神相全编
人を閱するに先ず五形を辨ずるを欲す
相術典籍
部位別に読むほうが通読より効率的である。相書中の社会的背景の記述にはその時代の刻印が強く残っている点に注意。
神相全編
大凡觀人之相貌,先觀骨格,次看五行;量三停之長短,察面部之盈虧,觀眉目之清秀,看神氣之榮枯,取手足之厚薄,觀鬚髮之疏濁;量身材之長短,取五官之有成,看六府之有就,取五嶽之歸朝,看倉庫之豐滿,觀陰陽之盛衰,看威儀之有無,辨形容之敦厚,觀氣色之喜滯,看體膚之細膩。
凡そ人に相面するには、第一歩はまず「骨格」を見る。即ち全身の骨格の粗细・起伏と格局で、これは一生の貴賤の根基である。第二歩に再び「五行」を見る。即ち人の形貌を金・木・水・火・土の五種類に归入することである。次いで「三停」を量る――髪際から眉心までを上停、眉心から鼻準までを中停、鼻準から顎までを下停――三段が長短勻稱するかを見る。面部の各部位が豊滿か虧陷かを察看し、眉毛眼睛が清朗秀氣かを見、神采氣度が旺盛か枯槁かを見、手脚を摸して厚實か單薄かを見、須髮が疏朗清爽か濃濁糾結かを見る。さらに身材の高矮を量り、「五官」(眉は保壽官、眼は監察官、耳は採聽官、鼻は審辨官、口は出納官)が端正合格に生じたかを見、「六府」(額上の兩天倉、面中の兩顴、下面の兩腮)が豐隆有成かを見、「五岳」(左顴は東岳、右顴は西岳、額は南岳、顎は北岳、鼻は中岳)が一齊に中央の鼻子に朝拱するかを見、「倉庫」(天倉は眉尾上方、地庫は兩腮下方)が豊滿かを見、陰陽(骨は陽に屬し肉は陰に屬す)のいずれが偏盛かを見、この人に人をして畏敬せしめる威儀があるかを見、形貌が敦厚かを辨じ、「氣色」が明潤にして喜を帶びるか晦暗停滯かを見、皮膚が細膩かを見る。
觀頭之方圓,頂之平塌,骨之貴賤,骨肉之粗疏,氣之短促,聲之響亮,心田之好歹,俱依部位流年而推;骨格形局而斷,不可順時趨奉,有玷家傳。但於星宿、富貴、貧賤、壽天、窮通、榮枯、得失、流年、休咎,備皆周密,所相於人,萬無一失,學者亦宜參詳,推求真妙,不可忽諸。
さらに頭形が方か圓か、頭頂が平滿か塌陷か、骨相が貴格に屬するか賤格に屬するか、骨と肉の搭配が粗疏か勻停か、呼吸の氣が短促か深長か、説話聲音が響亮か、および心地が善か惡かを見るべきである。これらは皆「部位流年」に配合して推すべきで、面部は上より下へ各年歲の位置を分布し、人が幾歳に至れば相應する那一處の好壞を見て、その幾年の吉凶を定める。同時にまた骨格と整體形局を憑に斷語を下す。相士は切に當時の人情に迎合して奉承の話を説いてはならない。それは家傳の相術を玷辱するものである。星宿の主る所、富貴、貧賤、壽夭(底本は「壽天」、即ち「壽夭」)、窮通、榮枯、得失、流年、休咎に至るまで、一一推して周密に得さえすれば、人に相面して萬に一の失もなし。學相の人もまた反復參詳し、その中の真に精微の處を推求すべく、輕忽してはならない。
十觀
一取威儀:如虎下山,百獸自驚;如鷹升騰,狐兔自戰。不怒而威,不但在眼,亦觀顴骨神氣取之。二看敦重及精神:身如萬斟之舟,駕於巨浪之中,搖而不動,引之不來,坐臥起居,神氣清靈,久坐不昧,愈加精彩;如日東昇,刺人眼目;如秋月懸鏡,光輝皎潔;面神眼神,俱如日月之明,輝輝皎皎,自然可愛,明明潔潔,久看不昏。如此相者,不大貴亦當小貴,富亦可許,不可妄談定。
十觀の第一觀は「威儀」を見ること、即ち一人の人が自然に流れ出す氣勢である。威儀ある人は老虎の下山するがごとく、百獸おのずと驚きを受け、老鷹の騰空するがごとく、狐狸兔子おのずと發抖する。いわゆる「不怒而威」とは、脾氣を發せずしても人をして輕慢せしめないことで、この氣勢は單に眼睛を見るのみならず、還た顴骨の骨力と面上の神氣を合看する。第二觀は敦厚穩重と精神を見る。穩重の人は身が萬斛の貨を載せた大船の巨浪に行くがごとく、浪打ち來れば船身は搖れども傾覆せず、他人が彼を拉動せんとすれども動かせない。坐るも躺くも起身走動も、神氣は皆清明靈動にして、久坐しても昏沈せず、かえって坐れば坐るほど精采がある。この種の人の神は早晨初めて昇る太陽のごとく、光線は人の眼目を刺し、また秋夜高く懸る明鏡のごとき月亮のごとく、光輝潔淨なり。面上の神と眼中の神は皆日月のごとく明亮にして、光潔可愛く、久しく看ても昏濁を覺えず。かかる相ある人は、大貴ならずとも小貴に當たるべく、富もまた彼に許すべし。ただし輕率に死斷語を下してはならない。
三取清濁:但人體厚者自然富貴,清者縱瘦神長,必以貴推之;濁者有神謂之厚,厚者多富;濁而無神謂之軟,軟者必孤,不孤則夭。四看頭圓頂額高:但人頭為一身之主,四肢之元。頭方者頂高,則為居尊天子;額方者頂起,則為輔佐良臣;頭圓者,富而有壽;額闊者,貴亦堪誇;頂平者,福壽綿遠;頭扁者,早歲迍邅;額塌者,少年虛耗;額低者,刑剋愚頑;額門殺重者,早年困苦;部位傾陷,髮際參差者,照依刑剋兼觀,不可一例而言,有誤相訣。
第三觀は「清」と「濁」を分辨すること。身體厚實の人は自然に富貴であり、相貌清秀の人はたとえ身形偏瘦でも、神氣悠長であれば、貴格をもって推すべし。相貌濁重にして神あるを「厚」と曰い、厚の人は多く錢あり。濁重にして卻って神なきを「軟」と曰い、軟相の人はかならず孤獨、孤獨ならずとも早死せん。第四觀は頭が圓か、頭頂と額頭が高聳かを見る。頭は一身の主、四肢の元なり。頭の生じて方にして頭頂又た高きは、尊位に居る天子の相なり。額頭方正にして頭頂隆起するは、君王を輔佐する良臣の相なり。頭圓なるは富有にして長壽、額頭寬闊のは貴氣誇るべし、頭頂平滿のは福壽綿長なり。反って、頭扁のは早年艱難困頓し、額頭塌陷のは少年時白白に耗損し、額頭低きは六親を刑克して且つ愚頑、額門(額部正中)殺氣重きは早年困苦す。面上部位傾斜凹陷し髮際參差不齊なるは、刑克を連ねて一倂に考察すべし。これら一概に論ずべからず、然らざれば相訣を誤用せん。
五看五嶽及三停:左顴為東嶽,俱要中正,不可粗露傾塌;額為南嶽,亦喜方正,不宜撇竹低塌;右顴為西嶽,亦與左顴相同;地閣為北嶽,喜旺方圓隆滿,不可尖削歪斜、卷竅兜上;土星為中嶽,亦宜方正聳上。印堂五嶽成也。
第五觀は「五岳」と「三停」を見る。相術は面上の五處の高起する部位を五座の名山に比す。左顴を東岳と曰い、端正居中を要し、粗糙露骨あるいは傾斜塌陷すべからず。額頭を南岳と曰い、亦た方正を喜び、竹片を削るがごとく兩邊削げ下りあるいは低平塌陷すべからず。右顴を西岳と曰い、左顴と同じくするを求む。下巴(「地閣」)を北岳と曰い、旺相方圓・隆起豊滿を喜び、尖瘦歪斜すべからず、又た下巴が卷翹して兜上すべからず。鼻子(相術は「土星」と稱し、即ち中岳)もまた方正にして向上聳起すべし。加うるに兩眉の間の「印堂」が平滿明淨なれば、これを五岳生成と曰う。
書云:五嶽俱朝,貴壓朝班,亦且錢財自旺。三停者,額門、準頭、地角,此面部三停也,又為三財,又為三主,又名三表,俱要平等。上停長少年忙,中停長福祿昌,下停長老吉祥。三停平等,一生衣祿無虧;若三停尖削、歪斜、粗露,俱不利也,可照流年部位氣色而推,不可一體而斷。
相書に説く:五岳皆中央の鼻子に朝向して拱衛すれば、この人貴は滿朝の班列を壓倒しうるほどに至り、しかも錢財自然に興旺す。いわゆる「三停」とは、額門(額部)、準頭(鼻尖)、地角(下巴)のこの三段を指し、面上の三停、又た「三財」「三主」「三表」と曰い、三段皆長短相等を要す。上停長きは少年時奔忙操勞し、中停長きは中年福禄昌盛し、下停長きは晚年吉祥なり。三停均等の人は、一生衣食俸禄缺けず。もし三段尖瘦・歪斜・粗糙露骨ならば、皆吉利ならず。具體いずれの年に應ずるかは、「流年部位」の上に現るる氣色に按じて推すべく、一刀に切って斷語を下すべからず。
六取五官六府。六府者:天庭日月二角為天府,宜方圓明淨,不宜露骨,天府成也;或削低塌偏尖,天府不成也,主初年運塞。兩顴為人府,宜方正插鬢,不粗不露,齊揖方拱,此人府成也;若粗露高低,尖圓繃鼓,此人府不成也,主中年運否。
第六觀は五官と「六府」を見る。六府は面上の三對の相對する骨面を指す。第一對:額頭正中の天庭に左右の日角・月角を連ね、合して「天府」と稱し、當に方圓明淨なるべく、骨頭の突露すべからず。かくのごとく生成せば即ち天府成なりて、早年順遂を主る。もし額角削低・塌陷・偏斜あるいは尖聳ならば、即ち天府不成なりて、初年(大約十五歳から三十歳前)運氣閉塞を主る。第二對:左右の兩顴骨を「人府」と曰い、當に方正にして向後して鬢髮に伸入すべく、粗糙せず露骨せず、兩邊齊整にして拱手作揖するがごとく中間に朝向す。かくのごとくば即ち人府成なり。もし顴骨粗露し、左右高低不齊、あるいは尖圓鼓脹ならば、即ち人府不成なりて、中年(約三十から五十歳)運氣不通を主る。
地角邊腮為末景地府,喜府地閣懸壁,木昏不慘,不尖不歪,不粗不大,地府成也;若高低粗露,削尖耳後見重腮,地府不成也。書云:一府就掌十年之富盛,相反者主十年之凶敗。
第三對:下巴と兩邊の腮骨を「地府」と曰い、晚景を管す。この一部位は下巴(地閣)の方厚にして壁立のごときを喜び、氣色昏暗せず慘淡せず、尖らず歪まず、粗大失度せず、かくのごとくば即ち地府成なり。もし兩腮高低不平・粗糙露骨、あるいは下巴削尖して耳後に卻って重疊の腮肉を鼓出せば、即ち地府不成なり。相書に説く:一府生じて合格せば、即ち十年の富足興盛を管し、反って生じて不合格ならば、即ちその十年の凶險敗落を主る。
七取腰圓背厚:胸坦腹墜,三甲三壬,體膚細嫩可也。背厚闊,腰硬腰圓,最嫌背脊成坑、背薄肩垂、肩昂頸削。腰宜圓宜硬,宜大宜平,不可細小軟弱、崎彎無屁股、臀薄尖削露;臀宜平厚,不宜大竅;胸宜平滿,骨莫粗露;項下雙絛,心窩不陷,腹宜有囊如葫蘆,臍下肉橫生,不宜尖削。或如鵲肚、雞胸、狗肚,此不湛也。
第七觀は腰が圓實か、背が厚闊かを見る。上好の身相は胸部平坦、腹部下垂飽滿、背に「三甲」(脊背兩側と項後の三處、肉厚くして護甲のごとし)あり、腹に「三壬」(臍下と兩腿邊の三處、肉厚し)あり、皮膚細嫩なるをいう。背は厚く寬を要し、腰は結實にして圓を要す。最も忌むは背脊中間に凹みて一道の坑を成し、背薄く兩肩下垂し、肩頭高聳して脖頸瘦削する。腰は當に圓・硬・大にして平なるべく、細小軟弱すべからず、彎曲して臀部なきに至るべからず、臀部もまた薄く尖削外露すべからず。臀は平厚を要し、大なる凹陷あるべからず。胸は平滿を要し、骨頭粗露するなかれ。頸下に兩條の豎起する肉縧あり、心窩凹陷せず、腹部は葫蘆のごとく下垂の肉囊あるを象り、肚臍下面に橫生の一片厚肉あり、尖瘦すべからず。もし喜鵲のごとき窄肚、雞のごとき凸胸、狗のごとき癟肚に長成せば、皆合格せず。
書云:腰圓背厚,方保玉帶朝衣,驟然不豫,慷慨過人,必主發達富盛;胸平腹囊,故宜紫袍掛體,雖不出前,不入凡流,必須發達。背如三甲,項後肉厚,兩肩繃肉厚;腹如三壬,臍下肉長,兩腿邊肉長。
相書に説く:腰圓背厚の人は、乃ち玉帶を系し朝服を穿つ官身に配するに足る。この種の人は事に遇うに沉着にして輕易に色に形わず、氣度慷慨にして人に過ぎ、かならず發達富盛せん。胸部平滿・腹に肉囊ある人は、合に紫袍を披くべし――たとえ出人頭地し得ずとも、凡俗の流に淪ることなく、終竟發達せん。いわゆる背の「三甲」のごとしとは、項後肉厚、左右兩肩の繃れる肉厚、加うるに脊背本身の厚實、共に三處にして鎧甲の身を護るがごときを指す。いわゆる腹の「三壬」のごとしとは、臍下肉長、左右兩腿邊肉長、共に三處の豐厚を指す。
書云:揹負三山如護甲,臍深納李腹垂箕,如此之相必大貴,不貴之時富可誇。但頭大無肉,腹大無囊,不是農夫必是屠傅;不是粗人定是木作。若尖削陷軟,狗肚雞胸,縱富必無結果。書云:男子腰小,難主家財亦且夭折;凸胸露臀,當成窮酸,男子為僕,女子為婢。相中最宜推詳,不可忽略。
相書に説く:背上に三座の山を負うがごとく、厚きこと護身甲のごとき、肚臍深くして一枚の李子を放ち入れ得、腹部下垂して簸箕のごとき、この身相あればかならず大貴せん。たとえ貴ならずとも、富は誇るに足る。しかし頭雖も大なれど肉なく、肚子雖も大なれど下垂の肉囊なき、この種の人は田を種る者ならずんば屠戶、粗使の人ならずんば木工をなす者なり。もし身上處處尖瘦・凹陷・綿軟にして、狗のごとき癟肚、雞のごとき凸胸を長ずれば、たとえ一時錢ありとも終歸結果なし。相書又た説く:男子腰細小なるは、家財を守ること能わずして且つ夭折しやすし。胸脯前凸・臀部瘦削外露のは、窮酸に落ちるのみ、男は僕役をなし、女は婢女をなす。これら相法の中に最も細細に推詳すべく、忽略すべからず。
八取手足:宜細嫩隆厚,掌有八卦,紋路鮮明,或如撰血尖起三峰,奇紋異紋,節如雞彈,指尖相稱,指大相停,掌平如鏡,或軟如綿,龍虎相吞,掌厚背厚,腕扁肘圓。足背有肉,足底有紋有痣,掌略帶彎,手背不宜粗露,筋骨指節不宜漏縫。書云:腫節漏縫,神昏神懶;浮筋露骨,身樂心憂;掌紅撰血,富貴綿綿;手軟如綿,閒且有錢;尖起三峰,招生晚景;掌平如鏡,白手興家;紋露粗率,晚年衣祿平常。但相掌訣法有載於後,宜與前後兼觀。
第八觀は手と脚を見る。手足は當に細嫩にして隆厚なるべく、掌上の「八卦」(掌心四圍に乾坎艮震巽離坤兌の八つの方位に對應する肉丘)は生じて起るを要し、掌紋清晰分明なるべし。掌色紅潤にして血を塗りたるがごとく、掌上三處の肉峰尖起し、最も好きは更に奇特の紋路あること。指節は雞蛋のごとく圓潤にして突兀せず、指尖長短相稱し、手指粗细勻停す。掌心平坦にして鏡のごとく、あるいは綿軟にして棉のごとし。大拇指下の肉丘と小指下の肉丘(俗に龍虎と稱す)が互相包抱す。手掌厚く手背もまた厚く、手腕扁にして肘部圓なり。脚背に肉あるを要し、脚底に紋あり痣あり、掌心略ほ彎凹を帶ぶ。手背は粗糙露骨すべからず、筋骨と指節合攏する時指縫光を透かすべからず。相書に説く:指節腫大・指縫漏光の人は、精神昏昧懶散なり。青筋浮起・骨節外露のは、身雖も安閒なれど心裏憂愁す。掌色紅潤にして血のごときは、富貴綿長なり。手綿軟にして棉のごときは、清閒にして又た錢あり。掌上三峰尖起のは、晚年に乃ち發す。掌平にして鏡のごときは、白手起家しうる。掌紋外露にして粗率のは、晚年衣食ただ平常のみ。看掌の詳細口訣に關しては後文別に記載あり、當に前後合看すべし。
九取聲音與心田:書云:要知心裡事,但看眼神清。眼乃心之門戶,觀其眼之善惡,必知心事之好歹。其心正則眸子必正,眼視上其心必高,眼視下心有感思,眼轉動而不言心有疑慮,眼視斜而口是心非、益已害人,言不可聽。眼正視,其人中正,入黨無偏;眼噁心必惡,眼善心必慈。
第九觀は聲音を聽き心地を看る。相書に説く:一人の人の心裏何を想うかを知らんと欲せば、ただ彼の眼神の清か清からざるかを看よ。眼睛は心の門戶なり。彼の眼神の善か惡かを看れば、彼の心事の好壞を知る。心地端正の人は瞳子かならず端正なり。眼睛老いて上を看る者は、心氣かならず高傲なり。眼睛老いて下を看る者は、心裏思慮する所有り。眼珠轉動停まずして說話せざる者は、心裏疑忌を存す。眼睛斜にして人を看る者は、往々口是心非・利己害人して、彼の話は聽信すべからず。眼神端正平視の人は、人と為り中正にして、たとえ朋黨を結交すれども偏私せず。總じて眼惡の人は心かならず惡、眼善の人は心かならず慈なり。
有陰鴛者,或救人難厄,或救人危險,濟人貧窮,救人性命,不淫不亂,財寬量大容物。人俱有紫黃容紅氣色,發見於眼下臥蠶之宮、印堂福堂之住,縱相貌不如,其心田好,終有富貴。若相貌堂堂,心事奸險,縱然富貴,不日貧窮。
「陰隲」(暗に行善積德を行う、底本は「陰鴛」)を積める人、あるいは人を患難に救い、あるいは人を危險に救い、あるいは窮人を周濟し、あるいは人の性命を救い過し、自家又た淫亂せず、錢を用うるに寬厚、度量大にして人を容れうる。この種の人は面上皆紫色・黄色に紅潤を帶びたる好氣色を現出し、眼睛下方の「臥蠶」(下眼瞼の那一條の隆起する肉)および印堂・福堂(兩眉尾上方、天倉に近き處)等の部位に發す。かくのごとき人はたとえ相貌出衆と算せずとも、心地好きがゆえに、終竟富貴を得ん。反って、相貌堂堂にして心思奸險の人は、縱い眼下富貴なりとも、久しからずして貧窮に轉成せん。
書云:未觀相貌先看心田,有相無心相從心滅,有心無相相從心生。昔裴度還帶,宋郊渡蟻,廉頗扶危救人過渡,各千金不受,本是不貴之相,後反大貴而陰陽扶之。
相書に説く:未だ相貌を看ずるに、先に心地を看よ。好相を生じて好心なければ、好相は壞心に随いて消失せん。好相なけれど好心を存せば、好相は善心に随いて生出せん。從前唐代の裴度は玉帶を拾い原物を失主に歸還し、宋代の宋郊は橋を搭して螞蟻を救い過し、戰國の廉頗は危を扶け困を濟し、人の渡河を幫助して、事後彼に千金を送るも肯んじて收めず――此の幾位は本來相の上に皆貴格ならざりしが、後來かえって大貴せしは、正に暗中の善行が天地陰陽の力の扶助を招來せしがゆえなり。
聲音宜響亮,出自丹田,臍下一寸是也。聲響如雷灌耳,或如銅鐘玉韻,或如甕中之聲,或如銅鑼銅鼓,或如金聲,或聲長尾大如鼓之響,俱要清潤,縱相貌不如,亦主富貴。或人小聲大,人大聲雄,俱要深遠,丹田所出,此富貴綿遠之相也。夭折貧賤之人,聲輕聲噎,聲浮聲散,聲低聲小,或如破鑼破鼓,語音焦枯,聲大尾焦,聲雄不圓。書云:富貴之聲出於丹田,夭賤之人聲出舌端。或有餘韻,縱焦枯烈,早年虛耗,晚主發達矣。
聲音は當に響亮なるべく、しかも「丹田」(臍下一寸の處)より發出すべし。好聲音あるは響くこと雷聲の耳を灌ぐがごとく、あるは銅鐘敲響・美玉相擊のごとく、あるは大瓮の中より傳出するがごとく、あるは銅鑼銅鼓のごとく、あるは金屬の聲のごとく、あるは音長にして尾音寬厚にして鼓を擊つがごとし。共同點は皆清亮潤澤を要するにある。かかる聲音あれば、たとえ相貌差些なりとも、富貴を主る。還た人の個子小にして聲音大、個子大にして聲音雄壯、ただ聲音深遠にして確實に丹田より出づれば、皆富貴長久の相なり。夭折貧賤の人に至りては、聲音輕飄・發噎・浮にして實ならず・散にして聚まらず・低微細小、あるいは破鑼破鼓のごとく、語音干枯し、聲起る時大にして尾音焦斷し、聲雖も雄壯なれど圓潤せず。相書に説く:富貴人の聲音は丹田より出づ。夭亡貧賤者の聲音はただ舌尖の上に出づ。もし聲音雖も焦枯猛烈なれど還た餘韻を帶ぶれば、それは早年白白に耗損し晚年終に發達しうる相なり。
訣曰:言未舉而色先變,話末盡而氣先絕,俱夭賤之人。觀聲音,知為相之根本;觀陰陽,知為相之元神。形貌莫外乎聲音,陰陽部位不好,有此相者,競許富貴。但聲音響亮者,雖貧終能發達,不必狐疑。
口訣に説く:話未だ口を開かざるに臉色先に變わり、話未だ説き畢らざるに氣接ぐ能わざるは、皆短命下賤の人なり。聲音を聽くを會すれば、乃ち相術の根本を掌握したりと算す。陰陽を看るを會すれば(骨は陽、肉は陰、動静剛柔の配合)、乃ち相術の元神を抓住したりと算す。形貌の吉凶は終竟聲音此の一條を離れず。たとえ陰陽部位生じて好からずとも、ただ聲音過關せば、仍ほ彼に富貴を許しうる。聲音響亮の人は、眼下雖も窮すれど、終竟發達しうるを能くす。猶疑するを須いず。
十觀形局與五行。形局者,乃人一身之大關也。或如龍形、虎形、鶴形、獅形、孔雀形、鸛形、牛形、猴形、豹形、象形、鳳形、鴛鴦、鷺鷥、駱駝、黃鵬、練雀等形,此富貴形相;或豬形、狗形、羊形、馬形、鹿形、鴉形、鼠形、狐狸形,此兇暴貧薄天折之相也。
第十觀は形局と五行を看る。いわゆる「形局」とは、整個の人の體態を或る一種の禽獸の形に归入するで、これは一身相法の大關節なり。龍形・虎形・鶴形・獅形・孔雀形・鸛形・牛形・猴形・豹形・象形・鳳形、および鴛鴦・鷺鷥・駱駝・黄鶯(底本は「黄鵬」)・練雀等の形のごときは、皆富貴の相に屬す。反って、豬形・狗形・羊形・馬形・鹿形・烏鴉形・老鼠形・狐狸形は、則ち凶暴・貧薄・夭折の相なり(底本「天折」は即ち「夭折」)。
五行者,金、木、水、火、土也。書云:金得金剛毅深,木得木資財足,水得水文章貴,火得火見機果,土得土厚豐庫。金形白色喜白,木形瘦喜青,水喜肥黑,火不嫌尖宜赤色,土喜厚今色宜黃,此五形正局也。合此者富貴福壽,反此者貧賤夭折。但學者憑五行兼骨格,推斷相法多端總斷。
いわゆる「五行」とは、金・木・水・火・土の五種の形なり。相書に説く:金形人再び金の氣色を得れば、性情剛毅にして城府深し。木形人再び木の氣色を得れば、錢財充足す。水形人再び水の氣色を得れば、文章をもって顯貴しうる。火形人再び火の氣色を得れば、事に遇うに見機果斷す。土形人再び土の氣色を得れば、家底厚實にして倉庫豊滿す。金形人は膚色本白、喜び再び白色を見る。木形人は體瘦、喜び青色を見る。水形人は肥胖にして色黑なるを喜ぶ。火形人は面尖を嫌わず、宜しく赤色を見るべし。土形人は身厚を喜び、色は宜しく黄なるべし。これ五種の形の正格なり。正格に合するは富貴福壽、正格と相反するは貧賤夭折す。學相の人は五行を憑に再び骨格を合看すべく、相法頭緒雖も多しといえども、總じて合わせて斷語を下すを要す。
五法
擇交在眼,眼惡者怕多薄,交之有害,然露者無心,不可不詳審也;問貴在眼,未有眼無神而貴且壽者;問富在鼻,鼻為土生金,厚而豐隆者必富;問壽在神,未有神不足而壽且貴者,縱貴亦大富;求全在聲,士農工商,聲亮必成,不亮無終。上相不出此五法,拘於口耳眉額手足背腹之間者,乃庸相士也。
人を相するに別に五條の綱領あり。第一、朋友を選擇するは眼睛を看る。眼神凶惡の人は多く刻薄にして、之と交往すれば害あり。ただし眼神雖も外露するも心裏事を藏しえざる人は、卻って必ずしも壞ならず。この一層は細辨せざるべからず。第二、一人の貴か貴からざるかを問うは眼睛を看る。眼中神なくして卻って貴く且つ壽なるは從來なし。第三、富か富からざるかを問うは鼻子を看る。鼻は五行に土に屬し、土は金を生じうる。鼻頭厚實・鼻梁豐隆の人はかならず錢あり。第四、壽か壽からざるかを問うは神を看る。神氣足らずして卻って長壽にして又た顯貴なるは從來なし。たとえ貴なるも不過大富のみ。第五、個人の事事周全を求むるは聲音を看る。士農工商を論わず、聲音響亮のはかならず事を成しうるを能くし、聲音亮ならざるは何を做すも皆結果なし。高明の相法は此の五條を出でず。ただ口・耳・眉・額・手・足・背・腹のこれら零碎の處に斤々計較するは、平庸の相士なり。
切相歌
入眼方知訣,還觀主起中。語遲終富顯,步緊必貧窮。犬眼休為伴,雞睛莫與逢。項偏多蹇滯,頭小定飄蓬。骨露財難聚,筋浮病必攻。唇掀知命夭,腹墜祿須豐。腰肥知有福,額廣壽如松。腳長兼耳薄,辛苦道途中。
この歌訣は人を相する要點を講ず。第一眼見て先去りて先ず關鍵を抓住し、還た彼の一身の主氣が何の處より發起し、中正を守住し得るかを看るべし。說話從容にして急ならざる人は終竟富貴顯達し、走路脚步急促緊迫の人は多く貧窮す。眼睛が狗眼のごとく閃爍窺伺する人とは之と伴を為すことなかれ。眼睛が雞眼のごとく黄圓無神の人とは之と相交ることなかれ。脖子生じて偏斜の人は一生多く阻滯す。頭小の人はかならず蓬草のごとく漂泊無定なり。骨頭突露のは錢財を聚めず。青筋浮起のは必然に病來侵さん。嘴唇外へ掀翻するは壽命短を主る。腹部下垂飽滿のは俸禄豐厚なり。腰身肥厚のは福あり。額頭寬廣のは壽青松のごとし。脚特別に長く加うるに耳朵薄きは、一輩子辛苦奔波して道路の上に在らん。
論形俗
蜀人相眼,閩人相骨,浙人相清,淮人相重,宋人相口,江西人相色,魯人相軒昂,胡人相鼻,太原人相重厚。
各地の人の形貌は各々偏勝あり、看相の時は各々その長處に就いて着眼すべし。四川人は重點的に眼睛を看、福建人は重點的に骨格を看、浙江人は清秀か否かを看、淮河一帶の人は厚重か否かを看、宋地(今の河南商丘一帶)の人は口を看、江西人は氣色を看、山東人は氣度軒昂か否かを看、北方胡人は鼻子を看、太原人は穩重敦厚か否かを看る。これ地に因りて法を立つるなり。一套の標準をもって天下人に遍く套するべからず。
論氣色
天道週歲,二十四節氣,人面一年氣色,亦二十四變,以五行配之,無不驗者。促色最難審,當於清明昧爽之時觀之,又須隔絕不醉,不近色,乃可決耳,慎之慎之。氣色半月一換,交一節氣,子時既變矣。氣色在皮內肉外,隱隱可掬者,方是真氣色。氣色現而安靜者,應之遲;若點點焰動不定者,應之速。春要青,夏要紅,秋要白,冬要黑,四季月要黃,此天時氣色也。
天道一年の運行に二十四の節氣あり、人の臉上の氣色も一年に之に随いて二十四次變化し、五行をもって配すれば、應驗せざるなし。氣色最も審察し難く、當に天氣清朗にして天將に明けんとし未だ明けざるの時に看るべし。被相の人は還た事先に隔離し、醉酒を喝せず、女色に近づかず、かくのごとくして乃ち斷語を下すべく、務めて謹慎すべし。氣色は半個月に一換し、一たび節氣に交われば、當夜子時に便ち變わる。真の氣色は皮膚之內・肌肉之外に藏れ、隱隱約約として捧起しうるがごとし。それ乃ち真氣色と算す。氣色現出して安定不動のは、應驗遲し。もし一點一點火苗のごとく跳動不定なれば、應驗速し。天時に按じて説けば、春天面上は宜しく青を帶び、夏天は宜しく紅を帶び、秋天は宜しく白を帶び、冬天は宜しく黑を帶び、四季月(三・六・九・十二月各末十八天、土旺の時)は宜しく黄を帶ぶべし。これ天時に随いて生ずる氣色なり。
木形人要青,火形人要紅,金形人要白,水形人要黑,土形人要黃,此人身之氣色也。木形色青,耍帶黑忌白;火形色紅,要帶青忌黑;金形色白,要帶黃忌紅;水形色黑,要帶白忌黃;土形色黃,要帶紅忌青,此五形生克之氣色也。
再び各人の形に按じて説けば:木形人の面色は青を要し、火形人は紅を要し、金形人は白を要し、水形人は黑を要し、土形人は黄を要す。これ本身形體と相配する氣色なり。もし生克を論ぜば、木形人の本色は青、宜しく再び一點の黑を帶ぶべし(水生木)、白を見るを忌む(金克木)。火形人の本色は紅、宜しく青を帶ぶべし(木生火)、黑を見るを忌む(水克火)。金形人の本色は白、宜しく黄を帶ぶべし(土生金)、紅を見るを忌む(火克金)。水形人の本色は黑、宜しく白を帶ぶべし(金生水)、黄を見るを忌む(土克水)。土形人の本色は黄、宜しく紅を帶ぶべし(火生土)、青を見るを忌む(木克土)。これ五行生克に按じて判斷する氣色なり。
青如睛天日未出之色,而有潤澤,為正,為吉;如打傷痕而乾焦,則為邪為凶。紅如隙中日影之色,而有潤澤,為正,為吉;如打傷痕而焦枯,為邪為凶。白如玉而有潤澤,為正,為吉;如粉如雪而起粟,則為邪,為凶。黑如漆而有潤澤,為正,為吉;如煙煤而暗,則為邪,為凶。黃如鵝而有潤澤,為正,為吉;如敗葉色而焦枯,則為邪凶。
五色各々正邪の別あり、關鍵は潤澤あるか否かに在り。青色は晴天日出前のあの澄澈の天青にして潤澤を帶ぶるがごとくするを要し、乃ち正色・吉色なり。もし青きこと挨打後の淤痕のごとく且つ干枯焦暗なれば、即ち邪色・凶色なり。紅色は縫隙の裏より透り入る日光のごとく明亮潤澤なるを要し、乃ち正是正吉なり。もし紅きこと傷痕のごとく且つ焦枯なれば、即ち邪是凶なり。白色は美玉のごとく潤なるを要し、乃ち正是吉なり。もし白きこと敷粉のごとく積雪のごとく且つ皮上に粟粒を起せば、即ち邪是凶なり。黑色は油漆のごとく黑亮潤澤なるを要し、乃ち正是吉なり。もし黑きこと烟煤のごとく暗滯なれば、即ち邪是凶なり。黄色は鵝黄のごとく鮮潤なるを要し、乃ち正是吉なり。もし黄きこと枯敗の落葉のごとく且つ焦干なれば、即ち邪是凶なり。
色白主服,紅主訟及瘡疤破財,如火珠焰發者,主火災;青主驚恐疾病,黑主大病死亡,黃主疾病尖脫。氣色雖現,亦要看神色正,而神脫色亦空耳;色而神旺,色終莫能為大害也。
各色の主る所の事は各々相同じからず。面に白色を現ずは孝服喪事あるを主る。紅色を現ずは口舌官司、および瘡を生じ疤を留め破財を主る。もし紅きこと火珠が火焰を冒出するがごときは、火災を主る。青色を現ずは驚恐と疾病を主る。黑色を現ずは大病甚だしきは死亡を主る。黄色を現ずは疾病と脱耗を主る(底本は「尖脱」)。ただし氣色雖も顯現すれど、還た神の端正か否かを看るを要す。神もし已に脱せば、縱い好氣色あるも是れ空なり。反って、氣色不佳にして神旺なれば、あの氣色は終竟大害を造るに足らず。
五官
眉為保壽官:喜清高疏秀彎長,亦宜高目一寸,尾拂天倉,主聰明富貴,機巧福壽,此保壽官成也;若粗濃黃淡,散亂低壓,乃刑傷破敗,此一官不成也。
眉毛を「保壽官」と曰い、壽元と聰明を主管す。好眉は清朗高揚・眉毛疏朗秀氣・彎にして長を喜び、還た當に眼睛より約一寸高出すべく、眉尾は「天倉」(眉尾上方、髮際に近き處)に掃向す。かくのごとく生成せば、主人聰明富貴・機巧にして福壽あり。これ即ち保壽官生成なり。もし眉毛粗濃雜亂・色澤枯黄淺淡・散亂不聚、あるいは長じて低すぎて眼睛を壓すれば、即ち刑傷破敗を主り、此一官便ち成らず。
眼為監察官:黑白分明,或鳳眼、象眼、牛眼、龍虎眼、鶴眼、猴眼、孔雀眼、鴛鴦眼、獅眼、喜鵲眼,神藏不露,黑如漆,白如玉,波長射耳,自然清秀有威,此監察官成也;若蛇、蜂、羊、鼠、雞、豬、魚、馬、火輪四白等眼,赤白紗侵,睛圓黑白混雜,兼神光太露,昏昧不清,此監察官不成也,又且愚頑凶敗。
眼睛を「監察官」と曰い、一人の貴賤と心術を主管す。好眼は黑白分明を要し、形狀は鳳眼・象眼・牛眼・龍眼虎眼・鶴眼・猴眼・孔雀眼・鴛鴦眼・獅眼・喜鵲眼の類のごとく、眼神含蓄にして外露せず、黑睛は黑きこと漆のごとく、白睛は白きこと玉のごとく、眼角細長にして波紋の耳邊に延伸至るがごとく、自然清秀にして威嚴を帶ぶ。これ即ち監察官生成なり。もし長じて蛇眼・蜂眼・羊眼・鼠眼・雞眼・豬眼・魚眼・馬眼・火輪眼・四白眼(黑睛小にして上下左右皆白を露わす)此一類となり、加うるに眼中赤絲白翳侵入し、眼珠圓にして黑白混雜し、又た神光太過外露し昏暗不清なれば、即ち監察官不成なり。この種の人は愚頑にして且つ凶敗す。
耳為採聽官:不論大小,要輪廓分明,喜白過面,水耳、土耳、金耳、牛耳、圓棋耳、貼腦耳、對面不見耳,高眉一寸,輪厚廓堅,紅潤姿色,內有長毫,孔小不大,此採聽官成也;或鼠耳、木耳、火耳、箭羽耳、豬耳、輪飛廓反,不好之耳,或低小軟弱,此採聽官不成也,不利少年損六親。
耳朵を「採聽官」と曰い、童年少年運と壽元根基を主管す。耳は大小を論わず、關鍵は「輪」(外圈)と「廓」(内圈)の分明を要し、最も喜ぶは耳色の面色に白過ぐること。水耳・土耳・金耳・牛耳・圓棋耳・貼腦耳のごとき、および正面より看て去りて耳朵を見えざるは、皆好耳なり。再加うるに耳位眉毛より約一寸高出し、耳輪厚・耳廓堅挺し、顏色紅潤し、耳内に長毫を長じ、耳孔小にして空張せざれば、これ即ち採聽官生成なり。もし長じて鼠耳・木耳・火耳・箭羽耳・豬耳、あるいは耳輪外翻・耳廓反出せば、皆好からざる耳なり。再びあるいは耳低小にして軟弱無骨なれば、即ち採聽官不成なりて、少年不利・父母兄弟妻子等の六親を損傷するを主る。
鼻為審辨官:亦宜豐隆聳直有肉,伏犀龍虎鼻,獅牛胡羊鼻,截筒盛囊懸膽鼻,端正不歪不偏,不粗個小,此審辨官成也。若狗鼻、鯽魚、鷹嘴、劍峰、反吟、復吟、三曲、三彎、露孔、仰灶、扁弱、露脊、露骨、太大孤峰,況又凶惡,貧苦無成,刑惡奸貪,此審辨官不成也。
鼻子を「審辨官」と曰い、財帛と中年運を主管す。鼻は豐隆高聳・鼻梁直にして肉あるを要し、伏犀鼻・龍鼻虎鼻・獅鼻牛鼻・胡羊鼻・截筒鼻(鼻頭は截斷の竹筒のごとし)・盛囊鼻・懸膽鼻のこれら格局のごとく、且つ端正にして歪まず偏せず、粗大ならず亦た細小ならず。これ即ち審辨官生成なり。もし長じて狗鼻・鯽魚鼻・鷹嘴鼻・劍峰鼻(鼻梁薄きこと刀背のごとし)、あるいは「反吟」「復吟」(鼻梁曲折起伏)・三曲三彎・鼻孔外露・仰灶(鼻孔天に朝ぐ)・鼻身扁弱・鼻梁露脊露骨、あるいは鼻子太大にして兩顴配せず孤峰獨聳し、再加うるに神色凶惡なれば、即ち貧苦無成・刑克奸貪を主る。これは審辨官不成なり。
口為出納官:唇紅齒白,兩唇齊豐,人中深長,仰月彎弓,四字口方,牛龍虎口,兩唇不反不昂,不掀不尖,此出納官成也。或豬狗羊口,覆船,宴魚紉魚,鼠食羊食,唇短齒露,唇黑唇皺,上唇薄下唇反,鬚黃焦枯粗濁,此出納官不成也。書云:但一官成者,掌十年之貴祿富豐;不成者,必主十年困苦。
口を「出納官」と曰い、飲食俸禄と晚年を主管す。好口は唇紅齒白を要し、上下兩唇厚薄豊滿相等しく、鼻下の「人中」深にして長く、口形あるいは仰ぐる月牙のごとく、あるいは張開の弓のごとく、あるいは方正にして「四」の字のごとく、あるいは牛口・龍口・虎口のごとし。兩唇外翻せず上昂せず、掀かず尖らず。これ即ち出納官生成なり。もし長じて豬口・狗口・羊口、あるいは口角下垂して翻覆の船のごとく、あるいは魚嘴のごとく撮起し、あるいは東西を喫する時嘴が鼠啃羊嚼のごとく、あるいは嘴唇短にして牙齒外露し、唇色黑を發し唇上多皺し、上唇薄にして下唇外翻し、胡須枯黄粗濁なれば、これ即ち出納官不成なり。相書に説く:五官の中に一官生じて合格せば、即ち十年の貴禄富足を管し、一官成らざるあれば、即ちその十年の困苦を主る。
人を閱するに先ず五形を辨ずるを欲す
金木水火土也。陳圖南云:金形方正色潔白,肉不盈今骨不薄;木形瘦直骨節堅,色帶青今人卓蘋;水形圓厚重而黑,腹垂背聳真氣魄;火形豐銳赤焦燥,反露氣枯無常好;土形敦厚色黃光,臀背露兮性樂靜。呂尚云:木瘦金方乃常談,水圓土厚何須寬。《麟鳳記》云:相剋於中窘難多,金木水火由不和。
人を看るに先ず五種の形を分かち清むべし。即ち金形・木形・水形・火形・土形なり。陳摶(字は圖南)曰く:金形人は面方體正・膚色潔白にして、肉は過分に豊滿ならず骨も單薄ならず。木形人は身瘦にして挺直し、骨節堅實にして、面に青色を帶び、人は清拔出衆を顯す。水形人は體態圓厚にして膚色偏黑、肚腹下垂・背部聳起し、自ら一股の真氣魄あり。火形人は上尖下闊・面赤にして躁急す。もし形氣外露枯焦なれば好しと算するに足らず。土形人は敦實厚重・膚色黄にして光あり、臀部と背部豐厚顯露し、性情安靜樂處す。呂尚曰く:木は瘦を要し、金は方を要す。これ相家の常談なり。水は圓を要し、土は厚を要す。道理も亦た多く講るを須いず。《麟鳳記》曰く:もし一身五行之中互相克戰すれば、處境窘迫多難となる。金木水火彼此不和とは即ち此のごとし。
秘訣云:五行凶。金形帶木,斷削方成,初主滯,未主超群。木形多金,□生利落,父毋早刑,妻子不成。水形遇十,忽破家財,疾苦連年,終身屯檀。火形水性,兩不相併,克破妻兒,錢財無剩。土逢重木,作事無成,若非大折,家道伶仃。
祕訣は五行相克の凶象を講ず。金形人の身上に木氣を帶ぶるは、譬えば一塊の金が截斷削磨を經て乃ち器を成すがごとく、故に早年運滯すれど、晚年卻って超羣出衆しうる。木形人の身上に金氣太多きは、一生零落して聚まらず(底本此處一字を脱し、當に「一生」を作るべし)、父母早年に便ち刑克せんとし、妻子兒女も亦た成全し難し。水形人が土氣に遇うは(底本「十」は「土」の訛)、忽に家財を破掉し、疾病苦楚接續數年、終身困頓す(「屯檀」は即ち困頓の意)。火形人が卻って水の性情を帶ぶれば、水火兩つながら相容れず、妻子兒女を克破し、錢財一點も剩えず。土形人が重重の木氣に遇えば、木克土、事を做すに一成の所なく、若し大的折損に遭遇せざらんには、亦た家道零落孤單に落ちん。
五行吉。金逢厚土,足寶足珍,諸事營謀,遂意稱心。木水相資,富而且貴,文學英華,山塵之器。水得金生,利名雙成,知圓行方,明達果毅。火局遇木,茸肩騰上,三十為卿,功名蓋世。十添離火,戊巴內丁,愈暖愈佳,其道生成。
再び五行相生の吉象を講ず。金形人が厚重の土氣に遇えば、土生金、便ち珍寶充足し、凡そ謀劃ある皆稱心如意なり。木形人が水氣の滋養を得れば、水生木、既に富且つ貴、文才出衆にして、超塵脫俗の器局なり。水形人が金の生を得れば、名利雙收し、心思圓通にして行事方正、通達果斷剛毅なり。火形人が木氣に遇えば、木生火、肩背豐聳にして運勢上騰し、三十歳にして公卿に位列し、功名蓋世なり。土形人に再び添うるに離卦の屬する火氣(「戊巴内丁」は戊土・巳火・丁火の同氣を指す)をもってすれば、火生土、火氣愈々暖まれば土愈々厚く、此の路は自然生成・水到渠成なり。
次察陰陽精氣神。骨為陽,肉為陰,精乃血之主,氣乃神之本,神乃精之附。《貧女金鏡》云:骨陽肉陰兩平和,一生終是無災害。陽勝於陰多孤克,陰勝於陽多天折。《鬼眼經》云:大道凝成有三般,精能養血冠眾體。王朔云:氣所以養形而化成者也。《易》云:神者妙萬物而為言者也。秘訣云:一陰一陽不偏勝,此道由來天賦定。精氣相資體之充,神攝萬靈為主帥。
五形を辨じ畢り、第二步は陰陽と精・氣・神を察看するを要す。骨は陽に屬し、肉は陰に屬す。精は血の主宰、氣は神の根本、神は又た精に依附す。《貧女金鏡》曰く:屬陽の骨と屬陰の肉の兩下平衡調和すれば、一生終歸災禍なし。陽が陰に勝るは多く孤獨刑克し、陰が陽に勝るは多く夭折す(底本「天折」は即ち「夭折」)。《鬼眼經》曰く:大道の凝成は外ならず精・氣・神の三樣、その中精は血脈を滋養し、全身の首に居る。王朔曰く:氣は以て形體を養育し且つそれを化育成就せしむるを用うと。《周易・説卦》曰く:いわゆる神とは、それが微妙に萬物に作用するを形容するなり。祕訣曰く:一陰一陽誰も偏勝せざるは、此の格局本は天生注定なり。精と氣互相資助し、身體乃ち充實し、而も神は一身萬般靈機を統攝し、全體の主帥なり。
三停八卦求相稱。王停者,有身上三停,有面上三停;八卦者,有面列八卦,掌列八褂。《玉虎》云:身上三停頭足腰,看他長短欲勻調。上停長者人多貴,長短元差福不饒。《冥度經》云:凡天中至印堂曰上停,山根至準頭曰中停,人中至地閣曰下停。陳圖南云:五行不正,相君終始薄寒。八卦豐隆,須是多招財祿。秘訣云:身面三停俱勻調,掌面八卦悉豐盈。不端玉階地,定處金谷園。
第三步は三停と八卦が彼此相稱するか否かを看る。いわゆる「三停」(底本「王停」は「三停」の訛)は兩套に分かつ。一套は全身三停、一套は面上三停なり。いわゆる「八卦」も亦た兩處に分かつ。面上に八卦方位を排布し、手掌上にも八卦を排布す(掌上八處の肉丘、底本「八褂」は「八卦」の訛)。《玉虎經》曰く:身上三停は頭・腰・足の三段を指し、それらの長短勻調か否かを看るを要す。上停(頭頸)長の人は多く富貴、三段長短原本差ならざるは、福氣薄からざらん。《冥度經》曰く:面上は髮際正中の「天中」より兩眉の間の「印堂」までを上停とし、兩眼の間の「山根」より鼻尖「準頭」までを中停とし、鼻下「人中」より下巴「地閣」までを下停とす。陳摶曰く:一身五行端正ならざるは、此人到頭來命薄寒微なり。掌上八卦豐隆飽滿のは、かならず多く財禄を招せん。祕訣曰く:身上・面上の三停皆勻調し、掌面八卦處處豊滿せば、此人もし朝堂玉階之下に立身せざらんでも、亦たかならず金谷園のごとき豪富の家に住まん。
五嶽四瀆定高深。左顴泰嶽,右額華嶽,額為衡嶽,頰為恆嶽,鼻眾為嵩嶽。讀耳為江,二瀆目為河,三瀆口為準,四瀆鼻為漢。《通仙錄》云:五嶽兩顴額鼻頰,高隆開闊非凡胎。《混儀經》云:四水莫教淺,五六主凶亡。秘訣云:五山朝拱,四水流通。德行須全,福自天然。
第四步は五岳・四瀆を用いて面上の高低深淺を定む。相術は面上の五處の高起する部位を五岳に比す。左顴を東岳泰山とし、右顴を西岳華山とし(底本は「右額」を作る)、額を南岳衡山とし、兩頰(下巴一帶)を北岳恆山とし、鼻子居中を中岳嵩山とす。又た面上の四處の通じ流るる能くする孔竅を四條の大水に比す。第一瀆耳は長江(底本此處「一瀆」の「一」の字を脱す)、第二瀆目は黄河、第三瀆口は淮水、第四瀆鼻は漢水なり。《通仙錄》曰く:五岳とは即ち兩顴・額・鼻・頰、長じて高隆開闊の人は絕えて凡胎にあらず。《混儀經》曰く:四瀆は生じて淺薄すべからず。もし耳目口鼻皆淺露にして深からざれば、即ち凶亡を主る。祕訣曰く:五座の山中央に朝向して拱衛し、四條の水流れ通じて塞がらず、再加うるに德行完備せば、福氣自然に來る。
語默動靜身須識。□語□默,□動□靜。郭林宗云:言語不妄口德也,緘默自持心德也。《易》云:寂然不動,感而遂通。秘訣云:語成爻,默成象,動與天懼,靜與天遊,非身具至,德孰如斯。
第五步は一人の說話と沉默・行動と靜止の間より相を看ることを懂得するを要す。原文此處底本各々一字を脱し、當に「一語一默、一動一靜」を作るべし。郭林宗曰く:說話輕率妄發せざるは、口上の德なり。沉默自守し得るは、心上の德なり。《周易・繫辭》曰く:寂然として動かず、一たび感應あれば便ち天下之故を貫通しうる。祕訣曰く:一句話説き出せば便ち卦爻を成し、一次沉默守住すれば便ち卦象を成す。動の時は天と同じくその敬畏を同じくし、靜の時は天と同じくその優游を同じくす。若し一身の修養極處に至らずんば、誰の德行か能くかくのごとくならん。
吉凶悔吝色當明。吉凶者得失之象,悔吝憂虞之象。《易》云:得則吉,失則凶。吉凶相對,而悔吝局其中。悔自凶而趨吉,吝自吉而向凶也。秘訣云:前節論身之德,此節淪色之變。識其德,察其變,相焉繆哉。
第六步は臉上氣色の顯す所の吉・凶・悔・吝を看明白し得るを要す。吉凶は得與失の象、悔吝は憂愁と顧慮の象なり。《周易・繫辭》曰く:得る所有れば便ち吉、失う所有れば便ち凶。吉と凶の兩頭相對し、悔と吝は中間に夾まる。「悔」は凶の一頭より吉の方向へ走り、「吝」は吉の一頭より凶の方向へ滑る。祕訣曰く:上一節に講ずるは一身の德、此一節に講ずるは氣色の變化なり(底本「淪」は「論」の訛)。既に彼の德を認得し、又た彼の氣色の變化を察出し得ば、人を相するに還た何の差錯かあらん。
行年為主遠限決。行年部位,運起限並沖。麻衣云:骨格為□世之榮枯,氣色定行年之休咎。《風鑑》云:運限並沖明暗九,更逢破敗屬幽冥。倘若得時部他好,順流氣色見光晶。秘訣云:行年為主運限扶,轉於此處定榮拈。石中美玉何絲辨,一點神光照太初。
第七步は「行年」を以て主と為して長遠の運限を判斷す。行年とは即ち面上に年歲に按じて分布する部位で、運は或る部位より起り、流年之限と並行しあるいは相衝す。麻衣道者曰く:骨格は一世の榮枯を決定し(底本此處「一」の字を脱す)、氣色は當年の吉凶を決定す。《風鑑》曰く:運と限並行して又た相衝し、再び「明九」「暗九」(虛歳逢九と逢九の倍數)のかかる關口に遇上すれば、もし同時に部位破敗せば、幽冥之途に歸するを要す。倘若正に得時の好部位に走り至り、氣色走勢に順いて明亮にして晶のごときなれば、妨げなし。祕訣曰く:行年を以て主と為し運限を以て輔と為すは、轉折の處即ち此處に榮と枯を定出す。石頭の裏に美玉を裹むは、外面より哪裏分辨出來せん。全くあの一點の神光に頼りて本來を照見す。
相逐心生相術真。心能生相,原牛理也。陳圖南云:有心無相,相逐心生;有相無心,相逐心滅。《神機》云:心在形先,形居心後,此之謂也。秘訣云:裴晉公的主餓死,而香山還帶之功;宋狀元未必元魁,由造蟻橋之力。一念之善格天,終身福履綏之,心之關係豈渺廓云乎哉。
第八步は相が心に随いて生ずるを知るを要し、これ乃ち相術の真諦なり。心は相を生出しうるは、本來天理なり(底本「牛理」は「生理」の訛)。陳摶曰く:好心を存して好相なければ、好相は心に随いて生出せん。好相を生じて好心なければ、好相は心に随いて消滅せん。《神機經》曰く:心は形之先、形は心之後、講ずるは正に此の道理なり。祕訣曰く:唐代の裴度は本來の相は餓死を主れど、香山寺に失主の玉帶を歸還して陰德を積みたるがために轉貴せり。宋代の宋郊は本來必ずしも狀元に中る能わざりしが、橋を搭して螞蟻を救ひしがために乃ち魁首を得り。一念の善は上天を感格しうるを能くし、一生の福禄皆之に随いて安穩す。心と相の關係は、哪裏渺茫難憑の説ならんや。
相辨微芒第二(鬼谷子)
大道無形無執著。人雖具形,來自無形;相本有法,拘法則泥。成和子云:夫人肖形天地,其本來面目無中生有,或得之而成飛禽之像,或得之而成走獸之像,色色種種,別何者為吉人,何者為匪人?磋夫,執形而論相,管中窺豹也。不離形,不拘法,視於無形,聽於無聲,其相之善者也。《風鑑》云:上相之士,不相身面,其意亦同。
大道本來形狀なく、亦た形狀に執着すべからず。人雖も一副の形體を長ずれど、この形體は卻って無形の中より來る。相法本來條例あるも、死に條例を摳ればかえって拘泥不通となる。成和子曰く:人の形貌は天地に取法し、本來面目は無の中より有を生出せしより來る。ある人は飛禽之氣を得て便ち禽鳥の相に長成し、ある人は走獸之氣を得て便ち走獸の相に長成し、形形色色なり。この許多の形色の裏に誰が吉人・誰が壞人かを分辨する要あり。嗚呼、もし死に形體を抓着して相を論ぜば、それは不過竹管の裏より豹を看るに一斑を見るのみ。既に形體を離れず、又た條例に拘泥せず、能く無形の處に看、無聲の處に聽くは、これ乃ち人を相する上手なり。《風鑑》曰く:高明の相士は專ら人の身と面を看ず、講ずるも亦た同一の意思なり。
秘訣云:以貌觀人,失之子羽;以言語觀人,失之宰子。宣尼猶然,庸術乎?蓋道能生形,形不能生道,知此道即知此形。形乎形乎,視聽冥冥,斯其至矣。
祕訣曰く:孔子は相貌を憑に人を看て、澹臺滅明(字は子羽、貌醜にして德高し)を看錯えり。言辭を憑に人を看て、宰予(字は子我、能言にして懈怠)を看錯えり。孔子のごとき聖人尚ほ且つ此のごとし、況んや平庸の術士をや。原因は在り:道は形を生出しうるを能くし、形は卻って道を生出し得ず。此の道を懂得せば、亦た此の形を懂得せり。形や形や、真の看と聽は皆杳冥無跡の處に在り。此の一步に到り得れば、相術は家に到るなり。
揣摩簡練出其下。學古人之成法,斤斤不失尺寸,此其下也。太沖子云:今得意於忘言之天,盡是棄糟粕已後。陳圖南云:揣其形,摩其骨,什分之間不失一。超於什一,揣摩中便是神仙下寰世。
一味に揣摩推敲・熟練技法の上に功夫を下すは、これ相術の下等なり。古人の現成の法則を學びて、一分一寸も敢えて差えざるは、這れ即ち下等なり。太衝子曰く:如今忘言の境界の裏に其意趣を得る能くするは、皆糟粕を丟開したる後の事なり。陳摶曰く:彼の形貌を揣量し、彼の骨相を摩挲すれば、十分の中一分を差えず。若し此の十分之一の精度を超過し得ば、那れ即ち神仙の凡間に下凡して來たるなり。
秘訣云:春秋伯樂善相馬,秦穆公謂伯樂之後無人己。伯樂舉九方皋,穆公乃使九方皋遍求馬於域中,數月而報得良馬,牡毛色畢呈。馬至則與前報者庚,穆公不悅口,化牡毛色不分,義何馬之能知?伯樂曰:若皋之所觀天機也,得其精而忘其粗,在其內而忘其外。驗之果良馬。夫君子之相,何異良馬。學者得九方皋之術化矣。
祕訣は一個の故事を講ず。春秋の時伯樂は馬を相するに善し。秦穆公は伯樂の後再び馬を相する人なしと認めり。伯樂は九方皐を舉薦し、穆公便ち九方皐を派して境內各處に馬を尋ねしむ。幾個月後回報して一匹の良馬を找到し、還た馬の公母と毛色を報ず。馬牽き來る時、先前の報じたる公母毛色と對せず。穆公很だ高興せず、曰く:公母毛色さえ分かち清めず、還た何の馬を懂せんや。伯樂曰く:九方皐の看る所は天機なり。彼は精微を抓住して粗跡を忘掉し、ただ内在を看て外表を忘掉す。後來一たび試せば、果然良馬なり。君子の相は、良馬を相するとなんの兩樣かあらん。學相の人若し九方皐此の一手に學び得ば、即ち化境に入るなり。
有時或在方寸間,理不越於方寸,常存主於一身。《聖凡論》云:心為身主,五行之先。麻衣云:末觀形貌先相心田。此□者皆方寸之說也。秘訣云:心者身之帥,心帥以正,幻形孰不正。形右不正者元論矣。即如伏羲人首蛇身,神農人身牛首,為三代之聖君。方寸之論,彰彰明矣。
相は時に方寸之心の上に在り。相理は此の方寸之地を出でず、心は常常に一身の主を做す。《聖凡論》曰く:心は身體の主宰にして、五行より還た先に在り。麻衣道者曰く:未だ形貌を看ずるに、先に心地を看よ。此の兩條講ずるは皆方寸之心なり(底本此處「二」の字を脱す)。祕訣曰く:心は一身の統帥なり。統帥端正なれば、此の變幻の形體に正ならざるあらんや。至って形體本來正ならざる人に至りては、那れ更に論ずるを須いず。伏羲が人頭蛇身を長じ、神農が人身牛頭を長ずるも、卻って皆上古の聖君なり。方寸之心の説法、道理は再び明白ならざるなしと見ゆ。
有時或在邦廓外。石蘊玉而山輝,珠藏淵而媚。《靈臺經》云:骨肉丰標為外邦,且於真實用工夫。《肘後經》云:吾人性上無一物,形生惟有外皮膚。《貧女心鏡》云:堯眉八彩,舜目重瞳,內秉聖德,外見神姿。以此推之,內德外形之征也。
相は時に又た身體此の外殼之外に顯る。山裏に玉を藏れば、整座の山皆光輝あり。深淵の裏に珠を藏れば、淵水も亦た嫵媚を顯す。《靈臺經》曰く:骨肉の豊滿標致はただ外面の一層の疆界のみ、真の工夫は内裏の真實の處に用いるを要す。《肘後經》曰く:人の本性の上に原本一物もなく、形體生成は不過外面此の層の皮膚のみ。《貧女心鏡》曰く:唐堯の眉毛は八種の彩色を現出し、虞舜の眼睛は一目雙瞳なり。これ内裏に聖德を禀有し、外面に乃ち神奇姿容を現出せり。此に由りて推せば、内在の德はかならず外形の上に徵驗を留下することを知るべし。
秘訣云:相有隱有顯,顯者易觀,隱者難見,在學者目力心思何如耳。假如有德者必有形,又有形者而無德,湯軀九尺而曹交類之,孔子河月而陽虎類之。一聖□狂,天淵之懸,是不可不辨。
祕訣曰く:相に隱の有り顯の有り。顯のは看出し易く、隱のは察覺し難く、全く相者の眼力と心思の何の地步に到るかを看る。譬えば德ある人はかならず相應の形貌あるも、然れども亦た形貌像ありて德なき有り。商湯は身高九尺、戰國の曹交も身量亦た九尺なり。孔子は額頭河目海口のごとく狀貌奇偉、魯國の陽虎も相貌孔子と相似たり。一つは聖人、一つは狂妄之徒(底本此處一字を脱し、當に「一聖一狂」を作るべし)。二者相去ること天と淵のごとし。これ辨ぜざるべからず。
空空洞洞本來真。空空,明鏡之衷;洞洞,無物之體。《心經》云:色即是空,空即是色。《通仙錄》云:洞洞不知天地隘,性靈遠是太虛真。白聞道者云:不論肉,不論骨,骨肉皮蘘殼漏子,空空洞洞有乾坤,即是太虛元化體。
空空洞洞、乃ち人の本來真面目なり。いわゆる「空空」は、明鏡のごとく心中空明なるを謂う。いわゆる「洞洞」は、虛空のごとく體内無物なるを謂う。《心經》曰く:色は即ち是れ空、空は即ち是れ色。《通仙錄》曰く:心地洞然通達の人は、天地の狹窄を覺えず、性靈深遠にして、正に太虛の真體に合す。白聞道者曰く:人を相するに肉を論ぜず、亦た骨を論ぜず。骨肉皮囊は不過會漏の殼子なり。能く空空洞洞に到り得れば、裏面自ら一片の天地あり。那れ即ち太虛元氣化生の本體なり。
秘訣云:血肉內氣化為生,性靈具十氣化之前,是以知本真則知眾體。此淪可與高明者道,難與庸俗者言也。
祕訣曰く:血肉の內、氣化流行して乃ち生命あり。而も人の性靈は卻って早く氣化之先に已に具足せり(底本「十」は「于」の訛)。故にただ此の本來真體を認得さえすれば、全身各處の相自然皆看明白ならん。此の一番の議論は高明の人に説き聽かすべく、庸俗之輩に對して講じ難し。
仿彷彿佛難測度。有相無心,有心無相。《神獅機》云:有形中之形,有形外之形。形中之形,由中生色,醉然見於面盎於背是也;形外之形,色厲內茬,似忠非忠,似信非信是也。此二者特踐形不踐形之間耳。
人相は仿佛難明にして、測度し難し。ある人は好相ありて好心なく、ある人は好心ありて好相なし。《神機經》曰く:形に「形中之形」あり、亦た「形外之形」あり。いわゆる形中之形とは、内裏より氣色を生出し來り、德性充盈にして潤澤に臉上に顯れ、豐厚に背上に布くを謂う(語《孟子》「睟然見於面、盎於背」に出づ、底本は「醉然」を作る)。いわゆる形外之形とは、外表嚴厲にして内裏怯懦(底本「内茬」は當に「内荏」を作るべし)、看れば忠厚のごとく然れど真に忠厚ならず、看れば誠信のごとく然れど真に誠信ならざるを謂う。此の兩種の分別は、ただ内德を能く真に形體の上に落實し得るか否かに在るのみ。
秘訣云:昔有人毀陳平於漢祖,曰陳平美如冠玉,未必中之有也。誠哉斯言乎,觀人之難也。
祕訣曰く:從前人ありて漢高祖の面前に陳平を詆毀し、陳平の相貌漂亮にして帽子上に鑲める玉のごとく、内裏未だ必ずしも真才實德あるにあらずと曰う。此の話説きて實在せり。人を看ることの多難を見るべし――外表の美と内裏の實は、本來必ずしも相符せず。
消息只此箇中存。富貴貧賤,吳出此篇。太沖子云:箇中得此閒消息,了我優游物外身。秘訣云:邵子詩云:因探月窟方知物,為攝山根始識人。此與上文辭異而意同。不造其妙則何以知人,義何以知己也。
相術の全部の消息は此の裏頭に存在す。一人の富貴貧賤は、此の一篇の講ずる所の道理を出でず(底本「呉出」は當に「莫出」を作るべし)。太衝子曰く:此の裏頭の中に此の一點の閒消息を會得し得れば、我此の一身便ち物外に優游しうる。祕訣曰く:邵雍の詩の裏に説く:月窟を探到せしがために萬物を懂得し、山根を把握住せしがために人を認識す。此れ上文と説法同じからざれど意思一樣なり。深く其の精妙の處に入らずんば、怎んぞ人を知らん、又た怎んぞ己を知らん。
東周叔服豈欺我。叔服有人倫識鑑,學者當不讓於叔服。柳莊云:緊相人之有術兮,肇東周之叔服;監昭晰之幽隱兮,宜休咎之是卜。秘決云:叔服擅名於周,於卿唐舉繼之,孰謂子卿唐舉之後,義豈無人哉,欺我之言不誣矣。
東周の叔服難道我を騙さんや。叔服は人物を品鑑するに善し。學相の人は當に叔服に比べて差ならざるべし。柳莊(明代相士袁珙の子袁忠徹、號は柳莊)曰く:人を相する術の要緊なる所以は、東周の叔服より開創せり。彼は幽微隱晦の處を照見しうるを能くし、故に吉凶は彼一卜に由りて便ち準なり。祕訣曰く:叔服は周朝に相術をもって擅名せり。後來子卿・唐舉其の後を接續す。誰か子卿・唐舉の後便ち人なしと説かん。見れば「叔服豈欺我」此の句話並びに虛言にあらず。
相五德配五行第三(郭林宗)
五行水火木金土。太極生兩儀,兩儀生四象,四相生八卦,八卦生五行。陳圖南曰:天一生水,在人為腎,腎之竅為耳,又主骨齒;地二生火,在人為心,心之竅為舌,又主血氣毛髮;天三生木,在人為肝,肝之竅為眼,又主筋膜爪甲;地四生金,在人為肺,肺之竅為鼻,又主皮膚喘息;天五生土,在人為脾,脾之竅為唇,義主肉色。宋齊丘云:凡在五行懼有祿,只宜豐厚不宜偏。
五行とは即ち水・火・木・金・土なり。太極は陰陽兩儀を生出し、兩儀は四象を生出し、四象は八卦を生出し、八卦は再生して五行を生出す。陳摶曰く:天數一は水を生じ、人身上に腎に對應し、腎は耳に開竅し、又た骨骼と牙齒を主管す。地數二は火を生じ、人身上に心に對應し、心は舌に開竅し、又た血氣と毛髮を主管す。天數三は木を生じ、人身上に肝に對應し、肝は眼に開竅し、又た筋膜と指甲を主管す。地數四は金を生じ、人身上に肺に對應し、肺は鼻に開竅し、又た皮膚と呼吸を主管す。天數五は土を生じ、人身上に脾に對應し、脾は嘴唇に開竅し、又た肌肉と膚色を主管す。宋齊丘曰く:凡そ五行に屬する部位は皆各々一份の禄あり。ただ生じて豊滿厚實なるを宜とし、偏枯失衡を宜とせず。
秘訣云:人身具此五行,惟水火乃五行之最。水屆坎居腎,腎水旺能養之肝木,木得水濟而生離之心火,火得木助而生良之脾土,土得火益而生兌之肺金。此生生不息之機,乃水之化源無端也。
祕訣曰く:人身上に此の五行を具備す。その中水と火最も要緊なり。水は坎卦に屬し、人身に腎に居る。腎水旺なれば便ち屬木の肝を滋養し、肝木水の接濟を得て又た屬離卦の心火を生出し、心火木の幫助を得て又た屬艮卦の脾土を生出し(底本「良」は「艮」の訛)、脾土火の增益を得て又た屬兌卦の肺金を生出す。これ即ち一身生生不息の機關、根源は水の化生無窮無盡に在り。
中藏五德通臟腑。五德:仁、義、禮、智、信。臟腑:肺、心、腎、肝、脾。《玄神錄》云:甲木主仁,位居東;庚金為義,向西從;禮依丙火南方地,智於壬癸北方中。惟有戊土無方位,信立陰陽理則同。五者本非泛然物,隱於臟腑妙無窮。
五行之中に五德を藏め、又た五臟と相通ず。五德は仁・義・禮・智・信、五臟は肺・心・腎・肝・脾なり。《玄神錄》曰く:甲木は仁を主り、方位は東に在り。庚金は義を主り、方位は西に在り。禮は丙火に依託し、南方に在り。智は壬癸水に屬し、北方に在り。ただ戊土は哪の一方にも專屬せざるも、其の立つる所の「信」は、陰陽之中に道理皆一樣なり。此の五者本は空泛の東西にあらず、それらは人の臟腑の間に隱藏し、妙用無窮なり。
秘訣云:水火木金土,肝肺心腎脾。五德配五行,仁義禮智信。發而為四端,信則居其一。生相若無信,虛負軀殼體。吾見世間人,致淆於外矣。不知無文中,舍有真實理。真實即為信,四時不衍期。相中全在信,相得壽須彌。四端豈假借,各具其一理。倍寄四端中,有用無方體。
祕訣曰く:水火木金土、肝肺心腎脾に配す。五德は五行に配すれば、即ち仁義禮智信なり。此の五者發出せば惻隱・羞惡・辭讓・是非の四端を為し、而も「信」其の中を貫穿して一份を占む。人一副の相を生じて、もし「信」此の一項なければ、白白に此の軀殼を頂くなり。我世間の人を看るに、大多外表に迷亂されて、文飾なき樸素の中に在りて乃ち真實の道理あるを知らず。真實は即ち信なり。譬えば四季更替の從來失期せざるがごとし。相法の關鍵は全く一個の信字に在り。信此の一相を得れば、壽命便能ち須彌山のごとき久長を得ん。四端は外より借來するにあらず、各自皆自身の道理を具備す。「信」は四端之中に寄託して加倍發用す。它は實實在在の作用あり、然れど固定の形體方所なし。
水圓本是智之神。水性周流無滯,智之體似之。《風鑑》云:肩粗並眼大,城廓更閉圓,此相名真水,平生福自然。成和子云:水形主閱,得其五圓,氣色不雜,精神不亂,動止寬容,行久而輕也。語云智者樂水,又云智者動。秘訣云:水先天之氣耳,貫通於六合,化機不息,口古如常。圓融似智,得其形並得其性,是為真水,主聰明敏達,定賢愚也。經云:似水得水文學貴。
水形は圓を以て主と為し、本來「智」此の一德の神采に對應す。水の性子は周流不停・無所滯礙、智の本體正に它と相像す。《風鑑》曰く:肩膀粗厚、眼睛大、耳朵の輪廓(城廓)又た閉合して圓整なるは、此の相を真水形と曰い、一生の福自然に來る。成和子曰く:水形は圓を主り、全身五處(頭・面・身・手・足)皆圓を要し、氣色駁雜せず、精神散亂せず、擧止寬厚從容、走得て久しければ身法かえって輕捷なり。古語に智者は水を喜好し、又た智者は動を好むと曰う。祕訣曰く:水は先天之氣にして、上下四方を貫通し、化育之機永く停歇せず、亘古如常なり(底本「口古」は當に「亘古」を作るべし)。人と為り圓融通達して「智」のごとく、既に水の形を得又た水の性を得、これ乃ち真水形なり。聰明敏捷通達を主り、以て一人の賢か愚かを判定するに用いうる。相經曰く:水形のごとくして又た水の氣色を得れば、文學をもって顯貴しうる。
火有文武禮之附。火之用有文武,禮之體似之。《風鑑》云:欲識火形貌,下闊上頭尖,舉止全無定,頤邊更少須。成和子云:火形主明,得其五露,氣色不雜,精神不亂,動止敦厚,臥久而安也。秘訣云:以火為種,水作精。精全面後神方生,神全而後氣方備,氣備而後色方成。火之在人為禮,得其形並得其智,是為真火,主威勢勇烈,定剛柔也。經云:似火得火見機果。
火形は「禮」に對應し、而も火の用處に文あり武あり。火の功用一面は照明取暖(文)、一面は焚燒摧折(武)、禮の本體は它と相像す。《風鑑》曰く:火形の相貌を認るを要するに、下面闊・上頭尖・擧止不安定・兩腮邊胡須稀少なり。成和子曰く:火形は明を主り、全身五處皆一點の外露之勢を帶び、氣色駁雜せず、精神散亂せず、擧止敦厚、躺得て久しければかえって安穩なり。祕訣曰く:火を以て種子と為し、水を以て精華と為す。精完足して乃ち神生出し、神完足して乃ち氣具備し、氣具備して乃ち氣色成形す。火は人身上に禮に對應す。既に火の形を得又た火の性を得(底本は「智」を作る)、これ乃ち真火形なり。威勢勇猛剛烈を主り、以て一人の剛か柔かを判定するに用いうる。相經曰く:火形のごとくして又た火の氣色を得れば、事に遇うに見機果斷す。
木居東位仁發生。木之德為仁,舍生生之機。《風鑑》云:稜稜形瘦骨,凜凜更修長,秀氣生眉眼,須知晚景光。成和子云:木形主長,得其五長,氣色不雜,精神不亂,動止溫柔,涉久而清也。秘訣云:木之枝幹發於甲木,位天地長生之府,配於五德居其首,在人為仁。得其形,外得其性,是為真木,主精華茂秀,定貴賤也。經云:似木得木貸財足。
木は東方に居り、「仁」に對應し、生發之氣なり。木の德は即ち仁、生生不已の機括を含む。《風鑑》曰く:骨骼棱角分明にして身形清瘦、氣度凛然にして身材修長、眉眼の間に一段の秀氣を生出すは、當に知るべし此種の人は晚景光彩なり。成和子曰く:木形は長を主り、全身五處(頭・面・身・手・足)皆長を要し、氣色駁雜せず、精神散亂せず、擧止溫柔、相處久しければ愈々清爽を覺ゆ。祕訣曰く:樹木の枝幹は甲木に發端し、天地長生之位に居り、五德之中に首位に排し、人身上に仁に對應す。既に木の形を得、又た木の性を得、これ乃ち真木形なり。人才華茂盛秀發を主り、以て一人の貴賤を判定するに用いうる。相經曰く:木形のごとくして又た木の氣色を得れば、錢財充足す(底本「貸財」は當に「資財」を作るべし)。
金方斷制義白然。金之性有樽節裁處之宜。《風鑑》云:部位要中正,三停又帶方,金形人入格,自是有名揚。成和子云:金形主方,得其五方,氣色不雜,精神不亂,動止規模,坐久而重也。秘訣云:金之位於乾兌,舍西方肅殺之氣,秉堅剛之體,在人為義。得其形,並得其性,是為真金,主刑誅厄難,定壽夭也。經云:似金得金剛毅深。
金形は方を以て主と為し、善く決斷裁制し、「義」自然其の中に在り(底本「白然」は當に「自然」を作るべし)。金の性子は節制と裁斷得宜を講究す。《風鑑》曰く:面上部位は端正居中を要し、三停又た皆方を帶び、金形人格局に合せば、自然名聲傳揚す。成和子曰く:金形は方を主り、全身五處皆方を要し、氣色駁雜せず、精神散亂せず、擧止法度あり、坐得て久しければ愈々穩重を顯す。祕訣曰く:金の方位は乾卦・兌卦に在り、西方肅殺之氣を含み、堅硬剛強之體を禀受し、人身上に義に對應す。既に金の形を得、又た金の性を得、これ乃ち真金形なり。ただし金は刑罰誅戮と厄難を主り、故に以て一人の壽夭を判定するに用いうる。相經曰く:金形のごとくして又た金の氣色を得れば、性情剛毅にして城府深し。
土定不移信常足。士之信定性立剛維。《風鑑》云:端厚仍深重,安詳若泰山,心謀難測度,信義動人間。成和子云:土形主厚,得其五厚,氣色不雜,精神不亂,動止敦龐,處久而靜也。秘訣云:上浮游於四季,旺在辰戊丑末,寄在丙子。一季主事十八日,其德能生萬物,在人為性。得其形,並得其性,是為真土,主載育有容,定貧富也。經云:似土得土厚櫃庫。
土性安定不移、故に「信」常常に充足す。土の主る所の信は、性情を定住し綱維を立起しうる。《風鑑》曰く:端厚にして且つ深沈穩重、安詳なること泰山のごとく、心裏の謀劃は他人揣測し難く、信義世人を感動す。成和子曰く:土形は厚を主り、全身五處皆厚を要し、氣色駁雜せず、精神散亂せず、擧止敦實龐大、相處久しければ愈々安靜を顯す。祕訣曰く:土(底本「上」は「土」の訛)は游走寄旺して四季に在り、旺は辰・戌・丑・未の四個月に在り、又た丙・子の間に寄す。每一季末各々十八天を主事し、其の德は萬物を生養し、人身上に本性に對應す。既に土の形を得、又た土の性を得、これ乃ち真土形なり。承載化育・器量能容を主り、以て一人の貧富を判定するに用いうる。相經曰く:土形のごとくして又た土の氣色を得れば、倉庫厚實す。
此為五德配五行。總結上文而言之。《風鑑》云:木要瘦,金要方,水肥火厚土尖長。形體相生便為吉,忽然相剋定為殃。秘訣云:蒼松翠柏,歲寒不凋,可以觀仁;精金美玉,百鍊成剛,可以觀意;火風烹飪,鼎養聖賢,可以觀禮;長江大河,天機動流,可以觀智;名山大川,載重洩,可以觀信。人與天地並立,天地,人也;人天地地也。知此五德配五行之說。
以上即ち五德配五行の道理、此の一句は上文を總結す。《風鑑》曰く:木形は瘦を要し、金形は方を要し、水形は肥を要し、火形は厚を要し、土形は長厚を要す(此句底本文字錯亂あり、火形本尖、土形本厚なり)。形體の間互相生助すれば便ち吉、忽然相克出現せばかならず災を成さん。祕訣曰く:蒼松翠柏嚴寒を經て凋まざるは、以て其の中より「仁」を看出しうる。精純の金・美好の玉百煉して剛を成すは、以て其の中より決斷之意を看出しうる。火と風を用いて烹調し、鼎中の食は聖賢を供養するは、以て其の中より「禮」を看出しうる。長江大河天機に順いて流動不息するは、以て其の中より「智」を看出しうる。名山大川厚重を承載し宣洩有度なるは、以て其の中より「信」を看出しうる。人と天地並び立ちて三才を為し、天地即ち人、人即ち天地なり。これらを懂得せば、乃ち五德配五行の説法を懂したりと算す。
相神氣第四(唐舉)
賊形天地超過萬靈。天地生人,性靈異於萬物。《無形歌》云:道為貌,大力形,默受陰陽稟性情。陰陽之氣天地造,化出比塵凡幾樣人。《靈樞經》云:人稟天地之氣,肖清濁之形,為萬物至靈也。王元君云:人道九形而生行形,舒之彌六合,卷之個盈據,包絡大地,稟受群生者也,故云賦形天地超萬靈。
天地は人に形體を賦與し、人をして萬物之靈を超過せしむ(底本「賊形」は「賦形」の訛)。天地は人を生出し來り、人の性靈は其他の萬物と同じからず。《無形歌》曰く:道は人の相貌と顯現し、大力は人の形體と凝聚し、人は默默に陰陽二氣を承受して各々の性情を禀得す。陰陽之氣は天地造化に由り、化生して此の塵世上の形形色色の人を出す。《靈樞經》曰く:人は天地之氣を禀受し、清濁を取法して形を成し、萬物之中最も靈なるものなり。王元君曰く:人は道に循って種種の形體を生成し、展開する時は上下四方に充滿し、收攏する時は又た多少の地方を占めず、大地を包裹籠絡し、衆生を化育するを承受す。故に人は天地より形を受けて萬物之靈を超出すと曰う。
秘訣云:人生之道,真精融合,二五凝成,賦其形即賦其理。雖萬物皆具生成之道,蠢然而巴,未有如人最靈也。
祕訣曰く:人生成の道理は、先天真精交融匯合し、陰陽二氣と五行之精凝聚して成るなり。天は人に形體を賦する同時に、便ち人に此の一副の道理を賦えり。萬物雖も皆生成之道を具備するも、然れどそれら蠢蠢然として無知無覺なるのみ、一樣も人のごとく最も靈性あるはなし。
氣似油兮神似燈。形資氣以養之。《清鑑》云:大都神氣賦於人,有若油兮又似燈。人平卻自精之實,油清然後燈方明。柳莊云:古者方伎之道,有聞人之警格而知其必貴者,得之於人也;有察人之喜怒而知其必貴者,得之於氣也。陳圖南云:形以養血,血以養氣,氣以養神,故形全則氣今,氣全則神全。又云:神完則氣寬,神安則氣靜。得失不足以暴其氣,喜怒不足以驚其神,其為君子乎,福祿永其終矣一。
氣は譬えば燈裏の油のごとく、神は譬えば燈上の火焰のごとし。形體は氣をもって養うを要す。《清鑑》曰く:大凡そ神と氣が人身上に賦するは、一つは油のごとく、一つは燈のごとし。人自身精氣充實すれば、譬えば油清きがごとく、油清ければ燈乃ち亮ん。《柳莊》曰く:古時方術之道、あるは一人の言談警策・格調不凡なるを聞きて便ち彼がかならず貴なるを知る。それは人身上より得たり。あるは一人の喜怒變化を察看して便ち彼がかならず貴なるを知る。それは氣上より得たり。陳摶曰く:形體は以て血を養い、血は以て氣を養い、氣は以て神を養う。故に形體完備せば氣便ち完足し(底本「氣今」は當に「氣全」を作るべし)、氣完足せば神便ち完足す。又た曰く:神完足の人は氣度寬舒、神安定の人は氣息平静す。得失は彼の氣を動搖しえず、喜怒は彼の神を驚擾しえず。これ即ち君子ならん。福禄能く到底を保持せん。
秘訣云:令人論神,必曰眼有精神。殊不知神之元,大一生水為精,地二生火為神,精合者然後神從之。內有充足之精則外有澄徹之神。如行不動色,坐不隨語,睡易醒覺,作事終,皆精神也。
祕訣曰く:如今の人神を談ずれば、口を開く一開して便ち某人眼睛に精神ありと説く。卻って知らず神の本源は在りて:天一水を生じ、人に在りて精と為す。地二火を生じ、人に在りて神と為す。先ず精凝聚ありて、神乃ち之に随いて至る。内裏に充足の精あれば、外面に乃ち澄澈の神あり。譬えば走路の時臉色變えず、坐る時口に随いて他人の話に附和せず、睡下して醒覺し易く、事を做すに始有り終有り。これら皆精神足るの表現なり。
淪氣必曰:神氣固是,殊不知氣有三,有自然之氣,有所養之氣,有暴之氣。自然之氣乃胎元,□呼一吸定生人之貴賤也。所養之氣,乃浩然塞乎兩間,定人之賢愚也。暴之氣乃仲仲自好,定人之善惡也。要之神氣之子,氣神之母,神能留氣,氣個能留神。定訣曰:妙相之法在何方,觀其神氣在學堂。氣者有之最是良,若人認得神與氣,富貴貧賤是審量。
氣に論じ至れば、人皆神氣自然に要緊なるを説くも、卻って知らず氣に三種あるを。一は自然之氣、二は所養之氣、三は暴戾之氣なり。自然之氣は即ち胎裏より帶來の元氣、一呼一吸の間に便ち此人の貴賤を定出す(底本此處「一」の字を脱す)。所養之氣は即ち孟子の説く浩然之氣、天地之間に充塞して、此人の賢と愚を定出す。暴戾之氣は氣冲冲として自ら是と為し、此人の善と惡を定出す。總じて、神は氣の生める儿子、氣は神の母親なり。神は氣を留住しえれど、氣は卻って神を留住しえず。定訣曰く:精妙の相法は哪裏より下手す。ただ彼の神氣が「學堂」(眼・耳・額等の聰明文才を主る部位)に聚まるか否かを看よ。氣此の一樣ありて最も好し。一人もし神と氣を認得し得ば、富貴貧賤便ち此に由りて審量し出さるべし。
油若竭今燈焰熄。氣喪則神亡。《神解》云:將全其形,先須其理。精實氣固,則神安;血枯氣散,則神亡。《風鑑》云:氣壯血和則安固,血枯氣散神失奔。謝靈運云:夭壽之人神離睫,泛而不救無所守也。圖南云:氣冷形榮壽豈宜。又云:氣短精神慢,那得有長年。
油もし耗乾すれば、燈焰便ち熄滅す。同様に、氣一たび喪失すれば、神も亦た消亡す。《神解》曰く:形體を保全せんと欲せば、先に内在の條理を理順するを要す。精充實・氣固密せば、神便ち安穩す。血枯竭・氣涣散せば、神便ち消亡す。《風鑑》曰く:氣壯血和なれば、一身便ち安穩牢固す。血枯氣散せば、神便ち守を失いて奔逸す。謝靈運曰く:短命の人は神眼睫の間より游離出去して、浮泛にして挽救するに從なし。是れ神の宅舍を守れざるがゆえなり。陳摶曰く:氣已に冷たくして形貌還た榮華を顯す、かかる人の壽命哪裏か長からん。又た曰く:氣短促・精神遲緩、怎んぞ長壽有らん。
秘訣云:沖氣乃相須者也,氣既喪,神安得獨存。經云:神散氣聚,少孤破家;氣聚神散,作事不定;神與氣合,深遠主壽,清秀主貴。
祕訣曰く:神と沖和之氣は本は互相依存するなり。氣已に喪失したり、神哪にか單獨存在せん。相經曰く:神涣散して氣還た聚まる人は、年少孤苦・家業を敗破す。氣聚まりて神涣散する人は、事を做すに定準なし。神と氣配合して好ければ、氣象深遠のは長壽を主り、氣象清秀のは顯貴を主る。
燈若明今油潤之。神若秀發由氣助之。《風鑑》云:神居形內不可見,氣以養神為命根。又云:英標清秀心神爽,氣血調和神不昏。白閣道者云:神者百閱之秀氣也。如陽氣舒而山川秀發,日月現而田地清明。
燈の亮んを得る所以は、油ありてそれを滋潤するがためなり。同様に、神の秀發外揚しうる所以は、氣に頼りてそれを幫助するに在り。《風鑑》曰く:神は形體之內に藏れ、肉眼は見えず。氣は以て神を養い、性命の根本なり。又た曰く:儀表英挺清秀の人は心神爽朗、氣血調和の人は神昏昧せず。白閣道者曰く:神は百體を遍歷したる後凝出したる那一段の秀氣なり。陽氣舒展開來して山川便ち秀色を生出し、日月顯現して田地便ち一片清明なるがごとし。
秘訣云:形能養神,托氣而安。氣不多則神暴,而不安。欲安其神,先養其氣。故盂子不顧萬鍾之祿,能養其氣者也。
祕訣曰く:形體は神を養う能くし、而も神は氣に依託して乃ち安定を要す。氣充足せざれば、神便ち躁動安からず。神を安定せんと欲せば、先ず氣を養住するを得んを要す。故に孟子萬鍾の俸禄を看不上とは、正に彼が自らの浩然之氣を養住しうるがためなり(底本「盂子」は「孟子」の訛)。
落落失常無宅守。落落,不得志之意。《後經》云:神衰血敗氣將凋,失志落落不支持。《鬼箭》云:荒唐失志神無宅,不到到中途則夭亡。來和子云:維維失志,失志改常神已去。
神情落落寡合・擧止失常は、これ神に宅舍守るべきなし。「落落」は不得志の意思なり。《後經》曰く:神衰弱・血敗壞・氣將に凋殘せんとする人は、意志消沉・落落寡歡にして、支撐し住む能わず。《鬼箭》曰く:行事荒唐・意志頹喪の人は、神已に宅を安ずる處なく、半路に走到らずして便ち夭亡せん。來和子曰く:委頓失志の人は、一旦失志すれば便ち擧止反常す。那れは神已に離去せり。
秘訣云:神氣欲散,福祿將艾,雖處得意之時,無異君迫之際。此乃神已去舍,觀之何知。歌曰:何知為官多災難,坐時眉攢口門常嘆。問知其人必此亡,塵埃面色言失常。正無守宅也。
祕訣曰く:神氣將に涣散せんとすれば、福禄も亦た便ち盡きんとす。この種の人はたとえ正に得意の時に處すれども、氣象は窮途受逼の時と兩樣なし。これは神已に宅舍を離れたり。外面より怎んぞ看出來せん。歌訣曰く:怎んぞ知る一人の做官が多災多難なるを。彼が坐る時眉頭緊攅し嘴裏常常に嘆氣するを看よ。此人かならず敗亡せんと斷定せんと欲せば、彼の面色が塵土を蒙りたるがごとく說話顛三倒四して常度を失うを看よ。これ正に神に宅舍守るべきなき樣子なり。
謂澄澄絕俗有根株。澄澄,瑩靜無雜;絕俗,出眾異常;根株,苗裔行木也。陳圖南云:精神澄徹,如止水之淵,驚之不懼,折之不回,君子之人也。《神解》云:虛化神,神化氣,氣為骨之苗裔,骨為神之根株矣。《肘後經》云:骨肉相滋不相返,精神湛粹壽康寧。
いわゆる神氣澄澈・超絕流俗は、那れは根柢あるなり。「澄澄」は晶瑩安靜にして雜色なし。「絕俗」は出衆にして常人と異なり。「根株」は草木の本根と枝苗に就いて比方を打つなり。陳摶曰く:精神澄澈なること一潭の靜水のごとく、彼を驚嚇するも害怕せず、彼を挫折するも回頭せず。これ即ち君子なり。《神解》曰く:虛空は神を化生し、神は氣を化生し、氣は骨の枝苗、骨は神の根柢なり。《肘後經》曰く:骨と肉互相滋養して互相背離せず、精神湛然純粹なれば、便能ち長壽康寧せん。
秘訣云:峨峨怪石迷閒云,崑山片玉已琢出。此至精之寶發於外,而蘊於內,非天地之鐘,道之涵養,而能有此乎。
祕訣曰く:高聳の怪石は閒雲之中に隱沒し、崑崙山裏の一塊の美玉已に琢磨して出來たり。これは最も精粹の寶物雖も發露外に在れど、根柢は卻って内に蘊藏すを説く。若し天地の鍾愛・大道の涵養せるに非ざれば、怎んぞかかる人有らん。
縱然形肉充盈實,雖有形肉,不如神氣。來和子云:形亦厚肉亦充,無神元氣怨天公。陳圖南云:有肉而元氣,猶如蟲木內已空虛,雖外有皮膚,暴風迅雨鮮有不摧者也。
縱い形體肌肉長じて充實飽滿するも、還た是れ次要なり。光に形あり肉あるは、神あり氣あるに如かず。來和子曰く:形體も亦た厚、肌肉も亦た滿、然れど神なく元氣なきは、此種の人は只好老天を埋怨するのみ。陳摶曰く:肉ありて元氣なきは、譬えば蟲に蛀空られたる樹のごとく、裏面已に空しく、外面雖も還た一層の皮あり、一遇暴風急雨すれば、少なからずして摧折せざる鮮し。
秘訣云:有神氣無形肉者,有根蒂而無九枝葉,非時不茂。昔人有相諸葛孔明者曰:外稟松柏枯槁之姿,內有文理根蒂之實,風閒不摧折,日華秀名滿天下。
祕訣曰く:神氣ありて形肉豐ならざる人は、譬えば樹に根蒂ありて枝葉繁ならざるがごとく、ただ時候に到らず、茂盛すべからざるのみ。從前人ありて諸葛亮に相面し、彼外表に松柏のごとき枯槁清瘦の姿態を帶び、内裏に卻って紋理堅實の根柢ありと曰う。狂風吹き來るも彼を摧折しえず、一旦陽光照耀すれば、便ち秀發して名天下に滿つ。
氣散神枯虛殼子。神氣俱亡命,虛有幻軀。《無形》云:神也無氣也元,空空遺下這皮膚。殼子若值風霜損,谷神先已向秋枯。
氣一たび涣散し神一たび枯竭すれば、人便ちただ一個の空殼子を剩すのみ。神と氣皆亡失せば、性命も亦た不過虛に一副の幻化の軀殼を頂くのみ。《無形歌》曰く:神も亦たなし、氣も亦たなし、空空として此の一層の皮膚を剩す。此の軀殼若し再び風霜の摧損に遇上せば、那の生機を主宰する谷神早や秋氣に随いて枯萎せり。
秘訣云:氣毛以血養而助神,氣散則神枯,由心不能生血故也。心何為而不生血,由思慮勞傷,揣摩計較,斷喪心之虛靈,所以損耗神氣元神,元神耗則神氣亡。神氣亡幻,軀能久乎。
祕訣曰く:氣は血に頼りて滋養され、從りて神を幫助す。氣一たび散すれば則ち神便ち枯す。根源は心の血を生ぜざる能わずに在り。心何を以てか血を生ぜざる。是れ思慮過度・勞心傷神し、處處揣摩計較して、心裏の那點の虛明靈覺を斷送したればなり。因りて神氣と元神を損耗し、元神耗盡せば、神氣も亦た亡失す。神氣一旦亡失せば、此の幻化の軀殼還た幾多久を維持しえん。
相德器第五(許負)
陰陽陶鑄幾般人。陰陽二氣生成,分智思賢不肖幾般。陳圖南云:夫人之生,為萬物之貴,懷天地五常之性,抱陰陽二氣之靈,雖秉彝之本問肖容貌之非。《通玄賦》云:陽生陰育,天尊地卑。《燭譽經》云:人凜陰陽之正氣,形似天地以相同。中聖有全德,造化無全功。
陰陽二氣は陶匠鑄工のごとく、各色各樣の人を捏塑し出す。陰陽二氣に由りて生成し、乃ち智と愚・賢與不肖の此の幾等を分出す。陳摶曰く:人生在世るは、萬物の中最も尊貴なり。天地の仁義禮智信五常之性を懷き、陰陽二氣の靈機を抱く。雖も人人皆此の常道の根本を秉受するも、容貌は卻って各各不同なり。《通玄賦》曰く:陽は生發を主り、陰は養育を主り、天は上に在りて尊、地は下に在りて卑なり。《燭譽經》曰く:人は陰陽の正氣を禀受し、形體の構造は天地と相似たり。聖人之中に德行完備の有れど、造化本身は卻って面面倶到の功用なし。
秘訣云:陰陽二氣之化生也,陽先而陰後,陽施而陰受。陽者乾道,陰者坤道;乾道成男,坤道成女。稟其氣之清者,為聖為賢;稟其氣之濁者,為思為不肖。所以稟氣則同,清濁有異,而人品殊文。
祕訣曰く:陰陽二氣は萬物を化生し、陽先に在り陰後に在り、陽施與して陰承受す。陽は乾道に屬し、陰は坤道に屬す。乾道は男子を成就し、坤道は女子を成就す。氣の清きを禀得するは、聖人賢人と成る。氣の濁きを禀得するは、愚人と不肖之人と成る(底本「為思」は當に「為愚」を作るべし)。故に人の禀する所は皆此の一股の氣と曰うも、ただ清濁同じからざるが因りて、人品便ち高下の別あり。
器識緣何分淺深。器者德器,識者識量。裴行儉云:士先器識而後文藝。李靖云:淺淺器識庸人耳,格薄難與成功名。《風鑑》云:形者人之材也,德者人之器也,有材矣而付之以德,猶如雕琢而成器也。器遇柮工而器之,是為不材之材也。
器量と見識は何を以てか深淺を分出せん。「器」は德行の容量を指し、「識」は見識の度量を指す。裴行儉曰く:讀書人は先に器量見識を講じ、然る後乃ち文才技藝を論ず。李靖曰く:器量見識淺薄のは不過庸人、格局單薄のは很た彼と同じく功名を成就し難し。《風鑑》曰く:形體は人の材料、德行は人の器皿なり。好材料有りて再び加うるに德を以てすれば、譬えば木石を雕琢して器を成すがごとし。可惜し好料若し拙劣の工匠の手裏に落ちて胡亂に器を做成せば、那れ便ち可用之材を不成材の東西に做成せり。
秘訣云:德在形先,形在德後。即如項羽目有重瞳,形則善矣,然而咸陽三月火,骸骨亂如麻,哭聲慘但天地,非羽殘暴之器致之乎?競而舨舟不渡,則首烏江。
祕訣曰く:德は形之先、形は德之後なり。譬えば項羽一目雙瞳、形相好しと謂うべからざるなし。然れど彼咸陽を燒き、大火三個月滅びず、尸骨亂れること麻のごとく、哭聲凄慘にして天地を震動す――這れ正に項羽の殘暴の器量の招來せしに非ずや。終に烏江に至り、船ありても肯んじて渡らず、自刎して死す(底本「舨舟」「則首」は當に「艤舟」「刎首」を作るべし)。
也有汪洋居臺閣。汪洋喻德量之寬宏,臺閣三公元宰之位也。《風鑑》云:剛毅汪洋誰可識。呂尚云:器宇汪洋有容納,志氣深遠有機謀,動作使令不可料,時通亦為公與候。《鬼箭》云:氣宇軒昂好丰標,必居臺閣佐明朝。
亦た器量汪洋大海のごとき人有りて、台閣に位居す。「汪洋」は德量寬宏を比喻し、「台閣」は三公宰輔の高位を指す。《風鑑》曰く:剛毅にして又た汪洋大度の人は、誰か能く一眼に識得せん。呂尚曰く:器宇汪洋にして人を容れうる、志氣深遠にして機謀あり、一擧一動・發號施令皆人の意外に出づ。時運一たび通ずれば便ち公侯に做到す。《鬼箭》曰く:氣宇軒昂・儀表出衆の人は、かならず台閣に位居し、清明の朝廷を輔佐せん。
秘訣云:形體美惡,本自生成;器識卑瑣,學問可以充拓。昔柴羔見惡末學,性至愚滷,□見孔子之後,啟蟄不殺,方長不折,不徑不竇,居喪泣血三年,未曾見齒,卒成大賢。學問之變如此。
祕訣曰く:形體の美醜は生來便ち定下せり。器量見識雖も卑瑣なれど、卻って學問を以て擴充開拓しうる。從前高柴(字は子羔)相貌好からず、學問未成、性情又た極めて愚鈍笨拙なりしが、孔子を見て以來(底本此處一字を脱し、當に「一見孔子之後」を作るべし)、春天蟄蟲初出なれば殺害するに忍びず、草木正在生長なれば攀折せず、走路小道を抄らず・出入牆洞を鑽らず、父母のために喪を守る三年泣血哀痛し、從來露齒して笑うことなく、終に大賢と成る。學問は能く一人を此の地步に改變す。
也有輕盈處廟廷。氣驕則輕,志滿則盈。廟廷,朝廷也。《風鑑》云:幾輩堂堂相貌清,幾人相貌太輕盈。《神機》云:骨格精神志氣盈,早年佩玉立廟廷。春花必定春時發,過卻春時花謝傾。
亦た輕浮自滿の人朝廷之上に立つ有り。氣驕橫すれば便ち輕浮を顯し、志得意滿すれば便ち盈溢を顯す。「廟廷」即ち朝廷なり。《風鑑》曰く:幾輩の人ありて相貌堂堂にして清正、亦た幾人か相貌太も輕浮盈滿を顯す有り。《神機經》曰く:骨格好・精神足にして志氣盈滿の人は、早年に便ち佩玉して朝廷に立つ能し。不過春天の花はかならず春天に開き、一たび春天過ぎれば、花便ち謝落す――此種の人は發する早く亦た敗るる早し。
秘訣云:德器者,滄海之波瀾。注之不見泛,鞠之不見涸。虛而能受,動而愈出,此其所以異於輕盈者也。
祕訣曰く:德量ある人は滄海の波瀾のごとく、往裏水を灌ぐも其の漫溢を見えず、往外水を舀うも其の乾涸を見えず。内裏空虛なるが故に能く容受し、愈々運用すれば愈々湧出す。これ正に彼と輕浮自滿の人と不同なる所なり。
輕盈薄識非蕸福。輕盈薄識不見於其身而見於其後。裴行儉云:人有文才而浮急淺露,豈享富貴之器耶。管格云:處崇宦而自視巍巍然,非遐福之器也。
輕浮自滿・見識淺薄の人は、長遠の福を享くる能くするにあらず(「蕸福」即ち「遐福」、長久之福)。輕浮淺識の害處は、往々彼本人の身上に顯れずして、彼の後代の身上に顯る。裴行儉曰く:一人雖も文才あるも、卻って浮躁急切・淺薄外露なれば、哪裏か富貴を享くる能くする器量ならん。管輅曰く:高官に身居して自視巍然了不起たる人は、長遠の福を享くる能くする器量にあらず。
秘決云:大舜微時,耕稼陶漁,艱苦無不履歷。及身處九重,玉食萬國,自是不以為欲,無異耕稼陶漁之時,祿位名壽兼而有之,福流子孫,真遐福之器哉。
祕訣曰く:虞舜微賤の時、地を種り、陶を燒き、魚を打ち、何の艱苦も皆經歷せり。等到身居九重宮闕、萬國の進奉する美食を享用するに至りても、彼も亦たこれらを自家の欲求と作さず、心境は當年耕田燒陶打魚の時と兩樣なし。禄位・名聲・壽數彼皆兼備し、福澤還た子孫に流傳す。真に長遠の福を享くる能くする器量なり。
汪洋大度可延齡。絕而能續曰延,齡,年齡也。白閣道者云:腹內能容三萬解,齡如一縷亦須延。陸賈云:漢高豁達大度。
器量汪洋・氣度寬大の人は、壽數を延長しうる。眼看に斷絕せんとするも卻って又た接續し下去るを「延」と曰い、「齡」即ち年歲なり。白閣道者曰く:肚裏に三萬斛の東西を容下得るは、壽數たとえ一縷のごとく細きも、かならず延續し下去る能くせん。陸賈曰く:漢高祖人と為り豁達大度――これ正に延齢しうる器量なり。
秘訣云:書云:有容德乃大。夫德者,天爵也。孟云:修其天爵,而人爵從之。即宋郊以竹渡蟻,遇胡僧相之日:公神彩異常,必活數萬性命,後日當魁天下。夫以數萬蟻命,由陰報之速,使活天下蒼生之命,義當何如耶。延齡之說誠非迂也。
祕訣曰く:《尚書・君陳》は「有容、德乃大」と講ず。人を容れうれば德行乃ち宏大と算す。德は上天の給う爵位なり。《孟子》曰く:上天の給う爵位(仁義忠信)を修好すれば、人間の爵位自然に跟って來る。宋郊が竹子を用いて橋を搭して螞蟻を救渡せしがごとく、後來一位の胡僧に遇上りて彼に相面し、曰く:您の神采往日と大不相同、かならず幾萬條の性命を救活せり、日後當に狀元に中るべし。幾萬隻の螞蟻を救う尚ほ且つかくも速き陰德の回報を得。若し能く天下蒼生の性命を救活せば、那の報應又た如何なるべき。見れば「汪洋大度可延齡」の説法確かに迂闊の談にあらず。
子輿□巖師萬世。孟柯,字子與。□巖,氣象□巖也。《風鑑》云:□巖器宇旋旋生。《通仙錄》云:□巖器宇旋旋露,有類古玉埋於秋。《清鑑》云:孟子巖巖泰山氣象,能賤齊宣之祿萬鍾。
孟子氣象岩岩にして、萬世の師表を做れり。孟軻字は子輿(底本は「孟柯、字子與」を作る)。「□岩」の處底本脱字あり、當に「岩岩」を作るべく、氣象高峻なること山のごときを形容す。《風鑑》曰く:岩岩の器宇は漸漸生成するなり。《通仙錄》曰く:岩岩の器宇漸漸顯露出來し、古玉を深秋の土裏に埋むるがごとく、久しうして後見ゆ。《清鑑》曰く:孟子に泰山のごとき岩岩の氣象あり、故に齊宣王萬鍾の俸禄を看て很に輕しと為し得べし。
秘訣云:夫有德者,其器宇恢廓,輕萬鍾一節,未足以窺其微。使務名者亦能之,畢竟於平時見義無難色,方得之,古人謂觀其所忽是也。
祕訣曰く:德ある人は器宇恢宏開闊なり。單に彼の萬鍾俸禄を看輕する此一節を看るは、還た彼の精微處を窺見するに足らず。好名の人も亦た此の一手を裝出しうるがゆえなり。畢竟要看るは彼平日該做の事に遇上り、從來為難の神色なかりしを、此乃ち真に彼の器量を見到せりと算す。古人の説く「一人を看るに彼不經意處に如何なるか」は、即ち此の意思なり。
夷吾卑俠佐姜齊。管仲,字夷吾,相齊桓公,伯諸侯。孔子曰:管仲之器小哉。朱子注云:局量偏淺,規模卑狹,謂其得君行道而以伯終也。
管仲器局卑狹にして、ただ姜姓の齊國を輔佐して稱霸せしむ。管仲字は夷吾、齊桓公の宰相を做り、桓公をして諸侯に稱霸せしむ。孔子曰く:管仲の器量小なり。朱熹注觧曰く:其の局量偏にして淺、規模卑にして狹。意思是れ彼既に明君を得行を道う能くすれど、卻ってただ霸業に做到して便ち止めりと。
秘訣云:或謂孔子論管仲之器小,朱子釋曰:局量編淺,規模卑狹。此論事功,末論其德容。葆和子曰:不然。器者,吾身之德發而為容,有其德便有其器,有其器便有其容。事功即德器之見於行也,故古人見其禮而知其政,聞其樂而知其德。袁柳莊口:聞人之聲而知其素,其意於此同。
祕訣曰く:ある人は孔子の管仲器小と講ずるを、朱熹は局量偏淺・規模卑狹と觧したるを、これ事功に就いて論ずればなり、未だ彼の德と容貌に論じ至らずと認む。葆和子曰く:是れ然らず。いわゆる「器」とは、一身の德發露出來して容止と成るなり。かの德あれば便ちかの器あり、かの器あれば便ちかの容止あり。事功は正に德器の行事上に表現せしなり。故に古人は一國家の禮を看れば其の政治を知り、其の樂を聽けば其の德を知る。袁柳莊曰く:一人の聲音を聽けば彼の平素の為人を知る。意思は此處と相同なり。
此特公私毫髮問,用心有公私之別。《玄談》云:丰姿異,骨格奇,再觀才器設施為。才濟變意有私,小人君子不同歸。朱文達曰:公道私情,此事間不容髮。
此處の分別はただ一念之公與私に在り。相差不過毫髮、關鍵は用心の為公か為私かに在り。《玄談》曰く:儀表出衆・骨格奇特の人は、還た再び彼の才具器量如何に施展作為するかを看るを要す。若し才能應變に足るも用心卻って私を存せば、那れ即ち小人と君子の分道の處なり。朱文達曰く:公道と私情の間、此の事一根の頭髮の空隙を容れず。
秘訣云:夷吾葵丘之會,名尊周室,實伯齊桓。公私之介,惟宣尼知之,所以器不能王齊而伯終也。假如人有此才器,有奇形,且大公無我,不惟福庇子一身一家,大君赤子亦蒙其福矣。人之德器顧不重哉。
祕訣曰く:管仲葵丘之會を主持し、名義上は周王室を尊崇すれど、實際上は齊桓公のために霸業を取得せり。公與私の間の此の一條の界線は、ただ孔子看得清楚せり。故に彼の器量は齊國を輔佐して王道を行う能わず、ただ霸業をもって收場するのみと説く。假如一人既にかかる才器あり・又た奇特の形相あり、而且大公無私なれば、那麼福を受くるは彼一身一家に止まらず、君主と百姓を連れて亦た皆彼の福を蒙らん。人の德器難道重要ならずや。
出其下者無足評。德器不及夷吾者,無足論相矣。《風鑑》云:上貴之人方人相,中下之人豈可評。來和於云:南北路頭多少人,上士吾方與論評。
德器還た管仲之下に在る人は、便ち評論に値せず。德器管仲に趕上せざるは、亦た相好論ずるなし。《風鑑》曰く:ただ上等貴人のみ人と評相するに値す。中下之人哪裏か何を評出せん。來和子曰く:南來北往路上人何其多し、ただ上等之士我のみ肯んじて彼と同じく一論せん。
秘訣云:麻衣曰:形骸侷促,作事畏縮;器寧軒昂,一小快順。夫軒昂者,抱致遠之資;侷促者,顯卑瑣之態。人品已定,貴賤已殊,無足評論固宜。
祕訣曰く:麻衣道者講じて曰く、形體局促の人は事を做すに畏首畏尾し、器宇軒昂の人は縱い小挫あれど順暢快意なり。氣宇軒昂のは、致遠すべき資質を懷く。形骸局促のは、卑瑣の情態を顯出す。人品既に已定、貴賤既に已分なれば、此種の人は評論に値せずと説くは、本來應當なり。
福若水兮德若器,德隨器付。《五管訣》云:雖然論相而論福,尤必觀器面知德。《度冥經》云:人有一分德器,必有一分衣祿;十分德器,必有十分衣祿。
福譬えば水、德譬えば水を盛る器皿、福は器量大小に随いて分配す。《五管訣》曰く:雖も是れ相を論じ福を論ずれど、尤其必ず先に彼の器量を看、器量上より彼の德を認出すべし。《度冥經》曰く:人に一分の德器あれば、便ちかならず一分の衣禄あり。十分の德器あれば、便ちかならず十分の衣禄あり。
秘訣云:福水德器之喻,極善此方者也。吾曾讀史,見古人作歇器者,中則正,滿則覆,限於其器也。始知德福二者,亦猶築器之有限也。
祕訣曰く:福を比作して水と為し德を比作して器皿と為すは、此の比方極めて貼切なり。我曾に史書を讀み、古人の欹器一種を做れるを見る。水灌ぎて一半に到れば端正立住し、灌滿せば便ち翻倒す。これ器皿容量の限制を受くるなり。此に由りて乃ち德與福兩樣、亦た那の器皿のごとく各々限量あるを明白せり。
器若淺今水盈溢。器小福薄。《鬼箭》云:相寒福薄是前緣,器淺分明由怨天。胡僧云:小人形貌相有方,不見播間乞祭郎。施施狀驕妻房,易盈易溢最乖張。昏夜乞哀曾婢膝,白書矜人更濟鏘。器淺志盈無遠識,直饒富貴也尋常。
器皿淺ければ、水便ち滿出せん。同様に、器量小の人は福分も亦た薄し。《鬼箭》曰く:相貌寒薄・福分淺薄は前世の緣分なり。器量淺の人は卻って分明ただ老天を埋怨する會のみ。胡僧曰く:小人の形貌看去も亦た幾分規矩あり。可你没見《孟子》裏那個到墓地間乞討祭餘的齊人麼――彼回家して卻得意洋洋に妻妾面前に架を擺す。此種の人器量易滿易溢、最是乖張なり。黑夜裏向人低聲下氣・卑躬屈膝し、大白天卻對人誇耀作威作福す。器量淺にして志氣盈滿し、長遠見識なく、便ち彼を富貴せしむるも、亦た不過平常一場なり。
秘訣云:曾聞孔子臍深七李,董卓亦臍深七李。經云臍為五臟之外表,惟喜深寬,怕窄小,居上為智,居下愚,七李能容。仲尼是古一聖,賦此異質,董卓亦當如仲尼之聖為是。何乃驕於盧植曰:吾與公同位方嶽,公何尚居中郎?植門:明公與我皆鴻,不意明公變為風凰。卓喜。夫卓使孔子之德,又有其形,是亦孔子也,何乃戮身燃臍?德不稱形故也。
祕訣曰く:聞く孔子の肚臍深くして七枚の李子を放下し得、董卓の肚臍も亦た深くして七枚の李子を放下し得と。相經曰く:肚臍は五臟在外の表徵、ただ又深又寬を喜び、怕るるは窄小なり。臍位偏上の人は聰明、偏下の人は愚鈍、七枚の李子を容る能くするは極好の相なり。孔子は上古聖人、かかる異相を禀有す。理に照らせば董卓も亦た當に孔子のごとく成聖すべし。可他卻向盧植擺架子説:我與您同居方伯之位、您怎麼還只做個中郎。盧植曰く:您與我都是鴻鳥、不料您竟變成了鳳凰。董卓聽了很感高興。可見董卓若真に孔子の德あり、又た孔子の形あれば、他也就是孔子了。何以落得身遭誅戮・被人於肚臍上點火焚尸。正是因為德配不上形。
得志崢嶸民德色。德色,驕矜之念;民,無跡也。《風鑑》云:紅紫黃光起福堂,崢嶸得志喜非常。謝靈運云:得志之人輕可識,辨取崢嶸及德色。
得志の時意氣峥嶸にして、臉上不自覺に自負之色を帶出す。「德色」は自ら德ありと為して驕矜する念頭、「民」は在此當に「泯」を作るべく、痕跡を著えざるを指す。《風鑑》曰く:紅紫黄三種の光澤「福堂」(眉尾上方天倉に近き處)より發起すれば、此人正に意氣峥嶸・得志にして格外歡喜す。謝靈運曰く:得志の人很易看出來、ただ彼の那の峥嶸之氣と自負之色を辨認せば便ち行けり。
秘訣云:商貴得志之氣,三光五澤,此正本來之色也。人若處此富貴之時,未嘗不以富貴驕人,其傲慢之氣,有不及檢柬於處已待人之時,圭角發露,此德色也。學力到涵養純則無。
祕訣曰く:高貴得志時の氣象は、面上三處發光・五處潤澤、這本是得志者應有的正色。可是人處這富貴的時候、難免要拿富貴在人前擺譜。那股傲慢之氣、在待人接物之際來不及檢點約束、鋒芒棱角就露了出來、這就是所謂「德色」。若學問工夫做到了、涵養純熟了、這種自負之色就不會有。
失時落魄絕狐媚。落魄,猶言喪氣也;狐善媚,故曰狐媚。《風鑑》云:失志落落坐立歌。來和子云:落魄貧寒無媚態,相中唯有此人稀。
失時落魄的時候、絕不做出狐媚討好的樣子。「落魄」就是喪氣潦倒。狐狸善於媚人、所以叫「狐媚」。《風鑑》説:失志的人落落寡合、坐着站着都在自我慨歎。來和子説:落魄貧寒之中還沒有一點諂媚之態、相法之中唯有這樣的人最難得。
秘訣云:世間惟有貧賤至易移人,飢寒迫於身,壯氣消磨,雄心頓挫,鮮不奴顏拽招十王公。程子詩:富貴不淫貧賤樂,男兒到此是豪雄。此相之謂也。
祕訣説:世上最容易改變一個人的莫過於貧賤。飢餓寒冷逼在身上、壯氣被消磨、雄心被挫折、很少有人不擺出奴才嘴臉去攀附王公。程顥有詩説:富貴不能使他放縱、貧賤也能安然自樂、男兒到了這個地步才算豪傑。這正是此處所講的相。
任是不揚難錄取。不揚,貌惡侵小也。胡僧云:休嫌貌不揚,白壁璞中藏。裴中立云:白題像爾聲不揚,爾貌不揚,一點靈臺丹青莫狀。
哪怕相貌不揚、也不能就此不加錄用。「不揚」是相貌醜陋、形容矮小。胡僧説:不要嫌人相貌不揚、白璧原本就藏在璞石裏。裴度(字中立)説:畫上題着「你聲音不響亮、你相貌不出衆」、可我心裏那一點靈明、丹青卻怎麼也畫不出來。
秘訣云:人形甚美必有甚惡,人形甚惡必有甚美。誠能知美中有惡,惡中有美,相術不減於姑布子卿矣。
祕訣説:一個人形貌極美、其中必定藏着極醜的一面。形貌極醜、其中也必定藏着極美的一面。真能懂得美中有惡、惡中有美、相術就不比春秋時的名相士姑布子卿差了。
心生相貌立磁基。磁基,寓言心地也。《人倫賦》云:借使修德於心,吉凶可易。陳圖南負心發善端諸福集。麻衣云:末觀形貌,先相心田。
心能生出相貌來、這就好比先立好地基。「磁基」是打比方、指心地這個根基。《人倫賦》説:假使能在心上修德、吉凶是可以改變的。陳摶説過:一動心發出善念、種種福氣就聚攏過來。麻衣道者説:還沒看形貌、先看他的心地。
秘訣云:心生相貌,以理言也。大人心雕琢太甚,生理盡矣,具有美形,術見有減,惟福白減耳。培養方寸,生理全,雖有惡形,未嘗有改,椎福自增耳。學術者此不可不知。
祕訣説:心能生相貌、這是就道理説的。一個人心思雕琢算計得太過、生生之理就斷絕了。即使生了一副好相、從相術上看也要打折扣、福分自然減少。反過來、能培養這方寸之心、生生之理保全、即使生了一副醜相、相貌雖未改變、福分卻自然增加。學相術的人對這一層不可不知。
右五條相法,精無不該,粗無不載,囊括諸相法中之相,分經玄二解。泛視之,其辭簡約;深玩之,其理無窮。餘珍之久矣,敢自私乎,公於同志。
以上五篇相法、精微的無不包羅、粗淺的無不記載、把各家相法中的精要都囊括進來、分作「經」與「玄」兩種解説。粗粗一看、文辭很簡約。深入玩味、道理卻無窮無盡。我珍藏這幾篇已經很久了、怎敢據為私有、現在公開給志同道合的人。
十三部位總歌
天中:第一天中對天嶽,左廂內府相隨續。高廣尺陽武庫同,軍門輔角邊地足。天庭:第二天庭連日角,龍角天府房心墓。上墓四殺戰堂連,驛馬吊庭分善惡。司空:第三司空額角前,上卿少府更相連。交友道中交額好,眉重山林看聖賢。
「十三部位」は面部正中を上より下に向かいて十三行に分かち、每行一個の主位を以て中心と為し、左右に向かいて對稱に若干の小部位を排開し、各々一類の人事を主る。第一行は「天中」を以て主と為し、位髮際正中に在り、貴人・官運與父親を主る。它正に「天岳」に對して、兩旁依次に左廂・內府、再び往外に高廣・尺陽・武庫・軍門・輔角・邊地なり。此の一行看る所は少年得勢與外出遠行の吉凶なり。第二行は「天庭」を以て主と為し、位天中之下・額上部に在り、官祿を主る。兩旁日角・月角(父母宮)に連着し、再び往外に龍角・天府・房・心・墓、以及上墓・四殺・戰堂・驛馬・弔庭なり。此の一行の氣色明潤は昇遷を主り、晦暗は刑喪を主る。故に它を「分善惡」と説く。第三行は「司空」を以て主と為し、位天庭之下に在り、功名を主る。前面額角に靠り、兩旁依次に上卿・少府、再び往外に交友・道中・交額、還た重眉・山林有り。此の一行看る所は仕途與交遊、氣色好なれば則ち聖賢の提攜に遇うを望む可し。
中正:第四中正額角頭,虎角牛角輔骨遊。玄角斧裁及華蓋,福堂彩霞郊外求。印堂:第五印堂交鎖裡,左日蠶室林中起。酒樽精舍對繽門,劫路巷路青路尾。山根:第六山根對太陽,中陽少陽及外陽。魚尾奸門神光接,倉井大門玄武藏。
第四行は「中正」を以て主と為し、位司空之下・兩眉之上正中に在り、官職昇降與是非を主る。兩旁是れ虎角・牛角・輔骨、再び往外に玄角・斧裁・「華蓋」(額上主星名の一處部位)、以及福堂・彩霞・郊外なり。此の一行看る所は三十歲前後の升沉なり。第五行は「印堂」を以て主と為し、位兩眉之間に在り、是れ命宮の所在、一生命運の總樞を主る。兩旁是れ交鎖・左日(右月)・蠶室・林中、再び往外に酒樽・精舍・繽門、以及劫路・巷路・青路なり。印堂平滿明潤は貴を主り、紋破昏暗は破敗を主る。第六行は「山根」を以て主と為し、位兩眼之間の鼻梁根部に在り、疾厄與四十一歲前後の運を主る。它正に太陽(眼頭)に對して、兩旁依次に中陽・少陽・外陽、再び往外に魚尾・奸門(眼尾、妻妾を主る)、還た神光・倉井・大門・玄武有り。
年上:第七年上夫座參,長男中男及少男。金櫃禁房並賊盜,遊軍書上玉堂厴。壽上:第八壽上甲櫃依,歸來堂上正面時。姑姨姊妹好兄弟,外甥命門學堂基。準頭:第九準頭蘭臺正,法令灶上宮室盛。典御園倉後閣連,守門兵卒記印綏。
第七行は「年上」を以て主と為し、位山根之下の鼻梁上段に在り、四十四歲の運與疾病を主る。兩旁是れ夫座、再び往外依次に長男・中男・少男(子息を看る)、還た金櫃・禁房・賊盜・游軍・書上・玉堂有り。此の一行既に子女を看、亦た失竊・訴訟の有無を看る。第八行は「壽上」を以て主と為し、位年上之下・鼻梁下段に在り、四十五歲の運與壽元を主る。兩旁甲櫃に靠り、再び外は歸來・堂上(父母長輩)・正面、還た姑姨・姊妹・兄弟・外甥・命門・學堂有り。此の一行主要に親族與聰明學業を看る。第九行は「準頭」を以て主と為し、即ち鼻尖、財帛與四十八歲の運を主る。兩旁是れ蘭台・廷尉(鼻翼)、再び往外に法令(鼻旁兩道紋)・竈上(鼻孔)・宮室、還た典御・園倉・後閣・守門・兵卒・印綬有り。此の一行看る所は財庫の豐虛與權印を掌るか否かなり。
人中:第十人中對井部,帳下細廚內閣附。小使僕從妓堂前,嬰門博士懸壁路。水星:十一水星閣門對,北鄰委巷通衢至。客舍兵蘭及家庫,商旅生門山頭寄。承漿:十二承漿祖宅安,孫宅外院林苑看。下墓莊田酒池上,郊廓荒斤道路旁。地閣:十三地閣下舍隨,奴僕推磨坑塹危。地庫陂池及鵝鴨,大海舟車無憂疑。
第十行は「人中」を以て主と為し、即ち鼻下唇上の那道の溝、子息與五十一歲の運を主る。它井部に對して、兩旁帳下・細廚・內閣を附着し、再び往外に小使・僕從・妓堂・嬰門・博士・懸壁なり。此の一行看る所は子嗣多寡與家中僕役なり。第十一行は「水星」を以て主と為し、即ち口、飲食俸祿與六十歲の運を主る。兩旁閣門に對し、再び外は北鄰・委巷・通衢、還た客舍・兵蘭・家庫・商旅・生門・山頭有り。此の一行看る所は行商出入與家中積蓄なり。第十二行は「承漿」を以て主と為し、位下脣之下の凹處に在り、酒食與六十一歲の運を主る。兩旁是れ祖宅・孫宅・外院・林苑、再び往外に下墓・莊田・酒池・郊廓・荒丘・道路なり。此の一行看る所は田產與祖業なり。第十三行は「地閣」を以て主と為し、即ち下巴、晚景・田宅與七十一歲以後の運を主る。兩旁是れ下舍・奴僕・推磨・坑塹、再び往外に地庫・陂池・鵝鴨・大海・舟車なり。此の一行豐滿なれば則ち晚年田宅有り・奴僕有り、憂慮無し。
流年運氣部位歌
欲識流年運氣行,男左女右各分形。天輪一二初年運,三四周流至天城。天廓垂珠五六七,八九天輪之上停。人輪十歲及十一,輪飛廓反必相刑。十二十三並十四,地輪朝口壽康寧。
要知道每一年運氣走到哪裏、男看左邊、女看右邊、各按各的走法。一二歲看耳朵最上端的「天輪」、是初年的運。三四歲運行到「天城」(耳上部)。五、六、七歲看「天廓」與耳垂(「垂珠」)。八九歲又回到天輪的上端。十歲、十一歲走「人輪」(耳中段)、若耳輪外翻、耳廓反出、這兩年必有刑克。十二、十三、十四歲走「地輪」(耳下段)、耳垂朝口的人主壽命康寧。總之一到十四歲的運全在兩耳、耳好則童年順遂。
十五火星居正額,十六天中骨法成。十七十八日月角,遠逢十九應天庭。輔角二十二□,二十二歲至司空。二十三四邊城地,二十五歲逢中正。二十六上主丘陵,二十七年看墳墓。二十八遇印堂平。
十五歲走「火星」、在額頭正中最上一點。十六歲走「天中」、這一年看骨法成不成。十七、十八歲走左右「日角」「月角」、也就是父母宮、這兩年最見父母的吉凶。十九歲應在「天庭」。二十歲、二十一歲走「輔角」(底本此處脫字、當作「輔角二十二十一」)、二十二歲到「司空」。二十三、二十四歲走「邊城」「邊地」、二十五歲逢「中正」。二十六歲主「丘陵」、二十七歲看「墳墓」、二十八歲遇「印堂」、這一年印堂平滿則運順。這一段是十五至二十八歲的額部運、額相好則少年得志。
二十九三十山林部,三十一歲凌雲程。人命若逢三十二,額右黃光紫氣生。三十三行繁霞上,三十四有彩霞明。三十五歲太陽位,三十六上會太陰。中陽正當三十七,中陰三十八主亨。少陽年當三十九,少陰四十少弟兄。
二十九、三十歲走「山林」(額角近髮際兩側)、三十一歲走「凌雲」。人到三十二歲、運在額頭右側、這一年若額上現出黃光紫氣、就是吉兆。三十三歲走「繁霞」、三十四歲走「彩霞」、氣色明亮才好。三十五歲走「太陽」(左眼頭)、三十六歲會「太陰」(右眼頭)。三十七歲正當「中陽」、三十八歲「中陰」主亨通。三十九歲走「少陽」、四十歲走「少陰」――這兩處也管兄弟、走到此處若部位虧陷、主兄弟稀少。三十五至四十歲這六年全在兩眼、眼神清正則中年順遂。
山根路遠四□,四十二造精舍宮。四十三歲登光殿,四旬有四年上增。壽上又逢四十五,四十六七兩顴宮。準頭喜居四十八,四十九入蘭臺中。庭尉相逢正五十,人中五十一人驚。
四十一歲走「山根」、路途遙遠(底本此處脫字、當作「四十一」)。四十二歲到「精舍」。四十三歲登「光殿」、四十四歲運在「年上」而有增益。四十五歲又逢「壽上」、四十六、四十七歲走左右兩「顴」。四十八歲喜在「準頭」、這一年鼻尖豐圓則財旺。四十九歲進入「蘭台」(左鼻翼)、五十歲逢「廷尉」(右鼻翼)。五十一歲走「人中」、人中深長則這一年無驚無險、淺平就令人心驚。這一段自四十一至五十一歲、全看鼻子一路的高低豐陷。
五十二三居仙庫,五旬有四食倉盈。五五得請祿倉米,五十六七法令明。五十八九遇虎耳,耳順之年遏水星。承漿正居六十一,地庫六十二三逢。六十四居陂池內,六十五處鵝鴨鳴。六十六七穿金縷,歸來六十八九程。
五十二、五十三歲走「仙庫」(人中兩旁)、五十四歲走「食倉」、此處豐滿則飲食不缺。五十五歲走「祿倉」、主俸祿米糧。五十六、五十七歲走「法令」、這兩道紋深長分明才好。五十八、五十九歲走「虎耳」(法令外側近腮處)。六十歲(「耳順之年」)走「水星」、也就是口。六十一歲正在「承漿」、六十二、六十三歲逢「地庫」。六十四歲在「陂池」、六十五歲在「鵝鴨」。六十六、六十七歲走「金縷」、六十八、六十九歲走「歸來」。這一段自五十二至六十九歲、運在口、頤一帶、此處豐厚則晚年衣食無憂。
逾矩之年逢頌公,地閣頻添七十□。七十二三多奴僕,腮骨七十四五同。七旬六七尋子位,七十八九丑牛耕。太公之年添一歲,更臨寅虎相偏靈。八十二三卯兔宮,八十四五辰龍行。八旬六七已蛇中,八十八九午馬輕。
七十歲(孔子説的「從心所欲不逾矩」之年)走「頌堂」、七十一歲走「地閣」(底本此處脫字、當作「七十一」)。七十二、七十三歲走「奴僕」(下巴兩側)、此處豐滿則老來有人服侍。七十四、七十五歲走「腮骨」。七十六、七十七歲走「子位」。此後按十二地支繞面轉:七十八、七十九歲在丑(牛)位、八十、八十一歲(「太公之年」指八十歲、姜太公八十遇文王)在寅(虎)位、運格外靈驗。八十二、八十三歲在卯(兔)位、八十四、八十五歲在辰(龍)位、八十六、八十七歲在巳(蛇)位、八十八、八十九歲在午(馬)位。
九旬九一未羊明,九□十二三猴結果,九十四五聽雞聲。九十六七犬吠月,九十八九買豬吞。若問人生過百歲,頤數朝上保長生。周而復始輪於面,紋癮缺陷禍非輕。限運並沖明暗九,更逢破敗屬幽冥。
九十・九十一歲は未(羊)位に在り、九十二・九十三歲は申(猴)位に在りて結果有り、九十四・九十五歲は酉(雞)位に在り、九十六・九十七歲は戌(狗)位に在り、九十八・九十九歲は亥(豬)位に在り。若し百歲を過ぎて以後怎麼推するかを問わば、便ち兩頤の肉朝上兜起するを看よ、那是保長生の相なり。年歲面上に周而復始輪轉し、凡そ運行紋痕・瘢痕(底本「紋癮」を作る)或いは缺陷の部位有るに到れば、那の一年災禍便ち輕からず。若し正に限與運並行相衝に逢い、又た「明九」(虛歲九に逢う)「暗九」(虛歲九の倍數と為る)かくのごとき關口に碰上り、加上該處部位破敗せば、便ち幽冥に歸入し・性命堪虞なり。
又兼氣色相刑剋,骨肉破敗自伶仃。倘若運逢部位好,順時氣色見光晶。五嶽四瀆相朝把,扶搖萬里任飛騰。誰識神仙真妙訣,相逢談笑世人驚。
再加上當年氣色與本形五行相刑相克、骨肉破敗、那就只落得孤苦伶仃。反過來、倘若運走到的部位生得好、氣色又順應時令而明亮如晶、五岳(兩顴、額、頦、鼻)相朝、四瀆(耳目口鼻)相通、就能像大鵬一樣扶搖萬里、任意騰飛。誰能識得這套神仙般的妙訣、與人談笑之間斷人休咎、就足以令世人吃驚。
運氣口訣
水形一數金三歲,土厚惟將四歲推。火赴五年求順逆,木形二歲復何疑。金水兼之從上下,若云水火反求之。土自準頭初主限,周而復始定安危。
這首口訣講不同五行之形起運的步數。水形人以一年為一數起推、金形人以三歲為一步、土形人身厚、只按四歲一步推算、火形人以五年為一段而分順推逆推、木形人以兩歲為一步、這是不必懷疑的。若一人兼有金水兩形、就從上下部位分別取用。若説水火兩形相兼、則要反過來推。土形人從鼻尖「準頭」起第一個限、然後周而復始地在面上輪轉、由此判定各年的安危。
識限歌
八歲十八二十八,下至山根上至髮。有無活計兩頭消,三十印堂莫帶殺。三二四二五十二,山根上下準頭止。禾倉祿馬要相當,不識之人莫亂指。五三六三七十三,人面排來地閣間。逐一推詳看禍福,火星百歲印堂添。上下兩截分貴賤,倉庫分平定有無。此是神仙真妙訣,莫將胡亂教庸夫。
這首歌訣講面上「限」的分段。凡逢八歲、十八歲、二十八歲這幾個關口、運在下自山根、上至髮際這一大段之內。家業有無、生計成敗、都在這上下兩頭見分曉。三十歲走到印堂、這一處最忌帶煞紋惡色。凡逢三十二、四十二、五十二歲、運在山根上下直到鼻尖準頭為止。這幾年要看「禾倉」(食祿之位)與「驛馬」(額角)是否相稱、不懂的人不要亂指部位。凡逢五十三、六十三、七十三歲、運按面上次序排到下巴(地閣)一帶、要一處一處細推禍福。至於「火星」(額上最高處)與百歲之數、都歸到印堂上添算。面分上下兩截來定貴賤、看天倉、地庫是否平滿來定有無。這是神仙一般的真妙訣、不要胡亂教給庸俗之人。
十二宮相論
一命宮
命宮者,居兩眉之間,山根之上。光明如鏡,學問皆通;山根平滿,乃主福壽;土星聳直,扶拱財星;眼若分明,財帛豐盈;額如川字,命逢釋馬,官星果若如斯,必保雙全富貴。凹沉必定貧寒,眉接交相成下賤,亂裡離鄉,又克妻;額窄眉枯,破財鈍檀。
「命宮」在兩眉之間、山根之上、也就是印堂這一塊、是一生命運的總樞。這裏光明得像鏡子一樣、學問就無所不通。山根(兩眼之間的鼻根)平滿、主有福有壽。「土星」(鼻)高聳挺直、就能扶助拱衛「財星」。眼睛黑白分明、財帛就豐盈。額上生有「川」字紋、命又逢驛馬(額角主遠行之位)、官星再配合成這個樣子、必定富貴雙全。反過來、印堂凹陷低沉的必定貧寒。兩眉交連侵入印堂的成下賤之相。印堂紋路雜亂的要離鄉背井、又要克妻。額頭窄、眉毛枯、主破財而且遲鈍困頓。
詩曰:眉眼中央是命宮,光明瑩淨學須通。若還紋理多這滯,破盡家財及祖宗。命宮論曰:印堂要明潤,主壽長久。眉交者,身命早傾;懸針主破,克妻害子。山嶽不宜昏暗,有川字紋者為將相。平正明潤身常吉,得貴人之力。氣色青黃虛驚,赤主刑傷,白主喪服哭悲,黑主身亡,紅黃主壽安,終身吉兆。
詩説:兩眉兩眼當中就是命宮、此處光明瑩潔、學問自然通達。若紋理雜亂、氣色滯塞、就要把家財連同祖業一起敗光。命宮論説:印堂要明亮潤澤、主壽命長久。兩眉交連的人、性命早年就要傾覆。印堂正中有一條直紋(稱「懸針紋」)的主破敗、克妻害子。山根與五岳一帶不宜昏暗。印堂生有「川」字紋的、可做將相。此處平正明潤的人常常吉利、能得貴人之力。再看氣色:印堂現青色、黃色主虛驚。現赤色主刑傷。現白色主有喪服哭泣之事。現黑色主身亡。現紅黃二色主壽安、是終身的吉兆。
二財帛
鼻乃財星,位居土宿。截簡懸膽,幹倉萬箱;聳直豐隆,一生財旺;富貴中正不偏,須知永遠滔滔。鷹嘴尖峰,破財貧寒;莫教孔仰,主無隔宿之糧;廚灶若空,必是家無所積。
「財帛宮」在鼻子上。鼻是財星、五行屬土、所以叫「土宿」。鼻頭如截斷的竹筒、如懸着的膽囊、主千倉萬箱的家業。鼻梁高聳挺直、鼻頭豐隆、一生財運興旺。生得端正居中而不偏斜、財富便滔滔不絕。若鼻尖鈎曲如鷹嘴、鼻梁瘦削如尖峰、主破財貧寒。千萬不要鼻孔朝天外露、那主家裏連隔夜的糧食都沒有。「廚竈」(指鼻孔)若空張無收、必定家中積不下財。
詩曰:鼻主財星瑩若隆,兩邊廚灶若教空。仰露家無財與栗,地閣相朝甲櫃豐。財帛宮論曰:天倉、地庫、金甲櫃、井、灶,總曰財帛官,須要豐滿明潤,財帛有餘;忽然枯削,財帛消乏。有天無地,先富後貧;天薄地豐,始貧終富;天高地厚,富貴滿足,蔭及子孫。額尖窄狹,一生貧寒;井灶破露,廚無宿食;金甲櫃豐,富貴不窮。氣色昏黑,主破失財祿;紅黃色現,主進財祿;青黃貫鼻,主得橫財。二櫃豐厚,明潤消和,居官而受賞賜;赤主口舌。
詩曰く:鼻子は財星を主り、瑩潤にして豐隆・兩邊の鼻孔空張す可からずを要す。鼻孔上仰外露のは、家裏錢糧なし。下巴(地閣)朝上して鼻子を拱衛するは、兩頰の「甲櫃」も亦た便ち豐厚なり。財帛宮論曰く:天倉(額角兩旁)・地庫(兩腮下部)・金甲櫃(兩頰)・井(人中兩旁)・竈(鼻孔)、合起して皆財帛宮と曰い、皆豐滿明潤を要して、乃ち財帛餘有り。若し忽然枯瘦削陷せば、財帛便ち消乏せんを要す。上天倉有りて下地庫無きは、先富後貧。天倉薄にして地庫豐のは、先貧後富。天倉高・地庫厚のは、富貴滿足、還た子孫を蔭庇しうる。額頭尖窄のは一生貧寒。鼻孔破露のは廚中隔夜之食なし。兩頰金甲櫃豐滿のは富貴不盡なり。氣色上、此の幾處昏暗發黑は財を破り祿を失うを主り、紅黃色を現ずるは財を進め祿を得るを主り、青中帶黃之色鼻梁を貫穿するは、意外之財を得るを主る。兩頰豐厚にして明潤調和のは、做官賞賜を受くる會なり。赤色を現ずれば則ち口舌を主る。
三兄弟
兄弟位居兩眉,屬羅計。眉長過目,三四兄弟無刑;眉秀而疏,枝幹自然端正,有如新月和同,水遠超群。若是短粗同氣,連枝見別;眉環塞眼,雁行必疏;兩樣眉毛,定須異母;交連黃薄,自喪他鄉;旋結回毛,兄弟蛇鼠。
「兄弟宮」在兩眉、相術把左右兩眉配作「羅睺」「計都」兩顆星。眉毛長過眼角的、有三四個兄弟而且互不刑克。眉毛清秀而疏朗的、就像樹的枝幹自然端正、眉形如新月一般、兄弟和睦、永遠出衆。若眉毛短而粗、雖是同胞、也要分離。眉毛彎環下壓堵住眼睛的、兄弟這一行(雁行)必定稀疏。左右兩條眉毛長得不一樣的、一定是同父異母。兩眉交連而色黃淺薄的、自己要客死他鄉。眉中有旋毛、逆毛回卷的、兄弟之間像蛇鼠一樣彼此相害。
詩曰:眉為兄弟軟徑長,兄弟生成四五強。兩角不齊須異母,交連黃簿送他鄉。兄弟宮論曰:兄弟羅計,須要豐蔚,不宜虧陷。長秀則兄弟和睦,短促不足則有分離孤獨。眉有旋毛,兄弟眾多狼件不常;眉毛散者,錢財不聚;眉毛逆生,仇兄賊弟,互相妒害,或是異姓同居;眉清有彩,孤騰清高之士;眉毛過目,兄弟和睦;眉毛中斷,兄弟分散;濃淡豐盈,義友弟兄。氣色青主兄弟鬥爭,口舌黑白,兄弟傷文;紅黃之氣,榮貴喜慶。
詩曰く:眉毛は兄弟宮を主り、眉毛柔軟にして長直のは、兄弟四五個有る能くし。兩眉高低不齊のは、かならず異母所生なり。兩眉交連にして顏色枯黃淺薄のは、他鄉に客死するを要す。兄弟宮論曰く:兩眉羅睺・計都二星に配し、豐茂を要し、虧損凹陷すべからず。眉長にして秀なれば則ち兄弟和睦し、眉短促不足なれば則ち骨肉分離孤獨す。眉中旋毛有るは、兄弟雖も多く狼戾無常なり。眉毛散亂のは、錢財聚まり不住せず。眉毛倒生逆長のは、兄弟之間仇敵のごとく、互相嫉害し、或いは異姓と同じく一處に住す。眉毛清秀にして光彩有るは、孤高清雅之士なり。眉毛眼を長き過ぐるは、兄弟和睦す。眉毛中間斷開のは、兄弟分散す。濃淡適中・眉形豐盈のは、兄弟朋友皆道義を講ず。氣色上、眉間青色を現ずるは兄弟爭鬥口舌を主り、黑白之色を現ずるは兄弟傷損喪事有るを主り、紅黃之氣を現ずれば則ち榮貴喜慶を主る。
四田宅
田宅者,立居兩眼,最怕赤脈侵睛。初作破盡家園,到老無糧作蘸。眼如點漆,終身產業榮榮;風日高眉,置稅三州五縣;陰陽枯骨,莫保田園;火眼水輪,家財傾盡。
「田宅宮」在兩眼(連同上眼瞼一帶)、最怕有紅絲血脈侵入眼珠。若有此相、早年就要把家園敗光、到老連做齋醮的糧米都沒有。眼睛黑得像點了漆一樣、一輩子產業興旺。眼上眉高而清朗的(「風日高眉」)、可以置辦跨三州五縣的田產納稅。上下眼胞枯瘦見骨(「陰陽枯骨」)的、保不住田園。眼睛赤紅如火、黑睛周圍水光浮泛的、家財要傾蕩一空。
詩曰:眼為田宅主其宮,清秀分明□樣同。若是陰陽枯更露,父母家財總是空。田宅宮論曰:十星為田宅,主地閣要朝,天庭豐滿明潤,主田宅進益。低塌昏暗傾欣,主破田宅。若飛走不朝,田宅居無氣色青,主官非田宅無成;黑主杖責,白主丁憂,紅主成,田宅喜重重;黃明吉昌,謀元不遂,君子加官,即日得升,小人得寵,利見貴人。武職或領兵馬,殺氣旺者即行師,主管財賦,或八運司等處,五品至三品,三品至二品。如是詳看六品以卜,另作區處。
詩説:眼睛主管田宅這一宮、兩眼要清秀分明、左右一樣(底本此處脫一字、當作「一樣同」)。如果上下眼胞枯瘦而骨露、父母留下的家財總歸要空。田宅宮論説:面上諸星(底本「十星」當作「土星」、即鼻)主田宅、要下巴(地閣)朝上來拱、天庭豐滿明潤、才主田宅增益。此處低塌昏暗、傾斜欠缺、主破損田宅。若五嶽飛散不相朝拱、田宅所在便不成局。氣色上、現青色主官司是非、田宅難成。現黑色主受杖責。現白色主父母之喪。現紅色主事情辦成、田宅喜事重重。現黃而明亮的吉昌、原來謀而未遂的事也能成、君子加官、當日就能升遷、小人得寵、宜於進見貴人。若是武職或統領兵馬的人、氣色中殺氣旺的立刻要出師。也有主管錢糧財賦或轉運司一類差事的、官階可由五品升三品、三品升二品。照這樣細看、六品以下的另作區分處置。
五男女
男女者,位居兩眼□下,名曰淚堂。三陽平滿,兒孫福祿榮昌;隱隱臥蠶,子息還須清貴;淚堂深陷,定為男女無祿;黑痣斜紋,到老兒孫有克;口如吹火,獨坐蘭房;若是平滿人中,難得兒孫送老。
「男女宮」(即子女宮)在兩眼之下(底本此處脫一字、當作「兩眼之下」)、名叫「淚堂」。此處「三陽」(左眼下三處)平滿的、兒孫福祿興旺。下眼瞼隱隱隆起一條如臥蠶的肉、子息將來清貴。淚堂深陷的、必定子女無福祿。淚堂上有黑痣或斜紋的、到老兒孫要有刑克。嘴巴撮起像吹火一樣的、只能獨守空房。若人中長得平滿無溝、也難得有兒孫送終。
詩曰:男女三陽起臥蠶,瑩然光彩好兒郎。懸針理亂來侵位,宿債平中不可當。男女宮論曰:王陰三陽,位雖豐厚,不宜枯陷。左三陽枯,克損男;右三陰枯,克損女。左眼下有臥蠶紋,生貴子。凡男女眼□下無肉者,妨害男女;臥蠶陷者,陰駕少,當絕嗣也;亂紋侵者,主假子及招義女。
詩説:子女宮在兩眼下三陽位、臥蠶處隆起、此處瑩潤有光彩的能生好兒郎。若有懸針紋或雜亂紋理來侵犯這一部位、那是前世宿債、平白之中難以承當。男女宮論説:三陰(右眼下)三陽(左眼下)這一帶(底本「王陰」當作「三陰」)、位置雖然要豐厚、卻不宜枯瘦凹陷。左邊三陽枯陷的、克損兒子。右邊三陰枯陷的、克損女兒。左眼下有臥蠶紋的、能生貴子。凡男女眼下無肉的(底本此處脫一字、當作「眼之下」)、都妨害子女。臥蠶凹陷的、陰德少、當至絕嗣。有亂紋侵入的、主收養義子、認領義女。
魚尾及龍宮黃色環繞,主為陰駕紋見,曾懷陰德濟於人,必有果報。又云:精寒血竭不華色,男不旺,女不育。若明陽調和,精血敷暢,男女交合,故生成之道不絕。宜推於形象外,當以理言,玄妙自見也。氣色青,主產厄;黑白主男女悲哀;紅黃主喜至;三陽位紅生兒,三陰位青生女。
眼尾(魚尾)和眼眶(龍宮)一帶有黃色環繞、是陰德之紋顯現、説明這人曾暗中積德救濟別人、必定有好的報應。又説:精氣寒冷、血液枯竭而面無華色的人、男的子嗣不旺、女的不能生育。若陰陽調和、精血充暢、男女交合、生育之道自然不斷。這些道理應當推求到形象之外、用義理去講、其中玄妙自會顯現。氣色上、此處現青色主生産有難。現黑白之色主子女有悲哀之事。現紅黃之色主喜事臨門。左三陽位現紅主生男、右三陰位現青主生女。
六奴僕
奴僕者,位居地閣,重接水星。頰圓豐滿,侍立成群;輔弻星朝,一呼百諾;口如四字,主呼聚喝散之權。地閣尖斜,受恩深而反成怨恨;紋紋敗陷,奴僕不周;牆壁低傾,恩成仇隙。
「奴僕宮」在下巴(地閣)、又與口(水星)相接。兩頰圓而豐滿的人、身邊侍立的僕從成群。左右「輔弼」之星(下巴兩側的骨肉)朝拱有情的、一聲呼喚百人答應。口形方正如「四」字的、有呼聚喝散、指揮衆人的權柄。下巴尖削歪斜的、對下人恩情雖深、反而結成怨恨。此處紋路交錯、敗損凹陷的、奴僕不周到。兩側「牆壁」(腮骨外緣)低陷傾斜的、施恩反成仇隙。
詩曰:奴僕還須地閣豐,水星兩角不相容。若言三處都無應,傾陷紋痕總不同。奴僕宮論曰:懸壁無虧,奴僕不少;如是枯陷,僕馬俱無。氣色青主奴馬損傷,白黑主僕馬墜墮,不宜遠行;赤主僕馬口舌,損馬失財;黃色勝,牛馬奴僕自旺,左門右戶,排立成行。
詩説:奴僕宮還得下巴豐滿才好、口的兩個嘴角若不相配合就不成。如果地閣、水星、輔弼三處都沒有相應的好相、那麼無論傾陷還是有紋痕、結果都是一樣不佳。奴僕宮論説:兩頰懸壁沒有虧損的、奴僕不會少。若是枯瘦凹陷、僕人和牲口都沒有。氣色上、此處現青色主奴僕牲口有損傷。現白色黑色主僕人牲口墜跌、不宜遠行。現赤色主為奴僕牲口起口舌、損失牲口錢財。現黃色最好、牛馬奴僕自然興旺、左門右戶、僕從排列成行。
七妻妾
妻妾者,位居魚尾,號曰奸門。光潤無紋,必保妻全;四德豐隆平滿,娶妻財帛盈箱;顴星侵天,因妻得祿。奸門深陷,長作新郎;魚尾紋多,妻防惡死;奸門暗慘,自號生離;黑痣斜紋,外情好而心多淫慾。
「妻妾宮」在眼尾、叫作「奸門」。此處光潤沒有紋路的、必能保住妻子周全。此處四圍豐隆平滿的、娶妻能帶來滿箱財帛。顴骨高聳上侵天倉的、因妻子而得祿。奸門深陷的、要一再做新郎(屢次續娶)。眼尾紋多的、妻子要防非命而死。奸門氣色暗淡慘黯的、注定生離。此處有黑痣或斜紋的、外表看着人情很好、心裏卻多淫欲。
詩曰:奸門光澤保妻宮,財帛盈箱見始終。若是奸門生暗慘,斜紋黑痣蕩淫奔。妻妾宮論曰:魚尾須要平滿,不宜克陷,豐滿則夫貴妻榮,奴僕成行。婦女魚尾奸門明潤,得貴人為夫;女人鼻如懸膽,則主富貴,缺陷則主防夫,淫亂敗家,放蕩不旺夫。婦人面如滿月,下領豐滿,至國母之貴。氣色青則主妻妄憂愁思慮,赤主夫妻口舌,黑白大夫妻男女之悲,紅黃色見主夫妻男女和諧之喜。如有闇昧,主夫妻分離,不然斷角少情。
詩説:奸門光潤、就保得住妻宮、財帛滿箱、夫妻有始有終。若奸門氣色暗慘、又有斜紋黑痣、就主淫蕩私奔。妻妾宮論説:眼尾要平滿、不宜克削凹陷。豐滿則丈夫顯貴、妻子榮耀、奴僕成行。婦女的魚尾奸門明潤、能嫁得貴人為夫。女人鼻子像懸膽一樣、主富貴、鼻有缺陷則要提防妨夫、又主淫亂敗家、放蕩而不旺夫。婦人面圓如滿月、下巴(下頜)豐滿的、能貴為國母。氣色上、此處現青色主妻妾憂愁思慮。現赤色主夫妻口舌。現黑白之色主夫妻子女有悲喪。現紅黃之色主夫妻子女和諧之喜。若此處晦暗不明、主夫妻分離、即便不分離也是情分斷絕、少有恩愛。
八疾厄
疾厄者,印堂之下,位居山根。隆如豐滿,福祿無窮;連接伏犀,定主文章;瑩然光彩,五福懼全;年壽高平,和塢相守。紋痕低陷,連年速疾沉痾;枯骨尖斜,未免終身受苦;氣如霧,災厄纏身。
「疾厄宮」在印堂之下、位置就是山根(兩眼之間的鼻梁根部)。此處隆起豐滿的、福祿無窮。山根向上連接額中「伏犀骨」的、必主文章顯達。此處瑩潤有光彩的、壽、富、康寧、好德、善終五福齊全。「年上」「壽上」(鼻梁中段與下段)高而平、與山根和順相守、一生少病。反過來、此處有紋痕又低陷的、連年招致急病重症。山根枯瘦露骨、尖斜不正的、免不了終身受苦。此處氣色像蒙了一層霧、主災厄纏身。
詩曰:山根疾厄起平平,一世無災禍不生。若值紋痕並枯骨,平生辛苦卻難成。疾厄宮論曰:年壽明潤康泰,昏暗疾病至。氣色青主憂驚,赤防重災,白主妻子之悲,黑主身死,紅黃紫主喜氣之兆也。
詩説:山根這一段疾厄宮生得平滿、一輩子無災無禍。若碰上紋痕加上枯瘦露骨、一生辛苦而難有成就。疾厄宮論説:鼻梁「年上」「壽上」明潤、則身體康泰。昏暗則疾病來臨。氣色上、此處現青色主憂愁驚恐。現赤色要防重病大災。現白色主妻子兒女有悲喪。現黑色主本人身死。現紅、黃、紫三色則是喜氣的徵兆。
九遷移
遷移者,位居眉角,號曰天倉。豐盈隆滿,華彩無憂;魚層位平,到老得人欽羨;騰騰驛馬,須貴遊宦四方。額角低陷,到老住場難見;眉連交接,此人破祖離家;天地偏斜,十居九變。生相如此,不在移門,必當改墓。
「遷移宮」は眉尾上方の額角に在り、「天倉」と曰う。此處豐盈隆滿のは、一生光彩にして無憂なり。眼尾(魚尾)一帶平滿のは、到老人の欽敬羨慕を受く。額角「驛馬」之位氣勢騰騰のは、顯貴にして四方に游宦して官を為すを主る。反って、額角低陷のは、到老も亦た安身の所有り難し。兩眉交連のは、此の人祖業を破敗し・家鄉を離開せん。天庭與地閣上下偏斜のは、十處の住所九回を變換するを要す。かくのごとき相を生ぜば、門戶を遷移するを要さざれば、便ちかならず祖墳を改葬せん。
詩曰:遷移宮分在天倉,低陷平生少住場。魚尾未年不相應,定因遊宦卻尋常。遷移宮論曰:邊地驛馬、山林髮際,乃為出入之所,宜明潤潔淨,利遠行。若道暗缺陷,及有黑子,不宜出入,被虎狼驚。氣色青,遠行主驚失財;白主馬僕有失;黑主道路身亡;紅黃紫宜獲財喜。
詩説:遷移宮分在天倉這一處、低陷的人一生少有安定的住所。眼尾之位到晚年若不相應、那多半是在外游宦奔波、終究平常。遷移宮論説:邊地、驛馬(額角外側)與山林、髮際、是人出入往來的部位、宜明潤潔淨、利於遠行。若這一路氣色晦暗、部位缺陷、或者長有黑痣、就不宜出門、出門會遇虎狼之類的驚險。氣色上、此處現青色、遠行主受驚失財。現白色主隨行僕人和馬匹有失。現黑色主死在道路上。現紅、黃、紫色則宜出行、能得財喜。
十宮祿
官祿者,位居中正,上合離宮,伏犀貫頂,一生不到訟庭;驛馬朝歸,官司邏擾;光明瑩淨,顯達超群;額角堂堂,犯著官司貴解;宮痕理破,常招橫事;眼如赤鯉,實死徒刑。
「官祿宮」は額部正中の「中正」の位にあり、上面は「離宮」(額上の離火に屬する位)と相接する。若し「伏犀骨」が額中より頭頂に直貫する者は、一生官司を打たず。驛馬の位が朝向歸攏して情ある者は、雖も官司ありても小擾に過ぎず。此處光明瑩潔の者は、顯達超羣す。額角堂堂正正に生まれたる者は、たとえ官司を犯すも貴人に遇い化解しうる。反って、此處に痕跡あり・紋理破損する者は、常に意外橫事を招く。眼睛紅くして赤鯉魚のごとき者は、實實に刑徒之中に死せん。
詩曰:官祿榮宮仔細詳,山根倉庫要相當。忽然瑩淨無痕點,定主官榮貴久長。官祿宮論曰:兩眼神光如曙星,龍目鳳睛主貴;印堂明潤,兩耳色白過面,聲聞天下,福祿榮顯。如陷缺飛走,而無名譽。氣色青主憂疑,赤主口舌是非,白主孝服至,紅黃上下有詔書加官進職之喜。
詩に曰く:官祿此の榮宮は仔細推詳すべく、山根と天倉・地庫皆それと相稱するを要す。若し此處忽然瑩潔明淨にして一點の痕跡瑕疵なくば、かならず官運榮顯にして而且長久なり。官祿宮論に曰く:兩眼神光拂曉の星星のごとく明亮にして、龍目鳳睛を生成するは貴を主る。印堂明潤、兩耳顏色面色に白き過ぐれば、便能ち聲名天下に傳遍して福禄榮顯せん。若し此らの部位凹陷欠缺・五岳飛散不朝ならば、便ち名譽なし。氣色に就いては、此處青色を現ずるは憂愁疑慮を主る。赤色を現ずるは口舌是非を主る。白色を現ずるは孝服の事有りを主る。額上下に紅黃之色を現ずるは、詔書下りて加官進職の喜事有るを主る。
十一福德
福德者,位居天倉,牽連地閣。五星朝拱,平生福祿滔滔;天地相朝,德行須全五福。額因額窄,須知苦在韌年;額闊頤尖,邊否還從晚景;眉高目聳,尤且平平;眉壓耳掀,休言福德。
「福德宮」は天倉(額角兩旁)にあり、又た下巴(地閣)を牽連す。若し面上五星(耳・眉・眼・鼻・口)一齊に朝拱すれば、一生福禄滔滔なり。天庭と地閣上下相朝して、德行完備・五福齊全なり。反って、額頭窄小の者は、苦早年に在るを知るべし(底本「韌年」は當に「初年」を作るべし)。額頭寬闊にして下巴尖削の者は、晚景便ち轉壞せん。眉毛雖も高・眼睛雖も聳なれども、亦た不過平平なり。眉毛低壓にして耳朵掀反の者は、便ち何の福德か談ずるに足らず。
詩曰:福德天倉地閣圓,五星光照福綿綿。若還缺陷並尖破,衣食平平更不全。福德宮論曰:天倉地庫為福德宮,須要豐滿明潤,相朝招重重祖蔭,福德永祟。若陷缺不利,淺窄昏暗,災厄常見,人亡家破,蓋因心術損了陰隙,終是勉強,神明不佑。作事行悔,滿面春風,一團和氣。氣色青主憂疑,赤主酒肉,忌口舌,白主災疾,紅黃吉兆。
詩に曰く:福德宮は天倉と地閣皆圓滿なるを要し、五星光彩照映し、福氣乃ち綿綿不絕たり。若し此の幾處缺陷或いは尖削破損ならば、衣食只是平平、甚だしくは周全能わず。福德宮論に曰く:天倉と地庫合して福德宮と為るは、豐滿明潤・上下相朝するを要して、乃ち重重の祖上餘蔭を招來し、福德長久なり(「永祟」は當に「永崇」を作るべし)。若し凹陷欠缺・淺窄昏暗ならば、災厄常常出現し、甚だしくは人亡家破す――這れ多半は心術不正にして陰德を損したるがためなり(「陰隙」即ち「陰騭」)、一切勉强して行えば、神明肯んじて庇佑せず。福德有る人は事を做すにたとえ失ありても悔改を知り、滿面春風・一團和氣なり。氣色に就いては、此處青色を現ずるは憂愁疑慮を主る。赤色を現ずるは酒肉の事有るも口舌を防ぐを要す。白色を現ずるは災病を主る。紅黃之色を現ずるは吉兆なり。
十二相貌
相貌者,先觀五嶽,次辨三停。盈滿,此人富貴多榮;三停俱等,永保平生顯達;五嶽朝聳,官祿榮遷,行坐威嚴,為人尊重。額文初運,鼻管中年,地閣水星,是為末主。若有克陷,斷為凶惡。
「相貌宮」は全臉を合せて看る:先に五岳(兩顴・額・頦・鼻)を觀、再び三停(上・中・下三段)を辨す。五岳三停皆盈滿の者は、この人富貴にして榮顯多し。三停長短相等しき者は、一生顯達保障あり。五岳中央に朝向して聳起する者は、官祿昇遷し、坐立之間自ずから威嚴ありて人に敬重せらる。分段して説くに、額頭は早年の運を主り、鼻子は中年の運を管し、下巴(地閣)と口(水星)は晚年の主運なり。此の幾處若し克削凹陷あらば、便ち斷じて凶惡之相と為すべし。
詩曰:相貌須教上下停,三停平等更相生。若還一處無均等,好惡中間有改更。相貌宮論曰:骨法精神,骨肉相稱氣相和,精神清秀,如桂林一枝、崑山片玉,如珠藏淵,如玉隱石,貴顯名流,翰苑吉士。暗慘而薄者凶。氣色滿面紅黃明潤,大吉之兆。
詩に曰く:相貌を看るに必ず上停下停を兼顧し、三停均等にして又た互相生助するを好しとす。若し其中に一處不均あらば、好と壞の間に便ち變化發生せん。相貌宮論に曰く:骨法と精神を看るを要す――骨與肉互相稱配・氣息和順、精神清朗秀發し、桂林中の一枝・崑崙山上の一塊の玉のごとく、明珠の深淵に藏れ・美玉の石中に隱るるがごとく、かかる人は顯貴の名流・翰林院裏の吉士なり。反って、氣色晦暗慘淡にして相貌單薄のは凶を主る。若し滿面紅黃にして明潤ならば、則ち大吉之兆なり。
十二宮總訣
父母宮論曰:日月角須要高,明淨則父母長壽康寧,低塌則幼失雙親,闇昧主父母有疾。左角偏,防父;右角偏,防母。或同父異母,或隨母嫁父,出祖成家,重重災注,只宜假養,方免刑傷。又云:重羅疊汁,父母重拜;或父亂母淫,與外姦通,又主防父害母。頭側額窄,多是庶出,或因奸而得。
父母宮論に曰く:額上左「日角」・右「月角」此の兩處生じて高くあらんを要し、明淨ならば則ち父母長壽康寧、低塌ならば則ち幼年に便ち雙親を失う、晦暗不明ならば則ち父母に病あり。左角偏斜の者は、父親に事有るを防ぐを要す。右角偏斜の者は、母親に事有るを防ぐを要す。かかる人は或いは同父異母、或いは母親に随いて改嫁して來、祖業を離れて自立門戸せんことを要し、災殃重重、ただ他人に過繼して撫養せられて乃ち刑傷を免れん。又た曰く:兩眉之上紋路重疊交錯(「重羅疊汁」)するは、主に二度父母を拜するを要す、即ち繼父繼母有るなり。或いは父不正・母不貞にして外人と私通し、此れも主要に父親を防ぎ・母親を害す。頭形偏斜・額頭窄小の者は、多半庶出、或いは私通の生む所なり。
又云:左眉高,右眉低,父在母先歸。左眉上,右眉下,父亡母再嫁。額削眉交者,主父母早拋,是為隔角反面無情。兩角人頂,父母雙榮,更受祖蔭,父母聞名。氣色青主父母憂疑,又有口舌相傷;黑白主父母喪亡;紅黃主雙親喜慶。
又た曰く:左眉高・右眉低の者は、父親還た在りて母親先に亡し。左眉往上・右眉往下の者は、父親亡故して母親改嫁す。額頭削薄・兩眉交連の者は、早年に便ち父母を失うを主る、此れを「隔角」と曰い、父母と反目無情なり。左右日月角豐隆にして直に頭頂に入る者は、父母雙雙榮顯し、自家還た祖蔭を承受しえ、父母も亦た名望あり。氣色に就いては、日月角に青色を現ずるは父母の憂愁疑慮を主り、還た口舌相傷あり。黑白之色を現ずるは父母の喪亡を主る。紅黃之色を現ずるは雙親に喜慶有るを主る。
相容貴賤
夫人者,以頭為主,以限為權。頭則身體之首,眼則形容之光。觀頭之方圓,視眼之黑白。頭因而必貴,目善而必慈。眼豎而性剛,眼露而性毒,斜視而懷妒忌。近視面神睛藏,性剛強而心必曲。氣溫柔,面貌必和。滿面青藍,多逢邊否;紅黃不改,必遇榮昌;黑白色侵,憂橫疾病紛紛;色紫見福祿以猶遲;赤色縱橫,信官災而將至。
一人の容貌を相するは、頭を以て主體とし、眼を以て權衡とす。頭は全身之首、眼は容貌の光華なり。故に頭の生ずる方か圓かを看、眼睛の黑白分明なる否やを看るを要す。頭生じて好き者はかならず貴、眼神善良の者はかならず心慈なり。眼睛豎立のは性情剛硬、眼珠外凸暴露のは性情狠毒、斜に眼を以て人を看るは心懷嫉妒なり。眼睛近視・面上神氣と眼珠皆收斂露われざるは、性子剛強にして心思曲折なり。氣息温柔の人は、面貌かならず和順なり。氣色に就いては、滿面青藍のは多半困厄阻塞に遇上し、紅黃之色一直に變わらざるはかならず榮昌に遇上り、黑白之色侵入するは憂患橫禍疾病紛紛として來り、紫色を現ずるは福禄雖もあれど來遲し、赤色縱橫交錯のは確信しえ官非災禍便ち到らんとす。
要知克子害兒,必是眼下無肉;臥蠶平起,後嗣相從。眉中若旋,兄弟必全;眉橫一字,足義愛人。要知奸詐孤貧,看他鼻頭尖薄;官高位顯,準頭圓似截簡。衰困中年,定是風門牙露。露齒結喉,相中大忌,男子如此,骨肉分離;婦人如此,防夫絕子。
一人の子女を克害するや否やを知らんと欲せば、便ち彼眼下に肉有るや否やを看よ。下眼瞼の臥蠶平滿隆起の者は、後代自然に跟隨不絕す。眉毛中間若し旋毛を生ずるは、���弟反って齊全なり。眉毛橫直して「一」字のごときは、義氣を重んじ人を愛護す。一人の奸詐孤貧なるや否やを知らんと欲せば、彼鼻頭尖にして薄き否やを看よ。官位高顯の人は、鼻尖圓きこと截斷の竹筒のごとし。中年衰敗困頓のは、かならず耳孔(風門)敞露・牙齒外露なり。牙齒外露に喉結突出を加うるは、相法中の大忌なり。男子かくのごときは骨肉分離、婦人かくのごときは丈夫を妨害し子嗣を斷絕すを防ぐべし。
門小唇薄,此人多是多非;印上雜紋,決定難逃刑法;口角兩垂向下,因知奸詐便宜。欲知富貴聰明,須知眼如點漆;口如四字,唇似硃紅,兩角朝於天倉,定是公侯之位;眉高耳聳,官祿榮遷。
嘴小にして脣薄の人は、一生是非多し。印堂上に雜亂紋路の有るは、かならず刑法之災を逃れ難し。兩個の嘴角皆往下垂するは、可知此の人奸詐にして便宜を占むるを好む。一人の富貴聰明なるや否やを知らんと欲せば、便ち彼眼睛黒きこと點漆のごとき否やを看よ。口形方正して「四」字のごとく、嘴脣紅きこと硃砂のごとく、兩個の眼角(或いは口角)天倉に朝向するは、かならず公侯之位に居らん。眉毛生じて高く、耳朵聳起して眉に過ぐるは、官祿昇遷す。
看部位相學堂,須要六處不陷。在僧道,則出入千人之上;在仕途,位至三公之際,初年水厄之憂。但有眉間黑子,痣生眼尾,中年必遭水厄。身肥項促,命不久長。要知貴賤吉凶,須有此本風鑑。
面上部位と「學堂」(聰明文才を主る幾處の部位)を看るに、關鍵は此の六處皆凹陷不可なり。六處不陷の人は、若し出家して僧道を做れば、便能ち千人之上に出入しうる。若し仕途を走れば、位三公に至るべく、只是早年水厄を擔心するを要す。凡そ兩眉之間黑痣を生じ・眼尾痣を生ずるは、中年かならず水厄に遭遇せん。身子肥胖にして脖子短促のは、壽命長からず。一人の貴賤吉凶を知らんと欲せば、必ず本の《風鑑》の講ずる道理に依據するを要す。
人身通論
(滿庭芳)額廣耳珠,頭圓足厚,瑩然美貌光輝。寬舒豐厚,形氣類相隨,皆是五行分定。豐衣足食兩相宜。智慧者,眉清目秀,聲價少年知。肘龍並虎臂,山根明朗,地閣豐肥。更鼻垂懸膽,項有餘皮。賦性高名磊落,面方皆厚宛如龜。真個好,安全五嶽,壽數介齊眉。
此の一首は《滿庭芳》の詞調を用いて全身の好相を串講一遍す。額頭寬廣・耳有垂珠・頭形圓滿・脚掌厚實・通體瑩潤にして相貌光輝あり。擧止寬舒・形體豐厚・形と氣互相配合す、此れ皆五行禀賦早已に分定せしなり。かかる人は衣食兩樣皆缺かず。聰明智慧有る人は、眉清目秀にして少年時に便ち名聲あり。上臂は龍骨のごとく・下臂は虎骨のごとく、山根明朗・下巴豐滿肥厚、再び加うるに鼻頭懸膽のごとく下垂し・頸項後面に餘肉あり。此種の人天性高潔・聲名磊落、臉方にして處處豐厚、形狀宛如龜背なり。真に好相なり。五岳安穩周全・壽數眉に齊しき可し(長壽して白眉之年に至る)。
四學堂論
官學堂:一曰眼為官學堂,眼要長而清,主官職之位。祿學堂:二曰額為祿學堂,額闊而長,主官壽。內學堂:三曰當門兩齒為內學堂,要周正而密,主忠信孝敬;疏缺而小主多狂妄。外學堂:四曰耳門之前為外學堂,要耳前豐滿光潤,主聰明;若昏沉,愚齒之人也。
「學堂」は面上聰明と功名を主る四處の部位なり。第一は「官學堂」、即ち眼睛、眼形細長にして清澈を要し、官職地位を主る。第二は「祿學堂」、即ち額頭、額寬闊にして長を要し、官運と壽數を主る。第三は「內學堂」、即ち門牙兩顆、端正にして排列緊密を要し、為人忠信孝敬を主る。若し牙齒稀疏・有缺・又た細小なれば、便ち狂妄を主る。第四は「外學堂」、即ち耳門前面の那一塊、豐滿光潤を要し、聰明を主る。若し此處氣色昏沉なれば、即ち愚鈍之人なり。
八學堂論
高明:第一高明部學堂,頭圓或有異骨昂。高廣:第二高廣部學堂,額勇不錯骨起方。光大:第二光大部學堂,印堂平明無痕傷。明秀:第四明秀部學堂,眼光黑多人隱藏。
八學堂は面上八處の貴を主る部位を分列して八條と成す。第一是「高明學堂」、頭頂を看る:頭形圓滿、或いは奇異の骨頭高昂突起を生ず。第二是「高廣學堂」、額頭を看る:額要飽滿端正不歪斜、骨骼隆起にして方正なり(底本「額勇不錯」は當に「額寬不錯」を作るべし)。第三是「光大學堂」、印堂を看る:兩眉之間平滿明亮、紋痕損傷なし(底本此條誤りて「第二」を標作し、當に「第三」を作るべし)。第四是「明秀學堂」、眼睛を看る:眼中黑睛多にして白睛少、神光内藏して外露せず。
聰明:第五聰明部學堂,耳有輪廓紅白黃。忠信:第六忠信部學堂,齒齊周密白如霜。廣德:第七廣德部學堂,舌長至準紅紋長。班筍:第八班筍部學堂,橫起天中細秀長。八位學堂如有此,人生富貴多吉祥。
第五是「聰明學堂」、耳朵を看る:耳の內外輪廓分明、顏色或紅或白或黃にして潤澤なり。第六是「忠信學堂」、牙齒を看る:牙齒整齊緊密、白きこと霜のごとし。第七是「廣德學堂」、舌頭を看る:舌伸出して長きこと鼻尖に到る能く、舌上紅色の紋路細長なり。第八是「班筍學堂」、眉毛を看る:眉毛天中之下に橫生し、細にして秀長なり。此の八處學堂若し皆具備せば、この人一生富貴にして多く吉祥なり。
學堂詩
揹負琴書不得名,學堂無位陷三停。人中一位若無應,空將年月在朝臣。欲說無官少保人,盜門青氣有羅紋。使於鼻上多紅氣,可惜虛勞枉苦辛。月學尖兒義損財,初年流落更多災。官方門舌無人說,只有先賢相出來。
此の幾首の詩は學堂成らざるの害處を講ず。琴書を背着して四處求學すれど名を成さざるは、是れ學堂部位好からず、三停又た皆凹陷せるがためなり。人中此の一位若し亦た相應せざれば、便ち白白に歲月を朝廷之中に耗して成る所なし。要説一人の做不成官・少有保擧は、那是「盜門」(耳前一帶)現青氣而且有交錯的紋路。再若鼻子上多現紅氣、可惜一番辛勞都是白費。「月學」(額上月角一帶)尖削的人、講義氣反而損財、早年流落在外、災禍又多。這種人官場門路上沒人替他説話、只有靠先賢留下的相法才看得出其中緣由。
面三停
面之三停者,自髮際下至眉間為上停,自眉間下至鼻為中停,自準下人中至頦為下停。夫三停者,以象三才也。上停象滅,中停象人,下停象地。故上停長而豐隆,方而廣闊者,主貴也;中停隆而直,峻而靜者,主壽也;下停平而滿,端而厚者,主富也。
面上的三停、是從髮際往下到兩眉之間為「上停」、從眉間往下到鼻尖為「中停」、從鼻下人中到下巴為「下停」。這三停取象於天、地、人三才:上停象天(底本「象滅」為「象天」之訛)、中停象人、下停象地。所以上停生得長而豐隆、方而寬廣的、主貴。中停生得隆起挺直、高峻而安靜的、主壽。下停生��平滿、端正而厚實的、主富。
若上停尖狹缺陷者,主多刑厄之災,防克父母,早賤之相也;中停短促編塌者,主不仁不義,智識短少,不得兄弟妻子之力,有主中年破損也;下停長而狹尖薄者,主無田宅,生貧苦,老而艱辛也。三停皆稱,乃為上相之人也。
反過來、上停尖窄而有缺陷的、主多刑罰厄難之災、還要防克父母、是早年低賤之相。中停短促、偏斜塌陷的(底本「編塌」當作「偏塌」)、主不仁不義、見識短淺、得不到兄弟妻子的助力、還主中年破敗。下停雖長卻窄尖單薄的、主沒有田宅、一生貧苦、老來艱辛。三停都彼此相稱的、才算是上等相格的人。
論形有餘
形之有餘者,頭頂圓厚,腹背豐隆,額闊四方,唇紅齒白,耳圓成輪,鼻直如膽,眼分黑白,眉秀疏長,肩膊臍厚,胸前平廣,腹圓垂下,行坐端正,五嶽朝起,三停相稱,肉膩骨細,手長足方,望之巍巍然而來,視之怡怡而去,此皆謂形有餘也。形有餘者,令人長壽無病,富貴之榮矣。
所謂「形有餘」、是指形體各處都充足飽滿:頭頂圓而厚、腹部與背部豐隆、額頭寬闊方正、嘴脣紅潤牙齒潔白、耳朵圓而輪廓完整、鼻梁挺直如懸膽、眼睛黑白分明、眉毛清秀疏朗而長、肩膀厚實、肚臍深厚、胸前平坦寬廣、腹部圓而下垂、行走坐立都端正、五岳朝拱而起、三停彼此相稱、肌肉細膩而骨骼精細、手長脚方。遠看他走來威然可敬、看他離去又和悅可親。這些都叫形有餘。形有餘的人長壽無病、享富貴之榮。
論神有餘
神之有餘者,眼光清瑩,顧盼不斜,眉秀而長,精神聳動,容色澄徹,舉止汪洋。恢然遠視,若秋日之照霜天;巍然近矚,似和風之動春花。臨事剛毅,如猛獸之步深山;出泉迢遙,似丹風而翔雲路。
所謂「神有餘」、是指精神充足外發:眼中光彩清亮瑩潤、左顧右盼從不斜視、眉毛清秀而長、精神振作聳動、面容氣色澄澈、舉止寬宏如海。遠遠望去氣度恢廓、像秋天的太陽照着霜後的晴空。近處看又巍然莊重、像和風吹動春天的花。遇事剛強果毅、像猛獸在深山中穩步而行。一旦出頭、前程遙遠、像丹鳳飛翔在雲路之上。
其坐也如界石不動,其臥也如棲鴉不遙,其行也洋洋然如平水之流,其立也昂昂然如孤峰之聳。言不妄發,性不妄躁,喜怒不動其心,榮辱不易其操,萬態紛錯於前,而心常一,則可謂神有餘也。神有餘者,皆為上貴之人,凶災難人其身,天祿永其終矣。
かくのごとき人は坐る時界碑のごとく紋絲動かず、睡臥の時棲息の烏鴉のごとく安穩驚かず、行走の時舒緩從容して平地上流れ過ぐる水のごとく、站立の時昂然挺拔して一座の孤峰聳起のごとし。說話輕率に發口せず、性情無端に躁動せず、喜怒彼の心を動搖しえず、榮辱彼の操守を改變しえず。千頭萬緒紛紛として眼前に擺れども、彼の心始終專一なり。此れ便ち神有餘と曰う可し。神有餘の人皆上等貴人、凶險災禍彼の身に侵入し難く、天賜の福禄終身に到るまで保持しえん。
論形不足
形不足者,頭頂尖蒲,肩膊狹斜,腰肋疏細,肘節短促,掌薄指疏,唇賽額撻,鼻仰耳反,腰低胸陷,一眉曲一眉直,一眼仰一眼低,一睛大一睛小,一顴高一顴低,一手有紋一手無紋,唾中眼開,言作女音,齒黃而露,口臭而尖,禿頂無眾髮,眼深不見睛,行步奇側,顏色萎怯,頭小而身大,上短而下長,此之謂形不足也。形不足者,多疾而短命,福薄而貧賤矣。
所謂「形不足」、是形體處處欠缺:頭頂尖薄、肩膀窄而斜、腰與肋骨稀疏細弱、肘節短促、手掌薄而手指稀疏、嘴脣塞縮、額頭塌陷、鼻孔上仰、耳廓反出、腰身低陷、胸部凹陷。兩眉一彎一直、兩眼一仰一低、兩隻眼珠一大一小、兩顴一高一低、一隻手有掌紋而另一隻沒有。睡中張着眼、説話像女人的聲音。牙齒發黃而外露、口有臭氣而嘴尖。頭頂禿而頭髮稀少、眼窩深陷看不見眼珠。走路歪斜、臉色萎黃怯懦。頭小而身子大、上身短而下身長。這些都叫形不足。形不足的人多病而短命、福薄而貧賤。
論神不足
神不足者,似醉不醉,常如病酒;不愁似愁,常如憂戚;不唾似睡,繞睡便覺;不哭似哭,常如驚怖;不嗔似嗔,不喜似喜,不驚似驚,不痴似痴,不畏似畏,容止昏亂,色濁似染;顛癇神色悽傖,常如大失;恍您張惶,常如恐怖;言語瑟縮似羞隱藏,貌兒低摧如遭凌辱;色初鮮而後暗,語初快而後吶。此皆謂神不足也。神不足者,多招牢獄之厄,宮亦主失位矣。
所謂「神不足」、是精神涣散無主:看着像醉又不是醉、常像宿酒未醒。沒有愁事卻像有愁、常顯得憂戚。不打瞌睡卻像在睡、剛睡着又驚醒。沒有哭卻像哭過、常帶驚懼之色。不發怒卻像發怒、不高興卻像高興、不驚卻像受驚、不癡卻像癡、不怕卻像怕。容貌舉止昏亂、面色渾濁像染了髒色。神色凄慘倉皇如同癲癇發作、常像丟了什麼大東西。恍惚張皇、常像在恐懼之中。説話瑟縮、好像有什麼羞於出口要隱藏。容貌低沉萎頓、像剛受了人的凌辱。面色起先鮮亮而後轉暗、説話起先流利而後結巴。這些都叫神不足。神不足的人多招牢獄之災、做官的也主丟官失位。
論骨肉
相人之身,以骨為主,以肉為佐;以骨為形,以肉為容;以骨為君,以肉為臣。然臣不能制君,反為之逆理。若形好容惡,至老不作;容好形惡,乍苦乍樂。假使形容俱好,若有紋癮黑子,亦不為佳。夫紋欲得深而正,黑子欲得大而明。
相一個人的身體、以骨為主、以肉為輔:骨是形的根本、肉是容的外表。骨好比君、肉好比臣。臣不能壓制君、肉若壓過骨就是違逆常理。如果骨相好而肉相差(形好容惡)、到老也難有作為。肉相好而骨相差(容好形惡)、一時苦一時樂、起伏不定。就算骨肉都好、若身上有斑痕黑痣、也算不得上佳。相紋要深而端正才好、黑痣要大而明亮才好。
凡相面見顴骨肉薄而開方者,主有權衡;若肉大骨藏,則無權衡,其人縱有官職,但常調而已。凡有相之人,或居貧賤,如鳳在地,不久必翔;無相之人,忽居富貴,如草非時而生,非地而出矣,必愈疾也。
凡看面相、見顴骨上肉薄而骨形開闊方正的、這人手中有權柄。若肉厚而把骨藏住了、就沒有權柄、這種人縱然做官、也不過按部就班地平調而已。凡是本有好相的人、即便眼下處在貧賤之中、就像鳳凰暫時落在地上、不久必定要飛起來。本無好相的人忽然身居富貴、就像草不在時令裏生長、不在合適的土地上冒出來、必定很快就要枯萎。
相骨
骨節相金石,欲峻不欲橫,欲圓不欲粗。瘦者不欲露骨,肉不稱骨而骨露,乃多難有禍之人也;肥者不欲露肉,肥滯之人也不欲蒲,或滿而盈者乃是死人之相也。骨與肉相稱,氣與血相應。骨寒而縮者,不貧則天,謂背額而停倔,骨寒而肩聳。大凡物有不全,貧賤壽富天折,故曰不貧則夭。
骨節應當像金石一般堅實、要高峻挺拔而不要橫生旁出、要圓潤而不要粗糙。瘦的人不宜骨頭突露:肉配不上骨而骨頭暴露、這是多災多難之人。胖的人不宜肉浮而無骨:肥胖壅滯的人也不宜肌肉鬆薄、若肉滿得脹溢出來、那就是將死之相。骨與肉要彼此相稱、氣與血要互相呼應。骨相寒薄而形體縮瑟的人、不貧也要夭折(底本「不貧則天」即「不貧則夭」)、所謂背與額高低不平、骨寒而兩肩聳起就是。大凡一物有所不全、貧賤與壽富夭折就隨之而分、所以説「不貧則夭」。
日角之左、月角之右,有骨直起為金城骨,位至三公。印堂有骨上至天庭,名天校骨;從天庭貫頂,名伏犀骨,並位至三公。面上有骨卓起,名為顴骨,主權勢。顴骨相連人耳,名王梁骨,主壽考。自臂至肘為龍骨,象君,欲長而大;自肘至腕名虎骨,象臣,欲短而細。骨欲峻而舒,圓而堅,直而應節,緊而不租,皆堅實之象。
額上左日角的左邊、右月角的右邊、若有骨頭筆直隆起、叫「金城骨」、主位至三公。印堂上有骨向上連到天庭、叫「天柱骨」(底本作「天校骨」)。從天庭一直貫到頭頂的、叫「伏犀骨」、這兩種也都主位至三公。面上突起的骨叫「顴骨」、主權勢。顴骨向後連入耳朵的、叫「玉梁骨」(底本作「王梁骨」)、主長壽。上臂到肘這一段骨叫「龍骨」、象徵君、要長而大。肘到手腕這一段叫「虎骨」、象徵臣、要短而細――臣不可越過君。骨頭要高峻而舒展、圓潤而堅硬、挺直而合乎節度、緊湊而不粗糙、這些都是骨骼堅實的表現。
顴骨入鬢,名驛馬骨。左目上曰日角骨,右目上曰月角骨。骨齊耳為將軍骨,撓日員為龍角骨,兩溝外曰巨鏊骨,額中正兩邊為龍角骨。
顴骨向後伸入鬢髮的、叫「驛馬骨」、主奔走四方而得祿。左眼上方的骨叫「日角骨」、右上方的骨叫「月角骨」、這兩處主父母。骨頭長得與耳朵齊平的叫「將軍骨」、主武貴。繞着日角圓起的叫「龍角骨」。兩條法令溝以外的骨叫「巨鰲骨」。額頭正中兩邊的也稱「龍角骨」。這些骨各有名目、各主一種貴格。
詩曰:骨不聳今且不露,又要圓清兼秀氣。骨為陽兮肉為陰,陰不多今陽不附。若得陰陽骨肉均,少年不貴終身富。骨聳者天,骨露者無立,骨軟弱者壽而不樂,骨橫者凶,骨輕者貧賤,骨俗者愚濁,骨寒者窮薄,骨圓者有福,骨孤者無親。
詩曰く:骨頭既に聳く太も高きを要せず、亦た外に突露するを要せず、還た圓潤清朗にして秀氣を帶ぶるを要す。骨は陽に屬し、肉は陰に屬す。陰過多ならざれば、陽乃ち依附する所無きに至らず。若し能く陰陽調勻・骨肉均衡せば、此の人便ち少年貴ならずも、一輩子も亦た富なり。分別して説く:骨頭聳露太過のは短命、骨頭突出無肉のは事業を立て住む能わず、骨頭軟弱のは雖も長壽なれど快樂せず、骨頭橫生のは凶を主り、骨相輕薄のは貧賤、骨相俗氣のは愚昧渾濁、骨相寒瘦のは窮薄、骨相圓潤のは福有り、骨相孤峭無輔のは六親無靠なり。
又云:木骨瘦而青黑色,兩頭粗大,主多窮厄;水骨兩頭尖,富貴不可言;火骨兩頭粗,無德賤如奴;士骨大而皮粗厚,子多而又富;肉骨堅硬,壽而不樂。或有旋生頭角骨者,則享晚年福祿;或旋生頤額者,則晚年至富也。
又た曰く:木形の骨瘦にして青黑色を帶び・兩頭粗大のは、多く窮困厄難有るを主る。水形の骨兩頭尖のは、富貴説き盡さず。火形の骨兩頭粗のは、德無くして奴僕のごとく下賤なり。土形の骨大にして皮膚粗厚のは、子女多くして而且富有す(底本「士骨」は「土骨」の訛)。骨肉堅硬のは、雖も長壽なれど安樂せず。若し人有りて後來頭角處に又た骨を生出すは、晚年福禄を享く。若し下巴・兩頤處に後に骨を生出すは、晚年大富しうる。
詩曰:貴人骨節細圓長,骨上無筋肉又香。君骨與臣相應輔,不愁無位食天倉。骨粗豈得豐衣食,部位應無且莫求。龍虎不須相剋陷,筋纏骨上賤堪憂。
詩説:貴人的骨節生得細、圓而長、骨上不纏青筋、肌肉還帶香氣。上臂的「君骨」與下臂的「臣骨」互相呼應扶助、就不愁沒有官位、沒有俸祿可食。骨相粗糙的人哪能有豐厚衣食。面上部位又不相應、就不必強求了。上臂龍骨與下臂虎骨切不可互相克削凹陷。若青筋纏繞在骨頭上、那是下賤之相、很堪憂慮。
相肉
肉所以生血而藏骨,其象猶土生萬物而成萬物者也。豐不欲有餘,瘦不欲不足。有餘則陰勝於陽,不足則陽勝於陰。陰陽相勝,謂一偏之相。淘為陰,骨為陽。陰有餘神則生血,陽有餘神則生氣。肉以堅而實,直而聳。肉不欲在骨之內,為陰不足;骨不欲生肉之外,為陽有餘也。
肉的作用是生養血液、包藏骨骼、它的象好比大地生出萬物又成就萬物。豐滿不宜過頭、清瘦不宜不足:過頭就是陰勝過陽、不足就是陽勝過陰。陰陽一方壓倒另一方、就叫作偏枯之相。肉屬陰、骨屬陽(底本「淘」為「肉」之訛)。陰氣有餘、神就能生血。陽氣有餘、神就能生氣。肉要生得堅實而飽滿、端直而有起伏。肉不可縮在骨頭裏面、那是陰不足。骨也不可凸出在肉的外面、那是陽有餘。
故曰人肥則氣短,馬肥則氣喘,是以肉不欲多,骨不欲少也。暴肥氣喘,速死之期。肉不欲橫,橫則性剛而暴;肉不欲緩,緩則性懦而怕。人肥不欲亂紋路,路漏者近死之兆。肉慾香而暖,色慾白而潤,皮欲細而滑,皆美質也。色昏而枯,皮黑而臭,寵多加塊,非令相也。若夫神不稱枝幹,筋不束骨,肉不居體,皮不包肉,速死之應也。
故に人肥えれば便ち氣短く、馬肥えれば便ち氣喘ぐと説く。此に由りて肉多きを宜とせず・骨少なきを宜とせざるを知る可し。忽然發胖して又た氣喘ぐは、死期將近之兆なり。肌肉橫生すべからず、橫生の人は性情剛烈暴躁なり。肌肉鬆緩すべからず、鬆緩の人は性情懦弱膽怯なり。人胖えて雜亂の紋路を生出すべからず、紋路散漏即ち近死之兆なり。肌肉香氣有りて溫暖・膚色白にして潤澤・皮膚細にして光滑を要す、此れら皆美好の質地なり。反って、膚色昏暗にして乾枯・皮膚發黑にして臭味有り・身上又た多く贅疣肉塊を生ずれば、便ち好相にあらず。至於神與形體枝幹相稱せず・筋骨を束ね住む能わず・肉身上に長じ到らず・皮肉を包住す能わざれば、那都是快に要死の徵應なり。
詩曰:骨人肉細滑如苔,紅白光凝富貴來。揣著如綿兼又暖,一生終是少凶災。肉緊皮粗最不堪,急如繃鼓命難長。黑多紅少須多滯,遍體生光性急剛。欲識貴人公輔相,芝蘭不帶自然香。
詩説:骨相好的人肌肉細滑得像青苔、膚色紅中透白、光澤凝聚、富貴自然來到。用手一按柔軟如棉而且溫暖、這樣的人一生很少凶災。反過來、肌肉繃緊而皮膚粗糙的最不好、繃得像鼓面一樣緊的壽命難長。膚色黑多紅少的多有滯礙、遍身發亮的性情急躁剛烈。要認三公宰輔一級的貴人相、就看他不帶芝蘭之類香草、身上自然有一股香氣。
五官總論
眉緊鼻端平,耳須聳義明。海口仰弓形,晚運必通亨。緊者,眉不散疏也;端者,正也;平者,直也;聳者,提起也;明者,稜角分明也;大而有收拾為海角,朝上而不露齒曰弓。晚運專指口言。
五官總訣曰く:眉毛緊聚を要し、鼻子端正平直を要し、耳朵高聳にして輪廓分明を要し、口大海のごとく闊大・口角朝上して彎弓のごときを要す、かくのごときは晚年の運かならず通達亨順せん。下面是逐字の解釋:「緊」是れ眉毛散亂稀疏せずを説く。「端」是れ端正。「平」是れ挺直。「聳」是れ耳朵向上提起す。「明」是れ耳の稜角輪廓分明なり。口大にして形を收め得住すを「海口」と曰い、口角朝上にして笑の時牙齒を露わさずを「弓」と曰う。いわゆる晚運は、專ら口此の一處を指して言う。
五官説
五官者,一曰耳為採聽官,二曰眉為保壽官,三曰眼為監察官,四曰鼻為審辨官,五曰口為出納官。《大統賦》云:一官成,十年之貴顯;一府就,十載之富豐。但於五官之中,倘得一官成,可享十年之貴也。如得五官俱成,其貴老終。
五官是:第一、耳叫「採聽官」。第二、眉叫「保壽官」。第三、眼叫「監察官」。第四、鼻叫「審辨官」。第五、口叫「出納官」。《大統賦》説:一官生得合格、就有十年的貴顯。一府生得合格、就有十年的富足。所以五官之中只要有一官生成、便可享十年之貴。若五官都生成、這份富貴能保持到老死。
採聽官:耳須要色鮮,高聳於眉,輪廓完成,貼肉敦厚,風門寬大,謂之採聽官成。保壽官:眉須要寬廣清長,雙分入鬢,或如懸犀新月之樣,魚尾豐盈高居額中,乃為保壽官成。監察官:眼須要含藏不露,黑白分明,瞳子端定,光彩射人,或細長極寸,乃為監察官成。
採聽官(耳):耳的顏色要鮮明、位置高聳過眉、內外輪廓完整、耳根貼肉而敦厚、耳孔(風門)寬大、這就叫採聽官生成、主童年順遂、名聲遠播。保壽官(眉):眉要寬廣、清朗而長、兩邊分開伸入鬢髮、或者形如懸着的犀角、如一彎新月。眉尾(魚尾)一帶豐滿、眉位高居額的中部、這就是保壽官生成、主聰明長壽。監察官(眼):眼神要含蓄內藏而不外露、黑白分明、瞳仁端正安定、光彩照人、眼形細長可達一寸、這就是監察官生成、主貴而心正。
審辨官:鼻須要樑柱端直,印堂平闊,山根連印,年壽高隆,難圓庫起,形如懸瞻,齊如截筒,色鮮黃明,乃為審辨官成。出納官:口須要方大,唇紅端厚,角弓開大合小,乃為出納官成。
審辨官(鼻):鼻梁這根柱子要端正挺直、印堂平滿寬闊、山根向上連着印堂、鼻梁中段「年上」「壽上」高而隆起、鼻頭圓而兩旁鼻翼如庫起(底本「難圓庫起」當作「準圓庫起」)、形狀像懸着的膽、齊整像截斷的竹筒、顏色鮮黃明潤、這就是審辨官生成、主中年財旺而有決斷。出納官(口):口要方而大、嘴脣紅潤端正厚實、口角如弓、張口時大、合口時小、這就是出納官生成、主晚年衣祿豐足。
耳為採聽官
成敗傾奇。傾,缺也;奇,低也。傾奇主破散成敗也。《萬金相》云:左耳缺先損父,右耳缺先損母,左右廢缺雙親並損,主妨克離祖,亦不奇低十眉也。詩曰:偏堂降地,破祖無疑,兄弟稀少,自身不利。偏堂,耳名也;又口降地,耳低於眉。
耳相の第一條は「傾奇」を講じ、一生の成敗を主る。「傾」是れ耳輪缺有り、「奇」是れ耳位偏低なり。耳傾缺低陷有れば、家業破散・成敗無常を主る。《萬金相》曰く:左耳缺有るは先に父親を損し、右耳缺有るは先に母親を損し、左右兩耳皆殘缺のは父母雙雙受損し、此種の人六親を妨克し・祖業を離開し、耳位も亦た眉毛に低きべからず。詩曰く:耳(相家「偏堂」と稱す)低垂向下のは、祖業を破敗するは疑問なし、兄弟稀少・自身も亦た順利ならず。「偏堂」是れ耳朵の別名。いわゆる「降地」は、即ち耳の位置眉毛に低きなり。
聰明高聳。高聳,過於眉也。郭林宗曰:耳為君,眉為臣,君宜上而臣宜下。高起過眉者,主貴,聰明文學,才俊富貴也。《萬金相》云:耳高眉□寸,永不受貧困。又曰耳如攜起名播人耳。宋齊丘曰:耳齊日角,曰大貴。許負臼:耳能齊日角,曾服不死藥。又主乎生病少壽長,才智過人。
第二條は耳高聳にして聰明を主るを講ず。いわゆる「高聳」は、耳の上緣眉毛を超過す。郭林宗曰く:耳是れ君・眉是れ臣、君該在上・臣該在下、故に耳應當眉に高き過ぐるを要す。耳眉に高き過ぐるは貴を主り、聰明にして文才有り、才俊富貴なり。《萬金相》曰く:耳眉に高出す一寸のは(底本此處「一」の字を脱す)、永遠貧困を受けず。又た曰く:耳朵提起せらるるがごとく高豎のは、名聲衆人之耳に傳入す。宋齊丘曰く:耳の上緣額上日角と齊平のは、大貴と曰う。許負曰く:耳能く日角と齊平の人は、不死之藥を服し過ぎたるがごとし。此種の人還た一生病少く壽長く・才智人に過ぐるを主る。
皮粗青黑飄蓬。郭林宗曰:左耳為金星,右耳為木星,色鮮者貴而安穩。若皮粗及青色黑而幹者,主□生奔馳南北,散走他鄉,終無定基也。宋齊丘曰:皮粗青黑,走異鄉。《廣鑑集》云:耳輪青黑,腎藏喪不久也。
第三條講耳皮粗糙、顏色青黑的人一生漂泊。郭林宗説:左耳為金星、右耳為木星、耳色鮮明的人顯貴而安穩。若耳皮粗糙、或者顏色發青發黑而乾枯、主這人一生南北奔波(底本此處脫「一」字)、四處流散他鄉、始終沒有安定的基業。宋齊丘説:耳皮粗糙青黑的人要走他鄉。《廣鑑集》説:耳輪青黑、是腎氣已傷、命不久長。
飄蓬,謂如蓬草也。中原郊野多生,俗名蓬子。根類竹根,其枝葉如楊柳,盤盤旋旋、團□□生,圓如燈球分圓若丈餘,秋天枯死之時,風吹出土。若東風起,吹輥往西無阻者,迄逞進去;忽然換西風,復吹遠東而去。若耳皮粗青黑者,為人似蓬草,朝暮走他鄉,無定止也。
所謂「飄蓬」、是拿蓬草打比方。蓬草多生在中原的郊野、俗名叫蓬子。根像竹根、枝葉像楊柳、盤旋團聚而生(底本此處有兩字脫漏)、長成後圓得像燈球、直徑可到一丈多。秋天枯死的時候、一陣風就把它從土裏吹出來。刮東風時、它就一路向西滾去、暢通無阻地滾下去。忽然改刮西風、它又被吹着遠遠地往東去。耳皮粗糙青黑的人、為人就像這蓬草一樣、早晚奔走他鄉、沒有安定的住處。
色如瑩玉,年少作三公。《廣鑑集》云:耳若貴賤,不取大公。先要色鮮,瑩白為上。昔歐陽文忠公,耳白如面,名聲天下。《人倫大統賦》曰:白或過面,主聲譽之飛揚;瑩白貫輪,主信行之敦厚。
第四條講耳色。耳的顏色像瑩潤的白玉、年紀輕輕就能做到三公。《廣鑑集》説:耳的貴賤不取決於大小、首要是顏色鮮明、以瑩白為上等。從前歐陽修(諡文忠)耳朵白得像臉一樣、名聲傳遍天下。《人倫大統賦》説:耳色白得勝過面色的、主聲譽遠揚。瑩白之色貫通整個耳輪的、主為人信實、行事敦厚。
貼肉垂珠,紅潤自然,主財祿亨通。貼內者,隱伏也;紅潤者,垂珠鮮澤也。主平生財祿綿綿,百謀百成,千求千遂,天生自然富貴。《大統賦》云:壽越眉今貴血,聰垂明兮富貼肉。許負云:耳貼肉,富貴足。《大清神鑑》云:對面不見耳,問是誰家於。似此貼肉隱伏而垂珠紅潤者,主平生旺相而長富貴,一歲人遠至十五歲,蔭成父母病少之相。
第五條は耳腦に貼して垂珠有るを講ず。耳根頭顱に緊貼し・耳垂豐滿・顏色自然紅潤のは、一生財祿亨通を主る。いわゆる「貼肉」は、即ち耳朵頭側に伏貼して外張せず。いわゆる「紅潤」は、耳垂鮮明にして光澤有り。此種の耳は一生財祿綿綿・百般の謀劃皆成・千般の求取皆遂・是れ天生自然の富貴を主る。《大統賦》曰く:耳眉に高き過ぐるは壽にして貴を主り、耳垂明潤・貼肉のは富を主る。許負曰く:耳朵貼肉のは、富貴充足なり。《大清神鑑》曰く:正面より耳朵を見えざるは、人們皆要問う此れ誰家の貴公子ぞと。此のごとく貼肉隱伏にして耳垂紅潤の人は、一生運勢旺相にして長く富貴を享く。一歲より一直に十五歲に至るまで皆父母の蔭庇を受く、亦た少病之相なり。
若尖小直如箭羽,安得不孤窮。尖小者,謂之猴耳,主孤貧。如箭羽者,其耳形直豎似矢之翎,最為貧賤之相,主十五歲男女,並有妨財破財,長大貧賤孤獨之相。《五總龜》云:反耳無輪最不堪,直如箭羽少資根。義曰:雙耳尖小多妨克。
第六條は壞耳形を講ず。耳朵若し尖小にして直豎すること箭尾の羽毛のごとくば、怎んぞ孤苦貧窮ならざるを得ん。耳尖にして小を「猴耳」と曰い、孤獨貧寒を主る。箭羽のごときは、耳形直豎・薄きこと箭尾上の翎毛のごとし、此れ最も貧賤の相、十五歲前の男女皆財を妨げ財を破るを主り、長大後も亦た貧賤孤獨之相なり。《五總龜》曰く:耳廓外翻して又た耳輪無き最も要らず、耳直きこと箭羽のごときは家底淺薄なり。又た曰く:兩耳尖小の人は多く刑克有り。
命門難人指,壽原鏗短,忘淺愚蒙。命門者,耳孔也,若窄小難人小指尖者,主愚頂短壽,無智之人。《洞中經》云:耳孔容針,家無一金。《大清神籤》云:耳門如墨,二十之客,大壽也。
第七條講耳孔。耳孔(相家叫「命門」)小得連手指也伸不進去、壽元短促、見識淺薄而愚昧。所謂「命門」就是耳孔。若窄小到連小指尖都難伸入、主這人愚鈍、壽短、沒有智慧。《月波洞中經》説:耳孔小得只容一根針、家裏連一兩金子也沒有。《太清神鑑》説:耳門發黑得像墨一樣、這人只是二十歲上下的過客、很難長壽。
無輪兼反薄,家破囊空。薄者,主貧也,一歲至十五之內妨克破祖,長大孤貧,壽天之相。《太清神鑑》云:輪為城,內為廓,城兜廓吉,廓兜城凶。《金鏡經》曰:耳無輪廓多破散。《大統賦》云:耳薄如紙,貧而早死。《五總龜》云:能可城兜廓,不可廓兜城。
第八條講耳輪。耳朵沒有外輪、又外翻而薄、主家業破敗、囊中空空。耳薄的主貧、從一歲到十五歲之內就要妨克親人、敗破祖業、長大孤獨貧窮、而且是短命之相(底本「壽天」即「壽夭」)。《太清神鑑》説:耳的外圈叫「城」(輪)、內圈叫「廓」。外城包住內廓是吉、內廓反過來蓋住外城是凶。《金鏡經》説:耳沒有輪廓的多破敗離散。《大統賦》説:耳薄得像紙一樣、貧窮而且早死。《五總龜》説:寧可外城包廓、不可內廓壓城。
厚大垂肩攝貴,天年過八十方終。《廣鑑集》云:耳大四寸高聳垂肩者,主大貴壽長。蜀劉先主耳毫垂肩,目顧其耳;宋太祖口方耳大。
第九條講大耳。耳朵厚大而下垂近肩的、能攝取貴氣、壽數可過八十才終。《廣鑑集》説:耳長四寸、高聳而垂到肩上的、主大貴而長壽。蜀漢先主劉備耳有長毫、耳垂近肩、眼睛還能回頭看到自己的耳朵。宋太祖趙匡胤也是口方而耳大。
只因是毫生竅內,頭自老龍鍾。毫者,孔內生毫也;龍鍾,竹名,其購頭垂眉地。若人生耳毫長壽似龍鍾之竹,跋曲頭低,極老之相也。郭林宗曰:借問何人年過百,耳內生毫頭半白。項下雙絛成一縷,此是人間壽星瑰。
第十條講耳毫。耳孔裏長出長毫、人到老年頭頸低垂如龍鍾之竹。「毫」是耳孔內生的長毛。「龍鍾」是一種竹子的名字、它的梢頭低垂到地。人若耳中生毫、就像龍鍾竹一樣長壽、到老彎背低頭、是極高壽之相。郭林宗説:要問誰能活過一百歲。就看他耳內生長毫、頭髮半白。頸下垂着兩條肉絛並成一縷、這就是人間的壽星。
論曰:運限者,上古之壽,一百二十歲為終,今之七十者稀。《萬金相法》三主七十五歲為約,左耳七年,右耳八年,男左女右。又天部十年,共二十五年為初主。黑子生在輪上者主聰明,有大痣耳內者壽長,垂珠上者主有財,耳前命門者主火厄,作事有始無終。
總論曰く:運限を講じ到れば、上古の人壽一百二十歲を以て終と為し、如今七十に活到の已に稀少なり。《萬金相法》は一生三主を七十五歲上下に定為す:左耳七年を管し、右耳八年を管し、男は左耳を看・女は右耳を看る。再び加うるに額部(天部)十年、合起して二十五年「初主」と算し、即ち早年運なり。痣の看法是れ:痣耳輪上に長ずるは聰明を主り、耳內大痣有るは長壽を主り、痣耳垂上に在るは財有るを主り、痣耳前命門處に在るは火災之厄有るを主り、而且事を做す有始無終なり。
耳顯三珠者,左定嗣,右定妻。一曰白珠,耳尖上貴,陰亦同;二採紅珠,右耳中生一珠一子,二珠五子,陰亦同。其珠如粟米大圓者應,如綠豆大圓者少應。氣色瑩白紅潤者,貴而吉;黃者病,青者腎衰,黑操者腎喪。忽論上紅色如炎火者,七日口舌破財或暴,焦色慘青色,其壽不永也。
耳上三顆の小肉珠を現出するは、左耳子嗣を定め、右耳妻室を定む。第一種を「白珠」と曰い、耳尖上に長ずるは貴を主り、女子も亦た一樣なり。第二種是れ紅珠、右耳中に一顆生ずれば一子を主り、兩顆生ずれば五子を主り、女子も亦た一樣なり。此種の珠子小米粒のごとく大にして圓の最も應驗し、綠豆のごとく大にして圓のは應驗較少なり。氣色上、耳色瑩白紅潤のは貴にして吉を主る。發黃のは病を生ずるを主る。發青のは腎氣衰を主る。發黑にして乾燥のは腎氣喪盡を主る。若し耳上忽然火焰のごとき紅色を現出せば、七日之內口舌破財或いは突發之事有り。若し焦枯之色或いは慘淡の青色を現ずれば、壽命便ち長からず。
眉為保壽官
濃厚淹留孤獨。眉黑稠濃密,主淹留賽滯久困。《五總龜》云:眉濃髮厚人多滯。《萬金相》云:陽,男子也,陽得虎眉賽滯,虎眉稠濃密也,主平生少快。二十六歲入運至三十五歲,此一運中主上五年多淹滯。
眉相第一條講眉毛濃厚的人滯留孤獨。眉毛又黑又稠又密、主事事遲滯、長久困頓。《五總龜》説:眉濃髮厚的人多阻滯。《萬金相》説:陽指男子、男子若生一副「虎眉」就主阻滯――虎眉就是又稠又濃又密的眉、主一生少有暢快的時候。從二十六歲開始交眉運、一直到三十五歲、這一運之中、前五年最為淹滯不順。
短促兄弟非宜。《廣鑑集》云:眉為君,目為臣,宜清長過日,宜如雁行。若短不及目者,難為兄弟,縱有二三四,終須不靠也。《萬金相》云:眉長於目,兄弟五;眉如掃帚,兄弟八九;與目同等,兄弟一兩;短不及目,兄弟不足,縱有一兩,非是同腹。二十六至三十五上四五乍不利。
第二條講短眉不利兄弟。《廣鑑集》説:眉是君、眼是臣、眉應當清朗細長而超過眼睛、兩眉排列應當像雁行一樣整齊。若眉短得不及眼長、就難有兄弟依靠、縱然有兩三四個、終究靠不上。《萬金相》説:眉比眼長的、兄弟五個。眉毛散開像掃帚的、兄弟八九個。眉與眼一樣長的、兄弟一兩個。眉短不及眼的、兄弟不足、縱有一兩個也不是一母所生。這種人二十六歲到三十五歲之間、其中四五年運氣不利。
骨稜高起,性勇好為非。稜骨高起者,言眉骨尖峻顯露也,則主人粗鹵,知進而不知退,知存而不知亡,知成而不知敗,自強自勝,作事不應為而強為,性暴好鬥,不可為友之相也,平生宜遠之。
第三條講眉骨。眉骨稜角高高突起的人性情勇猛、好惹是非。所謂「稜骨高起」、是説眉骨尖峻而顯露在外。這種人為人粗魯、只知進不知退、只知存不知亡、只知成不知敗、事事逞強好勝、不該做的事偏要強做。性子暴躁、喜歡爭鬥、是不可交朋友的相、一輩子都該遠着他。
清秀彎如月樣,文章顯折桂榮奇。《廣鑑集》云:眉是目之君,膽之苗,面之表也。若得清秀彎如月樣,主為人聰明智慧,文學博雅,必攀蟾掛,高明富貴之相。知為平生之福,二十六歲運至中主,便得顯煥功名。郭林宗曰:眉如新月祥,名譽四方聞。許負曰:眉如月弓,衣食不窮。《太清神鑑》云:眉曲彎彎多學識。
第四條は好眉を講ず。眉毛清秀にして彎くこと新月のごときは、文章顯達・折桂高中しうるを主る。《廣鑑集》曰く:眉是れ眼睛の君、是れ膽氣の苗、是れ一面の儀表なり。若し眉生じて清秀彎如月樣なれば、此の人聰明智慧有り・文學淵博典雅・かならず能く蟾を攀じ桂を折る(科舉高中)を主り、是れ高明富貴之相なり。此れ一生の福、二十六歲運中主に交れば、便ち功名を顯揚する能くし。郭林宗曰く:眉新月のごとく吉祥の人は、名譽四方に傳聞す。許負曰く:眉彎月弓のごとき人は、衣食窮せず。《太清神鑑》曰く:眉毛彎彎曲折して致有る人は多く學識有り。
印堂廣雙分入鬢,卿相位何疑。眉中為印堂,名曰官祿宮、相貌宮、福德榮氣宮,一面之中此位最千禍福,所以眉毛欲得寬廣,雙分入鬢,主生平多福而貴。二十六歲人運行中,主大發功名。緯林真人曰:眉為羅計之星,宜闊而不欲侵犯紫氣宮。陳圖南曰:翠眉人鬢,位至公卿。《廣鑑集》云:朝中無交眉宰相。
第五條講兩眉分開、印堂寬廣。兩眉之間的印堂寬闊、兩眉分向兩邊伸入鬢髮、位居公卿宰相還有什麼可疑。兩眉當中就是印堂、又叫官祿宮、相貌宮、福德榮氣宮、一張臉上這一處最關係禍福、所以眉毛要生得寬廣、兩邊分開插入鬢中、主一生多福而顯貴。二十六歲交入眉運、主大發功名。緯林真人説:眉是羅睺、計都兩星、應當開闊、不可侵犯印堂(紫氣宮)。陳摶説:眉色青翠而伸入鬢髮的、位至公卿。《廣鑑集》説:朝廷裏沒有兩眉交連的宰相。
豎毛多,主殺,神剛氣暴,豈有思維。豎眉者,謂眉毛直立而少也,多主殺性。《大統賦》曰:主性急神猛,好鬥貪殺,允思算之相也。又云:毛直性狼。
第六條講豎眉。眉毛豎立得多的人主殺性、神氣剛硬暴戾、哪裏還有什麼思慮權衡。所謂「豎眉」、是眉毛直立而稀少、多半主人有殺氣。《大統賦》説:這種人性子急、神氣猛、好鬥而貪殺、不是善于思量計算的相。又説:眉毛直立的人性情像狼一樣狠。
交頭並印促,背祿奔馳。頭交者,言兩頭印提交鎖,侵犯印堂也。蓋緣印堂是官祿宮,若得眉宇寬則為官平生安穩;若交促者無祿,而一生走驟愚夫。印堂義為命宮,尼宇為羅計星,羅計侵犯交促,不利財祿。胡人不在此限,神強者不在此限,在此限即為平生之滯,六六交運至四十一,此四五年最緊。
第七條は交眉を講ず。兩眉眉頭相交し・印堂逼窄せらるるは、此の人俸祿と無緣・一生奔走す。いわゆる「頭交」は、兩條の眉毛の眉頭交鎖して一起になり、印堂を侵佔せり。因為印堂是れ官祿宮、眉宇寬闊の人は官を做り一生安穩なり。若し眉頭交連・印堂逼促せば、便ち祿命無く、一生只是個奔走勞碌の愚夫なり。印堂又た是れ命宮、眉宇是れ羅睺・計都二星の所在、羅計侵犯して印堂逼促なれば、財祿に利あらず。不過北方胡人此の例に在らず、神氣強旺の人も亦た此の例に在らず。除此之外の人此の相有れば、即ち一生の阻滯、三十六歲より運に交りて四十一歲に至る、此の四五年最も要緊なり。
橫直妨妻害子。夫直者,言眉毛凡生直豎不順也。左妨子,右妨妻,左有如此妻子俱傷,然為平生不利。二十八限至於十,此三年最是不利。
第八條講眉毛橫生直豎。眉毛橫生直立的人妨妻害子。所謂「直」、是眉毛長得直豎不順服。左眉如此妨兒子、右眉如此妨妻子、左右兩眉都如此的、妻與子都要受傷害、這是一生的不利。從二十八歲的限走到三十歲、這三年最不順。
旋螺聚必執旗槍。放螺,言其中毛盤旋似螺絲尾尖、盤盤旋旋而生者。主為人剛健勇猛,可車前槍旗之首當先,無懼而戰也。
第九條講旋螺眉。眉中生有旋毛聚成螺形的、必定執掌旗槍、從軍為將。所謂「旋螺」、是眉中的毛盤旋着長、像螺螄尾尖那樣一圈一圈旋出來。這種人為人剛健勇猛、可以在陣前充當扛旗執槍的先鋒、毫無懼色地廝殺。
低壓眼相連不斷,運至必災厄。《廣鑑集》云:眉為羅計之星,眼為日月之象。相眉緊緊貼而與眼相連不斷者,是羅計二星侵犯大陰大陽,大陰大陽為日月之臺,一身之主。二十六限至二十九不利,三十七八九亦不利。若孿星高廣、日月分明,災禍減半。
第十條講壓眼眉。眉毛低壓着眼睛、與眼連成一片而不分開的、運一走到此處必有災厄。《廣鑑集》説:眉是羅睺、計都二星、眼是日月之象。看眉時若見眉毛緊貼眼睛、與眼相連不斷、那是羅計二星侵犯了太陰太陽。太陰太陽是日月的臺座、為一身之主。有此相的人二十六歲到二十九歲不利、三十七、三十八、三十九歲也不利。若眉星生得高廣、兩眼日月又黑白分明、災禍可以減半。
論曰:運限者,兩眉管四年人中主,左二年二十六七,右二年二卜八九。眉生四理,黑子眉中生者初主水厄,眉頭生者主性剛,眉上生者主貴官。紋理眉中十字元字紋者大亨,有坤卦紋者祿二千石,有成土字並魚皂形紋,主大將公卿之位。
總論曰く:運限を講ずれば、兩眉中主運裏に四年を管す――左眉兩年を管し、是れ二十六・二十七歲。右眉兩年を管し、是れ二十八・二十九歲(底本「二卜八九」即ち「二十八九」、「十」訛りて「卜」を作る)。眉上生ずる四種の紋理與痣の看法:痣眉中に長ずるは、早年水厄有り。眉頭に長ずるは、性情剛硬を主る。眉毛上方に長ずるは、貴官を做るを主る。紋理方面、眉中に「十」字紋・「元」字紋有るは大亨通なり。坤卦形(三橫)紋有るは、俸祿二千石に到る可し。「成」字・「土」字および魚形・皂形紋有るは、大將公卿之位に居るを主る。
眉上氣色忽然白者,主哭泣聲服忌;忽然紅色者,三日七日主口舌官訟;黃明入華蓋,日近遠喜信入宅,又主動出為吉。眉中忽然生毫長,謂之壽毛,然不宜早生。《萬金相》云:二十生毛三十死,四十生毛命壽長。若四十之上忽然生一毫長者,三年內遇貴。
眉上的氣色:忽然發白的、主有哭泣、喪服之忌。忽然發紅的、三天到七天內有口舌官司。現黃而明亮之色直入直入額上「華蓋」部位的、近日或不久有喜訊到家、也主外出走動為吉。眉中忽然長出一根長毛、叫作「壽毛」、但不宜生得太早。《萬金相》説:二十歲長壽毛的三十歲就死、四十歲長壽毛的才主長壽。若四十歲以上忽然生出一根長毫、三年之內會遇貴人。
目為監察官
兩眼浮光,雙輪噴火,殺人鹼好奸謀。兩眼浮光者,謂噴突不收光射人也;雙輪噴火,上下限堂紅赤,如炎火噴外也。似此者則主人凶惡,奸紋貪鄙,衷懷奸盜之心,然平生之惡。三十歲入運至三十五,此五年大發;三十七至四十,此四年亦不利。《大統賦》云:睛如點漆。許負門:日中赤沙起,法死,須妨已,又謂之蛇眼赤沙,便是噴火。
眼相第一條講惡眼。兩眼光芒浮露在外、上下眼眶紅得像噴火、這種人殺人不眨眼而且好用奸謀。所謂「兩眼浮光」、是眼珠突出、神光收不住而直射人。所謂「雙輪噴火」、是上下眼眶紅赤、像火焰往外噴。有這種眼的人凶惡、紋路奸邪、性情貪鄙、心裏存着奸盜之念、這是一生的惡相。這種人三十歲交運到三十五歲這五年會大發、三十七到四十歲這四年卻不利。《大統賦》講好眼是「睛如點漆」。許負説:眼白中泛起紅絲赤沙的、按法當死、必須防着自身、這又叫「蛇眼赤沙」、也就是所謂噴火。
睛如點漆,應不是常流。《廣鑑集》云:兩睛黑光如點漆,昭輝明朗光彩肘人者,投貴人臣,神仙高士,奇異之相。然為平生之福,二十歲至三十五歲,此六歲顯耀功名。
第二條講好眼。眼珠黑亮得像點了漆、這人自然不是尋常之輩。《廣鑑集》説:兩隻眼珠黑光如點漆、明朗照人、光彩逼人的、是投生為貴人臣子的相、也是神仙高士一流的奇異之相。這是一生的福、從二十歲到三十五歲之間、其中有六年可以顯耀功名。
眼大者多攻藝業。《月波洞中經》云:眼睛大而端定,不浮不露、黑白分明者,主可學藝業,異於眾人,成家立業。
第三條講大眼。眼睛大的人多能在技藝學業上用功。《月波洞中經》説:眼珠大而端正安定、既不浮泛也不突露、黑白分明、主這人可以學成一門技藝學業、與衆不同、能成家立業。
上視者勿與交遊。上視者,或看物觀經,或觀人昂而睛昂向上視者,主為人賊性,自強自是不容物,太宗多疑,不可為友,同行須在富貴之中,不可深交。貧女曰:上視者,人多狠。
第四條講眼睛上視。眼睛老是往上看的人、不要與他交往。所謂「上視」、是無論看東西、讀書、還是看人、都仰着頭、眼珠向上翻。這種人天性刁狠、逞強自是而容不下別人、疑心又特別重、不可結為朋友。即便同行共事、也只宜在富貴場中泛泛往來、不可深交。《貧女金鏡》説:眼睛上視的人多半心狠。
斜觀狼目強獨,勝鏗吝更貪求。斜觀者,主人秉性剛強,獨能堅吝者,自堅不施,貪鄙愛聚,損人安已,縱居富貴能文,亦不改堅吝之心,門腹不能相應之人也。《廣鑑集》云:目為心之外戶,現其物外而知其內也。
第五條講斜視。眼睛斜着看人、目光如狼的人、性情剛強孤傲、既慳吝又貪求。斜視的人秉性剛強、尤其慳吝:自己守得緊、一毫不肯施捨、貪鄙好聚斂、損人利己。縱然身居富貴、又能文墨、也改不掉那副慳吝心腸、是嘴上説的和肚裏想的對不上號的人。《廣鑑集》説:眼是心的外門戶、從外面顯現的看得出裏面藏的。
孟子曰:胸中正則眸子了焉,胸中不正,眸子不能掩其惡也。善惡在目中偏正:善者正視,神清睛定;惡則斜視不定,神濁。《太清神鑑》云:眼有些小病,心有些小毒;眼有十分病,心有十分毒。眼善心也善,眼噁心亦惡。《大統賦》云:斜兮者,人遭其毒。然居富貴之書,只是心中不正,何況於小人乎。
《孟子》説:胸中正大、眼珠就明亮。胸中不正、眼珠就掩不住那份邪惡。善惡就看眼神是偏是正:善人目光端正平視、神氣清明、眼珠安定。惡人則斜視游移不定、神氣渾濁。《太清神鑑》説:眼裏有幾分毛病、心裏就有幾分毒。眼裏有十分毛病、心裏就有十分毒。眼善的人心也善、眼惡的人心也惡。《大統賦》説:眼神斜的人、別人要遭他的毒害。這種相就算出在富貴有學問的人身上、也只說明他心中不正、何況是小人呢。
圓大神光露,心懷兇狠訟獄堪憂。若圓大眼睛突露光者主兇暴,多招禍患,常遭團圓之囚繫,然為平生之凶。二十八限至三十五歲不利,二十七八九亦然,雖居富貴,亦為兇徒。若肯讀書,近君子遠小人,其凶減半。《月波洞中經》云:莫交眼突,往往見災屯。又曰:眼露心亦露。
第六條講圓突露光的眼。眼睛又圓又大而神光外露的人、心懷凶狠、要擔心官司牢獄。眼珠圓大突出而光芒外泄的主凶暴、多招禍患、常遭牢獄囚繫之苦、這是一生的凶相。這種人二十八歲的限到三十五歲不利、二十七、二十八、二十九歲也一樣。即使身居富貴、也是個凶徒。若肯讀書、親近君子、遠離小人、凶險可以減去一半。《月波洞中經》説:不要結交眼珠突出的人、往往會看見災��。又説:眼睛外露的人、心事也藏不住。
似雞蛇鼠目,不濫須偷。《月波洞中經》云:雞目無痕,好鬥貪淫;蛇目上胞厚而心毒;鼠目左小竊盜。似者男女盜竊貪婪無恥,然居富貴亦不改奸妒之象。
第七條講雞目、蛇目、鼠目。生這三種眼的人、不是行為放蕩就是手腳不乾淨。《月波洞中經》説:雞眼眼中沒有紋痕、這種人好鬥而貪淫。蛇眼上眼皮厚、這種人心腸毒。鼠眼左右不齊而小、這種人愛行竊。像這幾種眼的、無論男女都貪婪無恥、有偷盜之行。即便身居富貴、也改不了奸詐嫉妒的本性。
三角深藏毒害。眼生三角,兇狠之人,常能損物害人。若是女子,妨夫不良。《大統賦》云:三大角多嗔,為妨夫命。刃者,劍刃也,婦人眼生三角,如殺夫之劍也。
第八條講三角眼。眼睛生成三角形而眼珠深藏的人、心存毒害。生三角眼的是凶狠之人、常常損物害人。若是女子生三角眼、就要妨害丈夫、行為不良。《大統賦》説:三角眼的人多怒氣、主妨害丈夫的性命。所謂「刃」就是劍刃――婦人生三角眼、就像一把殺夫的利劍。
頻偷視,定無良籌。頻愉視者,謂談話之間,廣會之座,低日沉吟,常常用跟份觀人者,乃為人心性不定,多疑智淺之象。
第九條講偷看。頻頻偷眼看人的、肚裏必定沒有好主意。所謂「頻偷視」、是在與人談話時、在大庭廣衆的席上、低着眼沉吟不語、卻不時用眼角偷偷打量別人。這種人心性不定、是多疑而見識淺薄的相。
神清爽秀,長如風目,身顯作王侯。神清秀者,瞳子瑩潔,黑白分明,如曉星光肘四遠也。長如風者,風目細長,入鬢極一寸五分,陰陽大富大貴,蜀關雲長、唐房玄齡俱應。
第十條講鳳眼。眼神清爽秀朗、眼形細長如鳳目、這人身居顯位、可做王侯。所謂「神清秀」、是瞳仁瑩潔、黑白分明、像拂曉的星光照射到很遠的地方。所謂「長如鳳」、是鳳眼細長、眼尾幾乎伸入鬢中、長達一寸五分。這種眼陰陽調和、主大富大貴、蜀漢關羽、唐代房玄齡都應了這個相。
論曰:運限者,兩目管六年,左目三十三十一二,右目三十四五。目有四神,黑子生在眼胞上者貪婪作竊,眼下者妨害。氣色者,三陰三陽忽然生黑氣,深者二五日,淺者二七日,家宅不寧,陰人是非;紅者火災。眼下鋪青者連累口舌,赤者官災,黑者破耗,黃明者最吉。陰人目下青者喪夫,赤者產厄。眼尾其色瑩白光潤者,主夫位增遷財祿之喜。
總論曰く:運限を講ずれば、兩眼共に六年を管す――左眼三十・三十一・三十二歲を管し、右眼三十三・三十四・三十五歲を管す。眼に四種の神態の分有り。痣上眼皮に長ずるは、此の人貪婪して偷竊を好む。下眼瞼に長ずるは、子女を妨害するを主る。氣色方面:眼下三陰三陽部位忽然黑氣を現出するは、顏色深の十天之內・淺の十四天之內に、家宅安寧せず、還た女人方面の是非有り。紅色を現ずるは火災を主る。眼下一層の青色を鋪くは、牽連を受けて口舌を起すを主る。赤色を現ずるは官司之災を主る。黑色を現ずるは財を破り耗損するを主る。黃にして明亮之色を現ずる最も吉なり。婦人眼下青色を現ずるは夫を喪うを主り、赤色を現ずるは生產難有るを主る。眼尾顏色瑩白にして光潤のは、丈夫升官・家中財祿を添るの喜事を主る。
鼻為審辨官
竅小鏗貪。竅者,鼻扎也。《萬金相》云:左右胞謂之仙庫,左胞名左庫,右胞名右庫,夫庫欲高豐厚。竅者庫之戶也,戶欲小而齊,庫厚而隆。庫小而齊者,庫內有積也;庫狹而薄,戶大而薄者,庫元積也。竅小庫齊之相,好聚而不舍;戶寬反仰之相,無積麗好施也。
鼻相第一條講鼻孔小主慳貪。「竅」就是鼻孔。《萬金相》説:左右兩個鼻翼叫「仙庫」、左邊叫左庫、右邊叫右庫、庫要生得高而豐厚。鼻孔是庫的門戶、門戶要小而齊整、庫要厚而隆起。庫小而齊整的、說明庫裏有積蓄。庫窄而薄、門戶又大又薄的、庫裏沒有積蓄。鼻孔小、鼻翼齊整的相、好聚財而捨不得花。鼻孔寬大而朝天上仰的相、攢不下錢卻喜歡施捨。
高隆顯宦。《廣鑑集》云:鼻為土宿,萬物生於土歸於土,象乎山嶽。山不厭高,土不厭厚,義為一面之表也。夫天地人三才之中,鼻為人也,欲得高隆而貴。《大統賦》云:惟鼻者,號嵩嶽,居中為天柱而高聳,梁貴乎豐隆。漢高祖隆準,終為平生之福,三十五至五十中,大顯功名。
第二條講鼻梁高隆主顯貴做官。《廣鑑集》説:鼻在五行屬土(「土宿」)、萬物生於土又歸於土、鼻子取象於山岳。山不嫌高、土不嫌厚、鼻又是一張臉的儀表。天、地、人三才之中、鼻居中而象「人」、所以要生得高隆才主貴。《大統賦》説:只有鼻子號稱中嶽嵩山、居於面部正中、是一根高聳的天柱、鼻梁貴在豐滿隆起。漢高祖劉邦就是高鼻梁、這終成他一生的福分。鼻運從三十五歲到五十歲之間、是大顯功名的時候。
偏斜曲陷堪傷。偏斜者,不端正,主孤滯也。曲者主孤貧。《萬金相》云:鼻倡左先損父,偏右先損母。又曰:樑柱不直,中年道厄,六七八限至九六不利。許負曰:鼻仰突多孤獨。陷者地低,四陷瘡窩,疵暇疽傷也,亦主妨厄最不利。
第三條講鼻子偏斜彎曲凹陷的害處。所謂「偏斜」、就是鼻子長得不端正、主孤獨滯塞。鼻梁彎曲的主孤苦貧寒。《萬金相》説:鼻子偏向左邊的先損父親、偏向右邊的先損母親。又説鼻梁這根柱子不直的、中年會在路途上遭厄。許負説:鼻孔上仰、鼻頭突兀的人多孤獨。所謂「陷」、是鼻梁低下去、四處凹陷如瘡窩、或有瘢疵疽瘡的傷痕、這也主妨害厄難、最為不利。
《萬金相》云:印堂缺陷,才祿不旺,三十六歲不利妻房;山根缺陷自身傷害,三十八歲本身不利;金櫃缺陷,鎖在他鄉,三十九遠出不利,亦重破檄;年上缺陷,哭聲不祥,四十歲孝服哭泣動;月字缺陷,百事為傷,四十一歲幾十難成;壽上缺陷,作事乘,四十二歲凡於不利;準頭缺陷,人事不和,四十三歲妨是非口舌;左庫缺陷,財物消散,四十四歲破財;右庫缺陷,橫事極多,四十五大破財。
《萬金相》は流年に按じて逐處鼻部の缺陷を講ず:印堂缺陷有るは、才幹與俸祿皆旺ならず、三十六歲那年妻室に對し不利なり。山根缺陷有るは、自身傷害を受くるを要し、三十八歲本人順ならず。金櫃(山根兩側)缺陷有るは、他鄉に困鎖せらるる會、三十九歲遠行不利、還た大いに財を破るを要す。年上缺陷有るは、哭聲不祥之事有るを主り、四十歲那年孝服を動かし・哭泣有るを要す。月字(山根別名)缺陷有るは、百事受損し、四十一歲諸事成り難し。壽上缺陷有るは、事を做す順ならず、四十二歲凡事不利なり。準頭缺陷有るは、人事不和、四十三歲是非口舌を防ぐを要す。左庫(左鼻翼)缺陷有るは、財物消散し、四十四歲財を破る。右庫(右鼻翼)缺陷有るは、橫事極めて多く、四十五歲大いに財を破る。
此十缺陷然為人限不利,必須更看別位滿缺乘除。若是神陷,色尾陷,文武陷,天地陷,色更青赤,乃為一生孤克,貧下之相也,蓋緣缺處多。若天地豐,日下平,日月明,色尾滿,氣色正,似此者,運至有災。《大統賦》云:完美宜官,破露憂辱,員忌準頭。
以上此の十處の缺陷は皆當年の運限不利を主るが、必ず再び別の部位の豐滿か欠缺かを看て、彼此加減折算するを要す。若し神氣も亦た陷り、眼尾も亦た陷り、文武二星(額上左右)も亦た陷り、天庭地閣も亦た陷り、氣色又た發青發赤ならば、那れ即ち一生孤獨刑克・貧賤下等之相なり。缺陷之處太も多きがためなり。反って、若し天庭地閣豐滿、眼下平滿、兩眼日月明亮、眼尾豐盈、氣色端正ならば、かかる人は縱い運缺陷處に走到るも、災は有限なり。《大統賦》曰く:鼻相完美のは做官に宜しく、破損外露のは憂愁羞辱を主り、尤其忌るるは鼻尖に損有るなり。
若還短促,未敢許榮昌。短促,鼻小侷促也。《大統賦》云:巢窩面之儀表,欲其廣大,主富貴。若短小侷促,主貧賤。許負曰:鼻小莫求官。《大統賦》云:小而滯者作童僕。若鼻短促,童僕之相,為平生貧賤,六六至五九,最不利於已。然鼻小之相,終身不富貴,縱有神骨,相貌亦不樣。
第四條は短鼻を講ず。鼻子若し短小局促ならば、便ち敢えて彼に榮華昌盛を許さず。いわゆる「短促」は、鼻子小にして拘束なり。《大統賦》曰く:鼻子は一面の儀表なり(相家は鼻を「巢窩」と稱す、即ち人の居所)、廣大に生ぜば乃ち富貴を主る。若し短小局促ならば、便ち貧賤を主る。許負曰く:鼻子小の人は官を求むるなかれ。《大統賦》曰く:鼻小にして氣色滯暗のは、ただ僕役を做るのみ。鼻子短促即ち僕役之相、一生貧賤、三十六歲より五十九歲に至るまで、自身に對し最も不利なり。總じて鼻小之相は終身富貴を得ず、縱い骨相神氣還た好しと雖も、相貌全體成り樣ならず。
生怕十分昂露。昂露,鼻孔仰。孔為二庫之門,十分昂露者,謂戶門開闊內無積也,難為平生不利,五九大破。廣鑑相中,大忌鷹嘴露竅。《大統賦》云:井灶露破廚無粟。井灶者,鼻孔也。又云斜如蔓藕之狀,困乏預儲。斜如英藉者,鼻斜露似刀切藕也;預儲為盛米之器也,困乏為死米也。《照膽經》云:鼻孔外仰成惡敗。
第五條は鼻孔朝天を講ず。最も怕るるは鼻孔十分上仰外露なり。いわゆる「昂露」は、即ち鼻孔朝天なり。鼻孔は左右兩庫の門戶、門戶大開外露すれば、庫裏に積蓄なきを説明し、一生順利有り難く、五十九歲に到りて大破敗せん。《廣鑑集》の相法中最も忌るるは鷹嘴鼻に鼻孔外露を加うるなり。《大統賦》曰く:井竈破露すれば、廚房裏に米粟なし。「井竈」の指す所は即ち鼻孔なり。又た曰く:鼻子歪斜して切開せる藕のごときは、便ち困乏に陷らん。いわゆる「斜如藕」は、鼻子歪斜外露して刀に切られたる藕のごとし。「預儲」は米を盛る器具、「困乏」即ち米糧斷えたるなり。《照膽經》曰く:鼻孔外に向かい上仰のは、終に凶惡敗落之相と成る。
如懸膽,必作朝郎。如懸膽者,其形從印堂隆隆懸垂,直下準頭,準頭完美如彈者是也,似懸掛豬羊之膽。有骨法,貴作朝郎;無骨法者,富有千金。《心鏡經》云:鼻如懸膽,終須貴,土醒當生得地來。若是山根連額起,定知榮貴作三臺。許負曰:鼻如懸膽,家財鉅萬。《大統賦》云:圓如懸膽之形,榮食鼎立,為平生之福,六六至五九,大發財祿。
第六條は懸膽鼻を講ず。鼻子長じて懸ける膽のごときは、かならず朝廷命官を做る。いわゆる「懸膽」は、鼻形印堂の處より隆起し始め、一路豐滿に垂れ下りて鼻尖に到り、鼻尖圓滿なること一顆の彈丸のごとく、整體の樣子挂起したる豬膽羊膽のごとし。此種の鼻有りて又た好骨格有るは、朝官と貴ばる。好骨格なきも、亦た千金を富有す。《心鏡經》曰く:鼻子懸膽のごときは終究貴ならんとす。土星(鼻)地を得れば便ち發迹しうる。若し山根一直に上りて額頭隆起に連なれば、那れかならず榮貴にして三公に位列せん。許負曰く:鼻懸膽のごときは、家財巨萬なり。《大統賦》曰く:鼻形懸膽のごとく圓なる人は、鐘鳴鼎食之榮を享くる能くし、これ一生の福分にして、三十六歲より五十九歲に至るまで大いに財祿を發す。
年壽上縱橫紋理,家破苦窮忙。鼻為年壽二位,屬中央戊已上,萬物生成之地,又為巢窩,欲其光隆無犯者吉。若有縱橫亂紋交雜者,破祖離家,一生弛驟奔波苦,終日揭貧困而厄。若得形正神剛,則主成敗走驟。若女子不可為配。《大統賦》云:紋若亂交,慎勿為乎眷屬,平生大破。
第七條は鼻梁上の亂紋を講ず。鼻梁「年上」「壽上」兩處若し縱橫交錯の紋理あらば、家破れ人窮し・終日奔忙を主る。鼻子上此の兩處は中央戊己土に屬し、萬物生長成就する地方にして、又た人の居所(巢窩)なり。故に光潤隆起し・紋痕の侵犯なきを以て吉とす。若し縱橫亂紋交錯あらば、祖業を破敗し・鄉を離れ井を背くを主り、一生奔波勞苦、終日貧困厄難の中に掙扎す。若し形貌端正・神氣剛強ならば、那れも亦た不過成敗起伏・奔走不定なり。女子此種の鼻相あらば、娶りて配偶と為す可からず。《大統賦》曰く:鼻上紋路若し雜亂交錯せば、千萬彼と結びて姻親と為すなかれ、此種の人一生大破敗せん。
山根更折,田園不守,妻子先亡。低者,塌也;折者,橫紋斷流也。似此者則主破祖離巢,妨害妻子也,終為平生之患。三十七至四十歲,運行到此,男女並同,蓋緣為生日不順也。若更眉壓限,神氣薄,樑柱偏,輕則中年大病刑獄,重則喪軀矣。或得形正神強,色明聲亮,其實減半。《五總龜》曰:月孿宮中折又尖,家財早破事相煎,妻兒晚見尤難保,況是屯墰屬少年。
第八條は山根斷折を講ず。山根若し再び低陷斷折せば、田園守り得住せず、妻子兒女先に死せん。いわゆる「低」は、山根塌陷なり。いわゆる「折」は、山根上に橫紋ありてそれを截斷するなり。此種の相有る人は、祖業を破敗し・家園を離れ・妻子兒女を妨害し、終究一生の禍患なり。三十七歲より四十歲まで運此處に走到れば、男女皆一樣、此の一段本身便ち順ならざるがためなり。若し再び加うるに眉毛低壓・神氣單薄・鼻梁偏斜せば、輕ければ中年大病或いは牢獄之災、重ければ命を喪す。倘若形貌端正・神氣強旺・氣色明亮・聲音響亮ならば、實際の凶險一半を減ずべし。《五總龜》曰く:山根此の一宮(月孛宮)既に斷折し又た尖薄のは、家財早早破敗し、事事煎迫し、妻兒晚年に到りて更に保全し難く、何ぞ況や少年時便ち困頓之中に處するをや。
《萬金相》云:山根斷折,四十九,三年命祿中。又曰:月字名山根,又名疾厄宮,又名妻子宮,又名月孿宮,又名嶺斷宮、司囚宮,在山根上一分名王嶺,根斷自身傷。又曰:嶺斷官司不自由,嶺根折斷自身休,山根嶺斷二十九,嶺根道斷自身體。又曰:山懸橋道耗財,主嶺山根金道三位折也;嶺根平梁財聚,三位高也。此三位嶺根道,於一面之中,諸部之內,最關禍福,學者可用意觀之。
《萬金相》曰く:山根斷折の人は、四十九歲前後の此の三年に到りて正に命祿要緊の時に當る。又た曰く:「月字」即ち山根の別名、それ還た疾厄宮・妻子宮・月孛宮・嶺斷宮・司囚宮と曰う。山根上方一分之處を「玉嶺」と曰う(底本「王嶺」を作る)。此處若し斷ずれば、自身傷害を受くるを要す。又た曰く:玉嶺斷の人は官司纏身して自由を得ず、嶺根折斷の人は自身便ち了れり、山根玉嶺斷のは二十九歲に到りて應驗し、嶺・根・道三處皆斷のは自身保ち難し。又た曰く:山根一帶懸橋斷道のごときは財を耗すを主る、これ嶺・山根・金道三處皆斷折するを指す。反って、嶺與根平滿・鼻梁挺直のは財を聚むるを主る、那是三處皆高なり。此の三處「嶺」「根」「道」は、一張の臉の諸多の部位之中に、最も禍福に關係す。相を學ぶ人は留心して細看するを要す。
鼻如鷹嘴樣狡狠。鷹嘴樣者,嶺根道三位細細低下,年壽孤聳準頭尖垂向下者是也,可旁觀得見,主最毒。《廣鑑集》云:鼻如鷹嘴,啄人心髓。貧女曰:旁觀曲凸如鷹嘴,心裡奸謀暗殺人。許負曰:生伯如鷹嘴,一生奸詐不堪言。《月波洞中經》云:相中大忌鷹嘴露竅。似此者,主為人最毒,常懷嫉賢妒能,外貌偽和假寬,內實毒害。然居富貴知書,不免貪婪奸狡,何況小人乎?又主好成要敗,四十五歲主人破財。
第九條は鷹嘴鼻を講ず。鼻子長じて鷹嘴のごとき人は狡詐狠毒なり。いわゆる「鷹嘴樣」は、嶺・根・道三處細にして低陷し、鼻梁中段孤零零として聳起し、鼻尖卻って尖削に下に向かい垂鈎す。側面より看れば最も清楚なり、此種の鼻の主人最も毒なり。《廣鑑集》曰く:鼻鷹嘴のごとき人は、能く別人の心髓を啄食す。《貧女金鏡》曰く:側より看て鼻梁彎凸して鷹嘴のごときは、心裏に奸謀を藏して人を暗害せんと欲す。許負曰く:生成の鷹嘴鼻は、一輩子奸詐にして説き出すに堪えず。《月波洞中經》曰く:相法中最も忌るるは鷹嘴鼻に鼻孔外露を加うるなり。此種の相有る人は心腸最も毒にして、常に嫉賢妒能の心を懷き、外表に和氣寬厚を裝出し、內裏實に是れ毒害なり。此種の人は便ち身を富貴に居せども・書を讀めども、貪婪奸狡を免れず、何ぞ況や小人をや。此種の鼻還た事將に成らんとして又た敗るるを主り、四十五歲の那年財を破るを主る。
廣大巢窩須穩。《萬金相》云:鼻為巢窩、人之家宅也,欲其樑柱端直,年壽豐隆廣大肉厚,接迎東西二嶽,準員庫起者,主家宅廣人口多。三十六歲入運,至五十九歲,此十年大進入口並宅舍。《大統賦》云:粱廣者窩巢穩。
第十條は鼻寬厚なれば家宅安穩を講ず。鼻此の「巢窩」寬廣なれば、家宅乃ち穩固なり。《萬金相》曰く:鼻子即ち人の窩巢・人の家宅なり。鼻梁此の根の柱子端正挺直し、年上壽上豐隆寬大にして肉厚く、兩旁東嶽左顴・西嶽右顴を承接し、鼻頭圓滿・兩側鼻翼庫房のごとく隆起するを要す。かくのごときは家宅寬敞・人口衆多を主る。三十六歲鼻運に交入り、五十九歲に至るを以て止めり。其中有りて十年大いに人口を添え・房產を增置せん。《大統賦》曰く:鼻梁寬廣の人は、窩巢自然安穩なり。
光明主財祿殊常。《太消神鑑》云:面部右五嶽之位,額為南嶽衡山,屬離火;頦為北嶽恆山,屬坎水;左顴為東嶽泰山,屬震木;右顴為西嶽華山,屬兌金;鼻為中嶽嵩山,屬中央土。金木水火土各有時,火主夏,水主冬,木主春,金主秋,惟土每季旺十八日,乃為萬物生成之地,所以鼻貴乎高隆光明色黃者,得其十之本色也。若有骨法者,主有貴祿;在庶人得財入宅。
第十一條は鼻上氣色光明にして財祿非凡を主るを講ず。《太清神鑑》曰く:面上に五岳之位あり――額は南嶽衡山、離卦火に屬す。下巴は北嶽恆山、坎卦水に屬す。左顴は東嶽泰山、震卦木に屬す。右顴は西嶽華山、兌卦金に屬す。鼻は中嶽嵩山、中央土に屬す。金木水火土各々當令の時あり:火は夏に當り、水は冬に當り、木は春に當り、金は秋に當り、ただ土のみ毎季末に各々十八日旺して、萬物生成の地なり。故に鼻子は高隆にして氣色光明發黃を貴ぶ。黃正に土の本色なるが故なり(底本「十之本色」即ち「土之本色」)。此の氣色有りて又た好骨格有るは、貴位俸祿有るを主る。平民百姓此の色有れば、則ち財を得て房產を添置するを主る。
《大統賦》云:梁貴乎於隆貫額尚也,色貴乎先瑩目日明也。許負門:準明印正,諸事亨通。鬼谷先生說:欲觀在任古凶者,看年壽二位,一分黃明,一年無事;二分黃明,二載平安;三分黃明,三周吉利。若見非來之事,或青或赤或黑,並主當年不利。《五總龜》曰:年壽四時黃,財冉非常。
《大統賦》曰く:鼻梁は隆起して上りて額頭を貫通するを貴び、氣色は瑩潤明亮して日光のごときを貴ぶ。許負曰く:鼻尖明潤・印堂端正なれば、凡事亨通す。鬼谷先生曰く:一人の在任官員の吉凶を看んと欲せば、便ち鼻梁「年上」「壽上」兩處を看よ。黃明之色一分を現出せば、此の一年平安無事。二分を現出せば、兩年平安。三分を現出せば、三年吉利なり。若し意外の事將に來らんとあれば、此處便ち青色・赤色或いは黑色を現出し、皆當年不利を主る。《五總龜》曰く:年上壽上一年四季皆黃色を帶ぶるは、財運尋常にあらざるなり。
《廣鑑集》云:心善三陽光點點,左眼胞也;脾安鼻準見黃明,耳輪然黑腎臟喪;年壽黃明福德生,右目上下。忽然準頭明更淨,等閒有土是通亨,土者黃明也。目印堂至準庫中間,四季常得黃明,寒努不侵,壽怒不變,乃為平生之福也。
《廣鑑集》曰く:心地善良の人は、眼下三陽部位(左眼胞一帶を指す)光點點として發亮す。脾氣安和の人は、鼻尖上黃明之色を現ず。耳輪發黑のは、是れ腎氣已に喪せしなり。年上壽上黃明之色を現ずれば、福德便ち此處より生出す(右眼上下一帶を指す)。若し鼻尖忽然明亮にして潔淨なれば、尋常之間便ち「土」色を見る。那れ即ち亨通之兆なり――いわゆる「土」は、即ち黃にして明潤の氣色なり。印堂より下りて鼻尖兩庫之間の此の一段に到るまで、四季皆常に黃明を保ち、寒暑侵襲しえず、喜怒も亦た改變しえず。此れ即ち一生の福分なり。
準頭黑,蘭臺暗摻,旬日必身亡。準頭者,是土之主。蘭臺,左鼻胞名蘭臺,又右為廷尉。《海底眼》曰:夫鼻者,運五膠之棍華、腫之苗。肺虛則通,而色瑩光明,元病多古;肺災則塞,而色摻黑暗大患,全而多凶。若見準頭蘭臺包修黑暗者,大病速至,不出十日之內喪矣。病人最怕此色。
第十二條は死色を講ず。鼻尖發黑・鼻翼晦暗慘淡なれば、十天之內かならず身亡せん。「準頭」は鼻尖、土の主位と為す。「蘭台」は左鼻翼の名稱、右鼻翼を「廷尉」と曰う。《海底眼》曰く:鼻子は五臟精華の聚まる所にして、又た肺の苗竅なり。肺氣虛すれば則ち鼻通じ、氣色瑩潤光明にして、病なくして多吉なり。肺病有れば則ち鼻塞し、氣色慘黑晦暗にして、便ち大患有りて多凶なり。若し鼻尖與鼻翼一片黑暗を見れば、大病馬上に到りて、十天を出でずして便ち死せん。病人最も怕るるは此種の氣色なり。
論曰:運限者,鼻管十年,自印堂三十六,至右庫四十五。鼻有二節,黑於在山根者,主妨妻害子,鼻側大凶不利;年上者兄弟難為,印堂當中圓黑者,貴吉。夫氣色印堂山根光明者吉,暗慘者滯;年壽黃明者吉,黑病,赤官災,青破耗,白哭泣;準頭黃明者,喜慶立至,黑大病,赤紅者破耗,白者破毒。
總論曰く:運限を講ずれば、鼻子十年を管し、印堂三十六歲より起こり、右庫四十五歲に至りて止む。鼻は兩節に分かつ。痣山根に長ずるは、妻を妨げ子を害すを主る。鼻側に長ずるは大凶不利なり。年上に長ずるは、兄弟依靠し難し。印堂正中に一顆の圓黑痣を生ずるは、反って貴吉を主る。氣色方面:印堂・山根光明のは吉、晦暗慘淡のは滯塞を主る。年上壽上黃明のは吉、發黑は病を生ずるを主り、發赤は官司之災を主り、發青は財を破り耗損するを主り、發白は哭泣喪事有るを主る。鼻尖黃明のは、喜慶馬上に到る。發黑は大病を主り、發赤紅は破耗を主り、發白は中毒受害を主る。
口為出納官
短促,唇掀,色青,齒露,偏邪,骨肉相煎。促者,口聚也;短者,橫窄也;促短者,並主孤也。《大統賦》云:口如吹火似寒酸。吹者,襊聚也。《通神鬼巴相》曰:口有三聚,一猴口吹火聚,注令人無於,子立自身亡;二日羊門飲水聚,注令人孤寒,好歌樂無衣箱;三日鶴口縮囊聚,注今狐寒性寡,親子另房。
口相の總綱曰く:口短促・脣外翻・脣色發青・牙齒外露・口形歪斜、此れら皆骨肉之間互相煎迫を主る。いわゆる「促」は、嘴脣撮聚なり。「短」は、口形橫向に窄小なり。又促又短のは、皆孤獨を主る。《大統賦》曰く:嘴撮起して吹火のごとき人は寒酸を顯す――「吹」即ち撮攏なり。《通神鬼眼相》曰く:口に三種の「聚」あり。第一種は猴口吹火聚、此の人兒子なきを主り、便ち子ありても、子剛に成立して自己便ち亡故す。第二種は羊口飲水聚、孤苦貧寒を主り、歌樂を喜好するも一箱の衣服も亦たなし。第三種は鶴口縮囊聚、孤寒にして性情孤僻を主り、親生子女とも亦た房を分かちて住す。
唇掀者,口唇翻窒也,亦主弧克。《太清神鑑》曰:眼露睛,唇皮宣,男擾賊盜,女擾產難。若去寺現及出家,免得一身見八感。青色者,言唇氣盲黑,亦主弧貧。《五總龜》云:貧窮似鼠常青黑,破盡田園不住家。
いわゆる「脣掀」は、嘴脣外に向かいて翻卷し、此れも亦た孤獨刑克を主る。《太清神鑑》曰く:眼珠外露・嘴脣外翻の人は、男は容易に賊を做し盜を行い、女は容易に難產に死す。若し寺院に到り修行し或いは出家せば、一身の災厄を免れうる。いわゆる「色青」は、脣色發暗發黑を説く、此れも亦た孤獨貧寒を主る。《五總龜》曰く:老鼠のごとく貧窮の人は、脣色常常青黑にして、田園を敗光し、家にも亦た住み住む能わず。
《大統賦》云:青黑禍發。齒露者,凡語笑露齒牙,孤克。《廣鑑集》云:相中大忌露齒也。偏斜者,口不正也,亦主孤貧。《萬金相》云:海朝文,陽十七禍至,陰二八大病;海朝武,陽二八災病,陰十七禍生,文左武右也。又曰:水星不正,針肉相煎。水昆,門也;骨肉,六親也。然主平生之象,五十六歲人運,至六十四歲不利骨肉。
《大統賦》曰く:脣色青黑の人は禍事便ち發作せんとす。いわゆる「齒露」は、說話・笑の時牙齒外に露れ、孤獨刑克を主る。《廣鑑集》曰く:相法中最も忌諱するは露齒なり。いわゆる「偏邪」は、口形生じて端正ならず、亦た孤獨貧寒を主る。《萬金相》曰く:口左邊(文位)に朝向のは、男子十七歲禍有り、女子二十八歲大病有り。口右邊(武位)に朝向のは、男子二十八歲災病有り、女子十七歲禍を生ず――左は文と為し、右は武と為す。又た曰く:口(水星)生じて正ならざれば、骨肉之間便ち互相煎迫せん。「水星」即ち口此の門戶、「骨肉」即ち六親なり。此れ一生の相にして、五十六歲口運に交り、六十四歲之間骨肉親人に對し不利なり。
闊而不正,虛詐不堪言。橫曰不牧而倡斜不正者,主為人多奸猾,虛謬不實。《大統賦》曰:大言無信者略綽,賂綽者即橫閣不牧也。《五總龜》曰:若傷歸於左畔,是非奸詐愛便宜,口唇左邊也。
第二條は闊にして正ならざる口を講ず。口雖も闊大なれど生じて端正ならざれば、此の人虛偽奸詐にして説くに法なし。口橫生して收め住む能わず・又た歪斜不正のは、為人奸猾・說話虛妄不實を主る。《大統賦》曰く:大話を説いて守信せざる人は、口形を「略綽」と曰う。いわゆる「略綽」は、即ち口橫闊にして管束し得ざるなり。《五總龜》曰く:口若し左邊に歪がば、此の人是非を搬弄し・奸詐にして便宜を占むるを愛すを好む――指す所は嘴脣左邊に偏するなり。
偏薄是非謗汕。偏薄者,口盾薄橫伯也,主好說談。是非謗汕者,不知已口快舌長,專提人語失,取笑渾語,毀善譏調,不顧忌諱。似此之人,雖居富貴,亦不脫小人也。《五總龜》曰:水星偏陷兩頭垂,尖薄無稜作乞兒。無稜者,薄也。
第三條は偏薄の口を講ず。嘴脣偏薄の人は是非を搬弄し・毀謗譏諷を好む。いわゆる「偏薄」は、嘴脣又薄又橫なり。此種の人は話を愛し、專ら別人言語中の漏洞を挑み、笑話を説いて樂を取り・胡亂に調侃し、好人を詆譭し・他人を譏笑し、何の忌諱も顧みず。かくのごとき人は便ち身を富貴に居せども、小人の品格を脫せず。《五總龜》曰く:口(水星)偏斜低陷・兩個の嘴角下垂し、脣又尖又薄にして稜線なきは、ただ乞丐を做るのみ――「無稜」即ち脣薄なり。
如朱抹,名譽相傳。如朱抹者,口唇紅鮮,似塗抹硃砂之紅色也,主文章才俊,其名鏈傳揚四方。陳圖南曰:唇如潑砂,富貴如華紅色也。許負曰:口如含丹,不受飢寒。郭林宗曰:唇紅齒白食天祿,多藝多財又多宮。《貧女》曰:貴人唇紅似潑砂,更加四字足榮華。然主平生之貴,五十六歲入遠,大發財祿。
第四條は朱脣を講ず。嘴脣紅きこと硃砂を塗りたるがごときは、名聲傳揚開來せんを要す。いわゆる「如朱抹」は、脣色鮮紅にして、硃砂を抹上したるがごとし。此種の人は文章才華有るを主り、名聲四方に傳遍す。陳摶曰く:嘴脣紅きこと潑上の硃砂のごときは、富貴花開の紅色有るがごとし。許負曰く:口紅きこと一顆の丹丸を含めるがごときは、餓を挨え凍を受けず。郭林宗曰く:脣紅齒白の人は天賜の俸祿を享け、才藝多く・錢財多く・又た官位多し。《貧女金鏡》曰く:貴人の嘴脣紅きこと潑上の硃砂のごとく、再び加うるに口形方正「四」字のごときは、榮華便ち足れり。此れ一生の貴相にして、五十六歲口運に交入り、大いに財祿を發す。
唇裡紫食肉千里衣祿自天然。唇鮮紫紅色者,主富貴,可食千里之爵祿,乃為天主自然之福。平生之貴,五十六人限快。
第五條は紫脣を講ず。嘴脣裏面紫色を呈する人は肉食之奉を享け、衣祿是れ天生自來なり。脣色鮮明にして紫紅を帶ぶるは、富貴を主り、方圓千里の封地の爵祿を享受しうる、此れ上天の賜予する自然之福なり。此れ一生の貴相にして、五十六歲口運に交入れば便ち順遂快意なり。
覆載多紋理,掩人過惡,得子孫須賢。覆載,唇之名也。《萬金相》云:上層名金覆,下層名金載。若唇上下有紋理多者,主為人寬和,見善多為,遇惡勸歸於善而喜避其惡,又招貴子賢孫。《大統賦》云:上下紋交於孫眾,周陋稜利仁信全。
第六條は脣紋を講ず。上下脣紋理多き人は肯んじて別人のために過錯を遮掩し、賢良の子孫を得る能くし。「覆載」是れ嘴脣の別名なり。《萬金相》曰く:上脣を「金覆」と曰い、下脣を「金載」と曰う。若し上下脣紋理豐富なれば、此の人性情寬和・善事を見て多く肯んじて做すを主り、惡人に遇上れば便ち彼に向善を勸めて自己は惡事を避開するを樂とし、還た貴子賢孫を招來しうる。《大統賦》曰く:上下脣紋交錯の人は子孫衆多、脣形周正にして脣稜分明のは、仁與信皆完備なり。
食時多哽咽,必主邊遭。哽咽者,吃飯食吞噎向喉咽之中,作沃沃之聲是也;遁檀者,平生露滯不通。張紫菱曰:食為性之本,所以欲詳而不暴,綴不欲聲,吞不欲鳴也。《五總龜》曰:鳥啄豬食最賤客,相他衣食必無終;咽粗急者人多燥,鼠食從來飲食空。又曰:相食看詳緩,窮忙豈合宜?更嫌將烏啄,更總合淋漓。性暴吞須急,心寬食必遲。問君榮貴處,牛哺福相隨。
第七條は吃相を講ず。吃飯の時常常噎住する人は、一生かならず困頓す。いわゆる「哽咽」は、吃飯の時食物喉嚨裏に噎し、咕咕の聲響を發出す。此種の人一生阻滯不通を顯す。張紫菱曰く:飲食是れ人性情の根本、故に吃飯從容にして粗暴ならざるを要し、咀嚼聲を出す可からず、吞咽響有る可からず。《五總龜》曰く:吃飯鳥啄のごとく・豬搶のごときは、最も下賤の相、此種の人衣食かならず善終しえず。吞咽粗重急促の人は性子躁なり、吃相老鼠のごとき人は一輩子飲食空乏す。又た曰く:吃相を看るに從容和緩なる否やを看るを要す、窮忙急躁哪裏にか合適せん。更に嫌うは烏鴉啄食のごとく、還た湯水淋漓なり。性子暴躁のは吞咽かならず急、心地寬厚のは進食かならず緩なり。要問う哪種の吃相榮貴を主るやを、那是牛反芻のごとく緩緩咀嚼して、福分自然に相隨う。
常向睡中不合洩元氣,天促天年一。口者,宣言語以接萬物,博領飲味以安五臟,造化之權,禍福之柄。唇為口之城廓,舌之門戶,一開一合,榮辱所繫也。所以夜睡開口者,洩其元氣,元氣即洩,壽不永也。
第八條は睡時張口を講ず。睡着の時嘴合攏せざれば、便ち元氣を泄漏して、白白に天年を折損せん。口の功用は言語を發出して以て萬物に交接し、飲食滋味を接納して以て五臟を安養し、それ造化の權柄・禍福の關鍵を掌る。嘴脣是れ口の城牆・舌頭の門戶、一開一合皆人の榮辱に關係す。故に夜裏睡覺嘴を張く人は、元氣口中より泄出す。元氣一たび泄すれば、壽命便ち長からず。
親曾見低垂兩角,常被世人嫌。兩角下垂者,無衣食也,最招人憎嫌。《五總龜》曰:口者,心之外表,賞罰之所出,榮辱之所關,欲端而厚,言不亂發,謂之口德;若多言而亂發者,謂之口侯。若方廣有稜者,主壽形;如弓稍向上者,主貴;若尖而薄反者,主賤。若黑子生於上唇者,平生酒肉來自然;生於口角者,災滯;生於壽帶人口,主飢餓而死。女人唇生黑子者,主淫,無媒自嫁也。
第九條は垂角口を講ず。親眼兩個の嘴角往下垂する人を見過ぐれば、常常人の厭嫌を招く。嘴角下垂の人は衣食なく、最も人の憎惡を招く。《五總龜》曰く:口是れ心の外在表徵、賞與罰皆此處より發出し、榮與辱皆此處に繫る。口應當端正厚實、說話輕率亂發せず、此れを「口德」と曰う。若し話多く亂説すれば、便ち「口過」と曰う。口形方闊にして脣稜有るは長壽を主る。口角弓梢のごとく微微向上のは貴を主る。口尖にして脣薄外翻のは賤を主る。痣若し上脣に長ぜば、一生酒肉自然に缺かず。嘴角に長ずるは、災禍滯礙を主る。法令紋入口處(「壽帶入口」)に長ずるは、餓死を主る。女人脣上黑痣を生ずるは淫を主り、媒人を用いず自己便ち人と跟ちて走る。
論曰:運限者,口管十五年,為末主,五十六至六十四。口有三聚,黑子生在唇上者,主一生得酒食,唇內亦然;口角生者,末主水災;紋理者壽帶人口,直飢餓不食而死。氣色紅潤者則貴,黑者賤,青者毒,白者亦然,黃者病,惟繞口黃明者最吉。
總論曰く:運限を講ずれば、口十五年を管し、晚年の「末主」運に屬し、五十六歲より六十四歲に至る(前後を連ねて共に十五年)。口に三種の「聚」形あり。痣脣上に長ずるは、一生酒食享くる可有るを主り、脣內に長ずるも亦た一樣なり。嘴角に長ずるは、晚年水災を主る。紋理若し「壽帶入口」之勢を成せば、活活餓死を主る。氣色紅潤のは貴を主り、發黑は賤を主り、發青は中毒を主り、發白も亦た一樣、發黃は病を生ずるを主る。ただ口周を圍繞する一圈黃にして明潤ののみ最吉なり。
論男女五官
夫人身手欲得厚,大小相覆,滑淨光澤,必應豪貴。顏色光潤,財祿日進。夫人少顏色,惡者絕無官。《分墳經》云:頭小為一極,不得上天力;額小為二極,不得父母力;目小為三極,無有廣知識;鼻小為四極,農作無體息;口小為五極,無有盛衣食;耳小為六極,方命難量測。
人の身體與手皆生じて厚實・大小彼此相配相覆・皮膚光滑潔淨にして潤澤有るを要す。かくのごときはかならず豪貴に應驗せん。面上氣色光潤のは、財祿一天天增加す。面上好氣色を缺少し・色惡の人は、絕對に官運有ることなし。《分墳經》は「六極」(六種の極端不足)を講ず:頭小は第一極、上天之力を得ず。額小は第二極、父母之力を得ず。眼小は第三極、廣博の見識なし。鼻小は第四極、務農勞作して休息を得ず。口小は第五極、豐足の衣食なし。耳小は第六極、命途測量し難し。
頭雖大,額無角;目雖大,無廓落;無相也。鼻雖大,梁校弱;口雖大,語賂綽;耳雖大,無輪廓;腹雖大近上著,非奴即作客,是無相。頭雖小,方且平;目雖小,精且明;鼻雖小,樑柱成;口雖小,語媚生。如此之人法主聰明,兼不少衣食。夫女人共語,未了即面看地,如此之人必有病也。夫女人當共人語,手拈衣帶者便低頭答者,必有姦淫之事也。
反って曰く:頭雖も大なれど額上骨角なし。眼雖も大なれど眼眶開闊の輪廓なし――此れ皆好相なしと算す。鼻雖も大なれど鼻梁軟弱。口雖も大なれど說話含糊無信。耳雖も大なれど輪廓なし。肚子雖も大なれど往上頂きて下垂せず――かくのごとき人は奴僕を做るに非ざれば人に客卿を與へん、亦た好相なしと算す。相反して、頭雖も小なれど方正平滿。眼雖も小なれど精光明亮。鼻雖も小なれど鼻梁成形。口雖も小なれど說話有味動聽――かくのごとき人は相法に按りて聰明を主り、而且衣食缺かず。另外、女人人と說話するに、話説き完らざるに便ち頭を低れ地を看れば、此種の人かならず病有り。女人人と說話する時手裏衣帶を捻じ・頭を低れて回答するは、かならず奸淫の事有り。
五岳
額為衡山,頦為恆山,鼻顴嵩山,左顴為泰山,右顴為華山。中嶽要得高隆,東嶽須聳,而朝應不窿不峻,剿無勢,為小人,亦無高壽。中嶽薄面無勢,則四嶽無主,縱別有好處,不至太貴,無威嚴重權,壽不甚遠。
面上五岳の配屬は:額は南嶽衡山と為し、下巴は北嶽恆山と為し、鼻は中嶽嵩山と為し、左顴は東嶽泰山と為し、右顴は西嶽華山と為す。中嶽(鼻)は生じて高く隆起するを要し、東嶽(左顴)は聳起して中嶽に朝向し呼應するを要す。若し兩顴既に隆起せず亦た高峻ならず、削薄にして氣勢なければ、此の人只是小人之相、亦た長壽せず。中嶽若し單薄にして氣勢なければ、四嶽便ち主宰なく、縱然別處生じて好くも、貴哪裏に到らざるなり、威嚴無く重權無く、壽數太も長からざるなり。
中嶽不及且長者,止中壽;如尖薄,晚年見破,到頭少稱意。南嶽傾側,則主見破,不宜長家。北嶽尖陷,未主無成,終亦不貴。東西傾倒無勢,則心惡毒無慈愛。五嶽須要相朝。
中嶽(鼻)雖も高隆に足らざれど還た長と算するは、ただ中等の壽數有るのみ。若し鼻子尖にして薄きは、晚年破敗を見るを要し、到頭來稱心如意少なし。南嶽(額)傾斜偏側のは、家業破損を主り、一家之長を做るに宜からず。北嶽(下巴)尖削凹陷のは、晚年一事成るなく、終究貴ならず。東嶽西嶽(左右顴)傾倒無勢のは、此の人心地惡毒にして慈愛を缺少す。總じて五岳必ず彼此朝拱呼應して乃ち好し。
四瀆
耳為江,目為河,口為誰,鼻為濟。四瀆要深遠成就,而涯岸不走,劇財穀有成,財物不耗多蓄積。耳為江瀆,竅要聞而深,有重城之副,緊則聰明,家業不破。目為河瀆,深為壽,小長剔貴,光則聰明,淺則短命,昏濁多滯,圓則多天,不大不小貴。
面上四瀆の配屬は:耳は長江と為し、目は黃河と為し、口は淮水と為し(底本「誰」は「淮」の訛)、鼻は濟水と為す。四瀆皆深遠にして成形し、兩岸(周邊の輪廓)散走す可からず。かくのごとき乃ち錢糧成る有り・財物耗散せずして積蓄多し。耳は江瀆と為し、耳孔通にして深きを要し、外面に耳輪耳廓ありて重重城牆のごとく相輔す。耳形緊湊の人は聰明にして、家業破敗せず。目は河瀆と為し、眼窩深きは長壽を主り、眼形細長のは貴を主り、眼神光有るは聰明なり。眼淺のは短命、眼神昏濁のは多く滯礙、眼形圓のは多く夭折す(底本「多天」即ち「多夭」)、不大不小のは貴を主る。
口為淮漠,要方闊而唇吻相履載,上薄則不覆,下薄則不載,不覆不載則無壽,無晚幅,不覆則家必覆。鼻為濟瀆,要豐隆光圓,不破不露,則家必富。
口は淮瀆と為し、方にして闊・上下脣彼此覆蓋承載し得住すを要す。上脣薄ければ便ち下脣を蓋う能わず、下脣薄ければ便ち上脣を托す能わず。既不覆又不載の人は壽數なく・晚福なく、上脣覆い得住せざるは還た家業傾覆を主る。鼻は濟瀆と為し、豐隆・光潤にして圓滿、破損せず・骨を露わし孔を露わさず、かくのごときは家裏かならず富足せん。
五星六耀説
五星,金、木、水、火、土也。六耀者,太陽、太陰、月孿、羅喉、計都、紫氣。火星須得方,方者有金章(額也)。紫氣須得圓,圓者有高官(印堂)。土星須要厚,厚者得長壽(鼻也)。木星須要朝,五福並相饒(右耳)。金星須要白,官位終須獲(左耳)。
相術は面上要害部位を天上の五星與六耀に配作す。五星は金・木・水・火・土。六耀は太陽・太陰・月孛(底本「月孿」を作る)・羅睺・計都・紫氣。下面逐條それらの部位與要求を説く:火星是れ額頭、方正に生ずるを要し、方正の人は能く金印を佩びて大官を做る。紫氣是れ印堂、圓滿に生ずるを要し、圓滿の人は官高位に居る。土星是れ鼻子、厚實に生ずるを要し、厚實の人は長壽す。木星是れ右耳、前に向かいて朝拱するを要し、朝拱の人は壽・富・康寧・好德・善終五福齊備なり。金星是れ左耳、色白に生ずるを要し、色白の人は終究官位を得る能くし。
羅喉須要長,長者食天倉(左眉)。計都須要齊,齊者有妻兒(右眉)。月字須要直,直者得衣食(山根)。太陰須要黑,黑者有官職(右眼)。太陽須要光,光者福祿強(左眼)。水星須要紅,紅者作三公(口也)。
羅睺是れ左眉、長に生ずるを要し、長の人は天賜の倉廩之祿を享く。計都是れ右眉、左眉と齊整對稱するを要し、齊整の人は妻子兒女俱全なり。月孛是れ山根、端直に生ずるを要し、端直の人は衣食缺かず。太陰是れ右眼、眼珠黑きを要し、黑の人は官職有り。太陽是れ左眼、神光有るを要し、光有る人は福禄強盛なり。水星是れ口、脣紅きを要し、脣紅の人は三公を做る可し。此の十一處(五星與六耀)皆合格せば、便ち極貴之相なり。
五星六耀決斷詩
金木星是耳,貴要輪廓分明,其位紅白色不均,大小如門闊,生得端正,不反不尖,不小,一般更是高過眉眼,白色如銀樣大好,其人當生,得金木二星照命,發祿定早。若反側窄,或大或小,為陷了金木二星,其人損田宅,破財帛,無學識也。
金星・木星即ち左右兩耳、輪廓分明を貴ぶとす。耳上紅白之色若し勻ならず、形狀大小門戶のごとく開闊し、生じて端正・外翻せず・尖削せず・細小ならず・左右一般大・還た眉眼に高き過ぐるを要す。顏色白きこと銀子のごとき最も好し。此種の耳有る人は、生來便ち金木二星の照命を得、發達得祿かならず早し。若し耳朵外翻・偏側・窄小、或いは一大一小なれば、那れ即ち金木二星を陷せしなり、此の人田宅を損し・財帛を破り、而且學識なし。
詩曰:金木成雙廓有輪,風門容指主聰明。端聳直朝羅計上,富貴榮華日日新(左金耳也)。金本開花一世貧,輪翻廓反有艱辛。於中若有為官者,終是區區不出塵(右木耳也)。
詩曰く:左右兩耳雙を成し、內廓外輪俱全・耳孔(風門)大きこと手指を容る能くば、此の人聰明なり。兩耳端正高聳・一直に眉上の羅睺・計都二星に朝向して、富貴榮華一天新たに一天に似せん――此の一首講ずる所は左耳金星なり。反って、耳薄開張して花瓣のごとき(「金本開花」)人は一世貧窮、耳輪外翻・耳廓反出のは一生艱辛なり。此類の人中便ち做官の有るも、終究亦た碌碌の小吏、塵俗を跳出しえず――此の一首講ずる所は右耳木星なり。
水星是口,名為內學堂,須要唇紅闊四角,人中深,口齒端正有文章,為官食祿。若唇齒粗,口角垂,黃色主貧賤。
水星即ち口、又た「內學堂」と曰う。口は脣色紅潤・口形闊大にして四角分明・人中深長・口與牙齒皆端正を要す。かくのごとき人は文才有り、官を做して俸祿を食む能くし。若し嘴脣牙齒粗陋・嘴角下垂・脣色發黃なれば、便ち貧賤を主る。
詩曰:口含四字似硃紅,兩角生稜向上官,定是文章聰俊士,少年及第作王公。水星賂綽兩頭垂,尖薄無稜是氣兒。若是偏將居左右,是非奸詐愛便宜(口也)。
詩曰く:口形方正して「四」字のごとく脣色紅きこと硃砂のごとく、兩個の嘴角脣稜を生出して並びに上に翹れば、此れかならず文章出衆の聰俊之士、少年に便ち科舉及第・位王公に至る能くし。反って、口形鬆散無收(「賂綽」)にして兩角下垂し、脣尖薄にして又た脣稜なきは、只是個下賤人なり。若し口再び左邊或いは右邊に偏すれば、此の人是非を搬弄するを好み・奸詐にして便宜を占むるを愛す――此の一段講ずる所は口なり。
火星是額,如見額廣闊髮際深者,有祿位衣食,及子息四五人,其人有藝學,父母尊貴。當生命宮得火星之力,人命有田宅,壽九十九。如尖陋有多文理者,是陷了火星,乃不貴,無子息一二人,至老不得力,衣食平常,又不得兄弟力,主貧,無大壽,損妻破財。
火星即ち額頭。若し額頭寬廣開闊・髮際線高にして齊整なれば、此の人祿位有り衣食有り、子女四五個・本人技藝學問有り、父母も亦た尊貴なり。此れ生來命宮火星之力を得、命中田宅有り、九十九歲まで活到しうる。反って、額頭尖窄粗陋にして而且紋路雜亂のは、即ち火星を陷せしなり、此の人貴ならず、子女ただ一兩個甚だしくは無し、到老も亦た靠上せず、衣食只是平常、又た兄弟之力を得ず、貧窮を主り・壽長からず・還た妻を損し財を破る。
詩曰:火星宮分闊方平,潤澤無紋氣色新。骨聳三條川字樣,少年及第作公卿。火星尖狹是當流,紋亂縱橫主配囚。赤脈兩條侵日月,刀兵赴法死他州(額也)。
詩曰く:火星此の一宮(額)寬闊方正平滿・潤澤にして雜紋なく・氣色常新たるを要す。額上三條の骨頭隆起して「川」字形を成すは、少年に便ち及第して公卿に位列する能くし。反って、額生じて尖窄のは只是隨波逐流の凡庸之輩、額上紋路縱橫散亂のは發配充軍を主る。若し兩條の紅絲兩眼(日月)に侵入有れば、便ち刀兵之下に死し・他鄉に伏法せん――此の一段講ずる所は額なり。
詩曰:羅計星君秀且長,分明貼肉應三陽。左羅不惟此貌居官職,思義彰名播遠方。羅喉稀疏骨聳高,為人性急愛兇豪。眉毛奸邪狀似垂楊柳,兄弟同胞有旋毛(右計)。
詩曰く:羅睺・計都兩星(兩眉)秀氣にして長・眉毛分明・皮肉に緊貼し、眼下三陽部位と相呼應するを要す。此種の眉有る人は不但相貌官職に居る可く、還た情義を講じ・名聲遠方に傳揚す――此の一首講ずるは左眉羅睺なり。反って、羅睺眉稀疏にして眉骨高聳のは、為人性急にして逞凶鬥狠を好む。眉毛生じて奸邪・軟垂して楊柳枝のごとき、或いは眉中旋毛を生ずる有るは、同胞兄弟之間妨礙有る會なり――此の一首講ずるは右眉計都なり。
六府論法
六府者,兩輔骨、兩顴骨、兩頤骨,欲其充實相輔,不欲支離孤露。《靈臺秘訣》云:上二府自輔角至天倉,中二府自命門至虎耳,下二府自肩骨至地閣。六府充直無缺陷癍痕者,主財旺。天倉峻起多財祿,地閣方停萬頃田,缺者不合。
六府は面上三對の相輔の骨を指す:額上左右兩「輔骨」・面中左右兩「顴骨」・下面左右兩「頤骨」。それらは生じて充實にして互相輔助するを要し、支離破碎・孤零外露すべからず。《靈台祕訣》曰く:上兩府は額角の輔角より一直に天倉に至り、中兩府は耳前の命門より一直に虎耳(腮上)に至り、下兩府は頰骨より一直に下巴(地閣)に至る。此の六府皆充實端直・缺陷斑痕なきは、財運興旺を主る。天倉高峻隆起のは財祿多く、下巴方正平滿のは萬頃の良田有り。此の幾處缺陷有るは便ち合格せず。
三才三停論
三才者,額為天,欲鬧而圓,名日有天者貴;鼻為人,欲旺而齊,名曰有人者壽;頦為地,欲方而闊,名曰有地者富。三停者,髮際至印堂為上輔,是初主;自山根至準頭為中府,是中主;自人中至地閣為下輔,末至。
「三才」は面上三處を天・地・人に配す。額是天、寬闊にして圓を要し(底本「鬧」は當に「闊」を作るべし)、「有天」と曰い、貴を主る。鼻是人、旺盛にして端齊を要し、「有人」と曰い、壽を主る。下巴是地、方にして闊を要し、「有地」と曰い、富を主る。「三停」則ち三段を分かちて三段の人生を管す:髮際より印堂に至るを上輔と為し、早年(初主)を管す。山根より鼻尖に至るを中府と為し、中年(中主)を管す。人中より下巴に至るを下輔と為し、晚年(末主)を管す。
自髮際至眉為上停,眉至準頭為中停,準頭至地閣為下停。訣曰:上停長老吉昌,中停長近君王,下停長少吉祥。三停平等,富貴榮顯;三停不地,孤天貧賤。
再び細分す:髮際より眉に至るを上停と為し、眉より鼻尖に至るを中停と為し、鼻尖より下巴に至るを下停と為す。口訣曰く:上停長の人は老來吉慶昌盛、中停長の人は能く君王に親近し、下停長の人は少年吉祥なり。三停長短均等のは、富貴にして榮顯なり。三停局を成さざるは、孤苦・夭折にして貧賤なり(底本「不地」は當に「不稱」を作るべし、「孤天」即ち「孤夭」)。
詩曰:面上三停仔細看,額高須得耳門寬。學堂三部吳堪是,空有文章恐不官。鼻樑隆起如懸膽,促者中年壽不長。地閣滿來田地盛,天廷平闊於孫昌。
詩曰く:面上三停仔細看るを要し、額頭高きは還た耳門寬きを得て乃ち好し。若し學堂の幾處の部位皆格に夠えざれば、縱い滿腹の文章有るも、恐怕官を做成す能わず。鼻梁隆起して懸膽のごときは好し、鼻子短促のは中年壽命便ち長からず。下巴豐滿のは田地興盛、天庭平闊のは子孫昌盛なり。
三相所主
額尖初主災,鼻歪中主逃。欲知晚景事,地閣喜方高。淪三柱:頭為壽柱,鼻為樑柱,足為棟柱。
此の一條は一生三段の主相を各々一處に歸す:額頭尖削のは、早年(初主)災有り。鼻子歪斜のは、中年(中主)逃亡奔走するを要す。晚景如何を知らんと欲せば、便ち下巴を看よ、下巴は方正にして豐高を喜ぶ。另た人身「三柱」を講ず:頭是れ壽柱、一生の壽元を撐起す。鼻是れ梁柱、中年の格局を支起す。脚是れ棟柱、晚年の根基を穩住す。
相身三停
身分三停,頭為上停。人矮小而頭大長者,有上稍無下稍;身長大而頭短小者,一生貧賤。自肩至腰為中停,要相稱,短而無壽,長則貧。腰軟而坐俱動者,無力而無壽。自腰至足為下停,要與上停齊而不欲長,長則多病。若上中下三停長大短小不齊者,此人無壽。一身三停相稱為美。
身體も亦た三停を分かつ:頭是れ上停。人矮小にして頭又大又長のは、上梢有りて下梢なし、早年好く晚年差なり。身子高大にして頭短小のは、一生貧賤なり。肩より腰に至るは中停、上下と相稱するを要す。中停短のは壽無く、中停長のは貧窮なり。腰軟・坐る時腰身搖動不定のは、既に力氣無く亦た壽數無し。腰より脚に至るは下停、上停と相當にして過長ならざるを要し、過長なれば則ち多病なり。若し上・中・下三停長短大小參差不齊なれば、此の人壽無し。全身三停彼此相稱して乃ち美相と算す。
上停豐秀厚而長,此是平生大吉昌。若是下停長且薄,似此貧窮走四方。身上三停頭足腰,看他長短要均調。上長下短公侯相,長短無差福不饒。中停長者人多貴,背聳三山足寶珍。萬一腳長身又短,區區浪走一凡民。
歌訣曰く:上停豐滿秀氣・厚實にして長のは、此の人一生大吉大昌なり。若し下停又長又薄なれば、便ち貧窮して四方を奔走するを要す。身上三停は頭・腰・足三段を指し、それらの長短勻調なる否やを看るを要す。上停長にして下停短のは公侯之相。三段長短差錯なきは、福氣薄からざるなり。中停長の人は多く顯貴、背上三處隆起して山のごときは、珍寶充足なり。萬一脚長にして身子短なれば、那只是個到處漂泊の平凡百姓なり。
又云:下長上短賤人體,形貌乾枯骨又粗。若見眼圓如竹葉,中年裡面產田無。上停短下停長,終日區區促壽疆。上停長下停短,衣食自然倉凜滿。三停俱短無虧陷,五嶽端嚴富貴全。上下兩停兼短促,一生終是受邊遭。
又た曰く:下停長にして上停短のは下賤之體、形貌乾枯にして骨頭粗糙なり。若し再び加うるに眼睛圓きこと竹葉のごときは、中年便ち田產なし。上停短・下停長のは、終日碌碌にして而且壽數促短なり。上停長・下停短のは、衣食自然に倉廩充盈す。三停雖も皆短しと雖も、ただ虧損缺陷なければ、五岳又た端正嚴整にして、一樣に富貴齊全なり。若し上下兩停既短又促なれば、一生終究困頓を受くるを要す。
五行形相
土星是鼻,須要準頭豐厚,兩孔不露,年上壽上平滿直端聳不偏,其人當不陷了土星,人命並滿三分,主有福祿壽。如中嶽土星不正,準頭尖露,更準頭高,其人陷了中嶽土星,主貧賤少家業,主心性不直。
土星即ち鼻子。鼻は鼻尖豐厚・兩個の鼻孔外露せず・鼻梁「年上」「壽上」平滿・端直高聳にして偏斜せざるを要す。かくのごとき人は便ち土星を陷さず、命中氣數滿足し、福有り・祿有り・壽有るを主る。若し中嶽土生じて端正ならず、鼻尖尖削外露、或いは鼻尖高にして兩旁托無ければ、此の人即ち中嶽土星を陷せしなり、貧賤を主り・家業單薄、而且心術不正なり。
詩曰:土宿端圓似截簡,灶門孔大即三公。蘭臺廷尉來相應,必主聲名達聖聰。土宿歪斜受苦辛,準頭尖薄主孤貧。傍觀勾曲如鷹嘴,心裡奸謀必害人。鼻也。
詩曰く:鼻子(土宿)端正圓滿して截斷の竹筒のごとく、鼻孔雖も大なれど外仰せず、此れ即ち三公之相なり。左右鼻翼「蘭台」「廷尉」又た相配呼應すれば、かならず聲名上天子之耳に達せん。反って、鼻子歪斜のは一生苦辛を受け、鼻尖尖薄のは孤獨貧寒を主る。側面より看て鼻梁彎鈎して鷹嘴のごときは、心裏に奸謀を藏してかならず人を害せん――此の一段講ずる所は鼻なり。
紫氣星下是印堂,分明無直紋,圓如珠,主人必貴。白色如銀樣,主大富貴;黃者有衣食。如窄不平勻,有隱紋者,不吉,子息二三人不得力,無厚祿,損田宅。
紫氣星の在る所の部位即ち印堂。印堂は明白乾淨・直紋なく・圓潤珠のごときを要す、此の人かならず顯貴せん。印堂顏色白きこと銀子のごときは、大富大貴を主る。發黃のは、衣食缺かざるを主る。若し印堂窄小・高低不平、或いは暗に紋路を藏せば、便ち吉利ならず:子女雖も兩三個有るも靠住せず、厚祿無く、還た田宅を損失せん。
詩曰:紫氣宮中闊又圓,拱朝帝主是英賢。蘭臺廷尉來相應,末主官榮盛有錢。紫氣宮中窄又尖,小短無腮更少男。自小為人無實學,衣食瀟條更沒添。印堂。
詩曰く:紫氣宮(印堂)寬闊にして圓滿のは、能く帝王を拱衛する英才賢士なり。再び加うるに鼻翼蘭台・廷尉相配呼應すれば、晚年官運榮顯にして而且錢有り。反って、紫氣宮窄小にして尖のは、人も亦た短小・兩腮肉無く・兒子還た少し。此種の人は從小便ち實學無く、衣食蕭條・再び增添無し――此の一段講ずる所は印堂なり。
太陰太陽是眼,要黑白分明,長細雙分人鬢者,黑睛多白睛少,光彩者,其人當生得陰陽二星照命,作事俱順,骨肉俱貴。如黑少白多黃赤色,其人陷了二星,損父母,害妻子,破田宅,多災短命。
太陰・太陽即ち兩隻の眼睛。眼は黑白分明・細長にして兩邊眼尾鬢角に分向し・黑睛多・白睛少・眼中光彩有るを要す。かくのごとき人は生來便ち太陰太陽二星の照命を得、事を做す事事順遂し、骨肉親人も亦た皆顯貴なり。若し黑睛少・白睛多・眼中又た泛黃泛赤なれば、此の人即ち此の兩顆の星を陷せしなり、父母を損し・妻兒を害し・田宅を破り、災禍多くして壽命短し。
詩曰:日月分明是太陽,精神光彩一般強。太陽為官不拜當朝相,也合高遷作侍郎。左眼日月。斜窺赤貫瞳,更嫌孤露又無神。太陰陰陽枯暗因刀死,莫待長年主惡終。右跋。
詩曰く:兩眼黑白分明即ち太陽星位を得、精神光彩と一樣に強盛なり。此種の眼有る人は官を做るに便ち當朝宰相を拜せられざるも、亦た侍郎を昇遷して做るべし――此の一段講ずるは左眼なり。反って、眼神斜視して人を窺い・紅絲瞳仁を貫穿し、再び加うるに眼珠孤露にして神無き。太陰(右眼)上下眼胞枯瘦晦暗のは、刀兵に死するを要し、老年を待たずして便ち凶死せん――此の一段講ずるは右眼なり(底本「右跋」は當に「右目」を作るべし)。
月字星是山根,從印堂直下分破者,其人當遭月孿照命,陷了山根,主子孫不吉,定多災危,修讀無成,破產刑妻害子息。
月孛星即ち山根。若し印堂に紋有りて一直に下りて山根を分斷破損せば、此の人即ち月孛星の照命に遭い・山根を陷せしなり、子孫不吉を主り、かならず多災多險、讀書求學も亦た成就有り難く、還た產を破り・妻を刑し・子女を害するを要す。
詩曰:月孿宜高不宜低,瑩然光彩似琉璃。為官必定忠臣相,末主高官有好妻。月字宮中狹又尖,家財早破事相煎。為官豈得榮高祿,字位當生困歲年。山根。
詩曰く:月孛(山根)此の一處高を宜として低を宜とせず、瑩潤光彩有りて琉璃のごときを要す。此の相有る人は官を做るにかならず忠臣之相、晚年官高にして而且賢妻有り。反って、月孛宮窄狹にして尖薄のは、家財早早破敗・諸事煎迫す。此種の人官を做るに哪得高官厚祿、一生所さ在の年歲多く是れ困頓之年なり――此の一段講ずる所は山根なり。
羅計星是眉,二星粗黑過目人鬃際者,此衣祿之相,子息父母皆貴,親眷亦責。此二星人命,如眉相連橫赤色更短,主骨肉子息多犯惡死。
羅睺・計都兩星即ち兩眉。此の兩星生じて濃黑にして眼を長き過ぎ・鬢際に伸入するは、衣祿有る之相、子女父母皆顯貴、親戚も亦た人に尊重せらる。此の兩星命に入る人は、若し眉毛左右相連・橫生赤色にして而且眉形短促なれば、便ち骨肉子女中多く橫死の人有るを主る。
詩曰:木瘦金方水主肥,土形敦厚背如龜。上尖下闊名為火,五樣人形仔細推。木色青今火色紅,土黃水黑是真容。只有金形是帶白,五般顏色不相同。
詩曰く:木形人瘦・金形人方・水形人肥を以て主と為し・土形人敦厚にして背隆こと龜殼のごとく・上尖下闊のを火形と曰う――此の五種の人形仔細推詳するを要す。再び顏色を看れば:木形人面色青・火形人面色紅・土形人面色黃・水形人面色黑、ただ金形人のみ面色白を帶ぶ。此の五種の顏色各々相同じからず、本形に配得して乃ち真格なり。
詩曰:青主憂今白主喪,黑主重病及官方。若還進職並添喜,看取所黃滿面光。
詩曰く:面上青色を現ずるは憂愁を主り、白色を現ずるは喪事を主り、黑色を現ずるは重病或いは官司を主る。若し何時升官・何時添喜を問わんと欲せば、便ち滿面黃にして光潤の氣色を現出する否やを看よ。
五行相説
夫人之受精於水,凜氣於火,而為人。精合而後神生,神生而後形全。是知全於外者,有金木水火土之相,有飛禽走獸之相。金不嫌方,木不嫌瘦,水不嫌肥,火不嫌尖,土不嫌濁。似金得金,剛毅深;似木得木,貸財足;似水得水,文學貴;似火得火,見機果;似土得土,厚櫃庫。故豐厚嚴謹者,不富即貴;淺溝輕燥者,不貧則天。如女子之氣,欲其和媚,相貌欲其嚴整,若此者不富則貴也。
人は精を水に受け・氣を火に禀けて、乃ち人と成る。精氣交合して然る後神生出し、神生出して然る後形體完備す。此に由りて知る、外に顯現する形は、金木水火土五行之相有り、亦た飛禽走獸之相有り。金形面方を嫌わず、木形身瘦を嫌わず、水形體肥を嫌わず、火形頭尖を嫌わず、土形色濁を嫌わず。金形に似て又た金の氣色を得るは、性情剛毅・城府深し。木形に似て又た木の氣色を得るは、資財充足す。水形に似て又た水の氣色を得るは、文學を以て顯貴す。火形に似て又た火の氣色を得るは、事に遇いて機を見て果決す。土形に似て又た土の氣色を得るは、倉庫厚實なり。故に形體豐厚にして擧止嚴謹の人は、富ならずも貴なり。相貌淺薄・擧止輕浮急躁の人は、貧ならずも夭折せん。至於女子は、氣度和順嫵媚・相貌端嚴齊整を要す。能くかくのごときは、富ならずも貴なり。
論形
人秉陰陽之氣,肖天地之形,受五行之資,為萬物之靈者也。故頭象天,足象地,眼象日月,聲音象雷霆,血脈象江河,骨節象金石,鼻額象山嶽,毫髮象草木。天欲高遠,地欲方厚,日月欲光明,雷霍欲震響,江河欲潤,金石欲堅,山嶽欲歧,草木欲秀,此皆大概也。然郭林宗有觀人八法,是也。
人は陰陽之氣を禀受し、天地之形に取法し、五行の資養を受け、萬物の中最も靈性有るなり。故に頭は天に象り、脚は地に象り、眼は日月に象り、聲音は雷霆に象り、血脈は江河に象り、骨節は金石に象り、鼻與額は山嶽に象り、毛髮は草木に象る。既然かくのごとし、頭此の「天」高遠を要し、脚此の「地」方厚を要し、兩眼此の對の「日月」光明を要し、聲音此の「雷霆」震響を要し、血脈此らの「江河」潤澤を要し、骨節此らの「金石」堅硬を要し、鼻額此らの「山嶽」挺拔を要し、毛髮此らの「草木」秀潤を要す。此れら只是大略。至於詳細の看法は、郭林宗另に「觀人八法」ありて依る可し。
論神
夫形以養血,血以養氣,氣以養神,故形全則血全,血全則氣全,氣全則神全。是短形能養神,托氣而安也。氣不安則神暴而不安,能安其神,其惟君子乎。窮則神遊於眼,寐則神處於心,是形出處於神而為形之表,猶日月之光外照萬物,而其神固在日月之內也。
形體は血を養い、血は氣を養い、氣は神を養う。故に形體完備せば則ち血完備し、血完備せば則ち氣完備し、氣完備せば則ち神完備す。見る可きは形體能く神を養い、而も神は氣に依託して乃ち安定するを要す。氣安定せざれば、神便ち躁動寧ならず。能く自らの神を安住するは、大概ただ君子のみあらん。人清醒の時神眼中に游び、睡着の時神心裏に藏る。神雖も形體中より生出すれど、卻って又た形體の外在表徵、譬えば日月の光萬物を照耀して、而も那の光の本源仍ほ日月之內に在るがごとし。
眼明則神清,眼昏則神濁。清則貴,濁則賤。清則臥多而寐少,濁則寐少而寐多。能推其寐者,可以知其貴賤也。夫夢之境界,蓋神遊於心,而其所遊之遠,亦不出五臟六腑之間,與夫耳目視聽之門也。其所遊之界,與所見之事,或相盛而成,或遇事而至,亦吾身之所有也。夢中所見之事,乃吾身中,非出吾身之外也。
眼睛明亮なれば則ち神清、眼睛昏昧なれば則ち神濁。神清の貴・神濁の賤なり。神清の人は躺下久しと雖も睡る少し、神濁の人は反って睡を貪る。能く一人の睡眠より其の神を推究せば、便ち其の貴賤を知る可し。至於夢境は、神心中に游走す。它游走する再び遠きも、五臟六腑之間および耳目視聽此の幾個の門戶を出でず。它所に游到する境界・所見する事情は、あるは內裏氣機相感して成り、あるは外事に遇上りて來る、總歸皆自己身中原有の東西なり。夢裏見到の事は、皆自己身中に在りて、並びに自己身外に在らず。
白眼撣師說夢有五境:一曰靈境,二曰寶境,三曰過去境,四曰見在境,五曰未來境。神慘夢生,神靜則境滅。夫望其形,或灑然而清,或朗然而明,或凝然而重,然由神發於內而見於表也。神清而和,徹明而秀者,富貴之相也;昏而柔弱濁而結者,貧溝之相也。實而靜者其神安,虛而急者其神慘。
白眼禪師は夢に五種の境界有りと曰う:一是れ靈境、二是れ寶境、三是れ過去境、四是れ現在境、五是れ未來境。神一たび躁動すれば、夢便ち生出す。神一たび安靜すれば、夢境便ち消滅す。一人の形貌を看るに、あるは灑脫清爽、あるは朗然明亮、あるは凝重沉穩、此れ皆神內裏に發動して外表に顯現せしなり。神清にして和順・透徹明亮にして秀發のは、富貴之相なり。神昏にして柔弱・渾濁にして鬱結のは、貧賤之相なり。神充實にして安靜のは、其の神安を説明す。神虛浮にして急躁のは、其の神已に散亂せるを説明す。
相主神有七
藏不晦,藏者不露也,晦者無神也。安不愚,安者不搖動也,愚者不變通也。發不露,發者發揚也,露者輕跳也。清不枯,清者神逼人也,拈者神而死也。和不弱,和者可親也,弱者可呷也。怒不爭,怒者正氣也,爭者淚氣也。剛不孤,剛者可敬也,孤者可惡也。
相神に七條の準則有り、每條皆一取一舍なり。第一、神は「藏」を要して「晦」す可からず:藏是れ含蓄して外露せず、晦是れ根本神無し。第二、「安」を要して「愚」す可からず:安是れ沉穩して搖動せず、愚是れ呆板して變通を知らず。第三、「發」を要して「露」す可からず:發是れ神采發揚し、露是れ輕浮跳脫なり。第四、「清」を要して「枯」す可からず:清是れ神氣人を逼り、枯是れ神氣死寂なり。第五、「和」を要して「弱」す可からず:和是れ人をして親近するを願わしめ、弱是れ人をして欺侮しうるとせしむ。第六、「怒」を要して「爭」す可からず:怒是れ正氣に發し、爭是れ戾氣を逞しゅうす。第七、「剛」を要して「孤」す可からず:剛是れ人をして敬重せしめ、孤是れ人をして厭惡せしむ。
詩曰:神居形內不可見,氣以養神為命根。氣壯血和則安固,血枯氣散神光奔。英標清秀心神爽,氣血和調神不昏。神之情濁為形表,能定貴賤最堪論。
詩曰く:神は形體之內に住し、肉眼見えず。氣以て神を養い、性命の根本なり。氣壯血和の人は、神便ち安穩牢固す。血枯氣散の人は、神光便ち奔逸して去らんとす。儀表英挺清秀の人は心神爽朗、氣血調和の人は神昏昧せず。神の清與濁は形貌上に顯現し、それに憑りて貴賤を判定する最も可靠なり。
論氣
夫石蘊玉而山輝,沙懷金而川楣,此至精之實,見乎色而發於形也。夫形者質也,氣所以充乎質,質因氣而宏。神完則氣寬,神安則氣靜。得失不足以暴其氣,喜怒不足以驚其神。則於德為有容,於量為有度,乃重厚有福之人也。
石頭裏に玉を藏れば、整座の山皆光輝有り。沙裏に金を含めば、整條の川皆明媚を顯す。此れ最も精粹の實質は氣色上より現出し・形貌上より發出するを説明す。形是れ質地、氣以て此の質地を充實し、質地氣有るが因りて乃ち宏大を顯す。神完足せば則ち氣寬舒、神安定せば則ち氣平静。得失彼の氣を動搖しえず、喜怒彼の神を驚擾しえず。かくのごとき人は德上容量有りて、器量上法度有り、正に持重敦厚にして福有る之人なり。
形猶材有杞梓梗棉荊棘之異,神猶士所以治材用其器,聲猶器聽其聲,然後知其器之美惡,氣猶馬馳之以道善惡之境。君子則善食其材,善御其德,又善治其器,善御其馬,小人反是。其氣寬可以容物,和可以接物,清可以表物,正可以理物。不寬則隘,不利則涙,不剛則懦,不清則濁,不正則偏。視其氣之淺深,察其色之燥靜,則君子小人辨矣。
幾個の比方を打つ:形好比木材、杞・梓・楩・楠與荊棘の分別有り。神好比工匠、本事に憑りて木材を處置し・器具を使用す。聲好比器物、それを敲いて其の聲音を聽けば、便ち此の器物の好壞を知る。氣好比馬、それを驅馳して善路に走るか惡路に走るか。君子善く木材を選用し、善く自らの德を駕馭し、又た善く器具を修治し・馬匹を駕馭す。小人恰恰反對なり。氣寬厚なれば便ち人を容れ、氣和順なれば便ち人に待し、氣清朗なれば便ち人に表率し、氣端正なれば便ち事物を治理しうる。寬ならざれば狹隘、銳利ならざれば遲鈍、剛ならざれば懦弱、清ならざれば渾濁、正ならざれば偏邪なり。彼の氣の深淺を看、彼の氣色の躁動か安靜かを察すれば、君子與小人便ち分辨出來す。
氣表而舒和而不暴,為福壽之人;急促不均,暴然見乎色者,為下賤之人也。醫經以一呼一吸為一息,凡人一晝夜計一萬三干五百息。今觀人之呼吸疾徐不同,或急者十息,遲者尚未七八,而老肥者大疾,勿其者差遲,故恐古人之言猶末盡理。
氣外に顯れて舒緩和順・粗暴ならざるは、福有り壽有る之人なり。氣急促不勻・暴躁として臉色上に流露するは、下賤之人なり。醫書は一呼一吸を以て一息と算し、常人一晝夜共に一萬三千五百息有り。可是人の呼吸を看るに快有り慢有り:急の人は呼吸十次、慢の人は還た七八次に到らず。年老體肥の人は呼吸特別に快く、別の人は又た稍慢し。故に恐らく古人此の説法は還た道理を講じ盡さざるなり。
夫氣呼吸發乎顏表,而為吉凶之兆,其散如毛髮,其聚如黍米。望之有形,按之無跡,苟不精意以觀之,則禍福無憑也。氣出人無聲,目不自察,或臥而不喘者,為之龜息氣象也。呼吸氣盈而身動,主死之兆也。孟子不顧萬鍾之祿,能養氣者也;爭可欲之利,悼悼然房其色而暴其氣者,亦何以論哉。
呼吸之氣は臉面上に發露し、吉凶の徵兆と成る:散開する時細きこと毛髮のごとく、聚攏する時小さきこと黍米のごとし。遠望して形有り、按ずる上は卻って跡無し。若し用心して細看せざれば、禍福便ち憑據するに從無し。呼吸出入聲響なく、自己も亦た察覺し得ず、甚至躺下する時喘息を看出さず、此れを「龜息」之象と曰い、長壽の氣象なり。反って、呼吸の時氣滿ちて身子跟ちて起伏晃動するは、那是死亡之兆なり。孟子萬鍾の俸祿を看重せず、正に能く氣を養う之人なり。至於可欲之利を爭奪するがために、惶惶然として顏色に形し・其の氣を暴露する人は、那還た何の評論する好きあらん。
詩曰:氣乃形之本,察之見賢愚。小人多急燥,君子則寬舒。暴庚災相及,深沉福有餘。誰知公輔量,虛受若重淵。柳莊曰:從髮際至承漿,左右氣止一百二十五部;若言黑子皆為助相,視其骨氣美者為妙也。
詩曰く:氣是れ形體の根本、氣を察看すれば便ち賢與愚を分出す。小人多半急躁、君子則ち寬舒なり。氣暴躁の人は災禍相隨い、氣深沉の人は福分有餘なり。誰か能く三公宰輔の器量を識得せん。那是虛懷能く容れ、深きこと重重の深淵のごとし。柳莊曰く:髮際より一直に承漿に至るまで、左右兩側の氣一共に一百二十五個の部位に分作す。至於痣は、都只是輔助參看の東西、還た彼の骨與氣生じて美なる否やを看るを要す、那才是れ關鍵なり。
論五音
五行散而為萬物,人生萬物之上,聲亦辨其五音。故木音嘹亮高暢激越而和,火音焦烈燥怒如火烈之聲,金音和而不房,潤而不枯,如調簧奏曲,玉碧流音,水音因而清,急而暢,感條達之間也。與形相養相生者吉,與形相剋相犯者凶。
五行散佈して萬物を化生し、人は萬物之上に生じ、聲音も亦た五音を按じて分辨するを要す。木音嘹亮高暢・激越にして和順。火音焦躁猛烈、火焰燒灼の時の聲響のごとし。金音和順にして散亂せず、潤澤にして乾枯せず、笙簧奏曲・玉磬流音のごとし。水音圓潤にして清亮、急促にして暢達、感覺是れ通達無阻なり(此處底本土音一條を脱し、只だ四音を列す)。聲音本人の形と相養相生のは吉を主り、形と相克相犯のは凶を主る――比如木形人木音を發すれば便ち吉、木形人金音を發すれば便ち凶。
論聲
夫人之有聲,如鐘鼓之響,器大則聲宏,器小則聲短。神清則氣和,氣和則聲潤,深而圓暢也;神濁則氣促,氣促則聲焦急而輕嘶也。故貴人之聲,多出于丹田之中,與聲氣相通,混然而外達。丹田者,聲之根也;舌端者,聲之表也。夫根深則表重,根淺則表輕,是如聲發於根而見於表也。
人の聲音を發出するは、鐘鼓の發響するがごとし:器身大なれば聲音便ち洪亮、器身小なれば聲音便ち短促。神清の人は氣便ち和、氣和なれば聲音便ち潤澤、發出して深沉にして圓暢なり。神濁の人は氣便ち急促、氣急促なれば聲音便ち焦躁にして輕微の嘶啞を帶ぶ。故に貴人の聲音多く「丹田」(臍下一寸)より發出し、全身氣息と相通じ、渾然一體として外面に傳到す。丹田是れ聲音の根、舌尖是れ聲音の表。根深ければ則ち表現出來の聲音厚重、根淺ければ則ち聲音輕飄なり。見る可きは聲音根に發して表に顯る。
若夫清而圓,豎而亮,緩而烈,急而和,長而有力,勇而有節,大如洪鐘騰韻、龜鼓振音,小如玉水流鳴、琴徵奏曲,見其色則粹然而後動,與其言久而後應,皆貴人之相也。
至於聲音清亮にして圓潤・挺拔にして響亮・舒緩中剛烈を帶び・急切中和順を帶び・綿長にして力有り・雄壯にして節度有り。大のは洪鐘の餘韻を騰起し・鼉鼓振響するがごとく、小のは玉泉流水の叮咚・琴瑟の曲調を奏出するがごとし。彼の神色を看るに先に純和沉靜にして而る後乃ち動作有り、彼と說話するに一陣を想過して乃ち回應す――此れら皆貴人の相なり。
小人之言皆發舌端之上,促急而不達,何則急而嘶,緩而澀,深而滯,淺而澡,大則散,散則破,或輕重不均,嘹亮無節,或眶毗而暴,繁亂而浮,或如破鑼之響,敗鼓之鳴,又如寒鴉哺雛,鵝雁呸咽,或如病猿求侶,孤雁失群,細如蚯蚓發吟,狂如青龜夜慘,有如犬之吠,如羊之鳴,皆賤薄之相也。
小人の說話皆只だ舌尖上より發出し、急促にして傳る遠からず:急なれば便ち嘶啞、緩なれば便ち滯澀、沉下せんと欲すれば又た發悶し、提上せんと欲すれば又た浮躁す。聲音一大なれば便ち散じ、一散ぜば便ち破る。或いは輕重不勻、雖も響亮なれど節度なし。或いは眼を瞪えて暴喝し、繁雜散亂にして浮泛す。或いは破鑼の響・敗鼓の鳴のごとく、又た寒鴉の雛を哺し・鵝雁の嗚咽するがごとし。或いは病猿の求偶・孤雁の失羣のごとし。細のは蚯蚓の吟哦のごとく、狂のは夜裏の怪鳴のごとし。還た狗叫のごとく・羊咩のごとき有り。此れら皆貧賤輕薄之相なり。
男有女聲單貧賤,女有男聲亦妨害。然身大而聲小者凶,或於溼而不齊,謂之羅網聲;大小不均,謂之雌雄聲。或先遲而後急,或先急而後遲,或聲未止而氣先絕,或心未舉而色先變,皆賤之相也。
男人女人の聲音を發出するは、孤單貧賤を主る。女人男人の聲音を發出するも、亦た妨克を主る。身子高大にして聲音細小のは凶を主る。聲音乾濕不勻・參差不齊のは、「羅網聲」と曰う。忽大忽小不均のは、「雌雄聲」と曰う。還た先慢後快の、先快後慢の、話説き完らざるに氣先に接不上ぐ、心裏の話還た出口せざるに臉色先に變ずる――此れら皆下賤之相なり。
夫神定於內,氣和於外,然後可以接物,非難言有先後之敘,而色亦不變也。苟神不安而意不和,則其言失先後之敘,辭色撓矣,此小人之相也。
神內裏に安定し、氣外面に和順し、然る後乃ち人と交接しうる。說話自ずから先後次序有りて、並びに艱難を顯さず、臉色も亦た變ぜず。倘若神安ならず・意和ならざれば、那麼彼の説く話便ち次序を亂し、言辭與神色皆慌亂を顯し、此れ即ち小人之相なり。
夫人票五行之形,則氣聲亦配五行之象也。故土聲深厚,木聲高唱,火聲焦烈,水聲緩急,金聲和潤。又曰:聲輕者斷事無能,聲破者作事無成,聲濁者謀運不發,聲低者鹵鈍無文。清吟如澗中流水者,極貴;發聲溜亮自覺如甕中之響者,主五福全備之人也。
人既に五行之形を禀受せば、氣與聲も亦た五行之象に配す:土聲深厚、木聲高亢、火聲焦烈、水聲時緩時急、金聲和順潤澤。又た曰く:聲音輕飄の人は事情を決斷しえず、聲音破裂の人は事を做すに結果なく、聲音渾濁の人は謀劃施行しえず、聲音低微の人は粗鈍にして文采なし。聲音清越吟詠して山澗流水のごときは、極貴なり。發聲流暢響亮・自己聽きて大甕裏より傳出するがごときは、壽・富・康寧・好德・善終五福齊全を主る。
聽聲篇
聲小亮高,賢貴之極;語聲細嫩,必主貧寒,兼須危困。女人雄聲,終身不榮,良人早強,虛有夫名。男子雄聲,妨須多兒女,聲急切妨夫一絕。
聲音雖も小なれど清亮高揚のは、賢能顯貴極點に到る之相なり。說話聲音細嫩のは、かならず貧寒にして、還た危難困厄に遭遇するを要す。女人雄壯の聲音を發するは、終身榮顯を得ず、丈夫早亡す(「良人早強」は當に「良人早喪」を作るべし)、空しく個有夫之名有るのみ。男子若し聲音過於雄硬なれば、亦た子女衆多之福を妨害す。女人聲音急切のは、夫を妨げて夫妻斷絕に至る會なり。
詩曰:木聲高唱火聲焦,和潤金聲最富撓。土語卻如深甕裡,水聲圓急又飄飄。貴人音韻出丹田,氣實喉寬響又堅。貧賤不離唇舌上,一生奔走不堪言。
詩曰く:木形之聲高亢、火形之聲焦烈、和順潤澤の金聲最も富厚と為す。土形の話音深甕裏より發出するがごとく、水形之聲圓轉急促にして而又た飄忽す。貴人の音韻是れ丹田より發出し、氣充實・喉嚨寬・聲音既に響かん又た堅實なり。貧賤の人說話總じて脣舌那點の浮淺之力を離れず、一生奔走勞碌、説き來れば堪えず。
聲大無形,托氣而發,賤者浮濁,貴者清趣。太柔則怯,太剛則折。隔山相聞,圓長不缺,斯乃貴人,遠見風節。
聲音雖も大なれど形體なし、是れ氣に依託して發出す。下賤之人の聲音は浮淺渾濁、貴人の聲音は清朗にして韻致有り。聲音太も柔なれば便ち怯懦を顯し、太も剛なれば又た折斷し易し。若し聲音能く山を隔着して傳り來り、圓轉綿長にして缺斷なければ、此れ即ち貴人、遠々に便ち其の風骨節操を顯出す。
富格例
形厚、神安、氣清、聲揚、眉闊、耳厚、唇紅、鼻直、面方、背厚、腰正、皮滑、腹垂、牛齒、鵝行,以上皆富貴相也,主少年奮發,家財豐厚也。大富格:耳大貼肉,鼻如籤筒,鼻如懸膽,面黑身白,背聳三山,聲如遠鍾,背闊胸平,腔大垂下,頭皮寬大,主大富也。中富格:三停平等,五嶽朝歸,五長俱全,五短俱全,五露俱全,眼如丹風,聲似鳴鐘,秉此格者,主中富也。
富格の條例は:形體厚實・神氣安定・氣息清朗・聲音高揚・眉毛開闊・耳朵厚實・嘴脣紅潤・鼻梁挺直・臉形方正・背部厚闊・腰身端正・皮膚滑潤・腹部下垂・牙齒整齊して牛齒のごとく・走路穩重して鵝步のごとし――以上皆富貴之相、少年奮發・家財豐厚を主る。大富格は:耳大にして肉に貼し、鼻直きこと籤筒のごとく、鼻頭圓きこと懸膽のごとく、面色偏黑にして身色偏白、背上三處隆起して山のごとく、聲音遠處の鐘聲のごとく、背闊胸平・腹腔大にして下垂・頭皮寬厚、此れ大富を主る。中富格は:三停均等・五岳朝拱して中に歸し、五處長すべき皆長く・五處短すべき皆短く・五處露るべき皆露れ、眼丹鳳のごとく・聲鳴鐘のごとし、此種の格局を具備するは中等の富足を主る。
貴格例
面黑身白,面粗身細,腳短手長,身小聲大,龍來吞虎,面短眼長,不臭而香,肉角少頂,以上皆貴相也。若人有此相,求功名者官高職顯,求財利者錢穀鉅富之相也。大貴格:虎頭燕領,日月角起,伏犀貫頂,眼有定睛,鳳閣插天,兩手垂膝,口中容拳,舌至準頭,虎步龍行,雙風眼,此為大貴之相也。
貴格の條例は:面色黑にして身色白、面皮粗にして身皮細、脚短にして手長、身量小にして聲音大、手上大拇指下の肉丘(龍)小指下の肉丘(虎)を包住し、臉短にして眼長、身上臭ならず反って香り、頭上肉角を生じて頭頂稍平――以上皆貴相なり。人若し此れらの相有れば、功名を求むるは官高職顯、財利を求むるは錢糧巨富なり。大貴格は:虎のごとき頭・燕子のごとき下頷、額上日角月角隆起・伏犀骨直に頭頂を貫き、眼珠安定して神有り、額角(鳳閣)高聳して天に插し、兩手下垂して膝に過ぎ、口大きこと拳頭を容下しえ、舌頭伸出して鼻尖に到る可く、走路虎步龍行のごとく・一雙の鳳眼――此れ即ち大貴之相なり。
中貴格:須如鐵線,耳白過面,服如點漆,上長下短,口如四字,三十六牙,龍吞虎吻,此為中貴之相也。小貴格:天庭高聳,地閣方圓,小便如珠,大便方細,齒白而大,眉疏目秀,口如弓角,唇似珠紅,此為小貴之相也。
中貴格は:鬍鬚硬直して鐵線のごとく、耳色白きこと面色に過ぎ、眼珠黑きこと點漆のごとく、上身長くして下身短く、口方きこと「四」字のごとく、牙齒三十六顆有り、口形龍吞虎吻のごとし――此れ中等顯貴之相なり。小貴格は:天庭高聳し、下巴方圓し、小便珠狀を成して散らず、大便形を成して細く、牙齒白くして大、眉毛疏朗・眼睛清秀、嘴角弓梢のごとく上翹し、脣色紅きこと珠のごとし――此れ小貴之相なり。
富貴口訣
腰圓背厚者富貴。有粱柱,左右爵起,口方,而地閣方圓,四維有朝拱者,主富之相。氣色潤秀,身體細膩,面正平滿,背格吉怪清奇者,主富。手背厚,行立坐食端正者,主富。精神秀異,舉止沉重者,主富相也。
腰圓背厚の人は富貴なり。鼻梁柱子のごとく挺立し、左右顴骨隆起し、口形方正、下巴方圓、四方部位皆來り朝拱するは、富を主る之相なり。氣色潤澤秀朗・身上皮膚細膩・臉面端正平滿・背部骨格奇特清朗のは、富を主る。手背厚實、行走・站立・坐臥・飲食皆端正のは、富を主る。精神秀異出衆・擧止穩重のも、亦た富相なり。
官貴口訣:看官員,在限有神,有骨聳諸皆異常人。身短而面長者貴,面方限長者貴,肩背重厚者貴,頭有角骨者貴,面有骨格者貴,風目龍儲者貴。攝有角起,聲音清亮,耳白如面,額有頭稜者貴。鬍鬚似鐵,手足似玉,不貴而富。
官貴口訣曰く:一人の人官を做る能く否かを看るに、彼の運限到る所に神有るか・骨頭隆起有るかを看るを要す、此れら皆常人に異なり。身子短くして臉長のは貴、臉方にして眼長のは貴、肩背厚重のは貴、頭上骨角有るは貴、臉上骨格有るは貴、鳳眼龍睛のは貴なり。額角骨隆起有り・聲音清亮・耳色白きこと臉のごとく・額上稜骨有るは貴なり。鬍鬚硬きこと鐵絲のごとく・手足白潤玉のごときは、便ち貴ならずも富なり。
壽相格
顴骨重貫耳者壽。命門光澤者壽。項下有皮如條者,長壽之相也,雙條妻皆老,一條則孤。人中著齒而齊者福壽。喉音高者,臥而不喘,謂之龜息,乃壽相。顴骨相連人耳後,骨高起年壽上不陷者,主壽耳,是木星又為壽星。山根上正直者主福壽。
壽相の條例は:顴骨厚重にして橫に耳に貫穿するは壽を主る。耳前命門處氣色光澤のは壽を主る。頸項一條の肉皮を下垂するは長壽之相、兩條垂るるは妻子も亦た一同に到老し、只だ一條垂るるは孤獨を主る。人中直に牙齒に對して端齊のは福有り壽有るを主る。喉間發音高くして躺下の時喘息を聽き出さざるは、「龜息」と曰い、壽相なり。顴骨耳後に連なり・骨頭高起し、而も鼻梁年上壽上凹陷せざるは、長壽を主る。耳木星に屬し、又た壽星と曰う。山根一帶端正挺直のは、福壽を主る。
耳後有骨名壽星骨,生豐起者長年。腦後三玉枕如果栗者福壽。鼻粱隆起者壽柏。食物急登涸緩者壽。五嶽豐隆,法令分明,眉有長毫,項有餘皮,額有橫骨,面皮寬厚,聲音清響,背肉負厚,胸前平闊,齒齊堅密,行坐端莊,兩目有神,耳有長毫,鼻粱高聳,以上皆壽相,與十壽同看也。
耳後骨有るを「壽星骨」と曰い、生じて豐滿隆起のは能く高年を享く。腦後三塊の玉枕骨有り、形果栗のごとく飽滿のは福壽を主る。鼻梁隆起のは長壽。食べ物を喫する看似急にして實際咽る從容のは長壽。此外、五岳豐隆・法令紋分明・眉中長毫有り・頸下餘皮有り・額上橫骨有り・面皮寬厚・聲音清亮・背上肉厚くして負物のごとく・胸前平坦寬闊・牙齒整齊堅密・行走坐立端莊・兩眼神有り・耳中長毫有り・鼻梁高聳――以上皆壽相、相書の列する「十壽」と合わせて看るを要す。
福壽格例
眉長過目主妻得美貌曉事。眉如新月,主人聰明,文章折桂,舉業有成。面有和氣,主高人相敬,陰人得力。星辰拱朝,主人作事有成有立之命。金木朗元,主有口祿兼得遠方財物。目秀而長,主貴人相敏,有財壽祿全。
福壽格の條例は:眉毛眼を長き過ぐるは、容貌美好にして又た事理に通達する妻子を娶るを主る。眉新月のごときは、主人聰明、文章能く科第に中り、擧業成有り。面上一團の和氣を帶ぶるは、高人の敬重を受け、還た女眷之力を得るを主る。面上諸星(耳眉眼鼻口)朝拱有情のは、事を做す成有り・立ち住る能くしを主る。左右兩耳(金星木星)明朗完好のは、口福俸祿有り、還た遠方の財物を得るを主る。眼睛清秀にして細長のは、貴人と相投合し、財・壽・祿樣樣齊全を主る。
成格例
正面開敷,城郭端正,眼光不疏,五拱六滿,三處平闊,三光五澤。成敗不足格:地角尖削者,主成敗;骨節組惡,面上塵埃,面赤氣黑,行步擺搖者,主成敗;鼻露梁者主耗散。進格例:紅黃不改,五嶽光華,氣和色潤,氣宇軒昂,五星朝拱,四瀆無傾。
「成格」は:正面舒展開闊・耳の輪廓(城郭)端正・眼中神光散らず、五岳拱衛・六府豐滿・三停三處平滿寬闊・面上三處發光・五處潤澤なり。「成敗不足格」は:下巴尖削のは、一生成敗無常。骨節粗惡・面上塵土を蒙るがごとく、臉發紅にして氣色發黑、走路搖搖擺擺のも、亦た成敗無常を主る。鼻梁露骨のは財物耗散を主る。「進格」(運勢上昇之相)は:紅黃之色常在りて改らず、五岳皆光華有り、氣和順・色潤澤・氣宇軒昂・五星朝拱・四瀆(耳目口鼻)傾陷なし。
退格例:額上斷紋,口眼偏斜,背皮單薄,氣色塵昏灰色如黑,城郭欠明,鼻露土流,齒牙不齊,印堂穿破,兩耳焦黑。動格例:耳反無輪,山根無肉,面無城郭,上短下長,身長項長,三尖六肖。散格例:雙眉尾散,兩耳無弦,面無城郭,鼻頭仰露,四大空亡,面皮急繃,氣色煙塵,紋破痣侵。通達口訣:滿面光潤者發達,紅黃滿面者發財,氣體克越者發福,神氣清爽者發福也。
「退格」(運勢下降之相)は:額上斷紋有り・口眼歪斜・背上皮肉單薄・氣色蒙塵のごとく昏暗にして灰より發黑・耳の輪廓分明ならず・鼻梁露骨にして鼻頭下垂・牙齒不齊・印堂紋に穿破せらる・兩耳焦黑なり。「動格」(一生動盪之相)は:耳廓外翻して耳輪無く、山根肉無く、面上輪廓無く、上身短く下身長く、身長にして頸も亦た長く、三處尖・六處削なり。「散格」(錢財離散之相)は:兩眉尾部散亂・兩耳耳弦無く・面上輪廓無く・鼻頭上仰外露・四處大空亡・面皮繃ること又急又緊・氣色煙塵のごとく・紋路破損・黑痣侵占す。「通達口訣」曰く:滿面光潤のは發達し、滿面紅黃のは財を發し、氣與形體相配して常人に超過するは福を發し、神氣清爽のも亦た福を發す。
清閒安樂
手足細膩,一生清閒;面皮滑澤,一生安樂;眉毛疏淡,一生清閒;骨格清雅,一生安寧;神清氣和,一生聰慧。穩厚格:形貌端謹,言語詳細,作事有始有終,氣宇寬和,精神不露,部位無傷,穩厚端重,方正公平,近君子遠小人。
清閒安樂の相は:手腳皮膚細膩のは、一生清閒。面皮光滑潤澤のは、一生安樂。眉毛疏朗清淡のは、一生清閒。骨格清朗雅致のは、一生安寧。神清氣和のは、一生聰慧なり。「穩厚格」は:形貌端莊謹慎・說話周詳細致・做事有始有終・氣度寬和・精神含蓄して外露せず・面上各部位損傷無し。此種の人穩重敦厚・端方持正、為人公平、能く君子に親近して小人を遠ざく。
聰明俊爽
目秀神清主聰明,肉皮細滑主聰明,指甲尖秀主聰明,耳有輪廓主聰明,眉毛疏秀,齒白而齊,骨格清楚,主聰明。愚頑庸懶:神昏昧者愚頑,面骨橫粗者愚頑,耳前闇昧者慵懶,眉重濁者性懶,氣濁者愚魯之漢。
聰明俊爽の相は:眼睛清秀にして神氣清朗のは聰明を主り、肌膚細滑のは聰明を主り、指甲尖長秀氣のは聰明を主り、耳內外輪廓有るは聰明を主る。再び加うるに眉毛疏朗秀氣・牙齒潔白整齊・骨格清朗分明のも、亦た聰明を主る。愚頑庸懶の相は:神氣昏昧のは愚頑、面骨橫生粗大のは愚頑、耳前一帶氣色晦暗のは懶惰、眉毛濃重渾濁のは性懶、氣息渾濁のは愚笨粗魯之人なり。
剛強狠癖
眼中如火主剛強,面上青容冷麵主狠癖,眼有三角面肉橫主剛強,唇高嘴超主性剛,眼白多主性癖。伎巧:眉毛纖細,重重技藝;眉中黑子,必有伎倆;鼻廣面長,伎倆非常。
剛強狠僻の相は:眼中赤紅して火のごときは性情剛強を主る。臉青色を帶び・面容冷峻のは狠毒孤僻を主る。三角眼を生じて面上橫肉のは剛強を主る。嘴脣上翻・嘴巴前に向かいて撮るは性子剛硬を主る。眼白多きは性情乖僻を主る。技藝有る相は:眉毛纖細のは、身に多種の技藝を懷く。眉中黑痣有るは、かならず一手の本事有り。鼻子寬闊・臉形長のは、技藝尋常にあらざるなり。
十二孤神格
骨重者主孤。垂珠大者、眉交眉濃、鬢髮厚者俱孤。冬天出汗者主貧孤。耳反者孤。華蓋重者孤。骨體響者孤,聲如雷者主孤。有腋氣者主孤。地角虧者主孤。又曰:顴骨生蜂者孤,口角低者孤,眉如八字者主孤。
孤獨の十二種の相は:骨頭粗重のは孤獨を主る。耳垂過大の、兩眉交連・眉毛濃密の、鬢髮過厚の、皆孤獨を主る。冬天還た汗を出すは貧困孤獨を主る。耳廓外翻のは孤獨。額上華蓋骨過於隆重のは孤獨。走動の時骨節響を作すは孤獨、聲音大きこと雷鳴のごときも亦た孤獨を主る。狐臭有るは孤獨を主る。下巴虧損のは孤獨を主る。又た曰く:顴骨上尖峰を生出すは孤獨、嘴角下垂のは孤獨、兩眉「八」字のごとく分張するは孤獨を主る。
夭相口訣
肉重無骨者天。兩目無神,兩耳低小,筋骨柔弱,無神無氣,身長面短,面皮繃急,揹負坑陷,桃花面色,步折腰斜,以上所說當與後天相歌十知同看也。密窒口訣:滿而憂容者邊而貧,塵埃滿面者貧,揹負薄肉者多邊,井灶露孔者不聚財,氣色困滯者多這,神氣不定者多達。
夭亡の口訣曰く:肉多くして骨無き人は短命なり(「天」即ち「夭」)。此外、兩眼神無く、兩耳低小、筋骨柔弱、神無し氣無し、身子長くして臉短く、面皮繃ること緊急、背上凹陷の坑有り、面色紅艷桃花のごとく、走路脚步歪折・腰身傾斜――以上此れら、後面の《夭相歌》「十知」と合わせて看るべし。困窘の口訣曰く:面相雖も滿なれど常に憂容を帶ぶるは、一生窮困にして貧なり。滿面塵土を蒙るがごときは貧。背上肉薄のは多く困頓。鼻孔外露のは財を聚め住む能わず。氣色困頓滯塞のは多く阻礙。神氣游移不定のは多く波折なり。
刑克
結喉露齒,眼下無肉,淚堂深陷,人中紋理,人中黑子,山根斷折,魚尾枯陷,顴骨枯禞,眼帶桃花,口如吹火,嘴如臥蠶,穿破兩耳反掀,眼下淚痣,眼下又如荔枝色者,皆刑剋也。克父母:左偏損父,右偏損母,二處有疤痕、露齒結喉損父,陰氣重者。
刑克を主る相は:喉結突出・牙齒外露・眼下肉無く・淚堂深陷・人中紋有り・人中黑痣有り・山根斷折・眼尾枯瘦凹陷・顴骨枯槁・眼桃花之色を帶び・嘴撮起して吹火のごとく・嘴形鼓起して臥蠶のごとく・兩耳紋に穿破せられ又た外翻・眼下淚痣有り・眼下荔枝殼のごとき暗紅色を現出す――此れら皆六親を刑克す。父母を克する相は:額上左邊偏斜のは父親を損し、右邊偏斜のは母親を損す。此の兩處疤痕有る、および牙齒外露・喉結突出のは、皆父親を損す。面上陰氣過重のも亦是れなり。
刑克妻妾
兩顴骨凸露主克三妻。山根有橫紋克三妻。魚尾枯陷克頭妻。眉重壓眼克妻。山根限克妻。結喉露齒克妻,害子。眉中有痣妨妻。面如面袋克妻,妨子。羊紋者刑妻,一紋刑一妻,兩紋下低刑三妻。
妻妾を刑克する相は:兩顴骨凸出露骨のは、三個の妻子を克すを主る。山根上橫紋有るは、三個の妻子を克す。眼尾枯瘦凹陷のは、第一個の妻子を克す。眉毛濃重にして眼を低壓するは妻を克す。山根阻限有るは妻を克す。喉結突出・牙齒外露のは既に妻を克し又た子を害す。眉中痣有るは妻を妨ぐ。臉鬆弛して個の空面袋のごときは妻を克し又た子を妨ぐ。眼尾羊角のごとき紋路を生ずるは妻を刑し、一條の紋は一妻を刑し、兩條の紋而且向下低垂のは三妻を刑す。
左目小損妻。眼尾有紋克妻,三紋克三妻。左眼角下神光之位青色者,主七旬內主難為妻子;黑子者主生離。華蓋骨重,眼尾紋長,魚尾枯,山根痣斑麻,三次作新郎。
左眼小のは妻を損す。眼尾紋有るは妻を克し、三條の紋有るは三個の妻子を克す。左眼角下「神光」此の一部位青色を現ずるは、七十天之內妻子難有るを主る(「七旬」は七十日を指す)。此處黑痣有るは夫妻生離を主る。額上華蓋骨過重・眼尾紋長・魚尾枯瘦・山根上痣・斑或いは麻點有るは、一生三回新郎を做るを要す、即ち續娶三回なり。
克子息
眼下淚痕克兒女,人中斜側克兒,耳無輪廓主刑剋,山根斷折克兒女,人中高尖克兒女。三陰三陽不宜疤痕及有紋痣。鼻如界方,鼻樑劍脊骨見,地角有虧,陰氣大重,有女無男。有背無脊,頭低步緩,狼虎之聲,主刑憲也。
子女を克する相は:眼下淚痕有るは兒女を克す。人中歪斜のは兒子を克す。耳朵輪廓無きは刑克を主る。山根斷折のは兒女を克す。人中高聳尖起のは兒女を克す。眼下三陰三陽此の一帶疤痕有るを宜とせず、亦た紋路與黑痣有るを宜とせず。鼻子方直して界尺のごとく、鼻梁薄きこと劍脊のごとくして露骨し、下巴虧損、陰氣太重の人は、只だ女兒を生みて兒子を生まず。背雖も厚しと雖も脊骨形を成さず、頭低垂・脚步遲緩、聲音狼嗥虎嘯のごときは、刑罰牢獄を遭うを主る。
孤神格例
顴骨生峰,主孤無子,縱有亦是螟嶺兒,此乃俱不得力之相。耳無弦根,主父母妻子生離死別,田園耗散,無祖業之相。面無和氣,主有妻無子,父母隔各,六親無情。眉稜骨起,主三妻,有破祖無情,主有宿疾,性剛氣暴。眼下無肉,主兒女有克,得力者少,與人無情,小人不足之相。
孤神格の條例は:顴骨上尖峰を生出すは、孤獨無子を主り、縱然子有るも亦た抱養の(「螟蛉兒」即ち義子)、總じて皆靠上せざる之相なり。耳朵耳弦無く・根脚無きは、父母妻子と生離死別を主り、田園耗散し、是れ祖業を守り住む能わざる之相なり。面上一團の和氣無きは、妻有りて子無く・父母と隔膜し・六親情無しを主る。眉稜骨突起のは、主に三個の妻子を娶るを要し、還た祖業を破敗し・人に待す情無く、本身宿疾有り、性子剛硬にして氣暴なり。眼下肉無きは、兒女刑克有るを主り、便ち有るも亦た少なく力を得る能わず。此種の人人に待す情無く、是れ小人氣量不足之相なり。
寡宿格
面無人色,主與人寡合,為人心毒,最愛便宜,處事不和,主人常招是非,主孤有妻而無子。不愛老幼,主六親不和,救人無功。眉頭常盛,主早年文傷見孤單,不傷妻女早見刑傷。不哭常淚,必主傷妻克子,晚景孤單。一雙流淚眼,只會亡。
寡宿格は:面上血色無きは、人と合わざるを主り、為人心腸毒・最も便宜を占むるを愛し、處事和順ならず、常に是非を招き、孤獨にして妻有り子無し。老人小孩を愛護せざるは、六親不和を主り、便ち人を救うも亦た好を落さず。眉頭常常濃聚して散らざるは、早年便ち損傷有りて孤單を致すを主り、妻子を傷らずも亦た早く女兒の刑傷を見るを要す。哭する無くして眼中常に淚水を含むは、かならず妻を傷り子を克し、晚景孤單なり。一雙の常常淚汪汪の眼を生ずるは、只だ敗亡に走向するのみ。
亡神格
頭尖項大,主人牢獄之分,救急無定。面小鼻大,主守空房,為事顛悔,才祿俱滯。鬚拳鬢卷,主人兇暴性狠毒。鼻樑橫起,主與朋友難交,性嚴難犯。
亡神格は:頭頂尖にして脖子粗のは、牢獄之災有るを主り、急難に遇う時も亦た個の準主意なし。臉小にして鼻子大のは、空房を獨守するを主り、事を做す反覆後悔し、才幹與俸祿皆滯塞不通なり。鬍鬚卷曲・鬢髮打卷のは、為人凶暴にして性情狠毒なり。鼻梁上橫に骨節を生ずるは、朋友と相交る難しを主り、性子嚴厲にして冒犯し好からず。
劫殺格
眉骨枯稜,主妻子難為,六親水炭,主性情不常。鼻樑尖薄,主殺妻害子,其心最毒,孤單相。服深無肉,主人奸詐便宜,早年父母不得力,兄弟分離,財壽不足。喉下結高,主傷妻子,壽命不長。
劫殺格は:眉骨枯瘦にして稜角外露のは、妻子保全し難きを主り、六親之間水火のごとく相容れず、性情反覆無常なり。鼻梁尖薄のは、妻を殺し子を害すを主り、心腸最も毒、是れ孤單之相なり。眼窩深陷にして周圍肉無きは、為人奸詐にして便宜を占むるを好み、早年父母之力を得ず、兄弟分離し、財與壽皆不足なり。喉結高突のは、妻を傷り子を害するを主り、壽命長からず。
六沖格
面多漏氣,主作事犯重,妻子重見,亦主離親相。眉眼不朝,主為人六親不和。口角下垂,主為人愛便宜。齒亂牙疏,主骨肉不和,陰人不和。星辰不拱,主背祿奔波,無成無立。眉目雜亂,主有人口生離死別,百事無成。
六沖格は:面上氣色散漏して聚まらざるは、事を做す重複して勞して功無きを主り、妻子も亦た再び娶るを要し、還た親人を離別するを主る。眉與眼相朝應せざるは、六親不和を主る。嘴角下垂のは、為人便宜を占むるを愛す。牙齒參差稀疏のは、骨肉不和を主り、女眷とも亦た和せず。面上諸星(耳眉眼鼻口)來り朝拱せざるは、俸祿と無緣・四處奔波・一事成る無く・脚を立ち住む能わざるを主る。眉毛眼睛皆雜亂のは、家中人口生離死別有り・百事成る無しを主る。
六害格
鼻尖齒亂,主自家不睦不和,陰人不得不力之相。懸針梁露,主兄弟分離,父母隔各,持刀弄。肉露肉橫,主為人反面無情,為事不仁,女人主孤。
六害格は:鼻子尖にして牙齒參差のは、自家不睦不和を主り、亦た女眷之力を得ざる之相なり。印堂懸針紋有りて鼻梁露骨のは、兄弟分離・父母と隔膜し、還た刀を持ち兵を弄する會を主る。面上肉露骨・橫肉を生ずるは、為人臉を翻して情無く、事を做す仁ならず、女人此の相有るは孤獨を主る。
華蓋格
橫紋額上,主人幼年辛苦勞碌,妻遲子晚,又主孤單。眼上露堂,主人有藝壓身,為人堅吝。鼻準豐大,主為人心善愛道,為事進遲。額上高骨,主有壽不染瘟病,相刑妻子。
華蓋格は:額上橫紋有るは、幼年辛苦勞碌を主り、妻を娶る遲く・子を得る遲く、又た孤單を主る。上眼瞼眼堂を露出するは、身に技藝を懷きて藝を以て身を壓すを主り、為人慳吝なり。鼻頭豐滿寬大のは、為人心地善良・道術を喜愛す、只是事を做す進展遲緩なり。額上骨頭高起のは、長壽にして瘟疫を染まずを主る、但要に妻子を刑克す。
羊刃破家紋
印堂上穿,主持刀把斧,性重別祖離宗之人。鼻露尖薄,主田宅破耗,屋宅破財,限行到此必危。鼻樑劍脊,主六親水炭,三十六九一厄,末年田園耗散。兩眼昏沉,主一世貧窮,奔波勞碌,妻離子散。
羊刃破家紋は:印堂直紋に向上穿破せらるるは、此の人刀を操り斧を持ちて業と為すを主り、性情沉重、是れ祖宗を辭別し・本宗を離開する之人なり。鼻子露骨にして尖薄のは、田宅破損耗散・房屋破敗破財を主り、運限此處に走到ればかならず危險有り。鼻梁薄きこと劍脊のごときは、六親水火のごとく相容れざるを主り、三十六歲・三十九歲各々一厄有り、晚年田園耗散す。兩眼昏沉して光無きは、一世貧窮・奔波勞碌・妻離子散を主る。
魚尾偏虧,主小人不足妻子,刑剋財散。面如洗光,主自破家產,一世貧窮。皮薄繃鼓,主人無壽,一生財祿不聚,奔波勞碌之相。灰土塵蒙,主為人死無所歸。
眼尾偏斜虧損のは、為人器量不足・妻子と無緣・刑克にして財を破るを主る。臉上光溜溜として洗い過ぎたるがごとく絲毫の血肉之澤無きは、自己家產を敗光し・一世貧窮を主る。皮膚薄にして繃ること鼓面のごときは、壽數無きを主り、一生財祿を聚め住む能わず、是れ奔波勞碌之相なり。面色灰暗して塵土を蒙るがごときは、此の人死後個の歸宿も亦た無きを主る。
面上十大空亡
額尖為天空:額尖繃鼓,官貴無分,祖業難招,主孤,刑父母有傷,五十不齊,五十以前凡事不吉利也。頦削為地空:無地角,主晚歲孤寒,妻子難為,無結果之處,夫妻隔各,六親不和,此為平常之相也。
面上に十處の大空亡有り。第一、額頭尖削するを「天空」と曰う:額尖にして繃起鼓起の人は官貴と無緣、祖業承受し難く、孤獨を主り、還た父母を刑傷するを要す。五十歲以前諸事皆整齊ならず・不吉利なり。第二、下巴削薄するを「地空」と曰う:下巴(地閣)無き人は晚年孤苦貧寒、妻子保ち難く、事事結果無く、夫妻隔閡・六親不和、此れ只是個平常之相なり。
天倉陷為一空:此空主食祿淺薄,主人齊戒,口腹淺薄,得祖業難招,奔波晚景,辛苦之相也。面無城廓為一空:此相大忌,主人無成,虛花無壽而無略,亦無祖業之人,此為平常之相也。山根陷為一空:此空主人離祖,六親無力,骨肉無情,兄弟隔各,為人少力也。
第三、天倉凹陷する是一空:此の一空食祿淺薄を主り、為人清苦して吃齋のごとく、口腹之享單薄、祖業承受し難く、晚年還た奔波するを要す、是れ辛苦之相なり。第四、面上輪廓無き是一空:此種の相是大忌、一事成る無く・虛に其の表有りて壽數無し・謀略無しを主り、亦た祖業を承受到らず、是れ平常之相なり。第五、山根凹陷する是一空:此の一空祖業を離開するを主り、六親幫助不上げ・骨肉之間情無し・兄弟隔膜し、為人も亦た氣力を缺少す。
風門露為一空:此空當主財散,六親隔各,夫妻不能諧老,莊田祖業,主有破難存也。須不過後為一空:此空主為人費力,朋友無情,財帛破耗,主其子孫不得力之相也。
第六、耳孔(風門)敞露する是一空:此の一空錢財離散を主り、六親隔膜し、夫妻白頭偕老する能わず、莊田祖业皆破敗して保全し難きを要す。第七、鬍鬚耳後に長じ到らざる是一空:此の一空為人做事力を費すを主り、朋友彼を待する情無く、財帛破耗し、而且子孫も亦た靠上せず。
耳無弦根為一空:此空之相,主人破祖離宗,身無居住之地,財祿耗散無成,亦無結果之相也。後無鬚為一空:此空主孤刑,晚景貧寒,衣食困乏,決無妻子;若有,定是虛花,到頭一場辛苦,此為賤相也。
第八、耳朵耳弦無く・根脚無き是一空:此種の相有る人は祖業を破敗し・本宗を離開し、自身安居之地無く、財祿耗散して一事成る無し、亦た結果無き之相なり。第九、耳後(鬢下)鬍鬚を生ぜざる是一空:此の一空孤獨刑克を主り、晚景貧寒・衣食困乏、かならず妻子無し。便ち有るも、亦た虛花一場、到頭來白白に一世を辛苦す、此れ下賤之相なり。
十殺格
人行如醉為一殺,鼻曲者為二殺,面如散麻者為三殺,面如菇萎為四殺,眉濃為五殺,豺聲為六殺,聲高為七殺,寅申戊為八殺,口闊為九殺,眼人為十殺。
十殺格は十種の煞を帶ぶる相なり:走路搖晃して醉のごとき是第一殺。鼻梁彎曲する是第二殺。臉上紋路散亂して亂麻のごとき是第三殺。面色枯萎して乾菇のごとき是第四殺。眉毛過濃の是第五殺。聲音豺嗥のごとき是第六殺。聲音尖高の是第七殺。寅・申・戌此の幾個の刑沖之位に生ずる是第八殺。口過分闊大の是第九殺。眼珠深陷內凹の是第十殺なり。
奸詐
斜視者多詐。門尖唇薄者多妄。冷笑無情多詐。偷視不正多詐。視上顧下多詐。妄說語言如太急者多詐。牙齒疏者多詐。又曰:鼻尖毫出,眼細視低,口角高低,步履縱橫,行步不勻,腳走高低多詐。
奸詐之相は:眼を斜めにして人を看るは多く奸詐。嘴尖脣薄のは多く虛妄。冷笑して絲毫の情意無きは多く奸詐。眼を偷めて人を看・目光正ならざるは多く奸詐。一會兒上に往き一會兒下に瞧るは多く奸詐。胡亂に話して而且説く太も急のは多く奸詐。牙齒稀疏のは多く奸詐。又た曰く:鼻頭尖にして鼻毛外露・眼睛細小にして目光下垂・兩個の嘴角一高一低・走路東倒西歪・步子不勻・兩脚一高一低の、此れらの人皆多く奸詐なり。
寬大
升斗滿,部位中正,印堂開闊,諸部圓滿,鼻竅微露,陰德眼上下堂有黃氣,臥蠶出見,印堂黃氣,精舍黃氣,帶令地角朝天,耳有輪廓朝水,口有稜角,眼帶桃花眉如線,又如新月,久視意氣可人。
寬大之相は:額上「升斗」(兩側豐起處)飽滿・各部位端正居中・印堂開闊・面上諸部圓滿・鼻孔略微見ゆるにして外仰せず。陰德有る人は眼上眼下皆黃氣を現じ、臥蠶顯露出來し、印堂黃氣を現じ、眼旁精舍處も亦た黃氣を現ず。再び加うるに法令威有り・下巴朝上兜起し、耳輪廓有りて口(水星)に朝向し、口角稜有り、眼中一點の桃花之潤を帶びて眉細きこと線のごとく・彎くこと新月のごとし。かくのごとき人は看ること久しき、愈々意氣親しむ可きを覺ゆ。
貪騙食
鼻如鷹嘴者多貪,心狡。眼紅者多貪,心毒。眉卓者多貪。嘴尖者多貪。鼻勾者多貪。勞碌格:眼長多勞碌,骨粗多勞碌,面如馬面驢唇勞碌,眉重氣弱者勞碌,魚尾紋多者勞碌。
貪吃騙食の相は:鼻子鷹嘴のごときは多く貪、心又た狡詐。眼睛發紅のは多く貪、心又た毒。眉毛直豎のは多く貪。嘴巴尖のは多く貪。鼻梁鈎曲のは多く貪。勞碌格は:眼形過長のは多く勞碌。骨頭粗大のは多く勞碌。臉長くして馬面のごとく・嘴厚くして驢脣のごときは勞碌。眉毛濃重にして氣息虛弱のは勞碌。眼尾紋多きは勞碌なり。
四反格
耳無輪,口無稜,鼻仰孔,目無神。三尖格:鼻尖,頭尖,額尖。六削格:眉無尾,額無角,目無神,鼻無樑,口無稜,耳無輪。
「四反格」は四處有るべきにして無し:耳朵耳輪無く、口脣稜無く、鼻孔上仰、眼睛神無し。「三尖格」は三處尖削:鼻尖・頭尖・額尖。「六削格」は六處欠缺:眉毛眉尾無く、額上骨角無く、眼睛神光無く、鼻子鼻梁無く、口脣稜無く、耳朵耳輪無し。此の幾格を犯す人多く貧夭無成を主る。
惡死卒亡
眼睛黃色主卒死。眉卓如刀主橫亡。面黑常帶怒容,眼中如血者,皆主暴亡。赤脈貫睛、鼻露梁,主惡死。眉生逆毛主惡亡。此為惡死之相也。
凶死暴亡の相は:眼珠發黃のは猝死を主る。眉毛直豎して刀のごときは橫死を主る。面色發黑にして常に怒容を帶び・眼中紅きこと血のごときは、皆暴亡を主る。紅絲眼珠を貫穿する有り・鼻梁又た露骨のは、凶死を主る。眉中逆毛を生ずるは凶死を主る。此れら皆是れ惡死之相なり。
溺水格
人中交紋,溺水招魂。額上忽如塵汙者,五十日內主墜井亡,名曰橫殃休廢。眉間黑子,初年水厄之憂。痣生魚尾之中,主水厄之憂。口角黑願,未防水厄。火災格:山根赤,七日之憂慎火。天羅紋在額上數十條者有災,遭火殃。痣在眉毛,終年必遭火厄。
溺水の相は:人中上交叉の紋路有るは、水中に淹死して招魂するを要すを主る。額上忽然一層の塵土を蒙るがごときは、五十天之內墜井して亡ぶを主る、此れを「橫殃休廢」と曰う。兩眉之間黑痣有るは、早年水厄之憂有り。痣眼尾に長ずるも、亦た水厄之憂を主る。嘴角發黑のは、水厄を防ぐを要す。火災の相は:山根發紅のは、七天之內火燭を小心するを要す。額上幾十條の細密「天羅紋」有るは災有り、火殃を遭う會なり。痣眉毛裏に長ずるは、那の年かならず火厄を遭う。
妻美格
蠶下黃色起紛紛,貴人慾要立為婚。有妻必是多賢德,才子文章人帝京。《神機》云:準頭圓,竅不露不昂,蘭臺廷尉二部相應,人生主得美貌之妻。山根有奇骨伏起者,為婚得貴妻。
妻美格曰く:臥蠶下面紛紛として黃色を現出するは、此れ貴人來りて彼と親を結ばんとする氣色なり。娶り到る妻子かならず賢德、本人も亦た能く文章を以て進京應試する才子なり。《神機經》曰く:鼻尖圓滿・鼻孔既に外露せず亦た上仰せず、左右鼻翼「蘭台」「廷尉」兩部相配呼應すれば、此の人一生容貌美好の妻子を娶る能くし。山根上奇骨隱隱隆起有るは、結婚出身高貴の妻子を得る能くし。
