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论语

春秋 · 孔子门徒(辑录)

孔子曰く、「学びて時にこれを習ひ、亦説(よろこ)ばしからずや。有朋(とも)远方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子…

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

學而

子曰:“學而時習之,不亦說乎?有朋自遠方來,不亦樂乎?人不知而不慍,不亦君子乎?”

孔子曰く、「学びて時にこれを習ひ、亦説(よろこ)ばしからずや。有朋(とも)远方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。」

有子曰:“其為人也孝弟,而好犯上者,鮮矣;不好犯上而好作亂者,未之有也。君子務本,本立而道生。孝弟也者,其為仁之本與!”

有子曰く、「その人となり、孝悌にして、上に犯すを好む者は鮮(すく)なし。上に犯すを好まざるも、乱を作すを好む者は、未だ之れ有らざるなり。君子は本に務む。本立ちて道生ず。孝悌なる者、其れ仁の本を為すか。」

子曰:“巧言令色,鮮矣仁!”

孔子曰く、「巧言令色、鮮(すく)なし仁。」

曾子曰:“吾日三省吾身:為人謀而不忠乎?與朋友交而不信乎?傳不習乎?”

曾子曰く、「吾日に吾が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか。朋友と交はりて信ならざるか。伝へられて習はざるか。」

子曰:“道千乘之國,敬事而信,節用而愛人,使民以時。”

孔子曰く、「千乗の国を道(ひ)くには、事を敬して信なり、用を節して人を愛し、民を使ふに時を以てす。」

子曰:“弟子入則孝,出則弟,謹而信,泛愛眾,而親仁,行有餘力,則以學文。”

孔子曰く、「弟子、入りては則ち孝に、出でては則ち弟(悌)に、謹にして信、汎(ひろ)く衆を愛して、仁に親しむ。行ひて余力有らば、則ち以て文を学ぶ。」

子夏曰:“賢賢易色;事父母,能竭其力;事君,能致其身;與朋友交,言而有信。雖曰未學,吾必謂之學矣。”

子夏曰く、「賢を賢として色を易(か)へ、父母に事へて能く其の力を竭(つく)し、君に事へて能く其の身を致し、朋友と交はりて言に信有り。未だ学ばずと曰ふと雖も、吾必ず之を学べりと謂はん。」

子曰:“君子不重則不威,學則不固。主忠信,無友不如己者,過,則勿憚改。”

孔子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とする毋れ。過ちては則ち改むるを憚(はぢ)る毋れ。」

曾子曰:“慎終追遠,民德歸厚矣。”

曾子曰く、「終を慎み遠きを追へば、民の徳厚きに帰せん。」

子禽問於子貢曰:“夫子至於是邦也,必聞其政,求之與,抑與之與?”子貢曰:“夫子溫、良、恭、儉、讓以得之。夫子之求之也,其諸異乎人之求之與?”

子禽、子貢に問ひて曰く、「夫子、是の邦に至るに、必ず其の政を聞く。之を求めて得るか、将た人の之を與(あた)ふるか。」子貢曰く、「夫子は温・良・恭・倹・譲を以て之を得たり。夫子の之を求むるや、其れ人の之を求むると異ならんか。」

子曰:“父在,觀其志;父沒,觀其行;三年無改於父之道,可謂孝矣。”

孔子曰く、「父在(あ)れば其の志を観、父没(な)くれば其の行を観る。三年、父の道を改めざれば、孝と謂ふべし。」

有子曰:“禮之用,和為貴。先王之道,斯為美,小大由之。有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不可行也。”

有子曰く、「礼の用は、和を以て貴しと為す。先王の道、斯を美と為す。小大之に由る。行はれざる所有るは、和を知りて和するも、礼を以て之を節せざれば、亦行はるべからざるなり。」

有子曰:“信近於義,言可復也。恭近於禮,遠恥辱也。因不失其親,亦可宗也。”

有子曰く、「信、義に近ければ、言復(ま)ぢるべし。恭、礼に近ければ、恥辱に遠し。其の親を失はざるに因(よ)れば、亦宗とすべし。」

子曰:“君子食無求飽,居無求安,敏於事而慎於言,就有道而正焉。可謂好學也已。”

孔子曰く、「君子は食に飽くを求めず、居に安きを求めず、事に敏にして言に慎み、道有るに就きて正す。好(この)む学と謂ふべし。」

子貢曰:“貧而無諂,富而無驕,何如?”子曰:“可也。未若貧而樂,富而好禮者也。”子貢曰:“《詩》云:‘如切如磋,如琢如磨’,其斯之謂與?”子曰:“賜也,始可與言《詩》已矣,告諸往而知來者。”

子貢曰く、「貧しくして諂(へつら)はず、富みて驕らざるは、何如。」孔子曰く、「可なり。未だ貧しくして楽しみ、富みて礼を好むに若(し)かず。」子貢曰く、「《詩》に云く、「切るが如く磋(す)るが如く、琢(た)くが如く磨(みが)くが如し」と。其れ斯の謂を言ふか。」孔子曰く、「賜や、始めて与(とも)に《詩》を言ふべし。往きしを告げて、来たるを知る。」

子曰:“不患人之不己知,患不知人也。”

孔子曰く、「人の己を知らざるを患(うれ)へず、己の人を知らざるを患ふ。」

為政

子曰:“為政以德,譬如北辰,居其所而眾星共之。”

孔子曰く、「政を為すに徳を以てするは、譬へば北辰の其の所に居りて、衆星之を共(むか)ふが如し。」

子曰:“《詩》三百,一言以蔽之,曰:‘思無邪’。”

孔子曰く、「《詩》三百、一言を以て之を蔽(おほ)ふに、曰く、「思邪(よこしま)なし」。」

子曰:“道之以政,齊之以刑,民免而無恥。道之以德,齊之以禮,有恥且格。”

孔子曰く、「之を道(ひ)くに政を以てし、之を齊(ととの)ふるに刑を以てすれば、民は免れて恥無し。之を道くに徳を以てし、之を齊ふるに礼を以てすれば、恥有りて且(か)つ格(いた)らん。」

子曰:“吾十有五而志於學,三十而立,四十而不惑,五十而知天命,六十而耳順,七十而從心所欲,不逾矩。”

孔子曰く、「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)ふ。七十にして心の欲する所に従ひて、矩(のり)を踰(こ)えず。」

孟懿子問孝,子曰:“無違。”樊遲御,子告之曰:“孟孫問孝於我,我對曰‘無違’。”樊遲曰:“何謂也?”子曰:“生,事之以禮;死,葬之以禮,祭之以禮。”

孟懿子、孝を問ふ。子曰く、「違(たが)ふこと無かれ。」樊遅御(ぎょ)す。子之を告げて曰く、「孟孫、孝を我に問ふ。對へて曰く、違ふこと無かれ。」樊遅曰く、「何の謂ぞ。」子曰く、「生きなば、事へるに礼を以てし、死せば、葬るに礼を以てし、祭るに礼を以てす。」

孟武伯問孝。子曰:“父母唯其疾之憂。”

孟武伯、孝を問ふ。子曰く、「父母唯だ其の疾を憂へしめよ。」

子游問孝。子曰:“今之孝者,是謂能養。至於犬馬皆能有養;不敬,何以別乎?”

子游、孝を問ふ。子曰く、「今の孝は、是れ能く養ふを謂ふ。犬馬に至りても皆能く養ふ有り。敬せずんば、將た何を以てか之を別たん。」

子夏問孝。子曰:“色難。有事,弟子服其勞;有酒食,先生饌,曾是以為孝乎?”

子夏、孝を問ふ。子曰く、「色(かおつき)難し。事有らば、弟子其の労を服し、酒食有らば、先生饌(すす)めむ。曽(なんぢ)是れ以て孝と為さんや。」

子曰:“吾與回言終日,不違,如愚。退而省其私,亦足以發,回也不愚。”

孔子曰く、「吾回と與(とも)に言ふこと終日、違(たが)へずして愚の如し。退きて其の私を省(み)るに、亦以て發す足る。回也(や)愚ならず。」

子曰:“視其所以,觀其所由,察其所安,人焉廋哉?人焉廋哉?”

孔子曰く、「其の以(よ)る所を視、其の由(よ)る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉(いづく)んぞ廋(かく)さんや。人焉んぞ廋さんや。」

子曰:“溫故而知新,可以為師矣。”

孔子曰く、「故きを温ねて新しきを知らば、以て師と為るべし。」

子曰:“君子不器。”

孔子曰く、「君子は器ならず。」

子貢問君子。子曰:“先行其言而後從之。”

子貢、君子を問ふ。子曰く、「其の言を先行ひて、後に之に從ふ。」

子曰:“君子周而不比,小人比而不周。”

孔子曰く、「君子は周(とも)にして比(ひ)せず。小人は比して周せず。」

子曰:“學而不思則罔,思而不學則殆。”

孔子曰く、「学びて思はざれば則ち罔(ぼう)。思ひて学ばざれば則ち殆(あや)ふし。」

子曰:“攻乎異端,斯害也已!”

孔子曰く、「異端を攻むれば、斯れ害なり。」

子曰:“由,誨汝知之乎!知之為知之,不知為不知,是知也。”

孔子曰く、「由(ゆ)よ、女(なんぢ)に知るを誨(をし)へん。之を知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知るなり。」

子張學干祿。子曰:“多聞闕疑,慎言其餘,則寡尤;多見闕殆,慎行其餘,則寡悔。言寡尤,行寡悔,祿在其中矣。”

子張、禄を干(もと)むるを学ぶ。子曰く、「聞くこと多くして、疑はしきを闕(か)き、其の余を慎みて言はば、寡(すく)なし尤(とが)。見ること多くして、殆(あや)ふきを闕き、其の余を慎みて行はば、寡なし悔。言寡し尤、行寡し悔なれば、禄其の中に在り。」

哀公問曰:“何為則民服?”孔子對曰:“舉直錯諸枉,則民服;舉枉錯諸直,則民不服。”

哀公問ひて曰く、「何を為せば則ち民服せん。」孔子對へて曰く、「直きを擧げて枉(まが)れるに錯(お)けば、則ち民服す。枉れるを擧げて直きに錯けば、則ち民服せず。」

季康子問:“使民敬、忠以勸,如之何?”子曰:“臨之以莊,則敬;孝慈,則忠;舉善而教不能,則勸。”

季康子問ふ、「民をして敬・忠にして以て勸(すす)めしむるには、之を如何。」子曰く、「之に臨むに以て莊(おごそ)かなれば、則ち敬。孝慈なれば、則ち忠。善きを擧げて不能を敎(をし)ふれば、則ち勸めん。」

或謂孔子曰:“子奚不為政?”子曰:“《書》云:‘孝乎惟孝,友于兄弟,施於有政。’是亦為政,奚其為為政?”

或る人孔子に謂ひて曰く、「子奚(なん)ぞ政を為さざる。」子曰く、「《書》に云く、「孝乎(こうこ)惟れ孝、兄弟に友にして、政に施(ほどこ)せ」と。是れ亦政を為すなり。奚(なに)を其れ政を為すと為さん。」

子曰:“人而無信,不知其可也。大車無輗,小車無軏,其何以行之哉?”

孔子曰く、「人にして信無くんば、其の可なるを知らず。大車に輗(くさび)無く、小車に軏(くさび)無くんば、其れ何以(なに)を以てか之を行かん。」

子張問:“十世可知也?”子曰:“殷因於夏禮,所損益,可知也;周因於殷禮,所損益,可知也。其或繼周者,雖百世,可知也。”

子張問ふ、「十世知るべからずや。」子曰く、「殷は夏の礼に因(よ)る。所の損益は知るべし。周は殷の礼に因る。所の損益は知るべし。其の或は周に繼ぐ者は、百世と雖も知るべし。」

子曰:“非其鬼而祭之,諂也;見義不為,無勇也。”

孔子曰く、「其の鬼に非ざるを祭るは、諂(へつら)ひなり。義を見て為さざるは、勇無きなり。」

八佾

孔子謂季氏:“八佾舞於庭,是可忍也,孰不可忍也?”

孔子、季氏を謂ふ、「八佾、庭に舞ふ。是れ忍ぶべければ、孰(た)れをか忍ぶべからざらん。」

三家者以《雍》徹,子曰:“‘相維闢公,天子穆穆’,奚取於三家之堂?”

三家の者、《雍》を以て徹(てつ)す。子曰く、「『維(これ)辟(君)を相(たす)くるや、天子穆々たり』、奚(なに)を以てか三家の堂に取らん。」

子曰:“人而不仁,如禮何?人而不仁,如樂何?”

孔子曰く、「人にして仁ならざれば、礼を如何せん。人にして仁ならざれば、樂を如何せん。」

林放問禮之本,子曰:“大哉問!禮,與其奢也,寧儉;喪,與其易也,甯戚。”

林放、礼の本を問ふ。子曰く、「大なる哉、問や。礼は、其の奢(おご)るより、寧(むし)ろ倹なれ。喪は、其の易(やす)きより、寧ろ戚(悲)しまん。」

子曰:“夷狄之有君,不如諸夏之亡也。”

孔子曰く、「夷狄の君有るは、諸夏の亡(な)きに如かず。」

季氏旅於泰山。子謂冉有曰:“女弗能救與?”對曰:“不能。”子曰:“嗚呼!曾謂泰山不如林放乎?”

季氏、泰山に旅(たび)す。孔子、冉有に謂ひて曰く、「女(なんぢ)弗(な)く救ふか。」對へて曰く、「不能。」子曰く、「嗚呼、曾(なんぢ)泰山に謂ふ、林放に如かずと。」

子曰:“君子無所爭,必也射乎!揖讓而升,下而飲。其爭也君子。”

孔子曰く、「君子は争ふ所無し。必ずや射か。揖(ゆう)して讓りて升(のぼ)り、下りて飲む。其の争也、君子。」

子夏問曰:“‘巧笑倩兮,美目盼兮,素以為絢兮’何謂也?”子曰:“繪事後素。”曰:“禮後乎?”子曰:“起予者商也,始可與言《詩》已矣。”

子夏問ひて曰く、「『巧笑倩(せん)として、美目盻(けい)として、素を以て絢(くさづくり)を為す』とは、何の謂ぞ。」子曰く、「繪事(かへごと)、素の後。」曰く、「礼、後ならんか。」子曰く、「予を起(おこ)す者は商なり。始めて与(とも)に《詩》を言ふべし。」

子曰:“夏禮吾能言之,杞不足徵也;殷禮吾能言之,宋不足徵也。文獻不足故也,足則吾能徵之矣。”

孔子曰く、「夏の礼は吾能く之を言ふも、杞(き)足(た)りて徴(あきら)かならず。殷の礼は吾能く之を言ふも、宋足りて徴かならず。文献足らざれば故なり。足らば、則ち吾能く之を徴(あきら)めん。」

子曰:“禘自既灌而往者,吾不欲觀之矣。”

孔子曰く、「禘(てき)、既に灌(くはん)するより自(よ)りは、吾之を観るを欲せず。」

或問禘之說。子曰:“不知也。知其說者之於天下也,其如示諸斯乎!”指其掌。

或る人、禘の説を問ふ。子曰く、「知らず。其の説を知る者の天下に於(お)けるや、其れ諸(これ)を斯に視るが如きか。」其の掌を指す。

祭如在,祭神如神在。子曰:“吾不與祭,如不祭。”

祭(まつ)るに如在(ござい)とし、神を祭るに神在如し。子曰く、「吾祭に與(あずか)らざれば、祭らざるが如し。」

王孫賈問曰:“‘與其媚於奧,寧媚於灶’,何謂也?”子曰:“不然,獲罪於天,無所禱也。”

王孫賈問ひて曰く、「『其の奥に媚(こび)るより、寧(むし)ろ竈(かまど)に媚よ』とは、何の謂ぞ。」子曰く、「然(しか)らず。天に罪を獲(え)たれば、禱(いの)る所無し。」

子曰:“周監於二代,鬱郁乎文哉!吾從周。”

孔子曰く、「周は二代に監(かん)がみて、郁々(いくいく)として文なるかな。吾は周に從(したが)はん。」

子入太廟,每事問。或曰:“孰謂鄹人之子知禮乎?入太廟,每事問。”子聞之,曰:“是禮也。”

子、太廟に入るに、每(ごと)に事を問ふ。或る人曰く、「孰(た)れか鄹(すう)人の子を謂ひて礼を知るとせん。太廟に入りて、每に事を問ふ。」子之を聞きて曰く、「是れ礼なり。」

子曰:“射不主皮,為力不同科,古之道也。”

子曰く、「射、主(おも)なる皮に非ず。力科(ちからのか)同じからざるなり。古の道なり。」

子貢欲去告朔之餼羊,子曰:“賜也!爾愛其羊,我愛其禮。”

子貢、告朔(こくさく)の餼羊(きよう)を去らんと欲す。子曰く、「賜や、爾其の羊を愛(おし)み、我其の礼を愛す。」

子曰:“事君盡禮,人以為諂也。”

孔子曰く、「君に事へて礼を尽(つく)す、人以て諂(へつら)ひと為す。」

定公問:“君使臣,臣事君,如之何?”孔子對曰:“君使臣以禮,臣事君以忠。”

定公問ふ、「君、臣を使ひ、臣、君に事ふる、之を如何。」孔子對へて曰く、「君の臣を使ふに礼を以てし、臣の君に事ふるに忠を以てす。」

子曰:“《關睢》,樂而不淫,哀而不傷。”

孔子曰く、「《關雎》は、樂(たの)しみて淫(みだ)らず、哀しみて傷(いた)まず。」底本は「關睢」と作る。「睢」は「雎」の訛(あやまり)なり、「關雎」と作るべし。

哀公問社於宰我,宰我對曰:“夏后氏以松,殷人以柏,周人以栗,曰使民戰慄。”子聞之,曰:“成事不說,遂事不諫,既往不咎。”

哀公、社(しゃ)を宰我に問ふ。宰我對へて曰く、「夏后氏は松を以てし、殷人は柏を以てし、周人は栗を以てす。曰く、民をして戰栗(せんりつ)せしめんと。」子之を聞きて曰く、「成事は説(い)はず、遂事は諫(いさ)めず、既往は咎(とが)めず。」

子曰:“管仲之器小哉!”或曰:“管仲儉乎?”曰:“管氏有三歸,官事不攝,焉得儉?”“然則管仲知禮乎?”曰:“邦君樹塞門,管氏亦樹塞門;邦君為兩君之好,有反坫。管氏亦有反坫,管氏而知禮,孰不知禮?”

孔子曰く、「管仲の器(うつわ)、小なる哉。」或る人曰く、「管仲儉(つま)やかか。」子曰く、「管氏有三歸(みつき)し、官事(かんじ)攝(か)ねず、焉(いづく)んぞ得て儉か。」然らば則ち管仲礼を知るか。子曰く、「邦君、塞門(さいもん)を樹(た)つ。管氏も亦塞門を樹つ。邦君、兩君の好(よしみ)を為さんが為に、反坫(はんてん)有り。管氏も亦反坫有り。管氏にして礼を知らば、孰(た)れか礼を知らざらん。」

子語魯大師樂,曰:“樂其可知也。始作,翕如也;從之,純如也,皦如也,繹如也,以成。”

子、魯の大師(たいし)に樂を語りて曰く、「樂は其れ知るべし。始め翕(あ)ひて從(したが)ひ、縱(ほう)れて純如(じゅんじょ)とし、皦如(ぎゃうじょ)として、繹如(えきじょ)として、以て成る。」

儀封人請見,曰:“君子之至於斯也,吾未嘗不得見也。”從者見之。出曰:“二三子何患於喪乎?天下之無道也久矣,天將以夫子為木鐸。”

儀の封人、見(まみ)ゆるを請ふて曰く、「君子の此に至るや、吾未だ見ざる有らず。」從者之を見せしむ。出でて曰く、「二三子、何ぞ患(うれ)ふるに喪(うしな)ふを以てせん。天下の道無きや久し。天將(まさ)に夫子を以て木鐸(ぼくたく)と為さんとす。」

子謂《韶》:“盡美矣,又盡善也。”謂《武》:“盡美矣,未盡善也。”

子、《韶》を謂ひて、盡(ことごと)く美なり、又盡く善なりとす。《武》を謂ひて、盡く美なり、未だ盡く善ならずとす。

子曰:“居上不寬,為禮不敬,臨喪不哀,吾何以觀之哉?”

子曰く、「上に居りて寬ならず、礼を為して敬せず、喪に臨みて哀しまずんば、吾何以(なに)を以てか之を觀らん。」

里仁

子曰:“里仁為美。擇不處仁,焉得知?”

孔子曰く、「里(り)の仁なるは美なり。擇(えら)びて仁に處(お)らざれば、焉(いづく)んぞ知(かしこ)きを得ん。」

子曰:“不仁者不可以久處約,不可以長處樂。仁者安仁,知者利仁。”

孔子曰く、「不仁者は、久しく約(やく)に處るべからず、長く樂(らく)に處るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁に利(り)す。」

子曰:“唯仁者能好人,能惡人。”

孔子曰く、「唯だ仁者の能く人を好(すき)、能く人を惡(にく)む。」

子曰:“苟志於仁矣,無惡也。”

孔子曰く、「志を仁に苟(いやしく)も致さば、惡無からん。」

子曰:“富與貴,是人之所欲也;不以其道得之,不處也。貧與賤,是人之所惡也;不以其道得之,不去也。君子去仁,惡乎成名?君子無終食之間違仁,造次必於是,顛沛必於是。”

孔子曰く、「富と貴とは、是れ人の欲する所なり。其の道を以て之を得ざれば、處(お)らず。貧と賤とは、是れ人の惡(にく)む所なり。其の道を以て之を得ざれば、去らず。君子仁を去りて、惡(いづく)にか名を成さん。君子は終食の間も仁に違(たが)はず。造次(さうじ)必ず於(これ)に是、顚沛(てんぱい)必ず於是。」

子曰:“我未見好仁者,惡不仁者。好仁者,無以尚之;惡不仁者,其為仁矣,不使不仁者加乎其身。有能一日用其力於仁矣乎?我未見力不足者。蓋有之矣,我未見也。”

孔子曰く、「我未だ仁を好(この)む者を見ず。不仁を惡む者を見ず。仁を好む者は、尚(なほ)以て之に加(くは)ふる無し。不仁を惡む者は、其の仁を為すや、不仁者をして其の身に加(くは)はらざらしむ。有り能く一日其の力を仁に用ゐる者か。我未だ力足らざる者を見ず。蓋(けだ)し之れ有らん、我未だ見ざるなり。」

子曰:“人之過也,各於其黨。觀過,斯知仁矣。”

孔子曰く、「人の過(あやまち)は、各(おのおの)其の黨(とがら)に於(お)く。過を觀れば、斯(こ)れに仁を知る。」

子曰:“朝聞道,夕死可矣。”

孔子曰く、「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。」

子曰:“士志於道,而恥惡衣惡食者,未足與議也。”

孔子曰く、「士、道に志して、惡衣惡食を恥づる者は、未だ與(とも)に議るに足らず。」

子曰:“君子之於天下也,無適也,無莫也,義之與比。”

孔子曰く、「君子の天下に於けるや、適(かな)ふ無く、莫(な)く、義の與(かぎ)り。」

子曰:“君子懷德,小人懷土;君子懷刑,小人懷惠。”

孔子曰く、「君子は徳を懷(いだ)き、小人は土を懷く。君子は刑を懷き、小人は惠を懷く。」

子曰:“放於利而行,多怨。”

孔子曰く、「利に放(よ)りて行はば、怨多し。」

子曰:“能以禮讓為國乎?何有?不能以禮讓為國,如禮何?”

孔子曰く、「能く礼譲を以て國を為めば、何ぞ有らん。能く礼譲を以て國を為めざれば、礼を如何せん。」

子曰:“不患無位,患所以立。不患莫己知,求為可知也。”

孔子曰く、「位無きを患へず、所以(ゆゑん)立たんを患ふ。己を知ること莫(な)きを患へず、知らるべきを求む。」

子曰:“參乎!吾道一以貫之。”曾子曰:“唯。”子出,門人問曰:“何謂也?”曾子曰:“夫子之道,忠恕而已矣。”

孔子曰く、「參(しん)乎(こ)、吾が道、一を以て之を貫く。」曾子曰く、「唯(はい)。」子出づ。門人問ひて曰く、「何の謂ぞ。」曾子曰く、「夫子の道、忠恕而已(のみ)。」

子曰:“君子喻於義,小人喻於利。”

孔子曰く、「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。」

子曰:“見賢思齊焉,見不賢而內自省也。”

孔子曰く、「賢を見ては齊(ひと)しからんことを思ひ、不賢を見ては内(うち)自ら省(み)る。」

子曰:“事父母,幾諫,諫志不從,又敬不違,勞而不怨。”

孔子曰く、「父母に事ふるに幾諫(きかん)す。志を見て從(したが)はざるに、又敬して違(たが)はず。勞(つか)れて怨みず。」

子曰:“父母在,不遠遊,遊必有方。”

孔子曰く、「父母在れば、遠く遊ばず。遊ばば必ず方(かた)有り。」

子曰:“三年無改於父之道,可謂孝矣。”

孔子曰く、「三年、父の道を改めざれば、孝と謂ふべし。」

子曰:“父母之年,不可不知也,一則以喜,一則以懼。”

孔子曰く、「父母の年は、知らざるべからず。一には以て喜び、一には以て懼(おそ)る。」

子曰:“古者言之不出,恥躬之不逮也。”

孔子曰く、「古者、言之出(い)でざるは、躬(みづから)之に逮(およ)ばざるを恥づるなり。」

子曰:“以約失之者鮮矣。”

孔子曰く、「約を以て之を失ふ者は鮮(すく)なし。」

子曰:“君子欲訥於言而敏於行。”

孔子曰く、「君子は言に訥(どな)れて、行ひに敏ならんと欲す。」

子曰:“德不孤,必有鄰。”

孔子曰く、「徳は孤(こ)ならず、必ず鄰有り。」

子游曰:“事君數,斯辱矣;朋友數,斯疏矣。”

子游曰く、「君に事ふるに數(しばしば)なれば、斯れ辱(はぢ)。朋友に數なれば、斯れ疏(うと)し。」

公冶長

子謂公冶長:“可妻也,雖在縲紲之中,非其罪也!”以其子妻之。

子、公冶長を謂ふ、「妻(め)さすべし。縲紲(れいせつ)の中に在ると雖も、其の罪に非ざるなり。」其の子(むすめ)を以て之に妻す。

子謂南容:“邦有道不廢;邦無道免於刑戮。”以其兄之子妻之。

子、南容を謂ふ、「邦道有らば、廢(すた)れず。邦道無くば、刑戮(けいりく)を免(まぬか)る。」其の兄の子を以て之に妻す。

子謂子賤:“君子哉若人!魯無君子者,斯焉取斯?”

子、子賤を謂ふ、「君子なる哉、若(もし)此の人は。魯君子無からば、斯(こ)れ焉(いづ)くよりか取らん。」

子貢問曰:“賜也何如?”子曰:“女器也。”曰:“何器也?”曰:“瑚璉也。”

子貢問ひて曰く、「賜也(や)何如。」子曰く、「女(なんぢ)器なり。」曰く、「何の器ぞ。」曰く、「瑚璉(これん)なり。」

或曰:“雍也仁而不佞。”子曰:“焉用佞?御人以口給,屢憎於人。不知其仁,焉用佞?”

或る人曰く、「雍(えう)也仁にして佞(ねい)ならず。」子曰く、「焉(いづく)んぞ佞を用ゐん。人以て口給(こうきふ)に禦(ふせ)ぐれば、屢(しばしば)人に憎まる。其の仁を知らざるなり。焉んぞ佞を用ゐん。」

子使漆雕開仕,對曰:“吾斯之未能信。”子說。

子、漆雕開をして仕へしむ。對へて曰く、「吾斯(こ)れに能く信ぜず。」子説(よろこ)ぶ。

子曰:“道不行,乘桴浮於海,從我者其由與?”子路聞之喜,子曰:“由也好勇過我,無所取材。”

子曰く、「道行はれずんば、桴(ふ)に乘(の)りて海に浮かばん。我に從(したが)はん者、其れ由(ゆ)歟(か)。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由也、勇を好むこと我に過(す)ぐ。取材すること無きなり。」

孟武伯問:“子路仁乎?”子曰:“不知也。”又問,子曰:“由也,千乘之國,可使治其賦也,不知其仁也。”“求也何如?”子曰:“求也,千室之邑、百乘之家,可使為之宰也,不知其仁也。”“赤也何如?”子曰:“赤也,束帶立於朝,可使與賓客言也,不知其仁也。”

孟武伯問ふ、「子路仁ならんか。」子曰く、「知らざるなり。」又問ふ。子曰く、「由也、千乘の國、其の賦(へい)を治めしむべし。其の仁を知らざるなり。」求也何如。子曰く、「求也、千室の邑、百乘の家、其の宰(さい)と為さしむべし。其の仁を知らざるなり。」赤也何如。子曰く、「赤也、束帶(そくたい)して朝に立たば、賓客と言はしむべし。其の仁を知らざるなり。」

子謂子貢曰:“女與回也孰愈?”對曰:“賜也何敢望回?回也聞一以知十,賜也聞一以知二。”子曰:“弗如也,吾與女弗如也!”

子、子貢に謂ひて曰く、「女(なんぢ)與(と)回と孰(いづ)れか愈(まさ)れる。」對へて曰く、「賜也何ぞ敢て回を望まんや。回也一を聞きて以て十を知り、賜也一を聞きて以て二を知る。」子曰く、「如(し)かざるなり。吾女の如かざるを與(ゆる)す。」

宰予晝寢,子曰:“朽木不可雕也,糞土之牆不可杇也,於予與何誅?”子曰:“始吾於人也,聽其言而信其行;今吾於人也,聽其言而觀其行。於予與改是。”

宰予晝(ひる)寢(いね)る。子曰く、「朽木は雕(ほ)るべからず、糞土の牆は杇(ぬ)るべからず。予に於(お)いて何ぞ誅(ちう)せん。」子曰く、「始め吾人に於けるや、其の言を聽きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聽きて其の行を觀る。予に於いて改む。」

子曰:“吾未見剛者。”或對曰:“申棖。”子曰:“棖也欲,焉得剛。”

子曰く、「吾未だ剛者を見ず。」或る人對へて曰く、「申棖(しんてう)。」子曰く、「棖也慾(よく)多し、焉(いづく)んぞ得て剛ならん。」

子貢曰:“我不欲人之加諸我也,吾亦欲無加諸人。”子曰:“賜也,非爾所及也。”

子貢曰く、「我人の我に加(くは)ふるを欲せざるは、吾も亦無く人に加へんと欲す。」子曰く、「賜や、爾の及ぶ所に非ざるなり。」

子貢曰:“夫子之文章,可得而聞也;夫子之言性與天道,不可得而聞也。”

子貢曰く、「夫子の文章は、得て聞くべし。夫子の性と天道とを言ふは、得て聞くべからず。」

子路有聞,未之能行,唯恐有聞。

子路、聞く所有りて、未だ能く之を行はざれば、惟(た)だ復(ま)た聞くことを恐る。

子貢問曰:“孔文子何以謂之文也?”子曰:“敏而好學,不恥下問,是以謂之文也。”

子貢問ひて曰く、「孔文子、何以(なに)を以てか之を文と謂ふ。」子曰く、「敏にして学を好み、下問(かもん)を恥ぢず。是を以て之を文と謂ふ。」

子謂子產:“有君子之道四焉:其行己也恭,其事上也敬,其養民也惠,其使民也義。”

孔子、子産を謂ふ、「君子の道四つ有り。其の己を行ふや恭、其の上に事ふるや敬、其の民を養ふや惠、其の民を使ふや義。」

子曰:“晏平仲善與人交,久而敬之。”

孔子曰く、「晏平仲、人と交はること善(よ)し。久しくして人の之を敬するや篤(あつ)し。」

子曰:“臧文仲居蔡,山節藻梲,何如其知也?”

孔子曰く、「臧文仲、蔡(おほだい)を居(か)す。山節(さんせつ)にして藻梲(さうせつ)。何を其れ知(かしこ)きとせん。」

子張問曰:“令尹子文三仕為令尹,無喜色,三已之無慍色,舊令尹之政必以告新令尹,何如?”子曰:“忠矣。”曰:“仁矣乎?”曰:“未知,焉得仁?”“崔子弒齊君,陳文子有馬十乘,棄而違之。至於他邦,則曰:‘猶吾大夫崔子也。’違之。之一邦,則又曰:‘猶吾大夫崔子也。’違之,何如?”子曰:“清矣。”曰:“仁矣乎?”曰:“未知,焉得仁?”

子張問ひて曰く、「令尹子文、三たび仕へて令尹と為るに、喜色無し。三たび已(や)められ、慍(うら)み色無し。舊令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁ならんか。」子曰く、「未だ知らず。焉(いづく)んぞ得て仁ならん。」崔子、齊の君を弒(しい)す。陳文子、馬四十乗有りて、違(す)てて棄(す)つ。邦に至りては、則ち曰く、「猶(なほ)吾が大夫崔子のごとし」と。違(の)く。之を一邦に至るに、又曰く、「猶吾が大夫崔子のごとし」。違く。何如。子曰く、「清(きよ)し。」曰く、「仁ならんか。」子曰く、「未だ知らず。焉んぞ得て仁ならん。」

季文子三思而後行,子聞之曰:“再斯可矣。”

季文子、三思して後行ふ。子之を聞きて曰く、「再(ふたた)び斯(こ)れ可なり。」

子曰:“甯武子,邦有道則知,邦無道則愚。其知可及也,其愚不可及也。”

孔子曰く、「寧武子は、邦道有らば則ち知(かしこ)し、邦道無くば則ち愚(おろか)なり。其の知は及ぶべし。其の愚は及ぶべからず。」

子在陳,曰:“歸與!歸與!吾黨之小子狂簡,斐然成章,不知所以裁之。”

子、陳に在りて曰く、「歸(かへ)らんか、歸らんか。吾が黨の小子、狂簡(きやうかん)にして、斐然(ひぜん)として成章し、知らず所以(ゆゑん)裁(た)つを。」

子曰:“伯夷、叔齊不念舊惡,怨是用希。”

孔子曰く、「伯夷・叔齊、舊惡を念(ねん)ぜず。怨是の用ゐる所稀(まれ)なり。」

子曰:“孰謂微生高直?或乞醯焉,乞諸其鄰而與之。”

孔子曰く、「孰(た)れか微生高を直(ちよく)と謂はん。或る人醯(す)を乞ふ。諸(これ)を其の鄰に乞ひて之に與(あた)ふ。」

子曰:“巧言、令色、足恭,左丘明恥之,丘亦恥之。匿怨而友其人,左丘明恥之,丘亦恥之。”

孔子曰く、「巧言・令色・足恭(そくきやう)、左丘明之を恥ぢ、丘も亦之を恥づ。怨みを匿(かく)して其の人を友とすれば、左丘明之を恥ぢ、丘も亦之を恥づ。」

顏淵、季路侍,子曰:“盍各言爾志?”子路曰:“願車馬、衣輕裘與朋友共,敝之而無憾。”顏淵曰:“願無伐善,無施勞。”子路曰:“願聞子之志。”子曰:“老者安之,朋友信之,少者懷之。”

顏淵・季路侍(じ)す。子曰く、「盍(なん)ぞ各(おのおの)爾(なんぢ)が志を言はざる。」子路曰く、「願はくは車馬衣裘(いきゆう)を朋友と共にして、弊(やぶ)れて憾(うら)み無からん。」顏淵曰く、「願はくは善を伐(ほこ)ること無く、勞(つかれ)を施(ほどこ)さざらん。」子路曰く、「願はくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懷(いだ)く。」

子曰:“已矣乎!吾未見能見其過而內自訟者也。”

孔子曰く、「已(や)めん乎(か)。吾未だ其の過を見て内(うち)自ら訟(せめ)むる者を見ざるなり。」

子曰:“十室之邑,必有忠信如丘者焉,不如丘之好學也。”

孔子曰く、「十室の邑、必ず忠信丘の如き者有り。丘の学を好むに如かざるなり。」

雍也

子曰:“雍也可使南面。”

孔子曰く、「雍也(や)、南面(なんめん)を使ふべし。」

仲弓問子桑伯子,子曰:“可也簡。”仲弓曰:“居敬而行簡,以臨其民,不亦可乎?居簡而行簡,無乃大簡乎?”子曰:“雍之言然。”

仲弓、子桑伯子を問ふ。子曰く、「可なり、簡なり。」仲弓曰く、「敬して居(お)りて簡(かん)にして、其の民に臨まば、亦(ま)た可ならずや。簡にして居りて簡にするは、毋乃(なから)太(はなは)だ簡ならんか。」子曰く、「雍の言、然(しか)り。」

哀公問:“弟子孰為好學?”孔子對曰:“有顏回者好學,不遷怒,不貳過,不幸短命死矣,今也則亡,未聞好學者也。”

哀公問ふ、「弟子孰(た)れか学を好む。」孔子對へて曰く、「顏回の者有りて学を好む。怒を遷(うつ)さず、過(あやまち)を貳(ふた)たびせず。不幸にして短命死す。今也則ち亡(な)し。未だ学を好むを聞かず。」

子華使於齊,冉子為其母請粟,子曰:“與之釜。”請益,曰:“與之庾。”冉子與之粟五秉。子曰:“赤之適齊也,乘肥馬,衣輕裘。吾聞之也,君子周急不繼富。”

子華、齊に使(つか)ひす。冉子、其の母の為に粟(くり)を請ふ。子曰く、「之に釜(ふ)を與(あた)へ。」益(ま)すを請ふ。曰く、「之に庾(よ)を與へ。」冉子、之に粟五秉(へい)を與へたり。子曰く、「赤の齊に適(ゆ)くや、肥馬に乘(の)り、輕裘(けいきゆう)を衣(き)る。吾之を聞くに、君子は急を周(めぐ)み、富を繼(つ)がざるなり。」

原思為之宰,與之粟九百,辭。子曰:“毋,以與爾鄰里鄉黨乎!”

原思、宰(さい)と為る。之に粟九百を與ふ。辭(じ)す。子曰く、「毋(なか)れ。以て爾が鄰里鄉黨に與へ。」

子謂仲弓曰:“犁牛之子騂且角,雖欲勿用,山川其舍諸?”

子、仲弓を謂ふ、「犂牛(れいぎう)の子、騂(あか)く且(か)つ角(かど)すれば、用ゐんと欲せずと雖も、山川其れ諸(これ)を舍(す)てんや。」

子曰:“回也,其心三月不違仁,其餘則日月至焉而已矣。”

孔子曰く、「回也、其の心三月に仁を違(たが)へず。其の餘は則ち日月至るのみ。」

季康子問:“仲由可使從政也與?”子曰:“由也果,於從政乎何有?”曰:“賜也可使從政也與?”曰:“賜也達,於從政乎何有?”曰:“求也可使從政也與?”曰:“求也藝,於從政乎何有?”

季康子問ふ、「仲由、政に從事せしむべからんか。」子曰く、「由也果(か)なり。從政に於いて何ぞ有らん。」曰く、「賜也、政に從事せしむべからんか。」曰く、「賜也達(たつ)なり。從政に於いて何ぞ有らん。」曰く、「求也、政に從事せしむべからんか。」曰く、「求也藝(げい)なり。從政に於いて何ぞ有らん。」

季氏使閔子騫為費宰,閔子騫曰:“善為我辭焉。如有復我者,則吾必在汶上矣。”

季氏、閔子騫をして費(ひ)の宰(さい)と為さしめんとす。閔子騫曰く、「善く我が為に辭(じ)せよ。如(も)し復(ま)た我を來(こ)せしむる有らば、則ち吾必ず汶(ぶん)の上に在らん。」

伯牛有疾,子問之,自牖執其手,曰:“亡之,命矣夫!斯人也而有斯疾也!斯人也而有斯疾也!”

伯牛疾有り。子之を問ふ。牖(まど)より自りて其の手を執(と)りて曰く、「亡(な)からん、命なり。斯の人にして斯の疾有らん。斯の人にして斯の疾有らん。」

子曰:“賢哉回也!一簞食,一瓢飲,在陋巷,人不堪其憂,回也不改其樂。賢哉,回也!”

孔子曰く、「賢(けん)なる哉、回也。一簞(たん)の食(し)、一瓢(べう)の飲(いん)、陋巷(ろうかう)に在りて、人其の憂に堪(た)へざるも、回も其の樂を改めず。賢なる哉、回也。」

冉求曰:“非不說子之道,力不足也。”子曰:“力不足者,中道而廢,今女畫。”

冉求曰く、「子の道を説(よろこ)ばざるに非ず、力足らざるなり。」子曰く、「力足らざる者は、中道にして廢(はい)す。今女(なんぢ)畫(かく)す。」

子謂子夏曰:“女為君子儒,無為小人儒。”

子、子夏に謂ひて曰く、「女は君子儒と為れ。小人儒と為ること無かれ。」

子游為武城宰,子曰:“女得人焉爾乎?”曰:“有澹臺滅明者,行不由徑,非公事,未嘗至於偃之室也。”

子游、武城の宰と為る。子曰く、「女(なんぢ)人を得たりしか。」曰く、「澹臺滅明(たんだいめめい)の者有りて、行くに徑(こみち)に由らず。公に非ざれば、未だ嘗て偃(えん)の室に至らず。」

子曰:“孟之反不伐,奔而殿,將入門,策其馬曰:‘非敢後也,馬不進也。’”

子曰く、「孟之反は伐(ほこ)らず。奔(ほん)して殿(しんがり)たり。門に將に入らんとして、其の馬を策(むちう)ちて曰く、「敢て殿(でん)せず、馬進まざるなり。」」

子曰:“不有祝鮀之佞,而有宋朝之美,難乎免於今之世矣。”

子曰く、「祝鮀(しゆくだ)の佞(ねい)有らずんば、宋朝(てうてう)の美有らば、難(かた)し今世に免(まぬか)るる。」

子曰:“誰能出不由戶?何莫由斯道也?”

子曰く、「誰(た)れか能く戸を出でずんば。何ぞ道に由る莫(な)きや。」

子曰:“質勝文則野,文勝質則史。文質彬彬,然後君子。”

子曰く、「質、文に勝(まさ)れば則ち野(や)。文、質に勝れば則ち史(し)。文質彬彬(ひんぴん)として、然る後に君子。」

子曰:“人之生也直,罔之生也幸而免。”

子曰く、「人の生きるや直(ちよく)なり。罔(な)きが生くるは、幸(さいは)ひして免(まぬか)るのみ。」

子曰:“知之者不如好之者;好之者不如樂之者。”

子曰く、「之を知る者は、之を好む者に如(し)かず。之を好む者は、之を樂(たの)しむ者に如かず。」

子曰:“中人以上,可以語上也;中人以下,不可以語上也。”

子曰く、「中人以上は、以て上を語るべし。中人以下は、以て上を語るべからず。」

樊遲問知,子曰:“務民之義,敬鬼神而遠之,可謂知矣。”問仁,曰:“仁者先難而後獲,可謂仁矣。”

樊遲、知を問ふ。子曰く、「民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざくれば、知と謂ふべし。」仁を問ふ。曰く、「仁者は難(かた)きを先にして、獲(う)るを後にすれば、仁と謂ふべし。」

子曰:“知者樂水,仁者樂山。知者動,仁者靜。知者樂,仁者壽。”

孔子曰く、「知者は水を樂(たの)しみ、仁者は山を樂しむ。知者は動き、仁者は靜(しづ)かなり。知者は樂しみ、仁者は壽(いのちなが)し。」

子曰:“齊一變至於魯,魯一變至於道。”

孔子曰く、「齊一變(いつぺん)して魯に至り、魯一變して道に至る。」

子曰:“觚不觚,觚哉!觚哉!”

子曰く、「觚(こ)、觚ならず。觚なる哉、觚なる哉。」

宰我問曰:“仁者,雖告之曰:‘井有仁焉。’其從之也?”子曰:“何為其然也?君子可逝也,不可陷也;可欺也,不可罔也。”

宰我問ひて曰く、「仁者、雖(たと)ひ之に告げて曰く、「井に仁有り」と曰はば、其の從(したが)ひて墜(お)ちんか。」子曰く、「何を其れ然ると為さん。君子は逝(ゆ)くべく、陷(おと)さるべからず。欺(あざむ)くべく、罔(あざむ)かるべからず。」

子曰:“君子博學於文,約之以禮,亦可以弗畔矣夫。”

子曰く、「君子、文に博(ひろ)く、礼を以て之を約(やく)すれば、亦以て畔(そむ)かざるべし。」

子見南子,子路不說,夫子矢之曰:“予所否者,天厭之!天厭之!”

子、南子を見(まみ)ゆ。子路説(よろこ)ばず。夫子矢(ちか)ひて之に曰く、「予の否(あら)ざる所の者は、天之(これ)を厭(いと)はん、天之を厭はん。」

子曰:“中庸之為德也,其至矣乎!民鮮久矣。”

孔子曰く、「中庸の德を為すや、其れ至れるかな。民尠(すく)なし久し。」

子貢曰:“如有博施於民而能濟眾,何如?可謂仁乎?”子曰:“何事於仁,必也聖乎!堯、舜其猶病諸!夫仁者,己欲立而立人,己欲達而達人。能近取譬,可謂仁之方也已。”

子貢曰く、「如(も)し有り能く博く民に施(ほどこ)して能く衆を濟(すく)ふ者は、何如。仁と謂ふべからんか。」子曰く、「何事をか仁に於(お)かん。必ずや聖か。堯・舜、其れ猶(なほ)病(や)み諸(これ)。夫(そ)れ仁者は、己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く譬(たと)へを取るは、仁の方(ほう)を謂ふべし。」

述而

子曰:“述而不作,信而好古,竊比於我老彭。”

孔子曰く、「述べて作(つく)らず、信じて古を好む。竊(ひそか)に我が老彭に比す。」

子曰:“默而識之,學而不厭,誨人不倦,何有於我哉?”

孔子曰く、「黙(もだ)して之を識(しる)し、学びて厭(あ)かず、人を誨(をし)へて倦(う)まず。何ぞ我に於いて有らん。」

子曰:“德之不修,學之不講,聞義不能徙,不善不能改,是吾憂也。”

孔子曰く、「徳を修めず、学を講ぜず、義を聞きて徒(うつ)ること能はず、不善なるを改むること能はず。是れ吾が憂なり。」

子之燕居,申申如也,夭夭如也。

子の燕居(えんきょ)するや、申申(しんしん)として、夭夭(やうやう)如(じょ)たり。

子曰:“甚矣吾衰也!久矣吾不復夢見周公。”

子曰く、「甚(はなは)だ矣(かな)吾衰へたるや。久しい哉、吾復(ま)た周公を夢見ざるは。」

子曰:“志於道,據於德,依於仁,遊於藝。”

子曰く、「道に志し、徳に據(よ)り、仁に依(よ)り、藝(げい)に游(ゆう)す。」

子曰:“自行束脩以上,吾未嘗無誨焉。”

子曰く、「束脩(そくしう)以上を自行(みづからおこな)ふ者は、吾未だ嘗て誨(をし)へざる無し。」

子曰:“不憤不啟,不悱不發,舉一隅不以三隅反,則不復也。”

子曰く、「憤(ふん)せざれば啓(けい)せず、悱(ひ)せざれば發(はつ)せず。一隅を擧げて三隅を以て反(かへ)らざれば、則ち復(ふ)たせず。」

子食於有喪者之側,未嘗飽也。

子、喪有る者の側に食ふに、未だ嘗て飽(あ)かず。

子於是日哭,則不歌。

子、是の日に哭(こく)すれば、則ち歌はず。

子謂顏淵曰:“用之則行,舍之則藏,惟我與爾有是夫!”子路曰:“子行三軍,則誰與?”子曰:“暴虎馮河,死而無悔者,吾不與也。必也臨事而懼,好謀而成者也。”

子、顏淵に謂ひて曰く、「之を用ゐれば則ち行ひ、之を舍(す)てれば則ち藏(かく)る。惟(た)だ我與(と)爾(なんぢ)と有るか夫(そ)れ。」子路曰く、「子、三軍を行(ひ)かば、則ち誰(たれ)と與(とも)にせん。」子曰く、「虎を暴(ほ)ひ河を馮(ふ)み、死して悔ゐざる者は、吾與(とも)にせず。必ずや事に臨みて懼(おそ)れ、謀(はかりごと)を好みて成る者を。」

子曰:“富而可求也,雖執鞭之士,吾亦為之。如不可求,從吾所好。”

子曰く、「富求むべければ、執鞭(しっぺん)の士と雖も、吾も亦之を為さん。求むべからざれば、吾が好む所に從はん。」

子之所慎:齊,戰,疾。

子の慎む所は、齋(さい)、戰(いくさ)、疾(やまひ)。

子在齊聞《韶》,三月不知肉味,曰:“不圖為樂之至於斯也。”

子、齊に在りて《韶》を聞く。三月、肉の味を知らず。曰く、「樂を為るに斯(こ)れ至るを圖(はか)らざりき。」

冉有曰:“夫子為衛君乎?”子貢曰:“諾,吾將問之。”入,曰:“伯夷、叔齊何人也?”曰:“古之賢人也。”曰:“怨乎?”曰:“求仁而得仁,又何怨?”出,曰:“夫子不為也。”

冉有曰く、「夫子、衛の君を為(たす)けんか。」子貢曰く、「諾(だく)。吾將(まさ)に之を問はん。」入りて曰く、「伯夷・叔齊、何人ぞ。」子曰く、「古の賢人なり。」曰く、「怨(うら)み有りしか。」曰く、「仁を求めて仁を得たり。又何をか怨みん。」出でて曰く、「夫子為さざるなり。」

子曰:“飯疏食飲水,曲肱而枕之,樂亦在其中矣。不義而富且貴,於我如浮雲。”

子曰く、「疏食(そし)飯(め)し水を飲み、肱(ひぢ)を曲げて之を枕(まくら)と為せば、樂も亦其の中に在り。不義にして我に富貴ならば、我に於いて浮雲の如し。」

子曰:“加我數年,五十以學《易》,可以無大過矣。”

子曰く、「我を數年に加(くは)へて、五十にして《易》を學ばば、以て大過無くあらん。」

子所雅言,《詩》、《書》、執禮,皆雅言也。

子の雅言(がげん)する所は、《詩》、《書》、執礼(しつれい)。皆雅言なり。

葉公問孔子於子路,子路不對。子曰:“女奚不曰:其為人也,發憤忘食,樂以忘憂,不知老之將至云爾。”

葉公、孔子を子路に問ふ。子路對へず。子曰く、「女(なんぢ)奚(なん)ぞ曰はざる。其の人となりや、憤(ふん)を發して食を忘れ、樂(たの)しみて以て憂を忘れ、老の將(まさ)に至らんとするを知らず。爾(しか)爾(しか)云爾(のみ)と。」

子曰:“我非生而知之者,好古,敏以求之者也。”

孔子曰く、「我生れて之を知る者に非ず。古を好み、敏にして以て之を求むる者なり。」

子不語怪、力、亂、神。

子、怪・力・亂・神を語らず。

子曰:“三人行,必有我師焉。擇其善者而從之,其不善者而改之。”

子曰く、「三人行けば、必ず我が師焉(ここ)に有り。其の善なる者を擇(えら)びて之に從ひ、其の不善なる者を之(これ)に改む。」

子曰:“天生德於予,桓魋其如予何?”

子曰く、「天、徳を予に生ぜり。桓魋(くゎんたい)其れ予を如何せん。」

子曰:“二三子以我為隱乎?吾無隱乎爾!吾無行而不與二三子者,是丘也。”

子曰く、「二三子、我を以て隱(かく)すと為すか。吾隱すこと爾(なんぢ)に無し。吾行ふ所の者、與(とも)に二三子とせざるは丘なり。」

子以四教:文,行,忠,信。

子、四を以て敎(をし)ふ。文、行、忠、信。

子曰:“聖人,吾不得而見之矣;得見君子者斯可矣。”子曰:“善人,吾不得而見之矣,得見有恆者斯可矣。亡而為有,虛而為盈,約而為泰,難乎有恆乎。”

子曰く、「聖人は吾見ることを得ず。君子を見るを得ば、斯(こ)れ可なり。」子曰く、「善人は吾見ることを得ず。恒(つね)有る者を見るを得ば、斯れ可なり。亡(な)くて有ると為し、虛(きよ)して盈(み)つると為し、約(やく)して泰(たい)と為せば、難(かた)し恒有らん。」

子釣而不綱,弋不射宿。

子、釣(つ)りて綱(あみ)せず、弋(よく)して宿(ねどこ)を射ず。

子曰:“蓋有不知而作之者,我無是也。多聞,擇其善者而從之;多見而識之,知之次也。”

子曰く、「蓋(けだ)し之を知らずして之を作(つく)る者有らんか。我は是れ無し。聞くこと多くして、其の善き者を擇びて之に從ひ、見ること多くして之を識(しる)す。知の次なり。」

互鄉難與言,童子見,門人惑。子曰:“與其進也,不與其退也,唯何甚?人潔己以進,與其潔也,不保其往也。”

互鄉、與(とも)に言ひ難(かた)し。童子見(まみ)ゆ。門人惑(まど)ふ。子曰く、「其の進むを與(よし)とす、其の退くを與せず。唯(た)だ何ぞ甚(はなは)だしき。人己を潔(きよ)めて以て進めば、其の潔を與して、其の往きしを保(たも)たず。」

子曰:“仁遠乎哉?我欲仁,斯仁至矣。”

子曰く、「仁遠(とほ)きか。我仁を欲すれば、斯(こ)れに仁至る。」

陳司敗問:“昭公知禮乎?”孔子曰:“知禮。”孔子退,揖巫馬期而進之,曰:“吾聞君子不黨,君子亦黨乎?君取於吳,為同姓,謂之吳孟子。君而知禮,孰不知禮?”巫馬期以告,子曰:“丘也幸,苟有過,人必知之。”

陳司敗、昭公礼を知れるかを問ふ。子曰く、「礼を知る。」孔子退く。巫馬期に揖(いう)して之を進めて曰く、「吾君子の黨(たむき)せざるを聞く。君子も亦黨するか。君、吳に娶(めと)る。同姓と為るを以て、之を吳孟子と謂ふ。君にして礼を知らば、孰(た)れか礼を知らざらん。」巫馬期、以て告ぐ。子曰く、「丘也幸(さいは)ひなり。苟(いやしく)も過有らば、人必ず之を知る。」

子與人歌而善,必使反之,而後和之。

子、人と與(とも)に歌ひて善ければ、必ず之を反(かへ)らしめて、後に之を和(わ)す。

子曰:“文,莫吾猶人也。躬行君子,則吾未之有得。”

子曰く、「文は、莫(な)く吾猶(なほ)人のごとし。躬(みづから)行(おこな)ふ君子は、則ち未だ之を獲(え)ず。」

子曰:“若聖與仁,則吾豈敢?抑為之不厭,誨人不倦,則可謂云爾已矣。”公西華曰:“正唯弟子不能學也。”

子曰く、「聖與(と)仁に若(し)くば、則ち吾豈(あに)敢(あへ)て。抑(そも)之を為して厭(あ)かず、人を誨へて倦まざるを以て、則ち云爾(くはうんじ)已矣(のみい)歟(か)。」公西華曰く、「正(まさ)に唯(た)だ弟子の学ぶ能はざる所なり。」

子疾病,子路請禱。子曰:“有諸?”子路對曰:“有之。《誄》曰:‘禱爾於上下神祇。’”子曰:“丘之禱久矣。”

子疾病(やまひおも)く。子路禱(いの)るを請ふ。子曰く、「有り諸(か)。」子路對へて曰く、「有り。《誄(るい)》に曰く、「爾(なんぢ)を上下神祇(しんぎ)に禱る」と。」子曰く、「丘の禱るや久し。」

子曰:“奢則不孫,儉則固。與其不孫也,寧固。”

子曰く、「奢(おご)れば則ち孫(そん)ならず、儉(けん)すれば則ち固(こ)。其の孫ならざるより、寧(むし)ろ固なれ。」

子曰:“君子坦蕩蕩,小人長慼慼。”

子曰く、「君子は坦蕩蕩(たんたうたう)として、小人は長戚戚(てうせきせき)たり。」

子溫而厲,威而不猛,恭而安。

子、温にして厲(おごそか)なり、威ありて猛(たけ)らず、恭にして安(やすら)かなり。

泰伯

子曰:“泰伯,其可謂至德也已矣。三以天下讓,民無得而稱焉。”

孔子曰く、「泰伯、其れ至徳と謂ふべきか。三たび天下を以て譲りて、民、得て称(たた)ふる無し。」

子曰:“恭而無禮則勞;慎而無禮則葸;勇而無禮則亂;直而無禮則絞。君子篤於親,則民興於仁;故舊不遺,則民不偷。”

孔子曰く、「恭して礼無くんば則ち勞(つか)れ、愼して礼無くんば則ち葸(おく)し、勇して礼無くんば則ち亂(みだ)れ、直して礼無くんば則ち絞(しめ)る。君子、親に篤(あつ)ければ則ち民仁に興(おこ)り、故舊(こきう)遺(す)てざれば則ち民偸(うす)らず。」

曾子有疾,召門弟子曰:“啟予足,啟予手。《詩》云:‘戰戰兢兢,如臨深淵,如履薄冰。’而今而後,吾知免夫,小子!”

曾子疾有り。門弟子を召して曰く、「予が足を啓(ひら)け、予が手を啓け。《詩》に云く、「戰戰兢兢(せんせんきょうきょう)として、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し」と。今より後、吾其れ免(まぬか)るるを知る。小子よ。」

曾子有疾,孟敬子問之。曾子言曰:“鳥之將死,其鳴也哀;人之將死,其言也善。君子所貴乎道者三:動容貌,斯遠暴慢矣;正顏色,斯近信矣;出辭氣,斯遠鄙倍矣。籩豆之事,則有司存。”

曾子疾有り。孟敬子之を問ふ。曾子言ひて曰く、「鳥の將(まさ)に死せんとするや、其の鳴くや哀れ。人の將に死せんとするや、其の言や善し。君子の道に貴ぶ所三つ。容貌を動かして、即(すなは)ち暴慢(ぼうまん)に遠ざかる。顏色を正して、斯れ信に近し。辭氣(じき)を出(い)だして、斯れ鄙倍(ひばい)に遠ざかる。籩豆(へんとう)の事は、則ち有司(ゆうし)存り。」

曾子曰:“以能問於不能;以多問於寡;有若無,實若虛,犯而不校。昔者吾友嘗從事於斯矣。”

曾子曰く、「能(あた)ふを以て不能に問ひ、多きを以て寡(すく)なきに問ふ。有りて亡(な)きが若(ごと)く、實(じつ)して虛(きよ)が若し。犯(おか)されて校(あらそ)はず。昔者(むかし)吾が友嘗て之を從事せり。」

曾子曰:“可以托六尺之孤,可以寄百里之命,臨大節而不可奪也。君子人與?君子人也。”

曾子曰く、「以て幼君を託(たく)すべく、以て百里の命を寄すべく、大節に臨みて奪(うば)はるべからず。君子なるか、君子なり。」

曾子曰:“士不可以不弘毅,任重而道遠。仁以為己任,不亦重乎?死而後已,不亦遠乎?”

曾子曰く、「士は弘毅(こうき)ならざるべからず。任重(にんおも)くして道遠し。仁を以て己が任と為す、亦重からずや。死して後已(や)む、亦遠からずや。」

子曰:“興於《詩》,立於禮,成於樂。”

子曰く、「《詩》に興(おこ)り、礼に立ち、樂に成る。」

子曰:“民可使由之,不可使知之。”

子曰く、「民は由(よ)らしむべく、知らしむべからず。」

子曰:“好勇疾貧,亂也。人而不仁,疾之已甚,亂也。”

子曰く、「勇を好みて貧を疾(にく)めば、亂(みだ)れん。人の不仁を疾むこと過ぐれば、亂れん。」

子曰:“如有周公之才之美,使驕且吝,其餘不足觀也已。”

子曰く、「如(も)し周公の才の美有ると雖も、驕(きやう)且(か)つ吝(りん)なれば、其の餘は觀るに足らざるなり。」

子曰:“三年學,不至於谷,不易得也。”

子曰く、「三年学びて、穀(こく)に至らざるは、得易(えやす)からざるなり。」

子曰:“篤信好學,守死善道。危邦不入,亂邦不居。天下有道則見,無道則隱。邦有道,貧且賤焉,恥也;邦無道,富且貴焉,恥也。”

子曰く、「信を篤(あつ)くして学を好み、死守して善道せよ。危邦は入らず、亂邦は居(お)らず。天下道有らば則ち見(あらは)れ、道無くば則ち隱(かく)る。邦道有りて貧且(か)つ賤(せん)なれば、恥なり。邦道無くて富且(か)つ貴なれば、恥なり。」

子曰:“不在其位,不謀其政。”

子曰く、「其の位に在らざれば、其の政を謀(はか)らず。」

子曰:“師摯之始,《關雎》之亂,洋洋乎盈耳哉!”

子曰く、「師摯(しし)の始(はじめ)、《關雎》の亂(らん)、洋洋(やうやう)として耳を盈(み)つるかな。」

子曰:“狂而不直,侗而不願,悾悾而不信,吾不知之矣。”

子曰く、「狂にして直(ちよく)ならず、侗(どう)にして愿(げん)ならず、悾悾(こうこう)にして信ならざれば、吾之を知らず。」

子曰:“學如不及,猶恐失之。”

子曰く、「學(まな)ぶや如(ごと)く及ばず、猶(なほ)之を失ふを恐る。」

子曰:“巍巍乎!舜、禹之有天下也而不與焉。”

子曰く、「巍巍(ぎぎ)乎(こ)舜禹の天下を有ちて、與(あずか)らざるや。」

子曰:“大哉堯之為君也!巍巍乎,唯天為大,唯堯則之。蕩蕩乎,民無能名焉。巍巍乎其有成功也,煥乎其有文章!”

子曰く、「大なる哉、堯の君と為るや。巍巍乎、唯(た)だ天のみ大なり、唯だ堯のみ之に則(のっと)る。蕩蕩(たうたう)として民、名を称す能(あた)はざるなり。巍巍乎、其の成功有り。煥(かん)乎、其の文章有る。」

舜有臣五人而天下治。武王曰:“予有亂臣十人。”孔子曰:“才難,不其然乎?唐虞之際,於斯為盛;有婦人焉,九人而已。三分天下有其二,以服事殷。周之德,其可謂至德也已矣。”

舜、臣五人有りて天下治まり。武王曰く、「予亂臣(らんしん)十人有り。」孔子曰く、「才難(ざいなん)、其れ然らざるか。唐虞の際(きは)、於(お)いて斯(こ)れ盛んを為す。婦人有り、九人のみ。三分の二を天下に有ちて、以て殷に服事(ふくじ)す。周の徳、其れ至徳と謂ふべきか。」

子曰:“禹,吾無間然矣。菲飲食而致孝乎鬼神,惡衣服而致美乎黼冕,卑宮室而盡力乎溝洫。禹,吾無間然矣。”

子曰く、「禹、吾間然(かんぜん)する無し。飲食を菲薄(ひはく)にして孝を鬼神に致し、衣服を惡(あし)くして美を黻冕(ふつべん)に致し、宮室を卑(ひく)くして力を溝洫(こういき)に盡(つく)す。禹、吾間然する無し。」

子罕

子罕言利與命與仁。

子、利を罕(まれ)に言ひ、命と仁を與(よし)とす。

達巷黨人曰:“大哉孔子!博學而無所成名。”子聞之,謂門弟子曰:“吾何執?執御乎,執射乎?吾執御矣。”

達巷の黨人曰く、「大なる哉、孔子。博(はく)學して名無し。」子之を聞きて門弟子に謂ひて曰く、「吾何をか執(と)らん。御(ぎょ)を執らんか、射を執らんか。吾御を執らん。」

子曰:“麻冕,禮也;今也純,儉,吾從眾。拜下,禮也;今拜乎上,泰也;雖違眾,吾從下。”

子曰く、「麻冕(まべん)は礼なり。今也純(しゆん)、儉(けん)。吾衆に從(したが)はん。下に拜するは礼なり。今也上に拜す、泰(たい)なり。衆に違(たが)ふと雖も、吾は下に從はん。」

子絕四:毋意、毋必、毋固、毋我。

子、四を絕(た)つ。意(おもは)く毋(なか)れ、必(かなら)ず毋かれ、固(かた)く毋かれ、我(わが)毋かれ。

子畏於匡,曰:“文王既沒,文不在茲乎?天之將喪斯文也,後死者不得與於斯文也;天之未喪斯文也,匡人其如予何?”

子、匡(きゃう)に畏(かしこ)まれて曰く、「文王既に沒(な)し、文茲(ここ)に在らずや。天之この文を喪(ほろ)ぼさんと欲せば、後死者の與(あずか)る所の斯文に於(お)かん。天之未だ斯文を喪ぼさざれば、匡人其れ予を如何せん。」

太宰問於子貢曰:“夫子聖者與,何其多能也?”子貢曰:“固天縱之將聖,又多能也。”子聞之,曰:“太宰知我乎?吾少也賤,故多能鄙事。君子多乎哉?不多也。”

大宰、子貢に問ひて曰く、「夫子は聖者歟(か)。何ぞ其の多能なる。」子貢曰く、「固(もと)より天の之を將(まさ)に聖と縱(ほう)し、又多能なり。」子之を聞きて曰く、「大宰、我を知れるか。吾少(わか)き時賤(いや)し、故に能多し鄙事(ひじ)。君子多きか、多からざるなり。」

牢曰:“子云:‘吾不試,故藝。’”

牢曰く、「子云く、「吾試(ため)さるゝなり。故に藝(げい)す」と。」

子曰:“吾有知乎哉?無知也。有鄙夫問於我,空空如也。我叩其兩端而竭焉。”

子曰く、「吾知有るか、無知なり。鄙夫(ひふ)の我に問ふ有りて、空空(くうくう)如(じょ)たり。我其の両端を叩(たゝ)きて竭(つく)す。」

子曰:“鳳鳥不至,河不出圖,吾已矣夫!”

子曰く、「鳳鳥(ほうてう)至らず、河圖を出さず。吾已(や)みぬかな。」

子見齊衰者、冕衣裳者與瞽者,見之,雖少,必作,過之必趨。

子、齊衰(さいすい)・冕衣裳・瞽(こ)者を見て、之を見(まみ)ゆるに、少(わか)しと雖も必ず作(おきた)ち、之を過(よ)ぐれば必ず趨(はし)る。

顏淵喟然嘆曰:“仰之彌高,鑽之彌堅。瞻之在前,忽焉在後。夫子循循然善誘人,博我以文,約我以禮,欲罷不能。既竭吾才,如有所立卓爾,雖欲從之,末由也已。”

顏淵、喟然(きぜん)として嘆じて曰く、「仰げば彌(いよいよ)高く、鑽(き)れば彌堅(かた)し。瞻(み)れば前に在りて、忽焉(こつえん)として後ろに在り。夫子循循(じゅんじゅん)然として善く人を誘(いざな)ふ。我を博(ひろ)めんに文を以てし、我を約せんに礼を以てす。罷(や)めんと欲して能はず。既に吾が才を竭(つく)して、立つ所有り、卓爾(たくじ)如り。從(したが)はんと欲するも、末(すゑ)由(よ)る也已(なし)。」

子疾病,子路使門人為臣。病間,曰:“久矣哉,由之行詐也!無臣而為有臣,吾誰欺?欺天乎?且予與其死於臣之手也,無寧死於二三子之手乎!且予縱不得大葬,予死於道路乎?”

子疾病(やまひおも)く、子路、門人をして臣と為さしむ。疾間(かん)して曰く、「久しい哉、由の行ふ所の詐(さ)なりや。臣無くて臣有ると為す。吾誰をか欺(あざむ)かん、天を欺かんか。且(か)つ予其の臣の手に死するより、寧(むし)ろ二三子の手に死せん乎(か)。且つ予縱(よ)し大葬を得ずと雖も、予道路に死せんか。」

子貢曰:“有美玉於斯,韞櫝而藏諸?求善賈而沽諸?”子曰:“沽之哉,沽之哉!我待賈者也。”

子貢曰く、「美玉此に有り、韞匵(うんどく)して藏(かく)るか、善賈(ぜんこ)を求めて沽(う)るか。」子曰く、「沽れ、沽れ。我は賈を待つ者なり。」

子欲居九夷。或曰:“陋,如之何?”子曰:“君子居之,何陋之有!”

子、九夷に居(お)らんと欲す。或る人曰く、「陋(いや)し、之を如何せん。」子曰く、「君子之に居らば、何の陋あらん。」

子曰:“吾自衛反魯,然後樂正,《雅》、《頌》各得其所。”

子曰く、「吾衛より魯に反(かへ)りて、然る後に樂正(ただ)しく、《雅》《頌》各(おのおの)其の所を得たり。」

子曰:“出則事公卿,入則事父兄,喪事不敢不勉,不為酒困,何有於我哉?”

子曰く、「出でては則ち公卿に事へ、入りては則ち父兄に事へ、喪事敢て勉めずんばあらず、酒に困(くるし)められず。何ぞ我に於いて有らん。」

子在川上曰:“逝者如斯夫!不捨晝夜。”

子、川上に在りて曰く、「逝(ゆ)く者の斯(かく)の如きか。晝夜(ちうや)を舍(す)てず。」

子曰:“吾未見好德如好色者也。”

子曰く、「吾未だ徳を好むこと色を好むが如きを見ず。」

子曰:“譬如為山,未成一簣,止,吾止也;譬如平地,雖覆一簣,進,吾往也。”

子曰く、「譬(たと)へば山を為すが如し。未成(まだならず)なりと雖も、一簣(いつき)を止(とど)むるは、吾止むなり。譬へば地を平(たひ)らげるが如し。雖(たと)ひ一簣を覆(おほ)ふとも、進むは吾往(ゆ)くなり。」

子曰:“語之而不惰者,其回也與!”

子曰く、「之を語りて惰(だ)せざる者は、其れ回(くわい)歟(か)。」

子謂顏淵,曰:“惜乎!吾見其進也,未見其止也。”

子、顏淵を謂ひて曰く、「惜(せき)乎(こ)、吾其の進むを見るに、未だ其の止めるを見ざるなり。」

子曰:“苗而不秀者有矣夫,秀而不實者有矣夫。”

子曰く、「苗にして秀(ひい)でざる者有り。秀でて實(み)ならざる者有り。」

子曰:“後生可畏,焉知來者之不如今也?四十、五十而無聞焉,斯亦不足畏也已。”

子曰く、「後生畏(おそ)るべし。焉(いづく)んぞ知らん、來者の今に如(し)かざるを。四十五十にして聞(きこ)ゆる無くんば、斯れ亦畏るるに足らざるなり。」

子曰:“法語之言,能無從乎?改之為貴。巽與之言,能無說乎?繹之為貴。說而不繹,從而不改,吾末如之何也已矣。”

子曰く、「法語(ほうご)の言は、能く從(したが)はざらんか。改むるを貴ぶ。巽與(そんよ)の言は、能く説(よろこ)ばざらんか。繹(たづ)ねるを貴ぶ。説びて繹ねず、從ひて改めざれば、吾末(まつ)之を如何ともせん。」

子曰:“主忠信。毋友不如己者,過,則勿憚改。”

子曰く、「忠信を主とし、己に如(し)かざる者を友とする毋(なか)れ。過ちては則ち改むるを憚(はぢ)る毋れ。」

子曰:“三軍可奪帥也,匹夫不可奪志也。”

子曰く、「三軍、帥(そつ)を奪(うば)ふべし。匹夫(ひっぷ)は志を奪ふべからず。」

子曰:“衣敝縕袍,與衣狐貉者立而不恥者,其由也與!‘不忮不求,何用不臧?’”子路終身誦之,子曰:“是道也,何足以臧?”

子曰く、「敝(やぶ)れたる縕袍(おんほう)を衣(き)て、狐貉(こはく)を衣る者と立ちて恥ぢざる者は、其れ由(ゆ)歟(か)。『忮(あ)まず求めず、何を用ゐて臧(よ)からざらん』。」子路、終身之を誦(しよう)す。子曰く、「是れ道のみ、何ぞ臧(よ)からんを足れりとせん。」

子曰:“歲寒,然後知松柏之後凋也。”

子曰く、「歲寒(としさむ)くして、然る後に松柏の後彫(しぼ)むを知る。」

子曰:“知者不惑,仁者不憂,勇者不懼。”

子曰く、「知者は惑はず、仁者は憂へず、勇者は懼(おそ)れず。」

子曰:“可與共學,未可與適道;可與適道,未可與立;可與立,未可與權。”

子曰く、「與(とも)に學ぶべきも、未だ與に道に適(ゆ)くべからず。與に適くべきも、未だ與に立つべからず。與に立つべきも、未だ與に權(はか)るべからず。」

“唐棣之華,偏其反而。豈不爾思?室是遠爾。”子曰:“未之思也,夫何遠之有。”

『唐棣(たうてい)の華(はな)、偏(ぺん)として其れ反(かへ)る。豈(あに)爾(なんぢ)を思はざらんや。室是れ遠し』と。子曰く、「未だ之を思はざるなり。何ぞ遠きこと有らん。」

鄉黨

孔子於鄉黨,恂恂如也,似不能言者;其在宗廟朝庭,便便言,唯謹爾。

孔子、鄉黨(きゃうとう)に於(お)きて、恂恂(じゅんじゅん)如(じょ)として、能(あた)はず言ふが似(に)たり。其の宗廟朝廷に在るは、便便(べんべん)として言、唯(た)だ謹みのみ。

朝,與下大夫言,侃侃如也;與上大夫言,誾誾如也。君在,踧踖如也,與與如也。

朝(てう)に、下大夫と與(とも)に言ふ、侃侃(かんかん)如として。上大夫と與に言ふ、誾誾(ぎんぎん)如として。君在れば、踧踖(てきせき)如として、與與(よよ)如(じょ)たり。

君召使擯,色勃如也,足躩如也。揖所與立,左右手,衣前後襜如也。趨進,翼如也。賓退,必覆命曰:“賓不顧矣。”

君、召して賓を擯(しん)せしむれば、色勃如(ぼつじょ)とし、足躩如(きやくじょ)として。其の所與(ともに)するに揖(いう)し、左右に手を拱(こまぬ)き、衣前後(まへしろ)襜如(てんじょ)とす。趨(はし)りて進めば、翼如(よくじょ)たり。賓退(しりぞ)けば、必ず復(ま)た命して曰く、「賓顧(かへり)みず」と。

入公門,鞠躬如也,如不容。立不中門,行不履閾。過位,色勃如也,足躩如也,其言似不足者。攝齊升堂,鞠躬如也,屏氣似不息者。出,降一等,逞顏色,怡怡如也;沒階,趨進,翼如也;復其位,踧踖如也。

公門に入れば、鞠躬(きくきう)如として、容れざるが如し。立ちて中門に當(あ)たらず、行きて閾(いき)を履(ふ)まず。位を過(よ)ぐれば、色勃如とし、足躩如として、其の言は不足(ふそく)するが似たり。齊(あげ)て升堂(しやうだう)すれば、鞠躬如として、氣を屛(へい)して息(いき)せざるが似たり。出でて一等(いつとう)を降(ふ)れば、顏色を逞(あき)らめ、怡怡(いい)如たり。階を沒(ぼつ)すれば、趨進(すうしん)翼如たり。其の位に復(かへ)れば、踧踖如たり。

執圭,鞠躬如也,如不勝。上如揖,下如授。勃如戰色,足蹜蹜如有循。享禮,有容色。私覿,愉愉如也。

圭を執(と)れば、鞠躬如として、勝(あ)げざるが如し。上げれば揖するが如く、下げれば授(さづ)くるが如し。勃如(ぼつじょ)戦色(せんしよく)、足蹜蹜(しゆくしゆく)として循(したが)ふ有り。享禮(きやうれい)有らば、覿(てき)色有り。私覿(してき)愉愉(ゆゆ)如たり。

君子不以紺緅飾,紅紫不以為褻服。當暑袗絺綌,必表而出之。緇衣羔裘,素衣麑裘,黃衣狐裘。褻裘長,短右袂。必有寢衣,長一身有半。狐貉之厚以居。去喪,無所不佩。非帷裳,必殺之。羔裘玄冠不以吊。吉月,必朝服而朝。

君子は紺緅(こんすう)を以て飾(よそほ)せず、紅紫を以て褻服(せつぷく)と為さず。暑ければ袗絺綌(しんちけき)して、必ず之を表(ひよう)して出づ。緇衣(しい)には羔裘(かうきう)を、素衣には麑裘(げいきう)を、黃衣には狐裘(こきう)を。褻裘(せつきう)は長く、右袂(みぎたもと)を短かくす。必有り寝衣(しんい)、長きこと一身の半(なかば)。狐貉(こはく)の厚きを以て居(お)る。喪を去れば、佩(ぱい)する無きこと無し。帷裳(いしやう)に非ざれば、必ず之を殺(せき)す。羔裘玄冠(げんくわん)を以て弔(てう)せず。吉月、必ず朝服して朝(てう)す。

齊,必有明衣,布。齊必變食,居必遷坐。

齋(さい)すれば必ず明衣(めいい)布有り。齋すれば必ず食を變(か)へ、居(お)るも必ず坐(ざ)を遷(うつ)す。

食不厭精,膾不厭細。食饐而餲,魚餒而肉敗,不食;色惡,不食;臭惡,不食;失飪,不食;不時,不食;割不正,不食;不得其醬,不食。肉雖多,不使勝食氣。唯酒無量,不及亂。沽酒市脯,不食。不撤姜食,不多食。

食(し)は精(せい)を厭(いと)はず、膾(かい)は細(さい)を厭はず。食饐(い)して餲(あい)すれば、魚餒(がい)して肉敗(はい)すれば、食さず。色惡(あし)ければ食さず。臭(くさ)ければ食さず。飪(に)るを失(しつ)せば食さず。時ならざれば食さず。割(かつ)正(ただ)しからざれば食さず。其の醬(しよう)を得ざれば食さず。肉多しと雖も、食氣(しよくき)に勝(まさ)るを使(つか)はざらしめず。唯(た)だ酒は量(りやう)無し。亂(らん)に及ばず。沽(う)り市(いち)の脯(ほ)を食さず。薑を撤(てつ)せざるも、多食せず。

祭於公,不宿肉。祭肉不出三日,出三日不食之矣。

君の祭(まつり)に於ける肉、宿(しゆく)せず。祭肉は三日を出(い)ださず。三日を出づれば、之を食さず。

食不語,寢不言。

食(し)に語らず、寢(いね)に言はず。

雖疏食菜羹,必祭,必齊如也。

疏食(そし)菜羹(さいこう)にても、必ず祭(まつ)り、必ず齊如(さいじょ)とす。

席不正,不坐。

席正(ただ)しからざれば、坐(ざ)せず。

鄉人飲酒,杖者出,斯出矣。

鄉人飲(きやうじんいん)して、杖者(じやうしゃ)出づれば、斯(こ)れに出づ。

鄉人儺,朝服而立於阼階。

鄉人儺(だ)すれば、朝服して阼階(さかい)に立つ。

問人於他邦,再拜而送之。

人に問(もん)せしめて他邦に至れば、再拜(さいはい)して之を送る。

康子饋藥,拜而受之。曰:“丘未達,不敢嘗。”

康子、藥を饋(く)る。拜して之を受けて曰く、「丘未達(みたつ)せず、敢て嘗(な)めず。」

廄焚,子退朝,曰:“傷人乎?”不問馬。

廄焚(きうふん)す。子朝(てう)より退きて曰く、「人を傷(きづ)けたりしか。」馬を問はず。

君賜食,必正席先嚐之;君賜腥,必熟而薦之;君賜生,必畜之。侍食於君,君祭,先飯。

君、食(し)を賜ふれば、必ず席を正して先(ま)づ嘗(な)む。君、腥(せい)を賜ふれば、必ず熟(じゆく)して之を薦(すす)む。君、生(せい)を賜ふれば、必ず之を畜(か)ふ。君に侍食(じしよく)すれば、君祭(まつ)れば先(ま)づ飯(め)す。

疾,君視之,東首,加朝服,拖紳。

疾(やまひ)、君之を視(み)る。東首(とうしゆ)して、朝服を加(くは)へ紳(しん)を拖(た)す。

君命召,不俟駕行矣。

君命召(しやう)せば、駕(か)を俟(ま)たずして行(ゆ)く。

入太廟,每事問。

太廟に入れば、每(ごと)に事を問ふ。

朋友死,無所歸,曰:“於我殯。”

朋友死して、歸(かへ)る所無し。曰く、「我に於いて殯(しん)せよ。」

朋友之饋,雖車馬,非祭肉,不拜。

朋友の饋(く)は、車馬と雖も、祭肉に非ざれば拜せず。

寢不屍,居不客。

寢(いね)て尸(しかばね)せず、居(お)りて客(かく)せず。

見齊衰者,雖狎,必變。見冕者與瞽者,雖褻,必以貌。凶服者式之,式負版者。有盛饌,必變色而作。迅雷風烈,必變。

齊衰(さいすい)の者を見れば、狎(な)れと雖も必ず變(かは)る。冕者と瞽者(こしゃ)とを見れば、褻(せい)と雖も必ず貌(ばう)を以てす。凶服(きやうふく)の者を車に遇(あ)へば、式(しき)す。版(はん)を負(お)ふ者を遇へば、式す。盛饌(せいせん)有れば、必ず色を變へて作(おきた)つ。迅雷風烈(じんらいふうれつ)に遇へば、必ず變ず。

升車,必正立,執綏。車中不內顧,不疾言,不親指。

車に升(のぼ)れば、必ず正立して綏(すい)を執(と)る。車中、內(うち)顧(かへり)みず、疾言(しつげん)せず、親指(しんし)せず。

色斯舉矣,翔而後集。曰:“山梁雌雉,時哉時哉!”子路共之,三嗅而作。

色斯舉(そここをあ)げば、翔(かけ)りて後集(とどま)る。曰く、「山梁の雌雉(しりやうのしち)、時なる哉、時なる哉。」子路之に共(こまぬ)き、三嗅(さんきう)して作(おきた)つ。

先進

子曰:“先進於禮樂,野人也;後進於禮樂,君子也。如用之,則吾從先進。”

子曰く、「先進(せんしん)の禮樂は野人(やじん)なり。後進(こうしん)の禮樂は君子なり。如(も)し之を用ゐれば、則ち吾は先進に從(したが)はん。」

子曰:“從我於陳、蔡者,皆不及門也。”

子曰く、「陳・蔡より吾に從(したが)ふ者は、皆及門(きうもん)せざるなり。」

德行:顏淵,閔子騫,冉伯牛,仲弓。言語:宰我,子貢。政事:冉有,季路。文學:子游,子夏。

德行(とくかう)、顏淵・閔子騫・冉伯牛・仲弓。言語、宰我・子貢。政事、冉有・季路。文學、子游・子夏。

子曰:“回也非助我者也,於吾言無所不說。”

子曰く、「回也、助(たす)くる者に非ざるなり。吾が言に於(お)いて無(な)く所不說(よろこばざる)。」

子曰:“孝哉閔子騫!人不間於其父母昆弟之言。”

子曰く、「孝なる哉、閔子騫。人其の父母昆弟の言に間(かん)せず。」

南容三復白圭,孔子以其兄之子妻之。

南容、白圭(はくけい)を三復(さんぷく)す。孔子其の兄の子を以て之に妻(せい)す。

季康子問:“弟子孰為好學?”孔子對曰:“有顏回者好學,不幸短命死矣,今也則亡。”

季康子問ふ、「弟子孰(た)れか學を好む。」孔子對へて曰く、「顏回の者有りて學を好む。不幸にして短命死す。今也則ち亡(な)し。」

顏淵死,顏路請子之車以為之槨。子曰:“才不才,亦各言其子也。鯉也死,有棺而無槨,吾不徒行以為之槨。以吾從大夫之後,不可徒行也。”

顏淵死す。顏路、子の車を請ふて以て之が椁(くわく)を為さん。子曰く、「才(さい)不才(ふさい)、亦各(おのおの)其の子を言ふなり。鯉(り)の死するや、棺(くわん)有りて椁無し。吾徒(と)行(あゆ)みて以て之が椁を為さず。吾以(も)て大夫に從(したが)ふを以て、徒(かち)行(ゆ)くべからざるなり。」

顏淵死。子曰:“噫!天喪予!天喪予!”

顏淵死す。子曰く、「噫(い)、天の予を喪(ほろ)ぼす。天の予を喪ぼす。」

顏淵死,子哭之慟,從者曰:“子慟矣!”曰:“有慟乎?非夫人之為慟而誰為?”

顏淵死す。子之を哭(こく)するに慟(つう)す。從者曰く、「子慟す。」曰く、「慟する有りか。夫人(このひと)の為に慟し、孰(た)れが為か。」

顏淵死,門人慾厚葬之,子曰:“不可。”門人厚葬之,子曰:“回也視予猶父也,予不得視猶子也。非我也,夫二三子也!”

顏淵死す。門人厚葬(こうさう)せんと欲す。子曰く、「不可(ふか)。」門人厚葬せり。子曰く、「回也、予を視(み)ること父の如(ごと)し。予視ること子の如からざるを得たり。予に由(よ)るに非ず、二三子也(なり)。」

季路問事鬼神,子曰:“未能事人,焉能事鬼?”曰:“敢問死。”曰:“未知生,焉知死?”

季路、鬼神に事(つか)ふるを問ふ。子曰く、「未だ能く人に事へず、焉(いづく)んぞ能く鬼に事へん。」敢て死を問ふ。曰く、「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。」

閔子侍側,誾誾如也;子路,行行如也;冉有、子貢,侃侃如也。子樂。“若由也,不得其死然。”

閔子侍側(じそく)、誾誾(ぎんぎん)如(じょ)たり。子路、行行(かうかう)如たり。冉有・子貢、侃侃(かんかん)如たり。子樂(たの)しむ。「由の若(ごと)くば、其の死に得其(ところをえ)ざらん。」

魯人為長府,閔子騫曰:“仍舊貫如之何?何必改作?”子曰:“夫人不言,言必有中。”

魯人、長府(てうふ)を為(な)さんとす。閔子騫曰く、「仍舊貫(ねうきうくわん)、之を如何。何ぞ必(かなら)ず改作(かいさく)せん。」子曰く、「夫人(このひと)言はざれば、言に必ず中(ちう)有り。」

子曰:“由之瑟奚為於丘之門?”門人不敬子路,子曰:“由也升堂矣,未入於室也。”

子曰く、「由の瑟(しつ)、奚(なん)ぞ丘の門に於(お)いて為さん。」門人子路を敬せず。子曰く、「由也、堂に升(のぼ)れり。未だ室に入らざるなり。」

子貢問:“師與商也孰賢?”子曰:“師也過,商也不及。”曰:“然則師愈與?”子曰:“過猶不及。”

子貢問ふ、「師(し)與(と)商(しやう)と孰(た)れか賢(かしこ)し。」子曰く、「師也過(す)ぎ、商也及(およ)ばず。」曰く、「然らば則ち師愈(まさ)れるか。」子曰く、「過ぎるは猶(なほ)及ばざるが如し。」

季氏富於周公,而求也為之聚斂而附益之。子曰:“非吾徒也,小子鳴鼓而攻之可也。”

季氏、周公に富(と)む、求も亦之が斂(あつ)めを為し、附益(ふえき)す。子曰く、「吾徒に非ざるなり。小子、鼓(こ)を鳴らして之を攻めて可なり。」

柴也愚,參也魯,師也闢,由也喭。

柴(さい)は愚(ぐ)、參(しん)は魯(ろ)、師は辟(へき)、由は喭(げん)。

子曰:“回也其庶乎,屢空。賜不受命而貨殖焉,億則屢中。”

子曰く、「回也、其れ庶(しよ)幾(ちか)ふ。屢(しばしば)空(くう)。賜、命を受けずして貨殖(かしよく)し、億(おく)則(そく)屢中(ちう)す。」

子張問善人之道,子曰:“不踐跡,亦不入於室。”

子張、善人の道を問ふ。子曰く、「迹(せき)を踐(ふ)まざれば、亦室に入らず。」

子曰:“論篤是與,君子者乎,色莊者乎?”

子曰く、「篤(あつ)く論じて是(これ)とすれば、君子者か、將(まさ)に色莊者(しきさうしゃ)か。」

子路問:“聞斯行諸?”子曰:“有父兄在,如之何其聞斯行之?”冉有問:“聞斯行諸?”子曰:“聞斯行之。公西華曰:“由也問聞斯行諸,子曰‘有父兄在’;求也問聞斯行諸,子曰‘聞斯行之’。赤也惑,敢問。”子曰:“求也退,故進之;由也兼人,故退之。”

子路問ふ、「聞けば斯(こ)れに諸(これ)を行(おこな)はんか。」子曰く、「父兄有り、之を如何。」冉有問ふ、「聞けば斯れに諸を行はんか。」子曰く、「聞けば斯れに行へ。」公西華曰く、「由の聞けば斯れに諸を行はんかを問ふに、子曰く父兄有り。求の聞けば斯れに諸を行はんかを問ふに、子曰く聞けば斯れに行へ。赤也惑(まど)ふ。敢て問はん。」子曰く、「求也退(しりぞ)く、故に之を進めたり。由也人に兼(けん)す、故に之を退けたり。」

子畏於匡,顏淵後。子曰:“吾以女為死矣!”曰:“子在,回何敢死!”

子、匡(きやう)に畏(かしこ)まれ、顏淵後(おく)る。子曰く、「吾女(なんぢ)を以て死せりと為せり。」曰く、「子在れば、回何ぞ敢て死せん。」

季子然問:“仲由、冉求可謂大臣與?”子曰:“吾以子為異之問,曾由與求之問。所謂大臣者,以道事君,不可則止。今由與求也,可謂具臣矣。”曰:“然則從之者與?”子曰:“弒父與君,亦不從也。”

季子然問ふ、「仲由・冉求、大臣と謂ふべからんか。」子曰く、「吾子を以て異(こ)とを問ふと為せり。曾(なんぢ)由與求を問はんとは。所謂(いはゆる)大臣は、道を以て君に事へ、不可なれば則ち止(や)む。今由與求也、具臣(ぐしん)と謂ふべし。」曰く、「然らば則ち從(したが)ふ者と為さんか。」子曰く、「父を弑(しい)し君を弑すれば、亦從はざるなり。」

子路使子羔為費宰,子曰:“賊夫人之子。”子路曰:“有民人焉,有社稷焉,何必讀書然後為學。”子曰:“是故惡夫佞者。”

子路、子羔をして費(ひ)の宰(さい)と為さしむ。子曰く、「夫人(このひと)の子を賊(そこな)ふなり。」子路曰く、「民人有り、社稷(しやしよく)有り。何ぞ必ず學ばば則ち學と謂はん。」子曰く、「是故(かれゆゑん)に佞者(ねいしゃ)を惡(にく)む。」

子路、曾皙、冉有、公西華侍坐,子曰:“以吾一日長乎爾,毋吾以也。居則曰‘不吾知也’如或知爾,則何以哉?”子路率爾而對曰:“千乘之國,攝乎大國之間,加之以師旅,因之以饑饉,由也為之,比及三年,可使有勇,且知方也。”夫子哂之。“求,爾何如?”對曰:“方六七十,如五六十,求也為之,比及三年,可使足民。如其禮樂,以俟君子。”“赤!爾何如?”對曰:“非曰能之,願學焉。宗廟之事,如會同,端章甫,願為小相焉。”“點,爾何如?”鼓瑟希,鏗爾,舍瑟而作,對曰:“異乎三子者之撰。”子曰:“何傷乎?亦各言其志也。”曰:“暮春者,春服既成,冠者五六人,童子六七人,浴乎沂,風乎舞雩,詠而歸。”夫子喟然嘆曰:“吾與點也!”三子者出,曾皙後。曾皙曰:“夫三子者之言何如?”子曰:“亦各言其志也已矣。”曰:“夫子何哂由也?”曰:“為國以禮,其言不讓,是故哂之。”“唯求則非邦也與?”“安見方六七十、如五六十而非邦也者?”“唯赤則非邦也與?”“宗廟會同,非諸侯而何?赤也為之小,孰能為之大?”

子路・曾晳(そく)・冉有・公西華、侍坐(じざ)す。子曰く、「吾を以て一日長(ちやう)ずるを以て、毋(なか)れ吾以(をもつ)て也。居(お)れば則ち曰く、「吾を知る莫(な)し」と。如(も)し或(あ)る人爾(なんぢ)を知らば、則ち何以(なに)を以てかせん。」子路率爾(そつじ)として對へて曰く、「千乘の國、攝(せっ)乎(こ)大國の間に在りて、之に師旅(しりよ)を加(くは)へ、之に饑饉(ききん)を因(つ)ぐ。由も之を為(つく)らば、比(ひ)及(およ)び三年、勇有り、且(か)つ方(はう)を知らしむべし。」夫子哂(しん)之。「求、爾何如。」對へて曰く、「方六七十、如(も)し五六十。求も之を為らば、比及三年、民をして足(た)らしむべし。其の禮樂に如(し)きては、以て君子を俟(ま)たん。」「赤、爾何如。」對へて曰く、「能(あた)はずと曰はざるに非ず、願はくは學ばん。宗廟の事、會同(かいどう)に如(し)きては、端章甫(たんしやうふ)をして、願はくは小相(せうしやう)と為らん。」「點(てん)、爾何如。」瑟を鼓(こ)して希(まれ)、鏗爾(かうじ)として瑟を舍(す)てて作(おきた)つ。對へて曰く、「三子者の撰(せん)に異(こと)なり。」子曰く、「何傷(なんぞいた)まん。亦各(おのおの)其の志を言ふのみ。」曰く、「莫春(ぼしゆん)の者、春服既に成り、冠者(くわんしゃ)五六人、童子六七人、沂(ぎ)に浴し、舞雩(ぶう)に風(ふう)し、詠(えい)して歸(かへ)る。」夫子喟然(きぜん)として嘆じて曰く、「吾點を與(ゆる)す。」三子者出づ。曾晳後(おく)る。曾晳曰く、「夫(そ)れ三子者の言何如。」子曰く、「亦各其の志を言ふのみ。」曰く、「夫子何ぞ由を哂(しん)するや。」曰く、「國を為るに禮を以てす。其の言譲(じやう)せず。是故(かれゆゑん)に之を哂す。」「唯(た)だ求則(すなは)ち邦に非ざるを與(か)。」「安(いづく)んぞ方六七十、如(も)し五六十にして、邦に非ざるを見ん。」「唯赤則ち邦に非ざるを與。」「宗廟會同、諸侯に非ずんば何ぞ。赤も之が小相を為さば、孰(た)れか能く大相を為さん。」

顏淵

顏淵問仁,子曰:“克己復禮為仁。一日克己復禮,天下歸仁焉。為仁由己,而由人乎哉?”顏淵曰:“請問其目?”子曰:“非禮勿視,非禮勿聽,非禮勿言,非禮勿動。”顏淵曰:“回雖不敏,請事斯語矣。”

顏淵、仁を問ふ。子曰く、「己を克(こ)き、禮に復(ふく)するを仁と為す。一日己を克き禮に復れば、天下仁に歸(き)す。仁を為すは己に由(よ)る。人に由らんや。」顏淵曰く、「其の目(もく)を問はん。」子曰く、「禮に非ざれば視る勿(なか)れ、禮に非ざれば聽く勿れ、禮に非ざれば言ふ勿れ、禮に非ざれば動く勿れ。」顏淵曰く、「回雖(たと)ひ不敏(びん)なりとも、事(つか)ふことを請はん。」

仲弓問仁,子曰:“出門如見大賓,使民如承大祭。己所不欲,勿施於人。在邦無怨,在家無怨。”仲弓曰:“雍雖不敏,請事斯語矣。”

仲弓、仁を問ふ。子曰く、「門を出(い)づるに、大賓(たいひん)を見(まみ)ゆるが如く、民を使ふに、大祭(たいさい)を承(う)くるが如し。己の欲せざる所は、人に施(ほどこ)す勿れ。邦に在りて怨(うら)み無く、家に在りて怨み無し。」仲弓曰く、「雍雖(たと)ひ不敏なりとも、事ふことを請はん。」

司馬牛問仁,子曰:“仁者,其言也訒。”曰:“其言也訒,斯謂之仁已乎?”子曰:“為之難,言之得無訒乎?”

司馬牛、仁を問ふ。子曰く、「仁者は、其の言や訒(じん)なり。」曰く、「其の言訒なり、斯れ仁と謂ふべきか。」子曰く、「之を為(な)すに難(かた)し。之を言ふに訒無からんや。」

司馬牛問君子,子曰:“君子不憂不懼。”曰:“不憂不懼,斯謂之君子已乎?”子曰:“內省不疚,夫何憂何懼?”

司馬牛、君子を問ふ。子曰く、「君子は憂へず懼(おそ)れず。」曰く、「憂へず懼れず、斯れ君子と謂ふべきか。」子曰く、「内省(ないせい)して疚(やま)しからず。夫(そ)れ何の憂何の懼。」

司馬牛憂曰:“人皆有兄弟,我獨亡。”子夏曰:“商聞之矣:死生有命,富貴在天。君子敬而無失,與人恭而有禮,四海之內皆兄弟也。君子何患乎無兄弟也?”

司馬牛、憂へて曰く、「人皆兄弟有り、我獨(ひとり)亡(な)し。」子夏曰く、「商之を聞くに、「死生命有り、富貴天に在り」。君子敬して失(しつ)無く、人と交はりて恭にして禮有れば、四海の内、皆兄弟なり。君子何ぞ患(うれ)ふるに兄弟亡きを以てせん。」

子張問明,子曰:“浸潤之譖,膚受之愬,不行焉,可謂明也已矣;浸潤之譖、膚受之愬不行焉,可謂遠也已矣。”

子張、明を問ふ。子曰く、「浸潤(しんじゅん)の譖(しん)、膚受(ふじゅ)の愬(そ)、行はれざれば、明と謂ふべし。浸潤の譖、膚受の愬、行はれざれば、遠(とほ)しと謂ふべし。」

子貢問政,子曰:“足食,足兵,民信之矣。”子貢曰:“必不得已而去,於斯三者何先?”曰:“去兵。”子貢曰:“必不得已而去,於斯二者何先?”曰:“去食。自古皆有死,民無信不立。”

子貢、政を問ふ。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已(や)むを得ずして去れば、於(お)いて斯(こ)れ三者、何を先(ま)づせん。」曰く、「兵を去れ。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去れば、於斯二者、何を先づせん。」曰く、「食を去れ。自(むか)しより皆死有り。民信なくば立(た)たず。」

棘子成曰:“君子質而已矣,何以文為?”子貢曰:“惜乎,夫子之說君子也!駟不及舌。文猶質也,質猶文也。虎豹之鞟猶犬羊之鞟。”

棘子成曰く、「君子、質而已(のみ)。何以(なに)を以てか文を爲せん。」子貢曰く、「惜(せき)乎(こ)、夫子の君子を説(せつ)する。駟(し)も舌に及ばず。文は猶(なほ)質のごとく、質は猶文のごとし。虎豹の鞹(かく)は猶(なほ)犬羊の鞹のごとし。」

哀公問於有若曰:“年飢,用不足,如之何?”有若對曰:“盍徹乎?”曰:“二,吾猶不足,如之何其徹也?”對曰:“百姓足,君孰與不足?百姓不足,君孰與足?”

哀公、有若に問ひて曰く、「年饑(ねんき)にして用足らず、之を如何。」有若對へて曰く、「盍(なん)ぞ徹(てつ)せんか。」曰く、「二(に)なり、吾猶(なほ)足らず。之を如何して徹せん。」對へて曰く、「百姓足れば、君孰(た)れと與(とも)に足らざらん。百姓足らざれば、君孰れと與に足らん。」

子張問崇德辨惑,子曰:“主忠信,徙義,崇德也。愛之慾其生,惡之慾其死;既欲其生又欲其死,是惑也。‘誠不以富,亦只以異。’”

子張、德を崇(あ)げ惑(まど)ひを辨(わか)つを問ふ。子曰く、「忠信を主とし、義に徙(うつ)る、崇德(すうとく)なり。愛すれば其の生きんことを欲し、惡(にく)めば其の死なんことを欲す。旣(すで)に其の生きんことを欲して、又其の死なんことを欲す、是れ惑なり。『誠(まこと)に富を以てせず、亦只(た)だ其の異(こと)なるを以てす』。」

齊景公問政於孔子,孔子對曰:“君君,臣臣,父父,子子。”公曰:“善哉!信如君不君、臣不臣、父不父、子不子,雖有粟,吾得而食諸?”

齊景公、政を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「君君たり、臣臣たり、父父たり、子子たれ。」公曰く、「善(よ)し哉。信(まこと)に君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たらざれば、粟(ぞく)有りと雖も、吾得て食(くら)はんや。」

子曰:“片言可以折獄者,其由也與?”子路無宿諾。

子曰く、「片言(へんげん)を以て獄(げく)を折(た)つべき者は、其れ由(ゆ)歟(か)。」子路、宿諾(しゆくだく)無し。

子曰:“聽訟,吾猶人也。必也使無訟乎。”

子曰く、「訟(しやう)を聽(き)く、吾猶(なほ)人のごとし。必ずや訟無からしめよ。」

子張問政,子曰:“居之無倦,行之以忠。”

子張、政を問ふ。子曰く、「居(お)るに倦(う)まず、行ふに忠なれ。」

子曰:“博學於文,約之以禮,亦可以弗畔矣夫。”

子曰く、「文に博(ひろ)く、禮を以て之を約(やく)すれば、亦以て畔(そむ)かざるべし。」

子曰:“君子成人之美,不成人之惡;小人反是。”

子曰く、「君子は人の美を成して、人の惡を成さず。小人は是(こ)れに反(はん)す。」

季康子問政於孔子,孔子對曰:“政者,正也。子帥以正,孰敢不正?”

季康子、政を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「政とは正(ただ)しきなり。子帥(ひきゐ)て以て正(ただ)しければ、孰(た)れか敢(あへ)て正しからざらん。」

季康子患盜,問於孔子。孔子對曰:“苟子之不欲,雖賞之不竊。”

季康子、盜(とう)を患(うれ)へて孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「苟(いやしく)も子の欲せざれば、賞(しやう)して之を竊(ぬす)ましむと雖も竊まず。」

季康子問政於孔子曰:“如殺無道以就有道,何如?”孔子對曰:“子為政,焉用殺?子欲善而民善矣。君子之德風,小人之德草,草上之風必偃。”

季康子、政を孔子に問ひて曰く、「如(も)し道無きを殺して以て道有るに就(つ)かば、何如。」孔子對へて曰く、「子政を爲す、焉(いづく)んぞ殺を用ゐん。子善くあらんと欲すれば、民善(ぜん)なり。君子の德は風、小人の德は草。草に上(のぼ)る風、必ず偃(ふ)す。」

子張問:“士何如斯可謂之達矣?”子曰:“何哉爾所謂達者?”子張對曰:“在邦必聞,在家必聞。”子曰:“是聞也,非達也。夫達也者,質直而好義,察言而觀色,慮以下人。在邦必達,在家必達。夫聞也者,色取仁而行違,居之不疑。在邦必聞,在家必聞。”

子張問ふ、「士何くして斯れ達(たつ)と謂ふべき。」子曰く、「何ぞ爾(なんぢ)が謂ふ所の達。」子張對へて曰く、「邦に在りて必ず聞(きこ)ゆ、家に在りて必ず聞ゆ。」子曰く、「是れ聞なり、達に非ざるなり。夫(そ)れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を觀、慮(おもんぱか)りて人に下(くだ)る。邦に在りて必ず達し、家に在りて必ず達す。夫聞なる者は、色(いろ)仁を取りて行(おこな)ひ違(たが)へり、之に居(お)りて疑(うたが)はず。邦に在りて必ず聞ゆ、家に在りて必ず聞ゆ。」

樊遲從遊於舞雩之下,曰:“敢問崇德、修慝、辨惑。”子曰:“善哉問!先事後得,非崇德與?攻其惡,無攻人之惡,非修慝與?一朝之忿,忘其身,以及其親,非惑與?”

樊遲、舞雩(ぶう)の下より從(したが)ひ游(ゆう)びて曰く、「敢て問はん、德を崇げ、慝(とく)を修(をさ)め、惑を辨(わか)つ。」子曰く、「善(よ)し哉、問や。事を先にして得を後にすれば、崇德に非ずや。其の惡を攻(せ)めて、人の惡を攻めざれば、修慝に非ずや。一朝(いつてう)の忿(ふん)に、其の身を忘れ、以て其の親に及ぶ、惑に非ずや。」

樊遲問仁,子曰:“愛人。”問知,子曰:“知人。”樊遲未達,子曰:“舉直錯諸枉,能使枉者直。”樊遲退,見子夏,曰:“鄉也吾見於夫子而問知,子曰:‘舉直錯諸枉,能使枉者直’,何謂也?”子夏曰:“富哉言乎!舜有天下,選於眾,舉皋陶,不仁者遠矣。湯有天下,選於眾,舉伊尹,不仁者遠矣。”

樊遲、仁を問ふ。子曰く、「人を愛す。」知を問ふ。曰く、「人を知る。」樊遲未(いま)だ達(たっ)せず。子曰く、「直(ちよく)を擧げて諸(これ)を枉(をう)に錯(お)けば、能く枉をして直ならしむ。」樊遲退きて、子夏を見(まみ)ゆ。曰く、「鄕(さき)に吾夫子を見て知を問ふ。子曰く、直を擧げて諸を枉に錯けば、能く枉をして直ならしむ、何の謂ぞ。」子夏曰く、「富(と)む哉、言乎(こ)。舜天下を有ちて、衆に於いて選(えら)びて、皐陶(かうやう)を擧ぐ。不仁者遠し。湯天下を有ちて、衆に於いて選びて、伊尹を擧ぐ。不仁者遠し。」

子貢問友,子曰:“忠告而善道之,不可則止,毋自辱焉。”

子貢、友を問ふ。子曰く、「忠告(ちうこく)して善く道(みちび)け。不可なれば則ち止(や)め、毋(なか)れ自(みづから)辱(はぢ)められん。」

曾子曰:“君子以文會友,以友輔仁。”

曾子曰く、「君子、文を以て友を會(あ)し、友を以て仁を輔(たす)く。」

子路

子路問政,子曰:“先之,勞之。”請益,曰:“無倦。”

子路、政を問ふ。子曰く、「之を先(さき)にして之を勞(らう)す。」益(ま)すを請ふ。曰く、「倦(う)むこと無かれ。」

仲弓為季氏宰,問政,子曰:“先有司,赦小過,舉賢才。”曰:“焉知賢才而舉之?”曰:“舉爾所知。爾所不知,人其舍諸?”

仲弓、季氏の宰(さい)と爲りて、政を問ふ。子曰く、「先有司(ゆうし)して、小過を赦(ゆる)し、賢才を擧げよ。」曰く、「焉(いづく)んぞ賢才を知りて之を擧げん。」曰く、「爾(なんぢ)が知る所を擧げよ。爾の知らざる所、人其れ諸(これ)を舍(す)てんや。」

子路曰:“衛君待子而為政,子將奚先?”子曰:“必也正名乎!”子路曰:“有是哉,子之迂也!奚其正?”子曰:“野哉由也!君子於其所不知,蓋闕如也。名不正,則言不順;言不順,則事不成;事不成,則禮樂不興;禮樂不興,則刑罰不中;刑罰不中,則民無所錯手足。故君子名之必可言也,言之必可行也。君子於其言,無所苟而已矣。”

子路曰く、「衛の君、子を待ちて政を爲さん。子奚(なに)を將(まさ)に先にせん。」子曰く、「必ずや正名(せいめい)乎(こ)。」子路曰く、「有り是れ、子の迂(う)なり。奚(なに)其れ正せん。」子曰く、「野(や)なる哉、由也。君子は其の知らざる所に於(お)いて、蓋(けだ)し闕如(けつじょ)なり。名正(ただ)しからざれば、則ち言順(したが)はず。言順はざれば、則ち事成(な)らず。事成らざれば、則ち禮樂興(おこ)らず。禮樂興らざれば、則ち刑罰中(あた)らず。刑罰中らざれば、則ち民、手足を措(お)く所無し。故に君子は之を名づければ必ず言ふべく、之を言へば必ず行ふべし。君子は其の言に於(お)きて、苟(いやしく)もす而已(のみ)。」

樊遲請學稼,子曰:“吾不如老農。”請學為圃,曰:“吾不如老圃。”樊遲出,子曰:“小人哉樊須也!上好禮,則民莫敢不敬;上好義,則民莫敢不服;上好信,則民莫敢不用情。夫如是,則四方之民襁負其子而至矣,焉用稼?”

樊遲、稼(か)を學ばんを請ふ。子曰く、「吾老農に如(し)かず。」圃(ほ)を學ばんを請ふ。曰く、「吾老圃に如かず。」樊遲出づ。子曰く、「小人なる哉、樊須(はんすう)也。上、禮を好めば、則ち民敢(あへ)て敬せざる莫(な)し。上、義を好めば、則ち民敢て服せざる莫し。上、信を好めば、則ち民敢て情(じやう)を用ゐざる莫し。夫(そ)れ是の如くば、則ち四方の民、襁負(きやうふ)其子(そのこ)して至らん。焉(いづく)んぞ稼を用ゐん。」

子曰:“誦《詩》三百,授之以政,不達;使於四方,不能專對;雖多,亦奚以為?”

子曰く、「《詩》三百を誦(しよう)して、授(さづ)くるに政を以てして達(たっ)せず、四方に使(つか)ひして專對(せんたい)能(あた)はざれば、多(た)しと雖も亦奚(なに)を以てかせん。」

子曰:“其身正,不令而行;其身不正,雖令不從。”

子曰く、「其の身正(ただ)しければ、令(れい)せずして行はる。其の身正しからざれば、令すと雖も從(したが)はず。」

子曰:“魯衛之政,兄弟也。”

子曰く、「魯衛(ろえい)の政は、兄弟なり。」

子謂衛公子荊,“善居室。始有,曰:‘苟合矣。’少有,曰:‘苟完矣。’富有,曰:‘苟美矣。’”

子、衛の公子荆(こうしけい)を謂ふ、「居室(きよくしつ)に善(よ)し。始め有りて曰く、「苟(かり)に合(あ)ふ」。少(すこ)し有りて曰く、「苟に完(まった)し」。富有りて曰く、「苟に美なり」。」

子適衛,冉有僕,子曰:“庶矣哉!”冉有曰:“既庶矣,又何加焉?”曰:“富之。”曰:“既富矣,又何加焉?”曰:“教之。”

子、衛に適(ゆ)く。冉有僕(ぼく)す。子曰く、「庶(しよ)矣(かな)哉。」冉有曰く、「旣(すで)に庶なり、又何を加(くは)へん。」曰く、「之を富(と)ましめよ。」曰く、「旣に富み、又何を加へん。」曰く、「之を敎(をし)へよ。」

子曰:“苟有用我者,期月而已可也,三年有成。”

子曰く、「苟(いやしく)も我を用ゐる者有らば、朞月(きげつ)のみにして可なり。三年有成(なら)ん。」

子曰:“‘善人為邦百年,亦可以勝殘去殺矣。’誠哉是言也!”

子曰く、「『善人、邦を爲(つく)る百年、亦以て殘(ざん)を勝(まさ)し殺(さつ)を去るべし』。誠(まこと)なる哉、是の言や。」

子曰:“如有王者,必世而後仁。”

子曰く、「如(も)し王者有らば、必ず世(せい)と爲して後仁(じん)ならん。」

子曰:“苟正其身矣,於從政乎何有?不能正其身,如正人何?”

子曰く、「其の身正(ただ)しからば、從政に於(お)いて何ぞ有らん。其の身を正すこと能(あた)はざれば、人を正すことを如何せん。」

冉子退朝,子曰:“何晏也?”對曰:“有政。”子曰:“其事也。如有政,雖不吾以,吾其與聞之。”

冉子、朝(てう)より退(しりぞ)く。子曰く、「何ぞ晏(くれ)る也。」對へて曰く、「政有り。」子曰く、「其れ事なり。如(も)し政有らば、吾用ゐられずと雖も、吾其れ與(あずか)り聞(き)かん。」

定公問:“一言而可以興邦,有諸?”孔子對曰:“言不可以若是其幾也。人之言曰:‘為君難,為臣不易。’如知為君之難也,不幾乎一言而興邦乎?”曰:“一言而喪邦,有諸?”孔子對曰:“言不可以若是其幾也。人之言曰:‘予無樂乎為君,唯其言而莫予違也。’如其善而莫之違也,不亦善乎?如不善而莫之違也,不幾乎一言而喪邦乎?”

定公問ふ、「一言にして邦を興(おこ)す、有り諸(か)。」孔子對へて曰く、「言は以て若是(もくし)の其れ幾(ちか)き有るべからず。人の言に曰く、「君を爲る難(かた)し、臣を爲る易(やす)からず」と。如(も)し君を爲るの難きを知らば、一言にして邦を興すに幾(ちか)からずや。」曰く、「一言にして邦を喪(ほろ)ぼす、有り諸。」孔子對へて曰く、「言は以て若是の其れ幾き有るべからず。人の言に曰く、「予君を爲るに樂(たの)しみ無し、唯(た)だ其の言の莫(な)く違(たが)ふを樂しむ」と。其の言善(よ)くて之を違ふ莫ければ、亦善からずや。其の言善からずして之を違ふ莫ければ、不(ふ)亦(ま)た一言にして邦を喪ぼすに幾からずや。」

葉公問政,子曰:“近者說,遠者來。”

葉公、政を問ふ。子曰く、「近き者說(よろこ)び、遠き者來(きた)る。」

子夏為莒父宰,問政,子曰:“無慾速,無見小利。欲速則不達,見小利則大事不成。”

子夏、莒父(きよほ)の宰(さい)と爲りて、政を問ふ。子曰く、「速(すみ)やかなるを欲する毋(なか)れ、小利を見る毋れ。速やかなるを欲すれば則ち達(たっ)せず、小利を見れば則ち大事成(な)らず。」

葉公語孔子曰:“吾黨有直躬者,其父攘羊,而子證之。”孔子曰:“吾黨之直者異於是。父為子隱,子為父隱,直在其中矣。”

葉公、孔子に語(かた)りて曰く、「吾が黨(むら)に直躬(ちよくきう)者有り、其の父羊を攘(ぬす)みて、而(そ)して之を證(しよう)す。」孔子曰く、「吾が黨の直なる者は是(こ)れに異(こと)なり。父は子の爲に隱(かく)し、子は父の爲に隱す。直其の中に在り。」

樊遲問仁,子曰:“居處恭,執事敬,與人忠。雖之夷狄,不可棄也。”

樊遲、仁を問ふ。子曰く、「居(お)りて恭(きやう)、事を執(と)るに敬、人と交はるに忠。夷狄(いてき)の之(ゆ)くに雖(たと)ひ、棄(す)つべからざるなり。」

子貢問曰:“何如斯可謂之士矣?”子曰:“行己有恥,使於四方不辱君命,可謂士矣。”曰:“敢問其次。”曰:“宗族稱孝焉,鄉黨稱弟焉。”曰:“敢問其次。”曰:“言必信,行必果,踁踁然小人哉!抑亦可以為次矣。”曰:“今之從政者何如?”子曰:“噫!斗筲之人,何足算也!”

子貢問ひて曰く、「何くして斯(こ)れ士と謂ふべき。」子曰く、「己を行ひて恥有り、四方に使(つか)ひて君命を辱(はぢ)めざれば、士と謂ふべし。」曰く、「敢て其の次を問はん。」曰く、「宗族孝を稱(しやう)し、鄕黨弟(てい)を稱す。」曰く、「敢て其の次を問はん。」曰く、「言必ず信、行必ず果(か)。硜硜(こうこう)然として小人なる哉。抑(そも)亦以て次と爲すべし。」曰く、「今の從政者(じうせいしゃ)何如。」子曰く、「噫(い)、斗筲(たせう)の人、何ぞ算(さん)を足らん。」

子曰:“不得中行而與之,必也狂狷乎!狂者進取,狷者有所不為也。”

子曰く、「中行(ちうかう)と與(とも)にするを得ざれば、必ずや狂狷(きやうけん)乎(か)。狂者は進(すす)み取(と)り、狷者は爲(な)さざる所有り。」

子曰:“南人有言曰:‘人而無恆,不可以作巫醫。’善夫!”“不恆其德,或承之羞。”子曰:“不占而已矣。”

子曰く、「南人言有りて曰く、「人にして恒(つね)無くんば、巫醫(ふい)を作(つく)るべからず」と。善(よ)し。「其の德を恒せざれば、或(ある)は羞(しう)を承(う)く」。子曰く、「占(せん)せず而已(のみ)。」

子曰:“君子和而不同,小人同而不和。”

子曰く、「君子は和(わ)して同(どう)ぜず、小人は同じて和せず。」

子貢問曰:“鄉人皆好之,何如?”子曰:“未可也。”“鄉人皆惡之,何如?”子曰:“未可也。不如鄉人之善者好之,其不善者惡之。”

子貢問ふ、「鄕人皆(みな)之を好(この)む、何如。」子曰く、「未だ可ならず。」「鄕人皆之を惡(にく)む、何如。」子曰く、「未だ可ならず。鄕人の善き者之を好み、其の不善なる者之を惡むに如(し)かず。」

子曰:“君子易事而難說也,說之不以道不說也,及其使人也器之;小人難事而易說也,說之雖不以道說也,及其使人也求備焉。”

子曰く、「君子は事(つか)ふ易(やす)し、説(よろこ)ばしめ難(かた)し。之を説ばしむるに道を以てせざれば、説ばざるなり。及びて人を使ふや、之を器(き)す。小人は事ふ難く、説ばしめ易し。之を説ばしむるに道を以てせざると雖も、説ぶなり。及びて人を使ふや、求めて備(そな)へん。」

子曰:“君子泰而不驕,小人驕而不泰。”

子曰く、「君子は泰(たい)にして驕(きやう)らず、小人は驕りて泰ならず。」

子曰:“剛、毅、木、訥近仁。”

子曰く、「剛・毅(き)・木・訥(とつ)、仁に近し。」

子路問曰:“何如斯可謂之士矣?”子曰:“切切偲偲,怡怡如也,可謂士矣。朋友切切偲偲,兄弟怡怡。”

子路問ひて曰く、「何くして斯れ士と謂ふべき。」子曰く、「切切(せつせつ)偲偲(しし)怡怡(いい)如(じょ)たれば、士と謂ふべし。朋友は切切偲偲、兄弟は怡怡。」

子曰:“善人教民七年,亦可以即戎矣。”

子曰く、「善人、民を敎(をし)ふる七年、亦以て戎(いくさ)に即(つ)かしむべし。」

子曰:“以不教民戰,是謂棄之。”

子曰く、「不敎(ふきやう)の民を以て戰(いくさ)すれば、是れ之を棄(す)つると謂ふ。」

憲問

憲問恥,子曰:“邦有道,谷;邦無道,谷,恥也。”“克、伐、怨、欲不行焉,可以為仁矣?”子曰:“可以為難矣,仁則吾不知也。”

憲、恥を問ふ。子曰く、「邦道有りて穀(こく)す。邦道無くて穀す、恥なり。」「克・伐・怨・欲を行(おこな)はざれば、仁と爲すべからんか。」子曰く、「以て難(かた)しと爲すべし。仁は則ち吾其れ知らず。」

子曰:“士而懷居,不足以為士矣。”

子曰く、「士にして居(お)るを懷(いだ)かば、以て士と爲すに足らず。」

子曰:“邦有道,危言危行;邦無道,危行言孫。”

子曰く、「邦道有らば、言危(ただ)しく行危し。邦道無くば、行危く言孫(そん)す。」

子曰:“有德者必有言,有言者不必有德。仁者必有勇,勇者不必有仁。”

子曰く、「德ある者は必ず言有り、言ある者は必ずしも德有らず。仁者は必ず勇有り、勇者は必ずしも仁有らず。」

南宮适問於孔子曰:“羿善射,奡盪舟,俱不得其死然;禹、稷躬稼而有天下。”夫子不答。南宮适出,子曰:“君子哉若人!尚德哉若人!”

南宮适(なんくうかつ)、孔子に問ひて曰く、「羿(げい)善く射、奡(がう)蕩舟(とうしう)す。俱(とも)に其の死に得其(ところをえ)ず。禹稷(うしよく)躬(みづから)稼(か)して天下を有つ。」夫子答へず。南宮适出づ。子曰く、「君子なる哉、若(もし)此の人は。德を尚(とうと)ぶ哉、若此の人は。」

子曰:“君子而不仁者有矣夫,未有小人而仁者也。”

子曰く、「君子にして不仁ならん者有り。未だ小人にして仁有るを見ず。」

子曰:“愛之,能勿勞乎?忠焉,能勿誨乎?”

子曰く、「之を愛して、能く勞(つか)れざるか。之に忠にして、能く誨(をし)へざるか。」

子曰:“為命,裨諶草創之,世叔討論之,行人子羽修飾之,東里子產潤色之。”

子曰く、「命(めい)を爲(つく)るに、裨諶(ひしん)草創(さうさう)し、世叔之を討論(たうろん)し、行人子羽之を修飾(しうしよく)し、東里の子産之を潤色(じゅんしよく)す。」

或問子產,子曰:“惠人也。”問子西,曰:“彼哉,彼哉!”問管仲,曰:“人也。奪伯氏駢邑三百,飯疏食,沒齒無怨言。”

或る人、子産を問ふ。子曰く、「惠人(けいじん)なり。」子西を問ふ。曰く、「彼(か)の哉、彼の哉。」管仲を問ふ。曰く、「人也。伯氏の駢邑(へんいふ)三百を奪(うば)ひて、飯(め)し疏食(そし)、沒齒(ぼつし)怨言(えんげん)無し。」

子曰:“貧而無怨難,富而無驕易。”

子曰く、「貧して怨みざるは難(かた)く、富みて驕(きやう)らざるは易(やす)し。」

子曰:“孟公綽為趙、魏老則優,不可以為滕、薛大夫。”

子曰く、「孟公綽(もうくうしやく)を以て趙魏(てうぎ)の老(らう)と爲せば則ち優(ゆう)。滕薛(とうせつ)の大夫と爲るべからず。」

子路問成人,子曰:“若臧武仲之知、公綽之不欲、卞莊子之勇、冉求之藝,文之以禮樂,亦可以為成人矣。”曰:“今之成人者何必然?見利思義,見危授命,久要不忘平生之言,亦可以為成人矣。”

子路、成人を問ふ。子曰く、「臧武仲の知(かしこ)き、公綽の不欲(ふよく)、卞莊子(べんさうし)の勇、冉求の藝(げい)、文(あや)するに禮樂を以てすれば、亦以て成人と爲すべし。」曰く、「今の成人は何ぞ必ずしも然(しか)らん。利を見て義を思ひ、危(あや)うきを見て命を授(さづ)け、久しく要(やく)して平生の言を忘れざれば、亦以て成人と爲すべし。」

子問公叔文子於公明賈曰:“信乎,夫子不言,不笑,不取乎?”公明賈對曰:“以告者過也。夫子時然後言,人不厭其言;樂然後笑,人不厭其笑;義然後取,人不厭其取。”子曰:“其然?豈其然乎?”

子、公明賈に問ひて曰く、「信(まこと)に乎(か)、夫子言はず、笑はず、取らざるか。」公明賈對へて曰く、「以て告げる者の過(すぎ)なり。夫子時に然る後言ふ。人其の言を厭(いと)はず。樂(たの)しみて然る後笑ふ。人其の笑を厭はず。義にて然る後取る。人其の取るを厭はず。」子曰く、「其然(しか)るか。豈(あに)其れ然らんや。」

子曰:“臧武仲以防求為後於魯,雖曰不要君,吾不信也。”

子曰く、「臧武仲防(はう)を以防(たつ)にして後を魯に求む。要(えう)君と曰はざると雖も、吾信ぜざるなり。」

子曰:“晉文公譎而不正,齊桓公正而不譎。”

子曰く、「晉文公は譎(けつ)して正(ただ)しからず。齊桓公は正して譎らず。」

子路曰:“桓公殺公子糾,召忽死之,管仲不死,曰未仁乎?”子曰:“桓公九合諸侯不以兵車,管仲之力也。如其仁,如其仁!”

子路曰く、「桓公、公子糾(こうしきう)を殺(さつ)し、召忽(しようこつ)之を死(し)し、管仲死せず。未だ仁ならざらんか。」子曰く、「桓公、九(きう)諸侯を合(かつ)して、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。如(し)き其の仁。如其の仁。」

子貢曰:“管仲非仁者與?桓公殺公子糾,不能死,又相之。”子曰:“管仲相桓公霸諸侯,一匡天下,民到於今受其賜。微管仲,吾其被髮左衽矣。豈若匹夫匹婦之為諒也,自經於溝瀆而莫之知也。”

子貢曰く、「管仲は仁者に非ざるか。桓公、公子糾を殺して、能く死せず、又之を相(たす)く。」子曰く、「管仲、桓公を相けて、諸侯を霸(は)す。一たび天下を匡(ただ)して、民今に到(いた)る其の賜(し)を受(う)く。微(も)し管仲あらば、吾其れ被髮左衽(ひはつさじん)せん。豈(あに)匹夫匹婦(ひっぷひつぷ)の諒(りやう)を爲(つく)りて、溝瀆(こうとく)に自(みづから)經(けい)して知る莫(な)きを爲さんや。」

公叔文子之臣大夫僎與文子同升諸公,子聞之,曰:“可以為‘文’矣。”

公叔文子の臣、大夫僎(せん)と、文子と與(とも)に諸(これ)を公に升(のぼ)る。子之を聞きて曰く、「以て文と爲すべし。」

子言衛靈公之無道也,康子曰:“夫如是,奚而不喪?”孔子曰:“仲叔圉治賓客,祝鮀治宗廟,王孫賈治軍旅,夫如是,奚其喪?”

子、衛靈公の無道を言ふ。康子曰く、「夫(そ)れ是の如く、奚(なに)ぞ喪(ほろ)びざる。」孔子曰く、「仲叔圉(ちうしゆくぎよ)、賓客に治(ち)し、祝鮀(しゆくだ)、宗廟に治し、王孫賈(わうそんか)、軍旅に治す。夫是の如く、奚ぞ其れ喪ばん。」

子曰:“其言之不怍,則為之也難。”

子曰く、「其の言の怍(ざく)ならざれば、則ち之を爲すも難(かた)し。」

陳成子弒簡公,孔子沐浴而朝,告於哀公曰:“陳恆弒其君,請討之。”公曰:“告夫三子。”孔子曰:“以吾從大夫之後,不敢不告也,君曰‘告夫三子’者!”之三子告,不可。孔子曰:“以吾從大夫之後,不敢不告也。”

陳成子、簡公を弑(しい)す。孔子沐浴(もくよく)して朝(てう)し、哀公に告げて曰く、「陳恆(ちんこう)、其の君を弑す。之を討(と)つを請はん。」公曰く、「夫(そ)の三子に告げよ。」子曰く、「吾大夫に後(おく)るるを以て、敢て告げざらんや。曰く、夫の三子に告げよ。」之三子に之を告ぐ。不可。子曰く、「吾大夫に後るるを以て、敢て告げざらんや。」

子路問事君,子曰:“勿欺也,而犯之。”

子路、事君を問ふ。子曰く、「之を欺(あざむ)く勿(なか)れ、而(そ)して之を犯(おか)せ。」

子曰:“君子上達,小人下達。”

子曰く、「君子上達(じやうたつ)し、小人下達(かたつ)す。」

子曰:“古之學者為己,今之學者為人。”

子曰く、「古の學者は己が爲、今の學者は人の爲。」

蘧伯玉使人於孔子,孔子與之坐而問焉,曰:“夫子何為?”對曰:“夫子欲寡其過而未能也。”使者出,子曰:“使乎!使乎!”

蘧伯玉(きよはくぎよく)、人をして孔子に之(ゆ)かしむ。孔子之に與(とも)に坐(ざ)して問ひて曰く、「夫子何をか爲(な)す。」對へて曰く、「夫子、其の過を寡(すく)なからんと欲して、未能(いまだあた)はざるなり。」使者出づ。子曰く、「使乎(しこ)、使乎。」

子曰:“不在其位,不謀其政。”曾子曰:“君子思不出其位。”

子曰く、「其の位に在らざれば、其の政を謀(はか)らず。」曾子曰く、「君子の思慮(しりよ)は其の位を出(い)ださず。」

子曰:“君子恥其言而過其行。”

子曰く、「君子、其の言の其の行(こう)に過(す)ぐるを恥づ。」

子曰:“君子道者三,我無能焉:仁者不憂,知者不惑,勇者不懼。”子貢曰:“夫子自道也。”

子曰く、「君子の道者三、我無(な)く能(あた)はず。仁者は憂へず、知者は惑はず、勇者は懼(おそ)れず。」子貢曰く、「夫子自ら道(い)ふなり。」

子貢方人,子曰:“賜也賢乎哉?夫我則不暇。”

子貢、人を方(かたづ)けて曰く、「賜也賢(けん)乎(か)哉。夫(そ)れ我則ち暇(いとま)ならず。」

子曰:“不患人之不己知,患其不能也。”

子曰く、「人の己を知らざるを患(うれ)へず、己の能(あた)はざるを患ふ。」

子曰:“不逆詐,不億不信,抑亦先覺者,是賢乎!”

子曰く、「詐(さ)を逆(さか)せず、不信(ふしん)を億(おく)せず、抑(そも)亦先(ま)づ覺(かく)る者は、賢乎(か)。」

微生畝謂孔子曰:“丘何為是棲棲者與?無乃為佞乎?”孔子曰:“非敢為佞也,疾固也。”

微生畝(びせいぼう)、孔子に謂ひて曰く、「丘、何を爲(な)すか是(こ)の栖栖(せいせい)者歟(か)。無(な)く乃(すなは)ち佞(ねい)を爲さんと欲する乎。」子曰く、「非敢て佞を爲すなり。疾(や)む固(こ)なり。」

曰:“驥不稱其力,稱其德也。”

子曰く、「驥(き)は其の力を稱(しやう)せず、其の德を稱す。」

或曰:“以德報怨,何如?”子曰:“何以報德?以直報怨,以德報德。”

或る人曰く、「德を以て怨に報(むく)ゆれば、何如。」子曰く、「何以(なに)を以てか德に報いん。直(ちよく)を以て怨に報い、德を以て德に報ゆ。」

子曰:“莫我知也夫!”子貢曰:“何為其莫知子也?”子曰:“不怨天,不尤人,下學而上達。知我者其天乎!”

子曰く、「我を知る其れ莫(な)し。」子貢曰く、「何を其れ子を知る莫きや。」子曰く、「天を怨(うら)みず、人を尤(せ)めず。下學(かがく)して上達(しやうたつ)す。我を知る其れ天乎(か)。」

公伯寮愬子路於季孫。子服景伯以告,曰:“夫子固有惑志於公伯寮,吾力猶能肆諸市朝。”子曰:“道之將行也與,命也;道之將廢也與,命也。公伯寮其如命何?”

公伯寮(こうはくれう)、子路を季孫に愬(そ)ふ。子服景伯(しふくけいはく)、以て告げて曰く、「夫子固(もと)より惑(まど)ふ公伯寮有り、吾力猶(なほ)能く諸(これ)を市朝(しちやう)に肆(し)す。」子曰く、「道の將(まさ)に行はれんとするや命也、道の將に廢(はい)せんとするや命也。公伯寮其れ命を如何せん。」

子曰:“賢者辟世,其次辟地,其次辟色,其次辟言。”子曰:“作者七人矣。”

子曰く、「賢者は世を辟(さ)け、其の次は地を辟け、其の次は色を辟け、其の次は言を辟く。」子曰く、「作(さ)す者七人。」

子路宿於石門,晨門曰:“奚自?”子路曰:“自孔氏。”曰:“是知其不可而為之者與?”

子路、石門(せきもん)に宿(しゆく)す。晨門(しんもん)曰く、「奚(いづく)より自(よ)る。」子路曰く、「孔氏より自る。」曰く、「是れ其の不可を知りて之を爲す者歟(か)。」

子擊磬於衛,有荷蕢而過孔氏之門者,曰:“有心哉,擊磬乎!”既而曰:“鄙哉,硜硜乎!莫己知也,斯己而已矣。深則厲,淺則揭。”子曰:“果哉!末之難矣。”

子、磬(けい)を衛に撃(う)つ。荷蕢(かき)して孔氏の門を過(よ)ぐる者有りて曰く、「心(しん)有りて磬を撃つ哉。」旣(すで)にして曰く、「鄙(ひ)なる哉、硜硜(こうこう)乎(こ)。己を知る莫(な)ければ、斯(こ)れ已(や)めんのみ。深ければ厲(れい)、淺ければ揭(けい)。」子曰く、「果(か)なる哉。末(まつ)之れ難(かた)し。」

子張曰:“《書》云,‘高宗諒陰,三年不言。’何謂也?”子曰:“何必高宗,古之人皆然。君薨,百官總己以聽於冢宰三年。”

子張曰く、「《書》に云く、「高宗、諒陰(りやうあん)に居(お)りて、三年言はず」。何の謂ぞ。」子曰く、「何ぞ必ずしも高宗、古の人皆然(しか)り。君薨(こう)せば、百官總己(そうき)して、冢宰(てうさい)に聽(き)くこと三年。」

子曰:“上好禮,則民易使也。”

子曰く、「上、禮を好めば、則ち民使(つか)ひ易(やす)し。」

子路問君子,子曰:“修己以敬。”曰:“如斯而已乎?”曰:“修己以安人。”曰:“如斯而已乎?”曰:“修己以安百姓。修己以安百姓,堯、舜其猶病諸!”

子路、君子を問ふ。子曰く、「己を修(をさ)めて敬(けい)を以てす。」曰く、「如(も)し斯(こ)れ而已(のみ)乎(か)。」曰く、「己を修めて以て人を安(あん)ず。」曰く、「如斯而已乎。」曰く、「己を修めて以て百姓を安んず。己を修めて以て百姓を安んずるは、堯舜其れ猶(なほ)病(や)み諸(これ)。」

原壤夷俟,子曰:“幼而不孫弟,長而無述焉,老而不死,是為賊!”以杖叩其脛。

原壤、夷俟(いし)す。子曰く、「幼にして孫弟(そんてい)ならず、長(ちやう)じて述(の)ぶる無く、老いて死せざるは、是れ賊(ぞく)と爲る。」杖(ぢやう)を以て其の脛(はぎ)を叩(たゝ)く。

闕黨童子將命,或問之曰:“益者與?”子曰:“吾見其居於位也,見其與先生並行也。非求益者也,欲速成者也。”

闕黨(けつとう)の童子將命(しやうめい)す。或る人子に問ひて曰く、「益(まさ)なる者歟(か)。」子曰く、「吾其の位に居(お)るを見、其の先生と與(とも)に竝(なら)び行(ゆ)くを見る。益を求むるに非ず、速成(そくせい)を欲する也。」

衛靈公

衛靈公問陳於孔子,孔子對曰:“俎豆之事,則嘗聞之矣;軍旅之事,未之學也。”明日遂行。

衛靈公、陳(ちん)を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「俎豆(そとう)の事は、則ち嘗(かつ)て之を聞きき。軍旅の事は、未だ之を學ばず。」明日遂(つひ)に行(ゆ)く。

在陳絕糧,從者病莫能興。子路慍見曰:“君子亦有窮乎?”子曰:“君子固窮,小人窮斯濫矣。”

陳に在りて糧(かて)を絕(た)つ。從者病(や)みて能(あた)はず興(おこ)る。子路慍(うら)みて見(まみ)えて曰く、「君子も亦窮(きう)する有り乎(か)。」子曰く、「君子は窮すと雖も固(かた)し。小人は窮すれば斯(こ)れ濫(らん)なり。」

子曰:“賜也,女以予為多學而識之者與?”對曰:“然,非與?”曰:“非也,予一以貫之。”

子曰く、「賜也、女(なんぢ)我を以て多學して之を識(しる)す者と爲すか。」對へて曰く、「然(しか)り。非(あら)ず與(か)。」曰く、「非ざるなり。予一を以て之を貫(つらぬ)く。」

子曰:“由,知德者鮮矣。”

子曰く、「由(ゆ)、德を知る者鮮(すく)なし。」

子曰:“無為而治者其舜也與!夫何為哉?恭己正南面而已矣。”

子曰く、「無爲(むい)にして治(ち)めたる者、其れ舜歟(か)。夫(そ)れ何をか爲(な)せん。己を恭(きやう)にして、正南面(せいなんめん)而已(のみ)。」

子張問行,子曰:“言忠信,行篤敬,雖蠻貊之邦行矣;言不忠信,行不篤敬,雖州里行乎哉?立則見其參於前也;在輿則見其倚于衡也,夫然後行。”子張書諸紳。

子張、行(おこな)ふを問ふ。子曰く、「言忠信、行篤敬(とくけい)なれば、蠻貊(ばんばく)の邦に雖(たと)ひ行はる。言忠信ならず、行篤敬ならざれば、州里(しうり)に雖(たと)ひ行はれんや。立てば則ち其の參前(さんぜん)を見、輿(よ)に在れば則ち其の衡(かう)に倚(よ)るを見。夫(そ)れ是(こ)の後行はれん。」子張、諸(これ)を紳(しん)に書す。

子曰:“直哉史魚!邦有道如矢,邦無道如矢。君子哉蘧伯玉!邦有道則仕,邦無道則可卷而懷之。”

子曰く、「直なる哉、史魚(しぎよ)。邦道有れば矢(し)の如(ごと)く、邦道無くば矢の如し。君子なる哉、蘧伯玉(きよはくぎよく)。邦道有れば則ち仕(し)へ、邦道無くば則ち卷(けん)して懷(いだ)くべし。」

子曰:“可與言而不與之言,失人;不可與言而與之言,失言。知者不失人亦不失言。”

子曰く、「與(とも)に言ふべくして與に言はざれば、人を失(しつ)す。與に言ふべからずして與に言へば、言を失す。知者は亦人を失はず、亦言を失はず。」

子曰:“志士仁人無求生以害仁,有殺身以成仁。”

子曰く、「志士仁人、生を求めて以て仁を害(がい)する無く、身を殺して以て仁を成す有り。」

子貢問為仁,子曰:“工欲善其事,必先利其器。居是邦也,事其大夫之賢者,友其士之仁者。”

子貢、仁を爲(な)すを問ふ。子曰く、「工(こう)其の事を善(よ)くせんと欲すれば、必先ず其の器(き)を利(り)す。是の邦に居(お)れば、其の大夫の賢なる者に事へ、其の士の仁なる者と友とす。」

顏淵問為邦,子曰:“行夏之時,乘殷之輅,服周之冕,樂則《韶》、《舞》;放鄭聲,遠佞人。鄭聲淫,佞人殆。”

顏淵、邦を爲(つく)るを問ふ。子曰く、「夏の時(じ)を行ひ、殷の輅(ろ)に乘(の)り、周の冕(べん)を服(ふく)し、樂は則ち《韶》舞(しやうぶ)。鄭聲を放(ほう)し、佞人(ねいじん)を遠(とほ)ざく。鄭聲は淫(いん)、佞人は殆(あや)ふし。」

子曰:“人無遠慮,必有近憂。”

子曰く、「人遠慮(えんりよ)無くんば、必有(ひつう)近憂(きんいう)。」

子曰:“已矣乎!吾未見好德如好色者也。”

子曰く、「已(や)め矣(かな)。吾未だ德を好むこと色を好むが如きを見ず。」

子曰:“臧文仲其竊位者與!知柳下惠之賢而不與立也。”

子曰く、「臧文仲、其れ竊位(せつい)者歟(か)。柳下惠(りうかけい)の賢を知りて、與(とも)に立たざるなり。」

子曰:“躬自厚而薄責於人,則遠怨矣。”

子曰く、「躬(みづから)厚(あつ)くして、人に薄(はく)く責(せ)むれば、則ち怨(えん)に遠(とほ)し。」

子曰:“不曰‘如之何、如之何’者,吾末如之何也已矣。”

子曰く、「曰(い)はざる、之を如何之を如何せん。吾末(まつ)之を如何ともせん也已(なり)。」

子曰:“群居終日,言不及義,好行小慧,難矣哉!”

子曰く、「群居(ぐんきよ)終日、言義(げんぎ)に及ばず、小慧(せうえい)を好む。難(かた)矣(かな)哉。」

子曰:“君子義以為質,禮以行之,孫以出之,信以成之。君子哉!”

子曰く、「君子、義を以て質(しつ)と爲し、禮を以て之を行ひ、孫(そん)を以て之を出(い)だし、信を以て之を成す。君子なる哉。」

子曰:“君子病無能焉,不病人之不己知也。”

子曰く、「君子、能(あた)はざるを病(や)み、人の己を知らざるを病まず。」

子曰:“君子疾沒世而名不稱焉。”

子曰く、「君子、沒世(ぼつせい)して稱(しやう)せられざるを疾(や)む。」

子曰:“君子求諸己,小人求諸人。”

子曰く、「君子は己に求(もと)め、小人は人に求む。」

子曰:“君子矜而不爭,群而不黨。”

子曰く、「君子は矜(きやう)にして爭(あらそ)はず、群(ぐん)して黨(とう)せず。」

子曰:“君子不以言舉人,不以人廢言。”

子曰く、「君子、人を以て言を擧(あ)げず、言を以て人を廢(はい)せず。」

子貢問曰:“有一言而可以終身行之者乎?”子曰:“其恕乎!己所不欲,勿施於人。”

子貢問ひて曰く、「一言にして以て終身之を行ふべき者有らんか。」子曰く、「其れ恕(じよ)乎(か)。己の欲せざる所は、人に施(ほどこ)す勿(なか)れ。」

子曰:“吾之於人也,誰毀誰譽?如有所譽者,其有所試矣。斯民也,三代之所以直道而行也。”

子曰く、「吾の人に於(お)けるや、誰(たれ)をか毀(き)し、誰をか譽(よ)さん。如(も)し譽する所有らば、其れ試(ため)さるる有り。斯(こ)の民也、三代の直道(ちよくだう)を以て行はるる所以(ゆゑん)なり。」

子曰:“吾猶及史之闕文也,有馬者借人乘之,今亡矣夫!”

子曰く、「吾猶(なほ)史の闕文(けつぶん)を及見(およびみ)る。馬有る者、人に借(しやく)して乘(の)る。今亡(な)き乎(か)夫(そ)れ。」

子曰:“巧言亂德,小不忍,則亂大謀。”

子曰く、「巧言、德を亂(みだ)る。小忍(せうにん)せざれば、則ち大謀(だいぼう)を亂る。」

子曰:“眾惡之,必察焉;眾好之,必察焉。”

子曰く、「衆之を惡(にく)めば、必ず察(さつ)す。衆之を好(この)めば、必ず察す。」

子曰:“人能弘道,非道弘人。”

子曰く、「人は能く道を弘(ひろ)む。道は人能く人を弘むるに非ず。」

子曰:“過而不改,是謂過矣。”

子曰く、「過(あやまち)て改めざれば、是れ過を謂ふ。」

子曰:“吾嘗終日不食、終夜不寢以思,無益,不如學也。”

子曰く、「吾嘗(かつ)て終日食(くら)はず、終夜寢(いね)ずして、以て思ふ。益(えき)無し。學ぶに如(し)かず。」

子曰:“君子謀道不謀食。耕也餒在其中矣,學也祿在其中矣。君子憂道不憂貧。”

子曰く、「君子は道を謀(はか)りて、食を謀らず。耕(かう)すれば餒(う)ゑる也其の中に在り。學べば禄其の中に在り。君子は道を憂へて、貧を憂へず。」

子曰:“知及之,仁不能守之,雖得之,必失之;知及之,仁能守之,不莊以蒞之,則民不敬;知及之,仁能守之,莊以蒞之,動之不以禮,未善也。”

子曰く、「知(ち)及(およ)び之を得て、仁能く之を守らざれば、之を得ると雖も必ず之を失ふ。知及び之を得て、仁能く之を守り、莊(さう)を以て之に涖(り)せざれば、則ち民敬せず。知及び之を得て、仁能く之を守り、莊を以て之に涖し、之を動かすに禮を以てせざれば、未だ善ならざるなり。」

子曰:“君子不可小知而可大受也,小人不可大受而可小知也。”

子曰く、「君子は小知(せうち)すべからざるも、大受(たいじゆ)すべし。小人は大受すべからざるも、小知すべし。」

子曰:“民之於仁也,甚於水火。水火,吾見蹈而死者矣,未見蹈仁而死者也。”

子曰く、「民の仁に於(お)けるや、水火に甚(はなは)だし。水火、吾蹈(ふ)みて死するを見る。蹈みて死するを仁に於いて見ざるなり。」

子曰:“當仁不讓於師。”

子曰く、「仁に當(あ)たりて、師に讓(じやう)せず。」

子曰:“君子貞而不諒。”

子曰く、「君子、貞(てい)して諒(りやう)ならず。」

子曰:“事君,敬其事而後其食。”

子曰く、「君に事ふるに、其の事を敬して、後に其の食(し)を。」

子曰:“有教無類。”

子曰く、「敎(きやう)有りて類(るい)無し。」

子曰:“道不同,不相為謀。”

子曰く、「道同じからざれば、相(あい)謀(はか)る爲(ため)無し。」

子曰:“辭達而已矣。”

子曰く、「辭(じ)、達(たっ)する而已(のみ)。」

師冕見,及階,子曰:“階也。”及席,子曰:“席也。”皆坐,子告之曰:“某在斯,某在斯。”師冕出。子張問曰:“與師言之道與?”子曰:“然,固相師之道也。”

師冕(しめん)見(まみ)ゆ。階に及びて、子曰く、「階也。」席に及びて、子曰く、「席也。」皆坐(ざ)す。子之を告げて曰く、「某(ぼう)在(ここ)に在り、某在斯に在り。」師冕出づ。子張問ひて曰く、「與(と)師言ふの道與(か)。」子曰く、「然(しか)り。固(もと)より相師(さうし)の道なり。」

季氏

季氏將伐顓臾,冉有、季路見於孔子,曰:“季氏將有事於顓臾。”孔子曰:“求,無乃爾是過與?夫顓臾,昔者先王以為東蒙主,且在邦域之中矣,是社稷之臣也。何以伐為?”冉有曰:“夫子欲之,吾二臣者皆不欲也。”孔子曰:“求,周任有言曰:‘陳力就列,不能者止。’危而不持,顛而不扶,則將焉用彼相矣?且爾言過矣,虎兕出於柙,龜玉毀於櫝中,是誰之過與?”冉有曰:“今夫顓臾固而近於費,今不取,後世必為子孫憂。”孔子曰:“求,君子疾夫舍曰欲之而必為之辭。丘也聞,有國有家者,不患寡而患不均,不患貧而患不安。蓋均無貧,和無寡,安無傾。夫如是,故遠人不服則修文德以來之,既來之,則安之。今由與求也相夫子,遠人不服而不能來也,邦分崩離析而不能守也,而謀動干戈於邦內。吾恐季孫之憂不在顓臾,而在蕭牆之內也。”

季氏、將(まさ)に顓臾(せんゆ)を伐(ばつ)せんとす。冉有・季路、孔子を見(まみ)えて曰く、「季氏、將に顓臾に事有らんとす。」孔子曰く、「求、無(な)く乃(すなは)ち爾(なんぢ)が過(とが)か。夫(そ)れ顓臾は、昔者(むかし)先王以て東蒙(とうもう)の主(しゆ)と爲し、且(か)つ邦域(はういき)の中に在り。是れ社稷の臣なり。何以(なに)を以てか伐を爲さん。」冉有曰く、「夫子之を欲す。吾二臣者皆欲せず。」孔子曰く、「求、周任(しうにん)言有りて曰く、「力を陳(ちん)して列(れつ)に就(つ)き、能(あた)はざれば止(や)む」と。危(あや)うきを持(じ)せずして顚(てん)を持せざれば、則ち焉(いづく)んぞ彼(か)の相(しやう)を用ゐん。且つ爾が言過(あやま)れり。虎兕(こじ)柙(かう)を出で、龜玉(きぎよく)櫝(とく)の中に毀(き)するは、是れ誰の過ぞ。」冉有曰く、「今夫顓臾、固(こ)にして費(ひ)に近し。今取らざれば、後世必ず子孫の憂を爲さん。」孔子曰く、「求、君子は其の舍(す)てざるを疾(にく)む。曰く欲(ほつ)せず、而(そ)して必ず之を辭(じ)す。丘も聞く、國有家(くにうけ)有る者、寡(すく)なきを患(うれ)へずして均(ひと)しからざるを患へ、貧しきを患へずして安(あん)ならざるを患ふ。蓋(けだ)し均しければ貧無く、和すれば寡なく、安ければ則ち傾(かたむ)かざるなり。夫是の如く、故に遠人服せざれば、則ち文德(ぶんとく)を修めて以て之を來(き)たらしめ、之を來たりて、則ち之を安んず。今由與求也、夫子を相(たす)けて、遠人服せざれば來たらしむる能(あた)はず、邦分崩(ぶんぼう)離析(りせき)して守る能はず、而も邦內(ぼうない)に干戈(かんか)を動かさんを謀(はか)る。吾恐(おそ)る、季孫の憂は、顓臾に在らずして、蕭牆(せうしやう)の內(うち)に在るを。」

孔子曰:“天下有道,則禮樂征伐自天子出;天下無道,則禮樂征伐自諸侯出。自諸侯出,蓋十世希不失矣;自大夫出,五世希不失矣;陪臣執國命,三世希不失矣。天下有道,則政不在大夫;天下有道,則庶人不議。”

孔子曰く、「天下道有れば、則ち禮樂征伐、天子より自(よ)る。天下道無くば、則ち禮樂征伐、諸侯より自る。諸侯より自れば、蓋(けだ)し十世にして失(しつ)せざる希(まれ)なり。大夫より自れば、五世にして失せざる希なり。陪臣(ばいしん)國命を執(と)れば、三世にして失せざる希なり。天下道有れば、則ち政大夫に在らず。天下道有れば、則ち庶人議(ぎ)せず。」

孔子曰:“祿之去公室五世矣,政逮於大夫四世矣,故夫三桓之子孫微矣。”

孔子曰く、「禄の公室を去(きよ)るや五世、政大夫に逮(およ)ぶや四世。故に夫(そ)れ三桓(さんくゎん)の子孫微(び)矣(なり)。」

孔子曰:“益者三友,損者三友。友直、友諒、友多聞,益矣;友便辟、友善柔、有便佞,損矣。”

孔子曰く、「益者三友(えきしゃさんいう)、損者三友。友直(ちよく)、友諒(りやう)、友多聞、益矣(なり)。友便辟(べんぺき)、友善柔(ぜんじゆう)、友便佞(べんねい)、損矣。」

孔子曰:“益者三樂,損者三樂。樂節禮樂、樂道人之善、樂多賢友,益矣;樂驕樂、樂佚遊、樂宴樂,損矣。”

孔子曰く、「益者三樂(えきしゃさんらく)、損者三樂。禮樂を節(せつ)するを樂(たの)しみ、人の善を道(い)ふを樂しみ、賢友を多くするを樂しむは、益矣。驕樂(けうらく)、佚游(いつゆう)、宴樂(えんらく)を樂しむは、損矣。」

孔子曰:“侍於君子有三愆:言未及之而言謂之躁,言及之而不言謂之隱,未見顏色而言謂之瞽。”

孔子曰く、「君子に侍(じ)するに愆(けん)三つ有り。言及(およ)ばざるに之を言ふを躁(さう)と謂ふ。及ばば言はざるを隱(いん)と謂ふ。顏色を見ずして言ふを瞽(こ)と謂ふ。」

孔子曰:“君子有三戒:少之時,血氣未定,戒之在色;及其壯也,血氣方剛,戒之在鬥;及其老也,血氣既衰,戒之在得。”

孔子曰く、「君子有三戒(さんかい)。少(しやう)の時、血氣未定(みてい)、之を戒(いまし)むるに色に在り。其の壯(さう)に及んで、血氣方(まさ)に剛(こう)。之を戒むるに鬬(とう)に在り。其の老に及んで、血氣旣(すで)に衰(すい)。之を戒むるに得(とく)に在り。」

孔子曰:“君子有三畏:畏天命,畏大人,畏聖人之言。小人不知天命而不畏也,狎大人,侮聖人之言。”

孔子曰く、「君子有三畏(さんい)。天命を畏(おそ)れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人を狎(あ)れ、聖人の言を侮(あなど)る。」

孔子曰:“生而知之者上也,學而知之者次也;困而學之又其次也。困而不學,民斯為下矣。”

孔子曰く、「生れて之を知る者は上なり。學びて之を知る者は次なり。困(くるし)みて之を學ぶは又其の次なり。困みて學ばざれば、民斯(こ)れ爲(い)下(か)なり。」

孔子曰:“君子有九思:視思明,聽思聰,色思溫,貌思恭,言思忠,事思敬,疑思問,忿思難,見得思義。”

孔子曰く、「君子有九思(きうし)。視(み)るに明(めい)を思ひ、聽(き)くに聰(そう)を思ひ、色は温を思ひ、貌(ぼう)は恭を思ひ、言は忠を思ひ、事は敬を思ひ、疑(ぎ)は問を思ひ、忿(ふん)は難(なん)を思ひ、得(とく)を見ては義を思ふ。」

孔子曰:“見善如不及,見不善如探湯;吾見其人矣。吾聞其語矣。隱居以求其志,行義以達其道;吾聞其語矣,未見其人也。”

子曰く、「善を見て如(ごと)く及ばず、不善を見て如く湯(たう)を探(さぐ)る。吾其の人を見、其の語(ご)を聞きき。隱(いん)して以て其の志を求め、義を行ひて以て其の道を達(たっ)す。吾其の語を聞けども、未だ其の人を見ざるなり。」

齊景公有馬千駟,死之日,民無德而稱焉;伯夷、叔齊餓於首陽之下,民到於今稱之。其斯之謂與?”

齊景公、馬四千駟有り。死するの日、民德(とく)無し。稱(しやう)するに及ばざるなり。伯夷・叔齊、首陽(しゆやう)の下に餓(が)して、民今に到(いた)る之を稱す。其れ斯(こ)の謂なり。

陳亢問於伯魚曰:“子亦有異聞乎?”對曰:“未也。嘗獨立,鯉趨而過庭,曰:‘學《詩》乎?’對曰:‘未也。’‘不學《詩》,無以言。’鯉退而學《詩》。他日,又獨立,鯉趨而過庭,曰:‘學《禮》乎?’對曰:‘未也。’‘不學《禮》,無以立。’鯉退而學《禮》。聞斯二者。”陳亢退而喜曰:“問一得三,聞《詩》,聞《禮》,又聞君子之遠其子也。”

陳亢、伯魚に問ひて曰く、「子も亦異聞(いぶん)有るか。」對へて曰く、「未(いま)だ有らず。嘗(かつ)て獨立(どくりつ)して、鯉(り)趨(はし)りて庭を過(す)ぐ。曰く、「《詩》を學びしか」と。對へて曰く、「未だ」と。「《詩》を學ばざれば、以て言ふ無し」。鯉退きて《詩》を學ぶ。他日、又獨立して、鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、「《禮》を學びしか」。對へて曰く、「未だ」。「《禮》を學ばざれば、以て立つ無し」。鯉退きて《禮》を學ぶ。斯(こ)れ二者を聞くのみ。」陳亢退きて喜びて曰く、「一を問ひて三を得たり。詩を聞き、禮を聞き、又君子の其の子を遠(とほ)ざくるを聞く。」

邦君之妻,君稱之曰夫人,夫人自稱曰小童;邦人稱之曰君夫人,稱諸異邦曰寡小君;異邦人稱之亦曰君夫人。

邦君の妻、君之を稱(しやう)して曰く夫人。夫人自(みづから)稱して曰く小童。邦人之を稱して曰く君夫人。諸(これ)を異邦に稱しては寡小君。異邦人之を稱して亦曰く君夫人。

陽貨

陽貨欲見孔子,孔子不見,歸孔子豚。孔子時其亡也而往拜之,遇諸塗。謂孔子曰:“來,予與爾言。”曰:“懷其寶而迷其邦,可謂仁乎?”曰:“不可。”“好從事而亟失時,可謂知乎?”曰:“不可!”“日月逝矣,歲不我與!”孔子曰:“諾,吾將仕矣。”

陽貨、孔子を見(まみ)えんことを欲す。孔子見えざれば、孔子に豚(とん)を歸(けい)す。孔子其の亡(な)きに時を伺(うかが)ひて往(ゆ)きて之を拜す。諸(これ)を塗(と)に遇(あ)ふ。孔子に謂ひて曰く、「來(きた)れ、予爾(なんぢ)と與(とも)に言はん。」曰く、「其の寶(たから)を懷(いだ)きて其の邦を迷(まど)はさば、仁と謂ふべからんか。」曰く、「不可(ふか)なり。」「事を爲すを好みて亟(しば)しば時を失ふは、知(かしこ)しと謂ふべからんか。」曰く、「不可なり。」「日月逝(せい)す、歲我を與(とも)にせず。」孔子曰く、「諾(だく)。吾將(まさ)に仕(し)へん。」

子曰:“性相近也,習相遠也。”

子曰く、「性(せい)相近(あいちか)し、習(しう)相遠(あいとほ)し。」

子曰:“唯上知與下愚不移。”

子曰く、「唯(た)だ上知(しやうち)と下愚(かぐ)と、移(うつ)らざるなり。」

子之武城,聞絃歌之聲。夫子莞爾而笑,曰:“割雞焉用牛刀?”子游對曰:“昔者偃也聞諸夫子曰:‘君子學道則愛人,小人學道則易使也。’”子曰:“二三子,偃之言是也!前言戲之耳。”

子、武城に之(ゆ)く。絃歌(げんか)の聲を聞く。夫子莞爾(くゎんじ)として笑(わら)ひて曰く、「雞を割(かつ)くに焉(いづく)んぞ牛刀(ぎうとう)を用ゐん。」子游對へて曰く、「昔者(むかし)偃(えん)も諸(これ)を夫子に聞きて曰く、「君子學べば則ち人を愛(あい)す、小人學べば則ち易使(いし)なり」と。」子曰く、「二三子、偃の言是(これ)也。前言は戲(ぎ)之(これ)耳(のみ)。」

公山弗擾以費畔,召,子欲往。子路不說,曰:“末之也已,何必公山氏之之也?”子曰:“夫召我者而豈徒哉?如有用我者,吾其為東周乎!”

公山弗擾(こうざんふつじよう)、費(ひ)を以て畔(はん)す。召(しやう)して、子欲(ほつ)して往(ゆ)かん。子路説(よろこ)ばずして曰く、「末(すゑ)之也已(なり)。何ぞ必ずしも公山氏の之(ゆ)くに之かん。」子曰く、「夫(そ)れ召する者を、而(そ)して徒(いたず)らならん哉。如(も)し我を用ゐる者有らば、吾其れ東周(とうしう)を爲(な)さん。」

子張問仁於孔子,孔子曰:“能行五者於天下為仁矣。”請問之,曰:“恭、寬、信、敏、惠。恭則不侮,寬則得眾,信則人任焉,敏則有功,惠則足以使人。”

子張、仁を孔子に問ふ。孔子曰く、「能く五者を天下に行はば、仁と爲すべし。」曰く、「敢て問はん。」曰く、「恭・寬・信・敏・惠。恭なれば則ち侮(あなど)られず、寬なれば則ち衆を得、信なれば則ち人に任(にん)ぜられ、敏なれば則ち功有り、惠なれば則ち以て人を使ふに足る。」

佛肸召,子欲往。子路曰:“昔者由也聞諸夫子曰:‘親於其身為不善者,君子不入也。’佛肸以中牟畔,子之往也,如之何?”子曰:“然,有是言也。不曰堅乎,磨而不磷;不曰白乎,涅而不緇。吾豈匏瓜也哉?焉能繫而不食?”

佛肸(ひつしゅつ)召す。子欲して往かん。子路曰く、「昔者、由も諸を夫子に聞きて曰く、「其の身親(みづから)不善を爲すは、君子入(い)らず」と。佛肸、中牟(ちうぼう)を以て畔す。子之(ゆ)けば、之を如何。」子曰く、「然(しか)り、有り是の言。堅(けん)なるを曰はずや。磨(ま)して磷(りん)せず。白(はく)なるを曰はずや。涅(ねつ)して緇(し)らず。吾豈(あに)匏瓜(ほうくゎ)ならんや。焉(いづく)んぞ能く繫(か)かりて食(くら)はざらん。」

子曰:“由也,女聞六言六蔽矣乎?”對曰:“未也。”“居!吾語女。好仁不好學,其蔽也愚;好知不好學,其蔽也蕩;好信不好學,其蔽也賊;好直不好學,其蔽也絞;好勇不好學,其蔽也亂;好剛不好學,其蔽也狂。”

子曰く、「由也、女(なんぢ)六言六蔽(ろくげんろくへい)を聞く乎(か)矣(か)。」對へて曰く、「未だ。」「居(お)れ、吾女に語(つ)げん。仁を好みて學を好まざれば、其の蔽は愚(ぐ)。知を好みて學を好まざれば、其の蔽は蕩(たう)。信を好みて學を好まざれば、其の蔽は賊(ぞく)。直を好みて學を好まざれば、其の蔽は絞(かう)。勇を好みて學を好まざれば、其の蔽は亂(らん)。剛を好みて學を好まざれば、其の蔽は狂(きやう)。」

子曰:“小子何莫學夫《詩》?《詩》可以興,可以觀,可以群,可以怨。邇之事父,遠之事君,多識於鳥獸草木之名。”

子曰く、「小子、何ぞ《詩》を學ばざる莫(な)きや。《詩》は以て興(おこ)す可(べ)く、以て觀(かん)ず可く、以て群(ぐん)ず可く、以て怨(えん)ず可(べ)し。邇(ちか)きは事父(じふ)、遠きは事君(しくん)。鳥獸草木の名を多(た)識(しき)す。」

子謂伯魚曰:“女為《周南》、《召南》矣乎?人而不為《周南》、《召南》,其猶正牆面而立也與!”

子、伯魚に謂ひて曰く、「女(なんぢ)爲(な)る《周南》《召南》矣(か)夫(そ)れ。人にして《周南》《召南》を爲らざれば、猶(なほ)正(まさ)に牆面(しやうめん)に立つが如し。」

子曰:“禮雲禮云,玉帛云乎哉?樂雲樂云,鐘鼓云乎哉?”

子曰く、「禮云(うん)禮云(うん)、玉帛(ぎよくはく)の乎(こ)云爾(うんじ)。樂云樂云、鐘鼓(しようこ)の乎云爾。」

子曰:“色厲而內荏,譬諸小人,其猶穿窬之盜也與?”

子曰く、「色厲(しきれい)にして內荏(ないじん)。譬(たと)へば小人の穿窬(せんゆ)を爲(な)すが如き歟(か)。」

子曰:“鄉愿,德之賊也。”

子曰く、「鄉原(きやうげん)は、德の賊(ぞく)なり。」

子曰:“道聽而塗說,德之棄也。”

子曰く、「道聽(どうちやう)して塗說(とせつ)するは、德の棄(す)てるなり。」

子曰:“鄙夫可與事君也與哉?其未得之也,患得之;既得之,患失之。苟患失之,無所不至矣。”

子曰く、「鄙夫(ひふ)の可與(ともに)事君(しくん)せん哉。其の未だ之を得ざるや、患(うれ)ふるは之を得んことを。旣(すで)に之を得て、患ふるは之を失はんことを。苟(いやしく)も之を失はんことを患ふれば、至(いた)る所無し。」

子曰:“古者民有三疾,今也或是之亡也。古之狂也肆,今之狂也蕩;古之矜也廉,今之矜也忿戾;古之愚也直,今之愚也詐而已矣。”

子曰く、「古者民有三疾(さんしつ)。今也或是(こ)れの亡(な)き也。古の狂(きやう)也肆(し)、今の狂也蕩(たう)。古の矜(きやう)也廉(れん)、今の矜也忿戾(ふんれい)。古の愚(ぐ)也直(ちよく)、今の愚也詐(さ)而已(のみ)。」

子曰:“巧言令色,鮮矣仁。”

子曰く、「巧言令色、鮮(すく)なし仁。」

子曰:“惡紫之奪朱也,惡鄭聲之亂雅樂也,惡利口之覆邦家者。”

子曰く、「惡(にく)む紫の朱を奪(うば)ふを、惡む鄭聲の雅樂を亂(みだ)るを、惡む利口の邦家を覆(ふく)するを。」

子曰:“予欲無言。”子貢曰:“子如不言,則小子何述焉?”子曰:“天何言哉?四時行焉,百物生焉,天何言哉?”

子曰く、「予無言(むげん)と欲(ほつ)す。」子貢曰く、「子如(も)し言はざれば、則ち小子何を述(じゆつ)せん。」子曰く、「天何をか言はん。四時行(こう)焉(ここ)、百物生(せい)焉。天何をか言はん。」

孺悲欲見孔子,孔子辭以疾。將命者出戶,取瑟而歌,使之聞之。

孺悲(じゆひ)、孔子を見(まみ)えんことを欲す。孔子辭(じ)して以て疾(やまひ)とす。將命(しやうめい)の者出(い)づれば、瑟(しつ)を取りて歌(か)して、之を聞かしむ。

宰我問:“三年之喪,期已久矣!君子三年不為禮,禮必壞;三年不為樂,樂必崩。舊谷既沒,新谷既升,鑽燧改火,期可已矣。”子曰:“食夫稻,衣夫錦,於女安乎?”曰:“安!”“女安則為之!夫君子之居喪,食旨不甘,聞樂不樂,居處不安,故不為也。今女安,則為之!”宰我出,子曰:“予之不仁也!子生三年,然後免於父母之懷。夫三年之喪,天下之通喪也,予也有三年之愛於其父母乎!”

宰我問ふ、「三年の喪、期(き)久(ひさ)し。君子三年禮を爲(な)さざれば、禮必ず壞(くは)れん。三年樂を爲さざれば、樂必ず崩(ほう)せん。舊穀(きうこく)旣(すで)に沒(ぼつ)、新穀旣に升(しやう)。鑽燧(さんすい)火を改(か)ふ。期(き)に已(や)まん可(べ)し。」子曰く、「食(くら)はん夫(そ)の稻(たう)、衣(き)ん夫の錦(きん)。女(なんぢ)安(あん)んずるか。」曰く、「安んず。」「女安んずれば則ち之を爲れ。君子の居喪(きよそう)や、甘美(かんび)を食ふに甘しとせず、樂を聞くに樂(たの)しまず、居處(きよしよ)に安しとせず。故に爲さざるなり。今女安んずれば則ち之を爲れ。」予(よ)出づ。子曰く、「予(よ)の不仁なり。子生れて三年、然る後に父母の懷(かい)を免(まぬか)る。三年の喪は、天下の通喪(つうさう)なり。予也其の父母に於(お)いて三年の愛を得ざる乎(か)。」

子曰:“飽食終日,無所用心,難矣哉!不有博弈者乎?為之猶賢乎已。”

子曰く、「飽(あ)く食(しよく)して終日、用心(ようしん)無し、難(なん)矣哉。不有(ふう)博奕(はくえき)者乎(か)。之を爲す、猶(なほ)賢(けん)乎(こ)已(や)む。」

子路曰:“君子尚勇乎?”子曰:“君子義以為上。君子有勇而無義為亂,小人有勇而無義為盜。”

子路曰く、「君子、勇を尚(とうと)ぶ乎(か)。」子曰く、「君子、義を以て上(じやう)と爲す。君子勇有りて義無くば則ち亂(らん)、小人勇有りて義無くば則ち盜(とう)。」

子貢曰:“君子亦有惡乎?”子曰:“有惡。惡稱人之惡者,惡居下流而訕上者,惡勇而無禮者,惡果敢而窒者。”曰:“賜也亦有惡乎?”“惡徼以為知者,惡不孫以為勇者,惡訐以為直者。”

子貢曰く、「君子も亦惡(にく)む有り乎(か)。」子曰く、「惡む有り。惡む人の惡を稱(しやう)するを、惡む下流(げりう)に居(お)りて上を訕(しやん)するを、惡む勇にして禮無きを、惡む果敢(かかん)にして窒(ちつ)なるを。」曰く、「賜も亦惡む有り乎。」「惡む徼(きやう)を以て知(ち)と爲すを、惡む不孫(ふそん)を以て勇と爲すを、惡む訐(けつ)を以て直(ちよく)と爲すを。」

子曰:“唯女子與小人為難養也,近之則不孫,遠之則怨。”

子曰く、「唯(た)だ女子(じよし)と小人とは養(やう)し難(がた)し。近(ちか)ければ則ち不孫(ふそん)、遠(とほ)ければ則ち怨(えん)す。」

子曰:“年四十而見惡焉,其終也已。”

子曰く、「年(ねん)四十にして惡(にく)まれ、其れ終(つい)矣(なり)。」

微子

微子去之,箕子為之奴,比干諫而死。孔子曰:“殷有三仁焉。”

微子、之(ゆ)きて去(きよ)る。箕子(きし)、之が奴(ど)と爲る。比干(ひかん)、諫(かん)めて死す。孔子曰く、「殷に三仁有り。」

柳下惠為士師,三黜。人曰:“子未可以去乎?”曰:“直道而事人,焉往而不三黜?枉道而事人,何必去父母之邦?”

柳下惠、士師(しし)と爲りて、三黜(さんちゆつ)す。人曰く、「子未(いま)だ去(きよ)る可(べ)き乎(か)。」曰く、「直道(ちよくだう)にして人に事(つか)ふれば、焉(いづく)に往(ゆ)きて三黜せざらん。枉道(をうだう)にして人に事ふれば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らん。」

齊景公待孔子曰:“若季氏,則吾不能。”以季、孟之間待之,曰:“吾老矣,不能用也。”孔子行。

齊景公、孔子を待(たい)す。曰く、「季氏の若(ごと)くば則ち吾能(あた)はず。」季孟(きもう)の間(かん)を以て之を待す。曰く、「吾老(らう)矣(なり)。能く用ゐざるなり。」孔子行(ゆ)く。

齊人歸女樂,季桓子受之,三日不朝,孔子行。”

齊人、女樂(じよがく)を歸(けい)す。季桓子之を受けて、三日朝(てう)せず。孔子行く。

楚狂接輿歌而過孔子曰:“鳳兮鳳兮,何德之衰?往者不可諫,來者猶可追。已而已而,今之從政者殆而!”孔子下,欲與之言,趨而闢之,不得與之言。

楚狂(そきやう)接輿(せつよ)、歌(うた)ひて孔子を過(か)る。曰く、「鳳(ほう)兮(けい)鳳兮、何(なに)德(とく)之衰(すい)ふ。往(わう)者諫(いさ)むべからず、來者猶(なほ)追(つい)ふべし。已(や)め而(じ)、已而。今の從政者(じうせいしゃ)殆(あや)ふ而。」孔子下(くだ)りて之と言はんと欲す。趨(すう)して之を辟(さ)く。得て之と言ふを得ず。

長沮、桀溺耦而耕,孔子過之,使子路問津焉。長沮曰:“夫執輿者為誰?”子路曰:“為孔丘。”曰:“是魯孔丘與?”曰:“是也。”曰:“是知津矣。”問於桀溺,桀溺曰:“子為誰?”曰:“為仲由。”曰:“是魯孔丘之徒與?”對曰:“然。”曰:“滔滔者天下皆是也,而誰以易之?且而與其從辟人之士也,豈若從辟世之士?”耰而不輟。子路行以告,夫子憮然曰:“鳥獸不可與同群,吾非斯人之徒與而誰與?天下有道,丘不與易也。”

長沮(ちやうそ)・桀溺(けつでき)耦(ぐう)して耕(かう)す。孔子之を過(す)ぐ。子路をして津(しん)を問はしむ。長沮曰く、「夫(そ)の執輿(しつよ)する者を誰(たれ)と爲す。」子路曰く、「孔丘と爲す。」曰く、「是れ魯の孔丘歟(か)。」曰く、「是れ也。」曰く、「是れ知る津なり。」桀溺に問ふ。桀溺曰く、「子誰を爲す。」曰く、「仲由を爲す。」曰く、「是れ魯の孔丘之徒歟。」對へて曰く、「然(しか)り。」曰く、「滔滔(たうたう)者天下皆是(かいぜ)なり。而(じ)誰(たれ)を以てか之を易(か)へん。且(か)つ而(なんぢ)從(したが)ふ辟人(へきじん)之士、豈(あに)從ふ辟世(へきせい)之士に如(し)かんや。」耰(えう)して輟(てつ)せず。子路行(ゆ)きて以て告ぐ。夫子憮然(ぶぜん)として曰く、「鳥獸、與(とも)に群(ぐん)する可(べ)からず。吾斯(こ)れ人の徒與(かた)に非ずんば、孰(た)れ與(とも)にせん。天下道有らば、丘易(か)へざるを與(ともに)せん。」

子路從而後,遇丈人,以杖荷蓧。子路問曰:“子見夫子乎?”丈人曰:“四體不勤,五穀不分,孰為夫子?”植其杖而芸,子路拱而立。止子路宿,殺雞為黍而食之,見其二子焉。明日,子路行以告,子曰:“隱者也。”使子路反見之,至則行矣。子路曰:“不仕無義。長幼之節不可廢也,君臣之義如之何其廢之?欲潔其身而亂大倫。君子之仕也,行其義也,道之不行已知之矣。”

子路從(したが)ひて後(おく)れ、丈人(しやうにん)に遇(あ)ふ。杖(ぢやう)を以て蓧(てう)を荷(か)つ。子路問ひて曰く、「子夫子を見(まみ)えしか。」丈人曰く、「四體(したい)勤(つと)めず、五穀分(ふん)せず。孰(た)れを夫子と爲さん。」其の杖を植(しよく)して芸(うん)す。子路拱(きやう)して立つ。子路を止(とど)めて宿(しゆく)せしめ、鶏を殺(さつ)し黍(しよ)を爲(つく)りて之を食(しよく)せしむ。其の二子を見せしむ。明日、子路行(ゆ)きて以て告ぐ。子曰く、「隱者(いんしゃ)也。」子路をして反(かへ)りて之を見しむ。至れば則ち行(ゆ)きぬ。子路曰く、「仕(し)へざるは無義(むぎ)なり。長幼(ちやうえう)の節(せつ)、廢(はい)す可(べ)からず。君臣の義、之を如何して廢せん。其の身を潔(けつ)せんと欲して、大倫(たいりん)を亂(らん)す。君子の仕ふるや、其の義を行はんが爲なり。道の行はれざるは、已(すで)に之を知る。」

逸民:伯夷、叔齊、虞仲、夷逸、朱張、柳下惠、少連。子曰:“不降其志,不辱其身,伯夷、叔齊與!”謂:“柳下惠、少連降志辱身矣,言中倫,行中慮,其斯而已矣。”謂:“虞仲、夷逸隱居放言,身中清,廢中權。我則異於是,無可無不可。”

逸民(いつみん)は、伯夷・叔齊・虞仲・夷逸・朱張・柳下惠・少連。子曰く、「其の志を降(こう)せず、其の身を辱(はぢ)めざるは、伯夷・叔齊歟(か)。」柳下惠・少連を謂ふ、「志を降し、身を辱めたり。言倫(げんりん)に中(ちう)し、行慮(かうりよ)に中る。其れ斯(こ)れ而已(のみ)。」虞仲・夷逸を謂ふ、「隱居(いんきよ)して言を放(ほう)し、身中清(ちゆうせい)、廢中權(はいちゆうけん)。我則ち是(こ)れに異(こと)なり。可無く、不可無し。」

太師摯適齊,亞飯幹適楚,三飯繚適蔡,四飯缺適秦,鼓方叔入於河,播鼗武入於漢,少師陽、擊磬襄入於海。

大師摯(たいしし)、齊に適(ゆ)く。亞飯(あはん)干(かん)、楚に適く。三飯(さんはん)繚(れう)、蔡に適く。四飯(しはん)缺(けつ)、秦に適く。鼓(こ)方叔(ほうしゆく)、河(か)に入(い)る。播(は)鼗(とう)武(ぶ)、漢(かん)に入る。少師陽(せうしやう)・擊磬(げきけい)襄(しやう)、海(かい)に入る。

周公謂魯公曰:“君子不施其親,不使大臣怨乎不以,故舊無大故則不棄也,無求備於一人。”

周公、魯公に謂ひて曰く、「君子、其の親を施(し)せず、大臣をして以(い)ひ乎(こ)怒(うら)みざらしめず。故舊(こきう)大故(たいこ)無くば、則ち棄(す)てざるなり。人に求めて備(そな)へる無かれ。」

周有八士:伯達、伯適、仲突、仲忽、叔夜、叔夏、季隨、季騧。

周に八士(はつし)有り。伯達(はくたつ)・伯适(はくかつ)・仲突(ちゆうとつ)・仲忽(ちゆうこつ)・叔夜(しゆくや)・叔夏(しゆくか)・季隨(きずい)・季騧(きか)。

子張

子張曰:“士見危致命,見得思義,祭思敬,喪思哀,其可已矣。”

子張曰く、「士、危(あや)うきを見て致命(ちめい)し、得(とく)を見て義を思ひ、祭(さい)敬(けい)を思ひ、喪(さう)哀(あい)を思はば、可矣(なり)。」

子張曰:“執德不弘,信道不篤,焉能為有?焉能為亡?”

子張曰く、「德を執(と)りて弘(こう)ならず、道を信(しん)じて篤(とく)ならず。焉(いづく)んぞ能く有(う)と爲さん、焉んぞ能く亡(む)と爲さん。」

子夏之門人問交於子張,子張曰:“子夏云何?”對曰:“子夏曰:‘可者與之,其不可者拒之。’”子張曰:“異乎吾所聞。君子尊賢而容眾,嘉善而矜不能。我之大賢與,於人何所不容?我之不賢與,人將拒我,如之何其拒人也?”

子夏の門人、交(まじはり)を子張に問ふ。子張曰く、「子夏云何(うんが)。」對へて曰く、「子夏曰く、「可與(とも)する者は與し、不可とする者は拒(きよ)め」と。」子張曰く、「異(こと)乎(こ)吾の聞く所。君子は賢を尊(そん)として衆を容(い)れ、善を嘉善(かぜん)として不能を矜(きん)す。我大賢(たいけん)なるか、人に於(お)いて何の容れざる所あらん。我賢ならざれば、人將(まさ)に我を拒まん。之を如何して人を拒まん。」

子夏曰:“雖小道必有可觀者焉,致遠恐泥,是以君子不為也。”

子夏曰く、「雖(たと)ひ小道(せうだう)、必ず觀(かん)ずべき者有り。致遠(ちえん)恐(おそ)れ泥(でい)。是(かれ)故(ゆゑん)に君子爲(な)さざるなり。」

子夏曰:“日知其所亡,月無忘其所能,可謂好學也已矣。”

子夏曰く、「日に其の亡(な)き所を知り、月に其の能(あた)ふ所を忘(ぼう)れざれば、好學(こうがく)と謂ふ可(べ)し。」

子夏曰:“博學而篤志,切問而近思,仁在其中矣。”

子夏曰く、「博學(はくがく)して志を篤(とく)くし、切問(せつもん)して近思(きんし)すれば、仁其の中に在り。」

子夏曰:“百工居肆以成其事,君子學以致其道。”

子夏曰く、「百工、肆(し)に居(お)りて以て其の事を成し、君子、學びて以て其の道を致(ち)す。」

子夏曰:“小人之過也必文。”

子夏曰く、「小人の過(あやま)ち、必ず文(ふん)す。」

子夏曰:“君子有三變:望之儼然,即之也溫,聽其言也厲。”

子夏曰く、「君子有三變(さんぺん)。之を望(ぼう)みれば儼然(げんぜん)、之に即(そく)すれば温(うん)、其の言を聽(き)けば厲(れい)なり。」

子夏曰:“君子信而後勞其民,未信,則以為厲己也;信而後諫,未信,則以為謗己也。”

子夏曰く、「君子、信して後其の民を勞(らう)す。未信(みしん)なれば則ち以て己を厲(れい)すと爲す。信して後諫(かん)む。未信なれば則ち以て己を謗(ぼう)すと爲す。」

子夏曰:“大德不逾閒,小德出入可也。”

子夏曰く、「大德(たいとく)は閑(かん)を踰(こ)ゆる無し。小德(せうとく)は出入(しゆつにふ)して可(か)なり。」

子游曰:“子夏之門人小子,當灑掃應對進退則可矣。抑末也,本之則無,如之何?”子夏聞之,曰:“噫,言遊過矣!君子之道,孰先傳焉?孰後倦焉?譬諸草木,區以別矣。君子之道焉可誣也?有始有卒者,其惟聖人乎!”

子游曰く、「子夏の門人小子、灑掃(ささう)・應對(おうたい)・進退(しんたい)に當(あ)たれば則ち可矣(なり)。末(まつ)なり。本(ほん)之(これ)無きを如何。」子夏之を聞きて曰く、「噫(い)、言游(げんゆう)過(あやま)れり。君子の道、孰(た)れを先(せん)に傳(でん)へ、孰れを後に倦(けん)せん。譬(たと)へば諸(これ)を草木に譬ゆるは、區(く)を以て別(わか)つ。君子の道、焉(いづく)んぞ誣(し)ふべき。始終(しじゆう)有りて卒(そつ)する者は、其れ唯(た)だ聖人乎(か)。」

子夏曰:“仕而優則學,學而優則仕。”

子夏曰く、「仕(し)して優(ゆう)あれば則ち學び、學んで優あれば則ち仕ふ。」

子游曰:“喪致乎哀而止。”

子游曰く、「喪(さう)に致(ち)する哀(あい)而止(や)む。」

子游曰:“吾友張也為難能也,然而未仁。”

子游曰く、「吾が友張(ちやう)也、爲(な)し能(あた)ふ難(なん)し。而(じ)未だ仁ならず。」

曾子曰:“堂堂乎張也,難與併為仁矣。”

曾子曰く、「堂堂(だうだう)乎(こ)張也。與(とも)に並(なら)びて仁を爲す難し。」

曾子曰:“吾聞諸夫子,人未有自致者也,必也親喪乎!”

曾子曰く、「吾諸(これ)を夫子に聞く、人未だ自(みづから)致(ち)せざる有り。必ずや、親喪(しんさう)乎(か)。」

曾子曰:“吾聞諸夫子,孟莊子之孝也,其他可能也;其不改父之臣與父之政,是難能也。”

曾子曰く、「吾諸を夫子に聞く、孟莊子(もうそうし)の孝、其の他(ほか)は可能(かのう)也。其の父の臣を改(か)へず、父の政を改めざるは、難(かた)し能ふ所。」

孟氏使陽膚為士師,問於曾子。曾子曰:“上失其道,民散久矣。如得其情,則哀矜而勿喜!”

孟氏、陽膚(ようふ)をして士師(しし)と爲さしむ。曾子に問ふ。曾子曰く、「上其の道を失(しつ)して、民散(さん)久(ひさ)し。如(も)し其の情(じやう)を得(え)ば、則ち哀矜(あいきやう)して喜ばざれ。」

子貢曰:“紂之不善,不如是之甚也。是以君子惡居下流,天下之惡皆歸焉。”

子貢曰く、「紂(ちゆう)の不善は、不如(し)かず是(こ)れの甚(はなは)だしき也。是(かれ)故(ゆゑん)に君子、下流(げりう)に居(お)るを惡(にく)む。天下の惡皆歸(き)焉(ここ)。」

子貢曰:“君子之過也,如日月之食焉。過也人皆見之,更也人皆仰之。”

子貢曰く、「君子の過(あやま)ち、猶(なほ)日月の食(しよく)のごとし。過つや、人皆之を見る。更(か)ふるや、人皆之を仰(ぎやう)ぐ。」

衛公孫朝問於子貢曰:“仲尼焉學?”子貢曰:“文武之道未墜於地,在人。賢者識其大者,不賢者識其小者,莫不有文武之道焉,夫子焉不學?而亦何常師之有?”

衛の公孫朝(こうそんてう)、子貢に問ひて曰く、「仲尼焉(いづく)に學ぶ。」子貢曰く、「文武(ぶんぶ)の道、未だ地に墜(お)ちず、人に在り。賢者は其の大なる者を識(し)り、不賢者は其の小なる者を識る。文武の道有らざる莫(な)し。夫子焉んぞ學ばずして、而(そ)して亦何ぞ常師(じやうし)有らん。」

叔孫武叔語大夫於朝曰:“子貢賢於仲尼。”子服景伯以告子貢,子貢曰:“譬之宮牆,賜之牆也及肩,窺見室家之好;夫子之牆數仞,不得其門而入,不見宗廟之美、百官之富。得其門者或寡矣,夫子之雲不亦宜乎!”

叔孫武叔(しゆくそんぶしゆく)、大夫に語(かた)りて朝(てう)に於(お)いて曰く、「子貢仲尼に賢(けん)なり。」子服景伯(しふくけいはく)、以て子貢に告ぐ。子貢曰く、「譬(たと)へば宮牆(きうしやう)。賜の牆也及肩(きうけん)。闚(き)みて室家(しつか)の好(こう)を見(まみ)ゆ。夫子の牆数仞(すうじん)。其の門を得ざれば、宗廟の美、百官の富を見ざるなり。其の門を得る者、或(ある)は寡(すく)なし。夫子の云(い)ふ、不(ふ)亦(ま)た宜(ぎ)ならん哉。」

叔孫武叔毀仲尼,子貢曰:“無以為也,仲尼不可毀也。他人之賢者,丘陵也,猶可逾也;仲尼,日月也,無得而逾焉。人雖欲自絕,其何傷於日月乎?多見其不知量也。”

叔孫武叔、仲尼を毀(き)す。子貢曰く、「以て爲(な)す無かれ。仲尼毀すべからざるなり。他人の賢は丘陵(きうりやう)なり。猶(なほ)踰(こ)ゆ可(べ)し。仲尼は日月なり。得(え)て踰ゆる無し。人雖(たと)ひ自(みづから)絕(ぜつ)せんと欲すと雖も、其れ何(なに)を日月に於(お)いて傷(やぶ)らん。多(た)く其の量(りやう)を知らざるを見(あらは)すのみ。」

陳子禽謂子貢曰:“子為恭也,仲尼豈賢於子乎?”子貢曰:“君子一言以為知,一言以為不知,言不可不慎也。夫子之不可及也,猶天之不可階而升也。夫子之得邦家者,所謂立之斯立,道之斯行,綏之斯來,動之斯和。其生也榮,其死也哀,如之何其可及也?”

陳子禽(ちんしきん)、子貢に謂ひて曰く、「子爲(な)る恭(きやう)也。仲尼豈(あに)子に賢於(まさ)らんや。」子貢曰く、「君子、一言を以て知(ち)と爲し、一言を以て不知と爲す。言は以て愼(つつし)まざるべからず。夫子の及(およ)ぶべからざるや、猶天之階(かい)を升(のぼ)る可からざるが如し。夫子の邦家を得て之(これ)を綏(すい)し、斯(こ)の謂の之を立てば則ち立ち、之を導(みちび)けば則ち行(ゆ)き、之を綏すれば則ち來(きた)り、之を動かせば則ち和(わ)す。其の生や榮(えい)し、其の死や哀(あい)す。之を如何して及ばん。」

堯曰

堯曰:“諮!爾舜,天之歷數在爾躬,允執其中。四海困窮,天祿永終。”舜亦以命禹。曰:“予小子履,敢用玄牡,敢昭告於皇皇后帝:有罪不敢赦,帝臣不蔽,簡在帝心。朕躬有罪,無以萬方;萬方有罪,罪在朕躬。”周有大賚,善人是富。“雖有周親,不如仁人。百姓有過,在予一人。”謹權量,審法度,修廢官,四方之政行焉。興滅國,繼絕世,舉逸民,天下之民歸心焉。所重:民、食、喪、祭。寬則得眾,信則民任焉,敏則有功,公則說。

堯曰く、「咨(し)。爾(なんぢ)舜。天之曆數(れきすう)、爾躬(きう)に在り。允(いん)に其の中を執(と)れ。四海困窮(こんきう)、天祿永終(てんろくえいしう)。」舜も亦以て禹(う)を命ず。曰く、「予小子履(り)、敢て玄牡(げんぼう)を用ゐて、敢て昭(しやう)かに皇天后帝(こうてんこうてい)に告ぐ。有罪敢て赦(しや)せず。帝臣蔽(へい)せず、帝心に簡(かん)す。朕(ちん)躬罪(とが)有らば、以て萬方(ばんぼう)無し。萬方罪有らば、罪朕躬に在り。」周大賚(たいらい)有りて、善人是(これ)富(ふ)。「雖(たと)ひ周親(しうしん)有ると雖も、仁人に如(し)かず。百姓過(あやま)たば、在予一人(ざいよいちじん)」。」謹(きん)權量(けんりやう)、法度を審(しん)にし、廢官を修(しう)して、四方の政行(ゆ)く焉(ここ)。滅國(めつこく)を興(おこ)し、絕世(ぜつせい)を繼(けい)し、逸民(いつみん)を擧(あ)げて、天下の民歸心(きしん)焉。所重(しよちう)は民・食・喪・祭。寬(くゎん)則ち衆を得、信則ち民に任(にん)ぜられ、敏(びん)則ち功有り、公(こう)則ち説(よろこ)ぶ。」

子張問於孔子曰:“何如斯可以從政矣?”子曰:“尊五美,屏四惡,斯可以從政矣。”子張曰:“何謂五美?”子曰:“君子惠而不費,勞而不怨,欲而不貪,泰而不驕,威而不猛。”子張曰:“何謂惠而不費?”子曰:“因民之所利而利之,斯不亦惠而不費乎?擇可勞而勞之,又誰怨?欲仁而得仁,又焉貪?君子無眾寡,無小大,無敢慢,斯不亦泰而不驕乎?君子正其衣冠,尊其瞻視,儼然人望而畏之,斯不亦威而不猛乎?”子張曰:“何謂四惡?”子曰:“不教而殺謂之虐;不戒視成謂之暴;慢令致期謂之賊;猶之與人也,出納之吝謂之有司。”

子張、孔子に問ひて曰く、「何くして斯(こ)れ從政(じうせい)すべき。」子曰く、「五美(ごび)を尊(そん)し、四惡(しあく)を屏(へい)して、斯れ從政すべし。」子張曰く、「何をか五美と謂ふ。」子曰く、「君子、惠(けい)して費(ひ)せず、勞(らう)して怨(えん)せず、欲(よく)して貪(たん)せず、泰(たい)して驕(きやう)らず、威(い)して猛(もう)せず。」子張曰く、「何をか惠して費せずと謂ふ。」子曰く、「民の利する所に因(よ)りて之を利す。斯れ亦惠して費せずに非ずや。可勞(からう)を擇(たく)んで之を勞す。又誰(たれ)か怨みん。仁を欲して仁を得。又焉(いづく)んぞ貪ならん。君子、衆寡(しゆうか)無く、小大無く、敢(あへ)て慢(まん)せず。斯れ亦泰して驕らずに非ずや。君子、其の衣冠(いかん)を正して、其の瞻視(せんし)を尊(そん)として、儼然(げんぜん)として人望(ぼう)みて畏(い)す。斯れ亦威して猛せずに非ずや。」子張曰く、「何をか四惡と謂ふ。」子曰く、「敎(きやう)へずして殺(さつ)すを虐(ぎやく)と謂ふ。戒(かい)せずして成(せい)を視(み)るを暴(ぼう)と謂ふ。令(れい)を慢(まん)して期(き)を致(ち)すを賊(ぞく)と謂ふ。猶(なほ)人と與(とも)にする也、出(しゆつ)の吝(りん)なり、有司(ゆうし)と謂ふ。」

孔子曰:“不知命,無以為君子也;不知禮,無以立也;不知言,無以知人也。”

孔子曰く、「命を知らざれば、以て君子と爲る無し。禮を知らざれば、以て立つ無し。言を知らざれば、以て人を知る無し。」

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