禾苗は尽く泡爛せられ、呉平一帯は大雨倾盆・一昼夜を下して乃ち停み、当塗も亦た大雨に遭えり。秋天に到り、沁水は大雨、東阿は霪雨止まず、青浦は更に整日大雨せり。記する所の水澇の状は、前面の此の一課の判断と完全に吻合す。
歳占章第二十五
十二地盤分野看,遊魯官鬼兵禍連。水澇火旱木風行,金主兵戈土瘟疫。剋日國家多憂難,克辰人民禍患連。 欲占流年是何術,太歲為君莫輕忽。太歲更有上神在,陰神生克定榮枯。 流月之法何以云,吉凶還當看陰神。生克比和皆為喜,若有刑害有凶餘。
一年の国運を占うの歌訣に曰く、須く十二地盤の各自の主る所の分野州国を看るべし。若し游都・魯都両煞と官鬼と同じく現れれば、便ち是れ兵禍接連の象。占う所の神は水に属せば則ち水澇を主り、火に属せば則ち亢旱を主り、木に属せば則ち大風流行を主り、金に属せば刀兵戦事を主り、土に属せば瘟疫流行を主る。上神は日干を克するは、国家多く憂患艱難有らん。日支を克すれば、則ち百姓災禍連綿せん。流年を占うは何の方法を用いるかを問わば、須く太歳を以て君主と為すべし、切に軽忽すべからず。太歳の上は還た加わる所の天盤上神有り、再び陰神と其れとの生克を看れば、則ち能く此の一年の興衰栄枯を定出せん。逐月の占法に至りては、吉凶同じく須く陰神を看るべし。相生・相克の宜を得或いは比和するは、皆な喜ぶと算すべし。若し刑害を見れば、便ち凶咎の留め置く有らん。
功曹人山財官豹,太沖卯木宋林兔鹽。勾陳崗屠龍蛟魚,太乙楚文蛇蚓蟮。勝光血文馬樓張,小吉酒食羊鷹筵。傳送軍財猴猿晉,從魁屬吏雞並錢。天魁豺狼多防護,神密亥江豬吳蠅。燕蝠娼齊子圖畫,大腹禿頭糧丑田。
此の一段は是れ十二地支の人事・物類と分野とを主るの口訣。功曹(寅)は人丁・山林・銭財官職と虎豹とを主る。太冲(卯)は木に属し、分野は宋に在り、林木・兎子と塩貨とを主る。勾陳(辰)は山岡・屠戸・龍蛟と魚とを主る。太乙(巳)は分野は楚に在り、文書・蛇と蚯蚓蟮類とを主る。勝光(午)は血光・文書・馬匹と楼閣張設とを主る。小吉(未)は酒食・羊・鷹と筵席とを主る。伝送(申)は軍旅財貨・猿猴を主り、分野は晋に在り。従魁(酉)は吏員・鶏と銭幣とを主る。天魁(戌)は豺狼を主り、須く多く防護を加うべし。神密(亥)は江河・猪と蝿とを主り、分野は呉に在り。神後(子)は燕蝠・娼妓と図画とを主り、分野は斉に在り。大腹(丑)は禿頭の人・糧食と田土とを主る。
凡占大運,以太歲上神為主,太歲參看;凡占歲內月令,以月支上神為主,月建參看;凡占幾日內運氣,以日建上神為主,日建參看。但必在三傳之範圍之下。
凡そ大運長局を占測するは、須く太歳の上の加わる所の天盤上神を以て主体と為し、再び太歳本身を参看すべし。凡そ一年の内の某個月の月令を占うは、須く月支の上の上神を以て主と為し、再び月建を参看すべし。凡そ几天の内の運気を占うは、則ち日建の上の上神を以て主と為し、再び日建を参看すべし。不過此の几种の看法は皆な必ず須く三伝の定むる所の大格局の下に放ちて来りて推斷すべし、能く三伝を脱離して別に結論を立つべからず。
歳占章第二十五・占験一(辛巳正月乙酉日癸未時)
占驗一、辛巳正月乙酉癸未時,程翔雲在新安,見雪寒極甚,途中凍餒甚多,因有感而占,知一、不備、亂首。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 青陰陰六 財 乙未 龍 六 酉 寅 陰 未寅寅酉 印 戊子 貴 勾 申 卯 玄 寅酉酉乙 子 癸巳 虎 龍 未午巳辰 常 空虎
第一例。辛巳年正月乙酉日癸未時、程翔雲は新安に在り、雪大にして天寒極処に到り・路上の凍餓して倒斃するの人甚だ多きを見、此れに感有りて而して一課を起こせり。此の課は子将を以て未時に加えて布成し、課体は「知一」に属し、兼ねて「不備」「乱首」両格有り。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干乙は辰に宮を寄り・辰上に酉を得、酉上に寅を得、日支酉上も亦た寅を得、寅上に未を得。四課上神未・寅・寅・酉は依次に青龍・太陰・太陰・六合を乗ず。三伝は初伝未は青龍を乗じて而して妻財、中伝子は貴人を乗じて而して印綬、末伝巳は白虎を乗じて而して子孫と為る。乙酉日は甲申旬に属し、空亡は午・未に在り、天盤の亥・子二神は恰も地盤午・未の両個の空位の上に落つ、故に初伝未と中伝子と皆な空陥の気を帯ぶ。
斷曰:今歲天氣亢旱,風大雨少,田禾欠熟,且有疫癘死亡之患。蓋因初中風伯會箕,神后空陷,末傳虎乘遁鬼。又因未為田園,自四課發用,即田莊交界,子屬稻穀亦空,故知田禾欠熟,又天鬼支來克干,此為上門亂首,種種凶象,而況劫煞入辰,三傳遞克,全無和氣,凶荒之征也。後果如占。
程翔雲の判断して曰く、此の一年は天気は会して大旱し・風多く雨少なく・田裡の庄稼は歉収し・還た瘟疫死亡の禍患有らん。初伝・中伝の上は「風伯」と箕宿と相会するを以て、風を主る。「神後」子又た空陥の地に落つ。末伝白虎は旬遁して来るの官鬼を乗ず。再び言う、未は是れ田園、四課の中より発用して初伝と為り、正に田荘交界の處に在り、而して子は稻谷に属して偏えに又た空に落つ、故に田禾歉収を断定す。又た「天鬼」有りて日支より来りて日干を克す、此れを找上门来るの乱首と叫作し、種種皆な是れ凶象。況んや「劫煞」は日支に入り・三伝又た層層相克し・全く一点の和順の気無きをや、正に是れ荒年凶歳の征兆。後来果たして占う所と相合せり。
《明史》載“十三年,兩畿、山東、河南、山、陝旱蝗,人相食。……十四年春正月辛巳,祈谷,二月己酉,如以時事多艱,災異並見,痛自刻責,停今歲行刑,諸犯俱減等論。三月,禱雨。六月,兩畿、山東、河南、浙江、湖廣旱蝗,山東寇起。是月,臨清運河涸。京師大疫。”中原與東北均喪師失地。又“十四年四月癸丑,雷火起薊州西北,焚及趙家谷,延二十餘里。六月丙午,雷震宣府西門城樓。” 十四年七月,福州風潮泛溢,漂溺甚眾。十四年五月,南陽大風拔屋。七月乙亥,福州大風,壞官署、民舍。十四年三月戊寅,福建地震。四月丙寅,湖廣地震。五月戊子,甘肅地震。六月丙午,福建地震。九月甲午,四川地震。
注者は『明史』を引いて証と為す。崇禎十三年、南北両京直隷及び山東・河南・山西・陜西は旱災蝗災并びに起こり、以致人相い食む。十四年春正月辛巳日に穀を祈るの礼を挙行し、二月己酉に、皇帝は時事の艱難・災異頻見するに因りて痛み自ら責備し、本年の行刑を停止すと下令し、各類の罪犯一律に等を減じて論処す。三月又た雨を祷る。六月、両京直隷と山東・河南・浙江・湖広一帯は旱蝗災を成し、山東は盗寇興起し、此の月臨清一段の運河は干涸し、京城は大疫を発生せり。当時中原と東北と皆な師を喪い地を失うに在り。又た載す、十四年四月癸丑、薊州西北に雷火を起こし、趙家谷に焼き到り、蔓延すること二十多里。六月丙午、雷は宣府西門城楼を震う。七月福州風潮氾濫し、溺死するの人甚だ多し。五月南陽大風は房屋を掀翻す。七月乙亥福州大風、官署民房皆な吹壊せられり。三月戊寅福建地震、四月丙寅湖広地震、五月戊子甘肅地震、六月丙午福建地震、九月甲午四川地震す。文中の謂う所の両畿は、北京・南京両處の直隷地区を指す。此の一年は旱・蝗・疫・雷火・風潮・地震接連して至り、中原と東北と又た皆な師を喪い地を失い、正に前面の彼の一課の断ずる所の今年亢旱・田禾歉収・疫癘死亡と一一相い印証す。
歳占章第二十五・占験二(己卯亥月乙亥日未時卯将)
占驗二、己卯亥月乙亥日未時卯將,有不速之女客來,坐下不言所事。 朱六 蛇 丑寅卯辰 勾 朱虎常貴 財 癸未 虎 貴 子 巳 龍 卯未申子 比 己卯 朱 后 亥 午 空 未亥子乙 父 乙亥 后 陰 戌酉申未 虎 玄常
第二例。己卯年亥月乙亥日未時、卯将を用いて未時の上に加えて課を起こす、一位の請わずして自ら来るの女客門に登り、坐するの後并びに来意を説明せず。課中の天盤は地盤に比して四位を退す。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干乙は辰に宮を寄り・辰上に子を得、子上に申を得、日支亥上に未を得、未上に卯を得。四課上神卯・未・申・子は依次に朱雀・白虎・太常・貴人を乗ず。三伝は初伝未は白虎を乗じて而して妻財、中伝卯は朱雀を乗じて而して比肩、末伝亥は天后を乗じて而して父母と為る、未・卯・亥は正に是れ逆行して結成せしの木局。乙亥日は甲戌旬に属し、空亡は申・酉両支に在り。
斷曰:大凡不言所事者,先占其性情,日上貴人,為貴人及自我感覺良好之人,三傳木局逆合,必非善類。次占其時運,發用未與子害,此所謂合中犯煞蜜中砒,又是關墓並虎,運氣大不利。不利於何時?未加亥上,其劣運之時當以乙亥年最甚,亥為長生乘後,定有婚姻事,未乘虎必有腎病。但自墓傳生,今卯年,日祿乘朱雀,又為長生乘天后,必有喜事。何事,陰神為未虎,財爻乘財將,大發錢財也。但用與貴害,必求人不成,何事求人?陰見申官太常,為升遷事耳。
判断して曰く、凡そ来るの人の肯じて占う所何事かを説明せざるは、先ず須く彼女の性情を占うべし。日干上神は貴人を乗ず、身分体面・又た自我感觉良好の人なるを説明す。三伝は結して木局を成すも却って是れ逆行相合、以て善類に非ざるを知るべし。其次に再び彼女の時運を占う。初伝未は日支上神子と相害す、正に是れ『畢法賦』の説く所の「合中犯煞蜜中砒」、又た関煞・墓神と白虎と并びに見るに逢う、運気甚だ順ならず。何れの一年に順ならざるか。未は亥上に加わる、最も壊の年份は応に乙亥年に在るべし。亥は是れ木の長生の地にして又た天后を乗ず、彼の一年必ず婚姻の事有らん。未は白虎を乗ずれば則ち必ず腎臓方面の病有らん。不過此の課は墓地より生地に伝わり向かう、今年は是れ卯年、日干の禄は朱雀を乗じ、又た是れ長生は天后を乗ず、必定に喜事有らん。是れ何の喜事か。初伝の陰神は是れ未上の白虎、財爻又た財を主るの天将を乗ず、此れ是れ大いに銭財を発するの象。只だ是れ初伝は貴人と相害す、以て人に求めて事を辦すは必定に成らざるを知るべし。求めるは是れ何の事か。陰神は申上の官星の太常を乗ずるを見る、正に是れ昇遷を謀求するの事。
其人閃爍再三,始道原委,現為某幼兒園副園長,今園長出缺,擬走動升遷,但辰月送禮,今尚無消息。九五年結婚、流產,大病三次。今年其夫包鹽場大發財利。(財陰為卯,卯木為鹽) 後其同學反饋,果未能升遷。
此の位の女客は支支吾吾として好几回、乃ち原委を説出せり。彼女は現在是れ某幼儿园の副園長、如今園長の一職出缺し、打算して活動して昇任を謀求せんとし、辰月已に礼を送過せれども、到今還た消息無し。彼女は一九九五年に結婚し、又た流産し、大病すること三次有り。今年彼女の丈夫は塩場を承包し、大銭を賺れり(課中の財爻の陰神は是れ卯、卯は木に属して而して塩貨を主り、正に此の事に応ず)。後来彼女の同学は消息を反饋し、彼女果たして能く昇任するを得ざりき。
射覆章第二十六
射覆章第二十六・占験一(辛巳八月甲寅日壬申時)
占驗一、辛巳八月甲寅日壬申時,浙紹範玄同袖筒包有物件,占問何物,予遂袖傳一課以射之,八專。 朱六 蛇 寅卯辰巳 勾 虎陰虎陰 丑貴 貴 丑 午 龍 申亥申亥 亥陰 后 子 未 空 亥寅亥甲 亥陰 陰 亥戌酉申 虎 玄常
第一例。辛巳年八月甲寅日壬申時、浙江紹興人范玄同は袖筒裡に一件の東西を包み、何の物かを占うを請う、我便ち袖中に於いて課を伝えて来りて射覆す。此の課は巳将を以て申時に加えて布成し、甲寅日は干支同位、課体は「八専」に属す。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干甲は寅に宮を寄り・寅上に亥を得、亥上に申を得、日支寅上は仍ほ亥を得、亥上は仍ほ申を得、故に四課は只だ両課を成す。上神亥・申は各々太陰と白虎とを乗じ、重複して出現す。八専課は干支同じく一宮に居り・四課只だ両課を成すに因りて、伝を取るは別に専法有り。陽日は日干上神より順に三位を数えて初伝を取り、中末両伝皆な日干の陰神を用う。故に此の課は初伝は丑を取りて而して貴人を乗じ、中伝・末伝皆な是れ亥、皆な太陰を乗ず。甲寅日は甲寅旬に属し、空亡は子・丑に在り、初伝丑は正に旬空の中に落つ。
斷:剛日發用,兼日上神射之發用,丑為牛,其色黃兼黑,亥為雙義,必是黃黑二件;又為日貴,必貴重之物,乘天醫必能治病,其數四八。範大服,開筒視之,是石黃二塊,每塊約重四分七八釐。
判断して曰く、甲寅は是れ陽剛の日、八専課は日干上神より順に三位を数えて初伝を取り、再び日干上神と合して一同に来りて射覆す。初伝丑は十二属の中に於いて是れ牛、其の色は黄中黒を帯ぶ。中末両伝皆な是れ亥、亥は成双の義を含む、故に必ず是れ黄黒顔色の両件の東西。丑又た是れ甲日の貴人、以て是れ貴重の物なるを知るべし。上は「天医」を乗ず、此の東西の能く病を治するを説明す。数目は応に四と八との間に在るべし。范玄同は十分に嘆服し、袖筒を打開して一看すれば、果たして是れ雄黄石両塊、毎塊約重四分七八厘なり。
射覆章第二十六・占験二(丙寅丑月甲申日癸酉時)
占驗二、丙寅丑月甲申癸酉時,南京陳開子、山右司化南相顧間,相問彼袖中是何物件,予袖傳一課以射之,涉害、顧祖。 朱六勾青 卯辰巳午 六龍玄后 子午龍 蛇 寅 未 空 辰午戌子 財辰六 貴 丑 申 白 午申子甲 兄寅蛇 子亥戌酉 后陰玄常
第二例。丙寅年丑月甲申日癸酉時、南京の陳開子と山西の司化南と正に相い視て閑談し、互相に相手方の袖中の是れ何の東西かを問う、我便ち袖中に於いて課を伝えて来りて射覆す。此の課の天盤は地盤に比して両位を退して排定し、課体は「渉害」に属し、三伝は逆行して位を隔てて下り、「顧祖」と称す。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干甲は寅に宮を寄り・寅上に子を得、子上に戌を得、日支申上に午を得、午上に辰を得。四課上神辰・午・戌・子は依次に六合・青龍・玄武・天后を乗ず。三伝は初伝午は是れ子孫・青龍を乗じ、中伝辰は是れ妻財・六合を乗じ、末伝寅は是れ兄弟・螣蛇を乗ず。
斷曰:此必文書之類。化南云:何以知之是文書,乞講一理。予曰:用東方朔射覆斷本課。三傳純陽取遁申丁卯仰視丑字,陰神是亥,故取亥為初傳,三傳亥酉未,亥主圖書,又甲日文書爻。果透易書一冊。予曰;八十四頁。果然袁天罡本課。
判断して曰く、此れ一定是れ文書の一類の東西。司化南問う、你何に憑りて是れ文書と断定する、一条の道理を講出して請う。我曰く、此れ是れ東方朔射覆の法を用いて来りて本課を推斷す。此の課の三伝は全て是れ陽支、於是に旬遁して申上に加わるの丁と卯とを取り、再び頭を回らして仰ぎて丑字を看る、其の陰神は是れ亥、故に改めて亥を取りて初伝と為し、三伝便ち亥・酉・未を成す。亥は図書文籍を主り、況んや甲日に於いて亥又た正に是れ文書爻をや。結果相手方の取出す所は果たして是れ一冊の易学書。我又た曰く、此の書は共有八十四頁。数えるの後、果たして分毫差無し、此れ正に是れ袁天罡の伝う所の射覆課法。
射覆章第二十六・増補課例
增補課例: 占驗一、戊寅年未月己卯日未將丑時,同村學生劉傳祿手捏一物,命斷之。返吟。 六勾龍空 亥子丑寅 常陰朱勾 鬼 卯 虎 朱 戌 卯 虎 辰午戌子 子 酉 蛇 蛇 酉 辰 常 酉卯丑己 鬼 卯 虎 申未午巳 貴后陰玄
以下是是れ注者の増補するの課例。第一例。戊寅年未月己卯日、未将を以て丑時に加えて課を起こす、同村の学生劉伝禄は手裡に一件の東西を捏え、我に何かを判断せしむと叫ぶ。此の課の月将は占時と正に相冲し、天地両盤一一相対し、課体は「返吟」に属す。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干己は未に宮を寄り・未上に丑を得、丑上に未を得、日支卯上に酉を得、酉上に卯を得(原刻は此の課の四課上排を「辰午戌子」と作れり、返吟の局と合せず、当に是れ前一課の字迹の竄入せるべし)。三伝は初伝卯は白虎を乗じて而して官鬼、中伝酉は螣蛇を乗じて而して子孫、末伝は仍ほ是れ卯の白虎を乗ずるの官鬼。己卯日は甲戌旬に属し、空亡は申・酉に在り。酉は本身旬空に値り、卯又た正に地盤酉此の個の空位の上に落つ。
斷曰:三傳皆空,此物中空之象。卯酉俱為門戶,必是多口之物。卯為竹木之屬,空乘白虎則必是樂器。而酉空,金空則鳴,《金口》入式云“克者為無從旺斷”,未月金得土氣,克卯木,應以鐵質而斷,斷是吹管或哨子之類。開手時,果是一哨子。
判断して曰く、三伝皆な空地に落つ、此れ是れ物体中間是れ空なるの形象。卯と酉と皆な門戸を主る、以て必ず是れ多くの孔口有るの東西なるを知るべし。卯は竹木の類に属し、空に逢い又た白虎を乗ず、彼れ則ち必定に是れ楽器。再び言う、酉金は空に逢う、金は中空にして則ち能く声を発す、『金口訣』の入式歌に曰く「克する者は是れ無、旺に従いて而して断ず」。未月の金は土気の相生を得て而して旺に転じ、反って卯木を克制す、故に当に金属質地に按じて来りて判断すべし、吹管或いは哨子の一類の東西と断ず。彼の手を張り来るを待つに、果たして是れ一只の哨子。
射覆章第二十六・増補課例二(己卯年酉月辛卯日午時辰将)
占驗二、己卯年酉月辛卯日午時辰將,氣功弟子楊明業來,妻上集買菜,回來問所買何物。 空虎 青 卯辰巳午 常 蛇六 常陰 丑 六 勾 寅 未 玄 亥丑 午申 亥 蛇 六 丑 申 陰 丑卯 申辛 酉 后 朱 子亥戌酉 后 蛇貴
第二例。己卯年酉月辛卯日午時、辰将を以て午時に加えて課を起こす。気功を練るの弟子楊明業は前来し、妻子の集市に上りて菜を買い・回り来るの後彼に何を買い了れしかを判断せしむと要すと説く。課中の天盤は地盤に比して両位を退す。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干辛は戌に宮を寄り・戌上に申を得、申上に午を得、日支卯上に丑を得、丑上に亥を得。四課上神亥・丑・午・申は依次に螣蛇・六合・太常・太陰を乗ず。三伝は初伝丑は六合を乗じ、中伝亥は螣蛇を乗じ、末伝酉は天后を乗ず、丑・亥・酉は逆行して位を隔てて下る。辛卯日は甲申旬に属し、空亡は午・未両支に在り、三伝皆な空に落ちず、故に射る所の物は是れ実有の東西。此の一則は上一則と一様、是れ注者の増補するの近人課例、用いて射覆の法の今日に於いて仍然用うべきを説明す。
斷曰:丑為大腹,加卯之架,必是架上之物,斷是絲瓜或是冬瓜。“亥繩帶細長”,蛇亦為長物,亥又為水,加丑溼土之上,應是水菜。酉為辛味,上下皆水,不敢妄斷。 將出時,乃一冬瓜,一袋豆芽,一份芥末小油菜。
判断して曰く、丑は大腹の物を主り、卯木の成す所の棚架の上に加わる、必ず是れ架子上に結するの東西、丝瓜或いは冬瓜と断ず。中伝亥、口訣に曰く「亥は是れ縄索帯子、細くして而して長し」、螣蛇も亦た細長の物を主る。亥又た水に属し、丑此の塊の湿土の上に加わる、当に是れ水生の菜蔬なるべし。末伝酉は辛辣の味を主り、上下又た皆な是れ水、此の一件は則ち敢えて妄りに断語を下さず。東西の拿出せらるるを待つに、果たして是れ一個の冬瓜・一袋の豆芽、還た一份の芥末拌の小油菜有り。
欽差章第二十七
欽差章第二十七・占験一(己巳二月乙巳日辛巳時)
占驗一、己巳二月乙巳日辛巳時,楚黃江半石先生占差出,一成課已為何姓者批定大同餉部,重審、斬關,寅卯空、未申落空。 蛇貴 朱 戌亥子丑 后 玄朱 陰六 兄 甲寅 陰 六 酉 寅 陰 卯戌 巳酉 財 丁未 龍 勾 申 卯 玄 戌巳 酉乙 父 壬子 貴 龍 未午巳辰 常 空虎
第一例。己巳年二月乙巳日辛巳時、楚地黄岡の江半石先生は自己の将に何の差事の上に派せられんとするかを占問す、当時一份の已に写成せしの名単有り、説く是れ大同の餉部の一缺を某位の姓は何の人に批給せしと。此の課は戌将を以て巳時に加えて布成し、課体は「重審」に属し、兼ねて「斬関」の格を帯ぶ。本旬の空亡は寅・卯に在り、天盤の未・申二神は正に地盤寅・卯の両個の空位の上に落つ。四課は自ら右より左に向かい是れ、日干乙は辰に宮を寄り・辰上に酉を得、酉上に寅を得、日支巳上に戌を得、戌上に卯を得。四課上神は依次に玄武・朱雀・太陰・六合を乗ず。三伝は初伝寅は太陰を乗じて而して兄弟、中伝未は青龍を乗じて而して妻財、末伝子は貴人を乗じて而して父母と為る。
斷曰:此南行數也。彼以祿臨戌上,故云北差,不知守土官則論祿,欽差官只論馬。今驛馬長生居午,必是南差。曰:明日堂上該先拈後拈?予云:後拈得利。蓋以初傳中傳空亡,末見貴人生日故也。次早關中張主政先拈得大同差,暴存九江鈔關洪先生得之。
判断して曰く、此れ是れ南辺に往くの定数。別人は日禄の戌上に臨むに因りて、則ち当に是れ北に往くの差事なるべしと説く、却って一方を鎮守するの地方官乃ち禄神を論じ、而して命を奉じて使いに出るの欽差は只だ駅馬を論ずるを知らず。如今駅馬は午上に臨みて而して長生の位に居る、必定に是れ南に往くの差事。江先生問う、明天は堂上に於いて鬮を拈る、我は当に先に抢りて拈るべきか還た後面に在りて拈るを待つべきか。我曰く、後に拈る乃ち利を得。初伝・中伝皆な空亡に落ち、唯だ末伝に貴人の来りて日干を生ずるを見るの縁故。第二天一早、関中の張主政は先に拈り、大同の差事に拈着し、暴存此の一缺は則ち九江鈔関の洪先生に由りて拈得せられり。
欽差章第二十七・占験二(辛卯二月戊子日戊午時)
占驗二、辛卯二月戊子日戊午時,同鄉親友胡尹二兄:占淮陽巡撫差可復否,吏書缺可照舊否?重審、鑄印,午未空、亥子落空。 朱蛇 六 戌亥子丑 貴 六常 陰六 父 癸巳 常 勾 酉 寅 后 戌巳 卯戌 比 丙戌 六 龍 申 卯 陰 巳子 戌戊 官 辛卯 陰 空 未午巳辰 玄 虎常
第二の例:辛卯年二月戊子日戊午時、同郷の親友である胡・尹両氏が、淮陽巡撫という役職が回復できるかどうか、衙門内の吏員・文書の欠員をそのまま維持できるかどうかという二つの事を占いに来た。この課は亥将を午時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、「鋳印」の格を兼ねる。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の亥・子の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に戌を得、戌の上に卯を得る。日支の子の上に巳を得、巳の上に戌を得る。四課の上神・戌・巳・卯・戌はそれぞれ順に六合・太常・太陰・六合を乘る。三伝は、初伝が巳で太常を乘り父母となり、中伝が戌で六合を乘り比肩となり、末伝が卯で太陰を乘り官鬼となる。
斷曰:巡方官可復,吏缺未能如舊也。何也?蓋因鑄印乘軒,主遷官轉職而啟奏事。喜日祿臨支發用,末傳太歲作官,定有差遣,代天子巡狩之官也,且官居奎婁,是鳳廬有官之兆。又格合迴環,四墓加生,去而復來、已廢復興之象,未幾工科上疏題復。不復吏書者,以課不全,故占二得一也。
判断して曰く:巡方の官は回復できるが、吏員・文書の欠員はそのまま維持できない。なぜか。課が「鋳印乘軒」の格を得ており、昇進・転任と奏事の上達を主るからである。喜ばしいのは、日干の禄が日支の上に臨んで発用して初伝となり、末伝がまた太歳をもって官星とした点で、必ず別の差遣があり、まさに天子に代わって四方を巡行する官である。しかも官星が奎・婁二宿の分野に落ちているのは、鳳陽・廬州一帯に官職がある兆しである。この課はまた回環の格を成し、四墓が長生の上に加わっており、まさに去ってまた帰り、廃れてまた興る形象である。ほどなく工部が果たして上疏してこの職の回復を奏請した。吏員・文書の欠員が回復できないのは、この課が四課不全だからで、二つの事のうち一件だけしか応じなかったのである。
章奏章第二十八
章奏章第二十八・占験一(己巳正月己未日庚午時)
占驗一、己巳正月己未日庚午時,閩中張少司空諱維樞者索占,無祿、無路,子丑空、未申落空。 后陰 貴 子丑寅卯 玄 六陰 六陰 子 辛酉 六 蛇 亥 辰 常 酉寅 酉寅 兄 丙辰 常 朱 戌 巳 虎 寅未 寅己 財 癸亥 蛇 六 酉申未午 空 勾龍
第一の例:己巳年正月己未日庚午時、福建の少司空・張維枢先生が私に課を占わせた。この課は丑将を午時に加えて布したもので、課体は「無禄」に属し、「無路」の格を兼ねる。本旬の空亡は子・丑にあり、天盤の未・申の二神がちょうど地盤の子・丑という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の己は未に寄宮し、未の上に寅を得、寅の上に酉を得る。日支の未の上にやはり寅を得、寅の上にやはり酉を得る。己未日は日干の寄宮と日支がともに未位にあるので、四課は二課しか成らず、上神の寅・酉はそれぞれ六合と太陰を乘る。いわゆる「無禄」とは、四課がすべて上神が下神を克し、日干が生扶を得られないことをいう。「無路」とは干支が阻まれて行き先が通じないことをいい、どちらも吉課ではない。三伝は、初伝が酉で六合を乘り子孫となり、中伝が辰で太常を乘り兄弟となり、末伝が亥で螣蛇を乘り妻財となる。
斷曰:正時勝光,值事天空,此為章奏占。曰:吉凶若何?余曰:四課克下,名為無祿,況貴乘旬空,龍神克下,主在上者不足,輕則降罰,重則削權。又財官祿馬俱入墓絕之鄉,急流勇退為佳,否則必有意外之虞。曰:上書旨意如何?余曰:朱雀乘天喜,陰神見天馬,還得好旨歸里,後唯冠帶閒住,回家未久仙遊矣。
判断して曰く:課を起こした正時は勝光の午で、値事の神は天空、この課は奏章の占として見るべきである。張公が尋ねた:一体吉か凶か。私は言った:四課がすべて上神が下神を克しており、名を「無禄」という。まして貴人は旬空を乘り、青竜はまた逆に下を克しており、上の人があなたに満足していないことを主る。軽ければ降職の処罰、重ければ権柄の削奪である。また財・官・禄・馬がすべて墓絶の地に落ちるのに逢い、激流勇退するのがよい。さもなければ必ず思いもよらぬ禍がある。張公はまた尋ねた:この奏疏が上がったら、旨意はどうなるか。私は言った:朱雀は「天喜」を乘り、陰神にまた「天馬」が見えるので、なお良い旨意を得て故郷に帰ることを許されるであろう。のちに彼は果たして冠帯の虚銜だけを残して在郷で閑居し、帰郷してまもなく亡くなった。
章奏章第二十八・占験二(癸酉七月庚子日丙戌時)
占驗二、癸酉七月庚子日丙戌時,雲間董兌之為乃祖董玄宰太史辭大宗伯課,重審、潤下,辰巳空、子丑落空。 空虎常玄 丑寅卯辰 龍 子 巳 陰 玄蛇龍玄 子 庚子 龍 勾 亥 午 后 辰申申子 兄 丙申 蛇 戌酉申未 申子辰庚 印 甲辰 玄 六朱蛇貴
第二の例:癸酉年七月庚子日丙戌時、松江の人・董兌之がその祖父・太史董玄宰のために礼部尚書の職を辞する課を占った。この課は午将を戌時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、三伝の申・子・辰が水局を結んで「潤下」と称する。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の子・丑の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位に落ちている。四課は右から左へ:日干の庚は申に寄宮し、申の上に辰を得、辰の上に子を得る。日支の子の上に申を得、申の上にやはり辰を得る。三伝は、初伝が子で青竜を乘り子孫となり、中伝が申で螣蛇を乘り兄弟となり、末伝が辰で玄武を乘り印綬となる。
斷:此課不能升遷,請告亦不能退位,卻有加銜恩蔭之兆,何用辭為?蓋因三傳全脫,遞生空亡,雖有公卿推薦,不受已頭虛譽,且日祿歸支,印綬逢空,故不得掌篆正官;惟喜皇詔德祿居中乘旺,必有加銜恩蔭之徵。又課傳回環,進旺之氣,豈退位之象,明年春末龍祿傳墓,則當請告。次年春,晉宮銜,馳驛歸里。
判断して曰く:この課は昇進することもできず、上疏して退こうとしても退けない。かえって官銜を加えられ、子孫に恩蔭が及ぶ徴候があるのだから、どうして辞官する必要があろうか。三伝がすべて脱気の神で、層々に相生しながら空亡に生じ入るため、公卿の推薦があっても得られるのは頭上に加わるだけの実惠のない虚名にすぎない。しかも日干の禄が日支に帰し、印綬がまた空に逢うので、実職の正印を握ることはできない。喜ばしいのは「皇詔」が徳神・禄神とともに中伝に居り旺気を乘っているので、必ず加銜と恩蔭の応験がある。この課の課伝はまた回環の格を結び、気機は進んで転じて旺となる。どこが退位の象であろうか。来年の春末に青竜と禄神が墓地に伝わるのを待って、はじめて上疏して退くを請うべきである。翌年の春、彼は果たして宮銜を晋加され、駅馬に乘って故郷に帰った。
董玄宰(1555——1636),名其晶,上海淞江人,乙卯年生,丙子年死,萬曆十七年(己丑)進士,返翰林院編修,精於書畫,多才而無行,終南京禮部尚書。
注者が董玄宰の生平を附記する:その名は其昌(原刻は「其晶」と作る)、上海松江の人。一五五五年乙卯に生まれ、一六三六年丙子に卒す。万暦十七年己丑科の進士で、翰林院に入り編修を任じ、書法・絵画ともに極めて精妙であった。才華は高かったが行事はかなり譏議を受け、最後は南京礼部尚書に至った。
三傳遞生,故公卿舉薦。但初陷末空,中傳日祿德蛇相加,祿有變化。化而入玄武空地,故不吉。日祿歸支,主遙受官職,公獻斷為虛譽,亦一義也。 明年春末,辰月上龍神洩我之氣,主官祿離我而去。龍者去也,故馳驛而去。
注者が補って言う:三伝が層々に相生するので、公卿が出面して挙薦したのである。ただし初伝が陥落し末伝が空に逢い、中伝の上で日禄と徳神・螣蛇が相加わっているので、禄位に変化が起こることが分かる。変化の結果は玄武の居る空地に落ち込むので、決して吉ではない。日禄が日支に帰するのは、遠くから遥かに官職を受けることを主り、陳公献がこれを虚名と断じたのも一つの言い方である。来年春末というのは、辰月に天盤の青竜が日干の気を泄らし、官と禄がともに我を離れ去ることを主るからである。竜には離去の義があるので、駅馬に乘って京を離れ郷に帰るという事に応じたのである。
章奏章第二十八・占験三(丁丑八月壬寅日癸卯時)
占驗三、丁丑八月壬寅日癸卯時,浣中劉退齋太史索占:汝看此是何如人?重審、斬關,辰巳空、午未空。 六勾 朱 未申酉戌 龍 蛇后 陰常 鬼 辰 后 蛇 午 亥 空 午辰 卯丑 財 午 蛇 貴 巳 子 虎 辰寅 丑壬 印 申 六 后 辰卯寅丑 常 陰玄
第三の例:丁丑年八月壬寅日癸卯時、浣中の太史・劉退斎が私に課を起こさせて尋ねた:この人はどのような人物か見てほしいと。この課は巳将を卯時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、「斬関」の格を兼ねる。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の午・未の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位に落ちている。四課は右から左へ:日干の壬は亥に寄宮し、亥の上に丑を得、丑の上に卯を得る。日支の寅の上に辰を得、辰の上に午を得る。四課の上神・丑・卯・辰・午はそれぞれ順に太常・太陰・天后・螣蛇を乘る。三伝は、初伝が辰で天后を乘り官鬼となり、中伝が午で螣蛇を乘り妻財となり、末伝が申で六合を乘り印綬となる。
餘玩之良久,斷曰:此近君陰貴人也,太歲常官臨日,陰見夜貴,太陰又居歲位,必近君之陰貴人也。曰:“此公主也。然有何事?曷一決之。”曰:此必請封蔭子之事。蓋末傳皇詔長生,六合為孩兒,是以知之。倘旨意不允。余曰:傳將六陽登天,必事達天廷至尊之前。但嫌初中空亡,必須兩次方許封蔭。果如其言。
私は長い間繰り返し揣摩して、判断して曰く:占われているのは君上に近い女貴人である。太歳の上の太常が官星を作して日干に臨み、陰神にまた夜貴人が見え、太陰がさらに太歳の位に居るので、必ず君王に接近した女貴人だと分かる。劉公が言った:これはまさに一人の公主である。では彼女にどんな事があるのか、決断してほしい。私は言った:これは必ず封贈を請い、子嗣に恩蔭が及ぶ事であろう。末伝の上に「皇詔」と長生があり、六合がまた孩児を主るので知れるのである。劉公は旨意が許されないのではと心配した。私は言った:三伝の天将は六陽の気が青天にまっすぐ上るので、この事は必ず至尊の前に上達できる。ただ惜しいのは初伝・中伝がともに空亡に落ちることで、二度請うてはじめて封蔭が許されるであろう。のちに果たして私の言った通りになった。
章奏章第二十八・占験三(戊寅三月丙寅日丙申時)
占驗三、戊寅三月丙寅日丙申時,予謁兵垣孫魯山先生,有工垣姚永言先生、戶垣諱朝薦辜父母在座,魯山先生占請告,重審、登天,戌亥空、子丑落空。 六朱 勾 未申酉戌 蛇 青虎 朱勾 子 戊辰 白 龍 午 亥 貴 午辰 酉午 比 庚午 青 空 巳 子 后 辰寅 未丙 財 壬申 六 虎 辰卯寅丑 陰 常玄
また一つの例:戊寅年三月丙寅日丙申時、私は兵科給事中の孫魯山先生を訪ねた。工科の姚永言先生・戸科の辜朝薦先生も座にいた。魯山先生は、上疏して退くを請うことが許されるかを占い問うた。この課は戌将を申時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、「登天」の格を兼ねる。本旬の空亡は戌・亥にあり、天盤の子・丑の二神がちょうど地盤の戌・亥という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丙は巳に寄宮し、巳の上に未を得、未の上に酉を得る。日支の寅の上に辰を得、辰の上に午を得る。四課の上神は順に勾陳・朱雀・白虎・青竜を乘る。三伝は、初伝が辰で白虎を乘り子孫となり、中伝が午で青竜を乘り比肩となり、末伝が申で六合を乘り妻財となる。
斷曰:請告不允,更主升遷。蓋因官登三天,又傳將進引,安得退居林下乎?況龍神乘相氣,太歲卯行年又生青龍、日干,將來功名遠大。後吏部復疏,旨意不允,旋歷任宣大制臺。
判断して曰く:請退は許されず、かえって昇官を主る。官星が歩々高く登り、三伝と天将がまた層々に前へ推し進めているのだから、どうして林下に退けられようか。まして青竜が当令の相気を乘り、太歳の卯と行年がまた来て青竜と日干を生ずるので、将来の功名はなお非常に远大である。のちに吏部がこの奏疏を覆議し、旨意は果たして許さず、まもなく彼は宣府・大同一帯の総督に任じられた。
章奏章第二十八・占験四(丁丑六月乙未日甲申時)
占驗四、丁丑六月乙未日甲申時,安慶張癢友占九江職方趙光汴先生請纓行邊,昴星、周遍,辰巳空、卯辰落空。 龍空 勾 辰巳午未 虎 青空 朱六 財 戊戌 陰 六 卯 申 常 巳午 寅卯 兄 癸卯 六 朱 寅 酉 玄 午未 卯乙 子 甲午 空 蛇 丑子亥戌 陰 貴後
第四の例:丁丑年六月乙未日甲申時、安慶の張姓の同窓が、九江の人・兵部職方司の趙光抃先生のために、自ら命を請うて辺関に出鎮する事を占い問うた。この課は未将を申時に加えて布したもので、課体は「昴星」に属し、「周遍」の格を兼ねる。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の卯・辰の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位に落ちている。四課は右から左へ:日干の乙は辰に寄宮し、辰の上に卯を得、卯の上に寅を得る。日支の未の上に午を得、午の上に巳を得る。四課の上神・卯・寅・午・巳はそれぞれ順に六合・朱雀・天空・青竜を乘る。三伝は、初伝が戌で太陰を乘り妻財となり、中伝が卯で六合を乘り兄弟となり、末伝が午で天空を乘り子孫となる。
斷曰:凡陰陽昴星,雖無蛇虎入傳,只宜靜守,不利動用。蓋因貴居本位,驛馬旬空,守舊為上。況河魁渡亥,中傳斷橋,凡事阻隔難行。且赤鳥犯歲君,上疏必攖上怒。後果謫戍,壬午歲授燕遼總督,失機建逮問典刑。如占詞訟,名達朝廷,坐死。
判断して曰く:およそ陰日・陽日に起こした昴星課は、たとえ螣蛇・白虎が伝に入らなくても、ただ安静に守成するのが宜しく、挙動するのに利さない。貴人が自分の本位に居て動かず、駅馬がまた旬空に落ちるので、やはり旧を守るのが上策である。まして「河魁」の戌が亥の上に渡り、中伝がまた「断橋」に逢うので、万事が隔たり阻まれて行い難い。加えて朱雀が太歳の君位を犯すので、この奏疏が上れば必ず皇上を触怒させる。のちに彼は果たして辺境に戍りに贬られ、壬午年にまた起用されて薊遼総督となったが、軍機を貽誤したために逮問されて処刑された。このような課で词訟・官司を占っても、名声が朝廷に上達しながら遂に死を判されることを主る。
《明史》:趙光抃,字彥清,九江德化人。舉天啟五年進士。崇禎初,服闋,除工部都水主事,歷兵部職方郎中。十年秋,遣閱薊、遼戎務,盡得邊塞形勢,戰守機宜,列十二事以獻。明年冬,大清兵入密雲,總督吳阿衡敗歿,廷議增設巡撫一人,駐密雲,遂擢光抃右僉都御史任之。至即發監視中官鄧希詔奸謀。帝召希詔還,而令分守中官孫茂霖核實。茂霖為希詔解,光抃反得罪,遣戍廣東。十五年,兵事益棘,廷臣薦光抃復官。光抃家素饒,聞命,持數萬金入都為軍資。 既至,召見德政殿。奏對稱旨,拜兵部右侍郎兼右僉都御史,總督薊州、永平、山海、 通州、天津諸鎮軍務。而大清已克薊州,分兵四出,命光抃兼督諸路援軍。諸援軍觀望,
注者が『明史』の本伝を引く:趙光抃は字を彦清、九江徳化の人。天啓五年に進士に及第した。崇禎初年に守喪が満ちて工部都水主事に任命され、のちに兵部職方郎中まで至った。崇禎十年秋、朝廷は彼を遣わして薊州・遼東一帯の軍務を査閲させ、彼は辺塞の地形と攻守の急所をすべてよく踏査し、十二か条の建議を列して上呈した。翌年冬、清兵が密雲に攻入り、総督呉阿衡が兵に敗れて死んだ。朝議は巡撫一員を増設して密雲に駐守させることに決め、そこで趙光抃を右僉都御史に昇進させてこの職に当たらせた。彼は到任するや監視太監・鄧希詔の奸謀を摘発した。皇帝は鄧希詔を京に召し返したが、分守太監の孫茂霖に核実させるよう命じ、孫茂霖はかえって鄧希詔を弁護し、趙光抃は却って罪を得て広東に戍边に流された。崇禎十五年に辺事がいよいよ逼迫し、朝臣が推薦して彼を復官させた。彼の家はもとより富裕で、命令を受けるや数万両の銀を携えて京に入り軍資に充てた。到京後、徳政殿で召見され、奏対が皇帝の意にかなったので、兵部右侍郎兼右僉都御史に拝され、薊州・永平・山海・通州・天津の各镇の軍務を総督した。しかし清兵はすでに薊州を攻め落として兵を分かち四出しており、朝廷はまた彼に各路の援軍を兼管させたが、各路の援軍はいずれも观望して進まなかった。
河間迤南皆失守,光抃不敢救,尾而南。已,聞塞上警,又驅而北。廷臣交章劾光抃, 謂列城被攻不救,退回高陽,坐視淪覆。明年,復論光抃及範志完。四月,大清兵北旋, 光抃、唐通、白廣恩等八鎮兵邀於螺山,皆敗走。帝聞,大怒。既解嚴,與志完並獲譴。 帝召見雷縯祚,縯祚詆志完,而稱光抃。帝曰:“志完、光抃逗遛河間,獨罪志完,渠 服其心乎?”遂並逮光抃。光抃嘗薦廣恩,廣恩抗不赴召,帝以是益惡光抃,卒與志完 同日斬西市。十六年(1643癸未),十一月癸丑,範志完、趙光抃棄市。)福王時,太僕萬元吉奏復其官。
『明史』は続けて記す:河間以南の各城が相次いで失守し、趙光抃は救いに行くことを敢えてせず、ただ尾行して南に下った。続いて塞上の告急を聞いて、また向きを変えて北に向かった。朝臣は次々に章を上げて彼を弾劾し、各城が攻められるのを坐視して救援せず、高陽に退いて城の陥落を見ているだけだと言った。翌年にまた彼と范志完を併せて弾劾した。四月に清兵が北に撤ると、趙光抃・唐通・白広恩ら八鎮の兵馬が螺山で遮撃したが、みな敗走した。皇帝が聞いて大いに震怒し、戒厳を解除したのち、彼は范志完とともに譴責を受けた。皇帝は雷縯祚を召見し、雷縯祚は范志完を毀りながら趙光抃を称賛した。皇帝は言った:范志完は趙光抃とともに河間に逗留して進まなかったのに、范志完だけを罪に治めて、彼が心服するだろうか。そこで趙光抃も併せて逮捕した。趙光抃はかつて白広恩を挙薦したことがあったが、白広恩は命に抗して召しに応じず、皇帝はこのためいっそう彼を悪み、遂に范志完と同日に西市で斬られた。崇禎十六年すなわち一六四三年癸未十一月癸丑日、范志完・趙光抃は棄市に処された。福王が南京で即位したとき、太僕の万元吉が上奏して彼の元の官職を回復させた。
凡事不宜進者,一隙之明也,告人將有禍矣。若不知幾機時強進,罹禍宜矣。
およそ課象が進むべきでないと示すのは、それが天意の漏らす一筋の光であり、この人に禍が臨もうとしていると予め告げるのと等しい。もしこの兆しを読み取れず、動くべきでない時に強いて進めば、災禍を招くのも当然のことである。
章奏章第二十八・占験五(辛未六月癸卯日乙卯時)
占驗五、辛未六月癸卯日乙卯時,臺中王旋官父師占上疏,從革、絕嗣,辰巳空、申酉落空。 龍空 勾 酉戌亥子 虎 空朱 勾貴 父 丁酉 勾 六 申 丑 常 亥未 酉巳 鬼 辛丑 常 朱 未 寅 玄 未卯 巳癸 財 乙巳 貴 蛇 午巳辰卯 陰 貴後
第五の例:辛未年六月癸卯日乙卯時、台省の王旋官老師が上疏の事を占い問うた。この課は未将を卯時に加えて布したもので、三伝の巳・酉・丑が金局を結んで「従革」と称し、「絶嗣」の格を兼ねる。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の申・酉の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位に落ちている。四課は右から左へ:日干の癸は丑に寄宮し、丑の上に巳を得、巳の上に酉を得る。日支の卯の上に未を得、未の上に亥を得る。四課の上神・巳・酉・未・亥はそれぞれ順に貴人・勾陳・朱雀・天空を乘る。三伝は、初伝が酉で勾陳を乘り父母となり、中伝が丑で太常を乘り官鬼となり、末伝が巳で貴人を乘り妻財となる。
斷曰:傳將遞生,有疏薦人乎?曰:非也,有疏參人耳。余曰:雖三傳遞生,嫌初末逢空,獨存中傳 ,歲破為鬼。又朱雀乘太歲剋日;太歲君也,歲破相也,恐得罪於君相,於公不利。後果以上章薦人,下獄擬配。
判断して曰く:三伝と天将が層々に相生する。もしや上疏して誰かを挙薦するのであろうか。王公が答えた:いや、人を弾劾する上疏である。私は言った:三伝は递相に生ずるけれど、惜しいのは初伝と末伝がともに空亡に落ち、中伝の一つだけが独り残り、しかもその中伝の丑はまさに歳破で、また官鬼に化している。加えて朱雀が太歳を乘って日干を克する。太歳は君王を象徴し、歳破は宰輔を象徴するので、この一疏はおそらく君王と執政に同時に怨まれることになり、あなたにとって大いに不利であろう。のちに彼は果たして他人を挙薦する章を上げたために獄に下り、発配の拟判を受けた。
章奏章第二十八・占験六(丁丑四月丁酉日乙巳時)
占驗六、丁丑四月丁酉日乙巳時,浣中劉退齋先生請假省親占,元首、九丑、曲直,辰巳空、申酉落空。 蛇貴 朱 酉戌亥子 后 空陰 常青 鬼 己亥 貴 六 申 丑 陰 巳丑 卯亥 父 癸卯 常 勾 未 寅 玄 丑酉 亥丁 子 乙未 勾 龍 午巳辰卯 常 空虎
第六の例:丁丑年四月丁酉日乙巳時、浣中の劉退斎先生が仮を請うて故郷に帰り親を見舞う事を占った。この課は酉将を巳時に加えて布したもので、課体は「元首」に属し、「九丑」を兼ね、三伝の亥・卯・未が木局を結んで「曲直」となる。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の申・酉の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位に落ちている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に亥を得、亥の上に卯を得る。日支の酉の上に丑を得、丑の上に巳を得る。四課の上神・亥・卯・丑・巳はそれぞれ順に青竜・太常・太陰・天空を乘る。三伝は、初伝が亥で貴人を乘り官鬼となり、中伝が卯で太常を乘り父母となり、末伝が未で勾陳を乘り子孫となる。
斷曰:此奏不允所請,必有溫旨相留。何以知之?蓋天驛二馬加臨年命,理應行動之象。但發用官貴,德馬夾克,又戀長生,主不由己而動。曰:朱雀又空,為文書不就,中傳卯與支上太歲相剋,主君上隔阻,有溫旨相留也。後果不允假旋。
判断して曰く:この奏疏はあなたの請いを許さず、必ず穏やかな旨意があってあなたを留めるであろう。何をもって知るか。天馬・駅馬の両馬がともに本命と行年の上に加臨するので、理の上では動きの象があるはずである。しかし初伝に発用したのは官星と貴人で、徳神と駅馬が両側から挟んで克し、また長生の地に恋着するので、動きたくても身が由にできないことを主る。さらに朱雀がまた空亡に落ちるのは、文書が成り立たない象である。中伝の卯が日支の上の太歳と相克するのは、君上がその間に阻ることを主る。だから温旨で挽留されるのである。のちに果たして彼の告假・帰郷は許されなかった。
章奏章第二十八・占験七(癸酉二月丁丑日丙午時)
占驗七、癸酉二月丁丑丙午時,松江太僕沈雲生先生被京營曹大司禮參劾占回奏吉凶。重審、鑄印(申酉空,丑寅落空。) 貴后 蛇 戌亥子丑 陰 貴青 空后 比 辛巳 空 朱 酉 寅 玄 亥午 巳子 子 甲戌 蛇 六 申 卯 常 午丑 子丁 印 己卯 常 勾 未午巳辰 虎 龍空
第七の例:癸酉年二月丁丑日丙午時、松江の太僕寺の官・沈雲生先生が京営の大司礼・曹某に弾劾され、上疏して回奏することの吉凶を占い問うた。この課は亥将を午時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、「鋳印」の格を兼ねる。本旬の空亡は申・酉にあり、天盤の丑・寅の二神がちょうど地盤の申・酉という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に子を得、子の上に巳を得る。日支の丑の上に午を得、午の上に亥を得る。四課の上神・子・巳・午・亥はそれぞれ順に天后・天空・青竜・貴人を乘る。三伝は、初伝が巳で天空を乘り比肩となり、中伝が戌で螣蛇を乘り子孫となり、末伝が卯で太常を乘り印綬となる。
斷;天空發用,主為章奏而占。曰:何以知之?蓋有官君子占得鑄印,必面君奏事、遷官轉職(且天空乃奏書之神)。曰:看回奏如何?曰:日祿之陰制祿,罰俸止矣,官何礙乎?交仲夥時,天吏皇詔生日,青龍日祿居丑,必然榮擢吳越斗牛之分。雖嫌四課上下沖害,又喜交車合祿,先雖參差,而後和好。及回奏,果罰俸,秋升閩撫,有功,尋授兩廣總督。
判断して曰く:天空が発用して初伝となるので、占われているのは奏章の事だと分かる。相手が尋ねた:どう見て分かるのか。私は言った:官職のある人が鋳印の課を得たら、必ず君王に面して事を奏し、しかも官を昇め職を転ずる(まして天空はもともと奏書を主る神である)。彼はまた尋ねた:今回の回奏の結果はどうか。私は言った:日禄の陰神が逆に禄神を制しているので、禄を少し罰されるだけで、官位に何の妨げがあろうか。仲秋の時に交われば、天吏と皇詔がともに日干を生じ、青竜が日禄とともに丑の上に居るので、必ず呉越斗牛分野一帯の官職に栄升する。四課の上下が相冲・相害するのは好ましくないが、喜ばしいのはまた交車合禄を結んでいることで、初めは参差があっても後にはついに和好する。回奏したのち、果たして禄を罰されただけであった。秋に至って福建巡撫に升任し、功を立てたのでまもなくまた両広総督を授かった。
章奏章第二十八・占験八(丁丑十一月丁亥日戊申時)
占驗八、丁丑十一月丁亥戊申時,東省戶垣諱三傑孫科長代同鄉丁科長占守科失紅本回奏。重審、反吟。(午未空,子丑落空) 后陰 貴 亥子丑寅 玄 貴空 勾陰 比 癸巳 空 蛇 戌 卯 常 亥巳 未丑 鬼 丁亥 貴 朱 酉 辰 虎 巳亥 丑丁 比 癸巳 空 六 申未午巳 空 勾龍
第八の例:丁丑年十一月丁亥日戊申時、山東戸科の孫三傑科長が同郷の丁科長のために、本科を值守する際に紅本を紛失し、上疏して回奏する事を占った。この課は寅将を申時に加えて布したもので、月将と占時がちょうど相冲し、天地両盤が一つ一つ向かい合い、課体は「重審」に属して「反吟」を兼ねる。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の子・丑の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に丑を得、丑の上に未を得る。日支の亥の上に巳を得、巳の上に亥を得る。四課の上神・丑・未・巳・亥はそれぞれ順に太陰・勾陳・天空・貴人を乘る。三伝は、初伝が巳で天空を乘り比肩となり、中伝が亥で貴人を乘り官鬼となり、末伝はやはり巳で天空を乘る比肩である。
斷:官必降罰,職必更改。曰:目今朝廷責之,已過當矣,矧又重其責乎?曰:龍神克戰,課將返吟,居官定難滿任,況巳為驛馬,上乘皇詔,主一任未了,二任又臨。曰:比更職無疑。及以降三級回首,不准;降五級,又不准;擬降別衙門,然後依擬。
判断して曰く:官階は必ず降罰され、職務は必ず変更される。相手が言った:いま朝廷の責罰はすでに重すぎる。まさかさらに加重されるのか。私は言った:青竜が克を受けて交戦し、課体がまた返吟に逢うので、この位では任期を満たして坐っていられない。まして巳は駅馬で、その上に皇詔を乘せており、一任がまだ終わらないうちに第二任の差遣がまた臨んでくることを主る。これを見ると、改職は疑いない。のちにまず三級降格の回話を拟したが朝廷は許さず、再び五級降格を拟してもやはり許されず、最後に別の衙門への降調を拟してやっとこの議処に照じて批准された。
章奏章第二十八・占験九(戊辰十二月戊申日庚申時)
占驗九、戊辰十二月戊申庚申時,予在燕京會高仁齋、夏客還、張環玉邀,蜀中禮部李載溪先生座索占。(寅卯空,未申落空) 朱蛇 六 戌亥子丑 貴 白貴 陰六 官 乙卯 陰 勾 酉 寅 后 午丑 卯戌 子 戊申 龍 龍 申 卯 陰 丑申 戌戊 兄 癸丑 貴 空 未午巳辰 玄 虎常
第九の例:戊辰年十二月戊申日庚申時、私は北京で高仁斎・夏客還と会い、張環玉が東道となって相招した席上、四川籍の礼部の官・李載渓先生が座にいて私に課を起こさせた。この課は丑将を申時に加えて布したものである。本旬の空亡は寅・卯にあり、天盤の未・申の二神がちょうど地盤の寅・卯という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に戌を得、戌の上に卯を得る。日支の申の上に丑を得、丑の上に午を得る。四課の上神・戌・卯・丑・午はそれぞれ順に六合・太陰・貴人・白虎を乘る。三伝は、初伝が卯で太陰を乘り官鬼となり、中伝が申で青竜を乘り子孫となり、末伝が丑で貴人を乘り兄弟となる。
仁齋斷曰:卯與戌合,為大六合,六合加戌為小六合,喜末傳月將貴人,定然片言入相。予反其意曰:太陰臨卯,空即不能成名,此乃舊事又舉行者,二月還宜慎重。曰:何以知其舊事:曰:舊太歲發用,且四墓覆生,主已廢復行,沉而又舉也。嫌初中龍官空戰,朱雀陰見玄墓(亥乘朱陰神見辰也),若上疏,旨意不佳。果後以改授上疏見駁,幾至察處。
高仁斎が判断して曰く:卯と戌が相合するのは大六合であり、六合の将がまた戌の上に加わるのは小六合である。喜ばしいのは末伝が月将と貴人を乘ることで、必ず二言三言で参政の要に入れる。私はかえって反対の意を言った:太陰が卯の上に臨み、卯がまた空に落ちるので、事は名を成せない。これは旧事の再提起にすぎず、二月に至ってはなお慎重を要する。相手が尋ねた:旧事だとどうして分かるのか。私は言った:初伝に発用したのは去年の旧太歳であり、しかも四墓が逆に覆って日干を生ずるので、すでに廃置された事がまた推し行われ、沈んだものがまた挙げられることを主る。惜しいのは初伝・中伝で青竜と官星が空に落ちて相戦い、朱雀の陰神にまた玄武と墓神が見えること(亥の上に朱雀を乘せ、その陰神は辰の上に落ちる)。もし上疏すれば旨意は良くない。のちに彼は果たして官職の改授のために上疏して駁回され、ほとんど査処を受けるところであった。
兵斗章第二十九
兵斗章第二十九・占験一(甲申四月庚申日庚辰時)
占驗一、甲申四月庚申日庚辰時,如皋銓部李大生先生占燕京安危,八專,子丑空,巳午落空。 朱蛇 六 戌亥子丑 貴 白貴 白貴 財 乙卯 陰 勾 酉 寅 后 午丑 午丑 父 乙丑 貴 青 申 卯 陰 丑申 丑庚 父 乙丑 貴 空 未午巳辰 玄 虎常
第一の例:甲申年四月庚申日庚辰時、如皋の吏部の官・李大生先生が北京城の安危を占い問うた。この課は酉将を辰時に加えて布したもので、庚申日は干支がともに申位に同居し、課体は「八専」に属する。本旬の空亡は子・丑にあり、天盤の巳・午の二神がちょうど地盤の子・丑という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の庚は申に寄宮し、申の上に丑を得、丑の上に午を得る。日支の申の上にやはり丑を得、丑の上にやはり午を得る。四課は二課しか成らず、上神の丑・午はそれぞれ貴人と白虎を乘る。三伝は、初伝が卯で太陰を乘り妻財となり、中伝と末伝はともに日干の陰神・丑を取り、貴人を乘って父母となる。
斷曰:賊自西山出奇,用騾車木韞,先攻西南後攻東北,且有凶變之虞。蓋因賊符自戌發用,克中末干支貴人,而天空臨寅,此地疏虞,賊必乘虛而入,兩陰神虎鬼克干支及歲君,左右獻城之象。後聞李賊明攻張掖,暗逾東直,城中鼎沸,開門出降,先帝自縊。
判断して曰く:賊兵は西山から奇兵を出し、騾車と木製の攻城器械を用いて、先に西南方を攻め、後に東北方を攻める。しかも凶险で巨大な変動の憂いがある。「賊符」が戌の上から発用して中伝・末伝の干支と貴人を克し、天空が寅位に臨んでいるので、この一帯は防守が空疎で、賊衆は必ず虚に乘じて入る。二重の陰神の上の白虎と官鬼が同時に日干・日支と太歳を克傷するのは、まさに左右の近臣が城を献じる形象である。のちに聞くと、李自成は表向き張掖門を攻め、暗に東直門を越え、城中は大乱し、守将が門を開けて投降し、崇禎皇帝は自ら縊れて国に殉じた。
兵斗章第二十九・占験二(乙酉正月丙午日丙申時)
占驗二、乙酉正月丙午日丙申時,總漕部院田百原老師住淮清江聞高鎮睢州被許定國圍困,占吉凶,重審、從革,寅卯空、午未落空。 蛇貴 朱 酉戌亥子 后 玄蛇 陰朱 財 己酉 朱 六 申 丑 陰 寅戌 丑酉 子 癸丑 陰 勾 未 寅 玄 戌午 酉丙 比 乙巳 空 青 午巳辰卯 常 空虎
第二の例:乙酉年正月丙午日丙申時、漕運を総督する部院・田百元老師が淮安の清江浦に駐在し、高傑の軍が睢州で許定国に包囲されたと聞いて吉凶を占い問うた。この課は子将を申時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、三伝の巳・酉・丑が金局を結んで「従革」となる。本旬の空亡は寅・卯にあり、天盤の午・未の二神がちょうど地盤の寅・卯という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丙は巳に寄宮し、巳の上に酉を得、酉の上に丑を得る。日支の午の上に戌を得、戌の上に寅を得る。四課の上神・酉・丑・戌・寅はそれぞれ順に朱雀・太陰・螣蛇・玄武を乘る。三伝は、初伝が酉で朱雀を乘り妻財となり、中伝が丑で太陰を乘り子孫となり、末伝が巳で天空を乘り比肩となる。
斷曰:興平公必被戮。課傳從革,合中刑干害支。春占金局為返射肅殺之氣;戌命長生被其克盡,全無一點化解,況干乘死氣,支乘干支之墓,不惟主墮客計,而主亦自被其愚矣。又干支命年上神俱遭刑剋墓害,死又何疑乎?三日後果應。
判断して曰く:興平伯・高傑は必ず殺される。この課は三伝が従革の金局を結び、合局の中でまた日干を刑し日支を害する。春に金局を得るのは、反射して戻る粛殺の気である。彼の戌年の本命のある長生の地が金気に克されてすっかり尽き、少しの化解の余地もない。まして日干は死気を乘り、日支はまた干支の墓神を乘っているので、その人が相手の罠に嵌っただけでなく、主人自身も人に愚弄されたことを主る。加えて日干・日支・本命・行年の各所の上神がすべて刑克・墓害に遭っているのだから、何を疑うことがあろうか。三日後に果たして応じた。
1645年2月8日夜,由於高傑與許定國從前有仇隙,兩人素來互相忌恨。現在兩人都表示友好與寬宏。但是,1645年2月8日夜,許定國在他的睢州駐地宴請高傑,將他殺害。隨後他渡過黃河投奔清軍,在他們眼中,他的殺害高傑大大提高了他的身價。同時這一行動使高傑的大軍陷入憤怒與混亂之中。其他各鎮將領對高傑的怨恨和南京的政治陰謀,挫敗了史可法重建高傑軍的領導的企圖。當他們不受管束地進入南直隸向揚州潰退時,守住黃河防線的希望就破滅了。
注者が史事に拠ってこの課の応験を補述する:高傑は許定国と早くから怨みを結び、互いに長く忌恨していたが、その時表面上はともに友好で寛厚な姿を見せていた。一六四五年二月八日の夜、許定国は自分の駐守する睢州で宴を設けて高傑をもてなし、席中に彼を殺し、続いて黄河を渡って清軍に降った。清側から見れば、高傑を殺したことは彼の身の値打ちを大いに高めた。この変故は高傑の大軍を憤怒と混乱に陥れ、しかも残りの各镇の将領はもともと高傑を怨み、南京の朝中にはまた政争と暗算があったので、史可法が高傑の旧部を再び整頓して別に主帥を立てようとする計画は水泡に帰した。この統制を失った軍隊が南直隷に流れ込み揚州へ潰退したとき、黄河の防線に拠り守る望みもまた徹底的に潰えた。高傑はすなわち前の課にいう興平伯で、彼が殺されたのはまさに占課後の三日目で、「興平公必ず戮されん」「三日の後果たして応ず」の断語と完全に吻合する。
兵斗章第二十九・占験三(乙酉四月丁丑日辰時・揚州城破)
占驗三、乙酉四月丁丑日辰時,大兵用銃攻揚州,守西門將士索占吉凶,重審、鑄印,申酉空、丑寅落空。 貴后 蛇 戌亥子丑 陰 貴青 空后 兄 辛巳 空 朱 酉 寅 玄 亥午 巳子 子 甲戌 蛇 六 申 卯 常 午丑 子丁 父 己卯 常 勾 未午巳辰 虎 龍空
第三の例:乙酉年四月丁丑日辰時、大軍が火銃で揚州を攻め、西門を守る将士が吉凶を占うよう請うた。この課は酉将を辰時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、「鋳印」の格を兼ねる。本旬の空亡は申・酉にあり、天盤の丑・寅の二神がちょうど地盤の申・酉という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に子を得、子の上に巳を得る。日支の丑の上に午を得、午の上に亥を得る。四課の上神・子・巳・午・亥はそれぞれ順に天后・天空・青竜・貴人を乘る。三伝は、初伝が巳で天空を乘り兄弟となり、中伝が戌で螣蛇を乘り子孫となり、末伝が卯で太常を乘り父母となる。
斷曰: 游都建旺發用,忌臨畏地,主敵人迫於不得已而死戰也。今日干支雖旺相,然旺相之氣在於外,休囚之地在於內,城安能保乎?嫌中傳被支所刑,辰時又來沖破鑄印,見刑沖則為破印矣。且戌為州城牢獄,勾陳又剋日上神,屠城放獄,應在咫尺。飯後步入舊城,城已破。
判断して曰く:敵方の主将を表す「游都」がちょうど旺して発用して初伝となり、しかも自分の畏れる受克の地に落ちているので、敵軍が止むを得ず追い詰められて死に物狂いで戦うことを主る。いま日干・日支は旺相に属するが、旺相の気はみな城外にあり、休囚の気がかえって城内にある。城をどうして保てようか。憂慮すべきは中伝が日支に刑され、占時の辰がまた来て鋳印の格を冲破することで、鋳印は刑冲に逢えば破印となる。まして戌は州城と牢獄を主り、勾陳がまた日干の上神を克するので、城を屠り獄を開く禍が眼前にある。食後に歩いて旧城に入ると、城はすでに攻め破られていた。
兵占之法,以支為城為守,干為敵為攻。 干支旺相則旺氣在於外,守難攻易;干支休囚則旺氣在於內,守易攻難。 初傳為攻,末傳為守,中傳為守禦陣地。
注者が兵事の占法の綱領を帰納する:戦事を占うには日支をもって城を表し守方を表し、日干をもって敵を表し攻方を表す。日干・日支が旺相に処すれば、旺気が城外にあることを示し、それなら守方は力を費やし攻方は力を省く。日干・日支が休囚に処すれば、旺気が城内に蓄えられていることを示し、それなら守方は安穏で攻方は得手にできない。三伝の中では、初伝は進攻する方を表し、末伝は防守する方を表し、中伝は双方が争う守御の陣地を表す。
此課,丁壬日游都在巳,巳為發用,加於受克之子地,為忌臨畏地,主困獸猶斗,無退路而人人奮死。因發用為敵為攻,枚主敵迫不得已而死戰。 中傳戌為城牆,受支丑之刑,辰時之沖,主城破。 末傳卯生初傳巳,城內有內奸;卯克戌,主有人偷降,破壞城守。
本課について言えば:丁日・壬日の游都は巳の上に定めて安いているが、巳がちょうど発用して初伝となり、しかもそれを克する子位の上に加わっている。これを「畏地に臨むを忌む」といい、敵軍が困獣のなお闘うがごとく、退くに退けず人皆命を賭することを主る。初伝が敵方を表し進攻を表すので、敵がやむなく死戦を強いられると断ずる。中伝の戌は城牆を表し、日支の丑の刑を受け、また占時の辰の冲を受けるので、城牆が攻め破られることを主る。末伝の卯が初伝の巳を生ずるのは、城里に内応する奸者がいることを示す。卯がまた戌を克するのは、密かに投降する者がいて内部から城防を破ることを主る。
課得交車合、鑄印,都是城門緊閉之意。但交車合而干支上下互沖,鑄印又被沖破,旺氣又在於外,故城不守。 占時沖破鑄印,故城破在咫尺,言極速也。 又戌為州城牢獄,受沖剋則城陷獄開也。 勾陳又剋日上神,勾陳為將,乘未克子也。干上神為敵,敵受克為何講屠城放獄,不知何因,請高明指教。
この課はまた交車合と鋳印の二つの格を兼ね、もともとどちらも城門を閉ざして堅く守り出ない意である。ところが交車合でありながら日干・日支の上下が互いに冲击し、鋳印がまた占時に冲破され、旺気がまたみな城外にあるので、城はついに守れない。占時が鋳印を冲破するのは、城破が眼前にあることを示し、いかにも速いことを極言したものである。さらに戌は州城と牢獄を主り、一旦冲を受け克を受ければ、城が陥ちて獄門が大きく開くことを示す。勾陳が日干の上神を克するというのは、勾陳が武将の神で、それは未来を乘って子を克するからである。ただし日干の上神はもともと敵方を表し、敵方が克を受けるのにどうしてかえって屠城開獄と説くのか、注者にもその故が分からないので、高明の人のご指教を願う。
兵斗章第二十九・占験四(戊子二月乙亥日癸未時)
占驗四、戊子二月乙亥日癸未時,興化臺中李少文先生相召汪寧牛灣園慮金兵東下占,重審、曲直,申酉空、子丑落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 龍玄貴勾 財 癸未 貴 勾 申 丑 后 未卯子申 父 乙亥 蛇 青 未 寅 陰 卯亥申乙 兄 己卯 空 空 午巳辰卯 玄 虎常
第四の例:戊子年二月乙亥日癸未時、興化の台省の官・李少文先生が汪寧の牛湾園で相邀して会集し、清兵の東下を憂えて課を起こした。この課は亥将を未時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、三伝の亥・卯・未が木局を結んで「曲直」となる。本旬の空亡は申・酉にあり、天盤の子・丑の二神がちょうど地盤の申・酉という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の乙は辰に寄宮し、辰の上に申を得、申の上に子を得る。日支の亥の上に卯を得、卯の上に未を得る。四課の上神・申・子・卯・未はそれぞれ順に勾陳・貴人・玄武・青竜を乘る。三伝は、初伝が未で貴人を乘り妻財となり、中伝が亥で螣蛇を乘り父母となり、末伝が卯で天空を乘り兄弟となる。
斷曰:金兵不但不能東下,且不能待久。游都居西南戀生,且離日辰遠;賊符臨干支,水陸布有伏兵。然乘死絕之氣,且初傳休囚夾克,末傳健旺制劫,是守堅敵弱,故知必不能東下而又不能持久也。但太歲合木局以生春夏之木,只今頗能堅守,一交丑年,巳酉丑金局破壞傳中之木,即難支吾矣。次年正月果驗。
判断して曰く:清兵は東下できないばかりか、長く持ちこたえることもできない。游都が西南に居り長生の地に恋着し、日干・日支からまた遠い。賊符は日干・日支に臨んでいるが、水陸両路に兵馬を伏せていることを示すにすぎず、しかもそれは死絶の気を乘っている。加えて初伝は休囚で両側に夹克され、末伝はかえって健旺で劫煞を制伏できる。これは守方が堅固で攻方が虚弱な象なので、敵軍が東下することも長く続くこともできないと断ずる。ただ太歳が木局と相合して春夏当令の木気を滋しているので、目下はなおかなり堅守できる。丑年に交わるや巳酉丑の三合金局が三伝中の木気を破壊し、その時に支えきれなくなる。翌年正月に果たして応じた。
兵斗章第二十九・占験五(己丑正月辛巳日辛卯時・大同姜瓖の乱)
占驗五、己丑正月辛巳日辛卯時,榆林王總兵諱樸者,其子金吾官在揚,聞大同姜總兵亂,占吉凶,元首、炎上。 勾六 青 丑寅卯辰 朱 玄青勾貴 官 壬午 貴 (申酉空、辰巳落空) 空 子 巳 蛇 酉丑寅午 財 戊寅 勾 虎 亥 午 貴 丑巳午辛 印 甲戌 常 常 戌酉申未 后 玄陰
第五の例:己丑年正月辛巳日辛卯時、榆林の王総兵・名は朴、その息子は金吾の官を任じて揚州に駐在し、大同の姜総兵が乱を起こしたと聞いて、吉凶を占い問うた。この課は亥将を卯時に加えて布したもので、課体は「元首」に属し、三伝の寅・午・戌が火局を結んで「炎上」となる。本旬の空亡は申・酉にあり、天盤の辰・巳の二神がちょうど地盤の申・酉という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の辛は戌に寄宮し、戌の上に午を得、午の上に寅を得る。日支の巳の上に丑を得、丑の上に酉を得る。四課の上神・午・寅・丑・酉はそれぞれ順に貴人・勾陳・青竜・玄武を乘る。三伝は、初伝が午で貴人を乘り官鬼となり、中伝が寅で勾陳を乘り妻財となり、末伝が戌で太常を乘り印綬となる。
斷曰:游都居支前,賊符侵酉地,且貴人克干發用,又合中犯煞,西北兵動,據城無疑。初傳旺相生合末傳,定主內外奸人勾連,中傳月建克末傳,必然破城殺將。又旬遁丁神臨辰陽入辰陰,更有當地邊界盜賊蜂起,後來終於歸降。蓋因游都臨合處也。但火局旺相於春夏,死於秋冬,又大吉日墓臨支,是主受客愚而墜客計,交秋事敗歸降矣。 干支互乘墓互相昏昧,支上單乘日墓他昏昧我,干上單乘支墓我昏昧他。
判断して曰く:游都が日支の前に居り、賊符が酉地に侵入し、加えて貴人が日干を克して発用し、合局の中にまた凶煞を犯しているので、西北方は必ず兵を用い、城池を占拠するのは疑いない。初伝が旺相で末伝を生合するのは、必ず城内城外の奸人が互いに結託することを示す。中伝が月建に当たりまた末伝を克するのは、必ず城池を攻破して守将を殺すことを示す。さらに旬遁の丁神が日支の陽神から陰神に落ち込むので、なお当地の辺界の盗賊が次々に起こるが、後に終に帰降する。これは游都が相合する所に落ちるからである。ただ火局は春夏に旺して秋冬に死し、また大吉の丑が日干の墓を作して日支に臨むので、相手の愚弄を受け相手の罠に落ちることを主り、だから秋に交わると事が敗れて投降した。注者が補って言う:日干・日支が互いに墓を乘るのは、彼此ともに糊塗していること。日支の上に単独で日干の墓を乘るのは、相手が我を糊塗させること。日干の上に単独で日支の墓を乘るのは、我が相手を糊塗させることである。
據《清史稿》“(順治)五年十二月辛卯朔……癸巳,姜瓖以大同叛。……六年春正月……辛未,姜瓖黨姚舉等殺冀寧道王昌齡,陷忻州。……癸未,山西賊黨劉遷寇代州,阿濟洛遣軍破走之。……三月……丁卯,土賊王永強陷延安、榆林等十九州縣,延綏巡撫王正志等死之。……夏四月乙卯,賊黨陷汾州,命和碩端重親王博洛為定西大將軍,帥師討之。和碩敬謹親王尼堪移師大同。秋七月戊午朔,攝政王多爾袞復徵大同。乙丑,滿達海、瓦克達徵朔州、寧武。丙戌,吳三桂、李國翰復延綏鎮城。八月癸巳,攝政王多爾袞還京。山西賊黨陷蒲州及臨晉、河津,孟喬芳討平之。滿達海復朔州、馬邑。丁酉,端重親王博洛拔孝義壬子,遣英親王阿濟格、貝子鞏阿岱等徵大同。癸丑,梅勒章京根特等拔猗氏。乙卯,大同賊被圍久,飢死殆盡,偽總兵楊震威斬姜瓖及其弟琳來獻。丙辰,寧武關偽總兵劉偉等率眾降,靜樂、寧化山寨悉平。”
注者が『清史稿』を引いてこの兵乱の始末を記す:順治五年十二月初一辛卯、癸巳日に至り、姜瓖が大同に拠って反した。六年春正月辛未、姜瓖の党羽・姚挙らが冀寧道の王昌齢を殺して忻州を攻め落とした。癸未、山西の賊党・劉遷が代州を侵犯したが、阿済洛が兵を派して撃退した。三月丁卯、土寇の王永強が延安・楡林など十九の州県を攻め落とし、延綏巡撫の王正志らが殉難した。夏四月乙卯、賊党が汾州を攻め落とし、朝廷は和碩端重親王・博洛を定西大将軍として兵を領して討たせ、和碩敬謹親王・尼堪が大同に移軍した。秋七月初一戊午、摂政王ドルゴンが再び大同に出征した。乙丑、満達海・瓦克達が朔州と寧武に進討した。丙戌、呉三桂・李国翰が延綏の鎮城を回復した。八月癸巳にドルゴンは京に帰り、山西の賊党はまた蒲州および臨晋・河津を攻め落としたが、孟喬芳に討平され、満達海が朔州・馬邑を回復した。丁酉、博洛が孝義を攻め下し、壬子にまた英親王阿済格・貝子鞏阿岱らを遣わして大同を征し、癸丑、梅勒章京根特らが猗氏を攻め下した。乙卯の日に至り、大同城は包囲されて日が久しく、城中の人は餓死して尽きようとし、姜瓖の配下の総兵・楊震威が姜瓖とその弟・姜琳を斬首して献じた。丙辰、寧武関の総兵・劉偉らが衆を率いて投降し、静楽・寧化の山…
兵斗章第二十九・占験六(丁亥日寅将子時・武昌城)
占驗六、己丑三月偶有六壬諸友相晤,持有丁亥日寅將子時課與余斷,云:有賊兵攻武昌,看城池安危,重審、極陰,午未空、申酉落空。 蛇貴 朱 未申酉戌 后 空常陰貴 財 乙酉 貴 六 午 亥 陰 卯丑亥酉 鬼 丁亥 陰 勾 巳 子 玄 丑亥酉丁 子 己丑 常 青 辰卯寅丑 常 空虎
第六の例:己丑年三月、たまたま六壬を習う友人数名と集まり、彼らが丁亥日に寅将を子時に加えて起こした課を出して私に判断させ、賊兵が武昌を攻めているので城の安危を見てほしいと言った。この課は課体が「重審」に属し、三伝がすべて陰支で、「極陰」と称する。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の申・酉の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に酉を得、酉の上に亥を得る。日支の亥の上に丑を得、丑の上に卯を得る。四課の上神・酉・亥・丑・卯はそれぞれ順に貴人・太陰・太常・天空を乘る。三伝は、初伝が酉で貴人を乘り妻財となり、中伝が亥で太陰を乘り官鬼となり、末伝が丑で太常を乘り子孫となる。
斷:賊自西南而來,城必無虞。曰:游都離日辰甚遠,何以知賊之必來?曰:酉貴臨干發用,故知其來而自西南也。曰:有眾幾何?曰:游都臨日辰遠,干上貴又空,惟以正時上下合斷,約有七九六千三百。曰:城無虞者何?蓋貴臨干受克,故知賊不攻城而退也。
判断して曰く:賊兵は西南の方から来るが、城は必ず恙ない。衆人が尋ねた:游都は日干・日支から遠いのに、何をもって賊が必ず来ると断ずるのか。私は言った:酉の上に貴人を乘せて日干に臨み発用するので、賊が来ると知り、しかも西南の方向から来る。又問う:賊衆はどれほどか。私は言った:游都が日干・日支から遠く、日干の上の貴人がまた空に落ちるので、ただ占時の上下二神の相合にもとづいて推算するしかなく、およそ六千三百の上下であろう。さらに問う:城が恙ないとはまた何故か。貴人が日干に臨みながらかえって克制を受けるので、賊兵は城を攻めずに自ら退き去ると断ずるのである。
此課乃晉元帝時因毛寶叛兵屯邾城,命宰相戴洋占後載之於史。予初不知,不意斷法竟與古事相合,然純陰之課,子之陰神魯都剋日,主賊有埋伏,又支為城,上神克之,而上神又被陰神所克,主居守不仁且欲自相攻擊。又末傳生合初貴,主內有暗降之人,此數事皆前人未盡之秘,予不惜筆之於書,以授後之學者。
この課はもともと晋の元帝の時に毛宝の叛兵が邾城に屯駐したため、朝廷が戴洋に占卜させ、後に史書に記された旧課である。私は初めこの来歴を知らなかったが、思いもかけず自分の断法が古事と合致した。さらに数点を補う:この課は純粋に陰支で、子の陰神の上に「魯都」が来て日干を克するので、賊兵に伏兵を設けていることを主る。日支は城を表し、その上神が来てこれを克し、しかもこの上神がまた陰神に克されるので、城を守る者が仁政を施さず、内部でまた自ら相攻撃することを主る。末伝がまた初伝の貴人を生合するのは、城里に暗に投降する者がいることを主る。これら数層の意はいずれも前人が言い尽くさなかった秘訣で、私は惜しまず書に記して後の学者に遺す。
兵斗章第二十九・占験七(甲申五月庚子日辛巳時・高傑揚州を囲む)
占驗七、甲申五月庚子日辛巳時,高兵自黃河北來,圍困揚城近半月,江都令諱日成李父師占城池安危,蒿矢、三交,辰巳空、未申落空。 勾六 青 申酉戌亥 朱 白陰后朱 鬼 甲午 白 空 未 子 蛇 午卯寅亥 兄 丁酉 勾 虎 午 丑 貴 卯子亥庚 子 庚子 蛇 常 巳辰卯寅 后 玄陰
第七の例:甲申年五月庚子日辛巳時、高傑の軍隊が黄河以北から南下し、揚州城を包囲して半月に近づき、江都県令・李日成先生が城の安危を占い問うた。この課は申将を巳時に加えて布したもので、課体は「蒿矢」に属し、「三交」の格を兼ねる。本旬の空亡は辰・巳にあり、天盤の未・申の二神がちょうど地盤の辰・巳という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の庚は申に寄宮し、申の上に亥を得、亥の上に寅を得る。日支の子の上に卯を得、卯の上に午を得る。四課の上神・亥・寅・卯・午はそれぞれ順に朱雀・天后・太陰・白虎を乘る。三伝は、初伝が午で白虎を乘り官鬼となり、中伝が酉で勾陳を乘り兄弟となり、末伝が子で螣蛇を乘り子孫となる。
斷:凶必無虞,不日圍困可解。蓋因干支休囚,旺氣在內故也。格合羅網,初傳魯都虎鬼月建,彼兵雖凶,然末傳遊者將星,又係蛇沖剋初傳,此為以凶制凶,不過虎頭蛇尾,故不日圍解。
判断して曰く:凶であるが終に恙なく、数日も出ずに包囲は解ける。日干・日支がともに休囚に処し、旺気が城内に蓄えられているからである。この課は羅網の格を結び、初伝の上に魯都・白虎・官鬼がありまた月建に当たるので、相手の兵勢は確かに凶猛である。しかし末伝は游都の化した将星で、また螣蛇を乘って回頭して初伝を冲克する。これを以凶制凶といい、来勢は虎頭蛇尾にすぎず、だから数日も経ずに囲みが解けるのである。
《明史》:京師陷,(高)傑南走,福王封傑興平伯,列於四鎮,領揚州,駐城外。傑固欲入城,揚州民畏傑不納。傑攻城急,日掠廂村婦女,民益惡之。知府馬鳴騄、推官湯來賀堅守月餘。傑知不可攻,意稍怠。閣部史可法議以瓜州予傑,乃止。九月命傑移駐徐州,以左中允衛胤文兼兵科給事中監其軍西討。
注者が『明史』を引いて証とする:北京が陥落したのち、高傑は南下し、福王は彼を興平伯に封じ、江北四鎮の中に列し、揚州を彼の統轄に割り当て、部隊は城外に駐在した。高傑は一心に城に入ろうとしたが、揚州の百姓は彼を恐れて受け入れようとしなかった。彼はそこで城池を猛攻し、毎日兵を放って附近の村镇の婦女を掠奪させたので、百姓はいよいよ彼を嫌悪した。知府の馬鳴騄・推官の湯来賀が一か月余り堅守し、高傑は攻め落とせないと知って攻勢をやや緩めた。のちに内閣大学士の史可法が出面して調停し、瓜洲を高傑に割くと議定して、やっとこれで済んだ。九月、朝廷は高傑に徐州への移駐を命じ、左中允・衛胤文を遣わして兵科給事中を兼ねさせ、彼の軍隊の西征を監督させた。
羅網課最宜捕盜尋失,兵戰亦是吉象。
注者が補って言う:羅網という課体は、盗賊の捕捉や失物の捜索を占うのに最も適しており、兵戈・戦陣に用いても同じく吉利の象である。
兵斗章第二十九・占験八(甲申三月丙午日甲午時・真定被囲)
占驗八、甲申三月丙午日甲午時,卞孟井聞真定被圍,占城安否,知一、玄胎,寅卯空、巳午落空。 朱蛇 六 申酉戌亥 貴 后朱貴六 財 戊申 六 勾 未 子 后 子酉亥申 官 辛亥 貴 青 午 丑 陰 酉午申丙 父 甲寅 玄 空 巳辰卯寅 玄 虎常
第八の例:甲申年三月丙午日甲午時、卞孟井が真定が包囲されたと聞き、城が安穏かどうかを占い問うた。この課は酉将を午時に加えて布したもので、課体は「知一」に属し、「玄胎」の格を兼ねる。本旬の空亡は寅・卯にあり、天盤の巳・午の二神がちょうど地盤の寅・卯という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丙は巳に寄宮し、巳の上に申を得、申の上に亥を得る。日支の午の上に酉を得、酉の上に子を得る。四課の上神・申・亥・酉・子はそれぞれ順に六合・貴人・朱雀・天后を乘る。三伝は、初伝が申で六合を乘り妻財となり、中伝が亥で貴人を乘り官鬼となり、末伝が寅で玄武を乘り父母となる。
斷:不惟真定內變城破,即燕京亦有他虞。蓋因初傳財爻內戰,又乘相氣沖剋旬空之末傳,干支又被兩陰神所克,支又克支上神,主居民心散,兵馬為錢糧內變,左右獻城弒主之象。且末傳寅為幽燕,被初傳申馬沖剋,燕京安能無虞?即此日京城亦被賊所破,月餘聞報,餘言皆驗矣。
判断して曰く:真定が内変で城破るだけでなく、北京にも別の禍患がある。初伝の財爻が内部で交戦し、また相気を乘って旬空に落ちる末伝を冲克し、日干・日支がまた二重の陰神に克され、日支がさらに日支の上神を反克するので、居民の人心が渙散し、軍隊が銭糧のために嘩変し、まさに左右の近臣が城を献じ主を弑する形象である。まして末伝の寅は幽燕の地で、初伝の申の上の駅馬に冲克されるのだから、北京がどうして恙なくいられようか。まさにこの日に京城もまた賊兵に攻め破られ、一か月余り後に消息が伝わり、私の言ったことはすべて応験した。
兵斗章第二十九・占験九(乙酉四月辛酉日丙申時・左良玉南侵)
占驗九、乙酉四月辛酉日丙申時,左藩南侵,總漕田百原恩師奉命勤王,已進發矣,諸將士索占吉凶,重審、進茹,子丑空、丑寅落空。 后陰 貴 午未申酉 玄 虎常空虎 子 癸亥 虎 蛇 巳 戌 常 亥戌子亥 子 甲子 空 朱 辰 亥 虎 戌酉亥辛 父 乙丑 龍 六 卯寅丑子 空 勾青
第九の例:乙酉年四月辛酉日丙申時、左良玉が兵を率いて南下し、漕運を総督する田百元恩師が命を奉じて兵を起こして勤王し、隊伍はすでに出発しており、衆将士が吉凶を占うよう請うた。この課は酉将を申時に加えて布したもので、課体は「重審」に属し、三伝の亥・子・丑が位を逐って递進し、「進茹」と称する。本旬の空亡は子・丑にあり、天盤の丑・寅の二神がちょうど地盤の子・丑という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の辛は戌に寄宮し、戌の上に亥を得、亥の上に子を得る。日支の酉の上に戌を得、戌の上にやはり亥を得る。四課の上神・亥・子・戌・亥はそれぞれ順に白虎・天空・太常・白虎を乘る。三伝は、初伝が亥で白虎を乘り子孫となり、中伝が子で天空を乘りやはり子孫となり、末伝が丑で青竜を乘り父母となる。
斷:此行不吉,主至半途而回。蓋白虎驛馬臨干,雖有虎假虎威之勢,賴戌土實能剋制,如彼猖狂妄動,定有阻塞。但我兵此行,中末俱空,豈能前進?況辛日南征為滅沒旺方,于軍不利,干神臨支恐有銳卒前擾後至。後至揚州,高兵出城搶舡,遂與閣部商議,抽兵而退。
判断して曰く:このたびの出師は吉でなく、中途まで行けば引き返すことを主る。白虎と駅馬がともに日干に臨むので、相手は狐が虎の威を借る勢いがあるが、幸い日干の寄宮する戌土は確かにそれを克制でき、彼が猖狂に妄動すれば必ず到るところで阻まれる。しかし我方の今回の進兵は、中伝・末伝がともに空亡に落ちるので、どうして前進できようか。まして辛日に南へ出征するのはちょうど滅没の臨む旺方に突き当たり、用兵に利さない。日干の神が日支に臨むので、おそらく精鋭の兵が前で騷ぎ後で追って来ることがあろう。のちに部隊が揚州に至ると、高傑の兵が城を出て船を奪ったので、そこで史閣部と協議して兵を撤して引き返した。
左良玉(1598—1645年)。 凡初實中末空者,無論衰旺進退,概以真空論,主事中途而止,強進必有禍也。此《畢法》“進茹空亡宜退步”也。
左良玉は一五九八年に生まれ、一六四五年に卒した。注者が補って言う:およそ初伝が実を落として中伝・末伝がみな空の課は、その衰旺・進退がいかんであれ、一概に真空として論じ、事が中途に至って止まることを主り、強いて進めば必ず禍を招く。これはまさに『畢法賦』のいう「進茹空亡は退步すべし」である。
兵斗章第二十九・占験十(己丑十一月戊辰日甲戌時・沢州)
占驗十、己丑十一月戊辰日甲戌時,山西同化南占得此時課,持來問予看地方有事否,彈射、潤下,戌亥空,寅卯落空。 六勾 朱 酉戌亥子 青 龍蛇空朱 財 甲子 龍 蛇 申 丑 空 子申丑酉 比 戊辰 玄 貴 未 寅 虎 申辰酉戊 子 壬申 蛇 后 午巳辰卯 常 陰玄
第十の例:己丑年十一月戊辰日甲戌時、山西の司化南がこの時課を占い得て、彼の故郷の地方に事が起こるかどうかを私に問うために持ち来た。この課は寅将を戌時に加えて布したもので、課体は「弾射」に属し、三伝の申・子・辰が水局を結んで「潤下」となる。本旬の空亡は戌・亥にあり、天盤の寅・卯の二神がちょうど地盤の戌・亥という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に酉を得、酉の上に丑を得る。日支の辰の上に申を得、申の上に子を得る。四課の上神・酉・丑・申・子はそれぞれ順に朱雀・天空・螣蛇・青竜を乘る。三伝は、初伝が子で青竜を乘り妻財となり、中伝が辰で玄武を乘り比肩となり、末伝が申で螣蛇を乘り子孫となる。
斷:此地如何得無事?蓋游都乘蛇臨支,定有兵擾,但城中人民尚結居守,糧草器械無一不備。因支生支上神,建壬為財,且初傳子乃北方輕剽之兵,必自北面來。幸中傳辰土山崗所隔,干上昴星作日之敗氣,來兵必怯而退,城中人民終於歸順。蓋龍化為蛇,不能成其大,傳將三六合,末傳又生合初傳,居守必然歸順。曰:此敝地澤州也。果一一如所占。
判断して曰く:この地方に事がないはずがあろうか。游都が螣蛇を乘って日支に臨むので、必ず兵馬の騷擾がある。ただし城中の百姓はなお寨を結んで自守でき、糧草・器械は様々に備わっている。日支が日支の上神を生じ、月建の壬がまた財爻に化しているからである。初伝の子は北方の軽捷で剽悍な兵を表し、必ず北面から来る。幸い中伝の辰土が山岡のごとく中に横わって阻み、日干の上の昴星がまた日干の敗気なので、来兵は必ず怯えて退き、城中の百姓は終に帰順する。青竜が螣蛇に変じるのは、来勢が大きな気候を成せないことを示し、三伝の天将が三重に六合し、末伝がまた初伝を生合するので、城に拠って自守する者は必ず帰順する。司化南が言った:これはまさに我が故郷の沢州である。のちに果たして一々占いの通りになった。
兵斗章第二十九・占験十一(乙酉五月乙酉日庚辰時・南都帰降)
占驗十一、乙酉五月乙酉日庚辰時,予避難於福終庵,同盟副師楊九苞督舟師隨徵時,修書差官相召同事,予因幼兒隨身固辭,乃占一課寄之,元首、九丑、潤下,午未空、戌亥落空。 朱蛇 六 酉戌亥子 貴 白後貴勾 官 甲申 勾 勾 申 丑 后 巳丑子申 父 戊子 貴 青 未 寅 陰 丑酉申乙 財 壬辰 常 空 午巳辰卯 玄 虎常
第十一の例:乙酉年五月乙酉日庚辰時、私は福終庵に避難して住んでいた。同盟の副師・楊九苞が水軍を統領して大軍に随い出征し、手紙を書いて官員を遣わして私を招き共に事に当たらせようとしたが、私は幼い子を連れているために堅く辞して行かず、そこで一課を占って彼に寄せた。この課は申将を辰時に加えて布したもので、課体は「元首」に属し、「九丑」を兼ね、三伝の申・子・辰が水局を結んで「潤下」となる。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の戌・亥の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の乙は辰に寄宮し、辰の上に申を得、申の上に子を得る。日支の酉の上に丑を得、丑の上に巳を得る。四課の上神・申・子・丑・巳はそれぞれ順に勾陳・貴人・天后・白虎を乘る。三伝は、初伝が申で勾陳を乘り官鬼となり、中伝が子で貴人を乘り父母となり、末伝が辰で太常を乘り妻財となる。
斷:南都定然歸順,放心前行,但防東南有兵變之虞。蓋因末傳旺相,財爻生合初傳官貴,且結水局生日,又合中無煞,是為主者必歸順而貢降也。且干支休囚,則旺氣在內,其城不可拔,亦無屠戮之慘,辰陰見太乙白虎建旺合克酉支,因而提防東南兵變也。後果如所占。
判断して曰く:南京は必ず帰順する。安心して行くがよい。ただ東南一帯に兵変が起こるのを防がねばならない。末伝が旺相で、財爻が初伝の官星・貴人を生合し、三伝がまた水局を結んで日干を生じ、合局の中に凶煞がないので、主を作す者が必ず帰順して降を納れることが分かる。加えて日干・日支がともに休囚に処し、旺気が城内に蓄えられているので、あの城は攻め落とせず、屠城の惨禍もない。ただ日支の陰神の上に太乙の巳と白虎が当旺で見え、合して日支の酉を克制するので、東南方の兵変を防ぐべきである。のちに果たして占いと合致した。
此課占行軍出行吉凶,以三傳合局生日,無空亡,合中無煞,大吉之兆。不然,雖生日,亦有他非。 畢法賦有“貴德臨身消萬禍格”,謂日德加干上,不畏三傳鬼殺也。但此格必須其餘地方吉,方以此論,否則以鬼論。此課日德申臨日,且為月將,有利於之人,陰神貴陽人生干,三傳為生氣,故以全吉斷。
注者が補って言う:この課が占ったのは行軍・出行の吉凶である。三伝が合局を結んでまた来て日干を生じ、空亡がなく、合局の中にも凶煞を帯びないのは大吉の兆である。もしこれらの条件を備えなければ、たとえ三伝が日干を生じても、なお別の枝節が生じる。『畢法賦』に「貴徳身に臨めば万禍を消す」という格があり、日徳が日干の上に加われば、三伝中の鬼殺を畏れないと説く。しかしこの格は必ずその他の各所も吉利でなければこのように論じられず、さもなければやはり官鬼として見る。この課は日徳の申が日干に臨み、しかも申はまさに当令の月将なので、人に利がある。陰神の上の貴人は陽に属して来て日干を生じ、三伝がまたすべて生気なので、全吉と断じたのである。
凡泛占吉凶,遇有干支之陰神沖剋干支者,每以內亂斷之,試之屢驗。 南都者,明以北京為國都,以金陵為陪都,號為南京,也有六部九卿,稱為南京六部九卿。甲申年崇禎帝自縊,南京諸臣擁小福王即位,是為南明。此時占的事是因為清軍南下,這個楊九苞是奉命勤王,因為勝敗生死攸關,所以占一下。南都即指南明小朝廷的國都南京。後來果然南明投降,清兵除了在揚州與史可法有大戰外,餘無戰事。
注者がまた言う:およそ泛泛に吉凶を占う場合、日干または日支の陰神が回頭して日干・日支を冲克するのに逢ったら、往々にして内乱として断ずる。屡試して屡々験あり。ここにいう南都は、明朝が北京を国都とし金陵を陪都として南京と号したことによる。そこにも同じく六部九卿を設け、南京六部九卿と称した。甲申年に崇禎皇帝が自縊し、南京の大臣たちは小福王を擁立して即位させ、史は南明と称す。この課が占ったのはまさに清軍の南下の事で、楊九苞は命を奉じて勤王し、勝敗・生死が一挙に係るので一課を占う要があったのである。南都とは南明の小朝廷の国都・南京を指す。のちに南明は果たして投降し、清兵は揚州で史可法と大戦したほかは、残りの各所では戦事がなかった。
兵斗章第二十九・占験十二(辛未四月丙子日丁酉時・登莱の変)
占驗十二、辛未四月丙子日丁酉時,萊陽遲父師與同鄉宋氏昆弟相召,占東省地方安否,伏吟、玄胎,申酉空、申酉落空。 六朱 勾 巳午未申 蛇 玄玄勾勾 比 辛巳 勾 青 辰 酉 貴 子子巳巳 財 甲申 蛇 空 卯 戌 后 子子巳丙 父 戊寅 虎 虎 寅丑子亥 陰 常玄
第十二の例:辛未年四月丙子日丁酉時、莱陽の遅老師と同郷の宋氏兄弟が相邀して、山東地方が平安かどうかを占い問うた。この課は酉将を酉時に加えて布したもので、月将と占時が同位で、天地両盤が完全に重なり合い、課体は「伏吟」に属し、「玄胎」の格を兼ねる。本旬の空亡は申・酉にあり、伏吟なので、天盤の申・酉もちょうど地盤の申・酉という二つの空位に坐している。四課は右から左へ:日干の丙は巳に寄宮し、巳の上にやはり巳を得、巳の上にやはり巳を得る。日支の子の上にやはり子を得、子の上にやはり子を得る。四課の上神・巳・巳・子・子はそれぞれ順に勾陳・勾陳・玄武・玄武を乘る。三伝は、初伝が巳で勾陳を乘り比肩となり、中伝が申で螣蛇を乘り妻財となり、末伝が寅で白虎を乘り父母となる。
斷:東南齊分主有伏地兵將作亂,兩軍敵戰盡遭傷也。日上勾陳月建被支之玄武將星剋制,且乘天鬼凶煞,是以有伏地兵將屠殺破城之虞。又傳將遞克,伏吟見丁馬,官防參劾,大民流亡。冬月水旺時,玄武得令,孔耿李三將兵起破登府七州縣,人民逃竄,總兵張可大自縊,孫巡撫逮問典刑。
判断して曰く:東南方の斉地の分野内に、当地に潜伏する兵将が起って乱を為し、両軍が交戦していずれも創傷を受ける。日干の上の勾陳がちょうど月建に当たるが、日支の上の玄武の化した将星に克制され、また天鬼の凶煞を乘るので、伏兵の将領が城を屠り邑を破る憂いがある。三伝と天将が層層に相克し、伏吟の中にまた丁神と駅馬が見えるので、官にある者は弾劾されるのを防がねばならず、百姓は流離して所を失う。冬月に水が旺する時に至り、玄武が当令となり、孔有徳・耿仲明・李九成の三将が兵を起こし、登州府の所属する七つの州県を攻破し、百姓は四方に逃散し、総兵の張可大は自縊して殉難し、巡撫の孫元化は逮捕されて罪に問われ処刑された。
此三傳遞克應於官遭彈章。 大民流亡應於何徵?需待來者。
注者が言う:ここで三伝が層層に相克するのは、官にある者が弾劾を受けるという事に応じたのである。「大民流亡」という一句がどの徴象に応じたのかは、注者には一時見えないので、やむなく後の人の解答に俟つことにする。
《明史》載:五年(1632)春正月辛丑,孔有德陷登州,游擊陳良謨戰死,總兵官張可大死之。巡撫都御史孫元化、副使宋光蘭等被執,尋縱還。辛亥,孔有德陷黃縣。丙寅,總兵官楊御蕃、王洪率師討孔有德,敗績於新城鎮。二月己巳朔,孔有德圍萊州,巡撫都御史徐從治固守。辛巳,孔有德陷平度。三月壬寅,兵部侍郎劉宇烈督理山東軍務,討孔有德。夏四月甲戌,劉宇烈敗績於沙河。癸未,徐從治中傷卒。
注者が『明史』を引いてこの変乱を記す:崇禎五年、すなわち一六三二年春正月辛丑、孔有徳が登州を攻め陥れ、遊撃の陳良謨が戦死し、総兵官の張可大も殉難し、巡撫都御史の孫元化・副使の宋光蘭らが俘えられたが、まもなくまた放し戻された。辛亥、孔有徳が黄県を攻め陥れた。丙寅、総兵官の楊御蕃・王洪が兵を率いて孔有徳を討ち、新城鎮で敗戦を喫した。二月初一己巳、孔有徳が莱州を包囲し、巡撫都御史の徐従治が城に拠って固守した。辛巳、孔有徳が平度を攻め陥れた。三月壬寅、兵部侍郎の劉宇烈が山東の軍務を督理して、孔有徳を討ちに赴いた。夏四月甲戌、劉宇烈が沙河で戦に敗れた。癸未、徐従治が箭に当たって負傷して死んだ。この一連の戦事は、まさに前の課が断じた伏地の兵将が乱を為し両軍が交戦して尽く傷を蒙る、および総兵の自縊・巡撫の下獄という結末に応じたのである。
癸卯,孔有德偽降,誘執登萊巡撫都御史謝璉,萊州知府朱萬年死之。己未,孫元化棄市。逮劉宇烈下獄,甲申,硃大典督軍救萊州,前鋒參將祖寬敗賊於沙河。乙酉,萊州圍解。癸巳,官軍大敗孔有德於黃縣,進圍登州。六年戊子,總兵官陳洪範等克登州水城。辛卯,孔有德遁入海,山東平。
『明史』は続けて記す:癸卯の日、孔有徳が假意に降し、登莱巡撫都御史の謝璉を誘い捕え、莱州知府の朱万年が殉難した。己未、孫元化が棄市に処され、劉宇烈もまた逮捕されて獄に下った。甲申、朱大典が軍を率いて莱州を救援し、前鋒の参将・祖寛が沙河で叛軍を撃破した。乙酉、莱州の囲みが解かれた。癸巳、官軍が黄県で孔有徳を大いに破り、進んで登州を囲んだ。崇禎六年戊子日に至り、総兵官の陳洪范らが登州の水城を攻克した。辛卯、孔有徳は海を泛かって逃走し、山東はやっと平定した。
兵斗章第二十九・占験十三(甲申正月丁亥日己酉時・京城陥落)
占驗十三、甲申正月丁亥己酉時,程翔雲居廣陵,聞兵警,占歲內吉凶,昴星、炎上,午未空、酉戌落空。 后陰 貴 申酉戌亥 玄 勾虎常后 兄 甲午 六 蛇 未 子 常 巳寅丑戌 子 丙戌 后 朱 午 丑 虎 寅亥戌丁 印 庚寅 虎 六 巳辰卯寅 空 勾青
第十三の例:甲申年正月丁亥日己酉時、程翔雲が広陵に住み、兵警の消息を聞いて、この一年のうちの吉凶を占い問うた。この課は子将を酉時に加えて布したもので、課体は「昴星」に属し、三伝の寅・午・戌が火局を結んで「炎上」となる。本旬の空亡は午・未にあり、天盤の酉・戌の二神がちょうど地盤の午・未という二つの空位を押さえている。四課は右から左へ:日干の丁は未に寄宮し、未の上に戌を得、戌の上に丑を得る。日支の亥の上に寅を得、寅の上に巳を得る。四課の上神・戌・丑・寅・巳はそれぞれ順に天后・太常・白虎・勾陳を乘る。三伝は、初伝が午で六合を乘り兄弟となり、中伝が戌で天后を乘り子孫となり、末伝が寅で白虎を乘り印綬となる。
雲斷曰:墓神覆日,虎符朝支,又喪吊入傳,末見歲刑白虎,定有兵喪不測事。勾陳游都入辰陰幽燕之地,又見死神陰煞,是以兵戈難免,且干支乘脫,內外空虛,支陰游都刑剋太歲,於君不利,日陰克辰,西北有兵變急進之虞,支又克辰陰,城東邊將兵民必生離異。其後賊果犯燕京,城中內變,而有三月十九日事。
程翔雲が判断して曰く:墓神が反覆して日干の上に圧し、白虎と兵符が日支に向かい、喪門・吊客がまたみな三伝に入り、末伝にさらに歳刑と白虎が見えるので、必ず兵禍・喪亡の類の意外の事がある。勾陳と游都が日支の陰神、すなわち幽燕の地に落ち込み、また死神と陰煞が見えるので、兵戈は免れない。加えて日干・日支がともに脱気の神を乘り、裏外一片に空虚である。日支の陰神の上の游都が太歳を刑克するのは、君王に不利である。日干の陰神が日支を克するのは、西北方に兵変が急進する憂いがある。日支がまた日支の陰神を克するのは、城東一帯の辺将と軍民が必ず離心離徳になることである。のちに賊兵は果たして北京を侵犯し、城中に内変が起こり、そこで三月十九日のあの大禍があった。
三合章第三十
三合奇妙少人知,五行成局各消息。從革靜變看順逆,曲直仁惡旺衰時。火局雖得不長久,水局對下卻相宜。土局不得便言靜,還有歲功巡察期。異方三合難聚會,作事欲帶還得遲。 三傳課之斷法,其三合者,僅一象而已。斷課仍宜詳之發用課傳,與他課斷法如一,若前章之斷例,三傳分論乃正法也。切記!
三合の奥妙を真に解する者は稀である。五行はそれぞれ三合局を結び、消息もそれぞれ同じでない。金局の「従革」はそれが安静か変動か、順行か逆行かを見なければならない。木局の「曲直」は主る所が仁厚か凶悪かを分かち、また当時の旺衰を併せ見なければならない。火局の「炎上」はたとえ勢いを得ても、その力は長く保てない。水局の「潤下」は下位に居る者にかえって相宜しい。土局は一見すれば静を主ると言ってはならず、その中にまだ歳功巡察の期限がある。もし三合の神が異なる方位に散らばって聚合し難いときは、事を為そうとしても促成できず、ついに遅延する。続いてまた注意を促す:三伝課の断法において、三合はその中の一つの象にすぎない。課を断ずるにはなお発用と四課・三伝を細かく見なければならず、他の課体の断法とまったく同じである。前の各章に挙げた断例のように、三伝を分かち層ごとに論断するのこそ正法であり、必ず記えておくべきである。
三合章第三十・占例一(己卯年寅月癸巳日戌時)
占例一、己卯年寅月癸巳日戌時,在濰坊擺卦攤的吳學亮來,問今日發生何事。元首、從革。(錯課正斷) 朱六勾龍 丑寅卯辰 陰朱空陰 財 己巳 空 蛇 子 巳 空 酉丑巳酉 鬼 乙丑 朱 貴 亥 午 虎 丑巳酉癸 父 癸酉 陰 戌酉申未 后陰玄常
第一の例:己卯年寅月癸巳日戌時、濰坊で卦の露店を張る呉学亮が来て、今日何事が起こるかを問うた。課体は「元首」に属し、三伝の巳・丑・酉が金局を結んで「従革」となる。題下に注す「錯課正断」とは、この課が起こし誤りで断は誤らなかったことをいう——課盤の天盤が地盤より四位退いており、午将を戌時に加えたのと等しく、寅月は本来亥将を用いるべきであった。四課は右から左へ:日干の癸は丑に寄宮し、丑の上に酉を得、酉の上に巳を得る。日支の巳の上に丑を得、丑の上にやはり酉を得る。四課の上神・酉・巳・丑・酉はそれぞれ順に太陰・天空・朱雀・太陰を乘る。三伝は、初伝が巳で天空を乘り妻財となり、中伝が丑で朱雀を乘り官鬼となり、末伝が酉で太陰を乘り父母となる。
斷:三合局,今日必有聚會之事。課得迴環,今天跑路不少。三傳遞生日干,但末傳與干上自刑,《畢法云》:“合中犯煞蜜裡砒”,太陰為女人,初傳天空為空門,中傳鬼乘朱雀,必因算卦事與一女子發生爭矛盾。
判断して曰く:三伝が合局を結ぶので、今日は必ず聚会の類の事がある。課がまた回環の格を結ぶので、今日は行き来して奔走する道のりが少なくない。三伝が層々に日干を生ずるが、末伝と日干の上神が自刑を構成する。『畢法賦』に「合中に煞を犯すは蜜裏の砒」とあり、甘さの中に毒を蔵す。太陰は女子を主り、初伝の天空は空門・落空する言語を主り、中伝の官鬼はまた朱雀を乘って口舌を主るので、必ず卦を算するという事のために一人の女子と争いを起こすであろう。
驗:今日去濰坊,與幾個易友討論了一些梅花易理,然後在濰坊的幾個算卦地段來回轉了幾趟。巳時來一女子抱著不信的態度算卦,並言明算不准不給錢,因此事發生口舌。但財運尚可。
応験の情形は:この日彼は濰坊に行き、数名の易学の同好と梅花易数の道理をいくらか議論し、続いてまた濰坊の幾つかの卦の露店を張る地段を行き来して幾度も回った。巳時に至って一人の女子が来て、信じない態度を抱いて卦を求め、しかも先に当たらなければ銭を払わないと言明したので、二人はこのために口角を起こした。ただこの日の財運はまあまあ良かった。
巻之四 大六壬神煞指南
神煞全圖(凡看神煞,須干支神將刑剋,其事乃發)。 上位圓圖,一起太歲,二起歲驛,餘則直列於旁,而歲煞備矣。三起儀神,四起奇神,而旬煞備矣。下位圓圖,一起天喜,二起月建,三起月合,四起月驛,五起成神,六起天馬,七起聖心,餘則方列於右,而月煞備矣。煞列於方圖,而干支煞備矣。
これは神煞全図の説明である。およそ神煞を見るには、必ずそれが日干・日支・天将との間に刑克を生じてはじめて、主るところの事が発動する。上の円図の排法:第一層は太歳を起こし、第二層は歳駅を起こし、残りの各煞は竪列して傍らにあり、太歳一系に属する歳煞がこれで備わる。第三層は儀神を起こし、第四層は奇神を起こし、旬中に属する旬煞もまたこれで備わる。下の円図の排法:第一層は天喜を起こし、第二層は月建、第三層は月合、第四層は月駅、第五層は成神、第六層は天馬、第七層は聖心を起こし、残りの各煞は方列して右側にあり、月令に属する月煞がこれで備わる。干支によって起こる各種の煞については、別途方図の中に排してある。
月 正二三四五六七八九十冬臘 天德丁坤壬辛乾甲癸艮丙乙巽庚 天合壬 丁丙 己戊 辛庚 乙 月德丙甲壬庚丙甲壬庚丙甲壬庚 月合辛己丁乙辛己丁乙辛己丁乙 天解(見圓圖內) 地解申申酉酉戌戌亥亥午午未未 解神申申戌戌子子寅寅辰辰午午 皇恩戌丑辰未酉卯子午寅巳申亥 會神未戌寅亥酉子丑午巳卯申辰 信神申戌寅丑亥辰巳未巳未申戌 大德午午午辰辰辰子子子寅寅寅 游神丑丑丑子子子亥亥亥戌戌戌 戲神巳巳巳子子子酉酉酉辰辰辰
これは月によって起こる神煞表の上半段である。いちばん上の横の行には正月から臘月までの十二か月を標し、以下の各行は一つの神煞で、月に照応して査取する。「天徳」は正月から順に、丁・坤・壬・辛・乾・甲・癸・艮・丙・乙・巽・庚である。「天合」は一つおきの月にだけ現れ、順に壬・丁・丙・己・戊・辛・庚・乙である。「月徳」は四か月で一循環し、丙・甲・壬・庚で、一年に三度巡る。「月合」はそれと相配し、辛・己・丁・乙で、同じく三度巡る。「天解」はこの表に列していないので、円図の中で見なければならない。「地解」は正月から、申・申・酉・酉・戌・戌・亥・亥・午・午・未・未である。「解神」は申・申・戌・戌・子・子・寅・寅・辰・辰・午・午である。「皇恩」は戌・丑・辰・未・酉・卯・子・午・寅・巳・申・亥。「会神」は未・戌・寅・亥・酉・子・丑・午・巳・卯・申・辰。「信神」は申・戌・寅・丑・亥・辰・巳・未・巳・未・申・戌。「大徳」は三か月ごとに変わり、午・辰・子・寅の四段とする。「游神」は丑・子・亥・戌の四段とする。「戯神」は巳・子・酉・辰の四段で、各段はそれぞれ三か月を管する。
天車 巳 辰 未 酉 死別 戌 未 辰 丑 奸神 寅 亥 申 巳 飛禍 申 寅 巳 亥 時盜 巳 卯 酉 子 破碎酉巳丑酉巳丑酉巳丑酉巳丑 日表未辰丑未辰丑未辰丑未辰丑 歸忌丑寅子丑寅子丑寅子丑寅子 飛廉戌巳午未申酉辰亥子丑寅卯 往亡寅巳申亥卯午酉子辰未戌丑 月刑 天賊辰酉寅未子巳戌卯申丑午亥 五鬼午辰寅酉卯申丑巳子亥未戌 泰神丑 子 戌 亥 憂神辰戌丑未辰戌丑未辰戌丑未 天赦春寅夏午秋申冬子 相負亥亥丑丑卯卯巳巳未未酉酉 枉屈巳巳未未酉酉亥亥丑丑卯卯 瓦煞巳子丑寅卯辰亥午未申酉戌 門煞戌酉辰卯戌酉辰卯戌酉戌亥
これは月によって起こる神煞表の下半段で、読み方は上半段と同じである。「天車」「死別」「奸神」「飛禍」「時盗」の五煞は三か月ごとにやっと一位を換える:天車は順に巳・辰・未・酉に落ち、死別は戌・未・辰・丑、奸神は寅・亥・申・巳、飛禍は申・寅・巳・亥、時盗は巳・卯・酉・子である。「破碎」は三か月で一循環し、酉・巳・丑である。「日表」は未・辰・丑である。「帰忌」は丑・寅・子で、いずれも一年に四度巡る。「飛廉」は正月から、戌・巳・午・未・申・酉・辰・亥・子・丑・寅・卯である。「往亡」は寅・巳・申・亥・卯・午・酉・子・辰・未・戌・丑である。「月刑」の一行は原表が地支を填めていない。「天賊」は辰・酉・寅・未・子・巳・戌・卯・申・丑・午・亥である。「五鬼」は午・辰・寅・酉・卯・申・丑・巳・子・亥・未・戌である。「泰神」は三月ごとに一変し、丑・子・戌・亥とする。「憂神」は四か月で一循環し、辰・戌・丑・未である。「天赦」は四季によって起こり、春は寅・夏は午・秋は申・冬は子である。「相負」は二か月ごとに一変し、亥・丑・卯・巳・未・酉である。「枉屈」は巳・未・酉・亥・丑・卯である。「瓦煞」は正月から、巳・子・丑・寅・卯・辰・亥・午・未・申・酉・戌である。「門煞」は戌・酉・辰・卯・戌・酉・辰・卯・戌・酉・戌・亥である。
年 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 天庭丑寅辰巳辰巳未申戌亥 死符申申亥亥寅寅巳巳辰辰 年 子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥 歲刑 卯戌巳子辰申午丑寅酉未亥 大將軍酉 子 卯 午 酉
以下の二つの小表は太歳によって起こる。前の表は年の天干を綱とし、横行に甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干を列す:「天庭」は順に丑・寅・辰・巳・辰・巳・未・申・戌・亥に落ちる。「死符」は順に申・申・亥・亥・寅・寅・巳・巳・辰・辰に落ちる。後の表は年の地支を綱とし、横行に子から亥までの十二支を列す:「歳刑」は順に卯・戌・巳・子・辰・申・午・丑・寅・酉・未・亥に落ちる。「大将軍」は三年ごとに一移し、順に酉・子・卯・午に坐し、周を終ってまた酉に帰る。
日 甲乙丙丁戊己庚辛 壬 癸 德 寅申巳亥巳寅申巳 亥 巳 合 未申戌亥丑寅辰巳 未 巳 官 酉申亥子卯寅巳午丑未辰戌 祿 寅卯巳午巳午申酉 亥 子 長生亥亥寅寅申申巳巳 申 申 恩赦寅辰巳未巳未申戌亥丑 干奇午巳辰卯寅丑未申酉戌 日解亥申未丑酉亥申未丑酉 日醫卯亥丑未巳卯亥丑未巳 賢貴丑申寅寅午丑申寅寅午 福星子丑子子未未丑丑巳巳 文星亥亥寅寅午午巳巳申申 進神退神
この表は日の天干によって起こり、横行に甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干を列し、各行はそれぞれ:「徳」は寅・申・巳・亥・巳・寅・申・巳・亥・巳。「合」は未・申・戌・亥・丑・寅・辰・巳・未・巳。「官」は酉・申・亥・子・卯・寅・巳・午で、壬日は兼ねて丑・未を取り、癸日は兼ねて辰・戌を取る。「禄」は寅・卯・巳・午・巳・午・申・酉・亥・子。「長生」は亥・亥・寅・寅・申・申・巳・巳・申・申。以下の各行も同じく十干に順読する:「恩赦」は寅・辰・巳・未・巳・未・申・戌・亥・丑。「干奇」は午・巳・辰・卯・寅・丑・未・申・酉・戌。「日解」は亥・申・未・丑・酉・亥・申・未・丑・酉。「日医」は卯・亥・丑・未・巳・卯・亥・丑・未・巳。「賢貴」は丑・申・寅・寅・午・丑・申・寅・寅・午。「福星」は子・丑・子・子・未・未・丑・丑・巳・巳。「文星」は亥・亥・寅・寅・午・午・巳・巳・申・申。末に「進神」「退神」の二項を標出し、その排法は別途後の文に見る。
日干神煞表(下)
日鬼、日墓、日刑、日沖 飛符巳辰卯寅丑午未申酉戌 羊刃、飛刃、游都、魯都 日賊辰午申亥寅辰午申亥寅 日盜子亥卯申巳子亥卯申巳 日奸亥酉辰申巳亥酉辰申巳 日淫午午未未戌戌寅寅巳巳
この欄は上の表を承けて、やはり甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十の「日干」に逐位して排列する。日鬼・日墓・日刑・日冲の四項は地支を別注しない。それらは各々、我を克するを鬼とする、五行が庫に入る、地支の相刑、地支の相冲という通例によって推し得るからである。「飛符」は甲日から巳を起こして逆行し、己日に至って午に折り返して順行する。羊刃・飛刃・游都・魯都も各々起例があり、後の文の歌訣に見る。日賊・日盗・日奸の三項は、甲己・乙庚・丙辛・丁壬・戊癸が各々一位を共用するので、十干に五数しか見えない。日淫は甲乙・丙丁・戊己・庚辛・壬癸が両々同じである。
地支神煞表
日 子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥 支德巳午未申酉戌亥子丑寅卯辰 六合丑子亥 三合 支儀午巳辰卯寅丑未申酉戌亥子 支破酉辰亥午丑申卯戌巳子未寅 破碎巳丑酉巳丑酉巳丑酉巳丑酉
首の行は表頭で、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二地支を標し、以下の各行はすべてこの次序に照じて日支を対読する。「支徳」は子日から巳を起こし、地支に順って数えて一周する。六合・三合の二行は原刻が残缺し、三字と空目だけを残すので、丑が子と合し寅が亥と合する、および申子辰・亥卯未などの本例に依って補足しなければならない。「支儀」は子日から午を起こして逆行し、午日に至って未に折り返してまた順行する。「支破」は日支の破するところである。「破碎」は巳・丑・酉の三字だけを用い、孟・仲・季の三組に輪転する。
六害、三刑、支沖、支鬼、支墓 死神卯辰巳午未申酉戌亥子丑寅 病符亥子丑寅卯辰巳午未申酉戌 勾神卯戌巳子未寅酉辰亥午丑申 絞神酉辰亥午丑申卯戌巳子未寅 驛馬、華蓋、劫煞、災煞、咸池
六害・三刑・支冲・支鬼・支墓の五項は地支を別列せず、各々穿害・相刑・相冲・我を克する・庫に入るの定例に依って推算する。「死神」は子日から卯を起こして順行十二位し、「病符」は子日から亥を起こして順行し、両者とも疾病・死喪を主る。「勾神」と「絞神」は一順一逆で両々相対し、合わせて勾絞と称し、ひたすら繩索・縊縛の事を主る。末の行の「駅馬」(奔走・遷動を主る神)および華蓋・劫煞・災煞・咸池は、起法が歳煞・月煞と同じで、説は前の文に見るので、ここでは地支を重ねて出さない。
四煞未辰丑戌未辰丑戌未辰丑戌 支亡亥申巳寅亥申巳寅亥申巳寅 雷電辰辰未未戌戌丑丑寅寅卯卯 雨師申酉戌亥子丑寅卯辰巳午未 晴朗午未申酉戌亥子丑寅卯辰巳 白衣翰林酉未巳卯丑亥酉未巳卯丑亥
「四煞」は辰・未・戌・丑の四つの墓庫の位だけを用い、三支ごとに一輪とする。「支亡」はすなわち日支の上の亡神で、寅・申・巳・亥の四孟を取って逆行し、同じく三支ごとに一輪とする。「雷電」「雨師」「晴朗」の三行はもっぱら天時を占う用に供する:雷電は四季の墓位ならびに寅卯を取り、雨師は子日から申を起こして順行し、晴朗は子日から午を起こして順行する。旺相の気を得れば、雷雨または放晴を主る。末の行の「白衣翰林」は子日から酉を起こして逆行し、位を隔てて取用し、文書・功名の上下相応するを主る吉星である。
歳煞
歲君陽趕及喪門。 太歲主天子之權,主事於朝廷及歲內,吉凶應在一年。 太陽至尊之神,士人得權貴顯。又為青龍,凡事有喜無憂。又為趕煞,若克干支,死人敗家。 喪門主死喪,占病凶。
この一句の歌訣は太歳・太陽・赶煞・喪門の四位の歳神を併せ挙げる。「太歳」は天子の威権を代表し、管するところは朝廷の大事と本年のうちの事で、吉凶はすべてこの一年のうちに応験する。「太陽」は至尊の神で、読書人がそれに逢えば権勢を得て顕達・貴重になれる。それは兼ねて「青竜」(十二天将のうち財喜を主る吉将)を作し、凡事に喜びがあり憂いがない。しかしそれはまた兼ねて赶煞を作し、一旦日干・日支を克傷すれば、人口の死亡・家業の敗落を主る。「喪門」は死亡・喪事を主り、疾病を占問するのに最も見ることを忌む。
六合官符小耗宅。 六合主會合,凡事有成無破。 官符主官非勾連。 小耗主破耗財物,又為歲宅,占家宅用之,若並鬼主災病訟。 破迫墓龍白虎神。 歲破為宰輔主司,又主半年事,又為大耗,主破耗財物,又為破煞。若克干支,死人敗家。 歲墓主墳墓病訟宅災,又為龍德,加吉神吉將生干支,功名諸事吉,反此諸事不成,又為朱雀,主文書口舌。 白虎主凶災血光驚恐。
この二句の歌訣は六合・官符・小耗と歳破・歳墓・白虎の六位を分かち挙げる。「六合」(十二天将の一つで、和合・会聚を主る)は人事の聚合を主り、占うところの事に成りあって破敗がない。「官符」は官司の牽連を主る。「小耗」は財物の損耗を主り、また名を歳宅といい、家宅を占うときにひたすらそれを見る。もし鬼爻と同位なら、災病と詞訟を主る。「歳破」は太歳と相冲する位で、宰輔の一級の主事者を代表し、また半年のうちの事を管し、また名を大耗ともいい、同じく破財を主る。一旦日干・日支を克傷すれば、人が死に家が敗れることを主る。「歳墓」は墳塋・疾病・詞訟と住宅の災を主る。それは兼ねて龍徳を作し、もし吉神・吉将に加臨して日干・日支を生扶すれば、功名など諸事がみな順で、反すれば事事すべて成り難い。それはまた兼ねて「朱雀」(文書・口舌を主る天将)を作するので、文書の往来と口角の是非をも主る。「白虎」(凶喪・血光を主る天将)は凶災・流血と驚恐を主る。
福德吊陰病符測。 福德貴人難中有救。 弔客主吊送姻親。初傳見主骨肉災,中末傳見主外服,又為太陰大將,宜居之方(作吉神),作凶神主陰謀口舌。 病符主疾病,又主去年舊事。 驛馬六害華蓋蟠。 驛馬主行動。六害凡事阻滯。華蓋作事昏晦。黃蟠兵占用。
この二句はまず福徳・吊客・太陰・病符と駅馬・六害・華蓋・黄幡を挙げる。「福徳」はすなわち歳前の貴人で、危難の中に別に救援があることを主る。「吊客」は弔喪と姻親の往還を主る:「初伝」(三伝のうち最も先に発する一支)に現れれば骨肉に災があることを主り、中伝・末伝に現れれば外姓の親属が喪に服することを主る。それはまた兼ねて「太陰」(十二天将のうち隠蔽・陰私を主る者)を作し、吉神を作すときはその方位に居住するのに宜しく、凶神を作すときは暗に図謀することと口舌を主る。「病符」は疾病を主り、また去年の旧事をも主る。「駅馬」は歩き回ること・出行を主り、「六害」は凡事の阻滞を主り、「華蓋」は事を為すに昏昧で明らかでないことを主り、「黄幡」は兵事の占断に用いる。
劫煞災兮天歲看。 三煞凶速,諸事不喜。 地煞桃花兼豹尾。 三位諸占不喜,豹尾大將宜居之方。 亡神將星迄攀鞍。 亡神病訟大凶。將星兵占用。攀鞍婚姻喜見。 以上二論載圓圖內。
この二句はまず劫煞・災煞・天煞・歳煞を挙げ、次に地煞・咸池桃花と豹尾を挙げる。いわゆる劫・災・天の三煞は凶を発するのが極めて速く、何事を占問しても見ることを喜ばない。地煞・桃花の二位も同じく諸占に忌まれるが、ただ豹尾一将だけは、方位を占うときにその在る方に居るのが宜しい。「亡神」は疾病と詞訟を主り、見れば大凶である。「将星」はもっぱら兵事を占問するのに用いる。「攀鞍」は婚姻上の喜神である。以上のこの二段に論じた歳神は、みな前に列した円図のうちに載っている。
歲干祿後號天庭,死符申亥寅巳辰,歲刑太歲所刑者,亥子丑順酉將軍。 天庭主朝廷事。死符占病多凶。歲刑主官非刑責。大將軍主頭目領生命權,又占行人用之。 以上四位載方圖內。
この歌訣は四位の歳神の起法を交代する:「天庭」は太歳の干の禄位の後ろ一位を取る。「死符」は申・亥・寅・巳・辰の次第に輪転する。「歳刑」はすなわち太歳の刑するあの一支である。「大将軍」は亥・子・丑の三年に酉に起こり、以後は順行する。天庭は朝廷の事を主り、死符は病を占って多く凶险を主り、歳刑は官非と刑責を主り、大将軍は兵を掌る首領を代表して生殺の権を握り、行人の消息を占問するにもそれを用いる。この四位はみな前に列した方図のうちに載っている。
月煞
春夏秋冬 戌丑辰未 春戌夏丑喜耳加,秋辰冬未順無差。 天喜主喜慶恩澤官遷財喜。天耳主信息察探追捕。 亥寅巳申 子卯午酉 返魂俱是刀砧煞。 第二位與第三位同。返魂病復生。刀砧六畜忌。 丑辰未戌 寡宿三丘關管家。 寡宿信虛憂喜無成失物凶婚娶忌。三丘墳崩病凶。關神動處身災滯。管神訟遭禁。
以下は春・夏・秋・冬の四季に分かち列する。第一行は天喜と天耳が同位:春は戌、夏は丑、秋は辰、冬は未で、四季に順行して差錯がない。「天喜」は喜慶・恩沢・昇官と進財を主る。「天耳」は消息・探聴と追捕・緝拿を主る。第二行は春亥・夏寅・秋巳・冬申、第三行は春子・夏卯・秋午・冬酉で、返魂と刀砧の二煞がこの二行の同一位に落ちる:返魂は病人の蘇復を主り、刀砧は六畜の忌むところである。第四行は春丑・夏辰・秋未・冬戌で、寡宿・三丘・関神・管神の四位を列す:寡宿は音信の虚偽・憂喜ともに成らず・失物の尋ね難き・婚娶の忌むところを主る。三丘は墳墓の崩壊・占病の凶险を主る。関神はその動くところが本身に災・滞りがあることを主る。管神は訟に渉って囚禁を被ることを主る。
又旬中空亡,陽支為孤,陰支寡,陽空發用為孤課,陰空發用為寡課,合為孤寡課。 寅巳申亥 拜命皇書雄吏至。 皇書主拜命功名,詞訟喜之。戰雄戰勝。吏神並吉神吉,並朱勾蛇追呼速。 皇書者,〈指南〉卷四占驗多稱“皇詔”。此季煞。與月煞之天詔正月起亥順行十二。不同。
別に孤寡の算法が一つある:「旬空」(本旬で十天干の配らないあの二つの地支)をもって准とし、陽支が空に落ちるを孤といい、陰支が空に落ちるを寡という。陽空の支が「発用」(初伝となる)すれば孤課といい、陰空が発用すれば寡課といい、両者を兼ねれば孤寡課という。第五行は春寅・夏巳・秋申・冬亥で、皇書・戦雄・吏神の三位を列す:「皇書」は受命と功名を主り、官司を打つ人が最も見ることを喜ぶ。戦雄は交戦して勝利を得ることを主る。吏神は吉神と同位なら吉で、もし朱雀・勾陳・螣蛇と同位なら、追捕・呼喚が急速に来ることを主る。皇書というこの一位は、『六壬指南』巻四の占験では多く皇詔と称し、それは四季に起こる煞に属し、月煞中の正月に亥を起こし順行十二位する天詔とは一つのものではない。
卯午酉子 賊神奸盜轉絲麻。 賊神奸盜主奸私盜賊。旺連天干為天轉,春乙卯夏丙午秋辛酉冬壬子,旺連納音為地轉,春辛卯夏戊午秋癸酉冬丙子,百事凶,出行大吉,君子赴朝則可。絲麻煞主縊絞。
第六行は春卯・夏午・秋酉・冬子で、賊神・奸盗・転煞と糸麻煞が落ちる。賊神と奸盗は奸私の事と盗竊を主る。この位がもし当旺の天干と連なれば、天転といい、すなわち春に乙卯・夏に丙午・秋に辛酉・冬に壬子を得る。もし当旺の納音と連なれば、地転といい、すなわち春に辛卯・夏に戊午・秋に癸酉・冬に丙子を得る。天転・地転に逢えば百事すべて凶で、ただ出行だけは大吉で、君子が朝に入り覲見するのも妨げない。糸麻煞は繩索・縊死の事を主る。
辰未戌丑 浴盆天目龍神位。 浴盆墜水凶,產吉,地盤忌亥子,天盤忌乘辰,主小兒病死。天目主鬼祟,宜捕盜尋人。龍神占地。 凡占宅天目中支,宅中多有鬼祟。有例如次:
第七行は春辰・夏未・秋戌・冬丑で、浴盆・天目・龍神の三位を列す。「浴盆」は落水を主り、水に墜ちるを占えば凶で、生産を占えばかえって吉である。それは「地盤」(固定して動かない十二支の方位)の上で亥・子に落ちるを忌み、「天盤」(月将に随って転動する十二支)の上で辰を乘るを忌み、これを犯せば小児の病死を主る。「天目」は鬼怪の作祟を主り、盗を捕え人を尋ねるときに取り用いるに宜しい。龍神は地脈を占看するのに用いる。およそ家宅を占うに、天目が日支の上に落ちれば、宅中に多く鬼祟があり、下に一つの例がある。
占例・辛巳日に弟の邪に犯されるを占う
1998年11月30日午,李某因弟犯邪,胡言亂語,因占是否因風水問題。寅午時辛巳日。 午 貴 寅 勾 戌 常 玄 龍 勾 貴 酉 丑 寅 午 丑 巳 午 辛 丑寅卯辰 子 巳 亥 午 戌酉申未
これは一九九八年十一月三十日午時の占例である:李某が弟が邪に中り、譫言を吐いて乱語するので、風水の故かどうかを問いに来た。その時寅を「月将」(当月に太陽の臨む星次)とし、午時に課を起こし、「日辰」は辛巳である。以下の三行は「三伝」:初伝は午で「貴人」(天乙貴人、十二天将の首)を乘り、中伝は寅で「勾陳」(争闘・牽連を主る天将)を乘り、末伝は戌で「太常」(衣食・宴楽を主る天将)を乘る。さらに下の三行は「四課」で、右から左へ読む:日干の辛の上に午を得て貴人を乘り、午の上に寅を得て勾陳を乘り、日支の巳の上に丑を得て青竜を乘り、丑の上に酉を得て「玄武」(盗賊・陰私を主る天将)を乘る。最後の四行は地盤十二支の方位図で、丑・寅・卯・辰から順に布して一周する。
斷曰:貴乘天乙乃神祗,貴人履獄,不正之神也。課得天網,正是被纏之象。支上天目墓神,陰神見從魁玄武,主有女尸做祟。其人曰:年前因土工,掘出尸骸,送於墳田葬埋。曰:恐遷之不當之故,請法師禳之即安。其人惟惟而去。
断語に曰く:初伝の午の上に乘る貴人はもともと天乙で、神祇を代表する。いま貴人が地獄の位に落ちるので、正しくない神となった。全課がまた天網の象を結び、まさに纏わりつかれて脱けられない様子である。日支の上に天目を得てしかも墓神であり、その陰神に従魁の酉が玄武を乘って見えるので、女子の屍骨が作祟していることを主る。来た人がすぐに言った:前年に土を動かしたときに屍骸を掘り出し、すでに墓地に送って埋葬した。占う者がすなわち言った:おそらくまさに遷葬の処置が適切でなかった故であろう。法師を請うて禳解すれば安穏になるであろう。来た人は声を重ねて応えて去った。
後查諸書,知此課又為鬼呼。鬼呼,天盤作鬼,加地盤墓神是也。行年神將凶更的。鬼臨墓則鬼為得地,引類呼朋,故名鬼呼。占主壯者亦病,病必有祟,事多暗害,或連累入獄。
のちに各家の壬書を査考して、はじめてこの課に鬼呼という名目があることを知った。いわゆる鬼呼とは、天盤の上で我を克する鬼の一支が、ちょうど地盤の墓神の上に加臨するものである。もし本命の「行年」(年歳に依って推し得た流年の位)の上の神将も同じく凶悪なら、応験はいっそう確実である。鬼が墓庫に落ちるのは、鬼が地盤を得たのに等しく、同類を招き引き朋を呼び伴を引くので、名を鬼呼と取る。この課を得れば、たとい壮健の人でも病気になり、病は必ず鬼祟があり、事は多く人の暗に加害するがあり、さらには牽連を受けて獄に下る。
巳申寅亥 喝散孤辰梁鑰查。 喝散訟解散,求事成。孤辰占同寡宿。梁神行人阻。鑰神因釋。 午酉子卯 火鬼傷支蛇雀忌。 火鬼乘蛇雀克支主火厄。 未戌丑辰 哭神五墓獄為嗟。 哭神作虎有哭聲,亥子上見為哭神下淚,大凶。五墓墳崩病凶。地獄並朱勾主囚繫。
第八行は春巳・夏申・秋寅・冬亥で、喝散・孤辰・梁神・鑰神の四位を列す:喝散は詞訟の消解・求める事の得成を主る。孤辰の占法は前の寡宿と同じである。梁神は行人の受阻を主る。鑰神は囚繫によって開釈を得ることを主る。第九行は春午・夏酉・秋子・冬卯で、火鬼が落ち、それがもし「螣蛇」(驚恐・怪異を主る天将)または朱雀を乘って日支を克傷すれば、火災の厄を主る。第十行は春未・夏戌・秋丑・冬辰で、哭神・五墓・地獄の三位を列す:哭神がもし白虎を作せば、哭声があることを主り、亥・子の上に落ちるを哭神下涙といい、大凶である。五墓は墳墓の崩塌・占病の凶险を主る。地獄は朱雀・勾陳と同位なら、牢獄・囚禁を主る。
申亥寅巳 煞神絕氣戰雌敗。 煞神絕氣病凶。戰雌戰敗。 酉子卯午 四廢無成即喪車。 四廢百事無成。喪車剋日病死。 正起順行。
第十一行は春申・夏亥・秋寅・冬巳で、煞神・絶気と戦雌を列す:煞神と絶気は病を占って凶を主り、戦雌は交戦の失利を主る。第十二行は春酉・夏子・秋卯・冬午で、四廃と喪車を列す:四廃は百事の成らざるを主り、喪車がもし日干を克傷すれば、病人の死亡を主る。以上のこの一組の季煞は、みな正月の属するあの一位から起算し、順に順行する。
月煞・正月に寅を起こして順行十二位
寅順十二。月建小時龍虎木。 月建主月內休祥,應在一月。小時煞主阻滯忌行師,蛇加驚恐。龍加為青龍煞吉。天虎虎狼害。木煞主樹木怪。 卯 天龍游煞草蛇伏。 天龍求利名祿。游神忌出行。入傳年命主行動。蛇加為草煞。
この一組は正月に寅を起こし、十二支位に順行する。寅位の上に月建・小時煞・天龍・天虎・木煞がある。「月建」は一月のうちの休咎を主り、応験はまさに当月にある。小時煞は事の阻滞を主り、行軍に最も忌まれ、もし螣蛇を乘れば驚恐を主り、もし青竜を乘れば、転じて青竜煞となってかえって吉利を主る。天虎は虎狼の害を主る。木煞は樹木の成怪を主る。卯位の上に天龍・游神・草煞がある:天龍は財・名・禄を求めるに利する。游神は出行を忌み、一旦伝に入るか本命・行年に加臨すれば、動きの事があることを主る。この位がもし螣蛇を乘れば、草煞という。
辰 天醫雌虎瘟天巫。 天醫病用。雌虎虎狼害。瘟煞主疫。天巫宜作福。 巳 厄杖死神電烏燭。 厄煞家事損。孝杖忌見子孫傳內。死神病凶,若並虎名白虎躅尸大凶。電煞有電。朱加為烏煞。火燭並蛇雀剋日身災克辰宅火毀。
辰位の上に天医・雌虎・瘟煞・天巫がある:天医は病を占うときに取用する。雌虎は同じく虎狼の人を傷るを主る。瘟煞は瘟疫の流行を主る。天巫は神に祈り福を求めるに宜しい。巳位の上に厄煞・孝杖・死神・電煞・火燭がある:厄煞は家事の虧損を主る。孝杖は子孫爻が三伝の内に落ちるのを忌む。死神は病を占って凶を主り、もし白虎と同位なら、名を白虎躅屍といい、大凶である。電煞は閃電があることを主る。この位がもし朱雀を乘れば、烏煞という。火燭がもし螣蛇・朱雀と同位で日干を克傷すれば、本身に災があることを主り、日支を克傷すれば宅舍が火に焚き毁されることを主る。
午 死氣官符孝謾花。 死氣病產最忌。官符有官事。孝服有孝。謾語並天空言不實。朱加為花煞。 未 井枯小耗印羊福。 井煞並虎魁害主落井。枯看病凶諸事不利。大小耗忌開庫求財,入宅加墓為用百不利。天印利仕進。天羊占羊。福神吉利。
午位の上に死気・官符・孝服・謾語・花煞がある:死気は疾病と生産を占って最も忌む。官符は官司があることを主る。孝服は家中に喪があることを主る。謾語がもし「天空」(虚詐・不実を主る天将)と同位なら、言うところは信じられない。この位がもし朱雀を乘れば、花煞という。未位の上に井煞・枯煞・大小耗・天印・天羊・福神がある:井煞は白虎・従魁と相害して同位なら、人が井に落ちることを主る。枯煞は病を占って凶・諸事に利ならざるを主る。大耗・小耗は最も庫を開き財を求めることを忌み、もし宅爻に加臨するか墓神とともに発用すれば、百事順わない。天印は仕進・求官に利する。天羊は羊を占うのに用いる。福神は吉利を主る。
申 破兵虎耗路陽纏。 月破主破壞離散,可解冤憂,喜不成,產易生,婚娶忌。兵煞主兵事。虎加為白虎煞凶。大耗見前。路神主道路事。陽年占為纏繞病訟凶。 酉 書信天機錢聚卜。 書信並雀有信,臨門並貴有來音。天機主口舌是非。天錢主錢怪或有錢堆積。
申位の上に月破・兵煞・白虎煞・大耗・路神・纏繞がある:「月破」は破壊・離散を主り、冤屈・憂愁を解くことができるが、喜慶の事は成り難く、生産を占えば分娩しやすいが、婚娶は忌むべきである。兵煞は兵戈の事を主る。この位がもし白虎を乘れば、白虎煞となって凶を主る。大耗の説は前の文に見る。路神は道路上の事を主る。陽年にこの位を占い得れば纏繞となり、疾病・詞訟の纏まり清まらないことを主る。酉位の上に書信・天機・天銭がある:書信は朱雀と同位なら書信が到来し、門戸に臨みまた貴人と同位なら、音訊があることを主る。天機は口舌の是非を主る。天銭は銭幣の成怪、または銭財の堆積を主る。
戌 戌順天害願地醫。 天書官遷財喜。願神占病有願未還。地醫病用。 亥 飛魂伏語病兒哭。 飛魂臨年命或日辰發用為飛魂卦,主神魂不定、夜多凶夢、鬼祟相撓。伏殃諸占皆忌。天詔並二鸞受恩。病煞忌同墓虎。兒煞小兒災。 子 生氣子正雨煞來。 生氣解凶增吉,成就新事,乘后合有孕,乘龍財婚。雨煞加旺相有雨。 蓋雨主生潤萬物,故與生氣同例也。有例如次:
戌位の上に天書・願神・地医がある:天書は昇官・遷転と財物の喜を主る。願神は病を占って、許した願心がまだ還していないことを主る。地医は天医と同じく、病を占うときに取用する。亥位の上に飛魂・伏殃・天詔・病煞・児煞がある:飛魂が本命・行年に加臨するか、日辰の上に発用すれば、飛魂卦と名づけ、心神の不定・夜の凶夢多し・鬼祟の侵擾を主る。伏殃は何を占っても忌む。天詔がもし六合・「天后」(婦人・陰私を主る天将)の二鸞と同位なら、恩沢を蒙ることを主る。病煞は墓神・白虎と同現するを忌む。児煞は小児に災があることを主る。子位の上に生気と雨煞がある:生気は凶を解き吉を増し新事を成就でき、天后または六合を乘れば身孕があることを主り、青竜を乘れば財帛・婚姻を主る。雨煞がもし旺相の気に加臨すれば、雨があることを主る。およそ雨水は万物を滋生・潤沢するので、生気と同じ位にある。下に一つの例がある。
占例・丁未日に晴雨を占う
1998年元月5日戌時,因次日長女回門,占看天氣如何。丑將戌時丁未日。 亥 陰 戌 后 戌 后 常 后 常 后 丑 戌 丑 戌 戌 未 戌 丁 申酉戌亥 未 子 午 丑 巳辰卯寅
これは一九九八年元月五日戌時の占例である:翌日に長女が実家に帰るので、天気がどうかを占い問うた。その時丑を月将とし、戌時に課を起こし、日辰は丁未である。三伝は順に亥で太陰を乘り、戌で天后を乘り、戌で天后を乘る。四課は右から左へ読む:日干の丁の上に戌を得て天后を乘り、戌の上に丑を得て太常を乘る。日支の未の上にも同じく戌を得て天后を乘り、戌の上にまた丑を得て太常を乘る。干支の上神が同じなので、四課は実際二課しか成らない。最後の四行はやはり地盤十二支の方位図である。
斷曰:太陰乘水將發用,又為月內雨師,主雪。但中末傳皆得土,主雪而不久,應於丑時。蓋丑時上辰被戌沖開水即出矣。果驗。
断語に曰く:初伝の亥の上に太陰を乘り、亥は水に属し、またまさに本月の雨師のある位なので、雪が降ることを主る。しかし中伝・末伝がともに戌土の上に落ち、土は水を制できるので、雪が長く降らないことが見え、応験の時刻は丑時である。丑時に至ると、天盤の辰が地盤の戌に冲き開かれて、困られていた水気が泄れ出るからである。のちに果たして応験した。
丑 支坑佛煞半墳墓。 血支主血光產孕,病忌針灸。天坑忌出行,主損蹄輪。佛煞主佛像事。天牛加六奇牛病。墳墓加宅,有尸未葬。
丑位の上に血支・天坑・仏煞・天牛・墳墓の五位がある:血支は流血の災と懐孕・生産を主り、病を占うときに針灸を忌む。天坑は出行を忌み、これを犯せば牲口・車輪の損傷を主る。仏煞は仏像に関する事を主る。天牛がもし六奇の位に加臨すれば、牛の病を主る。墳墓がもし宅爻に加臨すれば、家中に屍骨がまだ安葬されていないことを主る。
月煞・正月に亥を起こして逆行十二位
正起逆行。 亥 神豬月合方。 神煞主神像事。天豬加六丁豬怪病。月合有吉慶。 子 鼠視捕追良。 天鼠主鼠耗。天視之下可捕賊。 丑 天怪占天變。 天怪主天變。 寅 風煞卜風揚。 風煞有風。 卯 憂焚看燭命。 燭命防火。 辰 非災對血光。 厭對忌婚娶。血光有血災。
この一組は正月に亥を起こし、十二支位に逆行する。亥位に神煞・天猪・月合がある:神煞は神像に関する事を主る。天猪がもし六丁に加臨すれば、猪の成怪または病を主る。月合は吉慶があることを主る。子位に天鼠・天視がある:天鼠は鼠類の財物の耗損を主る。天視の下は盗賊を捕捉するに宜しい。丑位に天怪があり、天象の変異を主る。寅位に風煞があり、風が起こることを主る。卯位に憂煞・焚煞と燭命があり、燭命という一位はひたすら火災を提防せねばならない。辰位に厭対と血光の两位がある:厭対は月厭の対するところで、最も嫁娶・婚配を忌む。血光は血を見て傷を受ける災を主る。
巳 月害陰空竹。 月害忌婚醫納財畜。 午 破化地咒防。 破器主破器,主怪,病忌。化神主消化,不喜見之。地咒主咒詛。 未 陰奸邪床卯。 陰奸主私通。邪神主邪氣。卯加為床煞。 申 繞猴風解詳。 陰年占為纏繞病訟忌。天猴忌出行,主損蹄輪。風伯有風,天解化凶為吉。
巳位に月害と陰空がある:月害は婚嫁・就医・財物の収納と牲口の畜養を忌む。午位に破器・化神・地呪がある:破器は器物の破損を主り、また成怪を主り、病を占って見るを忌む。化神は消散・化解を主り、同じく見ることを喜ばない。地呪は人の呪詛があることを主る。未位に陰奸・邪神と牀煞がある:陰奸は男女の私通を主り、邪神は邪気の侵擾を主り、この位がもし卯を乘れば、牀煞という。申位に纏繞・天猴・風伯・天解がある:陰年に占い得れば纏繞となり、疾病と詞訟に最も忌まれる。天猴は出行を忌み、これを犯せば牲口・車輪を損傷する。風伯は風があることを主る。天解は凶を化して吉と為すことができる。
酉 軒轅天雞折。 軒轅主兵戈。天雞主信息,行人至。 戌 狗足厭石光。 天狗孕產不宜。四足主四足怪。月厭妨嫁娶,為用百事不成;加玄盜賊,加蛇怪夢,加虎克日病死;加朱勾憂禁,逃者忌向此方。石煞主石怪。火光並蛇雀刑剋身災鬼辰宅毀。
酉位に軒轅と天鶏がある:軒轅は兵戈・戦事を主り、天鶏は消息の伝達・行人の到来を主る。戌位に天狗・四足・月厭・石煞・火光がある:天狗は懐孕・生産に利ならず。四足は四足の牲畜の成怪を主る。「月厭」は嫁娶を妨げ、一旦発用すれば百事成らず、玄武と同位なら盗賊を主り、螣蛇と同位なら怪夢を主り、白虎と同位で日を克すれば病死を主り、朱雀・勾陳と同位なら憂愁・囚禁を主り、逃亡する人もまたこの方向へ向かうを忌む。石煞は石の成怪を主る。火光がもし螣蛇・朱雀と同位で日干を刑克すれば、本身に災があることを主り、鬼を作して日支を克傷すれば、宅舍の焚毀を主る。
四孟・四仲・四季神煞(七言訣)
正五九 二六十 七冬四 四八臘 申 巳 寅 亥 正神驛馬孟神遊。 馬臨初傳又逢生旺人至,行利,名吉。中傳稍遲,末又稍遲。其吉凶決於天將。 酉 午 卯 子 鬼吏長繩天咒接。 天鬼臨年命日辰發用為伏殃卦,主兵亡產死病患。天吏同吏神。長繩見鬼有縊死鬼。天咒主咒詛。
以下は正月・五月・九月の一組、二月・六月・十月の一組、三月・七月・冬月の一組、四月・八月・臘月の一組の、四組に分かち列する。第一行は正五九月が申、二六十月が巳、三七冬月が寅、四八臘月が亥で、まさに駅馬の在るところ、四孟の位に属して動きを主る。駅馬がもし初伝に臨みまた生旺に逢えば、行人の即至・出行の利・名を求めて吉を得るを主る。中伝に落ちればやや遅く、末伝に落ちればさらに遅い。究竟の吉凶はいかんは、なおその乘る天将を見て決定しなければならない。第二行は順に酉・午・卯・子で、天鬼・天吏・長繩・天呪を列す:天鬼が本命・行年に加臨するか、日辰の上に発用すれば、伏殃卦と名づけ、兵禍・亡故・産厄と病患を主る。天吏は前の吏神と同じである。長繩がもし鬼爻を見れば、縊死の鬼があることを主る。天呪は人の呪詛があることを主る。
戌 未 辰 丑 光影黃幡火怪神。 光影火怪主火光鬼怪。黃幡即華蓋覆日人昏暗。 亥 申 巳 寅 獄門酒網女雷劫。 天獄並朱勾主囚繫。墓門主墳動。天網宜捕捉。女災陰人病。雷煞占雷公。劫煞有劫盜病凶災速諸占不喜。士人應舉作魁。 子 酉 午 卯 坎魈災煞鏡披麻。 坑坎煞主坑坎怪。山魈主山怪。災煞凶速諸占不喜。鏡煞主鏡怪。披麻煞主孝服。
第三行は順に戌・未・辰・丑で、光影・黄幡と火怪を列す:光影と火怪はみな火光・鬼怪の類を主る。黄幡はすなわち華蓋で、それが日干を覆い被せれば、人が昏昧で明らかでないことを主る。第四行は順に亥・申・巳・寅で、天獄・墓門・天網・女災・雷煞・劫煞を列す:天獄は朱雀・勾陳と同位なら、牢獄・囚繫を主る。墓門は墳墓に動作があることを主る。天網は逃げる人を捕捉するに宜しい。女災は女子の病を主る。雷煞は雷公を占うのに用いる。劫煞は劫盗があり・病を占って凶险・災禍の来るが急速であることを主り、諸占はみな見ることを喜ばないが、ただ士人が試に応ずるにこれを得れば、かえって魁を奪うを主る。第五行は順に子・酉・午・卯で、坑坎煞・山魈・災煞・鏡煞・披麻煞を列す:坑坎煞は坑穴の成怪を主り、山魈は山中の精怪、災煞は凶を発するが迅速で諸占の忌むところ、鏡煞は鏡の成怪を主り、披麻煞は孝服を着ることを主る。
丑 戌 未 辰 五盜小天迷惑月。 五盜主盜。小煞小口災。天煞凶速。迷惑煞主痴迷失記。月煞忌移造病患。 寅 亥 申 巳 天盜雷公下逆寅。 天盜正盜。雷公並後除爾,並貴空晴,並蛇雀雷電,並常勾不足。 卯 子 酉 午 桃池懸索大時煞。 桃花咸池主淫亂口舌。懸索見鬼有縊死鬼,占賊必自屋而上。大時煞忌出行,兵捕必獲。
第六行は順に丑・戌・未・辰で、五盗・小煞・天煞・迷惑煞・月煞を列す:五盗は盗竊を主る。小煞は小児の災を受けるを主る。天煞は凶を発するが迅速である。迷惑煞は痴迷・健忘を主る。月煞は搬遷・営造を忌み、また病患を主る。第七行は順に寅・亥・申・巳で、天盗と雷公を列し、この位は寅から起こって逆行する:天盗は正に盗竊を犯すを主る。雷公はもし天后と同位なら雨が止み、貴人・天空と同位なら天晴れを主り、螣蛇・朱雀と同位なら雷電が交わり作るを主り、太常・勾陳と同位なら雨勢の足らざるを主る。第八行は順に卯・子・酉・午で、桃花咸池・懸索・大時煞を列す:桃花咸池は淫乱と口舌を主る。懸索がもし鬼爻を見れば、縊死の鬼があることを主り、賊を占えば必ず屋根の上から翻り入って来た者である。大時煞は出行を忌むが、兵を用い緝捕すれば必ず擒獲できる。
辰 丑 戌 未 正辰邪鬼逆三輪。 邪鬼有連災。 巳 寅 亥 申 月德亡神游禍說。 月德化凶為吉。亡神防亡失。游禍動有災禍。 午 卯 子 酉 大煞午正伏骨同。 大煞災速家長凶君子加官小人凶事。伏骨病凶。 未 辰 丑 戌 下喪月鬼穢喪魄。 下喪主下人服。月鬼病訟凶。穢煞主汙穢。喪魄臨年命日辰發用為喪魄卦,主病死,若並虎健大亦衰。
第九行は順に辰・丑・戌・未で、正月に辰を起こして逆行三輪し、邪鬼が落ちて、引き続き絶えない災禍を主る。第十行は順に巳・寅・亥・申で、月徳・亡神・游禍を列す:月徳は凶を化して吉と為すことができる。亡神は失い散亡するを提防せねばならない。游禍は一動すれば災禍が発生する。第十一行は順に午・卯・子・酉で、正月に午を起こし、大煞と伏骨を列す:大煞は災禍の迅速・家長の凶险を主り、君子がこれを得ればあるいは加官を主り、小人がこれを得ればただ凶事である。伏骨は病を占って凶を主る。第十二行は順に未・辰・丑・戌で、下喪・月鬼・穢煞・喪魄を列す:下喪は家中の下人が喪に服すを主る。月鬼は病を占い訟を占っていずれも凶である。穢煞は汚穢・不潔を主る。喪魄が本命・行年に加臨するか、日辰の上に発用すれば、喪魄卦と名づけ、病人の死亡を主り、もしさらに白虎と同位なら、たとい強健の人でも衰敗する。
四孟・四仲・四季神煞(五言訣)
巳 申 亥 寅 驛合旺成梯。 天旺官遷進。成神旺相生合作事成。卯加為梯煞。 午 酉 子 卯 病占天破宜。 天破病吉。 未 戌 丑 辰 爐煞喪門獄。 香爐煞主香爐怪。喪門病忌。獄煞獄忌。
以下は五言の歌訣に改め、やはり四組に分かち列する。第一行は順に巳・申・亥・寅で、駅馬・月合・天旺・成神と梯煞を列す:天旺は官職の昇遷・進用を主る。成神はもし旺相に逢って日辰を生合すれば、作すところの事が成就できる。この位がもし卯を乘れば、梯煞という。第二行は順に午・酉・子・卯で、天破が落ち、疾病を占問してかえって吉を得る。第三行は順に未・戌・丑・辰で、香爐煞・喪門・獄煞を列す:香爐煞は香爐の成怪を主る。喪門は病を占うのに忌むところである。獄煞は牢獄の忌むところである。
申 亥 寅 巳 奸門申孟移。 奸門主姦淫。 酉 子 卯 午 酉員占天信。 天信主信息。 戌 丑 辰 未 戌正反激為。 反激怒仇五報。 亥 寅 巳 申 陽煞亥輪孟。 陽煞主陽人口舌。
第四行は順に申・亥・寅・巳で、申から起こって四孟に移転し、奸門が落ちて、奸淫の事を主る。第五行は順に酉・子・卯・午で、酉位から起算し、天信が落ちて、消息・音訊を主る。第六行は順に戌・丑・辰・未で、正月に戌を起こし、反激が落ちて、激怒・結仇・彼此の報復を主る。第七行は順に亥・寅・巳・申で、亥から起こって四孟に輪転し、陽煞が落ちて、男子の間の口舌・争執を主る。この数行の歌訣はみな五字だけを用い、前の二字で起例の在るところを点出し、後の三字で煞名と吉凶を標明するので、上文の十二支表と対照して読まねばならない。
子 卯 午 酉 邪怪火雨師。 邪督陽災。天火忌同蛇雀。雨師加旺相有雨。 丑 辰 未 戌 月奸丑順季。 月奸陰私內亂。 寅 巳 申 亥 釜產廁奸私。 釜神主鍋叫。產煞見後陰立應,見勾虎產難。天廁主尊果不正。奸私主隱慝。
第八行は順に子・卯・午・酉で、邪督・天火・雨師を列す:邪督は男子に災があることを主る。天火は螣蛇・朱雀と同位するを忌む。雨師がもし旺相の気に加臨すれば、雨が降ることを主る。第九行は順に丑・辰・未・戌で、丑から起こって四季に順行し、月奸が落ちて、陰私の事と内室に乱を生ずるを主る。第十行は順に寅・巳・申・亥で、釜神・産煞・天厠・奸私を列す:釜神は鍋釜の鳴叫を主る。産煞は天后・太陰を見れば臨産して立ちどころに応じ、勾陳・白虎を見れば難産を主る。天厠は長上の処事が正しくないを主る。奸私は邪悪の事を隠匿するを主り、家宅を占うときにとりわけ留意せねばならない。
卯 午 酉 子 盜神卯順仲。 盜神防盜。 辰 未 戌 丑 天械上喪詩。 天械官事凶。上喪主上人服。以上五章俱依順行十二支位。
第十一行は順に卯・午・酉・子で、卯から起こって四仲に順行し、盗神が落ちて、盗竊を提防せねばならない。第十二行は順に辰・未・戌・丑で、天械と上喪を列す:天械は官司の凶险を主る。上喪は家中の長輩が喪に服すを主る。以上の五章に列した各位の神煞は、みな十二支の次序に依って順行して推排するので、読者は掌上の十二宮に照じて位を逐って数えて行くことができる。
十二月神煞・天馬・天財・天刑・獣煞
正二三四五六 七八九十冬臘 午申戌子寅辰 未酉亥丑卯巳 午未天馬受皇恩。 天馬主朝廷印信之喜,加炎煞成速,宜占遷動更改事,見傳送白虎必動,若剋日主失脫。皇恩主詔命遷轉之喜。 辰午申戌子寅 天財正七辰陽遵。 宜求財。 寅辰午申戌子 卯巳未酉亥丑 天刑怪煞先寅卯。 天刑憂囚繫,怪煞有凶事。 戌子寅辰午申 獸煞戌宮以例論。 主走獸。
前の二行は月份の表頭である:上行は正月から六月までを排し、下行は七月から臘月までを排す。以下は二行ごとに合わせて見れば、十二か月それぞれの落位となる。天馬と皇恩は正月に午を起こし、二月に未を起こし、月を隔てて递進し、陽月は午の一路を行き、陰月は未の一路を行く。「天馬」は朝廷の印信の喜を主り、もし炎煞を加えれば事を成すが迅速で、遷移・変動の事を占問するに宜しい。伝送・白虎を見れば必ず動作があり、もし日干を克傷すれば、かえって失脱を主る。皇恩は詔命・昇遷の喜を主る。天財は正月と七月に辰を起こし、陽支に依って順に推し、財を求めるに宜しい。天刑と怪煞は正月に寅を起こし、二月に卯を起こす:天刑は憂愁・囚禁を主り、怪煞は凶事があることを主る。獣煞は正月に戌を起こし、同じ例に照らして推排し、走獣の患と為るを主る。
単月順行・双月対冲の諸神
正二三四五六七八九十冬臘 亥巳子午丑未寅申卯酉辰戌 聖心正月起亥宮,單月順行雙月沖。和合富神最宜運營。 卯酉辰戌巳亥午子未丑申寅 玉字卯正依例取。二神更逢龍貴。 辰戌巳亥午子未丑申寅酉卯 金堂辰上亦正逢。月德主有貴。 戌辰亥巳子午丑未寅申卯酉 受死戌正行門忌。一切大凶。 午子未丑申寅酉卯戌胡亥巳 午正罪至訟招凶。占訟忌之。 丑未寅申卯酉辰戌巳亥午子 丑正血忌母針灸,單順雙沖法亦同。血災產難。
首の行は正月から臘月までの表頭である。「聖心」は正月に亥を起こし、単月は順行し双月はその対冲の位を取る。それは和合・富神と同類で、最も経営・謀画に宜しい。「玉字」は正月に卯を起こし、同じ例に照らして推取する。この二位がもしさらに青竜・貴人に逢えばなおよい。「金堂」は正月に辰を起こし、また正位に相逢し、月徳とともに見て、貴人の扶助を得るを主る。「受死」は正月に戌を起こし、出行・動身に最も忌み、これを犯せば一切大凶である。罪至は正月に午を起こし、詞訟を占問するに最も見るを忌み、凶险を招くを主る。この行の九月・十月の二箇所は原刻が「戌胡」と作るが、胡字は辰字の誤りと疑われる。「血忌」は正月に丑を起こし、婦人の針灸に最も忌み、起法は同じく単月順行・双月対冲で、血を見る災と難産を主る。
天德正丁官二坤三壬同辛乾甲癸艮丙乙巽庚後月德逆行孟丙甲壬庚詢二德合俱良凶消而福進。 天德百福助佑之神,月德五行生氣之神,天德合月德合干神五合者是俱改禍成福。 天解正申逆十二,地解申申酉酉次,戌亥午未俱午臨,申申順陽解神是。(憂喜無成諸惡逢之皆減)
天徳は正月に丁を起こし、二月に坤、三月に壬、以後は辛・乾・甲・癸・艮・丙・乙・巽・庚の次第に輪転する。月徳は四孟に逆行し、丙・甲・壬・庚の四干を取る。天徳合と月徳合はこの二徳と同じくみな良く、それらに逢えば凶が消えて福が至る。天徳は百福の扶助する神で、月徳は五行の生気の神である。いわゆる天徳合・月徳合とは、その干と五合するあの一位で、いずれも禍を転じて福と為すことができる。天解は正月に申を起こし、逆行十二位する。地解は申月は申に、酉月は酉に、順に相次いで行き、戌・亥・午・未の諸月はみな午に臨み、申月はやはり申に帰って順行する。これがいわゆる陽解神である。憂喜の事はこれに逢えばみな成らず、諸般の凶悪はそれに遇えばみな軽減できる。
皇恩大赦戌丑罡,未酉卯兮子午當,寅申巳亥是其方。 會神春占未戌寅,亥酉子鸞夏月神,丑午巳兮卯申辰。(事成行至) 信神正一居申戌,寅丑亥辰半年率,巳未巳未還甲戌。主有恩信。
皇恩大赦というこの一位は、戌・丑と天罡辰の三支に起こり、次いで未・酉・卯に及び、また子・午に及び、最後に寅・申・巳・亥の四孟の上に落ちる。この数か所がそれの臨む方位である。会神は四季に按じて推排する:春季に占い得れば未・戌・寅、夏季に得れば亥・酉・子で鸞星が相随い、その余は丑・午・巳と卯・申・辰を得る。これに逢えば事に成りあり・行人の即至を主る。信神は正月と一旬の初めに申・戌に居り、次いで寅・丑・亥・辰に及び、半年で一転し、さらに巳・未の二支に及んで甲戌に還帰し、恩沢と音信があることを主る。
四時神煞
壬占須識四時神,大德午辰迄子寅,天赦戊寅夏甲午,戊申甲子秋冬雲。游神丑子亥兼戌,巳子酉辰戲視臨。丑子戌亥憂泰決,巳辰未酉天車驚,春戌逆回為死別,春寅退孟是奸神。申寅巳亥為飛禍,巳卯酉子時盜尋。
この歌訣は四季に按じて起算する神煞を総括する。大六壬を占うには必ずこれらの四時の神を識らなければならない:天徳は春に午・夏に辰・秋に子・冬に寅。天赦は春に戊寅・夏に甲午・秋に戊申・冬に甲子。游神は春丑・夏子・秋亥・冬戌で、天戯と天視は巳・子・酉・辰の次序に依る。憂神と泰神は丑・子・戌・亥を取る。天車は巳・辰・未・酉を取る。死別は春季の戌位から起こって逆回する。奸神は春季の寅位から起こって四孟に退行する。飛禍は申・寅・巳・亥に落ちる。時盗は巳・卯・酉・子を取る。
此十一位以四時例起之。天德宮遷來望大吉。天赦災散百事吉。遊戲二神加孟行人未來,加仲在途,加季即至。泰憂二神加季信實,加孟信虛,旺相信實,空亡信虎。天車忌出行,主車敗馬亡兵覆。死別不利四季。奸神併合后主淫。飛禍所為皆忌。時盜有盜賊。)
以上の十一位はみな四季の例に按じて起算する。天徳は官職の遷転・人の来望を主り、大いに吉利である。天赦は災殃の消散・百事の順遂を主る。游神と天戯の二位は、四孟に加臨すれば行人がまだ動身せず、四仲に加臨すれば人は途中にあり、四季に加臨すれば直ちに到るを主る。泰神と憂神の二位は、四季に加臨すれば音信が真実を主り、四孟に加臨すれば音信が虚偽を主り、旺相の気に逢えば消息が信じられ、空亡に落ちれば消息が実でない。天車は出行を忌み、車輌の損壊・馬匹の亡失・兵衆の覆没を主る。死別という一位は四季の月にいずれも不利である。奸神がもし六合・天后と同位なら、淫乱を主る。飛禍の主る事は一概に忌む。時盗は盗賊があることを主る。
金神破碎雞蛇牛,未辰丑上白衣愁。歸忌丑寅子便休。 此三位以孟仲季例起之。金神破碎即紅沙財損病不利,凶速。占墳並空子孫敗絕。凡物破損不完。白衣煞忌加子孫六親上。歸家神為祟出行還家。
金神破碎は酉・巳・丑の三支を取り、白衣煞は未・辰・丑の三支を取り、帰忌は丑・寅・子の三支を取る。この三位はみな四孟・四仲・四季の例に按じて起算する。金神破碎はすなわち俗にいう紅沙で、破財・損物・占病の不利を主り、凶を発するが極めて速い。もし墳塋を占ってまた空亡に逢えば、子孫の敗絶を主る。およそ器物はこれに遇えば破損して全からない。白衣煞は子孫と六親の爻の上に加臨するを忌む。帰家神が一旦作祟すれば、出行の人が家に帰るを主る。
飛廉夏收戌巳午未,寅卯辰兮此法最,亥子丑兮申酉畏。 求事迅速行人立至有非常不測事凶速。 正寅五卯九天罡,隔二順行小往亡,軍行還娶悉為殃。百事不利。 產婚官病月刑忌,巳子辰申午丑值,寅酉未亥卯戌忌。 月建所刑之位也,諸占不吉。
飛廉という一位は、夏季に戌・巳・午・未に収め、また寅・卯・辰に及び、さらに亥・子・丑と申・酉に及ぶ。これが最も通行の起法である。これに逢えば事を求めるが迅速・行人の即至を主るが、また意外・不測の事をも主り、凶を発するが極めて速い。小往亡は正月に寅を起こし、五月に卯を起こし、九月に天罡辰を起こし、位を二つ置きに順行する。行軍・還家・嫁娶はこれに遇えば殃に遭い、百事に利ならず。月刑は最も産・婚・官・病を占うを忌み、その位は巳・子・辰・申、午・丑と寅・酉・未・亥、卯・戌に輪値する。それはすなわち月建の刑するところで、何を占っても吉利でない。
滿破開兮天賊逮,辰酉寅未子巳在,戌卯申兮丑午亥。舉動招盜。 五鬼之星忌出行,午辰寅共酉卯申,丑巳子亥未戌尋。出行大凶。 正二登明三四丑,依例順陰人相負,冤枉屈情沖位有。主被人負及有冤。 陽日瓦煞陰沖出,正巳子丑寅卯辰,七亥午未申酉戌。此陽日之瓦煞也,陰日干沖位取之。 正五九兮三合輪,三酉辰卯煞曰門,辰戌丑未夢神論。此二位以正五九例起之,門煞主門戶事。夢神主夢事。
天賊という一位は建除十二神中の満・破・開の三日を取り、その支は辰・酉・寅、未・子・巳と戌・卯・申、丑・午・亥である。挙動の間に盗賊を招きやすい。五鬼の星は最も出行を忌み、その位は午・辰・寅と酉・卯・申、さらに丑・巳・子・亥・未・戌に及び、出行でこれに遇えば大凶である。陰人相負という一位は、正月二月に登明亥にあり、三月四月に丑にあり、例に依って順に推す。冤枉・屈情はその対冲の位にあり、人に負われ寃を含み屈を受けるを主る。陽日の瓦煞は正月に巳を起こし、次いで子・丑・寅・卯・辰に及び、七月に亥を起こし、次いで午・未・申・酉・戌に及ぶ。これは陽日の算法で、陰日は日干の相冲する位を取る。門煞と夢神はみな正月・五月・九月の例に按じて起算する:門煞は酉・辰・卯にあり、門戸の事を主る。夢神は辰・戌・丑・未にあり、夢寐の事を主る。
旬煞
三奇六儀 旬乙盜神庚響動,丁祥動處六親詳,旬辛便是五亡煞,癸閉空為孤寡方。 旬乙為盜神主盜賊。旬庚為響動官病忌。旬丁須視六親如壬癸日見丁卯則因子動而有財之力。旬辛為五亡七煞,出逢盜賊,若並空亡主走失。旬癸為閉口主機關莫測,病不食人不言。空亡十干不到之處,主失脫憂喜不成。凡凶神將喜空,吉神將忌空。
この一段は三奇六儀の類の旬中の神煞を講ずる。いわゆる「旬」は、六十甲子の十日ごとを一旬とする。旬中の乙・庚・丁・辛・癸は各々一煞を配す:旬乙は盗神、旬庚は響動、旬丁は六親の上に応験し、旬辛は五亡煞、旬癸は閉口で、本旬に配らない二支がすなわち孤寡のある空亡の方である。旬乙は盗神で、盗賊があることを主る。旬庚は響動で、官・病を占っていずれも忌む。旬丁はそれがどの重ねの六親に落ちるかを見なければならず、たとえば壬日・癸日に丁卯を見れば、子孫が発動して財力を得ることによる。旬辛は五亡七煞で、門を出れば盗賊に遇い、もしさらに空亡と同位なら、走失を主る。旬癸は閉口で、機関が隠秘で測り難く、病人は飲食を進めず、当人は口を開かんことを肯んぜざるを主る。「空亡」は本旬で十干の配らないところで、失脱・破財・憂喜の事がいずれも成らざるを主る。およそ凶神・凶将はみな空に落ちるを喜び、吉神・吉将は最も空に落ちるを忌む。
干煞
陽德自居陰在合,克偏為鬼正為官,長生順逆宜詳取,祿墓須教此處看。 天月干支四德為百福佑助之神,臨日入傳轉凶為吉。干德尤良,俱宜生旺,不宜休囚,忌逢落空,與神將外戰。
日干の徳は、陽干はその本位に居り、陰干はその相合するところを取る。日干の克する所と我を克する所のうち、偏なる者を鬼とし正なる者を官とする。長生という一位は順行・逆行を分かちて仔細に推取しなければならない。禄位と墓位もまたここに併せて見る。天徳・月徳・干徳・支徳の四徳は百福の佑助する神で、日干に臨むか三伝に入れば、いずれも凶を転じて吉と為すことができる。そのうち干徳はとりわけ良い。四徳はみな生旺に宜しく、休囚に宜しからず、最も空亡に落ちるを忌み、またその乘る神将と互相に冲戦するを忌む。
干合者甲己中正合類。生合以干合為主,支合次之,行合又次之。凡德合同入傳,百事皆吉。若乘凶神吉助則反凶矣。 晝鬼主公訟是非,夜鬼主神祗妖祟。凡鬼戀生、受制、陷空,皆不能為害。若鬼空無制,則大凶。
いわゆる干合とは、甲と己とが相合するという類である。生合を論ずるには、日干の相合を主とし、地支の相合を次とし、三合局の合をまた次とする。およそ徳と合とがともに三伝に入れば、百事すべて吉である。ただしその乘るところが凶神なら、吉助があってもかえって凶を成す。昼占に見る鬼は官司の是非を主り、夜占に見る鬼は神祇・妖祟を主る。およそ鬼爻が我を生ずるところを恋貪し、制伏を受け、または空亡に陥れば、いずれも害を為すことができない。もし鬼が空に落ちてまた制する物がなければ、それは大凶である。
日官功名喜。 長生諸事吉。 日祿主食祿事。 墓主闇昧不通。辰未為日墓,主剛速。戌丑為夜墓,主柔延。凡墓逢沖則吉,逢合則凶。若年命上神能沖制亦可救。
日官は功名上の喜事を主る。長生は諸事の順吉を主る。日禄は俸禄・食用の類の事を主る。墓は昏暗・阻塞・事の通ぜざるを主る:辰と未は白昼の用いる墓で、性は剛で応験が速い。戌と丑は夜間の用いる墓で、性は柔で応験が遅い。およそ墓神は冲に遇えば吉で、合に遇えばかえって凶である。もし本命・行年の上の神がそれを冲き開きまたは制伏できれば、なお救いがある。
莊按:火生寅,金生巳,木生亥,水土生申,有順無逆,此五行長生也。甲生亥,乙生午,丙戊生寅……此十干長生也。五行家土寄於坤,故上行與水行同也。六壬家丙戊同宮,丁己同宮,故土干與火干同也。土干既與火干同位,而復襲水行之生敗墓絕,可乎?且臨官即祿,順逆得之,既為獨不然,今改正如前圖內。
荘氏の按語に曰く:火は寅に長生し、金は巳に長生し、木は亥に長生し、水と土はともに申に長生する。順行のみあって逆行がない。これは五行の長生である。甲は亥に長生し、乙は午に長生し、丙と戊は寅に長生し、以下はこれに類推する。これは十干の長生である。五行家は土を坤位に寄せるので、土行と水行が同一の起例である。六壬家は丙戊が同宮、丁己が同宮なので、土干と火干が同一の起例である。土干はすでに火干と同位であるのに、なお水行の長生・沐浴・墓・絶を沿襲するのは、どうして通ずることがあろうか。まして臨官はすなわち禄位で、順行・逆行ともに推し得るのに、偏にここだけは独りそうでない。そこでいま前の図の様子に依って改正する。
子奇甲日午行逆,庚日還於未順行。飛符甲日巳逆轉,己日勝光復順征。 子奇消禍增吉。飛符百事勿舉,出行忌,走避出入不可抵向;如日德入傳,凶中生吉,若並朱勾凶尤甚。
子奇という一位は、甲日から午を起こして逆行し、庚日に至って未に折り返してまた順行する。飛符という一位は、甲日から巳を起こして逆行し、己日に至って勝光午に折り返してまた順行する。子奇は災を消し吉を増すことができる。飛符は百事すべて挙動に宜しからず、出行の忌むところで、避けると出るとがともにその在る方向に正対してはならない。もし日徳が三伝に入れば、なお凶中に吉を生ずることができるが、もし朱雀・勾陳と同位なら、凶险はさらに甚だしい。
游都牛鼠虎蛇猴,游都沖處魯都求。亥申未丑酉日解,卯亥丑未巳醫流。 游都主逢盜賊,加大煞來速;占賊來路,出行忌。魯都不可漏稅,占賊去路,出行忌之。日解解凶。日醫病用。
游都は丑・子・寅・巳・申の五支を取り、甲己日は丑、乙庚日は子、丙辛日は寅、丁壬日は巳、戊癸日は申である。游都と相冲するところがすなわち魯都である。日解は亥・申・未・丑・酉を取り、日医は卯・亥・丑・未・巳を取り、いずれも五日で一輪とする。游都は盗賊に遇うを主り、もし大煞を加えれば来るがさらに速い。賊がどの路から来るかを占うにそれを見、出行はそれを忌む。魯都は税を漏らすべからざるを主り、賊がどの路へ往くかを占うにそれを見、出行もまた忌む。日解は凶事を解散でき、日医は病を占うときに取用する。
亥酉辰申巳奸言,子亥卯中巳盜伍。日賊辰午申亥寅,賢貴丑申寅寅午。 姦淫盜賊俱不吉。賢貴立天門其人可傳道。二章以甲己日同例起之。 大煞亥未戌寅巳,日淫午未戌寅巳,文星亥寅午巳申,兩兩言之此法是。 日下大煞凡事忌。文星並龍加子大貴。此章以甲乙同例起之。
日奸は亥・酉・辰・申・巳を取り、日盗は子・亥・卯・申・巳を取り、日賊は辰・午・申・亥・寅を取り、賢貴は丑・申・寅・寅・午を取る。奸淫と盗賊の二位はいずれも吉利でない。賢貴がもし天門の亥位に立てば、その人は道を伝え業を授けることができる。この二章はみな甲と己とが同例の办法に按じて起算する。日下大煞は亥・未・戌・寅・巳を取り、日淫は午・未・戌・寅・巳を取り、文星は亥・寅・午・巳・申を取り、いずれも二干が一位を共用する。日下大煞は凡事すべて忌む。文星がもし青竜と同位で子位に加臨すれば、大貴を主る。この一章は甲と乙とが同例の办法に按じて起算する。
甲乙福星子丑取,子未丑巳雙雙語,刑沖支位寄官論,癸干亥逆兼務舉。 福星求望吉。刑主人情不美。沖主反覆不寧。舉主兼務官職雙行。 恩赦之星本十干,祿前羊刃對飛安。進神子午卯兼酉,丑未戌辰退莫難。 恩赦吉占。羊刃靜吉動凶,又主血光。飛刃血光凶事。進神凡事不可退,退則可惜。退神凡事不可進,進則多阻。
福星は甲乙の両干から子・丑を起こし、さらに子と未・丑と巳の両々相配に依る。日干の刑と冲は、みなその寄る地支の宮に按じて論ずる。癸干は亥位から逆に推し、兼ねて務挙という一位を取る。福星は謀望の吉を得るを主る。刑は人情の不睦を主る。冲は反復して定まらざるを主る。務挙は兼職・双行・官事の併挙を主る。恩赦の星はもともと十干に按じて起算する。羊刃は禄位の前一位にあり、飛刃は羊刃の対冲するところにある。進神は子・午・卯・酉の四仲を取り、退神は丑・未・戌・辰の四季を取る。恩赦はこれを占えば吉である。羊刃は安静なら吉・発動すれば凶で、また流血の災を主る。飛刃は血光の凶事を主る。進神は凡事退縮すべからざるを主り、一退すれば惜しい。退神は凡事強進すべからざるを主り、強いて進めば多く阻礙がある。
支煞
支德解凶巳順支,六三合事有成期,支儀子日午行逆,午日未宮又順之。 支德解凶增吉。支合者,寅合亥破,亥合寅就,卯合戌新,戌合卯舊,辰合酉合,酉合辰離,巳合申刑,申合巳疑,午合未虛,未合午晦,丑合子空,子合子實。行合者,亥卯未繁冗駁雜,巳酉丑矯革離異,寅午戌黨侶不正,申子辰流動無滯。凡合臨日入傳和合成就,惟不宜占病訟;又當視其進退,傳進利進,傳退利退。支儀解凶增吉。
支徳は子日から巳を起こし、地支に順って推行し、凶を解くことができる。六合と三合はみな事に成る期があるを主る。支儀は子日から午を起こして逆行し、午日に至って未に折り返してまた順行する。支徳は凶を解き吉を増すことができる。いわゆる支合は各々意味がある:寅が亥に合すれば破を主り、亥が寅に合すれば成就を主り、卯が戌に合すれば更新を主り、戌が卯に合すれば守旧を主り、辰が酉に合すれば和合を主り、酉が辰に合すれば分離を主り、巳が申に合すれば刑傷を主り、申が巳に合すれば疑虑を主り、午が未に合すれば虚浮を主り、未が午に合すれば晦暗を主り、丑が子に合すれば落空を主り、子が丑に合すれば務実を主る。いわゆる三合の成局:亥卯未は繁冗・駁雑を主り、巳酉丑は矯枉・革新して離異を致すを主り、寅午戌は党を結んで正ならざるを主り、申子辰は流動して阻れなきを主る。およそ合神が日干に臨むか三伝に入れば、みな和合・成就を主るが、ただ病・訟を占うに宜しからず。また三伝の進退を見なければならず、伝が進めば進取に利し、伝が退けば退守に利する。支儀も同じく凶を解き吉を増すことができる。
酉子卯午門戶敗,丑辰未戌牆墳壞,亥寅巳申破終欣,雞孟蛇中季牛碎。 支破:人情暗中不順,事多中敗不完,宜散凶,不宜成吉。破碎見月煞凶。
支破は酉・子・卯・午に落ちれば門戸の敗壊を主り、丑・辰・未・戌に落ちれば牆垣・墳墓の毀壊を主り、亥・寅・巳・申に落ちればかえって破後に終に喜ばしきありを主る。破碎という一煞は、四孟月は酉鶏を取り、四仲月は巳蛇を取り、四季月は丑牛を取る。支破は人情が暗中に順わず・事が多く中途で敗壊して完満できないを主り、凶事を消散するに用いるに宜しく、吉事を成就するに用いるに宜しからず。破碎がもしまた月煞を見れば、凶险を主る。
寅刑巳官災動阻事復起,巳刑申仇將恩報事終成,申刑寅人鬼相殘各不寧,丑刑戌尊傷卑賤憂因桎,戌刑未少凌長上妻財畏,未刑丑大小不利喪孝有,子刑卯門戶敗淫尊卑擾,卯刑子水路不通子不軌。 自刑:自逞其才,妄自更改。
三刑は各々取象がある:寅が巳を刑すれば、官事・災殃・動いて受阻す・旧事また重提するを主る。巳が申を刑すれば、仇怨がかえって恩をもって報い、事は終に弁成できるを主る。申が寅を刑すれば、人と鬼が互相に残害し、彼此ともに安寧を得られないを主る。丑が戌を刑すれば、尊長が卑幼を傷り・下人が囚繫によって憂を生ずるを主る。戌が未を刑すれば、年少のが年長のを欺凌し、妻室・財帛がいずれも人を畏懼せしめるを主る。未が丑を刑すれば、大小・尊卑がいずれも不利で、家中に喪孝の事があるを主る。子が卯を刑すれば、門戸の敗落・淫乱の事・尊卑上下の相擾を主る。卯が子を刑すれば、水路が通ぜず・子女の行事が軌を失するを主る。自刑に至っては、みずから才能を逞しくし、擅りに成規を更改するを主る。
穿心六害暗相傷,對位支沖散事良,戌火丑金木墓未,辰墳水土順支詳。 六害:暗相傷克,子加未官非口舌,未加子阻塞有殃,丑加午官病不睦,午加丑去就不明,巳加寅口舌疑阻,寅加巳進滯退良,申加亥先得後阻,亥加申謀事不長,卯辰相加,虛詐爭財有阻,酉戌兩害,病凶陰小逃亡。
穿心六害は暗中に相傷するを主る。対冲の位は離散を主り、事を散ずるに用いてかえって良い。支墓に至っては、火墓は戌、金墓は丑、木墓は未、水土の墓は辰で、みな日支に順って推す。六害は暗中に相傷・相克すること:子が未に加われば官非・口舌を主り、未が子に加われば阻塞して殃あるを主る。丑が午に加われば官事・疾病・彼此不睦を主り、午が丑に加われば去留が明らかでないを主る。巳が寅に加われば口舌・疑阻を主り、寅が巳に加われば進めば滞り・退けば良しを主る。申が亥に加われば先得して後阻るを主り、亥が申に加われば謀事が長久できないを主る。卯と辰とが相加われば虚詐・欺瞞・財を争って受阻るを主り、酉戌の互害は占病の凶险・女眷・小口の逃亡を主る。
支沖:子午道路奔馳,卯酉門戶改易,寅申人鬼傷殘,巳亥反覆無實,丑未兄弟相持,辰戌奴婢離異,凡沖日身動,沖辰宅移,生旺忌沖,凶旺宜沖。 墓主闇昧不通。 陽克陽兮陰克陰,明傷支鬼宅中侵,死神卯順病符亥,絞即破兮勾對神。 支鬼明相剋傷。死神病凶。病符主疾病。勾絞二神俱主縊絞。
支冲は各々主るところがある:子午の相冲は道路の奔波を主り、卯酉の相冲は門戸の変更を主り、寅申の相冲は人と鬼の互相伤残を主り、巳亥の相冲は反復して実ならざるを主り、丑未の相冲は兄弟の相争を主り、辰戌の相冲は奴婢の離散を主る。およそ日干を冲动すれば、本身に動作があり。日支を冲动すれば、住宅が遷移する。生旺の気に逢えば冲を忌み、凶神が当旺ならかえって冲を宜しとする。墓は昏暗・阻塞・事の通ぜざるを主る。支鬼は陽が陽を克し陰が陰を克し、明々白々に相傷し、宅中に侵擾を受けるを主る。死神は子日から卯を起こして順行し、病符は子日から亥を起こし、絞神はすなわち支破の位にあり、勾神は絞神の対冲するところにある。支鬼は明に相克傷するを主り、死神は病を占って凶を主り、病符は疾病を主り、勾絞の二神はみな繩索・縊縛を主る。
雨師申順滂沱落,明朗午宮日影灼,辰未戌丑寅卯排,雙雙雷電空中作。 申為水母,故雨師起焉,此與月煞不同。三位占天時用。 驛馬諸神同歲月,白衣入翰情欣悅,從魁逆轉六陰方,莊氏圖歌掌內訣。 驛馬等詳見歲月煞內。白衣入翰林,上下吉祥之星。 以上支煞載方圓圖下列。
雨師は申位から起こって順行し、これを得れば大雨が傾盆する。晴朗は午宮にあり、これを得れば日影が明灼する。雷電は辰・未・戌・丑と寅・卯に両々排列し、空中に雷電が交わり作るを主る。申は水の母なので、雨師はここから起算する。これは月煞のうちの雨師と一つのものではない。この三位はみな天時を占う用である。駅馬の類の神煞は歳煞・月煞のうちに講じたと同じである。白衣が翰林に入るは、情事の欣悦を主る。従魁の酉位から逆行し、六陰の方に転ずる。これらはみな荘氏の作した図と歌訣に収めてあり、掌上で推数できる。駅馬などの位の詳細な説明は歳煞・月煞の節に見る。白衣が翰林に入るは、上下相応する吉祥の星である。以上の支煞は、みな下に列した方図と円図のうちに載っている。
神煞辨訛
歲月神煞壬式所需,然百家異同,雜駁尤甚,予因遍訪《青囊》,詳搜秘史,刪蕪就簡,去謬標真,復參稽之星家曆紀,選卜陰陽,期在合符有徵,斯能用之不爽。
歳煞・月煞の類の神煞は、六壬で課を起こすときに必ず用いなければならないものであるが、各家の説は互いに出入りがあり、蕪雑・駁乱の甚だしいものである。私はここに『青囊』の類の堪輿の旧籍を遍く訪ね、隠秘の史料を詳細に搜検し、繁蕪を刪去して簡要を留取し、謬誤を剔除して真伝を標明し、また星命家の暦法の記載と選択・卜筮・陰陽の諸家の説を参照して、彼此が吻合して験あるを務め、こうして用いる時に差錯がないようにした。
如天喜為四季養神(春戌順四季者是,順十二者不是),大煞為三合旺氣(正午逆四仲者是,正戌逆四季者非),雷公風伯位起先天震巽(雷公正寅逆四孟者是,順十二者非。風伯正申逆子二者是,餘說非。)雨師晴朗位起後天之坎離(雨師正子順四仲者是,晴朗子日午順十二者是,餘說非),雷動風散自下及上以逆行,雨潤日暄由上及下而順轉。
例を挙げて言えば、天喜はもともと四季の養神なので、春季に戌を起こし四季に順行する算法が正しく、十二支に順行する算法は正しくない。大煞はもともと三合局の旺気なので、正月に午を起こし四仲に逆行する算法が正しく、正月に戌を起こし四季に逆行する算法は正しくない。雷公と風伯の位置は先天卦位の震と巽から起こるので、雷公は正月に寅を起こし四孟に逆行するのが正しく、順行十二位の算法は正しくない。風伯は正月に申を起こし二位を逆数するのが正しく、その余の説はみな正しくない。雨師と晴朗の位置は後天卦位の坎と離から起こるので、雨師は正月に子を起こし四仲に順行するのが正しく、晴朗は子日から午を起こし順行十二位するのが正しく、その余の説はみな正しくない。雷の動き風の散ずるは下から上なので逆行し、雨の潤い日の暖めるは上から下なので順転する。
諏訾次有霹靂雷電之星,析木次有南箕好風之宿,此雷風二煞所從起也(雷煞正亥逆四孟者是,風煞正寅逆十二者是),然雷公風伯神之號也,是以居乎先天之位,而雷煞風煞化之行也,是以占於有象之星。
十二星次の中の諏訾の次には霹靂・雷電の星があり、析木の次には南箕という風を主る星宿がある。雷煞と風煞はすなわちここから起算する:雷煞は正月に亥を起こし四孟に逆行するのが正しく、風煞は正月に寅を起こし逆行十二位するのが正しい。ただし雷公・風伯は神明の名号なので、先天の卦位の上に安放し、雷煞・風煞は造化の運行なので、形ある見える星宿を取って占うべきである。
坎陽陷陰中,故天耳起先天坎位而居支,離陰麗陽,故天目起先天離位而居干,此耳目二司所由附也。(天耳春戌夏丑秋辰冬未,天目春乙夏丁秋辛冬癸,相對者是)然坎離正卦雖定例於東西,而耳目傍官不得行乎仲位。
坎卦は陽が陰の中に陥るので、天耳は先天の坎位から起こって地支の上に附する。離卦は陰が陽に附麗するので、天目は先天の離位から起こって天干の上に附する。天耳・天目というこの二つの職司はこのように安排される。天耳は春に戌・夏に丑・秋に辰・冬に未、天目は春に乙・夏に丁・秋に辛・冬に癸で、両々相対するのが正例である。ただし坎離の二つの正卦は東西に定位するが、耳目の二つの副職は四仲の位の上に行くことはできない。
轉煞雲者,言物極必反也(春卯順四仲者是,順十二者非)。四廢雲者,言囚死而無用也(春酉順四仲者是,正申順十二者非),秦野有輿鬼尸氣,故枯骨起於此(正未順十二者是,正申正辰俱非),趙次有捲舌天讒,故天機生焉(正酉順十二者是,正丑逆十二者非),四孟玄胎逢三合絕地,非女之災乎?(正亥逆四孟者是,正未順十二者非)登明幼子作哭忌飛魂,非兒之厄乎(兒煞正亥順十二者是,正巳亥非)?
いわゆる転煞は、物が極まれば必ず反るの理を説くもので、春季に卯を起こし四仲に順行するのが正しく、順行十二位するのは正しくない。いわゆる四廃は、囚死して用いるところなきを説くもので、春季に酉を起こし四仲に順行するのが正しく、正月に申を起こし順行十二位するのは正しくない。秦地の分野に輿鬼星の屍気があるので、枯骨煞はここから起算し、正月に未を起こし順行十二位するのが正しく、正月に申または正月に辰を起こすのはいずれも正しくない。趙地の星次に巻舌・天讒の二星があるので、天機煞はここに由って生じ、正月に酉を起こし順行十二位するのが正しく、正月に丑を起こし逆行十二位するのは正しくない。四孟は玄胎の位に属し、また三合の絶地に逢うので、これはまさに女子の災厄ではないか。だから正月に亥を起こし四孟に逆行するのが正しく、正月に未を起こし順行十二位するのは正しくない。登明亥位は幼子の啼哭の所で、最も飛魂を忌み、これはまさに小児の厄難ではないか。だから児煞は正月に亥を起こし順行十二位するのが正しく、巳または亥にあるというのはいずれも正しくない。
四土之神令人昏暗,故日逢之而迷(迷惑正丑逆季者,逆十二者非),夜逢之夢也(夢神辰戌丑未三輪者是,正丑順十二者不用),狴犴之司不敢當陽,故天獄居三合絕位(正亥逆四孟者是,餘說不用),地獄居四時墓鄉也(春未順四季者是,餘說不用),驛馬不同天猴,吉凶異焉(驛馬正申逆四孟,天猴正申逆十二不同),天車不同關鎖,占候殊為(天車春巳夏辰秋未冬酉,關鎖丑夏辰秋未冬戌不同),以至子天鼠起子,天牛起丑墓不以類相從,然鼠畏縮猴猱貪,故退而逆行(順者非),牛馴順羊剛躁,故進而順轉(逆行者非)。
辰戌丑未の四土の神は人を昏昧せしめるので、昼間にそれに遇えば迷惑する。迷惑煞は正月に丑を起こし四季に逆行するのが是で、逆行十二位するのは非である。夜にそれに遇えば夢となる。夢神は辰・戌・丑・未の三輪を取るのが是で、正月に丑を起こし順行十二位するのは用いない。獄吏という職司は敢えて陽位に正対せず、だから天獄は三合の絶位の上に安し、正月に亥を起こし四孟に逆行するのが是で、その余の説はみな用いない。地獄は四季の墓郷に安し、春季に未を起こし四季に順行するのが是で、その余の説も用いない。駅馬と天猴は一つのものではなく、吉凶が各別である:駅馬は正月に申を起こし四孟に逆行し、天猴は正月に申を起こし逆行十二位し、両者は異なる。天車と関鎖もまた一つのものではなく、占候が各々異なる:天車は春に巳・夏に辰・秋に未・冬に酉、関鎖は春に丑・夏に辰・秋に未・冬に戌で、両者は異なる。天鼠の子に起こると天牛の丑に起こるに至っては、墓位は類に按じて相従わない。しかし鼠の性は畏縮し猴の性は貪婪なので、退いて逆行すべく、順行は正しくない。牛の性は馴順で羊の性は剛躁なので、進んで順転すべく、逆行は正しくない。
聊舉數端,可推其餘,斯理既明,厥數亦符,此皆天地萬物自然之化,非有牽強附會於其間也。孝訂十稔,始獲小成,次第為韻語,既可輪於掌上(將前歌於掌上一句一位移讀便是);復層疊作旋圖,更了徹乎目中(轉法如子年正月甲子旬甲子日,先將上位圓圖,以太歲加子,歲驛加寅,儀神加子,奇神加丑次地。下位圓圖,以天喜加戌,月建加寅,月合加亥,月驛加申,成神加巳,天馬加午,聖心加亥,而圓圖所不能載者,則於前列方圖內視之,即此時之歲月旬煞也,其日煞則於後列方圖內視之,即此日之干支煞也,餘仿此)雖不免金根之誚,或可闢三豕之訛,其於壬式未必無小補焉。雲嶽山人莊廣之再識。
しばらくこの数条を挙げ、その余はこれに類推できる。道理がすでに明白なら、数目もまた自然に吻合する。これはみな天地万物の自然の変化であって、私がその間に牽強附会したのではない。私は十年考訂してやっと小成を得、次を順に韻語に編み、掌上で位を逐って推転できるようにした。すなわち前の歌訣を掌上で一句一位に移読するのである。また層層に畳んで旋転の図を成し、見るにいっそう明瞭である。推転の办法は、たとえば子年正月甲子旬の甲子日であれば、まず上の円図を見て、太歳を子の上に加え、歳駅を寅の上に加え、儀神を子の上に加え、奇神を丑の上に加え、次に布定する。さらに下の円図を見て、天喜を戌の上に加え、月建を寅の上に加え、月合を亥の上に加え、月駅を申の上に加え、成神を巳の上に加え、天馬を午の上に加え、聖心を亥の上に加える。円図に載せきれないものは、前に列した方図のうちに見に行き、それがこの時の歳煞・月煞と旬煞である。日煞に至っては、後に列した方図のうちに見に行き、それがこの日の干煞と支煞で、その余はみなこの办法に照らす。こうすることは「金根」を誤って「金銀」と写したと人に譏笑されるのを免れないが、あるいは「三豕渡河」の類の訛伝を辨正することもできよう。六壬の推式に対しても、必ずしも一点の小さな補益がないわけではあるまい。雲岳山人・荘広之が再び記す。
