公笃相法
第一法 相目之神(これは達摩の精藝の一なり)
相術典籍
部位別に読むほうが通読より効率的である。相書中の社会的背景の記述にはその時代の刻印が強く残っている点に注意。
《公篤相法》上篇巻一
四、相法有益の引証
公篤曰:相法一術,由來久矣,為中國一種專藝,人人皆可研究。故聖人有「遊於藝」之說,又云「雖小道,必有可觀」。大用則為風雲龍虎之機,小用則為涉身處世之益。查相術始於軒轅,為風后氏立法,故名風鑑。維則東周時有唐學、卻雍、稀疵各相法,而專家尤多,其中包括治亂興亡、天道氣候、人情社會各學,術簡味深,未可輕視也。
公篤が言うには:相術という学問は、由来がすでに久しく、中国の一つの専門技芸で、誰もが研究できるものです。ですから孔子に「芸に遊ぶ」という言葉があり、また「小道と雖も、必ず観るべきものあり」とも言いました。大きく用いれば、風雲竜虎の変を察知する機枢であり、小さく用いれば、身を処し世に立つ助けとなります。相術の起源を考えると、軒轅黄帝に始まり、その臣の風后氏が法度を立てたので、「風鑑」とも呼ばれます。東周の時代には、唐学・却雍・稀疵などの各家の相法があり、専門の名家もとりわけ多く、その中には治乱興亡・天道気候・人情社会の各学問が含まれていて、法則は簡明で味わい深く、軽く見てはなりません。
自秦氐火焚各書之後,世無傳本。如漢之許負、管駱,唐之李淳風、一行禪師,皆無書籍可考。五代,達摩復入中國,始立五來相法,麻衣宗之,希夷繼之,以及《柳莊》《水鏡》《衡真》《鐵關刀》《大清鑑》等,先後共七十餘家,各有見解之不同,而亦有偏陋之拘執。其術雖微,其用甚大,茲將考證有益者如下。
秦代の焚書以後、相術は世に伝本を残しませんでした。漢の許負・管輅、唐の李淳風・一行禅師のような人も、名だけが残って書籍を考証することができません。五代になって達磨が再び中国に入り、はじめて「五来相法」を立て、麻衣道者がそれを宗とし、陳抟希夷が続いて承伝しました。その後また《柳荘》《水鏡》《衡真》《鉄関刀》《大清鑑》などの書があって、前後合わせて七十数家に上ります。各家の見解は互いに異なり、その中には偏狭で固陋な拘りもあります。この技芸は細微に見えますが、その用は非常に大きいのです。ここに考証して確かに有益な例を挙げておきます。
東周時,吳王有四子:長曰闔閭,次曰夷昧,三曰姬光,四曰季扎。四子中惟季扎最賢,惟姬光最霸,兼其子慶忌勇悍擁兵。吳王薨,序長則闔閭應承位,序賢則季扎應承位,姬光特強自立。闔閭不平,又不能與之爭,於是禮賢下士,又恐不得真材,特聘唐舉以鑑別之。吹蕭乞食之伍員,唐舉薦之也;草廬隱居之孫武,唐舉師之也。繼而霸吳滅楚,知人之益也。
東周の時、呉王に四人の子がいました:長子を闔閭、次を夷昧、三を姫光、四を季扎といいます。四人のうち季扎が最も賢く、姫光が最も覇気があり、しかも姫光の子の慶忌は勇猛剽悍で兵を擁していました。呉王が亡くなると、長幼の順では闔閭が継ぐべきで、賢徳の順では季扎が継ぐべきでしたが、姫光は実力を恃んで自立しました。闔閭は心中平らかでなく、また彼と争うこともできず、そこで礼賢下士して広く人材を求めました。しかし真の材が得られないことを恐れ、特に相術の名家・唐挙を聘して鑑別させました。呉市で簫を吹いて食を乞うていた伍子胥は、唐挙が推薦した人で、草廬に隠居していた孫武は、唐挙が師として迎え入れた人です。その後闔閭はついに呉を覇し楚を滅ぼしました。これが人を知ることの益です。正史によれば公子光がすなわち闔閭であり、ここに記すのは史書と異なり、作者が旧来の伝説に従ったものです。
紀漢時,諸葛武侯拔長沙,黃忠、魏延來降,黃忠付以兵柄,魏延即令就刑。先主問之曰:「延無罪,何以見殺?」武侯對曰:「此人狼項豺聲,腦後聳骨,上大下小,必叛無疑,故殺之以絕後患。」先主曰:「殺降將、拒來者,不足以收人心,不如示恩以赦之。」武侯誥誡曰:「以後務宜忠勤王室。」後侯六出祁山,卒於五丈原,延因爭功奪柩而叛,幸侯早伏馬岱以誅之,否則蜀漠早危,此知人之益也。
漢代のことを記します:諸葛武侯が長沙を攻め取ると、黄忠・魏延が降ってきました。武侯は黄忠に兵権を委ねたのに、魏延はただちに斬刑にしようと命じました。先主劉備が尋ねて言います:「魏延に罪はないのに、何故殺すのか。」武侯は答えました:「この人は『狼項豺声』で、頸項は狼のように痩せ硬く突き出し、声は豺のように鋭く嘶き、脳後には反骨が聳え、頭面は上大下小で、将来必ず反くこと疑いなしです。だから先に殺して後患を絶つのです。」先主は言いました:「降った将を殺し、来附する者を拒むのは、人心を収めるに足りません。恩を示して赦す方がよい。」武侯はそこで魏延に誥誡して言いました:「今後は必ず忠心をもって王室に勤めよ。」後に武侯は六たび祁山に出て、五丈原で病死し、魏延は果たして功を争い棺を奪って叛きました。幸い武侯があらかじめ馬岱を伏せてこれを誅したので、さもなくば蜀漢は早くも危うかったでしょう。これも人を知ることの益です。
唐天寶時,郭子儀為步卒,隸哥舒翰,犯罪就刑。李白過訪見之,其格魁梧,鼻如懸坦,額如覆肝,嘆曰:「此國家柱石,安可輕棄之。」遂往見哥舒翰而贖其罪。後平安祿山之亂而安唐室,封汾陽侯。後白招讒嫉,皆汾陽極力保全而未罹禍。其一舉手之勞,而公私均受益,亦知人之益也。
唐の天宝年間、郭子儀はまだ一介の歩卒で、哥舒翰の麾下に属し、罪を犯して刑に服することになりました。李白が過ぎて訪ねて彼を見ると、その体格は魁偉で、鼻はぶら下げた胆のよう、額は伏せた肝のようでした。感嘆して言います:「これは国家の柱石だ。どうして軽々しく捨てられようか。」そこで哥舒翰に会いに行き、彼の罪を贖いました。後に郭子儀は安禄山の乱を平らげ唐室を安んじ、汾陽侯に封ぜられました。その後李白が讒言と嫉妬を招いた時も、すべて汾陽王が極力保全して禍に遭いませんでした。李白の当日の一挙手の労が、公にも私にも益をもたらした、これも人を知ることの益です。
大清道光時,曾國藩平洪楊之亂。國藩素拘謹,其才不如胡左而功倍之,獨知人善用,是其特長。江忠源為六合守,奉檄督糧,國藩見其形局而驚疑不釋。忠源出,國藩凝神靜默,若有所思。左宗棠見而問之,國藩曰:「吾見忠源儀表有威,金局金聲,劍眉鳳目,吾以為國家又得一柱石之臣,吾甚驚喜。後見其行路飄搖不定,如為木局尚不至危,金局得沉實之體,如反見飄搖而又貴名,當然凶危。可惜如此清奇之格局,何以又有如此之敗著,故凝神以思之。」後忠源升江蘇巡撫,為忠土李秀成所殺。即此一宗,可知國藩精於知人術,所以為中興名將者,亦知人之益也。
大清の道光年間、曽国藩は洪秀全・楊秀清の乱を平定しました。国藩は人となりが終始拘謹で、才具は胡林翼・左宗棠に及びませんでしたが、功業は彼らを一倍上回り、ただ人を知り善く任せることだけが彼の長所でした。江忠源が六合の守将として、檄文を奉じて軍糧の督運にあたっていた時、国藩は彼の形局を見て驚き疑い定まりませんでした。忠源が退出した後、国藩は神を凝らして静座し、黙って何かを考えているようでした。左宗棠が見て尋ねると、国藩は言いました:「私が見るに、忠源は威厳のある仪表で『金局金声』――形は金に属し声も金声で、また『剣眉鳳目』を生じている。初めは国家がまた一人の柱石の臣を得たと心の中で喜び驚いた。だが後に見れば、歩くさまが飄摇として定まらない。『木局』なら、飄摇でもまだ凶危には至らない。だが『金局』は本来沈実な身のこなしを配すべきなのに、かえって飄摇が見られ、しかもすでに貴名を得ている。それなら必ず凶危だ。このような清奇な格局がありながら、どうしてまたこのような一箇所の敗筆を帯びているのか、惜しいことだ。だから神を凝らして考えていたのだ。」後に江忠源は江蘇巡撫に昇任し、忠王李秀成に殺されました。ただこの一事だけでも、曽国藩が人を知る術に精しかったことが分かります。彼が中興の名将となった所以も、人を知ることの益です。
男女面痣図説
公篤曰:經云「面無善痣」,一語已概括其大致矣,而緊要部位亦不可不知也。然貴少賤多,凡病宜隱藏則吉,露出則凶。古有額橫七星,雖帝王亦因危而奔馳,此創業者流也,其它不足言矣。黑紅而高者為痣,紅而平者為記,黑而平者為斑,少年生者為雀斑,則疾苦而夭;老年生者為壽斑,則福祿而壽。
公篤が言うには:相経に「面に善痣なし」とあり、顔の痣に良いものはないというこの一句が、大体の情況を言い尽くしています。ただし肝要な部位はやはり知らなければなりません。面痣は貴を主るものが少なく、賤を主るものが多いです。凡そこの種の斑痣は、隠れた所にあれば吉で、明らかな所に露れれば凶です。古人が言う「額に七星を横たう」の相、額に七つの痣が横に並ぶものは、帝王と雖も危難のために奔走しなければならない、これは基業を開創する類の人の相で、その余の人が生えれば言うに足りません。このほか名目を分けて辨える必要があります:黒の中に紅を帯び高く凸するのを「痣」といい、紅で平らなのを「記」といい、黒くて平らなのを「斑」といいます。少年時に生ずるのを「雀斑」といい、一生疾病困苦して早夭することを主ります。老年時に生ずるのを「寿斑」といい、福あり禄ありで長寿を主ります。
男女身痣図説
公篤曰:全身之痣,惟結喉一痣最凶,男女皆不得正命而死,或刀鎗死,或惡疾死,或自隘產難而殞,富貴貧賤皆然。腰腎痣亦不好,男主弱疾夭壽,富貴之婦女主私淫,常人則為娼妓奴僕等類。痣佳者,惟足心生正方貴,次則陰上,又次則臍之上下,又次則膝乳螺骨,其它則鮮驗。
公篤が言うには:全身の痣のうち、「結喉」の上に長く一つあるのが最も凶で、男女ともに善終を得ません:あるいは刀槍に死し、あるいは悪疾に死し、あるいは自縊・難産で命を落とし、富貴貧賤を問わず同じです。腰部・腎部の痣も良くありません:男子は体が弱く病がちで寿命が長くないことを主ります。富貴の家の婦人は私に淫乱することを主り、尋常の家の者は娼妓奴僕の類に淪落します。痣が良く生えるのは、ただ脚心の正中に生ずるのが最も貴く、次が陰部の上に生ずるもの、再び臍の上下、再び膝頭・乳上と踝骨で、その余の部位は応験することが少ないです。
上応下の口訣
額應膝上胸面前,耳應股肱輪肘邊。目後須知乳與腋,兩顴多應少脅間。眉頭項下兩相應,頦底生痣足下全。唇應陰嚢或股際,印堂偏應心窩前。手應螺骨曲膝內,腮應足肚是指間。人中臍部或臍內,具應玉莖真果然。
この一段の口訣は、面上に痣が生えれば、身上に必ず一箇所それに相応する痣があることを講し、顔を見れば身体を推知できるとするものです。額上の痣は、膝蓋以上と胸前に対応します。耳上の痣は、大腿・上臂と肘辺に対応します。眼後の痣は、乳部と腋下に対応することを知るべきです。両顴の痣は、多く両脇の間に対応します。眉头の痣は、頸項の下と相応します。下巴の下に痣が生えれば、脚底にも必ずあります。嘴唇の痣は陰嚢または大腿内側に対応し、印堂の偏側の痣は心窩の前に対応します。手上の痣は踝骨と膝弯の内側に対応し、腮上の痣は小腿肚と脚趾の間に対応し、人中の痣は臍の辺りまたは臍の内に対応します。これらの部位はすべて「玉茎」すなわち男子の外腎と相応し、果たして屡試して爽やかなりません。
男女面毛図説
公篤曰:髮為血之餘,毛為髮之次,故於相法有關繫焉,部位有宜不宜也。如面部生毛,不好者居多數。其義者何?晝蛇添足故也。凡毛要長過八分者方確,非毫毛也。西人云血足者多生粗毛,余考驗之又全非,又每出於血弱者。茲將經驗者附左,俟高明者證之。
公篤が言うには:頭髪は血の余気であり、汗毛はまた頭髪より一段劣るものなので、相法上でも関係があり、長ずる部位に宜しきと不宜しきの分別があります。たとえば面部に毛が生ずるのは、悪いものが多数を占めます。その道理はどこにありますか? それは画蛇添足だからです。凡そ「毛」と言うのは、八分を過ぎて長いのを以て数とし、あの細軟な毫毛の層を指すのではありません。西洋人は血気の充足した人に粗毛が多く生ずると言いますが、私が逐一考験してみると全くそうではなく、かえってしばしば血気虚弱な人に出ます。ここに経験して得たところを左に附し、高明の人の印証を待ちます。
手掌図説
公篤曰:餘於手掌相法經驗甚少,乃枝葉小法,茲姑志之。大抵木形宜長直,金形宜方正,水形宜圓短,土形宜敦厚,火形宜尖露。掌與面部相生則富貴壽考,相剋則貧苦刑賤。瑩潔血足為上,端正紋細次之,粗滯沖斜非善相也。有四季掌者亦貴,蓋春季青潤,夏季紅活,秋季白瑩,冬季明黑,色應四時故也。硃砂手亦貴。如紋則玉柱、金印為最,次則沖天、田紋之類,皆富貴之掌也,其它末敢必其為貴賤也。
公篤が言うには:私は手掌の相法について経験が少なく、それは枝節上の小さな法門にすぎませんが、姑くここに記しておきます。大体に言えば、「木形」の人の手は長く直きが宜しく、「金形」の人は方正が宜しく、「水形」の人は円く短きが宜しく、「土形」の人は敦実厚重が宜しく、「火形」の人は尖削して露れるが宜しいです。手掌と面部の五行が相生すれば富貴長寿、相剋すれば貧苦にして刑傷下賤多しです。掌色が瑩潤潔浄で血気充足するのが上等、端正にして紋路細密なのが次等です。粗糙滞暗で紋路が衝突歪斜なら、好い相ではありません。「四季掌」を生ずる人も貴いです:春は掌色青潤、夏は紅活、秋は白瑩、冬は明黒と、掌色が四時に随って転ずるので貴いのです。「朱砂手」も貴いです。掌紋については、「玉柱紋」「金印紋」を以て最良とし、次に「沖天紋」「田字紋」の類で、みな富貴の掌です。そのほかの紋については、私はそれが貴を主るか賤を主るか断定する敢てしません。
男格推論
公篤曰:男格外陽內陰,其位動,其化無窮,其格亦至不一。故有仙佛聖賢、富貴貧賤、鯤寡孤獨、壽夭凶殘之別,而禍福貴賤並集於一身者,又比比皆是也。如黃帝、關尹、純陽之徒,貴而仙也;文王、夷齊,聖而困也;祿山、絳灌,出身低微而俱王侯,賤而貴也;齊桓、梁武,家世貴重面俱餓死,貴而凶也。太公、甘羅之遲早,顏淵、盜跖之壽夭,若類舉之,更僕難數矣。
公篤が言うには:男相は外陽にして内陰に属し、その位次は動を主り、変化は窮まりなく、格局も極めて一致しません。ですから仙仏聖賢・富貴貧賤・鰥寡孤独・長寿短命凶残の種種の分別があるのです。そして禍と福・貴と賤が同時に一身に集まっている者も、処々にあります。たとえば黄帝・関尹子・呂純陽の流は、貴くしてまた仙となる者です。周文王・伯夷叔斉は、聖にしてまた困厄な者です。安禄山と絳侯周勃・頴陰侯灌嬰は、出身はみな低微でありながら後にみな王侯に至った、賤より貴に転じた者です。斉桓公・梁武帝は、家世は貴重でありながらみな餓死した、貴くしてまた凶なる者です。このほか姜太公の発迹の晩さと甘羅の拜相の早さ、顔淵の短命と盗跖の長寿、こういう類を一一挙げれば、まことに数え尽くせません。
持鑑者於人之吉凶先後有無之間,須確有所主,又彰彰甚明者也。余嘗以多數為主,少數為客,以之斷驗,應者頗多。又當含其時會:盛時天道淳厚,故以清華為貴,圓降為富,削露為貧,偏薄為賤,高稜為壽,縮弱為夭,沖缺為孤,坑陷為苦,此一定之則也,而無不驗焉。令則不然,若猶以前法論之,將有千里之失。至以威露為貴,瘦明為富,厚重為愚,血枯肉流為賤,累試皆然矣。若論壽夭,則壽少兩天多矣。
この鑑人の鏡を手にする者は、一人の吉凶の先後・有無について、心中に必ず確かな主見を持たなければならず、この一層もまた十分に明白です。私は常に出現回数の多いのを以て主とし、回数の少ないのを以て客とし、この法で断験すると、応験することが多いです。さらに時運世会をも併せて算入すべきです。太平の世は天道が淳厚なので、清朗華秀を以て貴とし、円満下垂を以て富とし、削瘦露骨を以て貧とし、偏斜単薄を以て賤とし、骨高にして棱あるを以て寿とし、縮小虚弱を以て夭とし、衝破残缺を以て孤とし、低陷成坑を以て苦とする、これは一定の法則で、応験しないことはありません。今はこの通りではありません。なお従前の法で論じれば、千里の差を生じます。目下はかえって威猛にして外露するが貴く、瘦せて気色明朗なるが富となり、厚重なるはかえって愚鈍となり、血枯れ肉軟にして下墜するが賤となり、屡試皆この通りです。寿夭を論ずれば、長寿は少なく短命は多いです。
男女二十四刑剋
鬚分燕尾(雙分也)刑剋妻於;鬚直無索,老來刑子;眉沖無稜,刑弟兄子女;鬚不過溝,刑子;臥蠶坑陷,刑子女;海底蓬鬆,刑早子女;一面縐紋,刑骨肉;乳頭下反,刑子女;臍凸下反,勞苦又刑子女;人中十字,孤絕;三尖六削,重刑而苦;魚尾破反,刑妻主三配;印紋懸針,破敗刑人丁;鬢多絨毛,幼孤;邊城陷痕,刑父母;年壽曲節,刑子女;滿面肉堆,刑六親;兩額高露,刑妻;山根間斷,刑子女;奸門十字,妻生雖;門牙楞側,刑父;判官刑(肉滯也)刑父;羅漢面(肉浮也)有女;腮牙尖角,刑父母。
ここに列するは男女の相上の二十四種の刑剋を主る徴象です。鬚の末端が二股に分かれ燕尾のようであれば、妻子を刑剋します。鬚が直硬にして絞索のごとき巻曲を帯びなければ、老いて子を刑します。眉毛が逆沖して眉棱骨がなければ、兄弟子女を刑剋します。鬚が人中溝を過ぎて長くなければ、子を刑します。眼下の臥蚕の処が低陷して坑となれば、子女を刑します。下頦の「海底」の部位の毛髪が蓬松なら、早年に子女を刑剋します。満面に細皺紋があれば、骨肉至親を刑します。乳頭が下に向って翻れば、子女を刑します。肚臍が凸出して臍口が下に翻れば、一生労苦してまた子女を刑します。人中の上に十字紋が生ずれば、孤絶して後嗣なしです。額・鼻・頦の三処が尖り、上中下の三停と六府が削陷すれば、刑剋重くして苦を受けます。眼尾の「魚尾」が破損して外に翻れば、妻を刑し、三たび娶ることを主ります。印堂の上に直紋が懸針のごとく生ずれば、家業を破敗してまた人丁を刑損します。鬢辺に細い绒毛が多ければ、幼年に怙を失います。額側の「辺城」が低陷して疤痕を帯びれば、父母を刑します。鼻梁の「年寿」が弯曲して節を帯びれば、子女を刑します。満面に横肉が堆れば、六親を刑剋します。両額角が高くて露骨なら、妻を刑します。山根が中断すれば、子女を刑します。眼尾の「奸門」に十字紋が生ずれば、妻子に多くの災あります。門牙が棱側不正に生えれば、父を刑します。面が判官のごとき(肉色滞暗)なら、父を刑します。面が羅漢のごとき(肉浮虚)なら、女のみを生みます。腮上の牙牀の処に尖角が生ずれば、父母を刑します。
男格三十八貧賤
兩目深陷、蠶囊肉浮、獨額凸突、淚堂紋沖、乳軟而垂、印堂紋沖、孤客獨聳、馬面長削、臍平下反、下陰無毛、腎囊無紋、足跟無踵、橘面如塵、百會髮稀、肌肉冰冷、食指不收、股眩無包、肉浮如泥、年壽斷節、蛇睛鼠目、人中窄平、陽精枯冷、口角反紋、血不華色、蘭臺紋破、髮焦黃枯、三尖六陷、肉緊而流、鼻紋開花、猴腮雀跳、指節臃腫、胸部粗毛、眉毛旋螺、腋肘無毛、行坐無臀、三關無脈、足平無紋、聲如破鑼。
これは男相のうち三十八種の貧賤を主る形徴です:両眼が深陷する。下眼胞の「蚕嚢」が浮腫する。額頭が孤聳して四旁と称しない。眼下の「涙堂」に直紋が衝破する。乳房が軟松にして下垂する。印堂が紋路に衝破される。鼻子が孤零に高聳して顴輔がない。臉が馬のように長く両頬が削瘦する。肚臍が平坦にして臍口が下に翻る。陰部に毛がない。陰嚢の上に皺紋がない。脚跟に厚実の踵がない。面色が橘皮に塵を蒙せたごとし。頭頂の「百会」の処に頭髪が稀疏。肌肉が摸すると冰冷。食指は伸べても収攏できない。大腿小腿に肌肉の包裹がない。肉が虚浮して爛泥のごとし。鼻梁の中段が断折して節あり。眼が蛇睛鼠目のごとし。人中が窄くして平ら。精気が枯冷。嘴角に外に翻る紋あり。血色が面上に華と上らない。鼻翼の「蘭台」が紋に破られる。頭髪が焦黃にして枯槁。三処尖り、六府が陷る。肌肉が緊繃してまた松垂する。鼻上の紋路が花のごとく散ず。腮が猴のように瘦せて行歩が雀のように跳躍する。手指の関節が臃腫する。胸口に粗毛が生ず。眉毛が旋渦を成す。腋下と肘弯に毛がない。行坐ともに臀肉がない。手上の寸関尺三部の脈息が微弱。脚底が平坦にして紋なし。声音が破啞にして破鑼を敲くごとし。
男格十八夭
命門不起,腎氣不足,十二前死;末言氣絕,先天不足,二十前死;桃花之面,二十七前死;蜂腰雉眼,三十六前死;面目浮光,三十八前死;項小頭大,二十四前死;眉短而斷,四十五前死;魚目無神,三十前死;骨少肉多,四十前死;面如繃鼓,三十前死;魂不守舍,三十二前死;少年發肥,四十二前死;氣緊如東,三十六死;背脊坑陷,三十六前死;額髮連眉,四十前死;筋不束骨,四十前死;法令無紋,三十二前死;山根斷陷,四十三前死。公篤曰:古法之合者,今皆列入,間以所驗並附馬。
これは男相のうち十八種の短命を主る形徴で、それぞれおおよその死限を注記します:耳門前の「命門」が起たず、腎気不足なら、十二歳前に死す。話が言い終わらないうちに息が続かないのは、先天不足で、二十歳前に死す。面が桃花のように紅艶にして浮嫩なら、二十七歳前に死す。腰が蜂のように細く眼が雉のようであれば、三十六歳前に死す。面目に一層の浮光が泛ぶなら、三十八歳前に死す。脖頸が細小にして頭が大なら、二十四歳前に死す。眉が短くて中断すれば、四十五歳前に死す。眼が死魚のごとく神なきは、三十歳前に死す。骨少なく肉多きは、四十歳前に死す。臉皮が鼓面のごとく繃緊すれば、三十歳前に死す。神魂がその舍を守らざれば、三十二歳前に死す。少年時に忽然と発胖すれば、四十二歳前に死す。気息が束ねられたように緊促すれば、三十六歳に死す。背脊が塌陷して坑を成せば、三十六歳前に死す。額髪が下垂して眉と連なれば、四十歳前に死す。筋が松んで骨を束ね得なければ、四十歳前に死す。法令の処に紋がなければ、三十二歳前に死す。山根が断陷すれば、四十三歳前に死す。公篤が言うには:古法のうち道理に合うものは、今日すべて収録し、その間に私自身が験証したものを挟んで、併せてその中に附してあります。
女格推論
公篤曰:女格位居坤卦,外陰而內陽,生化出焉。自今天道轉薄,世俗反常,中外交通,法制並異,其理雖妙化,而其義隱微矣。昔之所謂女格,其性純靜,其輔夫子,其業家庭而已,故取靜默媚態、清秀端正,令人敬重為貴,主助夫益子,壽祿兼全;以剛燥痴笑、支頤斜視、拈帶撓鬢,令人喜愛為淫,主刑夫克子,再醮私奔;以粗怪臭惡、跳躍枯露,令人厭惡為賤,此古人之法也。今也不然,其志不凡,其務才學,其國政是也。於是有好名者,有黨派者,有務實業者,有冒危難者,有流落他鄉者,有獨立不嫁者,有數千里而婚配者,其事至為複雜,而其形遂與男格為出入,故其亦多與之同,而辭氣問,亦可知其大凡也。
公篤が言うには:女相は卦位の上で坤卦に属し、外表は陰に属して内裏は陽に属し、万物の生養化育はここより出ます。近世以来、天道が薄に転じ世俗が常に反し、中外の交通往来があり、法制も各々同じからず、その中の道理は変化が精妙とはいえ、意義はいよいよ隠微で言い難くなりました。従前のいわゆる女相は、性情が純静で、本分は丈夫を輔佐し子女を教養し、事業は一家庭に過ぎませんでした。ですから相を見るに、静默含蓄・清秀端正にして人をして肃然として敬わしめるを貴とし、旺夫益子・寿と禄の両全を主りました。剛躁痴笑・腮を托し斜に視て・衣帯を捻り鬢角を掻く、ただ人に愛慕の心を生ぜしめるものを淫と判し、刑夫剋子・改嫁私奔を主りました。粗陋怪異・体気が臭悪・挙止が跳脱・形骸が枯露して人をして悪ましめるものを賤と判しました。これは古人の法則です。今は同じではありません:女子は志向が凡ならず、才学を講求し、甚だしきは国政に参与します。そこで好い名声を有するもの、党派に入るもの、実業を営むもの、危難を冒すもの、他郷に流落するもの、独身で嫁がないもの、数千里を隔てて結婚するものがあって、情形は極めて複雑です。それゆえ彼女らの形貌も男相と互いに出入りがあって、多くは男相と相同じくなりました。さらに彼女らの言辞語気から問察すれば、おおよそを知ることができます。
今の七賢四徳、女に十貴あり
行動軒昂,志向不磨;肌膚香潤,富貴根基;言語清響,明達也;容貌嚴正,節操也;衣履整潔,持家有法;唇紅齒白,衣祿也;貧苦不怨,廉恥也。勤敏好學,危難取義,謙和悔過,富樸貧潔。女有十貴:威嚴持重、眉長清秀、音清語和、目清神聚、項長相配、肩厚而平、唇仰厚紅、汗香骨勻、血足髮長、齒齊如玉。
これは今日の女子の「七賢」です:挙動が軒昂なのは、志向堅定にして磨かれないことを主る。肌膚に香気ありて潤沢なのは、富貴の根基である。説話が清朗响亮なのは、通達明理である。容貌が端厳方正なのは、節操あることである。衣鞋が斉整潔浄なのは、持家に法度あることである。唇紅にして歯白きは、一生衣食に禄あることである。貧苦に処りて天を怨まず人を尤めざるは、廉恥を知ることである。「四徳」は:勤敏にして学びを好み、危難に臨んで義を取り、人に待して謙和にしてまた悔過を肯んじ、富の時は朴素にして貧の時は身を潔くすることです。「女に十貴」は十種の貴を主る形徴です:気度が威厳にして持重。眉長くして清秀。声音清亮にして語気和婉。眼目清澈にして神気凝聚。頸項が修長にして身形と相配する。両肩厚実にして平ら。嘴唇が上仰して厚く紅潤。汗に香気ありて骨骼勻称。血気充足にして頭髪長し。歯が斉整にして玉のごとく潔白。
女に十夭あり、女に十賤あり
器量狹小,多病死;絕頂聰明,弱病死;目圓浮白,憂凶死;神露赤縷,凶死;面皮繃緊,夭亡;青淡無血,氣死;肉流骨少,貧賤死;唇縮青暗,沉病死;肩尖上聳,悲傷死;言短眉縐,內因病死。女有十賤:神麗流光、多言多笑、肩削下墜、肉多而流、肉滑而冷、眉墜無尾、髮粗濃重、陰腋無毛、目醉神昏、口反聲破。
これは女相のうち十種の早夭を主る形徴で、それぞれ死因を注記します:器量が狭窄なのは、多く久病によりて死す。聡明極処に至るは、体弱多病によりて死す。眼睛が円く眼白が上浮するは、憂懼凶禍によりて死す。眼神が外露して白睛の上に赤絲あるは、凶死す。臉皮が繃緊するは、夭亡す。面色が青淡にして血色なきは、気鬱によりて死す。肌肉が松垂して骨骼単薄なのは、貧賤して死す。嘴唇が収縮して色青く暗きは、久病沈重にして死す。両肩が尖りて上聳するは、悲傷によりて死す。説話が短促して眉头を常に皺するは、内科の疾病によりて死す。「女に十賤」は十種の下賤を主る形徴です:神色艶麗にして目光流転。話多く笑多し。両肩削薄にして下墜す。肉多くして松垂。肌肉滑らかにして涼を発す。眉毛下垂して眉尾なし。頭髪粗くして濃重。陰部と腋下に毛なし。両眼が醉したごとく神気昏濁。嘴唇外に翻り声音破啞。
女に三十六刑あり
黃髮粗拳、睛深白包、獨額生面、額有旋螺、漳頭鼠目、額紋續斷、懸針破印、少年落髮、骨硬皮緊、面長口反、面浮青筋、三角之目、雀斑如塵、山根低陷、年壽間斷、項短而小、骨組筋浮、結喉露凸、口如吹火、肉冷如冰、女帶男聲、聲音急燥、性烈如火、睡中開口、鼻小無樑、蠶囊枯陷、臍凸近下、唇白不收、眉目下反、眼浮四白、鼻竅粗毛、顴雄額陷、肩簿而削、蛇睛狼顧、行坐低頭、麵粉浮光。
これは女相のうち三十六種の刑剋を主る形徴です:頭髪が黄にして粗く且つ巻曲する。眼珠深陷して四周を白睛が包裹する。額頭が孤聳して面の大半を占める。額上に頭髪が旋渦を成す。頭が獐のごとく眼が鼠のごとし。額紋が断断続続。印堂が懸針紋に衝破される。少年にして落髪。骨硬くして皮繃緊。臉長くして嘴唇外に翻る。面上に青筋が浮起。眼が三角形を呈す。満面の雀斑が塵を蒙せたごとし。山根低陷。鼻梁中段断折。脖頸がまた短くまた細し。骨骼粗糙にして筋脈浮露。喉結凸出。嘴を吹火のごとく撮む。肌肉は氷のごとく冷たし。女子でありながら男人の嗓音を帯ぶ。説話の声音が急躁。性情が火のごとく猛烈。睡時に口を張る。鼻子小さくして鼻梁なし。下眼胞が枯瘪凹陷。肚臍凸出して位置偏下。嘴唇色白くして合攏せず。眉毛眼角ともに下に垂る。眼白が浮露して四面に白を見る。鼻孔に粗毛を生ず。顴骨雄壮にして額頭低陷。両肩単薄削瘦。眼は蛇睛のごとく回顧は狼のごとし。行走坐立に常に頭を低る。面上に粉を敷くがごとき一層の浮光が泛ぶ。
女に二十四苦あり
眉淡如無、聲如破鑼、雙目深陷、口尖如吹、鼻斷露孔、臍反而凸、牝竅如螺、陰挺而角、狐臭汗濁、蠅面龜胸、股肱無包、髮濃而短、乳頭不起、唇白舌青、髮黃而焦、神濁黑白、無腹無臀、雙紋破印、井灶仰露、陰陽如墨、雀步鼠餐、肉浮血滯、無項無腮、準額雙破。
これは女相のうち二十四種の一生労苦を主る形徴です:眉毛淡くしてほとんど見えず。声音破啞して破鑼を敲くがごとし。両眼深陷。嘴を吹気のごとく撮尖。鼻梁断折して鼻孔外露。肚臍口外に翻りて凸起。陰戸の形が螺のごとし。陰部挺出して角を生ず。狐臭ありて汗液渾濁。面小さく蠅のごとく胸凸は龜のごとし。大腿小腿に肌肉の包裹なし。頭髪濃密なれど短し。乳頭隆起せず。嘴唇白を発し舌頭青を発す。頭髪黄にして干焦。眼神渾濁にして黒白分明ならず。腹形なし亦臀肉なし。印堂が両条の紋に衝破される。鼻孔の「井竈」が上に向い外露。三陰三陽部位は墨のごとく黒し。走路は雀のごとく碎歩し進食は鼠のごとく急促。肌肉虚浮にして血行滞澀。頸項なし亦腮なし。鼻準と額頭の両処とも破損あり。
女に貴中の賤者十則あり
一、五官端正,而皮膚粗燥者。二、格局清秀,而神流斜視者。三、南嶽豐隆,而一步三反顧者。四、眉目長秀,而撓鬢支頤者。五、五嶽敦厚,而見奇玩則驚者。六、行坐端正,而常咬指甲者。七、聲音洪亮,而神醉多笑者。八、面部清奇,而肌膚冷滑者。九、齒白如玉,而聲破多言者。十、印突高力,而光艶性偏者。公篤曰:此為富貴有根基,而有玷行者,盛世得十分之一,衰世得十分之七。例如玉之有瑕,瑕多則玉將失其美矣。
この十条は、本来貴格でありながら賤徴を夾帯する女相を言います。一は五官端正なれど皮膚は粗糙干燥。二は格局清秀なれど眼神は流転斜視。三は額頭の「南嶽」豊満隆起なれど一歩行けば三たび頭を回顧する。四は眉眼修長清秀なれど常に鬢角を掻き腮幇を托することを好む。五は五嶽敦厚なれど珍奇玩物を見れば驚喜して態を失う。六は行走坐立皆端正なれど常に指甲を咬む。七は声音洪亮なれど神情は醉したごとく笑を好む。八は面貌清奇なれど肌膚はまた冷たくまた滑らか。九は歯が玉のごとく潔白なれど声音は破啞にして多言。十は印堂高凸有力なれど気色は艶に過ぎて性情偏執。公篤が言うには:この類の人は富貴に根基はあるが、ただ徳行の上に瑕疵を帯びています。太平の世ではこのような人が十分の一を占め、衰乱の世では十分の七に至ります。ちょうど玉の上に瑕があるようなもので、瑕疵が多くなれば、この玉もその美を失います。
女に賤中の貴者十二則あり
一、山林破痕,而中嶽圓厚者。二、髮濃長重,而眉長稜突者。三、中嶽平小,而目正神清者。四、額突顴雄,而印堂方隆者。五、唇掀齒露,而髮長柔細者。六、光清神麗,而汗香性定者。七、目濁聲破,而地閣朝拱者。八、中嶽尖薄,而福堂高突者。九、木局兼金,而短言冷情者。十、肉多而浮,而目神充足者。十一、氣短眉淡,而不篇不亂者。十二、耳小髮低,而眉秀準圓者。公篤曰:此為貧賤無根基,而得享福者,易地而發者居多數,盛衰同上。例如月被雲遮,雲散則月反增其輝矣。
この十二条は、本来賤格でありながら貴徴を暗藏する女相を言います。一は額側の「山林」破損して疤を帯ぶれど鼻子の「中嶽」は円厚。二は頭髪濃長厚重なれど眉毛は修長にして眉棱骨凸起。三は鼻子平小なれど眼神端正清明。四は額頭凸出し顴骨雄張するも印堂は方正隆起。五は嘴唇掀起して牙歯外露するも頭髪は長く柔細。六は気色清亮神情艶麗なれど汗に香気ありて性情安定。七は眼神渾濁声音破啞なれど下巴の「地閣」は上に向って拱抱。八は鼻子尖薄なれど両眉上の「福堂」は高凸。九は身形が木に属して金気を兼帯し、説話簡短にして性情冷淡。十は肉多く虚浮なれど眼神充足。十一は気息短促眉毛淡しといえども行止軽浮せず慌ただしくせず。十二は耳小さく髪際低きといえども眉は清秀にして鼻準は円なり。公篤が言うには:この類の人は本来貧賤にして根基なし、されど福を享くることができ、多くは地方を換えてはじめて発ち上がることができます。盛世衰世の比例は上の条と同じです。ちょうど月が雲に遮られて、雲が一たび散れば月光がかえって明るく見えるようなものです。
相法品級説
一品仙佛格,此為千載有形者。二品聖賢格,此為千載有名者。三品帝王格,此為史冊可記者。四品名土格,此為遺蹟流芳者。五品壽考康寧格,此為五福兼全者。六品清閒無缺格,此為閒福王受者。七品公侯將相格,此為立功當世者。入品富貴雙全格,此為暫時榮華者。九品有富無貴格。十品有貴無當格。公篤曰:農工商賈、孤貧夭賤其相氾濫不純,觀者審定可也,故不列品。據此論法,盛衰皆合其大體,如細則又有分別:盛時則分其一定之階級,衰時則分特貴之品,及上品、中品、下品、常品、不例品之類耳。
相格は全部で十品に分かれます。一品は仙仏格で、これは千載の下に形迹を残し得る人。二品は聖賢格で、これは千載の下に名声を残し得る人。三品は帝王格で、これは史册に記され得る人。四品は名士格で、これは遺迹流伝して余芳散ぜざる人。五品は寿考康寧格で、これは五福斉全の人。六品は清閑無缺格で、これは清閑の福を安享する人。七品は公侯将相格で、これは当世に功を立つる人。八品は富貴双全格で、これは栄華がただ一時に在る人。九品は有富無貴格。十品は有貴無富格。公篤が言うには:農工商賈および孤苦貧夭下賤の人は、その相が駁雑にして純ならず、相を見る人が自ら斟酌して判定すればよいので、品級に列入しません。この法に照らして論ずれば、盛世衰世を問わず大体は合致します。細かい所を論ぜんとすれば、また分別があります:太平の世は固定の階級に照らして分け、衰乱の世ではまず特貴の一等を分け出し、再び上品・中品・下品・常品と不入品の類に分けます。
富貴乗法
公篤曰:相法根據在富貴貧賤壽夭,相法變機在吉凶禍福時。其法分內外虛實四大綱。凡內相者,精神之靈根、聲音之逸韻,有名無質者是也,非俗所謂紋痕骨痣為內相,則不足為定論。外相者,格局之儀表、氣色之明潤,有名有質者是也。虛者,清中有濁、厚中有流、奇中有俗、怪中有破是也。實者,濁中有清、薄中有聚、似俗而奇兀、似寒而超逸是也。四綱即能區別,然後分四項,即形質、精神、聲音、氣色。而形與神合,氣與音類,獨形質之分別較多。其五官主富,五嶽主貴,然後分富貴之上中下席各等級。如五嶽主貴之例,五嶽全朝拱者,此為特貴之局,為仙佛聖賢之類也,分別如下。
公篤が言うには:相法の立論の根拠は、富・貴・貧・賤・寿・夭の六項にあり、相法の応変の機枢は、吉・凶・禍・福・時の五項にあります。その法門はまず「内・外・虚・実」の四大綱に分かれます。いわゆる「内相」とは、精神の霊根・声音の逸韻を指し、これは名目あって形質なきものです。世俗が紋痕・骨突・黒痣を以て内相とするは、定論とするに足りません。いわゆる「外相」とは、格局の仪表・気色の明潤を指し、これは名目ありまた形質あるものです。いわゆる「虚」とは、清の裏に濁を帯び、厚の裏に松を帯び、奇の裏に俗を帯び、怪の裏に破を帯ぶことです。いわゆる「実」とは、濁の裏に清を含み、薄の処に聚まる能くし、俗気を看るも別に奇兀あり、寒素を看るも自ら超逸あることです。四大綱が分かれたら、再び四項に分かれます、すなわち形質・精神・声音・気色です。形と神は相合するもの、気と音は同類のもので、ただ形質の分別が最も多いです。五官は富を主り、五嶽は貴を主ります。分かれた後、再び富貴の上・中・下の各等次を定めます。五嶽が貴を主るという一条を以て言えば、五嶽がすべて中央に向かって拱抱するは、これは特貴の格局で、仙仏聖賢の一流に属します。各品を分かれて列挙すれば下のごとし。
一、仙品多成於木形瘦長之局,清秀而奇,及神倍於形,而有時亦兼火局者,炎露有頂於百會故也。老子形如稿木,是其證也;麻衣云「為道者貌清必榮」,又其證也。或曰:五形各有富貴,何得專指木局為仙品,其原理與用法何在?余答之:本為陽氣,於卦為震,後天在卯位上,先天在丑寅位上。其天開於子,地闢於丑,人生於寅,震卦正受,故帝出乎震,此至尊之名。化出形質為百會聚頂起三山、邊城骨插入小腦、目長神彩有寒光、龜息鶴膝而方瞳之類是也。大凡清古合併者為仙品。
第一品の仙品は、多く「木形」の瘦長の格局に成り、清秀の中に別に奇気あり、しかも神気が形体に一倍勝ることを要します。時にまた「火局」を兼帯することもあります、火性が上炎して外露し、頭頂の「百会」の処に頂くからです。老子の形貌が枯瘦して干木のごときは即ち一証です。麻衣が「道を為す者は貌清ければ必ず栄える」と言うのもまた一証です。人に問われます:五種の形局は各々その富貴あり、何を以て単に木局を指して仙品とするか? 道理と用法はどこにあるか? 私は答えます:木は本より陽気で、卦に在りては「震」で、後天卦位は卯に在り、先天卦位は丑寅の間に在ります。天は子に開き、地は丑に闢き、人は寅に生まれ、震卦は正にその位に当たる。ゆえに《易経》に「帝は震より出ず」という、これは至って尊貴なる名分です。形質に落とせば、頭頂の百会が聚起し、額上に三山骨を生じ、額側の「辺城」骨が後脳に挿入し、眼形長くして神采の中に一層の寒光を帯び、呼吸は龜息のごとく細く、膝骨突出して鶴膝のごとく瞳孔方正の類です。凡そ清と古の二種の気象が一身に合するは、即ち仙品です。
二、佛品多出水體圓厚肥潤之局,形停勻而神和靜,亦有兼金體者,故麻衣云「為僧者頭圓必貴」之說,此其證也。夫水為坎卦,先天則為坤體,坤土為眾卦之母,此大慈大悲之義也;其形厚圓韻長,此天一生水之義也;坎位居後天之兌金上,兌為少女,此西方極樂之義也;兌為酉金,此金剛不滅之義也。化出形質為印堂豐起寬二寸、準頭圓起象三珠、神和有慧光、耳如蚌珠長而朝、頦圓如嶽、口如桃之類是也。大凡祥藹合併者為佛品。
第二品の仏品は、多く「水体」の円厚肥潤の格局より出で、形体停匀にして神気和静、また「金体」を兼帯するものもあります。ゆえに麻衣に「僧となる者は頭円なれば必ず貴し」という説があり、これは即ち一証です。水は卦に在りては「坎」、坎の先天卦位は本は坤体で、坤土は衆卦の母、これは大慈大悲の意を含みます。水形が厚円にして韻味悠長なるは、これは「天一生水」の意です。坎位は後天卦の中で兌金の上に居り、兌は少女、これは「西方極楽」の意です。兌はまた酉金に属し、これは「金剛不滅」の意です。形質に落とせば、印堂豊満隆起して幅約二寸、鼻準円起して三つの珠子が連なるがごとく、神気平和にして慧光を帯び、耳は蚌中の珠のごとく長くして前に朝抱し、下巴円厚にして山嶽のごとく、嘴形飽満して桃のごときの類です。凡そ祥和・藹然の二種の気象が一身に合するは、即ち仏品です。
三、聖賢之品,出於異彩奇露之局,其形分木水金三格,德參天地,名垂古今,但於形質不存耳。化出形質為眉有八彩、目有重撞、耳有三漏、臂有四肘、五嶽朝天、龍顏虎眉,或為額尖頦圓,或為額圓拱而頦尖露,一為水火既濟之正體,一為水火末濟之反映,此類是也。大凡奇露合併者,為聖賢品。四、帝王品多出於金水之局,貴而有權故也。其貴為帝王,富有四海,當然豐頤厚正、堅實秀清,故化形質為龍鳳之姿、天日之表、斗胸龍準、編齒駢脅、朝天伏犀、真光並瞳、兩耳垂肩、雙眉入鬢、地閣朝天、五嶽相輔之類是也。大凡奇厚合併者,為帝王品。
第三品の聖賢品は、異彩奇露の格局より出で、形体は木・水・金の三格に分かれ、徳行は天地と相参ずることができ、名声は古今に流伝しますが、ただ形質の上に必ずしも痕迹を残し得ません。形質に落とせば、眉に八色あり、眼に重瞳あり、耳に三孔あり、臂は四肘を生ずるがごとく、五嶽皆上に向って拱し、竜顔虎眉を生ず。あるいは額尖りて頦円く、あるいは額円拱して頦尖露――前者は「水火既済」の正体、後者は「水火未済」の反象で、みなこの類に属します。凡そ奇と露の二種の気象が一身に合するは、即ち聖賢品です。第四品の帝王品は、多く金・水の格局より出でます、既に貴くまた権あるを要するからです。既に貴くして帝王となれば、四海を富み有す、当然両頤豊満・方正厚重・堅実にして秀清たるべし。ゆえに形質に落とせば、竜鳳の恣態・天日の仪表あり、胸は斗のごとく挺ち鼻準は竜のごとく、歯列斉整肋骨連成して一片となり、伏犀骨は上に天庭に朝し、眼中真光は瞳と併び、両耳長垂して肩に近く、双眉斜めに鬢に挿入し、下巴は天に朝し、五嶽は互いに輔拱するの類です。凡そ奇と厚の二種の気象が一身に合するは、即ち帝王品です。
五、名士品多出於本局,而兼金火之形,其清秀有慧智,超脫者靈根,木得金則削成器用,木得火則生化通靈,故也。化出形質為眉長潤秀、目長神清、鼻長聳挺、印開豐突、眉稜突兀、三陽寸高之類是也。大凡清奇合併之格,為名土品。六、壽考康寧之品,多出於五形兼體,停勻而厚,神氣與形質渾藏。化出形質為百會突頂、伏犀高拱、眉高寸餘、耳長三寸、額橫三紋、項繞三滌、目神慈和、言遲行重、人中寬長、齒牙堅固、法令下朝地庫之類是也。大凡厚古合併,為壽考康寧品。
第五品の名士品は、多く木局の本形より出でて金・火の形を兼帯します:清秀の中に智慧あり、超脱の処に霊根を見る。木は金に遇ってはじめて削斫して器を成し、木は火に遇ってはじめて生発して霊に通ずるからです。形質に落とせば、眉長く潤秀、眼形長く神清し、鼻子長く聳挺、印堂開闊豊凸、眉棱骨突起、両眼上方の「三陽」部位が一寸高出するの類です。凡そ清と奇の二種の気象が一身に合するは、即ち名士品です。第六品の寿考康寧品は、多く五種の形体の兼合より出で、身架停匀にして厚実、神気と形質は浑然として内に蔵す。形質に落とせば、頭頂百会突起、伏犀骨高々と拱起、眉毛一寸余り高出、耳の長さ約三寸、額上に三の道の紋を横たえ、頸上に三道の紋を繞らし、眼神慈祥平和、説話緩慢にして走路穏重、人中寛くして長く、歯堅固、法令紋下垂して下巴両側の「地庫」に朝向するの類です。凡そ厚と古の二種の気象が一身に合するは、即ち寿考康寧品です。
七、清閒無缺之品,多出於木土金之格,肥不露肉,瘦不露骨。化出形質為五官端正、三亭相等、六躍得輔、十二宮相合、目秀神凝、眉細清疏之類是也。大凡厚正庸和合並者,為清閒品。八、公侯將相之品,出於金水火三形,此為立功於世界、有權於當時,可為人民造福,即流芳千古也;方可為人民造孽,即遺臭萬年也。化出形質為額力骨突、印骨長橫、虎頭燕頷、劍眉蠶眉、鳳目龍目、火焰紋起、雙額插鬢之類是也。大凡以清奇威露合併者,為公侯將相品。
第七品の清閑無缺品は、多く木・土・金の三種格局より出で、胖えても肉多きと見えず、瘦せても露骨と見えません。形質に落とせば、五官端正、上中下の三停は長短相等しく、六府皆輔助を得、十二宫彼此相配い、眼目清秀にして神気凝定、眉毛細く清疎の類です。凡そ厚重・方正・平和の三種の気象が一身に合するは、即ち清閑品です。第八品の公侯将相品は、金・水・火の三形より出でます。この類の人は世上に功を立て当時に権を掌ることを要します:百姓のために福を造りて千古に芳を流すこともでき、百姓のために孽を造りて万年に臭を遺すこともできます。形質に落とせば、額骨有力に凸起し、印堂骨横長、頭は虎のごとく頷は燕のごとく、眉は劔のごとくあるいは臥蚕のごとく、眼は鳳のごとくあるいは竜のごとく、額上に火焔紋を生じ、両額角が斜めに鬢に挿入するの類です。凡そ清・奇・威・露の幾種の気象が一身に合するは、即ち公侯将相品です。
九、富貴雙全之品,五行各得正氣,或為主客分明而不相爭。化出形質為頭圓一尺、雙手過膝、眉稜骨高超、鼻貫伏犀、鐵面銀牙、銀面金鬚、耳白過面、聲若金鐘之類是也。大凡以清厚渾勻合併,為富貴雙全品。十、有富無貴之局,出於土木金三形,或為純而不兼,或為互相兼合。其化出形質為三停豐勻、六府厚突、倉庫高超、土星圓齊,或為福堂骨高而發於他鄉,或為天倉寬厚而承受祖業,或為井灶大如準頭而發意外之財,或為仙庫地庫相峙而發於子孫之力。大凡以豐厚停勻合併,為有富無貴之品,或為形勝於神之局。
第九品の富貴双全品は、五行が各々純正の気を得たり、あるいは主と客が分かれて明るく互いに争わぬものです。形質に落とせば、頭囲円くて一尺に足り、双手垂れて膝を過ぎ、眉棱骨高く起り、鼻梁一直に伏犀骨を貫通し、面色は鉄のごとく黒く牙は銀のごとく白く、あるいは面は銀のごとく白く鬚は金のごとく黄なり、耳色は面に比べてなお白く、声音は金鐘を撞くがごとく洪亮の類です。凡そ清・厚・渾・匀の幾種の気象が一身に合するは、即ち富貴双全品です。第十品の有富無貴の格局は、土・木・金の三形より出で、あるいは単純一形にして兼ねず、あるいは両形が互いに兼帯します。形質に落とせば、三停豊満にして勻称、六府厚実にして凸起、天倉地庫高聳、鼻子円くして斉整。あるいは両眉上の「福堂」骨が高く、外郷に行きてはじめて発達を主る。あるいは天倉寛厚にして、祖上の産業を承受を主る。あるいは鼻孔大きくして鼻準と相称し、意外の財を発することを主る。あるいは「仙庫」と「地庫」と両相対峙し、子孫の力に頼りて発を主る。凡そ豊・厚・停・匀の幾種の気象が一身に合するは、即ち有富無貴品、即ち形体が神気に勝る格局です。
十一、有貴無富之局,多出於金木火之形,均為兼而不純。化出形質為骨露肉緊、額大鼻尖、眉清尾散、神充腮陷、目秀上視、上豐下削。大凡以神過於形,清露奇削合併,是為有貴無富之品。公篤曰:富貴之分,不過特等及上中下常耳。其富則以五官論之,其貴則以五嶽論之。如五官均有奇異處及合格,此為奇特之富,不可測量矣;如有三官奇特、二官合格,則為上富;如有一官奇特、三四官合格,則為中富;如有三匹富合格,則為下富;如有一二官合格,則為常富。
第十一品の有貴無富の格局は、多く金・木・火の形より出で、しかも皆兼帯にして純ならず。形質に落とせば、骨露れて肉繃緊、額頭大きくして鼻子尖り、眉毛清秀なれど眉尾散開、神気充足なれど両腮凹陷、眼目清秀にして上視を習いとし、上半身豊満にして下半身削瘦。凡そ神気が形体に勝り、清・露・奇・削の幾種の気象が一身に合するは、即ち有貴無富品です。公篤が言うには:富貴の分等も、特等と上・中・下・常の幾級に過ぎません。富を論ずるには五官を看、貴を論ずるには五嶽を看る。もし五官皆奇異の処ありて且つ合格なら、これは奇特の富で、富のこと估量すべからず。もし三官奇特・両官合格なら、即ち上富。もし一官奇特・三四官合格なら、即ち中富。もし三処合格なら、即ち下富。もしただ一両官合格なら、即ち常富です。
如五嶽完全奇特,非仙佛品,即聖賢格;如五嶽有三四嶽奇特、一二嶽合格,則貴不富可言矣;如有三嶽奇特、一二嶽合格,為上貴;一嶽奇特、三四嶽合格,為中貴;如三四嶽合格,為下貴;如一二嶽合格,為常貴。其大體如是,而有餘與不足,舍輕就重,則酌量考查,取其適宜而已矣。
もし五嶽が完全に奇特なら、それは仙仏品でなければ聖賢格。もし五嶽の中に三四嶽奇特・一両嶽合格なら、その貴きこと富の比擬すべきところにあらず。もし三嶽奇特・一両嶽合格なら、上貴。一嶽奇特・三四嶽合格なら、中貴。もしただ三四嶽合格なら、下貴。もしただ一両嶽合格なら、常貴。大体はこのごとし。余りあると不足の処に至っては、軽きを捨て重きに就き、斟酌考察して、一つの合宜の判断を取るのみです。
《公篤相法》上篇巻二
麻衣石室賦批注
相有前定,世無預知,非奇異以秘傳,豈凡臨之解推。相有前定,即前因今果,當以稟受之形質為定論,言福澤不言才智,故氣清則形清,氣濁則形濁。預知有法,惟相術耳,非推想能盡其妙也。舜目重瞳,送獲堯禪之位;重耳脾脅,果輿霸晉之基。異於尋常者貴,有奇特之格,作奇特之事業,信不誣矣,此為千古奇特引證。
《石室賦》の開巻に言う:人の相は前世に定められたもので、世人は預め知る由なし。この奇異の学の秘密の伝えならざれば、凡夫俗子はどうして推解できようか。公篤の批注:いわゆる相に前定ありとは、前世の因が今世の果を結び、禀受してきた形質を以て定論とすべきである。ここに講するは福分の厚薄であって、才智の高低を講するにあらず。ゆえに気清き人は形も清く、気濁れる人は形も濁る。人の命運を預め知るには办法があり、その办法はただ相術のみ。空に推想するに凭っては、その中の奥妙を窮め尽くせない。賦文また言う:虞舜は一目に両瞳を生じ、終に尭の禅譲の位を承けた。晋文公重耳は肋骨が連成して一片となり、果して晋を覇する基業を奠めた。公篤の批注:形貌が尋常に異なる人は貴を主り、奇特の格局あって、はじめて奇特の事業を為す能う。この言は誠に虚からず、これは千古以来の奇特の相の引証です。
石室丹書,莫忘吾道;神仙秘訣,度與希夷。骨格為一世之榮枯,氣色為行年之休咎。相法為道之一部份,以骨格氣色合論,方是正宗。骨格持久,氣色主暫;其形質出後天,氣色通先天。二者合用,是為相法之關鍵,以定其吉凶禍福也。
賦文に言う:この石室の中の丹書、我がこの一門の道術を忘るるなかれ。神仙の秘訣、今希夷先生陳抟に伝授す。骨骼格局は一生の栄枯を決定し、気色は流年の吉凶を決定す。公篤の批注:相法は道術の一部分で、必ず骨格と気色を合わせて論じてはじめて正宗とす。骨格は管する時間が長久で、気色はただ一時を主る。形質は後天より来たり、気色は先天に通ず。両者を合わせて用いるは、正に相法の関鍵の所在で、これによりてはじめて一人の吉凶禍福を断定し得る。
三停平等,一生衣祿無窮;五嶽朝歸,今世錢財必旺。頦為地閣,見晚歲之規模;鼻為土星,管中年之造化。額方而闊,富貴根基;薄削而陷,貧窮餘孽。此為大概論法,還要查其細部,區別其形質,不可拘泥零星小部而一定論之。有內有外,有真有偽,故考查其人雖仔細,然後繩之以法,是否合格。
賦文に言う:上・中・下の三停は長短相等しく、一生衣食俸禄は用いて尽きず。五嶽皆中央に向って帰拱すれば、この一世の銭財は必ず興旺す。下巴を「地閣」といい、それより晩年の規模を見るべし。鼻子を「土星」といい、管するは中年の造化。額頭方にして寛闊は、富貴の根基。額頭薄削にして低陷は、貧窮の余孽。公篤の批注:これはただ大概の論法で、なお細部を査看して、その形質を区別し、零星一二の小部位に拘泥して定論を下すべからず。相に内相外相あり、真有り偽あり。ゆえに一人を考察するに務めて仔細なるべく、然る後に法則を以て衡量し、彼が果して合格か不合格かを看る。
目清眉秀,定為聰俊之兒;神濁氣短,此是貧夭之漢。清而痴定者亦愚,秀而短促者亦夭,須斟酌其真假。濁者主賤,土形不忌,反為富;氣短者夭,龜息深藏,反主壽。還要論體格合宜否,此為正論也。天庭高聳,少年富貴可期;地閣方圓,晚歲榮華定取。視瞻平正,為人剛介心平;冷笑無情,作事機深內重。還要查各部骨肉勻配否。地閣厚而孤苦,則花口角反紋雜亂。其目為肝絡,肝為剛臟,關係神經,故能查其善惡志向,與剛柔忠奸之行為也。
賦文に言う:眼清く眉秀なるは、必ず聡明俊秀の孩子。神気渾濁・気息短促なるは、これはまた貧しくまた夭なる漢子。公篤の批注:清にして痴呆定滞を帯ぶるは、其の実愚鈍。秀にして眉毛短促なるは、其の実短命。必ずその真偽を斟酌すべし。神濁は固より賤を主るが、「土形」の人は渾濁を忌まず、かえって富を主る。気短は固より夭を主るが、呼吸細微にして龜息のごとく深く蔵して露さざるは、かえって寿を主る。なお全体格の配うや否やを看るべし、これは正しい論法です。賦文また言う:天庭高聳ならば、少年富貴は期待すべし。地閣方円ならば、晩年栄華は必ず手に到る。目光平正端凝なるは、人と為って剛直にして心地平和。面に冷笑を帯びて無情のは、事を為すに心機深沉にして内裏持重。公篤の批注:なお各部位の骨と肉とが勻称相配するや否やを査すべし。下巴厚実なれど一生孤苦なる人あり、それは嘴角一帯の紋路翻乱駁雑による。眼睛は肝の経絡に属し、肝は剛臓にしてまた神経と相関す。ゆえに眼より一人の善悪志向および剛柔忠奸の行為を査し出す能う。
準頭豐大,心和平而無毒;面肉橫生,性強梗而兇狠。二者容易所見,處世者皆宜注意。準大者對人誡厚,肉橫者剛燥量窄而不容故也。智慧生於皮毛,苦樂關乎手足。二者均不可為法,不驗居多。今存此語,為智慧者證之,及待天道之變,為五代之時也。
賦文に言う:鼻準豊満肥大のは、心地平和にして毒念なし。臉上に肉を一塊一塊横生するは、性情強硬倔梗にして凶狠。公篤の批注:この二種の相は看易く、世上に処して人に待する者は皆留意すべし。鼻準大なる人は人に待して誠厚、横肉多き人は剛躁にして器量狭窄・人を容れず。ゆえにこのごとき分別あり。賦文また言う:一人の智慧は皮毛の上より看れ、一生の苦楽は手足に係る。公篤の批注:この二句は皆法則と為すべからず、多く応験せず。今なおこの言を保留するは、智慧ある人に遺して印証せしめ、また天道の再変を待つ——畢竟この言は五代時に言いしものだからです。
髮際低而皮膚粗,終見愚頑;指節細而腳背肥,必定雅俊。髮低驗刑父母,皮粗驗勞碌,此言愚頑,不知何意。指細主聰明,腳肥主祿而夭,此言雅俊,又不知其何意也。以當時天道而驗此耶?茁為地形而驗此耶?
賦文に言う:髪際線低く皮膚粗糙なるは、終に愚昧頑鈍の人。手指関節細く脚背豊厚なるは、必ず文雅俊秀。公篤の批注:髪際低きは、我が験するに父母を刑剋を主る。皮膚粗きは、我が験するに一生労碌を主る。ここに言う愚頑を主るとは、何の意かを知らず。手指細きは聡明を主り、脚背肥ゆるは禄ありて短命を主る。ここに言う雅俊を主るとは、また何の意かを知らず。当時のその時代の天道に按じてこう応験したか、それとも当地の地形に按じてこう応験したか。
富者自然體厚,須防肉流;貴者定是奇特,當查內濁。下八字繫餘增。流者似厚,濁者似奇,定要查實真偽,不可徒據外表而斷其富貴壽夭也。南方貴宦清高,多主天庭豐突;北方公侯大貴,皆由地閣朝拱。相法有因地形而取者,順其地形者貴,反其地形者為特貴,即少之義也。
賦文に言う:富人は自然に身体厚実なれど、あの肉が松んで下墜するを提防すべし。貴人は必ず形貌奇特なれど、彼の内裏が渾濁せざるやを査看すべし。後のこの八字は我の添えしもの。肉松下墜は看れば厚実に似、内裏渾濁は看れば奇特に似、必ずその真偽を査実し、ただ外表に凭りて人の富貴寿夭を断ずべからず。賦文また言う:南方の顕貴清高は、多くは天庭の豊満凸起。北方の公侯大貴は、皆下巴「地閣」の上に向う拱抱に頼る。公篤の批注:相法の裏に地形に按じて相を取るものあり、その当地の地形の気に順うは貴を主り、当地の地形の気に反するはかえって特貴と為す——反する者は見ること少なく、物は稀を以て貴しと為すからです。
駝背面田,南力之人富而足;金聲形小,西方之人貴且壽。駝背火也,面田金也,火鍊金成器,金多火少故吉;如金火各半而相爭,則不吉。西方本金,取其堅實,故形小不忌,此餘經驗所加。河日海口,食祿千鍾;鐵面劍眉,威權萬里。此皆男格之奇品。河目言其長也,司馬仲達能自顧其耳,遂創晉業;海口言其闊也,郭子儀口能容拳,復興唐室;鐵面言其堅也,其人多才,故包拯為政治良吏;劍眉言長而上豎也,其人多勇,故岳飛為南宋名將。此四者均為文兼武權,而立功業也。
賦文に言う:背駝して臉方の田字のごときは、南方の人この相を生ずれば富足す。声は金石のごとく身形小なるは、西方の人この相を生ずればまた貴くまた寿す。公篤の批注:駝背は火に属し、臉方の田のごときは金に属す。火は金を煉って器を成す能くし、金多く火少なきゆえに吉。もし金火各々半を占めて互いに争えば、吉ならず。西方は本より金に属し、取るは堅実、ゆえに形体小なるも妨げず。この一条は我が経験に凭りて加上せしものです。賦文また言う:眼長く河のごとく口闊く海のごときは、食禄千鍾。面色黒く鉄のごとく眉直く劔のごときは、威権万里に及ぶ。公篤の批注:これらは皆男相の中の奇品です。「河目」とは眼形の長きを言い、司馬懿は能く頭を回して自らその耳を看、終に晋朝の基業を開創せり。「海口」とは嘴の闊きを言い、郭子儀は口に一拳を容れ得、重ねて唐室を振興せり。「鉄面」とは面骨の堅硬を言い、この種の人は才干多く、ゆえに包拯は治政の良吏と為れり。「劔眉」とは眉長くして上に直竖するを言い、この種の人は勇武多く、ゆえに岳飛は南宋の名将と為れり。この四種の相は皆文才兼ねて武権を掌り、因りて功業を建立せしものです。
龍頭鳳頸,女人必配君王;虎額燕頷,男子定封將相。龍頭為骨聳,鳳頸為項長,女人生此,雖不美豔,而才德福必厚。虎額即伏犀骨之圓突,燕領為兩腮方廓,與額成三椅角勢,班超即此格,成大貴而遺盛名也。
賦文に言う:頭竜のごとく頸鳳のごときは、女子必ず君王に嫁配す。額虎のごとく頷燕のごときは、男子必ず将相に封ぜらる。公篤の批注:「竜頭」は頭骨の高聳、「鳳頸」は頸項の修長。女子この相を生ずれば、容貌豔麗と算ぜずとも、才干・徳行と福分は必ず深厚。「虎額」は即ち伏犀骨の円々たる凸起。「燕頷」は両腮方にして輪廓あり、額頭と三角鼎立の勢を成す。東漢の班超は正にこの格局、ゆえに能く大貴を成就し、盛大の名声を遺せり。
相中秘訣,壽夭最難,不獨人中,惟神是定。相法於富貴貧賤均有專法,獨壽夭無定法,故形質、精神、氣音均有關係,此言神氣占多數,故不可以形質而定論之也。目長含彩,榮登天府之人;神浮無光,早赴幽冥之客。自古仙佛聖賢均含有真光。有云寒灼有威為彩,有云瑩光皎耀為彩,故神浮無根、光淡模糊,皆夭亡之格,當在十六以後、三十六以前,細則詳後。
賦文に言う:相術の中の秘訣、寿夭は最も判断し難し、ただ人中を看る能わず、ただ神気のみ定め得。公篤の批注:相法は富貴貧賤に皆専門の法門あり、ただ寿夭に一定の法なし。ゆえに形質・精神・気息声音皆それと関わりあり。ここに言うは神気が大半を占むる、ゆえに単に形質に凭りて定論を下すべからず。賦文また言う:眼形長くして光彩を含むは、能く朝堂に栄登する人。神気浮にして光なきは、早く陰間に赴く客。公篤の批注:自古の仙仏聖賢、眼中に皆真光を含めり。或るは寒冽灼人にして威勢を帯ぶるを「彩」といい、或るは瑩潤皎潔にして耀目を「彩」という。ゆえに神気浮にして根なく、光色淡くして模糊のは、皆夭亡の格局、死期は大約十六歳以後・三十六歳以前、細則は後文に詳論す。
面皮虛緊,三十問壽實難;肉色輕浮,四九如何能過。虛緊固不壽,本難滿三十,但有孤苦寒賤之人,可超出三十而外;輕浮固不壽,然亦有無子女者,而超過三十六以外。故宜以其它部份參考,蓋法有此弱彼益故也。
賦文に言う:臉皮虚にして繃緊のは、彼が三十歳まで活き得るや否やを問わば実に言い難し。肌肉色沢軽浮のは、三十六歳のこの一関をどう過ぎ得ん。公篤の批注:臉皮虚緊は固より長寿ならず、本より三十歳に満つこと難し。されども孤苦寒賤の人あり、かえって三十を過ぐる能う。肉色軽浮は固より長寿ならず、然れども子女なき人あり、三十六歳を過ぐる能う。ゆえに他の部位を参看すべし、相法の裏にこの一処弱くてあの一処かえって益を受くるの道理あるがゆえに。
項上三絛,遇休囚而愈見康強。此為壽徵之一,但考有凶神凶氣凶紋否,雖元氣厚而有中年凶死,不能考終命也。項中一骨,有疾厄而終無險阻。此為百會骨,主貴而有壽根,雖疾厄而不致夭也。形容忽變,遇吉則推有凶;氣色轉潤,處窮則斷必發。凡神亂形變而處佳境,皆是受禍之引子,發達愈大,損失愈危,故以辭尊居卑而避之。潤中能聚,則可透出黃紫,故遇合隨之。此二者相反而相應。
賦文に言う:頸上に三道の横紋ある人は、運勢休囚の年に遇うもかえってなお康健を見る。公篤の批注:これは長寿の徴兆の一、されどなお彼に凶神・凶気・凶紋あるや否やを査すべし。元気は厚しといえども、もし中年に凶死に遭わば、亦た寿終正寝の能わず。賦文に言う:頸中に一根の骨ある人は、縦い疾病災厄ありとも、終に険阻なし。公篤の批注:これは「百会骨」を指し、貴を主り且つ寿根あり、疾厄ありといえども早夭に至らず。賦文また言う:形容忽然大いに変ずれば、正に吉事に遇うとも凶ありと推断せよ。気色転じて潤沢なれば、正に困境に処るとも必ず発と断定せよ。公篤の批注:凡そ神乱れ形変じて人が正に順境に処るは、皆禍を受くるの引線、発達すること大なるほど損失はいよいよ危険。ゆえに尊位を辞して卑下に退居してこれを避くべし。気色潤沢にして能く凝聚すれば、黄紫の気を透出し、機遇もまた随いて来たる。この两条は一反一正、道理は却って相応す。
常遭疾厄,只因命宮昏沉;頻遇吉祥,蓋為福堂潤澤。疾厄後有專圖詳論。命宮即山根,此為疾厄之一部,不過含有督脈氣質、膽汁消化,故常病之人,每於此宮先見青黑之色。福堂為交際之關、是非之地,並非吉祥之稱,福堂或印堂之誤也。
賦文に言う:常に疾病災厄に遭うは、ただ「命宮」の昏暗沈滞のゆえ。屡々吉祥の事に遇うは、「福堂」の潤沢による。公篤の批注:疾厄の一項は後に別に専図ありて詳細に討論す。命宮は即ち山根、それは疾厄を主る部位の一。ここは督脈の気質と胆汁の消化と相関するがゆえに、常に病む人は、往々にして先にこの一宮に青黒の色を現す。福堂は交際の関口・是非の所在で、決して吉祥を主る名目にあらず。「福堂」の二字はあるいは「印堂」の誤りか。
淚堂深陷,蠹肉橫生,克兒孫之無數。一主溼疾而成水氣上泛,一主傷陰而成失眠鬱結,亦有子女成立也。鼻準尖垂,人中平滿,刑績嗣之難逃。一主旺女而刑子,一主晚年受制而失敗,多失輔助之力而冷退也。
賦文に言う:眼下の「涙堂」深陷して、また蠹壊せる一塊の浮肉を横生すれば、剋死の児孫は数え尽くせず。公篤の批注:涙堂深陷の一項は湿邪の病を主り、水気上泛を形成す。横生蠹肉の一項は陰分の損受を主り、失眠鬱結を形成す。其の実この種の人にも子女能く立ち上がるものあり。賦文また言う:鼻準尖りて下垂し、人中平満ならば、刑剋の子嗣は逃れ得ず。公篤の批注:鼻準尖垂の一項は女多くして子を刑を主り、人中平満の一項は晩年に人の牽制を受けて失敗を主り、多くは幇手の力を失いて日に冷落す。
眼不哭而淚汪汪,有子必刑;心無憂而眉縮縮,老來孤獨。不淚似淚,固刑子女,然有冷退敗家者;無憂而憂,多為勞碌有壽之格。如孤獨格,尚有他部刑傷方應驗也。面似橘皮,早子難立;神代桃花,遲嗣晚成。橘皮者,言其毛竅之痕深映,三十以後之子方成,亦有庶出之子女。凡桃花之嫩豔浮光,男女皆主淫蕩不壽,何能遲子晚成之說?或宋初時代異於今時而相反耳。
賦文に言う:眼睛は哭せざれど常に涙汪汪なるは、子ありとも必ず刑剋す。心裏に憂愁なくして眉头常に皺縮するは、老いて孤独す。公篤の批注:涙流さざれど涙を含むがごときは、固より子女を刑剋す、されどもあるはただ家業冷落敗落するのみ。憂愁なくして眉に愁容を帯ぶるは、多くは労碌にして長寿の格局。孤独のこの一格に至っては、なお別の部位にも刑傷あって、はじめて応験す。賦文また言う:臉は橘子皮のごときは、早年の児子立ち難し。神色に桃花の気を帯ぶるは、子嗣来たること遅く成家もまた晚し。公篤の批注:いわゆる橘皮とは、毛孔の凹痕が深く映るを言う。この種の人は三十歳以後に生む児子はじめて立ち得、また庶出の子女あり。凡そ桃花のごとき嬌嫩艶麗・一層の光を浮かぶは、男女皆淫蕩にして長寿ならずを主る。いずくんぞ遅子晚成を談ずるに足らん? あるいは宋初のその時代は今と同じからず、ゆえに結論正に相反せしのみ。
富貴平生勞碌,只為下停太長;貧窮到老不閒,蓋因粗其筋骨。下停長者,其人多謹慎,見小拘泥不達,勞心宜矣。筋骨粗者力大而男,應多勞碌,亦有中貴及創業之流,此言貧窮二字不確。星辰失陷,無隔宿之糧;部位虧損,有終身之苦。失陷者,皆低弱不足之謂;虧損者,受克不合之謂。相生自多衣祿,相合自多遇合,受克有冷退之失敗,不合有外憂與內患,故也。
賦文に言う:富貴の人一生労碌は、ただ下停の長きに過ぎざるがゆえ。貧窮の人老いて清閑を得ざるは、筋骨粗糙なるがゆえ。公篤の批注:下停長き人は多く謹慎にして、眼光はただ小処を見、拘泥にして通達せず、労心は応に然るべし。筋骨粗き人は力气大にして気質は陽剛に偏す。本より労碌多かるべきも、その中に中等貴格と白手創業の一流人物あり。ゆえに「貧窮」の二字は下すこと準確ならず。賦文また言う:面上星辰失陷のは、家に隔夜の粮なし。部位虧損のは、一辈子の苦あり。公篤の批注:いわゆる「失陷」は、皆低弱不足を指す。いわゆる「虧損」は、剋を受けて相合せざるを指す。部位相生すれば自然に衣禄多く、相合すれば自然に機遇多し。剋を受くれば日に冷落の失敗あり、合せざれば外憂と内患あり。道理はここに在り。
三光明亮,財自天來;六府高強,一生富足。三停光明,官祿均旺。余每見光明沉靜,則人財順遂;光明浮膩,反見駁雜消耗,此原文之末及。又考六府高強,而初中晚均有輔助。按天府為天倉之地,前業有根基,父輩大振;中府為國印之地,戚友為助而有權,本身事業能發展;下府為腮頤之地,奴僕忠,內外有輔,子女能繼紹箕表。此為傍部輔佐有益,而富足二字不穩。
賦文に言う:三光明亮ならば、銭財自ら天より降る。六府高厚強壮ならば、一生富足す。公篤の批注:上中下の三停の気色光明なれば、官運と財禄皆旺す。我は毎に気色光明にして沈静なるを見れば、人丁と銭財皆順遂。光明の中に却って浮膩を帯ぶるは、かえって事駁雑・財物消耗を見る。この一層は原文の講ぜざる所。再び六府高強を考すれば、初年・中年・晩年皆輔助あり。上府は天倉の所在にして、前人の家業に根基あり・父輩大いに振作を主る。中府は「国印」の所在にして、親戚朋友肯んじて幇助し自ら権柄あり・本身の事業能く発展を主る。下府は腮頤の所在にして、僕従忠誠・内外皆幇手あり・子女能く家業を継承を主る。これは旁边の部位輔佐得力の好処、されど「富足」の二字は下すことなお穏当ならず。
紅黃滿面,名利俱遂;豬脂塗膏,子孫必刑。黃為吉祥之色,紅為禍患之色,不能合論。脂色浮光也,膏色慘滯也,一為損人破財,一為官非牢獄,不是單刑子孫一條,今日有主凶危亡身也。面皮太急,雖溝洫長而壽亦虧;眼神無光,縱鼻樑高而壽亦促。即皮如膨鼓之謂、神浮無根之謂,故人中雖長、鼻樑雖高,不能延其壽也。凡壽均以各部參考而定,不能以單獨一部而定也,故後篇有專條詳論。
賦文に言う:満面に紅黄の気あれば、名と利皆意のごとくならん。面色は豬油を塗りたるがごときは、子孫必ず刑剋を受けん。公篤の批注:黄は吉祥の色、紅は禍患の色、両者は合わせて論ずべからず。「脂」の色は一層の光を浮かぶ、「膏」の色は惨淡にして滞暗。前者は人を損い財を破るを主り、後者は官司牢獄を主る。ただ子孫を刑の一条のみにあらず、今なお凶険喪命を主るものあり。賦文また言う:臉皮太く緊ければ、縱い人中長しとも、寿数は折扣を打たる。眼中に神光なければ、縱い鼻梁高しとも、寿命短促す。公篤の批注:これは皮の鼓面のごとく繃り・神気浮にして根なきを言う。ゆえに人中長しといえども鼻梁高しといえども、彼の寿を延ばす能わず。凡そ寿数を論ずるに皆各部位を参看してはじめて定め得、単に一処に凭りて定むべからず。ゆえに後に別に専条ありて詳論す。
眼光如水,男女多淫;眉草如刀,陣亡兵死。如水之說,清麗而艶也,即秋水盈盈,相法之過清者,而稟受之氣薄,則有情慾之易動,故多淫。眉草如刀,多六親之累而為憂愁,如兵死則不驗。眉生稜角,一生快樂無窮;目秀如冠,中年發達遇貴。稜角為外庫,應立外業而有勞心,何言快樂?如冠者,兩角上仰也,漢陳平有此,位極人臣,豈止遇貴而已。
賦文に言う:眼波水のごときは、男女皆淫多し。眉毛乱れ草のごとく鋒利刀のごときは、兵刃に陣亡せん。公篤の批注:いわゆる水のごとしとは、清麗にして艶を帯ぶ、即ち秋水盈盈たるの様子、これは相法上「過清」に属す。禀受の気偏りて薄ければ、情欲は萌動し易し。ゆえに淫多し。眉乱れ刀のごときは、多く六親に牽累されて常に憂愁を懐く。彼を兵刃に死すと言うは、応験せず。賦文また言う:眉に棱角を生ずるは、一生快楽無窮。眼秀にして冠のごときは、中年発達して貴人に遇う。公篤の批注:眉棱骨は「外庫」にして、外地に到りて業を立て労心を主る。いずくんぞ快楽を談ずるに足らん? いわゆる「冠のごとし」とは、両眼角の上に仰起するを言う。漢の陳平は即ちこの相、官は丞相に至り位は人臣に極む。いずくんぞ貴人に遇うのみならんや。
黃氣發從高廣,數旬中必定遷官;黑色橫自三陽,半年內須防損壽。三陽為肝肺相連地,黑色屬水,其水木相生、金水相合,當不至死。如三陽黑色為刑子及驚悸之病災可也,或發於夏之火令,方為死災,其它時令尚不為死災也。
賦文に言う:黄気が額上の「高広」部位より発すれば、数十天の内に必ず昇官す。黒色が両眼上方の「三陽」に横たわれば、半年の内に寿を損するを提防すべし。公篤の批注:三陽は肝・肺の経絡の相連する処、黒色は水に属す。水と木は相生・金と水は相合、理に照らせば致死に至らず。三陽に黒色現るは、子女を刑剋および驚悸の類の病災と断ぜば可なり。ただ夏の火旺の時令に発するに非ざれば、死災と算せず。他の時令にあっては、なお死災と算せず。
奸門青慘,必主妻災;年壽赤光,多生痔漏。此二者餘已更正,頗驗。白氣橫額,父母刑傷;青氣侵顴,弟兄唇吞。自氣為憂思,應父母之災疾,而有牽制之累;至於孝服,為黑赤色居多,青慘氣居少。兩顴青氣主妻妾之爭端、伯叔之詞訟,不但口吞,而有欺詐攫奪行為之類也。
賦文に言う:眼尾の「奸門」が青くして惨淡なるは、必ず妻子に災あり。鼻梁の「年寿」に赤光を現ずるは、多く痔瘡漏症を生ず。公篤の批注:この二条は我がすでに修正せしところ、大いに応験す。賦文また言う:白気が額頭を横過すれば、父母に刑傷あり。青気が顴骨に侵到れば、兄弟の間に口舌相吞す。公篤の批注:白気は憂思を主り、父母の災病に応じ、併せて牽制拖累をもたらす。戴孝に至っては、多く黒色赤色を現じ、青惨の気はかえって見ること少なし。両顴に青気を現ずるは、妻妾の間に争端を起し、伯叔の間に官司を起すを主り、口舌の相争のみならず、なお欺詐強奪の類の行為あり。
山根青黑,四九前後定多災;法令繃纒,七七之數焉可過。刻下當應前九年。但山根為人之稟受氣質,小兒青黑,多主溺尿及螬氣;大人青黑,多主傷陰失眠及腎氣之病。如法令無紋,當不滿三十而死。女人眼惡,嫁即刑夫;聲燥面橫,閨房獨宿。衰世之局,露者多貴,不過結果不好,或主惡疾,或主產厄,此不壽之格,如刑夫者頗少。其聲燥多量窄性剛,面橫多驕悍而妒,此主生離再醮也。
賦文に言う:山根に青黒の色を現ずれば、三十六歳前後必ず災多し。法令紋が繃緊纏曲すれば、四十九歳のこの一関をどう過ぎ得ん。公篤の批注:目下の情形に照らせば、応に九年を提前すべし。ただし山根が反映するは一人の禀受の気質:小孩子の山根青黒は、多く遺尿と腸胃の積滞の気を主る。大人の山根青黒は、多く陰分の損受・失眠および腎気方面の病を主る。法令に至っては、もし根本に紋なければ、三十歳に満たずして活くる能わず。賦文また言う:女子の眼相凶悪なるは、一出嫁すれば夫を刑す。声音急躁・面に横肉を生ずるは、ただ独り空房を守るのみ。公篤の批注:これは衰乱の世の格局で、形貌外露するは多くかえって貴を主るが、ただ結局好からず、あるいは悪疾を得、あるいは難産に遭い、長寿ならざる格に属し、彼女を刑夫と言うは却って少なし。声音急躁のは多く器量窄く性子剛し。面に横肉を生ずるは多く驕横潑悍にして妬を善とし、これは生離と改嫁を主る。
額尖耳反,雖三嫁而未休;顴露聲雄,縱七失而未了。額尖不宜早婚,當過十九方吉;耳尖多父母無靠,故有小嫁再嫁之說。顴露多代夫權而勞,夫星弱而無用;聲雄多刑夫也。額偏不正,內淫而外若無;走路不平,外好而心猶毒。不正者刑父母,淫字不穩,要神麗陰陽青黑者方淫亂也。不平者雀跳也,主細故靈敏,倫理違背,迷感於利可也。
賦文に言う:額頭尖りて耳輪外に翻るは、三たび嫁ぐともなお算て尽きず。顴骨外露・声音雄壮なるは、縦い七人の夫を失うとも了結する能わず。公篤の批注:額尖の女子は早婚に宜からず、十九歳を過ぎてはじめて吉。耳尖のは多く父母倚るべからず、ゆえに幼年に出嫁・再嫁の説あり。顴露のは多く夫権を代掌して操労し、夫のこの星は弱にして中用ならず。声音雄壮のは多く夫を刑す。賦文また言う:額頭偏斜不正のは、内裏淫にして外表より看出せず。走路高低不平のは、外表和善にして心裏狠毒。公篤の批注:額不正のは父母を刑剋す。「淫」の字は下すこと穏当ならず、神色艶麗にして三陰三陽部位の青黒を発するを要して、はじめて真に淫乱なり。走路不平とは即ち脚步雀のごとく跳躍し、人の機霊にして細故を善く察し、行事倫理に違背し、利に迷うを主る——こう言えば可なり。
腮突耳後,心內狡貪;眼惡鼻勾,性實險惡。腮突盛世少而衰世多,其形類鷹腮,主奇巧有特智,亦主大貴;眼惡主刑剋而凶,鼻勾主心貪徇私,然多成多敗,終無了期。腳跟不履地,賣盡田園而走他鄉。木形多飄搖不忌,如金水土則忌。又出富貴之家,則主夭壽及有凶死者;如出貧窮之人,亦無妨礙。此云先富後貧之說,只應得一半。
賦文に言う:腮骨が耳後より凸出するは、心裏狡詐貪婪。眼相凶悪・鼻頭鈎のごときは、性情実に険悪。公篤の批注:腮骨凸出の相は、太平の世に見ること少なく、衰乱の世に多し。形状は鷹腮に似て、この人の奇巧にして特出の智謀あるを主り、また大貴を主る。眼悪は刑剋にして凶を主り、鼻鈎は心貪にして私を徇うを主る。ただしこの種の人は成ることも多く敗ることも多く、終に了局なし。賦文また言う:走路に脚跟地に着かざるは、田園を売尽して他郷に流落せん。公篤の批注:「木形」の人は多く歩態飄摇にして忌まず。もし金・水・土形ならば忌む。この種の相もし富貴の家に出ずれば、短命あるいは凶死を主る。もし貧窮の家に出ずれば、却って妨げなし。ここに言う先に富み後に貧すとは、半ば応験するのみ。
鼻竅露而仰,卒被外災而終旅舍。獅形火形,不忠仰露,合其形也;非此二形,則有外患內憂以累之,故為財不入庫,言不能立身也。唇不蓋齒,無故招非;溝洫露髭,為人少力。此二者均驗,一為驕仿自負之招非,一為明白利害之兩可。
賦文に言う:鼻孔外露して天に朝するは、終に外来の災に遭いて旅店に客死せん。公篤の批注:獅形と火形の人は、鼻孔本より仰露す、それはその本形に合する。もしこの二種の形にあらざれば、外患内憂ありて彼を拖累せん、ゆえに彼を「財は庫に入らず」といい、即ち身を立つる能わず。賦文また言う:嘴唇が歯を蓋う能わざるは、無縁無故に是非を招惹す。人中の処に髭鬚を露すは、人と為って気力なし。公篤の批注:この二条は皆応験す:前者は驕矜自負に因りて是非を招き、後者は利害を明白にし過ぎて事事模棱両可に因る。
印堂太窄,子晚妻遲;懸璧昏暗,人亡家破。印堂紋沖,則刑妻克子而遲成;如窄,不過志小量窄而氣燥耳。懸璧為兩腮頤,居奴僕宮,此為用人不力及盜詐行為之奴僕耳,如人亡家破,當別有部位不佳。結喉露齒,骨肉分離;粗骨急皮,壽數短促。結喉多勞碌而刑兄弟,露齒多爭訟而多乖戾,其分雖之說頗當。粗骨多勞,急皮多病,亦有壽者。
賦文に言う:印堂太く窄きは、子を得ること遅く妻を娶ることも遅し。「懸璧」昏暗なるは、人亡び家破る。公篤の批注:印堂が紋路に衝破されるこそ、妻を刑し子を剋して諸事の成ること遅し。もしただ窄きのみならば、志向小・器量窄にして性子急躁なるに過ぎず。懸璧は両辺の腮頤を指し、「奴僕宮」に属す。この一処の昏暗はただ人を用いて力を得ず・偸盗欺詐の僕従に遇うのみ。もし真に人亡家破に至らば、必ず別に他の部位の悪きあり。賦文また言う:喉結外露・牙歯外露のは、骨肉分離す。骨粗くして皮繃緊のは、寿数短促す。公篤の批注:喉結突出のは労碌多くして兄弟を刑剋し、牙歯外露のは争訟多くして性情乖戻、それを骨肉分離を主ると言うは大いに恰当なり。骨粗きは労苦多く、皮緊きは疾病多し、その中にも長寿のものあり。
臥蠶豐隆,子息之後成;淚堂平滿,兒郎之早見。臥蠶在目之下橫紋處,其紋反插者女多先立,其紋順插者子多先立;此云後成,當以無紋論。淚堂在大眼角,無陷而平,當然早予成立。龍宮低黑,嗣續難得而昧愚。龍宮在眼腔曲處,如低黑者,為先天不足、淫慾過度,子女多夭而弱,愚昧之說不驗。
賦文に言う:臥蚕豊満隆起のは、子嗣後に至りてはじめて成る。涙堂平満のは、児子早く見ることを得。公篤の批注:臥蚕は眼睛下方の横紋の処に在り、その紋路の反插するは多く先に女を生じ、順插するは多く先に子を生ず。ここに言う「後成」は、応に紋なきの情形に按じて論ずべし。涙堂は大眼角に在り、凹陷せずして平満なれば、当然子女の成立早し。賦文また言う:「竜宮」低陷して黒を発するは、子嗣得難くして且つ愚昧。公篤の批注:竜宮は眼眶の弯曲の処に在り、もし低陷して黒を発せば、これは先天不足・淫欲過度の致す所、子女は多く早夭にして体弱し。彼を愚昧と言うは、応験せず。
陰陽明瑩,男女易養而聰慧。此言三陽旺子,三陰旺女,加以氣色明潤,當然有貴子而清秀聰敏也。面大鼻小,一生常自艱辛。鼻小之格,皆為主弱客強,平生無正權而為人用,故有替人做事,功歸人而過歸己,反覆成敗而不常也。鼻瘦面肥,半世錢財耗散。此言財不入庫,而有中道挫折及六親之遺累也。
賦文に言う:三陰三陽の部位明亮瑩潤のは、児女皆養い易くして且つ聡慧。公篤の批注:これは三陽は男を旺し三陰は女を旺すと言うに、加うるに気色明潤なれば、当然貴子を生じ得、しかも清秀聡敏なり。賦文また言う:臉大にして鼻小なるは、一生常に自ら艱辛す。公篤の批注:鼻小の格局は皆「主弱客強」、一辈子正當の権柄なくして人に使嗾さる。ゆえに常に他人のために事を為し、功労は他人に帰し、過失は自己に帰し、成敗反復して能く久しからず。賦文また言う:鼻瘦せて臉肥ゆるは、半生銭財耗散す。公篤の批注:これは財庫に入らずを言う、中途に挫折に遭い、なお六親の遺せし拖累あり。
邊地四起,過五十始得榮亨;輔角高隆,才三九則居官位。邊地四起,多應破梓離鄉而立外業,至二十九必發,此云五十方發,想是天道相反耳。輔角為初重心,形瘦者十八入官位,形厚者二十三入官位,衰世則提前居多也。
賦文に言う:額側の「辺地」四面隆起のは、五十歳を過ぎてはじめて栄顕亨通を得。「輔角」高隆のは、才かに二十七歳にして官位に居る能う。公篤の批注:辺地四起は、多く故郷を離れ外地に到りて業を立つるに応ず。二十九歳に至りて必ず発達す。ここに五十歳にしてはじめて発と言うは、想うに当時の天道と今と相反するのみ。輔角は初年運の重心:形体瘦なるは十八歳に入仕し、形体厚なるは二十三歳に入仕し、衰乱の世は多くなお提前す。
明珠朝海,太公八十遇文王;火色鳶肩,馬周三十逢唐常。明珠即耳輪之珠,朝海者耳長過口也,此為壽者相,不能據此為太公之貴相也。蕉肩者上聳如鳥,火色者紅艶而潤,有火形之露格,又得火色,當然合格,而有時機之逼迫,以成功也。
賦文に言う:耳珠が口海に朝向するは、姜太公八十歳にして周文王に遇う。面に火色を帯び両肩鳶鳥のごとく聳ゆるは、馬周三十歳にして唐太宗に逢う。公篤の批注:「明珠」は即ち耳輪上の耳垂、「朝海」は耳が口角を過ぎて長きこと。これは長寿の相で、それを以て太公の主貴の凭据と為すべからず。「鳶肩」は両肩の上に聳起して鳥のごとし。「火色」は面色紅艶にして潤沢。既に火形外露の格局あり、また火色を得、当然合格、加うるに時勢の逼迫あり、因りて成功せり。
鶴行龜息,洞賓之得僊;龍腦鳳睛,玄齡之拜相。鶴行足長而步長,下動而上定;龜息則呼吸由耳出,是為藏竅,故為僊骨清品。龍惱為高大而拱,上貫百會之頂;鳳睛神和而清,瞳小有彩,此為貴壽而福澤之格也。
賦文に言う:走路は鶴のごとく呼吸は龜のごときは、呂洞賓これに因りて道を得て仙と成る。脳は竜のごとく眼は鳳のごときは、房玄齢これに因りて宰相に官拜す。公篤の批注:「鶴行」は腿長くして歩子も長く、下身動いて上身は安定にして摇れず。「龜息」は気息細微にして耳中より呼出するがごとし、これを「蔵竅」という。ゆえに仙骨の類の清品に属す。「竜脳」は頭骨高大にして拱起し、上は頭頂百会に貫く。「鳳睛」は眼神和婉にして清澈、瞳孔小さくして光彩あり。これは既に貴く且つ寿、福沢深厚の格局です。
法令入口,鄧通餓死野人家;滕蛇鎖唇,梁武餓死臺城上。前人多有此說,而事實多驗疾厄刑剋,而今世口反方為凶死,其倍於法令入口矣,今並附此,以待後之高明證實。虎頭燕頷,班超封萬里之侯;龍行虎步,劉裕至九重之帝。虎頭為伏犀圓突,燕頷為腮頰椅角及成凸形;龍行虎步,為身體穩重而不見足,長步而有威。此皆奇特點,故有奇特之事業也。
賦文に言う:法令紋が口角に垂入するは、鄧通は野人の家に餓死せり。両条の紋が騰蛇のごとく嘴唇を鎖するは、梁武帝は台城の上に餓死せり。公篤の批注:前人に多くこの説あり、然れど事実の上は多くただ疾病災厄と刑剋に応験す。今は嘴唇外に翻るこそ凶死を主り、その厳重の程度は法令入口に比べて一倍を厲しくす。今この一条を併せて附上し、後世の高明の人の証実を待つ。賦文また言う:頭虎のごとく頷燕のごときは、班超は定遠侯に封ぜられ功名万里に及ぶ。行は竜のごとく歩は虎のごときは、劉裕は九重の上の皇帝と為る。公篤の批注:「虎頭」は伏犀骨の円々たる凸起。「燕頷」は腮頰に椅角を生じ、且つ凸出して形を成す。「竜行虎歩」は身体穏重にして、行走の時ほとんど脚の動くを見ず、歩子大にして威勢あり。これらは皆奇特の処、ゆえに能く奇特の事業を為す。
山林骨起,終作神仙;印堂骨方,必登將相。山林骨下從福堂起,斜上至百會止,此為仙骨而成傳品。印堂橫骨為金城骨,如平過至眉尾,則為非常之貴,不流芳百世,則遺臭萬年也。形如土偶,夭命難逃;天柱傾欹,幻軀將去。土偶繫形容神痴形滯、氣色塵垢,此為神不守宅,氣不流通,血不貫絡,當然不壽。天柱為醫家之大椎穴,在後頸,故病人低頭或常欹,為天柱折而必死。
賦文に言う:「山林骨」隆起のは、終に神仙を為せん。印堂の骨方正なるは、必ず将相に官登せん。公篤の批注:山林骨は下は「福堂」に起り、斜々として上に向い、頭頂百会に止まる。これは仙骨にして、伝世の品と成るを主る。印堂上の横骨を「金城骨」といい、もし平平として横過して眉尾に至るまでならば、即ち非常の貴、百世に芳を流すか、万年に臭を遺すかす。賦文また言う:形貌が泥塑木偶に似たるは、短命逃れ難し。「天柱」歪斜のは、この幻化身躯まさに行かんとす。公篤の批注:「土偶」は神情痴呆・形体板滞・気色は塵を蒙せたがごときを形容す。これは神その舍を守らず、気流通せず、血は脈を貫かず、当然長寿ならず。天柱は即ち医家のいわゆる大椎穴、後頸の上に在り。ゆえに病人もし常に頭を低るか頸項常に歪むならば、即ち天柱折断、必ず死す疑いなし。
貌如鏤鐵,氣迍遭;色若祥雲,前程亨泰。鏤鐵即鏽鐵之形容也,無生氣之謂也,如純水不忌;祥雲即紫霞之形容也,有喜色之謂也。名成利就,三臺宮俱有黃光;文滯書難,兩眉頭各生青氣。三臺為司空至印堂及兩福堂骨也,司空、印堂為官星,福堂為外庫,故有名成利就之說。兩眉頭為上勾陳,上為奏書,主文書信件,略思慮,故有停滯才說。
賦文に言う:面貌は鏽蝕せる鉄のごときは、気運困頓にして難多し。気色は祥雲のごときは、前程亨通す。公篤の批注:「鏤鉄」は即ち錆の生じた鉄を形容し、生気なきを指す。もし純粹の水形人ならば、却ってこの色を忌まず。「祥雲」は紫霞を形容し、面上に喜色を帯ぶを指す。賦文また言う:名成り利就くは、「三台宮」皆黄光を現ず。文書停滞・辦事艱難のは、両個の眉头各々一股の青気を生ず。公篤の批注:三台は司空より印堂に至り、加うるに両辺の福堂骨。司空・印堂は官星、福堂は外庫、ゆえに名成利就の説あり。両眉头は「上勾陳」に属し、その上は即ち「奏書」、文書信件を主り、また思慮を主る。ゆえに文書停滞の説あり。
滯中有明,憂而復喜;明中有滯,吉而反凶。此言氣色一項,然要分部位之輕重、氣色之深大小,方能走其吉凶遠近。如滯中有明,則氣色將開,雖處惡劣環境,則喜信將來,為有遂心之進展矣,是為接頭之初,故憂中有喜之說。如明中有滯,則氣色之轉為晦暗,雖處佳境而有飛災奇禍伏之;如另有遇合,是為引誘其動貪念而受實禍,此為膏將盡而揚其焰也。
賦文に言う:滞暗の中に明亮を透せば、先に憂えて後に喜ぶ。明亮の中に滞暗を夾めば、看れば吉なるもかえって凶。公篤の批注:この一条は気色を講ず。されど部位の軽重・気色の深淺大小を分かちて清くせば、はじめて吉凶の遠近を推断し得。滞中に明あるは、気色まさに開朗せんとす、たとい恶劣の環境に身を処すとも、喜訊まさに来たらんとし、事に称心の進展あり、正に好運の接头の初め、ゆえに「憂中に喜あり」の説あり。明中に滞あるは、気色正に晦暗に転向す、たとい順境に身を処すとも、飛来の横災・意外の大禍の埋伏あり。この時もし別に何の機遇の上門するあらば、即ち彼を誘いて貪念を動かして実禍を招かしむるなり、灯油まさに尽きんとしてかえって火焔をいよいよ高く揚ぐるがごとし。
正面有黃光,意無不遂,須妨無根而浮膩之光。凡看氣色均宜注重其真偽,參差某輕重,故於黃色雖吉,如無根而浮,則為虛花不實而轉瞬皆空,其不持久明矣。印堂多紫氣,無不成,但求內應而貫徹一體。按氣如雲而色加霜,有外無內,雖有其名而無其權;有內無外,雖有其力而無其機。故內不應外色,如有委任而不能到任所,或赴任而有他變,亂世多有之。
賦文に言う:面部全体に黄光を現ずれば、心意称遂せざるなし、されどあの根なくして浮膩の光を提防すべし。公篤の批注:凡そ気色を看るに皆その真偽を注重し、その軽重を斟酌すべし。黄色は吉を主るといえども、もし根なくして虚浮なれば、即ち虚花不実・転眼成空、明らかに持久する能わず。賦文また言う:印堂に紫気多ければ、何を辦じても成る、ただ内気と外色と相応じ貫通して一体を成すを要す。公篤の批注:「気」は浮雲に似、「色」は一層の霜を加えたるがごとし。外色あって内気なければ、名声ありといえども実権なし。内気あって外色なければ、実力ありといえども機会を欠く。ゆえに内気が外色と相応ぜざれば、雖も委任を接するも任所に到らず、あるいは赴任の途中また変故を生ずるの事を現ず。乱世にこの類の情形特に多し。
年壽明潤,一歲平安;蘭廷光明,諸事順遂。此云少疾之說。年壽為疾厄宮,地位居膽絡而能消化,得谷氣之旺耳。蘭廷旺「偏財交際」及有意外之財,此言順遂,是否單指財星。形容古怪,石中有美玉之藏,非仙佛即聖賢。此精靈中來,慧根異於常人,故形質亦奇怪,精神亦蘊藏,其事業有出類拔萃之點、超凡入聖之功。古怪者,有異骨奇征也。
賦文に言う:鼻梁の「年寿」明亮潤沢のは、一年平安す。鼻翼の「蘭台」「廷尉」光明のは、諸事順遂す。公篤の批注:これは病少なきを言う。年寿は「疾厄宮」、位置は胆の経絡に対応し、消化を主る。明潤は穀気旺盛を得たるがゆえ。蘭台・廷尉の旺なるは、「偏財交際」および意外の財を主る。ここに言う「順遂」は、単に財星を指して言うや否やを知らず。賦文また言う:形貌古怪の人は、石頭の裏に美玉を蔵するがごとく、仙仏に非ざれば即ち聖賢。公篤の批注:この種の人は精霊より来たり、慧根常人に異なり、ゆえに形質も奇怪にして、精神も内蘊して露さず、彼らの事業に出類拔萃の処あり、超凡入聖の功あり。いわゆる「古怪」とは、即ち異骨奇徴を生ずるなり。
人物巉巖,海底有明珠之象,非帝王即公侯。巉巖為凸露之豐突,大多數為五嶽之骨質,有奇室嵯峨之勢,此為非常之貴,不可限量也。總之,一辯其色,次聽其聲,更察其神,再觀其形,筋骨紋絡又其次也。此為麻衣之重心點、相法之層次也。凡氣色為行年之休咎,是窮通之機關,其它項不足亦可暫時取用也。聲音為形格之輔佐,故有求全在聲之說。精神為用事之決斷、壽夭之關係,其智愚全繫乎此。形格為一世之榮枯,為富貴貧賤之區分。筋骨為勞逸之必要,紋絡為刑剋之原則而含安危關鍵。故此六者為相法之全備,學者不可不知。
賦文に言う:人の形貌は山岩のごとく嶙峋たれば、海底に明珠を蔵するがごとく、帝王に非ざれば即ち公侯。公篤の批注:「巉岩」は骨節凸露にして豊厚隆起するをいい、多く五嶽の骨質に現れ、奇峰嵯峨の勢あり。これは非常の貴、前程限量すべからず。賦文は最後に総結して言う:要するに、第一に彼の気色を辨え、其次に彼の声音を聴き、再び彼の神を考察し、再び彼の形を観察し、筋骨紋絡はなお更に次等とすべし。公篤の批注:これは麻衣相法の重心にして、また相法の層次の所在。気色は流年の吉凶を管し、窮通の機関、他の各項の足らざる時も、暫時それに凭りて取用し得。声音は形格の輔佐、ゆえに「全きを求むるは声に在り」の説あり。精神は一人の辦事の決断力を決定し、また寿夭に関わり、智愚は全くこの上に係る。形格は一生の栄枯を決定し、富貴貧賤の区分。筋骨は一生の労逸に関わり、紋絡は刑剋の準則、その中に安危の関鍵を含む。ゆえにこの六項を合わせてこそ完備の相法、相を学ぶ者は知らざるべからず。
眉毛拂天倉,出入近貴;印堂貫中正,終始利官。眉拂天倉,近貴而貴,亂世多破格而得功名,冒險而成事業,故為武權居多,此逼迫而進展也。印堂為主體貴,盛衰皆然。呼聚喝散,只因雙顴如峰;引是招非,蓋為兩唇露齒。顴骨有真假高露者,尚非貴權,如上近眼角方是真顴,而得輔佐之用也;如下近法令,乃是假顴,雖高如峰亦無用也。露齒招非見前。
賦文に言う:眉毛が「天倉」に拂うは、出入皆貴人に親近す。印堂の気色が「中正」に貫通するは、自始至終官を為すに利あり。公篤の批注:眉が天倉に拂うは、能く貴人に親近し且つ自らも貴し。乱世にこの種の人は多く破格にして功名を取得し、冒険に頼りて事業を成就す。ゆえに武職権柄を以て多しと為す、これは形勢に逼られての進展。印堂は本身の貴を主り、盛世衰世皆このごとし。賦文また言う:一呼百應・一喝而散のは、ただ両顴の峰のごとく高聳するがゆえ。是非を招惹するは、両唇の合攏せずして牙歯を露すがゆえ。公篤の批注:顴骨に真假の分あり、ただ高露なるはなお貴権と算えず:上に向い眼角に近づくこそ真顴にして、輔佐の作用を起し得。下に向い法令に近づくは假顴にして、縱い山峰のごとく高しとも用なし。歯を露して是非を招くは、前にすでに講ぜり。
狼行虎吻,機深而心事難明;猴食鼠餐,鄙吝而奸到底。狼行多反顧回視也,虎吻者仰食口不收也,不但機深,並且惡毒。猴食者低食零落也,鼠餐者唇固耳鼻動也,鄙吝奸貪,多敗少成,宜矣。頭先過步,初歲奸前晚景貧窮;井灶露孔,中年敗而田園耗散。頭過步者晚不佳,而主終年神經昏損。井灶露堵,主財不入庫,然獅形火形不忌,雖井灶露而亦富貴也。
賦文に言う:走路は狼のごとく口形は虎のごときは、心機深沉にして心事看透し難し。喫相は猴のごとく進食は鼠のごときは、鄙吝にして奸猾到底す。公篤の批注:「狼行」は常に頭を回して張望す。「虎吻」は頭を仰起して東西を喫して嘴合攏せず、この種の人は心機深きのみならず、且つ心腸悪毒。「猴食」は頭を低めて喫して飯粒零落す。「鼠餐」は嘴唇動かずして耳と鼻とが随いて動く。この種の人は鄙吝奸貪にして、敗多く成少なし、また応に然るべし。賦文また言う:頭が歩より先に行くは、初年好しといえども晚景貧窮す。鼻孔外露のは、中年敗落して田園耗散す。公篤の批注:頭が歩を超ゆる人は晚運好からず、且つ一辈子神経昏損を主る。鼻孔外露は財庫に入らずを主る。ただし獅形・火形の人はこの一条を忌まず、鼻孔露るといえども照様富貴す。
女人耳反,亦主刑夫;男子頭尖,終非利器。耳反為初年孤苦,其刑夫之格不重此部,或為末婚之夫耳。頭尖之局每有大富貴,如屬火形,則為將相之品,何云非利器之說。腰圓背厚,方保玉帶朝衣;骨聳神清,定主威權忠節。腰背為相法之最輕點,此係理想之說,不足為證。假定頭小神弱,何能富貴?骨聳為貴品,神清篇清品,此云威權忠節,力是合法之點。
賦文に言う:女子の耳輪外に翻るは、また夫を刑を主る。男子の頭頂尖るは、終に可用の材にあらず。公篤の批注:耳反は初年孤苦を主り、刑夫のこの一格はこの部位に重きを置かず、あるいはただ門に過ぎざる未婚夫の身に応ずるのみ。頭尖の格局は往々にして大富大貴あり、もし火形に属せば、即ち将相の品、いずくんぞ可用の材にあらずと言わんや。賦文また言う:腰円く背厚きは、腰に玉帯を繫ぎ身に朝服を着るを保つ能く。骨骼高聳・神気清朗は、必ず威権と忠節を主る。公篤の批注:腰背は相法上分量最も軽きの一処、この言はただ懸想の談、凭と為すに足らず。假定に一人の頭小神弱なる、光に腰背に頼りてどうして富貴を得ん? 骨聳は貴品に属し、神清は清品に属す、ここに言う威権忠節は、却って合法の一点なり。
伏犀貫頂,一品王侯;輔角插天,千軍勇將。伏犀有三:力伏犀為大貴,帝王之品;圓伏犀為次貴,公侯將相之品;橢圓伏犀又其次貴,為中貴及藩鎮之例。尚有小伏犀,為邑候之例。輔角固應邊將也。形如肥猜,死必分尸;眼似餓虎,性剛莫犯。肥猜形容肉浮兩流、擁腫不堪,尚有三角眼而浮、血絲串烏珠,當然凶死之格也。餓虎形容直射有怒光、圓露上視,當然剛燥急狹,不容物也。
賦文に言う:伏犀骨が頭頂に貫くは、一品の王侯。輔角が天庭に挿入するは、千軍を統率の勇将。公篤の批注:伏犀骨に三種あり:大伏犀は大貴を主り、帝王の品。円伏犀は次一等の貴を主り、公侯将相の品。楕円伏犀はまた次一等、中貴と藩鎮の一流に属す。このほか小伏犀あり、県令の一流に属す。輔角は本より辺将の身に応ずべし。賦文また言う:形体肥豬に似たるは、死する時必ず分屍す。眼睛飢虎に似たるは、性情剛烈にして冒犯すべからず。公篤の批注:「肥猜」は肉虚浮にして両辺松垂・臃腫不堪を形容し、加うるに三角眼にして眼胞浮腫・血絲黒眼珠を穿過すれば、当然凶死の格局。「飢虎」は目光直射して怒気を帯び・眼円く外露して上に向って看るを形容し、当然性情剛躁褊急にして、人を容れず。
鬚黃睛赤,終主橫災;喉結齒露,須防野死。鬚黃主駁離而刑人丁;赤睛為赤脈穿烏珠,直穿主驚險而殘肢,體橫穿主凶死;又銀面宜鬚黃,亦是貴品。結喉主勞碌刑傷,露齒主招是非,野死另有其它部位方驗。
賦文に言う:鬍鬚黄を発し眼珠赤を帯ぶるは、終に横来の災を主る。喉結突出・牙歯外露のは、荒野に死するを提防すべし。公篤の批注:鬍鬚黄は家道駁雑離散にして家中の人口を刑剋を主る。「赤睛」は赤色の血脈が黒眼珠を穿過し、直穿のは驚険に遇い肢体を傷残を主り、横穿のは凶死を主る。ただし面白く銀のごとき人はかえって鬚黄に宜しく、それも貴品なり。喉結突出は労碌と刑傷を主り、牙歯外露は是非を招惹を主る。荒野に死するに至っては、なお別の部位の相配するを要してはじめて応験す。
口唇反皺,為人一世孤單;魚尾紋多,到老不得安樂。口唇反皺主刑子女而壽,多應女格;今之亂世,主富貴而凶死。魚尾紋主刑妻妾,亦主多壽而福,何有不安之事耶。二眉散亂,須憂成敗不一;兩目雌雄,必主狡詐不定。眉為肺絡正繫,故應憂思,古有愁眉不展之說,凡人憂思多則成敗多。兩目雌雄,一主懼內而有妻妾之爭,一主私心而有貪吝之行;如狡詐,尚以目神尖銳下視力是,亦有應父母官之破群也。
賦文に言う:嘴唇外に翻り皺を起すは、人と為って一辈子孤單。眼尾に魚尾紋多きは、老いて安楽を得ず。公篤の批注:唇が反して皺を起すは子女を刑剋して自ら長寿を主り、多く女相に応ず。今のこの乱世にあっては、富貴にして凶死を主る。魚尾紋は妻妾を刑剋を主り、また長寿有福を主る。いずくんぞ安楽ならざるの事あらんや。賦文また言う:両眉散乱のは、成敗の定まらざるを憂慮すべし。両眼一大一小のは、必ず狡詐無常。公篤の批注:眉は肺経の正脈に属し、ゆえに憂思に応ず。古人に「愁眉展かず」の説あり。人の憂思多ければ、成敗も自然に多し。両眼の一雌一雄は、一には内を懼れて妻妾の争ありを主り、一には私心を存して貪吝の行ありを主る。狡詐に至っては、なお眼神尖鋭にして下に向い斜に視るを看てはじめて準なり。このほか父母官星の破損に応ずるもあり。
幼生斑點,必非老壽之人;老多毫毛,定是長生之客。斑點多因冷退而發,氣迍遭;毫毛多因憂愁而發,勞碌而壽。此二者亦主刑人丁,雖壽而不足取,故毫毛以收藏為吉也。臉上青光級級,貪婪孤貧;準頭赤色重重,刑傷冷退。青光級級多主淫亂,男女有此,則有鬱結之不遂意、情慾之不如願,多出富庶殷實之家,何能言貧?赤色重重主財帛耗散,一主痔漏之血疾。
賦文に言う:幼年に斑点を生ずるは、必ず高寿を享くる能くの人にあらず。老年に毫毛を多く生長するは、必ず長命の客。公篤の批注:斑点は多く家道冷落衰退に因りて生じ、気運困頓す。長毫は多く憂愁に因りて生じ、労碌にして長寿を主る。この両様も皆家中の人口を刑剋を主る。長寿なりといえども取るに足らず、ゆえに長毫はなお収蔵して露さざるを吉とす。賦文また言う:臉上一層々に青光を泛ぶるは、貪婪にして孤貧。鼻準上に赤色重々たるは、刑傷と冷落衰退を主る。公篤の批注:青光層々は多く淫乱を主り、男女にこの気色あれば、皆心裏鬱結・事意に遂わず・情欲願いのごとくならず、しかも多く富庶殷実の家に出ず。いずくんぞ貧窮と言わんや。赤色重々は銭財耗散を主り、また痔漏の類の血病を主る。
圓隆小巧,畢竟豊亨;方正神舒,終須穩耐。小巧之格必以聲音宏亮,兩倍於形質者貴,或為神過於形者亦貴,不是小巧即貴也。神舒之人有特殊知識而安貧樂道,故窮通皆清灑也。手足粗硬,非富貴之人;準庫豐隆,享田莊之客。手足號四肢,為枝葉之類,非正幹也,不足以取材料,故亂世賤人有貴手,貴人有賤手。創業與守成不同,長壽與夭亡各異,粗者勞而細者閒,硬者壽而軟者夭,此是正論。準庫為財帛正部,當然之富。
賦文に言う:形体円隆小巧のは、畢竟豊足亨通す。面貌方正・神情舒展のは、終に穏当にして耐久す。公篤の批注:小巧の格局は、必ず声音洪亮・気勢形体に一倍超ゆるを以て貴と算し、あるいは神気形体に勝るも貴と算す。小巧本身が貴なのではない。神情舒展の人は独到の見識ありて貧に安んじ道を楽しむ。ゆえに困窘なるも顕達なるも清朗洒脱なり。賦文また言う:手脚粗硬のは、富貴の人にあらず。鼻準と倉庫豊隆のは、田荘の福を享くる人。公篤の批注:手脚は合せて四肢と称し、枝葉の類に属し、主幹にあらず、これに据りて取材するに足らず。ゆえに乱世に賤人にも貴手あり、貴人にも賤手あり。基業を開創するは守成と同じからず、長寿と早夭もまた各々異なり:手粗きは労碌、手細きは清閑、手硬きは長寿、手軟きは早夭——これこそ正論。鼻準と倉庫は財帛の正位、豊隆は当然富を主る。
眉抽二尾,一生常自歡娛;根有三紋,中年幾經成敗。眉抽二尾,主家庭失睦、骨肉寡情,此為內顧憂之不幸,何能一生歡娛?或指僧道而言之耶。古法山根一紋一度成敗,二紋二度成敗,三紋三度成敗;高者有紋主成敗,平者有紋主夭亡。
賦文に言う:眉毛の末端が两条の尾を抽出するは、一生常に歓楽あり。山根の上に三条の紋あるは、中年に幾次の成敗を経歴す。公篤の批注:眉が両尾に分かるは、家庭不和・骨肉寡恩薄情を主り、これは家の中の人を憂えしむる不幸、いずくんぞ一生歓娛を談ずるに足らん。あるいはこの句は専ら僧道を指して言うか。古法に按ずれば、山根一条の紋に一次の成敗、两条の紋に两次の成敗、三条の紋に三次の成敗。山根本身高くして紋あるは成敗起伏を主り、山根平塌にして紋あるは則ち早夭を主る。
耳白過面,朝野知名;神稱於形,情懷舒暢。此格多驗盛世之翰林學士,因文才而顯名於科甲;衰世不過主多智多才,一為有美術之專長,至於西法號博士之例。足生黑子,英雄獨壓萬人;輔插長骨,威武揚名四海。各家相法均有此說,而衡真、袁柳莊則指李光粥、安祿山二人證之,又稱單痣雙痣之說。今以麻衣原文稱黑子,想必倍大於痣也。又考痣生腳心方為藏龜,故主貴名;至於貴之大小,尚有他部參看方驗。又輔角長骨,大而屏藩,小而邊鎮,雖屬文人皆有武權,故古之名將多有邊城骨上插。此云輔角,又為事業之最大者言耳。
賦文に言う:耳色が面色に白く過ぐるは、朝廷民間皆その名声を知る。神気と形体と相称するは、胸懐舒暢す。公篤の批注:この一格は多く太平の世の翰林学士の身に応験し、文才に頼りて科挙に顕名す。衰乱の世は則ち多智多才を主るに過ぎず、一つは美術上の専長あり、即ち西洋の学制に博士と称するの例に相当す。賦文また言う:脚心に黒痣を生ずるは、英雄一人にして万人を圧し得。輔角の上に長骨を長出するは、威武の名四海に伝揚す。公篤の批注:各家の相法皆この説あり、而して《衡真》と袁柳荘は則ち李光弼・安禄山の両人を挙げて印証し、なお単痣双痣の分別あり。今麻衣原文を看れば「黒子」と称す、想うに一般の痣より一倍大ならん。再び痣の脚心に生ずるを考すれば「蔵龜」と叫び、ゆえに貴名を主る。その貴のいかなる程度に至るかは、なお別の部位を参看してはじめて準なり。再び輔角の長骨を言えば、骨大なるは屏藩の重臣を為し、骨小なるは辺鎮の官を為し、縱い文人なりとも皆武権を掌る。ゆえに古代の名将は多く辺城骨上に向いて挿す。ここに言う輔角は、また事業最大なるの那一等に就いて言う。
《公篤相法》上篇巻二(続)
足生黑子,英雄獨壓萬人;輔插長骨,威武揚名四海。各家相法均有此說,而衡真、袁柳莊則指李光粥、安祿山二人證之,又稱單痣雙痣之說。今以麻衣原文稱黑子,想必倍大於痣也。又考痣生腳心方為藏龜,故主貴名;至於貴之大小,尚有他部參看方驗。又輔角長骨,大而屏藩,小而邊鎮,雖屬文人皆有武權,故古之名將多有邊城骨上插。此云輔角,又為事業之最大者言耳。
続篇の冒頭は上一段の末条を重ねて出し、接続を便りとす。賦文に言う:脚上に黒痣を生ずるは、英雄一人独り万人を圧す。輔角の上に長骨を挿すは、威武の名四海に揚がる。公篤の批注:この一説は各家の相書皆あり、《衡真》と袁柳荘は李光弼・安禄山の両人を挙げて証と為し、なお単痣・双痣の講究を分かつ。今天麻衣原文を看れば「黒子」の二字を用う、この物は想うに尋常の痣より一倍大ならん。再び痣は必ず脚心に生ずるを考すべし、こそ「蔵龜」と叫作し、因りて貴名を主る。その貴のいずれの等に至るかは、仍お他の部位を参看してはじめて準なり。輔角上の長骨に至っては、骨大なるは一方の屏藩と作るべく、骨小なるは辺鎮の官と作るべく、便ち本是文人なりとも皆兵権を握有す。ゆえに古来の名将は多く辺城骨上に向いて斜めに挿す。ここに単に輔角を提すとは、また事業の中の最大なる那一等を言う。
聲自丹田下出,有福而享遐齡;骨從腦後橫生,主財且增福壽。聲音有發於咽喉,有發於亶中,有發於丹田,發於下者稟受元氣厚也,當然主壽,如水土二形則尤為合格。又考腦骨主貴居多,當然福壽。土星薄而山林陷,敗而多災;胸堂好而背脊虧,虛而無壽。原文為山林重,其重字不解,想為陷字之誤,茲特證之。山林陷者,祖業之失也;土星薄者,本身財不聚也。余考脊虧,多出勞動苦工之人,無壽二字又有疑慮之點。
賦文に言う:声音が丹田深處より発出するは、福ありて且つ長寿。骨が脳後より横生し出ずるは、財を主りて且つ福寿を增添す。公篤の批注:人の声音には咽喉より発するあり、膻中より発するあり、丹田より発するあり。最下より発し出ずるは、禀受の元気厚し、当然寿を主る。もし水形・土形の人ならば、いよいよ合格なり。再び脳後の骨を考すれば、多く貴を主り、当然にして福あり寿あり。賦文また言う:鼻子単薄にして「山林」低陷のは、敗落して災多し。胸膛好しといえども背脊虧損のは、身体空虚にして長寿ならず。公篤の批注:原文は「山林重」と作す、この「重」の字は講じ通らず、想うに「陷」の字の誤り、特にここに考正す。山林低陷は、祖業の失守なり。鼻子単薄は、自ら財を聚め得ざるなり。我が背脊虧損の人を考察するに、多く苦力する労働者の身に出ず、「無寿」の二字もなお疑うべきの處あり。
鬢亂如織,先富後貧兼懶惰;手筋如蚓,少閒多危及辛苦。鬢亂之人多主懶惰,其人多疑慮不決。手筋如蚓,其人多勞,又有創業之人,此言多危,或為多勞之誤也。眉稜骨起,縱有壽而孤刑;項下結喉,主勞碌而客死。眉稜為外庫之田宅宮,應立異鄉產業,主壽而有子,其孤刑之說不確。結喉主勞碌,亦不驗客死。余考客死之局,多出於目浮白而神痴定,方路斃也。
賦文に言う:鬢髪乱れて織物のごときは、先に富み後に貧しくして且つ懶惰。手上に青筋蚓のごとく暴起するは、清閑少なくして危難辛苦多し。公篤の批注:鬢髪乱るる人は多く懶惰にして、且つ疑慮重々・主意を拿定せず。手筋蚓のごとき人は労碌多く、その中にも白手創業のものあり。ここに「危多し」と言うは、恐らく「労多し」の誤りならん。賦文また言う:眉棱骨突起のは、縱い長寿なりとも孤独刑剋す。頸下に喉結突出のは、労碌を主りて他郷に客死す。公篤の批注:眉棱は「外庫」に属し、即ち田宅宮、外郷に到りて産業を置くを主り、長寿にして且つ子ありを主る。それを孤刑と言うは併せて準確ならず。喉結突出は労碌を主り、それを客死と言うも応験せず。我が客死の格局を考察するに、多く眼白浮露にして眼神痴呆定滞の人の身に出ず、それこそ路旁に倒斃せん。
眼如雞目,性急難容;步若蛇行,毒而少壽。雞目圓而露白,盤烏珠之線二三及有沙點,其人器量狹小。蛇行與龍行有區別:蛇行昂頭側視而搖動,曲側不平之謂也。此二者均非善相,故有性急性毒之謂,偏於嗜好,浮蕩而又病厄也。
賦文に言う:眼睛鶏目に似たるは、性子急躁にして人を容れ得ず。走路蛇行に似たるは、心毒にして短命。公篤の批注:「鶏目」は眼円くして白を露し、黒眼珠の上に血絲二三条を盤し、なお沙点を帯ぶ。この種の人は器量狭小。「蛇行」は「竜行」と同じからず:蛇行は頭を昂げ眼を斜めにし、身子摇擺し、走ること弯曲側斜にして平穏ならず。この二種は皆好相にあらず、ゆえにそれを性急を主り心毒を主ると言う。この種の人は往々にして某种の嗜好に偏溺し、行事浮蕩にして、また常に病災あり。
青色橫兩顴,喚作行尸;黑氣貫命門,號曰奪命。青色橫顴,一主失權而挫折,一主內顧而爭端,富不至死,或是印堂三陽青黑,方有重災。黑氣貫命門,此為腎病而絕,多出弱症。又考仲景六經,命門本篇腎而通三焦,黑則死亡。
賦文に言う:青色が両顴を横過するを、「行尸」と叫ぶ。黒気が「命門」に貫入するを、「奪命」と叫ぶ。公篤の批注:青色が顴骨を横過するは、一つには権柄を失去して挫折に遭うを主り、一つには家中に争端を生ずるを主る。ただし富人はこれに因りて命を喪うに至らず。印堂と三陽部位と一斉に青黒を発するに非ざれば、それこそ重災あり。黒気が命門に貫入するは、これは腎病の尽頭に至る、多く虚弱の症に出ず。再び張仲景の六経の説を考するに、命門は本より腎に属して三焦に通ず、ここの處が黒を発すれば即ち死候なり。
青遮口角,扁鵲難醫;黑卷太陽,盧醫莫救。口角為水星,青氣不危,不過病災而已,惟冬令口角黃暗主死。黃為土氣,此為土克水之說,克部位又克時令,故也,其它時令皆無磚。太陽黑者,刑人丁者多,主死亡者少。
賦文に言う:青気が口角を遮るは、扁鵲も治し能わず。黒気が太陽穴に巻上するは、盧医も救い能わず。公篤の批注:口角は「水星」に属し、青気を現ずも併せて危険にあらず、一場の病災に過ぎず。ただ冬季に口角が黄を発し暗を発するこそ死を主る。黄は土気に属し、これは土が水を剋するの道理——既に部位を剋し、また時令を剋す、ゆえに凶。もし別の時令にあれば、妨げなし。太陽穴の黒を発するは、多く家中の人口を刑剋を主り、死亡を主るはかえって少なし。
白如枯骨,亦主死亡;黑若溼灰,終須短壽。白枯之色屬榮衛二氣將盡,是為血枯亡陽之死;黑溼是為土不克水,水氣上泛,多現腫症而死。不醉似醉,不愁似愁,貧而多難;不笑似笑,不驚似驚,夭而多災。醉字形容蒙朧恍憾之兆,其人多愚;愁字形容寒慘萎頹之滯,其人多苦;笑字形容輕浮矜驕之態,主淫多病及心深,多出富貴之格;驚字形容倉猝疑惑之仁,其人不正,有邪行結怨。
賦文に言う:面色白くして枯骨のごときも、また死亡を主る。黒くして濕灰のごときは、終に短寿。公篤の批注:枯白の色は、栄・衛の二気まさに耗盡せんとす、血枯亡陽して死するに属す。黒にして濕を帯ぶは、土能く水を制せず水気上泛す、多く水腫の症を現じて死す。賦文また言う:醉せざれど醉したがごとく、愁えざれど愁あるがごとく、貧窮にして災難多し。笑わざれど笑うがごとく、驚かざれど驚を受けたがごとく、短命にして災多し。公篤の批注:「醉」の字は神情の蒙朧恍惚を形容し、この種の人は多く愚鈍。「愁」の字は気色の寒惨萎頓にして滞暗を形容し、この種の人は多く困苦。「笑」の字は神態の軽浮驕矜を形容し、淫にして病多く・心機また深しを主り、多く富貴の格局の裏に出ず。「驚」の字は挙止の倉猝にして多疑を形容し、この種の人は心術正からず、邪行ありて人と怨を結ぶ。
血不華色,憂鬱不遂而夭;行不動身,瀟灑厚福而壽。血不華色,其人淫亂而夭,凡腎病多現血不華色,或為不遂,而以淫慾自樂以亡身。行不動身,此言穩見持重之謂,故多守成而安閒享福也。神光滿面,富貴稱心;鬼色見形,貧窮度日。神光言其尊嚴有威之謂,或為神充足也,光潤澤而事實順利也;鬼色言其塵滯也,或為暗晦之浮膩也,色愁苦而事實冷退也。
賦文に言う:血色能く面に華と上らざるは、憂鬱にして志を得ず早夭す。走路の時身子摇動せざるは、瀟灑にして厚福ありて長寿。公篤の批注:血の華色せざる人は淫乱にして短命。凡そ腎病は多く血の華色せざるを現出し、あるいは心願遂わず、転じて淫欲を以て自娛す、因りて身を喪う。「行に身動かず」は歩履穏重端凝を言う、ゆえにこの種の人は多く能く成を守り、安閑にして福を享く。賦文また言う:満面神光のは、富貴称心す。面に鬼色を現ずるは、貧窮して日を度る。公篤の批注:「神光」は尊厳にして威勢あるを言い、あるいは神気充足を言う。光潤沢にして事も即ち順利。「鬼色」は面上に塵を蒙り滞暗なるを言い、あるいは晦暗の中に一層の浮膩を泛ぶるを言う。色愁苦にして事も即ち日に冷落す。
病淹目閉,有神無色者生;神脫口開,天柱傾欹者死。相法之吉凶,神為第一重要,氣色次之,故神不脫、不退、不定、不變,雖病不危。天柱詳於前。華蓋黑色,必主死災;天庭青氣,須防瘟疫。華蓋黑色多主飛來之禍,應失權柄而有牢獄之災,此志小大、力輕任重,禍出於貪也。天庭青主憂驚,如謂瘟疫,凡要太陽及天門黑方應。天門在兩額角之中段。
賦文に言う:久病眼を閉ずるも、ただ神在り気色壞れざればなお活くる能う。神気渙散・口張りて合せず、加うるに「天柱」歪斜なるは必ず死す。公篤の批注:相法の吉凶を断ずるに、神は第一重要、気色はなお其次に在り。ゆえに神渙散せず・退縮せず・呆滞せず・改変せざれば、縱い病むとも危険ならず。天柱の一項は前にすでに詳説せり。賦文また言う:「華蓋」黒色を現ずれば、必ず死災を主る。天庭青気を現ずれば、瘟疫を提防すべし。公篤の批注:華蓋の黒を発するは多く飛来の禍を主り、権柄を丟掉し牢獄の災に遭うに応ず。これは志向小にして大事に攤き、能力軽くして担子重し、禍根は一個の貪の字に出ず。天庭の青を発するは憂驚を主る。瘟疫と言わば、なお太陽穴と「天門」と一併に黒を発するを要してはじめて応ず。天門は両額角の中段に在り。
赤燥生於地閣,定損牛馬;青白起於天門,禍侵妻妾。地閣為奴僕宮,須防小人倫盜及其它事務之牽連,是為破財之說,不專指牛馬。天門為驛馬之中段,亦主憂疑,或為人在外而憂慮家庭也,如妻妾當以奸門為定論。
賦文に言う:赤にして乾燥の色が下巴「地閣」に生ずれば、一定に牛馬を損傷す。青白の色が「天門」に起れば、禍事妻妾に侵及せん。公篤の批注:地閣は「奴僕宮」、この一処の気色悪ければ小人の偸盗および別の事務の牽連を提防すべし、破財を言うにして単に牛馬牲口を指すにあらず。天門は駅馬部位の中段にして、また憂慮疑懼を主り、あるいは人外地に在りて家裏を憂う。妻妾の事に至っては、応に眼尾の「奸門」を以て準とすべし。
三陽青黃,此主誕男;三陰紅紫,定須生女。麻衣原文無此四句,餘所增加,亦從經驗中考正,而合刻下時代,此子女之分別,是為定法,餘最近用之應驗頗多。黑氣浮口,防水厄之災;暗粉滯眶,主喪身之苦。黑氣浮口,於冬令不忌,如水厄尚宜考陂池、承漿二部,又有現於耳珠者。餘於民國十二年在嘉定遭水厄,繫耳珠黑暗,茲特錄此。暗粉滯眶,主刑妻又刑子女,喪身之說不驗。
賦文に言う:三陽部位に青黄の色を現ずるは、男を生ずるを主る。三陰部位に紅紫の色を現ずるは、一定に女を生ず。公篤の批注:麻衣原文の裏にこの四句なし、我が加入せしもの、また経験の中より考正して出でたり、当下のこの時代に合す。生男生女を分辨するは、この一条の定法、我近来これを用いて応験するもの多し。賦文また言う:黒気口の上に浮かぶは、水厄の災を防ぐべし。眼眶暗くして粉を敷くがごとく滞なるは、喪身の苦を主る。公篤の批注:黒気の口に浮かぶは、冬季にあっては忌まず。水厄を論ぜば、なお「陂池」「承漿」の両処を査看すべし、また耳垂の上に現ずるもあり。我は民国十二年に嘉定に於て水厄に遭遇せり、正に耳垂の黒暗を発せしがゆえ、特にここに記す。眼眶暗滞は妻を刑しまた子女を刑を主り、それを喪身と言うは則ち応験せず。
額角昏慘,須防跌撲之災;法令燥炎,恐遭湯火之咎。額角昏慘多主孝服,無父母者亦刑叔伯;如跌撲血光之災,多應玄武昏慘及赤脈之露出。法令燥炎多主狎俠之損,一為間接而有障礙,應湯火者頗多。耳根黑子,倒死路旁;承漿紋陷,恐投浪裡。耳根黑子主聰明多疾及有專長之特別技藝,又主水上驚恐之災,亦主享盛名,其倒死路傍之說不驗。承漿直紋主添壽,橫紋主水驚,反紋主水死。
賦文に言う:額角昏暗惨淡のは、跌打の災を防ぐべし。法令の処乾燥発炎のは、恐らく湯に燙かれ火に焼かるるの咎に遭わん。公篤の批注:額角昏惨は多く戴孝を主り、父母なきもまた叔伯の身に応ず。跌打して血を見るの災に至っては、多く「玄武」部位の昏惨および赤脈外露に応ず。法令乾燥発炎は、多く游侠軽薄の人と結交するに因りて損受を主り、また間接に阻碍を受くるあり、湯火の災に応ずるは確かに少なからず。賦文また言う:耳根に黒痣を生ずるは、路旁に倒斃す。「承漿」の処に紋路凹陷のは、恐らく波浪に投身せん。公篤の批注:耳根黒痣は聡明にして多病を主り、且つ一門の専長の特別技芸あり、また水上に驚恐の災を受くるを主り、また盛名を享有を主る。それを路旁に倒斃と言うは則ち応験せず。承漿に直紋を生ずれば添寿を主り、横紋を生ずれば水上に驚を受くるを主り、反紋を生ずるこそ溺死を主る。
眼堂過厚,亦主貪淫;人中太偏,必多刑剋。眼堂過厚,主子女多而相刑,其氣厚而淫。人中偏左妨父,偏右妨母,然偏左先得子而子多,偏右先得女而女多,有刑有旺,不是刑剋專部,為參考之部也。鬼牙尖露,詭譎奸貪;神眉睜嶸,兇豪惡死。鬼牙尖長,不平不固,高低不一,其人刑剋重而刑父母,又主本身惡夢多,為愚魯之人。神眉是否露煞而濃、交叉而胡,主性剛而驕可矣,凶死者當有別部參合。
賦文に言う:眼下の肉堂過厚のも、また貪淫を主る。人中太く偏るは、必定刑剋多し。公篤の批注:眼堂過厚は、子女多くして彼此相刑を主り、その人の気血厚くして色を好む。人中の左に偏するは父を妨げ、右に偏するは母を妨ぐ。ただし左に偏するは先に児子を得て且つ児子多く、右に偏するは先に女児を得て且つ女児多し。既に刑ありまた旺あり、見るべしそれは併せて専ら刑剋を管する部位にあらず、ただ一処の参考の部位なり。賦文また言う:牙歯尖露して鬼のごときは、詭詐奸貪。眉毛峥嶸豎立のは、凶悍にして悪死す。公篤の批注:「鬼牙」は牙歯尖長・不平整・不牢固・高低不斉。この種の人は刑剋重く、尤も父母を刑し、なお自ら常に悪夢を做すを主り、人と為って愚鈍。「神眉」に至っては、もしそれを濃くして煞を露し・交叉雑乱と言わば、則ち性情剛烈にして驕横と断ぜば可なり。凶死を説くには、なお別の部位と配合して看るを要す。
人形似鬼,衣食不豐;生相若僊,平生閒逸。鬼形為慘暗之客、寒滯之類,主冷退而憂愁度日也;仙形清秀之貌、慈和之例,主安閒而多福澤也。穀道亂毛,號曰淫秒;耳根高骨,號曰壽根。穀道亂毛多聰明而刑妻,有生離者,貪淫亦合;其穀道無毛亦主凶死,當以少而柔細者刀古。耳後高骨是為壽徵之一,又主壽而勞心也。
賦文に言う:人の形貌鬼に似たるは、衣食豊足せず。生相仙に似たるは、一生清閑安逸す。公篤の批注:「鬼形」は気色惨暗・神情寒滞の一類、家道冷落にして憂愁して日を度るを主る。「仙形」は相貌清秀・神情慈和の一類、安閑にして福沢深厚を主る。賦文また言う:肛門周囲に毛を乱生するを、「淫秒」と叫ぶ。耳根後面に高骨あるを、「寿根」と叫ぶ。公篤の批注:穀道に乱毛ある人は多く聡明にして妻を刑し、夫妻生離するあり、彼を貪淫と言うもまた合す。ただし穀道完全に毛なきもまた凶死を主る、なお毛少なく柔細なるを以て好と為す。耳後高骨は長寿の徴兆の一、また長寿なりといえども労心せんことを主る。
骨格神清,瘦亦可取;肉流濁厚,肥何足誇。木形清瘦,自古有遺蹟流芳者多出木形,或文章詩詞鳴世及仙品,亦為木形居多,故肥厚而流濁皆賤惡之品。目浮四白,主孤克而凶愚;鼻曲三凹,必貧窮而孤苦。目圓浮白主凶死居多,其壽亦不永,驕而淫亂,不主愚;鼻曲三凹主刑人丁,不主苦。此二者為相法之忌,雖他部奇特,亦不完善也。
賦文に言う:骨格好く神気清きは、人瘦せるも取るべし。肌肉松垂・気質渾濁にしてただ厚重なるのみのは、胖えてもまた何の誇るべきあらん。公篤の批注:木形人は本より清瘦、自古以来遺迹を留め芳名を流伝するは多く木形より出ず。文章詩詞に頼りて世に名なる、および仙と成るの一流も、また多くは木形。ゆえに肥厚にして肉松み気濁れるは、皆下賤の品に属す。賦文また言う:眼白浮露して四面に白を見るは、孤独刑剋にして凶且つ愚を主る。鼻梁弯曲して三処凹陷あるは、必定貧窮にして孤苦。公篤の批注:眼円くして白多きは多く凶死を主り、寿命もまた長からず、性情驕縱にして淫乱、されど愚鈍を主らず。鼻曲三凹は家中の人口を刑剋を主り、困苦をも主らず。この両様は皆相法の忌む所、縱い別の部位生まれて奇特なりとも、整体もまた完善と算えず。
三尖六削,雖奸巧而受窮;四正五端,縱愚而多福。三尖為髮尖、準尖、頦尖,六削為上府、中府、下府,此言才智不能勉強勝厚福也;四正為南北東西四嶽,五端為五官,此言福澤可勝才智也。腿長頸瘦,初年奔走不停;唇薄口尖,愛說是非不了。
賦文に言う:三処尖り六処削くる人は、機巧奸黠なりとも窮を受く。四方端正・五官端正の人は、縱い愚鈍なりとも福多し。公篤の批注:「三尖」は髪際尖・鼻準尖・下頦尖を指す。「六削」は上府・中府・下府の左右六処皆削薄を指す。これは才智の厚福に勉强し得ざるを言う。「四正」は南・北・東・西の四嶽を指し、「五端」は五官を指す。これは福沢の才智に勝るべきを言う。下にまた一聯あり:腿長くして頸細きは、初年奔走停まらず。嘴唇薄く口形尖るは、是非を説くことを好みて了結なし。
鵝眉鼠食,非惟吝而且貧;劍鼻蜂睛,不特凶而又賤。鵝眉低而連目,鼠食詳前,劍鼻平而無大小,蜂睛為烏珠凸突,此四者均為合法,而應驗者亦多。男兒腰細,難創家財;女子肩削,孤刑再嫁。腰細之人主稟受先天不足,每出富厚之家,應弱疾;肩削當主福薄,此紅顏薄命之說,有刑夫者,有自刑者,故有美女無肩,猶如將軍無項之說也。
賦文に言う:眉鵝のごとく食鼠のごときは、但だ吝嗇のみならず且つ貧窮す。鼻劔のごとく眼蜂のごときは、但だ凶なるのみならず且つ賤し。公篤の批注:「鵝眉」は眉毛低くして眼と一片に連なる。「鼠食」は前にすでに講ぜり。「劔鼻」は鼻梁平直にして鼻頭鼻翼大小を分かたず。「蜂睛」は黒眼珠凸突し出ずる。これら四様は皆法則に合し、応験するも多し。賦文また言う:男子腰細きは、家業を創下し難し。女子肩削くるは、孤独刑剋にして改嫁せんとす。公篤の批注:腰細の人は先天禀受不足を主り、往々にして富厚の人家に出で、体弱多病に応ず。肩削は応に福薄と言うべく、即ちいわゆる紅顔薄命、その中に夫を刑剋するあり、自らを刑剋するあり。ゆえに「美女に肩なし」の説あり、「将軍に項なし」のごとし。
顴大額雄,終主刑夫;聲濁骨粗,竟為孀婦。顴大之女格有操作之能,其夫弱而無用;額雄應早刑,當以十五歲至十九歲為初刑,二十歲至二十八為再刑,宜遲出閣為吉。聲濁者刑失而破家,骨粗者刑夫而勞碌。
賦文に言う:顴骨大・額頭雄張の女子は、終に夫を刑す。声音渾濁・骨骼粗大のは、竟に寡婦を為さんとす。公篤の批注:顴骨大の女相は家業を操持するの能耐あり、その丈夫は却って軟弱無用。額頭雄張は早年の刑剋に応ず:十五歳より十九歳は頭一次の刑、二十歳より二十八歳は第二次の刑、ゆえに晚く出嫁するに宜しくしてはじめて吉。声音渾濁のは夫を刑剋して家を敗し、骨骼粗大のは夫を刑して且つ一生労碌す。
光麗口大,貪淫求食之人;手擺頭搖,氾濫刑夫之婦;髮濃鬢重兼斜視,多主淫亂;聲秀神清及端正,必有福祿。麗光為過清而浮,口大為冷退再嫁,手擺頭搖皆不慎重之謂。髮濃主淫賤,余考女格,清奇而為娼妓,多因髮濃;鬢重主刑母,幼年失倚而無訓戒,故為女格之忌也。
賦文に言う:気色艶麗・口形闊大のは、貪淫にしてただ口腹を図る人。走路に手を擺し頭を摇ぐるは、行為放縱にして夫を刑する婦人。頭髪濃く鬢角重く加うるに斜視のは、多く淫乱を主る。声音清秀・神気清朗にして挙止端正のは、必定福あり禄あり。公篤の批注:いわゆる「麗光」は、清の頭を過ぎて浮を帯ぶ。口大は家道冷落にして改嫁を主る。手を擺し頭を摇ぐるは、皆荘重ならざるの様子。頭髪濃は淫賤を主る——我が女相を考察するに、ある格局清奇にして娼妓に淪為するは、多く髪濃に因ればこそ。鬢角重は母を刑剋を主り、幼年に依靠を失い管教する人なし。ゆえに女相の大忌と為す。
肌膚香膩,乃富室之女娘;面貌端莊,必豪門之德婦;骨格細膩,富貴自生清閒;髮鬢粗濃,勞苦終為下賤。古來選妃檳,皆以香汗肉細為合格,忌狐臭也。然香膩尚忌滑冷,故冷者為蛇皮而少生育,當以細膩而熱暖為貴也。
賦文に言う:肌膚に香気ありて潤膩のは、富家の女児。面貌端荘のは、必ず豪門の中の有徳の主婦。骨格細膩のは、富貴の中に自然に清閑を享く。頭髪鬢角粗濃のは、労苦一生終に下賤。公篤の批注:自古妃嬪を挑選するに、皆汗に香気あり肌肉細膩を以て合格と為し、忌むは狐臭。ただし香膩はなお滑らかにして冷たきを忌む:肌膚冷なるを「蛇皮」と叫び、この種の人は生育少なし。ゆえに細膩にして温熱なるを以て貴と為すべし。
山根不斷,必得貴夫;淚堂不沖,應生貴子;髮細光潤,稟性溫良;神緊目圓,為人燥急;手腳粗硬,必是姨娘;鼻尖頭低,終為侍妾。山根不屬夫星,主根基之有無、尋夭之關鍵。其下數者應驗頗多,為女格之必要考查處。
賦文に言う:山根断えざるは、必定貴夫に嫁ぐことを得。涙堂紋に冲せられざるは、応に貴子を生ずべし。頭髪細くして光潤のは、禀性温和善良。眼神緊張にして眼睛円きは、人と為って急躁。手脚粗硬のは、必定ただ偏房を為すのみ。鼻頭尖りて鼻梁低きは、終にただ侍妾のみ。公篤の批注:山根は併せて夫星に属せず、それが主るは根基の有無、寿夭を判断するの関鍵。それ以下に列するの幾条に至っては、応験するもの多く、女相を看るに必ず査考すべきの處なり。
臥蠶紫潤,必產貴兒;蘭臺黃隆,終興大業;婦人口大,食田莊而後貧;美女肩圓,嫁秀土而得貴。臥蠶為子女之專部,蘭合為偏財之專部,口大為女格之所忌,背圓尚非重要之點,不過以厚重而論也。易肥肉重,得女格而反榮華;面圓腰肥,類男格而反奇特;乾薑之手,女格必能持家;囊之拳,男形定立大業。肥重之女格,當然不美而厚重,此言有壽而有多子女者,惟聲音女格不可似男聲,其它皆吉。乾薑囊均言多細紋。余生平不重手掌,乃格局之補助品,不敢據此以斷貴賤也。
賦文に言う:臥蠶紫にして潤うは、必ず貴子を生ず。鼻翼「蘭台」色黄にして隆起するは、終に大業を興起する能う。婦人口大なるは、田荘を喫盡して後貧窮す。美女の肩膀円きは、秀士に嫁いで貴を得。公篤の批注:臥蠶は子女を主るの専位、蘭台は偏財を主るの専位、口大は女相の忌む所。肩背円きは併せて重要の一点にあらず、ただその厚重を取るのみ。賦文また言う:胖えやすく肉体厚重のは、女相に生まれてかえって栄華す。顔円く腰肥えて男相に近似するは、かえって奇特なり。手が乾姜のごとく皺多き女子は必ず家を持つ能う。手握りて拳と成り結實なる男子は必定大業を立下す。公篤の批注:肥重の女相は当然美と算えず、ただ厚重のみ。ここに彼女の長寿にして子女多しと言う。ただ一様あり:女子の声音は男のごとくあるべからず、其余は皆吉。いわゆる乾姜の手は、皆掌上の細紋多きを言う。我平生手掌を重んぜず、それはただ格局の輔助品にして、敢えて単にそれを憑りて人の貴賤を断ぜず。
頭小腹大,一生不過多食;骨少肉多,三十焉能度過;眉粗眼惡,必主孤刑;聲暴氣濁,終無大福;眼光如醉,桑中之約無窮;媚厲漸生,月下之期難定。頭小多勞賤,骨少多夭壽,眉粗多成敗,眼惡多災刑,聲暴主剛急,氣濁主愚拙。醉眼為蒙瀧之象,當然主淫亂;媚靨即桃花紅豔之例。此數者為女格之最忌也。
賦文に言う:頭小さくして腹大なるは、一生ただ能く喰うのみ。骨少なくして肉多きは、三十歳どうして過ごし得ん。眉粗くして眼相凶悪のは、必定孤独刑剋す。声音暴戾・気質渾濁のは、終に大福なし。眼波醉のごときは、桑間濮上の私約了ることなし。媚態日々に顕れ出づるは、月下の約會なおさら言い難し。公篤の批注:頭小なるは労碌下賤多く、骨少なきは短命多く、眉粗きは成敗多く、眼惡きは災刑多く、声暴は性剛气急を主り、気濁は愚鈍笨拙を主る。「醉眼」は眼神蒙朧の様子、当然淫乱を主る。「媚靨」は即ち桃花紅艶の那一類。これらの幾条は皆女相の中の最も忌諱する所なり。
面如滿月,家道興隆;唇如紅蓮,衣食豐足;山根黑子,若無宿疾必刑夫;眼下皺紋,不克六親亦刑子。滿月言其圓厚,唇如塗朱者貴。按男女血足皆唇紅,唇不紅者皆血不足,故女子唇紅者多子女而貴。山根為命宮,故主疾災,女主刑夫,男主刑妻。
賦文に言う:顔が満月に似たるは、家道興隆す。嘴唇が紅蓮に似たるは、衣食豊足す。山根の上に黒痣を生ずるは、もし宿疾あらざれば、必定夫を刑す。眼下に皺紋あるは、六親を剋せずともまた子を刑す。公篤の批注:「満月」は顔円くして厚きを言う。嘴唇が朱砂を塗りたるがごときは貴を主る。按ずるに男女ただ血気充足すれば、嘴唇皆紅し。唇紅ならざるは、皆血気不足、ゆえに女子の唇紅なるは子女多くして且つ貴し。山根は即ち「命宮」、ゆえに疾病災厄を主る。女子に在っては夫を刑し、男子に在っては妻を刑を主る。
齒如榴子,衣食豐隆;鼻似灶門,家財傾覆。榴齒言其齒方楞齊固,主衣祿豐足;井灶仰露,財星當然耗散。此二者男女皆同,不單言女格力如是也。形如羅漢,生子必遲;貌似判官,得兒尤晚;三山突闊,萬傾規模;四瀆清明,一生福氣;人小聲宏,必須超達;神清氣足,名利雙收。羅漢形為眉目下墜而中嶽短,判官形為臃腫凸露而眉低平,故子女均遲少。三山為南嶽初有祖業,土星中有創立,北嶽晚安享。四瀆詳前。聲過形、神氣足,皆詳上編。
賦文に言う:牙歯が石榴子に似たるは、衣食豊隆す。鼻子が竈門に似たるは、家財傾覆す。公篤の批注:「榴歯」は牙歯方正にして稜あり・整斉堅固を言い、衣食俸禄の豊足を主る。鼻孔朝天して外露するは、財星当然耗散す。この两条は男女相同じく、単に女相に就いてのみこう言うにあらず。賦文また言う:形貌が羅漢に似たるは、子を生ずる必ず遅し。相貌が判官に似たるは、児を得るなおさら晚し。三山凸起寛闊のは、万頃の規模あり。四瀆清明のは、一生福気あり。人小なりとも声音洪亮のは、必定超群顕達す。神気清朗充足のは、名利双収す。公篤の批注:「羅漢形」は眼眉下垂して鼻子短く、「判官形」は面部臃腫凸露して眉毛低平、ゆえに両者とも子女は又遅く又少なし。「三山」は額頭の「南嶽」初年に祖業あるを主り、鼻子の「土星」中年に創建あるを主り、下巴の「北嶽」晚年に安享するを主ると言う。四瀆は前にすでに詳説せり。声音形体に勝り神気充足の両項は、皆上編に詳説せり。
面皮棚緊,促壽無疑;骨格清奇,前程可靠;少肥氣短,難過四九之期;唇縮神淡,焉保三旬之厄。面皮棚緊、少肥氣短、唇縮神淡,皆夭亡之局,本出於先天不足之形質。至於三九前後與四九前後,均應死亡,此立身之大厄年故也。
賦文に言う:臉皮繃緊のは、短命疑いなし。骨格清奇のは、前程靠るべし。少年にして胖え気息短促のは、三十六歳のこの関を過ぎ難し。嘴唇収縮・神気淡薄のは、どうして三十歳のこの厄を保ち得ん。公篤の批注:臉皮繃緊・少年发胖気短・唇縮神淡は、皆夭亡の格局にして、根子は先天不足の形質に出ず。二十七歳前後と三十六歳前後に至っては、皆死亡を応験す、これは人の立身の大厄の年なるがゆえに。
鼻樑露骨,名為刑剋破家;背脊成坑,號曰虛花無壽。鼻樑直露三曲為伏吟,主破敗挫折;左右露三曲號曰反吟,主刑妻克子。背脊坑陷多主勞工苦力之人,無壽另有部位參看。鼻有三曲,不賣田便賣屋;面有兩凹,必成業而成家。此指上節伏吟之例,直露三曲也。余考兩凹竟指何處:上為邊城,則破梓離鄉;中為國印,主牽制憂愁;下為腮頤,主奴僕欺詐,皆為不合。或為日月角見破而貴,任勞而發也。
賦文に言う:鼻梁露骨のを、刑剋破家と叫ぶ。背脊塌陷して坑を成すを、虚花無寿と叫ぶ。公篤の批注:鼻梁筆直にして三処の弯節を露出するを「伏吟」と叫び、破敗挫折を主る。左右に三処の弯節を露出するを「反吟」と叫び、妻を刑し子を剋を主る。背脊塌陷は多く苦力する人の身に出ず。彼を長寿ならずと言うには、なお別の部位を参看を要す。賦文また言う:鼻の上に三処の弯曲あるは、田を売らざれば屋を売る。臉の上に両処の凹陷あるは、必定業を成し家を成す。公篤の批注:ここに言うは即ち上一節の講ずる伏吟、即ち鼻梁直露の三曲。我「両凹」の究竟いずれを指すかを考究す:上は「辺城」、凹めば離郷背井を主り。中は「国印」、凹めば牽制を受けて憂愁を主り。下は腮頤、凹めば僕従欺詐を主る——皆講じ通らず。あるいは日月角に破損ありてかえって貴を主り、任労任怨に頼りて発起するを指すか。
獐頭鼠目,何必求官;馬面蛇睛,須防橫死。獐頭上停窄短,下停尖削,耳小而尖也;鼠目昏濁無光也;馬面言其長平,古有一尺之面而拜相者;蛇睛圓露四白,赤縷盤烏珠,主險詐心毒。下二者亂世亦貴,不過不善後耳。
賦文に言う:頭が麞のごとく眼が鼠のごときは、何ぞ官を求めん。臉が馬のごとく眼が蛇のごときは、横死を提防すべし。公篤の批注:「麞頭」は上停又窄く又短く、下停尖削し、耳朵小さくして尖る。「鼠目」は眼神昏濁にして光なし。「馬面」は臉又長く又平を言い、古時より面長一尺にして宰相に官拜するあり。「蛇睛」は眼円くして四面に白を露し、赤色の血絲黒眼珠を盤繞し、人と為って陰険狡詐・心地狠毒を主る。後面のこの両種は乱世の裏にも貴なる能う、ただ善終を得ざるのみ。
睛清口闊,文說之家;面方頤大,富貴之輩;語言多泛,為人心事難明;容貌溫和,作事心懷灑落;骨粗髮重,何曾剩得一錢;體細身輕,那得停留片瓦。睛清日闊主雄辯,古人著書立說及為交際之官。面大頤方,凡神不濁、聲不破,均主富貴。言泛貌和,二者皆合法。骨組主勞碌,髮重主寒苦,身輕浮主夭亡,木形不忌。
賦文に言う:眼清くして口闊きは、能く文し善く説くの家。臉方にして頤大なるは、富貴の輩。説話空泛のは、心事人をして摸し透らしめず。容貌温和のは、事を作す心地洒脱す。骨粗くして髪重きは、どこに一文の銭を残し得ん。体格細弱・身子軽浮のは、どうして半片の瓦を留め得ん。公篤の批注:眼清口闊は口才雄弁を主り、古人はこのようの相に憑りて書を著し説を立て、あるいは交際の官を為す。臉大にして頤方なるは、ただ神気濁らず声音破れざれば、皆富貴を主る。説話空泛・容貌温和の这两条は皆法則に合す。骨骼粗糙は労碌を主り、頭髪濃重は寒苦を主り、身子軽浮は早夭を主る——ただし木形人はこの一条を忌まず。
得意中面容悽慘,先富後貧;失意處言貌溫和,早窮晚發。此二者相反而相類。得意何能悽慘?此伏貧窮引線。失意何得溫和?此伏發達引線。亦器量之容福與不容福也。巨鰲人腦,必作尚書;龍骨插天,應為宰輔;日月角聳,必佐明君;雙額上插,定為剌史;眼有三角,狼毒孤刑;鼻成兩節,破敗疾苦。巨鰲為伏犀入百會,龍骨為玉柱骨,日月角高者為帝王、次者為將相,顴上插為藩鎮,此皆貴品。三角眼主凶死,兩節鼻主敗家及刑人丁,亦主疾厄。
賦文に言う:正に得意に当たりて面容凄惨のは、先に富み後に貧す。正に失意なりとも言語容貌仍旧温和のは、早年困窮にして晚年発達す。公篤の批注:この两条は一反一正、道理は却って相類す。得意の時どうして凄惨せん。それは貧窮の引線を埋下せり。失意の時どうしてなお温和なり得ん。それは発達の引線を埋下せり。底を説けば、即ち器量の福気を容れ得下すや否やなり。賦文また言う:頭骨が巨鼇脳に入るがごときは、必ず尚書を做す。龍骨天に挿さるは、応に宰輔と為るべし。日月角聳起するは、必ず明君を輔佐す。両顴向上斜挿のは、定めて刺史を做す。眼に三角を生ずるは、狠毒狼のごとくして孤独刑剋す。鼻に両節を分かつは、破敗して疾苦す。公篤の批注:「巨鼇」は伏犀骨直に百会に入る。「龍骨」は即ち玉柱骨。日月角高きは帝王を做し、次の一等は将相を做す。顴骨上に挿さるは藩鎮の官を做す——これら皆是れ貴品。三角眼は凶死を主る。両節鼻は家を敗し家中の人口を刑剋を主り、また疾病災厄をも主る。
眉秀神清,須知貴雅;骨輕肉浮,必是庸常。眉秀主貴而英明,神清主貴而慈善,骨輕主夭而不壽,肉浮主敗而愚。此四者大略如是,如兼而有之,則分某輕重而乘除之,減等論其吉凶也。兇婦十惡,皆由眼赤睛黃;死在他州,蓋為唇掀喉結;形神不蘊,貧夭兩全;筋骨不藏,儒愚雙得。眼赤者多赤縷縱橫,黃睛者多剛燥心毒,又出之女格,故十惡備矣。唇掀喉結主招是非與勞碌,形神不蘊言其燥露不和,筋骨不藏言其浮露不收,皆非善相也。
賦文に言う:眉秀にして神清なるは、貴にして文雅なるを知るべし。骨軽くして肉浮くは、必ず平庸の輩。公篤の批注:眉秀は貴にして英明を主り、神清は貴にして慈善を主り、骨軽は早夭にして長寿ならざるを主り、肉浮は敗落にして愚鈍を主る。この四条は大略此のごとし。もし幾様兼ね有すれば、孰れが軽く孰れが重きかを分かち清め、互相に加減し、等を降して彼の吉凶を論ずべし。賦文また言う:凶婦十惡俱全するは、皆眼中の赤絲・眼珠の黄を発するに因る。異郷に死するは、嘴唇掀起・喉結突出に因る。形と神皆含蓄せざれば、貧と夭の両様を占む。筋骨蔵せざれば、愚と拙の両様を得。公篤の批注:眼赤きは多く赤絲縦横し、睛黄きは多く剛躁にして心毒、このようの相また女子の身に出ず、ゆえに十惡即ち斉し。唇掀き喉結出づるは是非を招き労碌多しを主る。「形神不蘊」は燥露にして和平ならざるを言う。「筋骨不蔵」は浮露にして収斂せざるを言う:皆好相にあらず。
目神露而嘴薄,為人執拗不良;牙齒咬而頭搖,其性奸貪無比。神露主剛暴不正,口薄主談短論長,二者兼有則執拗不良,余評為私心自用、損人利己。咬齒主深思貪淫,頭搖主狡詐不定,二者兼有則主淫亂狡詐而不守信也。
賦文に言う:眼神外露にして嘴唇薄きは、人と為って執拗不善。牙歯を咬みて頭部摇動するは、性情奸貪無比。公篤の批注:眼神外露は性情剛暴不正を主り、嘴唇薄は長短を評論することを好むを主る。両様兼ね有すれば即ち執拗不善、我それを自私自用・損人利己と評す。牙を咬むは心思深沉にして貪淫を主り、頭を摇ぐは狡詐無常を主る。両様兼ね有すれば即ち淫乱狡詐にして信用を守らざるを主る。
額為火宿,主初三十年之榮枯;鼻號土星,驗中二十年之休咎;承漿地閣,管盡末年;髮際印堂,周維百歲。此為相法流年之限層次也,雖分初中晚三段之大概,不過包括如是。初以二十八之印堂為止,中以四十八土星為止,晚以七十五腮骨為止,其地支二十四年,又以肉潤氣足為論。
賦文に言う:額頭は火宿に属し、前の三十年の栄枯を主る。鼻子を土星と叫び、中間の二十年の吉凶を験す。承漿と地閣は、管るは末年なり。髪際より印堂に至るまで、百歳の流年を環繞す。公篤の批注:これは相法上の流年限運の層次。初・中・晚の三段に分かつ大概と雖も、これらを包括するに過ぎず。初運は二十八歳の印堂に至るを以て止めり、中運は四十八歳の鼻子に至るを以て止めり、晚運は七十五歳の腮骨に至るを以て止めり。其余の地支の主る所の二十四年は、なお肌肉潤沢・気息充足するや否やを看て以て論ずべし。
頭尖額窄,固不可以求官;色慘神枯,生此何由發達;眼光如鼠,偷盜之徒;睛浮似獐,凶亡之漢。上停尖窄,當然不是貴品;色慘主破敗,神枯主夭亡;鼠目昏暗無光而側視,獐睛烏珠凸露而模糊。此四者均驗,男女皆忌也。
賦文に言う:頭尖り額窄きは、本来官を求むべからず。気色惨淡・神気枯槁のは、生成このようでどうして発達し得ん。眼神鼠のごときは、偸盗の徒。眼珠浮突して麞に似たるは、凶死の人。公篤の批注:上停尖にして窄きは、当然貴品にあらず。気色惨淡は破敗を主り、神気枯槁は早夭を主る。「鼠目」は昏暗にして光なく斜めに眼を以て看る。「麞睛」は黒眼珠凸露にして模糊不清。この四条は皆応験し、男女皆忌む。
蜂目而凸,固主刑傷;鯰口而反,終須困乏。蜂目為眼白包烏珠而凸,四圍如太陽之光,尖銳而定視,當然刑剋,亦主凶死,亂世則貴而凶也。鯰口為兩口角下反,中間收斂而口角大露,此格於亂世主凶死,豈止困乏耶。
賦文に言う:眼が蜂目のごとく凸出するは、本来刑傷を主る。口が鮎魚のごとくして両角外に翻るは、終に困乏す。公篤の批注:「蜂目」は白眼が黒眼珠を包住して外に向いて凸し、四周太陽の光暈のごとく、目光尖鋭にして盯住して動かず、当然刑剋を主り、また凶死をも主る。乱世に在っては則ち又貴く又凶。「鮎口」は両個の口角下に向いて翻り、中間収攏して口角大大に露出す。この格局は乱世に凶死を主る、いずくんぞただ困乏のみならんや。
為僧者頭圓必貴,為道者貌清可榮;頭尖項圓,必住佳境;神清骨秀,須加師號;重頤碧眼,富貴高僧;廣額秀眉,文章道士。佛為水形,故取頭圓者貴;仙為木形,故取清秀者貴。重頤皆合水局,而加碧眼,當然僧官方丈之品;廣額為根基厚,再加秀眉,當然道官祖師之品。
賦文に言う:和尚を做するは頭円きは必定貴、道士を做するは相貌清秀は栄顕を享くべし。頭尖りて頸項円きは、必定好地方に住す。神清骨秀のは、師号を加封せられん。両重の下巴・碧色の眼睛のは、富貴の高僧。額頭寛廣・眉毛清秀のは、文章あるの道士。公篤の批注:仏は水形に属し、ゆえに頭円きを取りて貴と為す。仙は木形に属し、ゆえに清秀を取りて貴と為す。両重の下巴は皆水局に合し、加うるに碧眼、当然僧官方丈を為し得るの品級。額頭寛廣は根基深厚、加うるに秀眉、当然道官祖師を為し得るの品級。
骨粗形俗,其人老困山林;貌異神清,此輩還起雲路;視瞻不正,必定姦淫;舉趾輕狂,須知下賤。僧道之格亦忌骨粗,主勞碌無成;形俗主窮困,貌異有奇遇,神清有貴名;不正主邪淫奸貪,輕狂主夭亡下賤,與其它格局相等。
賦文に言う:骨粗くして形貌俗気のは、この人老いて山林に困守す。相貌奇異にして神気清朗のは、この一類なお平歩青雲する能う。目光端正ならざるは、必定奸淫。挙止軽狂のは、下賤なるを知るべし。公篤の批注:僧道の格局もまた骨粗を忌み、骨粗は労碌無成を主る。形貌俗気は困窮を主り、相貌奇異は奇遇あるを主り、神気清朗は貴名あるを主る。目光不正は邪淫奸貪を主り、挙止軽狂は早夭下賤を主る——これは其他の格局の看法と一様なり。
眼若桃花火焰,但圖酒色而矣;面如灰土蒙塵,豈非破產者乎。桃花皆為紅麗浮光,當然酒色之徒;灰土蒙塵皆為黑影慘垢,當然破敗損失。此二者不獨驗僧道,即常人亦如此。一篇形格之忌,一篇氣色之忌,亦千古不易之法也。
賦文に言う:眼睛が桃花に火焔を帯ぶるがごときは、ただ酒色を図るのみ。臉が灰土塵を蒙るがごときは、豈に破産する人ならずや。公篤の批注:「桃花」は皆紅艶にして一層の光を浮ぶ、当然酒色に沈溺するの徒。「灰土蒙塵」は皆暗影惨淡として積垢のごとし、当然破敗損失せん。この两条は僧道の身に応験するのみならず、尋常の人もまた一様なり。一条は形格の忌を講じ、一条は気色の忌を講ず、また千古不易の法則なり。
若論限,則與俗同;如辨根基,各求其妙。末觀形相,先查心田;以五嶽為根基,以氣色定禍福。不為前世陰功,亦作來生道果。公篤曰:麻衣相法原文只有三章,此石室賦即第一章,亦麻衣之真跡也,而與希夷之相見立此一章,故起首有「神仙秘訣,度與希夷」之說。余考麻衣為五代末之隱士,俗謂仙翁者非也。麻衣者,邑城之名也。余考地輿,即今之麻城,為湖北省所轄地,當時為麻衣縣令,因處亂世割據之時而厭惡其衰微,故作相法三章,以縣城為名,掛冠歸隱。
賦文最後に言う:もし流年の限運を論ぜば、俗常の算法と相同じ。もし根基を分辨せんと欲せば、則ち各々その奥妙あり。先ず形相を看ること勿れ、先ず彼の心地を査せ。五岳を以て根基と作り、気色を以て禍福を定めよ。これを前世に修めたる陰功と算えずとも、来生の道果と算うに足る。公篤曰く:麻衣相法の原文はただ三章のみ、この篇《石室賦》即ち第一章にして、また麻衣の真蹟なり。それは麻衣と陳摶希夷と相見る時に立下せし一章、ゆえに開頭にこそ「神仙秘訣、希夷に度す」の話あり。我麻衣は五代末年の隠士なるを考証す、世俗彼を仙翁と称するは誤りなり。「麻衣」は一座の県城の名字、我地理を査考するに、即ち今の麻城、湖北省に管轄に属す。彼当時麻衣県令、乱世割据の際に身を處し時局の衰微を厭悪するに因りて、ゆえに相法三章を作し、県城の名字を以て号と為し、冠を掛けて帰隠せり。
余考石室賦相傳已久,錯訛尤多。壬戌年余初版之簡明相法,雖加詳註,然末盡善處尤多;壬申餘復加研究,又以刻下天道人事兩相比較,其驗者另注以證實,其不驗者另注以改正,文字更加推敲,事實尤擇應徵。故此次之原文稍有出入,繫餘或加或刪或改正,皆從經驗與天時人事相合而為用也。茲特錄此,以待後之高明而評其然歟否歟。
我《石室賦》の流伝已久しく、その中の錯訛特別に多きを考察す。壬戌の那一年、我が初版の《簡明相法》は、詳細の批注を加えたりと雖も、未だ盡せざる完善の地方仍旧少なからず。壬申年に到りて我また重新に一遍研究し、併せて当下の天道と人事と両々相比較す:応験するは別に批注を加えて以て証実し、応験せざるは別に批注を加えて以て改正し、文字上さらに推敲の工夫を下し、事例上尤も確かに応徴あるものを挑選す。ゆえにこの次錄出する原文は旧本と略有出入あり、それ皆我あるいは増しあるいは刪りあるいは改正したる所、一概に経験に本づき、併せて天時人事と相合して、以て実用を求む。今特にそれを抄録してここに置き、後来の高明の士が一評するを待つ:究竟是れ对なるか、それとも不对なるか。
麻衣金鎖賦
六害眉心親義絕,攙如秋水圓還缺,克妻刑子老不閒,作事弄巧反成拙。眉為文采之官,禮義所關之地,以清秀為合格,柔細為名貴。如順拂修長,主兄弟和睦而有輔助;弩曲主子多而貴;高起王壽。如粗濃主惹是招非,間斷散亂主損失駁雜,有內顧憂而外仇怨,故有六害之說。六害者,六親也,故有親義絕三字。人處社會中,甚麼有親,甚麼有義,而柳莊指為六種害,是其錯誤之點,閱相法者勿為其所誤也。
歌訣に言う:眉心「六害」を帯ぶるは、親情道義皆断絶す。眉毛秋水のごとく摻乱し、時に円く時に缺ゆ。妻を剋し子を刑し、老いて清閑を得ず。事を做し巧を取らんと想えばかえって拙を弄す。公篤の批注:眉は文采を主るの官にして、また礼義に関わるの處、清秀を以て合格と為し、柔細を以て名貴と為す。眉毛順拂して修長のは、兄弟和睦にして能く互相に幇襯するを主る。眉が弯弓のごときは、兒子多くして且つ貴を主る。眉毛高起のは、長寿を主る。もし粗濃ならば、則ち是を惹き非を招くを主る。もし中断散亂ならば、則ち損失駁雑を主り、家裏に憂心事あり・外頭に仇怨あり、ゆえにこそ「六害」の説法あり。いわゆる六害は、即ち六親、因りてこそ「親義絶」の三字あり。人生社会の裏、何をか親と叫び何をか義と叫ぶ、各々分際あり。柳荘却ってそれを六種の害と指作す、これ正に彼の錯處、相書を讀む人は彼に誤導せらるること勿れ。
山根斷為早虛花,祖業飄零必敗家,兄弟無緣離祖宅,老來轉見事如麻。山根斷為兩大項:一為祖業破敗,根者,根基之謂也;一為壽數夭亡,根者,命根之謂也。如兄弟忤逆、老來勞碌,皆不合原理,如以勞碌論之可也,其虛花飄零四字合法。
歌訣に言う:山根断ゆるは、早年一場の虚花。祖上の産業飄零し、必定家を敗す。兄弟と縁なきして祖宅を離れ、老いてなおさら事情の紛乱麻のごときを覚ゆ。公篤の批注:山根断は両大項に分かつべし:一は祖業破敗、ここの「根」は根基を指す。二は寿数早夭、ここの「根」は命根を指す。兄弟忤逆・老来労碌と言うに至っては、皆原理に合せず。もしただ労碌に按じて講ずればなお説き過ぎ得。「虚花飄零」の四字は却って法度に合す。
眉交神悴面如灰,愛管是非常掛懷,冷眼見人笑一面,不知毒從暗中來。雙眉鎖印為交,上下交叉亦為交,一主刑剋人丁而多累,一主駁雜爭端而多仇。神悴言其銳急而動氣憤,面灰言其枯暗而塵滯,皆一成一敗也。冷笑主陰險刻薄而毒,亦主聰敏而智,亂世貴者亦有之。
歌訣に言う:両眉交連し・神情憔悴・面色灰のごとき人は、是非を管することを好み・心裏老いて事を搁えり。冷眼を以て人を看て半辺の笑を挂く、毒計まさに暗處より来るを知らず。公篤の批注:両眉が印堂を鎖住するを「交」と叫び、眉毛上下交又するもまた「交」と叫ぶ:前者は家中の人口を刑剋して拖累多きを主り、後者は事情駁雑・争端多くして仇を結ぶ多きを主る。「神悴」は神気尖鋭急躁にして怒り動きやすきを言い、「面灰」は面色枯暗にして塵を蒙るを言う、皆一成して一敗するの相なり。冷笑は陰険刻薄にして毒を主り、同時に聡敏にして智謀あるをも主り、乱世の裏の貴人にもこの種の相を生ずるあり。
乍逢滿面有精神,久看原來色轉昏,似此之人終短壽,總然有壽亦孤貧。此言假精神之格也,每以凝神聚氣而不耐久,放久看而變為昏沉似脫,或浮淡無根,是為先天不足、後天虧損,故有短壽之評。若出孤貧之人,亦主不壽,何為孤壽之說耶。
歌訣に言う:乍ち面を見れば満臉精神、看る久しければ元来気色転じて昏し、このようの人は終に短寿、縱い長寿なりともまた孤苦貧寒。公篤の批注:これは「假精神」の格局を言う。この種の人は往々にして能く一時神を凝し気を聚む、されど久看に經えず。看ること久しければ即ち昏沉して脱せんと欲するに変わり、あるいは浮淡にして根なし、これは先天不足・後天虧損、ゆえに彼を短寿と断ず。もし孤苦貧寒の人の身に出ずれば、同様に長寿ならざるを主る。いずくんぞなお又孤く又寿の説法を談ぜんや。
讀盡詩書生得寒,文章千載不為官,平生縱有沖天志,怎奈鶯雛翼未乾。寒字為形容詞也,古法指為如雨中之雞、落水之貓。餘分別如下:雨中之雞為形寒,鼠食淋漓為口寒,不淚似淚為神寒,不愁似愁為氣寒,音破不收為聲寒,眉濃皺重為眉寒,搖頭抖足為身寒,塵垢浮膩為色寒,欲言而止、吞吐支吾為心寒,心亂常怯、恍憾憂慮為膽寒,得意反為失意、忘恩記怨為意寒。如有寒字之格局,雖有才智及文章可以傳世,皆無發達之期,猶如雛鳥之羽毛不豐,當然不能高飛。蓋相可勝文章,福可勝才智。孰謂千古以來成大功、立大業,豈皆有特殊才智耶?千古以來守困窮而埋沒山林,豈皆無特殊才智耶?
歌訣に言う:詩書を讀盡しども一副の寒相を生ぜり、文章千載を伝うとも官を做し上ぐることなし。平生縱い冲天の志あるも、无奈雛鶯の翅膀の上の毛未だ乾かず。公篤の批注:「寒」は個の形容詞、古法それを形容して雨裏の鶏・落水の猫と為す。我それを分辨して下のごとし:形貌が雨中の鶏に似たるは、「形寒」。吃相鼠のごとく湯水淋漓のは、「口寒」。涙を流さざれど涙を含むがごときは、「神寒」。憂愁なきども愁を帯ぶがごときは、「気寒」。声音破れて収め止まらざるは、「声寒」。眉毛濃くして眉頭緊皺のは、「眉寒」。頭を摇ぎ脚を抖るは、「身寒」。面色灰垢を蒙りて浮膩のごときは、「色寒」。言わんと欲してまた止み吞吐支吾のは、「心寒」。心裏慌亂常に怯え恍惚憂慮のは、「胆寒」。得意をかえって失意と作し・人の恩を忘れて人の怨を記るは、「意寒」。凡そ「寒」の字を帯ぶるの格局は、縱い才智あり・文章以て世を伝うに足るとも、発達するの日子なし、雛鳥の羽毛未だ豊ならざるがごとく、当然高く飛ぶ能わず。元来相は文章に勝るべく、福は才智に勝るべし。誰か言わん千古以来大功を成し大業を立つる人、個個皆特出の才智ありと。千古以来困窮を守り山林の裏に埋没する人、また個個皆特出の才智なからんや。
面有寒毛止秀才,唇掀齒露更多災,終朝腳跡忙忙走,富貴前生末代來。寒毛為濃格常有,亦有責而奇特,成盛譽事業,有出貧賤之家,逼迫勞碌以成功,驚險挫折以發達,亂世多武貴也;亦有富而壽祿,中有刑妻刑子,內顧多憂,六親有累,亂世多暴發也。餘恐毛字為寒滯之誤也。
歌訣に言う:臉上に寒毛を生ずるは、功名ただ秀才に至るを以て止めり。嘴唇掀起・牙歯外露のは、災禍なおさら多し。終日脚停まらずして奔走す。富貴は前生の事にして、ここの一世の末もまた未だ必ずしも来らず。公篤の批注:寒毛は毛髪濃きの格局の裏に常にあり、その中にも貴にして奇特なるあり、盛大の声譽の事業を成就する能う。あるいは貧賤の家に出身し、形勢に逼迫せられ労碌奔走して成功し、驚険挫折を経歴して発達し、乱世の裏に多く武職の貴人と成る。あるいは富みて寿禄を享くるもあり、その中に妻を刑し子を刑するを夾み、家裏に憂心事多く、六親に拖累あり、乱世の裏に多く暴發起家す。我この「毛」の字は「寒滞」の誤りなるを疑う。
上亭短兮下亭長,多成多敗道空亡,縱然管得成家計,猶如烈日照冰霜。上亭為天,下亭為地,凡格局皆注重天亭,占百分之四十五分也,故以天勝地之格為吉,地勝天之格不吉。亂世則有上亭弱而發達也,不過前業破敗,異鄉立業。餘以形神氣參看,方為合法。
歌訣に言う:上停短くして下停長きは、成すこと多くして敗るることも多く、到頭一場の空。縱い勉强して個の家業を撑起すとも、烈日の氷霜の上に照るがごとく、转眼にして即ち化す。公篤の批注:上停を天と為し、下停を地と為す。凡そ格局を看るに皆天停を注重し、それは四十五分の分量を占む。ゆえに天の地に勝つの格局を吉と為し、地の天に勝つの格局を不吉と為す。乱世の裏にも上停弱くして照様発達するあり、ただし總て前人の家業破敗し、外郷に到りてこそ業を立て得。我形・神・気の三様を合せて参看するを主張す、こそ算法に合す。
下亭短兮上亭長,必為宰輔侍君王,若是庶人生得此,金銀珠玉滿倉箱。按上亭高廣,主有貴名壽徵及餘蔭之世澤,坐享前人之厚福,父母亨吉而無刑剋,不過清閒居多,盛衰皆然也。其貴者,又以伏犀骨大小方圓為定也。
歌訣に言う:下停短くして上停長きは、必定宰輔を做して君王に侍奉す。もし是れ平民このように生成せば、亦是れ金銀珠玉倉箱に堆満す。公篤の批注:上停高くして寛廣のは、貴名あり・寿征あるを主り、なお祖上余蔭の世沢あり、前人の留下したる厚福を坐享する可く、父母安吉にして刑剋なし。ただし多く清閑に偏し、盛世も衰世も皆是れ此のごとし。貴のいずれの程度に至るかに至っては、なお伏犀骨の大小方円を看て以て定むを要す。
形愛恢宏又怕肥,恢宏榮華肥死期,二十以上肥定死,四十形恢定發時。宏者言大度安閒也,恢者言積極有為也,恢宏連貫,言其器量大而氛魄亦大,心安而定,貌和而潤,當然為發達之形格。凡少年皆忌肥浮不實,其原質肥者不忠,忽然發肥者最忌,故有二十發肥三十死、三十發肥四十亡之說。余考肥而實者多延十年:二十發肥四十死,三十發肥五十亡;肥而不實者,二十發肥三九死,三十發肥四九亡,尚不足十年之數也。蓋男以九數,女以八數,為定論故也。
歌訣に言う:形体は恢宏を喜ぶ、されど肥ゆるを怕る。恢宏は栄華を主り、肥胖は死期なり。二十歳以上にして胖を発すれば必ず死す、四十歳にして形体恢宏は正に発達の時。公篤の批注:「宏」は気度大にして安閑を言い、「恢」は積極にして作為あるを言う。「恢宏」の両字連なりて、器量大にして気魄もまた大・心安くして定まり、容貌和悦にして潤沢を言う、当然発達の形格なり。凡そ少年人は皆肥えて虚浮不實を忌む:本来体質即ち胖なるはなお壊れすぎず、忽然として胖を発するは最も忌む。ゆえに二十歳に胖を発し三十歳に死し、三十歳に胖を発し四十歳に亡ぶの説法あり。我考察し下るに、肥えて結實なるは多く十年を延長する能う:二十歳に胖を発し四十歳に至りて死し、三十歳に胖を発し五十歳に至りて亡ぶ。肥えて不實なるは、二十歳に胖を発し二十七歳に死し、三十歳に胖を発し三十六歳に亡ぶ、十年にも及ばず。これは男子は九を以て数と為し・女子は八を以て数と為し、定論と作すの縁故なり。
瘦自瘦兮寒自寒,寒瘦之人不一般,瘦有精神終必發,寒雖形彩亦孤單。瘦人以神為轉移,故瘦而有神者為神過於形,當然發達;瘦而無神則為夭亡之格。寒者詳上,雖有奇才終無發達。彩者,光彩也,寒者無彩,想彩字餘疑為厚字之誤,寒中何有彩來。按彩為光潤而異色也,寒為塵滯而枯垢也,故寒彩二字最相反而不相類也,何能誤於此?想繫後人翻印之訛耶。
歌訣に言う:瘦せるは瘦せるなり、寒は寒なり、寒と瘦との両種の人は一樣ならず。瘦せて精神あるは終に発達せんとす、寒なるは即ち形貌に光彩を帯ぶともなお孤単なり。公篤の批注:瘦人は神を以て転移と為す。ゆえに瘦せて神あるは、即ち神の形に勝るなり、当然発達せん。瘦せて神なきは、即ち夭亡の格局なり。「寒」の字は前にすでに詳説せり、この種の人は縱い奇才あるとも、終に発達の日なし。「彩」は即ち光彩、寒の人は光彩あることなし。我この「彩」の字は「厚」の字の誤りなるを疑う——寒の裏にいずこよりか光彩を来たさん。按ずるに「彩」は光潤にして異色を帯ぶ、「寒」は塵を蒙り滞暗にして枯垢、寒と彩の両字は最も相反して類を同じくせず、どうしてここに誤りを誤らん。想うに後人の翻印の時に抄錯せるか。
色怕嫩兮又怕嬌,氣嬌色嫩不相饒,老來色嫩招辛苦,少年色嫩命不牢。嫩字為浮艶而膩,氣嬌為浮麗而紅,故有辛苦夭亡之說。凡老人色嫩,主刑人丁而孤苦,如形局好者,有孫而無子;少年色嫩主夭亡,一主破產而後轉變也。火形不忌紅嫩,亦發達而多勞也。
歌訣に言う:気色は嫩を怕れ、また嬌を怕る。気嬌にして色嫩なれば、誰も誰を饒すこと能わず。老いて気色嫩なるは辛苦を招き、少年気色嫩なるは性命靠り牢ならず。公篤の批注:「嫩」は浮艶にして膩を帯ぶ、「気嬌」は浮麗にして紅を発す、ゆえにこそ辛苦夭亡の説法あり。凡そ老人の気色嫩なるは、家中の人口を刑剋して孤苦を主る。もし形局好ければ、即ち孫子ありて兒子なきを有す。少年気色嫩なるは早夭を主り、また一種は先に産を破りて後に転好するあり。火形人は紅嫩の色を忌まず、かえって発達す、ただ労碌多きを要す。
眉要由兮最忌直,曲直愚人不得知,曲者多男又聰俊,直者刑妻又克兒。麻衣之法,此段頗驗,當五代時與刻下天道相似耶。凡眉曲多子女,雖人中平、淚堂陷皆有子女也;凡眉直者少子女,雖人中洫深、淚堂豐滿亦少子女也。又眉曲者為文貴,雖出於武人而做文官,秉文權也;眉平者多為武貴,雖出於文人而兼武職,領武權也。如前平尾曲,則為武改支職;如前曲尾平,則為文改武職。其刑人丁與旺人丁,皆以曲直為一定法,而盛衰之世道、厚薄之氣候皆然。
歌訣に言う:眉毛は弯なるを要し、最も筆直を忌む。曲直の分別は、愚人は懂らざるなり。眉曲なるは兒子多くして且つ聡明俊秀、眉直なるは妻を刑しまた子を剋す。公篤の批注:麻衣のこの一段は甚だ応験す、大概五代のあの時の天道は眼下と相似たるか。凡そ眉毛弯曲なるは子女多く、即ち人中平坦・涙堂低陷なりとも、照様子女あり。凡そ眉毛筆直なるは子女少なく、即ち人中深長・涙堂豊満なりとも、子女少なし。再び眉曲なるは文貴に属し、縱い武人に出身すとも文官を做し文権を掌る。眉平なるは多く武貴に属し、縱い文人に出身すとも武職を兼ね兵権を領す。もし眉前段平にして眉尾弯曲なれば、即ち武職より文職に改まる。もし眉前段弯曲にして眉尾平直なれば、即ち文職より武職に改まる。人口を刑剋するかそれとも人口を興旺するかに至っては、皆眉の曲直を以て定法と為し、世道の盛衰・気候の厚薄を論ぜず、皆是れ此のごとし。
鬍鬚清疏又宜稀,依稀見肉始為奇,最忌濃濁焦黃色,父在東頭子在西。上為琵,承漿為髯,下為須,側為胡,皆以清疏根根見底為合格,蓄之以重威儀華表也。最忌濃濁焦黃枯雜六字,蓄之主危險破敗,刑妻克子,輕則勞碌駁雜,惹是招非,故不可蓄。按亂世之鬍鬚關係極重,敗多益少,故不可勉強蓄之,是為開門揖盜,養為患,輕者亦奴欺其主、下犯其上。此條亦麻衣之精粹法也,惟四濃格方可蓄之,乃髮濃、眉濃、髭濃、胡濃,上下相合,而不受其欺凌,此合格之論也。
歌訣に言う:胡鬚は清疏なるを要し、なお稀に宜し、稀にして隠約に皮肉を見得るこそ奇と算す。最も濃濁焦黄の色を忌む、それは父東の頭に在り子西の頭に在る骨肉離散の相。公篤の批注:唇の上のを「髭」と叫び、承漿の処のを「髯」と叫び、下巴のを「鬚」と叫び、両側のを「胡」と叫び、皆清疏・根根底を見得るを以て合格と為す。鬚を蓄うるは威儀を増重し体面の表徴と作るがため。最も「濃・濁・焦・黄・枯・雜」の六個の字を忌む、これらを犯してなお鬚を蓄うれば、則ち危険破敗・妻を刑し子を剋を主り、軽きもまた労碌駁雑・是を惹き非を招くを主る、ゆえに蓄うべからず。按ずるに乱世の裏の胡鬚の関係は極めて重く、壊處多く好處少なし、ゆえになおさら勉强して蓄留すべからず、それは門を開きて盗を揖し虎を養い患と為すに等しく、軽きもまた僕人主を欺き下上を犯さん。この一条もまた麻衣相法の精髓なり。ただ「四濃」の格局のみこそ鬚を蓄うべし、即ち髪濃・眉濃・髭濃・胡濃、上下相配し、こそ鬚髪に欺かるるに至らず——これこそ合格の論法。
公篤曰:余考麻衣法之金鎖賦為第二章,較石室賦之法倍高,亦麻衣之精神也。當麻衣處五代末,為割據亂世,其法亦從衰時而定之,故與刻下之天道頗合,其國家局勢亦相等,而應驗者頗多。餘此次考證詳註,亦以此法為現代可用故也。原文雖僅五十二句、三百六十四字,其包括之處太多,閱是書者不可輕視而忽也。
公篤曰く:我麻衣相法の中の《金鎖賦》は第二章なるを考察す、その法度は《石室賦》より一倍高く出でたり、また麻衣精神の所在なり。麻衣は五代末年に身を處し、正に割据の乱世、彼の法度もまた衰乱の時に照りて定下せり、ゆえに眼下の天道と相当吻合し、国家の局勢もまた相仿し、因りて応験するもの多し。我のこの次詳しく考証批注を加うるも、また正にこの套の法子の今天に用い得るに因る。原文はただ五十二句・三百六十四字のみなりと雖も、包含するの内容は却って多すぎ、ここの書を讀む人は千万軽視忽略すべからず。
《公篤相法》上篇巻三
麻衣銀匙歌
股肱無包最是凶,兩頭如軸一般同,雖有田澤並父蔭,終須破敗受貧窮。股肱俗名手肚足肚也,所謂肚者,大倍於兩頭也。凡屬富貴壽考各格,皆有手肚足肚方稱其格;如無而如軸,富者有奇禍而敗,貴者有危險而凶,夭亡寒苦之人方合。
歌訣に言う:手臂小腿に肌肉包裹なきは最も凶、頭より尾に至るまで一般粗細にして根の軸のごとし。縱い田産恩沢と父輩庇蔭あるとも、終に破敗して窮を受けん。公篤の批注:「股肱」の俗名は即ち手肚・脚肚、いわゆる「肚」は、中段の両頭より一倍粗きを指す。凡そ富貴寿考の各种の格局に属するは、皆手肚脚肚あるを要し、こそあの格に配し得。もしなきして根の軸のごとく上下一般粗きなれば、則ち富人は意外の禍に遭いて敗れ、貴人は危険に遇いて凶なり、ただ夭亡寒苦の人のみこそこの種の相に配す。
頭痕瘢剝最為刑,羅網之中有一名,若不刑妻並克子,更為家道主伶仃。頭痕者坑陷之痕也,瘢者近於瘢癩之例,剝者近於橫沖直削,應刑人丁及驚險成敗,故有家道伶仃之說,言人口日少、財產日耗耳。相中最忌郎君面,男子郎君命不長,女子郎君好淫慾,僧道孤獨卻無妨。郎君面即美麗紅豔之例,而有浮嫩之光,為相法所忌。老人犯此主孤苦而毒,男子犯此主淫亂夭亡,女子犯此主淫亂刑傷;惟有僧道無關,不以人丁為用,又於孤獨無關,木無人丁可克故也。
歌訣に言う:頭上に疤痕剥蝕あるは最も刑剋を主り、羅網の中に榜上名あり。もし妻を刑し子を剋せざれば、また家道伶仃を主る。公篤の批注:「頭痕」は塌陷の疤痕、「瘢」は瘢癞の一類に近く、「剥」は横冲直削の缺損に近し。これらは皆家中の人口を刑剋および驚険成敗に応ず、ゆえにこそ家道伶仃の説法あり、意思は人口日々に減少し財産日々に耗損すと言う。歌訣また言う:相の中に最も「郎君面」を忌む、男子この面を生ずれば命長からず、女子この面を生ずれば淫欲を好み、僧道孤独は却って妨げず。公篤の批注:「郎君面」は即ち美麗紅艶の一類、なお一層の浮嫩の光を帯ぶ、相法の忌む所と為す。老人この相を犯せば、孤苦にして心毒を主る。男子この相を犯せば、淫乱早夭を主る。女子この相を犯せば、淫乱刑傷を主る。ただ僧道のみ相干らず、彼らは本より子嗣を以て用と為さざるがゆえ、孤独は彼らに対しても亦た謂る所なし、本来刑す可き家人なし。
眉毛間斷下至顴,常為官非賣土田,克破妻兒三兩個,方教禍患不相纏。眉毛間斷,應駁雜而刑剋昆仲,及內患倍重於外患,故有官訟是非發生。又考眉斷之人,性貪而不忍小損,不容小惡,雖為多事之纏擾,亦為處置於輕重失當耳。
歌訣に言う:眉毛中断・断処直に顴骨に落つるは、常に官司を打つがため田を売り地を売る。妻児三両個を剋掉してこそ、禍患はじめて身に纏わらず。公篤の批注:眉毛中断は、諸事駁雑・兄弟を刑剋に応ず、しかも家裏の禍患は外頭より一倍重し、ゆえに官司是非の発生あり。再び眉断の人を考するに、性情偏貪、一点の小損失を受くること得ず、一点の小惡を容るること得ず、説くに多事身に纏わると雖も、其実は事情を處置する時の軽重失當のみ。
好色之人眼代花,莫教眼緊視人斜,有毒無毒但看眼,蛇眼之人子打爺。花字為形容美麗流光之謂,緊字為形容急視不定之謂。至於蛇眼,言烏珠圓露而黃浮四白,凸挺邪視而赤樓盤睛,主毒而狡貪,亦合法也。
歌訣に言う:色を好む人は眼中に「花」を帯ぶ、最もあの種の目光緊盯してまた斜めに人を看るを怕る。一個人の心毒なるか不毒なるかはただ眼睛を看るのみ。蛇眼を生ずる人は、兒子老子を打たん。公篤の批注:「花」の字は眼波美麗にして流転光を生ずるを形容し、「緊」の字は目光急促に盯視して安定せざるを形容す。「蛇眼」に至っては、黒眼珠円くして外露・四面に黄色の白睛を泛び、眼球凸挺して斜視し、赤色の血絲眼珠を盤繞し、心毒にして狡詐貪婪を主るを言い、これもまた法則に合するなり。
無家可住羊睛眼,封向他家借住場,更有禾倉高一寸,中年猶未有夫娘。羊睛為白多黑少,而四力浮白,故主刑剋人丁而冷退,女格倍凶。又考禾倉,一為眼胞之高而呆陷,一為兩顴之別名。余考古法有稱口尖而吹為禾倉,其食祿二倉在口角故也。
歌訣に言う:羊睛眼を生ずる人は住む可き家なし、好んで別人の家に向いて地方を借りて身を安んず。加うるに「禾倉」一寸高く出で、中年に到るもなお配偶なし。公篤の批注:「羊睛」は白多く黒少なく、四周に白を泛ぶ、ゆえに家中の人口を刑剋して家道冷落を主る、女相に生ずれば一倍凶なり。再び「禾倉」を考するに、一説は眼胞高起して呆滞凹陷するの處、一説は両顴の別名。我古法を査考するに、なお嘴を撮尖して火を吹くの様子を禾倉と称するあり、「食禄」の両倉は正に口角の上に在るがゆえに。
下劇尖了作凶殃,典卻田園賣卻塘,任是張良能計算,自然顛倒也狼當。下劇尖削,於木火二形局不忌,尖露是其本質故也;如其它形格則不宜,而晚年有失敗之冷退,故有顛倒事實之失敗也。眼珠暴出惡因緣,自主家時定賣田,更有白睛包一半,不能善死在床前。眼珠暴出,言其凸露也,目露神濁,當然敗家無疑。至於白色烏珠,此蜂睛窺睛之形,當然凶死無疑。
歌訣に言う:下巴尖削のは凶殃を主り、田園を典し池塘を売る。縱い張良のごとく籌算を善くすとも、亦た自然顛倒失措・狼狽不堪ならん。公篤の批注:下巴尖削は、木形・火形の両種の格局の裏に忌まず、尖りて外露するは本よりそれらの本質なるがゆえに。もし別の形格なれば則ち相宜ならず、晚年に失敗冷落あるを会せん、ゆえにこそ事情顛倒して失敗の説法あり。歌訣また言う:眼珠暴凸のは惡因縁、自ら家に當たる時は一定に田を売る。加うるに白睛が半の黒珠を包住せば、床上に安然として死する能わず。公篤の批注:眼珠暴出は、眼球凸露を言う。眼露して神濁るは、当然家を敗す疑いなし。白睛黒珠を包むに至っては、それは「蜂睛」「窺睛」の形狀、当然凶死疑いなし。
下頦趨天旺永年,邊城不破也無錢,數年荒旱不欠米,只因上下庫相連。下頦趨天繫地閣朝天,明太祖即此格,此為創業之帝王,故晚年亨吉。邊城破者,桑梓破敗而發他綁,比為亂世之合去,盛世則一敗不振也。上天倉下地庫也。
歌訣に言う:下巴上に向かい天に朝するは、晚年旺にして長久なり。額側「辺城」破れずとも未だ必ずしも銭あるにあらず。幾年を連ねて荒旱なるも彼は米を缺かず、ただ上下両庫相連なるに因るのみ。公篤の批注:下頦朝天は即ち地閣朝天、明太祖は正にこの格局、基業を開創するの帝王に属す、ゆえに晚年亨通吉利なり。辺城破るの人は、家郷の産業敗落して外地に到りて発達す、これは乱世の裏に却って合宜なり。太平の世に在っては、即ち一敗して再び振る能わず。いわゆる上下両庫は、上は天倉・下は地庫なり。
鼻樑露骨是反吟,曲轉些兒是伏吟,反吟相見是絕減,伏吟相見是漓淋。鼻樑直下三曲是為伏吟,左右三曲是為反吟。伏吟多失敗破家,尚有子孫成立;反吟多刑人丁,克妻刑子,前已詳言之矣。眼神清秀心中巧,不讀詩書也可人,手作百般皆可愛,總然弄假也成真。眼神清秀,固然靈巧聰明,雖出技藝亦有過人之處。如清秀過麗,則主淫亂而夭;如清秀而流,則主無用而賤。故以清秀沉靜有恨,方是閒福之格。
歌訣に言う:鼻梁露骨のを「反吟」と叫び、稍稍彎転するを「伏吟」と叫ぶ。反吟に碰上るは絶滅削減、伏吟に碰上るは淋漓不振。公篤の批注:鼻梁筆直にして下に向かい三処の彎節を帯ぶるを伏吟と叫び、左右に三処の彎節を帯ぶるを反吟と叫ぶ。伏吟は多く失敗破家を主る、子孫はなお立て上がる得。反吟は多く家中の人口を刑剋・妻を剋し子を刑を主る、前にすでに詳説し過ぎたり。歌訣また言う:眼神清秀の人は心思霊巧、詩書を讀まずとも人に喜ばる。一双の手は何を做すも皆人の愛を招き、縱い假を做すとも真を弄成す。公篤の批注:眼神清秀の人は固然として霊巧聡明、縱いただ技芸に從事するとも、また人に過ぎるの處あり。ただし清秀若く艷麗に過ぐれば、則ち淫乱にして早夭を主る。清秀にして神気流蕩なれば、則ち無用にして下賤を主る。ゆえに清秀の中に沈静にして含蓄あるを要し、こそ清閑の福を享くるの格局なり。
薄紗染皂出粟米,縱有妻時也無兒,倘見山根高更斷,五年三次路邊啼。薄紗染皂是晦暗之氣,而有塵點密密,此為冷退刑傷之兆,尚以各部位為定論:如在福堂主官訟,如在土星主破財,如在淚堂主損人丁,如在印堂主損壽及危險牢獄,如在魚尾主刑妻,如在國印主挫折及刑弟兄叔伯,此其大略也。
歌訣に言う:気色が薄紗に黒を染めて、また小米に似たる斑點を浮出するは、縱い妻を娶り上ぐるとも兒を生じ出す能わず。倘若山根高しと雖もまた中断せば、五年の内に三次路辺に哭泣せん。公篤の批注:「薄紗染皂」は一層の晦暗の気、上面になお密密の塵點を帯ぶ、これは家道冷落・刑傷を遭受するの先兆。具体いずれの一樁に応ずるかは、なお部位に按じて以て定むを要す。「福堂」に現ずれば官司を打つを主り、鼻子の上に現ずれば財を破るを主り、「涙堂」に現ずれば家中の人口を損傷を主り、印堂に現ずれば寿を損じおよび牢獄の険あるを主り、眼尾「魚尾」に現ずれば妻を刑を主り、「国印」に現ずれば挫折を遭いおよび兄弟叔伯を刑剋を主る。大略即ち此のごとし。
淚痕深處排一點,眼下額前起一星,左邊無男右無女,縱然稍有也相刑。此歷指刑剋之說。余考淚痕深處多刑子女,男格則左紋刑子,右紋刑女,女格則反此。至於顴前一骨,多出優伶娼妓之例,若有後嗣皆為女立,而子不立也。
歌訣に言う:涙痕の深處に一個の點を排し、眼下顴前にまた一顆の星を起す。左辺は兒子なきして右辺は女児なし、縱い稍稍幾個あるとも彼此刑剋す。公篤の批注:この一条の歴数するは皆刑剋の説。我考察し下るに、涙痕深きは多く子女を刑剋す:男相は左辺の紋は兒子を刑し右辺の紋は女児を刑し、女相は則ち正好相反す。顴骨前面に一塊の骨を凸起するに至っては、多く戲子娼妓の一類の人の身に出ず。この種の人もし後代あれば、亦た皆是れ女児立ち得住し、兒子立ち得住せず。
髮際低凹幼無父,寒毛生角幼無娘,右額高突母先死,不死不刑便自傷。髮低有曲岔者妨父,鬢突連眉尾者妨母,顴骨左高妨父,右高妨母,此皆男格之論也。女格反此而應驗也。刻下之女格,亦有順應而似男格者,豈非天道之變乎。
歌訣に言う:髪際低凹のは幼年に父なし。鬢角に寒毛を生じ角を成すは幼年に母なし。右額高凸のは母先に死す。死せず刑せざれば、便ち自身傷を受く。公篤の批注:髪際低くして彎曲の岔口を帯ぶるは父を妨げ、鬢角凸出して眉尾に連なるは母を妨ぐ。顴骨左辺高きは父を妨げ、右辺高きは母を妨ぐ——これらは皆男相に就いて言う、女相はこれと相反してこそ応験す。ただし眼下の女相は、また男相の規矩に順って応に往くあり、これ豈に正に天道の変ぜるにあらずや。
士人眇目陷文星,豹指尖頭定無名,任是文章高北斗,猶如竹木不安釘。文星即眼目也,眇陷者缺一也。凡士子文星陷,即功名之弱點。豹指言圓節尖爪也。頭尖。此三項均屬無功名之格。眉重無根陷破財,更憂三十二年災,土星隆大終須發,土星薄小去不回。此言眉濃重而山根陷弱也,故為前業挫折,亦主疾厄之災。如準頭隆大,尚可恢復而發達;否則有敗無成也。
歌訣に言う:讀書人一隻の眼を瞎れば、文星即ち陷る。手指豹のごとく頭顶尖のは、一定に功名なし。縱い文章北斗より高しとも、竹木の上に釘子を釘り得住せざるがごとし。公篤の批注:「文星」は即ち眼睛、「眇陷」は即ち一隻を缺く。凡そ讀書人の文星陷るは、即ち功名上の弱点。「豹指」は指節円くして指甲尖るを言う。加うるに頭尖、この三項は皆功名なきの格局に属す。歌訣また言う:眉毛濃重にして山根低陷のは財を破るを主り、さらに三十二歳のあの年の災を憂慮を要す。鼻子隆大は終に発せんとす、鼻子薄小は則ち一去して回らず。公篤の批注:これは眉濃重にして山根陷弱を言う、ゆえに前人の家業受挫を主り、また疾病災厄をも主る。もし鼻準隆大なれば、なお恢復して発達する能う。否らざれば則ちただ敗ありて成なし。
寒相之人肩過頸,享福之人耳壓眉,更有親情相不出,只因形似雨中推。此言寒賤之人肩聳過頸,福壽之格耳高壓眉。至於慈善詭詐,別有部位參合,故有性情合乎形質,在部位之兼配如何也。大量之人眉目取,眉高目定心自良,眉粗目小神不定,寅年吃了卯年糧。器量大小皆在眉目二部認定:眉高主量宏而壽,目定主略遠大,故良心自然發現;眉粗主性剛燥,目小主志奸貪,神不定主心亂不一,故有失敗而耗散也。
歌訣に言う:寒相の人は肩膀聳きて脖子より高く、福を享くる人は耳朵眉毛より高し。なお一種親情看て出でざるの相あり、ただ形貌が雨の裏に淋さるがごときに因るのみ。公篤の批注:これは寒賤の人の肩聳きて頸を過ぎ、福寿の格の耳高く眉を壓すを言う。慈善なるかそれとも詭詐なるかに至っては、別に別の部位配合して看るあり、ゆえに性情と形質と相合して、全て各部位のいかに相配するかを看ると言う。歌訣また言う:器量大なる人は眉眼の上より取る。眉高く眼定まれば、心地自然善良。眉粗く眼小さく神気定まらざるは、寅年にして卯年の粮を喫光す。公篤の批注:器量の大小は皆眉・眼の両処より認定す:眉高は器量宏大にして長寿を主り、目光安定は謀略深遠を主る、ゆえに良心自然顕現す。眉粗は性情剛躁を主り、眼小は心志奸貪を主り、神気不定は心思紛乱不一を主る、ゆえに失敗して家財を耗散せん。
倉庫接連反為災,鼻樑高露不安居,若是眉間容二指,此人開手覺便宜。食祿二倉接近地庫,非天倉也。鼻樑可高而不可露,前已詳言之矣。又云眉容二指,或指眉尾而言下垂二指耶?或為三陽之寬二指而言耶?蓋眼俗神濁之人方覺便宜也。
歌訣に言う:倉と庫と一片に連なればかえって災を成し、鼻梁高くして露骨のは住み安穏ならず。もし両眉の間に両指を容れ得れば、この人は一たび手を出せば便ち便宜を占む。公篤の批注:ここの「食禄」の両倉は地庫に近く、天倉にあらず。鼻梁は高くすること可なれど露骨すること不可なり、前にすでに詳説せり。眉容二指に至っては、眉尾下垂二指を指すか、それとも両眼上方の「三陽」の寛二指を指すか。大概は眼相俗・神気濁るの人、こそ便宜を占めたりと覚えん。
取人性命面上黑,換人骨髓眼中紅,見人歡喜心中毒,見人眉皺太陽空。面有青黑之慘色,主惡毒奸忍;眼有赤縷穿眼者,主陰險剛狡;冷眼多笑者,主無情量窄;眉皺上沖者,主憂愁多思。此皆最驗之法也。露井露灶不得全,那得浮生過晚年,不怕中年經官宦,只有衣祿無剩錢。井灶露孔,財不入庫,雖出貴格為官,亦為終年無田宅,只有衣祿二字而已,過迍邅生活,多逼迫環境,不能積蓄故也。
歌訣に言う:能く人の性命を取るは、臉上の黒を発するに在り。能く人の骨髓を換うるは、眼中の紅を発するに在り。人を見て一臉に歓喜のは、心裏最も毒なり。人を見て眉頭緊皺のは、太陽穴の処必定空陷す。公篤の批注:臉上に青黒惨淡の色を現ずるは、人と為って惡毒奸忍を主る。眼中に赤色の血絲穿過するは、陰険剛愎狡詐を主る。冷眼を以てして却って笑い多きは、寡情にして器量窄きを主る。眉頭皺めて上に向かい冲るは、憂愁多く思慮するを主る。これらは皆最も応験するの法則なり。歌訣また言う:鼻孔外露の人は家業を保全せず、浮生どうして安穏に晩年に過ぎ得ん。彼の中年に官を做したるを怕れずとも、亦たただ衣食俸禄ありて銭を剩し得ざるのみ。公篤の批注:鼻孔外露は即ち財の庫に入らざるなり、縱い貴格を生じて官を做すとも、亦た一生田宅なきして、ただ「衣禄」の両字を剩すのみ。過ぐるは困頓の日子、多く環境逼迫して、積蓄を攅め得ず。
公篤曰:風鑑各書為麻衣是正宗,其法以法理兼用,又處五代之亂世,故於今世相應者頗多。雖有擅長與玄妙,獨不如達摩精深,其故何哉?麻衣言法而兼理,中有虛設之處;達摩言法不言理,中有獨到之處,非有經驗研究者不明其原意。然舊書多錯落,字有魯魚,文有亥豕,茲特修改增注,以便閱者一目瞭然。其法亦有不驗者,如唇掀齒露、客死他州之說,如注為無故招非又最驗也,其它條文似此頗多。今猶錄之者,為將來智者考正,擇而用之,得心應手矣。
公篤曰く:相術の各書は麻衣を以て正宗と為す、彼の法門は法と理と兼用し、加うるに彼の五代乱世に身を處せり、ゆえに今天この世道と相応するの處多し。麻衣彼の擅長と玄妙あると雖も、唯だ達摩の精深に如かず、これ何の縁故ぞ。麻衣は法を講じて兼ねて理を講ずれば、中間就有些の懸空虚設の地方あるがゆえに。達摩はただ法を講じて理を講ぜず、中間自ら独到の處あり、経験あり肯んじて研究するの人にあらざれば、彼の本意を看て明らかならず。ただし旧書の訛脱甚だ多く、字に「魯」「魚」の相混するあり、文に「亥」「豕」の相訛するあり、今特に修改し併せて批注を增注を增補し、讀者をして一目了然ならしめんと欲す。その中にも応験せざるあり、たとえば唇掀き歯露し・他郷に客死するの説法、もし「故なく是非を招惹す」と改注せば、かえって最も応験す。其他の條文の類似するはなお多し。如今仍旧としてそれらを錄し下るは、将来の智慧ある人に留めて考正せしめ、挑んで用いれば、自然心と手と相応うべし。
達摩相法
達摩相法第一章
第一法 相目之神(これは達摩の精藝の一なり)
藏不晦。目神以收藏斂光為主要,故開始第一字,日藏。晦者,晦暗無光也,故以神藏光潤為合法。藏而不晦,言其人貴而不危,名而多壽;如藏而晦暗,雖貴亦夭亡或危險也,雖富亦挫折或疾苦也。安不愚。目神安者,安靜之謂,其人多閒福。安者,心氣和平之態也,不急不燥,發出慈愛之光,故神安之局多現呆滯,呆滯者即愚字之謂也,故以安而不愚為安閒多福之格也。
第一条:「蔵りて晦まらず」。公篤の批注:眼神は収蔵内斂にして、その光を外に泄らさざるを要と為す。ゆえに開頭第一個の字は即ち「蔵」なり。「晦」は晦暗無光なり。因りて神気内蔵にして潤沢を帯ぶるを以て合格と為す。蔵りて晦まらずは、ここの人の貴にして危あらず・名ありて寿多きを言う。もし蔵りて却って晦暗を帯ばば、則ち縱い貴なりとも早夭あるいは険に遇い、縱い富なりとも挫折に遭いあるいは病苦多からん。第二条:「安にして愚ならず」。公篤の批注:眼神の「安」は即ち安静、この種の人は多く清閑の福を享く。いわゆる安は、心気和平の状態にして、急がず躁せず、一股の慈愛の光を透出す。ただし神安の格局は往々にして呆滞と顕れ、呆滞は即ち「愚」なり。ゆえに安にして愚ならざるを要し、こそ安閑多福の格局なり。
發不露。神以活潑有威者為大貴,而有特權。發者,發動之謂也,故每有發動之時,其神不流不露為吉;如發動之時其神流露,雖貴而有凶災,雖智而有偏好,故以發而不露為貴而善後之格也。清不枯。神清主貴、主名、主智、主田宅,故十二宮以田宅名之。凡神清之格,務要考其有根無根:其神清而有根,享大名大壽及大富;其神清而無根,名而夭殂,富而挫折,或孤刑也。故以清而不枯為合法。
第三条:「發して露さず」。公篤の批注:眼神活潑にして威勢を帯ぶるは大貴を主り、しかも特殊の権柄あり。「發」は即ち發動、ゆえに每に神気發動の時に當たり、能く流蕩せず・外に露さざればこそ吉。もし一たび發動すれば神気即ち流露し出づれば、則ち縱い貴なりとも凶災あり、縱い聡明なりとも偏執の癖好あり。ゆえに發して露さざるを要し、こそ既に貴くまた能く善終するの格局なり。第四条:「清にして枯れず」。公篤の批注:神清は貴を主り・名を主り・智を主り・田宅を主る。ゆえに十二宮の裏「田宅」を用いて以てそれを称す。凡そ神清の格局は、務めてそれの根あるか無根なるかを考察するを要す:神清にして根あるは、大名・大寿および大富を享く。神清にして根なきは、名ありて早夭し、富ありて挫折に遭い、あるいは孤独刑剋す。ゆえに清にして枯れざるを要し、こそ法に合すと算えん。
和不弱。神和為慈愛和平之態,其人慈良公正,為臣必忠,為子必孝,待人必,守身必信。弱者,衰弱之謂,如神和而弱,則壽不足而德不堅,志不定而福不厚,故以和不弱為合法。怒不爭。怒神為正重豪慨之態,盛世主貴而有大權,亂世多操兵柄而有安危繫於其身。爭者,形容浮緊燥急,其人量窄器小,反招亡身破家之禍,故以怒而不爭為合格。剛不孤。神剛者為威嚴持重之態,多才智而勇毅,多出名將治世之材,主有開國拓地之功。如孤宇則為孤僻偏驕之態,神剛而孤,則有功虧一簣之不善後,故以剛而不孤為合法。
第五条:「和にして弱からず」。公篤の批注:神「和」は慈愛平和の様子、この種の人は慈善公正、臣子を為れば必定忠、兒子を為れば必定孝、人を待てば恩あり、身を守れば信あり。「弱」は衰弱なり。もし神和にして弱ければ、則ち寿数足らず・徳行堅からず、心志定まらず・福分厚からず。ゆえに和にして弱からざるを要し、こそ法に合すと算えん。第六条:「怒にして爭わず」。公篤の批注:怒神は端正凝重にして豪邁慷慨の様子、太平の世には貴にして大権を握るを主り、乱世には多く兵権を掌り、一方の安危彼の身に係る。「爭」は神気浮躁緊繃・急切好勝を形容す、この種の人は器量窄小にして、かえって喪身破家の禍を招来す。ゆえに怒にして爭わざるを要し、こそ合格と算えん。第七条:「剛にして孤ならず」。公篤の批注:神「剛」は威厳持重の様子、多く才智ありて且つ勇毅、多く名将と治世の材と出で、開国拓土の功あるを主る。「孤」に至っては、孤僻偏執驕傲の様子。神剛にして孤を帯ばば、即ち功を簣に虧きて善終を得ず。ゆえに剛にして孤ならざるを要し、こそ法に合すと算えん。
公篤曰:達摩為西域印度人,六朝時渡江,傳道東土。其人博學多材,深通幻術,故有一葦渡江之說;又精性命長生術及拳術,故至中國傳教,有分類而立門,各繫道統焉。至於相法,可謂中興之祖師。凡風鑑讀達摩五來法,即醫家讀黃帝內經,乃引經據典之根據;凡讀麻衣相法,如醫家讀仲景六經,此分經別緯之關鍵。
公篤曰く:達摩は西域印度の人、六朝の時に江を渡りて東より来たり、中土に道を伝う。彼は博學多才にして、深く幻術に通ず、ゆえに「一葦江を渡る」の伝説あり。彼また性命長生の術と拳術とに精し、ゆえに中国に到りて教を伝うるに、門を分かち類を別ちて法門を立下し、各々道統を形成せり。相法に至っては、彼は中興の祖師と称する可し。相術を學ぶの人達摩の「五来法」を讀むは、譬えば醫家の《黄帝内經》を讀むがごとく、それは經典を引き據を拠るの根本なり。麻衣相法を讀むは、譬えば醫家の張仲景の六經辨證を讀むがごとく、それは經を分かち緯を別つの關鍵なり。
余考相法雖出於軒轅氏之臣風后氏,此風鑑之名實因風后氏鑑定之意也。自秦代火焚各書以後,相學之書亦絕,故漢唐以來偶有談相之人而無書籍可考。故達摩初入中國為六朝時,尚無相法之書;至五代時,達摩復入中國,始得麻衣而傳其五來相法五篇。故達摩以前皆半枝半解,既無綱領之分,又無輕重之別,無書可閱讀,無法可研究;自達摩以後,相學可稽考,而法亦日益闡明,此嫡派之溯源也。
我考察するに相法は軒轅黄帝の臣子風后氏より出ずと雖も、「風鑑」のこの名目は其実即ち風后氏の人物を鑑別するの義より取れり。秦代の焚書以来自り、相學の書もまた断絶す、ゆえに漢唐以来偶に相を談ずるの人あるも、卻って査考すべき書籍なし。達摩第一次に中国に入るは六朝に在り、あの時はなお相法の書なし。五代に到りて、達摩再度中国に来たり、こそ麻衣に遇上り、「五来相法」の五篇を彼に伝えたり。ゆえに達摩以前の相術は皆一鱗半爪、綱領の劃分なきのみならず、また軽重の分別なし、讀むべき書なく究むべき法なし。達摩以来自り、相學こそ稽考あり、法門もまた日々に闡發明白す。これは即ち相法嫡派の源頭なり。
今觀其第一章之相神,僅二十一字,尚屬餘之增加下十四字,其原書僅上七字,而其中包括極深,又簡捷,又深奧,故非他書所能及也。麻衣之法雖是相法正宗,而兩相比較,則弱於達摩之處太多。訊以此二十一字深思,均含有最玄妙之處:上包括天道之盛衰厚薄,下包括人事之吉凶禍福。故餘另加傍注,以便閱者注意,不可模糊讀過去,方知達摩相法之高深精微,不愧為相法之祖師焉。
如今彼の第一章の相神を講ずるを看れば、一共にただ二十一個の字、その中の後の十四個の字はなお我の添えたる所、原書はただ上面の七個の字のみ、而して所含の意思極めて深く、既に簡捷にしてまた深奥、ゆえに別の書の比し得る所にあらず。麻衣の法門は相法正宗なりと雖も、両々下に比ぶれば、達摩に弱るの處實に多すぎたり。請うこの二十一個の字に就きて深思せん、每一句皆最も玄妙の道理を含着す:上には天道の盛衰厚薄を包括し、下には人事の吉凶禍福を包括す。ゆえに我別に旁注を加え、讀者をして留意せしめ、含糊して看て過ぐること勿らしめんと欲す、このようにしてこそ達摩相法の高深精微を知り、相法の祖師と為るに愧じざるなり。
第二法 相目之形七則
秀而正。目秀主聰明而多才智,即清秀之謂,然其形必端正,故以秀而正,方從正途上去:其行孝弟,其務清名,其才智從正面上用。如秀而不正,則才偏自用,智邪亂倫,為相法之忌也。細而長。目形細則收藏其神而不浮露也,長則為鳳目之形,主大貴,故麻衣有河日之說,此司馬宣王之自顧其耳而與普基。細而不長,雖貴亦屬小品,終非大器也,故以細而長為合格。
第一則:「秀にして正なり」。公篤の批注:眼秀は聡明にして才智多きを主り、即ち清秀の意思。ただしその形狀は必ず端正なるを要す、ゆえに秀にして且つ正ならば、こそ正路を走上る能う:行為上は父母に孝し・兄弟を友愛し、追求するは清白の名声、才智は正面に用う。もし秀にして正ならざれば、即ち才華偏に私に用いられ・智謀邪路を走りて倫常を敗壞す、これは相法の忌む所。第二則:「細にして長し」。公篤の批注:眼形細なれば、神気即ち収蔵して浮露せず。眼形長なれば、即ち鳳目を成し、大貴を主る。ゆえに麻衣に「河目」の説法あり——司馬懿の能く頭を回らして自らその耳を看るは、即ちこれに憑りて晋朝の基業を奠定せり。もし細にして長からざれば、貴なりと雖もただ小品、終に大器にあらず。ゆえに細にして且つ長なるを要し、こそ合格と算えん。
定而出。目定為聚光充足而能發揚也。凡目定者,有遠志大志之兆;充足者,有精神大壽之兆;加以發揚有威,則事業能達到,機會有遇合,故以定而出為合法。定而不出,雖有大志而終不遇合也。出而入。目出而揚威,人而斂神,此言有才智而不露於表面,以實際為用也。如出而不入,則有招嫉結怨之暗害以阻其事實,故以出而能入為合格,不浮蕩而無偏好之瑕也。
第三則:「定まりて出づ」。公篤の批注:眼「定」は聚光充足にしてまた能く發揚し出づるなり。凡そ眼神安定のは、遠志大志あるの徴兆。聚光充足のは、精神旺にして寿数長きの徴兆。加うるに能く發揚して威勢を帯ぶれば、事業は即ち做り成す得、機會もまた遇い得上ぐ。ゆえに定まりて能く出づるを要し、こそ法に合すと算えん。もし定まりて出でざれば、縱い大志あるとも、終に機縁に遇上がらず。第四則:「出でて入る」。公篤の批注:眼神發し出でる時は能く威勢を揚げ、収め回る時は能く神気を斂む、これは人の才智ありて表靣に顕露せず、ただ實際の用處を講求するを言う。もしただ出でて入らざれば、即ち人の嫉恨を招き怨を結び・暗中に害を受け、實際の事情を阻め住めん。ゆえに出でて行き得また収め回り得るを要し、こそ合格と算えん、このようにしてこそ浮蕩せず・偏執の毛病を帯びざるなり。
上下不白。目形以黑多白少為吉,白多黑少為凶,故以目浮四白主凶死而失敗,及刑人丁而孤苦。如上浮白而下不白,主心亂而奸貪;如下浮白而上不白,主驕傲而妄舉,故以上下不白為合法。視久不脫。目神以久視而神愈充為吉,愈久視而光咬潔有威,其稟受之氣厚,主壽而貴祿。如視久而脫,其光漸縮而怯,其人心性不持久,亦壽弱祿少,中道挫折,故以視久不脫為合法。
第五則:「上下白ならず」。公篤の批注:眼睛は黒多く白少なきを以て吉と為し、白多く黒少なきを以て凶と為す。ゆえに四面に白を露するは凶死失敗を主り、および家中の人口を刑剋して孤苦す。もし上辺白を露して下辺露さざれば、心思紛乱にして奸貪を主る。下辺白を露して上辺露さざれば、驕傲にして行事輕率を主る。ゆえに上下皆白を露さざるを要し、こそ法に合すと算えん。第六則:「視ること久しくして脱せず」。公篤の批注:眼神は看ること久しければ久しいほど神気足るを以て吉と為す。いよいよ久看すれば、眼光いよいよ皎潔にして威勢を帯ぶるを見る、これは禀受の気厚し、長寿にして貴禄あるを主る。もし看ること久しければ神即ち散脱し、眼光漸々収縮して怯意を現ずれば、この種の人は心性持久する能わず、また寿弱禄薄にして半途に受挫す。ゆえに久視して脱せざるを要し、こそ法に合すと算えん。
遇變不耗。人處憂患之時而其形必變,何況危險不耗其元神元氣乎。此王守仁不得時而遇虎,其形靜神定而如常態,不耗神,不變形,後為將相,兼享盛名。凡危險而不耗變者,大貴之格也。公篤曰:眼目之形其法頗多,尚不止此七則,而達摩以此七項為包括各法之綱目。其精微之處雖多,兼併者亦不少,此皆由個人推想,兩執用中可也。故其法僅二十四字,而富貴貧賤壽夭、吉凶禍福悔吝、正直公平、險惡陰毒皆全備之矣。此種相法可謂一字一珠,至於柳莊、衡真,當愧死無地矣。
第七則:「変に遇うて耗せず」。公篤の批注:人の身は憂患の中に處せば、形貌は一定に変わる、況んや危険に遇上るに於てをや、どうして元神元気を耗損せざるを得ん。王守仁当年志を得ざるの時に山中に虎に遇えども、仍旧形体安静・神気鎮定し、一として平常のごとく、神耗せず・形変わらず、後に将相に至りて做し、なお盛名を兼享せり。凡そ危険に遇いて神気耗せず変わらざるは、皆大貴の格局なり。公篤曰く:眼睛の形狀は、法門甚だ多く、遠くこの七則に止まらず。達摩はこの七項を用いて各家の法を統攝し、綱目と作す。その中の精微の處は固然として多く、彼此兼容重曡するも少なからず、これらは皆個人の推想に靠りて、両端を執りてその中を取れば即ち可なり。ゆえに彼の法門はただ二十四個の字を用いて、而して富貴貧賤寿夭・吉凶禍福悔吝・正直公平・險惡陰毒、全てその内に包括せり。この種の相法は一字一珠と言う可し。柳莊・《衡真》の一流に至っては、相形の下に真に羞愧して地に自ら容るる無かるべし。
第三法 全身測量分數
頭面七分,肢體三分。全身測量,以十分計算,頭面佔十分之七,由項而下全身佔十分之三。何以頭面不過十分之一,反占七分,其重要如此耶?接頭為諸陽之首,百脈聚會之源,故眼耳口鼻為五臟五形之結晶,全在乎上。故項以下之肢體雖估十分之九,而僅占三分。按手足號四肢,肢者,枝葉也,不足為材料明矣,故賤人有貴掌之說,可見大概。又人斷手斷足尚能保全生命,斷頭則無生命,某輕重懸殊亦明矣。
第三法は全身の分數を講ず:頭面は七分を占め、四肢軀幹は三分を占む。公篤の批注:全身は十分に按じて計算し、頭面は十分の七を占め、頸項以下の整個の身体はただ十分の三を占む。何のため頭面は体積上ただ十分の一を占むに過ぎず、却って七分を占むを要し、重要この地步に到るか。頭は「諸陽之首」にして、百脈聚會の源頭、眼耳口鼻は五臟と五行との結晶、全て頭の上に長ずるがゆえに。ゆえに頸項以下の軀幹四肢は、体積は十分の九を占めたりと雖も、分數は卻ってただ三分のみ。手足は合せて四肢と称し、「肢」は即ち枝葉、顯然としてこれに据りて取材するに足らず、ゆえにこそ「賤人にも貴掌あり」の説法あり、これより以て大概を見る可し。さらに人は手を断ち・脚を断つとも、なお性命を保住する能う。頭を断てば即ち命なし:軽重懸絶す、亦た甚だ明白なり。
第四法 頭面測量分數(これは達摩の精藝の二なり)
目五分,顴一分,鼻一分,額一分,頦一分,眉口齒耳共一分。各相學家皆以目為重要點,故有問貴在目之說,主富貴貧賤、壽夭勞逸、剛柔死生,全身精神繫於此,才智愚拙之代表也,故佔十分之五。凡人無目則大事全失,雖有師曠之聰,亦不過一技而已,其重要如此,亦人立身之本也。顴為權也,鼻為財也,故各占一分。額為前澤之餘業,頦為晚之收場,故亦各占一分。其眉口齒耳亦屬輕微之部份,合而占一分。此測量之輕重,而為相法之規矩準繩也。
第四法は頭面各部の分數を講ず:眼睛五分、顴骨一分、鼻子一分、額頭一分、下頦一分、眉・口・歯・耳は合計一分。公篤の批注:各家の相學は皆眼睛を以て最も重要の一点と作す、ゆえに「貴を問うは目に在り」の説法あり。眼は富貴貧賤・寿夭労逸・剛柔死生を主り、全身の精神は皆ここに係る、それは才智と愚拙との代表、ゆえに独り十分の五を占む。人一旦眼睛を無くせば、大事は即ち全て失掉す、縱い師曠のあの如き聴覚あるとも、亦た過ぎず一技の長のみ。眼睛の重要この地步に到るは、實に人の身を安んじ命を立つるの根本なり。顴骨は権を主り、鼻子は財を主る、ゆえに各々一分を占む。額頭は祖上恩沢の留下せる余業、下頦は晚年の収場、ゆえに亦た各々一分を占む。眉・口・歯・耳は分量輕きの部位に属し、合せて一分を占む。これは即ち測量の軽重、亦た相法の規矩準繩なり。
公篤曰:達摩相法有測量身面之說,此各家所無,其法雖簡單而輕重自然分明,亦達靡之精萃也。凡屬法家必有規矩準繩,而別其輕重分數。如重要點合格,其輕處雖不足,尚為富貴壽考之局也;如重要點陷弱,雖輕處美好,尚為貧賤夭弱之格也。他書皆以單獨部位為用,真偽不分,輕重不查,那裡是法家,不過言理耳,及盜虛名而已。凡業風鑑者,雖先明輕重之綱領,次查真偽之部位,方為合法。
公篤曰く:達摩相法に身面分數を測量するのこの一説あり、是れ別家の皆なき所。ここの法子は簡単なりと雖も、軽重は自然分明、亦た達摩の精髓の所在なり。凡そ「法家」と称し得るは、必定規矩準繩あり、以て軽重を分別するの分數と為す。もし重要の部位合格せば、次要の地方縱い足らずとも、仍旧富貴寿考の格局なり。もし重要の部位低陷虚弱なれば、次要の地方縱い生まれて好看なりとも、仍旧貧賤夭弱の格局なり。別の相書は皆ただ單個の部位に就きて用い、真偽分かたず、軽重査せず、どうして法家と算えん、不過空に道理を談じ・虚名を窃取するのみ。凡そ相術に從事する人は、皆先ず軽重の綱領を弄明白にし、再び各部位の真偽を査し、このようにしてこそ法に合すと算えん。
達摩五來總訣第一(これは達摩の精藝の三なり)
如來有動神,有靜神,有出神,有入神,有窮神,五神足則見如來。如來有法眼,有慧眼,有天眼,有佛眼,有肉眼,五眼齊則見如來。公篤曰:達摩繫佛家之衣缽、闡明宗教者,故開始曰如來者,即佛號之謂也。接神動為智,即賢愚之別,是為水體之機樞,故曰動神為第一,動者,動而有為也,以用其智也。神靜為信,即貧富之別,是為土體之機樞,故曰靜神為第二,靜者,靜而有守也,以用其信也。神出為仁,即貴賤之別,是為木體之機樞,故曰出神為第三,出者,出而有懷也,以用其仁也。神入為義,即壽夭之別,是為金體之機樞,故曰入神為第四,入者,入而有安也,以用其義也。神窮為體,即剛柔之別,是為火體之機樞,故曰窮神為第五,窮者,窮而有通也,以用其禮也。
總訣に言う:如来に動神・静神・出神・入神・窮神あり、五神皆足れば、即ち如来を見得。如来に法眼・慧眼・天眼・佛眼・肉眼あり、五眼斉備すれば、即ち如来を見得。公篤曰く:達摩は佛家の衣鉢を承く、是れ宗教を闡明するの人、ゆえに開頭に即ち「如来」を説く、それは佛の名號。下面に接続して説く:神「動」は智に属し、分かつは賢と愚、これは水体の機樞、ゆえに動神は第一を列す。いわゆる動は、動して能く作為ある、用いるは彼の智。神「静」は信に属し、分かつは貧と富、これは土体の機樞、ゆえに静神は第二を列す。いわゆる静は、静にして能く守る所有り、用いるは彼の信。神「出」は仁に属し、分かつは貴と賤、これは木体の機樞、ゆえに出神は第三を列す。いわゆる出は、發し出でて心中に懐抱する所有り、用いるは彼の仁。神「入」は義に属し、分かつは寿と夭、これは金体の機樞、ゆえに入神は第四を列す。いわゆる入は、収め入れて能く安定する、用いるは彼の義。神「窮」は礼に属し、分かつは剛と柔、これは火体の機樞、ゆえに窮神は第五を列す。いわゆる窮は、窮極して後に能く通ず、用いるは彼の礼。
其神有五,內而金木水火土,外而仁義禮智信,用而為生剋制化。故各合其形而利其用,相生相化,則富貴壽考;不合其形而礙其用,相剋相制,則貧賤夭凶。故僅二十四字,包羅萬象,變化無窮。如不貫澈儒釋道三家之學說,不能明其妙用;如不明河圖洛晝術數之原理,不能合其準則。
神は一共有五種:内に往きて金・木・水・火・土の五行に配し、外に往きて仁・義・礼・智・信の五常に配し、用い起こせば即ち相生・相克・相制・相化。ゆえに五神は各自形体と相配し・その用を發揮するに利あり、彼此相生相化すれば、即ち富貴長寿。五神形体と配せず・その發揮を妨げ、彼此相克相制すれば、即ち貧賤短命にして凶。ゆえにここの短短二十四個の字は、万象を包羅し・変化窮まりなし。もし儒・釋・道の三家の學説を貫通する能わざれば、即ちその妙用を弄明白にし得ず。もし河圖洛書術數の原理に通曉せざれば、即ちその準則に合上がらず。
又按法眼者,正也,主厚持久,耿介心平;慧眼,秀也,主聰敏多管,機巧靈通;天眼,聚也,主壽考康寧,通今博古;佛眼,慈也,主仁義為用,道德為懷;肉眼,豐也,主根基淳厚,子孫昌達。故以五神足而見如來,五眼全而見如來,是為完人之義也。此達摩之開始言神,其次言目,又其次言測量,繼則言五神五眼而列首章,其綱要全繫乎此也。
さらに五眼を説く:「法眼」は是れ端正、人と為って厚道持久・耿介にして心地平和を主る。「慧眼」は是れ清秀、聡敏にして多く事を幹する能く・機巧にして靈通を主る。「天眼」は是れ聚斂、寿考康寧・古今に博通を主る。「佛眼」是れ慈祥、仁義を以て行事の本と為し・道德を以て胸懐と為すを主る。「肉眼」是れ豊厚、根基淳厚・子孫昌盛發達を主る。ゆえに五神皆足れば即ち如来を見得、五眼斉備すれば即ち如来を見得と言う、講ずるは「完人」の意思。達摩のこの一章は、先ず神を説き、其次に眼を説き、再び次に測量分數を説き、接続して五神五眼を説き、一併に首章に列す、全書の綱要は全てここに係る。
達摩相法第二章
輔角天庭闊必榮,還要印堂明。輔角天庭闊大,即巨鰲人腦之類,伏犀骨之別號也,大而王霸,小而公侯將相,又小為州伯邑侯。此地雖貴,尚要印堂黃明,方是發達之時也,形質與氣色參看故也。邊驛開明文事顯,父母此中管。邊城驛馬開明,本屬進名之初基,當以十七起及二十四止,為第一步之階級。然父母亦在此中應驗,每於入名級而有孝服也。凡驛馬開者為有梁,或有痕也,故利外而內有孝服也。
歌訣に言う:輔角と天庭と寛闊のは必定栄顕す、なお印堂明亮なるを要してこそ可なり。公篤の批注:輔角天庭闊大は、即ち「巨鼇脳に入る」の一類、亦た伏犀骨の別名なり。骨大なるは王を做し覇を称え、小の一等は公侯将相を做し、再び小なるは州牧県令を做す。ここの地方は貴を主ると雖も、なお印堂に黄潤明亮の色を現ずるを要し、こそ発達するの時、形質は気色と合せて看るを要するがゆえに。歌訣また言う:「辺城」「駅馬」の両処開朗明浄のは、文事顕達し、父母の事もまたここに帰して管す。公篤の批注:辺城駅馬開朗明浄は、本より功名を取得するの最初の根基、十七歳より起りて二十四歳に至るを以て止むべく、是れ第一步の階級。ただし父母の事もまたここに於て応験し、往々にして功名に進み入るや服喪に遇上る。凡そ駅馬「開」と言うは、ここの處に骨梁あるを指し、あるいは疤痕あるを指す。ゆえに外出に利ありて、家裏は却って喪事あり。
眉清入鬢霸業成,眼俗即危身。眉清入鬢,多發亂世之割據稱霸,清之洪秀全即此格也。眼俗言目神衰弱,雖發達而不善後,亦非安全之貴也。眉尾雙紋入奸門,妻妾日紛爭。眉尾雙紋繫下插入奸門,非奸門紋上人眉尾。余考眉尾雙紋入奸門,主內顧憂,而有弟兄之爭、子女之弱。此云妻妾紛爭,是否以當時風俗而言耶?或妯娌不睦而爭耶?
歌訣に言う:眉毛清秀にして斜めに鬢に挿入するは、能く覇業を成す。眼相俗気のは、かえって身に危うきを及ぼさんとす。公篤の批注:眉清きて鬢に入るは、多く乱世の裏に割据して覇を称う、清代の洪秀全即ちここの格局。「眼俗」は眼神衰弱を言う、一時発達するも善終を得ず、また穏当の貴と算えず。歌訣また言う:眉尾に両条の紋ありて「奸門」に挿入するは、妻妾日々に紛爭す。公篤の批注:眉尾の双紋は上より下に向かいて奸門に挿入し、奸門の紋の上に向かいて眉尾に長ずるにあらず。我考察するに眉尾双紋の奸門に入るは、家中に憂心事あるを主り、兄弟の間に争執あり、子女体弱なり。ここに妻妾紛爭と言うは、当時の風俗に按じて言うかを知らず。あるいは妯娌不和にして争端を起すを指すか。
奸門堅紋侵眉角,妻宮有操作。奸門紋上仰,主妻強而賢淑,是為賢內助而持家;如奸門骨高,妻族富庶而有接濟,此皆最驗之合法也。印堂光明眉不鎖,三十功名可。印堂不沖不陷,光潤不鎖,當然早發達而進功名。今之時代考之,則功名有十九歲入階,有二十二入階,有二十五入階,提前八年者為最多,故以三十為功名之說不驗。
歌訣に言う:奸門に堅挺の紋ありて眉角に侵るは、妻宮能く家業を操持す。公篤の批注:奸門の紋の上に向かいて仰ぐは、妻子強幹にして賢淑を主り、是れ能く家を持つるの賢内助。もし奸門の處に骨頭高ければ、妻家富庶にして肯んじて接濟するを主る。これらは皆最も応験・最も法度に合するなり。歌訣また言う:印堂光明・眉毛印を鎖せざるは、三十歳の上に功名望む可し。公篤の批注:印堂は紋に冲せられず・低陷せず、光潤にして眉に鎖せられざれば、当然早く発達して功名を取得す。今天の時代を拿して考察するに、功名を取得するに十九歳にして階に入るあり、二十二歳にして階に入るあり、二十五歳にして階に入るあり、八年を提前する最も多し。ゆえに「三十歳に功名を得」の説法は応験せず。
眼秀神安福無窮,富貴日豐隆。眼秀為發達之品,神女為寬宏之器,故言福無窮而豐隆也。故首章以秀正安閒為合格,為全局之精神也。目秀神足睛突出,肩高方可發,仕途多險阻。目秀神足,當然主富貴;如烏珠突出,則有驚險刑傷。按睛凸突為火局,故云肩高可發之說,肩高亦火局。馬周鳶肩,而為興唐之名將,但以勞險奔馳而成功也。
歌訣に言う:眼秀にして神安のは福気無窮、富貴日に日に豊厚ならん。公篤の批注:眼秀は発達の品、神安は寛宏の器量、ゆえに福無窮にして日に豊隆するを言う。因りて第一章こそ「秀」「正」「安」「閑」を以て合格と為せり、これは全局の精神の所在。歌訣また言う:眼秀神足にして眼珠凸出のは、肩高くしてこそ発ち起こる得、仕途の上に険阻多し。公篤の批注:眼秀神足は当然富貴を主る。ただし黒眼珠凸出なれば、即ち驚険刑傷あり。按ずるに眼珠凸突は火局に属す、ゆえにこそ肩高くしてこそ発する能うと言う——肩高もまた火局に属す。馬周即ち鳶肩、興唐の名臣を做せり、ただ労苦奔波・険阻を経歴するに靠りてこそ成功す。
淚堂平滿要潤安,急枯子相殘。淚堂為子女之專部,故以平滿潤澤安和為合格,主子女多而貴賢。如急則主子不肖而愚,枯則主子刑剋而少,故定以殘字:一為殘害內患,一為殘傷缺點。子宮皮皺紋朝上,恃逆終須見。子宮在眼下臥蠶部,其部多紋,交爻為陰騭紋。順生近顴,主一枚一子;反生近年壽,主一紋一女。此言朝上,為近目之謂,此為反逆臥蠶紋,主子女忤逆而不肖也。
歌訣に言う:涙堂は平満・潤沢にして安和を要し、気色急躁あるいは枯槁のは、兒子の間相残さんとす。公篤の批注:涙堂は子女を主るの専位、ゆえに平満・潤沢・安和を以て合格と為し、子女多くして且つ貴く且つ賢を主る。もし気色急躁なれば、則ち兒子不肖にして愚鈍を主る。もし枯槁なれば、則ち兒子刑剋を受けて人数少なきを主る。ゆえに一個の「残」の字を定下す:一は残害して内患を生ず、一は残傷して缺陷あり。歌訣また言う:子宮の皮に上に向かうの皺紋を生ずるは、忤逆の事終に見るを要せん。公篤の批注:子宮は眼下臥蠶部位に在り、ここに紋路多く、交叉して爻のごときは「陰騭紋」。順って生じ顴骨に近きは、一条の紋に一個の兒子を主る。反って生じ鼻梁年寿に近きは、一条の紋に一個の女児を主る。ここに「朝上」と言うは、眼に近きを指し、反逆の臥蠶紋に属し、子女忤逆にして器と成らざるを主る。
山根斷陷百無成,當限死分明。山根直紋主凶危,橫紋主挫折,此言斷陷,非紋沖也。余考山根之名為根基,斷陷者,不受祖業也;為壽根,斷陷者,不享大壽也。神充足者可過四十一,神不充足者難過四十一。年壽準頭俱要起,過聳傷子女。年壽為鼻樑,號疾厄宮,故管輅雲鼻無梁柱主不壽;準頭為土星,號財帛宮,故土星不起主財弱。二者以高起為合格。此言過聳有刑子女:一為斷節,一為孤峰而無輔佐之兩顴,則少子女矣。
歌訣に言う:山根断陷のは百事成ることなし、限運の年に到れば、死期分明なり。公篤の批注:山根の上に直紋あるは凶危を主り、横紋あるは挫折を主る。ここに言うは「断陷」、紋に冲破せらるるにあらず。我山根のこの名目を考するに、一層の意思是れ「根基」、断陷は即ち祖業を承受し得ざるなり。もう一層は「寿根」、断陷は即ち大寿を享くる得ざるなり。神気充足のはなお四十一歳を過ぐる能う、神気不足のは則ち四十一歳を過ぎ難し。歌訣また言う:年寿と鼻準と皆挺起を要し、太く聳えばかえって子女を傷す。公篤の批注:年寿は即ち鼻梁、「疾厄宮」と叫ぶ、ゆえに管輅は鼻子に梁柱なきは長寿ならざるを主ると言う。鼻準は「土星」と叫ぶ、是れ「財帛宮」、ゆえに土星隆起せざるは財力弱きを主る。ここの両処は皆高起を以て合格と為す。ここに太く聳えばかえって子女を刑すと言うは、両種の情形を指す:一種は鼻梁中間断節、一種は鼻子孤峰独聳にして両顴の輔佐に来たらざる、則ち子女少なし。
井灶單薄又仰露,到老家難立。井灶即蘭臺廷尉,以厚勻而收為合格,忌單薄財少而弱,忌仰露財不入庫,故有到老難立而勞苦如常,此言平生無積蓄也。兩觀高超不露骨,發在四十六。顴骨為權之別名,以高起上插為觀相之合格,應貴而權重,為國家之屏藩,其部位應四十六七。以今世考之,則二十九為發達之期,當提前十七年,及提前十四年與八年,衰世提前較多,盛世提前較少也。
歌訣に言う:鼻孔単薄にしてまた朝天外露のは、老に到るも家業を立て起こることなし。公篤の批注:「井竈」は即ち蘭台・廷尉の両処の鼻翼、厚實匀称にして内に向かいて収攏するを以て合格と為す。単薄を忌む、それは財少なく弱きを主る。朝天外露を忌む、それは財の庫に入らざるを主る。ゆえに老に到るも業を立て難くして一生照様労苦を言う、即ち一生積蓄を存せ得ざるなり。歌訣また言う:両顴高聳挺拔にして骨を露さざるは、四十六歳の上に発達す。公篤の批注:顴骨は「権」の別名、高起して上に向かいて斜挿するを以て看相の合格と為し、貴にして且つ権重きを主り、国家の屏藩と作る可く、部位は四十六七歳に対応す。今天の世道を拿して考察するに、二十九歳は即ち発達の期、十七年を提前すべく、また十四年と八年とを提前するもあり。衰乱の世は提前すること多く、太平の世は提前すること少なし。
鬍鬚清疏要有力,五十名利益。盛世髭鬚為華表,慎重起見,以清疏為合格。亂世髭鬚敗多益少,不可勉強蓄留,每多刑妻魁子,危險招嫉,輕亦主破財疾厄各項。正堂孩不足憑,老幼在精神。精神為相法之第一重要,老者有精神,而福壽日增;幼者有精神,面廣健日強。故古人為有一分精神,有一分福氣;有一日氣色,有一日吉凶。
歌訣に言う:胡鬚は清疏にして力あるを要し、五十歳の上に名と利と皆增益す。公篤の批注:太平の世に鬚を蓄うるは一種の体面の表徴、鄭重のため起こりて、清疏を以て合格と為す。乱世の裏に鬚を蓄うるは壞處多く好處少なく、勉强して留る可からず、往々にして妻を刑し子を剋し、危険と嫉恨とを招来し、軽きもまた財を破り・疾病災厄のこらの事を主る。歌訣また言う:面上の部位は憑に足らず、老人小孩は皆精神を看るを要す。公篤の批注:精神は相法上の第一重要の東西:老人に精神あれば、福寿日々に增添す。小孩に精神あれば、身体日々に強健す。ゆえに古人言う、一分の精神あれば即ち一分の福気あり。一日の気色あれば、即ち一日の吉凶あり。
五官正大百事成,五露亦超摹。五官正大,言局勢開展、氣魄宏大,故有百事成之說。至於五露則有疑點:柳莊、衡真均指五露為耳露廓輪、眉露稜毫、目露神光、鼻露兩孔、口露牙齒,是為五官之露。按耳露廓輪,幼年孤苦,何有教育栽培?眉露陵毫,憂愁度日,何有進捷遇合?目露神光,驚險破敗,何能立功立業?鼻露兩孔,財不入庫,何能立身立足?口露牙齒,惹是招非,何能服眾居功?余謂三官露已是下賤之相,何況五官皆露,是為賤苦不堪之相,那有超群之說。雖麻衣亦言五露最貴,余考五露係指五嶽之露,露者,大而高起之謂也。故孔子有五嶽朝天之露格,而為萬世師表之聖人,當然為非常之貴也。故上一句論五官,下一句論五嶽,勿為柳莊、衡真誤解而誤也。
歌訣に言う:五官端正宏大のは百事成す可し、「五露」の人もまた能く超群す。公篤の批注:五官正大は、格局開展・気魄宏大を言う、ゆえに百事成す可しと言う。「五露」に至っては則ち疑問あり:柳莊と《衡真》とは皆五露を解して耳に廓輪を露し・眉に稜毫を露し・目に神光を露し・鼻に両孔を露し・口に牙歯を露すと作す、即ち五官の露。しかるに耳に廓輪を露すの人は幼年孤苦、どうして教育栽培を受くるを談ぜん。眉に稜毫を露すの人は終日憂愁、どうして順利進取・機縁に遇うを談ぜん。目に神光を露すの人は多く驚険破敗、どうして功を立て業を立て得ん。鼻に両孔を露すの人は財の庫に入らず、どうして身を立て足を立て得ん。口に牙歯を露すの人は是を惹き非を招く、どうして衆に服して功に居らん。我三官外露はすでに下賤の相と為すを以てす、況んや五官全露をや、それは賤苦不堪の相、どうして超群の説あらん。麻衣もまた五露最も貴しと言うと雖も、我考証し下るに、五露は五嶽の露を指す。ここの「露」は、大にして高起の意思。ゆえに孔子に「五嶽朝天」の露格あり、万世師表の聖人と成る、当然非常の貴。見るべし上一句は五官を論じ、下一句は五嶽を論ず、柳莊・《衡真》の誤解に帯び偏せらるること勿れ。
骨少肉多皮又緊,急死壽夭準。骨為君,肉為臣,骨少肉多是客反主之格,本主虛花無壽,加以皮繃緊,當然夭亡,多則四十為止,如二十與二十九及三十八均為死厄之年,又參看他部如何也。骨粗肉重行坐偏,勞苦受熬煎。骨粗之人多勞而創業,此為亂世之格局也;肉重多離奇而致富,亦驗亂世之格也;行坐偏邪,其人天姿聰敏,主淫而多成多敗。此類格局發達有之,不過品行不足耳,亦主優伶,勞而不苦,其熬煎不驗也。
歌訣に言う:骨少なく肉多くして皮また繃緊のは、急死短命、断ずる極めて準なり。公篤の批注:骨は是れ君、肉は是れ臣。骨少なく肉多きは、客かえって主を壓するの格局、本来虚花無寿を主る、加うるに皮膚繃緊すれば、当然夭亡す、最も多くても四十歳に到るを以て止めり。二十歳・二十九歳と三十八歳とは皆死厄の年、なお別の部位のいかんを参看するを要す。歌訣また言う:骨粗く肉重く・行坐偏斜のは、労苦にして熬煎を受く。公篤の批注:骨粗の人は多く労碌にして能く創業す、これは乱世の格局。肉重の人は多く離奇の機縁に靠りて富を致す、亦た乱世の格局の上に応験す。行走坐立偏斜のは、この種の人の天資聡敏、色を好みて成敗頻繁を主る。この一類の格局は発達するもあり、ただ品行足らざるのみ、また戲子の一流を做すを主り、労して苦しまず、彼を熬煎を受くと言うは併せて応験せず。
氣宇軒昂眉一字,文人兼武職。亂世文武兩途,在眉目上分:凡眉平橫一字,或上監如劍,均主武貴;如前平尾曲,或環曲新月,皆為文貴。此言眉橫一字,雖是文人亦領武職。莫於清處斷人貴,孤夭多因是;莫於濁處笑人愚,富貴每出此。清濁之間尚有內外之別,必查真偽之點,又詢其生養之地形宜否。故清中急薄,一為刑剋,一為夭亡,務要內清之神清聲清,凡要查其似清而非清。又以南北之地形決之:加在北方而出清格,當然貴而無疑;加在南方,真清亦有限,故每多清格而反孤夭,混亂眼目也。凡濁者厚重,形濁而神清音清,此為大富貴之格也;如神音並濁,當然無用而為痴愚下賤之格。假定濁格出於北方,當然平常居多;如濁格出於南方,亦為大富貴之格。此四句含有真偽、內外、地形、反正四項,亦達摩之精萃處。
歌訣に言う:気宇軒昂にして眉が「一」の字のごときは、文人もまた武職を兼掌を要す。公篤の批注:乱世の裏の文武の両條の路は、即ち眉眼の上に分かつ。凡そ眉毛平直にして横たわりて一字のごとく、あるいは上に向かいて豎りて劔のごときは、皆武貴を主る。眉前段平にして眉尾弯曲、あるいは整條弯きて新月のごときは、皆文貴を主る。ここに眉横たわりて一字と言う、ゆえに縱い文人なりとも武職を領するを要す。歌訣また言う:一たび清を見れば即ち人を貴と断ずること勿れ、孤独早夭は多くここに出づ。一たび濁を見れば即ち人を愚鈍と笑うこと勿れ、富貴は往々にして正にここに出づ。公篤の批注:清と濁との間にまた内外の別あり、必ずその真偽を査し、なおその生長の地の地形の合するや否やを問うを要す。ゆえに清の裏に急促単薄を帯ぶるは、刑剋に非ざれば便ち早夭。務めて内裏もまた清なるを要す、即ち神清・声清。凡事皆それの「清に似て清ならず」なるや否やを査するを要す。なお南北の地形に按じて以て決断するを要す:北方に生まれて清格を出ずれば、当然貴にして疑いなし。南方に生まれれば、真正の清もまた限りあり、ゆえに常に清格にしてかえって孤夭するあり、花を看るの人の眼。濁に至っては、濁の人は身架厚重。形濁にして神清・声清は、これは大富大貴の格局。もし神と声と亦た一一併に渾濁なれば、当然無用、是れ痴愚下賤の格局。假定濁格北方に出ずれば、当然多く平常。濁格もし南方に出ずれば、亦た大富大貴の格局。この四句の裏に真偽・内外・地形・正反の四項を含着す、亦た達摩相法の精髓の所在なり。
公篤日:余考達摩之法,當時為六朝文字,極簡直而意深,其驗者頗多而不驗者亦不少。一為時代之變遷,法律之專制與共和不同;一為社會之影響,人情之交通與閉塞各異。據其最驗而千古不移之法,尚有年限不合,如印堂光明而三十功名可取,今則應前十一年者,又有應前八年者,又有應前五年者,此天道薄而提前耶?或潮流趨而提前耶?
公篤曰く:我達摩の法門を考察するに、当時寫すは六朝の文字、極めて簡明直捷にして意思深遠、応験する甚だ多く、応験せざるもまた少なからず。一来は時代変遷、法律上の専制と共和と同じからず。二来は社会影響、人情上の交通と閉塞と各々異なり。就中その最も応験し千古不移の法則に於ても、年限の上にまた対不上するの地方あり。たとえば「印堂光明、三十にして功名取る可し」、如今に十一年を提前して応験するあり、八年を提前するあり、また五年を提前するあり。これ究竟は天道転じて薄くして提前するか、それとも潮流趨勢のそれを推して提前せしむるか。
又兩顴高超發四十六之說,亦有提前十七年者,又有提前十四年者,又有提前八年者。諸如此類,推想而執中可也。至於不驗處,餘尚註明而保留其原文者,恐天道轉移、時事變遷,有時亦合其法也。茲特分別詳註,以備研究相學者作一先聲之嚮導耳。
さらにたとえば「両顴高聳、四十六歳に発達す」の説法にも、十七年を提前するあり、十四年を提前するあり、なお八年を提前するあり。此のごときの類、讀者自ら推想して、両端を執りてその中を取れば即ち可なり。それらの応験せざるの地方に至っては、我仍旧それを注明し出でて原文を保留す、是れ天道轉移・時事変遷を怕れ、将来の某个の時候に它又た合上ぐるを惧るがゆえに。現在特に條を分かちて詳しく批注を加え、相學を研究するの人の為に一個の先行の向導と做すのみ。
達摩相法第三章
兩睛常鬬,富而招災;驛馬黃絲,勞而馳利。烏珠常鬬,皆可致富而豐足衣祿,然多為官非牽連、盜垂涎,蓋其人多財而驕,又悋小而貪,此招災之事實也。驛馬為行動而得外財,故以奔馳而利也。睛突神惡,妻擎亦殃;漆面銀牙,技藝廣譽。睛突神惡,本主奇禍而凶,不但刑妻克子,凡屬愈富貴者而危險愈大,皆破家亡身之格也。鐵面言外黑也,銀牙言內白也,其人則有專長之巧藝而得名譽也。
第三章の開頭に言う:両眼珠常に相鬥するがごときは、富みて災を招く。駅馬部位に黄色の絲紋を現ずるは、労碌奔走して利を得。公篤の批注:黒眼珠常に相鬥の狀を作す人は皆能く富を致し、衣食豊足す。然るに多く官司に牽連せられ・盗賊に覬覦せられん、ここの種の人は銭多くして驕横、また小處を吝惜して貪心なれば、これは即ち災を招くの實情。駅馬は走動に因りて外財を得るを主る、ゆえに奔波して利を得と言う。又た言う:眼珠突出・神情凶悪のは、妻子に連ねて殃を遭わしむ。面黒くして漆のごとく牙白くして銀のごときは、技藝に憑りて廣泛の名譽を博す。公篤の批注:眼突き神惡は本来奇禍にして凶を主る、ただ妻を刑し子を剋するのみならず。しかもいよいよ富貴の人は危険いよいよ大、皆破家亡身の格局。「鐵面」は外表黒きを言い、「銀牙」は裏面白きを言う、この種の人は一門の専長の巧藝あり、因りて名を得。
禍生不測,必先青黑於印堂;位忽升遷,定見黃紫於年壽。印堂為全部之元首,凡屬紅赤色主破家亡身,次則牢獄驚損;此言青黑,或指天災瘟疫之死而言。按年壽為疾厄宮,似不主官祿,余考正式升遷在奏書,兼代升遷在法令,年壽黃紫主健康而無疾苦也。
歌訣に言う:不測の禍まさに發生せんとすれば、印堂は必ず先に青黒を現ず。官位忽然昇遷すれば、鼻梁「年寿」の上に一定に黄紫の色を見得。公篤の批注:印堂は全臉の元首、凡そ紅赤の色を現ずれば破家亡身を主り、次の一等もまた牢獄の災あるいは驚嚇損傷を主る。ここに青黒と言うは、あるいは天災瘟疫にして死を致すを指すか。按ずるに年寿は「疾厄宮」、似て官禄を主らざるがごとし。我考察し下るに、正式の昇遷は「奏書」を看、代理兼任の昇遷は法令を看る。年寿に黄紫を現ずるは、身體健康にして病痛なきを主る。
小順大逆,只因瑣瑣形神;先敗後發,必是悠悠堅忍。瑣瑣二字為形容愁容寒苦之貌,與麻衣之縮縮二字相等,其人量窄器小,所受有限,故有瑣瑣形密以喻之。悠悠二字形容安閒瀟灑之貌,其人量寬器大,終為發達而有遇合也。
歌訣に言う:小事順にして大事逆のは、ただ形神瑣碎なるに因るのみ。先に敗れ後に発するは、必定気度悠然にして能く堅忍す。公篤の批注:「瑣瑣」の両字は愁苦寒酸の様子を形容し、麻衣の用いる所の「縮縮」の二字と相當す、この種の人は器量狹窄、所能承受のは限りあり、ゆえに「瑣瑣」を用いて彼の形貌の局促を形容す。「悠悠」の両字は安閑瀟灑の様子を形容し、この種の人は器量寛大、終に発達して機縁に遇わんとす。
痣出衣領前,以言招禍;蔗生陽物上,因貧得財。痣即黑於,高皮肉一線,其關係頗輕,如生於結喉亦主凶死,故項上之痣均不吉而招是非也。凡痣以藏為吉,故足心之痣主貴;而陽物有痣,主白手興家而進田宅也。
歌訣に言う:痣は衣領以上に長ずれば、禍を招くを主る。痣は外腎の上に長ずれば、能く貧より轉じて富と為る。公篤の批注:「痣」は即ち黒子、皮肉より一線高く出づ、關係本来甚だ軽し。ただし喉結の上に長ずれば、亦た凶死を主る、ゆえに頸項の上の痣は皆不吉利、是非を招惹せん。凡そ痣は隱處に蔵するを以て吉と為す、ゆえに脚心の痣は貴を主る。而して外腎の上に痣あれば、白手起家にして田宅を置得するを主る。
印堂青白交加,作事成而忽敗;天倉糠粃堆積,家業散而又空。印堂有青白雜花之氣色,故成中忽敗,皆為反面之引誘而入危地,青主憂愁、白刑人丁故也。按天倉為前澤,糠粃為白枯之色,主族戚之內顧憂而自相殘害之敗也。
歌訣に言う:印堂に青白の両色交加のは、事情眼を看て成らんとするに卻って忽然失敗す。天倉の處に糠秕を堆するがごときは、家業散盡して後に落空す。公篤の批注:印堂に青白駁雑して花のごときの気色を出現すれば、ゆえに事中途に到りて忽然敗落す、それ皆反面の引誘に牽かれて険地に入るなり:青は憂愁を主り、白は家中の人口を刑剋を主る。天倉に至っては、主るは祖上の恩沢。「糠秕」は一種の白くして乾枯の色、族中親戚の裏に人をして憂心せしむるの事あるを主り、自ら相殘害するに因りて敗落す。
眉清目秀者貴,有似清薄秀之嫌;鵝背豐頤者富,有死肉尸行之異。清秀須要貫澈內外。凡清秀而薄,反主夭亡;凡清秀而流,反主下賤。故有似清非清,及清中流薄,以偽亂真。按豐隆有死肉,即氣血不流通;尸行即挺直不活曲,皆貧賤之例,晚年蕭條而孤苦也。
「眉清目秀」は正格の貴相、ただ別に一種あり、看去清に似て其實は単薄にして秀なるの假格、最もそれと混淆し易し。「鵝背豊頤」は正格の富相、ただ別に一種あり、肉死物のごとく・行走僵直の敗格、亦た常に錯認せらる。「清秀」を断ずるには、必ず内外一貫してこそ真と算えん:外貌清秀にして骨肉単薄のは、かえって早夭を主る。外貌清秀にして神気浮蕩収まらざるは、かえって下賤を主る。ゆえに相家言う、「清に似て清ならず」あり、「清の中に流を帯び薄を帯ぶ」あり、皆假を以て真に乱る。それ「豊隆」に至っては、もし豊厚の處に長ずるは「死肉」なれば、それは氣血流通せざるの表徴。「尸行」は腰背挺直・行動活転する能わざるなり。ここの両種は皆貧賤の格に属し、晚年は必定景况蕭條・孤苦依るなし。
司空黃中隱黑,有財有訟;虎耳白又閃紅,有益有驚。二十項頂肉壅,定同顏子;五十蠶囊肉起,難學商瞿。司空為官祿宮,黃為利益,黑為官訟牢獄。虎耳白紅,均主疾厄,有主狎妓之淫禍梅毒,何益之有。二十發肥,難過三十二歲。五十臥蠶起,子星遲少之謂也。如高露成蠶肉,則主孤刑,或有女而無子也。如有水溼上泛之疾,則有子女成立二三也。
「司空」は額心に在り、是れ官禄宮の所在。ここの處に黄氣の中に暗に黒氣を蔵すれば、一面財を進め一面訟を惹くを主り、黄は利益、黒は官司牢獄なり。「虎耳」部位白を発してまた紅を透すは、皆疾病災厄を主り、しかも多く狎妓にして招来するの淫禍梅毒、どうして「有益」と言い得ん。二十歳にして便ち頭頂に肉を生じ壅腫するは、寿数三十二歳を過ぎ難し、正に孔門顏回の早亡の年と相同じ、ゆえに「定めて顔子と同じ」と言う。五十歳の上に「臥蠶」の處に肉起れば、是れ子星遅くして且つ少なきの意思。孔子の弟子商瞿は年長にして子五人を得たり、ここの種の格局は便ち彼を學び来たらず。倘若臥蠶高露して一条の硬蚕肉を成せば、孤独刑剋を主り、あるいはただ女を生じて子を生ぜず。もしただ水濕上泛するの病態の浮腫ならば、子女は仍旧両三個を立て起こる能う。
行來幾度開懷,剛燥難與同樂;別去三番回首,多疑莫與同憂。開懷有矜驕氣,持長仗勢以欺人。故老子云:過莫大於言人之短,持己之長。故不能同富貴也。回首多猶豫狐疑也,志妄不堅,心亂不定,故不能同憂患,但知利而不知義故也。
交往の中に動もすれば放聲大笑するの人は、性情剛烈躁急、彼と同じく安楽を享くる可からず。辭別以後再三頭を回らして張望するの人は、心裏多疑、彼と共に憂患に當たる可からず。いわゆる「開懐」は、笑いの裏に自矜驕慢の氣を帯ぶ、自己の長處を仗りて・手中の勢力に憑りて以て人を壓す。老子言ったり、過失は人の短を揭げ己の長を恃むより大なるはなし、ここのようの人は因りて人と富貴を共にする能わず。いわゆる「回首」は、行止猶豫・反顧狐疑、志意虚妄にして堅定せず、心思紛乱にして定主なし、ゆえに彼と患難を共にする能わず——彼の眼はただ利を認めて、義あるを知らざるがゆえに。
奸門陷而紋沖,克妻必主二三;臥蠶厚而明潤,生子定有五六。奸門魚尾,為妻妾專部。古法有謂一紋一妻之說。余考奸門上仰者,主妻強淑不刑,雖紋亦佳;奸門平沖者,刑命妻而兩配;奸門下反者,重刑而三配。臥蠶平潤,主子旺,順紋一紋一子也。
「奸門」低陷にしてまた紋路直冲あるは、妻を剋す少なくとも両三次。「臥蠶」肉厚くして明潤のは、子を生ず五六個なる可し。奸門は即ち眼尾「魚尾」の一帯、是れ妻妾を主るの専属の部位。旧相書に「一紋一妻」の説法あり。作者自述の考驗の所得:奸門紋路の上に仰ぐは、妻子性强にして賢淑、併せて刑剋せず、紋あると雖も亦た好格。奸門紋路平直にして冲出するは、元配を剋して須く再娶すべし。奸門紋路の下に反るは、刑剋なおさら重く、第三次に娶るを要す。臥蠶平満潤沢のは子息興旺を主り、臥蠶の上に順生するの紋路は、一条に一個の兒子に応ず。
見人神色數變,主詭譎,非多疑,又非膽怯;聽言已盡未知,主病馳,必愚滷,又必奸貪。神色多變之人,志不堅而心不定,主奸險心多,力輕任重,志小大,故云非疑非怯,不過刻薄陰毒耳。聽言已盡未知,其人患腦力之神經病,亦主貪而非愚,另有注意於情慾名利之場也。
人を見て神色屡屡にして変換するは、人と為って詭詐を主り、これは既に單純の多疑にあらず、また胆怯にあらず。別人の話已に説き完わるも彼はなお聴明白せざるは、神志衰弛を主り、看似愚鈍にして、實は則ち奸貪なり。神色多變の人は志向堅からず・心思定まらず、ゆえに奸険にして機心重く、本事軽くして担子重し、志気と才具と相称せず、因りて彼を既に疑心にあらず亦た怯懦にあらずと言う、不過刻薄陰毒のみ。話講じ完わりてなお云う所を知らざるに至っては、それは腦力上の神經の疾、亦た貪に属して愚に属さず——彼の心思は別に寄托あり、正に情欲名利のあの一片の場面の上に落ちたり。
準頭一點赤侵壽,須防回祿;唇上數痕青入口,猶忌河伯。準頭黃亮透天,必捷功名;印堂紅潤映眉,定超祿位。準頭赤點,而防火災;唇有青痕,而防水厄,二者均驗。準頭黃光入天庭,先進財利,而後進功名。印堂紅潤為破敗,想是紫字之誤。印堂紫潤,力進名祿及喜因之人丁子女也。
鼻尖「準頭」の上に一点の赤色を現じて年寿部位に侵入するは、火災を防ぐを要す。嘴唇の上に幾道かの青痕直に口内に入るは、水厄を忌むを要す——「回禄」は是れ火神、「河伯」は是れ水神、皆神名を借りて以て災を指す。準頭の黄光ただ明亮にして上に透りて天庭に入るは、功名必定にして手に得。印堂紅潤にして眉際に映ずるは、禄位必定にして超昇す。作者の按語:準頭に赤点を見れば火を防ぎ、唇に青痕を見れば水を防ぐ、ここの两条は甚だ靈験なり。準頭の黄光上に天庭に入るは、先に財利を得・後に功名を得。原文の「印堂紅潤」を破敗の下に繫げたるに至っては、恐らく「紫」の字を誤りて「紅」の字に刻せり。応に印堂紫潤と作すべく、名禄大いに進むを主り、併せて人丁子女に因りて喜慶を生ず。
神清氣爽而色潤,逢險地而愈升;神奪氣暗而色昏,雖好方而益險。此皆正面反面而言。神清氣爽,雖臨險地而無礙,此其進益之機會也,總以潤澤為吉。神奪者衰而不常也,氣暗者晦而不明也,處於艱難尚無礙,如反亨吉,當有奇禍發生也。
精神清明・気息爽朗にして気色潤沢の人は、即ち険境に身を處すとも、かえって歩歩上昇す。精神奪われ・気息昏暗にして気色晦滞の人は、即ち好局面の裏に處すとも、いよいよ凶険ならん。この両句は一正一反対挙して言う。神清气爽の人は縱い険に臨むとも妨げなし、それは正に彼の上進して益を得るの機會、總じて気色潤沢を以て吉と為す。いわゆる「神奪」は、精神衰頹にしてその常度を失う。いわゆる「気暗」は、気機晦澁にして明朗ならざるなり。この種の人は艱難の中に處してなお碍なし、一旦かえって順遂亨通すれば、即ち意外の大禍發生するべし。
破船遇順風,亦可航海;真玉不出石,空自埋出。形如僧道者無子,貌似神像者有女。面似桃花,主淫而夭;臉似橘皮,主刑少子。按形質好而氣色滯,如玉末出石,尚有待也;形質弱而氣色好,亦可暫發,故云破船遇順風,亦可航海,而無害也。僧道之形,眉目下墜而肥嫩;神像者,威嚴之謂。桃花橘皮,均詳前《麻衣》章內。
破舊の船順風に遇上れば、一様に能く海に出づ。真玉石の裏に埋れて出でるを肯んぜざれば、即ち白々埋没せり。形貌僧道に似たる人は子なし。相貌神像に似たる人はただ女児を得。面桃花のごときは淫蕩にして早夭を主り、臉橘皮のごときは刑剋にして子少なきを主る。作者の按語:骨相本より好くして気色停滞するは、美玉の未だ石より出でざるがごとく、ただ時候未だ至らざるなり。骨相本より弱くして気色轉好するも、また能く暫時発達して一陣す、ゆえに破船順風に遇うもまた能く航海すと言う、眼下妨げなし。いわゆる僧道の形は、眼眉下垂・肌肉肥嫩。いわゆる神像の貌は、あの一副の威厳の気象。桃花面と橘皮臉の两条は、前の《麻衣》の各章にすでに詳説せり。
語對人眼不對人,心疑志專,終非好相識;口就食食不就口,性貪家破,必是無用輩。語對人眼不對人,主疑此猜彼,又主身在此而心在彼,故所說之話,毫無意,而不顧信義,總以私慾為目的。食不就口,為下愚之流,亦主私心自用,而怠情也。
説話の時嘴人に対して眼睛卻って人を看ざるは、心裏疑を存して別に専注あり、終に深く交わる可きの人にあらず。喫飯の時嘴を飯に凑せて飯を嘴边に送らざるは、性情貪婪・家業敗落し、必定是れ出息なきの一類。嘴人に対して眼人に対せざるは、彼のここを疑いあれを猜するを主り、また人はここの處に在りて心は別處に在るを主る、ゆえに彼の講ずるの話は毫も誠意なく、また信義を顧みず、一切ただ私欲を満足せしむるがためのみ。喫飯に食を口辺に送らざるに至っては、それは下愚の流、亦たここの人の私心自用にして怠惰不振を主る。
眼慧者經財,財不聚而不缺;睛凸者悋財,財雖多而禍侵。眼慧之人,聰明超逸,清高自愛而好名,故不積聚財,志向不在此也。然亦不缺乏,凡事有先見之明,志大而遠,此名士之流。睛凸之人,刻薄成家,處處愛財如命,故有牽動而結怨交惡,亦有覬覦而生暗害,此象以齒而焚身也。
眼に慧光ある人は錢財を經手し、財は積聚せざれど亦た短缺せず。眼珠凸出の人は錢財を吝惜し、財は多けれど禍患を招来す。眼慧の人は聡明超脱・清高自愛にして名声を看重す、ゆえに財を積むを肯んぜず、彼の志向は本よりここの上に在らず。然るに亦た匱乏に至らず、凡事に先見の明あり・志向遠大なれば、これは名士の一路。眼珠凸出の人は多く刻薄を以て家を起こし、處處財を愛すること命のごとし、因りて利を爭い人を動かして怨を結び仇と成り、また常に人に覬覦せられて暗害を遭う——《左傳》に大象は牙あるに因りて身を焚くの禍を招来すと言う、正にこの道理なり。
左奸門黃中隱黑,得妻財而歿命;右魚尾白中隱紅,喪妾婢而罷官。奸門魚尾,為妻妾之專部。黃氣可得妻財,黑氣呵損妻宮,白氣主妻族之哭泣,紅氣因妻妾而生是非禍患,或有狎妓嫖娼之招禍及惡病。此言歿命罷官,均不驗。
左辺の奸門に黄氣の裏暗に黒氣を蔵するは、妻家の財産を得て卻って此に因りて命を喪うを主る。右辺の魚尾に白氣の裏暗に紅氣を透するは、妾婢を失去し併せて官を丟くを主る。奸門と魚尾とは皆眼尾に在り、是れ妻妾の専属の部位。ここの處に黄氣を見れば妻財を得る可し、黒氣を見れば則ち妻宮を損傷す、白氣を見れば妻族に喪事哭泣あるを主り、紅氣を見れば則ち妻妾に因りて是非禍患を生じ、あるいは狎妓嫖娼に因りて災禍惡疾を招来す。原文の説く所の「殁命」「罷官」の両項に至っては、作者實例を以て考驗するに、皆応験せず。
大貴清奇,多孤鶴而無子;鉅富圓厚,似肥豬不善終。此言凡格局,均有弱點,猶天不滿西北,地不滿東南。大貴多妻妾,而反無子女,言其格清奇突兀,受天地之至清,為造化之所忌,故有缺陷於子女;亂世則縱慾自戕,為人事之錯誤,故有缺陷於子女。鉅富多田宅,而反不善終,言其三角眼,而有赤縷侵入烏珠,故有慳悋之貧暴,以凶亡也。
大貴の人は相貌清奇、多く孤鶴の一般にして子なし。巨富の人は体態圓厚、若く肥猪の一般なれば便ち善終を得ず。これは凡そ格局皆弱点を帯ぶるを言う、正に天の西北に満たず・地の東南に満たざるがごとく、本来十全なし。大貴の人は妻妾多しと雖もかえって子女なし、彼の格局清奇突兀・天地至清の氣を禀受するに因りて、造化の忌む所と為る、ゆえに子女の上に缺陷を留下す。若し身乱世に逢いて欲を縱り自ら傷れば、それは人事上の過失、同様に子女の上に缺陷を落下す。巨富の人は田宅多しと雖もかえって善終を得ず、彼は一雙の三角眼を生じ、また赤色の血絲黒睛に侵入あるがゆえに、ゆえに既に慳吝にしてまた貧暴、終に凶亡を以て場を収む。
腳跟不履地,面皮青薄者,必見敗亡;說話必縮頭,視瞻不一者,終遭刑禍。鐵面金聲,名垂萬古;行雲流水,富亦阡陌。腳跟不優地,木形火形不忌,木質輕浮,火質上炎故也,其它金水土皆忌,如反發達,則死期至矣。說話縮頭,其人庸愚;視瞻不一,其人貧賤。鐵面金聲,皆政治大家而大貴;行雲流水,言其活潑瀟灑,主清名而當業也。
走路に脚根地に着かず面皮また青くして薄きは、必定敗亡す。説話に總て頸を縮め目光游移不定のは、終に刑禍に遭わんとす。面色黒亮して鐵のごとく声音清越して金のごときは、名万古に垂れん。挙止行雲流水に似たるは、田阡陌に連なるも富み起こる得。作者の按語:脚根地に落ちざるのこの一相は、木形人・火形人は忌まず、木性軽浮・火性上炎するがゆえに。其余の金形・水形・土形の人は皆忌む、この種の人もしかえって発達し起これば、死期もまた即ち到らん。説話に頭を縮むの人は庸碌愚昧。目光東張西望するの人は貧賤。鐵面金声は、皆從政の大家にして大貴を得。行雲流水は、彼の挙止活潑瀟灑を言い、清名を得て能く事業を擔當するを主る。
婦人重德,不媚不淫,不雄不燥;小兒易養,足骨足肉,足聲足神。媚字為狐媚之態,淫字為治淫之蕩,雄字為格露聲雄,燥字為剛燥性急,皆女格之忌,故女子重德不重貌也。小兒以豐足氣厚為合格。
婦人は徳を以て重と為し、狐媚せず・淫蕩せず・雄豪せず・躁急せず。小孩は養い大にし易く、骨足る・肉足る・声足る・神足るを要す。ここの「媚」は狐媚の作態を指し、「淫」は放縱不檢を指し、「雄」は骨格外露・声音雄壮を指し、「燥」は性子剛急を指す、四様皆是れ女相の忌む所、ゆえに女子を論ずるは徳に在りて貌に重きを置かず。小孩は則ち骨肉豊足・気息渾厚を以て合格と為し、骨・肉・声・神の四様斉備すれば便ち養い活するに好し。
眼圓顴聳,商鞅之相;鼻垂鬚軟,鄧通之格。心高語大山根陷,到底無成;心軟量寬準頭豐,終身財裕。眼圓主凶死,顴聳主重權,每見奇才大名,均多是局,龐靖侯亦同此。鼻垂言下墜克水也,鬚軟則無足輕重,土克水故不吉。山根陷者根氣薄弱,土星豐者財星大旺,此皆合法之論。
眼睛円く・顴骨聳起するは、商鞅のあの一路の相。鼻頭下垂・胡鬚綿軟のは、鄧通のあの一路の格——商鞅は終に車裂し、鄧通は終に餓死せり。心気高く口気大にして山根塌陷のは、到頭一事成ることなし。心地軟く器量寛にして準頭豊隆のは、一生財用寛裕す。作者曰く:眼円は凶死を主り、顴聳は重権を掌るを主る、歴来奇才大名の士は多くここの格局、三国の龐統は靖侯に諡せらる、亦た同様の相。鼻垂は鼻頭の下に墜ちて水を剋するを言い、胡鬚綿軟は則ち人微くして言軽し、鼻は土に属し・土は水を剋す、ゆえに不吉。山根塌陷は根基の氣薄弱、鼻は「土星」、土星豊厚なれば則ち財星大いに旺す——ここの幾条は皆法度に合するの定論。
眉壓眼,頤侵顴,妻奪失權;左奸黑,右眉高,妾攘妻位。眉壓眼主貴而有權,其妻亦強有權。頤侵顴,此言下反上之謂。按顴大之女格,多才智而代夫權,不待奪也。左奸門黑,命妻不旺;右眉高,一主刑母,故有兩眉不勻,有不同母之弟兄,眉字或為肩之誤也。
眉毛眼睛を壓し・腮頤かえって顴骨に侵るは、妻子権を奪して丈夫位を失うを主る。左辺の奸門黒を発し・右辺の眉毛偏高なるは、妾室が正妻の地位を侵奪するを主る。作者の辨析:眉の眼を壓するは本より貴にして権あるを主る、ここのようの人は妻子もまた強勢にして権あり。いわゆる「頤の顴に侵る」は、下部かえって上部を欺くの意思。顴骨大の女相に至っては、本来多く才智ありて夫に代わりて権を掌る、「奪」に往くを用いず。左奸門黒を発するは、元配旺ならざるを主る。右眉偏高なるは、一つには母を刑剋を主る、ゆえに両眉高低勻まらざるの人は往々にして異母の兄弟あり——原文のここの「眉」の字は、あるいは「肩」の字の誤りならん。
行坐低頭抖足,不奸則孤;說話開口不揚,非貧則夭。行坐低頭,其人夭亡,亦主窮苦;抖足主淫蕩,多成敗。如低頭抖足,可謂才偏性邪則合法,奸孤尚不合法。開口不揚,言其氣短,貧夭均合宜,蓋求全在聲之法也。
行走坐立皆頭を低え・腿脚停まらずして抖動するは、奸邪に非ざれば即ち孤独。口を開きて説話に声気揚げる能わざるは、貧窮に非ざれば即ち短命。作者の辨析:行坐に頭を低えるの人は早夭を主り、亦た窮苦を主る。脚を抖るの人は淫蕩を主り、一生成敗反復す。若し頭を低えると脚を抖ると兼ね有すれば、彼を才具偏枯・性情邪僻と断ずるは法度に合す、奸邪あるいは孤独と断じて作すはかえって合せず。口を開きて声揚がらざるは、是れ気短の表現、貧を断じ夭を断ずる皆合適なり、ここの一条は本来即ち声音の上より求全するの相法なるがゆえに。
左額橫紋,一枚增一紀,二紋增二紀,三紋壽期頤;右額青氣,一月得一孫,二月得一甥,三月生耳順。左額有紋,主弟兄妻妾之內患,憂鬱至死;右額有紋,主子女不肖而憂死。此云增壽,頗不合法,或天道之變耶,或為法命之續紋耶。右顴青氣,主損叔伯及姑嫜姊妹之骨肉戚,此云得孫甥,亦不合法。
原文に言う:左額に横紋を生ずれば、一条に一紀の十二年の寿を添え、両条に二十四年を添え、三条に寿は百歳の「期頤」に至る可し。右額に青氣を現ずれば、一個月に一個の孫子を得、兩個月に一個の外甥を得、三個月に一個の「耳順」の六十歳に活き得るの孩子を生下す。作者は然りと為さず:左額に紋あれば、實に兄弟妻妾の間に内患を生じ・憂鬱して死するを主る。右額に紋あれば、實に子女成材せず・之がために憂愁して死するを主る。原文の能く寿を增すと言うは、甚だ法度に合せず、まさか天道の変あるか、あるいはそれはいわゆる命を延ぶるの「續紋」ならん。右顴に青氣を現ずるに至っては、實際には叔伯および姑嫜姉妹の一類の骨肉親戚を損傷するを主る、原文の孫を得甥を得と言うも、亦た法度に合せず。
孝服以白色深為輕重,不知口角青浮立見;病厄以山根青黑為死生,不知眼神走脫必亡。余每見額角日月角青黑而應孝服,當於前九十日中見之;又每見兩顴赤紅而應孝服,當於前一百八十日中見之;又每見元武青氣塵點,而應孝服,當於前一年中見之,故不以白色為定論宜矣。按山根青黑,主疾厄之災,尚不至死;如眼神走脫,當然死厄。此二者均合法,為千古定論,盛衰皆然。
相家の孝服を断ずるに、ただ白色の深淺を以て軽重を定め、卻って口角に青色浮起する時は喪事即ち立刻に到るを知らず。疾病を断ずるに、ただ山根青黑を以て生死を定め、卻って眼神一旦にして脱走すれば必ず死す疑いなきを知らず。作者自述の験案:常に額角・日月角に青を発し黑を発して孝服に応ずるを見る、皆事前の九十天以内に出現す。亦た常に両顴赤紅にして孝服に応ずるを見る、皆事前の一百八十天以内に出現す。なお常に「元武」部位に青氣塵點を起して孝服に応ずるを見る、則ち事前の一年以内に出現す——ゆえに白色を以て唯一の定論と為すべからず。山根青黑に至っては、ただ疾厄の災を主る、なお死するに至らず。眼神脱走は、それこそ真に死厄。ここの两条は皆法度に合す、是れ千古不移の定論、世道の盛衰を論ぜず皆一様なり。
公篤曰:余考達摩之法,皆據重要之綱領,而立法也。天道氣候雖變,其應驗之處尚多。今觀其第三章之法,而《麻衣》之《石室賦》《金鎖銀匙》三章,均從此篇發揮,而補其當時之不足,以用變法之義也。例如桃花主淫亂,橘皮主刑傷,以及神氣性情、舉趾聲音,皆本乎此也。
陳公篤曰く:我達摩相法を考究するに、条条皆是れ最も要緊の綱領を抓えて以て法を立つ。天道氣候は変遷あると雖も、それ応験するの地方仍旧多し。今天その第三章の法則を看れば、即ち《麻衣相法》の裏の《石室賦》《金鎖銀匙》の等の三章は、皆この一篇より生發して出づるを明白にす、併せて達摩当時の未だ説き及ばざるの部分を補足せり、用いるは正に時に隨いて變通するの義例。譬えば面桃花のごときは淫乱を主り、臉橘皮のごときは刑傷を主り、以て神氣・性情・挙止・声音の各項に至るまで、源頭は全てここの一篇に在り。
本篇稍有錯字,餘已補註,如紫字誤為紅色、肩字誤為眉字之類是也。本篇梢有不驗,奸門歿命之說則過重,顴紋增壽之說則相反,顴氣喜慶之說則不合之類是也。本篇最驗可為定法者,如青浮之孝服、神脫之死亡、孤鳶之刑剋、神變之詭譎之類是也。其它精粹尚多,文簡意深,讀者不可不知也。
この一篇は略有錯字あり、我已に文に隨いて補注せり、たとえば「紫」の「紅」に誤刻・「肩」の「眉」に誤刻の類。ここの一篇もまた略有応験せざるの處あり、たとえば奸門に氣を見れば便ち命を喪うと断ずるは、説きて太だ重すぎ。額紋の能く寿を增すは、實際と正に相反す。顴の上の青氣の孫を得甥を得の喜慶を主るも、亦た験案と合せず。ここの一篇の裏の最も靈験・立てて定法と為す可きは、則ち口角浮青の孝服を主り・眼神脱走の死亡を主り・形孤鳶のごときの刑剋を主り・神色屡變の詭詐を主るのここの幾条あり。其余の精要の處はなお多く、文字簡約にして意思深長、讀者は留心して體會せざる可からず。
達摩相法第四章・これは達摩の精藝の四なり
目光有三脫。無憂者以深分病死。有病者以動定別存亡。遇事者以左右分善惡。
眼光の走脱するに三種の看法あり。第一種は本より憂患なきの人忽然として眼光脱走すれば、即ち脱するの深きや深からざるやを看、これに据りて彼を分辨して生病なるかそれとも喪命なるか。第二種は本来即ち病あるの人、即ち脱し出づるの光の活動なるかそれとも凝定なるかを看、これに据りて彼を分辨して能く存するかそれとも亡ぶを要するか。第三種は正に大事に撞上り・身険境に陷るの人、即ち脱するは左眼なるか右眼なるかを看、これに据りて吉凶善惡を分辨す。ここの二十幾個の字は達摩相法の綱領、下文は陳公篤に由りて條を逐いて推闡す。
公篤曰:達摩五來相法之用神,以目神目光為主體,形質次之。此條分目光之脫有三類。余考無憂慮無患難之眼神,有臨時變脫者,以脫神深者死厄,脫神者病災,故以深二字操之。有病者,或久病痼疾,或暫病瘟疫,其神變脫,不如常度也,故其脫之深,皆為應有之脫。又有似脫非脫,故深不能別其存亡,而用動定二字操之。
陳公篤曰く:達摩のここの一路の相法の用神は、眼神眼光を以て主體と為し、形骨体質はなお其次に在り。ここの一条は眼光の「脱」を三類に分かつ。我考驗の所得:本来憂慮なき・患難なきの人も、眼神もまた一時変じて脱走す、脱する深きは死厄を主り、ただ脱して深からざるは病災を主る、ゆえに一個の「深」の字を用いてそれを拿捏す。すでに病あるの人に至っては、あるいは久病して痼疾と成り、あるいは一時瘟疫を染上す、眼神変脱は本来常度に合せず、脱する深きも亦た応有の事。その中になお脱に似て真の脱に非ざるあり、「深」の字は便ち彼の存亡を分かち出づる能わず、於是「動・定」の両字を改用して以て拿捏す。
蓋稱有病之人,固有愛於常度,而現脫光。以脫光動者,尚有活潑之生氣,故為疾厄而可存在;脫光定者,為模糊之死氣,故為疾厄而至死亡。又有人處凶危境中,環境惡劣,援助斷絕,自知已入危險現象,當時心亂身不寧,魄動思潮湧,其目光忽脫,又非深能區別、動定能限制,而以左右二字操之。
凡そ病あるの人は、眼光本来即ち平常の様子を偏離して脱相を現出す。脱し出づるの光なお活動するは、生気尚お流転する能うを説明し、ゆえにただ一場の疾厄、人はなお保住す得。脱し出づるの光凝定して動かざるは、それは一團の模糊の死氣、疾厄は即ち死亡に轉成せんとす。別に一種あり、身凶危の境に陷り、處境惡劣・外援断絶し、自ら亦た明らかにすでに険に入るを知り、当下心乱れて身安からず、魂魄浮動・思緒潮のごとく、眼光忽然として脱走す——ここの一種の脱は、既に「深」の字の分かち清むる所にあらず、亦た「動定」の二字の管住する所にあらず、好んで「左・右」の両字を用いて以て拿捏す。
按人在危險境中,心疑而不釋,神凝而不悅,意亂而不靜,多而不決,行坐不安,動臥不寧,其目之脫,當然深不一類,動定而常變,故分左右之法。如男子則左目光脫為凶,右目光脫可得生機而減免,按左目為男子本命故也。如左右皆脫,則宜易地千里而避之,可保無憂,當時不可以利益為念、俗累為懷、美色為累,毅然急去可也。
人危険の中に在りて、疑慮放下し得ず、精神凝住して舒展せず、心意紛乱して安静する能わず、思慮多しと雖も主意を拿定し得ず、坐立寧からず・睡卧安からず、彼の眼中の「脱」は当然深淺一ならず、動と定とまた時時変換す、ゆえに別に一套の左右を分かつの辦法を立つるを要す。相法は男子を以て陽に属し・左を以て陽位と為す、左目は即ち男子の「本命」、因りて男子の左目光脱は凶と為し、右目光脱はなお一線の生機を留めて災厄を減輕する能う。若し左右の両目皆脱せば、即ち千里之外に遷りて以て躲避すべく、方に无忧を保ち得。ここの時候は切に再び利益を念じ・俗務を挂り・美色を戀う可からず、要するに決然として速やかに去ればこそ好し。
如女子則左目光脫無大得,右目光脫為凶,按右目為女子本命故也。如左右皆脫,亦宜易地百里而避之,可保無虞,當時不可以兒女牽制、金珠遺累,以全身為大計可也。按此章僅二十七字,而立三大法,包括人事一切驚險災厄、疾病暗害,及個人之利害、連帶之安危,皆在其中矣。此達摩之精萃相法,亦他書所罕見也。
女子は恰好相反す:左目光脱は大害と算えず、右目光脱はこそ凶兆、女子は陰に属し・右を以て陰位と為し、右目は是れ女子の「本命」なるがゆえに。若し両目皆脱せば、亦た百里之外に遷りて躲避すべく、方に无虞を保ち得。ここの時候は兒女に歩を牽住せらるる可からず、金銀珠寶に拖累せらるる可からず、總じて性命を保全するを以て第一要務と為す。作者又た曰く:ここの一章は統共にただ二十七個の字、卻って三大の法則を立下せり、人事上の一切の驚険災厄・疾病暗害、および個人の利害・旁人の安危に牽連するまで、全てその裏頭に包めり。これは達摩相法の中の最も精粹の部分、亦た別の相書の裏の少見する所なり。
余考相學各書,為七十二家心法,流傳於市廛,不過十八種書籍而已,當推達摩為巨擘焉,即此二十七字,亦各家之精神所不能及也。餘見近世發現新相學各書,皆指定其人玉照而批評之曰:此某偉人之相也。又曰此某名伶之相也。又曰此某名妓之相也。既不能為法,又不通其理,名曰世界名人像形,或名人像譜,可矣;若謂為相法,或相理,均不可。既無綱領之法以為用,又無部位之分以區別,希圖眩眼惑目,而取漁利,此市檜也。茲特註明其法理,以待讀吾書者,評其然欺否欺。
我相學各家の著述を査考するに、相伝して共有七十二家の心法、真正に市面の上に流伝するは不過十八種の書、その中に当たりて達摩を以て第一と推す。單にここの二十七個の字の精神は、別家は即ち趕不上す。近来我新出の幾種の相學書を見るに、皆是れ某人の照片を指着して以て品評を加え、これは某位の偉人の相・あれは某名伶の相と言い、又たこれは某名妓の相と言う。既に法則と作り立つる能わず、またその中の道理を講じ通さず。ここの類の書は「世界名人像形」あるいは「名人像譜」と叫べばなお説き過ぎ得、若しそれを相法・相理と言わば、則ち皆不可以なり。それらは既に運用に供するの綱領なきのみならず、また分辨に供するの部位なし、ただ人の眼目を炫いて・中より利を漁らんと想うのみ、これは市井買賣人の手段。我はここに於て特にその中の法理を注明し出で、我がこの部の書を讀むの人に留めて以て評断せしめん:彼らのあれらの説法は究竟人を欺くか、それとも人を欺かざるか。
神色有三疑・これは達摩の精藝の五なり
疑於暫則小病立至。餘擬為疑於暫者病。疑於常則陰事不測。餘擬為疑於常者敗。疑於身則死亡災也。餘擬為疑於神者死。
達摩原文に言う:憂疑ただ一時に在るは、小病立刻に到らん。憂疑常態と成れるは、暗中の事逆料し難し。憂疑身の上に深入するは、便ち死亡の災。作者はここの三句を各々一個の落脚處を改めり:一時の疑は病を主り、常態の疑は敗を主り、疑神に入れば則ち死を主る。「暫」と「常」と分かつは疑の久暫、「身」と「神」と分かつは疑の侵入する所の深淺。作者は原文の「身」の字は当に「神」の字の誤りと認む、改動の用意は下文に於て條を逐いて説明す。
公篤曰:上二十四字,為達摩三疑之原文;下十五字,為餘之刪改。其大略之義相同,進一步之推想,則有稍異耳,茲特分注如下。按疑字為事實之現象,虛中有實也;又為氣色動靜所發表,而不關乎形質也。
陳公篤曰く:上面のあの二十四個の字は達摩三疑の原文、下面のあの十五個の字は我の刪改したる所。両者の大意は相同じ、たださらに深處に往きて推想すれば、略有出入あり、ゆえに我はここに於て條を分かちて注を加えり。須くこの「疑」の字を知るべし、言う所は事情已に顕露し出でたるの現象、看似虚にして其中に實あり。それは氣色の動静の上より表現し出づる、骨相形質と併せて相干らず——ゆえに「疑」を論ずるは骨格の上に到りて找る能わず、ただ氣色の上に到りて看るのみ。
余考疑之貌,為兩眉焦亂而枯,即俗謂愁眉不展是也。余考《內經》云:眉為肺臟,肺主憂思,故有憂則傷肺之說;又有肺主皮毛,而眉出毛屬,其內應於肺宜矣。先有疑而後有憂。疑者,狐疑不決之態;憂者,慮有危害之客。故每有憂疑,面色灰溼而溼枯,眉頭皺急而焦亂,此憂疑之形質與氣色也。
我考察するに「疑」を帯ぶるの相貌は、两条の眉毛焦乱にして乾枯し、即ち俗説の愁眉展ばざるなり。《黄帝内經》に講ず、眉は肺臟に属し、肺は憂思を主る、ゆえに憂愁肺を傷るの説法あり。又た講ず、肺は皮毛を主る、眉毛は毛類に属し、それは内に於て肺に応ず、甚だ自然なり。人は總て先ず疑を起こし、然る後にこそ憂を生ず。いわゆる「疑」は、狐疑して決せざるの神態。いわゆる「憂」は、禍害の身に臨まんあるを顧慮す。ゆえに人一たび憂疑あれば、面色便ち灰暗濕滞にして枯象を帯び、眉頭便ち緊皺急蹙にして焦乱を顕す——これは即ち憂疑の人の形質と氣色との上の表現。
凡事實大小久暫,則又根據其氣色濃淡輕重而定之。凡事實不出乎危害驚險之所遇,名譽財源之所敗,個人連代之所累,義務交情之所羈,嗜好偏性之所陷害,田宅銀錢之所糾纏,知交至戚鄰里鄉黨之外憂,弟兄叔侄妻妾子女之內患。綜上種種,皆包括一疑字。外人固不察其詳細,既沽名釣譽之相法大家,尚不知此疑字含蘊有許多事貫。如《麻衣》《水鏡》《柳莊》《衡真》《鐵關刀》等,皆不解此疑字。此達摩之最深精藝,亦餘之最佩服者也。
事情の大小久暫に至っては、則ち氣色の濃淡軽重を看て以て判定するを要す。人間の事はここの幾類を出でず:危害驚険に遭遇し・名譽財源損を受け・個人および牽連する所の人累を受け・義務人情人を絆し・嗜好と偏執との性情自らを陥害し・田宅銀銭纏糾して清まらず・朋友至親鄰里郷黨の帯來するの外憂・兄弟叔姪妻妾子女の醸成するの内患。以上の種種は、全て一個の「疑」の字の裏面に収めり。外人は固然としてその中の細節を看て出でず、就中あれらの名を沽り譽を釣るの相法名家も、亦たこの「疑」の字の裏にこも多くの事情の脈絡を含着せるを知らず。《麻衣相法》《水鏡集》《柳莊相法》《衡真》《鐵關刀》のここの幾部の書のごときは、皆この「疑」の字を懂得せず。これは達摩相法の中の最深の一層の精藝、亦た我の最も佩服するの地方。見るべし「疑」は一個の空泛の字眼にあらず、それは一個人の内外交迫の全部の處境を皆その裏頭に収攏す、氣色の濃と淡とは、正にこらの事情の大と小・久と暫とに對應す。
按疑於暫者小病至,此言其事實之小者。陰陽失調,夜不安神而失眠,故謂小病立至之義。雖處環境惡劣,尚不致一敗不振,而無立身之地,故以暫字類別,尚有解除此疑字之處,僅以病災而止,可見其危害不大也。
先ず「暫に疑うは病なり」を説く。これは所疑の事情大ならざるを指す:心裏一時安からず、陰陽調和を失い、夜裏神魂寧からずして失眠す、ゆえに小病立刻に到ると言う。この種の人は處境惡劣なりと雖も、なお一敗塗地・立足の地を連ねる無きに至らず、ゆえに一個の「暫」の字を用いてそれを一類に帰す——ここの一類の疑はなお化解の餘地あり、最も壞くとも不過一個の病災に落つるのみ、見るべし危害は併せて大ならず。
疑於常者,常度俱憂疑也,其安危之關係較大,而顧忌更深。或畏人乘其隙而傾覆之,或遇人為勁敵而鉗制之;或彼失信於我,爭奪名利而為之;或我失信於彼,親情牽制而擾之;或受屈於勢力之逼迫,或受陷於機阱之詐欺。喪我名譽,危我身體,阻我財利,辱我妻妾,欺我子女,此等危害不平之經過,印人腦筋,痛心疾首,動魄驚魂。欲進行而中止,欲借力而不能,反覆驚疑,徘徊不決,一日一時,在在注意,故云陰專不測。
さらに「常に疑う」を説く。いわゆる常は、日常起居時として憂疑の中に在らざるなし、これは即ち安危大局に關係し、顧忌もまたなおさら深し。あるいは別人の隙に趁りて自己を扳倒せんとするを怕れ、あるいは強敵に遇上りて處處受制す。あるいは對方我に失信して、名を爭い利を奪わんがため下手す。あるいは我人に失信して、親情に牽住せられて擾攘を生ず。あるいは勢力に硬く壓せられて屈を受け、あるいは圈套の裏に落ちて騙を受く。名譽毀られ、身體危を受け、財利阻まれ、妻妾辱を受け、子女欺かる——ここの一類の不平の遭遇は腦中に刻され、人をして痛心疾首・驚魂動魄せしむ。前に往きて做さんと想えば中途に停下し、人の力を借らんと想えば借り得ず、反反復復して驚疑し、徘徊して定まらず、一天も一時も放下する能わず、ゆえに原文に「陰事測らず」と言う——暗處の事故は随時發作する可く、自己は卻って預料する由なし。ここの一層は「暫に疑う」と同じからず:あれはただ一場の病、これは卻って一個人の立身の根本を動搖す。
余曰失敗,不完全同意也。凡事有志之大小,力之輕重,合度則奏手收效,過量則轉瞬失敗,加以愈疑心愈亂,愈疑膽愈怯,若竟強勉而為之,此取敗之道也,故餘改用疑於常者敗,簡而明矣。按疑於身則死亡災也,餘恐身字為神字之誤,故下注疑於神者死。按身為外表,神為命根,故疑於身者,不過傷神損腦,以致飲食減少,神經錯亂,至此已為合度;如死亡之災,必至疑於神力應驗。
我それを改断して「敗」と為すは、完全に原來の説法に同意せざるに因る。凡そ事を做すには皆志向の大小と力量の軽重とを看るを要す:両下相称すれば即ち着手して効を見る能う、分量を超出せば便ち轉眼失敗す。加うるにいよいよ疑えば心裏いよいよ乱れ、いよいよ疑えば胆子いよいよ怯え、若しなお硬く撑りて以て做せば、それは正に失敗を招致するの路数。ゆえに我改めて「常に疑うは敗なり」と為す、既に簡単にしてまた明白なり。原文の「身に疑えば則ち死亡の災なり」の一句に至っては、我「身」の字は「神」の字の誤りなるを疑心す、ゆえに下面に於て改注して「神に疑うは死なり」と為す。身は是れ外表、神は是れ性命の根本。疑ただ身の上に到るは、不過神を傷り腦を損じ、以て飲食減少・神經錯乱に致る、ここの地步に到りて断ずる已に度に合す。若し死亡の災に応ぜんと欲せば、疑の神の裏に深入せざるを得ざればこそ験せん。
余考何謂疑於神者:凡人處極危險境遇,而又受極大打擊,其打擊之人,或出於最親最愛之人,或出於我有深思於彼之人,或出於互相利益而為至戚良友之輩;或因功名金錢、美色珠寶、玩物用品之類而生惡感,變出危險陷害。前日之極親極愛、深思深交、至戚良友,一變而為仇敵,加以手碗之暗害、勢力之詐欺,是非不得明,公理不得直,沉冤不得雪,大義不得伸。
我何をか「神に疑う」と叫ぶを説かん。これは人極めて危険の境遇の裏に處し、また極大の打撃を受くるを指し、而して手を下して彼を打撃するは、あるいは正に彼の最も親しき最も愛するの人、あるいは彼の曾て深く恩を施したるの人、あるいは彼此利益往來あるの至親好友。あるいはまた功名金銭・美色珠寶・古玩用品のここの一類の東西のために惡感を生じ、忽然として危険の陥害を變出す。從前の極親極愛・深情深交・至親良友の人は、一轉身して仇敵と成り、加うるに暗中の手段陥害・勢力上の詐騙欺壓し、是非辨じ明らかならず・公理伸ばし直らず・沉冤洗い清まらず・大義講じ出でざるを弄す。彼を傷るの人いよいよ親近なれば、ここの一層の疑は即ち扎るることいよいよ深し、受害するの人は誰を找りて理を論ぜんとするに言い起こす由なきに因る。
疑而鬱積於神,而不能出諸口,不能露於形,隱忍含垢,坐臥不忘,身疑心亂,心疑智昏,損其腦而傷其神,忘其形而厲其魄。至此為疑於神者,死亡無更改矣。且餘書尊重事實,不以文字而含本求末也,特注三疑原文,附帶修改,以嗣後之高明者鑑定耳。
疑ここの地步に到れば、即ち神の裏に鬱結し、口に説き出づる能わず、亦た臉の上に露すを肯んぜず、ただ隱忍含羞して、坐し卧するも忘るる能わず。身に疑あれば則ち心乱れ、心に疑あれば則ち智昏れ、腦力耗損して精神傷を受け、形骸顧みずして魂魄磨折を受く。ここの一歩に到れば、即ち「神に疑う」と叫ぶ、死亡は改め除く得ざるなり。さらに我がこの部の書は事實を以て重と為し、文字の好看のために本を舍てて末を逐うを肯んぜず、ゆえに特に三疑の原文を照録し、自己の修改を附上し、後来の高明の士に留めて以て鑑定せしむ。
巻四・これは達摩の精藝の六なり
形為心役者病。此為力有所不能,而又勉強從力輕任重上做去,故有事實牽制,患生肘腋,心理顧忌,化出鬱結,貪念不休,而又沽名,外傷其形,內損心血,此為病疾之例。專為心役者敗。此為因私慾而蒙蔽其聰明,持才而矜驕,仗勢而凌虐,貪多務得,以致事實顛倒,疑是疑非,以致親友怨望,而取失敗之道也。
第一句「形の心に役せらるるは病なり」:本領は原本足らず、卻って硬く己の力量を超出するの事を擔當せんと要す、於是處處事情に牽掣せられ、禍患は即ち近旁に生ず。心裏顧忌重々、鬱結は此に由りて生ず、貪念また停下する能わず、なお名声を顧るを要し、外は形体を傷り、内は心血を耗す、これは病を生ずるの路数。第二句「専ら心に役せらるるは敗なり」:私欲自己の聡明を蒙ふがゆえに、才幹あるを仗りて即ち驕矜し、勢力あるを仗りて即ち人を欺壓し、多くを貪りて全得を務め、結果事情を做して顛倒し、是非も亦た分かち清まらず、親友皆埋怨を弄せん、これは正に自ら失敗を取るの路数。
神為心役者亡。此為非法之動心,意外之舉動,全神注意,而事實反生障礙,偏重者而傾覆,溺愛者而惡感,是以含垢於心而如火焚,元神離舍而如觸電,以促其速亡之例。心為形役者貧。此為環境困乏,生活艱難,竭其心力,而其出路,牽制既多,遺累尤重,心血愈枯,而智計愈拙,生機日少,而漏巵日多,故為貧窮之例。
第三句「神の心に役せらるるは亡なり」:起こすは法度に合せざるの念頭、做すは人の意表を出づるの擧動、全副の精神皆それに撲上去し、事情はかえって處處障碍を生出す。一端に偏執するは終に傾覆に至り、愛する所に溺るるはかえって惡感を生ず、於是心裏垢を含み辱を忍んで火の燒くがごとく、元神軀殼を離れて電に触るるがごとし、これは人を催して速やかに死せしむるの路数。第四句「心の形に役せらるるは貧なり」:處境困乏、生活艱難、心力を耗盡して出路を找り、牽制既に多く・拖累なおさら重く、心血いよいよ熬えばいよいよ乾き、謀劃いよいよ想えばいよいよ拙く、生機は一天一天少なきがごとく、破漏は一天一天多きがごとし、これは貧窮の路数。
心為事役者夭。此為心有所欲,而出於邪行,或為美色愛情,或為奇珍玩品,既不能正式交涉,又無相當力量,事不能遂,志不能達,苦惱日增,精神日萎,故為夭壽之例。心為神役者死。此為神之所專,心之所使,既有離奇之阻礙,又有存亡之感慨,元神日枯,心血日衰,怨氣日動,景物日非,故為死亡之例。
第五句「心の事に役せらるるは夭なり」:心裏別に所欲する所有り、走るは卻って邪路、あるいは美色情愛に貪戀し、あるいは奇珍古玩に迷上す。既に光明正大を以て交涉に往く能わず、また相當の力量なくして以て支撑す、事情辦り成さず、心願達せられず、苦惱は一天多きがごとく一天に似、精神は一天萎れしがごとく一天に似、これは短寿の路数。第六句「心の神に役せらるるは死なり」:精神専注して一處に在り、心またそれに驅使せらる。既に離奇の阻碍に遇上り、また生死存亡の感慨を生じ、元神一天一天枯竭し、心血一天一天衰敗し、怨氣一天一天翻騰し、眼前景物一天一天變様す、これは死亡の路数。
公篤曰:余考達摩通篇精神,即此六句三十六字為第一,次則三疑之二十四字為第二,其三脫之二十七字為第三,又其次則相神之二十一字、測量之三十字,此皆達摩之精藝也。按六役之說,即佛家之貪嗔痴愛所種因,道家之喜怒愛惡之結果,常人之酒色財氣,而化出種種煩惱,以糾纒也。
陳公篤曰く:我達摩全書の精神の所在を考察するに、要するにここの六句三十六個の字を以て第一に居るを以てす、其次は三疑のあの二十四個の字、再び次は三脱のあの二十七個の字、再び下に往けば則ち相神の二十一個の字・測量の三十個の字——これら皆是れ達摩相法の精髓。いわゆる「六役」の説法は、其實は即ち佛家の講ずる所の貪・嗔・痴・愛の種下するの因、道家の講ずる所の喜・怒・愛・惡の結出するの果、即ち常人の身上の酒色財氣、此に由りて種種の煩惱を化出し、人を纏えて放さざるなり。三家の話頭は同じからずと雖も、指すは卻って同じ一件の事:人一たび念頭に驅使せられれば、形・事・神は便ち皆自己より作主せざるなり。
達摩以此三十六字,包括六根之魔、三昧之邪、因果之生勞病死苦、天機之玄妙、鬼神之幽冥、人事之蘊釀,不是他書自稱玄妙或秘訣,而一無所指也。蓋達摩以天機人事、潮流事實而言,如不貫澈儒釋道三家性命之旨、諸子百家玄妙之機,以及社會之研究、人情之趨向,萬不能指出心役形役、事役神役之層次。所不足者,蓋末指出何種形質之格,而有心役形役之發生;何種氣色之變,而有事役神役之應證。餘之詳註者,即補出形質氣色之根據也。
達摩はここの三十六個の字を用いて、六根の生ずる所の魔障・修定の中の邪見・因果輪廻の裏の生老病死の苦・天機の玄妙・鬼神の幽冥・人事の醞釀を、全てその中に包め入れたり。別の書の玄妙と自ら称し・秘訣と自ら称して、其實は何をも指實せざるに似ず。達摩は即ち天機人事・時勢事實に就きて論を立つるなり、若し儒・釋・道の三家の性命を講ずるの宗旨、諸子百家の玄妙の機括、および社会の研究・人情の趨向を皆貫通する能わざれば、絶えて心役・形役・事役・神役のここの幾層の次第を説き出づる能わず。彼の足らざるの地方は、いずれの一種の骨相形質か心役・形役を發生し、いずれの一種の氣色變化か事役・神役に應験するを指明せざるに在り。我がこの番の詳注は、正に形質と氣色との上の依據を補い出づる、讀者をして一张の臉を見れば即ちそれの六役の中のいずれの役に落つるを知らしめ、空に義理を談ずるにあらざらしめんと欲す。
蓋第一句,即形為心役者病。其事實則為智小大,力輕任重,明知其不能,而又勉強進行,漸次自誇自欺,以鼓勵之。中經飄搖挫折,勞碌無功,損失受怨,蛛網之牽纒,雀角之消耗,多方籌劃,而不能盡其善後,晝夜憂思,而不能完其解脫,故形為心役,而傷其形,轉成痼疾。余考上停雜紋間斷,印堂雙紋三紋,天倉陷而地庫弱,眉散亂而神緊急,此等形質皆應形為心役者病六字也。
先ず第一句「形の心に役せらるるは病なり」を説く。その實際の情形は:才智小にして志氣大、力量輕くして担子重く、辦り到らざるを明らかに知りて偏ねて勉强して做す、漸々自誇自欺を靠りて以て自己に気を打たしむ。中間に動盪挫折を経歴し、労碌一場として毫も成效なく、既に損失ありまた埋怨を招き、蛛網のごとく處處牽纏し、雀角の爭のごとく白々消耗す。多方籌劃すれど尾を収め得ず、日夜憂思すれど結を解き開かず、ゆえに形体は心思に役使せられ、形体を傷りて、痼疾に轉成す。我考驗の所得、額部上停に雜紋断續し、印堂に双紋あるいは三紋を生じ、天倉凹陷にして地庫虚弱し、眉毛散乱にして眼神��急——ここの一類の形質は、皆「形の心に役せらるるは病なり」のここの六個の字に応ず。
按第二句事為心役者敗。其事實則為私心自用,貪念不休,雖有才智而未受善教,雖有學識而未至純靜,驕氣日盈,遊蕩日怠,以致聰明蒙蔽,而反愚拙;驕傲凌虐,而反顛倒。一經挫折,則有疑是疑非;每有小過,而反謗上謂下。事未成而怨已深,身未立而禍將至,亂其常度,終為失敗。余考印破陷而逢沖,眉低陷而濃短,井灶薄而露孔,眼神愁而浮白,土星下墜而克水,口角下反而露齒,滿面浮光如豬脂,額準青光而浮膩,此等形質氣色,皆應事為心役者敗六字也。
さらに第二句「事の心に役せらるるは敗なり」を説く。その實際の情形は:一味私心自用、貪念肯んじて止息せず。才智あると雖も好き教養を受けたることなし、學識あると雖も純静に修め到らず、驕氣は一天一天漲満し、游蕩懈怠は一天一天加深し、聡明かえって蒙蔽せられて愚拙と顕れ、驕横して人を凌ぎかえって事情を做して顛倒するを弄せん。一たび挫折に遇えば便ち東を疑い西を疑い、稍く過失あれば、かえって上頭を謗怨し下頭に咎を遷す。事情未だ辦り成らざるに怨恨已に深く、自身未だ立て穩まらざるに災禍已に到り、常度一たび乱れば、終に失敗に帰す。我考驗の所得、印堂破陷してまた紋冲を受け、眉毛低陷して濃短、鼻孔「井竈」肉薄くして孔を露し、眼神愁を帯びて白多く、鼻は土星にして卻って下墜して水を剋し、口角下に反りて歯を露し、満臉浮光して猪油を抹したるがごとく、額頭と準頭と青を泛んで浮膩——ここの一類の形質氣色は、皆「事の心に役せらるるは敗なり」のここの六個の字に応ず。前の一役は身體の上に傷を受け、ここの一役は則ち事情の上に敗す、看るの部位も即ち上停より轉じて印堂・眉・鼻・口のここの幾處に到れり。
按第三句為神為心役者亡。其事實則為非法之妄想,過分之苛求,全神注重於其事,專心反覆籌其。或為資格之懸殊,或為才智之不逮,或為力量之有限,或為時事之障礙。加以陰而不可宣揚,穢行前猶憚鄙薄,隱忍含垢於心,而如火焚;沉默疑結於神,而如觸電。神昏智憒,精竭力絕,灰其心而不計輕重,迷其性而不計安危,盼其死之情急,希望生之念消,此外無路,惟其一死。
さらに第三句「神の心に役せらるるは亡なり」を説く。その實際の情形は:法度に合せざるの妄想を起こし、過分苛刻の要求を提し、全副の精神皆あの一件の事の上に壓し、翻來覆去して籌劃す。而して實際の上にはあるいは身份資格相差遠く、あるいは才智根本足らず、あるいは力量十分有限、あるいは時勢處處阻攔す。加うるに事情人に見る可からず・宣揚する能わず、穢行面前に擺れどなお人の鄙薄を怕れ、好んで屈辱を強く心の裏に忍び、火の燒くるがごとし。疑慮を沈默して神の裏に結び、電の撃つがごとし。於是神志昏乱・心智糊塗し、精力耗盡・氣力断絶す。心已に灰と成れば便ち再び軽重を計らず、性已に迷乱せば便ち再び安危を顧みず、死を盼むの念頭は一天急なるがごとく一天に似、生を求むの念頭は一天淡きがごとく一天に似。此外再び出路なく、ただ一死を剩すのみ。
余考烏珠凸露而浮四白,印堂懸針而至髮際,額骨破陷而聲音破散,赤縷貫瞳而口角覆舟,印堂赤黑,國印紅焰,三陽枯慘而無潤色,天門黑暗而無生氣,神變常度,而買光退脫;性反常度,而顛倒行為,滿面火焰桃花,上亭慘白枯骨,此皆死亡形質氣色,而應神為心役者亡六字也。
我考驗の所得、黒眼珠凸露して四周に白眼を浮出し、印堂に一条の懸針紋を生じて直に髪際に上り、額骨破陷して声音破散し、赤色の血絲瞳仁を貫穿して口角下垂して覆舟のごとく、印堂に赤中帯黒を現じ、「国印」部位に紅焔灼灼のごとき、「三陽」枯惨にして毫も潤色なく、「天門」黑暗にして毫も生氣なし。神情常度を失い、眼中の光退散走脱す。性情常度を反し、行事全然顛倒す。満臉火焔桃花の色、上停一片惨白して枯骨のごとし——これら皆是れ死亡を主るの形質氣色、正に「神の心に役せらるるは亡なり」のここの六個の字に応ず。
按第四句,心為形役者貧。其事實則為前業蕭條,環境惡劣,生活日高,生齒日繁,既無一定財源,又無規定城業,家庭失其能力,親友失其輔助。始而聲東堆西,繼而支南吾北。交際則皇皇慎重,以掩飾其虛;談笑則津津有味,以混淆人聲。面興心異,與願奢,良心既知其不可,應付又苦於無方。於是竭其心力,困其形體,為家庭生計,為個人表面,牽制既多,遺累尤重,加以漏巵不塞而多靡費,鋪張虛設而暗吃虧,雖有智者而不能撐持,賢者而不能挽回,此為盈不補漏,得不償失,故稱心為形役者貧。
さらに第四句「心の形に役せらるるは貧なり」を説く。その實際の情形は:先前の家業已に凋零し、處境また惡劣、物價は一天高きがごとく一天に似、人口は一天多きがごとく一天に似。既に固定の財源なく、また確定の産業なし、家裏幇ぬるに上がらず、親友もまた援手を失去せり。起初はなお東に挪り西に凑え得、後来は即ち南に支え北に絀す。應酬する時は鄭重其事の様子を装出し、以て内裏の空虚を掩飾す。談笑する時は興致勃勃の様子を装出し、以て別人の耳目を混過す。臉上は熱鬧にして心裏両様、力量有限にして願望奢侈。良心明らかにこも成らざるを知りて、應付し起こせばまた苦しみて辦法なし。於是心力を耗盡し、形体を困住し、一半は家庭生計のため、一半は個人の体面のため、牽制既に多く・拖累なおさら重し。加うるに破漏堵住せずして多く耗費し、鋪張して様子を擺して暗中に虧を喫す、縱い智者あるとも支撑し得住せず、縱い賢者あるとも挽回し來たらず。これは即ち漏を補い上がらず・得は失に償わざるなり、ゆえに「心の形に役せらるるは貧なり」と叫ぶ。
余考耳珠圓厚而廓飛反,南嶽高超而上陷削,兩眉稀政而散亂不常,兩目流光而清潤似愁,井灶薄小而紋,鼻樑露削而曲,眉頭多紋而近印,土星多尖而壓蕩,聲音散漫而不收,精神萎縮而多怯。氣色則為青光汲汲,燥色溶溶,浮膩而如膏塗脂,塵滯而薄紗染皂,筋絡露痕而不藏肉,黯暗雜花而不合時,滯沉而似寒,滑終而如粉。此等形質與氣色,則應心為形役者貧六字也。
我考驗の所得、この種の人は耳垂圓厚なりと雖も耳廓外に飛び翻り反し、額は「南嶽」にして高聳すと雖も上部陷削し、両眉稀疏して散乱にして條理を成さず、両眼流光あると雖も清潤の中に愁色を帯び、鼻孔「井竈」薄小にして紋を帯び、鼻梁露骨削瘦して彎曲し、眉頭に紋多くして印堂に逼近し、鼻頭「土星」尖削して人中に壓し向い、声音散漫して収め得住せず、精神萎縮して怯懦多し。氣色の上は則ち青光急迫・燥色浮泛を見、油腻して脂膏を塗りたるがごとく、塵滞して薄紗の皂色を染めたるがごとく、筋絡顕痕にして肉蔵する能わず、暗淡雑色にして時令に合せず、沉滞して寒を受けたるがごとく、滑白して粉を敷きたるがごとし。ここの一類の形質と氣色とは、皆「心の形に役せらるるは貧なり」のここの六個の字に応ず。上面の幾項は骨肉の相、後面の幾項は氣色の變。骨肉はその一生の底子を定め、氣色はその眼下の處境を定む、両者皆缺ければ、貧は便ち躲れ掉る得ざるなり。
按第五句,為心為事役者夭。其事實則為嗜好之偏重,淫蕩之邪行,每有出奇之思想,常懷好勝之舉動。或為名利之非正路,或為美色之新創學,奇珍玩品可以動其心,狗馬彩禽自為移其志。既不能正式交涉,又無相當力量,外不能明自宣佈,內不能消減妄念,勉強積極進行,多方籌晝策,障礙之事實太多,反動之力量尤大。一經卷入漩渦,便為附骨之疽;每有倉猝失足,引為終身之恨。波外生波,一波末平,一波又起;禍中有禍,此禍末了,彼禍又興。既無切實解決之辦法,又無先預退步之計劃,事不能遂而飲恨吞聲,志不能達而驚魂動魄,精神受其限制,心性受其拘束,中痞臃塞,氣機不宣,骨消形瘦,慾火相爍,故心為事役,是為夭壽。
さらに第五句「心の事に役せらるるは夭なり」を説く。その實際の情形は:嗜好一處に偏し、行為淫蕩に流れ、動もすれば出奇の想頭あり、常に好勝の擧動を懐く。あるいは名を求め利を求めて走るは正路にあらず、あるいは美色に貪戀して別に一套の新説を立つ。奇珍古玩は能く彼の心を動かし、走狗跑馬・鬥禽賞鳥は能く彼の志を移す。既に光明正大を以て交涉に往く能わず、また相称の力量なくして以て支撑す。外は公開宣布する能わず、内はまたあの份の妄念を消し掉る能わず、好んで頭皮を硬くして前に往きて推し、多方籌謀策劃す。しかるに阻碍するの事實太だ多く、反彈の力量なおさら大なり:一旦渦に卷け入れば、便ち骨の上に附するの毒瘡と成る。往々にして一たび倉猝に足を失足せば、便ち終身の恨と成る。波の外にまた波起り、一波未だ平らがざるに一波また起る。禍の裏にまた禍を蔵し、此の禍未だ了せざるに彼の禍また興る。既に切實の解決の辦法なく、また預先に留下せる退路なし。事情辦り成らざればただ恨を飲み声を呑むの能うのみ、心願達せられざればただ驚魂動魄に落つるのみ。精神それに拘限せられ、心性それに捆束せられ、胸中痞塞して氣機宣暢する能わず、骨枯れて形瘦せ、欲火煎熬す——ゆえに心の事情に役使せらるるは、即ち短寿。ここの一役は「形の心に役せらるる」と同じからず:あれは力任に勝えずして積労して疾と成る、これは心邪路に陷りて自ら性命を傷る、ゆえに一個はただ一個の病に落ち、一個は卻って寿を折る。
余考心為事役,多以氣色為據。如福堂黑暗而雜花,印堂油膩而浮,滯三陰青枯而赤縷縱橫,兩額紅赤而黑影瀰漫,土星一點赤黑人命宮,人中一縷烏絡入水星,兩奸門黑赤青色混合,兩天門枯慘垢色雜聚,青黑之氣一縷,由口角而入命門;青赤之氣一棧,由外顴而插眉尾;三陽紅黑,混亂如珠;印堂青白,交聚如針。此皆凶氣,而應心為事役者夭六字也。
我考驗の所得、「心の事に役せらるる」のここの一条は多く氣色の上より據を取るを要す。譬えば「福堂」部位黑暗にして雑色斑駁し、印堂油腻浮泛し、「三陰」青枯して紅絲縦横交錯し、両側の額頭紅赤して黒影彌漫し、鼻頭「土星」一点の赤黒直に命宮に入り、人中に一缕の烏色脈絡直に口部「水星」に入り、両辺の奸門黒・赤・青の三色混雜し、両側の「天門」枯惨にして垢色雑聚す。一缕の青黒の氣口角より命門に侵入し、一道の青赤の氣外顴より眉尾に挿し向う。「三陽」の處に紅黒混乱して珠のごとく、印堂の處に青白交聚して針のごとし。これら皆是れ凶氣、正に「心の事に役せらるるは夭なり」のここの六個の字に応ず。ここの一役の専ら氣色を看るを要する所以は、それは私欲邪行より招来するに因り、来ること急にして去ることもまた快く、骨相の上に未だ必ずしも痕迹を留下せず、ただ色の上に於て先に消息を透すのみ。
按第六句為心為神役者死。其事實則為才高而偏,性敏而傲,每有離奇之幻想,常存抱負之大志,憑空著手而飛越正軌,持強立足而推倒眾人,不避仇怨,不計輕重,達而任意驕橫,窮而違言忤戾。或為精神戀愛而結不解之緣,或為理想妄貪而作黃粱之夢。全神之所專,兩心之所使,寧為雞口勿為牛後之用氣,執其已意違其眾心之傷神。私慾壘壘如海潮,陰鬱鬱如閃電,別有佳境不能愜其意,另有生機不能如其願,注意者重過於存亡,凝神者不計其生死,以致元神日耗,精血日枯,怨氣日梟,慧根日減,此為致死之由。
さらに第六句「心の神に役せらるるは死なり」を説く。その實際の情形は:才氣高くして偏枯、性子敏鋭にして傲慢、動もすれば離奇の幻想を生じ、心裏常に過大の抱負を存す。空に憑りて手を動かして正軌を越出し、強を逞して脚を站め住めて衆人を推倒す。怨を結ぶを避けず、軽重を計らず。志を得る時は任意に驕横し、意を失う時は言を出して忤逆す。あるいはいわゆる精神戀愛に陷入して、解き開く能わざるの縁を結下す。あるいは妄想貪求を抱きて、一場の黄粱大夢を做す。全副の精神ただ一處に専し、心またそれに驅使せらる。「寧れ鶏口と為れ、牛後と為る勿れ」の一股の氣を抱定し、己見を固執して衆心に違逆す、最も神を傷る。私欲層層堆積して海潮のごとく、陰鬱の氣驟に發して閃電のごとし。別になお好き境地あるも彼は意に称うを肯んぜず、別に走る可き活路あるも彼は願に遂うを肯んぜず。所在意するは生死よりもなお重く、神を凝してその上に在れば便ち再び存亡を顧念せず。於是元神一天一天消耗し、精血一天一天枯竭し、怨氣一天一天張揚し、慧根一天一天減損す——これは即ち死を致すの縁由。
余考赤縷貫瞳而復纏烏珠,印堂十字而復破華蓋,凸睛而又三角之眼,破額而又破鑼之聲,三曲鼻而配吹火口,兩夾眉而配分尸紋,雙眉鎖印而加螣蛇鎖口,四白露神而加準尖露孔,聲濁氣寒而露煞,肉流皮緊而尸行。加以氣色黑暗而如油垢,枯白而如溼灰,紅而不潤,赤而沉滯。此等形質氣色,則應心為神役者死六字也。以上三十六字,可謂相法之經,不可粗心忽略,愈深思而愈有味,愈推想而愈有法,讀吾書者請從此處用功可也。
我考驗の所得、この種の人は紅絲瞳仁を貫穿してまた黒睛を纏住し、印堂に十字紋を生じてまた「華蓋」を冲破し、眼珠凸出して兼ねて三角眼、額骨破損して兼ねて破鑼のごときの声音、鼻梁三曲して一張の吹火口に配し、両眉相夾して分尸紋に配し、双眉印堂を鎖住してまた螣蛇紋の口を鎖するを加え、眼白四露して神光外泄しまた準頭尖削・鼻孔外露を加え、声音渾濁・氣息陰寒にして煞氣を露出し、肌肉松流・皮膚繃緊にして走路僵直して尸のごとし。加うるに氣色黑暗して油垢のごとく、枯白して濕灰のごとく、紅にして潤わず、赤にして沉滞す。ここの一類の形質氣色は、正に「心の神に役せらるるは死なり」のここの六個の字に応ず。以上の三十六個の字は、相法の經典と言う可し、粗心して放過す可からず。いよいよ深思すればいよいよ味あり、いよいよ推想すればいよいよ法度を見る、我がこの部の書を讀むの人は、請うここより工夫を下せ。
達摩相法第五章
火焰上炎,末笄而寡;水流滿洫,垂老而孤。日月高懸,三十六必孀慘;陵冢茂實,二十五定龍騰。火焰繫南嶽尖拱,二十以前刑夫,當以二十以後出閣,則減輕刑剋。水流者,人中平滿也,有子必刑,但眉曲者,有一二子也。日月角高,亦主中年刑夫。丘陵冢墓高超方吉,而興家也。按女格不重正部,而取六府之輔佐部位也。
女子の鼻火焔のごとく上炎するは、未だ及笄の年に到らざるに寡を守らんとす。人中水流に満ちて溝なきのごときは、老いて依るなし。日月角高く懸起するは、三十六歳の上に必ず孀居の凄惨に遭う。丘陵・塚墓の両部豊満結實のは、二十五歳の上に便ち騰達を得。作者の解説:いわゆる「火焔」は、鼻を南岳と為して尖峭拱起するを言い、この種の女子は二十歳以前に嫁せば即ち丈夫を刑剋す、応に二十歳以後に再び出閣すべく、以て刑剋を減輕する能う。いわゆる「水流」は、人中平満にして溝なきを言い、兒子あれば必定刑剋す、ただ眉毛彎曲して情あれば、なお一両個を保住する能う。日月角高きは、亦た中年に夫を刑するを主る。丘陵・塚墓の両處高聳してこそ吉と算え、能く家を興すを主る。須く女相は五官の正位を重んぜず、而して六府のこらの輔佐部位を取るを知るべし。
印堂常明,相夫登第;淚堂青黑,任意招淫;耳輪反覆,刑夫不一;眉稜斜散,破產非常。印堂常明黃,當然助夫而貴。淚堂青黑,其人多淫而刑剋人丁,子女夫星皆不旺。耳輪反覆,初年否,一主天姿愚拙。眉稜斜散,於女格頗輕,破產之說過重。
印堂常に明亮を保つのは、能く丈夫を助けて金榜に題名せしむ。下眼瞼「涙堂」青黑のは、放縱にして淫事を招く。耳輪外翻のは、夫を刑すること止まずして一次ならず。眉稜骨斜削にして眉毛散乱のは、家を破り産を敗ること小可に非ず。作者の按語:印堂常に明黄の色を現ずれば、自然丈夫を輔助して貴を得。涙堂青黑の女子は淫多く、併せて子嗣を刑剋し、子女宮と夫星と皆旺ならず。耳輪外翻のは、早年順ならず、亦た天資愚鈍を主る。眉稜斜削散乱に至っては、女相の中に於て分量は本より軽く、原文の破産に説き到るは、未免断じて太だ重し。
奸門不陷,多子又賢;淚堂平安,多女而貴。求妾問子,定須清穩而年壽豐隆;娶媳問德,只要澀重而髮膚香潤。奸門為夫星專部,不陷即夫旺。淚堂關係子女,左男右女也。年壽豐隆,少疾厄也。至於子女,尚以人中臥蠶眉曲印平為重。澀者,含羞之貌;重者,慎重之謂;香潤為女格之必要。
奸門塌陷せざるは、兒子多くして且つ賢なり。涙堂平満安穩のは、女児多くして且つ貴なり。妾を納るに若し彼女の子息あるや無きやを問わば、一定要相貌清正沈穩にして鼻梁の年上・寿上豊隆ならん。媳を娶るに若し彼女の徳行いかんを問わば、ただ挙止靦腆持重・頭髮肌膚香潤なれば即ち好し。作者の解説:奸門は是れ夫星の専属の部位、陷らざれば即ち夫運旺なり。涙堂は子女に關係し、左辺は兒子に応じ・右辺は女児に応ず。年上寿上豊隆の人は病少なく災少なし。子女の多寡に至っては、なお人中・臥蠶・眉毛彎曲・印堂平満のここの幾處を以て重と為すを要す。いわゆる「渋」は、羞を含むの神態。いわゆる「重」は、行事慎重。髮膚香潤は、則ち女相の少く可からざるの一条。
項強胸突,刑夫克子而惡終;目秀指尖,旺子順失而永壽;陰戶不封不樹,無子女而有私;頭面又黃又白,有福祿而無垢。女格項短而強,主刑賤而毒;胸突主子少而苦。目秀指尖,主閒福而有子女,壽則不驗。不對者,言挺露無肉,而有兩側骨斜插;不樹,無毛也。黃自之說,是否與形質合耶,或為天道驗此耶。
脖項粗強・胸骨凸出の女子は、夫を刑し子を剋して善終を得ず。眼目清秀・手指尖細の女子は、子息興旺にして長寿を享く。陰部合せず毛を生ぜざるは、子女なくして私情あり。頭臉兼ねて黄白の色を見るは、福あり禄ありて瑕疵なし。作者の按語:女相の脖子短くして強硬のは、刑剋・下賤にして心毒を主る。胸骨凸出のは、子女少なくして一生辛苦を主る。眼秀指尖のは、清閑の福ありて併せて子女あるを主る、長寿の一項に至っては則ち応験せず。いわゆる「不封」は、陰部挺露して肉なく両側にまた骨頭斜挿あるを説く。いわゆる「不樹」は、即ち毛なし。黄白の色のこの一説に至っては、究竟形質と相合するや否や、それとも天道別に応験あるや、作者は疑を存して未だ定まらず。
沉睛蕩足,掠鬢支頤,皆淫奔之婦;聲清色定,寡笑安步,皆貴壽之人。沉睛為注意之深思,蕩足為飄搖之不正,掠鬢支頤皆容易感動腦筋而慕虛榮,變更性情而生嫉妒,故有貪物品而淫奔。聲清主貴壽,色定主志堅,寡笑主謹慎,安步主正重,此數則均驗。
眼珠下沉して凝視し・脚停まらずして揺晃し、動もすれば鬢角を攏り・腮を托するは、ここの幾様皆是れ私奔淫蕩の婦の相。声音清亮・氣色安定、笑うこと少なくして步履安詳のは、ここの幾様皆是れ既に貴く且つ寿あるの人の相。作者の解説:「沉睛」は心裏別に深く盤算する所有り、「蕩足」は心神飄搖して正ならず、鬢を掠め・頤を支うは則ち皆この人の外物に打動せられ易くして虚榮を慕うを表示し、性情説けば變じて嫉妬を生ず、ゆえに財物を貪るがために私奔せん。声音清なれば則ち貴寿を主り、氣色定まれば則ち志向堅きを主り、笑うこと少なければ則ち謹慎を主り、步履安詳なれば則ち端正持重を主る——ここの幾条は皆甚だ靈験なり。
得意中向人顛倒,豈是賢良;失意後向人懊怒,終非遠器。得意而反顛倒,其中另有用意,非一奸貪,即陰毒,故曰非賢良之人也。失意而反怒罵,此為自殺理策,終為受制,故曰非遠器也。
正に意を得るの時候にかえって人に對して低声下気・顛三倒四するは、これはどうして賢良の輩ならんや。一旦失意すれば人に對して懊惱怒罵するは、終に能く大器と成るの人にあらず。作者の解説:意を得る時かえって人に對して卑屈周旋するは、それは心裏別に打算あり、奸貪に非ざれば即ち陰毒、ゆえに彼を賢良の人にあらずと言う。失意の時かえって口を破りて怒罵するは、これは自ら退路を断ち・自ら籌算を毀るに等しく、終に人に受制せん、ゆえに彼を遠大の器量あるの人にあらずと言う。
眉目上殺印堂,毒殺自罹羅網;顴準高稜年壽,妬凶獨守孤孀。眉目上殺,此為奴欺主之格也。印堂為全部之元首,亦女格之夫星,故有毒殺之惡刑。顴準過高,其人偏傲而驕,代夫之權,刑夫之格,自恃其才貌而任意兇悍也。
眉と眼との煞氣上に冲りて印堂を犯すは、毒を下して人を殺すに因りて自ら法網に投ずるを因る。顴骨と準頭と高聳して稜を帯び・年上寿上を欺壓するは、性情妬忌にして凶悍、独り孀居を守る。作者の解説:眉目の氣の上に冲りて印堂を犯すは、これは奴僕の主人を欺凌するの格局。印堂は全臉の元首の位、女相の裏に於てはまた夫星の所在、ゆえに丈夫を毒殺するのごときの惡刑あり。顴骨・準頭高きに過ぐるの女子は、性情偏執にして驕傲、是れ夫に代わりて権を掌り・夫を刑剋するの格局、彼女は才貌を自恃し、行事任性にして凶悍なり。
臨困窮而不貪者是德,處英年而寡慾者多子。困窮不負,男子亦是大英堆,女子則為節德可風之人矣。英年節慾,不惟旺子,而且少疾多壽。此二句可抵一篇格言也。
身困窮に處して貪心を起こさざるは、これは是れ徳。正に盛年に當たりて能く欲を寡くするは、ここのようの人は子息多し。作者の解説:困窮の中に苟くも取るを肯んぜざるは、男子に於ても大英雄と算え得、女子に於ては便ち節操徳行風範と為るに足るの人。年少力壮にして能く情欲を節制するは、不但子息興旺、而且病少なくして寿多し。ここの両句の話は、一篇の格言に抵り得。
相骨先額次鼻,不粗不露為上;相肉貴直賤橫,不浮不枯為佳。喜質為相法之一部份,但在頭部亦占重要點,故云額與鼻,又以不租不露為合法。粗者勞碌,露者刑剋,故也。內法雖為相學之一小部,不過含有氣質,故以不浮不枯為合法。浮者困窮,枯者夭亡,故也。
骨を相するは先ず額を看、其次は鼻を看る、粗糙ならず・外露せざるを以て上と為す。肉を相するは直を重んじて横を軽んず、浮泛せず・枯槁せざるを以て佳と為す。作者の解説:骨質はただ相法の一部分、ただ頭部に於ては卻って要緊の地位を占む、ゆえに専ら額と鼻とを提げ、併せて粗ならず露せざるを以て法度に合と為す——骨粗の人は労碌し、骨露の人は刑剋す、道理はここに在り。肉法はただ相學の中の一小門類なりと雖も、それは一個人の氣質を含着す、ゆえに浮せず枯れざるを以て法度に合と為す——肉浮の人は困窮し、肉枯の人は早夭す、道理もまたここに在り。
相形要軒昂,欹垂者為貧賤;相坐要強健,安穩者為富貴。形以軒昂二字為法,亦從氣魄上論之。歌者仰也,垂者伏也。欹者性偏而受奇窘,孤僻而貧;伏者愚魯而多冷退,賤相而夭。坐者亦相法之小補也,強健言稟受之氣厚也,安穩為吉。
形体を相するは轩昂なるや否やを看るを要す、歪斜低垂のは貧賤を主る。坐姿を相するは強健なるや否やを看るを要す、坐ること安穩のは富貴を主る。作者の解説:形を論ずるは「轩昂」の両字を以て法を立つ、亦た一個人の氣魄の上より看るなり。轩は是れ仰起、垂は是れ伏下。身形歪斜の人は性情偏執、出奇の窘困に遭遇し、孤僻にして貧寒なり。身形伏塌の人は愚鈍遲滞、處處退縮冷落し、相は既に下賤また短命を主る。坐相は則ち相法の中の小補充:坐ること強健は、彼の禀受するの元氣厚きを言い、坐ること安穩は、即ち吉なり。
喜時代怒,必是勞苦之人;怒時代喜,定為慳格之輩。喜怒二字,為性情之根據,則其豪慨慳格分於此。又內從心而發,則天性之善惡自見。故喜時代怒,其勞苦必應,亦從顧忌多而繼之;怒時代喜,其慳格必應,亦從險惡虛而斷之。
喜すべきの時にかえって怒容を現ずるは、一定是れ一生労苦の人。怒るべきの時にかえって笑容を現ずるは、必定是れ慳吝刻薄の一路。作者の解説:喜と怒との両個の字は、是れ性情の根據、一個人の豪爽慷慨なるかそれとも慳吝小氣なるかは、即ちここより分かち出づ。而且喜怒皆内心より發出し、天性の善惡は自然顕露す。ゆえに喜すべきにかえって怒るの人は、労苦必定應験す、それは彼の顧忌太多きのここの一点より接きて推斷するなり。怒るべきにかえって喜ぶの人は、慳吝必定應験す、それは彼の心地險惡にして外表虛假なるのここの一点より斷定するなり。
對人偷視,莫與交遊;無人自言,豈堪遠大。目以正視為合格,上視多驕,下視多險,側視多邪行。此云偷視,其行既不正,其心又不可測,故云莫與交遊,言其有毒也。無人自言,主愚拙,然亦有神經失用之例,心地窄狹故也。
人に對して偷偷として斜めに看るは、彼と來往する勿れ。人傍に在らざるに卻って自言自語するは、どうして遠大の事を擔當し得ん。作者の解説:眼睛は平正直視を以て合格と為し、上に看るは多く驕慢、下に看るは多く陰険、斜めに看るは多く邪行。ここに言う所の「偷視」は、行為既に端正ならず、心思また測度し難し、ゆえに彼と交游す可からずと言う、是れここの種の人の毒心を存するを言うなり。人なくして自ら語るに至っては、愚鈍笨拙を主る、不過亦有神經失常の例に属するあり、根子は皆心地狹窄に在り。
坐勿低頭方有壽,食多淋落必受貧。項為天柱,即醫家之大椎穴,故久病低頭者死,故平常低頭者不壽。食多淋落,即猴食鼠食之例,故主貧苦而無享福也。無痰常吐,吐而不收,先富後貧;有話欲言,言而不足,有頭無尾。無痰而此者氣衰,吐而不收者,其人恍憾無用,故為紈絝子弟而不受善教也。欲言不足主愚拙,又主妄貪,故有心亂無把握之舉動,其人寡情少義,故稱有頭無尾。
坐して頭を低えざればこそ寿数あり、喫飯の時飯菜多く洒落するは必定窮を受く。作者の解説:頸項は是れ人身の「天柱」、即ち醫家の説く所の大椎穴、ゆえに久病の人は一たび頭を低えれば即ち死せんとす、平日頭を低えるを習慣とするの人も亦た長寿ならず。喫飯洒落して地に満つるは、即ち相書の説く所の猴食・鼠食のあの一類、ゆえに貧苦にして福を享け到らざるを主る。又た、痰なきに常に口水を吐き、吐いてまた収め得住せざるは、先に富み後に貧なり。話言わんと欲して説き周全せざるは、做事頭ありて尾なし。作者の解説:痰なくして常に吐くは元氣已に衰えたり。吐いて収めざるは、この人恍惚無用・多く是好き教養を受けざるの紈袴子弟を説明す。話を想いて説き完整せざるは愚拙を主り、亦た妄想貪求を主る、ゆえに行事心乱れて把握なし。ここの種の人は寡情少義、ゆえに彼を有頭無尾と称す。
疾言口撮,破敗飄零;無事匆忙,離宗困頓。疾言者,不慎重之態;口撮者,吹火之態,故主損失而刑人丁。無事仁者,多成多敗,每出貧苦之家,而易地生,易成易敗也,一為有神經病也。
説話急促・嘴唇撮起のは、家業破敗して人生飄零す。事なきに總て匆匆忙忙のは、宗族を離れて困頓す。作者の解説:説話急促は、是れ行事慎重ならざるの様子。嘴唇撮起は、是れいわゆる吹火口の形状、ゆえに財を破り併せて家中の人丁を刑剋を主る。事なくして忙しく停まらざるの人は、一生成多くまた敗多く、多半出身貧苦人家、故郷を離れてこそ立身する能う、成ることも快く敗るることも快し。別に一種あり、則ち神經上の病症を患うなり。
紅絲纒眼,山根筋起者重刑;丹朱塗唇,滿面桃花者浮蕩。紅絲貫烏珠,主刑剋而驚險;山根青筋主疾,故曰重刑。唇如抹珠者,聰明而祿,加以桃花面,則明敏而邪蕩淫亂也,即俗謂飽暖而思淫慾故也。
紅絲眼の中に纏繞し・山根の上にまた青筋を起こすは、刑剋極めて重し。嘴唇紅くして朱砂を塗りたるがごとく・満臉また桃花色を泛ぶるは、人と為りて軽浮放蕩。作者の解説:紅絲黒眼珠に貫入するは、刑剋にして併せて驚険多きを主る。山根に青筋を現ずるは疾病を主る、両様併び見ゆ、ゆえに刑剣甚だ重しと言う。嘴唇朱紅を抹したるがごときの人は本より聡明にして禄あるを主る、しかるに加うるに一张の桃花面あれば、便ち聡明機敏なれど邪僻淫蕩と變成す、正に俗説の飽暖して淫欲を思うの縁故なり。
公篤曰:《麻衣相法》三章,《達摩相法》五章,此為真跡,而達摩之法,則百深過麻衣遠矣。故六役之心法,三疑之包括,三悅之取法,測量之見解,皆非他書所能望塵也。不但不解其法,而且不明其義,故世人只知有麻衣,亦千餘年之埋沒也。余按《四庫全書》選《柳莊相法》,而達摩麻衣皆不選。查柳莊為永樂時人,其書之傳,即永樂尊其人耳。其解麻衣之六眉害,多附邪說惑人,而不循正義;又解達摩之五露,亦錯訛妄語,而偏重異端。據此二者,可見其相法之精良與否。然其學識雖,而遇合頗佳;達摩之學識雖高,而遇合太否,此其書之傳與不傳者,亦幸與不幸者耳。
陳公篤曰く:《麻衣相法》の三章・《達摩相法》の五章は、皆是れ真本、而して達摩のここの一路の法度は、麻衣に比べて深きことなおさら多し。ゆえに六役の心法・三疑の包擧・三脱の取法・測量の見解は、皆別の相書の追い得上がる所にあらず。世人は不但その法を懂せず、而且その義を明らかにせず、因りてただ麻衣あるを知るのみ、これ亦た達摩相法の千餘年來埋沒せられたるの縁故なり。又た、我《四庫全書》を査するにただ《柳莊相法》を収むるのみ、達摩・麻衣の両家は皆収めず。柳莊相法の作者袁珙は明の永樂年間の人、彼の書の流伝し得るは、不過永樂皇帝のその人を看重するに因るのみ。彼の麻衣の六種の害眉を解するは、多く邪説を附會して人を惑わして正理を循ばず。彼の達摩の五露を解するも、亦た是れ錯訛妄語にして異端に偏重す。ここの両處に就きて看れば、彼の相法の精良なるや否やは便ち知る可し。然るに彼の學識は雖(ここに底本脱文あり)、際遇は卻って甚だ好し。達摩は學識高しと雖も、際遇は卻って太だ差なし——書の傳わり来たる能うや否やは、亦た不過運氣の好壞のみ。ゆえに一部の書の傳世するや否やは、併せて以てその高明を証明するに足らず、相書を讀むの人は切に名頭のみを認む可からず。
余考達摩之法,精粹頗多,其所不足者,即天道厚薄、時世衰盛,而無活法變法之分別也,其人事則詳言無遺矣。蓋天道厚,其人稟受厚,而壽者多;天道薄,其人稟受薄,而夭者多。時世盛則平安而持久,時世衰則暴發而易過。如盛世之格,眼神清潤黑自分明者貴;衰世則烏珠玄明而露黃光者貴,此盛衰相反處,大概不合居多數,達摩無變法之活法耳。其法有不驗者,即天道不合也。餘之全錄者,亦恐將來天道輪轉耳,又於研究相法者,多一層考驗,而容易進步耳。
我達摩のここの一路の相法を考察するに、精粹の處甚だ多く、それ足らざるの地方は、天道の厚薄・時世の盛衰を分かちて活法と變法と為さざるに在り。人事の一面に至っては、則ち已に講じ詳盡にして遺漏なし。天道厚きの時は、人の禀受するの元氣もまた厚く、長寿する多し。天道薄きの時は、人の禀受するの元氣もまた薄く、早夭する多し。時世興盛すれば、人多く平安にして能く持久す。時世衰乱すれば、人多く驟に起りて長保し難し。譬えば太平の世の格局は、眼神清潤・黑白分明を以て貴と為す。衰乱の世に到れば、かえって黒睛深沉にして黄光を透出するを以て貴と為す。これは即ち盛衰の間の相反するの地方、多半號に對せず、ただ達摩の時に隨いて變通するの活法を立下せざりしに因るのみ。彼の法の時に応験せざるあるは、正に天道の合せざるの致す所。我それを全文照録するは、一来は將來天道輪轉してなお用い得るを怕り、二来もまた相法を研究するの人をして一層の考驗の資料を多くせしめ、進境容易ならしめんがためなり。
雜説第一
孔子曰:視其所以,觀其所由,察其所安,人焉瘦哉。公篤曰:孔於為儒家之萬世師表,政教一分,儒學倡明,實由於刪詩定禮,作春秋,立褒貶,崇師教,一言而為天下之法也。號曰聖人者,對於國家興亡、社會紛爭無所不知也,故有識人賢愚、辨人邪正,貫通天理人情、法律社會,而為相法之精英。茲特詳註,為風鑑一助,其解擇如下。
孔子曰く:一個人の何をか做すを看、彼の何のためにこも做すを察し、さらに彼の何に安んずるを看れば、ここの人はなおどこに藏れ得ん。ここの三句は《論語・為政》に出づ。陳公篤曰く:孔子は儒家萬世の師表、政と教とは此より途を分かち・儒學の昌明を得たるは、實在是れ彼が《詩經》を刪定し・禮制を釐定し・《春秋》を作して褒貶を立て・師道教化を尊崇するに由り、一句の話便ち天下の準則と成れり。彼を聖人と称するは、彼の國家の興亡・社會の紛爭に知らざる無きに因る、ゆえに能く人の賢愚を識別し・人の邪正を辨明し、天理人情と法度世務とを一一併に貫通す、これは正に相法の中の最も精要の地方。我はここに於て特に詳注を加え、權に看相識人の一点の幇助と做さん、解説分列して下のごとし。
一.視其所以。視者,為神之注意也。先視其人之清濁如何,亦有似清而濁,似濁而清,外清內濁,外濁內清,清中有清,濁中有濁。故有顏貌修麗,風表閒雅,望之溢目,接之適意,口不能吐片奇,筆不能序半句,形與事反,貌與心違之類。次視其人賢愚如何,亦有似賢而愚,似愚而賢,內賢外愚,外賢內愚,亦有賢而不盡善,愚而有一能。故有顏貌樸,儀容鄙陋,聲氣雌暗,進止遲澀,然而含笑懷寶,經明行高,峻標邈俗,高亮純粹之類。
第一句「その所以を視る」。いわゆる「視」は、精神を集中して過ぎて打量す。先ずここの人の清なるか濁なるかを看るを要す:その中に看て清に似て其實濁なるあり、看て濁に似て其實清なるあり、外清にして内濁なるあり、外濁にして内清なるあり、亦有清裏更清・濁裏更濁あり。ゆえに世上に即ちあの一種あり、容貌修美・風度閑雅にして、遠く看れば人をして满目生輝せしめ、接談するもまた人を舒服ならしむ、しかるに嘴の裏一句の出色の話を説き出づる能わず、筆下に半句の様になる文字を寫し成す能わず——形貌と實事と相反し、外表と内心と相違す。其次にここの人の賢なるか愚なるかを看るを要す:亦た看て賢に似て其實愚なるあり、看て愚に似て其實賢なるあり、内賢にして外愚なるあり、外賢にして内愚なるあり、なお雖賢なれど盡善ならざる・雖愚なれど一技の長あるあり。ゆえにまたあの一種あり、相貌樸陋・儀容鄙俗にして、声氣低啞・挙止遲鈍、卻って才を懐きて露さず・笑を含みて自守し、經術精通・品行高潔にして、標格峻抜・流俗を超越し、人と為りて高朗純粹なり。
再視其厚薄如何,亦有厚而不實,薄而反堅,厚中有俗,薄中有威。故有體度動靜,清詳無侮,威容以肅,咬潔以守,然有奪而無厭,正而害直,言巧行違,履濁假清之類。冉視其穿根如何,亦有稟受厚而反薄,稟受濁而自清,智而妄行,愚而守道。故有擒銳藻以立言,甄墳索以窮理,機變清銳,巧言綺聚,然有長於識古,短於理今,詞不近理,筆不達意之類。
さらにここの人の厚きや薄きやを看るを要す:その中に看て厚實に似て其實實ならざるあり、看て単薄に似てかえって堅定なるあり、厚裏に俗氣を帯ぶるあり、薄裏に威厳を帯ぶるあり。ゆえにまたあの一種あり、挙止安詳・動靜清明にして人を輕侮せず、容貌威重にして肅穆し、操守潔淨にして自守す、しかるに取索し起こせば貪得厭まず、看て端正に似て卻って正直を妨害し、言辭巧飾して行事相違し、脚污濁を踩めて清白を假裝す。さらにここの人の根柢いかんを看るを要す:亦た禀賦本より厚くして後來薄に轉ずるあり、禀賦本より濁りて自ら能く澄清するあり、聡明ありて胡作非為するあり、愚鈍ありて卻って道を守り得住するあり。ゆえにまたあの一種あり、能く鋭筆藻思を操りて以て言を立て、能く《三墳》《八索》の古籍を考究して以て義理を窮究し、機變敏捷・言辭華美、しかるに古を識るに長じて今を理するに短く、措辭情理に合せず・筆を下して本意を達する能わざるなり。
終則視其器量如何,能容納幾許;形質如何,能達何程度;靜燥如何,能否樂天知命,安貧達道;枯潤如何,是否當之窮通,含有禍福性質。此為形容氣色上論。
最後にここの人の器量いかん、能く幾多を容れ得下るかを看るを要す。形骨体質いかん、能くいずれの一歩に到るか。性情は沈静なるかそれとも躁急なるか、能く天を樂しみ命を知り・清貧に安んじて大道に通達するや否や。氣色は枯るるか潤うか、彼の眼下の窮通に配するに足るや否や、裏面またいかなる禍福の消息を含着するか。以上のここの一段は、皆形貌と氣色との上より論を立てたるなり。
二.觀其所由。觀者,為目之審察也。觀其人之品行如何,是否溫恭謙讓,敦睦守禮,入孝出弟,揚明彪炳,有超凡入聖之品,窮理盡性之行。次觀其志向如何,是否猷淵送,術略入神,智周成敗,思洞幽元,窮則獨善其身,達則兼善天下。
第二句「その由るを觀る」。いわゆる「觀」は、眼睛を用いて細細と審察す。先ずここの人の品行いかんを觀る:温和恭敬・謙遜禮讓なるや否や、人を待ちて敦厚和睦にして禮を守り、家に在りて父母を孝順し・出でて兄長を敬愛し、名声光明显著にして、超凡入聖の品格・天理を窮究し人の本性を盡くすの操行を具備するや否や。其次に彼の志向いかんを觀る:謀略深遠なるや否や、方術精妙入神なるや否や、才智能く事情の成敗を周知するや否や、思慮能く幽微玄遠の處を洞見するや否や、能く志を得ざるの時は獨りその身を善くし・志を得るの時は兼ねて天下を善くするを做到するや否や——ここの両句は本より《孟子・盡心上》に出づ。
再觀其智識如何,是否志小大,力輕任重,見解有遠慮,預料有先決。見機不作,則所為無成;迀闊不達,則拘執失敗;持勇不慎,累國累家;怯處不學,誤人誤己。終觀其勤敏,是否推肩卸責,畏難苟安,風夜不懈而惜寸陰,盡瘁忘勞而盡天職;略如何,築基而不越正軌;進退如何,知足而不蔽聰明。此為天姿事實上論。
さらに彼の見識いかんを觀る:是れや否や才具小にして志氣大・力量輕くして担子重く。見解に長遠の顧慮あるや否や、預料に事先の決斷あるや否や。時機を見て手を動かさざれば、何を做すとも皆成らず。迂闊にして世務に通ぜざれば、即ち拘泥固執して以て失敗に致る。勇を恃みて謹慎ならざれば、國家を連累し・家族を連累す。胆怯にして肯んじて學ばざれば、人を誤りまた己を誤る。最後に彼の勤勉なるや否やを觀る:是れや否や責任を推卸し・難を怕れて苟且して安を偷むか、それとも能く夙夜不懈にして一寸の光陰を愛惜し、鞠躬盡瘁して労苦を忘却し・己の天職を盡くすか。謀劃いかん、能く根基を打ち好くして正軌を越出せざるや否や。進退いかん、能く足るを知りて欲望に聡明を蒙蔽せられざるや否や。以上のここの一段は、天賦資質と實際行事との上より論を立てたるなり。
三.察其所安。察者,為動靜之留心也。查其人之善惡如何,是否面惡心善,面善心惡,言善行惡,言惡行善,有心為惡,有心為善。至於前生善因,今生善果;前生善因,今生惡果;前生惡因,今生惡果;前生惡因,今生善果。故查其行之善惡,心之善惡,口之善惡,因潮流而趨為善惡,因知交而逼為善惡,因名利而惑為善惡,因氣憤而改為善惡。
第三句「その安んずるを察す」。いわゆる「察」は、彼の動静の間に於て心を留めて體會す。先ずここの人の善惡を査す:是れや否や面相凶惡にして心地慈善・面相和善にして心地凶惡・言語良善にして行為醜惡・言語粗惡にして行為良善・是れ意あるの惡を為すか、それとも意あるの善を為すか。さらに深處に往きて説けば、なお前生善因を種えて今生善果を結ぶあり、前生善因を種えて今生惡果を結ぶあり、前生惡因を種えて今生惡果を結ぶあり、前生惡因を種えて今生かえって善果を結ぶあり。ゆえに彼の行為上の善惡・心念上の善惡・言語上の善惡、および時勢潮流に隨いて趨向するの善惡・朋友に逼せられて出づるの善惡・名利に迷惑せられて生ずるの善惡・一時の氣憤に因りて改變するの善惡を査するを要す。
次查其富而無驕,及好禮否;貧而無諂,及自樂否;貴而有容量,及不淫亂否;賤而從吾所好,及不移志否。守其範圍而不越,純其準繩而不亂,俗語謂之人格,古人謂之德行。終查其居尊有無驕傲,而盡其職責否;處卑有無諂侫,而亂其常度否;作事有無信用,言語是否正直。此為學趾行為上論。
其次に彼の富貴の時能く驕らざるや否や・併せてなお能く禮を好むや否やを査す。貧寒の時能く諂媚せざるや否や・併せてなお能く自らその樂を得るや否や——ここの一層は《論語・學而》の「貧にして諂えず、富みて驕らず」および「貧にして樂しみ、富みて禮を好む」の義に本づく。又た彼の顯貴の時に人を容るるの度量あるや否や・淫乱に流るるや否やを査す。卑賤の時に能く自己の愛好に依りて做すや否や・志向動摇するや否や。本分を守りて越界せず・準繩を持定して錯乱せざるは、これは俗話に人格と叫び、古人に於ては徳行と叫ぶ。最後に彼の尊位に居るに驕傲の氣あるや否や・能く職責を盡くすや否やを査す。卑位に處するに諂媚の態あるや否や・常度を乱るや否や。做事に信用あるや否や・説話正直なるや否や。以上のここの一段は、挙止行為の上より論を立てたるなり。
雜説第二
子口:君子坦蕩蕩,小人長慼慼。公篤曰:社會之分別,即君子與小人二種,而包括富貴貧賤、九流三教、士農丁商矣。所謂君子,即容貌清奇秀正,威嚴和肅;聲音明亮韻長,清秀和藹;氣色明潤安閒,黃紫慈祥;性情耿直公平,和蘊慷慨,仁義為用,道德為懷。故坦然無驚,心無妄念,瀟灑融和,胸無俗累,故曰君子坦蕩蕩他,即雍容安和之貌也。
孔子曰く:君子は心地寛平舒坦、小人は終日憂愁局促。ここの両句は《論語・述而》に出づ。陳公篤曰く:社會上の人は分かちて分かちて、不過君子と小人との両種、富貴貧賤・九流三教・士農工商は全てその裏頭に包めり。いわゆる君子は、容貌清奇秀正・威厳の中に和肅を帯び、声音明亮にして余韻悠長・清秀にして和藹、氣色明潤安閑・黄紫慈祥の色を透出し、性情耿直公平・温和蘊藉にしてまた慷慨、事を做すは仁義を以て用と為し、胸中は道德を以て自持す。ゆえに彼は坦然として驚懼なく、心裏妄念なく、人と為りて瀟灑融和、胸中俗務の牽累を挂けず、因りて「君子坦荡荡」と言う、それは一副の雍容安和の氣象なり。
所謂小人,即容貌鄙陋濁俗,薄削歪斜;聲音急燥散漫,破斷濁浮;氣色浮光脂膩,塵滯枯緊;性情偏窄見小,私貪痴妄,見利忘義,肥私害公。故戚然鬱結,常有私慾,陰險讓諧,常多俗累,故曰小人長慼慼也,即鬱結惑亂之貌也。
いわゆる小人は、容貌鄙陋濁俗・骨肉薄削にして五官歪斜、声音急躁散漫・破碎渾濁にして虛浮、氣色浮光にして油腻・塵滞にして枯緊、性情偏狹にして見識短小・自私貪求・痴迷妄想にして、利を見れば即ち義を忘れ、己を肥やせば即ち公事を壞す。ゆえに彼は一副の愁苦鬱結の様子、心裏常に私欲を存し、行事陰険にして言語迎合し、身上常に俗務の牽累を挂け、因りて「小人長戚戚」と言う、それは一副の鬱結迷乱の氣象なり。
又有界於君子小人之間,類君子而不足,類小人而半非,則形質為清濁相兼,厚薄相等,雅俗相混,剛柔相用。小善立決而前,大善遲疑不為;積極勇進於名利,疎忽輕舉於道德。此等人謂之中人可也,非蕩蕩也,非慼慼也,執其兩端而常循循也,即勞慎持重之貌也。
なお一種の人ありて君子と小人との間に介す:彼を君子に似たりと言えばまた一截差あり、彼を小人に似たりと言えばまた一半是ならず。この種の人の形質は清濁相兼ね・厚薄相當たり・雅俗相混り・剛柔併用す。小さき善事に碰上れば彼は立刻に即ち做し、大きき善事に碰上ればかえって遲疑して手を動かすを肯んぜず。名利の上には一味積極勇進し、道德の上には卻って疏忽輕率なり。ここのようの人は「中人」と叫べば即ち可なり:既に坦荡荡にあらず、亦た長戚戚にあらず、而して両頭を抓住して常に循規蹈矩して中間路を走る、それは一副の操労謹慎・拘謹持重の氣象なり。
雜説第三
孟子曰:胸中正,則胖子瞭焉;胸中不正,則胖子托焉。公篤曰:聖人所謂於中,必形於外。蓋謂氣色為先天之動機,窮通動靜繫於此;目神為後天之代表,喜怒哀樂繫於此。二者含有性情行為、賢愚善惡之原則也。凡人含有天然之愛惡,孟子以眸子為比喻。心為五臟之君主,故醫家曰:心為君主之官,神明出焉。印堂為心之外表,為面部之主體,內應於心故也。
孟子曰く:胸中正なれば、眼珠便ち清明。胸中不正なれば、眼珠便ち昏濁。ここの両句は《孟子・離婁上》に出づ、底本は「眸子」を訛りて「胖子」と作し・「眊」を訛りて「托」と作せり。陳公篤曰く:聖人のいわゆる内に存するは必ず外に顕るるは、即ち氣色は先天の動機に属し、一個人の窮通動靜は皆ここの上に係るを説くなり。眼神は後天の代表に属し、一個人の喜怒哀樂は皆ここの上に係る。ここの両様の裏面は、性情行為・賢愚善惡の準則を含着す。人は本來即ち天然の好惡を帯びたり、孟子は便ち眼珠を拿りて以て比方と為す。心是れ五臟の君主、ゆえに醫家説く、「心は君主の官、神明ここより出づ」。印堂は是れ心の外在の標志、是れ面部の主體、それの内に於て心に応ずるに因る。
故曰胸中之心靜而正,則印堂之氣明而潤,則其神不驚不擾,和蘊而收。瞭者,安閒之常態也,以眸子動靜,可推常人也。又胸中之心不正,有偏向欹斜,或為名利之關鍵,或為事實之障礙,或為安危之所繫,或為連帶之所累。
ゆえに説く:胸中の心安くして端正なれば、印堂の氣色便ち明亮潤沢にして、眼神も亦た驚かず擾らず、温和含蓄にして収め得住せん。いわゆる「瞭」は、正にここの種の安閑の常態。眼珠の動静の上より、即ち一般人の心地を推知する能う。かえって之、胸中の心正ならず、偏倚歪斜する所有り、あるいは名利の關口に卡住せられ、あるいは實際の障碍に絆住せられ、あるいは自身の安危に關係し、あるいは牽連の人の拖累を受く。
如有怒氣之動而不正,則印堂見燥暗之色;有憂氣之動而不正,則印堂有青膩之光;有懼有哀而心動不正,則印堂有赤黑之氣;或動於愛之而不可得,或動於惡之而不可除,則印堂有浮膩之青暗;或動於惡念之已動,或動於危機之潛伏,則印堂有赤焰之枯慘。則眸子之心動神亂,有驚疑,有繁擾,故眊焉。眊者,烏珠上翻,睫毛宜豎,倉皇泯亂之態也,亦以眸子動靜,而可推常人也。
若是れ怒氣一たび動きて心正ならざれば、印堂は即ち乾燥晦暗の色を現出す。憂氣一たび動きて心正ならざれば、印堂は即ち青くして油腻の光を泛出す。恐懼・悲哀に因りて心動きて正ならざれば、印堂は即ち赤中帯黑の氣あり。あるいは愛する所に動きて求めて得ざり、あるいは厭う所に動きて除きて去らざれば、印堂は即ち浮膩の青暗を現出す。あるいは惡念已に發動し、あるいは危機後に潜伏すれば、印堂は即ち赤焔のごときの枯惨の色を現出す。ここの時候に到れば、眼珠の映ずる所の心は已に動き・神は已に乱れ、驚疑を帯び・煩擾を帯ぶ、ゆえに「眊」と叫ぶ。いわゆる「眊」は、即ち黒眼珠上に翻り・睫毛直に豎り、一副の倉皇錯乱の様子。同様に眼珠の動静の上より、一般人の心地を推知する能う。見るべし心一たび動けば、先に印堂の上に於て一種の顔色を換え、さらに眼珠の上に於て一副の神氣を換う、両處合せて看れば、人を瞞し過ぐる能わざるなり。
餘據事實考之,凡人有醜惡之行,其面帶愧;有殘毒之行,其神帶岔;有不平之行,其神帶憤;有陰險之舉,其面帶煞;有損失之事,其面帶愁;有死亡之災,其神似脫。試觀擾人演陰之時,必黑搽三陰;演危險之間,必紅點印堂;演慘禍之際,必滿面油垢而塗脂;演疾病之時,必滿面青黑而浮土。此亦於中而形於外也之表現,亦言形格,言氣色,而後決其事實也。
我實際を按じて験證せり:凡そ人醜惡の事を做せば、臉上便ち慚愧を帯ぶ。殘忍狠毒の事を做せば、神情便ち乖戻を帯ぶ。不平の事に遇えば、神情便ち憤懣を帯ぶ。陰険の擧動あれば、臉上便ち煞氣を帯ぶ。損失の事あれば、臉上便ち愁容を帯ぶ。死亡の災あれば、眼神便ち脱走せんと欲するがごとし。妨げず戲臺の上を看よ:伶人陰毒の角色を演ずる時は、一定要「三陰」の處に黑を抹す。危難の境を演ずる時は、一定要印堂に紅を點す。惨禍の時を演ずる時は、一定満臉油垢にして脂を塗す。疾病の時を演ずる時は、一定満臉青黑にして土色を浮かす。これも亦た「中に存するは必ず外に形る」の表現、見るべしなお先ず形格を講じ・氣色を講じ、然る後にこそ彼の實際の遭遇を斷定するなり。
雜説第四
公篤曰:髮為血之餘,色為氣之餘,亦為相法之一小部份。故束髮、辮髮、薙髮、革髮、剪髮,雖以國家政治為轉移,亦有形格之宜與不宜也。如木形必蓄髮為吉,否則多疾厄苦惱,而多羈畔之事實發生。其義者何?蓋木者,即樹木之義也,宜清秀明潤,而青色不忌也。如禾之有苗,如樹之有葉,故禾無苗則死,樹無葉則枯,此獨不利於木形之正義。其它水土火金各格,則無關係。如木形非蓄髮不可,至於長短形式,又在各人之愛耳。
陳公篤曰く:頭髮は是れ血の余氣、氣色は是れ氣の余象、これも亦た相法の裏の一小門類と算う。ゆえに束髮・結辮・剃頭・改制・剪短は、國家政令に隨いて變ずると雖も、しかるに個人の形格と仍旧相宜と不相宜との別あり。譬えば木形の人は必ず髮を蓄えてこそ吉、然らざれば即ち病痛煩惱多く、なお常に牽絆纏糾の事を出だす。これは何の道理ぞ。「木」の取るは樹木の義、清秀明潤に宜しく、青色を見るも亦た忌まず。頭髮の木形人に對するは、禾苗の莊稼に對する・枝葉の樹木に對するがごとし:禾は苗なければ即ち死し、樹は葉なければ即ち枯る、ただ木形人の身上に於てここの一層は説きて最も切なり。其余の水形・土形・火形・金形の各格は、即ちここの層の關係なし。木形人は髮を蓄うるに非ざれば可ならず、頭髮の留むることいかに長き・梳りて何の樣式と成すやに至っては、則ち各々各々の人の喜好に隨う。
辨正第一
公篤曰:古人常言相由心變,斯言封難為定論。老子雖有禍福無門、為人自招之說,此語為改造社會之風化,現正人心而設,並非事實也。凡人稟先天之靈氣而生,受後天之培養而成,或富或貧,或貴或賤,或壽或夭,或勞或逸,皆種前世之因,結今生之果。故以靈根為周,而後化出形質,方有清奇古怪嚴肅厚重,而為八大正格;薄削弱露歪濁俗寒,而為八大反格。其富貴貧賤、壽夭勞逸各類,特等上等中等下等常等層次,皆在有餘不足中區分也。
陳公篤曰く:古人常に講ず「相は心より變ず」、ここの句の話は其實甚だ定論と作り難し。老子は雖「禍福門なく、ただ人自ら召す」の説法あれど、ただそれは社會風氣を改造し・人心を端正せんがため立てたるの教言、併せて事實の本身にあらず。人は皆先天の靈氣を禀受して生じ・後天の培養を靠りて成る、あるいは富あるいは貧、あるいは貴あるいは賤、あるいは長寿あるいは短命、あるいは労碌あるいは安逸、皆是れ前世の種え下したるの因、結成して今生の果と為る。ゆえに先に靈根ありて以て本と為し、然る後に形骸體質を化出し、於是こそ清・奇・古・怪・嚴・肅・厚・重のここの八種の正格と、薄・削・弱・露・歪・濁・俗・寒のここの八種の反格とあり。富貴貧賤・寿夭労逸の各類、および特等・上等・中等・下等・常等のこらの層次に至っては、全て「有余」と「不足」との間に於て分かち出づ。換言して説けば、心の變じて相貌と為すにあらず、而して先にここの一副の禀受の形質ありて、こそあの樣の心思を生出す。
有此形質,然後有其心志。心有上進之思,志有不群之立,以國家為己任,以潮流為改造。有此心志,然後有其行為。行者,受教育而栽培成材;為者,乘時勢而促進為用;各尋出路之階梯,各結團體之發達。有此行為,然後有其際遇。或因利害而同舟共濟,或因時勢而冒險工作,或因交情而連代關係之進取,或因環境而逼迫臨險之成功。故種善因,結善果;種惡因,結惡果;種富貴貧賤因,結富貴貧賤果;種壽夭疾苦因,結壽夭疾苦果。此其定論也。
ここのようの形骸體質ありて、然る後にこそ相應の心思志向あり:心の裏に上進の念頭を生出し、志向は流俗に同じからざるの地方に立ち、國家を以て自己の責任と做し、時代潮流を以て改造の對象と做す。ここのようの心志ありて、然る後にこそ相應の行為あり:いわゆる「行」は、教育を受けて培養して材と成る。いわゆる「為」は、時勢に趁りて推進して用を致す。各々人自らの出路階梯を找り、各々人自ら團體を結成して發展を求む。ここのようの行為ありて、然る後にこそ相應の際遇あり:あるいは利害相關するに因りて舟を同じくして濟を共にし、あるいは時勢の迫る所に因りて冒険して事を行い、あるいは交情牽連するに因りて彼此提攜進取し、あるいは處境逼迫するに因りて険の中に於て成功を取得す。ゆえに善因を種えて善果を得、惡因を種えて惡果を得、富貴貧賤の因を種え下せば即ち富貴貧賤の果を結び、寿夭疾苦の因を種え下せば即ち寿夭疾苦の果を結ぶ——これはこそ定論なり。
故格局主富貴,雖奢華淫佚,依然為富貴之人;格局貧賤,雖勤慎耐勞,依然為貧賤之輩。此命之格局使然,其任勞而盡其天職,乃完人道之本責,至於窮通,則聽天安命也。壽者酒色縱慾,依然多壽;夭者清心寡慾,亦是疾夭。此稟受之元氣使然,其修身而養其正氣,刀法聖人之規矩,至於壽夭,則聽其稟受也。
ゆえに格局本より富貴を主るの人は、即ち奢侈淫佚するも、依舊是れ富貴の中人。格局本より貧賤に属するの人は、即ち勤謹耐労するも、依舊是れ貧賤の輩。これは命中格局の定むる所。彼の肯んじて労を任じて己の天職を盡くすに至っては、それは人と為るの応に盡くすべきの本分、窮通得失に至っては、ただ天に聽きて命に安んずるのみ。長寿すべきの人は酒色を縱情するも、依舊寿多し。短命すべきの人は清心寡欲するも、仍然病夭す。これは禀受の元氣の定むる所。彼の身を修めて正氣を涵養するに至っては、それは聖人の規矩を效法するなり、寿数の長短に至っては、ただその禀賦に聽くのみ。作者こも言う、併せて人をして修為を放棄せしめんと叫ぶにあらず、而して「本分の做すべき」と「命裏の得る能う」とを分かちて両截として看るを要するなり。
經云:老人貪淫好色者為大壽。蓋稟受之氣太充足,而無消耗之地,須排洩其精,放縱其欲,方能調和陰陽,平氣安神,放心暢性。可見天地之造化,在於自然承受也。故不能勉強改移其富貧,顛倒其貴賤,何況壽夭之生死關係尤大,又豈能強勉改移耶。
相經の上に説く:老人なお淫欲好色を貪戀するは、かえって是れ大寿の徴。これは彼の禀受するの元氣太だ充足にして消耗するの地方なきに因り、必ずその精を泄し・その欲を縱りて、こそ陰陽を調和し・氣を平らげ神を安んじ・胸懐を放開して性情を舒展する能う。見るべし天地造化は、全て其自然に順いて承受するに在り。ゆえに一個人の貧富は勉强更改する能わず、貴賤は強行して顛倒する能わず。況んや寿夭は生死に牽涉し、關係なおさら大なり、又たどうして硬く更改せんと要すれば改め動かす得ん。
夫夭亡之相,稟受既薄,而形質輕浮,氣色枯膩,加以酒色過度,私慾自戕,亦不過多惡疾耳,壽亦定數也。惟懸樑自剔、投河服毒,不是稟受之氣弱而死,然亦有凶格以證之。如分尸紋、覆舟口、赤脈貫瞳、睛凸四白、結喉露痣、兩腋無毛、穀道無毛、印堂懸針、火焰紋、破錠聲之類,如無此類形格,萬無凶死之理由。
短命の相に説き到れば:禀受は本來即ち薄く、形骸體質軽浮にして、氣色枯れて膩く、加うるに酒色過度・私欲自傷すれば、亦た不過惡疾を幾場添えるのみ、寿数は仍お命中の定数。ただ上弔・投河・服毒のここの一類は、禀受の氣弱きに因りて死するにあらず、然るにもまた別に凶格ありて以て印證する能う。譬えば眉間の分尸紋・口角下垂して覆舟のごとし・赤脈瞳仁を貫穿す・眼珠凸出して四面白を露す・喉結突出して併せて痣を生ず・両腋毛なし・肛門毛なし・印堂に懸針紋を生ず・額上に火焔紋・声破器のごとしの等。若しここの一類の形格なければ、絶えて凶死の道理なし。
按聖門之顏淵,敏而好學,其非禮勿視,非禮勿聽,非禮勿動,非禮勿言,觀此可知其行為矣,何以已亡年三十二歲耶。又紀漢之管輅,神其技矣,其自斷云:神不守宅,目無守睛,恐四九之年,為我之厄。後果亡於三十六歲,而應四九之厄年矣。如能修改,則不驗其不守宅不守睛之格局。況管輅深通玄機,善測休咎,如此二子者,豈修身之道而未聞耶。
試みに孔門の弟子顔淵を看よ、聡敏にして學を好み、「禮に非ざれば視る勿れ、禮に非ざれば聽く勿れ、禮に非ざれば動く勿れ、禮に非ざれば言う勿れ」を奉行す——《論語・顔淵》の記する所の四勿——此に由りて彼の行為いかんを知る可し、しかるに彼は何のため三十二歳に活きるのみにして死せるや。さらに漢代の管輅を看よ、術數已に出神入化の地步に到れり、彼自らに斷語を下して曰く、精神その舍を守らず、眼中に守定の睛光なし、ただ四九の三十六歳のあの年は即ち我の大限ならんと怕る。後來果して三十六歳の上に死し、四九の厄に応ぜり。倘若修身真に能く命を改むれば、彼のあの「神宅を守らず、目守睛なし」の格局は即ち応験せざるべし。況んや管輅は玄機に深く通じ・吉凶を測るに善し、顔・管のここの両位は、まさか是れ修身の道を聞説せざりし無きや。
然吾國數千年,有性命學,即道家者流,而有不生不死之白日飛昇者,亦據有清奇之仙姿、古怪之道貌。如老子形如古柏,周身露筋骨而少肉,即純木純陽之格也;莊子氣息以踵;東陽碧眼方瞳;呂祖神含真彩,而有寒灼之光;關尹輔角插天,而有凌雲之氣;火龍真人玉柱上貫百會穴;三峰祖師山林骨插後腦海。按此數者,雖有神傅姿質,尚有良好際遇,故得真傳而修煉,又得金丹而證道,超凡入聖者有之,白日飛昇者亦有之,惟不易得仙品之姿質,以及真傳與秘訣耳。茲特證明惑人各術,為將來之智者考取焉。
不過我が國は幾千年來性命の學あり、即ち道家の一流、その中に確かに生せず死せず・白日飛昇の人あり、彼らは同様に清奇の仙姿・古怪の道貌に憑る。老子形貌古柏のごとく、渾身筋骨顕露にして肌肉多からざるがごとき、これは是れ純木純陽の格局。莊子は呼吸能く脚跟に深く至る。東陽生は一雙の碧眼方瞳。呂洞賓は神采内に真光を含み、而して一種の清冷灼人の光芒を帯ぶ。關尹子は輔角高聳して天に挿し、一股の凌雲の氣を帯ぶ。火龍真人の玉柱骨は上に百会穴を貫く。三峰祖師の山林骨は後腦に挿入す。ここの幾位は雖神授のごときの資質あり、なお良好の際遇を加えるを要して、こそ真傳を得て修煉に往き、また金丹を得て道を證す、因りて凡を超え聖に入るあり、白日飛昇するも亦たあり。ただ仙品の資質、および真傳と秘訣とは、皆容易に得る能わざるのみ。我はここに於て特にあれらの人を惑わすの方術を辨明し出で、將來の智慧あるの人に留めて以て考訂取捨せしむ。
辨正第二
公篤曰:天道淳厚,人物感受淳正之氣,其人厚;天道澆薄,人物感受不正之氣,分外聰明。古法與今法之相反,大體可知其梗概。故古人智化略遲,形質亦厚重,宗旨穩見,志向有定,處世堅忍耐勞,舉動操以規矩準繩,貪心不重,力量與責任相合,為與智識相等,故成功者多。蓋壯而冠,即操一定職業,可繩終身享用,其平穩而持久,其行厚而守信,憂思妄念不多,反覆阻礙尤少,先天充足,後天無虧,其有壽者居多,耋耄期頤者不奇矣。
陳公篤曰く:天道淳厚の時は、人の感受するは淳正の氣、人も亦た厚道なり。天道澆薄の時は、人の感受するは不正の氣、かえって格外機靈なり。古法と今法と何のため相反するや、ここより大致その端倪を看て出づる能う。古人は智を開くことやや遲く、形骸體質も亦た厚重、穏当を主張し、志向に定準あり、世に處して堅忍耐労、擧動皆規矩準繩を守る。貪心重からず、力量と擔當するの責任と相称し、作為と見識と相當たり、ゆえに成功するの人多し。彼らは壮年に冠禮を行い過ぎれば、便ち一門の職業を執定し、以て終身受用する能う。一生平穏にして能く持久し、行事厚道にして信用を守り、憂思妄念多からず、反復阻碍なおさら少なし。先天禀受充足にして、後天また虧損せず、因りて長寿のは多くに居り、八九十歳に活き乃至百歳に至るも亦た稀奇と算えず。
今人智化頗早,元氣先洩,形質亦薄露。其志向大而縱橫,其持科學而強進,本尚武之精神,以機巧為適用,貪心既重而越正軌,妄念尤多而慕虛榮。故壯年即遊歷歐美,考查科學,遍覽古今,其又駁雜不純;其行又機巧而貪,其氛又剛燥而焰,其性又複雜而亂,不達目的尤多,驚險挫折不少,氣質不舒而多憂,花天酒地而從欲。先天之稟受本薄,後天之形質又虧,其不壽者居多,四九六七者常見矣。
今人は智を開くこと甚だ早く、元氣先に已に外泄し、形骸體質も亦た薄くして外露す。彼らは志向大にして縦横四出し、科學を憑りて一味強く上進を求め、尚武の精神に本づきて、機巧を以て實用と做す。貪心既に重ければ即ち正軌を越出し、妄念また多くして虚榮を愛慕す。ゆえに壮年に即ち歐美を游歴し、科學を考察し、古今を遍覧す、しかるに學ぶ所は駁雜純ならず。行事機巧にして貪求し、氣焔剛躁にして張揚し、性情複雑にして紛乱す。目的に達せざるの時はなおさら多く、驚険挫折も亦た少なからず。氣質舒暢する能わずして憂愁多く、声色の場中に出入して情欲を放縱す。先天禀受本來即ち薄く、後天形質また虧損あり、ゆえに短寿のは多くに居り、三十六・四十二歳の上に死するは時々見る所なり。これは今人の天生古人に如かざるにあらず、而して氣数變じ・風氣變じて、人の感受するのあの股の氣も亦たそれに跟いて變じて薄くせるなり。
二者雖夭時之潮流所趨,而形格神氣必變更矣。古人清中氣厚者必多,今人清中氣薄者亦多;古人有才不露者尤多,今人有才浮露者亦多。故孔子曰:三十而立,剩下十八歲即立,而為階梯之初步;四十而不惑,刻下二十七成為不惑,爭名奪利之立功;五十而知天命,刻下為三十六歲,即能改造時勢,而有國家興亡之關係。
古今の両種の情形は、雖時代潮流の趨く所と説くと雖も、しかるに人の形格神氣は必定それに跟いて改變す。古人は清秀の中に氣厚きの一定に多く、今人は清秀の中に氣薄きのもまた多し。古人は才ありて外露せざるのなおさら多く、今人は才ありて外に浮露するのもまた多し。ゆえに孔子説く「三十にして立つ」、今天に放てば十八歳にして便ち立ち起これり、それは不過身に進むの第一步。孔子説く「四十にして惑わず」、如今二十七歳にして便ち惑わず、正に名を爭い利を奪い・事功を建立するの年紀。孔子説く「五十にして天命を知る」、如今三十六歳にして便ち到れり、ここの時已に能く時勢を改造し、國家の興亡と關係を發生す。
六十而耳順,刻下為四十五歲,即成功居多數,知時達世矣;七十而從心所欲,刻下為五十左右,即舉止安危,立言立法,從心所欲矣。故古今之情形不同,潮流之轉移各異,聖人之言,不足為定法矣。今之風鑑家,尤宜注意天道厚薄、時世盛衰、人事轉移、地形變通,與相法有連代之關繫焉。
孔子説く「六十にして耳順」、如今四十五歳にして便ち到れり、ここの時多半已に成あり、能く時務を識りて世事に通達す。孔子説く「七十にして心の欲する所に從う」、如今五十上下にして便ち到れり、ここの時は一擧一動大局の安危に關係し、言を立て法を立つる皆能く心に隨いて矩を踰えず。《論語・為政》の原本の年歳は、今天に到りてここのよう折算するを要す。見るべし古今の情形同じからず、潮流轉移各々異なり、聖人の話は已に以て一成不變の法則と作るに足らず。今天相を看るの人は、尤も応に天道の厚薄・時世の盛衰・人事の轉移・地域の差別に留意すべし——これらは皆相法と連帯の關係あり。
辨正第三
公篤曰:內相一說,由來久矣,前賢已略言之而不詳,似不注重於內相明矣。今人多惑於茲,而又誤會其說,茲特證之。聖人云,於中必形於外,有內相者,必有外相以應之,宜隱藏者惟痣耳。不能以身上之某處有一骨不同,某處有一痕奇異,則評為如何富,判為如何貴也。請觀達摩之測量法,即如其輕重矣:其全身由項而下,僅佔十分之三分耳,故手足之相尚不為重,不過形局之一小補助品耳,其它骨痣痕紋,又為補助品之附屬品而已,至於富貴貧賤,末敢以此為定論也。
陳公篤曰く:「内相」のここの説法は由來已久く、前輩の相家はただ略略と提えたるのみにして細かく講ぜず、見るべし彼らは併せて内相を看重せざるなり。今人は多くここの説法に迷惑せられ、而且それを誤解せり、我はここに於て特に辨明す。聖人説く「中に存するは必ず外に形る」、凡そ内相あるの人は、一定に外相ありてそれと相應す。真正に隱蔵に宜しいは、ただ痣のみ。身上の某處に一块の骨頭人と同じからざる・某處に一道の痕迹奇特あるに因りて、即ち彼のいかに富むかを断じ・彼のいかに貴きかを判ずる能わず。試みに達摩の測量法を看よ、軽重は自然分明なり:全身は頸項以下よりただ十分の三を占む、ゆえに手足の相はなお要緊と算え得ず、不過整个の形局の一件の小補助品。其余の骨・痣・痕・紋は、なおさらただ補助品の附属品のみ。これらを憑りて人の富貴貧賤を断ずるは、我は敢えて定論と作る能わず。分量既然ただこも一点のみ、即ち応に客をかえって主と為して、附属品を拿りて以て頭面のここの正主を壓倒すべからず。
假定有內相而無外相,則如美玉之埋山耳;有外相無內相,亦可超騰而發達也。內相外相相應,自然奇特,而非尋常之貴矣;單獨內相奇特,即前論為補助之附屬品,自然無關利害也。余每見形格清奇,無內相亦名成利就;又每見形格削陷,有內相亦家破身貧。此皆市檜惑人之說,不足為憑,而非正義明矣。
仮設一個人内相ありて外相なければ、それは即ち美玉の山の裏に埋れたるがごとく、白々搁け置かる。外相ありて内相なければ、照様以て騰達して發迹する能う。内相と外相と彼此相應するは、自然是れ奇特の格、それはこそ尋常の貴にあらざるなり。若し單に内相奇特なるは、前面の説く所に按ずるに、それはただ補助品の附属品、自然關係緊要ならず。我常に形格清奇の人を見るに、併せて何の内相もなし、一様に功成名就す。亦た常に形格削陷の人を見るに、縱い内相あるとも、仍旧家を破り身貧し。見るべし内相の説は皆是れ市井術士の拿りて以て人を惑わすの話、靠り住む能わず、是れ正理にあらず。
故經云:頭為諸陽之首,而佔全身十分之七;面為百部之全,而應五臟六肺之繫,方為正論也。按內相者,隱藏無質也。余考古之相法,以形格氣色為外相,有名有質故也;以精神聲音為內相,有名無質故也。此等論法,較為確實,而具正大之義論也。
ゆえに相經の上に説く:頭は是れ衆陽の首、全身の分量の十分の七を占む。面部は百般の部位を統攝し、内は五臟六腑の脈絡に応ず——これはこそ正論なり。いわゆる「内相」は、本は隱蔵にして指す可きの形質なきの東西。我古人の相法を考究するに、是れ形格と氣色とを算えて外相と為す、それらは名目ありて併せて實體あるがゆえに。精神と声音とを算えて内相と為す、それらは名目ありて實體なきがゆえに。こも立論するは比較的確實にして、亦た正大の道理に合す。
辨正第四
公篤曰:眉毫、真毫、耳毫,古人多稱為有壽,而袁柳莊與衡真尤極力發揮此項議論:其眉毫如何貴壽,鼻毫如何富壽,耳毫如何壽考康寧。可見其法多據單獨部位而論,乃一偏之見,純繫小家而不知大體故也。古人以毫毛為相法之附帶品,亦有部位之輕重、加減之乘除,以重要牲為用神故也。
陳公篤曰く:眉の上に毫を長じ・鼻の中に毫を長じ・耳の中に毫を長ずるは、古人は多く説きて長寿の徴と為す、而して袁柳莊と《衡真》の一書とはなおさらここの套の議論を極處に發揮せり:眉毫いかに貴にして寿を主るやを説き、鼻毫いかに富にして寿を主るやを説き、耳毫いかに寿考康寧を主るやを説く。見るべし彼らの法門は多半是單獨一個の部位を抓住して以て論斷す、一偏の見に属し、全是れ小家数にして大体を識らず。古人は本来ただ毫毛を以て相法の附帯の物と為す、その中になお部位軽重の別・加減乗除の算あり、總て最も要緊の地方を拿りて以て用神と作すを要す。
余考眉為肺絡之正繫,肺主憂思,按《內經》云,肺主皮毛,此憂愁發現於眉故也。查眉之常度,以柔細清疏修長潤澤為合格,以枯燥焦亂浪濁雜毫,皆為眉之反格,號曰愁眉不展之類是也。按余考查,左眉露毫,主外務糾紛而發生,亦有刑弟兄叔伯者;右眉露毫,主內務顧忌而發生,亦有刑妻妾子女者。又考兩眉前半節,多應弟兄姊妹之刑剋,次亦自相殘害之不睦;兩眉後半節,多應妻妾子女之刑傷,次亦意見紛爭之忤逆。故眉之露毫,亦因肺氣不舒,肺竅閉塞,由憂思鬱結而反其常度也。
我考究す:眉は是れ肺の經絡の繋ぐ所、肺は憂思を主る、《黄帝内經》に肺は皮毛を主ると説く、ゆえに憂愁は眉の上に顕れ出づ。眉の常態は、柔細・清疏・修長・潤沢を以て合格と為す。枯燥・焦乱・散浪・渾濁にして粗毫を雜生するは、皆是れ眉の反格、即ち俗説の愁眉展ばざるの一類。我が査考に据るに:左眉に長毫を露出するは、外面の事務糾紛に因りて起るを主り、亦有兄弟叔伯を刑剋するあり。右眉に長毫を露出するは、家内の事情顧忌に因りて起るを主り、亦有妻妾子女を刑剋するあり。又た両眉の前半段を考うるに、多く兄弟姉妹の刑剋の上に応じ、其次は彼此傷害して和睦せざるなり。両眉の後半段は、多く妻妾子女の刑傷の上に応じ、其次は意見紛爭して忤逆す。ゆえに眉の上に毫を露するも、亦た肺氣舒ならず・肺竅閉塞するに因り、憂思鬱結に由りて常態を反せり。既然たりその根子は憂思、則ち応に眉毫を一見すれば便ち人の長寿を賀すべからず、なお先ずそれの左眉に長ずるか右眉に長ずるか・前段なるか後段なるかを分かち清むるを要す。
鼻孔之竅,內通腎絡,側通肺管,此四竅之正屬偏屬也。外形屬土,中嶽之名始此也。鼻孔固有毫,但在收臧與露出為區分耳。大凡鼻毫以收藏柔細為吉,如粗多者,為聰明而勞碌;如細少者,為清閒而平安;如露出而長者,則家庭有刑剋人丁,及血系統之衰弱,六親無力而反遺累,雖主壽而非福,亦非壽之專部也。假定眉不高,耳不長,神不充,氣不聚,雖有鼻毫,亦不能為壽矣。可見鼻毫發露,為環境日勞,人丁日弱,子孫日見不力,皆非善相亦明矣。
鼻孔のここの幾竅は、内に向かいて腎の經絡に通じ、旁より肺の氣管に通ず、これは即ち四竅の正属と偏属。鼻子外形は土に属し、「中嶽」のここの名称は即ち此に由りて來たれり。鼻孔の裏には本来即ち毫毛あり、分別はただ蔵め得住るや露し出づるやに在り。大体鼻毫は収蔵して柔細を以て吉と為す:粗くして多きは、聡明なれど労碌を主る。細くして少なきは、清閑にして平安を主る。若し鼻孔を露出して且つ長きは、則ち家中に人丁刑剋あるあり、血脈一系も亦た衰弱し、六親は幇け上がらずかえって拖累と成る——ここの種の人は寿を主ると雖も福なし、況んや鼻子は本来亦た寿を主るの専属の部位にあらざるをや。仮使眉高からず・耳長からず・神充足せず・氣凝聚せざれば、縱い鼻毫あるとも亦た寿と算え得ず。見るべし鼻毫の外露は、正に處境一天一天労苦し・人丁一天一天単弱し・子孫一天一天得力せざるに応ず、皆是れ好き相にあらず。
按耳竅內屬腎絡,限則為初年。耳毫雖主壽,然有缺點:或主神經昏憒,或主人丁衰弱,或主眼失其明,或主耳失其聽。如耳毫愈多而愈長,其破敗愈大,此為勞苦寒賤之流,或為果滯憂愁之輩。此三者皆非善相,風鑑家勿為柳莊衡真所誤也。如有毫露出,可以拔之,用酒揉搽,久則可減其勢,而事實亦可減輕,今附錄於此,亦相法之小補也。
耳竅は内に於て腎の經絡に属し、主る所の年限は是れ早年。耳の中に毫を長ずるは雖寿を主ると説くと雖も、しかるにもまた缺陷を帯ぶ:あるいは神志昏憒を主り、あるいは人丁衰弱を主り、あるいは眼睛失明を主り、あるいは耳朵失聰を主る。耳毫いよいよ多くいよいよ長ければ、破敗は即ちいよいよ大、この種の人は多く労苦寒賤の流、あるいは滞塞憂愁の輩。眉毫・鼻毫・耳毫のここの三様は皆好き相にあらず、相を看るの人は千萬に柳莊・衡真の両家に誤導せらるる勿れ。倘若已に長毫を露出せば、以て拔き去る可く、再び酒を用いて揉搓塗擦し、日子久しければ以てその勢を減弱する能う、實際に應験するの事も亦たそれに隨いて減輕する能う。現在ここの方法をここに附記す、亦た相法上の一点の小補充と算う。
辨正第五
公篤曰:相法一說,由來已久,各因時代變遷,則用神亦為之一轉移。刻下萬國交通,世界風行,但各有地帶不同,國家法律各異,以致應徵亦有互相出入,分地而論之可也。余考新相法,有骨相學一冊,此為一偏見之說,或因少數人之應驗而設。按骨相始於周代之鬼谷子,即山之有玉璞寶石,以分貴賤也;淵之有明珠水晶,以別真偽也。骨相之學,本此而論,乃中國古法一知之過渡時代,漢唐已不全用矣。
陳公篤曰く:相法のここの一門の學問は由來已久く、時代變遷に隨いて、取る所の用神も亦たそれに跟いて轉移す。如今萬國通商往來、風氣全世界に流行す、しかるに各地帯の水土同じからず・各國の法律各々異なり、以て同一の相法各處の應験も亦た互いに出入あるに致る、地域を分かちて以て論斷してこそ對なり。我新出の相法を考察するに、一册の《骨相學》あり、それは一偏の見、あるいはただ少數の人の應験を憑りて即ち説を立てたるか。骨相の説は本より周代の鬼谷子に起り、山の裏に玉璞寶石を蔵め、以て貴賤を分別するに据るがごとし。深淵の裏に明珠水晶を蔵め、以て真偽を辨別するに据るがごとし。骨相の學は即ちここの道理より論を立つ、中國古法の其一を知るのみに属するの過渡階段、漢唐の時候に到れば已に全く用いざりき。
一經流入歐西,藻飾文詞,變更名稱,復流入中國也。如眉尾之福堂骨,中國為外財庫,西人為蓄財骨,同一意也。據此立法,尚為相學之枝葉部位,不如達摩之形神音氣合論為詳,而可靠也。西人得此為研究之初步、試驗之過程,不如達摩百分之五也。
ここの一套は歐西に流傳したる後、人に文辭を潤飾せられ・名目を換えられ、また倒に中國に流れ回來たり。譬えば眉尾の「福堂骨」は、中國は外財庫と叫び、西洋人は蓄財骨と叫ぶ、説くは其實同一回事。これを憑りて法を立つるは、仍旧ただ相學の裏の枝葉末節の部位、達摩の形・神・音・氣を合せて論を立つるがごときの詳備にして可靠なるに如かず。西洋人はそれを拿りて研究の第一步・試験の過程と作す、達摩に比ぶれば、百分之五にさえ到らず。
又有手相學一冊。余考手相之說,始於唐代之李淳風,以八卦方位而立中宮明堂,以紋縱橫成形,象形立義,而別貴賤也。按手足為四肢,肢者,枝葉之義也,而非正幹明矣。又割斷手足,尚不致命,此不如頭面之重亦明矣。故達摩之測量法,以頭面佔十分之七,全身佔十分之三,亦出輕重之分而定也。凡個人以一百分測量,兩手得三分,萬不能以三分而勝過九十七分也。假定二者偶有應驗,或與形神暗合,不足為定法也。
又た一册の《手相學》あり。我手相の説を考究するに、唐代の李淳風に起り、八卦方位を用いて掌心に中宮明堂を立出し、さらに掌紋縦横交錯して何の形状と成るを看、形に依りて義を取り、以て貴賤を分別するに据る。須く手足は是れ四肢、「肢」は即ち枝葉の意思、併せて主干にあらず。況んや手足を砍断するもなお命を致すに至らず、見るべしそれは頭面の要緊に比べ上がらざるをや。ゆえに達摩の測量法は、頭面を算えて十分の七と為し・頸以下の全身を算えて十分の三と為す、正に軽重に按じて定め出づるなり。一個人を一百分を以て測量すれば、両手はただ三分を占む、絶えてここの三分を拿りて以てあの九十七分を壓倒する能わず。就中手相・骨相偶か應験し、あるいは恰好形神と暗合するも、それも亦た碰巧に撞上る、以て定法と立つるに足らず。法を立てんと要せば、即ち分量を占むること最も重きの頭面より入手するを得。
近有相法大觀,採取清代名將名相之圖形,以及民國偉人、名流名伶名妓,無不盡量搜印,取以為證。按圖案驥,亦蹈《水鏡相法》引古作證之弊。按人生之形質神氣,各有不同,即同父母而先後生,或生,亦各有差異之點,何得有同樣之人而相比較乎。設有相同,先後之時代變更,窮通各異,又何得為同類之事業而定其限乎。如題為像譜大觀可矣,此非風鑑家所出之書也。凡讀吾書者,請注意後之測量五章,以及各種活法要訣,方是正宗,而不偏向也。
近来に一部の《相法大觀》あり、清代の名将名相の図像、および民國の偉人・名流・名伶・名妓を、統統蒐羅して印上し、拿りて以て憑證と作す。こも圖に按じて驥を索むは、亦た《水鏡相法》の古人を援引して以て証と作すの老毛病を犯せり。須く人の形質神氣は各々相同じからず、即ち同一の父母の先後の生ずる所・甚至同時の生ずる所も、亦た各々差別の處あり、どうして一模一樣の人ありて以て比照に供せん。就中相貌真に相同ずとも、處するの時代先後一たび變ぜば、窮通際遇便ち各々一樣ならず、又たどうして彼らの必ず同一類の事業を做し・必ず同樣の界限あるを斷定せん。ここのようの書は「像譜大觀」と題作ればなお説き過ぎ得、それは相を看るの行家の出ずべきの書にあらず。凡そ我がこの部の書を讀むの人は、請う後面の測量五章および各種の活法要訣に留意せよ、それはこそ正宗、こそ一辺に偏向せざるなり。圖を看て以て人を比照するは、永遠にただ一個の形似を得るのみ。法度を懂了して、こそ相を論ずるに談ずる得上がる。
辨正第六
公篤曰:近世風鑑家斷財帛官之富業,單據土星而論之,並且盲指而瞎吹,常有不近人情之說,又以土星一部而包括各項,是為相法之誤解。蓋財星之種類頗多:有正受之祖業,有坐守之自創,有官祿之致富,有承祧之偏受,有偏浮之發達,有交際之利益,有子孫之宏恢,有族戚之提拔,有知交之輔佐,有遠發之外業,有妻妾之暗助,有奴僕之勤勞,故非中嶽一部而可包括矣。茲特分類列後。
陳公篤曰く:近来相を看るの人の財帛宮の富業を断ずるを考察するに、單に鼻子のここの一處の「土星」を憑りて以て論斷し、而且乱りに指して一氣に・口に信じて誇説し、常に人情に近からざるの話を講じ出す。又た土星の一部を拿りて各項の財源を皆その中に包め入れたり、これは是れ相法の誤解。須く財星の種類甚だ多きを知るべし:正當に承受するの祖業あり、自己創立して守り得住するの家業あり、官禄を靠りて富を致すあり、宗祧を承継して偏りて一份を得るあり、偏門浮財にして發達するあり、交際を靠りて利を得るあり、子孫門第を光大するあり、族親の提攜あり、知交の扶助あり、他郷に遠走して外に於て業を立てるあり、妻妾暗中に相助するあり、奴僕勤労して力を出すあり。ここの許多の路数は、絶えて鼻子「中嶽」の一處の包め盡くす能う所にあらず。現在分かちて十三類と作して下面に列す。
一.正受祖業之財,以南嶽高超寬隆為重,山根有樑上實次之。有無祖業,當以二部考查之;如祖業之多寡,則以其部位之勢如何,及氣質之聚,以分別而定之。二.坐守自創之財,以土星豐隆圓齊為重,年壽樑柱捲筒次之。能否創立,當以二部考查之;如創立之多寡,則以其部位之雄突,及氣聚之厚薄,以分別而定之。
第一類、正當に祖業を承受するの財は、額を「南嶽」と為して高聳寬隆なるを以て主と為し、其次は山根に骨梁ありて上段結實なるを看る。祖業の承む可きあるや無きやは、即ちここの両處より考察す。祖業の多少は、則ちここの両處の氣勢いかん・氣質凝聚するや否やを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。第二類、自己創業して能く守り得住するの財は、鼻頭「土星」豊隆圓整なるを以て主と為し、其次は年上・寿上の一段の鼻梁柱のごとく・鼻頭卷筒のごときを看る。創し起こる能うや否やは、即ちここの両處より考察す。創業の大小は、則ちここの両處の雄偉突起するや否や・氣の聚ること厚きか薄きかを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。
三.官祿致富之財,以兩目清秀充藏為重,兩額上插厚輔次之。宦囊是否充裕,當以二部考查之;加進田宅之多寡,則以其部位之充分,及氣聚之久暫,以分別而定之。四.承祧偏受之財,以兩天倉豐隆雄突為重,土星敦厚圓隆次之。能否偏受產業,當以二部考查之;如偏受產業之多寡,則以其部位之厚薄,及其氣聚之旺弱,以分別而定之。
第三類、官禄を靠りて富を致すの財は、両眼清秀にして神光内に蔵するを以て主と為し、其次は両側の額角上に挿して辺輔厚實なるを看る。官を做して得る所の豊裕なるや否やは、即ちここの両處より考察す。田宅を置進するの多少は、則ちここの両處の充實飽満なるや否や・氣の聚ること久しきか暫きかを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。第四類、宗祧を承継して偏りて一份を得るの財は、両側の「天倉」豊隆雄突なるを以て主と為し、其次は鼻頭土星敦厚圓隆なるを看る。偏りて一份の産業を得る能うや否やは、即ちここの両處より考察す。偏りて得る産業の多少は、則ちここの両處の厚薄・氣の聚るの旺弱を看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。前の一類の財は両眼両額に在りて、是れ自己の官位を靠りて掙り來たるなり。ここの一類の財は天倉と鼻頭とに在りて、是れ宗族の分派を靠りて得來るなり、來路同じからず、看るの部位も亦た即ち同じからず。
五.偏浮發達之財,以蘭臺圓厚勻收為重,又以蘭臺氣黃色紫定之。如意外之財,當以此部考查之;如得偏浮之多寡,則以其部位之大小,及其氣色之明潤濃淡,而合五行四時,以分別而定之。六.交際利益之財,則以廷尉圓厚勻收為重,又以廷尉氣黃色紫定之。如交際各項之財利,當以此部考查之;如得交際利益之多寡,則以其部位之大小,及其氣色之明潤濃淡,而合五行四時,以分別而定之。
第五類、偏門浮財にして發達するは、左鼻翼「蘭台」圓厚にして収めて勻稱なるを以て主と為し、再び蘭台の上に氣黄を呈し・色紫を呈するを以て判定す。凡そ意外の財に属するは、皆ここの一處より考察す。偏財を得るの多少は、則ちここの一處の大小・氣色の明潤濃淡を看るを要し、再び五行属性と四時節令とを配合し、これに据りて等第を分かちて以て定む。第六類、交際往來を靠りて利を得るの財は、右鼻翼「廷尉」圓厚にして収めて勻稱なるを以て主と為し、再び廷尉の上に氣黄を呈し・色紫を呈するを以て判定す。凡そ交際の得る所の各項の財利に属するは、皆ここの一處より考察す。利を得るの多少は、同樣にここの一處の大小・氣色の明潤濃淡を看るを要し、再び五行四時を配合し、これに据りて等第を分かちて以て定む。ここの両類の財は皆是れ活財、來去皆快し、ゆえにそれを断ずるは専ら氣色を重んじて専ら骨相を重んぜず。左蘭台は意外の得を管し、右廷尉は人事の得を管す、左右は混じて看る可からず。
七.子孫發達宏恢大業之財,則以地庫豐隆而朝拱為重,人中深長、土星圓起次之。子孫是否宏恢門第,當以此三部考查之;如子孫發達之多寡,則以其部位之勢如何,及其氣色潤澤之虛浮充實,以分別而定之。八.族戚六親提拔之財,則以口角上仰、食祿二倉收斂為重,井灶勻配次之。如得族戚六親之助,當以此二部考查之;如族戚提拔而發達之多寡,則以其部位之勢如何,及其氣色明潤之濃淡,以分別而定之。
第七類、子孫の發達して家業を光大するを靠るの財は、下巴の両側「地庫」豊隆にして朝拱して上に向かうを以て主と為し、其次は人中深長・鼻頭土星圓起を看る。子孫の能く門第を光大するや否やは、即ちここの三處より考察す。子孫發達の程度は、則ちここの幾處の氣勢いかん・氣色の潤沢の虛浮なるか充實なるかを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。第八類、族親六親の提攜を靠るの財は、口角上仰・口旁「食禄」と両「倉」と収斂して散らざるを以て主と為し、其次は鼻孔「井竈」大小勻配を看る。族親六親の助を得る能うや否やは、即ちここの両處より考察す。提攜を受けて發達するの程度は、則ちここの両處の氣勢いかん・氣色明潤の濃淡を看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。前の一類の財は下一輩より來る、ゆえに下停の地庫・人中を取る。ここの一類の財は上一輩と旁支とより來る、ゆえに口角と食禄倉とを取る、一上一下、各々帰属あり。
九.弟兄平輩相輔而發之財,則以兩眉清秀修長為重,印堂豐滿平隆次之。如得兄弟平輩相輔而發之財,當以此二部考查之;如得輔助而發達之多寡,則以其部位之勢如何,及其氣色明潤之濃淡虛浮,以分別而定之。十.知交輔佐、友誼臂助而發達之財,則以兩顴高起上插玉堂為重,法令豐隆紋長次之。知交友誼是否輔佐臂助之發達,當以此二部考查之;如得外輔而發達之多寡,則以其部位之勢如何,及其氣色明潤之濃淡,以分別而定之。
第九類、兄弟同輩の相助を靠りて起るの財は、両眉清秀修長を以て主と為し、其次は印堂豊満平隆を看る。兄弟同輩の助を得る能うや否やは、即ちここの両處より考察す。助を受けて發達するの程度は、則ちここの両處の氣勢いかん・氣色明潤の濃きか淡きか・實なるか虛なるかを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。第十類、知交朋友の扶助を靠りて發達するの財は、両顴高起して上に「玉堂」に挿するを以て主と為し、其次は法令紋豊隆にして紋路長きを看る。朋友の能く真に幇け上がるや否やは、即ちここの両處より考察す。外助を靠りて發達するの程度は、則ちここの両處の氣勢いかん・氣色明潤の濃淡を看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。ここの両類は皆是れ旁人相助の財、ただ一近一遠:兄弟同輩は眉と印堂とに在りて、自家骨肉に属す。朋友知交は両顴と法令とに在りて、外來の臂膀に属す。眉と印堂と管するは同氣連枝、顴と法令と管するは外人を駕馭す、断ずるの時は彼此挪用する可からず。
十一.破梓離鄉,遠發異地,立業於外者,則以眉尾之福堂骨高稜豐突為重,邊城上破而復上插次之。如異鄉是否立業,當以此二部考查之;至於發達之多寡,則以其部位之勢及突露,又以氣色之黃紫充足,以分別而定之。十二.妻妾暗助之財,則以奸門豎起上平玉堂、魚尾紋上仰為重,兩顴隆厚次之。有無內助之力及暗助之發,當以此三部考查之;至於發達之多寡,則以其部位之強弱,及其氣色之黃紫濃淡大小,以分別而定之。
第十一類、桑梓故郷を離れ・他方に遠走して外に於て業を立てるは、眉尾の「福堂骨」高起して稜を帯び・豊満突出するを以て主と為し、其次は「辺城」部位雖破損あると雖も仍然上に挿する能うを看る。異郷に於て能く業を立てるや否やは、即ちここの両處より考察す。發達の程度は、則ちここの両處の氣勢と突露するや否やとを看るを要し、さらに氣色の黄紫充足するや否やを看、これに据りて等第を分かちて以て定む。第十二類、妻妾暗中相助の財は、奸門豎起して上に「玉堂」と斉平・魚尾紋上仰するを以て主と為し、其次は両顴隆厚を看る。内助の力あるや無きや・暗助の發動する能うや否やは、即ちここの三處より考察す。發達の程度は、則ちここの幾處の強弱・氣色黄紫の濃淡と範圍の大小とを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。一個は眉尾と辺城とに在りて、管するは鄉を離るるの運。一個は奸門と両顴とに在りて、管するは妻妾の助、一外一内、恰も對照を成す。
十三.奴僕勤勞,得力有用,而發達之財,則以腮頤力突重城為重,兩仙庫平厚豐起次之。有無奴僕可靠而得力,當以此二部考查之;至於發達之多寡,則以其部位之勢突與厚重,及氣色之明潤,以分別而定之。
第十三類、奴僕の勤労して力を出すを靠りて發達するの財は、腮頤有力にして突出し・「重城」を形成して相護するを以て主と為し、其次は両側「仙庫」平満厚實にして豊起を看る。手下の人の可靠なるや否や・得力するや否やは、即ちここの両處より考察す。此に由りて發達するの程度は、則ちここの両處の勢突にして厚重なるや否や・氣色明潤なるや否やを看るを要し、これに据りて等第を分かちて以て定む。以上の十三類は、こそ財星の全貌、是れ鼻子の一處の包め盡くす能う所にあらず。
辨正第七
公篤曰:余考近世業星命風鑑各學,而取流年之行者,皆以生誕之日起,為基礎起之關鍵,又有過生辰為餘氣若干之說,今人多用其法。其宗古人之法乎?抑革新之法乎?據余考之,驗者頗少,不驗者尤多,千古未明真象,亦無一定標準之法以為用也。余考天地氣候,陰陽日月,均有盈虛消長之說,而不足者較多,故有閨餘而成歲也。
陳公篤曰く:我近世の星命・看相の各行に從事するの人を考察するに、凡そ流年運程を推するは、皆出生のあの一天より算起し、それを以て運を起こすの基準と做す。なお生辰を過ぎれば便ち若干の「余氣」を算うの説法あり、今人は多くここの辦法に照りて用ゆ。これは究竟古人の法を遵るか、それとも新創の法なるか。我が考驗に据るに、應験するは甚だ少なく、應験せざるはなおさら多し。千百年來真相を説き明白するなく、亦た一個の一定の標準なくして以て依用する能う。我天地氣候・陰陽日月を考察するに、皆盈虛消長の道理あり、而して不足の時は多くに居る、ゆえに閏余を用いて以て一年の数を湊足するを要す。
其氣候陰陽之變,以數學考之,又從夏至一陰生、冬至一陽生,是為天地氣候交易之關鍵。又考達摩麻衣,均未指定行之法,而柳莊衡真等則各據私見而誤解之,或從一州一邑之風俗而規定之,故有超過一歲之說。余按《河圖》《洛書》,以及陰符數、演禽數、大六壬數、太乙數、另數而考證之,當以春令為首,而經過夏秋冬之四時,力為一歲。至於正月生與臘月生,其所生之數月,皆為餘氣,其所餘之多寡,即盈虛之義也。
氣候陰陽の變化は、數理を用いて推考し、又た夏至に一陰始めて生じ・冬至に一陽始めて生ずるより説き起こすを要す、それはこそ天地氣候の交接更替の關鍵。再び達摩・麻衣の両家を考うるに、皆流年を推すの辦法を指定せず。而して柳莊・衡真等の人は各々己見を憑りて以て解釋し、あるいは一州一縣の風俗に照りて隨便に規矩を定め、於是「虚長一歳」の説法を有てり。我《河圖》《洛書》に依據し、および陰符數・演禽數・大六壬數・太乙數の各種の術數を以て考證す:応に春令を以て一年の首と為し、夏・秋・冬の四時を經歴して、こそ満一歳と算え。正月生の人と腊月生の人とに至っては、出生のあの幾個月は皆余氣と算う。余りの多少は、即ち盈虚の道理。換言して説けば、一歳の数は立春より算えて四時を満つるを要し、而して誰の生日より算起するにあらず。余氣を折り算えて清楚にして、流年はこそ準に落ち得。
蓋建子起,實為冬至一陽初生之說,乃天也;建丑起,實為執其兩端而用中之說,乃地也;建寅起,實為立春天氣初升之說,乃人也。故孔子有行夏之時一語,而合節令及戶之朔望也,此為人之正受。按春夏秋冬而行,較為正大而合法;其生誕之日行,是為風俗普通紀念之論,而無氣候節令以行,此皆傍歧而不合法也。
歷法の上に子月を以て歳首と為すの周正は、取るは冬至一陽初生の義、天に属す。丑月を以て歳首と為すの殷正は、取るはその両端を執りてその中を用うの義、地に属す。寅月を以て歳首と為すの夏正は、取るは立春天氣初めて升るの義、人に属す。ゆえに孔子に「夏の時を行う」のここの句あり——《論語・衛靈公》に見ゆ——正に節令と月份の朔望とに合し、これはこそ人の正當に承受すべき所。春夏秋冬の四時に照りて以て流年を推するは、比較正大にして法に合す。生日に照りて以て推するは、それは不過民間の生辰を紀念するの通俗の説法、併せて氣候節令を以て依據と作すなく、皆是れ旁門岐路にして法度に合せず。
又如水形加一歲,火局加二歲,金形加三歲,木馬局四歲,土形加五歲,則又按《河圖》《洛書》之氣化,而順受逆受以為用也。其相生之兼體,合併而加之;相剋之兼體,合併而減半之。是皆有餘不足之法,其流年行本乎此,亦閨餘而歲功成之法也。餘經驗二十餘年,屢驗不妄,茲特規定此種取義,為千古後之定法,故附記於此,以俟後之高明者證之。
再び一層あり:水形の人は一歳を加え、火局は二歳を加え、金形は三歳を加え、木形は四歳を加え、土形は五歳を加う、これは《河圖》《洛書》の氣化の数に按じ、順受・逆受の両種を分かちて以て使用す。若し相生の形體を兼帯すれば、即ち合併して以て加え上げ、若し相剋の形體を兼帯すれば、即ち合併して以て一半を減去す。これは皆「有余」と「不足」との算法、流年を推するは正にこれを以て本と為し、即ち閏余を用いて以て一歳の功を湊成するの辦法。我二十余年を經験し、屢試屢験にして虚妄ならず、現在特にここの取義を定め、以て千秋以後の定法と為し、ここに附記し、後來高明の人の印證せんを待つ。
五形取義
一曰木形。清秀修長,高植瘦弱,得五長之氣而成,其卦為震,其音為角,是為天氣上升之初侯,萬物得之而生也。以高端挺植、清秀修長,是為本局之正體,感受正氣而生也;以腰徧陷弱、輕跳背坑,是為木局之反體,感受不正之氣而生也。
第一種は木形と叫ぶ。相貌清秀修長、身材高挑にして清瘦、是れ「五長」の氣を禀受して成れる。それは八卦に於て震に属し、五音に於て角に属し、天氣始めて上升するの時節に相當り、萬物この股の氣を得れば便ち生發し起これり。若し頭面高聳端正・身干挺直・清秀修長なれば、これは是れ木局の正體、是れ正氣を感受して生ぜる。若し腰身偏側塌陷軟弱・路を走れば軽跳し・背脊凹陷なれば、これは是れ木局の反體、是れ不正の氣を感受して生ぜる。
如木局得青潤色,是其本質之色,主清貴不權,名高壽永,稍有疾厄與恃才偏傲之性情也。如得白色,是為削木成器,主富貴功名,重權有為,稍有任勞與剛燥恃勇之性情也。如得黃色,是為木土相制而相化,主中當中貴,勞碌刑剋,稍有疾厄與明敏畏難之性情也。如得黑色,是為客凌王位,主迍邅反覆,惡疾衣祿,亦有夭苦與聰敏懈怠之性情也。如得紅色,是為通靈發洩,主富貴挫折,險阻刑傷,亦有勞怨與智固執之性情也。故純一木局,是為仙品之根,英屬為仁,定貴賤也,蓋其味為酸也。
木形の人若し青にして潤の氣色を得れば、それは彼の本質の正色、清貴にして實権なきを主り、名声高く・寿命長く、略か病痛を帯び、性情の上に才を恃みて偏傲の毛病あり。若し白色を得れば、是れ金來りて木を削りて器と成る、富貴功名を主り、重権を掌りて作為あり、略か労を任ずるを要し、性情の上に剛躁して勇を恃むの毛病あり。若し黄色を得れば、是れ木土相制してまた相化す、中等の富・中等の貴を主り、一生労碌にして刑剋あり、略か病厄を帯び、性情の上は聡明にして難を畏る。若し黒色を得れば、是れ客氣主位を凌犯せり、處境艱難反復を主り、雖衣禄あるも惡疾多く、亦有夭折労苦・聡敏なれど懈怠の性情。若し紅色を得れば、是れ木氣通靈にして外泄す、雖富貴なるも挫折多きを主り、路途険阻にして刑傷あり、亦有労して怨を招き・智ありて固執の性情。ゆえに純一雑ならざるの木局は、是れ仙家品格の根基、五常に於て仁に属し、以て貴賤を判定するに据り、五味に於て酸に属す。
二曰水形。圓厚而清,肥闊短重,得五圓之氣而成,其封為坎,其音為羽,是為天氣下沉之極候,萬物得之而藏也。以圓肥清重、坐如釘石,是為得水局之正體,感受正氣而生也;以骨弱肉流、上重臀削,是為水局之反體,感受不正之氣而生也。
第二種は水形と叫ぶ。體態圓厚にして氣色清朗、身材肥闊短壯にして沉重、是れ「五圓」の氣を禀受して成れる。それは八卦に於て坎に属し、五音に於て羽に属し、天氣極點に下沉するの時節に相當り、萬物この股の氣を得れば便ち収蔵し起これり。若し身形圓肥・氣色清朗にして擧止沉重・坐し下れば釘し住したるの石頭のごときの穏なれば、これは是れ水局の正體、是れ正氣を感受して生ぜる。若し骨骼軟弱・肌肉松流・上身沉重にして臀部削瘦なれば、これは是れ水局の反體、是れ不正の氣を感受して生ぜる。
如水局得黑潤色,是其本質之色,主大富大貴,重權大名,亦有勞心與英明遠智之性情也。如得白色,是為相生相化,主富貴功名,威權萬里,稍有反覆與機智陰險之性情也。如得紅色,是為水火既濟,主貴名流芳,志向不群,稍有窮困與高深幽博之性情也。如得青色,是為相剋而化,主貴名有權,任勞務功,亦有刑傷與勇為徧見之性情也。如得黃色,是為客侵主位,主小富小貴,安享多祿,稍有疾苦與柔弱苟安之性情也。故純一水局,為佛品之根,其屬為智,定賢愚也,蓋其味為鹹也。
水形の人若し黒にして潤の氣色を得れば、それは彼の本質の正色、大富大貴を主り、重権を掌りて大名あり、亦た労心を帯び、性情の上は英明にして遠見あり。若し白色を得れば、是れ金水相生相化す、富貴功名を主り、威権萬里に及び、略か反復あり、性情の上は機智にして陰険に偏す。若し紅色を得れば、是れ水火既済、貴顯に因りて名声流傳するを主り、志向流俗に同じからず、略か窮困の時あり、性情高深にして學識淵博なり。若し青色を得れば、是れ水木相剋して能く化す、貴顯権あるを主り、肯んじて労を任じて事功を講じ、亦有刑傷、性情は事を任ずるに勇にして見解偏執なり。若し黄色を得れば、是れ客氣主位を侵犯せり、小富小貴を主り、禄食を安享すること比較的多く、略か疾苦あり、性情柔弱にして苟且にして安を偸む。ゆえに純一雑ならざるの水局は、是れ佛門品格の根基、五常に於て智に属し、以て賢愚を判定するに据り、五味に於て鹹に属す。水形の人を看るは、總て先ず彼の本色の黒潤の在るや否やを認定し、さらに別色の來りて彼を生ずるか來りて彼を剋するかを看、吉凶は即ち分かち開き得。
三曰金形。骨堅肉實,方正犄角,得五方之氣而成,其封為兌,其音為商,是為天氣下降之初侯,萬物得之而殺也。以方正犄角、骨肉堅實,是為金局之正體,感受正氣而生也;以陷削欹斜、肉多骨少,是為金局之反體,感受不正之氣而生也。
第三種は金形と叫ぶ。骨骼堅硬・肌肉結實、形貌方正にして稜角を帯び、是れ「五方」の氣を禀受して成れる。それは八卦に於て兌に属し、五音に於て商に属し、天氣始めて下降するの時節に相當り、萬物この股の氣を得れば便ち肅殺凋斂す。若し面骨方正にして稜角を帯び・骨と肉と皆堅實なれば、これは是れ金局の正體、是れ正氣を感受して生ぜる。若し骨肉陷削・五官歪斜・肉多くして骨少なければ、これは是れ金局の反體、是れ不正の氣を感受して生ぜる。
如金局得白潤色,是其本質之色,主威權王霸,大名事業,亦有仇怨與精明剛執之性情也。如得青色,是為克化為用,主富貴多祿,子孫紹業,稍有奔馳與敏捷拘節之性情也。如得黃色,是為相生而化,主中等富貴,豐足衣祿,稍有成敗與持重膽小之性情也。如得黑色,是為相生不化,主貴而挫折,富而消耗,亦有惡疾與剛復窄狹之性情也。如得紅色,是為鍊金成器,主富貴勞碌,逼迫成功,亦有刑傷與堅決自用之性情也。如純一金局,為帝王將相之品,其屬為義,定壽夭也,蓋其味為辛也。
金形の人若し白にして潤の氣色を得れば、それは彼の本質の正色、威権霸業を主り、大名大事を成就し、亦た仇怨を結ぶを免れず、性情精明にして剛執なり。若し青色を得れば、是れ金木を剋して能く化して己用と為す、富貴禄多きを主り、子孫能く家業を継承し、略か奔波するを要し、性情敏捷にして小節に拘る。若し黄色を得れば、是れ土金相生して化す、中等富貴を主り、衣食豊足し、略か成敗あり、性情持重にして膽小なり。若し黒色を得れば、是れ金水を生じて能く化せず、雖貴なるも挫折多く・雖富なるも消耗多きを主り、亦有惡疾、性情剛硬反復にして器量狹窄なり。若し紅色を得れば、是れ火金を煉りて器と成る、富貴なれど労碌を主り、逼迫の中に於て成功を取得し、亦有刑傷、性情堅決にして剛愎自用なり。ゆえに純一雑ならざるの金局は、是れ帝王將相の品格、五常に於て義に属し、以て寿夭を判定するに据り、五味に於て辛に属す。五色の中、ただ白のみ是れ金の本色、其余の四色は皆先ずそれの金と是れ生か剋かを看て、さらにここの一層の富貴の穏なるか傷を帯ぶるかを定むるを要す。
四曰土形。敦厚而重,深濁平勻,得五濁之氣而成,其封為坤,其音為宮,是為天氣半升半沉之侯,萬物得之而容納也。以敦厚而深、濁重寬平,是為土形之正體,感受正氣而生也;以蜂腰削臀、肉浮而流,是為土形之反體,感受不正之氣而生也。
第四種は土形と叫ぶ。體貌敦厚にして沉重、色澤深濁にして平正勻稱、是れ「五濁」の氣を禀受して成れる。それは八卦に於て坤に属し、五音に於て宮に属し、天氣半ば升り半ば沉るの時節に相當り、萬物この股の氣を得れば便ち容納承載する所有り。若し敦厚にして深沉・色濁・體重にして寬平なれば、これは是れ土形の正體、是れ正氣を感受して生ぜる。若し腰細きこと蜂のごとく・臀部削薄・肌肉浮泛にして松流なれば、これは是れ土形の反體、是れ不正の氣を感受して生ぜる。
如土形得黃潤色,是為本質之色,主大富多壽,安和康寧,稍有顧忌與厚遲疑之性情也。如得青色,是為受制相犯,主中富小貴,勞碌受制,亦有反覆與循私妄貪之性情也。如得白色,是為金土相化,主小貴素豐,小名專技,亦有私志與偏僻自恃之性情也。如得黑色,是為克而不化,主刑剋疾苦,勞碌衣祿,亦有夭亡與狹小愚庸之性情也。如得紅色,是為火爍土燥,主勞苦奔馳,刑剋牽制,亦有窮困與拘泥妄拙之性情也。如純一土局,為大富大壽之品,其屬為信,定貧富也,蓋其味為甘也。
土形の人若し黄にして潤の氣色を得れば、それは彼の本質の正色、大富にして寿多きを主り、一生安和康寧、略か顧忌多く、性情敦厚にして事に遇えば遲疑す。若し青色を得れば、是れ木來りて土を剋して受制し相犯す、中等の富・小の貴を主り、労碌にして處處制せられ、亦有反復、性情は私を徇して妄に貪る。若し白色を得れば、是れ土金相生相化す、小貴にして家道素より豊なるを主り、小名あるか一技の長あるか、亦た私心を存し、性情偏僻にして自恃す。若し黒色を得れば、是れ土水を剋して能く化せず、刑剋疾苦を主り、雖衣禄あるも労碌し、亦有夭亡の虞、性情狹小にして愚鈍なり。若し紅色を得れば、是れ火灼にして土焦燥す、労苦奔波を主り、刑剋牽制し、亦有窮困、性情拘泥にして笨拙にして妄為す。ゆえに純一雑ならざるの土局は、是れ大富大寿の品格、五常に於て信に属し、以て貧富を判定するに据り、五味に於て甘に属す。土形の好き處は全て一個の「厚」の字に在り:厚ければ則ち能く載せ能く容る、一旦浮松流動すれば、本色便ち失い、上面の説く所の種種の缺陷は即ち踵を接して至る。
五曰火形。局露有頂,上尖下闊,得五露之氣而成,其封為離,其音為徵,是為天氣上升之極侯,萬物得之而長也。以上銳下豐、尖露起峰,是為火局之正體,感受正氣而生也;以唇吹氣短、濁緊枯焦,是為火局之反體,感受不正之氣而生也。
第五種は火形と叫ぶ。形局外露にして頭頂に峰あり、上部尖削・下部寬闊、是れ「五露」の氣を禀受して成れる。それは八卦に於て離に属し、五音に於て徵に属し、天氣極點に上升するの時節に相當り、萬物この股の氣を得れば便ち生長壯大す。若し上尖下豊・尖處露出して峰を起こせば、これは是れ火局の正體、是れ正氣を感受して生ぜる。若し嘴唇撮起して火を吹くがごとく・氣息短促・氣色渾濁緊澀にして枯焦なれば、これは是れ火局の反體、是れ不正の氣を感受して生ぜる。
如得紅潤色,是為本質之色,主公侯將相,危局發達,亦有艱難險阻興敏捷驕勇之性情也。如得白色,是為火爍金毀,主富貴驚險,多成多敗,亦有孤刑與貪妄放縱之性情也。如得青色,是為木火通靈,主小富小貴,勞碌牽制,亦有羈絆與猶豫見小之性情也。如得黃色,是為相生不化,主富過於貴,飄搖刑剋,亦有殘破與慳悋浮亂之性倩也。如得黑色,是為水火不交,主挫折失敗,冷退刑傷,亦有疾夭與拙偏邪惑之性情也。如純一火局,為公侯將相之品,其屬為禮,定剛柔也,蓋其味為苦也。
火形の人若し紅にして潤の氣色を得れば、それは彼の本質の正色、位公侯將相に至るを主り、能く危局の中に發達し、亦た艱難険阻を免れず、性情敏捷にして驕悍勇猛なり。若し白色を得れば、是れ火爍にして金毁る、雖富貴なるも驚険多く・一生多成多敗を主り、亦有孤獨刑剋、性情貪妄にして放縱なり。若し青色を得れば、是れ木火相生して通靈す、小富小貴を主り、労碌にして處處牽制せられ、亦た羈絆多く、性情猶豫にして見識短小なり。若し黄色を得れば、是れ火土を生じて能く化せず、富は貴に勝るを主り、一生飄搖にして刑剋あり、亦有殘缺破敗、性情慳吝にして浮乱なり。若し黒色を得れば、是れ水火相交する能わず、挫折失敗を主り、冷落退步にして刑傷あり、亦有疾病夭折、性情笨拙偏執にして邪説の迷惑を受け易し。ゆえに純一雑ならざるの火局は、是れ公侯將相の品格、五常に於て禮に属し、以て剛柔を判定するに据り、五味に於て苦に属す。火性最も烈し、本色を得れば則ち貴極まりて一時なり、一たび剋泄に遇えば便ち成敗無常、ゆえに火形の人を看るは、尤も氣色の上に於て生剋を分かち清むるを要す。
五形變通説
公篤曰:相有千般,難逃生剋制化之中;法固無窮,參考吉凶禍福之義。形格各得其氣而生,以相生相化為吉,相爭相剋為凶。凡定格局,先明主客兼體之義,為第一步,故吉凶禍福皆在其中,以合格為富貴壽考,不合格為貧賤勞碌也。
陳公篤曰く:相は千百種あり、總て五行の生・剋・制・化の範圍を跳出す能わず。法門雖無窮なれど、皆吉凶禍福の義理を參照して以て用うを要す。人の形格は各々一種の氣を禀受して生ず、凡そ相生相化するは吉と為し、相爭相剋するは凶と為す。凡そ一個人の格局を斷定せんと要するは、第一步先に哪の一行の主なるか・哪の一行の客なるか・哪些の兼帯の形體なるかを弄明白にせよ、吉凶禍福は全てここの裏頭に在り。合格するは即ち富貴長寿、合格せざるは即ち貧賤労碌。
一大一小為不配,又陷又露為不周。五官以開展為吉,五嶽以勻配為吉,故一大一小,皆受剋制而有缺點也。又陷者,為不足之破敗而生;又露者,為不合之刑剋而成,故不周全,亦相法之所忌也。蓋不足者,而見缺點之敗;有餘者,而見刑傷之勞,均非善相,而不合法也。
一辺大にして一辺小なるを「不配」と叫び、既に凹陷してまた外露するを「不周」と叫ぶ。五官は舒展開闊を以て吉と為し、五嶽は彼此勻稱相配を以て吉と為す、ゆえに一大一小のは、皆是れ剋制を受けて缺陷を帯ぶ。いわゆる「又陷」は、分量不足なるに因りて破敗を生出す。いわゆる「又露」は、配合不當なるに因りて刑剋を造成す。両様湊り合されば即ち周全ならず、これも亦た相法の忌諱する所。須く分量不足のは、缺陷の帯來するの失敗を顕出せんを知るべし。分量有余のは、刑傷の帯來するの労苦を顕出す——両者皆是れ好き相にあらず、皆法度に合せず。
額高耳反,主前澤破耗,火克金也。南嶽高露,為火之有餘;耳反廓飛,為金之不足。故火克其金,而前澤破耗,祖業蕭條。余每見南嶽高廣,而反無前業,皆兩耳之輪反廓飛之不配也。蓋兩耳為初,故前業不守,而見破耗也。
額頭高くして両耳翻反のは、先人の留下したるの産業敗れ光るを主る、これは是れ火の金を剋す。額は「南嶽」にして火に属し、高聳にして外露す、是れ火有余なり。耳は金に属し、耳輪翻反・耳廓外飛す、是れ金不足なり。ゆえに火金を剋して、先人の恩澤耗散せられ、祖業それに跟いて凋零す。我常に額頭高廣の人のかえって祖業を承受せざるを見るに、皆是れ両耳の輪反廓飛・額と相配せざるに因る。耳の主るは早年運、ゆえに先人の産業守り得住せず、一開頭より即ち敗耗せり。
額尖頦大,主一生困窮,水克火也。余考南嶽尖削,為火之不足;地閣豐大,為水之有餘。故水克其火,而一生困窮,勞碌刑剋。余每見地庫豐隆,而反受窮困,亦由上亭尖弱之不配,火星受克於水故也,即天停可勝地閣之義也。
額頭尖くして下巴大なるは、一生困窮を主る、これは是れ水の火を剋す。我考究す:額は南嶽にして火に属し、尖くして削薄、是れ火不足なり。下巴地閣は水に属し、豊満寬大、是れ水有余なり。ゆえに水火を剋して、一生困窮、労碌にして刑剋多し。我常に下巴地庫豊隆の人の反って窮を受くるを見るに、亦た上停額部尖弱にして相配せざるに因り、火星水に剋せらるるの縁故なり——これは即ち相法の上に天停応に地閣に勝るべしと説くの道理。
耳大目小,愚庸無知,金傷木也。兩耳為金星,如形質長大,為金之有餘;兩目為木星,內為肝絡,如形式太小,為木之不足。故金克其木,天姿愚拙,受制而壽。凡聰明者,耳目相配,耳有垂珠,目有清光,兩不相剋,而反相用也。
耳朵大にして眼睛小なるは、天資愚鈍無知、これは是れ金の木を傷つく。両耳は金星と為す、若し長く且つ大に長得れば、是れ金有余なり。両眼は木星と為す、内に於て肝の經絡に連れ、若し太だ小に長得れば、是れ木不足なり。ゆえに金木を剋して、天資愚拙、雖剋制を受くると雖もかえって長寿す。凡そ聡明の人は、耳と目と彼此相配す:耳に垂珠あり、目に清光あり、両者相克せず、かえって彼此相用と為る。見るべし五官はただ一處を挑びて大小を看る能わず、要緊は彼此の分量の能く配得上がるや否やに在り。
目露鼻弱,凶險迭見,木克土也。兩目大而露,為木之有餘;鼻小弱尖,為土星之不足。故木克其土,應刑剋人丁,驚險失敗,凶危挫折,皆土受木之克。凡貴在眼,富在鼻,成敗之關鍵在比。如兩相剋制,雖貴亦貧窮,而有危險之傾覆,己身破家也。
眼睛外露にして鼻子瘦弱のは、凶険接連して断えず、これは是れ木の土を剋す。両眼大にして外露す、是れ木有余なり。鼻子小・弱にして尖、是れ土星不足なり。ゆえに木土を剋して、家中人丁を刑剋するに応じ、驚険失敗・凶危挫折に遭遇す、皆是れ土木に剋せらるるの致す所。相法の上に貴は眼を看・富は鼻を看、成敗の關鍵は即ちここに在り。若し両者互相剋制すれば、縱令顯貴するも亦た貧窮せん、なお傾覆の危あらん、自身家業を敗掉す。
鼻大口小,破梓離鄉之格,土克水也。鼻為土星,豐隆過大,為土之有餘;口小唇薄,為水星之不足。水受土克,則有六親之累,內外之患,因而破梓離鄉,而無立身之地,口為衣祿關鍵故也。土星雖大,孤立而無用也。
鼻子大にして嘴巴小なるは、故郷を離れ・家園を抛下するの格局、これは是れ土の水を剋す。鼻は土星と為す、豊隆頭を過ぎ得、是れ土有余なり。嘴小さく唇薄し、是れ水星不足なり。水土に剋せられれば、即ち六親の拖累を受け、内外皆禍患を生じ、因りて郷を離れ井を背にし、本土に於て足を立て住む能わず、口は是れ衣禄の關鍵の所在なるに因る。ここの種の人は鼻子雖大なれど、孤零として作用を起こし得ず。
髭粗眉細,奴欺戚累之輩,下犯上也。眉為文采之官,在上為主;髭為下停之表,在下為客。均以柔細為合格。如眉粗濃而髭柔細,此為上臨下之格,尚不至為害;如眉柔細而髭粗濃,此為客凌其主、下欺其上之格,當然有害而凌虐,以相欺而累也。
胡鬚粗くして眉毛細なるは、僕役に欺凌せられ・親戚の拖累を受くるの一類、これは是れ下の上を犯す。眉は是れ文采を主るの官位、上に在りて主に属す。胡鬚は是れ下停の表徵、下に在りて客に属す。両者皆柔細を以て合格と為す。若し眉粗濃にして鬚柔細なれば、それは上位下位を壓倒するの格局、なお害と為るに至らず。若し眉柔細にして鬚粗濃なれば、それは客主を凌ぎ・下上を欺くの格局、自然欺壓凌虐を受け・人に牽累せられん。相法の上に上下尊卑を講ずるは、併せてただ貴賤の一層に在らず、眉と髭と孰れか粗き孰れか細きは、已に主客の勢を定め下せり。
故法以陽陰交垢,為萬物生;以五行錯綜,為萬物用。人之稟受,以陰陽交垢,而萬物發生。天有陰陽而歲功成,人有陰陽而男女生,氣有陰陽而寒暑別,地有陰陽而五穀收。凡人道物類器用,皆以五行之生剋制化而為用也。人之形格氣色,亦合陰陽五行也。
ゆえに相法は陰陽交感を以て萬物化生の本と為し、五行錯雑交互を以て萬物致用の途と為す。人の禀受する所は、正に陰陽交感して然る後に萬物發生す。天に陰陽あれば、於是一年の歳功完成するを得。人に陰陽あれば、於是男女を分かち出づ。氣に陰陽あれば、於是寒暑別あり。地に陰陽あれば、於是五穀収を得。凡人間の道理・物類の品性・器用の功能は、皆五行の生・剋・制・化を靠りて以て作用を發揮す。人の形格と氣色とは、同樣に陰陽五行に合す。
五行平勻,相生而為用;五行強弱,相剋而為害。故人內具五行,心肝脾肺腎是也;外具五行,眉目鼻耳口是也。五行不可過,亦不可不足。如內五行不足,則有疾病發生;外五行不足,則有貧賤之害。過之則傷,而有孤獨刑剋;不及則害,而有夭亡下賤也。
五行分布平匀なれば、便ち相生して各々その用を得。五行強弱懸殊なれば、便ち相剋して彼此害と為る。ゆえに人は内に於て五行を具備す、即ち心・肝・脾・肺・腎。外に於ても亦た五行を具備す、即ち眉・目・鼻・耳・口。五行は既に太だ過ぐる可からず、亦た不足する可からず。内五行不足なれば、即ち疾病を生出す。外五行不足なれば、即ち貧賤の害あり。太だ過ぐれば則ち傷を受けて、孤獨刑剋を招来せん。及ばざれば則ち害を受けて、夭亡下賤を導致せん。ゆえに相を看るは哪の一處の最も好きかを找るにあらず、而して五處の能く彼此相安するや否やを看る:内五行安ければ則ち身健やかなり、外五行安ければ則ち命順なり。
睛清額寬,必是貴豪之人;神充嶽大,方為賢傑之士。睛清主貴,額寬亦主貴,如兼而有之,則為貴之豪者。神充者氣厚而特智,又主壽徵;嶽大者主有奇特行為,流芳千古,此賢傑之品,而立非常之功也。
眼珠清亮・額頭寬闊のは、必定顯貴の中の豪傑。精神充足・五嶽豊隆のは、こそ賢能傑出の士と算え得上がる。眼睛清亮は貴を主り、額頭寬闊も亦た貴を主り、両様兼ね備えれば、即ち貴人の裏の豪雄。精神充足の人は元氣厚くして智慧人に過ぎ、また是れ長寿の徴。五嶽高大の人は往々奇特の作為ありて、能く千古に芳を流す——これは是れ賢傑の品格、能く非常の功業を建立す。
金木不可以相剋,水火不可以相犯。金木不可平均而相爭,則相剋而為害矣;水火不可平勻而相爭,亦相剋而為害矣。故以金多木少,則為克化成用;木多金少,則為削木成器。水火亦然,相爭而不濟其用也。
金と木とは互相剋制する可からず、水と火とは互相侵犯する可からず。金木の両者は分量相當たりて各々相讓らざれば、即ち相剋して害と為るを成す。水火の両者は分量相當たりて各々相讓らざれば、亦た相剋して害と為るを成す。ゆえに金多く木少なければ、是れ金木を剋して化して己用と為す。木多く金少なければ、是れ金を以て木を削りて器と成る。水火の間も亦た一様なり:若し勢均力敵して相爭わば、即ち各々の用處を發揮し出で得ず。
是以金不嫌方,木不嫌瘦,水不嫌肥,火不嫌露,土不嫌濁。純一則富貴壽考,反犯則勞苦貧賤。金以方為用,故不嫌其方也;木不嫌瘦,以瘦為用故也;水以圓肥為用,故不嫌其肥也;火以露為用,故不嫌其露也;土以濁為用,故不嫌其濁也。五形各得其正,皆富貴壽考;反犯則勞苦貧賤,與迍邅夭亡也。
ゆえに金形は方を嫌わず、木形は瘦を嫌わず、水形は肥を嫌わず、火形は露を嫌わず、土形は濁を嫌わず。五行純一雑ならざるは富貴長寿を主り、彼此反剋相犯するは労苦貧賤を主る。金は方正を以て用と為す、ゆえにそれの方を嫌わず。木は清瘦を以て用と為す、ゆえにそれの瘦を嫌わず。水は圓肥を以て用と為す、ゆえにそれの肥を嫌わず。火は尖露を以て用と為す、ゆえにそれの露を嫌わず。土は厚濁を以て用と為す、ゆえにそれの濁を嫌わず。五種の形局各々本分を守れば、皆富貴長寿する能う。一旦反剋相犯すれば、即ち労苦貧賤、甚至困頓夭亡す。いわゆる「嫌」と「不嫌」とは、全てあの一樣の特徴の是れ本形の応に有るべきなるか否かを看る:本形の有るべきは、いよいよ足ればいよいよ好し。有るべからざるは、一分も亦た累贅なり。
似金得金剛毅深,而威權萬里;似木得木資財足,兩流芳千年。純金之局,而得其金氣,主大貴而有權勢;純木之局,而得其木氣,主清貴而富足。故帝王將相皆多出金局,仙品多出本局,次亦聖賢,又次則名士名流,而有流芳事業,其富足尚其次也。
形貌金に似てまた金氣を得るは、性情剛毅深沉、威権萬里に及ぶ可し。形貌木に似てまた木氣を得るは、資財充足、声名千年に流傳す。純粹の金局にして金の本氣を得着れば、大貴にして権勢を握るを主る。純粹の木局にして木の本氣を得着れば、清貴にして家道富足を主る。ゆえに歷來の帝王將相は多く金局より出づ。神仙一流の品格は多く木局より出づ、次の一等は是れ聖賢、再び次の一等は便ち名士名流、皆能く後世に芳を流すの事業を留下し、家資豊足に至っては、かえって其次に在り。
似水得水文學貴,而福澤綿綿;似土得土富財庫,而積金壘壘。純水之局,而得水氣,主大富貴而有權勢;純土之局,而得土氣,主大富而有壽徵。故帝王多出水局,次則為公侯之品;鉅富多出土局,次亦富甲一州一邑也。
形貌水に似てまた水氣を得るは、文學を以て貴顯し、福澤綿長なり。形貌土に似てまた土氣を得るは、財庫充盈し、金銀山のごとく堆積す。純粹の水局にして水の本氣を得着れば、大富大貴にして権勢を握るを主る。純粹の土局にして土の本氣を得着れば、大富にして併せて長寿の徴あるを主る。ゆえに帝王は多く水局より出づ、次の一等も亦た公侯の品格。巨富は多く土局より出づ、次の一等も亦た能く一州一縣に甲を富む。
似火得火主機智,而勢碌險阻之功名;主客相合亦富貴,而平安享受之福澤。純火之局,由尖露而成,主公侯將相之品,故寇準之頭尖似筆,馬周之肩聳如蕉,然多出艱難險阻之時,而成功業也。如五行之主客相合,亦為富貴壽考,而有厚福之格也。
形貌火に似てまた火氣を得るは、機敏多智を主り、功名は奔労険阻の中に於て掙り來るを要す。若し五行の主と客と配合し當を得れば、同樣に富貴にして、而且能く安んじて福澤を享く。純粹の火局は尖峭外露に由りて成る、公侯將相の品格を主る、ゆえに宋代の寇準は頭尖きこと筆のごとく、唐代の馬周は両肩聳起して蕉葉のごとし、皆是れ火局。不過ここの一類の人は多半是艱難険阻の時勢の裏に於て功業を成就す。五行主客相配し宜を得るに至っては、亦た富貴長寿・福澤深厚の格局なり。
金形得金,局逢土為佳;土形得土局,見火尤妙。金形主貴,如兼一線之土,則貴中有富也;土局主富,如兼一線之火,則有小貴而合其用也。此言兼體之合格,上言純一之局也。
金形の人の金氣を得着は、若し再び一点の土を兼ねれば最も好し。土形の人の土氣を得着は、若し再び一点の火を見れば尤も妙なり。金形は貴を主る、如果一絲の土氣を兼帯せば、即ち貴の中に富を帯ぶ——土能く金を生ずるに因る。土形は富を主る、如果一絲の火氣を兼帯せば、即ち点小貴を得て用に相合する能う——火能く土を生ずるに因る。ここの両句の講ずるは兼帯の形體にして合格するの情形、上文の講ずるは則ち純一雑ならざるの形局なり。
金局火重,財散如塵;木主金傷,錢消似雪。金之本局,如兼火體一半,或四分,皆言金局之受傷也,故財帛日見消耗矣。如木之本局,兼金一半,或四分,亦言木之受傷他,而財帛如湯潑雪之化也。
金局にして火氣太だ重きは、錢財塵土のごとく散ず。木を主體と為して金に傷つけらるるは、錢財積雪のごとく消融す。金の本局は、如果兼帯の火體一半を占め・あるいは四成を占むれば、皆金局の傷を受けたりと算え、ゆえに財帛一天一天消耗し下れり。木の本局は、如果兼帯の金一半を占め・あるいは四成を占むれば、亦た木の傷を受けたりと算え、財帛は即ち滾水の雪を澆くがごとく化して乾乾淨淨なり。
火得紅活,用顯奇榮;水逢黑潤,愈增福壽。火局得紅活之氣,當然立奇功而封侯拜相,但從驚險處而發達也。故馬周之興唐室,在中興時代;寇準之輔宋室,在克敵時代。水局得黑潤,亦主貴壽多福。
火局紅にして活の氣色を得着は、必定奇功を建立して殊榮を顕出す。水局黒にして潤の氣色に遇上は、福分寿数いよいよ增添す。火局の人の紅活の氣を得着は、自然能く奇功を立てて侯を封じ相を拜せん、ただ發達は總て驚険の處より得來るを要す。ゆえに馬周は唐室を輔佐して、正に中興の時候に當る。寇準は宋室を扶助して、正に敵に抗するの時候に當る。水局の人の黒潤の氣を得着は、同樣に顯貴長寿にして福多きを主る。
火形兼木,必定超榮;水局逢金,於須發達。火局本尖露而成,如加以清秀,則為木火通靈之局,亦主智敏而享盛名,又作身後之事業,比言超群榮貴也。水局兼金,則為有權之貴,盛衰皆為權貴,亂世尤發武貴也。
火形木形を兼帯のは、必定榮顯超群なり。水局金形に遇上のは、終に發達するを須す。火局は本来尖峭外露に由りて成る、若し再び清秀の氣を添え上げれば、即ち木火通靈の格局と成り、聡明敏捷にして大名を享くるを主り、なお能く身後の事業を留下す、これは即ちいわゆる超群榮貴。水局金形を兼帯のは、便ち是れ實権あるの貴格、世道の興盛なるか衰乱なるかを論ぜず皆権貴を做る能う、乱世の裏に於ては尤も武職に於て發迹し易し。
土逢乙木,奇發流通;木遇微金,削成器用。土局本主富而不貴,如兼一線之木,則為克化而有用,則富中有貴名也。然多為異路功名,而曰奇發,因其人為利用,因其時為利用故也。本周兼一線之金,則削成器用,走險而發,則貴而有權也。
土形一点の乙木に遇上は、奇特の方式を以て發達して財源流通せん。木形一点の微弱の金に遇上は、便ち刀を以て木を削りて器用を成すがごとし。土局は本来富を主りて貴を主らず、若し一絲の木氣を兼帯せば、木土を剋して能く化して有用と為る、即ち富の中に貴名を帯ぶなり。不過これは多半是正途に非ざるの功名を走る、ゆえに「奇發」と叫ぶ——あるいは人に因りて用を得、あるいは時に因りて用を得るなり。木局一絲の金氣を兼帯は、便ち是れ木を削りて器と成る、険路を走るを靠りて發迹し、能く貴くして而且権あり。
火得微金,有財難積而不入庫;木逢重金,雖貴必勞,而多挫折。火本克金,如金多火少,則煉成寶劍而為用;火多金少,則消化無餘矣,雖有財而不入庫。金本克木,如木少金多,克化為用;木多金少,削成器用;最忌金木各半,而相爭也。
火形ただ一点の金を帯ぶのみのは、財ありと雖も積攒し難く・庫に進む能わず。木形過重の金に遇上は、縱令顯貴するも必定労碌し、而且挫折甚だ多し。火は本来金を剋す:若し金多く火少なければ、即ち寶劍に煉成して用に堪う。若し火多く金少なければ、金便ち一点も剩さず熔化せられ、ゆえに雖錢財あるも存え住む能わず。金は本来木を剋す:若し木少なく金多ければ、是れ剋して能く化し、かえって我の用と為る。若し木多く金少なければ、是れ木を削りて器と成る。最も忌むは金木各々一半を占めて彼此相爭うなり。
木不兼金,雖貴而無權;火不兼土,已成而忽敗。純木為清貴仙品,有大名而無權勢,須得微金以削成器,方為貴而有權也。火為上炎之象,而不持久,故得微土方持久,否則一成一敗矣。
木形金を兼帯せざるは、縱令顯貴するも亦た實権なし。火形土を兼帯せざるは、事剛に成りてまた忽ち敗る。純粹の木局は是れ清貴の仙家品格、大名声ありて権勢なし、必ず一点の金を得て來りて木を削りて器と成して、こそ既に貴くまた権ある能う。火は是れ上に向かいて燃焼の象、燃えて久しき能わず、ゆえに一点の土を得てこそ持久する能う、然らざれば即ち一成一敗、反反復復なり。
水金合用,方大貴而無極;金土合形,雖富榮而有限。五形以金水兩形為大富貴,千古帝王多出金水之局,故金水合用而成一局,則大貴矣。金主貴而土主富,如金土合用,則為中富中貴,或常富常貴,以及教授梓榮之例。
水と金と配合して用と為すは、こそ貴極處に到りて止境なきなり。金と土と合成して一形と為すは、雖富足榮顯なると雖も限度あり。五種の形局の裏に、金・水の両形を以て最も大富大貴を主る、千百年來の帝王は多く金水の局より出づ、ゆえに金水配合して一局と成るは、便ち是れ大貴の相。金は貴を主りて土は富を主る、若し金土配合せば、即ち中等の富・中等の貴、あるいは尋常の富貴、譬えば書を教え業を授け・鄉里に榮を得るのここの一類。
聲音相應,純一取之;內外不合,酌量定也。形格為外相之表,聲音為內相之氣。然聲音亦有金木水火土各音,如合其形,則純一而論;如內外不同,又須審查而酌量定之也。
声音と形局と相應するは、即ち純一の局に按じて以て断を取る。内外両下合せざるは、即ち情形を斟酌して以て判定するを要す。形格は是れ外相の表現、声音は是れ内相の氣機。声音も亦た金・木・水・火・土の五種の音を分かつ:如果声音形局と相合せば、即ち純一の局と作して以て論ず。如果内外一致せざれば、必ず細かく審察を加え、軽重を権衡して以て定奪するを要す。
卷五
希夷心相篇
心者貌之根,審心而善惡自見;行者心之表,觀行而禍福可知。余考心為全身主宰,有心然後有性,有性然後有行為,凡事先動於心,後露於形,故聖人有中形外、胸正瞭焉、胸不正睦焉之說。按行為是心之代表,福善禍淫,乃天道之自然;福淫禍善,乃相法之形質。查其有心無心之行為,心善心惡之原理,或天道支配人事,或人事強勝天道,當以形格限氣色,為認定之標準也。
心是れ相貌の根、一個人の心を審察すれば、善惡自然顕露す。行為は是れ心の外在の表徵、彼の行為を看れば、禍福即ち知る能う。これは是れ陳摶《心相篇》の宗を開くの両句。作者の按語:心是れ全身の主宰、心ありてこそ性情あり、性情ありてこそ行為あり。凡事皆先ず心の裏に於て動き起こり、然る後にこそ形貌の上に顕露す、ゆえに聖人に「中に存するは外に形る」および「胸中正なれば則ち眸子瞭、胸中不正なれば則ち眸子眊」の説法あり。行為は是れ心の代表:善は福を得・淫は禍を得、それは是れ天道の自然。而して淫かえって福を得・善かえって禍を得は、即ち相法の形質の上に到りて縁故を找るを要す。一個人の行為の有心なるか無心なるか・彼の心地の善なるか惡なるかを考察し、究竟是れ天道人事を支配するか、それとも人事天道に強く過ぐるかは、皆応に形格氣色を配合して、以て認定の標準と為すべし。
心性不公平,難得兒孫長育;言語多反覆,應知詭譎旋生。人處社會交際,以公平交易為正當,方為昭信用而持久。如有欺詐,雖有暫時利益,亦不久必敗,或兒孫不肖與刑剋。按言語反覆,其人奸貪妄舉,險詐心毒,不可交遊同事也。
心地公平ならざるの人は、兒孫順利に長成する難し。説話反復常なきの人は、須く詭詐立刻に即ち跟いて來るを知るべし。作者の解説:人の社會上に往來するは、公平交易を以て正當と為し、こも能く信用を昭示して長久せんを要す。倘若欺詐の事を行わば、縱い一時の利を得とも、久しからずして亦た必定失敗し、あるいは兒孫成材せず・親子刑剋の上頭に応ず。説話反復の人に至っては、人と為りて奸貪にして擧動妄為し、陰険狡詐にして心地狠毒、彼と交往して事を共にする可からず。
垂首低言,必是奸貪之輩;披肝露膽,決為英傑之人;心和氣平,可上孫榮子貴;才偏性傲,定招大禍奇窮。垂首者,沉思用心之態;低言者,邪淫不正之例。披肝言其正直,露膽言其耿介;心和言其量宏,氣平言其厚重。才偏者,私心自用;性傲者,暴戾凌人,故有取怨結仇之大禍潛伏也。
頭を低くし・嗓子を壓し低めて説話のは、必是れ奸貪の輩。能く肝膽を剖き開きて人と相見るは、一定是れ英傑の士。心地平和・氣度安詳のは、子孫皆能く榮顯せん。才具偏枯にして性情傲慢のは、必定大禍奇窮を招来せん。作者の解説:頭を低くは是れ深思盤算の様子、声を低くは是れ邪僻不正の表現。「肝を披く」は彼の正直を形容し、「膽を露す」は彼の耿介を形容す。「心和」は彼の器量宏大を形容し、「氣平」は彼の人と為りて厚重を形容す。才偏の人は私心自用し、性傲の人は暴戻にして人を凌ぐ、ゆえに怨を結び仇を招くの大禍は即ちその裏頭に潜伏す。
轉眼無情,兒孫累重;談時念舊,富貴期頤;仗富欺貧,焉可托妻寄子;敬老憐幼,必能裕後光前。無情之人,六親斷絕,朋友交惡,故累及子孫;念舊之人,多結深厚善緣,故能享大福。仗富欺貧,其人無公理,故招官訟而敗家;敬老憐幼,其人多慈良,故種福田而發達。
臉を轉じれば即ち臉を翻して情なきは、兒孫彼の重累と成る。談話に及んでなお舊情を念うは、既に富貴にしてまた長寿。錢あるを仗りて窮人を欺壓のは、どうして妻兒を彼に托付する能わんや。老人を敬重し・幼小を愛惜のは、必定能く祖先を光耀し・後人を福蔭せん。作者の解説:情なきの人は六親斷絶・朋友怨を結ぶ、ゆえに子孫に連累及ぶ。舊を念うの人は多く深厚の善縁を結び下す、ゆえに能く大福を享く。富を仗りて貧を欺くの人は心裏に公理なし、因りて官司を招來して家を敗る。老を敬い幼を憐むの人は多半慈善良厚、因りて福田を種えて發達す。
輕口出違言,壽元短折;忘恩思小怨,科第難成;小富小貴易盈,前程有限;大富大貴不動,獲福無程。日德關係頗大,妄語可傷人命,破人產,故有禍從口出之說。忘恩者,不可問前程也。小富貴易盈,當然不是大器;大富貴不動,當然是厚福。
口に隨いて情理に背くの話を説き出すは、寿命短促なり。別人の恩惠を忘れて卻って小小の怨隙を記うは、功名成り難し。小富小貴にして即ち自滿のは、前程限りあり。大富大貴にして心動摇せざるは、福を得るに止境なし。作者の解説:口徳の關係は甚だ大なり、一句の妄語にて以て人の性命を傷つけ・人の家産を敗る能う、ゆえに「禍は口より出づ」の説法あり。恩を忘れ義に負くの人は、彼の前程を問うに及ばず。小小の富貴にして即ち自滿するは、当然大器にあらず。大富大貴にして心為す所に動かざるは、当然是れ福澤深厚なり。
欺蔽陰私,縱有榮華享不久;公平正直,雖無子息死為神。開口說輕生,臨大節決然規避;逢人稱知己,即深交究竟平常。上二句是言公理,下二句是言性情。余每見能言者,於事實均相反,故常說輕生,而不能循正義;素稱知己,心有別圖。凡流露於表面者,皆非事實;或言過其實者,皆不能履行。此希夷深於社會學,始有如此精義也。
暗中欺瞞し・陰私の事を行うの人は、縱い榮華あるとも享くること長久ならず。人と為りて公平正直のは、縱令子嗣なきとも、死後能く人に神のごとく奉祀せられん。動もすれば口を開きて即ち性命を惜しまずと説くは、真に大節前に當れば必定躲れ開けん。誰を見ても皆知己と稱作のは、就中深く交わり下るとも不過平常なり。作者の解説:上の両句の講ずるは公理、下の両句の講ずるは性情。我常に能く説き能く道うの人を見るに、做し出すの事は全て説く所と相反す:口々声声一死を惜しまずと言うも、卻って正義を守り得住する能わず。一向自ら知己と稱すも、心裏別に打算あり。凡そ表面に浮かぶは皆是れ實情にあらず、説き過頭するは皆做り到る能わず。陳希夷は世情人事に深く通じて、こそここのようの精辟の話を説き出せし。
處事不辭勞怨,堪為棟樑之材;遇故輒避嫌疑,豈是心腹之寄。乖戾難堪,因訟喪身又害子;待人厚,無端福祿更延年。迷花戀酒,閨中妻妾參商;利己損人,膝下兒孫忤逆;賤買田莊,決生敗子;尊崇師道,必產賢郎。凡社會情形,任勞者有成,避嫌者多阻,乖戾者多官非,厚者多閒福。花酒損身惡疾,不止口舌;損人欺人,皆種惡因於子孫,亦常情也。
事を辦するに辛労を怕れず・怨を招くを怕れざるは、棟梁の材と稱するに配す。一たび舊交に遇えば即ち急ぎて嫌を避くるは、どうして以て心腹の托付と作す能わんや。性情乖戻にして相處し難きは、官司を打ちて命を喪いに因り、なお兒子を連累せん。人を待して厚道のは、無端にして即ち福禄あり、なお能く年を延ばさん。花酒に沉迷のは、家裏の妻妾は參星と商星との一樣に相和睦せず。ただ自己を利して別人を損ずるは、膝下の兒孫忤逆不孝なり。低價を用いて人の田莊を強買のは、一定敗家子を生出せん。師道を尊崇のは、必定賢能の兒子を生出せん。作者の解説:世上の情形は即ちこもなり、肯んじて労を任ずるは成就あり、一味嫌を避くるは處處阻を受け、性情乖戻のは官司多く、人を待して厚道のは清閑の福多し。花酒は不但口舌を招く、なお身體を傷つけ惡疾を生ず。人を損い人を欺くは、皆是れ子孫に替りて惡因を種え下す——これらも亦た是れ人情常理なり。
愚魯又尖酸,刻薄貧窮兼損壽;聰明反厚,優容福祿及誥封。患難能守,若讀書必為柱石之臣;安樂若忘,縱低才亦是青雲之客。鄙吝勤勞,亦有大富小康之別,宜觀其量;奢侈靡麗,豈無奇人浪子之分,必視其才。尖酸刻薄,多刑人丁而貧苦;聰明厚,皆平安多福。守道安貧,皆非尋常之人。凡人以器量為認人之標準,才智為別人之關鍵,而鑑定其大富小康、奇人浪子,皆在合宜與否耳。
既に愚鈍にしてまた尖刻の人は、刻薄の外になお貧窮して寿を折らん。聡明にしてまたかえって敦厚の人は、氣度寬容し、福禄を享きて以て朝廷の誥封を受くるに至らん。患難の中に於てなお守り得住のは、若し肯んじて書を讀めば必ず國家の柱石の臣と成らん。身安樂に處して安樂を忘れたるがごときは、縱令才具平平なるも亦た青雲の客なり。同じく鄙吝にして勤労なるは、その中に大富と小康との別あり、彼の器量を看るを要す。同じく奢侈華靡なるは、その中に豈奇人と浪子との分なからんや、必ず彼の才具を看るを要す。作者の解説:尖酸刻薄の人は多く家中人丁を刑剋して而且貧苦す。聡明にして厚道の人は皆平安して福多し。能く道を守り貧に安んずるは、皆是れ尋常の人物にあらず。人を看るは總て器量を以て標準と為し、才智を以て分別の關鍵と為す。彼を断じて大富なるか小康なるか・奇人なるか浪子なるかに至っては、全て宜に合するや否やに在り。
弗以見小為守成,惹禍破家難免;莫認惜福為悋慳,輕財仗義盡多。處大事不燥急,偉器晚成;能見機而擴充,高才早發。多才吝教,已無成人亦無成;見過隱規,身可托家亦可托。知足與自滿不同,一則矜而受災,一則謙而受益;大才與庸流各異,一則誕而多敗,一則實而有成。凡事悋慳為見小,當用合度為惜福,持重不燥為大器,逢時見機為多才。一技之長而吝教,終為消滅;規過遷善為君子。驕智有別,才庸各異,故各之事實與利害不同也。
眼光短浅を以て守成と作る勿れ、さもあれば禍を惹き家を破るは免れがたし。亦た惜福を誤りて慳吝と認作る勿れ、惜福の人は往々財を輕んじ義に仗る。大事に遇えば急躁せざるは、是れ晚成の大器。能く時機を看準して事業を擴充のは、是れ早發の高才。多種の才能ありて人に教うるに吝なるは、自己成らず、別人も亦た成らず。人に過あるを見て暗中に規勸のは、身家性命皆彼に托付する能う。知足と自滿とは併せて相同ぜず:自滿は是れ驕矜にして災を招く。知足は是れ謙遜にして益を受く。大才と庸人とも亦た大いに一樣ならず:庸人は虚誕にして敗多し。大才は朴實にして成あり。作者の解説:凡事一味慳吝なれば即ち是れ眼光小、用いて分寸に合してこそ惜福と叫ぶ。沈着にして躁急せざるは是れ大器、時機に逢いて能く看出するは是れ多才。一技の長ありて人に教うるに舍て得ざるは、この門の技藝は終に失傳に帰せん。規勸して人をして過を改め善に向かわしむるはこそ君子。驕と智と分別あり、才と庸と各々同じからず、ゆえに各人の境遇と利害とも亦た両樣なり。
忮求勝會,圖名利到底遜人;惻隱心多,遇艱難中途獲救。不分德怨,料難至乎遐年;較量錙銖,豈足期乎大受。剛者圖易就,災傷豈保全無;柔者作事難成,平福亦能安受。樂處生愁,一生辛苦;怒時反笑,至老奸貪。不分德怨,昧卻天良故夭壽;較量錙銖是小品。剛者勇於進取,然有傾覆之失敗;柔者作事猶豫,然有中止之障礙。樂時愁者勞碌,怒時笑者陰毒。
一味嫉忌して勝を爭うの人は、名利を圖謀するも頭到りてなお人に如かず。惻隱の心多きの人は、艱難に遇上すれば半途に於てもまた來りて救うの人あらん。恩徳と怨仇と分かち清めざるは、料想高寿に活くる難し。錙銖の小利を斤斤に計較のは、どうして彼の大任を承當せんを指望せんや。剛強の人は事易く成ると雖も、しかるに災傷未だ必ずしも全く免かれず。柔弱の人は事を辦して成り難しと雖も、しかるに平常の福分は卻って安享し得住す。快活の時かえって愁を生ずるは、一生辛苦す。怒を發するの時かえって笑うは、老に到るも皆奸貪なり。作者の解説:恩怨を分かち清めざるの人は天良を昧したり、ゆえに短寿す。錙銖を計較の人は是れ小器の品。剛強の人は進取に勇なれど、卻って傾覆失敗あるを免れ難し。柔弱の人は事を辦して猶豫するも、亦た半途にして廃するの障碍に遇わん。樂の時かえって愁うの人は一生労碌し、怒の時かえって笑うの人は心地陰毒なり。
好矜己善初弗再望乎功名,樂談人非最足傷乎性命。責人重而責己輕,弗與同共事;功歸人而過歸己,盡堪救患扶災。矜己善主招嫉,談人非主結仇,二者有反動之害也。責人恕己,即不公平之謂;功人過己,即大器量之別,二者為君子小人之界限也。
自己の好き處を誇耀するを愛するの人は、再び功名を指望するに及ばず。別人の是非を議論するを喜ぶの人は、最も性命を折損し易し。別人を責むること重くして自己を責むること軽きは、彼と事を共にする勿れ。功労を別人に帰し・過錯を自己に帰するは、完全に彼を托して患を救い危を扶くる能う。作者の解説:自ら己の善を誇るは人の嫉恨を招き、人の非を説くを好むは人と仇を結ぶ、両様皆反彈の害を招來せん。人を責めて己を恕るは、即ち是れ不公平。功は人に帰し・過は己に帰するは、即ち是れ大器量の分別——ここの両条は正に君子と小人との界限なり。
處家孝弟無虧,管櫻奕世;與世吉凶同受,血食千年。任意周全,其德必厚;任情激搏,其心必毒。另變臉薄福之人,能耐久宏量之士。孝弟二字,為品行常度,聖賢初基。與世存亡,為劫在當時,名垂後世。德厚之人天性善,當然耐久;心毒之人天性惡,容易變臉。
家に在りて父母を孝順し・兄弟を友愛して毫も虧欠なきは、冠冕纓綬世代相傳す。天下の人と吉凶禍福を同じく當るは、千年の後になお人の祭祀を受けん。事事肯んじて人に替りて周全のは、徳必定厚し。一味性情を逞しゅうして激搏衝撞に往くは、心必定毒し。動もすれば臉を翻すは、是れ福薄の人。能く持久して改めざるは、是れ器量宏大の士。作者の解説:孝悌の両個字は是れ品行の常軌、亦た是れ聖を成し賢を成すの起步。天下と存亡を共にするの人は、雖當時に劫に遭うも、名声は卻って後世に傳わる。徳厚の人は天性善良、自然長久に經得起。心毒の人は天性凶惡、ゆえに臉を翻せば即ち臉を翻すと説く。
愛與人爭,滋培而前程有限;事求自反,蓄積厚而屈事能伸。少年飛揚浮動,顏子之限難逃;狀年冒昧昏迷,不惑之期難過。喜怒不擇輕重,一事無成;笑罵不查是非,知交斷絕。愛爭為盛世之戒,亂世之趨,故科學為競爭時代,主負氣不壽。自反為容量有智。飛揚者三十二歲止,迷昧者四十歲止,有悞於邪行故也。喜笑怒罵皆不查,其人驕妄,六親失睦,知交斷絕矣。
人と爭うを愛するは、縱い培植いよいよ多くとも、前程も亦た限りあり。凡事肯んじて躬を反えて自ら問うは、積蓄深厚し、眼下屈を受くるも將來能く伸べん。少年の時輕浮張揚のは、顔回の三十二歳のあの道の關を逃れ得ず。壮年の時魯莽昏昧のは、四十不惑のあの道の坎を過ぐる能わず。喜怒輕重を分かたざるは、一事成らず。笑罵是非を問わざるは、朋友斷絶す。作者の解説:爭うを好むは、太平世の裏に於ては応に戒むべきなり、乱世の裏に於ては卻って風氣と成れり、如今科學を講ずるは正に競爭の時代、ここの種の人は氣を負いで長寿ならず。肯んじて自我反省するは、是れ器量ありてまた智慧あるなり。張揚浮動のは三十二歳に止まり、昏昧糊塗のは四十歳に止まる、皆邪路に耽誤せられたるに因る。喜笑怒罵一概分辨を加えざるの人は、人と為りて驕横妄為し、六親和睦せず、知交も亦た斷絶せり。
濟人之急,亦有時乎貧乏,天將福矣;排人之難,亦有涉乎囹圄,神必佑之。凍餓休怨根基,造惡所致;瘟亡不由數,獲罪於天。甘受人欺,有子必然大發;常思退步,一生終得安閒。得失不驚其神,非富即貴而且壽;喜怒不形於色,成功立名亦有奸。無事失措倉皇,躬卑狹隘;有難欣然安穩,膽識寬宏。濟急排難,種善因也;造惡結凍餓之果,戕為瘟疫之源。能讓者有厚福,思退者得安全。得失不亂常度,主貴壽;怒喜不現形色,主權奸。
人の急難を救うは、自己時にまた貧乏あるも、それは是れ上天將に福を彼に賜わんとす。人に替りて危難を排解のは、自己時にまた牢獄に牽進するも、それは是れ神明必定彼を保佑せん。凍え餓うるに根基好からざるを怨む勿れ、それは是れ自己惡を造りて招來せるなり。瘟疫に死するも亦た全是れ命数にあらず、それは是れ上天を得罪せるなり。甘心して人の欺負を受くるは、兒子必定大發せん。常に退步を留下せんと想うは、一生終に安閑に帰せん。得と失と皆彼の神を驚動する能わざるは、富に非ざれば即ち貴、而且長寿なり。喜と怒と皆臉上に顕さざるは、雖能く功を成し名を立つるも、その中に亦有奸雄あり。事なきの時就ち慌張失措のは、是れ身分卑下・器量狹隘なり。難あるの時かえって從容安穩のは、是れ膽識寬宏なり。作者の解説:急を救い難を排すは是れ善因を種え下す。惡を造りて凍え餓うるの果を結ぶは、他人を戕害するは則ち瘟疫の源頭。肯んじて人に讓るは厚福あり、肯んじて退讓するは平安を得。得失常度を乱さざるは貴を主りて而且寿なり。喜怒色に形らざるは、則ち権臣あるいは奸雄を主る。
處事存心,終身介吉;果仁積德,五世其昌。人事可憑,天道不爽。如何餐刀飲劍?君子剛復自用,小人行險僥倖。如何投河自隘?男子才短蹈危,女子氣盛見逼。人乃於機,天巧於報施。故君子剛復自用,遇反動力大則危;小人行險僥倖,遇時機不合則凶。男子才短蹈危,當然有傾覆之故;女子氣盛見逼,當然有輕生之舉。
事を辦するの時心の裏に善念を存するは、終身皆吉利の中に在り。果決して仁を行い・陰徳を積累するは、五代皆能く昌盛せん。人事は靠り住む能う、天道も亦た從來差錯せず。何のため刀劍の下に死するの人あるや。君子剛愎自用し・小人険を行いて僥幸すに因る。何のため河に投じて自盡するの人あるや。男子は才具足らざるに険境を蹈み・女子は氣性太だ盛んにして人に相逼迫せらるるに因る。作者の解説:人は機巧の上に心を用い、天は報應の上になおさら巧なり。ゆえに君子剛愎自用すれば、一旦反彈の力量大に過ぐるに碰上れば即ち危険なり。小人険を行いて僥幸すれば、一旦時機合せざるに碰上れば即ち凶なり。男子は才短くして険を蹈む、自然傾覆の縁故あり。女子は氣盛んにして逼せられ、自然軽生の擧動あらん。
如何短折己身?出薄言,做薄事,存薄心,處處皆薄。如何凶災惡死?有陰行,多陰私,藏陰毒,種種皆陰。薄言喪口德而招非,薄事昧天良而結怨,薄心設機阱而害人,故夭壽。陰行含邪淫,陰私悖倫理,陰毒造危機,故罹尚。皆從邪妄發生,當然無好結果也。
何のため自己短命なるや。説くは刻薄の話、做すは刻薄の事、存するは刻薄の心、處處皆刻薄なるに因る。何のため凶災に遭い惡死するや。陰損の行徑あり・陰私の勾當多く・陰毒の心腸を蔵し、様様皆陰なるに因る。作者の解説:刻薄の話は口徳を喪い是非を招き、刻薄の事は天良を昧し怨仇を結び、刻薄の心は陷阱を設下して人を害す、ゆえに短寿す。陰損の行徑の裏は邪淫を含着し、陰私の勾當は倫常に悖逆し、陰毒の心腸は危機を製造す、ゆえに殃に遭う。これらは皆邪僻妄為より生出し、自然好き結果なし。
如何暴病而殘?縱慾奢情。如何毒瘡而危?肥甘膩凝。如何老後無嗣?性情孤僻。如何盛年喪子?心地欺瞞。縱慾自戕,故損其壽;肥膩爽口,故災其身。老後無子,一為孤僻之妄貪,一為悋財之邪行;盛年喪子,亦為悋慳欺心,不積德也。
何のため忽然急病を得て殘疾を落下するや。情を縱り欲を放ち・色欲に奢なるに因る。何のため毒瘡を生じて性命危に垂れるや。肥甘厚味喫し過多にして油腻凝滞するに因る。何のため老來後嗣なきや。性情孤僻なるに因る。何のため壮年子を喪うや。心地欺瞞なるに因る。作者の解説:欲を縱るは是れ自戕、ゆえに寿数を折損す。肥膩は雖口に爽なれど、卻って身體に災を招く。老來子なきは、一種は孤僻の中に妄貪を帯び、一種は財を吝むの外になお邪行あり。壮年子を喪うは、亦た慳吝欺心・徳を積むを肯んぜざるに因る。
如何多遭火盜?刻薄為懷。如何時犯官符?強梁作膽。如何端揆首輔?常懷濟物之心。如何拜相封侯?獨挾蓋世之氣。刻薄者,有天災以報之,火盜乃輕重也;強梁者有橫禍,故以官符累之。濟物利人,氣挾蓋世,皆大貴之格也。
何のため屢々火災盗劫に遭うや。心の裏に刻薄を存するに因る。何のため常に官非を犯すや。蠻横を憑りて膽量と做すに因る。何のため宰輔重臣を做る能うや。心の裏に常に世を濟い物を利するの念頭を存するに因る。何のため相を拜し侯を封ぜらるる能うや。獨り蓋世の氣概を懐抱するに因る。作者の解説:刻薄の人は、上天災禍を用いて以て彼に報應す、火災と盗劫とは不過軽重の別。蠻横の人は本より横禍あり、ゆえに官司を用いて以て彼を拖累す。能く物を濟い人を利し・氣當世を蓋うに至っては、皆是れ大貴の格局なり。
何知金馬玉堂?動容清麗。何知建節擁牙?氣慨凌霄。何知丞薄下吏?量平膽薄。何知明經教授?老近行尸。何知苗而不秀?非惟愚蠢更荒唐。何知秀而不實?蓋謂自賢兼短行。量平而不剛決,膽薄而不勇進,故僅常貴而止。凡以教授職終者,老近行尸頗驗。愚蠢荒唐,乃偏好而惑邪;自賢每行,乃中止而驕傲。此皆希夷之精深處也。
どうして一個人の能く金馬門に入り・玉堂に登りて位清要に居るを知るや。彼の擧止清雅秀麗を看よ。どうして彼の能く節を持し旗を掌りて・外に於て兵を統するを知るや。彼の氣概高く雲霄を凌ぐを看よ。どうして彼のただ縣丞主簿の一類の小吏を做るのみなるを知るや。彼の器量平平・膽識単薄を看よ。どうして彼のただ經學を以て一個の教授を做るのみなるを知るや。彼の老來神氣行尸に近きを看よ。どうして彼の是れ《論語》の説く所の「苗にして秀でず」なるを知るや。それは不但愚蠢のみ、なおさら行事荒唐を兼ねる。どうして彼の是れ「秀でて實ならず」なるを知るや。それは是れ自ら以て賢能と為して徳行虧あるなり。作者の解説:器量平常なれば便ち剛斷する能わず、膽識単薄なれば便ち勇進する能わず、ゆえに至多尋常の官貴に做るに至るを止む。凡そ教職を以て終身するの人は、老來形容枯槁して行尸のごとし、ここの一条は相當應験す。愚蠢荒唐は、是れ偏執して好む所を受けて邪説の迷惑を受くるなり。自ら以て賢と為すは、是れ半途にして廃し加うるに驕傲するなり。これらは皆陳希夷の精深人に過ぐるの地方なり。
若論婦人,先須靜默;從來淑女,不貴才能。貌有威嚴,當膺一品之封;時少修飾,能掌萬金之重。女格古法以靜默為主,坤道宜柔之意,女子無才便是德。今世反此,但取美麗,不問淫蕩;但取才智,不問剛亂。希夷之法,不為用也。
女子の相を論ずるは、先ず彼女の安靜寡言なるや否やを看るを要す。古より以來の淑女は、併せて才能を以て長を見ず。容貌威厳を帯ぶは、応に一品の封誥を受くべし。平時甚だ粧飾少なきは、能く萬金の家業を執掌せん。作者の解説:女子を相するの古法は靜黙を以て主と為し、坤道柔に宜しきの意思を取る、いわゆる「女子才なければ即ち是れ徳」。今天の風氣は正相反す:ただ美麗を取りて、淫蕩なるや否やを問わず。ただ才智を取りて、剛強紛乱なるや否やを問わず。陳希夷のここの一套の法度は、今天に於て已に適用せず。
多言好勝,縱然有嗣必傷身;孝弟慈良,不特助夫而旺子。貧苦中毫無怨言,兩國褒封;富貴時常惜衣糧,滿堂榮慶。好勝之人,量狹心窄,負氣而病,何能旺子;孝慈之人,器大量寬,當然助夫與家,強身旺子。貧苦不怨,富貴不驕,皆婦德而賢,近世尚浮華,否則土俗矣。
話多くして勝を好むの女子は、縱い子嗣あるとも必定身を傷つけん。孝順慈良の女子は、不但能く丈夫を助け、なお能く子息を旺えん。貧苦の中毫も怨言なきは、能く両國の褒封を得ん。富貴の時なお衣食を愛惜のは、一門榮慶堂に満たん。作者の解説:勝を好むの人は器量狹窄・心地促狹、動もすれば氣を負いで病と成り、どうして子を旺にする能わんや。孝順慈良の人は器量宏大、自然能く丈夫を幇け・家業を興し、自身強健にして子息興旺す。貧苦して怨を生ぜず・富貴して驕矜せざるは、皆是れ賢徳の婦人の様子。ただ近世浮華を崇尚し、ここの一路に合せざるは、かえって人に土氣俗氣と看作せらるるなり。
奴婢成摹,定是寬宏待下;資財盈庫,決然勤儉持家。娨婦多因性垢,老後無歸;奚婆定是情乖,少年浪走。寬宏不如富貴,勤儉不如陰險,此衰世與盛世不同。性垢不損人便損己,故有無歸之說;乖戾家不和而親又疎,故有浪蕩之舉。
家中奴婢群を成して各々規矩あるは、主母一定是れ寬宏にして下を待す。錢財庫房に裝満せるは、主母一定是れ勤倹にして家を持す。棄婦と做るは多半性情污濁なるに因り、老來歸するの處なし。老媽子に淪為するは必是れ情性乖張、年輕の時より外に於て浪蕩せり。作者の解説:衰乱の世に到れば、寬宏は富貴に比べ上がらず、勤倹は陰険に比べ上がらず、これは正に衰世と盛世との不同なり。性情污濁の人は人を損うに非ざれば即ち己を損う、ゆえに老いて歸する所なきの説法あり。性情乖戻の人は家裏和せず・親戚も亦た疎遠す、ゆえに外に於て浪蕩するの擧動あり。
為甚欺人?顯然淫亂。緣何無子?暗裡傷人。淫婦之心最毒,亂婦之心最惡,故有欺人手段,蓋持其美而驕其才;暗裡傷人,刑夫又刑子女。合觀前論,歷試無差;勉教後來,猶期善變。信手骨格部位,相輔而行;允矣血氣精神,由是而顯。如其善而守之,上添花;如其惡而不為,禍轉為福。
何のため公然人を欺くや。それは是れ明に擺れたるの淫乱なり。何のため子嗣なきや。それは是れ暗中人を傷つけたるなり。作者の解説:淫婦の心は最も毒し、乱婦の心は最も惡し、ゆえにこそ人を欺くの手段あるなり——彼女らは自己の美貌を仗り・自己に才有るを驕矜す。暗地裏人を傷つくるは、既に丈夫を刑剋してまた子女を刑剋す。以上の各条合せて看れば、屢試して差えず。寫し出して以て後人を勉勵し、なお彼らの能く惡を改め善に從わんを盼う。骨格と部位とは手を隨いて按ずる能く、彼此相輔して行う。血氣と精神とは確實に此に由りて顕露し出づ。若し本来是れ善にして能く守れば、それは是れ錦の上に花を添う。若し本来是れ惡にして能く做らざれば、禍も亦た能く轉じて福と為らん。
公篤曰:希夷者,大華山之隱士也,姓陳名搏,字圖南,為五代末時人。其性命學繼呂祖之道統,風鑑受麻大之真傳。當宋太祖即位時,曾宣入朝相帝,賜以官不受,故賜號希夷,復歸於華山也。按希夷之法,言心不言相,故名心相篇,宣傳聖賢之禮教,發揚善惡之因果,含有老子之禍福無門、為人自招之義。
陳公篤曰く:希夷先生は是れ華山の隱士、姓は陳・名は摶・字は圖南、五代末の人。彼の性命の學は呂洞賓の一脈の道統を承接し、相を看るの本事は麻衣道者の真傳を自得せり。宋太祖位に即くの時、曾て彼を朝廷に召して皇帝のため相を看せしめ、官を彼に賜わんと要せしも、彼は受け肯んぜず、因りて「希夷」の号を賜い、仍旧華山に回り去れり。彼のここの一路の法門はただ心を講じて相を講ぜず、ゆえに篇名は《心相篇》と作し、用意は聖賢の禮教を宣揚し・善惡の因果を闡發するに在り、その中に老子の「禍福門なく、ただ人自ら召す」の意思を含着す。ゆえにここの一篇は通篇論ずるは存心と行事、前面の各章の専ら部位氣色を講ずるの路数と併せて相同ぜず。
余考盛世天道淳厚,尚道德禮義,而繩人以善,正也;亂世天道澆薄,尚陰險詐,而迫人以貪,權也。故管子云:衣食足而知禮義。太史公云:竊鉤者誅,竊國者侯,候之門,仁義存。由是觀之,生活為立身之本,潮流為人事之變。
我考察す:太平の世は天道淳厚、社會は道德禮義を崇尚し、善を用いて以て人を約束す、これは是れ「正」。乱離の世は天道澆薄、社會は陰険詭詐を崇尚し、貪を用いて以て人を逼迫す、これは是れ「権」。ゆえに《管子》説く、衣食充足してこそ禮義を知る。太史公司馬遷は《莊子・胠篋》の話を引きて説く、帯鈎を偸むの人は死を處せられ、國を竊むの人はかえって諸侯を做り、諸侯の門に、仁義は即ちあれに在り。此に由りて看れば、生計は是れ身を立つるの根本、時代潮流は則ち人事變化の縁由なり。
盛世儉樸,其耗費不多,財源日豐,人心容易規正,用希夷之法可也,其法有益於風化故也。亂世浮奢,其耗費既多,財源日竭,人心飄搖顧忌,事實險詐百出,而不本乎禮義者,環境惡劣,逼迫而使之然也,其法既不為用。餘猶全錄者,此心相篇可抵朱子格言,以道德立網,以禮義立法,其意在規過遷善耳。餘有二語,為立身社會之必要:害人之心不可有,防人之心不可無,執中可也。
太平の世は風俗倹朴、耗費多からず、財源日に漸く豊厚し、人心正路に導き上げ易し、ここの時は希夷のここの一套の辦法を用いて即ち行けり、それは風俗教化に有益あるに因る。乱離の世は風氣浮奢、耗費既に多く、財源日に漸く枯竭し、人心飄搖にして處處顧忌し、實際詭詐百出し、人々礼義に依りて事を行うを肯んぜず、それは是れ環境惡劣・逼り出づる所なり、希夷のここの一套は便ち用上がらず。我仍旧それを全篇照らして錄するは、ここの篇の《心相篇》は一部の《朱子格言》に抵え得るに因る:道德を拿りて綱と作し・禮義を拿りて法を立つ、用意全て人を勧めて過を改め善に向かわしむるに在り。我別に両句の話あり、是れ身を社會に立つるの必須する所:人を害するの心有る可からず、人を防ぐの心無る可からず——ここの中道を守れば即ち好し。
柳莊訣
眉起骨,髮燕尾,主刑子息。古法云:頭無惡骨。按眉尾起骨,為外財庫;眉頭起骨,主貴而刑昆仲。此言刑子,頗不合法。髮燕尾,主刑父母幼孤,亦不刑子。如為刑剋二字可也。
眉骨凸起・髮際燕尾の形状を生成するは、子息を刑剋するを主る。作者の辨析:古法説く頭の上に惡骨なし。眉尾の處に骨を起こすに按ずれば、それは是れ「外財庫」。眉頭の處に骨を起こすは、貴を主りて兄弟を刑剋す。ここに子を刑ると説くは、甚だ法度に合せず。髮際燕尾形を作るは、父母を刑剋して幼年孤苦を主り、亦た子を刑るを主らず。若しただ籠統に「刑剋」の両個字を寫せば、卻ってなお説き過ぎ得。
肥人面赤,主性姤心凶;瘦人髮黃,主奸貪暗殺。肥人以肉浮肉流為賤,面赤主邪行冷退,及好酒痔血刑剋之類。如性姤心凶,多出眉儂粗、目晴凸。其肥人面赤,主憂柔妄貪,讒諂徇私。瘦人為木局,以清秀為合格,髮黃者刑人丁而勞碌,多出愚而孤。其奸貪暗殺,均不合法。
肥胖の人満面赤色のは、性情妒忌・心地凶狠を主る。清瘦の人頭髮黄を發するは、奸貪にして暗中人を害するを主る。作者の辨析:肥人は肌肉浮泛松流を以て賤格と為す、面赤は行為邪僻にして運途冷退、および酒を嗜み・痔を患えて血を出し・刑剋の類を主る。若し性妒心凶と説かば、多半は眉毛濃粗・眼珠凸出の人の身上に出づ。肥人面赤は、實際性情優柔にして妄に貪り・讒言を進め好み・諂媚して私を徇するを主る。瘦人は木局に属し、清秀を以て合格と為す、頭髮黄を發するは家中人丁を刑剋して而且労碌し、多半は愚鈍孤僻の一類より出づ。彼の奸貪暗殺を説くに至っては、皆法度に合せず。
有頭無項,三十前死。此條合法。頭大項小為不配,故不壽。凡人低頭,天柱斷折,亦主貧夭,三十為交中界限故也。男人睛黃,性多急燥,再露者,犯刑名。睛黃多剛勇,盛世有倉猝之失,亂世為臨險而發。再露而有威者,皆大貴也;露而不收者,主刑剋與危險驚災,不善後也。
頭ありて幾ど脖子を見ざるのは、三十歳以前に就ち死す。作者はここの一条法度に合すと説く:頭大にして脖頸細小なるは、是れ相配せず、ゆえに長寿ならず。凡そ頭を低くするを習慣とするの人は、「天柱」折断のごとし、亦た貧窮短命を主る。三十歳は正に前運より中運に交え入るの界限なり。又た説く男子の眼珠黄を發するは、性情多半急躁、若し眼珠再び外露せば、刑罰を觸犯せん。作者の辨析:眼珠黄を發するの人は多く剛強勇武、太平の世に於ては倉卒失手の失あらん、乱世に於てはかえって能く険に臨みて發迹せん。眼珠外露にして威厳を帯ぶは、皆是れ大貴の相。外露にして神光収め得住せざるは、こそ刑剋および危険驚災・事尾を収め得ざるを主る。
男人眼大,常招陰人口舌。眼大者,妻頗賢淑;再浮白,性情乖戾,偏傲不常。其陰人口舌,指妯娌不睦耶?指內戚失和耶?或指遊蕩狎妓,而生口舌耶?
男子眼睛大なるは、常に女人の方面の口舌是非を招來す。作者の辨析:眼睛大の人は、妻子相當賢淑なり。若し眼白再び浮多ければ、性情即ち乖戻し、偏執驕傲にして反復常なし。いわゆる「陰人口舌」に至っては、究竟是れ妯娌の間の和睦せざるを指すか、それとも妻族親戚の失和を指すか、又或者は外に於て游荡して妓を狎し因りて是非を生出すを指すか——原文未だ説き明白せず。
髮深者好淫,有結喉者惡夢,男女皆同。髮深好淫不確。按淫亂,神麗而流,色豔桃花,穀道多毛之例。髮深者氣厚,淫與不淫,不在此也。結喉招惡夢較驗,主勞碌亦合法。
頭髮濃密の人は淫を好み、喉結突出の人あるは常に惡夢を做す、男女皆是れ一樣。作者の辨析:頭髮濃密なれば即ち淫を好むと説くは併せて確實ならず。淫乱を断ぜんと要せば、眼神艷麗にして流蕩・面色艷なること桃花のごとし・肛門周圍毛多きのここの一類の徵象を看るを得。頭髮濃密はただ元氣厚きを説明するのみ、淫と不淫とは併せてここの上頭に在らず。喉結突出惡夢を招くのここの一条は比較的應験し、それの労碌を主るを説くも亦た法度に合す。
耳珠生黑子,有水驚之災;男女捲髮,犯淫犯刑。耳珠黑病,主聰明奇技之專長,亦主水災應驗頗多。按男女捲髮,主刑人丁而愚拙;如淫亂,則兼有他部方驗。
耳垂の上に黒痣を生ずるは、水に落ち驚を受くるの災あり。男女頭髮卷曲のは、淫を犯し亦た刑を犯す。作者の辨析:耳垂の上の黒痣は、ここの人聡明にして一技の奇長あるを主る、水災の上に応ずるに至っては、験案も亦た確實に少なからず。男女卷发のは、家中人丁を刑剋して而且天資愚拙を主る。若し淫乱を断ぜんと要せば、なお兼ねて別の部位を看てこそ準なり。
項後髮腳高肉如堆,眼深鬚黃,俱犯人命。項後高肉,主壽而剛;眼深主刑妻妾子女;鬚黃主刑剋駁雜。此言人命,頗不合法。犯人命者,神驚岔而浮四白,聲破而赤縷也。
後頸の髮脚の處に高く一団の肉を堆起し、加うるに眼窩深陷・胡鬚黄を發するは、皆人命を鬧し出さん。作者の辨析:後頸の肉高きは長寿にして性剛なるを主る。眼窩深陷は妻妾子女を刑剋するを主る。胡鬚黄を發するは刑剋にして運途駁雜を主る。原文の人命案を犯すと説くは、甚だ法度に合せず。真正に人命を出だすの相は、眼神驚乖にして四周に白眼を浮出し・声音破散にして眼中に赤色の血絲を帯ぶなり。
目不轉睛,上下左右視者,俱主做。目不轉睛主偷盜,上視主驕傲,下視主險詐,左右視主邪淫奸貪。此言均主做,亦不合法,分而言之可也。眉重耳低,多是偏生庶出;婦人仰面,多有姦淫。庶出多應髮低岔,鬢曲突。耳低為附帶之品,眉重為憂愁之例,不能完全認為庶出。婦人仰面,多慕虛榮及驕傲,加以神浮、三陰青黑,方淫而奸。
眼睛を盯住して動かざる、および上に・下に・左右に斜めに看るは、皆盗偸を主る。作者の辨析:目を轉を轉ぜざるは盗偸を主り、上に向かいて看るは驕傲を主り、下に向かいて看るは陰険狡詐を主り、左右に斜めに看るは邪淫奸貪を主る。原文一概に盗偸と斷ずるは、法度に合せず、応に分かちて説き來してこそ對なり。又た説く眉毛濃重・耳位偏低のは、多半是れ庶出。婦人の臉を仰ぐは、多く奸淫の事あり。作者の辨析:庶出は多半髮際低くして參差・鬢角彎曲突出の上に応ず。耳低はただ附帯の徵象、眉重は是れ憂愁の表現、一概に庶出と斷ずる能わず。婦人の面を仰ぐは、多半是れ虚榮を愛慕して而且驕傲、なお兼ねて眼神浮蕩・三陰部位青黑を加上して、こそ又た淫にして又た奸と斷じ上がる。
身大手小不聚財,身小手大多下愚。凡形格以勻配為吉,此言不配也。身大手小主儒弱而怠惰,身小手大主勞碌而愚拙,此言其大體如是也。沙皮多起家,蛇皮多敗家。沙皮為沙點雞皺皮,寒暑皆然,主白手興家;蛇皮細膩冷滑,主刑剋冷退,女格最忌而賤也。
身軀大にして手小なるは財を聚め得住せず、身軀小にして手大なるは多半是れ下愚。作者の解説:凡そ形格を看るは總て彼此勻稱相配を以て吉と為す、ここの両句の講ずるは正に不相配。身大手小は性情懦弱にして怠惰を主り、身小手大は一生労碌にして愚拙を主る——大体は即ちこもなり。又た説く皮膚沙のごときは多く能く家を興し、皮膚蛇のごときは多く家を敗らんと要す。いわゆる「沙皮」は、沙点を帯び・雞皮のごとく皺を起こすの皮膚、冷天热天皆然なり、白手にて家を興すを主る。いわゆる「蛇皮」は、細膩にして冷滑の皮膚、刑剋にして運途冷退を主り、女相の裏に於て最も忌み、下賤の格に属す。
面大婦人多不孝,睛圓女子定妨姑。面大婦人有厚福居多,其肉浮主冷退,肉緊主夭亡,不孝則神急口吹方應。睛圓主氣疾夭壽,如髮低鬢突,則刑父母尤早。
臉大の婦人は多半是れ不孝、眼珠圓の女子は一定婆婆を妨剋す。作者の辨析:臉大の婦人は多半是れ福澤深厚。若し肌肉浮松なれば則ち運途冷退を主り、肌肉緊綳なれば則ち早夭を主る。不孝を断ぜんと要せば、なお彼女の眼神急躁・嘴形吹火のごときを看て、こそ応え上がる能う。眼珠圓は氣病にして寿短を主り、若し再び髮際低・鬢角突出を加上せば、則ち父母を刑剋すること格外早く來る。
腳肚小,背坑陷,一生無祿;目紅語結,好色無穹。腳肚,即股肱無包,主困苦;背脊坑陷,主虛花無壽。二者合有,主孤苦夭亡。目紅者,赤縷耶?赤光耶?語結者,心不定。二者合有,主駕疑妄舉。好色之說,或指北方人而言耶?
小腿肚瘦小・背脊凹陷のは、一生禄食なし。眼睛紅を發し・説話結巴のは、色を好むに止境なし。作者の解説:いわゆる「脚肚」は、即ち小腿の上に包み得住せざるの肌肉、一生困苦を主る。背脊凹陷は虚にして表あるのみにして長寿ならざるを主る。両様皆あるは、孤苦にして早亡を主る。「目紅」に至っては、究竟是れ眼中の赤色血絲を指すか、それとも目の赤光を透るを指すか、原文未だ説き清めず。「語結」は是れ心の裏定まらざるなり。両様皆あるは、猜疑にして擧動妄為を主る。色を好むのあの一説に至っては、あるいは北方人に就いて言うなるか。
眼大小,須偏斜,俱主懼內;夢話之人,需多妄語。眼大小,主有不同母之弟兄;須偏斜,主子女之分。或指北方人懼內耶?或明時天道多驗此耶?夢話多妄語有之,余考多憂慮及勞碌也。
両眼一大一小・胡鬚一辺に偏向のは、皆老婆を怕るるを主る。夢話を説くの人は、多半實ならざるの言を講ずるを愛す。作者の辨析:両眼一大一小は、異母の兄弟あるを主る。胡鬚偏斜は、子女の上に分別あるを主る。老婆を怕るるの一説に至っては、あるいは是れ北方人の情形を指すか、又或者は是れ明代のあの時の天道多くここの一条に應験せしなるか。夢話を説くの人の妄語を講ずるを愛するは、確かにその事あり。ただ我が考驗に据るに、ここの種の人はなおさら多く心中の憂慮重く・身上の労碌多し。
女人汗多主勞苦,無汗無子,汗香主子貴,汗濁主子賤。女人以血為主,汗為血之餘也。汗多主夫弱而刑剋,汗香子貴,汗濁子賤,無汗無子。此條為柳莊最驗,深得古法也。
女子汗多きは一生労苦を主り、汗を出ださざるは子嗣なし、汗氣清香のは兒子顯貴、汗氣渾濁のは兒子低賤なり。作者の解説:女子は血を以て本と為し、汗は是れ血の余氣。汗多きは丈夫身弱にして刑剋を受くるを主る。汗香なれば則ち子貴し、汗濁なれば則ち子賤し、全く汗なければ則ち子なし。ここの一条は是れ柳莊相法の中の最も靈験、古法の精義を深得せり。
小兒咬齒妨母,開口睡者難養,男女關中不起,主邪惡夢魔迷惑。小兒咬齒,主疳疾,飲食停聚;開口睡者,先天氣洩也。關者,手上關骨也,關骨不起,主性愚,其邪惡之夢亦宜。自言自語,鬼迷壽夭;奸門十字紋,夫妻不睦。自言自語,主神經激刺,冷退敗家,惡疾而亡,非鬼迷也,柳莊以北方多狐邪而言之耶?奸門十字紋,主生離,豈止不睦而已。
小孩睡中に牙を磨くは母親を妨剋し、嘴を張りて睡るは養活し難く、男女の手上「關」位起こらざるは、常に邪惡の惡夢を做し・魘魔の迷惑を受くるを主る。作者の解説:小孩の牙を磨くは是れ疳積の疾、飲食積滞して化せざるなり。口を張りて睡るは是れ先天元氣の外泄。いわゆる「關」は、手上の關骨を指す。關骨起こらざるは、天性愚鈍を主り、彼の多く邪惡の夢を做すを説くも亦た講じ通る能う。又た説く自言自語の人は鬼に迷住せられて短命し、奸門に十字紋を生ずるは夫妻和睦せず。作者の辨析:自言自語の人は是れ神經の刺激を受けたるなり、運途冷落・家業敗落を主り、最後に惡疾に死す、併せて何の鬼迷なるにあらず。柳莊こも講ずるは、大概北方多く狐仙作祟の説法を傳うるに因るか。奸門に十字紋を生ずるは夫妻生離を主る、どうしてただ和睦せざるのみならんや。
女顴高大,能理家財;目中有痣,男主聰明,女主淫亂。女子顴高大,其人多才智,而代夫權,然主刑夫,或夫弱。目中有痣,主聰明而貴,痼疾而仇,男女皆然,女主刑剋,不主淫亂也。耳薄鼻樑低,嘴,胸堂凸,奴婢之格。此皆下賤之格:耳薄者,父母無靠;鼻樑低者,夫星困苦;口者,六親失和;胸堂凸者,性毒命否,故均微賤也。
女子の顴骨高大のは、能く家中の財物を料理せん。眼中に痣を生ずるは、男子は聡明を主り、女子は淫乱を主る。作者の辨析:女子の顴骨高大のは多く才智ありて、能く丈夫に代わりて権を掌る、しかるにもまた丈夫を刑剋するを主り、あるいは丈夫身弱なり。眼中に痣を生ずるは聡明にして顯貴を主り、同時に亦た痼疾あり・仇怨を結ぶを主り、男女皆是れ一樣。女子に於ては則ち刑剋を主り、併せて淫乱を主らず。又た説く耳薄・鼻梁低・嘴形正ならず・胸口凸出は、これは是れ奴婢を做るの格局——嘴形を形容するのあの字は、底本已に缺失せり。作者の解説:これらは皆是れ下賤の格:耳薄は、父母靠り住む能わず。鼻梁低は、丈夫のここの一星困苦す。嘴形正ならざるは、六親和せず。胸口凸出は、性情狠毒にして命運閉塞す——ゆえに皆微賤に属す。
少者神散即死,老者項幹即死;女人唇白即病,唇青即死;小兒眼黑,十無一大;男子頭低,百無一成;婦人唇白,十無一子。此數句為柳莊精神,用之頗驗。按小兒神黑,餘疑為神浮之誤。女子以血為主,故唇紅者血旺而有子;唇白唇青,皆主疾厄不壽,何子之有。
年輕の人は眼神一たび散ずれば即ち死せんと要し、老年人は脖頸一たび乾枯すれば即ち死せんと要す。女人は嘴唇白を發すれば即ち病せんと要し、青を發すれば即ち死せんと要す。小孩の眼神昏黑のは、十個の裏長た大ざる一個。男子の頭を低くして路を走るは、一百個の裏成らざる一個。婦人の嘴唇白を發するは、十個の裏子ある一個なし。作者の解説:ここの幾句は是れ柳莊相法の精神の所在、用うれば相當靈験す。「小兒眼黑」に至っては、我は「神浮」の誤ならんと疑心す。女子は血を以て本と為す、ゆえに唇色紅潤のは血旺にして子あり。唇白・唇青のは皆多病不寿を主る、どうしてなお子息に談ずる得上がらんや。
眉生毫主壽。余考眉毫為憂愁而生,雖壽亦勞,非壽而有福也,故餘分朝上主刑剋,朝下主憂愁。耳白唇紅主子貴,老來好色主壽。耳白唇紅,主貴名而多祿,子貴又其餘事也。老來好色,主大壽,亦多子女。餘見七十餘之老人,尚有生育子女者,蓋因稟受之氣厚故也。
眉の上に長毫を生出するは長寿を主る。作者の辨析:我が考究に据るに、眉毫は是れ憂愁に由りて生ぜる、縱令長寿するも労碌し、併せて又た寿にしてまた福あるにあらず。ゆえに我それを分かちて以て断ず:毫毛の上に朝るは刑剋を主り、下に朝るは憂愁を主る。又た説く耳色白・唇色紅は子孫顯貴を主り、人老れてなお色を好むは長寿を主る。作者の解説:耳白唇紅は自身に貴名ありて禄食豊厚を主り、子孫顯貴はなお其次に在り。老來色を好むは大寿を主り、亦た子女多し。我七十歳余の老人のなお能く子女を生育するを見たり、正に彼の禀受するの元氣厚きに因る。
老人落鬚主刑子,老人不落髮主勞碌,女格老不落髮主淫而孤。此皆一偏之見,或北方情形不同。余考老人落鬚,主隱憂不遂;老不落髮,主勞碌刑剋;女不落髮,主壽。此言淫孤均不驗,或有他格相併也。
老人の胡鬚脱落のは兒子を刑剋するを主り、老人の頭髮脱落せざるは一生労碌を主り、女子老れて頭髮脱落せざるは淫蕩にして孤獨を主る。作者の辨析:これらは皆是れ一偏の見、あるいは北方の情形南方と同じからざるか。我が考究に据るに:老人の鬚を落つるは、心中の隱憂舒展する能わざるを主る。老いて髪を落とさざるは、労碌にして併せて刑剋あるを主る。女子老いて髪を落とさざるは、長寿を主る。原文の淫を説き・孤を説くは、皆應験せず、別に別の凶格併せて見ゆるに非ざれば、こそあの樣に断ずる能う。
承漿無髯又坑陷,主水驚。此條合法。承漿為水行之專部,故驗水災。如氣色黑慘,主水災之時;如紅黑青各色混合,主血光瘡毒,或酒病之厄。女人口唇,下包上主口舌,上包下主心惡毒。口唇為相法之小部,關係衣祿。下包上者刑母,上包下者刑父。唇不固齒者多口舌。包者有餘與不足,主悋而見小也。
下唇の下方の「承漿」の處に胡鬚を生ぜずしてまた凹陷のは、水に落ち驚を受くるを主る。作者はここの一条法度に合すと説く:承漿は是れ水行の専属の部位、ゆえに水災に應験す。若しあれの處の氣色黑惨なれば、即ち是れ水災發作の時。若し紅・黑・青の幾種の顔色混雑なれば、則ち血光瘡毒・あるいは酒に因りて病を致すの厄を主る。又た説く女人の嘴唇は、下唇上唇を包住するは口舌是非を主り、上唇下唇を包住するは心地惡毒を主る。作者の解説:口唇は相法の裏に於てはただ小部位、衣禄に關係す。下上を包むは母親を刑剋し、上下を包むは父親を刑剋す。嘴唇の牙齒を蓋い得住せざるは口舌多し。一唇の別の一唇を包住するに至っては、正に一辺有余・一辺不足、ここの人慳吝にして眼光短小を主る。
男子髮粗犯刑,女子髮粗刑夫克子。男子髮粗,主勞碌厚及愚拙;女人髮粗,主刑傷憂愁,前業見耗,又有半數流落下賤也。色如粉如雲莫言好,恐招重刑;六指妨父而下賤。氣色以明潤天紫為吉。粉者,浮光也;雲者,散漫也。粉光浮出,主刑人丁及疾厄;故漫不聚,主虛浮多累及冷退。六指妨父頗驗,其下賤當另有他部不好,力應驗也。
男子の頭髮粗きは刑罰を犯さん、女子の頭髮粗きは夫を刑し子を剋す。作者の辨析:男子の髮粗きは、労碌にして氣質厚重を主り、亦た愚拙を主る。女子の髮粗きは、刑傷憂愁を主り、先人の産業耗散し、なお一半の人は下賤の境地に流落せん。又た説く氣色粉を敷くがごとく・浮雲のごときは好しと説く勿れ、重刑を招かんと恐る。六指を生ずるは父親を妨剋して而且下賤なり。作者の解説:氣色は明潤にして紫を帯ぶるを以て吉と為す。「粉」は是れ表面に浮かぶの白光、「雲」は是れ散漫にして聚まらず。粉光浮出のは、家中人丁を刑剋して併せて疾厄あるを主る。散漫にして聚まらざるは、人と為りて虚浮・拖累多くして運途冷退を主る。六指の父を妨ぐのここの一条は相當應験す。下賤を説くに至っては、それは必ず別に別處の部位好からざるありて、こそ應験し上がる能う。
身白面黃不久困,身黃面白不久榮,陰囊無皺無紋主絕嗣。身白面黃者,外濁內清也;身黃面白者,外清內濁也,故有不久困、不久榮之說。下陰無皺者不壽,無紋者無子,皆驗。女人無指甲主愚,臍薄不好,臍生毛主淫賤。女人無指甲之說,繫不長耶?或易斷耶?臍以兩角上仰者,主子貴;薄之關係較輕。臍生毛主急燥及惡疾,亦為淫而不賤也。
身上の膚色白にして面色黄のは、困頓久しからざらん。身上の膚色黄にして面色白のは、榮顯久しからざらん。陰囊の上に既に皺摺なくまた紋路なきは、後を絶つを主る。作者の解説:身白にして面黄のは、是れ外濁にして内清。身黄にして面白のは、是れ外清にして内濁、ゆえに一個は困りて久しからず・一個は榮えて久しからずの説法あり。下陰皺摺なきは長寿ならず、紋路なきは子なし——ここの両条は皆應験す。又た説く女子指甲なきは愚鈍を主り、肚臍浅薄は好からず、肚臍周圍に毛を生ずるは淫にして而且賤を主る。作者の辨析:女子指甲なしと説くは、究竟是れ指甲長じ出づる能わざるか、それとも折れ断え易きか、原文未だ講じ明かさず。肚臍は両角上仰のを以て好しと為し、子孫顯貴を主る。臍浅薄のここの一層の關係は比較的軽し。肚臍に毛を生ずるは性情急躁にして併せて惡疾を生じ易きを主る、亦たただ淫と算えるのみ、賤と算え上がらず。
周心有赤脈者,男主富,女主貴。心部外為亶中之地。赤脈直生乎?橫生乎?或圓繞乎?男主富不驗,或主美術之奇技;女主貴不驗,或主多子女也。人長手短,百無一成;魚尾上天倉,白手成立。人長為木形,多主聰明;手短為不配,當然有不足之勞碌。魚尾上天倉,主妻強而持家,或發妻財,有好內助故也。女人牙齒朝外妨父母,朝內刑子女。門牙上楞生者妨父,下楞生者刑母,朝外或為楞生乎?牙齒錯亂,不齊不勻,主刑子女及勞心,朝內或為錯亂乎?
心口の周圍に赤色の脈絡あるは、男子は富を主り、女子は貴を主る。作者の辨析:心臟の外面に對應するは是れ「膻中」のここの块の地方。しかるにあの赤脈は是れ豎りて長ずるか、橫りて長ずるか、それとも一圏を圍成するか、原文併せて説明せず。男子の富を主るのここの一条は應験せず、卻って彼の技藝美術の上に奇特の専長あるを主る可し。女子の貴を主るのここの一条も亦た應験せず、卻って彼女の子女衆多を主る可し。又た説く身材高くして手臂短きは、一百個の裏成らざる一個。魚尾紋の天倉に挿上するは、能く白手にて家を起こさん。作者の解説:身材高きは木形に属し、多半是れ聡明を主る。手短ければ便ち是れ不相配、自然分量不足の致す所の労碌を帯ぶ。魚尾紋の天倉に挿上するは、妻子強干にして能く家を持つを主り、あるいは妻家の財を得る、それは彼の一個の好き内助あるに因る。再び説く女子の牙齒外に向かいて龅るは父母を妨剋し、内に向かいて収むるは子女を刑剋す。作者の辨析:門牙は上面より重ねて長じ出づるは父親を妨剋し、下面より重ねて長じ出づるは母親を刑剋す、原文の説く「外に朝る」は、あるいは即ちここの種の重ねて生ずるを指すか。牙齒錯乱・長ずること斉えず勻えざるは、子女を刑剋して併せて心を労するを主る、原文の説く「内に朝る」は、あるいは即ちここの種の錯乱を指すか。
女人面黑身白主貴,面班身青主賤。面黑身白,即上之外濁內清乎,此為含蘊而藏,故主貴而多祿;面班主冷退,身青主勞碌,此古法之為用也。女格瘦而唇紅主多子,瘦而唇白主不壽。口唇為丹田之外表,故血足之人,唇必紅如塗朱,其子女最多而貴;唇白血不足,故多疾厄,而壽亦弱,子女亦少,此為女格之忌也。
女子の面色黑にして身上の膚色白のは貴を主り、面上に斑を生じて身色青を發するは賤を主る。作者の解説:面黑身白は、即ち前面の説く所の外濁にして内清、これは是れ含蓄にして能く収蔵す、ゆえに貴を主りて禄食豊厚なり。面上に斑を生ずるは運途冷退を主り、身色青を發するは一生労碌を主る——これは是れ古法の用處。又た説く女子の身瘦にして唇色紅のは子女多きを主り、身瘦にして唇色白のは長寿ならざるを主る。作者の解説:口唇は是れ丹田氣血の外に在るの表徵、ゆえに血足るの人は嘴唇必定朱砂を塗りたるがごときの紅、ここの種の人は子女最も多くして而且顯貴なり。唇色白を發するは是れ血足らず、ゆえに病多く災多く、寿数も亦た弱く、子女も亦た少なし——これは是れ女相の忌諱する所なり。
黃面婦人多好色,唇青唇白決無兒。黃面好色之說不確。余考好色,為桃花之面、秋水之目、斜視不正、三陰青黑、髮粗而濃、聲破而斷之例。黃面者,主心地偏窄,認識不定,又主勞心見小。唇青白詳上。瘦人血白必心狠,肥人血白必心慈。此二者皆無稽之談也。血本紅色,那有白色來?勿論肥瘦,均以血紅而充足為健全之體質。余考血字,恐為面字之悞。瘦人面白,主智勇而務名;肥人面白,主才短而庸和。
面色黄を發するの婦人は多半色を好み、嘴唇青白を發するは必定兒子なし。作者の辨析:面黄なれば即ち色を好むと説くは併せて確實ならず。我が考究に据るに、色を好むの徵象は:面に桃花の色を泛べ・眼秋水盈盈のごとく・目光斜視して正ならず・三陰部位青黑・頭髮又た粗く又た濃し・声音破碎断續す。面色黄を發するの人は、實際心地偏狹・見識揺擺して定まらずを主り、又た心を労して眼光短小を主る。唇青唇白に至っては、前面已に説き過ぎたり。又た説く瘦人の血色白を發するは必定心狠、胖人の血色白を發するは必定心慈。作者の辨析:ここの両句は皆是れ無稽の談——血は本来是れ紅なり、どうして白色の血あらんや。胖瘦を論ぜず、皆血色紅潤にして充足を以て體質健全と為す。我推想ここの「血」の字は恐怕是れ「面」の字の誤ならん:瘦人の面色白のは、智あり勇ありて名声を講求するを主る。胖人の面色白のは、才具短浅にして人と為りて平和を主る。
少年黑斑主死,老人斑高黑主壽,斑黃平者主貧,小兒腰闊主壽。少年生斑主冷退,亦主夭亡;老人生斑主壽,斑黑而高者為吉,斑黃而平者勞碌,亦有刑剋人丁也。小兒腰闊,言其氣厚也。生肉須從腰部起方吉,其它皆非吉。四肢幹,一年死;四肢潤,二年富。凡人發體,當然要先從腰部起方吉。如先發面部,則刑人丁及不壽之例。手足乾枯主死,手足潤澤亦平常,主富之說不確。
少年の身上に黑斑を生ずるは死を主り、老人の斑高起して色黑のは寿を主り、斑色黄にして平鋪のは貧を主り、小孩の腰身寬闊のは寿を主る。作者の解説:少年に斑を生ずるは運途冷退を主り、亦た早夭を主る。老人に斑を生ずるは長寿を主る、その中に斑黑にして高起のを以て吉と為し、斑黄にして平鋪のは労碌を主り、なお家中人丁を刑剋するを帯ぶ。小孩の腰身寬闊は、説くは彼の元氣渾厚なり。又た説く人の胖を發し肉を長ずるは必ず腰部より先に起こりてこそ吉、別處より先に起こるは皆吉と算えず。四肢乾枯のは一年内に死し、四肢潤沢のは两年内に富む。作者の解説:人の福を發し胖を長ずるは、自然腰部より先に起こってこそ好し。如果先に面部より胖起これば、則ち家中人丁を刑剋しおよび自身寿ならざるの上に応ず。手足乾枯は死を主る、ここの一条錯えず。手足潤沢はただ平常、两年に即ち富むと説くは併せて確實ならず。
老人髮黑生齒,主大壽,為大孤獨格;臥蠶發紫色,主生貴子。老人髮黑主勞碌,生齒主添壽,但刑妻妾,克子女。余考臥蠶黃而青潤,主生子;紫而紅潤,主生女。或北力水土不同耶?或永樂時氣候不同乎?奸門雜色,主收娼妓為妻妾;眉尾黑白交加,主以花酒亡身。奸門青黃黑赤之雜花氣色,主淫亂而狎妓;眉尾黑白交加,主官訟是非,交際受累。此言花酒己身,或因花酒而生官訟乎?又有主妻妾淫奔,而漏家財,因之而生害也。
老人の頭髮轉じて黑く・重新に牙を長ずるは、大寿を主る、卻って是れ極めて孤獨の格局。臥蠶紫色を現出するは、貴子を生ずるを主る。作者の辨析:老人の頭髮黑に轉ずるは労碌を主り、重新に牙を長ずるは寿を添うるを主る、しかるに妻妾を刑剋し・子女を剋害するを要す。我が考究に据るに、臥蠶黄を現じて青潤の色を帯ぶは兒子を生ずるを主り、紫を現じて紅潤の色を帯ぶは女児を生ずるを主る。柳莊の説く所はこれと同じからず、あるいは北方の水土別あるか、又或者は明永樂年間の氣候今日と同じからざるか。又た説く奸門に雜色を現出するは、娼妓を娶りて妻妾と做すを主る。眉尾黑白の両色交錯のは、花酒に因りて命を喪うを主る。作者の辨析:奸門に青・黄・黑・赤の混雑の斑駁の氣色を現ずるは、淫乱にして妓を狎するを主る。眉尾黑白交錯は、實際官司是非・交際往來に因りて牽累を受くるを主る。原文の花酒に因りて身を亡ぼすと説くは、あるいは是れ花酒に由りて官司を惹き出だすを指すか。此の外なお一種あり、是れ妻妾私奔して家財を漏掉し、因りて禍害を招來するを主る。
老來多睡主死,少年多睡主愚,眼忽下視主死災。老人多睡,其氣已衰故也;少年多睡,其人無思慮故也。一主死而一主愚,皆為合法。眼忽下視主死,指有病之人耶?或為下脫之誤也。聲忽急燥主疾,聲忽斷主死。聲音忽燥,主驚疑不安,氣質已動故也,尚不為疾厄;聲音忽斷,主腎氣不足,此為疾厄之先兆,尚不為死災也,當以眼神脫方死。
老年人の睡を貪るは死を主り、少年人の睡を貪るは愚を主り、眼睛忽然下に向かいて看るは死亡の災を主る。作者の解説:老人の睡を貪るは是れ元氣已に衰えたるの縁故。少年の睡を貪るは是れ心中に思慮なきの縁故。一個は死を断じ・一個は愚を断ず、皆法度に合す。眼睛忽然下視すれば即ち死を断ずるに至っては、本来是れ病あるの人を指すか。又或者「下視」は是れ「下脱」の誤ならん——眼神の下に向かいて脱走する、それはこそ死の兆なり。又た説く声音忽然急躁と變ずるは病を生ずるを主り、声音忽然中断するは死を主る。作者の辨析:声音忽然急躁は、是れ心中驚疑して安からず・氣質已に浮動したるの縁故、なお疾厄と算え上がらず。声音忽然中断は、是れ腎氣足らず、それは是れ病を生ずるの先兆、亦たなお死亡の災と算え上がらず——死を断ぜんと要せば、なお眼神の脱走するや否やを看るを要し、眼神脱すればこそ真に死なり。
氣色好,唇白亦不好;男女頂髮落,主老來窮苦。余考氣色好者自然好,唇白主病,乃血不足也。頂髮落,主老來勞心及子女不力之例,主窮苦勞心占半數,子女不力占半數。魚尾有梅花影者,主妻妾敗家。魚尾有梅花影,主花柳疾病及血光瘡疥之例。此云妻妾敗家,或為收妓女為妾,以致家庭失和睦,而怪異發生乎?或為妻妾外遇,破人惑誘,而捲逃一切乎?
氣色縱い好しと雖も、嘴唇白を發するは亦た好しと算え得ず。男女の頭頂髮を脱するは、老來窮苦を主る。作者の解説:我が考究に据るに、氣色好きは自然好し。唇色白を發するは病あるを主る、それは是れ血足らず。頭頂髮を脱するは、老來心を労しおよび子女得力せざるを主る:その中の一半は窮苦労心の上に応じ、別の一半は子女器を成さざるの上に応ず。又た説く眼尾魚尾の處に梅花形の斑影を現出するは、妻妾家を敗るを主る。作者の辨析:魚尾に梅花影あるは、實際花柳疾病および血光瘡疥の一類を主る。原文の妻妾家を敗ると説くは、あるいは是れ妓女を納れて妾と為し、家庭和睦せざるを弄得して怪事を生出すを指すか。又或者は是れ妻妾の外に於て私情あり、人に引誘せられ、家中の一切を卷走して逃走するを指すか。
公篤曰:柳莊姓袁,為明初時人。永樂鎮北平時,姚廣孝輔永樂以帝位,借柳莊以望其心志,此柳莊之遇合,為千載一時之良機也。按柳任為北方人,遊歷不遠,經驗不當,純繫小家,多據鎖碎小部之談,而為正義之法頗少,易地不驗,拘執不變,不可為定法明矣。
陳公篤曰く:柳莊は姓は袁、是れ明朝初年の人。永樂皇帝なお北平を鎮守せしの時、姚廣孝彼を輔佐して帝位を謀取し、袁柳莊を借りて相を看て以て衆人の心志を窺測せり、柳莊のここの一番の際遇は、真に千載難逢の良機なり。説き要するに袁柳莊は本是れ北方の人、游歴廣からず、積む所の經験併せて周全ならず、純粹是れ小家数、多半は零碎の小部位を憑りて説を立て、真正正理に合するの法度甚だ少なし。一個の地方を換えれば即ち靈験ならず、又た成法に拘執して變通を知らず、顕然以て定法と立つる能わず。
加以私心自用,妄改前人部位,顛倒限,相法之誤,實始於此。今選此篇,尚為其特長者,而其不合法不應驗之處尤多,故餘另加補註,使閱吾書者明瞭正宗,而容易進步耳。業風鑑者,更宜分別其正義,勿為異端所俟也。餘以良心評論,全力經驗,故從其實也,非敢故意菲薄前人、指出其奸偽為快者可比,請詳查其六害五露之說,自然瞭解焉。
加うるに彼の私心自用、随意に前人の定下したるの部位を更改し、行運の年限を把ても顛倒を弄せり。相法の上の錯誤は、實在彼のここより始まる。我ここの回に選錄するのここの一篇は、選ぶはなお彼の最も擅長するの部分、しかるに其中の法度に合せず・應験する能わざるの地方仍旧甚だ多し、ゆえに我別に補注を加え、我がこの部の書を讀むの人をして正宗を認清せしめ、進境容易些ばならしむ。相を看るを以て業と為すの人は、なおさら応に哪些の是れ正理なるかを分辨清楚にして、異端邪説に牽かれて走るを被る勿れ。我是れ良心を憑りて評論し・全部の經験を以て説を立て、ゆえにただ實情に按じて講ず、併せて故意に前人を貶低し・人の短處を掲げるを以て快と為すにあらず。請う彼の六害眉・五露に關するの説法を細かに看よ、自然明白ならん。
骨相圖説
公篤曰:骨相之學,始於東周之鬼谷氏所創,而分別其貴賤壽夭勞逸六項。餘據經云,內載有頭無惡骨,方可包括其大概。然有如天山之雄突,如秦嶺之嵯峨,如嶂如巒,如嶽如峌,種種奇形異狀,幾至而不能命名也。按骨主氣,內應於腎絡,為陽為君,故以堅奇聳突、有威有勢者為貴;肉主血,內應於脾絡,為陰為臣,以細膩暖潤、以勻以厚者為富。
陳公篤曰く:骨相の學は、東周の鬼谷子の創めたるに起こり、用いて貴・賤・寿・夭・労・逸のここの六項を分別す。我相經に依據すれば、その中に「頭の上に惡骨なし」の一語を記載し、こそ大概を包擧して遺なき能う。しかるに頭骨の形状は千差萬別:あるは天山のごとき雄峻にして突起し、あるは秦嶺のごとき嵯峨にして険峻、あるは屏嶂のごとし、あるは山巒のごとし、あるは五岳のごとし、あるは孤峰のごとし、種種奇形異状、幾ど名目を叫び出だす能わず。須く知るべし骨は氣を主る、内は腎の經絡に応じ、陽に属し、是れ君。ゆえに堅硬奇特・高聳突起・威あり勢あるを以て貴と為す。肉は血を主る、内は脾の經絡に応じ、陰に属し、是れ臣。ゆえに細膩温潤・勻稱厚實を以て富と為す。
而骨肉之相,莫奇於頭面之部何哉?蓋頭為諸陽之首,百脈之所會;面為五臟之表,精靈之所聚。其骨相者,如山之蘊美玉,如淵之藏明珠,亦天地之靈氣所生,以別其上中下需之品級而定,皆在大小長短高低之間耳。茲將各骨繪圖註明,以便閱者一識即能分別其為貴骨富骨壽骨之類也。
則ち骨肉の相は何を以て頭面の部位を最も奇妙と為すや。頭は是れ衆陽の首、全身の百脈皆ここに於て交會するに因る。面は是れ五臟の外に在るの表徵、一身の精氣靈光皆ここに聚まる。頭面上の骨相は、山中に美玉を藴蔵し・深淵の裏に明珠を蔵するに譬ゆ、同じく是れ天地靈氣の生成する所なり。それに據りて以て上・中・下の各等の品級を分別し、判斷の關鍵は全て骨の大小・長短・高低の間に在り。今各種の骨相を一一圖形を繪成して併せて説明を加注し、讀者をして一看すれば即ち能くどれが是れ貴骨・どれが是れ富骨・どれが是れ寿骨のここの一類なるかを分辨せしめんと好す。
骨相第一式:按第一圖式,名為朝天伏犀骨。上至百會之頂,下至中正之部,兩側外圍城,直上入鬢曲,下達眉尾之福堂,即成一顆印之方形,又名方伏犀骨是也。主大富大貴,大名大壽,而盛世之帝王格,次則割據之霸業,而潛號之例。此專制時代之論。如民治國家,不為一國之元首,次亦各部長,及屏藩主席也。主特別英明神武,大勇機智,動靜於全國有安危,喜怒於人民有禍福。故《博物志》有云:金龍頭上有物,如博山之形,其精靈之結晶,完全凝結於此。有此靈物,方能噓氣成云,扶搖直上,飛昇於九天也。此為特貴之品,故列為第一。
骨相の第一式、第一幅の圖に對照して看よ、名は「朝天伏犀骨」と叫ぶ。ここの根の骨は上に向かいて頭頂の「百會」に頂き、下に落ちて額心の「中正」に至り、左右は額角の外縁の「邊城」を以て界と為し、上に往きて直に鬢角の彎曲の處に挿進し、下に抵りて眉尾の「福堂」に住す、整片合して即ち一方の大印のごときの方形、ゆえに又た「方伏犀骨」と叫ぶ。ここの根の骨を生ずるの人は大富大貴・大名大寿を主り、太平盛世に於ては是れ帝王の格局、次の一等も亦た一方を割據し・私自ら号を称するの霸主。これは是れ帝制時代に就いて言うの説法。若し民主共和の國家に換えれば、便ち一國の元首と做るを成さずとも、次の一等も亦た各部の部長あるいは一省の主席。ここの種の人は特別英明神武、膽氣極めて大にして機變百出し、一擧一動全國の安危に關係し、一喜一怒百姓の禍福を牽動す。ゆえに晋人張華の《博物志》の上に説く:金龍の頭の上に一件の東西を生じ、形狀博山爐のごとき層巒疊起、是れその一身の精靈の氣の凝結して成れるなり。ここの件の靈物ありて、こそ能く氣を吐いて雲を成し・扶揺直に上り、飛升して九天の外に至る。伏犀骨は人身の上に於て正にここの件の靈物に相當し、特貴の品に属し、因りて第一に列す。
骨相第二式:按第二圖式,名為巨鰲伏犀骨。上至天中之部,而至髮際之間,下至華蓋之部,平橫一長幅,而過額角之邊城,即成橢圓形式,又名橢圓伏犀骨是也。主上中貴。故有巨鰲人腦,當作尚書之說,即指其骨質之大而長者。古法多指為文貴之樞紐。余考刻下,多操兵柄之武貴,或為文人而兼武職,或為投機而操兵柄。又宜以各部之兼體而論。據橢圓伏犀骨,如眉平神有威煞,則終身武權,大為屏藩柱石之臣,次亦師旅邊鎮之將;如眉曲而神和,靜則終身文貴,大為宰輔樞紐之官,次亦剌史廳道之職,以及遙領兵備武權之例。其人有大志,其性剛決而堅忍,陰而乘時,喜怒不常,憂樂不時。余考盛世專制時代,多為公侯將相之局,小亦刺史州郡之守。亂世民治時,多為割據稱雄之品,次亦廳道師旅之貴。不過盛時久,亂世暫耳。
骨相の第二式、第二幅の圖に對照して看よ、名は「巨鰲伏犀骨」と叫ぶ。それは上端額頂の「天中」より起こり、一直に髮際に連なり。下端は眉上の「華蓋」に落ち、橫平に鋪開して一長條を成し、併せて額角の「邊城」を越え、整體橢圓形を呈す、ゆえに又た「橢圓伏犀骨」と叫ぶ。ここの根の骨は上等より中等の貴顯を主る。古相書に「巨鰲の人の腦に入る、當に尚書を作るべし」の説法あり(「人腦」は即ち腦海に挿入の意)、指すは正にここの根の骨の長じて又た粗く又た長きの樣子。舊相法多くそれを以て文官顯貴の樞紐と當るも、ただ我陳公篤眼下の實例を考察すれば、ここの根の骨を生ずるは多半是れ兵權を手握るの武貴、あるいは本是れ文人にして武職を兼領し、あるいは投機鑽營を靠りて兵柄を抓到せり。ゆえに判斷の時はなお面上の其他の部位を合看するを要す。橢圓伏犀骨に就いて言えば:若し眉毛平直・眼神の裏に威煞の氣を帯ぶれば、則ち終身武權を執掌し、大なるは一方の屏藩の柱石重臣を做り、小なるも亦た師旅を統領し・邊關を鎭守するの將領。若し眉形彎曲・神氣和緩沈靜なれば、則ち終身文貴の一路を走り、大なるは宰輔の一級の中樞大臣を做り、小なるも亦た刺史・廳道の一級の官職、なお遥かに兵備を領して武銜を掛くるの例子あり。ここの種の人は志向宏大、性情剛斷にして能く堅忍し、城府深沈して又た勢に乗じて動くに善く、喜怒常なく、憂樂定まらず。我が考察に據るに、帝制盛世に於て彼らは多く公侯將相の局面を成し、小なるも亦た刺史あるいは州郡の太守。乱世民治の時に到れば、則ち多く是れ割據して雄を称するの輩、次の一等も亦た廳道・師旅の一級の貴顯。不過盛世の裏の富貴は長久し、乱世の裏の富貴は短暫なるのみ。
骨相第三式:按第三圖式,名為武庫伏犀骨。在南嶽之間,上過髮際,下至印堂,左右以額角為止,圓突高拱,而成一圓形,即圓伏犀骨是。其大者為上貴,如圓伏犀骨小者,亦為州伯邑候之例,但以其骨之勢如何,高低大小如何,以定其事業成功之大小久暫也。按圓伏犀骨,雄突而有勢,亦主上貴之權祿,勿論盛衰時代,皆為國家屏藩大臣,最低下者,亦為州郡太守,然得政治之盛名,流芳身後也。如圓伏犀骨,小突而無勢,大為廳道中貴,次為州伯邑侯;如超過上列之名,則為偏副之佐使,否則短期即經挫折,而見險阻,及不得美好名譽也。其人天性中有機智,厚中有巧詐,有迫於事實之奸險行為,其心則慈良而貪也。有武權者,剛決勇為,貪妄走險也。
骨相の第三式、第三幅の圖に對照して看よ、名は「武庫伏犀骨」と叫ぶ。それは額頭の「南岳」のここの一片に長じ、上に髮際を越え、下に「印堂」に抵り、左右額角に至るを止み、圓圓に隆起して高く拱り、一個の圓形を形成す、即ちいわゆる「圓伏犀骨」。ここの根の骨の長じて大なるは上等の貴顯を主る。便ち圓伏犀骨の長じて小なるも、亦た是れ州牧・縣令の一級の格局。具體はここの根の骨の氣勢如何・高低大小如何を看て、こそ彼の事業成就の大小と長短を定め出だす能う。凡そ圓伏犀骨の雄壯突起にして氣勢あるは、同じく上貴の權位と厚禄を主り、太平世に生ずるも衰乱世に生ずるも論ぜず、皆能く國家の一方を屏藩するの大臣を做る。最低も亦た是れ州郡の太守、而且能く政績の上の美名を博し、身後芳を流す。若し圓伏犀骨ただ微微に凸起して氣勢なければ、則ち大なるは不過廳道の一級の中等の貴顯、次の一等即ち州牧縣令。若し名位上面のこれらを超過せば、則ちただ副職・佐貳の之類の輔佐官を做る能うのみ、さもなくば久しからざるを出でずして便ち挫折に遭い・険阻に遇い、亦た好き名声を得ず。ここの種の人は天性の裏に機智を蔵し、厚道の中に巧詐を帯び、形勢の逼る所に因りて陰険の擧動を做し出だし、本心は卻って又た是れ慈善にして貪求と兼ね有す。その中の武權を掌握するは、則ち剛斷敢為し、貪心妄動して冒険を肯んず。
骨相第四式:按第四圖式,為連璧三寸枕骨式。在後腦海之間,上過耳廓,下齊耳珠,寬過耳後之兩側髮際止,以兩寸餘,或三寸長,皆名三寸枕骨也。餘以事實經驗,多數應證:凡腦後之骨,有三根高突者,直上而發富,有貴裔而立異鄉之田宅;橫生而達貴不受祖業,而宏恢自創之門第。故三寸骨,而加連璧二字,即別直與橫之義。此骨主大名而壽,貴名倍於權也。亦有名士立言者,亦有遺蹟流芳者,或出於布衣,亦傲王侯。其人天姿靈敏,學識淵博,長於好古,而考歷史興亡;達於通今,而考潮流變化。下筆文粲風流,接談暢和眾意,外和而內剛,守禮而持義,有遠見之長,無妄貪之鄙。故有絕頂聰明而為用,勞碌周折以成功。半生多處嫌疑地位,有才華浮露,而招嫉也;半為有桓清白自守,有離奇思想,而偏見也。晚年主有神經減智之例,亦為主壽也。
骨相の第四式、第四幅の圖に對照して看よ、是れ「連璧三寸枕骨」のここの一式。それは後腦の一帯に長じ、上端は耳廓を越え、下端は耳垂と齊平にし、橫寬一直に耳後の両側の髮際に至るを止み、長度両寸多くして三寸の間に在るは、皆「三寸枕骨」と叫ぶ。我實際の經験の中より反復して験證す:凡そ後腦に三根の高高に凸起するの骨頭を生ずるは、若しここの三根の骨の豎りて排列せば、家を發し富を致すを主り、顯貴の家に出身して能く他郷に於て田宅を置き下す。若しここの三根の骨の橫りて排列せば、則ち顯貴にして祖業を承受せず、自己に靠りて開創して門第を光大す。ゆえに「三寸骨」の上に「連璧」の兩字を加う、正に是れ用いて豎生と橫生のここの両種の情形を分別するなり。ここの根の骨は大名と長寿を主り、声望遙かに實權を超過す。あるは書を著し説を立てるの名士と成り、あるは遺迹を留下して後世に芳を流す。あるは平民布衣に出身すれど、氣骨の上に於ては敢えて王侯と禮を抗す。ここの種の人は天資靈敏、學識淵博、一面古を好み能く歷代の興亡を考究し、一面今に通じ能く時局潮流の變化を看清す。筆を下せば文采斐然、談吐暢達にして衆人の心意に合し、外表は和氣にして内裏剛強、禮法を守りて信義を重んじ、遠見の長處あり、貪妄の鄙陋なし。ゆえに彼ら絶頂の聡明を憑りて事を成すも、卻って亦た一番の労碌周折を經てこそ成功せん。半輩子常に人の猜疑を招き易きの位置に處し、一半は是れ才華の外露に因りて人の嫉恨を招き、一半は是れ清白を持守し・自ら一套の離奇の想有るに因りて偏執と顯す。晚年に到れば往々神經衰弱・智力減退の情形あるも、ただここの一式はなお寿を主るを以て正應と為す。
骨相第五式:按第五圖式,名為日月龍虎。骨在天庭左右,下以眉頭上半指起,上至髮際之百會動脈止,顯然為兩根玉柱,亦為日月角骨。此骨長大,則為創業之帝王格,唐太宗即此骨也。故虺髯公稱為龍鳳之姿,天日之表,此中原之主,吾福不能勝之,乃別圖而帝扶餘也。次亦為割據之霸業,而僭號也,如五代劉智遠,亦此骨也。主天姿英明,器量宏大,剛毅有勇,機巧多管,殘忍有毒,陰險多疑。識人則毫髮不爽,預料則神鬼不測,容忍則以恩待仇,狹小則舍義滅親。立奇功,成大業,比為特貴之格也。
骨相の第五式、第五幅の圖に對照して看よ、名は「日月龍虎」と叫ぶ。ここの両根の骨は「天庭」の左右に長じ、下端は眉頭より上半指の地方に起こり、上端は髮際百會の動脈の處に至るを止み、看上れば分明是れ両根の玉柱、即ち相法の上の説く所の「日月角骨」。ここの両根の骨の長じて又た長く又た大なるは、便ち是れ國を開き業を創するの帝王の格局、唐太宗李世民の生ずるは正にここの種の骨なり。ゆえに隋末の虬髯客一たび太宗を見れば、便ち彼に龍鳳の姿・天日の表あるを称し、これはこそ中原の真正の主人なりと説き、自己の福分彼に壓え過ぐる能わず、是に於て別に打算を作し、扶余國に跑りて帝を称しに往けり。次の一等も能く一方を割據して霸業を成就し、僭号して王を称す、例えば五代後漢高祖劉知遠(源文「劉智遠」と作る)の生ずるも亦た是れここの種の骨なり。ここの種の人は天資英明、器量宏大、剛毅にして膽勇あり、機巧にして管え得ること寬し。同時に亦た殘忍狠毒、陰険多に疑う。人を看るに毫釐差えず、事を料るに鬼神も亦た測り透す能わし。寬宏なるに至れば能く恩徳を以て仇人に對待し、狹隘なるに至れば又た能く道義を舍棄し・六親を認めず。彼ら奇功を建て・大業を成す、特貴の格局に属す。
骨相第六式:按第六圖式,名為五花驄枕骨。在後腦海之正部,其當中一骨形式略小,似為雞子枕骨之形;其下左右二骨形式較小,而平耳輪上,接近壽骨之下;其上左右二骨,比下之三骨略大,而高過耳廓上。如稱於形,文則為尚書侍郎,武則為封侯龔爵;如形弱,則為中貴之例。盛世為文貴,多應學士翰林;亂世為武貴,多應師旅邊鎮之人。有神勇,臨危不懼,天性則為豪爽忠貞,入孝出弟。有時窮理盡性,而好奇談;有時視惡如仇,而生禍患。堅忍耐勞,可為掃灑之役;同甘共苦,可為生死之交。大事精細,而有先預之地步;小事疏忽,而有輕視之矜驕。決定則始終如一矣。
骨相の第六式、第六幅の圖に對照して看よ、名は「五花驄枕骨」と叫ぶ。それは後腦正中の一帯に長じる:當中の一根の骨は形狀略小にして、「雞子枕骨」の樣子のごとし。ここの根の骨の下面の左右になお兩根あり、形狀更に小些、位置耳輪の上緣と齊平にして、「寿骨」の下方に靠近す。再び上に往きて左右又た兩根あり、下面の三根に比べて略大にして、位置耳廓に高く過ぐ。五根の骨若し彼此相称し・格局勻整なれば、文途を走れば尚書・侍郎を做る能く、武途を走れば侯を封じ爵を授かる能う。若し骨形軟弱にして勢なければ、即ちただ中等の貴顯の例子なり。太平世に生ずるは多く文貴を主り、常に學士・翰林の一類に応ず。乱世に生ずるは多く武貴を主り、常に師旅を統領し・邊關を鎭守するの人の身上に応ず。ここの種の人は人に過ぐるの膽勇あり、危に臨みて懼れず。天性豪爽忠貞、家に在りて父母を孝順し、外に在りて兄長を敬重す。時に肯んじて事理を窮究し・人性を探索するも、卻って又た新奇の議論を談ずるを愛す。時に惡を嫉むこと仇のごとく、かえって此に因りて禍患を惹き出だす。彼ら能く堅忍耐勞し、洒掃の雜役を做るも屈就を嫌わず。能く甘苦を同じくし、以て生死の交を結ぶ能う。大事に遇えば細心周密、事先に卽ち退步を留好す。小事に遇えば卻って疏忽大意、幾分の輕慢自負を帯ぶ。不過一旦主意を拿定すれば、便ち始終如一、再び更改せず。
骨相第七式:按第七圖式,名為輔角插天骨。在額角之邊城部,其骨下由眉尾之三稜骨起,由福堂,過邊城,上山林,入鬢曲之上,又名山林骨是也。又有上插入大腦海之百會穴止,此為清貴仙品,唐之呂純陽祖師,即此格也。此骨長聳為上等,次則入髮曲為中等,又次則近髮為常品。上等輔角骨,為神仙,次聖賢;中等輔角骨,為外藩之督撫,一省執政之文武要職;下等輔角骨,為邊將鎮守之例。其人天性勤慎任勞,精明而專,外勇敢而內忠,先預而後進行。見嫌不避,臨危如常;親者可惑其心志,因情義之包圍;智者可為其慫恿,因權利之負責。持其正義,而不計成敗;守其範圍,而不計安危,不移不屈也。
骨相の第七式、第七幅の圖に對照して看よ、名は「輔角插天骨」と叫ぶ。それは額角の「邊城」のここの一块に長じる:下端は眉尾の三棱骨より起こり、「福堂」を經過し、「邊城」を越え、上行して「山林」に至り、鬢角の彎曲の處の上方に挿入す、ゆえに又た「山林骨」と叫ぶ。亦た再び上に往きて一直に頭頂の「百會穴」に挿到してこそ止住するあり、則ち是れ清貴の仙家の品格、唐代の呂純陽祖師(呂洞賓)の生ずるは即ちここの一格なり。ここの根の骨の長くして高聳のは上等と算え、其次髮際の彎曲の處に挿入するは中等と算え、再次ただ髮際に挨近するのみのは尋常の品と算う。上等の輔角骨は神仙を成すを主り、次の一步も亦た是れ聖賢。中等の輔角骨は外省の督撫を做るを主り、一省の行政の文武の要職を掌る。下等の輔角骨は則ち邊將鎭守の一類の位置の上に応ず。ここの種の人は天性勤懇謹慎・苦を喫するを肯んじ、精明にして專注し、外表勇敢にして内心忠誠、凡事先に謀劃周全して後に手を動かす。嫌疑を招く可きの事に遇到すれど亦た回避せず、危難に臨みてなお神色常のごとし。親近の人は能く彼の心志を動搖す、それは彼の情義に包圍せらるるに因る。聡明の人は能く彼を慫恿して事を行わしむ、それは彼の権責の擔當を肯んずるに因る。彼は正義を持守して成敗を計較せず、自己の本分を守住して安危を顧及せず、立定すれば即ち移らず屈せず。
骨相第八式:按第八圖式,名為雙龍金鎖骨。在後腦海之正部,下從髮際之風府,起一巨骨,至平耳欄則分為二直骨,上插入大腦海之巔而止,亦名曰雙龍將軍骨是也。按此骨出身多微賤,父母無力栽培,早年刑剋,親戚無力輔助,初年無依,破梓而飄零流落,故應絕處逢生,因禍而福,多異路功名。經勞碌奔馳,驚險破敗,逼迫發達。亂世為上中之貴,武權有超出師旅之上,而如將軍頭銜。其人天性靈敏而貪,樸任勞有膽,略出奇而奇遇,事實見逼而逼發。名利心重,有強求之勇進;成敗不一,有駁雜之驚恐。惟子女少而不力,田宅多而勞怨,初年苦而刑剋,中年貴而大振。主大壽而精力頗強,主大富而田連阡陌。
骨相の第八式、第八幅の圖に對照して看よ、名は「雙龍金鎖骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じる:下端は髮際の「風府」穴の處より一根の粗大の骨を起こし、上に向かいて耳欄と齊平なるの地方に到りて兩根の直骨に分かれ、一直に頭頂に挿到してこそ止住す、ゆえに亦た「雙龍將軍骨」と叫ぶ。ここの根の骨を生ずるの人は多半是れ微賤に出身し、父母に彼を栽培するの力量なく、早年に卽ち刑剋あり、親戚も亦た幇け上がる能わず、起初依り靠る處なく、故郷を離れて四處漂泊流落す。正に此に因りて、彼かえって絶處に生に逢い、禍に因りて福を得、多半は科擧正途に非ざるの路子の上より功名を取得す。彼は一番の労碌奔波・驚険敗落を經過し、形勢に絶路の上に逼られてこそ發達し來る。乱世の裏に於ては上等偏中の貴顯を做る能く、武權なお能く兵を統べる師旅の上に超出し、將軍の頭銜を掛く。ここの種の人は天性靈敏にして貪求し、質朴・耐勞にして膽量あり、謀劃人の意表に出づ、因りて毎々奇遇あり。事情頭上に逼られ、かえって逼られて一番の作為を出だす。彼は名利の心重く、強求硬進の銳氣あり。成敗起伏定まらず、亦た常に種種の駁雜の驚恐あり。ただ子女稀少にして而且得力せず、田産房産は雖多いも卻って労累の怨氣を帯來す。早年清苦にして刑剋に遭い、中年顯貴にして大いに振興す。ここの一式は大寿を主りて精力人に過ぎ、大富を主りて田阡陌に連なる。
骨相第九式:按第九圖式,名為金鎖華蓋骨。在天庭中正之離印堂上六分,平橫一長幅,左右抵兩邊城為止。華蓋者,君主之寶蓋也,內屬心包絡之正繫,即護衛之臣也,而為中貴實權。按華蓋骨平過,比橢圓伏犀骨小而長,不似橢圓形式。大而長者,亦為上貴,而成將相之事業;次則師旅廳道之貴權;又次則州邑之文貴,團營之武職。查是骨前澤不豐,半出於貴裔,亦有流落他鄉,縱橫數千里。其人天性剛燥持勇,合流而軟化,逢善化善,遇惡化惡。有時芥千金如敝履,有時較錙銖而爭執。臨險而發,奮不顧身;亦有陰狡詐,明敏而投時機;交際遠,貪妄而結團體。每多挺險輕舉,含有毒質之私心也。
骨相の第九式、第九幅の圖に對照して看よ、名は「金鎖華蓋骨」と叫ぶ。それは「天庭」「中正」の一帯に在り、「印堂」の上方約六分の處を離れ、橫平に鋪成して一長條を成し、左右両辺の「邊城」に抵りて止む。いわゆる「華蓋」は、本是れ君主の車駕の上の寶蓋。身内に於ては心包絡のここの一系に属し、即ち是れ君主を護衛するの近臣、ゆえにここの根の骨は中等の貴顯にして實權を握有するを主る。ここの根の華蓋骨は橫りて平鋪し、「橢圓伏犀骨」に比べて窄く些・長く些、形狀も亦た橢圓と作らず。長じて又た大きく又た長きは、同じく是れ上等の貴顯、能く將相の事業を成就せん。次の一等は是れ師旅を統領しあるいは廳道の一級の貴權。再次の一等は、文は州縣の長官を做り、武は一団一營を帯ぶ。ここの根の骨を生ずるの人を考察すれば、祖上の留下したるの恩澤多半是れ厚からず、一半は顯貴の人家に出身し、亦た他郷に流落し・數千里之外に縱橫するあり。ここの種の人は天性剛烈急躁にして勇を逞しゅうするを好み、大流に隨いて同化せらるるに易く、善人に遇えば跟い變じて善と為り、惡人に遇えば跟い變じて惡と為る。時に千金を把て破鞋のごとき値わずと看做し、時に又た一分一釐のために爭執休まず。危険の處に臨めばかえって奮發し、敢えて身を顧みず奮往す。亦た陰沈狡詐の一面あり、頭腦明快にして時機を抓住するに善し。交游廣遠、貪心を懐いて黨を結び群を成しに往く。ここの種の人は往々鋌りて険を走り・輕擧妄動し、私心の裏に幾分の毒を帯ぶ。
骨相第十式:按第十圖式,名為兩弦明月骨。變上為仰月,即月之上弦也;變下為覆月,即月之下弦也。在後腦海之間,平齊耳廓橫過。查上弦仰月骨,主福壽而和平,清名而厚,多文貴兩閒祿,多子女而紹業。下弦覆月骨,主貴壽而險詐,勞碌而反覆,多武職而奔馳,刑子女而遺累。如上下弦均全,則成兩弦明月骨之形式,則主多勞碌而成功,享大壽而厚祿,中貴以上之權位,身後流傳之盛名,多妻妾而為嫡庶之子女。其人天性有過人之遠見,過目之不忘相,明達見機,敏而好學,雖然任性負氣,而能耐勞負責。有時過餘穩見,猶豫不決,志大膽小,量大心多,故有為不收全功,憂思而成疾厄。
骨相の第十式、第十幅の圖に對照して看よ、名は「兩弦明月骨」と叫ぶ。骨形上に向かいて彎るを「仰月」と叫ぶ、即ち是れ上弦の月の樣子。骨形下に向かいて扣くるを「覆月」と叫ぶ、即ち是れ下弦の月の樣子。それらは皆後腦の一帯に長じ、耳廓と齊平にして橫りて過ぐ。上弦仰月骨に就いて言えば、福あり寿ありにして性情和平を主り、清白の名声を享けて心地厚道、多く文職顯貴と清閑にして禄を食むの路子を走り、子女も亦た多く、能く家業を承繼す。下弦覆月骨に就いて言えば、貴にして長寿を主るも、ただ人と為りて険詐、一生労碌反復し、多く武職を做して四處奔波し、子女を刑剋して拖累を留下す。假如上弦・下弦の両様皆齊全なれば、即ち完整の「兩弦明月骨」を構成し、則ち便ち一生雖労碌多きも終に成功に帰り、大寿を享けて厚禄を食み、位は中等の貴額の以上、身後なお能く盛名を留下せんを主る。妻妾比較的多く、子女に嫡あり庶あり。ここの種の人は天性人に過ぐるの遠見あり、看過したるの東西は目を過ぎて忘れず、通達明白にして機を見て事を行うに善く、聰敏にして又た學を好む。雖性を任せ氣を使うも、卻って能く苦を喫し・責任を負うを肯んず。ただ時に過分に穩を求め、かえって猶豫して決せず、志向雖大なるも膽子偏に小、度量雖寬なるも心事偏に多し、ゆえに事を做して常に全功を収め得ず、又た憂思の過度に因りて病を生出す。
骨相第十一式:按第十一圖式,名為扶桑骨,又名金城骨。在印堂之部,其骨以方楞為上等,圓拱為中等,微露為下等。由兩眉尾之福堂骨起,平橫印骨堂,而成一字形,又名曰將軍骨是也。主上貴相而有特權,亂世尤倍發達也。大而長楞者,則為數省經營之屏藩大臣,兼轄文武,帶甲數十萬;次亦為一省督撫操兵柄;小而稍短楞者,亦為師旅武權也。多因逼迫而冒險進取,又經危險之災,牢獄之咎,然後乘時而發達,走險而成功。多英年早發,流落他鄉,而刑父也。其人天性聰敏靈慧,量狹心毒,舉止有特別情形也。剛燥勇為,任勞有桓,長於恃才務功,短於巧言和色。任性負氣,私德不足而好淫;成敗不一而殘酷。以言招嫉,器量不容故也;以事結怨,貪功不讓故也。高興則豪爽,違意則妄為,好殺而陰毒,慳悋而野心,不善後者居多。
骨相の第十一式、第十一幅の圖に對照して看よ、名は「扶桑骨」と叫び、又た「金城骨」と叫ぶ。それは「印堂」のここの一块に長じる:骨形方にして棱あるは上等、圓にして拱起するは中等、ただ微微に些かを露出するのみのは下等。ここの根の骨は両眉尾の「福堂骨」より起こり、橫平に印堂を穿て過ぎ、一個の「一」の字の樣子を形成す、ゆえに又た「將軍骨」と叫ぶ。それは上等の貴相にして特殊の權柄を握有するを主り、乱世の裏に於ては尤其加倍發達す。骨大にして棱長きは、能く數省を經略するの屏藩大臣を做り、文武兼ねて管え、兵數十萬を統べん。次の一等も亦た是れ一省の督撫にして兵權を握有す。骨小にして棱略短きも、亦た能く師旅の一級の武權を掌らん。ここの種の人は多半是れ形勢に逼られて冒険進取に往き、なお先に一場の危難を經歴し、甚至坐獄の禍事、然る後にこそ時に乗じて發達し・険を走りて成功せん。彼ら大多は年紀輕々として發迹し、他郷に流落し、併せて父親を刑剋す。ここの種の人は天性聰敏靈慧、ただ氣量狹窄・心地狠毒、擧止も亦た常に常人に異なるの處あり。彼は剛烈急躁にして敢作敢為し、苦を喫するを肯んじて恒心あり。長處は是れ才を恃みて事を幹し・務めて事功を求め、短處は是れ好き話を説くを會せず・和顏悅色を肯んぜず。性を任せ氣を使い、私徳虧ありて色を好む。成敗定まらずして手段殘酷なり。言語に因りて人の嫉恨を招くは、是れ氣量の人を容れ得下がらざるに因る。事を辦するに因りて怨仇を結下するは、是れ功を貪りて肯んじて相讓せざるに因る。高興の時は豪爽大方、心意に合せざるの時は便ち胡作非為し、殺を好みて陰毒、吝嗇にして野心あり、多半是れ終に善く收場する能わざるなり。
骨相第十二式:按第十二圖式,名為福堂骨,西人謂之蓄財骨,即外財庫是也。在眉尾之三角陵部,上骨接近驛馬,亦可名曰下驛馬骨,下接近魚尾,平橫眉尾。其骨高大者,主特富,不可限量,如開闢永遠利源,特利過國經商,皆有此骨也;次亦為大富,而可測量,如過省經營之厚利,而進萬里之財源者,皆有此骨也;又其次為中富,而進千里之財源。又主有壽,則分高低也:高者主大壽,有至期頤;次者亦壽,有至耋耄;如低小者,亦主六十左右也。其人天性厚而慈和,遠而見小,慳悋而奸貪,多思而命中。有時以義為利,闢利源,收奇功;有時見利忘義,取漁利,多爭端。得一務二,及勞心也。
骨相の第十二式、第十二幅の圖に對照して看よ、名は「福堂骨」と叫ぶ、西洋相術それを把て「蓄財骨」と叫ぶ、即ち是れ相法の裏の説く「外財庫」。それは眉尾の三角棱骨のあの一块に長じる:上緣は「驛馬」に挨近し、ゆえに亦た「下驛馬骨」と叫ぶ能う。下緣は「魚尾」に挨近し、橫平に眉尾の上に壓す。ここの根の骨の長じて高大のは特等の富有を主り、財力大にして估量する能わざるに至り、凡そ能く長久の財源を開闢し・跨國の生意を做りて巨利を獲取するの人は、皆ここの根の骨を生ず。次の一等も亦た是れ大富、財力なお能く估算し出だし得、凡そ省を跨いで經營して厚利を獲・萬里之外の財源を賺回するの人も、亦た皆ここの根の骨を生ず。再次の一等は是れ中等の富有、能く千里之内の財源を賺ぐ。ここの根の骨は同時に亦た寿を主り、高低に按じて檔を分かつ:骨高きは大寿を主り、能く百歳に活到す。次の一等も亦た長寿、能く七八十歳に到る。骨低小のは、亦た六十の上下に活くるを主る。ここの種の人は天性厚道慈和、遠くを看る能うも卻って又た小處を計較するを愛し、既に吝嗇にして又た貪求し、心思多くして毎々料え中る。時に道義を把て生利の本と當し、財源を開闢して奇效を収め到る。時に又た利を見て義を忘れ、ただ漁利を撈取するを顧み、因りて爭端を多く生ず。凡事總て一擧両得せんと想い、亦た即ち格外心を労す。
骨相第十三式:按第十三圖式,名為連環背枕骨。在後腦海之正部,上骨略長大而仰,下骨略短小而覆,兩皆長形而相背,多應偏副之貴,名而不權居多數。按連環背枕骨,多主前人有餘蔭之業,而出殷實之家;及有弟兄叔伯之貴,而有連帶關係,以助其進階;一為瓜葛親戚之貴,而有互相利用,以成其名位也。其人天性,小有才智而驕傲,常有貪念而妄舉,負氣而好勝式,顧己而肥私。小有淫亂之邪行,亦有偏愛之嗜好。略兩可,而有遲疑之持重;慫恿不定,而有倉猝之為用。言大而誇,志大而亂。主中等富,而貴次之,多享便宜之福也。
骨相の第十三式、第十三幅の圖に對照して看よ、名は「連環背枕骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じる:上面の一根は略長く略大にして上に向かいて仰ぎ、下面の一根は略短く略小にして下に向かいて扣け、兩根皆是れ長條形にして併せて背に背を負い、ゆえに多半是れ副職・佐貳の一類の貴顯の上に応ず、大都是れ名声ありて實權なし。凡そここの種の連環背枕骨を生ずるの人は、多半祖輩の產業を留下して以て蔭庇する能く、殷實の家に出身す。亦た兄弟叔伯の顯貴に靠り、ここの層の關係を憑りて自己を幇けて上に往かしむるあり。なお一種あり、是れ親を沾り故を帯ぶの貴人に靠り、彼此利用して以て名位を成就す。ここの種の人の天性は:略か才智あれば便ち自ら驕り自ら傲り、常に貪念を起こして胡乱に事を行い、性子を使うを好み・強を爭い勝を好み、凡事先ず自己を顧り・ただ自家を肥やす。私生活の上に些かの淫乱越軌の行為あり、亦た偏執の嗜好あり。事を做るに些か模棱両可あり、看るに遲疑穩重のごとし。容易く人に慫恿せられて主意を拿定する能わず、又た常に倉促の間に人に把て來られて一用せらる。話を説くに其の詞を夸大し、志向雖大なるも頭緒紛乱す。ここの一式は中等の富有を主り、貴顯はなお其次に在り、多半是れ坐して現成の便宜の福氣を享くるなり。
骨相第十四式:按第十四圖式,名為川字骨。在後腦海之第正部,上至百會之巔,下齊風府之際,當中之骨較長,兩側之骨較短。其骨主富而壽,橫三字骨方貴也。余考川字骨,前業充裕,祖上宦遊式成業,此為享受餘蔭;又有承桃兼受田宅,加以達外經營,乘時擴充,開闢利源,流通貨物,而至中上之富,常與貴人交往。其人刑剋早子,先女宮成立,而多妻妾也。子遲又從庶出,好淫又多官訟,又有戚友之累。天性聰明有機智,多預算,善廣交遊,同流則軟化為群;亦善言論,交際則通達各界。安危執其大體,得失常多權變。有時能容惡,以感化其心志;有時不忍辱,以傳揚其是非。惟多貪念而穩見,好爭而機深也。
骨相の第十四式、第十四幅の圖に對照して看よ、名は「川字骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、上端は頭頂の「百會」に到り、下端は「風府」に齊しく、當中の一根は比較的長く、両側の兩根は比較的短く、形「川」の字のごとし。ここの根の骨は富にして長寿を主る。横りて三条を成すの「三字骨」を要してこそ貴を主る。我川字骨を生ずるの人を考察すれば、祖上の産業豊厚、多く是れ先人の外に在りて官を做りて家業を置き下せし、本人は坐して余蔭を享くるの一類に属す。亦た嗣を承け繼ぎを過ぎて田宅を接收するを兼帯するあり、加うるに外地に到りて經營し、時機に乗じて擴張し、財源を開闢し、貨物を販運し、因りて中上等の富有に達到し、平常常に貴人と往來す。ここの種の人は頭の一個の兒子を刑剋し、先ず女児の一輩を立て、妻妾も亦た多し。兒子は來ること晚く、而且往々是れ庶出。彼は色を好みて官司多く、又た常に親戚朋友の拖累を受く。天性聡明にして機變あり、凡事多く盤算を加え、善く廣く朋友を交わり、大流に隨えば即ち能く衆人と一片に打ち成る。又た言談に善く、交際し來れば各界皆喫き開く能う。安危の大事に遇えば能く大體を抓住し、利害得失に遇えば則ち多く機に隨いて應變す。時に能く惡人を容忍し、感化を用いて以て彼の心志を轉變せんと想う。時に又た半点の委屈を受くる能わず、是非を張揚し出ださざれば非ざるを可とせず。ただ貪念偏に多くして處處穩を求め、勝を爭うを好みて心機深沉なり。
骨相第十五式:按第十五圖式,名為翠環列星骨。在後腦海之兩側,左右二骨如雞卵形,微橢圓之勢,當中隔開,高耳廓兩分。主小貴而有壽徵,器量微小,而又僕。然有弟兄叔伯之相欺,妻妾子女之不力,以致內顧隱憂,而多挪雜之煩惱。惟衣祿豐足,中猶其發達,初年多勞碌,晚年多顧忌。其人天性耿介心平,界於善惡兩途之間,既不能放縱而遠大之,又不能容忍其細故之怨。雖云和平忠厚,每因小而失大,守婦人之仁,以招災患也。外立小善以沽名,內貪小利以藏狡。好勝而狹,不容加以不宜;輕重不當,循私加以自用。無事多事,自取其累也。
骨相の第十五式、第十五幅の圖に對照して看よ、名は「翠環列星骨」と叫ぶ。それは後腦の両側に長じ、左右各々一根、形狀鶏蛋のごとく、略か橢圓の勢を呈し、中間隔開し、位置耳廓に高く出づること約二分。ここの一式は小貴にして長寿の徵あるを主る、ただ是れ器量狹小、又た肯んじて人の下に屈居す。不過彼は兄弟叔伯の欺壓を受け、妻妾子女又た皆得力せず、以致家裏總て隱憂あり、雜七雜八の煩惱斷えず。好きは衣食俸禄豊足し、中年正に是れ彼の發達するの時。早年多く労碌し、晚年多く顧慮す。ここの種の人は天性耿直・心氣平和、恰好善と惡の両条の路の中間に處す:既に手脚を放開して一番の大事を做り去る能わず、又た一点点の小小の怨隙を容れ得下がらず。雖説人と為りて和平忠厚なれど、卻って毎々小に因りて大を失い、婦人の仁を守りて、かえって禍患を招來す。彼は外に在りて小善事を做りて以て名声を博し、心裏又た些かの小利を貪りて幾分の狡黠を蔵す。強を爭い勝を好みて氣量狹窄、容讓せざるべきの地方偏に容讓せんと要す。輕重の拿捏當らず、私を徇するの外なお剛愎自用す。本来事なきも亦た事を生出し來るを要す、皆是れ自ら找うの拖累なり。
骨相第十六式:按第十六圖式,名曰玉堂雲壘骨。平耳廓而橫過,下從奸門之後起,至耳後之壽骨止,長不過兩寸,故名雲壘也。主為常貴之典史佐貳,主富亦為素豐小康,惟妻妾賢淑,壽徵稍弱。有時名重權輕,迂酸不達,故多駁雜不純。有品行而負氣,六親少力;無經驗而固執,知交有益。外多貴人輔助,措施不宜;內為獨善拘節,子女有善教而沽名,家政多清廉而立表。天性明敏厚,謹慎持重,守信如一,認定不改,剛正而有善根,持久而如常態。窮理盡性以修身,寬厚守禮而濟物,盛世事吉,亂世受制也。
骨相の第十六式、第十六幅の圖に對照して看よ、名は「玉堂雲壘骨」と叫ぶ。それは耳廓と齊平にして橫りて過ぎ、下端は「奸門」の後面より起こり、耳後の「寿骨」に到りて止み、長さ兩寸に過ぎず、形狀層疊して雲のごときに因り、ゆえに「雲壘」と叫ぶ。ここの一式は尋常の貴職を做るを主る、典史・佐貳の一類の副職の小官のごとし。財富を論ずれば亦たただ素來寛裕の小康の家なり。妻妾賢淑、寿元卻って稍ば單薄を嫌う。彼は時に名望大にして權柄小、人と為りて迂闊酸腐・世故に通ぜず、ゆえに一生の際遇多く駁雜にして純ならず。彼は品行ありて性子を使うを愛し、六親幇け上がる能わず。閱歴なくして己見を固執す、好きは益友の相助あるなり。外に在りては常に貴人の扶持を得、ただ事情を處置するに往々時宜に合せず。内に在りては則ち獨りその身を善くし・小節を拘守し、子女を教うるに方ありて亦た此に借りて名を博し、家を治むる清廉にして此を以て表率と立作す。天性明達敏捷にして厚道、謹慎持重、信を守りて始終一のごとく、認定したるの事は再び更改せず、剛正にして善根あり、持するに久しくして神色常のごとし。彼は事理を窮究し・己の本性を盡くすを以て身を修め、寛厚にして禮を守るを以て他人を周濟す。太平世に生ずれば事事順遂し、乱世に生ずれば則ち處處制を受く。
骨相第十七式:按第十七圖式,名為四方金印骨。在後腦海之中心,其骨方形,故名金印。以大突而有勢者,為大富貴,則為國家柱石人材,盛世主卿相,而有善政也;亂世主將帥,而拓疆土也。小而較平者為中等富貴,文廳道,武師旅。最次者,亦因人而貴,借力而發:一為結合團體之進取,一為仰仗貴戚之輔助,然亦趨時勢之潮流,合眾心之理想。其天性聰明不勤,遠見不慎,務名貪功,拘義疏,遺誤於親情,明知不拒,受累於偏好,負氣自矜,亦有鬱結之痼疾。喜山水而流連,好奇談而妄語,愛酒色而娛樂,貴而好名之格也。
骨相の第十七式、第十七幅の圖に對照して看よ、名は「四方金印骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、骨形方正、ゆえに名を取りて「金印」となす。ここの根の骨の大にして凸出し・氣勢充足のは、大富大貴を主り、是れ國家の棟梁の材:太平世に生ずれば能く公卿宰相を做りて善政を留下す。乱世に生ずれば能く將帥を做りて國家のために疆土を開拓せん。骨小にして比較的平坦のは、ただ是れ中等の富貴、文は廳道の一級を做り、武は師旅の一級を帯ぶ。最次の一等も、亦た能く別人に靠りて貴・外力を借りて起こる:一種は團體を聯合して一同に進取し、一種は顯貴の親戚に仰仗して提擕せらる。不過これも亦た時勢潮流に順應し・衆人の心愿に合うと算うべし。ここの種の人は天性聡明にして勤勉せず、遠見ありて謹慎足らず、一心に名を求め功を貪り、小義に拘泥して大節に疏し。親情の上に於て常に差錯を出だし、明かに妥ならざるを知りても亦た拒絶を肯んぜず。偏執の嗜好に因りて拖累を受け、又た氣を使い自負するを愛し、なお常に鬱結して解けざるの老毛病あり。彼は山水を喜愛して流連して返るを忘れ、奇聞を談ずるを愛して説話準なく、酒色を好みて享樂に耽る、總じて是れ顯貴にして名を好むの一種の格局なり。
骨相第十八式:按第十八圖式,名為銳角長壽骨。在福堂骨之後,橫耳廓之上,繞入耳後高骨止,橫斜而下插。其骨微長而如銳角形,又入壽骨之連帶勢,故名銳角長壽骨。主大壽而足衣祿,於名則為鄉里之榮名,於富則為素豐之小富。大多數為自立之業,以商以藝而發達,故三十左右,方立基礎而娶妻,四十左右,方進田宅而旺子。天性厚樸實,謹慎穩見,無大德亦無大惡,有小怨而有小累。公平正直,常抱天理良心,力維節衣惜食,近慮遠憂,任勞到老不閒,認員守己不妄。人謂愚拙,而財日豐;子孫不多,而累亦少。
骨相の第十八式、第十八幅の圖に對照して看よ、名は「銳角長寿骨」と叫ぶ。それは「福堂骨」の後面に長じ、耳廓の上方を橫りて過ぎ、繞りて耳後の高骨に到りてこそ止住し、走勢は是れ斜めに橫りて下に向かいて挿す。ここの根の骨は略長、形狀一個の銳角のごとく、又た「寿骨」と連なりて一片を成す、ゆえに「銳角長寿骨」と叫ぶ。ここの一式は大寿を主りて衣食俸禄缺けず:名声を論ずれば不過是れ郷里に於て人の尊敬を受くる、財富を論ずれば亦たただ素來寛裕の小富。ここの根の骨を生ずるの人は大多是れ白手にて自立するの家業、經商に靠るかあるいは一門の手藝に靠りて發達し來る、ゆえに三十歳の上下に到りてこそ基業を立穩し・妻室を娶り上げ、四十歳の上下に到りてこそ田宅を置き下し・丁を添え子を旺す。天性厚道朴實、謹慎にして處處穩を求め、大徳あると説き上がらず、亦た大惡を做し出だす能わず。些かの小怨隙あるあらん、亦た些かの小拖累あるあらん。彼は人と為りて公平正直、心裏常に天理良心を存し、一力衣を節し食を縮め、眼前の事と長遠の事と皆心上に放き、力を出すを肯んじ、老に到るも亦た閑じ下がる能わず、本分に安じ己を守り、非分の想を做さず。旁人彼を愚笨拙訥と説くも、彼の家財は卻って一天比べて一天厚し。子孫多からず、牽累も亦た相応して少なし。
骨相第十九式:按第十九圖式,名為崑崙奇峰骨。在後腦海之正部,其骨上尖下闊,微長而雄突有勢。多主武貴,而擁兵柄,大而屏藩重臣,小而邊鎮守將。持勇好鬥,不惜犧牲生命;立威好殺,偏能制勝出奇。外結黨羽,而有大志;內結腹心,而有妄想。天性英明有智,凡事多機警,每能預料。剛燥自用,負氣好勝,心毒而有恆,陰險而有智,輕財而務名,驕傲而誇功。有時狐疑,決斷於倉皇之間;有時豪慨,片言有九鼎之重。殘忍之心,惻隱之心,兼而有之;情慾之惡,施濟之善,兩皆有也。
骨相の第十九式、第十九幅の圖に對照して看よ、名は「崑崙奇峰骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、骨形上端尖り・下端闊く、略長にして雄壯凸起・氣勢人に逼る。ここの一式は多く武職の顯貴にして兵權を手握するを主る:大なるは一方を屏藩するの重臣を做り、小なるは邊關を鎭守するの將領を做る。ここの種の人は勇を恃みて鬭うを好み、性命をも把て出だして拼するを肯んず。威を立てて殺伐を好み、偏偏又た能く奇を出だして勝を制す。彼は外に於て黨羽を交結し、胸中に大志を懐抱す。内に於て心腹を籠絡し、心裏も亦た非分の想を存す。天性英明にして智謀あり、事に遇えば機警、往々事先に料到する能う。彼は剛烈急躁にして剛愎自用し、性子を使うを好み・強を爭い勝を好む。心地狠毒にして事を做るに恒あり、人と為りて陰険にして頭腦精明。錢財を看重せざるも卻って極めて名声を重んじ、驕傲自滿にして戰功を誇耀するを愛す。時に疑慮重重、倉皇の間にこそ勉强して決斷を作出す。時に豪邁慷慨、一句の話就ち九鼎より重し。殘忍の心と惻隱の心とは、彼の身上に於て是れ併存す。聲色を縱りの惡習と他人を周濟するの善行とも、亦た是れ両樣皆あり。
骨相第二十式:按第二十圖式,名為泰山枕骨。在後腦海之正部,其形分二種:此為順泰山枕骨,主聰明而富貴,博學而大壽;一為倒山字枕骨,亦主富貴聰敏,而有驚災勞碌及壽。均主有根基,前業不多,本身發達,則名成富豐矣。其子女俱貴,而紹箕裘之業。天性明敏慈良,厚忠信,穩見有恆,知足不妄,執定見解,而不變通,持重拘節,而不陰險。獨識人不足,而有恩恩怨怨之糾紛;措施不宜,而有親親疎疎之遺累。能容小惡,能吃小虧,故為平安持久之格也。
骨相の第二十式、第二十幅の圖に對照して看よ、名は「泰山枕骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、形狀兩種に分かつ:ここに繪るは正着の「順泰山枕骨」、人の聡明にして富貴・學問廣博にして大寿を享くるを主る。別の一種は倒さに來るの「倒山字枕骨」、同じく富貴聰敏を主るも、ただ驚険災厄と一番の労碌を經過するを要し、亦た一樣に寿あり。兩種皆家に根基あるを主る:祖上の留下したるの產業雖多からざるも、本人に靠りて發達し來れば、便ち能く名声を成就し・豊厚の家財を積起せん。彼らの子女も亦た皆顯貴、能く父業を承繼す。ここの種の人は天性明達敏捷にして慈善、厚道忠信、事を看るに穩を求めて恒心あり、知足して妄念を生ぜず。ただ一個の看法を認準すれば即ち變通を肯んぜず、人と為りて持重・小節を拘守するも、卻って陰険ならず。唯獨人を看るの眼力足らず、因りて常に恩怨の糾纏あり。事情を處置するに時宜に合せず、因りて親疏遠近の間に拖累を落下す。好きは彼能く小惡を容忍し、能く些かの小虧を喫す、ゆえにここの一種は是れ平安にして長久の格局なり。
骨相第廿一式:按第二十一圖式,名為三星福壽骨。在後腦海王部,上一骨圓而大,高過耳廓;下二骨圓而小,平過耳輪,此名三星也。如上一骨方形,下二骨圓式,則為承露秉玉骨。按三星骨,貴倍於富;承露骨富倍於貴,此其區分也。三星骨有勞碌風塵之經過,子女略少;承露骨為取守之享受,子女倍多。天性聰明多思,謹慎拘節,每事知足問心,處事守義念舊,厚無毒,交際有信。進退不出其範圍,持重不亂其規矩,得失如常態,見解尤高深,故安全也。
骨相の第廿一式、第二十一幅の圖に對照して看よ、名は「三星福寿骨」と叫ぶ。それは後腦正中の一帯に長じる:上面の一根は圓にして大、位置耳廓に高く過ぐ。下面の兩根は圓にして小、耳輪と齊平なり、三根合して即ち「三星」と叫ぶ。如果上面の一根は是れ方形、下面の兩根は是れ圓形なれば、則ち別に「承露秉玉骨」と叫ぶ。分別に就いて言えば、三星骨は貴を主ること富を主るに超過し、承露骨は富を主ること貴を主るに超過す、これは是れ両者の區分。三星骨を生ずるの人は一段の風塵労碌を經過するを要し、子女略か少し。承露骨を生ずるの人は則ち成を守り福を享くるを以て主と為し、子女は一倍を多出せんと要す。ここの種の人は天性聡明にして心思細密、謹慎にして規矩を拘守し、凡事知足・事事心を捫ねて自ら問い、世を處するに信義を重んじて舊情を念い、厚道にして毒なく、人と交往するに信用を守る。進退自己の分寸を越えず、持重にして自家の章法を乱さず、得失來去神色常のごとく、見識尤其深遠、ゆえに一生平安にして険なし。
骨相第廿二式:按第廿二圖式,名為明珠碧玉骨。在後腦海正部,上一骨圓突如珠,下一骨長橫如玉。主富貴而有盛名,半為甘棠遺愛,半為文章流傳。剛正過餘,言詞表於形色,故有招嫉結怨,履波濤而過;不安於小人,故有謪貶挫折,見驚災而彰。主刑妻克子而有壽,子女多從庶出也。其天性剛直威嚴,不避嫌疑,不懼危險,不妄舉動,不惑名利,正大有遠志,持義不苟且,不容惡,不忍辱,以致黨爭日烈,讒害日深。利害關念不釋,安危計劃常在,終有遺誤,而名成焉。
骨相の第廿二式、第二十二幅の圖に對照して看よ、名は「明珠碧玉骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じる:上面の一根は圓圓に凸起して珠子のごとく、下面の一根は橫長平鋪して玉板のごとし。ここの一式は富貴にして盛名を享くるを主る、一半是れ召公のごときの「甘棠遺愛」を留下するの徳政に象り、一半是れ文章著述を靠りて後世に流傳す。彼は剛強正直にして頭を過ぎ、心裏何を想うも全て臉上に寫し・嘴上に説き、因りて人の嫉恨を招き・怨仇を結下し、一生風浪の裏を過ぎ來るのごとし。彼又た小人を容れ得ず、ゆえに屢々貶謫挫折に遭い、毎々驚険災厄の中に於てこそ本色を顯出す。ここの一式は妻を刑し子を剋して自身寿あるを主り、子女多半是れ庶出。彼の天性は剛直にして威厳あり:嫌疑を回避せず、危険を畏懼せず、輕擧妄動せず、名利に迷惑せられず。胸襟正大にして志向長遠、道義を持守して苟且を肯んぜず、惡人を容れ得下がらず、亦た屈辱を受くる能わず。正に此に因りて、朋黨の爭いは一天比べて一天激烈に、讒言陷害は一天比べて一天深重し。彼は心裏の利害の算計放き下がらず、安危の籌劃も亦た一刻も停まらず、最終難きを免れずして失誤あり、しかるに名声は卻って此に因りて成就せり。
骨相第廿三式:按第廿三圖式,名為一炁懸針骨。在後腦海正部,下從大椎之骨節起,上至百會止,如天柱聳幹。主武貴居多,權威極重,此為國家柱石,舉足有安危關係。事業心重,常慕古之偉人行動,以自勵也。惟出身寒微,又刑人丁,故三妻四妾,子女均弱不立,又在四十後,有婢妾所生之子一二也。其天性英明有斷,大志不群,剛毅有智,機勇好殺,亦能忍上加忍,毒上加毒。專於學識事業,不計其它關係,持其大節,神而明之;守其大義,誤而不悔。內多鬱結籌劃,外常安閒表示,鎮靜有餘,而持重也。
骨相の第廿三式、第二十三幅の圖に對照して看よ、名は「一炁懸針骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、下端は頸後の「大椎」骨節より起こり、上端は頭頂の「百會」に到りて止み、一根の天柱のごとく直挺挺に豎る。ここの一式は武職の顯貴を主るの居多く、權威極めて重く、是れ國家の棟梁、一擧一動皆安危の大局に關係す。ここの種の人は事業の心極めて強く、常常古代の偉人の行事を仰慕し、用いて以て自己を激勵す。ただ是れ出身寒微、又た家中人丁を刑剋す、ゆえに三妻四妾し、子女皆體弱にして立ち難し。四十歳の以後に到りて、こそ一兩個の婢妾の生ずる所の兒子あらん。彼の天性は英明にして決斷あり、志向遠大にして流俗と同じからず、剛毅にして智謀あり、機警勇悍にして殺伐を好む。同時に又た能く一忍再忍し・一狠再狠す。彼は専心學問と事業の上に在り、別の關係を計較せず。大節を把守するの道理を體會して透徹入神し、大義を守住し、即ち此に因りて失誤するも亦た悔いず。心裏許多の籌劃を鬱結すれど、外表は卻って總て安閑自在を顯し、鎮靜余裕ありて處處持重す。
骨相第廿四式:按第廿四圖式,名為金鎖十字骨。在後腦海正部,橫骨較短,直骨較長,而成十字架。主製造專家,或技藝專長。初年奔牠勞碌,中年遇合發達,而為貴人賞識,衣祿豐足,妻淑子賢。稍有挫折遺累:半為識人不足,因權利而糾紛;半為族戚牽制,因情義而包圍。天性厚中有刻苦,慈良而又量狹,思想細密,專精其志,而美其用。有時偏傲任性,負氣妄行,與大多數心理相反,此其結怨招尤之處也。
骨相の第廿四式、第二十四幅の圖に對照して看よ、名は「金鎖十字骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、橫の一根は比較的短く、直の一根は比較的長く、兩根交叉して十字形を成す。ここの一式は人の製造の方面の専門家と成るを主り、あるいは一門の専精するの技藝あり。彼は早年奔波労碌し、中年に到りて機縁に遇上してこそ發達し、貴人に賞識せられ、此より衣食俸禄豊足し、妻子賢淑、兒子も亦た氣を爭う。中間も亦た些かの挫折牽累を免れず:一半是れ人を看るの眼力足らざるに因り、權位利益のため人と糾紛を起こす。一半是れ本族親戚の牽制を受け、人情道義に包圍せられて身を脱し開く能わざるに因る。彼の天性は是れ厚道の中に刻苦を帯び、慈善良善にして氣量偏に窄く、思慮細密、心志専一、因りて能く本事を好き處に發揮す。ただ時に偏執自傲・性子に由りて來り、一口の氣を賭けて即ち胡乱に事を行い、多數の人の想法と反して走る、これは正に是れ彼の怨を結び人の非議を招くの地方なり。
骨相第廿五式:按第廿五圖式,名為靈神奇智骨。在耳輪之下,接近腮頤,似三角形,而至耳後之髮際。主聰明奇巧,而有慧根;豐衣足食,而多博覽;多才藝而好辯,通今而博古。才華浮露於外,有大志而輕舉,多嗜好而縱慾,故中年多疾厄:半為腎虧之痼疾,半為負氣之痞瞞,又於血液痔漏,胃氣哽噎,是其常度病。其骨大者,為公使之外交家;小者為政客之遊說輩。天姿聰敏,而有急智之轉機;見景生情,而有迎合人之心理。器量狹小,是為輔佐之貴名;遇折勞心,是為壽徵之弱點。好道而眩奇,美術而驕傲,虛榮心重,而多風塵也。
骨相の第廿五式、第二十五幅の圖に對照して看よ、名は「靈神奇智骨」と叫ぶ。それは耳輪の下方に長じ、腮頬に挨近し、形狀一個の三角のごとく、一直に耳後の髮際に連なる。ここの一式は人の聡明奇巧にして慧根あるを主り、衣食豊足にして群書を博覽し、才藝多くして又た辯論を愛し、既に當今に通曉して又た往古に熟知す。ただ是れ才華皆外に浮露し、志向雖大なるも卻って常に輕擧妄動し、嗜好又た多くして聲色を縱る、ゆえに中年病多し:一半是れ腎虧の一類の老毛病、一半是れ氣を憋えて積成せるの痞塊脹滿。此の外血症・痔漏・胃氣哽噎のごときは、亦た皆是れ彼の常に犯すの病。ここの根の骨の長じて大なるは、以て外國に出使するの外交家を做る能う。長じて小なるは、即ち是れ四處游説するの政客の一流。彼は天資聰敏、事に遇えば急智ありて機に隨いて應變する能う。景に見て情を生じ、甚だ人の心理を迎合するを懂得す。氣量偏に小、ゆえにただ一個の輔佐性の貴顯の名分を得るのみ。一たび挫折に遇えば即ち神を傷め心を労す、これは是れ彼の寿元の上の弱點。彼は道術を喜好して奇を炫うを愛し、美術を講究して幾分の驕氣を帯び、虚榮の心重く、因りて一生多く風塵の中に奔走す。
骨相第廿六式:按第廿六圖式,名為中峰天柱骨。在南嶽之間,下從印堂起,上至百會止,又名玉柱骨。大而聳幹有勢者,為帝王霸業,及僭號之格也;次則為公侯將相,而為國家柱石之臣;又次則上貴一省之首長。有雄才大略,威嚴持重,功在當時,名垂身後。有先文後武,拓土開疆;志向之大,有慕聖賢之為;名望之重,有如泰山之勢。天性英明嚴恪,膽識過人,豪慨縱談,而愛詩酒;窮通不亂,而如常態;鎮靜持重,而有驚人之舉動;功罪兩評,而有凌雲之氣魄。守其義而不妄,務其名而任勞。自負為英才,非自欺也;人稱為俊傑,本合格也。
骨相の第廿六式、第二十六幅の圖に對照して看よ、名は「中峰天柱骨」と叫ぶ。それは額頭の「南岳」のここの一片に長じ、下端は「印堂」より起こり、上端は頭頂の「百會」に到りて止み、亦た「玉柱骨」と叫ぶ。ここの根の骨の長じて粗大・高聳挺拔にして氣勢あるは、是れ帝王の霸業以至僭号して尊を称するの格局。次の一等は公侯將相を做り、是れ國家の柱石の臣。再次の一等も亦た是れ上等の貴顯、一省の最高長官を做る。ここの種の人は雄才大略あり、威厳にして持重、功業當世に成り、名声身後に流傳す。あるは先ず文を以て家を起こして後に武に轉じ、國家のために疆土を開拓す。志向の大は、處處古の聖賢の作為を仰慕す。名望の重は、穩なること泰山の勢のごとし。彼は天性英明にして嚴肅恭謹、膽識人に過ぐ。談鋒豪邁縱橫、詩酒を喜愛す。困厄なるも顯達なるも論ぜず皆慌てず、神色一たび平常のごとし。平日鎮靜持重、卻って常に人を驚かすの擧を做出す。功過是非人の評説に任せ、胸中自ら凌雲の氣魄あり。彼は道義を守りて妄為せず、名声を追求して苦を喫するを肯んず。彼は自負して是れ英才、併せて是れ自ら欺くにあらず。旁人彼を俊傑と称す、本来も亦たここの称号に够得上。
骨相第廿七式:按第廿七圖式,名為左右撒插骨。在後腦之兩側,斜入後頸之髮際。其右撒插骨,主小富貴而多成敗,每有晝蛇添足,弄巧反拙;左撒插骨,主常貴不富,有壽無毒,每有勞碌奔牠,飄零不宜。左右俱有,則主聰敏而好辯,長於言詞之浮華外表,見小而妄貪,短於行為之自欺政策,故有破梓離鄉,忽成忽敗。子女雖少,而有能為。四十以前均為虛花,四十以後較為亨吉,子女發達故也。遠而不周到,貪利而不善後,因小誤大故也。
骨相の第廿七式、第二十七幅の圖に對照して看よ、名は「左右撒插骨」と叫ぶ。それは後腦の両側に長じ、斜めに後頸の髮際に挿入す。ただ右辺の一根を生ずるは、小富小貴にして成敗起伏を主り、事を做して常に蛇を畫き足を添え・巧を弄して拙と成る。ただ左辺の一根を生ずるは、尋常の貴顯にして富まざるを主り、寿数ありて心地毒ならず、一生多く労碌奔波し、外に漂泊して安定せず。若し左右の兩根皆あれば、即ち人の聰敏にして辯を好むを主り、長處は口才の華美・外表の體面に在り、短處は眼光の短浅・貪心妄動に在り、盡く些かの自ら欺き人を欺くの勾當を幹り、因りて往々故郷を離れて別に出路を謀り、忽ち成功し忽ち失敗す。彼は子女雖少なるも、卻って皆出息あり。四十歳以前に得る所は皆是れ虚花にして實ならず、四十歳の以後境遇轉じて好し、正に是れ子女に靠りて發達するの縁故。彼は遠くを看る能うも卻って周到に做らず、眼前の小利を貪圖して收尾を顧みず、皆是れ小に因りて大を失うの縁故なり。
骨相第廿八式:按第十八圖式,名為一陽骨。在後腦正部相,平耳欄橫過。細小而長者,名一陽骨,主創立宏恢,得內外輔助,以進名而致富;寬大而短者,名腰鼓骨,主勞碌奔馳,內顧多憂而掣肘,得疎遠之助,成小貴素豐之業也。天性為中等智識,貪利而務名,任勞而受怨,每事回頭思想;逢智而率真,逢愚而利用。事無大小,積極進行而求其成;不分德怨,謹慎考慮而守其矩。勞碌反覆,而不灰心;小富小貴,而不驕傲,是其一長。
骨相の第廿八式、圖に對照して看よ(源文誤りて「第十八圖式」と作る、応に第二十八たるべし)、名は「一陽骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、耳欄と齊平にして橫りて過ぐ。骨形細小にして長きは、こそ「一陽骨」と叫び、人の能く開創して家業を光大し・内外皆人の幇襯あり・名声に靠りて進みて富を致すを主る。骨形寬大にして短きは、別に「腰鼓骨」と叫び、一生労碌奔波を主り、家裏煩心の事多くして處處掣肘し、かえって疎遠の人は幇け肯んず、ただ小貴にして素來寛裕の局面を成就する能うのみ。ここの種の人は才智中等に属し、既に利を貪りて又た名を求め、力を出すを肯んじても常に埋怨を落し、凡事做り完了してもなお頭を回えて再び一遍を想う。聡明の人に碰上れば彼直來直去し、糊塗の人に碰上れば彼手に隨いて利用す。事情大小を論ぜず、彼皆積極に往きて辦し・做り成さざれば可ならず。對方恩あるも怨あるも管せず、彼皆謹慎に考慮し・自己の規矩を守住す。労碌反復して心を灰せず、小富小貴にして驕傲せず、これは是れ彼の一個の長處なり。
骨相第廿九式:按第廿九圖式,名為青雲上字骨。在後腦海正部,形如上字,有缺左缺右之分。缺左主刑母刑弟兄,又刑女也;缺右主刑父刑妻妾,又刑子也。此為技藝專家,心靈手巧,而有物品器具之發明。古人為異鄉風塵,刻下為歐美遊歷,專門人才,能製造也。天性聰明,負氣任性,智識頗高,記億尤強,有恆心之任勞,立遠志之勇進。妻宮外配而復離異,子星遲成而復弱少:半為不修身之戕,半為有偏見之挫折。成功雖多,結怨不少。因愛而生害,落情魔之圈套;臨險而發達,受尚武之鼓勵。膽大心細,志堅術奧也。
骨相の第廿九式、第二十九幅の圖に對照して看よ、名は「青雲上字骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じ、形狀一個の「上」の字のごとく、左辺の一笔を缺くと右辺の一笔を缺くとの兩種に分かつ。左辺を缺くるは、母親と兄弟を刑剋し、併せて女児を刑剋するを主る。右辺を缺くるは、父親と妻妾を刑剋し、併せて兒子を刑剋するを主る。ここの一式は人の技藝の専門家と成るを主り、心思靈巧・手上に功夫あり、能く器物用具を發明す。古人の身上に放けば、是れ遠く他郷に走りて風塵の中に生活を討うを要す。今天に放けば、即ち是れ歐美に到りて游學考察するの専門の人才、能く製造を搞る。ここの種の人は天性聡明、性子を使い・自己に由りて來るを愛す。學識相當高く、記憶力尤其強し。苦功を下すを肯んじて恒心あり、遠志を立定して進取に勇あり。彼の妻子は多く外地に於て娶り來りて後來離異し、兒子來ること晚く而且體弱人少なし:一半是れ自己身を修めず・元氣を損いたる、一半是れ脾氣偏執の招來せるの挫折。彼成功の時雖多いも、結下したるの怨も亦た少なからず。情愛に因りて禍害を生出し、情魔の圏套に落進す。危険の處に臨めばかえって發達す、是れ尚武の風氣の激勵を受けたるなり。彼は膽子大にして心思細く、意志堅定にして手段深奥なり。
骨相第三十式:按第三十圖式,名為碧玉品字骨。在後腦海正部,上一下二,為順品字骨較逸;上二下一,為反品字骨較勞。均主文名之貴,師位之尊,文化專家,教育人才,長於學問而博古溫故,短於理財而社會不深。但紹前業之餘,而有祖德;種靈慧之根,而復發憤。自俸頗儉潔,可為人表;持家尤清白,可立井法。天性明敏慎細,拘節守禮,刻苦自己,待人亦然;呆滯教人,對友尤甚。利義分兩途,有時混合以求之;名權有專責,有時越軌以貪之。多小善而無大惡也。
骨相の第三十式、第三十幅の圖に對照して看よ、名は「碧玉品字骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じる:上面一根・下面兩根のは、是れ正着の「順品字骨」、一生比較的安逸なり。上面兩根・下面一根のは、是れ倒さに來るの「反品字骨」、一生比較的労碌なり。兩種皆文名を以て貴を取るを主り、人の師表と為るの尊榮を享け、文化の方面の専門家・教育界の人才と成る。長處は是れ學問好く、能く古今に博通し・故を温めて新を知り、短處は是れ理財に善からず・人情世故を懂得せず。彼らは祖上の余したるの産業を承繼す、是れ先人の徳を積みたるの蔭庇。本身又た靈慧の根基を種下し、因りて發憤して上進するを肯んず。彼らは自ら奉ずるに倹朴清潔、以て別人の表率を做る能う。家を治むる尤其清白、以て家法の規矩を立下する能う。天性明達敏捷にして謹慎細致、節操を拘守し・禮法を遵行し、自己に對しては刻苦し、別人に對しても亦た照樣に要求す。人を教え起こせば呆板にして變通を知らず、朋友に對して尤其然なり。利と義とは本来是れ両条の路、彼は時にも混在せしめて以て求めに往く。名と権とは各々本分あり、彼は時にも規矩を越出して以て貪る。總じて是れ小善甚だ多くして大惡なし。
骨相第卅一式:按第卅一圖式,名為刑剋奴僕骨。即淚堂斜插山根之間,其骨尖小而銳角,三楞而拱長也,略與眼眶骨相混,又名虛花骨。主操下流技藝,而發達也;多記問學之假聰明,又能穎悟而揣其情也。又主優伶界及男是女身,或女為歌妓也。能邀貴人賞識,而進田宅,惟刑剋子女,或有一女,及遲子一也。天性明敏虛浮,器小好勝,陰毒而窄狹,自誇而嫉垢。有時以小恩小惠,而沽慈善之名也。
骨相の第卅一式、第三十一幅の圖に對照して看よ、名は「刑剋奴僕骨」と叫ぶ。それは即ち「涙堂」より斜めに「山根」に向かいて挿すのあの一段:骨形尖小にして銳角を帯び、三面棱を起こし・拱起して長く、位置容易く眼眶骨と混淆す、ゆえに又た「虚花骨」と叫ぶ。ここの一式は人の下等の技藝に靠りて生を謀りて發達するを主る。彼は多半是れただ死記硬背し來るの假聡明、不過悟性差からず、甚だ人の心思を揣摩するを會す。ここの根の骨はなお人の梨園に入りて戲子を做るを主り、あるいは男子にして女相を帯び、あるいは女子淪じて歌妓と為る。彼らは貴人の賞識を得る能く、因りて田宅を置き下す。ただ是れ子女を刑剋し、あるいはただ一個の女児を得、あるいは甚だ晚くしてこそ一個の兒子あり。天性明快敏捷にして浮薄にして實ならず、器量小にして勝を爭うを好む。心地陰毒にして氣量狹窄、自ら誇るを愛し又た別人の毛病を挑るを愛す。時に一點の小恩小惠を用い、往きて慈善の名声を騙取す。
骨相第卅二式:按第卅二圖式,名為垂針骨。在後腦海正部,直骨從髮際之風府上插,橫骨平耳廓後過去,形以丁字。其骨多享前人遺產,留有數代之業,積有善功。本身無德怨,知足止,不妄動,守範圍。妻宮賢淑,而能持家;子女善教,而無遺累;家少內顧之憂,戚無外患之擾。天性樸率真,忠厚穩見,不妄一語而守信,不亂一舉而持重,寬和能吃小虧,退讓能受小辱,以平安為清福,以衣祿為天賜。有時濟危扶困,有一念之善,因戚友而感化也。
骨相の第卅二式、第三十二幅の圖に對照して看よ、名は「垂針骨」と叫ぶ。それは後腦正中に長じる:直の一根は髮際の「風府」の處より上に向かいて挿し、橫の一根は耳廓と齊平にして後面より橫りて過ぎ、兩根合して一個の「丁」の字のごとし。ここの根の骨を生ずるの人は多半先人の留下したるの遺産を享受し、家業已に幾代を傳え、祖上善功を積み過ぎたり。彼自身人と恩なく怨なく、知足して可きに及びて止み、輕擧妄動せず、自己の本分を守住す。妻子賢淑、能く家を持つ。子女教養好し、彼に拖累を留下せず。家裏心を操るの事少なく、親戚の間も亦た外來の攪擾なし。天性质朴率真、忠厚にして事を處するに穩を求む。一句の話を乱説せず、説き口を出だせば即ち信を守る。一件の事を乱做せず、動き起これば即ち持重す。彼は人と為りて寬和、些かの小虧を喫するを肯んず。退讓を懂得し、些かの小委屈を受くるも亦た忍び下ぐる能う。彼は平安を把て清福と當し、衣食俸禄を把て上天の賜する所と看成す。時にも危難を周濟し・困苦を扶助し、一念の善心を動かすは、多半是れ親戚朋友の感化せられたるなり。
骨相第卅三式:按第卅三圖式,名為羅漢骨,又名壽星骨。在耳欄之後,圓式居多,橢圓式居少,二形均主大壽。稟受先天元氣既厚,修養後天形質尤佳,故耋耄期頤不等。但刑妻妾,克子女,雖多不立,或不力而無靠也:一為有女無子,一為有孫無子,亦有螟蛉承繼而孤獨也。天性忠實愚,見小刻薄,量狹而貪,拘泥而動。不論親疏,自利而徇私;不問子女,節儉而慳悋。盛世之忠厚,豐衣足食;亂世之吃虧,暗害遺累。
骨相の第卅三式、第三十三幅の圖に對照して看よ、名は「羅漢骨」と叫び、亦た「寿星骨」と叫ぶ。それは耳欄の後面に長じ、多數は是れ正圓形、少數は是れ橢圓形、兩種の形狀皆大寿を主る。ここの種の人は先天の禀受するの元氣本就ち厚實、後天又た身體を保養するに善し、ゆえに能く七八十歳に活き乃至百歳不等に到る。ただ是れ彼妻妾を刑剋し・子女を剋損す:児女便ち生ずること多くとも難く立ち住まず、あるいは立ち住まるも亦た得力せず・靠り上がらず。あるは是れ女ありて子なし、あるは是れ孫ありて子なし、亦た旁人の子を過繼して嗣を承けて終に孤獨なるあり。彼の天性は忠厚老實にして愚拙に近く、眼界小にして人を待すこと刻薄、氣量狹窄にして貪求し、事を做るに拘泥して化せず。彼は親疏を分かたず、ただ自己を顧りて處處私を徇す。亦た子女を管せず、一味節倹して以至吝嗇なり。太平世に生ずれば、彼のここの份の忠厚は豊衣足食を換得す。乱世に生ずれば、彼は即ちただ虧を喫するの份あり、人に暗算せられて拖累を落下せん。
骨相第卅四式:按第卅四圖式,名為伏吟反吟骨。在年壽之間,直露分節,三曲兩曲,皆名伏吟骨,主破梓離鄉。前業雖有而不為用,或失敗之餘而不足,故向外進,幾經成敗,終為勞碌挫折,亦有客死他州者,有繼配而旺子女也。左右露節,三曲兩曲,皆名返吟骨,主勞碌,刑子女,克妻妾,多遺累,有衣祿,常冷退也。天性虛浮外表,而似和達;略內疑,而似鬱結。每有狡詐聰明,取決多不適宜;每有猶豫遠,用需多牽制。智小而大,力輕而任重。交際慎細和平,而動人觀聽;表示優遊容忍,而誘人貪求。以假弄假,加大遂不失為君子;借力用力,如飄搖完全為小人。半為陰險所趨,徇私妄貪,而成晝蛇添足;半為環境所迫,走險弄巧,而為飲鳩止渴,故多挫折也。
骨相の第卅四式、第三十四幅の圖に對照して看よ、名は「伏吟反吟骨」と叫ぶ。それは鼻梁の「年上」「寿上」のここの一段に長じる:豎りて骨節を露出し、あるいは三道彎あるいは両道彎のは、皆「伏吟骨」と叫び、人の故土を離れ・井を背きて生を求むるを主る。祖上の產業便ちあるも、亦た用場に派せず、あるいは早已敗落して用に足らず、ゆえにただ外に向かいて發展するのみ。幾番の成敗の後、終に労碌挫折を免れず、亦た異郷に客死するあり。なお續娶の後にこそ子女旺に來るあり。骨節左右の両側に向かいて露出し、あるいは三道彎あるいは両道彎のは、皆「返吟骨」と叫び、一生労碌を主り、子女を刑剋し、妻妾を剋損し、拖累斷えず。雖衣食俸禄あるも、卻って時々冷落退敗す。ここの種の人は外表浮泛、看るに隨和通達のごとし。内裏略か猜疑を帯び、又た心事鬱結あるのごとし。彼常に幾分の狡詐聡明あり、主意を拿うるに多半宜に合せず。常常猶豫して遠くを想い過ぎ、真に用い起これば又た處處牽制を受く。智謀小にして擔子大、能力弱にして責任重し。彼は人と交往するに細致平和、甚だ能く人の觀感を打動す。表面上は從容大度・能く容れ能く忍ぶ、其實は是れ人を引きて鈎に上がらしめ・對方の貪心を勾起す。彼は假を以て假に對し、架子を撐えて大きさらせば、卻って亦た一位置の君子と為るを失わず。一旦人の力を借りて以て力を使わば、一飄一揺の間就ち全然一個の小人なり。ここの種の人は一半是れ自身の陰険に牽かれて走り、私を徇し貪求して蛇を畫き足を添うるに落得す。一半是れ環境に逼られて出づる所、鋌りて険を走り・機巧を耍弄し、鴆を飲みて渇を止ぐるに等し、ゆえに一生多く挫折に遭う。
《公篤相法》上篇卷六
目形圖説
公篤曰:頭面以十分預算,兩目佔十分之五分,此為達摩之測量法也。以余考之,則稍過重,故餘後之測量法,頭面以百分預算,而兩目占百分之四十分,較為適宜,然亦重要之部位也。按兩目象日月,全局之機樞也,而精神含於目中,故有問貴在目之說。查左目為三陽,又能考查父宮、妻宮、子宮等類;右目為三陰,又能考查母宮、妾宮、女宮等類。故寢時神藏於心,寐時神依於目。故目之關係,可知其善惡,可查其死生,可斷其貧富,可定其貴賤,可驗其壽夭,可論其禍福,可知其剛柔,可分其勞逸,可辯其賢愚,可表其喜怒。長細而收藏者為吉,圓露而浮白者為凶。形大目宜大,形小目宜小,總以勻配為合格,反此為不合格。茲將正當關係,與附帶關係列後。
陳公篤曰く:整個の頭面を把て十分と算えば、両只の眼睛就ち五分を占む、これは是れ《達摩相法》の一系の測量法。我が考察に依るに、ここの比重定むること稍ば偏高を嫌う、ゆえに我後來百分制に改用す:整個の頭面を一百分と算え、両眼は四十分を占む、比較的合適なり。不過眼睛仍旧是れ最も要緊の部位。両只の眼睛は人身の上に於て日月を象徵し、是れ全局の樞機の所在、一個人の精神皆眼の裏に含む、ゆえに相法の上に「貴を問うは目に在り」の説法あり。分工に就いて言えば、左眼は「三陽」に属し、以て中より父親宮・妻子宮・兒子宮のここの一類を考察する能う。右眼は「三陰」に属し、以て中より母親宮・妾室宮・女児宮のここの一類を考察する能う。人睡り下ぐるの時は神心の裏に収蔵し、寐せんとして未だ寐せざるの時は神則ち眼の上に依托す。ゆえに眼睛のここの一處の關係極めて大なり:眼を看れば以て一個人の心地の善惡を知る能く、以て彼の生死を察出する能く、以て彼の貧富を斷定する能く、以て彼の貴賤を判明する能く、以て彼の長寿あるいは短命を験證する能く、以て彼の禍福を推論する能く、以て彼の性情の剛柔を知る能く、以て彼の一生の労苦あるいは安逸を分辨する能く、以て彼の賢能あるいは愚蠢を辨別する能く、なお以て彼の此刻の喜怒を看出する能う。眼形細長にして神氣内斂のを以て吉と為し、眼形圓凸にして眼白浮露のを以て凶と為す。身形大の人は眼睛大なるに宜しく、身形小の人は眼睛小なるに宜し、總じて彼此勻稱相配を以て合格と為し、反過來れば即ち是れ不合格なり。下面に眼睛の主要の關係と附帯の關係とを分列し出だす。
一.烏珠之中心,瞳人一點屬腎,有重瞳、並瞳、反瞳、映瞳、全瞳、半瞳、聚瞳、散瞳各類之區分也。按重瞳為奇貴,主聖德勤能,英明神武,帝王之品也;並瞳亦為奇貴,主剛勇任勞,志大矜驕,為割據霸業、僭號之品也。均為兩個瞳人,一在上下,一在左右也。
第一、眼珠正中のあの一点の瞳孔は、臟腑の上に於て腎に帰属し、以て「重瞳」「並瞳」「反瞳」「映瞳」「全瞳」「半瞳」「聚瞳」「散瞳」のここの幾類に分かつ能う。いわゆる「重瞳」は、是れ極めて得難きの奇貴の相、人の聖人の德行・勤勉の才幹あるを主り、英明神武、帝王の一級の品格に属す(古書に舜と項羽と皆重瞳を記す)。「並瞳」も亦た是れ奇貴の相、人の剛強勇武・労苦を擔當するを肯んじ・志向遠大にして幾分の自負驕矜を帯ぶを主り、一方を割據して霸業を成就し・僭号して尊を称するの品格に属す。ここの兩種皆是れ一只の眼の裏に兩個の瞳孔あり、分別はただ在りて:重瞳の兩個の瞳孔は上下に排列し、並瞳の兩個の瞳孔は左右に排列す。
全瞳為全身瞳人,有特智慧根,為清貴盛名,豐衣足食,有不磨滅之事業也。半瞳為半身瞳人,為富貴貧賤、勞逸壽夭,及以上智、中智、下智各類也。反瞳為反面瞳人,及側面瞳人,主聰明奇巧,勤能有為,亦貴而成名,但多駁雜不純,刑剋勞碌,建立其事業,非病目之反瞳失明也。映瞳為近視則成兩個瞳人,遠視則依然一個瞳人,主出身微賤,流落挫折,驚險逼迫而發達,以成其武貴,性有偏好,而又疏虞,然多不完善其後也。聚瞳為文學之家,有美術專長,不學而成,瞳人縮小也,主有特別智識,才偏性傲,有貴名而多勞怨也。散瞳為瞳人散大,主貧賤勞苦,愚庸無知,又刑人丁,此為平常之流也。
いわゆる「全瞳」は、是れ瞳孔整個圓滿周正、人の特出するの智慧の根器あるを主り、清高の貴顯と盛大の名声を享け、衣食豊足、能く磨滅する能わざるの事業を做出せん。「半瞳」は是れ瞳孔ただ半辺を見るのみ、ここの一類の裏は富貴貧賤・労苦安逸・長寿短命皆あり、上智・中智・下智の人も亦た皆あり、別に別處を看てこそ定むる能う。「反瞳」は是れ瞳孔反面あるいは側面に偏在し、人の聡明にして巧思人に過ぎ・勤勉能幹にして作為ありを主り、亦た能く貴顯に因りて名を成す。ただ是れ一生駁雜にして純ならず、刑剋労碌を經過してこそ事業を立起する能う——ここに説く所の反瞳は、指すは是れ天生の瞳位の偏側、併せて是れ眼病を害して以致瞳孔翻轉失明するのあの種にあらず。「映瞳」は是れ近く看れば兩個の瞳孔あるのごとし、遠く看れば仍旧ただ一個のみ、人の微賤に出身し・他郷に流落して屢々挫折に遭い・驚険と逼迫との中に於てこそ發達し來るを主り、多く武職の上の貴顯を成就す。性情の上に偏執の偏好あり、事を做るに又た常に疏漏あり、ゆえに多半是れ一個の好き尾を収め得ず。「聚瞳」は是れ瞳孔収縮して小、多く文人學者の家に出づ、美術の方面の専長あり、人の教えを用いずとも亦た能く自ら成す。人の特別の見識あるを主り、才華一途に偏して性子高傲、貴顯の名声を享有するも、卻って亦た労苦多く・怨言多し。「散瞳」は是れ瞳孔散大、貧賤労苦を主り、愚鈍無知、なお家中人丁を刑剋するを要す、これは是れ最も平常の一類なり。
二.靈晶垣,即瞳人之接近第一垣也,號曰靈氣之結晶,有波紋處是也,則有金、玄、清、濁、黑、艶之六項。亂世靈晶垣金黃,主大貴而有特權,多危機而發達,以成其偉大事業;盛世則為中等富貴,刑人丁而招嫉,尚不善後也。靈晶垣玄黃,亂世亦主驚險陰險,奔馳駁雜,而至上貴,次亦文至廳道,武至師旅,每多逼迫而發達,冒險而成功也;盛世則為平常之貴,佐貳之官及無正權,勞碌風塵而刑剋,壽亦短促,或多疾病也。
第二是れ「靈晶垣」、指すは瞳孔に緊挨着るの第一圏、號して靈氣の凝結するの處と称す、即ち是れ眼珠の上に細密の波紋を帯ぶるのあの一圏。それの氣色は金・玄・清・濁・黑・艷の六項に分かつ。靈晶垣金黄色を呈するの人は、乱世に生ずれば大貴にして特殊の權柄を握有するを主り、往々重重の危機の中に於てかえって發達し、偉大の事業を成就す。太平世に生ずれば則ちただ是れ中等の富貴、家中人丁を刑剋して併せて人の嫉恨を招き、收尾も亦た甚だ好からず。靈晶垣玄黄色を呈するの人は、乱世に生ずれば同じく驚険を經歴するを要し、行事も亦た陰険を帯び、一生奔波・境遇駁雜し、最終能く上等の貴顯に到り、次の一等は文は廳道に做り到り、武は師旅の一級に做り到る。彼ら多半是れ形勢に逼られて出づるの發達、冒険に靠りて成功を取得す。同じくここの種の氣色太平世に生ずれば、即ちただ是れ尋常の貴顯、佐貳の之類の副職を做りて實權なく、一生風塵労碌して又た刑剋あり、寿数も亦た短促、あるいは疾病身に纏う。
靈晶垣黑潤,則為盛世之大貴,而秉重柄之公侯將相,次亦九卿刺史;亂世則為州伯邑侯而止,尚為人欺侮,即忠厚無用之別名也。靈晶垣清,大體主貴而聰敏,多才智而務名,及豐衣足祿居多,人丁亦旺,盛衰皆然。靈晶垣濁,主勞苦貧賤,刑妻克子,牽制冷退,盛衰皆然。靈晶垣豔,主富而足衣祿,又主聰明而懈怠,才小而誇大,酒色遊蕩,嗜好自戕,故主夭亡,多則四十二歲止,少則二十七歲止,細則又當考查別部如何也。
靈晶垣黑にして潤沢の人は、太平世に生ずれば是れ大貴の相、能く重權を手握るの公侯將相を做り、次の一等も亦た是れ九卿・刺史の一級。同じくここの種の氣色乱世に生ずれば、即ちただ州牧・縣令に做り到るを止み、而且なお人の欺侮を受くるを要す——説き白せば即ち是れ忠厚にして用なきの別名なり。靈晶垣清朗の人は、大体の上是れ貴顯にして聰敏を主り、才智出衆にして名声を看重し、多半衣食俸禄豊足し、家中人丁も亦た旺なり、治世乱世を論ぜず皆是れ如此。靈晶垣渾濁の人は、一生労苦貧賤を主り、妻を刑し子を剋し、處處牽制を受けて境遇冷落退敗す、治世乱世も亦た皆一樣。靈晶垣艷麗の人は、富有にして衣食缺けざるを主るも、ただ人と為りて聡明にして卻って懶散、才具有限にして大話を説くを好み、酒色に沉溺し・游荡して度なし、自己の嗜好に一點點戕害せられ、ゆえに早死を主る:長きは四十二歳に活き到るを止み、短きは二十七歳に到るを止む。細看の時はなお面上の其他の部位如何を參照して、こそ斷語を下すに好し。
三.神輪垣,內屬於肝絡,考人之賢愚剛柔也。明潤有光,主聰敏而賢;停滯而定,主笨拙而愚;其光緊急銳露,主剛燥好勇;其光和而收,主厚和平;充足有根,王大壽;浮淡無根,主夭亡。四.靈胎垣,有黑線藍線之分。其分明者,主貴壽而有作用;模糊者,主賤夭而無能力,其關鍵以此為區分之要點。如有痣痕,亦靈慧而貴名,豐富而偏傲,妄念而貪,招嫉而結怨也。
第三是れ「神輪垣」、身内に於て肝經のここの一系に属し、それを看れば以て一個人の賢愚と剛柔とを考察する能う。ここの一圏の明亮潤沢にして光彩あるは、人の聰敏にして賢能を主る。呆滯板結・一動も動かざるは、人の笨拙にして愚鈍を主る。光色急促鋭利・鋒芒外に露るは、人の剛烈急躁にして勇を逞しゅうするを好むを主る。光色柔和にして内斂のは、人の厚道平和を主る。光氣充足にして根柢あるは、大寿を主る(源文「王大寿」の「王」は當に「主」の字の誤たるべし)。光氣浮浅淡薄にして根なきは、早夭を主る。第四是れ「靈胎垣」、黑線と藍線との兩種に分かつ。線條分明清楚のは、人の貴顯長寿にして事を辦するに成效あるを主る。線條模糊不清のは、人の卑賤早夭にして能力なきを主る——ここの一處は正に是れ両者を分別するの關鍵なり。靈胎垣の上如果痣痕を長じ有れば、亦た人の靈慧にして貴顯の名を享有し・家資豊厚にして性情偏に傲り・心裏常に妄念を起こして貪求するを主り、因りて人の嫉恨を招き・怨仇を結下す。
五.聖衛輪,一名蚯蚓盤珠,有藍色之雙圈,在烏珠交界於白胞之間。其人主勞碌,而又聰明。亂世主勞碌達外,進田宅而安恢門第;盛世主勞碌受累,失前業而破敗無依。每多刑剋人丁,為續絃之妻,遲立之子,多六親之累,多內顧之憂,此其大體也。六.內貲在大眼角之內,含一肉皮,醫家謂通太陽之脈絡。露出寬大者,主結最大之仇怨,又有以公務貴名,而為挫折之驚險;露出窄小,主招官訟之是非,又有以貪財利,而為煩惱之糾紛;收藏不露者為吉,主名祿而清閒也。如內貲有一穴,主聰明有恆,而過目不忘也。
第五是れ「聖衛輪」、又た「蚯蚓盤珠」と叫ぶ、是れ兩圏の藍色の環、黑眼珠と眼白との交界するの地方に長ず。ここの一相を生ずるの人は一生労碌、ただ亦た聡明なり。乱世に生ずれば、彼のここの份の労碌は是れ外に往きて奔走して發展を求め、能く田宅を置き下し・門戸を安頓して光大せん。太平世に生ずれば、ここの份の労碌は即ち白く拖累を受くると變成し、祖上の產業を丢掉して破敗して依る處なし。ここの種の人は多半家中人丁を刑剋し、妻子は是れ續絃に娶り來り、兒子も亦た立つること晚く、六親多く拖累あり、家中常に隱憂あり、これは是れそれの大概なり。第六是れ「内貲」、大眼角の裏側に在り、一小片の肉皮を含着す、醫家ここは太陽陽經の脈絡に通ずと説く。ここの片の肉皮の露ること又た寬く又た大なるは、人の極めて深きの仇怨を結下するを主り、亦た公務の上の名位に因りて挫折驚険に遭遇せん。露ること窄小のは、人の官司是非を招惹するを主り、亦た財利を貪圖するに因りて煩惱糾紛に卷進せん。収斂して外に露さざるは最も好く、人の名あり禄ありて生活清閑を主る。假如内貲の處に一個の小孔あれば、人の聡明にして恒心あり・看過したるの東西は目を過ぎて忘れざるを主る。
七.外眥在小眼角之內,含一肉皮也,醫家謂通少陽之脈絡。露出寬大,主刑妻而好色,多冷退,一為疾厄;露出窄小,主嗜好而懼內,多口舌,一為受欺;收藏者為吉,及得賢淑之內助也。八.淚堂在大眼角之下,有紋痕處是也。其紋細而不長,主旺子女;其紋粗深而長,主刑子女。其地黑緯粉光,均主哭泣刑人丁之時,輕亦主人丁多災疾;其地青膩浮露,均主憂思傷陰病之時,輕亦主困難而失眠也。
第七是れ「外眥」、小眼角の裏側に在り、亦た一小片の肉皮を含着す、醫家ここは少陽經の脈絡に通ずと説く。ここの片の肉皮の露ること寬大のは、人の妻子を刑剋して色を好むを主り、境遇多く冷落退敗し、別の一種の應験は是れ身上に病痛あり。露ること窄小のは、人の偏執の嗜好ありて老婆を怕るるを主り、口舌是非多く、別の一種の應験は是れ常に人の欺壓を受く。収斂して外に露さざるは最も好く、なお能く賢淑の妻子を娶りて内助と為すを得。第八是れ「涙堂」、大眼角の下方に紋痕あるのあの一块。紋路細くして長からざるは、子女興旺を主る。紋路粗深にして長きは、子女を刑剋するを主る。ここの一块の氣色若し黑を發して併せて粉白の浮光を泛べば、皆人の哭泣せんと要し・家中人丁を損傷せんと要するの時に到るを主り、軽き一點も亦た家裏の人の災多く病多きを主る。ここの一块若し青色を現じ・油腻にして浮露せば、皆人の憂思過度・陰分を傷りて病を生ずるの時に到るを主り、軽き一點も亦た處境艱難・夜裏失眠するを主る。
九.魚尾在小眼角之盡而交處,近為奸門,即眼眶骨是也,目尾之紋,方名魚尾,為妻妾宮之專部。如上仰,主妻強而賢淑;如平沖,主刑妻而繼配;如下反,主刑三妻而四配;如十字紋,主不睦而生離;如交爻,主離異而官訟。其地豐滿,主妻宮強能,而根基富庶;其地黃紫,主妻宮平安,而受孕喜徵;其地青滑,主妻宮疾厄,及口舌;其地暗滯,主妻族遺累,及爭訟。如魚尾各色混合而雜花,主狎邪遊而敗家;如雜花起塵影之黑點,或如朵云,主花柳病而己身,此為縱慾自戕之例;一為妻妾宮行為不正,而有淫奔之外遇,捲款私逃也。
第九是れ「魚尾」、小眼角の末端の交會するの地方に在り、それに緊挨着るは是れ「奸門」、即ち是れ眼眶骨のあの一帯。ただ眼尾の上の紋路のみこそ魚尾と叫び、これは是れ専ら妻妾宮を管えるの部位。魚尾紋の上に向かいて翹るは、妻子能幹にして賢淑を主る。平平に直に衝き出だすは、妻子を刑剋して續娶するを要するを主る。下に向かいて反折するは、三位の妻子を刑剋して第四位を娶り到るを主る。紋十字形を作るは、夫妻和せずして分居するを主る。紋卦爻のごとき交錯のは、離婚して併せて官司を打つを主る。ここの一块の長じて豊滿のは、妻家強盛能幹・根基富庶を主る。氣色黄紫を現ずるは、妻子平安・而且懐孕の喜兆あるを主る。氣色青にして油滑のは、妻子に病災あり・あるいは口舌の爭あるを主る。氣色晦暗呆滯のは、妻族の拖累を受く・あるいはこれと訟に渉るを主る。如果魚尾の處各種の顔色混雑して花斑のごときなれば、人の外に於て花に眠り柳に宿りて家を敗るを主る。如果ここの片の雜色の上又た塵影のごときの黑點を起こし、あるいは一朵の雲のごときなれば、自身花柳の病に染上するを主る、これは是れ慾を縱りて自戕するの例子。別の一種の應験は則ち妻妾行為端ならず、人と私奔して外遇し、錢財を卷し去りて逃走す。
十.睫毛在上眼皮之交合地。睫毛粗者,亂世主貴而好淫,盛世主不貴而愚;睫毛長者,亂世主貴而勞碌,及立異鄉之外業,盛世主不貴而勞碌,及失前業一半,而不能恢復也。大凡睫毛均以柔細而短者為吉,盛衰皆主清閒,而多福祿也。十一.神床在下眼皮之交合地,即三陰之上也。宜平而收,主旺子女而多祿;不宜高露而凸起,主克子女而多憂,一為水溼之痼疾,能痊而不能斷恨也。
第十是れ「睫毛」、上眼皮の邊緣に長ず。睫毛粗きの人は、乱世に生ずれば貴顯にして色を好むを主り、太平世に生ずれば則ち貴ならずして愚鈍なり。睫毛長きの人は、乱世に生ずれば貴顯にして一生労碌を主り、能く異郷に於て別に家業を立つ。太平世に生ずれば則ち貴ならずして照樣労碌し、なお祖業の一半を丢掉し、而且再び補い回る能わず。大体の上説けば、睫毛は柔軟纎細にして短きを以て吉と為し、ここの樣の人は治世乱世を論ぜず皆清閑、福氣俸禄も亦た多し。第十一是れ「神床」、下眼皮の邊緣に長ず、即ち是れ「三陰」の上方。ここの一處は平坦にして収斂に宜しく、子女興旺・俸禄豊厚を主る。高高に凸起して外に露るに宜からず、あの樣は子女を刑剋し・憂愁斷えざるを主り、別の一種の應験は是れ水濕の一類の頑疾に患上し、雖能く治し好るも卻って根を斷え得ず。
十二.眼白之胞,宜少而不宜多,宜收而不宜露。如浮露四方見白,主凶死,及刑人丁;如浮露三方見白,主挫折,及刑人丁;自少主吉,白收主福。白胞有痣痕,主聰明而有刑剋,及爭端結怨;貴名而有嗜好,及憂思疾厄,此其大體也。
第十二是れ眼白のここの一部分、少なきに宜しく多きに宜からず、収斂に宜しく浮露に宜からず。如果眼珠の四周皆白色を浮露せば、即ち是れ相法の上の説く「四白眼」、凶死を主りて併せて家中人丁を刑剋す。如果三面白色を浮露せば、即ち是れ「三白眼」、一生挫折多きを主り、同じく人丁を刑剋す。眼白本来少なきを以て吉と為し、眼白収め得住するは福あり。眼白の上若し痣あるいは痕跡を長じ有れば、人の聡明にして刑剋を帯ぶを主り、容易く爭端を起こし・怨仇を結ぶ。亦た貴顯の名声を享有して卻って偏執の嗜好あり・憂思の過度に因りて病を生ずるを主る。以上是れ眼白のここの一部分の大概なり。
目相條解
一.秀目:秀者,清秀之謂也,以不粗不俗為合格。望之令人敬愛,接談令人適意。主聰明而靈巧,貴名而田宅,好學而成功,豐足而多祿。前人餘蔭,本身厚福,不學亦多才藝也。二.正目:正者,平正之謂也,以不歪不斜為合格。主志大而公平,正直而明達,豪慨而剛勇,厚祿而壽福。半數主貴,半數主富,否亦享受豐足之衣祿也。
第一種は「秀目」と叫ぶ。いわゆる秀は、即ち是れ清秀、粗濁ならず・俗氣ならざるを以て合格と為す。ここの種の眼睛は看上れば人をして敬を生じ愛を生ぜしめ、彼と交談すれば人をして心裏舒服せしむ。人の聡明にして靈巧、貴顯の名声と田産房産ありて、學を好みて終に能く成功し、家境富足にして俸禄豊厚を主る。彼は既に先人の余したるの蔭庇あり、自身の福分も亦た厚く、刻意に學ぶを用いずとも多く才藝あり。第二種は「正目」と叫ぶ。いわゆる正は、即ち是れ端正平直、歪ならず斜ならざるを以て合格と為す。人の志向遠大にして事を處する公平、正直にして通達明白、豪爽慷慨にして剛強有勇、俸禄豊厚にして福あり寿あるを主る。ここの種の眼睛は一半貴を主り、一半富を主り、即ち両樣皆占めずとも、亦た能く豊足の衣食俸禄を享受せん。
三.長目:長者,細長之謂也。古人以河目為享萬鍾之祿,以長能自視耳廓者,為大貴,故司馬宣王即河目自視耳廓之格,故創晉基以成其非常之功也。四.細目:細者,細收之謂也。細收而能藏神,主平安,而和蘊,清高而受祿,不浮白,不露神,主臨危不危,遇險不險,而多安全之事實也。
第三種は「長目」と叫ぶ。いわゆる長は、即ち是れ眼形細くして長し。古相書ここの種の眼を把て「河目」と叫び、それの人の萬鍾の厚禄を享くるを主ると説く。若し眼長じて自己に到りて能く斜めに耳廓を看見すれば、則ち是れ大貴の相。ゆえに晋宣帝司馬懿の生ずるは正に河目にして能く自ら耳廓を視るの格局、因りて彼晋朝の基業を奠定し、非常の功を成就せり。第四種は「細目」と叫ぶ。いわゆる細は、即ち是れ眼形細小にして収斂す。眼睛細収にして能く神氣を蔵し得住するは、人の一生平安・性情和順含蓄・品格清高にして俸禄を享有するを主る。眼白浮かず・眼神外に露さざるは、人の危難に臨みて真の危難を出ださず・険境に遇上して真の険境に陷らず・一生多く険を化して夷と為すの實例あるを主る。
五.定目:定者,神定而有根,光定而不散。主貴名而享大壽。然定者不可呆滯,方完善而收全功;如定而呆滯,則主壽而愚庸,不貴而刑剋,平常之流也。六.豎目:豎者,前平而尾上仰也。主大志而矜驕,氣慨常不群,多主武貴兵權,或文人而兼武職。有剛柔之兼併,有屈伸之知時,任勞有為也。
第五種は「定目」と叫ぶ。いわゆる定は、是れ眼神安定にして根柢あり、目光沈穩にして渙散せず。人の貴顯の名声ありて併せて大寿を享くるを主る。不過ここの「定」は呆滯に定成する能わず、定にして呆ならざるを要してこそ完備と算え、こそ全功を収むる能う。如果定得て呆を發し僵を發せば、則ちただ長寿を主りて人愚鈍平庸、既に顯貴ならずして又た刑剋あり、尋常の一流に属す。第六種は「豎目」と叫ぶ。いわゆる豎は、是れ眼の前半段平直にして眼尾上に向かいて挑り起こす。人の志向遠大にして幾分の自負驕矜を帯び・氣概常常人と同じからず・多く武職顯貴にして兵權を掌るを主り、あるいは本是れ文人にして武職を兼領す。ここの種の人は剛柔併せて具え、該屈の時は屈し・該伸の時は伸ぶるを懂得し、苦を喫するを肯んじて作為あり。
七.睫目:睫者,上眼皮交合處之毛也。以粗長為勞碌,亂世則宏恢創業,盛世則冷退失敗;以柔細為清閒,盛衰皆足衣祿,而有田宅也。八.角目:角者,三角之形式也,在大眼角之上,太陽中陽之間,合而成一銳角,故名三角眼。主剛暴不仁,急燥好勇,奢華淫佚,殘酷好殺,富貴均主凶危,又刑人丁;貧賤則無咎,孤苦勞碌也。
第七種は「睫目」と叫ぶ、説くは上眼皮の邊緣のあの一排の睫毛。睫毛粗長のは労碌を主る:乱世に生ずれば能く開創して事業を光大し、太平世に生ずればかえって冷落退敗す。睫毛柔細のは清閑を主る:治世乱世を論ぜず皆衣食俸禄缺けず、而且田宅を置き得起す。第八種は「角目」と叫ぶ。いわゆる角は、是れ眼形三角狀を呈す:大眼角の上方に於て、「太陽」と「中陽」との間に一個の銳角を合成す、ゆえに「三角眼」と叫ぶ。人の剛烈殘暴にして仁恕を講ぜず・性急にして鬭うを好み・生活奢侈にして情欲を放縱し・手段殘酷にして殺伐を好むを主る。ここの種の眼若し富貴の人の身上に長じれば、皆凶険の危ありを主りて併せて家中人丁を刑剋す。若し貧賤の人の身上に長じれば、卻って何の災禍あるあらざらん、不過是れ一生孤苦労碌するのみ。
九.斜垂:斜垂者,前半節平橫,後半節低墜也。主邪而好淫,亂世亦發武權,而刑三妻,剛燥自用,恃勇冒險,以成其功;盛世為常人,而刑妻克子也。十.黑多:黑多者,烏珠多而白胞少也。主聰明而智,富貴而壽,次亦足衣祿而守禮,旺人丁而信,平生少凶災,而不危險也。
第九種は「斜垂」と叫ぶ。いわゆる斜垂は、是れ眼の前半段平橫、後半段下に往きて墜つ。人の心術正ならずして色を好むを主る。乱世に生ずれば亦た能く發迹して武權を掌るも、ただ三位の妻子を刑剋するを要し、人と為りて剛烈急躁にして剛愎自用し、膽勇を仗りて冒険に往き、こもに靠りて功業を成就す。太平世に生ずれば即ちただ是れ普通の人、而且妻を刑し子を剋す。第十種は「黑多」と叫ぶ。いわゆる黑多は、是れ黑眼珠の占むること多くして眼白の占むること少なし。人の聡明にして智謀あり・富貴にして長寿を主る。次の一等も能く衣食俸禄充足にして禮法を守り・家中人丁興旺にして人と為りて信を守るを得。一生凶災に遇うこと少なく、危険に陷入するあらず。
十一.白多:白多者,烏珠小而白胞多也。主性急而負氣,疎忽而懈怠,貪多而輕舉,弄巧而反拙。露四白者凶死,露三白者刑剋,又主吐血痼疾,及痣漏也。十二.圓目:圓目者,即羊睛、蛇睛、雞睛之類也。主多勞碌而失敗,多驚險而挫折,刑妻又克子女,遺累又常疾厄。古人以羊睛為孤刑,蛇睛為凶毒,雞睛為困苦,均不善後而危身,及殘肢體也。
第十一種は「白多」と叫ぶ。いわゆる白多は、是れ黑眼珠小にして眼白多し。人の性子急にして氣を賭するを愛し・事を做るに疏忽にして懶散・多を貪り得を務めて輕擧妄動し・巧を取らんと想いてかえって拙を弄するを主る。四面に白を露するは凶死を主り、三面に白を露するは刑剋を主り、なお吐血の一類の頑疾および痔漏の症を主る。第十二種は「圓目」と叫ぶ、即ち是れ相法の上の説く所の羊眼・蛇眼・雞眼の一類。人の一生労碌にして屢々失敗し・驚険多くして挫折多く・既に妻子を刑剋して又た子女を剋損し・拖累斷えずして而且常年病あるを主る。古相書は羊眼を把て孤獨刑剋の相と看做し、蛇眼を把て凶狠毒辣の相と看做し、雞眼を把て困頓貧苦の相と看做す、ここの三種は皆終に善くせん能わず、而且自身に危及して、甚至肢體殘缺の虞あり。
十二.仰目:仰者,雙角上仰也。主英明而多智,奇貴而有賢名,文至宰輔九卿。故漢陳平雙目如冠,即雙目上仰,是為漢室三傑,盛衰皆主貴名之偉大事業,而有列土之封也。十四鬬目:鬬者,兩烏珠相合而又相分也。主發富豐之業,雖白手亦進田宅也。亂世尤得貴人扶持而發達,但多招暗害之災,而恩怨混合,親疏煩惱也。
第十三種は「仰目」と叫ぶ(源文ここの条仍旧「十二」と標作す、當に「十三」の誤たるべし)。いわゆる仰は、是れ眼の両角皆上に向かいて挑る。人の英明にして智謀多く・貴顕出奇にして賢能の名を享有し・文途を走れば宰輔・九卿に做り到る能うを主る。ゆえに漢初の陳平は雙目冠のごとし、即ち是れ両眼上仰の形、作者に漢室の三傑の一に列せらる。ここの種の眼は治世乱世を論ぜず皆貴顯の名を憑りて偉大の事業を成就するを主り、なお能く土を裂き侯を封ずるの爵位を得。第十四種は「鬬目」と叫ぶ。いわゆる鬬は、是れ両個の黑眼珠看れば相合せんと要するがごとくして又た分かつ。人の能く豊厚の家業を興起し・便ち白手にて家を起こすも田宅を置き下し得を主る。乱世に生ずれば尤其貴人の扶持を得て發達するに易し、ただ亦た常に暗中の加害するの禍事を招來し、恩と怨と糾纏して一處に在り、親疎の間の煩惱斷えず。
目光に四露あり
一.露光:露光者,眼光浮露無根也。此為稟受之先天不足,縱慾之後天虧損,主不壽而夭亡,贏溺之五撈,七傷之病疾,久視似脫又似變。亂世主貴而聰敏,淫而不壽也。二.露威:露威者,有光芒而充足,華表威嚴,視之令人不寒而起敬畏之心。其目光寒灼澄清,號曰真光,主大貴大智大壽。此為先天充足,而操國家安危之權柄,流芳百代也。
第一種は「露光」と叫ぶ。いわゆる露光は、是れ眼の裏の光表面に浮かびて根柢なし。これは是れ先天の禀賦足らず、加うるに後天慾を縱りて虧損するの致す所、寿数長からずして早夭・虚労遺溺の一類の「五労」・氣血損傷の一類の「七傷」等の病あるあらんを主る。久しく彼の眼睛を看れば、あの一点の光脱け開かんと要するがごとく・又た變ぜんと在るがごとし。ここの種の眼乱世に生ずるも亦た貴顯にして人聰敏を主る、ただ是れ色を好みて長寿ならず。第二種は「露威」と叫ぶ。いわゆる露威は、是れ眼中の光芒充足、儀表堂堂にして威厳を帯び、別人彼を看るに、冷たしと覺えずして自然敬畏の心を生出す。彼の目光は寒潭のごとく清亮にして人を灼く、相法の上に「真光」と称作し、大貴・大智・大寿を主る。これは是れ先天元氣充足の徵験、能く國家の安危に關係するの權柄を執掌し、声名百代に流傳せん。
三.露神:露神者,目神銳而流動,常帶憤怒之容,目光視人而定,談笑似惡。亂世主貴名而有正權,露光者光,殘忍貪功,驕勇好殺;盛世主貴名而驚險,株累而疾病,又刑妻妾,及克子女也。四.露煞:露煞者,目光尖銳四射,動靜均帶憤怒之色,加以血絲赤縷縱橫,纏烏珠又貫瞳人,望之令人厭惡,談笑令人悚懼。主富貴而有夙怨,有驕淫而招凶禍,刑傷人丁,亂世倍發於盛世也。
第三種は「露神」と叫ぶ。いわゆる露神は、是れ眼神鋭利にして流轉して定まらず、臉上常に怒氣を帯ぶ。人を看るの時は目光釘し住して動かず、説笑するの時も神色亦た惡意を含むがごとし。ここの種の眼乱世に生ずれば、貴顯の名ありて併せて正職の實權を握有するを主り、眼の裏の光は是れ外面に露る、人と為りて殘忍にして功を貪り、驕横勇を好みて殺を好む。太平世に生ずれば、雖貴名あるも多く驚険あり、牽連を受けて罪を獲・身上に病あり、併せて妻妾を刑剋し・子女を剋損せん。第四種は「露煞」と叫ぶ。いわゆる露煞は、是れ目光尖鋭にして四面外に射し、一動一靜皆怒色を帯び、加うるに眼の裏血絲赤縷縱橫交錯、黑眼珠を纏住して併せて瞳孔を貫穿す。旁人看れば厭を生じ、彼と談笑すれば更に心裏發怵を覺ゆ。ここの種の眼は雖富貴なるも宿怨を結有し・驕縱淫佚に因りて凶禍を招來し・家中人丁を刑傷するを主る。乱世に生ずるの時は、それの應験は太平世に比べて一倍強烈ならんと要す。
公篤曰:余考盛世之四露,多有缺點,或為挫折之失敗,或為驚災之凶亡,或為刑剋之孤苦,或為惡疾之夭壽。而亂世則不然,專以四露為貴格,臨險為暴發,故目露者,反多富貴,其完善與否,又在露後能否收藏耳。雖主陰險奇巧,智勇雙全,多危險之事實,多逼迫之環境,每因危險而成功,因逼迫而進取。蓋常人則不露,一露則非尋常人矣。盛世露者不吉,亂世露者反貴,天道使然也。
陳公篤曰く:我太平の年代の裏のここの「四露」の相を考察するに、多半是れ缺陥を帯び、あるは挫折失敗の上に応じ、あるは驚険災禍以致凶死の上に応じ、あるは六親を刑剋し・一生孤苦の上に応じ、あるは惡疾身に纏い・寿数永ならざるの上に応ず。しかるに乱世は即ち同じからず:乱世偏偏ここの四露を把て貴格と當し、いよいよ険處に臨むほどいよいよ能く暴起發達す、ゆえに眼睛露るの人かえって多く富貴なり。是れ完美なるや否やに至っては、なおここの份の外露の後能く収め回る能うや否やを看るを要す。ここの種の人は雖説心思陰険にして機巧人に過ぐるも、卻って是れ智勇雙全なり。彼らの經歴するの危険の事多く、處する所の環境人に逼り、往々正に是れ危険に因りてこそ成功し・逼せられに因りてこそ進取す。須く知るべし尋常の人の眼神は本来露らず、一旦露出せば、即ち是れ尋常の人にあらず。太平世の眼露は吉ならず、乱世の眼露はかえって貴なり、これは是れ天道氣数の然らしむる所なり。
声音説
公篤曰:聲音者,猶天之有雷霆也。以精神、形質、氣色,為相法之四大綱領,皆具有富貴貧賤、壽夭勞逸之重要關鍵,餘於聲音,猶重視焉。凡女格形質清秀,五官勻配,如代男聲,則為娼妓下流之淫賤品矣;次則為刑夫克子;又次則夭亡惡病之類。由是觀之,可知其重要矣。
陳公篤曰く:人に声音あるは、天上に雷霆あるのごとし。声音と精神・形質・氣色と合すれば、是れ相法の四大綱領、毎一項皆富貴貧賤・寿夭労逸を判斷するの重要の關鍵を藏着し、しかるに我声音のここの一項を看ること尤其重し。一個の例子を擧ぐ:一個の女子の形體清秀・五官勻稱相配なるは、本當に是れ好相たるべきも、可要是れ彼女の説話是れ男人の嗓音なれば、則ち娼妓下流の淫賤の一格の裏に落去る。次の一等の應験は是れ丈夫を刑剋し・子女を剋損す。再次の一等は即ち是れ早死あるいは身に惡疾を患うの之類。ここの個の例子に由りて看去れば、即ち声音の如何に要緊なるかを知る。
按聲之發音有三類:一出于丹田者,其音遲緩而充足,有逸韻之鏗鏘,主大貴而多福壽,又旺妻妾子女,故有求全在聲之說也。二出於亶中者,聲收而音清,有緩急快慢之兼,悠揚嘹亮,亦主富貴壽考,而豐衣足食,又有作偉大之事業,則有勞碌奔馳、艱難辛苦,以成其功也。三出於咽喉者,聲急而音秀嫩,其氣輕浮,散漫不收,而無尾聲,或至尾聲即中止,或至尾聲即破暗,主勞碌而多刑剋,疾病而多遺累,反覆不收全功,亦有壽弱與夭傷也。
聲を發するの部位に按じて分かてば、人聲三類あり。第一類は「丹田」より發し、声音舒緩にして底氣充足、從容の韻味を帯びて鏗鏘有力、大貴にして福多く寿多くを主り、妻妾子女も亦た興旺なり。相法の上の「全を求むるは聲に在り」の説法は、正に是れここの一類に就いて講ずるなり。第二類は「膻中」より發す(源文「亶中」と作る、即ち是れ胸口の両乳の間)、声音収め得住して音質清朗、快慢緩急兼ねて備え、悠揚にして嘹亮、亦た富貴長寿・衣食豊足を主る。ここの種の人はなお能く偉大の事業を做出す、ただ是れ一番の奔波労碌・艱難辛苦を經過してこそ成功せんと要す。第三類は咽喉より發し、声音急促にして音色秀嫩、氣息輕浮、散漫にして収め得住せず、説き末尾に到りて尾音なく、あるいは尾音の處に到りて忽然中断し、あるいは尾音の處に到りて忽然沙啞して暗を發す。ここの一類は一生労碌にして刑剋多く・疾病身に纏いて拖累多く・事を做るに反復して全功を収め得ず・寿元も亦た偏に弱く・甚至早夭の虞あるを主る。
古人大概以清音為貴,濁音為賤;明亮之音為富,黯滯之音為貧;韻長之音為壽,不收之音為夭;逸和之音為安閒,燥銳之音為勞碌;清揚之音為英賢而貴權,急促之音為窄狹而小器;混亂之音為駁雜而挫折,破鑼之音為驚災而凶危;嘶散之音主冷退而刑傷,不常之音主下流而賤業。大概以此為一定之法,千古不易之論。
古人聲を論ずるに、大体の上は清亮の声音を把て貴と看做し、渾濁の声音を把て賤と看做す。明朗響亮の声音は富を主り、晦暗滞濇の声音は貧を主る。余韻悠長の声音は寿を主り、尾を収め得住せざるの声音は夭を主る。從容和緩の声音は一生安閑を主り、焦躁尖鋭の声音は一生労碌を主る。清朗高揚の声音は人の英明賢能にして權位を握有するを主り、短促緊迫の声音は人の器量狹窄にして格局有限を主る。雜乱して清ならざるの声音は境遇駁雜にして挫折多きを主り、破鑼のごときの声音は驚険災禍に遭いて凶危あるを主る。嘶啞散乱の声音は境况冷落退敗して併せて刑傷あるを主り、忽ち高く忽ち低く前後一ならざるの声音は下層に流落し・賤業に從事するを主る。以上は大致以て固定の法則と當る能く、是れ千古不變の定論なり。
蓋木形之音,以秀為合,而木形不嫌其秀嫩之音也;金形之音,以亮為合,而金形不嫌其剛亮之音也;火形之音以燥為合,而火形不嫌其操急之音也;水形之音以長為合,而水形不嫌其長漫之音也;土形之音,以濁為合,而土形不嫌其濁遲之音也。餘以為形局各有五行,故分金木水火土;聲音各具五音,故分宮、商、角、徵、羽。各尋其類,各感其氣,以為用也。
ここに於てなお形局に分かちて看るを要す。木形の人の声音は清秀を以て合格と為す、ゆえに木形の人の一點の秀嫩の嗓音を帯ぶるは併せて毛病と算えず。金形の人の声音は響亮を以て合格と為す、ゆえに金形の人の一點の剛硬明亮の嗓音を帯ぶるは併せて毛病と算えず。火形の人の声音は焦燥を以て合格と為す、ゆえに火形の人の一點の急促躁進の嗓音を帯ぶるは併せて毛病と算えず。水形の人の声音は悠長を以て合格と為す、ゆえに水形の人の一點の綿長散漫の嗓音を帯ぶるは併せて毛病と算えず。土形の人の声音は渾厚を以て合格と為す、ゆえに土形の人の一點の渾濁遲緩の嗓音を帯ぶるは併せて毛病と算えず。我以ておもんみるに人の形局は各々五行に分属し、ゆえに金・木・水・火・土の別あり。人の声音も亦た各々五音を具備し、ゆえに宮・商・角・徵・羽の分あり。須く各々その類に按じて帰属し・各々その氣性に按じて感應して、こも運用してこそ對なり。
按清秀而聚,為角音之正;嘶柔而斷,為角音之不正,皆木氣也。明亮而銳,為商音之正;代煞而破,為商音之不正,皆金氣也。剛急而快,為徵音之正;闔燥而滯,為徵音之不正,皆火氣也。幽韻充長,為羽音之正;散漫不收,為羽音之不正,皆水氣也。沉厚濁遲,為宮音之正;混雜不分,為宮音之不正,皆土氣也。五音五行,感受生化之正氣,當然富貴壽考;五音五行,感受剋制之不正氣,當然貧賤疾苦。不可執一而論,探求輕重加減之法,方為合格也。
具體に説けば:声音清秀にして聚攏するは、是れ「角音」の正格。嘶啞柔弱にして時々斷え時々續くは、是れ角音の變格、両者皆木氣に属す。声音明亮にして鋭利のは、是れ「商音」の正格。殺伐の氣を帯びて破碎のは、是れ商音の變格、両者皆金氣に属す。声音剛勁急促にして爽利のは、是れ「徵音」の正格。悶塞焦躁にして滞濇のは、是れ徵音の變格、両者皆火氣に属す。声音幽遠韻あり・充實悠長のは、是れ「羽音」の正格。散漫にして収め得住せざるは、是れ羽音の變格、両者皆水氣に属す。声音沈厚渾濁にして遲緩のは、是れ「宮音」の正格。混雜不清・音色を辨出する能わざるは、是れ宮音の變格、両者皆土氣に属す。五音は五行に配し、若し感受する所は相生して化育するの正氣なれば、自然富貴長寿なり。若し感受する所は相剋して相制するの不正の氣なれば、自然貧賤病多し。ここの中間は死して一条を守りて以て論斷する能わず、必ず輕重加減・彼此權衡するの辦法を探求して、こそ合格と算うべし。
相神條解
一.收藏:收藏者,含蘊不露之謂也。幾神之能收者,均不危險;凡神之能藏者,均有大智,而立非常之功業。以收藏為安全而貴祿,故列第一也。二.安靜:安靜者,瀟灑而有涵養之謂也。凡神之安者,均主智識聰明,有預之先機,鎮靜之持重;凡神之能靜者,均主厚守信,穩見不妄,知足不驕,則態度安閒,貴名曰盛,亦主壽而少疾也。
第一は「収蔵」と叫ぶ。いわゆる収蔵は、即ち是れ眼神含蓄内藴にして外に露さざるなり。凡そ神能く収め得住するの人は、一生皆危険に遭遇するに至らず。凡そ神能く蔵し得住するの人は、皆大智慧ありて、能く非常の功業を建立せん。眼神の収蔵は既に平安を主りて又た貴顯食禄を主るに因り、ゆえにそれを把て第一条に列す。第二は「安靜」と叫ぶ。いわゆる安靜は、即ち是れ神態瀟灑自如にして涵養あるなり。凡そ神氣安穩の人は、皆見識聡明・事に遇えば能く先機を預見し・變に遇えば能く鎮靜持重するを主る。凡そ神氣沈靜の人は、皆厚道守信・事を看るに穩を求めて妄動せず・知足して驕矜せざるを主り、因りて擧止從容安閑、貴顯の名声も亦た日に漸く隆盛し、同時に亦た長寿にして病少なきを主る。
三.發動:發動者,活潑之態,而不呆滯也。凡神有光芒發動,其人多智而奸巧,貪多務得,主貴權而勇為,知機達時。盛世之上貴,次亦中貴,而能達上意,順下情;亂世之大貴,次亦上貴,能出奇制勝,操縱大權,有國家安危之關係也。四.清潤:清潤者,神清而充足,光潤而有生氣。其人稟受之元氣厚,承繼之根基貴。凡神之清者,皆主富貴;凡神之潤者,皆主才智。清潤合用,則為貴壽雙全,而多福祿之格也。
第三は「發動」と叫ぶ。いわゆる發動は、是れ神態活潑靈動にして呆板ならざるなり。凡そ眼の裏光芒閃動の人は、智謀多くして幾分の奸巧を帯び、多を貪りて事事手に到らんと想う。貴顯の權位を握有して敢作敢為・時機を看清し・時勢に跟得上するを主る。ここの種の人は太平世に生ずれば是れ上等の貴顯、次の一等も亦た是れ中等の貴顯、上は長官の意圖を體察する能く、下は下属の情形に順應する能う。乱世に生ずれば是れ大貴、次の一等も亦た是れ上貴、能く奇を出だして勝を制し・大權を操縱し、國家の安危と息息相關す。第四は「清潤」と叫ぶ。いわゆる清潤は、是れ神氣清朗にして飽滿、光沢潤沢にして生機あるなり。ここの種の人は先天の禀受するの元氣厚く、承繼する所の家世の根基も亦た貴なり。凡そ神氣清なるは皆富貴を主り、凡そ神氣潤なるは皆才智を主る。清と潤と兼ねて之を有すれば、即ち是れ貴と寿と雙全・福禄綿長の格局なり。
五.和:和者,慈善之貌,寬和之態。凡神之和者,其人量大而和平,天良而慈愛,有善根,多善舉,能容小惡,能吃小虧,對人懇,待人寬厚,亦主貴名多祿,而安享也。六.憤怒:憤怒者,動氣而有不平之貌也。凡神之憤者,主陰險而剛愎,自負而驕悍;凡神之怒者,主偏傲而恃勇,任性而奢情。憤怒兼有,主剛決冒險而任勞,結仇招嫉而成功,亂世主武權,而倍發達也。
第五は「和」と叫ぶ。いわゆる和は、是れ面上に慈善の相あり・神情寛厚の態を帯ぶるなり。凡そ神氣平和の人は、度量大にして性情和順、天良に本着して心に慈愛を存し、善の根器ありて、善事を多く做るを肯んず。能く小の惡を容忍し、亦た小の虧を喫するを肯んず。人を待すること懇切、世を處すること寛厚なり。ここの種の人も亦た貴顯の名声・豊厚の俸禄あるを主り、而且能く安安穩穩に享受せん。第六は「憤怒」と叫ぶ。いわゆる憤怒は、是れ動すれば火を起こし・面に不平の色を帯ぶるなり。凡そ神氣憤を帯ぶるの人は、陰険にして剛愎自用・自負にして驕横悍厲を主る。凡そ神氣怒を帯ぶるの人は、偏執自傲にして勇を恃み強を逞しゅうし・性を任せて情欲を放縱するを主る。憤と怒との両樣皆あるの人は、剛斷して冒険を敢為し・苦を喫するを肯んじ・一路仇を結び嫉を招くも卻って一路成功するを主る。乱世に生ずれば武權を掌るを主り、發達は平時に比べて加倍せんと要す。
七.剛威:剛威者,威嚴而嘯之態也。望之令人敬畏,慎言寡笑,沉默凝神,動靜均有威煞。亂世為大貴,盛世次之。凡神之剛者,正直不屈而守義也;凡神之威,鎮重不妄,而勇為也。八.昧晦:昧晦者,闇昧無光之貌,混合不分之態。凡闇昧無光,主儒弱無,而愚憒者居多;混合不分,主妄亂無智,而貧賤者居多。昧晦主破敗愚淫也。
第七は「剛威」と叫ぶ。いわゆる剛威は、是れ神情威厳にして一股の嘯傲の氣あるなり。旁人彼を望見すれば即ち心に敬畏を生ず。彼は説話謹慎・嬉笑少なく、沈黙するの時は神氣凝聚し、一動一靜の間皆威煞を帯ぶ。ここの種の神氣は乱世に生ずれば是れ大貴、太平世に生ずれば次の一等。凡そ神氣剛なるの人は、正直屈せずして道義を恪守す。凡そ神氣威あるの人は、穩重にして妄動せず、事に遇えば又た敢作敢為す。第八は「昧晦」と叫ぶ。いわゆる昧晦は、是れ眼神晦暗にして光なきの樣子・混沌にして分かたざるの狀態。凡そ晦暗無光のは、人の懦弱無能・而且多半昏聵愚鈍を主る。凡そ混沌分かたざるは、人の妄動胡為にして智謀なく・多半貧賤を主る。總じて昧晦のここの一相は家業破敗・人愚鈍にして淫を好むを主る。
九.痴愚:痴愚者,為定而呆滯,視物不活動,而不轉睛也。凡神之痴者,主愚庸厚,亦有衣祿之人,亂世多吃虧受累;凡神之愚者,一為有神經病也。十.浮露:浮露者,神浮而無根,清而不足之貌。主機智而夭壽,偏好前多病,亂世亦貴而不完善也。凡神露,即上之露光露煞也。按三白四白之形,皆主好勝而招禍,勞碌而刑剋,是為貴而凶也。
第九は「痴愚」と叫ぶ。いわゆる痴愚は、是れ眼神定得て僵を發し呆を發し、東西を看るの時目珠靈活ならず・眼睛も亦た轉動せざるなり。凡そ神氣痴の人は、愚鈍平庸にして厚道・亦た衣食俸禄あるの人と算うべきを主る、ただ是れ乱世に生ずれば多く虧を喫し累を受くるを要す。凡そ神氣愚の人は、別の一種の應験は是れ精神の方面の疾病を患有す。第十は「浮露」と叫ぶ。いわゆる浮露は、是れ神氣表面に浮かびて根柢なく、看れば清朗のごとし其實充實足らざるなり。人の雖機智あるも寿数永ならず・偏執の嗜好に因りて早々に病を生ずるを主る。乱世に生ずるも能く貴顯ならん、ただ是れ終に圓滿に够えざるなり。凡そ「神露」と説くは、指すは即ち前面に講じ過ぎたるの露光と露煞。三白眼・四白眼のここの類の眼形に至っては、皆人の勝を好みて禍を招き・一生労碌にして刑剋あるを主り、雖貴なるも卻って凶の一路に属す。
十一.近視:近視者,其光收斂而不能遠視也。有看夜書所致,故近視多文人。主聰明而器量不大,迀闊而拘執不權,清潔而志不群,善辯而用不適,多貴名而少下賤,及豐足衣祿也。十二.枯燥:枯燥者,神枯而不潤,光燥而緊急。此皆稟受薄而元氣傷,加以才偏性傲,嗜好自戕,多弄巧反拙之勞,晝蛇添足之失,刑妻妾,克子女,而夭亡也。
第十一是「近視」と叫ぶ。いわゆる近視は、是れ目光近處に収斂して遠方を看清する能わざるなり。多半是れ夜裏書を讀みて熬え出づる所、ゆえに近視の人の裏は文人居多し。人の聡明にして器量寬大と算えず・迂闊にして固執・變通を知らず・品行清白にして志趣流俗に合せず・辯論に善いも卻って用うるに時宜に合せざるを主る。ここの種の人は多く貴顯の名ありて少なく下賤に淪落せず、衣食俸禄も亦た豊足なり。第十二は「枯燥」と叫ぶ。いわゆる枯燥は、是れ神氣乾枯にして潤沢せず・目光焦躁にして緊綳のなり。これは皆是れ先天の禀賦單薄・元氣損を受けたるの縁故、加うるに才具一途に偏して性情高傲・自己の嗜好に一點點戕害せらる。因りて常常巧を取らんと想いてかえって拙を弄し・白く一場の辛苦を費し・事を做るに蛇を畫き足を添えて失手し・なお妻妾を刑剋し・子女を剋損し・最後に早々に亡故するを要す。
十三.散弱:散弱者,神散漫而不收,神久視而脫弱。主有頭無尾,懶惰偷閒,循私苟且,見利忘義,而終失敗;主刑傷困苦,而不壽也。十四.慈秀:慈秀者,柔和公平之貌,清秀可愛之態。凡神之慈者,主信義而和達,寬厚主富;凡神之秀者,主聰明而靈巧,多智主貴;兼有則富貴雙全也。
第十三是「散弱」と叫ぶ。いわゆる散弱は、是れ神氣散漫にして収め攏らず、久しく看るの下に於てあの一点の神就ち脱落し去りて・虚弱を顯すなり。人の事を做るに頭ありて尾なく・懶惰にして閑を偸むを愛し・私を徇して苟且敷衍し・利益を見れば即ち道義を忘れ・最終失敗に帰するを主る。亦た一生刑傷困苦あり・而且寿数長からざるを主る。第十四は「慈秀」と叫ぶ。いわゆる慈秀は、是れ面相柔和公平・神態清秀可愛なり。凡そ神氣慈の人は、信義を守りて和順通達・人を待するに寛厚の因りて富を主る。凡そ神氣秀の人は、聡明にして靈巧・智謀多きの因りて貴を主る。慈と秀との両樣兼備のは、即ち是れ富と貴と雙全の格局なり。
十五.反上:反上者,其神上翻而上視之態。其人多才而驕傲,多智而負氣,目空四海,言大而誇,每有以言招嫉妒,以色生嫌疑,及刑人丁,一生不遂居多也。十六.反下:反下者,其神下翻而下視也。其人多陰毒,而常懷嫉妒之心,不能容物也。又主奸詐百出,志大心亂,妄行貪,亂世亦主貴,而多成敗也。
第十五は「反上」と叫ぶ。いわゆる反上は、是れ眼神上に往きて翻り・上に往きて看るを習慣とするの樣子。ここの種の人は才華ありて卻って驕傲し、智謀ありて卻って氣を賭するを愛し、目中に人なく・天下の人を看不起し、説話其の詞を夸大す。彼は常に言語に因りて人の嫉妬を招き、臉色に因りて人の猜疑を引き、なお家中人丁を刑剋するを要し、一生多半是れ事々心に称わず。第十六は「反下」と叫ぶ。いわゆる反下は、是れ眼神下に往きて翻り・下に往きて看るを習慣とす。ここの種の人は心地陰毒、常に嫉妬の心を懐き、別人を容れ得下がらず。彼はなお奸詐百出・志向大にして心思乱れ・胡作妄為にして貪求止まざるを主る。乱世に生ずるも能く貴顯ならん、ただ是れ一生の成敗起伏甚だ多し。
十七.正視:正視者,平正而直視之態也。其人耿介心平,正大不苟,心直無毒,始終如一,持久如常度,而不變其節,為守正義,而不越其軌,有厚祿也。十八.斜視:斜視者,烏珠兩分而側斜視也。其人有不近乎人情之性情,諂上而驕下,惡賢而欺愚,奸貪詭譎,淫亂不休,亦弄巧反拙,一敗一成,六親多累,駁雜不純,亂世亦貴,而副其名權也。
第十七は「正視」と叫ぶ。いわゆる正視は、是れ眼神平正にして直く看て過ぐるの樣子。ここの種の人は耿直にして心氣平和、胸襟正大にして苟且せず、心地直率にして陰毒ならず、人と為りて始終一のごとし。日子長しと雖も神態仍旧常のごとく、節操も亦た改變せず。彼は正義を持守し、行事規矩を越出せず、厚禄を享有するを主る。第十八は「斜視」と叫ぶ。いわゆる斜視は、是れ両個の黑眼珠一辺に偏向し・斜めにして人を看る。ここの種の人は性情人情に近からず:上に對しては諂媚し、下に對しては傲慢し。賢能を厭惡し、愚弱を欺侮す。奸詐貪婪にして詭計多端、淫乱休まず。彼も亦た常常巧を弄して拙と成り、一時成り一時敗す。六親多く拖累あり、一生駁雜にして純ならず。ここの種の眼は乱世に生ずるも能く貴顯ならん、不過ただ一個の副職の名分と權柄とに配得上。
十九.偷視:偷視者,其神定人,而舉趾動靜,似有驚悸懼為人視,貪色懼容之態。其人慳吝,而奸貪,見利而忘義,有偷盜之行為,不正之舉動,鄙俗下賤之流也。二十.不脫:不脫者,其神暫視與久視,均不脫也。此為先天之稟受最強,而得真氣之充足,界於賢愚之間,厚信堅,衣祿豐盈,壽徵尤佳,人丁亦旺也。
第十九は「偸視」と叫ぶ。いわゆる偸視は、是れ彼の眼神人を盯着して看るも、可擧手投足の間又た心裏慌を發するがごとく、人に瞧見せらるるを怕れ、一副美色を貪戀して又た心虚の神態。ここの種の人は吝嗇にして奸貪、利益を見れば即ち道義を忘れ、偸竊の行為・不正當の擧動あるあらん、鄙俗下賤の一流に属す。第二十は「不脱」と叫ぶ。いわゆる不脱は、是れ彼の眼神は你一會を看るも久しく看るも論ぜず、皆散脱し下がるあらざるなり。これは是れ先天の禀賦最も強く・真氣充足を得たるの表現。ここの種の人は賢と愚との間に介し、厚道守信にして意志堅定、衣食俸禄豊盈、寿元の徵兆尤其好く、家中人丁も亦た興旺なり。
廿一.不變:不變者,經危險而如常態也,動靜先後如一神。此主大貴,功在當時,名垂千古;不為大忠大智大勇,則為大奸大惡大凶。古之有大政治權,及操國家安危之柄者,多以不變為應也。廿二.含笑:含笑者,有冷笑常笑二種,多喜色而代笑也。冷笑主陰險而妄貪,常笑主輕薄而淫亂,二者均不壽,於盛世均不吉,於亂世亦貴而權也。
第廿一は「不變」と叫ぶ。いわゆる不變は、是れ危難を經歴するの時神色一たび平常のごとく、前前後後の一擧一動皆是れ同一副の神氣。ここの一相は大貴を主り、功業當世に成り、名声千古に流傳す。ここの種の人は大忠・大智・大勇の輩に非ざれば、即ち是れ大奸・大惡・大凶の徒なり。古來重大の政治權力を握り・國家の安危の大柄を執掌するの人は、多半是れ「不變」のここの一相の上に応ず。第廿二は「含笑」と叫ぶ。いわゆる含笑は、冷笑と常笑との兩種に分かち、皆是れ臉上に喜色を帯び、笑意以て本来の神情を代替す。冷笑は人の陰険にして貪求度なしを主り、常笑は人の輕浮にして淫乱を主る。兩種皆寿数長からざるを主り、太平世に生ずれば皆吉利ならず、乱世に生ずれば卻って亦た能く貴顯にして權柄を握有せん。
廿三.流麗:流麗者,神豔而流光四射也。其人多聰明而疎懶,偏於嗜好,似清非清,故主夭亡居多,又主流落他鄉。男女均主淫蕩:男則弱疾而夭,女則刑剋而賤,亂世亦有為庶為妾之榮貴也。廿四.如醉:如醉者,即蒙瀧模糊之態也,似昏、似定、似呆滯、似直射光之類。主言而無信,行而無恆,愚而自用,賤而自尊,輕進輕退,冷退失敗,而貧賤刑剋也。
第廿三は「流麗」と叫ぶ。いわゆる流麗は、是れ眼神艷麗にして波光四射す。ここの種の人は大都聡明にして卻って疏懶、ある種の嗜好に偏溺し、看れば清朗にして又た真に清朗ならず、ゆえに多く早夭を主り、亦た他郷に流落するを主る。男女皆淫蕩を主る:男は體弱多病にして早死し、女は六親を刑剋して身分卑賤なり。不過乱世に生ずれば、亦た偏房の小妾を做りて一份の榮華を得着するあり。第廿四は「如醉」と叫ぶ。いわゆる如醉は、是れ眼神朦朧模糊の樣子、昏沈のごとく・定住のごとく・呆滯のごとく、又た一道の直射するの光のごとし。人の説話數を算えず・事を做るに長性なく・愚昧にして剛愎自用し・卑下にして清高を自命するを主る。進むも輕率退くるも輕率、境遇冷落にして終に失敗に帰し、一生貧賤にして併せて刑剋あり。
廿五.似愁:似愁者,即似哭而鬱結,含淚而凝神之態也。主環境惡劣,冷退失敗居多,一生寒苦不遂,人丁日少,景物日非,有因貴受累,一敗塗地,而終貧也。廿六.充足:充足者,神充而有根,精神煥發之態也。主稟受厚而多壽,腦力足而多智,慈良有信而貴,慎細有恆而名,此為眼神之一大關鍵也。
第廿五は「似愁」と叫ぶ。いわゆる似愁は、是れ眼神哭し過ぎたるがごときに鬱結し、涙光を含着して神情凝滞す。人の處する所の環境惡劣、多半是れ境遇冷落・事々失敗し・一生清寒困苦にして心に称わざるを主る。家中の人口は一天比べて一天少なく、眼前の光景は一天比べて一天差し。亦た一度顯貴に因りてかえって牽累を受け・一敗して地に塗れ・最終貧窮に落到するあり。第廿六は「充足」と叫ぶ。いわゆる充足は、是れ眼神飽滿にして根柢あり、整個の人精神煥發す。人の先天の禀賦厚實の因りて長寿・腦力充沛の因りて智多し・慈善守信の因りて貴を得・謹慎細致にして恒心あるの因りて名を得るを主る。ここの一条は是れ眼神の裏の最も要緊の一大關鍵なり。
廿七.寒灼:寒灼者,秋水寒潭灼灼有光也。此為真光,又為神彩,主靈慧之根:上為仙佛之品,千載有形之貴;次為聖賢之局,萬古有名之貴,出類拔萃也。廿八.淡水:淡水者,即神淡光浮之類也。古法有神光如水,男女多淫。淡者不明不充之態,其人少信義,多妄貪,聰明自悞,刻薄乖戾,而惡疾夭壽也。
第廿七は「寒灼」と叫ぶ。いわゆる寒灼は、是れ眼神秋水寒潭のごとく清冷にして灼灼光あるなり。これはこそ相法の上の説く「真光」、亦た「神彩」と叫ぶ、人の靈慧の根器あるを主る:上の一等は是れ仙佛の品格、千載磨滅せざるの有形の貴を享く。次の一等は是れ聖賢の格局、萬古不朽の有名の貴を享く、總じて皆是れ拔萃して類を出づるの人物なり。第廿八は「淡水」と叫ぶ。いわゆる淡水は、即ち是れ眼神淡薄・目光浮泛の一類。古相法に「神光水のごとし、男女淫多し」の説法あり。いわゆる淡は、即ち是れ既に明亮ならず亦た飽滿ならざるの樣子。ここの種の人は信義缺少し、常に妄貪の念を起こし、聡明かえって聡明に誤られ、人を待すること刻薄にして性情乖戻、終に惡疾に因りて短命せん。
廿九.蚓盤:蚓盤者,蚯蚓盤烏珠,而有藍黑二線環繞烏珠也。盛世多勞碌,而冷退刑傷;亂世多奔馳,而創立宏恢。一為勞而無成,一為勞而有成也。三十.玄明:玄明者,烏珠黑黃而玄色也。盛世主刑人丁,雖主貴權機智,而多飄搖挫折也;亂世主有偏長,又能任勞堅決,以成其上貴中貴之權柄也。
第廿九は「蚓盤」と叫ぶ。いわゆる蚓盤は、是れ蚯蚓の黑眼珠を盤住するがごとく、藍・黑の両道の線あって眼珠の周圍に環遶す。ここの一相は太平世に生ずれば一生労碌を主り、而且境遇冷落・刑剋傷損あり。乱世に生ずれば則ち是れ四處奔走し、能く一份の家業を開創して光大せん。同じく是れ労、一個は労して成なく、一個は労して成あり。第三十は「玄明」と叫ぶ。いわゆる玄明は、是れ黑眼珠黑の中に黄を帯び・一種の玄暗の色を呈す。ここの一相は太平世に生ずれば家中人丁を刑剋するを主り、雖亦た貴顯の權位を握有し・人に機智あるを主るも、卻って多半是れ飄搖して定まらずして屢々挫折に遭う。乱世に生ずれば則ち人の一技の偏長ありて・又た能く苦を喫して果斷堅決を主り、因りて上等あるいは中等の貴顯の權柄を成就す。
卅一.金黃:金黃者,烏珠黃光而金睛也。盛世主刑剋失敗,富貴而不善其後也;亂世主權詐勇為,危險奔馳,冒險進取,以成其特貴大權,及上貴重柄也。卅二.似懼:似懼者,其神忽銳急,忽默鬱,忽流露,忽含淚,而忽深思之態也。其人志大才短,心亂性貪,行而無品,言而無信,預而不善後,交達而有私見。亂世主暫時發達之富貴,忽成忽敗,終無立身之地;盛世則飄搖無依,半數困窮而有子女,半數孤刑而有產業也。
第卅一は「金黄」と叫ぶ。いわゆる金黄は、是れ黑眼珠黄光を泛び出だす、即ち是れ俗に称する所の「金睛」。ここの一相は太平世に生ずれば刑剋失敗を主り、雖富貴あるも一個の好き尾を収め得ず。乱世に生ずれば則ち人の權術を善用し・敢作敢為・危険の中に四處奔走し・冒険進取に靠りて特等貴顯の大權・あるいは上等貴顯の重要の權柄を成就するを主る。第卅二は「似懼」と叫ぶ。いわゆる似懼は、是れ彼の眼神忽ち鋭利急促し・忽ち沈黙鬱結し・忽ち流轉して外に露り・忽ち涙を含着し・忽ち又た深思に陷入す。ここの種の人は志向大にして才具短く、心思雑乱にして性情貪求す。事を做るに品格なく、説話數を算えず。事先多くを想うも卻って尾を収め好からず。交游廣くして心に私念を存す。乱世に生ずれば能く一時の發達富貴を得、忽ち成り忽ち敗し、終に身を安んじ命を立つるの地なし。太平世に生ずれば則ち漂泊して依る處なく、一半是れ窮困にして膝下に子女あり、一半是れ孤獨刑剋にして手上に產業あり。
卅三.凝注:凝注者,其神默靜而鬱,深思而定,忽上視而又下視也。其人短言而有機智,遲疑而有遠見,外和內剛,量大心窄,貪功而又貪利,循私而又循情。富過於貴,中有自纏政策;妻弱子旺,中有內顧隱憂,亂世倍勞於盛世也。卅四.揚威:揚威者,儀表丰采而有威,久視神聚而瑩潔,光芒皎皎而奪人也。望之始而可畏,繼而可敬,終而可愛也。其人剛毅有特性,機智有奇思,主大貴而盛名,作偉大驚人之事業,不能流芳百世,則為遺臭萬年也。
第卅三は「凝注」と叫ぶ。いわゆる凝注は、是れ眼神沈黙安靜にして鬱結を帯び、深思するの時定住して動かず、忽ち上に往きて看り忽ち又た下に往きて看る。ここの種の人は話多からずして卻って機變あり、事に遇えば遲疑するも卻って遠見あり。外表和氣にして内裏剛強、度量看れば大のごとしにして心眼實に窄し。既に功を貪りて又た利を貪り、既に私を徇して又た情を徇す。彼は富は貴に勝れど、中間總て一套の自己に對して自己に套を下すの算計あり。妻子體弱にして兒子興旺し、家裏始終一層の隱憂を蔵す。ここの一相は乱世に生ずれば、太平世に生ずるに比べて労碌一倍せんと要す。第卅四は「揚威」と叫ぶ。いわゆる揚威は、是れ儀表堂堂・風采人を照らして威厳を帯ぶ。久しく看るの下に於て眼神聚まりて散ぜず・瑩潔明淨、光芒皎然にして人を攝す。旁人彼を看るに、起初畏るべしと覺え、接ぎて敬すべしと覺え、最後親しむべしと覺ゆ。ここの種の人は剛毅にして人に過ぐるの個性あり、機敏にして常に奇思妙想あり。大貴にして盛名を享け・偉大にして人を驚かすの事業を做出する能うを主る——若し百世に芳を流す能わざれば、則ち萬年に臭を遺さんと要す。
公篤曰:面部為目神關係最重,故達摩測量法,頭面十分,目神五分,佔全數之半也。古法大體,以神光黑潤、慈和、收斂為佳,令則大半相反,此盛衰之氣候不同,人事隨之轉移也。刻下玄明露尤為上貴,金睛露威為特貴,雖主權詐機智,危險奔馳,殘忍奸貪,然合天道衰弱,因氣數而使之然也。如不機智,則難立足跟;如不冒險,則難成大業;如不奔馳,則無遇合;如不殘忍,則無暴發。故黑白分明者,為亂世之無用。此乃古法之末及,茲特補註之。
陳公篤曰く:一張の臉上に於て、眼神の關係最も重し、ゆえに《達摩相法》の測量法は頭面を把て十分と算え、單に眼神就ち五分を占む、正好是れ全部の一半なり。古相法は大体の上神光黑潤・慈和・収斂を以て佳と為したるに、如今ここの套の標準は卻って大半反過來せり。これは是れ治世と乱世との氣候同じからず、人事も亦た跟い轉移するに因る。眼下「玄明」にして外に露るはかえって是れ上等の貴相、「金睛」にして威を露るは更に是れ特等の貴相。ここの樣の人は雖權術を善用し・心思機巧にして・危険の中に四處奔走し・人と為りて殘忍奸貪を主るも、卻って正に天道衰微の時の情勢に合し、是れ氣数の逼り出づるの結果なり。試みに想え:機巧ならざれば脚跟に立ち住まず、冒険ならざれば大業を成さず、奔走ならざれば機縁に碰上せず、狠心ならざれば發起し來らず。ゆえに黑白分明・神氣温潤のあの種の眼睛は、乱世の裏に於てかえって用處なし。ここの一層は是れ古相法の講じ到らざる所、我ここに於て特に補注し出だす。
眉相條解
公篤曰:眉為文采之官,禮義出焉,內應肺脈之正繫,肺主憂思,故有愁眉不展之說。然有連帶關係,即名壽,及外財庫、子女宮也,不是專應弟兄。茲特分類如下。一.眉之前半節,均名凌雲,而關係弟兄宮,以清秀疎勻、柔細順生為合格。凡人享大名,有大志,及大壽,皆以此為定論。如逆生者,主弟兄忤逆,失輔而又失睦也。
陳公篤曰く:眉毛は是れ「文采の官」、一個人の禮義氣象此に由りて顕露す。身内に於てはそれは肺經のここの一系に對應し、しかるに肺は憂思を主る、ゆえにこそ「愁眉展ばざる」の説法あり。不過眉毛はなお別の事を牽連す、即ち是れ名声・寿数および「外財庫」と子女宮、併せて是れただ兄弟の一項を管えるにあらず。下面に分條して以て説く。第一、眉毛の前半段は統稱して「凌雲」、兄弟宮に關係す。ここの一段は清秀にして疏密均勻・毛質柔細にして一個の方向に順いて生長するを以て合格と為す。凡そ能く大名を享け・大志あり・大寿を得るの人は、皆ここの一段を憑りて以て定論を下すを要す。如果ここの一段の眉毛倒さに長ずれば、即ち兄弟忤逆不順を主り、既に彼らの幇襯を得ず、彼此も亦た和睦せず。
二.眉之後半節,均名繁霞,而關係子女宮,及外財庫。如後半節高超有勢,亦為貴名而重權也;如後半節環曲秀細,亦為旺子而多女也。三.眉頭之初,左為羅侯曜,右為計都曜,完全關係弟兄宮。如有紋沖,左刑兄姊,右刑弟妹,亦主吐血,及痣漏也;如有曲紋,主弟兄凶死,或悞死一人也。
第二、眉毛の後半段は統稱して「繁霞」、子女宮と「外財庫」とに關係す。如果ここの一段の長じて高揚にして氣勢あれば、亦た人の貴顯の名を享けて併せて重權を握有するを主る。如果ここの一段の彎曲して環を成して清秀細致なれば、則ち兒子興旺・女児も亦た多きを主る。第三、眉頭起始のあの一点は、左辺は「羅睺曜」と叫び、右辺は「計都曜」と叫ぶ(源文の「羅侯」は即ち羅睺、星命家の九曜の名より取る)、完全に兄弟宮に關係す。ここに若し紋路衝破あれば、左辺は兄長・姐姐を刑剋するに応じ、右辺は弟弟・妹妹を刑剋するに応じ、同時に亦た吐血の症と痔漏の疾とを主る。ここに若し彎曲の紋路あれば、則ち兄弟の中に人の非命に死するあり・あるいは一人意外に身亡するを主る。
四.眉尾之骨,斜橫上一指,即名福堂,主外財庫,而發達異鄉,於桑梓見破也。如福堂骨高超,則進外財庫,而進田宅,亦為有壽徵也。五.眉頭上半指常動處,名曰上勾陳,關乎正當略,直接交涉而有思慮也。如動而不靜,則方寸亂而不定,有憂思不決之態,亦關公文函電之消息往來,以及重要之遠因近因及條約結合之類也。
第四、眉尾のあの块の骨は、斜めに上に往きて一指寬の地方を橫りて過ぐれば、即ち「福堂」と叫び、「外財庫」を主管し、郷を離れて外に於て發達し・本郷本土に於てはかえって破敗するの上に應験す。如果福堂骨の長じて高聳出衆なれば、則ち是れ外財庫の進項充盈、能く田宅を置き下し、同時に亦た是れ長寿の徵兆なり。第五、眉頭より上に往きて半指・平時常に跳動するを會するのあの一處は、「上勾陳」と叫び、正經の謀劃に關係す、即ち是れ人と直接交涉するの時の思慮。如果ここに跳動止まらずして靜じ下がる能わざれば、即ち彼の心裏已に乱れ・主意を拿定する能わず・一副憂思決し難きの樣子を説明す。ここの一處はなお公文・書信・電報の消息往來・および重大の事情の遠因近因・條約を訂立して盟を結ぶの一類の事に關係す。
六.凡眉之下,名曰三陽,即太陽、中陽、少陽也,主壽徵之一部,及子女之一部。故三陽高超者,主大壽;三陽豐滿者,主多子;三陽坑陷者,刑子女;三陽有晦暗枯滯各色,一主瘟疫時疾怪病,一主喪品結怨冷退。七.凡眉尾之成三角式,均名眉稜,即外庫之流通財,及壽,又關骨肉血統戚。每有毫露出,即有瓜葛親血統戚之為累;如有紅燥色,主官訟是非也。
第六、眉毛の下方のあの一片は「三陽」と叫び、具體は「太陽」「中陽」「少陽」の三處に分かち、寿数の一部分と子女の一部分とを管える。ゆえに三陽の長じて高聳のは大寿を主る。三陽の長じて豊滿のは兒子多きを主る。三陽凹陷のは子女を刑剋するを主る。三陽の上に晦暗・枯槁・滞濇のここの幾種の氣色を現出するは、一種の應験は是れ瘟疫・時令の病あるいは怪病に遇上し、別の一種の應験は是れ家中に喪事を辦し・人と怨を結び・境遇冷落退敗す。第七、眉尾の三角形を長成したるのあの块の骨は、統稱して「眉棱」、外財庫の裏の流通周轉するの錢財を主り、亦た寿を主り、なお骨肉血親と親戚とに關係す。ここ一旦長毫を長じて外に露れば、即ち是れ親を沾り故を帯ぶの血親の來りて彼を拖累せんと要するあり。ここ若し紅にして乾燥の氣色を現出せば、則ち官司を打ち・是非を惹くを主る。
以上七個部位,為眉之正當關係,及附帶關係,則知範圍,明其主因。再分形式如下。一.長眉:長眉者,修長有勢也。古人謂眉長,主昆仲貴而多,又得輔佐也。如長入鬢,則成王霸之大貴,次亦割據一方,主英明智勇,名高權重,蜀人尤重之。
以上の七個の部位は、講ずるは是れ眉毛の主要の關係と附帯の關係。それらを清楚に弄れば、即ち眉を看るの範圍如何に大なるかを知り、亦た各項の應験の主因の所在を明白せり。下面に再び眉の形狀に按じて分類して以て説く。第一種は「長眉」と叫ぶ。いわゆる長眉は、是れ眉形修長にして氣勢あるなり。古人眉長きの人を説くに、兄弟既に顯貴にして又た衆多、而且彼らの輔助を得る能う。若し眉毛長じて鬢角に挿入せば、則ち帝王霸業の一級の大貴と成り、次の一等も能く一方を割據せん。ここの種の人は英明にして智勇兼備、名望高く・權柄重し。四川の一帯の相家はここの一式に對して尤其看重す。
二.豎眉:豎眉者,上插有威,即劍眉之謂也。多主武貴,而威權萬里,名垂竹帛,即古之名將儒將也。盛世為師為爵,亂世則超出師旅而上也。三.秀眉:秀眉者,清秀可愛之謂也,前後疎勻而含彩。主聰明智慧,及有特別穎悟,專長技藝,以及美術文學,多文貴,及教育司法、文化政治之例,及文章鳴世。
第二種は「豎眉」と叫ぶ。いわゆる豎眉は、是れ眉毛上に向かいて斜插して威勢を帯ぶ、即ち是れ通常説く所の「劍眉」。ここの種の眉は多く武職顯貴を主り、威權萬里之外に及ぶ能く、名字史册に寫入り、正に是れ古代の名將・儒將の一流の人物。太平世に生ずれば能く一師を統率し・爵位を受封し、乱世に生ずれば則ち位師旅の上に在らん。第三種は「秀眉」と叫ぶ。いわゆる秀眉は、是れ眉形清秀可愛、前後疏密均勻にして毛色光彩を含着す。人の聡明にして智慧あり・併せて特別の悟性あり・あるいは某項の技藝を専精し・あるいは美術・文學の上に成就あるを主る。ここの種の人は多く文職顯貴の路を走り、常に教育・司法・文化・政治のここれらの方面に応じ、亦た文章著述に靠りて名世に揚ぐるあり。
四.細眉:細眉者,清細疎勻也。大凡眉以柔細為佳,主平安清閒而少累,並且豐衣足食,妻賢子孝,既無內顧之憂,又無外欺之患也。五.柔眉:柔細之眉,不粗不燥也。主性情和平,志識遠大,一生多享福,及少六親之累,而為得心應手,事實行止順遂,而無障礙也。
第四種は「細眉」と叫ぶ。いわゆる細眉は、是れ眉毛清淡纎細にして疏密均勻なり。大体の上眉毛は柔細を以て好しと為し、一生平安清閑にして拖累少なきを主り、併せて衣食豊足し、妻子賢惠・兒子孝順す。家裏既に心を操るの事なく、外頭も亦た人の欺壓を受くるの禍患なし。第五種は「柔眉」と叫ぶ。いわゆる柔眉は、是れ柔軟細致の眉毛、既に粗ならず亦た焦躁ならず。人の性情平和・志向見識皆遠大・一生多く福氣を享け・六親の帯來するの拖累も亦た少なきを主る。事を辦するに手に得心し、一擧一動皆順遂、何の阻碍もなし。
六.粗眉:粗眉者,粗燥而不柔細也。主平生多憂慮,事實多勞怨,內務有顧忌之糾纏,外務多仇怒之嫌嫉,恩中成仇,親者反疎,平生難遂,富貴貧賤皆然。七.直眉:直眉者,平橫一字也。亂世多主武貴,而刑傷子女,有三妻四妾,而成附骨疽。然操兵柄,進田宅,多上貴中貴之階級,雖文職亦領武權也。
第六種は「粗眉」と叫ぶ。いわゆる粗眉は、是れ眉毛粗硬焦躁にして柔細ならず。人の一生憂慮多く・事を辦して労して功なく・なお埋怨を落すを主る。家裏の事は種種の顧忌牽纏あり、外頭の事は又た常に人の仇視嫉恨を招く。人に對して恩あるはかえって冤家を結び、本来親近の人はかえって疎遠せり。一生得て心に称うこと難し、彼の富貴なるも貧賤なるも論ぜず皆是れこもなり。第七種は「直眉」と叫ぶ。いわゆる直眉は、是れ眉毛平橫して一個の「一」の字を成す。ここの種の眉は乱世に生ずれば多く武職顯貴を主るも、ただ子女を刑傷するを要し、三妻四妾あるあらん、併せて身上に附骨疽のここの類の惡瘡を生じ來らん。不過彼は能く兵權を執掌し・田宅を置き下し、多半上等あるいは中等の貴顯の品級に位居す。便ち是れ文職なるも、亦た照樣に武權を領す。
八.曲眉:曲眉者,彎曲而如新月也。盛衰均主文貴,又主子女多,而且貴能,紹箕裘,又繩祖武也。故麻衣法云:眉愛曲兮最忌直也。九.潤眉:潤眉者,清潤而有光彩也,即不枯不燥之謂。主貴名大噪,轟傳一世,又主壽徵豐祿,清閒順遂,前途平安通達,為多成也。
第八種は「曲眉」と叫ぶ。いわゆる曲眉は、是れ眉形彎彎にして一彎の新月のごとし。ここの種の眉は治世乱世を論ぜず皆文職顯貴を主り、又た子女多きを主り、而且個個顯貴能幹、既に能く父業を承繼し、又た能く祖輩の脚步を踏着して前に向かわん。ゆえに《麻衣相法》の裏に説く:眉毛は最も彎曲を好み、最も平直を忌諱す。第九種は「潤眉」と叫ぶ。いわゆる潤眉は、是れ眉毛清朗潤沢にして光彩あり、即ち是れ既に枯槁ならず亦た焦躁ならざるの意思。人の貴顯の名声大いに振い・一時を轟動するを主る。同時に亦た寿数長く・俸禄厚く・生活清閑順遂・前程平安通達・事を做るに多く能く成功するを主る。
十.短眉:短眉者,短促不長之謂也,及不蓋目之類。一為弟兄少,而多憂思遺累;一為刑剋重,而多勞碌冷退,又主壽弱之例。十一.濃眉:濃眉者,濃重而叢生,似威而鬅鬙之態也。主富而多累,貴而多勞,又主奔馳不定,多招嫉刻,多處嫌疑,多結仇怨,多生暗害,煩惱不休也。
第十種は「短眉」と叫ぶ。いわゆる短眉は、是れ眉毛短促にして長からず、長度眼睛を蓋い得住せざるのあの一類を包括す。それの應験は、一は是れ兄弟稀少、因りて憂思多く・拖累多し。二は是れ刑剋重し、因りて一生労碌にして境遇冷落退敗す。此の外亦た寿数偏に弱きを主る。第十一種は「濃眉」と叫ぶ。いわゆる濃眉は、是れ眉毛濃密厚重・叢叢にして生じ、看れば幾分の威勢ある、其實是れ蓬鬆散乱の樣子。人の雖富なるも拖累多く・雖貴なるも労苦多きを主る。又た四處奔波・居に定所なく・常に人の嫉恨挑剔を招き・常に人に猜疑せらるるの位置に處し・常に仇怨を結下し・常に暗中の加害に遭い・煩惱斷えざるを主る。
十二.枯眉:枯眉者,焦枯不潤之態也。其人多疾病,其性多猶豫,愛便宜而不收功效,求兩全而反生障礙。小貴者,血液、肺疾;小富者,主冷退刑剋;如出於寒殘之人,亦主勞苦多累,憂愁度日,而夭亡也。十三.散眉:散眉者,散亂不收而不勻,稀斷尾少也。主心亂而妄貪,弄巧反拙,智小大,力輕任重,故多假面目,而虛浮自誇,輕進輕退,多成多敗也。
第十二種は「枯眉」と叫ぶ。いわゆる枯眉は、是れ眉毛焦枯にして潤沢せざるの樣子。ここの種の人は病多く、性子又た優柔寡斷す。便宜を占するを愛するも實效を収め得ず、両頭に討好せんと想いてかえって處處障碍を生出す。若し小に貴位あるの人の身上に長じれば、血症と肺病との上に応ず。若し小に資財あるの人の身上に長じれば、境遇冷落退敗にして併せて刑剋あるを主る。若し貧寒殘弱の人の身上に長じれば、亦た一生労苦・拖累身に纏い・天天憂愁の中に日を度し・終に早亡に至るを主る。第十三種は「散眉」と叫ぶ。いわゆる散眉は、是れ眉毛散乱にして収め攏らずして疏密勻えず、稀稀落落・中間斷開・眉尾も亦た少なし。人の心思雑乱にして貪求妄動し・巧を取らんと想いてかえって拙を弄するを主る。智謀小にして攤子大・能力弱にして擔子重し。因りて常に假の面目を戴き・浮夸にして自ら吹き・進むも輕率退くるも輕率・一生成ること多く亦た敗ること多し。
十四.聚眉:聚眉者,清聚而收斂,見底而不散也。其人有遠志而謹守大義,多預而籌晝策,億料必中,為必成,主豐盈之財庫,及有貴名之事業也。十五.旋眉:旋眉者,眉尾有旋螺形也。主刑剋弟兄,又有妨父者,主骨肉忤逆,血統常多官訟,族戚亦有糾紛,又有異母而生,內顧掣肘。其性剛燥量狹,兇悍恃勇,不明大義居多也。
第十四種は「聚眉」と叫ぶ。いわゆる聚眉は、是れ眉毛清朗聚攏にして収め得住し、疏して眉底を見る能くして又た散乱せず。ここの種の人は志向長遠にして大義を謹守し、凡事前頭に想い・籌劃謀算に善し。彼の預料する所は必定應験し、做する所は必定成功す。ここの一式は財庫豊盈を主り、亦た能く名望あるの事業を做出するを主る。第十五種は「旋眉」と叫ぶ。いわゆる旋眉は、是れ眉尾に螺旋狀の旋毛を長出す。兄弟を刑剋するを主り、亦た父親を妨害するあり。骨肉の間忤逆不順・同宗血親常に官司あり・本族親戚も亦た時に糾紛を起こすを主る。なお一種の應験あり、是れ彼の異母の生ずる所・家中處處掣肘す。ここの種の人は性情剛烈急躁にして氣量狹窄、凶悍にして勇を恃み強を逞しゅうし、多半是れ大道理を明白せず。
十六.逆眉:逆眉者,為倒生之眉,及上反之眉,皆謂逆眉也。其心性不純而狼,作事蠻橫而毒,剛燥任牲,不守禮義,褊窄見小,不昭信用,多官訟是非之累。上反者輕,倒生者較重也。十七.斷眉:斷眉者,間斷分節,或前後各異,而中斷也。主刑剋人丁,前業衰落,多風塵反覆,冷退消耗,貧苦勞碌居多,常富常貴居少也。
第十六種は「逆眉」と叫ぶ。いわゆる逆眉は、倒さに長ずるの眉と上に向かいて翻反するの眉とを包括し、ここの兩種皆是れ逆眉と算う。ここの種の人は心地純ならずして豺狼のごとく狠く、事を辦するに蠻横にして手段毒辣、剛烈急躁・性子に任せて來り、禮法道義を守らず。心胸狹隘・眼光短浅、信用を講ぜず、因りて常に官司是非の拖累を受く。その中の上に向かいて翻反するは應験軽く些、倒さに長ずるは應験重く些。第十七種は「斷眉」と叫ぶ。いわゆる斷眉は、是れ眉毛斷斷續續にして幾節に分かれ、あるいは前後の兩段樣子同じからずして中間斷開す。家中人丁を刑剋するを主り、祖上の家業衰落す。一生風塵の中に反復奔波し、境遇冷落にして家産消耗す。ここの種の人は貧苦労碌の居多く、能く長く富貴を保するは甚だ少なし。
十八.鎖眉:鎖眉者,兩眉頭相交,而鎖印堂也。主刑父妨母,又刑妻克子,六親不力,前業不守,破梓離鄉之格;亂世亦有貴名而發達,絕處逢生之格也。十九.沖眉:沖眉者,兩眉頭有紋上沖入華蓋也。主刑弟兄,及多憂愁,而遺累也。一為客欺主,而侵越主權;一為不知足,而好奇舉動。親者反疏,而爭端愈烈;恩者曰仇,而危害尤深,好勝性剛故也。
第十八種は「鎖眉」と叫ぶ。いわゆる鎖眉は、是れ両個の眉頭相交まりて連なりて、「印堂」を鎖し住めたるなり。父親を刑剋し・母親を妨害するを主り、又た妻を刑し子を剋し、六親皆幇す能わず、祖上の產業守り得住せず、是れ郷を離れ井を背くの格局なり。不過乱世に生ずれば、亦た貴顯の名に靠りて發達し來り・絕處に生に逢うあり。第十九種は「衝眉」と叫ぶ。いわゆる衝眉は、是れ両個の眉頭の處に紋路ありて上に往きて「華蓋」に衝入す。兄弟を刑剋するを主り、亦た憂愁多くして拖累を留下するを主る。それの應験は、一は是れ客に主を欺かれ・外人に自家の主導權を侵奪せられ、二は是れ自己足るを知らず・格を出づるの事を做るを好む。本来親近の人はかえって疎遠し、爭端いよいよ鬧えばいよいよ凶し。本来恩あるの人はかえって仇家と成り、害處尤其深し——これは皆是れ彼の勝を好みて性子剛硬なるの縁故なり。
二十.交眉:交眉者,上下相交而如交字形也。主內顧多憂,骨肉有累,妻妾不力,子女不肖。本身雖有名祿產業,然多牽制憂憤,神經受刺激,而顛倒行為也。廿一.毫眉:毫眉者,有時長露寸餘,或二三寸,伸出三四也。主心亂而多焦躁,事與時反,與心違也。左主外務糾紛,右主內政忤逆,前半節主弟兄姊妹損傷,後半節主妻妾子女災刑。常有者,主刑剋不遂,富貴貧賤皆然,煩擾不休也。
第二十種は「交眉」と叫ぶ。いわゆる交眉は、是れ眉毛上下交錯し、一個の「交」の字の樣子を長成す。家裏に心を操るの事多く・骨肉拖累を帯來し・妻妾力を得ず・子女器を成さざるを主る。彼自身は雖名声・俸禄と產業あるも、卻って處處牽制を受けて心中憂憤し、神經長期に刺激を受け、以致顛三倒四の擧動を做出す。第廿一種は「毫眉」と叫ぶ。いわゆる毫眉は、是れ眉の中時に一寸余り・甚至兩三寸の長毫を長出し、三四根を伸出し來る。心緒雜乱にして焦躁多きを主り、事情の走向總て時機と相反し、亦た自己の本意と相違す。左辺に長ずるは外頭の事務に糾紛を起こすを主り、右辺に長ずるは家内の事忤逆不順を主る。前半段に長ずるは兄弟姐妹に損傷あるを主り、後半段に長ずるは妻妾子女に災あり刑あるを主る。若し長毫常年皆在れば、即ち一生刑剋にして事々心に称わざるを主り、彼の富貴なるも貧賤なるも論ぜず一樣にして、煩擾斷えず。
廿二.亂眉:亂眉者,紛亂不順,粗細不勻,滯手如麻也。主環境惡劣,牽制最重,常在驚濤惡浪之中,許多內憂外患,而不解除也。毫眉、亂眉,多臨時發生也。廿三.重眉:重眉者,上下兩層,俗呼兩夾眉也。主幼年喪父,倚伯叔至戚而成立,性柔而不斷,庸而兩可,小有耗散,而失前業一半也。廿四.金眉:金眉者,短少而稀疎,直豎而似無,黃柔而高稜也。王享餘蔭之美,又進田宅也。主貴榮而壽祿清閒,子女又貴能又多也。獨相此眉最難也。
第廿二種は「亂眉」と叫ぶ。いわゆる亂眉は、是れ眉毛紛雜にして順ならず・粗細勻えず、手を用いて一摸すれば澀滞して亂麻のごとし。人の處する所の環境惡劣・受くる所の牽制最も重く・常年驚濤駭浪の中に在るがごとく・内憂外患一大推にして始終解き開く能わざるを主る。須く注意すべし:毫眉と亂眉とは多半是れ一時に長出したる所、臨時の應験するの相に属す。第廿三種は「重眉」と叫ぶ。いわゆる重眉は、是れ眉毛上下に叠して兩層を成し、俗に「兩夾眉」と称す。幼年に父を喪うを主り、伯父叔父等の至親の撫養に靠りてこそ立ち得住する。性子柔弱にして果斷ならず、平庸にして事々模稜両可す。家産略有耗散し、祖業の一半を丟失するあらん。第廿四種は「金眉」と叫ぶ。いわゆる金眉は、是れ眉毛短少にして稀疏、直く豎って幾ど看て出す能わず、色は黄にして質は柔らかく眉棱高き起こす。人の能く先人の余蔭の好處を享受し・なお能く田宅を置き下すを主る。貴顯榮耀にして寿長く禄厚く・生活清閑を主り、子女既に顯貴能幹にして又た衆多なり(源文の「王享」の「王」は當に「主」字の誤たるべし)。ここの一式は單に眉毛を看るは最も斷じて準くること難し。
《公篤相法》上篇卷六(續)
性情條解
公篤曰:性者心之苗,情者神之使。性無心不存,神無情不用。有心有性,有神有情,然後為事實,行止動靜,皆包括其中矣。解:性從心出,情從神發。心為靈臺之根,神為靈物之品,變化不測,其用最大。性為善惡之原,情為交易之機。性情乃心神之使者,事實之引導也。
陳公篤曰く:性是れ心の裏より長出したるの苗、情是れ神の差遣する所の使者。心なければ、性就ち存するに由なし。情なければ、神も亦た作用を發揮するに由なし。心有りてこそ性あり、神有りてこそ情あり、然る後にこそ具體の行事を形成す。一個人の行止動靜は、全てここの裏面に包括す。解説に曰く:性は心に由りて出、情は神に由りて發す。心是れ靈臺の根柢、神是れ靈性の物の品級、それ變化測する能わずして作用最も大なり。性是れ善と惡との源頭、情是れ外界と往來交接するの機竅なり。性と情とは不過是れ心と神との派出したるの使者、亦た是れ一切の具體の行事の引路の人なり。
性者,先天之真機也;情者,後天之實用也。又從形質,定其性情,論其事實。故印堂寬正,其性英賢;神清正視,其性忠良。解:印堂為全局之元首,英明賢良,印寬而正,有才而復量大也。凡忠厚慈良,神清正視,多管而復遠見也。二者兼有,則為上品也。
性是れ先天の帶來したるの真正の機竅、情是れ後天の用い出すの實際の功能。此の外なお形體骨肉の上に從りて一個人の性情を判定し、併せて此に據りて彼の一生の行事を推論す。ゆえに曰く:印堂寬闊にして端正の人は、性情英明賢良なり。眼神清朗にして人を看るに平正の人は、性情忠厚善良なり。解説に曰く:印堂是れ全局の元首の所在、英明賢良を主る。印堂又た寬く又た正なれば、即ち是れ既に才幹ありて又た度量あり。凡そ忠厚慈善の人は、眼神皆清朗にして正視し、事を做るに管えること多くして又た遠見あり。ここの兩樣兼備の人は、即ち是れ上等の品格なり。
眉細目慈,主溫和而孝順;五嶽端正,主厚而正大。解:眉為肺絡,眉細而無憂;目為肝絡,目慈不動氣,故溫和孝順也。五嶽正者心正,行為亦正,故厚而正大也。眉目有威,主嚴格而志大;眉秀目平,主慈和而有智。解:眉目以威而有權,故威重之人權重,綱紀嚴明,志向遠大矣。眉秀主聰敏,目平主和蘊,及慈和而有特智,常有先見之明,而不妄舉也。
眉毛細・眼神慈の人は、性情温和にして孝順なり。「五岳」端正の人は、性情厚道にして胸襟正大なり。解説に曰く:眉毛は身内に於て肺經に對應し、眉細の人は憂多からず。眼睛は身内に於て肝經に對應し、目光慈善の人は輕易に怒を動かさず、ゆえに温和にして孝順なり。額・頦・鼻・左右顴のここの五岳の長じて端正の人は、心地就ち正く、行為も亦た跟いて正し、ゆえに厚道にして正大なり。眉眼の間威厳を帯ぶるの人は、性情嚴格にして志向遠大なり。眉毛清秀・眼神平和の人は、性情慈和にして智謀あるなり。解説に曰く:眉眼は威厳あるに因りてこそ權あるに顯る、ゆえに威重きの人は權も亦た重く、彼規矩綱紀を立て起こすに嚴明度ありて、志向自然遠大なり。眉秀は人の聰敏を主り、目平は人の和順含蓄を主る。ここの樣の人は慈和にして而も又た特出の智慧ありて、常に能く先知先覺し、輕擧妄動することあらざらん。
眉長上豎,主恃勇而拔負;耳厚垂珠,主明敏而靈巧。解:眉長主大貴而操兵柄,眉上豎主剛勇而負氣,故拔負而驕傲。耳厚主持重又有恆,垂珠主偏好多材藝,不學而成,故明敏而又靈巧也。眉濃目露,主剛暴而好殺;眉高印寬,主遠而多才。解:眉濃主剛燥而尤貪,目露主驕淫而不仁。愛之者,則越軌不已;惡之者,則毀滅不休,故好殺也。眉高主敏而好名,印寬主正而遠見,故遠多才也。
眉毛長くして上に向かいて斜豎するの人は、性情勇を恃みて強を爭い勝を好むなり。耳朶厚くして垂珠あるの人は、性情明快敏捷にして靈巧なり。解説に曰く:眉長は大貴にして併せて兵權を執掌する能うを主り、眉毛上豎は剛強勇武にして氣を賭するを愛すを主る、ゆえに合せば即ち是れ勝を好みて驕傲なり。耳朶厚は人の穩重にして恒心あるを主り、耳垂珠を成すは人の偏愛の専長ありて多く才藝あり・學ばずとも能く自ら成るを主る、ゆえに彼を明敏にして靈巧と説く。眉毛濃・眼神露るの人は、性情剛烈殘暴にして殺を好むなり。眉毛高・印堂寬の人は、眼光長遠にして才多しなり。解説に曰く:眉濃は人の剛烈急躁にして尤其貪求するを主り、目露は人の驕縱淫佚にして仁恕を講ぜざるを主る。彼の喜歡するの人は、以て一味に軌を越えて成全する能く、彼の厭惡するの人は、則ち毀滅して底に到るを要す、ゆえに殺を好むと説く。眉高は人の敏捷にして名を好むを主り、印堂寬は人の端正にして遠見あるを主る、ゆえに合せば即ち是れ眼光遠くして才具多し。
神清顴聳,主豪慨而奢華;眉高神秀,主清廉而好名。解:神清主多貴名而豪慨,顴聳主有作為而輕財,乃俠義之勇為,志不群也。眉高主而務名,神秀主慧而務德,故清廉好名,而多福壽也。髮低骨粗,其性愚魯燥急而尖酸;形清目痴,其性庸拘泥而無用。解:髮低主妨父,失於栽培;骨粗主勞碌,失於能力。二者合有,則愚魯妄行,情同尖酸,失其正義也。形清為外表,目痴為內愚,故措施之輕重不宜也。
眼神清朗にして顴骨聳起するの人は、性情豪爽慷慨にして生活奢華なり。眉毛高くして眼神清秀の人は、性情清廉にして名声を愛惜す。解説に曰く:神清は人の多く貴顯の名ありて人と為りて豪爽なるを主り、顴聳は人の作為ありて錢財を看輕するを主る、これは是れ一種の俠義敢為・志趣流俗に同じからざるの品格。眉高は人の進取して名声を追求するを主り、神秀は人の聰慧にして德行を講究するを主る、ゆえに合せば即ち是れ清廉にして名を好み、而且福多く寿多し。髮際低くして骨骼粗の人は、性情愚鈍魯莽・急躁にして刻薄なり。形體清秀にして眼神呆痴の人は、性情平庸拘泥にして用處なきなり。解説に曰く:髮際低は父親を妨害するを主り、小より培栽を得ず。骨骼粗は一生労碌を主る、是れ能力足らざるに因る。ここの兩樣併せて見れば、即ち愚魯妄為し、話を説き起こせば刻薄尖酸して、應有の正氣を失掉せり。形清は是れ外表看て好く、目痴は是れ裏子愚鈍なり、ゆえに彼は事を辦し起こせば輕重總て拿捏して當ならず。
目凹鼻曲,其性貪侫刻薄而寡情;蛇睛馬面,其性殘酷毒忍而尤驕。解:目凹主刻薄寡恩,鼻曲主貪侫心深,蛇睛主殘毒兇狠,馬面主驕傲矜誇。上二形為成敗之陰,有惡劣環境,逼迫而為之;下二形為格局之生成,通達窮困皆殘毒,有意而為之。
眼窩深く陷入し・鼻梁彎曲の人は、性情貪婪諂佞・人を待すること刻薄にして情寡きなり。蛇眼・馬臉を生ずるの人は、性情殘酷狠毒にして格外驕横なり。解説に曰く:眼窩凹陷は人の刻薄にして恩少なきを主り、鼻梁彎曲は人の貪佞にして心機深きを主る。蛇眼は人の殘毒凶狠を主り、馬臉は人の驕傲自誇を主る。前面のここの兩樣は是れ成敗起伏に隨いて顯出したるの陰暗の一面——是れ惡劣の環境の彼を逼りてこも成らしめたるなり。後面のここの兩樣は卻って是れ天生の格局の成す所——ここの種の人は處境の顯達なるも困頓なるも管せず一樣に殘毒、是れ有意にあの樣を做らんと要するなり。
骨粗肉流,其性剛燥自用而殘忍;狼顧斜視,其性奸險多疑及行邪。解:骨粗主弄巧反拙而多勞,肉流主燥亂狂妄而自私,合而為殘忍兇狠。狼顧主奸而多疑,斜視主毒而邪淫,其性既貪,其心又不正故也。眉頭逢沖,其性輕躁負氣;眉皺上視,其性驕傲任性。解:眉關氣質,凡有氣憤不平,憂疑不決,則兩眉燥亂,緊急上沖。上視主驕傲,舍本求末故也。
骨骼粗・肌肉松浮の人は、性情剛烈急躁・剛愎自用にして殘忍なり。狼のごとく能く頭を回らして斜看するの人は、性情奸險多疑にして行事邪僻なり。解説に曰く:骨粗は人の巧を取らんと想いてかえって拙を弄し・白く許多の辛苦を費すを主り、肉浮は人の躁動狂妄にして自私を主る、兩樣合せば即ち殘忍凶狠と成りぬ。「狼顧」は人の奸詐にして多疑を主り、斜視は人の狠毒にして邪淫を主る、是れ彼の性子本来貪にして・心地又た端正ならざるの縁故なり。眉頭の處紋路に衝破せらるるの人は、性情輕浮急躁にして氣を賭するを愛す。眉頭緊皺にして上に往きて看るを習慣とするの人は、性情驕傲にして任性なり。解説に曰く:眉毛は一個人の氣質に關係し、凡そ心中憤懣不平・憂疑決し難きの時は、兩條の眉毛就ち焦躁紛乱に顯れ・緊緊に上に往きて衝る。習慣上に向かいて看るは驕傲を主る、是れ彼の本を舍てて末を逐うの縁故なり。
唇掀齒露,其性輕浮見小;神漫言遲,其性猶豫心深。解:唇掀好爭不讓,齒露口快妄語,皆不明大義,惟利是從,故見小也。神漫猶豫有思,言遲心深而貪,畏嫌不免,疑累終受,而多晝蛇添足之勞也。神清血足,其性安閒瀟灑;面廣神驚,其性憂鬱背義。解:神清泰然無思,血足悠然無累;面廣失敗多憂,神驚嫉妒背義。上二者為自然,下二者為勉強。
嘴唇上に往きて翻り・牙齒外に露るの人は、性情輕浮にして眼界狹小なり。眼神散漫・説話遲緩の人は、性情優柔寡斷にして心機深沈なり。解説に曰く:唇掀は人の爭うを好みて相讓るを肯ぜざるを主り、齒露は人の嘴快くして根據なきの話を説くを愛するを主る、ここの兩樣は皆大義を明白せず・唯利是從なり、ゆえに彼を眼界小なりと説く。眼神散漫の人は事に遇えば猶豫して多くを想い、説話遲緩の人は心思深くして貪求す。彼は人の猜嫌を招くを怕るるも總て亦た免れ得ず、最後はなお疑忌に拖累せられ、白く許多の蛇を畫き足を添うるの功夫を費す。眼神清朗・血氣充足の人は、性情安閑にして瀟灑なり。臉面闊大にして眼神驚惶を帯ぶるの人は、性情憂鬱にして道義を背棄す。解説に曰く:神清の人は坦然にして思なし、血足の人は悠然にして累なし。面闊にして卻って屢々失敗に遭うの人は憂慮就ち多く、神驚の人は心に嫉妬を存して信を背き義を棄つ。前の兩樣は是れ自然而然の所、後の兩樣は是れ勉强に撐え出づる所なり。
面青眉重,其性謹慎拘執;輔角高寬,其性文雅好道。解:面青主聰敏虛浮,眉重主憂愁拘執,故有畏難苟安,而似謹慎也。輔角高寬,其人清雅多文,好古愛道,是為慧根仙姿之質,清高不俗之品也。鼻仰神亂,其性慳悋痴迷;眉低印窄,其性宵小好勝。解:鼻仰愛財而不積,神亂妄舉而偏重,合而為痴貪迷惑,惜小慳悋矣。眉低主貪多而好勝,印窄主器狹而不容。上二者有倉猝失足,而成千古之恨;下二句有力輕任重,而為崩潰之俟也。
臉色青を發し・眉毛濃重の人は、性情謹慎にして拘泥固執なり。「輔角」の長じて又た高く又た寬の人は、性情文雅にして道術を喜好す。解説に曰く:面色青は人の聰敏にして卻って浮泛して實ならざるを主り、眉毛重は人の憂愁にして拘執するを主る、ゆえに彼は難に遇えば即ち退き・苟且に安を求め、外表看れば謹慎に像ゆ。輔角高寬の人は清雅にして文才に富み、古を好みて道を愛す、これは是れ慧根ありて・仙姿を帯ぶの資質、清高にして俗ならざるの品格に属す。鼻孔上仰・眼神散乱の人は、性情吝嗇にして痴迷なり。眉毛低壓・印堂窄の人は、性情猥瑣にして強を爭うを好むなり。解説に曰く:鼻仰の人は財を愛するも卻って錢を存め得住せず、神乱の人は妄動して偏執す、兩樣合せば即ち又た痴く又た貪く・執迷して悟らず・一點の小錢を為して斤々計較す。眉低は人の多を貪りて勝を好むを主り、印窄は人の器量狹窄にして人を容れ得ざるを主る。前面の兩樣は一時の失足に因りて千古の恨を鑄成するあらん。後面の兩句は則ち是れ能力小にして擔子重く・ただ垮れ下がるを待つ。
神麗肉流,其性淫亂邪行兼嫉姤;骨多肉少,其性矜奇,自誇又剛愎。解:神麗男女皆主淫亂多病而不壽,肉流主偏愛邪行,兼有,則淫亂中生嫉妒,變為殘毒矣。骨多者元氣充,故矜奇誇大;肉少者失輔助,故剛愎自用。
眼神艷麗・肌肉松浮の人は、性情淫乱・行為邪僻、なお嫉妬の心を帯ぶ。骨骼多くして肌肉少なきの人は、性新を標して異を立つるを愛し、既に自誇して又た剛愎なり。解説に曰く:眼神艷麗の人は、男女を論ぜず皆淫乱・病多くして寿数長からざるを主る。肌肉松浮の人は邪僻の行逕を偏愛するを主る。兩樣兼ねて有れば、即ち淫乱の中に嫉妬を生出し、進みて殘忍狠毒に變成せん。骨多の人は元氣充沛、ゆえに奇を誇り異を立つるを愛し・大話を説く。肉少の人は輔助扶持缺少、ゆえに剛愎自用す。
眉墜肩削,其性輕浮偏僻;眼神活潑,其性機巧好奇。解:眉墜有偏僻之才,肩削無厚重之福,故薄言而輕舉,偏好而妄行,主多挫折也。神活潑主靈巧機智,不學而成之技藝,用功歧路,勇於偏取也。神玄露光,其性狼毒任勞能冒險;日圓齒掀,其性兇悍驕橫有異志。解:神玄露光,為亂世之權貴,臨險為機會,冒險為事業,盛世不吉。日圓主驕橫不顧信義,齒掀主招嫉不矜細行,貪而無止境故也。
眉尾下垂・肩膀削瘦の人は、性情輕浮にして偏僻なり。眼神靈動活潑の人は、性情機巧にして奇を好むなり。解説に曰く:眉墜の人は一種の偏門の才氣あり、肩削の人は厚重の福分なし、ゆえに彼は説話輕薄・行事輕率、偏執の愛好を憑りて胡亂に行動し、一生多く挫折に遭うを主る。眼神活潑は人の靈巧にして機智あるを主り、學ばずとも一門の技藝を會す。ただ是れ彼は功夫を偏門の上に下し、一味に偏處に往きて爭取す。眼神玄暗にして外に露るの人は、性情狠毒・苦を喫するを肯んじて冒険を敢てす。眼睛圓・牙齒外に掀るの人(源文の「日圓」は當に「目圓」たるべし)は、性情凶悍驕横にして心に異志を懐く。解説に曰く:神玄にして光を露るは、是れ乱世の裏の權貴の相:危険の處に臨めば正に是れ彼の機會、冒険は本身就ち是れ彼の事業なり。ここの種の相は太平世に生ずれば吉利ならざりき。目圓は人の驕横にして信義を顧みざるを主り、齒掀は人の嫉恨を招きて小節を拘らざるを主る、皆是れ彼の貪心止境なきの縁故なり。
髮低神昧,其性愚妄模糊;冷笑口撮,其性陰險奸惡。解:髮低主愚,加以神昧,主每事有頭無尾,言不顧行,事不量力,輕諾寡信也。冷笑主機深陰險,加以口撮,則得隴望蜀,奸惡而不知足也。眼神如醉,多誑語而疎懶;五官開展,多堅忍而有恆。解:神醉主記憶力弱,而多忘,又愛便宜,疎忽懶惰,德怨不分,恩仇不明。五官開展,主任勞有恆,堅固其心志,耐勞其行為,終為發達之品也。
髮際低・眼神晦暗の人は、性情愚昧妄動にして糊裏糊塗なり。冷笑を愛し・嘴唇撮起するの人は、性情陰険にして奸惡なり。解説に曰く:髮際低は人の愚鈍を主り、再加うるに眼神晦暗なれば、即ち彼の做する所皆頭ありて尾なきを主り、説話能く到る能わざるを顧みず、事を做るに自己に幾多の氣力あるを掂量せず、輕易に許諾して守信すること甚だ少なし。冷笑は人の城府深くして陰険を主り、再加うるに嘴撮起すれば、則ち是れ隴を得て蜀を望み、奸惡にして永く足るを知らず。眼神醉せるがごときの人は、假の話を説くを愛して懶散なり。五官舒展開闊の人は、多く能く堅忍にして恒心あるなり。解説に曰く:眼神醉のごときの人は記性差く・事を忘るるを愛し、又た便宜を貪るを愛し、事を做るに疏忽懶惰、恩德と怨恨とは分別せず、仇と友とも亦た辨明せず。五官開展の人は苦を喫するを肯んじて恒心あり・心志堅定・行動の上に労累に耐え得住するを主り、最終是れ能く發達するの品格なり。
廓尖輪大,主聰明不足,而邪淫有餘;神定眉亂,主惡能引惑,而善偏軟化。解:耳廓尖小,主志小量窄,加以耳輪大,雖然聰明,多為邪淫蒙蔽。神定主有把握,加以眉紛亂,則方寸不一,可以為善,又可以為惡,隨流軟化也。
耳廓尖小にして耳輪大の人は、聡明足らずして邪淫余あり。眼神安定にして卻って眉毛紛乱の人は、壞人一たび誘引すれば彼は迷惑し、好事偏偏と彼を軟化する能わず。解説に曰く:耳廓尖小は人の志向小・氣量窄を主り、再加うるに耳輪偏に大なれば、雖説幾分の聡明あるも、多半も亦た邪淫の心思に蒙蔽せられぬ。眼神安定は本は人の心裏に把握あるを主るも、可再加うるに眉毛紛乱なれば、彼心裏に一個の主意を拿定する能わず、既に善事を做し去る能く、亦た惡事を做し去る能く、周圍の風氣に隨いて即ち同化せられ過ぐ。
準大眉高,其性忠實耿介;形勻聲秀,其性正直率真。解:準大心無毒,眉高忠而謹,主不妄舉,又不苟且故也。形勻主正大和蘊,聲秀主抱一信,故不欺詐,又不虛浮,而純正率真也。先觀其形質,次查其聲音,更視其精神,再考其骨肉,則可知其性倩,明其志向,覺其心理,驗其事實,則明瞭而如指掌焉。
鼻準頭大・眉毛高の人は、性情忠厚老實にして耿直なり。形體勻稱・声音清秀の人は、性情正直にして率真なり。解説に曰く:準頭大の人は心裏に毒念を存せず、眉毛高の人は忠厚にして謹慎、ゆえに彼は輕擧妄動することあらず、亦た苟且敷衍するを肯ぜず。形體勻稱は人の胸襟正大にして性情和順含蓄を主り、声音清秀は人の一に抱守して信用を講ずるを主る、ゆえに彼は既に欺詐せず、亦た浮夸せず、人と為りて純正にして率直なり。總じて人を相するの次序は:先ず彼の形體骨肉を看、其次彼の声音を聽き、再び彼の精神を看、最後彼の骨相と肌肉とを考察す。こもに來れば、即ち能く彼の性情を知り・彼の志向を明白にし・彼の心理を察覺し・彼の一生の行事を驗證して、一切清清楚楚、自己の手掌を看るがごとし。
鼻相條解
公篤曰:鼻為審判官,又名中嶽,外號土星,而居全面之中故也。據醫家考證,是為肺竅而屬金也,或為土是金之母,而有連帶關係耶。余考丹經,則稱不屬土,又不屬金,是為腎竅,則曰屬水。按鼻外為兩孔,內為四竅:兩側竅通肺管,此醫家之所謂肺絡也;兩直竅入腦海,下督脈,此丹道家之所謂腎絡也。準頭在全面之中心,配以中嶽,此風鑑家之所謂脾格也,皆有原理存焉。故準頭紅燥,即君相二火浮出,此通腎脈之證也。茲將各區段之主要與附帶,分類如下。
陳公篤曰く:鼻子は是れ相法の上の「審判官」、又た「中岳」と叫び、別號「土星」、是れそれが整張の臉の正中に位居するに因る。醫家の考證に照らせば、鼻は是れ肺の孔竅にして金に属す。或いは土是れ金の母親たるに因りて、兩者こそここの層の連帶の關係あるか。我道家の丹經を查考すれば、則ち説く鼻は既に土に属せず亦た金に属せず、而して是れ腎の孔竅、ゆえに水に属す。構造に就いて言えば、鼻子の外は是れ兩個の鼻孔、裏は卻って四個の竅道あり:左右両側の竅は肺管に通じ、これは即ち是れ醫家の説く所の肺絡。兩條の直上の竅は腦海に通じ入り、下に往きて督脈に連なり、これは即ち是れ丹道家の説く所の腎絡。準頭の全臉の中心に位居し・「中岳」に配属するに至っては、あれは是れ風鑑相家の説く所の脾の格位。ここの幾種の説法は各々其の道理あり。ゆえに準頭一旦紅を發し燥を發すれば、即ち是れ君火・相火の兩把の火の表面に浮到せる、これは正に是れ鼻の腎脈に通ずるの證據なり。下面に鼻子の各個の區段の主要の關係と附帯の關係とを分類して列出す。
一.山根:山根者,根基之謂也,又為命宮,而應疾厄,亦稱為壽根可也。凡山根高起,不享受祖業,則為壽徵;山根坑陷,不失敗祖業,則為夭亡也。二.準頭:準頭者,為正財之專部也,又名土星,土能旺財,而命名也。凡能享受正財祿,及坐守財,皆以此為標準,故有問富在鼻之說,為千古定法也。
第一是「山根」。いわゆる山根は、即ち是れ根基の意思、それは同時に又た是れ「命宮」、疾病災厄の上に應験し、それを「壽根」と叫ぶも亦た未當ならざらん。凡そ山根高高隆起の人は、若し是れ祖上の產業を承受するに非ざれば、則ち是れ長壽の徵兆。凡そ山根凹陷の人は、若し是れ祖業を敗するに非ざれば、則ち是れ短命早夭。第二是「準頭」、即ち是れ鼻頭。準頭は是れ専ら「正財」を管うるの部位、又た「土星」と叫ぶ、是れ土能く財を生み財を旺ならしむるに因り、ゆえにこも命名す。凡そ能く正當の財禄を享受する能うや否や・能く財に坐り得住するや否やは、皆ここを以て標準と為す、ゆえに相法の上に「富を問うは鼻に在り」の説法あり、これは是れ千古不變の定法なり。
三.蘭臺:蘭臺者,左鼻孔之全部,為偏浮財之專部,又名井灶,即內庫之地,又為內輔佐也。闌臺收而不露,財入庫而豐盈;如露而不收,其財雖多,而漏巵不塞,終為虛花,而失敗也。四.廷尉:廷尉者,右鼻孔之全部也,交際財之專部,亦名井灶,即內庫也。如露而不收,財亦耗散不聚。又主內輔佐,如薄弱不收,財弱而內輔不力也。
第三是「蘭臺」、指すは左辺の鼻翼鼻孔を連ねたるのここの一整块、是れ専ら偏財・浮財を管うるの部位、又た「井竈」と叫ぶ、即ち是れ内財庫の所在、同時になお家裏の内助を代表す。蘭臺収斂にして外に露さざるは、財庫に進みて而且庫裏豊盈なり。如果孔露にして収め得住せざれば、則ち財の來りて再び多しと雖も、亦た漏底の酒器の口を堵ぐる能上がらざるがごとく、到頭來皆是れ虛花一場、終に失敗に帰せん。第四是「廷尉」、指すは右辺の鼻翼鼻孔を連ねたるのここの一整块、是れ専ら交際應酬の所得するの財を管うるの部位、亦た「井竈」と叫ぶ、同樣是れ内庫。如果孔露にして収め得住せざれば、財も亦た一樣に耗散して聚まらず。ここは同樣に内助を代表す:若し長じて薄弱にして収め得住せざれば、即ち是れ財力單薄にして内助力を得ざるなり。
五.分尸紋:分尸紋者,準頭當中一直紋,主凶死;如骨破直痕,亦凶死。即古之車裂慘刑,言尸分而不全也。紋痕深長者無救,紋短者,刑剋破敗也。六.年上:年上者,鼻樑中段,接近山根也,內為膽絡,故名疾厄宮。膽俯有水汁,有火氣,故能消化飲食,如有障礙則病苦,此為疾厄專部也。
第五は「分尸紋」。いわゆる分尸紋は、是れ準頭の正中に一條の豎紋ありて、非命に死するを主る。若し是れ鼻骨破損にして一道の直痕を留下せば、同樣に凶死を主る。ここの名目は古代の車裂の慘刑より取る、意思是れ尸首分裂にして完整ならず。紋痕又た深く又た長きは救なし、紋痕短きは則ち刑剋と破敗とを主る。第六は「年上」、指すは鼻梁中段の山根に靠近するのあの一節、それは身内に於て膽經に對應し、ゆえに「疾厄宮」と叫作す。膽腑の裏に膽汁あり・火氣ありて、因りて人こそ飲食を消化する能う。一旦ここに障碍を出せば、人は則ち病痛の苦を受くるを要す。ゆえにここの一節は是れ専ら疾病災厄を看るの部位なり。
七.壽上:壽上者,鼻樑中段,接近準頭也,亦為膽絡,名疾厄宮也。兩側即下勾陳,主水氣泛流、溼氣痞脹等病,及其它有形之病,又主妻妾子女之刑剋也。八.危險紋:危險紋者,左蘭臺之曲紋,沖出準頭也。主有危險驚恐之事實經過,紋深,則疤痕破相,男格重兩女格輕也。如左右之紋均沖,亦主凶死也。
第七は「壽上」、指すは鼻梁中段の準頭に靠近するのあの一節、同樣に膽經に對應し、亦た疾厄宮と叫ぶ。それの両側は即ち是れ「下勾陳」、水氣氾濫・濕氣積みて痞块脹滿を成すの一類の病・以及其他の形ありて見る可きの疾病を主り、同時になお妻妾子女を刑剋するを主る。第八は「危険紋」。いわゆる危険紋は、是れ左辺の蘭臺の上の彎曲の紋路の準頭の上に衝到するなり。ここの人の經歴し過ぎたるの危険驚恐の事を主り、紋路深きはなお疤痕を留下して相を破るあらん。ここの一条は男子は應験重く、女子は應験輕し。如果左右両辺の紋路一齊に準頭の上に往きて衝れば、則ち亦た非命に死するを主る。
九.驚險紋:驚險紋者,廷尉之曲紋,沖出準頭也。主有凶危挫折之事實經過,如紋深,則疤痕破相,女格重兩男格輕也。如左右之紋均沖,亦主凶死也。十.井灶:井灶者,即兩孔也。如洩露,財不入庫,而有六親之累;如仰露,則有妻妾之相欺,子女之隱患,血統之內爭,骨肉之殘害,破財冷退之例也。
第九は「驚険紋」。いわゆる驚険紋は、是れ右辺の廷尉の上の彎曲の紋路の準頭の上に衝到するなり。ここの人の經歴し過ぎたるの凶険挫折の事を主る。紋路深きも亦た疤痕を留下して相を破るあらん。ここの一条は女子は應験重く、男子は應験輕し。如果左右両辺の紋路一齊に準頭の上に往きて衝れば、同樣に非命に死するを主る。第十は「井竈」、即ち是れ兩個の鼻孔。鼻孔泄漏にして外に露るは、財就ち庫に進み得ず、而且六親の拖累あり。鼻孔天に朝して仰ぎて露るは、則ち妻妾の欺瞞・子女の隱患・同宗血親の間の内鬨・骨肉の間の殘害・および破財・境遇冷落退敗のここの一類の應験に遭うを要す。
以上十則,為中嶽之關係,區段之界限,為鼻相之第一步。而各項形式,分類應徵,茲特詳解如下。一.長植:長植者,鼻長如樑柱,而有勢也。主豐足衣祿,而多田宅;又主完善貴榮,而多厚福。凡長植之中嶽,多為數代富庶餘蔭,承繼正受之祖業,平生安享,亦主有大壽之根也。
以上の十條は、講ずるは是れ「中岳」のここの一部位の各項の關係と各段の分界、これは鼻相を看るの第一步と算う。鼻の各種の形狀の分別て何を應験するに至っては、下面に再び詳細に解説す。第一種は「長植」と叫ぶ。いわゆる長植は、是れ鼻子の長じて一根の梁柱のごとく修長にして氣勢あるなり。衣食俸禄豊足・田産房産も亦た多きを主る。又た貴顯榮耀にして完滿缺なく・福分深厚を主る。凡そここの樣に長挺の中岳は、多半是れ幾代の富庶の人家の余蔭、能く名正言順に祖上の產業を承繼し、一輩子安然に享用す。これも亦た是れ長寿の根柢の所在なり。
二.豐大:豐大者,準頭豐隆,而復高起也。凡準頭豐隆高大,其人正直和平,有大志遠見,享受特別財利,而為特富,及上等富業也。或為繼起之產業,或為創立之產業,又考其各部可也。三.勻配:勻配者,準頭與蘭臺、廷尉,三部勻大而相配也。主心氣和平,耿介不妄,所有之財羞既多,享受之衣祿尤厚,亦主貴名,而厚祿清福也。
第二種は「豊大」と叫ぶ。いわゆる豊大は、是れ準頭飽滿隆起して而且長じて高きなり。凡そ準頭飽滿高大の人は、人と為りて正直平和、遠大の志向と長遠の眼光とありて、能く特別の財利を享受し、特等の富有あるいは上等の富業に属す。ここの份の產業の是れ前人を承繼して再び興し起こしたるか・還是れ自己の白手に創立したるに至っては、則ち面上の其他の部位を參看してこそ斷定する能う。第三種は「勻配」と叫ぶ。いわゆる勻配は、是れ準頭と蘭臺・廷尉の三處皆長じて飽滿にして彼此相称するなり。人の心氣平和・耿直にして妄為せざるを主る。手裏の財貨既に多く、享用するの衣食俸禄尤其豊厚なり。同時に亦た貴顯の名あり・厚禄清福を享くるを主る。
四.圓厚:圓厚者,準頭圓而如珠,不見蘭臺廷尉也。其形有名虎鼻者,主剛執好勇,任勞務功,及有勇毅之行為,膽識兼長,文武兼併,而立豐功偉業也。五.貫印:貫印者,山根高起上貫印堂也。其形有名玉柱上貫伏犀者,為特貴創業之帝王也,次亦為裂土分封,出將入相也。又有上貫印堂者,主智勇雙全,為上貴,文為政柄領袖,武為屏潘總戎,亦有壽也。
第四種は「圓厚」と叫ぶ。いわゆる圓厚は、是れ準頭の圓くして一顆の珠子のごとく、圓くして幾ど両側の蘭臺と廷尉とを看見する能わざる。ここの種の鼻形に「虎鼻」と叫ぶあり、人の剛強固執にして勇を逞しゅうするを好み・苦を喫するを肯んじ・一心に事功を求め・行事勇敢果毅を主る。彼は膽量と見識と兼備し、文武の兩途皆能く兼ねて顧み、因りて豊功偉業を建立せん。第五種は「貫印」と叫ぶ。いわゆる貫印は、是れ山根高高隆起し、一直に上に向かいて貫通して印堂に到る。ここの種の形狀に「玉柱上貫伏犀」と叫ぶあり、あれは是れ特等の貴顯・開國創業の帝王の相。次の一等も能く土を裂き侯を封じ・出づれば大將と為り・入れば宰相と為らん。別有ただ上に印堂を貫くのみのは、智勇雙全を主り、上等の貴顯に属す:文途を走れば政を掌るの領袖を做り、武途を走れば一方を屏藩するの統帥を做り、同時に亦た長寿を主る。
六.有梁:有梁者,鼻樑之中段,高而不露,圓骨無節也。主有大壽,又旺人丁,而妻妾子女均賢能也,此為中興衰之一大關鍵也。七.仰露:仰露者,井灶上仰而露孔也。主財不入庫,多成多敗也。又主內顧多憂,而牽制其事業也。貧而勞碌者居多,貴而勞碌者居少也。
第六種は「有梁」と叫ぶ。いわゆる有梁は、是れ鼻梁中段の長じて高くして卻って骨を露さず、骨相圓潤にして節疤なきなり。大寿を主り、又た家中人丁興旺・妻妾子女個個賢能を主る。ここの一条は是れ一家の中途に興起するか還是れ衰敗するかを判斷するの一大關鍵なり。第七種は「仰露」と叫ぶ。いわゆる仰露は、是れ「井竈」即ち鼻孔の天に朝して仰ぎて露出す。財庫に進み得ず・一生成ること多く亦た敗ること多きを主る。又た家裏に心を操るの事多く、因りて彼の事業を牽制するを主る。ここの種の鼻形の人は、貧窮にして労碌するの居多く、顯貴にして労碌するの居少なし。
八.反吟:反吟者,鼻樑側曲露節,而左右有三曲兩曲,皆名反吟式。主虛偽聰敏,偏見自用,顛倒是非,混亂恩怨,又主疾厄冷退,官訟刑剋,及刑子女也。九.伏吟:伏吟者,鼻樑直曲露節,而上下有三曲兩曲,皆名伏吟式。主有子女,多成敗,其性憂柔不斷,私心自用,貪念不休,虛張誇大,輕重不當,措施不宜,以致一敗塗地,憂愁至死也。
第八種は「反吟」と叫ぶ。いわゆる反吟は、是れ鼻梁側面に向かいて彎曲して併せて骨節を露出し、左右の方向の上に三道の彎あるいは兩道の彎あるは、皆反吟式と叫ぶ。人の虚僞にして小聡明を帯び・偏執成見にして剛愎自用し・是非を顛倒し・恩怨を把て一團に攪するを主る。又た疾病災厄・境遇冷落退敗・官司を惹き・刑剋あり・なお子女を刑剋するを要するを主る。第九種は「伏吟」と叫ぶ。いわゆる伏吟は、是れ鼻梁豎いて彎曲して併せて骨節を露出し、上下の方向の上に三道の彎あるいは兩道の彎あるは、皆伏吟式と叫ぶ。人に子女あるを主るも、ただ一生の成敗起伏甚だ多し。彼は性情優柔にして果斷ならず・私心を存して自ら是と為し・貪念斷えず・虚に聲勢を張り大話を説くを好み・輕重を拿捏して當ならず・事情を處置して時宜に合せず、以致一敗地に塗れ・憂愁して死に到るを主る。
十.稜節:稜節者,鼻樑有角形之骨凸露,上下分節也。主刑人丁,及結仇怨,其性疑是疑非,猶豫不決,認人不足,有驚險暗害,而多冷退,及痼疾也。十一.根陷:根陷者,山根低陷弱而不起也。主幼小多病,先天遺傳有疾根也。如眼神充足,主前業破敗,而不守也;如眼神不足,或有祖業,則不壽,而死於四十二歲之前也。
第十種は「棱節」と叫ぶ。いわゆる棱節は、是れ鼻梁の上に棱角を帯ぶの骨凸出し起こり、上下に一節一節に分かつ。家中人丁を刑剋するを主り、亦た仇怨を結下するを主る。ここの種の人は神を疑い鬼を疑い・これも懐疑しあれも懐疑し・事に遇えば猶豫して決せず・人を看るの眼力足らず。一生に驚険と暗算あり・境遇多く冷落退敗し・なお久しく治らざるの老病を帯ぶ。第十一種は「根陷」と叫ぶ。いわゆる根陷は、是れ山根低陷軟弱にして立ち起こる能わざるなり。幼年病多きを主り、是れ先天の遺傳し來るの病根。如果彼の眼神充足なれば、則ち祖業破敗にして守り得住せざるを主る。如果眼神も亦た足らざれば、則ち便ち祖業あるも、人長寿ならず、多く四十二歳以前に身を故す。
十二.弧峰:孤峰者,準頭高超,而無兩顴也。此主能致富業,而進田宅,惟人丁最弱而刑剋,妻宮二三或不力,子女不立或夭殤,此主螟蛉承繼,或一女也。十三.準失:準尖者,鼻尖起楞而勾也。古法有稱鷹形之鼻者,主陰險機巧,刻薄無信,財不入庫,亦有貴名而權祿,多從危害逼迫者,發達不久,又失敗也。
第十二種は「孤峰」と叫ぶ(源文の標目は「弧峰」と作る、當に正文の「孤峰」を以て準と為すべし)。いわゆる孤峰は、是れ準頭高高聳起し、両辺に卻って顴骨相配なく、鼻子孤零零にあの裏に立つ。ここの種の鼻は人の能く富業を掙下し・田宅を置くを主る、ただ是れ家中人丁最も弱くして併せて刑剋あり:妻子は兩三個を娶るを要し、あるいは娶りても亦た力を得ず。子女立ち得住せず、あるいは夭折す。ここの種の人は多半是れ別人の孩子を過繼して嗣を承けるを要し、あるいはただ一個の女児を得。第十三種は「準尖」と叫ぶ(源文の標目は「準失」と作る、當に正文の「準尖」を以て準と為すべし)。いわゆる準尖は、是れ鼻尖棱を起こして下に向かいて勾る。古相法はここの種の鼻を把て「鷹鼻」と叫ぶ、人の陰険にして機巧・人を待すること刻薄にして信用を講ぜず・錢財庫に進み得ざるを主る。彼も亦た能く貴顯の名と權位俸禄とあるあらん、不過多半是れ危難逼迫の中より得來したる所、發達して久しからざれば便ち又た失敗せん。
十四.洩反:洩反者,蘭臺廷尉露孔而洩氣,準頭反仰而不齊也。其人智小大,力輕任重,妄舉而貪,輕去而就,主一成一敗,六親遺累,煩擾不休,難立家也。十五.墜鼻:墜鼻者,土星豐圓而下墜,蓋過人中半節也。此為土星剋制水星,雖豐隆而無用,晚景蕭條也。亦主貴名多材藝,虛浮儒弱,刑妻有壽,而無祿也。
第十四種は「泄反」と叫ぶ。いわゆる泄反は、是れ蘭臺・廷尉の兩處の鼻孔外に露りて氣を漏らし、準頭又た上に向かいて翻仰し・長じて歪斜齊ならず。ここの種の人は智謀小にして攤子大・能力弱にして擔子重し。胡亂に行事して貪心足らず・走らんと説えば即ち走り・來らんと説えば即ち來り、一成一敗を主り、六親拖累を留下し、煩擾斷えず、甚だ難く一份の家業を立ち起こす。第十五種は「墜鼻」と叫ぶ。いわゆる墜鼻は、是れ「土星」即ち鼻頭の長じて豊滿圓潤にして卻って下に向かいて墜ち、人中の半截を蓋い過ぐ。これは五星の生剋の上に於て土星の水星を剋制するに属す(口は水星と為し・人中は口に通ず)、ゆえに鼻子は雖豊隆なるも亦た用處なし、晚景蕭條なり。ここの種の人も亦た貴顯の名ありて多く才藝あるを主る、ただ是れ人と為りて浮泛懦弱なり。妻子を刑剋して自身寿あるも、卻って俸禄なし。
十六.鼻毫:鼻毫者,兩鼻孔之毫毛露出也。有常露出者,則主刑妻克子,而傷骨肉;如臨時露出者,即為損人丁而憂愁不遂、哭泣之先兆也。十七.蒜鼻:蒜鼻者,土星三瓣而如蒜形也。主致富居多,而有開闢利源,經營富業,為上富甲富,大壽而厚祿,以富業而成其貴名也。
第十六種は「鼻毫」と叫ぶ。いわゆる鼻毫は、是れ兩個の鼻孔の裏の長毛の外面に露出し來る。若し是れ長年皆外面に露るは、即ち妻を刑し子を剋し・骨肉の至親を傷及するを主る。若し是れ一時に長出して外面に露るは、則ち是れ家中に人口を損じ・憂愁にして遂わず・哭泣せんと要するの先兆なり。第十七種は「蒜鼻」と叫ぶ。いわゆる蒜鼻は、是れ鼻頭三瓣に分かち、形狀一頭の蒜のごとし。ここの種の鼻は富を致すの居多きを主り、能く財源を開闢し・一份の富業を經營し出だし、上等の富・一方の首富に属す。同時に大寿にして俸禄豊厚を主り、ここの份の富業に靠りて彼の貴顯の名声を成就す。
十八.截筒:截筒者,鼻形如捲筒之圓長,而齊截之勢也。此主暴發而為特富上富之格,及速帶之貴名也。亂世亦有武權而發達,以貴力而輔其大用也。十九.獅鼻:獅鼻者,豐隆而短,準頭蘭臺廷尉勻配,而露孔也。主上等富貴,而文武兼併,及遙領之頭銜也。然子女最少,僅子女各一成立,及庶出也。
第十八種は「截筒」と叫ぶ。いわゆる截筒は、是れ鼻形一段の卷筒のごとく又た圓く又た長く、末端齊く截斷せらるるがごとし。ここの種の鼻は暴起して家を發するを主り、是れ特等の富・上等の富の格局、名声も亦た來りて速し。乱世に生ずるは、亦た能く武權を掌りて發達し、權勢に靠りて以て彼の大用を輔助せん。第十九種は「獅鼻」と叫ぶ。いわゆる獅鼻は、是れ鼻子豊隆にして短く、準頭と蘭臺・廷尉の三處大小相称し、鼻孔略微露出す。上等の富貴を主り、文武の兩途兼ねて顧み、なお能く遙領の頭銜を掛くる能う。ただ是れ子女最も少なく、往往ただ一兒一女の立ち得住するのみありて、而且多半是れ庶出なり。
耳相條解
公篤曰:耳為採聽官,又名金木二星,乃起之初部。按木為震卦,乃先天之生數第一,故有帝出乎震之說,此起之義耶?又考耳竅通腎絡,腎為水,而河圖有天一生水之說,此起之義耶?然總不外乎此兩點,而流年限起於耳也。於測量之分數則輕,不過占百分之三分也,故賤人有貴耳,貴人有賤耳,不為重要關係明矣。
陳公篤曰く:耳朶は是れ相法の上の「採聽官」、又た「金星」「木星」の兩星と叫び、是れ流年の起算するの頭一個の部位。道理に就いて講れば、木は八卦の裏に於て震に属し、是れ先天の生数の中の第一位、《周易・説卦》に「帝震より出づ」の話あり、流年耳より起算するは、取るは大概是れここの個の意思か。再び醫理を考究すれば、耳竅は腎經に通じ、腎は五行に於て水に属し、しかるに《河圖》に「天一水を生ず」の説法あり、流年耳より起算するは、取るは或いは是れここの個の意思か。總じて不外是れここの兩點、ゆえに流年の歳限は耳朶より起算するを要す。不過若し分數を按じて以て衡量せば、耳朶の分量甚だ軽く、整張の臉の裏に於てただ百分之三を占む。ゆえに卑賤の人も亦た能く一對の貴耳を生じ、顯貴の人も亦た能く一對の賤耳を生ず、見れば是れ關鍵の部位に非ざるを知る、ここの一點甚だ清楚なり。
然有奇特異形,亦主富貴而福壽。如劉先帝之兩耳垂珠,長至肩際,而創三分之業;太公望兩耳垂珠而對齊;甘羅兩耳垂珠而相秦。何以有遲早之發達耶?余考柳莊,則謂太公之輪珠朝日,白潤而不紅;甘羅之輪球朝日,紅潤而有光。是皆想像之說,餘獨謂不然。劉先帝之耳珠垂肩,萬不能以此即為帝王格,其龍眉鳳目,當有重大關係,不過記事者,以其耳異於常人,故錄大耳一項。太公望亦非兩耳垂珠能對齊,甘羅亦非兩耳垂珠能相秦。茲將耳之正義關係,與附帶關係,分別錄後,以待參考家證之。
話是れこもと雖も、耳朶若し長じて奇特出衆なれば、亦た富貴福寿を主る。比たとえば蜀漢の先主劉備は兩耳に垂珠ありて、長じて肩頭に垂りて到る、因りて三分天下の基業を開創せり。姜太公呂望は兩耳珠を垂して左右相對齊整なり。秦國の甘羅は兩耳珠を垂して十二歳にして即ち上卿を做れり。同じく是れ垂珠、何を以てか發達に早きあり晚きあるか。我明代袁柳莊の相書を查考するに、彼は説く太公の輪珠は日に朝ずるの勢、色白潤にして紅を帯びず。甘羅の輪珠も亦た是れ日に朝ずるの勢、卻って紅潤にして光あり。ここれら皆是れ後人の憑空に想象し出だしたるの説法、我偏偏と是れ然らずと認む。劉備の耳珠肩に垂るは、萬萬單にここの一この一點を憑りて即ち彼を帝王格と斷定する能わず、彼のあの副の龍眉鳳目こそ是れ關鍵の所在なり。不過是れ事を記するの人の彼の耳朵の常人に異なるを見て、ゆえに専ら「大耳」のここの一条を記下するのみ。同樣に、姜太公も亦た是れ兩耳の珠を垂して對齊するに靠りてこそ事を成したるにあらず、甘羅更に是れ兩耳の珠を垂するに靠りてこそ秦相を做り上げたるにあらず。下面に耳朶の主要の關係と附帯の關係とを分別して錄出し、留めて相法を研究するの同道の驗證に待たんと要す。
一.耳廓:耳廓者,即上半節之圓處也,主器量之大小。如窄而狹,主志小器小,而不能容物也;如低而紋,及反飛,主刑父母,又主疾厄於九歲之前也。二.耳輪:耳輪者,即下節之珠輪也,主智識之賢愚。如有圓珠,主聰敏靈慧,及美術特技,足衣祿;如有紋痕,主刑弟兄姊妹,及疤痕之災;如有痣,主水災,及湯火之咎也。
第一是「耳廓」、指すは耳朶の上半截のあの一圈の圓形の軟骨、それを看れば以て一個人の器量の大小を知る能う。耳廓の長じて窄小狹薄のは、志向小・器量小を主り、人と事とを容れ得下がらず。耳廓低陷にして紋路を帯び、あるいは外に向かいて翻飛するは、父母を刑剋するを主り、なお九歳以前に病災あるを主る。第二是「耳輪」、指すは耳朶の下半截の耳垂を連ねたるのあの一圈、それを看れば以て一個人の才智の賢愚を知る能う。ここに若し圓潤の耳珠を長ずれば、人の聰敏靈慧・美術あるいは某項の特技の上に専長あり・衣食俸禄缺けざるを主る。ここに若し紋痕あれば、兄弟姐妹を刑剋するを主り、亦た傷を受け疤を留下するの災を主る。ここに若し痣を長ずれば、水厄・および開水・火の燙傷するの之類の禍事を主る。
三.命門:命門者,即頰車之後,高突如門也,為先天命根,內通腎絡。凡小孩無命門,不能滿十二歲;中年命門黑慘色,主死;青膩色,主病;高厚者,主大壽也。四.外欄:外欄者,即中段之邊如欄杆也,主壽徵。如光邊無痕,盛世可至八十上壽,亂世至六十之壽;如有紋痕,主刑骨肉,又主幼小湯火瘡疥跌撲也。
第三是「命門」、頬車骨の後面に高高凸出して一道の門のごときの地方に在り、それは是れ先天の性命の根柢、身内に於て腎經に通ず。凡そ小孩子の命門なきは、十二歳に満たずして活くる能わず。中年人の命門若し慘黑の色を現出せば、死を主る。青にして油膩の色を現出せば、病を主る。命門の長じて又た高く又た厚きは、大寿を主る。第四は「外欄」、指すは耳朶中段の欄杆のごときの外緣、それを看れば以て寿元を知る能う。ここの道の邊緣の光滑にして紋痕なきは、太平世に生ずれば能く八十以上の高寿に活き到り、乱世に生ずるも能く六十に到る。ここの道の邊緣に若し紋痕あれば、骨肉の至親を刑剋するを主り、なお幼年に燙傷に遭い・瘡疥を生じあるいは跌打の傷するを主る。
五.內欄:內欄者,即外攔之內有曲痕處也,主智敏。如曲痕多,或層數多,均主機巧聰敏,多預,不學而成,偏嗜負氣;如曲痕少,主厚守信,必少思欲也。六.耳漏:耳漏者,在命門之上,耳廓之側,有漏點也。主有不同母之昆仲,及父貴而繼起,故大禹三漏,為奇相之一,又主特智而任勞有桓也。
第五は「内欄」、指すは外欄の裏面のあれらの彎曲の紋路の所在するの地方、それを看れば以て一個人の機敏の程度を知る能う。彎曲の紋路多く・層次多きは、皆人の機巧聰敏・凡事前頭に想い・學ばずとも會し・ただ是れ一門を偏愛して性子を使うを愛するを主る。彎曲の紋路少なきは、人の厚道守信・心思と慾望と皆少なきを主る。第六は「耳漏」、命門の上方・耳廓の側面に小孔あるの地方に在り。人の同父異母の兄弟あるを主り、亦た父親顯貴にして自己接ぎて興起するを主る。ゆえに傳説大禹は耳に三漏ありて、奇相の一に列せらる。ここの一相はなお人の特出の智慧あり・苦を喫するを肯んじて恒心あるを主る。
以上六則,為兩耳之正當關係,及附帶關係,然形式尚多,不過區瑕如是。茲將各形錄後。一.長大:長大者,兩耳長大,有二寸餘,及三寸餘者。此主大壽,而有厚祿,及正路功名之榮貴,晚年多平安之福澤,及子孫宏恢門第也。
以上の六條は、講ずるは是れ両耳の主要の關係と附帯の關係。耳の形狀はなお甚だ多く、ここに於て不過大致ここの幾處の區界を分出するのみ。下面に各種の耳形を後面に錄す。第一種は「長大」と叫ぶ。いわゆる長大は、是れ両隻の耳朶又た長く又た大にして、兩寸余り甚至三寸余り長きある。ここの種の耳は大寿を主り、俸禄豊厚、能く科擧の正途より功名を取得して榮顯を享く。晚年多く平安の福澤あり、子孫も亦た能く門戸を光大せん。
二.敦厚:敦厚者,兩耳敦厚而勻隆也。主豐衣足食,清閒,多祿,紹繼前業居多,白手創業居少。又主聰明而和平,厚而守禮,持久有信也。三.輪珠:輪珠者,兩耳輪圓如珠也,故號垂珠。主奇聰異慧,遠見有桓,足智多,機巧好奇,凡技藝美術,皆超出人上也。如有痣,主水災三四也。
第二種は「敦厚」と叫ぶ。いわゆる敦厚は、是れ両隻の耳朶厚實にして豊隆勻稱なり。衣食豊足・生活清閑・俸禄豊厚を主る。ここの種の人は祖業を承繼するの居多く、白手にて家を起こすの少なし。同時に亦た人の聡明にして平和・厚道にして禮を守り・人と為りて長久可靠・信用を講ずるを主る。第三種は「輪珠」と叫ぶ。いわゆる輪珠は、是れ兩耳の耳輪圓潤にして珠のごとし、ゆえに「垂珠」と称作す。人の聰慧人に過ぐる・遠見ありて恒心あり・智謀充足を主る。機巧にして新奇を喜好し、凡そ技藝・美術の一類の本事は、皆別人に比べて強し。ここに若し痣を長ずれば、則ち一生に三四次の水厄に遭うを要するを主る。
四.廓堅:廓堅者,兩耳廓堅收豎也。主志遠大而動能,有操作而任勞,勇毅剛決,量大容忍。一主父母有餘蔭之美,而繼起也。五.命門高:命門者,虎耳後之突肉也,內通腎絡,五行為水,故關係生命。凡命門高者,主大壽;低者,主夭亡;無命門者,不滿十二歲即死也。
第四種は「廓堅」と叫ぶ。いわゆる廓堅は、是れ兩耳の耳廓堅挺・収斂にして豎立す。人の志向遠大にして行動の力強く・手を動かして事を做るを肯んじ・苦を喫する能く・勇敢果毅にして決斷明快・度量大にして能く容忍するを主る。別の一種の應験は是れ父母の留下するの蔭庇ありて、彼は能く接ぎて興旺し起こる。第五種は「命門高」と叫ぶ。いわゆる命門は、是れ耳後のあの块の凸起の肉、身内に於て腎經に通じ、五行水に属し、ゆえに人の性命に關係す。凡そ命門高のは大寿を主る。命門低のは早夭を主る。根本に命門なきは、十二歳に満たずして則ち死するを要す。
六.薄反:薄反者,兩耳薄弱上下相反也。主刑人丁而冷退,初年不吉,前業耗散也。又主幼小多疾病災厄,交十一歲後,方吉而平安也。七.輪沖:輪沖者,兩耳輪尖薄,而有紋沖破也。主天姿之智化略遲,虛浮偏好也。又刑弟兄姊妹於耳,及幼小多疾厄湯火之咎,破相而有疤痕也。
第六種は「薄反」と叫ぶ。いわゆる薄反は、是れ兩耳又た薄く又た軟く、上下皆外に往きて翻る。家中人丁を刑剋して境遇冷落退敗・早年吉利ならず・祖上の產業耗散するを主る。同時に亦た幼年病多く災多きを主り、十一歳以後を過ぎて、運勢こそ轉じて吉にして平安せん。第七種は「輪衝」と叫ぶ。いわゆる輪衝は、是れ兩耳の耳輪尖にして薄く、なお紋路ありてそれを衝破す。人の天資開竅略か遲し・性情浮泛にして偏執の愛好あるを主る。ここの一相は同樣に兄弟姐妹を刑剋するの上に応じ、亦た幼年に病災多く・開水あるいは火に燙傷せられ・および相を破り疤を留下するを主る。
八.輪珠紅:輪珠紅者,兩耳下墜之珠紅潤也。主天姿之智化早而聰慧,穎悟過人,亦王貴而早成名也。一為餘蔭貴裔之後,繼起前人之緒業也。九.輪白潤:輪白潤者,兩耳輪之珠下墜白潤也。主聰明有大志,有享受厚祿,又主科甲之捷,晚年尤享盛名也。一為初勞碌,前業蕭條也。
第八種は「輪珠紅」と叫ぶ。いわゆる輪珠紅は、是れ兩耳の下垂するの耳珠色沢紅潤なり。人の天資開竅早くして聰慧・悟性常人に超過し・亦た顯貴にして早々に名を成すを主る(源文の「亦王貴」の「王」は當に「主」字の誤たるべし)。別の一種の應験は是れ彼の顯貴の人家に出身し・先人の余蔭を承受し・能く接ぎて前人の未竟の事業を經營す。第九種は「輪白潤」と叫ぶ。いわゆる輪白潤は、是れ兩耳の下垂するの耳珠白淨潤沢なり。人の聡明にして大志あり・豊厚の俸禄を享受する能く・又た科擧順利・一擧にして中を得・晚年尤其盛名を享有するを主る。別の一種の應験は是れ早年労碌し、祖上の產業已に蕭條せり。
十.短小:短小者,兩耳短而小也。其人愚而慳悋,志小而量窄,勞碌飄搖,駁雜不純,前業不守,幾經成敗,壽徵亦弱,人丁亦刑剋也。十一.貼輪:貼輪者,兩耳輪尖長無珠,貼生而不分開也。其形外表似不吉,其實主富而多田宅,又聰敏而多厚祿。一為享受祖業,一為本身自創。亂世貴者十分之七,盛世貴者十之三,均有作為而宏恢也。
第十種は「短小」と叫ぶ。いわゆる短小は、是れ両隻の耳朶又た短く又た小。ここの種の人は愚鈍にして吝嗇、志向小にして氣量窄し。一生労碌漂泊し、境遇駁雜にして純ならず。祖上の產業を守り得住せず、幾經て成敗す。寿元も亦た偏に弱く、家中人丁なお刑剋あり。第十一種は「貼輪」と叫ぶ。いわゆる貼輪は、是れ兩耳の耳輪尖にして長く・下辺に耳珠なく、整隻の耳朶頭に貼いて長じて張開せず。ここの種の耳形は外表看れば不吉に像ゆ、其實富有にして田産房産多く・人も亦た聰敏にして俸禄豊厚を主る。あるは是れ祖業を享受し、あるは是れ本人の自創。ここの種の耳は乱世に生じて能く顯貴するは十分之七を占め、太平世に生じて能く顯貴するは十分之三を占め、兩者皆能く一番の作為ありて・家業を做大せん。
《公篤相法》上篇卷七
口相條解
公篤曰:口為出納官,又名水星,外號北嶽,為五官之一,關係衣祿之享受也。其聲音發於唇口,關人應對交際也。以測量法計算,不過百分之四耳,然亦有重要點,即覆舟口之一式,乃兩口角下反,主凶死而不善終,輕亦孤苦憂愁至死也。如貴人有此口,必斷首領,或遺暗害;富紳有此口,輕則噎疾餓死,重則盜匪戕殺,亦有水中淹死者;又如富貴女娘,有此口主產厄,或懸樑自剔,或投河服毒;如貧賤有此口,則為飢寒交迫而死。凡凶危之部位,愈富貴而愈危險,愈貧賤而愈輕微也。其中分別,又以紅如塗朱者輕,青黑而枯者重,是其關鍵也。
陳公篤曰く:口是れ相法の上の「出納官」、又た「水星」と叫び、別號「北岳」、是れ五官の一、一個人の衣食俸禄の享受に關係す。人の声音唇口より發し、亦た人を待ち物に接し・應對交際に關係す。若し分數を按じて計算せば、口はただ百分之四を占む、しかるにそれも亦た極めて要緊の地方あり、即ち是れ「覆舟口」のここの一式——両個の嘴角下に向かいて反折し、非命に死し・善き終を得ざるを主る。輕く一点のも亦た是れ孤苦憂愁の一輩子死に到るなり。顯貴の人ここの種の口を生ずれば、必定頭を掉るを要し、あるいは人の暗算に遭う。富紳ここの種の口を生ずれば、輕きは噎膈の症を患えて餓死し、重きは盗匪に殺害せられ、亦た水の裏に淹死するあり。富貴の人家の女子ここの種の口を生ずれば、難産の厄を主り、あるいは上に吊って自盡し、あるいは河に投じ・毒を服す。貧賤の人ここの種の口を生ずれば、即ち是れ饑寒交迫して死す。大凡凶険を主るの部位は、皆是れ地位いよいよ富貴なれば應験いよいよ危険、地位いよいよ貧賤なれば應験いよいよ輕微なり。輕重の分別に至っては、なお氣色を看るを要す:口色紅くして朱砂を塗りたるがごときは應験輕く、青黑にして乾枯のは應験重し、これは是れ關鍵の所在なり。
一.上唇:上唇者,即口之上半部也,為男子之丹田,女子之血海,專主疾厄。古法皆以紅潤為吉,血足故也。女格上唇不枉而青白,主痼疾而無生育。凡上唇曲痕,主胃噎病也。二.下唇:下唇者,即口之下半部也,為男女之腎絡,主衣祿之多寡,亦主疾厄也。如多紋,主勞碌駁雜;如有曲痕,主肺病,即子病母亦病也。
第一是「上唇」、即ち是れ口の上半の部分:男子に於ては丹田に對應し、女子に於ては血海に對應し、専ら疾病災厄を管える。古相法皆上唇の紅潤を以て吉と為す、是れあれが血氣充足を説明するに因る。女子の上唇若し端正ならずして青白の色を呈せば、頑疾を患えて併せて生育する能わざるを主る。凡そ上唇の上に彎曲の紋痕あるは、胃部噎膈の病を患うるを主る。第二是「下唇」、即ち是れ口の下半の部分:男女を論ぜず皆腎經に對應し、衣食俸禄の多少を主り、同樣に亦た疾病災厄を主る。下唇紋路多きは、一生労碌にして境遇駁雜を主る。下唇に彎曲の紋痕あるは、肺病を患うるを主る——五行の相生に按ずれば、腎は是れ肺の子、子病なれば則ち母も亦た跟いて病む。
三.口角:口角者,主貴祿,即兩口角上下相交之處也,宜收斂,不宜洩露。上仰者,名曰仰月口,主貴祿;下反者,名日覆舟口,主凶死,雖富貴亦不免也。四.承漿:承漿者,在口下有橫紋處也,即生髯處,主行船之吉凶,水上之驚恐也。如幾色混合,主花柳病,亦為清閒勞碌之區別,一小部份也。
第三是「口角」、貴顯と俸禄とを主り、指すは両辺の嘴角の上下唇相交まるのあの一点、収斂を宜とし而して鬆弛して外に露るを宜とせず。嘴角上に向かいて翹るは、「仰月口」と叫び、貴位ありて俸禄あるを主る。嘴角下に向かいて反折するは、「覆舟口」と叫び、非命に死するを主り、便ち富貴の處に身を處するも亦た免るること難し。第四は「承漿」、口の下方に橫紋あるの地方に在り、即ち是れ胡鬚を長ずるのあの一處、船を行くの吉凶と水上の驚険とを主る。ここに若し幾種の氣色混雜して一處に在れば、花柳の病に染むるを主る。それも亦た是れ一個人の清閑なるか還是れ労碌なるかを判別するの一處の依據、不過ただ甚だ小の一部分を占む。
五.溝洫:溝洫者,人中之下半節,接近上唇之處也,亦主衣祿子女,與達外之行動也。按洫以深長為吉,以短為不吉,洫為通達,口為容納,故也。以上五則,為口部之正義,與附帶關係,而各從其類,以應驗事實也。茲將各形式例後。
第五は「溝洫」、指すは人中の下半截・上唇に靠近するのあの一段、同樣に衣食俸禄と子女とを主り、亦た外地に往きて發展するの行動を主る。ここの條の溝は深くして長きを以て吉と為し、短きを以て不吉と為す。是れ「洫」の取るは通達の義にして「口」の取るは容納の義、両者相配してこそ好し。以上の五條は、講ずるは是れ口部の主要の含義と附帯の關係、各々其の類に按じて推して、以て具體の事情を驗證す。下面に口の各種の形狀を例を擧げて後面に列す。
一.方口:方口者,即古之四字口也,上下四角有方稜。此主大貴,而享萬鍾之厚祿,亦有特貴,而受餘蔭之福澤,又主多壽,故列為第一。二.闊大:闊大者,即古之口能容拳是也。凡男子口宜闊大,其祿最豐隆,田宅亦汗陌,又享受盛名偉業。女格宜小厚方吉,闊大反為破敗,而耗田宅也。
第一種は「方口」と叫ぶ、即ち是れ古相書の説く「四字口」、上下四角皆方棱あり。ここの種の口は大貴を主り、能く萬鍾の厚禄を享く。亦た特等の貴顯に属し・先人の余蔭福澤を承受するあり。それは同時になお長寿を主る、ゆえに第一位に列す。第二種は「闊大」と叫ぶ、即ち是れ古人の説く「口能く拳を容る」。凡そ男子は、口闊大を宜とし、こも俸禄最も豊厚、田産房産も亦た阡陌相連なりて、なお能く盛名と偉業とを享有せん。女子の口は則ち小にして厚くしてこそ吉利、口若し闊大なればかえって破敗を主り、田宅を耗損するあらん。
三.小口:小口者,即形小之謂也。凡女格以小厚而收斂,主貴祿,次亦旺夫而進田宅,豐衣足食也;男格口小,則祿不足而減等,又多勞碌也。四.圓厚:圓厚者,口圓而唇厚也。主衣祿豐足,平安多福。一為享受前人之餘業,一為自己創立之宏恢,均為有餘之格也。
第三種は「小口」と叫ぶ、即ち是れ口形小の意思。女子の口は小にして厚く・収斂して張らざるを以て好と為し、貴位ありて俸禄あるを主り、次の一等も能く夫を旺して田宅を置き下し、衣食豊足なり。男子の口小なれば、俸禄就ち够えず、一等を降すを要し、而且一生多く労碌す。第四種は「圓厚」と叫ぶ。いわゆる圓厚は、是れ口形圓くして嘴唇厚きなり。衣食俸禄豊足・平安にして福多きを主る。あるは是れ前人の留下したるの家業を享受し、あるは是れ自己の創立して併せて做大する、両者皆綽綽余あるの格局に属す。
五.仰月:仰月者,兩口角上仰如月也。口角以仰為貴,而享萬鍾之祿,又得清名,多為文貴輔佐政治人物,兼有流傳之事業於身後也。六.唇勻:唇勻者,上下唇兩相勻配也。上唇薄而下唇厚,主胃噎氣逆病發生於中年;上唇厚而下唇薄,主痰飲水泛病於晚年,雖富貴不免,勻者方吉。
第五種は「仰月」と叫ぶ。いわゆる仰月は、是れ両個の嘴角上に向かいて翹起して一彎の新月のごとし。嘴角は上翹を以て貴と為し、萬鍾の俸禄を享くるを主り、なお能く清白の名声を得。ここの種の人は多く是れ文職顯貴の路を走り・政務を輔佐するの人物、身後になお能く傳世す可きの事業を留下せん。第六種は「唇勻」と叫ぶ。いわゆる唇勻は、是れ上下の兩唇厚薄相称するなり。上唇薄くして下唇厚きは、中年に胃部噎膈・氣逆の症を患うるを主る。上唇厚くして下唇薄きは、晚年に痰飲・水氣氾濫の症を患うるを主る。便ち是れ富貴の人も亦た躲け掉る能わず、ただ上下唇の勻稱のこそ吉利なり。
七.收斂:收斂者,上下唇收而不見,古謂一字口是也。主貴名而厚祿,聰敏而矜驕,雄談善辯,凡外交家及政客代表,多以此口為奇才。最低者,亦州邑之公務,鄉里之梓榮,排難解紛,享受厚祿也。八.掀露:掀露者,唇掀齒露也。主招是非,六親多累,平生多官訟,及爭端,又主刑人丁。上掀先妨父,下掀先妨母,又主水氣溼氣、痰飲痼疾之有根也。
第七種は「収斂」と叫ぶ。いわゆる収斂は、是れ上下唇収め得て緊く・幾ど唇肉を看見する能わず、古相書は「一字口」と叫ぶ。貴顯の名と豊厚の俸禄とあるを主り、人聰敏にして略か矜持驕氣を帯び、談鋒雄健・辯論に長ず。凡そ外交家と政界の代表の人物とは、多くここの種の口を把て奇才の相と當す。最低のも能く州縣に於て公職に任じ、鄉里の榮耀と成り、人の為に難を排し紛を解き、厚禄を享受せん。第八種は「掀露」と叫ぶ。いわゆる掀露は、是れ嘴唇上に往きて翻り・牙齒外に露る。是非を招惹するを主り、六親多く拖累あり、一生官司と爭端と斷えず、なお家中人丁を刑剋するを主る。上唇掀のは先ず父親を妨げ、下唇掀のは先ず母親を妨ぐ。同時に亦た體内水氣濕氣重く・痰飲の一類の頑疾已に病根あるを主る。
九.薄削:薄削者,上下唇均薄削,而不慎于格局也。主衣祿不充,聰明有嗜好,而不務正,多弄巧而反拙,志小而妄貪,勞苦奔馳,飄搖不定,亦有壽徵也。十.下反:下反者,兩口角下反如覆舟也。主凶死,如富貴者,凶危不免也。男子左反,亦經危險,右反稍輕;女子右反,亦經危險,左反稍輕。次則主孤苦困窮,刑剋疾厄,飢寒交迫而死也。
第九種は「薄削」と叫ぶ。いわゆる薄削は、是れ上下唇皆又た薄く又た削れて、整體の格局と相配せず。衣食俸禄充裕ならざるを主る。人は雖聡明なるも卻って嗜好に耽りて正業を務めず、常常巧を取らんと想いてかえって拙を弄す。志向小にして貪求妄動し、一生労苦奔波・漂泊して定まらず。不過ここの種の口は卻って亦た長寿の徵兆あり。第十種は「下反」と叫ぶ。いわゆる下反は、是れ両個の嘴角下に向かいて反折し、一條の翻覆するの船のごとし。非命に死するを主る。若し是れ富貴の人ここの種の口を生ずれば、凶険更に是れ躲け過ぐる能わず。男子の左辺の嘴角下反のは、亦た危険を經歴するを要し、右辺下反のは稍か輕し。女子の右辺の嘴角下反のは、亦た危険を經歴するを要し、左辺下反のは稍か輕し。次の一等の應験は、是れ一生孤苦窮困・六親を刑剋し・疾病身に纏い・最後饑寒交迫して死す。
十一.歪斜:歪斜者,口形不正之謂也,如患病不在此例。如生成歪斜,左妨父,右刑母,又主輕舉妄動,貪多務得,其言不信,口是心非也。十二.吹火:吹火者,即尖口,古謂雷公嘴而吹火口也。此主刑剋冷退,貧賤常有之,女格最忌,男子較輕也。主殘毒不考,刑夫克子,乃八敗之一也。
第十一種は「歪斜」と叫ぶ、即ち是れ口形端正ならざるなり。若し是れ病を生ずるに因る(中風にして口歪むがごとき)造成するのは、ここの例に在らず。如果天生の歪斜なれば、左に歪むは父親を妨げ、右に歪むは母親を刑す。同時に亦た人の輕擧妄動・多を貪りて事事手に到らんと想い・説話數を算えず・口是れ心に非ずを主る。第十二種は「吹火」と叫ぶ、即ち是れ尖口、古相書は「雷公嘴」と叫作し、又た「吹火口」と叫ぶ。ここの種の口は刑剋にして境遇冷落退敗を主り、貧賤の人多く是れを見る。女子最もここの種の口を忌諱し、男子は應験較か輕し。それは人の心地殘毒にして善き終を得ざるを主り、女子は則ち夫を刑し子を剋し、是れ相法の上の「八敗」の一なり。
十三.多紋:多紋者,即上下唇之紋多而粗也。主勞碌多反覆,亦善說詞,虛浮聰敏,而偏見自悞也。誇大好奇,不服錯侯,故成敗不一,亂世亦有勞而貴也。十四.塗朱:塗朱口,即上下唇紅潤,而如硃砂也。主清名厚祿,少年顯達,多才智,有遠,及文章鳴世,持久穩見,堅決有恆,而多厚福也。
第十三種は「多紋」と叫ぶ、即ち是れ上下唇の上の紋路又た多く又た粗きなり。一生労碌にして反復定まらざるを主る。ここの種の人も亦た言辭に善く、聡明にして卻って浮泛して實ならず、往往自己の成見に事を誤られぬ。彼は夸大を愛し・新奇を好み、做し錯えりても亦た認むるを肯ぜず、ゆえに成敗起伏定まらず。乱世に生ずるは、亦た先ず労碌して後に顯貴するあり。第十四種は「塗朱」と叫ぶ、即ち是れ上下唇紅潤にして朱砂を抹りたるがごとし。清白の名声と豊厚の俸禄とを享くるを主り、少年の時に就ち能く顯達す。ここの種の人は才智出衆にして眼光長遠、能く文章著述に靠りて名世に揚ぐ。彼は事を處するに持久にして穩重、果斷にして恒心あり、福分深厚なり。
額相捷法
公篤曰:額為南嶽,又名天獄,統名上停,亦名火宿火星,定人之貴賤,辨人之根基。兩額角名天府上府,即天倉而關祖業也。故髮際高超,主聰敏靈慧,承繼前人餘業,初年亨通而福也;無祖業者,亦能創立而進貴也。髮際低者,主愚拙,及妨父母;亦有聰明者,而為庶母所出也;亦有祖業者,為數代之餘也。
陳公篤曰く:額頭は是れ「南岳」、又た「天獄」と叫び、總名「上停」、亦た「火宿」「火星」と叫ぶ。それを看れば以て一個人の貴賤を定め・一個人の根基を辨別する能う。両側の額角は「天府」「上府」と叫ぶ、即ち是れ「天倉」、祖上の產業に關係す。ゆえに髮際高くして開闊の人は、聰敏靈慧を主り、能く前人の留下したるの家業を承繼し、早年順遂にして福あり。便ち祖業なかるも、能く自己に創立して進身顯貴せん。髮際低の人は、愚鈍笨拙を主り、併せて父母を妨害す。ここの裏面も亦た聡明のあり、あれは多半是れ庶母の生ずる所。亦た仍旧祖業を承受するあり、あれは是れ幾代の人の積下したるの余蔭なり。
凡髮際上削不平,均主妨父;三岔五岔,主幼小妨父,亦有遺腹而生;髮曲突者,主刑母;鬢連眉尾,主幼小刑母,而有嫡母庶母之分也。其天庭之上有骨凸突,名曰伏犀骨。方拱者,主特貴,及不朽之事業;圓拱者,主上貴,為將相九卿;橢圓者,主中貴,為廳道師旅;最小者,赤洲伯邑侯也。
凡そ髮際の參差して齊ならず・上緣の削り過ぎたるがごときは、皆父親を妨害するを主る。髮際の三個の岔あるいは五個の岔に分かるは、幼年に就ち父を妨ぐるを主り、亦たあるは是れ父親死し去りて後にこそ出生したるの遺腹子。頭髮彎曲にして前に向かいて突出するは、母親を刑剋するを主る。鬢角一直に眉尾に連なるに到るは、幼年に母を刑すを主り、その中なお嫡母なるか還是れ庶母なるかを分かつを要す。額上「天庭」のここの一帯に若し骨凸起あれば、即ち「伏犀骨」と叫ぶ。骨方形を呈して拱起するは、特等の貴顯を主り、能く不朽の事業を做出せん。骨正圓を呈して拱起するは、上等の貴顯を主り、將相・九卿を做る能く。骨橢圓を呈するは、中等の貴顯を主り、廳道の一級の文官あるいは師旅の一級の武官を做る能く。骨最小のも、亦た是れ州牧・縣令の一級なり(源文の「赤洲伯邑侯」の「赤」は當に「亦」字の誤たるべし)。
印堂之上有骨直聳,名曰玉柱骨,主大貴,為公侯將相,列土分封。如長橫,名曰華蓋骨,主文武雙全之上貴,或中貴,而享大名於身後也。華蓋有紋橫破,主前業耗散三分之一;華蓋有紋直破,主前業失敗三分之二;紋痕長深者加倍,紋痕短者減半也。
印堂の上方に若し骨ありて豎いて高聳すれば、即ち「玉柱骨」と叫び、大貴を主り、公侯將相を做る能く、封じ土を裂くの賞を受く。若しここの块の骨橫いて長成して一長條を成せば、即ち「華蓋骨」と叫び、文武雙全の上等貴顯・あるいは中等貴顯を主り、併せて身後に大名を享有す。華蓋骨の上に若し橫紋衝破あれば、祖上の產業三分之一を耗散するを主る。若し豎紋衝破あれば、祖上の產業三分之二を敗するを主る。紋痕又た長く又た深きは、損失加倍す。紋痕短きは、損失半減す。
日月角骨上插,帝王之貴,英明之君;日月角骨圓突,主貴名,父母亦貴,而紹前蔭之餘業。輔角骨長橫,主總督文武,大為屏藩大臣,小為重鎮邊將。邊城骨上插,主威鎮邊陣;邊城骨沖破,盛世主失祖業,而不發達,亂世主破梓離鄉,而立異地之產業也。
「日月角骨」の上に向かいて直插するは、是れ帝王の貴相、英明の君主と成るを主る。日月角骨ただ圓圓凸起するのみのは、貴顯の名あり・父母も亦た顯貴にして・能く先人の余蔭の留下したるの家業を承繼するを主る。「輔角骨」の橫長して一條を成すは、文武の政を總管するを主り、大は一方を屏藩するの大臣を做り、小は要地を鎮守するの邊將を做る。「邊城骨」の上に向かいて直插するは、邊疆の戰陣に威震するを主る。邊城骨若し紋路に衝破せられれば、太平世に生ずれば則ち祖業を丟掉して發達する能わざるを主り、乱世に生ずれば則ち郷を離れ井を背き・外地に於て別に一份の產業を立つるを主る。
印堂有骨方楞長橫,名曰金城骨,主上貴,多操兵柄,臨險暴發。印堂直紋懸針,主凶,次憂苦而死;如雙紋,主刑剋駁雜;三紋,名川字紋,主貴及痣血,刑妻克子;四紋五紋,均主刑剋勞碌;成火焰紋,主大貴凶死;成人字紋,主家族至戚之遺累也。
印堂の上に若し骨方正にして棱を帯び・橫りて一長條を成せば、即ち「金城骨」と叫び、上等の貴顯を主り、多半兵權を執掌し、険に遇えばかえって暴起發達す。印堂の上に若し一條の豎紋あれば、「懸針紋」と叫び、凶を主る。次の一等も亦た是れ憂苦して死す。若し是れ兩條の豎紋なれば、刑剋重くして境遇駁雜を主る。三條の豎紋は「川字紋」と叫び、貴顯を主るも、ただ亦た痣を生じ・血光を見・妻を刑し子を剋するを主る。四條・五條の豎紋は、皆刑剋と労碌とを主る。紋路散開して火焰のごときは、大貴にして非命に死するを主る。紋路合成して「人」の字のは、本族の至親の拖累を受くるを主る。
額橫一長紋,名華蓋紋,主貴而刑剋,子女庶出也;二紋長橫,名偃月紋,主貴壽而克子女;三紋長橫,名伏群紋,主貴壽勞心,奔馳往返。額紋多者,王勞碌風塵;額紋間斷,主成敗不一;額紋偏斜,主勞碌耗散。凡額以高廣方隆,為貴名福壽,及享受餘蔭前業也。
額上に橫りて一條の長紋のは、「華蓋紋」と叫び、貴顯にして卻って刑剋あり・子女多く是れ庶出を主る。橫りて兩條の長紋のは、「偃月紋」と叫び、貴顯長寿にして子女を剋損するを主る。橫りて三條の長紋のは、「伏群紋」と叫び、貴顯長寿にして心を労し・一生往返奔波するを主る。額紋多の人は一生風塵労碌を主る(源文の「王労碌」の「王」は當に「主」字の誤たるべし)。額紋斷斷續續のは、成敗定まらざるを主る。額紋歪斜のは、労碌にして家財耗散するを主る。總じて額頭は高・廣・方・隆を以て好と為し、あの樣にこそ貴顯の名と福寿雙全とを主り、亦たこそ能く先人の余蔭の留下したるの產業を享受せん。
顴相捷法
公篤曰:兩顴為中府之官,又名東西嶽,及國印,顴即權之別名也。兩顴高聳上插,方有大權重柄,而號四正,占重要部位,五嶽得二嶽故也。以測量法乘之,得百分之十分。左顴高妨父,先見子星;右觀高妨母,先見女星。兩顴高聳雄突,主大貴而有重權。兩顴大而中嶽低小,此為強賓壓主,養廱犯上,為部下所欺侮,而受其牽制,及倒戈相向也。
陳公篤曰く:兩顴は是れ相法の上の「中府の官」、又た「東岳」「西岳」と叫び、亦た「國印」と叫ぶ。顴は其實就ち是れ權力の別名。兩顴は高聳にして上に向かいて鬢邊に挿入して、こそ真の大權重柄ありと算う、ここの樣の格局は號して「四正」、面上に於て要緊の位置を占め、是れ五岳の裏に於てそれが一下就ち兩岳を占むに因る。測量法に按じて折算すれば、兩顴は百分之十分を占む。左顴高のは父親を妨げ、頭胎先ず兒子を得。右顴高のは母親を妨げ、頭胎先ず女児を得(源文の「右觀」の「觀」は即ち「顴」なり)。兩顴高聳にして雄壯凸起のは、大貴にして重權を握るを主る。若し兩顴大にして鼻子ここの「中岳」はかえって低小なれば、則ち是れ「強賓主を壓す」、等しく自己に養い出だして禍患を來りて上を犯すに如し:部下に欺侮せられ・彼らの牽制を受け・甚至彼らに倒戈して相向かわるるあらん。
兩顴能輔中嶽,得內助外輔,而有重要實權,此名三嶽勻配,主貴權而厚福。高聳上插入山林者,主上上貴,為屏藩柱石之臣,列土分茅也;高聳上插入邊城者,為上中貴,威權萬里,將軍之格;高聳上插入玉堂者,主上貴,為外藩威鎮一方,邊將之格也。
兩顴若し能く鼻子ここの中岳を襯托輔助すれば、即ち是れ内に賢助あり・外に幇手あり、因りて重要の實權を握有す、これは「三岳勻配」と叫び、貴位實權ありて福分深厚を主る。兩顴高聳にして上に向かいて「山林」の部位に挿入するは、上上等の貴顯を主り、能く一方を屏藩するの柱石の重臣を做り、封じ土を裂くの賞を受く。高聳にして上に向かいて「邊城」の部位に挿入するは、是れ上中等の貴顯、威權萬里に及ぶ能く、將軍の格局に属す。高聳にして上に向かいて「玉堂」の部位に挿入するは、上等の貴顯を主り、能く外省の要職に出任し・一方を威鎮し、邊將の格局に属す。
兩顴隆大下墜者,是名假顴,主伶界樂妓之例。近眼角者為真顴,近法令者為假顴,雖隆大而無用也。兩觀為淚堂紋沖破,王破敗勞碌,憂愁度日,神經昏憒而死。左顴沖破,主子女不肖,叔伯欺侮而失敗,憂氣成痼疾;右顴沖破,主妻妾不睦,弟兄仇怨而內患,憂氣減智識。女格反此而類推也。
兩顴雖隆起高大なるも卻って下に向かいて墜るは、「假顴」と叫作し、多く戲曲の藝人・樂妓の一類の人の身上に応ず。分辨するの辦法は:位置の眼角に靠近するのこそ真顴、位置の法令紋に靠近するの就ち是れ假顴。假顴は便ち長じて隆大なるも、亦た用場に派し上がらず。兩顴若し淚堂の紋路に衝破せられれば、破敗労碌を主り、天天憂愁の中に日を度し、最後神志昏聵して死す(源文の「王破敗」の「王」は當に「主」字の誤たるべし)。左顴の衝破せらるるは、子女器を成さず・叔伯に欺侮せられて失敗し・憂悶して疾を成すを主る。右顴の衝破せらるるは、妻妾和せず・兄弟怨を結びて内乱を生じ・憂悶して智力すらも亦た減退するに得るを主る。女子の應験は此と相反し、以て此に照らし類推する能う。
兩顴不輔中嶽,或倍大於中嶽,均主上下不和,主客欺凌;常人則主族戚遺累,煩惱不休。平者有名無權,偏閒之職;常人則依人度日。女格兩顴不宜圓聳尖露,主夫弱而勞碌,代夫權也;女格兩顴宜高厚而平,主賢淑旺夫,明敏勤能,又得貴夫,而無刑剋也。
兩顴若し中岳を輔助する能わざれば、あるいは大にして中岳に超過するに一倍なれば、皆上下和せず・主客の間互相欺壓するを主る。若し是れ普通人なれば、則ち本族の親戚の拖累を受け・煩惱斷えざるを主る。兩顴の長じて平坦のは、ただ是れ名ありて權なし、一個の閑散の副職を做る。若し是れ普通人なれば、則ちただ他人に依附して日を過ごす能うのみ。女子の兩顴は圓聳にして尖露を宜とせず、あの樣は丈夫軟弱にして自己労碌・等しく丈夫に代りて權を掌るを主る。女子の兩顴は高厚にして平正を宜とす、あの樣は彼女の賢淑にして夫を旺し・明敏勤快能幹・なお能く貴き夫に嫁を得・一生刑剋なきを主る。
髮相條解
公篤曰:色為氣之餘,髮為血之餘,故醫家名曰血餘。如山之樹林,如樹之枝葉,如禾之苗蒂。蓋山林宜清秀,樹木宜茂榮,禾苗宜繁實,此髮之關係如是也。大凡蓄髮剃髮,辮髮剪髮,雖出於國家制度,而各人形格,亦有宜與不宜耳。至於女格之髮,關係尤重,有富貴貧賤、壽夭勞逸之區別,尤宜注意焉。
陳公篤曰く:氣色は是れ氣の余緒、頭髮は是れ血の余緒、ゆえに醫家は頭髮を把て「血余」と叫作す。頭髮の人の身上に在るは、山上の林木・樹上の枝葉・禾苗の上の稈穗のごとし。山上の林木は清秀を宜とし、樹上の枝葉は茂盛を宜とし、田裏の禾苗は繁密にして實を結ぶを宜とす——頭髮の道理も亦た如此なり。髮を留むるか還是れ髮を剃るか・辮を結ぶか還是れ短く剪るかに至っては、雖説國家の制度を看るを要するも、ただ各々人の形格に就いて講ずれば、亦た適宜なると不適宜なるとの分別あり。尤其女子の頭髮は、關係更に重く、中より富貴貧賤・寿夭労逸を分出する能く、特別に留意に値す。
一.長髮:長髮者,修長而齊地也。主多祿而壽徵,聰明而閒逸。凡髮長之人,心細而有智識;女格主眼靈手巧,多技能而堅決,淫而不亂也。二.短髮:短髮者,長不盈尺也。主陰險而性垢,片言好勝,而不容物也;私心自用,只顧自己利益,失信違法,不管他人生死。其見者小,其者毒也。
第一種は「長髮」と叫ぶ。いわゆる長髮は、是れ頭髮修長にして能く地面に垂るに至る。俸禄豊厚にして寿徵あるを主り、人聡明にして生活清閑安逸なり。凡そ頭髮長の人は、心思細密にして見識あり。女子は則ち眼明手巧・會するの本事多くして性子果斷・雖情欲あるも至って放蕩せざるを主る。第二種は「短髮」と叫ぶ。いわゆる短髮は、是れ頭髮長じて一尺に到らず。人の陰険にして性情齷齪・一句の話合せざれば即ち強を爭い勝を好み・別人を容れ得下がらざるを主る。彼は私心を存して自ら是と為し・ただ自己の利益を顧み・信を失い法に違い・別人の死活を管せず。ここの種の人は眼界小にして、心地も亦た毒なり。
三.柔細:柔細者,髮細而不粗也。主聰敏多智慧,男女皆厚祿,豐衣足食,一生多安享也;亦主性情和順,遠見不苟,而不粗燥也。四.潤澤:潤澤者,光潤而不枯也。氣為陽而血為陰,故宜潤澤也。主和平正直,厚慈良,聰明好學,勤慎守義。男女均以潤澤為貴壽,而多祿也。
第三種は「柔細」と叫ぶ。いわゆる柔細は、是れ頭髮細軟にして粗硬ならず。人の聰敏にして智慧多く・男女を論ぜず皆俸禄豊厚・衣食豊足・一生多く能く安く享くるを主る。ここの種の人も亦た性情和順・眼光長遠にして事を做るに苟且せず・粗率急躁せざるを主る。第四種は「潤沢」と叫ぶ。いわゆる潤沢は、是れ頭髮光潤にして乾枯せず。氣は陽に属し血は陰に属し、頭髮は是れ血の余、ゆえに潤沢を宜とす。人の平和正直・厚道慈善・聡明好學・勤勉謹慎にして信義を守るを主る。男女を論ぜず、頭髮潤沢は皆是れ貴顯長寿の相、而且俸禄豊厚なり。
五.粗髮:粗髮者,粗而不細也。主剛燥而刑剋人丁。男女皆主性燥量窄,勞碌疾苦居多數;女格最忌,刑夫克子,有流入青樓,及伶界歌姬之類也。六.枯髮:枯髮者,枯亂如麻而滯手,枯焦不潤也。此為先天不足之鐵證,其人稟受弱而善忘,其性多猶豫而不決,故有惡病病疾,而不壽也。
第五種は「粗髮」と叫ぶ。いわゆる粗髮は、是れ頭髮粗硬にして細軟ならず。人の剛烈急躁にして家中人丁を刑剋するを主る。男女を論ぜず皆性子急躁・氣量狹窄・多半労碌にして病苦多きを主る。女子最もここの一相を忌諱し、夫を刑し子を剋するを主り、甚至青樓に淪落し・戲班歌女の一流に流入するあり。第六種は「枯髮」と叫ぶ。いわゆる枯髮は、是れ頭髮乾枯散乱して麻のごとく、摸り上去れば澀を發し、焦枯にして潤沢せず。これは是れ先天の禀賦足らざるの鐵證:ここの種の人は體質弱くして記性差く、性子優柔寡斷、ゆえに惡疾重病を得るを會し、寿数も亦た長からず。
七.黑髮:黑髮者,光潤如漆如油也。主聰敏而厚,信義而有恆,持久如常,謹慎遠見,平生衣祿充足,有餘而不缺乏也。八.黃髮:黃髮者,焦黃不黑也。其人多刑剋:幼年妨父母,中年刑弟兄,及喪妻妾,晚年少子女也。其性刻薄寡恩,機巧有管,聰明自誤也。
第七種は「黑髮」と叫ぶ。いわゆる黑髮は、是れ頭髮烏黑光潤、漆に像え油に像ゆ。人の聰敏にして厚道・信義を講じて恒心あり・人と為りて長久にして神態常のごとく・謹慎にして遠見あるを主る。一生衣食俸禄充足し、綽綽余ありて匱乏に至らず。第八種は「黃髮」と叫ぶ。いわゆる黃髮は、是れ頭髮焦黃にして烏黑ならず。ここの種の人は刑剋重し:幼年に父母を妨げ、中年に兄弟を刑剋して併せて妻妾を喪い、晚年に子女稀少なり。彼は性情刻薄にして恩少なく、機巧にして多管するを愛し、一輩子聡明かえって聡明に誤られぬ。
九.稀少:稀少者,稀疏而少也。其人多壽而勞心,因事實牽制,而生反想;族戚遺累,而多紛爭。衣祿充足,人丁刑剋,否則忤逆不睦,顧忌不釋也。十.白髮:白髮者,少年而有白髮也。主前業耗散,初年冷退而不旺,白手成家,拘節守信而受累,妻宮繼配,子女先後成立,亦有壽根也。
第九種は「稀少」と叫ぶ。いわゆる稀少は、是れ頭髮稀疏にして量少なし。ここの種の人は多く長寿にして卻って心を労し、常に現實の處境の牽制に因りて反復の念頭を生出す。本族の親戚拖累を留下し、因りて紛爭斷えず。彼は衣食俸禄充足す、ただ是れ家中人丁に刑剋あり。即ち人丁缺けずとも、亦た是れ忤逆して和せず、顧慮重重にして解き開く能わず。第十種は「白髮」と叫ぶ。いわゆる白髮は、是れ年紀輕輕にして就ち白髮を生ず。祖上の產業耗散・早年境遇冷落にして興旺せず・須く白手にて家を成すを要するを主る。彼は節操を拘守し・信用を講ずるも、かえって此に因りて累を受く。妻子は是れ續絃に娶りて來り、子女先後にしてこそ立ち得起す。ここの一相も亦た長寿の根柢あり。
十一.濃髮:濃髮者,濃重叢生而多也。主剛燥遲鈍,勞碌自立,初年父母見弱,中年六親多累,憂愁度日。女格髮濃,主淫賤,次則刑夫,或生離再嫁也。十二.落髮:落髮者,腦頂之髮禿落,兩側上曲削也。主勞心過度,貪心尤重,又見小也。男女均主壽,男刑妻而女刑夫,子女亦弱少也。
第十一種は「濃髮」と叫ぶ。いわゆる濃髮は、是れ頭髮濃重叢生にして量多し。人の剛烈急躁にして反應遲鈍・一生労碌にして自己に靠りて業を立つるを主る。早年に父母力弱く、中年に六親多く拖累あり、天天憂愁の中に日を度す。女子の頭髮濃密のは、淫佚にして身分卑賤を主り、次の一等の應験は是れ丈夫を刑剋し、あるいは丈夫と生離して再嫁す。第十二種は「落髮」と叫ぶ。いわゆる落髮は、是れ頭頂の頭髮禿げ掉り、両側の髮際上に向かいて彎曲して削り入る。心を労すること度を過ごし・貪心特別に重く・而且眼界小を主る。男女を論ぜず皆長寿を主る。男は妻を刑し、女は夫を刑し、子女も亦た體弱にして稀少なり。
十三.碎斷:碎斷者,其髮不潤,而容易斷節也。此主先天不足,老年受胎所生,或根基移動所生。幼小經危險病厄,於九歲之前也。一主有血液病疾於中年,一主見冷退消耗於中年,均不壽也。十四.低下:低下者,髮際曲低下岔也。主天姿遲鈍,性直樸。初年妨父母,三岔者幼小刑父,五岔者刑父尤早,孤苦自立。亦有倉庫好而受祖業,多從庶出,或承祧,為數略少。亦主腦明上貴,走險發達也。
第十三種は「碎斷」と叫ぶ。いわゆる碎斷は、是れ頭髮潤沢ならずして而且一節一節に斷るるに易し。これは先天足らざるを主り、多く是れ父母年老の時に懐したる所、あるいは家運の根基動盪の時に生下したる所。ここの種の人は幼年に危険の病災を經歴するを會し、皆九歳以前に在り。それの應験は、一は是れ中年に血液の方面の疾病を患い、二は是れ中年境遇冷落・家財消耗す、両者皆寿数長からざるを主る。第十四種は「低下」と叫ぶ。いわゆる低下は、是れ髮際彎曲低垂にして下に向かいて岔を分かつ。人の天資遲鈍・性情直率朴實を主る。早年に父母を妨ぐ:髮際三岔のは幼年に就ち父を刑し、五岔のは父を刑すること更に早く、ただ孤苦にして自立する能うのみ。その中も亦た天倉地庫の長じて好くして仍祖業を受くるあり、あれは多半是れ庶出、あるいは過繼して嗣を承け、人數略か少なし。此の外ここの一相も亦た腦子明白にして上等の貴顯を得・鋌に走り險して發達し起こるを主る。
十五.雜花:雜花者,黑白斑黃不一也。主厚而直,守矩而拘,主壽而勞碌,內顧牽制,外患欺凌,及刑人丁,晚年神經恍憾,記憶昏迷,肝氣不舒也。十六.髮高:髮際高廣而透天嶽也。主早開智化,天性明敏。一主紹前業而進益田宅,一主自創立而宏恢門第,有名祿與壽徵居多也。
第十五種は「雜花」と叫ぶ。いわゆる雜花は、是れ頭髮の黑き白き斑き黄き混雜して一ならず。人の厚道にして直率・規矩を守りて拘謹に失するを主る。長寿を主るも卻って亦た労碌し、家裏處處掣肘し、外頭又た人の欺壓を受け、なお家中人丁を刑剋するを要す。晚年に到りて神志恍惚・記憶昏亂・肝氣鬱結して舒ならず。第十六種は「髮高」と叫ぶ、即ち是れ髮際又た高く又た開闊、一直に整個の額頭を露出す。人の開竅早く・天性明快敏捷を主る。それの應験は、一は是れ祖業を承繼して併せて田産房産をいよいよ置きて多くし、二は是れ自己創立して門戸を光大す。ここの種の人は多半名声あり・俸禄あり、寿元の徵兆も亦た好し。
人中の相・条解
公篤曰:人中為交通之官,溝洫流通之所,起上承下之重要部位,故兩鄂之人,以人中為主要,即居中之樞紐故也。凡人利達於外,皆知有驛馬,而不知人中占多數,乃水陸之分也。又主子女壽祿,刑剋疾厄各類。茲特分別如下。
陳公篤が言うには:人中は相法における「交通の官」で、溝洫が流通する所であり、上は鼻を承け下は口に接する枢要の部位です。ですから両顎のあたりを見るには人中を主とします。正中に位置するからです。およそ人が外地に出て利を求め発展するのを見るには、みな「駅馬」を見るべきだと知っていますが、人中の方がこれより大きな比重を占めることを知りません。両者の区別は、駅馬は陸路を主り、人中は水路を主るという点にあります。人中は同時に子女・寿元・俸禄および刑克・疾病・災厄の各種の事をも主ります。以下に条を分かちて列挙します。
一.深洫:深洫者,人中之洫深如淵也。所謂通達四瀆,萬里無阻,及結外緣,異姓可為輔助也。亦主貴名而厚祿,又旺子女,能容納也。二.平滿:平滿者,人中平而無洫也。主坐守鄉里,而無遠志,性情閉塞又見小,拘泥又貪格。早子不立,先有女二三,或為遲庶之子,及螟蛉之子也。
第一は「深洫」。深洫とは、人中の溝が淵のように深いものです。相法ではこれを四瀆(江・河・淮・済の四大水路)に通達し、万里を行くも阻害なしといい、また外縁をよく結び、異姓の友が皆その助力となります。この相はまた貴顕の名と丰厚な俸禄を主り、子女が栄え、人としても物事をよく容れます。第二は「平満」。平満とは、人中が平らで溝が見えないものです。その人は郷里に坐守するだけで遠大な志がなく、性情は閉塞して眼界が小さく、拘泥してかつ貪求します。初めの男子は立たず、まず女子を二三人得るか、あるいは晩く妾室から男子が生まれ、他家の子を過継することもあります。
三.長洫:長洫者,即人中長近寸也。主有壽根,元氣充足,亦主子女多而成立,及有衣祿也。又主子女得力而發達,宏恢門第而大創也。四.短洫:短洫者,即人中短而不見也。主志大而虛浮,心多而燥急,作事一成一敗,而有勞碌往返,掣肘而受累,結怨而官訟,亦主不壽也。
第三は「長洫」で、人中が一寸に近いほど長いものです。その人は長寿の根柢があり、元気が充足し、また子女が多くて皆立ち、衣食・俸禄に欠けません。この相はまた子女が力を得て発達し、門第を大いに恢めて大きな創業ができることを主ります。第四は「短洫」で、人中が短くてほとんど見えないものです。その人は志は大きいが虚浮して実がなく、心が多く性が燥急です。事をなせば一成一敗で、往復して奔忙・労碌し、至るところ掣肘されて累を受け、人と怨を結んで官司を惹起します。この相は同時に寿が長くないことも主ります。
五.寬洫:寬洫者,人中寬而流通也。其人內有相當之持重,外有交際之利益,器量宏大,略周到,又旺子女,亦主貴名厚祿,而立外美於異鄉也。六.窄洫:窄洫者,人中窄而閉塞也。其人內有心腹之憂患,外有惡劣之欺詐,器量窄狹,子女見刑,庶出者成立,或遲子也,或女多也。
第五は「寛洫」で、人中が広くて流通しています。この種の人は内には相当の持重があり、外には交際から実利を得られ、器量は宏大で謀慮は周到、子女も栄えます。この相も同じく貴顕の名と丰厚な俸禄を主り、異郷で美しい声名と事業を樹立できます。第六は「窄洫」で、人中が狭くて閉塞しています。この種の人は内に心腹の憂患があり、外には人の悪劣な詐欺に遭い、器量は窄狭で、子女に刑克があります。往々にして庶出の者だけが立ち、あるいは男子が晩く生まれ、あるいは女子が多くなります。
七.唇掀:唇掀者,人中下半節掀出也。其人有偏僻之任性,多招是非,而成官訟,每因細故之爭端,間接之株連,無故而招非也。八.人中痣:人中痣,人中上下有黑痣發現也。當中主水災,上半節先生一子而妨父,下半節先生女而刑母,左右亦然。一應雙胎生,一主酒病有痕也。
第七は「唇掀」で、人中の下半分が外へ翻り掀き出ているものです。この種の人は性情が偏僻で任性であり、常に是非を招いて官司に至ります。往々にして些細な争端から、あるいは間接に株連され、無故に厄介事を招きます。第八は「人中痣」で、人中の上下に黒痣が現れるものです。痣が正中にある者は水厄を主り、上半分にある者は頭胎に先ず男子を生んで父を妨げ、下半分にある者は頭胎に先ず女子を生んで母を刑します。左右に偏るもまたこれに准じます。この痣にはさらに二つの応験があり、一つは双生児を生むこと、一つは酒によって病となり痕を残すことです。
九.直紋:直紋者,當中一直紋穿過也。主刑子星而旺女宮也。又主勞心最重,成敗奔馳,經大挫折二三,然後再立業,子星或一,亦不肖也。十.橫紋:橫紋者,中瑕一紋橫斷也。主刑女星而旺子宮,主大病厄二次,近於死亡,及水火之災也。然有衣祿充足,女星或一,亦後患也。
第九は「直紋」で、人中の正中を一条の竪紋が貫いて通るものです。男子の星を刑克して女子の宮を旺にします。同時に労心最も重く、一生成敗に奔走し、二三度の大挫折を経てからやっと再び立業します。仮に男子を一人得ても、肯綮に合わず成器しません。第十は「横紋」で、人中の中ほどを一条の横紋が遮るように断つものです。女子の星を刑克して男子の宮を旺にします。大病を二度患い、いずれも死に近づき、水火の災いもあります。ただしこの種の人は衣食・俸禄は充足しています。仮に女子を一人得ても、後日の患いとなります。
十一.十字紋:十字紋者,人中有直紋沖破,橫紋沖斷,如十字形也。主孤絕,子女均不立,嫡庶所生亦不立,惟螟蛉繼撫之於可靠也。十二.偏左:偏左者,人中側左而偏也。主先妨父宮,而有母官也。亦主先得子星者,再而後有女也,子星倍旺於女星也。
第十一は「十字紋」で、人中が一条の竪紋に衝き破られ、かつ一条の横紋に截断され、二つの紋が交差して十字形を成すものです。この相は孤独断絶を主ります。実の子女は皆立たず、嫡出・庶出を問わず同じく保つことができません。ただ過継して育てた螟蛉の子だけが、かえって頼りになります。第十二は「偏左」で、人中が全体として左に偏り歪んでいるものです。まず父の宮を妨害し、母の宮はかえって保たれます。同時に生育の順序をも主り、先ず男子を得て後に女子があり、しかも男子の数と成器の度合いは女子より一倍旺です。
十三.偏右:偏右者,人中側右而偏也。主先刑母官,而有父宮也。亦主先得女星者,再而後有子也,女星倍旺於子星也。十四.上寬下窄:人中不勻,而上寬下窄也。主女旺而多,子弱而少,及作事無恆而中止,疑多心亂也,行動往返而不決,改挫折也。
第十三は「偏右」で、人中が右に歪んでいるものです。まず母の宮を刑克し、父の宮はかえって保たれます。同時に先ず女子を得て後に男子があり、しかも女子は男子より一倍旺です。第十四は「上寛下窄」で、人中の上下が均しからず、上が広くて下が狭いものです。女子が旺んで多く、男子は体が弱くて少ないことを主り、また事をなすに長性がなく半途で廃し、疑心が重く心思が雑乱し、行動は往復反復して主意が定まらず、ゆえに屡々挫折を受けます。
十五.上窄下寬:人中不勻,而上窄下寬也。主子旺而多,女弱而少,及有厚祿而勇為,剛直而任勞。一主嫡庶之先後各半,一主早遲之賢愚各半也。十六.雙人中:雙人中者,兩個溝洫,不是直紋沖破也。男主聰明,享受前人餘業;女主驕傲,又有生離再嫁。男女均主子女倍多,而有用也。
第十五は「上窄下寛」で、人中の上下が均しからず、上が狭くて下が広いものです。男子が旺んで多く、女子は体が弱くて少ないことを主り、また俸禄が丰厚で敢作敢為、人となりは剛直で苦労を厭いません。さらに二つの応験があり、一つは嫡出と庶出の子女が半々ずつ先後して生まれること、一つは早生・晩生の子女の賢愚が半々であることです。第十六は「双人中」で、人中の所に真に二条の溝があるものです。一条の竪紋に衝き破られて二条に見誤るのではないことに注意してください。男子にこの相があれば聡明を主り、前人の遺した家業を享けられます。女子にこの相があれば性情が驕傲で、夫と生別して再嫁します。男女を問わず子女が一倍多く出て、しかも皆有用です。
歯の相・条解
公篤曰:齒為骨之餘,內為腎絡,關係衣祿之享受,及刑人丁,又為壽徵之一部,以及疾病,故有相當之應驗,上牙下齒也。茲選其重要而錄於後。一.大瓣:大瓣者,牙齒大瓣也,古謂馬齒。主元氣厚而享大壽,亦主貴名之事業,有恆之成功,崇其位祿。馬齒之人心無毒,性善而慈良也。
陳公篤が言うには:歯は骨の余緒で、身の内では腎経に通じ、一人の衣食・俸禄の享受に関係し、家中の人丁を刑克することにも関わり、また寿元を判断する一つの拠り所であって疾病をも見ることができるため、おのずから相当の応験があります。上の列を「牙」と称し、下の列を「歯」と称することに留意してください。以下に紧要な数種を抜き出して後に記します。第一は「大瓣」で、歯の一つ一つがみな宽大に生えているもので、古い相書では「馬歯」と呼びます。その人は元気が厚实で大寿を享け、また名望ある事業を成し、恒心をもって成功を収め、位は高く禄は厚いです。馬歯を生やした人は心に毒念を蓄えず、性情は善良で慈和です。
二.小瓣:小辦者,古謂之米齒也。主聰敏而靈巧,任勞而勇為,傲上而和下,矜功而好奇,有美術技藝之特長,而享盛名,然亦主病疾也。三.勻齊:勻齊者,牙齒勻而平齊也。主心和氣平,直快不拘,瀟灑自如,衣祿充足,通達無阻,即無族戚之累,而反受其利益尤多也。
第二は「小瓣」で、古い相書では「米歯」と呼び、歯の一つ一つが米粒のように細小なものです。その人は聡敏で伶巧、苦労を堪え敢作敢為で、上司には傲慢で部下には和気で、功を居ることを好み新奇を愛し、美術か何らかの技芸に専長があって、それによって盛名を享けます。ただしこの歯は病に罹りやすいことも主ります。第三は「匀斉」で、歯の大小が均匀で排列が平整なものです。その人は心気が平和で、直爽で痛快にして小節に拘らず、举止は瀟洒自如です。衣食・俸禄は充足し、事ごとに通達して阻害なく、本族の親戚の拖累を受けないばかりか、かえって彼らから多くの利益を得られます。
四.堅固:堅固者,牙齒堅硬而固也。此為筋骨強而先天之元氣充足,其人多壽而剛勇,有堅執之特性,一決即認為事實,亦主貴祿也。五.暴齒:暴齒者,錯亂不平又不齊,三個牙齒相擠,則為暴齒也。主冷退,初年破敗,而刑人丁,亦有富貴,而為勞碌走險之發達也。
第四は「堅固」で、歯が堅く结实なものです。これは筋骨が強健で先天の元気が充足している表れで、この種の人は多く長寿で剛強勇武、性分に一筋の執拗さがあり、いったん主意を定めると既成事実として実行します。この相も同じく貴位と俸禄を主ります。第五は「暴歯」で、歯が錯乱して平らでなく参差不斉で、三つの歯が一箇所に挤り合っているのを暴歯と呼びます。境遇の冷落退敗を主り、早年に家道が破敗し、かつ家中の人丁を刑克します。この種の人も富貴を得られますが、それは一番の労碌と挙げんばかりの危険を冒して初めて発達したものです。
六.楞掀:楞掀者,門牙齒楞生而掀露也。卜部門牙楞掀,主先刑父,而後刑母;下部門齒楞掀,主先刑母,而後刑父也。七.尖峰:尖峰者,上下之牙齒尖露起峰也。凡火形尖峰,主勞怨走險之上貴;其它形格,均主刑剋人丁,而多冷退,以及勞碌困苦,而不壽也。
第六は「楞掀」で、門歯が角ばって外へ翻り露れているものです。上列の門歯が楞掀する者は、まず父を刑克し、次いで母を刑克します(原文の「卜部」の「卜」は「上」の誤字とすべきです)。下列の門歯が楞掀する者は、まず母を刑克し、次いで父を刑克します。第七は「尖峰」で、上下の歯がいずれも尖って露れ、歯端が小さな山峰のようです。もし火形の人がこの尖峰歯を生やしていれば、一番の労碌と怨謗を経て危険を冒し、上等の貴顕を得ることを主ります。他の形局の人がこの歯を生やせば、いずれも家中の人丁を刑克し、境遇は冷落退敗が多く、しかも労碌困苦して寿が長くありません。
八.兩角:兩角者,兩邊各有尖齒一顆也。上牙各有角牙一顆,主幼年刑父;下齒各有角齒一顆,主幼年刑母;上下均有,主父母俱刑,而幼孤也。九.露齒:露齒者,兩唇不固而牙齒露出也。一主招是非而多官訟,一主破梓里而多奔馳,亦主刑剋勞碌,壽者少而夭者多也。
第八は「両角」で、左右の両側に各々一つの尖った歯が生えるものです。上列の両側に各々一つの角歯がある者は幼年に父を刑克し、下列の両側に各々一つの角歯がある者は幼年に母を刑克し、上下ともにある者は父母をともに刑克し、幼少から孤児となります。第九は「露歯」で、両片の唇が合わさらず歯が外に露れているものです。その応験は、一つは是非を招き官司が多いこと、一つは故郷を離れて四方に奔波することで、同時に刑克と労碌をも主り、この種の人は長寿が少なく早夭が多いです。
十.天包地:天包地者,上半部牙蓋過下半部齒也。主紹繼前人餘業,而有六親之累,亦有承祧,而胃病痼疾,及隨身之病也。十一.地包天:地包天者,下部之牙床蓋過上半部也。主刑剋人丁,男刑妻而重配,女刑夫而再嫁,至於衣祿,亦豐足無缺也。十二.漏痕:漏痕者,稀牙漏縫而有痕也。主父母破群而關係人丁不旺,冷退不休,耗散不已,駁雜不純,口舌官非尤多也。
第十は「天包地」で、上列の牙が下列の歯を覆い包むものです。その人は前人の遺した家業を承継できますが、ただ六親の拖累があり、過継して嗣を承ける場合もあります。そのほか胃病のような頑疾、および身に纏わって去らない持病を患うことも主ります。第十一は「地包天」で、下列の歯茎がかえって上列を覆い包むものです。家中の人丁を刑克し、男子は妻を刑して再娶し、女子は夫を刑して再嫁します。衣食・俸禄はかえって豊足して欠けません。第十二は「漏痕」で、歯が疎らで隙間から風が漏れ痕を残すものです。父母の代に家族が離散し、それゆえ自家の人丁も旺えず、境遇は冷落退敗に止まるところなく、家財は耗散し続け、一生は駁雑で純ならず、口舌の是非と官司がとりわけ多いです。
十三.三十六顆:凡牙齒以多為吉,享受上等衣祿。故三十六顆,為上上祿;三十四顆,為上中祿,亦王壽根,而先天之氣充足也。十四.三十二顆:凡三十二顆,為中上祿;三十顆,為中中祿。內有賢愚不一,勞逸不等,此兩等較多,包括各項,故社會上享受中祿之人亦多也。
第十三条「三十六顆」:歯は概して数の多いのを吉とし、歯の多い人は上等の衣禄を享けられます。ですから満三十六顆生えた者は「上上禄」、三十四顆生えた者は「上中禄」で、同じく寿元に根柢があり、先天の元気が充足していることを示します。(底本の「亦王寿根」の「王」は「主」の形近の訛字です。)第十四条「三十二顆」:三十二顆しかない者は「中上禄」、三十顆の者は「中中禄」です。この二つの等級の人は賢愚が斉わず労逸が等しからず、各行各業を網羅して、しかも人数が最も多いため、社会で中等の衣禄を享ける人も最も多いのです。
十五.二十八顆:凡二十八顆,為下上祿;二十六顆,為下中祿。如出富貴之家,主夭亡疾厄,不能享受也。如不足二十六顆者,賤而夭也。十六.編齒:編齒者,上下皆成合縫,連編而如一也。此為奇格之一,主大貴,享大名,立大功,創大業,乃王霸之材,勞碌成功也。十七.重城:重城者,兩層牙齒,內外一樣平齊也。此為奇格之一,主有特別才智,又有特別技能,過目不忘,流芳身後,然妨父母,又刑子女也。
第十五条「二十八顆」:歯が二十八顆の者は「下上禄」、二十六顆の者は「下中禄」です。このような人はたとえ富貴の家に生まれても、早夭または多病を主り、福分が受け止め切れず、家の富貴を享けられません。二十六顆にも足りなければ、卑賤であるうえ短寿です。第十六条「編歯」:「編歯」とは、上下二列の歯が咬合してところどころ厳丝合縫し、編み排したように一片に連なるものです。これは奇格の一つで、大富大貴を主り、大名声を享け、大功を立て大業を創ることができ、称王称覇の材料に属しますが、一生は辛労奔波の中で事業を成就します。第十七条「重城」:「重城」とは、裏外二層の歯が生え、内外二列が同じく整斉平正なものです。これも奇格の一つで、この人は才智が特出し、しかも一門の人と異なる専長技能を帯び、見たものは目を過ぎれば忘れず、身後に名声を残せます。ただしこの歯相には代償があり、早年は父母に利なく、成家して後は子女を刑克し、骨肉の縁に多くの欠けるところがあります。
髭の相・条解
公篤曰:髭鬍為相法一小部,補助之品,威儀之表也。統而言之,則名鬍髭;分而言之,則有區別。人中所生為髭,承漿所生為髯,地閣所生為須,耳輪所生為胡。人之所以蓄鬍留琵者,表示老成,正重其事也。大抵宜清秀、柔細、疎勻、潤澤、一色、純粹,方吉。如粗濁、枯焦、濃亂、黃雜,皆不合法,而不吉也。形式不古,則不宜蓄。如強勉蓄之,猶開門揖盜,養癱遺患也。令人以美觀而蓄留之,風鑑家又以地庫弱,而勸人蓄留之,皆不合法,徒受其害也。試問地庫弱而蓄留,能增其厚乎?能掩其惡乎?
陳公篤が言うには:鬍鬚は相法では小さな部位に過ぎず、補助的なものに属し、見るのは一人の威儀と気派です。概括して言えば通称「胡髭」で、分けて言えばそれぞれ名目があります。「人中」の上に生えるのを「髭」、「承漿」(下唇の下の凹む所)に生えるのを「髯」、「地閣」(顎)に生えるのを「鬚」、耳輪のあたりに連なるのを「胡」と呼びます。人が髭を蓄え鬚を留めるのは、老成持重に見せ、自身の儀表を重んじていることを示すためです。総じての標準は、清秀・柔細・疎にして匀か・潤沢して光あり・通体一色・気質純粋をもって吉とします。もし粗濁・枯焦・濃乱・黄黒が混雑するなら、いずれも法度に合わず不吉を主ります。面相の格局自体が古雅端正に足らなければ、髭を蓄えるに適しません。無理に留めれば、門を開いて盗を迎え、癰を養って患を遺すに等しく、かえって禍を招きます。近ごろの人は見栄えのために髭を留め、相を見る先生はまたその人の「地庫」(顎の両側の腮頦の部位)が単薄だからと、髭を蓄えて補うよう勧めますが、この二つのやり方はいずれも相法に合わず、空しくその害を受けるだけです。試みに問いましょう。地庫がもともと弱いのに、一把の髭を上に留めて、骨肉を厚くできるでしょうか。先天の缺陷を覆い隠し通せるでしょうか。
蓋亂世一語,可執其綱領:面無善痣,頭無惡骨,鬍髭敗多益少,此三項皆簡單要法也。凡宜蓄留者,蓄之小有順遂,不蓄亦無妨害;不宜蓄留者,不蓄亦無妨害,蓄之破敗立至。或刑人丁而傷子女,或遭暗害而受危險,或受株累而招官訟,或損財祿而多疾病。惟四濃格與海底松,則宜上下並蓄留之,減少破敗也。其它格局,則不可勉強。茲將各類吉凶,分別條例錄後。
乱世には総綱とすべき言葉があります。顔に真の吉痣なく、頭に絶対の悪骨なく、髭鬚を蓄えることは害が多く益が少ない。この三条はいずれも簡明扼要の法則です。およそ髭を蓄えるに相宜しい人は、留めても僅かに順遂が増す程度で、留めなくても妨げはありません。およそ髭を蓄えるに宜しくない人は、留めなくても同じく平安無事ですが、ひとたび留めれば敗象が即座に来ます。あるいは家中の人口を刑克して子女を傷つけ、あるいは人の暗算に遭い険境に身を置き、あるいは人に牽連されて官司訴訟を惹起し、あるいは財禄を損耗して疾病が身に纏います。「四濃格」と「海底松」の二つの格局だけが、上下の唇と頬の下を併せて蓄え留めるべきで、破敗を軽減できます。その余の格局は一概に無理強いしてはなりません。以下に各種の髭鬚の吉凶を条分けて列挙します。
一.清秀:清秀者,清而不枯,秀而可愛也。主富貴而壽考,平安而厚福,又主清廉正直,慈良守信也。二.柔細:柔細者,柔而不燥,細而不粗也。主慈和大名,明敏多壽,衣祿充足,人丁亦旺,持久有恆也。三.潤澤:潤澤者,清潤如油而有光也。凡氣血充足,方能潤澤,而享大壽也。又主平安多祿,子女均強能有為,宏恢門第,而進田宅也。
第一類「清秀」:清秀とは、鬚色が清朗で枯槁せず、形態が秀気で人を愛らしめるものです。この髭鬚はその人が富貴で長寿、一生平安で福沢が深厚なことを主り、性情は清廉正直、慈善良善にして信用を守ります。第二類「柔細」:柔細とは、鬚質が柔軟で乾燥せず、一々が細く柔らかで粗硬でないものです。この髭鬚はその人の性情が慈和で大名声があり、聡明敏捷で寿数が長久し、衣食・俸禄が充裕し、家中の人丁も旺え、事をなすに持久して恒心があることを主ります。第三類「潤沢」:潤沢とは、鬚色が清く亮んで油を塗ったようで、一々が光を帯びるものです。人は必ず気血が充足して初めて髭鬚が潤沢に生え、このような人こそ大寿を享けられます。この相はまた一生平安で福禄が丰厚、子女が皆健強で作為があり、門庭を大いに恢め、家中の田産・房宅が日増しに添えられることを主ります。
四.疎勻:疎勻者,清疎而根根見底也。主公平正直,心無積垢,慎細拘節,事無阻礙,一生多安閒,而有完善之晚景,享大壽,而足衣祿也。五.枯燥:枯燥者,枯而滯手,燥而無光也。主先天不足,後天戕,量窄器小,憂思勞心,有定根之痼疾,久而不痊可,又刑人丁,而冷退也。
第四類「疎匀」:疎匀とは、髭鬚が清疎均匀で、一々分明にして髭を透かして皮肉を見ることができるものです。この種の人は公平正直で、心に積怨と汚垢を蔵さず、事をなすに謹慎細緻で規矩を拘守し、それゆえところどころに阻害なく、一生は安閑自在が多く、晩景は円満で、高寿を享けるとともに衣禄も充足して欠けません。第五類「枯燥」:枯燥とは、鬚質が枯乾して触れば渋滞して手に引っかかり、乾燥して光沢がまったくないものです。この髭鬚は先天の禀赋が不足し、後天にまた損傷を受けたことを主り、気量が狭窄で器局が短小、終日憂思労神し、身に根深い持病を帯びて久しく治らず、また家中の人口を刑克して家道が次第に冷落衰退します。
六.濁滯:濁滯者,不清而俗,令人厭惡也。王前業耗散,一成一敗,多為平常寒賤之人,一生庸碌勞苦,挫折不立,恩怨不明,憂愁度日也。七.焦亂:焦亂者,焦枯不潤,錯亂不順也。其人心多而妄貪,疑慮而不決,弄巧反拙,六親多累,內外均有顧忌,而事實掣肘尤多也。
第六類「濁滞」:濁滞とは、鬚色が渾濁して清らかでなく、気味が俗っぽく、見る人をして厭わしめるものです。(底本の「王前業耗散」の「王」は「主」の訛です。)この相は祖上の遺した産業が耗散し尽くされることを主り、一生一成一敗で、多くは平常で寒微な人です。一生庸碌辛苦し、屡々挫折に遭って立ち上がれず、恩怨是非をも弁別し切れず、憂愁の中で日を過ごすのみです。第七類「焦乱」:焦乱とは、鬚色が焦枯して潤わず、鬚形が錯雑散乱して走向が順でないものです。この種の人は心思が多すぎて妄りに貪念を生じ、事に臨んで疑慮が重々して主意が定まらず、往々にして自ら聡明を任せてかえって事を壊し、六親に拖累が多く、家の内外に顾忌するところがあり、実際に事を行えば牽制掣肘のところがとりわけ多いです。
八.一色:一色者,純粹一色也。大凡鬍髭皆以一色為合格,蓄之小有順遂,而無煩惱之糾紛也。九.雜花:雜花者,幾色合成,黑白斑棕黃不一也。主刑妻克子,人丁不旺也;危險招嫉,事實不遂也;驚惶疾厄,勞心失敗也。貴者減其權而受制,富者減其祿而受欺,雖有智能,亦不免也。
第八類「一色」:一色とは、通体が純らに一つの色であるものです。およそ髭鬚は皆、色が純一なのを合格とし、このような人は髭を留めて僅かに順遂を得、煩悩の糾紛を招きません。第九類「雑花」:雑花とは、幾種かの色が混雑して成り、黒・白・斑・棕・黄が参差不斉のものです。この相は妻を刑し子を克し、家中の人丁が旺えず、処境には危険が多く、また人の嫉恨を招き、事を弁じて如願せず、常に驚惶と病災があり、労心費力しても終に失敗に帰すことを主ります。貴人にこの鬚があれば権柄は割引となり、人の牽制をも受けます。富人にこの鬚があれば財禄は減損し、人に欺瞞もされます。本人に智謀才干があっても、これらを免れません。
十.黃色:黃色者,黃明光潤而如金也。主刑人丁而貴名,見危險而發達。如有銀白之面,而配金髮,亦主奇貴之事業,少年早顯達,而享盛名也。十一.白色:白色者,白潤而如銀絲,慈善之貌而和藹也。主穩見持重,耿介心平,有遠慮之預,充分之準備,子女成材,田宅豐富也。十二.黑色:黑色者,黑潤而如漆也。主衣祿之一,關係頗輕,蓄之小益,不蓄無害,無足重經也。
第十類「黄色」:黄色の鬚とは、鬚色が黄く亮光潤で、金糸のようなものです。この種の人は家中の人口を刑克するものの、顕貴の名声を得られ、往々にして危険を経た後にかえって発達します。さらに銀白色の面皮を配し、金黄色の頭髪を加えれば、奇貴の事業を成し遂げ、少年の時から早くも顕達し、盛大な名望を享けることを主ります。第十一類「白色」:白色の鬚とは、鬚色が白く潤い銀糸のようで、慈善な面容と和藹な神情を配したものです。この種の人は見識が穏妥で举止が持重、性情は耿介で心気は平和、万事に長遠の預見と充分の準備があり、子女は成材し、田産・房宅も丰厚です。第十二類「黒色」:黒色の鬚とは、鬚色が烏黒く潤沢して漆のようなものです。この相は衣禄の上に一分の好处を占めるだけで関係は軽く、留めれば略々小益があり、留めなくても害はなく、重んずるに足りません。(末句「无足重経」の「経」は「軽」とすべきです。)
十三.紅碧:紅碧者,紫鬚也,為奇品之一。紅如珠砂者,主大貴,割據之霸業,次亦屏藩大臣也。紅如碧玉者,主清貴,流芳之事業,次亦盛名當時也。紅如棕色者,主中貴,勞碌之勇為,次亦州邑佐治也。十四.粗濃:粗濃者,又粗又多,而不見底也。主富貴,次亦足衣祿。多危險暗害,勞碌挫折,內有欺詐遺累,外有凌虐侵犯,煩擾不休也。一主旺子女,人丁日多也。
第十三類「紅碧」:紅碧とはすなわち紫鬚で、髭鬚の中の奇品の一つに属します。鬚が朱砂のように紅い者は大貴を主り、一方に割拠する覇業を成し、次等も藩鎮として朝廷を屏衛する大臣です。鬚が紅の中に碧を泛び碧玉のような者は清貴を主り、後世に名を留める事業を成し、次等も当時に盛名を享けられます。鬚が紅の中に棕色を帯びる者は中等の貴格を主り、辛労奮勇して功を建て、次等も州県の佐貳官を務められます。第十四類「粗濃」:粗濃とは、鬚質が粗くて密で、下の皮肉が見えないほど遮るものです。この相は富貴を主り、次等も衣禄が充足します。ただし代償として危険と暗害が多く、一生労碌して屡々挫折に遭い、家には詐欺牽連の拖累があり、外には凌辱侵犯の面倒があり、煩擾が絶えません。一方でこの鬚はまた子女の繁旺と家中人口の日増しを主ります。
十五.海底松:海底松者,頰下之髯,而鎖結喉之管也。主刑人丁,有技藝美術之長,而有壽。又主老蚌生珠,五十以上,方有子女也。十六.不過溝:不過溝者,髭不過人中溝洫也。主勞碌不休,驚惶不安,衣祿不豐,財源不聚,虛浮耗散也。古法謂有官無祿也。十七.直如草:直如草者,即亂草如蒿也。主貧賤孤苦,勞碌破敗,刑妻克子,外箝制而內欺侮也。
第十五類「海底松」:海底松とは、両頬の下から垂れ下がる髯鬚で、ちょうど喉仏のある気管を鎖め包むものです。この相は家中の人口を刑克しますが、本人に技芸・美術の方面の専長があり、しかも寿を享けます。また「老蚌生珠」を主り、子女が極めて遅く来て、往々にして五十歳を過ぎてからやっと児女を得ます。第十六類「不過溝」:不過溝とは、唇の上の髭が稀れて短く、長さが「人中」の溝を過ぎないものです。この相は一生労碌し続けることを主り、心は驚惶して安らかでなく、衣禄は丰厚でなく、財源は聚まらず、銭財は虚浮して絶えず耗散します。古い相書はこの格局を「有官無禄」と呼び、名分はあっても実恵がないという意味です。第十七類「直如草」:直如草とは、鬚が直く硬く散らばり、一叢の蓬蒿野草のようなものです。この相は貧賤孤苦を主り、一生労碌して終に破敗し、妻を刑し子を克し、外では人に鉗制され、家ではまた人に欺侮されます。
十八.串腮胡:串腮胡者,兩腮至耳珠皆胡,上接鬢髮也。主前人有餘業,又旺子女,及壽祿。中道有挫折一二度,晚年平安也。十九.硬如鐵:硬如鐵者,堅硬有力,入水沉底也。主草澤英雄,割據僭號,性情剛燥驕悍,恃勇任勞,而不完善其後,約為失敗也。
第十八類「串腮胡」:串腮胡とは、両腮から耳垂まで髭鬚が満ち、上はまだ鬢髪に連なるものです。この相は先人が余した家業を留めていることを主り、また子女が旺え、寿数と福禄を兼ねます。中年の途中で一二度の挫折に遭いますが、晩年は平安順遂です。第十九類「硬如鉄」:硬如鉄とは、鬚質が堅硬で力があり、剪り取って水に投げ込むと底まで沈むものです。この相は草莽の中の英雄を主り、一方に割拠して僭号を称することができます。性情は剛烈暴躁で驕横強悍、勇力を恃んで苦労を堪え任事しますが、惜しいことに終わりを収めるのが下手で、結局は大抵失敗です。
足の相・条解
公篤曰:頭圓象天,足方象地,各適其宜,各有關係。故天之覆也,又宜圓大為吉,古法有無小頭之貴客;地之載也,又宜方厚為吉,古法有足厚為萬物之載,亦事業之關鍵也。故足心為明堂,即醫家之湧泉穴也,宜空陷而開窩,以能容龜為吉,主奇貴,而有大壽厚祿,及流芳事業也。明堂平滿,雖貴而亦凶,雖富而亦貧,皆主子女不肖,而浪耗失敗也。
陳公篤が言うには:頭は円くて天に象り、足は方くて地に象り、それぞれ合宜の所があり、それぞれの応験があります。天は上に覆うものなので頭は円大を吉とし、古い相法に「小頭の貴客なし」という言葉があります。地は下に載せるものなので足は方厚を吉とし、古い相法に「足厚きは万物を承載す」とあり、足はまた事業成敗の関鍵でもあります。足の裏の心を「明堂」と呼び、医家の言う「湧泉穴」に当たります。この所はやや空陷して窪みを成し、一疋の亀を容れられるのを最上の吉とし、奇貴の命を主り、大寿・厚禄と後世に名を留められる事業を兼ねます。逆に、足心の明堂が平満で窪みのない者は、たとえ顕貴でも終に凶険があり、たとえ富有でも終に貧乏に帰し、いずれも子女が肖らず、家業を浪費耗散して失敗することを主ります。
側有紋曰龜紋,主大壽而有祿;內側有井紋,主靈巧而多智。足跟為根基紋,主受祖業,無此紋者,雖有前業,而不守也。足跟為踵,以平過前掌為吉,如不履地,主破產無依,如貴人不履地,主凶死。內螺以大而有楞,主聰明多智,如無楞,主愚拙厚;外螺骨方楞,主遠發他鄉,如無楞,主屈膝井裡。
足心の傍に亀形の纹路が生えているのを「亀紋」と呼び、長寿で福禄があることを主ります。内側に井字形の紋が生えている者は、その人が霊巧で智謀が多いことを主ります。踵の所の紋を「根基紋」と呼び、祖上の産業を承受できることを主ります。この紋のない人は、たとえ先人が家業を留めても守り切れません。踵はまた「踵」とも呼ばれ、地を踏むとき前の足裏と同じく平らに実着地するのを吉とします。もし踵が悬空して地に着かなければ、破産して依るべがないことを主り、もし貴人で踵が地に着かなければ凶死を主ります。足の内側の踝骨(内螺)は大きくて棱角があるのが良く、聡明多智を主ります。棱角がなければ愚笨遅鈍を主ります。足の外側の踝骨(外螺)が方正で棱のある者は、他郷に遠く行って発達することを主ります。棱角がなければ一生郷里に屈居して頭角を現せません。
前掌有峰,名曰福峰,高者,品學優良。大指為土,能生萬廿小根口福澤綿遠,祿室高者,衣祿豐物,放大過下四指也。二指為春木,三指為夏火,四指為秋金,小指為冬水,亦五行之餘也。大抵宜方正,宜細滑,宜多紋;足指宜長宜圓,足心宜空、宜大,足踵宜重、宜平。茲將各類例後。
前の足裏に隆起した部位を「福峰」と呼び、高く生えた者は人品と学問がともに優良です。大拇趾は土に属し、土は万物を生養するので福沢が綿長です(この句は底本の文字に残損と訛誤があり、「能生万廿小根口」の数字は通じません)。趾の根の「禄室」が高く生えた者は衣禄が丰厚です。ゆえに大趾はその余の四趾より皆大きいのがよいのです。第二趾は春木に属し、第三趾は夏火に属し、第四趾は秋金に属し、小趾は冬水に属します。これも五行分配の余緒です。概して言えば、足は方正を宜とし、皮肉が細滑を宜とし、纹路が多いを宜とし、足趾は長く円いを宜とし、足心は空・大を宜とし、踵は厚重・平実を宜とします。以下に各種の足相を条分けて列挙します。
一.方正:方正者,兩足前方後正之謂也。主有恆志而前程遠大,有作為也。亂世亦貴而勞,晚年多福壽,常人亦主富而足衣祿也。二.長厚:長厚者,足長而厚也。主先天元氣充足,而有壽徵,致富源,務功名,皆有進展也。
第一類「方正」:方正とは、両足が前掌は方く後跟は正しいものです。この種の人は志向に恒心があり、前程は遠大で、一生に作為があります。たとえ乱世に身を処しても顕貴になれますが、ただ労碌が多く、晩年は福寿双全です。普通の人がこの足相を持っても、家道の富足と衣禄の充裕を主ります。第二類「長厚」:長厚とは、足が長くかつ厚く実っているものです。この相は先天の元気が充足し、長寿の徴兆があることを主り、財源を聚斂するにも功名を求めるにも、一歩一歩進展があります。
三.直紋:直紋者,足掌多直紋也。主天姿聰敏,穎梧迅速,志大而堅決,智深而遠,亦主貴名也。四.橫紋:橫紋者,足掌多橫紋也。主多成多敗,風塵奔馳,勞碌往返,弄巧反拙,聰明自悞也。五.無紋:無紋者,足掌完全無紋也。主厚庸愚,志小量窄,夭亡者居多,有壽者,患神經病也。一主子女多而星散,有嗜好而敗家也。六.圓指:圓指者,是指圓如珠也。主衣祿充足,享受祖業,及有文名,為一州一邑之冠,而進田宅也。
第三類「直紋」:直紋とは、足裏に竪向きの纹路が多いものです。この相は天資が聡敏で領悟が迅捷、志向は遠大で決断は堅定、見識は深遠であることを主り、また顕貴の名声を得られることも主ります。第四類「横紋」:横紋とは、足裏に横向きの纹路が多いものです。この相は一生に成も敗も多く、風塵に仆仆として奔走し、往復労碌して止まず、常に自ら聡明を任せてかえって事を壊し、自分の小聡明に誤られることを主ります。第五類「無紋」:無紋とは、足裏に一条の纹路もないものです。この相はその人が蠢厚庸愚で、志向が小さく気量が窄く、早夭が多いことを主ります。たとえ寿を得ても、多くは神経方面の疾病を患います。一方でまた子女は多いが四散して漂零し、本人に不良の嗜好があって家産を敗尽することを主ります。第六類「円指」:円指とは、足趾が珠のように円潤なものです。この相は衣禄の充足を主り、祖上の産業を承享でき、さらに文名があって一州一県の冠となり、家中の田宅が日に増します。
七.長指:長指者,是指長而節長也。主明敏勤能,而智化早開,有遠遊數千里,而立外業。又主特長之技藝,貴力之輔助,以繩其終身享受也。八.短指:短指者,是指短而節短也。其人志向不大,智識平常,見小而耐勞,穩見而持久,氣味稍濁,表面稍俗,然亦有小貴及素封也。九.尖指:尖指者,是指尖銳起峰也。主前業消耗,破梓離鄉,流落無依,刑妻克子,而孤苦也。如出於火局,主勞碌走險,而成上貴之事業也。
第七類「長指」:長指とは、足趾が長く趾節も長いものです。この相はその人が聡明敏捷・勤勉能幹で、心智の開竅がとても早いことを主ります。一生に数千里を遠遊し、外郷で基業を創立します。また一門の特出した技芸を身に懐き、貴人の助力を加え、この二つによって終身の享受を保ちます。第八類「短指」:短指とは、足趾が短く趾節も短いものです。この種の人は志向が大きくなく、見識は平常で、眼光は眼前の小さな所に局限されますが、苦労に耐えて労を忍ぶことができます。主意は穏当で、事をなすに持久します。気質はやや渾濁の嫌いがあり、外表もやや俗っぽさを呈します。ただしこのような人の中にも、小さな貴を得る者や、官を為さずして家道の殷実な富戸となる者もいます。第九類「尖指」:尖指とは、足趾が尖削して頂端に峰を起こすものです。この相は先人の遺した産業を耗し尽くし、故土を離れざるを得ず、他郷に流落して依怙なく、妻を刑し子を克し、一生孤苦であることを主ります。ただしこの人の形局が「火形」に属するなら話は別で、一生労碌して屡々険境に涉るものの、上等の貴格の事業を成し遂げられます。
十.足踵:足踵者,俗呼足後跟也。足踵宜大,行路宜踏實地,方有收場,而足衣祿也。如無足踵,及不履地,雖富貴亦主凶死,次則破敗困苦也。十一.無肚:無肚者,無足肚也。主刑人丁而孤獨,疾厄苦惱而夭亡,及客死他鄉,倒斃路傍也。十二.足心痣:足心痣者,明堂中心有痣也。主貴而有權勢,乃奇相之一。古謂李光祖安祿山,有此痣也。
第十類「足踵」:足踵とは俗に言う踵のことです。踵は大きいのが宜しく、歩くとき地を踏みしめて実を置き、こうして一生に良い結末があり、衣禄も充足します。もし踵がないか、歩くとき踵が地に着かなければ、たとえ富貴でも凶死を主り、次等も破敗困苦です。第十一類「無肚」:無肚とは、小腿に腿の肚(ふくらはぎ)がないものです。この相は家中の人口を刑克し、本人は孤独で、疾病苦悩が身に纏って早夭し、甚だしくは他郷に客死し、道ばたに倒れ斃れることを主ります。第十二類「足心痣」:足心痣とは、足心の明堂の正中に痣が生えているものです。この相はその人が顕貴で権勢を握ることを主り、奇相の一つに属します。古人は唐代の李光弼(底本は「李光祖」)と安禄山の足心にいずれもこの痣があったと言い、両人は一人は名将、一人は悍将で、いずれも兵権を掌った人物です。
十三.井字紋:井字紋者,在明堂前後,或側放大指之下也。主聰敏,過目不忘,多技能,又多嗜好也。十四.交叉紋:交叉紋者,在足心左右,形如叉字也。主任勞有恆,遠見多智,有貴名而宏恢居多也。十五.容龜:容龜者,明堂開窩而能容一龜也。主深遠慮,器量宏大,有大志而重權柄,及盛名偉業也。
第十三類「井字紋」:井字紋とは、足心明堂の前後の方、あるいは大拇趾の根の下に偏って、井字形の纹路が生えているものです。この相はその人が聡明敏捷で、見たものは目を過ぎれば忘れず、身に多種の技能を懐き、同時に嗜好も繁多であることを主ります。第十四類「交叉紋」:交叉紋とは、足心の左右両側に「叉」の字の形の纹路が生えているものです。この相はその人が苦労を堪えて恒心があり、見識が長遠で智謀が多く、大抵は顕貴の名を得て門戸を光大できることを主ります。第十五類「容亀」:容亀とは、足心明堂が凹んで窪みを成し、深さは一疋の亀を置けるほどのものです。この相はその人の思慮が深遠で、器量が宏大、志向が遠大で権柄を重んじ、盛名と偉業を成就できることを主ります。
舌の相・捷法
公篤曰:舌為心之苗,能發五音,而分宮商角微羽,是為交際之官,而占應對與衣祿之關係,不可不查也。大抵以薄大者,善辯而多才,能應對知機,通今博古,主籌晝策,而決勝也;以敦厚者,信而愚樸,作事穩見,而不妄也。
陳公篤が言うには:舌は心の苗芽で、五種の声を発することができ、「宮・商・角・徴・羽」の五音に分かれて属します(底本の「微」は「徴」の訛)。これは交際を主管する器官で、一人の応対辞令と衣禄の厚薄に関係するため、細かく察しないわけにはいきません。大体言えば、舌が薄くて宽大な人は、能弁善弁で多才、応対の間に機竅を見出し、古今に博通し、籌劃謀略に善んで人の前で決勝します。舌質が厚く実って敦重な人は、誠実で信を守るがやや愚朴に見え、事を弁ずるに穏当で、胡来妄為はしません。
又以尖長者,機巧而多智,作事陰險勇為,而有毒也;橢圓者,忠厚而直快,作事持義守禮,而有信也。凡紅而鮮明者,清閒而有恆,衣祿有餘也;青而枯滑,勞碌而疎懈,常多宿疾也;黑暗不潤者,貪妄而惡疾,淫亂自戕也;雜花不一,悋慳而見小,駁雜受制也。故黃者多俗,而鄙其行為;紫者多夭,而無壽徵。多紋者貴而英明,善交際,及外交政客之例。以薄細而舐準者,主貴而有權,然多勞碌奔馳,善籌劃也;以粗厚而舐準者,則平常而無用也。
次に形状を見ます。舌が尖って長い人は、機巧で智が多く、事をなすに陰狠で敢えて手を下し、心思に毒を帯びます。舌形が楕円の人は、忠厚で直爽痛快、事を弁ずるに義気を講じ礼数を守り、言ったことは必ず守ります。次に顔色を見ます。舌色が紅く鮮明な者は、一生清閑で恒心があり、衣禄に余りがあります。舌色が青く枯渋して滑を帯びる者は、労碌の中にまた疏懶懈怠があり、年がら年中持病があります。舌色が晦黒で潤わない者は、貪心妄想で、悪疾を生じやすく、多くは淫乱によって自ら身体を傷つけます。舌上に雑色の斑駁が不一な者は、吝嗇で眼光が短浅、一生駁雑で阻害が多く、至るところ人に牽制されます。ですから舌色が黄い人は大抵俗っぽく、行為が人に軽鄙されます。舌色が紫の人は大抵短命で、長寿の徴兆がありません。舌上の纹路が多い人は顕貴で英明、交際に長け、これはまさに外交人員と政客の類の舌相です。舌が薄く細くて、伸ばせば鼻の准頭に届く者は、顕貴で実権があることを主りますが、ただ一生労碌奔波し、運籌謀劃に長けます。もし舌が粗く厚くて鼻の准に届くなら、それはただ尋常の人で、何の作用も起こせません。
項の相・条解
公篤曰:項為流通之地,上下之關鍵也,故以長大為合格。女人鳳頸,必配君王,鳳頸者,言其項長也。又相法經云:肥人不忌項短,而忌項小也;瘦入不忌項長,而忌項短也。刻下無論男女,皆宜項長而合格,豐足衣祿,而刑剋亦少。至於女格,尤不可項短。蓋長者主貴而多子女,性和順而無疾苦;短者主賤而少子女,性浮燥而多病疾,此其不流通故也。茲將各類形式分別錄後。
陳公篤が言うには:頸は気血が往来流通する通路で、頭部と身軀の上下を連結する関鍵なので、長く粗大なのを合格とします。相書に女子が「鳳頸」を生やせば必ず君王に嫁ぐとあり、鳳頸とは頸が長いことを言うのです。相法の経典にまた言います:肥えた人は頸の短いを恐れず、ただ頸の細小を恐れ、痩せた人は頸の長いを恐れず、ただ頸の短いを恐れる(底本の「瘦入」の「入」は「人」の訛)。これは肥えた人は肉が厚く、頸が細ければ気路が窄いからで、痩せた人は骨が露れ、頸が短ければ上下が通じないからです。当今に就いて言えば、男女を問わず、いずれも頸の長いのを合格とします。頸の長い人は衣禄が豊足で、刑克も少ないです。女子に至っては、とりわけ短頸を忌みます。頸の長い人は顕貴で子女が多く、性情は和順で、病も痛みも少ないからです。頸の短い人は卑賤で子女が少なく、性情は浮躁で疾病が身に纏います。根っこは気血が上下に流通しないことにあります。以下に各種の頸相を条分けて列挙します。
一.植長:植長者,項勻而長也。其人流通而達外務,又能遠萬里,遨遊天下,有遇合而發達也。女格尤以此為吉,助夫立業而旺子,量大而慈良也。二.短項:短項者,頭與肩連,短而不見項也。其人性情妒焊量小,可隨時軟化,而含毒質也。男主勞碌困苦,而無收場;女主破敗刑夫,而為賤品也。
第一類「植長」:植長とは、頸項が均整で修長なものです。この種の人は気機が流通し、対外の事務を処理するのに長け、また万里を遠行して天下を遊遨でき、際遇と交結によって発達します。女子にこの頸相があればとりわけ吉利で、夫の立業を助け子女を旺し、気量が宏大で心地が慈良です。第二類「短項」:短項とは、頭がほとんど直接肩に連なり、短くて頸が見えないものです。この種の人は性情が善嫉で暴悍、気量が狭小で、表面はいつでも軟化できますが、内裏には毒性を含んでいます。男子にこの相があれば一生労碌困苦して良い結末がなく、女子にこの相があれば家道の破敗と夫の刑克を主り、下品に落ちます。
三.縮項:縮項者,頭連大椎,頰連腕鎖骨也。另格貴不過典獄,主陰險心毒,卑鄙而貪也。女格主刑三夫,又刑子女,愚拙妄貪,破敗無依,均下賤居多也。四.三滌:三滌者,項上有橫紋三轉也,一名壽絛。主有晚福,而能安享,性慈和而知足也。亦主子女發達而賢良,無憂慮而少累也。
第三類「縮項」:縮項とは、頭が直接大椎骨に連なったようで、両頬がほとんど鎖骨に搭るものです。これは別類の格局に属し、たとえ貴を得ても牢獄を管轄する小官に止まります。この人は陰険で心腸が狠毒、卑鄙で貪婪です。女子にこの相があれば三任の夫を克し、また子女を刑克し、愚笨拙劣で貪心妄想し、家業は破敗して依るべなく、大抵は下賤の流れに淪落します。第四類「三滌」:三滌とは、頸に三道の横紋が環めぐっているもので、「寿絛」とも呼びます。この相は晩年に福があり、清福を安享でき、性情は慈和で知足することを主ります。また子女が発達して賢良で、一生憂慮が少なく拖累も少ないです。
五.餘皮:餘皮者,項之皮鬆而有多也。主先天充足,而享大壽。細膩而潤者,主平安而多壽也;粗燥而滯者,主勞碌而多壽也。六.項大:項大者,圓大而有力也。主器量宏大,志向遠大,智識作為亦大,此為流通,而無障礙也。如凹凸露筋蚓,主刑剋人丁,而多勞也。
第五類「余皮」:余皮とは、頸の皮膚が鬆弛して余裕があるものです。この相は先天の元気が充足し、大寿を享けられることを主ります。もし皮質が細膩潤沢なら、一生平安でかつ長寿を主ります。もし皮質が粗糙乾渋なら、一生労碌ですが、同じく長寿です。第六類「項大」:項大とは、頸項が円く粗くて力があるものです。この相はその人の器量が宏大、志向が遠大、見識と作為も大きいことを主り、これはまさに気血が流通し諸事に阻害ない相です。ただし頸上に凹凸があり、青筋が蚯蚓のように暴露していれば、転じて家中の人口を刑克し、しかも一生労碌が多いことを主ります。
七.項小:項小者,不圓而不足也。主器量狹小,志向低小,思想見解作為均小,此為不流通,而多障礙也。如凹凸露筋蚓,主多疾厄,而刑剋也。八.結喉:結喉者,喉管突出而不收藏也。主勞碌多壽,父母無力,弟兄失助。古法謂客死他鄉,今則不驗。結喉收藏者,主安閒而少刑剋也。
第七類「項小」:項小とは、頸項が円くもなく粗さも足らず、単薄に見えるものです。この相は器量が狭小、志向が低微で、思想見解と作為がどれも小さいことを主り、これは気血が流通せず事事に阻害が多い相です。さらに頸部に凹凸があって青筋が蚯蚓のように暴露していれば、疾病災厄が多く、しかも親人を刑克することを主ります。第八類「結喉」:結喉とは、喉仏が外に突出して収まらないものです。この相は一生労碌だが寿数が長いことを主り、父母は力にならず、兄弟も頼りになりません。古い相法はこの種の人が他郷に客死すると言いますが、今日の検証によればもう霊験しません。もし喉仏が収蔵して露れなければ、一生安閑で刑克が少ないことを主ります。
臍の相・捷法
公篤曰:臍者太極之別名,先天之氣管,如瓜之有蒂也。形成於腹,而似太極圖之形式。下名丹田,男子之氣海,女子之血海,內通腎絡,而交督脈。凡嬰兒受胎,先有此根蒂,然後化形質,即天一生水之義也。故下名太極盒,而為純陽之處。兩側為仰月痕,即月之左上弦右下弦也。上為覆月盎,而為純陰之處。中有凹肉兩突,即陰陽交姤之點,故名兩儀胎也。兩側有紋痕小點,名群星垣,即化生萬物之義。其形雖小,儼然一渾天儀也。
陳公篤が言うには:臍は「太極」の別名で、先天の元気が出入する管口で、瓜果の上のあの蒂のようです。腹部に生え、形状は一幅の太極図のようです。臍の下を「丹田」と呼び、男子では「気海」、女子では「血海」で、内へは腎臓の経絡に通じ、また督脉と相交わります。嬰児が母腹で受胎するとき、まずこの根蒂を結び、それから形体血肉を化生します。これはまさに《周易》の「天一生水」の道理です。ですから臍の下はまた「太極盒」と呼ばれ、純陽の所在する所に属します。臍の両側の弧状の痕を「仰月痕」と呼び、月の左上弦と右下弦のようです。臍の上に隆起した部分を「覆月盎」と呼び、純陰の所在する所に属します。臍中の凹陷処に二つの微かに凸した軟肉があり、これはまさに陰陽交合の点なので「両儀胎」と呼びます。臍の両側に散布する細紋と小点を「群星垣」と呼び、天地が万物を化生する意を取ります。臍は形体は小さいですが、俨然として一具の縮小した渾天儀で、天地・陰陽・星辰の象が皆その中にあります。
是以臍喧深大而有勢,主仁慈而大量,能容物也。宜高起而上仰,主清高而智敏,享盛名也。不宜平滿及凸突,主貧賤而勞舌,刑剋而夭亡也。古法謂能納李者,主貴名流芳,具上智而能發展也,亦多子女,而紹箕裘也。兩角上仰,主敏慧好學,貴名有為,亦旺子女,及身後之事業也。四維有蛛蛛紋,主一奇貴,盛世多文貴廰道之職,亂世多武貴師旅之權,女格則子女多而貴顯也。又有五行紋,周維五根紋痕是也,亦主武貴,今世可至師旅,及邊將之鎮守,臨險而發達,因禍而為福也。
ですから臍が寛く深く闊大で気勢がある者は、その人が仁慈で気量が宏大、人と事を容れられることを主ります。臍口はやや高く起って上に仰ぐのが宜しく、こうすればその人は清高で心思が敏捷、盛名を享けられます。最も忌むのは臍部が平満か外に凸出することで、それは貧賤で口舌労碌し、親人を刑克して短寿を主ります。古い相法に、臍の窪みが深くて李一顆を入れられる者は、名流の顕れて後世に芳しく、上等の智慧を禀けて事業に発展があり、子女も多く家業を継承できるとあります。臍の両角が上に仰ぐ者は、その人が聡慧で学を好み、貴名と作為があり、同じく子女を旺し、身後にも事業を留めます。臍の四周に蜘蛛の巣状の纹路が生えている者は、一種の奇特な貴格を主ります。太平の世では多く文職の顕貴を得て、庁・道一級の官を為し、乱世では多く武職の顕貴を得て、一師一旅の兵権を掌握します。女子にこの相があれば子女が多く顕達します。別に「五行紋」というのがあり、臍の四周に五道の紋痕が環生するもので、同じく武貴を主り、当今では師旅の長官か、辺関を鎮守する将領までできます。この種の人は往々にして険に臨む際に発達し、禍によってかえって福を得ます。
凡平滿小者,主子女不力,或忤逆,刑剋最重,衣食不充也。兩角下反者,主愚魯而任性,破敗而刑剋,好酒戀色,有偏嗜也。最低下者,主淫賤而笨拙。加以多粗毛,主淫亂而急燥,男女皆然。偏左者,先妨父宮,女倍於子;偏右者,先妨母官,子倍於女,男女亦同也。
およそ臍が平満で窄小な者は、子女が力にならず、甚だしくは忤逆不孝で、刑克が最も厳重で、衣食も充裕しません。臍の両角が下に翻る者は、その人が愚魯で任性、家業は破敗し親人を刑克し、酒を好み色を貪り、偏執の嗜好があります。臍位が最も低く生えた者は、淫賤で笨拙を主ります。さらに臍の周りに粗毛が叢生すれば、淫乱で性情が急躁であることを主り、男女同じです。臍眼が左に偏る者は、まず父の一宮を妨害し、しかも女を克することが子を克するより多いです。臍眼が右に偏る者は、まず母の一宮を妨害し、子を克することが女を克するより多いです。男女とも同じです。
肩の相・捷法
公篤曰:肩者,輔佐之一小部,於關係頗輕,分數又少,然亦有一線關係,茲特錄之。凡男女之肩部,均宜平厚有勢為吉,主厚祿而多福。男子肩尖聳,主惡疾而孤苦,勞碌而驚惶,一生無平安之福也。惟火形不忌肩聳,反貴至將相而成功,然亦勞碌走險,唐代之馬周、宋代之寇準是也。女子肩聳,主刑夫而心毒,量狹而氣燥,亦有生離再嫁,或主惡病夭亡。男子肩下削,主百事不成,寒苦度日;女於肩下削,主刑夫克子,淫亂凶死,惟貧賤之人,能善終也。故有美女無肩,尤將軍無項之說也。
陳公篤が言うには:肩は相法では補助の小部位に過ぎず、関係は軽く、占める分数も少ないですが、しいて一線の牽連があるため、特にこれを記しておきます。およそ男女の肩部は、いずれも平正厚実で気勢があるのを吉とし、福禄の丰厚を主ります。男子の両肩が尖削して高く聳える者は、悪疾を生じやすく孤苦依怙なく、一生労碌して心神が驚惶し、平安の福を享けられません。ただ「火形」の人だけは肩が聳えるのを忌まず、かえって将相に至るほど貴くなって功業を成就できますが、ただ同じく労碌して危険と困難を冒します。唐代の馬周、宋代の寇準がこの例で、両人とも寒微の出身で、奇遇と胆識によって宰輔に躋りました。女子の両肩が高く聳えるのは、夫を刑克して心腸が狠毒、気量が狭窄で性情が焦躁を主り、夫と生別して改嫁する者もあり、あるいは悪疾を生じて早亡することを主ります。男子の両肩が下に溜め削れる者は、百事成すことなく、一生寒苦に日を過ごします。女子の両肩が下に削れる者は、夫を刑し子を克し、淫乱で善終せず、ただ本人が貧賤な者だけがかえって平安に老いられます。ですから相書に「美女無肩、尤将軍無項」という説があり、美人は肩が溜め削れて柔順でなくてはならず、猛将は頸が短く太くて項が見えないという意味です。
乳の相・捷法
公篤曰:乳有七竅,為先天之祖氣,子女之命宮,精血會聚之所。故人初生,奈以此養成,呼吸之氣管,肝腎二絡占多數。醫家治乳痊,分內吹外吹,亦以平肝和腎為主方,於女格關係尤重要焉。大體以乳頭黑實者為吉,主有子女,而壽徵也。乳頭側有痣,主子女聰敏,及貴能而有為也。乳頭仰上者,主多子女,及有恆而立業也。乳頭堅硬者,主有壽根,及有祿而多子也。乳頭朝下者,主子女弱,及多憂而疾病也。乳頭平軟者,主多疾厄,及刑傷而急燥也。乳頭紅嫩者,多為傭僕,及刑剋而不壽也。
陳公篤が言うには:乳房の内には七つの孔竅があり、先天の祖気の寄る所で、子女を主管する宫位であり、また精血の汇聚する所です。人は生まれたばかりのとき、全て乳汁によって養われます。乳部はまた呼吸の気管に連なり、経絡の上では肝・腎の二経が占める分量が最も多いです。医家が乳癰を治療するに、「内吹」(妊娠期に発病)と「外吹」(哺乳期に発病)の二種に分け、用薬も皆平肝・和腎を主方とします。乳相が女子にとって関係がとりわけ重要であることが見えます。大体言えば、乳頭の色が黒く結実なのを吉とし、子女の興旺を主り、長寿の徴兆でもあります。乳頭の傍に痣が生えた者は、子女が聡明敏捷で、顕貴であるとともに才能作為があることを主ります。乳頭が上に向かい仰ぐ者は、子女が衆多で、本人は事をなすに恒心があって立業できることを主ります。乳頭が堅硬な者は、寿元の根基があり、福禄があるとともに子嗣も多いことを主ります。乳頭が下に垂れる者は、子女の体が弱く、本人は憂愁が多く疾病が身に纏うことを主ります。乳頭が平塌で綿軟な者は、病災が多く、刑傷を兼ね、性情は急躁を主ります。乳頭の顔色が紅く嫩い者は、大抵は佣人僕役の命で、しかも親人を刑克して長寿しません。
乳毫以一二三根為吉,主性平和而子女勤能;毫多而粗者,主性剛燥而子女愚拙。又有四乳者,男主貴而智勇,多好酒貪淫也;女主壽而子貴,多刑夫星也。又有三乳者,主有刑剋而貴祿也。男王偏嗜好淫,亦有專長一能以成名;女主靈巧性燥,亦有刑夫教子以宏恢,此奇相之一也。
乳暈の上の細毫は、一本・二本・三本を吉とし、性情が平和で子女が勤勉能幹であることを主ります。細毫が多くかつ粗い者は、性情が剛烈焦躁で子女が愚拙であることを主ります。また乳頭が四つ生えた者があります。男子は顕貴で智謀と勇力を兼ねますが、酒を好み色を貪ることが多いです。女子は長寿で子女が顕貴を主りますが、ただ命に刑夫の星を帯びます。また乳頭が三つ生えた者もあり、刑克はあるものの貴禄を得られることを主ります。男子(底本の「男王」の「王」は「主」の訛)は偏執で好色ですが、往々にして一技の長を身に懐いて成名します。女子は霊巧で性が急躁、また常に夫を刑克した後に独力で子を教え、門戸を光大します。これらは皆奇相の一つに属します。
腋毛・捷法
公篤曰:腋毛在肩井之下,夾窩之間,內為肺絡之正繫,亦有重要關係。余考男子無腋毛,主凶死者十居其七,憂愁剛燥而死者十居其三。有腋毛而粗濃者,主急燥而恃勇,多勞而反覆;有腋毛而柔細者,主聰敏而謹慎,清閒而平安。
陳公篤が言うには:腋毛は「肩井穴」の下、腋の窩の間に生え、内へは正しく肺経の主脈に連なっているので、重要な相理の関係があります。私が年来考查して見たところ、腋毛のない男子は十人中七人が非命に死し、残りの三人も憂愁欝結・性情剛烈暴躁によって死にます。腋毛があって粗く濃い者は、性情が急躁で勇力を自恃し、一生に労碌が多く事が反復します。腋毛があって柔軟細軟な者は、その人が聡明敏捷で事を処するに謹慎、一生清閑平安です。
女子無腋毛,富貴者,主淫亂而私奔,以致喪節敗名,服毒自剔;貧賤者主流落而無依,以致痼疾困苦,終身遺恨。女子有腋毛而粗濃者,主性偏僻而急燥,刑夫再嫁,次亦孤宿守寡。女子有腋毛而狐臭,主淫亂下賤,三嫁末休,次亦刑剋勞苦,惡病不已。女子有腋毛而柔細者,主和順而賢淑,旺夫而多祿。女子有腋毛而汗香者,主大貴而子女亦貴,性明敏而賢良,古人選妃之定法也。
腋毛のない女子は、富貴の出身なら行為が淫乱で人と駆け落ちし、失節敗名に至り、最後には毒を服して自尽することを主ります。貧賤の出身なら一生流落して依怙なく、痼疾が身に纏い、窮困潦倒して、恨みを抱いたまま終身を送ります。腋毛があって粗く濃い女子は、性情が偏執乖僻で急躁、夫を刑克して改嫁し、次等も孤身で寡を守ります。腋毛があって狐臭を帯びる女子は、淫乱下賤を主り、三度嫁いでもなお安定せず、次等も親人を刑克して一生労苦、悪疾が絶えません。腋毛があって柔軟細密な女子は、性情が和順で賢淑、夫を旺して福禄が丰厚を主ります。腋毛があって汗気が香を帯びる女子は、本人が大貴で子女も貴く、性情が聡敏で賢良を主ります。これはまさに古人が妃嬪を選び立てた一条の定法です。
玉茎・条解
公篤曰:玉莖者,靈龜也,五行屬水,五臟屬腎,子女之根源,人類之關鍵,亦有考查之必要。一呼下陰,一呼陽物,實外陽而內陰也。離中之精,化而為汞,是為太極之 ,故俗名極 也。茲將各類分別錄後。一.紅實:紅實者,稟受之氣清也。其先天之靈根不同,父母之環境安好,主妻妾賢淑而和順,又能操持助夫,以立業也;子女得力,以發達也。二.自瑩:白瑩者,氣清而根厚也。有離奇之思想,智敏之有恆,子女多而成立,為成而宏恢也。
陳公篤が言うには:「玉茎」はまた「霊亀」とも呼ばれ、五行では水に属し、五臓では腎に属し、子女の根源、人類繁衍の関鍵なので、考查の必要があります。俗称に「下陰」と呼ぶ者、「陽物」と呼ぶ者がありますが、実際には外形は陽に属し内裏は陰に属します。丹道の説によれば、離卦の中爻の一点の真精が化して汞となり、これが太極の某某(底本はここに一字欠け、原書も空白)なので、俗名をも「極某」と呼びます(同じく欠字)。以下に各種の形状を条分けて列挙します。第一類「紅実」:紅実とは、禀受した先天の気が清純なものです。この種の人は先天の霊根が常人と異なり、父母の家境も安穏良好です。妻妾が賢淑和順で、家務を操持して夫の事業成就を補助でき、子女も力を得て、子女によって発達できることを主ります。第二類「白瑩」(条目の標題は底本で「自瑩」、「自」は「白」の訛):白瑩とは、気が清く根基が厚実なものです。この種の人は常に奇特新頴の想法があり、心思が敏捷で恒心があり、子女が多く皆成家立業でき、彼らによって門戸を光大します。
三.活龜:活龜者,能屈能伸,而有收藏性也。其人聰敏靈巧,具有遠大眼光,剛正不屈,貴名有成,技藝廣譽,又多子女,而有厚祿,次亦是衣食而完善也。四.死龜:死龜者,大而不收藏,如已死龜頭也。此為下賤之人,勞苦之相,應船伕水手、肩挑背磨也。
第三類「活亀」:活亀とは、屈することも伸びることもでき、平常は収蔵できるものです。この種の人は聡明霊巧、眼光が遠大で、人となりは剛正不屈、顕貴の名声を成就でき、技芸も広く称誉されます。子女も多く福禄は丰厚、次等も衣食が完備して生活が周全です。第四類「死亀」:死亀とは、形体は大きいが収蔵できず、死んだ亀の頭のように癱軟して外に露れているものです。これは下賤の人、労苦の相で、船夫水夫・肩挑背扛の苦力に応じます。
五.囊紋:囊紋者,腎囊多皺紋,如核桃米也。其紋多者,主享大壽;其痕皺露者,主聰慧而特智;其紋痕少者,主才智短而壽弱;無紋痕者,不夭亡則孤苦也。六.熱精:熱精者,其精熱而濃也。此為應有關係,主有子女也,愈熱而子女愈多,無疾而易養也。
第五類「囊紋」:囊紋とは、陰囊の上に皺紋が密布し、核桃仁の表面のようなものです。皺紋が多い者は高寿を享けることを主り、皺痕が深く顕露な者は聡慧で智力が人を超えることを主り、皺紋が少ない者は才智が短浅で寿元も弱いことを主り、皺紋が一条もない者は早夭でなければ一生孤苦を主ります。第六類「熱精」:熱精とは、精液が温熱で濃稠なものです。これは当然あるべき正常な状態で、子女を持てることを主り、しかも精が温熱なほど子女が多く、子供は病気が少なく養いやすいです。
七.冷精:冷精者,其精冷而烯也。此為反常關係,主無子女也,是名孤刑,及不壽也。如稍冷者,亦有子,多疾厄,而不易養成也。八.獨腎:獨腎者,一個腎子也。主宏恢而富業,多進田宅;又主弟兄和睦,內顧無憂,妻妾才能,內助有力,子女少而壽微弱也。
第七類「冷精」:冷精とは、精液が寒涼で稀薄なものです(底本の「烯」は「稀」とすべき)。これは反常の状態で、子女がないことを主り、命に「孤刑」と呼ばれ、本人の寿数も長くありません。もしわずかに涼しい程度なら、やはり子供を持てますが、ただ子供に病災が多く、養い育てにくいです。第八類「独腎」:独腎とは、睾丸が一つしかないものです。この相は産業を光大して富を致せることを主り、田宅が絶えず増添します。また兄弟が和睦し、家に後に後顧の憂いがなく、妻妾に才干があり内助が力になることを主ります。ただ子女が稀少で、本人の寿元もやや弱いです。
牝牡戸・条解
公篤曰:牝戶者,即生殖器是也。坎中之精,丹中之鉛,外陰而內陽,關係子女之重要部位也。又關人名譽氣節,是為貴賤之門,亦平生之志也,茲故錄之。一.黃毛:黃毛者,牝戶之毛,黃如金絲也。主大貴而聰敏,剛復而恃才,及淫而有壽,毒而驕傲,漢呂后有之,貴為帝后也。
陳公篤が言うには:「牝戸」とは女子の生殖器です。丹道の説によれば、これは坎卦の中爻の真精で、丹道の言う「鉛」に当たり、外形は陰に属し内裏は陽に属し、子女の繁衍に関係する重要な部位です。また一人の名誉と気節に関わり、貴賤を分判する門戸であって、女子一生の志節をも係えているので、特に記しておきます。第一類「黄毛」:黄毛とは、陰毛の色が黄く金糸のようなものです。この相は大貴で聡敏を主り、性情は剛愎で才を恃み自ら負い、淫欲を兼ねて寿数が長く、心が狠く驕傲です。漢代の呂后がこの相で、尊貴は皇后となり朝に臨んで制を称するに至りました。
二.紅毛:紅毛者,牝戶之毛,紅鮮而如珠砂也。主大貴而淫亂,及不善終。性情窄狹而急燥,明敏而偏見,任性而嫉才,唐楊貴妃有之。三.暗滯:暗滯者,灰睛滯手而不潤也。主貧苦下賤,刑夫克子,本身勞碌,而多遺累,及牽制也。
第二類「紅毛」:紅毛とは、陰毛が鮮紅で朱砂のようなものです。この相は大貴だが淫乱を主り、結末は善終しません。性情は狭窄急躁で、聡明敏捷だが偏見を持ちやすく、任性で才ある人を妒忌します。唐代の楊貴妃がこの相です。第三類「暗滞」:暗滞とは、陰部の膚色が灰暗で、触ると渋く潤わないものです。この相は一生貧苦下賤を主り、夫と子女を刑克し、本人は労碌して休まらず、しかも拖累が多く至るところ牽制されます。
四.拳珠:拳珠者,陰毛曲捲如珠也。主大貴而操國柄,英明過人,志向遠大,剛腹自用,才智絕倫,為女中之傑,大周武后有之,亦主淫而有壽也。五.柔細:柔細者,牝戶之毛,柔細清潤也。主賢淑而和蘊,慈良而才能,助夫旺子,今世亦有貴名,而占政治地位者,多才智勇為,而又貞靜也。
第四類「拳珠」:拳珠とは、陰毛が蜷曲して一粒一粒の珠状になるものです。この相は大貴で国柄を執掌できることを主り、英明が人に過ぎ、志向は遠大、性情は剛愎自用(底本の「剛腹」は「剛愎」とすべき)、才智は群を超え、女中の豪傑です。武周の武則天がこの相です。この相は同時に淫欲が重く高寿を享けることも主ります。第五類「柔細」:柔細とは、陰毛が柔軟纎細で、清爽潤沢なものです。この相は賢淑で性情が温蘊、慈善良善で才干があり、夫を助け子を旺すことを主ります。今世ではこの種の女子にも顕名を得て政界に入る者があり、大抵は才智が衆を出づ、敢作敢為で、私徳の上ではまた貞静に自守します。
六.粗濃:粗濃者,牝戶之毛,粗而濃多也。主壽而好淫,旺子女而刑夫,有再嫁三嫁者,稟受之氣粗濁故也,亦有貞操而刑夫者,孤房獨宿也。七.不樹:不樹者,牝戶完全無毛也。主淫亂居多數,不壽居少數,又主貧賤居多數,富貴而有缺點居少數。凡無毛者,皆有偏僻窄狹之怪異性情也。
第六類「粗濃」:粗濃とは、陰毛が粗くて密なものです。この相は寿が長く淫を好むことを主り、子女は興旺するが夫を刑克し、二三度改嫁する者もあり、これは禀受した気質が粗濁なためです。また貞操を守ってもなお夫を克する者もあり、それは孤房に独宿するほかありません。第七類「不樹」:不樹とは、陰部に全く毛が生えないものです。この種の人は大多数が淫乱で、少数が短寿、また多数が貧賤で、少数は富貴を得ても常に缺陷を帯びます。およそ無毛の者は、性情の上に偏執・狭隘で古怪な一面があります。
八.挺角:挺角者,牝戶有突肉如鼓角,或挺肉如旋螺也。主勞苦居多,而無生育也。又主父母破群,初年無倚,而寄食於族戚也。九.五色:五色者,陰毛有五色合併也。男主草澤英堆,因時勢逼迫而發達,異路功名也;女主先賤後貴,因人力愛惜而貴祿,庶妾寵幸也。十.豐腴:豐腴者,牝戶豐突肥膩而高也。主坤道之正氣,柔和而有氣節,旺夫又旺子女,而有恆志也。
第八類「挺角」:挺角とは、陰部に突起した肉が鼓角のよう、あるいは挺出した肉が螺旋のようなものです。この相は一生に労苦が多く、しかも生育できないことを主ります。また父母・家族の離散破落を主り、早年に依怙なく、族人・親戚の門下に寄食するほかありません。第九類「五色」:五色とは、陰毛が幾種かの色に混生するものです。男子にこの相があれば、草莽の中の英豪(底本の「英堆」は「英雄」とすべき)を主り、時勢に迫られて発達し、「異路功名」という正途でない道を行きます。女子にこの相があれば、先ず賤しく後に貴く、人の愛惜と提携を得て富貴を得、大抵は妾室の身分で寵を受けます。第十類「豊腴」:豊腴とは、陰部が豊満で高く突き出、肌理が肥潤なものです。この相は坤卦の大地のような正気を得ており、性情は柔和で気節を失わず、夫を旺し子女を旺し、本人も事をなすに恒心と毅力があります。これは女相の中で最も端正な一格です。
穀道・条解
一.方肛:方肛者,四方起楞,大解方式也。男女皆主奇貴,而享盛名,漢淮陰侯有之。或三楞亦名貴而清祿,蓋穀道圓而不方故也。二.亂毛:亂毛者,穀道毛多而粗亂也。有陰陽之交,皆多亂毛,男女生此,均主聰明而好淫也。
第一類「方肛」:方肛とは、肛門の四周に棱が起って方形を成し、排便のときも方形を呈するものです。男女にこの相があればいずれも奇貴を主り、盛大な名声を享けられ、漢代の淮陰侯韓信にこの相がありました。もし三面に棱が起れば、名貴で清雅の禄を享けることを主ります。これを重んずるのは、常人の肛門は皆円くて方形を成さず、方の者は極めて稀だからです。第二類「乱毛」:乱毛とは、肛門の周囲の毛が多くて粗乱なものです。およそ陰陽の交会する所は、大抵毛髪が叢乱しています。男女にこの相が生えていれば、いずれも聡明で色を好むことを主ります。
三.柔細:柔細者,穀道之毛均柔細而若無也。主和平守禮,穩見多祿,大勢之亨吉也。四.無毛:無毛者,穀道完全無毛也。主不守正義而好淫,不由正途而冒險,亂世主異路功名,而不善後,一主刑人丁,而少子女也。
第三類「柔細」:柔細とは、肛門の周囲の毛が皆柔軟纎細で、疎らであたかも無いようなものです。この相は性情が平和で礼法を守り、見識が穏当で福禄が丰厚、全体的な大勢が亨通吉利であることを主ります。第四類「無毛」:無毛とは、肛門の周囲に全く毛が生えないものです。この相はその人が正道を守らず色を好み、事をなすに正途を行かず冒険を喜ぶことを主り、乱世では「異路功名」を得られるが良い結末を収められません。一方でまた家中の人口を刑克し、子女が稀少であることを主ります。
《公篤相法》上篇巻七(続)
寿を量る要訣
公篤曰:古人謂相法秘訣,壽夭最難,不獨人中,惟神是定,其法固精確,其用則難定矣。大凡壽數,皆以厄年為定法,其不在厄年而死者,蓋有正厄、傍厄、應證厄三種也。故達摩麻衣,有三九四九、六七七七之說,皆略而不詳,此篇因壽數而立也。
陳公篤が言うには:古人が相法の秘訣を語る中で、最も難しいのは寿夭を断ずることです。寿を断ずるに「人中」の一処だけを見てはならず、最終的には「神」によって定奪しなければなりません。この法は確かに精確ですが、用いるには極めて把握し難いです。およそ寿数を推算するには、「厄年」をもって定法とします。厄年に死なない人がいるのは、厄年にもともと「正厄」「傍厄」「応証厄」の三種の分かれがあるからです。ですから達磨相法と《麻衣相法》には、三九二十七、四九三十六、六七四十二、七七四十九といった説がありますが、いずれも一句を提げるだけで詳しく解説しません。本篇は専ら寿数を推断するために設けたものです。
余考天道純厚,人之稟受亦厚,智識之開化較遲,性情之行為較。天道機薄,人之稟受亦薄,智識之開化較早,性情之行為較巧,壽數隨之加減。上古耋髦期頤不足奇,今則幾希矣。故現在之格局,聲音散漫不聚,目神浮淡無根,唇掀齒露,氣洩不收,均占多數,此不壽之格,亦氣數使然也。
私が考究したところ:天道が淳厚な時代は、人の禀受する元気も厚く、智識の開化が比較的遅く、性情行為も比較的質朴です(底本はこの句「性情之行為較」の下に一字脱す)。天道が機巧で澆薄な時代は、人の禀受する元気も薄く、智識の開化が早く、性情行為も機巧に変わり、寿数もこれに随って増減します。上古の世では七八十歳、百歳まで生きるのも珍しくありませんでしたが、今は極めて少なくなりました。ですから今日常見の格局は、大抵が声音が散漫して聚斂せず、眼神が浮淡で根柢なく、嘴唇が掀き歯が外露し、元気が外洩して収まらないものです。これらはみな長寿でない格局であり、天地の気数の為すところでもあります。
然死厄有定數,厄年有先後。男子以九年為一厄,中有七年一厄者;女子以八年為一厄,中有六年一厄者。余考易經纂辭,有太極初判,化而為二,乃九七也,八六也。按九數為離之中女,七數為兌之少陰,蓋男子外陽而內陰,其氣化而為奇,而應陰氣也;八數為艮之少男,六數為幹之老陽,蓋女子予外陰而內陽,其氣化而為偶,而應陽氣也。此後天之陰陽反應,即陰上陽下之義也。
ただし死厄にはおのずから定数があり、厄年にも先後の別があります。男子は九年を一つの厄期とし、その間に七年一厄が挟まります。女子は八年を一つの厄期とし、その間に六年一厄が挟まります。私が《周易》の繫辞を考えるに、太極が初めて分かれて化して二となり、得られたのはまさに九と七、八と六という数です。易数によれば、九は離卦に属し中女、七は兌卦に属し少陰です。男子は外形が陽に属し内裏が陰に属するので、その気は奇数に化して出て、陰気に応じます。八は艮卦に属し少男、六は乾卦に属し老陽です。女子は外形が陰に属し内裏が陽に属するので、その気は偶数に化して出て、陽気に応じます。これは後天の陰陽が互いに反応する道理で、すなわち「陰は上に、陽は下に」の意です。
又考河圖洛書,中有震臨艮位,其動爻化而為九,是為長男;巽臨坤位,其動爻化而為七,是為長女,此九七之化氣也。幹臨離位,其動爻化而為八,是為老陽;離臨震位,其動爻化而為六,是為中女,此八六之化氣也。此先天之陰陽並行,奇偶自相交姤之義也。
私はまた《河図》《洛書》の方位を考えました。震卦が艮卦の位置に落ちると、その動爻が化して出るのは九で、九は長男です。巽卦が坤卦の位置に落ちると、その動爻が化して出るのは七で、七は長女です。これが九と七の二つの数の化気の来歴です。乾卦が離卦の位置に落ちると、動爻が化して出るのは八で、八は老陽です。離卦が震卦の位置に落ちると、動爻が化して出るのは六で、六は中女です。これが八と六の二つの数の化気の来歴です。これは先天の陰陽が並行する格局に属し、奇数と偶数がそれぞれ交合感応する道理を説くものです。
故九年七年,為男子定厄;八年六年,為女子定厄。凡行厄年之者,不死亦重疾,或飛災橫禍,或官訟刑剋,或損失株累。然亦有從厄年而發達者,亂世多此格也。蓋其形局煞重而露威,則從正厄年中,臨險而發達,至傍厄年中,必受挫折也;其形局和蘊而深藏,則從正厄年中,駁雜而破敗,傍厄中反有利益也。至於不厚不薄、不露不和,則從應證厄年中有妨害,而正厄年傍厄年均無關係也。
ですから九年・七年は男子の一定の厄期、八年・六年は女子の一定の厄期です。およそ厄年に至った人は、死ななくても大病を患い、あるいは飛来の災禍に遭い、あるいは官司を惹起して親人を刑克し、あるいは財を破り人の牽連を受けます。ただし厄年にかえって発達する人もあり、乱世ではこの種の格局がとりわけ多いです。その理由は、形局の殺気が重く威勢が外露する人は、「正厄」の年に険に臨んでかえって崛起し、「傍厄」の年に至れば必ず挫折を受けます。形局が温和含蓄で気が内に蔵する人は正反対で、正厄の年に駁雑敗落し、傍厄の年に至ってかえって利を得ます。厚くもなく薄くもなく、外露せず温和でもない中間の格局の人は、妨害が「応証厄」の年に応じ、正厄と傍厄の二つの年は彼に関係しません。
此餘歷年經驗,再從醫學數學丹經中參透,而應證也。古人有知之而不詳言者,當在五代以前,而散亂見之;後人有不知而妄言者,當在宋代以後,而挪雜亂之。茲特分別詳註正厄年、傍厄年、應證厄年,為量壽要訣之千古定法,以俟高明採取而用之也。
この推法は私が年来の経験から得たもので、また医学・術数・丹経から参透印証して出したものです。古人の中にこの道理を知りながら細かく語らなかった者がおり、それは五代以前で、その説は散らばって各書に見えます。後人の中に知らずして乱に語る者がおり、それは宋代以後で、この法則を掻き乱して堪えられないほどにしました。今、私は特に「正厄年」「傍厄年」「応証厄年」の三者を分かちて詳しく注解し、寿を量る要訣の千古の定法として、高明の士の採択と使用を留め置きます。
男格厄年法
一.九歲:此男子第一度正厄。形質清瘦而露,七歲為正厄之應證厄;形質濁厚而藏,十一歲為正厄之應證厄。如水形加一歲,則十歲為傍厄,十二歲為傍厄之應證厄;火形加二歲,則十一歲為傍厄,十三歲為傍厄之應證厄;金形加三歲,則十二歲為傍厄,薄金十歲為傍厄之應證厄,厚金十四歲為傍厄之應證厄;木形加四歲,則十三歲為傍厄,十一歲為傍厄之應證厄;土形加五歲,則十四歲為傍厄,十六歲為傍厄之應證厄。此為三種厄年法也。
第一の厄期は九歳で、これは男子の第一の「正厄」です。形質が清瘦で骨相が外露する者は、七歳に提前して応じ、この七歳が正厄の「応証厄」となります。形質が渾厚で気が内に蔵する者は、十一歳に延後して応じ、十一歳が彼の応証厄となります。次に五行の形局で加算します。「水形」に属する者は一歳を加え、十歳が「傍厄」、十二歳が傍厄の応証厄です。「火形」に属する者は二歳を加え、十一歳が傍厄、十三歳が傍厄の応証厄です。「金形」に属する者は三歳を加え、十二歳が傍厄で、その中でも金気の薄い者は十歳に提前して応じ、金気の厚い者は十四歳に延後して応じます。「木形」に属する者は四歳を加え、十三歳が傍厄、十一歳が傍厄の応証厄です。「土形」に属する者は五歳を加え、十四歳が傍厄、十六歳が傍厄の応証厄です。以上が正厄・傍厄・応証厄の三種の厄年の推算の方法です。
又如兼體之格局,相生者,則照正數而加推,即木火局加六歲,士金局加八歲,皆傍厄年也;兼體之格局相剋者,則照正數而減半,即木金局加三歲半,水土局加三歲,皆傍厄年也。其形質清瘦而露,則提前二年為應證厄;形質濁厚而和,則提後二年為應證厄。亦有兩厄合一,是為重厄,則據各形而加也。
次に二つの形体を兼ねる格局を見ます。両形が相生するものは、本形の正数に従って累加します。例えば木火兼形は六歳を加え、土金兼形は八歳を加えます(底本の「士金」の「士」は「土」の訛)。加え出した年はいずれも傍厄年です。両形が相克するものは、正数から半分を減じます。例えば木金兼形は三歳半を加え、水土兼形は三歳を加え、加え出したのもいずれも傍厄年です。なお旧来の規則に従い、形質が清瘦して外露する者は応証厄を二年早め、形質が渾厚温和の者は応証厄を二年遅らせます。正厄と傍厄がちょうど同じ年に重なることもあり、それを「重厄」と呼び、凶険が倍増します。具体的には依然として各人の形局によって推算します。
二.十八歲:為男子第二正厄年。如形質清瘦而露,則十六歲為正厄之應證厄;如形質濁厚而和,則二十歲為正厄之應證厄。如水形加一歲,則十九歲為傍厄,二十一歲為傍厄之應證厄;火形加二歲,則二十歲為傍厄,二十二歲為傍厄之應證厄;金形加三歲,則二十一歲為傍厄,薄金十九歲為傍厄之應證厄,厚金二十三歲為傍厄之應證厄;木形加四歲,則二十二歲為傍厄,二十歲為傍厄之應證厄;土形加五歲,則二十三歲為傍厄,二十五歲為傍厄之應證厄。此正厄傍厄應證厄三法也。
第二の厄期は十八歳で、これは男子の第二の正厄年です。形質が清瘦外露の者は十六歳がこの正厄の応証厄、形質が渾厚温和の者は二十歳が応証厄です。五行で加算すると、水形は一歳を加え十九歳が傍厄、二十一歳が傍厄の応証厄。火形は二歳を加え二十歳が傍厄、二十二歳が傍厄の応証厄。金形は三歳を加え二十一歳が傍厄、その中で金気の薄い者は十九歳に応じ、金気の厚い者は二十三歳に応じます。木形は四歳を加え二十二歳が傍厄、二十歳が傍厄の応証厄。土形は五歳を加え二十三歳が傍厄、二十五歳が傍厄の応証厄です。これが正厄・傍厄・応証厄の三者の推法です。十八は二九の数で、ちょうど男子が成丁し、婚娶し、外に出て生計を立てる時に当たります。この厄は多く疾病・意外と家中の変故に応じるので、その年には当年の流年部位と気色を併せて見なければなりません。
又如兼體相生者,則照正數而加,如水木形加五歲,火土形加七歲,皆傍厄年也;兼體相剋者,則照正數而減半,即木土形加四歲半,火金形加兩歲半,皆傍厄年也。其形質清瘦而露,則提前二年為應證厄;形質濁厚而和,則提後二年為應證厄。亦有兩厄合一,是為重厄,則據各形而加推也。
兼形の算法は前と同じです。両形が相生するものは正数に照らして累加し、例えば水木兼形は五歳を加え、火土兼形は七歳を加え、得られた年は皆傍厄年です。両形が相克するものは正数を半減し、例えば木土兼形は四歳半を加え、火金兼形は二歳半を加え、得られたのもいずれも傍厄年です。形質が清瘦外露の者は応証厄を二年早め、形質が渾厚温和の者は応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄が同じ年に合すれば、すなわち「重厄」となり、凶険が加重します。依然として各人の形局に依って逐一推算します。
三.二十七歲:為男子第三正厄年。如形質清瘦而露,則二十五歲為正厄之應證厄;如形質濁厚而和,則二十九歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則二十八歲為傍厄,三十歲為傍厄之應證厄;火局加二歲,則二十九歲為傍厄,薄者二十七歲為重厄,厚者三十一歲為傍厄之應證厄;金局加三歲,則三十歲為傍厄,薄金則二十八歲為傍厄之應證厄,厚金則三十二歲為傍厄之應證厄;木形加四歲,則三十一歲為傍厄,二十九歲為傍厄之應證厄;土形加五歲,則三十二歲為傍厄,三十四歲為傍厄之應證厄。此為正厄傍厄應證厄三法也。
第三の厄期は二十七歳で、これは男子の第三の正厄年です。形質が清瘦外露の者は二十五歳がこの正厄の応証厄、形質が渾厚温和の者は二十九歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え二十八歳が傍厄、三十歳が傍厄の応証厄。火局は二歳を加え二十九歳が傍厄、その中で火気の薄い者は二十七歳がちょうど正傍両厄の重なった「重厄」となり、火気の厚い者は三十一歳に延ばして応じます。金局は三歳を加え三十歳が傍厄、金の薄い者は二十八歳に応じ、金の厚い者は三十二歳に応じます。木形は四歳を加え三十一歳が傍厄、二十九歳が傍厄の応証厄。土形は五歳を加え三十二歳が傍厄、三十四歳が傍厄の応証厄です。これが正厄・傍厄・応証厄の三法のこの年での用法です。二十七は三九の数で、この時男子は多くすでに成家立業しているので、この厄は常に事業の傾覆・妻孥の刑傷と官非争訟に応じます。あらかじめ綢繆しておくのが宜しいです。
又如兼體相生者,則照正數而加推,如金水形加四歲,土金形加八歲,皆傍厄年也;如兼體相剋者,則照正數而減半,如水土形加三歲,水火局加一歲半,皆傍厄年也。其形質清瘦而露,則提前二年,為傍厄之應證厄;其形質濁厚而和,則提後二年,為傍厄之應證厄。又有兩厄合一,則據各形而推也。
兼形の人も依然として旧例に照らして推します。両形が相生するものは正数に従って累加し、例えば金水兼形は四歳を加え、土金兼形は八歳を加え、得た年は皆傍厄年です。両形が相克するものは正数を半減し、例えば水土兼形は三歳を加え、水火兼形は一歳半を加え、得たのもいずれも傍厄年です。形質が清瘦外露の者は傍厄の応証厄を二年早め、形質が渾厚温和の者は傍厄の応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄が一年に併合するのに遭えば、依然として各人の形局に依って細かく推し、一概に論じてはなりません。
四.三十六歲:為男子第四正厄年,又以此厄為最凶。如形局清瘦而露,則三十四歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則三十八歲為正厄之應證厄。如水形加一歲,則三十七歲為傍厄,三十九成為傍厄之應證厄;火局加二歲,則三十八歲為傍厄,薄火則三十六歲為重厄,厚火則四十歲為傍厄之應證厄;金局加三歲,則三十九歲為傍厄,薄金則三十七成為傍厄之應證厄,厚金則四十一歲為傍厄之應證厄;木形加四歲,則四十歲為傍厄,三十八歲為傍厄之應證厄;土局加五歲,則四十一歲為傍厄,四十三歲為傍厄之應證厄。此為正厄傍厄應證厄,又當考其部位,查其氣色,此厄及吉凶成敗關鍵也。
第四の厄期は三十六歳で、これは男子の第四の正厄年であり、また各道の厄年の中で最も凶の一つです。形局が清瘦外露の者は三十四歳がこの正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は三十八歳が応証厄です。五行で加算すると、水形は一歳を加え三十七歳が傍厄、三十九歳が傍厄の応証厄(底本の「三十九成」の「成」は「歳」の訛、以下同じ)。火局は二歳を加え三十八歳が傍厄、火気の薄い者は三十六歳が正傍相畳して「重厄」となり、火気の厚い者は四十歳に応じます。金局は三歳を加え三十九歳が傍厄、金の薄い者は三十七歳に応じ、金の厚い者は四十一歳に応じます。木形は四歳を加え四十歳が傍厄、三十八歳が傍厄の応証厄。土局は五歳を加え四十一歳が傍厄、四十三歳が傍厄の応証厄です。これが正厄・傍厄・応証厄の三法です。このほかに相応の流年部位を察看し、当時の気色を審査しなければなりません。この一つの厄年こそ一生の吉凶成敗の関鍵の所在だからです。三十六は四九の数で、人は盛壮に当たり肩の担いが最も重く、一生の成敗と生死が往々にしてこの一年に決します。断じて軽忽して見過ごしてはなりません。
又如兼體相生者,則照正數而加推,如金水加四歲,水木加五歲,皆傍厄年也;如兼體相剋者,則照正數而減半,如木金局加三歲半,水土形加三歲,皆傍厄年也。其形局清瘦而露,則提前二年為傍厄之應證厄;如形局濁厚而和,則提後二年為傍厄之應證厄。亦有兩厄合一,則以各形而加推也。
兼形の人は例に照らして推算します。両形が相生するものは正数に従って累加し、例えば金水兼形は四歳を加え、水木兼形は五歳を加え、得た年は皆傍厄年です。両形が相克するものは正数を半減し、例えば木金兼形は三歳半を加え、水土兼形は三歳を加え、得たのも同じく傍厄年です。形局が清瘦外露の者は傍厄の応証厄を二年早め、形局が渾厚温和の者は傍厄の応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄が一年に合して重厄となるのに遇えば、依然として各人の形局に依って分かちて加えて推算します。
五.四十二歲:為男子第五正厄年,從九數而轉七數,故在四十二歲也。如清瘦而露,則四十歲為正厄之應證厄;如濁厚而和,則四十四歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則四十三歲為傍厄,四十五歲為傍厄之應證厄;火形加二歲,則四十四歲為傍厄,薄火則四十二歲為重厄,厚火則四十六歲為傍厄之應證厄;金局加三歲,則四十五歲為傍厄,薄金則四十三歲為傍厄之應證厄,厚金則四十七歲為傍厄之應證厄;木局加四歲,則四十六歲為傍厄,四十四歲為傍厄之應證厄;土局加五歲,則四十七歲為傍厄,四十九歲為傍厄之應證厄。此為正厄傍厄應證厄之三法也。
第五の厄期は四十二歳で、これは男子の第五の正厄年です。ここで「九」の倍数から「七」の倍数に転じ、六乗七がちょうど四十二を得るので、厄は四十二歳にあります。形質が清瘦外露の者は四十歳が正厄の応証厄、形質が渾厚温和の者は四十四歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え四十三歳が傍厄、四十五歳が傍厄の応証厄。火形は二歳を加え四十四歳が傍厄、火の薄い者は四十二歳が正傍相畳して「重厄」となり、火の厚い者は四十六歳に応じます。金局は三歳を加え四十五歳が傍厄、金の薄い者は四十三歳に応じ、金の厚い者は四十七歳に応じます。木局は四歳を加え四十六歳が傍厄、四十四歳が傍厄の応証厄。土局は五歳を加え四十七歳が傍厄、四十九歳が傍厄の応証厄です。これが正厄・傍厄・応証厄の三法のこの年での用法です。四十二は六七の数で、男命はここから九数を転じて七数に入り、気機が漸く衰えるので、この厄は多く旧疾の再発・財禄の退落と親長の喪に応じます。静守して時を待つのが宜しいです。
又如兼體相生者,則照正數而加推,如木火局加六歲,火土形加七歲,皆傍厄年也;如兼體相剋者,則照正數而減半,如水土局加三歲,水火局加一歲半,皆傍厄年也。如形局清瘦而露,則提前二年為應證厄;形局濁厚而和,則提後二年為應證厄。亦有兩厄合一,則以各形而加推也。
兼形の人も依然として旧法に照らします。両形が相生するものは正数に従って累加し、例えば木火兼形は六歳を加え、火土兼形は七歳を加え、得た年は皆傍厄年とみなします。両形が相克するものは正数を半減し、例えば水土兼形は三歳を加え、水火兼形は一歳半を加え、得たのも同じく傍厄年です。形局が清瘦外露の者は応証厄を二年早め、形局が渾厚温和の者は応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄が一年に併んで重厄となれば、やはり各人の形局に依って逐一加えて推します。
六.四十九歲:為男子第六正厄年,此為七七之數。如形局清瘦而露,則四十七歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則五十一歲為正厄之應證厄。如木局加一歲,則五十歲為傍厄,五十二歲為傍厄之應證厄;火局加二歲,則五十一歲為傍厄,薄火則四十九歲為重厄,厚火則五十三歲為傍厄之應證厄;金局加三歲,則五十二歲為傍厄,薄金則五十歲為傍厄之應證厄,厚金五十四歲為傍厄之應證厄;木局加四歲,則五十三歲為傍厄,五十一歲為傍厄之應證厄;土局加五歲,則五十四歲為傍厄,五十六歲為傍厄之應證厄。此三種厄年法也。
第六の厄期は四十九歳で、これは男子の第六の正厄年で、七乗七の数を取ります。形局が清瘦外露の者は四十七歳がこの正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は五十一歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え五十歳が傍厄、五十二歳が傍厄の応証厄(底本はここで「木局加一歳」の「木」は「水」の訛で、一歳を加えるのはもともと水形の定例)。火局は二歳を加え五十一歳が傍厄、火の薄い者は四十九歳が正傍相畳して「重厄」となり、火の厚い者は五十三歳に応じます。金局は三歳を加え五十二歳が傍厄、金の薄い者は五十歳に応じ、金の厚い者は五十四歳に応じます。木局は四歳を加え五十三歳が傍厄、五十一歳が傍厄の応証厄。土局は五歳を加え五十四歳が傍厄、五十六歳が傍厄の応証厄です。以上が三種の厄年の推法です。四十九は七七の数で、古人は男子の精気が尽きんとする年とみなし、この厄は多く大病・失位と骨肉の離散に応じます。正傍両厄が相畳して重厄となることを殊に忌みます。
又如兼體相生者,則照正數而加推,如木火局加六歲,火土局加七歲,皆傍厄年也;如兼體相剋者,則照正數而減半,如水火局加一歲半,火金形加兩歲半,皆傍厄年也。其形局清瘦而露,則提前二年為應證厄;其形局濁厚而和,則提後二年為應證厄。亦有兩厄合一,則以各形而加推也。
兼形の人は旧例に照らして推算します。両形が相生するものは正数に従って上へ累加し、例えば木火兼形は六歳を加え、火土兼形は七歳を加え、得た年は皆傍厄年とみなします。両形が相克するものは正数を半減し、例えば水火兼形は一歳半を加え、火金兼形は二歳半を加え、得たのもいずれも傍厄年です。形局が清瘦外露の者は応証厄を二年早め、形局が渾厚温和の者は応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄がちょうど同じ年に併んで重厄となれば、依然として各人の形局に依って分かちて加えて推さなければなりません。
七.五十八歲:為男子第七正厄年,又以九年加推。如形局清瘦而露,則五十六歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則六十歲為正厄之應證厄。如水形加一歲,則五十九歲為傍厄,六十一歲為傍厄之應證厄;火局加二歲,則六十成為傍厄,薄火則五十八歲為重厄,厚火則六十二歲為傍厄之應證厄;金局加三歲,則六十一歲為傍厄,薄金則五十九歲為傍厄之應證厄,厚金則六十三歲為傍厄之應證厄;木局加四歲,則六十二歲為傍厄,六十歲為傍厄之應證厄;土局加五歲,則六十三歲為傍厄,六十五歲為傍厄之應證厄。亦以此三法考查也。
第七の厄期は五十八歳で、これは男子の第七の正厄年で、四十九歳の上にさらに九年を加えて推し得たものです。形局が清瘦外露の者は五十六歳が正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は六十歳が応証厄です。五行で加算すると、水形は一歳を加え五十九歳が傍厄、六十一歳が傍厄の応証厄。火局は二歳を加え六十歳が傍厄(底本の「六十成」の「成」は「歳」の訛)、火の薄い者は五十八歳が正傍相畳して「重厄」となり、火の厚い者は六十二歳に応じます。金局は三歳を加え六十一歳が傍厄、金の薄い者は五十九歳に応じ、金の厚い者は六十三歳に応じます。木局は四歳を加え六十二歳が傍厄、六十歳が傍厄の応証厄。土局は五歳を加え六十三歳が傍厄、六十五歳が傍厄の応証厄です。この年も同じく正厄・傍厄・応証厄の三法で考查します。五十八は四十九からさらに九年を加えて推し得たもので、人はすでに老境に歩み入り、この厄は多く宿疾の発作・退隠失位と子孫の憂いに応じます。安然と関を過ぎられる者は往々にして高寿を享けます。
又如兼體相生者,則照正數而加推;兼體相剋者,則照正數而減半,其它如上例。八.六十七歲:為男子第八正厄年,加推如上。九.七十六歲:為男子第九正厄年,加推如上。十.八十五歲:為男子第十正厄年,加推如上。十一.九十四歲:為男子第十一正厄年,加推如上。
兼形の人も依然として前例に照らします。両形が相生するものは正数に従って累加し、両形が相克するものは正数を半減します。その余の細則は一概に上と同じです。これより後の各道の厄年は順に、第八の正厄は六十七歳、第九は七十六歳、第十は八十五歳、第十一は九十四歳で、いずれも前の一道の上にさらに九年を加えて推したものです。これらの厄年の正厄・傍厄・応証厄、および五行の加歳・兼形の加減・清瘦の二年提前・渾厚の二年推後などは、全て前の各条の方法に照らして類推し、作者はもう一々重ねて列挙しません。
女格厄年法
一.八歲:為女子第一正厄年。如形局清瘦而露,則六歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則十歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則九歲為傍厄;火局加二歲,則十歲為傍厄;金局加三歲,則十一歲為傍厄;木局加四歲,則十二歲為傍厄;土局加五歲,則十三歲為傍厄。凡木火局與薄金,均提前二年;水土局與厚金,均提後二年,皆為傍厄之應證厄。此為厄年之三法也。又如兼體相生者,則照正數而加推,如水木局加五歲,水金局加四歲,皆傍厄年也。其清瘦而露,則提前二年;如濁厚而和,則提後二年,皆傍厄之應證厄。又有兩厄合一,則以各形而加推也。
女子の第一の正厄年は八歳です。形局が清瘦外露の者は六歳がこの正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は十歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え九歳が傍厄、火局は二歳を加え十歳が傍厄、金局は三歳を加え十一歳が傍厄、木局は四歳を加え十二歳が傍厄、土局は五歳を加え十三歳が傍厄です。傍厄の応証厄に至っては、形気を見ます。およそ木局・火局および金気の薄い者は一律に傍厄の前二年に応じ、水局・土局および金気の厚い者は一律に傍厄の後二年に応じます。以上が正厄・傍厄・応証厄の三法の女子の首厄での用法です。両形を兼ねる女子は、もし両形が相生すれば、正数に従って上へ累加します。例えば水木兼形は五歳を加え、水金兼形は四歳を加え、得た年は皆傍厄年とみなします。形局が清瘦外露の者は応証厄を二年早め、形局が渾厚温和の者は応証厄を二年遅らせ、この二つの年は皆傍厄の応証厄とみなします。もし正厄と傍厄がちょうど同じ年に衝突して重厄を合成すれば、凶険は倍増し、依然として各人の形局に依って分かちて加えて推します。
二.十六歲:為女子第二正厄。如清瘦而露,則十四歲為正厄之應證厄;如濁厚而和,則十八歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則十七歲為傍厄;火局加二歲,則十八歲為傍厄;金局加三歲,則十九歲為傍厄;木局加四歲,則二十歲為傍厄;土局加五歲,則二十一歲為傍厄。凡木火局與薄金,均提前二年;水土局與厚金,均提後二年,皆傍厄之應證厄。此為厄年之三法也。
女子の第二の正厄年は十六歳です。形質が清瘦外露の者は十四歳が正厄の応証厄、形質が渾厚温和の者は十八歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え十七歳が傍厄、火局は二歳を加え十八歳が傍厄、金局は三歳を加え十九歳が傍厄、木局は四歳を加え二十歳が傍厄、土局は五歳を加え二十一歳が傍厄です。傍厄の応証厄は依然として通例に照らします。木局・火局と金薄の人は二年早めて応じ、水局・土局と金厚の人は二年遅らせて応じます。これが正厄・傍厄・応証厄の三法のこの年での推算の方法です。十六は二八の数で、ちょうど女子が及笄して嫁ぐ年で、この厄は多く婚嫁の不諧・血光と疾病に応じます。
又如兼體相生者,則照正數而加推,如火木加六歲,火土加七歲,皆傍厄年也;如兼體相剋者,則照正數而減半,如火水加一歲半,火金加二歲半,皆傍厄年也。薄者提前二年,厚者提後二年,均為傍厄之應證厄。又有兩厄合一,則以各形而加推也。
兼形の推法:両形が相生するものは正数に従って累加し、例えば火木兼形は六歳を加え、火土兼形は七歳を加え、得た年は皆傍厄年です。両形が相克するものは正数を半減し、例えば火水兼形は一歳半を加え、火金兼形は二歳半を加え、得たのも同じく傍厄年です。形気が単薄な者は応証厄を二年早め、形気が厚重な者は応証厄を二年遅らせ、この二つの年は皆傍厄の応証厄とみなします。もし正厄と傍厄が同じ年に併合すれば、各人の形局に按じて別途加えて推さなければなりません。
三.二十四歲:為女子第三正厄年。如形局清瘦而露,則二十二歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則二十六歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則二十五歲為傍厄;火局加二歲,則二十六歲為傍厄;金局加三歲,則二十七歲為傍厄;木局加四歲,則二十八歲為傍厄;土局加五歲,則二十九歲為傍厄。凡火木局與薄金,均提前二年;水土局與厚金,均提後二年,為傍厄之應證厄。此為厄年之三法也。
女子の第三の正厄年は二十四歳です。形局が清瘦外露の者は二十二歳が正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は二十六歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え二十五歳が傍厄、火局は二歳を加え二十六歳が傍厄、金局は三歳を加え二十七歳が傍厄、木局は四歳を加え二十八歳が傍厄、土局は五歳を加え二十九歳が傍厄です。傍厄の応証厄は旧例に照らします。火局・木局と金薄の人は二年早め、水局・土局と金厚の人は二年遅らせます。これが三種の厄年のこの一歳上での算法です。二十四は三八の数で、女子は多くこの時に生育し家を持つので、この厄は常に産厄・子女の災いと夫家の変故に応じます。
凡兼體相生者,則照正數而加推,如金水局加四歲,金土局加八歲,皆傍厄年也;兼體相剋者,則照正數而減半,如金木局加三歲半,金火局加二歲半,皆傍厄年也。清瘦而露,則提前二年;濁厚而和,則提後二年,均為傍厄之應證厄。亦有兩厄合一,則以各形而加推也。
およそ両形を兼ねる者は、相生するものは正数に従って累加します。例えば金水兼形は四歳を加え、金土兼形は八歳を加え、得た年は皆傍厄年です。相克するものは正数を半減します。例えば金木兼形は三歳半を加え、金火兼形は二歳半を加え、得たのも同じく傍厄年です。形局が清瘦外露の者は応証厄を二年早め、形局が渾厚温和の者は応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄が一年に畳んで重厄となれば、やはり各人の形局に依って分かちて推算し、一概にそのまま写してはなりません。
四.三十二歲:為女子第四正厄年。如形局清瘦而露,則三十歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則三十四歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則三十三歲為傍厄;火局加二歲,則三十四歲為傍厄;金局加三歲,則三十五歲為傍厄;木局加四歲,則三十六歲為傍厄;土局加五歲,則三十七歲為傍厄。凡木火局與薄金,均提前二年;如水土局與厚金,均提後二年,為傍厄之應證厄。此為厄年之三法也。
女子の第四の正厄年は三十二歳です。形局が清瘦外露の者は三十歳が正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は三十四歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え三十三歳が傍厄、火局は二歳を加え三十四歳が傍厄、金局は三歳を加え三十五歳が傍厄、木局は四歳を加え三十六歳が傍厄、土局は五歳を加え三十七歳が傍厄です。傍厄の応証厄は依然として通例に照らします。木局・火局と金薄の者は二年早め、水局・土局と金厚の者は二年遅らせます。これが三種の厄年の三十二歳という関での推法です。三十二は四八の数で、女子は家を当って久しく、この厄は多く積労の成疾・財帛の耗散と翁姑の喪に応じます。正傍両厄が相畳するのを殊に防がなければなりません。
凡兼體相生者,則照正數而加推,如木水局加五歲,木火局加六歲,皆傍厄年也;如兼體相剋者,則照正數而減半,如木金局加三歲半,木土局加四歲半,皆傍厄年也。薄者提前二年,厚者提後二年,皆傍厄之應證厄。亦有兩厄合一,則以各形加推也。
兼形の人も依然として例に照らします。相生するものは正数に従って累加し、例えば木水兼形は五歳を加え、木火兼形は六歳を加え、得た年は皆傍厄年とみなします。相克するものは正数を半減し、例えば木金兼形は三歳半を加え、木土兼形は四歳半を加え、得たのも同じく傍厄年とみなします。形気が単薄な者は応証厄を二年早め、形気が厚重な者は応証厄を二年遅らせます。もし正厄と傍厄が一年に合成して重厄となれば、依然として各人の形局に按じて逐一加えて推します。
五.四十歲:為女子第五正厄年,女格以此厄為最凶。如形局清瘦而露,則三十八歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則四十二歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則四十一歲為傍厄;火局加二歲,則四十二歲為傍厄;金局加三歲,則四十三歲為傍厄;木局加四歲則四十四歲為傍厄;土局加五歲,則四十五歲為傍厄。薄者提前二年,厚者提後二年,均傍厄之應證厄。此為厄年之三法也。兼體如上例。
女子の第五の正厄年は四十歳で、この関は女命の中で最も凶険です。形局が清瘦外露の者は三十八歳が正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は四十二歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え四十一歳が傍厄、火局は二歳を加え四十二歳が傍厄、金局は三歳を加え四十三歳が傍厄、木局は四歳を加え四十四歳が傍厄、土局は五歳を加え四十五歳が傍厄です。形気の薄い者は応証厄を二年早め、形気の厚い者は二年遅らせます。以上が三種の厄年の算法です。両形を兼ねる者は、前に挙げた例に照らして推算すればよいです。四十は五八の数で、女命はこの関が最も険しく、多く血分の病と夫星の刑傷に応じます。安静に調摂すべきで、労心してはなりません。
六.四十六歲:為女子第六正厄年,此八數之轉六數他。如形局清瘦而露,則四十四歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則四十八歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則四十七歲為傍厄;火局加二歲,則四十八歲為傍厄;金局加三歲,則四十九歲為傍厄;木局加四歲,則五十歲為傍厄;土局加五歲,則五十一歲為傍厄。凡木火局與薄金,均提前二年;凡水土局與厚金,均提後二年,為傍厄之應證厄。亦有兩厄合一,則以各形加推。兼體如上例而類推。此為厄年之三法也。
女子の第六の正厄年は四十六歳で、これは八の倍数から六の倍数に転じて推したものです(四十に六を加える、すなわち八数を六数に転ず)。形局が清瘦外露の者は四十四歳が正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は四十八歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え四十七歳が傍厄、火局は二歳を加え四十八歳が傍厄、金局は三歳を加え四十九歳が傍厄、木局は四歳を加え五十歳が傍厄、土局は五歳を加え五十一歳が傍厄です。傍厄の応証厄は通例に照らします。木局・火局と金薄の者は二年早め、水局・土局と金厚の者は二年遅らせます。もし正厄・傍厄が一年に合すれば、依然として各形に依って加えて推し、兼形の人も前例に照らして類推します。これが三種の厄年の算法です。ここから後、女命は八数を転じて六数に入り、六年に一厄となり、来るのが先より密なので、晩境はさらに流年部位と気色に留意しなければなりません。
七.五十二歲:為女子第七正厄年。如形局清瘦而露,則五十歲為正厄之應證厄;如形局濁厚而和,則五十四歲為正厄之應證厄。如水局加一歲,則五十三歲為傍厄;火局加二歲,則五十四歲為傍厄;金局加三歲,則五十五歲為傍厄;木局加四歲,則五十六歲為傍厄;土局加五歲,則五十七歲為傍厄。凡木火局與薄金,均提前二年;凡水土局與厚金,均提後二年,為傍厄之應證厄。兼體加推如上例。此為厄年之三法也。
女子の第七の正厄年は五十二歳です。形局が清瘦外露の者は五十歳が正厄の応証厄、形局が渾厚温和の者は五十四歳が応証厄です。五行で加算すると、水局は一歳を加え五十三歳が傍厄、火局は二歳を加え五十四歳が傍厄、金局は三歳を加え五十五歳が傍厄、木局は四歳を加え五十六歳が傍厄、土局は五歳を加え五十七歳が傍厄です。傍厄の応証厄は依然として旧例に照らします。木局・火局と金薄の者は二年早めて応じ、水局・土局と金厚の者は二年遅らせて応じます。両形を兼ねる者は、前に挙げた相生相克の加減の例に按じて推算します。これが三種の厄年のこの関での用法です。五十二は四十六からさらに六年を加えて推し得たもので、この厄は多く宿疾の再発と子女の憂いに応じます。
八.六十歲:為女子第八正厄年,加推如上例。九.六十八歲:為女子第九正厄年,加推如上例。十.七十六歲:為女子第十正厄年,加推如上例。十一.八十四歲:為女子第十一正厄年,加推如上。十三.九十二歲:為女子第十二正厄年,加推如上。
女子のこれより後の厄年は順に、第八の正厄は六十歳、第九は六十八歳、第十は七十六歳、第十一は八十四歳、第十二は九十二歳で、いずれも前の一道の上にさらに八年を加えて推したものです(末条は底本の序数が誤って「十三」となっているが、文義からは第十二条とすべき)。これらの厄年の正厄・傍厄・応証厄、および五行の加歳・兼形相生相克の加減・形薄の二年提前・形厚の二年推後などの規則は、一概に前の各条の方法に照らして類推し、作者はもう逐条に重ねて述べません。
西人各地重要取義法
公篤曰:相法有天道之轉機,地形之偏重,山水之鐘靈,盛衰之變化,古法多定論,執而不變矣。剩下萬國共和,全球交通,種族之性質不同,寒熱之地帶各異,故國家法律有臨時之採擇,時勢潮流有趨向之必要。各海口、各商埠,五方雜處,餘留心考查,則有各因地形而取者,其部位相同,事業相異。惜乎餘末遊歷歐美,不窺全豹也。
陳公篤が言うには:相法は天道の运会の転折、地形上の偏重、山水が鍾霊して化する気質、および世運の盛衰の変化に配慮しなければなりません。古い相法は大抵が死んだ結論を下し、一説を執定して変通を知りません。当今の世(底本の「剩下」は「刻下」の訛)は万国共和で、全球が交通往来し、各人種の性質は同じでなく、寒帯・熱帯の地域も各々異なるので、国家の法律は時に随って因応採択しなければならず、時勢の潮流にもそれ自身の走向があります。各处の海口、各处の商埠には五方の人が一地に雑処し、私が留心して考查したところ、相術上には確かに地形の違いによって取法を異にする情形があり、同じ一つの部位でも応じ出る事業が大いに異なります。惜しいことに私は欧米を遊歴したことがなく(底本の「末」は「未」の訛)、全貌を窺い見ることができません。
茲以所得者,分別錄後,他日如遂餘願,另有增補。刻下歐美有新相法,然皆偏於一掌,及偏於一骨,此為吾國數千年前之一小部份,研究過程,不足為定法明矣。至於形與聲之考查,為貴賤之必要;神與色之認定,為吉凶之先機,則未聞也。茲以餘之經驗,與其人之事實相應者錄下。
今、私の得た心得を条分けて下に記します。将来もし願いを遂げて外洋に出られれば、さらに増補を作ります。今のところ欧米にもいわゆる新相法がありますが、手掌の一処に偏るか、あるいはある一本の骨に偏るかで、これは我が国の数千年前の相術の中の一小部分に過ぎず、まだ摸索の段階にあって、明らかに定法とするに足りません。「形」と「声」の考查が貴賤を判断する必要の功夫であり、「神」と「色」の認定が吉凶をあらかじめ知る先機です。この二つの層は彼らがまだ聞いたこともないものです。以下に、私が自ら経験し、かつその人の実際の事績と相印証した内容を記録します。
一.法國人:肥厚而白,以印堂寬突為第一,金睛有威聚瞳為第二,兩顴上聳、土星圓隆為第三,其它部位則為輔佐部位,仍附帶關係也。故相法有舍輕取重之點,分類如下。凡特貴之局,有當時大權顯赫,有身後盛名流芳。其印堂高突方隆,長橫有楞,其骨有三寸四寸,至眉尾稜角止,有此則為大貴;加以金睛有威,此為大貴重柄;如土星豐隆,兩顴高聳,此為國家安危之人材,具有總統資格,次亦內閣各首長之格。其人有大精神、大略,智勇兼全,剛毅英明,機巧遠見,陰險出奇,以成其偉大事業也。
第一、フランス人。フランス人の体貌は、筋肉が肥厚して膚色が白皙です。彼らの相を見るに、第一に「印堂」が寛く飽満して突出することを重んじ、第二に「金睛」(眼に金光あり)の神威が内に蔵し瞳孔が収斂して光を聚めることを重んじ、第三に両「顴」が上へ高く聳え、「土星」(鼻の頭)が円潤豊隆であることを重んじます。その余の部位はただ輔助で、なお一点の関係を帯びるに過ぎません。ですから相法には軽を捨て重きを取る着眼点があり、分類は以下の通りです。およそ特貴の格局に属する者は、あるいは当世に大権を握り声勢が顕赫であるか、あるいは身後に盛名を留めて後代に芳名を流します。この種の人は印堂が高く突き出て方く隆り、横に寛長で辺縁に棱が起り、印堂の骨が横に三寸から四寸を過ぎ、眉尾の棱角まで伸びます。この一点があればすなわち大貴です。さらに金睛に威があれば、大貴にして重権を握ります。もしさらに鼻の頭が豊隆で両顴が高く聳えれば、国家の安危に関わる人材で、総統の資格を具え、次等も内閣各部首長の格局です。この種の人は精神が極めて旺で謀略が極めて大きく、智勇双全、剛毅英明、機巧で遠見があり、必要なときはまた陰険で奇を出し、これらによって彼の偉大な事業を成就します。
印堂高突寬方,長橫過眉尾,金睛無威煞,土星兩顴堆突有勢,此為民政領袖,次則議會院長、交通大員、外交大臣,及出國領事職務,或臨時公使任命。其人英明多才,遠多智,善應對而有膽識,通權變而逢時機,有安危貢任也。
印堂が高く突き出て寛方、横に長く眉尾を過ぎ、しかし金睛に威煞の気がなく、同時に鼻の頭と両顴が堆く突き出て勢いがある。これは民政領袖の相で、次等も議会議長・交通要員・外交大臣、および駐外領事の職務か、あるいは臨時に公使を命じられます。この種の人は英明で才干が多く、見識が長遠で智謀が充足し、応対辞令に善んで胆識があり、権変に通じて時機を捉え、国家の安危の責任を肩に負っています(底本の「貢任」は「責任」の訛)。
印堂高突寬方,長橫過眉尾,金睛有威煞,兩顴上插高聳,此為軍政領袖,陸軍總長、海軍總長,出而為大帥大將,次則航空司令、要塞司令。此為武職,而有拓土之功。其人勇悍剛燥,堅固持久,任勞有恆,貪功涉險,膽智均長,而成其功用也。
印堂が高く突き出て寛方、横に長く眉尾を過ぎ、しかも金睛が威煞の気を帯び、両顴が上へ鬢際に插入して高く聳え起る。これは軍政領袖の相で、陸軍総長・海軍総長を為し、外に放てば大帥大将となり、次等も航空司令・要塞司令です。この一路は武職に属し、疆を開き土を拓く功を建てられます。この種の人は勇猛剽悍で性情が剛烈焦躁、意志が堅定して持久でき、苦労を堪え恒心があり、戦功を貪求して敢えて険に涉り、胆量と智謀の両方に長け、これらによって彼の功業を成就します。
印堂高突寬方,長橫過眉尾,金睛無威而和,土星高起圓隆,年壽有梁,此為財政領袖,及財政總長、財務大員,以及開闢利源,享受盛名。其人機巧知時,英明達物,志向堅固而有恆,見解遠大而預算,心深貪功而任勞也。
印堂が高く突き出て寛方、横に長く眉尾を過ぎ、金睛は威煞を帯びず温和で、鼻の頭が高く起って円隆、「年上」「寿上」(鼻梁の中段)が挺起して骨梁がある。これは財政領袖の相で、財政総長・財務要員を為すか、あるいは財源を開闢して盛名を享けます。この種の人は機巧で時務を識り、英明で事理に通達し、志向が堅定で恒心があり、見解が遠大で凡事に預算があり、城府が深く功名を貪求し、苦労を堪えて任事します。
金睛而和,神充而收,土星圓隆,兩額高聳,此為專門人材,及教務司繹、文化之家、開辦學校、淵博之士、發明物品,最高者為司法院長,以及法官律師、警察廳長,以及縣政市政,勷助政治人材之例。此為中貴下責之局。其人聰明多才,機巧多智,明利害,知是非,通常智識,與出類拔萃不一也。
眼に金光があって神情が温和、眼神が飽満して収斂して外に露れず、鼻の頭が円隆、両顴が高く聳える(底本の「両額」は「両顴」とすべき)。これは専門人材の相で、教育行政の官員、文化界の名家を為すことができ、学校を興辦することも、学問淵博の士や発明創造の人となることもできます。最高は司法院長まででき、そのほか法官・律師・警察庁長、および県政・市政の類の政治を輔助する人材が、皆この一路に属します。これは中等より下の貴格です。この種の人は聡明多才で、機巧で智謀があり、利害を明らかにし是非を分別します。ただしその中には、常人の見識しかない者もあれば、真に抜類して萃まった者もおり、同じではありません。
土星圓隆,兩顴敦厚,眉低壓目,印堂窄小,此為經濟專家,營利源,及實業礦務,遠商近賈,作富而不貴之局。其人深通社會情形,迎合時人心理,任勞貪利,用機行詐,以成其功用也。印堂窄小,兩顴平厚,邊城陷弱,中嶽勻圓,此為農工技藝而有職業,充足衣祿之局。如神充和斂,土星植隆,方可發達而致富。其性則有賢愚不等,巧拙不齊,慎細勤勞,此為中下之格也。
鼻の頭が円隆、両顴が敦実厚重、眉毛が低く眼を圧し、印堂は窄小。これは経済専門家の相で、財源を経営し、実業・鉱業を辦じ、あるいは長途と近地の売買を為し、富んで貴からざる格局に属します。この種の人は社会の人情に深く通じ、時人の心理に迎合するに善んで、苦労を堪えかつ利を貪り、機謀権詐を慣用して事を成します。もし印堂が窄小で、両顴が平厚、「辺城」(額の側で髪際に近い所)が低陷単薄で、「中岳」(鼻)が匀称円潤なら、これは農を務め、工を為し、手芸で生計を立てて固定の職業があり衣禄が充足する格局です。もしさらに眼神が飽満して温和内斂、鼻梁が挺直豊隆ならば、初めて発達して富を致せます。この類の人は性情の賢愚が等しからず巧拙が斉わず、共通点は謹慎細緻で勤労であることで、中下の格に属します。
印堂方楞高突長橫,此合地形重要,他部陷弱不足,亦為貴格,而有驚人事業矣。如加金睛有威煞,則智勇全備,而權重矣。如兩顴上插高聳,又進一級,舉足輕重,而有安危關係。再有土星圓隆,或地閣上仰,或兩腮方突,此為特貴大貴之格,而有特殊事業也。
印堂が方正で棱が起り、高く突き出て横に寛い。この一点はまさにフランスの地形の取義に合し、最も緊要です。たとえその余の部位が低陷して不足でも、なお貴格とみなし、驚くべき事業を成せます。もしさらに金睛が威煞を帯びれば、智勇を兼ね備えて権柄がとても重いです。もし両顴がまた上へ高く聳えて鬢際に插入すれば、さらに一級進んで、举足軽重・国家の安危に関わる人物となります。もしさらに鼻の頭が円隆か、あるいは顎が上へ朝拱するか、あるいは両腮が方正に突出すれば、それは特貴・大貴の格局で、人と異なる特殊な事業を干出せます。
血印堂陷弱窄小,皆非大富貴之局,雖他部奇特,亦不過中下之貴,衣祿充足,而無驚人事業,亦無大權盛名,又無建樹發明也。加以中嶽尖墜,兩顴低弱,此為風塵流落,駁雜奔馳,雖有才智,而不發達也。如中嶽斷節,顴紋沖破,此為苦工雜役、奴僕下人、倚人度日之格也。法國人之厄牢行,男子以九年為一厄,女子以八年為一厄,但以提後二年及三年為驗。其氣色認定,大體與中國同,細則稍異,推論可也。氣色詳解,錄第三集中。
逆に、もし印堂が低陷単薄で窄小ならば(底本の「血印堂」の「血」は「如」の訛)、それは皆大富大貴の格局ではありません。たとえ他の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎず、衣禄は足るものの、驚くべき事業はできず、大権も盛名もなく、建樹も発明もありません。もしさらに鼻が尖削して下に墜ち、両顴が低弱ならば、風塵に流落し駁雑奔波の命で、たとえ才智があっても発達し難いです。もし鼻梁の中間が断節し、顴の上に纹路が衝破していれば、それは苦力雑役を為し奴僕下人となり、他人に依頼して生きる格局です。フランス人の厄年の推法に至っては、男子は九年に一厄、女子は八年に一厄ですが、二年から三年後へ推して初めて応験します。気色の認定は大体中国と同じで、細節にやや差異があり、これに拠って類推できます。気色の詳しい解説は本書の第三集に収めます。
二.英國人:高頎而紫,以兩眉清細修長、高起有稜為第一,口闊腮方為第二,山根高起成王柱為第三,金睛藍烏珠而聚瞳為第四。其它部位奇特,皆是輔佐,關係頗輕,當以前四項為標準。按英人於五大洲均有地土,其它小區別,則從各地山水性質而認定之。茲將各類錄後。
第二、英国人。英国人の体貌は、身材が高瘦で膚色が紫に偏ります。彼らの相を見るに、第一に両眉が清朗細密で修長、高く起って棱あることを重んじ、第二に口が闊く腮が方いことを重んじ、第三に「山根」(鼻梁の上端)が高く起って上額を直貫して一本の「玉柱」を成すことを重んじ(底本の「王柱」は「玉柱」の訛)、第四に眼に金光があり眼珠が藍色を呈して瞳孔が聚斂することを重んじます。その余の部位はたとえ奇特に生えていても、皆ただ輔佐で関係は軽く、上述の四項を標準とすべきです。英国人は五大洲に属地があり、各地の間の細小な差別は、当地の山水の性質に按じて別途認定しなければなりません。以下に各類を分けて列挙します。
兩眉清細修長,高起有稜,或上豎有勢,有此即貴,而作驚人事業。加以水星闊大、方稜、勻厚、上仰,大貴之格成矣,為國家柱石之臣,卿相之職。再加山根上貫,主大功受爵,裂土封王。如又金睛藍烏珠,主英明多才智,勤能又陰險,上則為帝為王,次則內閣宰輔,其最低下者,亦各首長之格也。
両眉が清細修長で高く起って棱があり、あるいは眉毛が上へ竪って気勢がある。この一点があればすなわち貴を主り、驚くべき事業を成せます。さらに「水星」(口)が闊大で方正に棱が起り厚薄が均匀で嘴角が上に仰げば、大貴の格が成り、国家の柱石の臣を為し、公卿宰相に位します。もしさらに山根が挺起して上に天庭を貫けば、大功を立てて封爵を受け、土を裂き王に封ぜられることを主ります。もし同時に眼に金光があって眼珠が藍を呈すれば、英明で才智が多く、勤勉能幹であるとともに心機が深沈であることを主ります。上の者は帝となり王となり得、その次も内閣の宰輔、最も低くても各部首長の格局です。
兩眉清細修長,高起有稜,金睛藍烏珠,加以水星闊大四字口,或仰月色弓口,此為民政長、吏治樞紐、議院大臣、外交大臣,次則出國領事、臨時公使。其人英敏多才,勇能多智,陰險機巧,以成其功也。兩眉清細修長,上豎有勢,金睛藍烏珠,加以山根高貫伏犀,而成玉柱,此為軍政人材,而握兵柄,軍機大臣、陸軍總長、海軍總長,次則航空司令、要塞司令,已成功之上將侯爵,現任之中將邊鎮。其人剛勇好爭,任勞有恆,冒險成功尤多,有特殊事業也。
両眉が清細修長で高く起って棱があり、眼に金光があって眼珠が藍を呈し、さらに一張の闊大な「四字口」(口形が方く闊くて「四」の字のよう)を配するか、あるいは両角が上に翹れて仰月のよう、弯弓のような口形ならば。これは民政首長・吏治中枢・議会大臣・外交大臣の相で、次等も駐外領事・臨時公使を為します。この種の人は聡明鋭敏で多才、任事に勇んで智謀が多く、陰沈機巧の一面を兼ね、これらによって功業を成就します。両眉が清細修長で上へ竪って勢いがあり、眼に金光があり眼珠が藍を呈し、さらに山根が高く聳えて直に「伏犀骨」を貫いて一本の玉柱を成す。これは軍政人材の相で、兵権を握り、軍機大臣・陸軍総長・海軍総長を為し得て、次等も航空司令・要塞司令です。すでに功を建てた者は上将・侯爵に封じられ、現任の者は中将か辺地を鎮守する将領です。この種の人は性情が剛烈勇猛で勝ちを争うことを好み、苦労を堪え恒心があり、冒険によって勝つ情形がとりわけ多く、人と異なる事業を干出せます。
兩眉勻細長稜,兩腮椅角成勢,水星方仰,山根高起,土星圓厚,此為財政大臣、財務專員,次則開闢利源、督理關稅。其人慎細機巧,深遠見,而為用也。水星闊大,方厚勻仰,山根高大,金睛藍烏珠,神活潑清充,此為教育總長、司法院長、驚察大臣、交通大臣、工商大臣,勷助政治人材之例,次則高級校長、專門人材、法官律師、牧師縣政,此為中貴下貴,及各過於權。其人明是非,有才智,而出類拔萃占少數也。
両眉が匀細修長で棱があり、両腮が犄角のように張り開いて気勢を成し、口形が方正で上に仰ぎ、山根が高く起り、鼻の頭が円厚。これは財政大臣・財務専員の相で、次等も財源を開闢し、関税を督辦する事を為します。この種の人は謹慎細緻で機巧、思慮が深遠で、それゆえ人に用いられます。もし口形が闊大で方厚匀称して上に仰ぎ、山根が高大、眼に金光があり眼珠が藍を呈し、眼神が活潑で清澈飽満ならば。これは教育総長・司法院長・警察大臣(底本の「驚察」は「警察」の訛)・交通大臣・工商大臣の相で、政治を輔助する人材に属し、次等も高級校長・専門人材・法官律師・牧師あるいは県級の行政官を為します。これは中等と下等の貴格で、各人は名位が実権に過ぎます。この種の人は是非を明弁し才有智ですが、真に抜類する者は少数を占めるのみです。
水星闊大,方厚勻仰,兩目活潑清充,中嶽長植豐勻,邊城上插高突,此為經濟致富之格,遠商近賈,開闢利源,經營實業,發明物品,作富而不貴論。其人機巧有勝算,貪利任勞怨,智拙不一也。中嶽高長,兩顴上聳,天倉陷而地庫弱,眉短促而口反小,此為工業雜技、小商佃農之格,因勞動而足衣食。如水星稍厚大,方可發達致富。其人巧拙不等,賢愚不一,良莠不齊,勤懈亦不一也。
口形が闊大で方厚匀称して上に仰ぎ、両眼が活潑清澈飽満、鼻が長く挺直して豊満匀称、額側の「辺城」骨が上へ高く突き出る。これは経済によって富を致す格局で、遠近の売買を為し、財源を開闢し、実業を経営し、物品を発明し、富んで貴からざる類に属します。この種の人は機巧で算に遺策なく、利益を貪図するもまた労を任じ怨を任せ、中には精明な者もあれば笨拙な者もおり、一致しません。もし鼻が高く長く、両顴が上に聳え、しかし「天倉」(額の角)が低陷し「地庫」(顎の両側)が単薄で、眉毛が短促し口形がかえって小さいなら。これは工業・雑芸・小本の商売と佃農を為す格局で、労働によって衣食の温飽を稼ぎ得ます。この種の人は口形がやや厚く大きければ、初めて発達して富を致し得ます。彼らは巧拙が等しからず賢愚が一でなく、良い者と悪い者が交じり、勤快な者と懈怠の者も各々います。
兩眉修長有勢,清細高起有稜,雖他部陷弱,亦可發達。至於事業大小,則又考查山根、水星、目神、兩顴各部。如兩眉合格,則為中貴;如加四字口,或仰月口,則成中上之貴;再加上貫玉柱,則為大貴之局;如目又好,則貴不可言,為當時顯赫,及百代流芳也。
両眉が修長で気勢があり、清細で高く起って辺縁に棱がある。たとえその余の部位が低陷単薄でも、同じく発達できます。事業の大小に至っては、さらに山根・口・眼神・両顴という幾つかの部位を考查しなければなりません。もし両眉だけが合格なら、それは中等の貴です。さらに一張の四字口か仰月口を加えれば、中上等の貴となります。もしさらに山根が上に貫いて玉柱を成せば、大貴の格局です。もし眼相も良ければ、貴は言うべからず、当時に声勢が顕赫であるとともに、百代に芳名を流せます。
兩眉短促低弱,口小薄反不勻,山根陷弱,皆非富貴之局,而無驚人事業,亦無留名機會。假定他部奇特,凸突有勢,亦不過充足衣祿而已。如他部平常,或不足,則為風塵流落,挫折勞碌,而無立身之地。再加土星尖露,神驚光濁,肉浮而流,則為苦工雜役、奴僕下人、倚人度日之格也。英國人之厄牢行,大抵與中國同,男子九年為一厄,女子八年為一厄,其傍厄之加數較重,正厄輕而無咎。紋痕氣色,大體則相同,細則又稍異,又以風俗法律推想可也。
両眉が短促して低く垂れ単薄、嘴が小さく唇が薄く外に翻って均しからず、山根が低陷単薄。これらは皆富貴の格局ではなく、驚くべき事業はできず、名を留める機会もありません。仮にその余の部位が奇特に生えて凸突して勢いがあっても、衣禄が充足するに過ぎません。もしその余の部位が平常か不足ならば、風塵流落の命で、一生挫折労碌して立身の地がありません。もしさらに鼻の頭が尖削して外露し、眼神が驚惶して目光が渾濁、筋肉が浮鬆して流動して力がなければ、それは苦力雑役を為し奴僕下人となり、他人に依頼して生きる格局です。英国人の厄年の推法に至っては、大体中国と同じで、男子は九年に一厄、女子は八年に一厄です。ただ傍厄の加算する歳数の分量が比較的重く、正厄はかえって軽く、災を成すに至りません。紋痕と気色の看法は大体同じで、細節にやや差別があり、さらに当地の風俗法律に参照して推想すればよいです。
三.美國人:紅紫精幹而堅,有南美北美之分,種族不一,均以地閣上仰朝天、兩腮方突重城為第一,伏犀骨方拱圓突為第二,福堂骨高超三角、上連邊城為第三,蚯蚓盤烏珠、瞳人縮小成聚瞳為第四,其它部位則為附帶之輔佐。茲特詳錄如下。
第三、米国人。米国人の体貌は、面色が紅紫で身形が精悍にして結実です。また南美・北米の分けがあり、人種も一致しません。彼らの相を見るに、一律に顎が上に向かって天を朝え、両腮が方正に突出して重畳の城墻のようなのを第一とし、「伏犀骨」(額の中の隆起する骨)が方正に拱起して円潤突出するのを第二とし、「福堂骨」が高く起って三角形を成し上へ「辺城」に連接するのを第三とし、眼白の上の血糸が蚯蚓のように眼珠を盤遶し瞳孔が収縮して光を聚めるのを第四とします。その余の部位はただ附帯の輔助です。以下に詳しく分けて記します。
地閣凸仰朝天,兩腮方突犄角,有此一點,已成貴局,及作偉大事業。加以伏犀骨高突方拱,則成大貴之格,而操全國安危之柄。再加福堂上插,蚓盤烏珠,則具總統資格,名達九州島,流芳百代。其人英明有決,智勇均備,以成其大功也。
顎が凸出して上に仰ぎ、天を朝えて拱し、両腮が方正に突出して犄角のよう。この一点だけで、すでに貴格を成し、偉大な事業を成せます。さらに伏犀骨が高く突き出て方く拱すれば、それは大貴の格となり、全国の安危の権柄を執掌できます。もしさらに福堂骨が上へ辺城に插入し、眼中の血糸が蚯蚓のように眼珠を盤遶すれば、総統の資格を具備し、名声は九州に遍く伝わり、百代に芳名を流します。この種の人は英明で決断があり、智謀と勇力を兼ね備え、これらによって彼の大功業を成就します。
地閣朝天,兩腮犄角方大,突於耳後,加以伏犀骨方拱圓突,上貫百會之巔,此為民政領袖、吏治樞紐、內閣總理、國務院長,次則國議院長、立法院長、交通部長、外交部長,以及出國領事、臨時公使之例。其人有大志而有恆,有遠見而多才,英明有決,堅固任勞,以成其盛名事業也。
顎が天を朝えて上に拱し、両腮の犄角が方正闊大で耳の後ろまで突出し、さらに伏犀骨が方正に拱起して円潤突出し、一直線に頭頂の「百会穴」を貫く。これは民政領袖・吏治中枢・内閣総理・国務院長の相で、次等も国会議長・立法院長・交通部長・外交部長、および駐外領事・臨時公使を為します。この種の人は志向が遠大で恒心があり、見識が長遠で才干が多く、英明果決、意志が堅定して苦労を堪え、これらによって盛名を享ける事業を成就します。
地閣朝天,兩腮犄角方突,加以蚓盤烏珠,瞳人聚銳有威,此為軍政領袖、軍機大師、陸軍總司令、海軍總司令、航空總司令,已成功之大將上將,次則要塞司令、邊鎮司令。其人剛直守信,好勝勇為,堅決任勞,陰險有恆,以成其功用也。
顎が天を朝えて上に拱し、両腮の犄角が方正に突出し、さらに眼中の血糸が蚯蚓のように眼珠を盤遶し、瞳孔が収斂して鋭利で威勢を帯びる。これは軍政領袖の相で、軍機の重臣・陸軍総司令・海軍総司令・航空総司令を為し得て、すでに功を建てた者は大将・上将に封じられ、次等も要塞司令・辺鎮司令です。この種の人は剛正耿直で信用を守り、勝ちを好み任事に勇み、決断が堅定してまた苦労を堪え、同時に城府が深沈して恒心があり、これらによって彼の功業を成就します。
地閣朝天,兩腮犄角,加以福堂高起三角,上接邊城,此為財政領袖、財政總長、財務專員,次則開闢財源,督理關稅。其人慣細聰明,機巧正慧,有新思想,收遠效果,以成其功用也。伏犀骨圓拱凸突,中嶽高隆有梁,目凹深而活潑,此為勷助政治人材,縣政市政、教育實業、法官警政、校長牧師,一切中貴下貴,次則名重權輕。其中智巧與愚拙不一,慈良與陰險不一也。
顎が天を朝えて上に拱し、両腮が犄角のように張り開き、さらに福堂骨が高く起って三角を成し上へ辺城に接する。これは財政領袖の相で、財政総長・財務専員を為し得て、次等も財源を開闢し関税を督辦する事を為します。この種の人は心思が細密で聡明(底本の「慣細」は「慎細」とすべき)、機巧で正しく聡慧、常に新思想があり、長遠の効を収められ、これらによって功業を成就します。もし伏犀骨が円く拱して突出し、鼻が高く隆って骨梁があり、眼窩が深く陥って眼神が活潑ならば。これは政治を輔助する人材で、県政・市政・教育・実業・法官・警政を任じ、あるいは校長・牧師を為し、一概に中等と下等の貴格に属し、次等は名望が大きく実権が小さいです。この類の人の中にも、機智の者と愚拙の者は同じでなく、心の慈良な者と陰沈狠辣の者も同じではありません。
邊城骨有樑上插入山林,下接福堂,三稜角凸起,加以土星圓隆長植,兩顴高突上插,地庫平正朝仰,此為經濟人材,及富有產業、遠商近賈,以及工藝專利,因時發達,作富而不貴論。其人靈巧堅決,持重穩見,作豐衣足食之例。
額側の辺城骨が梁を起こして上へ「山林」(髪際の両側)に插入し、下へ福堂に接し、三箇所の棱角が一斉に凸出し、さらに鼻の頭が円隆・鼻梁が長直、両顴が高く突き出て上に插し、「地庫」が平正で上へ朝拱する。これは経済人材の相で、丰厚な産業を擁し、遠近の売買を為し、あるいは工芸の専利によって、時勢に随って発達し、富んで貴からざる類に属します。この種の人は霊巧で決断が果敢、人となりは持重で見識は穏当、豊衣足食の典型です。
地閣尖削而陷弱,南嶽窄小而低凹,兩目呆滯而神定,福堂平而不起稜,此為勞工雜役,依人度日。再加肉浮而流,中嶽尖露,天倉地庫沖陷,此為飄流無依,挫折耗散,衣祿欠缺,勞苦下賤之流。其人愚拙而貪妄,輕浮而顛倒,以及聰明自誤,惑於偏邪,而用之不正也。
顎が尖削して低陷単薄、「南岳」(額)が窄小で低く凹み、両眼が呆滯して眼神が死に発し、福堂が平坦で棱を起こさない。これは労工雑役を為し、他人に依頼して日を過ごす相です。もしさらに筋肉が浮鬆して流動し、鼻が尖削して外露し、天倉と地庫がともに衝陷破損していれば、それは漂泊して依怙なく、屡々挫折に遭って家財が耗散し、衣禄が短缺する労苦下賤の流れです。この種の人は、あるいは愚笨拙劣で貪心妄想し、あるいは軽浮で事をなすに顛三倒四し、あるいはもともと聡明なのに自ら誤り、邪僻の路数に迷惑して、聡明を正当でない所に用いる者もいます。
地閣豐隆凸突朝天,兩腮犄角方突,有此即為大貴;再加伏犀骨圓拱方隆,則為驚人事業;加以兩目玄黃,蚓盤烏珠,瞳人縮小,則具元首總統資格,握一國安危之柄,及流芳百代也。美國人之厄年行,大體與中國同,男子以九年為一厄,女於以八年為一厄,但多以提前二年之應證厄為重,傍厄加數均輕。其氣色之大體,亦與中國相同,惟紅紫二色容易混亂也。
顎が豊満隆起して凸突して天を朝え、両腮の犄角が方正に突出する。この一点があればすなわち大貴です。さらに伏犀骨が円く拱して方く隆れば、驚くべき事業を成せます。もしさらに両眼が黒白分明で玄黄の色を帯び、血糸が蚯蚓のように眼珠を盤遶し、瞳孔が収縮して光を聚めれば、元首総統の資格を具備し、一国の安危の権柄を執掌し、しかも百代に芳名を流します。米国人の厄年の推法に至っては、大体中国と同じで、男子は九年に一厄、女子は八年に一厄です。ただ多くは二年早めた応証厄が最も吃重で、傍厄の加算する分量は皆比較的軽いです。気色の大関節も中国と同じで、ただ紅・紫の二色が最も混淆しやすく、分辨を細かくする必要があります。
四.德國人:高隆堅露而方白,以兩顴上插高聳入玉堂為第一,兩目細長上豎、玄黃有威煞為第二,華蓋骨長橫過邊城為第三,兩耳長厚貼輪垂珠、兩眉平長上豎有勢為第四,其它部位皆附帶之輔佐,而無足輕重也。茲將各類分別如下。
第四、ドイツ人。ドイツ人の体貌は、骨骼が高く隆って堅硬で外に露れ、顔型が方正、膚色が白皙です。彼らの相を見るに、第一に両顴が上へ高く聳えて「玉堂」(額の中の一帯)に插入することを重んじ、第二に両眼が細長で眼角が上に挑し、眼珠が黒の中に黄を帯びて神が威煞を帯びることを重んじ、第三に「華蓋骨」が横に長く「辺城」を越えることを重んじ、第四に両耳が長厚で耳輪が脳に貼り垂珠があり、両眉が平長で上に竪って気勢があることを重んじます。その余の部位は皆ただ附帯の輔助で、重きをなすに足りません。以下に分類して列挙します。
兩顴高聳上插玉堂,下近魚尾,有此即能貴名,而作驚人事業。加以兩日長豎,烏珠玄黃,銳光有威煞,則操全國安危大權。再加垂蓋骨長橫,輔角骨高起,則具元首總統資格,次則內閣總理大元帥之例。如兩耳長大垂珠,兩眉長豎有威,則有遠大思想,特別英明,而流芳百代也。
両顴が高く聳えて上に玉堂に插し、下へ「魚尾」(眼角の外側)に逼る。この一点があればすなわち顕貴の名を得、驚くべき事業を成せます。さらに両眼が細長で上に挑し(底本の「両日」は「両目」の訛)、眼珠が黒の中に黄を帯び、目光が鋭利で威煞を帯びれば、全国の安危の大権を執掌できます。もしさらに華蓋骨が横に長く、「輔角骨」が高く起れば、元首総統の資格を具備し、次等も内閣総理・大元帥の一流です。もし両耳が長く大きく垂珠があり、両眉が修長で竪って威勢を帯びれば、さらに思想が遠大で格外に英明、百代に芳名を流せます。
兩顴高聳上插玉堂,下近魚尾,加以兩目長豎,烏珠玄黃清充,此為政治人材、民政領袖、內閣總理、國議院長,次則外交部長、交通部長、立法院長、教育部長,又次則為出國領事、臨時公使。其人英明而勇,堅決而剛,堅忍耐勞,持久有恆也。
両顴が高く聳えて上に玉堂に插し、下へ魚尾に逼り、さらに両眼が細長で上に挑し、眼珠が黒の中に黄を帯びて清澈飽満。これは政治人材の相で、民政領袖・内閣総理・国会議長を為し得て、次等も外交部長・交通部長・立法院長・教育部長を為し、さらに次の等は駐外領事・臨時公使です。この種の人は英明で胆勇があり、決断が堅定で性情が剛強、堅忍して苦労に堪え、事をなすに持久して恒心があります。
兩顴高突上插玉堂,下近魚尾,加以華蓋骨長橫,輔角骨圓拱,此為軍政人材、軍機大元帥、陸軍總司令、海軍總司令、航空總司令,已成功之大將上將,次則要塞司令、邊鎮司令、衛戍司令之例。其人任勞有恆,堅決勇為,剛燥好勝,以成其功用也。
両顴が高く突き出て上に玉堂に插し、下へ魚尾に逼り、さらに華蓋骨が横に長く輔角骨が円く拱する。これは軍政人材の相で、軍機大元帥・陸軍総司令・海軍総司令・航空総司令を為し得て、すでに功を建てた者は大将・上将に封じられ、次等も要塞司令・辺鎮司令・衛戍司令です。この種の人は苦労を堪え恒心があり、決断が堅定で任事に勇み、性情が剛烈焦躁で強く勝ちを争い、これらによって彼の功業を成就します。
兩顴上突入邊城,下近魚尾,加以兩耳垂珠而長大,兩眉細長上豎,此為財政人材、財政總長、財務專員,次則開闢利源、督理關稅、創辦實業之例。其人明敏多才,查隱知微,遠見貪功,任勞穩見也。兩目長豎而清,烏珠玄蚓而充,加以華蓋骨長橫,兩耳垂珠,兩眉長拂,此為教育人材、文化大家、哲學博士,以及司法律師、警察官佐、縣治市政,一切勷助政治人物,中下之貴也。其人賢愚不等,巧拙不一,皆具中常智識也。
両顴が上へ突起して辺城に插入し、下へ魚尾に逼り、さらに両耳が長く大きく垂珠があり、両眉が細長で上に竪る。これは財政人材の相で、財政総長・財務専員を為し得て、次等も財源を開闢し関税を督辦し実業を創辦する類の事を為します。この種の人は聡明敏捷で才干が多く、隠微の処を察看し微を見て著を知るに善んで、眼光が長遠で功を立てることに熱中し、苦労を堪え見識が穏当です。両眼が細長で上に挑して清澈、眼珠が黒く亮んで白睛の上の血糸が蚓のようで神気が飽満、さらに華蓋骨が横に長く両耳に垂珠があり両眉が修長で舒展する。これは教育人材・文化名家・哲学博士の相で、司法界の律師・警界の官佐を為すことも、あるいは県・市一級の行政官を為すこともでき、一概に政治を輔助する人物に属し、中下等の貴格です。この類の人は賢愚が等しからず巧拙が一でありませんが、大抵は中等尋常の見識を具備しています。
輔角骨高起,天倉豐滿,水星闊仰,地庫厚朝,兩耳垂珠,兩眉修長,此為富而不貴,享受餘業,經濟利源,以及遠商近賈,工業技藝,因時而發達之格,具有通常智識,機巧任勞,穩見有恆也。兩觀平小下墜,或紋痕沖破,雖他部奇特,亦不過中下之貴,而作尋常事業。如兩目短矩圓,烏珠小淡,華蓋不起,此為勞碌奔馳、挫折失業;再加眉短低促,耳小短弱,則為風塵無依、衣祿不足,次則勞工舌役、奴僕下人之格也。
輔角骨が高く起り、天倉が飽満し、口形が闊大で上に仰ぎ、地庫が厚実で上へ朝拱し、両耳に垂珠があり、両眉が修長。これは富んで貴からざる格局です。先人の余った産業を承け享け、財源を経営し、あるいは遠近の売買・工業技芸を為し、時勢に随って発達します。この種の人は尋常の見識を具備し、機巧で労を任せることを肯んじ、見識が穏当で恒心があります。もし両顴が平く小さく下に墜ちるか(底本の「両観」は「両顴」の訛)、あるいは紋痕に衝破されていれば、それならたとえ他の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎず、尋常の事業しかできません。もし両眼が短小で形状が板滯し、眼珠が小さく色が淡く、華蓋骨がまた隆起しなければ、それは労碌奔波、屡々挫折に遭って失業する相です。さらに眉毛が短促して低く圧し、耳が短小単薄ならば、風塵に漂泊して依怙なく、衣禄が足りない命となり、次等はさらに労工雑役・奴僕下人の格局です。
兩顴高聳上插玉堂,下近魚尾,有此足可發達,離他部陷弱,亦作驚人事業。再加兩目長豎,玄明充聚,更進名級。如華蓋長橫,則有全國安危權柄。如兩耳垂珠而長大,兩眉修長而上豎,則英敏過人,志向遠大,而作非常事業,流芳千古也。德國人之厄牢行,與中國稍異,男子以七年為一厄,女子以六年為一厄。至於九年之厄,皆發達之期,又以加數之傍厄為刑剋破敗也。其氣色之吉凶,大體與中國同。
両顴が高く聳えて上に玉堂に插し、下へ魚尾に逼る。この一点だけでも発達するに足り、たとえその余の部位が低陷単薄でも、照様に驚くべき事業を成せます。もしさらに両眼が細長で上に挑し、眼珠が黒く亮んで神気が凝聚すれば、名位はさらに一級進みます。もし華蓋骨が横に長ければ、全国の安危に関わる権柄を握ります。もし両耳が長く大きく垂珠があり、両眉が修長で上に竪れば、聡敏が人に過ぎ、志向が遠大で、非常の事業を成し、千古に芳名を流せます。ドイツ人の厄年の推法に至っては、中国とやや異なり、男子は七年に一厄、女子は六年に一厄です。九年に一巡するあの厄に至っては、ドイツ人ではかえって皆発達の時期であり、五行に按じて加算して出す傍厄こそ、刑克破敗を主ります。気色の主る吉凶は、大体中国と同じです。
五.俄國人:高大敦厚,以五嶽高突如峰、骨倍於肉為第一,水星闊大斂角上仰為第二,兩目長大灰藍、神充聚而威煞為第三,山根高起貫印為第四,其它皆輔佐部,無足輕重也。茲特分類如下。五嶽高突如峰,敦厚雄大,骨過於肉,有此即為大貴之局。加以水星闊大斂角上仰,此為大貴而操國柄,及作驚人事業。再加兩目長大,烏珠藍明,神充有威煞,山根高起貫印,此為貴不可言,立身後盛名,具有全國首長資格,次亦特別重心人物。其人剛勇果敢,任勞務功,堅決勤能,持久有恆也。
第五、ロシア人。ロシア人の体貌は、身材が高大で敦実厚重です。彼らの相を見るに、第一に「五岳」(額・頤・鼻と両顴)が高く突起して山峰のようなことを重んじ、骨骼の分量が皮肉に倍することを重んじます。第二に口形が闊大で嘴角が収斂して上に仰ぐことを重んじます。第三に両眼が長大で眼珠が灰藍、眼神が飽満凝聚して威煞を帯びることを重んじます。第四に山根が高く起って上に印堂を貫くことを重んじます。その余の部位は皆ただ輔助で、重きをなすに足りません。以下にあえて分類して列挙します。五岳が高く突き出て山峰のようで、敦厚雄偉闊大、骨骼が皮肉に勝る。この一点があればすなわち大貴の格局です。さらに口形が闊大で嘴角が収斂して上に仰げば、大貴にして国柄を執掌し、驚くべき事業を成す相です。もしさらに両眼が長大、眼珠が藍で明るく、眼神が飽満して威煞を帯び、山根が高く起って上に印堂を貫けば、貴は言うべからず、身後の盛名を立てられ、全国の首脳の資格を具備し、次等も挙国が注目する重心の人物です。この種の人は剛強勇猛で果敢、苦労を堪え実功を務め、決断が堅定して勤勉能幹、事をなすに持久して恒があります。
五嶽高突如峰,敦厚雄大,骨過於肉,加以水星闊大,斂角上仰,此為政治人物、行政首長、黨務領袖,次則外交主任、交通主任、農工主任、司法主任、財政主任,又次則出國領事、臨時大使之例。其人英明多才,智勇雙全,志大任勞,堅忍持久也。
五岳が高く突き出て峰のようで、敦厚雄大、骨が肉に勝り、さらに口形が闊大で嘴角が収斂して上に仰ぐ。これは政治人物の相で、行政首長・党務領袖を為し得て、次等は外交・交通・農工・司法・財政の各部門の主管を為し、さらに次の等は駐外領事・臨時大使です。この種の人は英明で才干が多く、智謀と勇力を兼ね備え、志向が宏大で苦労を堪え、堅忍して持久できます。見るべきは、ロシア人において、五岳と口のこの二箇所がいったん合格に生えれば、文・武の両途ともに頭角を現せるということです。
五嶽高突如峰,敦厚雄大,骨倍於肉,加以兩目藍烏珠,神充有威煞,此為軍政人材、全國軍事首長、陸軍總司令、海軍總司令、航空總司令,次則要塞司令、邊鎮司令之例。其人剛直勇悍,任勞務功,好勝涉險,勤能自恃,以成其功用也。
五岳が高く突き出て峰のようで、敦厚雄大、骨骼が皮肉に倍し、さらに眼珠が藍を呈し、眼神が飽満して威煞を帯びる。これは軍政人材の相で、全国の軍事首長・陸軍総司令・海軍総司令・航空総司令を為し得て、次等も要塞司令・辺鎮司令です。この種の人は剛正耿直で勇猛剽悍、苦労を堪え実功を務め、勝ちを好み敢えて険に涉り、勤勉能幹で自らその能を恃み、これらによって彼の功業を成就します。
五嶽高突如峰,骨倍於肉,加以山根高起貫印,印堂骨長橫,此為財政人物、財政首長、財務專員,次則開闢利源、督理關稅、創辦實業,以及會計全國金融、預革新生產之格也。水星闊大斂斂角,北嶽方突朝仰,兩目藍睛神清充足,此為上智中智、勷助政治人材、文化大家、高等技師、教育職員、司法官佐、縣政警務、市政鐵道之類。其人巧拙不一,優劣不等也。
五岳が高く突き出て峰のようで、骨骼が皮肉に倍し、さらに山根が高く起って上に印堂を貫き、印堂骨が横に長い。これは財政人物の相で、財政首長・財務専員を為し得て、次等も財源を開闢し、関税を督辦し、実業を創辦し、および全国の金融会計を統管し、生産の革新を籌劃する類の事を為します。もし口形が闊大で両角が収斂し、「北岳」(顎)が方正に突出して上へ朝拱し、両眼が藍睛で眼神が清澈飽満ならば。これは上等か中等の智慧の人で、政治を輔助する人材に属し、文化名家・高級技師・教育職員・司法官佐を為し得て、あるいは県級の政務と警務・市政と鉄道の類の職事を為します。この類の人は巧拙が一でなく、優劣も参差不等です。
土星高起圓隆,兩顴上插敦厚,兩眉細長有稜,印堂窄小紋沖,此為遠商近賈、工業枝藝,因時能進展,衣食有盈餘,具有通常智識也。五嶽平小不拱,肉多而浮,雖他部奇特,亦不過中下之貴。加以口小唇紋,目小神呆,此為挫折無成、流離辛苦之格;再加山根陷弱,印堂窄紋,此為衣食不足、困苦受制,以及苦工賤役、奴僕下人。其人愚魯而拙,常識不充,或有聰明市自悞也。俄國人之厄年行,男子以九年為一厄,女子以八年為一厄,而加數之傍厄較重。其氣色之吉凶,大體與中國同。
鼻の頭が高く起って円隆、両顴が上に插して敦実厚重、両眉が細長で棱があり、印堂は窄小でまた紋路が衝破している。これは遠近の売買を為し、工業技芸を経営する相で、時勢に随って進展があり、衣食に盈余があり、尋常人の見識を具備しています。もし五岳が平坦で低く小さく拱起せず、皮肉が多く浮鬆ならば、それならたとえ別の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎません。もしさらに嘴が小さく、唇の上に紋が多く、眼が小さく神情が呆滯していれば、それは屡々挫折に遭い、一事も成さず、流離して辛苦する格局です。さらに山根が低陷単薄、印堂が窄小で紋があれば、それは衣食が足りず、困苦して人に牽制される命で、苦工賤役・奴僕下人に淪落するに至ります。この種の人は愚鈍笨拙で、常識が足りず、中にはもともと聡明なのに自ら自分を誤った者もいます。ロシア人の厄年の推法に至っては、男子は九年に一厄、女子は八年に一厄で、五行に按じて加算する傍厄の分量が比較的重いです。気色の主る吉凶は、大体中国と同じです。
六.日本國人:清秀白潤,以神清有威煞、蚯蚓盤烏珠為第一,兩顴高聳上插入邊城為第二,兩眉修長上豎有威為第三,土星植隆、口闊腮方為第四,其它皆輔佐部位,無足輕重也。茲特分類如下。兩目長大上豎,玄清有威煞,蚯蚓盤烏珠,有此即可貴名,而作驚人事業。加以兩顴高聳,上插邊城,此為大貴盛名,而操國柄。再加兩眉修長,上豎有威,此為公侯將相之格。再加土星植隆,口闊腮方,此為帝王之格,及百代流芳之事業也。
第六、日本人。日本人の体貌は、清秀で膚色が白潤です。彼らの相を見るに、第一に眼神が清澈で威煞を帯び、白睛の上の血糸が蚯蚓のように眼珠を盤遶することを重んじ、第二に両顴が高く聳えて上へ辺城に插入することを重んじ、第三に両眉が修長で上に竪って威勢があることを重んじ、第四に鼻梁が挺直豊隆で口が闊く腮が方いことを重んじます。その余の部位は皆ただ輔助で、重きをなすに足りません。以下にあえて分類して列挙します。両眼が長大で眼角が上に挑し、眼珠が黒く亮んで清澈して神が威煞を帯び、白睛の血糸が蚯蚓のように眼珠を盤遶する。この一点があればすなわち顕貴の名を得、驚くべき事業を成せます。さらに両顴が高く聳えて上に辺城に插せば、それは大貴にして盛名を享け、国柄を執掌する相です。もしさらに両眉が修長で竪って威を帯びれば、公侯将相の格局です。もしさらに鼻梁が挺直豊隆で口が闊く腮が方ければ、それは帝王の格で、百代に芳名を流す事業を成就できます。
兩日長大上豎,玄清有威煞,蚓盤烏珠,加以兩顴高聳,上插邊城,此為政治人材、民政首長、內閣總理,又次為內務省、外交省各首長之格。其人英明陰險,機巧不測,深任勞,好勝貪功也。兩目長大,玄明有威煞,蚓盤烏珠,加以兩眉修長,上豎有勢,此為軍政人材、陸軍省、海軍省,次則航空司令、要塞司令,已成功之大將上將。其人剛勇好爭,貪功務名,負氣冒險,任勞有恆也。
両眼が長大で上に挑し(底本の「両日」は「両目」の訛)、眼珠が黒く亮んで清澈して神が威煞を帯び、白睛の血糸が眼珠を盤遶し、さらに両顴が高く聳えて上に辺城に插す。これは政治人材の相で、民政首長・内閣総理を為し得て、次等も内務省・外交省の各部首長の格局です。この種の人は英明の中に陰沈を帯び、機巧で心思が捉摸し難く、城府が深く苦労を堪え、強く勝ちを争い、功を立てることに熱中します。両眼が長大で、眼珠が黒く亮んで神が威煞を帯び、白睛の血糸が眼珠を盤遶し、さらに両眉が修長で上に竪って気勢がある。これは軍政人材の相で、陸軍省・海軍省を掌ることができ、次等も航空司令・要塞司令で、すでに功を建てた者は大将・上将に封じられます。この種の人は剛強勇猛で勝ちを争うことを好み、戦功を貪求し名声を追逐し、意気で事を為して敢えて冒険し、苦労を堪えかつ恒心があります。
兩目長大玄明有威,加以土星豐隆,口闊腮方,此為財政大臣之藏相、警察大臣、出國領事、臨時大使,次則督理關稅,開闢利源。其人機巧奸詐,慎細深,具有中上才智,深通各國情形也。兩顴高突近魚尾,加以兩眉秀細修長,土星圓隆,口闊腮力,此為勷助政治人物、教育人材、哲學博士、縣治市政、司法律師,一切中下之貴。其人巧拙不等,良莠不一,具有通常才智也。
両眼が長大、眼珠が黒く亮んで威勢を帯び、さらに鼻の頭が豊満隆起、口が闊く腮が方い。これは財政大臣(日本では「蔵相」と称する)・警察大臣・駐外領事・臨時大使の相で、次等も関税を督辦し、財源を開闢します。この種の人は機巧で奸詐を帯び、謹慎細密で城府がまた深く、中上等の才智を具備し、各国の情形に極めて深く了解しています。もし両顴が高く突き出て魚尾に逼り、さらに両眉が秀細修長、鼻の頭が円隆、口が闊く腮に力があれば。これは政治を輔助する人物で、教育人材・哲学博士を為し得て、あるいは県・市の行政官と司法律師を為し、一概に中下等の貴格に属します。この類の人は巧拙が等しからず良莠が一でなく、具備するのは尋常の才智です。
兩眉細長,福堂高稜,土星圓齊,口勻厚仰,地庫方隆,此為經濟大家、銀行人材,以及遠商近賈、工業技藝,因時發達,衣食充足,又進田宅,富而不貴之格。其人聰明任勞,機巧狡詐,深遠見也。兩目濁淡流光,兩顴低小,兩眉短促,土星尖墜,水星小反,此為勞工苦役、奴僕下人、衣食不充、依人度日之格。其人巧拙不一,虛浮不定也。日本國人之厄年行,男子九年一厄,女子八年一厄,亦有加數傍厄,但以提前之應證厄為用居多,氣清故也。其氣色吉凶,完全與中國同。
両眉が細長で、福堂骨が高く起って棱があり、鼻の頭が円潤斉整、口形が匀称厚実で上に仰ぎ、地庫が方正に隆起する。これは経済大家・銀行人材の相で、遠近の売買を為し、工業技芸を経営し、時勢に随って発達し、衣食が充足し、さらに田産房宅を置き辦えられ、富んで貴からざる格局に属します。この種の人は聡明で苦労を堪え、機巧の中に狡詐を帯び、思慮が深遠です。両眼が渾濁して色が淡く目光が游移し、両顴が低く小さく、両眉が短促し、鼻の頭が尖削して下に墜ち、嘴が小さく唇が外に翻る。これは労工苦役を為し、奴僕下人となり、衣食が充たず、他人に依頼して生きる格局です。この種の人には巧みな者と拙い者があり、共通点は心性が虚浮で安定しないことです。日本人の厄年の推法に至っては、男子は九年に一厄、女子は八年に一厄で、同じく五行に按じて加算する傍厄がありますが、多くは早めた方の応証厄を用いて断じます。これは日本人が禀気の清いことゆえです。気色の主る吉凶は、中国と全く同じです。
公篤曰:西人之相,大體如上論,亦有相連之國,以此類推可也。餘以其人事實,又據多數像片考查,參合而定也。他日餘能遊歷,另補細則。至於寒帶之人,形質與精神有餘,而氣色不足;熱帶之人,精神與氣色不足,而形質有餘。故寒帶之人多壽,而入較遲;熱帶之人多夭,而暫較早。
陳公篤が言う。西洋各国の人の相は、大体以上に論じた通りです。このほかにこの数国と相隣接する国々があり、これに照らして類推すればよいです。私のこれらの結論は、その人の実際の事跡を取り、さらに大量の写真を考查に依拠し、参合して印証して定めたものです。将来私がもし自ら遊歴できれば、さらに細らに細則を補写します。地帯の差別に至っては、寒帯の人は形体と精神が余り、気色が足りません。熱帯の人は精神と気色が足りず、形体が余ります。ですから寒帯の人は多く長寿で、衰老が来るのが比較的遅いです。熱帯の人は多く短命で、衰老が来るのが比較的早いです。
溫帶之人,精神與氣色有餘,而形質不足,則盛世多壽,而平穩持久;亂世多夭,而暴發多變。故用相法,先查其何形體,次查其何地形,分其氣候之寒熱,取其主客之衰旺,自容易分別其貴賤,知其貧富,定其壽夭也。
温帯の人は、精神と気色が余り、形体がやや不足の嫌いがあります。ですから太平の世では多く長寿を得、一生が平穏で持久します。乱世では多く夭折し、たとえ発達しても来るのが暴烈で多く変わります。それゆえ相法を運用するには、まずその人がどの形体(金木水火土)に属するかを見て、次に彼の処する地形がどれかを見、当地の気候の寒熱を分辨し、「主」(本人の禀赋)と「客」(水土の環境)の両方面の盛衰を権衡すれば、自然にその人の貴賤を分辨しやすく、その貧富を知り、その寿夭を断定できます。
中国各地の重要取法
公篤曰:地形為相法綱領之一,蓋山水氣候,而化形質故也。古人有南北之分,略而不詳。其大綱有三:凡山多水少者,以形格骨質多占分數;水多山少者,以精神氣息多占分數;山水各半者,以聲音氣色多占分數。茲特分錄如下。
陳公篤が言う。地形は相法の綱領の一つです。なぜなら一方の山水気候は一方の人の形体気質を化育するからです。古人はただ漠然と南方・北方に分け、説くことも簡略で詳しくありませんでした。実は大綱は三条あります。およそ山が多く水が少ない地方は、相を見るに形格・骨質の占める分数を重んじます。水が多く山が少ない地方は、精神・気息の占める分数を重んじます。山水が各半の地方は、声音・気色の占める分数を重んじます。以下にあえて分条して記します。
一.南人:南人者,長江以南之通稱也,以南嶽為地形之重要,而形局濁厚者反為貴格也。蓋南方水多山少,其人物清秀者頗多,而濁厚者反少故也。額為南嶽,其卦象離,而為上炎之義。凡南嶽方拱圓突,玉柱上聳,金城平橫,皆為大貴,具有全國元首資格。如他部不足或陷弱,亦作偉大事業,其亦早而成名,蓋南嶽多占分數故也。
第一、南方の人。いわゆる南人は、長江以南の通称で、相を見るに「南岳」(額)を地形上最も緊要の部位とします。しかも形局が渾厚な者がかえって貴格です。これは南方が水が多く山が少なく、当地の人は清秀の者がとても多く、渾厚な者がかえって少なく、物は稀を以て貴しとするからです。額を南岳と称し、卦象では離に属し、取るのは火性が上炎する義です。およそ額部が方正に拱起し、円潤突出し、「玉柱」(山根が直に上上額を貫く骨)が聳立し、「金城」(髪際の下の一帯)が平正横闊な者は、皆大貴を主り、全国の元首の資格を具備します。たとえその余の部位が不足か低陷でも、同じく偉大な事業を成せ、しかも成名が比較的早いです。なぜなら南方では、額の占める分数が最も重いからです。
二.北人:北人者,黃河以北之通稱也,以地閣水星為地形之重要,而形局清秀者反為貴格也。蓋北方山多水少,其人物濁厚者頗多,清秀者反少故也。頦為地閣,又名北嶽,其卦象坎,而為沉降之義。凡北嶽拱突朝天,燕領重城,皆為大貴,而操全國安危之柄;次則兩腮方突犄角,水星方稜上仰,亦為上貴之局。如他部不足或陷弱,皆作偉大事業,其較遲,而成功亦晚,蓋北嶽多占分數故也。
第二、北方の人。いわゆる北人は、黄河以北の通称で、相を見るに「地閣」(顎)と「水星」(口)を地形上最も緊要の部位とします。しかも形局が清秀な者がかえって貴格です。これは北方が山が多く水が少なく、当地の人は渾厚の者がとても多く、清秀な者がかえって少ないからです。顎を地閣と称し、また「北岳」とも呼ばれ、卦象では坎に属し、取るのは水性が沈降する義です。およそ顎が拱突して天を朝え、頷の下が燕頷のようで腮が重城のような者は、皆大貴を主り、全国の安危の権柄を執掌できます。次等の、両腮が方正に突出して犄角のようで、口形が方正に棱が起って上に仰ぐ者も、上等の貴格です。たとえその余の部位が不足か低陷でも、照様に偉大な事業を成せますが、ただ発跡が比較的遅く、成功も遅いです。なぜなら北方では、顎の占める分数が最も重いからです。
三.中部:中部者,長江以北、黃河以南之通稱也,以中嶽及兩顴為地形之重要。凡山根上貫玉柱,土星勻圓虎形,兩顴上插邊城,三嶽聳突有勢,有此即為上貴特權,而成其盛名事業。如他部不足或陷弱,亦可發達,而成名立功也。其中晚二均吉,蓋以中嶽兩顴多占分數故也。
第三、中部の人。いわゆる中部は、長江以北・黄河以南のこの一帯の通称で、相を見るに「中岳」(鼻)と両顴を地形上最も緊要の部位とします。およそ山根が上へ直貫して玉柱を成し、鼻の頭が匀称円潤で鼻の形が虎のようであり、両顴が上に辺城に插し、鼻と両顴の三箇所が一斉に聳突して気勢がある。この一点があればすなわち上等の貴格で特権を握り、盛名を享ける事業を成就できます。たとえその余の部位が不足か低陷でも、同じく発達し、成名して功を立てられます。この種の人は中年・晚年の両運ともに吉です。なぜなら中部では、鼻と両顴の占める分数が最も重いからです。
四.山東:古名魯省,因泰山之東而得名也,以山根高貫、年壽有染為地形之重要。其地為陽氣之亢龍,傍山臨海,地勢回曲掩映,故山根高起上貫印堂者為中貴,上貫百會成玉柱者為上貴,加以年壽有樑柱,雄起有勢成捲筒,則為大貴,具有中上才智,而立遠大志向。如再有伏犀骨拱,兩顴上插,此為元首資格,次亦流芳事業,最次亦出將入相、而操全國安危之柄。其人雄果敢,智勇兼備。如山根不高,年壽無樑,伏犀不拱,玉柱不成,則為平常之格,雖他部奇特,亦不過中下之貴耳。蓋地形之偏重,以山根之玉柱、年壽之捲筒多占分數也。
第四、山東。山東は古く魯省と称し、泰山の東にあることに因んで名を得ました。相を見るに山根が高く起って上に貫くこと、「年上寿上」(鼻梁の中段)が挺起して骨あることを地形上最も緊要の部位とします(底本の「有染」は「有梁」とすべき)。この地は陽気が亢盛する区で、山に依り海に臨み、地勢が回環して掩映します。ですから山根が高く起って上に印堂を貫く者は中等の貴格で、一直線に頭頂の百会まで貫いて玉柱を成す者は上等の貴格です。さらに鼻梁の中段に骨梁の支えがあり、雄壮で勢いがあり形が卷筒のような者は、すなわち大貴で、中上等の才智を禀け、遠大な志を立てます。もしさらに伏犀骨が拱起し、両顴が上に插せば、元首の資格を具備し、次等も後世に芳名を流す事業を成就でき、最も下でも将を出し相に入り、全国の安危の権を執掌します。この種の人は雄健果敢で、智勇を兼ね備えます。逆に、もし山根が高くなく、鼻梁に骨がなく、伏犀が拱せず、玉柱を成さなければ、それは平常の格局で、たとえ他の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎません。なぜなら山東という一方の水土が偏り重んじるのは、まさに山根の玉柱と鼻梁の卷筒で、この二箇所の占める分数が最も多いからです。
五.河南:古名豫省,又名中州,居中國之中心,因黃河之南而得名也,以印堂土星為地形之重要。河南上應天心,下應地膽,中嶽嵩山在其地,故印堂方突長橫,有此即為貴格;加以土星圓隆,井灶勻配,或如蒜形,或如截筒,此為上貴之局。如中嶽長植高起,而準頭蘭臺勻圓如珠,合併不分,是名虎形,此為大貴,而作非常事業;如聲音清長,則操全國安危之柄,具元首之資。如山根陷弱,準頭尖小,雖他部奇特,亦為中下之貴,蓋中嶽全部多占分數也。
第五、河南。河南は古く豫省と称し、また中州とも呼ばれ、中国の中心に位し、黄河の南にあることに因んで名を得ました。相を見るに印堂と鼻を地形上最も緊要の部位とします。河南は上に天心に応え、下に地胆に応え、五岳の中の中岳嵩山がまさにこの地にあります。ですから印堂が方正飽満で横に寛長な者は、この一点があればすなわち貴格とみなします。さらに鼻の頭が円隆で、「井竈」(鼻孔)が匀称して相配し、鼻の形が或いは蒜頭のよう、或いは截断した竹筒のようであれば、それは上等の貴格です。もし鼻が長く挺直して高く起り、鼻の准頭と「蘭台」「廷尉」(鼻翼)が匀円して珠のようで、一片に連なって界限を分かち得なければ、これを「虎形」の鼻と呼び、大貴を主り、非常の事業を成せます。もしさらに声音が清亮悠長ならば、全国の安危の権を執掌でき、元首の資質を具備します。逆に、もし山根が低陷単薄、鼻の准頭が尖小ならば、たとえ別の部位が奇特に生えていても、中下等の貴に過ぎません。なぜなら河南では、鼻部全体の占める分数が最も多いからです。
六.山西:古名晉省,因泰山之西而得名也,以日月角、輔角及邊城為地形之重要。其地跨長城之要塞,倚太行山脈之腰枕,輔角傍邊城,為邊地之關鍵。凡晉人以輔角骨高突上插,則為中貴之級;加以日月角高聳上插,此為大貴之局,操全國之安危;如各部再加清奇,此為帝王之局,次亦僭號之格。如日月角不高聳,輔角骨不上插,雖他部清奇,亦不過中下之品級、平常之事業,蓋以日月角輔角為地形之合法,而發達較易也。七.安徽:古名皖省,其地接近長江,又多湖沼,山水化出清秀,而鍾靈毓秀之處頗多。以歷史考之,多出偉大人物,為帝王,為公侯將相,以及文?
第六、山西。山西は古く晋省と称し、太行山の西にあることに因んで名を得ました(底本は「泰山之西」と作るが、「太行山」の誤りとすべき)。相を見るに「日角」「月角」(左右の額角)、「輔角骨」および「辺城」を地形上最も緊要の部位とします。この地は長城の要塞を横に跨ぎ、背に太行山脈の腰身を倚り、そして輔角骨が辺城に緊く挨り、まさに辺地の関鍵の処です。およそ山西人で輔角骨が高く突き出て上に插す者は、すなわち中等の貴格です。さらに日月角が高く聳えて上に插せば、大貴の格局で、全国の安危を掌れます。もしその余の各部がさらに清奇に生えていれば、それは帝王の局で、次等も割拠して僭号する格です。逆に、日月角が高く聳えず、輔角骨が上に插さない者は、たとえ別処が清奇でも、中下等の品級・平常の事業に過ぎません。なぜなら日月角と輔角はまさに山西の地形の取義に合し、この処が良く生えれば発達しやすいからです。第七、安徽。安徽は古く皖省と称し、地は長江に近く、また湖泊沼沢が多く、山水が清秀の気を化育し、鍾霊毓秀の地方がとても多いです。歴史を考するに、この地は多く偉大な人物を出し、帝王を為した者があり、公侯将相を為した者があり、および文某などの流があります(底本の正文はここで戛然として中断し、「文」の字以下が脱落している。巻の分かれた断簡によるものとすべきで、ここに敢えて臆補しない)。
『公篤相法』下篇巻八
新修緊要気色総図
公篤曰:氣色部位全圖,古法繫三百六十五個部位,按周天數之義也。各家所備載,即十三部位總圖,而未詳論應征之候,亦末言及事實之專司。以余考之,是圖出於兩周之時,而非風后氏鑑定之圖也。其中有虛設挪雜、無關輕重者尤多,後人多附會其說,拘泥其文義,呆滯其事實,混亂人之眼目,而不驗也。茲特刪改其緊要部位,為四十五部位,均有重要關係。氣色部位名稱,與限部位名稱不同,各有專司故也。其詳解分類,逐一說明,以便容易記憶,亦容易瞭解,而應驗確實也。
陳公篤が言う。気色部位の全図は、古法では三百六十五箇所の部位と定め、取るのは周天三百六十五度の義です。各家の相書に載せるのは、すなわちあの「十三部位総図」ですが、応験の時を細かく説くこともなく、毎箇所の部位が各々何事を主るかを講じることもありませんでした(底本の「亦末」の「末」は「未」の訛)。私の考究によれば、この図は東西の両周の時に出たもので、黄帝の臣の風后が審定した原図ではありません。図の中には虚設雑湊・軽重に関わらない部位が特に多く、後人はまた多くその説に附会し、字面に拘泥して、活きた事理を死んで講じ、人を眼花繚乱させて、実際に用いると決して霊験ではありません。いま私はあえて刪改し、ただ緊要の四十五箇所の部位を留め、個々に皆重要な関係があります。注意すべきは、気色部位の名称は流年の「限」部位の名称と同じでなく、この二つは各々各の事を主るからです。以下に逐一分類して詳しく解し、記憶に便く、理解にも便くして、応験して初めて確実で頼りになるようにします。
第一章 気色説
公篤曰:古法氣色部位繁緊,名目亦多,地位不實,各家相法盲指瞎謂,各說不一,閱者頗厭其煩,又無把握之認定,亦無稽考之證實。茲特繪其緊要部位,限定地點,及吉凶禍福,各有專司,使閱者容易記億,詳明某輕重之旨,分別其吉凶之要。
陳公篤が言う。古法における気色の部位はまた繁くまた密で、名目も多く、しかし指す地位は落ち着きません。各家の相書はやみくもに指し乱説し、各々一説を執り、読む人はまず厭煩します。把握して認定するもなく、稽考して証実する処もありません。いま私はあえて緊要の部位を図に絵り、毎箇所の部位の地点を劃定して清楚にし、あわせてそれが各々どの類の吉凶禍福を主るかを説明し、読者に容易く記憶させ(底本の「記億」は「記憶」とすべき)、その中の孰が軽く孰が重いかの意旨を明白にし、吉凶の関鍵の在所を分け清楚にします。
夫氣者,為先天之動機,不根據五臟六俯,無定位也;色者,為後天之華表,根據五行四時,順天道也。蓋氣隱於皮膚之內,為事實之先表,在三十日以前則潛伏,合兩節令之氣候也;其關係之大者,有前一百八十日潛伏之,合陰陽之氣候也。色浮於皮膚之外,為事實之應驗,在十五日以前則潛伏之,合一節令之氣候也;其關係之大者,有前九十日潛伏之,合半陰陽之氣候也。二者如雪上之霜、水上之冰,大體相似而實異也。如不細心考察,則有差寸誤尺,而無標準之應驗矣。
いわゆる「気」は、先天が発動する機兆で、それは五臓六腑に依附せず、固定の位置がありません。いわゆる「色」は、後天が顕露する表徴で、それは五行と四時に依って変わり、天道に順応します。気は皮膚の内に隠れ蔵れ、事がまだ発生しない前の先兆で、一般に事発の三十日前に潜伏し、ちょうど二箇の節令の気候の数に合します。関係が重大な者は、さらに百八十日前にすでに潜伏し、一年の陰陽消長の気候に合します。色は皮膚の外に浮現し、事がまさに応験せんとする顕示で、一般に事発の十五日前に潜伏し、ちょうど一箇の節令の気候に合します。関係が重大な者は、九十日前に潜伏し、半年の陰陽の気候に合します。この両者はたとえば雪の上に結ぶ霜、水面に結ぶ氷のようで、大体相似するも実質は同じでありません。もし細心に考察しなければ、毫釐を差せば千里を謬り、応験にも准じるところがなくなります。
其法如何?蓋先分虛實,次分清濁,再別其長短大小,又別其濃淡輕重,最後分其枯燥靜潤,又別其剋制生化,以五行四時而論禍福吉凶,則事實之應驗、時間之早遲,有所決定矣。其中分兩種:一為有氣無色,此為潛伏種因,而時間末至,則考其它部位之變化,而判其成功與中阻;一為有色無氣,此為虛浮引線,而事實有變,則考其它部位之生化,而判其暫時與過渡。有氣有色,則為定論不移,而限定時期應證也。
具体的にはどう見るか。まず虚と実を分け、次に清と濁を分け、さらにその長短大小を辨し、またその濃淡軽重を辨し、最後にその枯燥か静潤かを辨し、さらにそれと時令の間が相克相制か相生相化かを辨します。それから五行四時に按じて禍福吉凶を論断すれば、事の応験するか否か・時の来るのが早いか遅いかが、皆定められます。その中にまた二種の情形を分けます。一つは「気有りて色無し」で、これは禍福の種子がすでに埋下され潜伏して未だ発せず、時がまだ至っていない(底本の「末至」の「末」は「未」の訛)ので、この時は他の部位の変化を察看して、この事が最終に成功するか中途で阻まれるかを判断します。もう一つは「色有りて気無し」で、これは虚浮の引線で、事はまた変を生じ、この時は他の部位の生化を察看して、それがただ暫時の現象か一箇の過渡かを判断します。もし気と色がともにあれば、それは鉄のごとく定まって移らない結論で、時期を限定してその応験を断じられます。
故充足者,其事實應驗必速;沉滯者,其事實應驗必遲;長濃者,其事實之關係較大;短淡者,其事實之關係較小。其破敗之氣,有九年不敬盡者,亦有七年五年三年,至少則應一年;其色有驗一年不敬盡者,亦有一季一月,至少則應半月。其發達之氣,有五年不改變者,亦有三年二年,至少則應一年;其色有驗一年不改變者,亦有一季一月,至少則應十五日。此為一定時間。
ですから気色が飽満充足していれば、事の応験は必ず速く、沈滯して揚がらなければ、応験は必ず遅いです。色沢が長くて濃いものは、関わる事が比較的大きく、短くて淡いものは、関わる事が比較的小さいです。破敗を主る気は、九年を延びてもまだ消え尽きないものがあり(底本の「敬尽」は「散尽」とすべき)、七年・五年・三年のもあり、最も短くても一年は応じます。破敗を主る色は、一年を足して応じてもまだ散り尽きないものがあり、一季・一月のもあり、最も短くても半月は応じます。発達を主る気は、五年変わらないものがあり、三年・二年のもあり、最も短くて一年を応じます。発達を主る色は、一年を足して応じて変わらないものがあり、一季・一月のもあり、最も短くて十五日を応じます。これが気色応期の定数です。
至於氣色之形式不一,或如粟如豆,如絲如髮,或碎如米,或圓如珠,或方加印,或長如針,或如浮雲飛鳥,或如晚霞蜿蜒,總以現於何部而關係何事,變成何色而關係何項,俱宜按時令之生剋制化、來去之久暫重經,為一定之斷驗也。
気色の現れる形狀に至っては様々あります。あるものは小米に似て豆粒に似て、あるものは糸に似て髪に似て、あるものは細かく砕けて米屑のよう、あるものは円潤して珠子のよう、あるものは方正して印章のよう、あるものは細長して針のよう、あるものは浮雲や飛鳥に似て、あるものは晩霞のように蜿蜿として敷き広がります。要するにそれがいずれの部位に現れるかを見れば、どの類の事に関わるかが分かり、どの色に変わるかを見れば、どの項の吉凶に関わるかが分かります。断験するには皆当令の時節の生克制化、およびこの一団の気色の来去の久暫と軽重(底本の「重經」は「軽重」とすべき)に按じて、初めて確切な結論を定められます。
第二章 気色認法
青色分三種:一.青色屬木,其卦屬震,其音為角,其令為春,是為天氣上升之初也。故青而明潤、有生氣者,是為青色之正色。二.滑色,為青色之別種,青中帶黃,青黃夾雜,合而為一色,是為滑色。三.膩色,為青色之別種,青淡而有浮光,似豬脂之塗,一為青白含色,是為膩色。
青色は三種に分かれます。第一種「青色」。五行の木に属し、卦では震に属し、五音では角に属し、時令では春に属し、天地の気が上昇し始める段階です。ですから青くして明亮潤沢で、生機を透すものこそ、青色の正色です。第二種「滑色」は、青色の変種です。青の中に黄を帯び、青黄が夾雑して混じり一色を成すのを、滑色と呼びます。第三種「腻色」も、青色の変種です。色が青くて淡く、表面に一層の光が浮き、豚油を塗ったようなものです。もう一つは青白が相含むもので、これも腻色に帰します。
紅色分五種:一.紅色屬火,其卦屬離,其音為徵,是為麗明之象,其令為夏,天氣上升之極也。紅而活潤,得其正色,是為紅色。二.紫色為紅色之別種,紅而極淡,如紫霰之經,形雲之淡,紫而光潤,是為紫色。三.燥色,為紅色之別種,為紅色之不足,紫色之有餘,是為燥色,紅淡而浮也。四.赤色,為紅色之別種,深紅而停滯,紅中帶黑色,紅黑合併為一,如豬肝色,是為赤色。五.絳色,為紅色之別種,紅而有粉光如膏如脂,其色聚而浮露,是為絳色。
紅色は五種に分かれます。第一種「紅色」。五行の火に属し、卦では離に属し、五音では徵に属し(底本は「征」と作る)、取るのは附麗して光明なる象です。時令では夏に属し、天地の気が上昇して極点に至る段階です。紅くして鮮活潤沢なものこそ、その正色で、これを初めて紅色と呼びます。第二種「紫色」は、紅色の変種です。紅が極めて淡く、淡紫の霰雪のよう、稀薄の彩雲のようで、紫にして光潤あるのを、紫色と呼びます。第三種「燥色」も、紅色の変種です。正紅に比べて足りず、紫色に比べて余りあり、紅くして淡くかつ表面に浮くのを、燥色と呼びます。第四種「赤色」も、紅色の変種です。深紅で凝滯して動かず、紅の中に黒を帯び、紅黒が併びて一色を成し、猪肝の色のようなのを、赤色と呼びます。第五種「絳色」も、同じく紅色の変種です。紅の中に一層の粉光を帯び、油膏のよう・脂肪のようで、顔色が一塊に聚まって外に浮露するのを、絳色と呼びます。
黃色分二種:一.黃色屬土,其卦屬坤,其音為宮,其令為三六九全月,是為天氣半升半沉之間,辰戍丑末之四隅也。黃而活潤,是為正色之黃色。二.黯色,為黃色之別種,其色黃中帶黑,停滯不潤如油垢,是為黯色,或名暗色。白色分二種:一.白色屬金,其卦屬兌,其音為商,其令為秋,是為天氣下降之初也。白而瑩潔,是為正色之白色。二.慘色,為白色之別種,白滯而浸色,內白外膩,合而為一色,是為慘色,或枯色,即白如枯骨之謂也。
黄色は二種に分かれます。第一種「黄色」。五行の土に属し、卦では坤に属し、五音では宮に属し、時令では三月・六月・九月・十二月のこの四箇月に属し(底本は「三六九全月」を例に挙ぐ)、まさに天地の気が半ば昇り半ば沈む際、すなわち辰・戌・丑・未の四つの土支の居る四隅の位です。黄くして鮮活潤沢なものは、黄色の正色です。第二種「黯色」は、黄色の変種です。黄の中に黒を帯び、凝滯して潤わず、油垢が沾り付いたようなのを、黯色と呼び、また暗色とも呼びます。白色は二種に分かれます。第一種「白色」。五行の金に属し、卦では兌に属し、五音では商に属し、時令では秋に属し、天地の気が下降し始める段階です。白くして晶瑩潔淨なものは、白色の正色です。第二種「慘色」は、白色の変種です。白くして凝滯し、水に浸されたようで、裏層は白く泛き外層は腻を帯び、両者が合わさって一色を成すのを、慘色と呼び、また枯色とも呼び、すなわち枯骨のように白い義です。
黑色分二種:一.黑色屬水,其卦為坎,其音為羽,其令為冬,是為天氣沉降之深也。黑而明潤如鴉翎,是為正黑之色。二.晦色,為黑色之別種,其色昏沉,為地灰之溼,與慘色相似,而慘色略淡侵,晦色略深溼,其中有薄紗染皂,皆為晦色,或為滯色,而有塵垢之例。
黒色は二種に分かれます。第一種「黒色」。五行の水に属し、卦では坎に属し、五音では羽に属し、時令では冬に属し、天地の気が沈降して最深に至る段階です。黒くして明亮潤沢、烏鴉の羽毛のようなものこそ、純正の黒色です。第二種「晦色」は、黒色の変種です。顔色が昏暗低沉で、地に上がった湿り気の灰土のようで、見れば慘色と相似します。分別は、慘色はやや淡くして浸潤し、晦色はやや深くして湿重であることにあります。その中にまた一種、薄紗が黒皂色に染まったようなものがあり、皆晦色に帰し、あるいは滯色と呼ばれ、見れば一層の塵垢を蒙ったようです。
公篤曰:綜上各色,共十四種,其中最難分辨者,紅色之五種耳,皆以深淡濃而分類也。凡學風鑑術者,能分辨紅色之五種,其它各色皆易辨認也;次則青色之三種,為第一之難分辨也。至於黃白黑三種,以明潤而有生氣為正色,以滯暗而無生氣為別種,故有一定之認法,不可依稀彷彿,疑是疑非,而出範圍也。根據上例十四種之分,方是正宗而合法也。
陳公篤が言う。上面に列ねたのを綜合すると、各色は全部で十四種あり、その中で最も分辨し難いのは紅色のあの五種で、それらは全て深淺濃淡に拠って分類します。およそ相を学ぶ人は、ただ紅色の五種を分け清楚にできれば、その余の各色は皆辨認しやすいです。次に難しいのは青色の三種で、これも初学の時の第一の難関です。黄・白・黒の三種に至っては、一律に明亮潤沢で生機を透すものを正色とし、凝滯晦暗で毫も生機なきものを変種とし、認法は固定していて、模模糊糊・似是而非に、この範囲を越えて乱に猜してはなりません。上に挙げた十四種の分類に依って見れば、初めて正宗にして法度に合します。
第三章 浮沉定批注
公篤曰:氣色前分十四種,是為綱領,尚有三色,即浮色、沉色、定色也。然此三色,也括各色之分類,而變法則多,可以十四種氣色而化出四十二種氣色也。然其繁煩中有簡便認定之處,其大體之根據如下三項。
陳公篤が言う。前に気色を十四種に分けたのは、あれは総綱です。このほかにまた三種があり、すなわち「浮色」「沈色」「定色」です。この三色は実は前面の各色をさらに一層区別するもので、変化は多くなります。十四種の気色が各々浮・沈・定の三態を配すれば、すなわち四十二種の気色を化出します。見れば繁瑣のようですが、その中に簡便な認定の弁法があり、大体下面の三項に依拠します。
一.浮色。浮者,浮出皮膚之外,膩然有光,如塗脂塗膏也,而各色皆有浮色。其事實如上論,與有色無氣相等,則為事實之虛浮影子,尚有變局在後,由此項關係,發生彼項關係。凡有浮色之發現於各部,雖有十分把握之略,萬分穩當之名利,皆有時局影響,人事變遷,而不收功也。某處危險驚險,方可化解,而有救,或為直接之保留,或為間接之救護。至於官訟是非、哭泣損失,皆不為害,而有生機之轉移也。故有青浮之色、膩浮之色、滑浮之色、黃浮之色、黯浮之色,其它紅自黑晦,均有浮色在內也。其認定法,則分遠近耳:其遠看有此色,近看無比色,均通稱為浮色。故上述有十四種氣色,則浮色亦有十四種氣色也。
第一種は「浮色」です。いわゆる浮は、顔色が皮膚の外に浮き出て、油膩として光を泛べ、脂膏を塗ったようなものです。十四色の中の每一色も皆浮態を呈し得ます。それが主る事は、前に言った「色有りて気無し」のごとく、ただ事の一つの虚影で、後にまた変局があり、往々にしてこの一端の関係からまた彼の一端の関係を牽き出します。およそある部位に浮色が現れれば、たとえ謀劃に十分の把捉があり名利が万分穏当に見えても、終に時局の影響・人事の変遷に擾されて功を収められません。逆に、もしある処にもともと危険驚恐があれば、浮色を見てかえって化解して救いを得、あるいは直接に保全され、あるいは間接に人の救護を得ます。官司是非・哭泣損失の類に至っては、浮色を見ても皆大きな害を成さず、なお生機に転じ出られます。ですから青浮色・腻浮色・滑浮色・黄浮色・黯浮色があり、その余の紅・白・黒・晦(底本の「紅自」の「自」は「白」の訛)の各色も、皆各々その浮色があります。認定の弁法はただ遠近の別に在りて、遠く見ればこの顔色があり、近づいて見れば無いのを、一概に浮色と称します。ですから上の十四種の気色に対し、浮色もすなわち十四種あります。
二.沉色。沉者,隱於皮膚之內,凝滯無光,晦昧不明也,而各色皆有沉色。其事實如上論,即有氣無色相等,則為事實之羈留久延,雖有其可能之性質,中有糾紛發生,為牽制之點,或為人事變遷,或為天時轉移,或為地形災患,此為意外之障礙,中道改組也,是為種因之例,或過渡之例,欲速而反遲,欲進而反勞。其官祿財源之所,遲遲不發表也;行動條約之所決,遲遲不就範也。至於遺累官訟、口舌損失,皆為似是而非、若有若無之類也。故有紅沉之色、赤沉之色、燥沉之色、絳沉之色、紫沉之色,其它青黃白黑,均有沉色在內也。其認定法,則分遠近耳:遠看無比色,近看有此色,均通稱為沉色。故上述有十四種氣色,則沉色亦有十四種氣色也。
第二種は「沈色」です。いわゆる沈は、顔色が皮膚の内に隠伏し、凝滯して光なく、昏昧として明らかでないものです。十四色の中の每一色も皆沈態を呈し得ます。それが主る事は、前に言った「気有りて色無し」のごとく、事が羈留され拖延することです。事の本身に成す可能があるものの、中間に糾紛を生じて牽制を成し、あるいは人事の変動、あるいは天時の転移、あるいは地方上の災患、要するに意外の障碍で、半途の改組に至らせます。これは「種因を埋下」したか「なお過渡に在る」かの例に属します。速くせんと欲してかえって遅く、進まんと欲してかえって徒労です。官職俸禄・財源の在所する事は、遅々として発表を見ず、行動と条約の議定する事は、遅々として落實できません。牽連の官司・口舌上の損失に至っては、皆似有似無・若隠若現の類です。ですから紅沈色・赤沈色・燥沈色・絳沈色・紫沈色があり、その余の青・黄・白・黒の各色も、同じく各々その沈色があります。認定の弁法もまたただ遠近に在りて、遠く見ればこの顔色がなく、近づいて見ればあるのを、一概に沈色と称します。ですから上の十四種の気色に対し、沈色も十四種あります。要するに沈色は一つの「遅」の字・一つの「滯」の字を主ります。およそ沈色を見れば、謀事は緩く図るべく急進すべからずで、愈々急げば愈々滯る。これが沈色を以て事を断ずる要訣です。
三.定色。定者,定而不移之色,內外一樣,明顯而可辨認也,而各色皆有定色。其事實如上論,即有氣有色相等,則為事實之先機,有此而為根據也。故凡有定色,則所者必發表,而達到目的,或有意外之兼,均為可能之達到,不另費手續,而無周折也。至於危險之色、驚險之色、驚疑損失之色、牢獄官非之色、孝服刑剋之色、破財牽制之色、受累是非之色,均從此定色而決斷之也。故有白定之色、慘定之色、黑定之色、枯定之色,其它青黃紅滑各色皆有定色。其認定法,則分遠近耳:其遠看有此色,近看有此色,均通稱為定色。放上述有十四種氣色,則定色亦有十四種氣色也。
第三種は「定色」です。いわゆる定は、定まって移らない顔色で、裏も外も一つの様で、明顕で辨認しやすいものです。十四色の中の每一色も皆定態を呈し得ます。それが主る事は、前に言った「気有り色有り」のごとく、事の確切な先兆で、これに拠って断語を下せます。ですからおよそ定色を見れば、謀る所の事は必ず公開に落實し目的に達し、さらに別に意外の収穫さえあって、皆順調に手に入り、別に周折の手続を費やす必要がありません。凶の一面に至っては――危険の色・驚険の色・驚疑損失の色・牢獄官非の色・孝服刑克の色・破財牽制の色・受累是非の色――も一律にこの定色に憑って決断を下します。ですから白定色・慘定色・黒定色・枯定色があり、その余の青・黄・紅・滑の各色も皆定色があります。認定の弁法はなお遠近に在りて、遠く見ればこの顔色があり、近づいて見てもやはりこの顔色なのを、一概に定色と称します。ですから上の十四種の気色に対し、定色も十四種あります。要するに定色は一つの「准」の字を主ります。吉でも凶でも、皆それが顕現する様の通りに期如に兌現し、浮・沈・定の三色の中で最も憑信できる一種で、断験する時はそれを以て主とすべきです。
第四章 気色関係
公篤曰:氣色為先天之動機,事實之表現,如其氣色發生,則有事實之應驗也。其氣色各有正當之關係,各有附帶之關係,各有連帶之關係,各有牽動之關係;又有因其人之地位如何,財產之等級如何,才智之賢愚如何,天性之剛柔如何,行事之廉潔與奸貪如何,決斷之持重與冒險如何,環境之安全與逼迫如何,器量之宏大與窄狹如何。此為相法之重要點,茲特分類詳註如下。
陳公篤が言う。気色は先天の動機の顕露であり、また事の外在的表現です。ある気色さえ発生すれば、必ず相応の事実があって応験します。毎一種の気色には皆それが正しく主る事があり、また附帯の・連帯の・牽動の各層の関係があります。このほかにさらにこの人の本身を看なければなりません。地位の高低は如何、財産の等級は如何、才智は賢か愚か、天性は剛か柔か、行事は廉潔か奸貪か、決断は持重か冒険か、環境は安穏か逼迫か、器量は宏大か窄狹か。同一種の気色が同じでない人の身に現れれば、応じ出る事は天差地別です。これまさに相法の緊要の処です。以下にあえて分類して詳しく注解を加えます。
一.黃色,為最吉之色,皆屬喜慶之事實,為升官進職,獲功得祿,造人丁,得子女;常人則主進田宅,得利源,或進人丁子女,以及喜信結合,佳音遠至。二.紫色,為最吉之色,皆為喜慶之事實,四時皆亨吉也,為升官進職,得祿獲功,進入丁;常人則主進田宅,得利權,及進人丁子女,亦主佳音遠至。
第一、黄色は、最も吉の顔色で、主る所は皆喜慶の事です。官を為す者は升官して級を晋め、功を立てて禄を受け、丁を添え口を進め、喜びて子女を得ます。平常人は田宅を置き辦え、財源を開くことを主り、あるいは人を添え丁を添え、および喜訊の伝わり来ること・婚姻の結ばれること・遠方の佳音の到達することを主ります。第二、紫色も、同じく最も吉の顔色で、主る所も皆喜慶の事で、しかも一年の四季皆亨通吉利です。官を為す者は升官して級を晋め、禄を得て功を立て、家に丁を添えます。平常人は田宅を置き辦え、利権を取得し、人丁を添えて子女を得ることを主り、また遠方より好消息の伝わることを主ります。
三.青色,為平常之小不吉,於春令不忌,尚以明潤而得平安也;其它時令主疾厄流連,事實牽制,小遺累而多憂思,虛驚恐而多罣誤。四.白色,以瑩潔為定色,而秋令不忌,尚為平安之色;其它時令,則主孝服之哭泣,憂愁之隱患,疾病之糾纒,驚疑之不遂,血統之損傷。
第三、青色は、尋常の小不吉に属します。春に当令する時は忌まず、ただ青くして明潤ならば、なお平安を主ります。他の季節に出れば、疾病が纏綿して去らず、事が処処に牽制を受け、小さな拖累があって心中に憂思多く、常に虚驚を受けて牽掛耽誤が多いことを主ります。第四、白色は、晶瑩潔淨の定色を以て准とし、秋に当令する時は忌まず、なお平安の色と算します。他の季節に出れば、戴孝して哭泣し、憂愁隠憂、疾病が糾纏し、驚疑不定で事事遂わず、および骨肉の血親が傷損を受けることを主ります。
五.燥色,為小損失之色,於夏令不忌,而無關係;其它時令皆不吉,主小損失,及細故之障礙,又生口舌是非,偏財遺累,及內顧之憂,而有牽制也。六.暗色,一名黯色,為疾厄病災之色,及有小人妨害,財星冷退,勞而不功,恩而有怨,及遺累多而義不容辭,事實煩而收效有限,又主心理隔塞,而不諒解。
第五、燥色は、小損失を主る顔色です。夏に当令する時は忌まず、関係ありません。他の季節に出れば皆不吉で、小さな破財、および瑣細の縁故に因って生ずる阻碍を主り、さらに口舌是非・偏門財上の拖累を招き、および家中の内顧の憂、処処に牽制を受けます。第六、暗色は、また黯色と呼ばれ、疾病災厄を主る顔色で、さらに小人の妨害・財運の冷退、力を出して功を見ず、恩を施してかえって怨みを招くことを主ります。牽累の事もまた多く、情面に碍げられて推托し得ず、事は繁瑣で収効は有限です。このほかにまた人と人の間に心に隔閡を生じ、彼此が諒解し得ないことを主ります。
七.滑色,為疾厄之經者,及小冷退,小損財顧忌而生是非,防不勝防之小累,及多費手續而有周折,及事實延長而不結束之類也。八.膩色,為虛浮之影響,而有覊延逗留,中道多生障礙,每事不滿其願,結仇結怨,反覆無功,交際失敗,預失信,每事不完善,而有鬱結之例,及小病也。
第七、滑色は、比較的軽い疾病(底本の「疾厄之經者」の「經」は「軽」とすべき)、および小さな冷退・小さな破財を主ります。心に顧忌を存してかえって是非を生じ、また防ぎ難く防ぎ難い小さな拖累があり、事を辦するに手続を多く費やし周折を多く繞り、事は拖いて遅々として了結し得ません。第八、腻色は、虚浮不実の影響を主ります。事が羈留逗留し、半路上に常に障碍を生じ、每件事が皆称心し得ません。また人と仇を結び怨を結ぶことを主り、反復して徒労にして功なく、交際上に失敗し、事先に約定したのに信用を失します。様様の事が皆円満でなく、心に鬱結して解け難く、同時にまた些かの小病があります。
九.慘色,一名枯色,為不祥之色,主孝服哭泣,官訟牢獄,及損失受屈之破財,驚恐疑嫉之疾厄,人口多災,本身多病,事實多累,略多敗,及死災也。十.赤色,為不吉之色,四時皆不利,主孝服哭泣,危險驚恐,牢獄柳鎖,受傷成殘,暗害爭端,大病大敗,損失較大,及有性命之憂者。
第九、慘色は、また枯色と呼ばれ、不祥の顔色で、戴孝して哭泣し、官司牢獄、屈を受け冤を含んで破財し、驚恐して猜疑妬忌して病災を生ずることを主ります。家中の人口に災が多く、本人に病が多く、事事牽累し、謀劃は大半失敗し、さらに死亡の災さえあります。第十、赤色は、不吉の顔色で、一年の四季皆利なく、戴孝して哭泣し、危険驚恐に遭遇し、身が牢獄枷鎖に陥り、傷を受けて殘疾となり、人に暗害されるか争端に巻き込まれ、大病一場・大敗一回し、損失が比較的重く、さらに性命の憂さえあります。
十一.絳色,為哭泣之色,專主刑人丁,主內哭泣之父母弟兄、妻妾子女,主外哭泣之血統至戚、母族妻族、叔伯姑嫜,亦主小疾,及失眠傷陰之例。十二.紅色,為不吉之色,而夏令減輕損失,主驚恐危險,受傷凶亡,飛災橫禍,失敗爭端,暗害牢獄,其妨害較大,危險較多,及死災之例。
第十一、絳色は、哭泣を主る顔色で、専ら家中の人口を刑克することを主ります。内に対しては父母兄弟・妻妾子女の喪で、外に対しては血親至戚・母家妻家・叔伯姑舅の喪です。このほかにまた小病、および失眠・陰分の受損する類の毛病を主ります。第十二、紅色は、不吉の顔色で、ただ夏に当令する時は損失を減軽し得ます。それは驚恐危険・傷を受けるか横死、飛來の災禍、事の失敗・人との争端、人の暗害に遭うか身が牢獄に陥ることを主ります。この一色は妨害が比較的大きく危険が比較的多く、さらに死亡の災を主ります。
十三.黑色,為最危險之色,四時皆危險,獨冬令可以減輕破敗,主驚險破敗,危險受傷,官非牢獄,橫禍飛災,及大病大災,可以死亡之例。十四.晦色,一名滯色,又名塵垢色,為大疾厄之色,均出弱症居多,而有痼疾宿病於前者;亦主冷退破財,刑傷人丁,神經昏憤,事實顛倒,及死亡之例。
第十三、黒色は、最も危険の顔色で、四季皆危険を主り、ただ冬に当令する時は破敗を減軽し得ます。それは驚険破敗・険に遇い傷を受け、官非牢獄、橫禍飛災、および大病大災を主り、さらに死亡に致り得ます。第十四、晦色は、また滯色・塵垢色と呼ばれ、大病災を主る顔色で、現れる所は多くは虚弱の症、あるいは先前からある痼疾宿病です。このほかにまた家道の冷退破財、家中の人口を刑傷し、神志が昏乱し(底本の「昏憤」は「昏憒」とすべき)、事を為すに顛三倒四し、重きものは同じく死亡を主ります。
気色関係軽重訣
公篤曰:上列各類氣色,而專司之各項事實,包括人事之吉凶禍福矣。然有輕重之點,而因其人指定之,以決其為何項事實也。此中當有輕重大小之分別,又有應受、傍受,及株累受之各異;有一項之專受,有兩項之兼受,有間接之連帶受也。茲特分類如下,以便持鑑者之推想而定之也。
陳公篤が言う。上に列ねた各類の気色、およびそれらが各々主管する種種の事実は、すでに人事の吉凶禍福を皆包括し尽くしました。ただし同一種の気色にもなお軽重の別があり、当事の人の身分に就いて指し実せば、初めてそれが果たしていずれの一事に応ずるかを断定できます。この裏頭には既に軽重大小の分別があり、また「應受」(自身が正しく承受)、「傍受」(傍に涉って影響を受ける)と「株累受」(人に牽連されて受ける)の不同があります。あるものはただ専ら一項に応じ、あるものは兼ねて両項に応じ、また間接に連帯して受けるものもあります。以下にあえて分類して列ね出し、鏡を持ちて相を看る人がこれに拠って推想し論定する便とします。
一.黃紫二氣色,均為吉慶之氣色,如發現於有貴權之人,則應為升遷進職,得權獲功,增財祿而復嘉獎,旺人丁而復喜慶之例也。二.黃紫二氣色,如發現於富紳豪商之人,則應為增進田宅,開闢利源,乘時之厚利,無因之進財,人口平安,又旺子女之例也。
第一、黄・紫のこの二種の気色は皆吉慶の色です。もし爵位権柄ある人の身に現れれば、応験するのは升遷して級を晋め、権を得て功を立て、財禄が増加するほかにさらに嘉奬を受け、人丁が興旺するほかにさらに喜事を添えることです。第二、黄・紫の二色がもし富紳豪商の身に現れれば、応験するのはすなわち田宅を添置し、財源を開闢し、時機に乗じて厚利を賺得し、あるいは無縁無故に一筆の財が門に入ることです。同時に家中の人口は平安で、子女も興旺します。
三.黃紫二氣色,如發現於貧役苦工之人,則應為得意外之奇財,投機之倍利,或為族戚之補助,而有生機,或為鄰友之結合,而有辦法,人丁亦為安好之例也。四.黃紫二氣色,如發現於賤業下流之人,則應為雖奇之遇合,名噪於一時,意外之生機,獲利於膨脹,或為貴人之賞識,儘量成全,或為富者之愛惜,盡力提拔之例也。此為地位資格之不同,而貴賤富貧之等級各異,因之而享受也。
第三、黄・紫の二色がもし貧苦にして力役する人の身に現れれば、応験するのは一筆の意外の橫財を得るか、投機して巧みを取って倍する利を賺ぐことです。あるいは族人親戚の接濟を得て活路があり、あるいは鄰里朋友と合伙して弁法を想い出します。家中の人口も平安無事です。第四、黄・紫の二色がもし賤業に従事し身が下流に居る人の身に現れれば、応験するのは得難い奇遇で、名声が一時に轟動します。意外に一条の生路を得着し、行情の膨脹に乗じて獲利します。あるいは貴人に賞識されて力を尽くして成全され、あるいは富人に愛惜されて竭力して提拔されます。見るべきは、地位資格が同じでなく、貴賤貧富の等級もまた各々異なり、享受する所は自ずからこれに随って分かれることです。
五.黃紫二氣色,如發現於有才智之人,則應為略周詳而如願,時機相合而遂心,知交戚誼之援助,上親下合之融洽,儘量而獲其職權利益之倍功也。六.黃紫二氣色,如發現於無才智之人,則應為名不而達到,利不勞而成功,用人而得力,託人而可靠,而獲其自然利益之半功也。
第五、黄・紫の二色がもし才智ある人の身に現れれば、応験するのは謀劃が周詳で事事願う如く、時機が相合して称心し遂意します。知交と親戚の援手があり、上下の人等が皆親近融洽します。それに因って職権と利益を充分に獲取でき、加倍の成效を収めます。第六、黄・紫の二色がもし才智なき人の身に現れれば、応験するのは名声は求めずして自ら至り、利益は労せずして得ることです。人を用いれば力を得着し、人に托すれば頼りを得着します。ただし得る所はただ自然然とした一半の功で、才智者に比ぶべくもありません。
七.黃紫二氣色,如發現於中才之人,則應為借力而進取,因此而達彼之過渡階梯,結合而互利,守內而達外之同舟共濟,而獲其一舉兩得之名實相符也。此為才智之賢愚不同,而享受之利益有餘不足各異也。八.黃紫二氣色,如發現於性情急躁之人,則應為倉猝之進,而投其機,積極之勇為,而捷其時。其成功也速,其發達也暴,作暫而不久之例。
第七、黄・紫の二色がもし才具中等の人の身に現れれば、応験するのは他人の力を借りて進取し、こちらの一端から橋を架けて彼方の一端に通じ、過渡の階梯を成すことです。人と合作して彼此に利を得、内には本分を守り外には局面を拓展し、同舟共済します。それに因って名と実が相符し、一挙両得します。見るべきは、才智の賢愚が同じでなく、享受する利益にも余るものと足りないものとがあることです。第八、黄・紫の二色がもし性情急躁の人の身に現れれば、応験するのは倉促の間に先んじて一步、ちょうど機会に投じ合わせ、積極に勇為して先手を搶得することです。この種の人は成功が来るのが速く、発達が来るのが猛いですが、暫時に属して持久し得ない類です。
九.黃紫二氣色,如發現於性情慈柔之人,則應為遠深慮,稱見以成功,見解周到,入手而奏效。其成功也遲緩,其發達也平穩,作以守為進之例。十.黃紫二氣色,如發現於不剛不柔之人,則應為借題發揮之間接,而有進展;待時而動之正當,而有利益。其成功也穩固,其發達也知足,作守義持久之例。此為性情之剛柔不同,而所獲利益之勇為取守持久各異也。
第九、黄・紫の二色がもし性情慈和柔順の人の身に現れれば、応験するのは深謀遠慮、見識が穏当で後に成功し、考慮が周到で、一たび手を下せばすなわち効を見ることです。この種の人は成功が来るのが遅く、発達が来るのが平穏で、守りを以て進みと為す類に属します。第十、黄・紫の二色がもし剛ならず柔ならず、性情が中に居る人の身に現れれば、応験するのは由頭に藉りて間接に発揮して進展があり、時機が成熟するを待って初めて正当に行動して利を得ることです。この種の人は成功が穩固で、発達の後もまた知足し、道義を守って持久できる類に属します。見るべきは、性情の剛柔が同じでなく、得る利益が勇進・守成・持久の上でも各々同じでないことです。
十一.黃紫二氣色,如發現於行事廉潔之人,則應為好名而務德,從善而務功,其所也皆從正軌之進益,其所取也皆從正義之途徑,作名重利輕者論。十二.黃紫二氣色,如發現於行事奸貪之人,則應為奇巧之鑽營,無微不至;卑鄙之諂諛,無丑不備。其所也偏邪,其所取也苛斂,作利重名惡者論。
第十一、黄・紫の二色がもし行事廉潔の人の身に現れれば、応験するのは彼が名声を好んで勉めて徳を修め、善に従って力めて功を建てんとすることです。得る所の進益は全て正規を走り、取る所の財利は全て正義の路を循り、「名が利より重し」に按じて論断できます。第十二、黄・紫の二色がもし行事奸詐貪婪の人の身に現れれば、応験するのは彼が鑽営して巧みを取り、孔に入らざるなし、諂媚して逢迎し、醜態百出です。走る所の路子は偏邪で、取る所の銭財は苛刻に捜刮に拠り、「利を重んじて名声は悪し」に按じて論断できます。
十三.黃紫二氣色,如發現於廉潔奸貪之間,則應為盡其智力之進益,完其責任之成功,欲善而不敢自決,欲惡而不敢放縱,作名利相符者論。此為行事之廉潔奸貪不同,而務名趨利與雙得之各異也。十四.黃紫二氣色,如發現於決斷持重之人,則應為守規矩而不越,以獲其功;盡天職而不亂,以成其利。進取有止境,而獲平安之福;成功亦穩固,而採持久之計,作有秩序之利益論。
第十三、黄・紫の二色がもし廉潔と奸貪の間にある人の身に現れれば、応験するのは彼が自らの智力を尽くして進益を謀り、自らの責任を尽くして成功を求めることです。善を行わんと欲してまた敢えて自ら主張せず、悪を為さんと欲してまた敢えて手を放さず、「名と利と相當」に按じて論断できます。見るべきは、行事の廉潔と奸貪が同じでなく、名を求めるか、利を趨るか、それとも名利双収かも、また各々異なることです。第十四、黄・紫の二色がもし決断持重の人の身に現れれば、応験するのは彼が規矩を守って肯んじて逾越せずして功効を収め、本分を尽くして乱れずして利益を成就することです。進取は止まるべきを知り、それに因って平安の福を得、成功も穩固で、走るは長久の計で、「秩序ある利益」に按じて論断できます。
十五.黃紫二氣色,如發現於決斷冒險之人,則應為無限止之發達,有勉強之走險,不計危險飄搖,偏重於事業;不避嫌疑勞怨,偏重於私慾,作越軌之暴發論。十六.黃紫二氣色,如發現界於持重冒險之間,則應為苟安之進益,逼迫之發展;有意營,而偏發不足;無心進取,而偏能達到,作臨時採擇論。此決斷之持重冒險不同,而利益之多寡久暫各異也。
第十五、黄・紫の二色がもし決断冒険の人の身に現れれば、応験するのは発達し起りて止境なきことで、その中にも無理やり铤して険を走る成分があります。風険の飄搖を顧みず、一心に事業に撲し、嫌疑と労怨を避けず、また偏りて私欲を満足することを重んじ、「軌を越えた暴発」に按じて論断できます。第十六、黄・紫の二色がもし持重と冒険の間にある人の身に現れれば、応験するのは苟且に安を求める中に些かの進益を得、形勢に逼迫されて発展あることです。心ある経営は偏に発せず、心なき進取はかえって達成し、「臨時に因応し採択する」に按じて論断できます。見るべきは、決断上の持重と冒険が同じでなく、獲る利益の多少・久暫も各々一様でないことです。
十七.黃紫二氣色,如發現於環境安全之人,則應為少而多成,不勞而多遂,順其時勢而為之,因其人力而取之,作預者論。十八.黃紫二氣色,如發現於環境逼迫之人,則應為妄想之進取,僥倖而成功,過分之貪求,儘量而發展,逆其時勢而強為之,用其機智而櫻奪之,作乘機者論。
第十七、黄・紫の二色がもし処境安穩の人の身に現れれば、応験するのは費力少なく成事多く、労せずして多く願う如くなることです。時勢に順って為し、人力に藉りて取り、「早くより預備ありて水到渠成る」に按じて論断できます。第十八、黄・紫の二色がもし処境逼迫の人の身に現れれば、応験するのは妄想を抱いて進取し、僥倖に倚りて手に入れることです。貪求が過分ながら、また力を尽くして発展し、時勢に逆って強いて為し、心機を尽くして争奪し、「隙に乗じて巧みを取る」に按じて論断できます。
十九.黃紫二氣色,如發現於界於安全逼迫之間,則應為猶豫之理想,遠因之消息傳來拘定之行為,間接之事實進捷,美而不足之利益,而不遇之半遂,作小成功者論。此為環境之安全逼迫不同,而靜待強為與兩可之各異也。二十.黃紫二氣色,如發現於器量宏大之人,則應為舍小而全大,寧靜而致遠,先知之堅決,完善之成功,和衷共濟而利人利己,審勢逢時而獲利獲名,作明哲遠者論。
第十九、黄・紫の二色がもし処境が安穩と逼迫の間にある人の身に現れれば、応験するのは理想はあるものの猶豫して決せず、遠くより伝わる消息がかえって行動を框り、事は間接の門路に倚って初めて推進を得、手に入る利益は良いが終ぞ一截を差し、機縁が湊巧せずして半ば心愿を遂ぐるのみ、「小さく成就あり」に按じて論断できます。見るべきは、環境の安穩と逼迫が同じでなく、静かに時機を候うか、強いて作為するか、それとも両可の間か、情形が各々異なることです。第二十、黄・紫の二色がもし器量宏大の人の身に現れれば、応験するのは小を捨てて以て大を全うし、寧静にして以て遠きに致し、先見の明があって決断が堅定、成事が周全完満です。人と和衷共済して人を利し己を利し、形勢を審察して時機に趕きつきて名利双収、「明智にして遠見あり」に按じて論断できます。
廿一.黃紫二氣色,如發現於器量窄狹之人,則應為貪小而好勝,務多而負氣,力輕任重之發達,意驕氣傲之成功,作自用而專者論。廿二.黃紫二氣色,如發現於界於宏大窄狹之間,則應為念舊而不容惡,漏少盈多;好德而不忍辱,勞倍功半;短期之利益有成,暫時之同舟共濟,作因勢倚人者論。比為器量之宏大窄狹不同,而所容之利益、治亂之加減各異也。
第二十一、黄・紫の二色がもし器量窄狹の人の身に現れれば、応験するのは小利を貪図して勝ちを好み、事事多きを求めて意気に任せて事を為し、能力が足りないのに重任を担って僥倖に発達し、志得意満・気焰が驕傲して成功を取得することで、「剛愎自用・獨斷專行」に按じて論断できます。第二十二、黄・紫の二色がもし器量が宏大と窄狹の間にある人の身に現れれば、応験するのは旧情を念うも悪人を容れず、小処には疎漏あるも大体はなお盈余でき、徳行を好むも屈辱を受けず、力を出すこと加倍するも功を収めること半減し、ただ短期の利益を得るのみ、ただ暫時の同舟共済を為すのみで、「勢に因りて人の力を借る」に按じて論断できます。見るべきは、器量の宏大と窄狹が同じでなく、容れ得る利益、および治世・乱世における増減も、各々同じでないことです。
廿三.黑赤紅慘之氣色,為死亡破敗、危險傷殘最凶之氣色。如發現於有貴權之人,則應為危險牢獄,罷職失權,重則滅門赤族之例:有應震上之招嫉,有應爭權之暗害,有應結黨之仇讎,有應守義之赴難。廿四.黑赤紅慘之氣色,如發現於富紳豪商之人,則應為驚險破產,損失株累,亦主重刑人丁之例:有應盜匪之殘害,有應小人之乘隙,有應戚族之內患,有應鄰里之覬覦。
第二十三、黒・赤・紅・慘のこの四種の気色は、死亡破敗・危険傷殘を主る最も凶の色です。もし爵位権柄ある人の身に現れれば、応験するのは身が危険の牢獄に陥り、官を罷められ権を奪われ、重きはさらに満門抄斬です。あるものは功高くして主を震わせ人の嫉恨を招くに応じ、あるものは権位を争奪して人の暗算に遭うに応じ、あるものは党を結び私を営んで仇家を結ぶに応じ、あるものは節義を堅守して慷慨して難に赴くに応じます。第二十四、この四色がもし富紳豪商の身に現れれば、応験するのは驚険の破産・損失が人に牽連され、また重ね重ね家中の人口を刑克することを主ります。あるものは盗匪の劫掠残害に応じ、あるものは小人が隙に乗じて手を下すに応じ、あるものは親戚族人の引き起こす内患に応じ、あるものは鄰里の覬覦図謀に応じます。
廿五.黑赤紅慘之氣色,如發現於貧役苦工之人,則應為驚災損失,株累拘留,重則為天災發生於意外,次則為人事發生於不測:有應水火之浩劫,有應盜之誣攀,有應血光之災厄,有應時勢之危害。廿六.黑赤紅慘之氣色,如發現於下流賤業之人,則應為驚災伽鎖,喪財流離,重則為懸樑刎頸,而出下策之短見;輕則為流離辛苦,而受挫折之困乏:有應妄貪而受禍,有應愚拙而受詐,毀飢膚,殘肢體,人流離,財耗散。此為地位資格之不同,而貴富貧賤之等級各異,其正受傍受連帶受之禍患也。
第二十五、黒赤紅慘の四色がもし貧苦にして力役する人の身に現れれば、応験するのは災に遭い驚を受け、破財損失し、人に牽連されて拘押に遭うことです。重きは意外に飛來する天災で、次等は人事上の不測です。あるものは水火の大難に応じ、あるものは盗賊に誣攀牽連されるに応じ、あるものは血光の災に応じ、あるものは時局動盪の禍害に応じます。第二十六、この四色がもし賤業に従事し身が下流に居る人の身に現れれば、応験するのは災に遭い驚を受け、身に枷鎖を戴き、銭財を喪い尽くして流離して所を失うことです。重きはさらに上に吊りて自ら刎ね、短見を尋ねる下策を走り、軽きも流離辛苦、挫折を受けて窮困します。あるものは貪心妄想して禍を招くに応じ、あるものは愚笨拙劣で人に欺詐されるに応じ、以致って肌膚を毀傷し、肢體を殘損し、人は四散流離し、財は耗散して一空します。見るべきは、地位資格が同じでなく、貴富貧賤の等級が各々異なり、受ける禍患もまた自身正受・傍及而受・人に連累されて受の幾種に分かれることです。
廿七.黑赤紅慘之氣色,如發現於有才智之人,則應為弄巧反拙之驚險,欲益反損之危害;或為自恃之養癱遺患,或為強行之中道崩潰;厚利而蔽其聰明,私慾而忘其危險也。廿八.黑赤紅慘之氣色,如發現於無才智之人,則應為投陷阱而猶貪,蹈白刃而罔覺;或為權利之引誘而傾覆之,或為邪淫之縱慾而亡身也。
第二十七、黒赤紅慘の四色がもし才智ある人の身に現れれば、応験するのは自ら聡明を作してかえって巧みを弄して拙を成し驚険を生じ、もとより利を得んと欲してかえって損を受け危害に遭うことです。あるいは自ら才の高きを恃むが因に、癰を養いて患を遺し、あるいは強いて推進するが因に、半途に崩潰します。そもそも言えば、厚利が彼の聡明を蒙蔽し、私欲が彼に危険を忘れさせたのです。第二十八、この四色がもし才智なき人の身に現れれば、応験するのは明々乎たり陷阱に踏み入りてなお貪心足らず、足は刀刃を踏みて毫も察覚なし、あるいは権勢利禄に引誘されて傾覆し、あるいは情を縦きり邪淫し、恣意に声聲色を恣にして身を喪うことです。
廿九.黑赤紅慘之氣色,如發現於中才之人,則應為受屈之隱患,株累之驚險,蛛絲馬跡之糾纏,損失而復牽延,族欺戚累之包圍,親情而復仇敵。此為才智賢愚之不同,而巧受屈受與間接受之禍患各異也。三十.黑赤紅慘之氣色,如發現於性情急躁之人,則應為剛愎自用之輕舉,種因招尤之飛災。強梁作膽,執一而不計其生死,不顧其後也;驕悍為懷,辱人而不達其時機,取咎之道也。
第二十九、黒赤紅慘の四色がもし才具中等の人の身に現れれば、応験するのは冤を含み屈を受ける隱憂、人に株連される驚険です。事は蛛糸馬跡のように纏い夾まって清らず、財を破ってなお拖延して糾纏し、族人の欺壓・親戚の拖累の重ね重ねの包囲を受け、もとは親人なるに面を翻して仇讐を成します。見るべきは、才智の賢愚が同じでなく、巧みを取るに因って禍を受けるか、屈を受けるに因って禍を受けるか、それとも間接に牽連されるか、各々同じでないことです。第三十、この四色がもし性情急躁の人の身に現れれば、応験するのは剛愎自用して軽挙妄動し、自ら禍因を種して飛災を招くことです。蠻橫を仗りて胆量と為し、死理を認めて生死を顧みず後果を計らず、驕橫凶悍の気を懐き、他人を侮辱して時機を看ず――これらは皆自ら罪咎を取る路数です。
卅一.黑赤紅慘之氣色,如發現於性情慈柔之人,則應為守己而安其欺詐,持理而安其株累,受侮辱而復破敗,臨不測而復忐忑,猶豫不決,輕重失當也。卅二.黑赤紅慘之氣色,如發現於不剛不柔之人,則應為識人不足之損失,明知故犯之妨害;或為小利熏心而蒙蔽,大患隨之;或為倉猝失足而觸阱,兩禍攻之。此為性情之剛柔不同,而受禍之輕重與複雜各異也。
第三十一、黒赤紅慘の四色がもし性情慈和柔弱の人の身に現れれば、応験するのは分を安んじ己を守るもただ他人の欺詐を忍び受け、理に拠って行うもただ人に株連されるを忍び受け、侮辱を受けてまた破敗に遭い、不測の事に臨んでさらに心中忐忑たり、事に遇って猶豫して決せず、軽重緩急も拿捏して當を失することです。第三十二、この四色がもし剛ならず柔ならず性情中に居る人の身に現れれば、応験するのは人を看るに准なくして損失を受け、可ならざるを明知しながら之を為して妨害を招き、あるいは小利に心を薫られ蒙蔽されて大禍が踵を接して至り、あるいは倉促の間に足を失して陷阱に踏み入り、両重の禍事が一齊に夾攻することです。見るべきは、性情の剛柔が同じでなく、禍を受ける軽重と複雑の程度も各々異なることです。
卅三.黑赤紅慘之氣色,如發現於行事廉潔之人,則應為不貪而受損失,慕義而受禍患,無因而受毀謗,意見不合也;有為而受狙擊,志向不黨也。卅四.黑赤紅摻之氣色,如發現於行事奸貪之人,則應為妄念之受牢獄,卑汙之結仇怨;奇珍玩品之爭奪,而為大破敗;狗馬聲色之淫蕩,而成暗殺機。
第三十三、黒赤紅慘の四色がもし行事廉潔の人の身に現れれば、応験するのは彼は並びに貪求せざるも照様に損失を受け、道義を仰慕してかえって禍患を招き、無縁無故に人に毁謗されるはただ人と意見が合わざるが因に、作為あるにかえって暗算狙撃に遭うはただ志向が人と同流合汙を肯んぜざるが因です。第三十四、この四色がもし行事奸詐貪婪の人の身に現れれば、応験するのは妄念に因って身が牢獄に陥り、卑汚に因って仇怨を結び、奇珍玩物を争奪するが為に大破敗に閙じ至り、走狗跑馬・聲色淫蕩に沈溺するに因って暗中に身を殺す機を招くことです。
卅五.黑赤紅慘之氣色,如發現於行事廉潔奸貪之間,則應為細故而生大患,片言而動殺機;恩怨混合,而為凶禍之門;親疏離間,而為是非之窟。此為行事之廉潔奸貪不同,而安禍之舍取與附勢各異也。卅六.黑赤紅慘之氣色,如發現於決斷持重之人,則應為預算中變之損失,穩見顧忌之危害,求全不全之驚損,疑是疑非之遺誤,臨時中潰,患生肘腋也。
第三十五、黒赤紅慘の四色がもし廉潔と奸貪の間にある人の身に現れれば、応験するのは細小の縁故に因って大禍を釀成し、一句の言に因って殺機を動かし、恩と怨と攪り合って凶禍の門戸を成し、親疎の間に彼此離間して是非の窩巢を成すことです。見るべきは、行事上の廉潔と奸貪が同じでなく、禍を招く時に取るか捨てるか、権勢に攀附するか否か、情形も各々異なることです。第三十六、この四色がもし決断持重の人の身に現れれば、応験するのはもとよりの預算が中途に変を生じて損を受け、穏を求め過ぎ顧慮多すぎてかえって危害を成し、全を求めてかえって全からずして驚を受け破財し、是を疑い非を疑いて時機を貽誤し、事に臨んで忽然崩潰し、禍患はすなわち肘腋の間に出ることです。
卅七.黑赤紅慘之氣色,如發現於決斷冒險之人,則應為孤注行止之傾覆,力輕任重之失敗;忘恩思怨之進逼,而受反動之圈套;以淫害正之偏見,而受親近之愚弄也。卅八.黑赤紅慘之氣色,如現發於決斷持重冒險之間,則應為計劃周詳而反掣肘,人力充足而反障礙,經危險而有急智之轉機,見破敗而有中止之變。此為決斷之與持重冒險不同,而受禍之大小與減等亦各異也。
第三十七、黒赤紅慘の四色がもし決断冒険の人の身に現れれば、応験するのは孤注一擲して全盤傾覆し、力量足らざるに重任を担って失敗し、恩を忘れ怨を記えて歩々に進逼するも、かえって人に圏套を設けられて算計され、邪を以て正を害するの偏見を抱くも、かえって身辺の親近の人に愚弄されることです。第三十八、この四色がもし持重と冒険の間にある人の身に現れれば、応験するのは計劃は周詳なるもかえって掣肘を受け、人手は充足するもかえって障碍を成し、ただ危険を経歴する時に急智に憑って転機が現れ、眼に破敗を看る時にまた中途に止住して変を生ずることです。見るべきは、決断上の持重と冒険が同じでなく、禍を受ける大小と減等し得るか否かも、各々同じでないことです。
卅九.黑赤紅慘之氣色,如發現於環境安全之人,則應為嗜好引誘之危害,族戚連帶之侵犯;內務有隙,而入凌虐之;外交設阱,而入陷害之。四十.黑色紅慘之氣色,如發現於環境逼迫之人,則應為一再之挫折,三四之驚險,身敗名毀,力盡援絕;或為仇怨嫌族之阻撓,或為血光疾厄之逗留,而臨不測也。
第三十九、黒赤紅慘の四色がもし処境安穩の人の身に現れれば、応験するのは個人の嗜好に引誘されて害を受け、族人親戚に連帯して侵擾され、家中の内務に一たび縫隙あれば人に虚に乗じ入られて凌虐を加えられ、外面の交際に陷阱を設けられてもまた人に機に乗じて加害されることです。第四十、この四色がもし処境逼迫の人の身に現れれば、応験するのは一再に挫を受け、接連して三四次の驚険、落ちて身を敗り名を裂き、力尽きて外援が斷絶し、あるいは仇家に・嫌隙ある族人に阻撓され、あるいは血光の災と疾病に拖れ、以致って不測に遭遇することです。
四一.黑赤紅慘之氣色,如發現於環境在安全逼迫之間,則應為進取而受損阻,退守而失權利;虛榮引入危機,特利誘入絕地;進退狠狠而有害,行止顧忌而招尤。此為環境之安全逼迫不同,而受禍出於意外與趨向各異也。四二.黑赤紅慘之氣色,如發現於器量宏大之人,則應為天災之驚恐損失,時勢之風潮妨害,血統之連帶憂患,氣候之六淫疾苦,及刑人丁而破敗也。
第四十一、黒赤紅慘の四色がもし処境が安穩と逼迫の間にある人の身に現れれば、応験するのは進取せんと欲すれば阻まれ損を受け、退守せんと欲すればまた権利を失掉し、虚栄心に危機に引き入れられ、特殊の厚利に絶境に誘い入れられ、進むも難く退くも難く、處處に害あり、行止の間に顧慮多すぎてかえって怨尤を招くことです。見るべきは、環境の安穩と逼迫が同じでなく、禍事が意外に出るか迹循るべきがあるか、走向も各々異なることです。第四十二、この四色がもし器量宏大の人の身に現れれば、応験するのは天災の帯來する驚恐損失、時局風潮の造成する妨害、血親の牽連の生ずる憂患、気候の「六淫」外邪の引き起こす病苦、および家中の人口を刑克して家道を破敗に致すことです。
四三.黑赤紅慘之氣色,如發現於器量窄狹之人,則應為剛復自用之損失,才短蹈危之刎頸;驕慢見害於上下,負氣見逼於親近;邪淫之種惡因,財利之生媒孽也。四四.黑赤紅慘之氣色,如發現於器量界於宏大窄狹之間,則應為欲忍不忍之失機,疑是疑非之妨害;恩怨相混而動殺機,疏懶不常而傷人口;輕重不當之乖戾,去就不宜之損失。此為器量之宏大窄狹不同,而持靜與走險之禍患各異也。
第四十三、黒赤紅慘の四色がもし器量窄狹の人の身に現れれば、応験するのは剛愎自用して損失を招き(底本の「剛復」は「剛愎」とすべき)、才具足らざるに身が険地に履みて以致って自ら刎ねて命を喪い、驕慢に因って上下皆その害を受け、意気に任せて事を為すに因って親近の人に逼られ、邪淫に沈溺して悪因を種し、財利を貪求して禍端を招くことです。第四十四、この四色がもし器量が宏大と窄狹の間にある人の身に現れれば、応験するのは忍ばんと欲して忍び得ずして時機を錯失し、是を疑い非を疑いて妨害を受け、恩怨が混雑して殺機を動かし、懈怠して常なくして家中の人口を傷つけ、軽重の處置が當を失して乖戾を生じ、去留取舍が當ならずして損失を受けることです。見るべきは、器量の宏大と窄狹が同じでなく、静を守って禍を招くか険を走って禍を招くか、情形も各々異なることです。
四五.滑膩躁晦之氣色,皆為冷退疾厄、憂疑哭泣之氣色也。如發現於有貴權之人,則應為七情六慾而成內因之病,交達遊戲而損浮耗之財;或為奴僕倫盜之損失,或為血統瓜葛之哭泣,或為意見不合之同僚嫉妒,或為措置不宜之用人遺誤也。四六.滑膩躁晦之氣色,如發於於富紳豪商之人,則應為醫藥遺誤而成反覆之病,六親遺累而損吞聲之財;小人之偷盜,鄉黨之搕詐,人丁之災疾,哭泣之冷退也。
第四十五、滑・腻・燥・晦のこの四種の気色は、一概に家道の冷退・疾病災厄、および憂疑哭泣の事を主ります。もし爵位権柄ある人の身に現れれば、応験するのは七情六欲が擾動して内傷の病を生じ、交際應酬して遊樂して錢財を虚耗し、あるいは奴僕の偸盜の造成する損失、あるいは血親の糾葛の引き起こす喪事哭泣、あるいは同僚と意見が合わずして嫉妬に遭い、あるいは安排が當を失し人を用いるに明ならずして過失を鑄成することです。第四十六、この四色がもし富紳豪商の身に現れれば、応験するのは醫藥が耽誤して反復纏綿の病を落下し、六親に拖累されて財を破ってなお忍氣吞聲するのみです。このほかにまた小人の偸盜・鄉鄰の訛詐・家中人口の災病、および喪事哭泣と家道の冷退があります。
四七.滑膩躁晦之氣色,如發現於貧役苦工之人,則應為五勞六淫而成外因之病,交易失慎而損委屈之財;友鄰之煩擾,同室之是非,妻官之遺失物品,子女之疾厄血光也。四八.滑膩躁晦之氣色,如發現於賤業下流之人,則應為失調失慎而成養身之病,物器破壞而損浮費之財;同業網羅而受其欺詐,應付失宜而受其垂辱;環境之顧忌叢生,影響之憂患常至。此為地位資格之不同,而富貴貧賤之等級各異,所受之疾厄冷退、憂患牽制之事實不一也。
第四十七、滑腻燥晦の四色がもし貧苦にして力役する人の身に現れれば、応験するのは「五労」「六淫」が侵襲して外感の病を生じ、売買を為すに謹慎ならずして委屈を受け破財します。さらに鄰里朋友の煩擾・同住一処の是非・妻子の一宮上の物品の遺失、および子女の病災血光があります。第四十八、この四色がもし賤業に従事し身が下流に居る人の身に現れれば、応験するのは起居が調を失し保養を知らずして病を生じ、器物が損壞して一筆の冤枉の花費を多く出し、同行に網羅を設けられて欺詐を受け、應付が當を失して人の羞辱を受け、環境上に處處に顧忌を生じ、憂患が接連して斷えません。見るべきは、地位資格が同じでなく、富貴貧賤の等級が各々異なり、受ける病災冷退・憂患牽制も、情形が各々一様でないことです。文中の「五労」は久視・久卧・久坐・久立・久行の五者が人を傷るを指し、「六淫」は風・寒・暑・濕・燥・火の六種の外邪を指し、皆外感が病を致す由頭です。
四九.滑膩躁晦之氣色,如發現於有才智之人,則應為易地失養而成水土不和之病,放浪不羈而損輕視之財;不矜細行之遺悞,不拘小節之招嫉,驕慢不禮之結怨,輕視不屈之失利也。五十.滑膩澡晦之氣色,如發現於無才智之人,則應為形神不和而有凝滯痞塞之病,恍憾昏沉而損欺詐吃虧之財;錯受其累而復遭凌虐,枉費其勞而復受拖累,根本錯侯,事實顛倒也。
第四十九、滑腻燥晦の四色がもし才智ある人の身に現れれば、応験するのは地方を換えて水土が服さずして病を生じ、行為が放浪不羈・錢財を輕忽して破財し、小さな行止を注重せずして過失を留下し、小節に拘らずして人の嫉恨を招き、驕慢無禮にして怨仇を結び、他人を輕視して肯んじて屈就せずして利益を失掉することです。第五十、この四色がもし才智なき人の身に現れれば、応験するのは形体と精神が和せず、気機の凝滯・胸腹の痞塞の毛病を生じ、神思が恍惚昏沈し、人に欺詐されて喫虧して破財し、平白に牽累を受けてなお人に凌虐を遭い、一場の辛労を白費してなお人に拖累され、根本上より判断を錯り、事は自然に顛三倒四します。
五一.滑膩躁晦之氣色,如發現於中才之人,則應為煩擾顧忌而成鬱結怔忡之病,挪雜不一而損牽制失宜之財;名受毀謗而復羈絆,利受損阻而復不結;防不勝防之人丁災刑,忍無可忍之是非交際。此為才智之賢愚不同,而受損阻冷退之原因各異也。五二.滑膩躁晦之氣色,如發現於性情急躁之人,則應為氣血兩傷而成神經之病,浮大矜誇而損嫌費之財;強迫進而見挫折,好勝竹人而生暗害,偏見之誤而刑人丁,執一之失而招反向也。
第五十一、滑腻燥晦の四色がもし才具中等の人の身に現れれば、応験するのは煩擾顧慮多すぎて鬱結・心悸怔忡の病を生じ、事が雑亂無章で、處置が當を失し牽制を受けて破財し、名声は人に毁謗されてまた羈絆を受け、利益は阻まれ損を受けてまた了結し得ず、家中人口の災禍刑傷は防ぎ難く防ぎ難く、交際上の是非は忍び難く忍び難いです。見るべきは、才智の賢愚が同じでなく、阻まれ損を受け・家道冷退の原因も各々異なることです。第五十二、この四色がもし性情急躁の人の身に現れれば、応験するのは氣血両傷して神經方面の病を生じ、言行が浮誇矜張して一筆の人に嫌怨を招く銭を花し、強いて推進してかえって挫折に遭い、勝ちを好み人を壓してかえって暗害を招き、偏見の失誤に因って家人を刑克し、一端に固執して反彈を招くことです。
五三.滑膩躁晦之氣色,如發現於性情慈柔之人,則應為反覆遲疑而成拖延之病,養癱遺患而損欺詐之財;每事不結束而波外生波,猶豫不決斷而怨中生怨;措施不宜,誤人累己;認識不當,遺患結仇;誤惜之刑剋,狐疑之冷退也。五四.滑膩躁晦之氣色,如發現於性情執中之人,則應為天地六淫之氣候病,情義包圍誤財,畏嫌招嫌之是非口舌,疑損終損之糾纏障礙。此為性情剛柔之不同,而損阻之誤受正受各異也。
第五十三、滑腻燥晦の四色がもし性情慈和柔弱の人の身に現れれば、応験するのは反復遲疑して纏綿拖延の病を落下し、姑息して奸を養い癰を養いて患を遺し、人に欺詐されて破財し、每件事が皆尾を収め得ず、一波未だ平らざるに一波また起り、事に遇って猶豫して決せず、怨の上に怨を加え、處置が當を失して既に他人を誤りまた自らを連累し、認識が清らでなく禍患を留下してまた仇家を結び、一時の錯愛姑息に因って刑克を招き、狐疑不定に因って家道冷退を致すことです。第五十四、この四色がもし性情執中の人の身に現れれば、応験するのは天地間の風寒暑濕燥火の「六淫」の致す所の時氣病、人情道義に包囲されて錢財を誤り、愈々嫌を招くを怕れて愈々嫌を招き、口舌是非を惹き出し、損失せんと疑心て結果真に損失し、糾纏して清らずして處處に阻まれることです。見るべきは、性情の剛柔が同じでなく、損を受ける時に誤受か正受かも、各々同じでないことです。
五五.滑膩躁晦之氣色,如發現於行事廉潔之人,則應為拘泥不妄而成隱鬱氣質之病,慎細中止而損審查固執之財;無稽之黑白飛來,而不見容於濁;好名之影向數見,而不見容於貪;哭泣執體而鋪張,處事穩見而不達也。五六.滑膩躁晦之氣色,如發現於行事奸貪之人,則應為花天酒地而成虛弱之病,機深狡詐而損橫禍之財;進而不知足,任意驕淫以生暗害;退而不守矩,違言忤戾而結仇怨;哭泣誤於惜小,冷退誤於私慾也。
第五十五、滑腻燥晦の四色がもし行事廉潔の人の身に現れれば、応験するのは拘謹して正を守り敢えて妄為せず、心の裏に鬱して気機鬱結の病を生じ、事を辦するに過ぎて謹細、中途に手を停め、反復審査・成見に固執するに因って財を損し、無端に飛來して黒白を顛倒する誹謗はただ汚濁の輩に容れられざるが因に、一心に名を好む影響が屡々顕現するはただ貪婪の徒に容れられざるが因です。喪事を辦するに體面に拘って鋪張し、事を處するに穩當なるも通達し難いです。第五十六、この四色がもし行事奸貪の人の身に現れれば、応験するのは花天酒地して虚弱の病を弄し成し、機心が深沈狡詐にして橫禍破財を招き、勢を得た時は滿足を知らず、任意に驕橫淫佚して暗中に禍を招き、勢を失った時はまた規矩を守らず、言を出して違逆忤觸して仇怨を結び、喪事を辦するに小錢を捨て得ずして事を誤り、家道の冷退は私欲の重きに誤ることです。
五七.滑膩躁晦之氣色,如發現行事界於廉潔奸貪之間,則應為煩擾不堪而成複雜之病,動靜躊躕而損顧忌之財;散漫無綱領之舉動,猶豫有過折之徒劣,是非不決,恩怨不明。比為行事之廉潔奸貪不同,而有餘不足之損阻各異也。五八.滑膩躁晦之氣色,如發現於決斷持重之人,則應為深遠慮而成胃噎傷陰之疾,預準備而損蛛絲馬跡之財;舍小全大而均受障礙,謹言慎行而反招讒嫉;時事轉移之妨害,人事變遷之挫折也。
第五十七、滑腻燥晦の四色がもし廉潔と奸貪の間にある人の身に現れれば、応験するのは煩擾に堪えずして錯綜複雜の病を生じ、一動一靜も皆躊躇して定まらず、顧慮多きに因って財を損し、擧動が散漫して綱領なく、猶豫の中に一再轉折して徒然に低劣し、是非は定まらず、恩怨も分け清らかならずです。見るべきは、行事上の廉潔と奸貪が同じでなく、受ける阻碍の多少も各々異なることです。第五十八、この四色がもし決断持重の人の身に現れれば、応験するのは思慮が深きに過ぎて噎膈傷陰の類の胃疾を生じ、事事予め準備を作すも錢財は蛛糸馬跡の瑣碎の処に流失し、小を捨て大を全うせんと欲するも處處に阻まれ、言を謹み行いを慎むもかえって讒言妒忌を招き、このほかにまた時局轉移の帶來する妨害・人事變遷の造成する挫折があります。
五九.滑膩躁晦之氣色,如發現於決斷冒險之人,則應為隱忍含垢而成氣憤之病,驚魂動魄妨害而損無名之財;強迫進行,將成而忽敗;奢侈習慣,已得而復矢;侮人難堪,積羞而成遺患;剝人尤甚,含怒而生反動;哭泣誤於輕視,冷退誤於疎懈也。六十.滑膩躁晦之氣色,如發現於決斷在持重冒險之間,則應為內因外因而成逐時之病,戚累友欺而損要挾之財;誤於此而患於彼,得其一而損其二;自纏政策,幾經是非而不解除;兩可思想,幾經勞怨而不完善。此為決斷之持重冒險不同,而受損阻之謹慎倉猝各異也。
第五十九、滑腻燥晦の四色がもし決断冒険の人の身に現れれば、応験するのは隱忍して垢を含み怒氣が胸中に積もって氣鬱の病を生じ、驚嚇妨害を受けて莫名其妙に錢財を損失し、強いて推進し眼に成らんとするを看て忽然失敗し、奢侈に習慣しすでに手に到りしをまた丢掉し(底本の「復矢」は「復失」とすべき)、他人を侮辱して人に堪え難からしめ、羞辱が積累して後患を成し、人に対し盤剥するに狠すぎて人が怒を心に懐きて反彈を生じ、喪事を辦するに輕慢に誤り、家道の冷退は疎懶懈怠に誤ることです。第六十、この四色がもし持重と冒険の間にある人の身に現れれば、応験するのは内因外因が交攻して時に發し時に愈える病を生じ、親戚に拖累され朋友に欺瞞され、人に要挾に遭って破財し、こちらの頭を防げば彼方の頭に出で、一樣を得て兩樣を損し、自ら圏套を設けて幾番の是非糾纏も皆解き開かず、心に兩可を存して幾番の勞怨も圓滿に作さずです。見るべきは、決断上の持重と冒険が同じでなく、損を受ける時に過謹に失するか倉促に失するかも、各々同じでないことです。
六一.滑膩躁晦之氣色,如發現於環境安全之人,則應為肥甘酒色而成邪侵之病,疎懈驕慢而損自恃之財;意外之損失,連帶之株累;輕視其小,而受滋漫之掣肘;嬌養其軀,而受投機之侵犯。六二.滑膩躁晦之氣色,如發現於環境逼迫之人,則應為動氣勞心而成腦力之病,去就不常而損犧牲之財;飄搖不定,得不償其失;濫交不查,功不補其過;權利沖突之爭端,意見支離之嫌嫉也。
第六十一、滑腻燥晦の四色がもし處境安穩の人の身に現れれば、応験するのは肥甘厚味・情を縱け酒色して邪氣の體を侵す病を招き、疎懶驕慢、家底の厚きを仗りて財を損し、このほかにまた意外の損失・人に連帯せられる株連があります。小事を輕視するが因に、かえってそれが蔓延し開く掣肘を受け、身體を嬌養するが因に、かえって投機取巧の人に侵されます。第六十二、この四色がもし處境逼迫の人の身に現れれば、応験するのは氣を動かし心を勞して腦力方面の病を生じ、去留が常なく、局面に應付する為に錢財を犧牲し、處境が飄搖して定まらず、得る所は失う所に抵らず、濫りに朋友を交わりて甄別を加えず、立てた功は闖した禍に補わず、さらに權利衝突の引き起こす爭端・意見分歧の招來する嫌隙妒忌があります。
六三.滑膩躁晦之氣色,如發現界於安全逼迫之間,則為不矜細行而成嗜好之病,不戎成於微而損鎖碎之財;小受打擊,則憂疑不釋於目前;小有缺點,則顧忌不休於將來;恩恩怨怨,層迭不窮之是非;親親疎疎,糾纏不斷之遺累。此為環境之安全逼迫不同,而損阻之有因無因各異也。六四.滑膩躁晦之氣色,如發現於器量宏大之人,則應為無憂無慮而受六淫之病,舍輕全重而損小耗之財;小虧小累,而為義所屈;小挫小辱,而為時所忍;是非出於誤會,嫌嫉出於沉默也。
第六十三、滑腻燥晦の四色がもし處境が安穩と逼迫の間にある人の身に現れれば、応験するのは細小の行止を注重せずして嗜好上の病を養成し、細微の處に戒慎せず、錢財はすなわち零零碎碎に流失し、一点の小打撃を受ければ眼前すなわち憂疑解け難く、一点の小缺陷あれば將來に對し顧慮して已まず、恩恩怨怨が層層曡曡、是非は窮まらず、親しきも疎きも糾纏して斷えず、拖累は絶えません。見るべきは、環境の安穩と逼迫が同じでなく、阻まれ損を受けるに因あるか因なきかも、各々異なることです。第六十四、この四色がもし器量宏大の人の身に現れれば、応験するのは無憂無慮なるも、仍お免れず「六淫」外邪の病を感受し、大處を顧全する為に小處を捨去り、それに因って些かの小耗費あり、小虧を喫し小累を受くるは、道義に屈せらるるが為、小挫折・小屈辱を受くるは、時勢を審度して忍び下るが為、是非は大半誤會より出で、嫌嫉は大半彼の多言を肯んぜざるより出づることです。
六五.滑膩躁晦之氣色,如發現於器量窄狹之人,則應為傷神損腦而成神經之病,堅執倔強而損偏傲之財;不容惡,而惡反凌虐之;不忍辱,而辱再倍加之;惜其小而妨害其大,好其氣而種因其果也。六六.滑膩躁晦之氣色,如發現於器量界於宏大窄狹之間,則應為剋制不化而成氣血不宣之疾,輕重不當而損過分虛表之財;初忍而終不忍之是非官訟,始拒而終不拒之失足遺累;親親之仁,假以權柄而誤之;區區之怨,視以疎虞而忽之。此為器量宏大窄狹之不同,而受損之輕重亦各異也。
第六十五、滑腻燥晦の四色がもし器量窄狹の人の身に現れれば、応験するのは神を傷り腦を耗して神經方面の病を生じ、固執して倔強、偏激傲慢に因って破財し、悪人を容れ得ず、悪人がかえって彼を欺凌し、屈辱を忍び得ず、屈辱がかえって加倍して彼の頭上に落ち、小處を顧惜するが為に大處を妨害し、一口の氣を争うが為に惡果を種したことです。第六十六、この四色がもし器量が宏大と窄狹の間にある人の身に現れれば、応験するのは心の裏に克制するも化解して開かず、以致って氣血が宣暢を得ずして病を生じ、軽重の處置が當を失し、門面を撑るが為に過分に錢を花し、初めは忍び得て最後に忍び得ずして是非官訟に閙じ成り、初めは拒絕し最後に拒絕し得ずして足を失して後患を留下し、親親の仁より出でて、權柄を親人に交與してかえって耽誤され、一点々の小怨も、疏忽大意に因って理會を加えなかったことです。見るべきは、器量の宏大と窄狹が同じでなく、損を受ける軽重も各々異なることです。
『公篤相法』下篇巻八(續)
第五章 五行四時
一.木形清秀瘦長,修植而高,凡青潤之色,是其本質之色,而為平安之兆,合其木形故也;惟與白滑色相反而最忌,亦金克木之義也,最忌秋令,次忌冬令。二.火形尖露上炎,奇凸突兀,凡紅活之色,是其本質之色,而為平安之兆,合其人體故也;惟與黑枯之色相反而最忌,亦水克火之義也,最忌冬令,次忌春令。
第一、木形の人は清秀瘦長で、身材が挺拔して高い。およそ青くして潤沢の気色は、まさに彼の本質の色で、平安を主る。木形と相合するが故である。ただ白色と滑色のみ彼と相反して最も忌まれる。これがすなわち「金剋木」の理で、ゆえに最も秋(金の旺)を忌み、その次に冬を忌む。第二、火形の人は形貌が尖削して外露し、氣勢が上炎し、骨肉が奇特に凸出突兀する。およそ紅くして鮮活の気色は、まさに彼の本質の色で、平安を主る。火形と相合するが故である。ただ黒色と枯色のみ彼と相反して最も忌まれる。これがすなわち「水剋火」の理で、ゆえに最も冬(水の旺)を忌み、その次に春を忌む。
三.金形方正堅實平厚而勻,凡白瑩之色,是其本質之色,而為平安之兆,合其金體故也;惟與紅赤之色相反而最忌之,亦火克金之義也,最忌夏令,次忌三六九全月之土令。四.水形圓厚而勻,韻長而宏,凡黑潤之色,是其本質之色,而為平安之兆,合其水體故也;惟與黃暗而滯之色最忌之,亦土克水之義也,最忌三六九全月,次忌秋令。
第三、金形の人は形体が方正堅実で、平厚にして匀称。およそ白くして晶瑩の気色は、まさに彼の本質の色で、平安を主る。金體と相合するが故である。ただ紅色と赤色のみ彼と相反して最も忌まれる。これがすなわち「火剋金」の理で、ゆえに最も夏(火の旺)を忌み、その次に三月・六月・九月・十二月のこの土旺の月を忌む。第四、水形の人は形体が円厚にして匀称、聲音は韻が長く宏亮。およそ黒くして潤沢の気色は、まさに彼の本質の色で、平安を主る。水體と相合するが故である。ただ黄くして暗滯の気色のみ最も忌まれる。これがすなわち「土剋水」の理で、ゆえに最も土旺の三六九等の月を忌み、その次に秋を忌む。
五.土形厚而不圓,局深而濁,聲緩而遲,凡黃潤之色,是其本質之色,而為平安之兆,合其土體故也;惟與青膩之色最忌之,亦木克土之義也,最忌春令,次忌夏令。六.各形於時令,亦有相當關係:春令不忌青潤,正二月尤以此為吉;夏令不忌紅躁,四五月尤以此為平安;秋令不忌白瑩,七八月猶以此為小吉;冬令不忌黑潤,而十冬月尤以此為平穩;三六九全月不忌黃明,尤以此為喜慶。此時令之順生也。
第五、土形の人は形体が厚重で円轉せず、格局が沈深で気色が濁に偏し、聲音は緩慢遲重。およそ黄くして潤沢の気色は、まさに彼の本質の色で、平安を主る。土體と相合するが故である。ただ青色と腻色のみ最も忌まれる。これがすなわち「木剋土」の理で、ゆえに最も春(木の旺)を忌み、その次に夏を忌む。第六、各種の形体と四時節令の間にもまた各々相応の關係がある。春は青潤の色を忌まず、正月二月に見ればとりわけ吉利。夏は紅燥の色を忌まず、四月五月に見ればとりわけ平安。秋は白瑩の色を忌まず、七月八月に見れば小吉と算す。冬は黒潤の色を忌まず、十月・冬月に見ればとりわけ平穩。三六九等の土旺の月は黄明の色を忌まず、見ればとりわけ喜慶を主る。これらは皆時令と気色とが順生相合する情形に属す。
七.春令忌白慘色,正二月為尤不利;夏令忌黑枯,四五月為受大禍死厄;秋令忌紅赤色,七八月為受驚險橫禍;冬令忌黃黯色,十冬月為損失官訟;三六九全月忌青膩色,為疾厄冷退。此時令之相反也。此七項為五形四時之大略也。
第七、逆に言えば、春は白色と慘色を忌み、正月二月に見ればとりわけ不利。夏は黒色と枯色を忌み、四月五月に見れば大禍に遭い乃至死厄を主る。秋は紅色と赤色を忌み、七月八月に見れば驚険橫禍に遇うを主る。冬は黄色と黯色を忌み、十月・冬月に見れば破財と官司を主る。三六九等の土旺の月は青色と腻色を忌み、見れば疾病災厄と家道冷退を主る。これらは皆時令と気色とが相衝相反する情形に属す。以上の七條が、すなわち五行の形体と四時の気色とが配合する大略である。
第六章 部位應驗
一、天嶽華蓋,專主平安亨吉之部位,及升遷進職,獲功得名,及家庭之順遂。常人則主財星旺而事實利,亦關乎個人之大計如何也。二、奏書專主大計之決定,函電交馳之往來,其中消息如何,公文信件之有所種因,事實交際之有所發生,亦關乎升遷調補之各項也。
第一、額頂の「天岳」と「華蓋」の兩處は、専ら平安亨通の類の吉慶を管する。仕宦においては升遷して職を進め功を立て名を得、家庭においては人口が和順す。尋常の百姓がここを看れば、財星の旺相・辦する所の事が切実に利を得るを主る。斷ずる時はさらに本人の眼下に謀る大計が何かを看て、初めて実處に落ちる。第二、「奏書」の一部は専ら大計の最後の決定を管する。函電の往還が頻繁か否か・その中に傳わる消息が好いか惡いか・公文信件が何事に因って起るか・交際往來の中に何事が將に發生するかを、皆ここより推驗す。官員の升遷・調動・補缺の類の事も、皆この一部位の管轄に歸す。
三、印堂為全面部之元首,專主個人之吉凶禍福,大勢之安全與否,性命之關係如何,疾厄之重經如何,此為最重要之一,及關係正略也。四、輔角與日月角,為父母之正當關係,為名位之連帶關係,亦主家庭人口如何,血統之哭泣如何,以及未經預,而有發生者,乃意外之部位也。
第三、兩眉の間の「印堂」は全臉の元首で、専ら一身の吉凶禍福を管する。大局が安全か否か・性命に關礙あるか無きか・疾病災厄の輕重深淺を、皆これを以て准と為し、全面の最も緊要の部位の一つで、また直接に本人の正途の謀劃の成敗を牽動す。第四、額側の「輔角」と「日月角」は、父母宮の正當の所在で、また連帯して名位の高低を主管し、さらに兼ねて家中人口の多寡・本族血親に喪亡哭泣の事あるか無きかを看る。およそ事先に毫も預兆なくして突然發生する事も、またこの兩處より看る。ゆえにそれは意外を主る部位である。
五、國印即顴骨之部位,關係人之權利,及升遷調補,得失成敗,亦關係弟兄叔侄,及個人之生存地位,此為重要部份之一,亦主父母孝服也。六、土星為坐守財之正當關係,及兩側關乎偏浮財、交際財各項。凡進財進祿,以此為專部;及得財失財,皆以此為用神,此為重要部份之一。
第五、「國印」はすなわち兩顴骨の部位で、一人の手中の權柄に關係し、升遷・調動・補缺の得失成敗は皆それを看る。同時に兼ねて兄弟叔侄の情形、および本人が世上に立足する地位を看る。緊要の部位の一つで、父母の喪服の事もまたここに應ず。第六、鼻准は「土星」と稱し、主るは守り得住る正當の家財。鼻翼の兩側は偏財・浮財・交際應酬の中に得る錢財を主る。およそ財を進め祿を進めるは、皆ここを以て専管の部位と為す。財の得るか失うかも、皆ここを拏って斷事の「用神」と作す。同じく緊要の部位の一つである。
七、輔角驛馬專為行動之關鍵,遠行之事實,其遠之成功與否,皆以此為用神;又連帶為流通之財源,而為外財也;又為行動之遠近,中道有無障礙也。八、奸門為妻妾之專部,而分左右也。其左奸門,為命妻,或嫡位之名義;右奸門為重配,或妾庶之名義。皆以此部定其妻妾宮之吉凶禍福、喜慶哭泣,以及疾厄死亡,又關妻族之哭泣,及各項事務也。
第七、「輔角」と「驛馬」は行動の關鍵の所在である。遠門に出るか出ざるか・遠行が辦し成り得るか否かは、皆ここを以て斷事の「用神」と作す。それはまた連帯して流通周轉の財源を管り、すなわち外頭に在りて稼ぐ「外財」である。このほかにまたこの一趟が行くの遠近・路上に阻碍あるか無きかを看る。第八、眼角外側の「奸門」は妻妾宮の専管の部位で、しかも左右に分かつ。左の奸門は元配正妻を主り、すなわち嫡室の名分。右の奸門は續弦して再娶するを主り、あるいは偏房側室の名分。妻妾の一宮の吉凶禍福・喜事喪事、乃至疾病災厄に以致りて死亡も、皆ここより判定す。連ねて妻家の親族に喪亡あるか無きか、および妻族と相關の各種の事務も、一併にそれに歸す。
九、中勾陳為疾厄之正當事實,又主憂鬱思慮之連帶事實,亦主哭泣之連帶、妻妾子女之連帶,又主母族叔伯之人丁也。十、羅侯曜、計都曜,為弟兄姊妹之正當範圍,亦關公文書函等事,又主口舌交際,及六親往來籌商,而事實之聯絡進行各類也。
第九、大眼角の外の「中勾陳」は正しく疾病災厄の實情を管り、また連帯して憂鬱思慮の類の心事を主り、また連帯して家中の喪亡哭泣・妻妾子女の順逆を主り、さらに兼ねて母親の一族と叔伯の一房の人丁の狀況を看る。第十、兩眉頭の上下の「羅睺曜」「計都曜」は、正しく兄弟姊妹の一宮を管り、同時に公文書信の類の事に關涉す。このほかにまた口舌是非と交際應酬、および六親の間の往來商議・事情が如何に聯絡推行するかの這幾類を主る。
十一、上勾陳為公文信件,略思慮,及有心理之顧忌,一切事實動念之初步,而有隱憂之牽制事項;左為外務之事,右為內務之事也。十二、福堂為官訟是非之正部,及嫌疑嫉垢之種因,又為外財動財之連帶關係,以及憂思鬱結、遲疑不決之事,而生遺累爭執也。
第十一、「上勾陳」は公文信件を主り、また謀略思量および心の裏に存る顧忌を主る。凡事の剛に念頭を起る那の一步、および心底に藏して人を牽制する隱憂を、皆ここより看る。左は外面の事務に應じ、右は家内の事務に應ず。第十二、眉尾の上方の「福堂」は官司是非の正管の部位で、また人に猜忌嫌惡され・嫌隙を結ぶ根由の所在である。それはまた連帯して外財と活動の財、および心中の憂思鬱結・遲疑して決斷し能わざる事を管る――こういう類の事は往々にして旁人を拖累し、爭執を釀成す。
十三、三陽為子女之一部份,其子女之安全與否,或進子女之喜慶等項,又主疾厄之吉凶關係,為重要之一,以及結仇結怨,及爭名奪利之糾紛也。十四、三陰為子女之正部,其子女之安全與否,又主憂思之連帶而不可宣佈者,亦關係吉凶之一小部,亦主母族妻族之哭泣,又主疾厄之傍部也。
第十三、上眼皮の一帶の「三陽」は子女宮の一部分で、子女が平安か否か・添丁添口の喜事あるか無きかは皆ここを看る。それはまた疾病災厄の吉凶を管り、緊要の部位の一つである。このほかに人と仇を結び怨を結び、名を爭い利を奪いて生ずる糾紛も、またこの一處に應ず。第十四、下眼瞼の「三陰」は子女宮の正位で、同じく子女が平安か否かを看る。また連帯してあれらの心に藏して人に對し說き不便の憂思を主り、吉凶應驗の一つの小部位と算す。母親の一族と妻子の一族に喪亡哭泣あるか無きかも、またここより看る。同時にそれはまた疾病災厄の輔助の部位である。
十五、蠶囊為子女之正部,凡子女有喜慶之事實、疾厄之事實、死亡之事實,皆以此為定論也,亦主血統戚屬之哭泣也。十六、玄武為驚險之正部,及暗害損失,官訟牢獄,輕則為重要口舌,重則為傷亡災厄,為吉凶重要部份之一。亦行動之可否,當以此為考查重要點,又關血光之傷殘,湯火瘡疥之類也。
第十五、臥蠶の下方の「蠶囊」は子女宮の正位で、子女の添丁の喜事・病に生じ災に遭う事、乃至夭亡して故去る事も、皆ここを拏って最後の判定と作す。本族親戚に喪亡哭泣あるか無きかも、またここに應ず。第十六、「玄武」は驚嚇凶險の正管の部位で、暗中に害を受け・端なく損失し・官司を打ち牢獄に下るは皆それに歸す。輕きは一場の厲害の口舌爭執と應じ、重きはすなわち傷亡の災禍で、吉凶を判斷する緊要の部位の一つである。門を出でて行動するや否やも、また須らくここを以て重點の考察と作すべし。このほかに血を見る傷殘、および燙傷・火傷・瘡疥の類も、皆ここより看る。
十七、兩腮號懸璧,即奴僕宮,關係奴僕牛馬之正部,又主盜小人之連帶關係,及遺失不明之財物,下人走失之拐騙等項。十八、法令為偏,及間接之關係,又主兼代之權祿,從中之負責,又主書面之策略、徵求之方針,及由此而達彼之間接行為也,或過渡之就範也。
第十七、兩腮は「懸璧」と呼ばれ、すなわち奴僕宮で、正しく用いる所の人と牛馬牲口を管る。それはまた連帯して盗賊小人の侵擾・財物が明々白々ならずして失落し、および僕役が走失するか人に拐騙される類の事を主る。第十八、「法令」紋は偏門の・間接の關係を主る。代理して兼攝して得る權位俸祿・間に居りて承擔する責任は、皆それに歸す。このほかに書面上の謀略・外に對し意見を徵求する方針、以及乙を達するに甲を借る間接手段、あるいは過渡階段の遷就迎合も、皆ここより看る。
十九、命宮為先天之根,是疾厄之主部,專應病厄,及死生關係、痼疾宿病關係,以此為用也,及腎繫之通過地,亦關虛弱之疾也。二十、俞門為腎部之正繫,是大病厄之必要考查者,有死亡之區別,及疾病時間之久暫也。
第十九、山根の一帶の「命宮」は先天禀賦の根本で、また疾病災厄の主部である。専ら各種の病患に應じ、生死の關頭・久しく治えざる痼疾舊病を、皆ここを拏って斷事の憑據と作す。醫理より言えば、ここはまた腎脈の經過する地で、ゆえに體虛の類の病もまたここに應ず。第二十、耳後の「兪門」は腎臟の正應の處で、およそ大病に遇えば、ここは査せざるべからざる一處である。人の死か活かはここに由りて分別し、病程の長か短かもここに由りて推斷す。
廿一、命符為疾厄之一小部份,關係臨時發生之病厄,亦有相當之危險,及花柳淫慾之疾災、血光之酒病等項。廿二、下勾陳為疾厄之一小部份,關係常度種根之病厄,及溼氣水氣瘡疥之類,又有血統戚之連帶哭泣,關係輕微而不重也。
第二十一、「命符」は疾病災厄の一つの小部位で、管るは臨時突發の病患で、また相當の危險性がある。このほかに花柳の類の縱欲に因って得る病・血を見る傷と縱酒して得る病も、皆ここに應ず。第二十二、「下勾陳」もまた疾病災厄の一つの小部位で、管るは平日裏に慢慢と病根を積む舊疾、および濕氣・水氣・瘡疥のこういう類である。本族親戚に喪亡あるか無きかも、また連帯してここに看る。ただしこの一部位は事に應ずる分量が比較的輕く、重要と算せず。
廿三、年壽為疾厄之正當部位,故名疾厄宮。凡宿疾與臨時發生之病厄,皆以此為一定決斷,亦關伯叔之外哭泣,及回祿之災也。廿四、人中為船行之必要考查,關乎水之損失、船行之吉凶,亦主疾厄之痛症等類,而有死生關係也,亦主子女之一小部份,是其連帶也。廿五、承漿為船行之必要考查者,關乎水上之吉凶禍福,及有無水驚水災之例,及船行之貨物利源,有無損益也;又主瘡癢花柳之病,而成梅毒,亦主跌撲湯火之咎,而成疤痕之類也。
第二十三、鼻梁の中段は「年壽」と呼ばれ、正しく疾病災厄の本位で、ゆえにまた「疾厄宮」と名づく。およそ陳年の舊病と臨時に得る急病は、皆ここを拏って確定の斷語と作す。伯父叔父の一輩の喪事、以及火災の厄も、またこの一處に牽連す。第二十四、「人中」は船を行くに必ず査すべき部位である。水上に損失あるか會するか・この一趟の船の行くが吉凶如何かを、皆それを看る。それはまた疼痛の類の病症を主り、生死と關係有り。このほかにまた兼ねて子女宮の一つの小部位と作し、連帯關係に属す。第二十五、下唇の下方の凹處は「承漿」と呼ばれ、また船を行くに必ず査すべき部位である。水上の一切の吉凶禍福はここに由りて推斷し、水面上の驚嚇か水災に遇うか會せざるかもそれを看る。連ねて載する所の貨物が幾何の利を獲るか・虧損あるか無きかも、皆ここに應驗す。このほかにそれはまた瘡癢・花柳の類の病を主り、重きは梅毒に轉成するを會す。跌打して摔傷し・燙傷火傷して留下する過咎、以致って身に疤痕を落下するも、またこの一處より看る。
第十章 氣色斷驗秘訣
一、天嶽華蓋為高廣學堂,亦官祿之正部。凡有黃紫色,主吉慶,主升官進職,得祿獲功,常人則為進財源,進入丁;此時如有略進行,已占大體安全,及得十之七八利益。如有青色,主憂思鬱結,驚疑不定。如有滑膩色,主哭泣,及損血統關係之人丁,及有六親遺累,交際吃虧,暗害損失。如有紅色,主失官去職,損財冷退,亦主驚恐險阻。如現赤色,主孝服損人丁,及驚險危險,暗害官訟,牢獄伽鎖。如有白慘色,主孝服刑人丁,及大病厄。如有黑暗色,主百事不利,飛災橫禍,危險損失,惡疾瘟疫。依時令之生克、濃淡之輕重,為一定之事實;又因其人之程度如何、資格如何,以斷其大小耳。
第一、「天岳」「華蓋」の一帶は位置が高く寬闊で、相家は「高廣學堂」と稱し、また官祿の正位である。ここに黄色紫色を現ずれば、喜慶の門に臨むを主る。官を為す者は升官して職を進め・俸を得て功を立て、平民は財源が進益し・家に人口を添う。この時若し謀劃推行する所有れば、大体すでに穩妥と算し、七八成の好處を可得とす。青色を現ずれば、心中の憂思鬱結・驚疑不定を主る。油滑黏腻の色を現ずれば、喪亡哭泣あるを主り、しかも本族の人丁を傷損し、また六親の牽累・交際上の喫虧・暗中に人に算計されて受損あり。紅色を現ずれば、官を丢き職を去り・破財して家道冷落するを主り、また驚恐と阻碍を主る。赤色を現ずれば、孝を穿かんことを要し・家中に人口を折損し、併びて驚險危難・暗害と官司あり、さらに身が牢獄枷鎖に陥るに至る。慘白色を現ずれば、喪に服して家人を刑克し、あるいは大病大災あるを主る。黑暗の色を現ずれば、諸事順わず、飛來の橫禍・危險損失・惡疾瘟疫を主る。斷ずる時は當令の節氣とその色の生克・顏色の濃淡深淺に按じて實情を定め、さらに本人の身份程度と資歴の深淺を看て、初めて事の大小を斷じ出せる。同一種の気色が、顯貴の人の身に出れば應ずるは官職權位で、平民の身に出れば應ずるはすなわち財帛と家中人口である。
二、奏書為大計之決定,公文信件之事實。如有黃紫色,主升遷進職,及有喜因之消息傳來,常人亦有財利之喜報。如有青滑膩色,主父母之困難、信件之羈留,及事實有憂愁不決,族戚牽制。如有紅赤色,主結仇構怨,及有不好之消息,損失之遺累。如有白慘色,主有人口災厄之信件,臨時發生之病厄。如有黑黯枯各色,主失官損祿,失權罷職,暗害危險驚險之函電,招嫉結怨,官訟牢獄。亦以濃淡重經,斷人之禍福大小久暫也。
第二、「奏書」の一部は大計の裁定を主り、また公文信件の實情を主る。ここに黄紫の色を現ずれば、升遷して職を進むを主り、併びて喜事の消息の傳わり來るあり、平民も財利に關する好い音信を收得す。青色にして油滑黏腻を帶びれば、父母に難あり・信件が耽搁滞留し、事情が憂愁して決し難く、しかも族中の親戚に牽制されるを主る。紅赤の色を現ずれば、人と仇を結び怨を構え、また壞消息の傳わり來り、牽累されて損失を受るを主る。慘白の色を現ずれば、家中人口に災厄あるの信を收到し、あるいは臨時に急病を得るを主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、官を丢き祿を失い・權を奪われ職を罷められ、來る函電は盡く暗害・危險・驚嚇の類、また人の妒忌を招き怨仇を結び、さらに官司を打ち牢に坐るに至る。同じく顏色の濃淡輕重に按じて、この人の禍福の大小と久暫を判斷するを要す。いわゆる「久暫」は、這の樁の事が眼前の一時に應ずるか、それとも許久を拖延して初めて了結するかを說く。
三、印堂為面部之元首,關係重要。如有黃紫色,主升官進權,獲功進祿,及旺人丁,常人亦主喜慶而旺財源。如有青滑膩各色,主小破敗,及小損失,及憂愁不遂,勞而無功,亦主小疾。如有赤紅色,主危險損失,牢獄柳鎖,及受傷與死亡之災,罷職失權也。如有白慘色,主百事不遂,刑剋人丁,疾厄流連,招嫉結怨。如有黑黯晦各色,主危險死亡,損失破敗,瘟疫牢獄之例。亦以濃淡輕重,為事實之決斷也。
第三、「印堂」は全臉の元首で、應ずる所の事は最も緊要である。ここに黄紫の色を現ずれば、官を升り權を得・功を立て祿を進め、家中の人丁が興旺するを主る。平民もまた喜慶の事ありて財源が轉旺するを主る。青色にして滑腻なれば、小さの破敗と損失を主り、心中が憂愁して事情が遂わず、力を白費して功なく、また小病を害するを主る。赤紅の色を現ずれば、危險損失を主り、牢獄枷鎖の厄あり、以致って傷を受け乃至命を喪い、官を為す者は職を罷められ權を奪わる。慘白の色を現ずれば、百事順わず、家中の人口を刑克し、病痛が纏綿して去らず、また人の妒忌を招き怨仇を結ぶ。黑黯晦暗の諸色を現ずれば、凶險死亡・損失破敗、および瘟疫・牢獄のこういう類の事を主る。斷法は前と同じく、仍ほ顏色の濃淡輕重を以て實情を決定す。色の淡きは事小さく、色の濃きは事大なり。これが通例である。
四、輔角驛馬為行動之正部,及流通之財源。如有黃紫色,主行動大利,及略行功而成功,又主遠信至,而得良好之消息。如有青滑膩各色,主中道停留,略逗留而生變化,遠信不至,及有損失障礙之信件。如有白慘色,主刑傷父母,或損家庭重要人丁。如有紅赤色,主行動之損失驚恐,貨物之損阻。如有黑黯枯各色,主行動有危險暗害,盜匪災厄,及孝服,不動為吉。亦以濃淡重輕、資格程度,為事實之判斷也。
第四、「輔角」「驛馬」は行動の正管の部位で、また周轉流通の財源を管る。ここに黄紫の色を現ずれば、出行が大いに順利で、謀る所の事が辦し成るを得、また遠方より信の來るを主り、好い消息を帶來す。青色にして滑腻なれば、半路上に耽搁され、逗留に因って變故を生じ、遠信至らず、あるいは來るは損失を報じ阻碍を報ずる信を主る。慘白の色を現ずれば、父母を刑傷し、あるいは家中の緊要の人口を折損するを主る。紅赤の色を現ずれば、此行に損失驚恐あり、帶する所の貨物が損を受けるか扣阻されるを主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、此行に危險暗害あり、盗匪の災に遭遇し、あるいは家中有りて喪事あり、この時身を動かさざるはかえって吉なり。仍ほ気色の濃淡輕重に按じ、併びて本人の資歴身份を參看して、實情を判斷するを要す。身份の愈々高き人は、同一種の気色の應ずる事情も愈々大なり。
五、日月角為父母之正部,及官祿之連帶。如有黃紫色,主父母康健平安,及官祿之進益。如有青膩滑各色,主父母憂愁,而有心病隱憂,亦主父母之疾病災厄,及官祿之停留不動。如有白慘色,主父母大疾厄,及哭泣之例。如有躁絳色,主父母與人爭端口舌,及本身之受影響劣跡。如有紅赤色,主父母凶危,及孝服,亦主家庭之大損失。如有黑黯枯各色,主父母驚險死亡,及本身損失官祿,損失財利。亦以濃淡重經、資格程度,而為判斷也。
第五、額上の「日角」「月角」は父母宮の正位で、また連帯して官祿を主る。ここに黄紫の色を現ずれば、父母が康健平安、本人の官祿もまた進益あるを主る。青色にして滑腻なれば、父母の心中に憂愁あり・說き出し得ざる隱憂あるを主り、また父母が病に染り災に遭い、本人の官祿は停滯して升遷し能わざるを主る。慘白の色を現ずれば、父母に大病大災あり、さらに喪亡の事ありを主る。干躁深紅の色を現ずれば、父母が人と爭端口舌を起し、本人も牽連を受けて好からざる名声を落下するを主る。紅赤の色を現ずれば、父母に凶險あり、孝服を穿くを須い、家中にもまた大きの損失あるを主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、父母が險に遇い乃至身が故するを主り、本人は官を丢き祿を失い、財利を折損す。仍ほ気色の濃淡輕重を以て、併びて本人の身份資歴を參看して、以て判斷を作す。父母の年事すでに高きは、凶色の應ずる格外に急なり。本人の官位の愈々高きは、祿を失う一層もまた應ずる愈々重し。
六、國印為權祿之重要部位。如有黃紫色,主進權得祿,正當略而收實效,有必成也;又主直接之進行,為獲利益。如有青滑膩各色,主父母疾厄,弟兄姊妹叔伯有災厄急難,權位小有搖動。如有白慘色,主為不成,勞碌不功。如有躁絳色,主權位減等,招是非嫌疑,及結夙怨。如有紅赤色,主孝服及大損失,盜匪之驚險,牢獄之仇害,輕則主痔漏,重則主凶亡。如有黑黯枯各色,主損失破財,危險災厄,飛災橫禍,刑人丁之例;如輕則主內憂外患,六親爭端,及官訟糾纏之例。亦以濃淡輕重,因人之資格而決斷其吉凶禍福也。
第六、兩顴の「國印」は權柄と俸祿の緊要の部位である。ここに黄紫の色を現ずれば、權を得て祿を進め、眼下の謀劃が實效を收得し、事は必ず成るべしを主り、また直接に某事を推行して獲利するを主る。青色にして滑腻なれば、父母が病に染り災に遭い、兄弟姊妹叔伯の一輩に急難あり、本人の權位もまた略ば動搖するを主る。慘白の色を現ずれば、謀る所成らず、一場苦辛くして功なきを主る。干躁深紅の色を現ずれば、權位が等を降げられ、是非嫌疑を招來し、併びて舊日の怨仇を結ぶを主る。紅赤の色を現ずれば、孝を穿かんことを要し併びて大きの損失あり、あるいは盗匪の驚嚇に遭い・仇怨に因って獄に入るを主る。輕きは痔漏の類の病に應じ、重きはすなわち凶死なり。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、破財損失・危險災厄・飛來の橫禍を主り、さらに家中の人口を折損するに至る。應ずること輕きも、内憂外患・六親の爭執・官司の纏身のこういう類なり。仍ほ顏色の濃淡輕重に按じ、併びて本人の身份の高下に就いて、吉凶禍福を決斷するを要す。職に在る人は權位上に應じ、職無き人はすなわち家宅と六親上に應ず。
七、土星為財帛之專部。如有黃紫色,主進祿,得財及事實之遂心。如有青滑膩各色,主小累損失,及為有挫折,以及得而復失,中道有障礙。如有躁絳色,主偏財損失,遊戲遺累。如有紅赤色,主火災,及冷退之破財,失祿罷職,官訟暗害,亦主損人丁。如有黑黯枯各色,皆為不祥,損人破財,亦主懸樑服毒,投河自剔,輕則官非口舌、疾病災厄,常人主六畜損失,皆以濃淡重經,為損失之大小也。如有白慘色,主叔伯哭泣,血統哭泣,及冷退也。
第七、鼻准の「土星」は財帛の專管の部位である。ここに黄紫の色を現ずれば、祿を進め財を得、辦する所の事が稱心如意するを主る。青色にして滑腻なれば、些小の牽累を受けて損失あり、事情が挫に遇い、手に到りし財また失い、中途に阻碍を生ずるを主る。干躁深紅の色を現ずれば、偏門の財が折損し、玩樂嬉遊に因って拖累を招來するを主る。紅赤の色を現ずれば、火災あるを主り、あるいは家道冷落して破財し、祿を失い官を罷められ、官司を喫し暗算に遭い、また家中の人口を折損するを主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、皆不祥の兆で、人を損いまた財を破し、重きはさらに上に吊り・毒を服し・河に投じて自盡するの事あり。輕きも官非口舌・疾病災厄、平民は則ち牲畜に損あるを主る。これらは皆気色の濃淡輕重に按じて、以て損失の大小を定む。若し慘白の色を現ずれば、叔伯の一輩あるいは本族血親に喪亡あるを主り、併びて家道の冷落衰退を主る。
八、人中為船行之必要,子女之關係。如有黃紫色,主行動通達無阻,外順遂可成,而子女亦亨吉。如有青滑膩各色,主痛症之疾厄,及船行停留時日。如有絳躁色,主子女小疾。如有紅赤色,主子女之災厄,船行之損失。如有黑黯枯各色,主船行之驚險,損失破敗,盜匪之搶劫,拉搕翻船。如有白慘色,主侄甥之哭泣,及冷退之消耗,鬱結之疾厄。因其人與事實而斷之,可也。
第八、「人中」は船を行くに必ず看るべき部位で、また子女に關係す。ここに黄紫の色を現ずれば、出行が通達して阻なく、外において諸事順遂して成るべし、子女も平安吉利を主る。青色にして滑腻なれば、疼痛の類の病を害するを主り、船を行けば途中に時日を耽搁す。深紅干躁の色を現ずれば、子女に小病あるを主る。紅赤の色を現ずれば、子女が災に遭い、船を行けば損失あるを主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、船を行きて險に遇い、損失破敗し、あるいは盗匪の搶劫に遭い、乃至拖拽碰撞されて船が翻るに至る。慘白の色を現ずれば、侄兒外甥の一輩に喪亡あり、家道が冷落して消耗し、あるいは鬱結に因って病を生ずるを主る。總じて須らく本人の情形と眼前の事由に就いて、合わせて判斷してこそ是なり。船を行きて外に在る人は水路の一層を重んじ看、安居して家に在る人は則ち子女の一層を重んじ看る。
九、命宮為疾厄之主部。如有黃紫色,主先天強健,後天無虧,平安無疾。如有青滑膩色,主傷陰失眠,神不守宅之疾。如有躁絳白慘各色,主有一脈之叔伯哭泣,及同室操戈,遺累小損。如有紅赤色,主驚險凶危,官訟暗害,及失火燭。如有黑黯枯各色,主腎病弱疾,及死亡之病厄,或花柳有形之災毒。如有青筋橫過,主遺精及宿病;小兒主遺尿,及增氣痛。
第九、山根の「命宮」は疾病災厄の主部である。ここに黄紫の色を現ずれば、先天禀賦が強健、後天もまた虧損なく、平安で病なしを主る。青色にして滑腻なれば、陰分が傷を受け・夜裏に失眠し、神魂が宅舍に安守し能わざる毛病を主る。干躁深紅あるいは慘白の諸色を現ずれば、同宗叔伯の一房に喪亡あり、あるいは自家人が内訌して相爭い、牽累されて些小の損失を受るを主る。紅赤の色を現ずれば、驚險凶危に遇い・官司を喫し暗算に遭い、あるいは水を走らせ火を失すを主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、腎虧體弱の病を主り、乃至性命の憂ある重症、あるいは花柳の類の形迹を現出する毒瘡に至る。若し青筋がここを横貫するを見れば、遺精と陳年舊病を主る。若し小兒に在れば、則ち尿床、および疝氣腹痛の類を主る。
十、命門為疾厄之正部,內屬腎絡。如有黃紫白潤各色,均無疾厄。如有青滑膩各色,主小病流連,及憂思鬱結。如有紅赤慘色,主大病,有定根疾,及驚悸失智,神經昏亂。如有黑黯枯色,主惡病死災,以此為腎絕,而無救他。
第十、耳前の「命門」は疾病災厄の正管の部位で、醫理上より腎臟の經絡に属す。ここに黄色・紫色あるいは白くして潤沢の諸色を現ずれば、皆身に病なく災なきを表示す。青色にして滑腻なれば、小病が纏綿して去らず、心中にまた憂思鬱結あるを主る。紅赤あるいは慘白の色を現ずれば、大病を害し、しかもすでに病根を落下し、さらに驚悸して神を失い神志昏乱に至るを主る。黑黯枯槁の色を現ずれば、惡疾が命を致す災を主る――相家はこれを以て腎氣の斷絶の象と為し、すでに救治する可きなし。
十一、命符為疾厄之正部。如冬令有黃黯色,主死災惡病,其它時令無礙。紫白明潤各色,主無疾而平安。如有青滑膩色,主小疾,及血光花柳。如有紅赤躁絳色,生口舌爭端,及瘟疫時疾。如有黑枯慘各色,主水驚,及久病酒病溼氣之例。
第十一、「命符」もまた疾病災厄の正管の部位である。若し冬令に黄くして昏黯の色を見れば、致命の惡疾あるを主る。別の時令に換えてこの色を見れば、却って大礙なし。紫色・白色にして明淨潤沢を現ずれば、身に病なく・一向に平安を主る。青色にして滑腻なれば、小病を害するを主り、また血を見る傷と花柳の疾を主る。紅赤あるいは干躁深紅の色を現ずれば、口舌爭端を生じ、あるいは瘟疫時令病に染るを主る。黑色・枯色・慘白の諸色を現ずれば、水上に驚を受け、以及久病・酒傷の病・濕氣の類の毛病を主る。
十二、中勾陳為疾厄之正部,及連帶憂鬱。如有黃紫色,主平安無病苦也。如有青滑膩各色,主憂鬱多思,糾纒牽制,又主失眠多夢,及胃肺之疾,又主溼氣水氣上泛之例。如有紅躁赤絳,主口舌爭端,交際失效,及哭泣刑人丁。如有黑黯枯慘,主弱症、腰痛腿疼,病疾不愈,又主刑人丁而冷退耗財,遺累牽制,而有暗害也。
第十二、「中勾陳」は疾病災厄の正管の部位で、また連帯して憂鬱の心事を主る。ここに黄紫の色を現ずれば、平安で病なく痛なしを主る。青色にして滑腻なれば、心中の憂鬱思慮が過多で、事情が糾纏牽制して開かずを主る。また失眠多夢、および胃・肺の類の病を主り、さらに體内の濕氣水氣が上に泛るを主る。紅くして干躁、赤くして深絳なれば、口舌爭端を主り、交際應酬は工夫を白費し、家中有りて喪亡ありて人口を折損す。黑黯枯槁慘淡の色を現ずれば、身子が虛弱・腰腿が疼痛し、病は久しく愈えずを主る。また家人を折損し・家道冷落して財を耗し、人に牽累され掣肘され、併びて暗中に加害する事あるを主る。
十三、下勾陳為疾厄之一小部。如有黃紫白潤之色,主平安無疾。如有青滑膩各色,主溼氣定根,及時疾沉疾。如有紅赤躁絳,主溼熱症,及手足病,而筋骨疼痛,又主口舌內是非,六親之累,兄弟姊妹之爭。如有黑黯枯慘各色,主母族哭泣,叔伯哭泣,及痰飲疤塊之例也。
第十三、「下勾陳」は疾病災厄の一つの小部位である。ここに黄色・紫色にして白潤を現ずれば、平安で病なしを主る。青色にして滑腻なれば、濕氣がすでに體内に根を扎し、あるいは時令病と積久治り難き重病に染るを主る。紅赤あるいは干躁深紅の色を現ずれば、濕熱の症、以及手足の毛病・筋骨の酸痛を主る。また家内の口舌是非・六親の牽累・兄弟姊妹の間の爭執を主る。黑黯枯槁慘淡の諸色を現ずれば、母親の一族あるいは叔伯の一房に喪亡あるを主り、また痰飮の病と身上に塊を結ぶ類の症候を生ずるを主る。
十四、年壽為疾厄之正部,故號疾厄宮。如有黃紫白潤之色,主一歲平安。如有青滑膩色,主胃病哽噎,飲食減少,及顧忌遠憂。如有白慘色,主骨肉戚之哭泣,連帶之累損。如有絳躁色,主肝氣不舒之疾,及目病,動氣吃虧。如有紅赤色,主火災驚損,及吐血痔漏。如有黑黯枯各色,主痼瘋疾不愈,及刑重要人丁,及危險自剔。又以黑黯色加塵點方死,次亦憂愁而死,環境惡劣也。
第十四、鼻梁の中段の「年壽」は疾病災厄の正位で、ゆえにまた「疾厄宮」と呼ばる。ここに黄色・紫色にして白潤を現ずれば、この一年が平平安安たるを主る。青色にして滑腻なれば、胃病・嚥下哽噎し、飮食が減少し、心中に顧忌と長遠の憂愁あるを主る。慘白の色を現ずれば、骨肉至親に喪亡あり、自らも連累を受けて損あるを主る。深絳にして干躁の色を現ずれば、肝氣鬱結して舒ならざる病と眼疾を主り、また氣を動かし怒を發して喫虧するを主る。紅赤の色を現ずれば、火災の驚嚇と損失、以及吐血・痔漏を主る。黑黯枯槁の諸色を現ずれば、久しく治えず愈えざる頑疾癲疾を主り、家中の緊要の人口を折損し、さらに短見を尋ねる危險さえあり。また知るべし、黑黯の色の上にさらに一層の塵垢のごとき斑點を蒙る、初めて真に命を喪うの時に至る。退く一等のも、また憂愁の中に亡故し、處境は十分に惡劣なり。
十五、奸門為妻妾官之正部。如有黃紫色,主妻宮喜慶,而有喜因也。如有白慘色,主妻族之哭泣,及外孝服也。如有青滑膩色,主妻宮多病厄,而有隨身宿病也,故經云:奸門青筋上露,常蓄病妻,左妻右妾也。如有黃青二色合併,則病中化喜也,或喜中有病也。如有躁絳色,主妻宮口舌,及暗助後家。如有紅赤色,主妻宮驚險、火災,及妻族連帶之累。如有黑黯枯色,主刑妻妾,亦要中勾陳絳暗方應也,否則大病大災。如有雜花三四色混合,主妻妾姦淫邪行,或為本身花柳病厄。故黃明者,得妻族之助,而進財也。
第十五、眼角外の「奸門」は妻妾宮の正位である。ここに黄紫の色を現ずれば、妻室に喜慶あり、しかも喜事に實在の由頭あるを主る。慘白の色を現ずれば、妻家親族に喪亡あり、本人は外家の為に服喪するを主る。青色にして滑腻なれば、妻子が多病、しかも身に帶ぶる老毛病を主る。ゆえに相書に說く、奸門に青筋浮露すれば、家裏に常に一つの病妻を養う、左は正妻に應じ、右は偏房に應ずと。若し黄・青の兩色併び現れれば、すなわち病裏に喜に轉じ、あるいは喜の中に病を帶ぶ。干躁深紅の色を現ずれば、妻子と口角し、あるいは暗中に娘家を貼補するを主る。紅赤の色を現ずれば、妻室が驚險あるいは火災に遇い、また妻家に牽累されるを主る。黑黯枯槁の色を現ずれば、妻妾を刑克するを主る。ただし還須らく「中勾陳」が同時に絳暗の色を現出して初めて真に應驗し、然らざればも亦不過一場の大病大災なり。若し三四種の雜色の混雑して落花のごときを見れば、妻妾に奸淫邪行あり、あるいは本人が花柳病に染るを主る。反るに、ここに黄くして明亮なれば、則ち妻家の幫助を得て財を進むを主る。ここ一部位を看るに、左右の兩邊は必ず分けて斷ずべし、混じて一處と作す可からず。
十六、羅曜計曜為弟兄之正部,及附代口舌,與公文信件也。如有黃紫色,主弟兄姊妹安好,及略有成;如黃紫而動,則有喜信至,或公文委狀也,常人則有進財之喜信。如有青滑膩色,則有弟兄姊妹之累,及憂愁不決之事。如有白慘躁絳各色,則主弟兄姊妹連帶之哭泣,亦主遺累。如有紅赤之色,主官訟口舌,遺累暗害,嫌疑是非,右內左外也。如有黑黯枯色,主弟兄姊妹之哭泣,及連帶之損失,不好之消息,憂驚之信件必至也。
第十六、兩眉頭の「羅睺曜」「計都曜」は兄弟宮の正位で、附帶して口舌是非と公文書信を管る。ここに黄紫の色を現ずれば、兄弟姊妹が平安、謀劃の事が略ば成就あるを主る。若し黄紫色が浮動して發せんと欲すれば、則ち喜信の到來あり、あるいは公文の委任狀が下達し、平民は則ち財を進る好い消息を收到す。青色にして滑腻なれば、則ち兄弟姊妹に拖累され、しかも憂愁して決し難き事ある。慘白あるいは干躁深絳の諸色を現ずれば、兄弟姊妹の中に喪亡ありて牽連を受け、またそれが為に累わるを主る。紅赤の色を現ずれば、官司口舌・牽累され暗算に遭い、嫌疑是非を招來す。右は家内の事に應じ、左は外頭の事に應ず。黑黯枯槁の色を現ずれば、兄弟姊妹に喪亡あり、自らも連帯して損を受け、壞消息と人を憂驚せしむる書信は必ず踵を接して至る。この一部位は左右に分れて内外に應じ、右の主る所は家内の事、左の主る所は外頭の事である。
十七、兩眉主正當略之部位。如有青滑膩色,主憂愁而有顧忌。如有黃紫色,主略有成,事實順利,及弟兄之喜慶。如有油黯枯慘色,主交際是非,冷退破財,陰暗害,謨嫉爭端。如有紅赤黑色,主驚險牢獄,損失哭泣之例。
第十七、兩眉は正當の謀略を主る部位である。ここに青色にして滑腻なれば、心中が憂愁して且つ顧忌する所有るを主る。黄紫の色を現ずれば、謀る所が略ば成就し事情が順利、兄弟の間にもまた喜慶あるを主る。油光昏黯・枯槁慘淡の色を現ずれば、交際上に是非を生じ、家道冷落して破財し、また人に暗中加害され、妒忌に遭うに因って爭端を起すを主る。紅赤あるいは黑色を現ずれば、驚險に遇い乃至牢獄の災、あるいは損失と喪亡哭泣の事あるを主る。
十八、福堂為外財之正部,及外交是非之例。如有黃紫色,主進外財,及流通之財源,交際成功而有效,同舟共濟而互利。如有青滑膩色,主外交之是非,嫌疑之影響,意見不合,各走極端也。如有紅赤絳躁色,主讒嫉官訟,交際生中變而無效,同見連累而損失。如黑黯慘枯各色,主盜之患,瘟疫之災,以及惡劣消息,損失破敗,或因知己包圍,遊戲縱慾,先破財而後災患也,又為暗殺之機,種因於此也。
第十八、眉尾上方の「福堂」は外財の正管の部位で、また外に對する交往の是非を管る。ここに黄紫の色を現ずれば、外財を賺進し・財源が周轉靈活し、交際に成效あり、人と同舟共濟して彼此に利を得るを主る。青色にして滑腻なれば、外に對する交往に是非を生じ、人の猜疑の影響を受け、彼此意見合わずして各々一端を執るを主る。紅赤・深絳干躁の色を現ずれば、人の讒毁妒忌に遭い乃至官司を打ち、交際が中途に變を生じて落空し、雙方が一同に累を受けて損失を蒙るを主る。黑黯・慘淡・枯槁の諸色を現ずれば、盗賊の患・瘟疫の災あり、以及壞消息を聽到し・損失破敗を遭受す。あるいはいわゆる知己に圍攏されて玩樂縱慾し、先に破財して後に災を招く。暗中に人に謀害される機兆も、その根由もまたこの一處に埋下す。
十九、三陽為子女之正部。如有青黃而潤者,主進子星。如有紫躁而潤者,主進女星。如有滑膩絳色,主憂思遠慮,結怨生非,多狐疑顧忌,而釀成也。如有紅赤色,主驚恐災厄,官訟破敗。如有黑黯慘枯色,主瘟疫惡病而死,又主刑子女之哭泣。如有赤縷下侵入目者,主驚險傷身,輕亦主成殘疾,毀其飢膚,傷其肢體也。
第十九、上眼皮の「三陽」は子女宮の正位である。ここに青の中に黄を帶びて潤沢を現ずれば、男丁を添るを主る。紫にして干躁なるも仍ほ潤沢なれば、女兒を添るを主る。滑腻の深絳の色を現ずれば、心中の憂思遠慮・人と怨を結び事を生じ・疑忌多く、事情はこのようにして一點々釀成するを主る。紅赤の色を現ずれば、驚恐を受け災厄に遭い、官司を喫して破敗に致るを主る。黑黯慘淡枯槁の色を現ずれば、瘟疫惡病に染りて命を喪うを主り、また子女を刑克し・家に喪亡あるを主る。若し赤色の細紋の絲のごとく下に眼中に侵入するを見れば、驚險に遇いて身を傷るを主り、輕きも殘疾を落下し、皮肉が毁され肢體が傷を受る。
二十、三陰為子女之正部。如有青黃明潤者,主進子星。如有紫躁明潤者,主進女星。如有滑膩枯黯各色,主疾厄,及子女之不旺,亦為酒色過度,精神萎頹。如有赤紅色,主子女血光之傷,瘡折之疾,或湯火跌撲之咎也。如有黑慘色,主受暗害,刑子女,亦主妻族姑嫜之哭泣,刑骨肉戚也,又主夙怨嫁及禍,私仇報復,而藉故之爆發也。
第二十、下眼瞼の「三陰」もまた子女宮の正位である。ここに青黄にして明淨潤沢を現ずれば、男丁を添るを主る。紫にして干躁なるも明潤なれば、女兒を添るを主る。滑腻・枯槁・昏黯の諸色を現ずれば、疾病災厄あり、子女もまた興旺せず、同時に本人の酒色過度・精神委頓を說明す。赤紅の色を現ずれば、子女に血を見る傷あり、あるいは瘡を生じ・骨を折る類の病、あるいは燙傷火傷・跌打摔傷の過咎に遭うを主る。黑くして慘淡の色を現ずれば、人に暗算され、子女を刑克し、また妻家あるいは公婆の一輩に喪亡あり、骨肉至親が刑傷を受るを主る。このほかにまた舊日の怨仇が轉嫁して禍と成り・人の私を挾んで報復し、由頭に藉りて突然發作し起るを主る。
廿一、蠶囊為子女之傍部,亦關係疾厄哭泣。如有青赤筋直露下插者,主外哭泣,多應母族妻族,及血統戚屬,有重要關係,左應男丁,右為女丁,又有女格而反應之。如有赤青筋彎曲下插,則損至戚,而略疏遠者,或由信傳噩耗之例。如青赤筋平橫而露,則刑子女,輕亦主子女之大災。如有青滑膩枯各色,主小疾,主憂思不決之例。如有紅赤黑慘各色,主陰險欺詐,疾厄惡症,亦主花柳病,又主淫亂招禍,冷退損失,子女災厄而刑剋也。如有黃紫色,主子女喜慶,亦主陰騭善功等類也。
第二十一、臥蠶下の「蠶囊」は子女宮の輔助の部位で、また疾病と喪亡に關涉す。ここに若し青筋赤筋が直挺挺として下に插せば、外家に喪事あるを主り、多くは母親の一族・妻子の一族および本族親戚の身上に應じ、關係輕からず。左は男丁に應じ、右は女丁に應じ、女命は則ち左右相反す。若し青赤筋が彎彎曲曲として下に插せば、損する所は比較的疎遠些かの至親、あるいは書信に由りて噩耗の傳わるを主る。若し青赤筋が横平に浮露すれば、則ち子女を刑克し、輕きも子女に大災あるを主る。青色滑腻枯槁の諸色を現ずれば、小病を害し、あるいは心中に憂思して決し難きを主る。紅赤黑慘の諸色を現ずれば、陰險欺詐に遭い、重病惡症を得、また花柳の疾に染るを主る。また淫亂に因って禍を招き・家道冷落して損を受け、子女が災に遭い以致って刑克するを主る。若し黄紫の色を現ずれば、則ち子女に喜慶あるを主り、また本人が陰德を積み・善事を做し過ぎた類を主る。ここは筋の直・曲・横の三種の形状を以て輕重遠近を分辨し、最も留心を要す。
廿二、元武為驚險是非之正部,憂思疑慮之旁部。如有黃紫白潤各色,皆平安無阻,雖在危險界中,亦無妨礙。如有青赤筋下插,主結夙怨,而生三年之憂疑暗害,或主三年官訟糾纒時日。如有青滑膩色,主招讒嫉,而見小驚恐,及暗害爭端。如有紅赤色,主牢獄拘留,驚險災厄。如有躁絳慘色,主連帶之驚恐,遺累之損失,小人之暗害,憂疑之信件。如有黑枯黯滯色,主飛災橫禍,危險殘傷,及刑人丁,而有意外之禍,招意外之損,以其人資格而斷之也。
第二十二、「元武」は驚嚇凶險と是非の正管の部位で、また憂思疑慮の輔位である。ここに黄色・紫色にして白潤の諸色を現ずれば、皆平安無阻を主り、縱令身が險境に處すとも、害を受るに至らず。若し青筋赤筋が下に插す有れば、舊怨を結ぶを主り、往後三年皆憂疑と暗害あり、あるいは三年の間官司に纏わる。青色にして滑腻なれば、人の讒毁妒忌を招き、些小の驚嚇に遇い、併びて暗算と爭端あるを主る。紅赤の色を現ずれば、牢獄拘押・驚險災厄を主る。干躁深絳にして慘淡の色を現ずれば、牽連を受けて驚恐し・拖累されて損失し、小人の暗中加害あり、あるいは人を憂疑せしむる書信を收到す。黑枯昏黯呆滯の色を現ずれば、飛來の橫禍・危險傷殘、乃至家中の人口を折損するを主る――皆意外の禍・意外の損で、仍ほ本人の身份高下に按じて輕重を判斷するを須す。ここの應ずる所は多く意外の事に属し、ゆえに一たび惡色を見れば、とりわけ應當に靜守して動かざるべし。
廿三、腮頤為奴僕官。如有黃紫白潤色,主得下人之輔佐,而得忠實厚之奴僕也。如有青滑膩色,主奴僕小愉,遺失物品。如有躁絳色,主奴僕口舌,下人是非。如有黑暗如煙,染皂如塵,則主奴僕暗害,而有下犯上之舉動,及奴僕犯罪,而累及主人之例,亦主損牛馬六畜之例。如有黑黯枯色,主奴僕盜物私逃。如有紅赤色,主奴僕有牢獄之災,連帶之累,以及牛馬六畜,而成官訟也。
第二十三、兩腮の「腮頤」は奴僕宮である。ここに黄色・紫色にして白潤を現ずれば、下人の輔佐を得、用いる所は皆忠厚老實の僕役を主る。青色にして滑腻なれば、僕人が小偷小摸し、家中に物品を丟失するを主る。干躁深絳の色を現ずれば、僕人と口角し、下人の間に是非を生ずるを主る。若し黑暗して煙熏のごとく・汙黑して灰塵に染むるがごときを見れば、則ち僕人の暗中加害、以下犯上の擧動あり、あるいは僕人が罪を犯して主人に連累し、また牛馬六畜に損あるを主る。黑黯枯槁の色を現ずれば、僕人が物を偷して私自に逃走するを主る。紅赤の色を現ずれば、僕人に牢獄の災ありて自らに連累し、あるいは牛馬六畜の事に因って官司を惹き出すを主る。左右の兩腮は内外に分かち得、家中に用る人は内に應じ、外に雇う人は外に應ず。
廿四、承漿為船行之正部。凡黃白紫潤各色,皆宜船行,及水上之利源亨吉。如有青滑膩色,主水上之虛驚,及下部之小病。如有摻躁絳色,主戲逆之口舌,及花柳病。如有紅赤色,主情慾之驚恐,船行之損失。如有黑枯黯滯各色,主水災之厄,不宜船行也,又主醉死,及花柳惡痛,而成殘廢也。
第二十四、「承漿」は船を行くの正管の部位である。およそ黄・白・紫にして潤沢の諸色を現ずれば、皆船に乘りて出行するに宜しく、水上の財利もまた順遂亨通す。青色にして滑腻なれば、水上に一場の虛驚を受け、以及下身の小毛病を主る。慘淡干躁の深絳の色を現ずれば、戲謔忤逆に因って口舌を生じ、あるいは花柳病に染るを主る。紅赤の色を現ずれば、情慾の事に因って驚恐を受け、船を行けば損失あるを主る。黑枯昏黯呆滯の諸色を現ずれば、水災の厄あるを主り、切に船に乘る可からず。また醉酒して亡び、あるいは花柳惡疾の疼痛に因って以致て殘廢と成るを主る。およそ將に水路を行かんとする人は、身を動かすの前に必ず先ずここ一處を察看す。
公篤曰:氣色為臨時之吉凶禍福,人所共知,所以知之者,能趨吉避凶耳,故上例各項,皆詳細說明。不過格局各有本質之不同,各有地位之懸殊,各有智識之賢愚,各有環境之優劣,各有年齡之老少,各有性質之剛和。持鑑者因其人而斷之可也,據其濃淡輕重而分其層次可也。蓋氣色為先天動機,吉凶引子,吉者趨而就之,擴大進行可也。其凶危尚可避乎?曰:能避凶危也。
陳公篤が言う。気色の應ずる所は眼前一時の吉凶禍福で、これは人人が皆曉る所である。それを弄清楚する所以は、吉に趨り凶を避けんが為に外ならず。ゆえに上面の各條を我は一一に詳說した。ただ各人の格局本質が同じでなく、社會地位が懸殊し、見識に賢有り愚有り、處境に好有り壞有り、年紀に老有り少有り、性情に剛有り柔有り。鏡を執りて人を相する者は、この人の具體の情形に就いて斷ずれば則ち是、さらに気色の濃淡輕重に按じて層次の深淺を分かてば則ち是。知るべし、気色は先天の氣機發動の顯現で、吉凶の將に至らんとする引子である。吉色を見れば便ち勢に趁りて迎え上り、手を放して事を大に做せば可なり。然れば凶險はなお躲れ開く能うか。我が答えに曰く、凶險は確かに躲れ開くを得。
夫危險分兩種:有行動而遇危險,則先有權利引誘,財源動念也;有不行動之危險,則有權利牽制,人口羈絆也。故行動之危險,不貪其權利,不動其慾望,坐守可避也;如不行動之危險,能舍其權利,不為親屬所羈絆,毅然而去之,皆可避也。大危險能行一千里,可保無虞;小危險急行三百里,可得安全,皆在當時有一定決心耳。至於官訟遲遲而和解,口舌謙恭而忍解,結怨佈德可化解,暗害預防可避解,嫌疑謹慎可調解,疾厄修養可化解,諸如此類也。
危險は二種に分かつ。一種は身を動かして出でて初めて遇上るもので、この類は多くは先に權位利祿が前頭に在りて引誘し、あるいは財源が人の心念を動かす。一種は待ちて動かざるも逃れ得ざるもので、この類は多くは權位に牽制住まれ、あるいは家中人口に脚を拖まれる。ゆえに行動の招來する危險に属するは、ただその份の權利を貪らず・その念頭を起さず、安坐して動かざれば躲れ過ぐ。動かずともある危險に属するは、ただその份の權利を捨て肯じ、親屬に絆されず、斷然として身を抽きて離去れば、皆躲れ開くを得。大きの凶險は、遠く一千里を走れば平安を保ち得、小さの凶險は、急ぎ三百里を行けばも安全を得――關鍵は全て當時に決心を下得るか下らざるかに在り。官司を打つに至っては、拖れば便ち和解し得、口舌爭執は、謙恭忍讓すれば便ち消解し得、結びし怨仇は、恩德を多く施せば化解し得、暗中の加害は、豫め防備すれば躲れ得、人に猜疑されるは、行事を謹慎すれば調停し得、疾病災厄は、心を靜にして調養すれば化解し得。こういう類のは、皆同一の道理である。
『公篤相法』下篇巻九
父母捷法
一、日月角為父母之正部,口角在左,月角在右。口角凸露主妨父,陷痕亦主妨父;月角凸露主妨母,陷痕亦主妨母。此為父母之應該考查之一。二、髮際為父母之正部。髮際低而三岔,主幼年刑父;五岔刑父尤早。當中尖垂、兩側上削,主中年刑父。鬢髮連眉尾,主幼年刑母;鬢髮曲突主先刑母。此為父母應該考查之二。
第一、額上の「日角」「月角」は父母宮の正位で、日角は左邊に在り、月角は右邊に在る。左邊の日角が高く凸し外露すれば、父親を妨克するを主る。ここに凹陷あるいは傷痕あれば、同じく父親を妨克するを主る。右邊の月角が高く凸し外露すれば、母親を妨克するを主る。凹陷あるいは傷痕あれば、もまた母親を妨克するを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第一處である。(按:原文の此條の兩處の「日角」は皆「口角」と寫す、當に刻本の誤りとすべし。)第二、額上の髮際線もまた父母宮の正位である。髮際が壓えて低く、しかも髮脚が三つの岔口に分出すれば、幼年に父親を刑克するを主る。若し五つの岔口に分出せば、父を克つの時はさらに早し。髮際の當中に尖尖として一縷が垂れ下り、兩側は却って上へ削去れば、中年に父親を刑克するを主る。鬢角の頭髮が一直線に眉尾に連なれば、幼年に母親を刑克するを主る。鬢髮が彎曲して突出すれば、先に母親を克つを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第二處である。
三、兩額角為父母之連帶部位。左額角弱,或陷痕上沖者,主先刑父;右額角弱,或陷痕上沖者,主先刑母。此為父母之應該考查之三。四、兩耳為父母之連帶部位。如左耳低弱,或左耳廓反輪飛,主先刑父宮;如右耳低弱,或右耳廓反輪飛,主先刑母宮。此為父母之應該考查之四。
第三、兩邊の額角は父母宮の連帶の部位である。左の額角が低陷單薄、あるいは凹陷傷痕が上に衝すれば、先に父親を克つを主る。右の額角が低陷單薄、あるいは凹陷傷痕が上に衝すれば、先に母親を克つを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第三處である。第四、兩隻の耳朵もまた父母宮の連帶の部位である。左耳の生ずる低く單薄、あるいは左耳の耳廓が外翻し・輪飛廓反せば、先に父親の一宮を克つを主る。右耳の生ずる低く單薄、あるいは右耳廓が外翻輪反すれば、先に母親の一宮を克つを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第四處である。
五、兩眉為父母之連帶部位。左眉低而陷主先妨父宮,右眉低而陷主先妨母官。此為父母宮之應該考查之五。一為兩眉不平而高低,有不同母之骨肉也。六、兩顴為父母宮之正部。左顴高突而上起者刑父,左顴弱小陷痕亦刑父;右顴高突上起者刑母,右顴弱小陷痕亦刑母。此為父母之應該考查之六。
第五、兩條の眉毛は父母宮の連帶の部位である。左眉の生ずる低く下に陷れば、先に父親の一宮を妨克するを主る。右眉の生ずる低く下に陷れば、先に母親の一宮を妨克するを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第五處である。このほかにまた一層あり、兩眉の高低平らならざれば、家中に異母の生ずる兄弟姊妹あるを主る。第六、兩邊の顴骨は父母宮の正位である。左顴が高く突起して上に聳えば、父親を刑克するを主る。左顴の生ずる弱小あるいは凹陷傷痕を帶ぶれば、同じく父を刑す。右顴が高突して上に聳えば、母親を刑克するを主る。右顴が弱小あるいは凹陷傷痕を帶ぶれば、もまた母を刑するを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第六處である。
七、中嶽為父母之連帶部位。鼻準偏左者先刑父,鼻準偏右者先刑母。此為父母宮之應該考查之七,子女亦有連帶之應證也。八、人中為父母之連帶部位。人中偏左者先刑父宮,先見子星;人中偏右者,先刑母宮,先生女星。此為父母宮之應該考查之八。
第七、鼻准は「中岳」と稱し、父母宮の連帶の部位である。鼻頭が左邊に偏向するは、先に父親を刑克するを主る。右邊に偏向するは、先に母親を刑克するを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第七處で、このほかに子女宮もまたここに連帶の應驗あり。第八、「人中」もまた父母宮の連帶の部位である。人中が左邊に偏向するは、先に父親の一宮を刑克し、頭胎に先ず兒子を得るを主る。人中が右邊に偏向するは、先に母親の一宮を刑克し、頭胎に先ず女兒を生ずるを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第八處である。
九、牙齒為父母之正部。凡門牙楞生,上牙主刑父,下齒主刑母。如兩側各有尖牙一顆,上主刑父,下主刑母。此為父母宮應該考查之九。以上九種,為父母宮應該考查之捷法。凡屬刑剋父母,不外此例,以多數為定論。如有刑父四種,刑母三種,則當然先刑父宮也;如有刑母二種,刑父一種,當然先刑母官也,否亦為重母之例,此為定法也。
第九、牙齒は父母宮の正位である。およそ門牙の生ずる歪斜して棱を帶び・參差して齊わざるは、上排に長ずるは父を刑し、下排に長ずるは母を刑するを主る。若し上下の兩側に各々一顆の尖牙を多生せば、上のは父を刑し、下のは母を刑するを主る。これは父母宮を察看するに應當に考查すべき第九處である。以上の九種が、すなわち父母宮を察看するの速斷の法である。およそ父母を刑克する相は、這幾條の範圍を出でず、斷ずる時は多數を占める一方を以て准と為す。譬えば父を刑する徵驗が四種を占め・母を刑するは三種を占めるのみならば、それは自然に先に父親の一宮を克つ。若し母を刑するが兩種を占め・父を刑するは一種を占めるのみならば、自然に先に母親の一宮を克つ。縱令應驗せずとも、また母を重んじ父を輕んずる家なるを主る。これは一定不移の斷法である。
弟兄捷法
公篤曰:弟兄一宮,不能確定數目,先後有刑傷,而不符其正數故也。其大抵分四項:第一為弟兄多,第二為弟兄少,第三為弟兄和睦,第四為弟兄忤逆,此為弟兄之大略耳,其它則不為正法也。茲將四類分注如下。
陳公篤が言う。兄弟のこ一宮は、確切の數目を說き出さず。なぜなら兄弟の中には先後總じて夭折傷損のあるあり、實際の人數と相上の應有の數目と對い合わざればなり。大致は四項に分かちて看るべし。第一は兄弟多し、第二は兄弟少し、第三は兄弟和睦す、第四は兄弟が忤逆して和せず。これがすなわち兄弟宮の大概で、このほかのあれらの說法は皆正法と算え得ず。現にこの四類を分別して注解するに如くのごとし。
一、弟兄宮多者,兩眉清秀修長,三陽豐滿,眉頭不沖。惟金眉之形難分,蓋金眉又稀又疎,直生而似無,主弟兄多而子女亦多也,又主弟兄賢而貴,有輔助也。二、兩眉短促而散,低濁壓目,加以眉頭逢沖,印窄而痕,五官拘束而不開闊,此主弟兄少,而無輔也,雖有亦刑剋,而不存在也。如兩耳有紋痕,幼小即刑弟兄姊妹也。
第一、兄弟衆多の相は、兩眉が清秀修長、上眼皮の「三陽」が豐滿、眉頭に雜毛の衝犯なしである。ただ「金眉」のこ一種の形狀のみ分辨し難し。金眉はまた稀でまた疎、眉毛が直に生じ、ほとんど眉あると見出さず、こういう人はかえって兄弟多く子女も多くを主り、しかも兄弟が賢能顯貴で、彼らの助力を得られる。第二、兩眉が短促して散亂、低く垂れ渾濁して眼を壓し、さらに眉頭に雜毛の相衝あり・印堂が窄く傷痕を帶び・五官が局促して開闊せず、これが則ち兄弟稀少で幫襯を得られざるを主る。たとえ生まれ來りしも、刑克に因って留め住めず。若し兩耳の上に紋路傷痕を帶ぶれば、それは幼小の時便ち兄弟姊妹を刑克したものである。
三、弟兄和睦,凡眉秀神清,皆主弟兄貴而和睦,及得其實力之輔助。加以兩顴斜輔高聳,邊城豐滿有梁,此為弟兄和睦而有助,因之而進田宅,以宏恢門第,互相為用也。四、弟兄忤逆,凡眉尾逆生,或旋螺形,皆主弟兄忤逆。加以眉頭紋痕上沖,兩顴紋痕沖破,主弟兄忤逆,而有口舌官訟,反多遺累,又因之破產而憂死也。
第三、兄弟和睦の相。およそ眉毛が清秀、眼神が清朗のは、皆兄弟が顯貴で彼此和睦し、併びて彼らの實實在在の幫助を得るを主る。さらに兩顴が斜斜として上に聳起して相輔し、兩側の「邊城」が豐滿して骨梁の隆起あれば、すなわち兄弟が和睦してまた相助うる相で、これに因って産を置き業を添え、門第を光大し、彼此に力を借りて事を成す。第四、兄弟忤逆の相。およそ眉尾の毛が倒生逆長し、あるいは旋じて螺卷の形狀と成るは、皆兄弟が忤逆して和せざるを主る。さらに眉頭に紋痕が上に衝し・兩顴が紋痕に衝破されれば、便ち兄弟が不睦で、口舌爭執乃至官司を打つに閙じ至り、非但に幫助を得られず、かえって處處に拖累され、さらにこれに因って破産し・憂憤して死するに至る。
妻妾捷法
一、魚尾奸門為妻妾宮之正部。魚尾豐滿者,主妻宮賢淑,而無刑剋;魚尾紋上仰,主妻強而有操持,及偕老無傷;魚尾有痣,主刑妻而續絃;魚尾有燕尾紋,主重配;魚尾雙紋,主兩妻;魚尾三紋,主三妻;魚尾四紋,主四妻;魚尾紋平破者,克妻宮而重配;魚尾紋下反,主刑三妻。如魚尾有十字紋,主生離,又主再離也。
第一、眼角外の「魚尾」「奸門」は妻妾宮の正位である。魚尾の處の生ずる豐滿は、妻子が賢惠淑良、夫妻の間に刑克なきを主る。魚尾の紋路が上へ斜めに挑するは、妻子が剛強能幹・家を持って主張あり、しかも白頭して偕老し傷損を受けざるを主る。魚尾に痣を生ずれば、妻を克して續娶するを要するを主る。魚尾に分叉して燕尾のごとき紋あれば、もう一度再娶するを要するを主る。魚尾に兩條の紋あれば、兩個の妻子を娶るを主る。三條の紋は三個を主り、四條の紋は四個を主る。魚尾の紋が横平にして破れれば、妻を克して別に娶るを主る。魚尾の紋が下に向かって反垂すれば、前後に三個の妻子を克するを主る。若し魚尾が十字紋と成れば、夫妻の生離を主り、しかも離るること一度に止まらず。
二、命宮生痣,主克妻而再配,亦主夫婦不和,意見不一,而有生離者,有刑三妻者,有官訟不休而後離者,一為再嫁之婦為婚配,一為病妻之例,而中年刑剋,及收娼妓也。三、兩顴雄突而有尖峰者,主刑妻而重配,女格亦主刑夫也。故顴骨宜高近目尾,不是尖峰而突,方無刑剋也,否則有嫡庶之配,及二妾三妾也。兩腮方突犄角,亦主嫡庶也。四、年壽間斷者,主刑妻克子,中年斷絃而續絃。印堂沖破,初年刑妻克子而續配。蘭臺弱小而洩,晚年失竊而鰥居。此皆刑剋而重配之格也。眉稜高而腮突,主納奴婢為妾也。
第二、山根の「命宮」に痣を生ずれば、妻を克して再娶し、また夫妻が和せず意見合わず以致て生離するを主る。あるものは一連して三個の妻子を克し、あるものは官司を打って已まず最後に離異す。さらに一種は再嫁の婦を娶りて妻と為し、もう一種は妻子が長年多病で、中年に到りて終に刑克し、あるいは妓女を娶りて室と為す。第三、兩顴の生ずる雄壯突出して尖峰を帶ぶるは、妻を克して再娶するを主り、女命は則ち夫を克するを主る。ゆえに顴骨は高くて眼尾に近く生ずるに宜しく、尖峰の突起を帶びずして、初めて刑克なし。然らざれば便ち嫡妻の外にさらに偏房を配し、さらに二三個の妾を納れるに至る。兩腮が方く突きて犄角のごときは、同じく嫡あり庶あるを主る。第四、鼻梁の「年壽」の處の中間斷折するは、妻を克し子を克し、中年に偶を喪いて再び弦を續ぐを主る。印堂が紋痕に衝破されるは、早年に便ち妻を克し子を克して後に別に娶る。鼻翼の「蘭台」が弱小で氣泄して聚まらざるは、晚年に配偶を失去して獨り鰥居す。これらは皆刑克して重娶する格局である。眉棱骨が高く腮骨が突出するは、婢女を收納して妾と為すを主る。
子女捷法
一、淚堂為子女之正部,以平寬明潤為旺子女而貴。如有紋下陷,主刑子女;如淚堂厚而高突,亦主刑子女之例。此為早子女不枉,或中子女不旺,經刑剋一二,方能成立也。二、三陰臥蠶為子女之正部,以黃紫明潤為子女多而貴。如黑黯絳枯,主刑子克女,而多災厄;如有蠶肉橫起,為孤壽,而晚年刑子女也,或為螟蛉之子女也。
第一、眼下の「淚堂」は子女宮の正位で、生ずる平坦寬闊・明淨潤沢を以て子女が興旺して顯貴と為す。若し淚堂に紋路ありて下に陷れば、子女を刑克するを主る。淚堂の肉厚く高く突起するも、同じく子女を刑克するを主る。こういう相は、あるいは早年に生ずる子女が養えず、あるいは中間に生ずる所が興旺せず、總じて先に一兩個を折りて後の者が初めて立て住る。第二、下眼瞼の「三陰」「臥蠶」もまた子女宮の正位で、気色の黄紫明潤を以て子女多く且つ貴しと為す。若し黑黯・深絳にして枯槁の色を現ずれば、兒女を刑克し、しかも子女が多災多病を主る。若し臥蠶の肉が横に隆起すれば、孤獨長壽を主り、晚年に到りて仍ほ子女を刑克し、あるいは最終に螟蛉の子を抱養して終を送るに倚る。
三、蠶袋為子女之正部,而近顴骨之間有紋露出,為子女紋也。紋從外顴者,一紋一子成立也;紋向淚堂者,一紋一女成立也。此由陰騭栽培而成者,或庶出之子女也。四、人中為子女之正部。如溝洫寬深而長,主子女多而成立也;如上窄下寬,主子多女少;如上寬下窄,主子少女多;直紋克子,橫紋克女,十字紋主孤絕,而不成立也。
第三、臥蠶下の「蠶袋」は子女宮の正位で、顴骨に近い那一段に若し紋路の顯露あれば、便ち「子女紋」である。紋が外側の顴骨の彼方より生じ來るは、一條の紋が一個の兒子の長大成人に應ず。紋が淚堂の方向に向かい去るは、一條の紋が一個の女兒の長大成人に應ず。こういう種の紋は陰德の積累・後天の栽培に倚って生出され、あるものはまた庶出の子女の身上に應ず。第四、「人中」は子女宮の正位である。人中のこ一條の溝渠が寬闊深長なれば、子女多く皆立て住るを主る。上窄く下寬きは、兒子多く女兒少なしを主る。上寬く下窄きは、兒子少なく女兒多しを主る。人中の裏に直紋あれば兒子を克し、横紋あれば女兒を克し、十字紋と成れば孤獨絶嗣を主り、子女が大きく養えず。
五、兩眉為子女之連帶關係。如平橫一字者,主子少而成立,或庶出;再加低眉,則僅有女一人,或得庶子一人。如兩眉彎曲,主子女多;再加眉高,主子女多而貴也。六、印堂為子女之連帶關係。如印堂寬正而豐,則子女早成立而貴也;如印堂窄弱而沖,主子女見刑而弱,中子方成立也,三十以後方得子星成立,而有嫡庶之分也。
第五、兩眉は子女宮の連帶の部位である。眉毛が横平して一字のごときは、兒子は少なしと雖も立て住り得、あるいは庶出の生ずる所を主る。若しさらに眉位の生ずる低きを加えれば、ただ一個の女兒、あるいはただ一個の庶出の兒子を得るのみ。兩眉が彎彎して弧度あれば、子女衆多を主る。さらに眉位の生ずる高きを加えれば、子女がまた多くまた顯貴を主る。第六、印堂もまた子女宮の連帶の部位である。印堂が寬闊端正して豐滿なれば、子女が早早に成立して顯貴し得るを主る。印堂が窄小單薄してまた紋痕に衝破されれば、子女が刑克を受けて體弱く、中間に生ずるあの個が初めて立て住り、往々にして三十歳以後に初めて子嗣を得て站り穩み、しかも子女に嫡出庶出の分あるを主る。
七、年壽為子女之連帶關係。如年壽有梁,主中年之子女必旺;如年壽間斷,或直三曲之伏吟,或左右曲之反吟,皆主克子女也,雖有子女亦不可靠,而不成立也,或為不肖之子女,而敗家產也。八、兩目之眼神,為子女之連帶關係。如眼神和而收臧,光清而充,子女俱旺而聰明;如眼神痴定呆滯,光清如水,主子女遲立,及偏生庶出也,亦溺受而生後患也;如目露浮白,或神銳緊急,亦刑子女也。
第七、鼻梁の「年壽」は子女宮の連帶の部位である。年壽の處に骨梁の挺起あれば、中年に生ずる所の子女は必ず興旺するを主る。年壽の中間が斷折し、あるいは直上直下して曲折三道して「伏吟」の象のごとく、あるいは左右に彎曲して「反吟」の象のごときは、皆子女を克すを主る――縱令子女ありとも倚靠し難く、長じて人と成らず、あるいは不肖の子を生んで、家産を敗り尽くす。第八、兩眼の眼神もまた子女宮の連帶の部位である。眼神が温和して内に斂り含蓄し、目光が清澈して飽滿なれば、子女は皆興旺して聰明。眼神が癡呆板滯・光亮清冷して水のごときは、子女が立つの遲く、しかも多くは偏房庶出、また溺愛に因って後患を留下す。若し眼白が外露して上浮し、あるいは神光が鋭利急迫なれば、同じく子女を刑克す。總じて年壽の一處は骨を看、兩目の一處は神を看る。須らく合わせて參看して後に論を定むべし。
斷貴捷法
一、伏犀骨貫頂而入百會,此貴而壽也。方伏犀骨為第一貴,圓伏犀骨次之,橢圓伏犀骨又次之,此為貴之分別者一,即古之巨鰲人腦,當作尚書也。二、兩眉修長上豎有勢,此為貴而有名,及有事業之流芳者,又關乎中。世界以此而貴者占多數,即古之間名在眉,即文彩之官,貴而有壽也。
第一、「伏犀骨」が額より直に頭頂を貫き、一直線に頭頂正中の「百會」穴に通ずるは、これは貴く且つ壽なる相である。伏犀骨の生ずる方正の最も貴く、圓形の次一等、橢圓形のまた次一等。これは貴格を分別する第一項で、すなわち古人のいわゆる巨鰲の骨の腦に入るで、その人は尚書のごとき高位に做到すべきを主る。第二、兩眉が修長して上に竪起し・氣勢が軒昂たるは、これは顯貴にして且つ名望あり、事業が後世に流傳し得る相で、また中年の運程に關係す。當今の世上にこの一相に憑って貴を得る人は大多數を占め、まさに古人の「名聲の應は眉に在り」の說法で、眉は文采を掌る官星と為り、貴く且つ壽なるを主る。
三、印堂方隆,及有骨方楞而橫突,名為金城骨;山根上貫印堂,名為玉柱骨。此皆大貴,而有非常之事業,及早發達也,盛衰皆以此為重要點。四、日月角上插,為帝王之貴;輔角骨上插,為將相之貴;邊城骨上插,為邊鎮之貴。又分其骨質之長大豐突,與短小拱露,為加減之分數也。
第三、印堂の生ずる方正飽滿、併びて骨頭が方棱棱として横に突起するを、名づけて「金城骨」と曰う。山根が一路に上に貫通して印堂に至る骨を、名づけて「玉柱骨」と曰う。こ兩種は皆大貴を主り、非常の事業を成し得、しかも發達する早し。一生の興衰起落は、皆ここを以て重點と作して看るべし。第四、日角月角の骨が上に髮際に插入するは、帝王の貴。輔角骨が上に插するは、將相の貴。邊城骨が上に插するは、邊疆を鎮守するの貴である。このほかにまた骨質が長大豐隆突起するか、短小して僅かに拱露するかを分別し、これに據って貴格に分を加え分を減ず。
五、兩目神清有威,為貴名而有權,占重要部位。盛世以黑白分明而貴也,盛世以玄黃有煞而貴也。其充足收藏,而含真彩者,又為貴之特等,而有身後之事業,或為仙品及聖賢,與流芳也。六、兩顴上插,為權柄之重要也。如兩顴上至鬢髮,為公侯將相而握重權;兩顴上至邊城,為屏藩柱石之臣;兩顴上至玉堂,為方伯刺史邊將之類,以此為實權之貴也。
第五、兩眼の神光が清朗して威勢を帶ぶれば、貴名あると實權を握るとを兼ねるを主り、貴を斷ずる緊要の部位である。太平の世は眼睛の黑白分明を以て貴しと為し、亂離の世は則ち目光の深黄にして煞氣を帶ぶるを以て貴しと為す。若し眼神が飽滿して含蓄内斂し・隱隱として真の光彩を透出するは、それは貴の中の特等で、身後になお事業の留存あり、あるいは仙家の一流・聖賢の一流の人物と成りて名を後世に垂るるを主る。第六、兩顴が上に插入するは、權を掌る緊要の標誌である。兩顴が一直線に上に鬢髮に插し到るは、公侯將相・手に重權を握る。上に「邊城」に插し到るは、國家の屏障柱石のごとき大臣。上に「玉堂」に插し到るは、一方の長官・刺史邊將の類である。これらは皆實權を握有する貴相である。
七、水星大仰而斂角,唇勻厚而塗朱,皆主貴也。如四字口為第一,角弓口次之,仰月口又次之,此為貴而厚祿也,即古之口能容拳、食祿萬鍾之義也。八、聲如宏鍾,虎頭燕頷,銀面金鬚,鐵面銀牙,五嶽朝天,地閣朝天,額如覆肝,聲音鏗鏘而韻長。上例各項皆主貴也,以其成形之多數為大貴,而分其特貴、上貴、中貴、下貴、常貴者,皆依其形質如何,而所得之分數,為一定之決斷也。
第七、口は「水星」と稱し、生ずる闊大・口角が上仰して收斂し、嘴唇が厚薄均匀して色紅く朱を塗るがごときは、皆貴を主る。その中に「四字口」第一、「角弓口」これに次ぎ、「仰月口」またこれに次ぐ。これは貴きと厚祿を享くるとを兼ぬる相で、すなわち古人のいう口大にして拳を容れ・食祿萬鍾の義である。第八、聲音が洪亮して大鐘のごとく、虎頭燕頷、面白く銀のごとく須黄く金のごとし、面色が鐵青にして牙白く銀のごとし、五岳が朝拱して天に向い、地閣が天に朝えて上に兜し、額頭が飽滿して覆う肝葉のごとく、聲音が鏗鏘して餘韻が悠長――以上のこれらは皆貴を主る。身に合する項數の愈々多きは、貴る愈々大なり。特貴・上貴・中貴・下貴・常貴の幾等に分るに至っては、皆その人の形質が究竟如何かを看て、得る分數に按じて確定の斷語を下す。
九、木形為清貴,名過於權也;金形為能貴,任勞有為也;水形為福貴,坦然安享而成功也;火形為勞碌險阻而貴,艱難而發達也。當以其合格與否,而定其收功與事業之途徑也。以上九則,是為認貴局之標準,當查其分數如何,或為一部有奇特偏重,或為幾部合法每稱,則據其形格而加推以定之可也。
第九、五行の形局は各々貴の法あり。木形の人は清貴で、名望が權位に勝る。金形の人は能貴で、勞怨を任じるを肯んじ作為あり。水形の人は福貴で、安安稳稳として享けながら便ち事を成し遂ぐ。火形の人は勞碌險阻の中に貴を得、須らく艱難を歷盡して初めて發達す。斷ずる時はその人の形局が合格か否かを看て、これに據ってその功を收むるの遲早と何の一條の事業路徑を走るかを定む。以上の九條が、すなわち貴格を辨認する標準である。得る分數が幾何かを看るべし。あるいは某一處が生ずる特別奇特にして分量偏り重し、あるいは好幾處皆合格して彼此相稱すれば、すなわちその人の整體の形格に依りてさらに下へ推し、結論を定め出せば可なり。
斷富捷法
一、土星為財源之正部,故準頭為土星,土生萬物之義,此為平生之正財祿。凡截筒鼻為第一,懸膽鼻次之,虎鼻、蒜鼻、獅鼻又次之,此為富之一也。二、天倉豐隆為前業之正部,關乎祖業之餘澤也,故天倉豐隆寬厚,為前業有餘。如南嶽高起而突,則為貴裔之後也。此為富之二也。
第一、鼻准は「土星」と稱し、財源の正位である――准頭を土星と呼ぶ所以は、土が萬物を生養し得るの義を取る、この一處は一生の正當の財祿を主る。鼻形の中に「截筒鼻」第一、「懸膽鼻」これに次ぎ、「虎鼻」「蒜鼻」「獅鼻」また次一等。これは富格の第一條である。第二、額角兩側の「天倉」が豐滿隆起するは、祖上産業の正位で、祖宗の留下する餘蔭に關係す。ゆえに天倉の生ずる豐隆寬厚は、前人に産業の留下あるを是とす。若し額頭の「南岳」が高く隆起して突出すれば、便ち顯貴人家の後代である。これは富格の第二條である。
三、福堂為外財之正部,在眉尾之稜骨處。此主遠行而得外財,及得千里外之財源,而立異鄉之產業。凡西人過國者,或經商者,皆有此骨也。此為富之三也。四、井灶即蘭臺廷尉也。左蘭臺為偏財、浮財、交際財之例,右蘭臺為合財、潛伏財、轉輸財之例,此為意外之財祿而暴發也。此為富之四也。
第三、「福堂」は外財の正位で、すなわち眉尾のあの塊の棱骨の處に在り。ここは遠行して外に在りて財を發し、千里之外の財源を賺り得、他鄉に産業を立下るを主る。およそ西洋人の海を跨ぎて別國に到る、あるいは外出して經商する人は、皆この塊の骨を生有す。これは富格の第三條である。第四、「井竈」はすなわち兩個の鼻孔で、相家はまた「蘭台」「廷尉」と呼ぶ。左邊の蘭台は偏財・浮財・交際應酬の中に得る錢財を主る。右邊の蘭台は合伙の財・暗中積存の財・轉手して販運する財を主る。こ一處の主る所は意外に得來の財祿で、往々にして一下に暴發す。これは富格の第四條である。
五、兩目神清而和蘊,此為財星之連帶關係,又因貴名而得財祿及進田宅,此為以貴而發,有勢而富,因官得財也,多以貴力而營利源者半數。此為富之五也。六、地庫豐隆為財星之正部,主晚年之財富,而有晚年豐足衣祿及進田宅,而遺身後之業,或為子女之恢宏,以立其大業也。此為富之六也。
第五、兩眼の神光が清朗して温和含蓄なるは、これは財星の連帶の部位で、顯貴有名に因って財祿を得・田宅を置くを主る。こ一路は先ず貴き而後に發ち、勢力有りて初めて富み起る、すなわち官を為すに因って財を得。こういう類の人は貴氣に靠りて財源を經營するもので、約一半を占む。これは富格の第五條である。第六、下巴兩側の「地庫」が豐滿隆起するは、財星の正位で、晚年に財富あるを主り、老來衣食豐足・還能田産を添置し、併びて産業を身後に留下し、あるいは子女に由りて接手して光大し、一番の大業を成就す。これは富格の第六條である。
七、仙庫豐正為財星之正部,此主半享受貴子女之進田宅,而得晚年之遂心。此為富之七也。八、兩顴雄突上聳,是名中府,而得朋友至戚之助,中年發達而進田宅,因外而旺其內也。此為富之八也。九、腮頤方隆犄角,為財星之連帶關係,應得輔助之人員得力而致富業,此為用人而發達者也。此為富之九也。
第七、「仙庫」の生ずる豐滿端正も、また財星の正位で、一半の享受は顯貴の子女が田宅を置辦して得來するに倚るを主り、それに因って晚年に稱心如意す。これは富格の第七條である。第八、兩顴が雄壯突出して上に聳起するを、相家はこれを「中府」と名づく。朋友と至親の幫助を得、中年に發達して田産を添置し、外人の力量に靠りて自家を興旺せしむるを主る。これは富格の第八條である。第九、兩腮が方正に隆起して犄角のごときは、財星の連帶の部位で、用る所の幫手が得力に因って家業を賺り下るを主る。これは人を用るを會するに靠りて發達する一類である。これは富格の第九條である。
十、兩眉清秀、修長、疎勻、有稜,是為弟兄平輩之財,而得弟兄姊妹之輔佐,以進其田宅,而創其大業。此為富之十也。十一、奸門魚尾為妻妾宮之正部,如魚尾紋上仰至福堂,奸門骨高橫平兩顴,此為妻妾貞淑而能操持以發達,以及後家暗助或接濟,而恢宏立業以大振。此為富之十一也。以上十一則皆為富格之必要,以考查其部位之分數如何,而斷其特富、上富、中富、下富、常富之等級也。
第十、兩眉が清秀修長・疎密均匀して棱角あるは、兄弟平輩の財を得るを主り、兄弟姊妹の幫襯に靠りて田宅を置辦し・大業を創下し得。これは富格の第十條である。第十一、「奸門」「魚尾」は妻妾宮の正位である。若し魚尾の紋が上に斜挑して直に福堂に抵り、奸門の處の骨が高く起って兩顴と横平に相連なれば、這便ち妻妾が貞靜賢淑・家務を操持し得るに因って發達し、還能妻家の暗中の相助あるいは接濟を得、從りて産業を擴充し・大いに門戸を振興するを主る。これは富格の第十一條である。以上の十一條は、皆富格を構成する必要の條件である。これらの部位の各々得る分數の多少を察看し、これに據って彼が特富・上富・中富・下富かそれとも尋常の富かを判定す。合格する部位の愈々多く・分數の愈々高きは、富の等級もすなわち愈々上へ走る。
斷祿捷法
一、兩耳長厚,圓輪如珠,此為豐足衣祿之一,又主有特別智識,而有專長之技藝,以充其祿也。如貴而有名權者,亦享受厚祿也。二、男子口闊大而斂角,主得厚祿,平生享受無窮;女子口小唇厚而圓,主得厚祿,而豐足衣祿也。此二者主貴猶多,及為餘蔭根基之家,亦有自創之享受也。
第一、兩耳の生ずる長く厚實・耳輪が圓潤して珠のごときは、衣食豐足の一項の徵驗である。またこの人の見識が特別・身に一門の專長の技藝を懷き、それに靠りて自らの俸祿を充實するを主る。若し本身すでに名あり權ありの貴人なれば、なおさら厚祿を享受す。第二、男子の口が闊く大にして口角が收斂するは、厚祿を得、一生に享用して盡きざるを主る。女子の口小さく唇が厚く圓潤のも、また厚祿を得・衣食豐足を主る。こ兩種の相は多半兼ねて顯貴を主り、あるいは祖蔭根基ある人家より出で、また自ら靠りてこ一份の享受を賺り出すもあり。
三、牙齒為衣祿之正當關係。凡牙齒大瓣而齊,白瑩如玉,堅固而勻,端正而多,此為享受厚祿,而有壽徵之格也。四、兩眉柔細修長有稜,為衣祿之連帶關係。眉尾接近福堂,是為外財庫故也。及天性腦明靈巧,而有特長之點,及進流通之外財,一為立外業,以貴名而得厚祿也,亦旺子女之豐隆,而有大壽之享受也。
第三、牙齒は衣祿と正面の關聯あり。およそ牙齒の顆粒が大にして排列整齊、潔白瑩潤して玉のごとく、堅固均匀、端正して數目多きは、これは厚祿を享受して兼ねて長壽の徵驗ある格局である。第四、兩眉が柔細修長して棱あるは、衣祿の連帶の部位である。なぜなら眉尾が緊く「福堂」に挨り、福堂は正しく外財を儲える庫房なればなり。こういう人は天生に頭腦が清明靈巧、身に人に過ぐる一技の長あり、周轉流通の外財を賺り得。一方面に外鄉に事業を立下、名望に憑って厚祿を得、同時に子女もまた興旺豐隆し、自らさらに大壽を享け得。
五、兩目為田宅之正部,故神清而充、和慈而藏,為田宅宮,應以貴而得祿。如蚯蚓盤烏珠,主勞碌而進厚祿也;亂世尤以蚯蚓盤烏珠,為勞碌創業之格也。六、地閣為晚祿之正部,故地閣豐正而朝、圓拱者,主得晚祿;方拱者,主得子女之貴而發達,亦得晚祿之豐隆。以部位之分數,而斷其層次也。
第五、兩眼は田宅宮の正位で、ゆえに眼神が清朗飽滿・温和慈祥して含蓄のは、田宅宮が得力し、應當に貴に因って祿を得。若し眼中の血絲が蚯蚓のごとく眼珠を盤繞するは、勞碌一番して初めて厚祿を賺り得るを主る。亂世に處すれば、こういう「蚯蚓盤睛」はとりわけ辛苦して創業する格局である。第六、下巴の「地閣」は晚年福祿の正位で、ゆえに地閣が豐滿端正して上に朝拱し・形狀圓拱のは、晚年の祿を得るを主る。形狀方拱のは、子女の顯貴に靠りて發達し、晚年の福祿も同じく豐厚を主る。仍ほこれらの部位の得る分數の多少に按じて、彼の晚福の高下層次を判定す。
斷壽捷法
一、南嶽有紋成伏犀三紋,或偃月二紋,或華蓋一紋,或多紋,皆主壽,享耄耋之壽也。如紋多而間斷,主壽而勞碌也,亦主風塵飄搖,而見刑剋也。二、兩眉高起而有稜,此為壽而貴名也,及多子女,亦主衣祿豐足。如有眉毫露出,主壽高而多憂愁,及有內顧之隱憂,六親之遺累,雖壽不閒而勞也。
第一、額頭の「南岳」の上に紋あり、あるいは三道の橫紋の「伏犀紋」と成り、あるいは兩道の「偃月紋」と成り、あるいはただ一道の「華蓋紋」、あるいは紋路衆多、皆長壽を主り、八九十歳の高齡に活き得。若し紋多く中間斷斷續續なれば、壽なりと雖も一生勞碌を主り、また風塵に漂泊し・親人の間に刑克あるを主る。第二、兩眉の生ずる高く起って棱骨あるは、これは長壽にして兼ねて貴名ある相で、しかも子女衆多、また衣食豐足を主る。若し眉中に長毫を生出して外露すれば、壽數は高しと雖も憂愁多しを主り、家裏に說き出し得ざる隱憂あり、また六親に拖累され、長壽なりと雖も清閒を得ず、總じて操勞す。
三、兩目神清而充足,主享大壽,而有貴名,及事業成功而發達也,故眼神以充足而有,此為壽徵之重要點。如有蚯蚓盤睛,主壽而勞碌也;如神充而露,主壽而刑剋也。四、兩耳長厚有垂珠朝口者,主壽而有智識,及勤慎耐勞。凡享大壽之人,萬無小耳短薄也。內應腎繫,言其稟受之先天厚薄,據此而區別也。
第三、兩眼の神光が清朗して飽滿なれば、大壽を享け、しかも貴名あり、事業が成功發達し得るを主る。ゆえに眼神は充足に餘ありを貴ぶ、これは壽數を判斷する緊要の一點である。若し眼中の血絲が盤繞して蚯蚓のごとければ、壽なりと雖も勞碌を主る。若し眼神は足れども外露して藏らざれば、壽なりと雖も親人と刑克あるを主る。第四、兩耳の生ずる長厚・耳垂ありて珠のごとく且つ口に朝向するは、長壽にして見識あるを主り、人と為りて勤謹謹慎・苦勞に耐え忍ぶを得。およそ大壽を享くる人は、耳のまた小さくまた短薄なるは絶無である。耳は内に腎臟の一系に應じ、說くは先天禀賦の厚きと薄きで、すなわちここより分別し出づ。
五、人中深長,為壽徵之正部。古人謂人中一寸,可至期頤之壽,及多子女,而有晚福也。再加法令紋下朝地庫,而為大壽之又一證也。六、項有三滌,為享大壽之一證據;如再項有餘皮,則壽數更享高年也,故老人項皮乾枯者必死也。
第五、人中が深く長きは、壽相の正位である。古人は人に言う、人中が滿一寸に長ずれば、百歳に活き得、併びて子女衆多・晚年に福ありと。若しさらに法令紋が下に向かって「地庫」に延伸するを加えれば、それは大壽のまた一つの憑據である。第六、脖頸の上に三道の橫紋あるは、大壽を享くる一つの憑據である。若し頸上になお些かの鬆弛する餘皮あれば、壽數はさらに高年に到り得。ゆえに老人は若し頸皮の干癟枯槁を見れば、それは必死の象である。
七、山根上貫高起,此為稟受先天之氣厚故也,主享大壽。山根者,命根也,故山根低弱者,不滿四十,此之謂也,又以目神為兼併而斷之可也。八、枕骨魏魏高突而凸,此為壽骨,而得先天之正氣,故主大壽也。如耳後一骨高起,亦名壽骨,而享大壽,但刑人丁也。
第七、山根が上に貫通してしかも高く起るは、これは先天禀受の氣が厚實なるが緣故で、大壽を享くるを主る。山根はすなわち性命の根本で、ゆえに山根の生ずる低陷單薄なる人は四十歳に活き過ぎず、說くは正しくこの道理である。斷ずる時にさらに眼神を合わせて一併に參看すればさらに准なり。第八、後腦の枕骨が巍然として高く突く、これを「壽骨」と呼び、先天の純正の氣を得たれば、ゆえに大壽を主る。若し耳朵の後面に別に一塊の骨の高く起るあれば、もまた壽骨と呼ばれ、同じく大壽を享く、ただ家中の人口を刑克するを要す。
九、法令無紋,不滿三十;法令紋至口角,五十以上;法令紋過口角,六十以上;法令紋入地庫,七十以上;法令紋二紋相交,則可至八十九矣。此為壽徵之一大關鍵也。如法令續長者,作添壽論也。十、牙齒齊固堅硬,此主壽徵之一,而多厚祿也;再加聲音遲緩,又發聲從丹田中出者,主大壽也。十一、安臥之間,神定而靜,其氣息不從鼻竅口竅,而從耳竅中進出者,是為龜息,此上上壽也。以上十一則,皆為壽徵應該考查之點,又以部位如何,而定其特壽、上壽、中壽、下壽也。
第九、法令の處に一條の紋もなきは、三十歳に活き到らず。法令紋が口角に長じ到るは、五十を過ぎ得。法令紋が口角を越え越するは、六十を過ぎ得。法令紋が一直線に「地庫」に伸び進むは、七十を過ぎ得。法令の處に兩條の紋を生出して交疊するは、八九十歳に活き到り得。これは壽數を判斷する一大關鍵である。若し法令紋が後來また接して下へ長ずれば、便ち壽を增すに按じて論ず。第十、牙齒が整齊堅固結實は、これは壽相の一項で、しかも多く厚祿を享く。若しさらに說話の聲音が從容遲緩・發聲は丹田の深處より送出するを加えれば、それは大壽を主る。第十一、人の安睡する時、神情が安定沈靜、呼吸の氣息が鼻孔口腔を走らず、かえって耳竅の中より出入するがごとき、これを「龜息」と呼作す、最上の一等の長壽の相である。以上の十一條は、皆壽數を判斷する時に應當に考查すべき處である。さらに各處の部位の生ずる如何を看て、これに據って彼が特壽・上壽・中壽かそれとも下壽に属するを定む。
變通秘法
公篤曰:相法綱要,在加減乘除一語為根據耳,故有餘不足,而加減其分數,以定其富貴貧賤、壽夭勞逸也。其中分類,有四大綱領,即形局、精神、聲音、氣色,其用最大。至於紋痕、骨、痣、筋絡,為相法之小補耳,不足為定論也。至於手掌足掌,不過為部位之一輔助品耳。茲將其大綱分注如下。
陳公篤が言う。相法の總綱は、全て「加減乘除」のこ一句を以て根據と為す――某處に餘あり・某處に足りざれば、すなわちそれに分を加え分を減じ、これに據ってこの人の富貴貧賤・長壽短命・勞苦安逸を定む。その中の分類に四大綱領あり、すなわち「形局」「精神」「聲音」「氣色」で、この四項の作用が最大である。紋痕・骨相・痣・筋絡のこれらに至っては、不過相法の小小の補充、最後の定論を作すに足らず。手掌足掌に至っても、ただ各部位の外の一種の輔助に過ぎず。現にこの四大綱領を分條して注解するに如くのごとし。
一、形質為第一重要。如形質有餘,而精神不足,則主富貴功名、才智事業皆可發達,但不壽而夭亡也,或主多惡痛糾纒而不壽,亦主中道障礙,而發不足也。二、形質有餘,氣色不足,則主其人有才智,有能為,然時勢不助,而多中止之障礙,事實不成,而多反覆之挫折,雖有富貴基礎,終為虛浮飄搖,為受制之例也。
第一、「形質」は四項の裏頭の第一重要である。若し形質に餘ありて精神足りざれば、富貴功名・才智事業が皆發達し得るを主る、ただ壽數が長からずして早亡し、あるいは惡疾疼痛に纏まれて以致て短壽し、また中途に阻に遇い、發達する充分ならざるを主る。第二、形質に餘ありて氣色足りざれば、この人に才有り智有り・本事あるを主る、ただ時勢が來りて彼を助けず、屢々半途に阻まれ、事情辦し成らず、反反復復して挫折に遭う。富貴の底子あるも、終竟浮浮沈沈して踏實せず、處處に人に牽制される一類である。こういう等の人はただ時を待ちて動くに宜しく、硬に爭うは爭い得來らざるなり。
三、形質有餘,聲音不足,每多困迍,名利虛浮不實,而不收全效,或為勞倍功半,刑剋人丁,以致無形影響,輕棄灰心,勞碌損失也,作半遂論。四、精神為重要之二。如精神有餘,形質不足,主富貴而有壽,其發達也離奇,其遇合也怪異,亦有愛思勞心、嫌疑嫉忌,而有繁煩之駁雜也。
第三、形質に餘ありて聲音足りざれば、往々にして困頓坎坷多く、名も利も皆虛浮不實、十成の效果を收り得ず、あるいは雙倍の力を出してただ一半の功を得、また家中の人口を刑克し、それに因って無形の中に影響を受け、輕易に手を撂け開き・心灰意冷、白く勞碌して損失を蒙る。こういう種はただ「半遂」と算え得。第四、「精神」は四項の裏の第二重要である。若し精神に餘ありて形質足りざれば、富貴にして且つ長壽を主る、ただ彼の發達の路數が離奇、遭遇の機緣が古怪。この類の人はまた想うを多くして心を勞し、人の猜疑妒忌を招きやすく、事情が繁雜紛擾す。
五、精神有餘,氣色不足,其人多才智而成敗不一,勞碌往返,風塵奔馳,然有事業小成,衣祿豐足,不過有壽,而有子女也,亦有時事之阻、人事之累,以困乏其身也。六、精神有餘,聲音不足,此主事業之成半而阻半,中有遺累煩擾,邪行淫蕩,以致惡痛糾握,不正之牽制,無形消耗,招讒之影響,亦有小富貴而有缺點也。
第五、精神に餘ありて氣色足りざれば、この人は多く才智力有り、しかし事情の成敗は定まらず、來來回回して勞碌し、一路に風塵奔波す。ただ事業は總じて小さく成就あり、衣食もまた豐足と算し、しかも壽を享け・子女あり。ただ時局が來りて阻撓し・人事が來りて牽累し、身子を困乏に拖るのみ。第六、精神に餘ありて聲音足りざれば、事業が一半辦成し・一半阻まれ、中間に人に拖累される煩擾を夾むを主る。また邪僻放蕩の行為あり、以致て惡疾疼痛に纏まれ、不正當の關係に牽制住まれ、無形の中に耗損し、さらに常に人の讒毁の影響を受る。こ一類もまた小富小貴あり、ただ終竟に缺陷を帶ぶのみ。
七、氣色為第三重要。如氣色有餘,形質不足,方可暫時發達,而收實效,故多小富小貴,而成功居多數,惟不持久,專以氣色而發達也,即破船遇順風而可航海之義也。八、氣色有餘,精神不足,亦主發達,而事業之成功,不過於惡疾多,而壽數弱耳,亦有良好時機,與最好遇合也,是為中下之貴,而非特別事業也,或夭折於貴權之時也。
第七、「氣色」は四項の裏の第三重要である。若し氣色に餘ありて形質足りざれば、ただ暫時發達して一陣・一時の實效を收るのみ。ゆえにこ一類は多く小富小貴で、成功するが居多く、ただ維持する久しからず、全て氣色の好きに靠りて發り起る――譬えば破船が順風に碰上るも、また海に出でて一程を走り得。第八、氣色に餘ありて精神足りざれば、同じく發達を主り、事業もまた辦し成るも、ただ惡疾偏り多く、壽數弱きのみ。こういう類の人は常に好時機に遇い・極好の機緣に碰上るも、ただ中下等の貴と算し、特別の大事業を成し得ず、あるものはさらに正に權勢鼎盛の時に便ち夭亡す。
九、氣色有餘,聲音不足,亦主豐足衣祿,而貪淫好色,邪淫穢行,故所發達有限,依人而獲名利,借力而作事業,結果有限,壽數尋常,中道而生障礙,以牽制其進取也,或人口死亡而灰心消極也。十、聲音為重要之第四。聲音有餘,形質不足,方可小發達,多出偏權副名,而為輔佐人材,豐足衣食,而為小作用也,及結合能力,同舟共濟,多出牽強之事業而為用也。
第九、氣色に餘ありて聲音足りざれば、もまた衣食豐足を主る、ただ貪淫好色・行為が汚穢、これに因って發達有限。この類の人は別人に依附して初めて名利を得・他人の力を借りて初めて事業を做成し、結果は終歸有限、壽數もまた平常、半路上にさらに阻碍を生じ、彼を牽制して上進し能わしめず、あるいは家中に人死ぬるに因って心灰意冷・消沉下る。第十、「聲音」は四項の裏の第四重要である。若し聲音に餘ありて形質足りざれば、ただ小小に發達して一場するのみ、多くは偏門の權柄・副手の名分を得、輔佐の類の人才を做し、衣食は倒も豐足なるも、起す作用は大ならず。彼らは聯絡合作・人と同舟共濟に長じ、做し成すは多く勉强に凑合した事業で、すなわち將就して用るのみ。
十一、聲音有餘,精神不足,此主多成多敗,及有偏性之嗜好,智小大,力輕任重,偏愛而貪,妄舉而亂,亦有親戚之株累,知交之妨害,然亦有乘時而暫發也。十二、聲音有餘,氣色不足,亦有小富貴,而多惡病,亦有勞碌奔馳,而多困苦,一生自負不凡,偏不遇時機,志向不群,偏不得知己,臨難有轉機,已成而忽敗,似是而非之例也。
第十一、聲音に餘ありて精神足りざれば、一生に屢成屢敗し、且つ偏執の嗜好あるを主る。智謀大ならずして大事を圖謀し、力量單薄にして重擔を擔い、偏心偏愛して貪念を起し、妄りに擧動して局面を弄亂し、また常に親戚に株連され・知交に妨害される。ただこういう類の人もまた時勢に趁りて暫時發達して一回し得。第十二、聲音に餘ありて氣色足りざれば、もまた小小の富貴あり、ただ惡疾に纏まれ、また一路に勞碌奔波・困苦を飽受す。彼の一生は自負して凡ならずとすも、偏偏として好時機に遇上らず、志向は超羣なるも、偏偏として知己に遇わず、危難の關頭に臨んで忽然として轉機有り、眼に事已に辦成すを看て却又驟然失敗す――皆こういう種の成るに似て成らざるの例子である。
十三、形質與精神有餘,聲音與氣色不足,此主富貴而有作用,明敏而有才智,多勞而有壽徵,惟平生不大發展,而無驚人事業,多勞而往返,不收全功,或發達而不足也。十四、形質與氣色有餘,聲音與精神不足,此主事業成功,名利並吉,時機與遇合均好,惟多疾厄,與不壽耳,亦主人丁不旺,而有刑剋,或由族戚牽制,而有遺累防內患也,或為發達而不善其後也。
第十三、形質と精神と皆餘あり・聲音と氣色と皆足りざれば、この人が富貴にして用に派し得、頭腦明快・才有り智有り、勞碌なるも壽相あるを主る。ただ一輩子に局面を大きく打ち得ず、驚人の事業を做し出さず、來回奔忙して十成の功效を收らず、あるいは發達すと雖も發る充分ならず。第十四、形質と氣色と皆餘あり・聲音と精神と皆足りざれば、事業が成功し得、名も利も皆好く、時機と際遇も皆錯ならざるを主る。ただ疾病多く壽數短きのみ。こういう類の人はまた家中の人丁が旺ならず・彼此に刑克あり、あるいは族中の親戚に牽制されて拖累を受くるを主り、須らく家内に患を生ずるを隄防すべし。また發達すと雖も好き尾を收め得ざるもあり。
十五、形質與聲音有餘,氣色與精神不足,此主人丁旺而吉,名利成而阻,多成多敗,往返不一,困迍多勞,事業多虛,勞倍而功半也,衣祿亦豐足,不過外患之顧慮深耳。十六、精神與氣色有餘,形質與聲音不足,此主有壽徵而可發達,惟不持久,而不完善,其名與利均吉,惟人丁與疾厄稍弱耳。至於發展,多出異途歧路之乘時為用也。
第十五、形質と聲音と皆餘あり・氣色と精神と皆足りざれば、家中の人丁が興旺吉利、名利は成就し得ると雖も總じて阻撓を受け、屢成屢敗・來去反復し、處境困頓して辛勞し、事業は多半落空し、雙倍の力氣を出してただ一半の功效を得るを主る。衣食は倒も豐足なるも、不過外來の禍患に對し顧慮が甚だ深し。第十六、精神と氣色と皆餘あり・形質と聲音と皆足りざれば、長壽の相ありて且つ發達し得るを主る、ただ維持する久しからず・圓滿ならざるのみ。名も利も皆吉利と算す、ただ人丁と身體のこ兩項のみ稍ば弱し。彼の出路に至っては、多くは偏門旁道を走り・時勢に趁りて用に派する。
十七、精神與聲音有餘,形質與氣色不足,此主有壽而無疾厄,有人丁而無事業,惟障礙多,而名利虛浮,成功有限也,一為弟兄之輔助,一為子女之發達,以濟本身之用也。十八、氣色與聲音有餘,形質與精神不足,此主暫時名利,而有乘時之發達,然不久必敗,又主疾厄與刑人丁,故為夭壽而中道死亡,及不善後也,以及挪雜之錯誤、顛倒之行為也。
第十七、精神と聲音と皆餘あり・形質と氣色と皆足りざれば、長壽にして病災なく、家に人丁あるも事業を成さざるを主る。ただ障碍が重ね重ね、名利は浮いて實ならず、成就有限。こういう類の人の出路は、一條は兄弟の幫襯に靠り、一條は子女の發達に靠り、以て自らを貼補す。第十八、氣色と聲音と皆餘あり・形質と精神と皆足りざれば、一時の名利を得、時勢に趁りて發達して一陣するを主る、しかし久しからずして必定敗落す。また病災多く・家人を刑克するを主り、ゆえに壽命長からず、半路上に便ち亡故し、もまた好き尾を收めず。こういう類の人は還常有挪借混亂の差錯と顛三倒四の行事あり。以上の十八條は、皆四項の間の有餘と不足とを兩兩に相配して推するに就く。
公篤曰:相法有變論,萬無有四者皆好而無缺,萬無有四者皆不好而全害,故分有餘與不足耳。大體形質為一生之名利、富貴榮枯也,精神為才智事業、富貴壽夭也,氣色為臨時之轉機、吉凶禍福也,聲音為完善不完善、關乎人丁子女也。其合併而論,則可分其大體也。此為絕妙心法,學者不可輕忽,而入異端之途徑也。
陳公篤が言う。相法に變通の一層の道理あり――世上に絶して形質・精神・聲音・氣色の四項が様様皆好く毫も缺陷なき人なく、も絶して四項が様様皆壞れて處處に害を受る人なし、それ故に「有餘」と「不足」を分け出さざればならず。大體に言えば、形質は一生の名利・富貴と盛衰を管り、精神は才智と事業を管り・兼ねて富貴と壽夭を看、氣色は眼前一時の轉機を管り、すなわち吉凶禍福、聲音は一人が周全完備なるか否かを管り、家中の人丁と子女に關係す。この四項を一つに合わせて論ずれば、一人の大概は分かち出し得。これは極精妙の心法で、相を學ぶ人は切に輕忽す可からず、以致て旁門歪道に走上るを致さざれ。
臥相說
公篤曰:老子一炁化三清,傳出臥眠之形式;莊子宗之,有蝴蝶以翱翔;孔子悟之,嘆周公之復見;巢父以古樹為床,其臥愈安;赤松以自云為榻,其道猛進;諸葛亮草堂春睡,而有安漢之心;謝安石東山高臥,而有治世之志;陳希夷臥中得道,李謪仙夢裡成詩。臥法之關係重矣。
陳公篤が言う。道家は老子が一炁を以て三清を化生すと稱し、ここに由りて睡臥の種種の姿勢を傳下す。莊子はこ一路を承襲して、初めて夢に蝴蝶と為り翩然と飛舞する故事あり。孔子は寢寐の間に領悟する所有り、また周公を夢見たりと感嘆す。上古の巢父は老樹を拏って床と為し、睡ること愈々安穩。仙人赤松子は白雲を以て榻と為し、道行はこに因って大いに進む。諸葛亮は草堂の中に春睡未だ起らず、胸中にすでに漢室を安定する心を存す。謝安石は東山に高臥し、心裏に天下を治理する抱負を懷く。陳摶老祖は睡臥の中に道を悟り、李白は夢裏に詩篇を做成す。見るべし、睡臥の法の關係する何等か重大なるを。(按:原文の「赤松以自雲為榻」、「自」は當に「白」と作るべし。)
故宿者神遊而魂動,寐者神靜而魄歸。臥眠有法,而亦有相。蓋修道之人,有一定之臥法:一手曲肱而作枕,一手斜平按丹田,一足曲收而作勢,一足直伸而平形。常人若能依此臥眠,則可強健身體,活潑精神,萬無遺精拘攣,及一切停滯之病。故其關係人之常度,亦靜養安神之一法也。其形式詳註如下。
人の半睡の際に神識游走して魂動き、真に熟睡した後に神情安靜して魄はその舍に歸る。ゆえに睡臥には既に一定の方法あり、また一定の相理あり。道を修る人は自ら固定の臥法あり。一隻の手臂を彎起して枕頭と為し、別の一隻の手を斜斜として平放して丹田の上に按し、一條の腿を彎曲收攏して姿勢を擺し、別の一條の腿を伸直平放す。尋常人若しこの樣子に照して睡れば、すなわち身體を強健し・精神を振作し、絶して遺精・筋脈の拘攣および各種の氣血停滯の毛病ある可らず。見るべし、睡姿は一人の日常の狀態に關係し、また靜養安神の一種の法門である。各種臥姿の樣式、詳細に注解するに如くのごとし。
一、仰臥 仰臥者,即古法之稱尸臥也。其人仰面朝天,手足平齊。此主稟受弱而氣輕,及多惡疾,又主勞碌奔馳,不載厚福。各形皆忌之,惟狐鹿之形,不忌尸臥也。二、伏臥 伏臥者,即仰臥之反面也。其人伏而面枕,背股朝天。此主刑剋重,而多不壽也,又主愚魯而拙,貪妄而空,每多損失挫折也。各形皆忌,惟虎豹形,不忌伏臥也。
第一種を「仰臥」と呼ぶ。仰臥はすなわち古法のいわゆる「尸臥」で、人の臉は上に朝りて天に對し、手脚は平攤して齊え放つ。こういう種の睡姿は先天禀賦が弱く・元氣輕薄、しかも惡疾多しを主り、また一生勞碌奔波・厚福を承受し起らざるを主る。各種の形局の人は皆それを忌み、ただ狐形・鹿形の人のみ尸臥を忌まず。第二種を「伏臥」と呼ぶ。伏臥は正しく仰臥の反面で、人は趴き、臉は下に朝りて枕に枕し、脊背と臀股は天に朝る。こういう種の睡姿は刑克重しを主り、多半長壽せず、また人が愚鈍笨拙・貪心妄想するも終に空と成り、常に損失挫折あるを主る。各種の形局は皆それを忌み、ただ虎形・豹形の人のみ伏臥を忌まず。
三、側臥 凡人以側臥,而為稟受先天之充足,福祿豐隆,英明多智,厚有信,守禮不爽,持義不妄,而有子女承繼,亦有壽徵也。四、曲臥 曲臥者,如龍之盤環而有勢,如犬之彎曲而有形。此主富貴,而作非常之事業,智識高而見遠,志向大而深,此為貴壽之格,而享子女之福也。故經云:行如流水生如鍾,臥似彎弓立似松。此其臥相之大略也。
第三種を「側臥」と呼ぶ。人若し側身して睡るに慣わば、便ち先天禀賦充足の象で、福祿豐厚隆盛・聰明睿智・人と為りて厚道守信・禮に循りて分寸を失わず・義を持ちて妄事を做さず、子女ありて家業を承繼し得、また長壽の徵驗を帶ぶを主る。第四種を「曲臥」と呼ぶ。曲臥はすなわち身子を蜷曲す。龍の盤繞して環を成すがごとき氣勢あり、狗の身を彎めて臥するがごとき形狀あり。こういう種の睡姿は富貴を主り、非常の事業を做し得、見識が高遠・志向が宏大深沉、貴く且つ壽なる格局で、還能子女の福を享け得。ゆえに相書に說く、走路は流水のごとく順暢、坐立は鐘のごとく穩重、睡臥は彎弓のごとく蜷曲、站立は松のごとく挺拔と。これがすなわち臥相の大概である。
五、文臥 文臥者,安靜之態,聲息收斂而停勻,手足不支離,而無異狀也。其人慈和量大,正直無毒,及享受厚福,而多壽徵也。六、武臥 武臥者,手舞足躍,而似姿武之狀也。其人好動而心亂,多而少決,負氣而好勝,矜驕而妄貪,及弄巧反拙,氣量狹小,而多勞碌也。
第五種を「文臥」と呼ぶ。文臥の樣子は安安靜靜、氣息が收斂して匀停、手脚は東に伸び西に張らず、睡態に一點の異樣なし。こういう人は慈和して度量が大、人と為りて正直にして人を害する心思なく、厚福を享け得、しかも多く長壽の徵驗あり。第六種を「武臥」と呼ぶ。武臥は手舞い脚踢、演武するがごとき樣子。こういう人は動きを好み心神が散亂、念頭多く決斷少なく、意氣に任せて事を為しまた勝を好み、驕矜自大してまた妄りに貪求を生じ、往々にして巧みを弄して拙を成す。氣量が狹小、一生に勞碌多し。文臥と武臥の分別は、正しく睡る時の氣息が收り得住るか否かに在り。
七、捧頭臥 捧頭臥者,其人每入睡鄉,必雙手捧其頭,或捧其兩耳,及兩額角也。其人多疑慮,似是而非,無膽識也,處事中道變更,交際口是心非,平生多挫折,不收全功也。八、開口臥 開口臥者,口開而不合,出氣倍人氣也。其人稟受弱,而有遺傳病,亦主縱慾而成痼疾,難享大壽,及刑人丁也。
第七種を「捧頭臥」と呼ぶ。こういう種の人は睡に入る毎に、必ず兩手にて自らの頭を捧げ、あるいは兩耳を捂い・兩額角を按す。こういう人は疑慮が重ね重ね、何を說くも似是而非、胆量見識なし。事を辦するに中途に變卦し、交際する時は口是而心非、一輩子に挫折を多遭し、十成の功效を收らず。第八種を「開口臥」と呼ぶ。開口臥は睡著し後に嘴が張開して合せ攏めず、呼び出す氣が常人より一倍多し。こういう人は先天禀賦が弱く、遺傳の病を帶び、また縱慾過度にして頑疾を落下し、大壽を享け難く、さらに家中の人口を刑克するを主る。
九、磨牙臥 磨牙臥者,每入睡鄉,磨牙挫齒,格格喳喳,而有聲也。其人多勞碌,一成一敗,或萬里奔馳,飄搖不定,雖富貴而不安享也。十、估眼臥 估眼臥者,睡覺時豎眉估眼,如與人爭鬥之怒容也。其人躁急恃勇,作事有頭無尾,而多冷退刑剋,及失敗也,亦主危險,輕則傷殘宿疾也。
第九種を「磨牙臥」と呼ぶ。こういう種の人は一たび睡著すれば上下の牙が相磨り、格格喳喳として響く。こういう人は勞碌多く、一回成り一回敗れ、あるいは萬里を奔波し・漂泊して定まらず、縱令富貴なるも安んじて享け得ず。第十種を「估眼臥」と呼ぶ。估眼臥は睡る時に眉毛を竪て・眼睛を半睜して瞪れ、人と同じく爭鬥する時の怒容のごとし。こういう人は性情が急躁・強を逞し勇を好み、事を做するに頭あり尾なく、多く家道冷落・親人の刑克と失敗の事あり、また險に遇うを主り、輕些のも傷殘あるいは陳年舊病を落下す。
十一、夢語臥 夢語臥者,睡覺時夢語重複,吵鬧不休也。其人多誑語而妄貪,多弄巧而反拙,又主元神浮蕩,嗜好偏見,而不享大壽也,或為勞碌無成也。十二、捧腹臥 捧腹臥者,其人雙手捧腹,反側不移也。主天性愚,作事庸厚,平生無大志,亦無大煩惱,而有衣祿也。
第十一種を「夢語臥」と呼ぶ。こういう種の人は睡著し後に夢話を說き、翻來覆去して念叨し、吵鬧して停まず。こういう人は謊話を說く多く・妄りに貪心を起し、常常に巧みを弄して拙を成す。また元神が浮動して定まらず・嗜好が偏執・見解が偏頗を主り、それに因って大壽を享け得ず、あるいは一生勞碌して一事も成さず。第十二種を「捧腹臥」と呼ぶ。捧腹臥は兩手にて肚子を捧げ、通宵に身を翻さず。これは天性が愚鈍・事を做すに平庸して老實、一輩子に大志向なきも、倒も大煩惱なく、衣食は愁えざるを主る。
十三、遮陰臥 遮陰臥者,有單手遮陰、雙手遮陰之分。其人聰明虛浮,多才而又虛偽,喜怒不常,剛復而又偏嗜,此單手遮陰臥也。其人聰明而貪,慳吝而狹,負氣而偏,邪淫而智,此雙手遮陰臥也。十四、佛臥 佛臥者,兩手合掌,兩足盤膝,安定似坐之姿式也。其人種善因,其心最慈良,厚寬宏,平安多福,及享大壽,稍有刑剋人丁也。
第十三種を「遮陰臥」と呼び、また單手遮陰と雙手遮陰の兩種に分かつ。單手にて陰を遮りて睡る人は、聰明なるも浮いて實ならず、才あるも又虛僞、喜怒に常なく、性子は剛愎して又偏執の嗜好あり。雙手にて陰を遮りて睡る人は、聰明して貪心、吝嗇して心胸が狹窄、意氣に任せて事を為して偏激、行為は邪淫なるも又機巧多智。第十四種を「佛臥」と呼ぶ。佛臥は兩手合掌・兩腿盤膝、安安稳稳として坐るがごとき姿勢。こういう人は平生に善因を種し、心地は最も慈良、厚道寬宏、一生平安にして福多く、しかも大壽を享け、ただ家中の人口に略ば刑克あり。
十五、仙臥 仙臥者,半曲半伸,半側半仰,鼻口無氣,而從耳竅出氣,是為龜息藏竅也。其人有靈根,聰慧異常,而有遠志,主盛名大貴,及享大壽也。十六、鬼臥 鬼臥者,睡覺似愁容哭態,手舞足蹈之例也。其人寒苦多勞,刑人丁而冷退,及夭壽而孤苦也。
第十五種を「仙臥」と呼ぶ。仙臥は身子が半曲半伸・半側半仰、鼻孔口中に皆呼吸を見ず、氣息はかえって耳竅より出入す、これすなわち所謂「龜息藏竅」。こういう人は靈性の根器あり、聰慧が人に過ぐ且つ志は高遠に存し、盛名を享け・大貴を得、併びて長壽を主る。第十六種を「鬼臥」と呼ぶ。鬼臥は睡る時に滿臉愁容・哭かんと欲するがごとき樣子、手脚は還亂動亂蹬す。こういう人は一生貧寒困苦して操勞多く、家人を刑克し・家道冷落、しかも短命孤苦す。
十七、神臥 神臥者,睡覺似威嚴之態,手曲足曲,而似坐式也。其人忠直厚,明理守義,多厚福而有桓心,主旺人丁而有壽也。十八、聖賢臥 聖賢臥者,曲肱而枕,微側面肅,一足曲一足伸也。其人英明多智,遠見有桓,少疾苦而多壽,有容量而好名,及足衣祿也。
第十七種を「神臥」と呼ぶ。神臥は睡る時に神態が仍ほ威嚴を帶び、手脚は皆彎曲し、端坐するがごとき樣子。こういう人は忠誠正直厚道、事理を明白し・節義を恪守し、福澤深厚して心志堅定、家中の人丁興旺・自身長壽を主る。第十八種を「聖賢臥」と呼ぶ。聖賢臥は手臂を彎起して枕頭と為し、身子は微側して面容端肅、一條の腿彎曲・一條の腿伸直す。こういう人は聰明睿智、長遠の眼光ありて且つ心志堅定、病少く痛少くして壽多く、度量ありて名声好く、衣食もまた十分充足す。
紋相圖說
公篤曰:紋相一說,為相法之四大關係而外,在形質包括之中,然有重要點,而關係禍福生死者,為輔助品之第一,較諸手足而倍重要也。按第一圖之額紋:一紋曰華蓋紋,以長至額角之邊城即下曲,主貴而有壽徵,有出於貴族,有出於草澤,然皆有大志,而作非常之事業也。其長不至邊城,或短而歪斜,主刑剋人丁,及前業中衰而見弱也。
陳公篤が言う。紋相のこ一門は、形質・精神・聲音・氣色の四大綱領の外に在り、本來は「形質」の裏頭に歸すべきなれど、それは自ら緊要の處あり、直に人の禍福生死に關係し、各種の輔助材料の中の第一位で、手紋足紋よりさらに一倍重要である。現に第一幅の圖に按じて額上の紋を講ず。ただ一道の橫紋あるを「華蓋紋」と呼び、紋が長く額角の「邊城」の處に伸びて即ち下に彎曲するを以て合格と為し、顯貴にして且つ壽相あるを主る。こういう種の人は貴族の家に出身するあり、また草野民間より起るあり、然れど皆大志を胸懷し、非常の事業を做出し得。若しこ一道の紋の長き邊城に到らず、あるいは短く歪斜なれば、すなわち家中の人口を刑克し、先人の留下した産業もまた中途衰敗・日に單薄に向かうを主る。
南嶽有二紋橫過額角下曲者,名曰偃月紋,主貴名而有壽徵,主有風塵萬里,而刑早子女,及偏房庶出之子女方成立也。其紋短不合格,作勞碌刑剋人丁論,不過有壽之格也。南嶽有三紋橫過額角者,名日伏犀紋,主貴名而享大壽,及勞心重而風塵奔馳。如南嶽有四紋五紋,通稱額紋。此紋以長橫過額角下曲為合格;如短,或間斷,或斜,或連續,皆作勞碌奔馳、反覆刑傷論,前業蕭條,初不佳也。
額頭の「南岳」の上に兩道の紋が額角を横過して再び下に彎ずるは、「偃月紋」と呼び、顯貴の名声あると兼ねて長壽の相を主る。こういう種の人は萬里を奔波し・風塵を飽歷し、早年に生ずる所の子女は刑克を受け、須らく偏房庶出の子女を得て初めて立て住る。若しこ兩道の紋が短くして合格せざれば、便ちただ勞碌・家人を刑克するに按じて論ずるのみ、然れど還是長壽の格局である。南岳の上に三道の紋が額角を横過するは、「伏犀紋」と呼び、貴名ありて大壽を享くるを主る、ただ心を勞すること極めて重く・終日風塵に奔走す。若し南岳の上に四道五道の紋あれば、すなわち總じて「額紋」と稱す。こういう類の紋は長長として額角を横過して再び下に彎ずるを以て合格と為す。若し生ずる短く、あるいは中間斷開し、あるいは歪斜し、あるいは一條に接して一條糾纏せば、皆勞碌奔波・屢遭刑傷に按じて論じ、先人の産業蕭條、早年の運が好からざるを主る。
曲刑紋在眉頭之上,曲過眉角,主刑弟兄姊妹,然為不正常而死,有誤死、凶死者,左為兄姊,右為弟妹也。孤壽紋在兩口角而下反者是也,主享大壽,而刑子女也。當時雖多子女,而至晚年則衰弱無靠,或刑剋無成,或星散不聚,而不送終也。
「曲刑紋」は眉頭の上方に生じ、彎彎として眉角を越え越るを、兄弟姊妹を刑克するを主る。しかも克する所の人は多半善終を得ず、あるものは意外に死し、あるものは凶禍に死す。紋が左邊に在れば兄と姊に應じ、右邊に在れば弟と妹に應ず。「孤壽紋」は兩邊の口角の處の下に反垂する紋で、大壽を享くるも子女を刑克するを主る。當時に看れば子女は少なからざるに、晚年に到りて却って衰弱して倚無し――あるいは子女が刑克されて立て住らず、あるいは各々星散して一處に聚まる能わず、末了に竟に終を送る人なし。
法令紋在井灶之兩側,有法令紋方有壽。如無法令紋者,不滿三十歲;如有半節法令,則四十以上之壽;如至口角,則五十以上之壽;如過口角以下,則六十以上之壽;如法令紋過口而相交,則七十八十,及至百歲之壽。如法命入口主餓死,深者主勞碌,續者主添壽也。
「法令紋」は兩個の鼻孔すなわち「井竈」の兩側に生ず。人は法令紋あるを要して初めて壽數あり。若し一條の法令紋もなければ、三十歳に活き到らず。ただ半截の法令のみあれば、壽は四十以上。法令紋が口角に長じ到れば、壽は五十以上。口角を越え越して下に向かうは、壽は六十以上。法令紋が嘴を繞って兩邊相交るは、七八十歳に活き得、さらに百歳に至る。若し法令紋が直に嘴裏に插し進めば、それは餓死を主る。法令紋の刻る深きは、一生勞碌を主る。法令紋が後來また接して下へ延長するは、則ち壽數を增添するに按じて論ず。
紋相第二圖說
按印堂有雙紋下寬上窄,成人字形,號曰印堂人字峰。此主性情拘執而勞碌憂思,狐疑不決,主刑妻克子,及刑弟兄姊妹,又主族戚多累,恩怨不明,於妻族及叔伯侄甥之遺累尤重。其中有疑是疑非之錯誤,受勞受累之糾纏,措置固屬不當,貪念拘執不休,以生其遺累也。如上有一橫紋者,為華蓋紋,則人字峰之刑剋累損,可以減半矣。如單有華蓋紋,主勞而貴名,小有刑剋,及壽也。
さらに第二幅の圖を看る。印堂の上に兩道の紋あり、下頭寬く上頭窄く、合成して一個の「人」の字形と為るを、「印堂人字峰」と呼作す。これは性情が固執・一生勞碌憂思し、事に遇えば狐疑して決斷能わざるを主る。また妻子兒女を刑克し、兼ねて兄弟姊妹を刑克し、さらに族中の親戚に拖累され、恩怨が糾纏して清からず、その中に妻家および叔伯侄甥のこ一路より來る拖累はとりわけ沈重なり。こういう類の人は常に是非辨し難き糊塗の錯誤を犯し、勞碌牽累に纏われ、事情を處置する本より失當、貪念はまた執著して放さず、拖累は便ちここに由りて生ず。若し人字峰の上頭に別に一道の橫紋あれば、便ちそれは「華蓋紋」で、人字峰の主る所の刑克損耗は一半を減じ得。若し單單に華蓋紋のみあって人字峰なければ、則ち勞碌なりと雖も貴名あり、刑克輕微、併びて長壽を主る。
兩額角之紋,名曰邊城紋,下由眉尾起,上至鬢髮曲處。此主破梓離鄉,前業不可靠,其中段名天倉,關係祖業,故生妨害及妨父,雖有餘澤亦敗弱矣,易地而發於他鄉。亂世多有此紋,主遠發也;盛世則一敗而不可恢復,終無立身之地也。朝笏紋上由頰車起,有雙紋下至腮力犄角處,名曰朝笏紋,此主子女之貴,而晚年豐足衣祿,以享晚福也,亦主壽祿之兆。
兩邊の額角上の紋を「邊城紋」と呼び、下端は眉尾より起り、上端は鬢髮の彎曲する處に伸び到る。これは故土を離れ・井を背きて他鄉に往き、祖上の留下した産業は靠り住まざるを主る。こ一道の紋の中段は正しく「天倉」で、天倉は祖業に關係す、ゆえに紋がここに生ずれば便ち家産を妨害し・併びて父親を妨克す――縱令祖宗の餘蔭あるも、敗落單薄せざるを得ず、処を換えて他鄉に至るを得ざれば發り起る能わず。亂世の裏にこういう種の紋を生ずる人は多く、遠く他方に走りて發達するを主る。太平の世にこの紋を生ずれば、却是一敗すれば便ち再び身を翻し難く、終竟に立身の地なし。「朝笏紋」は上は「頰車」より起り・兩道の紋が併行して下に腮骨の犄角の處に直至る紋で、子女が顯貴・自ら晚年に衣食豐足・晚福を享け得を主り、同時にまた長壽にして祿ある兆頭である。
紋相第三圖說
按印堂有形如田字者,名曰田字紋,主阡陌之當業,前人無依而耗盡,主白手成家,勞碌自創,有由學徒出身而發達,多從工商技藝以立身也。刑妻而不克子也,亦主大壽,至老不閒,然子女有不得力者。左眉頭有紋,名曰羅侯紋,主刑兄姊,又主血痣之疾,於中年晚年也。右眉頭有紋,名曰計都紋,主刑弟妹,又主頭風及手足筋骨疼痛之疾,於晚年也。
さらに第三幅の圖を看る。印堂上の紋が交錯して「田」の字形狀と成るを、「田字紋」と呼び、田産地業を置辦して生と為すを主る。先人は靠り住まず・家業はすでに耗盡され、須らく自ら白手して家を起し・勞碌して自創すべし。こういう類の人は學徒より出身して後に發達するあり、多半は工商買賣あるいは一門の手藝に靠りて立足す。彼は妻子を刑克すれど兒子を克さず、もまた大壽を享くるを主る、ただ老に到るも清閒を得ず、子女の中に總じて得力ならざるあり。左邊の眉頭の上に紋あるを、「羅睺紋」と呼び、兄姊を刑克し、また中年・晚年に血痣の類の病を生ずるを主る。右邊の眉頭の上に紋あるを、「計都紋」と呼び、弟妹を刑克し、また晚年に頭風および手足筋骨疼痛の毛病を患るを主る。
如左右眉頭皆有紋,名曰羅計紋,其人性情剛躁,任性恃長,偏於所好,量窄而偏傲,多招官訟爭端,嫌疑是非,恩中有怨,親者反疎,六親無輔於內,朋友有益於外,亦主聰明而有見解也。年壽有直紋四五,名曰虛花紋,主刑妻克子,及有遺傳病,又主破前人祖業,勞碌自立。其人聰明有智識,靈巧多機詐,然有為聰明自誤、淫蕩邪行之類,或為預算其小,不計其大,或為見利而貪,因之而累,故曰虛花,言美而不實也。口角之側有紋,名曰陂池紋,常多水驚,如有黑黯色,主水厄也。
若し左右の眉頭に皆紋あれば、合わせて「羅計紋」と稱す。こういう人は性情が剛烈急躁、任性して自らの年長を倚仗し、一己の好む所に偏執し、氣量狹窄してまた幾分の傲慢を帶び、これに因って常に官司爭端・嫌疑是非を招來す。恩を施すもかえって怨を落下し、本來親近すべきは却って疎遠し、家裏の六親は幫う能わず、外頭の朋友はかえって益あり。不過もまたこの人が聰明して見解あるを主る。鼻梁の「年壽」の處に四五道の直紋あるを、「虛花紋」と呼び、妻を刑し子を克し、身上に遺傳病を帶び、また先人の祖業を敗盡し・須らく勞碌して自立すべきを主る。こういう類の人は聰明にして見識あり、靈巧して機詐多し、可惜往往として聰明はかえって聰明に誤られ、行為は淫蕩邪僻。あるいはただ小處を算計して大局を顧みず、あるいは利を見れば便ち貪り、これに因って拖累を招來す。ゆえに「虛花」と呼ぶ、すなわち看て好くして結實せざるの義である。口角の旁に紋あるを、「陂池紋」と呼び、常に水上に驚を受る。若しここにさらに黑黯の色を現ずれば、それは水厄を主る。
紋相第四圖說
按印堂有三紋下聚上散,如火焰勢,名曰火焰紋,主公侯將相之貴,屏藩柱石之臣,多兼武權,而殺身成仁也,故主貴而凶死。其死之輕重,則又與眉目參看之。古漢壽亭侯關羽有之,但有蠶眉鳳目之配,故成武聖名;宋武穆王岳飛有之,則有劍眉鳳目之配;明名將周玉節有之,則有一字眉豹目之配。凡有火焰紋者,均主貴而凶死也。其單獨火焰紋,而眉目平常,亦至中等貴,或為中等之次,然亦凶死,而無成仁之時機也。
さらに第四幅の圖を看る。印堂上に三道の紋あり、下端は攏聚し・上端は散開し、形狀は跳動する火苗のごとく、「火焰紋」と呼び、公侯將相の貴を主り、國家の屏障柱石のごとき大臣で、多半兼ねて兵權を掌り、最後に大義の為に身を捐す――ゆえにこの紋は既に大貴を主りまた凶死を主る。死する如何に慘烈なるに至っては、還須らく眉と眼を合わせて一併に參看すべし。三國の漢壽亭侯の關羽はこの紋を生有せり、ただ彼の配する所は臥蠶眉・丹鳳眼なれば、ゆえに武聖の名號を成就せり。宋朝の武穆王の岳飛もまたこの紋あり、配する所は劍眉鳳目。明代の名將周玉節もまたこの紋あり、配する所は一字眉・豹眼。およそ火焰紋を生ずるは、皆顯貴にして善終を得ざるを主る。若しただ一副の火焰紋のみあって眉眼が生ずる平常なれば、も中等の貴に到り得、あるいは中等偏下、然れど同じく凶死し、しかも身を捨てて仁を成すのあの種の時機に遇上らず。
鼻準有一直紋,名曰分犀紋,古為五牛分尸,即車裂之慘刑也。其分尸紋隱約,則可減等而論;如短而不長,則為破相之疤痕,損財之耗散,及刑剋。如出於貧無立錐之地,則可免凶死;如出於富貴,必凶死而尸身不全也。耳廓有痕紋,主刑傷父母叔伯於初年;耳輪有痕紋,主刑傷弟兄姊妹於初年,皆主幼年之刑傷,或應本身之驚災,及危險之疾厄也。口下有一橫紋下反者,名曰承漿紋,主水驚;如現黑黯色,主水厄而死,次亦水上之大損失;亦應酒病,或因酒醉跌撲而死也,亦主有形之腎病也。
鼻頭上に一道の直紋あるを、「分犀紋」と呼び、古時に應ずるは五牛の屍を分く、すなわち車裂の酷刑である。こ一道の分屍紋は若し隱隱約約として明顯ならざれば、一等を降して論ずべし。若しまた短くまた伸長せざれば、それはただ相を破り疤を留め・財を破り耗散しおよび親人の刑克に應ずのみ。こういう種の紋は若し窮して錐を立つる地なき人の身上に生ずれば、倒も凶死を免れ得。若し富貴人の身上に生ずれば、必定して非命に死ししかも尸身全からず。耳廓上に傷痕紋路あるは、早年に父母叔伯を刑傷するを主る。耳輪上に傷痕紋路あるは、早年に兄弟姊妹を刑傷するを主る――皆幼年の刑傷に應じ、あるいは本人が驚嚇災禍に遭い・危險の病を患るに應ず。嘴下に一道の橫紋の下に反垂するを、「承漿紋」と呼び、水上に驚を受るを主る。若しここに黑黯の色を現ずれば、すなわち水厄に死するを主り、一步を退くも水上の大損失である。この紋はまた酒病に應じ、あるいは醉酒に因って跌倒して摔死し、もまたすでに成形した腎病を主る。
紋相第五圖說
按印堂有直紋一痕,深者為懸針痕,者為懸針紋,皆主刑妻克子,危險多災,平生多挫折而失敗也。如懸針痕多主凶死,懸針紋多主危險也。二者如出於富貴有名,均主凶死而危,不發達較好也,一經發達即凶危之時至矣。此為權利之引誘,貪念之受禍,勿以計劃周詳,而勉強進取也。二者如出於貧苦下賤之人,則破敗較輕也。
さらに第五幅の圖を看る。印堂の當中に一道の直紋あり、刻る深きを「懸針痕」と呼び、淺きを「懸針紋」と呼び、皆妻子兒女を刑克し、一生に危險多く災あり・屢々挫折失敗に遭うを主る。その中に懸針痕は多く非命に死するを主り、懸針紋は多く險に遇うを主る。こ兩種の紋は若し富貴名望ある人の身上に生ずれば、皆凶死危亡を主り、かえって發達せざるを好しと為す――一旦發達し起れば、凶危の期もすなわち到る。これは正しく權位利祿に引誘され・貪念に因って禍を招くに由り、ゆえに切に自ら恃みて計劃の周密なれば勉强して爭取し往く可からず。こ兩種の紋は若し貧苦下層人の身上に生ずれば、破敗はすなわち輕きこと多し。(按:原文のここに「者為懸針紋」の上に一「淺」字を脫す、今文意に依りて補出して說明す、原文は改めず。)
山根有紋,名曰山根紋,主勞碌刑剋。如山根有一橫紋,主沉疾而有大挫折一度;山根二橫紋,主刑子女而有大挫折二次;山根有三橫紋,主壽而勞,及刑妻妾,而有內顧之患以牽制之,而有大挫折三次。左右魚尾有紋,主刑妻,一紋克一妻也;如魚尾紋上仰,主妻淑而強,無刑剋也;如魚尾紋下反,主刑三妻也;如魚尾有十字紋,主生離者再。亂世加倍而應之,盛世減半而論之。
山根上に紋あるを、「山根紋」と呼び、一生勞碌してまた刑克あるを主る。山根上の一道の橫紋は、一場の久しく治えず愈えざる重病を害し、併びて一次の大挫折に遭遇するを主る。兩道の橫紋は、子女を刑克し、併びて兩次の大挫折あるを主る。三道の橫紋は、壽なりと雖も勞し、しかも妻妾を刑克し、家裏に内顧の憂ありて彼を牽制し、前後に三次の大挫折あるを主る。左右の眼尾の「魚尾」の處に紋あるは、妻を刑するを主り、一條の紋は一個の妻子を克す。若し魚尾紋が上に斜挑すれば、妻子が賢淑して剛強、かえって刑克なきを主る。若し魚尾紋が下に反垂すれば、前後に三個の妻子を克するを主る。若し魚尾が十字紋と成れば、配偶と生離するを主り、しかも一度に止まらず。これらの應驗は、亂世に遇えば一倍を加えて看、太平盛世に遇えば則ち半を減じて論ず。
左蘭臺有紋,名曰危險紋,主危險;右廷尉有紋,名驚險紋,主驚險。男左紋則破相,女右紋亦被相;男右女左,則疤痕於隱微處,而不見於表面也;如男左女右,則疤痕於明顯處,而現於表面上也。如兩邊有紋沖出,亦主凶死;如破半邊,不過多驚險而已,不至危身也。
左邊の鼻翼「蘭台」の上に紋あるを、「危險紋」と呼び、危險に遇うを主る。右邊の鼻翼「廷尉」の上に紋あるを、「驚險紋」と呼び、驚嚇を受るを主る。男子は紋が左・女子は紋が右に在れば、皆相を破るを主る。若し男子の紋が右・女子の紋が左に在れば、疤痕は便ち隱蔽の處に長じ、表面に看え出さず。若し男子の紋が左・女子の紋が右に在れば、疤痕は便ち顯眼の處に長じ、表面上に露る。倘若兩邊に皆紋の衝き出づるあれば、同じく非命に死するを主る。若しただ一邊を破るのみなれば、不過多く驚險を受るのみ、性命に危及ぶに至らず。
紋相第六圖說
按額上有紋如山字形,大者名曰大山字紋,小者名曰小山字紋。大山字紋主享盛名之貴,而有大壽也,又主子女貴而有事業之發達,以承繼父志而恢宏門庭,本身不貴亦享其福也。小山字紋主小貴而豐足衣祿,則有刑傷人丁,勞心顧忌也。印堂有直痕三紋,名曰印堂川字紋,主貴而吐血,及刑早子,而有女星二三,然後有子也;主痣漏氣鬱而死。至於貴之大小,又以眉目參看,其創立而勞心則一也。
さらに第六幅の圖を看る。額上に紋の形狀が「山」の字のごときは、紋の大きを「大山字紋」と呼び、紋の小さきを「小山字紋」と呼ぶ。大山字紋は盛名の貴を享有し、併びて長壽を主る。また子女が顯貴・事業發達・父輩の志向を承繼し・門庭を光大し得を主り、本人は縱令貴ならずとも、子女の福を享け得。小山字紋は小貴にして衣食豐足を主る、ただ家中の人口に刑傷あり、自ら心を勞して顧慮多し。印堂上に三道の直紋あるを、「印堂川字紋」と呼び、顯貴を主るも吐血するを要し、併びて早年に生ずる所の兒子を刑克し、先に兩三個の女兒を得て而後に兒子有り。こういう種の人は多く痔漏の疾と氣鬱とに因って亡す。貴ること何の程度に至るに至っては、還須らく眉眼を合わせて參看すべし。相同なる一點は、彼は皆自ら創業に靠り・終日心を勞するを要す。
命門有紋二三,名曰命門紋,主多弱疾沉病,而為先天稟受太弱,以致病疾不痊而不壽也;亦有縱慾於花天酒地,戕身體,中年夭折也。人中有直紋,主刑子星;人中有橫紋,主刑女星;人中有十字紋者,主子女俱刑剋,而不能成立。其初中之年,子女雖多,亦主刑剋殆盡,終為螟蛉之假子假女以承繼也;或偏生庶出,而可保留一子,亦以晚年之遲子為吉也。
耳前の「命門」の處に兩三道の紋あるを、「命門紋」と呼び、體弱多病・常に久しく治えず愈えざる重症を患るを主り、根子は先天禀賦が太も弱きに在り、以致て病は總じて好くもならず・壽數長からず。またあるものは花天酒地の中に縱慾無度して、身子を毁り、中年に便ち夭亡す。人中の裏に直紋あるは、兒子を刑克するを主る。橫紋あるは、女兒を刑克するを主る。十字紋と成れば、兒女を一併に刑克し、皆立て住らざるを主る。こういう種の人は早年中年に子女少なからずと雖も、も刑克されて差不多に至り、最終に抱養して來る義子義女に靠りて家業を承繼す、あるいは偏房庶出に由りて一個の兒子を保住す。總じてこういう類の命は、晚年に子を得るを以て吉と為す。人中の紋と命門の紋は應當に併看すべし。一處は壽元の長短を主り、一處は子息の有無を主る。
紋相第七圖說
按印堂有兩直紋,名曰雙紋入印,主刑妻克子。其人性情拘泥而不達,務名而實貪,幾經破敗而方成立創業也。一主母族妻族之累,及血統至戚之官非,以糾纏而駁雜也。髮際之下名曰天中,其地有紋續斷,名曰破天紋,主前業不守,或寒微而不足衣次祿也;然亦得富貴之親戚以輔助之,故曰近於富貴而能成立也。
さらに第七幅の圖を看る。印堂上に兩條の直紋あるを、「雙紋入印」と呼び、妻子兒女を刑克するを主る。こういう人は性情が拘泥して通達せず、表面は名を求めて骨子裏は利を貪り、好幾次の破敗を經過して初めて家業を立て起り得。この紋は一層は母親の一族・妻子の一族の拖累を受くるを主り、一層は本族至親が官非を惹き上るを主り、事情は糾纏して清からずして頭緒雜亂す。髮際の下面のあ一塊を「天中」と呼び、ここに若し紋の時に斷じ時に續くあれば、「破天紋」と呼び、先人の産業を守住し能わず、あるいは出身寒微・衣食俸祿皆足らざるを主る。不過こういう種の人もまた富貴の親戚の扶助を得得、ゆえに彼は出身寒素なりと雖も、却って富貴の人に近き力量に靠りて立て住ると說く。(按:原文の「不足衣次祿」、「次」は疑わくは「食」の誤りか。)
三陽有交爻紋,名曰三陽,紋主有慈善之事業,濟世之盛名,惟子星弱、兩女星旺也。其人才智過人,見解遠大,有仁善之思想,抱經綸之大志。左顴紋破,主子女叔伯之患,憂鬱成疾,神經昏憒而死;右顴紋破,主妻妾弟兄之爭,憂氣成疾,痼疾不痊而死。皆出於親親之仁,內顧之憂也,當以深長短而定其禍患之輕重也。
上眼皮の「三陽」の上に交叉して爻畫のごとき紋あるを、名づけて「三陽紋」と曰う、この人が慈善事業を辦し得・世人を救濟する好き名声あるを主る、ただ兒子のこ一星は單薄・女兒のこ一星はかえって興旺す。こういう人は才智が人に過ぎ・見解が遠大・仁厚善良の心思を懷き・經國濟世の大志を抱有す。左顴上に紋の衝破あれば、子女あるいは叔伯の事に因って患を招き、憂鬱して病と成り、末了に神志昏亂して死するを主る。右顴上に紋の衝破あれば、妻妾兄弟と爭執し、憂悶して氣を動かし病と成り、頑疾を落下して治えずして死するを主る。こ兩種は皆親人に對する一片の仁心と家内の牽掛に出づ、斷ずる時は紋の深淺長短に按じて禍患の輕重を定むべし。
紋相第八圖說
按額部之左側有紋續斷,名曰日角紋,主父宮弱,而耗散前業微弱,又主先妨父宮,亦有遺腹子之生者,是為少孤之說。額部之右側有紋,名曰月角紋,此主母弱,及有遺傳病而先妨母也,又主母族耗散,及承繼之母也。印堂有如口字形,名曰金印紋,主前業失敗,父母無依,應離奇之遇合,意外之發達,絕處逢生,臨險而貴,主聰敏奸詐,妻妾多而子女少也;又主異路功名,而有驕慢淫亂之行為,但以目前之樂,而不計將來之憂也。
さらに第八幅の圖を看る。額頭左側に紋の時に斷じ時に續くを、「日角紋」と呼び、父親の一宮が單薄、先人の産業が耗散されて餘る所幾なしを主り、また先に父親を妨克し、も生まれ來ればすなわち遺腹子あるを主る――これ便ち所謂「少孤」の相である。額頭右側に紋あるを、「月角紋」と呼び、母親の身子が弱く、あるいは母子の間に遺傳の病ありて先に母親を妨克するを主る。また母親の娘家が敗落し、以及本人が繼母に由りて撫養されるを主る。印堂上の紋が圍りて「口」の字形狀と成るを、「金印紋」と呼び、先人の産業が敗盡し・父母皆靠り住まず、一生に離奇の機緣・意外の發達に遇上るを要し、絶路の上に生に逢い、險境の裏より貴を得。こういう種の人は聰敏して幾分の奸詐を帶び、妻妾衆多して子女稀少。また旁門別路に由りて功名を取得し、行為は驕慢淫亂、ただ眼前の快活を顧みて、日後の憂患を管せざるを主る。
臥蠶有紋向外顴而生,一紋一子,二紋二子也;臥蠶有紋向淚堂內生,一紋一女,二紋二女也。如成左右交加而成井字形,則無子而有子,亦為先後之出,以成立也。其紋上反而插奸門,或下插入顴骨肯,皆為嫡庶之子,而有不肖之行,或忤逆之犯上也。法令紋入口,名曰騰蛇入口,主餓死。凡富貴者亦主餓死,或哽食不下而餓死。如法令紋入口復出者,主大貴而權,及有特別行為,立言立法,以垂名於後世,又多壽徵也。
臥蠶上に紋の外側の顴骨の方向に朝りて生ずるは、一條の紋は一個の兒子に應じ、兩條の紋は兩個の兒子に應ず。臥蠶上に紋の裏側の淚堂の方向に朝りて生ずるは、一條の紋は一個の女兒に應じ、兩條の紋は兩個の女兒に應ず。若し左右交錯して「井」の字形狀と成れば、便ちそれは本來子なしと以為せど終竟に子あり、ただ子女が前後陸續して生ずる所、初めて一個々立て住る。若しこれらの紋が上に反挑して「奸門」に插し進み、あるいは下に向かって顴骨に插入せば、應ずる所は皆嫡出庶出の混雜する兒子で、しかも行為不肖、さらに忤逆犯上に至る。法令紋が直に嘴裏に插し進むを、「騰蛇入口」と呼び、餓死を主る。たとえ富貴の人なるも同じく餓死に應じ、あるいは食物が哽えて嚥下し得ず活活として餓斃す。若し法令紋が嘴に插し進みてまた別の一邊より穿出すれば、それはかえって大貴して權を掌り、行事は人と同じからず、書を著し說を立て・法度を創制し得、名を後世に垂れ、しかも多く長壽の徵驗あるを主る。
紋相第九圖說
按兩邊城至鬢髮曲突處,有橫紋如浪,名曰邊陲紋,主破梓離鄉而遠發,或發於國界之邊地而立業,或發於省界之邊地而立業,前業不可守,又不可靠,或因環境逼迫而為用也。印堂有紋橫過而上仰者,名曰仰月紋,主中等富相紋貴,離奇發達,及臨險地而大發,有作驚人事業,前業見弱,亂世多武貴,盛世主貴而客死他州也。
さらに第九幅の圖を看る。兩邊の「邊城」より鬢髮の彎曲突起する處に到り、波浪狀の橫紋あるを、「邊陲紋」と呼び、故鄉を離れて遠處に發迹するを主る――あるものは國境の邊地に基業を立下、あるものは省界の一帶に基業を立下す。先人の産業は既に守住し能わずまた靠り住まず、往々にして環境に逼られて初めてこ一條の路に走上る。印堂上に紋の横貫して兩端が上に翹るを、「仰月紋」と呼び、中等の富・紋を帶ぶる貴を主り、發達の路數が離奇、常に險地に大いに發ち、驚人の事業を做出し得。祖業は單薄。こういう種の紋は亂世に多く武貴に應じ、太平盛世に則ち貴なりと雖も他鄉に客死するを主る。
元武外顴之間,有井字形之紋者,名曰大陰騭紋,此主前生之善因。如有黃紫色,主有濟人大德,而立善功,可以化除危險而入平安地,及增福壽之兆,無子而生子,無女而生女,能旺人丁也。北嶽有紋,縱橫如織,名曰龍頷紋,此主大壽而享盛名,及有專長之藝能、特別之美術、過人之才智。少年浪走無定,中年遇貴而貴,晚年有外業,及獲佳兒貴子,以圓滿其目的,及作身後之事業也。
「元武」と外側の顴骨との間に井字形の紋あるを、「大陰騭紋」と呼び、主る所は前生の種下した善因である。ここに若しさらに黄紫の色を現ずれば、便ちこの人に他人を救濟する大德あり・善功を立下、危險を化解し去って平安の境に轉入し得るを主り、もまた福壽を增添する徵兆である。本來子なきも子を生じ得、本來女なきも女を生じ得、家中の人丁はこに因って興旺す。下巴の「北岳」の上に紋の縦横交錯して織るがごときを、「龍頷紋」と呼び、大壽を享けて盛名あるを主り、身に一門の專長の技藝・特別の藝術才能と人に過ぐる才智を懷く。こういう種の人は少年時に四處漂泊して定處なく、中年に貴人に遇上りて貴を得、晚年に外に別に産業あり、併びて好き兒子・貴い子女を得、平生の心願を圓滿せしめ得、還能身後の事業を留下し得。
紋相第十圖說
按印堂有橫紋過眉頭而下反者,名曰印堂覆舟紋,主紈垮子弟而敗前業也,及貴而冷退,聰明自誤,淫蕩邪行,不務正業者居多數,以致內顧主障礙,家庭不一致,刑人丁而不壽也。多出驕養溺愛而成,其放浪之行為,及性情異常支離而奢侈也。
さらに第十幅の圖を看る。印堂上に橫紋の眉頭を越え越して兩端が下に反垂するを、「印堂覆舟紋」と呼び、この人が紈袴子弟にして、先人の産業を敗掉するを主る。また本來顯貴なるも漸漸に冷落衰退するを主る。こういう類の人は多半聰明かえって聰明に誤られ、行為は淫蕩邪僻、正業を務めず、以致て家裏に處處障碍を生じ、一家人は各々心思を存して一致し能わず、家中の人口を刑克して自身もまた長壽せず。こういう種の相は多く嬌生慣養・溺愛縱容に養い出したもので、ゆえに行為が放浪、性情は特別に散漫無章してまた奢侈である。
兩福堂之間有紋如井字者,名曰小陰騭紋,主前生種善因,心地慈良,厚有信,作事有遠見,直快無毒,耿介心平。如有黃紫色,則作小善功,而濟人利物,多有一切施濟也;子女亦樸,而守其餘業,而不妄為也。兩顴之下、法令之側有紋,名曰金花紋,有俠義之行為,及得貴名,而有離奇之遇合,異路功名也。兩口角有井字形,名曰井字紋,主初年勞苦,中年有貴人之力輔助,借貴而發達也,晚年多福壽而進田宅,稍刑子女也。
兩邊の「福堂」の間に井字形の紋あるを、「小陰騭紋」と呼び、前生に善因を種下し、こ人は心地が慈善良厚・人と為りて厚道守信・事を做すに遠見あり・直爽痛快して人を害する心を存せず・耿介して心氣平和を主る。ここに若し黄紫の色を現ずれば、便ち彼が些小の善事を做し・人を救い物を濟し・常に各樣の施舍周濟あるを主る。子女も皆樸實、留下の家業を守住して胡作非為せず。兩顴の下方・法令紋の旁に紋あるを、「金花紋」と呼び、この人に俠義の行為あり・貴名を得得・機緣が離奇・走る所は旁門別路の功名を主る。兩邊の口角の處に井字形の紋あるを、「井字紋」と呼び、早年に勞苦し、中年に貴人の相助を得・別人の貴氣に藉りて發達し、晚年に福多く壽多く併びて田産を添置するを主る、ただ略ば子女を刑克す。こ幾種の紋は皆井字形を以て吉と為す、見るべし紋路の端正して成形するは、應ずる所は多く善果なり。
紋相第十一圖說
按印堂有井字形,名曰井印紋,此主幼年無父,前業耗散,出身微賤,因時勢逼迫,以致冒險進取,而成其富貴之基,主重配而有先後之子也;又有內顧之患,而無遠見之佈德,務其名而貪其利,不克善後也。三陽有直紋二三,入眼皮之睫毛處止,名曰煞紋。凡有煞紋馭者,皆為素封小康之家,而有驚險之災,以成殘疾受傷也。其性粗心大膽,不計利害,而輕舉妄動,因爭奪權利而動殺機也。
さらに第十一幅の圖を看る。印堂上に井字形の紋あるを、「井印紋」と呼び、幼年に父を喪い・先人の産業耗散し・出身が微賤を主る。時勢に逼迫されるに因って、ただ冒險して闖き往くほかなく、かえって富貴の根基を闖き出す。こういう種の人は主に再娶し、前後の妻に各々生ずる所の兒子あり。家内にまた牽掛の患あり、而して彼自ら長遠の眼光なくて恩德を廣施せず、ただ虛名を求めて實利を貪る、ゆえに好き尾を收め得ず。上眼皮の「三陽」の上に兩三條の直紋あり、一直線に眼睫毛の處に伸び到るを止めと為す、「煞紋」と呼ぶ。およそ煞紋を帶ぶる人は、多半衣食を愁えざる小康の家より出づるも、却って一場の驚險の災禍を遭い、以致て傷を受け殘疾を落下す。彼らは性情が粗心して大胆、利害を計らずして輕擧妄動し、往々にして權利を爭奪する為に殺心を起す。
口角有一二紋下反者,名曰覆舟紋,主凶死;如有三四紋於口角者,則為孤壽紋,上篇詳論也。兩口角覆舟紋,於富貴之格局,其危險更大,則潛伏亡身破家之患;如出於貧賤之人,則不過刑剋勞苦,艱辛備至耳,能守窮困而不妄貪者,自然減輕危險。三陰有雙叉紋,名曰六爻紋,主貴名而無權,聰明而反覆,一生多憂思感慨,亦主克女而有壽也,一主傷陰失眠之疾,一主溼氣酒病之例。虎耳有紋下插入陂池者,名曰壽紋,此重添壽紀之兆,應有增加壽紀,而益壽祿也。此紋不常有,亦因培養陰德,或修身練氣,而有此添壽之兆也。
口角の處に一兩條の紋の下に反垂するを、「覆舟紋」と呼び、非命に死するを主る。若し口角の處に三四條の紋あれば、それは前面上篇に詳論し過ぎた「孤壽紋」である。兩邊の口角に皆覆舟紋を生ずれば、富貴格局に配するは危險さらに大なり、暗中に身を喪い家を破る禍患を伏す。若し貧賤人の身上に生ずれば、也不過刑克して勞苦・艱辛を備嘗するのみ――ただ窮困に安守して妄貪の心を起さざる能わば、危險は自然に減輕す。下眼瞼の「三陰」の上に分叉の雙紋あるを、「六爻紋」と呼び、貴名あって實權なきを主り、人は聰明なるも反復して常なく、一生に憂思感慨多く、もまた女兒を克して自身長壽を主る。一層は陰分傷を受け・夜に寐る能わざる病に應じ、一層は濕氣と酒傷の類の毛病に應ず。耳前の「虎耳」の處に紋の下に「陂池」に插し進むを、「壽紋」と呼び、これは壽數を加添する重大の兆頭で、壽元が增長し・福祿もまた隨いて增益するを主る。こういう種の紋は常に見ず、多くは陰德を培植し、あるいは身を修め氣を練るに因って、初めてこ添壽の徵兆を生出す。こに由りて知るべし、紋相は生來一定に非ず、後天の行事は仍ほそれを增減變易せしめ得。
『公篤相法』下篇巻十
相法解釋說
公篤曰:相法一術,由來久矣。溯其源流,蓋始於伏義氏畫卦,龍馬負河圖洛書之時,辨明陰陽二氣之始;又得洛水之龜,布成方位之形,故初名曰龜鑑,蓋由此而得名也。夫以天地陰陽、五行八卦,即有立象,然後內配以五臟六腑,象名立義,故外配以五官五嶽、六曜四瀆,各有系統矣。先論形質之生克,次論氣色之制化,則吉凶禍福之機,自有一定攸歸矣。至軒轅氏時,有臣名曰風后氏者,因彩禽銜書於碧雲之中,則用先天流行、後天定位,而發揮議論,以立吉凶禍福之定法。其風鑑之名,實肇於此,蓋風后氏所鑑定之意也。
陳公篤が言う。相術のこ一門は、由來すでに久し。その源頭を追溯すれば、大約伏羲氏の八卦を畫し・龍馬が河圖洛書を背負って世に出づる時より起り、それは正しく陰陽二氣を分辨する開端である。後來また洛水中の神龜を得、龜背の文に依りて方位圖形を布き成し、ゆえに相術は最初「龜鑑」と呼作された、名字はこのようにして來る。天地陰陽・五行八卦すでに卦象を立下せば、於是内に五臟六腑を配上し、象に依りて名を立て・名に依りて義を定め、外に五官・五岳・六曜・四瀆を配上し、各々一套の系統を成す。先に形質の間の相生相克を論じ、再び氣色の間の制約と化解を論ずれば、然れば吉凶禍福の機兆は自然に各々歸着あり。黄帝軒轅氏の時に到り、臣子の風后氏と呼ぶ者あり、彩鳥が天書を銜えて碧雲中より飛來するを見るに因り、便ち先天卦氣の流行・後天卦位の定位を用い、加えて發揮議論し、從りて吉凶禍福を推斷する定法を立下す。相術はまた「風鑑」と稱す、其實すなわちここより頭を起す――所謂風鑑とは、すなわち風后氏の鑑定した所の義である。(按:原文の「伏義氏」はすなわち伏羲氏。)
至於堯舜禹湯文武,相繼而傳,以及專司其事,而為國家大用,蓋上以承聖君之德,下以擇賢臣之才也。故西東周時,相法最盛行,凡諸侯大臣,以及有大志者,必聘風鑑之專門人材,以濟其用,而為趨吉避凶之準繩,欲進欲退之決心。
この後堯・舜・禹・湯・文王・武王に到り、こ一門の學問は代代相傳し、朝廷は還お此事を專管する官職を設け、國家の一項の大用途と成す。上に向かっては聖明君主の德意を承接し、下に向かっては朝廷の為に賢臣良才を挑選す。ゆえに西周東周に到れば、相法は最も盛行す。およそ諸侯大臣、および大志を胸懷する人は、必定して風鑑に精通する專門人才を聘請して自らの事を辦せしめ、相術の判斷を以て吉に趨り凶を避くる準繩と作し、進むべし退くべしの決斷依據と為す。
當時相法種類頗多,而各有秘訣,以立門戶也。其秘訣之傳授雖不同,其應徵事實則一也。富貴之分、貧賤之別、興衰之數,實由於此也。故晉國大飢而多盜,則聘專門能識盜者之卻雍,而取決以捕之;吳國之平亂,則聘唐舉,以求治國人材而勷助之;趙民之撫卹,荀子知其必昌;智氏之智瑤,稀疵知其必敗;以及楚之斗越椒,而有蒍氏如其赤族,先改姓氏以避之;越王之勾踐,范蠡知其寡恩,浪遊五湖以去之。此皆相法之有益於人,而為趨吉避凶之鐵證也。
あの時相法の門派は衆多、各家は各々自らの秘訣あり、これに藉りて門戸を立起す。傳う所の秘訣は相同ならざるも、應驗の事實は却是一樣である。人の富と貴・貧と賤、家國の興と衰は、實際皆こ一門の學問に靠りて看え出す。ゆえに晉國に大饑饉鬧り・盜賊四起する時、便ち專ら盜賊を辨認する會する郤雍を聘請し、彼の指認に靠りて緝捕し往く。呉國が内亂を平定せんとすれば、すなわち唐擧を聘請し、國家の為に治國の人才を物色して協助せしむ。趙氏は百姓を撫恤するに善く、荀子は相に據りて彼の家が必定昌盛するを斷定す。智氏の智瑶は、郄疵が一看すれば便ち彼の必敗を知る。また楚國の鬬越椒のごとき、蒍氏は豫め鬬氏の一族が將に滿門誅滅せられんを知り、搶先して姓氏を改換して躲け開く。越王の句踐は、范蠡が彼の刻薄寡恩を看出し、便ち五湖に舟を泛かべて飄然として去る。これらは皆相法が人に益ある例子で、もまたそれが吉に趨り凶を避け得る鐵證である。
夫人之涉身處世,吉凶禍福之機,處處皆是,或發生意外於目前,或種因伏危於將來,連帶危險,交際遺累,在在所不能免。苟能深求相法之原理,自可避免一切,當然無蹈禍之事實,而享受終身之平安矣。由此觀之,則相法之有益於人者大矣。故古聖先賢,有遊於藝之說;其哲人君子,莫不精深考究各術,以為平生之用也。
人の立身處世に、吉凶禍福の機兆は到る處にあり。あるものは眼前に突然發生する意外、あるものは眼下に禍根を埋下し・危險が將來に伏す。人に連累されて險を涉り・交際應酬に因って牽扯を受る、これらの事は處處に皆躲れ得ず。倘若相法の道理を鑽研透徹し得ば、自然に一一に避け開く可く、當然として禍事の裏に踏み進まず、一輩子の平安を安享し得。かく看來れば、相法の人に對する益處は實に大なり。ゆえに古代の聖賢に初めて「藝に游ぶ」の說法あり。あれらの明達君子は、深入して各門の術數を考究せずはなく、以て自らの一生の用處と為す。
余考相法,自秦氐火焚以後,世無全本,知之者益少矣。六朝時達摩初次入中國,尚未傳出相法一書,故漢唐雖有談相法之人,而無專書可稽考也。當漢時有許負之相曹操,管駱之相何宴,雖有氣魄之為法,神血之為論,其法皆秘而不宣,不得其傳焉。唐代則有一行禪師,為風鑑之專家,並無一字留傳後世。惟李淳風有一掌之白鶴相法,出而問世,然不過殘篇,及一偏之小術,研究之過程,而非相法之綱領,不足為用也明矣。
我は相法の源流を考察す。秦朝の書を焚くより後、世上に便ち完整の本子なく、懂得する人もまた愈々少し。六朝の時達磨が第一次に中國に到り、還だ相書を傳出さざれば、ゆえに漢唐兩代は談相の人あると雖も、稽考し供すべき專書なし。漢代に許負ありて曹操に相を看、管輅ありて何晏に相を看、氣魄を以て人を論じ・神采血色を以て人を論ずる法門あると雖も、然れどこれらの法子は皆祕して宣せず、傳わり得ず。唐代に一行禪師あり、風鑑の行家なるも、却って一個の字も後世に留めず。ただ李淳風の傳下する一部の掌相を講ずる『白鶴相法』の世に問うあるのみ、然れどそれは不過殘篇斷簡、一隅に偏する小術・研究過程の中のものに属し、相法の總綱と算えず、顯然として用に足らず。(按:原文の「管駱」はすなわち管輅、「何宴」はすなわち何晏。)見るべし、漢唐の一段は、相法はただ口耳相傳の零星の法門あるのみ、體系を成す著述の考ふべきなし。
五代時,達摩復入中國,始傳五來相法五篇與麻衣,此正受之相法道統,即中興相法之祖師也。其五來相法,分形質、精神、聲音、氣色、紋絡筋骨,皆有備載也。其中文簡意深,包羅萬象,變化無窮,皆有獨到之處,為各家相法所不能及也,而人事皆詳言包括無遺。惜乎無變法,而無天道厚薄之分、時勢盛衰之論,乃五來相法之缺點。此其解釋之一也。
五代の時候、達磨が再次中國に到り、初めて『五來相法』五篇を麻衣道者に傳え、これは正式に承受し下る相法の道統で、達磨もすなわち相法を中興する祖師である。あの部の『五來相法』は形質・精神・聲音・氣色・紋絡筋骨の幾門に分かち、皆記載する很に完備す。書中の文字は簡練して意思は深遠、萬象を包羅し・變化無窮、處處に獨到の見あり、別家の相書の趕き上らざる所で、人間世事も皆講じて詳盡にして遺なし。可惜それは「變法」のこ一層を講ぜず、も天道の人に與る厚薄を分辨せず・時勢の盛衰を議論せず、これすなわち『五來相法』の缺點である。所謂「變法」は、同一副の相が、治世と亂世に遇って應驗は併び相同ならずを指し、こ一層は書裏に講到せず。これは第一條の解釋である。
麻衣為五代時人,受業於達摩,而為相法正宗。當時出仕為麻衣縣令,其書在任而成,有石室賦、金鎖賦、銀匙歌三章,以縣邑為名,故曰麻衣相法,而不傳其姓氏也。余考麻衣縣之地形,即今之湖北麻城,為五代時之麻衣。其書成後,掛冠歸隱而去,不知所終,有稱為仙翁者非也。余考麻衣相法,金鎖賦、石室賦、銀匙歌三篇為其真本,其它各圖各論,皆係後人偽造,而附會其說也。
麻衣は五代の時の人で、達磨に師事し、傳う所は相法の正宗である。彼は當時出でて官を為し、麻衣縣令に任ず、あの部の相書はすなわち任上に寫成したもので、内に『石室賦』『金鎖賦』『銀匙歌』の三篇を含む。書名は任する所の縣名より取る、ゆえに『麻衣相法』と呼び、彼本人の姓氏はかえって傳わり下らず。我は麻衣縣の地理を考察するに、すなわち今天の湖北の麻城で、五代の時は麻衣と呼べり。書成し後彼は便ち官を棄て歸隱し、終る所を知らず。ある人は彼を仙翁と稱作す、それは對せざるなり。我が『麻衣相法』を考訂するに、ただ『金鎖賦』『石室賦』『銀匙歌』の三篇のみ真本で、其餘のあれらの圖と議論は、皆後人が僞造し出して彼の名頭に附會したもの。こ部の書を讀むに、只須らくこ三篇を認定し、其餘は不必深く信ずべからず。
余考其部位圖說,而錯訛移動之處頗多,或為當時未經考證耶?抑為後人翻印改移耶?按相法部位,有一定標準,而風鑑學說,用全力研究者頗少,以致二千年來未明真象,後人多以不驗罪之,蓋非其原意也。余考麻衣相法,有法理兼併而用之,此其一線之短,餘窺其意,恐為後人駁議耳。
我はあの部の書裏の部位圖說を核對するに、錯訛移位の處は相當多きを發見す。究竟當時に未だ考證を經ずか、それとも後人の翻刻の時に改動挪移したか。須知相法の部位は自ら一定の標準あり、ただ全力を下して風鑑の學を研究する人が太少きを肯んず、以致て兩千年來始終に真相を弄清せず、後人は多半それが靈驗せざるを怪む、其實併び原書の本意に非ず。我はまた『麻衣相法』を考察し、それが「法」と「理」を合わせて用るを發見す、これはそれが稍ば一籌に遜る處である。我が作者の用意を揣摩するに、大概是後人の來りて駁議するを怕るるのみ。
大凡術藝,皆言其法,而不拘其理可也。蓋理有定理,法無定法,理法二字不能完全通過也。故理由為言談之外表,事實多不驗;言法而有訣竅,事實多應徵。故麻衣之理法兼用,不如達摩之直接了當、開門見山,然尚無異端之邪說,故為正宗。此其解釋之二也。
大凡一門の技藝は、皆應該にただその「法」を講じ、「理」に拘泥する不必なり。なぜなら理は定准あるも、法は定准なし、理と法のこ兩個の字は併び處處に對し上げ得ざればなり。道理を講ずるは、それはただ言談上の外表功夫、事實に落れば多半靈驗せず。方法を講ずるは、その中に訣竅在り、事實に落れば多半應驗し得。ゆえに麻衣の理法併用は、達磨の來る直截了當・開門見山に及ばず。不過彼は到底に異端邪說を摻進せず、ゆえに仍ほ正宗と算す。これは第二條の解釋である。
水鏡相法一書,又出於達摩麻衣之後。余考水鏡為季漢時人,但不知何人冒名捏詞,自成一家學說也。余考水鏡,在季漢時代,與龐靖侯、諸葛武侯為至友,其人博學多才藝,隱居不佳,薦臥龍鳳雛者水鏡也,足見其為當時名士、賢哲知機者流。其書偏於引古為證,余考此為其書之綱領也。
『水鏡相法』のこ部の書は、また達磨・麻衣の後に出づ。我は水鏡先生が蜀漢の時の人なるを考證す、然れど何人が彼の名頭を冒して文字を編造し・自ら一家の學說を成せるかを知らず。我が考察に據れば、水鏡先生は蜀漢の時代に龐靖侯の龐統・諸葛武侯と知交好友で、此人は博學して多才藝、隱居して出仕せず、當年に臥龍・鳳雛を擧薦したは正しく彼で、見るべし彼は當時の名士、賢明にして微を見て著を知る一流の人物に属す。こ部の名を托する書は偏重して古人の事迹を引きて證と為す、我が看ればこれすなわち全書の綱領の所在。(按:原文の「隱居不佳」、「佳」は當に「仕」と作るべし。)
其中有關張趙雲馬超等,尚為漢代同時之人物,引證可也。又引證唐代人物,如李太白、哥舒翰、郭汾陽、婁師德、盧杞等,則先後相差數百年矣,此何由而知其詳細也?當然不是漢水鏡之法也一。又引證宋代之趙普、曹彬、呂蒙正、呂夷簡及王安石等,則先後相差將近千年,此何由而知其詳細也?當然不是漢水鏡之法也二。
書裏に關羽・張飛・趙雲・馬超のこれら人に引き到るは、皆還是漢代同時の人物で、引き來て證と為すは倒も說き過ぐべし。然れどそれはまた唐代の人物を引く、李太白・哥舒翰・郭子儀汾陽王・婁師德・盧杞の等等のごとき、前後の相隔る幾百年、漢代の水鏡先生は何處より彼らの詳細情形を知るを得ん。見るべしこれは決して漢代の水鏡の手筆に非ず、これは第一條の疑點。書中は還お宋代の趙普・曹彬・呂蒙正・呂夷簡および王安石の等の人を引く、前後の相差る將に一千年に近し、また何處より彼らの詳情を知るを得ん。見るべし決して漢代の水鏡の手筆に非ず、これは第二條の疑點。
以時代考之,此書當出於宋後,及元明時所出之書也。以此證之,其書謬點頗多。其人既繫漢代,其說又兼併唐宋,是為後人欺世之書可也。況古今之文化風俗各有不同,國家法律政治各有所異,人民之腦筋思想各有革新,事實之衣冠典禮各有改變,此何能以一而證其百也?又如清代之法律政治、事業交際,與民國之法律政治、事業交際,相隔懸殊,先後不過二十年,其風俗文化、人物事實,革舊維新,變幻不常,各適其宜而改更之,尚無一定之法以為用,何況事隔數百年數千年,可作一定之鐵證乎?此為水鏡相法之缺點,勿論其真偽,此其解釋之三也。
時代に照して推算すれば、こ部の書は應當に宋朝以後に出で、元明の時期に初めて有る書である。これに由りて看れば、書中の謬誤は相當多し。名を托する作者は既に漢代の人なるに、講ずる所は却って唐宋を兼括し進む、然ればただ後人の世を欺く僞書と算うるのみ。何況古今の文化風俗は各々相同ならず、國家の法律政治は各々差異あり、人々の頭腦思想は不斷に更新し、現實中の衣冠禮制は屢々改變あり、怎麼一個の例子を拿りて一百件の事を證明し往く能わんや。さらに清代の法律政治・事業交際を看れば、民國の法律政治・事業交際と、相差る何等か懸殊、前後不過二十年の光景、風俗文化・人物世事はすでに舊を除き新を布き・變幻して定まらず、各々當時の情形に按じて改動し、尚且つ一成不變の法子の用るべきなく、何況相隔る幾百年・幾千年の舊例を、還お確實不移の鐵證と當作し得んや。これすなわち『水鏡相法』の缺點である。それが真か僞かを論ぜず、古人の成例を今人に硬套すは、本身就靠り住まず。相法の立ち得住るは、通則に靠る、逐條に號を對する舊例に非ず。これは第三條の解釋である。
希夷姓陳,名博字圖南,為宋初時人,而受業於麻衣,作有心相篇一章,多係因果學說、善惡關鍵,故其開始有相由心變四字為綱領。關於人倫風化之處尤多,以道德仁義為根據,以禮義廉恥為輔佐。故其心善者,雖處於四面楚歌,而禍可變為福;心惡者,雖一呼百諾,而福可變為禍。其原意在宗老子之禍福無門、為人自招之句也。
希夷先生は姓は陳、名は摶、字は圖南、宋朝初年の人で、麻衣に師事し、『心相篇』一章を著有す。講ずるは多く因果の說・善惡の機で、ゆえに開篇に便ち「相由心變」の四個字を拿って總綱と作す。書中に人倫風化に論及する處は特別に多く、道德仁義を以て根本と為し、禮義廉恥を以て輔翼と為す。彼の說法に照せば、心地が善良の人は、縱令四面楚歌の絶境に處すとも、禍もまた福に轉じ得。心地が險惡の人は、縱令一聲令下して百人應諾すとも、福もまた禍に轉じ得。彼のこ一番の意思は、本源は老子の說く「禍福無門、惟人自召」のあの句話に出づ。(按:原文は「名博」と作る、當に「名摶」と為すべし。)
其理由則十分充足,而事實則萬分相反。蓋人種前世之因,結今生之果;今生之種因,又結來生之果。善有善因,而今生應作幾許善也,則有作善之時機以為用,而為善之事實也;惡有惡因,而今生應作幾許惡也,則有作惡之時機以為用,而為惡之事實也。夫善莫大於救人性命、全人節操、顧全人之名譽,如上例三等,可謂心德,其它一切施濟,不過些須功德而已。能盡其力量,而作全命全節全名之事實,可以救正人心,保持風化,挽一切浩劫矣。
彼のこ一番の道理は講じて十分充足す、然れど事實に擺れば萬分に相反す。知るべし、人は前世の因を種下して今生の果を結成し、今生の種下する所の因は、また來生の果を結成す。善因ありて在れば、今生に善事を做す多少を該すれば、便ち自然に善事を做す時機の用るべきあり、もすなわち善を行う實事の出現あり。惡因ありて在れば、今生に惡事を做す多少を該すれば、便ち自然に惡を作す時機の乘ずべきあり、もすなわち惡を為す實事の發生あり。善を說き到れば、最大は人の性命を救い・人の節操を保全し・人の名譽を維護するに過ぎず、上面のこ三等こそ「心德」と稱し得。其餘の種種の施舍周濟は、不過些微末の功德のみ。人若し自らの力量を竭盡し得て、性命を保全し・節操を保全し・名譽を保全するこういう實事を做成せば、すなわち人心を匡正し・風教を維持し、一切の大劫を挽回し得。これは善を等第に分かちて看る、随所に說く空話に非ず。
設有人立志為善,時刻不忘其側隱之心,如無前生之種善因為用,則無今生之善果機會也。假定救人性命為一大善,必無性命可救之事實,或無救人性命之能力;亦無節操可全之事實,必無保全節操之能力,或為全節善言之不聽;亦無名譽可全之事件,或為保全名譽之彌張。如作一舉一動之善事成功,皆有前生善因而為用,則有際遇之可能,事實之恰當,智力之能達到,而成全其心德也。
假設して人ありて志を立定して善を行わんとす、時時刻刻にあの一點の惻隱の心を忘れず。然れど彼若し前生の種下した善因の用るべきなければ、今生にすなわち善果を結ぶ機會に遇上らず。就ず人の性命を救うこ一件の大善を拿るに、彼は偏偏として性命の救ふべき事に碰上らず、あるいは碰上るも人を救う能力なし。また節操の保全すべき事に碰上らず、あるいは碰上ると雖も保全の能力なし、又あるいは好言にて相勸めて人家が根本に聽かず。また名譽の維護すべき事に碰上らず、あるいは愈々人に替わりて辯白すれば、あの毁謗はかえって傳わる愈々開き。反るに、およそ一擧一動の善事の做成し得るは、皆前生の善因の作用に起るあり。於是機緣は湊り上り、事情は恰好合適し、才智もまた着くに够り、これこそ彼の心德を成全する。
設有人厭世而動惡念,立志而動殺機,時刻注意,儘量為之,如無前生之種惡因以為用,必無性命可傷之惡果機會也。或無傷人性命之權力,亦無傷人性命之事實;假定冒險而強行殺人之事,則有先後時間錯過也。亦無破壞節操之時機,或為誘人邪淫之不遂,或為有邪淫之可能,而臨時發生障礙也。亦無破壞名譽之事實,或為破壞其人,而其名譽愈褒揚也。故有本身為善立功,而美報於子孫者;亦有本身為惡喪德,而惡報於妻妾子女者,此為非近因近果者明矣。此希夷言心不言相之一大謬點,此為解釋之四也。
さらに假設して人ありて世を厭い惡念を起し、心思を立定して殺機を動かさんとし、時時留意し・極力して做す。彼若し前生の種下した惡因の用るべきなければ、すなわち人の性命を傷りて惡果を結ぶ機會に遇上らず。あるいは彼に人の性命を傷る權勢なく、も人の性命を傷り得る場合に碰上らず。たとえ彼が冒險して硬に人を殺さんと欲すとも、も總じて時間上に前後錯過す。彼もまた別人の節操を破壞する時機を找えず。あるいは人を誘い淫亂せしめて得手せず、あるいは眼に乘ずべき機あるを看て臨時に阻碍を生出す。彼もまた人の名譽を毁る事實を造し成さず。あるいは彼が愈々あの人を毁謗せんと要すれば、あの人の名声はかえって人に稱揚される愈々多し。ゆえに世上に本人が善を行い功を立て・好き報は却って子孫の身上に應ずるあり、また本人が惡を作し德を喪い・惡報は却って妻妾子女の身上に應ずるあり――見るべし因と果は併び皆眼前に現報せず。これすなわち希夷がただ心を講じ・相を講ぜざるの一大謬誤の所在である。心は固然として緊要なれど、一人に善を行い惡を作す機緣の有無は、終竟還得相上に看るを須す。これは第四條の解釋である。
按袁柳莊,為明代之永樂時人,著有柳莊相法一書,出而問世。蓋袁柳莊為北方人,永樂鎮北平時,相見大悅,遂尊為國師。最可恨者,即故意顛倒部位,而指為秘訣心法也。其法偏於地形,僅以東北隅之方位為一定論,所見不廣,誤人尤深。其人偏於見解,而好奇談,其知而言之耶?亦不知而言之耶?
さらに袁柳莊を說けば、明代永樂年間の人で、『柳莊相法』一書を著有して世に行わる。袁柳莊は本來北方の人で、永樂皇帝の還だ北平を鎮守する時彼と相見し、談じて十分投機し、於是彼を尊びて國師と為す。最も可恨なる一點は、彼が故意に各處の部位を顛倒錯置し、還おこれを不傳の秘訣心法と說く。彼の相法は偏重して地域形勢に倚り、ただ東北一隅の方位を拿って一定の論と作し、見聞が廣からず、人を誤る極めて深し。此人は見解が偏頗して奇論を發するを好む、究竟是知りながら故に說くか、それとも根本に懂せずして亂說くか。
如批註達摩之五露亦超群之句,而麻衣亦言五露為最貴,作非常之事業,以成千古之盛名。但達摩麻衣,並末指出何種五露也,而柳莊誤會其辭,直解為五官露也。中有耳露廓輪、眉露毫稜、眼露神光、鼻露井灶、口露牙齒也。蓋一露二露,皆為弱點不吉之相矣,如五露皆全,則反為大貴至尊之格局也。此為離奇之理想,言論太荒謬何也。
譬えば彼が達磨の「五露亦超羣」のこ一句を批注する時――麻衣もまた五露は最も貴しと說き、非常の事業を做し得・千古の美名を成就するを主る――然れど達磨・麻衣の兩家は皆何の五樣の「露」かを指明せず。柳莊は却ってこ句話を誤會し、徑直に「五官外露」と解し、耳は廓輪を露し・眉は毫棱を露し・眼は神光を露し・鼻は井竈を露し・口は牙齒を露すと說く。知るべし五官はただ一樣兩樣を露出するのみで、すでに弱點不吉の相なり。彼の說法に照せば、五樣全て露るはかえって大貴至尊の格局と成る。これは實に離奇の空想で、議論は未免太も荒謬である。相書上の「露」の字は、本來藏露の露と廣大の露の兩義あり、彼は却ってただ一義を認定し、於是全篇は跟いて錯り下る。
凡耳露廓輪,幼年刑剋父母,何有栽培之力?當然無良好教育也。眉露毫稜,中年弟兄紛爭,當然有內顧憂,而失輔助也。眼露神光,中多驚險挫折,惡痛橫生,而為障礙也。鼻露井灶,一生財不入庫,窮苦勞碌,而無立身之地也。口露牙齒,一生惹是招非,皆處嫌疑損失之中也。據五官有三官露,已成貧賤至極點之相,何況五官全露,而能尊貴超群乎?
試に想うてみよ。耳朵が廓輪を露出するは、幼年に便ち父母を刑克し、家裏に何れ彼を栽培する力量あらん、當然として好き教育を得得ず。眉毛が粗毫棱骨を露出するは、中年に兄弟の間紛爭不斷、當然として家内の憂患あり、もまた兄弟の幫襯を失去す。眼睛の神光が外露するは、一生に驚險挫折を多遇し、惡疾疼痛が橫生し、處處に障碍と成る。鼻子が鼻孔を露出するは、一輩子に財が庫に進まず、窮苦勞碌して立身の地なし。嘴巴が牙齒を露出するは、一輩子に是非を招惹し、總じて嫌疑と損失の中に打轉す。かくのごとく照して看れば、五官の裏にただ三樣を露るのみで、すでに貧賤極點に到る相なり、何況五官全て露る、還能尊貴超羣たらんや。
蓋達摩麻衣,所謂之五露為最貴者,乃五嶽之露,而非五官之露也。露者大也。故南嶽大而為貴壽之品,土星中嶽大而為豐富之局,頦為北嶽大而為崇厚之祿,兩顴為東西嶽大而操縱極重之權。故孔子五嶽朝天,而為萬世師表之聖人,此五露超群之格是也。袁柳莊不知何所見而云為五官露也。
其實達磨・麻衣の說く「五露最貴」は、指す所は五岳の露で、五官の露に非ず。ここの「露」の字は、「大」の義である。ゆえに額頭の南岳が大なるは、貴く且つ壽なるを主る。鼻准の土星が中岳に居り、長ずる大なるは家道豊富を主る。下巴を北岳と為し、長ずる大なるは福祿崇厚を主る。兩顴を東西の二岳と為し、長ずる大なれば則ち手に極重の權柄を握る。孔子は正しく五岳朝天の相で、ゆえに萬世師表の聖人と成れり――これこそ「五露超羣」の格局である。袁柳莊は何に根據するかを知らず、竟に五官外露と說く。五岳の露の主る所は氣魄の宏大で、五官の露の主る所は精氣の外泄で、兩者は恰好相反し、混じて一談と為す可からず。
又麻衣金鎖云:六害眉心親義絕之句,柳莊解為六種害,其云眉毛間斷一害也,眉毛疎散二害也,兩眉粗濃三害也,眉起旋螺四害也,眉頭逢沖五害也,眉亂雜花六害也。於理想上何嘗不通,於原文上則有錯誤。觀其親義絕之說,而分六種害,可謂煞費苦心,而反有損無益。蓋六害者,六親之害也。何為有親?何為有義?此柳莊未解其原文之本意,徒據奇談,以惑人之觀聽,其書不足為法也明矣。據此二者,可見柳莊之學識。而四庫全書中,有選載袁柳莊相法一冊,皆永樂賞識,而高其身價也;四庫全書末選載達摩麻衣者,際遇不如柳莊。此其解釋之五也。
さらに麻衣の『金鎖賦』の裏の「六害眉心親義絶」のこ一句のごとき、柳莊は六種の害相と解し、眉毛の中間斷開するは一害、眉毛が稀疏鬆散するは二害、兩眉が粗濃なるは三害、眉毛が旋じて螺卷と成るは四害、眉頭に雜毛の相衝あるは五害、眉毛が雜亂して落花のごときは六害と說く。彼の推想に照せば倒も講じ通る可くも、然れど原文に對せば說き錯れる。あの句裏の「親義絶」の三個字を看れば、彼は却って硬に六種の害を分出す、可謂苦心を煞費す、結果はかえって害ありて益なし。知るべし「六害」は六親の害の義である。何をか有親と作し、何をか有義と作す。柳莊は根本に原文の本意を弄懂せず、ただ新奇の說法に憑りて人の耳目を迷惑せしむ、彼のあの部の書は顯然として取法に足らず。就ずこ兩樁の事を言えば、柳莊の學識は一斑を見るべし。而して『四庫全書』の裏に偏偏として『袁柳莊相法』一册を收進む、それは全て永樂皇帝が彼を賞識し・彼の身價を抬げ上げたに因る。『四庫全書』は達磨・麻衣の書を收めず、ただあの兩位の際遇が柳莊に如かざるのみ。書の真僞高下は、原來收錄するか否かに在らず。これは第五條の解釋である。
清初有相理衡真一書,偏於理說。其人為書香後裔,博學多才,通今達古,雄辯出奇。其書以文字為主體,詞藻豐富,而不注重相法也。一宗聖賢之孝弟忠信、禮義廉恥之學說,一宗仙佛之前因後果、生死輪迴之學理,其文字理由均充足,其事實則相違悖而不驗。故相法之精微奧妙,必加哲學數學以參合之,兼而用之,再用全部計算,而乘除加減之。當以何阿部為主體,而得分數若干;當以何部為輔佐,而得分數若干。其加減乘除之計算清楚,則有一定把握,此中自有玄妙,而分出或富或貴、或貧或賤、或壽或夭、或勞或逸矣。而衡真則以單獨部位為定論,又無輕重之分、連帶之法,此其缺點也。
清朝初年に一部の『相理衡真』あり、偏重して道理を講ず。作者は書香門第の後人で、博學多才、古今に通曉し、雄辯は人の意表に出づ。あの部の書は文章を以て主體と為し、辭藻豐富なるも、却って相法の本身を着重せず。それは一面に聖賢の孝悌忠信・禮義廉恥のあの套の學說に依託し、一面に仙佛の前因後果・生死輪迴のあの套の道理に依託し、文字と理由と皆很充足なるも、然れど事實に落れば處處相違い・應驗し能わず。知るべし相法の精微奧妙の處は、必ず哲理と算學を加えて參合せざればならず、兩者を兼用し、さらに通盤の計算を作し、加減乘除して推算す。該に何の一處の部位を拿って主體と作すか・多少の分數を得るか、該に何の一處を拿って輔佐と作すか・また多少の分數を得るか。加減乘除を算え清楚して、初めて一定の把握あり、その中に自ら玄妙あり、これに據って是富か是貴か・是貧か是賤か・是壽か是夭か・是勞か是逸かを分かち出す。而して『相理衡真』は却って單獨の一處の部位を拿って便ち定論を下し、既に輕重を分かたず、も各部位の間の連帶關係を講ぜず、これすなわちそれの缺點である。一部の相書は若しただ文章上に力を用るのみならば、看れば頭頭是道なれど、人の前に拿れば處處に對い上げず、それは法子なきに等し。
又衡真之十字面法,尤其胡塗不解。中有日字面形,而主如何之富;月字面形,而主如何之貴;風字面形,而主如何之事業;同字面形,而主如何之才智;田字面形,而主如何之富壽;目字面形,而主如何之際遇;用字面形,而主如何之盛名;申字面形,而主如何之發達;由字面形,而主如何之豐隆;甲字面形,而主如何之榮顯。某形可發十年,某形可發十五年,某形可發二十年、三十年。其理由與法,均為不通。
さらに『相理衡真』の裏のあの套の「十字面法」を說けば、とりわけ糊塗して解し難し。書中に說く。日字臉は如何なる富を主り、月字臉は如何なる貴を主り、風字臉は如何なる事業を主り、同字臉は如何なる才智を主り、田字臉は如何なる富と壽を主り、目字臉は如何なる際遇を主り、用字臉は如何なる盛名を主り、申字臉は如何なる發達を主り、由字臉は如何なる豐隆を主り、甲字臉は如何なる榮顯を主ると。還お某種の臉形は十年を發し得・某種は十五年を發し得・某種は二十年三十年を發し得と說く。十個の漢字の形狀を拿りて人の面型を套するは、本よりすでに牽強なり。さらにこ十個の字に憑りて硬に發達の年限の長短を派し出すは、さらに着落なし。人の臉は從來端端正正の一字形に非ず、同一張の臉が不同の人の身上に在れば、骨肉神氣各別なり、怎麼一概に論ずる能わんや。ゆえにこれらの說法は、道理に論ずも方法に論ずも、皆講じ通らず。
余考相法各書,皆末有如此荒謬才說也。古人論形格,則有木形瘦長、金形方正、水形圓肥、土形濁厚、火形尖露,此五形之大義也。其中亦有兩形相兼、三形相併,則分其多少,而定其主客也,此為千古不易之定論。
我は各家の相書を遍考するに、從來こういう荒謬の說法を見ず。古人の形格を論ずるは、ただ木形が瘦長・金形が方正・水形が圓肥・土形が濁厚・火形が尖露のこ五種あるのみ、これすなわち五形の大義である。その中にも兩形を兼具し・三形を併存するあり、然ればすなわち占むる成分の多少に按じて、何の一形を主と為し何の一形を客と為すかを分かち出す。これは千古不變の定論である。(按:原文の「皆末有」、「末」は當に「未」と作るべし。「荒謬才說」、「才」は疑わくは「之」の誤りか。)
如甲字面形主早發,而初二十年為大,蓋甲字面形,乃木植兼金之形也,其形主貴壽,應削木成器之局。然尚要考其聲音如何、眉目如何、精神如何、土星如何、水星如何,然後決其為特等之責、上等之貴,或中貴下貴,及尋常之貴也。再觀其刻下氣色如何,有無特別情形,及時勢之促成、離奇之遇合也。萬不能以其上方,而斷其貴而富壽;又不能以其下弱,而斷其賤而貧夭。此衡真之大謬也二。凡五形之質,皆有貴賤貧富壽夭,在所得之氣正與不正耳,其主體部位與輔佐部位,合格不合格耳,何能據一部而論耶?此其解釋之六也。
就ず甲字臉を拿りて說けば、それは確かに早年の發達を主り、頭の二十年に運最大、なぜなら甲字臉は木形にして兼ねて金形を帶ぶる形局なれば、貴く且つ壽なるを主り、應ずるは「木を削りて器を成す」のあ一路の格局である。然れど還須らく彼の聲音如何・眉眼如何・精神如何・鼻准土星如何・口部水星如何を考察し、然る後に初めて彼が特等の貴か・上等の貴か、それとも中貴・下貴乃至尋常の貴かを定め得。さらに彼の眼下の氣色怎樣・特別の情形ある無し、および時勢の促成するか否か・離奇の機緣ある無しを看るを要す。萬萬彼の上停が寬闊方正なるに因って、便ち彼が必ず貴必ず富必ず壽と斷定す可からず。も彼の下停が單薄なるに因って、便ち彼が必ず賤必ず貧必ず夭と斷定す可からず。これは『相理衡真』の第二大謬誤である。知るべし五形の形質の裏に、各々貴賤貧富壽夭の別あり、全て彼の禀する氣が正か偏かを看、も主體部位と輔佐部位とが合格するか否かを看る、怎麼ただ一處に憑りて便ち斷語を下さんや。これは第六條の解釋である。(按:原文の「特等之責」、「責」は當に「貴」と作るべし。)
鐵關刀一書,出於滿清時代,其人大致為醫學者流,並非相法專家也。其書多以醫學為轉移,如雲青色發於肝、赤色發於心、黃色發於脾、白色發於肺、黑色發於腎之類是也。果如所論,則紅色分五種,而有紅紫赤躁絳之各色也,何以一心而發五色耶?即赤色發於心,而紅色躁色,又發於何處?其理不通,其法亦不正。
『鐵關刀』のこ部の書は清朝に出で、作者は大概是醫を學ぶ一路の人で、併び相法の專門家に非ず。書中は多半醫理を拿りて相を講ず、譬えば青色は肝より發し・赤色は心より發し・黄色は脾より發し・白色は肺より發し・黑色は腎より發すの類と說く。若し真に彼の說く所に照さば、然れば紅のこ一類の氣色は本分五種あり、紅・紫・赤・躁・絳の各色あり、怎麼單單一個の心臟が五種の顏色を發し出さん。たとえ赤色が心より發すとも、然れば紅色と干躁の色はまた何處より發する。見るべし彼の道理は講じ通らず、法子もまた正ならず。五臟が五色に配するは、本來醫家の病を診する用で、搬り來りて相面の定法に當つれば、一開頭に便ち路を錯れり。
蓋印堂即心之正部,司空中正即名華蓋,乃心包絡之正部,何以紅赤躁紫絳之五色,而不專發於印堂司空中正之部,而散漫於他部之處尤多?此文何說也。凡氣色皆為先天之動機,凡形質皆為後天之華表,故氣色皆根據於先天,不發於五臟六腑也明矣。此鐵關刀大荒謬之談也一。
知るべし印堂は正しく心の本位で、司空・中正の一帶はまた「華蓋」と名づけ、心包絡の本位である。既に然れば、紅・赤・躁・紫・絳のこ五種の顏色は、何ぞ專ら印堂・司空・中正のこ幾處に發せずして、かえって別の部位の上に散見する愈々多きや。こ一層を彼の書裏は怎麼解釋する。須知氣色は皆先天の氣機發動の顯現で、形質こそ後天に外に呈現する表徴、ゆえに氣色の根子は先天に在り、併び五臟六腑の裏より發し出るに非ず、こ一點は很清楚なり。これは『鐵關刀』の第一大荒謬の論である。
況醫家部位,與相學部位,相隔懸殊,其象名立義之處各異。余考黃帝內經與王叔和難經,以及西醫之新法解剖學說,唐宗海之中西匯通,專門考驗者,皆云鼻為肺竅,而五行屬金;又據各家相法、諸家考正,皆云鼻為中嶽,五行屬土。究竟金欺土欺?
何況醫家の說く所の部位と相學の說く所の部位とは、相差る懸殊、兩家の象に依りて名を立て・名に依りて義を定むる路數は各々相同ならず。我は『黄帝内經』と王叔和の傳う所の『難經』、および西醫の新式の解剖學說・唐宗海の『中西匯通』を考察するに、およそ專門に驗證し過ぎたるは、皆鼻子を肺の竅・五行は金に属すと說く。而して各家の相法・歷來の考訂は、また皆鼻子を中岳・五行は土に属すと說く。到底は金と算すべきかそれとも土と算すべきか。(按:原文の「金欺土欺」、「欺」は當に「歟」と作るべし。)
余考丹經參同契、金丹真傳、呂祖全集、三豐全集、道藏輯要,皆云鼻為先天之祖氣,即天一生水之腎竅,五行屬水。此為各據一說,各有原理。蓋鼻為四竅:兩側竅由大眼角之內眥而入肺管,此醫家之所以為屬金也;身準為全面之中心點,為五嶽之中,故曰中嶽,此相法家之所以為屬土也;兩直竅上入腦海,下督脈,通命門之火,此丹道家之所以為腎水也。而鐵關刀按部拘泥,不明其部位之原理,僅採取皮膚之論,而為定法,此鐵關刀大荒謬之二。此其解釋之七也。
我はまた丹家の『參同契』『金丹真傳』『呂祖全集』『三豐全集』『道藏輯要』を考察するに、皆鼻子は先天の祖氣の所在、すなわち「天一生水」の腎の竅、五行は水に属すと說く。見るべし三家は各々一說を執り、而して各々各々の道理あり。原來鼻子は共に四條の通道あり。兩側の通道は大眼角の内眥より肺管に通入す、これは醫家がそれを金に属すと斷ずる緣故である。鼻准は整個の面部の中心點、五岳の中に居る、ゆえに中岳と呼ぶ、これは相家がそれを土に属すと斷ずる緣故である。兩條の直通の孔道は上は腦海に入り・下は督脈に連なり、命門の火に通ず、これは丹道家がそれを腎水に属すと斷ずる緣故である。而して『鐵關刀』は按部就班として成說に拘泥し、部位の背後の原理を明白せず、ただ表皮一層の議論を取りて便ち定法と當作す、これはそれの第二大荒謬である。これは第七條の解釋である。三家は各々各々を說く、本來相妨げず、錯るは彼が來路を辨ぜずして混用するに在り。(按:原文の「身准」、當に「鼻准」と作るべし。)
大清神鑑一書,出於滿清宮闈。余考其時,為康熙之後,雍幹之時也。當時為昇平盛世,亦滿清極盛之時,此書為翰林學士,安居無事,每以雜藝之學獻之,以承上歡也。故其書多考正現代人物,以為標準,故有歷指某尚書之進祿得權,某侍郎之升遷兼職,某大臣之黜陟,某夫人之生子,某王妃之得寵幸聖恩甚隆,某宗室之晉封爵優恤甚厚,上自王公大臣,下至宮娥太監,皆在考證中。至於三品以下之中貴下貴常貴,皆無確實之研究,下至人民,以及貧賤壽夭之法理,均未言及,亦蹈水鏡相法以人為證之故轍也。加以文字雕琢,人為現代事實,此大清神鑑之缺點也一。
『大清神鑑』のこ部の書は清宮の内廷より出づ。我がその年代を考訂するに、康熙の後・雍正乾隆の年間に在り。あの時は正しく太平盛世に當り、も清朝の最も鼎盛の時で、此書は翰林學士たちが閒居して事なく、常にこういう類の雜學を進獻し・以て皇上の歡心を博せんと作りしものである。ゆえに書裏は多半當時の人物を考訂して標準と作し、一一に某位の尚書が如何に祿を進め權を得・某位の侍郎が如何に升遷兼職し・某位の大臣が如何に黜降升遷し・某位の夫人が如何に子を生み・某位の王妃が如何に寵を得て聖眷極めて隆・某位の宗室が如何に爵位を加封されて恩恤優厚なるを指明す――上は王公大臣より、下は宮女太監に至り、皆考證の列に在り。三品以下の中貴・下貴・常貴に至っては、全く切實の研究なし。さらに下の百姓、および貧賤壽夭の法理は、一概に談到せず。これは仍ほ『水鏡相法』の人物を拿りて證と為すの老路を蹈む。さらに文字が雕琢に過ぎ・擧ぐる所は又皆當時の現成事例を加うれば、これは『大清神鑑』の第一の缺點である。擧ぐる所は皆一朝一地の貴人、時代を換え・身份を換えれば便ち套用する從なし。
凡相法之重要,則分其形格之富貴貧賤壽夭,次言氣色,則分其吉凶禍福也。其禍福之大小,則據其人之身分資格、地位才智而定之。假如富至十萬元,其損失二千元,以全體計之,不過百分之二,即如此項損失,有時必現於部位,有時則輕淡而現之,如不注意,則認為平常之色耳。假如其人僅百元之業,損失十元,則為破敗之氣色,以全體計之,則損失十分之一,即如此項氣色,則必現於部位,顯然可憑也。
相法の緊要の處は、先ず形格の主る所の富貴貧賤と壽夭を分辨し、其の次に初めて氣色を講じ、以て眼前の吉凶禍福を分辨す。而して禍福の大小は、こ人の身份資歷・地位才智に按じて定むを要す。譬えば一個の家産十萬元の人が、兩千元を損失すれば、就ず全部の家當を算するも不過百分之二。こういう損失は、有時もまた部位上に氣色を現出す、有時はただ淡淡として一現し、若し留心せざれば、還お尋常の顏色と當作すのみ。反るに、若し一人にただ一百元の家當のみあり、十元を損失せば、それは破敗の氣色なり。就ず全部の家當を算すれば、損失は十分の一、こういう氣色は必定明顯に部位上に現れ、清清楚楚として憑信し得。見るべし同じ一筆の損失も、氣色上に現る深淺不同、全てそれがこ人の全部家當を占むる比例の多大あるを看る。
故相法測量,在加減乘除中,以全部計算可也,方為合法。如某部豐隆而奇突,其必發達至何程度;如某部薄削而陷弱,其必破敗至何程度;又如眉部清秀修長有勢,則富貴至何等品級;鼻準豐隆勻厚圓齊,則富貴至何等程度。有過之,有不足,有虛浮不實,有暗發不彰,有先後相反,內外不合,故單獨一部皆不可為定論。此為大清神鑑之大荒謬他二。此其解釋之八也。
ゆえに相法の推算は、全て加減乘除の間に在り、必ず通盤計算して初めて法に合す。某一處の生ずる豐隆奇特突起は、究竟何の程度に發達し得。某一處の生ずる薄削陷弱は、究竟何の程度に破敗する會す。また眉毛の清秀修長して氣勢あるは、何の一等の品級に富貴し得。鼻准の豐隆匀厚して圓整なるは、何の地步に富貴し得。こ裏頭に分數を超過するあり、分數に够らざるあり、浮いて實ならざるあり、暗中に發達して顯揚せざるあり、前後相反するあり、内外相符合せざるあり――ゆえに單憑一處の部位は、皆定論と當作す可からず。これは『大清神鑑』の第二大荒謬で、も正しくそれがただ貴人の成例を擧げて通法を立てざる病根である。これは第八條の解釋である。
相法之用神,應分四大項:形格為第一,精神為第二,氣色為第三,聲音為第四。其它零星小部,皆包括在形質中;其紋絡筋骨,又為輔助之小品耳,皆不足為定論也。故形質清奇,應得幾許分數;精神充足,又應得幾許分數;氣色黃紫,又應得幾許分數;聲音宏亮,又應得幾許分數。如四種中有三種合度,則如其必發達,而為特貴、特富、特壽矣。
相法の用る所の「用神」は、應當に四大項に分かつべし。形格第一、精神第二、氣色第三、聲音第四。其餘の零零碎碎の小部位は、皆形質のこ一項の裏に包含す。紋路・筋骨に至っては、またただ輔助の小材料、皆これに據りて定論を下すに足らず。ゆえに一項一項に分を打つを要す。形質の生ずる清奇なるは、該に多少分を得べし。精神の飽滿充足なるは、該に多少分を得べし。氣色の黄紫を現ずるは、該に多少分を得べし。聲音の洪亮なるは、又該に多少分を得べし。假如こ四項の裏に三項が法度に合乎せば、則ち彼が必定發達・特貴・特富・特壽の一路の人に属すと斷定す。四項の中に何の一項を缺けば、すなわち總分の上に何の一項の分數を扣去す。
當其時氣色潤澤黃紫充足,則發於最短時間;如氣色黯滯枯燥不潤,雖為富格貴格壽格,而非發達之期,以期發達於將來,而以限為用神可也。故氣色為臨時用神、先天轉機。如形質與精神合度,其聲音不足,尚不為大礙,亦為上富上貴上壽也。如氣色黃紫明潤而充足,則發達之時間必久遠;如氣色明潤輕淡而短小,則發達之時間亦暫而不久也。
倘若此の刻に氣色が潤沢・黄紫飽滿なれば、則ち最短時間内に發達し起る。若し氣色が昏黯呆滯・干枯して潤わざれば、然れば縱令富格・貴格・壽格あるも、眼下は発達の時候に非ず、ただ將來を待ち、年限を拿りて用神と作して看れば是なり。ゆえに氣色は臨時の事に應ずる用神で、先天の氣機轉動の先兆である。假如形質と精神と皆法度に合乎し、ただ聲音足りざれば、それは還だ大礙と算せず、仍ほ上等の富・上等の貴・上等の壽である。若し氣色が黄紫して明淨潤沢・十分充足なれば、發達の時間は便ち長久。若し氣色は明潤なるも輕淡して範圍短小なれば、發達の時間もすなわち短暫して持久し能わず。
假令形質與聲音合度,而情神不足,則於富貴方可期發,事業亦能成功,不過於壽數稍弱耳,故為中富中貴之例,亦以氣色為發達時間之定論也。又如精神與聲音合度,而形質不足,則發達有限,事業因人而成,借力而發也,此為下富下貴之例,然享大壽也。
假使形質と聲音と皆法度に合乎し、而して精神足りざれば、然れば富貴は還だ指望あり、事業もまた辦し成る、ただ壽數稍ば弱きのみ、ゆえに中富中貴の一類に属す。何の時候に發達するに至っては、仍舊として氣色に靠りて定むを要す。また精神と聲音と皆法度に合乎し、而して形質足りざれば、それは發達すなわち有限あり。事業は別人を依靠して初めて做し成り得、他人の力を借りて起る、これは下富下貴の一類に属す、不過こういう種の人は大壽を享け得。(按:原文の「情神」、當に「精神」と作るべし。)
又如形質與氣色合度,或聲音與精神合度,或精神與氣色合度,或精神與形質合度,或聲音與形質合度,此為四種重要關係之中而得二也,此皆為有富而貴名、多祿而壽也,皆作豐衣足食之格局論。又假定形質平常、精神平常、聲音平常,單獨氣色黃紫明潤而充足,或合五行四時之潤澤,亦為可富可貴可壽可發之局也。此為暫時發達,而不持久,其發達也不大,或出於異路功名,或出於離奇遇合,此為破船遇順風,而可航海之法,其驗者頗多也。
さらに形質と氣色と度に合し、あるいは聲音と精神と度に合し、あるいは精神と氣色と度に合し、あるいは精神と形質と度に合し、あるいは聲音と形質と度に合す――これらは皆四項の緊要關係の裏に兩項を占む、皆富あると貴名あるとを兼ね・俸祿多く壽數長きを主り、一概に衣食豐足の格局に按じて論ず。また假定して一人の形質平常・精神平常・聲音もまた平常、單單に氣色が黄紫を現じて明淨潤沢・十分充足、あるいは現ずる所の色が恰も五行と四時の潤沢の氣に合すれば、それもまた可富・可貴・可壽・可發の局面と算す。ただこういう種の發達は一時の、持久し能わず、發る程度もまた大ならず、あるいは旁門別路に靠りて功名を取得し、あるいは離奇の機緣より出づ。これすなわち破船が順風に遇上りても海に出で得る法子で、應驗の例子は相當多し。ただ風一たび停まれば、船は仍舊あの條の破船、ゆえにそれを持久し能わずと說く。
據此四者品評,而為相法之根據,方是正宗。其輕重加減法,為用之處最大,此為相法之機樞,至精至微,神而明之,存乎其人。合而深思,加以推想,自得玄妙之途徑。故不以單獨部位為用,而以形質精神、聲音氣色,加減合論,以採取之可也。
形格・精神・氣色・聲音のこ四項に依りて品評し、用いて相法の根據と作す、これこそ正宗の路數である。その中に輕重を分かち・加減を作す法子の用處は最大で、相法の樞機の所在、精微は極處に到る。運用の妙が通神し得るか否かに至っては、則ち各人自らに在り。四項を合わせて深思し、さらに推想を加えれば、自然にあの條の玄妙の門徑に摸到り得。ゆえに相を斷ずるにただ單獨の一處の部位を用る勿れ、而要に形質・精神・聲音・氣色の四項を加減して合論し、中より斷を取るを初めて是とす。
部位考正法
公篤曰:凡相法之精神,首重部位,分析確定,先知某輕重地位,次如其關係原理,然後方有把握,自能指定標準,而有一定之判斷也。余考相法部位,多屬不確,而圖式亦混亂不一,各據一說,各有所宗也,惟其名目尚存,而為古之原名也。余考秦代以前,皆屬純一部位,自秦氐火焚以後,世無傳本,每有殘篇零頁,皆不足為稽考之鐵證也。
陳公篤が言う。相法の精髓は、首先に部位を看重す。各處の部位を分析清楚し・確定し下さんを要し、先ず何の一處の地位が重く・何の一處の地位が輕きを知り、再び彼らの彼此關聯する原理を弄明白し、こうして心裏に初めて把握あり、自然に標準を定め出し・一定の判斷を作出し得。我は歷來の相書の載する所の部位を考察するに、多半準確せず、圖式もまた混亂して一ならず、各々一說を執り・各々本とする所有り。ただあれらの名目は還だ在り、用るは仍ほ古時の原名である。我はまた考證す。秦代以前は、部位は本來純一にして雜ならざりき。秦朝の書を焚くより後、世上に完整の傳本なく、偶有りて殘篇零頁の留下するも、皆稽考の確證を作すに足らず。
當五代時,達摩復入中國,始傳五來相法一書,此為中興相法之祖師,而集各家之大成也,其部位尚有錯誤之處。是否當時未經考證確實,兩宗古之殘篇,或為後人翻印錯訛,隨便改移,徒留其名稱也,此皆兩可之疑難點,而無法稽考也。故麻衣相法所有部位圖說,亦宗達摩,而錯訛之處大同小異,是否為上敘兩點疑難,不得而知。
五代の時候に到り、達磨が再次東に來り、初めて『五來相法』一書を傳下す。彼は相法を中興する祖師、各家の大成を集めたれど、然れど彼の書中の部位も還だ錯處あり。究竟是當時に未曽切實に考證せず・ただ古本の殘篇に依りて說を立てしか、それとも後人の翻刻の時に錯訛を出し・随手に挪移し・ただ一個の名稱を留下せしか。この兩種の可能は皆說き通り得、如今已に稽考する從なし。ゆえに『麻衣相法』の裏の部位圖說も、もまた達磨に承襲して來り、錯訛の處は大同小異。到底是不是上面の說くあの兩個の緣故か、もまた知るを得ず。見るべし部位の誤は、達磨・麻衣のこ兩部の祖本の上よりすでに帶び下り來る。
柳莊相法,則稱其受秘傳,而故意錯其部位,顛倒限,其混淆人聽聞乎?其自矜眩奇乎?相法部位,錯誤於此居大多數。至於衡真,則徒據理說,而不尋其地位;水鏡則拘泥引吉,而不求其根據。其大清神鑑、鐵關刀、蘭陵集、相法須知等,各據一說,自謂心傳,以訛傳訛,而不知孰是孰非。相法一書,考究其精微者頗少,大多數為跑馬觀花,任意隨談,只知有其名稱,而不知有其地位;至於部位之輕重,誰為主體,誰為輔助,則更茫然而無所宗矣。
『柳莊相法』に至っては、自稱して祕傳を得とすも、却って故意に部位を弄錯し・界限を顛倒す。これは究竟世人の耳目を混淆せんとするか、それとも自我を誇耀し・新奇を炫弄するか。相法部位の錯誤は、大半皆こ部の書の上に出づ。さらに『相理衡真』を說けば、ただ道理に憑りて說を立て、部位の實際の所在を追究せず。『水鏡相法』は則ち古人を引證するに拘泥し、根據を尋求せず。其餘の『大清神鑑』『鐵關刀』『蘭陵集』『相法須知』のこれらのごとき、各々一說を執り、皆自稱して心口相傳の秘訣とし、訛を以て訛を傳え、弄りて誰是誰非とも分かち清めず。相書は多しと雖も、精微の處を考究清楚するを肯んずるは很に少し、大多數は走馬觀花・随口に亂談す。ただこういう名稱あるを知るのみ、然れどそれが究竟何の位置に在るかを知らず。部位の輕重・何の一處を主體と為し・何の一處を輔助と為すに至っては、さらに茫然として依據する所なし。(按:原文の「拘泥引吉」、「吉」は當に「古」と作るべし。)
餘此次注重部位,先從醫學入手。余考黃帝內經,中有漢晉文字,可見其為殘篇,惟針炙大成與仲景六經,較為確實可用;如王叔和難經、陳修園、徐靈胎各書,部位之系統稍有離奇;又如西醫之解剖圖說、唐宗海之中西惟通,皆不明氣化,所取之部位大多數不可為用也。余考丹經之參同契、金丹真傳、呂祖全集、三豐全集、道藏輯要,則各有妙蘊,其中有正繫、連代繫、應繫、通過繫,方證實一切部位。餘則註明其部位之輕重關係,以為千古後之定法,有志相法者容易入手,而尋正宗門戶也。茲將考證者附後。
我のこ一回に着重して部位を考訂するは、先ず醫學より入手す。我は『黄帝内經』を考察し、裏頭に漢晋時代の文字を夾むを發見す、見るべしすでに殘缺の本なり。ただ『鍼灸大成』と張仲景の六經の說のみ、比較的確實にして用るべし。王叔和の傳う『難經』、以及陳修園・徐靈胎の諸家の書のごときは、部位系統すなわち些か離奇あり。また西醫の解剖圖說・唐宗海の『中西匯通』のごときは、皆氣化の道理を懂せず、取る所の部位は大多數用る能わず。我はまた丹家の『參同契』『金丹真傳』『呂祖全集』『三豐全集』『道藏輯要』を考察するに、各々精妙の藴含あり。その中に「正系」「連代系」「應系」「通過系」の四層の脈絡を分かち出す、これこそ一切の部位を坐實せしむ。我便ち各處の部位の下に彼らの輕重の間の關係を注明し、作して千百年後の定法と為し、好んで相を學ばんと志る人をして上手し易く・正宗の門徑を找到せしめんとす。現に考證し得る所を後面に附す。(按:原文の「中西惟通」、當に「中西匯通」と作るべし。)
醫家原有部位圖
第一圖式詳解
公篤曰:醫家部位與相學部位,互相表裡,蓋太素經之脈訣,中有富貴貧賤壽天之說也,而名稱則各異耳,按用法各有不同故也。其內之脈絡而達於外,則有正繫之脈絡、連帶繫之脈絡、應繫之脈絡、通過繫之脈絡,其地位雖異,其氣化則感而遂通也。此第一圖式,為吾蜀天彭之大醫士唐宗海先生所考究而鑑定者,載於中西匯通全集之中,並有解剖學說,分經別絡,詳註經絡如何也。其名稱是否宗古,或從新也,餘將其原規定地位及名稱,而參合相學也。
陳公篤が言う。醫家の講ずる所の部位と相學の講ずる所の部位は、本來互いに表裏を為す、なぜなら『太素脈訣』の裏にも富貴貧賤壽夭を推斷する說法あり、ただ兩家の名稱同じからざるのみ――それは各々の用法が一樣ならざるに因る。人の體内の脈絡は外に通達し、「正系」脈絡・「連帶系」脈絡・「應系」脈絡・「通過系」脈絡の四層に分かつ。彼らの所在する位置は相同ならざると雖も、氣化上は却って彼此感應して相通ず。こ第一幅の圖式は、我ら四川天彭の名醫唐宗海先生の考究鑑定する所で、彼の『中西匯通』全集の中に載せ、書裏に還お解剖學說を附有し、經を分かち絡を別し、各條の經絡を講ずる很に詳細なり。彼の用る所の名稱が究竟古に遵うかそれとも新たに擬するかに至っては、我はここに且つ彼の原定の位置と名稱に照して、以て相學と互相に參合す。(按:原文の「壽天」、當に「壽夭」と作るべし。)
上為闕者,即兩眉之中心,相法名之曰印堂是也。蓋印堂者,即全部之主體,元首之意也。其名曰闕,是否帝闕之意,或金闕之尊稱也。闕之下曰王宮,即相學之山根是也,在兩目相平之中心,又名命宮是也。相法之稱山根有兩意義:一為前人之根基,一為本身之命根。其名曰王宮,是否即命宮之意義,而王宮與闕之義相等,稍有沖突。
圖上の最も上に標して「闕」と作すは、すなわち兩眉の正中、相法上は「印堂」と呼ぶ。印堂は全面部の主體で、取るは元首の義である。醫家はこれを「闕」と名づく、帝王の宮闕の義を取るかを知らず、それとも「金闕」のあの樣の尊稱を取るか。闕の下面に標して「王宮」と作すは、すなわち相學の「山根」、位置は兩眼の相平する正中に在り、また「命宮」と呼ぶ。相法上は山根に兩層の意義あるを說く。一層は先人の留下した根基を指し、一層は本人の性命の根を指す。醫家はこれを「王宮」と名づく、是不是すなわち命宮の義かを知らず。ただ「王宮」と「闕」の兩個の名字は意思相當、一面の上に兩個の至尊の名ある宜からず、彼此稍ば衝突す。
又下之準頭名曰明堂,即相學之中嶽,又名曰土星是也。按河洛之數,五行以土居中宮,而鼻準在全面部之中心,故有是名。餘又考八卦九宮之配合,其中宮號明堂,此名之曰明堂,實即中宮之義,與中嶽土星之名相等。其下名蕃,在法令紋之下,即相學之陂池是也,又近於腮骨,即相學之下府是也,其名蕃者,是否屏蕃之意義也。兩側曰蔽,在耳珠之前,醫書有名頰車,亦有名聽宮穴者,即相學之虎耳金縷之側是也,其名曰蔽,是否障蔽之意義也。
さらに下へ往けば、鼻准に標して「明堂」と作すは、すなわち相學の「中岳」、また「土星」と呼ぶ。河圖洛書の數に按ずれば、五行は土を以て中宮に居り、而して鼻准は正しく全臉の中心に在り、ゆえにこの名字あり。我はまた八卦九宮の配合を考す、その中央の一宮の正名は「明堂」。醫家のここに明堂と呼ぶは、實際すなわち中宮の義で、中岳・土星の兩個の名稱と相當す。明堂の下面に標して「蕃」と作すは、法令紋の下に在り、すなわち相學の「陂池」。また腮骨に靠近す、もすなわち相學の「下府」。これを「蕃」と名づくるは、屏藩護衛の義を取るか否かを知らず。兩側に標して「蔽」と作すは、耳垂の前に在り、醫書上に「頰車」と呼ぶあり、また「聽宮穴」と呼ぶあり、すなわち相學の「虎耳」「金縷」の旁のあ一帶。これを「蔽」と名づくるは、遮蔽の義を取るか否かを知らず。こ幾處の名目は、醫家の取る所は臟腑の應ずる所、相家の取る所は氣數の主る所、位置は同じと雖も名を立つる着眼點は各別なり、讀者は混じて看る可からず。
又云:五臟居中央,得其正也;六輔挾兩側,得其輔也。前人以此望其形而察其色,按其部而其脈,不可不根據此也。又云:闕以上屬咽喉,闕之中屬肺部,闕之下屬心部。此皆內經詳載,醫家之定法也。此為唐宗海之原文,余考內經無此說,故上述其研究從新之語,評論辨明列後。茲將其五臟六腑之配分錄下。
圖說の裏にまた講ず。五臟の應ずる處は面部の中央に居り、取るはその正に居るを。六腑の應ずる處は兩側に分列し、取るはその輔と為るを。前人は正しくこに照りて形を望み色を察し・部に按じて脈を診し、斷じてこを據と為さざる可からず。また講ず、闕より上の一段は咽喉に属し、闕の正中は肺に属し、闕より下は心に属す。これらは據說皆『内經』に詳載し・醫家の定法である。以上は唐宗海の原文である。然れど我が『内經』を核査するに、併びこういう說法なく、ゆえに前面に初めて彼のこれらは自ら新意を出す研究の語と說きし。我が評論と辨明は後面に列す。現に彼の配する五臟六腑の分属を抄錄するに如くのごとし。(按:原文の「按其部而其脈」、「而」の下に疑わくは一「按」あるいは「察」の字を脫す。)
第二圖式詳解
公篤曰:上文所述第一圖式,略得大體。茲據醫家第二部位圖式,其分配五臟六腑,為醫家各書所載,而唐宗海先生更用西法解剖法,以證實其部位也,故中西匯通挨次繪圖,詳論其如何形質,而感適於外也。據云:兩眉之中心,為肺部之正繫,即相學之印堂是也;兩目相對之中心,為心部之王繫,即相學之山根是也;鼻樑之中段,為肝部之正繫,即相學之年壽是也;鼻準之尖,為脾部之正繫,即相學之土星是也。
陳公篤が言う。上文の講ずる所の第一幅の圖式は、大概の輪廓は算して有り。現在さらに醫家の第二幅の部位圖に依りて說く。こ幅の圖は五臟六腑を面上の各處に分配す、本來醫家の各書に皆載有する、而して唐宗海先生はまた西洋解剖の法を用いてこららの部位を印證し、ゆえに『中西匯通』の裏に一幅一幅に挨次繪圖し、詳細に各處は何の形質か・又如何に體表の上に感應するを論說す。彼の說く所に據れば、兩眉の正中は肺の正系、もすなわち相學の「印堂」。兩眼の相對する正中は心の正系、もすなわち相學の「山根」。鼻梁の中段は肝の正系、もすなわち相學の「年壽」。鼻尖は脾の正系、もすなわち相學の「土星」。(按:原文の「心部之王系」、「王」は當に「正」と作るべし。)醫家のこららの部位を配するは、着眼は臟腑の虛實に在り、相學の着眼する吉凶禍福と同じからず、讀者は須らく分け清むべし。
淚堂之大眼角,為膽部之正繫,即相學之精舍光殿是也;鼻竅之兩孔,為胃部之正繫,即相學之蘭臺廷尉是也;眼下之橫紋,為小腸之正繫,即相學之三陰蠶囊是也;頰車之側為三焦之正繫,即相學之命門虎耳是也;兩耳珠為腎部之正繫,即相學之耳輪是也;兩顴之下,為大腸之正繫,即相學之法令金縷是也;兩口角為膀胱子宮之王繫,即相學之食倉祿倉是也。
淚堂が大眼角に靠る一段は膽の正系、もすなわち相學の「精舍」「光殿」。兩個の鼻孔は胃の正系、もすなわち相學の「蘭台」「廷尉」。眼下の橫紋は小腸の正系、もすなわち相學の「三陰」「蠶囊」。頰車の兩側は三焦の正系、もすなわち相學の「命門」「虎耳」。兩個の耳垂は腎の正系、もすなわち相學の「耳輪」。兩顴の下方は大腸の正系、もすなわち相學の「法令」「金縷」。兩個の口角は膀胱と子宮の正系、もすなわち相學の「食倉」「祿倉」。通じてこ一套の配法を看れば、五臟は面部の中線の一路に分列し、六腑は則ち下半と兩側に分列し、上下内外は恰好相對す。同じこ幾處の地方なれど、相家は中より看るは人事の成敗得失、醫家は中より看るは臟腑の虛實寒熱、位置は同じと雖も用意は各別なり。(按:原文の「膀胱子宮之王系」、「王」は當に「正」と作るべし。)
此為醫家業經考證,而為正法之分配也。再經西醫之解剖分配,大體亦如是。余考古人之經絡分明,莫過於張仲景之六經法,及針炙大成之瞳人圖,而與此項部位,則有異地位而名者。茲將仲景之六經大體錄下。
以上は醫家がすでに考證し過ぎ・公認して正法と為す一套の分配である。さらに西醫の解剖し得る所を拿りて對照すれば、大體もまた是のごとし。我は古人の經絡を講ずる最も分明なるを考察するに、張仲景の六經の法、および『鍼灸大成』の裏の瞳人圖に過ぐるなし。不過こ兩家の定める所の位置は、上面のこ一套の部位と相比すれば、位置不同にして名稱相同の情形あり。現に仲景六經の大體を抄錄するに如くのごとし。
第三圖式詳解
公篤曰:醫家之書最古而最確實者,莫不以仲景為醫中之聖,蓋發明六經,始由仲景而起也。按第三圖式,即仲景之六經總圖也,其中分三陽三陰,以包括五臟六腑也。故三陽之中甲,有太陽經,內屬手太陽為應小腸,足太陽為應膀胱,此太陽之專司脈絡也;有少陽經,內屬手少陽為應命門,足少陽為應膽絡,此少陽之專司脈絡也;有陽明經,內屬手陽明為應大腸,足陽明為應胃絡,此陽明之專司脈絡也。
陳公篤が言う。醫書の中に最も古老にして又最も確實なるは、人人皆張仲景を推して醫中の聖と為す、なぜなら六經辨證を發明したは、正しく仲景より始まればなり。こ第三幅の圖式は、すなわち仲景の六經總圖で、その中に三陽三陰の兩組を分かち、五臟六腑を皆包括し進む。三陽のこ一組。一は太陽經、内に手太陽を配し、小腸に應ず。足太陽を配し、膀胱に應ず――これは太陽經の專管する脈絡である。二は少陽經、内に手少陽を配し、命門に應ず。足少陽を配し、膽經に應ず――これは少陽經の專管する脈絡である。三は陽明經、内に手陽明を配し、大腸に應ず。足陽明を配し、胃經に應ず――これは陽明經の專管する脈絡である。ここの所謂「手某經」「足某經」は、同一の經氣が上肢と下肢に分行する兩支で、名目は相同なれど所属の臟腑は各異なり、混じて一事と作して看る可からず。
故三陰之中,有太陰經,內屬手太陰為應肺絡,足太陰為應脾絡,此太陰之專司脈絡也;有少陰經,內屬手少陰為應心絡,足少陰為應腎絡,此少陰之專司脈絡也;有厥陰經,內屬手厥陰為應心包絡,足厥陰為應肝絡,此厥陰之專司脈絡也。古有三焦之說,而徐靈胎、陳修園皆勉強說之,似未詳於六經之內也;唐宗海則指為三焦即連網油,此解剖之功也。
三陰のこ一組。一は太陰經、内に手太陰を配し、肺經に應ず。足太陰を配し、脾經に應ず――これは太陰經の專管する脈絡である。二は少陰經、内に手少陰を配し、心經に應ず。足少陰を配し、腎經に應ず――これは少陰經の專管する脈絡である。三は厥陰經、内に手厥陰を配し、心包絡に應ず。足厥陰を配し、肝經に應ず――これは厥陰經の專管する脈絡である。古來別に「三焦」の一說あり、徐靈胎・陳修園の兩家は皆講ずる很に勉强、看來六經の裏頭に併び交代清楚せず。唐宗海は則ち三焦はすなわち腹内相連する網油と指明す、これは解剖に靠りて初めて弄明白せる。所謂「網油」は、腹腔の裏に連なりて一片と成す脂膜である。唐氏のこ一說は、總算して歷來講じ清らざる三焦を有形の物の上に坐實せしめり。
故論病則有為本經之病,即指太陽專病或陽明專病也;又有為兩經合病,即指少陽與陽明同時合病,或厥陰與少陰同時合病也;又有此經而現彼經現象,名曰應病,即太陽經之病而現少陰之現象,或太陽經之病而現陽明之現象也。蓋先天之氣,發於腎部,故有天一生水之義也;後天之脈,資生於胃部,故有土生萬物之義也;血脈之行,資生於氣息,故六經可包括全身,此綱領之法也。
ゆえに病を論じ起せば、單に本經に属する病あり、すなわち太陽經の獨發する病、あるいは陽明經の獨發する病と說く。また兩經の合病あり、すなわち少陽と陽明とが同時に發病し、あるいは厥陰と少陰とが同時に發病す。還お本來こ一經の病なるも却ってあ一經の症候を現出するあり、「應病」と呼作す、比如太陽經の病なるも却って少陰の症候を現出し、あるいは太陽經の病なるも却って陽明の症候を現出す。知るべし先天の氣は腎臟より發す、ゆえに「天一生水」の道理あり。後天の脈氣は胃に靠りて滋養す、ゆえに「土生萬物」の道理あり。而して血脉の運行はまた氣息に靠りて資助す。こに因って六經は足りて全身を統攝す、これすなわち提綱挈領の法門である。本經病・合病・應病のこ三層の分別を懂得して、初めて至らず一たび某處の症候を見れば、便ち死に某處の病と認作す。
醫家六經經脈圖
圖式詳解第一
公篤曰:下列之圖式為六經第一圖,即太陽脈絡也。其脈絡為大眼角之銳眥越,由上眼皮之三陽通過,平橫入鬢髮,至耳後之壽骨,曲繞耳後,下至耳珠,近腮肥方犄角處,曲繞而上,至頰車上,即相學之虎耳部位,此為太陽經之脈絡他。內屬則分手太陽而應小腸之氣也,足太陽而應膀胱之氣也。而太陽有稱巨陽者,蓋傳經之始即由太陽而起故也。欲求小腸之正繫及通過繫,欲求膀胱之應繫及連帶繫,當以太陽之脈絡為認定也。
陳公篤が言う。下面のこ幅の圖は六經の第一圖で、畫く所は太陽經の脈絡である。こ條の脈は大眼角の銳眥の處より越出し、上眼皮の「三陽」を經過し、横平に鬢髮に伸び進み、耳後の壽骨に到り、耳後を繞って彎れ下り、耳垂に下り、再び腮部の方厚して犄角のごとき處に靠近して轉折して上り、頰車の上に到り、もすなわち相學の說く所の「虎耳」の部位――これすなわち太陽經の脈絡である。内に則ち手足の兩支を分かつ。手太陽は小腸の氣に應じ、足太陽は膀胱の氣に應ず。太陽經はまた「巨陽」と稱作するあり、病邪の傳經は總じて太陽より頭を起す緣故なればなり。およそ小腸の正系と通過系を推求せんとし、あるいは膀胱の應系と連帶系を推求せんとするは、皆應當に太陽經の脈絡を以て依據と作すべし。(按:原文の末の「脈絡他」、「他」は當に「也」と作るべし。)所謂「正系」は、本臟の主る所の正位。「通過系」は則ちただ經氣の路過する處、兩者の輕重は大いに相同ならず。
圖式詳解第二
公篤曰:下列之圖式,為六經第二圖,即少陽之脈絡也。其脈絡由小眼角之外眥,為少陽經脈之總管起點處,從玉堂而入鬢髮,由壽骨之上,微曲斜而下,至後頸之髮際,在大椎之上,醫家原名風池穴,以此為止,皆屬少陽經之脈絡也。內屬則分手足二經:手少陽經則為命門之正繫、腎氣之連帶也,足少陽經則為膽絡之正繫,氣化均名少陽而統論之也。欲求命門之正繫及通過繫,欲求膽絡之應繫及連帶繫,當以少陽之脈絡為認定也。
陳公篤が言う。下面のこ幅の圖は六經の第二圖で、畫く所は少陽經の脈絡である。こ條の脈は小眼角の外眥より起り、あそこは少陽經脈の總干の起點、「玉堂」より鬢髮に伸び進み、壽骨の上方より微微として彎斜して下り、後頸の髮際の處に到り、大椎穴の上に在り、醫家の原名は「風池穴」、ここに到るを以て止めと為す――こ一路は皆少陽經の脈絡に属す。内に則ち手足の兩支を分かつ。手少陽經は命門の正系で、また連帶して腎氣を帶ぶ。足少陽經は膽經の正系である。兩支の氣化は皆少陽と名づけ、合わせて統論す。およそ命門の正系と通過系を推求せんとし、あるいは膽經の應系と連帶系を推求せんとするは、皆應當に少陽經の脈絡を以て依據と作すべし。少陽の一經は半表半裏の間に居る、ゆえにそれの脈路もまた面側より頸後に繞り向かい、併び正面を走らず。相法上に命門と膽氣を看るは、正しくこ一層の意思を取る。
圖式詳解第三
公篤曰:下列之圖式,為六經第三圖,即陽明經之脈絡他。此為陽明經之總管,上由百會之巔起,所謂百會者,即百脈相會之處也,在頂中陷處而有動脈之間是也。由側面曲近鬢髮而下,過福堂、奸門、外顴,平蘭臺而至鼻孔止,即醫學之迎香穴是也,皆陽明經之脈絡也。內屬則分手足二經:其手陽明經則為大腸之正繫,足陽明經則為胃絡之正繫,均名陽明經而統論之也。蓋三陽以陽明經為傳經之機樞也。欲求大腸之正繫及通過繫,欲求胃絡之應繫及連帶繫,當以陽明經為認定也。
陳公篤が言う。下面のこ幅の圖は六經の第三圖で、畫く所は陽明經の脈絡である。これは陽明經の總干、上端は頭頂の百會より起る――所謂百會は、すなわち百脈の交會する地方で、頭頂の正中の凹陷處に在り・動脈の跳動を摸得着るあの一點。この脈は側面より彎曲して鬢髮に貼近して下り、「福堂」「奸門」と外側の顴骨を經過し、鼻翼の「蘭台」と齊平にして鼻孔に到るを止めと為す、もすなわち醫學上の迎香穴――こ一路は皆陽明經の脈絡である。内に則ち手足の兩支を分かつ。手陽明經は大腸の正系、足陽明經は胃經の正系、皆陽明經と名づけて合わせて統論す。三陽の中に、陽明經を以て傳經の樞紐と為す。およそ大腸の正系と通過系を推求せんとし、あるいは胃經の應系と連帶系を推求せんとするは、皆應當に陽明經を以て依據と作すべし。陽明經の經過する所の福堂・奸門・外顴の幾處は、相法上に正しく外財・妻妾と權柄を主り、兩家は互いに印證し得。
圖式詳解第四
公篤曰:下列之圖式,為六經第四圖,即太陰經之脈絡,此為太陰經之經脈總管也。由口內之舌部起,經過相學之地庫部位,下至頦位而曲行,下至喉管側之小管,即接入肺管,此為太陰經之脈絡也。內則分手足二經:其手太陰經為肺絡之正繫,關乎肺氣也;足太陰經為脾絡之正繫,關乎脾氣也,均名太陰經而統論之也。按三陰以太陰為起。欲求肺絡之正繫及通過繫,欲求脾絡之應繫及連帶繫,當以太陰經為認定也。
陳公篤が言う。下面のこ幅の圖は六經の第四圖で、畫く所は太陰經の脈絡、これは太陰經脈の總干である。それは口内の舌部より起り、相學の說く所の「地庫」の部位を經過し、下に下巴の處に到りて轉折して行き、再び下に喉管の旁の小管に到り、隨即肺管に接入す――これすなわち太陰經の脈絡である。内に手足の兩支を分かつ。手太陰經は肺經の正系で、肺氣に關係す。足太陰經は脾經の正系で、脾氣に關係す。兩支は皆太陰經と名づけて合わせて統論す。按ずるに三陰の一組は太陰より開始す。およそ肺經の正系と通過系を推求せんとし、あるいは脾經の應系と連帶系を推求せんとするは、皆應當に太陰經を以て依據と作すべし。太陰經は舌に起りて肺管に終る、ゆえに口舌と地庫の一帶の氣色は、相法上に多く脾肺の兩臟の毛病に應ず。
圓式詳解第五
公篤曰:下列之圖式,為六經第五圖,即少陰經之脈絡,此為少陰經之總管也。其脈絡由眼之鳥珠瞳人起,平下至三陰蠶囊之中,斜側而下過陂池,而至腮之犄角處,曲入項部,而至咽喉止,此為少陰經之脈絡也。其內則分手足二經:手少陰經為心部之正繫,而關乎心絡之氣也;足少陰經為腎部之正繫,而關乎腎絡之氣也,均名少陰而統論之也。欲求心絡之正繫及連帶繫,欲求腎部之應繫及通過繫,當以少陰經而認定之也。
陳公篤が言う。下面のこ幅の圖は六經の第五圖で、畫く所は少陰經の脈絡、これは少陰經の總干である。こ條の脈は眼中の烏珠の瞳人より起り、平平として下に「三陰」「蠶囊」の當中に到り、再び斜めに下に「陂池」を越え、腮部の犄角のごとき處に到り、轉折して頸項に進入し、直に咽喉に到るを以て止めと為す――これすなわち少陰經の脈絡である。内に手足の兩支を分かつ。手少陰經は心の正系で、心經の氣に關係す。足少陰經は腎の正系で、腎經の氣に關係す。皆少陰と名づけて合わせて統論す。およそ心經の正系と連帶系を推求せんとし、あるいは腎臟の應系と通過系を推求せんとするは、皆應當に少陰經を以て認定す。(按:原文の「鳥珠」、當に「烏珠」と作るべし。)少陰の一經は上は心を貫き・下は腎を貫く、ゆえに瞳人と三陰のこ兩處の神采の枯潤は、最も一人の元氣の盛衰を看出し得。
圖式詳解第六
公篤曰:下列之圖式,為六經第六圖,即厥陰經之脈絡,此為厥陰經之總管也。上由百會之巔起,百會在頂中陷處有動脈是也,斜側由輔角而下,入眉中,過三陽入目中,直穿烏珠而出三陰之下,至金縷曲繞,平橫入口唇,而曲下至顙上,此為厥陰經之脈絡也。內應則分手足二經:手厥陰經為心包絡之正繫,足厥陰經為肝絡之正繫。按三陰以厥陰經為傳經之機樞。欲求心包絡之正繫及連帶繫,欲求肝絡之應繫及通過繫,當以厥陰經而為認定也。
陳公篤が言う。下面のこ幅の圖は六經の第六圖で、畫く所は厥陰經の脈絡、これは厥陰經の總干である。それは上端が頭頂の百會より起る――百會はすなわち頭頂の正中の凹陷處に在り・動脈を摸得るあの一點――斜めに「輔角」より下り、眉毛の中に進入し、「三陽」を經過して眼内に入り、直に烏珠を穿ちて「三陰」の下より穿出し、「金縷」の處に到りて繞行し、再び横平に口唇に進入し、然る後曲折して下に腮頷の上に直至る――これすなわち厥陰經の脈絡である。内に手足の兩支を分かつ。手厥陰經は心包絡の正系、足厥陰經は肝經の正系。按ずるに三陰の一組は、厥陰經を以て傳經の樞紐と為す。およそ心包絡の正系と連帶系を推求せんとし、あるいは肝經の應系と通過系を推求せんとするは、皆應當に厥陰經を以て認定す。厥陰の一經は上は百會に起り・下は腮頷に抵り、縱貫して整個の面部を過ぐ、ゆえに肝氣の舒ならざる人は、往往として先ず眉眼の間に滯暗の色を現出す。
『公篤相法』下篇巻十(續)
考正部位氣色合解
一、百會往大腦與小腦之間,兩相交通之地,即頂上之巔磺陷處,有動脈處是也。為咽喉之正繫,亦為咽喉之應繫,是為諸陽聚會之點,百脈相交之地,此為第一之氣機,亦通達之關隘也。此地有動脈寬六分許,長一寸餘:其脈動而沽勻,其人精神強健而有生機也;其脈動而緩急不常,其人精神虧損而有疾厄也;其脈定而細微,其人衰弱已極,而為將死之應候也。
第一處、「百會」は大腦と小腦との間の兩相交通する地方に通ず、すなわち頭頂の正中の凹陷・動脈の跳動を摸得着るあの一點。それは咽喉の正系で、同時にまた咽喉の應系、周身の諸陽の氣の聚會する點・百脈交會の地と為り、人身の第一等の氣機の所在で、も氣息通行の關口である。ここの動脈は寛さ約六分・長さ一寸多。驗法は、脈の跳る均匀有力なるは、こ人は精神強健して生機旺盛。脈の跳る時に快く時に慢く・緩急定まらざるは、こ人は精神虧損して疾病災厄あり。脈の跳る微弱して幾ほど動かざるは、こ人はすでに衰弱して極點に至り、將に死せんとする徵候である。(按:原文の「巔磺陷處」、「磺」は疑わくは「頂」の訛か。「其脈動而沽匀」、「沽」は當に「洽」と作るべし。)
此即下應咽喉,通達氣機者生,障礙氣機者病,閉塞氣機者死之類,而為明征之應候也。故列於最高之巔,百脈之源也。余每見醫家治危症,或脫陽症,先用手術而針炙此穴,亦即通氣機,而開咽喉之義也。今更名天大關。其地宜高聳有骨,即貴壽之格局也;宜動脈調勻,即強健之精神也。
これ便ち下に咽喉に應ずる道理である。氣機通暢の人は活き、氣機受阻の人は病み、氣機閉塞の人は死す、これは最も明白ならざるなき應驗である。ゆえにそれを頭頂の最高處に列し、百脈の源頭と看作す。我は常に醫家の危重の症あるいは脫陽の症を救治するを見るに、頭一件の事はすなわち鍼灸を施してこの穴位を刺す、用意も正しく氣機を打通し・咽喉を開利するに在り。如今我はそれを改名して「天大關」と呼ぶ。ここは高く聳起して骨あるに宜しく、便ちそれは貴くまた壽なる格局。また動脈の跳る調匀なるに宜しく、便ちそれは精神強健の證明である。
二、髮際之火星起,下即天中,次即天庭,又次即司空,其名曰層樓,即丹經所謂十二層樓之簡名也。內屬大腦海之正部,為督脈之通過繫。此地關係父母之強弱、祖業之有無,又關係其人賢智如何、愚拙如何,此為人靈根祖脈,亦為種因之慧根也。故髮際高者,其人聰明多才,而父母無刑傷;髮際低者,其人粗俗而愚,或為父母刑傷。又天庭豐隆凸突者,必為貴裔而有前業,亦主本身貴名而有驚人事業也;天庭削弱凹陷者,必為平常之家,前業蕭條,亦主本身貧賤,而有勞苦度日也。
第二處、髮際の「火星」より頭を起し、下に往きて依次に「天中」「天庭」「司空」、こ一整條の統名は「層樓」、すなわち丹經上の「十二層樓」の簡稱である。それは内に大腦海の正部を配属し、督脈の經過する處である。こ一帶は父母の強弱・祖業の有無に關係し、も一人が賢明か愚鈍かに關係す、人の靈根祖脈で、も宿世の種下した慧根の所在である。ゆえに髮際の生ずる高きは、こ人は聰明多才、父母もまた刑傷なし。髮際の生ずる低きは、こ人は粗俗愚鈍、あるいは父母と刑傷あり。さらに天庭を看れば、天庭の豐滿隆起して凸出するは、必定貴人の後裔・家に祖業あり、本人もまた貴名ありて驚人の事業を做出し得。天庭の削薄凹陷するは、必定平常人家より出で、祖業蕭條、本人もまた貧賤、ただ勞苦して日を度るのみ。髮際の管る所は先天の根器、天庭の管る所は家世と本身の成就、兩處は合わせて看るを要す。
故相法家名之曰高廣學堂。如層樓有黃紫明潤之氣,則主升官進職,常人亦主得財獲利;如有滯黯慘膩之氣,則主孝服刑人丁,及事實失敗,而有憂愁驚恐;如有赤黑枯慘之雜色,則主牢獄驚險,以及其人神經昏憒而亂,失其常度,喪其靈智,或主危險之疾厄。故層樓之部位,宜寬闊高突,凸廣有勢為合格。原名層樓,今更名日祖脈,即靈根之脈、元氣之義也。
ゆえに相家はこ一帶を「高廣學堂」と呼作す。層樓の一帶に若し黄紫して明淨潤沢の氣を現ずれば、官を升し職を進むを主り、平民もまた財を得利を獲るを主る。若し呆滯昏黯・慘淡黏腻の氣を現ずれば、孝を穿き・家中の人口を折損し、事情辦し成らず、且つ憂愁驚恐あるを主る。若し赤・黑・枯・慘の幾種の雜色を現ずれば、牢獄驚險、あるいはこの人の神志昏亂・常態を失い・靈智を喪うを主り、もまた危險の疾病の上に應ずる可能あり。ゆえに層樓のこ一部位は、寬闊高突・飽滿して勢あるに宜しく、初めて合格と算す。ここは原名層樓、如今我は改名して「祖脈」と呼ぶ、取るは靈根の脈・元氣の自ら出づる所の義である。(按:原文の「今更名日祖脈」、「日」は當に「曰」と作るべし。)
三、兩山林在鬢髮之大曲處,如山之林而得名也,下至福堂骨之上,內屬乳脈之連帶繫。其地原名天倉,關乎祖業之專部,亦驗父母之部位。凡人於初生,皆食乳而養成,而為父母之脈氣頗確實。余考其刑父母宮,每應孝服之時,其地有黑雲慘黯之滯氣,及孝服哭泣之後,其氣沉滯不散,有一生尚存者,有至九年多而方散盡者,有七年五年三年不等,而方散完者,至少亦以一年為標準,而方散完,化出明潤之氣。
第三處、兩「山林」は鬢髮の大彎曲する處に在り、形狀は山上の樹林のごとく、こに因って名を得。下に直に福堂骨の上に到り、内に乳脈の連帶系を配属す。こ一帶は原名「天倉」、祖業を專管する部位で、も父母を驗看する部位である。人は初生の時皆乳を喫して養い大と成るに靠る、ゆえにここは父母の脈氣に應ずる相當確實なり。我は刑克父母のこ一宮を考察するに、將に服喪せんとする時に逢う毎に、ここに便ち黑雲の一般の慘淡昏黯の滯氣を現出す。喪事の哭泣過ぎるを等到して、こ股の氣は仍舊沈滯して散ぜず、ある人は一輩子に還留あり、あるは九年多に到るを要して初めて散盡し、また七年・五年・三年不等にして初めて散完するあり。たとえ最少なるも、總じて一年を以て准と為し、初めて散じ乾淨して、明潤の氣を轉出す。こ股の滯氣の存留する久暫も、正しくかえってこの人の創を受けた輕重を看出し得。
蓋孝服為人生之第一大事,古人定禮,應守三年之孝,而不問事,故其氣久而不散也。此地又主天災之瘟疫流行,如有黑慘之氣色者死。故達摩名之曰天門,麻衣有三天黑黯扁鵲難醫之句,即兩天門與天庭也。今更名曰祖氣,所謂祖氣者,因食乳而養生故也,以祖氣名之宜矣。
これは服喪が人生の第一等の大事なればなり、古人は禮制を定下し、父母の喪は三年を守り・其の間外の事を問わざるを要す、ゆえにこ股の氣こそ久久として散ぜざるなり。こ一帶はまた天災瘟疫の流行を主る、ここに若し黑くして慘淡の氣色を現ずれば、人は活き成らず。ゆえに達磨はここを「天門」と呼作す。麻衣に「三天黑黯、扁鵲難醫」の句子あり、所謂「三天」は、すなわち左右の兩處の天門に天庭を加う。如今我はここを改名して「祖氣」と呼ぶ――祖氣と呼ぶ所以は、人が乳を喫するに靠りて性命を養活すればなり、「祖氣」を用いて命名するは恰當である。
某地方稜有骨,則稟受之先天必厚,所得之產業亦豐;其地陷弱而痕,則稟受之先天必薄,或所受之產業有限。今分為兩段:鬢至邊城之中段,上半節為祖氣;由邊城下至福堂骨,下半節為天門。並非天門即祖氣也。
こ一處は若し生ずる方棱して骨あれば、先天禀賦は必定厚實、繼承する所の産業もまた豐厚。若し生ずる凹陷單薄してまた傷痕を帶ぶれば、先天禀賦は必定單薄、繼承する所の産業もまた有限。如今我はそれを兩段に分作す。鬢角より「邊城」の中段に到る、上半節を「祖氣」と呼ぶ。邊城より下に往きて福堂骨に到る、下半節を「天門」と呼ぶ。見るべし天門と祖氣は併び一事に非ず、從前に兩者を混じて一談と為したは對せざるなり。(按:原文の「某地方棱有骨」、「某」は當に「其」と作るべし。)
四、司空至中正,在印堂之上,內屬心包絡之正繫,本為印堂之護衛部位,故相學各書有華蓋之名稱。所謂華蓋者,即護衛印堂君主之本意,不是醫學謂肺為華蓋也。其地豐滿凸突,則君主得賢臣之護衛,而為有用也,故為官祿之部位。所謂司空,即國家柱石之臣、六部之官名也。其地有骨高聳直者,為玉柱骨;橫者,為華蓋骨,皆為大貴之格局,而有驚人偉大之事業也。其地陷痕削弱,則無賢良柱石之臣,以護徫其君主,前業見挫折,離鄉而勞碌,無貴名之可能也。
第四處、「司空」より「中正」に到り、位置は印堂の上方に在り、内に心包絡の正系を配属す、本來印堂を護衛する部位で、ゆえに各家の相書の裏に「華蓋」のこ個の名稱あり。所謂華蓋は、本意は印堂のこ位の君主を護衛する、併び醫書上の肺を華蓋と呼ぶあの個の義に非ず。こ一帶の生ずる豐滿凸起は、すなわち君主が賢臣の護衛を得て作為ある能わしとし、ゆえにそれは官祿を主る部位である。「司空」のこ個の名字に至っては、本來國家の柱石の臣・六部の長官の官名である。ここに若し骨の高聳あれば、竪に長ずるを「玉柱骨」と呼び、横に長ずるを「華蓋骨」と呼び、皆大貴の格局で、驚人の偉大事業を做出し得るを主る。ここに若し凹陷して痕を帶び・削薄單弱なれば、それはすなわち賢良柱石の臣の來りて君主を護衛するなく、祖業は挫を受け、本人は鄉を離れて勞碌するを要し、顯貴の名声ある可能ならず。(按:原文の「護徫」、當に「護衛」と作るべし。)
如此地有黃紫明潤之色,主升遷進職,獲功得名,而有委任至,常人亦主進財得利,及得喜慶之音信也。如有赤黑枯慘之色,主罷官去職,牢獄拘留,而受處罰之兆;常人亦主挫折失敗,官訟牽連,是非連累;其最輕者,主脹滿痞塞之疾。如人君之失輔,而反受讒侫之蒙蔽也。原名華蓋,令則更名曰前衛,即護衛之義而名之也。
こ一帶に若し黄紫明潤の色を現ずれば、升遷進職・功を立て名を成し、併びて委任狀の下來あるを主る。平民もまた財を進め利を得、あるいは喜慶の音信を收到するを主る。若し赤・黑・枯・慘の色を現ずれば、官を罷め職を去り・拘押されて獄に入り・處罰を遭受する先兆を主る。平民もまた挫を受け失敗し、官司に牽連され、是非に拖累されるを主る。應ずる最も輕きも、もまた脹滿痞塞の類の病である。これすなわち好比如君主が輔佐を失去し、かえって奸佞讒言に蒙蔽せらるるがごとし。ここは原名華蓋、如今我は改名して「前衛」と呼ぶ、取るは正しく前に護衛するの義である。(按:原文の「令則更名」、「令」は當に「今」と作るべし。)ここの主る所は、全て「輔」の字に在り。輔あれば則ち成り、輔を失えば則ち敗る。
五、印堂在兩相對之中心點,是為全面部之君主,故號元首。以全面部測之,則居全部之中上地位。其地有骨高起上聳,即玉柱骨之連帶;有骨橫過,而至眉尾之福堂,名曰金城骨,皆主大貴之格局也。即金城湯池,而為帝王建都之所,故名金城骨也。內屬心部之正繫,為全身之主宰,故醫學曰:心為君主之官,神明出焉。其地以開闊方楞、豐隆高突為貴,如創業賢明之君;其地以窄弱陷痕為賤,如失業昏憒之君。
第五處、「印堂」は兩眉の相對する正中の一點に在り、全臉の君主で、ゆえに「元首」と稱作す。就ず整個の面部を量度すれば、それは全臉の中上の部位に居る。ここに若し骨の高高として上に聳起あれば、それは玉柱骨の連帶。若し骨の横貫して過ぎ・一直線に眉尾の福堂に連なれば、すなわち「金城骨」と呼び、皆大貴の格局を主る。所謂金城は、本來金城湯池・帝王の都を建つる所在を指す、ゆえに名を取りて金城骨とす。印堂は内に心の正系を配属し、全身の主宰で、ゆえに醫書上に說く「心は君主の官、神明ここより出づ」と。こ一處は生ずる開闊方正して棱あり・豐滿高突を以て貴しと為し、好比基業を開創する賢明の君。生ずる窄小單薄・凹陷して痕を帶ぶるを以て賤と為し、好比江山を丢了の昏聵の君。一面の上、衆處は皆ここに命を聽く、ゆえに印堂の斷ずる准ければ、全局もすなわち主腦有り。
如有懸針,主凶死及刑人丁;如有紋痕,主破敗刑傷及勞碌。故達摩云:印堂光明眉不鎖,三十功名可。余考印堂黃紫明潤,主進權升官,常人則主喜慶進財;其它如有紅赤黑黯各氣色,皆主國亡家破,飛災橫禍,立見死亡也;其輕者亦主牢獄枷鎖,損人破財,憂愁疾苦之類也。如有浮膩青滯之色,則主冷退驚疑,及最不滿意之事,或失權罷職,連帶遺累之患也。今更名曰元首,即外應君主之尊也;又名曰靈合,即內應於心之義也。
印堂に若し懸針紋あれば、非命に死し併びて家中の人口を刑克するを主る。若し別の紋痕あれば、破敗・刑傷と勞碌を主る。ゆえに達磨說く、印堂光明・雙眉鎖せず、三十歳の上に功可期すと。我は印堂の氣色を考察す。黄紫明潤を現ずるは、權を得官を升るを主り、平民は則ち喜慶あり・財を進むを主る。若し紅・赤・黑・黯の幾種の氣色を現ずれば、皆國破れ家亡び・飛來の橫禍を主り、立時に便ち死亡を見る。應ずる輕些きも、もまた牢獄枷鎖・人を折り財を破り・憂愁病苦の類。若し浮腻青滯の色を現ずれば、家道冷落・心に驚疑を生じ、最不稱意の事に遇上り、あるいは權を失い職を罷め、併びて連帶拖累されるを主る。ここは如今我は改名して「元首」と呼ぶ、それが外に對し君主の尊に應ずるの義を取る。また「靈合」と呼ぶ、それが内に對し心に應ずるの義を取る。(按:原文の「三十功名可」の句の下に疑わくは脫字あり、通行本は「三十功名可立成」と作る。)
六、兩眉為文采之官,內屬肺臟之正繫。肺主憂思,故有不遂之事,先見於眉,而兩眉焦亂,謂之愁眉是也。醫學又有肺屬皮毛之說,眉為毛屬,是肺之正繫,故醫學又名曰華蓋,蓋形象衛心之義。余考肺張兩葉以衛心,針炙大成銅人圖之肺俞穴,在兩肘之扇骨中,可見與亶中繫平行式,此其為肺繫之鐵證,不如心包絡之為華蓋較確實也。
第六處、兩眉は文采を掌る官星で、内に肺臟の正系を配属す。肺は憂思を主る、ゆえに人に心に遂わざる事あれば、先ず眉頭の上に現出す――兩眉が焦枯散亂すれば、便ち「愁眉」と呼ぶ。醫書上にまた肺が皮毛を主るの說法あり、眉毛は毛髮の一類に属し、ゆえに肺の正系である。醫家もまたこに因って肺を「華蓋」と呼ぶ、取るは形狀が傘蓋に象り・心臟を護衛するの義である。我は肺が兩葉に分かれ張開して心臟を護るを考察し、『鍼灸大成』の銅人圖上の肺俞穴は兩肘扇骨の間に在り、見るべしそれと膻中の一系は平行相對、これすなわち眉の肺系に属する確證である。不過「華蓋」のこ個の名號を論ずれば、還は心包絡の上に用るをさらに確切と為す。
故相學有問名在眉客說。凡人深思不決,則皺眉不展。此地以修長清秀、上豎有威為貴名,多輔佐而有權,及有特智英明,不學而成;如短促粗濁、焦亂濃俗,主勞碌失輔,而多貧賤,及愚拙不堪,反覆無成。其下之三陽,則為肺肝相連之繫,每有喜怒之事,多見於眉目之間,故為文采之官,禮義出焉。凡有肺病者,其眉枯燥而無潤色。今更名曰輔弼,即左輔右弼之義,因接近印堂而名之也。
ゆえに相學の裏に「名を問うは眉に在り」の說法あり。およそ人の深思して決し難き時は、總じて眉頭を皺りて舒展して開かず。こ一處は生ずる修長清秀・上に竪起して威勢あるを以て佳と為し、貴名あり・幫手多く權柄を握有し、且つ天資特別聰明・怎麼學ばずとも事を成し得るを主る。若し生ずる短促粗濁・焦亂濃俗なれば、則ち勞碌して幫襯を失去し、多半貧賤、人と為りて愚鈍堪えず、事を做すに反反復復して一成する所なし。眉下の「三陽」は、肺と肝と相連の一系で、人は一たび喜怒あれば、多半先ず眉眼の間に現る、ゆえに眉は文采を掌る官星と說き、禮義ここに由りて顯現す。およそ肺病を害する人は、眉毛皆枯燥して潤沢の色なし。ここは如今我は改名して「輔弼」と呼ぶ、左輔右弼の意思を取る、それが緊く印堂に挨ればなり。(按:原文の「問名在眉客說」、「客」は當に「之」と作るべし。)
七、眉尾之稜骨,為三角形式,原名丘陵冢墓,蓋陵墓者,小山之義也。稍退一線,即為福堂,內屬兩腋之應繫,亦為兩腋之連帶繫。凡腋毛粗濃而多,其眉尾亦粗濃而多也;凡腋毛柔細而少,其眉尾亦柔細而少也。故眉尾有病,則腋之左右亦有痣,此上下相應之一鐵證也。其地以高起而有三角稜骨者,應進外財,及得流通之財源也,故西人名之曰蓄財骨,亦外財庫之同一義也;如陷弱不起,則主外庫無財而不聚也。
第七處、眉尾の棱骨は三角の形狀を呈し、原名は「丘陵」「冢墓」――所謂陵墓は、すなわち小山の義である。稍稍後に退きて一線、すなわち「福堂」で、内に兩腋の應系を配属し、もまた兩腋の連帶系である。およそ腋毛の粗濃して多き人は、眉尾もまた粗濃して多し。腋毛の柔細して少なき人は、眉尾もまた柔細して少なし。ゆえに眉尾上に痣あれば、左右の腋下もまた痣あり、これは上下相應の一個の確證である。こ一處は高く起って三角の棱骨あるを以て好しと為し、外財を賺り得・周轉流通の財源を得着るを主る、ゆえに西洋人はそれを「蓄財骨」と呼ぶ、相家の說く「外財庫」と一個の意思である。若しここに凹陷單薄して起らざれば、すなわち外庫空虛・財を聚め住まざるを主る。(按:原文の「眉尾有病」、「病」は當に「痣」と作るべし。)腋毛を以て眉尾を驗ずるは、就ず體表の毛髮が同一源より出づるに立說す、これは公篤が自ら驗看する多年得來の經驗である。
此地有黃明紫潤之氣,則主外交得利,而有集思廣益,同舟共濟也。如有青膩之色,則主憂愁之信至,亦主小口舌,及交際失信而不生效,及事實遲延而不結束也。如有紅赤黑黯之氣,則主損失外財,而有官訟之糾纏、託人不力之阻礙、交際生是非、事實吃暗虧,亦主癰痕之災厄。今更名之曰曲肢,是為曲折支節之義,而名之也。
こ一帶に若し黄くして明亮・紫くして潤沢の氣を現ずれば、外に對する交往に利を得・思を集め益を廣くし・人と同舟共濟し得を主る。若し青くして黏腻の色を現ずれば、憂を報ずる書信の到來あるを主り、もまた些小の口角を生じ、交際の中に信用を失して事を辦し成らず、あるいは事情が拖延して了結し得ざるを主る。若し紅・赤・黑・黯の氣を現ずれば、外財の損を受け、併びて官司纏身・人に托して事を辦する得力ならずして受阻し・交際の中に是非を生出し・暗地裏に喫虧したを主る。このほかにもまた癰瘡の類の災厄を生ずるを主る。ここは如今我は改名して「曲肢」と呼ぶ、取るは曲折支節の義で、も正しくそれが内に兩腋に應ずるこ一層の關係に合す。
八、三陽在上眼皮之地位,上半部屬肺臟之連帶繫,下半部屬肝臟之通過繫,故內屬肺肝相連之並係,亦曰相通之應繫。相學原名三陽:一分左右,即左為三陽,右為三陰,此流之用以推也;一分上為三陽,下為三陰,此氣色之用以定位也。其地豐滿高平者,主享盛名於當時,又主壽根,又主多子女而貴名也。
第八處、「三陽」は上眼皮のあ個の位置に在り、上半部は肺臟の連帶系に属し、下半部は肝臟の通過系に属す、ゆえに内に在っては肺肝相連の併系、も相通ずる應系と呼ぶ。相學は原來それを三陽と呼び、分法に兩種あり。一種は左右に按じて分かち、左邊を三陽・右邊を三陰と呼ぶ、これは流年を推す時に用る。一種は上下に按じて分かち、上面を三陽・下面を三陰と呼ぶ、これは氣色を斷ずる時に用いて定位と為す。こ一處の生ずる豐滿して高平なるは、當世に盛名を享有するを主り、また壽元に根あるを主り、還主子女衆多して自身に貴名あるを主る。左右と上下のこ兩種の分法は各々各々の用處あり、混用す可からず。
其地上為肺氣而司下降,下為肝氣而司上升,一降一升,陰陽交姤。蓋肺金之氣而象兌之少女,肝之木氣而象震之長男,此部相連而相交,故能旺子女也。其地低窄,雖貴而無名;其地陷痕,子於女雖多而不立。故醫家以肝絡為厥陰傳陽之機樞也。其地黃青而潤,主生貴子之喜慶,是得長男之氣色也;其地紫紅而潤,主生貴女之喜慶,是得中女之氣色也,亦主得名而立善功,平安而享大壽。
こ一處の上半は肺氣に属し、下降を主管す。下半は肝氣に属し、上昇を主管す。一降一升、陰陽交合す。肺は金氣に属し、卦象上は兌卦の少女に應ず。肝は木氣に属し、卦象上は震卦の長男に應ず。こ兩處は相連にして相交る、ゆえに子女興旺を主り得。ここに生ずる低く窄きは、貴なりと雖も名声なし。ここに凹陷して痕を帶ぶるは、子女多しと雖もも立て住らず。ゆえに醫家は肝經を厥陰が陽經に傳變する樞紐と看作す。こ一帶の氣色が黄の中に青を帶びて潤沢なるは、貴子を生ずの喜事を主り、それは長男の氣を得たり。氣色が紫の中に紅を帶びて潤沢なるは、貴女を生ずの喜事を主り、それは中女の氣を得たり、同時にもまた名声を得・善功を立て・平安して大壽を享くるを主る。卦象を以て子女に配すれば、青は震木に属して男に應じ・紅は離火に属して女に應ず、これは氣色で子息を斷ずる取法である。
其地浮膩暗枯,多主憂愁不遂,結怨招非,牽制遺累,多見駁雜之事實也。其地黑滯如溼灰,其人主死亡之災,故麻衣云:黑掩三陽,盧醫莫救。蓋水為坎卦,先天為坤體,故生我者死氣也,我克者廢氣也,此半屬肝木之絕而廢也;坤土生金亦死氣,雖有坎水之旺,而土制之,是為孤陰,此半屬肺金之絕而孤也。
こ一帶に若し氣色の浮腻昏暗枯槁なれば、多く心中の憂愁・事情不遂・人と怨を結び是非を招惹し・牽制拖累され・遇上るは多く紛雜にして理り難き事を主る。若し氣色の黑を發して呆滯し濕灰の一般なれば、こ人は便ち死亡の災あり、ゆえに麻衣說く「黑掩三陽、盧醫莫救」――すなわち扁鵲のあの樣の名醫もも救い得ず。ここの道理は、黑色は水に属し・坎卦と為り、坎は先天方位上に本來坤位なれば、ゆえに我を生ずる一方はかえって死氣と成り、我の克つ一方は廢氣と成る、こ一半は肝木絶して廢と成るに應ず。而して坤土は金を生ずも本も死氣に属し、縱令坎水旺相あるも、却って土に制されて孤陰と成る、こ一半は肺金絶して孤と成るに應ず。
其地有赤慘之色,主損人丁,或主危險驚災,重病大敗之例:一為私德喪失,而種惡因之結仇;一為飛災瘟疫,而塞竅關之危機。蓋因不升不降之障礙,以應其事實也。原名三陽,今更名曰交關,即上升下降之地,而交通之義以名之也。
こ一帶に若し赤くして慘淡の色を現ずれば、家中の人口を折損し、あるいは凶險驚災・大病大敗の類の事に遭遇するを主る。こういう類の事の來路は兩種あり。一種は自ら私德に虧あり・惡因を種下して仇怨を結下す。一種は飛來の災禍と瘟疫、氣機の竅關を堵塞し住む。總歸皆該升するが升せず・該降するが降せず、氣機受阻すればなり、初めてこららの事を應出す。ここは原名三陽、如今我は改名して「交關」と呼ぶ、それが正しく氣機の一升一降の交會する地なればなり、相互交通の意思を取りて命名す。
九、山根在兩目相對之中心,鼻部之上接印堂處。醫學有稱為心臟者,有名之曰王宮者,其分經別絡,頗為不宜。相學原名曰命宮,而專司疾厄,先天之遺傳病,在此部位分別也。余考內屬亶中之連帶繫,乃心之後護衙,非心臟之本係;又為督脈之通過繫,直達腎絡也。如以之為王宮,尚可解說;如以之為心臟,則完全不符矣。
第九處、「山根」は兩眼の相對する正中に在り、鼻部が上に向かって印堂に接連する處である。醫家にそれを心臟の應ずる所と稱するあり、もそれを「王宮」と呼ぶあり、こうして經を分かち絡を別する很に妥當ならず。相學は原來それを「命宮」と呼び、疾病災厄を專管し、先天の帶來する遺傳病は、すなわちこ一處に分辨す。我が考察に據れば、それは内に膻中の連帶系を配属し、心臟の後面の護衛で、併び心臟の本身の正系に非ず。同時にまた督脈の經過する處で、一直線に腎經に通ず。若しそれを王宮と呼ばば、還だ講じ通る。若しそれをすなわち心臟と說かば、それは完全に對い上げず。(按:原文の「亶中」、當に「膻中」と作るべし。「后護衙」、「衙」は當に「衛」と作るべし。)
蓋相學命名曰山根,即人之根基而關祖業也,或人之命根而關壽數也。此地為腎絡之通過繫。余考其部位,氣多血少,凡人之先天稟受弱者,必見青筋橫露以表示之,則有遺精腰痛骨酸之病以應之;如人之後天戕者,必見青黑橫露以表示之,亦有精枯冷滑、腦弱陽萎、腰痛智昏之病以應之。小兒有青黑橫于山根,則有腎氣之痛症,有云蟺氣者,或遺溺之疾厄,有應驚癎者,此其先天不足之證,而失護衛之權也。
相學はそれを「山根」と呼ぶ。一層はそれが人の根基・祖上産業に關係すると說く。一層はそれが人の性命の根・壽數の長短に關係すると說く。ここは腎經の通過する處である。我はこ一部位を考察するに、氣多く血少し。およそ先天禀賦弱の人は、ここに必ず青筋の横露を現じて標志と為し、應ずるは遺精・腰痛・骨節酸軟の類の病。およそ後天に身子を戕傷した人は、ここに必ず青黑の色の横露を現じて標志と為し、應ずるは精氣枯竭・滑泄畏寒・腦力衰弱・陽事不擧・腰痛神昏の類の病。小兒の山根上に青黑の橫紋を現ずるは、腎氣作痛の症あるを主り、もすなわち俗稱の疝氣、あるいは尿床、も驚風癇症の上に應ずるあり。これらは皆先天不足の證據で、こ一處が護衛の力を失去せるを說明す。(按:原文の「后天戕者」、「戕」の下に疑わくは「傷」字を脫す。「蟺氣」はすなわち「疝氣」。)
此地如高起有骨,即玉柱骨,主大貴而壽。如豐隆上貫,主享前人遺產豐富,及有壽徵也。如陷弱而低,主前人無遺產,或為不壽也。如山根黃明紫潤,有應進田宅,及本身強健,一歲平安也。如有赤黑之氣,主死厄之災。如有一點紅赤色如豆大,亦主湯火災,或焚燬房屋也。如有青浮滑膩枯慘各色,皆主病厄,不過以何時而現何色,主何類之病災也。今更名曰後衛,即護衛之義也。
こ一處は若し高く起って骨あれば、すなわち「玉柱骨」、大貴にして且つ長壽を主る。若し生ずる豐滿隆起・上に貫通すれば、前人の豐厚の産業を承受し得を主り、も長壽の相を帶ぶ。若し生ずる低陷單薄なれば、前人に産業の留下なし、あるいは本人が長壽せざるを主る。山根に若し黄くして明亮・紫くして潤沢の色を現ずれば、田宅を添置し、本人の身子強健・こ一年平安で事なしに應ず。若し赤黑の氣を現ずれば、致命の災厄あるを主る。若し一點の紅赤色・大小豆のごときを現ずれば、も燙傷火傷の災、あるいは房屋の焚毁さるるを主る。若し青浮・滑腻・枯慘の諸色を現ずれば、皆疾病災厄を主る、ただ何の時令に何の顏色を現ずるかを看て、これに據りて何の一類の病災かを斷ずべし。ここは如今我は改名して「後衛」と呼ぶ、取るは正しく後に護衛するの義である。
十、兩目原名監察官,內屬肝臟之正繫。目者木也,而肝屬木,即兩目之機樞也。醫家有五輪之說,而根據五臟之繫,似為理說家之理想耳。蓋兩目完全屬肝繫,肝為剛臟,有洩無補,何得稱五輪為五臟之繫耶?又何得以兩目為五臟之精華耶?想是八脈繫於肝腎之誤會耳。故醫學云:喜則傷心,怒則傷肝,憂則傷肺,思則傷脾。凡人逢盛怒之下,與極痛心之時,可以失明,而言其兩目也。
第十處、兩眼は原名「監察官」、内に肝臟の正系を配属す。眼睛は五行に木に属し、肝もまた木に属す、ゆえに肝は正しく兩眼の樞機である。醫家に「五輪」の說法あり、眼を分かちて五臟に属す、看來ただ理論を講ずる人の憑空に構想するのみ。知るべし兩眼は完全に肝のこ一系に属し、而して肝は剛臟、ただ宣泄し得て補益し得ず、怎麼五輪が分かちて五臟に属すと說かん、又怎麼兩眼が五臟の精華と說かん。我想るにこれは奇經八脈を肝腎に係るこ一層の意思を弄誤會したものである。ゆえに醫書上に說く、喜は心を傷り、怒は肝を傷り、憂は肺を傷り、思は脾を傷ると。人の盛怒の下にあるいは極度に心を傷る時は、會して失明するあり――こ說くは正しく兩眼が肝の管に歸する、怒氣一たび動けば、先に傷るはすなわちこ一處なり。
又醫家治目病,平肝第一法,疎肝第二法,洩肝第三法,此兩日為肝繫之鐵證。又另立補腎益水之一法,蓋腎為水而肝為木,水為木之母,本為水之子。古人立治療法,用處則補其母,實則洩其子,肝臟有洩無補,故用補水以濟其木耳,此兩目為肝繫之鐵證又一也。
さらに醫家の眼病を治するは、第一法は肝を平し、第二法は肝を疏し、第三法は肝を泄す、これすなわち兩眼が肝系に属する確證である。このほか別に一條の腎を補い水を益すの法を立つ。腎は水に属して肝は木に属し、水は木の母親、木は水の兒子。古人は治法を立て、虛證は則ちその母を補い・實證は則ちその子を泄す。肝臟はただ泄し得て補う可からず、ゆえに水を補うに藉りて木氣を滋養す。これはまた兩眼が肝系に属する一個の確證である。(按:原文の「此兩日為肝系」、「日」は當に「目」と作るべし。「本為水之子」、「本」は當に「木」と作るべし。「用處則補其母」、「用處」は當に「虛」と作るべし。)
余考情慾過度,其目之神黯而光淡,尚不至完全毀壞也;惟癖愛孌童,其目背光而無形,減少目力,亦不至完全毀壞也;惟盛怒之過度,傷痛之過餘,則先起血絲而光黯,次起蒙翳而烏珠壞,此兩目為肝繫之鐵證第三也。又八脈繫於肝腎,而為人之總樞紐,可見其重要也。
我はまた考察し過ぎたり。情慾過度の人は、眼神昏黯・目光淡薄、還だ完全に壞掉するに至らず。斷袖の癖ある人は、眼睛が光を怕れ・物を看て模糊・目力減退、も還だ完全に壞掉するに至らず。ただ大怒過度・傷痛過甚の人のみ、先ず眼裏に血絲を起し・目光轉暗し、接着翳障を生出して烏珠敗壞す。これは兩眼が肝系に属する第三個の確證である。さらに奇經八脈が肝腎に係るは、人身の總樞紐、見るべしこ一處の何等か緊要なるを。上に擧ぐる三證は、皆我が親自驗看した所で、憑空の推想に非ず。
故烏珠透黃,為奇貴之特權;烏珠玄黃,為上貴之重權。眼神清潤而充,亦主英明多才智,而有貴名之事業也。故其神忽孌、神忽脫、神忽退、神忽定,皆主凶亡之災厄也。原名監察官,今更名曰機樞,即因其地位重要,而有生死關係以名之也。
ゆえに烏珠の裏に黄光を透出するは、奇特の貴・特殊の權柄を握有するを主る。烏珠が深黄して玄黄の色のごときは、上等の貴・重權を握有するを主る。眼神が清朗潤沢して飽滿なるも、も人が聰明睿智・名望ある事業を成就し得るを主る。反るに、若し眼神が忽然樣を變え・忽然渙散し・忽然退縮し・忽然呆定して動かざれば、皆凶死の災厄あるを主る。ここは原名監察官、如今我は改名して「機樞」と呼ぶ、それが地位緊要・直に生死に關涉すればなり。(按:原文の「神忽孌」、「孌」は當に「變」と作るべし。)
十一、烏珠之內有瞳人一點,在靈晶垣之中心,為子賢之正繫,亦肝腎之連帶繫,為人真火真水之源本也。故修煉家以此為精靈之地,乃水火既濟之處,而合真氣慧劍也。如煉成方瞳,則是仙品有道之士也。本係通膀胱之子腎,不是督脈之腰腎也。
第十一處、烏珠の當中に瞳人の一點あり、位置は「靈晶垣」の正中に在り、子嗣の賢否の正系で、も肝腎の連帶系、人身の真火真水の本源と為る。ゆえに修煉する人はここを精靈の聚まる所の地と看作し、水火既濟の所在、真氣と慧劍とここに會合す。若し修煉して瞳孔が方形を現出するに到らば、便ちそれは仙品の一流の有道の士である。こ一系の通ずるは膀胱の連る所の子腎で、督脈の連る所の腰腎に非ず。
余考瞳人之部位,關人賢愚,及勤慎疎懈之關鍵。短見瞳人散大者,有大志而不勤,雖博學而不周,似乎疏懶輕視,而有偏性之浪漫行為。其瞳人合度者,作事有恆,堅忍耐勞,勤慎持久,而有遠見之積極進行。其瞳人縮小而收者,名曰聚瞳。余考聚瞳之人,聰慧異於尋常,凡讀書則過目不忘,又主有專長之技藝以鳴世,而享大名也,或為音樂琴棋書晝,或為雕篆醫卜星相,皆不學而成,方是聚瞳。余屢次試之不妄。今更名曰天真,即先天真竅之義而名之也。
我は瞳人のこ一處を考察するに、人の賢愚および勤謹か還是懶散かに關係する關鍵である。見識短淺して瞳孔散大の人は、大志あると雖も功夫を下すを肯んぜず、博學なると雖も周密ならず、看れば疎懶輕慢、行為は偏執の浪漫氣を帶ぶ。瞳孔の大小度に合する人は、事を做すに恆心あり、堅忍耐勞、勤謹持久、遠見ありて積極して做し往くを肯んず。瞳孔の收縮して小さく聚まるを、「聚瞳」と呼作す。我は聚瞳の人を考察するに、聰慧は常人に遠く過ぎ、書を讀みて目を過ぎれば忘れず。また身に一門の專長の技藝を懷きて名を一時に動かすを主る――あるいは音樂琴棋書畫に精し、あるいは雕刻篆刻・醫卜星相に擅長し、皆學ばずして會する、これこそ真の聚瞳と算す。我は屢次試驗す、皆虛妄ならず。ここは如今我は改名して「天真」と呼ぶ、先天の真竅の義を取る。瞳人を看るは大小美惡に在らず、而して收り得住るか收り得住らざるかに在り。收り得住る人は心力專一、收り得住らざる人は心思渙散、これは人の器を成すか否かを斷ずる要著である。
十二、大眼角之外眥而外,名曰中勾陳,下名曰淚堂,內屬肺管之通過繫。按鼻為四竅,兩直竅上人腦海,下督脈也;此即兩側竅,由大眼角之內眥而至會厭,以合咽喉,下接肺管也。此醫學家之謂鼻為肺金:若云側竅通肺則可,若云完全屬肺則不可。
第十二處、大眼角の外眥以外の處を「中勾陳」と呼び、それの下面を「淚堂」と呼び、内に肺管の通過系を配属す。前面に鼻に四竅あるを說き過ぐ。兩條の直竅は上に腦海に入り・下に督脈に連なり。ここに說くはすなわちあの兩條の側竅で、大眼角の内眥より會厭に通じ、咽喉と相合し、再び下に肺管に接す。醫家の所謂「鼻は肺金に属す」は、指すはすなわちこ個である。若し側竅が肺に通ずと說かば、それは說き過ぐべし。若し鼻子が完全に肺に属すと說かば、それは對せず。(按:原文の「上人腦海」、「人」は當に「入」と作るべし。)
其地有青滑浮膩之氣,則為傷陰之病,而有夜不安眠,神不守宅,多夢遊而有驚悸不安之象,失其常度也。如有紅絳浮光,則有哭泣人丁,於血統之瓜葛親戚,有損傷人口也。如有黑黯赤滯之氣,則有憂思鬱結,夙怨之顧忌,嫌疑之是非,以及作事多挫折反覆,條約不生效,而失信守,遺累既多,牽制尤大,故動憂愁思慮,而不決斷,亦有顛倒錯誤,而至危害。如有黃明紫潤之氣,則主人口平安,事實順遂,又無疾厄之糾纏,又無是非之障礙。原名中勾陳,今亦從舊也。
こ一處に若し青くして滑腻虛浮の氣を現ずれば、陰分傷を受くる病で、夜裏睡り安穩せず・神魂その舍を守らず・多夢游走・驚悸不寧の現象會有し、整個人は常態を失す。若し紅絳して浮光外露の色を現ずれば、家中有りて喪亡哭泣、あるいは血親姻親の一邊に人口を折損するを主る。若し黑黯赤滯の氣を現ずれば、心中の憂思鬱結・舊日の怨仇に對し顧忌ある・嫌疑是非を招來すを主る。事を做すに屢々挫を受け反復し、訂下の約定は生效せず、以致て信用を失す。拖累される處既に多く・牽制を受る分量さらに大、こに因って終日憂愁思慮して決斷を下さず、も顛倒錯亂に因って危害を招致す。若し黄明紫潤の氣を現ずれば、家中の人口平安・事情順遂、既に疾病纏身なく・も是非阻碍なきを主る。ここは原名中勾陳、如今仍舊旧名を沿用す、こ個の名目は本來それが糾纏牽制を主る意思に切合すればなり。
十三、小眼角即魚尾奸門之部位,因目尾之交而似魚尾以名也,內屬兩脅之連帶繫。按目之尾為魚尾,即象形取義而名之;眼眶骨之處為奸門,即因妻妾而名之,然皆屬妻妾宮之專部也。亦得肝臟之木氣、肺臟之金氣,長男少女而相化也。故丹經有云:金公木母,兩相配合,以成其乾坤之道。又云:東家之女,西家之郎,兩相交姤,以成其陰陽之偶。肺為金臟,肝為木臟,此為肺肝合作之餘氣,此屬兩脅之正氣也。
第十三處、小眼角はすなわち「魚尾」「奸門」のこ一帶で、眼尾の交合する處の形狀が魚の尾巴に象るに因って、ゆえに名を得。内に兩脅の連帶系を配属す。眼の尾梢を魚尾と呼ぶは、形狀に照りて義を取りて命名す。眼眶骨のあ一塊を奸門と呼ぶは、就ず妻妾の事に命名す――兩者は皆妻妾宮の專管部位に属す。ここは同時に肝臟の木氣と肺臟の金氣を禀受し、もすなわち長男と少女の兩象が相交りて化す。ゆえに丹經上に說く、金公木母、兩相配合して、以て乾坤の道を成す。また說く、東家の女兒・西家の郎君、兩相交合して、以て陰陽の配偶を成すと。肺は金臟、肝は木臟、こ一處は正しく肺肝合作の後の餘氣で、兩脅の正氣に属す。丹經上のあ兩句話は、講ずる皆金木相配・男女相合の道理、ゆえにここは專ら夫婦の一倫を主る。
某地以豐滿無痕紋為吉,而得妻妾賢淑,遵守婦道,及有操作之可能。其地破痕或紋,皆主刑剋妻妾;至於刑妻妾之多寡,則以破痕之深、破紋之長短為定論也。然其紋上仰者,妻宮偕老而強淑,又無刑剋也;其紋平沖者,主刑命妻而續絃;其紋下反者,主刑三妻而四配;如有十字紋,主生離而再配,或刑末婚之妻。可見其為妻妾之專部也。
こ一處は生ずる豐滿・傷痕紋路なきを以て吉と為し、娶り得る妻妾の賢淑・婦道を恪守し、且つ家務を操持し得るを主る。ここに若し破損傷痕あるいは紋路あれば、皆妻妾を刑克するを主る。要に幾個を克するに至っては、就ず傷痕の深淺・紋路の長短を看て以て定む。不過紋路の上に斜めに挑するは、夫婦白頭偕老を主り、妻子剛強賢淑にして、かえって刑克なし。紋路の橫平に衝過するは、元配を克して續弦せんことを要すを主る。紋路の下に反垂するは、三個の妻子を克して第四位を娶るを主る。若し十字紋を生成すれば、妻と生離して再娶し、あるいは未だ門を過ぎざる未婚妻を克掉するを主る。これに由りて見るべし、ここは確かに妻妾宮の專管部位である。(按:原文の「某地」、當に「其地」と作るべし。「末婚」、當に「未婚」と作るべし。)
其地有青浮滑膩之色,主妻妾憂愁,性情窄狹,而有疾病。如有枯慘絳之色,主妻族之哭泣。如有紅赤躁之色,主妻宮有官訟遺累,及性情偏僻剛躁而急,以及妯娌不睦而爭端。如有黑黯色,主妻宮死厄,次亦妻妾大病也。其色黃明,主妻妾平安,和睦守禮,而有大喜慶,必為子星;其色紫潤,主妻妾亨吉,賢淑持義,而有小喜慶,必為女星。如其有青有黃,則有喜慶疾厄夾雜,或因疾病而化為喜慶也。如有紫躁紅赤枯慘各色,相聚成斑點,此為雜花,則主妻妾邪行淫蕩,喪品私逃之例。原名魚尾,今更名曰元后,即后妃之義而名之也。
こ一帶に若し青くして虛浮滑腻の色を現ずれば、妻妾の心中憂愁・性情狹窄、而且身上に病あるを主る。若し枯槁慘淡して絳を帶ぶる色を現ずれば、妻家の親族に喪亡あるを主る。若し紅赤して干躁の色を現ずれば、妻室のこ邊に官司拖累を惹上り、あるいは妻子の性情偏執剛躁して急切、以致て妯娌不和して爭端を起すを主る。若し黑黯の色を現ずれば、妻子に性命の厄あるを主り、退一步するもまた妻妾が大病を害する。ここの色が黄くして明亮なるは、妻妾平安・一家和睦して禮を守り、併びて大喜の門に臨み、必定男丁を添ゆるを主る。色が紫くして潤沢なるは、妻妾順遂吉利・賢淑して節義を守り、併びて小喜の門に臨み、必定女兒を添ゆるを主る。若し青・黄の兩色が併び現ずれば、便ちそれは喜事と病災と夾雜し、あるいは一場の病より喜事に轉成す。若し紫躁・紅赤・枯慘の幾種の顏色が聚まりて斑點と成れば、これを「雜花」と呼び、妻妾の行為邪僻淫蕩、甚至品行を敗壞し・私に出走するを主る。ここは原名魚尾、如今我は改名して「元后」と呼ぶ、后妃の位の意思を取り、以てそれが一面の中に專ら內室を主るを見ん。
十四、鼻樑之中段原名年壽宮,又名疾厄宮,內屬膽腑之應證繫,亦為膽腑之相通繫,而醫學謂之屬肝絡。按肝絡屬木,鼻部屬土,本位相差太遠。余考銅人圖,詳載於針炙大成中,謂人身之臟腑,肝氣由左而升,肺氣由右而降,中醫各書皆稱左肝右肺也;又考西醫之解剖經絡圖,則稱肺居於人之左半部,肝居於人之右半部,是為左肺右肝也。余考兩說,皆有至理,在氣化與定位之兩點耳。
第十四處、鼻梁の中段の原名は「年壽宮」、また「疾厄宮」と名づけ、内に膽腑の應證系を配属し、も膽腑の相通系である。而して醫書上は却ってそれを肝經に属すと說く。可是肝經は木に属し、鼻部は土に属し、兩者の本位相差るあまりに遠し。我は『鍼灸大成』の裏に詳載する銅人圖を考察するに、人身の臟腑の中に、肝氣は左邊より上昇し、肺氣は右邊より下降すと說く、ゆえに中醫の各書は皆「左肝右肺」と講ず。さらに西醫の解剖經絡圖を考れば、却って肺は人體の左半分に在り・肝は右半分に在りと說き、「左肺右肝」と成れり。我は兩說を皆考え過ぎたり、其實各々極めて正確の道理あり、分別はただ一個が氣化を講じ・一個が定位を講ずるのみ。中醫の說くは氣が何の邊より行くか、西醫の說くは臟が何の邊に長ずるか、本來衝突せず。
凡屬活人有生氣,則有氣輪常環轉,而沖動血輪,以用全身也。其肝之本位雖在右,而氣從左升;肺之本位雖在左,而氣從右降。如鐘錶之針,其機輪動,則可左可右也。凡屬人死無生氣,則氣輪不環轉而停滯,血輪不輸,其肝則定位於右,其肺則定位於左,不升不降。如鐘錶之針,其機停則不能左右也。
およそ活人の身上に生氣あれば、氣機の輪は不停地に循環轉動し、血液の輪を帶動し、全身の用を供給す。この時肝の本位は右邊に在ると雖も、氣は却って左邊より昇上去す。肺の本位は左邊に在ると雖も、氣は却って右邊より降り來る。これは好比鐘表の指針、機輪一たび轉ずれば、指針便ち左なり得右なり得。人の死し生氣没するを等到すれば、氣輪は再び循環せずして停住し、血輪もまた輸送せず、於是肝はすなわち右邊に定まり・肺はすなわち左邊に定まり、昇らずも降らず。これもまた好比鐘表の指針、機件一たび停まれば、便ち再び左右に移動する能わず。
余考黃帝內經、王叔和難經、針炙大成,以及醫學各書,皆言是左肝右肺;而解剖之地位,又為左肺右肝。餘思前人立法,決不至錯誤而相反至此,想繫氣化動機之關係,此中醫之勝過西醫處也。姑無論在左在右,皆在兩側之傍部,又何得在鼻樑之中段耶?
我は『黄帝内經』・王叔和の傳う『難經』・『鍼灸大成』および各家の醫書を考するに、皆左肝右肺と說く。而して解剖の見る所の位置は、また左肺右肝なり。我想うに前人の法を立つるは、決して事實と完全に相反する地步に錯るに至らざるべし、想来正しく氣化流動のこ一層の關係が裏頭に在るなり、これもまた中醫が西醫に勝る處である。不過肝肺が左に在るに論なく右に在るに論なく、總歸皆身子の兩側の旁位の上に在り、又怎麼鼻梁の正中のこ一段に應ずる會せんや。
余考人之消化飲食,完全在膽腑之力,因膽絡有水有火故也。古人認為脾胃消化飲食,則非事實,不過為一理想耳。按脾為分清別濁之煽動機,而胃為倉癝停聚之過地道,皆非消化之部,必藉膽腑之水火力,方能消化也。余考已死之人,其膽汗尚能化五金,而重量以三錢為標準,再重則化不完矣。據此鐵證,則知膽汁之力頗大。凡人之康強衰弱,以飲食為定論,故名疾厄宮也。
我は人の飲食を消化するを考察するに、全て膽腑の力量に靠る、なぜなら膽經の裏に既に水あり又火あればなり。古人は飲食を消化するは脾胃に靠ると以為す、其實併び事實に非ず、不過一種の設想のみ。知るべし脾は清を分かち濁を別つの鼓動機關、胃は儲存聚積の過路倉廩、皆真の消化する地方に非ず、必ず膽腑の水火の力を借りて初めて消化し了得。我はまた已死の人を考察し過ぎたり、彼の膽汁は還だ金屬を溶化し得、分量は三錢を以て限と為し、再び多ければ便ち化し完らず。こ個の鐵證に據れば、膽汁の力量は相當大なるを知るべし。人身の康健か衰弱かは、全て飲食を以て斷と為す、ゆえにこ一處こそ疾厄宮と呼ぶ。(按:原文の「膽汗」、當に「膽汁」と作るべし。「倉癝」、當に「倉廩」と作るべし。)年壽を膽に歸して肝に歸せざるは、正しく公篤の部位上の一處の改定である。
其地以勻厚有梁為吉,平生無病苦,亦旺人丁之子女也。如露節,或直有三曲,主刑子女,及挫折失敗也;如露節左右三曲,主刑子女,及惡病不壽也。如年壽有黃紫之氣,則平安而無病苦,亦主家庭順遂;如有青滑黯滯之色,則主飲食不健,而有脹瞞痞塞之疾;如有青膩浮枯之色,則有水溼上泛,而現痰飲咳哮之疾;如有紅赤之氣一點或一縷,皆主火災回祿之厄;如有黑慘之氣,主刑叔伯之冷退,本身亦主病疾宿病;如有躁絳之光,則主溫瘧瘟疫之溼熱症。
こ一處は生ずる匀厚して骨梁あるを以て吉と為し、一生に病痛なく・家中の人丁子女もまた興旺を主る。若し鼻梁が節骨を露出し、あるいは上下に三道の曲折あれば、子女を刑克し併びて挫折失敗を遭うを主る。若し既に節骨を露しまた左右三曲なれば、子女を刑克し、還お惡疾を害して長壽せざるを主る。年壽處に若し黄紫の氣を現ずれば、平安して病なく・家中もまた順遂を主る。若し青滑昏黯呆滯の色を現ずれば、飲食消受し能わず・脹滿痞塞の病を害するを主る。若し青腻虛浮枯槁の色を現ずれば、體内の水濕上泛し・痰飲・咳嗽・氣喘の病を現出するを主る。若し紅赤の氣を現ずれば、たとえただ一點あるいは一縷のみなるも、皆火災の厄を主る。若し黑くして慘淡の氣を現ずれば、叔伯の一輩に喪亡あり・家道冷落を主り、本人もまた病を生じあるいは舊疾再發を主る。若し干躁深絳の光沢を現ずれば、温瘧・瘟疫の類の濕熱の病を害するを主る。(按:原文の「脹瞞」、當に「脹滿」と作るべし。)
醫家見年壽發現各色,有病則指為胃病,其實即膽病也。原名年壽及疾厄宮,今更名曰命關,即性命關頭之義而名之也。十五、準頭原名中嶽,居五嶽之中而得名也。內屬脾臟之正繫,五行屬土,而為金氣之通過繫,即肺管之出口,金為土之子,而相生相依故也;又為腎水之應證繫,由百會入腦海,下督脈,又因金而生水也。其地位則完全屬土,故號土星。土生萬物,是為財源,此為財星之專部也。
醫家は年壽上に各種の顏色を現出し而して人また病あるを見れば、便ち一概に胃病と指す、其實それは膽病なり。ここは原名年壽・また疾厄宮と名づく、如今我は改名して「命關」と呼ぶ、性命關頭の意思を取る。第十五處、鼻准は原名「中岳」、五岳の中に居るに因って名を得、内に脾臟の正系を配属し、五行は土に属し、同時に金氣の經過する處――なぜならここは正しく肺管の出口、金は土の生ず所の兒子、母子相生して彼此依存すればなり。それはまた腎水の應證系である。氣は百會より腦海に入り・下行して督脈に至るも、も金より再生して水を出す。就ず位置を論ずれば、それは完全に土に属す、ゆえに「土星」と號稱す。土は萬物を生養し得、正しく財源の所在、ゆえにここは財星の專管部位である。一面の中、財を看るは先ずここを看、其餘の各處は皆ただそれの輔佐と算す。
其部位以豐隆圓厚,聳幹勻齊為大富特富,而連帶於貴名也。其地尖薄陷削,則財星不足而有挫折失敗,以至困窮也。故相學以土星為坐守之財庫,土主厚而藏聚也,蓋喜滋潤而惡枯燥。余每見有紅赤躁絳,主破敗失業,及損權利,而刑人丁之類,其最輕者,主痣漏酒病,及溼氣筋骨疼痛,手足拘擘也。如有青浮滑膩,主冷退失財,憂愁不遂。如有黑枯黯慘之色,均為大失敗。如有黃明紫潤之氣,主進財進祿,及有喜慶之事實也。
こ一處は生ずる豐滿隆起・圓厚して挺拔匀整を以て大富・特富の相と為し、還お連帶して貴名あるを主る。若し生ずる尖薄凹陷削瘦なれば、便ちそれは財星不足、挫折失敗を遭い、以至て窮困せんことを要す。ゆえに相學は土星を坐守の財庫と看作す――土の性情は厚重、收藏聚積し得。それは滋潤を喜びて干枯を怕る。我は常にここに紅赤干躁深絳の色を現ずるを見るに、破敗失業・權利損を受け、還お家中の人口を折損するを主る。應ずる最も輕きも、もまた痔漏・酒病、以及濕氣の引起す筋骨疼痛・手足拘攣。若し青くして虛浮滑腻の色を現ずれば、家道冷落・錢財を損失し・心中憂愁して事心に遂わざるを主る。若し黑枯昏黯慘淡の色を現ずれば、皆大失敗の兆。若し黄明紫潤の氣を現ずれば、財を進め祿を進め、併びて實實在在の喜慶の事あるを主る。(按:原文の「痣漏」は當に「痔漏」と作るべし、「拘擘」は當に「拘攣」と作るべし。)
如有紅赤氣色發現,反進財源而大發達,其人必死,蓋俗謂為棺財是也。故俗云火燒中堂,家破人亡,其義者何?按脾為陽土,以黃明為本位之正色;赤者火也,火為土之母,余考數學,皆以生我者死為定法,故土位現紅赤色,為不祥之氣色也。今更名曰寶闕,因財庫之義而名之也。
倘若ここに紅赤の氣色を現出せば、錢財かえって源源として來り・一時に大發す、こ人は却って必定死せんことを要す――俗話に「棺材財」と呼作す。ゆえに民間に「火燒中堂、家破人亡」の說法あり、これは什麼の道理か。按ずるに脾は陽土に属し、本位の正色は黄くして明亮。赤色は火に属し、火は土の母親。我は術數の法を考するに、皆「我を生ずる者は死す」を以て定例と為す、ゆえに土位の上に紅赤の色を現出するは、正しく不祥の氣色である。ここは如今我は改名して「寶闕」と呼ぶ、それが財庫の意思を取る。見るべし氣色で財を斷ずるは、ただ進項の多少を看る能わず、還須あの顏色と本位の氣とが相生するか相克するかを看るべし。
十六、兩鼻孔原名蘭臺廷尉,又名井灶,內屬膈膜之連帶繫,亦為膈膜之相通繫。膈膜者,障蔽邪穢之濁氣,保輔其通上利下之部位,醫學配之為胃腑,似為不宜。余考醫學有云:凡人之氣息,先天資生於腎而始於水也,後天資生於胃而始於士也,乃重要部位,何得在兩側之不關緊要之部耶?按相法以蘭臺為偏浮財、遊戲財之例,以廷尉為交際財、潛伏財之例,雖屬財庫,尚非正當範圍也。故人有不正之思想行為、不良之飲食異味,則蘭臺廷尉有黑塵細點凝滯也。
第十六處、兩個の鼻孔は原名「蘭台」「廷尉」、また「井灶」と呼び、内に膈膜の連帶系を配属し、も膈膜の相通系である。膈膜の作用は、穢濁の氣を遮擋し、上通下利の通道を護持する。醫家はそれを胃腑に配作す、似乎妥ならず。我は醫書上の說くを考す。人の氣息は、先天は腎に靠りて滋生し、水に起る。後天は胃に靠りて滋生し、土に起る。既に是のごとき緊要の部位、怎麼鼻子の兩側のこ種の不關緊要の地方に應ずる會せんや。相法に按ずれば、蘭台は偏財・浮財と玩樂の得來する財を主り、廷尉は交際の財と暗中積存の財を主る。雖說もまた財庫に属す、然れど正當の範圍に非ず。ゆえに人は若し不正の念頭を存し・不正の事を做し、あるいは不良の怪味飲食を貪喫せば、蘭台廷尉上に便ち黑塵の般の細點が凝滯して散ぜず。(按:原文の「始于士」、「士」は當に「土」と作るべし。)こ一層は最も留意す可し。心術飲食は一たび偏差あれば、先ず鼻孔の兩側に痕迹を現出す。
其地以豐厚勻收為吉,而財星入庫,可守而享受也;如薄削洩露,則財星虛浮,不可守而落空也。如有紋直破出準頭,主挫折失敗,而有危險之厄;如左紋破而右不破,主驚險損失,而不至己身,其重者不過受傷有殘痕耳;如右紋破而左不破,主驚恐而有小損失,則更輕一層而應之,其重者不過內無輔助、外有遺患耳。
こ一處は生ずる豐厚して收斂匀整なるを以て吉と為す、それは財星が庫に入り、守り得住り・享け得着る。若し生ずる薄削して氣泄外露なれば、財星は便ち浮いて實ならず、守り得住らず・終歸落空す。若し紋路の筆直に鼻准上に破出あれば、挫折失敗を遭い、還お危險の災厄あるを主る。若しただ左邊に紋破ありて右邊破れざれば、驚險を受け・損失あり、然れど自己に傷るに至らず、重きも不過傷を受けて殘痕を留下するのみ。若しただ右邊に紋破ありて左邊破れざれば、驚恐を受け・小損失あるを主り、前の一種に比してまた一層輕し、重きも不過家内に人の幫襯なく・外頭に些かの後患を留下するのみ。
此地有黃明紫潤之色,主進偏浮財、交際財,以及合而有利益。如有青浮膩滑,主遺累損失,牽制無功,略無效。如有紅黑赤黯之色,皆主損失,及義不容辭六親之患。原名蘭臺廷尉,今更名曰寶屏,一為倉庫之意,一為保障之義而名之也。
こ一帶に若し黄明紫潤の色を現ずれば、偏財・浮財と交際應酬の中の財を賺進し、合伙して事を做すも利を得る能くを主る。若し青くして虛浮腻滑の色を現ずれば、人に拖累されて損失を受け・處處牽制を受けて力氣を白費し・謀略する所は毫も成效なきを主る。若し紅・黑・赤・黯の色を現ずれば、皆損失を主り、還會六親のあ邊に義不容辭して管せざるを得ざる麻煩に遇上る。ここは原名蘭台廷尉、如今我は改名して「寶屏」と呼ぶ。一は倉庫の意思を取り、一は保障の意思を取る。
十七、兩顴骨原名國印,又名東西嶽,內屬三焦之連帶繫。古人則謂三焦有名無質,不過分上中下之義耳。果如此說,何不謂上段中段下段,又何得以三焦名之耶?余考新法及解剖學,謂臟腑中有連網油一物,上補正氣之不足,下逐濁穢之有餘,其關係之重要,與古人之論三焦相等,大體三焦即連網油之別名,唐宗海證實為三焦也,而在大小腸之上,曲折以掩護各臟也。
第十七處、兩顴骨は原名「國印」、また「東岳」「西岳」と呼び、内に三焦の連帶系を配属す。古人は三焦は名ありて實なしと說く、不過上中下の三段を分かつの意思のみ。若し真に此のごとくならば、何ぞ干脆に上段・中段・下段と呼ばざる、又何必「三焦」のこ個の名目を用いんや。我は西醫の新法と解剖の學を考するに、臟腑の間に「連網油」と呼ぶ一樣の東西あり、上に向かって正氣の不足を補い、下に向かって濁穢の有餘を排す、その重要の程度は古人の論ずる所の三焦と正しく相當す。大體上說けば、三焦はすなわち連網油の別名で、唐宗海はすでにこ一點を證實せり。それは大小腸の上に位し、曲曲折折として各個の臟器を包護す。三焦は既に實體指す可し、兩顴が三焦に配するこ一說も便ち再び空談に非ず。
其地位以高聳上插為權重,而貴名之事業非常,即國家之屏藩也;以抵小陷弱,主平常而不貴,其才智能為皆不足也。如隆大而地位不近目尾,此為假權,多應優伶界中人也;如淚堂下插而破顴骨,主患神經病而減智識。此地如有黃紫明潤之氣色,主進權祿而升遷,獲功進職也;如有青浮滑膩之氣色,主謪貶去權,憂愁驚恐,常人亦主障礙損失,冷退破財。
こ一處は生ずる高聳して上に插入するを以て權重の相と為し、顯貴の名声と非常の事業あるを主り、國家の屏障なり。若し生ずる低小凹陷單薄なれば、平平常常して貴ならざるを主り、才智と能力と皆够らず。若し顴骨雖隆起高大なるも、位置が眼尾に靠近せざれば、それは「假權」で、多く戲曲藝人の一流の身上に應ず。若し淚堂に紋の下に插して顴骨を衝破あれば、神經方面の病を患えて智力減退するを主る。こ一帶に若し黄紫明潤の氣色を現ずれば、權を得祿を得て升遷し・功を立て職を進むを主る。若し青くして虛浮滑腻の氣色を現ずれば、貶謫せられて權柄を丢掉し・心中憂愁驚恐し、平民もまた阻に遇い損を受け・家道冷落して財を破るを主る。(按:原文の「以抵小陷弱」、「抵」は當に「低」と作るべし。)
如有黑赤紅滯之氣色,主危險死亡,牢獄枷鎖,輕亦主孝服刑傷,大破敗之驚恐也。如紅絳浮光,則為酒溼痣漏之病;如紅豔浮光,則為情慾勞傷之疾。原名國印,今更名曰屏藩,即為國家屏藩重鎮而名之也。
こ一帶に若し黑・赤・紅して滯暗の氣色を現ずれば、險に遇い命を喪い、あるいは牢獄枷鎖の災あるを主る。應ずる輕些きも、も服喪・刑傷を受け、以及大破敗の帶來する驚恐を主る。若し紅絳して浮光外露すれば、それは酒濕の致す所の痔漏の病。若し紅艶して浮光外露すれば、それは情慾過度・身體を勞傷する病。ここは原名國印、如今我は改名して「屏藩」と呼ぶ、それが國家の屏障重鎮の意思を取る。(按:原文の「痣漏」、當に「痔漏」と作るべし。)
十八、聽宮之後有突肉高起,是為命門,內屬大腎之正繫,醫家則為頰車穴,又為聽宮穴。余考此部,為先天之正脈,即人之氣息脈絡,資生於腎也,故數學起推以坎卦,天一生水故也。余考命門不起者,必死於十二歲以前,萬無能過童年而成立;古人謂三十而立,如命門稍起者,必死於三十六歲以前,萬無能過眼。凡享壽能至六十以上,或享大壽,其命門必高起長突,高過耳欄也,余屢試之皆不妄。
第十八處、聽宮穴の後面に一塊の突起する高肉あり、これすなわち「命門」、内に大腎の正系を配属す。醫家は則ちここを頰車穴と稱し、また聽宮穴と稱す。我はこ一部位を考察するに、先天の正脈の所在、もすなわち人の氣息脈絡、全て腎に靠りて滋養す、ゆえに術數の推算は總じて坎卦より頭を起し、取るは「天一生水」の意思。我はまた考察す。命門の全然起らざる人は、必定十二歲以前に死す、絶して童年を熬過して立て住る能くするなし。古人は三十に立つと說く、命門ただ稍稍隆起する人は、必定三十六歲以前に死す、絶してこ一關を過ぐる能くするなし。およそ壽六十以上を享け、乃至大壽を享くる能くする人は、彼の命門は必定高く隆起し・長く突出し、耳欄に高き過ぐ。我は屢次驗證す、皆虛妄ならず。(按:原文の「萬無能過眼」、「眼」は疑わくは當に「限」と作るべし。)
故命門現黑滯如溼地之灰者,雖不病之人,亦主暴病而死;久病者,則為死期至,蓋腎氣已絕故也。此地有動脈可,其脈停而不動,其人不死,蓋腎脈已盡故也;其內下陷者不死,蓋腎竅閉塞,腎絡脫絕故也。如有紅赤滑膩各色,則為流連之病厄,關於腎火上浮、腎水上泛、腎脈虧損、腎絡凝滯之等類。如有青而浮光,主有憂愁不遂、情慾相思之疾厄。如有黃紫明潤之氣色,則身體強健,精神充足,而無病苦也。今依原名命門,即性命關鍵之義也。
ゆえに命門上に黑滯の色を現出し・濕地の裏の灰の一般なるは、たとえ本來病なき人なるも、も急症を害して暴亡するを主る。久病の人が此色を現ずれば、それは死期到來したり、腎氣すでに斷絶せればなり。こ一處は動脈の跳動を摸得着て初めて好し。若し脈の停住して跳らざれば、こ人は活き成らず、それは腎脈すでに盡きたり。若しここに内に向かって塌陷し下去れば、も活き成らず、それは腎竅閉塞・腎經脫絶。ここに若し紅赤滑腻の諸色を現ずれば、纏綿して去らざる病厄を主り、腎火上浮・腎水上泛・腎脈虧損・腎經凝滯のこ一類に属す。若し青色を現じて浮光を帶ぶれば、憂愁不遂・情慾相思に因って病を致すを主る。若し黄紫明潤の氣色を現ずれば、然れば身體強健・精神充足して病なく痛みなし。ここは仍舊「命門」の原名を沿用す、取るは性命關鍵の意思。(按:原文の「其人不死」「其內下陷者不死」、兩「不」字は併び衍、上下文に據りて當に「必死」と作るべし。)
十九、耳珠原名耳輪,又號智珠,內屬腎絡連脊之連帶繫,即醫書之由大椎而下,為第十四節背脊之陽關穴,君相二火之出脈是也。其地以大而圓厚如珠者為佳,主聰明而智慧,慈良而厚祿;以圓珠者為貴,以貼肉者為富。其地如短促薄小,皆為初年不吉,愚拙而少祿也。此地如有紋沖破,主刑弟兄姊妹於十四歲以前。如有黑病,主聰明異常,但多水驚之災。耳珠朝口者主貴,而享百世之盛名,甘羅與太公均有此格也,其發達之早遲,則又以各部參考為定論。故麻衣有明珠朝海、食祿萬鍾之句也。
第十九處、耳垂は原名「耳輪」、また「智珠」と呼び、内に腎經が脊柱に連なる連帶系を配属す、すなわち醫書上の說く大椎より下に數え・脊柱の第十四節の陽關穴、君火相火の兩脈の出づる地方である。こ一處は生ずる大にして圓厚して珠のごときを以て佳と為し、人が聰明して智慧あり・心地慈良して厚祿を享くるを主る。生ずる圓にして垂珠のごときは貴を主り、生ずる面頰に貼着するは富を主る。若し生ずる短促薄小なれば、皆早年不吉を主り、人もまた愚鈍して祿少なし。ここに若し紋路の衝破あれば、十四歲以前に兄弟姊妹を刑克するを主る。若し耳垂上に黑痣を生ずれば、こ人の聰明は人に過ぐるを主り、ただ多く水上の驚を受くる災あり。耳垂が嘴に朝向するは貴を主り、百世の盛名を享け得、甘羅と姜太公は皆こ種の格局である。發達の早きか遲きかに至っては、仍須別處の部位を參看して初めて定め得。ゆえに麻衣に「明珠朝海、食祿萬鍾」の句子あり。(按:原文の「如有黑病」、「病」は當に「痣」と作るべし。)耳は腎の外候、ゆえに耳を看るは先ずその厚薄圓缺を看る。
故厚圓如珠者,主多才善辯,天姿英敏,而有慧根,衣祿豐足,而為貴裔;圓墜而直下者,主明敏而偏傲,任性恃才;薄削者,愚而無記憶力;方輪者,厚而無機心。如有赤黑慘黯之色,均主沉痾宿疾;如耳輪乾枯者,其人將死,腎繫不通也。其地以黃明紅活之色,為正氣之強健也。原名耳輪,今更名曰明珠,即腎繫之靈根關係,而尊貴以名之也。
ゆえに耳垂の厚圓して珠のごとき人は、多才して辯說に善し、天資英敏、慧根を帶び、衣食豐足、多半顯貴人家より出づ。耳垂の圓にして直直に下墜するは、人が聰敏なるも驕傲に偏し、任性して才氣を自恃するを主る。耳垂の薄削なるは、愚鈍して記性差なり。耳輪の方正なるは、人と為りて厚道して機心なし。ここに若し赤・黑・慘・黯の色を現ずれば、皆積久して愈え難き重病を害するを主る。若し耳輪干枯せば、こ人は便ち死に近し、それは腎のこ一系すでに通ぜざればなり。こ一處は黄明紅活の色を現ずるを以て好しと為す、それは正氣強健の表徴である。ここは原名耳輪、如今我は改名して「明珠」と呼ぶ、それが腎系のこ條の靈根に關涉すればなり、ゆえに尊貴の字眼を用いて命名す。
二十、人中原名溝洫之地,通達四瀆之區,是為交通之官,內屬胃腑之正繫。故醫學云:胃為倉廩之官,停聚之所,承上通下之部位,非人中別無重要部位相合。余考醫學,有以蘭臺廷尉而屬胃絡,又有以法令而屬胃絡,此二者均不合法,亦不合理。按人之後天形質,資生於胃土,其脈絡亦發於胃腑也。故人之將死,其人中必縮短,或青黑黯滯之氣色也,蓋後天胃土之脈氣已脫絕,其人無救,是為鐵證也。
第二十處、「人中」は原來溝渠の地の名稱で、それが四瀆に通達するの義を取り、交通を掌る官と為り、内に胃腑の正系を配属す。ゆえに醫書上に說く、胃は倉廩の官・停留聚積の所、上を承接し・下に通達すと。面上の部位を論ずれば、人中を除きて再び別處の配得上するなし。我は醫家の說を考察するに、蘭台・廷尉を胃經に配作するあり、も法令を胃經に配作するあり、こ兩種の說法は既に法度に合せず、も道理に合せず。知るべし人の後天の形質は胃土の滋養に靠り、胃の脈絡もまた胃腑より發出す。ゆえに人の將に死せんとする時、人中は必定縮短し、あるいは青黑昏黯呆滯の氣色を現出す――それは後天胃土の脈氣すでに脫絶し、こ人は救藥する可なし、これすなわち人中が胃腑に配する鐵證である。
故其部位關係子女,又關係壽數。如其地深洫而長,主多子女而有壽徵也;如上窄下寬者,先得女星成立,而後得子星也;如下窄上寬者,主先得子星成立,而後得女星也;如有直紋主刑子,如有橫紋主克女,如有十字紋主刑剋子女而孤絕也。如人中平滿,溝洫不通,主刑子女;如人中短促上掀,主不壽而多是非。
ゆえにこ一部位は既に子女に關係し、又壽數に關係す。人中の生ずる溝渠深くして長きは、子女衆多して且つ長壽の相あるを主る。上窄く下寬きは、先ず女兒を得て立て、而して後に初めて兒子を得。下窄く上寬きは、先ず兒子を得て立て、而して後に初めて女兒を得。人中の裏に直紋あるは兒子を刑克し、橫紋あるは女兒を刑克し、十字紋を生成するは兒女皆刑克し、以致て孤獨絶嗣す。若し人中平滿・溝渠通ぜざれば、子女を刑克するを主る。若し人中短促して上に掀翹すれば、壽數長からず且つ是非多きを主る。總之こ條の溝渠は深長して通ずるを貴しと為す、通ずれば子息旺え・壽元長く、塞がれば兩者俱に損ず。
其地以黃明紫潤,為胃氣強健而無病苦。如有青浮滑膩之氣色,主氣痛病,以及土不制水,而上泛為痰飲也,女子則為月經之痛疾、崩帶之症瑕也。如有赤紅之氣色,主瘟熱之病。如有黯暗枯慘之氣色,主死亡之病,胃氣絕脫,而谷氣已盡也。原名人中,今更名曰寶倉,即寶貴之倉廩而名之也。
こ一處は黄明紫潤の色を現ずるを以て好しと為す、それは胃氣強健・身上に病なく痛みなし。若し青くして虛浮滑腻の氣色を現ずれば、氣痛の病、以及脾土が水濕を制し得住らず・水氣上泛して痰飲と成るを主る。女子に在っては則ち月經作痛に應じ、あるいは崩漏帶下・腹内結塊の類の症候。若し赤紅の氣色を現ずれば、瘟疫熱病を主る。若し昏暗枯慘の氣色を現ずれば、命を要する病を主る――それは胃氣脫絶・水穀の氣すでに盡きたり。ここは原名人中、如今我は改名して「寶倉」と呼ぶ、それが寶貴倉廩の意思を取る。(按:原文の「症瑕」、當に「癥瘕」と作るべし。)
廿一、口為水星,而有上下唇之別,內屬丹田之正繫,亦屬丹田之連帶繫,而屬臍口之通過繫也。上唇則為氣海之外表,下唇則為血海之外表。余考人有病疾,每現於兩唇之上。故男子有通稱氣海之說,關乎人之真氣,即天一生水之義,每有氣弱上下不交、呃逆上噎,則其唇必慘黯不鮮也;女子有通稱血海之說,關乎其血輪,即地六成之義也,每有血弱凝滯疼痛、疤塊症瑕,則其唇必白枯不華,而無生育及不壽也。故女界短片胭脂塗唇,蓋表示血輪充足無病,而有生育也。
第二十一處、口は「水星」と稱し、また上唇下唇に分かつ、内に丹田の正系を配属し、も丹田の連帶系、還お臍口の通過系である。上唇は「氣海」の外に顯る表徴、下唇は「血海」の外に顯る表徴。我は人身に病あれば、往往先ず兩唇上に現るを考察す。ゆえに男子に在っては通稱氣海、人の真氣に關係し、すなわち「天一生水」の意思。およそ氣虛して上下交接し能わず・呃逆噎塞の人は、嘴唇必定慘淡昏黯して鮮潤ならず。女子に在っては通稱血海、血脉の運行に關係し、すなわち「地六成之」の意思。およそ血虧して氣血凝滯作痛・腹内結塊の人は、嘴唇必定蒼白干枯して光華なく、も生育有り難く・壽數長からず。ゆえに婦女界は一小片の胭脂を喜んで唇に塗るを用う、正しく血脉充足して病なく・生育し得の意思を顯さんと欲す。見るべし唇を看るは專ら形狀を看ず、唇上の血色こそ根本なり。
其地以厚勻闊收,為享受厚祿而貴名也。如成口字形,或角弓形,或仰月形,或一字形,皆主大貴。如薄尖不勻不收,主勞碌而衣食不足;如兩角下反,主凶危死亡也。如上唇薄削有紋,或曲痕,主胃病之噎疾、脹瞞之哽病;下唇薄削有紋,或曲痕,主腎病之腰痛、陽萎之痰飲。以此二者考之,則上屬胃之連帶,下屬腎之連帶,而為鐵證也。醫家則有屬脾屬心之說,皆不知根據何種之法也。故以唇紅如塗昧者為吉,其人祿厚而有壽也。原名水星,今更名曰北海,即以其地居北如海而名之也。
こ一處は生ずる厚實勻稱・闊大して口角收斂するを以て好しと為し、厚祿を享けて貴名あるを主る。口形は若し「口」字形・角弓形・仰月形・一字形と成れば、皆大貴を主る。若し生ずる薄くして尖・勻ならず又收まらざれば、勞碌して衣食足らざるを主る。若し兩個の口角が下に反垂すれば、凶險して命を喪うを主る。上唇の薄削して紋路あるいは彎曲の痕あるは、胃病の致す所の噎塞・脹滿哽阻の症を主る。下唇の薄削して紋路あるいは彎痕あるは、腎病の致す所の腰痛・陽事不擧と痰飲を主る。就ずこ兩條を來看すれば、上唇は胃に連なり・下唇は腎に連なる、これ便ち確證である。醫家は却って唇が脾に属し・心に属すと說くあり、真に何の一種の法子に根據するかを知らず。ゆえに唇色の紅潤して朱色を塗りたるがごときを以て吉と為す、こういう人は俸祿豐厚して而且長壽なり。ここは原名水星、如今我は改名して「北海」と呼ぶ、それが面部の北に位居し・形狀もまた一片の海に象ればなり。(按:原文の「塗昧」、當に「塗朱」と作るべし。「脹瞞」は當に「脹滿」と作るべし。)
廿二、兩口角為食祿二倉,相法之原名也,內屬大小腸之應證繫:左為大腸之正部,右為小腸之正部。其地屬水,如長江之下流而入海。余考各部現黃明之氣皆吉,獨兩口角有黃明之氣色不吉,而反主沉痾之久病,或主臨時之時疾。如黃氣浮枯者,其病災尤重也。但於春夏秋三時,雖病不危;惟於冬令現黃氣浮枯,其人必死亡。按兩口角屬水,冬令亦為水令,黃色屬土,黃而浮枯,則為不正之土,土能克水,其克部位,已為不吉而病災矣,又克時令,故為死亡之厄。
第二十二處、兩個の口角は「食倉」「祿倉」、これは相法上の原有の名稱で、内に大小腸の應證系を配属す。左邊は大腸の本位、右邊は小腸の本位。こ一處の五行は水に属し、好比長江の下流が大海に注入す。我は面上の各處を考察するに、黄くして明亮の氣を現ずるは皆吉兆、唯獨兩個の口角に黄明の色を現ずるはかえって不吉、倒れて積久して愈え難き重病を害し、あるいは臨時に時令病に染上るを主る。若し黄氣浮いて枯槁せば、病災便ちさらに重し。不過春夏秋の三季に在っては、病むと雖も危險に至らず。唯獨冬令に浮枯の黄氣を現出せば、こ人は必定死亡す。原因は兩口角が水に属し、冬令もまた水に属し、黄色は土に属し、黄くして浮枯は便ち不正の土。土は能く水を克し、克してこ個の部位に到ればすでに不吉して病災を生じ、また克して當令の時節に到れば、兩重の相克が一處に疊なり、ゆえに致命の厄と成れり。これは全書の裏に唯一黄明を以て凶と為す部位で、學者は尤も須らく記え牢むべし。
凡溫熱之病,大小便閉塞,兩口角必焦爛脫皮,此為大小腸之鐵證。又口角有黑黯赤紅之氣色,主疾厄腸癱,及脫肛之例;如無此病者,主水上之驚災也。此為大小腸鐵證之二。原名食祿二倉,今從舊名命符也。
およそ温熱の病を害し・大小便閉塞不通の人は、兩個の口角は必定焦爛脫皮す、これは口角が大小腸に配する第一個の鐵證である。このほか口角に若し黑黯赤紅の氣色を現ずれば、腸瘫の類の病を害し、あるいは脫肛の上に應ずるを主る。若し身上併びこららの病なければ、然れば水上に驚を遭い災を受くるを主る。これは第二個の鐵證である。ここは原名食倉・祿倉、如今仍ほ旧名「命符」を沿用す。
廿三、承漿在口之下,有陷處生鬚之地,內屬膀胱之通過繫,而女子則屬子宮之應證繫。按承者,承上之義也;漿者,濁水之義也。水之濁者,當然沉下,故為膀胱之不宜矣。凡男子則為膀胱,女子則為子宮。此地以豐平拱突為吉,主晚年有厚福,子孫有發達,其部位接近地庫故也;此地坑陷削薄,則主晚年衣祿不足,子孫平常。如其紋痕平過,則無水上之驚恐;如其紋痕下反,則需多水上之驚災。
第二十三處、「承漿」は嘴の下方に在り、あの塊の凹陷して鬍鬚を生ずる處で、内に膀胱の通過系を配属す。女子に在っては則ち子宮の應證系に配属す。「承」は上を承接する意思、「漿」は濁水の意思。水濁れば自然に下に沈むを要す、ゆえに膀胱に配する是很に相宜なり。總之男子に在っては膀胱に應じ、女子に在っては子宮に應ず。こ一處は生ずる豐滿平正・微微として拱起するを以て吉と為し、晚年の福澤深厚・子孫發達を主る、それが緊く「地庫」に挨ればなり。若し生ずる坑陷削薄なれば、便ち晚年の衣祿不足・子孫平常を主る。ここの紋痕は若し橫平に過ぎれば、便ち水上の驚恐なし。紋痕は若し下に反垂すれば、然れば多く水上の驚災あり。ここは既に晚福を主り、又水厄を主る、看る時は須らく問うは晚運か還是行船かを分け清むべし。
余考承漿無鬚之人,則陽物之腎囊,其毛必稀而柔,一為不樹,此為內屬膀胱之鐵證第一。余考人患花柳瘍痗等毒之病,及魚口白濁之淋症,其承漿必現赤黑之氣斑如朵云,或為各色之雜花,如朵云,此為內屬膀胱之鐵證第二。
我は承漿處に鬍鬚を長ぜざる人を考察するに、下身の陰囊上の毛は必定稀疏して柔軟、甚至有りて全然生ぜざる、これは承漿が内に膀胱に配する第一個の鐵證である。我はまた考察す、およそ人の花柳瘡毒の類の病を害し、以及橫痃・白濁の等の淋症は、彼の承漿處に必定赤黑の氣斑を現出し、形は一朵朵の雲彩のごとく、あるいは各色相雜して落花のごとき斑點を現出し、もまた朵云の形狀――これは承漿が内に膀胱に配する第二個の鐵證である。
此地如有黃明紫潤之氣色,則利船行,而無水驚之災;如有黑慘之氣色,主船行落水而死亡,或為酒醉而暴死;如有黯滯浮膩之氣色,主水驚而不至危,或為船行之損失,或為邪行之疾厄,或為子女之災疾,或為子女之遺累。又因其人才智事實,而斷之可也。原名承漿,今更名曰生化關,因其為腎水膀胱之義,而屬子女之部以名之也。
こ一處に若し黄明紫潤の氣色を現ずれば、便ち船に乘りて出行するに宜しく、水上の驚險の災なし。若し黑くして慘淡の氣色を現ずれば、船を行きて水に落ちて命を喪い、あるいは醉酒して暴亡するを主る。若し昏黯呆滯・虛浮黏腻の氣色を現ずれば、水上に驚を受くるも性命を危うくするに至らず、あるいは船を行きて財貨を折損し、あるいは行為邪僻に因って病を得、あるいは子女が災に遭い病を生じ、あるいは子女に拖累されるを主る。斷ずる時は、還おこ人の才智と眼前の實際情形とを就けて合わせて看るを要す。ここは原名承漿、如今我は改名して「生化關」と呼ぶ、それが既に腎水膀胱の義を取り、又子女を主る部位に属すればなり、生化の二字は兼ねてこ兩層を攝す。
廿四、兩腮方突之處,原名奴僕宮,相學又名曰腮頤之部,內屬穀道肛門之應證繫,為奴僕下人之專部,故前章有下府,即下人之輔助也,為各部之最下點。此地以方突敦厚為吉,應得忠之奴僕為用;如削陷而弱,即得奸狡之奴僕,以相欺詐也。如有黃明紫潤之氣色,主奴僕下人有功,其操作盡職;如有青浮滑膩之氣色,則主奴僕下人不忠不動,而不可用也;如有紅赤躁絳之氣色,主奴僕官訟是非,輕者主脫肛便血之疾;如有黑黯慘色,主奴僕橫禍凶死,以及奴僕拐騙私逃走失,或死牛馬六畜之例。余考患花柳病之最重者,腮骨先陷,鼻樑後斷,此為穀道之鐵證,於醫學相學均有補益,茲特錄之。原名奴僕宮,今更名曰濁關,以其部位最低下而名之也。
第二十四處、兩腮の方正突起する處の原名は「奴僕宮」、相學はまた「腮頤」と呼び、内に穀道肛門の應證系を配属し、僕役下人を專管する部位である。ゆえに前面の章節の裏に「下府」の稱あり、すなわち下人輔助の意思、それもまた面上の各部位の中の最も下の一點である。こ一處は生ずる方正突出・敦實厚重を以て吉と為し、用る所の僕役の忠誠可靠を主る。若し生ずる削瘦凹陷して單薄なれば、用るに到るは便ち奸猾の僕人、かえって自己を欺騙す。ここに若し黄明紫潤の氣色を現ずれば、僕役下人の辦事に功あり・活を做して職を盡すを主る。若し青くして虛浮滑腻の氣色を現ずれば、僕役下人が既に忠心ならず又動手を肯んぜず、任用に堪えざるを主る。若し紅赤干躁深絳の氣色を現ずれば、僕役に因って官司是非を惹上るを主り、輕きもまた脫肛便血の類の病の上に應ず。若し黑黯慘淡の色を現ずれば、僕役が橫禍に遭い凶死し、あるいは僕役の行騙私逃・走失して歸らず、も牛馬六畜の死亡の例子あるを主る。我は花柳病を害する最も重き人を考察するに、總じて先ず腮骨の塌陷を見、而して後に鼻梁の斷折、これすなわち兩腮が内に穀道に應ずる鐵證である。こ一條は醫學・相學に補益あり、ゆえに特地にここに記す。ここは原名奴僕宮、如今我は改名して「濁關」と呼ぶ、それが面上の位置最も低く最も下・穢濁ここに由りて出づればなり。
公篤曰:上列二十四部位,繫餘歷年經驗,又經多書考證,以及事實應驗不妄,方選取錄之。按此二十四部,有從古人之晝選出而加註明者,有出新學之書摘錄而考究以證實者。故分其正當之總繫,或為連帶繫;又分其兩經之應繫,或為通過繫。其中有利害關係,同氣相應,異脈相通,是為分經別絡之重要點。
陳公篤が言う。上面の列する所の二十四個の部位は、我が歷年親身經驗し得る所、また許多の書籍の考證を經、併びて實事の上に屢々應驗して虛ならざりし、然る後に初めて挑選し出して記錄し下したる。こ二十四處は、あるは古人の圖より挑選し出して再加えて注說明したる、あるは新學書籍の中より摘錄し出して・我の考究印證し過ぎたる。ゆえに我は每一處に對しそれの正當の總系を分出し、あるいは連帶系。またそれの兩經の交涉する應系を分出し、あるいは通過系。こ裏頭に利害相關の道理あり。同一種の氣は彼此感應し、不同の脈絡もまた互相に貫通し得、これは正しく分經別絡の最も緊要の處である。(按:原文の「古人之晝」、「晝」は當に「書」と作るべし。)
故醫家第一注重望字,次則注重聞字,蓋望其氣色,如其病之輕重;察其部位,如其病之臟俯。於相學固為正當之要法,於醫學亦不無小補也。其部位之名稱,與古部位不同者十之七,有合古部位者十之三,非敢菲薄前人,蓋餘晝在求事實應徵,不在虛浮表面,以合其意義而更改之耳。
ゆえに醫家の病を診するは、第一に一個の「望」字を看重し、其の次に初めて「聞」字。彼の氣色を望めば、便ち病の輕重を知る。彼の部位を察すれば、便ち病が何の一臟腑に在るかを知る。こ一套を相學上に用うれば固然と正當の要法、醫學上に用うも不無小補なり。我の定める所のこれらの部位名稱は、古人の定むる所と不同なるは約十分の七を占め、古人と相合するは約十分の三を占む。これは併び我が敢えて前人を輕看するに非ず、實在は我が一意に事實上の應驗を求むるを要し、浮面の名目の上に敷衍せず、初めて各處の實際意義に按じて改定し過ぎ來りし。(按:原文の「如其病之輕重」「如其病之臟俯」、兩「如」字は當に「知」と作るべし、「俯」は當に「腑」と作るべし。「余晝在求」、「晝」は當に「意」と作るべし。)
新修考正部位第二圖
氣色摘錄詳解
公篤曰:上列部位,為余考正而命名,分經別絡,以證實某輕重關係。再分其氣色,自然明白其事實。又因其人程度如何,身分如何,強弱虛實又如何,而判斷其吉凶之輕重,以及其利益大小,其損失大小,此為合法之活法也。餘據醫學數學丹經,合併而摘錄之。
陳公篤が言う。上圖の列する所の各處の部位は、皆我が重新考訂核正した後に另行命名したる。命名する時は經脈に按じて區を分かち・絡脈に按じて支を分かち、用いて某一處の主る所の事情が究竟輕か重かを印證す。部位既に分け清まれば、再び往きてこ處の地方の上に浮現する「氣色」を分辨すれば、然ればこ人の當下の遇う所の事實は自然に一目瞭然たり。このほか還須こ人の程度の高低・身分の貴賤、以及體質の強弱虛實が到底如何かを看、これに據って初めて吉凶の輕重、以及得る所の利益の大小・受くる所の損失の大小を判定し得。これすなわち既に法度に合乎し又能く人に隨って變通する「活法」である。以下は我が醫學・數學・丹經の三家の說に依據し、合併して摘錄し出したる內容である。
其青色為肝,赤色為心,白色為肺,黃色為脾,黑色為腎,此為五色之合五臟大關係也。又云肝屬筋絡,心屬血脈,肺屬皮毛,脾屬肉腠,腎屬骨髓,此五臟之分類而生化也。又云筋絡屬肝木,血脈屬心火,皮毛屬肺金,肉腠屬脾土,骨髓屬腎水,此五臟之合五行氣化也。
面上の青色は「肝」に應じ、赤色は「心」に應じ、白色は「肺」に應じ、黄色は「脾」に應じ、黑色は「腎」に應ず、これすなわち五種の顏色と五臟と相配する大關係である。また說く、肝の主る所は筋絡、心の主る所は血脉、肺の主る所は皮毛、脾の主る所は肉腠すなわち肌肉紋理、腎の主る所は骨髓、これは五臟が各々一類の形質を分管して生化息まざる。また說く、筋絡は五行の中に「肝木」に属し、血脉は「心火」に属し、皮毛は「肺金」に属し、肉腠は「脾土」に属し、骨髓は「腎水」に属す、これは五臟と五行と相合して氣化を成す道理である。
又云肝木性直其味酸,怒氣過餘則傷之;心火性溫其味辣,喜笑過餘則傷之;肺金性堅其味辛,憂鬱過餘則傷之;脾土性厚其味甘,思慮過餘則傷之;腎水性柔其味減,恐懼過餘則傷之。此五臟之配五性,合五行之變五傷,而為自然之至理也。
また說く。「肝木」は性情剛直、配する所の味は酸、發怒太過すれば便ちそれを傷る。「心火」は性情溫熱、配する所の味は辣、喜笑太過すれば便ちそれを傷る。「肺金」は性情堅勁、配する所の味は辛、憂鬱太過すれば便ちそれを傷る。「脾土」は性情厚重、配する所の味は甘、思慮太過すれば便ちそれを傷る。「腎水」は性情柔順、配する所の味は底本に「減」と作るも、實は「鹹」字の訛、恐懼太過すれば便ちそれを傷る。これは五臟が五種の性情に配し、また五行に合して五種の損傷を變出す、乃是れ自然の至理である。
余考青色為春令之正色。其青而明潤,如翠雀之羽毛,此為青之正色,雖在重病時間,亦無妨礙,而不至危也。如其青而沾膩,似秋草之露滋,此為青之不正色,雖不病亦病,而久病必死,此肝氣已脫而將絕故也。
我は考究し過ぎたり。青色は春季の當令の正色である。青くして明亮潤沢し、翠鳥の羽毛のあの樣に光彩あるは、これすなわち青の正色、たとえ正しく重病の中に在るも妨碍なく、性命の危あるに至らず。如果青の中に黏腻を帶び、秋草の上に露水を沾りたるがごとく看れば滋潤するに似て其實滯を發するは、これすなわち青の不正の色、表面は病なくして其實すでに病あり、久病の人は見れば必ず死す、なぜなら「肝氣」すでに脫失し・將に斷絶せんとする緣故なればなり。
黃色為土令之正色,四時各占一月,即三六九全月屬土。黃而潤澤,如螃蟹之腹玄者,此為黃之正色,雖在久病時間,亦無妨礙,而不至危也。如黃而黯滯,似枳實之枯凝,此為黃之不正色,雖不痛亦病,而久病必危,此脾脈已脫而將絕故也。
黄色は「土」の當令の正色、土は四季の末に旺を寄せ、每季各々一個月を占め、底本は三月・六月・九月のこ幾個の整月が土に属すを擧出す。黄くして潤沢し、螃蟹の腹甲のあの樣に光あるは、これすなわち黄の正色、たとえ久病を身に有するも妨碍なく、危殆に至らず。如果黄くして昏暗停滯し、枳實の干枯凝結の色のごときは、これすなわち黄の不正の色、疼痛を覺えずと雖も其實すでに病あり、久病の人は見れば必然危險、なぜなら「脾脈」すでに脫失し・將に斷絶せんとすればなり。
黑色為冬令之正色。其黑而明潤,如烏鴉之翎羽,此為黑之正色,雖久病不危。如其黑而慘滯,加地灰之浸溼者,此為黑之不正色,雖不痛亦病,而久病者必死,此腎氣已脫而將盡故也。自色為秋令之正色。其白而瑩潔,如美玉之寶光,此為白之正色,雖久病時間,亦無妨礙,而不至危也。其自而枯慘,如枯骨之黯淡,此為白之不正色,雖不痛亦病,而久病者必死,此肺氣已脫而將絕故也。
黑色は冬季の當令の正色である。黑くして明亮潤沢し、烏鴉の翎羽のあの樣に黑の中に亮を透すは、これすなわち黑の正色、たとえ久病なるも危險ならず。如果黑くして慘淡停滯し、地上の灰土が水に浸濕さるる樣子のごときは、これすなわち黑の不正の色、疼痛を覺えずと雖も其實已に病み、久病の人は見れば必ず死す、なぜなら「腎氣」已に脫し・將に耗盡せんとすればなり。底本の「自色為秋令之正色」の「自」は「白」字の訛。白色は秋季の當令の正色である。白くして瑩潔し、美玉の寶光のごときは、これすなわち白の正色、久病の中もまた妨碍なく、危殆に至らず。若是白くして干枯慘淡し、枯骨の一般に黯然として光なきは、これすなわち白の不正の色、疼痛を覺えずと雖も其實已に病み、久病の人は見れば必ず死す、なぜなら「肺氣」已に脫し・將に斷絶せんとすればなり。
紅色為夏令之正色。其紅而鮮明,如炭火之燃燒者,是為暴病驟發之溼熱症,或為反陽症,其愈亦速,而不至危也。如紅而赤黯,如病豬之發痧血者,雖不病亦病,久病者必死,此為紅之不正色,其心脈發洩已盡而將絕,君相之火浮出不收故也。
紅色は夏季の當令の正色である。紅くして鮮明し、炭火の燃燒するに在るがごときは、これは多半急病の驟然發作する濕熱の症、あるいは陰證が陽に轉ずる「反陽症」、好き起るもまた快く、性命の憂あるに至らず。如果紅の中に暗赤を帶び、病猪の發痧出血するあの樣の顏色のごときは、看れば病なきに似て其實已に病み、久病の人は見れば必ず死す、これすなわち紅の不正の色、「心脈」の宣泄すでに盡き・將に斷絶せんとし、「君火」と「相火」とが浮越して外に在りて收回し來らざるを說明す。
按五色合五行,而應五臟之五氣也。然各部位,均能發現青黃白紅黑之氣色,可見其各種氣色,發於先天而不發於五臟也。持鑑者,當以何部位為何種五行之氣,何時令中發現何氣色,或生或克,以是其吉凶也。大體以克時令,又克部位者,為最凶;不克時令,而克部位者,次凶;克時令而不克部位者,又次凶也;其相同相生者,皆無害也,當從類推而判斷之可也。故為吉凶禍福之朕兆,不是單應病厄而已矣。
五色が五行に配するに按じて、用いて五臟の發する五種の氣に對應す。可是面上の如何なる一個の部位も、皆青・黄・白・紅・黑の五種の氣色を出現する可能あり、見るべし各種の氣色は其實先天の本源より發し、併び單に五臟より發し出るに非ず。鏡を執りて人を相する者は、應當に先ず某一部位が五行の中の何の一種の氣に属するかを弄清し、再び何の一個の時令の上に何の一種の氣色を現出するかを看、兩者の間は相生するか相克するか、これに據って吉凶を判定す。大致の規矩は、既に當令の氣を克し・又所在の部位を克するは、最凶。時令を克せずしてただ部位を克するは、其次。時令を克して部位を克せざるは、又其次。およそ氣色と部位と相同あるいは相生するは、皆妨害なく、こ個の次序に照りて類推して判斷すれば便ち可なり。ゆえに氣色は吉凶禍福の先兆で、併びただ疾病災厄のこ一端に應驗するのみに非ず。
余考醫書評論,拘泥者多,而無活法,又無如是之詳。此為餘增補過半,並且單論五臟,而未言及六腑也。豈心肝脾肺腎之五脈脫絕,方能死人,其胃氣絕,膽氣絕,三焦膀胱絕,大腸小腸絕,而不至死耶。此為數千年遺恨。
我は歷來の醫書上の議論を考察するに、大多數は成說に拘泥して變通を知らず、も上面のあの樣に詳細の地步に講到せず。以上の內容は一大半が我の增補し進れたる。而且旧說はただ五臟を談じ、完全に六腑に講到せず。豈に心・肝・脾・肺・腎のこ五條の脈氣の脫絶せるに非ざれば初めて人を死せしめ、「胃氣」の斷絶・「膽氣」の斷絶・「三焦」と「膀胱」の斷絶・大腸小腸の斷絶すれば、人は便ち死に至らざるか。これは幾千年來相術と醫家とが共同に留下した遺憾である。
余考究十餘年,始得各項證據。及上論各氣色發於先天,各色均可死亡,但以其人之五形,屬何種,其發現之時間為何時。故云五臟六腑,均有脫絕之脈氣。茲特繪專圖,而詳言疾厄之應徵,以免混淆故也。其圖如右,其詳論附之於後,以待後之高明,評論其然欺否欺。
我は前後して十幾年考究して、初めて各項の證據を一一に凑齊せり。前面の說く所を加えて、各種の氣色は皆先天より發し、如何なる一色も皆死亡を主り得、ただこ人が「五形」の中の何の一形に属するか、以及あ種の氣色は何の時間に顯現し出るかを看るを要す。ゆえに說く、五臟六腑は皆各々脫絶の脈氣の査す可きあり。これを為す我は特地に別に專圖を繪り、疾病災厄の應驗徵象を逐條に講明し、免得彼此混淆せん。圖は右邊に列し、詳細の論說は後面に附し、留めて後來の高明の士の評斷して我が說き對か不對かを待つ。底本の末句の「其然欺否欺」の兩個の「欺」字は、皆語助詞の「歟」の訛字である。
疾厄通論詳解
公篤曰:上列之圖,為疾厄全圖,而專論疾厄者。此為新修改正,而加之以經驗,及十餘年苦心始成。凡由氣化所生之病,外發現於面部之部位,內根據五臟六腑之經絡,則分內因之病,與外因之病也。按內因之病,為酒色財氣之七情所傷,因喜怒哀懼愛惡欲而發也;外因之病,為天地不正之六氣所感,因風寒暑溼燥火而發也。
陳公篤が言う。上面のこ一張は「疾厄全圖」で、專門に用いて疾病災厄を論斷す。それは我が新近に修訂改正したる、また自己の臨證經驗を加え進め、前後して十幾年の苦功を花して初めて做成せり。およそ氣化に由りて生出來る病は、外に面部の某一部位の變化と表現し、内に則ち五臟六腑の經絡に依據し、「內因の病」と「外因の病」の兩大類に分かち得。內因の病は、酒色財氣・七情に傷られ、喜・怒・哀・懼・愛・惡・慾のこ七種の情緒に由りて引發す。外因の病は、天地間の不正の「六氣」を感受し、風・寒・暑・濕・燥・火のこ六種の邪氣に由りて引發す。
凡有疾厄,皆現於部位之氣色,惟外部血光傷痕之症,於稽考不詳,至於瘡疥花柳痘疹,於部位亦有所關係也。此氣色為先天之動機,因氣化而內外相應也。茲分三種:其第一為危險之疾厄,可以至死亡之症;其第二為常度之宿疾,可以至流連之症;其第三為臨時之疾厄,而暫時不久,即可全愈。此為疾厄之三大綱也。
およそ疾病災厄あれば、皆相應の部位の氣色の上に顯現す、ただ外來の血光刀傷の類のみ、氣色上より査考し清楚し易からず。瘡疥・花柳・痘疹のこ幾種の病に至っては、部位とも各々關聯あり。氣色は先天發動の機兆で、氣化流行して息まざればなり、ゆえに内臟と外相と彼此呼應す。ここに三種に分成す。第一種は危險の疾厄で、死亡の症に發展する會す。第二種は常年去らざる宿疾で、纏綿して愈えざる症に拖成す。第三種は臨時發作の疾厄で、時を為す久しからずして便ち完全に痊愈し得。これすなわち疾厄を論ずる三大綱領である。
如第一之死亡病,即祖脈、祖氣、靈合、前衛、天門、命門、交關、寶倉、命符、天真、命官之十一部位是也;如流連之第二病厄,即後衛、命關、輔弼、機樞、三陰、中勾陳、下勾陳、寶闕、氣海、血海、屏藩、濁闕之十二部位是也;如第三之暫時病厄,即上勾陳、玄武、寶屏、生化關之四部位是也。
第一種の死亡の病に属するは、「祖脈」「祖氣」「靈合」「前衛」「天門」「命門」「交關」「寶倉」「命符」「天真」「命官」のこ十一處の部位、その中の「命官」はすなわち後文の說く所の「命宮」である。第二種の纏綿の病に属するは、「後衛」「命關」「輔弼」「機樞」「三陰」「中勾陳」「下勾陳」「寶闕」「氣海」「血海」「屏藩」「濁闕」のこ十二處の部位。第三種の一時の病に属するは、「上勾陳」「玄武」「寶屏」「生化關」のこ四處の部位。
至於飛災奇禍,立見死亡之危災,另有危險專圖說明。此篇專論疾厄,逐一詳解,以便閱者醒眼,而容易瞭解。如未經考正者,一併刪除;或有疑案不明者,另有標點,閱者注意,以免混淆,而無一定把握也。餘非故意毀謗前人,蓋增補其不足,皆從事實之研究,證據之確實,為一定之規則,而可用也。
飛來橫災・離奇禍事のこ類の立時に致命する凶險に至っては、別に「危險專圖」ありて說明を加う。本篇はただ專ら疾病災厄を論じ、逐條に詳細解說し、讀者をして看るに醒目・容易に明白せしめんとす。およそ我の考訂核正を經ざる舊說は、一律に删去す。あるは懸而決せざる疑案は、則ち別に標記を加え、讀者に留意を請い、免得混淆して一處に在り、弄りて心裏に一定の把握なからしめんとす。我は併び有意に前人を毀謗するに非ず、ただ前人の講じ得る周全ならざる處を補足す、講ずる所は皆事實の研究と確鑿の證據より出づ、一定の準則を立てて實用に付す可し。
疾厄死亡類詳解
一.祖脈即內屬十二層樓,為大腦督脈之通過繫,上至髮際,下至天庭,為上停之正部。其地外屬於腦海之督脈,內屬咽喉之氣管,而為內因之本病,關乎七情之傷,而應神經病。如有黃明紫潤之氣色,其人神經清而無傷,正氣充足,加以事實順遂,家庭平安。
第一處「祖脈」は、内に咽喉の「十二層樓」に連なり、大腦の「督脈」の經過する一系で、上は髮際に起り・下は天庭に至り、「上停」の正位に属す。こ塊の地方は外に腦海の督脈に属し、内に咽喉の氣管に属し、主る所は內因の引起する本病で、七情の傷と關係あり、神經方面の病症の上に應ず。ここに若し黄くして明亮・紫くして潤沢の氣色を現出せば、こ人の神經は清爽して損傷なく・正氣充足し、加上所遇の事順遂・家庭平安なるを說明す。
如有黑黯枯滯之氣色,其人環境惡劣,事業失敗,憂愁鬱結,正氣損傷,此死期將至。如黑黯枯滯,下至印堂者死。如發現白慘之浸色,主刑傷人丁,悲傷過度,鬱結煩亂,而為大疾厄。如發現紅赤如火燒之氣色,主官非牢獄,氣憤不平,主沉痾宿疾,拖延而死。如發現黑慘加塵點之氣,或赤慘如朵雲之氣,皆名雜花,幾色凝結於一部,其人神經損傷,失其常度,而應癩狂昏債,失聰減智之病也。
若しここに黑暗枯滯の氣色を現出せば、其人の處境惡劣・事業失敗・憂愁鬱結・正氣損を受け、死期將に到らんとするを說明す。こ種の黑暗枯滯は若し一路に蔓延して印堂に到れば、死を主る。若し慘白して水に浸過せるごとき顏色を現出せば、家中の人口を刑克し、本人は悲傷過度・鬱結煩亂し、大の疾厄と成るを主る。若し紅赤して火燒の一般のごとき氣色を現出せば、官司牢獄・氣憤不平を主り、も久しく治して愈えざる沉疴宿疾・拖延して死するを主る。若し慘黑して塵點を帶ぶる氣、あるいは慘赤して一朵の浮雲のごとき氣を現出せば、皆「雜花」と呼作す、幾種の顏色が同一處の部位に凝結し、其人の神經損を受け・常態を失したるを說明し、癲狂昏憒・耳聾智衰の類の病の上に應ず。底本の「癩狂昏債」は當に「癲狂昏憒」と作るべし。
二.祖氣內應乳部之相通繫,某地在鬢髮之曲突處,兩額角之間也,上至髮際,下至邊城,為左右幹部之側。是為內因外因之病,蓋內因主憂愁之遠,利害之顧忌,以成其疾;外因主六淫之瘟疫以為病。某地發現黃明紫潤之氣色,其人境遇亨吉,事實順利,流通之財日增,喜因之信常至,故心和氣平,身強祈安,而無病苦。
第二處「祖氣」は、内に兩乳に應じ、乳部と相通ずる一系である。こ塊の地方は鬢髮の彎曲突起の處に在り、兩額角の間に位し、上は髮際に起り・下は「邊城」に至り、左右の干部の兩側に在り、底本の兩處の「某地」は皆「其地」の訛。ここは內因外因の兩種の病を皆管す。內因の主るは長遠の憂愁・利害上の顧忌の積成する病。外因の主るは六淫瘟疫を感受して生ずる病。こ塊の地方に若し黄明紫潤の氣色を現出せば、其人の境遇亨通・諸事順利、流通の錢財は一天天に増加し・喜慶の消息は時常に傳來し、こに因って心平氣和・身體強健安泰し、病苦なし。
如發現青浮滑膩之氣色,其人有外務之障礙發生,遠因之憂愁消息,主失眠驚悸之疾。如發現黑黯慘滯之氣色,主刑父母之孝服,或刑重要人丁,先有冷退之消耗,而轉成內因徵忡之疾;如橫過印堂,亦為因此項事實而病死,或為誤於藥餌而死。如發現黑黯慘滯,而加浮膩之光,此為臨時發生之瘟疫暴病而死;如浮光一線,窄而不寬,尚不至危,不過反覆久病耳。
若し青くして浮・滑くして腻の氣色を現出せば、此人は外面の事務の上に障碍を出し、また遠處より傳來の憂愁消息あり、失眠・驚悸の類の病を主る。若し黑暗慘滯の氣色を現出せば、父母の喪・孝服を穿くを要し、あるいは重要の家人を克傷するを主る。先ず家運冷落・錢財耗散し、進んで內因の致す所の怔忡の病に轉成す、底本の「征忡」はすなわち「怔忡」。こ種の氣色は若し横に印堂を穿過せば、もこ件の事に因って病死し、あるいは藥物に誤治せられて死するを主る。若し黑暗慘滯の上に再加えて一層の浮腻の光あれば、それは臨時に瘟疫暴病を發生して死す。假如浮光ただ一線・窄くして寬からざれば、還だ危殆に至らず、不過反復纏綿の久病のみ。
三.靈合即原名印堂,在兩眉相對之中心,內屬心臟之正繫,五行屬火,是為全面之君主,故上篇命之曰元首。如現紫潤之氣色為正色,主大吉而見喜慶。如發現黃明之氣色亦為正色,主次吉而進財祿。如兒紅赤之氣色,則為危險之事實,立見死亡之災厄,及有因失敗而自隘自刎。
第三處「靈合」は、原名便ち「印堂」と呼び、兩眉の正中の相對する處に位し、内に心臟の正系に属し、五行は火に属し、全面部の君主で、ゆえに上篇にそれに別に「元首」と起名せり。ここに若し紫潤の氣色を現出せば、それの正色で、大吉して喜慶の事あるを主る。若し黄くして明亮の氣色を現出せば、も正色と算し、次一等の吉利を主り、財を進め祿を得る能くす。若し紅赤の氣色を現出せば、それは危險の事實で、立時に死亡の厄を見る可く、も事業失敗に因って上弔自刎するあり。底本の「如兒紅赤」は當に「如現紅赤」と作るべし、「自隘」は當に「自縊」と作るべし。
如發現青膩浮滑之氣色,主隱憂之病症,因損失而動氣質。如發現黑黯枯滯之氣色,是為水來克火,主大病災,而至不治之症。其人雖無病,如發現黑慘枯滯之氣色,亦主死亡不治之症,或為飛災橫禍,牢獄枷鎖之例,又因其災禍悲憤交集傷神而死。此為重要之第一也。
若し青くして黏腻・浮いて滑亮の氣色を現出せば、心裏に暗藏する病症を主り、蒙損を受けて肝氣を動かしたに因って致す。若し黑暗枯滯の氣色を現出せば、それは「水來りて火を克す」、大の病災を主り、不治の症に拖成す會す。たとえこ人の眼下併び病なくとも、ただ慘黑枯滯の氣色を現出するのみで、同じく死亡不治の症、あるいは飛來橫禍・牢獄枷鎖の類の事に遭遇し、またこ場の災禍に因って悲憤交集・心神を傷りて死するを主る。印堂は全面部の最も緊要の第一處である。
四.前衛即由天庭起,下至中正止,在印堂之上,屬心包絡之正繫,為外因之本病,見脹瞞煩悶痞塞抽痛之例。蓋即心之華蓋,而與兩脅之骨相交也。有云心痛者非也,蓋即心包絡之氣痛也。此地有黃明紫潤之氣色,其人主進職得權,常人主進財獲利。
第四處「前衛」は、天庭より起り、下に中正に到るを止めと為し、印堂の上方に位し、「心包絡」の正系に属し、外因の致す所の本病を主り、常に腹脹滿悶・心中煩悶・痞塞不通・抽痛の類の症候を見る、底本の「脹瞞」は當に「脹滿」と作るべし。こ一處はすなわち心の「華蓋」で、兩脅の肋骨と相交接す。ある人はこ類の痛を心痛と呼ぶ、其實對せず、それは心包絡の氣痛である。ここに若し黄明紫潤の氣色あれば、官場の中の人は職を升り權を掌るを主り、尋常の人は財を進め利を獲るを主る。
如現青浮滑膩之氣色,主煩悶嘔吐之疾,而有暖嘖便噎之病。如現黑慘黯滯之氣色,主瘟疫厲氣之痛症加以損失顧忌,氣逆上沖,則為不治而死。如有紅示之氣色,主溫熱上蒸,抽筋痞塞,而轉風浮於外之疾,則為危症不治之例,次亦重病也。
若し青浮滑腻の氣色を現出せば、煩悶嘔吐の疾を主り、還會噯氣・噎食の類の毛病あり、底本の「暖嘖」は當に「噯嘖」と作るべし。若し慘黑昏暗停滯の氣色を現出せば、瘟疫厲氣を感受して成る痛症を主り、再加上蒙損を受け・心に顧忌を存し、以致て氣逆上衝し、便ち不治して死する局と成れり。若し紅赤の氣色を現出せば、溫熱の氣の上蒸し・抽筋・痞塞と發し、進んで風邪の外に浮越する病に轉成するを主り、危症不治の例に属し、輕一些的もまた重病。底本の「紅示」は當に「紅赤」と作るべし。
五.天門即兩額角之地,上至邊城,下至眉稜,上為乳部之通過繫,下為兩腋之連帶繫,是為外因之病,而臨時發生居多數。蓋男子則為陽明之機樞,女子則為厥陰之機樞,故傳經不過,必至死亡之災厄。此地有黃明紫潤之氣色,主外庫之財源頗豐,流通之貨物頗遂,當然無病厄。
第五處「天門」は、すなわち兩額角のこ塊の地方で、上は「邊城」に到り・下は眉棱骨に到り、上半段は乳部の經過する一系、下半段は兩腋の相連する一系、外因の致す所の病を主り、而且多半は臨時發作。男子に在っては、ここは「陽明」經の樞紐。女子に在っては、ここは「厥陰」經の樞紐、ゆえに病邪が傳經して傳え過ぎ得ざれば、必定死亡の厄を釀成す。ここに若し黄明紫潤の氣色あれば、外面の庫房の財源は相當豐厚・流通の貨物は十分順遂・自然にも病厄なきを主る。
如現滑膩紅赤之氣色,主病而不危,以及有不滿意之損失。如現黑慘黯枯之氣色,則應瘟疫臨時發生之暴病,見抽筋拘彎,閉竅氣阻之例,或為霍亂之症而死。故麻衣有云:三天黑暗,病白天來。言為六淫不正之氣流行,而患瘟疫之危症。三天者,即天庭與兩天門也。
若し滑腻紅赤の氣色を現出せば、病ありて危險ならざるを主り、另外人をして滿意せしめざる損失あり。若し慘黑昏暗干枯の氣色を現出せば、便ち臨時發作の瘟疫暴病の上に應じ、抽筋・肢體拘攣および竅閉氣阻の類の症状を見る可く、あるいは霍亂を害して死す。ゆえに『麻衣相法』に「三天黑暗、病白天來」の說法あり、講ずるは六淫不正の氣の流行、こに因って瘟疫の危症を害する。所謂「三天」は、指すはすなわち天庭と左右の兩個の天門である。
六.命門即聽官之耳突也,醫學則為頰車之後,內屬大腎之正繫。蓋其部位如耳之門,不寫先天之命根,故曰命門也。為內因病居多,外因病居少。此部為人壽徵之考驗處,再突高者,其人必壽,當至耋耄之年;耳突低者,其人壽弱,當為三十以上,五十以下;加平而無耳突者,其人不能成立。
第六處「命門」は、すなわち聽官の耳前のあの塊の耳突で、醫學上は頰車の後に位し、内に腎の正系に属す。こ個の部位は形狀が耳朵の門戶に象り、又不啻に先天の命根なれば、ゆえに「命門」と呼作す、底本の「不寫」は當に「不啻」と作るべし。ここは內因の病を以て多しと為し、外因の病は較少なり。それはまた一人の壽數を考驗する地方である。耳突の高起する人は必定長壽、八九十歲の高齡に活到り得。耳突の低陷する人は壽元薄弱、大約三十歲以上・五十歲以下。如果ここに平坦にして根本に耳突なければ、こ人は便ち立て住らず。底本の「再突」は當に「耳突」と作るべし、「加平」は當に「如平」と作るべし。
古法則不能滿三十歲而死。余考刻下無耳突而平者,難滿十二歲而死,可見先後之時代不同,古今各異也。按腎為先天之元氣,故應人之壽根也。如其地有青黯而枯之氣色,則其人有酒色過度,縱慾戕,發現腎弱腰痛,夢遺滑精之疾。
古法の說法に照れば、こ種の人は三十歲に滿たずして死す。我は當今の耳突なく・耳前平坦の人を考察するに、往往十二歲にも滿たざる難しに夭折す、見るべし前後の時代不同・古今の情形各異なり。按ずるに腎は先天元氣の所在、ゆえに命門の應ずるは人の壽根である。こ塊の地方に若し青暗して干枯の氣色あれば、其人の酒色過度・縱慾戕身を說明し、腎氣虛弱・腰部酸痛・夢遺滑精の類の病を出現す會す。底本の「縱慾戕」の句の下に疑わくは脫字あり。
如發現紅赤躁膩之氣色,則其人患情慾不遂之疾,以及膀胱不化,五淋白濁之疾。如發現黑慘不潤之氣色,是為腎絕之危症,沉痾不治而死,或為臨時發生之脫陽暴厥而死。此地以黃明白瑩紫潤各氣色為吉,是為腎氣健全,而無病苦也。
若し紅赤して躁・腻光を帶ぶる氣色を現出せば、其人の害するは情慾の遂願し能わざる疾・鬱火の內積、以及膀胱氣化の行わず・五淋白濁の類の病を說明す。若し慘黑して潤沢せざる氣色を現出せば、それは「腎絶」の危症で、久しく治して愈えざる沉疴に拖成して死し、あるいは臨時に脫陽暴厥を發生して猝死す會す。こ塊の地方は總じて黄くして明亮・白くして瑩潔・紫くして潤沢のこ幾種の氣色を以て吉と為す、こ幾色を見れば、便ち腎氣健全・一身に病苦なきを說明す。
七.交關原名三陽,即上眼皮之全部,內為肝肺相連之連帶繫,為內因外因之病。其地半金半木,而為上升下降之地。幾人憂思過度,則傷其肺氣,而不下降為病;盛怒過餘,則傷其肝氣,而不上升為病。故發現黃明紫潤之氣色,主喜慶,及旺人丁於女之例。如發現青潤自瑩之氣色,亦主平安而亨吉。
第七處「交關」は、原名は「三陽」、すなわち上眼皮の全部で、内に肝と肺と相連の一系、內因外因の兩種の病を皆主る。こ塊の地方は一半は金に属し・一半は木に属し、氣機の昇降交會する處である。およそ人の憂思過度は便ち肺氣を傷り、肺氣下降し能わざれば病を生ず。大怒太過は便ち肝氣を傷り、肝氣上昇し能わざれば病を生ず。ゆえにここに黄明紫潤の氣色を現出するは、喜慶の事、以及人丁興旺・子女得力を主る。若し青くして潤沢・白くして瑩潔の氣色を現出せば、もまた平安亨通を主る。底本の「幾人」は當に「凡人」と作るべし、「于女」は當に「子女」と作るべし、「自瑩」は當に「白瑩」と作るべし。
如發現紅赤枯膩之氣色,主患噎氣使塞,咳嗽氣緊之疾,以及風洩於外,火淫於內之病。如發現黑慘之氣色,則為金氣不下降,木氣不上升,氣機停滯,血輪停止,此為兩絕之症,故危而不治。麻衣有云:黑掩太陽,盧醫莫救。即此交關之黑色也。一主刑于女而動氣質起病也。
若し紅赤して干枯して腻を帶ぶる氣色を現出せば、噎氣閉塞・咳嗽氣促の類の病を害し、以及風邪外泄・火邪內淫の症を主る、底本の「使塞」は當に「閉塞」と作るべし。若し慘黑の氣色を現出せば、それは肺金の氣の下降し能わず・肝木の氣の上昇し能わず・氣機停滯・血脉行わざる、肝肺兩絶の症に属す、ゆえに危殆して救治す可からず。『麻衣相法』に「黑掩太陽、盧醫莫救」の話あり、說くは正しく交關のこ一處の黑色、「盧醫」は指すは古代の名醫扁鵲である。另一層は則ち子女を刑克し、こに因って肝氣を動かして病を生出すを主る。
八.寶倉原名人中,即鼻準下之溝洫流通處,內屬胃腑之正繫,為外因之病。其地為人之倉廩積聚之所,谷氣命根之源,後天之脈,資生於胃故也。其部位多係痛症,又多係腹部之疾。如發現青滯枯膩之氣色,乃肝木克胃土也,主患氣痛痞脹,上嘔下痢,溼氣阻塞之疾,亦能至危症不治也。
第八處「寶倉」は、原名は「人中」、すなわち鼻准の下のあの道の溝渠流通する處で、内に胃腑の正系に属し、外因の致す所の病を主る。こ塊の地方は人身の倉廩積聚の所・穀氣命根の源頭で、後天の一切の脈氣は皆胃に靠りて資生すればなり。こ部の應ずる所は多半痛症で、又多半は腹部の疾患である。若し青くして停滯・枯れて腻を帶ぶる氣色を現出せば、それは「肝木が胃土を克す」、氣痛痞脹・上吐下瀉・濕氣阻塞の類の病を害するを主り、重き起ればも拖成して危症として救治す可からず。
余每見女子有青滯枯膩之氣色,而有每月發生之痛經病,及差前錯後之無生育,又有紅崩白帶之症瑕病,輕則三年五年之拖延,重則終身萎弱而至死也。如發現黑黯塵滯之氣色,則為胃土不制水也,而水氣上泛,便噎消瘦,腳腫腰腫之類,均屬危症至死。
我は常に婦女のこ一處に青滯枯腻の氣色あるを見れば、便ち每月按期發作の痛經あり、以及月經の提前錯後・こに因って生育し能わざる毛病あり、還お血崩・白帶の類の「癥瘕」の病あり、底本の「症瑕」は當に「癥瘕」と作るべし。輕きは三年五年を拖り、重きは終身萎弱して以至て死す。若し黑暗して塵に蒙るがごとき停滯の氣色を現出せば、それは胃土が水を制し得ず、以致て水氣上泛し、噎食・消瘦・脚腫腰腫の類の症状を出現し、皆危症に属して以至て死す。
則又分何時令司事。如冬之水令現黑滯氣,則病重而可救;現青氣堵滯則死,雖無病亦臨時大病而死,此為人浮時症,誤於醫藥者亦多。如奉之木令,現青滯氣則病重而可救;現黑氣黯滯則死,雖無病亦臨時大病而死,此為贏弱病疾,誤於醫藥者尤多。如豆之火令,秋之金令,發現青黑三色,均為大病災而有救,不至危絕也。此地以黃明紫潤白瑩為正色,而無病苦也。
接下して還須何の一個の時令が權を當てるかを分かつを要す。若し冬季の水令に黑くして停滯の氣を現出せば、病重しと雖も還だ救あり。青氣の堵塞停滯を現出すれば便ち死すを要し、たとえ原本病なきも臨時に大病を得て死する會す、こ一類は多く水氣上浮の時症で、醫藥に誤治せらるるも不少ならず。若し春季の木令に青くして停滯の氣を現出せば、病重くして仍ほ救あり。黑氣の昏暗停滯を現出すれば便ち死すを要し、たとえ原本病なきも臨時に大病を得て死する會す、こ一類は多く身體羸弱の疾で、醫藥に誤治せらるる尤其多し。底本の「如奉之木令」は當に「春之木令」と作るべし、「贏弱」は當に「羸弱」と作るべし。若し夏季の火令・秋季の金令に青黑の二色を現出せば、皆ただ大の病災にして仍ほ救あり、危絶に至らず、底本の「如豆之火令」は當に「夏之火令」と作るべし。こ塊の地方は黄明・紫潤・白瑩を以て正色と為し、病苦なきを主る。
九.命符在兩口角,原名食祿二倉也,內屬大小腸之連帶繫,亦為大小腸之應證繫,左為大腸,右為小腸,為外因之本病。如發現青浮滑膩之氣色,主溼氣凝滯少腹疼痛之疾。如發現紅燥焦枯赤絳之氣色,主患火結便血,以及腸瘀腸痕之疾。惟冬之水令,現黃黯不潤之氣色,應死亡不治之疾厄,其大小腸已絕故也。
第九處「命符」は、兩個の口角の上に在り、原名は「食祿二倉」、内に大腸小腸の相連する一系、も大小腸病變の應驗する處、左邊は大腸に應じ・右邊は小腸に應じ、外因の致す所の本病を主る。若し青浮滑腻の氣色を現出せば、濕氣凝滯・小腹疼痛の疾を主る。若し紅燥焦枯・赤の中に絳を帶ぶる氣色を現出せば、火結便血、以及腸中瘀滯・腸癰の類の病を主る、底本の「腸痕」は當に「腸癰」と作るべし。惟獨冬季の水令に在って、ここに黄暗不潤の氣色を現出せば、便ち死亡不治の疾厄の上に應ず、大小腸の氣すでに斷絶せればなり。
蓋黃為土氣,其部位屬水,大小腸為河流通達之地,土為阻塞克制之器,即克其水星之部位,又克其冬季之水令,此為重克,故可至死。其春夏秋二時亦無危險,不過疾災流連時日而已。如有黑慘之氣色,亦主大病厄,而春夏二令,可危亡不治;秋冬二令可救,而病災延長耳。
これは黄は土氣に属し、而して口角のこ個の部位は水に属し、大小腸はまた水道流通の處、土は正しく阻塞して水を克制する東西、既に水に属する部位を克し、又冬季の水令を克し、兩重の相克、ゆえに致死し得。若し春夏秋の三季に在れば、便ちこういう危險なく、不過病災の拖延する些時日のみ、底本の「二時」は當に「三時」と作るべし。若し慘黑の氣色を現出せば、もまた大の病厄を主る。春夏の兩令に在っては危亡不治、秋冬の兩令に在っては則ち救い可し、ただ病災は拖れ長些なるを要すのみ。
十.天真即兩眼之鳥珠、靈晶垣及瞳人,此為子腎之通過繫,主內因之病居多,外因之病居少。一為命門之真火,一為膀胱之真氣,即醫家謂之為君相二火是也。有氣無質,其部變幻不常,為人之生死關鍵,其中分四種。
第十處「天真」は、指すは兩眼の烏珠・靈晶垣と瞳人、底本の「鳥珠」は當に「烏珠」と作るべし。ここは腎氣の經過する一系で、主る所は內因の病を以て多しと為し、外因の病は較少なり。一邊は「命門」の真火に應じ、一邊は膀胱の真氣に應ず、もすなわち醫家の說く所の「君火」「相火」のこ兩把の火。それは氣ありて形質なく、こ一處は變幻不定、人の生死存亡の關鍵で、その中にまた四種の情形を分かつ。
第一日神脫,其神含淚無光,此為死亡之牒兆;第二曰神退,其烏珠段平日退進一層,此為死亡之證據;其三日神定,其神呆滯而模糊怒視,此為死亡之應徵;其四日神變,其神忽變而反常度,此為死亡之現象。
第一種は「神脫」と呼び、眼神が淚光を含むも毫も神采なし、これは死亡の先兆、底本の「牒兆」は當に「朕兆」と作るべし。第二種は「神退」と呼び、烏珠が平日に比して裏に退き進む一層、これは死亡の證據。第三種は「神定」と呼び、眼神が呆滯模糊なるも又怒視を帶ぶ、これは死亡の應驗の徵。第四種は「神變」と呼び、眼神が忽然改變し・平日の常態に一反す、これは死亡の現象。底本の幾處に「日」と作る字は、皆當に「曰」と作るべし。
按此四者均細微,而不容易辨認,非仔細研究,則不能分出細則,蓋反常而異於平日之形式,方為確實也。其中又分三則:其一為久病之眼神,其二為暫病之眼神,其三為末病之眼神。如發生上列四項,皆為死亡之災厄,其部為先天之機樞故也,是為死亡之重要部位,其細則詳載於危險篇中。
こ四種の變化は皆很に細微、辨認し易からず、一番の仔細の研究を下さざれば、便ちその中の細目を分かち出さず。總じてそれが常態に一反し・平日の樣子と不同なるを看て、初めて確實と算す。その中にまた三條を分かつ。一は久病の人の眼神、二は暫病の人の眼神、三は尚未病を得ざる人の眼神、底本の「末病」は當に「未病」と作るべし。およそ上面の說く所の四種の情形を出現するは、皆死亡の厄を主る、こ一處は先天氣機の樞紐・生死に關乎る重要部位なればなり、細則は『危險篇』の中に詳載す。
十一.命宮即印堂之下,山根之上為腎絡,督脈之通過繫,為正肋少肋交聚之地,為亶中與膈膜兩交之應證繫,主先天之遺留病。凡父母有何種疾病,則子女繼受何種疾病也。半為內因之遺傳病,半為外因之腎氣病。如真火衰弱,而不蒸化;如膀胱無力,而不傳送,應有遺精洩氣之先天病。
第十一處「命宮」は、印堂の下・山根の上に在り、腎の絡脈と「督脈」の經過する一系で、正肋と短肋の交聚する處、も「膻中」と膈膜の兩相交會の應驗の系、主る所は先天に遺留し下る病である。およそ父母に什麼樣の疾病あれば、子女は便ち什麼樣の疾病を承受す。ここは一半は內因の遺傳病、一半は外因の腎氣病。譬如命門の真火衰弱して、水穀を蒸化し能わず。又如膀胱無力して、水液を傳送し能わざれば、便ち遺精泄氣の類の先天の病ある會す。
又有脾土不充,清濁不別,膽氣不化,輸不力,應有痞塞皰塊之後天病。故小兒遺溺之腎氣不足,則有青筋暴露橫於命宮,否則有腎氣痛之病。成年,溼氣之凝聚為災,則有黯滯浮露於命宮。如有黑而枯色,赤而慘色,皆為死亡不治之病,或為縱慾之亡陽。
又如脾土充實せず・清濁分別し能わず・膽氣腐化し能わず・輸送の力なければ、便ち痞塞積塊の類の後天の病ある會す。底本の「輸不力」の句に疑わくは脫字あり、「皰塊」は當に「痞塊」と作るべし。ゆえに小兒の腎氣不足して遺尿するは、命宮上に便ち青筋の横に暴露出來あり、不然而もまた腎氣作痛の病ある會す。成年の後、濕氣凝聚して災と成れば、命宮上に便ち昏暗停滯の色を浮露す會す。若し黑くして干枯の色・赤くして慘淡の色を見れば、皆死亡不治の病、あるいは縱慾の導く所の亡陽の症である。
又有二十歲以上,三十歲以下之水火兩脫而死。此等危症,醫家多以年壯而偏重之,以致死亡不救他。不論已病末病,皆一體而論之可也。如有青浮滑膩之氣色,則有憂思疑慮,失眠傷陰之病。命宮皆以黃明紫潤白瑩之氣色,方為平安無病苦也。
また二十歲以上・三十歲以下の人ありて、水火の兩氣俱に脫するに因って死す。こ一類の危症は、醫家は多半病人の正しく壯年に當るに因ってそれを看輕し・用藥偏重し、以致て人死しても救い回不來ず。已經發病なるに論なく尚未發病なるに論なく、皆こ一套に照りて一體に論ず可し、底本の「末病」は當に「未病」と作るべし。ここに若し青浮滑腻の氣色あれば、便ち憂思疑慮・失眠傷陰の病あり。命宮は總じて黄明・紫潤・白瑩のこ幾種の氣色を現出するを要し、初めて平安して病苦なきと算す。
疾厄流連類詳解
一.亶中即山根之地,更名為後衛,即印堂之護衛也,在兩目相對之中心點,為亶中胸膈之正繫,亦為腎肺之通過繫,為外因之本病,亦為遺留之病。其地氣多血少,發現之氣色多凝滯,不容易散盡。如有虛弱之病,則有青暗而滯之氣色,發現於後衛;如有驚癎之病,則有青黑夾雜之氣色,發現於後衙。
第一處「亶中」は、すなわち山根のこ塊の地方、我はそれを改名して「後衛」と呼ぶ、それが印堂の護衛なればなり。それは兩眼の正中の相對するあの一點に位し、「膻中」と胸膈の正系、も腎と肺の經過する一系、外因の致す所の本病を主り、同時にも遺傳し留下る病を主る。底本の「亶中」はすなわち醫家の說く所の「膻中」である。こ塊の地方は氣多く血少し、現ずる所の氣色は多半凝滯、散じ乾淨し易からず。若し虛弱の病あれば、後衛上に青暗して停滯の氣色を現出す。若し驚癇の病あれば、後衛上に青黑夾雜の氣色を現出す、底本の「后衙」は當に「後衛」と作るべし。
如其地有赤紅之氣色,則有腎火上浮,以及家庭失火,而受回祿之災,因之而發生氣火相攻之病。如有浮膩之光,則有先天不充,酒色不節,元神損傷之病。一主病減而不痊癒,一主病痊而不除根,一主時痊時發,或久病或暫病,皆為定根之病,日積月累之例,有病根而不知者尚多也。
こ塊の地方に若し赤紅の氣色あれば、すなわち腎火上浮、同時にも家中の火を失し・「回祿」の災を遭受するを主り、人もまたこに因って氣火交攻して病を生ず。「回祿」は古代の火神、ここに借りて火災を指す。若し一層の浮腻の光を見れば、それは先天禀賦不足・酒色節制なく・元神損を受くる病。こ幾種の氣色は、一種は病勢の減輕するも痊愈せざるを主り、一種は病雖痊愈するも根を除掉し得ざるを主り、一種は時に好く時に犯すを主る。久病なるに論なく暫病なるに論なく、皆是れ已に根を扎下した病・一天天に積累して成る。身上に病根ありて自己は毫も知情せざる人は、實在に還だ很に多し。
二.命關原名年壽,在鼻樑之中段,內屬膽部之正繫,應外因本病居多,亦有並病之根,是為谷氣消化之處。凡人之飲食強健,消化能力,必藉膽腑之火力水力,而後強健身體。故關於飲食停聚,閉塞痞脹,溼凝不化之各類,皆以此為專部,故名曰疾厄宮。古人則謂脾化飲食,胃納飲食之說,餘者之皆非。
第二處「命關」は、原名は「年壽」、鼻梁の中段に在り、内に膽の正系に属し、應ずる所は外因本病を以て多しと為し、も兼ねて併發の病の根源あり、穀氣を消化する地方である。およそ人の飲食旺健・消化力あるは、皆膽腑の火力と水力とに憑りて得、然る後に身體こそ強健なれ。ゆえにおよそ飲食停積・閉塞痞脹・濕氣の凝して化せざるこ幾類の毛病は、皆こ處を以て專管の部位と為す、こに因ってそれはまた「疾厄宮」と呼作す。古人に脾は能く飲食を腐化し・胃は能く飲食を容納すの說法あり、我が考究し下れば皆對せず。底本の「余者之」は當に「余考之」と作るべし。
按脾為煽動機,分別清濁之臟也;胃為倉廩地,停屯轉輸之腑也。故水氣谷氣之糟柏,皆積聚於胃中,經膽汁之水火力而溶化之,方經脾之煽動力,而清者輸入小腸,濁者輸入大腸。其果真消化力,則為膽水之溶化,膽火之蒸化,然後清濁分焉。其清者清而濁者濁,又用脾力之分別,胃力之輸,以出之。
我の看るに依れば、脾は一台の鼓動する機器・清濁を分別する臟。胃は倉庫の一般の所在・屯積轉輸の腑。ゆえに水穀の糟粕は皆先ず胃の裏に積聚し、膽汁の水力火力を經過してそれを溶化し開き、再び脾の鼓動の力を經過し、清きは小腸に送り進め・濁きは大腸に送り進む。真正の消化力は、其實膽汁の水がそれを溶け開き・膽腑の火がそれを蒸化し、然る後に清濁初めて分かち開き得に在り。清きは清に歸し・濁きは濁に歸し、還お脾力に靠りて分別し・胃力に靠りて輸送し、初めて體外に排出し得。底本の「糟柏」は當に「糟粕」と作るべし。
故人死以後之膽汁,尚能溶化五金,每一人膽,可化雙毫貳枚。故命關力量與關係均重,其氣色又十分明顯,相學家則認為疾厄專部。按一飲一食,為人生之日用常度,皆藉膽腑之大力也。其地以黃明紫潤,為健全之身體,故麻衣有年壽黃明,一歲平安之句。
ゆえに人死の後に留下する膽汁は、還だ金屬を溶化し得、一個人の膽汁は兩枚の「雙毫」銀幣を化掉し得。見るべし命關のこ一處の力量と干係とは皆很に重く、それの氣色もまた格外分明に顯る、相學家はこに因ってそれを疾厄を專管する部位と認作す。一飲一食は人生の每日の常課、全て膽腑のこ一分の大力に靠る。こ塊の地方は黄明紫潤を以て佳と為し、此を見れば便ち身體健全、ゆえに『麻衣相法』に「年壽黄明、一歲平安」の句子あり。
如發現青浮滑膩之氣色,則為飲食停滯,痞瞞煩脹之疾厄。如發現紅赤之氣色,主回祿之火災,亦主火淫於內,風洩於外之疾。如發現黑慘黯滯之氣色,則為疤塊嘔扼,哽噎氣痛,土不制水,水氣上泛之疾。蓋因膽汁不蒸化,脾機不煽動,胃力不輸,以致水火不濟,火土不生,土水不化故也。故膽弱不易復原,膽病不易除盡,但不至立死,又不至大凶。如有死亡之疾厄,當以別部之氣色參合,單獨命關則不至死亡也。
若し青浮滑腻の氣色を現出せば、それは飲食停滯・痞滿煩脹の疾厄、底本の「痞瞞」は當に「痞滿」と作るべし。若し紅赤の氣色を現出せば、火災を主り、も火邪內淫・風邪外泄の疾を主る。若し慘黑昏暗停滯の氣色を現出せば、それは痞塊・嘔逆・哽噎氣痛、以及土が水を制せず・水氣上泛の疾、底本の「疤塊」は當に「痞塊」と作るべし。これらは皆膽汁の蒸化し能わず・脾機の鼓動し能わず・胃力の輸送し能わずに因り、以致て水火相济し能わず・火は土を生ぜず・土は水を化せざる緣故である。ゆえに膽氣は一たび弱れば便ち復原し易からず、膽病もまた除盡し易からず、然れど還だ立刻に致命するに至らず、も大凶に至らず。如果真に死亡の疾厄あれば、應當に別處の部位の氣色を合看して一併に參斷す可し。單憑命關の一處は、死亡を斷じ出さず。
三.輔弼即兩眉之部,內應肺部之正繫,五行屬金,肺主皮毛故也;又為內因本病,肺主憂思故也。故名華蓋者,秀麗薄嫩而名之也;又為文采之官,故以清秀柔細疎勻為合格,以修長環曲為常度,以高起有勢有稜為奇品。以肺主憂思,凡人在滿意遂心之時間,則眉順而潤,光彩煥發。
第三處「輔弼」は、すなわち兩條の眉毛のこ一部で、内に肺の正系に應じ、五行は金に属し、肺が皮毛を主管すればなり。それはまた內因の致す所の本病を主る、肺が憂思を主ればなり。それを「華蓋」と呼ぶ所以は、取るはその秀麗輕薄柔嫩の意思。それはまた「文采の官」と稱し、ゆえに眉毛は清秀・柔細・疏朗・勻稱して初めて合格と算し、修長して彎曲有致を以て常態と為し、高高として揚り・氣勢あり棱角あるを以て上上の品と為す。既に肺は憂思を主れば、然れば人の稱心如意の時は、眉毛は便ち順貼潤沢し・光彩煥發す。
凡人在不滿意不遂心之時間,則眉焦亂而枯,直立如草,此其證據確實之處也。凡有肺病,則兩眉直堅,或逆枯紛紜;凡人憂愁過度,則傷肺葉,而兩眉雜亂枯焦,應見咳嗽喘氣,噯噫呃嘔之疾。如此部見病,有終身不痊癒者,有至八九年五六年二三年者不等。肺柔而嫩,故一時不能痊癒,蓋因短期不滿其欲也。
人の不稱心・不如意の時は、眉毛は便ち焦亂干枯し、一根根に直竪して亂草のごとく、これは最も確鑿にして驗す可き處である。およそ肺病ある人は、兩眉直竪して僵硬、あるいは逆生枯亂・紛紛雜雜。およそ人の憂愁過度は、便ち肺葉を傷り、兩眉は之に隨って雜亂枯焦し、還會咳嗽氣喘・噯氣呃逆嘔吐の類の病を見る。こ一部は一たび病を見れば、終身痊愈し能わざるあり、も八九年・五六年・兩三年不等に拖るあり。肺質は柔嫩、ゆえに一時に好く成らず。說き到底れば、短時間の内に彼の心裏のあの分の願望は仍舊満足を得ざるに因る。
四.機樞即兩目之全部,為肝臟之總繫,為內因之本病,憂則傷肺,怒則傷肝故也。醫家則有血氣肉風火之五輪學說,余考其意,則象其形色而立名也。凡人有氣質不舒而動怒,則神露眼圓而浮白。又八脈繫於肝腎,當然屬人之總機框,故其部只可言肝病,而連帶腎病也。
第四處「機樞」は、指すは兩眼の全體、肝臟の總系で、主る所は內因の本病、憂愁は肺を傷り・發怒は肝を傷ればなり。醫家に血輪・氣輪・肉輪・風輪・火輪の「五輪」學說あり、我がその用意を考究するに、不過眼睛の各部の形狀顏色に照りて名を取るのみ。およそ人の心氣舒ならずして怒を動かせば、眼神は便ち外露し・眼睛は張圓して白睛浮顯す。加上奇經八脈は皆肝腎に係り、眼睛は自然に一身の總樞機、ゆえにこ一部はただ肝病と說し得、再び連帶して腎病に說到す。
凡有血絲暴露,必現肝熱之病;血絲淫散而赤紅,甚則為火淫於內,風洩於外之病。凡現沉垢呆滯之翳影,則為寒水下凝之寒症,次為飲食動氣之血凝。其神懶定而無光,則為營衙不交,氣滯不通之病。眼神似愁似淚,則為有不遂,外邪乘之之病,或為溼氣凝聚之疾。眼神似喜似笑,則為妄念已動,慾火爍之之病,或為盛氣沖動之疾。
眼中におよそ血絲暴露あるは、必定肝熱の病を現出す。血絲散漫して紅を泛るは、嚴重なるは火邪內淫・風邪外泄の病。およそ一層の沉暗呆滯して垢に蒙るがごとき翳影を見れば、それは寒水の下凝する寒症、其次は飲食失調・肝氣を動かして血脉凝滯と致す。眼神慵懶呆定・毫も光彩なきは、それは「營衛」の相交合せず・氣滯不通の病、底本の「營衙」は當に「營衛」と作るべし。眼神が發愁するに象りてまた淚を含むに象るは、心願の遂わざる所有り・外邪の虛に乘じて入る病、あるいは濕氣凝聚の疾。眼神が歡喜するに象りてまた笑を含むに象るは、妄念已に動き・慾火の煎熬する病、あるいは盛氣衝動の疾。
眼神似仰而沉思,則為危機潛伏,而有邪行隱憂之病;眼神似退而更深,則為憤懣壅潰,而有戕脫絕之病。余考每有膀胱疝氣之病,兩眼常閉而怯視,其烏珠似黯慘而不靈動;每有遺精滑精之病,兩眼神清如秋水,其神似怯弱而浮散;每有五淋白濁症,眼神似疏懶而多定識,又似淡愁而含憤急,常喜啟而少閉也。此為機樞之應證,各病之大概也。
眼神が頭を仰げて沉思するに象るは、危機潛伏・不正の行徑と隱憂の病を暗藏す。眼神が裏に退縮して愈々幽深を顯すに象るは、憤懣壅塞して將に潰せんとし・戕傷脫絶の病ある、底本の「戕脫絶」の句に疑わくは脫字あり。我の考察し下るに、およそ膀胱疝氣を害する人は、兩眼常常として半閉して目光怯懦、烏珠は一層の慘暗の色に蒙るがごとくして靈動せず。およそ遺精滑精を害する人は、兩眼の神光は秋水のごとく清亮なるも、可あの神氣は却って怯弱して浮散す。およそ五淋白濁を害する人は、眼神は疏懶して呆定の意多くを顯し、又像に淡淡の愁緒を帶びて一股の憤急を含み、常に睜着するを愛して閉合すること少なし。これらはすなわち機樞の一部の應驗、もまた各種の病の大概の情形である。
五.三陰在兩目之下,原名臥蠶是也,內屬厥陰之通過繫,三陰以厥陰為樞紐故也;又屬腎部之連帶繫,為內因病居多故也。蓋有心未遂,顧忌日深,隱憂日重,懼怯為人所乘,又不可明自表示,是為悲憤交集之病。如發現青膩浮光,其人感觸頗深,慾火浮動,應有腰痛膝酸之病。
第五處「三陰」は、兩眼の下面に在り、原名は「臥蠶」、内に「厥陰」の經過する一系に属し、三陰經が厥陰を以て樞紐と為せばなり。それはまた腎部の相連する一系に属し、ここは內因の病の居多ければなり。大抵は心裏に願望する所有りて未だ如願せず、顧忌は一天天に加深し・隱憂は一天天に加重し、また別人に空子を鑽られんことを怕れ、還お明白に口に說き出す能わず、於是悲憤交集の病と成れり。底本の「明自」は當に「明白」と作るべし。ここに若し青くして黏腻の浮光を現出せば、其人の感觸は很深く・慾火浮動を說明し、腰痛膝軟酸楚の病あるに應ず。
如現青黑交集,而加粉光之氣色,則有腎氣上沖,奔遯氣痛之病,又為淫慾過度,陽浮陽萎之疾。如發現青氣中有赤紅之點,則為膀胱淋漓,花柳下疳之病。如發現青筋橫露,主子女死亡,又因憂氣成疾;如發現青筋直露,主死血統戚屬,及母族妻族之例,又因遺累而成病。左應男丁,右應女丁,其它氣色則不應也。
若し青黑交雜して又一層の粉光を罩る氣色を現出せば、便ち腎氣上衝・「奔豚」の氣痛の病あり、も淫慾過度・陽氣浮越して陽事痿弱の疾を主る、底本の「奔遯」は當に「奔豚」と作るべし。若し青氣の中に赤紅の斑點を帶ぶれば、それは膀胱淋瀝不暢・花柳下疳の病。若し青筋の横に暴露を現出せば、子女夭亡を主り、本人もまた憂憤の氣に因って疾と成る。若し青筋の竪に暴露を現出せば、血統親屬の去世を主り、多く母族・妻族の一邊に應じ、本人もまたこ分の牽累に因って病を生ず。左邊は男丁に應じ・右邊は女丁に應ず、其餘の氣色はここに於いては便ち應驗せず。
六.中勾陳在山根之側,及眼角之側,有青筋潛伏處是也,內屬肺管之通過繫,屬外因之本病,乃四時六淫之不正氣。肺為太陰之脈絡,故其部有病,則發現青黑色居多,另分浮膩沉暗兩種。如黃白紫潤各色,皆無關係,而平安居多。大抵多應傷陰而陰虧血虧三種。如發現青黑交集,而有筋高露者,則為神不守宅,夜不靜寐,及寐後失眠而神遊,多驚恐之夢,此為常度病,一時不易復原也。
第六處「中勾陳」は、山根の兩側と眼角の旁に位し、すなわち青筋潛伏するあの一塊の地方。それは内に肺管の經過する一系に属し、外因の致す所の本病を主り、もすなわち四時の中の風・寒・暑・濕・燥・火の六淫の不正の氣。肺は手太陰の脈絡に属し、ゆえにこ一部は一たび病あれば、現出するは多半青黑の色、另外にまた浮いて黏腻・沉んで昏暗の兩種に分かつ。若し黄色・白色以及紫潤の各色を現出せば、皆關緊要ならず、多半平安を主る。大體上ここの應ずる所は多く傷陰、以及陰虧・血虧のこ幾種の情形。若し青黑交雜して又青筋の高高に暴露あるを現出せば、然れば心神が自己の舍宅を守り不住り・夜裏睡り安穩せず・たとえ睡り着くも像失眠の一般に神魂游蕩・常に驚恐の噩夢を做す。これは常年に身に纏う病に属し、一時に復原し易からず。
