奇门宝鉴御定
作盤ガイド: 奇門遁甲作盤
注釈煙波釣叟歌、又名鬼谷三元歌
奇門遁甲典籍
排盤規則をまず明確にしないと格局の部分が落とし所を失う。歌訣を読むときは、同時に手で一盤を排して対照するのがよい。
奇門源流
奇門之說,論者謂始於黃帝,刪於呂望、張良。漢以前,往往散見於他書,至於《隋志·藝文》專書,始有一十三家。唐益倍之,則其學之來,亦不在近矣。
「奇門」について語る人は皆、この学問は黄帝に始まり、後に呂望(姜太公)と張良によって刪定整理されたと言います。漢代以前は、これに関する記述は他の書物に断片的に散見されるだけでしたが、《隋書・経籍志》が専門の著作を著録するようになると十三家にも及び、唐代の著録は隋代の倍の数になりました。ここから見ても、この学問の来歴は決して近いものではありません。
《陰符經》曰:「爰有奇器,是生萬象,八卦甲子,神機鬼藏。」張良注云:「六癸為天藏,可以伏藏。」由是言之,即奇門之權輿也。
《陰符経》に曰く、「爰に奇器あり、これ万象を生じ、八卦甲子、神機鬼蔵」と。張良がこれらの句に注を施して言います、「六癸は天蔵の位であり、伏蔵するのに用いることができる」と。いわゆる「六癸」とは、六十甲子のうち天干が癸である六つの時辰を指し、奇門では癸の臨む宮を最も形を蔵するのに適した処とします。ここから見ても、《陰符経》のこの数句は奇門遁甲という学問の端緒です。
《大戴禮記·明堂篇》曰:「明堂者,古有之也,凡九室,二九四、七五三、六一八。」蓋即河圖之義,而奇學之九宮。《漢·藝文志》有《明堂陰陽》二十三篇,又《明堂陰陽》五篇。宣帝時,魏相表採《易》陰陽及《明堂月令》,言五帝所司各有時,東方之卦不可以治西方,南方之卦不可以治北方,乃以八卦方位配明堂之九室。《後漢·張衡傳》,鄭元既注九宮之說;而《南齊·高帝本紀》注云:「九宮者,一為天蓬,二為天內,三為天沖,四為天輔,五為天禽,六為天心,七為天柱,八為天任,九為天英,皆有太過不及之占。」
《大戴礼記・明堂篇》に曰く、「明堂という建築は古くからあり、合計九つの屋からなり、その配列の順序は二九四、七五三、六一八である」と。これはまさに河図洛書の義理であり、すなわち奇門の学が用いる「九宮」――方位を九つの格に分け、五を中央に置き、残りの八宮を上記の数順で四周に環列させたものです。《漢書・芸文志》には《明堂陰陽》二十三篇が著録され、また《明堂陰陽》五篇があります。漢の宣帝の時、魏相が上表し、《易》の陰陽の説と《明堂月令》を採り入れて、五帝がそれぞれ一つの時令を主管し、東方の卦をもって西方を治めることはできず、南方の卦をもって北方を治めることはできないと説き、そこで八卦の方位を明堂の九つの屋に配しました。《後漢書・張衡伝》では鄭玄がすでに九宮の説に注を施しており、《南斉書・高帝本紀》の注にはまた「いわゆる九宮とは、一宮は天蓬、二宮は天内(すなわち天芮)、三宮は天冲、四宮は天輔、五宮は天禽、六宮は天心、七宮は天柱、八宮は天任、九宮は天英で、各宮に気の太过と不及の占いがある」と言います。この九つの名目が、後世の奇門「九星」の由来です。
《唐會要》:元宗三戴十月,術士蘇嘉慶上言,請於京城置九宮壇,五數為中,戴九履一、左三右七、二四為上、六八為下,符於遁甲。武宗會昌二年正月,左僕射王起等奏按《黃帝九宮經》及蕭吉《五行大義》,所謂一宮天逢、卦坎、行水方、白者,與今奇門之宮星無異。惜乎隋唐志所列諸家,今皆不傳,豈其秘之勿洩耶?抑顯晦各有時也。
《唐会要》に記されます。唐の玄宗・天宝三載十月、術士の蘇嘉慶が上奏し、京城に九宮壇を設けることを請い、五を中央とし、九を上に・一を下に、三を左に・七を右に、二と四を上に・六と八を下に据えました。この配列は遁甲の九宮と完全に符合します。唐の武宗・会昌二年正月、左僕射の王起らが上奏し、《黄帝九宮経》と隋人・蕭吉の《五行大義》を考按しましたが、そこに説かれる一宮の名が天逢、卦が坎に属し、五行が水、方位が北、色が白であることは、今日の奇門が用いる宮と星と少しも違いがありません。惜しいことに、《隋書》《唐書》の経籍志に列挙されたそれらの奇門の著作は、今日ではすべて失われています。はたして各家が秘蔵して外に洩らさなかったのでしょうか。それともこの学問は本来、顕れる時と隠れる時とがそれぞれ定まっていたのでしょうか。
宋之仁宗,以洗馬楊維德簒六壬則曰《神應經》,奇門則曰《符應經》,今亦不能見其全。得毋好古之士,尚有什襲而藏者乎?明之宸濠稱亂,王守仁收攬異術,乃有李成吾者進以奇門真傳,今之所謂李氏奇門者也。
宋の仁宗の時、太子洗馬の楊維徳に術数の書を編纂させ、六壬を講ずるものを《神応経》と題し、奇門を講ずるものを《符応経》と題しましたが、この二部の書も今や完全な本を見ることはできません。まさか好古の士の中に、これを幾重にも包んで秘蔵し出さない者がいるのでしょうか。明代に至り、寧王・朱宸濠が兵を起こして乱を為し、王守仁が平定のためにあらゆる異術を広く集めたところ、李成吾という者が奇門の真伝を献上しました。この系統が今日いうところの「李氏奇門」です。
仇鸞門下士有林士徵者,以奇門占兵屢有有奇驗,錦衣陸炳序其書而傳之,人呼為林氏奇門。陶仲文以李林二氏之書,忝以他書而謬紊之,曰《陶真人遁甲神書》。蓋勝國之以奇門著見者三家而巳矣。
大将軍・仇鸞の門客の中に林士徵という者がおり、奇門で軍事を占ってしばしば的中したので、錦衣衛都督の陸炳が彼の書に序を付して流布させ、人々はこれを「林氏奇門」と呼びました。後に陶仲文がまた李・林両家の書を取り寄せ、他の書を混ぜ入れてでたらめに攪乱し編次して《陶真人遁甲神書》と題しました。前朝(明代)に奇門の一術で世に名を成した者を合計しても、李・林・陶の三家に過ぎません。
考諸奇門之序,出於《都天撼龍經》八十一論者凡九:其一曰都天九卦,二曰人地三元,三曰行軍三奇,四曰造宅三白,五曰遁形太白之書,六曰八山撼龍之訣,七曰轉山移水九字元經,八曰建國安基萬年金鏡,九曰玄宮入福救貧、生仙產聖。今所傳者,造宅三白耳,外俱不得而見聞。或者名山石室之藏,精光不能終廢,更有取而修明者乎?廢幾拭目俟之矣。【天芮《漢書》作內、天蓬《唐書》作逢。】
奇門の書目の次第を考究すると、《都天撼龍経》八十一論に出るものが全部で九種あります。第一は「都天九卦」、第二は「人地三元」、第三は「行軍三奇」、第四は「造宅三白」、第五は「遁形太白の書」、第六は「八山撼龍の訣」、第七は「転山移水九字元経」、第八は「建国安基万年金鏡」、第九は「玄宮入福救貧、生仙産聖」です。今日伝わっているのは「造宅三白」の一種のみで、残りはすべて見聞することができません。おそらく名山の石室の中に蔵されていて、その精光はついに埋没することなく、将来またそれを取り出して新たに闡明する人が現れるでしょう。私は筆を擱いて目を拭いて待ちます。原書の夾注:天芮という星は《漢書》では「天内」と作り、天蓬という星は《唐書》では「天逢」と作ります。
遁甲総論
遁甲為兵而設,兵為陰象,為詭道,故取諸遁,謂其遁於六儀之下而不見其形也。蓋甲為至尊之神,宜藏而不宜露,宜和而不宜乘,宜生扶而不宜剋制。所喜者惟土,所憎者惟金。惟其喜土也,故奇門始起之宮,例以六戊隨之,甲逆而戊亦逆,甲順而戊亦順,如形之與影,兩相附而不相離。惟其憎金也,故有乙之合以伺其內,有丙丁之威以制其外。乙者甲之同氣,丙丁者甲之子嗣,如手足之衛腹心,臣子之衛君父,鼎足之形成,而後甲有苞桑之固矣。
遁甲という術数は本来、用兵のために設けられたものです。用兵は陰に属し、詭詐の道であるから、「遁」(隠蔵)を名に取るのです。甲が「六儀」(戊・己・庚・辛・壬・癸の六つの天干)の下に隠遁して形形跡を顕さないという意味です。甲は十干のうち最も尊貴な神であり、蔵するべきで顕すべきではなく、人と和すべきで他の干に乘凌されるべきではなく、生扶を得るべきで克制に遭うべきではありません。その喜ぶものは土だけであり、その憎むものは金だけです。甲が土を喜ぶからこそ、奇門の起局では頭の一宮に必ず六戊を甲に随わせるのです。甲が逆行すれば戊も逆行し、甲が順行すれば戊も順行し、形と影のように互いに依附して離れません。甲が金を憎むからこそ、乙を庚と合させて内部から庚を牽制し、丙・丁の火威を外部から庚を剋するよう配置するのです。乙は甲の同類の気(同じく木に属す)であり、丙丁は甲の生ずる子嗣(木は火を生ず)であり、手足が腹心を衛り、臣子が君父を衛るようなものです。乙丙丁の三者の鼎足の勢いが一成すれば、甲ははじめて苞桑に繫がれたような穏固さを得ます。
先王之建萬國、親諸侯,其義亦準諸此。故陰陽順逆者,造化之定理;戴九履一者,河洛之精蘊。配以八門、八卦列矣,加以三盤、三才正矣,重以三奇、三光耀矣,積時置閏、歲功成矣。
古代の聖王が万国を分封し、諸侯を親しませて屏藩としたのも、道理はこれに照らして出てきたものです。だから陽遁の順行・陰遁の逆行は造化不易の定則であり、「戴九履一」(九が上、一が下という洛書の数序)は河図洛書の精髓です。八門を配せば八卦の方位が定まり、天盤・地盤・人盤の三盤を加えれば天地人三才の位次が正しくなり、さらに乙丙丁の三奇を加えれば日月星の三光が光輝を放ち、時辰の盈余を積んで閏局を設ければ一年の功用が備わります。
一節三元、二十四氣備矣。以六十時干為經,以四時八節為緯,二九四、七五三、六一八,相摩相蕩,而四千三百二十之局以成。大之為風雲龍虎之機宜,小之為動靜行藏之趨避,範圍天地而不過,曲成萬物而不遺,百姓曰用而不知。雖其中不無詭譎荒唐,悖於聖賢之論,今但取其生剋制伏,近於理者,著之於篇,以前民用,而輔易道之所未備。凡欲教為子者之思孝,教為臣者之思忠,不至於前有讒而不知,後有賊而不見,未必非修齊治平者一助也。至於書符誦咒,似屬不經,槩不錄入。
一つの節気は上・中・下の三元を統べ、二十四節気がこれで斉備します。六十の時辰の干支を経線とし、四季八節を緯線とし、二九四、七五三、六一八の九宮の数序に従って互いに摩蕩推移すれば、四千三百二十の局が構成されます。大きく用いれば風雲龍虎の軍国の機宜であり、小さく用いれば一動一静・或行或蔵の趨吉避凶です。天地を籠罩してその外に出ず、万物を成就して遺漏することなく、百姓は日々これを用いて知らないのです。その中には詭譎荒唐で聖賢の論に背く成分が免れないとはいえ、今はただ五行の生克制伏を説く事理に近い部分を取って本書に書き入れ、百姓の日用を指導し、《易》の道がまだ具えていない一面を補います。おおよそ人の子たる者に孝を尽くすことを思わせ、臣たる者に忠を尽くすことを思わせ、人が前に讒人があって覚らず、後ろに賊人があって見えないという事態に陥らないようにするのも、修身斉家治国平天下の一助でないとは言えません。画符念呪の類については、荒唐無稽のようであるので一切収録しません。
凡例
——奇門久巳失傳,人樹一幟,敝帚千金,無從別白。今一字一義,有兩說三說者並存之,以備參考。 ——奇門眾說紛然,取其理之正者為首行,列於後或分注者為次,不敢私心去取,然亦略見低昂。
奇門の一術は失伝して久しく、各家がそれぞれ旗を樹て、皆が自らの弊帚を千金と見なし、誰が是で誰が非かを弁ずるすべがありません。今はおおよそ一つの字・一つの義理に二説三説あるものは、並べて保存し、読者の参考に供します。奇門に衆説紛紛たるものは、本書では義理の最も正しい一説を取って正文の首行とし、残りを後に附列するか下に分注して次の等の説とします。私意をもって取捨する敢えてはしませんが、読者もこの順序から高下軽重をおよそ見ることができるでしょう。
——奇門兵事,避忌甚多。凡三勝地五不擊之外,又有太歲、月建俱不可擊,旺氣所在,亦宜避之,所謂春不東伐、秋不西征者是也。與夫亭亭白奸、三門四戶、天馬方之類,須從歲月太陽查筭,書中未能預載。
奇門を兵事に用いるには、忌諱が多くあります。「三勝地」「五不撃」のほか、太歳と月建のある方位もいずれも攻撃してはなりません。当令旺気のある方向も同じく回避すべきであり、いわゆる春は東に征伐せず、秋は西に出兵しないということです。「亭亭」「白奸」という二神および「天三門」「地四戸」、天馬のある方などは、いずれも当年当月の太陽の所在に拠って別途推算しなければならず、本書には予め列挙することができません。
——奇門最重格局,如龍回首、鳥跌穴吉矣,如逢庚為直符,則為格勃,勃格又不可用;龍走、雀投凶矣,為主者不害;虎狂、蛇矯凶矣,為客者不害。皆有活訣,不可一例。
奇門が最も重視するのは格局です。たとえば「青龍返首」「飛鳥跌穴」はもともと吉格ですが、もし庚が直符となることに出くわせば「格」と「勃」になり、この時勃格はまた用いることができません。「青龍逃走」「朱雀投江」はもともと凶格ですが、「主」(守る方、後に動く方)には害がありません。「白虎猖狂」「螣蛇夭矯」はもともと凶格ですが、「客」(攻める方、先に動く方)には害がありません。これらにはすべて融通の訣竅があり、一概に論ずることはできません。
——奇門選擇,最重衰旺休囚。如開門本吉,但其性屬金,如臨土宮金位,及當季夏三秋,所謂得時得地,時之最吉者也;如在春夏,而臨於木火,則金氣大衰,豈得為吉。凡八門皆然,三奇亦然。
奇門で時日方位を選ぶには、五行の衰・旺・休・囚を最も重視します。たとえば開門はもともと吉門ですが、その性は金に属します。もし土に属する宮(土は金を生ず)または金に属する宮(同気相扶助)に臨み、さらに季夏六月の土旺と秋季の三ヶ月に正に当たれば、これを「得時得地」と言い、最も吉の時です。もし春夏にあって木・火に属する宮に臨めば、金気は大いに衰え、どうして吉と称することができましょうか。八門は皆この道理であり、乙丙丁の三奇も同じです。
——選擇以奇門會合為上吉。若有門無奇猶為可用,有奇無門則當另擇矣。然如捕獵用傷門,逃亡用杜門,弔唁用死門之類,皆當擇其得時得地,即為上吉,又不專重奇門也。
時を選ぶには三奇と吉門が同一の宮に会合するのを最上吉とします。もし吉門だけあって三奇がなければ、まだ強いて用いることはできます。もし三奇だけあって吉門がなければ、別の時辰を選ぶべきです。ただし捕猟に傷門を用い、逃亡に杜門を用い、弔喪に死門を用いるという類は、用いる門が得時得地でさえあれば上吉であり、むしろ奇と門が会合するかどうかを専ら重視しません。
——陰陽宅選擇粗工,但知奇門會合為吉,不知陽宅須與宅主生命,配合門奇之生旺;陰宅須與山頭化命,配合門奇之生旺。若德祿貴馬、三合六合之理,皆宜參考。
陽宅・陰宅の日を選ぶ粗浅な工匠は、奇と門が会合すれば吉だということだけを知り、陽宅ではなお宅主の生年本命を取って門と奇の生旺に配合しなければならないこと、陰宅ではなお墳塋の坐山と亡者の「化命」(亡くなった人の生年の所属)を取って門と奇の生旺に配合しなければならないことを知りません。このほか天徳・禄神・貴人・駅馬および三合・六合の道理も、いずれも併せて参考すべきです。
——選擇止用奇門,則諸家可廢,然亦須檢點,必當配合斗首五行、太陽吉凶星煞,無有避忌,而又能合於奇門,方為萬吉。故造宅遷塟之家,往往有查至十餘年而後得,蓋欲求其純吉無凶者,甚難也。
日を選ぶに奇門の一法だけを用いれば、他家の方法はすべて廃してよいのですが、それでもなお細かく検点し、必ず同時に「斗首五行」と太陽の臨む吉凶の星煞に配合し、各項の忌諱にいずれも触犯せず、また奇門に相合することができて、はじめて万全大吉と算します。だから家屋を営造し墳墓を遷葬する家は、往々にして十余年の暦日を繰り返し調べてようやく一つの日を選び出します。純吉無凶の時を求めることが実に難しいからです。
——奇門占法,要分動靜之用。靜則止查直符、直使時干,看其生克衰旺何如;動則專看方向。蓋動者幾之先見者也。如聞南方之事,則占離位;聞北方之事,則占坎位。凡鴉鳴鵲噪,東鳴則看震,西鳴則看兌。此皆不能膠柱鼓瑟、刻舟求劍者也,諸占例此。
奇門で占うには、「静占」と「動占」の二つの用法を分けます。静占はただ「直符」(当旬に事を値する星)、「直使」(当旬に事を値する門)と用いる時辰の天干を調べ、それらの互いの生剋・当令の可否を見ます。動占はひとえに事の発生する方向を見ます。動象はまさに事機が予め顕露する処だからです。たとえば南方の事を聞けば離宮を占い、北方の事を聞けば坎宮を占います。烏や鵲が鳴き噪ぐ時、東で鳴けば震宮を見、西で鳴けば兌宮を見ます。これらは皆成法を死守し、柱に膠り瑟を鼓し、舟を刻して剣を求めるようなことをしてはなりません。残りの各類の占法もこれに照らして行います。
——奇門占法,其說不一。如占天時之法,有專看直符者,有專看格局者,有專看天蓬、天英為水火二星者,有專看壬癸丙丁為時雨所司者,有專看雨師風伯、雷公電母等神者。其說既不可全非,其理亦不可偏廢,臨時會意,頭緒紛然,靈機所觸,皆難預決,諸占放此。
奇門の占法は各家の説が一でありません。たとえば天気を占うには、ひとえに直符を見る者、ひとえに格局を見る者、ひとえに天蓬(水星)・天英(火星)という水火の二星を見る者、ひとえに壬・癸・丙・丁の四干を見てそれらが時雨晴陰を主管すると考える者、またひとえに雨師・風伯・雷公・電母という神煞を見る者がいます。これらの説は全否定することもできず、それぞれの道理も偏廃することはできず、占いに臨む時はすべて融会して意を取ります。頭緒は紛繁で、霊機の触発する処はいずれも予め規定することができません。残りの各類の占法もこのように見ます。
釈義四十四則
釈奇
乙為日奇、丙為月奇、丁為星奇,故名三奇。然讀如奇偶之奇亦通。蓋戊己庚辛壬癸,皆有六甲遁乎其中,是甲與六儀相偶也;乙丙丁則單行矣,故名奇。兵家所謂《握奇經》者,亦音奇偶之奇,義亦相同。
乙を「日奇」、丙を「月奇」、丁を「星奇」と呼び、合わせて「三奇」と称します。ただし「奇」の字を奇偶の「奇」(単数の義)と読んでも通じます。戊・己・庚・辛・壬・癸の六つの天干のうちにはそれぞれ一つの甲旬の旬首が隠遁しており、甲と「六儀」は双を成して対になっています。それに対して乙・丙・丁の三干は単行で配がないので「奇」と呼ぶのです。兵家のいう《握奇経》の「奇」の字も奇偶の奇と読み、取義はこれと同じです。
釈儀
儀者用也,為甲所用也,亦有儀衛之義。蓋甲遁於儀中,而儀則衛乎其外也。
「儀」とは用のことで、戊己庚辛壬癸の六つの天干が甲に駆使されて用いられるものを指します。同時に儀仗護衛の意味も含みます。甲が儀の中に隠遁するので、儀は外でそれを護衛するのです。
釈門
五行之理,畏克喜生。甲木位於東,庚金位於西,東西相對,木之畏金也甚矣,故用奇以制庚。庚制而退休於坎,以就水之生,故正北為休門。休於北而對於南,有嚮明而治之象,景者大也,故正南為景門。水能滋木,金能生水,生則金氣洩,洩則木氣舒,故金水之間,西北為開門。有開必有闔,故對開為杜門,杜者言陽氣欲盡也。木既休於水,則木氣暢,故水木之間,東北為生門。有生必有死,故對生為死門,死者言落其實而取材也。庚欲犯甲,甲既休於北,而對之者惟有卯木,不無受傷之患,此傷而彼亦驚,故正西為驚門,正東為傷門。
五行の道理は剋を怕れて生を喜びます。甲木は東方に居り、庚金は西方に居り、東西は正しく相対し、木が最も怕れるのは金です。だから三奇を用いて庚を制します。庚が制服されれば、坎宮(正北)に退いて休息し、水に就いて自らを生じさせます。だから正北を「休門」と定めます。休が北にあってそれと相対するのは南であり、南方には光明に面して天下を治める象があり、「景」は大の意味であるから、正南を「景門」と定めます。水は木を滋養することができ、金は水を生ずることができます。金が水を生ぜば金気は泄れ、金気が泄れば木気は舒展します。だから金と水との間の西北を「開門」と定めます。開があれば必ず閉があります。だから開と相対するのは「杜門」であり、「杜」とは陽気が将に窮まろうとすることを言います。木はすでに水中で休養し、木気は暢達します。だから水と木との間の東北を「生門」と定めます。生があれば必ず死があります。だから生と相対するのは「死門」であり、「死」とは草木が果実を結び、材を取れる時を言います。庚が来て甲を侵犯しようとする時、甲はすでに北方で休息し、庚と正対するのは卯位の木だけが残り、受傷の患を免れません。こちらが傷つけば、かなたも驚懼します。だから正西を「驚門」、正東を「傷門」と定めます。
釈星
蓬、任、沖、輔、英、芮、柱、心、禽,其立義皆本於甲,而其取義則因於節氣。蓋甲既遁而星乃顯其用,謂之星者,必晦而後現,猶夫甲之必遁而後顯也。冬至之木,陽意已動,蓬者逢也,言能復逢其陽也,故一宮曰蓬。立春乃可以任其性矣,故八宮曰任。春分則其氣益暢,故三宮曰沖,沖者動也。至於立夏,扶蘇四蔭,附之者益眾,故四宮曰輔。夏至而英華盡露矣,故九宮曰英。立秋而斂,故二宮曰芮,芮之為言內也。秋分黃落,厥干獨存,故七宮曰柱。立冬則體竭內含,中藏仁德,故六宮曰心。惟土則四時相依於木,有禽之象焉,故中五曰禽。
天蓬・天任・天冲・天輔・天英・天芮・天柱・天心・天禽という「九星」は、名を立てる意旨は皆甲木に本づき、取義は節気に依拠します。甲がすでに隠遁してこそ、九星はその用を顕します。「星」と称するのは、星は必ず先に隠晦して後に現れるもので、まさに甲が必ず先に隠遁して後に用を顕すのと同じだからです。冬至の木は陽意がすでに萌動しており、「蓬」はすなわち「逢」で、また陽気の帰ることに逢うことを言います。だから坎一宮を天蓬と呼びます。立春の時、木ははじめて本性を任せて生長することができます。だから艮八宮を天任と呼びます。春分には木気がいっそう暢達します。だから震三宮を天冲と呼び、「冲」は動の意味です。立夏に至ると枝葉が扶疎して四面に陰を成し、それに依附する者がいよいよ多くなります。だから巽四宮を天輔と呼びます。夏至には精華が尽く顕露します。だから離九宮を天英と呼びます。立秋には収斂を始めます。だから坤二宮を天芮と呼び、「芮」はすなわち「内」です。秋分には葉が黄ばみ凋落し、樹幹だけが独り残ります。だから兌七宮を天柱と呼びます。立冬には形体が尽きて生機が内に含まれ、中に果核の仁を蔵します。だから乾六宮を天心と呼びます。土に至っては四季を通じて木に依托して存し、禽鳥の栖止する象があります。だから中五宮を天禽と呼びます。
釈九宮之色
兩儀立而後五性分,青黃赤白黑者,五方之正色。九宮之色有七,而色不同,不可以五方論。如坎在北,色主黑,而九宮主白;坤土宜黃,而九宮主黑;兌金主白,而九宮主赤。此從九宮時氣之色而言也。坎、艮皆白,萬物未萌之色也。方春而芽,白者漸有青意而猶未青,故曰碧,屬震。初夏屬巽,色重於青,故曰綠。盛夏在離,其氣薰灼,故不曰赤而曰紫。過夏而神色漸穠,故曰黑。秋深在兌為赤,丹黃凋落矣。交冬為干,萬物歸根,無色可見,故亦曰白。黃主土,四季有之,故不配於八月,非正色間色之謂也。
陰陽両儀が確立して後、五行の性が分かれ、青・黄・赤・白・黒は五方の正色です。しかし九宮の色は七種あり、しかも五方の正色と合わず、五方の色をもって論ずることはできません。たとえば坎は北方で本色は黒であるべきところ、九宮では一白と称します。坤は土で本色は黄であるべきところ、九宮では二黒と称します。兌は金で本色は白であるべきところ、九宮では七赤と称します。これは九宮の値する時気の色から言うのです。坎一・艮八はいずれも白と称し、それは万物がまだ萌発しない時の色です。春の萌芽に至ると白の中に漸く青意が透きてまだ全く青くはならず、だから「碧」と呼び、震三に属します。初夏は巽四に属し、色は青よりいっそう深いので「緑」と呼びます。盛夏は離にあり気息が薫灼するので、赤と呼ばず「紫」と呼びます。夏を過ぎると物色が漸く濃くなるので「黒」と呼びます。深秋は兌にあって「赤」で、この時紅黄の葉が凋落します。冬に交わると乾に属し、万物は根に帰って色は見えず、だからまた「白」と呼びます。黄色は土を主り四季すべてにこれがあるので、専らある月に配せず、これは正色と間色の区別ではありません。
釈八神
八神者,天乙、螣蛇、太陰、六合、朱雀、白虎、九地、九天也。天乙常隨甲而加時干,故亦名直符。陽局順行、陰局逆行,依次臨方,不循宮次序。凡兵占以天乙所在,坐擊其沖;揚兵於九天,安營於九地,伏兵於太陰,匿形於六合,間諜用朱雀,偵探用白虎,驚擾用螣蛇,各有所司也。或有用元武、勾陳者,朱雀之下即可兼看玄武,勾陳之下即可兼看白虎。
「八神」とは天乙・螣蛇・太陰・六合・朱雀・白虎・九地・九天を指します。天乙は常に甲に随って用いる時辰の天干に加わるので、別名「直符」とも言います。陽遁局では八神は順行に排布し、陰遁局では逆行に排布して順次各方に落ち、一二三四の宮数に従っては行きません。およそ兵事を占うには、皆天乙のある宮を自己の坐守する地としてその正対面の一宮を攻撃します。兵威を張揚するには九天の方を用い、営寨を安んずるには九地の方を用い、兵馬を埋伏するには太陰の方を用い、行跡を隠匿するには六合の方を用い、間諜を遣るには朱雀の方を用い、偵察を遣るには白虎の方を用い、驚擾を作るには螣蛇の方を用い、それぞれ職司があります。玄武・勾陳の二神を兼用する者もいて、その場合は朱雀を見る時に玄武を兼ねて見、勾陳を見る時に白虎を兼ねて見ることができます。
釈八卦分八節
八節者,冬至、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬也。冬至一陽生,生於陰之極也;夏至一陰生,生於陽之極也。故冬至起於坤,夏至起於干,以先天卦之接應也。是以立春起於震,春分起於離,立夏起於兌,行東蔀之生氣而隸於北;立秋起於巽,秋分起於坎,立冬起於艮,行西蔀之殺氣而隸於南。一節統三氣,一元統五日,一日統十二時,一時為一局,五百四十局為一卦,八卦合得四千三百二十局,以成一歲,此軒轅氏之始制也。一節分三氣,一氣立四十五局,歲得一千零八十局,此風后演軒轅氏四局為一局之制也。
「八節」とは冬至・立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬の八つの節を指します。冬至には一陽が来復し、これは陰が極点に至った処から生じ出るのです。夏至には一陰が初生し、これは陽が極点に至った処から生じ出るのです。だから先天八卦に従えば、冬至は坤に起こり(先天の坤は北)、夏至は乾に起こり(先天の乾は南)、これは先天の卦位と相接応するのです。これに照らして推すと、立春は震に起こり、春分は離に起こり、立夏は兌に起こり、東半部の生気を走って北方に隸属します。立秋は巽に起こり、秋分は坎に起こり、立冬は艮に起こり、西半部の殺気を走って南方に隸属します。一節は三つの気を統べ、一元は五日を統べ、一日は十二の時辰を統べ、一時辰は一つの局を用い、五百四十の局を合わせて一卦とし、八卦を合わせて全部で四千三百二十局、ちょうど一年を満たします。これは軒轅黄帝が最初に定めた制度です。後に一節を三つの気に分け、一気に四十五局を立て、一年に一千八十局を得たのは、風后が黄帝の四局を併せて一局として推演し出した制度です。
冬至甲子生於一,一數之始也;夏至甲子生於九,九數之終也。故冬至起於坎、夏至起於離,此後天卦之節應也。是以立春起於艮,春分起於震,立夏起於巽,順行陽氣而履於左;立秋起於坤,秋分起於兌,立冬起於干,逆行陰氣而戴於右。一節統三氣、一氣統三候、一候為一局、九局為一卦,八卦合得七十二局,以成一歲,此太公望約十五局為一局也。
冬至の甲子は一宮に起こり、一は数の始めです。夏至の甲子は九宮に起こり、九は数の終わりです。だから冬至は坎一宮に起こり、夏至は離九宮に起こるのは、これは後天の卦位と相応するのです。これに照らして推すと、立春は艮八宮に起こり、春分は震三宮に起こり、立夏は巽四宮に起こり、陽気に順って左に行きます。立秋は坤二宮に起こり、秋分は兌七宮に起こり、立冬は乾六宮に起こり、陰気に逆らって右に行きます。一節は三つの気を統べ、一気は三候を統べ、一候は一つの局を用い、九つの局を合わせて一卦とし、八卦を合わせて七十二局、一年を満たします。これは姜太公が十五の局を約して一つの局に併せた算法です。前の段は先天卦の起法を講じ、この段は後天卦の起法を講じています。先天は坤北乾南をもって二至を定め、後天は坎一離九をもって二至を定め、方位は異なりますが陰陽消長の道理は一致します。後世の排局が実際に用いるのはこの後天の一套です。
八節分二至,二至分陰陽,陽統十二氣順行九宮為陽九局:冬至、驚蟄、清明、立夏四氣,三元甲子起於一七四宮;小寒、立春、穀雨、小滿四氣,三元甲子起於二八五宮;大寒、春分、雨水、芒種四氣,三元甲子起於三九六宮。陰統十二氣逆行九宮為陰九局:夏至、白露、寒露、立冬四氣,三元甲子起於九三六宮;小暑、立秋、霜降、小雪四氣,三元甲子起於八二五宮;大暑、秋分、處暑、大雪四氣,三元甲子起於七一四宮。每一宮統四元,每一元統六十時,四元分得二百四十時為一局,歲四千三百二十時為十八局,此留侯又約四局為一局也。
八節は冬至・夏至の両至に統領され、両至はまた陰陽両遁を分け出します。陽遁は十二の気を統べ、九宮を順行し、合わせて陽九局を成します――冬至・驚蟄・清明・立夏の四つの気は、上・中・下三元の甲子をそれぞれ一宮・七宮・四宮に起こし、小寒・立春・穀雨・小満の四つの気は、三元の甲子をそれぞれ二宮・八宮・五宮に起こし、大寒・春分・雨水・芒種の四つの気は、三元の甲子をそれぞれ三宮・九宮・六宮に起こします。陰遁は十二の気を統べ、九宮を逆行し、合わせて陰九局を成します――夏至・白露・寒露・立冬の四つの気は、三元の甲子をそれぞれ九宮・三宮・六宮に起こし、小暑・立秋・霜降・小雪の四つの気は、三元の甲子をそれぞれ八宮・二宮・五宮に起こし、大暑・秋分・処暑・大雪の四つの気は、三元の甲子をそれぞれ七宮・一宮・四宮に起こします。実際に局を定める時は、まず当下の節気がどの組に属するかを見てから、所在の上元・中元または下元に従って対応するあの宮に甲子を起こします。一宮は四元を統べ、一元は六十の時辰を統べ、四元を合わせて二百四十の時辰をもって一局と算し、一年四千三百二十の時辰はすなわち十八局となります。これは張良(留侯)がまた四つの局を約して一つの局に併せた算法です。
漢陰居士曰:天地之理,陰陽生殺而已矣。含兩間而吐四時者,理中氣也。氣無理不畜,理無氣不舒。陰陽生殺者,所以畜其氣而舒其理者也。故庖羲氏俯仰以畫卦、軒轅氏即卦以分節,亦各緣陰陽生殺,發其含吐舒畜而已矣。八節之義:冬者陰也,其音翕,陰之理也;夏者陽也,其音張,陽之理也;春者陽之生氣也,故其音張而發;秋者陰之殺氣也,故其翕而斂。此陰陽理氣自然之翕張斂發,故運行四時而生成百物也。
漢陰居士が言います。天地間の道理は、ただ陰陽の生と殺だけです。天地間に含藴して春夏秋冬を吐き出すのは、理の中に含まれるあの気です。気に理がなければ蓄積することができず、理に気がなければ舒展することができません。陰陽の生と殺は、まさにあの気を蓄積し、あの理を舒展するためのものです。だから伏羲は仰ぎ観俯ぎ察して八卦を画き、黄帝は八卦に依って八節を区画し、またそれぞれ陰陽の生殺に依循して、この一含一吐・一舒一蓄を発揮し出しただけです。八節の意義はこうです。冬は陰に属し、その声気は収斂の「翕」で、これは陰の道理です。夏は陽に属し、その声気は張開の「張」で、これは陽の道理です。春は陽の生気であるからその気は張って外に発し、秋は陰の殺気であるからその気は翕して内に斂まります。この一収一放・一斂一発は、皆陰陽理気の自然の有様であり、だから四時を運転し万物を生成することができるのです。
至者拯也,分者中也,立者止也。先天坤以純陰居北,陰至於純而陰極矣,故曰冬至;陰極則陽生,陽生則陰止,故震一陽生於東北曰立春。離以陽含陰而居東,陽之生氣得乎中,是以二陽含一陰而中分之,故曰春分。陽過其中而氣漸盛,若不知其所止,則必至於極,故兌以一陰止二陽於東南曰:立夏。干以純陽居南,陽至於純而陽極矣,故曰:夏至。陽極則陰生,陰生則陽止,故巽一陰生於西南曰:立秋。坎以陰含陽而居西,陰之殺氣得乎中,是以二陰含一陽而中分之,故曰:秋分。陰過其中而氣漸盛,若不知其所止,則必至於極,故艮以一陽止二陰於西北曰:立冬,此羲皇二聖,卦節一揆之旨也。後天卦位雖易,而八方八節不能易。其所能易者,則陰陽升降之氣;而所不能易者,則陰陽配合之理也。故曰天地之理,陰陽生殺而已矣。
「至」とは極まった処に至って後に転ずるということ、「分」とは中間から平分すること、「立」とは止まることです。先天卦の坤は純陰をもって北方に居り、陰が純粋の処に至れば陰極なので冬至と呼びます。陰極まれば陽を生じ、陽が一たび生じれば陰は止まります。だから震卦は一陽が東北に生じて立春と呼びます。離卦は陽の中に陰を含んで東方に居り、陽の生気がちょうどその中を得て、二陽が一陰を挟んで中から平分するので春分と呼びます。陽が中位を過ぎると気勢が漸く盛んになり、もし止まることを知らなければ必ず極処に行き着きます。だから兌卦は一陰をもって二陽を東南に止めて立夏と呼びます。乾卦は純陽をもって南方に居り、陽が純粋の処に至れば陽極なので夏至と呼びます。陽極まれば陰を生じ、陰が一たび生じれば陽は止まります。だから巽卦は一陰が西南に生じて立秋と呼びます。坎卦は陰の中に陽を含んで西方に居り、陰の殺気がちょうどその中を得て、二陰が一陽を挟んで中から平分するので秋分と呼びます。陰が中位を過ぎると気勢が漸く盛んになり、もし止まることを知らなければ必ず極処に行き着きます。だから艮卦は一陽をもって二陰を西北に止めて立冬と呼びます。これが伏羲・黄帝の二聖が卦位と節気を同一の道理と見なした意旨です。後天の卦位は改められたとはいえ、八方と八節の対応は改めることができません。改められるのは陰陽昇降の気だけであり、改められないのは陰陽配合の理です。だから言います。天地間の道理は、ただ陰陽の生と殺だけだと。この段は先天八卦をもって八節が名を得た由来を逐一説明します。二至は陰陽の極を取り、二分は陰陽の中を取り、四立は陰陽の止まり転ずる点を取るので、読者はこれによって八節が随意の分割ではなく卦爻の陰陽増減の自然な節点であることを知ります。
釈九宮
九宮者,四正四維中央也。其體則先天陰陽往來順逆之序,其用則洛書戴履左右肩足之數,其義則一也。但先天之序隱,隱則佈局繁而難;洛書之數顯,顯則佈局簡而易。是以太公留侯於奇門佈局,則用洛書之數,起元仍用先天之節。蓋去難而取易,舍繁而用簡耳。《易贊》曰:「易則易知,簡則易從。」太公留侯,真明易簡而得其理者也。
「九宮」とは四正(坎・離・震・兌)・四維(乾・坤・艮・巽)にさらに中央を加えた九つの位置です。その体は先天八卦の陰陽往来順逆の次序であり、その用は洛書の「戴九履一、左三右七、二四為肩、六八為足」のあの数の組であり、両者の義理は実は一つです。ただ先天の次序は隠晦であり、隠晦であれば布局が繁瑣で行い難くなり、洛書の数は顕明であり、顕明であれば布局が簡便で行い易くなります。だから姜太公と張良が奇門局を排する時は洛書の数を用い、起元定節には依然として先天の節序を沿襲したのは、難を去って易に就き、繁を捨てて簡を取るに過ぎません。《易賛》に「平易であれば知り易く、簡約であれば従い易い」と言います。太公と留侯は、真に易簡の理を悟って要領を捉えた人です。
釈虚中合宮
五行分位五方,左旋相生:正北水生正東木,正東木生正南火,正南火至中央土,中央土生正西金,正西金生正北水。惟中央無門,故虛而土寄合於西南,以續金火之氣,亦見坤為萬物之母也,以中五所以合於坤二也。
五行は五つの方位に分布し、左に旋回して順次相生します。正北の水が正東の木を生じ、正東の木が正南の火を生じ、正南の火が中央の土に接し、中央の土が正西の金を生じ、正西の金が再び正北の水を生じます。ただ中央だけが八門に配されないので、中五の宮は空にしてその土を西南の坤二宮に寄合し、火と金との間の気脈を接続します。これはまた坤が万物の母であることを見せるもので、中五が坤二に合する所以の道理はまさにここにあります。
一本陽局中五合於二,陰局中五合於八。先天巽以一陰生於西南,震以一陽生於東北;冬至一陽生於陰之極,故用陽局,而以中五寄巽,以姤其陰氣;夏至一陰生於陽之極,故用陰局,而以中五寄震,以復其陽氣。是陽局順陰而逆陽,陰局順陽而逆陰,陰陽互交於五之寄宮,而後得乙與庚合,而甲始無畏。脫中五不寄於震巽,則後天之坤艮不得屬土,而洛書之二八不能相交,且中五之土,有陽無陰,有死門而無生門,亦非通論。所以《悟真》結胎,用先天之數,東南合五、西北合五、中宮分五為三家相見。蓋其分陰陽於震巽者,即二少之合陰陽於二長也。其說於理尤為周備,但舊本多從前說,故遵之。
別に一種の本があって言います。陽遁の時は中五を坤二宮に寄合し、陰遁の時は中五を艮八宮に寄合すると。先天卦に拠れば、巽は一陰を西南に生じ、震は一陽を東北に生じます。冬至の時、一陽が陰の極点に生ずるので陽遁局を用い、中五を巽宮に寄せてあの一点の陰気と相遇させます(即ち《姤》の義)。夏至の時、一陰が陽の極点に生ずるので陰遁局を用い、中五を震宮に寄せてあの一点の陽気と相接させます(即ち《復》の義)。こうなれば、陽局は陰に順い陽に逆らい、陰局は陽に順い陰に逆らい、陰と陽は中五の寄宮で互いに交わり、然る後に乙は庚と合することができ、甲は畏れるところがありません。仮に中五を震・巽の両宮に寄せなければ、後天の坤・艮は土に属することができず、洛書の二と八も交わるところがありません。しかも中五の土は陽だけあって陰なく、死門だけあって生門ないということになり、これもまた理に通じません。だから《悟真篇》が結丹成胎を講ずるに先天の数を用いるのは、東南が合して五を成し、西北が合して五を成し、中宮が五を分かちて三家相見を成すからです。それが陰陽を震・巽に分寄するのは、実は少男少女の陰陽を長男長女の身に合わせることです。この説は道理の上でいっそう周備ですが、旧本は多く前の一説に依るので、本書は依然として前説を沿用します。
東南合五者,木往生火,木三火二合成五也。木往必經兌,故後天巽代兌為木。西北合五者,金來生水,金四水一合成五也。金來必經艮,故後天乾代艮為金。蓋以途圖之生數合之也。不言成數有合者,以其去本位之生數即成五,不必合也。中分五者,分土之成數,西南東北各得其五也。故曰數往者順,知來者逆也。
いわゆる「東南合五」とは、木が前に行って火を生ずるので、木の生数三に火の生数二を加えればちょうど五を成します。木が火を生じに行く途中で必ず兌位を経るので、後天卦は巽をもって兌に代えて木に属させます。いわゆる「西北合五」とは、金が前に来て水を生ずるので、金の生数四に水の生数一を加えればちょうど五を成します。金が水を生じに来る途中で必ず艮位を経るので、後天卦は乾をもって艮に代えて金に属させます。これらは皆河図の生数を相加して得たものです。成数の相合を言わないのは、成数から本位の生数を減ずれば五が残るので、あらためて合する必要がないからです。いわゆる「中分五」とは、土の成数を分かち、西南と東北がそれぞれその中の五を得ることです。だから《説卦》に「往かんとする事を数えるには順推を用い、来たるべき事を知るには逆推を用いる」と言います。
釈六儀遁六甲
六儀遁六甲者,六甲統六儀,儀用而甲不用也。其儀維何?干有十而宮惟九,甲不入宮則奇儀無首,甲若居宮則奇儀缺位。是以甲統其儀,用儀之用以為用,而不自用也。假令甲以奇儀分佈九宮,順則儀在前、奇在後,逆則儀在後、奇在前。今舉順布以類其餘。如布冬至第一局,先布三奇於後,乙居九、丙居八、丁居七;次布六儀於前,戊居一、己居二、庚居三、辛居四、壬居五、癸居六,此奇本局之定位也。
いわゆる「六儀遁六甲」とは、六つの甲が六つの儀を統轄し、実際に用いるのは儀であって甲を直接用いないことです。なぜ儀を設けるのでしょうか。天干は十あるのに宮は九しかないからです。甲が宮に入らなければ三奇六儀に首領がなく、甲が一宮を占めれば奇儀は一つの位を欠きます。だから甲に自らの儀を統べさせ、儀の作用を借りて自らの作用を発揮させ、自ら出馬させないのです。仮に甲が三奇六儀を九宮に分布する時、順布では儀が前に・奇が後に、逆布では儀が後に・奇が前になります。ここでは順布の一例を挙げ、残りはこれに類推します。たとえば冬至上元陽遁一局を排する時、まず三奇を後に布し、乙を九宮に・丙を八宮に・丁を七宮に落とします。次に六儀を前に布し、戊を一宮に・己を二宮に・庚を三宮に・辛を四宮に・壬を五宮に・癸を六宮に落とします。これが本局の奇儀の地盤上の固定位置です。
一局為一元,一元統五日,五日統六十時,六十時分六甲,六甲統六儀。自甲至癸,一宮一干,遍歷九宮,為終一甲;六歷九宮,為終一元;一元終又起首甲為第二局。本局甲子起一宮,順遁九宮,至癸酉仍歸一宮,則首甲所監之九干,終於一戊之本局,定位居一。甲子十干始於一而終於一,甲子與戊同宮,是戊遁甲子,故統曰甲子戊。甲戌續癸酉起二宮,宮遁一干至癸未,仍歸二宮,二為己本局之定位,是甲戌與己同宮,統曰甲戌己。甲申續癸未起三宮,宮遁一干至癸巳,仍歸三宮,三為庚本局之定位,是庚遁甲申,故統曰甲申庚。
一つの局はすなわち一元であり、一元は五日を統べ、五日は合わせて六十の時辰、六十の時辰は六つの甲旬に分属し、六つの甲旬はそれぞれ一つの儀を統べます。甲から癸まで数え、一つの宮に一つの干を安じて九宮を走り尽くせば、一つの甲旬を走り終えます。こうして九宮を六遍走れば一元を走り終え、一元が尽きればまた頭の甲から第二局を起こします。本局は甲子が一宮に起こり、九宮を順に遁行して癸酉に至るとまた一宮に帰ります。このように旬首の甲の管する九つの天干は、最終的に戊の本局における定位である一宮に落ち帰ります。甲子という旬の十干は一宮に始まり一宮に終わり、甲子と戊が同一宮に処するのは、戊が甲子を隠遁しているので、合わせて「甲子戊」と称します。甲戌旬は癸酉に接続して二宮から起こり、一宮一干を遁し、癸未に至るとまた二宮に帰ります。二宮は己の本局における定位であり、甲戌と己が同宮であることが見え、合わせて「甲戌己」と称します。甲申旬は癸未に接続して三宮から起こり、一宮一干を遁し、癸巳に至るとまた三宮に帰ります。三宮は庚の本局における定位であり、庚が甲申を隠遁していることが見えるので、合わせて「甲申庚」と称します。この走法を帰納すると、毎旬の十干は前旬末の癸のある宮の次の宮から起歩し、順次一宮一干で十宮を走り満たし(即ち九宮を一圈してさらに一宮)、末位の癸がちょうど起歩の宮に落ち帰り、そしてこの宮がまさに本旬に配されるあの儀の地盤定位です――これが「甲は儀に遁する」の由来です。
甲午續癸巳起四宮,宮近遁一干至癸卯,仍歸四宮,四為辛本局之定位,是甲午與辛同宮,故曰辛遁甲午,而統曰甲午辛。甲辰續癸卯起五宮,宮遁一干至癸丑,仍歸五宮,五為壬本局之定位,是甲辰與壬同宮,故曰壬遁甲辰,而統曰甲辰壬。甲寅續癸丑起六宮,宮遁一干至癸亥,仍歸六宮,六為癸本局之定位,故曰癸遁甲寅,而統曰甲寅癸。舉此一局,而局局如是;布此一元,而元元如是。故甲子戊、甲戌己、甲申庚、甲午辛、甲辰壬、甲寅癸,旬首之甲莫不統儀以遁,則儀用即甲用,故曰用儀之用以為用,而不自用也。
甲午旬は癸巳に接続して四宮から起こり、一宮一干を遁し、癸卯に至るとまた四宮に帰ります。四宮は辛の本局における定位であり、甲午と辛が同宮であることが見えるので、辛が甲午を隠遁していると言い、合わせて「甲午辛」と称します。甲辰旬は癸卯に接続して五宮から起こり、一宮一干を遁し、癸丑に至るとまた五宮に帰ります。五宮は壬の本局における定位であり、甲辰と壬が同宮であることが見えるので、壬が甲辰を隠遁していると言い、合わせて「甲辰壬」と称します。甲寅旬は癸丑に接続して六宮から起こり、一宮一干を遁し、癸亥に至るとまた六宮に帰ります。六宮は癸の本局における定位なので、癸が甲寅を隠遁していると言い、合わせて「甲寅癸」と称します。この一局を挙げれば局局すべてこのようであり、この一元を布けば元元すべてこのようです。だから甲子戊・甲戌己・甲申庚・甲午辛・甲辰壬・甲寅癸の六組の「旬首」は、それぞれの旬首の甲が自らの儀を統べてその下に隠遁しています。儀が作用を起こせばすなわち甲が作用を起こすので、「儀の作用を借りて自らの作用を発揮し、自ら出馬しない」と言うのです。実際の排盤ではこの六組の配搭だけを記憶しておけばよく、戊を見れば甲子が下に蔵されていることを知り、己を見れば甲戌を、庚を見れば甲申を、辛を見れば甲午を、壬を見れば甲辰を、癸を見れば甲寅を知り、用いる時は儀をもって甲に代えればよいのです。
六甲統儀不統奇者,儀為庚之黨羽,奇為甲之腹心也。奇儀分佈九宮,六甲又遁諸干於九宮者,備星門之為符使,所為遁宮也。
六甲が六儀だけを統べて三奇を統べないのは、儀は庚の党羽に属するからです(戊己庚辛壬癸のうち庚はその間にあり)、奇は甲の心腹だからです。三奇六儀が九宮に分布した後、六甲はまた各旬の天干を九宮の中に遁蔵します。これは九星と八門にそれぞれ「直符」「直使」となり得る依托を持たせるためで、これがいわゆる「遁宮」です。
釈符頭
符頭者,符合上元首甲也。甲子、己卯、甲午、己酉四日為符頭。蓋一氣統三元,分上中下三局,一局統五日,五日統六十時為一紀。一紀即一元紀法,以十干加十二支,首尾相合為一終;干以甲為首、癸為尾,支以子為首、亥為尾,故自甲子至癸亥,合得六十為一紀,謂之一元,奇門選時之法也。
「符頭」とは、上元の最初の甲に符合するあの日です。甲子・己卯・甲午・己酉の四種の日はいずれも符頭に充てることができます。一つの節気が上・中・下三元を統べて三つの局に分かれ、一つの局が五日を管し、五日は合わせて六十の時辰で、これを一紀と称します。一紀とは一元の紀法で、十の天干をもって十二の地支に配し、首尾相接して一圈を転じて一終とします。天干は甲を首とし癸を尾とし、地支は子を首とし亥を尾とするので、甲子から癸亥まで数えて全部で六十を得、これを一紀と称し、すなわち一元です。これが奇門が時辰を選取する根本の算法です。
時非日不能得元,元非氣不能得局,是以一氣統三元為三局,分上中下以別之,再別為周,再周為變,故終十二紀。而天地之氣,是以謂之六氣也。凡變氣一,統節氣四,故四分日紀以起各氣之元。用甲己二干遁起甲子時為元首,二干加仲為上、加孟為中、加季為下。以仲之甲己四日,遁起甲子時,合時紀上元之首,故曰:符頭也。
時辰は日を離れては元を定めることができず、元は節気を離れては局を定めることができません。だから一つの節気が三元を統べて三つの局を成し、上・中・下の三字をもって区別します。さらに一層の区別を「周」と呼び、周にまた周するのを「変」と呼び、こうしてついに十二紀に至り、天地の気はこれによってまた六気と称されます。一つの変気ごとに四つの節気を統べるので、日紀を四等分して各節気の元を起こさなければなりません。具体的なやり方は、甲・己の二つの天干の日を取って甲子時から遁を始め、一元の首とします。甲己の日が子午卯酉の「四仲」に落ちれば上元と算し、寅申巳亥の「四孟」に落ちれば中元と算し、辰戌丑未の「四季」に落ちれば下元と算します。およそ四仲の位に落ちる甲・己の四日、すなわち甲子・己卯・甲午・己酉は、甲子時から遁を起こしてちょうど一紀上元の頭に合するので、これらを「符頭」と称します。
釈直符直使
符使者,星門用時之異名也。直者,代甲而直其用也。甲以星門為體,以奇儀為用,故奇儀無定位,而星門有定宮也。星為符者,即憑執之符也;門為使者,即甲巡行之使也。故凡甲在之宮,即以直宮之星為符,以直宮之門為使也。干本十也,以配十二支,而變為六十干,故甲稱六而儀亦稱六也。奇儀者,九干之體;六十干者,奇儀之用也。故奇儀隨元分職九宮,而六十干亦隨元分遁九宮也。
「符」と「使」は、九星・八門が事を用うる時のもう一つの呼び方です。「直」とは值班のことで、甲に代わってその職権を執行します。甲は九星八門を本体とし、三奇六儀を作用とするので、奇儀は盤上に固定の位置がなく、星門にはそれぞれ固定の本宮があります。星を「符」と称するのは符を執って憑拠とする義を取り、門を「使」と称するのは甲に替わって出でて命を伝える義を取ります。だからおよそ甲のあるあの宮では、その宮に値する星を「直符」とし、その宮に値する門を「直使」とします。天干はもともと十しかないので、十二の地支に配して六十組の干支になり、だから甲には六つの旬首があり、儀もまた六つと称します。三奇六儀は九つの天干の本体であり、六十組の干支は奇儀の作用です。したがって奇儀は元次に随って九宮の中でそれぞれその職を任じ、六十干支も元次に随って分かれて九宮の内に遁蔵します。
六十干分遁九宮,則六甲干首亦在其中,何以概言為奇儀之用也?蓋以身先之而分其勢以弱之也。若六甲不率五十四干分遁,則各干各聚於一宮,非所謂強木弱金也。何也?以木弱金而強木者也。故凡甲在之宮,而癸輙臨之。所以甲子遁戊,而癸酉亦遁戊,金盜土以生水也;甲戌遁己,而癸未亦遁己,土相比以求益也;甲申遁庚,而癸巳亦遁庚,火制金以防合也;甲午遁辛,而癸卯亦遁辛,木助火以制金也;甲辰遁壬,而癸丑亦遁壬,土相連以敗水也;甲寅遁癸,而癸亥亦遁癸,水相合以益木也。
六十組の干支が分かれて九宮に遁蔵する中に六甲旬首もあるのに、なぜ一概にそれらを奇儀の作用と言うのでしょうか。甲が身をもって則し先頭を行き、自らの勢力を分散させて弱さを示すからです。仮に六甲が残りの五十四の干支を率いて共に分遁しなければ、各干はそれぞれ一宮に聚まり、「金を削弱して木を扶助する」布置を成さなくなります。なぜこう言うのでしょうか。全体の手配の意図は、まさに木をもって金を削弱し、それによって木を転じて強くすることにあるからです。だからおよそ甲のある宮には、癸は常に随って臨みます。甲子が戊の下に遁すれば癸酉も戊の下に遁し、これは金が土気を盗泄して水を生ずることです。甲戌が己の下に遁すれば癸未も己の下に遁し、これは土と土が比隣して助け合い増益を求めることです。甲申が庚の下に遁すれば癸巳も庚の下に遁し、これは火が来て金を制し、それが乙と合するのを防ぐことです。甲午が辛の下に遁すれば癸卯も辛の下に遁し、これは木が火勢を助けて金を制することです。甲辰が壬の下に遁すれば癸丑も壬の下に遁し、これは土土が相連して水を剋敗することです。甲寅が癸の下に遁すれば癸亥も癸の下に遁し、これは水水が相合して木を増益することです。
是以甲子癸酉遁戊,而戊應配之辰與子酉合;甲戌癸未遁己,而己應配之卯與戌未合;甲辰癸丑遁壬,而壬應配之子與辰丑合;甲寅癸亥遁癸,而癸應配之亥,與寅亥比合。惟甲申癸巳遁庚,而庚應配之寅,則沖申而害巳,故巳火克庚金,而申金又克寅木也。甲午癸卯遁辛,而辛應配之丑,則生辛制卯而盜午,故午火克辛金,而卯又克丑土也甚矣。金之不能忘情於木也,故儀順而奇應之以逆,儀逆而奇應之以順,有以也。
したがって、甲子と癸酉が同じく戊の下に遁するのは、戊はもと辰に配し、辰は子とも酉とも相合するからです。甲戌と癸未が同じく己の下に遁するのは、己はもと卯に配し、卯は戌とも未とも相合するからです。甲辰と癸丑が同じく壬の下に遁するのは、壬はもと子に配し、子は辰とも丑とも相合するからです。甲寅と癸亥が同じく癸の下に遁するのは、癸はもと亥に配し、亥は寅と相隣して合するからです。ただ甲申と癸巳が同じく庚の下に遁するのは、庚はもと寅に配するのに、寅は申を冲し巳を害します。だから巳の中の火は庚金を剋し、申の中の金はまた反転して寅木を剋します。甲午と癸卯が同じく辛の下に遁するのは、辛はもと丑に配し、丑土は辛金を生じてまた卯木を制し、午火を盗泄します。だから午火は辛金を剋し、卯木はまた丑土を剋します。ここから見ても金の木に対する糾纏は実にひどく、終始それに情を忘れることができません。まさにこのゆえに、六儀が順布の時は三奇は逆布をもって相応じ、六儀が逆布の時は三奇は順布をもって相応じ、この手配には由緒があるのです。
或曰:甲遁於儀,不能遁於奇,何以言為奇儀之用也?蓋以靜為體,以動為用也。奇儀之於卦無定位,於局有定位也,有定宮則謂之靜,故曰奇儀為九干之體也。六甲隨元遁於儀,故奇合,六儀之干亦隨甲遁於宮,遁則非靜矣,故曰六干為奇儀之用也。夫六甲不遁於六儀,則九星不能直其符;九干不遁於九宮,則八門不得直其使。歌曰:「直符常以加時干,直使逆順時支去。」謂每甲用時,以當直之星符,臨奇儀本局之定位;以當直之門使,巡奇儀本元之遁宮也。譬之用人,其人體在是,而以符監之;其人用在彼,而以使察知,則何所為而不善哉。故云:善藏其用,以儆戒無虞也。
ある人が問います。甲は六儀の下にだけ遁し、三奇の下には遁さないのに、なぜ総称してそれらを「奇儀之用」と言うのでしょうか。答えます。ここでは静を体とし動を用とします。三奇六儀は八卦に対しては固定の位置がありませんが、ある一つの局に対しては固定の位置があります。固定の宮があればそれを静と呼ぶので、奇儀は九つの天干の本体だと言います。六甲は元次に随って儀の下に遁し、三奇はこれに相配合し、六儀に属する干支も甲に随って各宮に遁入します。一たび遁すればもはや静ではないので、六十干は奇儀の作用だと言います。仮に六甲が六儀の下に遁さなければ、九星は直符に充てるところがありません。仮に九干が九宮に遁入しなければ、八門は直使に充てるところがありません。歌訣に「直符は常に時干に加え、直使は逆順に時支にゆく」と言います。意味は、毎旬が事を用うる時、当直の星符を本局中の用いる時干(即ちあの奇または儀)の地盤定位に加え、当直の門使を陽遁の順行・陰遁の逆行に従って本元中の時支の遁する宮に巡らせることです。これは人を用いるようなものです。この人の本体がここにあれば、符をもって彼を監臨し、この人の作用がかの処にあれば、使者を派して彼を察看し、こうして事を行えば妥当でないことがありましょうか。だから言います。作用を善く蔵してこそ、随時に警戒して意外に至らないのだと。
辨三氏奇門
一李氏奇門真傳,不顧尊甲之義,止以節氣為準。如云:辛卯日午時立春,是日癸巳時,猶用大寒下元;自甲午時起至癸巳日亥時止,共三十時,先用立春下元陽二局,謂之殘局。自甲午日子時起至戊戌日亥時止,共六十時,後用立春上元陽八局。己亥日子時起至癸卯日亥時止,共六十時,用立春中元陽五局。又自甲辰日子時起,至丙午日申時止,共三十三時,仍用立春下元陽五局為補局,謂以此三十三時,補足先用殘局,以成一元。
第一家、李氏の《奇門真伝》は「尊甲」の義理を顧みず、ただ節気をもって準とします。彼が例を挙げて言います。たとえば辛卯日の午時に立春に交われば、その日は癸巳時に至るまで依然として大寒下元の局を用います。甲午時から癸巳日の亥時に至るまで共に三十の時辰、まず立春下元陽二局を用いて「残局」と称します。甲午日の子時から戊戌日の亥時に至るまで共に六十の時辰、立春上元陽八局に改めます。己亥日の子時から癸卯日の亥時に至るまで共に六十の時辰、立春中元陽五局を用います。さらに甲辰日の子時から丙午日の申時に至るまで共に三十三の時辰、依然として立春下元の局を用いて「補局」とし、意味はこの三十三の時辰をもって先の残局を補い、完整な一元に湊り合わせることです。この一連のやり方が後世のいう「拆補法」です。節気に交わればすぐ局を換え、上一元に六十の時辰に満たない端数があればそれを残局と呼び、後に補足するのを補局と呼び、符頭が到着したかどうかは全く顧みません。
丙午日丁酉時交雨水節,亦如立春,先用下元補局。嗣此而後,氣氣皆同,直至甲午日子時交寒露節,三元順序始為正受。至己酉日乃用霜降超起,超至次年戊戌日芒種,超過四日;超至辛丑日大雪,超過七日;又超至次年癸卯日芒種,過九日,餘無再超之理,即以己酉日疊作芒種閏奇。蓋以接氣為拆補,謂拆補寧多二三時,起超不可過九日,如過九日,即當置閏也。
丙午日の丁酉時に雨水節に交わる時も、立春と同じように行い、まず下元の補局を用います。この後の各節気はすべてこれに類推し、甲午日の子時に寒露節に交わるまで続けて、上中下三元の次序がようやく「正受」と算します。いわゆる正受とは、符頭と節気がちょうど相合することです。己酉日に至って霜降に「超」を起こし、第二年の戊戌日に芒種に交わる時まで超えて四日を超過し、辛丑日に大雪に交わる時まで超えて七日を超過します。さらに超えてまた一年の癸卯日に芒種に交わる時、九日を超過します。これ以外に超えるべき理がないので、己酉日を重ねて芒種の閏奇に用います。これは「接気」を「拆補」として処理するもので、彼の説では、拆補はむしろ二三の時辰を多く出してもよいが、起超は九日を超えてはならず、九日を超えれば置閏すべきだとします。
考古法以甲子、己卯、甲午、己酉為符頭者,緣尊甲以制奇門,故立符以定元首也。是以符頭為體,節氣為用。非節氣則不能入局,非符頭則不能起元,故於二至之前,置閏引氣,以歸符頭也。李氏超閏既用古法,則接氣亦當如古法,何得創為拆補以亂符頭?若謂拆補是接氣之準,則符頭不得超前氣而為超神;若謂超神為置閏之基,則氣餘不得因拆補而為節氣,此易知者也。
古法が甲子・己卯・甲午・己酉を符頭とした所以を考究すると、甲を尊んで奇門を統轄させようとしたからで、だから一つの符頭を立てて一元の首を確定しました。こうなれば符頭は体であり節気は用です。節気がなければ局に入ることができず、符頭がなければ元を起こすことができないので、冬至・夏至の前に閏局を設置して節気を引導し、それを符頭の上に帰らせるのです。李氏の起超置閏は古法に沿用したのであるから、接気もまた古法に照らして行うべきであり、どうして別に「拆補」を創して符頭を攪乱できましょうか。もし拆補こそ接気の準則だと言うなら、符頭は節気に先んじて「超神」となるべきではありません。もし超神が置閏の根拠だと言うなら、気の余数は拆補のために節気と算されるべきではありません。これはとても明らかに見て取れる道理です。
如必以氣為準,則超神亦當用拆補法,不宜於本氣、接後氣之超。倘曰符頭巳到,不得不超,而接氣符頭未到,何以下元返用於上元之先耶?脫依此法,不但下元用於上元之先,中元亦可用於上元之先矣。況甲午符頭,僅得一元五日六十時,若用殘局補合三元,又係己卯符頭所轄,寧有當轄者不能用,而顧用於不當轄者乎?殊違尊甲之旨也。
もし必ず節気をもって準とするなら、超神もまた拆補の法を用いるべきで、本気の内で後の気の超局を接用すべきではありません。仮に符頭がすでに到着して超えざるを得ないと言い、接気の時には符頭がまだ到着していないというなら、何をもって下元を上元の前に用いるのでしょうか。彼のこの办法に依れば、下元が上元の前に用いられるだけでなく、中元も上元の前に用いられます。いわんや甲午という符頭はただ一元五日六十時辰を管するだけで、もし残局をもって補い合わせて三元を成せば、すでに己卯符頭の管轄する範囲に落ち込みます。管すべき符頭がかえって用いられず、管すべきでない符頭を用いるという道理がどこにありましょうか。これは実に尊甲の宗旨に背いています。
一林氏奇門,以周天三百六十五度四分度之一,大陽日行一度,歷十二辰、二十四氣為一周。奇用七十二候,止三百六十日,餘日之度成閏奇,以合天道氣候。凡一節氣三十日五時二刻,以三十日為六候,餘五時二刻為閏始。一歲二十四氣,積其餘得五日三時為一候,作閏候,故二十年有二十一候之閏。第一年在天正冬至上候起,至芒種末閏上候;第二年在小滿末潤中候;第三年在立夏末閏下候,周而復始。一至一年,二至二十一年,三至四十一年,四至六十一年,循環不已,積四百一十六年而天正冬至,仍閏上候。
第二家、林氏奇門は周天三百六十五度四分の一をもって準とし、太陽は毎日一度を行き、十二辰・二十四気を経歴して一周天とします。奇門はただ七十二候を用い、合わせて三百六十日とし、余り出るそれらの度数を「閏奇」に作って天道気候に合わせます。一つの節気は三十日五時二刻で、その中の三十日を取って六候とし、余った五時二刻を閏の端緒と算します。一年二十四の気で、これらの端数を積み上げて五日三時を得、ちょうど一候に湊り合わせて「閏候」とします。だから二十年の中に二十一候の閏があります。第一年は冬至上候から起算し、芒種の末に上候を閏し、第二年は小満の末に中候を閏し、第三年は立夏の末に下候を閏し、こうして周して復して始めます。第一次は第一年に、第二次は第二十一年に、第三次は第四十一年に、第四次は第六十一年に、循環して止まりません。四百十六年を積み満たせば、冬至は依然として上候に閏します。簡単に言えば、林氏は符頭を用いず、超神接気も用いず、節気自体の零余の度数を積んで整候を成し、時に至って一つの「閏候」を挿し入れ、この办法で奇門の局数を太陽周天の度数と対応させるのです。
考古法正受之後起超者,蓋尊甲子為上元之首也。故超四十餘氣,遇芒種大雪,重用本氣三元,以續陰陽終極之氣,俾三元之次序不紊耳。林氏不究古義,謂李氏置閏為非,創為閏候之法,自謂奇門功臣,不知李氏超閏,正合古義,第以拆補用於接氣淆亂符頭,然於三元次第,猶有上中下之分別也。若林氏二十年閏二十一候,則三元次第不分,四仲符頭無用矣,不亦奇門之罪人乎,殊違尊甲之旨也。
古法が「正受」の後に起超する所以を考究すると、甲子を上元の首に尊ぶからです。だから四十余の気を超過した後、芒種・大雪の二つの節に遭えば本気の三元をもう一遍用いて、陰陽終極の気を接続し、上中下三元の次序が紊乱しないようにします。林氏は古義を深く究めず、李氏の置閏が正しくないと言って閏候の法を別に創し、自ら奇門の功臣と称します。しかし李氏の超神置閏はまさに古義に合しており、ただ拆補を接気に用いて符頭を攪乱したに過ぎず、三元の次第に至っては上・中・下の区別を依然として保っていたのです。もし林氏の二十年に二十一候を閏する办法に照らせば、三元の次第は分け出すことができず、子午卯酉四仲の符頭も用をなくします。これでは奇門の罪人となるではありませんか。実に尊甲の宗旨に背いています。
一陶真人遁甲神書,超閏以二氏為準,加臨以古法為非,謂禽芮不宜同宮,奇儀逐時有異,創立陰陽一百六十二圖。自序云:啟千古不傳之秘。其法陽遁一局,一宮起甲子戊,二宮起甲戌己,三宮起甲申庚,四宮起甲午辛,五宮起甲辰壬,六宮起甲寅癸,七宮起丁奇,八宮起丙奇,九宮起乙奇,直符直使不載圖中。若甲子時用事,以直符天蓬、直使休門同加於坎一宮,天盤地盤相同。凡甲己日之戊辰時、乙庚日之己卯時、丙辛日之庚寅時、丁壬日之辛丑時、戊癸日之壬子時、癸亥時,此六時各歸各宮,故同甲子時者,共為一局第一圖,永定不易。
第三家、陶真人の《遁甲神書》は、超神置閏に李・林両家を準とするのに、古法の加臨の方式は正しくないと認め、天禽と天芮は同一宮に処すべきでなく、奇儀は時辰ごとにそれぞれ同じでないと言い、そこで陰陽合計百六十二張の図を創立し、自序にこれは千古不伝の秘を掲したと述べています。彼の方法はこうです。陽遁一局では、一宮に甲子戊を起こし、二宮に甲戌己を起こし、三宮に甲申庚を起こし、四宮に甲午辛を起こし、五宮に甲辰壬を起こし、六宮に甲寅癸を起こし、七宮に丁奇を起こし、八宮に丙奇を起こし、九宮に乙奇を起こし、直符直使は図に画きません。甲子時をもって事を行うなら、直符の天蓬と直使の休門を共に坎一宮に加えます。この時天盤と地盤は完全に重合します。およそ甲己日の戊辰時・乙庚日の己卯時・丙辛日の庚寅時・丁壬日の辛丑時・戊癸日の壬子時と癸亥時、この六つの時辰は奇儀がそれぞれ本宮に帰るので、およそ甲子時と情形が同じ時辰は共に一つの局を用い、すなわち第一図で、永遠に固定して変わりません。換言すれば、彼は奇門盤を一揃いの查表に作ったのです。もはや旬首に拠って直符直使を推さず、時辰がどの類に属するかを見て、直接あの一張の出来合いの図を繙いて用います。
如用乙丑時,本局地盤不動,以天盤甲子戊加乙於九宮,再加甲戌己於一宮、甲申庚於二宮、甲午辛於三宮、甲辰壬於四宮、甲寅癸於五宮,加丁奇於六宮、加丙奇於七宮、加乙奇於八宮,以蓬休符使加於離九宮。凡甲己之乙丑甲戌時、乙庚日之戊寅時、丙辛日之己丑時、丁壬日之庚子、辛亥時、戊癸日之壬戌時,七時六甲,各加其干,故同乙丑時者,共為一局第二圖,亦永定不易。如此陰陽各立九局,每局各位九圖,共為一百六十二圖。
もし乙丑時を用いるなら、本局の地盤は動かさず、天盤の甲子戊を地盤の乙のある九宮に加え、次いで順次甲戌己を一宮に・甲申庚を二宮に・甲午辛を三宮に・甲辰壬を四宮に・甲寅癸を五宮に加え、丁奇を六宮に・丙奇を七宮に・乙奇を八宮に加え、直符の天蓬と直使の休門は離九宮に加えます。およそ甲己日の乙丑時と甲戌時・乙庚日の戊寅時・丙辛日の己丑時・丁壬日の庚子時と辛亥時・戊癸日の壬戌時、この七つの時辰は六甲がそれぞれ相応の天干に加わるので、およそ乙丑時と情形が同じ時辰は共に一つの局を用い、すなわち第二図で、やはり永遠に固定して変わりません。このように陰遁陽遁にそれぞれ九局を立て、各局にそれぞれ九図を配し、合計百六十二図とします。ここから見ても、彼の天盤は直符に随って転ずるのではなく、整套の奇儀を宮数に拠って格ごとに飛移させるので、これはまさに下文の駁斥しようとする「飛掌」の法です。
考古法,東部四卦,一少交於西南;西部四卦,二少交於東北者,交於陰陽始生之地也。故後天坤艮位其地,而以五寄之,惟其有寄宮也,然後得乙與庚合而丙居其功。冬至四節,六甲從乎順行;夏至四節,六甲從乎逆布者,從其卦爻往來之序也。故後天洛書代其序,而以時遁之,惟其有遁宮也,然後得符與使分,而甲藏其用,此理淵微,未易測也。陶氏不究古義,疑太公留侯捷法,為後人附會,謂時遠難稽,無足憑信,遂用飛掌加臨,立成圖局,以為附合洛書。
古法を考究すると、東半部の四卦は少女の卦が西南に交わり、西半部の四卦は少男の卦が東北に交わり、いずれも陰陽初生の処に交わります。だから後天卦は坤・艮にこの二つの方位を占めさせ、さらに中五をそこに寄せます。まさに寄宮があるからこそ、乙は庚と合することができ、丙は庚を制する功を有します。冬至以後の四つの節は六甲が順行し、夏至以後の四つの節は六甲が逆布し、いずれも卦爻陰陽往来の次序に順従します。だから後天洛書があの次序に代わり、さらに時辰に拠って甲を遁蔵します。まさに遁宮があるからこそ、直符と直使が分かれることができ、甲が自らの作用を隠蔵し得るのです。この道理は深奥精微で、測度し易くありません。陶氏は古義を深く究めず、太公・留侯の簡捷の法は後人の附会だと疑い、年代が久遠で考稽するところなく憑信に足らないと言い、そこで「飛掌」の方式に改めて加臨し、出来合いの図局を作り、これでこそ洛書に附合すると自ら是としました。
夫飛掌之法,乃近代形家排山之法,非古法也。脫如其說,使九星可入中宮,禽芮亦不併混,不知直使僅有八門,又將何法以分九宮乎?顛倒星宮,殊違尊甲之旨也。
いわゆる「飛掌」とは、もともと近代の堪輿家が山を排する掌訣の手法で、奇門の古法ではありません。仮に彼の言うように九星を皆中宮に入ることを得させ、天禽と天芮をもはや一処に混ぜないようにしたとしても、彼は直使が八つの門しかないことを忘れています。では何の办法をもって九つの宮に分配するのでしょうか。このように星と宮の配属を転倒するのは、実に尊甲の宗旨に背いています。
釈陰陽刑徳開闔
陰陽刑德開闔者,陰刑陽德,陽開陰闔也。冬至德在卯、刑在酉;夏至德在酉、刑在卯;春分德在午、刑在子;秋分德在子、刑在午;立春德在辰、刑在戌;立秋德在戌、刑在辰;立夏德在未、刑在丑;立冬德在丑、刑在未。凡刑德所在,三氣共之。刑德不及寅申巳亥者,以四孟為四生,故不及也。蓬任沖輔禽之陽星,凡五陽星加時為開;英芮柱心謂之陰星,凡四陰星加時為闔。將兵以開闔分主客,以刑德定坐擊,闔為主、開為客,坐陽德、擊陰刑是也。
いわゆる「陰陽刑徳開闔」とは、陰は刑を主り、陽は徳を主り、陽は開を主り、陰は闔を主ると言うことです。八節にはそれぞれ徳位と刑位があります。冬至は徳が卯に・刑が酉に、夏至は徳が酉に・刑が卯に、春分は徳が午に・刑が子に、秋分は徳が子に・刑が午に、立春は徳が辰に・刑が戌に、立秋は徳が戌に・刑が辰に、立夏は徳が未に・刑が丑に、立冬は徳が丑に・刑が未にあります。およそ一節の刑位徳位は、その節の統べる三つの気が共に沿用します。刑徳のある所は子午卯酉・辰戌丑未だけを用い、寅申巳亥に渉りません。この四つは「四孟」で長生の地に属するので、刑徳をそれらに加えないからです。天蓬・天任・天冲・天輔・天禽の五つは陽星で、およそ陽星が用いる時の干に加臨すれば「開」です。天英・天芮・天柱・天心の四つは陰星で、およそ陰星が用いる時の干に加臨すれば「闔」です。用兵の時は開・闔をもって主客を分け、刑・徳をもって坐守と攻撃を定めます。闔の時は主(守る方)となるに宜しく、開の時は客(攻める方)となるに宜しく、陽に属する徳位に坐守し、陰に属する刑位を攻撃する、これがその法則です。
釈三甲
三甲者,孟甲、仲甲、季甲也。凡上元入局,甲子、甲午直符為仲甲;中元入局,甲寅、甲申直符為孟甲;下元入局,甲辰、甲戌直符為季甲。三元三甲直符之時,舉事視刑德為動靜,將兵視刑德為戰守,皆以在門決之。在門者,刑德在直使之門也。冬至三氣卯為德、酉為刑,凡三元入局五百四十時中,五卯時德在門,五酉時刑在門。德在門之時,宜動宜戰;刑在門之時,宜靜宜守。三氣元中,孟甲、仲甲直符旬內,有刑亦有德,惟季甲直符甲辰旬中,有刑而無德;甲戌旬中,有德而無刑。立春三氣元中,五辰時德在門,五戌時刑在門;孟甲、季甲直符旬內,有刑亦有德,惟仲甲直符甲子旬中,無刑而有德;甲午旬中,無德而有刑。
「三甲」とは孟甲・仲甲・季甲を指します。およそ上元に入局する時、甲子・甲午の両旬の直符を仲甲と呼びます。中元に入局する時、甲寅・甲申の両旬の直符を孟甲と呼びます。下元に入局する時、甲辰・甲戌の両旬の直符を季甲と呼びます。三元三甲が直符に当たる時に遭えば、事を行うには刑徳を見て動か静かを決め、用兵には刑徳を見て戦か守かを決め、判断の依拠はすべて「在門」の二字にあります。いわゆる「在門」とは、刑位または徳位がちょうど直使のあの門の臨む地支に落ちることです。冬至一節の三つの気は卯を徳とし酉を刑とし、三元入局の五百四十の時辰の中に、五つの卯時は徳が門にあり、五つの酉時は刑が門にあります。徳が門にある時は動くに宜しく出戦に宜しく、刑が門にある時は静かにするに宜しく堅守に宜しいです。この三つの気の各元では、孟甲・仲甲が直符に当たる旬内には刑も徳もありますが、ただ季甲が直符に当たる時は、甲辰旬の中には刑だけあって徳なく、甲戌旬の中には徳だけあって刑ありません。立春一節の三つの気は、五つの辰時は徳が門にあり、五つの戌時は刑が門にあります。孟甲・季甲が直符に当たる旬内には刑も徳もありますが、ただ仲甲が直符に当たる時は、甲子旬の中には徳あって刑なく、甲午旬の中には刑あって徳ありません。ここにいう「五つの卯時」「五つの酉時」とは、一元五日の内に各地支がそれぞれ五回現れるからで、調べる時はただ直使の門がどの支に落ちるかを見て、徳支なら動き、刑支なら守ります。
春分三氣元中,凡五午時德在門,五子時刑在門。立夏三元氣中,凡五未時德在門,五丑時刑在門。六氣十八元中,仲甲、季甲直符,有刑亦有德,惟孟甲直符甲寅旬中,無刑而有德;甲申旬中,無德而有刑。夏至十二氣,直符同,刑德反是。凡德在門之時,陽星加之為盡開,陰星加之為半開;刑在門之時,陽星加之為半闔,陰星加之為盡闔。故經云:能知三甲,一開一闔;不知三甲,六甲盡闔。
春分一節の三つの気は、五つの午時は徳が門にあり、五つの子時は刑が門にあります。立夏一節の三つの気は、五つの未時は徳が門にあり、五つの丑時は刑が門にあります。この六つの気十八元の中では、仲甲・季甲が直符に当たる時は刑も徳もありますが、ただ孟甲が直符に当たる時は、甲寅旬の中には徳あって刑なく、甲申旬の中には刑あって徳ありません。夏至以後の十二の気は、直符の排法は同じで、ただ刑と徳の位置がちょうど反対です。およそ徳が門にある時、もしさらに陽星が加臨すれば「尽開」(全开)と呼び、もし陰星が加臨すれば「半開」と呼びます。刑が門にある時、もし陽星が加臨すれば「半闔」と呼び、もし陰星が加臨すれば「尽闔」(全閉)と呼びます。だから経書に言います。三甲を解する者は、いつ開きいつ闔るかを分け出すことができ、三甲を解さない者は、六甲の時は彼の目には全て閉じていて取用するところがない、と。
三氏諸書,以仲甲為刑德在門,此時主客皆不利,惟宜退藏隱伏。孟甲為陽在內,陰在外,此時利主,宜堅壁守城。季甲為陰在內、陽在外,此時利客宜提兵動眾。又以甲申庚為刑門。又注六甲之時,陽星合孟、內開外闔,合仲半開半闔,合季外開內闔。陰星合孟,內半開、外盡闔。合季外半開、內盡闔。不知何所取義,存之以備博洽之考。
李・林・陶三家の書は言います。仲甲は刑と徳が共に門にある時で、この時攻守の双方とも利せず、ただ退蔵隠伏するに宜しい。孟甲は陽気が内に・陰気が外にある時で、この時主方に利し、壁を堅くして城を守るに宜しい。季甲は陰気が内に・陽気が外にある時で、この時客方に利し、兵を提げて出動するに宜しい、と。彼らはまた甲申庚を「刑門」としました。さらに注解して言います。六甲の時、陽星が孟甲に配すれば内開外闔とし、仲甲に配すれば半開半闔とし、季甲に配すれば外開内闔とし、陰星が孟甲に配すれば内半開・外尽闔とし、季甲に配すれば外半開・内尽闔とする、と。これらの講法は取義がどこにあるかを知らず、本書の前面が刑徳在門に依って動静を定める算法とも合わないので、姑く保存して広く識る人の考訂に供します。
釈三奇得使
三奇得使者,謂得三吉門、直使加奇也。凡開、休、生加乙、丙。丁為吉門合三奇,利為百事。更得吉門作直使為得使,謀為尤利。
「三奇得使」とは、開・休・生の三つの吉門のうちの直使を得て、この直使がまた三奇の上に加臨することを言います。およそ開門・休門・生門が乙・丙・丁のいずれの奇の宮にも加われば、それは吉門と三奇の会合で、どんな事を行っても利があります。もしこの吉門がちょうどまた本旬の「直使」(当直の門)であれば、それこそ真に「得使」と呼ばれ、事を謀れば格別に順調です。
釈三奇遊六儀
三奇游六儀者,謂奇間於儀中,儀加奇、而奇復遊其儀也。左儀加奇,則奇游於右儀;右儀加奇,則奇游於左儀。乙遊己辛,丙遊戊庚,丁遊壬癸,必為當旬直符來加方是。假如陽一局,乙奇在九宮、甲午辛在四宮居右,甲戌己在二宮居左。若乙亥時,甲戌直符來加乙於九宮,則乙遊於右儀之辛;若乙未時,甲午直符來加乙於九宮,則乙遊於左儀之己,此時利為百事。若得吉門更利,丙丁仿此,左右間一宮者亦是,如陽三局乙奇是也。
「三奇遊六儀」とは、一つの奇が二つの儀の中間に挟まれ、儀がこの奇の上に加わる時、この奇がもう一方の儀の上に遊ぶことを言います。左の儀が奇に加われば、奇は右の儀に遊び、右の儀が奇に加われば、奇は左の儀に遊びます。乙は己と辛の間を遊び、丙は戊と庚の間を遊び、丁は壬と癸の間を遊びます。しかも必ず本旬の直符が加わってこそ数になります。例を挙げれば、陽遁一局では乙奇は九宮にあり、甲午辛は四宮に居ってその右側にあり、甲戌己は二宮に居ってその左側にあります。もし乙亥時に逢えば、甲戌旬の直符が九宮の乙に加わり、乙は右側のあの儀・辛に遊びます。もし乙未時に逢えば、甲午旬の直符が九宮の乙に加わり、乙は左側のあの儀・己に遊びます。この種の時辰は何の事を行っても利があり、もしさらに吉門を配すればなおよいです。丙・丁の両奇もこれに類推します。左右に一宮を隔てる情形も数に入れ、たとえば陽遁三局中の乙奇がそのようです。
釈玉女守門
玉女守門者,地盤六丁守直使之門也。甲子直符庚午時、甲戌直符己卯時、甲申直符戊子時、甲午直符丁酉時、甲辰直符丙午時、甲寅直符乙卯時,值此六時則直使遁於丁奇所在之宮,丁為玉女,故曰:玉女守門也。此時利謀秘密、陰私之事,乘玉女守門方出,人不能見。入宜營建宴會、和樂之事,若遇三奇吉門直使,又得太陰臨合地戶,宜福食遠行、出入皆吉。
「玉女守門」とは、地盤上の六丁が直使のあの門の落ちる宮を守ることを言います。具体的には六つの時辰があります。甲子旬の直符の時の庚午時・甲戌旬の直符の時の己卯時・甲申旬の直符の時の戊子時・甲午旬の直符の時の丁酉時・甲辰旬の直符の時の丙午時・甲寅旬の直符の時の乙卯時です。この六つの時辰に逢うと、直使がちょうど丁奇のある宮に遁します。丁はすなわち「玉女」なので、玉女守門と呼びます。この種の時辰は機密・陰私の事を謀るに宜しく、玉女が門を守るあの方位に乗じて出行すれば、他人にあなたが見えません。帰る時は興造・宴会・和楽の類に宜しいです。もし同時に三奇・吉門が直使となっていることに遇い、さらに太陰が合・地戸の上に臨めば、祈福・飲宴・遠行、出門も入門も吉です。
以上三格,三氏諸書,各有異同。李以甲戌、甲午為乙奇得使,甲子、甲申為丙奇得使,甲辰、甲寅為丁奇得使,林陶因之。林以甲己時丙、乙庚時辛、丙辛時乙、丁壬時己、戊癸時壬,為玉女守門時。李陶皆以玉女守門為三奇游六儀。考釣叟歌與諸說不合。歌云:吉門偶爾合三奇,值此經百事宜,更合從旁加檢點,餘宮不可有微疵,三奇得使誠堪使,六甲遇之非小補,乙逢犬馬丙鼠猴,六丁玉女騎龍虎,號為三奇游六儀,又有玉女守門時,若作陰私和合事,請君但向此中推。此十二句是承上接下,一串說來者。若從三氏以遊儀為得使,以守門為遊儀,則於歌義大相戾矣。
以上の「三奇得使」「三奇遊六儀」「玉女守門」の三つの格は、李・林・陶三家の書で説が互いに出入りがあります。李氏は甲戌・甲午を乙奇得使とし、甲子・甲申を丙奇得使とし、甲辰・甲寅を丁奇得使とし、林・陶両家は彼に沿襲しました。林氏は甲己日の丙時・乙庚日の辛時・丙辛日の乙時・丁壬日の己時・戊癸日の壬時を玉女守門の時としました。李・陶両家はまたいずれも玉女守門を三奇遊六儀としています。しかし《煙波釣叟歌》を考核すると、これらの説に皆合いません。歌に言います。「吉門偶爾合三奇、値此經百事宜、更合從旁加檢點、餘宮不可有微疵。三奇得使誠堪使、六甲遇之非小補。乙逢犬馬丙鼠猴、六丁玉女騎龍虎、號為三奇遊六儀、又有玉女守門時。若作陰私和合事、請君但向此中推。」この十二句は上を承け下に接して一気に貫串して説き降ろしたものです。もし三家のように「遊儀」を「得使」とし、「守門」を「遊儀」とすれば、歌の本意と大いに相背違します。
歌云:甲遇者,謂得使之時,復遇直使之甲加之,其吉更倍,非以遊儀為得使也。且得使遇甲,惟丙辰、丁酉二時有之,陰陽二局僅各三見:陽一局八宮,三局一宮,五局三宮,陰六局八宮,四局六宮,二局四宮,為丙奇得使遇甲;陽三局九宮,五局二宮,七局四宮,陰九局三宮,四局七宮,二局五宮,為丁奇得使遇甲。至於乙奇以及他時,則遇甲而不得使,或得使而不遇甲矣。
歌のいう「六甲遇之」とは、三奇得使の時にさらに直符の甲が加臨してくることに遇うのであり、そうすれば吉利は倍加するのであって、「遊儀」を「得使」と呼ぶのではありません。しかも得使がまた甲に遇う情形は、丙辰・丁酉の二つの時辰にだけ現れ、陰遁陽遁にそれぞれ三度だけ見えます。陽遁一局の八宮・三局の一宮・五局の三宮、陰遁六局の八宮・四局の六宮・二局の四宮、この六処は丙奇が得使してまた甲に遇うものです。陽遁三局の九宮・五局の二宮・七局の四宮、陰遁九局の三宮・四局の七宮・二局の五宮、この六処は丁奇が得使してまた甲に遇うものです。乙奇およびその余の時辰に至っては、あるいは甲に遇って得使なく、あるいは得使あって甲に遇いません。
矧經中止載遊儀、守門二格,無得使之格,若必謂遊儀為得使,是以儀為使,而不以門為使也;必謂守門為遊儀,是以門為儀,而不以甲為儀也。何則?玉女守門者,守其宮以侍直使之門,來加所遁之時也。玉女,丁奇也,既以丁奇所在之宮,守直使來加為守門,亦可謂之八門遊丁奇,奚可謂之三奇游六儀乎!至於林以甲己時丙等為守門,則尤不可解矣。
いわんや経書には「遊儀」「守門」の二つの格だけが載り、単独に「得使」の一格を立ててはいません。もし強いて遊儀をもって得使とすれば、それは儀をもって使とすることで、門をもって使としないことになります。もし強いて守門をもって遊儀とすれば、それは門をもって儀とすることで、甲をもって儀としないことになります。なぜこう言うのでしょうか。玉女守門とは、丁奇が自らのあの宮を守って、直使の門がそれの遁する処に加臨するのを待つことです。玉女とはすなわち丁奇です。すでに丁奇のある宮をもって直使の加臨を守候して守門と称するのであるから、それならば「八門遊丁奇」と呼んでも差し支えないのに、どうして「三奇遊六儀」と呼ぶことができましょうか。林氏が甲己日の丙時の類をもって守門とするに至っては、いっそう理に通じません。
且三奇游六儀,惟陽一局、陰九局九見,陽一四七局、陰八六三局惟丙奇見,陽三六九局、陰七四一局,惟乙奇見。其訣以一奇間於二儀之中,如天盤左儀直符加奇,則其奇游於右儀;右儀直符加奇,則其奇游於左儀。故曰:乙逢犬馬、丙鼠猴,六丁玉女騎龍虎也。若依陶氏定圖,每一時以奇儀順序一易,則天盤與地盤異矣,又將何據以為得使乎。
さらに言えば、三奇遊六儀の格は、陽遁一局と陰遁九局にだけ三奇が具わって合わせて九度見えます。陽遁一・四・七局と陰遁八・六・三局には、丙奇遊儀だけが見えます。陽遁三・六・九局と陰遁七・四・一局には、乙奇遊儀だけが見えます。その口訣は、一つの奇が二つの儀の中間に挟まれ、天盤上の左の儀が直符となって奇に加われば、この奇は右の儀に遊び、右の儀が直符となって奇に加われば、この奇は左の儀に遊ぶというものです。だから歌訣に「乙逢犬馬、丙鼠猴、六丁玉女騎龍虎」と言います――乙奇は甲戌(犬)・甲午(馬)に遇い、丙奇は甲子(鼠)・甲申(猴)に遇い、丁奇は甲辰(龍)・甲寅(虎)に遇います。もし陶氏のあの固定図に照らせば、一時辰を過ぎるごとに奇儀が全体で一格ずつ動き、天盤は地盤と相応じなくなり、また何をもって得使を判定できるでしょうか。
釈迫
迫者,門制其宮也。開門臨三、四宮,休門臨九宮,生門臨一宮,景門臨六、七宮,傷、杜二門臨二、八宮,死門臨一宮,驚門臨三、四宮,凡此為迫,不利諸事。經云:吉門被迫,吉事成凶;凶門被迫,凶災愈甚。值此惟宜安靜、不宜舉動。
「迫」とは、門がそれの臨むあの宮を剋することです。具体的にはこのような種類があります。金に属する開門が三宮・四宮に臨む(金剋木)、水に属する休門が九宮に臨む(水剋火)、土に属する生門が一宮に臨む(土剋水)、火に属する景門が六宮・七宮に臨む(火剋金)、木に属する傷門・杜門が二宮・八宮に臨む(木剋土)、土に属する死門が一宮に臨む(土剋水)、金に属する驚門が三宮・四宮に臨む(金剋木)――これらを皆「門迫」と呼び、何の事を行っても利がありません。経書に言います。吉門がもし迫されれば、もとの吉事は凶に変わり、凶門がもし迫されれば、凶災はいっそう深重であると。この情形に遭えば、ただ安静にするに宜しく、挙動すべきではありません。
釈五不遇時
五不遇時者,時干剋日干也。凡值此時,諸事不利。經曰:時干剋日有災厄,甲日從午逆數之,若到戌亥便越過,萬事如逢俱不宜。其法以庚加午逆行,越過戌亥,為時之定局。次以日干甲從庚上逆數其下,即本日五不遇時也。凡十干環列,順數七干,逆數五干,皆克第一干。順數者,止論其干,故名七殺;逆數者,合論其干支,故曰:五不遇時。
「五不遇時」とは、用いる時辰の天干が当日の日干を剋することです。およそこの種の時辰に逢えば、何の事を行っても利がありません。経訣に言います。「時干剋日有災厄、甲日従午逆数之、若到戌亥便越過、万事如逢倶不宜。」その算法は、庚を午の上に安じ、地支を逆に遡って数え、戌・亥の二支に数え至った時は跳び越して用いず、こうして一つの固定の時支盤を排します。それから当日の日干(たとえば甲)を取って庚字のあの格から起こり、下へ逆数して、数え至ったあの時辰が当日の五不遇時です。おおよそ十の天干を一圈に排すれば、ある干から順に数えて七番目の干、逆に数えて五番目の干が、いずれも一番目の干を剋することができます。順数のは天干だけを論ずるので「七殺」と呼び、逆数のは干と支を連ねて合わせて論ずるので「五不遇時」と呼びます。
釈奇墓奇制与日時干墓同凶
奇墓者,乙奇臨二宮,丙奇、丁奇臨六宮也。二宮藏未,六宮藏戌,乙木墓於未,丙丁火墓於戌,故乙奇墓二、丙丁墓六也。墓則氣絕,不利舉動,動即有凶,合奇門半吉。奇制者,乙奇臨六、七宮,木制於金;丙丁奇臨一宮,火制於水也。三奇受制,占與墓同。蓋奇為尊甲而設,臨於墓制,則甲己無輔,故為凶也。乙未、丙戌、丁丑三日時,謂之日時干三奇入墓,其凶與墓制同。凡戊辰、壬辰、己未、癸未、辛丑五時,為時干入墓,不可用,以干囚於支也。舊本有戊、丙戌、丁、己丑四時,無戊辰、己未、辛丑三時,今改正之。
いわゆる「奇墓」とは、乙奇が坤二宮に臨み、丙奇・丁奇が乾六宮に臨むことです。坤二宮の中には未を蔵し、乾六宮の中には戌を蔵します。乙木は未を墓庫とし、丙丁火は戌を墓庫とするので、乙奇の入墓は二宮にあり、丙丁の入墓は六宮にあります。入墓はすなわち気絶で、挙動するに利せず、一動あれば凶があります。たとえ吉門を配しても、半吉と算するだけです。いわゆる「奇制」とは、乙奇が六宮・七宮に臨み、木が金に制されること、丙奇丁奇が一宮に臨み、火が水に制されることです。三奇が一たび制せられれば、占断は入墓と同じです。三奇はもともと甲を尊崇するために設けられたので、一たび墓地または受制の地に落ちれば、甲は輔佐を失い、だから凶となるのです。乙未・丙戌・丁丑の三つの日辰または時辰を日時干三奇入墓と呼び、凶険の程度は入墓受制と同じです。このほか戊辰・壬辰・己未・癸未・辛丑の五つの時辰は時干入墓に属し、取用することはできません。天干が自ら坐する地支に囚われるからです。旧本に列挙したのは戊・丙戌・丁・己丑の四つの時辰で、戊辰・己未・辛丑の三つがありませんでしたが、今はこれを改正します。
釈六儀撃刑
刑者,子刑卯、戌刑未、申刑寅、午刑午、辰刑辰、寅刑巳也。甲子戊儀加三宮,甲戌己儀加二宮,甲申庚儀加八宮,甲午辛儀加九宮,甲辰壬儀、甲寅癸儀加四宮,為擊刑。以三宮藏未,八宮藏寅,九宮藏午,四宮藏辰巳也。凡值此時最凶,不宜舉動百事,強有出者,車破馬傷,兵敗將殺。一本甲戌加八宮,甲申加四宮,甲寅加二宮亦是。
ここにいう「刑」とは、子が卯を刑し、戌が未を刑し、申が寅を刑し、午が自刑し、辰が自刑し、寅が巳を刑することです。この規矩に拠れば、甲子戊という儀が三宮(震卯)に加わり、甲戌己が二宮(坤の中に未を蔵す)に加わり、甲申庚が八宮(艮の中に寅を蔵す)に加わり、甲午辛が九宮(離の中に午を蔵す)に加わり、甲辰壬と甲寅癸が四宮(巽の中に辰巳を蔵す)に加わるのを「六儀撃刑」と呼びます。このようになる所以は、三宮が卯にあり、二宮が未を蔵し、八宮が寅を蔵し、九宮が午を蔵し、四宮が辰と巳を蔵して、旬首の地支がちょうどこれらの宮位に刑するからです。およそこの種の時辰に逢えば最も凶険で、百事すべて挙動に宜しからずです。強いて出行すれば、車は毀れ馬は傷つき、兵は敗れ将は亡びます。別に一種の本は甲戌が八宮に加わり、甲申が四宮に加わり、甲寅が二宮に加わるのも撃刑と算します。
釈遊三避五
三五者,生死二氣順逆之通名也。其法有二時:一日遊避時,以十二支環列,日後三辰為生氣,日前五辰為死氣,謂逆三時干生日干,順五時干受日干之克也。一符遊避時,以十干環列,取符前三干為生氣,符後五干為死氣,謂逆五時干克符干,順三時干受符干之生也。凡生氣所在之方,不合奇門,亦宜遊;死氣所在之方,即合奇門,亦宜避。故曰:遊三避五。
「三」と「五」は、生気と死気という二つの気を順推逆推する通称です。算法は二種に分かれます。一つは「日遊避時」で、十二地支を一圈に排し、当日の日支から後へ数えて第三辰が生気、前へ数えて第五辰が死気です――意味は、逆に数えて三位の時干が日干を生じることができ、順に数えて五位の時干が日干の剋を受けるということです。もう一つは「符遊避時」で、十の天干を一圈に排し、直符の干の前の第三の干を生気とし、後の第五の干を死気とします――意味は、逆に数えて五位の時干が直符の干を剋し、順に数えて三位の時干が直符の干の生を受けるということです。およそ生気のある方位は、たとえ奇門の会合がなくても、そこに向かうべきであり(遊)、死気のある方位は、たとえ奇門の会合がよくても、それを避けるべきです(避)。だから「遊三避五」と呼びます。
李氏以三為震三宮,五為寄坤之五宮,謂震為木生之位,坤為死門之鄉,凡六甲直符,宜遊震避坤也。林氏以直符加丙為遊三,加戊為避五,謂丙受甲生,戊受甲克也。陶氏以冬至後,天乙直使在一二三四為行陽,六七八九為行陰;夏至後,天乙直使在九八七六為行陽,四三二一為行陰。冬至後,自九至一,中分五之南為陽,五之北為陰;夏至後,自一至九,中分五之北為陽,五之南為陰。謂陰陽二使,各行半道,利害難分,故有避五之義也。
李氏は「三」を震三宮と解し、「五」を坤宮に寄せた中五宮と解し、震は木の生を得る位・坤は死門の郷だと言います。だからおよそ六甲が直符となる時は、皆震宮に向かい坤宮を避けるべきだと。林氏は直符が丙に加わるのを「遊三」、戊に加わるのを「避五」とし、その理由は丙が甲の生を受け、戊が甲の剋を受けるということです。陶氏はまた言います。冬至以後は、天乙直使が一・二・三・四宮を走るのを陽を行くとし、六・七・八・九宮を走るのを陰を行くとします。夏至以後は、直使が九・八・七・六宮を走るのを陽を行くとし、四・三・二・一宮を走るのを陰を行くとします。冬至以後は九から一に数え、中五を界として、五の南辺を陽・北辺を陰とします。夏至以後は一から九に数え、中五を界として、五の北辺を陽・南辺を陰とします。彼は陰陽両使がそれぞれ半分の道を走り、利害が分かれ難いので、「避五」の説があるのだと言います。
愚謂奇門以尊甲立義,要使甲不受制,然後為尊甲也。林氏避五雖非古義,然猶未違尊甲之旨,但不知三五有順逆耳。若李氏以六甲直符、宜遊震避坤,則是凡百舉動,皆由正東而避西南矣。且甲子直符臨震宮名擊刑,陰局中五寄艮宮得生門,不又為遊刑避生乎。至於陶氏利害難分之說,則溺於飛掌,更謬於二氏矣。
私が思うには、奇門は「尊甲」に義を立て、必ず甲が克制を受けないようにしてこそ尊甲と称するに足ります。林氏の避五は古義に合いませんが、むしろまだ尊甲の宗旨に背いてはおらず、ただ三と五にそれぞれ順逆の二種の数法があることを知らなかっただけです。李氏のいう、六甲が直符となる時は皆震宮に向かい坤宮を避けるべきだという説に至っては、それでは一切の挙動はすべて正東から行き、西南を皆避けなければならないではありませんか。いわんや甲子が直符となって震三宮に臨むのは、まさに「六儀撃刑」の凶格であり、陰遁局の中では中五が艮宮に寄せてちょうど生門を得ます。彼の办法に照らせば、かえって刑の地に向かい、生門を避けてしまいます。陶氏のいわゆる利害難分の説に至っては、「飛掌」の一路に陥っていて、前の二家よりも錯誤がはるかに甚だしいです。
釈反吟伏吟
反吟者,反覆不能寧處而呻吟也。凡星門各有定位,若加臨於對沖之位,即為反吟,如蓬加英、休臨景是也。伏吟者,伏匿不能變動而呻吟也。凡星門各加臨於本位,即為伏吟,如蓬加蓬、休加休是也。如值二吟,若得太陰合奇門蓋之,其凶減半。伏時宜收斂貨財、隱匿什物;反時宜發散財貨,分給倉廩。凡值二吟,不利舉動。
「反吟」とは、反復して安寧を得ず呻吟することです。九星八門にはそれぞれ本位があり、もし本位と正しく冲対する宮に加臨すれば、それを反吟と呼びます。たとえば天蓬が天英の位置に加わり、休門が景門の位置に臨むようなものです。「伏吟」とは、伏蔵隠匿して変動することができず呻吟することです。九星八門がそれぞれ自らの本位に加臨すれば、それを伏吟と呼びます。たとえば天蓬が天蓬に加わり、休門が休門に加わるようなものです。もしこの二種の「吟」に遭っても、太陰と三奇吉門を相配して遮り覆うことを得れば、凶険は半減します。伏吟に逢う時は財銭を収斂し、家什器物を蔵しておくに宜しく、反吟に逢う時は財貨を散放し、倉を開いて他人に分けるに宜しいです。要するにこの二種の格に遇えば、いずれも挙動するに利せずです。
陶氏圖中,有時干而無遁宮,故反伏二吟,支離舛謬,已不足論。但謂六甲序為伏吟,則於三甲闔闢之義不蔽,更屬荒唐。夫奇門之所以必遁其甲者,蓋主靜以立人極之意也。是以六甲之時,符使各安其位,定而能靜,謂之遁甲,不為伏吟。甲遁之後,奇儀用事,符使分宮,則星不得不動,以加所用之時干;門不得不動,以臨所遁之時支。惟其動也,而後加臨對宮,有反覆不寧之悔;加臨本宮,有伏匿不變之悔。悔者,悔其忘動,故曰反吟、伏吟。若以六甲序為伏吟,是以靜而致悔矣,豈遁甲之旨也耶。
陶氏の図には時干だけあって遁宮がないので、彼の反吟・伏吟の説は支離滅裂・錯謬百出で、もともと一駁に値しません。しかし彼が六甲の順次帰位をも伏吟と算するのは、「三甲」の一開一闔の道理を完全に遮蔽してしまい、いっそう荒唐です。奇門が必ず甲を隠遁させるのは、もともと「主静をもって人道の極を立つ」意を取ったからです。したがって六甲が当直の時、直符と直使はそれぞれ本位に安んじ、安定して静かであり、これこそ「遁甲」と呼ぶのであって、伏吟とは算しません。甲が遁蔵した後、三奇六儀が事を用うるようになり、符と使は分かれて各宮に居ります。ここにおいて星は動かざるを得ず、行って用いる時辰の天干に加臨し、門は動かざるを得ず、行って遁する時辰の地支に臨みます。まさに動いたからこそ、冲対の宮に加臨すれば反復不寧の悔いが有り、本宮に加臨し帰れば伏匿不変の悔いが有ります。いわゆる「悔」とは、自らの妄動を悔いるので、反吟・伏吟と呼ぶのです。もし六甲がそれぞれ本位に帰るのをも伏吟とすれば、それは静のために悔を生ずることになり、どうして遁甲の本旨でありましょうか。要点はここにあります。伏吟反吟はいずれも「動」から出た過失であり、六甲の安位は静に属し、静は責めるべきでないので、算内に入れません。
嘗考六十時中,星伏惟六時:甲子值符戊辰時,甲戌直符己卯時,甲申直符庚寅時,甲午直符辛丑時,甲辰直符壬子時,甲寅直符癸亥時,此陰陽二局星伏之定時也。凡六癸時為門伏,陰陽二局皆同。惟禽星直符多一庚時,任星、芮星直符多一丁時。
私がかつて考核したところでは、六十の時辰の中で、九星伏吟となるのはただ六つの時辰です――甲子旬が直符の時の戊辰時、甲戌旬が直符の時の己卯時、甲申旬が直符の時の庚寅時、甲午旬が直符の時の辛丑時、甲辰旬が直符の時の壬子時、甲寅旬が直符の時の癸亥時です。これは陰遁陽遁両局中の星伏の固定時辰です。八門伏吟に至っては、およそ六つの癸時はすべてそれで、陰遁陽遁に異同はありません。ただ天禽が直符となる時は庚時が一つ多く出、天任・天芮が直符となる時は丁時が一つ多く出ます。
如禽星直符陽一局庚戌時、二局庚子時、三局庚寅時、四局庚辰時、五局庚午時、九局庚申時死門伏;陰九局庚戌時、八局庚子時、七局庚寅時、六局庚辰時、五局庚午時、一局庚申時,生門伏。芮星直符陽一局、任星直符陰九局、丁丑時;陽二、陰八丁卯時,陽六陰四丁巳時,陽七、陰三丁未時,陽八、陰二丁酉時,陽九、陰一丁亥時,陽局死門伏,陰局生門伏。此門伏之定時也。反吟取沖,頭緒煩多,不能悉載,故未考定,於局中見之。
例を挙げて言えば、天禽が直符となる時、陽遁一局の庚戌時・二局の庚子時・三局の庚寅時・四局の庚辰時・五局の庚午時・九局の庚申時は、いずれも死門伏吟です。陰遁九局の庚戌時・八局の庚子時・七局の庚寅時・六局の庚辰時・五局の庚午時・一局の庚申時は、いずれも生門伏吟です。天芮が直符(陽遁一局)・天任が直符(陰遁九局)の時の丁丑時、陽二局と陰八局の丁卯時、陽六局と陰四局の丁巳時、陽七局と陰三局の丁未時、陽八局と陰二局の丁酉時、陽九局と陰一局の丁亥時――これらの時辰は、陽遁局では死門伏吟、陰遁局では生門伏吟です。以上が門伏の固定時辰です。反吟に至っては冲対を取って推さなければならず、頭緒があまりに繁雑で、一一に載録することができないので、ここでは考定せず、読者は排した局中に自らそれを見るでしょう。
釈天輔時与五合時同吉異理
天輔時者,甲子、甲戌、甲申、甲午、甲辰、甲寅時也。此六時符使未分、奇儀安位,惟天乙貴人輔甲而遁,故曰天輔時。經云:天輔之時,有罪無疑,斧鉞在前,天猶赦之。謂甲為青龍,貴人乘龍,萬神呵護,攝伏諸凶,故為吉也。凡值此時,宜雪冤理枉,解紛釋難,諸事皆吉。五合時者,時與日之干相合也。甲己相合、乙庚相合、丙辛相合、丁壬相合、戊癸相合為五合。凡值此時,吉神用事,凶煞退藏,故其吉與天輔時同。宜謀為和合、隱秘諸事,不宜雪理解釋,故曰:同吉異理。
「天輔時」とは、甲子・甲戌・甲申・甲午・甲辰・甲寅の六つの旬首の時を指します。この六つの時辰は直符と直使がまだ分かれておらず、三奇六儀は皆本位に安んじ、ただ天乙貴人だけが甲を輔佐して共に隠遁しているので、天輔時と呼びます。経書に言います。「天輔之時、有罪無疑、斧鉞在前、天猶赦之。」意味は、甲は青龍であり、貴人は龍に乗り、万神が呵護して各種の凶煞を鎮伏したので、吉であるということです。およそこの種の時辰に逢えば、冤屈を申雪し、枉案を平反し、糾紛を排解し、危難を化解するに宜しく、何をしても吉です。「五合時」とは、用いる時辰の天干が当日の日干と合することです。甲と己が合、乙と庚が合、丙と辛が合、丁と壬が合、戊と癸が合、これが五合です。およそ五合の時に逢えば、吉神が権を当り凶煞は退蔵するので、その吉利は天輔時に相当します。ただ五合は和合を謀り、隠秘の事を行うに宜しく、申冤理訟に用いるには宜しくありません。だから両者は「同じく吉であって理は異なる」と言います。
林氏以五合時為天輔時,謂五合吉時,對五不遇凶時也。陶氏以六丁為天輔時,謂丁為甲之正生,庚之正克也,能制庚輔甲也。又云:若以甲為天輔時,有犯三甲開闔,必丁是而甲非。不知三甲開闔,謂當陰刑陽德之時,星符加臨,有陰陽開闔之分也。如不當刑德,則陽星加時為開,陰星加時為闔,與丁何與。
林氏は五合時をもって天輔時とし、五合は吉時で、ちょうど五不遇という凶時と相対すると言います。陶氏は六つの丁時をもって天輔時とし、丁は甲の正生する所(木生火)であり、また庚の正剋するところ(火剋金)で、庚を制して甲を輔助できると言います。彼はさらに言います。もし甲時をもって天輔時とすれば、三甲の開闔の忌に触れるので、必ず丁が正しく甲が誤りだと。彼は実は理解していません。三甲の開闔とは、陰刑・陽徳の時に遭った時に星符が加臨してはじめて陰陽開闔の区別が出るので、もし刑徳の位に当たらなければ、一様に陽星が時に加われば開、陰星が時に加われば闔で、これは丁と何の関係がありましょうか。
釈天網
天網時者,八門臨伏之時,即癸酉、癸未、癸巳、癸卯、癸丑、癸亥六時也。凡百出入,皆由於門,八門臨伏,如張網於門,出入見罹,故曰天網。如值此時,諸事不利,惟逃亡隱伏,出其方,人不能獲。然網有高低,出有俯仰,非可造次。凡急難避匿時,視天上癸臨何宮:臨四宮為入墓,不宜出;臨一二三宮為低,臨六宮為觸冠,不宜出;臨七八九宮為高。高時以左手食指掩人中,仰面踽步而去;低時以兩臂負刀,俯身匍匐而去,俱至六十步外,坦行無疑。
「天網時」とは、八門伏吟の時辰、即ち癸酉・癸未・癸巳・癸卯・癸丑・癸亥の六つの時辰です。人の一切の出入は皆門を経なければなりません。八門が一たび伏すれば、門口に網を張ったようで、出る者も入る者も皆罩えられるので、天網と呼びます。この種の時辰に逢えば百事利せず、ただ逃亡隠匿だけは用いられます。天網のある方から出れば、他人はあなたを捕らえられません。ただ網には高い低いがあり、出る時もそれに応じて仰身または俯身しなければならず、軽率にしてはなりません。およそ急難に遭って身を蔵そうとする時、まず天盤上の癸がどの宮に落ちているかを見ます。四宮に落ちれば入墓で、出るに宜しからず。一・二・三宮に落ちれば網低と算し、六宮に落ちれば触冠と算し、いずれも出るに宜しからず。七・八・九宮に落ちれば網高と算します。網高の時は、左手の食指をもって人中を按じ、顔を仰げてゆっくり独りで行き去ります。網低の時は、両臂に刀を反背して、身を俯せて匍匐して行きます。二種の走法はいずれも六十歩以外まで行かなければならず、その後は坦然として前行し、もはや顧慮は要りません。
凡癸亥時為天網四張,東西南北,皆無路可出,惟陽九局、陰一局有之。經曰:天網四張,萬物盡傷,強有出者,必罹其殃。凡值此時,只宜安靜,不可妄動。
およそ癸亥時を「天網四張」と呼び、東南西北の四面に出られる路がなく、この情形は陽遁九局と陰遁一局にだけ現れます。経書に言います。「天網四張、万物盡傷、強有出者、必罹其殃。」意味は、四面に網を張る時は万物が皆傷を受け、強いて出る者は必ず禍を罹るということです。この種の時辰に逢えば、ただ安らかに静かにしているに宜しく、軽挙妄動してはなりません。
三氏俱以癸臨之下為天網時,凡甲寅值符,十時皆不可用;若在八九之宮,謂之四張,此時尺數高,任其往來,其說謬甚。夫既謂之四張,則無路可出矣,又從何處往來?且甲寅為天輔時,甲加丙為朱鳥跌穴時,戊午、己未、庚申、辛酉、壬戌五時,直使同臨,為天乙持衡時。而陽一二三五局,陰二四六局,皆吉門直使;此六局丙辰時,又為丙奇得使,遇甲最為難得之時,豈可概以為天網時乎!
李・林・陶三家は皆癸の臨む宮の下を一概に天網時と算し、およそ甲寅旬が直符の時、その十の時辰は皆用いられず、もし癸が八宮・九宮に落ちれば四張と呼び、この時網の尺数は高く、随意に往来できると言います。この説は誤りが甚だしいです。すでに「四張」と呼ぶ以上、それは出る路がないことで、どこから往来するのでしょうか。いわんや甲寅はもともと天輔時であり、甲が丙に加わるのはまた朱雀跌穴の時です。戊午・己未・庚申・辛酉・壬戌の五つの時辰は、直使と直符が同じく一宮に臨み、「天乙持衡時」と呼ばれます。しかも陽遁一・二・三・五局と陰遁二・四・六局では、これらの時辰の直使は皆吉門であり、この六局中の丙辰時は、また丙奇が得使して甲に遇う、最も得難い好時です。どうして一概に天網時と言うことができましょうか。
釈貪合受制
貪合受制者,庚貪乙合,受制於丙丁也。凡金木氣旺時,元首臨其位,則乙庚合於二氣交會之宮,而為丙丁所制,故三奇用而六甲尊,此可以觀聖人乘時之妙矣。局法冬至以後,木氣旺,後天三為木位,故陽局甲子起三宮,則乙庚合於西南,而丁即窺於南,丙即伺於北。夏至以後,金氣旺,後天七為金位,故陰局甲子起七宮,則乙庚合於東北,而丁即窺於北,丙即伺於南。故曰:庚貪乙合,而受制於丙丁也。
いわゆる「貪合受制」とは、庚が乙と相合することを貪って、それによって丙・丁に制されることです。およそ金気木気が正に旺の時、旬首(元首)があの位置に臨むと、乙と庚は金木二気の交わる宮に合し、同時にまた丙丁両火に制され、ここにおいて三奇が作用を発揮し六甲が尊崇され得ます――ここから古聖人の時に因って宜を制する巧妙さが見えます。局法に就いて論ずれば、冬至以後は木気が旺で、後天卦の震三宮は木位なので、陽遁局の甲子は三宮に起こります。こうすれば乙庚は西南方に合し、丁は南面に窺伺し、丙は北面に守候します。夏至以後は金気が旺で、後天卦の兌七宮は金位なので、陰遁局の甲子は七宮に起こります。こうすれば乙庚は東北方に合し、丁は北面に窺伺し、丙は南面に守候します。だから言います。庚は乙と合することを貪って、結局反って丙丁に制せられると。
陶氏定圖,五還中宮,故陽三陰七,無乙庚之合。且謂古法,禽芮同宮,五二莫辨,是獨指陽遁說矣。若兼陰陽總說,何以不言禽任同宮,五八亦莫辨乎。近見作十八圖活局者,亦以五專寄坤。注曰:水土生於申,申寄坤,故土亦寄坤,則又星家之誤矣。
陶氏の定めた図は中五を依然として中宮に置き戻したので、彼の陽三局・陰七局には乙庚相合という事がありません。彼はまた古法が天禽と天芮を同一宮に処するのを批評し、五宮二宮が分別できないと言います――これはただ陽遁に就いて言うだけです。もし陰遁陽遁を合わせて言うなら、なぜ併せて天禽と天任の同宮を批評せず、五宮八宮も分別できないと言わないのでしょうか。近ごろまた十八図の活局を作る者がいて、一律に中五を坤宮に寄せ、注解に「水土の長生は申にあり、申は坤に属すので、土もまた坤に寄す」と言い、これはまた星命家の錯誤の説です。
釈天将陰陽干支所属
天將者,貴人、螣蛇、朱雀、六合、勾陳、青龍、天空、白虎、太常、元武、太陰、天后也。此十二神應乎天干,故曰天將,即日將也。求將之訣:始子申、終未丑,避魁罡,不沖首,干取合,用惟九,陰陽分、順逆數。又訣:干宮甲子申,支分干不分,此是納甲法;支始干、干終坤,日干尋納合,支上貴人生。
「天将」とは、貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后の十二位を指します。この十二神は十の天干と相応するので天将と呼び、即ち六壬のいう「日将」です。天将を推求する口訣は、起頭は子(陽貴)または申(陰貴)を用い、收尾は未と丑に落ちます。魁・罡の二支を避け、起首の支と相冲するあの支も用いません。天干はその合神を取り、実際に用いられるのは九支だけです。陰貴陽貴はそれぞれ一套に分かれ、一順一逆それぞれ数えて行きます。もう一つの口訣は言います。乾宮は甲を納しまた子(陽)を納し、申(陰)を納し、地支は陰陽を分けるが天干は分けず、これが「納甲」の法です。地支は乾宮から起こり、天干は坤宮に収まり、当日の日干を用いてその合神を求め、合神の納するあの支の上が貴人の起処です。
其法以干、坤、艮、兌,坎、離、震、巽環列。以十干甲起於干,一卦一干,納至辛,止於巽。又納壬於干,癸於坤,則乾坤各納二干,故曰:乾納甲壬、坤納乙癸,艮納丙、兌納丁、坎納戊、離納己、震納庚、巽納辛也。陽局求貴人入宮,先用納甲,如序順列,次以十二支除去沖首及魁罡三支。陽貴支以子為首,午沖子,罡在辰、魁在戌,去午辰戌三支不用,餘九支。以子納於干之甲下,一卦一支,順納至亥,仍納於干之壬下,則干納壬亥甲子,坤納乙癸丑,艮納丙寅,兌納丁卯,坎納戊己,離納己未,震納庚申,巽納辛酉,為陽貴入宮之定卦。
具体的な排法は、乾・坤・艮・兌・坎・離・震・巽の八卦をこの次序で一圈に排します。十の天干は甲から起こり、乾宮に安じ、一卦に一干を配して辛に至ると巽宮に落ちます。それからまた壬を乾宮に配戻し、癸を坤宮に配し、こうして乾坤両卦はそれぞれ二つの干を納します。だから言います。乾は甲と壬を納し、坤は乙と癸を納し、艮は丙を納し、兌は丁を納し、坎は戊を納し、離は己を納し、震は庚を納し、巽は辛を納すると。陽遁局中に貴人の宮入を求めるには、まず上の納甲順序で排列し、それから十二地支を取って起首の支と相冲する一支と魁・罡の二支を除きます。陽貴は子を首とし、午は子と相冲し、天罡は辰に・河魁は戌にあるので、午・辰・戌の三支を除いて用いず、九支が残ります。子を乾宮の甲の下に安じ、一卦に一支を配して順に排して亥に至ると、また乾宮の壬の下に帰ります。こうして乾宮は壬亥・甲子、坤宮は乙癸丑、艮宮は丙寅、兌宮は丁卯、坎宮は戊巳、離宮は己未、震宮は庚申、巽宮は辛酉となり、これが陽貴入宮の固定卦位表です。貴人を查する時はこの表に照らして宮を認め、臨時にまた排する必要はありません。
凡陽局用貴,以日干尋納甲合神,本日貴人,即起於合神所納之支。如甲戊庚三日,求貴人所起:甲與己合,己為甲之合神;戊與癸合,癸為戊之合神;庚與乙合,乙為庚之合神,即尋己癸乙三干,納在何卦。離納己、己納未,則甲日貴人起於未;坤納乙癸,乙癸同納丑,則戊庚貴人起於丑是也。冬至以後,皆用此局。
およそ陽遁局で貴人を用いるには、当日の日干を取って納甲におけるその合神を求め、当日の貴人は便ち合神の納するあの地支の上に起こります。たとえば甲日・戊日・庚日で貴人の起処を求めるには、甲と己が相合するので己は甲の合神、戊と癸が相合するので癸は戊の合神、庚と乙が相合するので乙は庚の合神です。そこで己・癸・乙の三つの干がそれぞれどの卦に納されているかを查します。離宮は己を納し、己の下に納するのは未なので、甲日の貴人は未に起こります。坤宮は乙と癸を納し、乙癸の下に納するのは丑なので、戊日・庚日の貴人は丑に起こります。冬至から夏至のこの半年は、一様にこの一套の陽貴を用います。
陰局求貴人入宮,先用納甲,如序逆列,次以十二支,除去沖首及魁罡三支不用。陰貴支以申為首,寅沖申,魁罡在戊辰,去寅戌辰三支不用,餘九支。以申納於干之甲下,一卦一支,逆納至酉,仍納於干之壬下,則干納壬酉甲申,坤納乙癸未,艮納丙午,兌納丁己,坎納戊卯,離納己丑,震納庚子,巽納辛亥,為陰貴入宮之定卦。凡陰貴用局,以日干尋納甲合神,本日貴人即起於合神所納之支。如甲戊庚三日,求貴人所起:甲合神己納於離,丑納於己,則甲日貴人起於丑;戊合神癸,庚合神乙,乙癸納於坤,未納於乙癸,則戊庚二日,貴人起於未是也。夏至以後皆用此局。
陰遁局で貴人の宮入を求めるにも、やはりまず納甲に拠りますが、次序は逆に排します。それから十二地支を取って起首の支と相冲する一支と魁・罡の二支を除きます。陰貴は申を首とし、寅は申と相冲し、河魁と天罡は戌・辰にあるので、寅・戌・辰の三支を除いて用いず、九支が残ります。申を乾宮の甲の下に安じ、一卦に一支を配して逆に排して酉に至ると、また乾宮の壬の下に帰ります。こうして乾宮は壬酉・甲申、坤宮は乙癸未、艮宮は丙午、兌宮は丁巳、坎宮は戊卯、離宮は己丑、震宮は庚子、巽宮は辛亥となり、これが陰貴入宮の固定卦位表です。およそ陰遁局で貴人を用いるにも、同じく日干を取って納甲の合神を求め、当日の貴人は便ち合神の納するあの支に起こります。たとえば甲・戊・庚の三日で貴人の起処を求めるには、甲の合神は己で、己は離宮に納し、離宮の下に納するのは丑なので、甲日の貴人は丑に起こります。戊の合神は癸、庚の合神は乙で、乙癸は皆坤宮に納し、坤宮の下に納するのは未なので、戊日・庚日の貴人は未に起こります。夏至から冬至のこの半年は、一様にこの一套の陰貴を用います。陰貴と陽貴の卦位次序がちょうど一順一逆であることが見え、両表を対照して覚えれば混同しにくいです。
或曰:八卦納十干,奈何獨稱納甲?蓋乾納甲壬二干,陰陽貴人支首,皆納於干之甲下,恐悞納於壬,故稱納甲以儆之也。曰:陽貴支以子為首是矣,陰貴支以申為首,何義也?蓋先天坤在子,後天坤在申,故用子申為首也。何以從坤而不從干也?先陰後陽之理也。陰極則陽生,陽生而萬物生,故從坤則機生;陽極則陰生,陰生而萬物息,故從干則機息矣。不觀兒在母腹乎?母呼亦呼,母吸亦吸,寂然不動者,息機於陰也;及其生也,口力的一聲,則機生於陽矣。故曰:天地再造,必先有陰、而後有陽也。
ある人が問います。八卦が十の天干を分納するのに、なぜ単独に「納甲」と呼ぶのでしょうか。答えます。乾宮は甲・壬の二つの干を兼納し、しかも陰貴・陽貴の起首のあの支は皆乾宮の甲の下に安じなければなりません。人が誤って壬の下に安じることを恐れたので、わざわざ「納甲」の二字を標出して注意を喚起したのです。また問います。陽貴が子を首とするのは通じますが、陰貴はなぜ申を首とするのでしょうか。答えます。先天卦の坤は子位にあり、後天卦の坤は申位にあるので、子と申を取って起首としたのです。さらに問います。なぜ坤に依って乾に依らないのでしょうか。これは先に陰があり後に陽がある道理です。陰が極まれば陽を生じ、陽が一たび生じれば万物が生ずるので、坤から起これば生機が発動します。陽が極まれば陰を生じ、陰が一たび生じれば万物が止息するので、乾から起これば生機が止息します。胎児が母腹の中にいる情形を見てください。母が呼べば彼も呼し、母が吸えば彼も吸い、寂然として動かないのは、生機が陰に止息しているのです。出生を待って、哇の一声哭き出せば、生機は陽から発動します。だから言います。天地が新たに造化する時、必ず先に陰があり後に陽があると。
陽貴立成歌曰:甲羊戊庚牛,己鼠乙尋猴,丙雞丁豬位,壬兔癸蛇游,辛從虎上起,陽貴順相求。陰貴立成歌曰:甲牛戊庚羊,乙鼠己尋猴,丙豬丁雞位,壬蛇癸兔遊,辛從馬上起,陰貴逆推求。
ここでは記憶しやすい二つの出来合いの口訣を挙げ、前に推算した結果をそのまま表にして、生肖をもって地支を代指します。前の一首は陽貴人を講じます。甲日の貴人は未にあり、戊日と庚日は丑にあり、己日は子にあり、乙日は申にあり、丙日は酉にあり、丁日は亥にあり、壬日は卯にあり、癸日は巳にあり、辛日は寅にあります。これによって貴人を起こした後、十二位の天将は時計回りの方向に排布します。後の一首は陰貴人を講じます。甲日の貴人は丑にあり、戊日と庚日は未にあり、乙日は子にあり、己日は申にあり、丙日は亥にあり、丁日は酉にあり、壬日は巳にあり、癸日は卯にあり、辛日は午にあります。貴人を起こし終えた後、十二位の天将は反時計回りの方向に排布します。冬至から夏至のこの半年は上の一首を用い、夏至から冬至のこの半年は下の一首を用います。
釈地将順逆気支所属
地將者:神后、大吉、功曹、太沖、天罡、太乙、勝光、小吉、傳送、從魁、天魁、登明也。此十二神應乎地支,故曰地將,即月將也。求將之訣:神后子起、登明亥止,以亥逆纏,娵訾、雨水,月月氣足,一將一出,將加正時,吉凶可卜。
「地将」とは、神后・大吉・功曹・太冲・天罡・太乙・勝光・小吉・伝送・従魁・天魁・登明の十二位を指します。これらは十二地支に相応するので地将と呼び、即ち六壬のいう「月将」です。月将を推求する口訣は、神后を子に配して起頭とし、登明を亥に配して收尾とします。月将は太陽の過宮に随って逆行し、たとえば雨水節に太陽が娵訾の次に交われば、便ち登明亥将を用い、毎月気が一たび足れば一将を換え、一ヶ月に一つの将が出ます。用いる時は当月の月将を当下の正時に加えて天盤を転出すれば、吉凶を推し断することができます。
釈直辰
直辰者,建、除、滿、平、定、執、破、危、成、收、開、閉也。以其逐月隨斗所建,分直月內日辰,故曰直辰。如正月立春後,斗柄建寅,即用寅為月建,本月內凡寅日,即以建加之,則建寅加卯,滿辰、平巳、定午、執未、破申、危酉、成戌、收亥、開子、閉丑,各直其日之辰矣,餘月類推。
「直辰」とは、建・除・満・平・定・執・破・危・成・収・開・閉という十二の値日の名目です。これらは月々北斗の斗柄の指す月建に随って、それぞれ本月内の各日辰を値管するので、直辰と呼びます。たとえば正月立春以後、斗柄が寅を指せば、寅をもって月建とします。本月内およそ寅日に逢えば、「建」を寅の上に安じ、続いて除を卯に・満を辰に・平を巳に・定を午に・執を未に・破を申に・危を酉に・成を戌に・収を亥に・開を子に・閉を丑に置き、十二の名目がそれぞれ一日の地支を値管します。残りの各月はこれに類推します。月建がどの支にあるかによって、「建」はその支から起こり、地支に順って排してゆけばよいのです。
釈三門四戸
三門者,太沖、小吉、從魁也。四戶者,除、危、定、開也。凡急難時,不及擇奇門,以月將、月建加正時,視三將四建之下,為天門、地戶,乘其方去,百惡不能害。
「天三門」とは太冲(卯)・小吉(未)・従魁(酉)の三位の月将を指し、「地四戸」とは除・危・定・開の四つの建除の名目を指します。およそ緊急危難に遇って奇門の吉格を从容して選ぶ余裕がない時は、当月の月将を当下の正時に加えて天盤を転出し、さらに月建を正時に加えて建除を転出します。それから太冲・小吉・従魁の三将がどの方位に落ちたかを見れば、それが「天門」です。除・危・定・開の四字がどの方位に落ちたかを見れば、それが「地戸」です。これらの方位に乗じて出行すれば、各種の凶悪はあなたを傷つけることができません。
釈天馬
天馬者,房日兔也。房為天駟,故曰天馬。兔隸卯,卯為太沖,每月太沖下天馬方。又曰太沖天馬,凡急難時,不及擇奇門,以月將加月建,視太沖所臨之下,乘其方去,凶惡不能侵,劍戟不足畏。
「天馬」とは二十八宿のうちの房宿を指し、房宿は日に属し兎に属して「房日兎」と称します。房宿はまた「天駟」(天上の車を駕する四馬)とも呼ばれるので、天馬と称します。兎は地支の卯に配し、卯位の月将は太冲なので、毎月太冲の臨む下が即ち天馬方です。したがってまた合わせて「太冲天馬」と称します。およそ緊急危難に遇い奇門の吉格を選ぶ余裕がない時は、当月の月将を月建の上に加えて盤を転じ、太冲がどの方位に落ちたかを見て、あの方位に乗じて行けば、凶悪はあなたを侵犯することができず、刀剣戈戟も畏れるに足りません。
釈地私門
私門者,太陰、六合、太常所臨之方也。以月將加正時,用日干尋納甲合神所納之支,即以貴人泊其支,依陰陽順逆,布定十二貴神。然後視三神所臨之下,即地私門方。以地盤定其方,故曰地私門。私門之方,更得奇門湊合,百事乘之大吉。
「地私門」とは、太陰・六合・太常の三位の天将の臨む方位です。求め方は、まず当月の月将を当下の正時に加え、次に当日の日干を用いて納甲におけるその合神を求め、あの合神の納するのがどの支かを見て、貴人をその支の上に安じます。それから陽貴順行・陰貴逆行の規矩に依って、十二位の貴神を一一排定します。排し終えたら、太陰・六合・太常の三位がどの方位に落ちたかを見れば、それが地私門です。地盤に拠って方位を定めるので「地」の私門と呼びます。私門のある方に、もしさらに三奇吉門が一処に湊り合わされば、それに乗じてどんな事を行っても大吉です。
右三門、四戶,天馬、私門,皆急則從神之法也。三氏諸書,以地戶用時建法,月建四孟,則四仲時為地戶;月建四仲,則四季時為地戶;月建四季,則四孟時為地戶,是用地戶時,而非用地戶方矣。又以天馬用月建臨法,正月子起辰,二月子起巳順行,視每月月建下為天馬方,是月建天馬,而非太沖、天馬矣。
以上に講じた天三門・地四戸・天馬・地私門は、いずれも「急なれば則ち神に従う」の応急办法に属します。李・林・陶三家の書は地戸を改めて時建の法を用います。月建が寅申巳亥の四孟に落ちれば、子午卯酉四仲の時辰をもって地戸とし、月建が四仲に落ちれば、辰戌丑未四季の時辰をもって地戸とし、月建が四季に落ちれば、四孟の時辰をもって地戸とします。こうなれば、彼らが用いるのは地戸の「時辰」であって地戸の「方位」ではなくなります。彼らはまた天馬を改めて月建加臨の法を用い、正月は子から辰を起こし、二月は子から巳を起こし、順に推してゆき、毎月月建の下を見て即ち天馬方とします。こうなれば、彼らの天馬は月建に随って走るのであって、もとのあの太冲天馬ではなくなります。
又謂三天將,宜為天三門,三地將,宜為地三門。且云:小吉為門,其義莫解,曷若去小吉,以成參天兩地更妙。嘗考小吉,未將也;太沖,卯將也;從魁,酉將也。未為二氣交會之門,卯酉為日月出入之門,故以三神為天門也。太陰、太常、六合,司秘密之神也。太常象於未、六合象於卯、太陰象於酉,故以三神為私門也。
彼らはまた言います。三位の天将は天三門と算すべきで、三位の地将は地三門と算すべきだと。しかも小吉が門に充てられる道理は通じないので、小吉を除いて二つだけ残し、「参天両地」の数に湊り合わせるほうが妙だと言います。私が考究したところでは、小吉は即ち未将、太冲は即ち卯将、従魁は即ち酉将です。未は陰陽二気の交わる門であり、卯と酉は日月の出入の門なので、この三位の神を取って天門とするのです。そして太陰・太常・六合は隠秘の事を主管する神で、太常は未に象を取り、六合は卯に象を取り、太陰は酉に象を取るので、この三位の神を取って私門とするのです。ここから見ても天三門と地私門はそれぞれ未・卯・酉の三支に対応し、もともと確かな由来があり、小吉は断じて除くことはできません。
釈亭亭白奸
亭亭者,天之貴神也;白奸者,天之奸神也。求神之法,以月將加正時,視神后所臨之下,為亭亭方;功曹、勝光、天魁臨孟辰為白奸方。二神常合於巳亥,格於寅申。將兵者合時宜戰,格時宜守,餘時皆背亭亭、擊白奸大勝。
「亭亭」は天上の貴神であり、「白奸」は天上の奸邪の神です。求め方は、当月の月将を当下の正時に加えて天盤を転出し、神后(子将)がどの方に落ちたかを見れば、そこが亭亭方です。さらに功曹(寅)・勝光(午)・天魁(戌)が寅申巳亥の四孟の位に落ちたのを見れば、そこが白奸方です。この二種の神は常に巳・亥の位で相合し、寅・申の位で相格します。兵を帯びる者は相合の時に遇えば出戦に宜しく、相格の時に遇えば堅守に宜しく、その余の時は、一律に亭亭方を背にして白奸方を攻撃すれば大勝を得られます。
三氏諸書,以寅午戌上見孟神為白奸,白奸與亭亭對為格,合為囚,囚格之時,不利有為。然考經中謂背亭亭擊白奸,百戰百勝,蓋坐子擊午,以水制火,故百戰百勝也。所稱白奸者,為北方三白之奸神也。坎宮一白與離宮九紫相對,何奸之有?惟是干宮六白藏有戌,艮宮八白藏有寅,寅戌與離宮午三合結成火局,而藏於坎子之左右,是以寅戌為白奸也。
李・林・陶三家の書は言います。寅午戌の三つの位置で孟位の神を見るのが即ち白奸であり、白奸と亭亭が正対するのを「格」と呼び、同じ位に処するのを「囚」と呼び、囚・格の時に遇えば作為するに利せず、と。しかし経文を考核すると、言っているのは亭亭を背にして白奸を攻撃すれば百戦百勝だということです――これは子位に坐して午位を攻撃し、水をもって火を制するので、百戦百勝なのです。いわゆる「白奸」とは、北方の三つの白色の宮のうちの奸邪の神です。坎一白と離九紫は正しく相対し、それ自体は何の奸も語れません。ただ乾六白の中に戌を蔵し、艮八白の中に寅を蔵し、寅・戌は離宮の午と三合して火局を結びながら、かえって坎宮子位の左右両側に埋伏しているので、寅・戌を白奸と称するのです。
凡子加巳,則寅加未、戌加卯、午加亥,亥為寅之合神,未為午之合神,卯為戌之合神,寅卯交相合,卯戌交相合,三神貪合,不能為奸,故宜守。子加亥,則寅加丑,亭奸暨加其合神,亦謂之合。子加寅,則戌加子,奸來制亭,亭反生奸,亦謂之格,此午奸之格合也。寅戌加巳亥,則亭奸互相合;寅戌加寅申,則亭奸互相格,此寅戌二奸之格合也。若以寅午戌上見孟神為白奸,不惟非白奸之義,且亦無格合之時矣!故詳古以明之。三氏又有日月亭亭法:正卯二神順行為月亭亭,火局亥,木局寅,水局巳,金局丑為日亭亭。諸書亦間有之,姑存之以備博洽之考。
例を挙げて言えば、もし子が巳の上に加われば、寅は未の上に・戌は卯の上に・午は亥の上に加わります。亥は寅の合神で、未は午の合神で、卯は戌の合神で、寅と卯はまた互いに牽合し、卯と戌も互いに牽合し、三つの奸神は皆相合を貪って奸をなすことに顧みないので、この時は堅守に宜しいです。もし子が亥の上に加われば、寅は丑の上に加わり、亭亭と奸神は皆それぞれ自らの合神の上に加わり、これもまた「合」と呼びます。もし子が寅の上に加われば、戌は子の上に加わり、これは奸神が反って亭亭を制し、亭亭がかえって奸神を生ずることで、これを「格」と呼びます――以上は午位という奸神の格と合です。寅・戌の二つの奸神が巳・亥に加わるに至っては、亭亭と奸が互いに合し、寅・戌が寅・申に加われば、亭亭と奸が互いに格します――これが寅戌二奸の格と合です。もし三家のいうように、寅午戌の上に孟神を見るのを白奸とすれば、それは白奸の本義に合わないばかりか、格と合の時を根本から排し出すこともできません。だから古法を詳しく引いてそれを説明するのです。三家には別に「日月亭亭」の法が一套あり、正月卯位から両神を起こして順行するのを月亭亭とし、火局は亥を取り、木局は寅を取り、水局は巳を取り、金局は丑を取るのを日亭亭とします。各家の書にも時折この説が載っているので、姑く保存して博識の士の考訂に供します。
釈気応
氣應者,符使之行,旺相休囚,與氣相應也。九星蓬水、英火、沖輔木、任芮禽土、柱心金,皆以我生之月為旺,我同之月為相,我克之月為休,克我之月為囚,生我之月為廢。如水星旺於寅卯月、相於亥子月、休於四五月、囚於辰戌丑未月、廢於申酉月是也,餘以類推,此星符之氣應也。八門氣應法,以旺、絕、胎、沒、死、囚、休、廢環列,逐節以本門加於旺地審之。如冬至三氣,以休門加旺,則生門絕,傷門胎,杜門沒,景門死,死門囚,驚門休,開門廢是也,餘以類推,此門使之氣應。
「気応」とは、直符・直使の運行に旺・相・休・囚の別があり、当令の気に相応じなければならないと言うことです。九星の五行は、天蓬は水に属し、天英は火に属し、天冲・天輔は木に属し、天任・天芮・天禽は土に属し、天柱・天心は金に属します。判断の法則は、我の生ずるあの月を「旺」とし、我と同類の月を「相」とし、我の剋する月を「休」とし、我を剋する月を「囚」とし、我を生ずる月を「廃」とします。たとえば水星の天蓬は、寅卯月に旺し(水生木)、亥子月に相し(同じく水)、四月五月に休し(水剋火)、辰戌丑未月に囚し(土剋水)、申酉月に廃します(金生水)。残りの各星はこれに類推し、これが星と符の気応です。八門の気応法は、旺・絶・胎・没・死・囚・休・廃の八つの字を一圈に排し、節ごとに本節の当令の門を「旺」の字の上に置いて見ます。たとえば冬至の統べる三つの気は休門をもって旺に当てるので、生門は即ち絶、傷門は胎、杜門は没、景門は死、死門は囚、驚門は休、開門は廃です。残りの各節はこれに類推し、これが門と使の気応です。
三代氣應之法。假令甲己之日,日中庚午時,冬至己巳以前,尚在大雪氣內,仍作大雪上局;庚午以後,方用冬至上局,厥氣乃應,謂之氣應,不知此即拆局補局之法也。又謂冬至以後,得一百八十二日六十二分半,歷子午東部,陽氣相應,宜用陽遁;夏至以後,得一百八十二日六十二分半,歷子午西部,陰氣相應,宜用陰遁。二遁各有二使,冬至氣應,陽使起一宮,陰使起九宮;夏至氣應,陰使起九宮,陽使起一宮,故曰天乙直使,氣宮異所也。冬至起應陽,陽使順行,陰使逆行;夏至起應陰,陰使順行,陽使逆行。所以冬至上元甲子起一宮順行,夏至上元甲子起九宮逆行,至戊辰會合於五宮,二氣交應,利害難分,故曰避五也。
さらに三家の講ずる気応の法を言います。彼らが例を挙げて言うには、もし甲日または己日で、正午の庚午時に冬至に交われば、庚午以前の己巳時はまだ大雪気の内にあって、依然として大雪上元に拠って排局し、庚午時以後になってはじめて冬至上元の局に改め、こうして気がはじめて相応じたと算し、これを「気応」と呼びます。彼らは知りません。これが実は前に批評した拆局補局の法だということを。彼らはまた言います。冬至以後は合わせて百八十二日六十二分半で、太陽は子午線以東の半分の天を経行して陽気と相応じるので、陽遁を用いるに宜しく、夏至以後も同じく百八十二日六十二分半で、太陽は子午線以西の半分の天を経行して陰気と相応じるので、陰遁を用いるに宜しいと。両遁にはそれぞれ二つの使があります。冬至の気応の時、陽使は一宮に起こり陰使は九宮に起こり、夏至の気応の時、陰使は九宮に起こり陽使は一宮に起こります。だから天乙直使の起こる気と起こる宮は各々二処にあると言います。冬至は応陽に起こり、陽使は順行し陰使は逆行し、夏至は応陰に起こり、陰使は順行し陽使は逆行します。したがって冬至上元甲子は一宮に起こって順行し、夏至上元甲子は九宮に起こって逆行し、戊辰時に走り至ると両者は五宮で会合し、二気はここで交応し、利害が分かれ難いので、「避五」の説があるのです。
按所謂避五者,避日建第五辰死氣也。天乙直使起宮異所者,謂符使同起於甲遁之宮,各異於加臨之所也。不言直符而言天乙者,天乙隨六甲加時,言天乙即言直符也。陽使陰使者,休生傷杜在東部,謂之陽使;景死驚開在西部,謂之陰使。冬至休門起於一,則景門臨於九;夏至景門起於九,則休門臨於一,蓋一定之序,非陰陽各有二使也。夫氣應者,謂氣氣皆應也。若專言二至氣應,是餘氣可不必應,則又與前假令相戾矣!二氏之說多類此,故揭此以槩其餘也。
按します。いわゆる「避五」とは、実は日建から前へ数えて第五辰のあの死気を避けることで、中五宮とは関係ありません。いわゆる「天乙直使起宮各在两処」とは、直符と直使が同じく甲の遁するあの一宮に起こり、ただそれぞれの加臨する落点が異なるだけだと言うことです。ここで直符と言わず天乙と言うのは、天乙が六甲に随って用時の干に加わるので、天乙を講ずるのは即ち直符を講ずることだからです。いわゆる陽使・陰使に至っては、休・生・傷・杜の四門は東の半分にあり、これを陽使と称し、景・死・驚・開の四門は西の半分にあり、これを陰使と称します。冬至は休門が一宮に起こり、景門は自然と九宮に臨み、夏至は景門が九宮に起こり、休門は自然と一宮に臨みます。これはもともと固定の次序で、陰遁陽遁にそれぞれ別に二つの使があるのではありません。さらに「気応」の二字は、本義は一つ一つの気が皆相応じるということです。もし冬至夏至の二つの至だけが気応有りと講ずるなら、それではその余の気は皆相応じなくてもよいのでしょうか。それではまた彼らが前に挙げた例と自相矛盾します。李・林・陶の几家の説は多くがこの類なので、この一条を挙げてその余を概括します。
釈勃格飛伏
丙為勃,凡丙加庚為勃飛,亦名伏干;庚加丙為勃伏,亦名飛干。干者,庚為歲月日時干也。凡勃飛凶應在內,故曰伏干;勃伏凶應在外,故曰飛干。 庚為格,凡庚加甲為格飛,亦名伏干;甲加庚為格伏,亦名飛干。干之義與勃同。
丙を「勃」と呼びます。およそ天盤の丙が地盤の庚の上に加わるのを「勃飛」と呼び、また「伏干」とも呼びます。天盤の庚が地盤の丙の上に加わるのを「勃伏」と呼び、また「飛干」とも呼びます。ここの「干」とは、庚が年干・月干・日干または時干の上に落ちることを指します。およそ勃飛の凶応は内部に発生するので伏干と呼び、勃伏の凶応は外部に顕現するので飛干と呼びます。庚を「格」と呼びます。およそ天盤の庚が地盤の甲の上に加わるのを「格飛」と呼び、また「伏干」とも呼びます。天盤の甲が地盤の庚の上に加わるのを「格伏」と呼び、また「飛干」とも呼びます。ここの「干」字の意味は勃格の中のと同じです。
諸書渾言勃格,與歲月日時干互相加臨為飛伏,非也。嘗考經注,勃者亂逆也,格者閉塞也。 飛者見於上也,伏者隱於下也。甲為十干之長,庚來相制,甲不能用,如政令之閉塞也,故以庚為甲之格。甲畏於庚,以乙合庚,庚貪合而受制於丙,如制伏亂逆也,故以丙為庚之勃。若渾言歲月日時干,是以反首跌穴,亦為勃伏勃飛矣!故揭經義以明之。
各家の書は勃と格を笼统に講じ、それらが年・月・日・時の四干と互いに加臨するのを一概に飛・伏と称しますが、これは正しくありません。私が経文の注解を考核したところ、「勃」は悖乱叛逆の意味で、「格」は阻隔閉塞の意味です。「飛」は上に顕現することで、「伏」は下に隠蔵することです。甲は十干の長で、庚が来てそれを克制すれば、甲は施展することができず、たとえば政令が阻塞されるようなので、庚をもって甲の「格」と呼ぶのです。甲は庚を畏れ、そこで乙を用いて庚と相合させ、庚が合を貪って丙に制されるのは、たとえば叛乱を制伏し去るようなので、丙をもって庚の「勃」と呼ぶのです。もし分別を加えず一律に年月日時の干をもって言うなら、「青龍返首」「飛鳥跌穴」のような吉格もまた勃伏・勃飛と算されることになります。だからわざわざ経文の本義を掲出してそれを説明するのです。
釈庚丙同刑異破
庚加癸為刑,丙加己為刑,盜氣同也。庚丁相加為破,丙壬相加為破,沖制異也。凡值此時,不利有為。諸書以庚加癸為大格,加壬為小格,加己為刑格,加三奇為奇格。嘗考經中以庚丙為格勃者,以庚為甲之殺,丙為庚之殺。後制前為格,前制後為勃,所謂同干異支者也。同干異支者,以同旬干支合論也。如甲子旬,庚為甲之殺,丙為庚之殺,其干之為殺則同,而庚所加者午,午與子對沖,故曰勃。相剋又相謀,則隔塞甚矣,故注為閉塞也;相合又相制,則勃逆甚矣,故注為亂逆也。
庚が癸の上に加わるのを「刑」と呼び、丙が己の上に加わるのも「刑」と呼びます。両者はともに本気を盗泄する関係で、情形が同じだからです。庚と丁の相加を「破」と呼び、丙と壬の相加も「破」と呼びますが、一つは冲に属し一つは剋に属し、情形は異なります。およそこれらの時辰に遇えば、いずれも作為するに宜しからずです。各家の書は庚加癸を大格・庚加壬を小格・庚加己を刑格・庚加三奇を奇格と呼びます。私が経文を考核したところ、庚・丙を格と勃に定めた所以は、庚は甲の殺(金剋木)であり、丙は庚の殺(火剋金)だからです。後にある者が前のを制するのを「格」とし、前にある者が後のを制するのを「勃」とし、これがいわゆる「天干相同而地支不同」です。いわゆる天干相同而地支不同とは、同一旬の干支を連ねて合わせて論ずることです。たとえば甲子旬の中では、庚は甲の殺、丙は庚の殺で、天干が殺を作すという点では相同ですが、庚の配する地支は午で、午は子と正しく相対冲するので「勃」と称します。相剋しまた相図謀するので阻隔が甚だしく、だから「閉塞」と注します。相合しまた相制するので悖逆が甚だしく、だから「乱逆」と注します。
干以盜氣為刑,支以前四位為刑。庚加癸為第四干,丙加巳為第四干,干同則支同,故曰同刑也。陽干以後四支為破,陰干以前四支為破。庚加丁為後四,丁加庚為前四,是庚之干支自相同;干逢克則破,支逢沖則破,壬丙相加為克,子午寅申辰戌相加為沖,是丙之干支自相同,故曰異破也。
天干は本気を盗泄するのを「刑」とし、地支は前へ数えて第四位を「刑」とします。庚から癸まで数えてちょうど第四の天干で、丙から己(原文は巳と作る)まで数えてもちょうど第四の天干で、天干の位次が相同しく配する地支の位次も相同しいので、両者は「同刑」と言います。陽干は後へ数えて第四支を「破」とし、陰干は前へ数えて第四支を「破」とします。庚加丁は後への第四で、丁加庚は前への第四で、庚のこの一組の干と支の算法は互いに一致していることが見えます。天干は剋に遇えば破し、地支は冲に遇えば破し、壬と丙の相加は剋に属し、子午・寅申・辰戌の相加は冲に属すので、丙のこの一組の干と支の算法もまた互いに一致していることが見えます。ただし庚は位次をもって破を成し、丙は剋冲をもって破を成し、路数が同じでないので、両者は「異破」と言います。
若以庚加壬癸為大小格,加己為刑格,則其於義不通矣!奇格者,謂奇有三格也:庚丙相加為賊格,庚丁相加為破格,庚乙相加為合格。所云格者,乃格局之格,非格對之格也。後人緣有庚為格之義,遂不考經,而以庚加三奇為奇格,誤矣!或曰:支何以前四位為刑也?蓋以盜氣為刑也。曰:戊己非巳午之盜氣,四季非四生之盜氣,何以皆謂之刑也?蓋戊己藏於巳午,四季墓於四生,各從其類盜氣也。曰:三刑之位何居也?孟為生刑,仲為旺刑,季為墓刑,故曰三刑也。墓刑亦名自刑,以其同類,反從四生自相盜氣也。別有三刑,見六壬式中。
もし各家のいうように、庚加壬・加癸をそれぞれ大格・小格と呼び、庚加己を刑格と呼ぶなら、義理の上でいずれも通じません。「奇格」に至っては、三奇にそれぞれ一格あることを言います。庚と丙の相加を「賊格」と呼び、庚と丁の相加を「破格」と呼び、庚と乙の相加を「合格」と呼びます。ここの「格」は格局の格であって、格拒対冲の格ではありません。後人は「庚為格」という説があるために、経文を考究せず、かえって庚加三奇を総称して奇格としましたが、それは誤りです。ある人が問います。地支はなぜ前へ数えて第四位を刑とするのでしょうか。答えます。これも本気を盗泄する意を取ったのです。また問います。戊己は巳午の気を盗泄しないのに、辰戌丑未の四季も寅申巳亥の四生の気を盗泄しないのに、なぜ皆刑と呼ぶのでしょうか。答えます。戊己はもともと巳午の中に蔵し、四季はまさに四生の支の墓庫で、それぞれ同類に拠って互いに気を盗みます。また問います。三刑の位置はどこですか。答えます。寅申巳亥の四孟を「生刑」とし、子午卯酉の四仲を「旺刑」とし、辰戌丑未の四季を「墓刑」とし、合わせて三刑と称します。墓刑はまた自刑と呼ばれ、それらが同類相并して反って四生の支から自ら気を盗むからです。このほか別に三刑の一套の説があり、六壬課式の中に見えます。
釈二吉四凶
丁甲相加,為陰陽化氣;丁乙相加,為龍鳳呈祥。凡值此二格,利為百事。甲乙相加,為二龍戰野;庚辛相加,為二虎爭雄;甲戊相加,為青龍困頓;庚壬相加,為白虎迍邅。凡值此四格,百事不利。 化氣呈祥二格,一切謀為俱吉,不必合奇門亦吉,故曰二吉。龍戰困頓下諸格,若得太陰合奇門蓋之,避其方,乘奇門而出猶可謀為。
丁と甲の相加を「陰陽化気」と呼び、丁と乙の相加を「龍鳳呈祥」と呼びます。およそこの二つの格に遇えば、何の事を行っても利があります。甲と乙の相加を「二龍戦野」と呼び、庚と辛の相加を「二虎争雄」と呼び、甲と戊の相加を「青龍困頓」と呼び、庚と壬の相加を「白虎迍邅」と呼びます。およそこの四つの格に遇えば、百事利せずです。化気・呈祥の二つの格は、一切の謀劃が吉で、たとえ三奇吉門の会合がなくても照り映えて吉なので、「二吉」と称します。二龍戦野・青龍困頓以下の幾つかの凶格に至っては、もし太陰と三奇吉門を相配して遮り覆うことを得て、凶格のある方位を避け、奇門のある方位から出行するに改めれば、なお作為することができます。
釈日干門戸神名
甲為天輔青龍,乙為天德蓬星,丙為明堂天威,丁為太陰玉女,戊為天武天門,己為地戶六合,庚為天獄天伐,辛為天庭天尉,壬為天牢天廩,癸為天藏華蓋。
十の天干にはそれぞれその主る門戸と神名があります。甲は「天輔」と呼び、また青龍と呼びます。乙は「天徳」と呼び、また蓬星と呼びます。丙は「明堂」と呼び、また天威と呼びます。丁は「太陰」と呼び、また玉女と呼びます。戊は「天武」と呼び、また天門と呼びます。己は「地戸」と呼び、また六合と呼びます。庚は「天獄」と呼び、また天伐と呼びます。辛は「天庭」と呼び、また天尉と呼びます。壬は「天牢」と呼び、また天廩と呼びます。癸は「天蔵」と呼び、また華蓋と呼びます。排局占方の時、ある干がどの宮に落ちたかを見れば、その方位がどんな用に充てられるかが分かります――たとえば戊を天門として軍を出すに宜しく、己を地戸として隠伏に宜しく、庚を天獄として行刑に宜しく、癸を天蔵として蔵匿に宜しく、下文の安営・出征の諸法は皆これに依って取用します。
釈出軍運籌
凡將兵宜出天門戊,入地戶己,過太陰丁,居青龍甲,駐兵擊其沖,百戰百勝。如陽一局甲己之日甲子時出軍,戊在一宮、己在二宮、丁在七宮,即領兵從正北出天門,從西南入地戶,由正西過太陰,還於正北甲子上居青龍,擊其沖大勝。
およそ兵を帯びて出動するには、戊のある「天門」の方から出発し、己のある「地戸」の方から入り、丁のある「太陰」の方を経過し、最後に甲のある「青龍」の方に駐紮します。軍隊が駐定した後、青龍方の正対面のあの一宮を攻打すれば、百戦百勝できます。例を挙げて言えば、陽遁一局で、甲日または己日の甲子時に出兵する時、この時戊は一宮に・己は二宮に・丁は七宮にあるので、兵を領して正北(一宮)から天門を出て、西南(二宮)から地戸に入り、正西(七宮)から太陰を経過し、再び正北の甲子のある処に帰って坐して青龍位を守り、それからその対面の正南方を攻撃すれば、必ず大勝を得ます。
運籌之法,以楓木為六籌,長一尺二寸,盛以絹囊,於月蝕夜向月祭之。凡急難時,畫地一周,以六為數,分為二十四方,從正北子地起左旋,一方記一字,分四維八干二十支,即子癸丑艮寅甲昴乙辰巽巳丙午丁未坤申庚酉辛戌乾亥壬二十四字,環列為記也。記訖,又以十二支玉女,從庚上起子,順佈於八干四維。布訖,然後左手持六籌,立於本日方上,叩齒三通,以右手取其籌,如訣順序,運於支辰之方,每運一籌,大呼某神降臨局所。運籌畢,視兩支夾干之方,先成者為天門,後成者為地戶,就從天門方出,又從地戶方入,由本日玉女方出,鬼神呵護,凶惡不侵。
「運籌」のやり方は、楓木で六本の籌を作り、毎本の長さを一尺二寸とし、絹袋に装し、月蝕の夜に月に対して祭告します。緊急危難に遇った時、地に一つの円圏を画き、六を基数とし(六歩・六十歩の類)、円周を二十四の方位に分け、正北の子位から起こって左に旋回し、一方位に一字を写し、順次四維・八干・十二支の二十四字、すなわち子・癸・丑・艮・寅・甲・昴・乙・辰・巽・巳・丙・午・丁・未・坤・申・庚・酉・辛・戌・乾・亥・壬を環列して標記とします。標記が畢ったら、さらに十二支に配する玉女を庚位から子に起こし、順次八干四維の上に布けます。布け終わったら、左手で六本の籌を持ち、当日の属する方位の上に立ち、歯を三度叩きます。右手で籌を取り、口訣の次序に按じて相応の地支方位に運び、一つ運ぶごとに高声で某神の本局への降臨を呼びます。六本運び終わったら、二つの地支の挟むあの天干方位を見ます。先に形成されたのが「天門」で、後に形成されたのが「地戸」です。ここにおいて天門方から出て、さらに地戸方から入り、最後に当日玉女のある方から離れれば、こうして鬼神が護衛して、凶悪は侵犯することができません。
運籌訣:鼠行狗竇、牛收兔阡、虎蹲蛇窟、兔入牛欄、龍吟馬續、蛇蟠猴跧、馬泉龍浴、羊食雞湌、猴牛□豬屋、雞立羊藩、狗窺鼠出、豬伺虎眠,每日一句,周而復始。運籌呼神,一青龍、二朱雀、三勾陳、四螣蛇、五白虎、六玄武,每呼某神君降臨局所,順序呼運,周而復始。
運籌の口訣は、「鼠行狗竇、牛收兎阡、虎蹲蛇窟、兎入牛欄、龍吟馬續、蛇蟠猴跧、馬泉龍浴、羊食雞湌、猴牛□猪屋、雞立羊藩、狗窺鼠出、猪伺虎眠。」です。(第九句の中間のここは底本に脱文があり、ただ一つの疑問記号のみが存するので、臆して補うことを敢えてしません。)この十二句は日に拠って輪用し、一日に一句を用い、用い尽くせばまた頭から輪を起こします。毎句の上の一字は立つべき支位で、下の一字は籌を運んでゆくべき支位です。たとえば「鼠行狗竇」は子位に立ち、籌を戌位に運ぶことです。運籌の時に呼ぶ神は、順次第一青龍・第二朱雀・第三勾陳・第四螣蛇・第五白虎・第六玄武で、一籌を運ぶごとに一声で某神君の本局への降臨を呼び、この順序に照らして呼んでゆき、周して復して始めます。
凡地戶不成,拾第一籌續呼而運之。即成,其孤籌對天門者,即天門開方;對地戶者,即地戶閉方。
もし六本の籌が運び終わっても地戸がまだ形成されていなければ、第一の籌を拾い上げ、続けて神を呼んで再び一運すれば、地戸は便ち成ります。この時、あの孤立した籌で天門に正対するものは、そのある方が即ち「天門開方」であり、地戸に正対するものは、そのある方が即ち「地戸閉方」です。
凡軍行野宿,及避難止息,皆用閉戊之法,攝伏群凶,無有恐怖。其法用刀從艮上起,畫地一周,以六為率,畫畢,於旬中戊上取土,以倍六為率。如畫地六步,取土一石二斗,六十步、十二石之類。以土分為六股,堆於六戊之上,從本旬戊上起,依訣均之,互相接續,佈滿周匝。然後刀埋於取土之方,回身入中央祝之,遂宿於中。
およそ軍隊が行軍して野外に宿営する時、または難を避けて歇息する時は、皆「閉戊」の法を用い、各種の凶悪を鎮伏して人に恐懼を生じさせないことができます。やり方は、刀を用いて艮位から手を起こし、地に一つの円圏を画き、尺寸は六をもって準とします(六歩・六十歩の類)。画き終わったら、本旬の六戊のあるあの方で土を取り、土量は円周の尺寸の二倍をもって準とします。たとえば地を画くのが六歩なら、土を一石二斗取り、地を画くのが六十歩なら、土を十二石取ります。土を六份に分け、それぞれ六つの戊位の上に堆し、本旬の戊のある処から手を起こし、下の口訣に按じて土を一つずつ均してゆき、互いに接続して、円周全てに布き満たすまでとします。それから刀を土を取ったあの方に埋め、身を転じて円心の処に進んで祝禱し、円心の中間で宿夜します。
閉戊訣:鼠穴土塞、均接虎穴,虎穴土盈、均接龍門,龍門土坰,均接馬嶺,馬嶺土寬,均接猴山,猴山土靈、均接狗城,狗城土足、均接鼠窟。
閉戊の口訣は、「鼠穴土塞、均接虎穴、虎穴土盈、均接龍門、龍門土坰、均接馬嶺、馬嶺土寛、均接猴山、猴山土霊、均接狗城、狗城土足、均接鼠窟。」です。この六句の中の鼠・虎・龍・馬・猴・狗は、まさに子・寅・辰・午・申・戌の六つの陽支――即ち六戊の落ち得る位置です。一句を念ずれば前の支に堆した土を次の支に均し接続し、六句念じ終われば、六つの堆土が首尾相連なって、一つの土塁を圈います。
假令甲子旬野宿閉戊,用六步為率,以刀從艮方起,畫地一周,分為十二支方。本旬戊在辰,即於辰方取土一石二斗,分作六股,堆於辰午申戌子寅六方畢,持刀於辰上念:龍門土坰,均接馬嶺,即將辰上土,用刀運連午上。又念:馬嶺土寬,均接猴山,即將午上土,運連申上。又念:猴山土靈、均接狗城,即將申上土,運連戌上。又念:狗城土足、均接鼠窟,即又將戌上土,運連子上。又念:鼠窟土塞、均接虎穴,又將子上土,運連寅上。又念:虎穴土盈、均接龍門,即又將寅上土,運連辰上,周遭成一壁壘矣。
例を挙げて言えば、甲子旬に野外に宿営して閉戊の法を行う時、尺寸は六歩を取り、刀を用いて艮位から手を起こして地に一圈を画き、円周を十二の地支方位に分けます。甲子旬の戊は辰に落ちるので、辰方で土一石二斗を取り、六份に分けて、それぞれ辰・午・申・戌・子・寅の六つの方位の上に堆します。堆し終わったら、刀を持って辰の上に立ち「龍門土坰、均接馬嶺」を念じ、即座に刀をもって辰の上の土を午の上に均し接続し、再び「馬嶺土寛、均接猴山」を念じて午の上の土を申の上に均し接続し、再び「猴山土霊、均接狗城」を念じて申の上の土を戌の上に均し接続し、再び「狗城土足、均接鼠窟」を念じて戌の上の土を子の上に均し接続し、再び「鼠窟土塞、均接虎穴」を念じて子の上の土を寅の上に均し接続し、再び「虎穴土盈、均接龍門」を念じて寅の上の土を辰の上に均し接続して帰します。このように一圈接続し通ずれば、一つの土壁壘を囲成します。口訣六句の起念する処が固定でないことに留意してください。本旬の戊がどの支に落ちるかによって、その支を書いたあの句から念じ起こし、六句を念じ満たせばちょうど元の処に繞り帰ります。別の旬に換えた場合は、起点を改換するだけで、六句の先後次序は変わりません。
即將刀埋辰方土坑中,入中央面坑祝曰:泰山之陽,恆山之陰,盜賊不起,虎狼伏行,城廓不完,閉以金關,千凶萬惡,莫之敢干。祝畢,即於中宿,百神呵護。餘旬仿此。
続けて刀を辰方の土を取った坑の中に埋め、円心に進み、あの坑に面して祝禱して言います。「泰山の陽、恒山の陰、盗賊起らず、虎狼伏行。城廓完からず、閉ずるに金関を以てす。千凶万悪、敢て之を干る莫し。」と。祝し畢れば円心の中に寝ます。おのずから百神の呵護があります。残りの各旬もこれに照らして行い、ただ戊のある地支を本旬のものに換えるだけです。
所祝假令子日運籌,本日玉女在庚方,即從庚上起,畫地一周,在庭六步,在野六十步,或六百步,或三百六十步,俱以六為率,分周為二十四方,各記四維八干十二支訖。乃以左手持六籌,立於子地,叩齒三通,以右手取一籌,念鼠行狗竇,即走戌方,將籌運於戌地,大呼青龍神君,降臨局所。轉身行至丑上,又取一籌,念牛收兔阡,即走入卯方,將籌運於卯地,大呼朱雀神君,降臨局所。轉身行至寅上,又取一籌,念虎蹲蛇穴,即走入巳方,將籌運於巳地,大呼勾陳神君,降臨局所。轉身行至卯上,又取一籌,念兔入牛欄,即走入丑方,將籌運於丑地,大呼螣蛇神君,降臨局所。轉身行至辰上,又取一籌,念龍吟馬續,即走入午方,將籌運於午上,大呼白虎神君,降臨局所。則午與巳兩籌之中,先成天門於丙矣。
さらに運籌の例を挙げます。仮に子日に運籌するとして、当日の玉女が庚方にあれば、庚位から手を起こして地に一圈を画きます。庭院の中では六歩を画き、野外では六十歩を画き、あるいは六百歩、あるいは三百六十歩を画き、いずれも六をもって準とします。円周を二十四の方位に分け、順次四維・八干・十二支を標記します。それから左手で六本の籌を持ち、子位の上に立ち、歯を三度叩きます。右手で一本の籌を取り、「鼠行狗竇」を念じ、即座に戌方に歩いて行き、籌を戌位に置き、高声に「青龍神君降臨局所」と呼びます。身を転じて丑位に歩き、再び一籌を取り、「牛収兎阡」を念じ、卯方に歩み入り、籌を卯位に置き、高声に「朱雀神君降臨局所」と呼びます。身を転じて寅位に歩き、再び一籌を取り、「虎蹲蛇穴」を念じ、巳方に歩み入り、籌を巳位に置き、高声に「勾陳神君降臨局所」と呼びます。身を転じて卯位に歩き、再び一籌を取り、「兎入牛欄」を念じ、丑方に歩み入り、籌を丑位に置き、高声に「螣蛇神君降臨局所」と呼びます。身を転じて辰位に歩き、再び一籌を取り、「龍吟馬続」を念じ、午方に歩み入り、籌を午位に置き、高声に「白虎神君降臨局所」と呼びます。この時、午と巳の二本の籌の中間に丙を挟んでいるので、天門が便ち先に丙方に形成されます。いわゆる「両支夾干」とは、即ちこの隣り合う二支の上にともに籌が置かれて、真ん中のあの天干方位が挟み出される情形を指します。先に挟んで成ったのを天門と算し、後に挟んで成ったのを地戸と算します。
轉身行至巳上,又取一籌,念蛇蟠猴跧,即走入申方,將籌運於申地,大呼元武神君,降臨局所,地戶不成。又轉身行至戌上,拾第一籌,趨至午上,念馬泉龍浴,即走入辰方,將籌運於辰地,大呼靜龍神君,降臨局所。則辰與卯兩籌之中,後成地戶於乙矣。即從丙方出天門,於局外左繞,又從乙方入地戶,由庚方乘玉女而去,則萬神擁護,諸惡潛藏。此局二孤在丑申二方,丑對天門為天門開方,申對地戶為地戶閉方,餘類推。
身を転じて巳位に歩き、再び一籌を取り、「蛇蟠猴跧」を念じ、申方に歩み入り、籌を申位に置き、高声に「玄武神君降臨局所」と呼びます――この時地戸はまだ形成されていません。そこでまた身を転じて戌位に歩き、最も早く置いたあの籌を拾い上げ、午位に駆けつけ、「馬泉龍浴」を念じ、辰方に歩み入り、籌を辰位に置き、高声に「静龍神君降臨局所」と呼びます。このようにして辰と卯の二本の籌の中間に乙を挟むので、地戸が便ち後に乙方に形成されます。ここにおいて丙方から天門を出て、圏外を左に繞行し、さらに乙方から地戸に入り、最後に庚方から玉女に乗じて去れば、便ち万神が擁護し諸悪が潜蔵します。この局の中で落単した二本の籌は丑・申の両方にあります。丑は天門に正対するので、丑方は「天門開方」です。申は地戸に正対するので、申方は「地戸閉方」です。残りの各日もこれに類推します。
釈止宿閉戊
皆同
止宿の時の閉戊の法は、上文「釈出軍運籌」の条の内に講じた野宿閉戊と全く同じなので、本条はただ「皆同」の二字を注するのみで、再び重ねて叙述しません。
釈六甲安営
凡安營立寨,以六為法,每一人占地六尺,量人多少積之,俱要合六,如六十步、六百步之類。周圍設壘,布成四維八干十二支局。以旬中六甲加支,一旬一易。大將居青龍,旗鼓居蓬星,士卒居明堂,伏兵居太陰,奇兵居天門,裨將居地戶,斬斷居天獄,治事居天庭,蒭糧居天廩,兵器居天藏。
およそ安営扎寨には、一律に六をもって法度とします。毎人の占地を六尺とし、人数に按じて累計し、総数は皆六の倍数に合わせます。たとえば六十歩・六百歩の類です。四周に壁壘を築き、営地を四維・八干・十二支の方位格局に布きます。さらに本旬の六甲を地支の上に加え、一旬ごとに一度更換します。営中の位置の分配は、主将を青龍位(甲)に駐し、旗鼓を蓬星位(乙)に設け、士卒を明堂位(丙)に駐し、伏兵を太陰位(丁)に蔵し、奇兵を天門位(戊)に屯し、副将を地戸位(己)に守らせ、斬決の執行を天獄位(庚)とし、公事の弁理を天庭位(辛)とし、草料糧秣の屯積を天廩位(壬)とし、兵器の存放を天蔵位(癸)とします。
釈戦関背向
第一宜背太歲大將軍。凡寅卯辰年在子,巳午未年在卯,申酉戌年在午,亥子丑年在酉。 第二宜背月建大將。凡遇寅午戌月在卯,亥卯未月在子,申子辰月在酉,巳酉丑月在午。
臨陣で方向を取るには、第一に太歳大将軍のある方を背にしなければなりません。推し方は、寅・卯・辰年は大将軍が子方にあり、巳・午・未年は卯方にあり、申・酉・戌年は午方にあり、亥・子・丑年は酉方にあります。第二に月建大将のある方を背にしなければなりません。推し方は、寅・午・戌月は卯方にあり、亥・卯・未月は子方にあり、申・子・辰月は酉方にあり、巳・酉・丑月は午方にあります。いわゆる「背」とは、自軍をあの方に布いて、その対面に面して敵を迎えることです。
第三宜背孤擊虛。凡甲子旬:戌亥孤、辰巳虛。甲戌旬:申酉孤、寅卯虛。甲申旬:午未孤、子丑虛。甲午旬:辰巳孤、戌亥虛。甲辰旬:寅卯孤、申酉虛。甲寅旬:子丑孤、午未虛。 第四背游都,擊魯都。凡甲己日:遊在丑、魯在未。乙庚日:遊在子、魯在午。丙辛日:遊在寅、魯在申。丁壬日:遊在巳、魯在亥。戊癸日:遊在申、魯在寅。
第三に「孤」方を背にして「虚」方を攻撃しなければなりません。各旬の孤虚は、甲子旬は戌亥を孤とし辰巳を虚とし、甲戌旬は申酉を孤とし寅卯を虚とし、甲申旬は午未を孤とし子丑を虚とし、甲午旬は辰巳を孤とし戌亥を虚とし、甲辰旬は寅卯を孤とし申酉を虚とし、甲寅旬は子丑を孤とし午未を虚とします。いわゆる孤とは、本旬の十干に配り届かないあの二つの地支であり、虚とは、即ち孤の对冲の位です。第四に「游都」を背にして「魯都」を攻撃しなければなりません。各日の游・魯は、甲日・己日は游が丑に・魯が未にあり、乙日・庚日は游が子に・魯が午にあり、丙日・辛日は游が寅に・魯が申にあり、丁日・壬日は游が巳に・魯が亥にあり、戊日・癸日は游が申に・魯が寅にあります。
第五背天雄,擊地雌。凡寅午戌月在寅,亥卯未月在亥,申子辰月在申,巳酉丑月在巳。 第六背生神,擊死神。寅月生子、死午。卯月生丑、死未。辰月生寅、死申。巳月生卯、死酉。午月生丑、死戌。未月生巳、死亥。申月生午、死子。酉月生未、死丑。戊月生申、死寅。亥月生酉、死卯。子月生戌、死辰。丑月生亥、死巳。
第五に「天雄」を背にして「地雌」を攻撃しなければなりません。天雄の位置は、寅午戌月は寅にあり、亥卯未月は亥にあり、申子辰月は申にあり、巳酉丑月は巳にあり、地雌は即ちその対面にあります。第六に「生神」を背にして「死神」を攻撃しなければなりません。月々の生死神は、寅月は生神が子に・死神が午にあり、卯月は生が丑に・死が未にあり、辰月は生が寅に・死が申にあり、巳月は生が卯に・死が酉にあり、午月は生が丑に・死が戌にあり、未月は生が巳に・死が亥にあり、申月は生が午に・死が子にあり、酉月は生が未に・死が丑にあり、戌月は生が申に・死が寅にあり、亥月は生が酉に・死が卯にあり、子月は生が戌に・死が辰にあり、丑月は生が亥に・死が巳にあります。
第七背干遊,擊干魯。寅月遊丙、魯壬。卯月遊丁、魯癸。辰月遊坤、魯辰。巳月遊庚、魯甲。午月遊辛、魯乙。未月遊干、魯巽。申月遊壬、魯丙。酉月遊癸、魯丁。戌月遊艮、魯坤。亥月遊甲、魯庚。子月遊乙、魯辛。丑月遊巽、魯干。
第七に「干游」を背にして「干魯」を攻撃しなければなりません。これは二十四方位の中の天干と四維を各月に配することです。寅月は游が丙に・魯が壬にあり、卯月は游が丁に・魯が癸にあり、辰月は游が坤に・魯が辰にあり、巳月は游が庚に・魯が甲にあり、午月は游が辛に・魯が乙にあり、未月は游が乾に・魯が巽にあり、申月は游が壬に・魯が丙にあり、酉月は游が癸に・魯が丁にあり、戌月は游が艮に・魯が坤にあり、亥月は游が甲に・魯が庚にあり、子月は游が乙に・魯が辛にあり、丑月は游が巽に・魯が乾にあります。以上の七条は、いずれも列陣の時に坐向を決定する依拠です。前の方に坐り、後の方に向かって打ちます。
釈六甲出征遠行
凡出征遠行,先立六甲局所。從本月旬甲起乘青龍,歷蓬星,過明堂,出天門,入地戶,居太陰,然後長往,則百惡不侵,萬事皆吉。慎不可犯天庭、天牢、天獄三方。
およそ出征または遠行には、まず前に講じた办法に按じて六甲の局所を立てておきます。起身の時は本月本旬の甲位から出発します。そこは青龍の位です。続いて乙の蓬星位を経過し、丙の明堂位を歩き通り、戊の天門位から出て、己の地戸位から入り、さらに丁の太陰位に駐停します。このように一遍歩き終えて、それからはじめて遠行上路すれば、百悪侵さず万事皆吉です。特に当心すべきで、辛の天庭・壬の天牢・庚の天獄の三つの方位には断じて触犯してはなりません。
注釈煙波釣叟歌、又名鬼谷三元歌
軒轅黃帝戰蚩尤,涿鹿經年苦未休,偶遇天神授符訣,登壇致祭謹虔修,神龍負圖出洛水,綵鳳銜書碧雲裡,因命風后演成文,遁甲奇門從此始,一千八十當時制,太公刪成七十二,逮於漠代張子房,一十八局為精藝,先須掌上排九宮,從橫十五在其中。
歌辞は言います。軒轅黄帝が蚩尤と交戦し、涿鹿の一帯で丸一年戦っても勝つことができませんでした。偶然天神に遇って符訣を伝授され、彼は即ち壇に登って祭を設け、虔誠に修習しました。ここにおいて神龍が図書を背負って洛水の中から出てきて、彩鳳が天書を銜えて碧雲のうちから飛び下りました。黄帝は便ち風后に命じてこれに拠り推演して文を成さしめ、遁甲奇門というこの学問はここから始まりました。当時定められたのは一千八十局で、姜太公がそれを七十二局に刪り、漢代に至って張良(子房)がまた十八局に精簡しました。これが最も精要な技芸です。奇門を学ぶにはまず手掌の上に九宮を排し熟まなければならず、横・縦・斜めの三方向が相加されて皆十五となる。この規律がその中に含まれています。
九宮者:一坎、二坤、三震、四巽、五中、六干、七兌、八艮、九離,乃先天之數,縱橫數之,皆十五也。次將八卦論八節,一氣統三為正宗,陰陽二遁分順逆,一氣三元人莫測。
注します。いわゆる九宮とは、一宮坎・二宮坤・三宮震・四宮巽・五宮居中・六宮乾・七宮兌・八宮艮・九宮離で、これは先天に定まった数です。これを三行三列に排せば、横に数えても縦に数えても斜めに数えても、三数相加えば皆十五に等しくなります。歌辞は続けて言います。次に八卦をもって八節に分配しなければならず、一節が三気を統べるのが正宗です。陰遁陽遁の二種の局は順行と逆行に分かれ、一気は三元に分かれ、その変化は常人の測り得るところではありません。
八卦者,干、坎、艮、震、巽、離、坤、兌。八節者,立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至。統三者,一節而統三氣,八節統二十四氣也。冬至統小寒、大寒在坎宮,立春統雨水、驚蟄在艮宮,春分統清明、穀雨在震宮,立夏統小滿、芒種在巽宮,夏至統小暑、大暑在離宮,立秋統處暑、白露在坤宮,秋分統寒露、霜降在兌宮,立冬統小雪、大雪在干宮也。
注します。いわゆる八卦とは、乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌です。いわゆる八節とは、立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬・冬至です。いわゆる「統三」とは、一つの節が三つの気を統轄することで、八節合わせてちょうど二十四の気を統轄します。具体の分配は、冬至は小寒・大寒を連ねた三つの気が皆坎宮に帰し、立春は雨水・驚蟄を連ねて艮宮に帰し、春分は清明・穀雨を連ねて震宮に帰し、立夏は小満・芒種を連ねて巽宮に帰し、夏至は小暑・大暑を連ねて離宮に帰し、立秋は処暑・白露を連ねて坤宮に帰し、秋分は寒露・霜降を連ねて兌宮に帰し、立冬は小雪・大雪を連ねて乾宮に帰します。局を查すれば、先に節気がどの宮に属するかを認め定めれば、どの宮で甲子を起こすべきかが分かります。
一氣三元者,每一氣十五日,分為上中下三局也。二遁分順逆者,陽遁三元,五日一換皆順,如冬至自一、而七、而四也;陰遁三元,五日一換皆逆,如夏至自九、而三、而六也。
注します。いわゆる「一気三元」とは、毎節気の十五日を上元・中元・下元の三つの局に分けることです。いわゆる「二遁分順逆」とは、陽遁の三元は五日ごとに一つの局を換え、皆順数に拠って走ることです。たとえば冬至の三元は順に一局・七局・四局です。陰遁の三元は五日ごとに一つの局を換え、皆逆数に拠って走ります。たとえば夏至の三元は順に九局・三局・六局です。
五日都來換一元,超神接氣為準的。二至之前有閏奇,此時疊節累乘之。
歌辞は言います。五日過ぎるごとに一元を換え、どの一元を用いるべきかを判断するには、「超神」「接気」を準則とします。冬至・夏至の二つの至日の前に閏奇を設け、その時に至れば便ち節気を重畳して累加取用します。
超者:過越也;神者:日辰也;接者:迎接也;節者:節氣也。超神者,節氣未到,甲己符頭先到謂之超;接氣者,節氣先到,甲己符頭後到謂之接。正授者,如甲子、己卯、甲午、己酉四符頭所臨之日,恰用所得之節氣,即為正授奇也。超接既過,餘即無再超之理,超不過十,接不過五。若符頭先到七日,便當作閏。其置閏之法,每年須於芒種、大雪二節之後,二節相近二至,乃天地中分,置閏必須於此。
注します。「超」は超越で、「神」は日辰を指し、「接」は迎接で、「節」は節気を指します。いわゆる「超神」とは、節気がまだ到らないうちに甲己符頭の日が先に到ることです。いわゆる「接気」とは、節気が先に到って、甲己符頭の日が後に随いて到ることです。いわゆる「正授」とは、甲子・己卯・甲午・己酉の四つの符頭のある日が、ちょうど当天に交わる節気を用いることで、これを正授と呼びます。超と接は一旦限度を過ぎれば、再び下へ超えてゆく道理はありません。超は多くても十日を過ぎず、接は多くても五日を過ぎません。もし符頭が節気より七日早く到れば、置閏すべきです。置閏の办法は、毎年必ず芒種・大雪の二つの節の後に行わなければなりません。この二つの節が夏至と冬至に近く、まさに天地陰陽が中分される処なので、置閏は必ずここに置かなければならないのです。
認取九宮為九星,八門時逐九星行。 九宮:坎一至離九也。九星:天蓬至天英也。八門:休至開也。
歌辞は言います。九宮にそれぞれ九星の一つが配されていることを認識せよ、八門は九星に随って時辰に按じて運行する。注します。ここで言う九宮とは、坎一から離九までです。九星とは、天蓬から天英までです。八門とは、休門から開門までです。九宮は固定の格子で、九星と八門は時辰に随って格子の間を転移します。
九宮逢甲為直符,八門直使自分明。 如冬至陽遁一局,甲子在坎,自甲子時管下至癸酉時,俱以坎本宮天蓬為直符,本宮休門為直使。符下之門為直使,十時一易堪憑據。 如陽一局,甲子至癸酉十時已過,則天蓬休門,俱已謝事矣。次即甲戌時,甲戌在坤,即以坤本宮天芮為直符,本宮死門為直使,管至癸未十時,則又易也。
歌辞は言います。九宮のうち甲がどの宮に落ちるか、その宮の星が即ち直符であり、八門のうちどれが直使を作すかもまたこれに随って分明になる。注します。たとえば冬至陽遁一局で、甲子が坎一宮に落ちれば、甲子時から管して癸酉時に至るまで、一律に坎宮本位の天蓬をもって直符とし、坎宮本位の休門をもって直使とします。歌辞は続けて言います。直符の下に配する門が即ち直使で、十の時辰ごとに一度更換する。これは憑信できる規矩です。注します。やはり陽遁一局を例とすれば、甲子から癸酉の十の時辰が過ぎれば、天蓬と休門は即座に卸任します。続くのは甲戌時で、甲戌は坤二宮に落ちるので、改めて坤宮本位の天芮をもって直符とし、本位の死門をもって直使として、癸未時まで合わせて十の時辰を管し、それからまた換えます。
直符常以加時干,直使逆順時支去。 時干者,用時之干,甲乙丙丁戊己庚辛壬癸是也。甲每遁於戊己庚辛壬癸之六儀,而六儀與三奇,則各占一宮,但視時干所在,即以直符加之,此常法也。直使則視時干所在逆順者,如陽一局甲子在坎一,則乙丑在坤二,丙寅在震三,歷四五六七八九仍歸坎一,皆順也;陰九局甲子在離九,則乙丑在艮八,丙寅在兌七,歷六五四三二一仍歸離九,皆逆也。
歌辞は言います。直符は常に用いる時辰の天干の上に加わり、直使は則ち陽順陰逆に按じて時支に随って走る。注します。いわゆる時干とは、用事するあの時辰の天干、即ち甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸です。甲は常に戊己庚辛壬癸の六儀の下に遁し、六儀と三奇は地盤の上にそれぞれ一宮を占めます。排盤の時はただ用いる時干(即ちあの奇または儀)がどの宮に落ちるかを見れば、直符の星をあの一宮の上に加えるのです。これが通行の办法です。直使は則ち時干のある処を見て、順行逆行を分けます。たとえば陽遁一局で、甲子が坎一宮にあれば、乙丑は坤二宮にあり、丙寅は震三宮にあり、順次四・五・六・七・八・九宮を経てまた坎一宮に帰り、全て順行です。陰遁九局で、甲子が離九宮にあれば、乙丑は艮八宮にあり、丙寅は兌七宮にあり、順次六・五・四・三・二・一宮を経てまた離九宮に帰り、全て逆行です。
六甲元號六儀名,三奇即是乙丙丁。 六甲者:甲子、甲戌、甲申、甲午、甲寅。六儀者:戊、己、庚、辛、壬、癸。三奇者:乙為日奇,丙為月奇,丁為星奇。
歌辞は言います。六つの甲にはもともと別に六儀の名号があり、三奇は則ち乙・丙・丁の三つの天干である。注します。六甲は甲子・甲戌・甲申・甲午・甲寅(甲辰を連ねて合わせて六旬の首とする)です。六儀は戊・己・庚・辛・壬・癸です。三奇は乙を日奇とし、丙を月奇とし、丁を星奇とします。排盤の時、地盤の上にはただ三奇と六儀のみが現れ、甲は一律に儀の下に隠れます。だから六甲はもともと別に六儀の名があると言うのです。
陽遁順儀奇逆布,陰遁逆儀奇順行。 冬至後用陽遁,順布六儀,如一局戊起坎一、己坤二、庚震三、辛巽四、壬中五、癸干六,逆布三奇,如一局乙在離九、丙在辰八、丁在兌七。夏至後用陰遁,逆布六儀,如九局戊起離九、己艮八、庚兌七、辛干六、壬中五、癸巽四,順布三奇,如一局乙在坎一、丙在坤二、丁在震三,餘局仿此。
歌辞は言います。陽遁の時は六儀を順布し三奇を逆布し、陰遁の時は六儀を逆布し三奇を順布する。注します。冬至以後は陽遁を用い、六儀は宮数に順って排します。たとえば陽遁一局では、戊は坎一宮に起こり、己は坤二宮にあり、庚は震三宮にあり、辛は巽四宮にあり、壬は中五宮にあり、癸は乾六宮にあります。三奇は則ち続けて逆に排し、乙は離九宮にあり、丙は艮八宮(原文は「辰八」と作る)にあり、丁は兌七宮にあります。夏至以後は陰遁を用い、六儀は宮数に逆って排します。たとえば陰遁九局では、戊は離九宮に起こり、己は艮八宮にあり、庚は兌七宮にあり、辛は乾六宮にあり、壬は中五宮にあり、癸は巽四宮にあります。三奇は則ち続けて順に排し、乙は坎一宮にあり、丙は坤二宮にあり、丁は震三宮にあります。残りの各局はこれに類推します。本局の起宮を認め定め、六儀を遁法に按じて排し終えれば、三奇は再び反対方向に接排すればよいのです。
吉門偶爾合三奇,值此經云百事宜。 開、休、生乃北方三白最吉之神。又於三奇中合得一奇者,即謂得奇得門。而又得諸吉星一二佐助之,斯為全美。此時宜出兵征討,發號施令,百事胥順也。
歌辞は言います。吉門が偶然三奇と一宮に会合し、このような時に遇えば、経書の講じるところでは何をしても合宜である。注します。開門・休門・生門は北方の一白・六白・八白の三つの白宮に属し、最も吉の門です。もしこの三門の臨む宮がまたちょうど乙・丙・丁の三奇のいずれか一奇に会すれば、「得奇得門」と呼びます。さらに一・二の吉星が傍らで輔助すれば、それは十全十美です。このような時辰は出兵征討・発号施令に宜しく、百事皆順遂です。
更合從傍加檢點,餘宮不可有微疵。 如得開、休、生三門,又合乙、丙、丁三奇,未為全吉,猶忌餘宮犯格。先賢隱其天機妙處,未言其故,所以奇門不吉者百十餘格,不犯此,即犯彼,非精究難知。如餘宮有犯,若得直符直使時干相佐,則又何妨。蓋符使與干,乃三奇八門,一時之主宰也。若用乙奇,餘宮切忌逃走猖狂,庚加乙等格不為吉;若投江夭矯,不必忌矣。
歌辞は言います。さらに再び傍から細かに検点を加えなければならず、その余の各宮に一点の毛病もあってはならない。注します。たとえ開・休・生の三吉門を得、また乙・丙・丁の三奇に会しても、なお十全の吉と算することはできず、依然としてその余の各宮が凶格を犯すことを忌まなければなりません。前代の高手はこの層の天機を蔵してその故を言い出さず、奇門の中の不吉の格は百余りあって、これを犯さなければあれを犯し、精細に推究しなければ実に知り難いのです。もしその余の宮に確かに犯すところがあっても、ただ直符・直使と用いる時干が傍らで相助すれば、すなわち妨げありません――なぜなら符・使と時干は、まさに三奇八門のこの一時辰における主宰だからです。例を挙げて言えば、もし用いるのが乙奇なら、その余の各宮は最も「青龍逃走」「白虎猖狂」を忌み、庚加乙の類の格は吉と算するに足りません。「朱雀投江」「螣蛇夭矯」などの乙に渉らない格に至っては、忌むに及びません。
三奇得使誠堪使,六甲遇之非小補。 謂得三吉門直使加奇,而又遇直符也。凡乙丙丁三奇,得與開休生之直使相合,為三奇得使,誠可取而用之矣。若再遇直符之甲來加,謀為尤無不利也。舊解非。
歌辞は言います。三奇得使は確かに取り用いるに値し、もし再び六甲に遇えば、好処はなお小ならず。注します。この二句は、開・休・生の三吉門のうちの直使が三奇の上に加臨することを得て、しかもまた直符に碰上ることを言います。およそ乙・丙・丁の三奇が開・休・生の三門と直使を作すあの門と相合すれば、「三奇得使」と呼び、確かに取り用いることができます。もし再び直符の甲が加臨して来れば、謀劃するどんな事も往々にして利せずはありません。旧注はこの二句を誤って解しました。
乙逢犬馬丙鼠猴,六丁玉女騎龍虎,又有三奇游六儀,號為玉女守門扉。 據上下文義,當云:號為三奇游六儀,又有玉女守門扉。言地盤之乙,得甲午、甲戌為直符來加,而天盤之乙,又遊於甲午、甲戌之儀,為乙奇游儀,丙丁仿此,乃所謂三奇游六儀也。俗本訛傳,遂以遊儀為守門,殊不可解。玉女守門,言丁奇守於直使之門也。
歌辞は言います。乙奇は甲戌(犬)・甲午(馬)に遇い、丙奇は甲子(鼠)・甲申(猴)に遇い、六丁玉女は甲辰(龍)・甲寅(虎)に騎り、これを三奇游六儀と呼び、さらに玉女守門扉あり。注します。上下文義に按ずれば、この二句は「号為三奇游六儀、又有玉女守門扉」と作るべきです。意味は、地盤の上の乙が、甲午または甲戌旬の直符の加臨を得て、かつ天盤の上の乙がまた甲午・甲戌の二つの儀に游ぶこと、これが乙奇游儀です。丙・丁の両奇はこれに類推し、これがいわゆる三奇游六儀です。俗本の伝抄が誤りをなし、游儀を守門に当ててしまい、実に講じ通じません。いわゆる玉女守門とは、丁奇が直使の門の落ちる宮を守ることを言います。
若作陰私和合事,請君但向此中推。 謂當守門之時,宜作陰私和合諸事。
歌辞は言います。もし隠私・和合の類の事を弁ぜんとするなら、諸君はここから推求してゆきたまえ。注します。意味は玉女守門の時辰に遇えば、隠私・説合・締結の類の事を弁するに宜しいということです。
天三門兮地四戶,問君此法知何處,太沖小吉與從魁,此是天門私出路。地戶危除定與開,舉事皆從此中去。 酉、卯、未為天三門,以月將加所用正時,看天盤卯、酉、未三字落何方。如巳為月將,加午時上,順數干未申酉戌亥子丑寅卯辰,即申、辰、戌上,乃天三門也。地戶有四,以月建加所用時上,看危、除、定、開四字,落何方向。如己亥年八月午時,以建加午上順輪去,未除、戌定、丑危、辰開,即辰、戌、丑、未四方向上,得四地戶。
歌辞は言います。天に三門あり、地に四戸あり。請う、この法は何処から知ることを求めればよいのか。太冲・小吉・従魁の三将の臨む処が、即ち天門という隠秘の出路である。地戸は則ち危・除・定・開の四字の臨む処で、事を挙げるには皆ここから走るべし。注します。酉・卯・未の三支が天三門です。求め方は、当月の月将を用いる正時の上に加えて天盤を転出し、卯・酉・未の三字がどの方位に落ちるかを見ます。たとえば巳を月将とすれば、巳を午時の上に加え、順に数えて午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・辰とすれば、卯は申に落ち、未は辰に落ち、酉は戌に落ちることが得られ、それでは申・辰・戌の三方が天三門です。地戸は四つあります。月建を用いる時辰の上に加え、危・除・定・開の四字がどの方向に落ちるかを見ます。たとえば己亥年八月の午時で、月建を午の上に加えて順に排してゆけば、未の上に除・戌の上に定・丑の上に危・辰の上に開を得、それでは辰・戌・丑・未の四つの方向が便ち四地戸です。
六合太陰太常君,三辰元是地私門。更得奇門相照耀,出門百事總欣欣。 以天月將加所用正時,看貴人所泊何宮,即於貴人上起:貴、螣、朱、六、勾、青、空、白、常、玄、陰、後,順逆而行。陽貴人出於先天之坤,子上起甲午順布,乙癸在丑、庚與乙合、戊與癸合,取干德合者為貴人,故戊庚二干陽貴在丑是也。己干在未、甲與己合,故甲干陽貴在未。陰貴人出於後天之坤,申上起子逆行,乙癸在未、庚戊相合,故甲干陰貴在丑。自亥至辰,陰陽貴順行;自巳至戌,陰陽貴逆行。若得六合、太陰、太常三神,與奇門同臨其方者,百事大吉。
歌辞は言います。六合・太陰・太常の三位は、もともと地私門である。もし再び三奇吉門と同一方に相照すれば、出門してどんな事を弁じても歓欣して順遂である。注します。当月の月将を用いる正時の上に加えて天盤を転出し、貴人がどの宮に停まるかを見て、貴人のあの一宮から起こり、順次貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青龍・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后の十二神を排し、陽貴は順排し、陰貴は逆排します。陽貴人は先天卦の坤位(子に在り)から出て、子上から甲を起こし、午上から順に布きます。乙と癸は同じく丑位に納し、庚は乙と相合し、戊は癸と相合し、およそ天干の徳合のあの一位を取って貴人とするので、戊日・庚日の陽貴は丑にあります。己は未に納し、甲は己と相合するので、甲日の陽貴は未にあります。陰貴人は後天卦の坤位(申に在り)から出て、申上から子を起こして逆行します。乙と癸は同じく未にあり、庚は戊と相配するので、甲日の陰貴は丑にあります。およそ貴人が亥から辰の間に落ちれば、陰陽貴は皆順排し、巳から戌の間に落ちれば、陰陽貴は皆逆排します。排し定めた後、もし六合・太陰・太常の三位の神が三奇吉門と同一方に臨めば、どんな事を弁じても大吉です。
太沖天馬最為貴,卒然有難宜逃避。但當乘取天馬行,劍戟如山不足畏。 以月將加所用正時,順輪去,遇卯字住處,即是太沖、天馬方也。凡有急事,從天馬上而出,可以避禍。
歌辞は言います。太冲天馬というこの方位は最も貴く、突然災難に遇えば、ここから逃避するに宜しい。ただ天馬方に乗じて行けば、たとえ刀槍が山の如くでも畏れるに足りない。注します。当月の月将を用いる正時の上に加え、順に輪排してゆき、卯字がどの方位に停まるかを見れば、そこが即ち太冲天馬方です。およそ緊急の事があれば、天馬方から出て行けば、禍患を避けることができます。
三為生炁、五為死,盛在三兮、衰在五,能識遊三避五時,造化真機須記取。 經云:天道不遠,三五反覆,趨三避五,恢然獨處。如冬陽一局、甲己日子時,以休門為直使,平旦丙寅時,得三乃生氣吉;晨食時戊辰得五,乃害氣凶,百事不宜。又云:重陽有重吉,重陰有重凶。 重陽三宮、重陰七宮。
歌辞は言います。三に数えて生気、五に数えて死気。気は三に盛んにし、気は五に衰える。「游三避五」を能く知る時、これが造化の真機であり、必ず牢記せよ。注します。経書は言います。「天道遠からず、三五反覆、趨三避五、恢然として独処す。」たとえば冬至陽遁一局で、甲日または己日の子時は休門をもって直使とし、平旦の丙寅時に至れば、子時から数えてちょうど第三位で、生気を得て吉とし、早飯時の戊辰時に至れば、数えて第五位で、害気を得て凶とし、百事皆宜しからずです。経中また言います。重陽は加倍の吉あり、重陰は加倍の凶あり。注します。いわゆる重陽は震三宮を指し、重陰は兌七宮を指します。
就中伏吟為最凶,天蓬加著地天蓬,天蓬若到天英上,須知即是反吟宮。 天盤天蓬加地盤天蓬上,曰伏吟;天盤天蓬加地盤天英上,曰反吟。
歌辞は言います。諸格の中で伏吟を最凶とす――即ち天盤の天蓬が地盤の天蓬の上に圧するもの。天蓬がもし天英の位置に走れば、それは反吟の宮である。注します。天盤の天蓬が地盤の天蓬の上に加わるのを伏吟と呼び、天盤の天蓬が地盤の天英の上に加わる(坎一と離九は正对冲する)のを反吟と呼びます。
八門反覆皆如此,死在生門生在死,假令吉宿得奇門,萬事皆凶不堪使。 生門仍在本宮生門,謂之伏吟;生門加在對沖死門,謂之反吟,不吉。此時縱得吉門,反覆多變,餘仿此。
歌辞は言います。八門の反吟伏吟もまたこの道理に照らして判断せよ――死門が生門の上に圧し、生門が死門の上に圧するが便ちそれである。この時たとえ吉星がまた奇門に配していても、万事依然として凶で、取用に堪えない。注します。生門が依然として本宮の生門の上に圧するのを伏吟と呼び、生門が正对冲の死門の上に加わるのを反吟と呼び、いずれも吉せずです。このような時辰はたとえ吉門を得ても、事は反復して変化多端です。残りの各門はこれに類推します。
六儀擊刑何太凶,甲子直愁向東,戌刑在未申刑虎,寅巳辰辰午刑午。 甲子直符加□□三,甲戌直符加地坤二,甲申直符加地艮八,甲寅直符加地巽四,此謂相刑之刑;甲午直符加地離九,甲辰直符加地巽四,謂之自刑之刑。
歌辞は言います。六儀撃刑はなんと凶險なことか――甲子のこの旬は最も東方に向かうを怕れ、甲戌の戌は未に刑し、甲申の申は寅(虎)に刑し、甲寅の寅は巳に刑し、甲辰の辰は自ら辰に刑し、甲午の午は自ら午に刑する。注します。甲子旬の直符が地盤の震三宮に加わり(ここは底本に脱文があり、二字が殘缺し、臆して補うことを敢えてしないが、文意に按ずれば「地震」の二字であるべき)、甲戌旬の直符が地盤の坤二宮に加わり、甲申旬の直符が地盤の艮八宮に加わり、甲寅旬の直符が地盤の巽四宮に加わる。この幾種かを「相刑の刑」と呼びます。甲午旬の直符が地盤の離九宮に加わり、甲辰旬の直符が地盤の巽四宮に加わる。この二種を「自刑の刑」と呼びます。
三奇入墓好詳之,乙日那堪得未時,丙丁屬火火墓戌,此時諸事不須為,更兼六乙來臨六,星奇臨八亦同之。 加六乙日奇,下臨坤二宮,木庫在未;又臨干六宮,火庫居戌;丁奇又臨艮八,亦乃陰生於酉,墓丑也。縱遇三奇,皆不吉,舉事凶。
歌辞は言います。三奇入墓は仔細に分辨せよ――乙日はどうして未時に堪えられようか、丙丁は火に属し火の墓は戌にあり、このような時に遇えば何事も為す莫れ。さらに六乙が六宮に臨み、星奇(丁)が八宮に臨めば、情形も同じである。注します。六乙のこの日奇が下りて坤二宮に臨むのは、木の庫が未にあり未が坤宮に蔵するからです。また乾六宮に臨むのは、火の庫が戌にあり戌が乾宮に蔵するからです。丁奇が艮八宮に臨むのもまた入墓で、丁は陰火に属し、長生が酉にあり墓は丑にあり、丑が艮宮に蔵するからです。これらの情形はたとえ三奇に遇っても、皆吉せず、事を挙げれば必ず凶です。
又有時干入墓宮,課中時下忌相逢,戊戌、壬辰兼丙戌,癸未、丁己丑同凶。 乙庚日:丁丑、癸未、丙戌三時是也。丙辛日:己丑、壬辰、戊戌三時是也。已上乃時干入墓。
歌辞は言います。さらに時干入墓というこの一格があり、排出した課の中で最も時辰の上でそれに碰上るを忌む――戊戌・壬辰および丙戌、癸未・丁丑・己丑は同じく凶である。注します。乙日・庚日が忌むのは丁丑・癸未・丙戌の三つの時辰です。丙日・辛日が忌むのは己丑・壬辰・戊戌の三つの時辰です。以上は皆時干入墓に属し、即ち天干が自ら坐する地支に墓せられることです。
五不遇時龍不晴,號為日月損光明,時干來剋日干上,甲日須知時忌庚。 甲日庚午時,乙日辛巳時,丙日壬辰時,丁日癸卯時,戊日甲寅時,己日乙丑時,庚日丙子時,辛日丁酉時,壬日戊申時,癸日己未時,已上俱為七殺時,陽克陽時,陰克陰時。
歌辞は言います。五不遇時は龍が晴天を得ないが如く、これを日月の光明を損すると称す。これは用いる時辰の天干が当日の日干を剋することで、たとえば甲日は庚時を忌まなければならない。注します。甲日は庚午時を忌み、乙日は辛巳時を忌み、丙日は壬辰時を忌み、丁日は癸卯時を忌み、戊日は甲寅時を忌み、己日は乙丑時を忌み、庚日は丙子時を忌み、辛日は丁酉時を忌み、壬日は戊申時を忌み、癸日は己未時を忌みます。以上は皆「七殺時」で、その特徴は陽干が陽干を剋し、陰干が陰干を剋し、同性相剋するので、害をなすことが殊に重いのです。
奇與門兮共太陰,三般難得總來臨,若還得二亦為吉,舉措行藏必遂心。 冬至後用陽遁,以直符前二位為太陰;夏至後用陰遁,以直符後二位為太陰。此言奇門太陰三位,同到者大吉,但難得。若奇門有一與太陰同者,亦吉也。
歌辞は言います。三奇・吉門にさらに太陰を加え、この三つが一斉に同一宮に臨むのは得難いことである。たとえその中の二つを得るだけでも、吉利と算し、動いても蔵れても心のままに如意である。注します。冬至以後は陽遁を用い、直符から前へ数えて第二位を太陰とします。夏至以後は陰遁を用い、直符から後へ数えて第二位を太陰とします。ここの幾句は、三奇・吉門・太陰の三者が同一宮に至るのが大吉だと言い、ただこの機会は遇い難いのです。もし三奇または吉門の中に一つでも太陰と同宮し得れば、また吉利と算します。
更得直符直使利,兵家用事最為貴,當從此地擊其沖,百戰百勝君須記。 如直符在離,即背離擊坎;直符在干,即背干擊巽。此又與坐孤擊虛者不同。
歌辞は言います。もし再び直符・直使の利を得れば、それは兵家の用事において最も貴い。直符のある地から出発してその对冲方を攻打すべし。百戦百勝、諸君に牢記を請う。注します。たとえば直符が離宮にあれば、離宮を背にして坎宮を攻打し、直符が乾宮にあれば、乾宮を背にして巽宮を攻打します。この一条は前に講じた「坐孤撃虚」と同一のことではなく、混用してはなりません。
天乙之神所在宮,大將宜居擊對沖,假令直符居離九,天英坐取擊天蓬。 天乙者即直符也。
歌辞は言います。天乙の神のあるあの一宮に、主将は駐すべし。その正対面の一宮を攻撃せよ。たとえば直符が離九宮に落ちれば、天英の位に坐守して天蓬のある坎一宮を攻撃する。注します。ここで言う天乙とは、即ち直符です。
甲乙丙丁戊陽時,神居天上要君知,坐擊須憑天上奇,陰時地下亦如之。 甲乙丙丁戊五陽時,利為客,宜先舉兵高旗鳴鼓,耀武揚威取勝。己庚辛壬癸五陰時,利為主,宜後舉兵,低鼓銜枚,待敵而後決勝。
歌辞は言います。甲・乙・丙・丁・戊の五つの陽干の時は、神は天盤の上にあり、この点を知るべし。坐守と攻撃は皆天盤の上の奇に憑って定める。陰干の時は則ち地盤に依り、办法は同じである。注します。甲乙丙丁戊の五つの陽時は「客」を作るに利し、先に手を動かして兵を出すに宜しく、旗幟を高く挙げ、戦鼓を擂り鳴らし、武威を耀い揚げて勝ちます。己庚辛壬癸の五つの陰時は「主」を作るに利し、後に手を動かすに宜しく、鼓声を低く伏せ、口に枚木を銜え、敵が先に動くを待ってしかる後に勝を決します。
若見三奇在五陽,偏宜為客自高強,忽然逢著五陰位,又宜為主好裁詳。 陽時利為客,陰時利為主,不分陰陽二遁,俱從此議。
歌辞は言います。もし三奇が五つの陽時の位に落ちるを見れば、殊に客を作るに宜しく、気勢は自然と高強である。忽然として五つの陰時の位に碰上れば、それはまた主を作るに宜しく、よく斟酌すべし。注します。陽時は客を作るに利し、陰時は主を作るに利し、排するのが陽遁であれ陰遁であれ、一概にこの原則に照らして判断します。
直符前三六合位,太陰之神在前二,後一宮中為九天,後二之神為九地。 如陽遁坎一宮,甲子時直符到坎,逆布九天,直符坎、九天干、九地兌、元武坤、白虎離、六合巽、太陰震、螣蛇艮。陰遁坎一宮,甲子時直符在坎,順布九天,直符坎、九天艮、九□□、元武巽、白虎離、六合坤、太陰兌、螣蛇干。直符、九天、九地、陰、合五吉神也。
歌辞は言います。直符から前へ数えて第三位は六合で、太陰の神は前へ第二位にあり、後へ第一宮は九天、後へ第二位の神は九地である。注します。たとえば陽遁で甲子時の直符が坎一宮に落ちれば、坎宮から起こって逆に九天等の神を布します。直符は坎に、九天は乾に、九地は兌に、玄武は坤に、白虎は離に、六合は巽に、太陰は震に、螣蛇は艮にあります。陰遁で甲子時の直符が坎一宮に落ちれば、坎宮から起こって順に布きます。直符は坎に、九天は艮に、九地は震に(ここは底本に脱文があり、二字が殘缺し、臆して補うことを敢えてしません)、玄武は巽に、白虎は離に、六合は坤に、太陰は兌に、螣蛇は乾にあります。八神のうち、直符・九天・九地・太陰・六合の五位は吉神です。
九天之上好揚兵,九地潛藏好立營,伏兵但向太陰位,若逢六合利逃形。天地人分三遁名,天遁月精華蓋臨,地遁日精紫雲蔽,人遁當知是太陰。 天丙奇生門與地丁合,得月華之蔽,為天遁;天乙奇開門與地己合,得日精之蔽,為地遁;天丁奇休門與太陰合,得星精之蔽,為人遁。
歌辞は言います。九天の上では兵威を張揚するに宜しく、九地の下では潜蔵して営を立てるに宜しい。兵馬を埋伏するには只管太陰の位に往き、六合に逢えば形を蔵して逃遁するに利あり。このほか天遁・地遁・人遁の三種の遁名あり。天遁は月精華蓋の来臨し、地遁は日精が紫雲に遮蔽され、人遁は則ち太陰であると知るべし。注します。天盤の丙奇・生門が地盤の丁と相合し、月華の遮蔽を得るのを天遁と呼び、天盤の乙奇・開門が地盤の己と相合し、日精の遮蔽を得るのを地遁と呼び、天盤の丁奇・休門が太陰と相合し、星精の遮蔽を得るのを人遁と呼びます。
生門六丙合六丁,此為天遁甚分明,開門六乙合六己,地遁如斯而已矣。休門六丁共太陰,欲求人遁無過此,庚為太白丙為惑,庚丙相加誰會得,六庚加丙白入熒,六丙加庚熒入白。 天庚加地丙,為白入熒,又為金入火鄉,天柱、天心,驚門、開門到離宮亦是。天丙加地庚,為熒入白,又為火入金鄉,天英、景門到乾兌二宮亦是。歌曰:二星加處氣凶橫,縱得奇門慎勿行。此時若欲移方去,金火之鄉是惡神。
歌辞は言います。生門に六丙を加えまた六丁に合すれば、これが天遁で、明明白白。開門に六乙を加えまた六己に合すれば、地遁はこれに過ぎない。休門に六丁を配しさらに太陰を加えれば、人遁を求めるにこれより良いものはない。庚は太白金星で、丙は熒惑火星であり、庚丙相加の道理は誰が領会し得ようか。六庚加丙は「白入熒」と呼び、六丙加庚は「熒入白」と呼ぶ。注します。天盤の庚が地盤の丙の上に加わるのを白入熒と呼び、また金入火郷と呼びます。金に属する天柱・天心の両星と驚門・開門が火に属する離宮に落ちれば、同じくこの格に算します。天盤の丙が地盤の庚の上に加わるのを熒入白と呼び、また火入金郷と呼びます。火に属する天英と景門が金に属する乾・兌の二宮に落ちれば、同じくこの格に算します。歌訣に言います。「二星加処気凶横、縦得奇門慎勿行。此時若欲移方去、金火之郷是悪神。」意味はこの二格に遇えば、たとえ奇門があっても切に出行するなかれ。この時もし方向を換えて行かんとするなら、金と火の交加する郷は皆悪神のある処です。
白入熒兮賊即來,熒入白兮賊即滅。丙為勃兮庚為格,格則不通勃亂逆。 天盤丙加地盤直符庚,為勃格,主綱紀紊亂,但甲申直符帶庚,加十干時俱不吉。經云:六丙符為勃,火星焚大屋,移室且安然,獨自聞愁哭。又云:庚若加於時日干,惟宜固守即為安。凡百遇此凶難測,說與時師仔細詳。
歌辞は言います。太白が熒惑に入れば、盗賊即ち来らんとし、熒惑が太白に入れば、盗賊即ち滅びんとする。丙を「勃」と呼び、庚を「格」と呼ぶ。格は阻隔して通ぜず、勃は悖乱叛逆である。注します。天盤の丙が地盤の直符を作す庚の上に加われば、即ち勃格で、綱紀の紊乱を主ります。ただ甲申庚のこの旬が直符を作す間、それがどの天干の時辰に加わっても吉せずです。経書は言います。「六丙符為勃、火星焚大屋、移室且安然、独自聞愁哭。」意味は丙火が勃を作せば、火星が屋を焼くが如く、ただ遷り去ってこそ安然で、さもなくば独自愁哭を聞きます。また言います。「庚若加於時日干、惟宜固守即為安。凡百遇此凶難測、説与時師仔細詳。」意味は庚が時干または日干の上に加われば、ただ固守すればこそ安く、凡事それに遇えば凶難測り難く、仔細に推詳すべきです。
丙加天乙為勃符,天乙加丙為飛勃。 此承上文言天乙者,皆甲申庚直符也。丙加地盤直符之庚為勃格。天上直浮之庚,加於地之六丙為飛勃,亦名符勃。凡舉事用兵,主綱紀紊亂。
歌辞は言います。丙が天乙の上に加わるのを「勃符」と呼び、天乙が丙の上に加わるのを「飛勃」と呼ぶ。注します。ここは上文の言う天乙に承接し、いずれも甲申庚のこの旬が作す直符を指します。丙が地盤の上で直符を作す庚に加われば、即ち勃格です。天盤の上で直符を作す庚が、地盤の六丙の上に加われば、即ち飛勃で、また符勃と呼びます。およそこのような時辰に事を挙げ兵を用いれば、皆綱紀の紊乱・号令の行われぬを主ります。
庚加日干為伏干,日干加庚飛干格。 六庚為太白,加於日干為伏干格,主客俱不利。經曰:乾上如逢太白臨,伏干之日必遭擒。又今日之干,加於六庚為飛干格,主客兩傷。經曰:干若反臨庚,飛干格自明,戰爭俱不利,為客得平平。
歌辞は言います。庚が日干の上に加わるのを「伏干格」と呼び、日干が庚の上に加わるのを「飛干格」と呼ぶ。注します。六庚は太白金星で、当日の日干の上に加われば即ち伏干格で、攻守双方とも利せずです。経書は言います。「干上如逢太白臨、伏干之日必遭擒。」また、当日の日干を六庚の上に加えれば即ち飛干格で、攻守両方とも傷を受けます。経書は言います。「干若反臨庚、飛干格自明、戦争俱不利、為客得平平。」意味は客を作る一方がまだ辛うじて平安を保ち得るということです。
加一宮兮戰于野,同一宮兮戰於國。 加一宮者,庚加日干,或日干加庚,俱不利,戰于野,凶。同一宮者,乃天乙太白同宮,即戰於國,俱不利,主客兩凶。占人在否,格則不在;占人來否,格則不來。
歌辞は言います。庚と日干が分かれて両宮に加わるのを「戦于野」と呼び、同一宮に処するのを「戦于国」と呼ぶ。注します。いわゆる一宮に加わるとは、庚が日干に加わる、または日干が庚に加わるこの二種の情形で、いずれも利せず、郊野で交戦するので凶です。いわゆる同一宮とは、天乙と太白(庚)が同一宮に落ちることで、それは則ち国都の内で交戦するので、やはり利せず、攻守双方とも凶です。人が在るか否かを占うに用いれば、格に逢えば不在で、人が来るか否かを占えば、格に逢えば来ません。
庚加直符天乙伏,直符加庚天乙飛。 經云:庚加直符為伏宮,若要交鋒不見功,主客此時俱不吉,惟宜刁斗警營中。凡占見人不在,來人不來,此時不宜先舉。如立春下元陽遁,坤五起甲子,甲己日壬申時,六壬在干,即以天芮為直符加乾上,卻得輔庚,下臨坤二宮,名天乙伏宮格也。經云:飛宮直符加六庚,兩敵相爭主卻贏,若值此時宜固守,出時大將必遭擒。如春分中局陽遁,離宮起甲子,甲己日庚午時,六庚在坤二宮。庚午時,乃甲子旬管下,甲子在離,即以天英為直符,加於庚時干坤上,即直符加六庚,乃天乙飛宮格也。
歌辞は言います。庚が直符の上に加わるのを「天乙伏宮」と呼び、直符が庚の上に加わるのを「天乙飛宮」と呼ぶ。注します。経書は言います。「庚加直符為伏宮、若要交鋒不見功、主客此時俱不吉、惟宜刁斗警営中。」意味はこの時交鋒して功なく、ただ営中で刁斗を敲いて戒備するに宜しい。およそ人を占えば不在、来人を占えば来ず、また先んじて手を動かすに宜しからず。例を挙げます。立春下元陽遁で、甲子は坤宮に起こり(中五は坤に寄る)、甲日または己日の壬申時は、六壬が乾宮にあるので、天芮をもって直符として乾宮の上に加えます。このように天輔が庚を帯びて坤二宮に落ちれば、これを天乙伏宮格と呼びます。経書はまた言います。「飛宮直符加六庚、両敵相争主却贏、若値此時宜固守、出時大将必遭擒。」例を挙げます。春分中元陽遁で、甲子は離宮に起こり、甲日または己日の庚午時は、六庚が坤二宮にあります。庚午時は甲子旬の管に帰し、甲子は離宮にあるので、天英をもって直符とし、庚という時干のある坤宮の上に加えます。これが即ち直符加六庚で、天乙飛宮格と呼びます。
庚加癸兮為大格,加己為刑格不宜。 經云:六庚加癸為大格,求人不見事難通。凡值大格,車破馬損,人離財散。如秋分下局陰遁,巽四宮起甲子,甲己日丙寅時,六庚在坤二宮,以天輔直符,加時干丙上,六干宮即得天芮,六庚臨艮八宮癸上,此名大格也。經云:六庚加六己,尺地須千里,車馬遠疲勞,軍兵中路止。如值刑格出兵,車破馬倒,中道而止,士卒逃亡,多招凶咎。如大寒上局陽遁,震三宮起甲子,甲己日丙寅時,天沖直符加丙時干坎上,即得天禽六庚加四巽巳上,此名刑格也。
歌辞は言います。庚が癸の上に加わるのを「大格」と呼び、己の上に加わるのを「刑格」と呼び、いずれも用いるに宜しからず。注します。経書は言います。「六庚加癸為大格、求人不見事難通。」およそ大格に遇えば、車壊れ馬傷つき、人離れ財散ずるに会します。例を挙げます。秋分下元陰遁で、甲子は巽四宮に起こり、甲日または己日の丙寅時は、六庚が坤二宮にあります。天輔をもって直符として時干丙の上に加えれば、乾六宮は便ち天芮を得、六庚は艮八宮の癸の上に落ちます。これを大格と呼びます。経書はまた言います。「六庚加六己、尺地須千里、車馬遠疲労、軍兵中路止。」意味は咫尺の近さも千里を走った如く。もし刑格に逢って兵を出せば、車壊れ馬倒れ、半路にして止り、士卒逃亡して、多く凶咎を招きます。例を挙げます。大寒上元陽遁で、甲子は震三宮に起こり、甲日または己日の丙寅時は、天冲を直符として時干丙のある坎宮に加え、ここにおいて天禽が六庚を帯びて巽四宮の巳の上に加わります。これを刑格と呼びます。両格の分別は、庚が癸の上に落ちれば大格で、人と財の両失を主り、庚が己の上に落ちれば刑格で、中途に阻まれるを主ります。
庚加壬時為上格,又嫌歲月日時遲。 六庚加六壬為上格,如當此時,不利出師。又曰:六庚加年干為歲格凶。如甲子年,庚加甲子乾上是也。辛丑年立春中局,陽遁五宮、五中起甲子,甲己日癸酉時,癸干在坎,中五天禽寄坤,即以天睿芮為直符,加坎一宮,見天柱六庚,下臨辛年干上艮八宮,此名歲格也。
歌辞は言います。庚が壬の上に加わるのを「上格」と呼び、また年・月・日・時の四干に牽連して事を遅滞させるを嫌う。注します。六庚が六壬に加わるのを上格と呼び、このような時辰に遇えば、出兵に利せずです。また言います。六庚が年干の上に加わるのを「歳格」と呼び、凶とします。たとえば甲子年に、庚が甲子の年干の上に加わるが即ちそれです。例を挙げます。辛丑年立春中元で、陽遁五局を用い、甲子は中五宮に起こり、甲日または己日の癸酉時は、癸という干が坎宮にあり、中五の天禽は坤宮に寄るので、ここにおいて天芮をもって直符として坎一宮に加えます。この時天柱が六庚を帯びて、辛という年干のある艮八宮の上に落ちるのを見ます。これを歳格と呼びます。
六庚加月朔為月格。以己月干為例,如立春上局陽遁,艮八宮起甲子,甲己日丁卯時,庚在坎上,丁時干在中寄坤,甲子在艮,天任為直符加坤,己月干在離加蓬庚到離巳上,是庚加己月朔為月格。六庚加日為日格凶。小暑下局陰五遁,己日丙寅時,天禽為直符,加丙時干兌上,庚在震,己干在巽,芮加兌得沖,庚加巽己,是六庚加日干之上,為日格也,不吉。六庚加本用時干者,為時格。如小寒上局陽二遁坤宮,丙辛日己丑時,六庚在巽四宮,己丑時亦乃甲申旬管下,天輔為直符,加己時干震三宮,此名時格。凡遇庚為直符者,管下十時,皆為時格、凶。
注(続き)します。六庚が月干の上に加わるのを「月格」と呼びます。己を月干と作すのを例とします。立春上元陽遁で、甲子は艮八宮に起こり、甲日または己日の丁卯時は、庚が坎宮にあり、丁という時干は中五に在って坤に寄り、甲子は艮宮にあるので、天任をもって直符として坤宮に加えます。月干己は離宮にあり、ここにおいて天蓬が庚を帯びて離宮の巳の上に加わります。これが即ち庚加己月干で月格を成します。六庚が日干の上に加わるのを「日格」と呼び、凶とします。例を挙げます。小暑下元陰遁五局で、己日の丙寅時は、天禽を直符として時干丙のある兌宮に加え、庚は震宮にあり己は巽宮にあります。天芮が兌に加わって天冲を得れば、庚は即ち巽宮の己の上に加わります。これは六庚が日干の上に加わることで、日格と呼び、吉せずです。六庚が当下の用いる時干の上に加わるのを「時格」と呼びます。例を挙げます。小寒上元陽遁二局で、甲子は坤宮に起こり、丙日または辛日の己丑時は、六庚が巽四宮にあります。己丑時は甲申旬の管に帰し、天輔をもって直符として時干己のある震三宮に加えます。これを時格と呼びます。およそ庚の作す直符に碰上れば、それが管するあの十の時辰は皆時格と算し、皆凶です。
更有一般奇格者,六庚謹勿加三奇。此時若也行兵去,疋馬隻輪無反期。 天庚加地丙丁,及加天英景門,乃下克上,先舉者凶。天庚加地乙,及加沖輔傷杜門,乃上克下,先舉者勝。
歌辞は言います。さらに「奇格」と呼ぶ一種あり、千万に六庚を三奇の上に加えてはならない。このような時辰に出兵すれば、一匹の馬、一隻の車輪すら帰って来ない。注します。天盤の庚が地盤の丙・丁の上に加わり、および天英・景門のある宮に加わるのは、これは下の火が上の金を剋し、下剋上に属し、先に手を動かす一方が凶です。天盤の庚が地盤の乙の上に加わり、および天冲・天輔・傷門・杜門のある宮に加わるのは、これは上の金が下の木を剋し、上剋下に属し、先に手を動かす一方が獲勝します。
六癸加丁蛇夭矯,六丁加癸雀投江。 經云:六癸加六丁,夭矯迷路程,憂惶難進步,端坐卻安寧。天癸加地丁,名為螣蛇夭矯格,此時用事不利。如冬至下局陽四遁,丙辛日半夜戊子時,六癸在九離,戊子時乃甲申旬,甲申在干,天心為直符,加戊時干巽四上,丁原在坎,見天英癸加坎,名夭矯。縱得奇門,勿用。
歌辞は言います。六癸が丁の上に加わるのを「螣蛇夭矯」と呼び、六丁が癸の上に加わるのを「朱雀投江」と呼ぶ。注します。経書は言います。「六癸加六丁、夭矯迷路程、憂惶難進歩、端坐却安寧。」意味はこの時出行すれば路を迷い、憂懼して進み難く、安坐して動かなければかえって平安です。天盤の癸が地盤の丁の上に加われば、即ち螣蛇夭矯格と呼び、このような時辰は事を弁ずるに利せずです。例を挙げます。冬至下元陽遁四局で、丙日または辛日の半夜戊子時は、六癸が離九宮にあります。戊子時は甲申旬の管に帰し、甲申は乾宮にあるので、天心をもって直符として時干戊のある巽四宮に加えます。丁はもと坎宮にあり、ここにおいて天英が癸を帯びて坎宮に加わります。これを夭矯と呼びます。たとえ同時に奇門を得ても、用いてはなりません。
丁屬火、為朱雀。癸為水,丁加癸,名雀投江。經云:六丁加六癸,朱雀入流水,口舌猶未了,官事使人恥恥,或有詞訟,自陷刑獄。或聞火起,不必往救。如夏至中局陰三遁,甲己日壬申時用事,此時六丁在干六宮,壬申時甲子旬管下,甲子在震,以天沖為直符,加壬時干艮八宮,六丁下臨兌七宮癸上,是朱雀投江之格。
注(続き)します。丁は火に属し、朱雀を象徴し、癸は水に属します。丁が癸の上に加われば、即ち朱雀投江と呼びます。経書は言います。「六丁加六癸、朱雀入流水、口舌猶未了、官事使人恥恥。」意味は口舌が纏まらず尽きず、官司が人をして难堪ならしめます。この時もし詞訟があれば、自ら刑獄に陥り、もし何処かで失火と聞いても、駆けつけて救うに及びません。例を挙げます。夏至中元陰遁三局で、甲日または己日の壬申時に用事すれば、この時六丁は乾六宮にあります。壬申時は甲子旬の管に帰し、甲子は震宮にあるので、天冲をもって直符として時干壬のある艮八宮に加え、ここにおいて六丁は兌七宮の癸の上に落ちます。これが即ち朱雀投江の格です。
六乙加辛龍逃走,六辛加乙虎猖狂。 金為太白,又名白虎;木為青龍,金克木為龍虎相鬥、不吉。經云:六乙若加辛,金木不相親,龍神也須遁,樂逸不求嗔。蓋乙屬木為青龍,故乙加辛為青龍逃走。如立秋上局陰二遁坤宮,丙辛日己亥時,此時乙在三宮,辛在八宮,己亥時、甲午旬管下,甲午在艮,天任為直符,加時干己上坎宮,則見三宮之乙,下臨艮八宮逢辛,是青龍逃走。
歌辞は言います。六乙が辛の上に加わるのを「青龍逃走」と呼び、六辛が乙の上に加わるのを「白虎猖狂」と呼ぶ。注します。金は太白で、また白虎と呼び、木は青龍です。金が木を剋すれば、即ち龍虎が相闘うので、吉せずです。経書は言います。「六乙若加辛、金木不相親、龍神也須遁、楽逸不求嗔。」乙は木に属し青龍と為すので、乙が辛の上に加わるのを青龍逃走と呼びます。例を挙げます。立秋上元陰遁二局で、甲子は坤宮に起こり、丙日または辛日の己亥時は、この時乙は三宮にあり辛は八宮にあります。己亥時は甲午旬の管に帰し、甲午は艮宮にあるので、天任をもって直符として時干己のある坎宮に加え、ここにおいて三宮の乙は艮八宮に落ちて辛に碰上ります。これが即ち青龍逃走です。この格は人口の走失・逃亡して帰らぬを主り、身体を占えば傷残し、財物を占えば耗散します。
經云:六辛加六乙,白虎也悲哀,若干錢財事,須防自己災。六辛加六乙,名白虎猖狂格,此時不宜舉事。如小暑中局陰二遁,坤宮起甲子,甲己日壬申時,乙在三宮,辛在八宮,壬申時、甲子旬管下,甲子在坤,天芮為直符,加壬時干兌七宮順去,見任辛下臨震三宮,是白虎猖狂格。
注(続き)します。経書は言います。「六辛加六乙、白虎也悲哀、若干錢財事、須防自己災。」六辛が六乙の上に加わるのを白虎猖狂格と呼び、このような時辰は事を挙げるに宜しからずです。例を挙げます。小暑中元陰遁二局で、甲子は坤宮に起こり、甲日または己日の壬申時は、乙は三宮にあり辛は八宮にあります。壬申時は甲子旬の管に帰し、甲子は坤宮にあるので、天芮をもって直符として時干壬のある兌七宮に加え、順に推してゆけば、天任が辛を帯びて震三宮に落ちます。これが即ち白虎猖狂格です。この格は破財敗家・人口の死傷を主り、出行すれば信を失い約を違え、およそ事を謀るには皆自身が先に災を招くを防がなければなりません。
請觀四者是凶神,百事逢之莫舉行。 螣蛇夭矯、朱雀投江、青龍逃走、白虎猖狂已上四格俱主凶,不宜舉事。
歌辞は言います。見よ、以上のこの四様は皆凶神で、百事それに碰上れば皆手を動かすなかれ。注します。螣蛇夭矯・朱雀投江・青龍逃走・白虎猖狂のこの四つの格は皆凶を主り、事を挙げるに宜しからずです。それらはそれぞれ癸加丁・丁加癸・乙加辛・辛加乙によって構成され、前の二つは水火の相犯に属し、後の二つは金木の相戦に属します。
丙加甲兮鳥跌穴格,甲加丙兮龍返首。 天丙加地甲,乃飛鳥跌穴格,百事大吉。赤松子云:進飛得地,雲龍聚會,君臣燕喜,舉動皆利。此從生而擊死,百戰百勝定然無疑。如大寒上局陽三遁,震宮起甲子,丙在坎,甲己日丁卯時,天沖直符加丁時干離上,即六丙下臨六甲於三宮,此名飛鳥跌穴,出兵遠行,百事大吉。天甲加地丙,名青龍返首格,百事大吉,不問陰陽二遁得此局,更合奇門、上吉。如冬至上局陽一遁,甲己日丙寅時,丙在艮,以甲子天蓬為直符,加丙時干於艮八宮,得甲加丙同在艮宮,即為青龍返首格。此時舉兵,萬事大吉,從生擊死,一敵萬人。
歌辞は言います。丙が甲の上に加わるのを「飛鳥跌穴」格と呼び、甲が丙の上に加わるのを「青龍返首」格と呼ぶ。注します。天盤の丙が地盤の甲の上に加われば、即ち飛鳥跌穴格で、百事大吉です。赤松子は言います。「進飛得地、雲龍聚会、君臣燕喜、挙動皆利。」この格は生方から往って死方を攻打するので、百戦百勝で絶対に疑いありません。例を挙げます。大寒上元陽遁三局で、甲子は震宮に起こり、丙は坎宮にあり、甲日または己日の丁卯時は、天冲を直符と作して時干丁のある離宮に加え、ここにおいて六丙は三宮の六甲の上に落ちます。これを飛鳥跌穴と呼び、出兵遠行に百事大吉です。反対に、天盤の甲が地盤の丙の上に加わるのを青龍返首格と呼び、やはり百事大吉です。陰遁陽遁を論せず、ただこの局を排出し、さらに三奇吉門を配上すれば上吉です。例を挙げます。冬至上元陽遁一局で、甲日または己日の丙寅時は、丙は艮宮にあり、甲子の値する天蓬をもって直符とし、時干丙のある艮八宮に加え、ここにおいて甲は丙の上に加わり、同じく艮宮に処します。これが即ち青龍返首格です。この時兵を出せば、万事大吉で、生方から死方を攻撃すれば、一人で万人に敵することができます。
只此二者是吉神,為事如意十八九。 言前鳥跌穴龍返首二局,萬事大吉。若得奇門,行兵出戰,求謀嫁娶造葬,俱吉利。
歌辞は言います。ただこの二つのみが吉神で、事を弁ずれば十に八九は心に称う。注します。これは前に講じた飛鳥跌穴・青龍返首の二つの格を言い、万事大吉です。もしさらに三奇吉門の相配を得れば、行軍作戦・謀事・嫁娶・営造・安葬は、様様皆吉利です。
吉門若遇開休生,諸事逢之總情。傷宜捕獵終須獲。杜好邀遮及隱形。景上投書並破陣。驚能擒訟有聲名。若問死門何所主。只宜吊死與行刑。蓬任沖輔禽陽星,英芮柱心陰宿名。 先天坎一為陽、離九為陰,艮八為陽、坤二為陰,震三為陽、兌七為陰,巽四為陽、干六為陰。後天冬至陽生於子,坎一、艮八,震三、巽四屬陽,天道順行;夏至陰生於午,離九、坤二,兌七、干六屬陰,天道逆行。故以蓬、任、沖、輔、禽五星屬陽,英、芮、柱、心四星屬陰。陽宮而得陽星,陰宮而得陰星也。
歌辞は言います。吉門がもし開・休・生の三門に遇えば、諸事これに逢えば皆心に称う。傷門は捕獵に宜しく、終に獲るところあり。杜門は拦截して路を堵し形跡を隠蔵するに好く用いられる。景門は書信を投逓し陣を衝き敵を破るに宜しい。驚門は罪犯を擒拿し、官司に打ち勝って名を揚げ得る。もし死門は何を主るかと問うなら、ただ弔喪と行刑に宜しいのみ。天蓬・天任・天冲・天輔・天禽は陽星に属し、天英・天芮・天柱・天心は陰宿の名である。注します。先天卦に按ずれば、坎一は陽・離九は陰、艮八は陽・坤二は陰、震三は陽・兌七は陰、巽四は陽・乾六は陰です。後天卦に按ずれば、冬至に一陽が子に生ずるので、坎一・艮八・震三・巽四は陽に属し、天道は順行します。夏至に一陰が午に生ずるので、離九・坤二・兌七・乾六は陰に属し、天道は逆行します。したがって天蓬・天任・天冲・天輔・天禽の五星を定めて陽星とし、天英・天芮・天柱・天心の四星を定めて陰星とします。陽宮はもともと陽星に配すべく、陰宮はもともと陰星に配すべきです。
輔禽心星為上吉,沖任小吉未全亨,大凶蓬芮不堪遇,小凶英柱不精明。 天輔文曲紀星,天禽廉貞綱星,天心武曲紀星,已上乃北斗文曲、廉貞、武曲三大吉星。天沖祿星,天任輔星,為次吉。天蓬貪狼星,天芮巨門星,大凶不可用。天英弼星,天柱破軍星、小凶,有奇門可用。
歌辞は言います。天輔・天禽・天心の三星は最吉である。天冲・天任はただ小吉と算し、まだ全然の亨通とは言えない。天蓬・天芮は大凶の星で、最好くは遇わないことである。天英・天柱は小凶で、また精明にして用いるに足ると算せず。注します。天輔は北斗の文曲に対応し、紀星です。天禽は廉貞に対応し、綱星です。天心は武曲に対応し、また紀星です。以上は即ち北斗の中の文曲・廉貞・武曲の三顆の大吉の星です。天冲は禄星で、天任は輔星で、次一等の吉に属します。天蓬は貪狼星で、天芮は巨門星で、大凶にして用いるべからずです。天英は弼星で、天柱は破軍星で、小凶に属し、もし三奇吉門の相配があればなお用いることができます。
大凶無氣變為吉,小凶無氣亦同之。 凶星乘休廢囚死絕氣,返吉可用。以天蓬水星為例:休於巳午月、廢於申酉月、囚於四季月,天蓬凶星,值此月分無氣,若得吉奇吉門佑助,亦可用之。有氣者生旺也,以天蓬水星為例:相於亥子月,旺於寅卯月,亥子寅卯月得天蓬旺相,切不可用。
歌辞は言います。大凶の星はもし気無ければかえって吉に変じ、小凶の星の気無きもまた同じ道理である。注します。凶星が休・廃・囚・死・絶のような気無き月份に乗じれば、かえって転じて吉となり、取用できます。水星の天蓬を例とすれば、それは巳午月に休し、申酉月に廃し、辰戌丑未の四季月に囚します。天蓬はもと凶星ですが、これらの月に碰上れば気力がなくなり、もしさらに吉奇吉門の帮扶があれば、用いることもできます。いわゆる「有気」とは、即ち相と旺です。やはり天蓬を例とすれば、それは亥子月に相し、寅卯月に旺し、亥・子・寅・卯のこの数ヶ月は天蓬がまさに旺相に当たり、凶力最も盛んで、千万に用いてはなりません。
吉星更能逢旺相,萬舉萬全功必成,若遇休囚並廢沒,勸君不必進前程。 吉宿得旺相氣、上吉,不得旺相氣、中平,若乘死絕休囚氣、亦不吉。以天輔木星為例:相於寅卯月、旺於巳午月、休於辰戌丑未月、囚於申酉月,申酉月得天輔吉星者減力。
歌辞は言います。吉星がもし再び旺相の気に逢えば、何をしても万に一の失なく必ず成すことができる。もし休・囚・廃・没の気に遇えば、あなたに勧む、前へ往くに及ばない。注します。吉星が旺相の気を得るのは上吉で、旺相の気を得なければただ中平と算し、もし死・絶・休・囚の気に乗じればまた吉せずです。木星の天輔を例とすれば、それは寅卯月に相し、巳午月に旺し、辰戌丑未月に休し、申酉月に囚します。申酉月に至れば、たとえ天輔のこの吉星を得ても、その力量は大きく折扣されてしまいます。
要識九星配五行,各隨八卦考羲經,坎蓬星水離英火,中宮坤艮土為營,乾兌為金震巽木,旺相休囚看重輕,與我同行即為相,我生之月誠為旺,廢於父母休於財,囚於鬼兮真不妄,假如水宿乃天蓬,相在初冬與仲冬,旺於正二休四五,其餘仿此自研窮,急則從神緩從門,三五反覆天道亨。 凡遇事勢急迫,又無奇門可出,須從直符加臨之地,及太沖天馬方,並六戊天門下而出、則吉,此所謂急則從神也。三者三吉門,五者五凶門,事稍緩可從吉。經云:陰陽二遁有閉塞,八方皆無門可出,果有急事,又可倚張良運籌,玉女返閉局,出天門、入地戶、乘玉女而去,吉無不利。
歌辞は言います。九星が五行に配するを認識し、各々八卦に随って『易経』を考究せよ。坎宮の天蓬は水に属し、離宮の天英は火に属し、中宮と坤・艮は土に属し、乾・兌は金に属し、震・巽は木に属す。さらに旺相休囚を見て軽重を定めよ。我と同類の月份が即ち「相」で、我の生ずる月份がこそ「旺」である。「廃」は我を生ずる父母の月にあり、「休」は我の剋する財の月にあり、「囚」は我を剋する官鬼の月にある。この言は真実にして虚ならず。たとえば水星の天蓬は、初冬十月と仲冬十一月に相し、正月二月に旺し、四月五月に休し、その余の各星はこれに照らして自ら推究せよ。事が緊急なれば則ち神(直符等)に依り、从容なれば則ち門に依る。三と五を反覆して推詳せば、天道は自然に亨通する。注します。およそ事勢が緊急に遇し、また奇門の吉方の出るべき無ければ、直符の加臨する地から、および太冲天馬方・六戊天門の下から出れば便ち吉で、これがいわゆる「急なれば則ち神に従う」です。「三」は開休生の三吉門を指し、「五」はその余の五つの凶門を指します。事がやや从容であれば、三吉門から走ることができます。経書は言います。陰遁陽遁には皆閉塞の時があり、八方皆門の出る無きことがある。もし確かに急事があれば、なお張良の運籌と玉女返閉の局に倚仗して、天門から出て地戸から入り、玉女方に乗じて離れ去ることができ、吉利ならざる無し。
十干書伏若加錯,入庫休囚百事危。 加伏者:乃加臨之地。加錯者:加凶宿之上。入庫者:三奇入墓。八門入墓、並休囚時候所為之事,皆不吉也。
歌辞は言います。十干の飛伏がもし加える処を誤り、さらに入庫・休囚に碰上れば、百事皆危険である。注します。いわゆる「加伏」とは、天盤の干が地盤のあの位置に加臨することを指し、いわゆる「加錯」とは、凶星の上に加わることであり、いわゆる「入庫」とは、三奇が墓庫に落入することです。八門が墓に入る、および休囚して気無き時に事を弁ずるは、皆吉せずです。
十精為使用為貴,起宮天乙用無疑。 謂陽遁陽使,起一終九;陰遁陰使,起九終一。起宮天乙者,乃天直符加地盤上也。
歌辞は言います。十干の精をもって直使と作して用いるが最も貴く、起宮の時は天乙に依って定め、放心して疑わないでよい。注します。意味は陽遁は陽使を用い、一宮から起こって九宮に止まり、陰遁は陰使を用い、九宮から起こって一宮に止まるということです。いわゆる「起宮天乙」とは、即ち天盤の直符を地盤の相応する宮の上に加えることです。
宮制其門不為迫,門制其宮是迫推。 吉門被迫,則吉事不成;凶門被迫,則凶事尤甚。宮制其門曰:門迫。門制其宮曰:宮迫。門生宮為和,宮生門為義。開門臨三四宮,休門臨九宮,生門臨一宮,景門臨七宮,此為吉門被迫,則吉事不成。傷門、杜門臨二宮、八宮,死門臨一宮,驚門臨三、四宮,此為凶門被迫,其凶尤甚。
歌辞は言います。宮が門を克制するのは「迫」と算さず、門が宮を克制してこそ迫と推す。注します。吉門が迫せられれば、吉事は弁じ成らず、凶門が迫せられれば、凶事はなお一層甚だしい。この段の注文の用いる名目は歌辞とちょうど相反します。それは宮が門を剋するのを「門迫」と呼び、門が宮を剋するのを「宮迫」と呼び、門が宮を生ずるのを「和」と呼び、宮が門を生ずるのを「義」と呼びます。挙げる例は、開門が三宮・四宮に臨み、休門が九宮に臨み、生門が一宮に臨み、景門が七宮に臨む、これらは吉門が迫せられるので吉事成らず。傷門・杜門が二宮・八宮に臨み、死門が一宮に臨み、驚門が三宮・四宮に臨む、これらは凶門が迫せられるので凶險ことさら厳重です。挙げた門宮の五行関係は、皆門が往って宮を剋するので、読者は前の「釈迫」条の定めた名義に依って理解すればよいです。
天網四張無路走,一二網低有路通,三至四宮行入墓,八九高強任西東。 經曰:天網四張,萬物盡傷,此時不可舉事。神有高下,必先知之,時得六癸,必看高低。又曰:但將天乙居何地,尺寸低時匍匐行。如一二宮網低、可匍匐,兩臂負刀,割斷天網而出。天乙在三四宮,謂之網高,斷不可出,出必傷也。若被客圍,事勢急迫,可從卯、未、酉天三門宮而出,更合奇門為妙。天乙直符在坎,其神去地一尺;天乙在坤,其神去地二尺;天乙八宮,其神去地八尺。又曰:天網四張不可當,此時用事主災殃,若是有人強出者,立便身軀見血光,飛蟲尚自避於網,事忙匍匐出門牆、可也。三至四宮有辰為水墓,故曰入墓。
歌辞は言います。天網四張の時は路の走るべき無し。一宮・二宮に落ちれば網は低く、なお路の通ずべきあり。三宮・四宮に落ちればこれは墓地に走り入る。八宮・九宮に落ちれば網は高く勢い強く、東西南北あなたの往くに任せる。注します。経書は言います。「天網四張、万物尽傷。」この時は事を挙げるべからずです。網神には高きと低きがあり、必ず先に弄清楚しなければなりません。およそ六癸の時に逢えば、必ずその高低を看なければなりません。また言います。「但将天乙居何地、尺寸低時匍匐行。」たとえば一宮・二宮に落ちれば網が低く、匍匐して行くことができ、両腕に刀を背負い、天網を割き断って出ます。天乙が三宮・四宮に落ちるのを網高と呼び、断然出てはならず、出れば必ず傷を受けます。もし敵人に囲困され事勢危急ならば、卯・未・酉のこの天三門のある宮から突出することができ、もしさらに奇門を配上すればなお妙です。天乙直符が坎一宮にあれば、網神は地を離れること一尺、坤二宮にあれば、地を離れること二尺、艮八宮にあれば、地を離れること八尺――宮数が即ち尺数です。経中また言います。「天網四張不可当、此時用事主災殃、若是有人強出者、立便身軀見血光、飛虫尚自避於網、事忙匍匐出門牆、可也。」三宮から四宮の間に辰があるに至っては、辰は水の墓庫なので、「入墓」と言うのです。
節氣推移時候定,陰陽順逆要精通,三元積數成六紀,天地未成有一理,請君歌理精微訣,非是賢人莫傳與。
歌辞は結びに言います。節気は推移し、時辰はまたこれに随って定まる。陰遁陽遁の順行逆行は、必ず精通しなければならない。上中下の三元は積み累ねて数を成し、合わせて六紀と為る。早く天地のいまだ形成せざる先に、この一層の道理はすでに存在していた。諸君に請う、この歌の中の精微な口訣を記牢せよ。賢徳の人にあらざれば、切に軽々しく彼に伝授するなかれ。
遁甲隠公歌、原注
遁數二萬千六百,削去只存千八十,禁在蘭臺不記秋,太公刪成七十二,子房作局十八收,陰陽二氣圖中布,掌上排星應九州。 蓬一荊州、芮二冀州、沖三青州、輔四徐州、禽五豫州、心六雍州、柱七梁州、任八兗州、英九揚州、謂之九州也。
歌辞は言います。遁甲にはもともと二万一千六百の局数があり、刪削の後ただ一千八十のみ残った。これらの書は蘭台秘府に禁蔵され、幾年経たか知らない。姜太公がそれを七十二局に刪り、張子房がまた十八局を作して収束した。陰陽二気は皆図中に布かれ、九星は手掌の上に排され、地上の九州と相応する。注します。いわゆる九州とは、天蓬は一宮の荊州に配し、天芮は二宮の冀州に配し、天冲は三宮の青州に配し、天輔は四宮の徐州に配し、天禽は五宮の豫州に配し、天心は六宮の雍州に配し、天柱は七宮の梁州に配し、天任は八宮の兗州に配し、天英は九宮の揚州に配します。
天有九星分九野。 即蓬任等九星,冀兗等九州也。 上有八門常轉移。 九州之上,又有八門應八卦,則開干、休坎、生艮、傷震、杜巽、景離、死坤、驚兌。
歌辞は言います。天に九星あり、分かれて地上の九野に応ずる。注します。即ち天蓬・天任等の九つの星と、冀州・兗州等の九つの州です。歌辞は言います。九星の上にさらに八門あり、常に各宮の間を転移する。注します。九州の上にまた八門を配し、八卦に相応します。開門は乾に属し、休門は坎に属し、生門は艮に属し、傷門は震に属し、杜門は巽に属し、景門は離に属し、死門は坤に属し、驚門は兌に属します。この八門は本宮に在るのが定位で、用事の時は直使に随って転移します。
二遁三元當周局,順逆三奇與六儀。 冬至陽遁,逆布三奇,順布六儀;夏至陰遁,順布三奇,逆布六儀。乙丙丁是三奇,六甲首是六儀,即甲子管六戊,甲戌管六己,甲申管六庚,甲午管六辛,甲辰管六壬,甲寅管六癸,此為六儀也。五日用一局,一氣十五日,分上中下三元也。
歌辞は言います。陰陽二遁・上中下三元、排し満たして一周の局とす。三奇と六儀は各々順布逆布の別あり。注します。冬至以後は陽遁を用い、三奇は逆布し六儀は順布します。夏至以後は陰遁を用い、三奇は順布し六儀は逆布します。乙・丙・丁が三奇です。六つの甲旬の旬首は各々一つの儀に配し、即ち甲子は六戊を管し、甲戌は六己を管し、甲申は六庚を管し、甲午は六辛を管し、甲辰は六壬を管し、甲寅は六癸を管し、これが六儀です。五日ごとに一つの局を用い、一つの節気は十五日で、上・中・下の三元に分かれます。
直符直使加宮干,方位消停辦盛衰。 直符者;乃是本旬甲得的九星,隨時干轉。直使者;乃是八門所得之門為直使。先從戊己庚辛壬癸六儀後,尋乙丙丁三奇,陰陽二遁,方決休咎。
歌辞は言います。直符と直使は相応の宮と干の上に加え、然る後各方の停留する処に按じて盛衰を判断せよ。注します。いわゆる直符とは、本旬の甲のあるあの一宮の九星で、それは用いる時干に随って転移します。いわゆる直使とは、本旬の甲のあるあの一宮の八門です。排盤の時はまず戊・己・庚・辛・壬・癸の六儀を布き、続けて再び乙・丙・丁の三奇の位置を尋ね、かつ用いるのが陽遁か陰遁かを分かち清め、然る後に吉凶休咎を判断することができます。
盛地當用所推地,天乙宮中更勿疑。 天乙者;乃時旬甲也。若背天乙直符、直使、九天、生門之方擊之,百戰百勝也。
歌辞は言います。気の盛んな地はまさに取用すべき方位で、天乙のある宮はなお疑い躊躇うに及ばない。注します。いわゆる天乙とは、当時のあの一旬の旬首の甲です。作戦の時に天乙・直符・直使・九天・生門のこの幾つかの方位を背にしてその対面を攻撃すれば、百戦百勝できます。
九天生門皆吉慶,從強擊弱振雄威。 九天之上,可以揚兵。背生門而擊死門者,大勝也。
歌辞は言います。九天と生門は皆吉慶を主り、強い勢いに憑って弱い処を打てば、雄威を振り揚げることができる。注します。九天の上では兵勢を張揚できます。生門を背にして正対面の死門を攻撃すれば、大勝を得られます。
直使九天都為力,不擊之地莫施為。 直符方、直使方、生門方、天乙方。天乙者;即是本時旬頭甲方,此五行之強方,不可擊之,只宜背之大勝。
歌辞は言います。直使と九天は皆得力の方位である。攻撃すべからざる地に至っては、そこで手を動かしてはならない。注します。攻撃すべからざるは直符方・直使方・生門方・天乙方です。天乙は即ち当時のあの一旬の旬首の甲のある方です。この幾つかは皆気勢の強盛な方で、打ちに往ってはならず、ただそれらを背にして対面へ出撃するに宜しく、はじめて大勝を得られます。
藏伏只宜居九地。 九地之方,最宜伏藏,不見形影。即六癸方是。 六合之方路坦夷 此方最宜逃亡,神靈幽蔽,不見逃亡之形。
歌辞は言います。蔵匿し隠伏するには、ただ九地の方に留まるに宜しい。注します。九地のある方は最も伏蔵に宜しく、形影を露さないことができます。即ち六癸のある方です。歌辞は言います。六合のある方は、道路が平坦で行きやすい。注します。この方位は最も逃亡に適しており、神霊が幽かに遮蔽し、他人は逃亡者の行跡を見ることができません。
三奇出方萬事吉,但能倚此免災危。 三奇者;乙丙丁也。若合開休生三吉門者,不背之,出此門,敵之必勝,可宜至誠,天自佑之。且如陽一局甲子日癸酉時,此甲蓬星直符加六宮,休門直使加一宮,其下是休門與丙奇臨坎,又是甲子首位,謂之三奇得使。又陰九局甲子日癸酉時,此甲英直符加四宮,景門直使加九宮,則開門下與乙奇臨六宮,甲子在六,謂之得使,是以吉也。
歌辞は言います。三奇のある方から出行すれば、万事皆吉。ただそれに倚仗すれば、災禍と危険を免れ得る。注します。三奇とは即ち乙・丙・丁です。もし三奇が開・休・生の三吉門と会合すれば、それを背負うに及ばず、直接この門のある方から出れば、敵に対して必ず勝ちます。ただ心に至誠を存せば、上天はおのずから保佑します。例を挙げます。陽遁一局で、甲子日の癸酉時は、甲子の値する天蓬を直符と作して六宮に加え、休門を直使と作して一宮に加えます。一宮の下はまさに休門と丙奇が同じく坎宮に臨み、甲子はまた本旬の旬首です。これを三奇得使と呼びます。またたとえば陰遁九局で、甲子日の癸酉時は、甲子の値する天英を直符と作して四宮に加え、景門を直使と作して九宮に加えます。この時開門の下は乙奇と同じく六宮に臨み、甲子はちょうど六宮にあり、また得使と呼び、だから吉利です。
生門合丙加六丁,天遁華蓋為日精。開門點乙加於丙,地遁紫微方最靈。休與丁奇合前二,人遁太陰能蔽形。斗甲三奇游六儀,玉女門中遇吉星。 欲知玉女之門,須知六丁所在。假如陽一宮,地盤六丁在七兌宮,甲子有丁卯,甲戌有丁丑,甲申有丁亥,甲午有丁酉,甲辰有丁未,甲寅有丁巳。陽遁九宮,在地盤三宮。此玉女守門時,利陰私會合,行兵大勝。
歌辞は言います。生門が丙奇に配合しさらに六丁を加えれば、即ち天遁で、華蓋が遮蔽して日精を得たが如し。開門に乙奇を点しさらに丙に加えれば、即ち地遁で、紫微の方が最も靈驗。休門が丁奇と直符の前二位の太陰に合すれば、即ち人遁で、太陰は人のために形跡を遮蔽することができる。旬首の甲と三奇は六儀の間に游び、玉女の門を守る処はまた吉星に逢う。注します。玉女の門を知らんとすれば、まず六丁が何処にあるかを知らなければなりません。たとえば陽遁一局では、地盤の六丁は兌七宮にあり、その中に甲子旬は丁卯に配し、甲戌旬は丁丑に配し、甲申旬は丁亥に配し、甲午旬は丁酉に配し、甲辰旬は丁未に配し、甲寅旬は丁巳に配します。陽遁九局では、六丁は則ち地盤の三宮にあります。およそこの類の玉女守門の時辰は、隠私会合の事に宜しく、行軍作戦にもまた大勝を得られます。
玉女常居干四維,子日在庚順求之,丑日在辛子上是,寅日從干逐位移。 遁甲玉女之時,大有應驗。
歌辞は言います。玉女は常に八干と四維の上に安ぜられる。子日は玉女が庚位にあり、順に推求する。丑日は辛位にあり、子位から数え起こせば便ち得る。寅日は則ち乾位から起こって、位を逐うて挪移する。注します。遁甲の中で玉女の値する時は、占驗が極めて靈應です。ここの幾句は日に拠って玉女方を取る口訣を与えます。日支をもって準とし、子日は庚に起こり、この後一日進むごとに二十四方位の中を順に一位移します。
天門子丑及於寅,三日俱來丙上輪,卯辰巳往庚方去,午未申從壬上行,酉戌亥來居甲上,行軍宜向悉霑恩。 遁甲從玉女方行軍,斯時陽合孟甲,內開外闔;合仲甲,半開半闔;合季甲,外大開,內半開。陽開利客,陰開利主,闔則可以固守,開則揚主耀武。以青龍上將所居六甲,各分主客之遁。
歌辞は言います。天門の位置は日支に按じて四組に分かれる。子・丑・寅の三日は皆丙位に輪され、卯・辰・巳の三日は庚方に至り、午・未・申の三日は壬位の上から取り、酉・戌・亥の三日は則ち甲位に居る。行軍してこれらの方向に向かえば、皆庇佑を得ることができる。注します。遁甲の法は玉女方から行軍します。この時もし陽星が孟甲に配されば、内開して外闔し、仲甲に配されば、半開半闔し、季甲に配されば、外大開して内半開します。陽開は客を作るに利し(主攻)、陰開は主を作るに利し(主守)、闔の時は堅守でき、開の時は兵威を張揚できます。青龍上将の居るあの一旬の甲に按じて、主客の遁法を分別判定しなければなりません。
地戶子丑乙寅庚,卯辰丁上己壬行,午未從辛申在甲,酉戌癸上亥丙停,行軍若向此中去,秘密陰謀事可成。 惟利逃亡陰私事,及陰謀秘密,砍營破寨,即六己之地。
歌辞は言います。地戸は日支に按じて分列する――子日は乙に・丑日は寅に・寅日は庚にあり。卯日は丁に・辰日は己に・巳日は壬にあり。午日・未日は辛の上から取り、申日は甲にあり。酉日・戌日は癸にあり、亥日は丙に停まる。行軍してもしこれらの方位に向かえば、秘密の陰謀の事を弁じ成すことができる。注します。地戸の方はただ逃亡と隠私の事に利し、および陰謀密計・営を斬り寨を劫すこと、即ち六己のある地です。
時加六乙為天德,決勝雌雄在此中。 六乙方、又名蓬星。 六丙天威無不利,敵之不得向前攻。 六丙方、又名明堂方,可以聚眾安營也。若遇丙時,征戰不宜遂去。故丙為火,兵為金,金不能勝火也。
歌辞は言います。時辰が六乙に加臨すれば即ち「天徳」で、勝負雌雄はここに決する。注します。六乙のある方は、また蓬星方と呼びます。歌辞は言います。六丙は天威で、往くところ利せずなく、敵は敢て進んで攻め来らない。注します。六丙のある方はまた明堂方と呼び、人馬を聚集し営寨を安ずることができます。ただしもし丙時に碰上れば、径直に出兵征戦するに宜しからず――なぜなら丙は火に属し、兵器は金に属し、金は火に勝つことができないからです。
六丁潛形名玉女,此時征戰必亨通。 六丁時,出入為宜,攻戰,刃雖臨且不驚。丁為星奇、為玉女時。三奇之靈、六丁之陰,故六丁之下宜潛伏,不見其形也。
歌辞は言います。六丁は形跡を潜蔵することができ、名づけて玉女という。この時出戦すれば必ず順利である。注します。六丁の時は出入往来に宜しい。たとえ交鋒しても、刀刃が身に臨んでも驚懼しません。丁は星奇で、即ち玉女の時です。三奇はもともと靈驗があり、六丁はまた陰柔に属するので、六丁の下では潜伏するに適して、形跡を露さないでいられます。
六戊乘龍與奇合,遠出揚兵獲寇戎。 六戊為天門,亦名軍門。加三奇門下出軍,百戰百勝。 又曰乘龍萬里去,縱有強徒亦挫鋒。 此又天武之下,遠行出兵大勝。
歌辞は言います。六戊は龍に乗ってまた三奇と会合し、遠く出て兵威を張揚すれば、寇敵を擒獲することができる。注します。六戊は天門で、また軍門と呼びます。その上にさらに三奇吉門を加えた下に出兵すれば、百戦百勝できます。歌辞はまた言います。龍に乗って万里を遠行すれば、たとえ強徒に遇ってもその鋒鋩を挫くことができる。注します。これもまた天武(戊)の下で遠行出兵すれば、大勝を得られると言うことです。
六己天堂宜隱匿,偷營劫寨可潛蹤。 六己名地戶,宜隱伏偷營劫寨。 六庚之時殺氣橫,若當攻擊禍先逢,位上只宜安禁獄,更好行刑斬砍中。 六庚為天獄方,宜行刑罰。經曰:時加六庚,抱木而行,若有出者,必見鬪爭,百事不可。
歌辞は言います。六己は天堂で、隠匿して身を蔵するに宜しく、往って営を倫い寨を劫せば踪を潜めて露れない。注します。六己は名づけて地戸で、隠伏に宜しく、また営を倫い寨を劫すにも宜しい。歌辞は言います。六庚の時は殺気が横行し、もしこの時攻撃を発動すれば、禍は先ず自分の頭上に落ちる。この方位はただ牢獄を設けて人を囚えるに宜しく、さらに行刑斬殺に適する。注します。六庚は天獄の方で、刑罰の執行に宜しい。経書は言います。「時加六庚、抱木而行、若有出者、必見闘争、百事不可。」意味はこの時門を出れば必ず闘争に遇い、諸事皆行うべからずです。
六辛行師多失陣,莫將容易引軍行,慎莫發兵行此道,出者須教見死人。 六辛之時,名天庭。宜儲貯,穩軍儲,判罪治事,餘無可用,出軍必損兵。
歌辞は言います。六辛の時に行軍すれば多く陣を失うであろう。切に軽々しく兵を帯びて路に上がってはならない。千万にこの道から兵を発してはならず、出て行けば必ず死人を見る。注します。六辛の時は天庭と呼ばれ、屯積儲備・軍需の穏固、および罪案の判決・公務の処理に宜しく、そのほか別に用いるべきはありません。それを用いて兵を出せば必ず兵馬を折損します。
六壬之地多凶咎,若有施為必損兵。 六壬方為天牢,宜擊囚安鼓,餘無所用,若用兵必敗矣。 時加六癸為天網,惟利逃亡不利徵。 六癸為天藏華蓋,宜逃軍避寇,伏兵逃亡。
歌辞は言います。六壬のある地は凶咎多く、もしここで作為あれば必ず兵を損する。注します。六壬の方は天牢で、囚犯を拘押し・戦鼓を安置するに宜しく、そのほか別に用処はありません。それを用いて兵を出せば必ず敗れます。歌辞は言います。時辰が六癸に加臨すれば即ち天網で、ただ逃亡に利して征伐に利せず。注します。六癸は天蔵華蓋で、敗退して敵を避け・兵馬を埋伏し・逃亡蔵匿するに宜しい。
青龍返首甲加丙。 陽一局丙寅時,蓬星加八宮,天上六甲、加地下六丙,百事大吉。 丙加甲鳥跌穴名。 陽一局癸酉時,任星加一宮,天上六丙、加地下甲子是也。
歌辞は言います。甲が丙の上に加わるのを青龍返首と呼ぶ。注します。たとえば陽遁一局の丙寅時は、天蓬星が八宮に加わり、天盤の六甲が地盤の六丙の上に圧する。この時百事大吉です。歌辞は言います。丙が甲の上に加わるのを飛鳥跌穴と呼ぶ。注します。たとえば陽遁一局の癸酉時は、天任星が一宮に加わり、天盤の六丙が地盤の甲子の上に圧する。即ちこの格です。
更若從生而擊死,必然大勝立功名,時加六甲言開闔,六甲雖同用不同。 陽利開、陰利闔。
歌辞は言います。もしさらに生門を背にして死門を攻め得れば、必ず大勝して功名を建てる。時辰が六甲に加臨するには開と闔を分かたねばならず、六つの甲は同じく旬首といえども、用法は各々同じでない。注します。陽に属する時は「開」に利し、陰に属する時は「闔」に利します。
陽星開時攻戰吉,陰星閉闔所為凶,蓬任沖輔禽陽宿,英芮柱心陰氣重。 陽星合;甲己日甲戌時,丁壬日甲辰時,合天輔星,利揚兵,可以先起;合天禽星,可以後起應;合天任星,利以破城;合天蓬、天柱、天芮,可以固守城池,不可舉兵行動也。
歌辞は言います。陽星が値して門の開く時は攻戦を吉とし、陰星が値して門の閉闔する時は為すところを凶とする。天蓬・天任・天冲・天輔・天禽は陽宿で、天英・天芮・天柱・天心は陰気が重い。注します。いわゆる陽星に相合する情形は、たとえば甲日・己日の甲戌時、丁日・壬日の甲辰時で、もし天輔星に配されれば、兵威を張揚するに利し、先んじて発動することができます。天禽星に配されれば、後に発して人を制するに宜しい。天任星に配されれば、城池を攻破するに利します。もし天蓬・天柱・天芮に配されれば、ただ城池を固守するのみで、兵を挙げて行動してはなりません。
孟甲盈門難出入,惟宜隱匿莫當鋒。 甲寅、甲申為孟甲,合陽星陽氣在內,合陰星陰氣在內,利固守城寨,謀計不成,不可出入也。
歌辞は言います。孟甲の時は門戸が盈満し、出入し難く、ただ隠匿するに宜しく、往って人の鋒鋩を挡いてはならない。注します。甲寅・甲申の両旬は孟甲です。それが陽星に配される時は陽気が内にあり、陰星に配される時は陰気が内にあり、いずれも城寨を固守するに利します。この時謀る計策は成し難く、出入行動してはなりません。
四仲甲時陽在內,堅守藏兵主自雄。 甲子、甲午為仲甲,合陽星,利主後應則吉。故陽星合時,陽氣在內,可以固守,不宜遠行。陰星合時為開格,其形在門,為宜固守自勝。
歌辞は言います。四仲の甲が値する時は陽気が内にあり、陣地を堅守し兵馬を隠蔵すれば、主を作る一方は自然と強雄である。注します。甲子・甲午の両旬は仲甲です。それが陽星に配される時は、主を作るに利し、後に発して応ずれば吉です。なぜなら陽星に相合する時は陽気が内にあり、固守できますが遠行に宜しくないからです。陰星に相合する時は「開格」を成し、その形は門に顕れ、やはり堅守して勝つに宜しいです。
四季甲時陽在外,可以揚兵立大功。 甲辰、甲戌為季甲,合陽星,可以揚兵動眾遠行,利為客,主大敗。故六甲背星方而擊死者大勝。
歌辞は言います。四季の甲が値する時は陽気が外にあり、兵威を張揚して大功を建てることができる。注します。甲辰・甲戌の両旬は季甲です。それが陽星に配される時は、兵を揚げ衆を動かし、遠く門を出て、客を作る(主攻)に利します。この時主を作る(守方)一方は大敗します。だから六甲の時は星のある方を背にして死方を攻撃すれば、大勝を得られます。
朱雀投江丁向癸,螣蛇夭矯癸加丁。 朱雀投江;天上六丁、加地下六癸。螣蛇夭矯、天上六癸、加地下六丁是也。
歌辞は言います。朱雀投江は丁が癸に向かい、螣蛇夭矯は癸が丁の上に加わる。注します。朱雀投江とは、即ち天盤の六丁が地盤の六癸の上に加わること。螣蛇夭矯とは、即ち天盤の六癸が地盤の六丁の上に加わることです。
遇此之時凶惡甚,莫倚奇門錯用兵,六乙加辛龍逃走。 陽四局乙未時,天柱心加三宮,天上乙奇、加地下六辛在兌,此為大凶。
歌辞は言います。これらの時辰に遇えば凶悪の極みである。切に奇門あるに倚仗して兵を誤用してはならない。六乙が辛の上に加わるのを青龍逃走と呼ぶ。注します。たとえば陽遁四局の乙未時は、天柱・天心が三宮に加わり、天盤の乙奇が兌宮の地盤の六辛の上に圧する。これが即ち大凶の格です。
六辛加乙虎猖狂,縱遇奇門亦難用,且須消息莫倉忙。 陽二局辛己時,天上六辛、加地下乙奇於坎一宮;名白虎猖狂。有奇門,亦難用。
歌辞は言います。六辛が乙の上に加わるのを白虎猖狂と呼び、たとえ奇門に遇っても取用し難い。必ず仔細に消息を斟酌して、倉促に事を行うなかれ。注します。たとえば陽遁二局の辛巳時は、天盤の六辛が坎一宮の地盤の乙奇の上に圧する。これを白虎猖狂と呼び、この時たとえ三奇吉門があっても、取用し難いのです。
日干若被庚加首,伏干之格主多傷。 六庚加今日日干,名伏干格,不利主。 今日之干加六庚,飛干之格主人亨。 今日日干加六庚,名飛干格,利主,不利為客也。
歌辞は言います。当日の日干がもし庚に頭上に圧せられれば、伏干格を成し、多く損傷あるを主る。注します。六庚が当日の日干の上に加わるのを伏干格と呼び、守方に利せずです。歌辞は言います。当日の日干を六庚の上に加えれば、飛干格を成し、主人(守方)は亨通する。注します。当日の日干が六庚の上に加わるのを飛干格と呼び、守方に利して攻方に利せずです。
六庚加符不利主,伏宮之格事相參。 天上六庚,加地直符,不利主,宜客勝。 又名太白格天乙,主將今朝定失途。 天上六庚為太白,主兵器。丙來加今日直符天乙,名太白格,主則散矣。
歌辞は言います。六庚が直符の上に加わるのは守方に利せず、この伏宮格は別の条件と参合して看なければならない。注します。天盤の六庚が地盤の直符の上に加わるのは、守方に利せず、攻方の取勝となるべきです。歌辞は言います。この格はまた「太白格天乙」と呼び、主将は今日必ず去路を迷失する。注します。天盤の六庚は即ち太白で、兵器を主管します。丙が来て当日の直符天乙の上に加わるのを太白格と呼び、守方の陣勢は即ち潰散しようとします。
符加六庚客不利,飛宮之格莫輕謀,又名天乙格太白,若有陳師主將殂。 陰九局庚午時,英為天乙,臨地下六庚在七宮,是不利客。先攻者敗,固守者勝。天乙即本旬頭甲也。
歌辞は言います。直符が六庚の上に加わるのは、攻方に利せず、この飛宮格は軽率に謀るべからず。それはまた「天乙格太白」と呼ばれ、もしこの時に兵を陳べ陣を列せば、主将は性命の憂いあるであろう。注します。たとえば陰遁九局の庚午時は、天英を天乙と作し、七宮の地盤の六庚の上に落ちる。これは則ち攻方に利せずで、先に動いて進攻する一方は敗れ、堅守して動かない一方は勝つことができます。いわゆる天乙とは、即ち本旬旬首の甲です。
天乙之氣貴人並,臨庚戰野敗精兵。 天乙加六庚,或庚加天乙,是貴人臨兵格,宜固守吉。 太白復臨天乙位,國中格鬪失雄兵。 六庚加天乙,是太白復臨。若天乙與六庚同宮,戰之必敗。
歌辞は言います。天乙の気が貴人と相并して、もし庚の上に臨めば、郊野で交戦すれば精兵を敗するであろう。注します。天乙が六庚の上に加わる、または庚が天乙の上に加わるは、皆「貴人臨兵格」と呼び、堅守すればこそ吉に宜しい。歌辞は言います。太白が重ねて天乙の位に臨めば、国都の内で交戦して雄兵を折損するであろう。注します。六庚が天乙の上に加われば、即ち太白復臨です。もし天乙と六庚が同一宮に処すれば、交戦は必ず敗れます。
太白入熒庚加丙。 陽一局丙戌時,天上六庚、加地下六丙。 熒入太白丙加庚。 陽一局丙寅時,丙加庚則不吉。 二時主客俱不利,莫倚奇門要戰爭,占賊若來金入火,火入金鄉賊退聲。 天上庚加地下丙,賊必來。天上丙加地下庚,賊必退。
歌辞は言います。太白が熒惑に入るとは、即ち庚が丙の上に加わること。注します。たとえば陽遁一局の丙戌時は、天盤の六庚が地盤の六丙の上に圧します。歌辞は言います。熒惑が太白に入るとは、即ち丙が庚の上に加わること。注します。たとえば陽遁一局の丙寅時は、丙が庚の上に加わり、即ち吉せずです。歌辞は言います。この二つの時辰は攻守双方とも利せず、切に奇門に倚仗して争戦してはならない。盗賊の来るか否かを占えば、金が火郷に入れば賊は来り、火が金郷に入れば賊は退く。注します。天盤の庚が地盤の丙の上に加われば、盗賊は必ず来り、天盤の丙が地盤の庚の上に加われば、盗賊は必ず退きます。
庚加六己為刑格,一切凶神不可行。 天下六庚加地上六己,是金能格。若用此時,則車摧馬死,士卒皆亡。 天地大格庚加癸,此時輙勿亂崢嶸。 天上六庚加地下六癸,是天地大格。庚是兵之厲氣,癸藏萬物之形,故不可用也。
歌辞は言います。庚が六己の上に加わるのは刑格で、各種の凶神が一斉に集う。行動してはならない。注します。天盤の六庚が地盤の六己の上に加わるのは、金気が格を成すことです。もしこのような時辰を用いれば、車は毀れ馬は死し、士卒は全て亡ぶに会います。歌辞は言います。庚が癸の上に加わるのは天地大格で、この時切に強さを逞くして勝を争ってはならない。注します。天盤の六庚が地盤の六癸の上に加われば、即ち天地大格です。庚は兵戈の粛殺の気で、癸は万物の形跡を蔵匿することができ、両者は相犯するので、取用できないのです。
丙加今日干名悖。 丙為悖、庚為格。丙為威、加日干,不順之象,皆悖亂之道也。加年月日時干,皆為悖亂之道,故不可用。
歌辞は言います。丙が当日の日干の上に加わるのを、「悖」と作すと呼ぶ。注します。丙は悖で、庚は格です。丙は威勢を代表し、日干の上に加われば即ち以下犯上・不順の象で、皆悖乱の道に属します。年干・月干・日干・時干のいずれに加わっても、一概に皆悖乱の道なので、取用できないのです。
時克干兮五不遇,此時名為辱損明,舉事遙遙終不利,朝行募敗損精兵。 時干克今日之干,時支克今日之支,名為損明時,凡事不用。如甲乙日庚辛時,亥子日辰戌時,寅卯日申酉時,巳午日亥子時之類並是。天乙星在紫微宮外,為天帝之垣也。不宜戰伐,最凶。
歌辞は言います。時干が日干を剋するは便ち五不遇で、このような時辰を「辱損光明」と呼ぶ。事を弁ずればどんなに遠くても終に利せず、朝に兵を出して晩に精兵を敗損しよう。注します。時辰の天干が当日の日干を剋し、時辰の地支が当日の日支を剋すれば、即ち「損明時」と呼び、凡事皆用いるべからずです。たとえば甲日・乙日が庚時・辛時に遇い、亥日・子日が辰時・戌時に遇い、寅日・卯日が申時・酉時に遇い、巳日・午日が亥時・子時に遇うは、皆この類に属します。この時天乙星は紫微宮の外に落ち、あれは天帝の垣牆のある処で、征伐に宜しからず、最も凶險です。
六儀擊刑兼自刑,三奇入墓不安寧。 六儀擊刑者;甲子直符加三宮、子刑卯也。甲戌加二宮、戌刑未也。甲申加八宮、申刑寅也。甲午加九宮、午刑午也。甲辰加四宮、辰刑辰也。甲寅加四宮、寅刑巳也。相刑者,事事皆凶。三奇入墓;乙奇入墓,乙屬木不宜加坤,木墓在未也。丙丁奇屬火,不宜加干,火墓在戌也。切不可用,凶傷猶甚。
歌辞は言います。六儀撃刑は自刑を連ね、三奇入墓を加え、皆人をして安寧ならしめない。注します。いわゆる六儀撃刑とは、甲子旬の直符が三宮に加わるは子の卯を刑する、甲戌旬が二宮に加わるは戌の未を刑する、甲申旬が八宮に加わるは申の寅を刑する、甲午旬が九宮に加わるは午の自ら午を刑する、甲辰旬が四宮に加わるは辰の自ら辰を刑する、甲寅旬が四宮に加わるは寅の巳を刑する。およそ相刑を構成するは、事事皆凶です。いわゆる三奇入墓とは、乙奇は木に属し、坤宮に加えるに宜しからず、木の墓庫が未にあり未が坤に蔵するからです。丙奇丁奇は火に属し、乾宮に加えるに宜しからず、火の墓庫が戌にあり戌が乾に蔵するからです。これらの情形は切に用いるべからず、凶險傷害ことさら厳しきです。
返伏吟宮俱不利,將軍出陣且停兵。 蓬加蓬為伏吟,蓬加英為返吟。本宮星加本宮星為伏吟,本宮星加對宮星為返吟,乃悖逆之道也。 搜微剔妙神通訣,以輔將軍定太平。
歌辞は言います。反吟・伏吟の宮は皆利せず、将軍すでに陣を出たとしても、暫く兵を停めるべし。注します。天蓬が天蓬に加わるは伏吟、天蓬が天英に加わるは反吟です。およそ本宮の星が本宮の星の上に加われば即ち伏吟、对冲の宮の星の上に加われば即ち反吟で、これらは皆悖逆の道に属します。歌辞は結びに言います。以上に精微を捜求し玄妙を剔抉した神通の口訣は、用いて将軍を輔佐して天下を平定し、太平を成就するものである。
漢陰居士歌
軒轅黃帝制奇門,厥旨精微義最深,甲長十二畏庚克,故將乙妹妻於庚。丙甲之子丁甲女,丁丙同心御外侮,庚有私謀乙最知,丙丁相伺如猛虎。庚貪受制甲方尊,是以奇名乙丙丁。甲既制庚求自逸,休於水道適開生,開休生對杜景死,傷對驚兮皆有悔,三門最吉五門凶,各隨甲直旬中使。
軒轅黄帝が奇門を創制し、宗旨は精微で含義が最も深い。甲は十干の中に長に居るが、庚が来てそれを剋するを怕れ、だから妹の乙を庚に嫁がせて妻とした(乙庚相合)。丙は甲の生んだ息子で、丁は甲の生んだ娘で、丁と丙は同心協力して外侮を抵御する。庚がもし私謀を心に懐けば、乙が最も早くそれを知る。丙丁の二火はまた猛虎の如く傍らでそれを窺伺する。庚は乙との婚合を貪恋して丙丁に制せられ、甲はここにはじめて尊貴を得られたので、乙・丙・丁を「三奇」と称する。甲はすでに庚を制したので、便ち自身の安逸を求め、退いて水道の上に休息し、ちょうど生路を開いた。ここにおいて開・休・生の三門と杜・景・死の三門が相対し、傷門と驚門が相対し、この幾門は皆各々悔咎がある。開・休・生の三門は最吉で、その余の五門は凶で、各々甲の値するあの一旬に随って直使を充当する。
又有九星蓬任沖,輔英芮柱心禽中。星逢甲作直符用,亦與門之直使同。星符門使同宮起,易一時兮即分矣。符從甲去尋時干,使索時支遁處止。時干即是奇與儀,甲癸宮中覓遁支。奇乙丙丁儀戊己,庚辛壬癸甲同之。甲子同戊、甲戌己,甲申同庚、甲寅癸,甲午同辛、甲辰壬,是為甲遁儀之理。
別に九星があり、順次天蓬・天任・天冲・天輔・天英・天芮・天柱・天心で、天禽は中に居る。どの星が甲に碰上るかによって、それを用いて直符を作し、これは八門の中で直使を取る道理と同じです。星符と門使ははじめ同じ一宮にあり、一時辰を過ぎれば分かれます。直符は甲について用いる時干がどの宮に落ちるかを尋ねに行き、直使は則ち時支に順ってその遁する処を尋ねてはじめて停まります。いわゆる時干とは、実は三奇と六儀です。甲から癸の十干の中でその遁する地支を尋ねなければなりません。三奇は乙・丙・丁で、六儀は戊・己・庚・辛・壬・癸で、甲は即ちその中に隠れています。甲子は戊と同宮、甲戌は己と同宮、甲申は庚と同宮、甲寅は癸と同宮、甲午は辛と同宮、甲辰は壬と同宮――これが甲の儀に隠遁する道理です。
遁甲常將天乙乘,後隨天地前蛇陰,對朱左右分六白,號曰陰陽八貴神。陰陽二至分順逆,逆起九宮順起一,此是先天透洛書,莫妄疑非黃帝秘。洛書一坎二居坤,三震四巽六乾金,七兌八艮九離火,五土春秋二立分。立春辰上立夏巽,震應春分生氣盛,立秋坤上立冬干,兌應秋分殺氣勁。
遁甲は総じて天乙(直符)をもって首乗とし、その後ろに九天・九地が随い、前に螣蛇・太陰があり、正対面に朱雀があり、左右に六合と白虎が分列し、合わせて陰陽八貴神と称します。冬至夏至の両至は順逆を分かちます。陰遁は九宮から起こって逆行し、陽遁は一宮から起こって順行します。これは先天の理が洛書を透して顕現したもので、胡乱にそれが黄帝の秘伝でないと疑ってはなりません。洛書の数は、一は坎、二は坤に居り、三震・四巽、六乾は金に属し、七兌・八艮、九離は火に属し、五は土で、春秋の二つの「立」に分かれて管せられます。立春は辰の上に配し、立夏は巽の上に配し、震宮は春分に応じて生気最も盛ん。立秋は坤の上に配し、立冬は乾の上に配し、兌宮は秋分に応じて殺気最も勁し。
生殺東西兩部懸,節分三氣氣三元。元元五日一相換,甲己符頭以仲先,仲上孟中季下定,上中下序慎無紊。只將正受作根基,超得餘時便作閏,置閏須於二至前,雪重用巽種重干,凡逾九日或十日,疊作三元此秘傳,閏後符頭常後氣,是為接氣君須記,接至十三四月餘,又逢正受超神繼,超神之氣後符頭,如此循環始復周。
生気と殺気は東西の両半分に分かれて懸けられ、一節は三つの気に分かれ、一気は三元に分かれます。毎一元は五日ごとに一換し、甲・己を取って符頭とし、まず四仲を看ます。符頭が子午卯酉の四仲に落ちれば上元とし、寅申巳亥の四孟に落ちれば中元とし、辰戌丑未の四季に落ちれば下元とし、上・中・下の次序は千万に紊乱してはなりません。ただ「正受」をもって根基と為し、超え出た余日は閏と作して用います。置閏は必ず冬至・夏至の前に置かなければなりません。大雪の後は巽宮の局を重用し、芒種の後は乾宮の局を重用します。およそ九日または十日を超えれば、この一気の三元を重畳して再び用います。これが秘伝の办法です。置閏の後、符頭は常に節気の後に落ちます。これを「接気」と呼び、諸君に記すを請います。十三・四ヶ月を接した後にまた正受に碰上れば、超神が便ち続けて来り、超神の気がまた符頭の後ろに走ってゆく。かくの如く循環して、はじめて周して復して始めと算します。
認取茲為尊甲法,勿膠拆補繆搜求,須知尊甲憑符使,休使蓬符居坎水,任生艮土寄陰禽,沖傷震木從三起,巽藏杜輔景英離,坤寄陽禽芮死隨,柱驚七兌開心六,分定宮方直六儀,奇儀入局節為據,節有陰陽分兩部,陰局逆儀奇順行,陽局逆奇儀順布,天盤地盤同一規,地盤永定天盤移,八門八貴有分別,門作人盤貴獨飛。
これが尊甲の正法であることを認識せよ、拆補の説に死守して胡乱に推求してはならない。須く知るべし、尊甲は全く符と使に憑るを。休門が直使を作し・天蓬が直符を作し、同じく坎宮に居り水に属す。天任は生門に配し、艮宮の土に属し、陰遁の時は中五の天禽がここに寄る。天冲は傷門に配し、震宮の木に属し、三宮から起算する。巽宮は杜門を蔵して天輔に配し、景門は天英に配して離宮に属す。坤宮は陽遁の時の天禽の寄宮で、天芮は死門に配してそれに随う。天柱は驚門に配して兌七宮にあり、開門は天心に配して乾六宮にあり。このように各宮の方位を分け定め、さらに六儀を各々その宮に値させる。奇儀の入局は節気を依拠とし、節気は陰陽の二部分に分かれる。陰遁局は六儀逆布・三奇順行し、陽遁局は三奇逆布・六儀順布する。天盤地盤は同じく一套の規矩を用い、ただ地盤は永遠に固定し、天盤は時に随って転移する。八門と八神にもまた分別がある。八門は人盤を作し、八神は則ち単独に飛布する。
假令中元用白露,陰起三宮甲子戊,己庚辛壬癸逆行,乙丙丁奇四五六,時如己日用丙寅,支遁於蓬干在禽,即以直符沖到艮,坎加直使是傷門,丁休六合同臨兌,鳥跌穴時、時最利,舉此一局例其餘,餘釋卷中斯勿贅。
例を挙げます。白露中元に陰遁三局を用い、甲子戊は震三宮に起こり、己・庚・辛・壬・癸は順次逆行して排してゆき、乙・丙・丁の三奇は則ち順に四宮・五宮・六宮へ排します。仮に己日に丙寅時を用いれば、時支の遁する処は天蓬にあり、時干は則ち天禽に落ちます。ここにおいて直符を艮宮に沖移し、坎宮に直使を加えれば即ち傷門です。丁奇・休門と六合が同じく兌宮に臨み、まさに飛鳥跌穴の時で、この時辰は最も有利です。この一局を例に挙げ、残りの各局はこれに類推します。詳しい解釈は皆本書の前面の各巻の中にあり、ここではもう贅述しません。
神機賦
六甲主使,三才攸分,步咒攝乎鬼神,存局通乎妙旨,前修刪簡靈文,裁整諸經奧理。原夫甲加丙兮龍回首,丙加甲兮鳥跌穴,回首則撫綏易遂,跌穴則顯灼易成。身殘毀兮,乙遇辛而龍逃走;財虛耗兮、辛遇乙而虎猖狂。癸見螣蛇夭矯,丁見癸朱雀投江。
六甲は符使を統率し、天地人の三才はここから分画されます。歩を踏み呪を念ずれば鬼神を摂伏することができ、心に局象を存せば玄妙な旨趣に通晓できます。前代の高手が靈文を刪削し、各経の深奥な義理を裁整して、はじめてこの篇がありました。まず吉凶の二大格を言います。甲が丙の上に加わるのを「青龍返首」と呼び、丙が甲の上に加わるのを「飛鳥跌穴」と呼びます。青龍返首を得れば、安撫綏靖の事が成し易く、飛鳥跌穴を得れば、顕揚彰著の事が成し易い。身体の傷残に至っては、乙が辛に遇って「青龍逃走」を成し、財物の虚耗は、辛が乙に遇って「白虎猖狂」を成します。癸が丁を見れば便ち「螣蛇夭矯」、丁が癸を見れば便ち「朱雀投江」です。
生丙臨戊為天遁而用兵,開乙臨己為地遁、而安墳,休丁遇太陰為人遁、而安營。伏干格,庚臨日干;飛干格,日干臨庚;庚臨直符、伏宮格之名;直符臨庚、飛宮格之位;大格庚臨六癸;刑格庚臨六己。按格所向既凶,百事營為不喜。時干剋日干、乃五不遇而災生;丙奇臨時干、名為勃格而禍起。三奇得使、眾善皆臻;六儀擊刑、百凶俱集。太白加熒賊欲來,火入金鄉賊將去。地羅遮陣不占前,天網四張無遠路。直符之宮,乃同天乙位上而取;如逢急難,宜從直符方下而行。
生門が丙奇を帯びて戊の上に臨むは「天遁」で、用兵に宜しい。開門が乙奇を帯びて己の上に臨むは「地遁」で、墳塋を営葬するに宜しい。休門が丁奇を帯びさらに太陰に遇うは「人遁」で、安営扎寨に宜しい。凶格に至っては、庚が日干の上に臨むを伏干格と呼び、日干が庚の上に臨むを飛干格と呼び、庚が直符の上に臨むを伏宮格と呼び、直符が庚の上に臨むを飛宮格と呼び、庚が六癸の上に臨むを大格と呼び、庚が六己の上に臨むを刑格と呼びます。およそこれらの格の指す方向に按じて為すは、皆凶で、百事の経営が皆合宜しません。時干が日干を剋すれば、即ち「五不遇」で、災禍はここから生じます。丙奇が時干の上に臨むは、「勃格」と呼び、禍事はここから起こります。三奇得使すれば、各種の善事が皆至り、六儀撃刑すれば、各種の凶事が一斉に集まります。太白が熒惑の上に加われば、盗賊は将に来らんとし、火が金郷に入れば、盗賊は将に退かんとします。「地羅」が陣前を遮れば、前方を占拠してはならず、天網四張の時は、遠行の路が走るべきありません。直符のある宮は、天乙の位置と同一処で、即ちそこで取用します。もし緊急危難に遇えば、直符方の下から出て行くべし。
指迷賦摘
乙天蓬而賞賜施恩,丙明堂而揚威發號,丁即玉女為太陰,只可守營而固守,戊為天門、千里乘龍而有應,己為地戶、推明舊事可修營,庚天刑而屯兵決獄,辛天庭而杜塞難通,六壬天牢兮、只宜囚禁,六癸天獄兮、不利攸行。蓬任沖輔陽星、舉謀大利,英芮柱心禽陰星、退隱無凶。天蓬亦宜築壘堤防,禽芮尤宜屯軍養馬,天沖必勝,天輔多凶,天心佈陣如神,天柱安營有慶,天任兮萬神擁護,天英兮戰鬪損軍。
乙は蓬星の方で、賞賜して恩を施すに宜しい。丙は明堂の方で、威を揚げ号令を発するに宜しい。丁は即ち玉女で太陰に属し、ただ営を守り固守するのみ可。戊は天門で、千里に龍に乗って感応あり、遠行出兵に宜しい。己は地戸で、旧事を推究し営壘を修繕するに宜しい。庚は天刑で、兵を屯し獄を断ずるに宜しい。辛は天庭で、閉塞して通じ難きを主る。六壬は天牢で、ただ囚禁するに宜しいのみ。六癸は天獄で、出行に利せず。九星の方面では、天蓬・天任・天冲・天輔は陽星で、事を挙げ謀るに大いに利あり。天英・天芮・天柱・天心と天禽は陰星で、退守して蔵れれば則ち凶無し。天蓬はまた営壘堤防を修築するに宜しい。天禽・天芮はことさら軍隊を屯駐し戦馬を放牧するに宜しい。天冲は必勝を主る。天輔(ここは賦文に多凶と作り、前文の吉星の説と異なる。姑くその旧を存す)。天心は陣を布けば神助の如くあり。天柱は営を安ずれば喜慶あり。天任は則ち万神が擁護する。天英は則ち交戦して兵を損する。
星克宮而客利,宮剋星而主勝。門害則作事稽遲,門迫則所為欠遂。三奇入墓、喜以成憂;六儀擊刑、美中不足。開三所作亨通,閉五諸凡困頓。五陽宜舉動,利客而鼓譟喧天;五陰喜退藏,利主而銜枚伏路。奇游六儀,公庭宴樂;玉女守戶,私路逍遙。天輔時常多赦宥,何愁鐵鉞之誅;威德時乃利客兵,任意施為必美。反吟而進退無常,伏吟而憂疑不已。
星がその臨む宮を剋すれば、攻方に利し、宮がその載せる星を剋すれば、守方が獲勝します。門と宮が相害すれば、事を弁ずれば拖延して遅滞し、門が宮に迫せられれば、為す事が心に称いません。三奇入墓すれば、喜事が憂事に変じ、六儀撃刑すれば、好事も常に缺憾があります。開・休・生の三吉門が値すれば、為す事は亨通し、その余の五門は閉塞して様様に困頓します。甲乙丙丁戊の五つの陽時は行動に宜しく攻方に利し、鼓噪して天を喧かすことができます。己庚辛壬癸の五つの陰時は退蔵に宜しく守方に利し、枚を銜えて路に伏すことができます。三奇が六儀に游べば、公堂の上に宴飲歓楽するを主り、玉女が門戸を守れば、私の路に逍遥自在するを主ります。天輔の時は常に赦免寛宥多く、斧鉞の身に加わるを憂うに及ばず。威徳の時は客兵に利し、任意に施為して皆美満を得られます。反吟に遇えば、進退に常準無く、伏吟に遇えば、憂疑が纏まらず絶えません。
天遁進兵為上策,地遁立寨可藏兵,人遁擇士求賢,神遁運籌祈禱,鬼遁多詐,可偷營劫寨以伏兵;龍遁通神,利水戰渡江而祈雨;雲遁噀甲生威,風遁揚兵助勝。青龍返首、萬事皆通,白虎猖狂、所為不利,飛鳥跌穴兮、變凶作吉,青龍逃走兮、反福為殃,朱雀投江休動作,螣蛇夭矯主驚慌,遇格兮主客皆凶,逢勃兮人情逆亂,太白入熒而盜賊將來,火入金鄉而賊人必去,三勝地無人可敵,五不擊孰敢相攻。
天遁を用いて兵を進めるは上策である。地遁を用いて寨を立てれば兵を蔵すことができる。人遁を用いれば士人を選抜し賢才を訪求するに宜しい。神遁を用いれば運籌と祈祷に宜しい。鬼遁は詭詐多く、営を倫い寨を劫し兵馬を埋伏することができる。龍遁は神に通ずることができ、水戦渡江と祈雨に利あり。雲遁は水を含み甲に噀いて威勢を生ずることができる。風遁は兵威を張揚し勝勢を助長することができる。青龍返首すれば万事通達し、白虎猖狂すれば所作利せず。飛鳥跌穴は凶を転じて吉と為すことができ、青龍逃走は反って福を禍に変じる。朱雀投江の時は動作するなかれ、螣蛇夭矯の時は人心に惊慌を主る。「格」に遇えば、攻守双方とも凶、「勃」に碰上れば、人心は悖逆して紛乱する。太白が熒惑に入れば、盗賊将に来らんとし、火が金郷に入れば、賊人は必ず去る。「三勝地」を占め得れば、敵する人無く、「五不撃」を占め得れば、誰か敢て来て相攻めん。
専征賦摘
星門之在四時,有休囚之與旺相,遊九宮以循環,按八方而背向,伺軍旅之成敗,審人事之攸當,或倚直符之遊宮,或居貴人之玉帳。直符之宮,又云:正月在巳、二月在午順行。避旬始之陰陽,背孤雄之健旺,據天乙宮而擊其沖,並亭亭神而居其上,合天地之威神,應神靈之衛仗,十卒而可敵千夫,一車而可當百輛。
九星八門は四季の中で、各々休囚と旺相の別があり、それらは九宮の裏で循環して游移し、八方に按じて背くと向かうを決定し、用いて軍旅の成敗を窺察し、人事の当否を審定します。兵を用いる時は、あるいは直符の游ぶ宮に依托し、あるいは貴人の玉帳の下に駐します。直符の宮については、別に一説があります。正月は巳にあり・二月は午にあり、順次順行します。このほかまた旬始の陰陽の方位を避け、孤と雄の健旺の処を背にしなければなりません。天乙のある宮を占拠してその对冲方を攻撃し、かつ亭亭神を自分の頭上に居らせます。かくすれば便ち天地の威神に合し、神霊の護衛儀仗に応じ、十人の士卒で千人に敵することができ、一輛の戦車で百輛に当たることができます。
避旬始二句。元女經云:寅午戍月;上旬天地並在南,中旬並在北,下旬並在東。巳酉丑月;上旬在西,中旬在南,下旬在北。申子辰月;上旬在東,中旬在北,下旬在西。亥卯未月;上旬在北,中旬在西,下旬在南。元女以上中下日月排之,氣藏月中,用孟仲季三辰配之。凡交戰得相併,左天右地者勝,背天向地者後患,向天背地者敗,背天地者,一以當百也。
以上は「旬始之陰陽を避け、孤雄之健旺を背く」の二句を解釈したものです。『元女経』は言います。寅・午・戌月は、上旬に天地二神が皆南方にあり、中旬に皆北方にあり、下旬に皆東方にあります。巳・酉・丑月は、上旬に西方にあり、中旬に南方にあり、下旬に北方にあります。申・子・辰月は、上旬に東方にあり、中旬に北方にあり、下旬に西方にあります。亥・卯・未月は、上旬に北方にあり、中旬に西方にあり、下旬に南方にあります。『元女経』は上旬・中旬・下旬に按じて日と月を排し、気は月份の中に蔵し、さらに孟・仲・季の三辰をもって配します。およそ交戦の時、天地二神を并び臨ましめ得るのが最も好い。天神が左に・地神が右にある一方が勝ち、天神を背にして地神に面するは、日後に患あり、天神に面して地神を背にするは、必ず敗れ、両者を皆身後に背くは、一人で百に当たることができます。
欲頓兵以安營,依十辰而取樣,九天利以陳兵,九地宜於隱陣。天門出入元戎,地戶當居小將,蓬星安置鼓旗,天牢穩貯儲餉,判斷於天庭之間,察兩辭而可諒,斬決於天獄之中,庶無怨乎冤枉。伏兵於太陰之幽,士卒居明堂之上,約人馬數以為宜,逐歲月時而變狀,斯營壘之大綱,實軒轅之楷匠。
兵を駐し営を安ずるには、十の天干の主る十の方位に依って布置します。九天の方は兵馬を陳列するに利し、九地の方は軍陣を隠蔽するに宜しい。天門(戊)の方は主帥の出入に供し、地戸(己)の方は副将を安置し、蓬星(乙)の方は鼓旗を安放し、天牢(壬)の方は糧餉を穏妥に屯積します。天庭(辛)の方で案件を審断し、両造の辞を聴取してはじめて公允なり得ます。天獄(庚)の方で斬決を執行し、かくすれば冤屈の怨は少ないです。伏兵は太陰(丁)の幽隠の処に蔵し、士卒は明堂(丙)の上に駐します。営地の大小は人馬の多少に按じて估計し、年・月・時の推移に随って布局を変換します。これが即ち安営立壘の大綱で、実に軒轅黄帝の立てた典范です。
是故丙為熒感,庚為太白,遇丙俱名為勃,逢庚乃謂之格,勃則紊亂紀綱,格則鬪傷主客。或臨歲月日時飛伏支干,或加直符天乙所遊之宅,加十干利捕逃亡,隨四時必當擒獲。臨六壬而災深,加六癸而禍極,加己刑格凶時,為將必須謹擇,行軍乃車破馬傷,土卒必身亡首馘。
だから言います。丙は熒惑で、庚は太白である。およそ丙に遇えば皆「勃」と呼び、庚に碰上れば「格」と呼ぶ。勃は紀綱の紊乱を主り、格は攻守双方の争闘し傷つくを主る。この二者は、あるいは年・月・日・時の飛伏干支の上に臨み、あるいは直符天乙の游ぶ宮位の上に加わる。庚が十干の上に加われば、逃亡の人を捕捉するに利し、四時に順って推算すれば必ず擒獲できます。ただし庚が六壬に臨めば、災禍は深重、六癸に加えば、禍患は極点に至り、己に加えば刑格を成し、最凶の時です。将領を為す者は必ず時辰を謹慎して選ばなければならず、さもなくば行軍して車毀れ馬傷つき、士卒は身を死せられ首級を割かれるを免れません。
庚加直符之道,宜野戰郊坰。直使與庚同宮,利待敵於城柵,不得已而用之,禍先臨於師伯。或遇丁癸相加,或值乙奇相驀,三奇入墓而困窮,六儀擊刑而迮迫,火入金而賊來,金入火而退逆,金火相入俱凶,舉動皆成寡隙,禍已去而復來,福將合而反息,雖有吉宿奇門,不可與於戈戟。
庚が直符の上に加わる情形は、郊野曠地で作戦するに宜しい。直使と庚が同一宮に処すれば、則ち城栅に依托して敵の来攻を待つに利します。もし已むを得ずしてこのような時辰に兵を用いなければならなければ、禍患は先ず統兵の主将の頭上に落ちます。このほか、あるいは丁と癸の相加に遇い、あるいは乙奇が別の干に突然圧せられるに碰上り、あるいは三奇入墓して困窮に陥り、あるいは六儀撃刑して処処に逼迫し、あるいは火が金郷に入れば則ち賊来り、金が火郷に入れば則ち賊退く――金火は互いに侵入し、二種皆凶で、一たび挙動すれば孤立無援に落ちます。これらの情形下では、禍患は去ってまた返り、福気は将に合せんとして消散し、たとえ吉星あり・奇門ありと雖も、兵戈を動用してはなりません。
又有五不遇時,陰陽合於中應。時干剋日、而動用必遭其禍刑。若值甲丙相覆,反為威德之靈。上會五陽之干,下合三吉之星,擇此四科而動,保全萬事以安寧,是故天有四時,陰陽更值,自巳終癸為陰刑,起甲至戊為陽德。凡欲舉動以施為,能就陽時而必克。陰時強以出行,身罹殃而斃踣。
さらに別に五不遇時があり、これは陰干陽干が中間に相応相合するものです。時干が日干を剋すれば、一たび動用すれば必ず禍害刑傷に遭います。もし甲と丙が互いに覆うに碰上れば(即ち青龍返首・飛鳥跌穴)、反って威徳の靈と為ります。上は甲乙丙丁戊の五つの陽干に会合し、下は開休生の三吉の星に配上し、この四項の条件に按じて時を擇んで動けば、万事を保全し平安無虞なり得ます。だから言います。天に四時あり、陰陽は輪番で当値する。己から癸までのこの五つの干は陰に属し、刑を主り、甲から戊までのこの五つの干は陽に属し、徳を主る。およそ挙動施為せんとするは、陽時に就着して為せば必ず勝を取り得、もし陰時に強いて出行すれば、ただ身に禍殃を遭い途中に倒斃するのみです。
推時下之六甲,審開合之法式,符臨一八三四、乃為開通。如臨九二七六、時名閉塞。逢開利以有為,值閉尤宜靜默,用時迷於兩端,吉凶無以取則。
当下の時辰の属する六甲を推算し、開と闔の法式を審察します。直符が一宮・八宮・三宮・四宮に臨めば、即ち「開通」で、九宮・二宮・七宮・六宮に臨めば、即ち「閉塞」と呼びます。開に逢う時は作為するに利し、閉に遇う時はことさら安静緘黙すべし。もし時を用いる際に開闔の両端の上で主意を決め得なければ、吉凶は便ち取則して判断する由がありません。
時逢仲甲子午、刑德在門,鬪戰而主客兩敗,此中先舉不存,此時名為天甲,利以逃遁亡奔。如遇孟甲之時寅申,陽在內、而陰在外,宜固守以戢兵,動必遭其刑害,此時名為地甲,利以居家歡會。如值下元季甲辰戌、陰處內、而陽外遊,此時名為飛甲,利以動眾經求,萬事甚宜興舉,八方可以周流。
時辰がもし仲甲に逢えば、即ち甲子・甲午の両旬で、刑と徳が皆門の上に落ち、交戦すれば攻守両方とも敗れ、その中で先に手を動かす一方は性命を保つことができません。このような時を「天甲」と呼び、ただ逃遁奔亡するに利するのみ。もし孟甲に遇えば、即ち甲寅・甲申の両旬で、陽気が内にあり陰気が外にあり、堅守して兵を収めるに宜しく、一動すれば必ず刑害に遭います。このような時を「地甲」と呼び、家で歓聚宴会するに利します。もし下元の季甲に碰上れば、即ち甲辰・甲戌の両旬で、陰気が内にあり陽気が外に游びます。このような時を「飛甲」と呼び、師を興し衆を動かし・出でて経営謀求するに利し、万事皆興挙に宜しく、八方皆周游できます。
倘能明於三甲,審開合以無憂,如被冠賊潛圍,倉卒乘我不備,事須應敵陳兵,不容待其使利,孤雄健旺屬他,奇門又不相比,士卒性命存亡,得失在乎將帥,當此慌惚之時,其將何以指示,若有此事不虞,須假神明佑庇,即以分兵三部,逐日周旋,歲月之方,將居其位,軍左袒以待兵,眾啖呼以助勢,我克勝以保全,敵必敗而奔墜。分兵三部、一居月建上、一居生辰上、一居亭亭方上、用之克敵大勝。
倘し孟・仲・季の三甲を弄明白し、開闔を審かに清め得れば、憂い無かるべし。仮に寇賊に暗中に囲困され、倉促の間に我の不備に乗ぜられ、事緊急にして必ず即刻応敵陳兵しなければならず、有利な直使の時辰を等候するに及ばず、しかも孤・雄・健・旺のこれらの好方位は皆相手に帰し、奇門も配上しない――この時士卒の性命の存亡・全軍の得失は、全て将帥の一身にあります。この慌乱の際に当たり、将領は何をもって指揮するのでしょうか。もし真にこのような意外に碰上れば、ただ神明の庇佑に借助するのみです。即座に兵を三部に分かち、日を逐うて周旋し、将領をそれぞれ年・月に相応する方位に駐せしめ、全軍左臂を袒露して接戦を待たせ、衆人が呐喊して威を助ければ、我が方は即ち勝を取り自ら保つことができ、敵人は必ず潰敗して奔逃します。いわゆる兵を三部に分かつとは、一部を月建の上に駐し、一部を生辰の上に駐し、一部を亭亭方の上に駐することで、この办法を用いて敵を克てば、大勝を得られます。
混合百神
天地定位,山澤通氣,雷風相薄,水火交濟,取義於上,陰陽合位,混而成之,吉凶分隸。
天は上に・地は下に、各々その位を定め、山と沢は気息が相通じ、雷と風は互いに激盪し、水と火は交いに済助します。本篇はここに義を取り、天盤の干と地盤の干を陰陽配合の位次に按じて一一相加し、混合して各種の格局を成し、さらに吉凶を分かれて各格の下に繫げます。以下の毎条は皆「天盤某干加地盤某干」の組合で、先ず格名を出し、次に吉凶を断じ、末尾には多く星・門が相合するか否かをもって成敗を定めます。
六甲加甲;青龍出地,喜信必來,門合則美,門塞星凶,空有財至。 六甲加乙;青龍入云,三奇門交,貴子生成,星干不利,虛得其名。 六甲加丙;青龍返首,凡事亨通,兼得長久,門儀不合,亦難得就。 六甲加丁;青龍耀明,三門合吉,宜謁貴人,改官遷職,大有英名,符事役凶,立待詞刑。 (二句有誤)
天盤の六甲が地盤の甲に加わるを、「青龍出地」と呼ぶ。喜慶の音信が到来するを主る。もし同宮の門が相合すれば美満し、もし門が閉塞せられ星がまた凶ならば、ただ空しく財名あるのみで実得無し。六甲が乙に加わるを、「青龍入雲」と呼ぶ。三奇と吉門が交会すれば、貴子を生ずるを主る。もし星と干が利せずならば、便ち虚しくその名を得るのみ。六甲が丙に加わるを、「青龍返首」と呼ぶ。凡事亨通し、しかも長久なり得。もし門と儀が配合し合わなければ、事もまた成就し難い。六甲が丁に加わるを、「青龍耀明」と呼ぶ。三吉門が相合すれば吉で、貴人に拜謁し・官を改め職を升るに宜しく、大いに名声あり。もし直符の主る事が差役刑名の類ならば凶で、立刻に詞訟刑責を招来する。(原書の夾注:末の二句に誤りあり。)
六甲加己;青龍合靈,吉星主財,吉門事成,星門不合,徒費精神。 六甲加庚;青龍符格,起咎成凶,在於不測,星吉門順,亦宜靜默。 六甲加辛;青龍失驚,門中一合,萬事從心,凶星上立,財利亡傾。 六甲加壬;青龍網羅,陰人用之,災禍彌多,陽人用之,詭譎不和。 六甲加癸;青龍華蓋,門合吉星,永無災害,若傷死門,奸陰陽會。
六甲が己に加わるを、「青龍合靈」と呼ぶ。吉星が之に臨めば則ち財を得るを主り、吉門が之に臨めば則ち事が弁じ成る。もし星と門が皆相合せずならば、ただ精神を費やすのみ。六甲が庚に加わるを、「青龍符格」と呼ぶ。過咎を招来し・凶事を醸成し、しかも発生は予料し難い。たとえ星吉く門順うとも、安静緘黙して動かざるに宜しい。六甲が辛に加わるを、「青龍失驚」と呼ぶ。ただ門上に一処相合あれば、万事皆心に称う。もし上に凶星が立てば、財利は便ち傾覆散失せんとす。六甲が壬に加わるを、「青龍網羅」と呼ぶ。女子がそれを用いれば、災禍なお多し。男子がそれを用いれば、則ち事は詭詐多く、彼此和せず。六甲が癸に加わるを、「青龍華蓋」と呼ぶ。門と吉星が相合すれば、永く災害無し。もし傷門・死門に配上すれば、則ち男女が私会して奸邪する事を主る。
六乙加甲;陰中返陽,凶星財破,人口損傷,陰人才合,陽人慌張。 六乙加乙;日奇伏刑,貴人問之,主失其名,門合再敘,門逆喪停。 六乙加丙;奇儀順格,吉星臨之,授官遷職,夫占其妻,必有離隔。 六乙加丁;朱雀入墓,文書入官,架閣留住,星門吉泰,文詞得路。
天盤の六乙が地盤の甲に加わるを、「陰中返陽」と呼ぶ。もし凶星に逢えば財を破り・人口を損傷す。女子が来て占すればこそ相合と算し、男子が来て占せば則ち惊慌を主る。六乙が乙に加わるを、「日奇伏刑」と呼ぶ。貴人がもし来て過問すれば、名声を失うを主る。門の相合するはなお重新に叙用し得、門の相逆するは則ち丧事停霊の憂いあり。六乙が丙に加わるを、「奇儀順格」と呼ぶ。吉星が之に臨めば、官を授け職を升るを主る。ただし丈夫が妻子を占問すれば、必ず離別隔閡あり。六乙が丁に加わるを、「朱雀入墓」と呼ぶ。呈逓の文書は官府に送り入れられるが、架閣庫の中に擱置されて圧せられる。もし星と門が皆吉泰ならば、文章詞訟に便ち出路あり。
六乙加己;日奇入霧,土木混同,雨有交互,求事得微,門乘必悞。 六乙加庚;日奇自刑,鬬起爭財,必入訟庭,星干不吉,夫妻外情。 六乙加辛;青龍逃走,失財逃亡,二事俱丑,強立強為,定無長久。 六乙加壬;青龍得云,陽人主失,病是陰人。 六乙加癸;日入天網,陰人望信,立見災恙,官事失財,凡事虛妄。
六乙が己に加わるを、「日奇入霧」と呼ぶ。土と木が混雑して清からず、天時の上では陰晴交替して雨あるを主る。事を求めてただ一点を得るのみ、もし乗ずる門が利せずならば、必ず事を誤る。六乙が庚に加わるを、「日奇自刑」と呼ぶ。財を争うにより闘争を起し、必ず公堂の上に鬧ぎ至る。もし星と干が皆吉せずならば、なお夫妻が各々外遇あるを主る。六乙が辛に加わるを、「青龍逃走」と呼ぶ。財を失うと人口の逃亡を主り、この二事は皆看るに堪えず。強いて支え・強いて為しても、また一定に長久なり得ず。六乙が壬に加わるを、「青龍得雲」と呼ぶ。男子が占すれば失あるを主り、病を占せば則ち病は女子の身に在り。六乙が癸に加わるを、「日入天網」と呼ぶ。女子が音信を盼望すれば、立刻に災病を見る。官司に纏まれてまた財を破り、凡事皆虚妄不実である。
六丙加甲;飛鳥跌穴,貴面天顏,榮遷越職,所有圖謀,一切通徹。 六丙加乙;月奇浮雲,貴人印信,即可敷陳,公私利亨,百事稱心。 六丙加丙;月奇勃格,兩重文書,皆遭障格,門逆財亡,門順虛迫。 六丙加丁;奇入朱雀,文書亨通,貴占權握,常人得之,衣祿退剝。
天盤の六丙が地盤の甲に加わるを、「飛鳥跌穴」と呼ぶ。貴人は天子に面見でき、越級して栄升す。およそ図謀あるは、一切通達して阻無し。六丙が乙に加わるを、「月奇浮雲」と呼ぶ。貴人の印信は即座に陳奏施行し得。公事私事皆順利で、百事心に称う。六丙が丙に加わるを、「月奇勃格」と呼ぶ。両重の文書が皆阻隔せられて通ぜず。門相逆すれば則ち財を破り、門相順うもまた虚しく逼迫を受けるのみ。六丙が丁に加わるを、「奇入朱雀」と呼ぶ。文書は亨通す。貴人が占せば則ち権柄を掌握するを主り、平常人が占せば則ち衣食俸禄が反って剥減せられる。
六丙加己;火孛入刑,文書不來,獄中有人,星吉門順,空禁虛名,星乘門逆,徒杖而刑。 六丙加庚;熒入太白,家事熬煎,又逢盜賊,門合星吉,賊在人獲,星門相遺,禍生因客。 六丙加辛;月精合佑,久病之人,藥師來救,文狀入官,亦能成就。
六丙が己に加わるを、「火孛入刑」と呼ぶ。文書は遅々として来らず、家中に獄に下る人有り。もし星吉く門順えば、ただ一場に白関するのみで虚名を落とすに過ぎず、もし星門が相乗して逆えば、徒刑杖責を受けんとす。六丙が庚に加わるを、「熒入太白」と呼ぶ。家事は煎熬して安んぜず、また盗賊に遇う。もし門相合し星また吉ならば、賊はなお在り・人は捉え得、もし星と門が彼此背離すれば、禍事は外来の人により引き起こされる。六丙が辛に加わるを、「月精合佑」と呼ぶ。久しく病む人は良医が来て救う有り。官府に呈逓する文状もまた弁じ成り得。
六丙加壬;孛亂來臨,文訟公庭,因淫婦人,庶人流離,貴人失名。 六丙加癸;華蓋孛師,陰人用之,災禍相隨,必因詞訟,後必無虧。 六丁加甲;青龍得光,貴人遷職,常人得良,星符合處,喜美非常。 六丁加乙;格為人遁,得喜非常,貴人薦論,改祿受權,實為廣運。
六丙が壬に加わるを、「孛乱来臨」と呼ぶ。文書官司をもって公堂に鬧ぐ有り、起因は婦人との淫乱に在り。平民はこれにより流離して所を失い、貴人はこれにより名声を敗壊す。六丙が癸に加わるを、「華蓋孛師」と呼ぶ。女子がそれを用いれば、災禍が連なり接して来り、必ず詞訟を因とす。ただし後来に至っては終に大きな虧損無し。天盤の六丁が地盤の甲に加わるを、「青龍得光」と呼ぶ。貴人は職位を遷升し、平常人もまた好処を得得。もし星と直符が相合すれば、喜慶美満は尋常ならず。六丁が乙に加わるを、「格為人遁」と呼ぶ。得る喜事は尋常ならず、貴人の挙薦評議あり、俸禄を改換し・権柄を接受して、実に大いに通達の運気である。
六丁加丙;加中復奇,多生口舌,事生蹺蹊,貴招官祿,常人刑之。 六丁加丁;奇入太陰,望文書至,遠大名深,兩重文意,凡百遂心,若信近用,名為伏吟。 六丁加己;火入勾神,文狀詞凶,奸因婦人,私中有私,往則刑名。 六丁加庚;織女尋牛,不有私情,定遇冤讎,陰人無理,刑禁官囚。
六丁が丙に加わるを、「加中復奇」と呼ぶ。口舌多く生じ、事は別扭蹊蹺である。貴人はこれにより官禄を招来し、平常人は却ってこれにより刑を受けん。六丁が丁に加わるを、「奇入太陰」と呼ぶ。盼望の文書は到るべく、前程は遠大で名声は深厚、文書にはまた両重の意思あり、凡百の事情皆心に称う。もし候う音信が眼前に近く将に動用せんとすれば、それは便ち伏吟を成し、反って遅滞す。六丁が己に加わるを、「火入勾神」と呼ぶ。文状詞訟は凶險で、奸情は婦人により引き起こされ、隠私の中にまた隠私を蔵す。一往すれば便ち官司を喰らわん。六丁が庚に加わるを、「織女尋牛」と呼ぶ。もし私情有るにあらざれば、便ち必ず冤家仇人に遇ったのである。女子の一方は理無く、刑禁囚繋を招来せん。
六丁交辛;朱雀入獄,官人刑囚,亦遭剝落,常人枷鎖,百日放卻。 六丁交壬;五人相和,丁壬化木,財利得多,貴人賜祿,文狀平和。 六丁交癸;朱雀沉江,女人官府,定爭成雙,公私不協。兩有所傷。
六丁が辛に加わるを、「朱雀入獄」と呼ぶ。官を為る人は囚えられ刑を受け、また削職剥奪に遭わん。平常人は則ち枷鎖を戴き、約百日の後に釈放を得。六丁が壬に加わるを、「五人相和」と呼ぶ。丁と壬は相合して木に化し、財利を得ること多きを主り、貴人は俸禄を賜与せられ、呈逓の文状もまた平順である。六丁が癸に加わるを、「朱雀沈江」と呼ぶ。女子が官府に渉入すれば、一定に争訟して対を成す。公事私事皆協調せず、両辺皆傷を受けん。
六己加甲;伏格青龍,門合吉星,財利是隆,門逆凶星,所干成空。 六己加乙;墓入不明,星門合吉,且喜平平,不合而逆,凡干不成。 六己加丙;格名孛師,陽人宣賜,爵祿加之,陰人大忌,奸亂乘違。 六己加丁;奇入墓名,文書當訴,門合吉神,先論得理,後對遭懲。
天盤の六己が地盤の甲に加わるを、「伏格青龍」と呼ぶ。門と吉星が相合すれば、財利は興隆す。門相逆して星また凶ならば、謀求する所は皆空に落ちる。六己が乙に加わるを、「墓入不明」と呼ぶ。星と門が相合すれば吉と為すも、ただ平平として喜ぶのみ。もし相合せずして反って相逆すれば、およそ干求する所は皆弁じ成らず。六己が丙に加わるを、格名「孛師」と呼ぶ。男子が占せば宣布賞賜・爵禄を加封するの喜有り。女子は則ち大いに忌み、奸乱違逆の事を主る。六己が丁に加わるを、格名「奇入墓」と呼ぶ。文書はまさに申訴し往くべし。門と吉神が相合すれば、先に弁論する時は理を占め、後来対質する時に反って懲処に遭う。
六己加己;地戶逢鬼,陰人望信,信者難委,門符合處,遠近來至。 六己加庚;刑格之名,陰人發用,必得陽人,陽宜靜默,陰主私情。 六己加辛;魂神入墓,家有陰人,鬼妖驚戶,符門合處,小口災遇。 六己加壬;刑網高張,陰人奸惡,陽人遭傷,門迫星凶,兩人俱亡。 六己加癸;地刑元武,陰人沉吟,災病不語,門合星扶,遂成疾苦。
六己が己に加わるを、「地戸逢鬼」と呼ぶ。女子が音信を盼望すれば、来る信は却って託し凭じ難い。もし門と直符が相合すれば、則ち遠近の人皆到来せん。六己が庚に加わるを、格名「刑格」と呼ぶ。女子が出でて事を弁ずれば、必ず男子の相助に頼らん。男子は静默して動かざるに宜しく、女子は則ち私情有るを主る。六己が辛に加わるを、「魂神入墓」と呼ぶ。家中に女眷有れば、鬼怪が門戸を驚擾せん。もし直符と門が相合すれば、則ち小孩子は災に遭わん。六己が壬に加わるを、「刑網高張」と呼ぶ。女子は奸悪し、男子は傷を受く。もし門が迫せられ星また凶ならば、両人皆命を喪わん。六己が癸に加わるを、「地刑玄武」と呼ぶ。女子は頭を低くれ沈吟し、災病を得て話を出し得ず。たとえ門相合し星が来て扶助するとも、終に長久の病苦を成せん。
六庚加甲;刑青龍格,財利多榮,星門法則,不合則凶,合則免厄。 六庚加乙;日合六格,百事安然,尤當緘默,星門乘凶,官事刑迫。 六庚加丙;太白入熒,失物被盜,難獲難尋,門合星吉,贓物知情,符門不吉,官事來臨。 六庚加丁;名曰亭亭,文狀爭論,私匿之情,符門逆背,詞訟難成。
天盤の六庚が地盤の甲に加わるを、「刑青龍格」と呼ぶ。もとは財利豊栄を主るが、ただ星と門の法則を看なければならない――相合せずなれば凶で、相合してこそ災厄を免除し得。六庚が乙に加わるを、「日合六格」と呼ぶ。百事安然で、ことさら緘黙して言わざるべし。もし星と門が凶象に乗じれば、官司刑罰が相逼せん有り。六庚が丙に加わるを、「太白入熒」と呼ぶ。失落した物は人に偸まれ、回取し難い。もし門相合し星また吉ならば、贓物の下落は知り得、もし直符と門が吉せずならば、官司は便ち頭に臨まん。六庚が丁に加わるを、名づけて「亭亭」と呼ぶ。文状のため争論を起し、内中に隠私の情を蔵す。もし直符と門が彼此背逆すれば、詞訟もまた打ち成さず。
六庚加己;刑格凶否,獄囚之人,難有伸理。 六庚加庚;太白之名,官事併發,獄禁平人,凶期百日,卻有舒情。 六庚加辛;干格白虎,道路傷亡,必失伴侶,有事難休,定執客主。 六庚加壬;蛇格之名,陰陽占信,迷路無音,傷門主災,死門喪停。 六庚加癸;大刑之格,占路遠求,陰人疾厄,鬼賊相扶,遂生離格。
六庚が己に加わるを、「刑格」と呼び、凶か否かは配合を看なければならない。牢中囚繋の人を主り、冤を申し理を伸ぶる機会難し。六庚が庚に加わるを、名づけて「太白」と呼ぶ。官司が一斉に発作し、無辜の人もまた関押せられる。凶險の期は約百日で、此の後に舒解を得。六庚が辛に加わるを、「干格白虎」と呼ぶ。路上に傷亡有り、必ず同行の伴侶を失う。事の糾纏して休まざる有り、攻守双方は皆僵持して下らず。六庚が壬に加わるを、格名「蛇格」と呼ぶ。男女を論せず音信を占えば、皆路を迷い信無きを主る。もし傷門に配すれば則ち災有るを主り、死門に配すれば則ち丧事停霊有り。六庚が癸に加わるを、「大刑之格」と呼ぶ。出行遠求を占えば則ち利せず、女子に疾病災厄有り、また鬼祟盗賊の相擾有りて、ここにおいて生離の禍を醸成す。
六辛加甲;龍困遭傷,繫官爭財,陰人不妨,陽人有災,門順吉昌。 六辛加乙;白虎猖狂,失財破家,人口死亡,遠行失信,家事彷徨。 六辛加丙;干合熒惑,文狀虛詞,競爭財物,星門不合,闇昧屈厄。 六辛加丁;獄神入奇,遠行經商,利倍得遲,星門不吉,夫婦分離。
天盤の六辛が地盤の甲に加わるを、「龍困遭傷」と呼ぶ。官司に牽進し・財物を争奪せん。女子は妨げ無く、男子は災有り。もし門相順えば、則ち転じて吉昌と為す。六辛が乙に加わるを、「白虎猖狂」と呼ぶ。財を破り家を敗し、人口は死亡し、遠行は信を失い、家事は彷徨して主無し。六辛が丙に加わるを、「干合熒惑」と呼ぶ。文状の裏は尽く虚仮の詞で、財物を争うため競逐を起す。もし星門相合せずなれば、暗昧不明の冤屈困厄を蒙らんとす。六辛が丁に加わるを、「獄神入奇」と呼ぶ。遠行して経商すれば加倍の利を獲得し得、ただ来ること遅し。もし星門吉せずなれば、則ち夫婦の分離を主る。
六辛加己;刑獄之格,奴婢欺主,先自刑剋,門吉星強,虛成累及。 六辛加庚;白虎傷格,兩女爭男,皆因酒色,星合門凶,丑聲難塞。 六辛加卒;獄入自刑,求財喜合,利用陰人,陽人用之,災害時臨。 六辛加壬;蛇入獄刑,兩男爭女,訟逼難停,門符合吉,首者遭黥。 六辛加癸;直格華蓋,陰人用之,無災無害,吉門吉星,陽人得財,兼有酒食,喜慶咸來。
六辛が己に加わるを、「刑獄之格」と呼ぶ。奴僕婢女が主人を欺凌す、実は自身が先に刑剋を招く。たとえ門吉く星強しとも、ただ虚しく牽累を受けるに過ぎず。六辛が庚に加わるを、「白虎傷格」と呼ぶ。二つの女子が一男子を争う、皆酒色を因として起る。もし星相合して門凶なれば、醜聞は便ち堵え止め得ず。六辛が辛(原書は「卒」と作る)に加わるを、「獄入自刑」と呼ぶ。財を求めれば則ち相合を喜び、女子を出だして用いれば利有り。男子がそれを用いれば、災害は随時に降臨す。六辛が壬に加わるを、「蛇入獄刑」と呼ぶ。二つの男子が一女子を争い、訟事は相逼して停まらず。もし門と直符が相合して吉と為れば、先に頭を出す一方は刺字の刑に遭わん。六辛が癸に加わるを、「直格華蓋」と呼ぶ。女子がそれを用いれば、災無く害無し。もし吉門吉星を得れば、男子はなお財を得得、かつ酒食を兼ね、喜慶が一斉に到来す。
六壬加甲;蛇化為龍,陰人用事,喜慶重重,陽人求事,有始無終。 六壬加乙;格名小蛇,陰人伏災,陽人傷嗟,孕生貴子,祿馬光華。 六壬加丙;蛇入冶爐,詞訟爭端,空事無圖,若遇刑禁,出則招徒。 六壬加丁;干合蛇刑,文書財喜,大宜陰人,貴人官祿,常人平平。
天盤の六壬が地盤の甲に加わるを、「蛇化為龍」と呼ぶ。女子が出でて事を弁ずれば、喜慶は重畳す。男子が事を求めれば、則ち始有りて終無し。六壬が乙に加わるを、格名「小蛇」と呼ぶ。女子は災禍を潜伏し、男子は傷感嘆息有り。ただし孕育を占えば則ち貴子を生じ、禄神駅馬は光彩煥発す。六壬が丙に加わるを、「蛇入冶炉」と呼ぶ。詞訟争端を起し、事は空に落ち・図謀する由無し。もし刑禁に碰上れば、一たび頭を出せば便ち徒刑を招来せん。六壬が丁に加わるを、「干合蛇刑」と呼ぶ。文書の喜と財物の利有り、最も女子に宜し。貴人は官禄を得、平常人はただ平平のみ。
六壬加己;蛇凶入獄,大禍將成,夫妻不睦,罪若有刑,金銀沾足。 六壬加庚;太白騎蛇,刑獄公明,好分正邪,如逢傷死,刑戮無差。 六壬加辛;螣蛇格干,符門雖吉,亦不可安,所有運謀,內生欺瞞。 六壬加壬;羅網自纏,陰人利用,陽人莫前,三吉不入,萬事無緣。 六壬加癸;螣蛇飛空,家不和睦,室女私通,星門俱吉,信息隆隆。
六壬が己に加わるを、「蛇凶入獄」と呼ぶ。大禍は将に醸成せんとし、夫妻は和睦せず。罪案がもし刑を判ぜられても、また金銀ありて周旋するに足る。六壬が庚に加わるを、「太白騎蛇」と呼ぶ。刑獄は公正明白に判ぜられ、正邪を分弁するに善し。もし傷門・死門に逢えば、則ち刑戮は絲毫も差わず。六壬が辛に加わるを、「螣蛇格干」と呼ぶ。たとえ直符と門が皆吉とも、安寧を得ず。およそ運籌謀劃有れば、内部は皆欺瞞を生ぜん。六壬が壬に加わるを、「羅網自纏」と呼ぶ。女子がそれを用いれば利有り、男子は前へ往くなかれ。もし開休生の三吉門がその宮に入らざれば、万事皆縁分無し。六壬が癸に加わるを、「螣蛇飛空」と呼ぶ。家中は和睦せず、未嫁の女児は私通の事有り。もし星と門が皆吉なれば、則ち音信は頻頻として来る。
六癸加甲;羅網青龍,財喜姻親,必遇吉人,星門不合,陽人訟刑。 六癸加乙;華蓋逢星,貴人寵祿,權位如輕,常人怪異,口舌來臨。 六癸加丙;蓋遇孛師,貴人受官,小人得依,若占文狀,定得門眉。 六癸加丁;螣蛇夭矯,陰人文書,為凶之兆,損財招刑,不宜疊調。
天盤の六癸が地盤の甲に加わるを、「羅網青龍」と呼ぶ。財物の喜と姻親の事有り、必ず吉人の相助に遇い得。もし星門相合せずなれば、男子は便ち官司を喰らい刑を受けん。六癸が乙に加わるを、「華蓋逢星」と呼ぶ。貴人は寵禄を得、ただ権位は軽微なり。平常人は則ち怪異の事に遇い、口舌是非が頭に臨む。六癸が丙に加わるを、「蓋遇孛師」と呼ぶ。貴人は官職を受封し、小人もまた依託有り。もし文状を占えば、一定に門路頭緒を得得。六癸が丁に加わるを、「螣蛇夭矯」と呼ぶ。女子の文書は凶兆で、財を損じ刑を招くを主り、再三調動更改するに宜しからず。
六癸加己;華蓋地戶,陰人問夫,求至居住,門順入室,門逆夫殆。 六癸加庚;大格飛名,只宜上官,握柄雄聲,公事得遲,錢則有爭。 六癸加辛;獄入天牢,軍吏遭繫,罪恐難逃,門吉星吉,虛禁無勞。 六癸加壬;復見螣蛇,陰人絕子,又復離家,理順後嫁,未保年華。 六癸加癸:天網高張,行旅失約,游去四方,合處相得,逆處相傷。
六癸が己に加わるを、「華蓋地戸」と呼ぶ。女子が丈夫を占問すれば、安居を求得るを主る。門相順えば則ち入室して家を成し得、門相逆すれば則ち丈夫は危殆なり。六癸が庚に加わるを、「大格飛名」と呼ぶ。ただ任に赴き官を為るに宜しく、権柄を掌握し声名は雄壮なり。公事は弁じて遅緩し、銭財の上では則ち争執有り。六癸が辛に加わるを、「獄入天牢」と呼ぶ。軍中の官吏は拘繋せられ、罪責は恐らく逃れ難し。もし門吉星吉なれば、またただ一場に白関するのみで苦しみを受けず。六癸が壬に加わるを、「復見螣蛇」と呼ぶ。女子は子嗣を絶ち、また家を出て行かんとす。たとえ道理の上で順当として改嫁するとも、年華は保全し難し。六癸が癸に加わるを、「天網高張」と呼ぶ。出行の人は約を失い、四处を漂游す。相合の処は彼此益を得、相逆の処は彼此損傷す。
昔日舉要計一百干,留甲十干寄戊同安,且以八方人來意看,九宮支上卻討時干,如住宮中來人時是。此句獨不叶韻。己課對宮從交上看,元微秘典一訣萬端,倘非志士切莫與觀,天機深惜智在克寬。
前人がその要略を挙げたは、合わせて百条の干と干の相加の格で、その中に甲のこの一干を省き、十干の中の甲を戊の上に寄せて一同に安放せしめました。占断の時は、先ず来人のある八つの方位に按じて意を取り、さらに九宮の地支の上から用いる時干を尋ねます。たとえば来人が正に某宮に停まれば、あの一宮を取って彼の来た時の宮と為します。(原書の夾注:上面のこの一句は独り韻に合わず。)自ら占する課は対宮交会の処から看なければなりません。この玄微の秘典は、一つの口訣が万般の変化を生じ得ます。倘若志ある士にあらざれば、切に彼に取って見せるなかれ。天機は深奥にして惜しむべく、智慧は全く寛緩克制し得るや否やに在り。
