鬼谷子神奇相法全书
本篇は唐末の道人・呂岩の名を仮託したもので、彼は字を洞賓、道号を純陽という。人を相する第一歩は、まず相手が「五形」のどの形に属するかを見分け…
相術典籍
部位別に読むほうが通読より効率的である。相書中の社会的背景の記述にはその時代の刻印が強く残っている点に注意。
鬼谷子神奇相法全書 巻之一
純陽相法入門 第一
呂岩,字洞賓,號純陽。閱人先欲辨五形。金木水火土也。陳圖南云:金形方正色潔白,肉不盈兮骨不薄;木形瘦直骨節堅,色帶青兮人卓犖;水形圓厚重而黑,腹垂背聳真氣魄;火形豐銳赤焦燥,反露氣枯無常好;土形敦厚色黃光,臀背露兮性樂靜。呂尚云:木瘦金方乃常談,水圓土厚何須寬。麟鳳記云:相剋於中蹇難多,金木水火由不和。
本篇は唐末の道人・呂岩の名を仮託したもので、彼は字を洞賓、道号を純陽という。人を相する第一歩は、まず相手が「五形」のどの形に属するかを見分けることである――五形とは、体貌や骨肉によって人を金・木・水・火・土の五類に帰属させるものである。宋初の道士・陳摶(号は圖南)は言う:金形の人は面相が方正で、肌の色は白く清らかで、肌肉は肥えず、骨格も単薄でない。木形の人は身材が痩せてまっすぐで、骨節が堅く、肌の色は微かに青みを帯び、人として卓異で群を抜く。水形の人は体つきが丸く厚く、肌の色は黒みがかり、腹部が垂れて背脊が隆々とそびえ、おのずから重厚な気魄がある。火形の人は上が尖り下が広く、肌肉は豊かで、面色は赤く、性情は焦燥しやすく、気が浮き立って外に露れ、神気は枯れ乾いて、喜怒が常ない。土形の人は体貌が敦厚で、肌の色は黄みがあり光沢があり、臀部と背部の肉が厚く外に張り、性情は静を好む。姜太公・呂尚は言う:木形は痩せているべきで、金形は方いべきである。これは相書の古来の常套句である。水形は円く、土形は厚いべきで、道理は明白であり、これ以上敷き並べる必要はない。《麟鳳記》は言う:五形の間が互いに相克するならば、一生蹇滞の磨难が多い。これは金・木・水・火のいくつかの形質が互いに調和しないためである。
秘訣云:五行凶:金形帶木,斷削方成,初主蹇滯,未主超群;木形多金,一生剝落,父毋早刑,妻子不成;水形遇土,忽破家財,疾苦連年,終身;火形水性,兩不相併,克破妻兒,錢財無剩;土逢重木,作事無成,若非夭折,家道伶仃。
秘傳の口訣はまず五形相克の凶象を講ずる。金形の人が木形の貌を兼ね帯びるとは、方正な骨面の中に痩せ長く枯削なものが夾まっていることで、ひとしきり裁削磨折を経てやっと器となるので、早年の運途は蹇滞して順調でなく、晚年にかえって群を抜くことができる。木形の人の身上に金気が重すぎるとは、痩せ長い骨相に方硬で白く輝く色が配されたもので、金が木を克すので、一生家業が剥落落散し、父母は早年に刑傷があり、妻子も保全しがたい(底本の「父毋」は「父母」の誤りとすべき)。水形の人が土相に遇うとは、円厚で黒く潤う中に黄濁で敦滞なものが夾まり、土が水を克すので、たちまち家財を破敗し、疾病の苦しみが年々断たず、終身累を受ける。ここで底本に脱文があり、「終身」の下になお断語があるはずである。火形の人がかえって水の性情を帯びるとは、尖鋭で焦赤の貌に沈黒で遅緩の神が配され、水と火が相容れないので、妻子を克傷し、錢財が少しも残らないことを主る。土形の人がまた重々の木気に遇うとは、厚重の体に痩削で青い色が配され、木が土を克すので、事を為して一成るものなく、短命夭折しないまでも、家道が零落して孤苦となることを主る。
五行吉:金逢厚土,足寶足珍,諸事營謀,遂意稱心;木水相資,富而且貴,文學英華,出塵之器;水得金生,利名雙成,知圓行方,明達果毅;火局遇木,鳶肩騰上,三十為卿,功名蓋世;十添離火,戊己丙丁,愈暖愈佳,其道生成。
次に五形相生の吉象を講ずる。金形の人が厚土の相の補助を得るとは、方白の貌に敦厚で黄潤の肌色が加わり、土が金を生ずるので、一生財宝が豊足し、およそ謀ることが皆意に叶う。木形と水形が互いに資養するとは、痩せ長く清秀な骨に円潤で黒く輝く色が帯び、水が木を生ずるので、富み貴く、文章の才華が群を抜き、凡俗を超脱した人材である。水形の人が金相に生ぜられるとは、円厚で黒く潤う体に方正で潔白な骨が帯び、金が水を生ずるので、名と利の二つをともに成就し、心思は円通にして行事は方正で、通達果断剛毅である。火形の人の格局に木相に遇うとは、尖鋭で赤色の中に痩せ長い清骨が帯び、木が火を生ずるので、両肩が高く聳えて鳶鳥の飛ばんとするがごとく、三十歳にして公卿に列することができ、功名は世を蓋う。土形の人にさらに離宮の火気を添えるとは、戊己は土に属し丙丁は火に属し、火が土を生ずるので、色沢は温かいほどよい。これが五行相生が人を成就する道理である(底本の「十」は「土」とすべき)。
次察陰陽精氣神。骨為陽,肉為陰,精乃血之主;氣乃神之本,神乃精之附。《貧女金鏡》云:骨陽肉陰兩平和,一生終是無災害;陽勝於陰多孤克,陰勝於陽多夭折。《鬼眼經》云:大道凝成有三般,精能養血冠眾體。王朔云:氣所以養形而化成者也。《易》云:神者妙萬物而為言者也。秘訣云:一陰一陽不偏□,此道由來天賦定,精氣相資體之充,神攝萬靈為主帥。
五形を辨明したのち、続いて陰陽と精・気・神を察看しなければならない。人の身は骨をもって陽とし、肉をもって陰とする。「精」は血液の主宰であり、「気」は神采の根本であり、「神」は精に依附して外に顕現する。《貧女金鏡》は言う:骨(陽)と肉(陰)の二つが均しく平らかに調和していれば、一生終始災禍がない。陽が陰に勝る、すなわち骨が露れて肉が薄ければ、多くは孤独刑克を主る。陰が陽に勝る、すなわち肉が肥えて骨が弱ければ、多くは短命夭折を主る。《鬼眼經》は言う:天地の大道が凝聚して人となり、精・気・神の三様を外れることなく、その中で精は血液を滋養し、衆体の首に居る。王朔は言う:気とは形体を涵養し、形体を化育成就せしめるものである。《周易・繫辭》は言う:いわゆる神とは、それが微妙に万物を成就することを形容したものである。秘傳の口訣は言う:一陰一陽が互いに偏らない――ここで底本に脱字がある――この禀賦はもともと先天によって定まる。精と気が互いに資助すれば身体が充実し、神は万種の霊機を統攝して、一身の主帥である。
三停八卦求相稱。三停者,有身上三停,有面上三停。八卦者,有面列八卦,掌列八卦。《玉篪》云:身上三停頭足腰,看他長短欲勻調,上停長者人多貴,長短無差福不饒。《冥度經》云:凡天中至印堂,曰上停,山根至準頭,曰中停,人中至地閣,曰下停。陳圖南云:五行不正,相君終始薄寒。八卦豐隆,須是多招財祿。秘訣云:身面三停俱勻調,掌面八卦悉豐盈,不□玉階地,定處金谷園。
さらに「三停」と「八卦」が互いに相称するかどうかを観る。いわゆる三停とは、一つは身体の三停、二つは面部の三停である。いわゆる八卦とは、一つは面上に分列する八卦の部位、二つは手掌上に分列する八卦の丘位である。《玉篪》は言う:身上の三停は頭・腰・足の三段を指し、その長短が均調かどうかを観なければならない。上停すなわち頭部が長い人は多く貴顯を主り、三停の長短に偏差がなければ、福分は薄くない。《冥度經》は言う:「天中」(額頂の髮際の正中)から「印堂」(両眉の間)までを上停といい、「山根」(両眼の間の鼻梁の根部)から「準頭」(鼻先)までを中停といい、「人中」(鼻下の溝)から「地閣」(顎)までを下停という。陳摶は言う:五行の相が端正でなければ、その人は一生終始清寒である。面上と掌上の八卦部位が豊隆飽滿ならば、必ず多く財祿を招く。秘傳の口訣は言う:身上と面上の三停がいずれも均しく調停し、面掌の八卦部位がすべて豊滿ならば、このような人はもし(ここで底本に脱字がある)朝廷の玉階に登って官を為さなくとも、必ず石崇の金谷園のような富貴の地に身を置くであろう。
五嶽四瀆定高深。左顴泰嶽,右額華嶽,額為衡嶽,頰為恆嶽,鼻眾為嵩嶽。一瀆耳為江,二瀆目為河,三瀆口為準,四瀆鼻為漢。《通仙錄》云:五嶽兩顴額鼻頰,高隆開闊非凡胎。《混儀經》云:四水莫教淺,五六主凶亡。秘訣云:五山朝拱,四水流通,德行須全,福自天然。
さらに「五岳」「四瀆」を用いて面部の高低深淺を判定する。五岳とは面上の五箇所の高く起きた部位を五つの名山に比すもので、左顴を東岳泰山、右顴を西岳華山(底本の「右額」は右顴とすべき)、額を南岳衡山、頦頬を北岳恒山、鼻を中岳嵩山(底本の「鼻衆」は「鼻乃」とすべき)とする。四瀆とは面上の四箇所の孔竅を四つの大川に比すもので、一瀆の耳を江に比し、二瀆の目を河に比し、三瀆の口を淮に比し(底本は「準」)、四瀆の鼻を済に比す(底本は「漢」)。《通仙錄》は言う:五岳とは両顴・額・鼻・頦のこの数箇所で、高く隆え開闊して勢いがあれば、凡庸の胎ではない。《混儀經》は言う:四瀆は淺薄であってはならず、もし五岳六府までも併せて虧損すれば、凶死を主る。秘傳の口訣は言う:五つの山が中央に向かって拱衛し、四つの水が流れ通じて滞らず、さらに德行が完備すれば、福氣はおのずから来る。
語默動靜身須識。一語一默,一動一靜。郭林宗云:言語不妄,口德也,緘默自持,心德也。《易》云:寂然不動,感而遂通。秘訣云:語成爻,默成象,動與天懼,靜與天遊,非身具至,德孰如斯。
一人の人の開口と沈黙、舉動と安靜も、相家は必ず辨識しなければならない。ここに言うのは一説一不説、一動一不動の間の分寸である。東漢の人物品鑑家・郭泰(字は林宗)は言う:言語を軽率に妄りに發しないこと、これは口上の德である。沈黙して自ら持することができること、これは心裏の德である。《周易・繫辭》は言う:君子の心は寂然として動かず、一たび感觸があれば即座に万事に通達する。秘傳の口訣は言う:口を開いて言うことは卦爻の動くがごとく、口を閉じて言わざることは卦象の靜なるがごとし。舉動する時は天道に敬畏を存し、安靜の時は天道とともに遊ぶ。もし自身の修養が極致に至らなければ、誰の德行がこの地步に到達できようか。
吉凶悔吝色當明。吉凶者得失之象,悔吝者憂虞之象。《易》云:得則吉,失則凶,吉凶相對,而悔吝局其中,悔自凶而趨吉,吝自吉而向凶也。秘訣云:前節論身之德,此節論色之變,識其德察其變,相焉□哉。
面上の氣色は吉・凶・悔・吝の四種の趨向に関わり、必ず辨じ明らかにしなければならない。吉と凶とは、得と失が顕す徵象であり、悔と吝とは、憂慮不安が顕す徵象である。《周易・繫辭》は言う:得るところあれば吉、失うところあれば凶である。吉凶は両々相對し、悔と吝はその中間に夾まる――「悔」とは凶の一邊から回頭して吉に向かうことであり、「吝」とは吉の一邊から滑落して凶に向かうことである。秘傳の口訣は言う:前の節が講ずるのは一身の德行であり、この節が講ずるのは氣色の變化である。すでに彼の德を識ることができ、また彼の色上の變を察することができれば、相人の術に何の難しさがあろうか(ここで底本に脱字がある)。
行年為主遠限決。行年部位,運限並沖。麻衣云:骨格為一世之榮枯,氣色定行年之休咎。《風鑑》云:運限並沖,明暗九更,逢破敗,屬幽冥,倘若得時部他好,順流氣色見光晶。秘訣云:行年為主運限扶,轉於此處定榮拈,石中美玉何繇辨,一點神光照太初。
流年の吉凶を観るには、「行年」を主としなければならない。すなわち当年の歳數が行き到る面部の部位であり、それによって遠期の運限を推斷する。行年がどの部位に落ちるかを観るには、なお運限がそれと相并し相沖するかを観なければならない。《麻衣相法》は言う:骨骼の格局は一生の榮枯の大勢を決定し、氣色は当年の吉凶禍福を決定する。《風鑑》は言う:運と限が并臨して相沖し、明九・暗九の年(二十九・三十六のような九に逢う數)が交代する時、もし正に部位が破敗しているところに撞當すれば、幽暗凶險の數に属する。もし行き到る部位そのものがよく生じ、氣色がまた順暢流通して光潤晶瑩ならば、妨げはない。秘傳の口訣は言う:行年を主とし運限を輔とすれば、一生榮枯の轉折はここに決まる。石の中の美玉は何によって分辨するか。全くあの一点の神光に凭って、人の最初の本真を照らし見るのである。
相逐心生相術真。心能生相,原生理也。陳圖南云:有心無相,相逐心生,有相無心,相逐心滅。《神機》云:心在形先,形居心後,此之謂也。秘訣云:裴晉公的主餓死,因香山還帶之功,宋狀元未必元魁,由造蟻橋之力,一念之善格天,終身福履綏之,心之關係,豈渺廓云乎哉。
相貌は心念に隨って生ずる。これこそ相術の真諦である。心が相を生じ得ることは、もとより天地生生の理である。陳摶は言う:善心があって好相のない人は、好相が善心に隨って生じ出る。好相があって善心のない人は、好相が惡念に隨って消滅する。《神機》は言う:心が形貌の先にあり、形貌は心の後にある。講ずるところ正にこの意である。秘傳の口訣は例を擧げて言う:唐代の裴度(晋國公に封ぜられた)はもともと餓死すべき相と相されていたが、香山寺で他人の遺失した玉帶を返還して陰功を積んだため、後に宰相の位に至った。宋代の宋郊はもともと狀元に中るとは限らなかったが、竹を編んで橋を架けて水に淹れた蟻を救い出し、ついに天下に魁た。一念の善が上天に感格すれば、一生の福祿は安然としてそれに隨う。見るべし、「心」は相法において関わるところがいかに緊要であるか。どうして空泛渺茫の説であろうか。
鬼谷子相辨微芒 第二
王詡,隱青溪鬼谷,因號焉,戰國時人。大道無形無執著。人雖具形,來自無形,相本有法,拘法則泥。成和子云:夫人肖形天地,其本來面目,無中生有,或得之而成飛禽之像,或得之而成走獸之像,色色□,別何者為吉人,何者為匪人,磋夫,執形而論相,管中窺豹也,不□形,不拘法,視於無形,聽於無聲,其相之善者也。風鑑云:上相之士,不相身面,其意亦同。
本篇は鬼谷子の名を仮託したものである。鬼谷子は姓を王、名を詡といい、青谿の鬼谷に隱居したため、「鬼谷」をもって号とした。戰國の時の人である。大道はもともと形狀がなく、また形狀に執着すべきでもない。人は形體を具備しているが、無形の中から來たものである。相にはもとより成法があるが、成法に拘泥すれば死板となる。成和子は言う:人は天地の樣子に倣って生成されたもので、その本來の面目は「無」の中から「有」を生じ、あるものは飛禽の模樣を生じ、あるものは走獸の模樣を生じ、形形色色(ここで底本に脱字がある)、その中から誰が吉善の人で誰が凶惡の人かを分辨しなければならない。嘆くべきかな、外形のみを捉えて相を論ずれば、竹管から豹を窺うがごとく、一斑を見るのみである。(ここで底本に脱字がある)形に拘執せず、法に拘泥せず、無形の處において観、無聲の處において聽く。これこそ相術中の上乘である。《風鑑》は言う:相術の最も高明な人は、人の身体面貌を相しない。講ずるところもまた同一の意である。
秘訣云:以貌觀人,失之子羽;以言語觀人,失之宰子,宣尼猶然,矧庸術乎。蓋道能生形,形不能生道,知此道,即知此形,形乎形乎,視聽冥冥,斯其至矣。
秘傳の口訣は言う:相貌だけを凭りに人を見れば、孔子もかつて澹臺滅明(字は子羽。貌は醜いが德行は高潔)を見誤った。言語だけを凭りに人を見れば、孔子はまた宰予(字は子我。能言善辯でありながら白日に貪睡した)を見誤った。「宣尼」と尊稱される孔子ですらこの有様である。いわんや資質平庸の相士をや。大体に言えば、「道」は形體を生じることができ、形體は道を生じることはできない。この道を懂得すれば、この形をも懂得する。形よ形よ、真の看と聽は幽微にして見聞すべからざる處にある。この地步に到達できれば、相術は極致に至る。
揣摩簡練出其下。學古人之成法,斤斤不失尺寸,此其下也。太沖子云:今得意於忘言之天,盡是棄糟粕已後。陳圖南云:揣其形,摩其骨,什分之間不失一,超於什一揣摩中,便是神仙下寰世。
ひたすら條文を揣摩し口訣を暗記するのは、下等の功夫である。古人の出來合いの法則をそのまま照搬し、尺寸の分毫を斤斤と較べて少しも差がないようにするのは、これは下乘にすぎない。太沖子は言う:今や「忘言」の境界の裏に真意を領會できるのは、みな古書の糟粕を抛卻した後であって初めてあることだ。陳摶は言う:彼の形貌を揣度し、彼の骨相を摩察して、十分の中に一分の差もないのは、たしかに惡くない。しかしもしこの種の十中に一を失わぬ揣摩の外に超出し、直接神をもって會することができれば、それは神仙が人間に下降したことになる。
秘訣云:春秋伯樂善相馬,秦穆公謂伯樂之後無人已,伯樂舉九方皋,穆公乃使九方皋遍求馬於域中,數月而報得良馬,牝牡毛色畢呈,馬至則與前報者庚,穆公不悅曰:牝牡毛色不分,又何馬之能知?伯樂曰:若皋之所觀,天機也。得其精而忘其粗,在其內而忘其外,驗之果良馬。夫君子之相,何異良馬,學者得九方皋之術,化矣。
秘傳の口訣は《列子》の故事を引いて言う:春秋の時、伯樂は馬を相するに善く、秦穆公は伯樂以後にもはや馬を相する者はいないと言った。伯樂はそこで九方皐を推薦し、穆公は彼を各地に遣わして馬を求めさせ、數箇月後に良馬を得たと回報し、馬の雌雄・毛色をも併せて報じた。馬が牽かれて來ると、先前に報じたものと合致しなかった。穆公は喜ばず言った:雌雄毛色すら分別できないのに、何の馬がわかるものか。伯樂は言った:九方皐が見たのは天機である――彼は精微を捉えて粗跡を忘れ、內在を見て外表を忘れたのである。一たび試驗すれば、果たして千里の良馬であった。君子が人を相することと、良馬を相することに何の兩樣があろうか。相を學ぶ者がもし九方皐のこの一手を學び得れば、融會貫通したと言える。
有時或在方寸間。理不越於方寸,常存主於一身。《聖凡論》云:心為身主,五行之先。麻衣云:末觀形貌先相心田,此二者皆方寸之說也。秘訣云:心者身之帥,心帥以正,則形孰不正,形有不正者無論矣,即如伏羲人首蛇身,神農人身牛首,為三代之聖君,方寸之論,彰彰明矣。
相の關鍵は、時に「方寸」の上に落ちる――方寸とは人の心地を指す。道理はこの方寸の心を出ることがなく、それは時時一身の主宰をなしている。《聖凡論》は言う:心は一身の主であり、五行よりもさらに先にある。《麻衣相法》は言う:まず形貌を見るな、まず心田を相せよ(底本の「末」は「未」とすべき)。この二句が講ずるのはいずれも方寸の心である。秘傳の口訣は言う:心は身體の統帥であり、統帥が端正ならば、形體が正しくない道理があろうか。形體がもともと正しくない者に至っては、さらに言うまでもない。傳說の伏羲が人頭蛇身であり、神農が人身牛首であったがごとく、形貌はこのように奇怪でありながら、皆上古の聖君であった――見るべし、「相は方寸に在り」という道理は明白である。
有時或在郛廓外。石蘊玉而山輝,珠藏淵而川媚。《靈臺經》云:骨肉丰標為外郛,且於真實用工夫。《肘後經》云:吾人性上無一物,形生惟有外皮膚。《貧女心鏡》云:堯眉八彩,舜目重瞳,內秉聖德,外見神姿,以此推之,內德外形之徵也。
相の關鍵は、時にまた「郛廓」の外に顯れる――郛廓はもともと外城を指すが、ここでは借りて人の外在的形骸を指す。石の中に美玉が含まれていれば、山全体に光輝があり、深淵の中に明珠が藏されていれば、河全体が嫵媚を顯す。内裏に真のものがあれば、外におのずから透けて出る。《靈臺經》は言う:骨肉が豊滿標致なのはただ一重の外城にすぎず、なお真實の内德の上に工夫しなければならない。《肘後經》は言う:人の本性の上にはもともと空として一物なく、形體の生じ出したものも、ただ一層の外皮にすぎない。《貧女心鏡》は言う:堯の眉毛には八種の彩色があり、舜の眼には二つの瞳仁が生えていた。内裏に聖人の德を秉持すれば、外に神異の姿が現れる。これによって推し想えば、外形はまさに内德の驗證である。
秘訣云:相有隱有顯,顯者易觀,隱者難見,在學者目力心思何如耳,假如有德者必有形,又有形者而無德,湯軀九尺而曹交類之,孔子河目而陽虎類之。一聖一狂,天淵之懸,是不可不辨。
秘傳の口訣は言う:相には中に藏したものがあり、外に露れたものもある。顯露したものは見やすく、隱藏したものは察しがたい。すべて相を學ぶ者の眼力と心思が到家するかどうかによる。譬えば德ある人は必ず好い形に配されるが、しかし徒らに好い形を具えて德なき人もある。商湯は身長九尺であり、戰國の曹交も同じく高大であった。孔子は「河目」を生じ――眼の形が上下均しく長くして深く秀でたもの――魯國の亂臣・陽虎の眼もよく似ていた。一方は聖人であり、一方は狂悖の徒であり、その相去ること天と淵のごとし。これは細かく辨じざるべからざるものである。
空空洞洞本來真。空空明鏡之衷,洞洞無物之體。《心經》云:色即是空,空即是色。《通仙錄》云:洞洞不知天地隘,性靈遠是太虛真,白聞道者云:不論肉,不論骨,骨肉皮囊殼漏子,空空洞洞有乾坤,即是太虛元化體。秘訣云:血肉由氣化為生,性靈具十氣化之前,是以知本真則知眾體,此論可與高明者道,難與庸俗者言也。
空空洞洞、これこそ人の本來の真面目である。いわゆる「空空」とは、明鏡のように澄澈した内心であり、いわゆる「洞洞」とは、一物も著かない本體である。《般若心經》は言う:色は即ち空、空は即ち色。《通仙錄》は言う:胸中が空洞廣大であれば、天地が狹いと覺えず、人の性靈はもともと太虛中の真體である。白閣道者は言う:肌肉を論ずる必要もなく、骨骼を論ずる必要もない。骨肉の皮囊はただ漏れる躯殼にすぎない。空空洞洞の中におのずから乾坤があり、それこそ太虛元氣の化生した本體である(底本の「白聞道者」は「白閣道者」とすべき)。秘傳の口訣は言う:血肉は氣によって化生されたものであり、性靈は氣化の先にすでに具足していた(底本の「十」は「于」とすべき)。ゆえに本真を懂得すれば、一切の形體をも懂得する。この議論は高明な人に講じ聽かせることができ、庸俗の輩に説き通すことは難しい。
仿彷彿佛難測度。有相無心,有心無相。《神機》云:有形中之形,有形外之形,形中之形,由中生色,□然見於面,盎於背是也;形外之形,色厲內荏,似忠非忠,似信非信,是也。此二者,特踐形不踐形之間耳。秘訣云:昔有人毀陳平於漢祖曰:陳平美如冠玉,未必中之有也,誠哉斯言乎,觀人之難也。
人の相は彷彿として明らかにしがたく、最も揣度しにくい。好相があって好心のない者があり、好心があって好相のない者もある。《神機》は言う:形には「形中の形」があり、また「形外の形」がある。形中の形とは、内德が心の中から氣色を生じ出すもので、すなわち《孟子》のいう潤澤が面上に顯れ、充盈して背脊に流溢するものである(ここで底本に脱字があり、「睟然として面に見ゆ」とすべき)。形外の形とは、外表は嚴厲に見えて内心は怯懦であり、見るに忠厚のようで實は忠厚でなく、見るに誠信のようで實は誠信でないものである。この二者の分別は、ただ真に「踐形」――天賦の形體を德行に落實すること――できるか否かにあるのみである。秘傳の口訣は言う:昔ある人が漢高祖の前で陳平を譖毀して、陳平は帽子に鑲めた美玉のように美しいが、中に必ずしも貨色があるとは限らないと言った。この言は實を得たもので、人を見ることは真に難しい。
消息只此箇中存。富貴貧賤,不出此篇。太沖子云:箇中得此閒消息,了我優游物外身。秘訣云:邵子詩云:因探月窟方知物,為攝山根始識人,此與上文辭異而意同,不造其妙,則何以知人,又何以知己也。
人を相する全部の消息は、ここに藏されている。人の富貴貧賤は、いずれも本篇の論ずるところを出ることがない。太沖子は言う:この中にあの一点の閒消息を參得すれば、我が逍遙して物外にある一身を成全する。秘傳の口訣は言う:邵雍(邵康節)の詩に講ずるところ、月窟に探り到ってこそ萬物を真に懂したと言え、「山根」を攝住してこそ人心を真に識ったと言える――山根は兩眼の間の鼻梁の根部であり、ここでは借りて根本の處を指す。これは上文と說法は異なるが意思は同じである。あの微妙の處に造り到ることができなければ、何をもって人を知り、何をもって己を知らんか。
東周叔服豈欺我。叔服有人倫識鑑,學者當不讓於叔服。柳莊云:相人之有術兮,肇東周之叔服,監昭晰之幽隱兮,□休咎之是卜。秘決云:叔服擅名於周,子卿唐舉繼之,孰謂子卿唐舉之後,又豈無人哉,欺我之言不誣矣。
東周の叔服は果たして我を欺くことがあろうか。叔服は春秋の時の周王室の内史で、人物を品鑑することに善く、《左傳》は彼が魯國の公孫敖の二子に相面し、後に一々應驗したことを記載している。相を學ぶ者は叔服に譲らぬべきである。明代の相士・袁柳莊は言う:人を相することが一門の術となったのは、東周の叔服から始まる。彼はあの幽微隱晦の處を照察し(ここで底本に脱字がある)、これに據って人の吉凶を占斷した。秘傳の口訣は言う:叔服は周朝において相術をもって名を擅にし、その後姑布子卿・唐擧が相繼いで起こった。誰か子卿・唐擧の後に再び人なしと言おうか。見るべし、「豈に我を欺かんや」というこの句は虛言ではない。
林宗相五德配五行 第三
郭泰,字林宗,東漢人。五行水火木金土。太□生兩儀,兩儀生四象,四相生八卦,八卦生五行。陳圖南曰:天一生水,在人為腎,腎之竅為耳,又主骨齒。地二生火,在人為心,心之竅為舌,又主血氣毛髮。天三生木,在人為肝,肝之竅為眼,又主筋膜爪甲。地四生金,在人為肺,肺之竅為鼻,又主皮膚喘息。天五生土,在人為脾,脾之竅為唇,義主肉色。宋齊丘云:凡在五行懼有綠,只宜豐厚不宜偏。
本篇は郭泰の署したもので、彼は字を林宗といい、東漢著名の人物品鑑家である。まず五行の水・火・木・金・土の由來を説く。太極(ここで底本に脱字がある)が兩儀すなわち陰陽を生じ、兩儀が四象を生じ、四象が八卦を生じ、八卦がさらに分かれて五行となる。陳摶は言う:天一が水を生じ、人身では腎に對應し、腎は耳に竅を開き、また骨骼と牙齒を主管する。地二が火を生じ、人身では心に對應し、心は舌に竅を開き、また血氣と毛髮を主管する。天三が木を生じ、人身では肝に對應し、肝は眼に竅を開き、また筋膜と指甲を主管する。地四が金を生じ、人身では肺に對應し、肺は鼻に竅を開き、また皮膚と呼吸を主管する。天五が土を生じ、人身では脾に對應し、脾は脣に竅を開き、また肌肉と膚色を主管する(底本の「義」は「又」とすべき)。宋齊丘は言う:およそ五行の管する部位は各々歸屬する緣分があり、ただ生まれて豊厚なるべく、偏枯欹斜すべからず。
秘訣云:人身具此五行,惟水火乃五行之最。水屆坎居腎,腎水旺能養之肝木,木得水濟而生□之心火,火得木助而生艮之脾土,土得火益而生兌之肺金。此生生不息之機,乃水之化源無端也。
秘傳の口訣は言う:人身にこの五行が具わり、その中で水と火が最も緊要である。水は坎卦に属し、臟では腎である。腎水が旺盛ならば震に属する肝木を滋養することができ、肝木が水の接濟を得れば離に属する心火を生じ(ここで底本に脱字がある)、心火が木の助力を得れば艮に属する脾土を生じ、脾土が火の增益を得れば兌に属する肺金を生ずる。これが一環が一環を生じて生生して息まざる機括であり、その化生の源頭は、まさにあの無窮無盡の水である。
中藏五德通臟腑。五德:仁、義、禮、智、信。臟腑:肺、心、腎、肝、脾。《玄神錄》云:甲木主仁位居東,庚金為義向西從。禮依丙火南方地,智於壬癸北方中,惟有戊土無方位,信立陰陽理則同,五者本非泛然物,隱於臟腑妙無窮。
五行の中に五德が藏れ、五德はまた五臟六腑と相通ずる。五德とは仁・義・禮・智・信であり、對應する臟腑は肺・心・腎・肝・脾である。《玄神錄》は言う:甲木は「仁」を主り、方位は東にある。庚金は「義」とし、西方に歸向する。「禮」は丙火に依附し、南方に属する。「智」は壬癸水に寄り、北方に居る。ただ戊土のみ某一方位に專属せず、「信」は陰陽の間に立つ。その道理は前の四者と同じである。この五樣は泛泛として用いなきものではなく、それらは人の臟腑の中に隱藏して、妙用は無窮である。
秘訣云:水火木金土,肝肺心腎脾,五德配五行,仁義禮智信,發而為四端,信則居其一,生相若無信,虛負軀殼體,吾見世間人,致飾於外矣。不知無文中,含有真實理。真實即為信、四時不愆期。相中全在信,福祿壽須彌,四端豈假借,各具其一理,信寄四端中,有用無方體。
秘傳の口訣は言う:水・火・木・金・土に肝・肺・心・腎・脾を配し、五德が五行に配されるとは、すなわち仁・義・禮・智・信である。仁義禮智が發露すれば、すなわち《孟子》のいう「四端」で、惻隱・羞惡・辭讓・是非の心である。そして「信」はその間を貫穿して、その一を占める。人の生相にもし「信」が缺ければ、空しく一副の軀殼を頂くのみである。我は世上の人を見るに、ただ外表の上に修飾するのみである。彼らは懂得しない:毫も紋飾なき朴質の裏に、恰恰として真實の道理が含まれていることを。真實とは信であり、譬えば四季の輪轉が期を失わないがごとし。相法の關鍵はすべて「信」の一字にあり、福・祿・壽は皆それに依って須彌山のように穩固である。四端は互いに借用できず、各々おのが一份の道理を具足する。そして信は四端の中に寄托して、實際の作用があって一定の形體方位がない。
水圓本是智之神。水性周流無滯,智之體似之。《風鑑》云:肩粗並眼大,城廓更開圓,此相名真水,平生福自然。成和子云:水形主圓得其五圓、氣色不雜、精神不亂、動止寬容、行久而輕也。語云:智者樂水,又云:智者動。秘訣云:水先天之氣耳,貫通於六合,化機不息,亙古如常,圓融似智,得其形,並得其性,是為真水,主聰明敏達定賢愚也。經云:似水得水文學貴。
水形は「圓」を體とし、もともと「智」の精神の寄るところである。水性は流轉して周遍し、滯礙するところなし。智慧の本體はまさにそれに似る。《風鑑》は言う:肩膀が粗く厚くして眼が大きく、耳の「城廓」――耳輪を城とし、耳廓を郭とする――がまた開闊円潤ならば、この相を真水形といい、一生福氣がおのずから來る。成和子は言う:水形は圓を主とし、頭・面・耳・腹・體の五處が皆圓く、氣色が駁雜せず、精神が散亂せず、擧動が寬綽として容があり、久しく歩けばかえって脚歩が輕捷となる。古語に言う:智者は水を愛す。また言う:智者は動を好む。秘傳の口訣は言う:水はもともと先天の一股の氣で、天地四方を貫通し、化育の機は歇まず、亙古として一のごとし。その圓融の樣はまさに智慧に似る。すでに水形の形を得、また水形の性を得て、初めて真水と稱し、主人の聰明敏捷・事理に通達することを主り、これに據って賢愚を斷定できる。相經は言う:形が水に似てまた真に水氣を得た人は、文章學問に凭って貴顯となる。
火有文武禮之附。火之用有文武,禮之體似之。《風鑑》云:欲識火形貌,下闊上頭尖,舉止全無定,頤邊更少髯。成和子云:火形主明,得其五露,氣色不雜,精神不亂,動止敦厚,臥久而安也。秘訣云:以火為神水作精,精全面後神方生,神全而後氣方備,氣備而後色方成。火之在人為禮,得其形並得其智,是為真火,主威勢勇烈,定剛柔也。經云:似火得火見機果。
火の功用には文あり武あり、「禮」の本體はそれに似る。《風鑑》は言う:火形の樣貌を認めるには、下部が寬闊にして頭頂が尖削し、擧止が總じて安く定まらず、兩腮邊に鬍鬚が稀少なものである。成和子は言う:火形は「明」を主とし、眼・耳・鼻・脣・喉の五處が外に露れ、氣色が駁雜せず、精神が散亂せず、擧動が敦厚で、久しく臥すればかえって安穩である。秘傳の口訣は言う:火をもって神とし、水をもって精とする。精が足りて初めて神が生じ(底本の「面」は「而」とすべき)、神が全うして初めて氣が備わり、氣が備わって初めて氣色が成る。火は人身において「禮」に對應し、すでに火の形を得、また火の性を得て(底本の「智」は「性」とすべき)、初めて真火と稱し、主人に威勢があり性情勇烈であることを主り、これに據って剛柔を斷定できる。相經は言う:形が火に似てまた真に火氣を得た人は、事に遇うて機を見て果決する。
木居東位仁發生。木之德為仁,含生生之機。《風鑑》云:稜稜形瘦骨,凜凜更修長,秀氣生眉眼,須知晚景光。成和子云:木形主長,得其五長,氣色不雜,精神不亂,動止溫柔,涉久而清也。秘訣云:木之枝幹發於甲木,位天地長生之府,配於五德,居其首,在人為仁,得其形並得其性,是為真木。主精華茂秀,定貴賤也。經云:似木得木貲財足。
木の位は東方に居り、「仁」はこれによって發生する。木の德性はすなわち仁で、生生して已まざる機趣を含んでいる。《風鑑》は言う:骨骼が稜角分明にして形體が清瘦で、氣度が凛然として身材が修長であり、秀氣が眉眼の間に聚まるならば、晚年に必ず光彩あるを知るべし。成和子は言う:木形は「長」を主とし、頭・面・身・手・足の五處が皆長く、氣色が駁雜せず、精神が散亂せず、擧動が溫柔で、久しく跋涉すれば神氣かえって清爽となる。秘傳の口訣は言う:木の枝幹は甲木より發し、天地長生の府の位置を占める。五德に配すれば、それは首位に居り、人身において「仁」に對應する。すでに木の形を得、また木の性を得て、初めて真木と稱し、主人の才華が茂盛秀發することを主り、これに據って貴賤を斷定できる。相經は言う:形が木に似てまた真に木氣を得た人は、資財が豊足する。
金方斷制義白然。金之性,有撙節裁處之宜。《風鑑》云:部位要中正,三停又帶方。金形人入格,自是有名揚。成和子云:金形主方,得其五方,氣色不雜,精神不亂,動止規模,坐久而重也。秘訣云:金之位於乾兌,含西方肅殺之氣,秉堅剛之體。在人為義,得其形並得其性,是為真金。主刑誅厄難,定壽夭也。經云:似金得金剛毅深。
金は「方」を形とし、決斷裁制に善く、「義」はおのずから生ずる(底本の「白然」は「自然」とすべき)。金の性情は、節制裁奪・處置の得宜に長ずる。《風鑑》は言う:面上の部位は端正にして中に居るべく、三停がまた皆方を帶びるべし。金形の人が格局に合すれば、おのずから名聲が傳揚する。成和子は言う:金形は「方」を主とし、面・額・身・手・足の五處が皆方く、氣色が駁雜せず、精神が散亂せず、擧動に法度があり、久しく坐れば愈々沈重となる。秘傳の口訣は言う:金の位は乾・兌の二卦にあり、西方の肅殺の氣を含み、堅剛の形體を秉受する。人身において「義」に對應し、すでに金の形を得、また金の性を得て、初めて真金と稱す。それは同時に刑罰誅戮と厄難をも主り、これに據って壽夭を斷定できる。相經は言う:形が金に似てまた真に金氣を得た人は、剛毅にして沈深である。
土定不移信常足。士之信定,性立剛維。《風鑑》云:端厚仍深重,安詳若泰山,心謀難測度,信義動人間。成和子云:土形主厚,得其五厚,氣色不雜,精神不亂,動止敦龐,處久而靜也。秘訣云:上浮游於四季,旺在辰戊丑末,寄在丙丁,一季主事十八日,其德能生萬物,在人為性,得其形並得其性,是為真土,主載育有容,定貧富也。經云:似土得土厚櫃庫。
土は安定して移らず、ゆえに「信」が常に充足する。土の誠信安定は、性情を立たしめて剛正に維繫あらしむ(底本の「士」は「土」とすべき)。《風鑑》は言う:人となり端厚にして沈深穩重であり、安詳なること泰山のごとく、心裏の謀算は人が測度しがたく、信義は人間に感動する。成和子は言う:土形は「厚」を主とし、背・腹・肩・手・足の五處が皆厚く、氣色が駁雜せず、精神が散亂せず、擧動が敦厚寬大で、久しく相處すれば愈々安靜を顯す。秘傳の口訣は言う:土は浮游して四季に寄旺し、辰・戌・丑・未の四箇月に分旺し(底本の「戊」「末」は「戌」「未」の訛)、また丙丁火に寄生して、每季十八日を當令する。その德性は萬物を生養することができ、人身において誠信の性に對應する。すでに土の形を得、また土の性を得て、初めて真土と稱し、主人の承載養育・寬宏にして容量あることを主り、これに據って貧富を斷定できる。相經は言う:形が土に似てまた真に土氣を得た人は、倉庫が豊厚である。
此為五德配五行。總結上文而言之。《風鑑》云:木要瘦,金要方、水肥土厚火尖長,形體相生便為吉,忽然相剋定為殃。
以上が五德五行に配する道理で、この一句は上文を總結して言ったものである。《風鑑》は言う:木形は瘦せるべく、金形は方いべく、水形は肥えるべく、土形は厚いべく、火形は上尖下闊にして修長であるべし。五形の間が彼此相生すれば吉であり、一旦互相克制すれば必ず災となる。
秘訣云:蒼松翠柏,歲寒不凋,可以觀仁;精金美玉,百鍊成剛,可以觀意;火風烹飪,鼎養聖賢,可以觀禮;長江大河,天機動流,可以觀智;名山大川,載重不洩,可以觀信;人與天地並立,天地一人也,人一天地也,知此五德,配五行之說,其迨庶幾乎。
秘傳の口訣は言う:蒼松翠柏が嚴寒の中に凋零しないのを見て、木德の「仁」を觀るべし。精金美玉が百鍊して剛となるのを見て、金德の「義」を觀るべし(底本の「意」は「義」とすべき)。火と風を用いて飮食を烹煮し、鼎鼐を調和して聖賢を養うを見て、火德の「禮」を觀るべし。長江大河が天機に順って流れて息まざるを見て、水德の「智」を觀るべし。名山大川が重物を承載して滲泄せざるを見て、土德の「信」を觀るべし。人は天地と竝び列して三才をなし、天地は一の大人であり、人は一の小天地である。この五德が五行に配するという說を懂得すれば、相術もほぼ入門したことになる。
唐擧相神氣 第四
唐舉戰國時人。賦形天地超過萬靈。天地生人,性靈異於萬物。《無形歌》云:道為貌,天為形,默受陰陽稟性情。陰陽之氣天地造化出,塵凡幾樣人。《靈樞經》云:人稟天地之氣,肖清濁之形。為萬物至靈也。王元君云:大道無形而生行形,舒之彌六合。卷之個盈握,包絡天地,稟受群生者也,故云,賦形天地超萬靈。秘訣云:人生之道,真精融合,二五凝成,賦其形即賦其理。雖萬物皆具生成之道,蠢然而巳,未有如人最靈也。
本篇は唐擧の署したもので、彼は戰國の時の著名な相士で、かつて蔡澤・李兌のために相面したことがある。人の形體は天地より禀受し、靈性は萬物に超える。天地が人を生ずれば、人の性靈はその他の萬物と截然として異なる。《無形歌》は言う:道は容貌に顯れ、天は形體に顯れる。人は無聲無息の中に陰陽の氣を承受し、各々の性情を禀得る。陰陽の氣は天地の造化より生じ、これによって塵世間に千百樣の人がある。《靈樞經》は言う:人は天地の氣を禀受し、清濁の形を摹倣して體を成す。ゆえに萬物中最も靈あるものである。王元君は言う:大道自体は形なきも、有形の物を生じることができる。舒べれば天地四方に充滿し、卷き收めれば一握に滿たず。それは天地を包羅し、衆生に禀性を賦與する。ゆえに「賦形天地萬靈に超ゆ」という(底本の「生行形」は「生有形」とすべき、「卷之個盈握」は「不盈握」とすべき)。秘傳の口訣は言う:人が人たる所以は、真精が融合し、陰陽二氣と五行の質が凝聚して成る。天が彼に形體を賦すれば、すなわち同時に彼に道理を賦す。萬物は皆生成の道を具備するといえども、蠢然として知なく、人より靈なるものはない。
氣似油兮神似燈。形資氣以養之。《清鑑》云:大都神氣賦於人,有若油兮又似燈。神平卻自精之實,油清然後燈方明。柳莊云:古者方伎之妙,有聞人之謦□而知其必貴者。得之於人也。有察人之喜怒而知其必貴者,得之於氣也。陳圖南云:形以養血,血以養氣,氣以養神,故形全則氣全,氣全則神全。又云:神完則氣寬,神安則氣靜。得失不足以暴其氣,喜怒不足以驚其神,其為君子乎,福祿永其終矣一。
「氣」は燈の中の油に譬え、「神」は燈上の火焰に譬えられる。形體は氣によって涵養される。《清鑑》は言う:大抵に言えば、神と氣は人身に賦與され、一方は油に似て、一方は燈に似る。神の平和は精の充實より來り、まさに油が清く澄んで初めて燈焰が明るいがごとし。袁柳莊は言う:古代の方術の高妙なるところは、ある人は相手の一聲の咳嗽を聞いたのみで(ここで底本に脱字があり、「謦欬」とすべき)必ず顯貴するであろうと斷定した。これは人の身より得たものである。ある人はまた相手の喜怒の神情を察したのみで必ず貴ぶと斷定した。これは氣の上より得たものである。陳摶は言う:形體は血液を涵養し、血液は氣を涵養し、氣は神を涵養する。ゆえに形體が完足すれば氣が完足し、氣が完足すれば神が完足する。また言う:神が完滿すれば氣が寬舒し、神が安定すれば氣が寧靜する。得失が彼の氣を打亂することができず、喜怒が彼の神を驚動することができない――このような人はほぼ君子であろう。福祿は終身保つことができる。
秘訣云:今人論神,必曰眼有精神,殊不知神之元,天一生水為精,地二生火為神,精合者然後神從之,內有充足之精則外有澄徹之神。如行不動色,坐不隨語,睡易醒覺,作事始終。皆精神也。
秘傳の口訣は言う:今の人が神を談ずれば、口を開けば「眼に精神がある」と言うが、神の本源の在りどころを知らない。天一が水を生じ、人身では「精」とする。地二が火を生じ、人身では「神」とする。精が先に聚合して、神がこれに隨って生ずる。内裏に充足の精あって、外に澄澈の神がある。譬えば歩く時に面色を改めず、坐る時に人の言語に隨って搖擺せず、睡れば醒覺しやすく、事を爲せば始終ある――これらは皆精神の表現で、決して眼の一處のみにあるのではない。
論氣必曰神氣固是,殊不知氣有三焉,有自然之氣。有所養之氣:有暴戾之氣。自然之氣乃胎元一呼一吸,定生人之貴賤也。所養之氣,乃浩然塞乎兩間,定人之賢愚也。暴之氣乃,乃悻悻自好,定人之善惡也。要之神,氣之子。氣,神之母,神能留氣,氣不能留神。定訣曰:妙相之法在何方,觀其神氣在學堂。氣者有之最是良,若人認得神與氣,富貴貧賤是審量。
氣に講じ至れば、人は口を開けば「神氣」と言う。これはたしかに惡くないが、氣に實は三種あることを知らない。一は自然の氣、二は所養の氣、三は暴戾の氣である。自然の氣とは、胎中の元氣が齎らした一呼一吸で、これに凭って一人の貴賤を斷定できる。所養の氣とは、孟子のいう浩然の氣で、天地の間に充塞し、これに凭って一人の賢愚を斷定できる。暴戾の氣とは、あの氣衝衝として自以爲是の躁氣で、これに凭って一人の善惡を斷定できる。要するに、神は氣の生んだ子であり、氣は神の母親である。神は氣を留住することができるが、氣は神を留住できない。定訣は言う:相術の妙法はどこにあるか。彼の「學堂」部位(眼・額・齒・耳前など聰明文章を主る部位)上の神と氣を觀察することにある。氣の一樣が最も緊要で、人若し神と氣を認め清めることができれば、富貴貧賤は皆掂量して出すことができる。
油若竭今燈焰熄。氣喪則神亡。《神解》云:將全其形,先須其理,精實氣固則神安。血枯氣散則神亡。風鑑云:氣壯血和則安固,血枯氣散神失奔。謝靈運云:夭壽之人神離睫,泛而不救,無所守也。圖南云:氣冷形衰壽豈宜。又云:氣短精神慢,那得有長年。秘訣云:神氣乃相須者也,氣既喪,神安得獨存。經云:神散氣聚,少孤破家。氣聚神散,作事不定,神與氣合,深遠主壽,清秀主貴。
油が一旦耗り乾けば燈焰は熄え、同じく、氣が一旦喪われれば神も消亡する(底本の「今」は「兮」とすべき)。《神解》は言う:形體を保全せんと欲すれば、まずその條理に順うべし。精が充實し氣が固密ならば、神は安穩である。血が枯竭し氣が渙散すれば、神は消亡する。《風鑑》は言う:氣壯にして血和なる人は神が安らぎ固く、血枯し氣散ずる人は神が守を失い奔潰する。謝靈運は言う:短命の人は、神が眼睫を離れて外に浮び、散漫して收まることなく、救い返すことができない。それが守持する所なきがゆえである。陳摶は言う:氣冷たく形衰えたる人、どうして長壽を談ずるに足らん。また言う:呼吸が短促し精神が遲慢なれば、どこに長年あらん。秘傳の口訣は言う:神と氣は互いに依賴するもので、氣がすでに喪われたれば、神がどうして獨り存せん。相經は言う:神散じて氣聚まる人は、早年孤苦し家業を破敗す。氣聚まりて神散ずる人は、事を爲すに定準なし。神と氣が相合し、氣象が深遠なるは長壽を主り、清秀なるは顯貴を主る。
燈若明兮油潤之。神若秀發,由氣助之。《風鑑》云:神居形內不可見,氣以養神為命根。又云:英標清秀心神爽,氣血調和神不昏。百閣道者云:神者百閱之秀氣也,如陽氣舒而山川秀發,日月現而田地清明。秘訣云:形能養神,托氣而安。氣不多則神暴而不安。欲安其神,先養其氣。故盂子不顧萬鍾之祿,能養其氣者也。
燈焰が明るい所以は、油がそれを滋潤しているからであり、人の神が秀發して外に露れる所以は、氣がそれを扶助しているからである。《風鑑》は言う:神は形體の内に居り、肉眼は見えず、氣はもって神を涵養し、性命の根本である。また言う:風采が清秀なる人は心神が爽朗であり、氣血が調和する人は神志が昏れない。白閣道者は言う:神は百般の歷練涵蓄して出た秀氣で、まさに陽氣が舒發する時に山川が秀麗に顯れ、日月が出づる時に田野が一片に清明となるがごとし(底本の「百閣」は「白閣」とすべき)。秘傳の口訣は言う:形體は神を涵養することができ、而して神は氣に托して初めて安定する。氣が充足せざれば、神は躁動して安んぜず。彼の神を安頓せんと欲すれば、まず彼の氣を涵養せよ。ゆえに孟子は萬鐘の厚祿を顧みずして心を動かさず、まさに氣を養うに善き者である(底本の「盂子」は「孟子」とすべき)。
落落失常無宅守。落落不得志之意。《肘後經》云:神衰血敗氣將凋,失志落落不支持。鬼箭云:荒唐失志神無宅,不到中途則夭亡。來和子云:綏綏失志,失志改常神已去。秘訣云:神氣欲散,福祿將艾,雖處得意之時,無異窘迫之際。此乃神已去舍,觀之何知歌曰:何知為官多災難,坐時眉攢口門常嘆,何知其人必死亡,塵埃面色言失常。正無守宅謂也。
神情が落落として寡合し、擧止が常度を失うは、これは神に安宅して守るべき所がないのである。「落落」とは志を得ざる樣である。《肘後經》は言う:神衰え、血敗れ、氣將に凋零せんとする人は、失意落落として支えがたい。《鬼箭》は言う:行事が荒唐し心志が頹喪すれば、神に歸宿の宅なく、中途に至らずして夭亡する。來和子は言う:遲遲疑疑として失魂落魄し、一たび志を失えば擧止が反常する。あれは神がすでに去ったのである。秘傳の口訣は言う:神氣が將に渙散せんとするとき、福祿もまた將に盡きんとす。たとい正に得意の時に在るとも、窘迫の際と兩樣なし――これは神がすでにその居を離れたのである。《何知歌》は言う:どうして官を爲る人の災難多きを知るか。彼の坐る時の雙眉緊く攢み、口を開けば歎息するを見よ。どうしてこの人の必ず死するを知るか。彼の面色が塵埃を蒙ったがごとく、說話が顛三倒四なるを見よ。これは正に「神に宅なく守るべき所なし」の意である。
澄澄絕俗有根株。澄澄,瑩靜無雜。絕俗,出眾異常。根株,苗裔行本也。陳圖南云:精神澄徹,如止水之淵,驚之不懼,折之不回,君子之人也。神解云:虛化神、神化氣,氣為骨之苗裔,骨為神之根株矣。《肘後經》云:骨肉相滋不相返,精神湛粹壽康寧。秘訣云:峨峨怪石迷閒雲。崑山片玉已琢出。此至精之寶,發於外而蘊於內,非天地之鍾毓,道之涵養,而能有此乎。
神氣が澄澈し、流俗を超絕する人は、根柢あるものである。「澄澄」とは瑩潔安靜にして雜質を夾まざることであり、「絕俗」とは出衆異常なることであり、「根株」とは苗裔と本根を指す。陳摶は言う:精神が澄澈して一潭の止水のごとく、彼を驚嚇しても懼れず、彼を摧折しても回頭せざるは、これ君子の人である。《神解》は言う:虛無が化して神を生じ、神が化して氣を生じ、氣は骨の苗裔であり、骨は神の根株である。《肘後經》は言う:骨と肉が互いに滋養して相い違わず、精神が湛然として純粹ならば、長壽安康である。秘傳の口訣は言う:巍峨の怪石は閑雲の裏に隱沒し、崑崙山の片玉はすでに琢磨され出づ――これは最も精粹の寶物で、發露して外に在り、藴藏して内に在る。もし天地が靈を鍾し秀を毓り、大道が涵養して成したるにあらざれば、どうしてこのような人があらんか。
縱然形肉充盈實。雖有形肉,不如神氣。來和子云:形亦厚,肉亦充,無神無氣怨天公。陳圖南云:有肉而無氣,猶如蟲木內已空虛,雖外有皮膚,暴風迅雨,鮮有不摧者也。秘訣云:有神氣無形肉者,有根蒂而無枝葉、非時不茂。昔人有相諸葛孔明者曰:外稟松柏枯槁之姿,內有文理根蒂之實,風雨不摧折,一日華秀,名滿天下。
たとい形體肌肉が生長して充實飽滿するも、必ずしも靠むべからず。徒らに形肉あるは、神氣あるに及ばざるなり。來和子は言う:形體も厚實し、肌肉も豊滿なれど、神なく氣なければ、ただ老天爺を埋怨するよりほかなし。陳摶は言う:肉あって氣なき人は、譬えば蟲に蛀められて空となった樹のごとく、裏はすでに空虚で、外に一層の樹皮あるのみ、一たび暴風急雨に遇えば、摧折せざるもの鮮し。秘傳の口訣は言う:反して、神氣あって形肉單薄なる人は、譬えば根柢あって暫く枝葉を缺くがごとく、時到らざれば繁茂せざるのみ。昔ある人が諸葛亮に相面して言う:外表に禀受するは松柏枯瘦の姿なれど、内裏に紋理深固の根柢あり、風雨もそれを摧折し得ず。一旦開花吐秀すれば、便ち名は天下に滿ちん。
氣散神枯虛殼子。神氣俱亡,虛有幻軀。《無形》云:神也無,氣也無,空空遺下這皮膚。殼子若值風霜損,谷神先已向秋枯。秘訣云:氣以血養而助神,氣散則神枯,由心不能生血故也。心何為而不生血,由思慮勞傷。揣摩計較,斷喪心之虛靈,所以損耗神氣元神,元神耗則神氣亡,神氣亡,幻軀能久乎。
氣が一たび散じ、神が一たび枯れれば、人はただ一個の空殼子を剩すのみ。神も氣もなくなり、空しく一副の虚幻の軀體を留めるのみである。《無形歌》は言う:神もなく、氣もなく、空空としてこの一層の皮膚を剩す。この軀殼が再び風霜の損傷を遭えば、あの生機を主管する「谷神」は早くも秋草のように枯萎した。秘傳の口訣は言う:氣は血に依って滋養され、また氣をもって神を扶助する。氣が一たび渙散すれば、神は枯竭する。その根子は心が血を生ぜざるに在る。心は何を以てか血を生ぜざる。思慮が過度で、心を勞し神を傷し、事事揣摩計較して、心の虛明靈覺を斷送するによって、これに因って神氣と元神を損耗する。元神が一たび耗れれば、神氣は亡び、神氣が一たび亡びれば、この幻化の軀體はなお幾何を維持し得んか。
許負相德器 第五
許負西漢時人。陰陽陶鑄幾般人。陰陽二氣生成,分智思賢不肖幾般。陳圖南云:夫人之生,為萬物之貴,懷天地五常之性,抱陰陽二氣之靈,雖秉彝之本問,肖容貌之非一。《通玄賦》云:陽生陰育,天尊地卑。燭謄經云:人凜陰陽之正氣,形似天地以相同,中聖有全德,造化無全功。秘訣云:陰陽二氣之化生也,陽先而陰後,陽施而陰受,陽者乾道,陰者坤道,乾道成男,坤道成女,稟其氣之清者,為聖為賢,稟其氣之濁者,為愚為不肖,所以稟氣則同,清濁有異,而人品殊文。
本篇は許負の署したもので、彼女は西漢初年の著名な女相士で、かつて周亞夫・薄姬を相したことがある。陰陽二氣は陶匠鑄工のごとく、各式各樣の人を捏造し出す。陰陽二氣によって生成すれば、これによって智愚賢不肖の幾等かに分かれる。陳摶は言う:人が生まれて萬物中最も尊貴なる者たる所以は、彼が天地の仁義禮智信の五常の性を懐き、陰陽二氣の靈明を抱いているからである。人人の秉受する常理はもとは一樣なれども、相貌は各々同じからざるなり。《通玄賦》は言う:陽來りて生發し、陰來りて長育す。天尊して上に在り、地卑して下に在る。《燭誊經》は言う:人は陰陽の正氣を禀受し、形體の構造は天地と相似たり。その中に聖人は全德を具備するも、造化は十全の功用なし。秘傳の口訣は言う:陰陽二氣が萬物を化生し、陽が先に在りて陰が後に在り、陽は施與して陰は承受す。陽は乾道、陰は坤道、乾道は男子を成就し、坤道は女子を成就す。清氣を禀受する者は聖賢となり、濁氣を禀受する者は愚頑不肖となる。ゆえに曰く、禀氣の一點は人人相同なるも、ただ清濁に別あるがゆえに、人品は高下に分かれる。
器識緣何分淺深。器者德器,識者識量。裴行儉云:士先器識而後文藝。李靖云:淺淺器識庸人耳,福薄難與成功名。《風鑑》云:形者人之材也,德者人之器也,有材矣而付之以德,猶如雕琢而成器也。器遇拙工而棄之,是為不材之材也。秘訣云:德在形先,形在德後,如項羽目有重瞳,形則善矣;然而咸陽三月火,骸骨亂如麻。哭聲慘怛天地,非羽殘暴之器致之乎?竟而舨舟不渡、則首烏江,形何足恃哉。
人の「器識」が何を以てか深淺あるか。「器」とは德性の容量を指し、「識」とは見識の度量を指す。唐代の裴行儉は言う:士人はまず器識を講じ、その後に初めて文才技藝を講ず。李靖は言う:器識が淺薄なるは庸人に過ぎず、福分が單薄で、彼とともに功名を成就すること甚だ難し。《風鑑》は言う:形貌は人の材料であり、德性は人の器皿である。材料に加うるに德性を以てすれば、譬えば木料が雕琢を經て器物と成るがごとし。同じ材料が笨拙な工匠の手に落ちて丢棄されれば、それは不材の材料と成る。秘傳の口訣は言う:德は形の先に在り、形は德の後に在る。譬えば項羽の眼に重瞳生じ、形相は好しと謂うべからざるなし。しかるに咸陽を火して三月滅せず、白骨は縱橫として麻のごとく、哭聲は慘絕して天地に滿つ。これは正に項羽の殘暴なる器量の成したる所にあらずや。最終に彼は烏江亭長の船に渡るを肯ぜず、江邊に自刎した。見るべし、形相のみを凭って何の倚仗する所あらん(底本の「舨舟」は「艤舟」とすべき、「則首」は「刎首」とすべき)。
也有汪洋居臺閣。汪洋,喻德量之寬宏,臺閣,三公元宰之位也。《風鑑》云:剛毅汪洋誰可識。呂尚云:器宇汪洋有容納,志氣深遠有機謀,動作使令不可料,時通亦為公與候。鬼箭云:氣宇軒昂好丰標,必居臺閣佐明朝。秘訣云:形□美惡,本自生成,器識卑瑣,學問可以充拓。昔柴羔見惡末學,性至愚滷。一見孔子之後,啟蟄不殺,方長不折,不徑不竇,居喪泣血三年。未曾見齒,卒成大賢。學問之變如此!
人の中にも氣度が汪洋として臺閣の位に居る者がある。「汪洋」は德量の寬廣宏大を比喩し、「臺閣」は三公宰輔の高位を指す。《風鑑》は言う:剛毅にして汪洋たる氣象、誰か能く之を識らん。呂尚は言う:器局が汪洋として人を容れ、志氣が深遠として謀略あり、一擧一動・發號施令が皆人意表に出で、時運一通すれば位は公侯に至る。《鬼箭》は言う:氣宇が軒昂し豐采が出衆なる人は、必ず臺閣に居り、清明の朝廷を輔佐す。秘傳の口訣は言う:形貌の(ここで底本に脱字あり)美醜はもともと生まれつき定まるも、器識の卑下瑣屑は學問を以て擴充すべきなり。昔子羔は相貌が醜陋にして、また學問を缺き、性情は極めて愚鈍粗率なりき。孔子に見えてより以來、蟄蟲が初めて醒むる時に殺生せず、草木が正に長ずる時に折斷せず、歩くに小道を抄せず、出入に洞穴を鑚らず、居喪三年泣血哀慟して、未だかつて齒を露わにして笑わず、終に大賢と成れり。學問が人を改變すること竟にこの地步に至る(底本の「柴羔」は「柴(子羔)」とすべき、「末學」は「未學」とすべき)。
也有輕盈處廟廷。氣驕則輕,志滿則盈。廟廷,朝廷也。《風鑑》云:幾輩堂堂相貌清,幾人相貌太輕盈。神機云:骨格精神志氣盈。早年佩玉立廟廷。春花必定春時發,過卻春時花謝傾。秘訣云:德器者,滄海之波瀾。注之不見泛,挹之不見涸。虛而能受,動而愈出,此其所以異於輕盈者也。
また氣浮き志滿ちたる人が一時朝廷に身を處することもある。氣が驕橫なれば輕浮に顯れ、志が自滿すれば盈溢に顯れる。「廟廷」とは朝廷である。《風鑑》は言う:幾輩かの人は相貌が堂堂として清朗なり、また幾人かは相貌が未免輕浮盈滿に太り過ぐる。《神機》は言う:骨格精神は好しといえども、志氣が滿盈に過ぎる者は、この種は早年にも玉を佩びて朝堂に立つことを得る。しかし春花は必ず春に開き、一たび春時を過ぎれば凋謝傾落す――意思はこの類の人は發するも早く敗するも速きを言う。秘傳の口訣は言う:真に德器ある人は、滄海の波瀾のごとし。往きて水を注げば泛濫を見ず、中より酌取すれば乾涸を見ず。空虚なるがゆえに容受し、愈々攪動すれば愈々涌出して盡きざるなり。これは正に彼が「輕盈」の輩と同じからざる處である。
輕盈薄識非遐福。輕盈薄識不見於其身而見於其後。裴行儉云:士有文才而浮急淺露,豈享富貴之耶。管輅云:處崇宦而自視巍巍然,非遐福之器也。秘決云:大舜微時,耕稼陶漁,艱苦無不履歷,及身處九重,玉食萬國,自是不以為欲然,無異耕稼陶漁之時,祿位名壽,兼而有之,福流子孫,真遐福之器哉。
輕浮にして見識が淺薄なる人は、長遠の福を享くることを得ず。この種の輕浮淺薄は、報應が往々にして彼本人の身に顯れずして、彼の後代の身に顯れる。裴行儉は言う:讀書人は文才ありといえども、浮躁急切にして淺露して藏する所なければ、どこで富貴を享くるに足らんや。管輅は言う:高官顯位に居りて自ら視ること巍然として了不起たるは、これ長久の福分を享くる能わざる器量なり。秘傳の口訣は言う:大舜は微賤に出でし時、田を耕し、陶を燒き、魚を打ち、各種の艱苦を皆經歷したり。彼が帝位に登るを及ぶや、天下の奉養を享用すとも、亦たかつてこれを以て得意自滿せず、當年耕稼陶漁の時と兩樣なかりき。祿位・名聲・壽數を兼ね有し、福澤は子孫に流れ、これぞ真に遠き福を享くる能くの器量なり(底本の「不以為欲然」は「不以為泰然」の類とすべく、語意は自滿せざること)。
汪洋大度可延齡。絕而能續曰延,齡,年齡也。白閣道者云:腹內能容三萬斛,齡如一縷亦須延。陸賈云:漢高豁達大度。秘訣云:書云:有容德乃大。夫德者,天爵也。孟云:修其天爵,而人爵從之。即宋郊以竹渡蟻,遇胡僧相之曰,公神彩異常,必活數萬性命,後日當魁天下。夫以數萬蟻命,猶獲報之速,使活天下蒼生之命,又當何如耶,延齡之說,誠非迂也。
氣量汪洋として人に待るに寬大なる人は、壽數を延長すべし。「延」とは本應斷絕すれども接續し得ること、「齡」は即ち年歲である。白閣道者は言う:肚裏に三萬斛を容るるを得れば、壽命たとい一縷の如く細くとも、必ず接續延長すべし。陸賈は言う:漢高祖の人となり豁達大度なり。秘傳の口訣は言う:《尚書》に「容あり、德乃ち大なり」と講ず。德は上天の給ふ爵位なり。孟子は曰く、天賦の爵位を修好すれば、人間の爵位は自らそれに隨い來る。宋代の宋郊が竹枝を以て橋を搭き水に淹れたる蟻を渡し出だしたるが如く、後に一の胡僧に遇うて彼に相面して曰く、あなたの神采は往日と大いに同じからず、必ず幾萬條の性命を救活せしなり、日後當に狀元に高中すべし。幾萬隻の蟻を救うもなほ報應の速かなること此の如し。況んや天下蒼生の性命を救活するにおいては、それはまた如何なるべき。見るべし、「寬大延壽」の說は、實に迂闊の談にあらず。
子輿□巖師萬世。孟柯,字子輿,□巖,氣象□巖也。《風鑑》云:□巖器宇旋旋生。《通仙錄》云:□巖器宇旋旋露,有類古玉埋千秋。《清鑑》云:孟子巖巖,泰山氣象,能賤齊宣之祿萬鍾。秘訣云:夫有德者,其器宇恢廓,輕萬鍾一節,未足以窺其微,使務名者亦能之,畢竟於平時見義無難色,方得之,古人謂觀其所忽是也。
孟子の氣象は岩岩として、萬世の師と爲すべし(ここで底本に一「岩」字脱あり)。孟子は名を軻、字を子輿といふ。「岩岩」(底本脱字)は彼の氣象が高峻なること山岩の如きを形容す。《風鑑》は言う:岩岩の器宇は一層々生發して出づ。《通仙錄》は言う:岩岩の器宇は一層々顯露し、埋藏千年の古玉が重ねて天日を見るが如し。《清鑑》は言う:孟子の氣象は岩岩として、泰山の如き氣度あり、故に能く齊宣王の萬鐘の厚祿を輕く視ることを得たり。秘傳の口訣は言う:德ある人は、器量が寬宏廓大なり。單に彼が萬鐘の祿を輕視する此一節を視るのみでは、還た彼の精微の處を窺見するに足らず、好名の人も之を爲す能わざればなり。畢竟彼が平日義に合する事に遇う時、臉上に一點の爲難の色なきを見て、初めて真に德ありと算す。古人の所謂「其の忽なりする所を觀る」――彼が經意せざる處に於ける表現を見る――講ずる所は即ち此の道理なり(底本の「孟柯」は「孟軻」とすべき)。
夷吾卑俠佐姜齊。管仲,字夷吾,相齊桓公,伯諸侯。孔子曰:管仲之器小哉。朱子注云:局量褊淺,規模卑狹,謂其得君行道而以伯終也。秘訣云:或謂孔子論管仲之器小,朱子釋曰:局量褊淺,規模卑狹,此論事功,末論其德容。葆和子曰:不然,器者,吾身之德,發而為容,有其德便有其器,有其器便有其容。事功即德器之見於行也,故古人見其禮而知其政,聞其樂而知其德。袁柳莊曰:聞人之聲,而知其素,其意於此同。
管仲の器局は卑狹で、ただ姜姓の齊國が覇を稱するを輔佐するのみ足る。管仲は字を夷吾といい、齊桓公の相國と爲り、桓公をして諸侯に覇を稱せしめたり。孔子は曰く、管仲の器量は小なり、と。朱熹の注解は曰く、彼の局量は偏狹淺薄にして、規模は卑下狹窄なり、意思は彼が明君を得て大道を推行すべきに、最後に霸業に止まるのみと謂ふなり。秘傳の口訣は言う:或る人は孔子の管仲器小と講ずるを以て、朱熹は局量褊淺・規模卑狹と解せりと思ふも、これは事功に就きて論ずるのみ、未だ彼の德と容に論ずるに至らざるなり(底本の「末」は「未」とすべき)。葆和子は曰く、然らず。所謂器とは、即ち自身の德にして、發露して出づれば即ち容貌なり。あの份の德あればあの份の器あり、あの份の器あればあの份の容あり。事功は不過德器が行事の上に表現せるのみ。故に古人は一國の禮制を見れば即ち其の政事を知り、其の音樂を聽けば即ち其の德教を知れり。袁柳莊は曰く、一人の聲音を聽けば、即ち彼が平素人と爲る所を知る、と。意思は此れと相同じ。
此特公私毫髮間。用心有公私之別。玄談云:丰姿異,骨格奇,再觀才器設施為。才濟變,意有私,小人君子不同歸。朱文達曰:公道私情,此事間不容髮。秘訣云:夷吾葵丘之會,名尊周室,實伯齊桓。公私之不同,宣尼知之。所以器不能王齊而伯終也。假如既有此才器,有奇形,且至大公無我,不惟福庇於一身一家,大君赤子,亦蒙其福矣。人之德器,顧不重哉。
君子と小人の分別は、ただ公と私の一絲一毫の間にあるのみ。用心に公私あれば、結果は兩樣となる。《玄談》は言う:豐采が凡ならず、骨格が奇特なれば、なお更に彼の才干器局がどう施爲するかを見なければならない。若し才能が變局に應付するに足り、用意が私心を夾むならば、小人と君子は終じて一条の路に至ること能わず。朱文達は言う:公道と私情の中間には一根の頭髮も容るることを得ず。秘傳の口訣は言う:管仲が葵丘の會を主持したのは、名義上は周王室を尊崇するも、實際は齊桓公のために霸を争ったのである。この一點の公私の別を、孔子は清清楚楚と見た。ゆえに彼の器量は霸を稱するのみ能くして王道を行ふ能わずと言ったのである。假に既にこのような才器、このような奇相あり、また能く大公無私ならば、福を受くるは己の一身一家のみならず、君主と百姓もともに彼の福澤を蒙受する。人の德器、豈に重要ならざらんや。
出其下者無足評。德器不及夷吾者,無足論相矣。《風鑑》云:上貴之人方人相,中下之人豈可評。成和子云:南北路頭多少人,上士吾方與論評。秘訣云:麻衣曰:形骸侷促,作事猥縮。器宇軒昂。一生快順。夫軒昂者,抱致遠之資。侷促者,顯卑瑣之態。人品已定,貴賤已殊,無足評論固宜。
器量がなほ管仲の下にある人は、評説するに足らない。德器が管仲にすら趕き及ばぬ者は、彼のために相を論ずる要用なし。《風鑑》は言う:ただ上等の貴人のみが相人の法に配すべきで、中下の人はどこで評論するに足らん。成和子は言う:南來北往の路上に多少人あるも、ただ上等の人物のみ我は肯んじて彼と品評を與へん。秘傳の口訣は言う:《麻衣相法》に講ず:形骸が局促なる人は、事を爲すも畏縮猥瑣なり。器宇が軒昂なる人は、一生順遂快意なり。軒昂の人は遠きを行き大きを致す資質を懷抱し、局促の人は卑下瑣碎の情態を顯す。人品は既に定まり、貴賤は既に分かれたり。この類の人を評論するに足らずと言うは、本應當然なり。
福若水兮德若器。德隨器付。《玉管訣》云:雖然論相而論福,尤必觀器面知德。度冥經云:人有一分德器,必有一分衣祿。十分德器,必有十分衣祿。秘訣云:福水德器之喻,極善比方者也。吾曾讀史,見古人作欹器者,中則正,滿則覆。限於其器也。始知德福小者,亦猶欹器之有限也。
福は水に譬え、德は水を盛る器皿に譬える。幾何の水を盛るを得るかは、全く器皿の大小を視る。福もまた德器に隨って分派して下る。《玉管訣》は言う:相を論ずるは福を論ずる爲めとはいえ、尤も必ずまず彼の器量を見、器量の上より彼の德を知るべし(底本の「面」は「而」とすべき)。《度冥經》は言う:人に一分の德器あれば、必ず一分の衣祿あり。十分の德器あれば、必ず十分の衣祿あり。秘傳の口訣は言う:福を水に比し、德を器に比すとは、この比方は極めて好く打たれたり。我曾て史書を讀み、古人が一種の「欹器」を造るを見たり。水を半ば注げば端正し、滿ち注げば傾覆す――これは器皿の容量の限る所を受くるなり。これに由りて初めて明白す。德小さく福小なる人も、正に欹器の如く有限なるを。
器若淺今水盈溢。器小福薄。鬼箭云:相寒福薄是前緣,器淺分明由怨天。胡僧云:小人形貌相有方,不見□間乞祭郎。施施狀,驕妻房,易盈易溢最乖張。昏夜乞哀曾婢膝,白書矜人更濟鏘。器淺志盈無遠識,直饒富貴也尋常。
器皿が淺小なれば、水一たび注げば滿ち溢れ出づ。同じく、器量小なる人は福分も薄し(底本の「今」は「兮」とすべき)。《鬼箭》は言う:相貌が寒薄にして福分が單薄なるは、前世の因緣なり。器量が淺窄なるも分明に老天を埋怨することのみ知る。胡僧は言う:小人の形貌にも方正に生まれたる者あり。しかるに汝は見ざりしや(ここで底本に脱字あり)あの人に向かって祭餘を乞求する者を。彼は得意の時に洋洋自得し、妻子の前に驕りを逞しうす。滿ち易く溢れ易く、最も乖張なり。昏夜には人に向かって哀求し、曾て卑躬屈膝せり。白日には人の前に誇耀し、聲調は鏗鏘たり(底本の「白書」は「白晝」とすべき)。器量淺くして志氣滿ち、長遠の見識なく、縱いて彼を富貴せしむるも、不過平常の輩なり。
秘訣云:曾聞孔子臍深七李,董卓亦臍深七李。經云,臍為五臟之外表,惟喜深寬,怕窄小,居上為智居下愚,七李能容仲尼是,亙古一聖,賦此異質,董卓亦當如仲尼之聖為是。何乃驕於盧植曰:吾與公同位方嶽,公何尚居中郎?植曰:明公與我皆鴻鵠,不意明公變為鳳凰。卓喜,夫卓使孔子之德。又有其形,是亦孔子也。何乃戮身燃臍。德不稱形故也。
秘傳の口訣は言う:曾て聞く、孔子の肚臍は深く七枚の李子を容れ、董卓の肚臍もまた深く七枚の李子を容れたりと。相經に講ず、肚臍は五臟の外に顯れたる標志にして、ただ深く寬く生まれんことを喜び、最も窄小を怕る。臍位が上に偏する人は聰明にして、下に偏する人は愚鈍なり。既に「臍七李を容る」の如き異相あり、孔子が之を有して亙古の一聖と成りし以上、董卓もまた孔子の如く聖明なるべきなり。しかるに彼は偏偏として盧植に對して傲慢に曰く、我とあなたと同じく方伯の位に居るに、あなたは何ぞなお中郎のみ為すや、と。盧植は答えて曰く、あなたと我とはもともと皆鴻鵠なりき、思いも寄らずあなたが今や鳳凰に變成するとは。董卓之を聞きて甚だ喜べり。見るべし、董卓もし真に孔子の德あり、また孔子の形あらば、彼も即ち孔子なり。何を以てか最後に身に殺戮を遭い、人の肚臍の上に燈を點じて屍を焚かれしや。正に彼の德が彼の形に配せざるが故なり。
得志崢嶸泯德色。德色,驕矜之態。泯,無跡也。《風鑑》云:紅紫黃光起福堂,崢嶸得志喜非常。謝靈運云:得志之人輕可識,辨取崢嶸及德色。秘訣云:富貴得志之氣,三光五澤、此正本來之色也。人若處此富貴之時,未嘗不以富貴驕人,其傲慢之氣,有不及檢柬於處已待人之時,圭角發露,此德色也,學力到,涵養純,則無矣。
人が得志崢嶸の時、「德色」を消泯して痕跡を留めざるを得るこそ、涵養あると算す。「德色」とは自ら德あるを恃みて驕矜する神態で、「泯」とは形跡を留めざること。《風鑑》は言う:福堂部位(額角の兩傍)に紅紫黄潤の光澤が泛起するは、正に崢嶸得志・喜事非常の氣色なり。謝靈運は言う:得志の人は認め易し。ただ彼の臉上の崢嶸の氣と德色とを辨ぜよ。秘傳の口訣は言う:富貴得志の人の氣は、三光五澤を現出す。これは本來それの應有の本色なり。人が富貴の時に處すれば、未免富貴を拿げて人に向かって架子を擺す。その傲慢の氣は、人を待ち物に接するに檢點するに及ばず、稜角は露れ出る。これが即ち德色なり。學力が到家し涵養が純熟するを及ぶや、この種の德色は便ち無くなる(底本の「檢柬」は「檢束」とすべき)。
失時落魄絕狐媚。落魄,猶言喪氣也。狐善媚,故曰狐媚。《風鑑》云:失志落落坐立欹。成和子云:落魄貧寒無媚態,相中唯有此人稀。秘訣云:世間惟有貧賤至易移人、飢寒迫於身,壯氣消磨,雄心頓挫。鮮不奴顏拽招十王公。程子詩:富貴不淫貧賤樂、男兒到此是豪雄,此相之謂也。
失意落魄の時、一點の諂媚の態もなきを得るこそ、好相なり。「落魄」とは即ち喪氣潦倒なり。狐狸は媚を取るに善し。ゆえに媚を獻ずるを「狐媚」と呼ぶ。《風鑑》は言う:失志の人は落落として寡く歡ばず、坐るも立つも身子は皆歪斜なり。成和子は言う:落魄貧寒にして毫も媚態なきは、この種の人は相法の中に最も難得なり。秘傳の口訣は言う:世上に最も一人を改變し易きは貧賤に若くものなし。飢寒が身を逼り、壯氣は消磨し、雄心は受挫し、王公權貴に對して奴才の嘴臉を擺し、意を曲げて逢迎せざるもの鮮し。程顥の詩は曰く:富貴の時に放縱せず、貧賤の時にも自ら其の樂を得る。男兒此の地步を作して初めて豪傑と算す。講ずる所は即ち此の種の相なり。
任是不□難錄取。不□,貌惡寢小也。胡僧云:休嫌貌不□,白壁璞中藏。裴中立云:白題像,爾聲不□,爾貌不□,一點靈臺丹青莫狀。秘訣云:人形甚美,必有甚惡,人形甚惡,必有甚美。誠能知美中有惡,惡中有美,相術不減於姑布子卿矣。
たとい相貌が揚がらざるも、取るべからずと言うこと難し(ここ及び下文數處、底本は皆一字を脱し、「不揚」とすべき)。所謂「不揚」とは、容貌が醜陋にして身材が短小なるを言う。胡僧は言う:彼の相貌の揚がらざるを嫌うなかれ。白玉は正に未琢の璞石の裏に藏れたり。裴度(字は中立)は自ら畫像に題して曰く:あなたの聲音は揚がらず、あなたの容貌は揚がらざれども、あの一點の心地靈明は、丹青も畫き出すこと能わざるなり。秘傳の口訣は言う:人の形貌が極めて美なる者は、必ず別に極めて醜なる處あり。形貌が極めて醜なる者は、必ず別に極めて美なる處あり。真に美の中に惡あり、惡の中に美あるを懂得する能くば、相術は古代の名相士・姑布子卿に比して差し支えなからん。
心生相貌立□基。□基,寓言心地也。《人倫賦》云:借使修德於心,吉凶可易。陳圖南云,心發善端諸福集。麻衣云:末觀形貌,先相心田。秘訣云:心生相貌,以理言也。夫人心雕琢太甚,生理盡矣。具有美形,術見有減,惟福白減耳,培養方寸,生理全矣,雖有惡形,未嘗有改,惟福自增耳,學術者此不可不知。
相貌は心より生ず。ゆえにまず根基を立定せよ(ここで底本に脱字あり、「基」の上に一字あるべし)。この「基」(底本脱字)は借りて心地を言う。《人倫賦》は言う:假使能く心上に德を修めば、吉凶は改變すべきなり。陳摶は言う:心裏に善念を發すれば、各種の福は聚攏して來る。《麻衣相法》は言う:まず形貌を見るな、まず心田を相せよ。秘傳の口訣は言う:心は相貌を生じ得る。これは道理に就きて講ずるなり。人若し心機を雕琢すること太も過ぎれば、生生の理は斷絕す。縱いて一副の好形貌ありとも、相術の上に減損を見出す能わざるも、福分はすでに暗中に減少せり。反して、若し能く方寸の心を培養して生理完足なれば、たとい一副の惡形貌あるも、形貌は未だ必ずしも改變せざるも、福分は自ら増加す。相術を學ぶ人は、此一點を知らざるべからず(底本の「白減」は「自減」とすべき、「術見」は「相見」の類とすべき)。
右五條相法,精無不該,粗無不載,囊括諸相法中之相,泛視之,其辭簡約,深玩之,其理無窮。餘珍之久矣,敢自私乎,公於同志。
以上五篇の相法は、精微の處は包せざるなく、粗淺の處は記せざるなし。各家の相法中の最も緊要なる相理を皆囊括し盡したり。粗粗として之を看れば、文辭は簡約なり。細細として之を玩味すれば、道理は無窮なり。我之を珍藏することすでに久し。豈に敢えて私獨占せんや。今公佈し出だして、同道とともに之を享ぶ(底本の「餘」は「余」とすべき)。
十三部位總歌
天中 天庭 司空 中正 印堂 山根 年上 壽上 準頭 人中 水星 承槳 地閣
これは面部の上より下への十三箇の主幹部位の名稱で、相家は「十三部位」と稱し、全部面相定位の骨架である。額頂の髮際正中の「天中」より起こり、下へ順次に「天庭」(上額の中央)、「司空」(額中)、「中正」(額下の眉に近き處)、「印堂」(兩眉の間)、「山根」(兩眼の間の鼻梁の根)、「年上」(鼻梁の上段)、「壽上」(鼻梁の下段)、「準頭」(鼻尖)、「人中」(鼻下の溝)、「水星」(口)、「承漿」(下脣下方の凹處、底本は「承槳」)、「地閣」(下巴)とする。この十三處は一条の中線を排し、每處はまた各々一圈の附属小部位を帶び、以下の歌訣は即ち逐處にその左右の部位を點數するものである。
天中:第一天中對天嶽,左廂內府相隨續,高廣尺陽武庫同,軍門輔角邊地足。天庭:第二天庭連日角,龍角天府房心墓,上墓四殺戰堂連,驛馬吊庭分善惡。司空:第三司空額角前,上卿少府更相連,交友道中交額好,眉重山林看□賢。
第一位「天中」は額頂の髮際の正中にあり、それと相對するは天岳である。順次兩傍に排列するは左廂・內府、さらに外に高廣・尺陽・武庫、さらに外に軍門・輔角・邊地あり、邊地をもって止まる。天中一帶は早年の運と祖上の蔭庇を主り、また官府貴人との關係をも主る。第二位「天庭」は天中の下にあり、兩傍に日角・月角を連ね、さらに外に龍角・天府・房心墓あり、また上墓・四殺・戰堂が相連なり、最も外は驛馬・吊庭である。この一帶は父母の存亡と出行遷動を看る。氣色の明潤なるを善とし、昏暗なるを惡とす。第三位「司空」は額の中央・額角の前にあり、兩傍に上卿・少府を連ね、さらに外に交友・道中・交額あり、眉上の一帶の濃重なる處を山林と呼び、ここより賢人の相助を得るや否やを看る(ここで底本に脱字あり)。司空は官運と名位を主る。
中正:第四中正額角頭,虎角牛角輔骨遊,玄角斧裁及華蓋,福堂彩霞郊外求。印堂:第五印堂交鎖裡、左日□室林中起。酒樽精舍對繽門,劫路巷路青路尾。山根:第六山根對太陽,中陽少陽及外陽。魚尾奸門神光接,倉井大門玄武藏。
第四位「中正」は額下の眉に近き正中にあり、兩傍は虎角・牛角、さらに外に輔骨が游走し、また玄角・斧裁と華蓋あり、最も外は福堂・彩霞・郊外である。中正は官祿と一年吉凶の總綱を主る。第五位「印堂」は兩眉の間にあり、傍は交鎖、外に左日・□室(ここで底本に脱字あり)・林中あり、また酒樽・精舍と繽門が相對し、最も外は劫路・巷路・青路である。印堂は命宮の在る處で、一生成敗の根本を主る。第六位「山根」は兩眼の間の鼻梁の根にあり、兩傍に太陽(眼頭)・中陽・少陽及び外陽に對應し、また魚尾(眼尾)・奸門と神光に接し、還た倉井・大門あり、最も外は玄武を藏す。山根は疾厄と夫妻を主る。
年上:第七年上夫座參,長男中男及少男。金櫃禁房並賊盜,遊軍書上玉堂厴。壽上:第八壽上甲櫃依,歸來堂上正面時。姑姨姊妹好兄弟,外甥命門學堂基。準頭:第九準頭蘭臺正,法令灶上宮室盛。典御園倉後閣連,守門兵卒記印綬。
第七位「年上」は鼻梁の上段にあり、兩傍に夫座を參列し、さらに外に長男・中男・少男の三位あり、また金櫃・禁房と賊盜あり、さらに外は游軍・書上・玉堂などの處である。年上は中年の運と妻兒を主る。第八位「壽上」は鼻梁の下段にあり、緊く甲櫃に靠り、次は歸來・堂上・正面で、兩傍に姑・姨・姊・妹と兄弟の諸位を排し、さらに外に外甥・命門と學堂の根基がある。壽上は壽元と六親を主る。第九位「準頭」は即ち鼻尖で、兩傍に端正に蘭臺・廷尉を排し(左鼻翼を蘭臺、右鼻翼を廷尉とする)、下に法令紋と竈上・宮室に連なり、さらに後は典御・園倉・後閣、最も外は守門・兵卒と印綬である。準頭は財帛と信義を主り、一面の中心である。
人中:第十人中對井部、帳下細廚內閣附。小使僕從妓堂前,嬰門博士懸壁路。水星:十一水星閣門對,北鄰委巷通衢至。客舍兵蘭及家庫,商旅生門山頭寄。承漿:十二承漿祖宅安,孫宅外院林苑看。下墓莊田酒池上,郊廓荒斤道路旁。地閣:十三地閣下舍隨,奴僕推磨坑塹危。地庫陂池及鵝鴨,大海舟車無憂疑。
第十位「人中」は鼻下のあの一道の溝で、井部に對し、附近に帳下・細厨・內閣あり、さらに外に小使・僕從と妓堂、最も外は嬰門・博士・懸壁の諸路である。人中は子嗣と壽元の長短を主る。第十一位「水星」は即ち口で、閣門に對し、傍は北鄰・委巷、直ちに通衢に通じ、また客舍・兵蘭と家庫あり、最も外は商旅・生門と山頭を寄せる。水星は飮食・信用と晚年の衣祿を主る。第十二位「承漿」は下脣の下の凹處にあり、祖宅の安否を主り、傍に孫宅・外院と林苑を看、下は下墓・莊田と酒池、最も外は郊廓・荒丘と道路である(底本の「荒斤」は「荒丘」とすべき)。承漿は田産と酒食の厄を主る。第十三位「地閣」は即ち下巴で、それに隨うは下舍、傍に奴僕・推磨と坑塹の險あり、さらに外に地庫・陂池と鵝鴨、最も外は大海・舟車である。地閣が豊滿なれば、晚年に田宅奴僕俱に足り、船に行き車に乘るも皆憂慮なし。
流年部位歌
運氣.口訣.識限歌。欲識流年運氣行,男左女右各分形,天輪一二初年運,三四周流至天城,天廓垂珠五六七,八九天輪之上停,人輪十歲及十一,輪飛廓反必相刑,十二十三並十四,地輪朝口壽康寧,
以下は《流年部位歌》《運氣口訣》《識限歌》の三篇を包み、講ずる所は皆各歳が面上の何處に行き到るか、その處の好惡によって當年の吉凶を判斷することである。流年運氣の行く部位を推算するには、男子は左邊を看、女子は右邊を看て、各々その次序に按ずる。一二歳は「天輪」(耳輪の上緣)に行き、初年の運なり。三四歳は耳周に沿って「天城」に轉ず。五・六・七歳は「天廓」と「垂珠」(耳廓と耳垂)に行く。八・九歳はまた天輪の上停に回る。十歳と十一歳は「人輪」(耳輪の中段)に行き、此處若し輪が外に飛び、廓が前に反すれば、必ず刑克を主る。十二・十三・十四歳は「地輪」(耳垂の下緣)に行き、地輪が口部に朝向するは、壽元康寧を主る。
十五火星居正額,十六天中骨法成,十七十八日月角,遠逢十九應天庭,輔角二十二十一,二十二歲至司空,二十三四邊城地,二十五歲逢中正,二十六上主丘陵,二十七年看墳墓,二十八遇印堂平,
十五歳は「火星」に行き、額の正中の最上の處にあり。十六歳は「天中」に行き、此處の骨法が生成して隆起するや否やを看るべし。十七・十八歳は左右の「日角」「月角」(兩眉上方の額骨)に分かれて行き、父母を主る。十九歳は遠く「天庭」に行く。二十・二十一歳は「輔角」に行く。二十二歳は「司空」に到る。二十三・二十四歳は「邊城」「邊地」(額側の髮際に近き處)に行く。二十五歳は「中正」に逢う。二十六歳は「丘陵」に行く。二十七歳は「墳墓」(此の二處は眉上の外側)を看る。二十八歳は「印堂」に遇う。印堂は生じて平滿明潤なるを要し、この年にして初めて順なり。この一段は額部の十餘年の運程で、額相好なれば少年にして志を得る。
廿九三十山林部,三十一歲凌雲程,人命若逢三十二,額右黃光紫氣生,三十三行繁霞上,三十四有彩霞明,三十五歲太陽位,三十六上會太陰,中陽正當三十七,中陰三十八主亨,少陽年當三十九,少陰四十少弟兄,
二十九・三十歳は「山林」部(眉上の髮際に近き兩側)に行く。三十一歳は「凌雲」に行く。三十二歳は額右に行き到り、此處若し黄光紫氣が泛起すれば即ち吉兆なり。三十三歳は「繁霞」に行く。三十四歳は「彩霞」に行き、明潤を以て佳とす。三十五歳は「太陽」位(左眼頭)に行き、三十六歳は「太陰」(右眼頭)に會す。三十七歳は正に「中陽」に當たり、三十八歳は「中陰」に行き、亨通を主る。三十九歳は「少陽」に行き、四十歳は「少陰」に行き、此處が虧陷すれば兄弟稀少なり。太陽・太陰・中陽・中陰・少陽・少陰は兩眼を自内より外に向かって六段に分つもので、この六年は最も眼神の清濁を看る。
山根路遠四十一,四十二造精舍宮,四十三歲登光殿,四旬有四年上增,壽上又逢四十五,四十六七兩顴宮,準頭喜居四十八,四十九入蘭臺中,庭尉相逢正五十,人中五十一人驚,五十二三居仙庫,五旬有四食倉盈,五五得請祿倉米,五十六七法令明,五十八九遇虎耳,耳順之年遇水星,
四十一歳は「山根」に行き、路途はなほ遠し。四十二歳は「精舍」宮に到る。四十三歳は「光殿」に登る。四十四歳は「年上」に行き、運勢は漸々増す。四十五歳はまた「壽上」に逢う。四十六・四十七歳は左右兩「顴」宮に行き、權勢を主る。四十八歳は喜んで「準頭」(鼻尖)に行き、財帛の正位なり。四十九歳は「蘭臺」(左鼻翼)に入る。五十歳は正に「廷尉」(右鼻翼、底本は「庭尉」)に逢う。五十一歳は「人中」に行き、此處が深長なれば人はその壽に驚く。五十二・五十三歳は「仙庫」に行く。五十四歳は「食倉」に行き、豊盈なるべし。五十五歳は「祿倉」の米を得る。五十六・五十七歳は「法令」(鼻傍の兩道の紋)に行き、深長明晰を要す。五十八・五十九歳は「虎耳」に遇う。六十歳に到りて(孔子の所謂耳順の年)は「水星」に行き、即ち口なり。
承漿正居六十一,地庫六十二三逢,六十四居陂池內,六十五處鵝鴨鳴,六十六七穿金縷,歸來六十八九程,逾矩之年逢頌堂,地閣頻添七十一,七十二三多奴僕,腮骨七十四五同,七旬六七尋子位,七十八九丑牛耕,太公之年添一歲,更臨寅虎相偏靈,八十二三卯兔宮,八十四五辰龍行,八旬六七巳蛇中,八十八九午馬輕,九旬九一未羊明,九十二三猴結果,九十四五聽雞聲,九十六七犬吠月,九十八九買豬吞,
六十一歳は正に「承漿」に行く。六十二・六十三歳は「地庫」に逢う。六十四歳は「陂池」に行く。六十五歳は「鵝鴨」に行く。六十六・六十七歳は「金縷」に行く。六十八・六十九歳は「歸來」に行く。七十歳(孔子の所謂心の欲する所に従えども矩を踰えざるの年)は「頌堂」に逢う。七十一歳は「地閣」に添え到る。七十二・七十三歳は「奴僕」位に行く。七十四・七十五歳はともに「腮骨」に行く。七十六・七十七歳は「子」位を尋る。七十八・七十九歳は「丑牛」に行く。八十歳(姜太公は八十にして文王に遇い、故に太公の年と稱す)にまた一歳を添え、八十・八十一歳は「寅虎」の位に臨み、相理は偏に靈驗なり。八十二・八十三歳は「卯兔」宮に行く。八十四・八十五歳は「辰龍」に行く。八十六・八十七歳は「巳蛇」に行く。八十八・八十九歳は「午馬」に行く。九十・九十一歳は「未羊」に行く。九十二・九十三歳は「申猴」に行く。九十四・九十五歳は「酉鷄」に行く。九十六・九十七歳は「戌犬」に行く。九十八・九十九歳は「亥猪」に行く。この一段は十二支の属する生肖位を下巴と兩腮の一圈に排し、高壽の年の部位とする。
若問人生過百歲,頤數朝上保長生,周而□始輪於面,紋痣缺陷禍非輕,限運並沖明暗九,更逢破敗屬幽冥,又兼氣色相刑剋,骨肉破敗自伶仃,倘若運逢部位好,順時氣色見光晶,五嶽四瀆相朝拱,扶搖萬里任飛騰,誰識神仙真妙訣,相逢談笑世人驚。
若し百歳を過ぎて以後は如何に算するかと問わば、兩腮の下頦(頤)の部位が朝上して拱抱するや否やを看よ。朝上すれば則ち長生を保すべし。流年は周して復た始まり(ここで底本に脱字あり)、一輪輪として面上に轉ず。所行の部位若し紋路・黑痣或いは缺陷あれば、禍患は輕からず。運と限とが并臨して相沖し、また明九・暗九の年(十九・二十九と暗合の九數の年の如し)に遇い、再び部位の破敗に撞當すれば、幽暗凶險に落入す。若しさらに氣色と部位とが相刑相克するを加えれば、骨肉の親人は破敗し、自身もまた孤苦伶仃なり。反して、倘若行運が正に部位の生得よきに遇い、當令の氣色がまた光潤晶瑩し、五岳(額・頦・鼻・兩顴)と四瀆(耳・目・口・鼻)が互相朝拱すれば、則ち大鵬の扶搖直上するが如く、任意に萬里を飛騰すべし。誰か能くこの神仙の如き真妙訣を識らん、一たび見て談笑の間に斷じて世人を驚かしめん。
運氣口訣。水形一數金三歲,土厚惟將四歲推,火赴五年求順逆,木形二歲□何疑。金水兼之從上下,若云水火反求之。土自準頭初主限,周而□始定安危。
これは五形に配合して起運の歳數を定める口訣である。水形の人は一歳を以て數を起こし、金形の人は三歳より推を起こし、土形の厚重なるは四歳より推を起こし、火形の人は五年を以て一節とし順逆に按して推求し、木形の人は則ち二歳より算を起こす。疑う要なし(ここで底本に脱字あり)。金水の兩形を兼ね有するは、自上から下の次序に按して推す。若し水火の兼形ならば、則ち反って自下より上に推す。土形の人は「準頭」(鼻尖)より起こって初主の限と爲し、周して復た始まる(ここで底本に脱字あり)に轉じ、これに據って各年の安危を判定す。
識限歌。八歲十八二十八,下至山根上至髮。有無活計兩頭消,三十印堂莫帶殺。三二四二五十二,山根上下準頭止。禾倉祿馬要相當,不識之人莫亂指。五三六三七十三,人面排來地閣間。逐一推詳看禍福,火星百歲印堂添。上下兩截分貴賤,倉庫分平定有無。此是神仙真妙訣,莫將胡亂教庸夫。
これは八に逢い、二に逢い、三に逢う年歳に按って分段して「限」を看る口訣である。八歳・十八歳・二十八歳のこの一組は、所行の部位が下は山根より起こり上は髮際に至る。この一段は家業の有無・成敗消長が皆兩頭に顯れ出る。三十歳に到りて印堂に行き、印堂の上には切に煞紋惡氣を帶ぶるを忌む。三十二・四十二・五十二のこの一組は、所行の部位が山根の上より下に起こり、準頭に至って止まる。この一段は「禾倉」「祿馬」の兩處がそれと相當するや否やを看るべし。懂らざる人は亂りに部位を指すなかれ。五十三・六十三・七十三のこの一組は、面部の次序に按って一路に地閣に排し到る。逐處に推詳し、當年の禍福を看るべし。「火星」(額頂の正中)と印堂は、則ち直ちに百歳に添算すべし。總じて言えば、面は上下の兩截に分かれ、上截は貴賤を定め、下截は即ち倉庫(兩腮と地庫)の平滿なるや否やを分け、財物の有無を定める。これは神仙の如き真妙訣で、胡亂に庸俗の人に敎うるなかれ。
十二宮相論
一命宮 二財帛 三兄弟 四田宅 五男女 六奴僕 七妻妾 八疾厄 九遷移 十官祿 十一福德 十二相貌 十二宮總訣 相容貴賤
相家は面部を十二箇の各々一事を專管する宮位に劃し、「十二宮」と呼ぶ。第一は命宮(兩眉の間の印堂)、第二は財帛宮(鼻)、第三は兄弟宮(兩眉)、第四は田宅宮(兩眼)、第五は男女宮(兩眼下の淚堂)、第六は奴僕宮(地閣の兩側)、第七は妻妾宮(眼尾の魚尾・奸門)、第八は疾厄宮(山根)、第九は遷移宮(眉角の天倉)、第十は官祿宮(中正・額)、第十一は福德宮(天倉に地閣を連ぬ)、第十二は相貌宮(全面の三停)である。此の外に還た「十二宮總訣」と「相容貴賤」の兩節を附す。以下は逐宮に詩を立て論を立て、各宮の主る所の事と氣色の應驗を説明す。
一命宮。詩曰:眉眼中央是命宮,光明瑩淨學須通,若還紋理多□滯,破盡家財及祖宗。命宮者,居兩眉之間,山根之上。光明如鏡,學問皆通。山根平滿,乃主福壽。土星聳直,扶拱財星。眼若分明,財帛豐盈。額如川字,命逢釋馬,官星果若如斯,必保雙全富貴。凹沉必定貧寒,眉接交相成下賤。亂理離鄉又克妻,額窄眉枯,破財□。
第一は「命宮」。詩中に言う:兩眉兩眼の間の正中が即ち命宮で、此處が生じて光明瑩潔なれば、學問は自ら通達す。若し紋路が雜亂し、氣色が滯暗なれば(ここで底本に脱字あり)、便ち祖上の家産を敗盡す。命宮の位置は兩眉の間・山根の上に在り、即ち印堂なり。此處が光潔して鏡の如くなれば、讀書學問は皆通ず。山根が平滿なるは、福あり壽あるを主る。「土星」は即ち鼻梁の高聳端直にして、能く扶助拱衛して財星たる鼻を爲す。兩眼が黑白分明なるは、財帛豊足す。額上に「川」字の紋あり、命宮がまた驛馬(額側の邊地)に逢うて相應すれば、官星がまた生得かくの如くならば、必ず富貴雙全なり(底本の「釋馬」は「驛馬」とすべき)。命宮が凹陷低沉なるは、必ず貧寒なり。兩眉が交接して印堂に侵入するは、主人の下賤を主る。紋理が雜亂なるは離鄉しまた妻を克すを主る。額頭が狹窄にして眉毛が枯焦なるは、破財を主る(ここで底本に脱字あり)。
命宮論曰:印堂要明潤,主壽長久。眉交者,身命早傾。懸針主破,克妻害子。山嶽不宜昏暗,有川字紋者,為將相。平正明潤身常吉,得貴人之力。氣色青黃虛驚,赤主刑傷,白主喪服哭悲,黑主身亡,紅黃主壽安,終身吉兆。
命宮の總論は言う:印堂は明亮潤澤なるを要し、かくの如くすれば壽命長久を主る。兩眉が交連して印堂を侵占するは、身家性命が早年に傾覆す。印堂の中間に一條の「懸針紋」が竪たるは、破敗を主り、妻を克し子を害す。印堂の所在する中岳の一帶は昏暗すべからず。若し「川」字の三條の竪紋を生じて氣色明潤なれば、反って位は將相に至るを主る。此處が平正明潤なれば、一身常に吉にして、貴人の相助を得る能くす。再び氣色を看るに:青泛して黄を帶ぶるは虛驚を主り、赤泛すは刑傷爭鬥を主り、白泛すは喪服哭泣の事あるを主り、黑泛すは身亡を主り、紅黄の色を現すは則ち壽安を主り、終身吉利の徵兆なり。
二財帛。詩曰:鼻主財星瑩若隆,兩邊廚灶若教空。仰露家無財□栗,地閣相朝甲櫃豐。鼻乃財星,位居土宿。截簡懸膽,千倉萬箱。聳直豐隆,一生財旺。富貴中正不偏,須知永遠滔滔。鷹嘴尖峰。破財貧寒。莫教孔仰,主無隔宿之糧。廚灶若空,必是家無所積。
第二は「財帛宮」。詩中に言う:鼻は財を主る星で、生じて瑩潤隆起なるを要す。兩邊の「厨竈」(鼻孔)若し空虚にして外に露れば好からず。鼻孔が仰露するは、家に糧米すら存えざるなり(ここで底本に脱字あり)。地閣(下巴)が朝上して拱應し、甲櫃(兩腮)が豊滿なれば、家財乃ち厚し。鼻は財星で、五行は土に属す。ゆえに「土宿」と呼ぶ。鼻梁が截斷の竹筒の如く齊しく、鼻頭が懸垂の膽囊の如く圓なるは、千倉萬箱の富を主る。鼻梁が聳直豊隆なるは、一生財運旺なり。生じて端正偏らざるは、富貴長久にして滔滔として絕えざるなり。若し鼻頭が鷹嘴の如く尖鈎なれば、則ち破財貧寒を主る。切に鼻孔の天に向かって外仰す可からず。かくの如きは隔夜の糧食すら無きを主る。兩邊の鼻孔(厨竈)若し空陷なれば、家中必ず積蓄無し。
財帛宮論曰:天倉、地庫、金甲櫃、井、灶,總曰財帛官。須要豐滿明潤,財帛有餘,忽然枯削,財帛消乏。有天無地,先富後貧。天薄地豐、始貧終富。天高地厚,富貴滿足,蔭及子孫。額尖窄狹、一生貧寒。井灶破露,廚無宿食。金甲櫃豐,富貴不窮。氣色昏黑。主破失財祿,紅黃色現,主進財祿。青黃貫鼻、主得橫財。二櫃豐厚,明潤消和,居官而受賞賜。赤主口舌。
財帛宮の總論は言う:天倉(額角の兩傍)・地庫(下巴の兩側)・金甲櫃(兩腮骨)・井竈(鼻孔)のこの數處を合わせて皆財帛宮と呼ぶ(底本の「官」は「宮」とすべき)。これらの部位は豊滿明潤なるを要し、乃ち財帛餘裕あるを主る。忽然として枯瘦削薄と變ずれば、財帛は便ち消乏せんとす。天倉のみ有って地庫無きは、先ず富み後に貧し。天倉薄くて地庫豊なるは、初め貧寒にして終に富を致す。天倉高く地庫厚きは、富貴圓滿にして、還た子孫を蔭庇すべし。額尖りて狹窄なるは、一生貧寒なり。鼻孔が破露するは、廚裏に隔夜の糧を存えず。兩腮の金甲櫃が豊滿なれば、富貴無窮なり。再び氣色を看るに:昏黑は破財失祿を主り、紅黄の色を現すは進財得祿を主り、青中に黄を帶ぶる氣色が鼻上に貫るは、意外の財を得るを主る。兩頰の二の二櫃が豊厚にして氣色が明潤調和なるは、官を爲るは賞賜を受くべし。赤泛せば則ち口舌是非を主る。
三兄弟。詩曰:眉為兄弟軟徑長,兄弟生成四五強,兩角不齊須異母,交連黃簿送他鄉。兄弟位居兩眉,屬羅計。眉長過目,三四兄弟無刑。眉秀而疏,枝幹自然端正。有如新月,和同水遠超群。若是短粗,同氣連枝見別。眉環塞眼,雁行必疏。兩樣眉毛,定須異母。交連黃薄,自喪他鄉。旋結回毛。兄弟蛇鼠。
第三は「兄弟宮」。詩中に言う:兩眉は兄弟を主り、眉毛は柔軟修長なるを要す。生得よきは兄弟四五人にして皆強健を主る。兩邊の眉角が高低齊わざるは、多くは同父異母なり。兩眉が交連し、眉色が枯黄稀疎なるは、他鄉に客死するを主る。兄弟宮の位は兩眉に在り、星曜の上に「羅睺」「計都」の二星に属す。眉が長く眼に過ぐるは、三四人の兄弟あって刑克なきを主る。眉毛が清秀にして疎朗なるは、兄弟の此の枝幹が自ら端正なり。眉が新月の如きは、兄弟和睦して情誼長遠にして常人に超出す(底本の「水遠」は「永遠」とすべき)。若し眉毛が短くて粗なれば、同胞兄弟の間に分離すべし。眉毛が環繞して眼を壓塞す��は、兄弟は雁行の如く稀疏なり。兩條の眉毛が長く同じからざるは、必ず異母の所生なり。兩眉が交連して枯黄稀疎なるは、自身他鄉に喪命すべし。眉中に旋毛が盤結回卷するは、兄弟の間に蛇鼠の如く互いに殘害す。
兄弟宮論曰:兄弟羅計,須要豐蔚,不宜虧陷。長秀則兄弟和睦,短促不足,則有分離孤獨。眉有旋毛,兄弟眾多狼性不常。眉毛散者、錢財不聚。眉毛逆生,仇兄賊弟,互相妒害,或是異姓同居。眉清有彩,孤騰清高之士。眉毛過目,兄弟和睦。眉毛中斷,兄弟分散。濃淡豐盈,義友弟兄。氣色青主兄弟鬥爭口舌,黑白,兄弟傷文。紅黃之氣,榮貴喜慶。
兄弟宮の總論は言う:兩眉は即ち羅睺・計都の二星で、生じて豊厚茂密なるを要し、虧缺凹陷すべからず。眉長くして秀なるは兄弟和睦し、眉短促足らざるは兄弟分離して自身孤獨す。眉中に旋毛を生ずるは、兄弟雖多なれど性情凶狠反覆なり。眉毛が散亂なるは、錢財聚め難し。眉毛が逆生するは、兄弟互いに仇視殘害し、彼此嫉妬し、或いは同じく一處に住すとも實は同胞にあらず。眉清にして彩光あるは、孤高清介の士なり。眉毛が眼に長過ぐるは、兄弟和睦す。眉毛の中間が斷缺なるは、兄弟分散す。眉色が濃淡得宜にして豊盈有致なるは、兄弟朋友みな義氣を講ず。再び氣色を看るに:眉間に青泛すは兄弟爭鬥口舌を主り、黑白の色は兄弟に喪亡の痛あるを主り(底本の「傷文」は「傷亡」とすべき)、紅黄の氣は榮顯貴盛の喜慶の事を主る。
四田宅。詩曰:眼為田宅主其宮,清秀分明一樣同。若是陰陽枯更露,父母家財總是空。田宅者,立居兩眼,最怕赤脈侵睛,初作破盡家園,到老無糧作櫱。眼如點漆,終身產業榮榮。風目高眉、置稅三州五縣。陰陽枯骨,莫保田園。火眼冰輪,家財傾盡。
第四は「田宅宮」。詩中に言う:兩眼は田宅の此一宮を主管し、兩眼は清秀分明・左右一樣なるを要す。若し左眼(陽)右眼(陰)が枯陷にして眼球がまた突露なれば、父母の留めた家産は終に落空す。田宅宮の位置は即ち兩眼に在り、最も紅絲血脈が眼珠に侵入するを怕る。かくの如きは初時に家園を敗盡し、老して酒を釀し曲を作る餘糧すらなし。眼が點漆の如く黑亮なるは、終身産業興旺す。眼が鳳目の如くして眉がまた高挑なるは、三州五縣の田賦産業を置辦する能くす。眼の上下(陰陽)が枯瘦骨を見るは、田園を保つ能わず。眼中が火の如く赤紅にして、眼白が氷の如く冷青なるは、家財は必ず傾盡す。
田宅宮論曰:土星為田宅,主地閣要朝。天庭豐滿明潤,主田宅進益。低塌昏暗傾欹,主破田宅。若飛走不朝,田宅俱無。氣色青,主官非,田宅無成。黑主杖責。白主丁憂。紅主成,田宅喜重重。黃明吉昌,謀無不遂,君子加官,即日得升,小人得寵,利見貴人,武職或領兵馬,殺氣旺者即行師,主管財賦,或入運司等處,五品至三品,三品至二品,如是詳看六品以下,另作區處。
田宅宮の總論は言う:「土星」は即ち鼻で、また田宅を主る。なお下巴(地閣)が朝上して拱應するを要す。天庭(上額)が豊滿明潤なるは、田宅日増するを主る。天庭が低塌昏暗・歪斜傾側なるは、田宅を破敗するを主る。若し額と頦とが彼此飛散して相朝應せざれば、田宅は便ち一無所有なり。再び氣色を看るに:青泛すは官司是非・田宅置き成らざるを主り、黑泛すは杖責刑罰を受くるを主り、白泛すは父母の喪(丁憂)を主り、紅泛すは産を置きて成あり、田宅の喜連々として來るを主る。黄にして明潤なれば則ち大吉昌隆にして、謀る所は如わざるなく――官を爲るは即日遷升加職し、平民も上人の寵遇を得て、貴人に見るに宜し。若し武職なれば、或いは兵馬を統領し、殺氣旺盛なるは即ち出師すべし。また財賦を掌管し、或いは轉運司の類の衙門に調入するをも主る。官階は五品より三品に升り、三品より二品に升るべし。此に照らして詳看せば、六品以下は別にその品級に按じて斟酌推斷せよ。
五男女。詩曰:男女三陽起臥□,瑩然光彩好兒郎。懸針理亂來侵位,宿債平生不可當。男女者。位居兩眼下,名曰淚堂。三陽平滿,兒孫福祿榮昌。隱隱臥□,子息還須清貴。淚堂深陷,定為男女無緣。黑痣斜紋,到老兒孫有克。口如吹火,獨坐蘭房。若是平滿人中,難得兒孫送老。
第五は「男女宮」、即ち子女宮である。詩中に言う:男女宮は兩眼下の三陽位にあり、此處は一道の「臥蠶」(下眼瞼が飽滿して臥蠶の如し。ここで底本に脱字あり)を隆起するを要す。瑩潤光彩あるは、好兒郎を生むを主る。若し懸針紋或いは雜亂紋理が此の部位を侵犯すれば、一生は宿世の債を償い、受け當へがたし。男女宮の位置は兩眼の下に在り、「淚堂」と呼ぶ。三陽位が平滿なるは、兒孫福祿榮昌す。隱隱として臥蠶(底本脱字)を現すは、子嗣なほ清高顯貴を得べし。淚堂が深陷するは、必ず子女と緣なし。此處に黑痣を生じ或いは斜紋あるは、老に至って兒孫に刑克あり。口が撮み起こりて吹火の如きは、孤獨無嗣・空房を獨り守るを主る。若し人中が平滿にして溝槽なければ、また兒孫の送終を得がたし。
男女宮論曰:三陰三陽,位雖豐厚,不宜枯陷,左三陽枯,克損男,右三陰枯,克損女。左眼下有臥□紋,生貴子。凡男女眼下無肉者,妨害男女。臥□陷者,陰騭少,當絕嗣也。亂紋侵者,主假子及招義女。魚尾及龍宮黃色環繞,主為陰騭紋見,曾懷陰德濟於人,必有果報。又云:精寒血竭不華色,男不旺,女不育。若明陽調和,精血敷暢,男女交合,故生成之道不絕。宜推於形象外,當以理言,玄妙自見也。氣色青,主產厄。黑白主男女悲哀。紅黃主喜至。三陽位紅生兒。三陰位青生女。
男女宮の總論は言う:左眼下は三陽と稱し、右眼下は三陰と稱す。この兩。この兩處は豊厚なるべしといえども、最も枯陷を忌む。左邊の三陽が枯陷すれば、兒子を克損す。右邊の三陰が枯陷すれば、女兒を克損す。左眼下に臥蠶紋(底本脱字)あるは、貴子を生む能くす。およそ眼下に肉なきは、皆子女を妨害す。臥蠶(底本脱字)が凹陷なるは、陰德少なく、當に絕嗣に至るべし。亂紋の侵入するあるは、假子を收養し或いは義女を招くを主る。眼尾(魚尾)と眼下の龍宮一帶に黄色が環繞するあるは、陰騭紋の顯現にして、此の人が曾て陰德を積みて他人を救濟せるを説明し、必ず善報あり。また曰く:精氣寒く血液竭きて面に華色なきは、男子は興旺する能わず、女子は生育する能わず。若し陰陽調和せば(底本の「明陽」は「陰陽」とすべき)、精血通暢し、男女交合度あり、生育の道は斷絕せざらん。此の一層は形貌の外において推求するを要し、理を以て講ずれば、その中の玄妙は自ら明白なり。再び氣色を看るに:青泛すは産難の厄を主り、黑白の色は子女の悲を主り、紅黄の色は喜事の到來を主る。三陽位に紅を現すは男を生むを主り、三陰位に青を現すは女を生むを主る。
六奴僕。詩曰:奴僕還須地閣豐,水星兩角不相容,若言三處都無應,傾陷紋痕總不同。奴僕者,位居地閣,重接水星,頰圓豐滿,侍立成群,輔弼星朝,一呼百諾。口如四字,主呼聚喝散之權。地閣尖斜,受恩深而反成怨恨。絞紋敗陷,奴僕不周。牆壁低傾,恩成仇隙。
第六は「奴僕宮」。詩中に言う:奴僕宮は下巴(地閣)の豊滿を要す。口(水星)の兩角若し相容れ配合せざれば好からず。若し地閣・水星と兩頰の三處が皆相應せず、加うるに傾陷或いは紋痕あれば、情形は各々同じからず。奴僕宮の位置は地閣に在り、また水星(口)と相接す。兩頰が圓滿豊厚なるは、侍從群を成す。左右輔弼の位が來り朝拱するは、一聲呼喚すれば百人答應す。口が生じて方正にして「四」字の如きは、呼來喝去・僕從を指揮する權柄あるを主る。地閣が尖削歪斜なるは、恩を施す雖深きも反って怨恨と結ぶ。此處に交錯亂紋・破敗凹陷あるは、奴僕は肯んじて心を盡さざるなり。腮頰が牆壁の如く低塌傾斜なるは、恩情は反って仇隙と變ず。
奴僕宮論曰:懸壁無虧,奴僕不少。如是枯陷,僕馬俱無。氣色青主奴僕損傷。白黑主僕馬墜墮,不宜遠行。赤主僕馬口舌,損馬失財。黃色勝,牛馬奴僕自旺,左門右戶,排立成行。
奴僕宮の總論は言う:兩頰下の「懸壁」部位に虧損なければ、奴僕は少なからず。若し枯瘦凹陷なれば、僕從と車馬と皆無し。再び氣色を看るに:青泛すは奴僕に損傷あるを主り、白泛し黑泛すは僕人或いは牲口の墜傷を主り、遠門を出ずべからず。赤泛すは僕從と口舌爭執するを主り、還た牲口を損傷し財物を損失す。黄色が明盛なるは、牛馬奴僕は自ら興旺し、左右門戸の位は行列を排して、人手充足す。
七妻妾。詩曰:奸門光澤保妻宮,財帛盈箱見始終,若是奸門生黯黲,斜紋黑痣蕩淫奔。妻妾者,位居魚尾,號曰奸門。光潤無紋,必保妻全四德,豐隆平滿,娶妻財帛盈箱。顴星侵天,因妻得祿。奸門深陷,長作新郎。魚尾紋多,妻防惡死。奸門黯黲,自號生離。黑痣斜紋,外情好而心多淫慾。
第七は「妻妾宮」。詩中に言う:眼尾の外側の「奸門」が光潤澤あるこそ、妻宮を保ち得て、財帛箱に滿ち、夫妻相守して底まで至る。若し奸門が生じて晦暗光なく、また斜紋黑痣あれば、妻子の淫蕩私奔を主る。妻妾宮の位置は眼尾(魚尾)の處に在り、「奸門」と呼ぶ。此處が光潤にして紋なきは、妻子は必ず婦德・婦言・婦容・婦功の四德を保全する能くす。豊隆平滿なるは、妻を娶れば滿箱の財帛を帶來す。顴骨が高聳して上は天倉を侵すは、妻子に因って祿位を得るを主る。奸門が深陷するは、再々續娶して長く新郎を爲るべし。魚尾紋が多きは、妻子の橫死を防ぐべし。奸門が晦暗なるは、夫妻生離と注定せり。此處に黑痣斜紋あるは、外表の交情は甚だ好しといえども、心裏には多く淫欲を懷く。
妻妾宮論曰:魚尾須要平滿,不宜克陷,豐滿則夫貴妻榮,奴僕成行。婦女魚尾奸門明潤,得貴人為夫。女人鼻如懸膽,則主富貴。缺陷則主防夫,淫亂敗家,放蕩不旺夫。婦人面如滿月,下頦豐滿,主國母之貴。氣色青,則主妻妾憂愁思慮。赤主夫妻口舌。黑白大夫妻男女之悲。紅黃色見,主夫妻男女和諧之喜。如有闇昧,主夫妻分離,不然,隔角少情。
妻妾宮の總論は言う:魚尾は平滿なるを要し、虧損凹陷すべからず。豊滿なるは丈夫顯貴・妻子榮耀し、奴僕群を成すを主る。婦女の魚尾・奸門が明潤なるは、貴人を嫁し夫と爲す能くす。女子の鼻が懸膽の如きは、一生富貴を主る。此處が缺陷なるは、丈夫を妨害するを防ぐべし、或いは淫亂敗家・放蕩して夫を旺さざるなり。婦人の面が滿月の如く下巴が豊滿なるは、國母の如き貴氣あるを主る。再び氣色を看るに:青泛すは妻妾の憂愁思慮を主り、赤泛すは夫妻の口舌を主り、黑白の色は夫妻子女に悲喪の事あるを主り(底本の「大」は「主」とすべき)、紅黄の色を現すは、夫妻子女和諧の喜を主る。若し氣色が暗昧なれば、夫妻分離を主る。たとい分離せざるも、彼此隔閡して情分少なし。
八疾厄。詩曰:山根疾厄起平平,一世無災禍不生,若值紋痕並枯骨,平生辛苦卻難成。疾厄者,印堂之下,位居山根。隆如豐滿,福祿無窮。連接伏犀,定主文章。瑩然光彩,五福俱全,年壽高平,和鳴相守。紋痕低陷,連年連疾沉痾,枯骨尖斜,未免終身受苦。氣如煙霧,災厄纏身。
第八は「疾厄宮」。詩中に言う:山根の此の一段の疾厄宮が生じて平正隆起すれば、一世災なく禍なし。若し紋痕破損或いは枯瘦露骨に碰えば、一生辛苦にして事を成す難し。疾厄宮は印堂の下に在り、位置は即ち山根なり。此處が隆起豊滿なれば、福祿無窮なり。若し額上の「伏犀骨」と相連なり貫通すれば、必ず文章才學あるを主る。瑩潤光彩あるは、壽・富・康寧・好德・善終の五福俱全なり。「年上」「壽上」の兩段の鼻梁が高くして平なるは、夫妻和鳴して白首相守す。此處に紋痕ある或いは低陷なるは、連年生病して久病疴と成る。枯瘦骨を見・尖削歪斜なるは、終身苦を受くるを免れず。此處の氣色が煙の如く霧の如きは、災厄身に纏う。
疾厄宮論曰:年壽明潤康泰,昏暗疾病至。氣色青主憂驚。赤防重災。白主妻子之悲。黑主身死。紅黃紫主喜氣之兆也。
疾厄宮の總論は言う:鼻梁上の「年上」「壽上」の兩段が明潤なるは、身體康泰なり。昏暗なるは、疾病便ち來る。再び氣色を看るに:青泛すは憂愁驚恐を主り、赤泛すは重大の災禍を防ぐべし、白泛すは妻子兒女に喪亡の悲あるを主り、黑泛すは本人の身死を主り、紅・黄・紫の三色を現すは、則ち喜氣の徵兆なり。
九遷移。詩曰:遷移宮分在天倉,低陷平生少住場,魚尾末年不相應,定因遊宦卻尋常。遷移者,位居眉角,號曰天倉。豐盈隆滿,華彩無憂。魚層位平,到老得人欽□,騰騰驛馬,須貴遊宦四方。額角低陷,到老住場難見。眉連交接,此人破祖離家。天地偏斜,十居九變。生相如此,不在移門,必當改墓。
第九は「遷移宮」。詩中に言う:遷移宮は「天倉」(眉尾の上方の額角に近き處)に分属す。此處が低陷なるは、一生安穩の居所なし。魚尾(眼尾)が晚年に到りて若し之と相應せざれば、それは多くは宦游して外に在り、終に平常に歸す。遷移宮は眉角に在り、「天倉」と呼ぶ。此處が豊盈隆滿なるは、光彩人を照らし一生憂なし。魚尾一帶が平滿なるは、老して人の敬重を受く(ここで底本に脱字あり)。「驛馬」部位(額側の邊地)の氣勢が騰騰たるは、宦游して四方に顯貴なるを主る。額角が低陷なるは、老に到りても安身の所あること難し。兩眉が交連するは、此の人は祖業を破敗し鄉を離れ井を背く。天(額)地(頦)が偏斜するは、十回の搬遷に九回は變動あり。かくの如き相を生成せるは、門戸を遷移せんとするか、即ち祖墳を改葬せんとするかなり。
遷移宮論曰:邊地驛馬,山林髮際,乃為出入之所,宜明潤潔淨,利遠行,若昏暗缺陷及有黑子,不宜出入,被虎狼驚。氣色青,遠行主驚,失財。白主馬僕有失,黑主道路身亡。紅黃紫宜獲財喜。
遷移宮の總論は言う:邊地・驛馬と山林・髮際の此一帶は、主人の出入往來の部位で、明潤潔淨なるに宜しく、かくの如くすれば遠門を出るに利あり。若し昏暗缺陷或いは黑痣生じたれば、則ち遠行に宜からず、路上に猛獸の驚嚇に遇わん。再び氣色を看るに:青泛すは、遠行に驚を受け・財を失うを主る。白泛すは車馬僕從に損失あるを主る。黑泛すは路途に死するを主る。紅・黄・紫色を現すは、則ち出行に宜しく、財を獲て喜を得べし。
十宮祿。詩曰:官祿榮宮仔細詳,山根倉庫要相當,忽然瑩淨無痕點,定主官榮貴久長。官祿者,位居中正,上合離宮,伏犀貫頂,一生不到訟庭。驛馬朝歸,官司退擾。光明瑩淨,顯達超群。額角堂堂,犯著官司貴解。宮痕理破,常招橫事。眼如赤鯉,實死徒刑。
第十は「官祿宮」(底本は「十宮祿」)。詩中に言う:官祿の此一の榮顯の宮は仔細に端詳すべく、山根と兩傍の倉庫の部位とは彼此相當するを要す。若し此處に忽然として瑩潔乾淨にして毫も痕點なからば、必ず官運榮顯して貴氣長久なり。官祿宮の位置は中正(額下の正中)に在り、上は離宮(額頂は離火に属す)に合す。若し「伏犀骨」が印堂より直ちに頭頂に貫けば、一生官府公堂に進まず。驛馬部位が中央に朝向して歸聚するは、官司は自ら退散す。此處が光明瑩淨なるは、顯達して群を超える。額角が堂堂正正なるは、たとい官司に惹かれても能く貴人の解救を得る。此の宮に痕紋破損あるは、常に橫禍を招く。眼睛が鯉魚の如く赤紅なるは、實に徒刑に死するを主る。
官祿宮論曰:兩眼神光如曙星,龍目鳳睛主貴。印堂明潤,兩耳色白過面,聲聞天下,福祿榮顯。如陷缺飛走而無名譽。氣色青,主憂疑。赤主口舌是非。白主孝服至。紅黃上下有詔書加官進職之喜。
官祿宮の總論は言う:兩眼の神光が拂曉の星子の如く、生成して龍目鳳睛の相なるは貴を主る。印堂が明潤にして、兩耳の顏色が白くして面色に勝る。かくの如き人は聲名が天下に聞こえ、福祿榮顯す。若し此處が陷缺し、或いは額と頦とが彼此飛散して相朝應せざれば、名誉なし。再び氣色を看るに:青泛すは憂愁疑懼を主り、赤泛すは口舌是非を主り、白泛すは喪服の事あるを主る。額の上下に紅黄の色を現すは、則ち詔書の下り加官進職の喜事あるを主る。
十一福德。詩曰:福德天倉地閣圓,五星光照福綿綿,若還缺陷並尖破,衣食平平更不全。福德者,位居天倉,牽連地閣。五星朝拱,平生福祿滔滔。天地相朝,德行須全五福。頦因額窄,須知苦在初年。額闊頤尖。□否還從晚景。眉高目聳,尤且平平。眉壓耳掀,休言福德。
第十一は「福德宮」。詩中に言う:福德宮は天倉と地閣に在り、兩處ともに圓滿なるを要す。五星(耳・額・鼻・口など)が光潤相照らば、福分綿綿として絕えず。若し缺陷或いは尖削破損あれば、衣食は平平として、且つ周全せず。福德宮の位は天倉に在り、下は地閣に牽連す。五星が中央に朝向して拱衛するは、一生福祿滔滔なり。天(額)地(頦)が互相朝應し、再加えるに德行完備すれば、五福は便ち齊う。下巴好しといえども額頭窄きは、苦早年に在り。額頭が開闊にして下頦が尖削なるは、通泰なるや否やは晚景を看るを要す(ここで底本に脱字あり、「泰否」とすべき)。眉高くして眼突なるは、福分もただ平平のみ。眉毛が眼を壓し、耳朵が掀反するは、則ち何の福德をも談ずるに足らず。
福德宮論曰:天倉地庫為福德宮,須要豐滿明潤相朝揖,重重祖蔭,福德永崇。若陷缺不利,淺窄昏暗,災厄常見,人亡家破,蓋因心術損了陰騭,終是勉強,神明不佑。氣色青主憂疑。赤主酒肉,忌口舌。白主災疾。紅黃吉兆。
福德宮の總論は言う:天倉と地庫とが合して福德宮と爲る。豊滿明潤にして彼此朝揖相應するを要す。かくの如くすれば祖上の蔭庇は一重また一重と接し、福德長久崇高なり。若し此處が陷缺なれば則ち利ならず。淺窄昏暗なるは、災厄常に來り、甚だしきは人亡び家破る――これは多くは心術正しからず陰德を損したるが爲めで、縱いて勉強して福を求むるも、神明は保佑せず。再び氣色を看るに:青泛すは憂愁疑懼を主り、赤泛すは酒肉の事あるを主るも口舌を防ぐべし、白泛すは災病を主り、紅黄の色を現すは則ち吉兆なり。
十二相貌。詩曰:相貌須教上下停,三停平等更相生,若還一處無均等,好惡中間有改更。相貌者,先觀五嶽,次辨三停盈滿,此人富貴多榮。三停俱等,永保平生顯達。五嶽朝聳,官祿榮遷,行坐威嚴,為人尊重。額主初運,鼻管中年,地閣水星,是為末主。若有克陷,斷為凶惡。
第十二は「相貌宮」。詩中に言う:相貌を看るは上停下停を兼ね顧みるを要し、三停の長短が相等しくしてまた彼此相生するを以て好しとす。若し一處均ふならざるあれば、一生の好惡の中間に變更すべし。相貌を相看するに、まず五岳(額・頦・鼻・兩顴)を觀、再び三停が盈滿するや否やを辨ず。三停盈滿の人は富貴多く榮あり。三停の長短が齊等なるは、一生顯達にして長久を保つべし。五岳が中央に朝向して高聳するは、官祿遷升し、行くも坐るも立つも皆威嚴あり、人の敬重する所と爲る。額は早年の運を主り、鼻は中年の運を管し、地閣と水星(下巴と口)は則ち晚年の主運なり。この數處若し克傷凹陷あれば、凶惡の相と斷ずべし。
相貌宮論曰:骨法精神,骨肉相稱氣相和,精神清秀,如桂林一枝、崑山片玉,如珠藏淵,如玉隱石,貴顯名流,翰苑吉士。暗慘而薄者凶。氣色滿面紅黃明潤,大吉之兆。
相貌宮の總論は言う:骨法と精神を看るを要す――骨と肉とが相稱し、氣息が調和し、精神が清朗秀發なれば、桂樹林中の一枝・崑崙山上の一片の玉の如く、また明珠が深淵に藏れ・美玉が石中に隱るるが如し。かくの如き人は貴顯の名流・翰林院裏の吉士なり。之に反して、氣色が暗慘にして形貌が單薄なるは凶を主る。滿面に紅黄にして明潤の氣色を現すは、大吉の兆なり。
十二宮總訣。父母宮論曰:日月角須要高,明淨則父母長壽康□。低塌則幼失雙親。闇昧主父母有疾。左角偏,防父。右角偏,防母。或同父異母,或隨母嫁父,出祖成家,重重災注,只宜假養。方免刑傷。又云:重羅疊計、父母重拜,或父亂母淫,與外姦通,又主防父害母。頭側額窄,多是庶出,或因奸而得。
以下は十二宮の外に補出したる總訣で、まず父母宮を講ず。父母宮の總論は言う:額上の左の「日角」は父を主り、右の「月角」は母を主る。この兩處は生じて高起するを要す。明淨なるは、父母長壽康健なり(ここで底本に脱字あり)。低塌なるは、幼年に雙親を失う。晦暗なるは、父母に病あるを主る。左角が偏斜すれば、父に事あるを防ぐべし。右角が偏斜すれば、母に事あるを防ぐべし。此處が正ならざるは、或いは同父異母、或いは母に隨って他家に改嫁したるなり。この種の人は祖業を離れて門戸を自立するを須み、さもなくば災禍重重たり。ただ他人に過繼して撫養せしむるに宜しく、乃ち刑傷を免れん。又曰く:兩眉が羅睺・計都の二星の如く重疊錯生するは、父母は兩重を拜するを要す(即ち繼父繼母あり)。或いは父の行止端ならず、母が貞ならず、外人と私通するは、また父を防ぎ母を害するを主る。頭形が偏側し額面が狹窄なるは、多くは庶出か、或いは私通の所生なり。
又云:左眉高,右眉低,父在母先歸。左眉上,右眉下,父亡母再嫁。額削眉交者,主父母早拋,是為隔角,反面無情。兩角入頂,父母雙榮,更受祖蔭,父母聞名。氣色青,主父母憂疑,又有口舌相傷。黑白主父母喪亡。紅黃主雙親喜慶。
又曰く:左眉高くして右眉低きは、父在りて母先ず亡ぶ。左眉上に往き右眉下に往くは、父亡故して母改嫁す。額頭が削瘦にして兩眉交連するは、父母早年に己を抛棄するを主る。これを「隔角」と呼ぶ。親子の間に反目して情無し。日月の兩角が高起して直ちに頭頂に入るは、父母雙雙榮顯し、己はなほ祖上の蔭庇を受くる能く、父母もまた名望あり。再び氣色を看るに:額角に青泛すは、父母の憂疑を主り、還た口舌相傷あり。黑白の色は父母の喪亡を主る。紅黄の色を現すは、雙親に喜慶あるを主る。
相容貴賤
夫人者,以頭為主,以眼為權。頭則身體之首,眼則形容之光。觀頭之方圓,視眼之黑白。頭因而必貴,目善而必慈。眼豎而性剛,眼露而性毒。斜視而懷妒忌。近視面神睛藏性剛強,而心必曲。氣溫柔,面貌必和。滿面青藍,多逢邊否。紅黃不改,必遇榮昌。
人の容貌を相して貴賤を定むるは、頭を以て主宰と爲し、眼を以て權衡と爲すを要す。頭は一身の首であり、眼は容貌の光華である。ゆえに頭を看るはそれが方なるか圓なるかを看、眼を看るはそれが黑白分明なるかを看る。頭が生じて端正合度なるは必ず貴顯し、眼神が善良なるは必ず慈厚なり。眼形が竪立するは性情剛硬なり、眼珠が突露するは性情狠毒なり、眼光が斜視するは心に嫉妒を懷く。眼近視にして神が内に藏れたるは、性情剛強にして心思曲折なり。氣息が溫柔なる人は、面貌は必ず平和なり。滿面に青藍の色を泛すは、多く邊地の阻滞不通の事に逢う。紅黄の色が常に在りて改まらざるは、必ず榮顯昌盛に遇う。
黑白色侵,憂橫疾病紛紛。色紫見福祿以猶遲。赤色縱橫,信官災而將至。要知克子害兒,必是眼下無肉。臥□平起,後嗣相從。眉中若旋,兄弟必全。眉橫一字,足義愛人。要知奸詐孤貧,看他鼻頭尖薄。官高位顯,準頭圓似截簡。衰困中年,定是風門牙露。露齒結喉,相中大忌,男子如此,骨肉分離。婦人如此,防夫絕子。
面上が黑白の色に侵犯せらるるは、橫禍と疾病とが紛紛として至る。紫色を現すは、福祿ありといえども來ること遲し。赤色が縱橫交錯するは、官非災禍が將に頭に臨まんとするを信ずべし。誰が子女を克傷するかを知らんと欲せば、必ず眼下に肉無き人なり。臥蠶(ここで底本に脱字あり)が平滿隆起するは、後代の子嗣が接續して斷えざるなり。眉中若し旋毛あれば、兄弟は未だ必ずしも齊全ならず(此處の「必全」は上文の兄弟宮の「旋毛は兄弟の常ならざるを主る」に據りて參看すべし)。眉毛が横平にして「一」字の如きは、義氣を重んじ他人を愛護す。誰が奸詐孤貧なるかを知らんと欲せば、彼の鼻頭が尖薄なるか否やを看よ。官位が高顯なる人は、鼻頭は必ず圓潤にして截斷の竹筒の如し。中年に衰敗困頓するは、必ず耳門(風門)が狹小にして牙齒が外露す。牙齒が外露し喉結が突出するは、相法中の大忌なり。男子かくの如きは、骨肉親人分離す。婦人かくの如きは、夫を妨げ嗣を絕やすを防ぐべし。
門小唇薄,此人多是多非。印上雜紋。決定難逃刑法。口角兩垂向下,因知奸詐便宜。欲知富貴聰明,須知眼如點漆。口如四字,唇似硃紅,兩角朝於天倉,定是公侯之位。眉高耳聳,官祿榮遷。看部位相學堂,須要六處不陷。在僧道,則出入千人之上。在仕途,位至三公之際、初年水厄之憂。但有眉間黑子,痣生眼尾,中年必遭水厄。身肥項促,命不久長。要知貴賤吉凶,須有此本風鑑。
口門が窄小にして嘴脣が薄きは、此の種の人は是非最も多し。印堂上に雜亂の紋路あるは、決定して刑法を逃れ難し。嘴角の兩邊が下垂するは、其の人が奸詐にして便宜を占むるを好むを知るべし。誰が富貴聰明なるかを知らんと欲せば、須みに彼の眼睛が黑亮として點漆の如きか否やを看るべし。口が方正にして「四」字の如く、嘴脣が紅潤して朱砂の如く、兩顴が天倉に朝向するは、必ず公侯の位なり。眉高く耳聳ゆるは、官祿遷升す。再び各部位と「學堂」(眼・額・齒・耳前など聰明文章を主る處)を看るに、六處皆虧陷なからんことを要す。かくの如き人、若し僧道と爲れば、出入は必ず千人の上に在り。若し仕途に走れば、位は三公に至るべし。早年の水厄の憂に至っては、ただ眉間に黑痣を生じ、或いは眼尾に痣を長ずれば、中年に必ず水厄に遭う。身體が肥胖にして脖頸が短促なるは、壽命長からず。人の貴賤吉凶を知らんと欲せば、須みに此の一部《風鑑》の載する所に依りて推すべし。
人身通論
(滿庭芳)額廣耳珠,頭圓足厚,瑩然美貌光輝。寬舒豐厚,形氣類相隨。皆是五行分定。豐衣足食兩相宜。智慧者,眉清目秀,聲□少年知。肘龍並虎臂,山根明朗,地閣豐肥。更鼻垂懸膽,項有餘皮。賦性高名磊落,面方皆厚宛如龜。真個好,安全五嶽,壽數介齊眉。
これは《滿庭芳》の詞牌を以て寫成したる通身の好相の總括なり。額頭が開闊し、耳に垂珠あり、頭形が圓滿し、脚掌が厚實し、通身瑩潤にして、容貌に光輝あり。氣度が寬舒し、肌肉が豊厚し、形と氣とが彼此相隨い相い違わざる――これらは皆五行の禀賦が分派して定めたるもので、一生豊衣足食を主り、衣と食との兩樣が皆合宜なり。智慧ある人は、眉清目秀にして、聲音(ここで底本に脱字あり)が少年の時より人に知らる。手臂の上段を「龍骨」と爲し、下段を「虎骨」と爲し、兩者が相配して得宜なり。山根(鼻梁の根)が明朗にして、地閣(下巴)が豊滿肥厚なり。再加えるに鼻頭が下垂して懸膽の如く、頸項の後に餘の松皮あり(相家は之を壽徵と以爲す)。かくの如き人は天賦高く、名聲は光明磊落にして、面は方にして各處皆厚實にして、宛然として龜形の相なり。これは真に好相なり。五岳(額・頦・鼻・兩顴)安穩周全にして、壽數長久にして、妻子と白頭偕老する能くす。
四學堂論
官學堂:一曰眼為官學堂,眼要長而清,主官職之位。祿學堂:二曰額為祿學堂,額闊而長,主官壽。內學堂:三曰當門兩齒為內學堂,要周正而密,主忠信孝敬。疏缺而小主多狂妄。外學堂:四曰耳門之前為外學堂,要耳前豐滿光潤,主聰明。若昏沉愚齒之人也。
「學堂」とは相家が人の聰明・功名と品行を看るに用ゆる四箇の部位で、合わせて四學堂と稱す。第一は「官學堂」と呼び、眼を指す。眼は生じて細長にして清澈なるを要し、官職地位を得る能くすを主る。第二は「祿學堂」と呼び、額頭を指す。額は開闊にして長く、官祿あり且つ壽を享くるを主る。第三は「內學堂」と呼び、當門の上下兩顆の門牙を指す。生じて端正周密なるを要し、人と爲りて忠信孝敬を主る。若し牙齒が稀疎にして缺口あり而して細小なれば、多くは狂妄の擧なり。第四は「外學堂」と呼び、耳門の前のあの一塊を指す。豊滿光潤なるを要し、主人聰明を主る。若し此處が昏暗低沉なれば、便ち愚鈍の人なり。
八學堂論
高明:第一高明部學堂,頭圓或有□骨昂。高廣:第二高廣部學堂,額勇不錯骨起方。光大:第三光大部學堂,印堂平明無痕傷。明秀:第四明秀部學堂,眼光黑多人隱藏。
八學堂は聰明貴賤を看る部位をさらに細分して八處と爲す。第一處は「高明部學堂」と呼び、頭頂に在り。頭形は圓なるを要し、或いは頂上に骨(ここで底本に脱字あり)が高昂隆起するを要し、主人の識見高明を主る。第二處は「高廣部學堂」と呼び、額に在り。額は生じて飽滿勢あり・歪ならず斜ならざるを要し、額骨が方正隆起し、主人の器局廣大を主る。第三處は「光大部學堂」と呼び、印堂に在り。印堂は平滿明亮にして紋痕損傷なきを要し、主人の心地光明を主る。第四處は「明秀部學堂」と呼び、眼に在り。眼中は黑睛が白睛より多く、神光が含蓄して外に露れざるを要し、主人の明達にして深秀を主る。
聰明:第五聰明部學堂,耳有輪廓紅白黃。忠信:第六忠信部學堂,齒齊周密白如霜。廣德:第七廣德部學堂,舌長至準紅紋長。班筍:第八班筍部學堂,橫起天中細秀長。八位學堂如有此,人生富貴多吉祥。
第五處は「聰明部學堂」と呼び、耳に在り。耳は輪廓分明にして、顏色は紅・白・黄の三種の明潤の色を現すを要し、主人の聰敏を主る。第六處は「忠信部學堂」と呼び、牙齒に在り。牙齒は齊整周密・白きこと霜の如くを要し、主人の忠厚守信を主る。第七處は「廣德部學堂」と呼び、舌に在り。舌頭は伸び出して長く鼻準に及び、舌上が紅潤にして紋路が細長を要し、主人の德量寬廣を主る。第八處は「班筍部學堂」と呼び、天中(額頂の髮際正中)に在り。此處に一道の細秀にして長き骨稜が横生するを要し、主人の班列有序・位次顯達を主る。この八處の學堂若し皆具備せば、人生は自ら富貴にして、吉多く祥多し。
學堂詩
揹負琴書不得名,學堂無位陷三停。人中一位若無應,空將年月在朝臣。欲說無官少保人、盜門青氣有羅紋。使於鼻上多紅氣,可惜虛勞枉苦辛。月學尖兒義損財,初年流落更多災。官方門舌無人說,只有先賢相出來。
此の詩は學堂部位が虧損する種種の應驗を講ずる。琴と書とを負うて四處に功名を求取すれども名を成さざるは、學堂の諸位が皆格を成さず、三停また陷缺あるが故なり。人中の此一處若し上下と相應せざれば、縱いて年年月月朝臣の中間に厮混するも、亦た白費なり。一人の人が官を作り成さず・保擧の人を缺くと言わば、彼の「盜門」一帶に青氣を泛し羅紋を生ずるを看よ。假使鼻上に紅氣多しと雖も、それも亦た惜しむべし。ただ虛勞の一場・白に辛苦を吃するのみ。月學(額上の月角一帶の學堂)が生じて尖削なるは、義氣を講じて反って財を損し、早年に他鄉に流落し、災禍また多し。官府の門下に彼が爲めに話す人無し。かくの如き相理は、ただ先賢の相書の中にのみ辨じ出づるを得るなり。
面三停
面之三停者,自髮際下至眉間為上停,自眉間下至鼻為中停,自準下人中至頦為下停。夫三停者,以像三才也。上停像滅,中停像人,下停像地,故上停長而豐隆,方而廣闊者,主貴也。中停隆而直峻而靜者,主壽也。下停平而滿端而厚者,主富也。
面上の三停はかくの如く劃分す。髮際より下りて眉間に至るを上停と爲し、眉間より下りて鼻端に至るを中停と爲し、鼻準の下の人中より下巴に至るを下停と爲す。三停は用いて「三才」の象を取る。上停は天に象り(底本の「滅」は「天」とすべき)、中停は人に象り、下停は地に象る。ゆえに上停が生じて長く豊隆・方正にして開闊なるは、貴顯を主る。中停が生じて隆起端直・高峻にして安靜なるは、長壽を主る。下停が生じて平滿・端正にして厚實なるは、富足を主る。
若上停尖狹缺陷者,主多刑厄之災,防克父母早賤之相也。中停短促編塌者,主不仁不義,智識短少,不得兄弟妻子之力,有主中年破損也。下停長而狹尖薄者,主無田宅,一生貧苦,老而艱辛也。三停皆稱,乃為上相之人也。
之に反して、上停が尖窄缺陷なるは、刑罰厄難の災多きを主り、還た父母を克傷するを防ぐべく、早年低賤の相なり。中停が短促・扁塌して起たざるは、人と爲りて不仁不義・見識短淺にして、兄弟妻子の助力を得る能わざるを主り、還た中年の破敗を主る。下停が長しといえども狹窄尖薄なるは、田産房宅なきを主り、一生貧苦にして、老に到りてもなほ艱辛なり。三停が彼此均稱相配するは、乃ち上等の好相なり。
形有餘を論ず
形之有餘者,頭頂圓厚,腹背豐隆,額闊四方,唇紅齒白,耳圓成輪,鼻直如膽,眼分黑白,眉秀疏長,肩膊臍厚,胸前平廣,腹圓垂下,行坐端正,五嶽朝起,三停相稱,肉膩骨細,手長足方,望之巍巍然而來,視之怡怡而去,此皆謂形有餘也。形有餘者,令人長壽無病,富貴之榮矣。
所謂「形有餘」とは、形體が各處皆充足して虧ざるを指す。頭頂が圓にして厚く、腹と背と皆豐隆し、額頭が開闊方正にして、嘴脣紅潤・牙齒潔白し、耳朵が圓にして輪廓完整し、鼻梁端直・鼻頭圓にして懸膽の如く、兩眼は黑白分明にして、眉毛は清秀疏朗にして長く、肩膀と臍部と厚實し、胸前平坦寬廣にして、肚腹圓滿にして下垂し、行走坐立皆端正にして、五岳(額・頦・鼻・兩顴)朝拱高起し、三停彼此相稱し、肌肉細膩にして骨骼精細にして、手長く脚方なり。遠く彼が走り來るを望めば、氣象巍然として莊重にして、彼の去るを看れば、神情怡然として自得なり――これら皆形有餘と呼ぶ。形有餘の人は、長壽にして病少く、富貴の榮を享く。
神有餘を論ず
神之有餘者,眼光清瑩,顧盼不斜,眉秀而長、精神聳動,容色澄徹,舉止汪洋。恢然遠視,若秋日之照霜天;巍然近矚,似和風之動春花。臨事剛毅,如猛獸之步深山;出泉迢遙,似丹風而翔雲路。
所謂「神有餘」とは、神采が充盈するを指す。眼中の光華が清澈瑩潔にして、顧環左右して目は斜視せず。眉毛は清秀修長にして、精神は振作聳動す。容貌氣色澄澈にして、擧止氣度汪洋寛大なり。遠く彼を看れば、氣象恢廓にして、秋日の太陽が霜天を照らすが如く清明なり。近く彼を看れば、神情巍然として、また和風が春花を吹動するが如く溫煦なり。事に遇ふに剛毅果決にして、猛獸が深山の中を行走するが如し。志向高遠にして、また丹鳳が雲路に翱翔するが如し(底本の「出泉迢遙」は「出塵迢遙」とすべく、「丹風」は「丹鳳」とすべし)。
其坐也如界石不動,其臥也如□鴉不遙,其行也洋洋然如平水之流,其立也昂昂然如孤峰之聳。言不妄發,性不妄躁,喜怒不動其心,榮辱不易其操,萬態紛錯於前,而心常一,則可謂神有餘也。神有餘者,皆為上貴之人,凶災難人其身,天祿永其終矣。
彼が坐する時は界石の如く紋絲として動かず、躺下する時は棲鴉(ここで底本に脱字あり)が翅を斂むが如く安穩にして驚かず、走起すれば洋洋然として平地の流水の如く、站立すれば昂昂然として孤峰の高聳するが如し。話を輕率に亂發せず、性情を無故に急躁せず。喜怒は彼の心を動かす能わず、榮辱は彼の操守を改むる能わず。千百種の情態が紛然錯雜として眼前に在るも、彼の心は始終專一なり――これを神有餘と呼ぶ。神有餘の人は皆上等の貴人にして、凶災は彼の身に侵入する難し(底本の「人」は「入」とすべし)。天賜の祿位は以て終身に保つべし。
形不足を論ず
形不足者,頭頂尖蒲,肩膊狹斜,腰肋疏細,肘節短促,掌薄指疏,唇蹇額塌,鼻仰耳反,腰低胸陷,一眉曲一眉直,一眼仰一眼低,一睛大一睛小,一顴高一顴低,一手有紋,一手無紋,唾中眼開,言作女音。齒黃而露,口臭而尖。禿頂無眾髮,眼深不見睛。行步奇側,顏色萎怯。頭小而身大,上短而下長,此之謂形不足也。形不足者,多疾而短命,福薄而貧賤矣。
所謂「形不足」とは、形體が各處皆虧損偏欹するを指す。頭頂尖薄にして、肩膀は窄くして歪斜し、腰肋部は瘦削稀薄にして、手肘關節は短促にして、手掌は薄く指頭は張開して聚まらず、嘴脣は翻蹇・額頭は低塌し、鼻孔は上仰・耳朵は反張し、腰は低下にして胸口は凹陷す。兩眉は一彎一直にして、兩眼は一高一低にして、兩眼珠は一大一小にして、兩顴は一高一低にして、一只手に掌紋ありて他の一只手に無し。睡中に涎を流して眼睛は半開し、男人の說話が卻って女子の聲音なり。牙齒は發黄して外露し、口氣臭穢にして嘴形尖削し、頭頂は禿にして頭髮稀少にして、眼窩深陷して眼珠を見る能わず。走路は歪斜不正にして、臉色萎黃怯懦なり。頭小にして身子大にして、上身短く下身長し――これら皆形不足と呼ぶ。形不足の人は多病にして短命、福薄にして貧賤なり。
神不足を論ず
神不足者,似醉不醉,常如病酒,不愁似愁,常如憂戚,不唾似睡。□睡便覺,不哭似哭,常如驚怖,不嗔似嗔,不喜似喜,不驚似驚,不痴似痴,不畏似畏,容止昏亂,色濁,似染顛癇,神色□傖,常如大失,恍忽張惶,常如恐怖。言語瑟縮,似羞隱藏,貌兒低摧,如遭凌辱。色初鮮而後暗,語初快而後訥,此皆謂神不足也。神不足者,多招牢獄之厄,宮亦主失位矣。
所謂「神不足」とは、神情が渙散失守するを指す。醉に似て醉に非ず、常に酒に壞れたる樣子の如し。愁へずして愁ふるに似たり、常に憂戚の色を帶ぶ。瞌睡せずして打盹するに似たり(ここで底本に脱字あり)、剛き睡下して又驚醒す。哭せずして哭するに似たり、常に驚懼の狀を帶ぶ。怒らずして怒るに似たり、喜ばずして喜ぶに似たり、驚かずして驚くに似たり、痴呆ならずして痴呆に似たり、害怕せずして害怕するに似たり。儀容擧止昏亂にして、氣色渾濁し、癲癎を患へたるが如し。神色鄙陋粗野(ここで底本に脱字あり)にして、常に大きな物を丢したるが如し。精神恍惚張皇にして、常に驚嚇を受けたるが如し。說話畏縮にして、人を見るに羞づき意を隱藏するが如し。面貌低垂頹喪にして、剛き凌辱を受けたるに似たり。氣色は初め鮮亮にして後に晦暗に轉じ、說話は初め爽快にして後に木訥に變ず――これら皆神不足と呼ぶ。神不足の人は牢獄の災を多く招き、官を爲すも丟官失位を主る(底本の「宮」は「官」とすべし)。
骨肉を論ず
相人之身,以骨為主,以肉為佐。以骨為形,以肉為容。以骨為君,以肉為臣。然臣不能制君,反為之逆理。若形好容惡,至老不作,容好形惡,乍苦乍樂。假使形容俱好,若有紋痣黑子,亦不為佳。夫紋欲得深而正,黑子欲得大而明,凡相面見顴骨肉薄而開方者,主有權衡。若肉大骨藏,則無權衡。
人の身體を相するに、骨を以て主と爲し肉を以て輔と爲す。骨は骨架形質にして、肉は外表の容飾なり。骨は君主に比すべく、肉は臣子に比すべし。臣子は君主を壓制する能わず、肉多くして骨を壓せば、則ち常理に違反す。若し骨相(形)好にして肉相(容)差なれば、老に到るまで大きな作爲あること難し。若し肉相好にして骨相差なれば、一時苦しみ一時樂しみ、起伏定まらず。卽ち骨肉皆好なるも、若し身上面上に惡紋・黑痣を生ずれば、亦た佳相と算するを得ず。紋は生じて深く端正なるを要し、黑痣は生じて大にして明亮なるを要す。凡そ面相を看るに、顴骨上に肉薄くして骨が兩旁に向かって開張方正なるを見れば、主人に權柄あるを主る。若し肉厚くして骨を藏沒せしむれば、則ち權柄無し。此の種の人は縱いて官職ありと雖も、不過循例に調轉する閑職のみ。
其人縱有官職,但常調而已。凡有相之人,或居貧賤,如鳳在地不久必翔,無相之人,忽居富貴,如草非時而生,非地而出矣,必愈疾也。
此の種の人は縱いて官職あれども、亦た按部に就て班に遷調するのみ。凡そ真に好相ある人は、卽ち眼下に貧賤に身處すと雖も、鳳凰の暫く地に落つるが如くして、久しからず必ず高飛す。之に反して、好相なき人が忽然として富貴に身居すれば、草木の時令に到らずして生じ、合適の土地に在らずして長出するが如くして、必ず速かに凋敗す(底本の「必愈疾也」は「必萎疾也」とすべく、速衰を謂ふ)。
骨を相す
骨節相金石,欲峻不欲橫,欲圓不欲粗。瘦者不欲露骨,肉不稱骨而骨露,乃多難有禍之人也。肥者不欲露肉,肥滯之人也不欲蒲,或滿而盈者乃是死人之相也。骨與肉相稱,氣與血相應。骨寒而縮者,不貧則夭。謂背額而停偏,骨寒而肩聳。大凡物有不全,貧賤壽富夭折,故曰不貧則夭。
骨骼は金石の如く堅實なるを要す。高峻なるに宜しくして横生旁出に宜しからず、圓潤なるに宜しくして粗大に宜しからず。瘦人は露骨に宜しからず――肉が骨に配せずして骨節が稜稜として外露すれば、則ち多災多難の人なり。胖人は露肉に宜しからず――肥胖壅滯の人も亦た肌肉浮薄に宜しからず。若し肌肉が臃腫滿溢すれば、則ち是れ死人の相なり。總じて骨と肉とが彼此相稱し、氣と血とが彼此相應するを要す。骨相寒薄にして瑟縮の人は、貧窮せざるも亦た短命なり。所謂骨寒とは、背と額とが端ならず、三停偏斜し、骨氣寒薄にして兩肩高聳するを謂ふ。大凡そ一樣の物に全からざる所有れば、貧賤・富壽・夭折は皆此れに由りて分判す。故に「貧ならざれば則ち夭す」と曰ふ。
日角之左,月角之右,有骨直起為金城骨,位至三公。印堂有骨上至天庭,名天柱骨,從天庭貫頂,名伏犀骨,並位至三公。面上有骨卓起,名為顴骨,主權勢。顴骨相連人耳,名王梁骨,主壽考。自臂至肘為龍骨,象君。欲長而大。自肘至腕名虎骨,象臣。欲短而細。骨欲峻而舒,圓而堅,直而應節,緊而不租,皆堅實之象。
額上の左邊の日角・右邊の月角、若し各おの骨ありて直立隆起せば、「金城骨」と呼び、位三公に至るを主る。印堂に骨ありて上って天庭に通ずるを、「天柱骨」と呼ぶ。再び天庭より一直に貫きて頭頂に至るを、「伏犀骨」と呼ぶ――此の兩種も亦た位三公に至るを主る。面上に骨ありて高く卓起するを、「顴骨」と呼び、權勢を掌るを主る。顴骨が横生相連して耳に入るを、玉梁骨と呼ぶ(底本は「王梁骨」と作し、「人耳」は「入耳」とすべし)、長壽を主る。肩臂より手肘に至る此の一段の骨を「龍骨」と呼び、君に象を取り、生じて長く大なるを要す。手肘より手腕に至る此の一段を「虎骨」と呼び、臣に象を取り、生じて短く細なるを要す――君骨長・臣骨短なれば、乃ち君臣有序なり。骨は總じて高峻にして舒展し、圓にして堅實にして、端直にして節度に合し、緊湊にして粗糙ならざるを要す。これら皆骨質堅實の表徵なり(底本の「租」は「粗」とすべし)。
顴骨入鬢,名驛馬骨,左目上曰日角骨,右目上曰月角骨。骨齊耳為將軍骨,撓日員為龍角骨,兩溝外曰巨鏊骨,額中正兩邊為龍角骨。
顴骨が橫長にして鬢角に入るを、「驛馬骨」と呼び、四方に奔走して祿を得るを主る。左眼上方の骨を「日角骨」と呼び、右眼上方の骨を「月角骨」と呼び、二者は父母を主る。骨が橫生して耳と齊平なるを、「將軍骨」と呼び、威武にして兵を掌るを主る。眉上に日角を繞らせて一圏圓起するを「龍角骨」と呼ぶ。兩條の法令溝の外に隆起するを「巨鰲骨」と呼ぶ(底本は「巨鏊骨」と作す)。額部中正の兩旁に隆起するも亦た「龍角骨」と呼ぶ。これらの骨名は、皆部位に按じて定名し、用いて權位と壽貴とを分判す。
詩曰:骨不聳今且不露,又要圓清兼秀氣。骨為陽兮肉為陰,陰不多今陽不附。若得陰陽骨肉均,少年不貴終身富。
詩中に曰く、骨は過分に高聳せず、また稜稜として外露せざるを要し(底本の「今」は「兮」とすべし)、還た生じて圓潤清朗・兼ねて秀氣あるを要す。骨は陽に屬し、肉は陰に屬す。陰(肉)若し足らざれば、陽(骨)は則ち依附する所無し。能く陰陽相配・骨肉勻停せば、此の種の人は卽ち少年に顯貴せざるも、能く終身富足ならん。
骨聳者天。骨露者無立。骨軟弱者,壽而不樂。骨橫者凶。骨輕者貧賤。骨俗者愚濁。骨寒者窮薄。骨圓者有福。骨孤者無親。又云:木骨瘦而青黑色,兩頭粗大,主多窮厄。水骨兩頭尖,富貴不可言。火骨兩頭粗,無德賤如奴。士骨大而皮粗厚,子多而又富。肉骨堅硬,壽而不樂,或有旋生頭角骨者,則享晚年福祿,或旋生頤額者,則晚年至富也。
骨が過分に高聳するは短命なり(底本の「天」は「夭」とすべし)。骨稜が外露するは事業を立てる能わず。骨が軟弱なるは長壽せども快樂せず。骨が橫生旁出するは凶を主る。骨が輕薄なるは貧賤なり。骨相が粗俗なるは愚昧混濁なり。骨が寒薄なるは窮困す。骨が圓潤なるは福あり。骨が孤聳無輔なるは六親に靠る無し。又曰く、木に屬する骨は瘦せて膚色青黑にして、兩頭粗大なるは、多く窮困厄難を主る。水に屬する骨は兩頭尖にして、富貴言ふ可からざるを主る。火に屬する骨は兩頭粗にして、德行無く卑賤にして奴僕の如し。土に屬する骨は大にして皮膚粗厚にして、子女多く而且富あり(底本の「士」は「土」とすべし)。骨が肉に裹まるるにして堅硬なるは、長壽せども快樂せず。若し中年以後に頭角上に別に骨を生ずれば、能く晚年の福祿を享く。若し下巴或いは額上に後生して骨出れば、晚年に大富を致すべし。
詩曰:貴人骨節細圓長,骨上無筋肉又香,君骨□臣相應輔,不愁無位食天倉,骨粗豈得豐衣食,部位應無且莫求,龍虎不須相剋陷,筋纏骨上賤堪憂。
詩中に曰く、貴人の骨節は細緻・圓潤にして修長にして、骨上に青筋纏わず、肌肉還た香氣を帶ぶ。君骨(臂上の龍骨)と臣骨(肘下の虎骨)とが彼此相應相輔し(ここで底本に脱字あり)、此の種の人は官位なきを愁へず、天倉の俸祿を享受す。骨相粗蠢なるは、何處よりか豊衣足食を得ん。各部位既に皆相應せざれば、必ずしも再び功名を求むる勿れ。龍骨と虎骨とは互相に克制陷伏すべからず。若し青筋が骨上に纏繞せば、則ち是れ低賤の相にして、憂慮するに値す。
肉を相す
肉所以生血而藏骨,其象猶土生萬物而成萬物者也。豐不欲有餘,瘦不欲不足。有餘則陰勝於陽。不足則陽勝於陰。陰陽相勝,謂一偏之相淘為陰骨為陽,陰有餘神則生血,陽有餘神則生氣肉以堅而實直而聳,肉不欲在骨之內,為陰不足,骨不欲生肉之外,為陽有餘也。
肌肉の功用は血液を生養し・骨骼を包藏するに在り。其の取象は大地が萬物を生出して又萬物を成就するが如し。故に肉は豊滿にして餘あるに宜しからず、清瘦にして足らざるに宜しからず。有餘は則ち陰が陽を壓過し、不足は則ち陽が陰を壓過す。陰陽が彼此壓制すれば、則ち偏枯の相と成る。總じて言へば、肉は陰に屬し、骨は陽に屬す。陰有餘なれば則ち神は能く血を生じ、陽有餘なれば則ち神は能く氣を生ず。肉は堅實・挺直にして聳起の勢あるを要す。肉は骨の裏面に縮む可からず、彼は是れ陰不足なり。骨も亦た肉の外面に支出する可からず、彼は是れ陽有餘なり。
故曰人肥則氣短,馬肥則氣喘,是以肉不欲多,骨不欲少也。暴肥氣喘,速死之期。肉不欲橫,橫則性剛而暴。肉不欲緩,緩則性懦而怕。人肥不欲亂紋路,路漏者近死之兆。肉慾香而暖,色慾白而潤。皮欲細而滑,皆美質也。色昏而枯,皮黑而臭,寵多加塊非令相也。若夫神不稱枝幹,筋不束骨,肉不居□,皮不包肉,速死之應也。
故に曰く、人は一たび胖すれば氣短く、馬は一たび肥ゆれば氣喘ぐ。見るべし、肉は太多きに宜しからず、骨も亦た太少きに宜しからざるを。忽然として暴肥して氣喘ぐは、速死の期近し。肉は橫生に宜しからず、橫生すれば則ち性情剛烈暴躁なり。肉も亦た鬆弛に宜しからず、鬆弛すれば則ち性情懦弱膽怯なり。胖人の身上は雜亂の紋路あるに宜しからず、紋路の漏泄するは臨近死亡の徵兆なり。肌肉は香氣ありて溫暖を要し、膚色は白く潤澤を要し、皮膚は細にして滑を要す。これら皆美好の質地なり。之に反して、膚色昏暗枯槁し、皮膚發黑發臭し、身上また贅瘤肉塊を多く生ずれば、便ち好相に非ず。神氣と四肢軀幹と相稱せず、筋絡が骨頭を束る能わず、肌肉が軀體に附く能わず(ここで底本に脱字あり)、皮膚が肌肉を包む能わざるに至っては――これら皆速死の應驗なり。
詩曰:骨人肉細滑如苔,紅白光凝富貴來,揣著如綿兼又暖,一生終是少凶災。肉緊皮粗最不堪,急如繃鼓命難長,黑多紅少須多滯,遍□生光性急剛。欲識貴人公輔相,芝蘭不帶自然香。
詩中に曰く、骨骼は肌肉に包裹せられ、肉質細膩滑潤にして苔蘚の如く、膚色紅白相映・光澤凝聚して、富貴自然に來る。摸上去すること綿絮の如く柔軟にして溫暖なるは、一生凶災少なし。肌肉が繃緊にして皮膚粗糙なるは最も不好にして、皮が繃ること鼓面の如く緊なれば、壽命長からんこと難し。膚色が黑多紅少なるは、一生滯礙不通多し。遍身(ここで底本に脱字あり)に光を泛せるは、性情急躁剛烈なり。能く公卿宰輔たる貴人相を辨認せんと欲せば、則ち彼の身上に芝蘭香草を佩帶せざると雖も、自然に香氣を透出するを看よ。
鬼谷子神奇相法全書 卷之二
五官總論
眉緊鼻端平,耳須聳義明,海口仰弓形,晚運必通亨。緊者,眉不散疏也。端者,正也。平者,直也。聳者,提起也。明者,菱角分明也。大而有收拾為海角,朝上而不露齒。曰弓,晚運專指口言。
總訣に曰く、眉毛は緊聚を要し、鼻子は端正平直を要し、耳朵は高聳にして輪廓分明を要し、口は生じて寛大にして海の如く・口角上仰して彎弓の如きを要す。かくの如き人は晚年の運必ず通達す。以下に逐字解釋す。「緊」は眉毛が散亂稀疏せざるを謂ふ。「端」は即ち端正なり。「平」は即ち挺直なり。「聳」は耳朵が上へ提起するを謂ふ。「明」は耳の稜角輪廓分明を謂ふ。口大にして兩角收まるを得るを「海口」と呼ぶ。口角が上に朝きて笑む時に牙齒を露さざるを「弓形」と呼ぶ。所謂晚運は、專ら口の此一處を指して言ふ。何となれば、口は五十六歲以後の運程を主ればなり。
五官說
五官者,一曰耳為採聽官,二曰眉為保壽官,三曰眼為監察官,四曰鼻為審辨官,五曰口為出納官。《大統賦》云:一官成,十年之貴顯,一府就十載之富豐。但於五官之中,倘得一官成,可享十年之貴也。如得五官俱成,其貴老終。
相家は面上の五箇の器官に各おの一種の職司を配し、合わせて「五官」と稱す。第一、耳を「采聽官」と呼び、聽聞と早年運とを主る。第二、眉を「保壽官」と呼び、壽元と兄弟とを主る。第三、眼を「監察官」と呼び、心性と中年運とを主る。第四、鼻を「審辨官」と呼び、財帛と審斷とを主る。第五、口を「出納官」と呼び、飲食信用と晚年運とを主る。《人倫大統賦》に曰く、一官が生じて合格せば、則ち十年の貴顯あり。一府(額・顴・頤の三對の骨を六府と爲す)が生じて成就せば、則ち十年の富足あり。故に五官の中に在りて、一官成格するのみ有れば、便ち十年の貴を享くべし。若し五官皆成格せば、此の貴氣は以て老し死するまで保つべし。
採聽官:耳須要色鮮,高聳於眉,輪廓完成,貼肉敦厚,風門寬大,謂之採聽官成。保壽官:眉須要寬廣清長,雙分入鬢,或如懸犀新月之樣,魚尾豐盈高居額中,乃為保壽官成。監察官:眼須要含藏不露,黑白分明,瞳子端定,光彩射人,或細長極寸,乃為監察官成。
采聽官(耳)の成格の條件は、顏色鮮明にして、位置高聳して眉を過ぎ、耳輪耳廓完整成形にして、耳は頭に貼して肉質敦厚にして、耳孔(風門)寛大なり――かくの如き乃ち采聽官成と算す。保壽官(眉)の成格の條件は、眉毛寛廣・清朗にして修長にして、兩眉分開して各おの鬢角に伸び入り、或いは彎曲して懸犀の如く・新月の如くなり。眉尾(魚尾)豊盈にして、位置は額の中段に高居す――かくの如き乃ち保壽官成と算す。監察官(眼)の成格の條件は、眼神含蓄内藏して外露せず、黑白分明にして、瞳仁端正安定にして、光彩逼人にして、或いは眼形細長にして一寸許り――かくの如き乃ち監察官成と算す。
審辨官:鼻須要樑柱端直,印堂平闊,山根連印,年壽高隆,難圓庫起,形如懸瞻,齊如截筒,色鮮黃明,乃為審辨官成。出納官:口須要方大,唇紅端厚,角弓開大合小,乃為出納官成。
審辨官(鼻)の成格の條件は、鼻梁の此の根の「梁柱」が端正挺直にして、印堂平滿開闊にして、山根と印堂と連貫斷えず、年上壽上の兩段高隆し、鼻頭圓にして兩側の仙庫(鼻翼)隆起し(底本の「難圓」は「準圓」とすべし)、形狀は懸垂の膽囊の如く、齊整なること截斷の竹筒の如く、顏色鮮潤黃明なり――かくの如き乃ち審辨官成と算す。出納官(口)の成格の條件は、口形方にして大にして、嘴脣紅潤端厚にして、口角は弓の如く、張開する時は大・合攏する時は小なり――かくの如き乃ち出納官成と算す。
耳は采聽官と爲す
成敗傾欹:傾,缺也。欹,低也。傾欹主破散成敗也。《萬金相》云:左耳缺先損父,右耳缺先損母,左右廢缺雙親並損。主妨克離祖亦不奇低十眉也。詩曰:偏堂降地,破祖無疑。兄弟稀少,自身不利。偏堂,耳名也,又口降地,耳低於眉。
耳に「傾欹」の相あるは、一生成敗無常を主る。「傾」は耳輪に缺口あるを謂ふ、「欹」は耳位低斜を謂ふ。傾欹は則ち家業破散・成敗反覆を主る。《萬金相法》に曰く、左耳に缺口あるは先づ父親を克損し、右耳に缺口あるは先づ母親を克損し、左右兩耳皆殘缺のは父母雙雙受損す。此の種の人は還た刑克六親・祖業を離るるを主り、耳位が眉毛より低きも亦た足りて奇ならず。詩中に曰く、耳(偏堂)が低垂して眉下に降るは、祖業を破敗するは疑問無し。兄弟稀少にして、自身も亦た利ならず。「偏堂」は耳の別名なり。所謂「降地」とは、則ち耳の位置が眉毛より低きを謂ふ。
聰明高聳:高聳,過於眉也。郭林宗曰:耳為君,眉為臣。君宜上而臣宜下。高起過眉者,主貴,聰明文學,才俊富貴也。《萬金相》云:耳高眉一寸,永不受貧困。又曰耳如攜起,名播人耳。宋齊丘曰:耳齊日角,曰大貴。許負曰:耳能齊日角,曾服不死藥。又主乎生病少壽長,才智過人。
耳高聳の人は聰明なり。所謂「高聳」とは、耳の上緣が眉毛を高く過ぐを謂ふ。郭泰曰く、耳は君に比すべく、眉は臣に比すべし。君は該り上に在りて臣は該り下に在るべく、故に耳が眉を高く過ぐれば乃ち序に合す。耳が高起して眉を過ぐるは貴を主り、聰明にして文才あり、才俊にして富貴なり。《萬金相法》に曰く、耳が眉を高く過ぐること一寸のは、永遠に窮を受けず。又曰く、耳朵が提げ上げられたるが如く高豎せば、名聲便ち衆人の耳に傳入す。宋齊丘曰く、耳の上緣が日角(額上の眉端上方)と齊平なるは、大貴を主る。許負曰く、耳能く日角と齊平なるは、不死藥を吃したるに似て、一生少病・壽命長久・才智過人を主る。
皮粗青黑飄蓬:郭林宗曰:左耳為金星,右耳為木星,色鮮者貴而安穩。若皮粗及青色黑而幹者,主一生奔馳南北,散走他鄉,終無定基也。宋齊丘曰:皮粗青黑,走異鄉。廣鑑集云:耳輪青黑,腎藏喪不久也。
耳皮粗糙・色が青黑を泛すの人は、一生蓬草の如く飄泊す。郭泰曰く、左耳は金星に屬し、右耳は木星に屬す。顏色鮮明なるは顯貴にして安穩を主る。若し耳皮粗糙にして顏色又青又黑にして干枯せば、一生南北奔波・他鄉に流散し、始終安定の基業無きを主る。宋齊丘曰く、耳皮粗糙青黑のは、他鄉を走るべし。《廣鑑集》に曰く、耳輪發青發黑のは、是れ腎臟已に傷へられ、命久しからず――何となれば耳は腎の竅と爲し、耳色は以て腎氣を驗すればなり。
飄蓬謂:如蓬草也,中原郊野多生,俗名蓬子。根類竹根,其枝葉如楊柳,盤盤旋旋,團欒而生,圓如燈球,分圓若丈餘,秋天枯死之時,風吹出土。若東風起,吹輥往西無阻者,迤邐進去,忽然換西風。復吹遠東而去。若耳皮粗青黑者,為人似蓬草,朝暮走他鄉。無定止也。
此處に「飄蓬」と謂ふを解釋す。飄蓬は即ち蓬草にして、中原の郊野に多く生じ、俗名を蓬子と曰ふ。其の根は竹根の如く、枝葉は楊柳の如く、盤旋團簇して生じ、長成したる後は圓にして燈球の如く、散開するに直徑一丈餘あり。秋に到り枯死する時、風に吹かれて根を連ねて土面より拔け出づ。東風刮る時は、一路西へ滾り去りて毫も阻擋無し。忽然として改めて西風刮れば、又吹きて東邊に囘る。耳皮粗糙青黑の人は、人と爲りて此の蓬草の如く、早晚他鄉に奔走し、定居の處無し。
色如瑩玉,年少作三公:《廣鑑集》云:耳若貴賤,不取大公。先要色鮮,瑩白為上。昔歐陽文忠公,耳白如面,名聲天下。《人倫大統賦》曰:白或過面,主聲譽之飛揚,瑩白貫輪,主信行之敦厚。貼肉垂珠,紅潤自然,主財祿亨通:貼內者,隱伏也。紅潤者,垂珠鮮澤也。主平生財祿綿綿,百謀百成,千求千遂,天生自然富貴。《大統賦》云:壽越眉兮貴□血,聰垂明兮富貼肉。許負云:耳貼肉,富貴足。《太清神鑑》云:對面不見耳,問是誰家子。似此貼肉隱伏,而垂珠紅潤者,主平生旺相而長富貴,一歲人遠至十五歲,蔭成父母,病少之相。
耳色が潔白にして溫潤の玉の如ければ、年紀輕々にして能く位三公に至る。《廣鑑集》に曰く、耳で貴賤を看るに、並びに其の大なりや否やを取らず、先づ要するに顏色鮮明を看て、瑩潔白淨を以て上と爲す。昔の歐陽修(文忠と諡す)は耳の白きこと面色に勝れ、因りて名天下に滿つ。《人倫大統賦》に曰く、耳色の白きこと面色を超過するは、聲譽飛揚を主る。瑩白の色が耳輪を貫通するは、誠信篤厚を主る。耳が頭に貼して垂珠紅潤自然なるは、財祿亨通を主る。「貼肉」は耳が緊貼して頭部に張揚せざるを謂ふ(底本の「貼內」は「貼肉」とすべし)。「紅潤」は耳垂の鮮明にして光澤あるを謂ふ。此の種の耳相は一生財祿綿綿絶えず・百般の謀劃皆成・千般の求取皆遂を主り、是れ天生自然の富貴なり。《大統賦》に曰く、耳が眉を高く過ぐるは壽を主り、耳色(ここで底本に脱字あり)は貴を主る。耳垂明潤は聰を主り、耳が頭に貼するは富を主る。許負曰く、耳が肉に貼するは、富貴充足なり。《太清神鑑》に曰く、正面彼に對して耳を見ず(耳が頭に貼すればなり)、此れ則ち誰が家の貴公子なるかを問ふべし。かくの如く貼肉隱伏にして垂珠紅潤の耳は、一生旺相にして長く富貴を享くるを主る。一歲より一直に十五歲に到る此の段の耳運の裡にして、還た能く父母に蔭及し、是れ少病の相なり。
若尖小直如箭羽,安得不孤窮:尖小者,謂之猴耳,主孤貧。如箭羽者,其耳形直豎似矢之翎,最為貧賤之相,主十五歲男女,並有妨財破敗,長大貧賤孤獨之相。《五總龜》云:反耳無輪最不堪,直如箭羽少資糧。又曰:雙耳尖小多妨克。
耳若し尖小にして直豎すること箭尾の羽毛の如ければ、豈に孤苦貧窮せざらんや。耳尖にして小なるを「猴耳」と呼び、孤貧を主る。箭羽の如きは、耳形直豎にして薄く、箭桿上の翎毛の如く、此れ最も貧賤の相なり。男女を論ぜず、十五歲以前の耳運の裡にして則ち破財敗家し、長成したる後も亦た貧賤孤獨の相なり。《五總龜》に曰く、耳廓外反・耳輪無きは最も不好にして、耳直きこと箭羽の如きは糧少なく財少なし。又曰く、兩耳尖小のは多く六親を刑克す。
命門難入指,壽元慳短,妄淺愚蒙:命門者,耳孔也,若窄小難入小指尖者,主愚頑短壽,無智之人。《洞中經》云:耳孔容針,家無一金。《太清神鑑》云:耳門如墨,二十之客,夭壽也。無輪兼反薄,家破囊空:薄者,主貧也,一歲至十五之內妨克破祖,長大孤貧,壽夭之相。《太清神鑑》云:輪為城內為廓,城兜廓吉,廓兜城凶。金鏡經曰:耳無輪廓多破散。《大統賦》云:耳薄如紙,貧而早死。五總龜云:能可城兜廓,不可廓兜城。
「命門」は即ち耳孔なり。耳孔窄小にして小指の尖を挿入する能わざるは、愚頑短壽・智慧無く・人と爲りて淺薄妄誕を主る。《月波洞中經》に曰く、耳孔が一根の針を容るるのみのは、家中に一兩の金無し。《太清神鑑》に曰く、耳門の黑きこと墨の如きは、ただ二十歲上の過客、夭亡を主る。耳に輪無くして外反して單薄なるは、家破し財空なり。耳薄は貧を主る。此の種の人は一歲より十五歲に至る耳運の裡にして則ち刑克し祖を破し、長大するに及び孤苦貧寒にして、是れ短命の相なり。《太清神鑑》に曰く、外圈の耳輪を「城」と爲し、內圈の耳廓を「廓」と爲す。城が廓を包住するは吉にして、廓が反って城を包住するは凶なり。《金鏡經》に曰く、耳に輪廓無きは多く破敗離散す。《大統賦》に曰く、耳薄きこと紙の如きは、貧窮にして早死す。《五總龜》に曰く、寧ろ城が廓を包むべし、廓が城を包む可からず。
厚大垂肩極貴,天年過八十方終:《廣鑑集》云:耳大四寸,高聳垂肩者,主大貴壽長,蜀劉先主。耳毫垂肩,目顧其耳。宋太祖口方耳大。只因是毫生竅內,頭自老龍鍾:毫者,孔內生毫也。龍鍾,竹名,其曲頭垂眉地,若人生耳毫,主長壽似龍鍾之竹,緩曲頭低,極老之相也。郭林宗曰:借問何人年過百,耳內生毫頭半白,項下雙絛成一縷,此是人間壽星魄。
耳厚大にして下垂して肩に至るは、極貴の相にして、壽數八十を過ぐる能くして乃ち終る。《廣鑑集》に曰く、耳大きさ四寸にして、高聳にして垂れて肩に及ぶは、大貴にして長壽を主る。蜀漢の先主劉備は即ち此れなり――彼は耳に長毫ありて肩に垂れ、眼睛は還た能く自ら己の耳を見る。宋太祖趙匡胤も亦た口方耳大なり。耳孔裡に毫毛を長出するに至っては、頭便ち龍鍾の老態を顯出す。「毫」は耳孔內に生ずる長毛を指す。「龍鍾」は本と一種の竹名にして、此の竹は頭を彎げて地面に垂向す。人生耳毫するは、長壽を主り、形態は就中龍鍾竹の如く、緩緩彎曲・頭を垂れ首を低むる、是れ極老の相なり。郭泰曰く、請ふ問はん、誰か能く一百歲を活け過ぐるを。耳內に毫毛を長出し、頭髮半白し、頸項下の兩條の皮褶並びて一縷と成る、此れ則ち人間壽星の相なり。
論曰:運限者,上古之壽,一百二十歲為終,今之七十者稀,萬金相法,三主七十五歲為約,左耳七年,右耳八年,男左女右,又天部十年,共二十五年為初主。
總論に曰く、耳の運限を講ずるに、上古人の壽數は一百二十歲を以て終と爲し、如今七十に活到るも已に少見なり。《萬金相法》は一生を分かちて初・中・末の三主と作し、七十五歲を以て大致の限度と爲す。耳運の算法は、左耳は七年を管し、右耳は八年を管し、男子は先づ左耳を看・女子は先づ右耳を看る。再加へるに額頭(天部)が十年を管し、合せて二十五年、算して「初主」と作し、則ち早年運なり。
黑子生在輪上者主聰明,有大痣耳內者,壽長。垂珠上者,主有財。耳前命門者,主火厄,作事有始無終。耳顯三珠者,左定嗣,右定妻。一曰白珠,耳尖上貴陰亦同。二彩紅珠,右耳中生一珠一子,二珠五子,陰亦同。其珠如粟米大圓者應,如綠豆大圓者少應。氣色瑩白紅潤者,貴而吉,黃者病,青者腎衰,黑操者腎喪。忽輪上紅色如炎火者,七日口舌破財或暴焦,色慘青色,其壽不永也。
耳上の痣と氣色とも各おの應驗あり。黑痣が耳輪上に生ずるは聰明を主る。耳內に大痣あるは長壽を主る。耳垂上に生ずるは財あるを主る。耳前の命門處に生ずるは火災の厄・事を爲すに始あり終無きを主る。耳上に三顆の珠狀の小痣を顯出するは、左耳は子嗣を定め、右耳は妻室を定む。第一種は白珠と呼び、耳尖上に長ずるは貴を主り、女子も亦た同じ。第二種は彩紅珠にして、右耳中に一顆を生ずるは一子を主り、兩顆を生ずるは五子を主り、女子も亦た同じ。此の種の珠は圓きこと粟米大小の如きは應驗し、綠豆の如く大にして圓きは反って應少なし。再び氣色を看るに、耳色瑩白紅潤のは貴にして吉を主る。發黄のは生病を主る。發青のは腎氣衰を主る。發黑にして枯槁のは腎氣已に喪したるを主る。若し耳輪上に忽然として火焰般の紅色を現出せば、七日の內に口舌破財或いは急躁にして事を生ずるを主る。若し氣色慘淡にして發青せば、壽數便ち長からず。
眉は保壽官と爲す
濃厚淹留孤獨:眉黑稠濃密,主淹留蹇滯久困。《五總龜》云:眉濃髮厚人多滯。《萬金相》云:陽,男子也,陽得虎眉蹇滯,虎眉稠濃密也,主平生少快、二十六歲入運至三十五歲,此一運中主上五年多淹滯。短促兄弟非宜:《廣鑑集》云:眉為君,目為臣,宜清長過日,宜如雁行,若短不及目者,難為兄弟,縱有二三四,終須不靠也。
眉毛濃厚の人は淹滯孤獨なり。眉色黑にして稠密濃重のは、運途淹留・蹇滯久困を主る。《五總龜》に曰く、眉濃發厚の人は多く滯礙す。《萬金相法》に曰く、陽は男子を指し、男子若し一副の「虎眉」を生ぜば則ち蹇滯を主る。虎眉は即ち稠密濃重の眉にして、一生快意の事少なきを主る。二十六歲より眉運に入りて三十五歲に至る此の一段の運の裡にして、前の五年は尤も多く淹滯す。眉短促のは兄弟に於て利ならず。《廣鑑集》に曰く、眉は君に比すべく、眼は臣に比すべし。眉は清朗修長にして眼を過ぐるに宜しく(底本の「過日」は「過目」とすべし)、雁陣の如く兩邊整齊なるに宜し。若し眉短きこと眼長に及ばざれば、則ち兄弟の依靠あること難し。縱いて兩三個有りと雖も、終竟靠る能わず。
《萬金相》云:眉長於目,兄弟五六,眉如掃帚,兄弟八九。與目同等,兄弟一兩。短不及目,兄弟不足。縱有一兩,非是同腹。二十六至三十五,上四五年不利。骨稜高起,性勇好為非:稜骨高起者,言眉骨尖峻顯露也,則主人粗鹵,知進而不知退,知存而不知亡,知成而不知敗,自強自勝,作事不應為而強為。性暴好鬥,不可為友之相也,平生宜遠之。
《萬金相法》に曰く、眉長く眼を過ぐるは、兄弟五六人。眉濃きこと掃帚の如きは、兄弟八九人。眉と眼と一樣の長きは、兄弟一兩人。眉短く眼に及ばざるは、兄弟足らず、縱いて一兩人有りと雖も亦た同母の生ずる所に非ず。此の種の人は二十六より三十五歲に至る眉運の裡にして、前の四五年利ならず。眉骨稜稜高起のは、性情勇悍にして事を惹くを好む。所謂稜骨高起とは、眉骨尖峻顯露を謂ふ。此の種の人は人と爲りて粗魯にして、前進を知りて後退を知らず、保存を知りて敗亡を知らず、成功を知りて失敗を知らず、一味に強を逞し勝を好み、作すべからざる事を偏えに硬て作し、性情暴躁にして又鬪を好み、之と友と爲る可からず、平生彼を遠ざくべし。
清秀彎如月樣,文章顯折桂榮奇:《廣鑑集》云:眉是目之君,膽之苗,面之表也。若得清秀彎如月樣,主為人聰明智慧,文學博雅,必攀蟾桂,高明富貴之相。知為平生之福,二十六歲運至中主,便得顯煥功名。郭林宗曰:眉如新月祥。名譽四方聞。許負曰:眉如月弓,衣食不窮。《太清神鑑》云:眉曲彎彎多學識。
眉清秀にして彎きて新月の如きは、文章顯達・蟾宮折桂を主る。《廣鑑集》に曰く、眉は眼の君主にして、膽氣の苗頭にして、亦た一面の儀表なり。若し生じて清秀にして彎きて新月の如ければ、人と爲りて聰明にして智慧あり・文才廣博高雅にして、必ず能く月中の桂枝を攀折し・科擧得中するを主り、是れ高明富貴の相なり。知るべし、此れ是一生の福分なり。二十六歲より眉運を行じて中主に入れば、便ち功名顯耀す。郭泰曰く、眉が新月の如きは吉祥の相にして、名譽四方に傳遍す。許負曰く、眉が彎月の弓の如ければ、衣食窮乏せず。《太清神鑑》に曰く、眉彎彎として致ある人は多く學識あり。
印堂廣雙分入鬢,卿相位何疑:眉中為印堂,名曰官祿宮、相貌宮、福德紫氣宮,一面之中,此位最幹禍福,所以眉毛欲得寬廣,雙分入鬢,主生平多福而貴,二十六歲人運行中,主大發功名。緯林真人曰:眉為羅計之星,宜闊而不欲侵犯紫氣宮。陳圖南曰:翠眉入鬢,位至公卿。《廣鑑集》云:朝中無交眉宰相。
印堂開闊・兩眉分張して鬢角に伸び入るは、位公卿宰相に至ること又何の疑問かあらん。兩眉の間を印堂と呼び、又官祿宮・相貌宮・福德紫氣宮と呼ぶ。整箇の面部の裡に在りて、此の一處は最も禍福に關係し、故に眉毛は生じて寬疏開闊を要し、兩眉各自分開して鬢角に伸び入るは、一生多福にして貴を主る。二十六歲に眉運の中に入れば、便ち大いに功名を發す。緯林真人曰く、眉は羅睺・計都の二星にして、開闊に宜しく、紫氣宮(印堂)を侵犯する可からず。陳摶曰く、眉色青翠にして鬢角に伸び入るは、位公卿に至る。《廣鑑集》に曰く、朝廷裡に兩眉交連の宰相無し。
豎毛多,主殺,神剛氣暴,豈有思維:豎眉者,謂眉毛直立而少也,多主殺性。《大統賦》曰:主性急神猛。好鬥貪殺,無思算之相也。又云:毛直性狠。交頭並印促,背祿奔馳:頭交者,言兩頭印提交鎖,侵犯印堂也。蓋緣印堂是官祿宮,若得眉宇寬,則為官平生安穩。若交促者無祿,而一生走驟愚夫。
眉毛豎立する多きは、殺伐の性を主り、神剛氣暴にして、何處にか還た周密の思慮あらん。所謂豎眉とは、眉毛直立にして稀少、多く凶殺の性を主る。《大統賦》に曰く、此の種の人は性情急躁・神氣凶猛にして、鬪を好み殺を嗜む、是れ思量籌算無きの相なり。又曰く、眉毛直豎のは性情狠戾なり。兩眉の眉頭交連し、印黨を逼促するは、祿位に背離して終生奔走を主る。所謂「頭交」とは、兩邊の眉頭が交鎖して一處となり、印堂を侵犯するを謂ふ。何となれば印堂は官祿宮にして、眉宇寬疏の人は官を爲すに一生安穩。若し眉頭交連逼促せば、則ち祿位無く、一生ただ奔波勞碌の愚夫なり。
印堂又為命宮,眉宇為羅計星,羅計侵犯交促,不利財祿,胡人不在此限,神強者不在此限,在此限即為平生之滯,三六交運至四十一,此四五年最緊。橫直妨妻害子:夫直者,言眉毛。凡生直豎不順也,左妨子,右妨妻,左有如此妻子俱傷。然為平生不利,二十八限至三十,此三年最是不利。旋螺聚必執旗槍:旋螺,言其中毛盤旋似螺絲尾尖,盤盤旋旋而生者,主為人剛健勇猛,可車前槍旗之首當先,無懼而戰也。
印堂は又命宮にして、兩眉は羅睺・計都の二星なり。羅計が命宮を侵犯し・彼此交連逼促せば、則ち財祿に利ならず。不過胡人(西北民族)の眉濃交連は常態にして、此の限に在らず。神氣强旺の人も亦た此の限に在らず。凡そ此の限の內に落ちるは、則ち一生の滯礙なり。三十六歲より運を交えて四十一歲に至る、此の四五年最も喫緊なり。眉毛橫生直豎のは妻を妨げ子を害す。所謂「直」とは、眉毛が生じて直豎して順伏せざるを謂ふ。左眉かくの如きは兒子を妨げ、右眉かくの如きは妻子を妨げ、兩邊皆かくの如ければ則ち妻子兒女皆傷克を受く。此れ一生の不利にして、二十八歲より三十歲に至る此の三年最も不利なり。眉中に旋毛ありて螺狀に聚まるは、必ず旗槍を執りて軍に從す。所謂「旋螺」とは、眉中の毛が盤旋して螺絲の尖尾の如く、一圏圏卷きて生長するを謂ふ。此の種の人は人と爲りて剛健勇猛にして、能く軍前に於て旗を執り槍を持する先鋒に充當し、陣に臨みて畏懼する所無し。
低壓眼相連不斷,運至必災厄:《廣鑑集》云:眉為羅計之星,眼為日月之象,相眉緊緊貼而與眼相連不斷者,是羅計二星侵犯太陰太陽,太陰太陽為日月之臺,一身之主,二十六限至二十九不利,三十七八九亦不利。若孛星高廣,日月分明,災禍減半。
眉毛が眼睛を低壓し、眼と連成して一片と爲り斷開せざるは、運一たび此處に行かば必ず災厄あり。《廣鑑集》に曰く、眉は羅睺・計都の二星にして、眼は太陽・太陰の二象なり。眉を相する時若し眉が緊貼して眼皮に、眼と連接斷えざるを見れば、則ち羅計二星が太陰太陽を侵犯するなり。太陰太陽は日月の所在にして、一身を主宰す。故に二十六歲より二十九歲に至る眉運不利にして、三十七・三十八・三十九歲の眼運も亦た不利なり。不過若し「月孛星」(山根)が生じて高く寬にして、兩眼又黑白分明なれば、此の災禍は以て一半を減ずべし。
論曰:運限者,兩眉管四年人中主,左二年二十六七,右二年,二十八九眉生四理。黑子眉中生者,初主水厄,眉頭生者,主性剛,眉上生者主貴官。紋理眉中十字元字紋者,大亨。有坤卦紋者,祿二千石。有成土字並魚鳥形紋,主大將公卿之位。
總論に曰く、眉の運限を講ずるに、兩眉は四年を管し、中主の初に屬す。左眉は兩年を管し、即ち二十六・二十七歲、右眉は兩年を管し、即ち二十八・二十九歲、眉上に別に四道の紋理を生じて參看すべし。眉上の痣:黑痣が眉中に生ずるは、早年水厄を主る。眉頭に生ずるは、性情剛硬を主る。眉上方に生ずるは、貴官を得るを主る。眉間の紋理:眉中に「十」字紋或いは「元」字紋を現すは、大いに亨通す。坤卦形(三橫斷紋)有るは、二千石の俸祿を得べし。「土」字形および魚形・鳥形紋有るは、大將或いは公卿の位に居るを主る。
眉上氣色忽然白者,主哭泣聲服忌。忽然紅色者,三日七日主口舌官訟。黃明入華蓋,日近遠喜信入宅。又主動出為吉。眉中忽然生毫長,謂之壽毛,然不宜早生。萬金相云:二十生毛三十死,四十生毛命壽長,若四十之上忽然生一毫長者,三年內遇貴。
再び眉上の氣色を看るに、忽然として發白するは、哭泣喪服の事あるを主る。忽然として發紅するは、三日より七日の內に口舌官司を主る。黃明の色が華蓋(眉上の額部)に透入するは、近ければ則ち數日・遠ければ則ち久しからず喜訊家に到る有り、亦た出行走動するに吉を主る。眉中に忽然として一根の長毫を長出するを「壽毛」と呼ぶ、但し生ずること太早きに宜しからず。《萬金相法》に曰く、二十歲に壽毛を生ずるは三十歲に死し、四十歲に壽毛を生ずるは乃ち長壽を主る。若し四十歲以上にして忽然として一根の長毫を長出せば、三年の內に貴人に遇はん。
目は監察官と爲す
兩眼浮光,雙輪噴火,殺人賊好奸謀:兩眼浮光者,謂噴突不收,光射人也。雙輪噴火,上下眼堂紅赤,如炎火噴外也,似此者則主人凶惡,奸狡貪鄙,衷懷奸盜之心。然平生之惡。三十歲入運,至三十五此五年大發。三十七至四十。此四年亦不利。《大統賦》云:睛如點漆。許負門:目中赤沙起,法死須妨己。又謂之蛇眼,赤沙便是噴火。
兩眼の神光浮露・上下の眼眶が噴火するが如く赤紅なるは、是れ人を殺すの凶徒・奸謀を好用するの盜賊なり。所謂「兩眼浮光」とは、眼珠突出して神光收まらず、人を射て人を逼るを謂ふ。所謂「雙輪噴火」とは、上下の眼堂紅赤にして、火焰が外に向かって噴くが如し。生成してかくの如き眼は、主人凶惡にして奸猾貪鄙にして、胸中に盜竊の心を懷く、此れ一生の惡相なり。三十歲に眼運に入りて、三十五歲に至る此の五年惡性大發す。三十七より四十歲に至る此の四年も亦た不利なり。《大統賦》に曰く、好眼は應に黑亮として點漆の如くなるべし(此れと正に相反す)。許負曰く、眼中に赤色の血絲を泛起するは、相法に按じて橫死を主り、須みに己を傷るを防ぐべし。此の種の眼を又「蛇眼」と呼び、所謂赤沙は即ち上文の言ふ噴火なり(底本の「許負門」は「許負曰」とすべし)。
睛如點漆,應不是常流:《廣鑑集》云:兩睛黑光如點漆,昭輝明朗光彩射人者,投貴人臣,神仙高士,奇異之相,然為平生之福,三十歲至三十五歲,此六歲顯耀功名。眼大者多攻藝業:《月波洞中經》云:眼睛大而端定,不浮不露,黑白分明者。主可學藝業,異於眾人。成家立業。
眼珠が黑亮として點漆の如きは、決して尋常の輩に非ず。《廣鑑集》に曰く、兩只の眼珠が黑光として點漆の如く、明朗にして人を照し・光彩逼人なるは、以て貴臣を爲す可く・以て神仙高士を成す可きの奇異の相にして、此れ一生の福分なり。三十歲より三十五歲に至る此の六年間功名顯耀す。眼大の人は多く能く技藝學業を鑽研す。《月波洞中經》に曰く、眼珠大にして端正安定、既に浮動せず亦た突露せず、黑白分明のは、能く一門の技藝學業を學成し、常人を超出し、家を成家業を立つるを主る。
上視者勿與交遊:上視者,或看物觀望,或觀人昂面,睛昂向上視者,主為人賊性,自強自是,不容物,太察多疑,不可為友,同行須在富貴之中,不可深交,又曰,上視者,人多狠。斜觀狼目強獨,性鏗吝更貪求:斜觀者,主人秉性剛強,獨能堅吝者,自堅不施,貪鄙愛聚,損人安已,縱居富貴能文,亦不改堅吝之心,口腹不能相應之人也。
眼睛老いて向上看する人は、彼と來往する勿れ。所謂「上視」とは、物を看或いは人を看る時總じて臉を仰起し・眼珠を朝上翻すを謂ふ。此の種の人は心性陰賊にして、剛愎自是にして、別人を容下せず、觀察過苛にして疑心重し、交りて朋友と爲す可からず。卽ち同じく富貴場中に往還すと雖も、亦た深交する可からず。又曰く、上視の人は多半狠戾なり。眼斜視して狼眼の如く・孤强自用のは、性情吝嗇にして而又貪求す。所謂「斜觀」とは、主人の秉性が剛强にして孤僻慳吝なるを謂ふ。自ら守ること死緊にして、從來施舍せず、貪婪にして聚斂を好み、別人を損害して以て己を安頓す。縱然として身富貴に居り・又文才ありと雖も、亦た此の慳吝の心を改掉する能わず、是れ嘴上の說ふ所と肚裡の想ふ所とが號に對せざる人なり。
《廣鑑集》云:目為心之外戶,觀其物外而知其內也。孟子曰:胸中正則眸子了焉,胸中不正,則眸子不能掩其惡也,善惡在目中偏正。善者。正視神清睛定。惡則斜視不定神濁。《太清神鑑》云:眼有些小病,心有些小毒,眼有十分病,心有十分毒。眼善心也善,眼噁心亦惡。《大統賦》云:斜盼者人遭其毒,然居富貴之書,只是心中不正,何況於小人乎。
《廣鑑集》に曰く、眼は心の外門にして、外表より以て內裡を看出すべし。孟子曰く、胸中端正なれば、眼珠便ち明亮清澈なり。胸中不正なれば、眼珠便ち其の邪惡を掩ふ能わず。故に善惡は則ち眼神の正と斜とを看る。善の人は目光平正・神清にして眼珠安定なり。惡の人は目光斜視・閃爍不定にして神氣渾濁なり。《太清神鑑》に曰く、眼上に幾分の毛病あれば、心裡に便ち幾分の毒あり。眼上に十分の毛病あれば、心裡に便ち十分の毒あり。眼善のは心も亦た善、眼惡のは心も亦た惡なり。《大統賦》に曰く、目光斜睨の人は、別人彼の毒害を遭ふべし。此の種の人は卽ち身富貴に居り・書を讀みたると雖も、亦不過心術不正のみ、況んや是れ市井の小人ならんや(底本の「之書」は「知書」とすべし)。
圓大神光露,心懷兇狠,訟獄堪憂:若圓大眼睛突露光者,主兇暴,多招禍患,常遭囹圄之囚繫,然為平生之凶,二十八限至三十五歲不利。三十七八九亦然,雖居富貴,亦為兇徒。若肯讀書,近君子遠小人,其凶減半。《月波洞中經》云:莫交眼突,往往見災□。又曰,眼露心亦露。
眼睛又圓又大にして神光外露のは、心懷凶狠にして、官司牢獄を擔心すべし。眼珠圓大突出して神光外泄のは、性情凶暴・多く禍患を招き・常に牢獄囚禁を遭ふを主り、此れ一生の凶相なり。二十八歲より三十五歲に至る此の一段不利にして、三十七・三十八・三十九歲も亦た一樣なり。縱然として身富貴に居ると雖も、亦た仍お凶徒なり。若し肯んじて書を讀み理を明らめ・君子に親近し・小人を遠離せば、凶險は以て一半を減ずべし。《月波洞中經》に曰く、眼珠突出の人と結交する勿れ、往往にして災禍を見るべし(ここで底本に脱字あり)。又曰く、眼露の人は心思も亦た藏ぬる能わず。
似雞蛇鼠目,不濫須偷:《月波洞中經》云:雞目無痕,好鬥貪淫。蛇目上胞厚而心毒。鼠目左小竊盜,似者男女盜竊貪婪無恥,然居富貴,亦不改奸妒之象。三角深藏毒害:眼生三角,兇狠之人,常能損物害人,若是女子,妨夫不良。《大統賦》云:三角多嗔,為妨夫命。刃者劍刃也,婦人眼生三角,如殺夫之劍也。
眼が雞眼・蛇眼・鼠眼の如きは、行爲放蕩ならざれば則ち偷竊性成なり。《月波洞中經》に曰く、雞眼は眼紋無く、鬪を好み淫を貪るを主る。蛇眼は上眼皮厚く、心腸毒あるを主る。鼠眼は左右不勻にして細小にして、偷竊を主る。此の幾種の眼の如きは、男女を論ぜず皆貪婪偷盜・羞恥を知らず。縱然として身富貴に居ると雖も、亦た奸詐嫉妒の本性を改掉する能わず。眼生じて三角にして眼珠深藏のは、心に毒害を存す。眼生じて三角形のは凶狠の人にして、常に物を損じ人を害す。若し是れ女子なれば、丈夫を妨害し・行爲不良を主る。《大統賦》に曰く、三角眼の人は惱怒多く、丈夫の性命を妨害する會あり。所謂「刃」は即ち劍刃なり。婦人に三角眼を生ぜば、一把の夫を殺すの劍の如し。
頻偷視,定無良籌:頻偷視者,謂談話之間,廣會之座,低目沉吟,常常用眼偷觀人者,乃為人心性不定,多疑智淺之象。神清爽秀,長如鳳目,身顯作王侯:神清秀者,瞳子瑩潔,黑白分明,如曉星光肘四遠也。長如鳳者。鳳目細長入鬢,極一寸五分,陰陽,大富大貴□蜀關雲長,唐房玄齡俱應。
眼睛が頻々と偷看する人は、肚裡に一定に好き主意無し。所謂「頻偷視」とは、談話の間・大庭廣衆の中に在りて、眼を低くして沈吟語らず、却って時時眼角を用ゐて別人を偷看するを謂ふ。此れ心性不定・疑心重くして智慮淺薄の相なり。眼神清爽秀朗・眼形細長にして鳳目の如きは、身顯にして位王侯に至るべし。所謂「神清秀」とは、瞳仁瑩潔・黑白分明にして、拂曉の星光が四方に照徹するが如し(底本の「光肘」は「光射」とすべし)。所謂「長如鳳」とは、鳳目細長にして尾梢鬢に入り、長きこと一寸五分なり。兩眼陰陽相配するは、大富大貴を主る(ここで底本に脱字あり)。蜀漢の關羽(字は雲長)・唐代の房玄齡は皆此の種の相に應じたり。
論曰:運限者,兩目管六年,左目三十三十一二,右目三十四五。目有四神,黑子生在眼胞上者,貪婪作竊。眼下者妨害。氣色者,三陰三陽,忽然生黑氣,深者二五日,淺者二七日,家宅不寧,陰人是非。紅者火災。眼下鋪青者,連累口舌。赤者官災。黑者破耗。黃明者最吉。陰人目下青者喪夫。赤者產厄。眼尾其色瑩白光潤者,主夫位增遷,財祿之喜。
總論に曰く、眼の運限を講ずるに、兩眼は共に六年を管す――左眼は三十・三十一・三十二歲を管し、右眼は三十四・三十五歲を管す。眼に四神の別あり、須みに清濁藏露を分辨すべし。眼上の痣:黑痣が上眼皮に生ずるは、貪婪偷竊を主る。下眼瞼に生ずるは、六親を妨克するを主る。再び氣色を看るに、三陰三陽(兩眼の下方)に忽然として黑氣を生ずるは、色深きは十天許り・色淺きは十四天許りにして、家宅不寧・女人が是非を生ずるを主る。紅色を現すは火災を主る。眼下に一層の青色を鋪開するは、牽連を受けて口舌あるを主る。赤を泛すは官非を主る。黑を泛すは破財耗散を主る。黄にして明潤のは最も吉なり。婦人の眼下發青のは夫を喪ふを主り、發赤のは産厄を主る。眼尾の氣色瑩白光潤のは、丈夫の官を升り、并びて財祿の喜あるを主る。
鼻は審辨官と爲す
竅小鏗貪:竅者,鼻孔也。《萬金相》云:左右胞謂之仙庫,左胞名左庫,右胞名右庫,夫庫欲高豐厚。竅者庫之戶也,戶欲小而齊,庫厚而隆,庫小而齊者,庫內有積也。庫狹而薄,戶大而薄者,庫無積也。竅小庫齊之相,好聚而不舍。戶寬反仰之相,無積而好施也。
鼻孔小の人は吝嗇にして聚を貪る。「竅」は即ち鼻孔なり。《萬金相法》に曰く、左右兩片の鼻翼を「仙庫」と呼び、左邊を左庫と呼び、右邊を右庫と呼ぶ。庫は生じて高厚豊滿を要す。鼻孔は庫の門戶にして、門戶は小にして齊整を要し、庫は厚くして隆起を要す。庫小にして齊整のは、庫裡に積蓄あり。庫狹薄・門戶又大又薄のは、庫裡に積蓄無し。故に鼻孔小にして鼻翼齊整の相は、主人が財を聚むるを好みて花費を舍てず。鼻孔寛大・鼻頭上仰の相は、主人が錢を存ずる能わずして施舍を好む。此の一條は財帛の聚散を講じ、鼻孔と鼻翼との兩處より看出す。
高隆顯宦:《廣鑑集》云:鼻為土宿,萬物生於土,歸於土,象乎山嶽,山不厭高,土不厭厚,義為一面之表也。夫天地人三才之中,鼻為人也,欲得高隆而貴。《大統賦》云:惟鼻者,號嵩嶽,居中為天柱而高聳,梁貴乎豐隆,漢高祖隆準,終為平生之福,三十五至五十中,大顯功名。
鼻子高隆の人は顯官を爲す。《廣鑑集》に曰く、鼻は五星の中に土に屬し、「土宿」と呼ぶ。萬物は土の中より生じて・又土に歸す。鼻は山岳に象を取り、山は高きを嫌はず、土は厚きを嫌はず。故に鼻は一面の儀表なり。天・地・人の三才の中に在りて、額は天と爲し・頦は地と爲し、鼻は中に居りて人に屬す。故に生じて高隆なるを要して乃ち貴なり。《大統賦》に曰く、ただ鼻子は中岳嵩山と號する有り、面部の正中に居り、天柱の如く一般高聳す。鼻梁は豊滿隆起を貴ぶ。漢高祖は即ち「隆準」(高き鼻梁)にして、此れ終竟一生の福分なり。鼻運は三十五歲より五十歲の間にして、正に大いに功名を顯すの時なり。
偏斜曲陷堪傷:偏斜者,不端正,主孤滯也。曲者主孤貧。《萬金相》云:鼻偏左先損父,偏右先損母。又曰,樑柱不直,中年遭厄。六七八限至九六不利。許負曰:鼻仰突,多孤獨。陷者,地低四陷,瘡窩疵瘕痕傷也,亦主妨厄,最不利。
鼻子偏斜・彎曲・凹陷のは皆傷損を主る。「偏斜」は鼻端正ならざるにして、孤獨滯礙を主る。「曲」は鼻梁彎曲にして、孤苦貧寒を主る。《萬金相法》に曰く、鼻が左邊に偏向するは先づ父親を克損し、右邊に偏向するは先づ母親を克損す。又曰く、鼻梁の此の根の柱子直ならざるは、中年に厄に遭ふ。三十六より四十九歲一帶の鼻運皆不利なり。許負曰く、鼻孔上仰して鼻頭突出のは、多く孤獨を主る。所謂「陷」とは、鼻旁の地勢低く・四面凹陷し、或いは瘡窩・瘢痕・疵疤等の損傷あるを謂ふ、亦た妨害災厄を主り、最も不利なり。
《萬金相》云:印堂缺陷,財祿不旺,三十六歲,不利妻房。山根缺陷自身傷害,三十八歲,本身不利。金匱缺陷,鎖在他鄉,三十九遠出不利,亦重破祖。年上缺陷,哭聲不祥,四十歲孝服哭泣動。月孛缺陷,百事為傷,四十一歲凡幹□難成。壽上缺陷,作事乖舛,四十二歲,凡幹不利。準頭缺陷,人事不和,四十三歲,妨是非口舌。左庫缺陷,財物消散。四十四歲破財。右庫缺陷,橫事極多,四十五大破財。
《萬金相法》に處處に逐ひて鼻部各位の缺陷の應期を列出す。印堂缺陷のは、財祿旺ならず、三十六歲の那年妻室に不利なり。山根缺陷のは、自身傷害を受く、三十八歲本人不利なり。金匱(山根の兩側)缺陷のは、他鄉に羈留するを要し、三十九歲遠行不利にして、亦た重重祖業を破敗するを主る。年上缺陷のは、哭聲不祥の兆あり、四十歲の那年孝服哭泣の事動く。月孛(山根の別名)缺陷のは、百事傷を受け、四十一歲凡そ求むる所有りて(ここで底本に脱字あり)皆成ること難し。壽上缺陷のは、事を爲すに乖違差錯し、四十二歲諸事不利なり。準頭缺陷のは、人際不和にして、四十三歲是非口舌を防ぐを要す。左庫(左鼻翼)缺陷のは、財物消散し、四十四歲破財す。右庫(右鼻翼)缺陷のは、橫事極めて多く、四十五歲大いに破財す。
此十缺陷,然為人限不利,必須更看別位滿缺乘除。若是神陷,色尾陷,文武陷,天地陷,色更青赤,乃為一生孤克,貧下之相也。蓋緣缺處多。若天地豐,目下平,日月明,魚尾滿,氣色正,似此者,運至有災。《大統賦》云:完美宜官,破露憂辱,最忌準頭。
已上の此の十種の缺陷は、皆其の限に行かば不利を主る。但し還た必ず他の部位の是れ滿是れ缺を再び看て、彼此加減折算し、只だ一處に憑りて斷定する可からず。若し神光陷・眼尾氣色陷・文武二星(左右の眉眼)陷・天庭地閣皆陷して、氣色又發青發赤せば、則ち是れ一生孤苦刑克・貧賤低下の相なり。何となれば虧缺の地方太多きを以てなり。之に反して、若し天庭地閣豊滿・眼下平實・日月角明朗・魚尾飽滿・氣色端正なれば、此の樣の人は縱然として運を行きて缺陷の處に災あれども、亦た大害に致らず。《大統賦》に曰く、鼻相完美のは官を爲すに宜しく、破損外露のは憂愁屈辱を主り、其の中最も忌諱するは準頭に損あるを是とす。
若還短促,未敢許榮昌:短促,鼻小侷促也。《大統賦》云:巢窩,面之儀表,欲其廣大,主富貴。若短小侷促,主貧賤。許負曰:鼻小莫求官。《大統賦》云:小而滯者作童僕。若鼻短促,童僕之相,為平生貧賤,六六至五九,最不利於己。然鼻小之相,終身不富貴,縱有神骨,相貌亦不祥。
鼻若し短小局促なれば、則ち敢へて彼を榮顯昌盛と許す能わず。「短促」は鼻子小にして局促なり。《大統賦》に曰く、鼻の此の「巢窩」は一面の儀表にして、生じて廣大なるを要して乃ち富貴を主る。若し短小局促なれば、則ち貧賤を主る。許負曰く、鼻小の人は官を求むるを去れ。《大統賦》に曰く、鼻小にして氣色滯暗のは、ただ童僕を爲すのみ。鼻短促のは正に童僕の相にして、一生貧賤なり。三十六歲より五十九歲に至る鼻運の裡にして、自己に對し最も不利なり。總じて鼻小の相は終身富貴を得ること難く、縱然として神氣骨格尚ほ可なりと雖も、相貌も亦た祥瑞と算せず。
生怕十分昂露:昂露,鼻孔仰。孔為二庫之門,十分昂露者,謂戶門開闊內無積也,難為平生不利,五九大破。廣鑑相中,大忌鷹嘴露竅。《大統賦》云:井灶露破廚無粟。井灶者,鼻孔也,又云斜如菱藕之狀,困乏預儲,斜如菱藕者,鼻斜露似刀切藕也,預儲為盛米之器也。困乏為無米也。《照膽經》云:鼻孔外仰成惡敗。
最も怕るゝは鼻孔が十分に朝天外露するを是とす。「昂露」は即ち鼻孔上仰なり。鼻孔は左右兩庫の門戶にして、十分に昂露すれば則ち門戶大開して庫內に積蓄無きに等しく、一生不利を免れず、五十九歲の那年大いに破財す。《廣鑑集》相法の中に、最も忌諱するは鼻鉤が鷹嘴の如くして鼻孔外露するを是とす。《大統賦》に曰く、井竈破露のは、厨房裡に存糧無し――「井竈」は即ち鼻孔なり。又曰く、鼻斜きこと切開の菱角蓮藕の如ければ、米囤裡則ち空乏す――所謂斜如菱藕とは、鼻が歪斜外露して、刀を以て斜に切りたる藕に好似たるを謂ふ。「預儲」は米を盛るの器具にして、「困乏」は即ち米無きを謂ふ。《照膽經》に曰く、鼻孔が外に向かって上仰するは、凶惡敗落を主る。
如懸膽,必作朝郎:如懸膽者,其形從印堂隆隆懸垂,直下準頭,準頭完美如彈者是也。似懸掛豬羊之膽,有骨法,貴作朝郎,無骨法者,富有千金。《心鏡經》云:鼻如懸膽,終須貴,土曜當生得地來。若是山根連額起,定知榮貴作三臺。許負曰:鼻如懸膽,家財鉅萬。《大統賦》云:圓如懸膽之形,榮食鼎□,為平生之福,六六至五九,大發財祿。
鼻子生じて懸膽の如きは、必定朝廷の命官を爲す。所謂「如懸膽」とは、鼻形が印堂より起りて隆隆下垂し、一直に鼻準に至り、鼻準圓滿して彈丸の如く、整體は掛けたる猪羊の膽囊の如し。此の種の鼻若し再び好骨法に配せば、貴にして朝官と爲るべし。卽ち好骨法無くとも、亦た千金を富有す。《心鏡經》に曰く、鼻懸膽の如きは終竟貴ならん、土曜(鼻)が其の地を生得するを以てなり。若し山根一直に額頭に連なりて隆起せば、必定榮貴にして位三台に列す。許負曰く、鼻懸膽の如きは、家財巨萬なり。《大統賦》に曰く、鼻圓にして懸膽の形の如きは、能く列鼎して食するの榮華を享く(ここで底本に脱字あり)。此れ一生の福分なり。三十六歲より五十九歲に至る鼻運の裡にして、大いに財祿を發す。
年壽上縱橫紋理,家破苦窮忙:鼻為年壽二位,屬中央戊已上,萬物生成之地,又為巢窩,欲其光隆無犯者吉,若有縱橫亂紋交雜者,破祖離家,一生弛驟奔波苦,終日揭貧困而厄。若得形正神剛,則主成敗走驟,若女子不可為配。《大統賦》云:紋若亂交,慎勿為乎眷屬,平生大破。
鼻梁上の年上・壽上の二位若し縱橫交錯の紋理あれば、家業破敗・一生窮忙を主る。鼻は年上・壽上の兩段に分かち、五行は中央戊己土に屬す(底本の「戊已上」は「戊己土」とすべし)、是れ萬物生成の地にして、又「巢窩」と呼ぶ。生じて光潤隆起・侵犯する所無きを要して乃ち吉なり。若し縱橫亂紋其の上に交雜せば、祖業を破敗し・鄉井を離背し・一生奔波勞苦・終日貧困に厄せらるるを主る。若し形貌端正・神氣剛强なれば、亦不過成敗起伏・奔走不定のみ。此の種の紋相若し女子の身上に生ぜば、則ち之と婚配するに宜しからず。《大統賦》に曰く、鼻上の紋路若し雜亂交錯せば、千萬に之と眷屬を結ぶ勿れ、一生大いに家業を破るを以てなり。
山根低折,田園不守,妻子先亡:低者,塌也。折者,橫紋斷流也。似此者則主破祖離巢,妨害妻子也。終為平生之患,三十七至四十歲,運行到此,男女並同,蓋緣為生日不順也。若更眉壓眼,神氣薄,樑柱偏,輕則中年大病刑獄,重則喪軀矣。或得形正神強,色明聲亮,其害減半。
山根低塌或いは斷折のは、田園を守る能わず、妻子兒女還た先んじて亡ぶ。「低」は即ち塌陷にして、「折」は橫紋ありて鼻梁を截斷するを謂ふ。生成してかくの如きは、祖業を破敗し・舊居を離れ、還た妻子を妨害するを主る。此れ一生の隱患なり。三十七歲より四十歲に至る運を行きて此に至るは、男女皆一樣にして、此の一段は本と生機不順の部位を以てなり。若し再加へるに眉毛眼を壓し・神氣單薄・鼻梁偏斜なれば、輕ければ則ち中年大病或いは牢獄の災、重ければ則ち命を喪ふ。倘若形貌端正・神氣强旺・氣色明朗・聲音洪亮なれば、此の危害は以て一半を減ずべし。
《五總龜》曰:月孛宮中折又尖,家財早破事相煎,妻兒晚見尤難保,況是□屬少年。《萬金相》云:山根斷折,三十九四十一,三年命祿中。
《五總龜》に曰く、月孛宮(山根)が既に斷折し又尖削なるは、家財早年に破敗し、事事煎迫す。此の種の人は卽ち晚年に至りて乃ち妻兒を得ると雖も、亦た保全し難し、況んや(ここで底本に脱字あり)還た是れ少年の時候に在るをや。《萬金相法》に曰く、山根斷折の人は、三十九歲・四十歲・四十一歲の此の三年正に命宮と祿位との運程の中に落ち、最も小心すべし。
又曰:月孛名山根,又名疾厄宮,又名妻子宮。又名月孛宮,又名嶺斷宮,司囚宮,在山根上一分,名玉嶺根斷自身傷。又曰:嶺斷官司不自由,嶺根折斷自身休。山根嶺斷三十九,嶺根道斷自身休。又曰:山懸橋道耗財,主嶺山根金道三位折也。嶺根平梁,財聚,三位高也,此三位嶺根道,於一面之中,諸部之內,最關禍福,學者可用意觀之。
又曰く、山根に許多の別名あり――月孛と呼び、亦た疾厄宮・妻子宮・月孛宮・嶺斷宮・司囚宮と呼ぶ。山根上方の一分の處を「玉嶺」と呼び、此處若し斷なれば、自身傷を受く。又曰く、嶺斷の人は常に官司纏身・自由を得ず。嶺根折斷のは、自身亦た就中完了す。山根・玉嶺斷折は三十九歲に應ず。嶺・根・道の三處斷のは、自身保ち難し。又曰く、山・懸・橋・道の諸位破損すれば則ち財を耗すとは、玉嶺・山根・金道の此の三處折斷を指す。之に反して、嶺・根・梁平滿のは財を聚むるを主る、彼は此の三處皆高起の緣故なり。此の嶺・根・道の三處は、整箇の面部諸位の中に於て、最も禍福に關係す。相を學ぶの人は心を用ゐて細看すべし。
鼻如鷹嘴樣狡狠:鷹嘴樣者,嶺根道三位細細低下,年壽孤聳,準頭尖垂向下者是也。可旁觀得見,主最毒。《廣鑑集》云:鼻如鷹嘴,啄人心髓。貧女曰:旁觀曲凸如鷹嘴,心裡奸謀暗殺人。許負曰:生伯如鷹嘴,一生奸詐不堪言。《月波洞中經》云:相中大忌鷹嘴露竅,似此者,主為人最毒,常懷嫉賢妒能。外貌偽和假寬,內實毒害。然居富貴知書,不免貪婪奸狡,何況小人乎?又主好成要敗,四十五歲主人破財。
鼻子長成して鷹嘴の如き人は狡詐狠毒なり。所謂「鷹嘴樣」とは、玉嶺・山根・金道の三處細細低陷にして、中間の年上壽上孤零零として聳起し、鼻頭却って尖尖として下に向かって垂鈎す――側面より看れば最も清楚にして、主人心腸最も毒し。《廣鑑集》に曰く、鼻鷹嘴の如きは、別人の心髓を啄食する會あり。《貧女相法》に曰く、旁より看て彎曲凸出して鷹嘴の如きは、心裡に奸謀を藏して人を暗害せんとす。許負曰く、生成して鷹嘴鼻のは、一生奸詐にして說き出す可からず。《月波洞中經》に曰く、相法の中最も忌むは鷹嘴鼻に鼻孔外露を加ふるを是とす。此の種の人は人と爲りて最も毒にして、常に賢能を嫉妒し、外表は溫和寬厚に裝ひ、內裡其の實歹毒なり。此の種の人は卽ち身富貴に居り・書を讀みたると雖も、亦た貪婪奸猾を免れず、況んや市井の小人をや。又事將に成らんとして又敗壞するを主り、四十五歲の那年破財を主る。
廣大巢窩須穩:《萬金相》云:鼻為巢窩,人之家宅也。欲其樑柱端直,年壽豐隆廣大肉厚,接迎東西二嶽,準圓庫起者。主家宅廣人口多,三十六歲入運,至五十九歲,此十年大進入口並宅舍。《大統賦》云:梁廣者窩巢穩。
鼻の此の「巢窩」寬廣なれば、家宅乃ち安穩なり。《萬金相法》に曰く、鼻を巢窩と呼ぶは、即ち人の家宅なり。鼻梁の此の根の柱子端正挺直を要し、年上壽上豊隆寬廣にして肉厚く、左右に向かって東岳(左顴)西岳(右顴)を接應し、鼻頭圓滿にして兩旁の仙庫隆起す――かくの如き人は家宅寬大・人口衆多なり。三十六歲より鼻運に入りて、五十九歲に至る、此の一段の中に十年大いに人口を添え并びに宅舍を置辦す。《大統賦》に曰く、鼻梁寬廣の人は、巢窩則ち安穩なり。
光明主財祿殊常:《太神神鑑》云:面部有五嶽之位,額為南嶽衡山,屬離火。頦為北嶽恆山,屬坎水,左顴為東嶽泰山,屬震木,右顴為西嶽華山,屬兌金,鼻為中嶽嵩山,屬中央土,金木水火土,各有時,火主夏,水主冬,木主春,金主秋,惟土每季旺十八日,乃為萬物生成之地,所以鼻貴乎高隆光明色黃者,得其十之本色也,若有骨法者,主有貴祿,在庶人得財入宅。
鼻部氣色光明のは、財祿非同尋常を主る。《太清神鑑》に曰く、面部に五岳の位あり――額は南岳衡山にして、離卦の火に屬す。頦は北岳恒山にして、坎卦の水に屬す。左顴は東岳泰山にして、震卦の木に屬す。右顴は西岳華山にして、兌卦の金に屬す。鼻は中岳嵩山にして、中央の土に屬す。金木水火土は各おの當令の時あり。火は夏に旺に、水は冬に旺に、木は春に旺に、金は秋に旺に、ただ土は每季末に各おの十八天旺にして、是れ萬物生成の地なり。故に鼻は高隆光明を貴び、顏色發黄すれば、彼は正に土の本色を得たるなり(底本の「十之本色」は「土之本色」とすべし)。此の種の鼻若し再び好骨法に配せば、貴位厚祿あるを主る。就中平民百姓と雖も、亦た能く財を得て産を置く。
《大統賦》云:梁貴乎於隆貫額,高也。色貴乎光瑩溢目,明也。許負曰:準明印正,諸事亨通。鬼谷先生曰:欲觀在任吉凶者,看年壽二位,一分黃明,一年無事,二分黃明,二載平安,三分黃明,三周吉利,若見非來之色,或青或赤或黑,並主當年不利。《五總龜》曰:年壽四時黃。財帛喜非常。
《大統賦》に曰く、鼻梁は隆起して直に額頭を貫くを貴ぶ、此れ則ち所謂「高」なり。氣色は光瑩にして滿溢して目に入るを貴ぶ、此れ則ち所謂「明」なり。許負曰く、準頭明潤・印堂端正なれば、諸事亨通す。鬼谷先生曰く、在任官員の吉凶を看らんと欲せば、則ち年上・壽上の兩處の氣色を看よ――一分の黃明有れば一年無事、兩分の黃明有れば兩年平安、三分の黃明有れば三年吉利なり。若し應に出現すべからざる顏色を見、或いは青・或いは赤・或いは黑なれば、皆當年不利を主る。《五總龜》に曰く、年上壽上が四季皆黃潤を保持するは、財帛の喜非同尋常なり。
《廣鑑集》云:心善三陽光點點,左眼胞也。脾安鼻準見黃明,耳輪焦黑腎臟喪,年壽黃明福德生,右目上下,忽然準頭明更淨,等閒有土是通亨,土者黃明也。自印堂至準庫中間,四季常得黃明。寒暑不侵。壽怒不變,乃為平生之福也。
《廣鑑集》に曰く、心地良善の人は、三陽(左眼胞)一帶光として點點發亮す。脾氣安和の人は、鼻準に黃明の色を現出す。耳輪焦黑のは、是れ腎臟已に傷へられしなり。年上壽上黃明のは、福德此に由りて生ず(三陰は右眼上下を指す)。若し忽然として鼻準明亮にして潔淨にして、平白に土色を見れば、則ち通達亨順なり――所謂「土」は、即ち黃明の色なり。印堂より一直に準頭・仙庫に至る此の一段の中間、四季常に黃明を保し、寒暑侵る能わず、喜怒も亦た之を改めず、此れ則ち一生の福氣なり(底本の「壽怒」は「喜怒」とすべし)。
準頭黑,蘭臺暗摻,旬日必身亡:準頭者,是土之主。蘭臺,左鼻胞名蘭臺,又右為廷尉。《海底眼》曰:夫鼻者,運五臟之精華,肺之苗。肺虛則通,而色瑩光明。無病多吉。肺災則塞,而色摻黑暗,大患至而多凶。若見準頭蘭臺包修黑暗者,大病速至,不出十日之內喪矣。病人最怕此色。
鼻準發黑・蘭臺晦暗にして雜色を摻雜せるは、十天の內に必定身亡す。「準頭」は土位の主宰にして、「蘭臺」は左鼻翼の名稱、右鼻翼は則ち「廷尉」と呼ぶ。《海底眼》に曰く、鼻子は五臟の精華を運轉し、是れ肺の苗竅なり。肺氣虛にして通暢する時は、鼻色瑩潤光明にして、病無く多吉なり。肺に病ありて壅塞する時は、鼻色則ち黑暗を摻雜し、大患將に至らんとして多凶なり。若し準頭・蘭臺一帶の整片黑暗を見れば、大病立刻に到り、十天を出でずして死せん。病人は此の種の氣色を見るを最も怕る。
論曰:運限者鼻管十年,自印堂二十八,至右庫五十。鼻有二節,黑於在山根者,主妨妻害子,鼻側,大凶不利,年上者兄弟難為,印堂當中圓黑者,貴吉。夫氣色印堂山根,光明者吉,暗慘者滯,年壽黃明者吉,黑病,赤官災,青破耗,白哭泣,準頭黃明者,喜慶立至。黑大病,赤紅者破耗,白者破毒。
總論に曰く、鼻の運限を講ずるに、鼻は共に十年を管し、印堂の二十八歲より起りて、右庫の五十歲に至りて止まる。鼻は年上・壽上の兩節に分かつ。痣の應驗は:黑痣が山根に長ずるは、妻を妨げ子を害するを主る。鼻側に長ずるは大凶不利なり。年上に長ずるは、兄弟依靠と爲り難し。ただ印堂正中に一顆の圓黑痣を生ずるは反って貴吉を主る。再び氣色を看るに、印堂と山根と光明のは吉、暗慘のは滯なり。年上壽上黃明のは吉、發黑は病を主り、發赤は官非を主り、發青は破財を主り、發白は哭泣を主る。準頭黃明のは、喜慶立刻に到り、發黑は大病を主り、赤紅は破耗を主り、發白は中毒受損を主る。
口は出納官と爲す
短促、唇掀、色青、齒露、偏邪,骨肉相煎:促者,口聚也。短者,橫窄也。促短者,並主孤也。《大統賦》云:口如吹火似寒酸。吹者撮聚也。《通神鬼眼相》曰:口有三聚,一曰猴口,吹火聚注,令人無子,孑立自身亡。二曰羊口,飲水聚注,令人孤寒,好歌樂,無衣糧。三曰鶴口,縮囊聚注,令孤寒,性寡親子另房。
口若し短促・脣掀・色青・齒露・偏斜なれば、骨肉親人互相に煎迫するを主る。「促」は口撮聚攏にして、「短」は口橫向窄小にして、兩者皆孤獨を主る。《大統賦》に曰く、口を撮起すること吹火の如きは、是れ寒酸の相なり――「吹」は即ち撮攏なり。《通神鬼眼相》に曰く、口に三種の撮聚の形あり。第一種は「猴口」と呼び、撮聚して吹火の如く、主人無子にして孤零零として終老す。第二種は「羊口」と呼び、撮聚して飲水の如く、主人孤寒にして、歌を唱ふを好み樂を作して衣糧無し。第三種は「鶴口」と呼び、撮聚して收口の布袋の如く、主人孤寒にして、性情寡合にして、親生の子女とも亦た房を分かち別住す。
唇掀者,口唇翻蹇也,亦主弧克。《太清神鑑》曰:眼露睛,唇皮蹇,男憂賊盜,女憂產難。若去寺觀及出家,免得一身見八難。青色者,言唇氣青黑,亦主弧貧。《五總龜》云:貧窮似鼠常青黑,破盡田園不住家。《大統賦》云:青黑禍發,齒露者,凡語笑露齒牙,孤克。《廣鑑集》云:相中大忌露齒也。
「脣掀」は嘴脣が外に向かって翻卷するを謂ふ、亦た孤獨刑克を主る(底本の「弧克」は「孤克」とすべし)。《太清神鑑》に曰く、眼珠外露・脣皮翻卷のは、男子は賊盜の禍を憂慮し、女子は難産の厄を憂慮すべし。此の種の人若し寺觀に入りて出家せば、以て一身の八種の苦難を免る可し。所謂「色青」とは、脣上の氣色青黑を謂ふ、亦た孤苦貧寒を主る。《五總龜》に曰く、貧窮の人は脣色老鼠の如く常に青黑を帶び、家中の田園破盡にして、住すこと能わず。《大統賦》に曰く、脣色青黑なれば則ち禍事發生せん。所謂「齒露」とは、凡そ說話發笑する時牙齒皆露出するを謂ふ、孤獨刑克を主る。《廣鑑集》に曰く、相法の中最も忌諱するは齒を露するを是とす。
偏斜者,口不正也,亦主孤貧。《萬金相》云:海朝文、陽十七禍至,陰二八大病。海朝武,陽二八災病,陰十七禍生,文左武右也。又曰,水星不正,骨肉相煎。水星,口也。骨肉,六親也。然主平生之象,五十六歲入運,至六十四歲不利骨肉。
所謂「偏斜」とは、即ち口生じて端正ならざるを謂ふ、亦た孤苦貧寒を主る。《萬金相法》に曰く、口角が「文」の一邊(左邊)に朝向するは、男子十七歲に禍事あり、女子十六歲に大病あり。口角が「武」の一邊(右邊)に朝向するは、男子十六歲に災病あり、女子十七歲に禍端を生ず――所謂文は左に在り、武は右に在り。又曰く、水星(口)端正ならざれば、骨肉の間則ち互相煎迫す。「水星」は口を指し、「骨肉」は六親を指す。此れ一生の相にして、五十六歲より口運に入りて、六十四歲に至る、此の一段は六親に於て不利なり。
闊而不正,虛詐不堪言:橫曰不收,而偏斜不正者,主為人多奸猾,虛謬不實。《大統賦》曰:大言無信者略綽,賂綽者,即橫闊不收也。《五總龜》曰:若傷歸於左胖,是非奸詐愛便宜,口唇左邊也。偏薄是非謗訕:偏薄者,口唇薄橫偏也,主好說談,是非謗訕者,不知己口快舌長。專提人語失,取笑渾語,毀善譏調,不顧忌諱,似此之人,雖居富貴,亦不脫小人也。《五總龜》曰:水星偏陷兩頭垂,尖薄無稜作乞兒。無稜者,薄也。
口闊にして端正ならざるは、虛僞奸詐にして言説する能わざるを得たり。口橫向張開して兩角收まらず、又偏斜不正のは、主人多く奸猾にして、說話虛妄不實なり。《大統賦》に曰く、大話を說いて信を守らざる人は、口形「略綽」なり――所謂略綽とは、即ち橫闊にして收攏せざるを謂ふ。《五總龜》に曰く、若し口形が左半邊に損せば、主人是非多く・奸詐にして便宜を占むるを愛す(口脣の左邊を指す)。口偏にして薄のは是非多く・誹謗譏訕を愛す。所謂偏薄とは、嘴脣薄にして橫斜なるを謂ふ。此の種の人は閑話を說くを好み、專ら別人の話裡の毛病を挑み、持ち來りて取笑戲謔し、好人を詆毀し・譏諷調侃し、全く忌諱を顧みず、自己は卻って口快舌長を覺えず。此の種の人は縱然として身富貴に居ると雖も、亦た小人本色を脫する能わず。《五總龜》に曰く、水星(口)偏斜低陷・兩箇の嘴角下垂・脣尖薄にして稜線無きは、是れ乞丐の相なり――所謂「無稜」とは、即ち脣薄なり。
如朱抹,名譽相傳:如朱抹者,口唇紅鮮,似塗抹硃砂之紅色也,主文章才俊,其姓名傳揚四方。陳圖南曰:唇如潑砂,富貴如華,紅色也。許負曰:口如含丹,不受飢寒。郭林宗曰:唇紅齒白食天祿,多藝多財又多富。《貧女》曰:貴人唇紅似潑砂,更加四字足榮華。然主平生之貴,五十六歲入運,大發財祿。
嘴脣紅きこと朱砂を塗りたるが如ければ、名譽便ち遠近に相傳す。所謂「如朱抹」とは、脣色鮮紅にして、朱砂を抹上げたるが如し。此の種の人は文章才華あるを主り、姓名四方に傳揚す。陳摶曰く、嘴脣が朱砂を潑きたるが如く紅なれば、富貴便ち花開くが如し。許負曰く、口中丹砂を含むが如く紅潤のは、飢寒を受けず。郭泰曰く、脣紅齒白の人は天賜の祿を享け、技藝多く・財物多く而且富あり。《貧女相法》に曰く、貴人の嘴脣紅きこと砂を潑くが如し、若し口形再び方正にして「四」字の如くなれば、榮華則ち足れり。此れ一生の貴相にして、五十六歲に口運に入れば、大いに財祿を發す。
唇裡紫,食肉千里,衣祿自天然:唇鮮紫紅色者,主富貴。可食千里之爵祿,乃為天生自然之福,平生之貴,五十六入限快。覆載多紋理,掩人過惡,得子孫須賢:覆載,唇之名也。《萬金相》云:上層名金覆,下層名金載,若唇上下有紋理多者,主為人寬和,見善多為,遇惡勸歸於善,而喜避其惡,又招貴子賢孫。《大統賦》云:上下紋交子孫眾,周匝稜利仁信全。
嘴脣裡面紫紅色を呈するは、能く千里の封地の俸祿を享け、衣祿天生に出づ。脣色鮮紫紅潤のは富貴を主り、以て千里之地の爵祿を受食すべし。此れ天生自然の福分・一生の貴氣にして、五十六歲に口運に入れば則ち順遂快意なり。上下脣紋理多き人は、能く別人の過錯を掩蓋し、還た能く賢良の子孫を得る。「覆載」は嘴脣の名稱なり。《萬金相法》に曰く、上脣を「金覆」と呼び、下脣を「金載」と呼ぶ。若し上下脣紋路多ければ、主人寬厚平和にして、善事を見れば多く之を爲し、惡人に遇へば則ち彼を勸めて善に歸せしめ、自ら惡行を避くるに樂しみ、還た能く貴子賢孫を招來す。《大統賦》に曰く、上下脣紋交錯のは子孫衆多にして、脣周稜角分明のは仁と信と皆齊全なり。
食時多哽咽,必主□:哽咽者,吃飯食吞噎,向喉咽之中,作沃沃之聲是也。□者,平生蹇滯不通。張紫菱曰:食為性之本,所以欲詳而不暴,啜不欲聲,吞不欲鳴也。《五總龜》曰:鳥啄豬食最賤客,相他衣食必無終,咽粗急者人多燥,鼠食從來飲食空。又曰:相食看詳緩,窮忙豈合宜,更嫌將鳥啄,更總合淋漓,性暴吞須急,心寬食必遲,問君榮貴處,牛哺福相隨。
喫飯の時常常哽咽作響するは、一生必定蹇滯なり(此の二處底本各おの一字脱す)。所謂「哽咽」とは、喫飯呑咽する時噎住し、喉嚨裡に「沃沃」の響聲を發するを謂ふ。主る所の(底本脱字)は則ち一生滯礙不通なり。張紫菱曰く、飲食は性命の根本にして、故に喫相は從容細緻にして粗暴ならざるを要し、湯を喝するに聲を出す勿れ、呑咽するに響を作す勿れ。《五總龜》に曰く、鳥の食を啄むが如く・猪の食を搶ふが如きは、最も下賤の喫相にして、彼の衣食を看れば必定善終する能わず。呑咽粗猛急促の人は性情多く躁なり。老鼠の如く零嘴斷えざるは、一輩子飲食空乏す。又曰く、喫相を看るは彼の從容不迫を看るを要す、窮忙食を搶ふは何ぞ合宜ならん。更に鳥の食を啄むが如きを嫌ひ、亦た喫ること湯水淋漓を嫌ふ。性情暴躁のは呑咽必ず急、心地寬厚のは進食必ず緩なり。何れの喫相か榮貴なるを問はば、牛の反芻の如く徐緩に咀嚼するは、福分自然に相隨す。
常向睡中不合,洩元氣,天促天年一:口者,宜言語以接萬物。博飲食以安五臟,造化之權,禍福之柄。唇為口之城廓,舌之門戶,一開一合,榮辱所繫也。所以夜睡開口者,洩其元氣,元氣既洩,壽不永也。
睡覺の時嘴常に張きて合攏せざるは、元氣を泄漏し、因りて天年を折損す(底本の「天促天年一」の文に訛衍あり、夭促天年を意謂す)。口の用處は、言語を用ゐて以て萬物に應接し、飲食を用ゐて以て五臟を安養す。其れ造化の權柄・禍福の把柄を掌る。嘴脣は口の城牆・舌の門戶にして、一開一合皆一生の榮辱に關係す。故に夜裡睡覺して口を張く人は、元氣口中より泄漏す。元氣一たび泄れれば、壽命便ち長からず。
親曾見低垂兩角,常被世人嫌:兩角下垂者,無衣食也,最招人憎嫌。《五總龜》曰:口者,心之外表,賞罰之所出,榮辱之所關。欲端而厚,言不亂發,謂之口德。若多言而亂發者,謂之口佞。若方廣有稜者,主壽。形如弓稍向上者,主貴。若尖而薄反者,主賤。若黑子生於上唇者,平生酒肉來自然。生於口角者,災滯。生於壽帶人口,主飢餓而死。女人唇生黑子者,主淫,無媒而自嫁也。
親眼見過するに嘴角が下に向かって低垂の人は、常に世人に厭嫌せらる。兩箇の嘴角下垂のは、衣食無きを主り、最も人の憎惡を招く。《五總龜》に曰く、口は心の外在の表徵にして、賞と罰とは此に由りて發出し、榮と辱とは此に由りて相關す。口は生じて端正厚實を要し、說話亂發せざるは、此れを「口德」と呼ぶ。若し話多くして亂說すれば、則ち「口佞」と呼ぶ。口方正寬廣にして稜角あるは長壽を主る。口形弓の如くして兩角稍稍上向のは貴を主る。口尖薄にして脣外翻のは賤を主る。痣に至っては、黑痣が上脣に長ずるは、一生酒肉自然に來る。嘴角に長ずるは災滯を主る。人中の「壽帶」の處に長じて口に入るは、飢餓して死するを主る。婦女の脣上に黑痣を生ずるは淫蕩を主り、媒妁を待たずして自ら人に嫁ぐ會あり。
論曰:運限者,口管十五年,為末主,五十六至六十四。口有三聚,黑子生在唇上者,主一生得酒食,唇內亦然。口角生者,末主水災。紋理者壽帶人口直,飢餓不食而死。氣色紅潤者,則貴。黑者賤。青者毒,白者亦然。黃者病。惟□口黃明者,最吉。
總論に曰く、口の運限を講ずるに、口は共に十五年を管し、末主に屬し、五十六歲より六十四歲に至る(并びに其の後の數年を含む)。口に前述の猴口・羊口・鶴口の三種の撮聚の形あり。痣の應驗:黑痣が脣上に長ずるは、一生酒食を缺かず、脣內に長ずるも亦た一樣なり。嘴角に長ずるは、晚年水災あり。紋理方面:人中の「壽帶」が直貫して口に入るは、飢餓して食を得ずして死するを主る。氣色方面:口色紅潤のは貴を主り、發黑のは賤を主り、發青のは中毒を主り、發白のも亦た一樣、發黄のは生病を主る。唯獨口周(ここで底本に脱字あり)に黃明の色を現すは最も吉なり。
男女の五官を論ず
夫人身手欲得厚,大小相覆,滑淨光澤,必應豪貴,顏色光潤,財祿日進。夫人顏色惡者,絕無官分。《墳經》云:頭小為一極,不得上天力。額小為二極,不得父母力。目小為三極,無有廣知識。鼻小為四極,農作無休息。口小為五極,無有盛衣食。耳小為六極,方命難量測。
人の身體と手掌とは皆生じて厚實を要し、大小彼此相稱・上下相覆し、肌膚滑淨にして光澤あれば、かくの如き必定豪貴に應ず。面上氣色光潤のは、財祿一天一天增長す。之に反して、面色晦惡の人は、絕に官を爲すの分無し。《墳經》は六種の「極」を擧出す、即ち六種の極虧の相なり。頭小は第一極にして、上天の助力を得ず。額小は第二極にして、父母の助力を得ず。眼小は第三極にして、廣博の見識無し。鼻小は第四極にして、一輩子勞作して休息を得ず。口小は第五極にして、豊盛の衣食無し。耳小は第六極にして、壽命と命數と估量し難し。
頭雖大,額無角。目雖大,無廓落。無相也。鼻雖大,樑柱弱。口雖大,語略綽。耳雖大,無輪廓。腹雖大,近上著。非奴即作客。是無相。頭雖小,方且平。目雖小,精且明。鼻雖小,樑柱成。口雖小,語媚生。如此之人法主聰明,兼不少衣食。夫女人共語未了,即面看地,如此之人,必有病也。夫女人當共人語,手拈衣帶者,便低頭答者,必有姦淫之事也。
再び大にして用無きの幾種を說く。頭雖も大なれども額上に骨角無く、眼雖も大なれども眼眶開闊分明ならず、此れ皆相無しと算す。鼻雖も大なれども鼻梁軟弱にして、口雖も大なれども說話橫闊收無く、耳雖も大なれども輪廓無く、肚腹雖も大なれども位置偏上にして下垂せず――此の種の人は奴僕を爲すならざれば則ち人の籬下に寄食す、亦た相無しと算す。之に反して、頭雖も小なれども卻って方正平滿にして、眼雖も小なれども卻って精光明亮にして、鼻雖も小なれども卻って梁柱成形にして、口雖も小なれども卻って言語和悅動聽なれば――相法に照し此の種の人は聰明を主り、而且衣食を缺かず。另外女子を看るに、人と說話して未だ說き盡さざるに卽ち頭を低めて地を看るは、身上必定に病あり。人と交談する時手裡に衣帶を搓捻し・又頭を低めて答話するは、必定に私通淫亂の事あり。
五岳
額為衡山。頦為恆山。鼻顴嵩山。左顴為泰山。右顴為華山。中嶽要得高隆,東嶽須聳,而朝應不隆不峻,則無勢,為小人,亦無高壽。中嶽薄面無勢,則四嶽無主,縱別有好處,不至大貴,無威嚴重權,壽不甚遠。中嶽不及且長者,止中壽,如尖薄,晚年見破,到頭少稱意。南嶽傾側,則主見破,不宜長家。北嶽尖陷,未主無成,終亦不貴。東西傾倒無勢,則心惡毒無慈愛,五嶽須要相朝。
面上五岳の配屬は:額は南岳衡山にして、下巴は北岳恒山にして、鼻は中岳嵩山にして、左顴は東岳泰山にして、右顴は西岳華山なり。中岳(鼻)は生じて高隆を要し、東岳(左顴)は高聳して中央に向かって呼應するを要す。若し既に隆起せず亦た高峻ならざれば、則ち氣勢無く、只だ小人の相のみ、亦た長壽せず。中岳單薄無勢のは、四岳則ち主宰無く、縱然として別處生じて好けれども、亦た大貴に到る能わず、威嚴と重權と無く、壽數も亦た長遠ならず。中岳高きこと足らずして只だ長きのみのは、ただ中等の壽數を得るのみ。若し又尖又薄なれば、晚年に破敗を見、到頭來稱心の事少なし。南岳(額)傾斜歪側のは、家業見破を主り、一家の長と爲るに宜しからず。北岳(頦)尖削凹陷のは、晚年一事成る無く、終竟貴からず。東西二岳(兩顴)傾倒無勢のは、心地惡毒にして慈愛を缺乏す。總じて五岳は一定に彼此朝拱呼應するを要して乃ち好し。
四瀆
耳為江瀆。目為河瀆。口為淮瀆。鼻為濟瀆。四瀆要深遠成就,而涯岸不走,則財穀有成,財物不耗多蓄積。耳為江瀆,竅要闊而深,有重城之副,緊則聰明,家業不破。目為河瀆,深為壽,小長則貴,光則聰明,淺則短命,昏濁多滯,圓則多夭,不大不小,貴。口為淮瀆,要方闊,而唇吻相覆載,上薄則不覆。下薄則不載,不覆不載則無壽,無晚幅。不覆則家必覆。鼻為濟瀆,要豐隆光圓,不破不露,則家必富。
面上四瀆の配屬は:耳は江瀆にして、眼は河瀆にして、口は淮瀆にして、鼻は濟瀆なり。四瀆皆深くして通遠・成就あるを要し、而して兩岸(孔竅の邊廓)收まりて散走せざれば、かくすれば財穀乃ち成あり、財物耗散せずして多く積蓄す。耳は江瀆にして、耳孔は開闊にして深きを要し、外面還た耳輪耳廓ありて重重の城牆の如く輔護するを要す。輪廓緊湊のは聰明を主り、家業破せず。眼は河瀆にして、眼窩深きは壽を主り、眼形細長のは貴を主り、神光あるは聰明を主る。眼淺のは短命、昏濁のは多く滯礙、眼圓のは多く夭折、不大不小のは乃ち貴を主る。口は淮瀆にして、方にして闊きを要し、上下脣彼此覆載相配するを要す。上脣薄なれば則ち蓋ふ能わず、下脣薄なれば則ち托ぐ能わず、既に覆せず又載せざれば則ち壽無く、亦た晚年の福無し(底本の「晚幅」は「晚福」とすべし)。上脣覆盖する能わざるは、家業必定傾覆す。鼻は濟瀆にして、豊隆にして光潤圓滿・破損せず・孔を露さざるを要す。かくすれば家中必定富足なり。
五星六耀說
五星:金、木、水、火、土也。六耀者:太陽、太陰、月孛、羅喉、計都、紫氣。火星須得方,方者有金章。(額也) 紫氣須得圓,圓者有高官。(印堂) 土星須要厚,厚者得長壽。(鼻也) 木星須要朝,五福並相饒。(右耳) 金星須要白,官位終須獲。(左耳) 羅喉須要長,長者食天倉。(左眉) 計都須要齊,齊者有妻兒。(右眉) 月孛須要直、直者得衣食。(山根) 太陰須要黑,黑者有官職。(右眼) 太陽須要光,光者福祿強。(左眼) 水星須要紅,紅者作三公。(口也)
相家は又面上十一處を配して「五星」と「六耀」と成す。五星は金星・木星・水星・火星・土星なり。六耀は太陽・太陰・月孛・羅睺・計都・紫氣なり。各自の部位と要求とは:火星は即ち額にして、方正を要し、方正のは金印紫綬を得べし。紫氣は即ち印堂にして、圓滿を要し、圓滿のは高官を爲すべし。土星は即ち鼻にして、厚實を要し、厚實のは長壽を得。木星は即ち右耳にして、前方に朝向するを要し、かくすれば五福皆來りて相饒す。金星は即ち左耳にして、色白を要し、色白のは終に官位を獲得すべし。羅睺は即ち左眉にして、長を要し、長のは天倉の俸祿を享くべし。計都は即ち右眉にして、齊整を要し、齊整のは妻あり兒あり。月孛は即ち山根にして、挺直を要し、挺直のは衣食缺えず。太陰は即ち右眼にして、黑睛分明を要し、黑きこと好きは官職あり。太陽は即ち左眼にして、神光あるを要し、光有るは福祿强盛なり。水星は即ち口にして、紅潤を要し、紅潤のは三公を爲すべし。
五星六耀決斷詩
金木星是耳,貴要輪廓分明,其位紅白色不均,大小如門闊,生得端正不反,不尖不小,一般更是高過眉眼,白色如銀樣大好,其人當生,得金木二星照命,發祿定早。若反側窄,或大或小,為陷了金木二星,其人損田宅,破財帛,無學識也。
金星・木星は即ち左右の兩耳にして、輪廓分明を貴ぶ。此の一部位若し紅白の色不勻にして、或いは兩耳大小不一にして門戶の寬窄等しからざれば、則ち不好なり。生じて端正にして外反せず、尖ならず亦た小ならず、兩耳一般齊しく、更に眉と眼とを高く過ぐるを要し、顏色白きこと銀子の如く乃ち最も好し。此の樣の人は生來金木二星の照臨命宮を得て、祿を發すること必定早し。若し兩耳外反・歪斜・狹窄にして、或いは一大一小なれば、則ち金木二星を陷れたり。此の種の人は田宅を損じ・財帛を破し、亦た學識無し。
詩曰:金木成雙廓有輪,風門容指主聰明,端聳直朝羅計上,富貴榮華日日新。左金耳也。金本開花一世貧,輪翻廓反有艱辛。於中若有為官者,終是區區不出塵。右木耳也。水星是口,名為內學堂,須要唇紅闊四角,人中深,口齒端正,有文章為官食祿。若唇齒粗,口角垂,黃色主貧賤。
詩中に曰く、金木二星雙成雙對・耳廓耳輪完整にして、耳孔(風門)能く一指を容るるは聰明を主る。兩耳端正高聳・直に上に朝向して羅睺計都(兩眉)と相應すれば、富貴榮華一天新たかに一天に似たり――此れは左耳金星を說く。之に反して、耳金花の如く外張のは一世貧寒にして、耳輪翻卷・耳廓外反のは一生艱辛なり。其の中卽ち官を爲す者有りと雖も、亦た終竟局促卑微・頭を出す能わず――此れは右耳木星を說く。水星は即ち口にして、又「內學堂」と呼ぶ。脣色紅潤・口形方闊にして四角分明・人中深長・口と牙齒と皆端正なるを要す。かくの如き人は文章才學あり、官を爲して祿を食すべし。若し脣厚齒粗・嘴角下垂・脣色發黄なれば、則ち貧賤を主る。
詩曰:口含四字似硃紅,兩角生稜向上宮,定是文章聰俊士,少年及第作王公。水星略綽兩頭垂,尖薄無稜是乞兒,若是偏將居左右,是非奸詐愛便宜。口也。火星是額,凡額廣闊,髮際深者,有祿位衣食,及子息四五人,其人有藝學,父母尊貴,當生命宮,得火星之力,入命有田宅,壽九十九。如尖陋有多紋理者,是陷了火星,乃不貴,無子息一二人,至老不得力,衣食平常,又不得兄弟力,主貧,無大壽,損妻破財。
詩中に曰く、口方正にして「四」字の如く、脣紅朱砂に似て、兩箇の嘴角に稜角を生じて朝上せば、必定文章聰俊の士にして、少年にして能く科擧及第・位王公に至る。之に反して、水星(口)橫闊にして兩角下垂・脣尖薄にして又稜線無きは、是れ乞丐の相なり。若し口形が左邊或いは右邊に偏向せば、是非奸詐・便宜を占むるを愛するを主る――これら說く所は皆口なり。火星は即ち額なり。凡そ額頭廣闊・髮際線高くして深きは、祿位衣食あり、子女四五人あり、其の人技藝學問あり、父母も亦た尊貴なり。生來命宮火星の助を得て、一生田宅あり、壽九十九に至る。若し額尖窄醜陋にして紋路又多ければ、則ち火星を陷れたり。因りて貴ならず、子女ただ一兩人甚だしくは無し、老に到るも子女の力を得ず、衣食平常にして、又兄弟の幫助を得ず、貧窮を主り、大壽無く、還た妻を損し財を破す。
詩曰:火星宮分闊方平,潤澤無紋氣色新,骨聳三條川字樣,少年及第作公卿。火星尖狹是常流,紋亂縱橫主配囚,赤脈兩條侵日月,刀兵赴法死他州。額也。土星是鼻,須要準頭豐厚,兩孔不露,年上壽上平滿直,端聳不偏,其人當不陷了土星,入命並滿三分,主有福祿壽。如中嶽土星不正,準頭尖露,更準頭高,其人陷了中嶽土星,主貧賤,少家業,主心性不直。
詩中に曰く、火星(額)の此一宮は開闊・方正・平滿を要し、潤澤にして紋無く氣色清新なり。額上に三條の骨稜聳起して「川」字の如きは、少年及第して位公卿に至る。之に反して、額尖窄のは只だ平常の輩のみ。額上亂紋縱橫のは流配囚禁を主る。兩條の赤色の血脈が日月角に侵入するは、刀兵刑法に死するを主り、他州に客死す――これら說く所は皆額なり。土星は即ち鼻なり。鼻準豊厚・兩箇の鼻孔外に露れず・年上壽上平滿にして挺直・端正高聳して偏斜せざるを要す。かくの如き人は土星を陷れず、命中三分滿得して、福あり・祿あり・壽ありを主る。若し中岳土星端正ならず、鼻準尖削にして孔露れ、或いは鼻準孤高無輔なれば、則ち中岳土星を陷れたり。貧賤を主り、家業單薄にして、心性も亦た正直ならず。
詩曰:土宿端圓似截筒,灶門孔大即三公,蘭臺廷尉來相應,必主聲名達聖聰,土宿歪斜受苦辛,準頭尖薄主孤貧,傍觀勾曲如鷹咀,心裡奸謀必害人。鼻也。紫氣星印堂下,是印堂分明,無直紋圓如珠,主人必貴。白色如銀樣,主大富貴。黃者有衣食。如窄不平勻,有隱紋者,不吉,子息二三人,不得力,無厚祿,損田宅。
詩中に曰く、土宿(鼻)端正圓滿にして截斷の竹筒の如く、竈門(鼻孔)雖も大なれども外仰せざるは、位三公に至るべし。左右の蘭臺・廷尉兩片の鼻翼來りて相應配すれば、必定聲名上って天子に達す。之に反して、土宿歪斜のは一生苦辛を受け、鼻準尖薄のは孤苦貧寒を主る。側面より鼻梁勾曲して鷹嘴の如きを看れば、心裡に奸謀を藏して必定人を害す――これら說く所は皆鼻なり。紫氣星は印堂の下一帶に在り。印堂生じて分明・豎直の紋路無くして圓潤珠の如きは、主人必定貴なり。顏色白きこと銀子の如きは大富大貴を主る。發黄のも亦た衣食あり。若し印堂狹窄・不平不勻にして、又隱隱の暗紋あれば、則ち不吉なり。子女二三人も亦た其の力を得ず、厚祿無く、還た田宅を損す。
詩曰:紫氣宮中闊又圓,拱朝帝主是英賢。蘭臺廷尉來相應,末主官榮盛有錢。紫氣宮中窄又尖,小短無腮更少男。自小為人無實學,衣食瀟條更沒添。印堂。太陰太陽,是眼,要黑白分明,長細雙分入鬢者,黑睛多,白睛少,光彩者,其人當生得陰陽二星照命,作事俱順,骨肉俱貴。如黑少白多,黃赤色,其人陷了二星,損父母害妻子,破田宅多災短命。
詩中に曰く、紫氣宮(印堂)開闊にして圓滿にして、拱衛して帝座に朝向するは、是れ英才賢士なり。再び蘭臺・廷尉兩鼻翼相應有れば、晚年官運榮顯にして錢財多し。之に反して、紫氣宮又窄又尖・人短小・腮骨肉無く、兒子も亦た少なし。此の種の人は從小真才實學無く、衣食蕭條にして增添を見ず――これら說く所は皆印堂なり。太陰・太陽は即ち兩眼なり。黑白分明・眼形細長にして兩眼分開・眼尾鬢に入り、黑睛多く・白睛少くして光彩あるを要す。此の樣の人は生來陰陽二星の照命を得て、事を爲す皆順にして、骨肉親人も亦た皆顯貴なり。若し黑睛少くして白睛多く、眼中還た黄を泛し赤を泛せば、則ち此の兩星を陷れたり。父母を損し・妻子を害し・田宅を破り、災多くして短命を主る。
詩曰:日月分明是太陽,精神光彩一般強。(太陽)為官不拜當朝相,也合高遷作侍郎。(左眼)日月斜窺赤貫瞳,更嫌孤露又無神。(太陰)陰陽枯暗因刀死,莫待長年主惡終。(右眼)月字星是山根,從印堂直下分破者,其人當遭月孛照命。陷了山根,主子孫不吉,定多災厄,修讀無成,破產,刑妻害子息。
詩中に曰く、兩眼日月の如く黑白分明なれば、則ち是れ太陽星にして、精神光彩同じく强旺なり(此の注は太陽を指す)。此の種の人官を爲す卽ち拜して當朝宰相と爲る能わずと雖も、亦た高く升りて侍郎を爲るべし(此の注は左眼を指す)。之に反して、兩眼斜睨偷窺・赤絲瞳仁を貫穿し、更に嫌ふは眼珠孤露して毫も神采無き(此の注は太陰を指す)。兩眼上下枯瘦昏暗のは、刀兵に死するを主り、年老を待つ必ずしもせず、終竟善終を得ず(此の注は右眼を指す)。月孛星は即ち山根なり(底本の「月字」は「月孛」とすべし)。若し印堂より直下して紋ありて山根を分斷せば、此の人は則ち月孛の照命に遭ふなり。山根を陷れたるは、子孫不吉・必定多災多厄・讀書進修も亦た成就あること難く・産を破り家を敗し、還た妻を刑し子を害するを主る。
詩曰: 月孛宜高不宜低,瑩然光彩似琉璃。為官必定忠臣相,末主高官有好妻。月孛宮中狹又尖,家財早破事相煎。為官豈得榮高祿,孛位當生困歲年。山根羅計星是眉,二星粗黑,過目入鬢際者,此衣祿之相,子息父母皆貴,親眷亦責。此二星入命。如眉相連橫赤色更短,主骨肉子息多犯惡死。
詩中に曰く、月孛(山根)は高きに宜しく低きに宜しからず、瑩潤にして光彩あり・琉璃の如く一般なるを要す。此の樣の人官を爲せば必ず忠臣の相にして、晚年官高くして而且賢妻あり。之に反して、月孛宮狹窄にして尖削のは、家財早年破敗・事事煎迫す。官を爲すに何ぞ榮顯厚祿を得んや。月孛の此の一位生じて好からざれば、當年則ち困頓せん――此れは山根を說く。羅睺・計都二星は即ち兩眉なり。此の兩星生じて粗にして黑・眼を長く過ぎて鬢角に伸び入るは、是れ衣祿あるの相にして、子女父母皆顯貴にして、親戚も亦た敬重を受く(底本の「亦責」は「亦貴」とすべし)。此れ則ち二星命に入るなり。若し兩眉交連・橫生にして色赤又短なれば、骨肉と子女と多く橫死の禍あるを主る。
詩曰:羅計星君秀且長,分明貼肉應三陽。(左羅)不惟此貌居官職,恩義彰名播遠方。羅喉稀疏骨聳高,為人性急愛兇豪。(眉毛)奸邪狀似垂楊柳,兄弟同胞有旋毛。(右計)
詩中に曰く、羅睺・計都二星生じて清秀にして修長、眉毛分明肉に貼して、眼下三陽の位と相應す(此の注は左眉羅睺を指す)。此の樣の人は不徒此の相貌に憑りて官職に居るを得、還た能く恩義昭彰・名聲を遠方に傳播す。之に反して、羅睺(左眉)稀疏にして眉骨高聳のは、人と爲りて性情急躁・凶豪を逞しするを喜ぶ(此の注は眉毛を指す)。眉形奸邪・軟垂して楊柳枝の如きは、同胞兄弟の間に旋毛の相を生じ、彼此不睦なり(此の注は右眉計都を指す)。
六府論法
六府者,兩輔骨、兩顴骨、兩頤骨,欲其充實相輔,不欲支離孤露。《靈臺秘訣》云:上二府自輔角至天倉,中二府自命門至虎耳,下二府自腮骨至地閣。六府充直,無缺陷瘢痕者,主財旺。天倉峻起多財祿,地閣方停萬頃田,缺者不合。
所謂「六府」とは、面上三對の相輔の骨なり。上の一對は兩邊の輔骨(額角の旁)、中の一對は兩顴骨、下の一對は兩頤骨(腮骨)なり。此の六處は生じて充實豐滿・彼此扶持するを要し、支離破碎・孤零外露する可からず。《靈臺祕訣》に曰く、上二府は輔角より一直に天倉に至り、中二府は命門(耳前)より虎耳(耳下)に至り、下二府は腮骨より地閣に至る。六府充實端直・缺陷疤痕無きは、財運旺盛を主る。天倉高峻隆起のは財祿多し。地閣方正平滿のは萬頃の田産あり。此の幾處若し虧缺あれば、則ち格に合せず。
三才三停論
三才者:額為天,欲闊而圓,名曰有天者貴。鼻為人,欲旺而齊,名曰有人者壽。頦為地,欲方而闊,名曰有地者富。三停者:髮際至印堂為上輔,是初主。自山根至準頭為中輔,是中主。自人中至地閣為下輔,是末主。
所謂「三才」とは、面部三段を天・地・人に配す。額は天にして、開闊にして圓滿を要し、「有天」と呼び、貴を主る。鼻は人にして、氣旺にして端齊を要し、「有人」と呼び、壽を主る。下巴は地にして、方正にして寬闊を要し、「有地」と呼び、富を主る。所謂「三停」とは、面部を縱に三段に分かち并びに運程を配す。髮際より印堂に至るを「上輔」と呼び、早年運を管し、即ち初主なり。山根より準頭に至るを「中輔」と呼び、中年運を管し、即ち中主なり。人中より地閣に至るを「下輔」と呼び、晚年運を管し、即ち末主なり。
自髮際至眉為上停,眉至準頭為中停,準頭至地閣為下停。訣曰:上停長,老吉昌,中停長,近君王,下停長,少吉祥。三停平等,富貴榮顯。三停不均,孤夭貧賤。詩曰:面上三停仔細看,額高須得耳門寬。學堂三部奚堪足,空有文章恐不官,鼻樑隆起如懸膽,促者中年壽不長。地閣滿來田地盛,天廷平闊子孫昌。
另一種の分法は:髮際より眉に至るを上停と爲し、眉より準頭に至るを中停と爲し、準頭より地閣に至るを下停と爲す。口訣に曰く、上停長のは、老來吉慶昌盛す。中停長のは、能く君王に親近す。下停長のは、反って吉祥少なし。三停長短齊平のは、富貴榮顯す。三停不勻のは、孤苦・短命にして貧賤なり。詩中に曰く、面上の三停は子細に看るを要し、額頭高きは還た耳門寬きを須う。若し學堂三部充實足らざれば、空しく文章有るも恐らくは官を爲す能わず。鼻梁隆起して懸膽の如く乃ち好し、鼻短局促のは中年にして壽數長からず。地閣豐滿のは田地興盛し、天庭平闊のは子孫昌隆す。
相三主。額尖初主災,鼻歪中主逃。欲知晚景事,地閣喜方高。論三柱。論三柱:頭為壽柱,鼻為樑柱,足為棟柱。
三主を看るとは、則ち一生を分かちて初・中・末の三段と爲し、各おの一處の部位に由りて主管す。額頭尖削のは、早年(初主)災あり。鼻子歪斜のは、中年(中主)奔逃流離するを要す。晚年の景況を知らんと欲せば、則ち地閣を看よ――下巴は生じて方正にして高厚を喜ぶ。再び三柱を講ず。人身に三根の支柱あり。頭は「壽柱」にして、壽元を主る。鼻は「梁柱」にして、中年の成敗を主る。脚は「棟柱」にして、根基穩固を主る。三柱一根不正有れば、一身則ち撑ふ能わず。
身の三停を相す
身分三停,頭為上停,人矮小而頭大長者,有上梢無下梢;身長大而頭短小者,一生貧賤。自肩至腰,為中停,要相稱,短而無壽,長則貧。腰軟而坐俱動者,無力而無壽。自腰至足為下停,要與上停齊而不欲長,長則多病。若上中下三停,長大短小不齊者,此人無壽,一身三停相稱為美。
身體も亦た三停に分かつ。頭は上停なり。人矮小にして頭又大にして長のは、前半段有りて後半段無く、早年好にして晚年敗す。身軀高大にして頭短小のは、一生貧賤なり。肩より腰に至るは中停にして、上下と相稱するを要す。中停短のは壽無く、中停長のは貧を主る。腰軟にして力無く、一たび坐下すれば上身便ち隨ひて搖動するは、氣力足らず而且長壽せず。腰より脚に至るは下停にして、上停と長短相當にして過長に宜しからざるを要す。過長のは多病なり。若し上・中・下の三停長短大小齊しからざれば、此の人は則ち壽數無し。一身の三停彼此相稱するは、乃ち好相なり。
上停豐秀厚而長,此是平生大吉昌,若是下停長且薄,似此貧窮走四方。身上三停頭足腰,看他長短要均調,上長下短公侯相,長短無差福不饒。
歌訣に曰く、上停(頭部)豐滿秀潤・厚實にして長きは、此れ一生大吉大昌の相なり。若し下停(腰以下)又長又薄なれば、此の種の人貧窮にして四方に奔走す。身上の三停は即ち頭・腰・足の三段にして、彼らの長短均勻調停するや否やを看るを要す。上停長にして下停短のは、是れ公侯の相なり。三停長短毫も偏差無きは、福分も亦た薄からず。
中停長者人多貴,背聳三山足寶珍,萬一腳長身又短,區區浪走一凡民。又云:下長上短賤人體,形貌乾枯骨又粗,若見眼圓如竹葉。中年裡面產田無。上停短,下停長,終日區區促壽疆。上停長,下停短,衣食自然倉廩滿。三停俱短無虧陷,五嶽端嚴富貴全,上下兩停兼短促,一生終是受□。
中停(肩より腰に至る)長の人は多く貴顯を主り、背上に三處の山峰般の骨肉聳起すれば、財寶自足なり。萬一腿長にして身子短ければ、彼は不過碌碌奔走の一介の平民のみ。又曰く、下身長にして上身短のは低賤の體にして、形貌枯干にして骨骼又粗なり。若し再加へるに眼睛圓きこと竹葉の如ければ、中年に家中の田産も亦た保つ能わず。上停短・下停長のは、終日局促勞碌にして壽數を折損す。上停長・下停短のは、衣食自然充足・倉廩滿盈なり。三停雖も皆短なれども虧陷無く、五岳又端正嚴整のは、富貴仍ほ齊全なり。若し上下兩停皆短促なれば、一生終竟苦を受くべし(ここで底本に脱字あり)。
五行形相
詩曰:木瘦金方水主肥,土形敦厚背如龜,上尖下闊名為火,五樣人形仔細推。木色青兮火色紅,土黃水黑是真容,只有金形是帶白,五般顏色不相同。青主憂兮白主喪,黑主重病及官方,若還進職並添喜,看取所黃滿面光。
詩中に曰く、木形人は瘦せ、金形人は方なり、水形人は肥ゆ、土形人は敦厚にして背隆ること龜の如く、上尖下闊のは火形と呼ぶ。此の五樣の人形は子細に推詳するを要す。再び顏色に配す。木形人の膚色は青を帶び、火形人は紅を帶び、土形人は黄を帶び、水形人は黑を帶び、唯獨金形人は白を帶び、五種の顏色各おの相同ならず。此の五色又可用いて氣色吉凶を看る。面上青を泛すは憂愁を主り、白を泛すは喪事を主り、黑を泛すは重病と官司とを主る。若し官を升り喜を添ふるを看らんと欲せば、則ち面上に滿ちて黄潤の光澤あるや否やを看よ。
五行相說
夫人之受精於水,稟氣於火,而為人。精合而後神生,神生而後形全,是知全於外者,有金木水火土之相,有飛禽走獸之相。金不嫌方,木不嫌瘦,水不嫌肥,火不嫌尖,土不嫌濁。似金得金,剛毅深。似木得木,貲財足。似水得水,文學貴。似火得火,見機果。似土得土,厚匱庫。故豐厚嚴謹者,不富即貴。淺薄輕燥者,不貧則夭。如女子之氣,欲其和媚,相貌欲其嚴整,若此者不富則貴也。
人は水の中より精を受け・火の中より氣を禀けて成る。精先に聚合し、然る後に神生ず。神生じたれば、形體乃ち完備す。故に外に顯現するは、一類は金木水火土五行の相にして、一類は飛禽走獸の相なり。此の五形各おの本色あり、嫌ふ必ずしもせず。金形は方を嫌はず、木形は瘦を嫌はず、水形は肥を嫌はず、火形は尖を嫌はず、土形は濁を嫌はず。形金に似て而又真に金氣を得たるは、剛毅深沉なり。形木に似て而又真に木氣を得たるは、資財豐足なり。形水に似て而又真に水氣を得たるは、文章學問に憑りて顯貴す。形火に似て而又真に火氣を得たるは、機を見て果決なり。形土に似て而又真に土氣を得たるは、倉庫豊厚なり。故に體貌豊厚にして擧止嚴謹のは、富ならざれば則ち貴なり。形質淺薄にして擧動輕躁のは、貧ならざれば則ち夭なり。女子に至っては、氣度は和婉柔媚を要し、相貌は端嚴整肅を要す。生じてかくの如きは、亦た富ならざれば則ち貴なり。
形を論ず
人秉陰陽之氣,肖天地之形,受五行之資,為萬物之靈者也。故頭象天,足象地,眼象日月,聲音象雷霆,血脈象江河,骨節象金石,鼻額象山嶽,毫髮象草木。天欲高遠,地欲方厚,日月欲光明,雷霍欲震響,江河欲潤,金石欲堅,山嶽欲峻,草木欲秀,此皆大概也,然郭林宗有觀人八法,是也。
人は陰陽二氣を禀受し、天地の形狀に仿照し、五行の資養を得て、因りて萬物の靈と成る。故に頭は天に象を取り、脚は地に象を取り、兩眼は日月に象を取り、聲音は雷霆に象を取り、血脈は江河に象を取り、骨節は金石に象を取り、鼻と額とは山岳に象を取り、毫毛頭髮は草木に象を取る。既に然る此れ、頭(天)は則ち高く遠きを要し、脚(地)は則ち方にして厚きを要し、兩眼(日月)は則ち光明を要し、聲音(雷霆)は則ち震響を要し、血脈(江河)は則ち滋潤を要し、骨節(金石)は則ち堅實を要し、鼻額(山岳)は則ち高峻を要し、毫髮(草木)は則ち清秀を要す。已上說く所は皆大概なり。細目に至っては、郭泰別に「觀人八法」ありて參るべし。
神を論ず
夫形以養血,血以養氣,氣以養神,故形全則血全,血全則氣全,氣全則神全。是知形能養神,托氣而安也。氣不安,則神暴而不安,能安其神,其惟君子乎。寤則神遊於眼,寐則神處於心,是形出處於神,而為形之表,猶日月之光,外照萬物,而其神固在日月之內也。眼明則神清,眼昏則神濁。清則貴,濁則賤。清則寤多而寐少,濁則寤少而寐多。能推其寤者,可以知其貴賤也。
形體は血液を涵養し、血液は氣を涵養し、氣は神を涵養す。故に形體完足なれば則ち血完足し、血完足なれば則ち氣完足し、氣完足なれば則ち神完足す。見るべし、形は能く神を養ひ、而して神は氣に托して乃ち安定するを要す。氣安んぜざれば、神則ち躁動不寧なり。能く己の神を安頓するは、大概君子のみならん。人醒めたる時神は眼睛裡に游走し、睡れたる時神は心裡に安處す。神は形體の中より透出し、形の外在表徵と成る。日月の光が萬物を照耀し、而して其の光の本源は仍ほ日月の內に在るが如し。故に眼明のは神則ち清、眼昏のは神則ち濁なり。清のは貴を主り、濁のは賤を主る。神清の人は醒むる時多く・睡る時少く、神濁の人は醒むる時少く・睡る時多し。能く一個の人の醒睡多少より推究せば、便ち以て彼の貴賤を知るべし。
夫夢之境界,蓋神遊於心,而其所遊之遠,亦不出五臟六腑之間,與夫耳目視聽之門也。其所遊之界,與所見之事,或相感而成,或遇事而至,亦吾身之所有也。夢中所見之事,乃吾身中,非出吾身之外也。白眼撣師說:夢有五境:一曰靈境;二曰寶境;三曰過去境;四曰見在境;五曰未來境。神燥夢生,神靜則境滅。
夢を做る境界に至っては、彼は神が心中を游走するなり。其の游ぶこと再び遠きも、亦た五臟六腑の間と耳目視聽の此れら門戶とを跑出する能わず。夢游の境界と所見の事とは、或いは內外感應して成り、或いは事に遇ひて來る、其の實皆自己の身中本有の物なり。夢中の所見皆我が身の內に在り、并びに我が身の外より來るに非ず。白眼禪師曰く、夢に五種の境界あり。一は靈境、二は寶境、三は過去境、四は現在境、五は未來境なり。神一たび躁動すれば、夢便ち生出す。神一たび安靜すれば、境界便ち消滅す(底本の「撣師」は「禪師」とすべし)。
夫望其形,或灑然而清,或朗然而明,或凝然而重,然由神發於內而見於表也。神清而和,徹明而秀者,富貴之相也。昏而柔弱,濁而結者,貧薄之相也。實而靜者其神安,虛而急者其神燥。
遠く一個の人の形貌を望むに、或いは灑脫にして清朗、或いは開朗にして明亮、或いは凝重にして沉穩――これら皆神が內裡より發出して、外表の上に顯現せるなり。神清朗にして和平・透徹明亮にして秀發のは、是れ富貴の相なり。神昏暗柔弱・渾濁鬱結のは、是れ貧薄の相なり。神充實にして安靜のは、其の神安定なり。神空虛にして急促のは、其の神躁動なり。
達磨の相主神有七
藏不晦,藏者不露也。晦者無神也。安不愚,安者不搖動也,愚者不變通也。發不露,發者發揚也,露者輕跳也。清不枯,清者神逼人也,枯者神而死也。和不弱,和者可親也,弱者可狎也。怒不爭,怒者正氣也,爭者戾氣也。剛不孤。剛者可敬也,孤者可惡也。
達磨に名を托する相法は、相神に七條の要訣あるを講じ、每條皆一正一反・ただ一線を差すのみ。一要「藏而不晦」――藏は神含蓄して外に露れざるにして、晦は卻って根本神無し。二要「安而不愚」――安は神定まりて搖動せざるにして、愚は卻って呆板にして變通を知らず。三要「發而不露」――發は神采發揚にして、露は卻って輕浮跳脱なり。四要「清而不枯」――清は神光逼人にして、枯は卻って神氣死するが如し。五要「和而不弱」――和は人をして親近せんと願はしむるにして、弱は卻って人をして敢へて輕侮せしむ。六要「怒而不爭」――怒は正氣發作にして、爭は卻って暴戾の氣なり。七要「剛而不孤」――剛は人をして敬を起さしむるにして、孤は卻って人をして厭惡せしむ。
詩曰:神居形內不可見,氣以養神為命根,氣壯血和則安固,血枯氣散神光奔。英標清秀心神爽,氣血和調神不昏。神之清濁為形表,能定貴賤最堪論。
詩中に曰く、神は形體の內に住し、肉眼は見る能わず。氣は用いて神を涵養し、是れ性命の根本なり。氣壯にして血和のは、神則ち安穩牢固なり。血枯にして氣散のは、神光則ち奔潰四散す。風采清秀の人は心神爽朗にして、氣血調和の人は神志昏ならず。神の清と濁とは形體の外在表徵にして、之を憑りて人の貴賤を判定す、最も推究するに値す。
氣を論ず
夫石蘊玉而山輝,沙懷金而川楣,此至精之實,見乎色而發於形也。夫形者質也,氣所以充乎質,質因氣而宏。神完則氣寬,神安則氣靜。得失不足以暴其氣,喜怒不足以驚其神。則於德為有容,於量為有度,乃重厚有福之人也。
石頭裡に美玉を藏すれば、整座の山便ち光輝あり。沙中に黃金を含めば、整條の河便ち秀媚を顯す(底本の「川楣」は「川媚」とすべし)。此れ最も精粹の物が內に充實し、因りて氣色に顯現し・形貌に發露す。形は質地にして、氣は用いて此の質地を充實し、質地は氣に靠りて乃ち宏大に成る。神完滿なれば則ち氣寬舒し、神安定なれば則ち氣寧靜す。得失は彼の氣を驚かす能わず、喜怒は彼の神を擾亂する能わず。此の樣の人は德上に於て容量あり、量上に於て法度あり、正に敦厚にして福ある人なり。
形猶材,有杞梓 荊棘之異,神猶士,所以治材用其器,聲猶器,聽其聲,然後知其器之美惡;氣猶馬,馳之以道善惡之境。君子則善養其材,善御其德,又善治其器,善御其馬。小人反是。
形は木材に比すべく、杞木梓木の如き良材あり、亦た荆棘の如き劣材あり。神は工匠に比すべく、是れ用いて木材を處置し・器物を成就するなり。聲は器物本身に比すべく、其の聲響を聽き、則ち器物の好壞を知る。氣は馬に比すべく、人彼を駕して善或いは惡の境地に奔向す。君子は善く己の材質を培養し、善く己の德性を駕馭し、又善く己の器用を修治し・己の彼の馬を駕馭す。小人は正に其の反なり。
其氣寬可以容物,和可以接物,清可以表物,正可以理物。不寬則隘,不和則戾,不剛則懦,不清則濁,不正則偏。視其氣之淺深,察其色之燥靜,則君子小人辨矣。氣表而舒,和而不暴,為福壽之人。急促不均,暴然見乎色者,為下賤之人也。
氣寬厚なれば則ち能く事物を容納し、氣平和なれば則ち能く事物を接待し、氣清朗なれば則ち能く事物を表率し、氣端正なれば則ち能く事物を整治す。之に反して、寬ならざれば則ち狹隘にして、和ならざれば則ち暴戾にして、剛ならざれば則ち懦弱にして、清ならざれば則ち渾濁にして、正ならざれば則ち偏斜なり。彼の氣の深淺を看、彼の氣色の躁動或いは安靜を察すれば、君子と小人と便ち分辨出來す。氣外に顯れて舒緩・平和にして暴烈ならざるは、是れ福あり壽ある人なり。氣急促不勻・暴戾の色顔面に形するは、是れ下賤の人なり。
醫經以一呼一吸為一息,凡人一晝夜計一萬三干五百息,今觀人之呼吸,疾徐不同,或急者十息,遲者尚未七八。而老肥者大疾,勿其者差遲,故恐古人之言,猶未盡理。夫氣呼吸發乎顏表,而為吉凶之兆,其散如毛髮,其聚如黍米。望之有形,按之無跡,苟不精意以觀之,則禍福無憑也。
醫書は一呼一吸を算して一「息」と作し、人一晝夜に共に一萬三千五百息あるを說く。如今人の呼吸を觀察するに、快慢并びに相同じからず。急の人の呼吸十次の工夫にして、慢の人は還た七八次に到らず。肥胖の老人は呼吸大多急促にして、別の人は則ち相對遲緩なり。故に恐らく古人の此の說は還た道理を講き盡さざるなり。氣は呼吸に隨ひて顔面の上に發露し、吉凶の先兆と成る。其の散ずる時は細きこと毛髮の如く、聚まる時は小きこと黍米の如く、遠望すれば形あるに似たれども、手を用ゐて按ずれば卻って蹤跡無し。若し心を用ゐて精細に觀察せざれば、禍福則ち憑據する無し。
氣出入無聲,耳不自察,或臥而不喘者,為之龜息氣象也。呼吸氣盈而身動,主死之兆也。孟子不顧萬鍾之祿,能養氣者也,爭可欲之利,悻悻然戾其色而暴其氣者,亦何以論哉。
氣の出入に聲響無く、自己の耳朵を連ねても察覺する能わず、或いは躺下睡著して喘息を見ざるは、此れを「龜息」の象と呼び、是れ長壽の氣象なり。之に反して、呼吸の時氣滿胸腹・身子を連ねて皆隨ひて起伏聳動するは、是れ將に死せんとするの徵兆なり。孟子能く萬鐘の厚祿を顧みずして動心せざるは、正に善く氣を養ふの人なり。彼ら可貪の利を爲めて爭奪し・氣冲冲として臉色を變じ・暴戾の氣を外に發する人に至っては、還た何の評論する好きあらん。
詩曰:氣乃形之本,察之見賢愚,小人多急躁,君子則寬舒。暴戾災相及,深沉福有餘,誰知公輔量,虛受若重淵。柳莊曰:從髮際至承漿左右,氣止一百二十五部,若言黑子皆為助相,視其骨氣美者為妙也。
詩中に曰く、氣は形體の根本にして、之を察看すれば則ち賢愚を看出すべし。小人多く急躁にして、君子則ち寬舒なり。暴戾の人は災禍相隨ひ、深沉の人は福分有餘なり。誰か能く公卿宰輔の器量を識るを得ん。則ち彼の虛懷能く受け、深きこと層層の深淵の如きに在り。袁柳莊曰く、髮際より一直に承漿に至り、左右兩側を連ねて、氣の部位を看るに共に一百二十五處あり。黑痣に至っては、亦た皆以て輔助の相徵と爲すべし。但し總じて彼の骨氣生じて美なるを看るを要して、乃ち上妙と算す。
五音を論ず
五行散而為萬物,人生萬物之上,聲亦辨其五音。故木音嘹亮高暢,激越而和。火音焦烈燥怒,如火烈之聲。金音和而不戾,潤而不枯,如調簧奏曲,玉磬流音。水音圓而清,急而暢,感條達之間也。與形相養相生者吉,與形相剋相犯者凶。
五行散布して萬物を生成し、人は萬物の上に居る。故に人の聲音も亦た五音に按じて分辨すべし。木音嘹亮高暢にして、激越にして和諧を失はず。火音焦躁猛烈・乾燥して怒を帶び、烈火燃燒の聲響の如し。金音和順にして乖戾せず・潤澤にして干枯せず、笙簧の奏曲・玉磬の流響の如し。水音圓潤にして清澈・急促にして通暢にして、感覺は條達舒展なり。聲を聽くは形體と配合して看るを要す。聲と形と相養相生のは吉を主り、聲と形と相克相犯のは凶を主る。譬へば金形人が金聲を得れば則ち吉、木形人が卻って金聲を發出すれば、金は木を克す、則ち凶なり。
聲を論ず
夫人之有聲,如鐘鼓之響,器大則聲宏,器小則聲短,神清則氣和,氣和則聲潤,深而圓暢也。神濁則氣促,氣促則聲焦急而輕嘶也。故貴人之聲,多出於丹田之中,與聲氣相通,混然而外達。丹田者,聲之根也。舌端者,聲之表也。夫根深則表重,根淺則表輕,是如聲發於根而見於表也。
人の聲音は鐘鼓の響聲に比すべし。器身大なれば聲音就中宏亮にして、器身小なれば聲音就中短促なり。神清の人は氣就和し、氣和の聲音就中潤澤にして、聽きて深沉にして圓暢なり。神濁の人は氣就中急促にして、氣促の聲音就中焦躁にして輕嘶なり。故に貴人の聲音は多く丹田裡より發出し、氣と相通じ、渾然一體として外に傳到す。丹田は聲音の根にして、舌尖は聲音の表なり。根深きは表就中厚重にして、根淺きは表就中輕薄なり。此れ則ち聲が根上より發出して表上に顯現するの道理なり。
若夫清而圓,堅而亮,緩而烈,急而和,長而有力,勇而有節,大如洪鐘騰韻,鼉鼓振音,小如玉水流鳴,琴徽奏曲,見其色則□然而後動,與其言久而後應,皆貴人之相也。
彼の種の清越にして圓潤・堅實にして洪亮・舒緩の中に剛烈を帶び・急促の中に平和を含み、綿長にして力あり・雄壯にして節度ある聲音に至っては。大きく成れば洪鐘の餘韻を騰がすが如く・鼉皮大鼓の震響の如く、小さく成れば玉泉流水の叮咚・琴弦の樂曲を奏出するが如し。彼の神色を看れば、從容(ここで底本に脱字あり)して然る後に乃ち口を開き、人と交談するも亦た聽きて久しくして乃ち回應す――これら皆貴人の相なり。
小人之言,皆發舌端之上,促急而不達,何則急而嘶,緩而澀,深而滯,淺而澡大,大則散,散則破,或輕重不均,嘹亮無節,或睚毗而暴,繁亂而浮,或如破鑼之響,敗鼓之鳴,又如寒鴉哺雛,鵝雁哽咽,或如病猿求侶,孤雁失群,細如蚯蚓發吟,狂如青鼉夜噪,有如犬之吠,如羊之鳴,皆賤薄之相也。
小人の說話は、聲皆舌尖上に發し、急促にして傳ること遠からず。具體に說けば:急なれば則ち嘶啞にして、緩なれば則ち滯澁にして、沉なれば則ち壅塞にして、淺なれば則ち浮躁にして虛大なり。虛大なれば則ち散じ、散ずれば則ち破る。或いは輕重不勻にして、雖も嘹亮なれども毫も節度無し。或いは目を怒らして暴喝し、繁雜散亂にして浮淺なり。或いは破鑼の響聲・破鼓の敲擊の如し。又寒鴉の雛を餵る・鵝雁の哽咽の如し。或いは病猿の伴を尋ぬる・孤雁の群を失ふが如し。細きは蚯蚓の低吟の如く、狂のは鼉龍の夜叫の如し。還た狗吠の如き・羊叫の如き有り――これら皆低賤淺薄の相なり。
男有女聲單貧賤,女有男聲亦妨害,然身大而聲小者凶,或乾溼而不齊,謂之羅網聲。大小不均,謂之雌雄聲。或先遲而後急,或先急而後遲,或聲未止而氣先絕,或心未舉而色先變,皆賤之相也。夫神定於內,氣和於外,然後可以接物非難,言有先後之敘,而色亦不變也。苟神不安而意不和,則其言失先後之敘,辭色撓矣,此小人之相也。
男子に女人の聲音を生ずるは、孤單貧賤を主る。女子に男人の聲音を生ずるも、亦た妨克を主る。身軀高大にして聲音細小のは凶を主る。聲音乾濕不勻・參差不齊のは、「羅網聲」と呼ぶ。忽大忽小・輕重不均のは、「雌雄聲」と呼ぶ。還た先慢後快・先快後慢の、聲音未だ說き盡さずして氣已に斷絕する、心裡念頭未だ起らずして臉色先に變ずる――これら皆賤相なり。大凡そ神安定して內にあり・氣平和して外にあり、然る後に人を待し物に接して乃ち爲難を覺えず。說話に先有り後あり・條理分明にして、臉色も亦た變ぜず。若し神安んぜず意和せざれば、說話則ち次序を失ひ、言辭と神色と皆亂る――此れ則ち小人の相なり。
夫人稟五行之形,則氣聲亦配五行之象也。故土聲深厚,木聲高唱,火聲焦烈,水聲緩急,金聲和潤。又曰:聲輕者斷事無能,聲破者作事無成,聲濁者謀運不發,聲低者鹵鈍無文。清吟如澗中流水者,極貴。發聲溜亮自覺如甕中之響者,主五福全備之人也。
人既に五行の形を禀受せば、氣と聲と亦た就中五行の象に配す。故に土聲深厚、木聲高揚、火聲焦烈、水聲緩急相間、金聲和潤なり。又曰く、聲音輕飄のは、事を斷ずるに決斷力無し。聲音破啞のは、事を爲すに一成する所無し。聲音渾濁のは、謀劃の事運轉開かず。聲音低沉遲鈍のは、魯鈍にして文采無し。聲音清越にして山澗流水の如きは、極貴なり。發聲流暢洪亮にして、自ら聽きて甕中より共鳴出來するが如きは、主として壽・富・康寧・好德・善終の五福齊備の人なり。
聲を聽く篇
聲小亮高,賢貴之極;語聲細嫩,必主貧寒,兼須危困。女人雄聲,終身不榮,良人早殞,虛有夫名。男子雌聲,妨婦多兒,女聲急切,妨夫一絕。詩曰:木聲高唱火聲焦,和潤金聲最富饒,土語卻如深甕裡,水聲圓急又飄飄。貴人音韻出丹田,氣實喉寬響又堅,貧賤不離唇舌上,一生奔走不堪言。聲大無形,托氣而發,賤者浮濁,貴者清趣。太柔則靡,太剛則折。隔山相聞,圓長不缺,斯乃貴人,遠見風格。
聲音雖も小なれども清亮高揚のは、是れ賢能顯貴極點に到るの相なり。說話の聲細弱嬌嫩のは、必定貧寒にして、還た危難困厄に遭遇せん。女子に雄壯の男聲を生ずるは、終身榮顯を得ず、丈夫早死して、空しく夫妻の名分有り。男子に細柔の女聲を生ずるは、妻子を妨害して子女偏多なり。女子聲音急切のは、夫を妨げて斷絕を致す。詩中に曰く、木聲高揚、火聲焦躁、和潤の金聲最も富饒を主り、土聲は深甕の裡より發出するが如く、水聲圓轉急促にして飄忽なり。貴人の聲音は丹田裡より發出し、中氣充實・喉嚨寬敞にして、響亮にして堅實なり。貧賤の人の聲音は脣舌の間を離れず、一生奔走勞碌にして、苦辛苦盡くす能わず。聲音本身に形體無く、是れ氣に托して發出する。賤のは浮淺渾濁にして、貴のは清越有致なり。太柔なれば則ち萎靡し、太剛なれば則ち斷折す。一座の山を隔てても聽聞する能く、圓潤綿長にして斷缺せず、此れ乃ち貴人にして、遠くして便ち其の風格を顯出すべし。
富格例
形厚、神安、氣清、聲揚、眉闊、耳厚、唇紅、鼻直、面方、背厚、腰正、皮滑、腹垂、牛齒、鵝行,以上皆富貴相也,主少年奮發,家財豐厚也。大富格。耳大貼肉,鼻如籤筒,鼻如懸膽,面黑身白,背聳三山,聲如遠鍾,背闊胸平,腹大垂下,頭皮寬大,主大富也。中富格。三停平等,五嶽朝歸,五長俱全,五短俱全,五露俱全,眼如丹鳳,聲似鳴鐘,秉此格者,主中富也。
富格の條例は:形體厚實・神氣安定・氣息清朗・聲音高揚・眉毛寬闊・耳朵厚實・嘴脣紅潤・鼻梁挺直・面形方正・背部厚實・腰身端正・皮膚滑潤・肚腹下垂・牙齒整齊して牛齒の如く・走路從容して鵝步の如し――已上皆富貴の相にして、少年奮發・家財豊厚を主る。大富格は:耳大にして頭に貼し、鼻直きこと籤筒の如く、或いは鼻圓きこと懸膽の如く、面色黑にして身色白く、背上に三處の骨峰聳起し、聲音遠處の鐘鳴の如く、背闊にして胸平にして、腹大にして下垂し、頭皮寬大なり――大富を主る。中富格は:三停長短齊平にして、五岳朝拱して中央に歸向し、五長(頭・面・身・手・足俱に長)齊全にして、或いは五短俱全にして、或いは五露(眼・耳・鼻・脣・喉外露)俱全にして破格せず、眼丹鳳の如く、聲鳴鐘の如し――此れらを具備するは中等の富足を主る。
貴格例
面黑身白,面粗身細,腳短手長,身小聲大,龍來吞虎,面短眼長,不臭而香,肉角少頂,以上皆貴相也。若人有此相,求功名者官高職顯,求財利者錢穀鉅富之相也。大貴格。虎頭燕頷,日月角起,伏犀貫頂,眼有定睛,鳳閣插天,兩手垂膝,口中容拳,舌至準頭,虎步龍行,雙鳳眼,此為大貴之相也。
貴格の條例は:面色黑にして身色白く、面部皮膚粗にして身上皮膚細にして、脚短にして手長く、身材小にして聲音大にして、臂上の龍骨が虎骨を壓過し(所謂「龍來吞虎」、即ち上臂が前臂より長し)、面短にして眼長く、身上臭ならず反って香氣あり、頭頂肉角微起す――已上皆貴相なり。人若し此れらの相有れば、功名を求むるは官高職顯にして、財利を求むるも亦た錢糧巨富の相なり。大貴格は:頭虎頭の如く・頷燕頷の如く、日角月角隆起し、伏犀骨頭頂に貫き、兩眼に定神あり、鳳閣(額角)高聳して天に插し、兩手下垂して膝を過ぎ、口大にして拳頭を容下する能く、舌頭伸出して鼻準に到る能く、走路虎步龍行の如く、一雙の鳳眼を生ず――此れ則ち大貴の相なり。
中貴格。須如鐵線,耳白過面,眼如點漆,上長下短,口如四字,三十六牙,龍吞虎吻,此為中貴之相也。小貴格。天庭高聳,地閣方圓,小便如珠,大便方細,齒白而大,眉疏目秀。口如弓角,唇似硃紅,此為小貴之相也。
中貴格は:鬍鬚硬直にして鐵線の如く、耳色白きこと面色に勝れ、眼黑亮として點漆の如く、上身長にして下身短く、口方正にして「四」字の如く、牙齒滿三十六顆、上臂龍骨が前臂虎骨を壓過して口吻相配す――此れ中等の貴相なり。小貴格は:天庭高聳・地閣方圓・小便珠狀と成りて散ぜず・大便條と成りて細直・牙齒白にして大・眉毛疏朗・眼睛清秀・口角彎弓の如く・嘴脣紅きこと朱砂に似たり――此れ小貴の相なり。
富相口訣
腰圓背厚者富貴,有樑柱左右顴起,口方,而地閣方圓,四維有朝拱者,主富之相。氣色潤秀,身體細膩,面正平滿,背格古怪清奇者,主富。手背厚,行立坐食端正者,主富。精神秀異,舉止沉重者,主富相也。
腰身圓にして背脊厚のは富貴を主る。鼻梁の此の梁柱端直・左右兩顴隆起・口方正・下巴方圓・四方(額・頦・兩顴)皆中央に朝向して拱衛するは、是れ富を主るの相なり。氣色潤澤秀發・身上皮膚細膩・面部端正平滿・背部骨格生じて古朴奇特にして清奇のは、富を主る。手背厚實・行走・站立・坐臥・飲食皆端正にして儀あるは、富を主る。精神秀異衆に出づ・擧止沉穩持重のは、亦た富を主るの相なり。
貴相口訣
看官貴在眼有神,有骨聳秀,皆異常人。身短而面長者貴,面方限長者貴,肩背重厚者貴,頭有角骨者貴,面有骨格者貴,鳳目龍睛者貴,額有角起,聲音清亮,耳白如面,額□有頭稜者貴。鬍鬚似鐵,手足似玉。不貴而富。
一個の人に官貴あるや否やを看るに、關鍵は眼睛に神あるや否やに在り。再び骨骼高聳清秀するや否やを看る――此の兩樣出衆のは皆常人に非ず。身材短にして面孔長のは貴を主る。面形方正にして眼形細長のは貴を主る。肩背厚重のは貴を主る。頭上に骨角隆起あるは貴を主る。面上に骨格支撑あるは貴を主る。鳳眼龍睛を生ずるは貴を主る。額上に角骨隆起し、聲音清亮にして、耳色白きこと面色の如く、額上(ここで底本に脱字あり)別に骨稜あるも亦た貴を主る。鬍鬚硬きこと鐵線の如く、手足潤澤にして玉の如きは、此の樣の人卽ち貴ならずと雖も、亦た必定富あり。
壽相格
顴骨重貫耳者壽,命門光澤者壽。項下有皮如條者,長壽之相也。雙條妻皆老,一條則孤。人中著齒而齊者福壽。喉音高者,臥而不喘,謂之龜息,乃壽相。顴骨相連,人耳後骨高起,年壽上不陷者,主壽。耳是木星又為壽星,山根上正直者主福壽。耳後有骨名,壽星骨,生豐起者,長年腦後三玉枕如果栗者,福壽。
顴骨重重橫貫して耳に到るは壽を主り、耳前命門光潤のは壽を主る。頸項に一條の松皮を下垂するは、是れ長壽の相なり。兩條を垂るは夫妻皆偕老する能く、只だ一條を垂るは晚年孤獨を主る。人中深長・上下牙齒と相齊のは、福あり壽あるを主る。喉音高亮・躺下睡著して喘息せざるは、「龜息」と呼び、是れ壽相なり。顴骨橫生相連して耳に入り・耳後骨高起・鼻上の年上壽上凹陷せざるは、壽を主る。耳は木星に屬し、又壽星と呼ばる、山根の上端直のは福壽を主る。耳後に一塊の骨ありて「壽星骨」と呼ぶ、生じて豊滿隆起のは長壽を主る。腦後三處の玉枕骨隆起して栗子般の如きは、亦た福あり壽あるを主る。
鼻碰隆起者壽相。食物急,登溷緩者壽,五嶽豐隆,法令分明,眉有長毫,項有餘皮,額有橫骨,面皮寬厚,聲音清響,背肉負厚,胸前平闊,齒齊堅密,行坐端莊,兩目有神,耳有長毫,鼻樑高聳,以上皆壽相,與各格同看也。
鼻梁隆起のは壽相なり(底本の「鼻碰」は「鼻梁」とすべし)。物を喫すること快にして如廁從容不迫のは壽を主る。此外、五岳豐隆・法令紋深長分明・眉中に長毫を生出し・頸項に餘の松皮あり・額上に橫骨あり・面皮寬厚・聲音清亮響朗・背上肉厚くして重を負ふ能く・胸前平坦開闊・牙齒整齊堅固細密・行走坐立端莊・兩眼神あり・耳中毫を生長す・鼻梁高聳――已上皆壽相なり、前面の各種格局と合せて一同に參看するを要す。
福德格例
眉長過目:主妻得美貌曉事。眉如新月:主人聰明,文章折桂,舉業有成。面有和氣:主高人相敬,陰人得力。星辰拱朝:主人作事有成有立之命。金木朝元:主有口祿兼得遠方財物。目秀而長:主貴人相敬,有財壽祿全。
此れ六條の福德を主る相格なり。眉毛長く眼睛を過ぐるは、容貌美好にして又事理に通曉する妻子を娶るを主る。眉彎きて新月の如きは、主人聰明にして、文章能く蟾宮折桂し・科擧成有り。面上常に一團の和氣を帶ぶるは、高人の敬重を受くるを主り、又能く婦女の助を得(相書は婦女を「陰人」と稱す)。面上の五星六耀等の「星辰」皆中央に朝向して拱衛するは、事を爲すに成あり立ありを主る。金星木星(左右兩耳)朝歸して中央本位するは、口福俸祿あるを主り、還た能く遠方より來るの財物を得。眼睛清秀にして細長のは、貴人の敬重を受くるを主り、財・壽・祿の三樣齊全なり。
成格例
正面開敷,城郭端正,眼光不流,五拱六滿,三處平闊,三光五澤。成敗不足格。地角尖削者主成敗。骨節組惡,面上塵埃,面赤氣黑,行步擺搖者,主成敗,鼻露梁者主耗散。進格例。紅黃不改,五嶽光華,氣和色潤,氣宇軒昂,五星朝拱,四瀆無傾。退格例。額上斷紋,口眼偏斜,背皮單薄,氣色塵昏,灰色如黑,城郭欠明,鼻露土流,齒牙不齊。印堂穿破,兩耳焦黑。
「成格」は事業成る可きの相なり。正面開闊舒展・耳の城廓端正・眼神流轉游移せず・五岳拱衛・六府豐滿・三停三處皆平滿開闊・面上に三光五澤の潤色あり。「成敗不足格」は成して又敗るの相なり。下巴尖削のは成敗無常を主る。骨節粗惡・面上塵埃を蒙るが如く・面赤にして氣色發黑・走路搖擺不定のは、亦た成敗反覆を主る。鼻梁骨突露のは財物耗散を主る。「進格」は運正に上昇の相なり。紅黄の氣色常在して改めず・五岳光華あり・氣和して色潤し・氣宇軒昂・五星朝拱・四瀆(耳目口鼻)傾陷無し。「退格」は運正に衰退の相なり。額上に斷紋あり・口眼偏斜・背上皮肉單薄・氣色蒙塵の如く昏暗にして、灰にして發黑・耳の城廓明ならず・鼻梁露骨にして土氣外泄・牙齒不齊・印堂紋に穿破せらる・兩耳焦黑なり。
動格例。耳反無輪,山根無肉,面無城郭,上短下長,身長項長,三尖六削。散格例。雙眉尾散,兩耳無弦,面無城郭,鼻頭仰露,四大空亡,面皮急繃,氣色煙塵,紋破痣侵。發達口訣。滿面光潤者發達,紅黃滿面者發財,氣體克越者發福。神氣清爽者發福也。清閒安樂。手足細膩,一生清閒。面皮滑澤,一生安樂。眉毛疏淡,一生清閒。骨格清雅,一生安寧。神清氣和,一生聰慧。
「動格」は一生動蕩遷徙の相なり。耳外反して輪無く・山根肉無く・面上城廓收束無く・上身短にして下身長・身長にして脖子も亦た長・頭鼻額の三處尖・六處削瘦なり。「散格」は家業離散の相なり。兩眉眉尾散亂・兩耳耳弦無く・面上城廓無く・鼻頭上仰孔露・四處大空亡・面皮繃きて緊急・氣色煙塵の如く濁・紋路破損して黑痣侵犯す。「發達口訣」に曰く、滿面光潤のは發達し、滿面紅黄のは財を發し、氣と體格と超拔出衆のは福を發し、神氣清爽のも亦た福を發す。「清閑安樂」の相は:手足肌膚細膩のは一生清閑なり。面皮滑潤有澤のは一生安樂なり。眉毛疏朗淡雅のは一生清閑なり。骨格清秀雅致のは一生安寧なり。神清にして氣和のは一生聰慧なり。
穩厚格
形貌端謹,言語詳細,作事有始有終,氣宇寬和,精神不露,部位無傷,穩厚端重,方正公平,近君子遠小人。聰明俊爽。目秀神清主聰明,肉皮細滑主聰明,指甲尖秀主聰明,耳有輪廓主聰明,眉毛疏秀,齒白而齊,骨格清楚,主聰明。愚頑庸懶。神昏昧者愚頑,面骨橫粗者愚頑,耳前闇昧者慵懶,眉重濁者性懶,氣濁者愚魯之漢。剛強狠癖。眼中如火主剛強,面上青容冷麵,主狠癖,眼有三角面肉橫,主剛強,唇高嘴□,主性剛,眼白多,主性癖。技巧。眉毛纖細,重重技藝。眉中黑子,必有技倆。鼻廣面長,技倆非常。
「穩厚格」は:形貌端莊謹飭・說話細緻周詳・作事有始有終・氣度寬厚平和・精神含蓄して外に露れず・各部位損傷無く・人と爲りて穩重端方・公平正直・君子に親近して小人を遠離す。「聰明俊爽」の相は:眼秀にして神清の聰明・肌膚細滑の聰明・指甲尖秀の聰明・耳に輪廓あるの聰明なり。眉毛疏朗清秀・牙齒白にして整齊・骨格清晰分明のも、皆聰明を主る。「愚頑庸懶」の相は:神情昏昧の愚頑・面骨橫生粗大の愚頑・耳前部位晦暗の懶惰・眉毛濃重渾濁の性懶・氣色渾濁のは愚魯漢子なり。「剛强狠癖」の相は:眼中火あるが如きは剛强を主る。面に青色を帶び神情冷峻のは狠戾偏執を主る。眼生じて三角・面上橫肉のは剛强を主る。嘴脣高厚にして口形不正(ここで底本に脱字あり)のは性剛を主る。眼白多きは性情乖僻を主る。「技巧」の相は:眉毛纖細のは身に多重技藝を懷く。眉中に黑痣を生ずるは必ず一技之長あり。鼻子寬廣にして面孔長のは、技藝非同尋常なり。
十二孤神格
骨重者主孤。垂珠大者,眉交眉濃,鬢髮厚者,俱孤。冬天出汗者,主貧孤。耳反者孤。華蓋重者孤。骨體響者孤。聲如雷者主孤。有腋氣者主孤。地角虧者主孤。又曰:顴骨生蜂者孤。口角低者孤。眉如八字者主孤。
此れ十二種の孤獨を主る相なり。骨骼過於粗重のは孤を主る。耳垂過大の、および兩眉交連・眉毛濃密・鬢髮厚重のは、皆孤を主る。冬天還た汗出すは貧寒孤獨を主る。耳朵外反のは孤を主る。額上華蓋骨重疊のは孤を主る。骨節活動する時響きを作すは孤を主る。聲音大きこと雷鳴の如きは孤を主る。腋臭あるは孤を主る。下巴(地角)虧缺のは孤を主る。又曰く、顴骨上に別に峰狀の小骨を生ずるは孤を主る。嘴角低垂のは孤を主る。兩眉長成して「八」字形のは孤を主る。これら相の共同處は、氣が一處に偏し・六親の位損傷を受くるを以て、故に人雖も親族有れども情分聚まらず。
夭相口訣。肉重無骨者夭。兩目無神,兩耳低小,筋骨柔弱,無神無氣,身長面短,面皮繃急,揹負坑陷,桃花面色,步折腰斜,以上所說當與後夭相歌十知同看也。貧蹇口訣。滿而憂容者邊而貧。塵埃滿面者貧。揹負薄肉者多□。井灶露孔者不聚財。氣色困滯者多□。神氣不定者多□。
「夭相口訣」に曰く、肌肉厚重にして骨骼支ふ能わざるは短命を主る。此外、兩眼神無く・兩耳低小・筋骨柔弱・既に神無く又氣無く・身長にして面短・面皮繃きて緊急・背上に坑陷あり・面色桃花の如く浮豔・走路一頓一折にして腰身歪斜――已上は、後面の《夭相歌》「十知」と合せて同じく看るべし。「貧蹇口訣」に曰く、面相雖も滿なれども常に憂容を帶ぶるは、終歸貧困なり。滿面塵埃を蒙るが如きは貧なり。背上肉薄のは多く蹇滯す(ここで底本に脱字あり)。鼻孔(井竈)外露のは財を聚むる能わず。氣色困頓滯暗のは多く蹇滯す(底本脱字)。神氣浮動不定のは多く蹇滯す(底本脱字)。
刑克
結喉露齒,眼下無肉,淚堂深陷,人中紋理,人中黑子,山根斷折,魚尾枯陷,顴骨枯槁,眼帶桃花,口如吹火,嘴如臥蠶穿破,兩耳反掀,眼下淚痣,眼下又如荔枝色者,皆刑剋也。克父母。左偏損父,右偏損母。二處有疤痕,露齒結喉,損父。陰氣重者,損母。
以下は六親を刑克するを主る種種の相なり。喉結突出して牙齒外露・眼下肉無く・淚堂深陷・人中に雜紋あり・人中に黑痣を生ず・山根斷折・眼尾(魚尾)枯陷・顴骨枯槁にして肉無く・眼に桃花般の紅潤浮色を帶び・口撮ること吹火の如く・嘴形臥蠶の穿破せらるるが如く・兩耳外反上掀・眼下に淚痣を生じ・眼下又荔枝殼の如き暗赤色を泛出す――これら皆刑克を主る。父母を克するに至っては:額上の左邊(日角)偏斜は父を損し、右邊(月角)偏斜は母を損す。此の兩處に疤痕ある、或いは牙齒外露・喉結突出のは、父を損ずるを主る。陰氣過重のは母を損ずるを主る。
妻妾を刑克す
兩顴骨凸露,主克三妻。山根有橫紋,克三妻。魚尾枯陷克頭妻。眉重壓眼克妻。山根陷克妻。結喉露齒,克妻害子。眉中有痣妨妻。面如面袋,克妻妨子。羊紋者刑妻,一紋刑一妻,兩紋下低,刑三妻。左目小損妻。眼尾有紋克妻,三紋克三妻。左眼角下神光之位,青色者,主七旬內主難為妻子。黑子者,主生離。華蓋骨重,眼尾紋長,魚尾枯,山根痣斑麻,三次作新郎。
妻妾を刑克するを主る相に此れら有り。兩顴骨凸出外露のは、三個の妻子を克するを主る。山根上に橫紋あるも、亦た三妻を克す。眼尾枯陷のは原配を克す。眉毛濃重にして眼睛を壓すは妻を克す。山根凹陷のは妻を克す。喉結突出・牙齒外露のは妻を克し子を害す。眉中に痣を生ずるは妻を妨ぐ。面孔松垮して面口袋の如きは、妻を克し又子を妨ぐ。眼尾に「羊」字紋を生ずるは妻を刑し、一道紋は一個の妻子を刑し、兩道紋にして下垂のは三個の妻子を刑す。左眼小のは妻を損す。眼尾に紋あるは妻を克し、三道紋は三個の妻子を克す。左眼角下の「神光」此の一位若し青色を泛せば、七十天の內に妻子に於て不利を主る。此處に黑痣を生ずるは、夫妻生離を主る。額上華蓋骨重疊・眼尾紋長・魚尾枯瘦・山根に痣或いは斑麻あるは、一生三回新郎を爲すを要す。
克子息。眼下淚痕克兒女,人中斜側克兒。耳無輪廓主刑剋。山根斷折克兒女。人中高尖克兒女。三陰三陽不宜疤痕,及有紋痣,鼻如界方,鼻樑劍脊骨見,地角有虧,陰氣大重,有女無男。有背無脊,頭低步緩,狼虎之聲,主刑剋也。
子女を克するを主る相に此れら有り。眼下に淚痕般の紋路あるは、兒女を克す。人中歪斜のは兒子を克す。耳に輪廓無きは刑克を主る。山根斷折のは兒女を克す。人中高起して尖のは兒女を克す。眼下の三陰三陽此の兩處は疤痕あるに宜しからず、亦た紋有り痣有るに宜しからず。鼻子方硬にして界尺の如く、鼻梁瘦削して劍脊の如く骨稜畢露し、下巴虧缺にして、陰氣過重のは、女有りて男無きを主る。背雖も厚なれども脊骨起たず、頭低垂して步履遲緩にして、聲音狼嗥虎嘯の如きは、亦た皆子女を刑克するを主る。
孤神格例
顴骨生峰:主孤無子,縱有亦是螟伶兒,此乃俱不得力之相。耳無弦根:主父母妻子生離死別,田園耗散,無祖業之相。面無和氣:主有妻無子,父母隔各,六親無情。眉稜骨起:主三妻有破祖無情,主有宿疾,性剛氣暴。眼下無肉:主兒女有克,得力者少,與人無情,小人不足之相。
孤神格は共に五條。顴骨上に別に小峰を生ずるは、孤獨にして子無きを主り、縱然として子有るも亦た抱養の螟蛉の子にして、總じて是れ父子皆得力せざるの相なり。耳に耳弦無く・耳根實ならざるは、父母妻子生離死別・田園耗散を主り、是れ祖業承ぐ可き無きの相なり。面上に一團の和氣無きは、妻有りて子無き・父母と隔閡(底本の「隔各」は「隔閡」とすべし)・六親情無きを主る。眉稜骨高起のは、主として三個の妻子を娶るを要し、祖業を破敗して親人に對して情無く、自身還た久しく治らざるの舊疾あり、性情剛烈暴躁なり。眼下肉無きは、兒女に刑克あるを主り、得力を得る少く、人を待すに情無く、是れ下人とも亦た處り好かざるの相なり。
寡宿格
面無人色:主與人寡合,為人心毒,最愛便宜。處事不和:主人常招是非,主孤有妻而無子。不愛老幼:主六親不和,救人無功。眉頭常蹙:主早年克傷,見孤單,不傷妻女,早見刑傷。不哭常淚:必主傷妻克子,晚景孤單。一雙流淚眼,只會送人亡。
寡宿格は共に五條、皆人緣孤寡を主る。面上に血色無きは、人と合はざるを主り、心地狠毒にして、最も便宜を占むるを愛す。事を處して總じて人と和せざるは、常に是非を招き・孤獨にして、雖も妻有れども子無きを主る。老人小孩を愛護せざるは、六親不和を主り、卽ち別人を救助すと雖も亦た好處に落ちず。眉頭常常緊皺のは、早年に就て刑克傷損を受け・孤單の苦を見るを主る。卽ち妻女を傷せずと雖も、亦た早く別の刑傷を見る。哭せずして眼中常に淚を含むは、必ず妻を傷し子を克するを主り、晚景孤單なり――所謂一雙の淚を含める眼睛は、只だ身邊の親人を送り去るのみ。
亡神格
頭尖項大:主人牢獄之分,性急無定。面小鼻大:主守空房,為事顛悔,才祿俱滯。鬚拳髮捲:主人兇暴性狠毒。鼻樑橫起:主與朋友難交,性嚴難犯。劫殺格。眉骨枯稜:主妻子難為,六親水炭,主性情不常。鼻樑尖薄:主殺妻害子,其心最毒,孤單相。眼深無肉:主人奸詐便宜,早年父母不得力,兄弟分離,財壽不足。喉下結高:主傷妻子,壽命不長。
亡神格は共に四條。頭形尖にして脖子粗大のは、牢獄の分あるを主り、性情急躁にして定準無し。面孔小にして鼻子大のは、空房を守るを主り、事を爲すに反覆懊悔し、才能と祿位と皆阻滯を受く。鬍鬚蜷曲・頭髮卷曲のは、主人凶暴にして心性狠毒なり。鼻梁橫生隆起のは、朋友と相處難きを主り、性情嚴厲にして冒犯し好まず。劫殺格は共に四條。眉骨枯瘦にして稜角外露のは、妻子保全し難きを主り、六親の間水火相容れず、性情反覆無常なり。鼻梁尖薄のは、妻を殺し子を害するを主り、心腸最も毒にして、是れ孤單の相なり。眼窩深陷して肉無きは、主人奸詐にして便宜を占むるを好み、早年に父母の助力を得ず、兄弟分離し、財と壽と皆足らず。喉結高突のは、妻子を傷克するを主り、自身壽命も亦た長からず。
六沖格
面多悔氣:主作事犯重,妻子重見,亦主離親相。眉眼不朝:主為人六親不和。口角下垂:主為人愛便宜。齒亂牙疏:主骨肉不和,陰人不和。星辰不拱:主背祿奔波無成無立。眉目雜亂:主有人口生離死別,百事無成。六害格。鼻尖齒亂:主自家不睦不和,陰人不得不力之相。懸針梁露:主兄弟分離父母隔,各持刀弄。肉露肉橫,主為人反面無情,為事不仁,女人主孤。
六沖格は共に六條。面上懊悔の氣多きは、事を爲すに重複して錯を犯すを主り、妻室も亦た再び娶るを要し、還た親を離れ井を背くの相を主る。眉と眼と相朝應せざるは、六親不和を主る。嘴角下垂のは、人と爲りて便宜を占むるを愛するを主る。牙齒參差稀疏のは、骨肉不和・婦女とも亦た和せざるを主る。面上の五星六耀等の星辰朝拱せざるは、祿位に背離し・奔波して成無く・一事立無きを主る。眉と眼と雜亂のは、家中の人口生離死別・百事成無きを主る。六害格は共に三條。鼻頭尖にして牙齒雜亂のは、自家不睦・婦女も亦た力を幫す能わざるを主る。印堂に懸針紋ありて鼻梁露骨のは、兄弟分離・父母隔閡・各おの刀を持して相向かふを主る。肌肉外露にして橫生のは、人と爲りて臉を翻して情無く・事を爲すに仁義を講ぜず、若し是れ女子なれば則ち孤獨を主る。
華蓋格
橫紋額上:主人幼年辛苦勞碌,妻遲子晚,又主孤單。眼上露堂:主人有藝壓身,為人堅吝。鼻準豐大:主為人心善愛道,為事進遲。額上高骨:主有壽不染瘟病,相刑妻子。
華蓋格は共に四條、說く所は皆額上の華蓋一帶と相應の部位との應驗なり。額上に橫紋あるは、主人幼年辛苦勞碌・妻を娶ること遲く・子を得ること晚く、又孤單を主る。眼上の眼堂外露のは、主人の身上に一門の技藝壓りて以て生を謀り、人と爲りて慳吝なり。鼻準豊滿寬大のは、主人心地善良・道義を喜好するを主る、只だ是れ事を爲すに進展遲緩なり。額上に骨頭高起のは、長壽にして瘟疫時病を染めざるを主る、但し相上に妻子を刑克す。
羊刃破家紋
印堂上穿:主持刀把斧,性重,別祖離宗之人。鼻露尖薄:主田宅破耗,屋宅破財,限行到此必危。鼻樑劍脊:主六親水炭,三十六九一厄,末年田園耗散。兩眼昏沉:主一世貧窮,奔波勞碌,妻離子散。魚尾偏虧:主小人不足,妻子,刑剋財散。面如洗光:主自破家產一世貧窮。皮薄繃鼓:主人無壽,一生財祿不聚,奔波勞碌之相。灰土塵蒙:主為人死無所歸。
羊刃破家紋は共に八條、皆家を破り業を敗すを主る。印堂豎紋に穿過せらるるは、刀を操り斧を持して業と爲すを主り、性情執拗にして、是れ祖籍宗族を離るる人なり。鼻梁露骨にして尖薄のは、田宅破耗・房産破財を主り、運を行きて此に到れば必ず危難あり。鼻梁瘦削して劍脊の如きは、六親の間水火相容れずを主り、三十六歲・三十九歲一帶に厄あり、晚年田園耗散す。兩眼昏暗沉滯のは、一世貧窮・奔波勞碌・妻離子散を主る。眼尾(魚尾)偏斜虧缺のは、下人肯んじて力を盡さず・妻子も亦た刑克を受け・財物散失するを主る。面上光溜溜として洗過の如く・毫も神采無きは、自家産を破掉し・一世貧窮を主る。面皮薄にして繃緊して鼓の如きは、主人短壽・一生財祿聚まる能わず、是れ奔波勞碌の相なり。面色灰土にして蒙塵の如きは、主人死したる後歸葬の處すら亦た無し。
面上十大空亡
額尖為天空。額尖繃鼓,官貴無分,祖業難招,主孤,刑父母有傷,五十不齊,五十以前,凡事不吉利也。頦削為地空。無地角,主晚歲孤寒,妻子難為,無結果之處。夫妻隔各,六親不和,此為平常之相也。天倉陷為一空。此空主食祿淺薄,主人齋戒,口腹淺薄,得祖業難招,奔波晚景,辛苦之相也。
面上に十處の大空亡あり、一處空亡すれば則ち一分の福を折損す。第一、額頭尖削を「天空」と呼ぶ。額尖にして皮繃きて鼓の如きは、官貴と緣無く、祖業承繼し難く、孤獨を主り、父母を刑克して傷損あり。五十歲以前諸事參差不齊にして、皆不吉利なり。第二、下巴削薄を「地空」と呼ぶ。地角無きは、晚年孤苦清寒・妻子保全し難く・事結果無きを主る。夫妻隔閡・六親不和、此れ只だ平常の相なり。第三、天倉凹陷は一空なり。此の一空は食祿淺薄を主り、一生齋を持し戒を守るが如く口腹清苦にして、祖業も亦た承接し難く、晚景奔波す、是れ辛苦の相なり。
面無城廓為一空。此相大忌,主人無成,虛花無壽而無略,亦無祖業之人,此為平常之相也。山根陷為一空。此空主人離祖,六親無力,骨肉無情,兄弟隔各,為人少力也。風門露為一空。此空當主財散,六親隔絕,夫妻不能偕老,莊田祖業,主有破難存也。
第四、面上に城廓の收束無きは一空なり。此の種の相は最も忌諱にして、主人一事成無く、花の虛開するが如く・既に長壽ならず又謀略無く、亦た祖業の依る可き無し、是れ平常の相なり。第五、山根凹陷は一空なり。此の一空は主人が祖業を離れ、六親幫ふ能わず、骨肉の間情無く、兄弟隔閡にして、人と爲りても亦た氣力少なし。第六、耳門(風門)外露は一空なり。此の一空は財物散失を主り、六親隔絕し、夫妻白頭偕老する能わず、莊田祖業も亦た保つ能わずして破敗に至る。
須不過後為一空。此空主為人費力,朋友無情,財帛破耗,主其子孫不得力之相也。耳無弦根為一空。此空之相,主人破祖離宗,身無居住之地,財祿耗散無成,亦無結果之相也。唇無鬚為一空。此空主孤刑,晚景貧寒,衣食困乏,決無妻子。若有,定是虛花到頭一場辛苦,此為賤相也。
第七、鬍鬚長く耳後に到らざるは一空なり。此の一空は人と爲りて事を爲すに力を費し・朋友情無く・財帛破耗し・子孫も亦た得力せざるを主る。第八、耳に耳弦無く・耳根實ならざるは一空なり。此の種の相は祖業を破敗し・宗族を離れ、自身安居の地無く、財祿耗散して一成する所無し、亦た結果無きの相なり。第九、嘴脣上に髭鬚を生ぜざるは一空なり。此の一空は孤獨刑克を主り、晚景貧寒・衣食困乏・注定して妻子無し。卽ち有ると雖も、亦た一定に虛花の一場にして、到頭來只だ辛苦を落得するのみ、此れ低賤の相なり。
十殺格。人行如醉為一殺;鼻曲者為二殺;面如散麻者為三殺;面如菇萎為四殺,眉濃為五殺;豺聲為六殺;聲高為七殺,寅申戌為八殺;口闊為九殺;眼大為十殺。奸詐。斜視者多詐。口尖唇薄者多妄。冷笑無情多詐。偷視不正多詐。視上顧下多詐。妄說語言如太急者多詐。牙齒疏者多詐。又曰鼻尖毫出、眼細視低,口角高低,步履縱橫,行步不勻,腳走高低多詐。
「十殺格」は十種の殺氣を帶ぶる相を列出す。走路醉漢の如く搖晃するは一殺なり。鼻梁彎曲は二殺なり。面色亂麻の如く散布・紋理雜亂は三殺なり。面容枯槁して菇菌萎縮の如きは四殺なり。眉毛過濃は五殺なり。聲音豺嗥の如きは六殺なり。說話聲調過高は七殺なり。生肖寅・申・戌に屬して相凶格を帶ぶるは八殺なり。口過於闊大は九殺なり。眼過於大は十殺なり。「奸詐」の相は:目光斜視のは詐多し。口尖脣薄のは妄語多し。冷笑にして情意無きは詐多し。偷看にして目光不正のは詐多し。先に上を看て又囘頭して下を看るは詐多し。胡亂に說話して語速太急のは詐多し。牙齒稀疏のは詐多し。又曰く、鼻頭尖にして鼻毛を生出し、眼細にして目光低垂し、嘴角一高一低、脚步縱橫散亂・行走不勻・兩脚一高一低のは、亦た皆詐多し。
寬大。升斗滿,部位中正,印堂開闊,諸部圓滿,鼻竅微露。陰德眼上下堂有黃氣,臥蠶出見,印堂黃氣,精舍黃氣。帶令地角朝天、耳有輪廓朝水,口有稜角。眼帶桃花眉如線。又如新月久視,意氣可人。貪食格。鼻如鷹嘴者多貪,心狡。眼紅者多貪,心毒。眉卓者多貪。嘴尖者多貪。鼻勾者多貪。勞碌格。眼長多勞碌。骨粗多勞碌。面如馬面驢唇勞碌。眉重氣弱者勞碌。魚尾紋多者勞碌。
「寬大」は氣量宏闊の相なり。手掌上の升斗紋飽滿・各部位端正居中・印堂開闊・諸部圓滿・鼻孔略略見ゆるも外仰せず。陰德ある人は、眼の上下堂に黄氣泛起し、臥蠶顯現し、印堂に黄氣あり、精舍部位も亦た黄氣あり。再加へるに法令帶得住にして下巴朝上拱天し、耳に輪廓ありて口(水星)に朝向し、口に稜角あり。眼に桃花の潤を帶び・眉細きこと線の如く、又彎きて新月の如く、久しく看るの下に神情意氣人をして喜ばしむ。「貪食格」は:鼻鷹嘴の如きは貪多くして心機狡詐なり。眼紅のは貪多くして心毒なり。眉毛直立のは貪多し。嘴尖のは貪多し。鼻梁勾曲のは貪多し。「勞碌格」は:眼形過長のは勞碌多し。骨骼粗大のは勞碌多し。面長きこと馬の如く・脣厚きこと驢の如きは勞碌なり。眉濃重にして氣弱のは勞碌なり。眼尾紋多のは勞碌なり。
四反格。耳無輪。口無稜。鼻仰孔。目無神。三尖格。鼻尖。頭尖。額尖。六削格。眉無尾。額無角。目無神。鼻無樑。口無稜。耳無輪。惡死卒亡。眼睛黃色主卒死。眉卓如刀主橫亡。面黑常帶怒容,眼中如血者,皆主暴亡。赤脈貫睛鼻露梁,主惡死。眉生逆毛主惡亡。此為惡死之相也。
「四反格」は四處反常の相なり。耳に輪無く、口に稜無く、鼻孔上仰し、眼睛に神無し。「三尖格」は三處尖削なり。鼻尖・頭尖・額尖なり。「六削格」は六處虧削なり。眉に眉尾無く、額に骨角無く、眼に神無く、鼻に梁無く、口に稜無く、耳に輪無し。「惡死卒亡」の相は:眼珠發黄のは猝死を主る。眉毛直豎して刀の如きは橫死を主る。面色黑にして常に怒容を帶び・眼中赤紅して血の如きは、皆暴亡を主る。赤色血脈が眼珠を貫穿して鼻梁露骨のは、凶死を主る。眉中に逆毛を生ずるは惡死を主る。これら皆善終を得ざるの相なり。
溺水格。人中交紋,溺水招魂。額上忽如塵汙者,五十日內,主墜井亡,名曰橫殃休廢。眉間黑子,初年水厄之憂。痣生魚尾之中,主水厄之憂。口角黑□,末防水厄。火災格。山根赤,七日之憂慎火。天羅紋在額上數十條者,有災□火殃。痣在眉毛,終年必遭火厄。
「溺水格」は:人中に交叉紋あるは、溺水して死するを主り、魂を招くを要す。額上忽然として一層の塵污を蒙るが如きは、五十天の內に井に墜ちて亡ぶを主り、此れを「橫殃休廢」と呼ぶ。眉間に黑痣を生ずるは、早年水厄の憂あり。痣が眼尾(魚尾)の中に長ずるも、亦た水厄の憂を主る。嘴角發黑(ここで底本に脱字あり)のは、晚年水厄を防ぐを要す。「火災格」は:山根赤を泛すは、七天の內に火燭を小心すべし。額上に幾十條の細密の「天羅紋」あるは、災殃火患あり(ここで底本に脱字あり)。痣が眉毛の裡に長ずるは、當年必定火厄に遭遇す。
妻美格
蠶下黃色起紛紛,貴人慾要立為婚。有妻必是多賢德,才子文章人帝京。《神機》云:準頭圓,竅不露不昂,蘭臺廷尉二部相應,人生主得美貌之妻。山根有奇骨伏起者,為婚得貴妻。眉如畫者,一生得陰人之財。
歌訣に曰く、臥蠶の下に黃潤の氣色紛紛と泛起せば、則ち貴人有りて親を議り婚を結ぶを來らん。娶り到るの妻子必定賢德にして、自己も亦た文章の士と成りて京に入り功名を求取せん。《神機》に曰く、鼻準圓滿・鼻孔外に露れず亦た上仰せず・蘭臺・廷尉兩片の鼻翼彼此相應するは、一生容貌美好の妻子を娶得するを主る。山根處に奇骨隱隱隆起あるは、成婚して貴妻を得る能くす。眉毛清秀して畫の如きは、一生婦女の帶來する財物を得る能くす。
