Libo

法言

西汉 · 扬雄

学んだことを実行に移すのが最上等、それを説き述べられるのが次、人に教えられるのがまた次、これらがなければただの凡人である。

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

01

學行之,上也;言之,次也;教人,又其次也;鹹無焉,為眾人。

学んだことを実行に移すのが最上等、それを説き述べられるのが次、人に教えられるのがまた次、これらがなければただの凡人である。

或曰:「人羨久生,將以學也,可謂好學已乎?」曰:「未之好也。學不羨。」

ある人が言った。「人が長寿を羨むのは学ぶためである、好学といえるだろうか?」揚雄は言った。「まだ真の好学ではない。真に学ぶを好む者は、長寿を学びの条件とはしない。」

天之道不在仲尼乎?仲尼駕說者也,不在茲儒乎?如將復駕其所說,則莫若使諸儒金口而木舌。

天の道理は孔子に在るのではないか?孔子はこの道理を載せて伝えた人であり、その道理は今この儒者たちに在るのではないか。もし彼の伝えたものをさらに載せて伝えようとするなら、衆儒者にみな金口木舌の木鐸をさせ、孔子のように教化を宣揚させるに如かない。

或曰:「學無益也,如質何?」曰:「未之思矣。夫有刀者礲諸,有玉者錯諸。不礲不錯,焉攸用?礲而錯諸,質在其中矣。否則輟。」

ある人が言った。「学習に益はなく、天賦の資質がまたどうできよう?」揚雄は言った。「これは思い至っていない。刀ある者はそれを磨ぎ、玉ある者はそれを磋く。磨がず磋がずして、何の用に立とうか?磨ぎ磋けば、資質はその中に在る。こうしなければ、止めてしまえ。」

螟𧕅之子殪而逢,蜾蠃祝之曰:「類我,類我。」久則肖之矣。速哉,七十子之肖仲尼也!

螟蛉の幼虫が死ぬと、蜾蠃がこれに遭い、それに向かって祝祷して言う。「我に似よ、我に似よ。」時日が経つと、蜾蠃に似るようになる。孔子の七十人の弟子が孔子に似るとは、何と速いことか!

學以治之,思以精之,朋友以磨之,名譽以崇之,不倦以終之,可謂好學也已矣。

学習をもって己の性情を治め、思考をもってそれを精純にし、朋友をもって切磋砥礪し、名誉をもってそれを崇高にし、倦まざるをもって終始を貫く、これをもって好学と呼ぶべきである。

孔子習周公者也,顏淵習孔子者也。羿、逄蒙分其弓,良捨其策,般投其斧而習諸,孰曰非也?或曰:「此名也,彼名也,處一焉而已矣。」曰:「川有瀆,山有嶽,高而且大者,眾人所能踰也。」

孔子は周公を学んだ人であり、顔淵は孔子を学んだ人である。后羿と逢蒙が弓を捨て、王良が馬鞭を捨て、公輸般が斧を棄てて、みな周公・孔子を学びに来れば、誰が正しくないと言えようか。ある人が言った。「これも一つの名声、あれも一つの名声、そのうちの一つに居ればよい。」揚雄は言った。「江河の中に大瀆があり、山陵の中に五岳がある。あの高く大いなる者こそ、衆人が攀仰できるものである。」

或問:「世言鑄金,金可鑄與?」曰:「吾聞覿君子者,問鑄人,不問鑄金。」或曰:「人可鑄與?」曰:「孔子鑄顏淵矣。」或人踧爾曰:「旨哉!問鑄金,得鑄人。」

ある人が問うた。「世の皆は金を鋳ると言うが、金は本当に鋳成できるか?」揚雄は言った。「君子に見える者が問うのはいかに人を鋳るかであって、いかに金を鋳るかではないと聞く。」ある人が言った。「人も鋳られるか?」揚雄は言った。「孔子はすでに顔淵を鋳成した。」その人は恭しく嘆じて言った。「意味深いことだ!金を鋳ることを問うたのに、得たのは人を鋳ることであった。」

學者,所以修性也。視、聽、言、貌、思,性所有也。學則正,否則邪。

学習とは、本性を修養するためのものである。看・聴・言・容貌・思慮は、いずれも本性の具わるところである。学べば端正になり、学ばなければ偏邪となる。

師哉!師哉!桐子之命也。務學不如務求師。師者,人之模範也。模不模,範不範,為不少矣。

師よ!師よ!これは童子の命運の繋がるところである。学ぶに力を致すは、師を求めるに力を致すに如かない。師とは、人の模範である。模が模に似ず範が範に似ざるは、実に少なくない。

一閧之市,不勝異意焉;一卷之書,不勝異說焉。一閧之市,必立之平;一卷之書,必立之師。

一街の市は、あれほど多くの異なる価格を容れられない。一巻の書は、あれほど多くの異なる解説を容れられない。一街の市は、必ず一つの公平な市価を立てる。一巻の書は、必ず一人の師を立てる。

習乎習!以習非之勝是也,況習是之勝非乎?於戲,學者審其是而已矣!或曰:「焉知是而習之?」曰:「視日月而知眾星之蔑也,仰聖人而知眾說之小也。」

習慣よ習慣よ!誤りを習慣にする力をもってしても正しさに勝てるのに、まして正しさを習慣にして誤りに勝つのはなおさらではないか。ああ、学を求める者は何が正しいかを審察すれば足りる!ある人が言った。「どうしてそれが正しいと知ってから習慣にできよう?」揚雄は言った。「日月を見れば、衆星の微弱を知る。聖人を仰げば、種々の説の渺小を知る。」

學之為王者事,其已久矣。堯、舜、禹、湯、文、武汲汲,仲尼皇皇,其已久矣。

王者の為すべき事を学ぶことは、すでに久しい。堯・舜・禹・湯・文王・武王が切に学を求め、孔子が匆遽に学を求めたのも、みなすでに久しい。

或問「進」。曰:「水。」或曰:「為其不捨晝夜與?」曰:「有是哉!滿而後漸者,其水乎?」或問「鴻漸」。曰:「非其往不往,非其居不居,漸猶水乎!」「請問木漸。」曰:「止於下而漸於上者,其木也哉!亦猶水而已矣。」

ある人が「進」を問うた。揚雄は言った。「水のごとし。」ある人が言った。「昼夜に止まないからか?」揚雄は言った。「その意あり!灌ぎ満ちてさらに前へ浸潤するは、水ではないか。」ある人が「鴻漸」(『周易』漸卦は鴻を象とす)を問うた。揚雄は言った。「往くべき所に往かず、止まるべき所に止まらず、こうして漸々に進めば、やはり水のごとし!」「樹木の漸を請う。」揚雄は言った。「根を下に扎し、漸々と上に長ずるは、樹木ではないか!やはり水のごときのみ。」

吾未見斧藻其德若斧藻其楶者也。

私は己の徳行を修飾するに梁の短柱を修飾するがごとく用心する者を見たことがない。

鳥獸觸其情者也,眾人則異乎!賢人則異眾人矣,聖人則異賢人矣。禮義之作,有以矣夫。人而不學,雖無憂,如禽何?

鳥獣は情慾に触れればすぐ従うもの、凡人はそれらと異なるべきではないか!賢人はまた凡人と異なり、聖人はまた賢人と異なる。礼(節文儀則)を制作するに道理あり。人もし学ばなければ、憂患なくとも、禽獣と何の分別かあらん。

學者,所以求為君子也。求而不得者有矣,夫未有不求而得之者也。

学習とは、君子たらんことを求めるためのものである。求めて得られぬ人はあるが、求めずして得たことはいまだかつてない。

睎驥之馬,亦驥之乘也。睎顏之人,亦顏之徒也。或曰:「顏徒易乎?」曰:「睎之則是。」曰:「昔顏嘗睎夫子矣,正考甫嘗睎尹吉甫矣,公子奚斯嘗睎尹吉甫矣。不欲睎則已矣,如欲睎,孰禦焉?」

千里の馬を仰げば、千里の馬の類の乗となる。顔淵を仰ぐ者は、顔淵の類の人となる。ある人が言った。「顔淵の門徒となるは易しか?」揚雄は言った。「彼を仰ぐを肯んずれば、それである。」また言った。「昔顔淵はかつて孔子を仰ぎ、正考父はかつて尹吉甫を仰ぎ、公子奚斯はかつて尹吉甫を仰いだ。仰がんと欲せずば罷めよ。もし仰がんと欲せば、誰が遮ることができようか?」

或曰:「書與經同,而世不尚,治之可乎?」曰:「可。」或人啞爾笑曰:「須以發策決科。」曰:「大人之學也為道,小人之學也為利。子為道乎?為利乎?」或曰:「耕不穫,獵不饗,耕獵乎?」曰:「耕道而得道,獵德而得德,是穫饗已,吾不覩參、辰之相比也。」是以君子貴遷善。遷善者,聖人之徒與!百川學海而至於海,丘陵學山不至於山,是故惡夫畫也。

ある人が言った。「経書と同じ書があるが、世はこれを推崇しない。これを研治してよいか?」揚雄は言った。「よい。」その人は唖然として笑い言った。「結局それで科挙に応じて取れるようにせねば。」揚雄は言った。「大人の学問は道のため、小人の学問は利のためである。あなたは道のためか、利のためか。」ある人が言った。「耕して収穫なく、猟して食べるものなければ、なお耕し猟するか?」揚雄は言った。「道を耕せば道を得、徳を猟せば徳を得る。これがすでに収穫と獲物である。私は参星と辰星が肩を並べて現れるを見たことがない(道のためと利のためが並存しえないの喩)。」ゆえに君子は善に遷るを重んず。善に遷れる者は、聖人の門徒であろう!百川は海を学んで海に至ることができるが、丘陵は山を学んでも山に至れない。ゆえに最も半途に廃し自ら画して止まるを憎む。

頻頻之黨,甚於𪇬斯,亦賊夫糧食而已矣。朋而不心,面朋也;友而不心,面友也。

群れ成して党を結び往々来々する人は、鸒斯よりも甚だしく、ただ粮食を糟蹋するのみである。朋を結んで面と向かって心を交わさぬは、表面のみの朋。友を結んで面と向かって心を交わさぬは、表面のみの友。

或謂:「子之治產,不如丹圭之富。」曰:「吾聞先生相與言,則以仁與義;市井相與言,則以財與利。如其富,如其富!」或曰:「先生生無以養也,死無以葬也,如之何?」曰:「以其所以養,養之至也;以其所以葬,葬之至也。」

ある人が言った。「あなたが産業を営むは、丹圭ほど富まない。」揚雄は言った。「徳ある先生たちがともに語るは仁(人及び物を愛する本心)と義(事その宜を得る)であると聞く。市井の人がともに語るは財と利である。あの富がまたどうした!あの富がまたどうした!」ある人が言った。「先生は生きていては奉養する術なく、死んでからは安葬する術なし、どうするか?」揚雄は言った。「本来奉養に用いるべき道理をもって奉養すれば、これが奉養の極致である。本来安葬に用いるべき道理をもって安葬すれば、これが安葬の極致である。」

或曰:「猗頓之富以為孝,不亦至乎?顏其餒矣!」曰:「彼以其粗,顏以其精;彼以其回,顏以其貞。顏其劣乎?顏其劣乎?」

ある人が言った。「猗頓のごとき富をもって孝を行うは、極致ではないか?顔淵は飢えるところだ!」揚雄は言った。「あの人の用いたのは粗であり、顔淵の用いたのは精である。あの人の用いたのは邪曲で、顔淵の用いたのは正直である。顔淵が劣っていようか?顔淵が劣っていようか?」

或曰:「使我紆朱懷金,其樂可量也。」曰:「紆朱懷金者之樂,不如顏氏子之樂。顏氏子之樂也內,紆朱懷金者之樂也外。」或曰:「請問屢空之內。」曰:「顏不孔,雖得天下,不足以為樂。」「然亦有苦乎?」曰:「顏苦孔之卓之至也。」或人瞿然曰:「茲苦也,祇其所以為樂也與!」

ある人が言った。「もし私に朱朱紅の綬帯を佩びさせ、金印を懐に携えさせたら、その楽しみは計り量れない。」揚雄は言った。「朱綬を佩び金印を懐く人の楽しみは、顔淵の楽しみに及ばない。顔淵の楽しみは内にあり、朱綬を佩び金印を懐く人の楽しみは外にある。」ある人が言った。「屡々窮空の中、その内なる楽しみとは何かを請う。」揚雄は言った。「顔淵もし孔子のごとくならずば、天下を得ても、楽しむに足らない。」「では苦しみもあるか?」揚雄は言った。「顔淵の苦しむは、孔子の卓絶が極に達し、自ら追いつけぬことである。」その人は驚き言った。「この苦しみこそ、まさに彼の楽しむ所以ではないか!」

曰:「有教立道,無止仲尼;有學術業,無止顏淵。」或曰:「立道,仲尼不可為思矣。術業,顏淵不可為力矣。」曰:「未之思也,孰禦焉?」

揚雄は言った。「教化あって道を立つれば、孔子の影響を止められる者はない。学問あって業を修めれば、顔淵を止められる者はない。」ある人が言った。「道を立てるは、孔子といえども思慮をもって追いつけない。業を修めるは、顔淵といえども力をもって追いつけない。」揚雄は言った。「それはあなたが思わぬからだ、誰が遮ることができようか?」

02

或問:「吾子少而好賦。」曰:「然。童子彫蟲篆刻。」俄而曰:「壯夫不為也。」或曰:「賦可以諷乎?」曰:「諷乎!諷則已;不已,吾恐不免於勸也。」或曰:「霧縠之組麗。」曰:「女工之蠹矣。」《劒客論》曰:「劒可以愛身。」曰:「狴犴使人多禮乎?」

ある人が問うた。「あなたは若い時、賦を作るを好んだ。」揚雄は言った。「然り。あれは童子の雕虫篆刻の類の小技である。」しばらくしてまた言った。「大丈夫はこのようなことをしない。」ある人が言った。「賦をもって諷諫することができるか?」揚雄は言った。「諷諫よ!諷諫の効を得られればよい。もし止められなければ、かえって人にその事を学ばせるを免れぬであろう。」ある人が言った。「霧縠のごとく華美に織るを如くし。」揚雄は言った。「あれは女工の蠹害である。」『剣客論』に言う。「剣をもって身を衛ることができる。」揚雄は言った。「監牢は人を多礼に変えられるか?」

或問:「景差、唐勒、宋玉、枚乘之賦也,益乎?」曰:「必也淫。」「淫則柰何?」曰:「詩人之賦麗以則,辭人之賦麗以淫。如孔氏之門用賦也,則賈誼升堂,相如入室矣。如其不用何?」

ある人が問うた。「景差・唐勒・宋玉・枚乗の賦に、益はあるか?」揚雄は言った。「必ず過度の鋪陳がある。」「過度であればどうか?」揚雄は言った。「詩人の賦は華美にして法度あり、辞人の賦は華美にして過度あり。もし孔子の門下で賦を用いれば、賈誼は堂に升り、司馬相如は室に入ることができたろう。ただ彼らは用いなかった、またどうしようもない。」

或問蒼蠅紅、紫,曰:「明視。」問鄭、衛之似,曰:「聰聽。」或曰:「朱、曠不世,如之何?」曰:「亦精之而已矣。」

ある人が蠅のような紅と紫を問うた。揚雄は言った。「眼力を明白にせよ。」鄭・衛の音のごとき似て非なるを問うた。揚雄は言った。「聴力を清楚にせよ。」ある人が言った。「離朱・師曠は世ごとに在るものではない、どうするか?」揚雄は言った。「視聴を用精するのみである。」

或問:「交五聲、十二律也,或雅或鄭,何也?」曰:「中正則雅,多哇則鄭。」「請問本。」曰:「黃鍾以生之,中正以平之,確乎鄭、衛不能入也!」

ある人が問うた。「五声・十二律を配合するに、あるいは雅となり、あるいは鄭となるは、なぜか?」揚雄は言った。「中正がすなわち雅、淫哇が多すぎるがすなわち鄭。」「根本を請う。」揚雄は言った。「黄鐘より生発し、中正をもってこれを平かにすれば、鄭・衛の音は決して入り来れない!」

或曰:「女有色,書亦有色乎?」曰:「有。女惡華丹之亂窈窕也,書惡淫辭之淈法度也。」

ある人が言った。「女子に美色あり、書にも美色があるか?」揚雄は言った。「ある。女子は最も鉛華脂粉が本有の美を攪乱するを厭い、書は最も淫濫の文辞が法度を攪乱するを厭う。」

或問:「屈原智乎?」曰:「如玉如瑩,爰變丹青。如其智!如其智!」

ある人が問うた。「屈原に智はあるか?」揚雄は言った。「玉のごとく瑩のごときが、丹青の顔料に変じてしまった。あの智よ!あの智よ!」

或問:「君子尚辭乎?」曰:「君子事之為尚。事勝辭則伉,辭勝事則賦,事、辭稱則經。足言足容,德之藻矣。」

ある人が問うた。「君子は文辞を尚ぶか?」揚雄は言った。「君子の尚ぶは事そのものである。事が文辞に勝れば生硬、文辞が事に勝れば賦のごとく、事と文辞が相称してこそ経典である。言が充足し容止も充足するは、徳の文釆である。」

或問:「公孫龍詭辭數萬以為法,法與?」曰:「斷木為棊,捖革為鞠,亦皆有法焉。不合乎先王之法者,君子不法也。」

ある人が問うた。「公孫龍が数万字の詭弁をもって法則とする、あれは法則か?」揚雄は言った。「木を砍って棋子を作り、革を揉んで球を作るも、みな各々一理の法ある。先王の法に合わざるは、君子はこれを法則としない。」

觀書者譬諸觀山及水,升東嶽而知眾山之邐迤也,況介丘乎?浮滄海而知江河之惡沱也,況枯澤乎?舍舟航而濟乎瀆者,末矣;舍五經而濟乎道者,末矣。棄常珍而嗜乎異饌者,惡覩其識味也?委大聖而好乎諸子者,惡覩其識道也?

書を看るは山を看水を看るに比す:東岳に登れば、衆山のあれほど綿延し低伏なるを知り、ましてあの小丘においてをや。滄海を浮かべば、江河のあれほど渾濁し迫促なるを知り、ましてあの干涸の水沢においてをや。舟船を捨てて大河を渡るは下策、五経を捨てて道を求むるは下策。日常の珍味を棄てて怪異の肴饌を嗜むは、どうして彼が味を識ると見えよう?大聖人を丢れて諸子を好むは、どうして彼が道を識ると見えよう?

山𡷨之蹊,不可勝由矣;向牆之戶,不可勝入矣。曰:「惡由入?」曰:「孔氏。孔氏者,戶也。」曰:「子戶乎?」曰:「戶哉!戶哉!吾獨有不戶者矣。」

山の小路は多くて行き尽くせず、壁に向いた門戸は多くて入り尽くせない。ある人が問うた。「どこから行き、どこから入る?」揚雄は言った。「孔子より。孔子とはあの門である。」ある人が問うた。「あなた自身はこの門に入ったか?」揚雄は言った。「門よ!門よ!私は偏にまだ門に入れぬ所がある。」

或欲學《蒼頡》《史篇》。曰:「史乎!史乎!愈於妄闕也。」

ある人が『蒼頡』『史篇』を学ばんとした。揚雄は言った。「史書よ!史書よ!空に臆測し残闕錯漏するよりは勝る。」

或曰:「有人焉,自雲姓孔而字仲尼,入其門,升其堂,伏其幾,襲其裳,則可謂仲尼乎?」曰:「其文是也,其質非也。」「敢問質。」曰:「羊質而虎皮,見草而說,見豺而戰,忘其皮之虎矣。」

ある人が言った。「ここに一人あり、姓を孔・字を仲尼と自称し、彼の門に進み、彼の堂に上り、彼の几案に伏し、彼の衣裳を披けば、仲尼と呼ぶべきか?」揚雄は言った。「外表はそうだが、実質はそうでない。」「実質を請う。」揚雄は言った。「羊の質地で虎皮を披けば、草を見れば喜び、豺を見れば慄き、早くも身上の皮が虎皮なるを忘れる。」

聖人虎別,其文炳也。君子豹別,其文蔚也。辯人貍別,其文萃也。貍變則豹,豹變則虎。

聖人は虎のように与に異なり、文采炳然。君子は豹のように与に異なり、文采蔚然。弁士は狸のように与に異なり、文采攢聚。狸が変すれば豹となり、豹が変すれば虎となる。

好書而不要諸仲尼,書肆也。好說而不要諸仲尼,說鈴也。君子言也無擇,聽也無淫。擇則亂,淫則闢。述正道而稍邪哆者有矣,未有述邪哆而稍正也。

書を好みて孔子を帰依とせずは、書鋪のみ。議論を好みて孔子を帰依とせずは、響鈴のみ。君子の言に駁雑なく、聴に淫濫なし。駁雑すれば乱れ、淫濫すれば邪僻となる。正道を講述してやや邪僻に滑る者はあるが、邪僻を講述してやや正道に帰る者を見たことがない。

孔子之道,其較且易也。或曰:「童而習之,白紛如也,何其較且易?」曰:「謂其不姦姦、不詐詐也。如姦姦而詐詐,雖有耳目,焉得而正諸?」

孔子の道は、明白にして且つ易い。ある人が言った。「幼きより学び、髪白きに至るも紛乱して麻のごとし、どこに明白且つ易しがあらん?」揚雄は言った。「それを奸を以て奸とせず、詐を以て詐とせざるを謂う。もし奸を以て奸とし、詐を以て詐とせば、耳目あるといえども、どうしてこれを端正できようか?」

多聞則守之以約,多見則守之以卓。寡聞則無約也,寡見則無卓也。

聴くこと多ければ、簡約をもってこれを守れ。見ること多ければ、高明をもってこれを守れ。聴くこと少なければ簡約を談ずるに足らず、見ること少なければ高明を談ずるに足らない。

綠衣三百,色如之何矣?紵絮三千,寒如之何矣?

緑衣三百件、色あってまたどうならん?紵絮三千斤、寒くてまたどうならん?

君子之道有四易:簡而易,用也;要而易,守也;炳而易,見也;法而易,言也。

君子の道に四つの易きあり:簡約にして易し、用に切なれば。扼要にして易し、守に便なれば。光明にして易し、見得べければ。法則ありて易し、説得べければ。

震風陵雨,然後知夏屋之為帡幪也;虐政虐世,然後知聖人之為郛郭也。

狂風暴雨の後、はじめて大屋が遮覆なるを知る。暴政乱世の後、はじめて聖人が城郭なるを知る。

古者楊、墨塞路,孟子辭而闢之,廓如也。後之塞路者有矣,竊自比於孟子。

昔楊朱・墨翟が道路を塞いだとき、孟子は文を著してこれを辟き、道路は開濶した。後に道路を塞ぐ者またあり、私は私淑して自ら孟子に比す。

或曰:「人各是其所是而非其所非,將誰使正之?」曰:「萬物紛錯則懸諸天,眾言淆亂則折諸聖。」或曰:「惡覩乎聖而折諸?」曰:「在則人,亡則書,其統一也。」

ある人が言った。「人はみな自ら正しいと思うを正とし、自ら誤りと思うを誤とす。誰をして校正せしめん?」揚雄は言った。「万物紛乱すれば天上に懸けてこれを正し、衆説混乱すれば聖人に折中す。」ある人が言った。「どこに聖人を見て折中できる?」揚雄は言った。「聖人あれば、人に依る。聖人在らざれば、書に依る。その一貫は同じである。」

03

修身以為弓,矯思以為矢,立義以為的,奠而後發,發必中矣。

修身を以て弓とし、心の矯正を以て箭とし、義の樹立を以て鵠とし、安穏して後射出せば、射出すれば必ず中る。

人之性也善惡混。修其善則為善人,修其惡則為惡人。氣也者,所以適善惡之馬也與?

人の性は善悪混じり合う。その中の善を修めれば善人となり、その中の悪を修めれば悪人となる。気とは、ほぼ人を善か悪かへ運ぶあの馬ではないか?

或曰:「孔子之事多矣,不用,則亦勤且憂乎?」曰:「聖人樂天知命,樂天則不勤,知命則不憂。」

ある人が言った。「孔子の為すべき事はあれほど多いのに任用されぬ、彼も労苦且つ憂愁するか?」揚雄は言った。「聖人は天を楽しみ命を知る。天を楽しめば労苦せず、命を知れば憂愁しない。」

或問「銘」。曰:「銘哉!銘哉!有意於慎也。」

ある人が「銘」を問うた。揚雄は言った。「銘よ!銘よ!あれは心あるを謹慎せんとするもの。」

聖人之辭,可為也;使人信之,所不可為也。是以君子彊學而力行。

聖人の文辞は、学んで作ることができるが、人にこれを信じさせるは、強いて作れるものではない。ゆえに君子は力めて学び且つ力めて行う。

珍其貨而後市,修其身而後交,善其謀而後動成道也。

先ず己の貨を珍しんで後市に入り、先ず己を修めて後人と交わり、先ず己の謀を完善して後行動す、これが事を成す正道である。

君子之所慎:言、禮、書。

君子の謹慎する所:言・礼・書写。

上交不諂,下交不驕,則可以有為矣。或曰:「君子自守,奚其交?」曰:「天地交,萬物生;人道交,功勳成,奚其守?」

上に交わりて諂わず、下に交わりて驕らざれば、以て為すことができる。ある人が言った。「君子は自ら守ればよい、何ぞ交わらんことを?」揚雄は言った。「天地交わりて、はじめて万物生ず。人道交わりて、はじめて功業成る。何ぞ守るのみならんや?」

好大而不為,大不大矣;好高而不為,高不高矣。

大を好みて行わざれば、大もまた大ならず。高を好みて行わざれば、高もまた高ならず。

仰天庭而知天下之居卑也哉!

天庭を仰げば、天下人の居る所がいかに低下なるかを知る!

公儀子、董仲舒之才之邵也,使見善不明,用心不剛,儔克爾?

公儀休・董仲舒の才徳のあれほど美好なるも、もし善を見るに明らかならず心を用うるに剛ならざれば、誰があのごとくなれよう?

或問「仁、義、禮、智、信之用」。曰:「仁,宅也;義,路也;禮,服也;智,燭也;信,符也。處宅,由路,正服,明燭,執符,君子不動,動斯得矣。」

ある人が「仁・義・礼・智・信の用处」を問うた。揚雄は言った。「仁は宅、義は路、礼は服、智は燭、信は符節である。宅に住み、路上を行き、衣服を端正し、燭火を点き、符節を持てば、君子は妄動せず、一動すれば当を得る。」

有意哉!孟子曰:「夫有意而不至者有矣,未有無意而至者也。」

志あるかな!孟子は言った。「志あって達せざる人はあるが、志なくして達したことはいまだかつてない。」

或問「治己」。曰:「治己以仲尼。」或曰:「治己以仲尼,仲尼奚寡也?」曰:「率馬以驥,不亦可乎?」或曰:「田圃田者,莠喬喬;思遠人者,心忉忉。」曰:「日有光,月有明。三年不目日,視必盲;三年不目月,精必矇。熒魂曠枯,糟莩曠沈,擿埴索塗,冥行而已矣。」

ある人が「己を治める」を問うた。揚雄は言った。「孔子をもって己を治めよ。」ある人が言った。「孔子をもって己を治めるに、孔子のごとき人がなぜあれほど少ない?」揚雄は言った。「千里の馬をもって群馬を率いるは、不可ならんや?」ある人が言った。「圃田を耕す者は、雑草が高く生い茂る。遠き人を思う者は、心に憂傷あり。」揚雄は言った。「日に光あり、月に明あり。三年日を見ざれば、目必ず瞎す。三年月を見ざれば、神必ず蒙る。魂魄長く枯竭し、糟粕の浮沫長く沈埋すれば、ただ盲人が杖を持ちて路を探り、黒闇の中を行くがごときのみ。」

或問:「何如斯謂之人?」曰:「取四重,去四輕,則可謂之人。」曰:「何謂四重?」曰:「重言,重行,重貌,重好。言重則有法,行重則有德,貌重則有威,好重則有觀。」「敢問四輕。」曰:「言輕則招憂,行輕則招辜,貌輕則招辱,好輕則招淫。」

ある人が問うた。「どうして人と呼ぶべきか?」揚雄は言った。「四つの穏重を取り、四つの軽浮を去れば、人と呼ぶべし。」「四重とは何か?」揚雄は言った。「言を重んじ、行を重んじ、貌を重んじ、好を重んず。言重んずれば法度あり、行重んずれば徳あり、貌重んずれば威厳あり、好重んずれば観むべきあり。」「四軽を請う。」揚雄は言った。「言軽ければ憂患を招き、行軽ければ罪過を招き、貌軽ければ羞辱を招き、好軽ければ淫濫を招く。」

《禮》多儀。或曰:「日𣅔不食肉,肉必乾;日𣅔不飲酒,酒必酸。賓主百拜而酒三行,不已華乎?」曰:「實無華則野,華無實則賈,華實副則禮。」

『礼』の中に儀節多し。ある人が言った。「日が西に偏ってもまだ肉を食わざれば、肉必ず乾く。日が西に偏ってもまだ酒を飲まざれば、酒必ず酸す。賓主が百拝して三巡の酒を行うは、あまりに浮華にあらずや?」揚雄は言った。「実質のみあって文采なければ粗野、文采のみあって実質なければ商賈のごとし、文采と実質と相称してこそ礼である。」

山雌之肥,其意得乎!或曰:「回之簞瓢,臞如之何?」曰:「明明在上,百官牛羊,亦山雌也;闇闇在上,簞瓢捽茹,亦山雌也,何其臞?千鈞之輕,烏獲力也;簞瓢之樂,顏氏德也。」

山の雌雉はあれほど肥え、その心意は満ち足りたか!ある人が言った。「顔回は一簞の食・一瓢の飲、あれほど痩せて、またどうか?」揚雄は言った。「上が光明ならば、百官・牛羊斉備しても、やはり山の雌雉。上が昏暗ならば、簞瓢・野菜でも、やはり山の雌雉。どうして痩せようか?千鈞の重さをもっても尚軽しとするは、烏獲の力。簞瓢の中にあっても尚楽しめるは、顔氏の徳。」

或問:「犂牛之鞹與玄騂之鞹有以異乎?」曰:「同。」「然則何以不犂也?」曰:「將致孝乎鬼神,不敢以其犂也。如刲羊刺豕,罷賓犒師,惡在犂不犂也!」

ある人が問うた。「雑色の牛の皮と黒赤色の牛の皮に分別あるか?」揚雄は言った。「同じ。」「ではなぜ雑色の牛で祭祀せぬ?」揚雄は言った。「鬼神に孝を致さんとして、あの雑色を以てするを敢えてしない。もし羊を宰し猪を殺し、賓客を慰労し軍隊を犒賞するならば、雑色か否かまた何の関係かあらん!」

有德者好問聖人。或曰:「魯人鮮德,奚其好問仲尼也?」曰:「魯未能好問仲尼故也。如好問仲尼,則魯作東周矣。」

徳ある人は聖人に請教するを好む。ある人が言った。「魯人は徳あること少ないのに、なぜ孔子に請教するを好む?」揚雄は言った。「まさに魯がいまだ真に孔子に請教するを好まざるがゆえ。もし孔子に請教するを好めば、魯は東方の周と成すことができる。」

或問:「人有倚孔子之牆,弦鄭、衛之聲,誦韓、莊之書,則引諸門乎?」曰:「在夷貉則引之,倚門牆則麾之,惜乎衣未成而轉為裳也。」

ある人が問うた。「孔子の墻に倚って、鄭・衛の楽声を弾奏し、韓非・荘子の書を誦読する者がいる、なお彼を門内に引き入れるか?」揚雄は言った。「彼が夷貉の中にあれば、引き入れよ。すでに門墻に倚ってこのごとくならば、揮て去らせよ。惜しいかな衣服まだ成さざるに、先に下裳に改めてしまった。」

聖人耳不順乎非、口不肄乎善,賢者耳擇、口擇,眾人無擇焉。或問「眾人」。曰:「富貴生。」「賢者」。曰:「義。」「聖人」。曰:「神。」觀乎賢人,則見眾人;觀乎聖人,則見賢人;觀乎天地,則見聖人。天下有三好:眾人好己從,賢人好己正,聖人好己師。天下有三檢:眾人用家檢,賢人用國檢,聖人用天下檢。天下有三門:由於情慾,入自禽門;由於禮義,入自人門;由於獨智,入自聖門。

聖人は耳をもって誤りに順従せず、口をもって不善を習練せず。賢人は聴くに選択あり、説くに選択あり。凡人は選択なし。ある人が「凡人」を問うた。揚雄は言った。「ただ富貴と活命のみを知る。」「賢人」を問う。揚雄は言った。「義。」「聖人」を問う。揚雄は言った。「神。」賢人を観れば、凡人を見出せる。聖人を観れば、賢人を見出せる。天地を観れば、聖人を見出せる。天下に三つの喜好あり:凡人は人が己に順従するを好み、賢人は人が己を匡正するを好み、聖人は人が己の師と為るを好む。天下に三つの検束あり:凡人は家をもって検束し、賢人は国をもって検束し、聖人は天下をもって検束す。天下に三つの門あり:情慾より行けば、禽獣の門に入る。礼義より行けば、人の門に入る。独特の智慧より行けば、聖人の門に入る。

或問:「士何如斯可以禔身?」曰:「其為中也弘深,其為外也肅括,則可以禔身矣。」

ある人が問うた。「士はどうして身を安んずべきか?」揚雄は言った。「内心弘大深沉、外表整粛端正、以て身を安んずべし。」

君子微慎厥德,悔吝不至,何元憞之有?

君子は細微の処に己の徳を謹慎すれば、悔吝も来らず、どこに大悪かあらん?

上士之耳訓乎德,下士之耳順乎己。

上士の耳は徳に従って訓導を受け、下士の耳はただ己に順従するのみ。

言不慙、行不恥者,孔子憚焉。

言うに慙愧を感じず、行うに羞恥を感じざる者は、孔子すらこれを憚る。

04

或問「道」。曰:「道也者,通也,無不通也。」或曰:「可以適它與?」曰:「適堯、舜、文王者為正道,非堯、舜、文王者為它道。君子正而不它。」

ある人が「道」を問うた。揚雄は言った。「道とは通ず、通、通ぜざるところなし。」ある人が言った。「別の所へ通ずることができるか?」揚雄は言った。「堯・舜・文王へ通ずるは正道、堯・舜・文王に非ざるは旁道。君子は正道を行き、旁道を行かない。」

或問「道」。曰:「道若塗若川,車航混混,不捨晝夜。」或曰:「焉得直道而由諸?」曰:「塗雖曲而通諸夏則由諸,川雖曲而通諸海則由諸。」或曰:「事雖曲而通諸聖則由諸乎?」

ある人が「道」を問うた。揚雄は言った。「道は路のごとく河のごとく、車船が滚滚として、昼夜に止まない。」ある人が言った。「どこに直道を得て行かん?」揚雄は言った。「路は弯曲するも、華夏に通ずればそれを行け。河は弯曲するも、海に通ずればそれを行け。」ある人が言った。「事は曲折するも、聖人に通ずればまたそれを行くか?」

道、德、仁、義、禮,譬諸身乎?夫道以導之,德以得之,仁以人之,義以宜之,禮以體之,天也。合則渾,離則散,一人而兼統四體者,其身全乎!

道・徳・仁・義・礼は、人の身体のごときではないか?道は以て導き、徳は以て得、仁は以て人たらしめ、義は以て宜を得、礼は以て体を得、これは天然である。合わされば渾然一体、分かれば散じる。一人が四肢を兼統できるとき、身体は完全と言えるだろう!

或問「德表」。曰:「莫知作,上作下。」「請問禮莫知。」曰:「行禮於彼,而民得於此,奚其知!」或曰:「孰若無禮而德?」曰:「禮,體也。人而無禮,焉以為德?」

ある人が「徳の表徴」を問うた。揚雄は言った。「上が為しても、下は誰が為したかを覚えない。」「礼も人に覚えさせぬかを請う。」揚雄は言った。「彼方で礼を行えば、百姓は此方で利益を得る。誰が為したかを知るを何とする!」ある人が言った。「礼なくして徳あるのみに何如?」揚雄は言った。「礼とは体。人もし礼なくば、何を以て徳を成さん?」

或問「天」。曰:「吾於天與,見無為之為矣!」或問:「彫刻眾形者匪天與?」曰:「以其不彫刻也。如物刻而彫之,焉得力而給諸?」

ある人が「天」を問うた。揚雄は言った。「我は天上に在りて、無為の中の作為を見る!」ある人が問うた。「万物の形を雕刻するは、天ではないか?」揚雄は言った。「まさにそれが雕刻せざるがゆえ。もし一物一物を刻み雕らば、どうしてあれほどの力气を供給し得よう?」

老子之言道德,吾有取焉耳。及搥提仁義,絕滅禮學,吾無取焉耳。

老子は道徳を講じ、我に取るべきところあり。彼が仁義を抨撃し礼学を滅絶するに至っては、我に取るべきところなし。

吾焉開明哉?惟聖人為可以開明,它則苓。大哉,聖人言之至也!開之,廓然見四海;閉之,閛然不覩牆之裡。

我はどうして開通光明できよう?ただ聖人のみ開通光明でき、他は苓草に過ぎない。偉大かな、聖人の言は極に達せり!これを開けば、開濶して四海を見渡し。これを閉ざれば、昏暗して墻の内を見ず。

聖人之言,似於水火。或問「水火」。曰:「水,測之而益深,窮之而益遠;火,用之而彌明,宿之而彌壯。」

聖人の言は、水のごとく火のごとし。ある人が「水火」を問うた。揚雄は言った。「水は、測れば測るほど深く、窮めれば窮めるほど遠い。火は、用いれば用いるほど明るく、停めれば停めるほど旺さかん。」

允治天下,不待禮文與五教,則吾以黃帝、堯、舜為疣贅。

果して天下を治めるに礼文と五教を待たずばよいならば、我は黄帝・堯・舜を贅疣と見做さん。

或曰:「太上無法而治,法非所以為治也。」曰:「鴻荒之世,聖人惡之,是以法始乎伏犧而成乎堯。匪伏匪堯,禮義哨哨,聖人不取也。」

ある人が言った。「最上等は法なくして治む、法は以て治めるに非ず。」揚雄は言った。「鴻荒の世を、聖人はこれを悪んだ。ゆえに法は伏羲に始まり、堯にて完成す。伏羲に非ず、堯に非ずば、礼義空空として呼号し、聖人は取らぬ。」

或問:「八荒之禮,禮也,樂也,孰是?」曰:「殷之以中國。」或曰:「孰為中國?」曰:「五政之所加,七賦之所養,中於天地者為中國。過此而往者,人也哉?」

ある人が問うた。「八方の荒遠の地の礼は、礼か、楽か、どちらが正しい?」揚雄は言った。「中国を以て標準とせよ。」ある人が言った。「何を中国と謂う?」揚雄は言った。「五政施しかれて得、七賦養しかれて得、天地の中に処る、これを中国という。これらを越えてさらに外なるは、なお人か?」

聖人之治天下也,礙諸以禮樂。無則禽,異則貉。吾見諸子之小禮樂也,不見聖人之小禮樂也。孰有書不由筆,言不由舌?吾見天常為帝王之筆、舌也。

聖人が天下を治めるに、礼楽をもってこれを範囲す。礼楽なくばすなわち禽獣、礼楽に異なるはすなわち夷貉。我は諸子が礼楽を小にするを見れども、聖人が礼楽を小にするを見ざるなり。どこに筆を経由せずして書し、舌を経由せずして話す者あらん?我はあの天常を看るに、帝王の筆と舌である。

智也者,知也。夫智用不用,益不益,則不贅虧矣。

智とは、知である。智を用いるべきと用いるべからざる、増益すべきと増益すべからざるに用いれば、多余せずも亏欠せず。

深知器械、舟車、宮室之為,則禮由已。

器械・舟車・宮室のいかに作られたかを深く知れば、礼もまた自身より出る。

或問「大聲」。曰:「非雷非霆,隱隱耾耾,久而愈盈,屍諸聖。」

ある人が「大声」を問うた。揚雄は言った。「雷に非ず霆に非ず、隠隠隆隆、久しければ久しいほど満ちて、その声音は聖人に寄托する。」

或問:「道有因無因乎?」曰:「可則因,否則革。」

ある人が問うた。「道に因襲あり、不因襲ありか?」揚雄は言った。「可なれば因襲し、不可なれば変革す。」

或問「無為」。曰:「奚為哉?在昔虞、夏,襲堯之爵,行堯之道,法度彰,禮樂著,垂拱而視天下民之阜也,無為矣。紹桀之後,纂紂之餘,法度廢,禮樂虧,安坐而視天下民之死,無為乎?」

ある人が「無為」を問うた。揚雄は言った。「なお何を為さん?昔虞・夏は堯の爵位を承襲し、堯の道理を実行し、法度彰明、礼楽顕著、衣を垂れ手を拱いて天下の百姓の富庶を観る、これが無為である。桀の後に接し、紂の余緒に続いて、法度廃弛、礼楽亏損して、安坐して天下の百姓の死するを観る、なお無為と謂うか?」

或問:「太古塗民耳目,惟其見也聞也,見則難蔽,聞則難塞。」曰:「天之肇降生民,使其目見耳聞,是以視之禮,聽之樂。如視不禮,聽不樂,雖有民,焉得而塗諸?」

ある人が言った。「太古は百姓の耳目を堵塞した、ただ彼らが見て聴いたがゆえに。見たれば再び蒙蔽し難く、聴いたれば再び堵塞し難し。」揚雄は言った。「上天は初めに生民を降下して、彼らに目能く見耳能く聴かしめた。ゆえに礼を以て彼らに看せ、楽を以て彼らに聴かす。もし看る所が礼に非ず、聴く所が楽に非ざれば、百姓あるといえども、どうして堵塞し得よう?」

或問「新敝」。曰:「新則襲之,敝則益損之。」

ある人が「新と旧敝」を問うた。揚雄は言った。「新しきはこれを沿袭し、旧敝せるはこれを増減す。」

或問:「太古德懷不禮懷,嬰兒慕,駒犢從,焉以禮?」曰:「嬰、犢乎!嬰、犢母懷不父懷。母懷,愛也;父懷,敬也。獨母而不父,未若父母之懿也。」

ある人が言った。「太古は徳を以て懐柔し、礼を以て懐柔せず。嬰児は母を思慕し、馬駒・牛犢は母獣に随従す。どこに礼を用いん?」揚雄は言った。「嬰児と牛犢か!嬰児・牛犢の懐くは母にして父に非ず。母の懐くは愛、父の懐くは敬。母のみあって父なければ、父母兼備の美好に及ばない。」

狙詐之家曰:「狙詐之計,不戰而屈人兵,堯、舜也。」曰:「不戰而屈人兵,堯、舜也;沾項漸襟,堯、舜乎?衒玉而賈石者,其狙詐乎!」或問:「狙詐與亡孰愈?」曰:「亡愈。」或曰:「子將六師,則誰使?」曰:「御得其道,則天下狙詐鹹作使;御失其道,則天下狙詐鹹作敵。故有天下者,審其御而已矣。」或問:「威震諸侯,須於徵與狙詐之力也,如其亡?」曰:「威震諸侯、須於狙詐可也,未若威震諸侯而不須狙詐也。」或曰:「無狙詐,將何以徵乎?」曰:「縱不得不徵,不有《司馬法》乎?何必狙詐乎!」

詭詐を玩弄する一家は言った。「詭詐の計謀は、戦わずして敵軍を屈服させ得る、これが堯・舜である。」揚雄は言った。「戦わずして敵軍を屈服するは、堯・舜である。血に頸を沾らせ衣襟を浸すは、なお堯・舜か?石を以て玉と売る、これが詭詐である!」ある人が問うた。「詭詐と無、どちらが良い?」揚雄は言った。「無が良い。」ある人が言った。「あなたが六軍を統領するなら、誰を使用する?」揚雄は言った。「駕馭法あれば、天下の詭詐を玩弄する者を駆使に供す。駕馭法なければ、天下の詭詐を玩弄する者を敵人と為す。ゆえに天下を有する者は、ただ己がいかに駕馭するかを審察すれば足りる。」ある人が問うた。「威震して諸侯たらんには、必ず征伐と詭詐の力に依る。これらなくんばどうか?」揚雄は言った。「威震して諸侯にして詭詐に依るを必すも、可なり。威震して諸侯にして詭詐に依るを必せずに如かず。」ある人が言った。「詭詐なくば、何を以て征伐せん?」揚雄は言った。「縦り征伐せざるを得ずとも、『司馬法』はまだあるではないか!何ぞ詭詐を用いんや!」

申、韓之術,不仁之至矣,若何牛羊之用人也?若牛羊用人,則狐狸、螻螾不膢臘也與?或曰:「刀不利,筆不銛,而獨加諸砥,不亦可乎?」曰:「人砥,則秦尚矣。」

申不害・韓非の法術は、不仁の極である。どうして牛羊のごとく人を使えようか?もし牛羊のごとく人を使えば、狐狸・螻蟻にも祭肉の食うべきあらん!ある人が言った。「刀利ならず笔尖ならず、別に取りて磨けば、不可ならんや?」揚雄は言った。「人を以て磨石と為すは、秦朝は頂に至ったと言うべし。」

或曰:「刑名非道邪?何自然也?」曰:「何必刑名?圍棊、擊劒、反目、眩形,亦皆自然也。由其大者作正道,由其小者作姦道。」

ある人が言った。「刑名の学は道に非ずや?それ何と自然なるか。」揚雄は言った。「何ぞ刑名ならん?囲棋・撃剣・翻眼・眩形も、みなとても自然である。大なる処より行けば正道、小なる処より行けば奸道。」

或曰:「申、韓之法非法與?」曰:「法者,謂唐、虞、成周之法也。如申、韓!如申、韓!」

ある人が言った。「申不害・韓非の法は、また法に非ずや?」揚雄は言った。「いわゆる法とは、唐堯・虞舜・成周の法を謂う。申・韓のごときか!申・韓のごときか!」

莊周、申、韓不乖寡聖人而漸諸篇,則顏氏之子、閔氏之孫其如臺?

荘周・申不害・韓非もし聖人に背离せず漸々あの篇章を写成せずば、顔氏の子・閔氏の孫はまたどうすべきか?

或曰:「莊周有取乎?」曰:「少欲。」「鄒衍有取乎?」曰:「自持。至周罔君臣之義,衍無知於天地之間,雖鄰不覿也。」

ある人が言った。「荘周に取るべきものあるか?」揚雄は言った。「欲を少なうする。」「鄒衍に取るべきものあるか?」揚雄は言った。「自ら持守する。荘周が君臣の義を無視し、鄒衍が天地の間を無知なるに至っては、隣居を為すとも我は往かず見ず。」

05

或問「神」。曰:「心。」「請問之。」曰:「潛天而天,潛地而地。天地,神明而不測者也。心之潛也,猶將測之,況於人乎?況於事倫乎?」「敢問潛心於聖。」曰:「昔乎,仲尼潛心於文王矣,達之。顏淵亦潛心於仲尼矣,未達一間耳。神在所潛而已矣。」

ある人が「神」を問うた。揚雄は言った。「心。」「さらに講じてください。」揚雄は言った。「天に潜入すれば天となり、地に潜入すれば地となる。天地は神明にして測り難い。心の潜入するや、なおそれらを測らんとするに、まして人においてをや、まして事理においてをや?」「聖人に潜心することを請う。」揚雄は言った。「昔か、孔子は文王に潜心して達した。顔淵もまた孔子に潜心して、あと一間に欠けるのみであった。神はただ潜む所に在るのみ。」

天神天明,照知四方;天精天粹,萬物作類。

天の神、天の明は四方を照知し、天の精、天の粋は万物が各々その類を成す。

人心其神矣乎?操則存,舍則亡。能常操而存者,其惟聖人乎?

人の心は神ではないか?これを把握すれば存し、これを放てば亡ぶ。常に把握して存せしめ得る者は、ほぼ聖人のみであろうか?

聖人存神索至,成天下之大順,致天下之大利,和同天人之際,使之無間也。

聖人は神を存して極に求め、天下の大順を成就し、天下の大利を招致し、天と人の間を和諧同一にして間隙なからしむ。

龍蟠於泥,蚖其肆矣。蚖哉,蚖哉,惡覩龍之志也與!或曰:「龍必欲飛天乎?」曰:「時飛則飛,時潛則潛,既飛且潛。食其不妄,形其不可得而制也與!」曰:「聖人不制,則何為乎羑里?」曰:「龍以不制為龍,聖人以不手為聖人。」

龍が泥に蟠すれば、蠑螈が放肆となる。蠑螈よ、蠑螈よ、どこに龍の志を見よう!ある人が言った。「龍は必ず天に飛びたがるか?」揚雄は言った。「時に飛ぶべければ飛び、時に潜むべければ潜む。能く飛び且つ能く潜む。食は妄りに取らず、形体は人に制せられないだろう!」問う。「聖人もし制せられずば、なぜ羑里にいたか?」揚雄は言った。「龍は制せられざるを以て龍となり、聖人は人に操控されざるを以て聖人となる。」

或曰:「經可損益與?」曰:「《易》始八卦,而文王六十四,其益可知也。《詩》《書》《禮》《春秋》,或因或作,而成於仲尼,其益可知也。故夫道非天然,應時而造者,損益可知也。」

ある人が言った。「経は増減できるか?」揚雄は言った。「『易』は初め八卦のみあり、文王が演じて六十四とした。その增益は知るべし。『詩』『書』『礼』『春秋』は、あるいは因襲しあるいは創作して、孔子にて完成した。その增益は知るべし。ゆえに道は天生して然るに非ず、時に応じて造られたのだ、増減は知るべし。」

或曰:「《易》損其一也,雖憃知闕焉。至《書》之不備過半矣,而習者不知。惜乎《書序》之不如《易》也!」曰:「彼數也,可數焉,故也。如《書序》,雖孔子末如之何矣!」

ある人が言った。「『易』が一卦を欠けば、愚人すら欠けたを知る。『書』が不完備にして半ばを過ぎても、研習する者は知らない。惜しいかな『書序』は『易』に如かない!」揚雄は言った。「それは卦数が数えられるゆえに欠けたを知る。『書序』のごときは、孔子といえどもそれをどうしようもない!」

昔之說《書》者,序以百,而《酒誥》之篇俄空焉,今亡夫。

昔『書』を講ずる者は、序が百篇あり、しかるに『酒誥』の一篇は一向に空しく、今や亡佚したのであろう。

虞、夏之書渾渾爾,《商書》灝灝爾,《周書》噩噩爾。下週者,其《書》譙乎!

虞・夏の書は渾厚深沉、『商書』は浩大寛広、『周書』は厳正剛直。周以下のは、あの『書』は急促であったろう!

或問:「聖人之經不可使易知與?」曰:「不可。天俄而可度,則其覆物也淺矣;地俄而可測,則其載物也薄矣。大哉!天地之為萬物郭,五經之為眾說郛。」

ある人が問うた。「聖人の経は人に容易く懂らせられないか?」揚雄は言った。「できない。天が一挙に測度できれば、それが万物を覆うも浅し。地が一挙に測り尽くせれば、それが万物を承載するも薄し。偉大かな!天地は万物の外郭であり、五経は衆説の外城である。」

或問:「聖人之作事,不能昭若日月乎?何後世之訔訔也!」曰:「瞽曠能默,瞽曠不能齊不齊之耳;狄牙能喊,狄牙不能齊不齊之口。」

ある人が問うた。「聖人が事をなすに、日月のごとく昭明であれないか?なぜ後世は議論紛紜なのか!」揚雄は言った。「師曠は沈黙できても、斉わぬ耳をみな斉く聴かせることはできない。易牙は調味できても、斉わぬ口をみな斉く食わせることはできない。」

君子之言,幽必有驗乎明,遠必有驗乎近,大必有驗乎小,微必有驗乎著。無驗而言之謂妄。君子妄乎?不妄。

君子の言は、幽隠なるは必ず明顕の処に験を得、遠きは必ず近き処に験を得、大なるは必ず小なる処に験を得、微細なるは必ず顕著の処に験を得る。験なきに言うを、妄という。君子は妄か?妄ならず。

言不能達其心,書不能達其言,難矣哉!惟聖人得言之解,得書之體,白日以照之,江河以滌之,灝灝乎其莫之禦也。面相之,辭相適,捈中心之所欲,通諸人之嚍嚍者,莫如言。彌綸天下之事,記久明遠,著古昔之㖧㖧,傳千里之忞忞者,莫如書。故言,心聲也;書,心畫也。聲畫形,君子小人見矣。聲畫者,君子小人之所以動情乎!

言が心の想う所を表せず、書写が言う所を表せぬは、難しいなあ!ただ聖人のみ言の解を得、書の体を得て、白日のごとく来りてこれを照らし、江河のごとく来りてこれを洗い、浩大にして誰も遮れない。面を相対し言辞を相交え、心の言わんと欲するを掏出し、人の急に表さんと欲するを溝通するに、言語より良きはなし。天下の事を包羅し、久遠を記し遠古を闡明し、古昔の昏昧なるを顕著にし、千里の外の紛乱なるを流伝せしむるに、書より良きはなし。ゆえに言語は心の声音、書は心の図画である。声音と図画とが一たび形を成せば、君子小人が顕現する。声音と図画は、まさに君子小人が以て性情を発動する所であろう!

聖人之辭,渾渾若川。順則便,逆則否者,其惟川乎!

聖人の文辞は、渾厚にして大河のごとし。これに順えば便利、これに逆らえば行えぬは、河ではないか!

或曰:「仲尼聖者與?何不能居世也,曾範、蔡之不若!」曰:「聖人者範、蔡乎?若範、蔡,其如聖何?」

ある人が言った。「孔子は聖人か?なぜ世に処ることができず、竟に范雎・蔡沢に及ばぬ!」揚雄は言った。「聖人は范雎・蔡沢か?もし范雎・蔡沢ならば、なおどうして聖と成さん?」

或曰:「淮南、太史公者,其多知與?曷其雜也!」曰:「雜乎雜!人病以多知為雜,惟聖人為不雜。」

ある人が言った。「淮南王・太史公は、知識が十分多いだろう?なぜあれほど駁雑なのか!」揚雄は言った。「雑かな雑かな!人の病は知識の多きを以て駁雑と為す、ただ聖人のみ駁雑ならず。」

書不經,非書也;言不經,非言也。言、書不經,多多贅矣。

書が経に合わざれば、書に非ず。言が経に合わざれば、言に非ず。言と書とともに経に合わざれば、多くてもただ贅疣のみ。

或曰:「述而不作,《玄》何以作?」曰:「其事則述,其書則作。」

ある人が言った。「述べて作らず、あなたの『太玄』はなぜ作った?」揚雄は言った。「事は述べる、書は作る。」

育而不苗者,吾家之童烏乎!九齡而與我《玄》文。

育てたのに苗と長じなかったは、我が家の童烏であろう!九歳にしてよく我とともに『太玄』の文字を談じた。

或曰:「《玄》何為?」曰:「為仁義。」曰:「孰不為仁?孰不為義?」曰:「勿雜也而已矣。」

ある人が言った。「『太玄』は何のために作った?」揚雄は言った。「仁義のため。」問う。「誰が仁を為さぬ?誰が義を為さぬ?」揚雄は言った。「ただ駁雑せざらんのみ。」

或問「經之艱易」。曰:「存亡。」或人不諭。曰:「其人存則易,亡則艱。延陵季子之於樂也,其庶矣乎!如樂弛,雖札末如之何矣。如周之禮樂庶事之備也,每可以為不難矣。如秦之禮樂庶事之不備也,每可以為難矣。」

ある人が「経の難易」を問うた。揚雄は言った。「存亡に在り。」その人は明白せず。揚雄は言った。「その人が在れば容易、在らざれば艱難。延陵季子が楽に対しては、ほぼそうであったろう!もし楽がすでに廃弛していれば、季札といえどもそれをどうしようもない。周の礼楽庶事のごとく完備なれば、処々皆難からずと覚ゆべし。秦の礼楽庶事のごとく不完備なれば、処々皆難しと覚ゆべし。」

衣而不裳,未知其可也;裳而不衣,未知其可也。衣裳,其順矣乎!

上衣あって下裳なければ、行えるや否やを知らず。下裳あって上衣なければ、行えるや否やを知らず。上衣下裳斉備して、はじめて順ならんか!

或問「文」。曰:「訓。」問「武」。曰:「克。」未達。曰:「事得其序之謂訓,勝己之私之謂克。」

ある人が「文」を問うた。揚雄は言った。「訓。」「武」を問う。揚雄は言った。「克。」相手は懂わず。揚雄は言った。「事が応有の次序を得るを訓といい、己の私欲に勝つを克という。」

為之而行,動之而光者,其德乎!或曰:「知德者鮮,何其光?」曰:「我知,為之;不我知,亦為之,厥光大矣。必我知而為之,光亦小矣。」

為せば行き通り、動けば光るは、徳ではないか!ある人が言った。「徳を懂る者は少ない、どこに光を談ぜん?」揚雄は言った。「人が我を知れば、我為す。人が我を知らずとも、我もまた為す。その光は大きい。必ず人が我を知って後為すならば、光はまた小さい。」

或曰:「君子病沒世而無名,盍勢諸名卿,可幾也。」曰:「君子德名為幾。梁、齊、趙、楚之君非不富且貴也,惡乎成名?谷口鄭子真,不屈其志,而耕乎巖石之下,名振於京師,豈其卿!豈其卿!」

ある人が言った。「君子は死後に名声なきを憂う。何ぞ名ある公卿に依附して、ほぼ可なりとせぬか。」揚雄は言った。「君子は徳を以て名を成すを近しとす。梁・斉・趙・楚の君主は富まざるに非ず貴からざるに非ざるも、どこに名を成就せん?谷口の鄭子真は、己の志を屈せず、岩石の下に耕作して、名声は京師を震動した。どこに公卿と為るに依らんや!どこに公卿と為るに依らんや!」

或問「人」。曰:「艱知也。」曰:「焉難?」曰:「太山之與螘垤,江河之與行潦,非難也;大聖之與大佞,難也。烏呼!能別似者為無難。」

ある人が「人」を問うた。揚雄は言った。「知り難し。」問う。「難しきはどこに在る?」揚雄は言った。「泰山と蟻垤、江河と路の積水は、分辨し難からず。大聖人と大佞人は、分辨し難し。ああ!相似たる物を辨别し得る者、はじめて難からずと談ずべし。」

或問:「鄒、莊有取乎?」曰:「德則取,愆則否。」「何謂德、愆?」曰:「言天、地、人經,德也;否,愆也。愆語,君子不出諸口。」

ある人が問うた。「鄒衍・荘周に取るべきものあるか?」揚雄は言った。「徳に合すれば取り、過ちあれば要らぬ。」「何を徳と謂い、何を過ちと謂う?」揚雄は言った。「天・地・人の常経を講ずるは、徳。そうでなければ、過ち。過ちの言は、君子は口に出さない。」

06

或問「明」。曰:「微。」或曰:「微何如其明也?」曰:「微而見之,明其誖乎?」

ある人が「明」を問うた。揚雄は言った。「微。」ある人が言った。「微がどうして明と算えられよう?」揚雄は言った。「微なる処より能く見る、明ならざればかえって悖乱せざらんか?」

聰明其至矣乎?不聰,實無耳也;不明,實無目也。「敢問大聰明。」曰:「眩眩乎,惟天為聰,惟天為明。夫能高其目而下其耳者,匪天也夫?」

聡明はほぼ極に至ったか?聡ならざれば、実は耳なきに等しい。明ならざれば、実は目なきに等しい。「大聡明を請う。」揚雄は言った。「広大眩眩、ただ天のみ聡、ただ天のみ明。目を擡げ耳を低くし得るは、天ではないか?」

或問:「小每知之,可謂師乎?」曰:「是何師與!是何師與!天下小事為不少矣,每知之,是謂師乎?師之貴也,知大知也。小知之師亦賤矣。」

ある人が問うた。「小事を件件知れば、老師と称すべきか?」揚雄は言った。「これが何の老師!これが何の老師!天下の小事は少なからず、件件知れば、これを老師と謂うか?老師の貴ぶは、大なる知を知るに在る。小なるのみ知る老師はまたあまりに賤しい。」

孟子疾過我門而不入我室。或曰:「亦有疾乎?」曰:「摭我華而不食我實。」

孟子は我が門を経て我が室に入らざるを痛心した。ある人が言った。「あなたもまた痛心する所有るか?」揚雄は言った。「我が花を摘んで我が果実を食わぬのみ。」

或謂:「仲尼事彌其年,蓋天勞諸病矣夫?」曰:「天非獨勞仲尼,亦自勞也。天病乎哉?天樂天,聖樂聖。」

ある人が言った。「孔子が事を為すに彼の年歳を填め尽くしたは、ほぼ天が彼を労い病ませたのか?」揚雄は言った。「天はただ孔子を労うのみならず、自らをも労う。天は病めりや?天は天たるを楽しみ、聖人は聖たるを楽しむ。」

或問:「鳥有鳳,獸有麟,鳥、獸皆可鳳、麟乎?」曰:「群鳥之於鳳也,群獸之於麟也,形性。豈群人之於聖乎?」

ある人が問うた。「鳥の中に鳳あり、獣の中に麟あり。鳥・獣はみな鳳・麟と成り得るか?」揚雄は言った。「群鳥の鳳に対し、群獣の麟に対するは、形性の差別である。まさか衆人の聖人に対するも、またただこのごときのみか?」

或曰:「甚矣!聖道無益於庸也。聖讀而庸行,盍去諸?」曰:「甚矣,子之不達也!聖讀而庸行,猶有聞焉。去之,抏也。抏秦者,非斯乎?投諸火。」

ある人が言った。「あまりに甚だしい!聖人の道は平庸に益なし。読むは聖、為すは庸、何ぞあの書を去らざるか?」揚雄は言った。「あまりに甚だしい、あなたは明白せず!聖を読みて庸を行うも、なお一点を聞いたことあらん。それらを去れば、摧折である。秦に摧折せられたは、これらの書ではないか?それらを火の中に投じよ。」

或問:「人何尚?」曰:「尚智。」曰:「多以智殺身者,何其尚?」曰:「昔乎皋陶以其智為帝謨,殺身者遠矣;箕子以其智為武王陳《洪範》,殺身者遠矣。」

ある人が問うた。「人は何を尚ぶ?」揚雄は言った。「智を尚ぶ。」問う。「多くの人が智を以て命を喪う、なぜなお尚ぶ?」揚雄は言った。「昔皋陶はその智を以て帝のために謨を作り、命を喪うより遠し。箕子はその智を以て武王に『洪範』を陳説し、命を喪うより遠し。」

仲尼,聖人也,或者劣諸子貢。子貢辭而精之,然後廓如也。於戲!觀書者違子貢,雖多亦何以為?

孔子は聖人であるが、彼を子貢に如かずと看る者あり。子貢が弁解して精審に説明して後、はじめて開濶明白した。ああ!書を看る者がもし子貢の態度に背かば、読むこと多くともまた何の用かあらん?

「盛哉!成湯丕承也,文王淵懿也。」或問「丕承」。曰:「由小致大,不亦丕乎?革夏以天,不亦承乎?」「淵懿」。曰:「重《易》六爻,不亦淵乎?浸以光大,不亦懿乎?」

「盛大かな!成湯は大いに天命を承け、文王は淵深美好。」ある人が「大承」を問うた。揚雄は言った。「微小より盛大に達するは、また大ならずや?天命を以て夏を変革するは、また承ならずや?」「淵深美好」を問う。揚雄は言った。「『易』の六爻を重畳するは、また淵深ならずや?漸々光を大にするは、また美好ならずや?」

或問「命」。曰:「命者,天之命也,非人為也。人為不為命。」「請問人為。」曰:「可以存亡,可以死生,非命也。命不可避也。」或曰:「顏氏之子,冉氏之孫。」曰:「以其無避也。若立巖牆之下,動而徵病,行而招死,命乎!命乎!」

ある人が「命」を問うた。揚雄は言った。「命は天の命にして、人為に非ず。人為するは命と謂わず。」「人為を請う。」揚雄は言った。「これを存せしむるも可、これを亡せしむるも可、これを死せしむるも可、これを生せしむるも可。あれは命に非ず。命は避けられざるなり。」ある人が言った。「顔淵・冉伯牛(短命)はまたどうか?」揚雄は言った。「まさに彼らは避くる所なきがゆえ。もし危墻の下に立ち、一動すれば病を招き、一行すれば死を覓むならば、なお命と謂わんや!なお命と謂わんや!」

吉人兇其吉,兇人吉其兇。

吉人は己の吉を凶と看て(因而に警惕し)、凶人は己の凶を吉と看る(因而に放縱す)。

辰乎辰,曷來之遲,去之速也!君子兢諸。

時辰よ時辰よ、来るはなぜあれほど遅く、去るはなぜあれほど速い!君子はこれに兢兢業業たり。

謣言敗俗,謣好敗則,姑息敗德。君子謹於言,慎於好,亟於時。

荒誕の言は風俗を敗壊し、荒誕の愛好は法則を敗壊し、姑息は徳行を敗壊す。君子は言に謹慎し、愛好に慎重し、時に急切す。

吾不見震風之能動聾聵也。

我は狂風が能く又聾又聵の人を吹動するを見ず。

或問「君子」。「在治曰若鳳,在亂曰若鳳。」或人不諭。曰:「未之思矣。」曰:「治則見,亂則隱。鴻飛冥冥,弋人何慕焉?鷦明遴集,食其絜者矣!鳳鳥蹌蹌,匪堯之庭。」

ある人が「君子」を問うた。揚雄は言った。「治世に在りては鳳のごとく言い、乱世に在りてもまた鳳のごとく言う。」その人は明白せず。揚雄は言った。「思い明白せざるなり。」また言った。「治世なれば出現し、乱世なれば隠退す。大雁は冥冥たる高空に飛び入り、鳥を射る者はなお何を羨まん?鹪明は選択して棲み、食うは潔淨なる!鳳凰は歩履蹌蹌、堯の庭に非ざれば、それは来らない。」

亨龍潛升,其貞利乎?或曰:「龍何如可以貞利而亨?」曰:「時未可而潛,不亦貞乎?時可而升,不亦利乎?潛升在己,用之以時,不亦亨乎?」

通達の龍は能く潜み能く升る、あれ貞と利か?ある人が言った。「龍はどうして貞且つ利且つ通達たり得る?」揚雄は言った。「時いまだ可ならずして潜蔵す、また貞ならずや?時可なりて上昇す、また利ならずや?潜と升と己に在り、それらを用いて時に合す、また通達ならずや?」

或問「活身」。曰:「明哲。」或曰:「童蒙則活,何乃明哲乎?」曰:「君子所貴,亦越用明保慎其身也。如庸行翳路,沖沖而活,君子不貴也。」

ある人が「活身」を問うた。揚雄は言った。「明哲。」ある人が言った。「童蒙も能く活する、何ぞ必ずしも明哲ならん?」揚雄は言った。「君子の貴ぶ所は、すなわち明智を以て謹慎して己の身を保全するなり。平庸の行為が道路を遮蔽し、匆匆忙忙として生きるがごときは、君子は貴ばない。」

楚兩龔之絜,其清矣乎!蜀莊沈冥,蜀莊之才之珍也,不作苟見,不治苟得,久幽而不改其操,雖隨、和何以加諸?舉茲以旃,不亦珍乎!吾珍莊也,居難為也。不慕由,即夷矣,何毚欲之有?

楚地の両龔の身を潔くするは、清と算うべきか!蜀郡の厳君平は隠晦して顕れず、厳君平の才は珍稀である:苟且に表現を求めず、苟且に獲得を求めず、長く幽隱にして操守を改めず、随侯珠・和氏璧といえどもまたどうして彼を超えよう?彼を挙げて旗幟と為すは、また珍稀ならずや!我は厳君平を珍しむ、あの処境は為し難い。許由を羨まざれば、伯夷に近づく、どこに貪婪の欲望かあらん?

或問:「堯將讓天下於許由,由恥,有諸?」曰:「好大者為之也。顧由無求於世而已矣。允喆堯儃舜之重,則不輕於由矣。好大累克,巢父灑耳,不亦宜乎?靈場之威,宜夜矣乎!」

ある人が問うた。「堯が天下を許由に譲らんとし、許由が羞恥と覚えたは、こ事あるか?」揚雄は言った。「あれは大言を好む者の編んだもの。ただ許由は世上に求むる所なきのみ。真に堯が舜に禅譲する分量を明白すれば、天下を看輕して許由に譲ることはしない。大言を好む者が克譲の故事を堆積する、巢父が耳を洗う、また正好ならずや?神霊場地の威厴は、本来夜に在るべき!」

朱鳥翾翾,歸其肆矣。或曰:「奚取於朱鳥哉?」曰:「時來則來,時往則往。能來能往者,朱鳥之謂與?」

朱鳥翩翩として、それが自在の所に帰った。ある人が言った。「朱鳥に取るべき何かある?」揚雄は言った。「時に来るべければ来り、時に去るべければ去る。能く来り能く去るは、朱鳥を謂うではないか?」

或問:「韓非作《說難》之書,而卒死乎說難,敢問何反也?」曰:「說難蓋其所以死乎?」曰:「何也?」曰:「君子以禮動,以義止,合則進,否則退,確乎不憂其不合也。夫說人而憂其不合,則亦無所不至矣。」或曰:「說之不合,非憂邪?」曰:「說不由道,憂也;由道而不合,非憂也。」

ある人が問うた。「韓非は『説難』を写して、果して自ら説難に死んだ、なぜ相反するかを請う。」揚雄は言った。「『説難』はほぼまさに彼の死ぬ所以の原因ではないか?」問う。「なぜ?」揚雄は言った。「君子は礼に依って動き、義に依って止まり、合えば進み、合わざれば退く。堅定にして合わぬを懸念せず。人に遊説して合わぬを懸念すれば、何でも為し出せる。」ある人が言った。「遊説して合わざれば、懸念すべきではないか?」揚雄は言った。「遊説が道を経由せざれば、こそ懸念すべし。道を経由して合わざれば、懸念する必要なし。」

或問「哲」。曰:「旁明厥思。」問「行」。曰:「旁通厥德。」

ある人が「哲」を問うた。揚雄は言った。「普遍して己の思慮を照亮す。」「行」を問う。揚雄は言った。「普遍して己の徳を貫通す。」

07

吾寡見人之好徦者也。邇文之視,邇言之聽,徦則偭焉。或曰:「曷若茲之甚也?先王之道滿門。」曰:「不得已也,得已則已矣。得已而不已者,寡哉!」

我は人が真に遠大を喜好するを少なく見る。近きの文を看、近きの言を聴き、遠大なるはかえって背を向ける。ある人が言った。「どうしてここに至らん?先王の道は門に満ちて在るではないか?」揚雄は言った。「あれは已むを得ざるなり。止められれば止まった。止められて止まらぬは、少ないこと甚だしい!」

好盡其心於聖人之道者,君子也。人亦有好盡其心矣,未必聖人之道也。

心思を聖人の道に用尽するを好むは、君子である。人も心思を用尽するを好む者あり、しかし必ずしも聖人の道に用いざるなり。

多聞見而識乎至道者,至識也;多聞見而識乎邪道者,迷識也。

多聞多見して至道を識得するは、至識。多聞多見して邪道を識得するは、迷識。

如賢人謀之美也,詘人而從道;如小人謀之不美也,詘道而從人。

賢人のごとく謀劃するの美好は、人を委屈して道に順従す。小人のごとく謀劃するの不美好は、道を委屈して人に順従す。

或問:「五經有辯乎?」曰:「惟五經為辯。說天者莫辯乎《易》,說事者莫辯乎《書》,說體者莫辯乎《禮》,說志者莫辯乎《詩》,說理者莫辯乎《春秋》。捨斯,辯亦小矣。」

ある人が問うた。「五経に辯あるか?」揚雄は言った。「ただ五経のみ辯である。天を説くに『易』より辯なるなく、事を説くに『書』より辯なるなく、体を説くに『礼』より辯なるなく、志を説くに『詩』より辯なるなく、理を説くに『春秋』より辯なるなし。これらを抛けば、辯もまた小さし。」

春木之芚兮,援我手之鶉兮。去之五百歲,其人若存兮。或曰:「譊譊者天下皆說也,奚其存?」曰:「曼是為也,天下之亡聖也久矣。呱呱之子,各識其親;譊譊之學,各習其師。精而精之,是在其中矣。」

春木の萌发するや、我が手を握るがごとく温和かな。離れて五百年、あの人はなお在るがごとし。ある人が言った。「喧喧嚷嚷、天下みな説く、どこになお在らん?」揚雄は言った。「このごとく看る勿れ。天下に聖人なきことすでに久しい。呱呱の嬰児は各々己の親を識り、喧喧の学問は各々己の師を学ぶ。精してまた精すれば、聖人はその中に在る。」

或曰:「良玉不彫,美言不文,何謂也?」曰:「玉不彫,璵璠不作器;言不文,典謨不作經。」

ある人が言った。「良玉は雕らず、美言は文なしとは、何の意か?」揚雄は言った。「玉が雕らずば、璵璠もまた器を成さず。言が文なければ、典謨もまた経を成さず。」

或問:「司馬子長有言,曰五經不如《老子》之約也,當年不能極其變,終身不能究其業。」曰:「若是,則周公惑,孔子賊。古者之學耕且養,三年通一。今之學也,非獨為之華藻也,又從而繡其鞶帨,惡在《老》不《老》也?」或曰:「學者之說可約邪?」曰:「可約解科。」

ある人が問うた。「司馬子長が言うに、五経は『老子』の簡約に如かず、一年にその変化を窮められず、終身にその学業を窮められぬと。」揚雄は言った。「もしこのごとくならば、周公は迷惑の人、孔子は賊害の人。古の学問は辺耕辺養にして、三年に一経を通ず。今の学問は、ただそれに華藻を加えるのみならず、さらに進んでその大帯佩巾を刺繡す、どこに『老子』か否かを在乎せんや?」ある人が言った。「学者の説法は簡約できるか?」揚雄は言った。「簡約して科条を解释し得るに至るべし。」

或曰:「君子聽聲乎?」曰:「君子惟正之聽。荒乎淫,拂乎正,沈而樂者,君子不聽也。」

ある人が問うた。「君子は音声を聴くか?」揚雄は言った。「君子はただ純正を聴く。荒淫の、純正に违背する、沈溺して以て楽しみと為すは、君子は聴かない。」

或問:「侍君子以博乎?」曰:「侍坐則聽言,有酒則觀禮,焉事博乎!」或曰:「不有博弈者乎?」曰:「為之猶賢於已耳。侍君子者賢於已乎?君子不可得而侍也。侍君子,晦斯光,窒斯通,亡斯有,辱斯榮,敗斯成。如之何賢於已也!」

ある人が問うた。「君子に侍するに博戯を以てするか?」揚雄は言った。「侍坐すればその言を聴き、酒あれば礼儀を観る、どこに博戯を用いんや!」ある人が言った。「博弈あるに非ずや?」揚雄は言った。「あれを為すはただ停まるより勝るのみ。君子に侍する者は停まるより良しとするか?君子は得て侍すべからざるなり。君子に侍すれば、晦暗は因而に光明、窒塞は因而に通達、无きは因而に有、屈辱は因而に光栄、失敗は因而に成功となる。どうしてただ停まるより勝るのみと言えよう!」

鷦明沖天,不在六翮乎?拔而傅屍鳩,其累矣夫。

鹪明が天に沖すは、あの六根の健羽に依るではないか?拔き取りて布谷の身に安んずれば、累贅となる。

雷震乎天,風薄乎山,雲徂乎方,雨流乎淵,其事矣乎?

雷は天上に震動し、風は山に迫近し、雲は四方に走向し、雨は深淵に流入す、あれは各々その事を為すであろう?

魏武侯與吳起浮於西河,寶河山之固,起曰:「在德不在固。」曰:「美哉言乎!」使起之固兵每如斯,則太公何以加諸?

魏武侯と呉起が西河に浮かんで、河山の険固を宝贝としたとき、呉起は言った。「徳に在りて険固に在らず。」揚雄は言った。「説くこと何と良い!」もし呉起が軍隊を巩固するに毎々能くこのごとくあらば、太公はまたどうして彼を超えよう?

或問:「周寶九鼎,寶乎?」曰:「器寶也。器寶,待人而後寶。」

ある人が問うた。「周が九鼎を宝贝としたは、宝贝か?」揚雄は言った。「あれは器物の宝贝である。器物の宝贝は、人を待って後はじめて宝贝となる。」

齊桓、晉文以下,至於秦兼,其無觀已。或曰:「秦無觀,奚其兼?」曰:「所謂觀,觀德也。如觀兵,開闢以來,未有秦也。」

斉桓公・晋文公以下、秦が天下を兼倂するに至るまで、すでに観るべきなし。ある人が言った。「秦に観るべきなければ、なぜ兼倂できた?」揚雄は言った。「いわゆる観るべきとは、徳を観る。もし兵を観るならば、開天辟地以来、秦に比するはなし。」

或問:「魯用儒而削,何也?」曰:「魯不用儒也。昔在姬公用於周,而四海皇皇,奠枕於京。孔子用於魯,齊人章章,歸其侵疆。魯不用真儒故也。如用真儒,無敵於天下,安得削?」

ある人が問うた。「魯は儒を用いて却って削弱した、なぜか?」揚雄は言った。「魯は並びに儒を用いず。昔周公は周に用いて、四海は急切に帰向し、京師に安枕した。孔子は魯に用いて、斉人は惶恐し、侵占の疆土を帰還した。魯は真儒を用いざるがゆえ。もし真儒を用いれば、天下に敵なく、どうして削弱しよう?」

灝灝之海濟,樓航之力也。航人無楫,如航何?

浩大の海を渡り得るは、楼船の力量である。船夫に桨なければ、船はまたどうせん?

或曰:「奔壘之車,沈流之航,可乎?」曰:「否。」或曰:「焉用智?」曰:「用智於未奔沈。大寒而後索衣裘,不亦晚乎?」

ある人が言った。「すでに敵壘に奔した戦車、すでに急流に沈んだ船は、なお可なるか?」揚雄は言った。「不可。」ある人が言った。「では智をまたどこに用いる?」揚雄は言った。「智はいまだ奔せず、いまだ沈まぬ時に用いる。大寒の後に衣裘を求めるは、遅すぎるではないか?」

乘國者,其如乘航乎?航安,則人斯安矣。

国家を駕馭する者は、船を駕するに似ずや?船安ければ、人安し。

惠以厚下,民忘其死;忠以衛上,君念其賞。自後者,人先之;自下者,人高之。誠哉,是言也!

恩惠を以て下に在る者を厚待すれば、百姓は己の死を忘れる。忠を以て上に在る者を護衛すれば、君主は賞賜を思い至る。自ら後ろに退く者は、人は彼を前に置く。自ら下に処る者は、人は彼を擡高す。この言は真誠かな!

或曰:「弘羊榷利而國用足,盍榷諸?」曰:「譬諸父子,為其父而榷其子,縱利,如子何?卜式之云,不亦匡乎!」

ある人が言った。「桑弘羊は専営専利して国家の財用を充足せしめた、何ぞまた専営せざるか?」揚雄は言った。「父子に譬え、父のために子を専営する、縦り利ありとも、子はどうせん?卜式の言う所は、また匡正ならずや!」

或曰:「因秦之法,清而行之,亦可以致平乎?」曰:「譬諸琴瑟鄭、衛調,俾夔因之,亦不可以致《簫韶》矣。」

ある人が言った。「秦の法を沿用して、清靜に施行すれば、また太平に至るべきか?」揚雄は言った。「琴瑟を鄭・衛の調に調すに譬ゆ、夔をして順って弾かしむとも、『簫韶』を奏出することは不可能である。」

或問:「處秦之世,抱周之書,益乎?」曰:「舉世寒,貂、狐不亦燠乎?」或曰:「炎之以火,沃之以湯,燠亦燠矣!」曰:「燠哉!燠哉!時亦有寒者矣。」

ある人が問うた。「秦の世代に処り、周の書を抱くは、益あるか?」揚雄は言った。「世界みな寒冷ならば、貂狐はまた暖かくあらずや?」ある人が言った。「火を以て烤り、熱水を以て澆らば、暖かいは暖かいが!」揚雄は言った。「暖かかな!暖かかな!あの時もまた寒冷の人あり。」

非其時而望之,非其道而行之,亦不可以至矣。

その時に非ずしてそれを盼望し、その道に非ずしてそれを実行するは、また到らざるなり。

秦之有司負秦之法度,秦之法度負聖人之法度。秦弘違天地之道,而天地違秦亦弘矣。

秦の官吏は秦の法度を負い、秦の法度は聖人の法度を負いたり。秦は大いに天地の道に违背し、天地も秦に违背すること大なり。

08

或問:「五百歲而聖人出,有諸?」曰:「堯、舜、禹,君臣也而竝;文、武、周公,父子也而處。湯、孔子數百歲而生。因往以推來,雖千一不可知也。」

ある人が問うた。「五百年に一位の聖人出ず、こ事あるか?」揚雄は言った。「堯・舜・禹は、君臣にして同時に在り。文王・武王・周公は、父子にして同じ一世に処す。湯と孔子は数百年を隔てて生まれた。已往を按じて将来を推すに、一千年に一人出るもまた予知すべからず。」

聖人有以擬天地而參諸身乎!

聖人には以て天地に比擬し、並びに自身の上に参験する者あらんか!

或問:「聖人有詘乎?」曰:「有。」曰:「焉詘乎?」曰:「仲尼於南子,所不欲見也;陽虎,所不欲敬也。見所不見,敬所不敬,不詘如何?」曰:「衛靈公問陳,則何以不詘?」曰:「詘身,將以信道也。如詘道而信身,雖天下不為也。」

ある人が問うた。「聖人に屈服する時あるか?」揚雄は言った。「ある。」問う。「どうして屈服する?」揚雄は言った。「孔子は南子に対しては、見たくなかった。陽虎に対しては、敬いたくなかった。見たくぬを見に行き、敬いたくぬを敬いに行く、屈服せずしてどうせん?」問う。「衛霊公が戦陣を問うたに、なぜまた屈服せぬ?」揚雄は言った。「身を屈服するは、道を伸張せんがため。もし道を屈服して身を伸張せんとすれば、天下といえども為さない。」

聖人重其道而輕其祿,眾人重其祿而輕其道。聖人曰:「於道行與?」眾人曰:「於祿殖與?」

聖人は道を重んじて俸禄を軽んじ、凡人は俸禄を重んじて道を軽んず。聖人は言う。「道は实行できるか?」凡人は言う。「俸禄は増殖できるか?」

昔者齊、魯有大臣,史失其名。曰:「何如其大也?」曰:「叔孫通欲制君臣之儀,徵先生於齊、魯,所不能致者二人。」曰:「若是,則仲尼之開跡諸侯也,非邪?」曰:「仲尼開跡,將以自用也。如委己而從人,雖有規矩準繩,焉得而用之?」

昔斉・魯に大臣あり、史書は彼らの名を丢れた。問う。「どうして大と算える?」揚雄は言った。「叔孫通が君臣の儀節を制定せんとし、斉・魯に往きて先生を徴召するに、二人ありて召して来らず。」問う。「もしこのごとくならば、孔子が諸侯の間に新局面を開創したは、豈に誤りか?」揚雄は言った。「孔子が新局面を開創したは、自ら用い得るため。もし己を委屈して人に順従すれば、規矩準繩あるといえども、またどうして用い得よう?」

或問:「孔子之時,諸侯有知其聖者與?」曰:「知之。」「知之則曷為不用?」曰:「不能。」曰:「知聖而不能用也,可得聞乎?」曰:「用之,則宜從之;從之,則棄其所習,逆其所順,彊其所劣,捐其所能,沖沖如也。非天下之至,孰能用之?」

ある人が問うた。「孔子の時、諸侯に彼が聖人なるを知る者ありしか?」揚雄は言った。「知りたり。」「知りてなぜ用いざる?」揚雄は言った。「能わざるなり。」問う。「聖と知りて用い能わざる、説きて聴かすべきか?」揚雄は言った。「彼を用いれば、まさに彼に聴従すべし。彼に聴従すれば、まさに己の熟習する所を拋棄し、己の順従する所に违背し、己の短き所を勉强し、己の能くする所を丢て、匆匆忙忙せねばならぬ。天下の至公たる人に非ざれば、誰が彼を用い得よう?」

或問:「孔子知其道之不用也,則載而惡乎之?」曰:「之後世君子。」曰:「賈如是,不亦鈍乎?」曰:「眾人愈利而後鈍,聖人愈鈍而後利。關百聖而不慙,蔽天地而不恥,能言之類,莫能加也。貴無敵,富無倫,利孰大焉?」

ある人が問うた。「孔子は己の道が用いられぬを知った、ではそれを載せてどこへ行った?」揚雄は言った。「後世の君子の所へ。」問う。「このごとく販売するは、あまりに遅鈍に非ずや?」揚雄は言った。「凡人は利を求むるほど遅鈍となり、聖人は遅鈍なるほどかえって利あり。百代を貫通し聖人も慚せず、天地を遮蔽し羞恥せず、言を能くするの類は、超え得るなし。貴さに敵手なく、富に倫比なく、利にまたこれより大なるあらんや?」

或曰:「孔子之道不可小與?」曰:「小則敗聖,如何!」曰:「若是,則何為去乎?」曰:「愛日。」曰:「愛日而去,何也?」曰:「由群婢之故也,不聽正,諫而不用。噫者!吾於觀庸邪?無為飽食安坐而厭觀也。由此觀之,夫子之日亦愛矣。」或曰:「君子愛日乎?」曰:「君子仕則欲行其義,居則欲彰其道。事不厭,教不倦,焉得日?」

ある人が言った。「孔子の道は小さくできないか?」揚雄は言った。「小さくすれば聖を敗壊す、どうして行えよう!」問う。「もしこのごとくならば、なぜ魯国を離れた?」揚雄は言った。「時日を愛惜した。」問う。「時日を愛惜して離れたは、なぜか?」揚雄は言った。「あの群の婢妾のゆえ、正言を聴かず、進諫して用いられぬ。ああ!我は平庸を観に行くか?飽食安坐して厌倦に観るを要せず。これより見れば、夫子の時日もまた愛惜するなり。」ある人が言った。「君子は時日を愛惜するか?」揚雄は言った。「君子は出仕すれば義を实行せんと欲し、閑居すれば道を彰明せんと欲す。事を為るに厌倦せず、人を教うるに疲倦せず、どこに余多の時日かあらん?」

或問:「其有繼周者,雖百世可知也。秦已繼周矣,不待夏禮而治者,其不驗乎?」曰:「聖人之言天也,天妄乎?繼周者未欲太平也,如欲太平也,捨之而用它道,亦無由至矣。」

ある人が問うた。「周を継いで起つ者あれば、百世といえどもまた予知すべしと。秦はすでに周を継いだ、夏礼を待たずして治理できたは、孔子の言は霊験せぬか?」揚雄は言った。「聖人の言はすなわち天、天は虚妄たらんや?周を継ぐ人はいまだ太平を要せず。もし太平を要せば、それを抛れて他の道を用いるも、達する由なし。」

赫赫乎日之光,群目之用也;渾渾乎聖人之道,群心之用也。

赫赫の日光は、群目の用いる所。渾厚の聖人の道は、群心の用いる所。

或問:「天地簡易,而聖人法之,何五經之支離?」曰:「支離蓋其所以為簡易也。已簡已易,焉支焉離?」

ある人が問うた。「天地は簡易、聖人はそれに取法す、なぜ五経はあれほど支離なるか?」揚雄は言った。「支離こそまさにそれが簡易なる所以。すでに簡なり、すでに易なり、どこになお支あらん、どこになお離あらん?」

或曰:「聖人無益於庸也。」曰:「世人之益者,倉廩也,取之如單。仲尼,神明也,小以成小,大以成大,雖山川、丘陵、草木、鳥獸,裕如也。如不用也,神明亦末如之何矣!」

ある人が言った。「聖人は平庸に益なし。」揚雄は言った。「世人のいわゆる益とは、倉廩、取ればすなわち空となる。孔子は神明、小は小を成就し、大は大を成就す、山川・丘陵・草木・鳥獣といえども、また寛裕なること甚だしい。もし彼を用いざれば、神明もまたそれをどうしようもない!」

或問:「聖人占天乎?」曰:「占天地。」「若此,則史也何異?」曰:「史以天占人,聖人以人占天。」

ある人が問うた。「聖人は天象を観測するか?」揚雄は言った。「天地を観測す。」「もしこのごとくならば、史官と何の異ならん?」揚雄は言った。「史官は天を以て人を観測し、聖人は人を以て天を観測す。」

或問:「星有甘、石,何如?」曰:「在德不在星。德隆則晷星,星隆則晷德也。」

ある人が問うた。「星象に甘徳・石申あり、どうか?」揚雄は言った。「徳に在りて星に在らず。徳隆盛なれば日影を以て星を衡量し、星隆盛なれば星を以て徳を衡量す。」

或問「大人」。曰:「無事從小為大人。」「請問小。」曰:「事非禮義為小。」

ある人が「大人」を問うた。揚雄は言った。「小事より做さぬ、これが大人。」「何を小と謂うかを請う。」揚雄は言った。「事が礼義に合わざればすなわち小。」

聖人之言遠如天,賢人之言近如地。

聖人の言は遠きこと天のごとく、賢人の言は近きこと地のごとし。

瓏玲其聲者,其質玉乎?

声音の玲瓏たるは、質地は玉であろうか?

聖人矢口而成言,肆筆而成書。言可聞而不可殫,書可觀而不可盡。

聖人は口を随えてすなわち話となり、筆を揮てすなわち書となる。話は聴くべしと雖も聴き尽くせず、書は看るべしと雖も看り尽くせず。

周之人多行,秦之人多病。行有之也,病曼之也。周之士也貴,秦之士也賤;周之士也肆,秦之士也拘。

周の人は多く实行し、秦の人は多く毛病す。实行するは有するがゆえ、毛病するは无きがゆえ。周の士は貴く、秦の士は賤し。周の士は舒展し、秦の士は拘束す。

月未望則載魄於西,既望則終魄於東,其遡於日乎?

月のいまだ圓ならざる時、魄は西辺より長起し。すでに圓なれば、魄は東辺にて結束す、あれは太陽に迎うであろうか?

彤弓盧矢,不為有矣。

紅弓黒箭は、真に有すと算うべからず。

聆聽前世,清視在下,鑑莫近於斯矣。

前代を聆聴し、下を明白に看る、鑑戒はこれより近きはなし。

或問:「何如動而見畏?」曰:「畏人。」「何如動而見侮?」曰:「侮人。」夫見畏與見侮,無不由己。

ある人が問うた。「どう行動すれば人に敬畏される?」揚雄は言った。「人を敬畏せよ。」「どう行動すれば人に侮辱される?」揚雄は言った。「人を侮辱せよ。」人に敬畏されると人に侮辱されるとは、己より来らざるはなし。

或問「禮難以彊世」。曰:「難故彊世。如夷俟居肆,羈角之哺果而啗之,奚其彊?或性或彊,及其名一也。」

ある人が「礼は世人に勉强し難し」を問うた。揚雄は言った。「難しきがゆえに、こそ世人に勉强する。夷人の蹲坐するがごとく、児童が果子を口に含んで啖らうがごときは、どこに勉强を用いん?あるいは性より出、あるいは勉强より出で、成名に至るは同じである。」

見弓之張兮,弛而不失其良兮。或曰:「何謂也?」曰:「㯳之而已矣。」

弓が張られて引かれたを見るや、鬆げてもその良好を失わぬなり。ある人が言った。「何の意か?」揚雄は言った。「檠を以て弓を撑ればよい。」

川有防,器有範,見禮教之至也。

河に堤防あり、器に模範あり、これより以て礼教の極致を見るべし。

經營然後知幹、楨之克立也。

経営して後、はじめて骨干が立つべきを知る。

莊、楊蕩而不法,墨、晏儉而廢禮,申、韓險而無化,鄒衍迂而不信。

荘子・楊朱は放蕩にして法度に合わず、墨子・晏子は倹約にして礼を廃し、申不害・韓非は険刻にして教化なく、鄒衍は迂濶にして信ずべからず。

聖人之材,天地也;次,山陵川泉也;次,鳥獸草木也。

聖人の材質は、天地。その次は、山陵・河川・泉源。その次は、鳥獣・草木。

09

「先知其幾於神乎!敢問先知。」曰:「不知。知其道者其如視,忽、眇、緜作昞。」

「先知はほぼ神であろう!先知を請う。」揚雄は言った。「知らない。その道を懂る者は、事を看るに物を看るがごとく、忽微・眇小・綿遠もみな明白となる。」

先甲一日易,後甲一日難。

甲日の前一日は容易、甲日の後一日は困難。

或問:「何以治國?」曰:「立政。」曰:「何以立政?」曰:「政之本,身也,身立則政立矣。」

ある人が問うた。「何を以て国を治める?」揚雄は言った。「政を立てよ。」問う。「何を以て政を立てる?」揚雄は言った。「政の根本は自身、自身が立てば、政は立つ。」

或問:「為政有幾?」曰:「思斁。」或問「思斁」。曰:「昔在周公,徵於東方,四國是王;召伯述職,蔽芾甘棠,其思矣夫!齊桓欲徑陳,陳不果內,執袁濤塗,其斁矣夫!於戲,從政者審其思斁而已矣!」或問:「何思?何斁?」曰:「老人老、孤人孤、病者養、死者葬、男子畝、婦人桑之謂思。若汙人老、屈人孤、病者獨、死者逋、田畝荒、杼軸空之謂斁。」

ある人が問うた。「政を為すに枢機ありか?」揚雄は言った。「思と斁(人に思念され人に厭弃される)。」ある人が「思と斁」を問うた。揚雄は言った。「昔周公が東征すれば、四方の国が帰往した。召伯が職を述べれば、甘棠の樹蔭がなお人に愛護された。あれは思なり!斉桓公が近道して陳を過ぎらんとし、陳が入れず、袁涛涂を捕えた。あれは斁なり!ああ、政に従う者は思と斁を審察すれば足りる!」ある人が問うた。「何を思と謂い、何を斁と謂う?」揚雄は言った。「老人を老人として養い、孤児を孤児として恤え、病人に奉養あり、死者に安葬あり、男子は田を耕し、婦人は桑を養う、これを思という。老人を糟蹋し、孤児を委屈し、病人を孤独にし、死者に葬を得せず、田畝荒蕪し、織機空しきを、斁という。」

為政日新。或人:「敢問日新。」曰:「使之利其仁,樂其義,厲之以名,引之以美,使之陶陶然之謂日新。」

政を為すは日新を要す。ある人が「日新を請う。」揚雄は言った。「百姓に仁が己に利ありと覚えさせ、義を行うを楽しませ、名声を以て砥礪し、美好を以て引導し、彼らを陶陶然たらしむ、これを日新という。」

或問「民所勤」。曰:「民有三勤。」曰:「何哉所謂三勤?」曰:「政善而吏惡,一勤也;吏善而政惡,二勤也;政、吏駢惡,三勤也。禽獸食人之食,土木衣人之帛,穀人不足於晝,絲人不足於夜之謂惡政。」

ある人が「百姓の憂労する所」を問うた。揚雄は言った。「百姓に三つの憂労あり。」問う。「いわゆる三勤とは何か?」揚雄は言った。「政好くして吏壞るるは、第一の憂労。吏好くして政壞るるは、第二。政と吏とともに壞るるは、第三。禽獣が人の粮食を食い、土木が人の糸帛を穿つ。穀を種くる者は昼に足らず、糸を繅る者は夜に足らず、これを悪政という。」

聖人,文質者也。車服以彰之,藻色以明之,聲音以揚之,《詩》《書》以光之。籩豆不陳,玉帛不分,琴瑟不鏗,鍾鼓不抎,則吾無以見聖人矣。

聖人は文と質と相成する人である。車服を以て彰顕し、藻色を以て標明し、声音を以て発揚し、『詩』『書』を以て光大す。籩豆陳列せず、玉帛分別せず、琴瑟鏗鏘せず、鐘鼓揺動せずば、我は聖人を見る由なし。

或曰:「以往聖人之法治將來,譬猶膠柱而調瑟,有諸?」曰:「有之。」曰:「聖君少而庸君多,如獨守仲尼之道,是漆也。」曰:「聖人之法,未嘗不關盛衰焉。昔者堯有天下,舉大綱,命舜、禹;夏、殷、周屬其子,不膠者卓矣!唐、虞象刑惟明,夏後肉闢三千,不膠者卓矣!堯親九族,協和萬國;湯、武桓桓,征伐四克。由是言之,不膠者卓矣!禮樂征伐自天子所出,春秋之時,齊、晉實與,不膠者卓矣!」

ある人が言った。「已往の聖人の法を以て将来を治めるは、瑟柱を膠着して調絃するに比す、こ事あるか?」揚雄は言った。「ある。」問う。「聖君少なく庸君多し、もし孔子の道を守るのみならば、それは漆に死すなり。」揚雄は言った。「聖人の法は、いまだかつて盛衰に關聯せざらず。昔堯は天下を有して、大綱領を挙げ、舜・禹を任命した。夏・殷・周は天下を子に伝え、膠着せざるがこそ卓越なれ!唐・虞の象刑は彰明するのみ、夏后の肉刑は三千条あり、膠着せざるがこそ卓越なれ!堯は九族を親睦し、万国を協和した。湯・武は威武にして、征伐して四方みな勝つ。これより言えば、膠着せざるがこそ卓越なれ!礼楽征伐は天子より出、春秋の時は、斉・晋が実際に参与した、膠着せざるがこそ卓越なれ!」

或曰:「人君不可不學《律》《令》。」曰:「君子為國,張其綱紀,謹其教化。導之以仁,則下不相賊;蒞之以廉,則下不相盜;臨之以正,則下不相詐;修之以禮義,則下多德讓。此君子所當學也。如有犯法,則司獄在。」

ある人が言った。「人君は『律』『令』を学ばざるべからず。」揚雄は言った。「君子が国を治むるに、綱紀を張り、教化を謹む。仁を以て誘導すれば、下は互いに賊害せず。廉潔を以て臨莅すれば、下は互いに盗取せず。正を以て面対すれば、下は互いに欺詐せず。礼義を以て修治すれば、下は徳譲多し。これがこそ君子の学ぶべき所。もし法を犯す人あらば、司獄が自ずから在る。」

或苦亂。曰:「綱紀。」曰:「惡在於綱紀?」曰:「大作綱,小作紀。如綱不綱,紀不紀,雖有羅網,惡得一目而正諸?」

ある人が乱世を苦痛とした。揚雄は言った。「綱紀に靠れ。」問う。「綱紀はどこに作用する?」揚雄は言った。「大なるを綱と為し、小なるを紀と為す。もし綱が綱に似ず紀が紀に似ずば、羅網あるといえども、またどうして一只眼を以てこれを摆正せんや?」

或曰:「齊得夷吾而霸,仲尼曰小器。請問大器。」曰:「大器其猶規矩準繩乎?先自治而後治人之謂大器。」

ある人が言った。「斉は管仲を得て覇を称したが、孔子は彼を小器と言った。何を大器と謂うかを請う。」揚雄は言った。「大器はほぼ規矩準繩のごときか?先に己を治めて后人を治めるを、大器という。」

或曰:「正國何先?」曰:「躬工人績。」

ある人が言った。「国家を端正するに何を先とする?」揚雄は言った。「自身が事を為せば、功績は自ずから随う。」

或曰:「為政先殺後教。」曰:「於乎!天先秋而後春乎?將先春而後秋乎?」

ある人が言った。「政を為すは先に殺し後に教う。」揚雄は言った。「ああ!天は先に秋して後に春か、それとも先に春して後に秋か?」

吾見玄駒之步,雉之晨雊也,化其可以已矣哉!

我は黒蟻の走るを見、雉鶏の清晨に鳴くを見る、教化は豈に止められんや!

民可使覿德,不可使覿刑。覿德則純,覿刑則亂。

百姓に徳を見せしむべし、百姓に刑を見せしむべからず。徳を見れば純、刑を見れば乱る。

象龍之致雨也,難矣哉!曰:「龍乎!龍乎!」

土龍に雨を求むるは、難しいなあ!曰く、「龍よ!龍よ!」

或問「政核」。曰:「真偽。真偽則政核。如真不真,偽不偽,則政不核。」

ある人が「政をいかに核実するか」を問うた。揚雄は言った。「真偽を分かて。真偽分かれれば、政は核実す。もし真が真に似ず偽が偽に似ずば、政は核実せぬ。」

鼓舞萬物者,雷風乎!鼓舞萬民者,號令乎!雷不一,風不再。

万物を鼓舞するは、雷と風か!万民を鼓舞するは、号令か!雷は一たびのみ響かず、風は再び来らず。

聖人樂陶成天下之化,使人有士君子之器者也,故不遁於世,不離於群。遁離者,是聖人乎?

聖人は陶冶して天下の教化を成就するを楽しみ、人に士君子の器量を具えさせ、ゆえに人世を逃避せず、群衆を離れず。逃避し離れるは、なお聖人か?

雌之不才,其卵毈矣;君之不才,其民野矣。

雌に才なくば、卵は孵り成らず。君主に才なくば、百姓は粗野となる。

或問曰:「載使子草律。」曰:「吾不如弘恭。」「草奏。」曰:「吾不如陳湯。」曰:「何為?」曰:「必也律不犯,奏不剡。」

ある人が問うた。「もしあなたに法律を起草させたら。」揚雄は言った。「我は弘恭に如かず。」「奏章を起草せよ。」揚雄は言った。「我は陳湯に如かず。」問う。「ではあなたは何を為す?」揚雄は言った。「必ず法律をして人の犯すなく、奏章をして再び削改を要せざるを致さん。」

甄陶天下者,其在和乎?剛則甈,柔則壞。

天下を陶冶するは、調和に関するか?あまりに剛なれば裂け、あまりに柔なれば壞れる。

龍之潛亢,不獲其中矣。是以過中則惕,不及中則躍,其近於中乎!

龍の潜と亢は、いずれも中を得ず。ゆえに中を過ぎれば警惕し、中に至らざれば躍起す、これがこそ中に近づくか!

聖人之道,譬猶日之中矣。不及則未,過則𣅔。

聖人の道は、太陽のまさに正中なるに比す。至らざればすなわち未至、過ぐればすなわち偏斜。

什一,天下之中正也。多則桀,寡則貉。

十分に一を取るは、天下の中正。多ければすなわち桀、少なければすなわち貉。

井田之田,田也;肉刑之刑,刑也。田也者,與眾田之;刑也者,與眾棄之。

井田のごとき田は、こそ田。肉刑のごとき刑は、こそ刑。いわゆる田とは、衆人とともに耕す。いわゆる刑とは、衆人とともに棄絶す。

法無限,則庶人田侯田,處侯宅,食侯食,服侯服,人亦多不足矣。

法に限度なくば、庶人は侯爵の田を種え、侯爵の宅に住み、侯爵の食を食い、侯爵の服を穿ち、人もまた大多く足らざらん。

為國不迪其法,而望其效,譬諸算乎?

国を治めて法に遵循せずして、その功效を盼望するは、算数に比せんや?

10

或問:「南正重司天,北正黎司地,今何僚也?」曰:「近羲,近和。」「孰重?孰黎?」曰:「羲近重,和近黎。」

ある人が問うた。「南正重は天を主管し、北正黎は地を主管した、今は何の官か?」揚雄は言った。「羲に近く、和に近し。」「誰が重か?誰が黎か?」揚雄は言った。「羲は重に近く、和は黎に近し。」

或問「黃帝終始」。曰:「託也。昔者姒氏治水土,而巫步多禹;扁鵲,盧人也,而醫多盧。夫欲讎偽者必假真。禹乎?盧乎?終始乎?」

ある人が「黄帝終始」を問うた。揚雄は言った。「仮託である。昔姒氏が水土を治めれば、巫師は歩くに多く禹歩を学び、扁鵲は盧人なれば、医は多く盧を称す。假を販売せんと欲する者は必ず真を假借す。禹か?盧か?終始か?」

或問「渾天」。曰:「下閎營之,鮮於妄人度之,耿中丞象之,幾乎!幾乎!莫之能違也。」「請問蓋天。」曰:「蓋哉!蓋哉!應難未幾也。」

ある人が「渾天」を問うた。揚雄は言った。「落下閎がこれを営造し、鮮于妄人がこれを測度し、耿中丞がこれを模拟した、ほぼそうであろう!ほぼそうであろう!誰もこれに违背できない。」「蓋天を請う。」揚雄は言った。「蓋かな!蓋かな!問難に応じるにはほど遠い。」

或問:「趙世多神,何也?」曰:「神怪茫茫,若存若亡,聖人曼雲。」

ある人が問うた。「趙世に神异多きは、なぜか?」揚雄は言った。「神怪茫茫として、あるがごとく無きがごとし、聖人は言わない。」

或問:「子胥、種、蠡孰賢?」曰:「胥也,俾吳作亂,破楚入郢,鞭屍藉館,皆不由德。謀越諫齊不式,不能去,卒眼之。種、蠡不彊諫而山棲,俾其君詘社稷之靈而童僕,又終弊吳。賢皆不足卲也。至蠡策種而遁,肥矣哉!」

ある人が問うた。「伍子胥・文種・范蠡は誰が賢か?」揚雄は言った。「子胥は呉をして乱作せしめ、楚を破り郢都に入り、屍を鞭打ち楚宮に寝た、みな徳を経由せず。越を対付するを謀り斉を伐つを勧諫するも効なく、また離れる能わず、終に目を挖られた。文種・范蠡は強諫できずして国君を山栖せしめ、国君をして社稷の霊を委屈して童僕と為さしめ、また終に呉を弊害した。賢はみな高尚に足らず。范蠡が文種に策を出して後自ら逃走したに至っては、あれこそ肥美かな!」

或問「陳勝、吳廣」。曰:「亂。」曰:「不若是則秦不亡。」曰:「亡秦乎?恐秦未亡而先亡矣。」

ある人が「陳勝・呉広」を問うた。揚雄は言った。「乱。」問う。「そうでなくば秦は亡びざりき。」揚雄は言った。「秦を亡ぼすか?恐らく秦いまだ亡びず、自ら先に亡びたなり。」

或問:「六國竝,其已久矣。一病一瘳,迄始皇三載而鹹。時激、地保、人事乎?」曰:「具。」「請問事。」曰:「孝公以下,彊兵力農,以蠶食六國,事也。」「保。」曰:「東溝大河,南阻高山,西採雍、梁,北鹵涇垠,便則申,否則蟠,保也。」「激。」曰:「始皇方斧,將相方刀,六國方木,將相方肉,激也。」

ある人が問うた。「六国が并立すですでに久しい。一病一愈して、始皇三年に至ってみな平定した。是れ時勢の激発か、地勢の保障か、人事か?」揚雄は言った。「みなある。」「人事を請う。」揚雄は言った。「孝公以下、兵を強め農を力めて、以て六国を蚕食するは、人事。」「保障。」揚雄は言った。「東面は大河を以て溝と為し、南面は高山に阻み、西面は雍・梁に資を取り、北面は鹽鹵して涇水辺に至る。便利なれば伸展し、不利なれば蟠曲す、是れ保障。」「激発。」揚雄は言った。「始皇は斧のごとく、将相は刀のごとく、六国は木のごとく、将相は肉のごとし、是れ激発。」

或問:「秦伯列為侯衛,卒吞天下,而赧曾無以制乎?」曰:「天子制公、侯、伯、子、男也,庸節。節莫差於僭,僭莫重於祭,祭莫重於地,地莫重於天,則襄、文、宣、靈其兆也。昔者襄公始僭,西畤以祭白帝;文、宣、靈宗,興鄜、密、上、下,用事四帝,而天王不匡,反致文、武胙。是以四疆之內各以其力來侵,攘肌及骨,而赧獨何以制秦乎?」

ある人が問うた。「秦伯は侯衛に列して、終に天下を呑倂した、周赧王は竟に制止できざりしか?」揚雄は言った。「天子が公・侯・伯・子・男を制約するは、節度に靠る。節度は僭越差錯より大なるなく、僭越は祭祀より重きなく、祭祀は土地より重きなく、土地は天より重きなし。されば襄公・文公・宣公・霊公はすでに先兆あり。昔襄公はじめて僭越し、西畤を建て白帝を祭祀した。文・宣・霊は尊崇し、鄜畤・密畤・上畤・下畤を興して、四帝に用事した。しかるに天王は匡正を加えず、反って文・武の祭肉を賜えり。ゆえに四境の内は各々力気を凭って侵し、肌肉より骨に搶るに至り、赧王一人がまたどうして秦を制止できんや?」

或問:「嬴政二十六載,天下擅秦。秦十五載而楚,楚五載而漢。五十載之際,而天下三擅,天邪?人邪?」曰:「具。周建子弟,列名城,班五爵,流之十二,當時雖欲漢,得乎?六國蚩蚩,為嬴弱姬,卒之屏營。嬴擅其政,故天下擅秦。秦失其猷,罷侯置守,守失其微,天下孤睽。項氏暴強,改宰侯王,故天下擅楚。擅楚之月,有漢創業山南,發跡三秦,追項山東,故天下擅漢,天也。」「人。」曰:「兼才尚權,右計左數,動謹於時,人也。天不人不因,人不天不成。」

ある人が問うた。「嬴政二十六年、天下は秦に専属した。秦は十五年して楚に帰し、楚は五年して漢に帰した。五十年の間、天下は三たび専属した、是れ天か、それとも人か?」揚雄は言った。「みなある。周は子弟を封建し、名城を分列し、五等爵を頒行し、十二世に流伝した。当時漢を得んと欲するも、得られんや?六国昏昏として、嬴のために姫周を削弱し、終に惶恐して依るなし。嬴がその政を専掌した、ゆえに天下は秦に専属す。秦は謀略を丢れ、諸侯を廃して郡守を置き、郡守は統御を失い、天下は孤立乖離した。項羽は暴強にして、侯王を改封した、ゆえに天下は楚に専属す。楚に専属するの月、漢はすでに山南に創業し、三秦より発跡し、山東にて項羽を追撃した、ゆえに天下は漢に専属す、是れ天なり。」「人。」揚雄は言った。「才能を兼備し、権変を崇尚し、左右みな計算あり、行動は時に謹慎す、是れ人なり。天は人なくば因依する由なく、人は天なくば成就する能わず。」

或問:「楚敗垓下,方死,曰:『天也。』諒乎?」曰:「漢屈群策,群策屈群力。楚憞群策而自屈其力。屈人者克,自屈者負。天曷故焉?」

ある人が問うた。「楚は垓下に戦敗し、将に死せんとして曰く『是れ天なり』と、然りか?」揚雄は言った。「漢は群策をして屈服せしめ、群策はまた群力をして屈服せしめた。楚は群策を厭悪して自らその力を屈服した。人を屈服せしむるは勝ち、自ら屈服するは敗る。天に何の縁故かあらん?」

或問:「秦、楚既為天典命矣,秦縊灞上,楚分江西,興廢何速乎?」曰:「天胙光德而隕明忒。昔在有熊、高陽、高辛、唐、虞、三代,鹹有顯懿,故天胙之,為神明主,且著在天庭,是生民之願也,厥饗國久長。若秦、楚彊鬩震撲,胎藉三正,播其虐於黎苗,子弟且欲喪之,況於民乎?況於鬼神乎?廢未速也!」

ある人が問うた。「秦・楚はすでに天の授命されしに、秦は灞上にて自縊し、楚は江西にて分かれた、興廃はなぜあれほど速い?」揚雄は言った。「天は光明の徳を福佑し、顕明の差忒を陨落す。昔有熊・高陽・高辛・唐・虞・三代は、みな顕著の美徳あり、ゆえに天は彼らを福佑し、神明の主と為し、かつ天庭に写した。是れ生民の願望、ゆえに国を享くること久し。秦・楚のごとき強横に相斗い、震撃搏撃して、三正を践踏し、暴虐を黎民苗裔に播き至らしむるは、子弟ですら彼らを喪亡せしめんと欲すに、まして百姓においてをや?まして鬼神においてをや?廃するはなお速きと算えず!」

或問:「仲尼大聖,則天曷不胙?」曰:「無土。」「然則舜、禹有土乎?」曰:「舜以堯作土,禹以舜作土。」

ある人が問うた。「孔子は大聖、天はなぜ福佑せぬ?」揚雄は言った。「土地なし。」「では舜・禹は土地ありしか?」揚雄は言った。「舜は堯を以て土地と為し、禹は舜を以て土地と為す。」

或問「聖人表裡」。曰:「威儀文辭,表也;德行忠信,裡也。」

ある人が「聖人の表裏」を問うた。揚雄は言った。「威儀文辞は表、徳行忠信は裏。」

或問:「義帝初矯,劉龕南陽,項救河北。二方分崩,一離一合。設秦得人,如何?」曰:「人無為秦也,喪其靈久矣。」

ある人が問うた。「義帝が剛て尊立せられ、劉邦は南陽を攻取し、項羽は河北を救援した。两方分崩し、一離一合す。もし秦が人才を得たら、どうであったか?」揚雄は言った。「人は秦のために力せざらん、秦は神霊を喪うことすでに久し。」

韓信、黥布皆劒立,南面稱孤,卒窮時戮,無乃勿乎?或曰:「勿則無名,如何?」曰:「名者,謂令名也。忠不終而躬逆,焉攸令?」

韓信・黥布はみな剣を按じて自立し、南面して孤を称し、終に当時に戮を受けた、糊涂に非ずや?ある人が言った。「糊涂なれば名なし、またどうか?」揚雄は言った。「名とは、美名を謂う。忠を貫徹せずして自ら叛逆するは、どこになお美を談ぜん?」

或問「淳于越」。曰:「伎曲。」「請問。」曰:「始皇方虎挒而梟磔,噬士猶臘肉也。越與亢眉,終無撓辭,可謂伎矣。仕無妄之國,食無妄之粟,分無妄之橈,自令之間而不違,可謂曲矣。」

ある人が「淳于越」を問うた。揚雄は言った。「剛直にしてまた屈曲。」「さらに講じてください。」揚雄は言った。「始皇はまさに虎のごとく搏撃し、梟のごとく撕裂して、士人を咬むこと干肉を食うがごとし。淳于越は彼と眉を対して抗い、終始屈服の言なく、剛直と呼ぶべし。測り知れぬ国に官を為し、測り知れぬ粟を食い、測り知れぬ弯曲を分擔し、自ら間隙に処りて去らざるは、屈曲と呼ぶべし。」

或問:「茅焦歷井幹之死,使始皇奉虛左之乘。蔡生欲安項鹹陽,不能移,又亨之,其者未辯與?」曰:「生捨其木侯而謂人木侯,亨不亦宜乎?焦逆訐而順守之,雖辯,劘虎牙矣。」

ある人が問うた。「茅焦は井欄のごとき一排の人の殺されしを経歴して、始皇に左辺の車位を空けて太后を迎えしめた。蔡生は項羽に咸陽に定都せんと欲し、彼を打動できず、また烹られた、ほぼ善辯ならざるか?」揚雄は言った。「蔡生は己の木偶を丢れて人を木偶と言う、烹られるもまた正好ならずや?茅焦は逆らいて短を揭げ、順いて来りて守住す、善辯といえども、また虎牙を磨くなり。」

或問:「甘羅之悟呂不韋,張闢彊之覺平、勃,皆以十二齡,戊、良乎?」曰:「才也戊、良,不必父祖。」

ある人が問うた。「甘羅は呂不韋を感悟し、張辟彊は陳平・周勃を提醒した、みな十二歳に在り、項橐・張良の類か?」揚雄は言った。「才能は項橐・張良のごとく、必ずしも父祖に依らず。」

或問:「酈食其說陳留,下敖倉;說齊,罷歷下軍,何辯也?韓信襲齊,以身脂鼎,何訥也?」曰:「夫辯也者,自辯也。如辯人,幾矣!」

ある人が問うた。「酈食其は陳留を遊説し、敖倉を拿下した。斉を遊説し、歴下の守軍を撤した、何と善辯か?韓信が斉を襲撃し、酈食其は自ら鼎中の油脂と為った、また何と木訥か?」揚雄は言った。「いわゆる辯とは、己を辯する。もし人を辯するに往けば、危険なり!」

或問:「蒯通抵韓信,不能下,又狂之。」曰:「方遭信閉,如其抵!」曰:「巇可抵乎?」曰:「賢者司禮,小人司巇,況拊鍵乎?」

ある人が問うた。「蒯通は隙に抵りて韓信を遊説し、説き動かせず、また狂を装った。」揚雄は言った。「まさに韓信の閉拒に逢う、隙に抵るもまたどうせん!」問う。「縫隙は抵るべきか?」揚雄は言った。「賢人の守るは礼、小人の守るは縫隙、ましてまた門閂を按じて在るにおいてをや?」

或問:「李斯盡忠,胡亥極刑,忠乎?」曰:「斯以留客至作相,用狂人之言,從浮大海,立趙高之邪說,廢沙丘之正,阿意督責,焉用忠?」「霍?」曰:「始元之初,擁少帝之微,摧燕、上官之鋒,處廢興之分,堂堂乎忠,難矣哉!至顯,不終矣。」

ある人が問うた。「李斯は忠を尽くし、胡亥は極刑を以てした、忠と算えるか?」揚雄は言った。「李斯は客卿を留住より丞相と為るに至り、狂人の言を聴信し、随いて大海を渡り、趙高の邪説を成立し、沙丘の正命を廃掉し、阿意督責した、どこに忠を用いんや?」「霍光は?」揚雄は言った。「始元初年、年幼の少帝を護持し、燕王・上官の鋒芒を摧折し、廃興の分際に処り、堂堂の忠は、難し!霍顕に至っては、貫徹し終る能わざりき。」

或問:「馮唐面文帝得廉頗、李牧不能用也,諒乎?」曰:「彼將有激也。親屈帝尊,信亞夫之軍,至頗、牧,曷不用哉?」「德?」曰:「罪不孥,宮不女,館不新,陵不墳。」

ある人が問うた。「馮唐は面して文帝に廉頗・李牧を得ても用い得ぬと言った、然りか?」揚雄は言った。「彼は激発せんと欲する所あり。文帝は能く親しく尊を屈し、周亜夫の軍営を信任す、廉頗・李牧に至っては、どうして用いざらん?」「文帝の徳は?」揚雄は言った。「罪は子孫に連及せず、宮中に女子を充斥せず、館舎に新を求めず、陵墓に高墳を堆まず。」

或問「交」。曰:「仁。」問「餘、耳」。曰:「光初。」「竇、灌」。曰:「兇終。」

ある人が「交友」を問うた。揚雄は言った。「仁。」「陳余・張耳」を問う。揚雄は言った。「開始は光明。」「竇嬰・灌夫」。揚雄は言った。「結局は凶険。」

或問「信」。曰:「不食其言。」「請人。」曰:「晉荀息、趙程嬰、公子杵臼,秦大夫鑿穆公之側。」問「義」。曰:「事得其宜之謂義。」

ある人が「信」を問うた。揚雄は言った。「己の言を呑まず。」「人を挙げてください。」揚雄は言った。「晋の荀息・趙の程嬰・公孫杵臼、秦大夫の穆公の辺に死した者たち。」「義」を問う。揚雄は言った。「事がその応有の適宜を得るを、義という。」

或問:「季布忍焉,可為也?」曰:「能者為之,明哲不為也。」或曰:「當布之急,雖明哲之如何?」曰:「明哲不終項仕。如終項仕,焉攸避?」

ある人が問うた。「季布は能く忍ぶ、学ぶべきか?」揚雄は言った。「能力ある者は為す、明哲の者は為さず。」ある人が言った。「季布が危急の当時、明哲といえどもまたどうせん?」揚雄は言った。「明哲は底まで為してもなお項羽の官を為さず。もし底まで為してなお項羽の官を為せば、またどこへ躲れん?」

或問「賢」。曰:「為人所不能。」「請人。」曰:「顏淵、黔婁、四皓、韋玄。」問「長者」。曰:「藺相如申秦而屈廉頗,欒布之不倍,朱家之不德,直不疑之不校,韓安國之通使。」

ある人が「賢」を問うた。揚雄は言った。「人の為し得ぬを為す。」「人を挙げてください。」揚雄は言った。「顔淵・黔婁・四皓・韋玄成。」「長者」を問う。揚雄は言った。「藺相如は秦に強硬して廉頗に委屈し、欒布は彭越を背棄せず、朱家は自ら徳有りと居らず、直不疑は人と計較せず、韓安国は人のために疏通す。」

或問「臣自得」。曰:「石太僕之對,金將軍之謹,張衛將軍之慎,丙大夫之不伐善。」「請問臣自失。」曰:「李貳師之執貳,田祁連之濫帥,韓馮翊之愬蕭,趙京兆之犯魏。」

ある人が「臣子の自ら得たる」を問うた。揚雄は言った。「石太僕の対答、金将軍の謹慎、張衛将軍の慎重、丙大夫の己の好さを誇らざる。」「臣子の自ら失いたるを請う。」揚雄は言った。「李貳師の二心を懐く、田祁连の帥たるに濫る、韓馮翊の蕭望之を誣告する、趙京兆の魏相を冒犯する。」

或問「持滿」。曰:「扼欹。」

ある人が「盈満を保持する」を問うた。揚雄は言った。「傾斜する器皿を按住せよ。」

揚王孫倮葬以矯世。曰:「矯世以禮,倮乎?如矯世,則葛溝尚矣。」

楊王孫は裸葬を以て世俗を矯正した。揚雄は言った。「世俗を矯正するは礼を以てすべし、裸葬か?もし世俗を矯正せんと欲せば、葛布を以て裹みて溝に丢るがこそ更早し。」

或問「《周官》」。曰:「立事。」「《左氏》」。曰:「品藻。」「太史遷。」曰:「實錄。」

ある人が「『周官』」を問うた。揚雄は言った。「職事を建立す。」「『左氏』」。揚雄は言った。「品評藻飾。」「太史遷」。揚雄は言った。「実に拠って記録す。」

11

或問:「淵、騫之徒惡乎在?」曰:「寢。」或曰:「淵、騫曷不寢?」曰:「攀龍鱗,附鳳翼,巽以揚之,勃勃乎其不可及也。如其寢!如其寢!」

ある人が問うた。「顔淵・閔子騫の門徒はどこに在る?」揚雄は言った。「埋没した。」ある人が言った。「顔淵・閔子騫はなぜ埋没せぬ?」揚雄は言った。「龍鱗に攀り、鳳翼に附き、風に順いて揚がり、勃勃然として追い及ばず。どうして埋没せん!どうして埋没せん!」

七十子之於仲尼也,日聞所不聞,見所不見,文章亦不足為矣。

七十位の弟子が孔子に対しては、毎日いまだかつて聞かぬを聞き、いまだかつて見ぬを見る、文章もまた作るに足らず。

君子絕德,小人絕力。或問「絕德」。曰:「舜以孝,禹以功,皋陶以謨,非絕德邪?」「力」。「秦悼武、烏獲、任鄙扛鼎抃牛,非絕力邪?」

君子の絶するは徳、小人の絶するは力。ある人が「絶徳」を問うた。揚雄は言った。「舜は孝を以てし、禹は功を以てし、皋陶は謨を以てす、絶徳に非ずや?」「力」を問う。揚雄は言った。「秦悼武王・烏獲・任鄙が鼎を扛ぎ牛を搏つは、絶力に非ずや?」

或問「勇」。曰:「軻也。」曰:「何軻也?」曰:「軻也者,謂孟軻也。若荊軻,君子盜諸。」「請問孟軻之勇。」曰:「勇於義而果於德,不以貧富、貴賤、死生動其心,於勇也,其庶乎!」

ある人が「勇」を問うた。揚雄は言った。「軻。」問う。「どの軻か?」揚雄は言った。「軻とは、孟軻を謂う。荊軻のごときは、君子は彼を盗賊と為す。」「孟軻の勇を請う。」揚雄は言った。「義に勇にして徳に果たり、貧富・貴賤・死生を以て本心を動揺せず、勇に対しては、ほぼそうであろう!」

魯仲連𠎯而不制,藺相如制而不𠎯。

魯仲連は豪放にして節制を受けず、藺相如は節制ありて豪放せず。

或問「鄒陽」。曰:「未信而分疑,忼辭免罿,幾矣哉!」

ある人が「鄒陽」を問うた。揚雄は言った。「いまだ信任されざるに能く嫌疑を分辨し、激昂の言は己を網羅より免れしむ、危険かな!」

或問:「信陵、平原、孟嘗、春申益乎?」曰:「上失其政,姦臣竊國命,何其益乎!」

ある人が問うた。「信陵・平原・孟嘗・春申に益あるか?」揚雄は言った。「上は政柄を失い、奸臣は国命を窃取す、どこに益あらん!」

樗裡子之知也,使知國如葬,則吾以疾為蓍龜。

樗里子の智、もし国を知ること彼が葬地を知るがごとくならば、我は疾病を以て蓍亀と為さん。

「周之順、赧,以成周而西傾;秦之惠文、昭襄,以西山而東並,孰愈?」曰:「周也羊,秦也狼。」「然則狼愈與?」曰:「羊、狼一也。」

「周の順王・赧王は、成周を凭って西に傾覆し、秦の惠文・昭襄は、西山を凭って東に兼倂した、誰が良いか?」揚雄は言った。「周は羊、秦は狼。」「では狼が良いか?」揚雄は言った。「羊と狼は同じである。」

或問:「蒙恬忠而被誅,忠奚可為也?」曰:「壍山堙谷,起臨洮,擊遼水,力不足而死有餘,忠不足相也。」

ある人が問うた。「蒙恬は忠にして殺された、忠になお為すべき何かある?」揚雄は言った。「山を挖り谷を填め、臨洮より築起し、遼水に連接した、力気足らずして死有余なり、忠はなお輔佐に足らず。」

或問:「呂不韋其智矣乎?以人易貨。」曰:「誰謂不韋智者與?以國易宗。不韋之盜,穿窬之雄乎?穿窬也者,吾見擔石矣,未見雒陽也。」

ある人が問うた。「呂不韋は智に足るか?人を以て貨物を換えた。」揚雄は言った。「誰が不韋が智と謂う?国家を以て宗族を換えた。不韋の盗窃は、墻を穿つ小偷の中の雄傑であろうか?墻を穿つ小偷は、斗石を偸るを見たことあり、洛陽を偸るを見たことなし。」

「秦將白起不仁,奚用為也?」「長平之戰,四十萬人死,蚩尤之亂,不過於此矣。原野猒人之肉,川穀流人之血,將不仁,奚用為!」「翦?」曰:「始皇方獵六國,而翦牙欸。」

「秦将白起は不仁、なお彼を用いて何を為さん?」「長平の戦、四十万人死す、蚩尤の禍乱もかくのごとし。原野は人の肉に飽き、河川山谷は人の血を流す、将領不仁、なお彼を用いて何を為さん!」「王翦は?」揚雄は言った。「始皇はまさに六国を猟取せんとし、王翦はただ爪牙の喘息するに過ぎず。」

或問:「要離非義者與?不以家辭國。」曰:「離也,火妻灰子,以求反於慶忌,實蛛蝥之靡也,焉可謂之義也?」「政?」「為嚴氏犯韓,刺相俠累,曼面為姊,實壯士之靡也,焉可謂之義也?」「軻?」「為丹奉於期之首、燕督亢之圖,入不測之秦,實刺客之靡也,焉可謂之義也?」

ある人が問うた。「要離は義士に非ずや?家を以て辞とせず国のためにした。」揚雄は言った。「要離は妻子を焼き殺し、子を灰に焼き、以て慶忌に返報を求めた、実は蜘蛛の類、どうして義と呼べよう?」「聶政は?」「厳仲子のために韓国を冒犯し、相国侠累を刺殺し、面を毀するは姉のため、実は壮士の類、どうして義と呼べよう?」「荊軻は?」「燕丹のために樊於期の頭・燕国督亢の地図を奉上し、測り知れぬ秦に入った、実は刺客の類、どうして義と呼べよう?」

或問:「儀、秦學乎鬼谷術,而習乎縱橫言,安中國者各十餘年,是夫?」曰:「詐人也,聖人惡諸。」曰:「孔子讀而儀、秦行,何如也?」曰:「甚矣!鳳鳴而鷙翰也。」「然則子貢不為與?」曰:「亂而不解,子貢恥諸;說而不富貴,儀、秦恥諸。」

ある人が問うた。「張儀・蘇秦は鬼谷の術を学び、縦横の言を熟習し、中国を安んじた各々十余年、是れ然りか?」揚雄は言った。「是れ詐欺の人、聖人は彼らを厭悪す。」問う。「孔子は経を読みて儀・秦は去りて実行した、どうか?」揚雄は言った。「あまりに甚だしい!鳳凰の鳴叫なるも猛禽の翅翼なり。」「では子貢はこの類の事を為さぬか?」揚雄は言った。「禍乱が化解せざれば、子貢はこれを恥と引けた。遊説して富貴ならざれば、儀・秦はこれを恥と引けた。」

或曰:「儀、秦其才矣乎?跡不蹈已。」曰:「昔在任人,帝曰難之,亦才矣。才乎才,非吾徒之才也。」

ある人が言った。「儀・秦は才に足るか?行跡は己の旧路を踏まず。」揚雄は言った。「昔このごとき人を任用すれば、帝は難しと言う、また才ありと算う。才かな才かな、我らの類の才に非ず。」

美行:園公、綺裡季、夏黃公、角里先生。言辭:婁敬、陸賈。執正:王陵、申屠嘉。折節:周昌、汲黯。守儒:轅固、申公。菑異:董相、夏侯勝、京房。

美好の行為:園公・綺里季・夏黄公・甪里先生。言辞:婁敬・陸賈。正道を執守す:王陵・申屠嘉。折節:周昌・汲黯。儒を守る:轅固・申公。災异:董仲舒・夏侯勝・京房。

或問「蕭、曹」。曰:「蕭也規,曹也隨。」「滕、灌、樊、酈」。曰:「俠介。」「叔孫通」。曰:「槧人也。」「爰盎」。曰:「忠不足而談有餘。」「晁錯」。曰:「愚。」「酷吏」。曰:「虎哉!虎哉!角而翼者也。」「貨殖」。曰:「蚊。」曰:「血國三千,使捋踈、飲水、褐博,沒齒無愁也。」或問「循吏」。曰:「吏也。」「遊俠」。曰:「竊國靈也。」「佞幸」。曰:「不料而已。」

ある人が「蕭何・曹参」を問うた。揚雄は言った。「蕭何は規劃し、曹参は随従す。」「滕公・灌嬰・樊噲・酈商」。揚雄は言った。「輔佐夾持。」「叔孫通」。揚雄は言った。「書牘の人。」「袁盎」。揚雄は言った。「忠足らずして談有余り。」「晁錯」。揚雄は言った。「愚。」「酷吏」。揚雄は言った。「虎かな!虎かな!角を長じまた翅翼ある。」「貨殖」。揚雄は言った。「蚊子。」また言った。「三千の国の血を吸食して、人をして穗を拾い、水を飲み、粗褐を穿ち、死に至るまで愁怨なからしむ。」ある人が「循吏」を問うた。揚雄は言った。「あれこそ吏。」「游侠」。揚雄は言った。「国家の威霊を盗窃す。」「佞幸」。揚雄は言った。「計量に値せざるのみ。」

或問「近世社稷之臣」。曰:「若張子房之智,陳平之無悟,絳侯勃之果,霍將軍之勇,終之以禮樂,則可謂社稷之臣矣。」或問:「公孫弘、董仲舒孰邇?」曰:「仲舒欲為而不可得者也,弘容而已矣。」

ある人が「近世の社稷の臣」を問うた。揚雄は言った。「張子房の智のごとく、陳平の悖乱せざる、絳侯周勃の果断、霍将軍の勇、さらに礼楽を以て完成すれば、社稷の臣と称すべし。」ある人が問うた。「公孫弘・董仲舒は誰が近い?」揚雄は言った。「仲舒は為さんと欲して得られざる人、公孫弘はただ身を容れるのみ。」

或問「近世名卿」。曰:「若張廷尉之平,雋京兆之見,尹扶風之絜,王子貢之介,斯近世名卿矣。」「將」。曰:「若條侯之守,長平、冠軍之徵伐,博陸之持重,可謂近世名將矣。」「請問古。」曰:「鼓之以道德,徵之以仁義,輿屍、血刃,皆所不為也。」

ある人が「近世の名卿」を問うた。揚雄は言った。「張廷尉の公平、雋京兆の見識、尹扶風の廉潔、王子貢の耿介のごとき、これが近世の名卿。」「将。」揚雄は言った。「條侯の堅守、長平・冠軍の征伐、博陸の持重のごとき、近世の名将と称すべし。」「古代を請う。」揚雄は言った。「道徳を以て鼓動し、仁義を以て征伐す、屍を載せて還り刀刃を血に染むるは、みな為さざる所。」

張騫、蘇武之奉使也,執節沒身,不屈王命,雖古之膚使,其猶劣諸!

張騫・蘇武は使を奉じ、節を守りて死に至るまで、王命に屈せず、古代の優秀の使者といえども、なお彼らに及ばず!

世稱東方生之盛也,言不純師,行不純表,其流風遺書,蔑如也。或曰:「隱者也。」曰:「昔之隱者,吾聞其語矣,又聞其行矣。」或曰:「隱道多端。」曰:「固也!聖言聖行,不逢其時,聖人隱也。賢言賢行,不逢其時,賢者隱也。談言談行,而不逢其時,談者隱也。昔者箕子之漆其身也,狂接輿之被其髮也,欲去而恐罹害者也。箕子之《洪範》,接輿之歌鳳也哉!」或問:「東方生名過實者,何也?」曰:「應諧、不窮、正諫、穢德。應諧似優,不窮似哲,正諫似直,穢德似隱。」「請問名。」曰:「詼達。」「惡比?」曰:「非夷尚容,依隱玩世,其滑稽之雄乎!」或問:「柳下惠非朝隱者與?」曰:「君子謂之不恭。古者高餓顯,下祿隱。」

世人は東方朔の盛大を称道す、しかし言は純正を以て師と為さず、行は純正を以て表と為さず、流風遺書は微小にして道に足らず。ある人が言った。「彼は隠者。」揚雄は言った。「昔の隠者は、我は彼らの言を聞き、また彼らの行を聞いた。」ある人が言った。「隠の途徑は多種あり。」揚雄は言った。「固然!聖人の言聖人の行、時に逢わざれば、是れ聖人の隠。賢人の言賢人の行、時に逢わざれば、是れ賢人の隠。談者の言談者の行、時に逢わざれば、是れ談者の隠。昔箕子は身を漆し、狂接輿は髪を披いた、離れんと欲して禍害に遭うを怕れる人。箕子に『洪範』あり、接輿に鳳歌あらん!」ある人が問うた。「東方朔は名が実に過ぐるは、なぜか?」揚雄は言った。「応対詼諧、辯才窮まらず、能く正諫し、徳行駁雑。応対詼諧は倡優に似、辯才窮まらざるは哲人に似、正諫は正直に似、徳行駁雑は隠者に似る。」「彼の名はどう称すべきかを請う。」揚雄は言った。「詼達。」「誰に比作する?」揚雄は言った。「伯夷を学ばずして身を容るるを崇尚し、隠に依りて世を玩ぶは、滑稽の中の雄傑か!」ある人が問うた。「柳下恵は朝隐の人に非ずや?」揚雄は言った。「君子は彼を不恭と言う。古は饑餓にして顕揚するを高と看、俸禄を取りて隠するを低と看た。」

妄譽,仁之賊也;妄毀,義之賊也。賊仁近鄉原,賊義近鄉訕。

妄りに称誉するは、仁の賊害。妄りに毀謗するは、義の賊害。仁を賊害すれば郷願に近づき、義を賊害すれば郷里の訕謗に近づく。

或問:「子,蜀人也,請人。」曰:「有李仲元者,人也。」「其為人也奈何?」曰:「不屈其意,不累其身。」曰:「是夷、惠之徒與?」曰:「不夷不惠,可否之間也。」「如是,則奚名之不彰也?」曰:「無仲尼,則西山之餓夫與東國之絀臣惡乎聞?」曰:「王陽、貢禹遇仲尼乎?」曰:「明星皓皓,華藻之力也與!」曰:「若是,則奚為不自高?」曰:「皓皓者,己也;引而高之者,天也。子欲自高邪?仲元,世之師也。見其貌者,肅如也;聞其言者,愀如也;觀其行者,穆如也。鄲聞以德詘人矣,未聞以德詘於人也。仲元,畏人也。」或曰:「育、賁。」曰:「育、賁也,人畏其力,而侮其德。」「請條。」曰:「非正不視,非正不聽,非正不言,非正不行。夫能正其視聽言行者,昔吾先師之所畏也。如視不視,聽不聽,言不言,行不行,雖有育、賁,其猶侮諸!」

ある人が問うた。「あなたは蜀人、蜀人を挙げてください。」揚雄は言った。「李仲元という人あり、人材である。」「彼の為人はどうか?」揚雄は言った。「己の心意を屈せず、己の身を連累せず。」問う。「伯夷・柳下恵の類か?」揚雄は言った。「伯夷に似ず柳下恵にも似ず、可と不可の間に在る。」「すでにこのごとし、なぜ名声が顕揚せぬ?」揚雄は言った。「孔子なくば、西山の餓夫と東国の被贬の臣子はどうして人に知られよう?」問う。「王陽・貢禹は孔子に遇えりしか?」揚雄は言った。「明星皓皓たり、華藻の力量か!」問う。「すでにこのごとし、なぜ自ら擡高せぬ?」揚雄は言った。「皓皓は自ら、それを高きに引向するは天。あなたは自ら擡高せんと欲するか?仲元は世の老師。彼の容貌を見る者は粛然、彼の言を聴く者は愀然、彼の行事を観る者は穆然。徳を以て人を屈服せしむるを聞いたことあり、徳あってかえって人に屈服せらるるを聞いたことなし。仲元は、人に敬畏せらるる人。」ある人が言った。「夏育・孟賁。」揚雄は言った。「夏育・孟賁か、人は彼らの力気を怕れ、しかし彼らの徳を軽慢す。」「分条して講じてください。」揚雄は言った。「正に非ざるは看ず、正に非ざるは聴かず、正に非ざるは説かず、正に非ざるは為さず。能く視聴言行を端正するは、昔我が先師もまた敬畏した。もし看るべきを看ず、聴くべきを聴かず、説くべきを説かず、為すべきを為さずば、夏育・孟賁あるといえども、またなお人に軽慢せられん!」

12

或問:「君子言則成文,動則成德,何以也?」曰:「以其弸中而彪外也。般之揮斤,羿之激矢,君子不言,言必有中也;不行,行必有稱也。」

ある人が問うた。「君子は言えばすなわち文となり、行えばすなわち徳となる、何を憑ってか?」揚雄は言った。「内裏が充実して外表が彪炳するを以て。公輸般が斧を揮動し、后羿が箭を射出すがごとく、君子は言わざれば已み、一言えば必ず中る。行わざれば已み、一行えば必ず相称す。」

或問「君子之柔剛」。曰:「君子於仁也柔,於義也剛。」

ある人が「君子の柔と剛」を問うた。揚雄は言った。「君子は仁に対しては柔にして、義に対しては剛である。」

或問:「航不漿,沖不薺,有諸?」曰:「有之。」或曰:「大器固不周於小乎?」曰:「斯械也,君子不械。」

ある人が問うた。「大船は漿を盛るに用いず、衝車は薺を切るに用いず、こ事あるか?」揚雄は言った。「ある。」ある人が言った。「大器は本来小用に周遍せぬか?」揚雄は言った。「あれは器械、君子は器械に非ず。」

或問「孟子知言之要,知德之奧」。曰:「非苟知之,亦允蹈之。」或曰:「子小諸子,孟子非諸子乎?」曰:「諸子者,以其知異於孔子也。孟子異乎?不異。」

ある人が「孟子は言之要を懂り徳之奧を懂る」を問うた。揚雄は言った。「知るのみならず、また真誠に践行する。」ある人が言った。「あなたは諸子を小と看る、孟子もまた諸子に非ずや?」揚雄は言った。「いわゆる諸子とは、彼らの知が孔子と異なるがゆえ。孟子は異なるか?異ならず。」

或曰:「孫卿非數家之書,侻也;至於子思、孟軻,詭哉!」曰:「吾於孫卿,與見同門而異戶也,惟聖人為不異。」

ある人が言った。「荀子は几家の書を批評す、なお簡易と算う。子思・孟軻に至っては、詭异かな!」揚雄は言った。「我が荀子に対するは、同門にして戸を異にするを見るがごとし、ただ聖人のみ異なるなし。」

牛玄騂白,睟而角,其升諸廟乎?是以君子全其德。

牛は黒・赤・白を論ぜず、毛色純粋にして角あれば、宗廟に升るべしか?ゆえに君子は己の徳を保全す。

或問「君子似玉」。曰:「純淪溫潤,柔而堅,玩而廉,隊乎其不可形也。」

ある人が「君子は玉に似たり」を問うた。揚雄は言った。「純粋温潤、柔にして堅、玩ぶべくして棱角あり、墜落しても形容し得ざるなり。

或曰:「仲尼之術,周而不泰,大而不小,用之猶牛鼠也。」曰:「仲尼之道,猶四瀆也,經營中國,終入大海。它人之道者,西北之流也,綱紀夷貉,或入於沱,或淪於漢。」

ある人が言った。「孔子の術は周遍するも泰然とせず、大にして小なく、用いるに牛と鼠のごとし。」揚雄は言った。「孔子の道は、四瀆のごとく、中国を経営して終に大海に流入す。他人の道は、西北の細流、夷貉を経理して、あるいは沱に流入し、あるいは漢に沈入す。」

淮南說之用,不如太史公之用也。太史公,聖人將有取焉;淮南,鮮取焉爾。必也,儒乎!乍出乍人,淮南也;文麗用寡,長卿也;多愛不忍,子長也。仲尼多愛,愛義也;子長多愛,愛奇也。

淮南の学の用は、太史公の用に如かず。太史公は、聖人も取るべき所あらん。淮南は、取るべき所少なし。必ず言えば、なお儒か!忽然として出で忽然として入るは、淮南。文辞が華麗にして用が少ないは、司馬長卿。愛すること多くして割舍に忍びざるは、司馬遷。孔子が愛すること多きは、義を愛する。司馬遷が愛すること多きは、奇を愛する。

或曰:「甚矣,傳書之不果也!」曰:「不果則不果矣,又以巫鼓。」

ある人が言った。「あまりに甚だしい、伝記の書は着実ならず!」揚雄は言った。「着実ならざれば着実ならざるのみ、さらに巫祝の鼓吹を加う。」

或問:「聖人之言,炳若丹青,有諸?」曰:「籲!是何言與?丹青初則炳,久則渝。渝乎哉?」

ある人が問うた。「聖人の言は丹青のごとく鮮明なり、こ事あるか?」揚雄は言った。「ああ!それは何の言か?丹青は初め鮮明なれど、久しければ変わる。変わらんや?」

或曰:「聖人之道若天,天則有常矣,奚聖人之多變也?」曰:「聖人固多變。子游、子夏得其書矣,未得其所以書也;宰我、子貢得其言矣,未得其所以言也;顏淵、閔子騫得其行矣,未得其所以行也。聖人之書、言、行,天也。天其少變乎?」

ある人が言った。「聖人の道は天のごとし、天は有常なれど、なぜ聖人はあれほど多変か?」揚雄は言った。「聖人は固より多変。子游・子夏はその書を得たも、そのように書く所以を得ず。宰我・子貢はその言を得たも、そのように言う所以を得ず。顔淵・閔子騫はその行を得たも、そのように為す所以を得ず。聖人の書・言・行は、すなわち天。天は豈に変少なからんや?」

或曰:「聖人自恣與?何言之多端也!」曰:「子未覩禹之行水與?一東一北,行之無礙也。君子之行,獨無礙乎?如何直往也!水避礙則通於海,君子避礙則通於理。」

ある人が言った。「聖人は自ら放縦か?なぜ言があれほど多端か!」揚雄は言った。「あなたは禹の治水を見ぬか?一回東し一回北し、走りて阻碍なし。君子が事を行うに、豈に独り阻碍なからんや?どうして一直線に往かん!水は阻碍を避けて海に通じ、君子は阻碍を避けて理に通ず。」

君子好人之好,而忘己之好;小人好己之惡,而忘人之好。

君子は人の好き所を喜好して、己の好き所を忘る。小人は己の好かざる所を喜好して、人の好き所を忘る。

或曰:「子於天下則誰與?」曰:「與夫進者乎!」或曰:「貪夫位也,慕夫祿也,何其與?」曰:「此貪也,非進也。夫進也者,進於道,慕於德,殷之以仁義,進而進,退而退,日孳孳而不自知勌者也。」或曰:「進進則聞命矣,請問退進。」曰:「昔乎,顏淵以退為進,天下鮮儷焉。」或曰:「若此,則何少於必退也?」曰:「必進易儷,必退易儷也。進以禮,退以義,難儷也。」

ある人が言った。「あなたは天下の誰とともに在るか?」揚雄は言った。「進を求める人と!」ある人が言った。「その位を貪りその禄を慕う者と、なぜともに在る?」揚雄は言った。「あれは貪にして進に非ず。いわゆる進とは、道に進み徳に慕い、仁義を以て充実し、進むべきに進み退くべきに退き、日日孳孳として自ら疲倦を知らぬ人。」ある人が言った。「進に進むは、すでに教えを領した、退きてなお進を請う。」揚雄は言った。「昔か、顔淵は退を以て進と為し、天下に比ぶ者希なり。」ある人が言った。「すでにこのごとし、なぜ必ず退を堅持する者が少ない?」揚雄は言った。「一味に必ず進むは比ぶ易し、一味に必ず退くも比ぶ易し。進むに礼に依り、退くに義に依るは、こそ比ぶ難し。」

或曰:「人有齊死生,同貧富,等貴賤,何如?」曰:「作此者,其有懼乎?信死生齊,貧富同,貴賤等,則吾以聖人為囂囂。」

ある人が言った。「死生を斉しくし、貧富を同じくし、貴賤を等しくする者あり、どうか?」揚雄は言った。「この説を作す者は、ほぼ心に懼れる所あらん?果して死生斉しく貧富同じく貴賤等しければ、我は聖人をもって喧々囂々たる者と看做さん。」

通天、地、人曰儒,通天、地而不通人曰伎。

天・地・人に通ずるを儒と謂い、天・地に通じて人に通人に通ぜざるを技と謂う。

人必先作,然後人名之;先求,然後人與之。人必其自愛也,而後人愛諸;人必其自敬也,而後人敬諸。自愛,仁之至也;自敬,禮之至也。未有不自愛敬而人愛敬之者也。

人は必ず先ず自ら為して、然る後に人はその名を以てこれを称す。先ず自ら求めて、然る後に人はこれに与う。人は必ず先ず自愛して、然る後に人はこれを愛す。人は必ず先ず自敬して、然る後に人はこれを敬う。自愛とは、仁の極。自敬とは、礼の極。いまだかつて自愛自敬せずして人の愛敬する有らんや。

或問:「龍、龜、鴻、鵠不亦壽乎?」曰:「壽。」曰:「人可壽乎?」曰:「物以其性,人以其仁。」

ある人が問うた。「龍・亀・鴻・鵠はまた寿ならずや?」揚雄は言った。「寿なり。」問う。「人は寿たり得るか?」揚雄は言った。「物はその性に靠り、人はその仁に靠る。」

或問:「人言仙者,有諸乎?」「籲!吾聞虙羲、神農歿,黃帝、堯、舜殂落而死。文王,畢;孔子,魯城之北。獨子愛其死乎?非人之所及也。仙亦無益子之彙矣!」或曰:「聖人不師仙,厥術異也。聖人之於天下,恥一物之不知;仙人之於天下,恥一日之不生。」曰:「生乎!生乎!名生而實死也。」或曰:「世無仙,則焉得斯語?」曰:「語乎者,非囂囂也與?惟囂囂為能使無為有。」或問「仙之實」。曰:「無以為也,有與無,非問也。問也者,忠孝之問也。忠臣孝子,偟乎不偟。」

ある人が問うた。「人は仙あると言う、こ事あるか?」揚雄は言った。「ああ!我は聞く、伏羲・神農は殁し、黄帝・堯・舜は殂落して死せりと。文王は畢に葬られ、孔子は魯城の北に葬られた。豈に汝のみ己の死を愛惜せんや?あれは人の及び得る所に非ず。仙は汝が類にもまた益なし!」ある人が言った。「聖人が仙を学ばぬは、術の異なるがゆえ。聖人は天下に対して、一物を知らざるを以て恥と為し、仙人は天下に対して、一日生かざるを以て恥と為す。」揚雄は言った。「活よ活よ!名義上は活、実際上は死。」ある人が言った。「世上に仙なければ、またどこよりこの言の来るか?」揚雄は言った。「この言を説くは、喧々囂々の人に非ずや?ただ喧々囂々のみ無を以て有と説くを能くす。」ある人が「仙の実質」を問うた。揚雄は言った。「管するを要せず。有と無は、問うべきに非ず。問うべきは、忠孝の問い。忠臣孝子は、遑遑然としてこれらを顧みる暇なし。」

或問:「壽可益乎?」曰:「德。」曰:「回、牛之行德矣,曷壽之不益也?」曰:「德,故爾。如回之殘,牛之賊也,焉得爾?」曰:「殘、賊或壽。」曰:「彼妄也,君子不妄。」

ある人が問うた。「寿は增益すべきか?」揚雄は言った。「徳に靠れ。」問う。「顔回・冉伯牛の行は徳あり、なぜ寿は增益せぬ?」揚雄は言った。「まさに徳あるがゆえに、あのごとくなり。もし顔回が残暴、冉伯牛が賊害ならば、またどうしてあのごとくならん?」問う。「残暴・賊害の人にも寿ある者あるが。」揚雄は言った。「あれは虚妄、君子は虚妄を取らない。」

有生者必有死,有始者必有終,自然之道也。

生あるは必ず死あり、始あるは必ず終あり、是れ自然の道。

君子忠人,況己乎?小人欺己,況人乎?

君子は人に対してみな忠、まして己においてをや?小人は己に対してみな欺、まして人においてをや?

13

孝,至矣乎!一言而該,聖人不加焉。

孝は、極に至ったか!一字にして赅括せり、聖人も加うる能わず。

父母,子之天地與?無天何生?無地何形?天地裕於萬物乎?萬物裕於天地乎?裕父母之裕,不裕矣。事父母自知不足者,其舜乎?

父母とは、子女の天地に非ずや?天なくば、どうして生ぜん?地なくば、どうして形を成さん?天地は万物より寛裕か、万物は天地より寛裕か?父母の寛裕の上にさらに寛裕を求むれば、寛裕に非ず。父母に事えて自ら足らざるを知るは、ほぼ舜か?

不可得而久者,事親之謂也。孝子愛日。

得て久しからしめ難きは、双親に事えるを謂う。孝子は時日を愛惜す。

孝子有祭乎?有齊乎?夫能存亡形,屬荒絕者,惟齊也。故孝子之於齊,見父母之存也,是以祭不賓。人而不祭,豺獺乎!

孝子に祭祀ありや?斎戒ありや?亡失の形を存せしめ、荒絶を連接し得るは、ただ斎戒。ゆえに孝子は斎戒の中にて、父母のなお在るを見る。ここを以て祭祀にて彼らを賓客と為さず。人もし祭祀せざれば、豺と獺にすら及ばず!

或問「子」。曰:「死生盡禮,可謂能子乎!」

ある人が「人子」を問うた。揚雄は言った。「死と生とともに礼を尽くする、人子たるを能くすと称すべし!」

曰:「石奮、石建,父子之美也。無是父,無是子;無是子,無是父。」或曰:「必也,兩乎?」曰:「與堯無子,舜無父,不如堯父舜子也。」

揚雄は言った。「石奮・石建は、父子の中の美好なり。この父なくば、この子なく。この子なくば、この父なし。」ある人が言った。「必ず両方とも要るか?」揚雄は言った。「堯にこの子なく、舜にこの父なきよりは、堯のごとき父・舜のごき子あるに如かず。」

「子有含菽縕絮而致滋美其親,將以求孝也。人曰偽,如之何?」曰:「假儒衣書,服而讀之,三月不歸,孰曰非儒也?」或曰:「何以處偽?」曰:「有人則作,無人則輟之謂偽。觀人者,審其作輟而已矣。」

「人子に豆藿を食い旧絮を穿ちて、しかも甘美を双親に奉る者あり、これを以て孝を求めんと欲す。人は虚偽と言う、どうせん?」揚雄は言った。「儒者の衣と書を借りて、穿ち読むこと三箇月して去らざれば、誰か彼を儒に非ずと言わん?」ある人が言った。「虚偽をどう判别する?」揚雄は言った。「人の見るありて為し、人の見るなくて停まるを、偽という。人を観察する者は、その為すと停まるを審察するのみで足りる。」

不為名之名,其至矣乎!為名之名,其次也。

名のために得るに非ざる名は、最高なり!名のために得る名は、次一等なり。

或問「忠言嘉謀」。曰:「言合稷、契之謂忠,謀合皋陶之謂嘉。」或曰:「邵如之何?」曰:「亦勗之而已。庳則秦、儀、鞅、斯亦忠嘉矣。」

ある人が「忠言嘉謀」を問うた。揚雄は言った。「言が稷・契に合するを忠と謂い、謀が皋陶に合するを嘉と謂う。」ある人が言った。「低下の人はどうか?」揚雄は言った。「またただ勉励するのみ。さらに低下ならば、張儀・蘇秦・商鞅・李斯もまた忠嘉と算えん。」

堯、舜之道皇兮,夏、殷、周之道將兮,而以延其光兮。或曰:「何謂也?」曰:「堯、舜以其讓,夏以其功,殷、周以其伐。」

堯・舜の道は堂皇たり、夏・殷・周の道は壮盛たり、従りてその光を延長せり。ある人が言った。「何の意か?」揚雄は言った。「堯・舜はその禅譲に靠り、夏はその功業に靠り、殷・周はその征伐に靠る。」

或曰:「食如螘,衣如華,朱輪駟馬,金朱煌煌,無已泰乎?」曰:「由其德,舜、禹受天下不為泰。不由其德,五兩之綸,半通之銅,亦泰矣。」

ある人が言った。「食うこと螞蟻のごとく少なく、穿つこと花のごとく美しく、朱紅の輪に四馬、金印朱綬は亮煌煌たり、あまりに過分に非ずや?」揚雄は言った。「徳を経由すれば、舜・禹が天下を受くるも過分と算えず。徳を経由せずば、五両糸の綬・半通の銅印も、また過分なり。」

天下通道五,所以行之一,曰勉。

天下に通行する路は五条あり、以て実見するはただ一様、勉と謂う。

或曰:「力有扛洪鼎,揭華旗。知、德亦有之乎?」曰:「百人矣。德諧頑嚚,讓萬國;知情天地,形不測,百人乎?」

ある人が言った。「力気に能く大鼎を扛ぎ華旗を揭ぐ者あり。智と徳にもまたこのごときあらんや?」揚雄は言った。「あれはただ百人に抵当するのみ。徳は能く頑愚囂訟を諧和し、万国を禅譲す。智は能く天地を知覚し、測り難き変化を形成す、なお百人のみか?」

或問「君」。曰:「明光。」問「臣」。曰:「若禔。」「敢問何謂也?」曰:「君子在上,則明而光其下;在下,則順而安其上。」

ある人が「君」を問うた。揚雄は言った。「光明。」「臣」を問う。揚雄は言った。「順従安穏。」「何を謂うかを請う。」揚雄は言った。「君子は上に在れば、光明にして下を照亮し、下に在れば、順従にして上を安定す。」

或曰:「聖人事異乎?」曰:「聖人德之為事,異亞之。故常修德者,本也;見異而修德者,末也。本末不修而存者,未之有也。」

ある人が言った。「聖人は災異に従事するか?」揚雄は言った。「聖人は徳を以て事と為し、災異は次要なり。ゆえに常に徳を修むるは本、災異を見て後徳を修むるは末。本末ともに修めずして存住し得るは、いまだかつて有らず。」

天地之得,斯民也;斯民之得,一人也;一人之得,心矣。

天地の得る所は、これらの百姓。これらの百姓の得る所は、一人。一人の得る所は、心。

吾聞諸傳,老則戒之在得。年彌高而德彌邵者,是孔子之徒與?

我は伝記より聞く、老いて警戒すべきは貪得なりと。年紀愈え高くして徳愈え美しきは、孔子の門徒であろうか?

或問:「德有始而無終,與有終而無始也,孰寧?」曰:「寧先病而後瘳乎?寧先瘳而後病乎?」

ある人が問うた。「徳に始有り終無きと、終有り始無きと、どちらを寧ろ取る?」揚雄は言った。「先に病して後に愈ゆるを寧ろ取るか、先に愈えて後に病するを寧ろ取るか?」

或問「大」。曰:「小。」問「遠」。曰「邇。」未達。曰:「天下為大,治之在道,不亦小乎?四海為遠,治之在心,不亦邇乎?」

ある人が「大」を問うた。揚雄は言った。「小。」「遠」を問う。揚雄は言った。「近。」相手は懂わず。揚雄は言った。「天下は大と算う、これを治むるに道に在り、また小ならずや?四海は遠と算う、これを治むるに心に在り、また近ならずや?」

或問「俊哲、洪秀」。曰:「知哲聖人之謂俊,秀穎德行之謂洪。」

ある人が「俊哲・洪秀」を問うた。揚雄は言った。「智が足りて聖人を察知するを俊と謂い、徳行が秀穎なるを洪と謂う。」

君子動則擬諸事,事則擬諸禮。

君子は一動すれば事を比照し、事は礼を比照す。

或問「群言之長,群行之宗」。曰:「群言之長,德言也;群行之宗,德行也。」

ある人が「衆言の長、衆行の宗」を問うた。揚雄は言った。「衆言の長は、徳言。衆行の宗は、徳行。」

或問「泰和」。曰:「其在唐、虞、成周乎?觀《書》及《詩》溫溫乎,其和可知也。」

ある人が「泰和」を問うた。揚雄は言った。「ほぼ唐・虞・成周か?『書』と『詩』を看るにあの温温たるや、あの和は知るべし。」

周康之時,頌聲作乎下,《關雎》作乎上,習治也。齊桓之時縕,而《春秋》美邵陵,習亂也。故習治則傷始亂也,習亂則好始治也。

周康王の時、頌声は下より起り、『関雎』は上より作られた、あれは治に慣れたり。斉桓公の時は乱象が蘊積したも、『春秋』は召陵の会を赞美した、あれは乱に慣れたり。ゆえに治に慣れれば乱の始めを傷痛し、乱に慣れれば治の始めを喜悦す。

漢德其可謂允懷矣。黃支之南,大夏之西,東鞮、北女,來貢其珍。漢德其可謂允懷矣,世鮮焉。

漢の徳は真に人を帰向せしむと言うべし。黄支以南、大夏以西、東鞮・北女、みな来りて珍物を進貢す。漢の徳は真に人を帰向せしむと言うべし、世に少なし。

芒芒聖德,遠人鹹慕,上也;武義璜璜,兵徵四方,次也;宗夷猾夏,蠢迪王人,屈國喪師,無次也。

茫茫たる聖徳、遠人みな仰慕す、是れ上等。武義堂堂、兵を用いて四方を征伐す、是れ次等。外族が華夏を擾乱し、蠢動して王人を進犯し、国家を屈せしめ軍隊を喪亡せしむるは、等に入らず。

麟之儀儀,鳳之師師,其至矣乎!螭虎桓桓,鷹隼䎒䎒,未至也。

麟の儀態堂堂、鳳の隊列斉整、極に至ったか!螭虎は威武、鷹隼は疾飛、いまだ至らず。

或曰:「訩訩北夷,被我純繢,帶我金犀,珍膳寧餬,不亦享乎?」曰:「昔在高、文、武,實為兵主。今稽首來臣,稱為北蕃,是為宗廟之神,社稷之靈也,可不享?」

ある人が言った。「喧扰の北夷、我らの彩繒を披き、我らの金犀を帯び、珍饈安寧に糊口す、また宴享すべきに非ずや?」揚雄は言った。「昔高祖・文帝・武帝は、実に兵事の主。今や彼らは叩頭して臣を称し、北藩と称す、是れ宗廟の神・社稷の霊、能く宴享せざらんや?」

龍堆以西,大漠以北,鳥夷、獸夷,郡勞王師,漢家不為也。

白龍堆以西、大漠以北、鳥夷・獣夷が、各郡をして王師を煩わしむるは、漢家の為さざる所。

朱崖之絕,捐之之力也,否則介鱗易我衣裳。

珠崖の棄絶は、賈捐之の力量。然らずんば介鱗の民は我らの衣裳を換えんとした。

君人者,務在殷民阜財,明道信義,致帝者之用,成天地之化,使粒食之民粲也,晏也。享於鬼神,不亦饗乎?

人君たるは、務めて百姓を殷実にし財物を豊阜にし、道を彰明し義を伸張し、帝王の功用に達し、天地の化育を成就し、穀を食う百姓を鮮明にして安閑たらしむるを要す。こうして鬼神を祭享するは、また真に歆享せざらんや?

天道勞功。或問「勞功」。曰:「日一曰勞,考載曰功。」或曰:「君逸臣勞,何天之勞?」曰:「於事則逸,於道則勞。」

天道に労あり功あり。ある人が「労功」を問うた。揚雄は言った。「日々復日を労と謂い、考成の載せる所を功と謂う。」ある人が言った。「君は逸にして臣は労なり、天はなぜなお労する?」揚雄は言った。「事に対しては逸、道に対しては労。」

周公以來,未有漢公之懿也,勤勞則過於阿衡。

周公以来、漢公(王莽)のごとく美好なる比ぶなし、勤労は則ち伊尹を超ゆ。

漢興二百一十載而中天,其庶矣乎!辟廱以本之,校學以教之,禮樂以容之,輿服以表之,服其井、刑,勉人役,唐矣夫!

漢が興りて二百一十年にして日の中天のごとし、ほぼそうであろう!辟雍を以て根本と為し、学校を以て教化と為し、礼楽を以て文飾と為し、車服を以て表彰と為し、井田と肉刑を恢復し、服役の人を勉励す、唐堯のごとくならん!

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