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坐忘论

唐 · 司马承祯

坐忘論 唐司馬承禎(ざぼうろん とうしばしょうてい)

道家典籍

まず老子と荘子内篇を読み、列子・文子・淮南子へ進む。道教が「道」をどう修持として書いたかを見るには、陰符経・黄庭・参同契・悟真篇と抱朴子を読む。

坐忘論唐司馬承禎

坐忘論 唐司馬承禎(ざぼうろん とうしばしょうてい)

夫人之所貴者,生也;生之所貴者,道也。人之有道,如魚之有水。涸轍之魚,猶希升水。弱喪之俗,無心造道。惡生死之苦,愛生死之業。重道德之名,輕道德之行。喜色味為得志,鄙恬素為窮辱。竭難得之貨,市來生之福。縱易染之情,喪今身之道。自雲智巧,如夢如迷。生來死去,循環萬劫。審惟倒置,何甚如之!故《妙真經》云:人常失道,非道失人;人常去生,非生去道。故養生者慎勿失道,為道者慎勿失生。使道與生相守,生與道相保,二者不相離,然後乃長久。言長久者,得道之質也。經云:生者,天之大德也,地之大樂也,人之大福也。道人致之,非命祿也。又《西升經》云:我命在我,不屬於天。由此言之,修短在己,得非天與,失非人奪。捫心苦晚,時不少留。所恨朝菌之年,已過知命,歸道之要,猶未精通。為惜寸陰,速如景燭。勉尋經旨,事簡理直,其事易行。與心病相應者,約著安心坐忌之法,略成七條,修道階次,兼其樞翼,以編敘之。

人の貴んで重んずるは生なり(じんのきいちゅうはせい)。生の貴んで重んずるは道なり(せいのきいちゅうはどう)。人の有道は魚の有水なり(じんのゆうどうはうおのゆうすい)。涸轍之魚(こてつのうお)。希斗水以全生(きとすいいぜんせい)。而況人乎(えんこうじん)。曾不早求於道(そうふそうきゅうこうどう)。棄本逐末(きほんちくまつ)。豈不哀哉(きふあいさい)。夫惡死者大惑(ふおししゃだいわく)。愛生者大迷(あいせいしゃだいめい)。惡生死之苦而樂生死之爲(おうせいしのくえんらくせいしのい)。重道德之名而輕道德之行(じゅうどうとくのめいえんけいどうとくのこう)。役役焉(えきえきえん)。顚倒而死生之徒歟(てんとうえんしせいのとよ)。引妙真經云(いんみょうしんきょううん)。夫人常失道(ふじんじょうしつどう)。非道失人(ひどうしつじん)。人常去生(じんじょうきょせい)。非生去道(ひせいきょどう)。故養生者慎勿失道(こようせいしゃしんふつしつどう)。爲道者慎勿失生(いどうしゃしんふつしつせい)。使道與生相守(しどうよせいそうしゅ)。生與道相保(せいよどうそうほう)。二者不相離(にしゃふそうり)。然後乃長久(ぜんこうなんちょうきゅう)。言長久者(ごんちょうきゅうしゃ)。得道之質也(とくどうのしつ)。經言云(きょうごんうん)。生者天之大德(せいしゃてんのだいとく)。地之大樂(ちのだいらく)。人之大福也(じんのだいふく)。道者人所自求(どうしゃじんしょじきゅう)。非命祿之召也(ひめいろくのしょう)。(底本で「坐忌」なり、忌は忘の誤字、当に坐忘と作るべし、下に同じ)。

信敬第一

信敬第一

夫信者道之根,敬者德之蒂。根深則道可長,蒂固則德可茂。然則璧耀連城之彩,卞和致刖;言開保國之效,伍子從誅。斯乃形器著而心緒迷,理事萌而情思忽。況至道超於色味,真性隔於可欲,而能聞希微以懸信,聽罔象而不惑者哉!如人有聞坐忌之法,信是修道之要,敬仰尊重,決定無疑者,加之勤行,得道必矣。故莊周云:隳肢體,黜聰明,離形去智,同於大通,是謂坐忌。夫坐忌者,何所不忌哉!內不覺其一身,外不知乎宇宙,與道冥一,萬慮皆遺,故莊子云,同於大通。此則言淺而意深,惑者聞而不信,懷寶求寶,其如之何?故經云:信不足,有不信。謂信道之心不足者,乃有不信之禍及之,何道之可望乎?

信者道之根(しんしゃどうのこん)。敬者德之蒂(けいしゃとくのたい)。根深則道可長(こんしんそくどうかちょう)。蒂固則德可茂(たいこそくとくかぼう)。然則璧耀連城之彩(ぜんそくへきようれんじょうのさい)。卞和致刖(べんわちげつ)。言開保國之效(ごんかいほうこくのこう)。伍子從誅(ごしじゅうちゅう)。斯乃形器著而心緒迷(すないけいきちょえんしんしょめい)。事理萌而情思忽(じりぼうえんじょうしこつ)。況至道超於色味(こうしどうちょうこうしょくみ)。真性隔於可欲(しんせいかくこうかよく)。能聞希微以懸信(のうぶんきびいけんしん)。聽罔象而不惑者哉(ちょうもうしょうえんふわくしゃさい)。如人有聞坐忘之法(じょじんゆうぶんざぼうのほう)。信是修道之要(しんぜしゅうどうのよう)。敬仰尊重(けいぎょうそんちゅう)。決定无疑(けつじょうむぎ)。加之勤行(かのきんこう)。得道必矣(とくどうひつい)。故莊周云(こそうしゅううん)。隳支體(きしたい)。黜聰明(ちゅつそうめい)。離形去知(りけいきょち)。同於大通(どうこうだいつう)。此謂坐忘(しいざぼう)。夫坐忘者(ふざぼうしゃ)。何所不忘哉(かしょふぼうさい)。內不覺其一身(ないふかくきいっしん)。外不知乎宇宙(げふちこううちゅう)。與道冥一(よどうめいいつ)。萬慮皆遺(ばんりょかいい)。故莊子云(こそうしうん)。同於大通(どうこうだいつう)。此則淺近言而深旨(しそくせんきんごんえんしんし)。迷者聞而不信(めいしゃぶんえんふしん)。懷寶求寶(かいほうきゅうほう)。其如之何(きじょしのか)。故經云(こきょううん)。信不足(しんふそく)。有不信(ゆうふしん)。謂信道之心不足者(いしんどうのしんふそくしゃ)。乃有不信之禍及之(なんゆうふしんのかきゅうの)。何道之可望乎(かどうのかぼう)。

斷緣第二

斷緣第二

斷緣者,謂斷有為俗事之緣也。棄事則形不勞,無為則心自安。恬簡日就,塵累日薄,跡彌遠俗,心彌近道,至神至聖,孰不由此乎?故經云:塞其兌,閉其門,終身不勤。或顯德露能,來人保己;或遺問慶弔,以事往還;或假修隱逸,情希升進;或酒食邀致,以望後恩。斯乃巧蘊機心,以干時利,既非順道,深妨正業。凡此之類,皆應絕之。故經云:開其兌,濟其事,終身不救。我但不唱,彼自不和;彼雖有唱,我不和之。舊緣漸斷,新緣莫結。醴交勢合,自致日疏,無事安閒,方可修道。故莊子云:不將不迎。為無交俗之情故也。又云:無為名屍,無為謀府,無為事任,無為知主。若事有不可廢者,不得已而行之,勿遂生愛,繫心為業。

斷緣者(だんえんしゃ)。謂斷有爲俗事之緣也(いだんゆういぞくじのえん)。棄事則形不勞(きじそくけいふろう)。无爲則心自安(むいそくしんじあん)。恬簡日就(てんかんじつしゅう)。塵累日薄(じんるいじつはく)。跡彌遠俗(せきびえんぞく)。心彌近道(しんびきんどう)。至神至聖(ししんしせい)。孰不由此乎(たくふよし)。故經云(こきょううん)。塞其兌(さいきだい)。閉其門(へいきもん)。終身不勤(しゅうしんふきん)。或顯德露能(わくけんとくろのう)。來人保己(らいじんほうき)。或遣問慶弔(わくけんもんけいちょう)。以事往還(いじおうかん)。或假脩隱逸(わくかしゅういんいつ)。情希昇進(じょうきしょうしん)。或食酒邀延(わくしょくしゅようえん)。望後言恩(ぼうこうごんおん)。斯並巧蘊機心(すへいこううんきしん)。以營時利(いえいじり)。既非順道(きひじゅんどう)。深妨正業(しんぼうしょうぎょう)。凡此之類(ぼんしのるい)。皆應絕之(かいおうぜつの)。故經云(こきょううん)。開其兌(かいきだい)。濟其事(さいきじ)。終身不救(しゅうしんふきゅう)。我但不唱(がたんふしょう)。彼自不和(ひじふわ)。彼雖有唱(ひすいゆうしょう)。我不和之(がふわの)。舊緣漸斷(きゅうえんぜんだん)。新緣莫結(しんえんばくけつ)。醴交勢合(れいこうせいごう)。自致日疏(じちじっそ)。无事安閑(むじあんかん)。方可脩道(ほうかしゅうどう)。故莊子云(こそうしうん)。不將不迎(ふしょうふげい)。爲无交俗之情故也(いむこうぞくのじょうこ)。又云(ゆううん)。无爲名尸(むいめいし)。无爲謀府(むいぼうふ)。无爲事任(むいじにん)。无爲知主(むいちしゅ)。若事有不可廢者(じゃくじゆうふかはいしゃ)。不得已而行之(ふとくいえんこうの)。勿遂生愛(ふつすいあい)。繫心爲業(けいしんいぎょう)。

收心第三

收心第三

夫心者,一身之主,百神之帥。靜則生慧,動則成昏。欣迷幻境之中,唯言實是;甘宴有為之內,誰悟虛非?心識顛痴,良由所託之地。且卜鄰而居,猶從改操;擇交而友,尚能致益。況身離生死之境,心居至道之中,安不捨彼乎?能不得此乎?所以學道之初,要須安坐,收心離境,住無所有,不著一物,自入虛無,心乃合道。故經云:至道之中,寂無所有,神用無方,心體亦然。源其心體,以道為本。但為心神被染,矇蔽漸深,流浪日久,遂與道隔。今若能淨除心垢,開釋神本,名曰修道。無復流浪,與道冥合,安在道中,名曰歸根。守根不離,名曰靜定。靜定日久,病消命復。復而又續,自得知常。知則無所不明,常則永無變滅。出離生死,實由於此。是故法道安心,貴無所著。故經云:夫物芸芸,各歸其根。歸根曰靜,靜曰覆命。覆命曰常,知常曰明。若執心住空,還是有所,非謂無所。凡住有所,則自令人心勞氣發,既不合理,又反成疾。但心不著物,又得不動,此是真定正基。用此為定,心氣調和,久益輕爽。以此為驗,則邪正可知。若心起皆滅,不簡是非,永斷知覺,入於盲定。若任心所起,一無收制,則與凡人元來不別。若唯斷善惡,心無指歸,肆意浮游,待自定者,徒自誤耳。若遍行諸事,言心無染者,於言甚美,於行甚非,真學之流,特宜戒此。今則息亂而不滅照,守靜而不著空,行之有常,自得真見。如有時事,或法有要疑者,且任思量,令事得濟,所疑復悟,此亦生慧正根。事訖則止,實莫多思,多思則以知害恬,為子傷本,雖騁一時之俊,終虧萬代之業。若煩邪亂想,隨覺則除。若聞譭譽之名,善惡等事,皆即撥去,莫將心受。若心受之即心滿,心滿則道無所居。所有聞見,如不聞見,則是非美惡不入於心。心不受外,名曰虛心;心不逐外,名曰安心。心安而虛,則道自來止。

夫心者一身之主(ふしんしゃいっしんのしゅ)。百神之帥(ひゃくしんのすい)。靜則生慧(せいそくせいえ)。動則成昏(どうそくせいこん)。欣迷幻境之中(きんめいげんきょうのちゅう)。唯言實是(ゆいごんじつぜ)。甘宴有爲之內(かんえんゆういのない)。誰悟虛非(すいごきょひ)。心識顚癡(しんしきてんち)。良由所託之地(りょうゆうしょたくのち)。且卜鄰而居(しょぼうりんえんきょ)。猶從改操(ゆうじゅうかいそう)。擇交而友(たくこうえんゆう)。尚能致益(しょうのうちえき)。況身離生死之境(こうしんりせいしのきょう)。心居至道之中(しんきょしどうのちゅう)。彼安得不捨(ひあんとくふしゃ)。此安得不求(しあんとふきゅう)。故學道之初(こがくどうのしょ)。要須安坐(ようすあんざ)。收心離境(しゅうしんりきょう)。住无所有(じゅうむしょゆう)。不著一物(ふちゃくいちぶつ)。自入虛无(じにゅうきょむ)。心乃合道(しんなんがっどう)。故經云(こきょううん)。至道之中(しどうのちゅう)。寂无所有(せきむしょゆう)。神用无方(しんようむほう)。心體亦然(しんたいえきぜん)。原其心體(げんきしんたい)。以道爲本(いどういほん)。但爲心神被染(たんいしんじんひぜん)。蒙蔽漸深(もうへいぜんしん)。流浪日久(りゅうろうじつきゅう)。遂與道隔(すいよどうかく)。今若能淨除心垢(こんじゃくのうじょうじょしんこう)。開釋神本(かいしゃくしんほん)。名曰脩道(めいわくしゅうどう)。无復流浪(むふくりゅうろう)。與道冥合(よどうめいごう)。安在道中(あんざいどうちゅう)。名曰歸根(めいわくきこん)。守根不離(しゅこんふり)。名曰靜定(めいわくせいじょう)。靜定日久(せいじょうじつきゅう)。病消命復(びょうしょうめいふく)。復而又續(ふくえんゆうぞく)。自得知常(じとくちじょう)。知則无所不明(ちそくむしょふめい)。常則永无變滅(じょうそくえいむへんめつ)。出離生死(しゅつりせいし)。實由於此(じつゆうこうし)。是故法道安心(ぜこほうどうあんしん)。貴无所著(きむしょちゃく)。故經云(こきょううん)。夫物芸芸(ふぶつうんうん)。各復歸其根(かくふくききこん)。歸根曰靜(きこんわくせい)。靜曰復命(せいわくふくめい)。復命曰常(ふくめいわくじょう)。知常曰明(ちじょうわくめい)若執心住空(じゃくしゅうしんじゅうくう)。還是有所(かんぜゆうしょ)。非謂无所(ひいむしょ)。凡住有所(ぼんじゅうゆうしょ)。則自令人心勞氣發(そくじれいじんしんろうきはつ)。既不合理(きふごうり)。又反成疾(ゆうはんせいしつ)。但心不著物(たんしんふちゃくぶつ)。又得不動(ゆうとくふどう)。此是真定(しぜしんじょう)。用此爲定(ようしいいじょう)。心氣調和(しんきちょうわ)。久益輕爽(きゅうえきけいそう)。以此爲驗(いしいいけん)。則邪正可知(そくじゃせいかち)。若心起皆滅(じゃくしんきかいめつ)。不簡是非(ふかんぜひ)。則永斷覺知(そくえいだんかくち)。入於盲定(にゅうこうもうじょう)。若任心所起(じゃくにんしんしょき)。一无收制(いちむしゅうせい)。則與凡夫元來不別(そくよぼんぷがんらいふべつ)。若唯斷善惡(じゃくゆいだんぜんおく)。心無指歸(しんむしき)。肆意浮游(しいふゆう)。待自定者(たいじじょうしゃ)。徒自誤耳(とじごうじ)。若遍行諸事(じゃくへんこうしょじ)。言心無染(ごんしんむぜん)。則於言甚善(そくこうごんじんぜん)。於行極非(こうぎょうきょくひ)。真學道者(しんがくどうしゃ)。特宜戒此(とくぎかいし)。

故經云:人能虛心無為,非欲於道,道自歸之。內心既無所著,外行亦無所為。非靜非穢,故譭譽無從生;非智非愚,故利害無由至。實則順中為常,權可與時消息,苟免諸累,是其智也。若非時非事,役思強為者,自雲不著,終非真覺。何邪?心法如眼也。纖毫入眼,眼則不安;小事開心,心必動亂。既有動病,難入定門。是故修道之要,急在除病。病若不除,終不得定。又如良田,荊棘未誅,雖下種子,嘉苗不成。愛見思慮,是心荊棘。若不除翦,定慧不生。或身居富貴,或學備經史,言則慈儉,行乃貪殘。辯足以飾非,勢足以威物,得則名己,過必尤人。此病最深,雖學無益。所以然者,為自是故。然此心由來依境,未慣獨立,乍無所託,難以自安。縱得暫安,還復散亂。隨起隨制,務令不動,久久調熟,自得安閒。無問晝夜,行立坐臥,及應事之時,常須作意安之。若心得定,但須贍養,莫有惱觸。少得定分,則堪自樂。漸漸馴狎,唯覺清遠。平生所重,已嫌弊漏,況因定生慧,深違真假乎!牛馬,家畜也,放縱不收,猶自生鯁,不受駕御;鷹鸇,野鳥也,被人擊絆,終日在手,自然調熟。況心之放逸,縱任不收,唯益粗疏,何能觀妙?故經云:雖有拱璧,以先駟馬,不如坐進此道。夫法之妙者,其在能行,不在能言。行之則此言為當,不行則此言為妄。又時人所學,貴難賤易。若深論法,惟廣說虛無,思慮所不達,行用所無階者,則嘆不可思議,而下風盡禮。如其信言不美,指事陳情,聞則心解,言則可行者,此實不可思議,而人不信。故經云:吾言甚易知,甚易行。天下莫能知,莫能行。夫唯不知,是以不吾知也。或有言火不熱,燈不照暗,稱為妙義。夫火以熱為用,燈以照為功。今則盛言火不熱,未嘗一時廢火;空言燈不照暗,必須終夜然燈。言行相違,理實無取。

故經云(こきょううん)。人能虛心无爲(じんのうきょしんむい)。非欲於道(ひよくこうどう)。道自歸之(どうじきの)。內心既无所著(ないしんきむしょちゃく)。外行亦无所爲(げこうえきむしょい)。非靜非穢(ひせいひわい)。故毀譽无从生(こきよむじゅうせい)。非智非愚(ひちひぐ)。故利害无由至(こりがいむゆうし)。實則順中爲常(じつそくじゅんちゅういじょう)。權可與時消息(けんかよじしょうそく)。苟免諸累(こうめんしょるい)。是其智也(ぜきち)。若非時非事(じゃくひじひじ)。役心強爲(えきしんきょうい)。自云不著(じうんふちゃく)。終非真覺(しゅうひしんかく)。何邪(かや)。心法如眼也(しんぽうじょがん)。纖毫入眼(せんごうにゅうがん)。眼則不安(がんそくふあん)。小事關心(しょうじかんしん)。心必動亂(しんひつどうらん)。既有動病(きゆうどうびょう)。難入定門(なんにゅうじょうもん)。是故脩道之要(ぜこしゅうどうのよう)。急在除病(きゅうざいじょびょう)。病若不除(びょうじゃくふじょ)。終不得定(しゅうふとくじょう)。又如良田(ゆうじょりょうでん)。荆棘未誅(けいきょくみちゅう)。雖下種子(すいげしゅうし)。嘉苗不成(かびょうふせい)。愛見思慮(あいけんしりょ)。是心荆棘(ぜしんけいきょく)。若不除翦(じゃくふじょせん)。定慧不生(じょうえふせい)。或身居富貴(わくしんきょふき)。或學備經史(わくがくびけいし)。言則慈儉(ごんそくじけん)。行乃貪殘(こうなんたんざん)。辯足以飾非(べんそくいしょくひ)。勢足以威物(せいそくいいぶつ)。得則名己(とくそくめいき)。過必尤人(かひつゆうじん)。此病最深(しびょうさいしん)。雖學无益(すいがくむえき)。所以然者(しょいぜんしゃ)。爲自是故(いじぜこ)。然此心由來依境(ぜんししんゆうらいいきょう)。未慣獨立(みかんどくりつ)。乍无託(さむしょたく)。難以自安(なんいじあん)。縱得暫安(じゅうとくざんあん)。還復散亂(かんふくさんらん)。隨起隨制(ずいきずいせい)。務令不動(むれいふどう)。久久調熟(きゅうきゅうちょうじゅく)。自得安閑(じとくあんかん)。无問晝夜行住坐臥及應事之時(むもんちゅうやこうじゅうざがきゅうおうじのじ)。常須作意安(じょうすさくいあん)。若心得定(じゃくしんとくじょう)。但須安養(たんすあんよう)。莫有惱觸(ばくゆうのうしょく)。少得定分(しょうとくじょうふん)。則堪自樂(そくかんじらく)。漸漸馴狎(ぜんぜんじゅんこう)。唯覺清遠(ゆいかくせいえん)。平生所重(へいせいしょじゅう)。已嫌弊漏(いけんへいろう)。何況因定生慧(かこういんじょうせいえ)。深達真假(しんたつしんか)。牛馬家畜也(ぎゅうばかちく)。放縱不收(ほうじゅうふしゅう)。猶自生鯁(ゆうじせいこう)。不受駕御(ふじゅうかぎょ)。鷹鸇野鳥(ようせんやちょう)。被人羈絆(ひじんきはん)。終日在手(しゅうじつざいしゅ)。自然調熟(じぜんちょうじゅく)。況心之放逸(こうしんのほういつ)。縱任不收(じゅうにんふしゅう)。唯益麤疎(ゆいえきそそ)。何能觀妙(かのうかんみょう)。故經云(こきょううん)。雖有拱璧以先駟馬(すいゆうきょうへきいせんしば)。不如坐進此道(ふじょざしんしどう)。夫法之妙者(ふほうのみょうしゃ)。其在能行(きざいのうこう)。不在能言(ふざいのうごん)。行之則此言爲當(こうのそくしごんいとう)。不行則此言爲妄(ふこうそくしごんいぼう)。又時人所學(ゆうじじんしょがく)。貴難賤易(きなんせんえき)。若深論法(じゃくしんろんぽう)。唯廣說虛无(ゆいこうせつきょむ)。言慮所不及(ごんりょしょふきゅう)。行用所不階(こうようしょふかい)。則歎不可思议(そくたんふかしぎ)。致欽於人(ちきんこうじん)。若言信不美(じゃくごんしんふび)。指事陳情(しじちんじょう)。聞則心解(ぶんそくしんかい)。言則可行(ごんそくかこう)。此實不可思议(しじつふかしぎ)。人而不信(じんえんふしん)。故經云(こきょううん)。吾言甚易知(がごんじんえきち)。甚易行(じんえきこう)。天下莫能知(てんかばくのうち)。莫能行(ばくのうこう)。夫唯不知(ふゆいふち)。是以不吾知(ぜいふがち)。又言火不熱(ゆうごんかふねつ)。燈不照闇(とうふしょうあん)。稱爲妙義(しょういみょうぎ)。夫火以熱爲用(ふかいねついよう)。燈以照爲功(とういしょういこう)。今則盛言火不熱(こんそくせいごんかふねつ)。未嘗一時廢火(みじょういちじはいか)。空言燈不照闇(くうごんとうふしょうあん)。必須終夜燃燈(ひっすしゅうやねんとう)。言行相違(ごんこうそうい)。理實无取(りじつむしゅ)。

此只破相之言,而人反以為深元之妙。雖則惠子之宏辯,莊生以為不堪。膚受之流,誰能科簡?至學之士,庶不留心。或曰:夫為大道者,在物而心不染,處動而神不亂,無事而不為,無時而不寂。今猶避事而取靜,離動而之定,勞於控制,乃有動靜二心,滯於住守,是成取捨兩病。不覺其所執,仍自謂道之階要,何其謬耶!述曰:總物而稱大,道物之謂道,在物而不染,處事而不亂,真為大矣!實為妙矣!然謂吾子之鑑有所未明。何則?徒見貝錦之輝煥,未曉始抽於素絲;才聞鳴鶴之沖天,詎織先資於穀食?蔽日之幹,起於毫末;神凝之聖,積習而成。今徒學語其聖德,而不知聖之所以德。可謂見卯而求時夜,見彈而求鴞炙。何其造次哉!故經云:玄德深矣遠矣!與物反矣!然後乃至大順。

此只破相之詞(したんはそうのじ)。人翻謂深玄之妙(じんはんいしんげんのみょう)。(底本で「深元之妙」なり、元は避諱の改字、当に深玄之妙と作るべし)。雖惠子之宏辯(すいけいしのこうべん)。莊生以爲不屑(そうせいいいふせつ)。鮮獲之者(せんかくのしゃ)。孰能甄簡(たくのうけんかん)。若專精志學(じゃくせんせいしがく)。冀勿留意(きふつりゅうい)。人有問曰(じんゆうもんわく)。夫修大道者(ふしゅうだいどうしゃ)。在物而心不染(ざいぶつえんしんふぜん)。處動而神不亂(しょどうえんしんふらん)。无事而不爲(むじえんふい)。无時而不寂(むじえんふせき)。今猶避事而取靜(こんゆうひじえんしゅせい)。離動而之定(りどうえんのじょう)。勞於控制(ろうこうこうせい)。乃有動靜二心(なんゆうどうせいにしん)。滯於住守(たいこうじゅうしゅ)。是成取捨兩病(ぜせいしゅしゃりょうびょう)。不覺其所執(ふかくきしょしゅう)。仍自謂道之階要(じょうじいどうのかいよう)。何其謬耶(かきびゅうや)。述曰(じゅつわく)。總物而稱大(そうぶつえんしょうだい)。通物之謂道(つうぶつのいどう)。在物而不染(ざいぶつえんふぜん)。處事而不亂(しょじえんふらん)。真爲大矣(しんいだいい)。實爲妙矣(じついみょうい)。但謂汝之見得(たんいじょのけんとく)。未能明瞭(みのうめいりょう)。何者(かしゃ)。徒見貝錦之輝煥(とけんばいきんのきかん)。未曉始抽於素縷(みぎょうしちゅうこうそる)。才聞鳴鶴之沖天(さいぶんめいかくのちゅうてん)。詎識先資於穀食(きょしきせんしこうこくしょく)。蔽日之幹(へいじつのかん)。起於毫末(きこうごうまつ)。神凝之聖(しんぎょうのせい)。積習而成(せきしゅうえんせい)。今徒學語其聖德(こんとがくごきせいとく)。而不知聖之所以德(えんふちせいのしょいとく)。可謂見卯而求時夜(かいぼうえんきゅうじや)。見彈而求鴞炙(けんだんえんきゅうきょうしゃ)。何其造次哉(かきぞうじさい)。故經云(こきょううん)。玄德深矣遠矣(げんとくしんいえんい)。與物反矣(よぶつはんい)。然後乃至大順(ぜんこうなんしだいじゅん)。

簡事第四

簡事第四

夫人之生也,必營於事物。事物稱萬,不獨委於一人。巢林一枝,鳥見遺於叢葦;飲河滿腹,獸不吝於洪波。外求諸物,內明諸己。知生之有分,不務分之所無;識事之有當,不任非當之事。事非當則傷於智力,務過分則斃於形神。身且不安,何情及道?是以修道之人,要須斷簡事物,知其閒要,較量輕重,識其去取,非要非重,皆應絕之。猶人食有酒肉,衣有羅綺,身有名位,財有金玉。此並情慾之餘好,非益生之良藥,眾皆徇之,自致亡敗。靜而思之,何迷之甚!故莊子云:達生之情者,不務生之所無。以為生之所無生之所無以為者,分之外物也。蔬食弊衣,足延性命,豈待酒食羅綺,然後為生哉!是故於生無要用者,並須去之;於生雖用,有餘者,亦須舍之。財有害氣,積則傷人。雖少猶累,而況多乎!今以隨侯之珠,彈千仞之雀,人猶笑之。況棄道德,忽性命,而從非要,以自促伐者乎!夫以名位比於道德,則名位假而賤,道德真而貴。能知貴賤,應須去取。不以名害身,不以位易道。故《莊子》云:行名失己,非士也。《西升經》云:抱元守一,至度神仙,子未能守,但坐榮官。若不簡擇,觸事皆為,則身勞智昏,修道事闕。若處事安閒,在物無累者,自屬證成之人。若實未成,而言無累者,誠自誑耳。

夫人之生也(ふじんのせい)。必營於事物(ひつえいこうじぶつ)。事物稱萬(じぶつしょうばん)。不獨委於一人(ふどくいこういちじん)。巢林一枝(そうりんいっし)。鳥見遺於叢葦(ちょうけんいこうそうい)。飲河满腹(いんがまんぷく)。獸不悋於洪波(じゅうふりんこうこうは)。外求諸物(げきゅうしょぶつ)。內明諸己(ないめいしょき)。知生之有分(ちせいのゆうふん)。不務分之所无(ふむふんのしょむ)。識事之有當(しきじのゆうとう)。不任非當之事(ふにんひとうのじ)。事非當則傷於智力(じひとうそくしょうこうちりょく)。務過分則斃於形神(むかふんそくへいこうけいしん)。身且不安(しんしょふあん)。何情及道(かじょうきゅうどう)。是故脩道之人(ぜこしゅうどうのじん)。要須斷簡事物(ようすだんかんじぶつ)。知其閑要(ちきかんよう)。較量輕重(こうりょうけいちょう)。識其去取(しきききょしゅ)。非要非重(ひようひじゅう)。皆應絕之(かいおうぜつの)。猶人食有酒肉(ゆうじんしょくゆうしゅうにく)。衣有羅綺(いゆうらき)。身有名位(しんゆうめいい)。財有金玉(ざいゆうきんぎょく)。此並情欲之餘好(しへいじょうよくのよこう)。非益生之良藥(ひえきせいのりょうやく)。衆皆徇之(しゅうかいじゅんの)。自致亡敗(じちぼうはい)。靜而思之(せいえんしの)。何迷之甚(かめいのじん)。故莊子云(こそうしうん)。達生之情者(たつせいのじょうしゃ)。不務生之所无以爲(ふむせいのしょむいい)。生之所无以爲者(せいのしょむいいしゃ)。分外之物也(ふんげのぶつ)。蔬食弊衣(そしょくへいい)。足延性命(そくえんせいめい)。豈待酒食羅綺(きたいしゅうしょくらき)。然後爲生哉(ぜんこういせいさい)。是故於生无要用者(ぜここうせいむようようしゃ)。並須去之(へいすきょの)。於生雖用有餘者(こうせいすいようゆうよしゃ)。亦須捨之(えきすしゃの)。財有害氣(ざいゆうがいき)。積則傷人(せきそくしょうじん)。雖少猶累(すいしょうゆうるい)。而況多乎(えんこうた)。今以隋侯之珠(こんいずいこうのしゅ)。彈千仞之雀(だんせんじんのじゃく)。人猶笑之(じんゆうしょうの)。況棄道德(こうきどうとく)。忽性命(こつせいめい)。而從非要以自促伐者乎(えんじゅうひよういじそくばつしゃ)。夫以名位比道德(ふいめいいひどうとく)。名位假而賤(めいいかえんせん)。道德真而貴(どうとくしんえんき)。能知貴賤(のうちきせん)。應須去取(おうすきょしゅ)。不以名害身(ふいめいがいしん)。不以位易道(ふいいえきどう)。故莊子云(こそうしうん)。行名失己(こうめいしつき)。非士也(ひし)。(底本此段で「以为生之所无生之所无以为者」なり、「生之所无」の四字重出、疑いて衍文あり、今照録して改めず)。《西升經》云(せいしょうきょううん)。抱元守一(ほうげんしゅいつ)。至度神仙(しどしんせん)。子未能守(しみのうしゅ)。但坐榮官(たんざえいかん)。若不簡擇(じゃくふかんたく)。觸事皆爲(しょくじかいい)。則身勞智昏(そくしんろうちこん)。脩道事闕(しゅうどうじけつ)。若處事安閑(じゃくしょじあんかん)。在物无累者(ざいぶつむるいしゃ)。自屬證成之人(じぞくしょうせいのじん)。若實未成(じゃくじつみせい)。而言无累者(えんごんむるいしゃ)。誠自誑耳(せいじきょうじ)。

真觀第五

真觀第五

夫觀者,智士之先鑑,能人之善察。究儻來之禍福,詳動靜之吉凶。得見機前,因之造適。深祈衛定,功務全生。自始之末,行無遺累。理不違此,故謂之真觀。然則一餐一寢,居為損益之源,一言一行,堪成禍福之本。雖則巧持其末,不如拙戒其本。觀本知末,又非躁競之情。是故收心簡事,日損有為。體靜心閒,方能觀見真理。故經云:常無慾,以觀其妙。然於修道之身,必資衣食。事有不可廢,物有不可棄者,當須虛襟而受之,明目而當之,勿以為妨,心生煩躁。若見事為事而煩躁者,心病已動,何名安心?夫人事衣食者,我之船舫。我欲渡海,事資船舫。渡海若訖,理自不留。何因未渡,先欲廢船?衣食虛幻,實不足營。為欲出離虛幻,故求衣食。雖有營求之事,莫生得失之心。則有事無事,心常安泰。與物同求,而不同貪;與物同得,而不同積。不貪故無憂,不積故無失。跡每同人,心常異俗。此實行之宗要,可力為之。

夫觀者(ふかんしゃ)。智士之先鑒(ちしのせんかん)。能人之善察(のうじんのぜんさつ)。究傥來之禍福(きゅうとうらいのかふく)。詳動靜之吉凶(しょうどうせいのきっきょう)。得見機前(とくけんきぜん)。因之造適(いんのぞうてき)。深祈衛定(しんきえいじょう)。功務全生(こうむぜんせい)。自始之末(じしのまつ)。行无遗累(こうむいるい)。理不違此(りふいし)。故謂之真觀(こいのしんかん)。然則一餐一寢(ぜんそくいっさんいっしん)。俱爲損益之源(ぐいそんえきのげん)。一言一行(いちごんいっこう)。堪成禍福之本(かんせいかふくのほん)。雖則巧持其末(すいそくこうじきまつ)。不如拙戒其本(ふじょせっかいきほん)。觀本知末(かんほんちまつ)。又非躁競之情(ゆうひそうきょうのじょう)。是故收心簡事(ぜこしゅうしんかんじ)。日損有爲(じつそんゆうい)。體靜心閑(たいせいしんかん)。方能觀見真理(ほうのうかんけんしんり)。故經云(こきょううん)。常无欲以觀其妙(じょうむよくいかんきみょう)。然於修道之身(ぜんこうしゅうどうのしん)。必資衣食(ひっしいしょく)。事有不可廢(じゆうふかはい)。物有不可棄者(ぶつゆうふかきしゃ)。當須虛襟而受之(とうすきょきんえんじゅの)。明目而當之(めいもくえんとうの)。勿以爲妨(ふついいぼう)。心生煩躁(しんせいぼんそう)。若見事爲事而煩躁者(じゃくけんじいじえんぼんそうしゃ)。是心病已動(ぜしんびょういどう)。何名安心(かめいあんしん)。夫人事衣食者(ふじんじいしょくしゃ)。我之船舩(がのせんせん)。我欲渡海(がよくとかい)。事資船舩(じしせんせん)。渡海若訖(とかいじゃくきつ)。理自不留(りじふりゅう)。何因未渡(かいんみと)。先欲廢船(せんよくはいせん)。衣食虛幻(いしょくきょげん)。實不足營(じつふそくえい)。爲欲出離虛幻(いよくしゅつりきょげん)。故求衣食(こきゅういしょく)。雖有營求之事(すいゆうえいきゅうのじ)。莫生得失之心(ばくせいとくしつのしん)。則有事无事(そくゆうじむじ)。心常安泰(しんじょうあんたい)。與物同求而不同貪(よぶつどうきゅうえんふどうたん)。與物同得而不同積(よぶつどうとくえんふどうせき)。不貪故无憂(ふたんこむゆう)。不積故无失(ふせきこむしつ)。跡每同人(せきまいどうじん)。心常異俗(しんじょういぞく)。此實行之宗要(しじつこうのしゅうよう)。可力爲之(かりょくいの)。

前雖斷簡,病有難除者,且依法觀之。若色病重者,當觀染色,都由想耳。想若不生,終無色事。若知色想外空,色心內妄,妄心空想,誰為色主?經云:色者,全是想耳!想悉是空,何有色耶?又思妖妍美色,甚於狐魅。狐魅惑人,令人厭患。身雖致死,不入惡道,為厭患故,永離邪淫。妖豔惑人,令人愛著,乃至身死,留戀彌深。為邪念故,死墮地獄,永夫人道,福路長乖。故經云:今世發心為夫妻,死後不得俱生人道。所以者何?為邪念故。又觀色若定是美,何故魚見深入,鳥見高飛?仙人以為穢濁,賢士喻之刀斧?一生之命,七日不食,便至於死。百年無色,芃免夭傷。故知色者,非身心之切要,適為性命之讎賊,何乃擊戀,自取銷燬?若見他人為惡,心生嫌惡者,猶如見人自殺己身,引項,承取他刃,以自害命。他自為惡,不遣伐當,何故引取他惡,以為己病?又見為惡者若可嫌,見為善者亦須惡。夫何故?同障道故。若苦貧者,則審觀之,誰與我貧?天地平等,覆載無私,我今貧苦,非天地也。父母生子,欲令富貴,我今貧賤,非由父母。人及鬼神,自救無暇,何能有力,將貧與我?進退尋察,無所從來,乃知我業也,乃知天命也。業由我造,命由天賦。業命之有,猶影響之逐形聲,既不可逃,又不可怨。唯有智者,因而善之,樂天知命,不覺貧之可苦。故莊子云:業入而不可舍。為自業。故貧病來入,不可舍止。經云:天地不能改其操,陰陽不能回其業。由此言之,故知真命非假物也;有何怨焉?又如勇士逢賊,無所畏懼,揮劍當前,群寇皆潰,功勳一立,榮祿終身。今有貧病惱害我者,則寇賊也;我有正心,則勇士也;用智觀察,則揮劍也;惱累消除,則戰勝也;湛然常樂,則榮祿也。凡有苦事,來迫我心,不作此觀,而生憂惱者,如人逢賊,不立功勳,棄甲背軍,以受逃亡之罪。

前雖斷簡(ぜんすいだんかん)。病有難除者(びょうゆうなんじょしゃ)。且依法觀之(しょいほうかんの)。若色病重者(じゃくしょくびょうじゅうしゃ)。當觀染色(とうかんぜんしょく)。都由想爾(とうゆうそうじ)。想若不生(そうじゃくふせい)。終无色事(しゅうむしょくじ)。若知色想外空(じゃくちしょくそうげくう)。色心內妄(しょくしんないぼう)。妄心空想(ぼうしんくうそう)。誰爲色主(すいいしょくしゅ)。經云(きょううん)。色者(しょくしゃ)。全是想爾(ぜんぜそうじ)。想悉是空(そうしつぜくう)。何有色耶(かゆうしょくや)。又思妖妍之色(ゆうしようけんのしょく)。甚於狐魅(じんこうこみ)。狐魅媚人(こみびじん)。令人厭患(れいじんえんかん)。雖身致死(すいしんちし)。不入惡道(ふにゅうおくどう)。爲厭患故(いえんかんこ)。永離邪婬(えいりじゃいん)。妖妍惑人(ようけんわくじん)。令人愛著(れいじんあいちゃく)。乃至身死(ないししんし)。留戀彌深(りゅうれんびしん)。爲邪念故(いじゃねんこ)。死墮地獄(しだじごく)。永失人道(えいしつじんどう)。福路長乖(ふくろちょうかい)。(底本で「永夫人道」なり、夫は失の誤字、当に永失人道と作るべし)。故經云(こきょううん)。今世發心爲夫妻(こんせいはっしんいふさい)。死後不得俱生人道(しこうふとくぐせいじんどう)。所以者何(しょいしゃか)。爲邪念故(いじゃねんこ)。又觀色若定是美(ゆうかんしょくじゃくじょうぜび)。何故魚見深入(かこぎょけんしんにゅう)。鳥見高飛(ちょうけんこうひ)。仙人以爲穢濁(せんじんいいえだく)。賢士喻之刀斧(けんしゆうのとうふ)。一生之命(いっしょうのめい)。七日不食(しちじつふしょく)。便至於死(べんしこうし)。百年无色(ひゃくねんむしょく)。飜免夭傷(ほんめんようしょう)。(底本で「芃免夭傷」なり、芃の字は訛脱して辨ずべからず、今照録して改めず)。故知色者非身心之切要(こちしょくしゃひしんしんのせつよう)。適爲性命之讎賊(てきいせいめいのしゅうぞく)。何乃繫戀(かないけいれん)。自取銷毀(じしゅうしょうき)。若見他人爲惡(じゃくけんたじんいおく)。心生嫌惡(しんせいけんおく)。則如自殺(そくじょじさつ)。其人自殺(きじんじさつ)。猶自引頸(ゆうじいんけい)。承刃而傷我命(しょうじんえんしょうがめい)。是人爲惡(ぜじんいおく)。不當伐人(ふとうばつじん)。(底本で「不遣伐当」なり、語意明らかならず、今照録して改めず)。何故引取他惡(かこいんしゅうたおく)。以爲己病(いいきびょう)。又見爲惡者若可嫌(ゆうけんいおくしゃじゃくかけん)。見爲善者亦須嫌(けんいぜんしゃえきすけん)。何以(かい)。同障道故(どうしょうどうこ)。若苦貧者(じゃくくひんしゃ)。則審觀之(そくしんかんの)。誰與我貧(すいよがひん)。天地平等(てんちびょうどう)。覆載无偏(ふくさいむへん)。我今貧苦(がこんひんく)。非天地也(ひてんち)。父母生子(ふぼせいし)。欲令富貴(よくれいふき)。我今貧賤(がこんひんせん)。非由父母(ひゆうふぼ)。及人鬼神(きゅうじんきしん)。自救无暇(じきゅうむか)。何能有力(かのうゆうりょく)。將貧與我(しょうひんよが)。進退尋察(しんたいじんさつ)。无所從來(むしょじゅうらい)。乃知我業也(なんちがごう)。乃知天命也(なんちてんめい)。業由我造(ごうゆうがぞう)。命由天賦(めいゆうてんふ)。業命之有(ごうめいのゆう)。猶影響之逐形聲(ゆうえいきょうのちくけいせい)。既不可逃(きふかとう)。又不可怨(ゆうふかえん)。唯有智者(ゆいゆうちしゃ)。善而達之(ぜんえんたつの)。樂天知命(らくてんちめい)。不覺貧之可苦(ふかくひんのかく)。故莊子云(こそうしうん)。業入而不可捨(ごうにゅうえんふかしゃ)。爲自業故(いじごうこ)。貧病來入(ひんびょうらいにゅう)。不可捨止(ふかしゃし)。經云(きょううん)。天地不能改其操(てんちふのうかいきそう)。陰陽不能迴其業(いんようふのうかいきごう)。由此言之(ゆうしごんの)。故知真命非假物也(こちしんめいひかぶつ)。有何怨焉(かゆうえんえん)。又如勇士逢賊(ゆうじょゆうしほうぞく)。无所畏惧(むしょいく)。揮劍當前(きけんとうぜん)。群寇皆潰(ぐんこうかいかい)。功勳一立(こうくんいちりつ)。榮祿終身(えいろくしゅうしん)。今有貧病惱我(こんゆうひんびょうのうが)。則是寇賊(そくぜこうぞく)。我有正心(がゆうせいしん)。則是勇士(そくぜゆうし)。以智觀察(いちかんさつ)。則是揮劍(そくぜきけん)。惱累銷盡(のうるいしょうじん)。則是戰勝(そくぜせんしょう)。湛然常樂(たんぜんじょうらく)。則是榮祿(そくぜえいろく)。凡有苦事來迫我心(ぼんゆうくじらいはくがしん)。不作此觀而生憂惱(ふさくしかんえんせいゆうのう)。如人逢賊(じょじんほうぞく)。不立功勳(ふりつこうくん)。棄甲背軍(きこうはいぐん)。亡命獲罪(ぼうめいかくざい)。

去樂就苦,何可愍焉!若病者,當觀此病,由有我身,我若無身,患無所託。故經云:及吾無身,吾有何患?次觀於心,亦無真宰,內外求覓,無能受者。所有計念,從妄心生,若枯體灰心,則萬病俱泯。若惡死者,應念我身,是神之舍。身今老病,氣力衰微,如屋朽壞,不堪居止,自須舍離,別處求安。身死神逝,亦復如是。若戀生惡死,拒違變化,則神識錯亂,自失正業。以此託生,受氣之際,不感清秀,多逢濁辱。蓋下愚貪鄙,實此之由。是故當生不悅,順死無惡者,一為生死理齊,二為後身成業。若貪愛萬境,一愛一病。一肢有疾,猶令舉體不安,而況一心萬疾,身欲長生,豈可得乎?凡有愛惡,皆是妄生。積妄不除,何以見道?是故心舍諸欲,住無所有,除情正信,然後返觀舊所痴愛,自生厭薄。若以合境之心觀境,終身不覺有惡;如將離境之心觀境,方能了見是非。譬如醒人,能知醉者為惡;如其自醉,不覺他非。故經云:吾本棄俗,厭離人間。又云:耳目聲色,為子留愆,鼻口所喜,香味是怨。老君厭世棄俗,猶見香味為怨。嗜慾之流焉知鮑肆為臭哉!

捨樂逐苦(しゃらくちくく)。豈可哀哉(きかあいさい)。若病者(じゃくびょうしゃ)。當觀此病由有我身(とうかんしびょうゆうゆうがしん)。我若无身(がじゃくむしん)。患无所託(かんむしょたく)。故經云(こきょううん)。及吾无身(きゅうがむしん)。吾有何患(がかゆうかん)。次觀於心(じかんこうしん)。亦无真宰(えきむしんさい)。內外求覓(ないげきゅうべき)。无能受者(むのうじゅうしゃ)。所有計念(しょゆうけいねん)。從妄心生(じゅうぼうしんせい)。若體形爲心(じゃくたいけいいしん)。能使枯木死灰(のうしこぼくしかい)。則萬病都泯(そくばんびょうとべん)。若惡死者(じゃくおししゃ)。應念我身是神之舍(おうねんがしんぜしんのしゃ)。身今老病(しんこんろうびょう)。氣力衰微(きりょくすいび)。如屋朽壞(じょおうきゅうはい)。不堪居止(ふかんきょし)。自須捨離(じすしゃり)。別處求安(べっしょきゅうあん)。身死神逝(しんししんせい)。亦復如是(えきふくじょぜ)。若戀生惡死(じゃくれんせいおうし)。拒違變化(きょいへんか)。則神識錯亂(そくしんしきさくらん)。自失正業(じしつしょうぎょう)。以此託生受氣之際(いしたくせいじゅうきのさい)。不感清秀(ふかんせいしゅう)。多逢濁辱(たほうだくじょく)。蓋下愚貪鄙(がいげぐたんひ)。實此之由(じつしのゆう)。是故當生不悅(ぜことうせいふえつ)。順死无惡者(じゅんしむおくしゃ)。一則生死齊一(いちそくせいしせいいち)。二則爲下生勝業(にそくいげせいしょうごう)。若貪愛萬境(じゃくたんあいばんきょう)。一愛一病(いちあいいちびょう)。一肢有疾(いっしゆうしつ)。猶令舉體不安(ゆうれいきょたいふあん)。而況一心萬疾(えんこういっしんばんしつ)。身欲長生(しんよくちょうせい)。豈可得乎(きかとく)。凡有愛惡(ぼんゆうあいおく)。皆是妄生(かいぜぼうせい)。積妄不除(せきぼうふじょ)。何以見道(かいいけんどう)。是故心捨諸欲(ぜこしんしゃしょよく)。住无所有(じゅうむしょゆう)。除情正信(じょじょうせいしん)。然後返觀舊所癡愛(ぜんこうはんかんきゅうしょちあい)。自生厭薄(じせいえんばく)。若以合境之心觀境(じゃくいがっきょうのしんかんきょう)。終身不覺有惡(しゅうしんふかくゆうおく)。如將離境之心觀境(じょしょうりきょうのしんかんきょう)。方能了見是非(ほうのうりょうけんぜひ)。譬如醒人能知醉人爲惡(ひじょせいじんのうちすいじんいおく)。如其自醉(じょきじすい)。不覺他非(ふかくたひ)。故經云(こきょううん)。吾本棄俗(がほんきぞく)。厭離人間(えんりじんかん)。又云(ゆううん)。耳目淫聲色(じもくいんせいしょく)。是爲留愆咎(ぜいりゅうけんきゅう)。鼻口所喜芳(びこうしょきほう)。是怨家(ぜおんか)。老君厭俗(ろうくんえんぞく)。猶以香爲怨(ゆういこういえん)。嗜欲之流(しよくのりゅう)。焉知鮑肆之臭哉(えんちほうしのしゅうさい)。

泰定第六

泰定第六

夫定者,盡俗之極地,致道之初基,習靜之成功,持安之畢事。形如槁木,心若死灰,無感無求,寂泊之至。無心於定而無所不定,故曰泰定。莊子云:宇泰定者,發乎天光。宇則心也,天光則慧也。心為道之器宇,虛靜至極,則道居而慧生。慧出本性,非適今有,故曰天光。但以貪愛濁亂,遂至昏迷,澡雪柔挺,復歸純靜。本真神識,稍稍自明,非謂今時,別生他慧。慧既生已,寶而懷之,勿為多知,以傷於定。非生慧之難,慧而不用為難。自古忘形者眾,忘名者寡。慧而不用,是忘名者也,天下希及之,是故為難。貴能不驕,富能不奢,為無俗過,故得長守富貴。定而不動,慧而不用,德而不恃,為無道過,故得深證常道。故《莊子》云:知道易,勿言難。知而不言,所以之天;知而言之,所以之人。古之人,天而不人。慧能知道,非得道也。人知得慧之利,未知得道之益。因慧以明至理,縱辯以感物情。與心徇事,觸類而長,自雲處動,而心常寂焉。知寂者,寂以待物乎?此行此言,俱非泰定。智雖出眾,彌不近道。本期逐鹿,獲兔而歸。所得蓋微,良由局小。故《莊子》云:古之修道者,以恬養智。智生而無以知為也,謂之以智養恬。智與恬交相養,而和理出其性。恬智則定慧也,和理則道德也。有智不用,以安其恬。養而久之,自成道德。然論此定,因為而得成。或因觀利而見害,懼禍而息心;或因損舍滌除,積習心熟,同歸於定,鹹若自然。疾雷破山而不驚,白刃交前而無懼。視名利如過隙,知生死若潰癰。故知用志不分,乃凝神也。心之虛妙,不可思也。夫心之為物,即體非有,隨用非無;不馳而速,不召而至;怒則玄石飲羽,怨則朱夏殞霜;縱惡則九幽匪遙,積善則三清何遠?忽來忽往,動寂不能名;時可時否,蓍龜莫能測;其為調御,豈鹿馬比其難乎!

夫定者(ふじょうしゃ)。盡俗之極地(じんぞくのきょくち)。致道之初基(ちどうのしょき)。習靜之成功(しゅうせいのせいこう)。持安之畢事(じあんのひつじ)。形如槁木(けいじょこうぼく)。心若死灰(しんじゃくしかい)。无感无求(むかんむきゅう)。寂泊之至(せきはくのし)。无心於定(むしんこうじょう)。而无所不定(えんむしょふじょう)。故曰泰定(こわくたいじょう)。莊子云(そうしうん)。宇泰定者(うたいじょうしゃ)。發乎天光(はつこうてんこう)。宇則心也(うそくしん)。天光則慧也(てんこうそくえ)。心爲道之宇(しんいどうのう)。虛靜至極(きょせいしきょく)。則道居而慧生(そくどうきょえんえせい)。慧出本性(えしゅつほんせい)。非適今有(ひてきこんゆう)。故曰天光(こわくてんこう)。但以貪愛濁亂(たんいどんあいだくらん)。遂至昏迷(すいしこんめい)。澡雪柔挺(そうせつじゅうてい)。復歸純靜(ふくきじゅんせい)。本眞神識(ほんしんしんしき)。稍稍自明(しょうしょうじめい)。非謂今時別生他慧(ひいこんじべつせいたえ)。慧既已生(えきいせい)。寶而懷之(ほうえんかいの)。勿爲多知(ふついたち)。以傷於定(いしょうこうじょう)。非生慧之難(ひせいえのなん)。慧而不用爲難(ええんふよういなん)。自古忘形者衆(じこぼうけいしゃしゅう)。忘名者寡(ぼうめいしゃか)。慧而不用(ええんふよう)。是忘名者也(ぜぼうめいしゃ)。天下希及之(てんかききゅうの)。是故爲難(ぜこいなん)。貴能不驕(きのうふきょう)。富能不奢(ふのうふしゃ)。爲无俗過(いむぞくか)。故得長守富貴(ことくちょうしゅふき)。定而不動(じょうえんふどう)。慧而不用(ええんふよう)。德而不恃(とくえんふじ)。爲无道過(いむどうか)。故得深證常道(ことくしんしょうじょうどう)。故莊子云(こそうしうん)。知道易(ちどうい)。勿言難(ふつごんなん)。知而不言(ちえんふごん)。所以之天(しょいのてん)。知而言之(ちえんごんの)。所以之人(しょいのじん)。古之人(このじん)。天而不人(てんえんふじん)。慧能知道(えのうちどう)。非得道也(ひとくどう)。人知得慧之利(じんちとくえのり)。未知得道之益(みちとくどうのえき)。因慧以明至理(いんえいめいしり)。縱辯以感物情(じゅうべんいかんぶつじょう)。與心徇事(よしんじゅんじ)。觸類而長(しょくるいえんちょう)。自云處動而心常寂(じうんしょどうえんしんじょうせき)。焉知寂者寂以待物乎(えんちせきしゃせいいたいぶつ)。此行此言(しこうしごん)。俱非泰定(ぐひたいじょう)。智雖出衆(ちすいしゅっしゅう)。彌不近道(びふきんどう)。本期逐鹿(ほんきちくろく)。獲兔而歸(かくとえんき)。所得蓋微(しょとくがいび)。良由局小(りょうゆうきょくしょう)。故莊子云(こそうしうん)。古之脩道者(このしゅうどうしゃ)。以恬養智(いてんようち)。智生而無爲(ちせいえんむい)。以智養恬(いちようてん)。智與恬交相養(ちようてんこうそうよう)。而和理出其性(えんわりしゅつきせい)。恬智則定慧(てんちそくじょうえ)。和理則道德(わりそくどうとく)。有智不用(ゆうちふよう)。以安其恬(いあんきてん)。養而久之(ようえんきゅうの)。自成道德(じせいどうとく)。然論此定(ぜんろんしじょう)。因為而得成(いんいえんとくせい)。或因觀利而見害(わくいんかんりえんけんがい)。懼禍而息心(くかえんそくしん)。或因損舍滌除(わくいんそんしゃてきじょ)。積習心熟(せきしゅうしんじゅく)。同歸於定(どうきこうじょう)。咸若自然(かんじゃくじぜん)。疾雷破山而不驚(しつらいはざんえんふきょう)。白刃交前而无懼(はくじんこうぜんえんむく)。視名利如過隙(しめいりじょかげき)。知生死如潰癰(ちせいしじょかいよう)。故知用志不分(こちようしふぶん)。乃凝神也(なんぎょうしん)。心之虛妙(しんのきょみょう)。不可思也(ふかし)。夫心之爲物(ふしんのいぶつ)。即體非有(そくたいひゆう)。隨用非无(ずいようひむ)。不馳而速(ふちえんそく)。不召而至(ふしょうえんし)。怒則玄石飲羽(どそくげんせきいんう)。怨則朱夏殞霜(えんそくしゅかいんそう)。縱惡則九幽匪遙(じゅうおくそくきゅうゆうひよう)。積善則三清何遠(せきぜんそくさんせいかえん)。忽來忽往(こつらいこつおう)。動寂不能名(どうせきふのうめい)。時可時否(じかじひ)。蓍龜莫能測(しきぼくのうそく)。其爲調御(きいちょうぎょ)。豈鹿馬之難比哉(きろくばのなんひさい)。

太上老君運常善以救人,升靈臺而演妙,略二乘之因果,廣萬有之自然。漸之以日損,頓之以不學。喻則張弓鑿戶,法則挫銳解紛。修之有途,習以成性。黜聰隳體,嗒焉坐忘,不動於寂,幾微入照。履殊方者,了義無日,由斯道者,觀妙可期。力少功多,要矣!妙矣!

老君曰(ろうくんわく)。太上老君運是善以救人(たいじょうろうくんうんぜぜんいきゅうじん)。昇靈臺而演妙(しょうれいだいえんえんみょう)。略二乘之因果(りゃくにじょうのいんか)。廣萬有之自然(こうばんゆうのしぜん)。漸之以日損有爲(ぜんのいじつそんゆうい)。頓之以不學無學(とんのいふがくむがく)。喻則張弓鑿戶(ゆうそくちょうきゅうさくこ)。法則挫銳解紛(ほうそくざえいかいふん)。修之有途(しゅうのゆうと)。習以成性(しゅういせいせい)。黜聰隳體(ちゅつそうきたい)。嗒焉坐忘(とうえんざぼう)。不動於寂(ふどうこうせき)。幾微入照(きびにゅうしょう)。履殊方者(りしゅほうしゃ)。了義無日(りょうぎむじつ)。由斯道者(ゆうしどうしゃ)。觀妙可期(かんみょうかき)。力少功多(りょくしょうこうた)。要矣妙矣(よういみょうい)。

得道第七

得道第七

夫道者,神異之物,靈而有性,虛而無象,隨迎莫測,影響莫求,不知所以不然而然之。通生無匱,謂之道。至聖得之於古,妙法傳之於今。循名究理,全然有實。上士純信,克己勤行。空心谷神,唯道來集。道有至力,染易形神。形隨道通,與神為一。形神合一,謂之神人。神性虛融,體無變滅。形與之同,故無生死。隱則形同於神,顯則神同於形。所以蹈水火而無害,對日月而無影,存亡在己,出入無間。身為滓質,猶至虛妙,況其靈智益深益遠乎!故《靈寶經》云:身神共一則為真身。又《西升經》云:形神合同,故能長久。然虛心之道,力有深淺,深則兼被於形,淺則唯及其心。被形者,則神人也;及心者,但得慧覺而已。身不免謝,何則?慧是心用,用多則體勞。初得小慧,悅而多辯,神氣散洩,無靈潤身,生致早終,道故難備。經云尸解,此之謂也。是故大人舍光藏暉,以期全備。凝神寶氣,學道無心,神與道合,謂之得道。故經云:同於道者,道亦得之。又云:古之所以貴此道者,何不日求以得,有罪以免耶?山有玉,草木因之不凋,人懷道,形體得之永固。資燻日久,變質同神。練神入微,與道冥一。散一身為萬法,混萬法為一身。智照無邊,形超有際。總色空以為用,合造化以為功。真應無方,信惟道德。故《西升經》云:與天同心而無知,與道同身而無體,然後大道盛矣。而言盛者,謂證得其極。又云:神不出身,與道同久。且身與道同,則無時而不存。心與道同,則無法而不通。耳則道耳,無聲而不聞;眼則道眼,無色而不見。六根洞達,良由於此。至論玄教,為利深廣,循文究理,嘗試言之。夫上清隱秘,精修在感,假神丹以煉質,智識為之洞忘;《道德》開宗,勤信唯一,蘊虛心以滌累,形骸得之絕影。方便善巧,俱會道源;心體相資,理逾車室。從外因內,異軌同歸。

夫道者(ふどうしゃ)。神異之物(しんいのぶつ)。靈而有性(れいえんゆうせい)。虛而无象(きょえんむしょう)。隨迎莫測(ずいげいぼくそく)。影響莫求(えいきょうぼくきゅう)。不知所以不然而然(ふちしょいふぜんえんぜん)。通生无匱(つうせいむき)。謂之道(いのどう)。至聖得之於古(しせいとくのこうこ)。妙法傳之於今(みょうほうでんのこうこん)。循名究理(じゅんめいきゅうり)。全然有實(ぜんぜんゆうじつ)。上士純信(じょうしじゅんしん)。克己勤行(こっききんこう)。虛心谷神(きょしんこくしん)。唯道來集(ゆいどうらいしゅう)。道有至力(どうゆうしりょく)。染易形神(ぜんえきけいしん)。形隨道通(けいずいどうつう)。與神爲一(よしんいいつ)。形神合一(けいしんがいつ)。謂之神人(いのしんじん)。神性虛融(しんせいきょゆう)。體无變滅(たいむへんめつ)。形與之同(けいよのどう)。故无生死(こむせいし)。隱則形同於神(いんそくけいどうこうしん)。顯則神同於形(けんそくしんどうこうけい)。所以蹈水火而无害(しょいとうすいかえんむがい)。對日月而无影(たいじつげつえんむえい)。存亡在己(そんぼうざいき)。出入无閒(しゅつにゅうむかん)。身爲滓質(しんいししつ)。猶至虛妙(ゆうしきょみょう)。況其靈智益深益遠乎(こうきれいちえきしんえきえん)。《靈寶經》云(れいほうきょううん)。身神共一(しんしんぐういつ)。則爲真身(そくいしんしん)。《西升經》云(せいしょうきょううん)。形神合同(けいしんごうどう)。故能長久(このうちょうきゅう)。然虛心之道(ぜんきょしんのどう)。力有深淺(りょくゆうしんせん)。深則兼被於形(しんそくけんひこうけい)。淺則唯及其心(せんそくゆいきゅうきしん)。被形者則神人也(ひけいしゃそくしんじん)。及心者但得慧覺而已(きゅうしんしゃたんとくえかくえんい)。身不克免(しんふこくめん)。何則(かそく)。慧是心用(えぜしんよう)。用多則體勞(ようたそくたいろう)。初得小慧(しょとくしょうえ)。悅而多辯(えつえんたべん)。神氣散洩(しんきさんえい)。无靈潤身(むれいじゅんしん)。生致早亡(せいちそうぼう)。道故難備(どうこなんび)。經云尸解(きょううんしかい)。此之謂也(しのい)。是故大人含光藏輝(ぜこだいじんがんこうぞうき)。以期全備(いきぜんび)。凝神寶氣(ぎょうしんほうき)。學道无心(がくどうむしん)。神與道合(しんよどうがっ)。謂之得道(いのとくどう)。故經云(こきょううん)。同於道者(どうこうどうしゃ)。道亦得之(どうえきとくの)。又云(ゆううん)。古之所以貴此道者(このしょいきしどうしゃ)。何不日以求得(かふにちいきゅうとく)。有罪以免邪(ゆうざいいめんや)。(底本で「何不日求以得」なり、《老子》通行本の「不曰以求得」と文字互いに異なり、疑いて訛倒あり、今照録して改めず)。山有玉(ざんゆうぎょく)。草木因之不雕(そうもくいんのふちょう)。人懷道(じんかいどう)。形體得之永固(けいたいとくのえいこ)。資薰日久(しくんじつきゅう)。變質同神(へんしつどうしん)。鍊神入微(れんしんにゅうび)。與道冥一(よどうめいいつ)。散一身爲萬法(さんいっしんいばんぽう)。混萬法爲一身(こんばんぽういいっしん)。智照无邊(ちしょうむへん)。形超有際(けいちょうゆうさい)。總色空以爲用(そうしょっくういいよう)。合造化以爲功(がっぞうかいいこう)。眞應无方(しんおうむほう)。信惟道德(しんゆいどうとく)。《西升經》云(せいしょうきょううん)。與天同心而无知(よてんどうしんえんむち)。與道同身而无體(よどうどうしんえんむたい)。然後天道盛矣(ぜんこうてんどうせいい)。盛則謂之證得其極(せいそくいのしょうとくききょく)。又云(ゆううん)。神不出身(しんふしゅつしん)。與道同久(よどうどうきゅう)。且身與道同(しょしんよどうどう)。則无時而不存(そくむじえんふそん)。心與道同(しんよどうどう)。則无法而不通(そくむぽうえんふつう)。耳則道耳(じそくどうじ)。無聲而不聞(むせいえんふぶん)。眼則道眼(がんそくどうがん)。無色而不見(むしょくえんふけん)。六根洞達(ろっこんどうたつ)。良由於此(りょうゆうこうし)。至論玄教(しろんげんきょう)。爲利深廣(いりしんこう)。循文究理(じゅんぶんきゅうり)。嘗試言之(じょうしごんの)。夫上清隱祕(ふじょうせいいんひ)。精修在感(せいしゅうざいかん)。假神丹以鍊質(かしんたんいれんしつ)。智識爲之洞忘(ちしきいのどうぼう)。《道德》開宗(どうとくかいしゅう)。勤信唯一(きんしんゆいいつ)。蘊虛心以滌累(うんきょしんいてきるい)。形骸得之絕影(けいがいとくのぜつえい)。方便善巧(ほうべんぜんこう)。俱會道源(ぐかいどうげん)。心體相資(しんたいそうし)。理逾車室(りゆうしゃしつ)。從外因內(じゅうげいんない)。異軌同歸(いきどうき)。

該通奧賾,議默無逮。二者之妙,故非孔釋之所能鄰。其餘不知,蓋是常耳。

該通奥義(がいつうおうぎ)。議默無逮(ぎもくむたい)。二人之妙(にじんのみょう)。非孔釋之所能隣(ひこうしゃくのしょのうりん)。其余不知(きよふち)。蓋是常耳(がいぜじょうじ)。

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