Libo

新书

西汉 · 贾谊

新書 漢・賈誼

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

新書漢賈誼

新書 漢・賈誼

卷第一

巻第一

過秦上

過秦 上

秦孝公據崤函之固,擁雍州之地,君臣固守,以窺周室,有席捲天下,包舉宇內,囊括四海之意,幷吞八荒之心。當是時也,商君佐之,內立法度,務耕織,修守戰之具:外連衡而鬥諸侯,於是秦人拱手而取西河之外。

秦の孝公は崤山・函谷関の険固を占め、雍州の土地を保有し、君臣が堅固に守り、周室を窺い伺い、天下を席巻し、宇内を包挙し、四海を囊括する意図、八荒を併呑する心を抱いていた。まさにこの時、商君が彼を補佐し、内には法度を建て、耕織に務め、攻守の器具を整え、外には連衡して諸侯を互いに闘わせた。そこで秦人は拱手して西河の外を手に入れた。

孝公既沒,惠文武昭襄王,蒙故業,因遺策,南取漢中,西舉巴蜀,東割膏腴之地,北收要害之郡。諸侯恐懼,同盟而謀弱秦,不愛珍器重寶肥饒之地,以致天下之士,合從締交,相與為一。當此之時,齊有孟嘗,趙有平原,楚有春申,魏有信陵。此四君者,皆明智而忠信,寬厚而愛人,尊賢重士。約從離衡,兼韓。魏。燕。趙。宋。衛。中山之眾。於是六國之士,有甯越。徐尚。蘇秦。杜赫之屬為之謀主,齊明。周最。陳軫。召滑。樓緩。翟景。蘇厲。樂毅之徒通其意,吳起。孫臏。帶佗。倪良。王廖。田忌。廉頗。趙奢之朋制其兵。嘗以什倍之地。百萬之眾,仰關而攻秦。秦人開關延敵,九國之師逡遁而不敢進。秦無亡矢遺鏃之費,而天下諸侯已困矣。於是從散約解,爭割地而賂秦。秦有餘力而制其弊,追亡逐北,伏屍百萬,流血漂櫓,因利乘便,宰割天下,分請山河,強國裂伏,弱國入朝。

孝公がすでに亡くなると、恵文王・武王・昭襄王は旧業を承け、遺策に沿い、南に漢中を取り、西に巴蜀を攻め取り、東に肥沃の土地を割き取り、北に要害の郡を収めた。諸侯は恐れ、同盟して秦を弱めようと謀り、珍器・重宝・肥饒の土地を惜しまずに天下の士を招致し、合従の盟約を締結して互いに一体となった。まさにこの時、斉には孟嘗君、趙には平原君、楚には春申君、魏には信陵君がいた。この四君は、みな明智にして忠信、寛厚にして人を愛し、賢を尊び士を重んじた。相約して合従し連衡を離散させ、韓・魏・燕・趙・宋・衛・中山の部衆を兼ね合わせた。そこで六国の士に、寧越・徐尚・蘇秦・杜赫のたぐいが謀主となり、斉明・周最・陳軫・召滑・楼緩・翟景・蘇厲・楽毅のたぐいが意を通じ、呉起・孫臏・帯佗・倪良・王廖・田忌・廉頗・趙奢の輩が軍隊を統制した。かつて十倍の土地、百万の部衆をもって関隘を仰ぎ攻め秦に攻め入った。秦人は関を開いて敵を迎え入れると、九国の軍は逡巡して退却し敢えて進まなかった。秦は矢一本・鏃一つの損耗もなく、天下の諸侯はすでに困窮していた。そこで合従は解散し盟約は解け、争って地を割き秦に賂った。秦は余力をもって彼らの疲弊を制し、敗走する者を追撃し、倒れた死体は百万、血の流れは楯を浮き上がらせた。便に乗じて天下を宰割し、山河を分割し(底本は「分請」、おそらく「分裂」の誤り)、強国は裂けて降伏し、弱国は入朝した。

施及孝文王。莊襄王,享國日淺,國家無事。及至始皇,奮六世之餘烈,振長策而御宇內,吞二週而亡諸侯,履至尊而制六合,執搞樸以鞭笞天下,威振四海,南取百粵之地,以為桂林象郡。百粵之君,俛首繫頸,委命下吏,乃使蒙恬北築長城而守藩籬,卻匈奴七百餘里。胡人不敢南下而牧馬,士不敢彎弓而報怨。於是廢先王之道,燔百家之言,以愚黔首。墮名城,殺豪俊,收天下之兵,聚之咸陽。銷鋒鍉,鑄以為金人十二,以弱天下之民。然後踐華為城,因河為池,據億丈之高,臨百尺之淵以為固。良將勁弩,守要害之處:信臣精卒,陳利兵而誰何。天下已定,始皇之心,自以為關中之固,金城千里,子孫帝王萬世之業也。

孝文王・荘襄王に続くに及んで、国を享ける日は短く、国家に事はなかった。始皇に及ぶと、六世の残りの功業を奮い起こし、長鞭を振るって宇内を御し、東西二周を呑み込んで諸侯を滅ぼし、至尊に登りて六合を制し、杖撲を執って天下を鞭打ち、威勢は四海に震動した。南に百越の土地を取り、桂林・象郡を設けた。百越の君は頭を垂れて縄を頸にかけ、性命を下級の官吏に委ねた。そこで蒙恬を遣わして北方に長城を築いて藩籬を守らせ、匈奴を七百余里退却させた。胡人は南に下って馬を牧することを敢えてせず、士は弓を弯めて仇を報いることを敢えてしなかった。そこで先王の道を廃し、百家の書を焼き、黔首を愚弄した。名城を毀壊し、豪俊を殺害し、天下の兵器を収めて咸陽に集めた。刀鋒・箭頭を鋳溶かして十二の金人を作り、天下の民を弱めた。それから華山を據えて城とし、黄河に就いて池とし、億丈の高きに拠り、百尺の深淵に下臨して険固とした。良将・硬弩をもって要害の地を守らせ、信臣・精卒をして利兵を陳べて過ぐる者を呵問させた。天下すでに平定せり、始皇の心は、自ら关中の険固、金城千里をもって、子孫帝王万世の基業なりと思った。

始皇既沒,餘威振於殊俗。然而陳涉,甕牖繩樞之子,氓隸之人,而遷徙之徒也。材能不及中人,非有仲尼。墨翟之賢,陶朱。猗頓之富,躡足行伍之閒,俛起阡陌之中,率疲弊之卒,將數百之眾,轉而攻秦。斬木為兵,揭竿為旗,天下雲合響應,贏糧而景從。山東豪傑並起,而亡秦族矣。

始皇がすでに亡くなると、残りの威勢はなお遠方の異俗を震動させた。しかるに陳渉は、甕を牕とし縄を枢とする家の子であり、氓隷のたぐいであり、また迁徙の徒役であった。才能は中等人に及ばず、仲尼・墨翟の賢なく、陶朱・猗頓の富なく、行伍の間に足を插し、阡陌の中より俯身して起こり、疲弊の士卒を率い、数百人を統領し、転じて秦を攻めた。樹木を斫って兵器となし、竹竿を挙げて旗となすと、天下は雲のごとく会合して応じ、糧食を帯びて影のごとく従った。山東の豪傑が一斉に起こり、秦族はついに滅亡した。

且夫天下非小弱也,雍州之地,崤函之固,自若也。陳涉之位,非尊於齊。楚。燕。趙。韓。魏。宋。衛。中山之君也:鉏耰棘矜,不敵於鉤戟長鎩也:謫戍之眾,非抗九國之師也:深謀遠慮,行軍用兵之道,非及曩時之士也:然而成敗異變,功業相反也。試使山東之國,與陳涉度長絜大,比權量力,則不可同年而語矣。然秦以區區之地,致萬乘之勢,序八州而朝同列,百有餘年矣。然後以六合為家,崤函為宮,一夫作難而七廟墮,身死人手,為天下笑者,何也?仁心不施,而攻守之勢異也。

しかも天下は小さくも弱くもなっていなかった。雍州の土地、崤函の険固は、なお昔のままである。陳渉の地位は、斉・楚・燕・趙・韓・魏・宋・衛・中山の君より尊いわけではなかった。鋤耰・棘矜は鉤戟・長矛に敵せず、謫戍の部衆は九国の軍隊に抗衡できず、深謀遠慮・行軍用兵の道は、かつてのあれらの士に及ばなかった。しかるに成敗の変化は異なり、功業は相反した。試みに山東の諸国をして陳渉と長短大小を比量させ、権勢力量を比較せしめば、同年に語ることはできない。しかるに秦は区々たる土地をもって万乗の勢に達し、八州を統序して同等の列国を来朝させたこと、百有余年である。それから六合をもって家となし、崤函をもって宮としたが、一人が難を発すれば七廟が毀れ、身は他人の手に死に、天下に笑われた。なぜか。仁心が施されず、攻守の勢がすでに異なっていたからである。

過秦中

過秦 中

秦滅周祀,幷海內,兼諸侯,南面稱帝,以四海養。天下之士,斐然向風,若是何也?曰:近古之無王者久矣,周室卑微,五霸既滅,令不行於天下,是以諸侯力政。強凌弱,眾暴寡,兵革不休,士民罷弊。今秦南面而王天下,是上有天子也。即元元之民,冀得安其性命,莫不虛心而仰上。當此之時,專威定功,安危之本,在於此矣。

秦は周の祭祀を滅ぼし、海内を併呑し、諸侯を兼并し、南面して帝と称し、四海をもって供養した。天下の士は斐然として風化を向往したが、このようになったのはなぜか。曰く、近古に王なきこと久しく、周室は卑微にして五霸すでに滅び、令は天下に行われず、ゆえに諸侯は武力をもって征伐した。強は弱を陵し、人多きは人少なきを暴虐し、兵革休まず、士民は疲弊した。今秦が南面して天下に王と称するは、上に天子あればなり。そこで元元の民は、性命を安定せんことを望み、虚心して上を仰望せざるなし。まさにこの時、威勢を一にして功を定めるは、安危の根本、まさにここに在り。

秦王懷貪鄙之心,行自奮之智,不信功臣,不親士民。廢王道而立私愛,焚文書而酷刑法,先詐力而後仁義,以暴虐為天下始。夫幷兼者高詐力,安危者貴順權。推此言之,取與攻守不同術也。秦雖離戰國而王天下,其道不易,其政不改,是其所以取之也,孤獨而有之,故其亡可立而待也。借使秦王論上世之事,並殷周之跡,以制御其政,後雖有淫驕之主,猶未有傾危之患也。故三王之建天下,名號顯美,功業長久。

秦王は貪鄙の心を懐き、自ら奮い起こす智を行い、功臣を信じず、士民に親しまなかった。王道を廃して私愛を樹て、文書を焚いて刑法を厳酷にし、詐力を先とし仁義を後とし、暴虐をもって天下に始めを開いた。兼并する者は詐力を重んじ、危局を安んずる者は順時権変を貴ぶ。これより推せば、取ることと攻守は同一の術ではない。秦は戦国を離れて天下に王と称したが、その道改まらず、その政改まらず、これがその取る所以の術、孤独に占有するゆえに、滅亡は立ちどころに至るべし。仮に秦王が上世の事を論じ、殷周の事蹟を并び比べて、もってその政を制御せば、後に淫驕の君あるも、なお傾危の禍患はなからん。そこで三王が天下を建て、名号は顕赫として美しく、功業は長久なり。

今秦二世立,天下莫不引領而觀其亡。夫寒者利裋褐,而飢者甘糟糠:天下囂囂,新主之資也,此言勞民之易為仁也。向使二世有庸主之行,而任忠賢,臣主一心,而憂海內之患,縞素而正先帝之過:裂地分民,以封功臣之後:建國立君,以禮天下。虛囹圄而免刑戮,去收孥汙穢之罪,使各反其鄉里。發倉廩,散財幣,以振孤獨窮困之士。輕賦少事,以佐百姓之急,約法省刑,以持其後。使天下之人,皆得自新,更節循行,各慎其身。塞萬民之望,而以盛德與天下息矣。即四海之內,皆歡然各自安樂其處,惟恐有變。雖有狡害之民,無離上之心,則不軌之臣,無以飾其智,而暴亂之奸弭矣。二世不行此術,而重以無道,壞宗廟,與民更始作阿房之宮,繁刑嚴誅,吏治刻深,賞罰不當,賦斂無度。天下多事,吏不能紀,百姓困窮,而主不收恤。然後奸偽並起,而上下相遁,蒙罪者眾,刑僇相望於道,而天下苦之。自群卿以下,至於眾庶,人懷自危之心,親處窮苦之實,鹹不安其位,故易動也。是以陳涉不用湯武之賢,不借公侯之尊,奮於大澤,而天下響應者,其民危也。

今、秦の二世が位に即くと、天下はその亡びるを伸頸して見ざるはなし。寒き者は短褐をもって利となし、飢えたる者は糟糠をもって甘美とす。天下の喧擾は、新主の憑藉なり、これは労苦の民はこれに仁を行い易しと謂うなり。仮に二世が平庸の君の行ありて忠賢を任用し、臣主心を一にし、海内の患を憂え、縞素を着て先帝の過を改め、地を裂き民を分かちて功臣の後裔を封じ、国を建て君を樹て、礼をもって天下に接したらば。牢獄を空虚にして刑戮を免じ、収孥などの汚穢の罪を去り、各々郷里に帰らしめたらば。倉廩を開き、財幣を散發して、孤独困窮の士を賑済したらば。賦税を減じ勞事を省きて、百姓の急難を助け、法令を簡約し刑罰を減省して、その後を維持したらば。天下の人をして、皆自ら更新し、節操を改め善行に循り、各々其身を謹ましめたらば。万民の期望を満たし、盛徳をもって天下と共に休息したらば。すなわち四海の内、皆歓然として各々その処を安くし、ただ変故あるを恐れん。たとい狡詐にして害をなす民あるも、上に背くの心なく、すなわち不軌の臣、その智を文飾する術なく、暴乱の奸止息せん。二世はこの術を行わず、また無道を加重し、宗廟を毀壞し、民と更始するも去って阿房宮を造り、刑を繁し誅を厳しくし、吏治は刻薄にして深苛、賞罰は当たらず、賦斂に限度なし。天下事多く、官吏整理し得ず、百姓困窮にして、主上收恤せず。しかる後に奸偽一斉に起こり、上下互いに逃避し、罪を蒙る者は多く、刑戮を受くる者は路に相望み、天下これを苦とす。群卿以下、衆庶に至るまで、人人自危の心を懐き、身は窮苦の実に処り、皆その位を安くせず、ゆえに騷動し易し。ここにおいて陳渉は湯武の賢を用いず、公侯の尊を借らず、大沢より奮起して天下応ずるは、民の危急なるがゆえなり。

故先王者,見終始之變,知存亡之由,是以牧之以道,務在安之而已矣。下雖有逆行之臣,必無響應之助。故曰:"安民可與為義,而危民易與為非。"此之謂也。貴為天子,富有四海,身在於戮者,正之非也,是二世之過也。

ゆえに先王は、終始の変化を見、存亡の由緒を知り、それゆえ道をもって牧養し、務めて彼らを安んずるのみ。下に逆行の臣あるも、必ず応ずる助力なし。ゆえに曰く、「安定の民は共に義をなすべく、危急の民は共に非をなし易し」と。これを謂うなり。貴くも天子たり、富くも四海を有するに、身は刑戮に陷るは、糾正の術あらざるなり、これ二世の過なり。

過秦下

過秦 下

秦兼諸侯山東三十餘郡,循津關,據嶮塞,繕甲兵而守之。然陳涉率散亂之眾數百,奮臂大呼,不用弓戟之兵,鉏耰白梃,望屋而食,橫行天下。秦人阻嶮不守,關梁不閉,長戟不刺,強弩不射,楚沛深入,戰於鴻門,曾無藩籬之難。於是山東諸侯並起,豪俊相立,秦使章邯將而東征。章邯因其三軍之眾,要市於外,以謀其二。群臣之不相信,可見於此矣。

秦は諸侯を兼并して山東三十余郡を并し、津関を巡守し、険塞を占據し、甲兵を修繕して防守した。しかるに陳渉は散亂の部衆数百人を率い、臂を奮い大呼すれば、弓戟の兵器を用いず、鋤耰・白木の棍、房屋を見れば就きて食い、天下に横行した。秦人は険阻守ること能わず、關梁は關ずること能わず、長戟刺さず、強弩射ず、楚地・沛地の人は深入し、鴻門に交戰し、ついに藩籬の阻難なし。そこで山東の諸侯一斉に起こり、豪俊各々事を立て、秦は章邯を遣わして兵を統べ東征せしめた。章邯は三軍の部衆に憑り、外にあって要挾して市を求め、もってその主上を謀算した。群臣互いに信じ合わざるは、ここより見るべし。

子嬰立,遂不悟。借使子嬰有庸主之材,而僅得中佐,山東雖亂,三秦之地可全而有,宗廟之祀宜未絕也。秦地被山帶河以為固,四塞之國也。自繆公以來,至於秦王,二十餘君,常為諸侯雄。此豈世賢哉,其勢居然也。且天下嘗同心幷力攻秦矣,然困於嶮岨而不能進者,豈勇力智能不足哉,形不利,勢不便。秦雖小邑,伐幷大城,得阨塞而守之。諸侯起於匹夫,以利會,非有素王之行也。其交未親,其名未附,名曰亡秦,其實利之也。彼見秦阻之難犯,必退師,案土息民,以待其弊。承解誅罷,以令國君,不患不得意於海內。貴為天子,富有四海,而身為禽者,捄敗非也。

子嬰が位に即くも、ついに覚悟せず。仮に子嬰に平庸の君主の材能あり、また僅かに中等の輔佐を得ば、山東乱るるも、三秦の土地はなお保全占有し得べく、宗廟の祭祀はまだ断絶せざるべし。秦地は山を被り河を帯びて険固となし、四塞の国なり。繆公より以来、秦王に至るまで、二十余君、常に諸侯の中の雄長たり。これ豈世世賢ならんや、形勢そこに処ればなり。しかも天下かつて同心合力して秦を攻めんとするも、険阻に困せられて進むこと能わざりしは、豈勇力智能足らざればや、地形利あらず、形勢便ならざればなり。秦は小邑なるも、攻伐して大城を兼并し、隘塞を得て防守す。諸侯は匹夫より興り、利に因りて会合し、素王の德行なし。彼らの交情いまだ親しまず、名声いまだ帰附せず、名義上は亡秦、其の実は利を圖るなり。彼らは秦の険阻犯し難きを見れば、必ず師を退き、土地を安んじ人民を休息し、秦の弊敗を待つ。懈怠に乗じて疲敝を誅滅し、もって國君に號令せば、海内に志を得ざらんを愁えず。貴くも天子たり、富くも四海を有するに、身は擒にせらるるは、敗局を挽救する術あらざればなり。

秦王足己而不問,遂過而不變。二世受之,因而不改,暴虐以重禍。子嬰孤立無親,危弱無輔。三主之惑,終身不悟,亡不亦宜乎!當此時也,世非無深謀遠慮知化之士也,然所以不敢盡忠拂過者,秦俗多忌諱之禁也,忠言未卒於口,而身糜沒矣。故使天下之士傾耳而聽,重足而立,闔口而不言。是以三主失道,而忠臣不諫,智士不謀也。天下已亂,奸臣不上聞,豈不悲哉!先王知壅蔽之傷國也,故置公。卿。大夫。士,以飾法設刑,而天下治。其強也,禁暴誅亂而天下服:其弱也,五霸徵而諸侯從:其削也,內守外附而社稷存。故秦之盛也,繁法嚴刑而天下震。及其衰也,百姓怨而海內叛矣。故周王序得其道,千餘載不絕,秦本末並失,故不能長。由是觀之,安危之統,相去遠矣。

秦王は自ら満ちて問わず、過を鑄成して改めず。二世はこれを受け、因循して改めず、暴虐をもって禍を加重す。子嬰は孤立して親信なく、危弱にして輔佐なし。三君の迷惑、身終わるまで覚悟せず、滅亡するもまた宜なきかな!まさにこの時、世に深謀遠慮して変化を知る士なきにあらざれども、敢えて忠を尽くし過を矯正せざる所以は、秦俗に忌諱の禁令多く、忠言いまだ終わらざるに、身はすでに糜爛滅亡す。ゆえに天下の士をして側耳して聴き、足を疊みて立ち、口を閉じて言わざらしむ。ここにおいて三君は道を失い、忠臣は諫めず、智士は謀らず。天下すでに乱るるに、奸臣上に告げず、豈悲しまざらんや!先王は壅蔽の國を傷るを知り、ゆえに公・卿・大夫・士を設けて、もって法令を整飭し刑罰を設立せば、天下治まる。強盛の時、暴乱を禁じ作亂を誅滅して天下服従す。衰弱の時、五霸征討して諸侯從う。削小の時、内守り外附して社稷なお在り。ゆえに秦の強盛の時、繁法嚴刑にして天下震動す。および其の衰落、百姓怨恨して海内背叛す。ゆえに周王は次序を道に合せて排し、千有余年絶えず、秦は本末ともに失い、ゆえに久しきこと能わず。これより見れば、安危の統緒、相去ること遠し。

鄙諺曰:"前事之不忘,後之師也。"是以君子為國,觀之上古,驗之當世,參之人事。察盛衰之理,審權勢之宜,去就有序,變化因時,故曠日長久,而社稷安矣。

俗諺に曰く、「前の事を忘れざるは、後の師なり」と。ここにおいて君子國を治むるに、上古を觀察し、當代をもって驗し、人事をもって參校す。盛衰の道理を察し、權勢の宜を審し、去就次序あり、變化時に因る、ゆえに日子長久にして社稷安定す。

宗首

宗首

今或親弟謀為東帝,親兄之子西向而擊,今吳又見告矣。天子春秋鼎盛,行義未過,德澤有加焉,猶尚若此,況莫大諸侯,權勢十此者乎!

今や親弟あって東帝を為さんと謀り、親兄の子は西に向かって進攻し、今また呉が告發せらる。天子年歳まさに盛んにして、義を行い過なく、德澤なお増加あり、なおかくのごとし。況んやこれより大なる諸侯、權勢これに十倍するをや!

然而天下少安者,何也?大國之王,幼在懷衽,漢所置傅相,方握其事。數年之後,諸侯王大抵皆冠,血氣方剛。漢之所置傅,歸休而不肯住,漢所置相,稱病而賜罷。彼自丞尉以上,偏置其私人,如此有異淮南。濟北之為耶!此時而乃欲為治安,雖堯舜不能。

然るに天下稍や安定せるは、何ぞや。大國の王は幼年にして懷衽に在り、漢の設くる傅相、まさに政事を掌握す。數年の後、諸侯王大抵皆成年加冠し、血氣方に剛なり。漢の設くる傅は家に歸り休みて留まるを肯ぜず、漢の設くる相は病を稱して罷免を賜る。彼ら丞尉以上、遍く己が私人を安置す。これ淮南・濟北の作為と何の異ならん!この時始めて治安を求めんと欲すも、堯舜たりとも能わず。

黃帝曰:"日中必,操刀必割。"今令此道順而全安甚易,弗肯早為已,乃墮骨肉之屬而抗剄之,豈有異秦之季世乎!夫以天子之位,用天下之力,乘今之時,因天之助,尚憚以危為安,以亂為治。假設陛下居齊桓之處,將不合諸侯匡天下乎!

黃帝曰く、「日頭中に正しければ必ず曝さん、刀を執れば必ず割かん」と。今この道理を順行せしめて安定を保全するは易し、早く為すを肯ぜざるのみ、竟に骨肉の屬を毀壞してこれを斬殺せんとは、秦の末世と何の異ならん?天子の位に憑り、天下の力を用い、今の時機に趁り、天の助を借るに、なお危を安に転じ亂を治に轉ずるを畏る。假令陛下斉桓公の位に處らば、將に諸侯を合し天下を匡正せざらんか!

數寧

數寧

臣竊惟事勢,可痛惜者一,可為流涕者二,可為長大息者六。若其它倍理而傷道者,難遍以疏舉。進言者皆曰:"天下已安矣。"臣獨曰:"未安。"或者曰:"天下已治矣。"臣獨曰:"未治。"恐逆意觸死罪,雖然,誠不安,誠不治。故不敢顧身,敢不昧死以聞。夫曰天下安且治者,非至愚無知,固諛者耳,皆非事實,知治亂之體者也。夫抱火措之積薪之下,而寢其上,火未及?,因謂之安,偷安者也。方今之勢,何以異此?夫本末舛逆,首尾橫決,國制搶攘,非有紀也,胡可謂治?陛下何不一令臣得熟數之於前,因陳治安之策,陛下試擇焉。

臣竊に事勢を思量するに、痛惜すべきは一項あり、流涕すべきは二項あり、長歎すべきは六項あり。其の他理に違い道を傷るに至っては、一々枚擧し難し。進言する者皆曰く、「天下すでに安定せり」と。臣獨り曰く、「安定せず」と。或る者曰く、「天下すでに治理せり」と。臣獨り曰く、「治理せず」と。上意に違い死罪に觸るるを懼るるも、然りといえども、實に安定せず、實に治理せず。ゆえに敢えて身を顧惜せず、敢えて死を冒して稟告せずんばあらず。天下安定し治理せりと曰うは、至愚無知にあらざれば、卽ち阿諛の人なり、皆事實を知り治亂體要を知る者にあらず。火を積薪の下に置きて其上に睡り、火いまだ燒き至らざるに(底本此處に缺字あり)、卽ち安定と曰うは、安を偸ぶ者なり。當今の形勢、これと何の異ならん?本末顚倒し、首尾斷裂し、國制紛亂して紀綱なし、豈治と謂うべけんや?陛下何ぞ臣をして面前に詳細に數說せしめ、因りて治安の計策を陳べ、陛下試みに擇ばしめざるや。

射獵之娛,與安危之機,孰急也?臣聞之:自禹已下五百歲而湯起,自湯已下五百餘年而武王起,故聖王之起,大以五百為紀。自武王已下,過五百歲矣,聖王不起,何慅矣。及秦始皇帝,似是而卒非也,終於無狀。及今天下集於陛下,臣觀寬大知通,竊曰:是以摻亂業,握危勢,若今之賢也,明通以足天紀,又當天宜,請陛下為之矣。然又未也者,又將誰須也?使為治,勞知慮,苦身體,乏馳騁鐘鼓之樂,勿為可也,樂與今同耳。因加以常安,四望無患,因諸侯附親軌道,致忠而信上耳:因上不疑其臣,無族罪,兵革不動,民長保首領耳:因德窮至遠,近者匈奴,遠者四荒,苟人跡之所能及,皆鄉風慕義,樂為臣子耳:因天下富足,資財有餘,人及十年之食耳:因民素樸,順而樂從令耳:因官事甚約,獄訟盜賊可令?有耳。大數既得,則天下順治,海內之氣,清和鹹理,則萬生遂茂。晏子曰:"唯以政順乎神為可以益壽。"發子曰:"至治之極,父無死子,兄無死弟,塗無襁褓之葬,各以其順終。穀食之法,固百以是,則至尊之壽,輕百年耳,古者五帝,皆踰百歲。"以此言信之,因生為明帝,沒則為明神,名譽之美,垂無窮耳。禮:祖有功,宗有德,始取天下為功,始治天下為德。因觀成之廟,為天下太宗,承太祖,與天下漢長亡極耳。因卑不疑尊,賤不踰貴,尊卑貴賤,明若白黑,則天下之眾不疑眩耳。因經紀本於天地,政法倚於四時,後世無變故,無易常,襲跡而長久耳。臣竊以為建久安之勢,成長治之業,以承祖廟,以奉六親,至孝也:以宰天下,以治群生,神民鹹億,社稷久饗,至仁也:立經陳紀,輕重周得,後可以為萬世法,以後雖有愚幼不肖之嗣,猶得蒙業而安,至明也。壽並五帝,澤施至遠,於陛下何損哉!

射獵の娛樂と安危の機樞と、孰れか急迫ならん。臣聞く、禹以下五百年にして湯興り、湯以下五百餘年にして武王興る。ゆえに聖王の興るは、大抵五百年をもって紀とす。武王以下、すでに五百年を過ぎ、聖王興らざるは、如何ぞ安からざる。秦始皇帝に及び、似たるもついに是ならず、終わりに好結果を得ず。今に至り天下は陛下に聚まり、臣は陛下の寛大通達を觀るに、竊に曰く、これ足りて亂業を整頓し、危勢を把握し、今のごとき賢明、明通足りて上は天紀に合し、また正に天時の宜に當たる、請う陛下之を為さん。然るにまたいまだ為さず、將にまた誰を待たん?假令治のため、思慮を勞費し、身體を苦しめ、馳騁・鍾鼓の快樂を缺く、為さざるも可なり、快樂は今と同じのみ。因りて長久の安定を加え、四面に禍患なく、因りて諸侯親附して軌道に循り、忠を盡くして上を信從し、因りて上は臣下を疑わず、滅族の罪なく、兵革動かず、民は久しく頭顱を保ち、因りて德は最遠に達し、近きは匈奴、遠きは四荒、凡そ人跡の到る所能、皆風化を向往し義を仰慕し、臣子たるを樂しみ、因りて天下富足し、資財有餘り、人に十年の糧食あり、因りて民は素朴にして順從し令に從うを樂しみ、因りて官事甚だ簡約にして、獄訟・盗賊は殆ど無からしめん(底本此處に缺字あり)。大數すでに得たれば、天下卽ち順治し、海内の氣、清和にして皆理順し、萬類卽ち生長して茂盛ならん。晏子曰く、「唯政をもって神に順うのみ壽命を增益すべし」と。或る者曰く、「至治の極、父は子に先だって死せず、兄は弟に先だって死せず、路に襁褓中の嬰兒の葬なく、各々其の順に從って終わる。穀食の法則、本來このをもって百と為す、卽ち至尊の壽命、百年を輕しと見るのみ、古の五帝、皆百歲を過ぎたり」と。この言をもって信ずれば、生きて明帝と為り、死して明神と為り、名譽の美、無窮に垂れん。禮、祖は功あり、宗は德あり、始めて天下を取るは功、始めて天下を治むるは德。因りて已成の廟を觀、天下の太宗と為り、上は太祖を承け、天下漢朝と共に長久にして終極なし。因りて卑は尊を疑わず、賤は貴を越えず、尊卑貴賤、明白にして黑白のごとく、天下の衆人疑惑眩亂せず。因りて經紀は天地を本とし、政法は四時に倚り、後世變故なく、常規を改易せず、事蹟に沿襲して長久ならん。臣竊に以為す、久安の形勢を建立し、長治の事業を成就し、もって祖廟を承奉し、六親を奉養するは、至孝なり。もって天下を主宰し、群生を治理し、神民皆安く、社稷久しく祭祀を享くるは、至仁なり。經常を建立し紀綱を陳列し、輕重周備得當にして、後に萬世の法と為すべく、後にたとい愚幼小肖の後嗣あるも、なお基業を蒙りて安定せるは、至明なり。壽命は五帝と竝び、恩澤は最遠に施す、陛下に於て何の損あらん!

以陛下之明通,因使少知治體者,得佐下風,致此治非有難也,陛下何不一為之?其具可素陳於前,願幸無忽。臣謹稽之天地,驗之往古,案之當時之務,日夜念此至孰也,雖使禹舜生而為陛下計,無以易此。

陛下の明通に憑り、因りて稍や治體を知る者をして、下風に輔佐せしめ得ば、斯の治理に達するは難きことなし、陛下何ぞ試みに一度之を為さざるや?其の具體條目は平素面前に陳列し得べし、願わくは忽視することなかれ。臣謹んで天地を考稽し、往古を驗證し、當時の事務を按驗し、日夜熟極に至るまで思うも、禹舜をして生きて陛下のために謀らしめても、これを改換する能わざるなり。

藩傷

藩傷

夫樹國必審相疑之勢,下數被其殃,上數爽其憂,兇飢數動,彼必將有怪者生焉。禍之所罹,豈可豫知?故甚非所以安主上,非所以活大臣者也,甚非所以全愛子者也。

封國を樹立するに必ず互いに疑忌する形勢を審察せよ。下は屢々禍殃を被り、上は屢々憂患を承け、凶飢屢々發動すれば、其の處必ず怪事發生せん。禍の牽連する所、豈豫め知るべけんや?ゆえに甚だ主上を安んずるに用いるべからず、大臣を保全するに用いるべからず、甚だ愛子を保全するに用いるべからず。

既已令之為藩臣矣,為人臣下矣,而厚其力,重其權,使有驕心而難服從也,何異於善砥鏌?而予射子,自禍必矣。愛之,故使飽粱肉之味,玩金石之聲,臣民之眾,土地之博,足以奉養宿衛其身。然而權力不足以徼倖,勢不足以行逆,故無驕心,無邪行,奉法畏令,聽從必順,長生安樂,而無上下相疑之禍。活大臣,全愛子,孰精於此?

既に彼らをして藩臣と為し、臣下と為せしめたるに、其の力を加厚し、其の權を加重し、彼らをして驕心有りて服從し難からしむるは、善く鏌鋣を磨快するも會射箭する子に交與するに何の異ならん?自ら禍を招くは一定なり。彼らを愛するは、ゆえに彼らをして粱肉の味を飽食せしめ、金石の聲を玩賞せしめ、臣民の衆多、土地の廣闊、足りて宿衞自身を奉養す。然るに權力は僥倖に足らず、勢力は逆を作すに足らず、ゆえに驕心なく、邪行なく、法を奉じ令を畏れ、聽從すれば必ず順從し、長生安樂にして、上下互いに疑忌する禍なし。大臣を保全し、愛子を保全するは、なおこれより精當なる者あらんや?

且藩國與制力非獨少也。制令:其有子,以國其子:未有子者,建分以須之。子生而立,其身以子,夫將何失?於實無喪,而葆國無患,子孫世世,與漢相須,皆如長沙,可以久矣。所謂生死而肉骨,何以厚此?

しかも藩國と朝廷の制度力量は只少なきのみにあらず。法令を制定す、彼に子あれば、卽ち國を其の子に與え、未だ子なき者は、分封を建立して待つ。子生まれれば卽ち立て、自身子に傳ゆ、將に何を失わん?實に損失なく、封國を保全して禍患なく、子孫世々、漢と互いに依存し、皆長沙のごとくなれば、長久ならん。所謂死人をして復生せしめ白骨をして肉を生ぜしむるは、なおこれより厚き者あらんや?

藩強

藩強

竊跡前事,大抵強者先反。淮陰王楚最強,則最先反:韓王信倚胡,則又反:貫高因趙資,則又反:陳豨兵精強,則又反:彭越用梁,則又反:黥布用淮南,則又反:盧綰國比最弱,則最後反。長沙乃才二萬五千戶耳,力不足以行逆,則功少而最完,埶疏而最忠,全骨肉。時長沙無故者,非獨性異人也,其形勢然矣。

竊に以前の事を考迹するに、大抵強き者は先に反す。淮陰は楚に於て最も強し、卽ち最も先に反し、韓王信は胡に倚靠せば、また反し、貫高は趙の資財に憑藉せば、また反し、陳豨は兵精強なれば、また反し、彭越は梁を用いれば、また反し、黥布は淮南を用いれば、また反し、盧綰の國は比較最も弱し、卽ち最後に反す。長沙は僅に二萬五千戸のみ、力量は逆を作すに足らず、卽ち功勞少なくして最も完整、情勢疎遠にして最も忠、骨肉を保全す。當時長沙に變故なきは、獨り性情人と異なるにあらず、形勢然らしむればなり。

曩令樊。酈。絳。灌據數十城而王,今雖以殘亡可也。令韓信黥布彭越之倫,列為徹侯而居,雖至今存可也。然則天下大計可知已。欲諸王皆忠附,則莫若令如長沙:欲勿令葅醢,則莫若令如樊。酈。絳。灌:欲天下之治安,天子之無憂,莫如眾建諸侯而少其力。力少則易使以義,國小則無邪心。

昔假令樊噲・酈商・絳侯・灌嬰をして數十城を據って王と稱せしめば、今たとい已に殘亡せるも可なり。韓信・黥布・彭越の類をして、列を徹侯にして居處せしめば、たとい今に至るまでなお在るも可なり。卽ち天下の大計知るべし。諸王をして皆忠心親附せしめんと欲せば、彼らをして長沙のごとくせしむるに如かず。彼らをして肉醬に剉られざらしめんと欲せば、彼らをして樊噲・酈商・絳侯・灌嬰のごとくせしむるに如かず。天下治安、天子憂なからんと欲せば、多多諸侯を建立して其の力量を減少せしむるに如かず。力量少なければ義をもって役使し易く、國小なければ邪心なし。

大都

大都

昔楚靈王問範無宇曰:"我欲大城陳。蔡。葉與不羹,賦車各千乘焉,亦足以當晉矣,又加之以楚,諸侯其來朝乎?"範無宇曰:"不可。臣聞:大都疑國,大臣疑主,亂之媒也:都疑則交爭,臣疑則並令,禍之深者也。今大城陳。蔡。葉與不羹,或不充,不足以威晉。若充之以資財,實之以重祿之臣,是輕本而重末也。臣聞尾大不掉,末大必折,此豈不施威諸侯之心哉?然終為楚國大患者,必此四城也。靈王弗聽,果城陳。蔡。葉與不羹,實之以兵車,充之以大臣。是歲也,諸侯果朝。居數年,陳。蔡。葉與不羹,或奉公子棄疾內作難,楚國雲亂,王遂死於乾溪芊尹申亥之井。為計若此,豈不可痛也哉!悲夫!本細末大,弛必至心。時乎!時乎!可痛惜者此也。

昔楚の靈王、范無宇に問うて曰く、「吾大いに陳・蔡・葉與不羹の城を修築し、各々兵車一千乘を出さんと欲す、亦足りて晉を抵當せん、これに楚を加え、諸侯來朝せんか」と。范無宇曰く、「可ならず。臣聞く、大都邑は國に敵し、大臣は主に敵するは、亂の媒なり。都邑敵せば交々爭奪し、臣敵せば竝びて命令を出す、是禍の深重なる處なり。今大いに陳・蔡・葉與不羹を修築し、或るは充實せず、足らずして晉を威懾せん。若し資財をもって充實し、重祿有る臣をもって充實せば、是本を輕んじ末を重んずるなり。臣聞く、尾大なれば卽ち掉すこと能わず、末大なれば必ず折る、これ豈威勢を諸侯に施加する心にあらざるか?然るに終に楚國の大患と為るは、必ずこの四城なり」と。靈王聽かず、果して陳・蔡・葉與不羹を修築し、兵車をもって充實し、大臣をもって充實す。是年、諸侯果して來朝す。數年を過ぎ、陳・蔡・葉與不羹、或るは公子棄疾を侍奉して内部難を作し、楚國大亂し、王は終に乾谿の芊尹申亥の井に死す。謀劃かくのごときは、豈痛まざるべけんや!悲哀かな!本細く末大き、弛んで必ず心腹に至る。時機かな!時機かな!痛惜するは卽ちこのなり。

天下之勢,方病大尰,一脛之大幾如要,一指之大幾如股,惡病也,平居不可屈信,一二指搐,身固無聊也。失今弗治,必為錮疾,後雖有扁鵲,弗能為已。此所以竊為陛下患也。病非徒尰也,又苦?盭。元王之子,帝之從弟也。今之王者,從弟之子也。惠王之子,親兄之子也。今之王者,兄子之子也。親者或無分地,以安天下:疏者或專大權,以偪天子。臣故曰:"非徒病尰也,又苦?盭。"可痛哭者,此病是也。

天下の形勢は、正に嚴重なる脚腫を患う。一條の小腿は幾ど腰のごとく大き、一根の指頭は幾ど大腿のごとく大き、是惡病なり。平常屈伸すること能わず、一兩根の指頭抽搐すれば、身體固より依靠する所なし。今を錯りて治せざれば、必ず錮疾と為り、後にたとい扁鵲あるも、治する能わず。是れ臣竊に陛下のため憂患するなり。病は只脚腫のみにあらず、また足掌の扭戾に苦しむ(底本缺字)。元王の子は、帝の堂弟なり。今の王は、堂弟の子なり。惠王の子は、親兄の子なり。今の王は、兄子の子なり。親しき者或るは分地なく、もって天下を安んぜん;疎遠なる者或るは大權を專擅し、もって天子を逼迫す。臣の曰う所以、「只脚腫を患うのみにあらず、また足掌の扭戾に苦しむ」。痛哭すべきは、卽ちこの病なり。

等齊

等齊

諸侯王所在之宮,衛織履蹲夷,以皇帝在所宮法論之。郎中謁者受謁取告,以官皇帝之法予之。事諸侯王或不廉潔平端,以事皇帝之法罪之。曰一用漢法事諸侯王,乃事皇帝也。是則諸侯王乃埒至尊也。然則天子之與諸侯,臣之與下,宜撰然齊等若是乎?

諸侯王の所在の宮は、衞士履を織り蹲坐するも、皇帝の所在の宮の法に按じて論處す。郎中謁者謁見・告假を受くるは、皇帝の官法に對待するを給與す。諸侯王に事奉して或るは廉潔端正ならざるは、皇帝に事奉する法に按じて罪を治む。一律に漢法をもって諸侯王に事奉するは、乃ち皇帝に事奉するなりと曰う。然らば諸侯王は卽ち至尊と同等なり。卽ち天子と諸侯、臣と下屬、當に截然として齊等かくのごとくなるべきか?

天子之相,號為丞相,黃金之印:諸侯之相,號為丞相,黃金之印,而尊無異等,秩加二千石之上。天子列卿秩二千石,諸侯列卿秩二千石,則臣已同矣。人主登臣而尊,今臣既同,則法惡得不齊?天子衛御,號為大僕,銀印,秩二千石:諸侯之御,號曰大僕,銀印,秩二千石,則御已齊矣。御既已齊,則車飾具惡得不齊?天子親號雲太后,諸侯親號雲太后:天子妃號曰後,諸侯妃號曰後。然則諸侯何損,而天子何加焉?妻既已同,則夫何以異?天子宮門曰司馬,闌入者為城旦:諸侯宮門曰司馬,闌入者為城旦。殿門俱為殿門,闌入之罪亦俱棄市,宮牆門衛同名,其嚴一等,罪已鈞矣。天子之言曰令,令甲令乙是也:諸侯之言曰令,令儀令言是也。天子卑號皆稱陛下,諸侯卑號皆稱陛下。天子車曰乘輿,諸侯車曰乘輿,乘輿等也。然則所謂主者安居,臣者安在?

天子の相は、丞相と稱號し、黃金の印;諸侯の相は、丞相と稱號し、黃金の印、尊貴等級の異なるなく、秩祿は二千石の上に加わる。天子の列卿秩二千石、諸侯の列卿秩二千石、卽ち臣已に相同じ。人主臣に憑りて尊し、今臣已に相同じれば、法何ぞ齊しからざらん?天子の衞御は、太僕と稱號し、銀印、秩二千石;諸侯の御は、太僕と稱號し、銀印、秩二千石、卽ち御已に齊し。御已に齊ければ、車飾・用具何ぞ齊しからざらん?天子の母は太后と稱號し、諸侯の母は太后と稱號す;天子の妃は后と稱號し、諸侯の妃は后と稱號す。卽ち諸侯は何を減損し、天子は何を增加せし?妻已に相同じれば、夫何を憑りて同じからざらん?天子の宮門を司馬と叫び、擅自に進入する者は罰して城旦と為す;諸侯の宮門を司馬と叫び、擅自に進入する者は罰して城旦と為す。殿門皆殿門、擅自に進入するの罪も皆棄市、宮牆門衞名同じく、嚴厲同一等、罪已に均等なり。天子の言を令と叫び、令甲令乙是れなり;諸侯の言を令と叫び、令儀令言是れなり。天子の卑號は皆陛下と稱し、諸侯の卑號は皆陛下と稱す。天子の車を乘輿と叫び、諸侯の車を乘輿と叫び、乘輿相等し。卽ち所謂主は何處に在り、臣は何處に在るや?

人之情不異,面目狀貌同類,貴賤之別,非天根著於形容也。所持以別貴賤明尊卑者,等級。勢力。衣服。號令也。亂且不息,滑曼無紀,天理則同,人事無別。然則所謂臣主者,非有相臨之具,尊卑之經也,特面形而異之耳。近習乎形貌然後能識,則疏遠無所放,眾庶無以期,則下惡能不疑其上?君臣同倫,異等同服,則上惡能不眩其下?孔子曰:"長民者衣服不貳,從容有常,以齊其民,則民德一。"詩云:"彼都人士,狐裘黃裳,行歸於周,萬民之望。"孔子曰:"為上可望而知也,為下可類而志也。"則君不疑於其臣,而臣不惑於其君。而此之不行,沐瀆無界,可為長大息者此也。

人の性情は異なることなく、面目狀貌は同類、貴賤の分別は、天根を形容に附著するにあらず。貴賤を分別し尊卑を標明する所以は、等級・勢力・衣服・號令なり。亂いまだ止息せず、散漫紀綱なく、天理相同じく、人事分別なし。卽ち所謂臣主は、竝びに互相臨御の器具・尊卑の經常なく、只當面形貌を看て區分するのみ。親近は形貌を熟習して然る後に認識し得べく、疎遠は卽ち依憑する所なく、衆庶期望する所なく、下何ぞ上を疑わざらん?君臣同一倫類にして、同等ならざるも同樣の服飾、上何ぞ下を眩惑せざらん?孔子曰く、「民を治むる者の衣服は二致なく、從容常規ありて、其の民を整齊せば、民德卽ち專一なり」と。『詩經・小雅・都人士』曰く、「彼の都邑の人士、狐裘黃裳にして、行きて周に歸向すは、萬民の仰望なり」と。孔子曰く、「上に在りては望見して知るべく、下に在りては類推して記すべし」と。卽ち君は其の臣を疑わず、臣は其の君に迷惑せず。而もこれ實行し得ず、浸漬界限なく、長歎すべきは卽ちこのなり。

服疑

服疑

衣服疑者,是謂爭先:澤厚疑者,是謂爭賞:權力疑者,是謂爭強:等級無限,是謂爭尊。彼人者,近則冀幸,疑則比爭。是以等級分明,則下不得疑:權力絕尤,則臣無冀志。故天子之於其下也,加五等,已往則以為臣:臣之於下也,加五等,已往則以為僕。僕亦臣禮也。然稱僕不敢稱臣者,尊天子。避嫌疑也。

衣服相敵するは、これを先を爭うと謂い;恩澤厚薄相敵するは、これを賞を爭うと謂い;權力相敵するは、これを強を爭うと謂い;等級限度なきは、これを尊を爭うと謂う。其の人、近ければ僥倖を望み、敵すれば竝びて爭奪す。ここにおいて等級分明なれば、下は疑うこと能わず;權力特別に隔絶すれば、臣は覬覦の志なし。ゆえに天子其の下屬に於て、五等を加え、更に下れば以て臣と為し;臣下屬に於て、五等を加え、更に下れば以て僕と為す。僕も亦臣禮なり。然るに僕と稱して敢えて臣と稱せざるは、天子を尊敬し、嫌疑を避くるなり。

制服之道,取至適至和以予民,至美至神進之帝。奇服文章,以等上下而差貴賤。是以高下異,則名號異,則權力異,則事勢異,則旗章異,則符瑞異,則禮寵異,則秩祿異,則冠履異,則衣帶異,則環佩異,則車馬異,則妻妾異,則澤厚異,則宮室異,則床蓆異,則器皿異,則飲食異,則祭祀異,則死喪異。故高則此品周高,下則此品周下。加人者品此臨之,埤人者品此承之。遷則品此者進,絀則品此者損。貴周豐,賤周謙,貴賤有級,服位有等,等級既設,各處其檢,人循其度,擅退則讓,上僭則誅。建法以習之,設官以牧之,是以天下見其服而知貴賤,望其章而知其勢。使人定其心,各著其目,故眾多而天下不眩,傳遠而天下識只。卑尊已著,上下已分,則人倫法矣。於是主之與臣,若日之與星。臣不幾可以疑主,賤不幾可以冒貴。下不凌等,則上位尊:臣不踰級,則主位安:謹守倫紀,則亂無由生。

服制を制定する道は、最も適宜最も和諧なるを取りて民に給し、最も美しく最も神なるを帝に進獻す。奇異の衣服花紋は、以て上下を區別し貴賤を差等す。ここにおいて高下同じからざれば、名號同じからず、權力同じからず、事勢同じからず、旗章同じからず、符瑞同じからず、禮寵同じからず、秩祿同じからず、冠履同じからず、衣帶同じからず、環佩同じからず、車馬同じからず、妻妾同じからず、恩澤厚薄同じからず、宮室同じからず、床席同じからず、器皿同じからず、飲食同じからず、祭祀同じからず、死喪同じからず。ゆえに高ければこれらの品類全く高く、下ればこれらの品類全く下る。人に加うるはこれらの品類を以てこれに臨み、人に低きはこれらの品類を以て承受す。升遷はこれらの品類に就きて増進し、貶黜はこれらの品類に就きて減損す。貴は全く豐にして、賤は全く謙にして、貴賤に級あり、服位に等あり、等級已に設立せば、各々檢束の中に處り、人其の法度に循り、擅自退けば責讓し、上に僭越すれば誅罰す。法を建立して習練し、官を設置して牧養す、ここにおいて天下其の服を見れば卽ち貴賤を知り、其の章を望見すれば卽ち勢を知る。人をして其の心を安んぜしめ、各々其の眼目を明白ならしむ、ゆえに人多きも天下眩亂せず、遠方に傳わりて天下認識す。卑尊已に顯著、上下已に分別せば、人倫の法卽ち成立す。そこで主と臣、日と星のごとし。臣幾ど主を疑うべからず、賤幾ど貴に冒充すべからず。下等級を凌越せざれば、上位卽ち尊し;臣級を越えざれば、主位卽ち安し;謹んで倫紀を守住すれば、亂は發生するに從由なし。

益壤

益壤

陛下即不為千載之治安,知今之勢,豈過一傳再傳哉。諸侯猶且人恣而不制,豪橫而大強也,至其相與,特以縱橫之約相親耳。漢法令不可得行矣。今淮陽之比大諸侯,懃過黑子之比於面耳,豈足以為楚御哉?而陛下所恃以為藩捍者,以代淮陽耳。代北邊與強匈奴為鄰,懃自完足矣。唯皇太子之所恃者,亦以之二國耳。今淮陽之所有,適足以餌大國耳。方今制在陛下,制國命子,適足以餌大國,豈可謂工哉?

陛下たとい千載の治安を為さざるも、今の形勢を知れば、豈一傳再傳を過ぐること能わんや。諸侯なお人人放恣にして制約すること能わず、豪橫にして太強し、彼ら互相交結するに至りては、只縱橫の盟約を以て相親しむのみ。漢の法令卽ち推行を得ること能わず。今淮陽大諸侯に比すれば、僅に黑痣の臉に比するがごときのみ、豈足りて楚の抵禦たらん?而して陛下の倚仗して藩捍と為す所は、只代と淮陽のみ。代は北邊にして強匈奴と鄰を為し、僅に自完すれば足るのみ。皇太子の倚仗する所も、亦只この兩國のみ。今淮陽の所有するは、恰も大國の餌を為すに足る。當今制度は陛下に在り、封國を劃分して諸子を任命す、恰も大國の餌を為すに足る、豈工巧と謂うべけんや?

人主之行異布。衣布衣者,飾小行,競小廉,以自托於鄉黨邑里。人主者,天下安社稷固不耳。故黃帝者,炎帝之兄也,炎帝無道,黃帝伐之涿鹿之野,血流漂杵,誅炎帝而兼其地,天下乃治。高皇帝瓜分天下,以王功臣,反者如蝟毛而起,高皇帝以為不可,剽去不義諸侯,空其國,擇良日,立諸子洛陽上東門之外,諸子畢王而天下乃安。故大人者,不怵小廉,不牽小行,故立大便以成大功。

人主の行為は布衣と同じからず。布衣の人は、小行を修飾し、小廉を競逐して、以て己を郷黨邑里に寄托す。人主は、只求天下安定社稷牢固なるのみ。ゆえに黃帝は、炎帝の兄なり、炎帝無道、黃帝涿鹿之野に於て彼を討伐し、血流は舂杵を漂わせ、炎帝を誅滅して其の地を兼并し、天下始めて治まる。高皇帝天下を瓜分して、以て功臣を王に封ず、反叛する者刺蝟の毛のごとく起これり、高皇帝以為し不可、不義の諸侯を削除し、其の國を空虚にし、好日子を選擇し、洛陽上東門之外に於て諸子を立つ、諸子皆王を稱して天下始めて安定す。ゆえに大人は、小廉に怵れられず、小行に牽かれず、ゆえに大便利を建立して大功を成就す。

今淮南地遠者或數千裡,越兩諸侯而縣屬於漢,其苦之甚矣。其欲有卒也,類良有所至逋走而歸諸侯,殆不少矣。此終非可久以為奉地也。陛下豈如蚤便其勢,且令他人守郡,豈如令子。臣之愚計,願陛下舉淮南之地以益淮陽。梁即有後,割淮陽北邊二三列城與東郡以益梁,即無後患,代可徙而都睢陽。梁起新鄭以北著之河,淮陽包陳以南揵之江,則大諸侯之有異心者破膽而不敢謀。今所恃者,代。淮陽二國耳,皇太子亦恃之。如臣計,梁足以捍齊。趙,淮陽足以禁吳。楚,則陛下高枕而臥,終無山東之憂矣。臣竊以為此二世之利也。若使淮南久縣屬漢,特以資奸人耳,惟陛下幸少留意。

今淮南の土地遠き者或るは幾千里、兩箇の諸侯を越えて縣のごとく漢に屬し、彼ら苦しみ甚だし。彼らは了結あらんことを欲す、大抵眞に諸侯に逃歸する者あり、恐らく少なからず。これ終に長久供奉之地として不可なり。陛下豈早く彼の形勢を便利するに如かんや、況んや他人をして郡を守らしむるは、豈兒子に讓るに如かんや。臣の愚計、願わくは陛下淮南の土地を拿出して淮陽を增益せん。梁若し後嗣あらば、淮陽北邊の兩三列城と東郡を割きて梁を增益せば、後患なく、代は遷徙して睢陽に都すること可なり。梁は新鄭以北より河に附著し、淮陽は陳以南を包住して江に連接すれば、卽ち大諸侯の異心有る者は膽を破られて敢えて謀劃せず。今倚仗する所は、只代・淮陽兩國のみ、皇太子も彼らを倚仗す。臣の計に按ずれば、梁は足りて齊・趙を捍禦し、淮陽は足りて呉・楚を禁制し、陛下則ち高枕して臥し、終に山東の憂なし。臣竊に以為す、これ兩代の利なり。若し淮南をして長久縣のごとく漢に屬せしめば、只奸人を資助するのみ、願わくは陛下稍々留意せんことを。

卷第二

卷第二

權重

權重

諸侯勢足以專制,力足以行逆,雖令冠處女,勿謂無敢。勢不足以專制,力不足以行逆,雖生夏育,有仇讎之怨,猶之無傷也。然天下當今恬然者,遇諸侯之俱少也。後不至數歲,諸侯偕冠,陛下且見之矣。豈不苦哉!力當能為而不為,畜亂宿禍,高拱而不憂,其紛也宜也,甚可謂不知且不仁。

諸侯の勢足りて專制し、力足りて逆を作せば、たとい處子をして加冠せしむるも、人敢えてせざるなしと謂うなかれ。勢足らず專制せず、力足らず逆を作さざれば、たとい夏育を生ずるも、仇敵の怨あり、なお傷害なし。然るに天下當今恬然たるは、諸侯皆年少に遇えばなり。往後數年ならずして、諸侯一齊に加冠せん、陛下將に見んとす。豈苦しまざらんや!力量正に為す能くして為さず、亂を蓄積し禍を存留し、高拱して憂えざるは、紛亂は應有なり、甚だ知らず且つ不仁と謂うべし。

夫秦日夜深惟,苦心竭力,以除六國之憂。今陛下力制天下,頤指如意而,故成六國之禍,難以言知矣。苟身常無意,但為禍未,在所制也。亂媒日長,孰視而不定,萬年之後,傳之老母弱子,使曹勃不寧制,可謂仁乎?

秦は日夜深く深く思量し、苦心竭力して、もって六国の憂患を除かんとした。今陛下は力を用いて天下を制服し、頤指如意なるに、かえって六国のごとき禍をなすは、明と言い難し。若し自身常に意外なきも、只禍いまだ至らざるのみ、制約する所に在り。亂の媒日々に増長し、熟視して決せざれば、万年の後、老母弱子に傳え、曹參・周勃をして安定制約する能わざらしめば、仁と謂うべけんや?

五美

五美

海內之勢,如身之使臂,臂之使指,莫不從制。諸侯之君,敢自殺,不敢反,心知必葅醢耳。不敢有異心,輻湊並進,而歸命天子。天子無可以徼倖之權,無起禍召亂之業,雖在細民,且知其安,故天下鹹知陛下之明。

海内の形勢は、身體の臂を役し、臂の指を役するがごとく、制約に服從せざるはなし。諸侯の君は、敢えて自殺せんも、敢えて反かず、心の中に必ず肉醬に剉られんを知ればなり。敢えて異心有らず、輻條の車轂に凑りて一齊に進用するがごとく、天子に歸命す。天子は僥倖すべき權なく、禍を興し亂を召す事業なし、たとい細民においても、安定を知る、ゆえに天下皆陛下の明を知る。

割地定製,齊為若干國,趙楚為若干國,制既各有理矣,於是齊悼惠王之子孫王之分地盡而止,趙幽王。楚元王之子孫亦各以次受其祖之分地,燕。吳。淮南他國皆然。其分地眾而子孫少者,建以為國,空而置之,須其子孫生者,舉使君之。諸侯之地,其削頗入漢者,為徙其侯國及封其子孫於彼也,所以數償之。故一寸之地,一人之眾,天子無所利焉,誠以定治而已,故天下鹹知陛下之廉。

地を割き制度を制定し、齊を分けて若干國と為し、趙楚を分けて若干國と為せば、制度すでに各々條理あらん。そこで齊悼惠王の子孫は王を稱して分地を用盡するに至るまでとし、趙幽王・楚元王の子孫も各々次序に按りて其の祖先の分地を受け、燕・呉・淮南の他國も皆このごとし。分地多くして子孫少なき者は、建てて國と為し、空しく設置して、彼らの子孫の生れるを待ち、皆彼らをして君と為す。諸侯の地、削られて頗る多く漢に歸入するは、彼らのため侯國を遷徙し子孫を彼の處に封じ、數に按りて償還す。ゆえに一寸の土地、一人の衆も、天子は利を取る所なく、實に只安定治理のためのみ、ゆえに天下皆陛下の廉を知る。

地制一定,宗室子孫,慮莫不王。制定之後,下無背叛之心,上無誅伐之志,上下歡親,諸侯順附,故天下鹹知陛下之仁。

土地制度一定まれば、宗室の子孫、想うに王と稱せざるはなし。制度確定の後、下に背叛の心なく、上に誅伐の志なく、上下歡親にして、諸侯は順從親附す、ゆえに天下皆陛下の仁を知る。

地制一定,則帝道還明,而臣心還正,法立而不犯,令行而不逆:貫高利幾之謀不生,機奇啟章之計不萌。細民鄉善,大臣效順,上使然也,故天下鹹知陛下之義。

土地制度一定まれば、帝道回復して光明し、臣心回復して端正なり、法設立して觸犯せず、令推行して違逆せず。貫高・利幾の謀劃發生せず、機奇・啓章の計策萌生せず。細民善に向い、大臣順に效くは、上が彼らをして然らしむればなり、ゆえに天下皆陛下の義を知る。

地制一定,臥赤子天下之上而安,待遺腹,朝委裘,而天下不亂,社稷長安,宗廟久尊,傳之後世,不知其所窮。故當時大治,後世誦聖,一動而五美附,陛下誰憚而久不為此?五美。

土地制度一定まれば、赤子を天下の上に置くも安く、遺腹子を待ち、委棄の裘衣を朝拜するも、天下亂れず、社稷長久に安定し、宗廟長久に尊崇して、後世に傳え、窮盡を知らず。ゆえに當時大治し、後世聖明と誦稱し、一擧して五美附著す、陛下誰を懼れて長久このごとくせざるや?

制不定

制不定

炎帝者,黃帝同父母弟也,各有天下之半。黃帝行道,而炎帝不聽,故戰涿鹿之野,血流漂杵。夫地制不得,自黃帝而以困。

炎帝は、黃帝の同父母の弟なり、各々天下の半を占有す。黃帝道を行うも、炎帝聽かず、ゆえに涿鹿之野に交戰し、血流は舂杵を漂わせたり。土地制度當を得ざるは、黃帝より已に困窘せり。

以高皇帝之明聖威武也,既撫天下,即天子之位,而大臣為逆者乃幾十發。以帝之勢,身勞於兵閒,紛然幾無天下者數矣。淮陰侯。韓王信。陳豨。彭越。黥布及盧綰皆功臣也,所嘗愛信也,所愛化而為仇,所信反而為寇,可不怪也。地裡蚤定,豈有此變?

高皇帝の明聖威武に憑り、已に天下を撫定し、天子の位に即くも、大臣逆を作すこと竟に數十回發動す。帝の勢に憑り、身は兵間に勞苦し、紛亂幾ど天下なきこと數次なり。淮陰侯・韓王信・陳豨・彭越・黥布および盧綰は皆功臣なり、是れ曾て愛信せる所なり、愛する所は變化して仇と為り、信ずる所は反つて寇と為る、怪しまざるを得んや。地理早く定まりしならば、何ぞこれらの變故あらんや?

陛下即位以來,濟北一反,淮南為逆,今吳又見告,皆其薄者也。莫大諸侯,澹然而未有故者,天下非有固安之術也,特賴其尚幼偷猥之數也。且異姓負強而動者,漢已幸而勝之矣,又不易其所以然,同姓襲是跡而處,骨肉相動,又既有徵矣。其勢盡又復然,殃禍之變,未知所移,長此安窮?明帝尚不能以安,後世柰何!

陛下即位以來、濟北一度反し、淮南逆を作し、今また呉告發せらる、皆彼の薄弱なり。最大の諸侯は、澹然として未だ變故なし、天下竝びに牢固安定の方法なく、只彼らのなお年幼苟且猥瑣の氣數に依賴するのみ。況んや異姓強に仗りて動く者は、漢已に僥倖勝利せり、また其の然る所以の原因を改變せず、同姓これらの事蹟に沿襲して處り、骨肉互いに騷動し、また已に徵兆あり。其の形勢盡きればまた再びかくのごとく、殃禍の變化、移向する所を知らず、長く此を以て続けば何處か盡頭ならん?明帝なお安定すること能わず、後世如何せん!

屠牛坦一朝解十二牛,而芒刃不頓者,所排擊所剝割皆象理也。然至髖髀之所,非斤則斧矣。仁義恩厚,此人主之芒刃也:權勢法制,此人主之斤斧也。勢已定權已足矣,乃以仁義恩厚因而澤之,故德布而天下有慕志。今諸侯王皆眾髖髀也,釋斤斧之制,而欲嬰以芒刃,臣以為刃不折則缺耳,胡不用之淮南濟北,勢不可也。

屠牛坦は一朝にして十二頭の牛を分解すれども、鋒刃鈍らず、是れ排撃剥割する所皆紋理に順えばなり。然るに髖髀の處に至れば、斤ならざれば斧なり。仁義恩厚は、これ人主の鋒刃、權勢法制は、これ人主の斤斧。形勢已に確定し權已に足りて、始めて仁義恩厚を用い因りて潤澤す、ゆえに德布施して天下仰慕の志向あり。今諸侯王は皆許多の髖髀なり、斤斧の制度を放下して、鋒刃をもって碰らんと欲す、臣以為す刃は折れざれば缺口ならん、何ぞ淮南濟北に用いざるや、是れ形勢可ならざればなり。

審微

審微

善不可謂小而無益,不善不可謂小而無傷,非以小善為一足以利天下,小不善為一足以亂國家也。當夫輕始而傲微,則其流必至於大亂也,是故子民者謹焉。

善は小さきと言うべからずして益なきことなく、不善は小さきと言うべからずして傷害なきことなし、一件の小善足りて天下を利し、一件の小不善足りて國家を亂るがゆえにあらず。まさに開始を輕視し微細を傲視せんとするに、其の流弊必ず大亂に至る、ゆえに民を治むる者これに謹慎す。

彼人也,登高則望,臨深則窺,人之性,非窺且望也,勢使然也。夫事有逐奸,勢有召禍。老曰:"為之於未有,治之於未亂。"管仲曰:"備患於未形",上也。語曰:"焰焰弗滅,炎炎柰何,萌芽不伐,且折斧柯。"智禁於微,次也。事之適亂,如地形之惑人也,機漸而往,俄而東西易面,人不自知也。故墨子見衢路而哭之,悲一跬而繆千里也。

其の人、高きに登れば遠望し、深きに臨めば下窺す、人の性は、竝びに窺わんと望まんとするにあらず、是れ形勢彼をして然らしむればなり。事に奸邪を追逐する有り、勢に禍を召來する有り。老子曰く、「未だ發生せざる時に於て為し、未だ亂れざる時に於て治む」と。管仲曰く、「患未だ成形せざる時に於て防備す」は、上策なり。俗語曰く、「小小なる火苗滅さざれば、熊熊大火如何せん、萌芽伐らざれば、將に斧柯を折らん」と。智は微細の處に禁止するは、次の一等なり。事亂に走向するは、地形の人を迷惑するがごとく、機關漸々前に往き、一會の間東西方向を換え、人自ら知らず。ゆえに墨子は四通の路を見て哭す、悲哀するは一步を差えば卽ち一千里を錯るなり。

昔者衛侯朝於周,周行問其名,曰:"衛侯闢強。"周行還之曰:"啟強。闢強,天子之號也,諸侯弗得用。"衛侯更其名曰毀,然後受之。故善守上下之分者,雖空名弗使踰焉。

昔衞侯周に朝見し、周の行人其の名を問うて曰く、「衞侯辟强」。周の行人還りて彼に曰く、「啓强・辟强は、天子の名號なり、諸侯用うべからず」と。衞侯名を改めて毁と為し、然る後に受くる。ゆえに善く上下名分を守住する者は、たとい空名といえども越えさせず。

古者周禮,天子葬用隧,諸侯縣下。周襄王出逃伯鬥,晉文公率師誅賊,定周國之亂,復襄王之位。於是襄王賞以南陽之地,文公辭南陽,即死得以隧下,襄王弗聽,曰:"周國雖微,未之或代也。天子用隧,伯父用隧,是二天子也。以地為少,餘請益之。"文公乃退。

古の周禮に、天子は葬に隧道を用い、諸侯は棺を懸けて放下す。周襄王伯斗に出逃し、晉文公師を率いて賊を誅し、周國の亂を平定し、襄王の位を恢復す。そこで襄王は南陽の土地を以て賞賜するも、文公南陽を推辭し、卽ち死後隧道を得て以て下葬せんことを求む、襄王聽かずして曰く、「周國微弱なるも、未だ誰か代える者なし。天子は隧道を用い、伯父は隧道を用いれば、卽ち兩箇の天子なり。若し地少なしと以為せば、我請う增加せん」と。文公乃ち退下す。

禮,天子之樂,宮縣:諸侯之樂,軒縣:大夫直縣:士有琴瑟。叔孫於奚者,衛之大夫也。曲縣者,衛君之樂體也。繁纓者,君之駕飾也。齊人攻衛,叔孫於奚率師逆之,大敗齊師,衛於是賞以溫。叔孫於奚辭溫,而請曲縣繁纓以朝,衛君許之。孔子聞之曰:"惜乎!不如多與之邑。夫樂者,所以載國:國者,所以載君。彼樂亡而禮從之,禮亡而政從之,政亡而國從之,國亡而君從之。惜乎!不如多予之邑。"

禮に、天子の樂は宮懸、諸侯の樂は軒懸、大夫は直懸、士は琴瑟あり。叔孫于奚は、衞の大夫なり。曲懸は、衞君の樂制なり。繁纓は、君の駕車裝飾なり。齊人衞を攻め、叔孫于奚師を率いて迎撃し、大いに齊師を敗る、衞そこで温を以て賞す。叔孫于奚温を推辭して、曲懸繁纓を請えて朝見せんとす、衞君許可す。孔子之を聞きて曰く、「惜しいかな!多く彼に食邑を給するに如かず。樂は、以て國を承載するなり;國は、以て君を承載するなり。其の樂亡びれば禮これに隨い、禮亡びれば政これに隨い、政亡びれば國これに隨い、國亡びれば君これに隨う。惜しいかな!多く彼に食邑を給するに如かず」と。

宓子治亶父,於是齊人攻魯,道亶父。始父老請曰:"麥已熟矣,今迫齊寇,民人出自艾傅郭者,歸可以益食,且不資寇。"三請,宓子弗聽,俄而麥畢資乎齊寇。季孫聞之,怒,使人讓宓子曰:"豈不可哀哉!民乎,寒耕熱耘,曾弗得食也。弗知猶可,聞或以告,而夫子弗聽。"宓子蹴然曰:"今年無麥,明年可樹,令不耕者得獲,是樂有寇也。且一歲之麥,於魯不加強,喪之不加弱。令民有自取之心,其創必數年不息。"季孫聞之,慚,曰:"使穴可入,吾豈忍見宓子哉!"

宓子亶父を治理す。そこで齊人魯を攻め、路亶父を經る。初め父老請うて曰く、「麥已に熟す、今齊寇に迫近す、民人出でて自ら外城に近きを收割せば、歸りて糧食を增加し、且つ寇を資助せざらん」と。三回請えども宓子聽かず、一會の間麥全部齊寇を資助せり。季孫之を聞きて、怒り、人をして宓子を責讓せしめて曰く、「豈哀むべからざるか!民や、寒天に耕し熱天に耘して、竟に食を得ず。知らざれば猶可なり、人告げる有るを聞きて、而も夫子夫子聽かざる」と。宓子蹴然として曰く、「今年麥なければ、明年種うべし、耕さざる人をして收穫を得せしむるは、寇有るを樂しむなり。況んや一歲の麥は、魯に於て強を增加せず、之を喪失して弱を增加せず。民をして自ら擅取の心有らしむれば、其の創傷必ず數年止息せず」と。季孫之を聞きて、慚愧して曰く、「假令洞穴入るべければ、我何ぞ忍びて宓子を見ん!」

故明者之感奸由也蚤,其除亂謀也遠,故邪不前達。

ゆえに明智の人は奸邪の由來を早く感知し、彼は亂謀を遠く除去す、ゆえに邪は向前して通達すること能わず。

階級

階級

人主之尊,闢無異堂陛。陛九級者,堂高大幾六尺矣。若堂無陛級者,堂高殆不過尺矣。天子如堂,群臣如陛,眾庶如地,此其闢也。故堂之上,廉遠地則堂高,近地則堂卑。高者難攀,卑者易陵,理勢然也。故古者聖王制為列等,內有公卿大夫士,外有公侯伯子男,然後有官師小吏,施及庶人,等級分明,而天子加焉,故其尊不可及也。

人主の尊は、たとえれば堂陛と異ならず。陛に九級有るは、堂高き幾ど六尺なり。若し堂に陛級なければ、堂高き大概一尺に過ぎず。天子は堂のごとく、群臣は陛のごとく、衆庶は地のごとし、卽ち其のたとえなり。ゆえに堂の上は、邊棱地を離るる遠ければ堂卽ち高く、地を離るる近ければ堂卽ち卑し。高きは攀登し難く、卑きは陵越し易し、是れ理勢然らしむればなり。ゆえに古の聖王は列等を制定し、内に公卿大夫士有り、外に公侯伯子男有り、然る後に官師小吏有りて、庶人に延及す、等級分明にして、天子上に加わる、ゆえに其の尊及ぶべからず。

鄙諺曰:"欲投鼠而忌器",此善喻也。鼠近於器,尚憚而弗投,恐傷器也,況乎貴大臣之近於主上乎。廉醜禮節,以治君子,故有賜死而無戮辱,是以系。縛。榜。笞。髡。刖。黥。劓之罪,不及士大夫,以其離主上不遠也。禮:不敢齒君之路馬,蹴其芻者有罪,見君之几杖則起,遭君之乘輿則下,入正門則趨。君之寵臣,雖或有過,刑戮不加其身,尊君之勢也,此則所以為主上豫遠不敬也,所以體貌群臣而厲其節也。今自王侯三公之貴,皆天子之改容而禮也,古天子之所謂伯父伯舅也,今與眾庶徒隸同黥劓髡刖笞傌棄市之法,然則堂下不亡陛乎?被戮辱者不太迫乎?廉恥不行也,大臣無乃握重權大官,而有徒隸無恥之心乎?夫望夷之事,二世見當以重法者,投鼠而不忌器之習也。

俗諺曰く、「物を投げて鼠を打たんと欲するも器物を顧忌す」、是れ好きたとえなり。鼠は器物に近し、猶懼れて投げず、器物を傷るを怕ればなり、況んや貴大臣主上に近きをや。廉恥禮節は、以て君子を治む、ゆえに賜死有りて戮辱なし。ここにおいて繫・縛・榜・笞・髠・刖・黥・劓の罪は、士大夫に至らず、彼ら主上を離るる遠からざればなり。禮に、敢えて君の路馬の牙齒を數えず、其の草料を踩踏する者有罪、君の几杖を見れば卽ち起ち、君の乘輿に遇えば卽ち下車し、正門に入れば卽ち小步快走す。君の寵臣は、たとい或は過錯あるも、刑戮其の身に加わらず、是れ君の勢を尊敬するなり、卽ち以て主上のため豫め不敬を遠離するなり、以て群臣を禮貌して彼らの節操を激勵するなり。今王侯三公の貴より、皆天子改容して禮を以て相待する所なり、古の天子の所謂伯父伯舅なり、今衆庶徒隸と同じく黥劓髠刖笞罵棄市の法を用うれば、卽ち堂下は陛を失うにあらざるか?戮辱せらるるは太だ迫近にあらざるか?廉恥實行し得ず、大臣只怕重權大官を掌握すれども、徒隸無恥の心有らんか?望夷宮の事、二世重法を以て論處せらるは、卽ち物を投げて鼠を打ちて器物を顧忌せざるの積習なり。

臣聞之曰:"履雖鮮,弗以加枕:冠雖弊,弗以苴履。"夫嘗以在貴寵之位,天子改容而嘗體貌之矣,吏民嘗俯伏以敬畏之矣,今而有過,令廢之可也,退之可也,賜之死可也。若夫束縛之,系紲之,輸之司空,編之徒官。司寇牢正徒長小吏罵詈而榜笞之,殆非所以令眾庶見也。夫卑賤者習知尊貴者之事,一旦吾亦乃可以加也,非所以習天下也,非尊尊貴貴之化也。夫天子之所嘗敬,眾庶之所嘗寵,死而死爾,賤人安宜得此而頓辱之哉。

臣聞く、「鞋子たとい鮮潔なるも、以て枕上に加うることなし;帽子たとい破弊なるも、以て鞋子を墊することなし」と。曾て貴寵の位に處り、天子改容して曾て禮貌相待し、吏民曾て俯伏して敬畏せし、今過錯あれば、廢黜するも可、斥退するも可、之を賜死するも可。至りて彼を捆綁し、繩索を以て繫住し、司空に送り、徒官に編入す。司寇牢正徒長小吏罵詈して榜笞するは、大概衆庶をして見せしむるにあらず。卑賤の人熟知して貴人に對しこれらの事を為す可きを、一旦我も施加すれば、以て天下を習教するに用いるにあらず、尊尊貴貴の教化にあらず。天子の曾て敬重する所、衆庶の曾て寵奉する所、死すれば死するのみ、賤人何ぞ當にこれを得て以て彼を頓挫侮辱すべけんや。

豫讓事中行之君,智伯伐中行,滅之,豫讓移事智伯。及趙滅智伯,豫讓舋面變容,吸炭變聲,必報襄子,五起而弗中,襄子一夕而五易臥。人問豫讓,讓曰:"中行眾人畜我,我故眾人事之:智伯國士遇我,故為之國士用。"故此一豫讓也,反君事讎,行若狗彘,已而折節致忠,行出乎烈士,人主使然也。故人主遇其大臣,如遇犬馬,彼將犬馬自為也:如遇官徒,彼將官徒自為也。頑頓無恥,奊苟無節,廉恥不立,則且不自好,則苟若而可,見利則趨,見便則奪。主上有敗,困而攬之矣:主上有患,則吾苟免而已,立而觀之耳。有便吾身者,則欺賣而利之耳,人主將何便於此!群下至眾,而主至少也,所託財器職業者,率於群下也,但無恥,但苟安,則主最病。

豫讓は中行氏の君に事奉す、智伯中行を伐ち、彼を滅ぼす、豫讓轉じて智伯に事奉す。趙智伯を滅ぼすに及び、豫讓漆を以て面を塗り容貌を改變し、炭を吞んで聲音を改變し、必ず襄子に報復せんとし、五回起こるも命中せず、襄子一個晚上に五回臥處を換えたり。人豫讓に問う、豫讓曰く、「中行衆人を以て我を畜養す、我所以に衆人を以て彼に事奉す;智伯國士を以て我を待す、故に彼のため國士を為して用う」と。ゆえに同じ豫讓、舊君を背叛し仇敵に事奉し、行爲猪狗のごときも、後には節を折り忠を盡くし、行爲烈士より出づるは、是れ人主彼をして然らしむればなり。ゆえに人主大臣に對待するに、若し犬馬に對待するがごとければ、彼は自ら犬馬と爲し;若し官徒に對待するがごとければ、彼は自ら官徒と爲す。頑鈍無恥にして、苟且節操なく、廉恥立たざれば、將に自ら愛せず、卽ち苟且隨便も可なり、利を見れば趨赴し、便利を見れば爭奪す。主上敗有れば、困窘すれば攬取し;主上患有れば、我卽ち苟且禍を免るるのみ、立ちて觀看するのみ。我自身に便利有れば、卽ち欺賣して利を取る、人主將にここより何の便利を得ん!群下極めて多く、主極めて少なし、托付する所の財器職業は、大都群下に在り、只無恥のみ、只苟安のみ、卽ち主最も病痛なり。

故古者禮不及庶人,刑不至君子,所以厲寵臣之節也。古者大臣,有坐不廉而廢者,不謂曰不廉,曰簠簋不飾:坐汙穢男女無別者,不謂汙穢,曰帷簿不修:坐罷軟不勝任者,不謂罷軟,曰下官不職。故貴大臣定有其罪矣,猶未斥然正以呼之也,尚遷就而為之諱也。故其在大譴大訶之域者,聞譴訶則白冠犛纓,盤水加劍,造清室而請其罪爾。上弗使執縛系引而行也。其中罪者,聞命而自弛,上不使人頸盭而加也。其有大罪者,聞命則北面再拜,跪而自裁,上不使人捽抑而刑也。曰子大夫自有過耳,吾遇子有禮矣。遇之有禮,故群臣自喜。厲以廉恥,故人務節行。上設廉恥禮義以遇其臣,而群臣不以節行而報其上者,即非人類也。

ゆえに古は禮庶人に至らず、刑君子に至らず、是れ以て寵臣の節操を激勵するなり。古の大臣、不廉に因りて廢せらるる有るも、不廉と謂わず、簠簋整飾せずと謂い;汙穢男女分別なきに因りて罪を獲るも、汙穢と謂わず、帷簿修まらずと謂い;軟弱勝任せざるに因りて罪を獲るも、軟弱と謂わず、下官職に稱えずと謂う。ゆえに貴大臣罪有るを確定するも、なお明白に直呼せず、なお遷就して彼のため避諱す。ゆえに大譴大訶の範圍に處る者は、譴訶を聞けば卽ち白冠犛纓を戴き、盤水上に劒を加え、淸室に至りて治罪を請うのみ。上は人をして執縛牽引して行かしめず。中等の罪の者は、命令を聞けば卽ち自ら廢弛す、上は人をして頸を扭じて施加せしめず。大罪有る者は、命令を聞けば卽ち北に面して再拜し、跪いて自ら裁斷す、上は人をして揪按して用刑せしめず。曰く子大夫自ら過錯有るのみ、我汝に對待するに禮有り。對待禮有るを以て、ゆえに群臣自重す。廉恥を以て激勵するを以て、ゆえに人節行に致力す。上廉恥禮義を設立して以て臣に對待し、而して群臣節行を以て上に報答せざれば、卽ち人類にあらず。

故化成俗定,則為人臣者,主爾忘身,國爾忘家,公爾忘私。利不苟就,害不苟去,唯義所在,主上之化也。故父兄之臣,誠死宗廟:法度之臣,誠死社稷:輔翼之臣,誠死君上:守衛捍敵之臣,誠死城廓封境。故曰聖人有金城者,比物此志也。彼且為我死,故吾得與之俱生:彼且為我亡,故吾得與之俱存。夫將為我危,故吾得與之皆安。顧行而忘利,守節而服義,故可以托不御之權,可以托五尺之孤,此厲廉恥行禮義之所致也。主上何喪焉?此之不為,而顧彼之行,故曰可為長大息者也。

ゆえに教化成就し風俗確定せば、臣を為すは、主のために身を忘れ、國のために家を忘れ、公のために私を忘る。利は苟且趨就せず、害は苟且避開せず、只義の所在する處、是れ主上の教化なり。ゆえに父兄の臣は、誠心宗廟のために死し;法度の臣は、誠心社稷のために死し;輔翼の臣は、誠心君上のために死し;守衞捍敵の臣は、誠心城郭封境のために死す。ゆえに聖人に金城有りと曰うは、是れ比況するにこの志向なり。彼將に我のために死せんとすれば、故に我得て彼と共に生き;彼將に我のために亡びんとすれば、故に我得て彼と共に存し。彼將に我のために危ならんとすれば、故に我得て彼と皆安し。德を顧念して利を忘れ、節を守りて義に服從す、ゆえに駕御を須えざる權を托付する可く、五尺の孤兒を托付する可し、是れ廉恥を激勵し禮義を實行するの致す所なり。主上何を喪失せし?このを爲さず、却つて反つて彼を爲す、ゆえに說く可爲之長歎と。

卷第三

巻第三

俗激

俗激

大臣之俗,特以牘書不報,小期會不答耳,以為大故,不可矣。天下之大指舉之,而激俗流失,世壞敗矣,因恬弗知怪,大故也。如刀筆之吏,務在筐箱,而不知大體,陛下又弗自憂,故如此哉。

大臣の習俗は、只牘書囘報せざる・小小期會答覆せざるを、以て大故と爲す、不可なり。天下の大旨皆擧出せるに、激盪の習俗流失し、世道敗壞せるに、恬然として奇怪を知らず、こそ大故なれ。刀筆の吏のごとき、事務筐箱の裏に在りて、大體を知らず、陛下また自ら憂慮せず、故にかくのごときなり。

夫邪俗日長,民相然席於無廉醜,行義非循也,豈為人子背其父,為人臣因忠於君哉?豈為人弟欺其兄,為人下因信其上哉?陛下雖有權柄事業,將何寄之?管子曰:"四維:一曰禮,二曰義,三曰廉,四曰醜。四維不張,國乃滅亡。"使管子愚無識人也,則可:使管子而少知治體,則是豈不可為寒心?今世以侈靡相競,而上無制度,棄禮義,捐廉丑日甚,可謂月異而歲不同矣。逐利乎否耳,慮非顧行也。今其甚者,剄大父矣,賊大母矣,踝嫗矣,刺兄矣。盜者慮探柱下之金,掇寢戶之簾,攓兩廟之器,白晝大都之中,剽吏而奪之金。矯偽者出幾拾萬石粟,賦六百餘萬錢,乘傳而行諸侯,此其無行義之尤至者已。其餘猖蹶而趨之者,乃豕羊驅而往,是類管子謂四維不張者與,竊為陛下惜之。

邪俗日々に增長し、民互いに安然として廉恥なき上に坐り、義を行い循る所にあらず、豈子を爲る者父を背棄し、臣を爲る者却つて因りて君に忠ならんや?豈弟を爲る者兄を欺騙し、下屬を爲る者却つて因りて上を信任せんや?陛下たとい權柄事業有るも、將に誰に寄托せん?管子曰く、「四維:一曰禮、二曰義、三曰廉、四曰恥。四維張らざれば、國卽ち滅亡す」と。假令管子愚蠢見識なき人ならば、猶可なり;假令管子稍々治體を知らば、これ豈寒心すべからざるか?當今世上侈靡を以て互相競爭し、而して上に制度なく、禮義を拋棄し、廉恥を捐棄するは日に日に厲し、月月同年年不同なりと謂うべし。只利を逐う與否を問うのみ、想うに德行を顧念するにあらず。今最も甚だしきは、祖父を殺し、祖母を賊害し、老婦を踝辱し、兄長を刺殺す。盜賊想うに柱下の金を探取し、寢室門戶の簾を抽取し、兩廟の器を奪取し、白晝大都の中に於て、官吏を搶劫して其の金を奪う。矯僞の人は幾ど十萬石の粟を拿出し、賦斂六百多萬錢、傳車に乘りて諸侯に行走す、是れ義を行わざる極端頂點に至れるなり。其の餘猖獗して趨赴するは、猪羊驅趕せられて往くがごとし、これ大概管子の所謂四維張らざるならん、竊に陛下のため惋惜す。

以臣之意,吏慮不動於耳目,以為是時適然耳。夫移風易俗,使天下移心而向道,類非俗吏之所能為也,陛下又不自憂,竊為陛下惜之。夫立君臣,等上下,使父子有禮,六親有紀,此非天之所為,人之所設也。夫人之所設,弗為不立,不植則僵,不循則壞。秦滅,四維不張,故君臣乖而相攘,上下亂僭而無差,父子六親殃僇而失其宜,奸人並起,萬民離畔,凡十三歲而社稷為墟。今四維猶未備也,故奸人冀幸,而眾下疑惑矣。豈如今定經制,令主主臣臣,上下有差,父子六親,各得其宜,奸人無所冀幸,群眾信上,而不疑惑哉。此業一定,世世常安,而後有所持循矣。若夫經制不定,是猶渡江河無維楫,中流而遇風波也,船必覆矣。悲夫!備不豫具之也,可不察乎!

臣の意に按ずれば、官吏想うに耳目の上に觸動せず、以て此の時恰好かくのごとくのみ。風を移し俗を易え、天下をして心を移して道に趨向せしむるは、大概俗吏の爲し能わざる所、陛下また自ら憂慮せず、竊に陛下のため惋惜す。君臣を建立し、上下を分別し、父子に禮有らしめ、六親に紀綱有らしむるは、是れ天の爲す所にあらず、人の設立する所なり。人の設立する所、爲さざれば立たず、培植せざれば僵仆し、遵循せざれば敗壞す。秦滅亡し、四維張らざれば、故に君臣乖離して互相攘奪し、上下亂僭して差等なく、父子六親殃を被り戮せられて其の宜を失い、奸人一齊に起こり、萬民離叛し、共に十三年にして社稷廢墟と爲る。今四維未だ齊備せず、故に奸人僥倖を希望し、衆下疑惑す。何ぞ今經常の制度を確定し、主をして主のごとく臣をして臣のごとくせしめ、上下差等有り、父子六親、各々其の宜を得、奸人僥倖を希望する所なく、群衆上を信任して疑惑せざるに如かんや。この事業一定まれば、世世常に安定して、後に執持遵循する所有らん。經常の制度確定せざるに至っては、これ江河を渡るに維楫なきがごとく、中流風波に遇えば、船必ず翻る。悲哀かな!防備豫め具備せず、省察せざる可けんや!

時變

時變

秦國失理,天下大敗,眾揜寡,知欺愚,勇劫懼,壯凌衰,攻擊奪者為賢,貴人善突盜者為忻,諸侯設諂而相飭,設輹而相紹者為知,天下亂至矣。是以大賢起之,威振海內,德從天下,曩之為秦者,今轉而為漢矣。

秦國條理を失い、天下大敗し、人多きは人少なきを掩襲し、智は愚を欺き、勇は懼を劫し、壯は衰を凌ぎ、攻擊奪取するを以て賢と爲し、貴人衝突盜竊を善くするに欣喜を感じ、諸侯諂を設けて互相整飭し、車輹を設けて互相紹介するを以て智と爲す、天下亂極點に至れり。ここにおいて大賢起こり、威勢海內に震動し、德天下をして從わしめ、從前秦に屬せるは、今轉じて漢に屬す。

今者何如?進取之時去矣,幷兼之勢過矣,胡以孝弟循順為?善書而為吏耳,胡以行義禮節為?家富而出官耳,驕恥偏而為吏祭尊,黥劓者攘臂而為政,行惟狗彘也,苟家富財足,隱機盱視而為天子耳。唯告罪昆弟,欺突伯父,逆於父母乎?然錢財多也,衣服循也,車馬嚴也,走犬良也,矯誣而家美,盜賊而財多,何傷?欲交,吾擇貴寵者而交之:欲勢,擇吏權者而使之。取婦嫁子,非有權勢,吾不與婚姻,非貴有戚,不與兄弟,非富大家,不與出入,因何也?今俗侈靡,以出相驕,出倫踰等,以富過其事相競。今世貴空爵而賤良,俗靡而尊奸富。民不為奸而貧,為裡罵:廉吏釋官,而歸為邑笑:居官敢行奸而富,為賢吏:家處者犯法為利,為材士。故兄勸其弟,父勸其子,則俗之邪至於此矣。

今如何?進取の時已に過ぎ、兼并の勢已に過ぎ、還りて孝悌循順を以て何を爲さん?文書を寫す能ければ吏を爲るのみ、還りて行義禮節を以て何を爲さん?家富ければ出仕して官を爲るのみ、驕恥偏邪にして吏を爲り祭尊せられ、黥劓を受けたる人袖を捋りて執政す、行爲只猪狗のごとし、若し家富財足らば、几案に靠りて目を張りて視て卽ち天子を爲るのみ。只告發して兄弟を罪に得罪し、伯父を欺突し、父母を悖逆するのみか?然るに錢財多く、衣服順に、車馬整嚴に、走狗良に、矯誣して家美に、盜賊して財多し、何の傷害あらん?結交せんと欲せば、我貴寵を選擇して結交し;勢を欲せば、吏權有るを選擇して役使す。婦を娶り子を嫁すに、權勢有るにあらざれば、我彼と婚姻せず、貴き親戚有るにあらざれば、彼と兄弟を爲らず、富大家にあらざれば、彼と出入せず、是れ何を以てか?今習俗侈靡、外出排場を以て互相驕矜し、倫類を超出し等級を越え、富を以て本分を超過して互相競爭す。當今世上空爵を看重して良善を看輕し、俗靡にして奸富を尊敬す。民奸を爲らずして貧なれば、里中に罵られ;廉吏官職を放下せば、家に歸りて邑里に笑われ;官を爲りて敢えて奸を行い富めば、以て賢吏と爲され;家居して法を犯し利を求むれば、以て材士と爲さる。ゆえに兄其の弟を勸め、父其の子を勸む、俗の邪此に至れり。

商君違禮義,棄倫理,幷心於進取,行之二歲,秦俗日敗。秦人有子,家富子壯則出分,家貧子壯則出贅。假父耰鉏杖彗耳,慮有德色矣:母取瓢碗箕帚,慮立誶語。抱哺其子,與公並踞。婦姑不相說,則反唇而睨。其慈子嗜利,而輕簡父母也,念罪非有倫理也,其不同禽獸懃焉耳。然猶幷心而赴時者,曰功成而敗義耳。蹶六國,兼天下,求得矣,然不知反廉恥之節,仁義之厚,信幷兼之法,遂進取之業,凡十三歲而社稷為墟,不知守成之數,得之之術也。悲夫!

商君禮義を違背し、倫理を拋棄し、心を並べて進取の上に置き、實行二年にして、秦俗日々に敗壞す。秦人子有り、家富めば子壯年にして分出去し、家貧なれば子壯年にして出贅す。父に鋤耰杖彗を借與するのみ、想うに施德の臉色有り;母瓢碗箕帚を取れば、想うに立ちて責罵す。抱きて子を哺育し、公公と並びて蹲踞す。媳婦婆婆相悅せざれば、卽ち脣を反し目を斜めにす。彼ら子を溺愛し利を嗜好して、父母を輕慢簡忽し、罪過を想うに竝びに倫理なく、彼ら禽獸に異なること僅か一點點のみ。然るに還りて心を並べて時勢に趕赴し、曰く功成りて義を敗壞するのみ。六國を蹶倒し、天下を兼并し、求得すること得たれども、廉恥の節操・仁義の厚に返回を知らず、兼并の法を相信し、進取の事業を成就し、共に十三年にして社稷廢墟と爲る、守成の方法を知らず、是れ取得の方法なり。悲哀かな!

瑰瑋

瑰瑋

天下有瑰政於此,予民而民愈貧,衣民而民愈寒,使民樂而民愈苦,使民知而民愈不知避縣網,甚可瑰也。今有瑋術於此,奪民而民益富也,不衣民而民益暖,苦民而民益樂,使民愈愚而民愈不罹縣網。陛下無意少聽其數乎?

天下ここに一種の奇瑰の政有り、民に東西を給して民越貧しく、民に衣服を給して民越寒く、民をして樂ならしめて民越苦しく、民をして知らしめて民越網法を避くることを知らず、甚だ奇瑰と稱する可し。今ここに一種の瑋術有り、民を奪取して民更加に富み、民に衣服を給せずして民更加に暖かく、民をして苦しからしめて民更加に樂しく、民をして越愚ならしめて民越法網に落ちず。陛下意稍々其の方法を聽かんことなきや?

夫雕文刻鏤,周用之物繁多,纖微苦窳之器,日變而起,民棄完堅,而務雕鏤纖巧,以相競高。作之宜一日,今十日不輕能成:用一歲,今半歲而弊。作之費日挾巧,用之易弊。不耕而多食農人之食,是天下之所以困貧而不足也。故以末予民,民大貧:以本予民,民大富。

花紋を雕鏤し、日常器用の物繁多、纖微粗劣の器具、日々に變化して興起し、民完好堅固を拋棄して、雕鏤纖巧に致力し、以て互相高を競う。製作當に一日なるべきを、今十日も軽易に成り得ず;使用一年なるべきを、今半年にして卽ち弊壞す。製作日を費してまた巧を挾み、使用弊壞し易し。耕さずして農人の食を多吃すは、是れ天下の困貧して足らざる所以の故なり。ゆえに末業を以て民に給すれば、民大いに貧しく;本業を以て民に給すれば、民大いに富む。

黼黻文繡纂組害女工,且夫百人作之,不能衣一人,方且萬里,不輕能具,天下之力,勢安得不寒?世以俗侈相耀,人慕其所不如,悚迫於俗願,其所未至,以相競高,而上非有制度也。今雖刑餘鬻妾下賤,衣服得過諸侯,擬天子,是使天下公得冒主,而夫人務侈也。冒主務侈,則天下寒而衣服不足矣。故以文繡衣民,而民愈寒,以褫民,民必暖,而有餘布帛之饒矣。

黼黻文繡纂組は女工を傷害し、況んや一百人製作して、一人に穿を給すること能わず、況んや遠き萬里に至りて、軽易に具備すること能わざるをや、天下の力量、形勢何ぞ寒からざらん?世上俗侈を以て互相誇耀し、人己に如かざるを羨慕し、俗願に悚迫せられ、未だ達せざるを追求し、以て互相高を競うも、而して上に竝びに制度なし。今たとい刑餘賣妾下賤なるも、衣服諸侯を超過し、天子に比擬し得べし、是れ天下をして公然主上を冒犯し得らしめ、人人侈に致力せしむるなり。主上を冒犯し侈に致力すれば、天下卽ち寒くして衣服足らず。ゆえに文繡を以て民に穿を給すれば、民越寒し;これらを剥去して民に給すれば、民必ず暖かく、布帛の饒足有餘有らん。

夫奇巧末技商販遊食之民,形佚樂而心縣愆,志苟得而行淫侈,則用不足而蓄積少矣。即遇兇旱,必先困窮迫身,則苦飢甚焉。今驅民而歸之農,皆著於本,則天下各食於力,末技遊食之民,轉而緣南畝,則民安性勸業,而無縣愆之心,無苟得之志,行恭儉蓄積,而人樂其所矣,故曰苦民而民益樂也。

其の奇巧末技商販遊食の民は、形體安逸快樂にして心過失に挂り、志向苟得にして行爲淫侈なれば、卽ち用度足らずして蓄積少なし。一旦凶旱に遇えば、必ず先に困窮身に迫り、卽ち飢に苦しむこと甚だし。今民を驅使して農に歸らしめ、皆本業に附著せしめば、天下卽ち各々力を靠りて食い、末技遊食の民は、轉じて南畝に緣り、民卽ち性情を安定し産業を勸勉し、過失に挂る心なく、苟得の志なく、行爲恭儉蓄積して、人其の所に樂しむ、故に曰く民をして苦しからしめて民更加に樂しむと。

世淫侈矣,飾知巧以相詐利者為知士,敢犯法禁昧大奸者為識理,故邪人務而日起,奸詐繁而不可止,罪人積下眾多而無時已。君臣相冒,上下無辨,此生於無制度也。今去淫侈之俗,行節儉之術,使車輿有度,衣服器械各有制數。制數已定,故君臣絕尢,而上下分明矣。擅退則讓,上僭者誅,故淫侈不得生,知巧詐謀無為起,奸邪盜賊自為止,則民離罪遠矣。知巧詐謀不起,所謂愚,故曰使愚而民愈不罹縣網。

世道淫侈せば、智巧を修飾して互相詐利するを以て智士と爲し、敢えて法禁を犯し大奸を隱匿するを以て理を識ると爲す、ゆえに邪人用力して日々に起こり、奸詐繁多にして止むべからず、罪人下に積みて衆多にして停止の時なし。君臣互相冒犯し、上下分辨なきは、これ制度なきより生ず。今淫侈の俗を去り、節儉の方法を實行し、車輿法度有らしめ、衣服器械各々制數有らしめば、制數已に確定せば、ゆえに君臣隔絶特等にして、上下分明なり。擅自退けば責讓し、上に僭越するは誅罰す、ゆえに淫侈發生すること能わず、智巧詐謀興起するに從由なく、奸邪盜賊自然に止息し、民卽ち罪を離るる遠し。智巧詐謀興起せざれば、所謂愚、故に曰く愚ならしめて民越法網に落ちずと。

孽產子

孽産子

民賣產子,得為之繡衣編經履偏諸緣,入之閒中,是古者天子後之服也,後之所以廟而不以燕也,而眾庶得以衣棄妾。白縠之表,薄紈之裡,緁以偏諸,美者黼繡,是古者天子之服也,今富人大賈召客者得以被牆。古者以天下奉一帝一後而節適,今富人大賈屋壁得為帝服,賈婦優倡下賤產子得為後飾,然而天下不屈者,殆未有也。且帝之身,自衣皂綈,而靡賈侈貴,牆得被繡,後以緣其領,孽妾以緣其履,此臣之所謂踳也。

民生みたる孩子を出賣して、彼に繡衣編經履鑲偏諸の邊を穿を給し得べく、宮中に進入す、是れ古の天子皇后の服なり、后は以て廟を祭るに用い燕居に用いず、而して衆庶は棄妾に穿を給し得べし。白縠を以て面を爲し、薄紈を以て裏を爲し、偏諸を縫上げ、美なるは黼繡を用う、是れ古の天子の服なり、今富人大賈は客を召すに以て墻を披くに用い得べし。古は天下を以て一帝一后を奉養して節制適當なり、今富人大賈は屋壁帝服を爲す能く、商賈婦優倡下賤の生みたる子は后の裝飾を爲す能く、然るに天下竭盡せざるは、大概未だ有らざるなり。況んや帝自身、自ら皂綈を穿ちて、侈靡の商賈奢侈尊貴にして、墻は繡を披く能く、后は以て領を緣どり、孽妾は以て履を緣どる、是れ臣の所謂顚倒なり。

且試觀事理夫百人作之,不能衣一人也,欲天下之無寒,胡可得也?一人耕之,十人聚而食之,欲天下之無飢,胡可得也?飢寒切於民之肌膚,欲其無為奸邪盜賊,不可得也。國已素屈矣,奸邪盜賊特須時爾,歲適不為,如雲而起耳。若夫不為見室滿,胡可勝撫也?夫錞此而有安上者,殆未有也。

試みに事理を觀察す:一百人製作して、一人に穿を給すること能わず、天下寒なからんと欲す、何處か得べけんや?一人耕種して、十人聚りて食う、天下飢なからんと欲す、何處か得べけんや?飢寒民の肌膚に切すれば、卽ち雲のごとく起こらん。至りて爲さずして室滿を見るは、何ぞ撫平し盡くすべけんや?かくのごときにして上を安定する有るは、大概未だ有らざるなり。

今也平居則無茈施,不敬而素寬,有故必困。然而獻計者類曰:"無動為大耳。"夫無動而可以振天下之敗者,何等也?曰為大,治,可也:若為大,亂,豈若其小?悲夫!俗至不敬也,至無等也,至冒其上也,進計者猶曰無為,可為長大息者此也。

今平常居處にして卽ち施與なく、敬せずして平素寬縱なれば、變故有れば必ず困窘す。然るに計を獻ずる人大抵皆曰く、「動かざるは大計のみ」と。動かずして天下敗局を振興する可きは、是れ何の一等か?曰く大を爲るは、治なり、可なり;若し大を爲るは、亂なり、何ぞ其の小に如かんや?悲哀かな!俗不敬に至り、等級なきに至り、上を冒犯するに至り、計を進むる人なお無爲と說く、長歎すべきは卽ちこのなり。

銅布

銅布

銅佈於下,為天下菑,何以言之?銅佈於下,則民鑄錢者,大抵必雜石鈆鐵焉,黥罪日繁,此一禍也。銅佈於下,偽錢無止,錢用不信,民愈相疑,此二禍也。銅佈於下,採銅者棄其田疇,家鑄者損其農事,谷不為則鄰於飢,此三禍也。故不禁鑄錢,則錢常亂,黥罪日積,是陷阱也。且農事不為,有疑為菑,故民鑄錢,不可不禁。上禁鑄錢,必以死罪。鑄錢者禁則錢必還重,錢重則盜鑄錢者起,則死罪又復積矣,銅使之然也。故銅佈於下,其禍博矣。

銅下に散布すは、天下の災なり、何を以てかくのごとく言うや?銅下に散布すれば、民錢を鑄る者は、大抵必ず石鉛鐵を摻雜し、黥罪日々に繁多す、是れ第一の禍。銅下に散布すれば、僞錢止境なく、錢用信じられず、民越互いに懷疑す、是れ第二の禍。銅下に散布すれば、銅を採る者田疇を拋棄し、家鑄の者農事を損害し、穀長成せずして飢に接近す、是れ第三の禍。ゆえに錢を鑄るを禁止せざれば、錢卽ち常に亂り、黥罪日々に積累す、是れ陷阱なり。況んや農事爲さざれば、疑慮有りて災と爲る、ゆえに民錢を鑄るは、禁ぜざるべからず。上錢を鑄るを禁止すれば、必ず死罪を用う。錢を鑄る禁ぜられ錢必ずまた重を變じ、錢重ければ盜錢を鑄る人卽ち起こり、死罪また再び積累す、是れ銅彼をして然らしむればなり。ゆえに銅下に散布すれば、禍卽ち廣し。

今博禍可除,七福可致。何謂七福?上收銅,勿令佈下,則民不鑄錢,黥罪不積,一。銅不佈下,則偽錢不繁,民不相疑,二。銅不佈下,不得采銅,不得鑄錢,則民反耕田矣,三。銅不佈下,畢歸於上,上挾銅積以御輕重,錢輕則以術斂之,錢重則以術散之,則錢必治,貨物必平矣,四。挾銅之積,以鑄兵器,以假貴臣,小大多少,各有制度,以別貴賤,以差上下,則等級明矣,五。挾銅之積,以臨萬貨,以調盈虛,以收倍羨,則官必富,而末民困矣,六。挾銅之積,制吾棄財,以與匈奴逐爭其民,則敵必壞矣。此謂之七福。

今廣禍除去する可く、七福招致する可し。何を以て七福と謂うや?上銅を收め、下に散布せしめざれば、民卽ち錢を鑄らず、黥罪積累せず、一なり。銅下に散布せざれば、僞錢繁多せず、民互いに懷疑せず、二なり。銅下に散布せざれば、銅を採る能わず、錢を鑄る能わず、民卽ち田を耕に返回す、三なり。銅下に散布せざれば、全部上に歸し、上銅積を挾みて以て輕重を制御し、錢輕ければ卽ち方法を以て收斂し、錢重ければ卽ち方法を以て發散し、錢必ず治理し、貨物必ず平穩す、四なり。銅積を挾み、以て兵器を鑄造し、貴臣に借與し、小大多少、各々制度有り、以て貴賤を分別し、上下を差等し、等級卽ち分明す、五なり。銅積を挾み、以て萬貨を臨視し、盈虛を調劑し、倍羡を收取し、官必ず富み、而して末業の民困窘す、六なり。銅積を挾み、我ら棄置の財を控制し、以て匈奴と其の民を爭奪し、敵必ず敗壞す。是れを七福と謂う。

故善為天下者,因禍而為福,轉敗而為功,今顧退七福而行博禍,可為長大息者,此其一也。

ゆえに善く天下を治理する者は、禍に因りて福と爲し、敗を轉じて功と爲す、今却つて反つて七福を退掉して廣禍を實行す、長歎すべき、是れ其の一なり。

壹通

壹通

所謂建武關函谷臨晉關者,大抵為備山東諸侯也。天子之制在陛下,今大諸侯多其力,因建關而備之,若秦時之備六國也。豈若定地勢,使無可備之患。因行兼愛無私之道,罷關一通,天下無以區區獨有關中者,所為禁遊宦諸侯及無得出馬關者,豈不曰諸侯得眾則權益重,其國眾車騎則力益多,故明為之法,無資諸侯。於臣之計,疏山東,孽諸侯,不令似一家者,其精於此矣。豈若一定地制,令諸侯之民,人騎二馬,不足以為患,益以萬夫,不足以為害。今不定大理,數起禁,不服人心,害兼覆之義,不便。

所謂武關・函谷・臨晉關を建立するは、大抵是れ山東諸侯を防備するためなり。天子の制度は陛下に在り、今大諸侯力量多く、因りて關を建てて以て防備すは、秦時六国を防備するがごとし。何ぞ地勢を確定し、防備を須うる患なからしむるに如かんや。因りて兼愛無私の道を實行し、關を罷め交通を一統し、天下に区々の地を憑りて獨り關中を有るなからしめば、故に游宦諸侯に於て及び馬關を出でざるを禁止す、豈諸侯衆を得れば權益重く、其の國車騎多ければ力益多しと說くにあらざるか、ゆえに明白此のため立法して、諸侯を資助せず。臣の計に按ずれば、山東を疎遠にし、諸侯を削弱し、一家のごとくせしめざるは、精當卽ちここに在り。何ぞ必ず土地制度を確定し、諸侯の民をして、每人兩馬に騎せしめ、患と爲るに足らず、これに萬人を加えても、害と爲るに足らざるに如かんや。今大理を確定せず、屢々禁令を興起し、人心に服せず、兼覆の義を傷害す、便利ならず。

天子都長安,而以淮南東南邊為奉地,彌道數千,不輕致輸,郡或乃越諸侯,而有免侯之地,於遠方調均發徵,又且必同。大國包小國為境,小國闊大國而為都,小大駁躒,遠近無衰,天子諸侯封畔之無經也,至無狀也,以藩國資強敵,以列侯餌篡夫,至不得也。陛下奈何久不正此?

天子長安に都を定めて、而して淮南東南邊を以て供奉之地と爲す、道路綿延幾千里にして、輸送を輕易にすること能わず、或る郡竟に諸侯を越えて、免侯の地有りて、遠方より均征發を調し、また必ず相同じ。大國小國を包みて以て邊境と爲し、小國大國を隔てて都を爲す、小大錯雜にして、遠近差等なく、天子諸侯封界經常なく、極めて樣子を成さず、藩國を以て強敵を資助し、列侯を以て篡奪者の餌と爲す、極めて得當ならず。陛下何ぞ長久このを糾正せざるや?

屬遠

屬遠

古者天子地方千里,中之而為都,輸將繇使,其遠者不在五百里而至。公侯地百里,中之而為都,輸將繇使遠者不在五十里而至。輸將者不苦其勞,繇使者不傷其費,故遠方人安其居,士民皆有驩樂其上,此天下之所以長久也。

古の天子土地は方圓千里、中央に都を爲し、輸送徭使、遠きは五百里を在らずして至る。公侯の地百里、中央に都を爲し、輸送徭使遠きは五十里を在らずして至る。輸送する者勞を以て苦と爲さず、徭使する者費に傷らず、ゆえに遠方の人安く居處し、士民皆上に歡樂す、是れ天下の長久なる所以の故なり。

及秦而不然,秦不能分尺寸之地,欲儘自有之耳。輸將起海上而來,一錢之賦耳,十錢之費,弗輕能致也,上之所得者甚少,而民毒苦之甚深,故陳勝一動,而天下不振。

秦に至りては然らず、秦は尺寸の土地を分出すること能わず、全部自ら占有せんと欲するのみ。輸送海上より來り、一錢の賦のみ、十錢の費、輕易に送到すること能わず、上の得る所甚だ少なく、而して民毒苦甚だ深し、ゆえに陳勝一動せば、天下卽ち振興すること能わず。

今漢越兩諸侯之中分,而乃以廬江之為奉地,雖秦之遠邊,過此不遠矣。令此不輸將不奉主,非奉地義也,尚安用此而久縣其心哉?若令此如奉地之義,是復秦之跡也,竊以為不便。夫淮南窳民貧鄉也,繇使長安者,自悉以補,行中道而衣行勝已羸弊矣,強提荷弊衣而至,慮非假貸自詣,非有以所聞也。履蹻不數易,不足以至,錢用之費稱此,苦甚。竊以所聞,縣令丞相歸休者,慮非甚強也,不見得從者。夫行數千裡,絕諸侯之地,而縣屬漢,其勢終不可久。漢往者,家號泣而送之:其來繇使者,家號泣而遣之,俱不相欲也。甚苦屬漢而欲王,類至甚也,逋遁而歸諸侯者,類不少矣。陛下不如蚤定,毋以資奸人。

今漢は兩箇の諸侯を越えて中より分け、而して廬江を以て供奉之地と爲す、たとい秦の遠邊といえども、これを超過するも遠からず。ここをして輸送せず主を奉奉ぜざらしめば、供奉之地の義にあらず、還りて何を以てこれを用いて彼らの心を長久に懸挂せん?若しここをして供奉之地の義のごとくせば、卽ち再走秦の老路なり、竊に以爲す便利ならず。淮南は瘠民貧鄉なり、徭使長安に至るは、自ら其の所有を盡くして以て補い、中途に走りて衣服行裝已に羸弊、強いて弊衣を提げ扛げて到る、想うに貸借せずして自ら前往するにあらず、聽說有るにあらず。草鞋數次換えざれば、足らずして到達せず、錢用の費これと相稱し、苦しみ甚だし。竊に聽說する所に就けば、縣令丞相家に歸り休むは、想うに甚だ強しとあらず、從う者を見ず。幾千里を走り、諸侯の地を隔絶し、而して縣のごとく漢に屬す、其の形勢終に長久すべからず。漢に去るは、家號泣して彼を送り;徭使に來るは、家號泣して彼を遣る、皆願わず。甚だ漢に屬するを苦しみて王と稱せんと欲すは、大概極點に至り、諸侯に逃歸するは、大概少なからず。陛下早く定めざる如かず、以て奸人を資助することなかれ。

親疏危亂

親疏危亂

陛下有所不為矣,臣將不敢不畢陳事制。假令天下如曩也,淮陰侯尚王楚,黥布王淮南,彭越王梁,韓信王韓,張敖王趙,貫高為相,盧綰王燕,陳豨在代,令六七諸公皆無恙,案其國而居。當是時,陛下即天子之位,試能自安乎哉?臣有以知陛下之不能也。天下殽亂,高皇帝與諸侯並肩而起,非有側室之勢,以豫席之也,諸侯率幸者乃得為中涓,其次僅得為舍人。高皇帝南面稱帝,諸公皆為臣,材之不逮,至遠也。高皇帝五年即天子之位,割膏腴之地,以王有功之臣,多者百餘城,少者乃三四十縣,德至渥也。然其後十年之間,反者九起,幾無天下者五六。陛下之與諸公也,非親角材而臣之也,又非身封王之也,自高皇帝不能以是一歲為安,陛下獨安能以是自安也?

陛下はなさざる所有り、臣將に敢えて事制を全部陳述せざるべからず。仮令天下從前のごとく、淮陰侯なお楚に在りて王と稱し、黥布淮南に在りて王と稱し、彭越梁に在りて王と稱し、韓信韓に在りて王と稱し、張敖趙に在りて王と稱し、貫高相を爲し、盧綰燕に在りて王と稱し、陳豨代に在りて、六七位の諸公をして皆恙なからしめ、彼らの國に據りて居る。まさに此の時、陛下天子の位に即く、試みに問う能く自ら安定せんや?臣陛下能わざるを知る所以あり。天下淆亂し、高皇帝諸侯と並び肩を竝べて起こり、竝びに側室の勢なく、以て豫め憑藉す、諸侯大抵幸運にして中涓を爲す能く、其次僅かに舍人を爲す能し。高皇帝南面して帝と稱し、諸公皆臣を爲す、材能趕上せず、極めて遠し。高皇帝五年にして天子の位に即き、肥沃の土地を割きて、以て功有る臣を封じて王と爲す、多きは一百餘城、少なきは竟に三四十縣、德極めて優渥なり。然るに其の後十年の間、反叛する者九次起こり、幾ど天下なきこと五六次なり。陛下と諸公は、竝びに親しく較べて親しきにあらず。

然尚有可諉者,曰疏。臣請試言其親者。假令悼惠王王齊,元王王楚,中山王王趙,幽王王淮陽,共王王梁,靈王王燕,厲王王淮南,六七貴人皆無恙,各案其國而居。當是時,陛下即天子之位,能為治乎?臣又竊知陛下之不能也。諸侯王雖名為人臣,實皆有布衣昆弟之心,慮無不宰制而天子自為者。擅爵人,赦死罪,甚者或戴黃屋。漢法非立,漢令非行也。雖離道如淮南王者,令之安肯聽?召之焉可致?幸而至,法安可得尚?動一親戚,天下環視而起,天下安可得制也?陛下之臣,雖有悍如馮敬者,乃啟其口,匕首已陷於胸矣。陛下雖賢,誰與領此?故疏必危,親必亂。(陛下之因今以為治安,柰何知其必且危亂也!然且吟(齒休)而堅控守之,為何如制以(糹靡)相懸。)

然るに還りて推諉する可き有りて、疎遠と説く。臣請う試みに其の親近を說かん。仮令悼惠王齊に在りて王と稱し、元王楚に在りて王と稱し、中山王趙に在りて王と稱し、幽王淮陽に在りて王と稱し、共王梁に在りて王と稱し、靈王燕に在りて王と稱し、厲王淮南に在りて王と稱し、六七位の貴人皆恙なからして、各々其の國に據りて居る。まさに此の時、陛下天子の位に即きて、能く治理せんや?臣また竊に陛下能わざるを知る。諸侯王は名は人臣と雖も、其の實皆布衣兄弟の心有り、想うに宰制して自ら天子を爲さんと欲せざるはなし。擅自人に爵を給し、死罪を赦免し、或るは甚だ黃屋を戴く。漢法未だ立たず、漢令未だ行われず。たとい淮南王のごとき道を離るる者は、彼を命令するに何ぞ肯んじて聽かん?彼を召すに何處か至る能わん?僥倖至れば、法何ぞ還りて施加する能わん?一親戚を動かせば、天下環視して起こり、天下何ぞ還りて制約する能わん?陛下の臣は、たとい馮敬のごとき强悍有るも、口を開けば、匕首已に胸中に陷入す。陛下賢と雖も、誰と共に來領せん?故に疎遠は必ず危うく、親近は必ず亂る。(底本此段末に「陛下之因今以爲治安……」一段の夾注を附す、文殘缺有り、是れ後人の案語の正文に串入せるなり。)

憂民

憂民

王者之法,民三年耕而餘一年之食,九年而餘三年之食,三十歲而民有十年之蓄。故禹水九年,湯旱七年,甚也,野無青草,而民無飢色,道無乞人,歲復之後,猶禁陳耕。古之為天下,誠有具也。王者之法,國無九年之蓄,謂之不足:無六年之蓄,謂之急:無三年之蓄,曰國非其國也。

王者の法、民三年耕して餘一年の糧食有り、九年にして餘三年の糧食有り、三十年にして民十年の蓄積有り。ゆえに禹水災九年、湯旱災七年、嚴重なりしも、野に青草なく、而して民飢色なく、路に乞人なし、年成恢復の後、還りて陳田を翻耕するを禁止す。古天下を治理するは、實に具體辦法有り。王者の法、國九年の蓄積なきは、不足と謂い;六年の蓄積なきは、急と謂い;三年の蓄積なきは、國其の國に似ずと謂う。

今漢興三十年矣,而天下愈屈,食至寡也,陛下不省邪?未獲年,富人不貸,貧民且飢,天時不收,請賣爵鬻子,既或聞耳。曩頃不雨,令人寒心,壹雨爾,慮若更生。天下無蓄,若此甚極也。其在王法謂之何?必須困至乃慮,窮至乃圖,不亦晚乎!

今漢興起三十年なり、而して天下越加竭盡し、糧食極めて少なし、陛下省察せざるか?未だ收穫の年份ならず、富人貸借せず、貧民將に飢えんとし、天時收穫せず、爵を賣り子を賣るを請う、已に或は耳に傳わる。前不久雨降らず、人をして心寒からしめ、雨降るのみ、想うに重新活過來のごとし。天下蓄積なし、かくのごとく極點に至れり。王法の裏に於て何と謂うや?必ず困に至りて始めて思慮し、窮に至りて始めて謀劃すは、亦晚からずや!

然則所謂國無人者,何謂也?有天下而欲其安者,豈不在於陛下者哉。上弗自憂,將以誰偷?五歲小康,十歲一兇,三十歲而一大康,蓋曰大數也。即不幸有方二三千里之旱,天下何以相救,卒然邊境有數十萬之眾,聚天下將何以饋之矣?兵旱相承,民填溝壑,剽盜攻擊者,興繼而起,中國失救,外敵必駭,一日而及,此之必然。且用事之人,未必此省,為人上弗自憂,魄然事困,乃驚而督下,曰:"此天也,可柰何?"事既無如之何及。方今始秋時,可善為。陛下少閒,可使臣從丞相御史計之。

卽ち所謂國に人なしとは、是れ何の義か?天下有りて之を安定せんと欲するは、豈陛下に在らざるか。上自ら憂慮せざれば、將に誰と苟且せん?五年小康、十年一凶、三十年にして一大康、大概大數と説く。一旦不幸方圓兩三千里の旱有れば、天下何を以て互いに救助せん?突然邊境に幾十萬の部衆有れば、天下を聚集し何を以て彼らを饋餉せん?兵旱相乘じ、民溝壑を塡め、剽盜攻撃するは、相繼ぎて興起し、中國救助を失い、外敵必ず驚駭し、一日にして至る、是れ必然なり。況んや用事の人、未だ必ずしもこれを省察せず、人上を爲るに自ら憂慮せず、突然事勢困窘し、始めて驚慌して下を督責し、曰く、「是れ天なり、如何せん」と。事已に無可奈何にして至る。當今纔かに秋時に入る、善く爲す可し。陛下稍々閒暇有れば、臣をして丞相御史に從い謀劃せしむ可し。

解縣

解縣

天下之勢,方倒縣,竊願陛下省之也。凡天子者,天下之首也,何也?上也。蠻夷者,天下之足也,何也?下也。蠻夷徵令,是主上之操也,天子共貢,是臣下之禮也。足反居上,首顧居下,是倒縣之勢也。天下倒縣,莫之能解,猶為國有人乎?

天下の形勢、正に倒懸なり、竊に願わくは陛下省察せんことを。凡そ天子は、天下の首なり、何ぞや?上に在ればなり。蠻夷は、天下の足なり、何ぞや?下に在ればなり。蠻夷征令を受くるは、主上の操持なり;天子進貢するは、臣下の禮なり。足反つて上に居り、首反つて下に居るは、是れ倒懸の形勢なり。天下倒懸して、解く能くする人なし、還りて國に人有りと算せんや?

非特倒縣而已也,又類躄且病痱。夫躄者一面病,痱者一方痛。今西郡北郡,雖有長爵,不輕得復,五尺已上,不輕得息,苦甚矣。中地左戍,延行數千裡,糧食饋饟,至難也。斥候者望烽燧而不敢臥,將吏戍者,或介冑而睡,而匈奴欺侮侵掠,未知息時,於焉望信威廣德,難。臣故曰:"一方病矣,醫能治之。"而上弗肯使也。天下倒縣甚苦矣,竊為陛下惜之。

只倒懸のみにあらず、また跛にして且つ痱を患えるがごとし。跛は一面の病、痱は一方の痛なり。今西郡北郡は、たとい長爵有るも、復除を輕易にすること能わず、五尺以上、休息を輕易にすること能わず、苦しみ甚だし。中地戍守を往左し、延行幾千里、糧食饋餉、極めて難し。斥候烽燧を望みて敢えて臥せず、將吏戍守するは、或は甲冑を著て睡る、而して匈奴欺侮侵掠して、止息の時を知らず、ここに在りて威を伸張し德を廣布せんことを指望するは、難し。臣の曰う所以、「一方病めば、醫之を治する能し」と。而して上役使を肯ぜず。天下倒懸して苦しみ甚だし、竊に陛下のため惋惜す。

進諫者類以為是,困不可解也,無具甚矣。陛下肯幸聽臣之計,請陛下舉中國之禍,而從之匈奴。中國乘其歲而富強,匈奴伏其辜而殘亡,系單于之頸而制其命,伏中行說而笞其背,舉匈奴之眾,唯上之令。陛下威憚大信,德義廣遠,據天下而必固,稱高號誠所宜,俛視中國,遠望四夷,莫不如志矣。然後退齋三日,以報高廟,令天下無愚智男女皆曰:"皇帝果大聖也。"胡忍以陛下之明,承天下之資,而久為戎人欺傲,若此可謂國無人矣。

進諫の人大抵以爲すかくのごとし、困解くべからず、方法極點に至るまでなしと。陛下幸いに臣の計を聽くを肯ぜば、請う陛下中國の禍を擧げて、而して之を匈奴に轉ぜん。中國年歲に趁りて富强なり、匈奴罪を伏して殘亡す、單于の頸を繫して其の命を控制し、中行說を按住して其の背を笞す、匈奴の部衆を擧げ、只上の令に聽從す。陛下威勢憚服大信にして、德義廣遠に、天下を據有して一定牢固に、高號を稱するは實に當然なり、俯視中國、遠望四夷、志に如かざるなし。然る後退きて齋戒三日し、以て高廟に報告し、天下をして愚智男女ならず皆曰はしめん、「皇帝果して大聖なり」と。何ぞ忍びて陛下の明に憑り、天下の資を承受し、而して長久戎人に欺傲せられ、かくのごときを以て國に人なしと謂う可けんや。

威不信

威不信

古之正義,東西南北,苟舟車之所達,人跡之所至,莫不率服,而後雲天子。德厚焉,澤湛焉,而後稱帝。又加美焉,而後稱皇。今稱號甚美,而實不出長城,彼非特不服也,又大不敬。邊長不寧,中長不靜,譬如伏虎,見便必動,將何時已!昔高帝起布衣而服九州,今陛下杖九州而不行於匈奴,竊為陛下不足。且事勢有甚逆者焉,天子者,天下之首也,何也?上也。蠻夷者,天下之足也,何也?下也。蠻夷徵令,是主上之操也:天子共貢,是臣下之禮也。足反居上,首顧居下,是倒植之勢也。天下之勢倒植矣,莫之能理,猶為國有人乎?德可遠施,威可遠加,舟車所至,可使如志,而特捫然數百里而威令不信,可為流涕者此也。

古の正義、東西南北、凡そ舟車の到達し人跡の到る所、率服せざるなし、然る後に天子と稱す。德厚くなり、澤深くなりて、然る後に帝と稱す。また美を加えて、然る後に皇と稱す。今稱號甚だ美なれども、實は長城を出でず、彼ら只服從せざるのみにあらず、また大いに敬せず。邊地長久寧まらず、內地長久靜まらず、伏する虎に比すれば、便利を見て必ず動く、將に何時停止せん!從前高帝布衣より興起して九州を征服し、今陛下九州に仗りて匈奴に行う能わず、竊に陛下のため不足を感ず。況んや事勢に甚だ悖逆有るや、天子は天下の首なり、何ぞや?上に在ればなり。蠻夷は天下の足なり、何ぞや?下に在ればなり。蠻夷征令を受くるは、主上の操持なり;天子進貢するは、臣下の禮なり。足反つて上に居り、首反つて下に居るは、是れ倒植の形勢なり。天下の形勢倒植すれば、理する能くする人なし、還りて國に人有りと算せんや?德遠く施す可く、威遠く加う可く、舟車の到る所、之を志のごとくせしむ可きに、却只悶然幾百里にして威令信從せられず、流涕すべきは卽ちこのなり。

卷第四

卷第四

匈奴

匈奴

竊料匈奴控弦大率六萬騎,五口而出介卒一人,五六三十,此即戶口三十萬耳,未及漢千石大縣也。而敢歲言侵盜,屢欲亢禮,妨害帝義,甚非道也。陛下何不使能者一試理此,將為陛下以耀蟬之術振之。為此立一官,置一吏,以主匈奴,誠能此者,雖以千石居之可也。陛下肯聽其事計,令中國日治,匈奴日危,大國大富,匈奴適亡。吒犬馬行,理勢然也。將必以匈奴之眾,為漢臣民,制之令千家而為一國,列處之塞外,自隴西延至遼東,各有分地以衛邊,使備月氏灌窳之變,皆屬之直郡,然後罷戎休邊,民天下之兵。帝之威德,內行外信,四方悅服,則愚臣之志快矣。不然,帝威不遂,心與嘿嘿。竊聞匈奴當今遂羸,此其示武昧利之時也。而隆義渠東胡諸國,又頗來降。以臣之愚,匈奴且動,疑將一材而出奇,厚贄以責,漢不大興不已,旁午走急,數十萬之眾,積於北方,天下安得食而饋之?臨事而重困,則難為工矣,陛下何不蚤圖。

竊に匈奴の控弦を估料するに大抵六萬騎、五口にして甲卒一人を出し、五六三十、卽ちこれ戶口三十萬のみ、漢の千石大縣に趕上せず。却つて敢えて年年侵盜と說き、屢々抗禮せんと欲し、帝義を妨害す、甚だ道ならず。陛下何ぞ能者をして試みに一度治理せしめざるや、將に陛下のため耀蟬の方法を以て振興せん。此のため一官を設立し、一吏を安置し、以て匈奴を主管し、眞に能くかくのごとき者は、たとい千石を以て安置するも可なり。陛下此の事計を聽くを肯ぜば、中國をして日々に治理し、匈奴をして日々に危ならしめ、大國大富にして、匈奴正に滅亡せん。叱咤犬馬の行走するは、是れ理勢然らしむればなり。必ず將に匈奴の部衆を以て、漢の臣民と爲し、彼らを制約して千家をして一國と爲らしめ、分別して塞外に處り、隴西より遼東に延びて、各々分地有りて以て邊を衛し、月氏・灌窳の變故を防備せしめ、皆直郡に屬し、然る後戎を罷め邊を休め、天下之兵を休息せしめん。帝の威德、内行し外信じ、四方悅服し、愚臣の志向卽ち痛快なり。然らざれば、帝威信ぜざるなり。

建國者曰:"匈奴不敬,辭言不順,負其眾庶,時為寇盜,撓邊境,擾中國,數行不義,為我狡猾,為此柰何?"對曰:"臣聞強國戰智,王者戰義,帝者戰德。故湯祝網而漢陰降,舜舞幹羽而南蠻服。今漢帝中國也,宜以厚德懷服四夷,舉明義博示遠方,則舟車之所至,人力之所及,莫不為畜,又孰敢紛然不承帝意?"

國を建てる人曰く、「匈奴敬せず、辭言順わず、部衆に仗り、時々寇盜を爲し、邊境を撓亂し、中國を擾動し、屢々不義を行い、我らに狡猾なり、これに於て如何せん」と。答えて曰く、「臣聞く、強國は智を以て戰い、王者は義を以て戰い、帝者は德を以て戰う。ゆえに湯網を祝して漢陰歸降し、舜干羽を舞して南蠻服從す。今漢帝は中國なり、當に厚德を以て四夷を懷服すべく、明義を擧げて廣博遠方に顯示せば、卽ち舟車の到る所、人力の及ぶ所、當に畜養と爲すべきならざるなく、また誰か敢えて紛然として帝意を承受せざらん」と。

臣為陛下建三表,設五餌,以此與單于爭其民,則下匈奴猶振槁也。夫無道之人,何宜敢捍此其久,陛下肯幸用臣之計,臣且以事勢諭天子之言,使匈奴大眾之信陛下也,為通言耳,必行而弗易。夢中許人,覺且不背其信,陛下已諾,若日出之灼灼。故聞君一言,雖有微遠,其志不疑,仇讎之人,其心不殆,若此則信諭矣,所圖莫不行矣。一表。臣又且以事勢諭陛下之愛,令匈奴之自視也,苟胡面而戎狀者,其自以為見愛於天子也,猶弱子之慈母也,若此則愛諭矣。一表。臣又且諭陛下之好,令胡人之自視也,苟其技之所長與其所工,一可以當天子之意,若此則好諭矣。一表。愛人之狀,好人之技,人道,信為大操,帝義也。愛好有實,已諾可期,十死一生,彼必將至,此謂三表。

臣陛下のため三表を建立し、五餌を設置し、これを以て單于と其の民を爭奪せば、卽ち匈奴をして下らしむるは枯葉を振落とすがごとし。無道の人、何ぞ敢えてかくのごとく長久抗拒せん、陛下幸いに臣の計を用いるを肯ぜば、臣將に事勢を以て天子の言を曉諭し、匈奴大衆をして陛下を信じらしめ、是れ言語を溝通するのみ、必ず實行して改易せず。夢中人に答應すれども、醒めてなお信に背かず、陛下已に承諾せば、日の出るがごとく灼灼なり。ゆえに君の一言を聞くに、たとい微遠なるも、志向懷疑せず、仇敵の人も、心危殆せず、かくのごときにして信曉諭す、圖謀する所實行せざるなし。是れ一表なり。臣また將に事勢を以て陛下の愛を曉諭し、匈奴をして自ら己を看らしめ、凡そ胡人の臉戎人の狀貌の者は、自ら天子に愛せらると以爲し、弱子の慈母に於けるがごとく、かくのごときにして愛曉諭す。是れ一表なり。臣また將に陛下の喜好を曉諭し、胡人をして自ら己を看らしめ、凡そ技藝の擅長する所と工巧する所とは、一概に天子の意に合する可し、かくのごときにして好曉諭す。是れ一表なり。人の狀貌を愛し、人の技藝を喜好するは、是れ人道、信は大操持、是れ帝義なり。愛好實際有り、已に承諾期待する可し、十死一生、彼ら必ず將に到來せん、これを三表と謂う。

凡賞於國者,此不可以均。賞均則國窾,而賞薄不足以動人。故善賞者踔之,駁轢之,從而時厚之,令視之足見也,誦之足語也,乃可傾一國之心。陛下幸聽臣之計,則臣有餘財。匈奴之來者,家長已上,固必衣繡,家少者必衣文錦,將為銀車五乘,大雕畫之,駕四馬,載綠蓋,從數騎,御驂乘。且雖單于之出入也,不輕都此矣。令匈奴降者,時時得此而賜之耳。一國聞之者見之者,希心而相告,人人冀幸,以為吾至亦可以得此,將以壞其目。一餌。匈奴之使至者,若大降者也,大眾之所聚也,上必有所召賜食焉。飯物故四五盛,美胾膹炙,肉具醯醢。方數尺於前,令一人坐此,胡人欲觀者,固百數在旁,得賜者之喜也,且笑且飯,味皆所嗜而所未嘗得也。令來者時時得此而饗之耳,一國聞之者見之者,垂涎而相告,人悇憛其所自,以吾至亦將得此,將以此壞其口。一餌。降者之傑也,若使者至也,上必使人有所召客焉。令得召其知識,胡人之慾觀者勿禁。令婦人傅白墨黑,繡衣而侍其堂者二三十人,或薄或揜,為其胡戲,以相飯。上使樂府幸假之但樂,吹簫鼓鼗,倒挈面者更進,舞者蹈者時作。少閒擊鼓,舞其偶人昔時乃為戎樂攜手胥強上客之,後婦人先後扶侍之者固十餘人,使降者時或得此而樂之耳。一國聞之者見之者,希盱相告,人人忣忣,唯恐其後來至也,將以此壞其耳。一餌。凡降者,陛下之所召幸,若所以約致也,陛下必時有所富,必令此有高堂邃宇,善廚處,大囷京,廄有編馬,庫有陣車,奴婢諸嬰兒畜生具,令此時大具,召胡客,饗胡使,上幸令官助之,具假之樂。令此其居處樂虞囷京之畜,皆過其故。王慮出其單于,或時時賜此而為家耳。匈奴一國傾心而冀,人人忣忣,唯恐其後來至也,將以此壞其腹。一餌。於來降者,上必時時而有所召幸拊循,而後得入官。

凡そ國に於て賞賜するは、これ平均する可からず。賞賜平均せば國卽ち空し、而して賞薄ければ足りて人を打動せず。ゆえに善く賞する者は騰踔して給し、駁雜碾過し、從りて時々加厚し、見る者をして足りて見る得、誦說する者をして足りて說く得せしめ、才めて一國の心を傾動する可し。陛下幸いに臣の計を聽くを肯ぜば、臣卽ち餘財有り。匈奴來る者は、家長以上、必ず繡を穿ち、家裏年少の者は必ず文錦を穿ち、將に銀車五乘を準備し、大いに雕畫し、四馬を駕り、綠蓋を載せ、幾騎に從い、驂乘有らしむ。たとい單于出入するも、能く軽易に皆かくのごとくせず。匈奴の降りて來る者をして、時々これを得て彼に賜うのみ。一國の聞く所見る所は、希心して相告げ、人人僥倖を希望し、我れ到れば亦これを得る可しと以爲し、將にこれを以て彼らの眼を壞らん。是れ一餌なり。匈奴の使者の到來するは、大降の人のごとく、大衆の聚集する所は、上必ず召賜飲食有らしむ。飯物故意に四五盤し、美切肉羹炙、肉具醯醢す。方几尺前に擺して、一人をしてここに坐せしめ、胡人の看たらんと欲するは、固より百數旁に在り、賜を得る者喜悅し、邊笑い邊食し、味道皆嗜好する所にして曾て得ざる所なり。來る者をして時々これを得て饗用せしむるのみ、一國の聞く所見る所は、垂涎して相告げ、人人其の從出する所を企羨し、我れ到れば將にこれを得んと以爲し、將にこれを以て彼らの口を壞らん。是れ一餌なり。來降の豪傑は、使者の到來するがごとく、上必ず人を遣りて召客する所有らしむ。彼をして其の相識を召すを得せしめ、胡人の看たらんと欲するを禁止する勿れ。婦人をして傅白畫黑し、繡衣を穿ちて堂上に侍する二三十人、或は薄く或は掩い、それらの胡戲を爲り、來りて相伴して飯を食せしむ。上樂府をして幸いに但樂を借給せしめ、簫を吹き鼗を鼓し、倒挈面の更番進前し、舞者蹈者時々作す。稍々隔たりて鼓を擊ち、それらの偶人を舞わし、往時纔かに戎樂を爲り、手を携えて相强いて上客を勸め、後面の婦人先後扶侍する固より十多人、來降の者をして時々或はこれを得て樂しましむるのみ。一國の聞く所見る所は、希盱相告げ、人人急切にして、只自ら來るの晚きを怕る、將にこれを以て彼らの耳を壞らん。是れ一餌なり。凡是れ來降の者は、陛下の召幸する所、以て要約招致するに用いるがごとく、陛下必ず時々富厚する所有り、必ずここに高堂深宇有らしめ、好厨處、大糧倉、廐に編馬有り、庫に陣車有り、奴婢諸嬰兒畜生齊備し、ここの時大いに具備せしめ、胡客を召し、胡使を饗し、上幸いに官をして幫助せしめ、具備して倂せて樂を借給せしむ。ここの居居處の樂虞倉廩の蓄をして、皆其の故國を超過せしむ。王想う其の單于を超出せんと欲し、或は時々これを賜りて家を成さしむるのみ。匈奴一國傾心して企望し、人人急切にして、只自ら來るの晚きを怕る、將にこれを以て彼らの腹を壞らん。是れ一餌なり。來降の者に對しては、上必ず時々召幸撫循する所有り、然る後官に入るを得しむ。

夫胡大人難親也,若上於胡嬰兒及貴人子好可愛者,上必召幸大數十人,為此繡衣好閒,且出則從,居則更侍。上即饗胡人也,大觳抵也,客胡使也,力士武士固近侍傍,胡嬰兒得近侍側,胡貴人更進得佐酒前,上乃幸自御此薄,使付酒錢,時人偶之。為閒則出繡衣具帶服賓餘,時以賜之。上即幸拊胡嬰兒,搗遒之,戲弄之,乃授炙,幸自啖之,出好衣閒,且自為贛之。上起胡嬰兒,或前或後。胡貴人既得奉酒,出則服衣佩綬,貴人而立於前,令數人得此而居耳。一國聞者見者,希盱而欲,人人忣忣,惟恐其後來至也。將以此壞其心。一餌。故牽其耳,牽其目,牽其口,牽其腹,四者已牽,又引其心,安得不來下胡抑抎也。此謂五餌。

胡の大人は親近し難し、若し上胡の嬰兒及び貴人子の好看可愛なるに對せば、上必ず召幸して大抵幾十人、此のため繡衣好閑を爲り、將に外出せば卽ち跟從し、居處せば卽ち更番侍候す。上一旦胡人を饗せば、大角抵し、胡使の客を爲り、力士武士固より近侍旁に在り、胡嬰兒近侍側に在るを得、胡貴人更番進前して酒前に佐助するを得、上才めて幸いに親らこれらの薄物を御用して、酒錢を付け、時々人と伴を爲る。空閑に卽ち繡衣を拿出し具備帶服賓客餘りのを、時々以て賜給す。上一旦幸いに胡嬰兒を撫し、擣遒戲弄し、才めて炙を授け、幸いに自ら彼に啖へ、好衣閑を拿出し、且つ自ら彼に給す。上起こりて胡嬰兒、或は前或は後。胡貴人已に酒を奉るを得、出でて卽ち衣服を着て綬を佩び、貴人として前に立ち、幾人をしてこれを得て居らしむるのみ。一國の聞く所見る所は、希盱して欲し、人人急切にして、只自ら來るの晚きを怕る。將にこれを以て彼らの心を壞らん。是れ一餌なり。故に其の耳を牽き、其の目を牽き、其の口を牽き、其の腹を牽き、四者已に牽住せば、また其の心を牽引す、胡人何ぞ下りて傾覆せざる能わん。是れを五餌と謂う。

若夫大變之應,大約以權決塞因宜而行,不可豫形,尊翁主,重相室,多其長吏,眾門大夫皆謀士也,必足之財,且用吾人,且用其尊,觀其限,窺其謀,中外符節,適(糹冓)拘也。夫或人且安得久悍若此?故三表已諭,五餌既明,則匈奴之中乖而相疑矣。使單于寢不聊寐,食不甘口,揮劍挾弓,而蹲穹廬之隅,左視右視,以為盡仇也。彼其群臣,雖欲毋走,若虎在後,眾欲無來,恐或軒之,此謂勢然。其貴人之見單于,猶迕虎狼也,其南面而歸漢也,猶弱子之慕慈母也。其眾之見將吏,猶噩迕仇讎也,南鄉而欲走漢,猶水流下也。將使單于無臣之使,無民之守,夫惡得不繫頸頓顙請歸陛下之義哉?此謂戰德。

大變の應對に至りては、大約權を以て堵塞を決開し宜に因りて行い、豫め成形する可からず、翁主を尊崇し、相室を看重し、長吏を增多し、衆門大夫皆謀士、必ず財を充足し、既に我らの人を用い、また彼の尊を用い、彼の限度を觀察し、彼の謀劃を窺探す、中外符節、恰好糾合拘繫(底本文字殘缺)。其の人將に何ぞ長久强悍かくのごとくならんや?故に三表已に曉諭し、五餌已に明白なれば、匈奴の中卽ち乖離して互いに懷疑す。單于をして寐を安んぜず、食口を甘からず、劍を揮い弓を挾み、穹廬の角落に蹲りて、左看右看し、以爲皆仇なり。其の群臣は、たとい走らざらんと欲するも、虎の後に在るがごとし、衆人來らんと欲するも、人彼を軒擧せんを怕る、これを勢かくのごとくせしむと謂う。其の貴人單于を見るは、還りて虎狼に遇うがごとし、彼面南して漢に歸るは、還りて弱子の慈母を慕うがごとし。其の部衆將吏を見るは、還りて仇敵に驚遇するがごとし、南に向かい漢に跑向せんと欲するは、還りて水の下に流るるがごとし。將に單于をして臣役使する可きなく、民守る可きなからしめ、何、何ぞ頸を繫ぎ頭を叩きて陛下の義に歸向を請わざる能わん?これを戰德と謂う。

彼匈奴見略,且引眾而遠去,連此有數。夫關市者固匈奴所犯滑而深求也,願上遣使厚與之和,以不得已,許之大市。使者反,因於要險之所多為鑿開,眾而延之,關吏卒使足以自守。大每一關,屠沽者。賣飯食者。美臛炙膹者,每物各一二百人,則胡人著於長城下矣。是王將強北之必攻其王矣。以匈奴之飢,飯羹啖膹炙,(口軍)多飲酒,此則亡竭可立待也。賜大而愈飢,多財而愈困,漢者所希心而慕也,則匈奴貴人以其千人至者,顯其二三,以其萬人至者,顯其十餘人。夫顯榮者,招民之機也。故遠期五歲,近期三年之內,匈奴亡矣。此謂德勝。

其の匈奴略取せられんとすれば、將に衆を引きて遠去らんとし、連續かくのごとく定數有り。關市本來匈奴の冒犯狡猾して深求する所なり、願わくは上使者を派遣し厚く彼と和し、以て不得已有り、大市を允許せん。使者返回し、因りて要險の處に多く關口を開鑿し、衆人延納し、關吏卒足りて自守せしめん。大抵每一關、屠沽の、飯食を賣る、美臛炙膹を爲る、每物各々一二百人、胡人卽ち長城の下に附著す。然らば王將强盛北方にして必ず彼らの王を進攻せん。匈奴の飢に以て、飯を食い羹を啖い膹炙を喫し、大量酒を飲み(底本「口軍」缺字)、これ卽ち滅亡枯竭立ちどころに至るを待つ可し。賜大きくして越飢しく、財多くして越困る、漢は希心仰慕する所なり、卽ち匈奴貴人一千人を帶びて來る者は、其の中の兩三人を顯揚し、一萬人を帶びて來る者は、其の中の十多人を顯揚す。顯榮は、是れ民を招くの機關なり。ゆえに遠期五年、近期三年の内、匈奴滅亡す。是れを德勝と謂う。

或曰:"建三表,明五餌,盛資翁主,禽敵國而後止,費至多也,惡得財用而足之?"對曰:"請無敢費御府銖金尺帛,然而臣有餘資。"問曰:"何以?"對曰:"國有二族,方亂天下,甚於匈奴之為邊患也。使上下踳逆,天下窾貧,盜賊罪人蓄積無已,此二族為祟也。上去二族,弗使亂國,天下治富矣。臣賜二族,使祟匈奴,過足言者。"

或る者曰く、「三表を建立し、五餌を彰明し、翁主を盛資し、敵國を擒にして然る後停止す、費極めて多し、何處か財用を得て充足せん」と。答えて曰く、「請う敢えて御府の一銖金一尺帛を耗費せず、然るに臣餘りの資有り」と。問うて曰く、「何を以てか」と。答えて曰く、「國に二族有り、正に天下を亂り、匈奴の邊患を爲すより甚だし。上下をして顚倒せしめ、天下をして空貧せしめ、盜賊罪人蓄積して停止なきは、是れ二族の作祟なり。上二族を去り、國を亂らしめざれば、天下卽ち治富す。臣二族に賜給し、彼らをして匈奴に作祟せしむれば、説くに超過充足せん」と。

或曰:"天子下臨,人民悹之。"曰:"苟或非天子民,尚豈天子也。詩曰:'普天之下,莫非王土。率土之濱,莫非王臣。’王者天子也,苟舟車之所至,人跡之所及,雖蠻夷戎狄,孰非天子之所哉?而慉渠頗率天子之民,以不聽天子,則慉渠大罪也。今天子自為懷其民,天子之理也,豈下臨人之民哉?

或る者曰く、「天子下臨すれば、人民憂懼す」と。曰く、「若し或は天子の民にあらざれば、還りて何處か天子ならん。『詩經・小雅・北山』曰く、『溥天の下、王の土にあらざるなし。土の濱に率い、王の臣にあらざるなし』。王者卽ち天子、凡そ舟車の到る所、人跡の及ぶ所、たとい蠻夷戎狄といえども、誰か天子の擁有する所にあらざらん?而して慉渠頗天子の民を率い、以て天子を聽かざれば、卽ち慉渠の大罪なり。今天子自ら其の民を懷來するは、是れ天子の理、豈他人の民に下臨するか」と。

勢卑

勢卑

匈奴侵甚侮甚,遇天子至不敬也,為天下患至無已也。以漢而歲致金絮繒彩,是入貢職於蠻夷也,顧為戎人諸侯也,勢既卑辱,而禍且不息,長此何窮?陛下胡忍以帝皇之號,特居此?

匈奴侵擾する甚だ侮辱し、天子に對待する極めて敬せず、天下の患を爲す極めて停止なし。漢を以て年年金絮繒彩を致送すは、是れ蠻夷に入貢職し、反つて戎人の諸侯と爲る、形勢已に卑辱にして、而して禍なお停息せず、長く此にて何處か盡頭ならん?陛下何ぞ忍びて帝皇の名號を以て、偏偏ここに處らん?

臣竊料匈奴之眾,不過漢一千石大縣。以天下之大,而困於一縣之小,甚竊為執事羞之。陛下有意,胡不使臣一試理此?夫胡人於古小諸侯之所銍權而服也,奚宜敢悍若此?以臣為屬國之官,以主匈奴,因幸行臣之計,半歲之內,休屠飯失其口矣。少假之閒,休屠繫頸以草,膝行頓顙,請歸陛下之義,唯上財幸,而後復罷屬國之官。臣賜歸伏田廬,不復洿末廷,則忠臣之志快矣。今不獦猛獸而獦田彘,不搏反寇而搏蓄菟。所獦得毋小,所搏得毋不急乎?玩細虞,不圖大患,非所以為安。

臣竊に匈奴の部衆を估料するに、漢の一個千石大縣を超過せず。天下の大を以て、一縣の小に困る、甚だ竊に執事のため恥とす。陛下意有れば、何ぞ臣をして試みに一度治理せしめざるや?胡人は古に於て小諸侯の銍壓して制服する所なり、何ぞ敢えてかくのごとく强悍せん?臣をして屬國の官を爲らしめ、以て匈奴を主管し、因りて幸いに臣の計を行えば、半年の内、休屠飯を食えば卽ち其の口を失わん。稍々時を給せば、休屠草を以て頸を繫ぎ、膝行し頭を叩き、陛下の義に歸向を請う、只上の裁奪幸許に在り、然る後屬國の官を罷めん。臣賜歸田廬に伏し、末廷を再び玷污せず、忠臣の志向卽ち痛快なり。今猛獸を獵せずして田猪を獵し、反寇を搏せずして畜兔を搏す。獵して得る所豈太小さからざらんや、搏して得る所豈太不急迫ならざるか?細小の娛樂を玩して、大患を圖らざるは、以て安を求むるに用いるにあらず。

淮難

淮難

竊恐陛下接王淮南王子,曾不與如臣者孰計之也。淮南王之悖逆亡道,陛下為頓顙謝罪皇太后之前,淮南王曾不誚讓,敷留之罪無加身者。舍人橫制等室之門,追而赦之,吏曾不得捕。主人於天子國橫行,不辜而無譴,乃賜美人,多載黃金而歸。侯邑之在其國者,畢徙之佗所。陛下於淮南王,不可謂薄矣。然而淮南王,天子之法咫蹂促而弗用也,皇帝之令,咫批傾而不行,天下孰不知?天子選功臣有職者以為之相吏,王僅不踏蹴而逐耳,無不稱病而走者,天下孰弗知?日接持怨言,以誹謗陛下之為,皇太后之饋賜,逆拒而不受,天子使者奉詔而弗得見,僵臥以發詔書,天下孰不知?聚罪人奇狡少年,通棧奇之徒啟章之等,而謀為東帝,天下孰弗知?淮南王罪已明,陛下赦其死罪,解之金道,以為之神,其人自病死,陛下何負天下大指?孰能以王之死為不當?陛下無負也。

竊に怕る陛下淮南王の子を繼ぎて王に封ぜん、竟に臣のごとき人と熟計せず。淮南王悖逆無道、陛下彼のため頭を叩きて皇太后に謝罪す、淮南王竟に誚讓せられず、敷留の罪其の身に加えられず。舍人制約等室の門に橫行し、追いて赦免し、官吏竟に捕捉する能わず。主人天子の國に橫行し、無辜にして譴責なく、竟に美人を賜い、多く黃金を載せて歸る。侯邑他國に在るは、全部別別處に遷す。陛下淮南王に對し、薄と謂う可からず。然るに淮南王は、天子の法を咫尺踐踏して用いず、皇帝の令を咫尺批傾して行わず、天下誰か知らざらん?天子功臣職有るを選びて其の相吏を爲さしむるも、王僅かに踐踏驅逐せざるのみ、病を稱して走らざるなし、天下誰か知らざらん?日日怨言を接持して、以て陛下の作爲を誹謗し、皇太后の饋賜を逆拒して接受せず、天子の使者詔を奉じて得見する能わず、僵臥して以て詔書を拆す、天下誰か知らざらん?罪人奇狡少年を聚集し、栈奇の徒啓章の類に交通し、而して東帝を爲さんと謀劃す、天下誰か知らざらん?淮南王罪已に明白、陛下其の死罪を赦免し、彼を金道に送り、以て神異と爲す、其の人自ら病死す、陛下何の虧負か天下大旨有らん?誰か能く以爲す王の死正當ならずと?陛下虧負なし。

如是,咫淮南王,罪人之身也,淮南子,罪人之子也,奉尊罪人之子,適足以負謗於天下耳,無解細於前事。且世人不以肉為心則已,若以肉為心,人之心可知也。今淮南子,少壯聞父辱狀,是立咫泣洽衿,臥咫泣交項,腸至腰肘,如繆維耳,豈能須臾忘哉?是而不如是,非人也。陛下制天下之命,而淮南王至如此極,其子舍陛下而更安所歸其怨爾。特曰勢未便,事未發,含亂而不敢言,若誠其心,豈能忘陛下哉!白公勝所為父報仇者,報大父與諸伯父叔父也,令尹子西司馬子綦皆親群父也,無不盡傷。昔者白公之為亂也,非欲取國代王也,為發憤快志爾。故挾匕首以沖仇人之匈,固為要俱靡而已耳,固非冀生也。

かくのごときは、卽ち淮南王は、是れ罪人の身、淮南の子は、是れ罪人の子、罪人の子を奉尊するは、恰恰足りて天下に謗議を背負うのみ、以前の細事を解開する能わず。況んや世人肉を以て心と爲さざれば便罷、若し肉を以て心と爲せば、人の心知る可し。今淮南の子は、少壯父の辱を受くる情狀を聞き、立てば卽ち淚衣衿を濕し、臥せば卽ち淚頸項に交わり、腸腰肘に至り、糾結する繩のごとくのみ、何ぞ片刻忘れる能わん?是のごとくにして是のごとくならざれば、卽ち人にあらず。陛下天下の命を控制し、而して淮南王此の極點に至り、其の子陛下を舍てて更に何處に向かいて其の怨を歸せん。只勢未だ便ならず、事未だ發せず、亂を含みて敢えて說かずと曰うのみ、若し誠に其の心ならば、何ぞ陛下を忘れる能わん!白公勝父のため報仇する所以は、是れ祖父と諸位の伯父叔父に報復す、令尹子西・司馬子綦は皆親群父なり、皆傷を受けざるなし。從前白公亂を作す、國を取りて王に代わらんと欲するにあらず、是れ發憤快志のためのみ。故に匕首を挾みて仇人の胸に向かうは、固より要約共に糜爛するのみ、固より活を希望するにあらず。

今淮南土雖小,黥布嘗用之矣,漢存特幸耳。夫擅仇人足以危漢之資,於策安便?雖割而為四,四子一心也。豫讓為智伯報趙襄子,五起而不取者,無他,資力少也。子胥之報楚也,有吳之眾也:白公成亂也,有白公之眾也:闔閭富故,然使專諸刺吳王僚:燕太子丹富故,然使荊軻殺秦王政。今陛下將尊不億之人,與之眾積之財,此非有白公。子胥之報於廣都之中者,即疑有專諸。荊軻起兩柱之閒,其策安便哉?此所謂假賊兵。為虎翼者,願陛下少留意計之。

今淮南土地小と雖も、黥布曾て之を用いたり、漢の存する能きは只僥倖のみ。擅自足りて漢を危害するの資を仇人に給するは、計策上何の便利か?たとい四份に割成するも、四子一條心なり。豫讓智伯のため趙襄子に報復し、五回起こるも成功せず、別なく、資力少なきなり。子胥楚に報復するは、呉の部衆有り;白公亂を成就するは、白公の部衆有り;闔閭富の故にして、能く專諸をして呉王僚を刺せしむ;燕太子丹富の故にして、能く荆軻をして秦王政を殺せしむ。今陛下將に不測の人を尊崇し、彼に部衆を給して財を積聚せん、是れ白公・子胥の廣都の中に於て報復する有るにあらざれば、卽ち疑い專諸・荆軻の兩柱の間より起こる有らん、其の計策何の便利か?卽ちこれ所謂賊に兵器を借與し、虎のため翼を添う、願わくは陛下稍々謀劃を留意せんことを。

無蓄

無蓄

禹有十年之蓄,故免九年之水:湯有十年之積,故勝七歲之旱。夫蓄積者,天下之大命也。苟粟多而財有餘,何向而不濟?以攻則取,以守則固,以戰則勝,懷柔附遠,何招而不至?

禹十年の蓄積有りて、ゆえに九年の水を免れ;湯十年の積蓄有りて、ゆえに七年の旱に勝つ。蓄積は、是れ天下の大命なり。若し粟多くして財有餘ならば、何處に向かうも成功せざらんや?以て攻めれば卽ち取得し、以て守れば卽ち牢固に、以て戰えば卽ち勝利し、柔かに遠きを懷し附けば、誰か招きて至らざらん?

管子曰:"倉廩實,知禮節:衣食足,知榮辱。"民非足也,而可治之者,自古及今,未之嘗聞。古人曰:"一夫不耕,或為之飢:一婦不織,或為之寒。"生之有時,而用之無節,則物力必屈。古之為天下者至悉也,故其蓄積足恃。今背本而以末食者甚眾,是天下之大殘也:從生之害者甚盛,是天下之大賊也:汰流淫佚侈靡之俗日以長,是天下之大祟也。殘賊公行,莫之或止,大命泛敗,莫之振救。生之者甚少,而靡之者甚眾,天下之勢,何以不危?漢之為漢幾四十歲矣,公私之積,猶可哀痛也。故失時不雨,民且狼顧矣。歲惡不入,請賣爵鬻子,既或聞耳矣。安有為天下阽危若此,而上不驚者!

管子曰く、「倉廩充實すれば、禮節を知る;衣食充足すれば、榮辱を知る」と。民充足せずして、治理する可きは、古より今に至るまで、未だ曾て聞かず。古人曰く、「一個の男人耕さざれば、卽ち人因りて飢ゆる者有り;一個の婦人織らざれば、卽ち人因りて寒なる者有り」と。生産時節有りて、使用節制なければ、物力必ず竭盡す。古天下を治理する人極めて周悉にして、ゆえに蓄積足りて倚仗す。今本に背離して末を以て食う者甚だ多し、是れ天下の大殘;民生を傷害するに從う甚だ盛ん、是れ天下の大賊;汰流淫佚侈靡の俗日々に增長す、是れ天下の大祟。殘賊公然流行し、止住する人なく、大命覆敗し、振救する人なし。生産する者甚だ少なく、靡費する者甚だ多し、天下の形勢、何を以て危ならざらん?漢漢と爲りて幾ど四十年、公私の積蓄、還りて哀痛す可し。ゆえに時節を錯りて雨降らざれば、民將に狼顧せん。年成惡く收入なければ、爵を賣り子を賣るを請う、已に或は耳に傳わる。何處にか天下を治理して傾危かくのごとく、而して上驚慌せざる者有らん!

世之有饑荒,天下之常也,禹湯被之矣。即不幸有方二三千里之旱,國何以相恤?卒然邊境有急,數十百萬之眾,國何以饋之矣?兵旱相乘,天下大屈,勇力者聚徒而橫擊,罷夫羸老,易子孫而?其骨,政法未畢通也,遠方之疑者並舉而爭起矣。為人上者,乃試而圖之,豈將有及乎?可以為富安天下,而直以為此廩廩也,竊為陛下惜之。

世上飢饉有るは、是れ天下の常事、禹湯遭受せり。一旦不幸方圓兩三千里の旱有れば、國何を以て互いに體恤せん?突然邊境に急有り、幾十百萬の部衆、國何を以て彼らを饋餉せん?兵旱相乘じ、天下大いに竭盡し、勇力の人徒衆を聚集し橫撃し、疲夫羸老は、子孫を交換して其の骨を賣り(底本此處に缺字あり)、政法未だ完全に通達せず、遠方疑惑の者一齊に起こりて爭奪す。人上を爲る者、始めて試みに謀劃するも、何ぞ將に趕上に及ばん?本來以て天下を富安する可きに、却つて逕直かくのごとき廪廪危懼を弄す、竊に陛下のため惋惜す。

鑄錢

鑄錢

法使天下公得顧租鑄錢,敢雜以鉛鐵為他巧者,其罪黥,然鑄錢之情,非殽鈆鐵及石雜銅也,不可得贏,而殽之甚微,其利甚厚,名曰顧租公鑄法也,而實皆黥罪也。有法若此,上將何賴焉?

法令天下をして公然租に按じて錢を鑄るを得らしめ、敢えて鉛鐵を摻雜し其他巧僞を爲すは、罪は黥なり、然るに錢を鑄るの實情は、鉛鐵及び石雜銅を摻雜せざれば、卽ち贏利を得る能わず、而して摻雜甚だ少なければ、利甚だ厚し、名義上は租に按じて公鑄の法、而して實は皆黥罪なり。法かくのごとき有れば、上將に何を依賴せん?

夫事有召禍,而法有起奸。今令細民操造幣之勢,各隱屏其家而鑄作,因欲禁其厚利微奸,雖黥罪日報,其勢不止,為民設阱,孰積於是?曩禁鑄錢,死罪積下:今公鑄錢,黥罪積下,雖少異乎,末具也。民方陷溺,上且弗救乎?

事に禍を召來する有り、法に奸を興起する有り。今細民をして造幣の勢を操持せしめ、各々家に隱屏して鑄作し、因りて其の厚利微奸を禁止せんと欲するも、たとい黥罪日々に上報するも、其の勢止む能わず、民のため陷阱を設く、誰かこれより積累する更深き?從前錢を鑄るを禁止せば、死罪下に積み;今公然錢を鑄れば、黥罪下に積む、たとい稍々不同有るも、具體辦法なし。民正に陷溺す、上將に救わざらんや?

且世民用錢,縣異而郡不同。或用輕錢,百加若干。或用重錢,平稱不受。法錢不立,吏急而一之乎?則大煩苛而民弗任,且力不能而勢不可施。縱而弗苛乎?則郡縣異而市肆不同,小大異用,錢文大亂。夫苟非其術,則何向而可哉?

況んや世民錢を用うるに、縣同じからずして郡同じからず。或は輕錢を用い、一百若干を加う。或は重錢を用い、平稱接受せず。法錢確立せざれば、官吏急ぎて統一せんと欲すか?卽ち大いに煩苛にして民勝任する能わず、且つ力能わずして勢施行する可からず。放縱して苛ならざるか?郡縣卽ち同じからずして市肆同じからず、小大用いる同じからず、錢文大いに亂る。若し其の方法にあらざれば、卽ち何處に向かうも可ならんや?

夫農事不為,而採銅日蕃,釋其耒耨,冶鎔爐炭,奸錢日繁,正錢日亡,善人怵而為奸邪,願民陷而之刑僇,黥罪繁積,吏民且日鬥矣。將甚不祥,柰何而忽?國知患此,吏議必曰:"禁之。"禁之不得其術,其傷必大,何以圉之?令禁鑄錢,錢必還重,四錢之粟,必還二錢耳。重則盜鑄錢如雲而起,則棄市之罪,又不足以禁矣。奸不勝而法禁數潰,銅使之然也。

農事爲さずして、銅を採る者日々に蕃多し、耒耨を放下し、冶熔爐炭に就き、奸錢日々に繁多し、正錢日々に亡失し、善人誘引せられて奸邪を爲り、愿民陷りて刑戮に至り、黥罪繁積し、吏民將に日々に爭鬥せん。將に甚だ不祥ならん、何ぞ忽視せん?國此を憂患するを知れば、吏議必ず曰く、「禁止」と。禁止其の術を得ざれば、傷害必ず大なり、何を以て防禦せん?令を下して錢を鑄るを禁止せば、錢必ずまた重を變じ、四錢の粟、必ず二錢に回歸するのみ。重ければ卽ち盜錢を鑄る者雲のごとく起こり、棄市の罪、また足らずして禁止せず。奸勝つ能わずして法禁屢々潰敗す、是れ銅彼をして然らしむればなり。

卷第五

卷第五

傅職

傅職

或稱春秋,而為之聳善而抑惡,以革勸其心。教之禮,使知上下之則:或為之稱詩而廣道顯德,以馴明其志:教之樂,以疏其穢而填其浮氣:教之語,使明於上世,而知先王之務明德於民也:教之故志,使知廢興者而戒懼焉:教之任術,使能紀萬官之職任,而知治化之儀:教之訓典,使知族類疏戚,而隱比馴焉。此所謂學太子以聖人之德者也。

或は『春秋』を稱說して、彼のため善を褒め惡を抑え、以て其の心を變革勸勉す。彼に禮を教え、彼をして上下の法則を知らめ或は彼のため『詩』を稱說して大道を廣し德を顯揚し、以て其の志を馴化光明せしめ;彼に樂を教え、以て穢を疏通して浮氣を鎭定せしめ;彼に語を教え、上世を明白にして、先王務めて明德を民に施すを知らしめ;彼に故志を教え、廢興を知りて戒懼せしめ;彼に任術を教え、萬官の職任を紀理する能くして、治化の儀則を知らしめ;彼に訓典を教え、族類親疏を知りて、隱然として親比馴服せしめ。卽ちこれ聖人の德を以て太子を學ばしむるなり。

或明惠施以道之忠,明長復以道之信,明度量以道之義,明等級以道之禮,明恭儉以道之孝,明敬戒以道之事,明慈愛以道之仁,明僩雅以道之文,明除害以道之武,明精直以道之罰,明正德以道之賞,明齋肅以道之教,此所謂教太子也。

或は惠施を彰明して以て忠を引導し、長復を彰明して以て信を引導し、度量を彰明して以て義を引導し、等級を彰明して以て禮を引導し、恭儉を彰明して以て孝を引導し、敬戒を彰明して以て事を引導し、慈愛を彰明して以て仁を引導し、閑雅を彰明して以て文を引導し、除害を彰明して以て武を引導し、精直を彰明して以て罰を引導し、正德を彰明して以て賞を引導し、齋肅を彰明して以て教を引導す、卽ちこれ太子を教うるなり。

左右前後,莫非賢人以輔相之,摠威儀以先後之,攝體貌以左右之,制義行以宣翼之,章恭敬以監行之,勤勞以勸之,孝順以內之,敦篤以固之,忠信以發之,德言以揚之,此所謂順者也,此傅人之道也,非賢者不能行。

左右前後、賢人にあらざるなく彼を輔相し、威儀を總持して以て彼を先後し、體貌を攝持して以て彼を左右し、義行を制約して以て翼護を宣揚し、恭敬を彰明して以て實行を監視し、勤勞を以て勸勉し、孝順を以て納入し、敦篤を以て鞏固し、忠信を以て發明し、德言を以て顯揚す、卽ちこれ所謂順、是れ人を傅くるの道、賢者にあらざれば實行する能わず。

天子不諭於先聖人之德,不知君國畜民之道,不見禮義之正,不察應事之理,不博古之典傳,不僩於威儀之數,詩書禮樂無經,天子學業之不法,凡此其屬太師之任也,古者齊太公職之。

天子先聖人の德を曉諭せず、君國畜民の道を知らず、禮義の正を見ず、應事の理を省察せず、博く古の典傳を通ぜず、威儀の數を嫻習せず、『詩』『書』『禮』『樂』經常なし、天子學業法度に合わず、凡そこれらは太師の職任に屬す、古は齊太公職掌せり。

天子不恩於親戚,不惠於庶民,無禮於大臣,不忠於刑獄,無經於百官,不哀於喪,不敬於祭,不誡於戎事,不信於諸侯,不誠於賞罰,不厚於德,不強於行,賜予侈於左右近臣,?授於疏遠卑賤,不能懲忿忘欲,大行大禮大義大道,不從太師之教,凡此其屬太傅之任也,古者魯周公職之。

天子親戚に恩せず、庶民に惠せず、大臣に禮なし、刑獄に忠ならず、百官に經常なし、喪に哀せず、祭に敬せず、戎事に誡めず、諸侯に信ならず、賞罰に誠ならず、德に厚からず、行に強からず、賜與左右近臣に侈濫し、疎遠卑賤に授給して當を得ず(底本此處に缺字あり)、忿を懲らし欲を忘るる能わず、大行大禮大義大道、太師の教に聽從せず、凡そこれらは太傅の職任に屬す、古は魯周公職掌せり。

天子處位不端,受業不敬,教誨諷誦詩書禮樂之不經不法不古,言語不序,音聲不中律,將學趨讓進退即席不以禮,登降揖讓無容,視瞻俯仰周旋無節,妄咳唾數顧趨行,色不比順,隱琴肆瑟,凡此其屬太保之任也,古者燕召公職之。

天子位に處りて端正せず、業を受くる敬せず、教誨諷誦『詩』『書』『禮』『樂』經常ならず法度に合わず古に合わず、言語次序なく、音聲律に合わず、將に趨讓進退即席禮に按らずを學ばんとし、登降揖讓容儀なく、視瞻俯仰周旋節なく、妄りに咳唾し屢々回顧快走し、臉色順に比せず、琴を隱し瑟を肆う、凡そこれらは太保の職任に屬す、古は燕召公職掌せり。

天子燕闢廢其學,左右之習詭其師。荅遠方諸侯,遇貴大人,不知大雅之辭:荅左右近臣,不知已諾之適,簡問小誦之不博不習,凡此其屬少師之任也,古者史佚職之。

天子燕辟其の學を廢棄し、左右の習氣其の師を詭變す。遠方の諸侯に應答し、貴大人に對待するに、大雅の辭を知らず;左右近臣に應答するに、已諾の適の適當を知らず、簡問小誦博からず習わず、凡そこれらは少師の職任に屬す、古は史佚職掌せり。

天子居處出入不以禮,衣服冠帶不以制,御器在側不以度,雜彩從美不以章,忿怒說喜不以義,賦與?讓不以節,小行小禮小義小道,不從少師之教:凡此其屬少傅之任也。

天子居處出入禮に按らず、衣服冠帶制度に按らず、御器側に在りて法度に按らず、雜彩從美章に按らず、忿怒喜悅義に按らず、賦與奪讓節に按らず(底本此處に缺字あり)、小行小禮小義小道、少師の教に聽從せず、凡そこれらは少傅の職任に屬す。

天子居處燕私安所易,樂而湛,夜漏屏人而數,飲酒而醉,食肉而飽,飽而強食,飢而惏,而暍,寒而懦,寢而莫宥,坐而莫侍,行而莫先莫後。帝自為開戶,自取玩好,自執器皿,亟顧還面,而器御之不舉不臧,折毀喪傷,凡此其屬少保之任也。

天子居處燕私簡易に安んじ、樂しみて沉溺し、夜漏人を屏退して屢々し、酒を飲みて醉い、肉を食いて飽き、飽きて強いて食い、飢えて貪り、熱して暍し、寒して懦れ、寢して護佑する人なく、坐して侍候する人なく、行して先後する人なし。帝自ら門を開き、自ら玩好を取り、自ら器皿を拿り、屢々回顧轉面し、而して器御擧げず藏めず、折毁喪傷す、凡そこれらは少保の職任に屬す。

干鏚戈羽之舞,管鑰琴瑟之會,號呼歌謠,聲音不中律,燕樂雅訟逆樂序,凡此其屬,詔工之任也。

干戚戈羽の舞、管鑰琴瑟の會合、號呼歌謠、聲音律に合わず、燕樂雅頌樂序に違背す、凡そこれらは詔工の職任に屬す。

不知日月之不時節,不知先王之諱與國之大忌,不知風雨雷電之眚,凡此其屬太史之任也。

日月を知らず時節に按らず、先王の諱と國の大忌を知らず、風雨雷電の災眚を知らず、凡そこれらは太史の職任に屬す。

保傅

保傅

殷為天子二十餘世,而周受之:周為天於三十餘世,而秦受之:秦為天子,二世而亡。人性非甚相遠也,何殷周之君有道之長,而秦無道之暴也,其故可知也。

殷天子を爲ること二十餘世にして、周之を受く;周天子を爲ること三十餘世にして、秦之を受く;秦天子を爲りて、二世にして滅亡す。人性は並びに相去ること甚だ遠からず、何の故に殷周の君は道有りて長久し、而して秦は道無くして暴亡するや、緣故知る可し。

古之王者,太子初生,固舉以禮,使士負之,有司齋肅端冕,見之南郊,見於天也。過闕則下,過廟則趨,孝子之道也。故自為赤子,而教固已行矣。昔者,周成王幼在襁褓之中,召公為太保,周公為太傅,太公為太師。保,保其身體:傅,傅之德義:師,道之教訓,三公之職也。於是為置三少,皆上大夫也。曰少保。少傅。少師,是與太子燕者也。故孩提有識,三公三少固明孝仁禮義以道習之,逐去邪人,不使見惡行。於是皆選天下之端士孝悌博聞有道術者,以衛翼之,使與太子居處出入。故太子初生而見正事,聞正言,行正道,左右前後皆正人也。習與正人居之不能無正也,猶生長於齊之不能不齊言也:習與不正人居之不能無不正也,猶生長於楚之不能不楚言也。故擇其所嗜,必先受業,乃得嘗之:擇其所樂,必先有習,乃得為之。孔子曰:"少成若天性,習貫如自然。"是殷周之所以長有道也。

古の王者、太子初生すれば、本來禮に按じて舉行し、士をして彼を背負わしめ、有司齋肅端冕して、南郊に於て彼を見る、是れ天に見ゆ。闕を過ぎれば卽ち車を下り、廟を過を過ぎれば卽ち小步快走す、是れ孝子の道なり。ゆえに赤子を爲るよりして、教本來已に實行せり。從前、周成王幼少襁褓の中に在りしに、召公太保を爲し、周公太傅を爲し、太公太師を爲す。保は、是れ其の身を保養するなり;傅は、是れ彼に德義を傅うるなり;師は、是れ教訓を以て引導するなり、是れ三公の職なり。於是彼のため三少を設置す、皆上大夫なり。之を少保・少傅・少師と謂い、是れ太子と燕處するなり。ゆえに孩提識有れば、三公三少本來孝仁禮義を彰明して以て引導習練し、邪人を逐去して、惡行を見せしめず。於是皆天下の端士孝悌博聞道術有るを選びて、以て彼を衛翼し、太子と居處出入せしむ。ゆえに太子初生して卽ち正事を見、正言を聞き、正道を實行し、左右前後皆正人なり。正人と居處するを習えば卽ち正ならざる能わず、譬えば齊に生長すれば齊の言を爲さざる能わざるがごとし。

及太子少長,知好色,則入於學,學者所學之官也。《學禮》曰:"帝入東學,上親而貴仁,則親疏有序,而恩相及矣。帝入南學,上齒而貴信,則長幼有差,而民不誣矣。帝入西學,上賢而貴德,則聖智在位,而功不遺矣。帝入北學,上貴而尊爵,則貴賤有等,而下不踰矣。帝入太學,承師問道,退習而考於太傅,太傅罰其不則,而匡其不及,則德智長而治道得矣。"此五學者,既成於上,則百姓黎民化輯於下矣。學成治就,是殷周所以長有道也。

太子稍長くして、色を好むを知るに及びて、卽ち學に入る、學は學する所の官署なり。『學禮』に曰く、「帝東學に入りて、親を尙びて仁を貴ぶ、親疎卽ち次序有りて、恩卽ち相及ぶ。帝南學に入りて、年齒を尙びて信を貴ぶ、長幼卽ち差等有りて、民卽ち欺誣せず。帝西學に入りて、賢を尙びて德を貴ぶ、聖智卽ち位に在りて、功卽ち遺漏せず。帝北學に入りて、貴を尙びて爵を尊敬す、貴賤卽ち等有りて、下卽ち僭越せず。帝太學に入りて、師を承けて道を問い、退きて習練して太傅に考えらる、太傅其の法則に合わざるを罰し、其の足らざるを匡正す、德智卽ち增長して治道卽ち得らる」と。此の五學は、已に上に於て成就し、百姓黎民卽ち下に於て化輯す。學成り治就く、是れ殷周の長久道有る所以の緣故なり。

及太子既冠成人,免於保傅之嚴,則有司直之史,有虧膳之宰。天子有過,史必書之。史之義,不得書過則死,而宰收其膳。宰之義,不得收膳則死。於是有進善之旌,有誹謗之木,有敢諫之鼓。瞽史誦詩,工誦箴諫,大夫進謀,士傳民語。習與智長,故切而不愧,化與心成,故中道若性,是殷周之所以長有道也。

太子已に冠を加え成人し、保傅の嚴を免れるに及びて、卽ち司直の史有り、減膳の宰有り。天子過錯有れば、史必ず書寫す。史の義は、過錯を書寫する能わざれば卽ち死す、而して宰其の膳を收む。宰の義は、膳を收む能わざれば卽ち死す。於是進善の旌有り、誹謗の木有り、敢諫の鼓有り。瞽史詩を誦し、樂工箴諫を誦し、大夫謀を進め、士民語を傳う。智と共に長ずるを習えば、ゆえに切直にして愧せず、心と共に成るを化せば、ゆえに中道性のごとし、是れ殷周の長久道有る所以の緣故なり。

三代之禮,天子春朝朝日,秋暮夕月,所以明有敬也。春秋入學,坐國老執醬而親饋之,所以明有孝也。行以鸞和,步中採薺,趨中肆夏,所以明有度也。其於禽獸也,見其生,不忍其死,聞其聲,不嘗其肉,故遠庖廚,所以長恩且明有仁也。食以禮,徹以樂,失度則史書之,工誦之,三公進而讀之,宰夫減其膳,是天子不得為非也。明堂之位曰:篤仁而好學,多聞而道順。天子疑則問,應而不窮者謂之道。道者,道天子以道者也。常立於前,是周公也。誠立而敢斷,輔善而相義者謂之輔。輔者,輔天子之意者也。常立於左,是太公也。潔廉而切直,匡過而諫邪者謂之拂。拂者,拂天子之過者也。常立於右,是召公也。博聞強記,捷給而善對者謂之承。承者,承天子之遺忘者也。常立於後,是史佚也。故成王中立聽朝,則四聖維之。是以慮無失計,而舉無過事,殷周之所以長久者,其輔翼太子有此具也。

三代の禮、天子春の朝日を朝し、秋の晚月を夕す、是れを以て敬有るを彰明す。春秋學に入り、國老を坐さしめて醬を執りて親ら饋食す、是れを以て孝有るを彰明す。行走鸞和を用い、步采薺に合い、趨肆夏に合す、是れを以て度有るを彰明す。禽獸に對して、其の活くるを見て、其の死するを忍びず、其の聲を聞きて、其の肉を嘗めず、ゆえに庖廚を遠ざく、是れを以て恩を增長し且つ仁有るを彰明す。禮に按じて飯を食い、樂に按じて膳を撤す、度を失えば史卽ち書寫し、樂工誦讀し、三公進みて讀し、宰夫其の膳を減ず、かくのごとく天子非を爲す能わず。明堂之位に曰く、仁を篤うして學を好み、聞くこと多くして道順なりと。天子疑惑あれば卽ち問う、應對して窮まらざるを道と謂う。道は、是れ道を以て天子を引導するなり。常に前に立つは、是れ周公なり。誠立ちて敢えて決斷し、善を輔けて義を相けるを輔と謂う。輔は、是れ天子の意を輔うるなり。常に左に立つは、是れ太公なり。潔廉にして切直、過を匡し邪を諫むるを拂と謂う。拂は、是れ天子の過錯を拂去するなり。常に右に立つは、是れ召公なり。

及秦而不然,其俗固非貴辭讓也,所上者告訐也:固非貴禮義也,所上者刑罰也。使趙高傅胡亥而教之獄,所習者非斬劓人,則夷人之三族也。故今日即位,明日射人。忠諫者謂之誹謗,深為之計者謂之妖言。其視殺人若艾草菅然,豈胡亥之性惡哉?其所以習道之者,非理故也。

秦に至りては卽ちかくのごとくならず、其の俗本來辭讓を貴ばず、尙びする所は告訐なり;本來禮義を貴ばず、尙びする所は刑罰なり。趙高をして胡亥に傅かしめて彼に獄訟を教えしむ、習う所は斬劓人を爲るにあらざれば、卽ち人の三族を夷するなり。ゆえに今日位に即き、明日人を射る。忠諫するを誹謗と謂い、深く彼のため謀劃するを妖言と謂う。彼人を殺すを視ること草菅を割くがごとし、豈胡亥の性惡ならんや?習練彼を引導する所以は、理ならざるの緣故なり。

鄙諺曰:"不習為史,而視已事。"又曰:"前車覆而後車戒。"夫殷周之所以長久者,其已事可知也,然而不能從,是不法聖智也。秦之亟絕者,其軌跡可見也,然而不避,是後車又覆也。夫存亡之反,治亂之機,其要在是矣。天下之命,縣於太子。太子之善,在於蚤諭教與選左右。心未濫而先諭教,則化易成也。夫開於道術,知義之指,則教之功也。若其服習積貫,則左右而已矣。夫胡越之人,生而同聲,嗜慾不異,及其長而成俗也,累數譯而不能相通,行有雖死而不相為者,則教習然也。臣故曰:"選左右蚤諭教最急。"夫教得而左右正,則太子正矣,太子正而天下定矣。書曰:"一人有慶,兆民賴之。"此時務也。

俗諺に曰く、「史を爲るを習わずして、已に發生せし事を看よ」と。また曰く、「前の車覆れば後の車警戒す」と。殷周の長久の所以は、已に發生せし事知る可し、然るも從う能わざるは、是れ聖智を效法せざるなり。秦急遽に絕滅す、軌跡見る可し、然るも躲避せざるは、是れ後の車また覆るなり。存亡の反覆、治亂の機樞、要領卽ちここに在り。天下の命は、太子に懸挂す。太子の善は、早く曉諭教導と左右を選擇とに在り。心未だ濫れざるに先だち曉諭教導すれば、化卽ち容易に成就す。道術に開啓し、義の意旨を知るは、是れ教の功效なり。服習積貫に至りては、只左右に在るのみ。胡越の人は、生まれて聲音同じく、嗜欲異なることなし、長大して俗を成すに及びて、幾度か翻譯を經るも相通ずる能わず、行爲たとい死すとも互相爲さざる有るは、是れ教習かくのごとくせしむればなり。臣の曰う所以、「左右を選擇し早く曉諭教導する最も急なり」と。教當を得て左右正しければ、太子卽ち正しく、太子正しくして天下卽ち定まる。

連語

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紂,聖天子之後也,有天下而宜然,苟背道棄義,釋敬慎而行驕肆,則天下之人,其離之若崩,其背之也,不約而若期。夫為人主者,誠奈何而不慎哉!紂將與武王戰,紂陳其卒,左臆右臆,鼓之不進,皆還其刃,顧以鄉紂也。紂走還於寢廟之上,身鬥而死,左右弗肯助也。紂之官衛,輿紂之軀,棄之玉門之外。民之觀者,皆進蹴之,蹈其腹,蹶其腎,踐其肺,履其肝,周武王乃使人帷而守之,民之觀者,攐帷而入,提石之者,猶未肯止,可悲也!夫埶為民主,直與民為仇,殃忿若此!夫民尚踐盤其軀,而況有其民政教乎!臣竊聞之曰:"善不可謂小而無益,不善不可謂小而無傷。"夫牛之為胎也,細若鼷鼠。紂損天下,自象箸始。故小惡大惡,一類也。過敗雖小,皆己之罪也。周諺曰:"前車覆而後車戒。"今前車已覆矣,而後車不知戒,不可不察也。

紂は、是れ聖天子の後代、天下有りて當にかくのごとくあるべし、若し道に背き義を棄て、敬慎を放下して驕肆を實行せば、天下の人、彼を離るること山崩のごとく、彼を背棄して、約せずして日期を約定せるがごとし。人主を爲るは、實に何ぞ謹慎せざる能わんや!紂將に武王と戰わんとし、紂士卒を陳列し、左臆右臆、鼓を擊ちて前進せず、皆刃を掉轉し、反つて紂に向かう。紂跑りて寢廟の上に歸り、自ら格鬪して死す、左右肯んじて助けず。紂の官衛、車を以て紂の軀體を載せ、玉門の外に拋棄す。觀看の民、皆上前して踩踏し、其の腹を蹈み、其の腎を蹶り、其の肺を踐み、其の肝を履む、周武王才めて人を遣りて帷を張りて守らしむ、觀看の民、帷を揭げて入り、石を投ぐる、還りて肯んじて停止せず、悲しむ可きかな!勢民主を爲りて、逕直民と仇を爲す、殃忿かくのごとし!民なお其の軀體を踐踏す、況んや其の民政教有るをや!臣竊に聞く、「善は小と説く可からずして益處なし、不善は小と説く可からずして傷害なし」と。牛胎を爲りて、細かきこと鼷のごとし。

梁嘗有疑獄,半以為當罪,半以為不當。梁王曰:"陶朱之叟,以布衣而富侔國,是必有奇智。"乃召朱公而問之曰:"梁有疑獄,吏半以為當罪,半以為不當,雖寡人亦疑焉,吾決是奈何?"朱公曰:"臣鄙人也,不知當獄。然臣家有二白璧,其色相如也,其徑相如也,其澤相如也,然其價也,一者千金,一者五百金。"王曰:"徑與色澤皆相如也,一者千金,一者五百金,何也?"朱公曰:"側而視之,其一者厚倍之,是以千金。"王曰:"善。"故獄疑則從去,賞疑則從予,梁國說。以臣誼竊觀之,牆薄咫亟壞,繒薄咫亟裂,器薄咫亟毀,酒薄咫亟酸。夫薄而可以曠日持久者,殆未有也。故有國畜民施政教者,臣竊以為厚之而可耳。

梁曾て疑獄有り、一半以爲當罪、一半以爲當ならず。梁王曰く、「陶朱の老人は、布衣を以て富國に相等し、必ず奇智有らん」と。於是朱公を召して問うて曰く、「梁疑獄有り、吏一半以爲當罪、一半以爲當ならず、たとい寡人も疑惑す、我れ此を決斷する如何せん」と。朱公曰く、「臣は是れ鄙人、當に如何に獄を判ずべきかを知らず。然るに臣家に兩塊の白璧有り、顏色相同じく、直徑相同じく、光澤相同じく、然るに價錢は、一塊千金、一塊五百金なり」と。王曰く、「直徑と色澤と皆相同じくして、一塊千金、一塊五百金とは、何の故ぞ」と。朱公曰く、「側りて看れば、其の中一塊一倍厚し、ゆえに千金なり」と。王曰く、「善し」と。ゆえに獄疑有れば卽ち輕きに從りて去り、賞疑有れば卽ち厚きに從りて給す、梁國喜悅す。臣誼竊に觀察するに按じて、墻薄ければ卽ち急壞し、繒薄ければ卽ち急裂し、器薄ければ卽ち急毀し、酒薄ければ卽ち急酸す。薄くして曠日持久する可きは、大概未だ曾てあらず。ゆえに國有りて民を畜し政教を施行するは、臣竊に以爲加厚すれば卽ち可なりと。

抑臣又竊聞之曰:"有上主者,有中主者,有下主者。上主者,可引而上,不可引而下:下主者,可以引而下,不可引而上:中主者,可引而上,可引而下。"故上主者,堯舜是也。夏禹契后稷,與之為善則行:鯀讙兜,欲引而為惡則誅。故可與為善,而不可與為惡。下主者,桀紂是也。推侈惡來,進與為惡則行,比干龍逢,欲引而為善,則誅。故可與為惡,而不可與為善。所謂中主者,齊桓公是也。得管仲隰朋,則九合諸侯:豎貂子牙,則餓死胡宮,蟲流而不得葬。故材性乃上主也,賢人必合,而不肖人必離,國家必治無可憂者也。若材性下主也,邪人必合,賢正必遠,坐而須亡耳,又不可勝憂矣。故其可憂者,唯中主爾。又似練絲,染之藍則青,染之緇則黑。得善佐則存,不得善佐則亡。此其不可不憂者耳。詩云:"芃芃棫樸,薪之槱之,濟濟闢王,左右趨之。"此言左右日以善趨也,故臣竊以為練左右急也。

君人の道は、仁義を以て己を制し、法制を以て人を制す、剛方圓を量りて長短を知る、法の能く治まる所以は、邪曲を端正する有ればなり。邪曲を端正して、法公ならざれば、法誅夷を爲し、人臣以下、罪を避くる能わず。法能く己を制するは、以て人を制すること治に至る、是故に先王自らを貴ばず。

輔佐

傳に曰く、「堯置く敢諫の鼓、舜立つ誹謗の木、湯司直の人有り、武王戒慎の鞀有り」と。欲して過錯を聞かんと欲するなり。

大相,上承大義而啟治道,總百官之要,以調天下之宜。正身行,廣教化,修禮樂,以美風俗,兼領而和一之,以合治安。故天下失宜,國家不治,則大相之任也。上執正職。

周成王曰く、「寡人聞く、聖王は器なきに由らずして、主なきに由らずして、道術に在りて能く萬方を制し、山に登りて動かざれば、車輿に乘りて勞せざれば、位に處りて安んじて、廟を裸祭して禮を袞行す」と。周公曰く、「『詩經』に曰く、『柔惠且つ直』、方今安くんば、萬邦と俱に休むべし』」と。

大拂,秉義立誠,以翼上志,直議正辭,以持上行,批天下之患,匡諸侯之過。令或鬱而不通,臣或盭而不義,大拂之任也。中執政職。

文王朝てきて毀したる故事有り、呼んで問うて曰く、「どうして」と。左右の吏皆曰く、「遠方の民、道路に富して君の富を羨む、之を爲し罪を問わざれ」と。文王曰く、「君の富は、是れ民の富なり。孰か親して之を斂むる、孰か臣子を爲りて斂むるや」と。

大輔,聞善則以獻,知善則以獻,明號令,正法則,頒度量,論賢良,次官職,以時巡循,使百吏敬率其業。故經義不衷,賢不肖失序,大輔之任也。下執事職。

衛懿公の時、臣民及び卿大夫多く輕く義を廢し、已に數百年なり。懿公好んで胡作亂を爲し、淫樂を好みて邊鄙を急ぐ。公羊が鶴を見て、之をに合わざれば、御者之を烹にして之を贈る。

道行,典知變化,以為規是非,明利害,掌僕及輿馬之度,羽旄旌旗之制,步驟徐疾之節,春夏秋冬用之倫色,居車之容,登降之禮。見規宜諭,見過則譋。故職不率義,則道行之任也。

君主の計は、時に観察して熟計すること大なり。聖人の小を貴ばざるは、豈敢えて小を貴ばざるや?是れ大に至る所なり。何を以てか?大は小より來る。古の帝王の心を牧むるは、戒めて日月至るを忽せず。

調誶,典博聞以掌駟乘,領時從,比賢能。天子出則為車右,坐立則為位承。聖帝之德,畜民之道,禮義之正,應事之理,則職以箴。刑獄之衷,賞罰之誠,已諾之信,百官之經,喪祭之共,戎事之誡,身行之強,則職以諗。遇大臣之敬,遇小臣之惠,坐立之端,言默之序,音聲之適,揖讓之容,俯仰之節,立事之色,則職以證。出入不從禮,衣服不從制,御器不以度,迎送非其章,忿說忘其義,取予失其節,安易而樂湛,則職以諫。故善不徹,過不聞,侍從不諫,則調誶之任也。

銜諺

典方,典容儀以掌諸侯遠方之君,譔之班爵列位軌伍之約,朝覲宗遇會同享聘貢職之數,辨其民人之眾寡,政之治亂,率意道順,僻淫犯禁之差第。天子巡狩,則先循於其方,故或有功德而弗舉,或有淫僻犯禁而不知,典方之任也。

『周易・泰』に曰く、「朋亡して、中行に半ぎて、尚ゆ」、行中に信を立て、願意を放棄して、大公を行うの意なり。

奉常,典天以掌宗廟社稷之祀,天神。地只。人鬼,凡山川四望國之諸祭,吉凶妖祥占相之事序,禮樂喪紀,國之禮儀,畢居其宜,以識宗室,觀民風俗,審詩商命,禁邪言,息淫聲,於四時之交,有事於南郊,以報祈天明。故歷天時不得,事鬼神不序,經禮儀人倫不正,奉常之任也。

『周易・謙』に曰く、「鬼神盈を害して謙を福す、人道盈を惡して謙を好む」、盈を忌む而して不足を貴ぶ、是れ正理なり。

祧師,典春以掌國之眾庶四民之序,以禮義倫理教訓人民。方春三月,緩施生遂,動作百物,是時有事於皇祖皇考。

『周易・坤』に曰く、「龍野に戰う、其の血玄黃」、陽氣初めて陰に入りて戰うなり。靜安の理は、敗亡自ら招くを知らざるなり。

問孝闕。

『周易・乾』に曰く、「雲從龍、風從虎、聖人作して萬物睹る」、同類相招きて、事物理の自然なり。

卷第六

銜諺

禮

世治まらざれば則ち身を修め、世治まれば則ち功を立つ、是故に君子の行は、善を爲さば即ち之を勸め、惡を爲さば即ち之を沮む、是也非を爲さば即ち之を議す、禮は天下の公有の物、法の君を得たる所以に在りて失はざるなり。天之正氣有りて淫邪を除き、君之正德有りて民を安んず、天之常道、此に由るなり。

昔周文王使太公望傅太子發。太子嗜鮑魚,而太公弗與,曰:"禮,鮑魚不登於俎,豈有非禮而可以養太子哉?"尋常之室,無奧剽之位,則父子不別:六尺之輿,無左右之義,則君臣不明。尋常之室,六尺之輿,處無禮即上下踳逆,父子悖亂,而況其大者乎!故道德仁義,非禮不成:教訓正俗,非禮不備:分爭辨訟,非禮不決:君臣上下父子兄弟,非禮不定:宦學事師,非禮不親:班朝治軍,蒞官行法,非禮威嚴不行:禱祠祭祀,供給鬼神,非禮不誠不莊。是以君子恭敬撙節退讓以明禮。

語曰く、「石と爲るに堅白を止むるなく、山と爲るに大而して惡つこと無し」と。居その國に於て其の君を惡つすることなかれ、明君の廷に於て、不可を諫めるは專恣なり。

禮者,所以固國家,定社稷,使君無失其民者也。主主臣臣,禮之正也:威德在君,禮之分也:尊卑大小強弱有位,禮之數也。禮,天子愛天下,諸侯愛境內,大夫愛官屬,士庶各愛其家。失愛不仁,過愛不義,故禮者所以守尊卑之經,強弱之稱者也。禮,天子適諸侯之宮,諸侯不敢自阼階,阼階者,主之階也。天子適諸侯,諸侯不敢有宮,不敢為主人禮也。君仁臣忠,父慈子孝,兄愛弟敬,夫和妻柔,姑慈婦聽,禮之至也。君仁則不厲,臣忠則不貳,父慈則教,子孝則協,兄愛則友,弟敬則順。夫和則義,妻柔則正,姑慈則從,婦聽則婉,禮之質也。

禮は、是れを以て國家を鞏固し、社稷を安定し、君をして其の民を失わしめざるなり。主主のごとく臣臣のごときは、是れ禮の正;威德君に在るは、是れ禮の分;尊卑大小強弱位有るは、是れ禮の數なり。禮は、天子天下を愛し、諸侯境內を愛し、大夫官屬を愛し、士庶各々其の家を愛す。愛を失うは不仁、愛を過ぐるは不義、ゆえに禮は是れを以て尊卑の經常、強弱の權衡を守住するなり。禮は、天子諸侯の宮に至るに、諸侯敢えて自ら阼階を走らず、阼階は、是れ主人の階なり。天子諸侯の所に至るに、諸侯敢えて宮有らず、敢えて主人を爲さず、是れ禮なり。君仁臣忠、父慈子孝、兄愛弟敬、夫和妻柔、姑慈婦聽、是れ禮の極致なり。君仁なれば卽ち嚴厲せず、臣忠なれば卽ち二心なく、父慈なれば卽ち教え、子孝なれば卽ち協和し、兄愛なれば卽ち友あり、弟敬なれば卽ち順なり。夫和なれば卽ち義、妻柔なれば卽ち正、姑慈なれば卽ち從い、婦聽なれば卽ち婉なり、是れ禮の實質なり。

禮者,臣下所以承其上也。故詩云:"一發五豝,吁嗟乎騶虞。"騶者,天子之囿也:虞者,囿之司獸者也。天子佐輿十乘,以明貴也:貳牲而食,以優飽也。虞人翼五豝以待一發,所以復中也。人臣於其所尊敬,不敢以節待,敬之至也。甚尊其主,敬慎其所掌職,而志厚盡矣。作此詩者,以其事深見良臣順上之志也。良臣順上之志者可謂義矣,故其嘆之也,長曰吁嗟乎。雖古之善為人臣者,亦若此而已。

禮は、是れ臣下の以て上を承受する所なり。ゆえに『詩經・召南・騶虞』に曰く、「一發五豝に中て、吁嗟乎騶虞」と。騶は、是れ天子の囿;虞は、是れ囿中獸を掌管するなり。天子佐輿十乘、是れを以て貴を彰明す;副牲して食す、是れを以て優厚飽足す。虞人翼護五頭の母豬して一發を待つ、是れを以て再中す。人臣尊敬する所に對して、敢えて節制を以て對待せず、是れ敬の極致なり。甚だ其の主を尊敬し、掌る所の職を敬慎す、志向厚く盡くす。此の詩を爲る者は、事を以て深く良臣の上に順從する志向を見る。良臣上に順從する志向義と謂う可し、ゆえに之を感嘆して、長聲に吁嗟乎と曰う。たとい古善く臣を爲るも、亦かくのごときのみ。

禮者,所以節義而沒不還。故饗飲之禮,先爵於卑賤,而後貴者始羞。殽膳下浹,而樂人始奏。觴不下遍,君不嘗羞。殽不下浹,上不舉樂。故禮者,所以恤下也。由余曰:"乾肉不腐,則左右親。苞苴時有,筐篚時至,則群臣附。官無蔚藏,醃陳時發,則戴其上。"詩曰:"投我以木瓜,報之以瓊琚,匪報也,永以為好也。"上少投之,則下以軀償矣,弗敢謂報,願長以為好。古之蓄其下者,其施報如此。

禮は、是れを以て義を節制して淹沒して還らざるなり。ゆえに饗飲の禮、先ず爵を以て卑賤に給し、然る後貴者始めて羞を進む。肴膳下遍し、樂人始めて演奏す。觴下遍せざれば、君羞を嘗めず。肴下遍せざれば、上樂を擧げず。ゆえに禮は、是れを以て下を體恤するなり。由餘曰く、「乾肉腐壞せざれば、左右卽ち親し。苞苴時々有り、筐篚時々到れば、群臣卽ち親附す。官蔚藏なく、腌陳時に按じて發放すれば、卽ち上を愛戴す」と。『詩經・衛風・木瓜』に曰く、「我に木瓜を投ず、瓊琚を以て回報す、回報にあらず、永く好を結ぶなり」と。上稍々投給すれば、下卽ち軀體を以て償還す、敢えて回報と謂わず、願わくは長久好を結ばん。古下屬を畜養するは、施報かくのごとし。

國無九年之蓄,謂之不足:無六年之蓄,謂之急:無三年之蓄,國非其國也。民三年耕,必餘一年之食,九年而餘三年之食,三十歲相通。而有十年之積,雖有兇旱水溢,民無饑饉。然後天子備味而食,日舉以樂。諸侯食珍,不失,鐘鼓之縣可使樂也。樂也者,上下同之。故禮,國有飢人,人主不飧:國有凍人,人主不裘。報囚之日,人主不舉樂。歲凶,谷不登,臺扉不塗,榭徹幹侯,馬不食谷,馳道不除,食減膳,饗祭有闕。故禮者自行之義,養民之道也。受計之禮,主所親拜者二:聞生民之數則拜之,聞登谷則拜之。詩曰:"君子樂胥,受天之祜。"胥者,相也:祜,大福也。夫憂民之憂者,民必憂其憂:樂民之樂者,民亦樂其樂。與士民若此者,受天之福矣。

國九年の蓄積なきは、之を不足と謂い;六年の蓄積なきは、之を急と謂い;三年の蓄積なきは、國其の國に似ず。民耕して三年、必ず餘一年の糧食有り、九年にして餘三年の糧食有り、三十年相通ず。而して十年の積蓄有れば、たとい凶旱水溢あれども、民飢饉なし。然る後天子味を備えて食し、日々に樂を擧ぐ。諸侯珍味を食して、失わず、鐘鼓の懸以て人をして樂しましむ可し。樂は、是れ上下共同なり。ゆえに禮、國饑人有れば、人主晚餐を食せず;國凍人有れば、人主裘を穿たず。囚を報ずるの日は、人主樂を擧げず。年成凶ければ、穀登らず、台扉塗らず、榭射侯を撤去し、馬穀を食せず、馳道修除せず、食膳を減じ、饗祭缺有り。ゆえに禮は自ら實行の義、民を養うの道なり。計を受くるの禮、主親ら拜する二項有り:生民の數を聞けば卽ち拜し、穀登るを聞けば卽ち拜す。『詩經・小雅・桑扈』に曰く、「君子樂胥、天の祜を受く」と。胥は、是れ相;祜は、是れ大福なり。憂民

禮,聖王之於禽獸也,見其生,不忍見其死,聞其聲,不嘗其肉,隱弗忍也。故遠庖廚,仁之至也。不合圍,不掩群,不射宿,不涸澤。豺不祭獸,不田獵:獺不祭魚,不設網罟:鷹隼不鷙,眭而不逮,不出穎羅:草木不零落,斧斤不入山林:昆蟲不蟄,不以火田:不麛不卵,不刳胎,不殀夭,魚肉不入廟門:鳥獸不成毫毛,不登庖廚。取之有時,用之有節,則物蕃多。湯曰:"昔蛛蝥作罟,不高順,不用命者,寧丁我網。"其憚害物也如是。詩曰:"王在靈囿,麀鹿攸伏,麀鹿濯濯,白鳥皜皜。王在靈沼,於仞魚躍。"言德至也。聖主所在,魚鱉禽獸猶得其所,況於人民乎!

禮、聖王禽獸に對して、其の活くるを見て、其の死するを見るに忍びず、其の聲を聞きて、其の肉を嘗めず、惻隱不忍なり。ゆえに庖廚を遠ざく、是れ仁の極致なり。圍を合わず、群を掩襲せず、宿鳥を射ず、水澤を枯竭せしめず。豺獸を祭らざれば、田獵せず;獺魚を祭らざれば、網罟を設けず;鷹隼鷲擊せず、視力及ばざれば、穎羅を設けず;草木零落せざれば、斧斤山林に進まず;昆蟲蟄せざれば、火田を用いず;幼鹿を取らず卵を取らず、胎を刳らず、幼小を夭折せず、魚肉廟門に進まず;鳥獸毫毛成らざれば、庖廚に登らず。取時節有り、用節制有れば、物卽ち蕃多す。湯曰く、「從前蛛蝥網を爲し、上に向かいて順わず、命を聽かざるは、寧ろ我が網に落ちん」と。彼物を傷害するを怕ることかくのごとし。『詩經・大雅・靈台』に曰く、「王靈囿に在り、母鹿安伏し、母鹿濯濯、白鳥皜皜。王靈沼に在り、於りん魚躍る」と。是れ德至るを説く。聖主の在る所、魚鱉禽獸なお其の所を得るを能くす、況んや人民をや!

故仁人行其禮,則天下安,而萬理得矣。逮至德渥澤洽,調和大暢,則天清澈地富熅,物時熟,民心不挾詐賊,氣脈淳化,攫齧搏擊之獸鮮,毒?猛虭之蟲密,毒山不蕃,草木少薄矣,鑠乎大仁之化也。

ゆえに仁人其の禮を實行すれば、天下卽ち安定し、萬理卽ち得らる。德渥澤洽り、調和大暢するに及びて、天卽ち清澈にして富蘊に就き、物時に按じて成熟し、民心詐賊を挾まず、氣脈淳化し、攫齧搏搏擊の獸少なく、毒螫猛虭の蟲密に(底本缺字)、毒山蕃茂せず、草木少薄す、鑠然是れ大仁の教化なり。

容經

容經

志有四興:朝廷之志,淵然清以嚴:祭祀之志,愉然思以和:軍旅之志,怫然慍然精以厲:喪紀之志,漻然愁然憂以湫。四志形中,四色發外,維如。

志四種の興起有り:朝廷の志は、淵然として清にして嚴;祭祀の志は、愉然として思にして和;軍旅の志は、怫然愠然として精にして厲;喪紀の志は、漻然愁然として憂にして湫。四種の志内に成形し、四種の色外に發出す、維繫かくのごとし。

志色之經

志色之經

容有四起:朝廷之容,師師然翼翼然整以敬:祭祀之容,遂遂然粥粥然敬以婉:軍旅之容,湢然肅然固以猛:喪紀之容,怮然懾然若不還。

容四種の興起有り:朝廷の容は、師師然翼翼然として整にして敬;祭祀の容は、遂遂然粥粥然として敬にして婉;軍旅の容は、湢然肅然として固にして猛;喪紀の容は、怮然懾然として還らざるがごとし。

容經

容經

視有四則:朝廷之視,端流平衡:祭祀之視,視如有將:軍旅之視,固植虎張:喪紀之視,下流垂綱。

視四種の法則有り:朝廷の視は、端流平衡;祭祀の視は、看ること將に奉る所有らんとするがごとし;軍旅の視は、牢固樹立して虎目を張るがごとし;喪紀の視は、下に向かい冠纓を垂らす。

視經

視經

言有四術:言敬以和,朝廷之言也:文言有序,祭祀之言也:屏氣折聲,軍旅之言也:言若不足,喪紀之言也。

言四種の方法有り:言語敬にして和なるは、是れ朝廷の言;文辭次序有るは、是れ祭祀の言;氣を屏住して聲を折抑するは、是れ軍旅の言;言語足らざるがごときは、是れ喪紀の言。

言經

言經

固頤正視,平肩正背,臂如抱鼓。足閒二寸,端面攝纓。端股整足,體不搖肘,曰經立:因以微磬曰共立:因以磬折曰肅立:因以垂佩曰卑立。

下巴を固定し端正に看て、肩を平らげ背を正しくし、手臂鼓を抱くがごとし。兩脚の間二寸、面容を端正して冠纓を攝住す。大腿を端正して脚を整齊し、身體肘を搖せず、之を經立と謂う;因りて微微磬折するを恭立と謂い;因りて磬折するを肅立と謂い;因りて佩を垂るるを卑立と謂う。

立容

立容

坐以經立之容,胻不差而足不跌,視平衡曰經坐,微俯視尊者之膝曰共坐,仰首視不出尋常之內曰肅坐,廢首低肘曰卑坐。

坐は經立の容を用い、小腿差わずして脚跌せず、平衡を看るを經坐と謂い、微かに俯して尊者の膝を看るを恭坐と謂い、首を仰ぎて尋常の內を出でざるを看るを肅坐と謂い、首を廢し肘を低くするを卑坐と謂う。

坐容

坐容

行以微磬之容,臂不搖掉,肩不下上,身似不則,從容而任。

行走微磬の容を用い、手臂搖掉せず、肩上下せず、身體側らざるがごとく、從容にして任す。

行容

行容

趨以微磬之容,飄然翼然,肩狀若流,足如射箭。

趨は微磬の容を用い、飄然翼然として、肩の形狀流るるがごとく、脚射箭のごとし。

趨容

趨容

旋以微磬之容,其始動也,穆如驚倏,其固復也,旄如濯絲。

旋轉微磬の容を用い、動き始め、穆然として驚倏のごとく、牢固回復して、旄然として絲を洗濯するがごとし。

跘旋之容

跘旋之容

跪以微磬之容,揄右而下,進左而起,手有抑揚,各尊其紀。

跪は微磬の容を用い、右を引きて下り、左を進めて起ち、手抑揚有り、各々紀を尊守す。

跪容

跪容

拜以磬折之容,吉事上左,凶事上右,隨前以舉,項衡以下,寧速無遲,背項之狀,如屋之丘。

拜は磬折の容を用い、吉事は左を上にし、凶事は右を上にし、前に隨い擧げ、項衡して下る、寧ろ快遲ならざれ、背項の形狀、屋丘のごとし。

拜容

拜容

拜而未起。。。。。。

拜して未だ起たず。(底本以下省略號を以て缺文を標出す)

伏容

伏容

坐乘以經坐之容,手撫式,視五旅,欲無顧,顧不過轂。小禮動,中禮式,大禮下。

坐乘經坐の容を用い、手軾を撫し、五旅を看て、回顧せざらんと欲す、回顧轂を過ぎず。小禮は動し、中禮は軾に憑り、大禮は車を下る。

坐車之容

坐車之容

立乘以經立之容,右持綏而左臂詘,存劍之緯,欲無顧,顧不過轂。小禮據,中禮式,大禮下。

立乘經立の容を用い、右手綏を持し左臂彎曲し、劍の緯を存し、回顧せざらんと欲す、回顧轂を過ぎず。小禮は據り、中禮は軾に憑り、大禮は車を下る。

立車之容

立車之容

禮,介者不拜,兵車不式,不顧,不言反,抑式以應,武容也。

禮、甲を披く者拜せず、兵車軾に憑らず、回顧せず、返回を説かず、軾に憑るを抑制して應答す、是れ武容なり。

兵車之容

兵車之容

若夫立而跂,坐而蹁,體怠懈,志驕傲,趮視數顧,容色不比,動靜不以度,妄咳唾疾言,嗟氣不順,皆禁也。

立ちて脚を踮り、坐りて腿を蹁し、身體怠懈して、志向驕傲し、躁視屢々回顧し、容色順に比せず、動靜法度に按らず、妄りに咳唾し說話急促し、嗟氣順ならざるは、皆禁止す。

古者,年九歲入就小學,蹍小節焉,業小道焉。束髮就大學,蹍大節焉,業大道焉。是以邪放非闢無因入之焉。諺曰:"君子重襲,小人無由入:正人十倍,邪辟無由來。"古之人其謹於所近乎!詩曰:"芃芃棫樸,薪之槱之,濟濟闢王,左右趨之。"此言左右日以善趨也。

古、年紀九歲にして小學に入り、小節を踐履し、小道に從業す。髮を束ねて大學に入り、大節を踐履し、大道に從業す。此に因りて邪放非僻入るに從なし。諺語に曰く、「君子重々護衛し、小人入るに從なし;正人十倍せば、邪僻來るに從なし」と。古人接近する所に對して甚だ謹慎せり!『詩經・大雅・棫朴』に曰く、「芃芃の棫朴、斫りて堆積焚燒し、濟濟の君王、左右趨赴す」と。是れ左右日々善を以て趨赴するを説く。

古者聖王,居有法則,動有文章,位執戒輔,鳴玉以行。鳴玉者,佩玉也,上有雙珩,下有雙璜,沖牙蠙珠,以納其閒,琚瑀以雜之。行以採薺,趨以肆夏,步中規,折中矩。登車則馬行而鸞鳴,鸞鳴而和應,聲曰和,和則敬。故詩曰:"和鸞噰噰,萬福攸同。"言動以紀度,則萬福之所聚也。故曰:明君在位可畏,施捨可愛,進退可度,周旋可則,容貌可觀,作事可法,德行可象,聲氣可樂,動作有文,言語有章,以承其上,以接其等,以臨其下,以畜其民。故為之上者,敬而信之,等者親而重之,下者畏而愛之,民者肅而樂之。是以上下和協,而士庶順壹,故能宗揖其國,以藩衛天子,而行義足法。夫有威而可畏謂之威,有儀而可象謂之文。富不可為量,多不可為數。故詩曰:"威儀棣棣,不可選也。"棣棣,富也:不可選,眾也。言接君臣上下,父子兄弟,內外大小品事之各有容志也。

古聖王は、居處法則有り、擧動文章有り、位執戒輔、玉を鳴らして行く。鳴玉は、是れ佩玉、上に雙珩有り、下に雙璜有り、衝牙蠙珠、中に納め、琚瑀以て間雜す。行走采薺に合い、趨肆夏に合い、步規に合い、折矩に合す。車に登れば卽ち馬行して鸞鳴し、鸞鳴して和應す、聲之を和と謂い、和なれば卽ち敬なり。ゆえに『詩經・小雅・蓼蕭』に曰く、「和鸞噰噰、萬福の同じき所」と。是れ擧動紀度に按れば、卽ち萬福の聚まる所を説く。ゆえに曰く、「明君位に在りて畏る可く、施舍愛す可く、進退法則と爲す可く、周旋準則と爲す可く、容貌觀る可く、作事效法す可く、德行取象す可く、聲氣樂しむ可く、動作文有り、言語章有り、以て上を承受し、同等を交接し、下を臨視し、其の民を畜養す」と。ゆえに上の人之を敬して信じ、同等之を親しんで重んじ、下の之を畏れて愛し、民肅くして之を樂しむ。此に因りて上下和協し、士庶順從專一し、ゆえに能く其の國を宗揖して、以て天子を藩衛し、而して義を行う足りて效法す。

子贛由其家來謁於孔子,孔子正顏舉杖,磬折而立,曰:"子之大親毋乃不寧乎?"放杖而立曰:"子之兄弟亦得無恙乎?"曳杖倍下而行,曰:"妻子家中得毋病乎?"故身之倨佝,手之高下,顏色聲氣,各有宜稱,所以明尊卑別疏戚也。

子貢其の家より孔子に謁見しに來る、孔子面容を端正して杖を擧げ、磬折して立ちて、曰く、「汝の大親安寧ならざるべからずや」と。杖を放下して立ちて曰く、「汝の兄弟亦恙なきべからずや」と。杖を拖りて下に靠着して走りて、曰く、「妻子家中病なきべからずや」と。ゆえに身體の倨佝、手の高下、顏色聲氣、各々適宜相稱有り、是れを以て尊卑を彰明し親疎を分別す。

子路見孔子之背磬折舉褎,曰:"唯由也見。"孔子聞之曰:"由也,何以遺忘也?"故過猶不及,有餘猶不足也。

子路孔子の背磬折して袖を擧ぐるを見て、曰く、「只由見るのみ」と。孔子之を聞きて曰く、「由や、何の故に遺忘するや」と。ゆえに過なお及ばず、餘有りて還りて足らざるがごとし。

語曰:"審乎明王,執中履衡。"言秉中適而據乎宜。故威勝德則淳,德勝威則施。威之與德,交若繆纆。且畏且懷,君道正矣。質勝文則野,文勝質則史,文質彬彬,然後君子。

俗語に曰く、「明王を審察し、中を執り衡を履む」と。是れ中適を秉持して適宜に依據するを説く。ゆえに威德に勝れば卽ち淳厚に、德威に勝れば卽ち施散す。威と德とは、相交わること繩を糾るがごとし。既に畏れ且つ懷けば、君道卽ち正し。質文に勝れば卽ち野に、文質に勝れば卽ち史に、文質彬彬として、然る後君子なり。

龍也者,人主之闢也。亢龍往而不返,故易曰"有悔。"悔者,兇也。潛龍入而不能出,故曰"勿用。"勿用者,不可也。龍之神也,其惟蜚龍乎!能與細細,能與巨巨,能與高高,能與下下。吾故曰:"龍變無常,能幽能章。"故至人者,在小不寶,在大不宨,狎而不能作,習而不能順,姚不惛,卒不妄,饒裕不贏,迫不自喪,明是審非,察中居宜,此之謂有威儀。

龍は、是れ人主の比方なり。亢龍往きて返らず、ゆえに『易』に曰く「悔有り」。悔は、是れ凶なり。潛龍入りて出づる能わず、ゆえに曰く「用いる勿れ」。勿用は、是れ不可なり。龍の神は、大概只飛龍のみ!能く細と共に細く、能く巨と共に巨く、能く高と共に高く、能く下と共に下す。我の曰う所以、「龍變化常規なく、能く幽に能く顯なり」と。ゆえに至人は、小に在りて小を以て寶と爲さず、大に在りて大を以て窕と爲さず、親狎して作する能わず、熟習して順う能わず、姚にして惛れず、猝にして妄らず、饒裕贏餘せず、迫促自喪せず、明は非を審し、中を察して宜に居る、是れを威儀有りと謂う。

古之為路輿也,蓋圜以象天,二十八橑以象列星,軫方以象地,三十輻以象月。故仰則觀天文,俯則察地理,前視則睹鸞和之聲,四時之運。此輿教之道也。

古路輿を爲りて、蓋圓にして以て天を象徵し、二十八根の橑以て列星を象徵し、軫方にして以て地を象徵し、三十輻以て月を象徵す。ゆえに仰げば卽ち天文を觀、俯せば卽ち地理を察し、前視すれば卽ち鸞和の聲を睹る、四時の運行なり。是れ輿教の道なり。

人主太淺則知闇,太博則業厭,二者異失同敗,其傷必至。故師傅之道,既美其施,又慎其齊,適疾徐,任多少,造而勿趣,稍而勿苦,省其所省,而堪其所堪,故力不勞而身大盛,此聖人之化也。

人主太淺ければ卽ち智暗し、太博ければ卽ち學業厭倦す、二者同じからざる失同じく敗れ、傷害必ず至る。ゆえに師傅の道は、既に其の施教を美し、また其の齊一を謹慎し、疾徐を調節し、多少を擔當し、造就して催促せず、漸進して苦しめず、其の省く所を省き、其の勝任する所を勝任す、ゆえに力勞せずして身大いに盛んなり、是れ聖人の教化なり。

春秋

春秋

楚惠王食寒葅而得蛭,因遂吞之,腹有疾而不能食。令尹入問曰:"王安得此疾?"王曰:"我食寒葅而得蛭,念譴之而不行其罪乎,是法廢而威不立也:譴而行其誅,則庖宰監食者法皆當死,心又弗忍也。故吾恐蛭之見也,遂吞之。"令尹避席再拜而賀曰:"臣聞'皇天無親,惟德是輔。’王有仁德,天之所奉也,病不為傷。"是昔也,惠王之後而蛭出,故其久病心腹之積皆愈。故天之視聽,不可謂不察。

楚惠王寒菹を食して蛭を得、因りて卽ち之を吞む、腹疾有りて食する能わず。令尹入りて問うて曰く、「王どうして此の病を得るや」と。王曰く、「我寒菹を食して蛭を得、譴責せんと欲して其の罪を施行せざれば、是れ法廢して威立たず;譴責して誅罰を施行せば、卽ち庖宰監食の法に按じて皆當に死すべし、心また忍びず。ゆえに我蛭の見らるるを怕れて、卽ち之を吞めり」と。令尹席を避け再拜して賀して曰く、「臣聞く『皇天親疎なく、只德有るを輔佐す』と。王仁德有り、是れ天の奉ずる所、病傷害と爲らざるべし」と。此の夜、惠王の後蛭出ず、ゆえに其の長久病む心腹の積皆愈ゆ。ゆえに天の視聽は、不察と謂う可からず。

衛懿公喜鶴,鶴有飾以文繡而乘軒者。賦斂繁多,而不顧其民,貴優而輕大臣。群臣或諫,則面叱之。及翟伐衛,寇挾城堞矣,衛君垂泣而拜其臣民曰:"寇迫矣,士民其勉之!"士民曰:"君亦使君之貴優,將君之愛鶴,以為君戰矣。我儕棄人也,安能守戰?"乃潰門而出走,翟寇遂入,衛君奔死,遂喪其國。故賢主者不以草木禽獸妨害人民,進忠正而遠邪偽,故民順附,而臣下為用。今釋人民而愛鳥獸,遠忠道而貴優笑,反甚矣。人主之為人主也,舉錯而不僨者,杖賢也,今背其所主,而棄其所杖,其僨僕也,不亦宜乎!語曰:"禍出者禍反,惡人者,人亦惡之。"管子曰:"不行其野,不違其馬。"此違其馬者也。

衛懿公鶴を好み、鶴文繡を以て裝飾して軒に乘る有り。賦斂繁多にして、而して其の民を顧みず、優を看重して大臣を看輕す。群臣進諫する有れば、卽ち當面叱罵す。翟衛を伐つに及びて、寇已に城堞を挾み、衛君垂泣して其の臣民に拜して曰く、「寇迫近す、士民努力せよ」と。士民曰く、「君亦君の貴優を役使し、君の愛鶴を統領して、來りて君のため戰え。我らは是れ拋棄せられし人、何ぞ守戰する能わん」と。於是門を潰れて出走す、翟寇卽ち進入し、衛君奔死し、終に其の國を喪失す。ゆえに賢主草木禽獸を以て人民を妨害せず、忠正を進用して邪僞を疎遠す、ゆえに民順從親附し、臣下用いらる。今人民を放下して鳥獸を愛し、忠道を疎遠して優笑を看重す、相反ること甚だし。人主人主を爲りて、擧措して仆倒せざるは、是れ賢に倚仗す、今主る所に背離して、倚仗する所を拋棄す、其の仆倒するは、亦應ならずや!俗語に曰く、「禍出去るは禍返回し、人を厭惡するは、人亦彼を厭惡す」と。管子曰く、「其の野を行走せず、其の馬に違背せず」と。是れ卽ち其の馬に違背す。

鄒穆公有令,食鳧鴈者必以秕,毋敢以粟。於是倉無秕而求易於民,二石粟而易一石秕。吏請曰:"以秕食鴈,為無費也。今求秕於民,二石粟而易一石秕,以秕食鴈,則費甚矣,請以粟食之。"公曰:"去!非而所知也。夫百姓煦牛而耕,曝背而耘,苦勤而不敢惰者,豈為鳥獸也哉?粟米,人之上食也,柰何其以養鳥也?且汝知小計而不知大計。周諺曰:'囊漏貯中。’而獨弗聞歟?夫君者,民之父母也。取倉之粟,移之與民,此非吾粟乎?鳥苟食鄒之秕,不害鄒之粟而已。粟之在倉,與其在民,於吾何擇?"鄒民聞之,皆知其私積之與公家為一體也。

鄒穆公令有り、鳧雁を餵うは必ず秕を用い、敢えて粟を用いず。於是倉秕なくして民に求換す、兩石の粟一石の秕を換う。吏請求して曰く、「秕を以て雁を餵うは、是れ耗費なきがためなり。今民に秕を求め、兩石の粟一石の秕を換う、秕を以て雁を餵えば、耗費卽ち甚だし、請う粟を以て餵わん」と。公曰く、「去れ!汝の知る所にあらず。百姓牛を煦りて耕し、背を曬りて耘し、苦勤して敢えて惰せず、豈鳥獸のためならんや?粟米は、是れ人の上食、何を以て鳥を養わん?況んや汝小計を知りて大計を知らず。周諺に曰く、『囊漏貯中』と。汝獨り聞かざるか?君は、是れ民の父母なり。倉の粟を取りて、民に移給す、是れ我が粟にあらずや?鳥若し鄒の秕を食えば、鄒の粟を傷害せざるのみ。粟倉に在ると、民に在ると、我に對して何の選擇か有らん」と。鄒民之を聞きて、皆其の私積と公家と一體なるを知る。

楚王欲淫,鄒君乃遺之技樂美女四人,穆公朝觀,而夕畢以妻死事之孤,故婦人年弗稱者弗蓄,節於身而弗眾也。王輿不衣皮帛,御馬不食禾菽。無淫僻之事,無驕熙之行。食不眾味,衣不雜採。自刻以廣民,親賢以定國,親民如子。鄒國之治,路不拾遺,臣下順從,若手之投心。是故以鄒子之細,魯衛不敢輕,齊楚不能脅。鄒穆公死,鄒之百姓,若失慈父,行哭三月。四境之鄰於鄒者,士民鄉方而道哭,抱手而憂行。酤家不讎其酒,屠者罷列而歸,傲童不謳歌,舂築者不相杵,婦女抉珠瑱,丈夫釋玦靬,琴瑟無音,期年而後始復。故愛出者愛反,福往者福來。易曰:"鳴鶴在陰,其子和之。"其此之謂乎!故曰:"天子有道,守在四夷:諸侯有道,守在四鄰。"

楚王淫逸せんと欲し、鄒君於是彼に技樂美女四人を送る、穆公朝觀看し、晚全部彼女らを死事者の孤兒に嫁がしむ、ゆえに婦人年歲相稱せざるを蓄養せず、身を節制して衆多せず。王輿皮帛を穿たず、御馬禾菽を食せず。淫僻の事なく、驕熙の行爲なし。食衆味せず、衣雜采せず。自ら刻苦して以て民を寬廣し、賢に親しんで以て國を安定し、民に親しむこと兒子のごとし。鄒國の治理、路遺を拾わず、臣下順從し、手心に投向するがごとし。此に因りて鄒子の細小を以て、魯衛敢えて輕視せず、齊楚脅迫する能わず。鄒穆公死す、鄒の百姓、慈父を失うがごとく、行哭三個月。四境鄒に鄰するは、士民其の一方に向かいて路上に哭し、手を抱き憂愁行走す。酤家酒を賣る能わず、屠者罷列して歸り、傲童謳歌せず、舂筑の相杵せず、婦女珠瑱を去掉し、丈夫玦靬を放下し、琴瑟聲音なく、一年を滿して然る後恢復す。ゆえに愛出去るは愛返回し、福往くは福來る。『易』に曰く、「鳴鶴陰に在り、其の子之に應和す」と。説くは卽ち此のなり!ゆえに曰く、「天子道有れば、四夷に守らん;諸侯道有れば、四鄰に守らん」と。

宋康王時,有爵生鸇於城之陬,使史占之曰:"小而生大,必伯於天下。"康王大喜,於是滅滕,伐諸侯,取淮北之城。乃愈自信,欲霸之亟成,故射天笞地,伐社稷而焚之,曰:"威服天地鬼神。"罵國老之諫者,為無頭之棺,以視有勇。剖傴者之背,斮朝涉之脛,國人大駭。齊王聞而伐之,民散,城不守,王乃逃於郳侯之館,遂得而死。故見祥而為不可,祥反為禍。

宋康王の時、雀有りて城角に鸇を生む、史をして占卜せしめて曰く、「小の大を生む、必ず天下に稱霸せん」と。康王大いに喜び、於是滕を滅し、諸侯を伐ち、淮北の城を取得す。於是益々自信し、霸業急速成就せんと欲し、ゆえに天を射て地を笞ち、社稷を伐ちて焚燒し、曰く、「天地鬼神を威服す」と。國老進諫するを罵り、無頭の棺を爲り、以て勇有るを顯示す。駝背の背を剖開し、朝涉水する人の脛を砍斷す、國人大いに駭す。齊王之を聞きて彼を伐つ、民散り、城守住する能わず、王於是郳侯の館に逃げ、終に捕えられて死す。ゆえに祥を見て而して爲す可からざるを爲せば、祥反つて禍と爲る。

晉文公出畋,前驅還白:"前有大蛇,高若堤,橫道而處。"文公曰:"還車而歸。"其御曰:"臣聞:'祥則迎之,妖則凌之。’今前有妖,請以從吾者攻之。"文公曰:"不可。吾聞之曰:'天子夢惡則修道,諸侯夢惡則修政,大夫夢惡則修官,庶人夢惡則修身,若是則禍不至。’今我有失行,而天招以妖我,我若攻之,是逆天命。"乃歸,齋宿而請於廟曰:"孤實不佞,不能尊道,吾罪一:執政不賢,左右不良,吾罪二:飭政不謹,民人不信,吾罪三:本務不修,以咎百姓,吾罪四:齋肅不莊,粢盛不潔,吾罪五。請興賢遂能,而章德行善,以導百姓,毋復前過。"乃退而修政。居三月,而夢天誅大蛇,曰:"爾何敢當明君之路。"文公覺,使人視之,蛇已魚爛矣。文公大說,信其道而行之不解,遂至於伯。故曰:"見妖而迎以德,妖反為福也。"

晉文公出でて田獵す、前驅歸りて報告す、「前に大蛇有り、高きこと堤のごとく、道上に横たわる」と。文公曰く、「車を掉掉轉して歸れ」と。其の御曰く、「臣聞く、『祥なれば卽ち迎接し、妖なれば卽ち凌越す』と。今前に妖有り、請う從う我が人を以て進攻せん」と。文公曰く、「可ならず。我聞く、『天子夢惡ければ卽ち道を修め、諸侯夢惡ければ卽ち政を修め、大夫夢惡ければ卽ち官を修め、庶人夢惡ければ卽ち身を修む、かくのごとければ禍到らず』と。今我失行有り、天妖を以て我に招呼す、我若し進攻せば、是れ天命に逆らうなり」と。於是歸りて、齋宿して廟に向かいて請うて曰く、「孤實に不才、道を尊ぶ能わず、是れ我が罪一;執政賢ならず、左右良ならず、是れ我が罪二;政を整飭する謹まず、民人信せず、是れ我が罪三;本務修まらず、咎を百姓に來たさしむ、是れ我が罪四;齋肅莊ならず、粢盛潔からず、是れ我が罪五。請う賢を興起し能を進用し、德を彰明し善を實行し、以て百姓を引導し、再び以前の過錯を犯すなからしめん」と。於是退きて政を修む。三個月を過ぎて、夢に天大蛇を誅すを見、曰く、「汝何ぞ敢えて明君の路を擋ぐや」と。文公醒めて、人を遣りて看しめれば、蛇已に魚のごとく爛れたり。文公大いに悅び、其の道を信じて實行して懈怠せず、終に稱霸に至る。ゆえに曰く、「妖を見て德を以て迎接せば、妖反つて福と爲る」と。

楚懷王心矜好高人,無道而欲有伯王之號。鑄金以象諸侯人君,令大國之王編而先馬,梁王御,宋王驂乘,周。召。畢。陳。滕。薛。衛。中山之君皆象使隨而趨。諸侯聞之,以為不宜,故興師而伐之。楚王見士民為用之不勸也,乃徵役萬人,且掘國人之墓。國人聞之,振動,晝旅而夜亂,齊人襲之,楚師乃潰。懷王逃,適秦,克尹殺之西河,為天下笑。此好矜不讓之罪也,不亦羞乎!

楚懷王心の中に驕矜して人より高出せんことを喜び、道無くして伯王の名號有らんと欲す。金を鑄て以て諸侯人君を象徵し、大國の王をして編列せしめて馬に先だち、梁王車を御し、宋王驂乘し、周・召・畢・陳・滕・薛・衛・中山の君皆使者を象徵して跟隨して趨す。諸侯之を聞きて、以爲當ならず、ゆえに師を興して彼を伐つ。楚王的士民の用いられて肯んじて勸勉せざるを見て、於是萬人を征役し、將に國人の墓を掘らんとす。國人之を聞きて、振動し、白日旅を成して夜亂れ、齊人襲擊し、楚師卽ち潰る。懷王逃走し、秦に至り、克尹西河に於て彼を殺し、天下に笑わる。是れ驕矜を好みて退讓せざるの罪、亦恥ならずや!

齊桓公之始伯也,翟人伐燕,桓公為燕北伐翟,乃至於孤竹,反而使燕君復召公之職。桓公歸,燕君送桓公入齊地百六十六里。桓公問於管仲曰:"禮,諸侯相送固出境乎?"管仲曰:"非天子不出境。"桓公曰:"然則燕君畏而失禮也。寡人恐後世之以寡人為存燕而欺之也。"乃下車,而令燕君還車,乃割燕君所至而與之,遂溝以為境而後去。諸侯聞桓公之義,口不言而心皆服矣。故九合諸侯,莫不樂聽,扶興天子,莫不勸從,誠退讓人,孰弗戴也。

齊桓公始めて稱霸し、翟人燕を伐つ、桓公燕のため北に翟を伐ち、於是孤竹に至り、返回して燕君をして召公の職を恢復せしむ。桓公歸り來る、燕君桓公を送りて齊地に入ること一百六十六里。桓公管仲に問うて曰く、「禮、諸侯相送るは本來境を出づるや」と。管仲曰く、「天子にあらざれば境を出でず」と。桓公曰く、「然らば燕君は是れ害怕して禮を失せり。寡人後世を怕れて以爲寡人是れ燕を存するため彼を欺くとせん」と。於是車を下り、燕君をして車を還らしめ、卽ち燕君の到る所の地を割きて彼に給し、於是溝を挖きて以て邊境と爲して然る後離る。諸侯桓公の義を聞きて、口説かずして心皆服す。ゆえに九合諸侯して、聽くを樂しまざるなく、天子を扶興して、勸勉跟從せざるなく、眞に退讓を以て人を待てば、誰か愛戴せざらん。

二世胡亥之為公子,昆弟數人,詔置酒饗群臣,召諸子賜食,先罷。胡亥下陛視群臣陳履狀善者,因行踐敗而去。諸侯聞之,莫不大息。及二世即位,皆知天下之棄之也。

二世胡亥公子を爲るに、兄弟幾人か、詔令酒を置きて群臣を饗し、諸子を召して食を賜い、先ず罷む。胡亥陛を走下りて群臣の陳列する鞋子形狀好きを看て、因りて走り過ぎて踩壞して離る。諸侯之を聞きて、大いに嘆息せざるなし。二世位に即くに及びて、皆天下之を拋棄するを知る。

孫叔敖之為嬰兒也,出遊而還,憂而不食。其母問其故,泣而對曰:"今日吾見兩頭蛇,恐去死無日矣。"其母曰:"今蛇安在?"曰:"吾聞見兩頭蛇者死,吾恐他人又見,吾已埋之也。"其母曰:"無憂,汝不死。吾聞之:'有陰德者,天報以福。’"人聞之,皆諭其能仁也。及為令尹,未治而國人信之。

孫叔敖嬰兒を爲る時、出遊歸りて、憂愁して食せず。其の母緣故を問う、哭泣して答えて曰く、「今日我兩頭蛇を見、死を離るること幾日なからんを怕る」と。其の母曰く、「今蛇何處に在る」と。曰く、「我聞く兩頭蛇を見る人死す、我人また見るを怕れ、我已に之を埋めたり」と。其の母曰く、「憂うる勿れ、汝死せず。我聞く、『陰德有るは、天福を以て回報す』」と。人之を聞きて、皆彼能く仁なりを曉諭す。令尹を爲るに及びて、未だ治理せざるに國人已に彼を信ず。

卷第七

卷第七

先醒

先醒

懷王問於賈君曰:"人之謂知道者先生,何也?"賈君對曰:"此博號也。大者在人主,中者在卿大夫,下者在布衣之士。乃其正名,非為先生也,為先醒也。"彼世主不學道理,則嘿然惛於得失,不知治亂存亡之所由,忳忳然猶醉也。而賢主者,學問不倦,好道不厭,銳然獨先達乎道理矣。故未治也,知所以治:未亂也,知所以亂:未安也,知所以安:未危也,知所以危。故昭然先寤乎所以存亡矣,故曰先醒。闢猶俱醉,而獨先醒也。故世主有先醒者,有後醒者,有不醒者。

懷王賈君に問うて曰く、「人の知るを先生と謂うは、何の故ぞ」と。賈君答えて曰く、「是れ博號なり。大は人主に在り、中は卿大夫に在り、下は布衣之士に在り。正名に至りては、先生にあらず、是れ先醒なり」と。それらの世主道を學ばざれば、卽ち嘿然として得失に昏昧し、治亂存亡の由來を知らず、忳忳然として還りて醉のごとし。而して賢主は、學問倦まず、道を好みて厭わず、銳然として獨り先だち道理を通達す。ゆえに未だ治まらざるに、治まる所以を知り;未だ亂れざるに、亂るる所以を知り;未だ安ならざるに、安なる所以を知り;未だ危ならざるに、危なる所以を知る。ゆえに昭然として先だち存亡の所以を覺悟す、ゆえに之を先醒と謂う。譬えば皆醉いて、而して獨り先だち醒むるがごとし。ゆえに世主に先醒有り、後醒有り、不醒有り。

昔楚莊王即位,自靜三年,以講得失。乃退僻邪而進忠正,能者任事,而後在高位。內領國政治,而外施教百姓,富民恆一,路不拾遺,國無獄訟。當是時也,周室壞微,天子失制。宋鄭無道,欺昧諸侯,莊王圍宋伐鄭。鄭伯肉袒牽羊,奉簪而獻國。莊王曰:"古之伐者,亂則整之,服則舍之,非利之也。"遂弗受。乃南與晉人戰於兩棠,大克晉人,會諸侯於漢陽,申天子之闢禁,而諸侯說服。莊王歸,過申侯之邑。申侯進飯,日中而王不食,申侯請罪曰:"臣齋而具食甚潔,日中而不飯,臣敢請罪。"莊王喟然嘆曰:"非子之罪也。吾聞之曰:'其君賢君也,而又有師者,王:其君中君也,而有師者,伯:其君下君也,而群臣又莫若者,亡。’今我下君也,而群臣又莫若不穀,不穀恐亡無日也。吾聞之:'世不絕賢。’天下有賢,而我獨不得。若吾生者,何以食為?"故莊王戰服大國,義從諸侯,戚然憂恐,聖智在身,而自錯不肖,思得賢佐,日中忘飯,可謂明君矣。謂先寤所以存亡,此先醒也。

從前楚莊王位に即き、自ら靜處三年、以て得失を講求す。於是僻邪を斥退して忠正を進用し、能の人事に任じ、然る後高位に處る。內に於て國政を統領治理し、外に於て百姓に教を施し、民を富まして恒一に、路遺を拾わず、國獄訟なし。まさに此の時、周室敗壞微弱、天子制度を失う。宋鄭道無く、諸侯を欺昧し、莊王宋を圍み鄭を伐つ。鄭伯肉袒して羊を牽き、簪を捧げて以て國を獻ず。莊王曰く、「古討伐は、亂れれば卽ち整飭し、服せば卽ち舍棄す、是れ利を圖るにあらず」と。於是接受せず。於是南面して晉人と兩棠に於て交戰し、大いに晉人を克ち、漢陽に於て諸侯を會合し、天子の辟禁を申明す、諸侯心悅誠服す。莊王歸り來る、申侯の邑を經過す。申侯飯を進め、日中にして王食せず、申侯罪を請うて曰く、「臣齋戒して具備の食甚だ潔し、日中にして飯を食せず、臣敢えて罪を請う」と。莊王喟然として嘆息して曰く、「汝の罪にあらず。我聞く、『君賢君にして、また師有るは、王と稱す;君中君にして、師有るは、霸と稱す;君下君にして、群臣また彼に趕上せざるは、滅亡す』と。今我是れ下君、群臣また不穀に趕上せず、不穀滅亡幾日なからんを怕る。我聞く、『世上賢を絕たず』と。天下賢有りて、而して我獨り得ず。我のごとき生くるは、何を以て飯を食わん」と。ゆえに莊王大國を戰服し、義以て諸侯をして跟從せしめ、戚然として憂恐し、聖智身に在りて、而して自らを不肖に置き、賢佐を得んと欲し、日中飯を忘る、明君と謂う可し。之を先だち存亡の所以を覺悟すと謂う、是れ先醒なり。

昔宋昭公出亡,至於境,喟然嘆曰:"嗚呼!吾知所以亡矣。吾被服而立,侍御者數百人,無不曰吾君麗者。吾發政舉事,朝臣千人,無不曰吾君聖者。吾外內不聞吾過,吾是以至此。吾困宜矣。"於是革心易行,衣苴布,食疄(田改豐)餕,晝學道而夕講之,二年美聞於宋,宋人車徒迎而復位,卒為賢君,諡為昭公。既亡矣,而乃寤所以存,此後醒者也。

從前宋昭公出亡し、邊境に至り、喟然として嘆息して曰く、「嗚呼!我亡ぶる所以を知れり。我衣服を著て立てば、侍御幾百人、我が君美麗と説かざるなし。我政を發し事を擧げれば、朝臣一千人、我が君聖明と説かざるなし。我內外我が過錯を聞く能わず、我此に因りてここに至れり。我困窘は是れ應なり」と。於是心を革め行を改め、粗布を穿ち、粗飯剩菜を食し(底本「疄」下に校記有り)、白日道を學び晚講習し、兩年美名宋に傳わり、宋人車徒を以て迎接して復位し、終に賢君を爲り、昭公と諡す。已に亡びて、纔かに存する所以を覺悟す、是れ後醒の人なり。

昔者虢君驕恣自伐,諂諛親貴,諫臣詰逐,政治踳亂,國人不服。晉師伐之,虢人不守。虢君出走,至於澤中,曰:"吾渴而欲飲。"其御乃進清酒。曰:"吾飢而欲食。"御進腶脯粱糗。虢君喜曰:"何給也?"御曰:"儲之久矣。"曰:"何故儲之?"對曰:"為君出亡而道飢渴也。"君曰:"知寡人亡邪?"對曰:"知之。"曰:"知之,何以不諫?"對曰:"君好諂諛,而惡至言,臣願諫,恐先虢亡。"虢君作色而怒,御謝曰:"臣之言過也。"為閒,君曰:"吾之亡者誠何也?"其御曰:"君弗知耶?君之所以亡者,以大賢也。"虢君曰:"賢人之所以存也,乃亡,何也?"對曰:"天下之君皆不肖,夫疾吾君之獨賢也,故亡。"虢君喜,據式而笑曰:"嗟!賢固若是苦耶?"遂徒行而於山中居,飢倦,枕御膝而臥,御以塊自易,逃行而去,君遂餓死,為禽獸食。此已亡矣,猶不寤所以亡,此不醒者也。

從前虢君驕恣にして自ら矜伐し、諂諛の人親近尊貴に、諫臣詰問驅逐せられ、政治顚倒混亂し、國人服せず。晉師彼を伐つ、虢人守住する能わず。虢君出走し、澤中に至りて、曰く、「我渴して飲まんと欲す」と。其の御於是清酒を進む。曰く、「我飢えて食わんと欲す」と。御腶脯粱糗を進む。虢君喜悅して曰く、「どうして供給せるや」と。御曰く、「儲備久し」と。曰く、「何の故に儲備せるや」と。答えて曰く、「君の出亡して路上飢渴するがため」と。君曰く、「寡人の亡びんとするを知るか」と。答えて曰く、「知れり」と。曰く、「知りて、何の故に進諫せざるや」と。答えて曰く、「君諂諛を喜好し、而して至言を厭惡す、臣進諫せんと願うも、虢より先だち滅亡せんを怕る」と。虢君色を作して怒る、御罪を謝して曰く、「臣の言過分なり」と。隔たること一會、君曰く、「我亡ぶる所以の實は是れ何ぞ」と。其の御曰く、「君知らずや?君亡ぶる所以は、是れ大賢に因るなり」と。虢君曰く、「賢人存する所以、竟に亡ぶ、何の故ぞ」と。答えて曰く、「天下の君皆不肖、吾が君獨り賢なるを疾恨す、ゆえに亡ぶ」と。虢君喜悅し、軾に靠りて笑いて曰く、「嗟!賢本來かくのごとく苦しむか」と。於是徒步山中に走りて住し、飢倦し、御の膝を枕きて臥す、御土塊を以て自らに替換し、逃走して離る、君終に餓死し、禽獸に食わる。此已に亡びて、還りて亡ぶる所以を覺悟せず、是れ不醒の人なり。

故先醒者,當時而伯:後醒者,三年而復:不醒者,枕土而死,為虎狼食。嗚呼,戒之哉!

楚文王伐たんと欲して申を過ぐ、鄧侯曰く、「此を以て君に供給する可し、君實に大王にあらず」と。文王曰く、「如何せん」と。鄧侯曰く、「伐滅して君を爲さん、何ぞ供給せざる能わん。若し滅亡せざれば、君を存するは、何ぞ大王にあらざらん」と。於是鄧侯酒食を設け、自ら鄭を執りて行禮す。五子大夫醫和出でて楚を往き、楚王これを見る、醫和本來楚文王の寵臣なり。楚王曰く、「吾が侯君擊たんと欲す、如何せん」と。醫和曰く、「君發怒して之を擊たんと欲す、臣恐れん不能く師を發起せん。楚王以爲何ぞ」。

耳痺

醫和曰く、「趙簡子晉國に在りて、趙家邊陲に在り、晉國の人中に在りて、貪賊功を立つ、趙簡子起きて之を伐つ、邯鄲堅守して、晉國之に向かいて戰う能わず。趙簡子之を攻囲して、邯鄲の民大いに疾惡し、民皆趙簡子に歸す、邯鄲の民力大いに竭盡す」。

竊聞之曰:"目見正而口言枉,則害:陽言吉,錯之民而兇,則敗。倍道則死,障光則晦,誣神而逆人,則天必敗其事。"

韓氏代に在りて、代大と爲ること超過す、智伯韓氏に依りて威を張る、韓魏之を畏服す、智伯怒りて韓魏を責備す、韓魏智伯と結ばんと欲す、而して智伯以爲足らざると、知らず智伯已に其の心を得たるを。趙襄子晉陽に走る、智伯晉陽を圍む、智伯水を引きて以て晉陽を灌ぐ、沉竈產蛙、城壞れること幾ど三版、智伯之を攻めて入る能わず。趙襄子韓魏に謀りて約束す、夜中人を遣りて堤を殺して水を決めて智伯軍を灌ぐ、韓魏翼して擊ち、趙襄子卒を率いて其の前を犯し、大いに智伯氏を敗り、其の君を擒えて以て三晉を割つ。此に於て晉國の地分れて魏趙韓と爲る、智氏亡び、三家一國を分かつ、是れ自ら驕るに因るなり。

故昔者楚平王有臣曰伍子胥,王殺其父而無罪,奔走而之吳,曰:"父死而不死,則非父之子也:死而非補,則過計也。與吾死而不一明,不若舉天地以成名。"於是紆身而乃適闔閭,治味以求親,闔閭見而安之,說其謀,果其舉,反其聽,用而任吳國之政也。民保命而不失,歲時熟而不兇,五官公而不私,上下調而無尢,天下服而無御,四境靜而無虞。然後忿心發怒,出兇言,陰必死。提邦以伐楚,五戰而五勝,伏屍數十萬,城郢之門,執高兵,傷五藏之實,毀十龍之鐘,撻平王之墓。昭王失國而奔,妻生虜而入吳。故楚平王懷陰賊,殺無罪,殃既至乎此矣。

齊人衛を攻めて、八人を擒にして還り、報酬して曰く、「楚王及び諸侯を滅ぼさんと欲す、先だち衛を破りて其の盟を絕ちて後、諸侯を擊つ可きのみ」。楚王懼れて使を遣りて齊を説く、齊人其の八人を放ちて歸らしむ。齊之を伐ちて遂に衛を滅ぼす、楚王將に之を伐たんとす、其の臣諫めて曰く、「齊八人を放ちて歸らしめて、以て君に報酬し、此君の德を敵國に宣揚するなり、而して君之を伐つ、是れ君自ら信ならざるを示すなり」と。楚王乃ち止む。

子胥發鬱冒忿,輔闔閭而行大虐,還十五年,闔閭沒而夫差即位,乃與越人戰江上,棲之會稽。越王之窮,至乎吃山草,飲腑水,易子而食。於是履甓戴璧,號吟告毋罪,呼皇天。使大夫種行成於吳王,吳王將許,子胥曰:"不可。越國之俗,勤勞而不慍,好亂勝而無禮,溪徼而輕絕,俗好詛而倍盟。放此類者,鳥獸之儕徒,狐狸之醜類也,生之為患,殺之無咎,請無與成。"大夫種拊心嗥啼,沬泣而言信,割白馬而為犧,指九天而為證,請婦人為妾,丈夫為臣,百世名寶,因閒官為積,孤身為關內諸侯,世為忠臣。吳王不忍,縮師與成。還,謀而伐齊。子胥進爭,不聽,忠言不用。越既得成,稱善累德以求民心。於是上帝降禍,絕吳命乎直江,君臣乖而不調,置社稷而分裂,容臺榭而掩敗,犬群嗥而入淵,彘銜菹而適奧,燕雀剖而虺蛇生,食蘆菹而見蛭,浴清水而遇蠆。伍子胥見事之不可為也,何籠而自投水,目抉而望東門,身鴟夷而浮江。懷賊行虐,深報而殃不辜,禍至乎身矣。越於是果逆謀負約,襲剉夫差,兼吳而拊。事濟功成,范蠡負室而歸五湖,大夫種系領謝室,渠如處車裂回泉。自此之後,句踐不樂,憂悲薦至,內崩而死。

哀公十七年、晉智伯趙を攻め、襄子決水して智伯軍を灌ぐ、智伯軍亂る、韓魏翼して擊ち、襄子將卒を率いて其の前を犯し、大いに智氏を敗る、其の君を擒にして殺す。智伯地を分けて三家を爲り、此に於て晉國分れて三家と爲る、而して諸侯の亂之に次ぐ。

故天之誅伐,不可為廣虛幽閒,攸遠無人,雖重襲石中而居,其必知之乎!若誅伐順理而當,辜殺三軍而無咎。誅殺不當,辜殺一匹夫,其罪聞皇天。故曰:"天之處高,其聽卑,其牧芒,其視察。"故凡自行,不可不謹慎也。

昔秦穆公戎を伐たんと欲す、戎王使に由餘を遣りて秦に聘問せしむ。穆公由餘を見て説を問う、由餘對えて曰く、「儉にして身を治むるは、未だ曾て見ず」と。穆公曰く、「如何せん」と。由餘曰く、「儉なれば卽ち下に迫る、下に迫るなれば卽ち禮樂民に被らず」、穆公其の說を大いに善しと爲す、而して內史廖に問うて曰く、「鄰國聖人有り、敵國の憂患なり。今由餘賢、寡人患えり、將に如何せん」と。內史廖曰く、「戎王僻陋に居る、未だ曾て中國の聲を聞かず、君試みに其の女樂を遺して、以て其の志を亂らん。由餘諫めて聽かれざれば、因りて其の間を離ず可し」。穆公善しと爲す、乃ち內史廖をして女樂二八を以て戎王に遺らしむ、戎王受けて其の說を説き、終年遷徙せず。由餘歸りて、屢々諫めて聽かれず、遂に秦に歸す。秦本來由餘の歸するを得んと欲す、遂に其の計に就きて戎を伐ち、國を開くこと千里にして、遂に西戎に霸たり。

諭誠

晉文公以て濮上の役に於て楚を敗る、焚いて野草を燒きて、大火其の蔽を及ぼす、文公以爲歎し。左右曰く、「楚を勝ちて歎す、何ぞ」と。文公曰く、「吾聞く、賊を戰勝せば、其の位安んぜず、今之を焚きて野草を燒きて人を害す、朕何の安なる所か有らん」。

湯見設網者四面張,祝曰:"自天下者,自地出者,自四方至者,皆罹我網。"湯曰:"嘻!盡之矣。非桀,其孰能如此?"令去三面,舍一面,而教之祝曰:"蛛蝥作網,今之人循緒。欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下,吾請受其犯命者。"士民聞之曰:"湯之德及禽獸矣。而況我乎!"於是下親其上。

子墨子荊王を見て、錦衣吹笙して以て荊王を導き、荊王爲之を悅びて荒を増やす。晏子之を知る、乃ち惡衣惡食して以て之を化さんと欲す、墨子書を上りて晏子を問う、晏子對えて曰く、「節身を以て國を化さんと欲す、是れ小術なり、樂を以て導くは、是れ倍の功なり」と。

楚昭王當房而立,愀然有寒色,曰:"寡人朝飢時酒二觛,重裘而立,猶憯然有寒氣,將柰我元元之百姓何?"是日也,出府之裘,以衣寒者:出倉之粟,以振飢者。居二年,闔閭襲郢,昭王奔隋。諸當房之賜者,請還致死於寇。闔閭一夕而五徙臥,不能賴楚,曳師而去,昭王乃復。當房之德也。

吳王夫差自らを以て強大と爲し、諸侯を問う、管仲對えて曰く、「今君内盛んにして外勇ければ、禍卽ち君の身に至らん」。吳王信ぜず、卒に夫椒の戰に於て越に爲る所の敗を受く、而して其の身を禽れらる。

昔楚昭王與吳人戰,楚軍敗,昭王走,屨決,眥而行,失之。行三十步,復旋取屨。及至於隋,左右問曰:"王何曾惜一踦屨乎?"昭王曰:"楚國雖貧,豈愛一踦屨哉!思與偕反也。"自是之後,楚國之俗無相棄者。

秦二世胡亥丞相李斯を囚えて咸陽市に斬る、而して夷其三族を爲す、天下之を聞きて、皆知る二世の治まらざる由を。

文王晝臥,夢人登城而呼己曰:"我東北陬之槁骨也,速以王禮葬我。"文王曰:"諾。"覺,召吏視之,信有焉。文王曰:"速以人君禮葬之。"吏曰:"此無主矣,請以五大夫。"文王曰:"吾夢中已許之矣,柰何其倍之也。"士民聞之曰:"我君不以夢之故而倍槁骨,況於生人乎!"於是下信其上。

文王白日臥して、夢に人城に登りて己を呼びて曰く、「我是れ東北角の枯骨、速やかに王禮を以て我を葬れ」と。文王曰く、「諾」と。醒めて、吏を召して看しめれば、實に有り。文王曰く、「速やかに人君禮を以て葬れ」と。吏曰く、「此主なし、請う五大夫禮を以てせん」と。文王曰く、「我夢中已に許諾せり、何ぞ之に背く能わん」と。士民之を聞きて曰く、「我が君夢の緣故を以て枯骨を背棄せず、況んや活人をや」と。於是下上を信任す。

豫讓事中行之君,智伯滅中行氏,豫讓徙事智伯。及趙襄子破智伯,豫讓劑面而變容,吞炭而為噎,乞其妻所,而妻弗識。乃伏刺襄子,五起而弗中。襄子患之,食不甘味,一夕而五易臥,見不全身。人謂豫讓曰:"子不死中行,而反事其讎,何無恥之甚也!今必碎身麋軀,以為智伯,何其與前異也?"豫讓曰:"我事中行之君,與帷而衣之,與關而枕之。夫眾人畜我,我故眾人事之。及智伯分吾以衣服,餡吾以鼎實,舉被而為禮,大夫國士遇我,我固國士為之報。"故曰:"士為知己者死,女為悅己者容。"非?言也,故在主而已。

豫讓中行氏の君に事え、智伯中行氏を滅ぼし、豫讓轉じて智伯に事え。趙襄子智伯を攻破するに及びて、豫讓面を劑し容貌を改變し、炭を吞みて噎と成り、其の妻子の所に至りて乞討す、妻子識らず。於是埋伏して襄子を刺殺せんとし、五回起きて命中せず。襄子憂患し、食甘味せず、一個の晚上五回臥處を換え、自らを保全する能わざるを見る。人豫讓に對して曰く、「汝中行のため死せずして、反つて其の仇に事う、何の無恥ぞ!今一定碎身糜軀して、以て智伯を爲さんとするは、以前と何の不同ぞ」と。豫讓曰く、「我中行の君に事うるに、帷と俱に彼に穿たしめ、關と俱に彼に枕かしむ。彼衆人を以て我を畜養す、我衆人を以て事うる所以なり。智伯衣服を分けて我に給し、鼎實餡を以て我に給し、被覆を擧げて以て禮と爲し、大夫國士を以て我を對待するに及びて、我固より國士を以て彼に回報す」と。ゆえに曰く、「士知己の人のため死し、女己を喜悅する人のため容貌を修飾す」と。是れ空話にあらず(底本缺字)、ゆえに主に在るのみ。

退讓

退讓

梁大夫宋就者為邊縣令,與楚鄰界。梁之邊亭與楚之邊亭皆種瓜,各有數。梁之邊亭劬力而數灌,其瓜美。楚窳而希灌,其瓜惡。楚令固以梁瓜之美怒其亭瓜之惡也,楚亭惡梁瓜之賢己,因夜往竊搔梁亭之瓜,皆有死焦者矣。梁亭覺之,因請其尉,亦欲竊往報搔楚亭之瓜。尉以請,宋就曰:"惡,是何言也!是講怨分禍之道也。惡,何稱之甚也!若我教子,必誨莫令人往,竊為楚亭夜善灌其瓜,令勿知也。"於是梁亭乃每夜往竊灌楚亭之瓜,楚亭旦而行瓜,則此已灌矣。瓜日以美,楚亭怪而察之,則乃梁亭也。楚令聞之,大悅,具以聞。楚王聞之,恕然醜以志自惛也。告吏曰:"微搔瓜,得無他罪乎?"說梁之陰讓也,乃謝以重幣,而請交於梁王。楚王時則稱說梁王,以為信,故梁楚之驩由宋就始。語曰:"轉敗而為功,因禍而為福。"老子曰:"報怨以德。"此之謂乎!夫人既不善,胡足效哉。

梁大夫宋就邊縣令を爲り、楚と鄰界す。梁の邊亭と楚の邊亭と皆瓜を種え、各々定數有り。梁の邊亭勤力して屢々澆灌す、瓜美し。楚懶惰して澆灌少なし、瓜惡し。楚令固より梁瓜の美を以て其の亭瓜の惡を怒る、楚亭梁瓜の己に勝るを厭惡し、因りて夜往きて偷偷梁亭の瓜を搔す、皆死焦有り。梁亭發覺し、因りて其の尉に請求し、亦偷偷往きて楚亭の瓜を搔さんと回報せんと欲す。尉以て請示す、宋就曰く、「惡、此何の言ぞ!是れ怨を結び禍を分かつの道なり。惡、稱説するや何の過分ぞ!我汝に教うるに按じて、必ず人をして往かしめざるを告誡し、偷偷楚亭のため夜好く彼らの瓜を澆り、彼らをして知らしめざれ」と。於是梁亭卽ち每夜往きて偷偷楚亭の瓜を澆る、楚亭朝瓜を巡行すれば、已に澆り了れり。瓜日々更美しく、楚亭怪しみて察看す、元來是れ梁亭なり。楚令之を聞きて、大いに悅び、全部上報す。楚王之を聞きて、恕然として羞愧し以て己の昏昧を記す。吏に告げて曰く、「瓜を搔すを除きて、該他の罪なきべし」と。梁暗に退讓するを喜悅し、於是重幣を以て謝し、而して梁王と結交を請う。楚王時々梁王を稱説し、以て誠信と爲す、ゆえに梁楚の歡好宋就より始まる。俗語に曰く、「敗を轉じて功と爲し、禍に因りて福と爲す」と。老子曰く、「德を以て怨に回報す」と。説くは卽ち此のなり!人已に不善なれば、何ぞ效法するに足らん。

翟王使使至楚,楚王欲誇之,故饗客於章華之臺上,上者三休而乃至其上。楚王曰:"翟國亦有此臺乎?"使者曰:"否。翟窶國也,惡見此臺也。翟王之自為室也,堂高三尺,壤陛三絫,茆茨弗翦,採椽弗刮。且翟王猶以作之者大苦,居之者大佚,翟國惡見此臺也!"楚王媿。

翟王使者を遣りて楚に至らしむ、楚王夸耀せんと欲し、ゆえに章華台上に於て客を饗す、上る者休息三次して始めて上に至る。楚王曰く、「翟國亦かくのごとき台有るか」と。使者曰く、「なし。翟是れ貧國、何處にかかくのごとき台を見ん。翟王自ら室を爲る、堂高三尺、土陛三層、茅茨翦らず、采椽刮らず。況んや翟王還りて以爲爲る者太苦に、住する者太安逸と、翟國何處にかかくのごとき台を見ん」と。楚王慚愧す。

君道

君道

紂作梏數千,睨諸侯之不諂己者,杖而梏之。文王桎梏囚於羑里,七年而後得免。及武王克殷,既定,令殷之民投撤桎梏,而流之於河。民輸梏者,以手撤之,弗敢墜也,跪之入水,弗敢投也。曰:"昔者文王獄常擁此。"故愛思文王,猶敬其梏,況於其法教乎!

紂梏を爲ること幾千、諸侯の己に諂媚せざるを斜視し、杖打して梏す。文王桎梏せられて羑里に囚わる、七年して然る後免を得。武王殷を克つに及びて、已に平定し、殷の民をして桎梏を投撤せしめ、河裏に漂流す。民梏を輸送するは、手を以て撤し、敢えて墜落せず、跪きて水に放入し、敢えて投げず。曰く、「從前文王獄に在りて常に此を擁したり」と。ゆえに文王を愛思して、還りて其の梏を尊敬す、況んや其の法教をや!

詩曰:"濟濟多士,文王以寧。"言輔翼賢正,則身必安也。又曰:"弗識弗知,順帝之則。"言士民說其德義,則效而象之也。文王志之所在,意之所欲,百姓不愛其死,不憚其勞,從之如集。詩曰:"經始靈臺,庶民攻之,不日成之,經始勿亟,庶民子來。"文王有志為臺,令近境之民聞之者裹糧而至,問業而作之,日日以眾,故弗趨而疾,弗期而成,命其臺曰靈臺,命其囿曰靈囿,謂其沼曰靈沼,愛敬之至也。詩曰:"王在靈囿,麀鹿攸伏,麀鹿濯濯,白鳥皜皜,王在靈沼,於仞魚躍。"文王之澤,下被禽獸,洽於魚鱉,故禽獸魚鱉攸若攸樂,而況士民乎!

『詩經・大雅・文王』に曰く、「濟濟多士、文王以て安寧す」と。是れ輔翼賢正にして、自身必ず安定するを説く。また曰く、「識らず知らず、帝の法則に順從す」と。是れ士民其の德義を喜悅して、卽ち效法取象するを説く。文王志向の在る所、意念の想う所、百姓死を吝惜せず、勞を怕れず、跟從聚集のごとし。『詩經・大雅・靈台』に曰く、「始めて靈台を經營す、庶民攻作し、一日を到らずして成り、始めて經營する急ぐ勿れ、庶民兒子のごとく來る」と。文王志台を爲る有りて、近境の民をして聞きて糧食を帶びて到來せしめ、作業を問いて爲り、日々人更多し、ゆえに催促せずして快く、期を約せずして成り、其の台を命名して靈台と謂い、其の囿を命名して靈囿と謂い、其の沼を稱して靈沼と爲す、是れ愛敬の極致なり。『詩經』に曰く、「王靈囿に在り、母鹿安伏し、母鹿肥澤、白鳥潔白、王靈沼に在り、於りん魚躍る」と。文王の澤は、下禽獸に被り、魚鱉に洽及す、ゆえに禽獸魚鱉安然快樂す、況んや士民をや!

詩曰:"愷悌君子,民之父母。"言聖王之德也。易曰:"鳴鶴在陰,其子和之。"言士民之報也。書曰:"大道亶亶,其去身不遠,人皆有之,舜獨以之。"夫射而不中者,不求之鵠,而反修之於己。君國子民者,反求之己,而君道備矣。

『詩經・大雅・泂酌』に曰く、「愷悌君子、是れ民の父母」と。是れ聖王の德を説く。『易』に曰く、「鳴鶴陰に在り、其の子之に應和す」と。是れ士民の回報を説く。『尚書』に曰く、「大道亶亶、自身を離るること遠からず、人人皆之有り、舜獨り之を用う」と。射て中らざるは、之を鵠に求めず、而して反つて己を修養す。國に君して民に子たるは、反つて之を己に求むれば、君道卽ち齊備す。

卷第八

卷第八

官人

官人

王者官人有六等:一曰師,二曰友,三曰大臣,四曰左右,五曰侍御,六曰廝役。

王者人を用うるに六等有り:一曰師、二曰友、三曰大臣、四曰左右、五曰侍御、六曰厮役。

知足以為源泉,行足以為表儀。問焉則應,求焉則得。入人之家,足以重人之家,入人之國,足以重人之國者,謂之師。知足以為礱礪,行足以為輔助,仁足以訪議,明於進賢,敢於退不肖,內相匡正,外相揚美,謂之友。知足以謀國事,行足以為民率,仁足以合上下之驩,國有法則退而守之,君有難則進而死之,職之所守,君不得以阿私托者,大臣也。修身正行,不怍於鄉曲,道語談說,不怍於朝廷。智能不困於事業,服一介之使,能合兩君之驩,執戟居前,能舉君之失過,不難以死持之者,左右也。不貪於財,不淫於色,事君不敢有二心。居君旁,不敢洩君之謀。君有失過,雖不能正諫,以其死持之,憔悴有憂色,不勸聽從者,侍御也。柔色傴僂,唯諛之行,唯言之聽,以睚眥之閒事君者,廝役也。

智足りて源泉を爲し、行足りて表儀を爲す。彼を問えば卽ち應答し、彼を求めれば卽ち得らる。人の家に入りて、足りて人の家をして看重せらしめ、人の國に入りて、足りて人の國をして看重せらしむるを、師と謂う。智足りて礱礪を爲し、行足りて輔助を爲し、仁足りて訪議し、明く賢を進め、敢えて不肖を斥退し、內に於て互相匡正し、外に於て互相美を揚ぐるを、友と謂う。智足りて國事を謀り、行足りて民の表率を爲し、仁足りて上下の歡を合し、國法有れば卽ち退きて守住し、君難有れば卽ち進みて彼のため死す、職の守る所は、君私阿嘱託を以てする能わざるは、是れ大臣なり。身を修め行爲を端正して、鄉曲に愧じず、道語談說して、朝廷に愧じず。智能事業に困まず、一介の使者を擔任し、能く兩君の歡を合し、戟を執りて前に居り、能く君の過失を擧出し、難ならずして死を以て持守するは、是れ左右なり。財を貪らず、色に淫せず、君に事えて敢えて二心有らず。君の旁に在りて、敢えて君の謀を泄漏せず。君過失有れば、たとい正諫する能わずとも、死を以て持守し、憔悴して憂色有り、勸勉聽從せざるは、是れ侍御なり。柔色傴僂にして、只諛を實行し、只話を聽き、睚眥の小事を以て君に事うるは、是れ厮役なり。

故與師為國者,帝:與友為國者,王:與大臣為國者,伯:與左右為國者,強:與侍御為國者,若存若亡:與廝役為國者,亡可立待也。

ゆえに師と國を治むるは、帝と稱す;友と國を治むるは、王と稱す;大臣と國を治むるは、霸と稱す;左右と國を治むるは、強なり;侍御と國を治むるは、存するがごとく亡するがごとし;厮役と國を治むるは、滅亡立刻に待つ可し。

取師之禮,黜位而朝之:取友之禮,以身先焉:取大臣之禮,以皮幣先焉:取左右之禮,使使者先焉:取侍御之禮,以令至焉:取廝役之禮,以令召矣。

師を取るの禮は、位を黜して朝見す;友を取るの禮は、自身先に在り;大臣を取るの禮は、皮幣を以て先に在り;左右を取るの禮は、使者を遣りて先に在り;侍御を取るの禮は、令を以て到達す;厮役を取るの禮は、令を以て召了す。

師至,則清朝而侍,小事不進。友至,則清殿而侍,聲樂技藝之人不併見。大臣奏事,則徘優侏儒逃隱,聲樂技藝之人不併奏。左右在側,聲樂不見。侍御者在側,子女不雜處。

師到れば、卽ち朝を清掃して侍し、小事進めず。友到れば、卽ち殿を清掃して侍し、聲樂技藝の人竝見せず。大臣事を奏すれば、俳優侏儒卽ち逃隱し、聲樂技藝の人竝奏せず。左右側に在れば、聲樂見ず。侍御側に在れば、子女雜處せず。

故君樂雅樂,則友大臣可以侍:君樂燕樂,則左右侍御者可以侍:君開北房,從燻服之樂,則廝役從。清晨聽治,罷朝而論議,從容澤燕。夕時開北房,從燻服之樂,是以聽治論議,從容澤燕,矜莊皆殊序,然後帝王之業可得而行也。

ゆえに君雅樂を樂しめば、友大臣侍する可し;君燕樂を樂しめば、左右侍御侍する可し;君北房を開けば、熏服の樂に跟從し、厮役跟從す。清晨治を聽き、朝を罷めて論議し、從容潤澤燕處す。晚北房を開き、熏服の樂に跟從し、此に因りて治を聽き論議し、從容潤澤燕處し、矜莊皆不同次序有りて、然る後帝王の事業得て實行する可し。

勸學

勸學

謂門人學者:舜何人也?我何人也?夫啟耳目,載心意,從立移徙,與我同性,而舜獨有賢聖之名,明君子之實,而我曾無鄰里之聞,寬徇之智者,獨何與?然則舜僶俛而加志,我儃僈而弗省耳。

門人學者に對して曰く、舜是れ何人ぞ?我是れ何人ぞ?耳目を開啓し、心意を承載し、立移徙より、我と同性なりて、而して舜獨り賢聖の名有り、君子の實際を彰明し、而して我竟に鄰里の聲聞なく、寬徇の智なく、獨り何の故ぞ?然らば舜努力加志して、我懶散して省察せざるのみ。

夫以西施之美,而蒙不潔,則過之者莫不睨而掩鼻。嘗試傅白黛黑,榆鋏陂,雜芷若,虻蝨視,益口笑,佳態佻志,從容為說焉,則雖王公大人,孰能無悇憛養心,而巔一視之。今以二三子材,而蒙愚惑之智,予恐過之有掩鼻之容也。

西施の美を以て、而して不潔を蒙れば、經過する人斜視して鼻を掩わざるなし。試みに白を傅け黑を畫き、楡鋏陂り、芷若を雜え、虻虱視し、口を益し笑い、佳態佻志して、從容説を爲れば、卽ちたとい王公大人も、誰か企羨心を養わざらん、而して巔きて一眼を看ん。今二三子の材を以て、而して愚惑の智を蒙る、我經過の人掩鼻の容有らんを怕る。

昔者南榮跦醜聖道之忘乎己,故步陟山川,坌冒楚棘,彌道千餘,百舍重繭,而不敢久息。既遇老聃,噩若慈父,鴈行避景,夔立蛇進,而後敢問。見教一高言,若飢十日而得大牢焉。是達若天地,行生後世。今夫子之達,佚乎老聃,而諸子之材,不避榮跦,而無千里之遠,重繭之患,親與巨賢連席而坐,對膝相視,從容談語,無問不應,是天降大命以達吾德也。吾聞之曰:"時難得而易失也。"學者勉之乎!天祿不重。

從前南榮跦聖道を以て己の忘れらるるを醜と爲し、ゆえに徒步山川に登り、坌冒楚棘し、道路綿延一千餘り、百舍層々の繭を磨出して、而して敢えて久しく息せず。已に老聃に遇い、驚愕慈父のごとく、雁行影を避け、夔立蛇進して、然る後敢えて問う。教一句の高言を見ること、餓えて十日して太牢を得るがごとし。此通達天地のごとく、德行後世に生ず。今夫子の通達は、老聃を超過し、而して諸子の材は、南榮跦を避けず、而して千里の遠なく、重繭の患なく、親ら巨賢と連席して坐し、膝に對して相視し、從容談語して、問うて應答せざるなし、是れ天大命を降下して我が德を通達せしむ。我聞く、「時得難くして失い易し」と。學者努力せよ!天祿再び來らず。

道術

道術

曰:"數聞道之名矣,而未知其實也。請問道者何謂也?"對曰:"道者,所從接物也。其本者謂之虛,其末者謂之術。虛者,言其精微也,平素而無設施也。術也者,所從制物也,動靜之數也。凡此皆道也。"

曰く、「屢々道の名を聞けども、而して實際を知らず。請問道是れ何の意ぞ」と。答えて曰く、「道は、是れを以て物に接するなり。其の本是れ虛と謂い、其の末是れ術と謂う。虛は、是れ其の精微を説き、平素にして設施なし。術は、是れを以て物を制御するなり、是れ動靜の數なり。凡是れら皆是れ道なり」。

曰:"請問虛之接物,何如?"對曰:"鏡儀而居,無執不臧,美惡畢至,各得其當。衡虛無私,平靜而處,輕重畢懸,各得其所。明主者,南面而正,清虛而靜,令名自宣,命物自定,如鑑之應,如衡之稱,有舋和之,有端隨之,物鞠其極,而以當施之。此虛之接物也。"

曰く、「請問虛物に接するは、是れ如何」と。答えて曰く、「鏡儀容のごとくして居り、執着して收藏せざるなく、美惡皆到り、各々適當を得る。衡器虛私なく、平靜して處り、輕重皆懸挂し、各々其の所を得る。明主は、南に面して正しく、清虛にして靜かに、名をして自ら宣揚せしめ、物をして自ら安定せしむ、鑑の應答するがごとく、衡の稱量するがごとく、釁有れば卽ち和し、端有れば卽ち跟從し、物其の極を窮めて、而して適當を以て施加す。是れ虛物に接するなり」。

曰:"請問術之接物何如?"對曰:"人主仁而境內和矣,故其士民莫弗親也:人主義而境內理矣,故其士民莫弗順也:人主有禮而境內肅矣,故其士民莫弗敬也:人主有信而境內貞矣,故其士民莫弗信也:人主公而境內服矣,故其士民莫弗戴也:人主法而境內軌矣,故其士民莫弗輔也。舉賢則民化善,使能則官職治,英俊在位則主尊,羽翼勝任則民顯,操德而固則威立,教順而必則令行。周聽則不蔽,稽驗則不惶,明好惡則民心化,密事端則人主神。術者,接物之隊。凡權重者必謹於事,令行者必謹於言,則過敗鮮矣。此術之接物之道也。其為原無屈,其應變無極,故聖人尊之。夫道之詳,不可勝述也。"

曰く、「請問術物に接するは如何」と。答えて曰く、「人主仁なれば境內和し、ゆえに士民親しまざるなし;人主義なれば境內理まり、ゆえに士民順わざるなし;人主禮有れば境內肅し、ゆえに士民敬せざるなし;人主信有れば境內貞し、ゆえに士民信ぜざるなし;人主公なれば境內服し、ゆえに士民愛戴せざるなし;人主法なれば境內軌有り、ゆえに士民輔佐せざるなし。賢を擧げれば民卽ち善に化し、能を使えば官職卽ち治理し、英俊位に在れば主卽ち尊く、羽翼勝任すれば民卽ち顯れ、德を操して牢固なれば威卽ち立ち、順を教えて必ず行えば令卽ち行わる。周聽すれば卽ち蔽われず、稽驗すれば卽ち惶惑せず、好惡を彰明すれば民心卽ち化し、事端を密にすれば人主卽ち神なり。術は、是れ物に接する途徑なり。凡是れ權重のは必ず事に謹慎し、令行のは必ず言に謹慎すれば、過錯敗壞卽ち少なし。是れ術物に接するの道なり。其の本原として窮盡なく、變應終極なし、ゆえに聖人之を尊敬す。道の詳細は、勝ちて述ぶ可からず」。

曰:"請問品善之體何如?"對曰:"親愛利子謂之慈,反慈為嚚:子愛利親謂之孝,反孝為孽。愛利出中謂之忠,反忠為倍。心省恤人謂之惠:反惠為困。兄敬愛弟謂之友,反友為虐。弟敬愛兄謂之悌,反悌為敖。接遇慎容謂之恭,反恭為媟。接遇肅正謂之敬,反敬為嫚。言行抱一謂之貞,反貞為偽。期果言當謂之信,反信為慢。衷理不闢謂之端,反端為(足方)。據當不傾謂之平,反平為險。行善決衷謂之清,反清為濁。辭利刻謙謂之廉,反廉為貪。兼覆無私謂之公,反公為私。方直不曲謂之正,反正為邪。以人自觀謂之度,反度為妄。以己量人謂之恕,反恕為荒。惻隱憐人謂之慈,反慈為忍。厚志隱行謂之潔,反潔為汰。施行得理謂之德,反德為怨。放理潔靜謂之行,反行為汙。功遂自卻謂之退,反退為伐。厚人自薄謂之讓,反讓為冒。心兼愛人謂之仁,反仁為戾。行充其宜謂之義,反義為懵。剛柔得適謂之和,反和為乖。合得密周謂之調,反調為盭。優賢不逮謂之寬,反寬為阨。包眾容易謂之裕,反裕為褊。欣燻可安謂之熅,反熅為鷙。安柔不苛謂之良,反良為齧。緣法循理謂之軌,反軌為易。襲常緣道謂之道,反道為闢。廣較自斂謂之儉,反儉為侈。費弗過適謂之節,反節為靡。僶勉就善謂之慎,反慎為怠。思惡勿道謂之戒,反戒為傲。深知禍福謂之知,反知為愚。亟見窕察謂之慧,反慧為童。動有文體謂之禮,反禮為濫。容服有義謂之儀,反儀為詭。行歸而過謂之順,反順為逆。動靜攝次謂之比,反比為錯。容志審道謂之?,反?為野。辭令就得謂之雅,反雅為陋。論物明辯謂之辯,反辯為訥。纖微皆審謂之察,反察為旄。誠動可畏謂之威,反威為圂。臨制不犯謂之嚴,反嚴為軟。仁義修立謂之任,反任為欺。伏義誠必謂之節,反節為罷。持節不恐謂之勇,反勇為怯。

曰く、「請問品善の體は如何」と。答えて曰く、「親愛利するを慈と謂い、慈に反るは嚚;子愛利親するを孝と謂い、孝に反るは孽。愛利中より出づるを忠と謂い、忠に反るは背。心裏人を省恤するを惠と謂い、惠に反るは困。兄弟を敬愛するを友と謂い、友に反るは虐。弟兄を敬愛するを悌と謂い、悌に反るは傲。接遇容儀を謹慎するを恭と謂い、恭に反るは媟。接遇肅正なるを敬と謂い、敬に反るは嫚。言行一を抱くを貞と謂い、貞に反るは僞。期約果決言語得當なるを信と謂い、信に反るは慢。衷理邪僻ならざるを端と謂い、端に反るは偏(底本「足方」)。依據得當にして傾かざるを平と謂い、平に反るは險。善を行い衷を決するを清と謂い、清に反るは濁。辭利刻苦謙退なるを廉と謂い、廉に反るは貪。兼覆私なきを公と謂い、公に反るは私。方直曲らざるを正と謂い、正に反るは邪。人を以て己を看るを度と謂い、度に反るは妄。己を以て人を度量するを恕と謂い、恕に反るは荒。惻隱人を憐むを慈と謂い、慈に反るは忍。厚志行を隱すを潔と謂い、潔に反るは汰。施行理を得るを德と謂い、德に反るは怨。理を放き潔靜なるを行と謂い、行に反るは污。功成りて自ら退却するを退と謂い、退に反るは伐。人を厚くし己を薄くするを讓と謂い、讓に反るは冒。心兼ねて人を愛するを仁と謂い、仁に反るは戾。行爲充實適宜なるを義と謂い、義に反るは懵。剛柔適を得るを和と謂い、和に反るは乖。合密周を得るを調と謂い、調に反るは戾。賢を優待して己及ばざるを寬と謂い、寬に反るは阨。衆を包容し易きを裕と謂い、裕に反るは褊。欣熏安んず可きを煴と謂い、煴に反るは鷲。安柔苛ならざるを良と謂い、良に反るは嚙。法に緣り理に循うを軌と謂い、軌に反るは易。經常を沿襲し道に緣るを道と謂い、道に反るは僻。廣較して己を收斂するを儉と謂い、儉に反るは侈。費適を過過ぎざるを節と謂い、節に反るは靡。黽勉善に趨向するを慎と謂い、慎に反るは怠。惡を想いて實行せざるを戒と謂い、戒に反るは傲。深く禍福を知るを知と謂い、知に反るは愚。急見窕察するを慧と謂い、慧に反るは童。擧動文體有るを禮と謂い、禮に反るは濫。容服義有るを儀と謂い、儀に反るは詭。行爲歸りて過るを順と謂い、順に反るは逆。動靜次を攝するを比と謂い、比に反るは錯。容志道を審するを雅と謂い(底本缺字)、反るは野。辭令就得するを雅と謂い、雅に反るは陋。物を論じ辨を明くするを辯と謂い、辯に反るは訥。纖微皆審なるを察と謂い、察に反るは旄。誠動畏る可きを威と謂い、威に反るは圂。臨制犯さざるを嚴と謂い、嚴に反るは軟。仁義修立するを任と謂い、任に反るは欺。義を伏して誠必なるを節と謂い、節に反るは罷。節を持ち恐れざるを勇と謂い、勇に反るは怯」。

信理遂惔謂之敢,反敢為揜。志操精果謂之誠,反誠為殆。克行遂節謂之必,反必為怛。凡此品也,善之體也,所謂道也。

信理惔を遂げるを敢と謂い、敢に反るは揜。志操精果なるを誠と謂い、誠に反るは殆。行を克して節を遂げるを必と謂い、必に反るは怛。凡是れらの品は、是れ善の體、所謂道なり。

故守道者謂之士,樂道者謂之君子,知道者謂之明,行道者謂之賢。且明且賢,此謂聖人。

ゆえに道を守るを士と謂い、道を樂しむを君子と謂い、道を知るを明と謂い、道を行うを賢と謂う。既に明かに且つ賢なれば、是れを聖人と謂う。

六術

六術

德有六理,何謂六理?道。德。性。神。明。命,此六者,德之理也。六理無不生也,已生而六理存乎所生之內,是以陰陽天地人,盡以六理為內度,內度成業,故謂之六法。六法藏內,變流而外遂,外遂六術,故謂之六行。是以陰陽各有六月之節,而天地有六合之事,人有仁義禮智信之行。行和則樂興,樂興則六,此之謂六行。陰陽天地之動也,不失六行,故能合六法。人謹修六行,則亦可以合六法矣。

德に六理有り、何を六理と謂うや?道・德・性・神・明・命、此の六者は、是れ德の理なり。六理生ぜざるなし、已に生じて六理生ずる所の內に存在し、此に因りて陰陽天地人、皆六理を以て內度と爲し、內度業を成就す、ゆえに之を六法と謂う。六法う。六法內に藏れ、變流して外に遂成す、外遂成して六術と爲る、ゆえに之を六行と謂う。此に因りて陰陽各々六月の節有り、天地六合の事有り、人仁義禮智信の行有り。行和すれば卽ち樂興起し、樂興起すれば卽ち六なり、是れを六行と謂う。陰陽天地の動、六行を失わず、ゆえに能く六法に合す。人謹慎して六行を修めば、亦可く六法に合す。

然而人雖有六行,微細難識,唯先王能審之。凡人弗能自至,是故必待先王之教,乃知所從事。是以先王為天下設教,因人所有以之為訓,道人之情,以之為真,是故內本六法,外體六行,以與詩。書。易。春秋。禮。樂六者之術,以為大義,謂之六藝。令人緣之以自修,修成則得六行矣。六行不正,反合六法。藝之所以六者,法六法而體六行故也,故曰六則備矣。

然るに人六行有ると雖も、微細にして認識し難し、只先王能く審察す。凡人自ら到達する能わず、此に因りて必ず先王の教を待ちて、始めて從事する所を知る。此に因りて先王天下のため教を設け、人の本有に因りて以て訓と爲し、人の情を引導し、以て眞と爲す、此に因りて內は六法を以て本と爲し、外は六行を以て體と爲し、以て『詩』『書』『易』『春秋』『禮』『樂』六者の術と、大義を爲りて、之を六藝と謂う。人をして緣りて來りて自ら修めしめ、修成れば卽ち六行を得。六行端正ならざれば、反つて六法に合す。藝六たる所以は、是れ六法を效法して六行に體現するの緣故なり、ゆえに曰く六なれば卽ち齊備すと。

六者非獨為六藝本也,他事亦皆以六為度。聲音之道,以六為首,以陰陽之節為度,是故一歲十二月分而為陰陽,各六月,是以聲音之器十二鍾,鍾當一月,其六鍾陰聲,六鍾陽聲,聲之術律是而出,故謂之六律。六律和五聲之調,以發陰陽天地人之清聲,而內合六行六法之道。是故五聲宮。商。角。徵。羽,唱和相應而調和,調和而成理謂之音。聲五也,必六而備,故曰聲與音六。夫律之者,象測之也,所測者六,故曰六律。

六者は只六藝の本のみにあらず、他事亦皆六を以て度と爲す。聲音の道は、六を以て首と爲し、陰陽の節を以て度と爲す、此に因りて一歲十二月分れて陰陽と爲り、各々六個月、此に因りて聲音の器十二鐘、鐘一個月に當たり、其の中六鐘は陰聲、六鐘は陽聲、聲の術律より出づ、ゆえに之を六律と謂う。六律和して五聲の調、以て陰陽天地人の清聲を發出し、而して內六行六法の道に合す。此に因りて五聲宮・商・角・徵・羽、唱和相應して調和し、調和して理を成すを音と謂う。聲是れ五、必ず六に至りて始めて齊備す、ゆえに曰く聲と音は是れ六なりと。律は、是れ象を取りて測量す、測る所是れ六、ゆえに之を六律と謂う。

人之戚屬,以六為法。人有六親。六親始曰父,父有二子,二子為昆弟,昆弟又有子,子從父而昆弟,故為從父昆弟,從父昆弟又有子,子從祖而昆弟,故為從祖昆弟,從祖昆弟又有子,子從曾祖而昆弟,故為從曾祖昆弟,曾祖昆弟又有子,子為族兄弟。備於六,此之謂六親。親之始於一人,世世別離,分為六親。親戚非六,則失本末之度,是故六為制而止矣。六親有次,不可相踰,相踰則宗族擾亂,不能相親。是故先王設為昭穆三廟,以禁其亂。何為三廟?上室為昭,中室為穆,下室為孫嗣令子。各以其次,上下更居,三廟以別,親疏有制。喪服稱親疏以為重輕,親者重,疏者輕,故復有麤衰。齊衰。大紅。細紅。緦麻備六,各服其所當服。夫服則有殊,此先王之所以禁亂也。

人の戚屬は、六を以て法と爲す。人に六親有り。六親始まりて之を父と謂い、父二子有り、二子是れ昆弟、昆弟また子有り、子父に從いて是れ昆弟、ゆえに是れ從父昆弟、從父昆弟また子有り、子祖に從い是れ昆弟、ゆえに是れ從祖昆弟、從祖昆弟また子有り、子曾祖に從い是れ昆弟、ゆえに是れ從曾祖昆弟、曾祖昆弟また子有り、子是れ族兄弟。六に齊備して、是れを六親と謂う。親一人より始まり、世世別離し、分れて六親と爲る。親戚六にあらざれば、卽ち本末の法度を失う、此に因りて六以て制度と爲して止まる。六親次序有り、互相越過する可からず、互相越過すれば宗族卽ち擾亂し、能く相親しまず。此に因りて先王昭穆三廟を設立し、以て其の亂を禁止す。何を三廟と謂うや?上室是れ昭、中室是れ穆、下室是れ孫嗣令子。各々次序に按じ、上下更居し、三廟分別し、親疎制度有り。喪服親疎に按じて以て重輕と爲し、親は重く、疎は輕し、ゆえにまた麤衰・齊衰・大紅・細紅・緦麻齊備六、各々當に穿つべき所を穿つ。服卽ち不同有り、是れ先王亂を禁ずる所以なり。

數度之道,以六為法,數加於少,而度出於居。數度之始,始於微細。有形之物,莫細於毫。是故立一毫以為度始,十毫為發,十發為犛,十犛為分,十分為寸,十寸為尺,備於六。故先王以為天下事用也。

數度の道は、六を以て法と爲し、數は少の上に加わり、度は居より出づ。數度の開始は、微細より始まる。形有る物、毫より細かきはなし。此に因りて一毫を立てて以て度の始めと爲し、十毫是れ髮、十髮是れ牦、十牦是れ分、十分是れ寸、十寸是れ尺、六に齊備す。ゆえに先王之を以て天下の事に用う。

事之以六為法者,不可勝數也。此所言六,以效事之盡以六為度者,謂六理,可謂陰陽之六節,可謂天地之六法,可謂人之六行。

事六を以て法と爲すは、勝ちて數ふ可からず。ここに説く所の六は、以て事を效驗するに皆六を以て度と爲す、之を六理と謂い、之を陰陽の六節と謂う可く、之を天地の六法と謂う可く、之を人の六行と謂う可し。

道德說

道德説

德有六理,何謂六理?曰道。德。性。神。明。命。此六者,德之理也。諸生者皆生於德之所生,而能象人德者,獨玉也。寫德體,六理盡見於玉也,各有狀,是故以玉效德之六理。澤者鑑也,謂之道:腒如竊膏,謂之德:湛而潤,厚而膠,謂之性:康若濼流,謂之神:光輝謂之明:礐乎堅哉,謂之命。此之謂六理。鑑生空竅而通之以道,德生理通之以六德之華離狀。六德者,德之有六理,理離狀也。性生氣而通之以曉,神生變而通之以化,明生識而通之以知,命生形而通之以定。

德に六理有り、何を六理と謂うや?道・德・性・神・明・命と説く。此の六者は、是れ德の理なり。諸生皆德の生ずる所より生じて、而して能く人の德に似るは、獨り是れ玉なり。德體を描摹するに、六理皆玉に表現し、各々狀有り、此に因りて玉を以て德の六理を效驗す。澤是れ鑑、之を道と謂い;腒して膏を竊むがごときを、德と謂い;湛にして潤、厚くして膠なるを、性と謂い;康として濼流のごときを、神と謂い;光輝を、明と謂い;磝然として堅き哉を、命と謂う。是れを六理と謂う。鑑空竅を生じて道を以て貫通し、德理を生じて六德の華離狀を以て貫通す。六德は、是れ德に六理有りて、理狀を離る。性氣を生じて曉を以て貫通し、神變を生じて化を以て貫通し、明識を生じて知を以て貫通し、命形を生じて定を以て貫通す。

德有六美,何謂六美?有道,有仁,有義,有忠,有信,有密,此六者德之美也。道者德之本也,仁者德之出也,義者德之理也,忠者德之厚也,信者德之固也,密者德之高也。

德に六美有り、何を六美と謂うや?道有り、仁有り、義有り、忠有り、信有り、密有り、此の六者は是れ德の美なり。道是れ德の本、仁是れ德の出、義是れ德の理、忠是れ德の厚、信是れ德の固、密是れ德の高なり。

六理。六美,德之所以生陰陽天地人與萬物也,固為所生者法也。故曰:道此之謂道,德此之謂德,行此之謂行,所謂行此者德也。是故著此竹帛謂之書,書者此之著者也,詩者此之志者也,易者此之占者也,春秋者此之紀者也,禮者此之體者也,樂者此之樂者也,祭祀鬼神為此福者也,博學辯議為此辭者也。

六理・六美は、是れ德陰陽天地人と萬物とを生ずる所以なり、固より生ずる所の作法則と爲る。ゆえに曰く、道此を道と謂い、德此を德と謂い、行此を行と謂う、所謂行此のは是れ德なりと。此に因りて竹帛に寫して之を書と謂い、書是れ此の顯著、詩是れ此の志向、易是れ此の占、春秋是れ此の紀、禮是れ此の體、樂是れ此の樂、鬼神を祭祀するは此のため福を求む、博學辯議は此のため辭を立つ。

道者無形,平和而神。道物有載物者,畢以順理和適行。故物有清而澤。澤者鑑也,鑑以道之神,模貫物形,通達空竅,奉一齣入為先,故謂之鑑。鑑者所以能見也,見者目也,道德施物精微而為目。是故物之始形也,分先而為目,目成也,形乃從。是以人及有因之在氣,莫精於目,目清而潤澤若濡,無毳穢雜焉,故能見也。由此觀之,目足以明道德之潤澤矣,故曰澤者鑑也。生空竅通之以道。

道形なく、平和にして神なり。道物物を承載する有りて、全部順理和適に按じて行う。ゆえに物清にして澤有り。澤是れ鑑、鑑道の神を用い、物形を模貫し、空竅を通達し、一を奉じて出入を先と爲す、ゆえに之を鑑と謂う。鑑是れ能く見る所以、見是れ目、道德物に精微を施加して目と爲る。此に因りて物始めて形を成す、先ず分れて目と爲り、目成りて、形始めて跟從す。此に因りて人及び之に因る氣に在るは、目より精なるはなし、目清にして潤澤濡のごとく、毳穢夾雜なし、ゆえに能く見る。此より觀れば、目足りて道德の潤澤を彰明す、ゆえに曰く澤是れ鑑と。空竅を生じて道を以て貫通す。

德者,離無而之有,故潤則腒然濁而始形矣,故六理髮焉。六理所以為變而生也,所生有理,然則物得潤以生,故謂潤德。德者,變及物理之所出也,未變者道之頌也。道冰而為德,神載於德。德者,道之澤也。道雖神必載於德,而頌乃有所因,以發動變化而為變。變及諸生之理,皆道之化也。各有條理,以載於德,德受道之化而發之,各不同狀。德潤,故曰如膏謂之德。德生理,通之以六德之華離狀。

德は、無を離れて有に至る、ゆえに潤卽ち腒然として濁りて始めて形を成す、ゆえに六理發生す。六理是れ變のため生ずる所以、生ずる所理有れば、卽ち物潤を得て生長す、ゆえに之を潤德と謂う。德は、是れ變及び物理の出づる所從、未變は是れ道の容貌なり。道凝結して德と爲り、神德に承載す。德は、是れ道の澤なり。道神と雖も必ず德に承載し、而して容貌始めて因る所有り、以て變化を發動して變と爲る。變及び諸生の理は、皆是れ道の化なり。各々條理有り、德に承載し、德道の化を受けて發出し、各々相同じからず狀す。德潤し、ゆえに曰く膏のごとく之を德と謂うと。德理を生じて、六德の華離狀を以て貫通す。

性者,道德造物,物有形而道德之神專而為一氣,明其潤益厚矣。濁而膠相連在物之中,為物莫生,氣皆集焉,故謂之性。性,神氣之所會也,性立則神氣曉曉然發而通行於外矣。與外物之感相應,故曰潤厚而膠謂之性。性生氣,通之以曉。

性は、是れ道德の物を造り、物形有りて道德の神専にして一氣と爲り、其の潤を彰明する更に厚し。濁にして膠物の中に相連りて、物のため生生ぜざるなく、氣皆其處に集まる、ゆえに之を性と謂う。性は、是れ神氣の會する所。性立てば卽ち神氣曉曉然として發出して外に通行す。外物の感に相應ず、ゆえに曰く潤厚にして膠なるを性と謂うと。性氣を生じて、曉を以て貫通す。

神者,道德神氣發於性也。康若濼流,不可物效也,變化無所不為,物理及諸變之起,皆神之所化也,故曰康若濼流謂之神。理生變,通之以化。

神は、是れ道德の神氣性より發出す。康として濼流のごとく、物を以て效驗する可からず、變化爲さざる所なく、物理及び諸變の興起は、皆是れ神の化する所、ゆえに曰く康として濼流のごときを神と謂うと。理變を生じて、化を以て貫通す。

明者,神氣在內,則無光而為知,明則有輝於外矣。外內通一,則為得失,事理是非皆職於知,故曰光輝謂之明。明生識,通之以知。

明は、神氣內に在れば、卽ち光なくして知と爲り、明有れば卽ち外に輝有り。外內一通ずれば、卽ち得失と爲り、事理是非皆知に職掌す、ゆえに曰く光輝を明と謂うと。明識を生じて、知を以て貫通す。

命者,物皆得道德之施以生,則澤潤性氣神明,及形體之位分。數度,各有極量指奏矣。此皆所受其道德,非以嗜慾取捨然也。其受此具也,礐然有定矣,不可得辭也,故曰命。命者,不得毋生,生則有形,形而道德性神明因載於物形,故礐堅謂之命。命生形,通之以定。

命は、物皆道德の施與を得て生長すれば、卽ち潤澤性氣神明に澤し、及び形體の位分。數度は、各々極量指奏有り。是れら皆是れ受くる所の道德、是れ嗜欲取舍を以てするにあらず。其の是れらの器具を受くるに、磝然として定有りて、推辭する可からず、ゆえに之を命と謂う。命は、生、生ぜざる能わず、生ずれば卽ち形有り、形有りて道德性神明因りて物形に承載す、ゆえに磝堅を命と謂う。命形を生じて、定を以て貫通す。

物所道始謂之道,所得以生謂之德。德之有也,以道為本,故曰道者德之本也。德生物,又養物,則物安利矣。安利物者,仁行也。仁行出於德,故曰仁者德之出也。德生理,理立則有宜適之謂義。義者,理也,故曰義者德之理也。德生物,又養長之而弗離也,得以安利。德之遇物也忠厚,故曰忠者德之厚也。德之忠厚也,信固而不易,此德之常也,故曰信者德之固也。德生於道而有理,守理則合於道,與道理密而弗離也,故能畜物養物,物莫不仰恃德,此德之高,故曰密者德之高也。道而勿失,則有道矣:得而守之,則有德矣:行有無休,則行成矣。故曰道此之謂道,德此之謂德,行此之謂行。諸此言者,盡德變:變也者,理也。

物の始まる所從を道と謂い、得て生ずる所以を德と謂う。德の有るは、道を以て本と爲す、ゆえに曰く道路是れ德の本なりと。德物を生じ、また物を養う、物卽ち安利す。物を安利するは、是れ仁行なり。仁行德より出づ、ゆえに曰く仁是れ德の出なりと。德理を生じ、理立てば卽ち適宜有りて之を義と謂う。義は、是れ理、ゆえに曰く義是れ德の理なりと。德物を生じ、また養長して離れず、安利を得るを得。德物を對待する忠厚、ゆえに曰く忠是れ德の厚なりと。德の忠厚は、信固にして改易せず、是れ德の常、ゆえに曰く信是れ德の固なりと。德道より生じて理有り、理を守れば卽ち道に合し、道理と密にして離れず、ゆえに能く物を畜い物を養う、物德を仰恃せざるなし、是れ德の高、ゆえに曰く密是れ德の高なりと。道して失わざれば、卽ち道有り;得て守住すれば、卽ち德有り;行有りて休まざれば、行卽ち成就す。ゆえに曰く道路此を道と謂い、德此を德と謂い、行此を行と謂うと。是れらの言は、盡く是れ德變:變は、是れ理なり。

書者,著德之理於竹帛而陳之,令人觀焉,以著所從事,故曰:"書者,此之著者也。"詩者,志德之理,而明其指,令人緣之以自成也,故曰"詩者,此之志者也。"易者,察人之精德之理與弗循,而占其吉凶,故曰"易者,此之占者也。"春秋者,守往事之合德之理與不合,而紀其成敗,以為來事師法,故曰"春秋者,此之紀者也。"禮者,體德理而為之節文,成人事,故曰"禮者,此之體者也。"樂者,書。詩。易。春秋。禮五者之道備,則合於德矣,合則驩然大樂矣,故曰"樂者,此之樂者也。"人能修德之理,則安利之,謂福。莫不慕福,弗能必得,而人心以為鬼神能與於利害,是故具犧牲俎豆粢盛,齋戒而祭鬼神,欲以佐成福,故曰祭祀鬼神,為此福者也。德之理盡施於人,其在人也,內而難見,是以先王舉德之頌而為辭語,以明其理,陳之天下,令人觀焉。垂之後世,辯議以審察之,以轉相告。是故弟子隨師而問,博學以達其知,而明其辭以立其誠,故曰博學辯議,為此辭者也。

書は、是れ德の理を竹帛に寫して陳列し、人をして觀看せしめ、以て從事する所を顯著す、ゆえに曰く、「書は、是れ此の顯著」と。詩は、是れ德の理に志向して、而して意旨を彰明し、人をして緣りて來りて自ら成就せしむ、ゆえに曰く「詩は、是れ此の志向」と。易は、是れ人の精德之理と遵循せざるとを察して、而して其の吉凶を占う、ゆえに曰く「易は、是れ此の占」と。春秋は、是れ往事德之理に合する與合せざるを守して、而して成敗を紀錄し、以て來事の師法と爲す、ゆえに曰く「春秋は、是れ此の紀」と。禮は、是れ德理に體現して節文を爲り、人事を成就す、ゆえに曰く「禮は、是れ此の體」と。樂は、是れ書・詩・易・春秋・禮五者の道齊備して、卽ち德に合す、合すれば卽ち歡然大樂す、ゆえに曰く「樂は、是れ此の樂」と。人能く德の理を修めば、卽ち安利す、之を福と謂う。福を慕わざるなし、一定得る能わず、而して人心以爲鬼神能く利害に參與す、此に因りて犧牲俎豆粢盛を具備し、齋戒して鬼神を祭り、以て福を佐成せんと欲す、ゆえに曰く鬼神を祭祀するは、是れ此のため福を求むと。德の理全部人に施加して、人其の處に在りて、內にして見難し、此に因りて先王德の容貌を擧げて辭語を爲り、以て其の理を彰明し、天下に陳列し、人をして觀看せしむ。後世に垂れて、辯議以て審察し、轉相告語す。此に因りて弟子師に跟隨して問い、博學以て其の知を通達し、而して辭を彰明して其の誠を立つ、ゆえに曰く博學辯議は、是れ此のため辭を立つと。

德畢施物,物雖有之,微細難識。夫玉者,真德象也。六理在玉,明而易見也。是以舉玉以諭物之所受於德者,與玉一體也。

德全部物に施加す、物之を有ると雖も、微細にして認識し難し。玉は、是れ眞德の象なり。六理玉に在りて、明白にして見易し。此に因りて玉を擧げて以て物の德に受ける所を曉諭す、玉と是れ一體なり。

卷第九

卷第九

大政上

大政上

聞之於政也,民無不為本也。國以為本,君以為本,吏以為本。故國以民為安危,君以民為威侮,吏以民為貴賤,此之謂民無不為本也。聞之於政也,民無不為命也。國以為命,君以為命,吏以為命。故國以民為存亡,君以民為盲明,吏以民為賢不肖,此之謂民無不為命也。聞之於政也,民無不為功也。故國以為功,君以為功,吏以為功。國以民為興壞,君以民為強弱,吏以民為能不能,此之謂民無不為功也。聞之於政也,民無不為力也,故國以為力,君以為力,吏以為力。故夫戰之勝也,民欲勝也:攻之得也,民欲得也:守之存也,民欲存也。故率民而守,而民不欲存,則莫能以存矣。故率民而攻,民不欲得,則莫能以得矣。故率民而戰,民不欲勝,則莫能以勝矣。故其民之為其上也,接敵而喜,進而不能止,敵人必駭,戰由此勝也。夫民之於其上也,接而懼,必走去,戰由此敗也。故夫菑與福也,非粹在天也,必在士民也。嗚呼,戒之戒之!夫士民之志,不可不要也。嗚呼,戒之戒之!

政に聞くに、民本と爲さざるなし。國民を以て本と爲し、君民を以て本と爲し、吏民を以て本と爲す。ゆえに國民を以て安危と爲し、君民を以て威侮と爲し、吏民を以て貴賤と爲す、是れを民本と爲さざるなしと謂う。政に聞くに、民命と爲さざるなし。國民を以て命と爲し、君民を以て命と爲し、吏民を以て命と爲す。ゆえに國民を以て存亡と爲し、君民を以て盲明と爲し、吏民を以て賢不肖と爲す、是れを民命と爲さざるなしと謂う。政に聞くに、民功と爲さざるなし。ゆえに國民を以て功と爲し、君民を以て功と爲し、吏民を以て功と爲す。國民を以て興壞と爲し、君民を以て強弱と爲し、吏民を以て能不能と爲す、是れを民功と爲さざるなしと謂う。政に聞くに、民力と爲さざるなし、ゆえに國民を以て力と爲し、君民を以て力と爲し、吏民を以て力と爲す。ゆえに戰の勝利は、是れ民勝たんと欲す;攻の取得は、是れ民得んと欲す;守の存在は、是れ民存せんと欲す。ゆえに民を率領して以て守るに、而して民存せんと欲せざれば、卽ち存する能わず。民を率領して以て攻むるに、民得んと欲せざれば、卽ち得る能わず。民を率領して以て戰うに、民勝たんと欲せざれば、卽ち勝つ能わず。ゆえに民其の上のため、敵人に接觸して喜悅し、前進して止む能わざれば、敵人必ず驚駭し、戰此に由りて勝利す。民上に對して、接觸して懼怕し、必ず逃走すれば、戰此に由りて失敗す。ゆえに災と福とは、完全に天に在らず、必ず士民に在り。嗚呼、警戒警戒!士民の志向は、要らざる可からず。嗚呼、警戒警戒!

行之善也,粹以為福己矣。行之惡也,粹以為菑己矣。故受天之福者,天不功焉。被天之菑,則亦無怨天矣,行自為取之也。知善而弗行,謂之不明:知惡而弗改,必受天殃。天有常福,必與有德:天有常菑,必與奪民時。故夫民者,至賤而不可簡也,至愚而不可欺也。故自古至於今,與民為讎者,有遲有速,而民必勝之。知善而弗行謂之狂,知惡而不改謂之惑,故夫狂與惑者,聖王之戒也,而君子之愧也。嗚呼,戒之戒之!豈其以狂與惑自為之,明君而君子乎,聞善而行之如爭,聞惡而改之如讎,然後禍菑可離,然後保福也。戒之戒之!

行爲善なれば、完全に己の福と爲る。行爲惡なれば、完全に己の災と爲る。ゆえに天の福を受くるは、天此のため功に居らず。天の災を遭受するも、卽ち天を怨む勿れ、是れ行爲自ら取り來るなり。善を知りて實行せざるを、不明と謂い;惡を知りて改めざるは、必ず天殃を受く。天經常の福有りて、必ず德有るに給す;天經常の災有りて、必ず民時を侵奪するに給す。ゆえに民は、極賤にして簡慢す可からず、極愚にして欺く可からず。ゆえに古より今に至るまで、民と仇を爲すは、遲速有りて、而して民必ず彼に勝つ。善を知りて實行せざるを狂と謂い、惡を知りて改めざるを惑と謂う、ゆえに狂と惑とは、是れ聖王の警戒、君子の慚愧なり。嗚呼、警戒警戒!豈狂と惑とを以て自ら爲さんや、還りて明君君子と算せんや、善を聞きて實行する爭奪のごとく、惡を聞きて改正する仇に對するがごとくせば、然る後禍災離る可く、然る後福を保住す。警戒警戒!

誅賞之慎焉。故與其殺不辜也,寧失於有罪也。故夫罪也者,疑則附之去已。夫功也者,疑則附之與已。則此毋有無罪而見誅,毋有有功而無賞者矣。戒之哉,戒之哉!誅賞之慎焉。故古之立刑也,以禁不肖,以起怠惰之民也。是以一罪疑,則弗遂誅也,故不肖得改也。故一功疑,則必弗倍也,故愚民可勸也。是以上有仁譽,而下有治名。疑罪從去,仁也:疑功從予,信也。戒之哉,戒之哉!慎其下,故誅而不忌,賞而不曲。不反民之罪而重之,不滅民之功而棄之。故上為非則諫而止之,以道弼之:下為非則矜而恕之,道而赦之,柔而假之。故雖有不肖民,化而則之。故雖昔者之帝王,其所貴其臣者,如此而已矣。

誅賞謹慎すべし。ゆえに無辜を殺すよりは、寧ろ有罪に失せよ。ゆえに罪は、疑有れば卽ち歸附して去り。功は、疑有れば卽ち歸附して給す。かくのごとければ卽ち罪なくして誅せられ、功有りて賞なきなし。警戒や、警戒や!誅賞謹慎すべし。ゆえに古刑を設立するは、以て不肖を禁止し、以て怠惰の民を興起す。此に因りて一罪疑有れば、卽ち立刻誅せず、ゆえに不肖改を得。一功疑有れば、必ず背棄せず、ゆえに愚民勸勉す可し。此に因りて上仁譽有り、下治名有り。疑罪輕きに從りて去るは、是れ仁;疑功厚きに從りて給するは、是れ信なり。警戒や、警戒や!謹慎下に對待せば、ゆえに誅して忌刻せず、賞して歪曲せず。反つて民の罪を加重せず、民の功を滅して拋棄せず。ゆえに上非を爲れば卽ち進諫して止住し、道を以て輔弼し;下非を爲れば卽ち矜憐して寬恕し、道を以て赦免し、柔和にして寬假す。ゆえにたとい不肖の民有るも、亦教化して效法す。ゆえにたとい從前の帝王も、其の臣を看重する所は、かくのごときのみ。

人臣之道,思善則獻之於上,聞善則獻之於上,知善則獻之於上。夫民者,唯君者有之:為人臣者,助君理之。故夫為人臣者,以富樂民為功,以貧苦民為罪。故君以知賢為明,吏以愛民為忠。故臣忠則君明,此之謂聖王。故官有假,而德無假,位有卑,而義無卑,故位下而義高者,雖卑貴也,位高而義下者,雖貴必窮。嗚呼,戒之哉,戒之哉!行道不能,窮困及之。

人臣の道は、善を想えば卽ち上に獻し、善を聞けば卽ち上に獻し、善を知れば卽ち上に獻す。民は、只君擁有す;臣を爲るは、君を幫助して治理す。ゆえに臣を爲るは、民を富樂するを以て功と爲し、民を貧苦するを以て罪と爲す。ゆえに君賢を知るを以て明と爲し、吏民を愛するを以て忠と爲す。ゆえに臣忠なれば卽ち君明、是れを聖王と謂う。ゆえに官假借有りて、而して德假借なく、位卑有りて、而して義卑なし、ゆえに位下にして義高きは、たとい卑なれども亦貴く、位高にして義下なるは、たとい貴なれども亦必ず窮困す。嗚呼、警戒や、警戒や!道を行う能わざれば、窮困卽ち至る。

夫一齣而不可反者,言也:一見而不可得揜者,行也。故夫言與行者,知愚之表也,賢不肖之別也。是以智者慎言慎行,以為身福:愚者易言易行,以為身菑。故君子言必可行也,然後言之,行必可言也,然後行之。嗚呼,戒之哉,戒之哉!行之者在身,命之者在人,此福菑之本也。道者福之本,祥者福之榮也。無道者必失福之本,不祥者必失福之榮。故行而不緣道者,其言必不顧義矣。故紂自謂天王也,桀自謂天子也,已滅之後,民以相罵也。以此觀之,則位不足以為尊,而號不足以為榮矣。故君子之貴也,士民貴之,故謂之貴也。故君子之富也,士民樂之,故謂之富也。故君子之貴也,與民以福,故士民貴之。故君子之富也,與民以財,故士民樂之。故君子富貴也,至於子孫而衰,則士民皆曰何君子之道衰也,數也。不肖暴者禍及其身,則士民皆曰,何天誅之遲也。

一口を出でて返回する可からざるは、是れ言;一顯現して掩蓋する可からざるは、是れ行なり。ゆえに言と行とは、是れ智愚の表、賢不肖の分別なり。此に因りて智者言を謹慎し行を謹慎して、以て自身の福と爲し;愚者言を輕易し行を輕易して、以て自身の災と爲す。ゆえに君子言必ず實行する可き、然る後纔かに説き、行必ず説く可き、然る後纔かに爲す。嗚呼、警戒や、警戒や!實行するは自身に在り、命名するは別人に在り、是れ福災の本なり。道是れ福の本、祥是れ福の榮華なり。道なきは必ず福の本を失い、祥ならざるは必ず福の榮華を失う。ゆえに行して道に緣らざるは、其の言必ず義を顧みず。ゆえに紂自ら天王と稱し、桀自ら天子と稱す、已に滅亡の後、民以て互いに罵る。此より觀れば、位足りて尊と當るに足らず、名號足りて榮と當るに足らず。ゆえに君子の貴は、是れ士民彼を貴ぶ、ゆえに之を貴と謂う。君子の富は、是れ士民彼を樂しむ、ゆえに之を富と謂う。君子の貴は、民に福を給す、ゆえに士民彼を貴ぶ。君子の富は、民に財を給す、ゆえに士民彼を樂しむ。ゆえに君子富貴は、子孫に至りて衰落す、士民皆曰く何ぞ君子の道衰落するや、是れ氣數なり。不肖暴虐の禍自身に至る、士民皆曰く、何ぞ天誅かくのごとく遲きや。

夫民者,萬世之本也,不可欺。凡居於上位者,簡士苦民者是謂愚,敬士愛民者是謂智。夫愚智者,士民命之也。故夫民者,大族也,民不可不畏也。故夫民者,多力而不可適也。嗚呼,戒之哉,戒之哉!與民為敵者,民必勝之。君能為善,則吏必能為善矣:吏能為善,則民必能為善矣。故民之不善也,吏之罪也:吏之不善也,君之過也。嗚呼,戒之,戒之!故夫士民者,率之以道,然後士民道也:率之以義,然後士民義也:率之以忠,然後士民忠也:率之以信,然後士民信也。故為人君者,其出令也,其如聲,士民學之,其如響,曲折而從君,其如景矣。嗚呼,戒之哉,戒之哉!君鄉善於此,則佚佚然協民皆鄉善於彼矣,猶景之象形也。君為惡於此,則啍啍然協民皆為惡於彼矣,猶響之應聲也。是以聖王而君子乎,執事而臨民者日戒慎一日,則士民亦日戒慎一日矣,以道先民也。

民は、是れ萬世の本、欺く可からず。凡是れ上位に居るは、士を簡慢し民を苦しむるを愚と謂い、士を敬し民を愛するを智と謂う。愚智は、是れ士民の命名するなり。ゆえに民は、是れ大族、民畏る可からざるなし。民は、力量多くして匹敵す可からず。嗚呼、警戒や、警戒や!民と敵を爲すは、民必ず彼に勝つ。君能く善を爲せば、吏必ず能く善を爲す;吏能く善を爲せば、民必ず能く善を爲す。ゆえに民善ならざるは、是れ吏の罪;吏善ならざるは、是れ君の過錯。嗚呼、警戒、警戒!ゆえに士民は、道を以て率領せば、然る後士民道有り;義を以て率領せば、然る後士民義有り;忠を以て率領せば、然る後士民忠なり;信を以て率領せば、然る後士民信なり。ゆえに人君を爲るは、其の令を發出する、聲音のごとく、士民之を學ぶ、回響のごとく、曲折して君に跟從す、影子のごとし。嗚呼、警戒や、警戒や!君此に於て善に向かえば、卽ち佚佚然として協和して民皆彼に於て善に向かう、影子形を象るがごとし。君此に於て惡を爲れば、卽ち哼哼然として協和して民皆彼に於て惡を爲す、回響聲に應ずるがごとし。此に因りて聖王君子は、事を執りて民に臨む一日一日戒慎し、士民亦一日一日戒慎す、是れ道を以て民の前に在るなり。

道者,聖王之行也,文者聖王之辭也,恭敬者聖王之容也,忠信者聖王之教也。夫聖人也者,賢智之師也。仁義者,明君之性也。故堯舜禹湯之治天下也,所謂明君也,士民樂之,皆即位百年然後崩,士民猶以為大數也。桀紂,所謂暴亂之君也,士民苦之,皆即位數十年而滅,士民猶以為大久也。故夫諸侯者,士民皆愛之,則其國必興矣:士民皆苦之,則國必亡矣。故夫士民者,國家之所樹,而諸侯之本也,不可輕也。嗚呼!輕本不祥,實為身殃,戒之哉,戒之哉!

道は、是れ聖王の行爲、文是れ聖王の辭、恭敬是れ聖王の容、忠信是れ聖王の教なり。聖人は、是れ賢智の老師なり。仁義は、是れ明君の性なり。ゆえに堯舜禹湯天下を治理せしは、所謂明君、士民之を樂しみ、皆位に即くこと百年して然る後崩ず、士民還りて以爲年數太大なりと。桀紂は、所謂暴亂の君、士民之を苦しみ、皆位に即くこと數十年にして滅亡す、士民還りて以爲太久なりと。ゆえに諸侯は、士民皆之を愛せば、國必ず興り;士民皆之を苦しめば、國必ず亡ぶ。ゆえに士民は、是れ國家の樹立する所、諸侯の本、輕視す可からず。嗚呼!本を輕視するは不祥、實に是れ自身の殃、警戒せよ、警戒せよ!

大政下

大政下

易使喜,難使怒者,宜為君。識人之功,而忘人之罪者,宜為貴。故曰:"刑罰不可以慈民,簡洩不可以得士。"故欲以刑罰慈民,闢其猶以鞭狎狗也,雖久弗親矣。故欲以簡洩得士,闢其猶以弧怵鳥也,雖久弗得矣。故夫士者,弗敬則弗至。故夫民者,弗愛則弗附。故欲求士必至,民必附,惟恭與敬,忠與信,古今毋易矣。渚澤有枯水,而國無枯士矣。故有不能求士之君,而無不可得之士。故有不能治民之吏,而無不可治之民。故君明而吏賢矣,吏賢而民治矣。故見其民而知其吏,見其吏而知其君矣。故君功見於選吏,吏功見於治民。故勸之其上者,由其下而上睹矣,此道之謂也。故治國家者,行道之謂,國家必寧,信道而不為,國家必空。故政不可不慎也,而吏不可不選也,而道不可離也。嗚呼,戒之哉!離道而災至矣。

彼をして喜悅せしむる容易く、彼をして發怒せしむる難きは、君を爲るに適宜なり。人の功を記得して、人の罪を忘るるは、貴を爲るに適宜なり。ゆえに曰く、「刑罰以て民を慈愛する可からず、簡慢以て士を得る可からず」と。ゆえに刑罰を以て民を慈愛せんと欲するは、譬えば鞭を以て狗を狎るるがごとく、たとい久しきも親しまず。簡慢を以て士を得んと欲するは、譬えば弧を以て鳥を驚嚇するがごとく、たとい久しきも得ず。ゆえに士は、敬せざれば卽ち來らず。民は、愛せざれば卽ち親附せず。ゆえに士を求めて必ず至り、民を求めて必ず親附せんと欲するは、只恭と敬、忠と信、古今改易せず。渚澤枯竭の水有りて、而して國枯竭の士なし。ゆえに士を求む能わざるの君有りて、而して得る可からざるの士なし。民を治む能わざるの吏有りて、而して治む可からざるの民なし。ゆえに君明くして吏賢なり、吏賢にして民治理す。ゆえに民を見れば卽ち吏を知り、吏を見れば卽ち君を知る。ゆえに君の功は選吏に表現し、吏の功は民を治むるに表現す。ゆえに上を勸勉するは、下に由りて上に向かいて見らる、是れを道と謂う。ゆえに國家を治理するに、道を實行せば、國家必ず安寧し、道を信じて爲さざれば、國家必ず空虛す。ゆえに政謹慎せざる可からず、吏選擇せざる可からず、道離る可からず。嗚呼、警戒せよ!

無世而無聖,或不得知也,無國而無士,或弗能得也。故世未嘗無聖也,而聖不得聖王,則弗起也。國未嘗無士也,不得君子,則弗助也。聖明則士闇飾矣。故聖王在上位,則士百里而有一人,則猶無有也。故王者衰,則士沒矣。故暴亂在位,則士千里而有一人,則猶比肩也。故國者有不幸,而無明君。君明也,則國無不幸而無賢士矣。故自古而至於今,澤有無水,國無無士,故士易得而難求也,易致而難留也。故求士而不以道,周遍境內不能得一人焉:故求士而以道,則國中多有之,此之謂士易得而難求也。故待士而以敬,則士必居矣:待士而不以道,則士必去矣,此之謂士易致而難留也。

世有りて聖なきなく、或は知る能わざる有り、國有りて士なきなく、或は得る能わざる有り。ゆえに世未だ曾て聖なきあらずして、而して聖聖王を得王を得ざれば、卽ち興起せず。國未だ曾て士なきあらずして、君子を得ざれば、卽ち輔助せず。聖明なれば卽ち士暗に整飭す。ゆえに聖王上位に在れば、士百里にして一人有りて、還りてなきがごとし。ゆえに王者衰落すれば、士卽ち隱沒す。暴亂位に在れば、士千里にして一人有りて、還りて比肩のごとし。ゆえに國不幸有りて、而して明君なし。君明ければ、國不幸なくして賢士なきなし。ゆえに古より今に至るまで、澤水なき有りて、國士なきはなし、ゆえに士得易くして求め難く、招致し易くして留下し難し。ゆえに士を求めて道に按らざれば、周遍境內一人を得る能わず;士を求めて道に按れば、國中多く有り、是れを士得易くして求め難しと謂う。士を對待して敬を用いれば、士必ず留下す;士を對待して道に按らざれば、士必ず離去す、是れを士招致し易くして留下し難しと謂う。

王者有易政而無易國,有易吏而無易民。故因是國也而為安,因是民也而為治。故湯以桀之亂氓為治,武王以紂之北卒為強。故民之治亂在於吏,國之安危在於政,故是以明君之於政也,慎之,於吏也,選之,然後國興也。故君能為善,則吏必能為善矣。吏能為善,則民必能為善矣。故民之不善也,失之者吏也:故民之善者,吏之功也。故吏之不善也,失之者君也:故吏之善者,君之功也。是故君明而吏賢,吏賢而民治矣。故苟上好之,其下必化之,此道之謂也。

王者改易の政有りて改易の國なく、改易の吏有りて改易の民なし。ゆえに此の國に就きて安を求め、此の民に就きて治を求む。ゆえに湯桀の亂氓を用いて以て治理し、武王紂の敗卒を用いて以て強大す。ゆえに民の治亂は吏に在り、國の安危は政に在り、此に因りて明君政に對しては謹慎し、吏に對しては選擇して、然る後國興起す。ゆえに君能く善を爲れば、吏必ず能く善を爲す。吏能く善を爲れば、民必ず能く善を爲す。ゆえに民善ならざれば、彼らを失うは是れ吏;民善なれば、是れ吏の功なり。吏善ならざれば、彼らを失うは是れ君;吏善なれば、是れ君の功なり。此に因りて君明くして吏賢、吏賢にして民治理す。ゆえに上喜好すれば、下必ず化す、是れを道と謂う。

夫民之為言也,暝也:萌之為言也,盲也。故惟上之所扶而以之,民無不化也,故曰民萌民萌哉,直言其意而為之名也。夫民者賢不肖之材也,賢不肖皆具焉,故賢人得焉,不肖者伏焉,技能輸焉,忠信飾焉。故民者,積愚也。故夫民者,雖愚也,明上選吏焉,必使民與焉。故士民譽之,則明上察之,見歸而舉之。故士民苦之,則明上察之,見非而去之。故王者取吏不妄,必使民唱,然後和之。故夫民者,吏之程也。察吏於民,然後隨之。夫民至卑也,使之取吏焉,必取其愛焉。故十人愛之有歸,則十人之吏也:百人愛之有歸,則百人之吏也:千人愛之有歸,則千人之吏也:萬人愛之有歸,則萬人之吏也。故萬人之吏,選卿相焉。

民言と爲るは、是れ暝;萌言と爲るは、是れ盲なり。ゆえに只上の扶持して引導する所に在り、民化せざるなし、ゆえに曰く民萌民萌や、直ちに其の意を説出して之がため命名すと。民は、是れ賢不肖の材、賢不肖皆具備す、ゆえに賢人得れば、不肖の隱伏し、技能輸送し、忠信整飭す。ゆえに民は、是れ愚を積む。民愚と雖も、明上吏を選ぶに、必ず民をして參與せしむ。ゆえに士民稱譽すれば、明上卽ち察看し、歸向を見て擧用す。士民以爲苦とすれば、明上卽ち察看し、非を見て去掉す。ゆえに王者吏を取る妄らならず、必ず民をして倡導せしめ、然る後應和す。ゆえに民は、是れ吏の程準なり。民其の處に於て吏を察して、然る後跟隨す。民極卑し、彼らをして吏を取らしめれば、必ず其の愛する所を取る。ゆえに十人愛して歸有れば、卽ち十人の吏;百人愛して歸有れば、卽ち百人の吏;千人愛して歸有れば、卽ち千人の吏;萬人愛して歸有れば、卽ち萬人の吏なり。ゆえに萬人の吏は、中より卿相を選ぶ。

夫民者,諸侯之本也:教者,政之本也:道者,教之本也。有道然後教也,有教然後政治也,政治然後民勸之,民勸之然後國豐富也。故國豐且富,然後君樂也,忠臣之功也。臣之忠者,君之明也。臣忠君明,此之謂政之綱也。故國也者行之綱,然後國臧也。故君之信,在於所信,所信不信,雖欲論信也,終身不信矣,故所信不可不慎也。事君之道,不過於事父,故不肖者之事父也,不可以事君。事長之道,不過於事兄,故不肖者之事兄也,不可以事長。使下之道,不過於使弟,故不肖者之使弟也,不可以使下。交接之道,不過於為身,故不肖者之為身也,不可以接友。慈民之道,不過於愛其子,故不肖者之愛其子,不可以慈民。居官之道,不過於居家,故不肖者之於家也,不可以居官。夫道者,行之於父,則行之於君矣:行之於兄,則行之於長矣:行之於弟,則行之於下矣:行之於身,則行之於友矣:行之於子,則行之於民矣:行之於家,則行之於官矣。故士則未仕而能以試矣。聖王選舉也,以為表也,問之然後知其言,謀焉然後知其極,任之以事,然後知其信。故古聖王君子不素距人,以此為明察也。

民は、是れ諸侯の本;教は、是れ政の本;道は、是れ教の本なり。道有りて然る後教有り、教有りて然る後政治あり、政治有りて然る後民勸勉し、民勸勉して然る後國豐富す。ゆえに國豐かに且つ富めば、然る後君樂しむ、是れ忠臣の功なり。臣の忠は、是れ君の明なり。臣忠君明は、是れを政の綱と謂う。ゆえに國は、此の綱を實行して、然る後國善し。ゆえに君の信は、信任する所に在り、信任する所信ならざれば、たとい信を論ぜんと欲するも、終身信ならず、ゆえに信任する所謹慎せざる可からず。君に事うるの道は、父に事うるを超過せず、ゆえに不肖の人父に事うるは、君に事うる可からず。長に事うるの道は、兄に事うるを超過せず、ゆえに不肖の人兄に事うるは、長に事うる可からず。下を役使するの道は、弟を役使するを超過せず、ゆえに不肖の人弟を役使するは、下を役使する可からず。交接するの道は、自身を爲るを超過せず、ゆえに不肖の人自身を爲るは、友を交接する可からず。民を慈しむの道は、其の子を愛するを超過せず、ゆえに不肖の人其の子を愛するは、民を慈しむ可からず。官に居るの道は、家に居るを超過せず、ゆえに不肖の人家に對するは、官に居る可からず。道は、父に於て實行せば、卽ち君に於て實行す;兄に於て實行せば、卽ち長に於て實行す;弟に於て實行せば、卽ち下に於て實行す;自身に於て實行せば、卽ち友に於て實行す;子に於て實行せば、卽ち民に於て實行す;家に於て實行せば、卽ち官に於て實行す。ゆえに士未だ出仕せざるに能く以て試驗す。聖王選擧するは、以て表と爲し、問うて然る後其の言を知り、謀劃して然る後其の極を知り、事を以て任用して、然る後其の信を知る。ゆえに古聖王君子平素人を拒絕せず、此を以て明察と爲す。

國之治政在諸侯。大夫。士,察之理,在其與徒。君必擇其臣,而臣必擇其所與。故察明者,賢乎人之辭,不出於室而無不見也。察明者乘人,不出其官,而無所不入也。故王者居於中國,不出其國,而明於天下之政,何也?則賢人之辭也,不離其位,而境內親之者,謂之人為之行之也。故愛人之道,言之者謂之其府:故愛人之道,行之者謂之其禮。故忠諸侯者,無以易敬士也:忠君子者,無以易愛民也。諸侯不得士,則不能興矣:故君子不得民:則不能稱矣。故士能言道而弗能行者謂之器,能行道而弗能言者謂之用,能言之能行之者謂之實。故君子訊其器,任其用,乘其實,而治安興矣。嗚呼,人耳人耳!

國の治政は諸侯・大夫・士に在り、察の理は、其の與する所の徒に在り。君必ず臣を選擇し、臣必ず與する所の人を選擇す。ゆえに察明のは、人の辭に賢く、室を出でずして見えざるなし。察明の人に乘るは、官を出でずして入らざる所なし。ゆえに王者中國に居り、其の國を出でずして、天下の政を明白す、何ぞや?卽ち賢人の辭、位を離れずして、境內親近するは、之を人彼がため實行すると謂う。ゆえに人を愛するの道は、之を説くを其の府と謂い;人を愛するの道は、之を實行するを其の禮と謂う。ゆえに諸侯に忠なるは、士を敬するより能く改易するなし;君子に忠なるは、民を愛するより能く改易するなし。諸侯士を得ざれば、卽ち興起する能わず;君子民を得ざれば、卽ち稱する能わず。ゆえに士能く道を説いて實行する能わざるを器と謂い、能く道を行いて説く能わざるを用と謂い、能く説き且つ能く實行するを實と謂う。ゆえに君子其の器を訊問し、其の用を任用し、其の實に乘れば、治安卽ち興起す。嗚呼、人や人や!

諸侯即位享國,社稷血食,而政有命國無君也:官有政長,而民有所屬,而政有命國無吏也:官駕百乘,而食食千人,政有命國無人也。何也?君之為言也,考也。故君也者,道之所出也。賢人不舉,而不肖人不去,此君無道也,故政謂此國無君也。吏之為言,理也。故吏也者,理之所出也,上為非而不敢諫,下為善而不知勸,此吏無理也,故政謂此國無吏也。官駕百乘,而食食千人,近側者不足以問諫,而由朝假不足以考度,故政謂此國無人也。嗚呼,悲哉!君者,群也,無人誰據?無據必蹶,政謂此國素亡也。

諸侯位に即きて國を享く、社稷血食を享受し、而して政命國有りて君なし;官政長有り、民屬する所有り、而して政命國有りて吏なし;官百乘を駕り、飯を食う一千人、政命國有りて人なし。何ぞや?君言と爲るは、是れ考なり。ゆえに君は、是れ道の出づる所從なり。賢人擧用せられず、不肖の人去掉せられず、是れ君道なし、ゆえに政之を此の國君なしと謂う。吏言と爲るは、是れ理なり。ゆえに吏は、是れ理の出づる所從、上非を爲して敢えて進諫せず、下善を爲して勸勉を知らず、是れ吏理なし、ゆえに政之を此の國吏なしと謂う。官百乘を駕り、飯を食う一千人、近側の問諫するに足らずして、而して朝假由りて考度するに足らず、ゆえに政之を此の國人なしと謂う。嗚呼、悲哀なるかな!君は、是れ群なり、人なければ誰に憑據せん?憑據なければ必ず蹶仆し、政之を此の國平素に亡ぶと謂う。

修政語上

修政語上

黃帝曰:道若川穀之水,其出無已,其行無止。故服人而不為仇,分人而不譐者,其惟道矣。故播之於天下,而不忘者,其惟道矣。是以道高比於天,道明比於日,道安比于山。故言之者見謂智,學之者見謂賢,守之者見謂信,樂之者見謂仁,行之者見謂聖人。故惟道不可竊也,不可以虛為也。故黃帝職道義,經天地,紀人倫,序萬物,以信與仁為天下先。然後濟東海,入江內,取綠圖,西濟積石,涉流沙,登於崑崙,於是還歸中國,以平天下,天下太平,唯躬道而已。

黃帝曰く、道は河流山谷の水のごとし、其の出でる停止なく、其の行く止境なし。ゆえに人をして服從して仇と爲らず、人に分與して恨を積まざるは、大概只道のみ。ゆえに天下に播きて忘記せざるは、大概只道のみ。此に因りて道高きこと天に比し、道明きこと日に比し、道安きこと山に比す。ゆえに曰く其の被を智と謂い、其の被を學ぶを賢と謂い、其の被を守るを信と謂い、其の被を樂しむを仁と謂い、其の被を實行するを聖人と謂うと。ゆえに只道竊む可からず、虛を以て爲す可からず。ゆえに黃帝道義を職掌し、天地を經理し、人倫を紀理し、萬物を序次し、信と仁とを以て天下の先と爲す。然る後東海を濟し、江內に進入し、綠圖を取り、西積石を濟し、流沙を涉り、崑崙に登り、於是還りて中國に歸り、以て天下を平し、天下太平す、只是れ親ら道を行うのみ。

帝顓頊曰:至道不可過也,至義不可易也。是故以後者復跡也。故上緣黃帝之道而行之,學黃帝之道而賞之,加而弗損,天下亦平也。

帝顓頊曰く、至道越過す可からず、至義改易す可からず。此に因りて後來の人事跡を重複す。ゆえに上黃帝の道に緣りて實行し、黃帝の道を學びて賞識し、增加して減損せず、天下亦平らかなり。

顓頊曰:功莫美於去惡而為善,罪莫大於去善而為惡,故非吾善善而已也,善緣善也,非惡惡而已也,惡緣惡也。吾日慎一日,其此已也。

顓頊曰く、功惡を去りて善を爲るより美なるはなし、罪善を去りて惡を爲るより大なるはなし、ゆえに我是れ善を以て善と爲すのみにあらず、是れ善善に緣り、惡を以て惡と爲すのみにあらず、是れ惡惡に緣るなり。我一日一日謹慎す、卽ち此ののみ。

帝嚳曰:緣道者之辭而與為道已,緣巧者之事而學為巧已,行仁者之操而與為仁已。故節仁之器,以修其躬,而身專其美矣。故士緣黃帝之道而明之,學帝顓頊之道而行之,而天下亦平矣。

帝嚳曰く、道有る者の辭に緣りて彼と道を爲り、巧者の事に緣りて巧を爲るを學び、仁者の操守を實行して彼と仁を爲る。ゆえに仁の器具を節取して、以て自身を修養し、而して身専に其の美有り。ゆえに士黃帝の道に緣りて彰明し、帝顓頊の道を學びて實行す、天下亦平らかなり。

帝嚳曰:德莫高於博愛人,而政莫高於博利人,故政莫大於信,治莫大於仁,吾慎此而已矣。

帝嚳曰く、德人を博愛するより高きはなし、政人を博利するより高きはなし、ゆえに政信より大なるはなし、治仁より大なるはなし、我此を謹慎するのみ。

帝堯曰:"吾存心於先古,加志於窮民,痛萬姓之罹罪,憂眾生之不遂也。"故一民或飢,曰:"此我飢之也。"一民或寒,曰:"此我寒之也。"一民有罪,曰:"此我陷之也。"仁行而義立,德博而化富。故不賞而民勸,不罰而民治,先恕而後行,是以德音遠也。是故堯教化及雕題蜀越,撫交趾,身涉流沙,地封獨山,西見王母,訓及大夏渠叟,北中幽都,及狗國與人身而鳥面,及焦僥。好賢而隱不逮,強於行,而菑於志,率以仁而恕,至此而已矣。

帝堯曰く、「我心を先古に存し、志向を窮民に加え、萬姓の罪を遭受するを痛み、衆生の遂わる能わざるを憂う」と。ゆえに一個の民或は飢えば、曰く、「是れ我彼をして飢えしむ」と。一個の民或は寒なれば、曰く、「是れ我彼をして寒ならしむ」と。一個の民罪有れば、曰く、「是れ我彼をして陷らしむ」と。仁行して義立ち、德博くして化富す。ゆえに賞せずして民勸勉し、罰せずして民治理す、先ず恕して然る後實行す、此に因りて德音遠し。此に因りて堯の教化雕題蜀越に至り、交趾を安撫し、親ら流沙を涉り、地獨山を封し、西王母に見え、訓大夏渠叟に及び、北幽都に至り、及び狗國と人身にして鳥面、及び焦僥。賢を好みて隱微遺漏せず、行に強く、而して災志に在り、仁を以て恕を率領し、此に至るのみ。

帝舜曰:吾盡吾敬而以事吾上,故見謂忠焉:吾盡吾敬以接吾敵,故見謂信焉:吾盡吾敬以使吾下,故見謂仁焉。是以見愛親於天下之人,而見歸樂於天下之民,而見貴信於天下之君。故吾詳取之以敬也,吾得之以敬也,故欲明道而諭教,唯以敬者為忠,必服之。

帝舜曰く、我我が敬を盡くして以て我が上に事う、ゆえに之を忠と謂わる;我我が敬を盡くして以て我が敵を交接す、ゆえに之を信と謂わる;我我が敬を盡くして以て我が下を役使す、ゆえに之を仁と謂わる。此に因りて天下の人に愛親せられ、天下の民に歸樂せられ、天下の君に貴信せらる。ゆえに我詳細に敬を取用し、我得るも亦敬を用い、ゆえに道を彰明して教を曉諭せんと欲するは、只敬を以て忠と爲し、必ず人をして服從せしむ。

大禹之治天下也,諸侯萬人,而禹一皆知其體。故大禹豈能一見而知之也?豈能一聞而識之也?諸侯朝會,而禹親報之,故是以禹一皆知其國也。其士月朝,而禹親見之,故是以禹一皆知其體也。然且大禹其猶大恐,諸侯會,則問於諸侯曰:"諸侯以寡人為驕乎?"朔日士朝,則問於士曰:"諸大夫以寡人為汏乎?其聞寡人之驕之汏耶,而不以語寡人者,此教寡人之殘道也,滅天下之教也,故寡人之所怨於人者,莫大於此也。"

大禹天下を治理し、諸侯上萬人、而して禹一概に皆其の體貌を知る。ゆえに大禹豈能く一見して卽ち知らんや?豈能く一聽して卽ち認識せんや?諸侯朝會すれば、禹親ら回報す、此に因りて禹一概に皆其の國を知る。それらの士月に按じて朝見すれば、禹親ら見る、此に因りて禹一概に皆其の體貌を知る。然るに大禹還りて甚だ恐懼し、諸侯會せば、卽ち諸侯に問うて曰く、「諸侯以爲寡人驕なるか」と。朔日士朝すれば、卽ち士に問うて曰く、「諸大夫以爲寡人汰侈なるか?寡人驕汰と聞きて、而して寡人に告げざるは、是れ寡人をして道を殘害し、天下の教を滅せしむるを教う、ゆえに寡人の人に怨ずる所は、此より大なるはなし」と。

大禹曰:"民無食也,則我弗能使也,功成而不利於民,我弗能勸也。"故鬟河而道之九牧,鑿江而道之九路,灑五湖而定東海。民勞矣而弗苦者,功成而利於民也。禹嘗晝不暇食,夜不暇寢矣,方是時也,憂務故也。故禹與士民同務,故不自言其信,而信諭矣。故治天下,以信為之也。

大禹曰く、「民食なく、我卽ち役使する能わず、功成りて民に利ならざれば、我卽ち勸勉する能わず」と。ゆえに河を疏通して九州に引導し、江を開鑿して九路に引導し、五湖を疏洒して東海を安定す。民勞して苦しまざるは、是れ功成りて民に利有り。禹曾て白日飯に及ばず、夜寢に及ばず、まさに此の時、是れ事務を憂慮するの緣故なり。ゆえに禹士民と同事すれば、ゆえに自ら其の信を説かずして、而して信已に曉諭せり。ゆえに天下を治理するに、信を以て爲す。

湯曰:學聖王之道者,譬其如日:靜思而獨居,譬其若火。夫舍學聖之道,而靜居獨思,譬其若去日之明於庭,而就火之光於室也。然可以小見,而不可以大知。是故明君而君子,貴尚學道,而賤下獨思也。故諸君子得賢而舉之,得賢而與之,譬其若登山乎。得不肖而舉之,得不肖而與之,譬其若下淵乎。故登山而望,其何不臨,而何不見?陵遲而入淵,其孰不陷溺?是以明君慎其舉,而君子慎其與,然後福可必歸,菑可必去也。

湯曰く、聖王の道を學ぶは、譬えば太陽のごとし;靜思して獨居するは、譬えば火のごとし。聖を學ぶの道を舍棄して、而して靜居獨思するは、譬えば庭中日の明を去掉して、室中火の光に就くがごとし。然るに以て小見す可くして、以て大知す可からず。此に因りて明君君子は、學道を崇尚を看重し、獨思を貶低を看輕す。ゆえに諸君子賢を得て擧用し、賢を得て給與するは、譬えば山に登るがごとし。不肖を得て擧用し、不肖を得て給與するは、譬えば淵に下るがごとし。ゆえに山に登りて望めば、何の臨まざる有らん、何の見えざる有らん?陵遲して淵に入れば、誰か陷溺せざらん?此に因りて明君其の擧を謹慎し、君子其の與を謹慎して、然る後福以て一定歸來す可く、災以て一定離去す可し。

湯曰:藥食嘗於卑,然後至於貴:藥言獻於貴,然後聞於卑。故藥食嘗於卑,然後至於貴,教也:藥言獻於貴,然後聞於卑,道也。故使人味食,然後食者,其得味也多:若使人味言,然後聞言者,其得言也少。故以是明上之於言也,必自也聽之,必自也擇之,必自也聚之,必自也藏之,必自也行之。故道以數取之為明,以數行之為章,以數施之萬姓為藏。是故求道者,不以目而以心:取道者,不以手而以耳。致道者以言,入道者以忠,積道者以信,樹道者以人。故人主有欲治安之心,而無治安之故者,雖欲治顯榮也,弗得矣。故治安不可以虛成也,顯榮不可以虛得也。故明君敬士察吏愛民,以參其極,非此者,則四美不附矣。

湯曰く、藥食卑處に於て嘗め、然る後貴處に至る;藥言貴に獻じ、然る後卑に傳わる。ゆえに藥食卑處に於て嘗めて然る後貴に至るは、是れ教;藥言貴に獻じて然る後卑に傳わるは、是れ道なり。ゆえに人をして食を品味して然る後食せしむるは、味を得ること多し;若し人をして言を品味して然る後言を聽かしむれば、言を得ること少なし。此に因りて明上言に對して、必ず自ら聽き、必ず自ら選擇し、必ず自ら聚集し、必ず自ら收藏し、必ず自ら實行す。ゆえに道數を以て取るは明、數を以て實行するは章、數を以て萬姓に施加するは藏なり。此に因りて道を求むるは、目を用いずして心を用い;道を取るは、手を用いずして耳を用う。道を致するは言を用い、道に入るは忠を用い、道を積むは信を用い、道を樹るは人を用う。ゆえに人主治安の心有りて、而して治安の緣故なければ、たとい治顯榮せんと欲するも、亦得られず。ゆえに治安虛成す可からず、顯榮虛得す可からず。ゆえに明君士を敬し吏を察し民を愛して、以て極致を參驗す、此のごとくにあらざれば、四美附著せず。

修政語下

修政語下

周文王問於粥子曰:"敢問君子將入其職,則其於民也何如?"粥子對曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:君子將入其職,則其於民也,旭旭然如日之始出也。"周文王曰:"受命矣。"曰:"君子既入其職,則其於民也何若?"對曰:"君子既入其職,則其於民也暯暯然如日之正中。"周文王曰:"受命矣。"曰:"君子既去其職,則其於民也何若?"對曰:"君子既去其職,則其於民也暗暗然如日之已入也。故君子將入而旭旭者,義先聞也:既入而暯暯者,民保其福也:既去而暗暗者,民失其教也。周文王曰:"受命矣。"

周文王粥子に問うて曰く、「敢えて問う君子將に職任に進入せん、民に對して如何」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、君子將に職任に進入せん、民に對して、旭旭然として日の剛く出づるがごとし」と。周文王曰く、「命を受けたり」と。曰く、「君子已に職任に進入せり、民に對して如何」と。答えて曰く、「君子已に職任に進入せり、民に對して暯暯然として日の正中に在るがごとし」と。周文王曰く、「命を受けたり」と。曰く、「君子已に職任を離去せり、民に對して如何」と。答えて曰く、「君子已に職任を離去せり、民に對して暗暗然として日の已に入るがごとし。ゆえに君子將に入らんとして旭旭なるは、是れ義先だち聞かる;已に入りて暯暯なるは、是れ民福を保住す;已に離れて暗暗なるは、是れ民教を失う」と。周文王曰く、「命を受けたり」と。

周武王問於粥子曰:"寡人願守而必存,攻而必得,戰而必勝,則吾為此柰何?"粥子曰:"唯,攻守而勝乎同器,而和與嚴其備也。故曰:和可以守,而嚴可以守,而嚴不若和之固也:和可以攻,而嚴可以攻,而嚴不若和之得也:和可以戰,而嚴可以戰,而嚴不若和之勝也,則唯由和而可也。故諸侯發政施令,政平於人者,謂之文政矣:諸侯接士而使吏,禮恭於人者,謂之文禮矣:諸侯聽獄斷刑,仁於治,陳於行,其由此守而不存,攻而不得,戰而不勝者,自古而至於,今自天地之闢也,未之嘗聞也。今也君王欲守而必存,攻而必得,戰而必勝,則唯由此也為可也。"周武王曰:"受命矣。"

周武王粥子に問うて曰く、「寡人願わくは守りて一定存し、攻めて一定得し、戰いて一定勝たん、我此のため如何せん」と。粥子曰く、「唯、攻守して勝つは同一器具に乎、而して和と嚴皆具備す。ゆえに曰く、和以て守る可く、嚴亦以て守る可し、而して嚴和に如かず牢固;和以て攻む可く、嚴亦以て攻む可し、而して嚴和に如かず得有り;和以て戰う可く、嚴亦以て戰う可し、而して嚴和に如かず能く勝つ、然らば只和に由りて始めて可なり。ゆえに諸侯政を發し令を施して、政人に平なるを、之を文政と謂い;諸侯士を交接して吏を役使して、禮人に恭なるを、之を文禮と謂い;諸侯獄を聽き刑を斷じて、治に仁に、行に陳に、此に由りて守りて存せず、攻めて得ず、戰いて勝たざるは、古より今に至り、天地開闢より、未だ曾て聞かず。今君王守りて一定存し、攻めて一定得し、戰いて一定勝たんと欲せば、然らば只此に由りて始めて可なり」と。周武王曰く、「命を受けたり」と。

周武王問於王子旦曰:"敢問治有必成,而戰有必勝乎?攻有必得,而守有必存乎?"王子旦對曰:"有。政曰:諸侯政平於內,而威於外矣。君子行修於身,而信於輿人矣,治民民治,而榮於名矣。故諸侯凡有治心者,必修之以道,而與之以敬,然後能以成也。凡有戰心者,必修之以政,而興之以義,然後能以勝也。凡有攻心者,必結之以約,而諭之以信,然後能以得也。凡有守心者,必固之以和,而諭之以愛,然後能有存也。"周武王曰:"受命矣。"師尚父曰:"吾聞之於政也,曰:天下壙壙,一人有之:萬民藂藂,一人理之。故天下者,非一家之有也,有道者之有也。故夫天下者,唯有道者理之,唯有道者紀之,唯有道者使之,唯有道者宜處而久之。故夫天下者,難得而易失也,難常而易亡也。故守天下者,非以道則弗得而長也。故夫道者,萬世之寶也。"周武王曰:"受命矣。"

周武王王子旦に問うて曰く、「敢えて問う治に一定の成有りて、而して戰に一定の勝有るや?攻に一定の得有りて、而して守に一定の存有るや?」と。王子旦答えて曰く、「有り。政曰く、諸侯政內に平にして、而して外に威す。君子行身に修まりて、而して衆人に信ぜらる、民を治めて民治まり、而して名に榮えたり。ゆえに諸侯凡そ治心有るは、必ず道を以て修め、敬を以て給與して、然る後能く成る。凡そ戰心有るは、必ず政を以て修め、義を以て興起して、然る後能く勝つ。凡そ攻心有るは、必ず約結を以てし、信を以て曉諭して、然る後能く得る。凡そ守心有るは、必ず和を以て鞏固し、愛を以て曉諭して、然る後能く存す」と。周武王曰く、「命を受けたり」と。師尚父曰く、「我政に聞く、曰く、天下曠曠、一個人擁有し;萬民叢叢、一個人治理す。ゆえに天下は、一家の有る所にあらず、是れ道有る者の有する所なり。ゆえに天下は、只道有る者治理し、只道有る者紀理し、只道有る者役使し、只道有る者適宜處りて長久す。ゆえに天下は、得難くして失い易く、常なり難くして滅亡し易し。ゆえに天下を守るに、道に按らざれば卽ち長久する能わず。ゆえに道は、是れ萬世の寶なり」と。周武王曰く、「命を受けたり」。

周成王年二十歲,即位享國。親以其身見於粥子之家而問焉。曰:"昔者先王與帝修道而道修,寡人之望也,亦願以教。敢問興國之道柰何?"粥子對曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:興國之道,君思善則行之,君聞善則行之,君知善則行之。位敬而常之,行信而長之,則興國之道也。"周成王曰:"受命矣。"

周成王二十歲、位に即きて國を享く。親ら粥子の家に至りて見て問う。曰く、「從前先王帝と道を修めて道修まり、是れ寡人の願望、亦教を受けんと願う。敢えて問う國を興すの道如何」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、國を興すの道は、君善を想えば卽ち實行し、君善を聞けば卽ち實行し、君善を知れば卽ち實行す。位敬にして經常、行信にして長久、卽ち是れ國を興すの道なり」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"敢問於道之要柰何?"粥子對曰:"唯,疑,請以上世之政詔於君王。政曰:為人下者敬而肅,為人上者恭而仁,為人君者敬士愛民,以終其身,此道之要也。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「敢えて問う道の要如何」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り、請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、人の下を爲るは敬にして肅、人の上を爲るは恭にして仁、人君を爲るは士を敬し民を愛す、終身かくのごとし、是れ道の要なり」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"敢問治國之道若何?"粥子曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:治國之道,上忠於主,而中敬其士,而下愛其民。故上忠其主者,非以道義,則無以入忠也:而中敬其士,不以禮節,無以諭敬也:下愛其民,非以忠信,則無以諭愛也。故忠信行於民,禮節諭於士,道義入於上,則治國之道也。雖治天下者,由此而已。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「敢えて問う國を治むるの道如何」と。粥子曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、國を治むるの道は、上主に忠し、中其の士を敬し、下其の民を愛す。ゆえに上其の主に忠なるは、道義を以てせざれば、卽ち忠に入るに從なし;中其の士を敬するは、禮節を用いざれば、敬を曉諭するに從なし;下其の民を愛するは、忠信を用いざれば、愛を曉諭するに從なし。ゆえに忠信民に行い、禮節士に曉諭し、道義上に入れば、卽ち是れ國を治むるの道なり。たとい天下を治理するも、此に由るのみ」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"寡人聞之:有上人者,有下人者,有賢人者,有不肖人者,有智人者,有愚人者。敢問上下之人何以為異?"粥子對曰:"唯,疑,請以上世之政詔於君王。政曰:凡人者,若賤若貴,若幼若老。聞道志而藏之,知道善而行之,上人矣。聞道而弗取藏也,知道而弗取行也,則謂之下人也。故夫行者善,則謂之賢人矣:行者惡,則謂之不肖矣。故夫言者善,則謂之智矣:言者不善,則謂之愚矣。故智愚之人有其辭矣,賢不肖之人別其行矣,上下之人等其志矣。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「寡人聞く、上人有り、下人有り、賢人有り、不肖人有り、智人有り、愚人有り。敢えて問う上下の人何を以て同じからざるか」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り、請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、凡人は、或は賤或は貴、或は幼或は老。道を聞きて志を立てて收藏し、善を知りて實行するは、是れ上人なり。道を聞きて取りて收藏せず、知りて取りて實行せざれば、之を下人と謂う。ゆえに善を實行すれば、之を賢人と謂い;惡を實行すれば、之を不肖と謂う。ゆえに善を言えば、之を智と謂い;善ならざるを言えば、之を愚と謂う。ゆえに智愚の人其の辭有り、賢不肖の人其の行を分別し、上下の人其の志を等同す」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"寡人聞之:聖王在上位,使民富且壽雲。若夫富,則可為也:若夫壽,則不在天乎?"粥子曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:聖王在上位,則天下不死軍兵之事,故諸侯不私相攻,而民不私相鬥,鬩不私相煞也。故聖王在上位,則民免於一死,而得一生矣。聖王在上,則君積於道,而吏積於德,而民積於用力,故婦為其所衣,丈夫為其所食,則民無凍餒矣。聖王在上,則民免於二死,而得二生矣。聖王在上,則君積於仁,而吏積於愛,而民積於順,則刑罰廢矣,而民無夭遏之誅。故聖王在上,則民免於三死,而得三生矣。聖王在上,則使民有時,而用之有節,則民無厲疾。故聖王在上,則民免於四死,而得四生矣。故聖王在上,則使盈境內,興賢良,以禁邪惡。故賢人必用,而不肖人不作,則已得其命矣。故夫富且壽者,聖王之功也。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「寡人聞く、聖王上位に在りて、民をして富にして且つ壽ならしむ。富に至りては、還りて爲す可し;壽に至りては、天に在らずや?」と。粥子曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、聖王上位に在れば、天下軍兵の事に死せず、ゆえに諸侯私相攻せず、民私相鬥せず、鬩私相殺せず。ゆえに聖王上位に在れば、民一死を免れて、而して一生を得。聖王上に在れば、君道に積み、吏德に積み、民力を用うるに積む、ゆえに婦穿ぐ所を爲り、丈夫食う所を爲れば、民凍餒なし。聖王上に在れば、民二死を免れて、而して二生を得。聖王上に在れば、君仁に積み、吏愛に積み、民順に積み、刑罰卽ち廢し、民夭遏の誅なし。ゆえに聖王上に在れば、民三死を免れて、而して三生を得。聖王上に在れば、民をして時有らしめて、而して用節有れば、民厲疾なし。ゆえに聖王上に在れば、民四死を免れて、而して四生を得。ゆえに聖王上に在れば、境內を盈滿せしめ、賢良を興起して、以て邪惡を禁止す。ゆえに賢人必ず用いられ、不肖の人作さず、已に命を得。ゆえに富にして且つ壽は、是れ聖王の功なり」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

卷第十

卷第十

禮容語上

禮容語上

禮容語下

禮容語下

魯叔孫昭聘於宋,宋元公與之燕,飲酒樂。昭子右坐,歌終而語,因相泣也。樂祁曰:"過哉君!非哀所也。"已而告人曰:"今茲君與叔孫其皆死乎?吾聞之:哀樂而樂哀,皆喪心也。心之精爽,是謂魂魄,魂魄已失,何以能久?且吾聞之:主民者不可以偷,偷必死。今君與叔孫其語皆偷,死日不遠矣。"居六月,宋元公薨,閒一月,叔孫婼卒。

魯叔孫昭宋に至りて聘問す、宋元公彼と燕飲し、酒を飲みて歡樂す。昭子右邊に坐し、歌終わりて說話し、因りて互相哭泣す。樂祁曰く、「過分なるかな君!是れ悲哀の處所にあらず」と。隨後人に告げて曰く、「今年君と叔孫大概皆死せんか?我聞く、哀すべきに樂しみ、樂しむべきに哀するは、皆是れ心を喪失す。心の精爽は、之を魂魄と謂う、魂魄已に失去せば、何を以て能く長久せん?況んや我聞く、民を主るは苟且す可からず、苟且すれば必ず死す。今君と叔孫の言皆苟且なり、死日遠からず」と。六個月を過ぎて、宋元公薨じ、一個月を隔てて、叔孫婼卒す。

晉叔向聘於周,發幣大夫,及單靖公。靖公享之,儉而敬,賓禮贈賄同是禮而從。享燕無私,送不過郊,語說昊天有成命。

晉叔向周に至りて聘問す、幣を發送して大夫に給し、單靖公に至る。靖公彼を宴享し、儉にして敬し、賓禮贈賄同じく禮にして跟從す。享燕私なく、送郊を超過せず、話語『昊天有成命』を説く。

既而叔向告人曰:"吾聞之曰:'一姓不再興。’今周有單子以為臣,周其復興乎?昔史佚有言曰:'動莫若敬,居莫若儉,德莫若讓,事莫若資。’今單子皆有焉。夫宮室不崇,器無蟲鏤,儉也:身恭除潔,外內肅給,敬也:燕好享賜,雖歡不踰等,讓也:賓之禮事,稱上而差,資也。若是而加之以無私,重之以不侈,能闢怨矣。居儉動敬德讓事資而能闢怨,以為卿佐,其有不興乎?

隨後叔向人に告げて曰く、「我聞く、『一姓再び興起せず』と。今周單子有りて臣を爲す、周大概將に復興せんか?從前史佚言有りて曰く、『動は敬より好きなし、居は儉より好きなし、德は讓より好きなし、事は資より好きなし』と。今單子皆有り。宮室崇高せず、器蟲鏤なく、是れ儉;身恭にして潔を除き、外內肅給し、是れ敬;燕好享賜して、たとい歡なれども等を越過せず、是れ讓;賓の禮事、上に稱して差有り、是れ資。かくのごとく再び私無きを加え、侈らざるを加えれば、怨を避くる能し。居儉動敬德讓事資にして能く怨を避くるは、卿佐を爲りて、何處にか興らざる有らんや?」

夫昊天有成命,頌之盛德也。其詩曰:'昊天有成命,二後受之,成王不敢康,夙夜基命宥謐。"謐者,寧也,億也。命者,制令也。基者,經也,勢也。夙,早也。康,安也。後,王也。二後,文王。武王。成王者,武王之子,文王之孫也。文王有大德,而功未就,武王有大功,而治未成。及成王承嗣,仁以臨民,故稱昊天焉。不敢怠安,蚤興夜寐,以繼文王之業,布文陳紀,經制度,設犧牲,使四海之內,懿然葆德,各遵其道,故曰有成承順武王之功,奉揚文王之德。九州之民,四荒之國,歌謠文武之烈,絫九譯而請朝,致貢職以供祀,故曰二後受之。方是時也,天地調和,神民順億,鬼不厲祟,民不謗怨,故曰宥謐。成王質仁聖哲,能明其先,能承其親,不敢惰懈,以安天下,以敬民人。今單子美說其志也,以佐周室,吾故曰周其復興乎。"故周平王既崩以後,周室稍稍衰弱不墜。當單子之佐政也,天子加尊,周室加興。

『昊天有成命』は、是れ頌の盛德なり。其の詩曰く、「昊天成命有り、二后之を受く、成王敢えて安康せず、夙夜基命寬寧」と。謐は、是れ寧、是れ安。命は、是れ制令。基は、是れ經、是れ勢。夙は、是れ早。康は、是れ安。后是、是れ王。二后は、是れ文王・武王。成王は、是れ武王の子、文王の孫。文王大德有りて、而して功未だ成就せず、武王大功有りて、而して治未だ完成せず。成王承嗣するに及びて、仁を以て民に臨む、ゆえに昊天と稱す。敢えて怠安せず、早起夜寐して、以て文王の業を繼承し、文を布き紀を陳し、制度を經理し、犧牲を設置し、四海の內をして、懿然として德を葆み、各々道を遵循せしむ、ゆえに曰く成有りと、武王の功を承受順從し、文王の德を奉揚す。九州の民、四荒の國、文武の功烈を歌謠し、九譯を累經して朝見を請求し、貢職を致して以て祀に供す、ゆえに曰く二后之を受くと。まさに此の時、天地調和し、神民順安し、鬼厲祟せず、民謗怨せず、ゆえに曰く寬寧と。成王質仁聖哲にして、能く其の先人を彰明し、能く其の親人を承受し、敢えて惰懈せず、以て天下を安定し、民人を敬重す。今單子美此の志向を説きて、以て周室を輔佐す、我の曰う所以周大概將に復興せんと。ゆえに周平王已に崩じて以後、周室稍稍衰弱して墜落せず。まさに單子政を輔佐するに、天子更加に尊く、周室更加に興る。

晉之三卿郄錡。郄犨。郄至從晉厲公會諸侯於柯陵,周單襄公在會。晉厲公視遠步高:郄錡見單子,其語犯:郄犨見,其語訐:郄至見,其語伐:齊國佐見,其語盡。

晉の三卿郄錡・郄犨・郄至晉厲公に跟從して柯陵に於て諸侯を會合す、周單襄公會に在り。晉厲公視遠く步高し;郄錡單子に見え、其の話語冒犯す;郄犨見え、其の話語訐直す;郄至見え、其の話語矜伐す;齊國佐見え、其の話語盡言す。

單襄公告魯成公曰:"晉將有亂,其君與三郄其當之乎?"魯侯曰:"寡人固晉而強其君,今君曰'將有亂’,敢問天道乎?意人故也?"

單襄公魯成公に告げて曰く、「晉將に亂有らん、君と三郄大概之を當てんか?」と。魯侯曰く、「寡人本來以爲晉強くして君強し、今君『將に亂有らん』と曰う、敢えて問う是れ天道か?還りて人事の緣故か?」と。

對曰:"吾非諸史也,焉知天道?吾見晉君之容,而聽三郄之語矣,殆必有禍矣。君子目以正體,足以從之,是以觀容而知其心。今晉侯視遠而足高,目不在體,而足不步目,其心必異矣。體目不相從,何以能久?夫合諸侯,國之大事也,於是觀存亡之徵焉。故國將有福,其君步言視聽,必皆得適順善,則可以知德矣。視遠曰絕其義,足高曰棄其德,言爽曰反其信,聽淫曰離其名。夫目以處義,足以踐德,口以庇信,耳以聽名者也,故不可不慎也。偏亡者有咎,既亡則國從之。今晉侯無一可焉,吾是以雲。夫郄氏,晉之寵人也。是族在晉,有三卿五大夫,貴矣,亦可以戒懼矣。今郄伯之語犯,郄叔訐,郄季伐。犯則凌人,籲則誣人,伐則揜人。有是寵也,而益之以三怨,其誰能忍之?齊國武子亦將有禍。齊,亂國也。立於淫亂之朝,而好盡言以暴人過,怨之本也。惟善人能受盡言。今齊既亂,其能善乎?"

答えて曰く、「我是れ諸史にあらず、何處にか天道を知らん?我晉君の容を見て、而して三郄の話語を聽けり、大概必ず禍有らん。君子目を以て體を端正し、足跟從す、此に因りて容を觀看して心を知る。今晉侯視遠くして足高し、目體に在らず、足目に跟ちて走らず、其の心必ず同じからず。體目互相跟從せず、何を以て能く長久せん?諸侯を會合するは、是れ國の大事、ここに於て存亡の徵兆を觀察す。ゆえに國將に福有らんとすれば、君の步言視聽、必ず皆適順善を得て、卽ち德を知る可し。視遠を之を絕義と謂い、足高を之を棄德と謂い、言差を之を反信と謂い、聽淫を之を離名と謂う。目以て義に處り、足以て德を踐み、口以て信を庇い、耳以て名を聽く、ゆえに謹慎せざる可からず。偏亡するは咎有り、皆亡せば則ち國之に跟從す。今晉侯一項可なきなし、我此に因りてかくのごとく説く。郄氏は、是れ晉の寵人なり。此の一族晉に在りて、三卿五大夫有り、貴矣、亦戒懼す可し。今郄伯の話語冒犯し、郄叔訐し、郄季伐す。犯れば卽ち人を凌し、訐れば卽ち人を誣し、伐すれば卽ち人を掩う。かくのごとき寵有りて、再び三怨を加うれば、誰か能く容忍せん?齊國武子亦將に禍有らん。齊は、是れ亂國。淫亂の朝に立ちて、而して盡言を喜好して以て人の過錯を暴露す、是れ怨の本なり。只善人のみ能く盡言を接受す。今齊已に亂れて、還りて能く善ならんや?」

居二年,晉殺三卿。明年,厲公弒於東門。是歲也,齊人果殺國武子。詩曰:"敬之敬之,天惟顯思,命不易哉,毋曰高高在上,陟降厥士,日監在茲,維予小子,不聰敬止,日就月將,學有緝熙於光明,佛時仔肩,視我顯德行。"故弗順弗敬,天下不定,忘敬而怠,人必乘之。嗚呼,戒之哉!

兩年を過ぎて、晉三卿を殺す。明年、厲公東門に於て弑せらる。此の年、齊人果して國武子を殺す。『詩經・周頌・敬之』に曰く、「敬や敬や、天顯明なり思、命容易ならずや、高高在上と説く勿れ、それらの士を升降し、日々監視ここに在り、維れ我が小子、聰敏にして敬止せず、日に就き月に將り、學緝熙有りて光明に至る、我が仔肩を輔け、我が德を顯行を看よ」と。ゆえに順ならず敬せざれば、天下定まらず、敬を忘れて怠れば、人必ず機に乘ず。嗚呼、警戒せよ!

胎教

胎教

易曰:"正其本而萬物理,失之毫釐,差以千里,故君子慎始。"春秋之元,詩之關雎,禮之冠婚,易之乾坤,皆慎始敬終云爾。

『易』に曰く、「本を端正して萬物治理を得、之を失うこと毫釐、差千里を以てす、ゆえに君子開始を謹慎す」と。『春秋』の元年、『詩』の關雎、『禮』の冠婚、『易』の乾坤は、皆是れ開始を謹慎し終結を敬慎するかくのごとし。

素成,謹為子孫婚妻嫁女,必擇孝悌世世有行義者,如是則其子孫慈孝,不敢淫暴,黨無不善,三族輔之。故鳳凰生而有仁義之意,虎狼生而有貪戾之心,兩者不等,各以其母。嗚呼,戒之哉!無養乳虎,將傷天下,故曰素成胎教之道,書之玉版,藏之金櫃,置之宗廟,以為後世戒。

素成は、謹慎子孫のため婚妻嫁女し、必ず孝悌世世行義有るを選擇す、かくのごとければ卽ち子孫慈孝にして、敢えて淫暴せず、黨不善なく、三族輔助す。ゆえに鳳凰生まれて卽ち仁義の意有り、虎狼生まれて卽ち貪戾の心有り、兩者等しからず、各々母親に由る。嗚呼、警戒せよ!乳虎を養う勿れ、將に天下を傷害せん、ゆえに曰く素成胎教の道、玉版に寫し、金櫃に藏め、宗廟に放きて、以て後世の警戒と爲すと。

青史氏之記曰:"古者胎教之道,王后有身,七月而就蔞室,太師持銅而御戶左,太宰持鬥而御戶右,太卜持蓍龜而御堂下,諸官皆以其職御於門內。比三月者,王后所求聲音非禮樂,則太師撫樂而稱不習。所求滋味者非正味,則太宰荷鬥而不敢煎調,而曰:"不敢以侍王太子。"太子生而泣,太師吹銅曰:"聲中某律。"太宰曰:"滋味上某。"太卜曰:"命雲某。"

青史氏の記載曰く、「古胎教の道は、王后身孕有れば、七個月にして蔞室に至り、太師銅を持ちて戶左に侍御し、太宰斗を持ちて戶右に侍御し、太卜蓍龜を持ちて堂下に侍御し、諸官皆職に按じて門內に侍御す。三個月に近づき、王后の求むる所の聲音禮樂にあらざれば、太師卽ち樂を撫して不習と稱す。求むる所の滋味正味にあらざれば、太宰卽ち斗を荷いで敢えて煎調せず、而して曰く、『敢えて以て王太子を侍候せず』と。太子生まれて哭泣すれば、太師銅を吹きて曰く、『聲音某律に合す』と。太宰曰く、『滋味某を上ぐ』と。太卜曰く、『命之を某と謂う』と」。

然後,為王太子懸弧之禮義。東方之弧以梧。梧者,東方之草,春木也。其牲以雞。雞者,東方之牲也。南方之弧以柳。柳者,南方之草,夏木也。其牲以狗。狗者,南方之牲也。中央之弧以桑。桑者,中央之木也。其牲以牛。牛者,中央之牲也。西方之弧以棘。棘者,西方之草也,秋木也。其牲以羊。羊者,西方之牲也。北方之弧以棗。棗者,北方之草,冬木也。其牲以彘。彘者,北方之牲也。五弧五分矢,東方射東方,南方射南方,中央高射,西方射西方,北方射北方,皆三射。其四弧具其餘各二分矢,懸諸國四通門之左:中央之弧亦具,餘二分矢,懸諸社稷門之左。

然る後、王太子のため懸弧の禮義を舉行す。東方の弧梧を用う。梧は、是れ東方の草、春木なり。犧牲雞を用う。雞は、是れ東方の牲なり。南方の弧柳を用う。柳は、是れ南方の草、夏木なり。犧牲狗を用う。狗は、是れ南方の牲なり。中央の弧桑を用う。桑は、是れ中央の木なり。犧牲牛を用う。牛は、是れ中央の牲なり。西方の弧棘を用う。棘は、是れ西方の草、秋木なり。犧牲羊を用う。羊は、是れ西方の牲なり。北方の弧棗を用う。棗は、是れ北方の草、冬木なり。犧牲彘を用う。彘は、是れ北方の牲なり。五弧五分矢、東方東方を射て、南方南方を射て、中央高射し、西方西方を射て、北方北方を射て、皆三回射る。其の四弧具備し、其の餘各々二分矢、國四通門の左邊に懸挂す;中央の弧亦具備し、餘り二分矢、社稷門の左邊に懸挂す。

然後,卜王太子名,上毋取於天,下毋取於地,毋取於名山通谷,毋悖於鄉俗。是故君子名難知而易諱也,此所以養恩之道也。

然る後、王太子の名を占卜す、上天に取る勿れ、下地に取る勿れ、名山通谷に取る勿れ、鄉俗に悖る勿れ。此に因りて君子の名知り難くして避諱し易し、是れ以て恩を養うの道なり。

正之禮者,王太子無羞臣領臣之子也,故謂領臣之子也?身朝王者,妻朝後,之子朝王太子,是謂臣之子也,此正禮胎教也。周妃後妊成王於身,立而不跛,坐而不差,笑而不諠,獨處不倨,雖怒不罵,胎教之謂也。成王生,仁者養之,孝者襁之,四賢傍之。成王有知,而選太公為師,周公為傅,前有與計,而後有與慮也。是以封於泰山而禪於梁父,朝諸侯,一天下。由此觀之,主左右不可不練也。

正の禮、王太子臣領臣の子に羞せず、ゆえに之を領臣の子と謂うか?自身王を朝するは、妻后を朝し、子王太子を朝す、是れを臣の子と謂う、是れ正禮胎教なり。周妃后成王を身に懷く、立ちて跛せず、坐りて差わず、笑いて喧せず、獨處倨傲せず、たとい怒るとも罵らず、卽ち是れ胎教なり。成王生まれ、仁者之を養い、孝者之を襁し、四賢旁に在り。成王知有りて、而して太公を選びて師を爲し、周公を爲りて傅を爲し、前人と共に謀劃する有り、後人と共に思慮する有り。此に因りて泰山に封し梁父に禪し、諸侯を朝し、天下を統一す。此より觀れば、主の左右選擇せざる可からず。

昔禹以夏王,而桀以夏亡:湯以殷王,而紂以殷亡:闔閭以吳戰勝無敵,而夫差以之見禽于越:文公以晉伯,而厲公以見殺於匠麗之宮:威王以齊強於天下,而簡公以殺於檀臺:穆公以秦顯名尊號,而二世以劫於望夷之宮。其所以君王同,而功跡不等者,所任異也。

從前禹夏に因りて王と稱し、桀夏に因りて滅亡す;湯殷に因りて王と稱し、紂殷に因りて滅亡す;闔閭呉に因りて戰勝無敵し、夫差因りて越に擒獲せらる;文公晉に因りて稱霸し、厲公因りて匠麗の宮に於て殺せらる;威王齊に因りて天下に強く、簡公因りて檀台に於て殺せらる;穆公秦に因りて名を顯し號を尊し、二世因りて望夷宮に於て劫せらる。彼ら君王を爲る所以相同じくして、而して功跡等しからざるは、是れ任用する所同じからざるなり。

故成王處襁褓之中,朝諸侯,周公用事也。武靈王五十而弒於沙丘,任李兌也。齊桓公得管仲,九合諸侯,一匡天下,稱為義主:失管仲,任豎刀,而身死不葬,為天下笑。一人之身,榮辱具施焉者,在所任也。故魏有公子無忌,而削地復:趙任藺相如,而秦兵不敢出:安陵任周瞻,而國獨立:楚有申包胥,而昭王復反:齊有陳單,襄王得其國。由此觀之,無賢佐俊士,能成功立名,安危繼絕者,未之有也。是以國不務大而務得民心,佐不務多而務得賢者。得民心而民往之,得賢者而賢者歸之。

ゆえに成王襁褓の中に處りて、諸侯を朝するは、是れ周公事を用うるなり。武靈王五十歲沙丘に於て弑せらるは、是れ李兌を任用す。齊桓公管仲を得て、九合諸侯し、天下を一匡し、義主と稱す;管仲を失い、豎刁を任用して、而して身死して葬られず、天下に笑わる。一個人の身は、榮辱皆施加し、任用する所に在り。ゆえに魏公子無忌有りて、地を削られて恢復を得;趙藺相如を任用して、秦兵敢えて出でず;安陵周瞻を任用して、國獨立す;楚申包胥有りて、昭王返回を得;齊陳單有りて、襄王其の國を得。此より觀れば、賢佐俊士なくして、能く功成り名立ち、安危繼絕するは、未だ曾てあらず。此に因りて國大を求むるを務めずして民心を得るを務め、佐多きを求むるを務めずして賢者を得るを務む。民心を得て民歸往し、賢者を得て賢者歸向す。

文王請除炮烙之刑,而殷民從:湯去張網者之三面,而二垂至:越王不頹舊冢,而吳人服。以其所為順於人也。故同聲則處異而相應,意合則未見而相親。賢者立於本朝,而天下之士相率而趨之,何以知其然也?管仲者,桓公之讎也。鮑叔以為賢於己,而進之桓公。七十言說,乃聽。遂使桓公除仇讎之心,而委之國政焉。桓公垂拱無事而朝諸侯,鮑叔之力也。管仲之所以趨桓公,而無自危之心者,同聲於鮑叔也。

文王炮烙の刑を除去するを請う、殷民跟從す;湯網を張る者の三面を去り、兩邊來りて歸す;越王舊冢を毀らず、呉人服從す。是れ其の作爲人に順從するに因るなり。ゆえに同聲卽ち異處に處りて相應し、意合すれば卽ち未だ見えざるに相親しむ。賢者本朝に立てば、天下の士相率い趨赴す、何を以てかくのごときを知らん?管仲は、是れ桓公の仇なり。鮑叔以爲彼己より賢なりとし、而して桓公に進給す。七十次進言游說して、纔かに聽かる。於是桓公をして仇敵の心を除去せしめて、而して國政を彼に委託す。桓公垂拱事なくして諸侯を朝するは、是れ鮑叔の力なり。管仲桓公に趨赴する所以、而して自危の心なきは、是れ鮑叔と同聲なり。

衛靈公之時,蘧伯玉賢而不用,彌子瑕不肖而任事。史?患之,數言蘧伯玉賢而不聽。病且死,謂其子曰:"我即死,治喪於北堂。吾生不能進蘧伯玉而退彌子瑕,是不能正君也。生不能正君者,死不當成禮。死而置屍於北堂,於我足矣。"靈公往吊,問其故,其子以父言聞。靈公戚然易容而寤曰:"吾失矣。"立召蘧伯玉而進之,召彌子瑕而退之。徙喪於堂,成禮而後去。衛國以治,史?之力也。夫生進賢而退不肖,死且未止,又以尸諫,可謂忠不衰矣。

衛靈公の時候、蘧伯玉賢にして用いられず、彌子瑕不肖にして事に任ず。史魚(底本缺字)此を憂患し、屢々蘧伯玉賢なりと説くも聽かれず。病將に死せんとして、其の子に對して曰く、「我一旦死せば、北堂に於て喪を治めよ。我生きて蘧伯玉を進用して彌子瑕を斥退する能わざれば、是れ君を端正する能わざるなり。生きて君を端正する能わざるは、死して禮を成すに當らず。死して屍を北堂に放くは、我に對して足れり」と。靈公前往して弔い、緣故を問う、其の子父親の言を以て稟告す。靈公戚然として容を改めて覺悟して曰く、「我錯れり」と。立刻蘧伯玉を召して進用し、彌子瑕を召して斥退す。喪を堂に遷し、禮を成して然る後離る。衛國因りて治理す、是れ史魚の力なり。生きて賢を進めて不肖を退け、死して還りて停止せず、また屍を以て進諫す、忠衰えずと謂う可し。

紂殺王子比干,而箕子被髮而佯狂。陳靈公殺洩冶,而鄧元去陳以族徙。自是之後,殷幷於周,陳亡於楚,以其殺比干與洩冶而失箕子與鄧元也。燕昭王得郭隗,而鄒衍。樂毅自齊。魏至,於是舉兵而攻齊,棲閔王於莒。燕度地計眾,不與齊均也,然而所以能信意至於此者,由得士故也。故無常安之國,無宜治之民,得賢者顯昌,失賢者危亡。自古及今,未有不然者也。

紂王子比干を殺し、箕子髮を披きて狂を假裝す。陳靈公泄冶を殺し、鄧元陳を離れて族を帶びて遷徙す。此より後、殷周に兼倂せられ、陳楚に亡ぼす、比干と泄冶とを殺して箕子と鄧元とを失うに因るなり。燕昭王郭隗を得て、鄒衍・樂毅齊・魏より到來し、於是兵を擧げて齊を攻め、閔王をして莒に栖止せしむ。燕土地を度量し部衆を計算すれども、齊と均等ならず、然るに意をかくのごとくに至るまで伸ぶる能くする所以は、士を得るの緣故に由るなり。ゆえに常安の國なく、一定治む可きの民なし、賢を得れば顯昌し、賢を失えば危亡す。古より今に至るまで、かくのごとくならざるなし。

明鑑所以照形也,往古所以知今也。夫知惡古之所以危亡,不務襲跡於其所安存,則未有異於卻走而求及前人也。太公知之,故國微子之後,而封比干之墓。夫聖人之於聖者之死,尚如此其厚也,況當世存者乎!其弗失可知矣。

明鑑は以て形を照らすに用い、往古は以て今を知るに用う。古の危亡する所以を厭惡するを知りて、沿襲安存する所以の事跡を務求めざれば、卽ち倒れて走りて前の人に趕上せんを求むると異なることなし。太公此を知る、ゆえに微子の後代に國を建てて、而して比干の墓を封ず。聖人聖者の死に對して、尚かくのごとく厚し、況んや當代還りて在る人をや!彼失わざる知る可し。

立後義

立後義

古之聖帝,將立世子,則帝自朝服,升自阼階上,西鄉於妃。妃抱世子自房出,東鄉。太史奉書西上堂,當兩階之閒,北面立,曰世子名曰某者參。帝執禮稱辭命世子曰度太祖。太宗與社稷於子者參。其命也妃曰不敢者再。於三命曰謹受命,拜而退。太史以告太祝,太祝以告太祖。太宗與社稷。太史出,以告太宰,太宰以告州伯,州伯命藏之州府。凡諸貴已下,至於百姓,男女無敢與世子同名者。以此防民,百姓猶有爭為君者。

古の聖帝、將に世子を立てんとすれば、帝自ら朝服を穿ち、東階より登り、西に向かいて妃に對す。妃世子を抱きて房より出で、東に向かう。太史書を捧げて西より堂に上り、兩階の間に當たり、北に面して立ちて、世子名某と曰うこと三次。帝禮を執りて辭命を稱して世子に曰く太祖・太宗と社稷とを汝に託付すと(底本「度」、疑らく「托」)三次。命の時妃不敢と曰うこと兩次。第三次命に至りて謹みて命を受くと曰い、拜して退く。太史太祝に告げ、太祝太祖・太宗と社稷とに告ぐ。太史出去りて、太宰に告げ、太宰州伯に告げ、州伯命して州府に藏めしむ。凡是れ諸貴以下、百姓に至るまで、男女敢えて世子と同名せず。此を以て民を防範す、百姓還りて君を爲さんと爭う有り。

夫勢明,則民定,而出於一道,故人皆爭為宰相,而不奸為世子。非宰相尊而世子卑也,不可以智求,不可以力爭也。今以為知子莫如父,故疾死置後者,恣父之所以,比使親戚不相親,兄弟不相愛,亂天下之紀,使天下之俗失,明尊敬而不讓,其道莫經於此。疾死置後,以嫡長子,如此則親戚相愛而兄弟不爭,此天下之至義也。民之不爭,亦惟學王宮國君室也。

勢分明すれば、民卽ち安定し、而して一道より出づ、ゆえに人皆宰相を爲らんと爭いて、而して世子を爲らんと奸謀せず。是れ宰相尊くして世子卑きにあらず、是れ智を以て求む可からず、力を以て爭う可からざるなり。今以爲子を知る父に及ぶなしとす、ゆえに急病死し後嗣を設置するは、父の所以を放恣す、親戚をして相親しまざらしめ、兄弟をして相愛せざらしめ、天下の紀を亂り、天下の俗をして失わしめ、尊敬を彰明して讓らざるに比ぶれば、其道此より經常なるはなし。急病死し後嗣を設置するに、嫡長子を以てすれば、かくのごとければ親戚相愛して兄弟爭わず、是れ天下の至義なり。民爭わざるは、亦只王宮國君の室を學ぶのみ。

殷湯放桀,武王弒紂,此天下之所同聞也。為人臣而放其君,為人下而弒其上,天下之至逆也。而所以有天下者,以為天下開利除害,以義繼之也,故聲名稱於天下而傳於後世。隱其惡而揚其德美,立其功烈而傳之於久遠,故天下皆稱聖帝。至治其道之下,當天下之散亂,以強凌弱,眾暴寡,智欺愚,士卒罷弊,死於甲兵,老弱騷動,不得治產業,以天下之無天子也。

殷湯桀を放逐し、武王紂を弑す、是れ天下の共に聞く所なり。人臣を爲りて其の君を放ち、人下を爲りて其の上を弑するは、是れ天下の至逆なり。而して天下を有する所以は、以て天下のため利を開き害を除き、義を以て繼承す、ゆえに聲名天下に稱して後世に傳わる。其の惡を隱藏して其の德美を顯揚し、功烈を樹立して久遠に傳う、ゆえに天下皆聖帝と稱す。其の道下に在るに及びて、まさに天下散亂し、強を以て弱を凌ぎ、人多く暴虐人少なし、智愚を欺き、士卒疲弊し、甲兵に死し、老弱騷動し、產業を治理する能わず、是れ天下天子なきに因るなり。

高皇帝起於布衣,而兼有天下,臣萬方諸侯,為天下闢興利除害,寢天下之兵,天下之至德也,而天下莫能明高皇帝之德美,定功烈而施之於後世也,故天下猶行弊世德與其功烈風俗也。夫帝王者,莫不相時而立儀,度務而制事,以馴其時也。欲變古易常者,不死必亡,此聖人之所制也。惡民更之,故拘為書使結之也,所以聞於後世也。

高皇帝布衣より興起して、而して天下を兼有し、萬方諸侯を臣服し、天下の君を爲りて利を興起し害を除去し、天下の兵を止息す、是れ天下の至德なり、而して天下能く高皇帝の德美を彰明し、功烈を確定して後世に施加するなきは、ゆえに天下還りて弊世の德と其の功烈風俗とを實行す。帝王は、時に相じて儀を立て、事務を度量して事を制し、以て其の時を馴服せしめざるなし。古を變え常規を改易せんと欲するは、死せざるも亦必ず亡ぶ、是れ聖人の制約する所なり。民の更改するを怕れて、ゆえに拘束して寫して書を成りて人をして結記せしむ、是れ以て後世に傳聞するに用うるなり。

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