珞琭子三命消息赋注
作盤ガイド: 八字作盤
臣らが謹んで考えるに:《珞琭子三命消息賦注》は二巻で、宋の徐子平が撰したものである。《珞琭子》という書は「禄命」の学を説く者たちにとって共通…
八字命理典籍
初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。
三命消息賦二巻(徐子平注)
臣等謹案《珞琭子三命消息賦注》二卷,宋徐子平撰。《珞碌子》書為言祿命者所自出。其法專以人生年月日時八字推衍吉凶禍福。李淑《邯鄲書目》謂:其取琭琭如玉,珞珞如石之意,而不知撰者為何人。朱弁《曲洧舊聞》云:世傳《珞琭子三命賦》不知何人所作,序而釋之者以為周世子晉所為。然考其賦所引,有秦河上公。又如:懸壺化仗之事,皆後漢末壺公、費長房之徒,則非周子晉明矣。是書前有楚頤序,又謂:珞琭子者,陶宏景所自稱。然祿命之說至唐李虛中尚僅以年月日起算,未有所謂八字者。宏景之時又安有是說乎?
臣らが謹んで考えるに:《珞琭子三命消息賦注》は二巻で、宋の徐子平が撰したものである。《珞琭子》という書は「禄命」の学を説く者たちにとって共通の源であり、その法はひとえに人の出生の年・月・日・時の八字を取って一生の吉凶禍福を推衍する。宋の李淑は《邯鄲書目》の中で、書名は「琭琭として玉のごとく、珞珞として石のごとし」の意を取ったと言い、撰者が誰であるかは彼も知らなかった。朱弁《曲洧旧聞》には、世に流布する《珞琭子三命賦》は何人の作か分からず、序を作り注釈を加えた者は周の霊王の太子晋の作と見なした、とある。しかし賦文に引かれた人物を考察すると、中に秦代の河上公がおり、また「懸壺」「化杖」といった故事はいずれも後漢末の壺公・費長房の類の方士の伝説に属するから、この賦が周の太子晋の作でないことは明らかである。この書の巻頭には楚頤の序があり、序ではまた「珞琭子」は南朝の陶弘景の自称だと言う。しかし禄命の説は唐の李虚中の時になっても、なお年・月・日の三項だけで起算しており、「八字」というものはなかった。陶弘景の時代に、どうしてこのような説があり得ようか。
考其書始見於《宋*藝文志》。而晁公武《讀書志》亦云:宣和建炎之間是書始行,則當為北宋人所作。舊稱某某,皆依託也。自宋以來,注此賦者有王廷光、李仝、釋曇瑩及子平四家。子平事蹟無可考,獨命學為世所宗,今稱推八字者為子平,蓋因其名。劉玉《已瘧編》曰:江湖談命者有子平,有五星。相傳宋有徐子平者,精於星學,後世術士宗之,故稱子平。又云,子平名居易,五季人。與麻衣道者、陳圖南、呂洞賓俱隱華山,蓋異人也。今之推子平者,宋末徐彥升,非子平也云云,其說不知何所本。然術家之言,百無一真,亦無從而究詰也。
さらにこの書を調べると、最も早く著録されたのは《宋史・芸文志》であり、晁公武《郡斎読書志》にも、宣和・建炎の年間にこの書が流行し始めたとあるから、北宋の人の作品と見るべきである。旧題の撰者名はいずれも後人の仮託である。宋代以来、この賦に注を施したのは王廷光・李仝・僧の曇瑩・徐子平の四家である。徐子平の生平事蹟は考究する術がなく、ただ彼の命学のみが後世に宗主と仰がれ、今日、八字を推すことを「子平」と呼ぶのは、まさに彼の名に由来する。明の劉玉《已瘧編》に言う:江湖で命を談ずる者には「子平」の一派と「五星」の一派があり、伝えるところでは宋代に徐子平という人がいて、星命の学に精しく、後世の術士が彼を宗と仰いだので「子平」と呼ぶ、と。また言う:子平は名を居易といい、五代の人で、麻衣道者・陳抟(字は図南)・呂洞賓とともに華山に隠居した異人である、と。今日推される子平の法は、実は宋末の徐彦升に出たもので、徐子平ではない。これらの説はいずれも何の根拠があるか分からないが、術数家の言は百句に一句も真実が難いので、追及する術もない。
其注久無傳本,惟見於《永樂大典》中者尚為完帙。謹加裒輯,釐為上、下二卷,以符《宋志》之舊。其中論運氣之向背,金木剛柔之得失,青赤父子之相應,言皆近理。間有古法不合於今者,是則在後人之善於別擇耳。又考《三命通會》亦載有《珞琭子》寥寥數語,與此本絕不相合,蓋由原書散佚,談命者又依託為之。偽中之偽,益不足據,當以此本為正也。
徐子平のこの注は伝世の刻本が久しく絶え、ただ《永楽大典》に収められた一部が比較的完全であるのみである。そこで臣らは謹んで捜輯を加え、改めて上・下の二巻に釐定し、《宋史・芸文志》の著録する旧貌に合わせた。書中に論ずる行運の「向」と「背」、金木二行の剛柔の得失、青(木)と赤(火)の間の父子相生のごとき呼応は、いずれも情理に合う説である。その間には古法が今日通行の算法と合わない部分もあり、そこは後人がよく分別して取舍するほかない。また《三命通会》にも《珞琭子》の寥寥たる数句が載っているのを査得したが、この本とまったく合わず、おそらく原書が散佚した後、命を談ずる者が仮託して捏造したものであろう。それは偽中の偽であり、なおさら憑信に足らないので、この本を以て正とすべきである。
元気肇分・干支禄命を定む
元一氣兮先天,稟清濁兮自然;著三才以成象,播四氣以為年。【元者,始也;一者,道生一沖氣也。有物混成,先天地生。以看命法論之,如人初受胎月在母腹中男女未分。以四柱言之,則知人本命也,尚未有生月日時,即貴賤壽夭未分,故云一氣。以大道言之,則混一氣而生育天地也,主祖宗之宮也。陰陽既分,清氣為天,濁氣為地。地法天,天法道,道法自然。以命術言之,則如在母胎中以是成形,男女已分也。以大道言之,天地分也。以四柱言之,則生月是也,主父母宮。】
賦文に言う:万物の始まりは天地に先んずる一団の元気にすぎず、それは自然に清濁の二気に分かれた。ここから天・地・人の三才が立ち形象を成し、四時の気を布散して一年を成す。徐子平が注するに:「元」とは始まりのこと、「一」は道の生ずるあの沖和の一気である。物ありて混沌と成り、天地に先んじて生ず。看命の法で言えば、ちょうど人が受胎したばかりで母腹の中にあり、男女まだ分かれぬに似る。四柱に落とせば、この時は年柱の本命があるのみで、月・日・時の三柱はまだなく、貴賎寿夭も未だ分判せず、ゆえに「一気」と称す。大道から言えば、渾然たる一気が天地を生育し、命の上では「祖宗宮」を主る。陰陽すでに分かれ、清気は上昇して天を成し、濁気は下沈して地を成す。地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。命術で言えば、胎児が母腹の中ですでに成形し、男女が分明したに似る。大道から言えば天地すでに分判し、四柱に落とせばこれが「生月」で、「父母宮」を主る。
【天地人為三才。以命術言之,是人生日是也。乃人身自得之宮。看下臨何宮分也。四氣者,布木火水金以為四時,各旺七十二日,土旺四季,各旺十八日,故為一年。五行之休旺也。以看命論之,是人生時也。以四柱論之,本命生月生日生時四柱也。每一宮有三元,有天元、人元、支元。生時主子孫也,更看生時天元不居休敗,居於旺相,則佳矣,死囚則見多而晚成。】
天・地・人を合わせて「三才」という。命術で言えば、この層は人の「生日」に対応し、自身の得た一宮であり、その下に臨む宮分がどれかを見る。いわゆる「四気」は、木・火・水・金を四季に分布し、各行それぞれ七十二日ずつ旺し、土は四季の末に寄旺して季ごとに十八日ずつ旺し、合わせてちょうど一年となる。これは五行の休囚旺相を説いたものである。看命で言えば、この層は人の「生時」に対応し、四柱に就いて言えば、本命(年柱)と生月・生日・生時の四柱である。各柱はみな「三元」を含む。すなわち天元(天干)・人元(支中に蔵する干)・支元(地支)である。生時は子孫宮を主り、また生時の天干が休・敗の地に落ちず、旺・相の位にあれば良い。死・囚の地に落ちれば、子女は多くとも成就が遅れると主る。
以干為祿,向背定其貧富;以支為命,詳順逆以循環。【干者,是生日天元也。看干下有何支,支內有何人元,而與生日天元為祿,或有祿印,或有財帛。假令六甲日生人,甲子生旺,甲寅建祿,甲辰為財庫,甲午為妻財,甲申為官印,甲戌為財官。其甲子,以水生木。如秋生,並十二月生,則有官貴命,官印無失。甲以庚辛為官印,為子,有癸,善制其丁。故曰:癸乃甲之印綬也。更須消息四柱內外,吉凶輕重,而配其休祥。其言,不可大疾,疾則不盡善矣。】
賦文に言う:天干を以て「禄」とし、それが向禄か背禄かを見れば貧富を定め得、地支を以て「命」とし、順行逆行の循環を詳しく審れば運程を推し得る。徐子平が注するに:ここにいう「干」は、生日の天元、すなわち日干である。日干の下に坐する地支が何か、支中に蔵する人元が何で、それらが日干とどのような関係を成すか——禄か、禄兼印か、それとも財帛か——を見なければならない。たとえば甲を日干とする六つの日柱では、甲子は生旺に坐し、甲寅は建禄に坐し、甲辰は財庫に坐し、甲午は妻財に坐し、甲申は官印に坐し、甲戌は財と官を兼ねる。そのうち甲子の一柱は、子中の癸水が甲木を生ずるものである。秋または十二月に生まれれば、官有り貴有りの命で、官印は失われない。甲は庚・辛を官印とするが、甲子の日支は子水に坐し、子中に癸を蔵し、癸水はまさに丁火を制して庚辛の官星を傷つけさせない。ゆえに癸は甲の「印綬」だという。このほか四柱内外の吉凶の軽重を斟酌して、はじめて禍福を配定できる。これらの断語は急いで満ちた言い方をしてはならず、満ちすぎれば周到でなくなる。
【曏者,要生日天元向其祿馬也。如無祿馬,向其財帛,或有向其壽限,向其旺相也。假令六甲生日天元,若得夏至生,而居辰、戌、丑、未,並丑位之上,則有財帛,及有祖基。若是秋生,居巳、酉、丑、申、戌,四柱之內,別無丙丁,則甲之向祿也。甲以金為官印,秋生金旺,故曰向也。若運到西方者,亦向祿也。運行南方及四季亦向財也。若生月內,有官印於生日天元,則主官出祖宗。如生月及支內,有財於生日天元,則主有祖財。若生時支內,有財,別無刑沖剋破,則主自立財。其論官、論財,更須精其休旺輕重言之。財庫並旺相,為佳。官長生、官庫、官旺相為妙。】
いわゆる「向」とは、日干が自己の禄と馬に向かうことである。柱中に禄馬がなければ財帛に向かい、寿元に向かうものや旺相の地に向かうものもある。たとえば甲を日干とする人が夏至以後に生まれ、四柱が辰・戌・丑・未の上に坐し、とりわけ丑位に坐すれば、財帛もあり祖先の基業もある。秋生まれで、巳・酉・丑・申・戌に坐し、四柱の内に丙・丁火が金を克しに来なければ、これが甲の「向禄」である。甲は金を官印とし、秋は金が旺して官星が令に当たるから「向」という。行運が西方の金地に至るも向禄であり、行運が南方の火地および辰戌丑未の四季の土月に至れば向財である。生月の中に日干の官印を帯びれば、官職は祖先に由ると主り、生月の干支の内に日干の財星を帯びれば、祖先の遺産有りと主る。生時の地支に財があり、かつ刑・冲・克・破がなければ、みずから起業して財を得ると主る。官を論ずるも財を論ずるも、なおそれらの休囚旺相の軽重を精細に分別しなければならない。財庫が同時に旺相の気を得るが最上で、官星が長生に坐し、官庫に坐し、旺相の地に坐するが最も妙である。
【支者,十二支也。支內有天元,十干甲祿在寅,乙祿在卯之類,宜生日天元取年、月、時中內天元配其吉凶,或有財帛,或有官印,或壽或夭。假令甲日天元屬木,取金為官印,取土為財帛,見丙為壽星,見乙並亥卯未為劫財,合用官印或財帛須精休旺言之。】
いわゆる「支」は十二地支のことである。地支の中には天干が蔵しており、十干にはそれぞれ自己の禄位がある。甲の禄は寅に、乙の禄は卯に、という類である。生日の天干を主とし、年・月・時の三柱の地支中に蔵する天干を取って吉凶を配定すべきである。あるいは財帛を得、あるいは官印を得、あるいは長寿を主り、あるいは夭折を主る。たとえば甲日の天元は木に属するので、金を取って官印とし、土を取って財帛とし、丙火を見れば「寿星」とし、乙木および亥卯未の木局を見れば「劫財」とする。究竟、官印を用いるべきか財帛を用いるべきかは、必ずそれらの休囚旺相を精細に権衡した後に断語を下さなければならない。
運行則一辰十歲,折除乃三日為年。精休旺以為妙,窮通變以為玄。【行運則一辰十歲,折除乃三日為年。折除者,一年二十四氣,七十二侯。命有節氣淺深,用之而為妙。假令六甲日生人,以金為官印,得六月下旬生,則有官印者,有祖財。更若順行陽運,則為佳。逆行則運背矣。甲以金為官印,南方火能奪甲之貴。南方,火土之分,卻向財帛。若七八月尤佳。若六月上旬或中氣生,則無官。若年、月、時在申、巳、酉、丑位,更運行西方,則卻有官印,而亦榮顯也。若六月中氣或初氣下生,卻更看與時在寅午戌亥卯未之位,更天元有丙丁,只是商賈之命也。】
賦文に言う:大運を行くは一つの地支が十歳を管し、起運は出生後の三日を以て一年に折算する。五行の休囚旺相を精しく弁ずるを以て高明とし、窮通変化の理を窮究するを以て玄に入るとす。徐子平が注するに:行運は一辰が十年を管し、折除は三日を以て一年とする。「折除」と言うのは、一年に二十四節気・七十二候があり、各人の出生が節気を離れること遠近・深浅があるため、これに拠って起運の歳数を折算して、はじめてその妙が見えるからである。たとえば甲を日干とする人で、甲は金を官印とするが、六月下旬に生まれれば、官印もあり祖先の財もある。さらに順行の陽運ならなお良く、逆行なら「背運」となる。甲はすでに金を官印とするが、南方の火は甲の貴気を奪い得る。ただ南方は火と土の交界の分野で、火は官を奪うが、土はまさに甲の財である。ゆえに転じて財に向かう。七・八月の金旺の時に生まれればなお佳い。六月上旬または中気の内に生まれれば、官は言うべきものがない。しかし年・月・時が申・巳・酉・丑の金位に坐し、さらに行運が西方の金地を行けば、なお官印有りて顕栄し得る。六月中気または初気以下に生まれれば、年・時が寅午戌・亥卯未の火局木局の位に落ちるかどうかを更に見、天干に丙・丁が透出していれば、ただの経商の命にすぎない。
【其五行休旺,已具前述。凡看命見貴賤,未可便言,且精四柱內外,天元並三合有無克奪所有之貴。假令壬午日生,乃祿馬同鄉,切不可年、月、時、中有甲乙並寅卯,若春生則甲乙旺,土死則壬背祿也;若夏秋生雖見甲乙寅卯亦有官印;夏生土旺則官印旺也。秋生則甲乙絕而無害,餘仿此。假令壬子年,壬子月,丙申日,辛卯時。然,丙申、辛卯,天地六合。被太歲是壬子,更壬子月,二壬刑于卯位,此合而不合也。若丙取辛作妻,定因財致禍,而身災也。凡看命,切詳內外五行相合有無忌神,更看所用者內外天元得淺深向背而用之。】
五行の休囚旺相は前にすでに述べた。およそ看命して貴賎の象を見たら、すぐに断語を下してはならず、なお四柱内外の天干および三合局を精査し、すでに有する貴気を克奪しに来るものがあるかを見なければならない。たとえば壬午日の生まれは、午中に蔵する丁・己と壬が相配し、まさに「禄馬同郷」の好格であるが、年・月・時に甲・乙または寅・卯が出ることを最も忌む。春に生まれれば甲乙木が正旺して土が死し、壬の官星たる己土が奪われて背禄となる。夏・秋に生まれれば、甲乙寅卯を見てもなお官印がある。夏は土が旺して官印も随って旺し、秋は甲乙木が絶して土を克するに足らない。ゆえに妨げなし。残りはこれに推すべし。さらに例えば壬子年・壬子月・丙申日・辛卯時の一造では、丙と辛は天干相合し、申と卯は地支相配し、もとは天地六合の好象であるが、如何せん太歳は壬子、月柱もまた壬子で、二つの壬水が卯位の上で刑を成す。これを「合せりて合せず」という。丙火が辛金を妻財と取れば、必ず財に因りて禍を招き、自身にも災殃がある。ゆえにおよそ看命は、必ず内外五行の相合の中に忌神の有無を細審し、さらに用いる神が内外天干の上で気を得る深さと向背を見て、しかる後にこれに拠りて取用せねばならない。
五行気機・有無常変
其為氣也,將來者進,功成者退。如蛇在灰,如鱔在塵。【氣者,四時向背之氣也。假令,六甲六乙生日,春生,則無官;夏生,則有財;秋生則有官印重矣,若生時卻居寅午戌巳上,更有戊己丙丁在時中,則官減半言之。如本位犯丙丁南方火位亦奪甲之印也。五行當權者用之為福;不當權者用之,無慶。假令,金用火為官印,九夏生則向官,七月生則氣退,即官不遷進也。當用之神旺相,則有慶;死囚休敗則退也。又如,水命人以土為官印,卻得十月、正月、二月生,雖有土而不中用,以五行退則不當權,而休息,此論五行氣退罷權之道。如蛇鱔之在灰塵,則何可長久也?】
賦文に言う:五行の気を論ずるに、将に来らんとするを「進気」といい、功成りたる後のを「退気」という。退気の物は蛇の灰中に困し、鱔の塵裡に陥るがごとく、もはや施展できない。徐子平が注するに:ここにいう「気」は、四時向背の気である。たとえば甲日・乙日の生まれは、春に生まれれば官無し。金絶して官星力無きがゆえである。夏に生まれれば財有り。火土が甲乙の財なるがゆえである。秋に生まれれば官印極めて重し。ただ生時が寅・午・戌・巳の火位に坐し、時柱に戊己丙丁があれば、官星の分量は半減して見なければならない。本位が丙丁南方火を犯せば、同じく甲の官印を奪う。五行はおよそ権に当たり令を得たるものは、これを用いれば福であり、権に当たらざるものは、これを用いても喜慶なし。たとえば金命は火を以て官印とす。盛夏に生まるるは「向官」なり。七月に生まるれば火はすでに退気し、官は再び昇遷できない。用いる神が旺・相に処れば慶有り、死・囚・休・敗に処れば退なり。またたとえば水命の人は土を以て官印とす。偏えに十月・正月・二月に生まるれば、柱中に土有りと雖も用に足らず。この時、土は権に当たらず休息に在るがゆえである。これが五行気退きて権柄を失うの理である。蛇と鱔が灰塵の中に落ちたるがごとき、どうして長久できようか。
其為有也,是從無而立有;其為無也,天垂象以為文。【此五行論於絕地而建貴也,五行絕處有祿馬。假令,丁亥、丙子、庚寅、甲申、乙酉、戊寅、壬午、癸巳、己卯、己亥皆從無。天元受絕休囚之地,卻成貴強之位。鬼谷曰:干雖絕而建日。成鑑曰:受氣推尋胎月須深。亦當論生日天元破絶而貴也。賦言:五行窮絶處無也,絶中建祿則有也。凡此者,皆合大道,貴而清也。易曰:懸象著明,莫大乎日月。日月者,天之文也。陰陽之柄也。日往則月來,暑往則寒來,皆一生造化之文也。】
賦文に言う:いわゆる「有」は「無」の裡より建てられたるもの、いわゆる「無」は上天が物象を垂示して文采を成就したものである。徐子平が注するに:この句は五行が絶地に在って却って貴気を建てることを説く。五行の絶処はまさに禄馬を蔵す。たとえば丁亥・丙子・庚寅・甲申・乙酉・戊寅・壬午・癸巳・己卯・己亥の日柱は、日干がみな絶地に坐し、ことごとく「無よりして有と成す」に属す。天元は受絶休囚の郷に処ると雖も、却って貴にして強の位置を成す。鬼谷子の「干は絶すと雖も日を建つ」、《成鑑》の「受気推尋、胎月須らく深かるべし」は、いずれも日干が破絶して却って貴を得る理を説く。賦文の意は:五行が窮絶の処に至るは「無」なり、絶中に能く禄を建てるは「有」なり。およそこの類は大道に合し、貴にして清の命なり。《周易・繋辞》に言う:物象を懸けて明らかなるもの、日月より大なるは莫し。日月はまさに上天の文采、陰陽運行の枢柄なり。日落ちれば月昇り、暑去れば寒来たる。すべて一生造化の顕す文章なり。
其為常也,立仁立義。其為事也,或見或聞。【五行者,在天為五星,在地為五嶽,在人為五臟。推而行之則為五常。常有可久之道則秉乎仁義者。易曰:立天之道曰陰與陽。立地之道曰柔與剛。立人之道曰仁與義。人之道非仁與義則不能立也。命遇金者必要木,有木者須要金,是謂有剛濟柔仁而尚勇。遇此格者多貴。賦曰:金木定其剛柔是也。】
賦文に言う:その恒常の理を論ずれば、仁と義を立てること、具体の事を論ずれば、あるいは顕露して見え、あるいは名のみ聞えて形を見ず。徐子平が注するに:五行は天に在っては五星と化し、地に在っては五岳と化し、人身に在っては五蔵と化し、推して之を広むれば人倫に在っては仁義礼智信の五常となる。「常」は長久すべきの道にして、長久の道は仁と義を以て維繫す。《周易・説卦》に言う:天の道を立つるを陰と陽と曰い、地の道を立つるを柔と剛と曰い、人の道を立つるを仁と義と曰う。人道、仁義を失えば立ち難し。命中、金に遇うは必ず木を要し、木有るも必ず金を要す。これを以剛済柔、仁有りて尚勇と曰う。この格局に遇う者は多く貴命なり。賦文の後にいう「金木その剛柔を定む」は、まさにこの意なり。
【其為也者,今術者將人生年月日時中支匹配吉凶作為也。或見者,年月日時上天元也。或聞者,支內人元也。甲在寅之類,又辰乃水土之庫,戌火庫,丑金庫,未木庫,辰中有乙是春木之餘氣,未中有丁是夏火之餘氣,戌內有辛是秋金之餘氣,丑中有癸是冬水之餘氣。有春分、秋分、夏至、冬至二十四氣七十二侯分陰陽所主之事以定貴賤。今術者看命而定吉凶,知見與不見之理,執法而善用之則為妙矣。】
いわゆる「事」とは、今日の術家が人の出生の年・月・日・時の四柱干支を彼此搭配し、これに拠りて吉凶を断ずるこの一つの工夫である。いわゆる「見」は、年・月・日・時四柱の天干で、明らかに外に在るもの。いわゆる「聞」は、地支中に蔵する人元で、その有を聞くのみで形を見ざるもの、寅中に甲を蔵するがごときである。また辰は水土の庫、戌は火庫、丑は金庫、未は木庫。辰中の乙は春木の余気、未中の丁は夏火の余気、戌中の辛は秋金の余気、丑中の癸は冬水の余気。これに春分・秋分・夏至・冬至および二十四節気・七十二候を加え、各自分かちて陰陽の主る事を領し、これに拠りて一人の貴賎を判定す。今日の術家が看命して吉凶を断ずるに、「見」と「不見」の分別を懂り、法度を守りて善く運用すれば、入妙と称するに足る。
崇宝奇貴・勾陳真武
崇為寶也,奇為貴也,將星扶德,太乙加臨,本主休囚,行藏汩沒。【崇者,尊也。凡看命,主本元祿馬為奇,切忌別位歲月時中沖剋破本位,有損則或貴而輕也;損之重則貴而不貴也。生日厯貴地而日旺不可擊損也,故曰崇,為寶也。又如命中有掌壽、掌財、掌災福之辰,亦不可被別位制伏、刑剋、損奪,被損則有災禍。假令甲日生人,年月日時中庚來克身,有乙或卯巳午火,則能救之,也為福之地。不可被傷,禍聚之地不可無救。】
賦文に言う:命裡に尊崇するその一位が宝なり。三奇に遇えば貴なり。さらに将星の輔扶・徳神の相助・太乙貴人の加臨を得れば、本なら顕達すべし——然るに日主自身が休囚の地に落ちれば、一生の行蔵も埋没沈淪あるのみ。徐子平が注するに:「崇」は尊なり。およそ看命は、日主本元の禄馬を以て奇とし、最も忌むは年・月・時の別位が冲・克・破して本位に来ること。受损軽きは、貴なりと雖も分量減ず。受损重きは、貴にして貴ならず。生日、貴地に歴臨し、日主また旺たり。この一点、断じて撃傷せられず。ゆえにこれを「崇」と称し、これを「宝」と称す。また命裡に寿を掌り、財を掌り、災福を掌るそれらの辰位も、別位に制伏・刑克・損奪せられず。一旦受损すれば災禍有り。たとえば甲日の生まれ、年月日時中に庚金の克身する有り。柱裡に乙木の庚を合するか、あるいは卯・巳・午の火の庚を制する有れば、解救を得、却って福地を成す。要するに福気聚集の処は傷せられず、禍患聚集の処は救応無きべからず。
【三奇為貴者,謂年月日時內外三為匹配者,三奇祿馬則貴命也,更看祿馬所乘輕重而言之。三奇歌云:甲己六辛頭,乙戊向庚求,丙辛遭癸美,丁壬辛更優,戊癸逢乙妙,己壬並甲遊,庚乙丁須聴,辛甲丙同周,壬丁己堪重,癸丙戊何愁。將星者,月將也。扶徳者,徳辰也;又曰,六合也。假令,壬寅年、庚戌月、癸卯日、乙卯時,九月將在卯,扶其生日,更得九月金土六合,卯戌合,乙庚合,戊癸合,如此五行各不居休敗,則貴命也,可作兩府之上貴格言。雖生日取合前面貴氣,若亦本主休囚,即不為貴命也,只可作虛名言之。故曰:本主休囚行藏汩沒也。】
いわゆる「三奇貴となす」は、年・月・日・時の内外三元彼此匹配し、三奇を凑成しまた禄馬を帯ぶれば、すなわち貴命なり。さらに禄馬の乗ずる気の軽重を見て、その高下を定むべし。三奇歌訣に曰く:甲己の二干は六辛の上に起頭を要し、乙戊の二干は庚金の裡に求め、丙辛は癸水を得るを最も美とし、丁壬は辛金を得るを更に優とし、戊癸は乙木に逢うを妙とし、己壬は甲木と并び同游し、庚乙は須らく丁火の消息を聴き、辛甲は丙火と同周し、壬丁は己土を得て重んずるに堪え、癸丙は戊土有りて何ぞ愁えん、と。いわゆる「将星」は月将を指し、いわゆる「扶徳」は徳辰、すなわち六合を指す。たとえば壬寅年・庚戌月・癸卯日・乙卯時の一造:九月の月将はまさに卯に在り、生日を扶助す。さらに九月金土の気と六合相配に逢い、卯と戌合、乙と庚合、戊と癸合。この如く五行各々休敗に落せず、すなわち貴命にして、両府一級の上等貴格と断ずべし。ただし縦使生日が上述の種々の貴気を合住せしめ得るも、日主本身が休囚の地に落ちれば、なお貴命と算せられず、虚名と作して見るのみ。ゆえに賦文に「本主休囚、行蔵汩没」と曰う。
至若勾陳得位,不虧小信以成仁;真武當權,知是大才而分瑞。【勾陳,戊己土也;得位者,戊己日生,臨於寅卯並亥卯位下,有官印長生、帝旺、庫墓,乃祿馬之鄉,不虧小信,以成仁者。土厚,主信也。更得位,則能成仁矣。此三奇貴人,即君子也。故曰:以成人之美也。賦曰:約文而切理者也。又曰:真武當權者,壬癸生日也。以壬午、癸巳、壬辰、壬戌、癸丑、癸未日生也,或四季月亦是,下有官印、祿馬旺相墓庫而成慶,此乃作上格貴命言也。】
賦文に言う:「勾陳」位を得る者は、小小の信義を亏かずして仁徳を成就し、「真武」権に当たる者は、大才にして祥瑞を分かつと知るべし。徐子平が注するに:勾陳は戊・己土なり。いわゆる「得位」は、戊・己日の生まれ、日支が寅・卯または亥・卯の下に臨み、彼処に正に官印の長生・帝旺・庫墓有り、禄馬の郷なり。ゆえに小信を亏かずしてその仁を成すと曰う。土性は厚重にして、五常の上に「信」を主る。さらに得位を加えれば、よく仁徳を成就す。かかる者はすなわち三奇貴人、すなわち君子なり。ゆえに彼は人之美を成すと曰う。賦文のいわゆる「約文にして理に切なり」は、まさにこの言簡にして事理に切中する断法を指す。さらに「真武当権」を説くに、壬・癸日の生まれを指す。壬午・癸巳・壬辰・壬戌・癸丑・癸未のごとき日柱、あるいは辰戌丑未四季の月に生まるるも算す。日支の下に官印・禄馬有りて旺相または墓庫の地に処り、その吉慶を成す。これすなわち上等格局の貴命と断ずべし。
不仁不義,庚辛與甲乙交差;或是或非,壬癸與丙丁相畏。【前二句是貴命,切忌五行交差,甲己、乙庚、丙辛、丁壬、戊癸是陰陽相合而成貴命也。若甲見庚,乙見辛之類皆是五行陰陽不合而交差也,乃無福之命。更有交差之論,且如甲以金為官印,見火而亦曰交差,則不成慶也。更有十二支交差,如午與未合,卻被戌刑、丑破、卯辰破於未位,此亦曰交差。卯與戌合而忌辰沖、丑刑、戌未三刑也;辰與酉合,而忌午之破為害,餘可例求焉。是者五行和合也,成慶而貴也。非者,五行內外陰陽不起,即不是貴命也。丁畏癸、丙壬相畏故也。若丁見壬即為合,丙見癸即為官,一陰一陽曰道,偏陰偏陽曰疾,正合則為貴命,偏合不為貴命也。宜消息而言之。】
賦文に言う:いわゆる不仁不義は、庚辛と甲乙の彼此交差するもの。いわゆる或是或非は、壬癸と丙丁の互相畏忌するもの。徐子平が注するに:上文二句は貴命を説く。最も忌むは五行の「交差」。甲と己、乙と庚、丙と辛、丁と壬、戊と癸、これは陰陽相合して貴命を成す。甲の庚を見、乙の辛を見るの類は、皆陰陽不合の交差に属し、すなわち無福の命なり。交差にまた一層の意有り:たとえば甲は金を以て官印とするも、柱中に火の金を克するを見るをも交差と曰い、官星は喜慶を成さず。十二地支も同様に交差有り:午と未と本相合するも、戌に刑せられ、丑に破せられ、卯と辰とまた未位を破る。これも交差と曰う。卯と戌相合するは、辰の冲・丑の刑および戌未相刑を忌む。辰と酉相合するは、午の破害に来るを忌む。残りはこれに照らして類推すべし。いわゆる「是」は、五行和合して慶を成し貴を得る。いわゆる「非」は、五行内外の陰陽作用を起さず、それすなわち貴命ならず。丁は癸水を畏れ、丙は壬水を畏る。まさにこの故なり。丁が壬を見ればすなわち相合を成し、丙が癸を見ればすなわち正官を成す。一陰一陽相配するを「道」と曰い、偏陰または偏陽を「疾」と曰う。正合するは貴命、偏合するは貴命ならず。ここは当に細々と斟酌したる後に断語を下すべし。
通道多門・見不見之形
故有先賢謙己處俗求仙,崇釋則離宮修定,歸道乃水府求玄。【固有達賢之士自謙而處俗塵,降心火而進於水府,養丹砂而成妙道矣。以看命言之,五行中有水火既濟之命也。又如丙子生人得亥子時或申子辰水位亦曰既濟。假令丙申、丙辰、丙子、丁亥、丁丑、丁酉生人或火以水相濟成慶,皆為水火既濟之命也。】
賦文に言う:ゆえに古来、賢人有りて自ら謙し拙を守り、俗世に身を処して心に神仙を慕う。仏法を崇奉するは、すなわち離宮(心火)の上に禅定を修習し、道門に帰依するは、すなわち水府(腎水)の中に玄妙を探求す。徐子平が注するに:もとより通達の賢士有りて自ら謙し、塵俗に混迹し、心中の火を降して腎水之府に沈め、丹砂を涵養して妙道を成就す。看命を以て之を講ずれば、これすなわち五行中「水火既済」の命なり。また丙子日の生まれ、亥時・子時を得、あるいは年月時に申子辰水局を凑成するも、既済と曰う。たとえば丙申・丙辰・丙子・丁亥・丁丑・丁酉のごとき日柱の生まれ、火は水の相济するを得てその吉慶を成す。皆水火既済の命に属す。
是知五行通道,取用多門。理於賢人,亂於不肖;成於妙用,敗於不能。【取用多門謂:人命生處各自不同,基本亦異。吉凶向背,行運用法,所主者異兆。故曰:取用多門,即非一途而取軌也。亦要人用心消息五行所歸,即知吉凶也。賢達之人深悉造化,愚者豈能曉了?易曰:苟非其人,道不虛行是也。】
賦文に言う:これを以て五行本相通の大道なるを知るべし。取用の門径は多し。同一の理、賢人の手に至れば条理分明し、不肖の手に至れば一団に乱る。妙く用うれば成し、用いるを会せざれば敗す。徐子平が注するに:いわゆる「取用多門」は、人各々出生の時地有り、命の根基も各々相同じからず。吉凶の向背・行運の用法・所主の征兆、皆一様ならず。ゆえに取用に多門径有りと曰い、ただ一条の路子に拠りて套すべからず。これも人の用心して五行の帰着を斟酌するを肯んずるを要し、乃ち吉凶を知るを得。通達賢明の人は造化の理を深知す。愚昧の人、何ぞ能く明白せんや。《周易・繋辞》に「苟も其の人に非ざれば、道虚しく行はれず」と曰う。まさにこの意なり。
見不見之形,無時不有;抽不抽之緒,萬古聯綿。【不見之形者,內天元也,庫墓餘氣節令也,沖刑剋破也及五行休旺匹配生死也。三合貴地,祿馬妻財父母皆不見之形也。只聞其有形,而用之自然應驗矣。凡取用法,則比蠶婦抽絲之妙。善取者,能尋其頭緒,自然解之得絲也。不善者,不知頭緒,萬古聯綿也。凡言命中貴賤吉凶,先得頭緒則災祥自然應驗矣。生時坐祿,甲日見寅時,乙日見卯時之類,時坐本祿,更看歲月有無刑沖剋破本祿,祿旺用之云云。】
賦文に言う:見えざる形跡を見るべし、それらは時なくして在らざるなし。抽き尽くせぬ頭緒を抽くべし、それらは万古連綿たり。徐子平が注するに:いわゆる「不見之形」は、地支中に蔵する天干、庫・墓・余気と節令、冲・刑・克・破を指し、また五行休囚旺相と生死の匹配をも指す。三合貴地および禄・馬・妻・財・父母のごとき神位は、皆見えざる形跡に属す。ただその形有りと聞くのみ、これを用いれば自然に応験す。およそ取用の法は、蚕婦の糸を抽く妙にたとえるべし。抽くを会する者は線頭を見出し、一提すれば順順当に糸を抽き出す。抽くを会せざる者は頭緒に触れず、永遠に一団に纏まる。およそ命中の貴賎吉凶を論ずるは、先ず頭緒を把捉すれば、災祥は自然に応験す。たとえば生時が禄に坐す——甲日の生まれが寅時を得、乙日の生まれが卯時を得るの類——時支はまさに日干の本禄に坐す。さらに年・月にこの本禄を刑・冲・克・破する有無を見、禄旺たれば取用に善し。残りは類推すべし。
是以河公懼其七殺,宣父畏其元辰。峨眉闡以三生,無全士庶;鬼谷播其九命,約以星觀。今集諸家之要,略其偏見之能,是以未解曲通,妙須神悟。【此令術者既要見年月時取其有克而為用者是何,作官印用之,作官鬼用之,假令甲見庚或見申位為官為鬼,須見金木輕重之用言之。假令丙日生人逢亥七煞,亥中有壬,丙見壬為七殺。丁到子位,甲到申,辛到午,壬到巳,戊到寅,己到卯,庚到巳皆為七殺之地,主有災。如當生元有七殺,運更相逢即重矣,不利求財,主有災。如當生歲月日時元無七殺,則災輕。】
賦文に言う:ゆえに河上公は命中の七殺を畏れ、孔夫子は命中の元辰を忌怕す。峨眉先生は三生の説を闡発し、士人庶民いずれも十全少なしとす。鬼谷先生は九命の術を伝布し、星宮を以て之を約束して篇を成す。いま各家の精要を彙集し、その偏頗の一得の見を删去す。その中にいまだ曲尽通達せざるの処有り。学者自ら神会妙悟するに頼るのみ。徐子平が注するに:これは術家がまず年・月・時の三柱中に、日主を克しに来る者が究竟何であるかを見出し、それを官印と用いるか官鬼と用いるかを定めよということ。たとえば甲日に庚を見または申位を見れば、官と為すも可、鬼と為すも可。須らく金木両方の力量の軽重を見て取舍を定むべし。またたとえば丙日の生まれ、亥に逢えばすなわち七殺なり。亥中に壬を蔵し、丙が壬を見ればすなわち七殺なるがゆえ。同じく、丁が子位に至り、甲が申位に至り、辛が午位に至り、壬が巳位に至り、戊が寅位に至り、己が卯位に至り、庚が巳位に至るは、皆七殺の地にして、災殃有りを主る。原命に本より七殺を帯び、行運がまた再び碰上すれば、それすなわち分外に沈重、求財に利あらず、災禍有りを主る。原命の年月日時に本より七殺無ければ、災は軽し。
【故賦中引宣父畏以元辰者,即非前位辰也,是當生年月日時位有七殺,害生月生時者,乃名元有元辰也,即為災重矣。虛中云:當生元有則凶重,無則凶輕。所以宣父畏以元辰者,是宣父命中元有煞害之辰也。又,戊見甲,己見乙為七殺,戊己人在十月生,正月生,雖生時居巳午或更有庚辛,亦夭壽,為土死不能生弱金,金囚不能勝旺木。賦云:建祿而夭壽。餘仿此。昔者,峨眉先生精通三命,每言貴賤,少有全者;鬼谷先生以九命之術,約以星宮為賦,比前賢自謙而言之,與物難窮,理則同也。】
ゆえに賦文が「宣父その元辰を畏る」と引くに、ここの元辰は通常いう歳前歳後のあの辰位ではなく、原命の年月日時中に七殺を帯び、また生月・生時を傷害するを指す。これを「元有元辰」と曰い、その災禍重し。李虚中が曰く:原命に本有るは凶重く、原命に無きは凶軽し、と。ゆえに孔夫子が元辰を畏るると曰うは、彼の命裡に本より煞害の辰を帯びたるに因る。また戊が甲を見、己が乙を見るは皆七殺なり。戊己日の生まれが十月または正月に生まれれば、縦使生時が巳・午の火地に坐し、あるいは柱中に別に庚・辛有りて木を制すとも、なお短寿なり。此の時土死して衰弱の金を生ぜず、金また囚を受けて当旺の木に敵せざればなり。賦文後の「建禄にして夭寿」は、まさにこの情形なり。残りは類推すべし。昔、峨眉先生は三命の学に精通し、人の貴賎を論ずるごとに、常に十全少なしと曰い、鬼谷先生は九命の術を以て、星宮を綱として賦文を成せり。徐子平ここに前賢に比照して自ら謙す。是れ万物の変化窮尽し難く、その中の道理は相通ずるを説くなり。
珞琭子自述・乾坤牝牡
臣出自蘭野,幼慕真風,入肆無懸壺之妙,遊街無化仗之神。息一氣以凝神,消五行而通道。【臣者,太子自稱於君父前也。生於內庭,有芝蘭之野之稱。真風者,自幼樂於五行之真理者也。昔有懸壺先生貨卜於市,國君聞而召之,先生拒命而不往,君令執之,先生預知,以仗化龍乘而去。息一氣者,天元也。五行者,金木水火土也。凝聚也,消散也。通道者,符合也。陰陽不偏,上下符合,則能知造化,而貴賤吉凶壽夭定矣。猶然自謙無化仗乘龍之為也。】
賦文に言う:臣、蘭野に出身し、幼より真道の風を仰慕す。市に入り肆を開くも、懸壺先生のごとき神妙無く、街衢を游走するも化杖成龍のごとき神通無し。ただ一気を休養して精神を凝聚し、五行を消息して大道に通達するのみ。徐子平が注するに:自ら「臣」と称するは、太子が君父の前での謙称なり。宮廷内庭に生長せるがゆえに「芝蘭之野」の説有り。「真風」とは幼より五行の真理を喜好するを指す。昔、懸壺先生有りて市上に卦を売る。国君聞きて彼を朝に召すも、先生は命に抗して行かず。国君人を遣して捉えんとすれば、先生は預め知り、手杖を化して龍と為し、乗じて飛び去れり。「息一気」の「一気」は天元を指し、「五行」は金木水火土を指す。「凝」は凝聚、「消」は消散、「通道」は彼此符合なり。陰陽偏らず倚らず、上下彼此相合すれば、造化を洞知し、一人の貴賎・吉凶・寿夭も定まるべし。作者ここに至りて、なお自ら化杖乗龍のごとき本事無しと謙す。
乾坤立其牝牡,金木定其剛柔;晝夜互為君臣,青赤時為父子。【干陽物也,坤陰物也。凡看命,見五行陰陽匹配,上下相合不偏者為貴命也。若偏陽偏陰者,則五行有疾矣。金木定其剛柔者,且如,木用金為官印,其金秋生或帶壬癸水而克木,即剛也,謂金旺時,水木無火則金剛矣。若金生於春夏,木帶天元,人元有火,則木剛金柔也。】
賦文に言う:乾と坤は牝牡陰陽を立定し、金と木は剛柔の別を定出す。昼と夜は互いに君臣と為り、青(木)と赤(火)は時々父子を結ぶ。徐子平が注するに:乾は陽物、坤は陰物なり。およそ看命、五行陰陽匹配・上下相合して偏枯せざるを見れば、すなわち貴命なり。若し陽に偏しまたは陰に偏すれば、五行に病有り。いわゆる「金木その剛柔を定む」:たとえば木が金を以て官印とするに、この金が秋に生まれ、あるいは壬癸水を帯びて木を泄し金を助くれば、それは金剛なり。金まさに旺令に当たり、水また木を泄して柱中に火の金を制する無し。金自然に剛硬なり。反対に、金が春夏に生まれ、木が天干に於て勢を得、地支人元の中にまた火を蔵すれば、それは木剛にして金柔なり。
【晝夜互為君臣也,青赤時為父子者,丁壬合,生甲己,壬生甲,壬乃甲之母,丁乃甲之父。丁生己,己以壬為父,丁乃己之母。甲己再合生辛,甲生丙,丙辛再合生戊,辛生癸,戊癸再合,戊生庚,癸生乙,乙庚再合,乙生丁,庚生壬,丁壬再合復生甲己,周而復始。人只知,木生火,火生土,土生金,金生水,水生木,即不知陰生陰,陽生陽,陽產陰為父,陰產陽為母,丁乃甲之父,壬是甲之母,故云青赤時為父子。】
「昼夜互いに君臣と為る」「青赤時に父子と為る」に至りては、十干化合相生の一層の道理を説く。丁と壬相合し、化生して甲・己を出す。壬水は甲木を生ず。ゆえに壬は甲の母、丁火はすなわち甲の父なり。丁また己土を生ず。ゆえに己は壬を以て父とし、丁を以て母とす。甲と己と再び合して辛を生じ、甲は丙を生じ、丙と辛と再び合して戊を生じ、辛は癸を生じ、戊と癸と再び合し、戊は庚を生じ、癸は乙を生じ、乙と庚と再び合し、乙は丁を生じ、庚は壬を生じ、丁と壬と再び合し、また甲・己を生出す。この如く周して始めに復す。世人はただ木の火を生じ、火の土を生じ、土の金を生じ、金の水を生じ、水の木を生ずるの一層のみを知り、さらに陰の陰を生じ、陽の陽を生ずるの一層有るを知らず。陽の産む所の陰を父と為し、陰の産む所の陽を母と為す。丁は甲の父、壬は甲の母。ゆえに「青赤時に父子と為る」と曰う。
不可一途而取軌,不可一理而推之。時有冬逢炎熱,夏草遭霜;類恐陰鼠棲水,神鬼宿火。【假令,庚辛人冬至後逢丙丁者,則為官印,謂一陽生也。金逢火之生氣,是冬逢火熱也。夏草遭霜者,言丙丁人夏至後,逢壬癸而得用也,謂之一陰生,是火逢官之生氣。故曰:夏草遭霜。又,丙丁人冬至後生,雖遇七殺之鄉,亦作官印之用。偏陰偏陽,則有官而不清也。又庚辛人,夏至雖遇巳午未寅戌,亦可作官印用,亦苦不清。夏至後,陰氣深則為妙矣。若夏至氣淺,官雖發早,而不益壽。更詳元辰並運言之。】
賦文に言う:ただ一条の路子に照りて法を取るべからず、ただ一つの道理を用いて推すべからず。時に会して冬天に反って炎熱に遇い、夏草に反って寒霜に遭うの類有り。また陰鼠の水に棲み、神鬼の火に宿るの怪象有り。徐子平が注するに:たとえば庚・辛日の生まれが冬至以後に丙・丁火に遇上するは、すなわち官印なり。冬至に一陽初生し、金は正に火の生気に逢着す。これが「冬炎熱に逢う」なり。いわゆる「夏草霜に遭う」は、丙・丁日の生まれが夏至以後に壬・癸水に遇いて取用するを説く。夏至に一陰初生し、火は正に官星の生気に逢着す。ゆえに夏草霜に遭うと曰う。また丙・丁日の生まれが冬至以後に出生すれば、縦使七殺の郷に遇うとも、官印と為して用うべし。ただ偏陰偏陽にして、官有りと雖も清純ならず。庚・辛日の生まれが夏至以後に、巳・午・未・寅・戌のごとき火地に遇うと雖も、同様に官印と為して用うべし。同じく清らかならざるに苦しむ。夏至以後、陰気愈深ければ愈妙なり。夏至剛過して陰気なお浅ければ、官は早く発すと雖も、寿命に益なし。これらはまた元辰と行運を合看して乃ち定論すべし。
【陰鼠棲水,如癸祿在子,為地元。神鬼宿火,如戊祿在巳,為人元也。丙以癸為官印,戊與癸為匹配,子與支德六合,癸以戊為官印須識陰陽造化、尊卑、順逆。戊以癸為財,丙以癸為官印,此與水火既濟之道。如冬逢炎熱,夏草遭霜,在學人深求之也。】
いわゆる「陰鼠水に棲む」は、癸水の禄は子に在り、子は鼠に属し癸は陰水なり。これは地元すなわち地支に就いて曰う。いわゆる「神鬼火に宿る」は、戊土の禄は巳に在り、巳は火に属し火中に戊土を蔵す。これは人元すなわち支中蔵干に就いて曰う。丙は癸を以て官印とし、戊と癸は天干五合の一対、子また丑と結びて支徳六合を成し、而して癸もまた戊を以て官印とす。およそこれらは皆陰陽の造化・尊卑と順逆を弁明せねばならず。戊は癸を以て財とし、丙は癸を以て官印とす。これらの道理は皆「水火既済」に通ず。「冬炎熱に逢う」「夏草霜に遭う」のごとき反常の象は、また学者自ら深入求索するに頼る。
陰陽罕測・禎祥有応
是以陰陽罕測,志物難窮。大抵三冬暑少,九夏陽多,禍福有若禎祥,術士希其八九。【禎祥者,為應。前賢比其五行吉凶應驗矣。如天子親耕曰禎祥,務天下民勤於耕種,田中種穀則生穀苗,時至七八月則穀熟,而為祥。元種豆苗,時至七八月豆熟,而成祥。其五穀下種各有時也,則收成也。地內曾種,則望成。更有良田萬傾,不曾耕種,則遇大熟之歲而亦無可收,不得禎祥也。此論人命八字內外元無官印,則運臨官印之地,亦不發官印,為年月日時中元無貴氣。論財亦論元有元無也。】
賦文に言う:ゆえに陰陽の理は測度し難く、万物の情は窮尽し難し。大体に三冬の月は暑気少なく、九夏の月は陽気多し。禍福の応験は農事の豊歉のごとく征兆有りて循るべし。術士が八九分を説中するも亦容易ならず。徐子平が注するに:「禎祥」はすなわち応験なり。前賢これを取りて五行吉凶の霊験に比喻す。たとえば天子の籍田を親耕するを禎祥と曰う。その意は天下の百姓に勤耕を勧むに在り。田に穀を種けば穀苗を生じ、七八月に至り穀子成熟す。これが祥なり。元より種いたるは豆苗、七八月に至り豆子成熟す。同じく祥を成す。五穀各々下種の時令有り、時に按じて下種せば収成有り。地裡に曽て種きたれば、乃ち収穫を指望し得るを談ず。反対に、縦に良田万頃有りて未だ耕種せずんば、大豊の年に碰上するも収割する処無く、禎祥を得ず。これは人命の八字内外に本より官印無きを比喻す。然らば行運、官印の地に至るも、照様に官を発せず。年月日時の中に本よりその貴気無きがゆえなり。財を論ずるも同一の道理。先ず原命裡に有るや無きやを見るべし。
或若生逢休敗之地,早歲孤窮;老遇建旺之鄉,連年偃蹇。若乃初凶後吉,似源濁而流清;始吉終凶,狀根甘而裔苦。【假令,庚辛人秋七八月生者是也,金以木為財,木絕。以火為官印,火死。早歲孤窮謂生日為父母絕,則為無祖財,亦無官印,則早歷艱難也,準此。若或運臨祿馬貴官之鄉,亦多偃蹇而不成福。初凶者,生月凶逢於休敗也。後吉者,生時得地也,居財旺並官印旺地,運行向所臨之位,卻為有慶。止為初年之滯,中年晚年有福也。故曰:源濁、伏呤是也。】
賦文に言う:ある人は休囚敗絶の地に生まれ、早年孤苦貧窮す。ある人は老来して始めて建禄旺盛の郷に遇うも、なお連年困頓す。先凶後吉に至りては、水源渾濁して下流転清のごとし。先吉後凶は、根は甘くして末梢は苦を発するがごとし。徐子平が注するに:たとえば庚・辛日の生まれ、秋の七八月に生まれれば、金は木を以て財とするも此の時木已に絶し、火を以て官印とするも此の時火已に死す。いわゆる「早歳孤窮」は、生日が父母絶地に坐し、既に祖上の家財無く、また官印無し。ゆえに早年、艱難を歴尽す。これに依りて準とすべし。かかる人は縦使行運、禄馬貴官の郷に臨むも、多くは困頓して福を結ばず。いわゆる「初凶」は、生月凶にして休敗の地に落つるなり。いわゆる「後吉」は、生時地を得、財旺または官印旺の位に坐し、行運またその臨む処に向かいて去る。却って喜慶有り。ただ初年阻滞し、中年・晩年に便ち福有るのみ。ゆえにこれを「源濁」「伏呤」の類の命と曰う。
【若生月為鬼克身,若生時有救是源濁之類,五行活法則度,如遇五行交錯,但消息勝負而言之。有命有祖財而生者,少年富貴,故云:始吉。如生時不得地,或祖敗官,或身災疾。更背于吉地,則為凶也。至於晚年祖財破盡,終身困苦。雖有富貴之家,生時失地,更不得運,故曰:終凶。裔者,苗也。如苦物而不堪也。此先富而後貧也。】
若し生月が七殺の鬼にして身を克しに来り、而生時に別に救応有れば、亦「源濁流清」の類に属す。五行の活法はただ一つの大致の尺度なり。五行彼此交錯の局面に遇上すれば、ただ双方の勝負を斟酌して断語を下すべし。ある人は生来家中に祖産有り、少年にして富貴を得る。ゆえに「始吉」と曰う。然るに生時若し地を得ず、あるいは祖上の官職を敗し、あるいは自身多災多病、行運再び吉地に背離すれば、それは凶を成す。晩年に至り祖上の家産敗尽し、終身困苦す。縦使富貴の家に出身するも、生時失地し、また運の上に好運を行かざれば、「終凶」と曰う。「裔」はすなわち末梢・枝苗、苦渋の物の口に入れ難きがごとし。これは先富して後貧の命を説く。
根苗花実・三獣五虎
觀乎萌兆,察以其元,根在苗先,實從花後。【欲知運內吉凶,先看根元勝負。根元有貴則運臨貴地而發貴,根元有財,運臨財地而發財。根元有災則運臨災而有災也。貴賤吉凶自有根苗則無不結實而應驗矣。】
賦文に言う:一命の萌芽征兆を観察するは、その本元より察起すべし。根は常に苗の前頭に長じ、果実は常に花の後頭に結す。徐子平が注するに:大運之中の吉凶を知らんと欲すれば、先ず原命根元の強弱勝負を見るべし。根元裡に貴気有れば、行運貴地に臨みて乃ち貴を発す。根元裡に財有れば、行運財地に臨みて乃ち財を発す。根元裡に災を帯びれば、行運災地に臨みて乃ち災を出す。貴賎吉凶、ただ原命に根有り苗有れば、時に至りて果実を結ばず応験分明せざるは無し。
胎生元命,三獸定其門宗;律呂宮商,五虎論其成敗。【胎生元命者,乃人之年月日時所得天元、人元、支元也。三獸者,寅午戌之類是也。門宗者,一類也如寅午戌火之類。五虎者,支也,持大運逆順,生日向背數而行之。假令,甲寅生午逢庚戌也,亦曰鬼。庚戌見丙午之類,賦曰:五虎者,以寅為首也,此乃五陽相剋也。論其成敗者,有救而身旺則成;無救而身衰則敗也。好事者宜精詳之。】
賦文に言う:胎・生・元命のこれらの層は、三合の三つの属相に頼りてその門戸宗派を定出す。律呂宮商の配合は、「五虎」を用いて成敗を論ず。徐子平が注するに:いわゆる「胎生元命」は、人の年・月・日・時四柱の得たる天元・人元・支元を指す。いわゆる「三獣」は、寅午戌の類の三合の三つの生肖なり。いわゆる「門宗」は、同じく一類に帰す。寅午戌の同じく火局に属するがごとし。いわゆる「五虎」は、地支に就いて曰う。大運の順行逆行・生日の向禄背禄に按じて数を推して行かんとす。たとえば甲寅の生まれ、午の上に至りて庚戌に逢えば、亦之を鬼と曰う。庚戌また丙午を見るの類、同じく此の理なり。賦文のいう「五虎」は、寅を首とする甲寅・丙寅・戊寅・庚寅・壬寅の五位。五つの陽干の互相克制を講ず。成敗を論ずるに至りては:救応有りて日主また旺なるは成し、救応無く日主衰弱するは敗す。心此の道に有る者は当に精細に推詳すべし。
無合有合・得一分三
無合有合,後學難知;得一分三,前賢不載。【無合者,年月時中取財而無財,取貴而不貴,取合而不合,兼之以根在苗先,實從花後,此乃八字內有根而方發苗。又云禍福者,然八字內外無合而有合在別位之內,內外五行刑沖剋破於別位之祿,停住不得,至令飛走。三合就於本命生日相合或寅刑巳內丙戊,巳酉丑三合就走馬。】
賦文に言う:明らかに無合なれどまた合有り。この一層、後学最も領会し難し。一位より得出して三合に分成す。前賢の書裡に並に記載無し。徐子平が注するに:いわゆる「無合」は、年・月・時の三柱裡に財を取るも財無く、貴を取るも貴を見ず、合せんと欲すも合上せざるを曰う。さらに「根は苗先に在り、実は花後に従う」の一層を配合すれば、すなわち八字の内に先ず根有り、然る後に乃ち苗を発す。さらに禍福を説く:時に八字内外本より合無くして、合は別の位置上に蔵す。内外五行、刑・冲・克・破して別位の蔵する禄に行き、その禄、原地に停留せず、冲きられて飛走出来し、転じて本命生日と相合成局す。たとえば寅の巳を刑ずるに行き、巳中に丙・戊を蔵す。刑せられて後、丙戊飞出し、再び巳酉丑三合に由りて馬位の上に帯往す。
【假令甲子年丙寅月癸丑日辛酉時,若論官則背祿而不貧。以八字內外三元無戊,兼正月土死,其背祿明矣。卻被寅刑巳,丑破巳,甲子遙克於巳,而巳內有丙戊被刑破,破而飛走出巳,三合就馬,巳酉丑月三合,丙就辛酉,戊就癸丑而合癸,癸以戊為官印,此乃無合有合也。故後學難知,誠也,信也。】
たとえば甲子年・丙寅月・癸丑日・辛酉時の一造:官星を論ずれば、背禄にして貧ならずに属す。八字内外三元の中、皆戊土を見ず。正月土死を加え、背禄は甚だ明白なり。然るに寅の巳を刑しに行き、丑の巳を破りに行き、甲子また位を隔て遥かに巳位を克す。巳中の蔵する丙・戊は刑破せられて巳宮より飞出し、三合に随いて馬位に就く。巳・酉・丑の三字局を成し、飞出の丙火は辛酉の上に至り、飞出の戊土は癸丑の上に至りて癸と相合す。而して癸は正に戊を以て官印とす。これすなわちいわゆる「無合有合」なり。後学の知り難しと曰うも怪しむに足らず。この話確かに信ずべし。
【古歌曰:虎生奔巳豬猴定,羊擊豬蛇自然榮。有合無合歌:飛祿飛來就馬騎,資財官職兩相宜,王中更得本家助,上格榮華寶貴奇。人歌:志節二八廉貞女,四面豬猴獰似虎,先看天元乘地馬,後邊集路教侵取。得一者,既見有寅刑巳,丑破巳,而丙戊被刑破而出,則便宜分三而行。既得巳位為用,便是三合巳酉丑也。須有酉丑,上有癸辛字則為有合之命。雖刑而祿出,無合則不佳也。前賢者,為賦以前賢人也。立此一訣之門。後作賦者,又指說得一合而三合見頭緒,則作三合取吉凶也。】
古歌に曰く:「虎生まれて巳に奔り猪猴定まる、羊猪蛇を撃ちて自然に栄えん」と。また《有合無合歌》に曰く:「飛禄飛来り馬に就きて騎る、資財官職両相い宜しく、王中更に本家の助を得、上格栄華宝貴奇なり」と。さらに一首の《人歌》に曰く:「志節二八の廉貞女、四面の猪猴虎のごとく狞たり、先ず天元の地馬に乗るを見、後辺路を集め侵取せしめん」と。いわゆる「得一」は、すでに寅の巳を刑し、丑の巳を破り、巳中の丙・戊刑破せられて飞出するを見れば、当に分かちて三合と作して行くべし。すでに巳位を取りて用と為せば、それは巳酉丑三合なり。柱中に必ず酉有り丑有り、しかもその上に癸・辛を透出せば、乃ち「有合」の命と算す。刑に由りて禄気飞出すと雖も、若し合すべきの処無ければ、なお好しと算せず。いわゆる「前賢」は、この篇の賦を作る以前の賢人を指す。彼らこの訣の門径を立下せり。後来の作賦の者、また「得一」に由りて三合を合出し、頭緒を看出すを点明し、ここに三合に按じて吉凶を断ず。
年雖逢於冠帶,尚有餘災;初至於衰鄉,猶披鮮福。【此言冠帶大運也。假令,庚辛日人初年無祖財,又自戊酉逆行,皆歷無財敗祿之運,喜逢未運是財旺之地,只可言方入祿運漸向泰也,只言從此運後所求遂意,後五年方有三五分福也。運氣淺深而言之,淺則福淺,深則福厚也。庚辛見未為冠帶,緣運自西方而來久閒於財祿。故有,尚有餘災也。言先歷貴旺之鄉或建財之地已成大器,而方交入敗宮失財之地,未可作大敗之運言之。只可言,自入此運不甚遂意,謂前運久歷貴強之地,根基極厚,雖臨敗運,未至大損,故初運入衰鄉,猶披鮮福也。】
賦文に言う:流年すでに冠帯の地に行到ると雖も、なお余りの災殃を留む。剛に衰敗の郷に踏入するも、なお新鮮の福気を披く。徐子平が注するに:この一句は冠帯大運を講ず。たとえば庚・辛日の生まれ、初年祖上の財無く、運また戊酉一路より逆行し、経歴するは全く無財敗禄の運なり。欣びて未運に逢うに及び、未は財庫旺地なれど、ただ剛に禄運に踏入し漸漸亨通に転ずと言うべきのみ。ただこの步運より後、求むる所なお心を称えるに算す。後五年に至りて乃ち三五分の福気有り。これは運気の深浅に按じて言うべきなり。気浅ければ福浅く、気深ければ福厚し。庚・辛は未を以て冠帯とす。大運は西方一路より走り来たり、長久財禄を閑置す。ゆえに「なお余災有り」と曰う。下一句に至りては、先前貴旺の郷または建財の地を歴過し、已に大器を成就せし人、剛に敗宮失財の地に交進する時、なお大敗の運と作して断ずべからず。ただこの步運に進んでより便ち大いに順心せずと言うべきのみ。前面の運、長久貴強の地を走り、根基極めて厚し。敗運に臨むも大損に至らず。ゆえに初入衰郷、なお幾分の新福を披くと曰う。
大段天元羸弱,宮吉不及以為榮;中下興隆,卦凶不能成其咎。【天元者,干也。雖臨祿馬之地,若天元被傷而本氣羸弱,則亦不能為榮。假令壬午人四月生,更別位戊己相剋,貴而不貴也,可作虛名及無祿言之。然,壬午宮吉,而天元無氣,更加重重戊己來克,故名不貴矣。又云,不及者,上下五行休旺不相負也。又如庚辛日人正月生,更別位有重重火相剋於金,其金見寅卯甲乙而亦無祖財,而木中旺火必害其金而成災,此亦是天元羸弱,而宮內有財不得而發矣。其餘五行仿此言之。】
賦文に言う:およそ天元衰弱の人は、宮位縦吉なりと雖もその栄顕を成すに足らず。反対に中元・下元興旺盛盛の者は、卦象縦凶なりと雖も災咎を構せず。徐子平が注するに:「天元」はすなわち天干なり。日干縦使禄馬の地に臨むも、若しそれ本身傷せられて本気羸弱なれば、照様に栄顕せず。たとえば壬午日の生まれ、四月に生まれ、別の位置にまた戊・己土の克する有れば、それは貴にして貴ならず。ただ虚名と作して断ずべく、あるいは無禄と作して断ずべし。壬午のこの一柱は本は宮位吉利なり。如何せん天干気無く、再び重重の戊己の克するを加う。ゆえに名有りて貴ならず。いわゆる「不及」は、上下五行の休囚旺相彼此担當し起せざるを指す。またたとえば庚・辛日の生まれ、正月に生まれ、別位にまた重重の火の金を克する有れば、この金縦使寅・卯・甲・乙を見るも同じく祖財無く、木中の蔵する旺火は必ず金を傷して災を成す。これも天元羸弱、宮裡財有ると雖も発せざるなり。残りの五行はこれに照らして類推すべし。
【中者,人元也。下者,支元也。假令十月壬建其祿,亥乃水之旺鄉,此乃中下興隆也。若丁亥日人十月生,乃火絕於亥,其丁生絕地,乃為丁卦之凶也。不能成其咎者,謂丁以壬為官印,而中下祿馬建旺而成慶,雖火臨絕地尚為中下之貴。《成鑑》曰:祿雖絕而建貴。是也。《陶朱》云:絕祿旺財不為凶兆也。丙人十一月生,壬癸人十二月生並辰戌丑未,金人正月生,木人七八月生,土人亥卯未月生,皆臨貴旺之地謂消息也。】
いわゆる「中」は人元を指し、すなわち地支中に蔵する天干なり。いわゆる「下」は支元を指し、すなわち地支本身なり。たとえば十月壬水建禄、亥は正に水の旺郷、これすなわち中元下元の興隆なり。若し丁亥日の生まれまた十月に生まれれば、火亥に於て絶し、丁火絶地に坐す。丁のこの一「卦」に就いて言えば本は凶なり。ゆえに「その咎を成す能わず」と曰うは、丁は壬を以て官印とし、中元下元の禄馬まさに建旺に当たりてその吉慶を成す。火は絶地に臨むと雖も、なお中下の貴を失わず。《成鑑》の「禄は絶すと雖も貴を建つ」はまさに此の意なり。《陶朱》もまた「禄を絶して財旺たり。凶兆と算せず」と曰う。これらの外、丙日の生まれ十一月に生まれ、壬・癸日の生まれ十二月および辰戌丑未月に生まれ、金命人正月に生まれ、木命人七八月に生まれ、土命人亥卯未月に生まるるのごとき、皆貴旺の地に臨むに属す。皆この思路に照らして斟酌すべし。
尊卑救療・六甲虧盈
若遇尊凶卑吉,救療無功;尊吉卑凶,逢災自愈。祿有三會,災有五期。【尊者,年月日時內外三元有最得力者是也。賦云:崇為寶也,尊也。假令六甲生人以庚及申為七煞,若大運則庚及申為祿絕之鄉,致身災也,所為不能遂心。又如甲乙以庚辛為官,大運至巳午,又見寅午戌是也。神得氣定,甲乙失官也。若甲乙人秋生,甲以辛為官,乙以庚為官,或二木用申為官,此乃鬼旺之鄉,甲木全藉乙木或亥卯未為救。若遇行年太歲克木,或火運有害乙木之官,使甲被克,凶也。元本甲藉賴乙配於庚,次用庚為偏官,若乙被害,則甲亦凶也。所謂緊用之者,不可受害也。乙既被害,則甲天元醫療無功也。五行為主者,病重而不能救也。】
賦文に言う:若し「尊」の一方凶にして「卑」の一方吉に碰上すれば、それは救治するも功無し。反対に尊吉卑凶なれば、災に遇うも自ら痊愈せん。禄に三会の期有り、災に五期の数有り。徐子平が注するに:いわゆる「尊」は、年月日時内外三元の中、最も得力のその一位なり。賦文前に「崇は宝を為す」と曰う。崇はすなわち尊なり。たとえば甲を日干とする人、庚および申を以て七殺とす。大運若し庚・申に走り至れば、正に日主禄絶の郷にして、身災を招来し、作為する所心を称えられず。またたとえば甲・乙は庚・辛を以て官とす。大運巳・午に走り至り、柱中また寅午戌火局を見れば、火神気を得て站穏し、甲乙便ち官星を失う。若し甲・乙日の生まれ、秋に生まれ、甲は辛を以て官とし乙は庚を以て官とし、あるいは両木皆申を取りて官と為せば、正に鬼旺の郷なり。甲木は全く乙木を頼りて庚を合し、あるいは亥卯未木局を頼りて救う。一旦流年太歳木を克し、あるいは火運乙木のこの官星を傷して、甲に屏障を失わしめ克せられれば、それは凶なり。元より甲は乙を仗りて庚を配し、其次に庚を用いて偏官と為す。乙一たび被害せられれば、甲も随いて凶なり。これすなわち緊要の処の用神断じて傷せられるべからずを説く。乙すでに被害せられれば、甲のこの天元は医治する処無し。一命の主と為る五行、病此の地步に至れば、再び救回せられず。
【若年月日時內外三元雖有克戰,但不損外尊者即逢自愈也。更切消息所損之神主何貴賤而言之。害命則身災,害妻則妻災,害官則失官。與行年不和則主上位不喜,不宜。干上位若沖擊行年歲君則主有不測官訟,小人橫事不足,或主身病。故曰:尊凶也。假令甲乙以巳酉丑申子辰為祿,甲以巳酉丑為祿,即三會也。乙為五期之災,乙以申子辰三會為祿之命,大運行於官鄉,更行年太歲是三會之年,與本命位主本相生,會於祿馬,則此年定遷官進祿也。若太歲本命八字及大運內外不合,更大運在鬼旺之鄉,五期之歲,定作災矣,更精所生向背言之。】
若し年月日時内外三元に克戦有りと雖も、ただ外面のあの「尊」神を損傷せざれば、災に遇うも自ら愈ゆべし。このほかまた損せられたるは究竟何の神か、何の方面の貴賎を主るかを細審すべし。命を傷れば、すなわち自身に災有り。妻星を傷れば、すなわち妻室に災有り。官星を傷れば、すなわち官を丢く。日干と流年と不和なれば、上司の喜ばざるを主り、諸事宜しからず。天干若し流年太歳を冲击すれば、則ち意外の官司詞訟を主り、あるいは小人横事の糾纏、あるいは自身の生病す。これらを皆「尊凶」と曰う。さらに三会と五期を説く:甲・乙は巳酉丑・申子辰を以て禄とし、甲は巳酉丑を以て禄とす。これが「三会」なり。乙は則ち五期の災有り。乙が申子辰三会を以て禄とする命、大運官郷に走り、流年太歳また恰も三会の年なれば、本命の主本と彼此相生して禄馬に会合し、この年必ず官を升り禄を進む。反対に、若し太歳と本命八字および大運内外皆相合せず、大運また鬼旺の郷に落ち、五期の歳に赶上すれば、それは必ず災を出す。ここにまた所生の気の向背を精弁して断語を下すべし。
凶多吉少,類大過之初爻;福淺禍深,喻同人之九五。【此兩卦卦爻,以此人命四柱之中,三元內外元無貴氣者,更運背祿馬則為凶,可知矣。】
賦文に言う:凶多吉少の命は、《大過》卦の初爻にたとう。福浅禍深の命は、《同人》卦の九五にたとう。徐子平が注するに:賦文この二つの卦爻を借りて比方するは、人命四柱の中、三元内外本より貴気無く、行運また禄馬に背離すれば、それは凶なり。結果は想うに知るべし。《大過》一卦は本に棟梁彎折の象有り、初爻また全卦最下に居る。《同人》九五は終に同志と相遇すと雖も、先ず号啕痛哭と大軍苦戦を経歴せねばならず。両卦皆険難前に在り、福気単薄の意を取るなり。
聞喜不喜,是六甲之虧盈;當憂不憂,賴五行之救助。【如甲乙用庚辛為官印,乃為喜也。卻正月二月五月十一月生,雖見金而無官印。謂正月庚絕,二月受氣,五月金囚,十月金病,十一月金死。故曰:聞喜不喜。當憂不憂者,如甲人見庚,或甲在七煞之地,如年月日時中有乙或卯字,或甲春生,或三位內有丙丁火多助,不憂也。乙為合庚夫,庚親,甲為妻之兄也。若無乙有卯亦得。若十月十一月生,雖有丙丁亦不能為用,謂火無氣不能克金。若無乙字卯字,即用為憂也。其餘準此。】
賦文に言う:喜訊を聞きて却って喜ぶべからず。これは六甲盈虧消長の道理なり。本応に憂うべきも憂うるに足らず。それは五行の救助に頼るなり。徐子平が注するに:たとえば甲・乙は庚・辛を以て官印とす。本来は喜なり。然るに若し正月・二月・五月・十一月に生まれれば、縦使柱中に金を見るも官印を成さず。正月は庚絶し、二月にして気を受け、五月は金囚し、十月は金病し、十一月は金死するがゆえに、「喜を聞きて喜ばず」と曰う。いわゆる「当に憂うべしも憂えず」は、たとえば甲日の生まれが庚を見、あるいは甲が七殺の地に坐すとも、年月日時中に一つの乙字または卯字有り、あるいは甲が春に生まれ、あるいは三つの位置裡に丙・丁の火有りて殺を制するを助ければ、憂うるに及ばず。乙は庚を合する能く、是れ庚の配偶なり。庚はこれに由りて自家の親眷と成り、而して甲は乙に対して正に兄長なり。ゆえに妹夫は兄を害しに来らず。若し乙字無くして卯字有れば、同じく管用なり。然るに若し十月・十一月に生まれれば、縦に丙・丁有りも用に及ばず。火気無く、金を克動せられざればなり。若し乙字も無く卯字も無ければ、それは真に憂うべし。残りはこれに照らして準とすべし。
【假令六甲生人,以辛為官,三春九夏,庚辛囚休。雖見申酉之位並庚辛,而不成慶也。謂金囚故也。春生甲日則克妻,無財無妻,一生少病。三月生,則為財庫,夏生則有父母財,歲時有亥子,則為甲之生旺,有辰戌丑未為財帛,有申酉位,則好學。有始無終,更看運行逆順向背,如向遇鬼克,則橫發官資,運背則逢財擊運而不發。逢金亦不發官,謂金土元居休敗,故不獲福。】
さらに例を挙げて曰わく:甲を日干とする人は辛を取りて官とす。若し三春九夏に生まれれば、庚・辛は正に休囚に処り、縦使申・酉の位および庚・辛の透干を見るも、喜慶を成さず。金の囚を受くるがゆえなり。春生まれの甲日は妻を克す。財も無く妻も無く、ただ一生病少なし。三月生まれは財庫の上に坐す。夏生まれは父母の財を得る能し。年・時に若し亥・子有れば、それは甲の長生と旺地なり。辰・戌・丑・未有れば便ち財帛なり。申・酉の位有れば則ち学を好む。惜しむらくは始有りて終無し。このほかまた行運の順逆向背を見るべし。運向いて鬼の克するに遇えば、反って驟に官資を発する能し。運背ければ財の冲击に逢いて発せられず、金に遇うも照様に官を発せず。金土本より休敗の地に処るがゆえに、福を得ること能わざるなり。
【假令乙生人,以庚為官印,春夏生無官。正四月克庚最重。乙以土為財,春正二月,土死無財。三月為乙之財庫,有祖財。然申為學堂,亦有始無終,皆謂金休敗。又如乙見庚為官,雖歲時位內有庚金或有申酉之金,若見天元有丙則亦無官。此乃見庚而不用,乃聞喜不喜之謂也。乙若四月生,時居亥子或申子時水鄉,則卻有祿,謂四月是金之長生也。乃乙遇官之辰,生兼有水鄉,制其火而成慶,亦不清。如胡茂老,丁卯年,庚戌月,戊寅日,癸亥時。九月二十八生,八歲八個月退運,節氣極深。起運將年月日時節氣向背,乃上下三元匹配,有兩三奇,八字俱無一字閒,皆祿馬同鄉,不三臺而八座。以運臨乙巳,被當生癸亥沖擊,大運並刑,提綱罷權也。賦云:與生地之相逢,宜退身而避位。】
またたとえば乙日の生まれ、庚を以て官印とし、春・夏に生まるれば便ち官無し。正月と四月の庚を克する最も重し。乙は土を以て財とす。春の正・二月は土死す。ゆえに財無し。三月は乙の財庫にして、便ち祖上の財有り。申は乙の学堂なりと雖も、照様に始有りて終無し。皆金の休敗に処るに因る。さらに乙の庚を見るは本は官星なり。縦使年・時の位中に庚金有り、あるいは申・酉の金有るも、ただ天干に丙火透出して庚を克すれば、同じく官無し。これすなわち庚を見るも用い得ざる、正に「喜を聞きて喜ばず」の意なり。乙若し四月に生まれ、時辰また亥・子または申・子のごとき水郷に坐せば、反って禄有り。四月は金の長生にして、乙は正に官星の辰に遇う。加うるに水の巳中の火を制してその吉慶を成す有り。ただ清純ならざるのみ。たとえば胡茂老の一造:丁卯年・庚戌月・戊寅日・癸亥時、九月二十八日に生まれ、八歳八箇月にして運を起し、逆行し、節気極めて深し。運を起す時、年月日時の節気向背を合わせて見、上下三元彼此匹配し、両処の三奇を帯び、八字裡に一つの閑字も無く、全く禄馬同郷なり。縦使三台に入らずとも、当に八座の位に当たるべし。然るに運、乙巳に臨む時、原命の癸亥に冲击せられ、大運また之と相刑し、月令提綱権柄を失う。賦文後の「生地の相逢うや、宜しく身を退き位を避くべし」は、正にこの情形を指す。
八孤臨於五墓,戌未東行;六虛下於空亡,自干南首。【干在戌亥之間,假令甲子旬中,戌亥空亡也。戌未東行者,戌東行見丑,未東行見辰。如見生命內八字三元上下居於辰戌丑未內,人元被破而支虛,則一生孤立少骨肉,或為僧道,遊走入舍之命。其於福氣,可詳所稟之氣,察夫命向背言之為妙。】
賦文に言う:八孤の神、五墓の地に臨み、戌と未は東に向かいて推行すべし。六虚、空亡の下に落ち、乾位より南に起首す。徐子平が注するに:乾位は戌・亥の間に在り。たとえば甲子のこの旬、空亡はすなわち戌・亥の両位に落つ。いわゆる「戌未東行」は、戌の東に走りて丑に遇い、未の東に走りて辰に遇うなり。若し原命八字の三元上下皆辰・戌・丑・未の内に落ち、支中に蔵する人元また冲破せられれば、地支は便ち虚位と成り、それは一生孤立・親人稀少、あるいは出家して僧道と為り、あるいは漂泊して別家に寄居する命なり。福気の厚薄に至りては、なおその禀する所の気を細看し、本命の向背を考察して断語を下せば乃ち善し。
天元一氣,定侯伯之遷榮;支作人元,運商徒而得失。【天元者,十干也。支者,十二支也。定侯伯之遷榮者,將為主,天元配其人元而定其吉凶貴賤也。支作人元者,令好事者,八字內外五行作為也。運商徒而得失,看見支下有財無財,賦意令看命者,先看其有官印高低,有者次看財命如何,有財則得財,無財則失財。如得大運,即將為主,天元循環而推之。每交一運,先看運下有何吉凶,次看運命八字,無有何吉凶。元有官則發官,元有財則發財,有災則發災。若當生年氣深,則迎運前發其災福。中氣則主中停,如氣淺,則所居欲交前運而方發災福。更看逐年太歲如何。賦云:根在苗先,實從花後。宜消息之。】
賦文に言う:天元自ら一気を成し、以て侯伯の位の升遷栄顕を定出すべし。地支、人元と為すは、則ち商賈の流の得失盈虧を推出すべし。徐子平が注するに:「天元」はすなわち十の天干、「支」はすなわち十二地支なり。いわゆる「侯伯の遷栄を定む」は、日干を以て主とし、天干を用いて地支の蔵する人元に配し、従りて吉凶貴賎を定出す。いわゆる「支人元を作す」は、この道に留心する者が八字内外の五行を拿来して細かに推求するを要す。いわゆる「商徒を運らし得失す」は、地支の下に財有るか財無きかを看るなり。賦文の用意は、看命の人に先ず官印の有無・官印の高低を見せ、官印有るの後、再び財命如何を見せんとするに在り。財有れば財を得、財無ければ財を失う。大運を推するに至りては、なお日干を以て主とし、天干の循環に順いて推す。毎に一步の運に交わるに、先ず運支の下に何の吉凶有るかを見、再びこの步運と八字相配せし後に何の吉凶有るかを見る。原命に官有れば官を発し、財有れば財を発し、災有れば災を出す。若し出生の時年の内に節気深ければ、便ち交運の先に提前して災福を応出す。若し中気に在れば、則ちこの步運の中段に応ず。若し節気浅ければ、則ち次の步運に交わらんとするを待ちて乃ち災福を発す。このほかまた逐年太歳如何を見るべし。賦文に「根は苗先に在り、実は花後に従う」と曰うは、正にこれに拠りて細々と斟酌すべし。
財命有気・背禄建禄
但看財命有氣,逢背祿而不貧;若也財絕命衰,縱建祿而不富。【如壬癸人生在三春或見寅午戌,而八字內外或有甲乙二字,即為背祿矣。壬癸以戊己為官印,被甲乙寅卯克奪去官印,即無官也。唯有水克火為財,春生火旺,故曰:財命有氣也。十干背祿,甲乙日生見丙丁,丙丁見戊己,戊己見庚辛,庚辛見壬癸,壬癸見甲乙,見之背祿無疑。假令生日為甲,歲月時上有丙丁若居巳午,皆背祿。以辛為官,辛是丙之妻,丁之正財,自然奪辛金。甲祿既背於丙丁,卻有戊己,甲可取戊己為妻財,而為了福矣。賦云:背祿而不貧也。更須精五行休旺,居支干方位並休旺矣。】
賦文に言う:ただ財と命と皆気有らば、縦使禄に背くも貧窮に至らず。若し財絶して命衰うれば、縦使禄を建つも富み起きず。徐子平が注するに:たとえば壬・癸日の生まれ、三春に生まれ、あるいは柱中に寅午戌火局を見、而して八字内外にまた甲・乙の二字有れば、これすなわち背禄なり。壬・癸は戊・己を以て官印とす。いま甲乙寅卯に克奪せられて官印を去る。無官に等し。余する所はただ水の火を克するの一層の財のみ。春は火旺し、財星気有り。ゆえに「財命気有り」と曰う。十干の背禄の法は:甲乙日は丙丁を見、丙丁は戊己を見、戊己は庚辛を見、庚辛は壬癸を見、壬癸は甲乙を見、一たび見到ればすなわち背禄、疑義無し。たとえば生日は甲、年月時の上に丙・丁有りてまた巳・午に坐せば、皆背禄と算す。甲は辛を以て官とし、而して辛は丙の妻財・丁の正財なり。丙丁自然に辛金を奪去せんとす。甲の官禄すでに丙丁に背けば、若し柱中に別に戊・己有れば、甲は便ち戊己を取りて妻財と作すべし。それすなわち福を成す。賦文のいわゆる「背禄にして貧ならず」は、正に此の意なり。このほかまた五行の休囚旺相を精弁し、それらの何の干支方位に坐するか、当令するかせざるかを見るべし。
【建祿不富,六甲人正月生,逢丙寅,是生月建祿也,甲祿在寅,故曰建祿而不富也。正月土病,甲以戊己為財,寅卯乃土病之地,雖建甲之正祿旺,而無祖也。生月為父母,故無祖財也。死妻,多數而孤。若歲時位內有亥卯未或有乙干,故三妻之上,主一世貧窮。作事多虛詐,為人大樣。或論官,則名目而已,權印極輕。謂無金,只見甲之本祿。而春生,則一生少病。若當生歲時得辛未、癸未、癸酉、辛亥、戌丑則佳。然金土本主休囚,賴於金土分野,為官印為財,如得此歲扶,小慶之命。大運遇巳酉丑位,則官印財帛,奮發而亦不崇顯也。謂金土絕死。賦云:根在苗先,實從花後。故也。】
さらに「禄を建てて富まず」を説く:甲を日干とする人、正月に生まれ、月柱丙寅に逢う。これは生月建禄なり。甲の禄は寅に在るがゆえに、建禄して反って富まずと曰う。正月土病し、甲は戊・己を以て財とし、寅・卯は正に土の病地なり。甲の正禄を建起して身旺すと雖も、祖上の基業無し。生月は父母を主る。ゆえに祖財無し。妻星死絶し、妻宮屢変して終に孤单に帰す。若し年・時の位中にまた亥卯未木局有り、あるいは乙干を透出すれば、則ち三つ以上の妻子を克すべく、一世貧窮を主る。事を作す多く虚浮詐偽、人と為るは却って架子を摆足す。若し官を論ずれば、也不過名目を掛ぐるのみ、権印極めて軽し。柱中に金無く、ただ甲の本禄を見るのみがゆえなり。幸いなるは春生まれ木旺し、一生病少なし。倘若年・時に辛未・癸未・癸酉・辛亥または戌・丑のごとき字を得れば、不錯と算すべし。ただ金土本より休囚に在り、全く金土の分野に落ちて官印と財に充作するに頼る。若しかかる年份の扶助を得れば、亦小有喜慶の命と算すべし。大運巳酉丑に走り至れば、官印財帛一時に奮発する能くするも、終に崇高顕達する能わず。金土此に於て絶死するがゆえなり。賦文に「根は苗先に在り、実は花後に従う」と曰うは、道理正にここに在り。
【若當生歲時位內無金土之貴,則遇金土而不發官印財帛也。謂歲時月內外元無金土之貴,則遇吉運而亦不發福。謂主本元無也。故云:福星臨而禍發,以表凶人。謂運臨貴地,而不發福以表。當生歲時所稟富貴極厚,而運臨劫財七煞之地,雖敗財敗官亦自有喜。謂所乘福氣之厚也。】
若し原命の年・時の位中に本より金土の貴気無ければ、行運金土に遇上するも、官印財帛を発せられず。すなわち、年・月・時内外に本より金土の貴無く、縦に吉運に遇うも福を発せず。主本原命裡に根本としてこういう物無きがゆえなり。ゆえに賦文後に「福星臨みて禍発し、以て凶人を表す」と曰うは、正に運貴地に臨むも福を発せられざるの類の人を講ず。反対に、原命年・時の禀する所の富貴極めて深厚なれば、行運劫財・七殺の地に臨むも、破財失官すと雖も、その中に仍ほ自ら喜慶有り。それは彼の乗ずる所の福気本より厚きに因るなり。
【六乙人,二月生是也。若歲時位內有申,並巳酉丑,則官印稍得為用,至輕也。如歲時位內天元有庚,則尤佳。歲時若居辰戌巳上,則為乙之財亦妙矣。丑為貴地,財官兩美,若月時位內有亥卯未,或更別位天元上見甲乙或寅位,則一生財帛不聚,克三妻以上,亦無祖財,為性好剛,亦平生少病。謂木春生而身旺鬼絕也。三月,金方受胎,雖破命而長年也。乙卯以辛或酉為七煞,以春生金絕,運逢金為財庫。巳為背祿而有財,午未見財多而不成。成鑑曰:絕破皆空,五行支枯也。逢申運則財發,官得權,凡事遂意。若當生歲時元有申位,則依前申寅篇內究之。其五行活法,未見歲時分野之氣,亦未可一途而取軌也。】
さらに乙日を看る:乙を日干とする人、二月に生まるれば便ちこの情形なり。若し年・時の位中に申有り、また巳酉丑金局を凑成せば、官印勉強して取用すべし。ただ分量甚だ軽し。若し年・時の天干に庚を透出せば、則ち更に好し。年・時若し辰・戌・巳の上に坐せば、それは乙の財にして、亦妙と算すべし。丑は貴地、財官両美なり。然るに月・時の位中に若し亥卯未木局有り、あるいは別の位置の天干に甲・乙を見、地支に寅を見れば、則ち一生財帛聚めて住まず、三つ以上の妻子を克し、また祖財無し。性子剛強好勝、倒れて平生病少なし。木春に生れて日主旺し、官鬼絶するがゆえなり。三月に至りて金にして気を受け始む。ゆえに命局を破ると雖も長寿する能し。乙卯のこの一柱は辛または酉を以て七殺とす。春生まれ金絶し、行運金に逢えば反って財庫を成す。巳に走り至れば背禄にして財有り。午・未に走り至れば則ち財多しと雖も事を成さず。《成鑑》に曰く:絶と破とは皆空に帰し、五行の地支便ち枯る、と。申運に逢えば則ち財発する能く官権を得、凡事心を称う。若し原命年・時に本より申位有れば、則ち前面の申と寅とのあの一篇に依照して推究すべし。五行の活法千変万化、年・時の所在の分野の気を看清す以前は、同じくただ一条の路子に按じて套すべからず。
【六丙人,四月生是也。四月水絕,若歲時得癸亥、壬子、壬戌、癸卯、甲子,則官稍得,此亦鬼絕,而用鬼為官印也,然不清。亦可作有用之命,然一生坎坷。若歲時內無壬癸亥子,則是建丙火本家祿主之命。論六甲乙之命言之,亦無祖財。若臨午未,則妻死三數,一生無財祿,出軍班吏人,名目極卑。六丁人五月生是也。謂丁祿在午,丁以庚辛為財,五月金休敗,無祖財,或因主克妻。若歲時有亥子申辰水,則為官用,然名目不清,亦且入仕,向武臣止大使臣,文官京朝而已。若歲時居巳戌或干頭有戊己土則名目而已。權印祿輕,情性動作亦同甲乙,皆是建旺本祿五行,別無造化而不君子也。】
さらに丙日を看る:丙を日干とする人、四月に生まるれば便ちこの情形なり。四月水絶す。若し年・時に癸亥・壬子・壬戌・癸卯・甲子を得れば、官星なお勉強して一点有るべし。これも官鬼絶すと雖も鬼を拿ちて官印と為して用うるなり。ただ清純ならず、なお有用の命と算すべし。但し一生坎坷なり。若し年・時の内に壬・癸・亥・子無ければ、則ちただ丙火自家の禄主を建起するの命にして、前面の甲・乙を論ずるの例に照らして看れば、同じく祖財無し。若し日支午・未に臨めば、則ち三つの妻子を死なしめ、一生財禄無く、多くは軍班胥吏一流に出身し、名分極めて低し。さらに丁日を看る:丁を日干とする人、五月に生まるれば便ちこの情形なり。丁の禄は午に在り、丁は庚・辛を以て財とす。五月金正に休敗す。ゆえに祖財無し。あるいは自身太旺に因りて妻を克す。若し年・時に亥・子・申・辰の水有れば、取りて官星と作すべし。ただ名分清らかならず。かかる人も入仕する能く、武途を走れば至多大使臣に至り、文途を走れば京官朝士に過ぎず。若し年・時巳・戌に坐し、あるいは天干に戊・己土を透出せば、それもただ名目、権印と禄と皆軽し。この類の人の性情挙止は前面の甲・乙のあの類と相同じ。皆建旺本禄の五行にして、別に他の造化無し。ゆえに君子の命と称するに足らず。
【六己人五月生是也。謂己祿在午,己以壬癸為財,五月以水囚無祖財也,克妻三數,子見而不立。運逢財而不聚,作事厚而有理,性好靜,可言語。若歲時內有甲有寅則為正官為福,亦妙。有亥卯未則為偏官,干頭有乙則為鬼而不克身,謂甲乙夏死身旺鬼絕也。以甲為官,亦嫌木死而官卑。如歲時辛亥、庚子、癸丑或申子辰,則財但得亦無大富也。六戊人四月生是也,謂戊祿在巳。戊以壬癸為財,四月水絕無財,克妻。見子多而不立,致有絕嗣。戊雖旺而鬼死,謂之偏易也。故賦云:眷屬憂其死絕。若歲時居申子辰水位,則子晚見而不絕也。止有一數,餘同上論。】
さらに己日を看る:己を日干とする人、五月に生まるれば便ちこの情形なり。己の禄は午に在り、己は壬・癸を以て財とす。五月水囚を受く。ゆえに祖財無し。妻を克すること三つに至り、兒子生下せしも立住し難し。行運財に遇うも財を聚めて住まず。事を作す忠厚にして条理有り、性情静を喜び、言談に善し。若し年・時の内に甲有り寅有れば、便ち正官福と為す。それは好し。亥卯未木局有れば則ち偏官と為す。天干に乙を透出すれば、鬼と為すと雖も身を克動せず。甲乙夏に於て死絶し、日主旺し官鬼絶するがゆえなり。甲を以て官と為すも、亦木死して官職卑微なるを嫌う。若し年・時辛亥・庚子・癸丑または申子辰なれば、財得る有りと雖も、終に大富ならず。さらに戊日を看る:戊を日干とする人、四月に生まるれば便ちこの情形なり。戊の禄は巳に在り。戊は壬・癸を以て財とす。四月水絶す。ゆえに財無くして妻を克す。兒子見る多しと雖も立住せず、甚至に絶嗣の憂有り。戊当旺すと雖も官鬼死絶す。これを偏にして正ならずと曰う。ゆえに賦文後に「眷属その死絶を憂う」と曰う。若し年・時申子辰水位に坐せば、兒子晚得にして断絶に至らず。もただ一つを得るのみ。残りは上文の論ずる所と同じ。
【六庚人七月生是也。謂庚祿在申,論官則建庚之干祿。金以木為財,七月木絕,若上旬生,則有祖財,謂有六月金餘氣,未為木庫,雖臨木絕之鄉以七月氣而尚有三五分庫財之福也。運至酉戌破盡也,酉戌乃庚之劫財。故賦云:小盈大虧,恐是劫財之地。加以戌刑未,祖財所以破盡也。若中旬末旬生,則無財也。或歲時居寅卯並亥未,則生財而亦不廣。若太歲臨於酉戌,又無財也。若歲時干有丙丁,居於東南方位,亦為官印。若歲時支並卻有壬癸,則無官也。若歲時居巳午更兩位干是戊己,則有官祿而不清不顯,以秋火無氣故也。陶朱云:若逢天元凶例遇鬼則父子不親。壬癸時,庚辛為母,以丙丁為妻,被水克去丙丁,所以庚辛背也。運行午火旺地亦發福,則只是暫得時而已,終不成大器也。】
さらに庚日を看る:庚を日干とする人、七月に生まるれば便ちこの情形なり。庚の禄は申に在り、官を論ずれば庚自家の干禄を建起するなり。金は木を以て財とす。七月木絶す。若し七月上旬に生まるれば、なお祖財有り。なお六月金の余気を帯び、而して未は木庫にして、木絶の郷に臨むと雖も、七月初の気に憑りてなお三五分の庫財の福を存する能し。然るに運酉・戌に走り至れば破尽す。酉・戌は正に庚の劫財の地なり。ゆえに賦文後に「小盈大亏、恐らくは劫財の地ならん」と曰う。加うるに戌の未を刑ずるに来り、祖財これに因りて敗光す。若し中旬・末旬に生まるれば、便ち財無し。あるいは年・時寅・卯および亥・未に坐すれば、財を生ずる能くするも寛裕ならず。若し太歳再び酉・戌に臨めば、なお財無し。若し年・時の天干に丙・丁有り、東南方位に坐せば、亦官印と為すべし。但し年・時の地支若し同時に壬・癸を帯びれば、官便ち無し。若し年・時巳・午に坐し、而してこの両位の天干また戊・己なれば、則ち官禄有りて清ならず顕ならず。秋の火気無きがゆえなり。《陶朱》に曰く:若し天元凶悪の例に遇いてまた官鬼に逢わば、父子の間相親しまず、と。壬・癸の時を以て言えば、庚・辛は母、丙・丁を以て妻とす。水は丙丁を克去し、庚辛便ち官星に背離す。行運午火旺地に走り至れば亦一陣の福を発する能し。それは暫時勢を得るのみ、終に大器を成さず。
【六辛人八月生是也,建祿臨官,財印亦以六庚同論。若辛亥、辛卯、辛未,財則不缺,亦無大績。未為辛之財庫,卯為辛之財鄉,亥為辛之財長生,皆為支內支財也。以八月財絕命衰,縱建祿而不富也。此三辛,財且薄,其餘皆依庚論。如庚申、辛酉、辛丑,吉凶之論。如辛巳時有貴而有官印亦輕。六壬人十月生是也,壬以丙丁為財,十月火絕,以戊己上絕。賦云:己巳戊辰度乾宮而有厄。是也。常術以水土絕於四月,其水固絕土。非也,土絕在亥,故以十一月生人,運到亥為厄運也。其壬十月無土無火,乃財絕命衰也。壬亦以戊己為鬼,十月戊己絕,假令歲時位有戊己或戌丑未,可作官印用,亦不為鬼。賦云:若乃身旺鬼絕,雖破命而長年是也。六癸人十一月生是也,癸祿居子,論財,論官印,論鬼,亦依干祿仿言之。】
さらに辛日を看る:辛を日干とする人、八月に生まるれば便ちこの情形なり。建禄臨官、財と印とは亦庚日のごとく論ず。若し辛亥・辛卯・辛未なれば、財は却って欠かず。ただ大の成就無し。未は辛の財庫、卯は辛の財郷、亥は辛の財長生、皆地支の内に蔵するの財に属す。但し八月財絶して命衰う。ゆえに縦使禄を建つも富み起きず。この三つの辛日、財皆単薄、残り一概に庚日に依りて論ず。庚申・辛酉・辛丑の幾柱のごとき、吉凶も此に照らして推す。若し辛巳時を得れば、貴気有ると雖も官印亦軽し。さらに壬日を看る:壬を日干とする人、十月に生まるれば便ちこの情形なり。壬は丙・丁を以て財とす。十月火絶し、官星戊己此に於て亦絶す。賦文後の「己巳戊辰、干宮を度りて厄有り」は、正にこの事を指す。通常術家は水と土と同じく四月に絶すと以為す。其の実、四月に絶するはただ水のみ。土の絶地は亥に在り。ゆえに十一月の生まれの人、行運亥に至れば便ち厄運なり。壬、十月に於て既に土無くまた火無し。正に財絶命衰なり。壬また戊・己を以て鬼とす。十月戊己絶す。倘若年・時の位上に戊・己または戌・丑・未有れば、反って官印と為して用うべし。鬼と看作するに及ばず。賦文後の「若し乃ち身旺鬼絶せば、命を破ると雖も長年ならん」は、すなわちこの意なり。さらに癸日を看る:癸を日干とする人、十一月に生まるれば便ちこの情形なり。癸の禄は子に在り。財を論じ、官印を論じ、鬼を論ずるも、皆干禄の例に依照して類推すべし。
若乃身旺鬼絕,雖破命而長年;鬼旺身衰,逢建命而夭壽。【身旺者,甲人正月生,甲以金庚為鬼,即可為堂之用,不可作鬼。謂之庚鬼自然絕,而不能害其甲,雖破命而長年也。又經云:身衰者,如甲人秋生,秋金旺乃甲木絕,甲雖逢寅卯建祿之地,與庚金相逢,雖則重重之救必夭壽也。】
賦文に言う:若し日主身旺にして官鬼絶せば、縦使命局破せられも、長年を享くる能し。若し官鬼旺にして日主衰うれば、縦使建禄の命に遇上すも、短寿を主る。徐子平が注するに:いわゆる身旺、たとえば甲日の生まれ正月に生まるれば、甲は庚金を以て鬼とするも、此の時反って正用と作して当たるべし。鬼と看作するに及ばず。正月裡、庚鬼自然に絶地に処り、甲木を傷害する能わざるがゆえなり。ゆえに命を破ると雖も長年と曰う。経書また曰く:いわゆる身衰、たとえば甲日の生まれ秋に生まるれば、秋金正旺にして甲木已に絶す。甲縦使寅・卯のごとき建禄の地に逢着すも、一たび庚金と相遇すれば、縦に重重の救応有るも、終に短寿に帰す。
禄馬同郷・夾禄劫財
背祿逐馬,守窮途而悽惶;祿馬同鄉,不三臺而八座。【如六甲人生在三春九夏,天元更帶丙丁,則背祿也。逐馬者,甲逢乙或亥卯木克,逐馬也。甲以金為官印,春金絕,夏金囚,更歲月時中帶天元丙丁,則甲背祿。甲以己土為財為馬為妻,被乙並亥卯克逐去己土,則甲無財而無官,必克妻也。故云。餘皆仿此推之。】
賦文に言う:すでに禄に背き、また馬を逐去せられたる者は、ただ窮途に困守して凄惶するのみ。若し禄と馬と同一の郷に在れば、それは三台の位に居らずとも、当に八座の尊に当たるべし。徐子平が注するに:たとえば甲を日干とする人、三春九夏に生まれ、天干また丙・丁を帯ぶれば、これすなわち背禄なり。いわゆる「逐馬」は、甲、乙木に逢い、あるいは亥・卯の木の土を克するに遇い、馬を逐去す。甲は金を以て官印とす。春は金絶し、夏は金囚し、年月時中に再び天干丙・丁を帯ぶれば、甲便ち禄に背く。甲また己土を以て財と為し、馬と為し、妻と為す。いま乙木および亥・卯に己土を克逐して去られれば、則ち甲既に財無くまた官無く、還って必ず妻を克す。ゆえに賦文始めてこの如く曰うなり。残りは皆これに照らして推求すべし。
【假令壬午生,下有丁己是三奇,祿馬同鄉,更要生時不在休敗,如得庚午時,則時中庚自坐祿,以庚制其甲,辛制其乙,使壬存己土即祿重也,無失而早發矣。若壬午日得壬寅月時,則背祿也。謂寅中有甲奪己土,即壬無官也。寅中卻有火生則依上論。如冬生則減半言之,秋生卻有祿,謂木絕不能奪土。秋土懷金,金生壬生癸,木絕火死,所以不能克土。若歲月時中有亥卯未,亦能破己土,卯亦破午。如歲月時中無爭奪沖刑墮壞,則貴可定兩府,更切精休旺言之為妙。賦云:祿馬同鄉,不三臺而八座是也。若有為害之位,更精為害之休旺,量力而言。】
たとえば壬午日の生まれ、日支午中に丁・己を蔵す。正に三奇にして、また禄馬同郷に属す。このほかまた生時休敗に落ちざるを要す。若し庚午時を得れば、時干庚自ら禄地に坐し、庚を用いて甲を制し、辛を用いて乙を制し、壬の己土官星を保ち得さしむれば、禄便ち厚重、亏失する所無くして早発する能し。若し壬午日にして壬寅月または壬寅時を配上すれば、それは背禄なり。寅中に蔵する甲己土を奪去し、壬便ち官無くなるがゆえなり。ただ寅中に別に丙火有りて土を生ずる能し。それは上面の説く所に照らして斟酌すべし。冬生まれは半減して見るを要す。秋生まれは反って禄有り。木絶して土を奪動せられざるがゆえなり。秋の土は金を懐蔵し、金また壬を生じ癸を生じ、木絶し火死す。ゆえに土を克する能わず。若し年・月・時中に亥卯未木局有れば、同じく己土を破る能く、卯還って午を破る。倘若年・月・時中に争奪・冲刑・堕壊無ければ、貴両府の位に定め得べし。ここに更に休囚旺相を精弁して乃ち妙と算す。賦文に「禄馬同郷、三台ならざれば八座」と曰うは、正に此の意なり。若し柱中に別に害を為すの位有れば、なおあの害神の旺衰を精弁し、その力量を量りて断語を下すべし。
【成鑑云:更須四被無侵,多獲吉慶。雲無全士庶,為百全之命也。謂如太宰唐公命,丙午年,庚子月,壬午日,丙午時。何謂貴?謂壬午日,干起丙午上,丙字來克子上庚字,子上庚即被丙來克,則避丙卻於午位,壬字乃庚之子,再得丙午時,丙又不與壬位,又來子位,二丙在子,皆為丙口,兩丙皆歷貴地。賦云:歸道乃水府求元。皆是丙癸造化也。庚午居干又是三奇祿馬同鄉,此云飛天祿馬也。天元動作出入,惟十二支辰不動,為屬地也。】
《成鑑》に曰く:なお四面皆侵犯を受けざるを要し、乃ち吉慶を多得、と。前文のいう「全き士庶無し」は、正にこの百無一失の全備の命を指す。たとえば太宰唐公の命:丙午年・庚子月・壬午日・丙午時。何を以てかその貴を説く。壬午日、丙午の下に接するに因る。丙来たりて月支子上の庚字を克す。子上の庚は丙に一克せられて、便ち丙を避けて退きて午位に至る。而して壬は正に庚の生ずる所の子なり。さらに丙午時を得、この丙もまた壬の位置を占めず、仍ほ子位に来る。ここに二つの丙皆子上に落ち、皆丙の口と成り、二つの丙また皆貴地に歴臨す。賦文に「道に帰して乃ち水府に玄を求む」と曰うは、正に丙と癸とのこの一層の造化を講ず。庚午天干に居り、また三奇禄馬同郷なり。これを「飛天禄馬」と曰う。天元は活動にして出入有り。ただ十二地支のみ動かず。それ地に属するがゆえなり。
官崇祿顯,定知夾祿之鄉。小盈大虧,恐是劫財之地。【謂夾祿,戊辰日戊午時,丁巳日丁未時,己未日己巳時,壬戌日壬子時,癸丑日癸亥時。凡見夾祿者,不可本祿上有歲月所占,佔了則官實也,實則不能容物也。官不崇顯也。其祿比盛物之器,空則容物,有祿占,非真夾祿也。假令宋景陽郎中命,庚午年,丁亥月,己未日,己巳時。兩己夾午中之祿也,卻不合庚午太歲,實了午位,又十月沖動,己巳夾祿不穩,即不至清顯也。如此之命,華而不實也。凡見夾祿不穩,徒有虛耳,不可作夾祿論之。假如王中命,甲寅日,甲子時,二甲夾丑,丑乃金庫之鄉,乃甲之貴地,公運行辛丑,除通判,丑運足而交庚子,被大運庚子克了子上甲字,乃夾祿不住,走了貴氣,一旦壞盡。所以福聚之地不可被傷,福聚之地不可無救,其餘夾祿夾貴仿此。】
賦文に言う:官位崇高・禄食顕赫の者は、多く「夾禄」の郷に出ず。小有盈餘にして大有亏損の者は、恐らく劫財の地に落進せり。徐子平が注するに:いわゆる夾禄、戊辰日に戊午時を配し、丁巳日に丁未時を配し、己未日に己巳時を配し、壬戌日に壬子時を配し、癸丑日に癸亥時を配するがごとき、皆日と時と中間のあの禄位を中に夾むなり。およそ夾禄を見れば、皆年・月の字をして夾む所の本禄位を占住せしむべからず。一たび占められれば、禄便ち「実」す。実せば便ち物を装下せず、官も亦崇高顕赫ならず。禄は物を盛る器皿に譬ゆ。空しくして乃ち物を容下す。若し已に別の禄に占満せられれば、便ち真の夢禄にあらず。たとえば宋景陽郎中の命:庚午年・丁亥月・己未日・己巳時。二つの己、午中の禄を夾住す。如何せん太歳正に庚午、午位を填実し、加うるに十月亥水また来たりて冲动す。己巳のこの一夾禄便ち穏かならず。ゆえに清貴顕達を作る能わず。この種の命はただ華有りて実無し。およそ夾禄の穏ならざるに遇えば、不過虚聲を徒にするのみ。夾禄と為して論ずべからず。またたとえば王中の命:甲寅日・甲子時。二つの甲、丑を夾住す。丑は金庫の郷、正に甲の貴地なり。彼、辛丑運を行く時、通判に授せられ、丑運走完して庚子運に交入す。大運庚子、時支子上の甲字を克去す。夾禄夾住せず、貴気走脱し、一時の間に敗壊殆ど尽く。ゆえに福気聚集の処は傷せられるべからず、福気聚集の処は救応無きべからずと曰う。残りの夾禄・夾貴は皆これに照らして類推すべし。
【戊見己,庚見辛,壬見癸,皆為劫財,與甲見乙同,前五陽見五陰為劫財,克妻。後五陰見五陽,敗財不克妻,防陰賊或小人相侵。乙以甲為親兄,以戊己為財,甲能奪己壞戊。丁以丙為兄,丁以庚辛為財,丙能奪辛為妻破庚。己見戊為兄,己以壬癸為財,戊能奪癸為妻破壬。辛以甲乙為財,庚奪乙為妻破甲。癸見壬為兄,癸以丙丁為財,壬奪丁為妻破丙。假如甲奪乙財是也。】
さらに劫財を説く:戊の己を見、庚の辛を見、壬の癸を見るは、皆劫財に属し、甲の乙を見ると同例なり。前面の五つの陽干、相応の陰干を見れば是れ劫財にして、妻を克するを主る。後面の五つの陰干、相応の陽干を見れば、則ち財を敗るも妻を克せず。ただ陰険の徒または小人の侵擾に来るを提防するを要す。たとえば乙は甲を以て親兄とし、乙は戊・己を以て財とし、而して甲は己を奪い戊を壊る能し。丁は丙を以て兄とし、丁は庚・辛を以て財とし、而して丙は辛のこの妻星を奪い庚を破掉する能し。己は戊を以て兄とし、己は壬・癸を以て財とし、而して戊は癸のこの妻星を奪い壬を破掉する能し。辛は甲・乙を以て財とし、而して庚は乙のこの妻星を奪い甲を破掉する能し。癸は壬を以て兄とし、癸は丙・丁を以て財とし、而して壬は丁のこの妻星を奪い丙を破掉する能し。これは甲の乙の財を奪いに行くがごときなり。
生月帯禄・奇儀藴藉
生月帶祿,入仕居赫奕之尊;重犯奇儀,蘊藉抱出群之器。【世術用六甲人正月生者,此名建祿不富,此非生月帶官祿也。生月帶官祿者,如甲乙人秋生,丙丁人冬生,戊己人春生,庚辛人夏生,壬癸人生於四季月是也。且如甲乙木用金為官祿也,庚金旺,是生月官祿也。遇之者是官祿超遷,功名特達也。或問曰:此生月祿而有福者尋常有之,而賦意言之何重也?答曰:如賦云,略之為定一端,究之翻成萬緒是也。】
賦文に言う:生月官禄を帯びる人は、一たび仕途に入れば便ち顕赫尊貴の位に居る。再三三奇儀神に遇上する者は、含蓄深厚にして出群の器を抱有す。徐子平が注するに:世俗術家は甲を日干とする人の正月に生まるるをもこの一条に算入す。其の実、あれは「建禄不富」と曰い、生月官禄を帯ぶるにあらず。真の生月官禄を帯ぶるは、甲・乙日の生まれ秋に生まれ、丙・丁日の生まれ冬に生まれ、戊・己日の生まれ春に生まれ、庚・辛日の生まれ夏に生まれ、壬・癸日の生まれ辰戌丑未四季の月に生まるるなり。たとえば甲・乙木に属し、金を以て官禄とす。秋、庚金正旺なり。これすなわち生月官禄を帯ぶるなり。遇上する人、官禄超擢し功名卓異なり。或る人問いて曰く:生月禄を帯びて福を得る人は平常も亦見るを常とす。賦文なにが故にこれを説くこと此の如く鄭重なるや。回答して曰く:正に賦文後のいう「之を略すれば一端を定め、之を究すれば翻って万緒を成す」のごとく、粗看すればただ一条のみ、細究すれば万般の頭緒を生ず。
【如甲戌人八月生建酉,酉中建辛,辛為甲之旺官祿,若當生歲時居寅午戌火局,更別位有丙丁火,亦不能損甲之官祿,以八月火死故也。或當生歲時居亥卯未木局,更或別位有甲乙木,亦不能奪甲之財帛,以八月木絕故也。有火不能損官祿,有木不能劫財帛,是財官兩喜,為赫奕之尊,故其宜也。凡命中帶祿者,祿出祖上,又不如生月帶祿者,則父子之氣近,為祿相須也。更有生日支內,天元自旺,生時不居休敗者,復更行運在祿鄉,如此之命又何啻居赫奕之尊?是三臺八座之格就貴人之命,子又何疑焉?賦云:根在苗先,正此意也。】
たとえば甲戌日の生まれ、八月に生まれ、月建酉を為す。酉中に辛金を建つ。辛は正に甲の旺官禄なり。この時、年・時縦使寅午戌火局に坐し、別の位置にまた丙・丁の火有るも、甲の官禄を損する能わず。八月火已に死するがゆえなり。年・時縦使亥卯未木局に坐し、別の位置にまた甲・乙の木有るも、甲の財帛を奪去する能わず。八月木已に絶するがゆえなり。火有りて官禄を傷ぜず、木有りて財帛を劫走せず。これすなわち財官両美、「赫奕の尊」に配当し、本応然るべきなり。およそ命中禄を帯ぶるは、その禄祖上より出で、仍ほ生月の禄を帯ぶるに如かず。生月と日主とは父子の気相近し、禄と身と彼此相需く。若しさらに日支の中に天元自旺し、生時また休敗に落ちず、行運還って禄郷に走り至れば、かかる命は何ぞ赫奕の尊に居るのみならんや。それは三台八座の格局、直ちに貴人の命を成就す。何の疑うべき有らんや。賦文に「根は苗先に在り」と曰うは、正にこの意なり。
【奇者,三奇官印也,遇之者有威儀之貴也。蘊藉者,三元內外歲月生時,藏蓄五行括囊造化,貴氣往還無諸刑戰,如此之命,出乎其顯為大器之貴命也。且如向公安撫命:戊寅年,甲子月,乙丑日,庚辰時。何以為貴?戊以乙為官印,乙丑自居官鄉,乙見戊為偏官戊居寅為祿位,又見庚辰時,乙丑見庚為官印,庚自居辰,辰中有乙為財帛,乙丑六合甲子月是乙見鼠貴,則知宗族貴家,是名乙戊向庚為三奇之貴也。不惟只此,而又金土之氣堅潤,十一月生五行藏蓄,唯忌自火,其時火死水旺,三任方面可應出群之器,餘可例求焉。此賦論貴命根基,此以後說運中會遇也,故下文云:】
いわゆる「奇」は、三奇と官印なり。遇上する人、自ら威儀の貴有り。いわゆる「藴藉」は、三元内外と年・月・生時との間に、五行を蔵蓄し造化を囊中に収め、貴気往来流通して種種の刑戦無きなり。かかる命一旦顕露すれば、便ち大器の貴命なり。たとえば向公安撫の命:戊寅年・甲子月・乙丑日・庚辰時。何を以てか貴と算す。戊は乙を以て官印とし、乙丑自ら官郷に坐す。乙の戊を見るは偏官と為り、而して戊は寅の上に坐す。正にその禄位なり。さらに庚辰時を得、乙丑の庚を見れば便ち官印なり。庚自ら辰に坐し、辰中に乙を蔵しまた財帛なり。乙丑と甲子月とは六合、正に「乙の鼠を見れば貴」の格なり。これに由りて彼の世代貴家に出づるを知るべし。これを「乙戊庚に向かう」の三奇の貴と曰う。これのみならず、此の造、金土の気既に堅にして且つ潤し。十一月に生まれ、五行皆蔵蓄する能し。唯一の忌む所は火なり。而してあの時正に火死水旺に当たる。ゆえに三たび方面の大員を任ずる能し。正に「出群の器」のこの話に応ず。残りはこれに照らして類推すべし。この篇の賦ここに至りては貴命の根基を論じ、下面より始めて便ち行運之中の会遇を説かんとす。ゆえに接続して講ず。
陰男陽女,時觀出入之年;陰女陽男,更看元辰之歲。【假令陰命男三月下旬生,得節氣深,八歲運。乙酉年,庚辰月,乙丑日,辛巳時。乙木下取丑中金庫為官印,又三月氣深,時迎初夏,又得辛巳時,當生年乙酉,三合巳酉丑,丑位不背官印,三月氣深,木向衰病,金向長生。賦云:向背定其貧富是也。又曰:將來者進。三十八歲運行丁丑,則財官兩美。賦云:每見貴人食祿,無非祿馬之鄉是也。三十九歲交丙子運,是謂出入之年也。】
賦文に言う:陰年生まれの男命と陽年生まれの女命は、随時に「出入の年」を留意すべし。陰年生まれの女命と陽年生まれの男命は、則ち更に「元辰の歳」を看るべし。徐子平が注するに:たとえば一つの陰年生まれの男命、三月下旬に生まれ、節気甚だ深く、八歳にて運を起し、四柱は乙酉年・庚辰月・乙丑日・辛巳時なり。乙木の下、丑中の金庫を取りて官印と為す。三月気深く、時令また将に初夏を迎えんとす。さらに辛巳時を得、当生年乙酉と巳酉丑三合を凑成す。丑位は並に官印に背離せず。三月気深く、木は一步步衰病に走向し、金は一步步長生に走向す。賦文に「向背その貧富を定む」と曰うは、正にこれを指す。また「将来の者進む」と曰うも、亦是の理なり。三十八歳に至り丁丑運を行く。財官両美なり。賦文に「毎に貴人の禄を食むを見れば、非ざる無し禄馬の郷なり」と曰うは、すなわちこの一步なり。三十九歳、丙子運に交わる。これ便ちいわゆる「出入の年」なり。
【且如乙用庚為官印,見丙乃庚之七煞,當生年月氣深,向丙不遠,又大運丙子,子與巳合,合起巳中丙,丙克妻,則乙損官。乙以庚為妻則災妻損財,更或值丙丁巳午年,則凶。此是出入之年為凶可知也。時觀者,是當生年中四時之時也。賦云:一旬之內於年中而問干,一歲之中於月中而問日是也。此年運交出入當時迎氣深,又辛巳時中有丙,初交丙子運則災損自應也。】
試みに看よ:乙は庚を以て官印とし、而して丙は正に庚の七殺なり。この命、当生年・月の節気深く、丙火の気を離るる已に遠からず。大運また丙子なり。子と時支巳と相合し、巳中の蔵する丙を引動し出す。丙一動せば便ち妻星を克し、乙の官星随いて受损す。乙は庚を以て妻とす。ここに妻室に災有り財物に損有り。若し再び丙・丁または巳・午の流年に赶上せば、則ち更に凶なり。これすなわち「出入の年」の凶と為るの道理、一望にして知るべし。いわゆる「時観」は、出生のあの一年の中の四時の時令を指す。賦文に「一旬の内、年中に於て干を問い、一歳の中、月中に於て日を問う」と曰うは、正に此の意なり。この命、交運出入の際、恰も気を迎えて気また深し。辛巳時中に本より丙を蔵す。ゆえに剛に丙子運に交われば、災損自然に応験す。
【賦云:陰男陽女便是。陰女陽男也,前云出入之年,此論元辰之歲,其理無二也。前論乙丑日,陽命男運出丁丑欲入丙子,此亦是五行來出入抵犯凶方之義。前說三月深向丙丁之氣不遠,運入丙子則失官、財損、妻災,況在四月三五日生作三歲運,是當生元有害官印之辰。賦云:宣父畏其元辰是也。其或更值寅午戌年,己未太歲是名元辰之歲,則救療無功也。便當生歲時中有壬癸,小運在申子辰亦不濟事。四月水絕故也。大率所犯有傷不可救也。】
賦文にいう「陰男陽女」はこの如し。「陰女陽男」も亦一様なり。前面は「出入の年」を講じ、ここは「元辰の歳」を講ず。道理並に両様無し。前面の論ずる所の乙丑日あの一造、若し換えて陽年生まれの男命と為せば、運丁丑より走出し、将に丙子に入らんとす。同じく五行出入して凶方を触犯するの意なり。前面に曰いしごとく、三月気深く、丙丁の気を離るる遠からず。運一たび丙子に進めば便ち官を失い、財を損し、妻に災有り。況んや若し四月初三より初五に生まれ、三歳運を起さば、それは原命本より官印を傷害する辰位を帯びたるなり。賦文のいわゆる「宣父その元辰を畏る」は正にこの事を指す。倘若再び寅・午・戌年または己未太歳に赶上せば、則ち「元辰の歳」と曰い、救治するも功無し。この時縦使当生年・時の中に壬・癸有り、小運また申子辰に行くも、事を済すに及ばず。四月水絶するがゆえなり。大体に曰わく、犯す所一旦受傷すれば、再び挽救し難し。
凶会吉会・伏呤反呤
與生地之相逢,宜退身而避位。凶會吉會,伏呤反呤,陰錯陽差,天沖地擊。【生者生旺也,凡五行皆不宜生旺,陰陽書云:金剛火強,自刑本方。木落歸本,水流趨末,則為自刑之刑也。且以庚辛言之,則金也。旺於西方,故庚祿在申,辛祿在酉。如庚辛生人,運到申酉,則宜退身避位也。夫何故?庚辛用丙丁為官印,火至申酉則病死,則庚辛無官也。庚辛克甲乙為財帛,木到申酉則死絕,則庚辛無財也。官財俱衰,雖建祿而不富。故云:與生地之相逢,宜退身避位。鬼谷曰:金降自干,東而震,西南遇坤鄉而敗祿衰官。正此意也。賦意幽妙,宜深識之。此說運中,造為引問發明之辭。如上文云:出入之年,皆吉凶兩存而不辨,在學人曉而合之,上下貫穿而得其辭悟矣。】
賦文に言う:行運、自己の生旺の地と相遇する時は、当に身を退き位を避くべし。ここの頭に凶会も有り吉会も有り、伏呤反呤有り、陰錯陽差有り、天冲地撃有り。徐子平が注するに:ここの「生」はすなわち生旺なり。五行一概に過度の生旺を宜しとせず。陰陽書に曰く:金剛火強は、便ち本方に於て自刑す。木落ちてその本に帰り、水流れてその末に趨る。皆自刑の刑に属す。庚・辛に就いて言えば、それら金に属し、西方に旺す。ゆえに庚の禄は申に在り、辛の禄は酉に在り。庚・辛日の生まれ、行運申・酉に至れば、当に身を退き位を避くべし。何を以ての故にや。庚・辛は丙・丁を以て官印とす。火、申・酉に至れば便ち病し便ち死し、庚辛便ち官無し。庚・辛、甲・乙を克して財帛と為す。木、申・酉に至れば便ち死し便ち絶し、庚辛便ち財無し。官と財と皆衰う。縦使禄を建つも富み起きず。ゆえに「生地の相逢うや、宜しく身を退き位を避くべし」と曰う。鬼谷子に曰く:金、乾位より下降し、東行して震に至り、西南に坤郷に遇いて禄を敗し官を衰う、と。正にこの意なり。賦文の用意、幽微精妙なり。当に深く体会を加うべし。この一段は行運に就きて立論し、設問の方式を用いて道理を発明す。上文のいうがごとき「出入の年」は、皆吉凶両存して分辨を加えず。学者自ら領会貫通し、上下文を串連せば、乃ち字句の中より真意を悟出する能し。
【伏呤者,大運與元命相對者是也。以眾術言,則不佳。以賦意言之,其間亦有凶會吉會存焉。錯者,錯雜也。差者,交差也。人命有陰陽錯雜,人運亦有陰陽交差,多為災損。如元命與運在東南而遇太歲西者,謂之天沖。元命與運在西北,而太歲在東南者,謂之地擊。大概與陰陽差錯不殊,然不能無別焉。西北沖東南者,主動改出入,是內沖外也。東南沖西北者,雖沖而不動,是外沖內也。遇此者主不寧,其間吉凶兩存,詳而言之。】
いわゆる「伏呤」は、大運と原命と相同じく相対するあの情形なり。一般術家の説法に照らせばこれ皆好からず。但し賦文の意に按ずれば、その間にも凶会と吉会の別有り。「錯」は錯雑、「差」は交差なり。人の命に陰陽錯雑有り、人の運にも陰陽交差有り。多くは災損を帯来す。たとえば原命と大運と皆東南に在りて、而して太歳は却って西方に在れば、これを「天冲」と曰う。原命と大運と皆西北に在りて、而して太歳は却って東南に在れば、これを「地撃」と曰う。大体、陰陽差錯と相仿すと雖も、却っても分別を加えざるべからず。西北より来りて東南を冲するは、変動改易・進退奔走を主る。それは内より外を冲するなり。東南より来りて西北を冲するは、冲すと雖も動かず。それは外より内を冲するなり。これらに遇上すれば、主人心神安寧せず。その間吉凶両存、須らく詳しく分辨を加えて乃ち断語を下すに善し。
或逢四煞五鬼,六害七傷,地網天羅,三元九宮,福臻成慶,禍並危疑,扶兮速速,抑乃遲遲。【如元命犯辰戌丑未在四柱中,或大運又行到或辰戌丑未之上者,謂之四煞。五鬼如大運干為鬼制財克官印,此五行之鬼也,與太歲同。六害者,且如丑未生人,四柱中復有丑未,更運在辰戌丑未之上,卻遇太歲在子午卯酉者,謂之六害。遇之者主骨肉分離。七傷者,運中逢七煞是也。如甲乙日生人,用庚辛為官印,運在南方或逢寅午戌巳與未太歲,是也。四煞輕,五鬼重。六害輕,七傷重。運逢之輕,歲遇之重。地網天羅者,戌人不得見亥,亥人不得見戌,謂之正天羅。辰人不得見巳,巳人不得見辰,謂之真地網。遇之者災病連綿。不獨歲運忌逢之,四柱中亦不宜也。】
賦文に言う:時に会して四煞・五鬼・六害・七傷に遇い、地網天羅・三元九宮に遇う。福気聚拢すれば便ち喜慶を成し、禍患并臨すれば便ち危疑を生ず。扶助を得るは応験すること速く、圧抑を受くるは応験すること遅し。徐子平が注するに:若し原命四柱中に辰・戌・丑・未を犯し、大運また辰戌丑未の上に行到れば、これを「四煞」と曰う。いわゆる「五鬼」は、大運の天干鬼と成り、財星を制住し官印を克掉す。これは五行の鬼なり。太歳の上に遇うも亦一様なり。いわゆる「六害」、たとえば丑・未年の生まれ、四柱中にまた丑・未有り、大運再び辰戌丑未の上に行到し、却って太歳の子・午・卯・酉に在るに遇えば、これを六害と曰う。遇上する人、骨肉分離を主る。いわゆる「七傷」は、行運中に七殺に逢うなり。たとえば甲・乙日の生まれ、庚・辛を以て官印とし、運南方を走り、あるいは寅・午・戌・巳と未との太歳に逢うは、皆この類に属す。四煞軽くして五鬼重く、六害軽くして七傷重し。大運の上に遇うは較べて軽く、流年太歳の上に遇うは較べて重し。いわゆる「地網天羅」:戌年の生まれ、亥を見るを宜しとせず。亥年の生まれ、戌を見るを宜しとせず。これを正天羅と曰う。辰年の生まれ、巳を見るを宜しとせず。巳年の生まれ、辰を見るを宜しとせず。これを真地網と曰う。遇上する人、災病連綿たり。但だ歳運に碰上するを忌諱するのみならず、四柱の中にも亦在るを宜しとせず。
【三元者,日干為天元,支為地元,納音為人元,即三元九宮也。假令戊寅年,壬戌月,甲申日,己巳時,陽男命氣淺八歲運,甲以金為官印,九月生是生月帶祿也。二十六歲,小運辛丑,大運乙丑,二運並在官祿財庫之上。未可言凶,此名吉會,故曰:福臻則乃成慶也。】
いわゆる「三元」は、日干を以て天元と為し、地支を以て地元と為し、納音を以て人元と為す。すなわち三元九宮なり。たとえば戊寅年・壬戌月・甲申日・己巳時の一造:陽年男命、節気浅く、八歳にて運を起す。甲は金を以て官印とし、九月に生まれ、正に生月禄を帯ぶるなり。二十六歳に至り、小運辛丑・大運乙丑、両步の運一斉に官禄財庫の上に落つ。則ち凶と作して断ずべからず。これ便ち「吉会」と曰う。ゆえに福気聚拢すれば便ち喜慶を成すと曰う。
【又如乙酉年,癸未月,庚戌日,甲申時,陰男命氣深,九歲運,逆行。以生日庚戌下取火庫為官印,又六月生,亦是生月帶祿也。三十九歲大運到庚辰,乙庚合,小運甲辰,並天地六合之上,未可言吉也。以當生六月氣深,運到庚辰,辰沖戌,辰乃水庫水克火,三合甲申水,長生兩辰沖戌,破官印則為凶會。又曰:禍並是乃危疑也。扶兮速速者,如前戊寅年,以甲申為主,運到乙丑者,或遇行年太歲三合,合上扶同相助,則為吉慶而速速也,扶助也。若太歲無刑或相沖相害,則是與氣運相抑,抑不順也,是乃發福遲遲也。大凡推運須看生年太歲與運生克,生克已定,則吉凶無不應驗矣。】
さらに乙酉年・癸未月・庚戌日・甲申時の一造のごとし:陰年男命、節気深く、九歳にて運を起し、逆行す。生日庚戌の下を以て戌のこの火庫を取りて官印と為し、また六月に生まれ、亦是れ生月禄を帯ぶるなり。三十九歳に至り大運庚辰に走り至る。乙と庚と相合し、小運甲辰、皆天地六合の上に落つ。却って吉と作して断ずべからず。当生六月気深きに因り、運庚辰に至れば辰来たりて戌を冲す。辰は水庫、水は能く火を克す。加うるに申子辰三合・甲申の水また長生に逢う。二つの辰一斉に戌を冲し、官印を冲破す。これすなわち「凶会」なり。ゆえに禍患并臨すれば便ち危疑を生ずと曰う。いわゆる「扶や速速」は、前面の戊寅年あの一造のごとく、甲申日を以て主と為し、運乙丑に至り、若し再び流年太歳の之と三合するに遇えば、合上に於て扶同相助すれば、則ち吉慶の来ること迅速なり。「扶」はすなわち扶助の意なり。若し太歳之と相刑せず、反って相冲相害すれば、則ち気運と彼此圧抑し、抑すれば則ち順ならず、福を発する自然遅緩なり。大凡運を推するに、必ず出生年太歳と大運との間の生克を看るべし。生克一旦定下すれば、吉凶応験せざる無し。
貴地時を待つ・比肩争競
歷貴地而待時,遇比肩而爭競。至若人疲馬劣,猶托財旺之鄉。【生日臨官印之貴是歷貴權之地。且如,壬辰、癸巳日,用土為官印,用火為財帛。若生月不居九夏,不在四季,則是虛聲之命。雖歷貴地而猶待於四時,基本元有元無也。遇比肩而爭競者,如壬辰、癸巳人更生九夏、四季,得其官祿之時,大運又在火土分野,為吉會。或遇太歲是壬癸,或為沖刑,或為破害,是比肩而爭競也。如此者,防稱意中失意,主災禍也。如不是壬癸,歲是亥子亦同。如當生歲時中有戊己重者,為有救。】
賦文に言う:すでに貴地に歴臨すと雖も、なお須らく時令を等待すべし。一たび比肩に遇えば、便ち争奪競逐有り。人元疲乏・財馬低劣に至りては、なお財旺の郷に倚托する能し。徐子平が注するに:生日、官印の貴に臨むは、すなわち貴権の地に歴臨するなり。たとえば壬辰・癸巳日の生まれ、土を以て官印とし火を以て財帛とす。若し生月盛夏に在らず、また辰戌丑未四季の月に在らざれば、それは虚に其名有るの命なり。貴地に歴臨すと雖も、仍ほ時令の到来を等候せねばならず。根本は還って原命に究竟こういう物有るや無きやに在り。いわゆる「比肩に遇いて争競す」は、壬辰・癸巳日の生まれ、若し盛夏または四季月に生まれ、正に官禄を得るの時、大運また火土分野に走り在れば、本は吉会なり。偏えに太歳の壬・癸なるに遇上し、あるいは之と相冲相刑・相破相害すれば、これすなわち比肩の争競に来るなり。かかる情形に碰上すれば、心を称える中に忽ち心を称えざるを生ずるを防ぐべし。災禍有りを主る。太歳縦使壬・癸ならずして亥・子なりとも、亦一様なり。若し当生年・時の中に戊・己重畳すれば、則ち救有り。
【人疲者,人元疲乏也。馬劣者,所合之辰馬弱也。假令甲午生人,運行西方申酉戌者是也。午為人元屬火,到西方死絕之地,是人元疲乏也。甲以己為財,午內有己土,己土到西方亦自衰敗,是劣弱也。猶托財旺之鄉者,午雖疲乏,猶賴西方金旺,為財己雖劣弱,秋金懷壬癸,亦可與己破鬼生財也。】
いわゆる「人疲」は、人元の疲乏なり。いわゆる「馬劣」は、合する所のあの辰の馬星の衰弱なり。たとえば甲午日の生まれ、行運西方申・酉・戌を走れば、便ちこの情形なり。午は人元にして火に属し、西方に至れば是れ死絶の地。ゆえに人元疲乏す。甲は己を以て財とし、午中に己土を蔵す。己土西方に至るも自然衰敗す。ゆえにそれ劣弱と曰う。「猶ほ財旺の郷に托す」に至りては、午火疲乏すと雖も、なお西方金旺を仰仗するを説く。財星己土劣弱すと雖も、秋金の中に壬・癸水を懐き、亦能く己土と一同に鬼を破り財を生ず。
或乃財旺祿衰,建馬何避沖掩?歲臨尚不為災,年登故宜獲福。【與前意同而理異也。如丙午人,運至西方,財雖旺而祿衰。下元建馬為助,言辛酉中有辛合丙也,則不畏沖掩也。掩者,伏滯也,如伏呤之類。沖者,沖擊也,如反呤之類。既是支元人元有財,財且旺而祿衰者,猶可扶持,縱歲運在掩伏沖擊者,亦無害事。此與中下興隆不殊。前說財運掩沖,此論歲臨運位,亦未可便言凶咎。太歲為造化之主,百煞之尊,來臨壓運,多凶少吉。若於三元內外,五行官印有用者,亦可以利見大人,而成吉會。若三元內外財帛有用者,亦可因貴人而發財帛也。且如生日是壬午,太歲是庚午,運是戊午,此年歲運之臨,亦為吉會也。次年交辛未,其氣不殊,官印財帛有用,則固宜獲福也。】
賦文に言う:時に財旺にして禄衰、既に馬星を建起せり。何ぞ必ずしも冲と掩とを躲避せん。「太歳臨圧す」尚且つ災を成さず。年運登進し自然に福を獲るに当たる。徐子平が注するに:これは前一段と用意同じくして道理別あり。たとえば丙午日の生まれ、行運西方に至れば、財旺すと雖も禄已に衰う。但し下元馬星を建起して相助く。辛酉の中に辛有り、能く丙と相合す。則ち冲と掩とを怕れず。「掩」は伏滞、伏呤の類に譬ゆ。「冲」は冲击、反呤の類に譬ゆ。すでに支元・人元の中に財有り、財また旺しにしてただ禄衰するのみ。仍ほ扶持し住する能し。縦使歳運掩伏冲击の処に落つも、事を壊るに至らず。これは前面のいう「中下興隆」と並に分別無し。前面は行運の掩と冲を講じ、ここは太歳運位に臨到するを講ず。同じくすぐに凶咎と作して断ずべからず。太歳は造化の主・百煞の尊なり。来たりて運を臨圧すれば、多くは凶多吉少。但し若し三元内外五行の中、官印用有れば、亦以て大人に利見して吉会を成すべし。若し三元内外、財帛用有れば、亦以て貴人に因りて財を発すべし。たとえば生日は壬午、太歳は庚午、大運は戊午。この一年の歳運相臨は便ち吉会なり。第二年、辛未に交わる。気象も差不多し、官印財帛皆用いる所有り。自然に福を獲るに当たる。
大吉生逢小吉,反壽長年;天剛運至天魁,寄生續壽。【丑為大吉,未為小吉。如癸未日生人行丑運,或丁丑日生人行未運,不得謂之反呤,皆謂之生氣。且癸水受氣於巳而成形於未,丁火受氣於亥而成形在丑。故曰:生逢如壬課發用,丁課在未,而癸在丑,亦此意也。丑未為陰陽之中會,天乙貴人所臨,主本與運逢之,則有長年之壽也。辰為天罡,如庚戌生人行辰運,或甲辰生人行戌運,不得謂之反呤也。且庚金受氣於寅,而成形於辰。甲木受氣於申而成形於戌,皆是生氣。鬼谷子曰:罡中有乙,鬼裡伏辛,是也。前云生逄,後曰寄生,義不殊也。】
賦文に言う:大吉の神、生まれて小吉に逢えば、反って寿を延ばし長年なり。天罡の運、天魁に行到るも、亦寄生して寿を続ぐ能し。徐子平が注するに:丑を「大吉」と曰い、未を「小吉」と曰う。たとえば癸未日の生まれ、丑運を行き、あるいは丁丑日の生まれ、未運を行くも、皆反呤と算作すべからず。反って皆「生気」と曰う。癸水巳に於て気を受け未に於て成形し、丁火亥に於て気を受け丑に於て成形するがゆえなり。ゆえに「生逢」と称す。正に六壬課の中、丁課の発用未に在り、癸課の発用丑に在るも、亦同一の道理なり。丑と未とは陰陽交会の中点、天乙貴人の臨む所の処なり。日主本身と大運と之に遇えば、長寿有りを主る。辰を「天罡」と曰う。たとえば庚戌日の生まれ辰運を行き、あるいは甲辰日の生まれ戌運を行くも、亦反呤と算作する能わず。庚金寅に於て気を受け辰に於て成形し、甲木申に於て気を受け戌に於て成形す。皆生気に属す。鬼谷子に「罡中に乙有り、鬼裡に辛を伏す」と曰うは、講ずる所正にこれなり。前面に「生逢」と曰い、後面に「寄生」と曰う。意、並に両様無し。
従魁蒼龍・金木成器
從魁抵蒼龍之宿,財自天來;太沖臨昴胃之鄉,人元有害。【從魁酉也,蒼龍辰也。如酉日生人,運至辰者是也。酉中有辛金,辰中有乙木,金克木為財,故曰:財自天來。是用支內天元為財也。太沖者,卯也。昴胃者,酉也。胃土雉,昴日雞,有二宿在酉也。如卯日生人,運至酉者,是也。卯木也,酉金也,金克木而反相刑,支作人元,是也。故曰:有害。害者是七煞也,不獨沖刑剋制言之,亦是偏陰偏陽也。】
賦文に言う:従魁、蒼龍の宿に行到れば、財は天より来たるがごとし。太冲、昴・胃の郷に臨めば、人元便ち傷害を受く。徐子平が注するに:「従魁」は酉、「蒼龍」は辰なり。たとえば酉日の生まれ、行運辰に至れば、便ちこの情形なり。酉中に辛金を蔵し、辰中に乙木を蔵す。金木を克して則ち財を成す。ゆえに「財天より来る」と曰う。これは地支の内に蔵する所の天干を取りて財と為すなり。「太冲」は卯、「昴胃」は酉なり。二十八宿の中、胃土雉・昴日鶏のこの両宿皆酉位に在るがゆえなり。たとえば卯日の生まれ、行運酉に至れば、便ちこの情形なり。卯は木に属し酉は金に属す。金来たりて木を克して反って相刑を成す。これ正に地支を以て人元と作して論ずるなり。ゆえに「害有り」と曰う。ここの害はすなわち七殺なり。単に冲・刑・克・制を指して言うのみならず、亦偏陰偏陽・配合正ならざるの意を含む。
金祿窮於正首,庚重辛輕;木人困於金鄉,寅深卯淺。【金絕在寅,庚受氣在寅。假如庚日生寅時者,多貴。金以火為官,寅為火長生,是官長生也。又不克上,火在寅中,金生寅上。賦云:金祿窮於正首。成鑑云:受氣推尋,胎月須深。辛到卯位,二月節,是辛金之胎也。甲在申以金為官印,申乃金臨官,乙在酉乃帝王也。賦云:木人困於金鄉是也。】
賦文に言う:金の禄、正月のこの歳首に於て窮尽す。庚重くして辛軽し。木命の人、金郷に困し、寅の上に於て程度深く、卯の上に於て程度浅し。徐子平が注するに:金は寅に於て絶し、庚は寅に於て気を受く。たとえば庚日の生まれ、寅時を得れば、多くは貴顕なり。金は火を以て官とし、寅は正に火の長生なり。ゆえに官星此に於て長生す。而且火は寅中に蔵し、金は寅上に坐す。火は並に直に上頭の金を克傷せず。賦文これに因りて「金禄正首に窮まる」と曰う。《成鑑》に曰く:気を受くるの処は細かに推尋を加え、胎月は須らく深く看るべし、と。辛の卯位に至るは二月の節、彼れ正に辛金結胎の地方なり。甲は金を以て官印とし、甲は申に至り、申は金の臨官の地なり。乙は酉に至り、酉は金の帝旺の地なり。賦文のいう「木人金郷に困す」は、正にこれを指す。
妙在識其通變,拙說猶神;巫瞽昧於調絃,難希律呂。【凡人命中貴賤得失,妙處於四柱日時之中,要後人識其通變者言之,然其辭雖拙,而妙應如神。設若不遇明師,道聽途說,巧言偽詞,焉能中理?如無日者之調絃,又豈能明於律呂也?】
賦文に言う:妙処全く変通を識得するに在り。話説くは笨拙と雖も、応験するは神の如し。巫祝瞽者、弦を調むを懂らざれば、律呂に合上するを休想せよ。徐子平が注するに:およそ人命中の貴賎得失、その妙処は四柱と日・時との間に在り。後人の通権達変を識得する能くして乃ち講明すべし。かかる説法、言辞朴拙と雖も、応験は神妙无比なり。倘若明師に遇わず、ただ道聴塗説に凭り、花言巧語・虚偽の辞を拿ちて附会せば、何ぞ能く道理を説中せんや。譬えば弦を調む能わざる楽人のごとし、又怎能く律呂を通暁せんや。
庚辛臨於甲乙,君子可以求官;北人運行南方,貨易獲其厚利。【假令辛見甲,辛克甲,甲中生出丙火,丙與辛合,辛見官印。然不見火而見甲,甲乃丙之母,火之根也。須生日是辛日,歲月時內月木,以辛克甲,則甲中有火也。若年月時中,支干內有水,則辛無官也。壬寅或別位,將亥子辰水來,即木溼也,故木溼則無官。源濁伏呤是也。】
賦文に言う:庚・辛、甲・乙の上に臨めば、君子これに由りて官職を求取すべし。北方の人、行運南方を走れば、買売を作して厚利を獲る能し。徐子平が注するに:たとえば辛の甲を見る、辛来たりて甲を克し、甲木の中に丙火を生出し、丙また辛と相合し、辛便ち官印を得。ここに並に直に火を見ず、ただ甲を見るのみ。甲は丙の母、火の根なり。火自然に其中に含まる。此の説、必ず辛を以て生日と為し、年・月・時裡に木有り、辛の甲を克しに行きて、甲中にして火を蔵住し得せしむ。然るに若し年・月・時の干支の内に水有れば、辛便ち官無し。たとえば柱中に壬寅有り、あるいは別の位置より亥・子・辰の水を引来すれば、木便ち浸湿せられ、木一たび湿れば則ち火を生出せず、亦官を言うべき無し。これ正にいわゆる「源濁伏呤」なり。
【如見庚合,庚克木,乙木生丁火,丁乃庚之官印,若癸卯歲月時上有水,則乙木溼而克之,無煙也。只是金見木為財,有財而無官,金木皆不能成器。賦云:金木未能成器,聽哀樂以難名也。是火主禮,有禮則有君子,有君子則有官印也。無禮則小人也,無官則不貴也。賦云:源濁伏呤,惆悵於歇官之地。寅卯乃火生之地,是木而無火,故惆悵也。又與聞喜不喜,同矣。其餘五行仿此,亦用生日支干為主,此論庚辛日生人也。】
さらに庚と乙と相合すれば、庚来たりて木を克し、乙木丁火を生出し、丁は正に庚の官印なり。然るに若し癸卯のごとき、年・月・時の上に水を帯びれば、乙木便ち浸湿せられ、湿木克を受けて火を生起せず、烟を出するさえ来らず。則ちただ金の木を見て財と為すの一層のみ残り、財有りて官無し。金と木両様皆器を成さず。賦文後に「金木未だ器を成さず、哀楽を聴するも名づけ難し」と曰うは、正にこの事を指す。火は五常に於て礼を主る。礼有りて乃ち君子有り、君子有りて乃ち官印有り。礼無ければ便ち小人、官無ければ便ち顕貴ならず。賦文また曰く「源濁伏呤、歇官の地に惆悵す」——寅・卯本は火の長生の地、いまただ木有りて火無し。ゆえに人をして惆悵せしむ。これは前面の「喜を聞きて喜ばず」と同一層の意なり。残りの五行これに照らして類推す。皆生日の干支を以て主と為す。以上皆庚・辛日の生まれに就きて論ずるなり。
聞朝歌而旋泣,為盛火之炎陽;克禍福之賒遙,則多因於水土。【自從魁抵蒼龍之宿,己下不獨運中災福,而又明相濟而為得失,在學人可深求之也。聞朝歌而旋泣者,言火星高明,而好炎上也。明萬物者,莫盛乎火,故云:為盛火之炎陽。鬼谷子曰:木火性本上。克禍福之賒遙。賒者,遠也。又遙者,遠之甚也。此言水土之性,沉伏而趨下也,故云:多因水土。鬼谷子曰:水土性本下。正此意也。】
賦文に言う:早晨還に歓歌を聴くも、転眼便ち哭泣を起す。それは盛火炎上太過なり。禍福の来ること遅緩遥遠なるは、多く水と土とに因る。徐子平が注するに:「従魁蒼龍の宿に抵る」のこの一句より下は、講ずる所ただ行運中の災と福のみならず、還って五行彼此相济而生の得失を兼明す。学者深く体昧を加うべし。いわゆる「朝歌を聞きて旋に泣く」は、火星高懸明亮にして性、炎上を喜ぶを説く。変化極めて速し。万物を照明する能くは火より盛んなるは莫し。ゆえに「盛火の炎陽と為る」と曰う。鬼谷子に曰く:木と火の本性は向上す、と。「禍福の赊遥を克す」に至りては、「赊」は遠、「遥」は遠きこと更に甚だし。これは水と土の性情沈伏して下に趨り、応験の来ること遅緩なるを説く。ゆえに「多く水土に因る」と曰う。鬼谷子に曰く:水と土の本性は向下す、と。正にこの意なり。
金木未能成器,聽哀樂以難名;似木盛而花繁,狀密雲而不雨。【言金者則尚木,金得用而木乃成,是以剛柔相濟也。言木者能尚金,木成器而金得著,仁者必有勇也。若有金而無木,勇而無禮則亂。有木而無金,則庚辛虧而義寡。金者,西方之器也,主哀。木者,東方之物也,主樂。樂而不淫者,木遇金也。哀而不傷者,金得木也。凡此者,皆大人之命也。若明水火之歸中,用乎金木之間隔,由是哀樂不能動其心,乃方外難名之人也。人命有偏陰偏陽之命,似木盛而花繁者,偏陽之謂也。是五行逐末趨時,知進而不知退也。狀密雲而不雨者,偏陰之謂也。如此者,豈能有濟化之功哉?大率人命須要五行制克,陰陽兩停,財為應格之命,故下文云:】
賦文に言う:金と木と還って器を成さず、哀と楽と便ち称説する処無し。樹木盛んにしてただ花多きがごとき、また密雲天に満つるも雨を下さざるがごとし。徐子平が注するに:金を講ずるは木を看重すべし。金、木に施す可有りて乃ちその用を見る。木もまた金有りて乃ち材を成す。これすなわち剛柔相济なり。木を講ずるも亦金を看重すべし。木器を成して、金の功用始めて顕出す。正に仁者必ず勇有るがごとし。若し金有りて木無ければ、それは勇にして礼無し。乱子を出さんとす。若し木有りて金無ければ、それは庚辛亏缺、義気便ち少し。金は西方の器、音声の上に於て哀を主る。木は東方の物、音声の上に於て楽を主る。楽にして放蕩に至らざるは、木、金に遇上せるなり。哀にして身を傷るに至らざるは、金、木を得たるなり。およそかかるのは皆大人の命なり。若し能く水火の中和に帰するを明白し、金木の間の隔閡を善用せば、此より哀と楽と皆彼の心を動かす能わず。それは方外の人、名状し難し。人命に偏陰偏陽の分有り。樹木茂盛にして只だ花繁を見るがごときは、是れ偏陽。五行ただ末を逐い時に趨り、進むを知りて退くを知らず。密雲天に満つるも雨を下さざるがごときは、是れ偏陰。かかる命、何ぞ能く調済化育の功有らんや。大体上人命は必ず五行制有り克有り、陰陽両相停匀して、乃ち合格の命なり。ゆえに下文接続して曰わく、
乘軒衣冕,金火何多?位劣班卑,陰陽不定。【前論水火,以相濟而成慶。次論金為木官鄉,是知水貴升,火貴降。火要濟柔為剛,金要損剛益柔,則互用而為慶。其間獨有金剛火強,不可不知也。故賦云:乘軒衣冕者,皆君子之器也。亦須要金火兩停者能之。金,至堅之物也,非盛火則不能變其質。火,至暴之物也,非銳金則無以顯諸用。金火兩存,則有鑄印之象,皆大人之事也。或火多而金少,或金多而火寡,皆為兇暴之命也。金旺於西方,火旺於南方,各恃其勢,則為自刑之刑。如此之命,雖日時有用,終歸於位劣班卑而已,非純和之氣也。是陰陽不能得定分故也。火陽也,金陰也,既陰陽兩偏,則貴賤高卑無所定著也。況有金而無火,有火而無金者,皆為兇徒之命。】
賦文に言う:車に乗り冕を服する能くする者は、金と火と何等の豊盛なるや。位卑く班次低下の者は、ただ陰陽の定分無きに因るのみ。徐子平が注するに:前面は水と火とを論じ、相济を以て慶を成すとす。接続して金は木の官郷なるを論ず。これに由りて水は上昇を貴とし、火は下降を貴とするを知るべし。火は柔を済して剛を成さしむるを要し、金は剛を損して柔を益さしむるを要す。両下互相用を為して便ち喜慶を成す。その間、ただ金剛火強のこの一層は知らざるべからず。ゆえに賦文に曰わく、軒に乗り冕を衣る者は皆君子の器にして、亦須らく金火両下停匀の人乃ち当たるに足る、と。金は至堅の物、盛火無ければその質地を改変する能わず。火は至暴の物、利金無ければその功用を顕出する能わず。金火両存すれば、便ち印を鋳るの気象有り。皆大人物の事業なり。若し火多くして金少なく、あるいは金多くして火少なければ、皆凶暴の命なり。金は西方に旺し、火は南方に旺す。各々自己の気勢を倚仗し、便ち自刑の刑を成す。かかる命、縦使日・時に用いるべきの処有るも、終に位卑く班低きに過ぎず。純和の気にあらず。ただ陰陽定まりて本分を出せざるに因る。火は陽に属し、金は陰に属す。陰陽両下皆偏なれば、貴賎高低便ち安頓する処無し。況んや金有りて火無く、火有りて金無きは、それ更に皆凶徒の命なり。
所以龍呤虎嘯,風雨助其休祥;火勢將興,故先煙而後焰。【易曰:雲從龍,風從虎。此自然之理也。亦是陰陽洽合,五行唱和之義。火勢將興,故先煙而後焰者,此亦明陰陽氣順,而有次序也,此與其為氣也不殊。】
賦文に言う:ゆえに龍一たび吟じ虎一たび嘯けば、風雨来たりて祥瑞を助成す。火勢将に興らんとする時は、常に先ず煙を出して後に焔を見る。徐子平が注するに:《周易・乾卦・文言》に「雲は龍に従い、風は虎に従う」と曰う。これは自然の理、すなわち陰陽融洽・五行唱和の意なり。「火勢将に興らんとし、先ず煙して後に焔る」に至りては、同じく陰陽の気順暢にして自ら先後の次序有るを説明するに在り。これは前文の「其の気や、将来の者進み、功成る者退く」と並に分別無し。
每見凶中有吉,吉乃先凶;吉中有凶,凶為吉兆。【此復明氣順之理也,屈伸寒暑,莫不有道焉。且如前論從魁抵蒼龍之宿,言財自天來者,吉也。是酉中辛克辰中乙木為財也。辰乃水鄉,復能奪辛金之官,論財卻不缺,而失官也。故凶。太沖臨昴胃之鄉,人元有害者,凶也。卻木用金為官印,則不背官祿,凶中反吉也。賦意始於說運,次論五行。五行之後再論言之:每見凶中有吉,吉乃先凶;吉中有凶,凶為吉兆。又如火人行水運,則是七煞,凶也。或用水為官,吉也。水人行巳午運,南方獲利,為財,吉也。卻下有戊己,七煞,凶也。如此極多,要後人深造之,以根本取最重者言之為妙。】
賦文に言う:常に凶裡に吉の蔵するを見る。その吉は必ず先ず一段の凶を経過す。吉裡に凶の蔵するは、その凶は却って吉の先兆なり。徐子平が注するに:この一句はまた気順の理を申明す。屈伸往来・寒暑交替、各々その道有るに莫し。たとえば前面に「従魁蒼龍の宿に抵り、財天より来る」と講じたるは、あれは吉なり。酉中の辛、辰中の乙木を克して財を成すがゆえなり。然るに辰はまた水郷、反って辛金の官星を奪去する能し。ここに財を論ずれば欠かずと雖も官は却って丢く。ゆえにまた凶を成す。前面に「太冲昴胃の郷に臨み、人元害有り」と講じたるは、あれは凶なり。然るに木は金を以て官印とし、却って官禄に背かず。これまた凶中に吉を転ず。賦文の次序は、先ず行運を説き、再び五行を論じ、五行を論じて後、接続して「毎に凶中に吉有り、吉は乃ち先ず凶、吉中に凶有り、凶は吉兆と為る」と講ず。またたとえば火命人、水運を行けば、水は七殺、是れ凶なり。然るに若し正に水を取りて官と為せば、それはまた吉なり。水命人、巳・午運を行けば、南方利を得て財と為り、是れ吉なり。然るに運支の下に戊・己七殺を蔵せば、それはまた凶なり。この類の情形極めて多し。後人の深入体会し、原命の根本を以て、分量最も重き一頭を取りて立論せば乃ち善し。
迎推逆課・男迎女送
禍旬向末言福,可以迎推;才入衰鄉論災,宜其逆課。男迎女送,否泰交居;陰陽二氣,逆順折除。【如見在凶運十年終滿前,交吉運者,若當生年月氣深,或行年太歲扶助,向祿臨財者,更不須直待交吉運,只在此運便可發福之慶,是可迎祥而推之也。才入衰鄉,人命久歷福地,方交肯祿財絕之運,固難言其吉,然未可便言凶也,是論災宜逆課也。是知福深而禍淺也,更或行年太歲五行,三命別位有用而來朝,運與生日扶同者,宜其逆課也。更有當生節氣淺深之論,不可不知也。】
賦文に言う:災禍のこの一旬、尽きんとするに近しき時は、提前して福気を推算し出すべし。剛に衰敗の郷に踏入して災を論ずるは、当に倒れて課を推すべし。男命は前に迎え、女命は後に送る。否卦と泰卦とは交替して居り、陰陽二気は各々逆順に按じて折除し運を起す。徐子平が注するに:たとえば眼下行く所の凶運十年将に満ちんとし、将に吉運に交進せんとす。若し当生年・月の節気深く、あるいは流年太歳前来して扶助し、正に禄に向かい財に臨めば、則ち硬に交進吉運を待つに及ばず。この一步運裡に於て便ち福慶を発出する能し。これを「祥を迎えて推す」と曰う。「才に衰郷に入る」に至りては、命主久しく福地を歴経し、才に背禄財絶の運に交進するを説く。吉と説く難しと雖も、却ってもすぐに凶と説くべからず。これすなわち災を論ずるは「逆課」なり。これに由りて彼の福深くして禍浅きを知るべし。若し再び流年太歳の五行、あるいは三命中別の位置の用神有りて前来して朝拱し、大運・生日と彼此扶同せば、則ち更に当に逆して推すべし。このほかまた当生節気深浅のこの一層の講究有り。同じく知らざるべからず。
【故下文有云男迎女送者,陽男陰女,運順行也。然一運十年,更分前後五年之中,凡入吉運得節氣深,男迎者,前五年發福,是謂男迎也。女送者,後五年方吉也,故謂之女送。此與陰男陽女不殊。大運者,氣之所主也。謂如甲子日生人,九月下旬生,陽命男,四歲運,二十五歲交丑運,是甲祿庫之運,九月氣深,發福在五年也。否泰交居也,此論小運之氣也,寅為三陽,化起泰卦,故小運起丙寅。申為三陰,生處否卦,女小運起壬申,此陰陽否泰交居。各分逆順折除者,大運三日為一年,小運一年移一宮,積十三年並度一周天,此合閏餘之數也。】
ゆえに下文に「男迎女送」に説到る:陽年男命と陰年女命は、大運順行す。一步の運は十年を管す。なお前五年と後五年とに分作すべし。およそ吉運に進入して節気また深きは、いわゆる「男迎」は前五年に便ち福を発し、いわゆる「女送」は後五年にして乃ち吉を見る。これは前面の「陰男陽女」を講ずると一つの道理なり。大運はすなわち気の主る所なり。たとえば甲子日の生まれ、九月下旬に生まれ、陽年男命、四歳にて運を起し、二十五歳丑運に交わる。丑は正に甲の禄庫の運、九月気深く、福を発するは便ち前五年の内に在り。「否泰交居」に至りては、小運の気を講ず。寅は三陽、化生して泰卦を為す。ゆえに男命の小運は丙寅より起こる。申は三陰、生処否卦なり。ゆえに女命の小運は壬申より起こる。これ便ち陰陽否泰交替して居るなり。各々逆順折除に分かつは、大運は三日を以て一年と折算し、小運は一年一宮を移し、積して十三年にして乃ち一周天を走完するを説く。これ正に閏余の数に合す。
占其金木之內,顯於方所分野;標其南北之間,恐不利於往來。一旬之內,於年中而問干,一歲之中求月中而問日。向三避五,指方面以窮通;審吉量凶,述歲中之否泰。【又有占其金木之內,顯其方所分野。占音,占去聲,入著當生歲月日時,所占後運逢金木方所分野,則顯其發福也。且如木用金為官印,陽命男運,出未入申。陰命男運,出亥入戌,是向祿臨財,於金木分野之際也。又如金用木為財,陽男命運出丑入寅,陰男命,運出巳入辰,是向祿臨財,在木火方所之中也。更加之以太歲月令氣候扶同而言之,則尤妙。標對本,又有標準之義,則是命基本也。南者,顯明而往也。北者,歸向而來也。此言運氣出入動靜,或吉或凶不可輕言也。或遇交運之年,不可輕舉也。凡言命運動靜出處,當入神祥謹而言之,一失其源則無所利也。】
賦文に言う:占看して金と木の内里、その所在の方位分野を顕出すべし。南北の間の向背を標出するは、ただ往来出入に利あらざるを恐る。一旬の内、生日より年中に於て天干を問い、一歳の中、月令の裡より日主を問う。三方に向かい五鬼を避け、方位を指出して窮通を定め、吉を審度し凶を権量し、この一年の否と泰とを説出す。徐子平が注するに:またいわゆる「その金木の内を占め、その方所分野を顕す」有り。この「占」は去声に読む。占據の意にして、原命の年・月・日・時の占據する位置と、この後大運の逢する所の金木方位分野と相合すれば、福気便ち顕出す。たとえば木は金を以て官印とし、陽年男命の運未より走出して申に進入し、陰年男命の運亥より走出して戌に退入するは、皆禄に向かい財に臨み、正に金木分野交接の際に当たる。またたとえば金は木を以て財とし、陽年男命の運丑より走出して寅に進入し、陰年男命の運巳より走出して辰に退入するも、亦是れ禄に向かい財に臨み、木火方位の中に落つ。若しさらに太歳と月令の気候と一同に扶助するを加えば、更に妙なり。「標」は「本」と相対し、また標準の義を含む。指す所は命の根基なり。「南」は顕明の処に朝りて去り、「北」は本処に帰向して来るなり。これは運気の出入動静、あるいは吉あるいは凶皆軽易に断言すべからず。交運の年に遇上すれば、尤其も軽挙妄動すべからずと説く。およそ命運の動静出処を講ずるは、皆当に神会に入り、審慎周詳に講ずべし。一旦源頭を失えば、毫も益する処無し。
【自此以後,論歲中禍福,故下文云,一旬之內,於年中而問干者,是月中求日也。一歲之中,求月中而問日者,是年中求月也。向三背五者,是歲中求吉利方所也。凡坐作進退,向吉背凶,莫大於此矣。一旬十日也,年中者,生日也。凡在一月之中,一旬之內,將生日天元配合而言之,則知其日中休祥也。是立生日以為主也。】
ここより下は、一年の中の禍福を講ず。ゆえに下文に「一旬の内、年中に於て干を問う」と曰う。あれは月中に於て日を求むるなり。「一歳の中、月中を求めて日を問う」は、あれは年中に於て月を求むるなり。いわゆる「三に向かい五に背く」は、一年の中に吉利の方位を尋求す。およそ起居行止・進退取舍・吉に趨り凶を避くるは、これより要緊なるは無し。一旬は十天、「年中」は生日を指す。およそ一箇月の中・一旬の内、生日の天元を拿来して相配推算すれば、便ちこれらの天の休咎祥瑞を知る。これは生日を立てて主と為すの算法なり。
【一歲之中者,取月令以生元配合而言之,則知其月中休咎也。且如人生得地,而須太歲為尊,是一歲之中求生月帶祿,或官印元有元無,是月中而問日也。此看命總法也。又以行年歲運言之。且如壬寅日生人,遇辛未歲,是謂宅墓,壬用己為官印,歲位未中有己,此年宜利見大人,壬用丁為財帛,未中有丁,此年因貴人獲財利。或問曰:財官在歲中,甚月日得之?答曰:自巳至戌,吉無不利,此亦是歲中問日,他準此。或動或靜者,即向行年天醫、福德、生氣三方為言,其餘五鬼不可往也。】
いわゆる「一歳の中」は、月令と生日の元神とを取りて相配して推す。便ちこの月の休咎を知る。たとえば人その地を得て生まれ、仍ほ太歳を以て尊と為すべし。これすなわち一年の中に生月の禄を帯ぶるや否や、官印原本有るや無きやを看るなり。すなわち「月中にして日を問う」なり。これは看命の総法なり。さらに流年歳運に従りて説けば:たとえば壬寅日の生まれ、辛未年に遇上すれば、未は正にいわゆる「宅墓」なり。壬は己を以て官印とし、而して未中に己を蔵す。この年は大人に利見するに宜し。壬また丁を以て財帛とし、未中に丁を蔵す。この年は貴人に因りて財利を得べし。或る人問いて曰く:財と官と既にこの一年の中に在り、究竟いずれの月・いずれの日に得るや。回答して曰く:巳月より戌月に至りて、吉にして利あらざる所無し。これも亦年中に日を問うなり。残りはこれに照らして準とすべし。いわゆるあるいは動あるいは静に至りては、すなわち流年の天医・福徳・生気のこの三つの方位に向かいて行くなり。残りの五鬼方位は則ち前往すべからず。
壬癸乃秋生而冬旺,亥子同途;甲乙乃夏死而春榮,寅卯一類。【乍舉求勝,無非祿馬同鄉。始論壬癸亥子,次論甲乙寅卯,卑辱尊榮。故貴居強坐實,此言水數一,水生木,木生火,故受之於丙寅丁卯,以言其序也。】
賦文に言う:壬癸の水、秋に生まれ冬に旺す。亥と子と同一途に属す。甲乙の木、夏に死し春に栄ゆ。寅と卯と同一類に帰す。徐子平が注するに:手を随えて例を挙げて講透を求む。説きて説けども外れず「禄馬同郷」のこの一層なり。先ず壬癸と亥子とを論じ、再び甲乙と寅卯とを論ず。その中自ら卑下屈辱と尊崇栄顕の別有り。ゆえに強旺に居り堅実に坐するを貴とす。ここは水の五行生成の数の中に一に居るを説く。水は木を生じ木は火を生ず。ゆえに下文接続して丙寅・丁卯を講ず。正にこの次序に按じて排下来るなり。
丙寅丁卯,秋天宜以保扶;己巳戊辰度乾宮而脫厄。【火者南方之氣也,萬物亨會之方,物盛且極,不可不戒。故云:秋天宜以保持也。金者,西方之氣也,乃藏萬物之辰,太上曰:萬物芸芸,各歸其根。是也。保持者,土也。能持載萬物,藉之以為生者也。四象不可無土,故下文云:己巳戊辰,度乾宮而脫厄也。】
賦文に言う:丙寅・丁卯の火、秋に至りて須らく保護扶持する物有るべし。己巳・戊辰の土、乾宮を越過すれば便ち災厄を脱去すべし。徐子平が注するに:火は南方の気、万物亨通聚会の方位なり。物の盛んなる極に至れば、戒懼する所有らざる能わず。ゆえに秋に至りて保持有るを須すと説く。金は西方の気、万物を收藏する位次なり。《老子》に「万物芸芸、各々その根に帰る」と曰うは、正に此の意なり。保持と作る能くするは土なり。土は能く万物を承載し、万物皆それに頼りて乃ち生長を得。四象の中に土無きべからず。ゆえに下文に「己巳戊辰、乾宮を度りて厄を脱す」と曰う。
歳運神煞・宅墓喪吊
值病憂病,逢生得生;旺相崢嶸,休囚滅絕;論其眷屬,憂其死絕。【如壬寅人要丙丁為妻財,戊己為官印,庚為壬之母,乙為壬之子。又如大運到火旺處,父旺。庚旺處,母旺。若運在衰病處,逐類而言之。若運到墓絕之上,更逢七煞並者,是乃危疑而凶也。】
賦文に言う:病地に碰上すれば当に病を憂うべし、生地に逢着すれば便ち生を得る能し。旺相の時は気象峥嵘、休囚の時は便ち滅絶に帰す。六親眷属を論ずるに至りては、最も怕れるはそれらの死・絶の地に落ちるなり。徐子平が注するに:たとえば壬寅日の生まれ、丙・丁を以て妻財とし、戊・己を以て官印とし、庚を以て壬の母と為し、乙を以て壬の子女と為す。大運若し火旺の処に走り至れば、父星の旺を主る。庚旺の処に走り至れば、母星の旺を主る。若し運衰・病の地に落ちれば、便ち各自の属する六親に按じて逐一推するべし。倘若運墓・絶の上に至り、また七殺の一并に臨来するに碰上せば、それは危疑にして凶なり。
墓在鬼中,危疑者甚;足下臨喪,面前可見。【庫絕位逢鬼,或流年歲命前後一辰也。若人生時辰生日犯之,則主早克父母也。乃有生離遠地。或生日生時之干來克太歲下者,尤凶。面前可見者,言其為凶運。】
賦文に言う:墓庫、官鬼の中に落つれば、危疑最も深重なり。脚下便ち喪事に臨み、眼前即刻に見ゆべし。徐子平が注するに:これは庫・絶の位の上にまた官鬼に逢い、あるいは流年と本命と前後一辰の位置の上に落つるを指す。若し人の生時・生日これに犯上すれば、早年にして父母を克し、あるいは父母と生離して他郷に遠隔するを主る。若し生日・生時の天干また去りて太歳の下の字を克すれば、則ち更に凶なり。いわゆる「面前見ゆべし」は、これは眼前即刻に応験せんとするの凶運を説く。
憑陰察其陽禍,歲星莫犯於孤辰;恃陽鑑以陰災,天年忌逢於寡宿。【陰以陽為對,陽以陰為耦。如說陽卦多陰,陰卦多陽,其理一也。既知其陰,則陽亦可知也。陰既得時而有立,則陽禍可知矣。故曰:憑陰察其陽禍也。歲星者,太歲也,不可在孤神之上。假令寅卯辰人,遇太歲在巳上是也。寅人勾絞,卯人喪吊,辰人謂之控神殺,又謂之邀神煞,主阻礙抑塞。天年者,亦太歲也,不可在寡宿之上。又如寅卯辰人,遇太歲在丑是也,辰人勾絞,卯人喪吊,寅人謂之窺神煞,又謂迫神煞,主人窺竊逼迫陷害。其或三元刑戰,歲運不和,或是五行財祿為害之年,則尤為凶甚。】
賦文に言う:陰の一面に凭りて陽の禍患を察看すれば、太歳は孤辰に犯到るべからず。陽の一面に靠りて陰の災殃を鑑別すれば、天年の数は寡宿に落つるを忌諱す。徐子平が注するに:陰は陽を以て対と為し、陽は陰を以て偶と為す。正に《周易》のいう陽卦多く陰・陰卦多く陽のごとく、道理は一様なり。すでに陰の一面を知れば、陽の一面も亦推出する能し。陰既に時を得て站住せば、陽の禍患も亦想い知るべし。ゆえに「陰に凭りてその陽禍を察す」と曰う。「歳星」はすなわち太歳なり。孤神の上に落つべからず。たとえば寅・卯・辰年の生まれ、太歳の巳に在るに遇えば、便ち此の例なり。寅年の生まれに対しては勾絞、卯年の生まれに対しては喪吊、辰年の生まれに対しては則ち控神煞と曰い、また邀神煞と曰い、事事阻礙壅塞を主る。「天年」も亦是れ太歳を指す。寡宿の上に落つべからず。同じく寅・卯・辰年の生まれ、太歳の丑に在るに遇えば便ち:辰年の生まれに対しては勾絞、卯年の生まれに対しては喪吊、寅年の生まれに対しては則ち窺神煞と曰い、また迫神煞と曰い、人に窺伺窃奪・逼迫陥害せらるるを主る。若し再び三元彼此刑戦・歳運不和に赶上し、あるいは正に五行財禄の受害の年に当たれば、則ち尤其も凶険なり。
先論二氣,次課延生。父病推其子祿,妻災課以夫年。【二氣者,陰陽也。延生者,命運也。分別陰陽,既分命運,自然響應。父病推其子祿,妻災課以夫年。亦是明陰陽進退之象也。假令,庚辰人十月生,庚金病在亥,是父母病也。庚生壬為子,壬祿在亥,是子有祿也。妻災課以夫年者,庚以乙為妻,大運到巳,乙木敗於巳,是妻災也。而庚金復得延年,是妻災課以夫年,此大概之論也。假令丙戌日生人,下取辛為妻年,辛生癸為子,卻行亥子運,丙到亥子則衰病,而癸祿厚也。如壬癸日生人,行亥子運,則父母災病,或丁憂也。又丙以辛為妻,運行寅卯,辛金絕於寅卯,則妻災也。卻丙火逢生,是夫卻得延年也。如丙丁日生,運行寅卯者,則災或喪偶也,其餘準此。】
賦文に言う:先ず陰陽二気を論じ、其次に命運の延続を推算す。父に病有れば、彼の兒子の禄の上より推すべし。妻に災有れば、丈夫の年運の上より課すべし。徐子平が注するに:「二気」はすなわち陰陽、「延生」はすなわち命運なり。先ず陰陽を分清し、再び命運を分清せば、自然彼此呼応す。「父病はその子禄を推し、妻災は夫年を以て課す」も、亦陰陽進退の道理を申明するに在り。たとえば庚辰日の生まれ、十月に生まれれば、庚金は亥に於て病す。これは父母に病有るなり。而して庚の生ずる所の壬は正に子、壬の禄は恰も亥に在り。これすなわち兒子禄有るなり。いわゆる妻災夫年を以て課す:庚は乙を以て妻とす。大運巳に走り至れば、乙木巳に於て敗す。これは妻に災有るなり。而して庚金は巳に至りて反って長生に逢い延生を得。ゆえに妻子の災は丈夫の年運の上より課出すと曰う。これは大略の説法なり。またたとえば丙戌日の生まれ、日支の下、辛を取りて妻と為し、辛の生ずる所の癸を子と為す。若し亥・子運を行けば、丙は亥・子に至りて便ち衰し便ち病す。而して癸の禄は却って厚し。さらにたとえば壬・癸日の生まれ、亥・子運を行けば、父母に災病有り、あるいは喪親の憂に遭遇するを主る。またたとえば丙は辛を以て妻とす。運寅・卯を走れば、辛金寅・卯に於て絶す。これは妻に災有るなり。而して丙火は寅に於て長生に逢う。丈夫と為るは反って延年す。ゆえに丙・丁日の生まれ、寅・卯運を行くは、往々にして災有り、あるいは配偶を喪す。残りはこれに照らして準とすべし。
三宮元吉,禍遲可以延推;始末皆凶,災忽來而迅速。【前論陰陽之始終,此說人命有吉凶。如命內天元、人元、支元,內外歲月時中值貴祿,不居休敗,或值行年太歲運同乖危之地,雖是凶運,然亦可推禍以遲延也。夫何故?以根基主本,三元元吉。故也。若三元內外,雖有祿馬貴陽市氣,卻八字中沖刑破害,不唯有貴而不貴,又終為凶人之命也。如遇吉運,則防因福生禍,則災忽來而迅速,故也。】
賦文に言う:三宮本元原本吉利の者は、禍の来ること慢く、以て後に推延すべし。頭より尾に至るまで皆凶なるは、災禍忽然而至り、来勢迅速なり。徐子平が注するに:前面は陰陽の始終を講じ、ここは人命の吉凶を説く。若し命裡の天元・人元・支元および内外年・月・時中皆貴と禄に逢着し、休・敗の地に落ちざれば、則ち縦使流年太歳と大運と一同に乖違危険の処に在るに碰上すも、凶運なりと雖も、亦以て禍事を推し得て遅緩ならしむべし。何を以ての故にや。根基主本のこの三元原本吉利なるがゆえなり。反対に、三元内外禄馬貴気有ると雖も、八字の中彼此冲・刑・破・害すれば、則ち不但貴にして貴ならず、最終には仍ほ凶人の命なり。この種の人は縦使吉運に遇上すも、福に因りて禍を生ずるを防ぐべし。災禍忽然而来り、速きこと措不及防し。
宅墓受煞,落梁塵以呻吟;喪吊臨人,變宮商為薤露。【歲命前後五辰為宅墓,人生日時與歲運不宜,逢之受煞也。如見丙丁是騰蛇,見戊己是勾陳,見庚辛是白虎,見壬癸即是玄武,見甲乙即是青龍。看類而言之。故云:受煞。凡遇此者,皆主家宅陰小財畜不和。歲命前後二辰為喪吊,如人歲運日時犯之,主孝服哭泣,輕者外服遠親,不利家宅,骨肉離異。】
賦文に言う:宅墓、凶煞を受ければ、屋梁塵を落し卧床呻吟す。喪吊の神、身に臨めば、歓楽の宮商の音便ち送葬の《薤露》哀歌と変ず。徐子平が注するに:本命前後各々第五の辰位を「宅墓」と曰う。人の生日・生時と歳運とは皆之に碰上するを宜しとせず。碰上すれば便ち煞を受くるなり。見る所若し丙・丁ならば便ち騰蛇に属し、戊・己ならば便ち勾陳に属し、庚・辛ならば便ち白虎に属し、壬・癸ならば便ち玄武に属し、甲・乙ならば便ち青龍に属す。各々その類に按じて分辨す。ゆえに「煞を受く」と曰う。およそこれらに遇上すれば、皆家宅の内、婦孺安寧せず、財物牲畜順ならざるを主る。本命前後各々第二の辰位を「喪吊」と曰う。人の歳・運・日・時若し之に犯上すれば、孝服を穿く・哭泣の事有るを主る。軽きは外姓遠親の為に服喪するなり。亦家宅不利・骨肉離散を主る。
干支推折・下元守限
干推兩重,防災於元首之間;支折三輕,慎禍於股肱之內。下元一氣,周居去住之期。【假令壬寅人逢戊為太歲,戊為月建者,兩戊克壬,則為干推兩重。遇之者為元首頭目之災,輕者為股肱之患也,此論未祥。此賦意論三元動靜之理,物我輕重之別,四時變通之義。如壬寅人,壬為天元,為首,為尊長,見戊謂之七煞。如遇戊為太歲,為尊長,太歲則大人尊長之事,是以太歲為尊,月建為卑也。此謂支干推也,推則有剛柔相推之義。兩重者,視壬與戊兩干勢孰重,戊重則克壬,防有尊長不喜,不利見大人。壬重見戊,不我克,唯人事而已,或頭目作疾,此太歲之事也。與月建相剋者輕,戊重則僚友不和,壬重則小人為害,或腰膝作疾,更月支下三合,如或有救,則為災輕也。】
賦文に言う:天干の上、両重相推するは、頭面の間の災病を防ぐべし。地支の上、三方軽折するは、四肢の内の禍患を謹慎すべし。下元自ら一気を成し、循環往復して各々その去留の期を守る。徐子平が注するに:たとえば壬寅日の生まれ、戊に遇いて太歳と為し、また戊に遇いて月建と為せば、二つの戊一斉に壬を克す。これすなわち「干の推すこと両重」なり。遇上する人、頭面の災を主り、軽きは則ち四肢の患なり。この一層、前人未だ曽て詳論せず。この篇の賦の用意は、三元動静の理・物我軽重の別・四時変通の義を講ずるに在り。壬寅日の生まれに就いて言えば、壬は天元、頭首と為り、尊長と為る。戊を見れば便ち七殺なり。若し戊、太歳の上に出現せば、太歳本は大人尊長の事を主る。ゆえに太歳を以て尊と為し、月建を以て卑と為す。これを支干相推と曰う。「推」は剛柔互いに推すの意を含む。いわゆる「両重」は、壬と戊の二つの天干、いずれの一方の勢力が更に重きかを看るなり。戊重ければ則ち壬を克し、尊長の己を喜ばざるを防ぎ、大人に見ゆるに宜しからず。壬重ければ則ち戊、我を克動せず。不過これらの人事糾葛、あるいは頭面の生病するのみ。これは太歳の一層の事なり。若し月建と相克せば、分量便ち軽し。戊重ければ則ち同僚朋友不和、壬重ければ則ち小人有りて害を為し、あるいは腰膝の生病す。再び月支の下に三合の有無を看るべし。若し別に救応有れば、災便ち軽し。
【折有變義,故云:支折三輕,慎禍於股肱之內。此月建之事也。上文論干祿支命,天元十干常動,地元十二支常靜。復言下元一氣者,支也。以壬為天元,如四柱別有丁,或有己,則壬應而合之,或為官印,或為財帛,是干未常不動也。支者雖遇巳時,周流往還變易,而支未常不靜也。周者,循環也。居者,安居也。期者,如限之期。去住者,氣也。此言四時周流循環,無有始終,無有窮極,而下元之辰,未嘗不善守其限也。只可以三合取之,或干克太歲者,看兩干勢力輕重而言之,或為尊長頭目之災,或在僚友左右之嫉,此與輕重較量不殊。】
「折」は変の意を含む。ゆえに「支の折ること三軽く、股肱の内に禍を慎む」と曰う。これは月建の一層の事なり。上文に天干を以て禄と為し、地支を以て命と為すを講じたり。天元十干常に動き、地元十二支常に静なり。ここにまた「下元一気」と曰うは、正に地支を指す。壬を以て天元と為せば、若し四柱中に別に丁有り、あるいは別に己有れば、壬便ち之に応じて之と相合し、あるいは官印を成し、あるいは財帛を成す。天干未だ嘗て動かざらざるを見るべし。地支縦使巳時の類に遇上すも、周流往還・変化已まずと雖も、而して地支本身は未だ嘗て静ならざらざるなり。「周」は循環、「居」は安居、「期」は限期のごとき期限、「去住」は気を指す。これは四時周流循環し、開頭も無く終結も無く窮尽も無し。而して下元のこれらの地支、各々自己の限度を善守せざる無しを説く。推断の時、ただ三合を用いて取るべし。若し天干去りて太歳を克せば、便ち二つの天干の勢力の軽重を看て断ずべし。あるいは尊長と頭面の災を主り、あるいは同僚左右の嫉恨を主る。これは上面の軽重を比較するの道理と並に分別無し。
仁而不仁,慮傷伐於戊己。至於寢食侍衛,物有鬼物,人有鬼人,逢之為災,去之為福。【仁者是甲乙木也,在五常為仁。今反言不仁者,以其克伐乎土也。如甲見己則為仁,乙見戊則為仁,以其陰陽造化,萬物代之以為生也。若甲見戊,乙見己,偏陰偏陽,萬物危脆,則五行為不仁也。賦中引甲乙戊己為例,其餘五行則可以例求焉。侍衛者,是人養生之至近也。又云,寢食者,則又近。侍衛者至親也,寢食奉養也,此二者慎不可輕忽也。】
賦文に言う:本は仁にして又た不仁。それ戊・己を傷伐するを慮慮すべし。飲食起居と身辺侍従に至りては、物裡に祟りを為す物有り、人裡に祟りを為す人有り。遇えば便ち災、去れば便ち福なり。徐子平が注するに:いわゆる「仁」は、甲・乙の木を指し、五常の中に於て仁を主る。いま反ってそれ不仁と説くは、それ土を克伐せんとするがゆえなり。たとえば甲の己を見るは仁、乙の戊を見るも亦是れ仁。一陰一陽、造化相合し、万物これに由りて更迭して生ずるがゆえなり。若し甲の戊を見、乙の己を見るは、偏陰偏陽にして、万物便ち危殆脆弱。それは五行不仁と算す。賦文、甲乙と戊己とを挙げて例と為す。残りの五行はこれに照らして類推すべし。いわゆる「侍衛」は、人の養生起居最も身に貼くそれらの人なり。「寝食」に至りては、則ち更に貼近し。侍衛は最も親近の人、寝食は日常の奉養。この両様は皆謹慎を要し、万に軽忽すべからず。
【夫物中有鬼物,人中有鬼人者,言吉凶之變遷,及遠近速之甚也。以看命言之,且如六戊日生人,用乙為官印,六己日生人,用甲為官印,木與土比和,陰與陽唱和,則為仁也。如戊見甲,己見乙,則仁而不仁也。又如戊見甲為不仁,或歲月時中見庚辛,則為仁矣,或見己亦為仁矣。且戊見甲亦為仁者,謂甲己合,己侍衛甲也。見庚則為仁者,謂戊食庚者,逢之為災,則是戊不逢庚,己被甲來剋制,與七煞同論。去之為福者,如戊見甲,則歲月時中有庚,戊己求救助,則為福也,餘仿此。】
いわゆる物裡に祟りを為す物有り、人裡に祟りを為す人有りとは、吉凶の変遷往々にして身辺に就近く、而且来ること極めて速しを説く。看命を用いて講ずれば:たとえば戊日の生まれは乙を以て官印とし、己日の生まれは甲を以て官印とす。木と土と比和し、陰と陽と唱和す。これ便ち仁なり。若し戊の甲を見、己の乙を見れば、それは仁にして不仁なり。またたとえば戊の甲を見るは本は不仁に属す。但し年・月・時中に若し庚・辛を見て甲を制せば、便ち仁に転成す。若し己を見て甲を合せば、亦仁に転成す。ゆえに戊の甲を見るも仁と算する能くと曰うは、甲と己と相合し、己が旁に在りて甲を侍衛するに因る。庚を見るを仁と説くは、戊は庚を生ずる能く而して庚は甲を制する能くするに因る。「これに逢えば災と為る」に至りては、戊偏えに庚に遇上せず、己また甲に克制せらるるを指し、則ち七殺と同論なり。いわゆる「これを去れば福と為る」は、戊の甲を見る時、年・月・時中に恰も庚有り、戊・己救助を得れば、それは便ち福なりを説く。残りはこれに照らして類推すべし。
就中裸形夾煞,魄往豐都;所犯有傷,魂歸岱嶺。【裸形者,五行淋浴也。如人本音淋浴,大運逢之者災,水土人運在酉,木人運在子,火人運在卯,金人運在午。鬼谷子謂之波浪限也。夾煞者,元辰七煞也。如人運在淋浴之上,與太歲並者災重,可當生歲時,元有傷犯之辰,則魂歸岱嶺,魄往豐都,此至凶名也。】
賦文に言う:その中、若し裸形に遇いまた凶煞を夾せば、魄は将に豊都に往かんとす。犯す所已に受傷すれば、魂は将に岱嶺に帰せんとす。徐子平が注するに:「裸形」はすなわち五行の沐浴の地なり。若し人の本命納音正に沐浴に処り、大運再び之に逢上せば便ち災有り。水命・土命の人は運酉に在り、木命の人は運子に在り、火命の人は運卯に在り、金命の人は運午に在る。鬼谷子これを「波浪限」と曰う。「夾煞」はすなわち元辰と七殺なり。若し人の大運正に沐浴の上に在り、また太歳と并臨せば、災便ち重し。倘若当生年・時原本傷犯の辰を帯びれば、便ち魂岱嶺に帰り魄豊都に往く。岱嶺は泰山を指し、豊都は酆都を指す。古人皆幽冥の主治する所と以為す。ゆえにこれは最凶の名目なり。
或乃行來出入,抵犯凶方,嫁娶修營,路登黃黑。【出入者,言運出運入之異也。如壬癸日生人,運行在戌,為土火之聚,則為吉運。運交亥,亥為火之絕,此為凶運,乃是行來出入,抵犯凶方。我克者為之妻財,妻財在旺鄉,則為之娶。克我者為官鬼,又為天官,吉在長生財旺之地。賦意總說,要扶同五行,體用陰陽,或運來克命,而為官貴之鄉,日克運宮乃是發財之地。皆以生月起建,陽男陰女,則順。陰男,陽女,則逆。如運到黃道,凡百皆利;運至黑道,凡百抑塞。凡人行為動作,進退向背,莫不本乎陰陽,體合運氣吉凶,俱不能逃也。故云:嫁娶修營,路登黃黑。】
賦文に言う:時に来往出入、凶方を触犯すれば、ここに嫁娶婚配・修造営建、行く所の路便ち黄道と黒道とに分出す。徐子平が注するに:いわゆる「出入」は、この一步運を走出してあの一步運に進入するの差別を指す。たとえば壬・癸日の生まれ、運戌に行在すれば、戌は土と火の聚会する処、正に吉運なり。一たび亥に交進せば、亥は火の絶地、便ち凶運を成す。これ便ち来往出入して凶方を触犯するなり。我の克する所は妻財なり。妻財、旺郷に処れば、便ち嫁娶に宜し。我を克するは官鬼、すなわち天官の星なり。その吉処は長生と財旺の地に在り。賦文の総の意は、五行彼此扶同し、体と用と陰陽相配せよとするに在り。時に大運来たりて本命を克すれば、反って官貴の郷と成り、日主去りて運宮を克せば、それは便ち財を発するの地なり。これら皆生月より月建を起し、陽年男命と陰年女命は順行し、陰年男命と陽年女命は逆行す。運、黄道を走れば、諸事皆利あらん。運、黒道を走れば、諸事壅塞せん。およそ人の行為挙止・進退向背、陰陽に本づかざる無く、運気の吉凶と相合す。誰も逃出する能わず。ゆえに「嫁娶修営、路黄黒に登る」と曰う。
災福在歲年之位內,發覺由日時之擊揚。五神相剋,三生定命。每見貴人食祿,無非祿馬之鄉。源濁伏呤,惆悵歇宮之地。【凡說歲中休祥,專責日時與太歲相剋、刑害、沖破言之。生日為妻,時為子。日時與太歲和合及財官有用無諸壞者,依事類而言之。如太歲與日時相刑,或六合、三合中有元辰七煞者,凶。亦會類而言之。故下文云:不過是五神相剋,三生定命也。每見貴人食祿,無非祿馬之鄉。源濁伏呤,惆悵歇宮之地。上卷有例。】
賦文に言う:災と福とは便ち流年太歳の位次の内に蔵す。而してそれらの顕発は、則ち日柱・時柱の撃揚に由りて見出す。五神彼此相克し、三生の数、命運を定下す。常に貴人食禄を得享するを見れば、一つとして禄馬の郷に出でざる無し。源頭渾濁にしてまた伏呤に逢うは、ただ歇官の地に徒らに惆悵するのみ。徐子平が注するに:およそ一年の中の休咎を講ずるは、専ら日・時と太歳との間の相克・刑害・冲破を責成して立論す。生日は妻を主り、生時は子を主る。日・時と太歳と和合し、財・官有用にして種種の破壊無ければ、便ち各類の事情に按じて分別推斷す。若し太歳と日・時と相刑し、あるいは六合・三合の中に元辰七殺を帯びれば、則ち凶なり。亦帰類して論ずべし。ゆえに下文に曰わく、総じて五神相克・三生定命に過ぎず、と。「毎に貴人の食禄を見れば、非ざる無し禄馬の郷なり。源濁伏呤、歇宮の地に惆悵す」のこの二句に至りては、上巻に已に例を挙げたり。
狂橫起於勾絞,禍幾發於元亡。宅墓同處,恐少樂而多憂。萬里回還,乃是三歸之地。【歲命前三辰為勾,後三辰為絞,不可在元命日時二運之上,遇之者主非災橫禍,更或與元辰七煞並者,尤凶。歲命前後五辰為宅墓,如戊子生,遇辛未太歲者,是也。亦須未字,日上及時上本有,或大運同宮者,則重。凡遇此者不利,陰小家宅也。此言大運在十二辰之間,順逆迴環在三元本祿本財終須之地,遇此者則為憂,安之福厚,更晚年遇財祿歸聚之處,則尤有所長也,根本元無者,無所長也。】
賦文に言う:狂妄横逆の禍は勾絞より起こり、災禍の苗头は元辰空亡に発す。宅と墓と同一の地に処るは、ただ歓楽少なくして憂愁多きを恐る。万里を行きて後、回還するは、すなわち三帰の地なり。徐子平が注するに:本命前三辰を「勾」と為し、後三辰を「絞」と為す。皆原命の日・時および大運小運の上に落つべからず。遇上すれば意外の災・飛来横禍を主る。若し再び元辰・七殺と并臨せば、則ち更に凶なり。本命前後各々第五辰を「宅墓」と為す。たとえば戊子年の生まれ、辛未太歳に遇えば便ち是れなり。但しなお日上・時上に本来未の字有り、あるいは大運恰も同一の宮に在るを須ちて、分量して乃ち重し。およそこれらに遇上すれば皆吉利ならず。家中の婦孺と宅舎の安寧ならざるを主る。ここに説く所は、大運の十二辰の間に順行逆行し、循環往復し、最終には仍ほ三元の本禄本財の帰する所の地に回帰せんとするなり。それに遇上すれば便ち憂を生じ、若し能くその中に安処せば、福気却って深厚なり。若し晚年また財禄帰聚の処に遇えば、則ち更に成就する所有らん。原命の根本にこれらの物無きに至りては、亦何の成就かを談ずるに及ばず。
四煞之父,多生五鬼之男;六害之徒,命有七傷之事。【辰戌丑未為四方之末季,為五行之庫墓。言辰戌丑未中,藏納五行死墓之氣,如人運限逢之,生幽憂之疾,淹延之厄。如父子之相承,卒難不能救解。破命者謂之害,如人運限逢之,皆主眷屬難合,人情反覆,或更六害中逢七煞克我者凶。】
賦文に言う:四煞は父に比するごとく、多くは五鬼のごとき兒子を生出し、六害に犯る人は、命裡便ち七傷の事有り。徐子平が注するに:辰・戌・丑・未は四方各季の末月にして、五行の庫墓なり。この四つの字の裡に五行の死墓の気を蔵納し、人の運限一たびそれに逢上すれば、便ち鬱結して愈え難き病・纏綿して去らざる厄を生出し、父子相承のごとく接続断えず、倉促の間に解救し難し。およそ本命を破壊するを「害」と曰う。人の運限それに逢えば、皆家人眷属和睦し難く、人情反覆常無きを主る。若し六害の中また七殺の来たりて我を克するに逢えば、則ち更に凶なり。
眷屬情同水火,相逢於淋浴之鄉;骨肉中道分離,孤宿尤嫌隔角。【水陰火陽,相合而為既濟,相資而為仇讎,言其反覆多變。或情通自乖而反合,或情變自合而反乖,故曰:情同水火也。義欲和而同、久而遠者,必須在五行淋浴之時。五行休敗,如人情處患難之時,未有不情同者也。以看命言之,如丙寅丁卯,貴在豬雞,壬戌癸亥,貴於兔蛇。此無它,大率五行貴在於衰敗之中,人情要處乎淡泊之際也。凡命運隔角者,主中道骨肉離異之事。隔者,如卯日丑時,丑日卯時。鬼谷子曰:枉多隔角。餘可例求焉。丑者北方之氣也,卯者東方之氣也,其趣不同,遇之者中道分離也。嫌疑孤神者,煞也。遇多孤立而未嫌,甚言隔角之重也。】
賦文に言う:家人眷属の情は水火のごとし。一たび沐浴の郷に到りて相逢えば便ち分晓を見る。骨肉中途分離するは、孤辰寡宿の外に尤其も隔角を忌諱す。徐子平が注するに:水は陰に属し火は陽に属す。相合すれば便ち既済を成し、相争えば便ち仇讐を成す。その反覆多変なるを見るべし。時に本来乖違にして却って合起す有り、時に本来相合にして却って乖違する有り。ゆえに「情水火に同じ」と曰う。情義を和洽にして長久深遠ならしめんと欲せば、必ず五行沐浴の時に真章を見ることを得べし。五行、休敗に処れば、便ち人の患難の中に処るに同じく、あの時にしてなお同心能くするは乃ち真情なり。看命を用いて講ずれば、丙寅・丁卯の貴人は亥(猪)と酉(鶏)に在り、壬戌・癸亥の貴人は卯(兎)と巳(蛇)に在り。これ他の道理無く、大抵五行の貴気は正に衰敗の中に蔵し、人の情誼も亦淡泊の際に到りて乃ち見出すを得。およそ命と運と「隔角」に犯るは、中途骨肉離散を主る。いわゆる隔角は、卯日に丑時を配し、丑日に卯時を配するがごとし。鬼谷子に「枉多く隔角」と曰う。残りは類推すべし。丑は北方の気、卯は東方の気、趣向同じからず。遇えば便ち中途分離を主る。孤神に至りては、本も亦是れ煞なり。遇うこと多ければ固より孤立を主るも、却ってなお太だ嫌うべきと算せず。これは極言して隔角の重きなり。
神煞軽重・八卦河洛
須要明其神煞,較重較量。身克煞而尚輕,煞克身而尤重。【神煞者,官印祿馬貴賤之別名也。如前說,上克下則不貴,下克上即貴,意義不殊。煞克身者,是官來克我者,是下克上者也。如身克煞,是我克官,即不貴也。故賦曰:須要明其神煞。神譬官印,煞比財帛。但官財是克我,則為之煞克身,我克官財,則為之身克煞。此明貴賤之本也,更祥其輕重量而言之。】
賦文に言う:必ず命中の神と煞とを辨明し、仔細に分量の軽重を比較すべし。日主去りて煞を克するは分量なお軽く、煞来たりて日主を克するは分量尤も重し。徐子平が注するに:いわゆる神煞は、其の実は官・印・禄・馬のこれら貴賤を判定するの別名なり。前面に説くがごとく、上が下を克すれば則ち貴からず、下が上を克すれば則ち貴なり。意思は並び両様無し。「煞が身を克す」は、官星来たりて我を克す、下が上を克するに属す。「身が煞を克す」は、我去りて官を克す。それは便ち貴からず。ゆえに賦文に必ず神煞を辨明すべしと曰う。「神」は官印に比作し、「煞」は財帛に比作す。およそ官と財と来たりて我を克するを、便ち煞が身を克すと曰い、我去りて官と財とを克するを、便ち身が煞を克すと曰う。これは貴賤を分判するの根本なり。なお再び双方の分量の軽重を詳辨し、然る後に立論することを須す。
至於循環八卦,因河洛以遺文。略之定為一端,究之翻成萬緒。【易曰:河出圖,洛出書,聖人則之以教後世。循環於四時之中,布八卦於四維之內,而成一歲之功。亙古窮今,無有終窮者,道也。道分為陰陽,而人處乎其中,則吉凶悔吝存焉。是以動靜屈伸,體天法地,莫不由乎命也。故下文云一端者,道降而為一也,二三數六,又三而成九,又九九而成八十一數,自此以後,繞繞萬緒,莫能紀極。以看命言之,不過五神相剋,三生定命,一也。其氣有淺深者,運有向背,福有厚薄,壽有長短,要後人深求之,則得古人之妙也。】
賦文に言う:八卦の循環に至りては、河図洛書に因りて留るる所の文字なり。簡略に説けばただ一端、深究すれば却って万端の頭緒を翻出す。徐子平が注するに:《周易・繫辭》に「河図を出し、洛書を出し、聖人これに則る」と曰う。聖人、法をそれに取りて後世を教化す。八卦、四時の中に循環し、四維の内に布列し、一年の功用を合わせ成す。亘古より今に至るまで窮尽無きは、すなわち道なり。道は陰陽に分かれ、人は陰陽の中に処る。ここに於て吉・凶・悔・吝便ち皆存す。ゆえに人の動静屈伸は、天地に効法し、命に由りて定められざるは無し。下文に説く所の「一端」は、すなわち道降りて一と為り、一が二に分かれ二が三に分かれ、三と二と相乗じて六を得、再び三を乗じて九と為り、九九相乗じてまた八十一数を成し、これより下は纏繞して万端の頭緒を成し、窮尽する無し。看命を用いて講ずれば、亦不過は五神相克・三生定命のこの一条のみ。気に深浅有り、運に向背有り、福に厚薄有り、寿に長短有るに至りては、後人の深入求索するに頼りて、乃ち古人の妙処を得るを得べし。
攀鞍践禄・四八之期
若值攀鞍踐祿者,自之則佩印乘軒。馬劣財微,遇之則流而不返。【攀鞍踐祿者,乃貴人之美稱也。馬劣財微者,乃眾人所惡也。凡人鎡基歲月帶祿者,日時得地,運順祿而向官鄉,則佩印乘軒,固不難矣。此言根本元有官祿,運更向而不背者也。馬劣財微者,其財必微,言人命歲月本無祖財及無父母財,雖日時得地,後運遇財絕之鄉,即財帛散,如水東流,往而不返,此明根本元無者也。】
賦文に言う:若し攀鞍践禄の格局に碰上せば、自然佩印乗軒するを得る能し。若し馬劣財微ならば、一たび遇上すれば便ち流水の東に去るがごとく、一去して返らず。徐子平が注するに:「攀鞍践禄」は貴人を称美するの説法、「馬劣財微」は則ち衆人の悪忌する所なり。およそ人の根基、年・月の上に禄を帯び、日・時また地を得、行運禄に順い官郷に向かえば、則ち佩印乗軒本来難からず。これは原命の根本の上に官禄有り、行運また向かい背かざる人を説く。馬劣財微に至りては、彼の財必定単薄なり。これは人命の年・月本来祖上の財無く、亦父母の財無きを説く。縦使日・時地を得ても、後運一たび財絶の郷に遇えば、財帛便ち散じて流水の東に向かうがごとく、往きて返らず。これは原命の根本の上に便ち無き人を説く。
占除望拜,甲午以四八為期;口舌文書,己亥慎三十有二。【前文說有祿者吉,無財者凶。此說元無祿者,遇有財祿運,則崇遷而榮。無官者,遇鬼則退職也。如甲午人,下有丁己。甲以己為財,而無官印。占除望拜,四八為期者,四月為金長生,甲以金為官印,四月是官長生,八月是金帝旺。如甲乙日生人,或問食祿在幾時,須言在四月、八月為食祿之期也。口舌文書,己亥慎三十有二者,言己亥日生人,亥中有甲木長生,元有官祿也,或運行巳或到酉者,則為口舌文書。口舌見訟事,文書則口章。己用甲為官印,巳上木病,酉上木絕。三十二者,亦四八之數也。此言戊己日生人,如遇巳或到酉運,則宜退身而避位也。】
賦文に言う:官を授け職を拝せられんを盼ぐは、甲午日の生まれ、四月・八月を以て期と為す。口舌と文書の累とを防がんと欲するは、己亥日の生まれ、須らく三十二歳に謹慎すべし。徐子平が注するに:前文に禄有るは吉・財無きは凶と説きたり。ここは則ち原本禄無き人も、一旦財有り禄有るの運に遇上せば、亦能く昇遷顕栄し、原本官無き人も、一遇官鬼すれば便ち退職せんとすることを説く。たとえば甲午日の生まれ、午の下に丁と己とを蔵す。甲は己を以て財と為すも、却って官印無し。いわゆる「除を占め拜を望み、四八を以て期と為す」は、四月は金の長生にして、而して甲は金を以て官印と為す。四月正に官星長生に当たり、八月は則ち金の帝旺なり。ゆえに甲・乙日の生まれ、若し幾時に食禄を得るやを問わば、当に四月・八月を以て食禄の期と為すべしと曰うべし。いわゆる「口舌文書、己亥三十二に慎む」は、己亥日の生まれ、亥中に甲木長生有り、原命本来官禄有りを説く。一旦行運巳に走り至るかあるいは酉に走り至れば、便ち口舌文書の事を生ずべし。口舌は訴訟を指し、文書は公文章奏を指す。己は甲を以て官印と為す。而して木は巳の上に於て病、酉の上に於て絶なり。「三十二」に至りては、亦正に四と八と相乗の数なり。これは戊・己日の生まれ、若し巳運あるいは酉運に遇上せば、当に身を退き位を避くべしを説く。
善惡相伴,搖動遷移。夾煞持邱,親姻哭送。兼須詳其操執,觀厥秉持。厚薄論其骨狀,成器藉於心源。木氣盛而仁昌,庚辛虧而義寡。【善惡者,吉凶也。相伴者,不偏也。如人運行至此,吉凶爭勝之年,皆主身心不寧動搖遷改,在陰陽則有所忌。易曰:吉凶悔吝生乎動也。動則多凶,宜守慎詳,約以處之,乃吉。夾煞持邱者,如人運命遇太歲月建大運與元辰七煞並臨於五行墓絕之位者,此年慎不可弔喪問病也。如賦云:物有鬼物,人有鬼人,逢之為凶,去之為福。是也。如遇此年,尤宜慎處,向吉背凶,則無不利矣。】
賦文に言う:善と悪と相伴して来れば、人便ち揺動遷改す。凶煞を夾みて墳丘に臨めば、便ち親戚姻族の哭泣送葬有らん。このほかなお一個人の操守執持を詳察し、彼の秉性の守る所を観ることを須す。形骨の厚薄より彼の分量を論じ、能く器を成すや否やは則ち心源に靠るべし。木気旺盛なれば則ち仁徳昌隆し、庚辛虧損すれば則ち義気稀少なり。徐子平が注するに:「善悪」はすなわち吉凶、「相伴」はすなわち両下偏らざるなり。人、行運吉凶相争の年份に到れば、皆身心寧からず・動揺遷改するを主り、陰陽の上に於て忌諱する所有るなり。《周易・繫辭》に「吉凶悔吝は動より生ず」と曰う。一たび動けば多く凶なり。ゆえに持守謹慎・審詳節制を以て応付するに宜しく、乃ち吉利を得。いわゆる「煞を夾み丘を持つ」は、人の命と運と太歳・月建・大運、連ねて元辰七殺と一斉に五行墓絶の位に臨むに遇上す。この一年は千万に弔喪問病に往くべからず。賦文に説く所の「物に鬼物有り、人に鬼人有り。これに逢えば災と為り、これを去れば福と為る」は、正に此の意なり。この様の年份に遇上するは、尤其も当に謹慎自処し、吉に趨り凶を避くべし。則ち往く所利あらざる無し。
【前說歲運休祥,復明根本作用也。且如木人秋生,木被金克,則為性有操執也。甲申、乙酉、乙巳、乙丑、甲戌生人,不背官祿也。或生於三春九夏,季木氣盛時,秉受旺氣,有所執持也。故云:觀厥秉持。又須生時在西北方金土之中,或大運到金土分野,則有官印長遠。若或甲申、乙酉、乙巳、乙丑、甲戌日生人,生於秋三月或三春夏季,不背官祿,有所執持,才能操執。卻歲月時居火木盛時,火木旺地,或行運在東南有丙丁火旺,早年雖發福,晚年蕭條也。】
前面は歳運の休咎を講じたり。ここにまた回りて根本の作用を申明す。たとえば木命人、秋に生まれれば、木、金に克せられ、それは便ち性情の上に操守執持有るなり。甲申・乙酉・乙巳・乙丑・甲戌のこれら日柱の生まれは、皆官禄に背かず。あるいは三春九夏・木気正盛の時節に生まれ、旺気を禀受すれば、亦執持する所有り。ゆえに「その秉持を観る」と曰う。このほかなお生時、西北方の金土の中に落ち、あるいは大運金土分野に走り至るを須ちて、官印乃ち長久する能し。倘若甲申・乙酉・乙巳・乙丑・甲戌日の生まれ、秋三月あるいは春夏の季に生まれ、官禄に背かず、執持する所有り、亦才干有り。しかるに年・月・時却って火木正盛の時・火木旺地に落ち、あるいは行運東南を走りて丙丁火旺なれば、則ち早年縦使福を発する能くするも、晚年終に蕭條に帰す。
【賦意之要言,令後人觀五行造化向背,而詳言之。如前論甲申、乙酉、乙巳、乙丑、甲戌者,雖居官印之位,然物有厚薄之不齊,則吉凶修短之有異。何以言之?木旺則天元厚,天元厚則有操持,有操持則權重也。金旺則祿厚,祿厚則官重,官重則有秉持也。若金木之氣俱薄,則官祿何可長也?故曰:厚薄論其骨狀。是也。】
賦文のこれら数句の要旨は、後人に五行造化の向と背とを観察せしめ、然る後に細かく分辨を加えんとするに在り。前面に挙げたる甲申・乙酉・乙巳・乙丑・甲戌の幾柱のごときは、皆官印の位に居ると雖も、但し事物本より厚薄参差有り、吉凶と寿夭とも亦これに随いて異なる。如何に講ずるや。木旺なれば則ち天元厚く、天元厚ければ便ち操守有り、操守有れば則ち権柄重し。金旺なれば則ち禄厚く、禄厚ければ則ち官職重く、官職重ければ便ち秉持有り。若し金木両気皆単薄なれば、官と禄とまた何ぞ能く長久せんや。ゆえに「厚薄その骨状を論ず」と曰う。
【成器藉於心源者,謂如金若不遇木,須用火為官印也。且如庚辛日生人,要在三春九夏,則財官兩美也。所云:乘軒衣冕。金火何多是也。心源者,離宮也,屬火。金得火乃成器也。前說木遇金為操持,次論金遇火而成器,皆因五行相剋而成造化。更看金火之器不偏,運向祿而不背,則為福長久也。又下文云木仁也,金義也,木盛而逢金,則剛柔得中,如由豫之盍簪,有以利天下,則仁而昌。庚辛履而逢火,似井泥之而不食,不能廣濟,則寡於義,此又何疑焉?賦云:兼須詳其操執,觀厥秉持者,以言其金木之體厚薄,論其骨狀成器,藉於心源者,以言其金火之才,各得其宜,則為好命。至於金木氣偏,木氣盛而仁昌,庚辛虧而義寡者,是財用不相宜,金木各不仁,則凶悔吝從之。】
「成器心源に藉る」に至りては、金若し木に遇着せずんば、便ち火を用いて官印と為すを須すを説く。たとえば庚・辛日の生まれ、要は三春九夏に生まれて乃ち財官両美なり。すなわち前面に説く所の「軒に乗り冕を衣るは、金火何ぞ多からん」なり。「心源」は離宮を指す。離は火に属す。金は火を得て乃ち器を成す能し。前面に木、金に遇いて操持有りと説き、接ぎて金、火に遇いて器を成す能しと説くは、皆五行相克を借りて造化を成就するなり。なお金と火の鋳する所の器、偏倚せざるを看、行運禄に朝向して背離せざれば、福乃ち長久せん。下文また曰わく、木は仁を主り、金は義を主る。木盛んにして金に逢えば、剛柔その中道を得。《豫》卦九四の「朋盍簪」のごとく能く衆人を聚合して天下に利有り。ここに於て仁徳昌盛す。庚辛履践して火の来たりて克するに逢えば、却って《井》卦初六の「井泥食われず」のごとく、能く人に広済する能わず。義気便ち稀薄なり。これまた何の疑う可きかあらん。賦文に「兼ねて須らくその操執を詳らかにし、その秉持を観るべし」と曰うは、金木の体の厚薄を講ず。曰わく「厚薄その骨状を論じ、成器心源に藉る」は、金火の才を講ず。両者各々その宜を得れば、便ち好命なり。金木の気偏枯し、木気盛んにして仁昌かん、庚辛虧して義寡かるに至りては、あれは財と用と彼此相宜えず、金と木と各自その仁を失い、凶と悔吝と亦これに随いて来るなり。
惡曜加而有喜,疑其大器;福星臨而禍發,以表凶人。【詳註見上卷,初至衰鄉猶披鮮福內,更不重載。】
賦文に言う:凶悪の星曜加臨して反って喜慶有るは、それは多くは大器を成す人なり。福星降臨して反って禍端を発出すは、それは正に凶人なるを表明す。徐子平が注するに:詳細なる解説は已に上巻の「初めて衰郷に至るも、猶ほ鮮福を被く」のあの条の下に見ゆ。ここに再び重複登載せず。
処定求動・終篇自謙
處定求動,克未進而難遷;居安問危,可凶中而卜吉。【此卷末,總言其妙旨也。處定者,凡言人命,用法處者,欲定其貴賤也。貴賤既明,故曰:處定也。求動者,人命雖見官印財帛,而不貴富者,宜於處定之中復求其變動也。既見其貴中未貴,財中未財,則當克未進而難遷也。未進者,未當升進。難遷者,難為遷移也。此與上文云:息一氣以凝神,消五行而通道。之義不殊。居安者,如是貴命,見行官祿所向集福之運以為安也。問危者,未可便宜言終吉,況前云吉中有凶,當於歲月時中,扶合行年太歲,三合三會,問危疑神煞,參詳而言之。如見有危疑之神,則必有危疑之事,則當懲戒,積善以禳之,則凶中復吉矣。如易說:憂悔吝者存乎介者是也。】
賦文に言う:已定の処に於て再びその変動を求めれば、便ち彼の何故に克を受けて升進を得ざるかを明白す。安穏の中に先ず危機を問えば、便ち凶裡より吉を卜出する能し。徐子平が注するに:これは全巻の末、総括して賦文の妙旨なり。いわゆる「処定」は、およそ人命を論ずるは、運用方法の処、先ず彼の貴賤を定むるを説く。貴賤既に分明なれば、ゆえに処定と曰う。いわゆる「求動」は、人命縦使官印財帛を見るも却って富貴ならざるを説く。則ち当に已定の中に於て再びその変動を求むべし。既然に彼の貴中未だ貴ならず・財中未だ財ならざるを看出せば、則ち当に彼の克を受けて升進を得ず・遷転し難しを断ずべし。「未進」は升進に当たらず、「難遷」は調遷し難きなり。これは上文に説く所の「一気を息めて以て神を凝らし、五行を消して道に通ず」と同一層の意思なり。いわゆる「居安」は、本已に貴命にして、また官禄の向う所・福気聚集の運に行き至れば、安穏と算すべしを説く。いわゆる「問危」は、仍ほすぐに終竟吉なりと断定すべからず。況んや前面に「吉中に凶有り」と説きたるをや。当に年・月・時の中に於て、流年太歳の扶合および三合三会を一并に考慮し、再び危疑の神煞の有無を査問し、参詳し後に断語を下すべし。若し危疑の神を見れば、便ち必定危疑の事有り。則ち当に引きて戒めと為し、善を積みて以て禳解すべし。凶中便ち能く吉に復す。《周易・繫辭》に「悔吝を憂うる者は介に存す」と曰うは、正にこの道理なり。
貴而忘賤,災自奢生;迷而不返,禍從惑起。【貴而忘賤,是後人不明賤意。引大道之妙,而執方守隅。見貴命而言貴,不知貴中有賤,或始貴而終賤者,則災自奢生。與賒同一其源則妙,理賒自遠也。此說見貴忘賤之誤也,其或有不遇至人,不明道理者,執迷而見,寡陋偏學,滋蔓偏求,理無所出者,則是禍從惑起者是也。】
賦文に言う:ただその貴を見てその賤を忘れれば、災禍便ち驕奢の中より生出す。執迷にして回頭を知らざれば、禍患便ち疑惑の中より興起す。徐子平が注するに:いわゆる「貴にして賤を忘る」は、後人「賤」のこの一層の意思を明白せざるを説く。彼らは大道の精微を援引するも、却って一方に執着し一隅を死守し、貴命を見れば一味に貴と説き、貴中に還って賤の蔵するを知らず。亦開頭貴にして末了賤なる有り。則ち災禍自然驕奢の中より生出す。この「奢」は前文の「禍福の賒遥」の「賒」と同源を同じくす。妙処は道理の推すこと愈々遠きに在り。この一句の講ずるは正にただ貴を見て賤を忘るの錯誤なり。高明の人に遇着せず・道理を明白せざるそれらに至りては、一己の見る所に執迷し、学問寡陋偏枯、求むること愈々支蔓にして正理を推出する能わず。それはすなわちいわゆる「禍惑より起こる」なり。
殊常易舊,變處為萌。福善禍淫,吉凶異兆。【殊常者,知變也。易舊者,善通也。或處為萌者,知其幽微也。曾遇明師,必通道理者,誠有如易所謂:苟非其人,道不虛行是也。古人為道者,皓首窮經,專心致志,惟恐失於妙道。雖行坐服食,未嘗心不在五行之中,則能知幽妙。有殊常易舊,變處為萌,是知大道福善而禍淫,故君子修身以俟命。】
賦文に言う:能く常規を超出し旧法を変易すれば、便ち変動の処に於て萌芽を看出する能し。上天、善人を福佑し淫悪に禍を降す。吉と凶とは各々その先兆有り。徐子平が注するに:「殊常」は変通を懂得し、「易旧」は通達を善くし、「変処に萌を為す」は能く幽微を察知するなり。およそ曽て明師に遇いて必ず能く道理を通曉するは、正に《周易・繫辭》の説く所の「苟くもその人に非ざれば、道虚しく行なわれず」に応ず。古人の道を求むるや、皓首経を窮め、専心致志し、唯恐れくはこの妙道を孤負せんことを。縦使行走坐臥・飲食起居も、心思一刻として五行を離れず。ゆえに能く幽を知り微を察す。能く常規を超出し旧法を変易し、変動の処に於て萌芽を看出すれば、便ち大道の善人を福佑し淫悪に禍を降すを懂得す。ゆえに君子、身を修養して天命を待つ。
至於公明季主,尚無變識之文,景純仲舒,不載比形之妙。【易曰:知變化之道者,其知神之所為乎。知進退存亡之道者,其唯聖人乎。以此究之,難終又難窮也。故賦云:管公明,董仲舒,郭景純,司馬季主者,皆王佐之才,博通經史,洞達陰陽,遺文教於後世,可謂賢矣。】
賦文に言う:管公明と司馬季主に至りても、亦曽て通変識微を講ずるの文字を留めず。郭景純と董仲舒も、亦曽て比類取象の妙法を記載せず。徐子平が注するに:《周易・繫辭》に曰わく、変化の道を懂得する者は、蓋し神明の作為を懂得せんか。進退存亡の道を懂得する者は、蓋し聖人のみあらんか。これに照りて推究し下去れば、この理既に窮尽し難く、亦終結有ること難し。ゆえに賦文、管輅(字は公明)・董仲舒・郭璞(字は景純)・司馬季主のこの四位を挙出す。彼ら皆帝王を輔佐するの才具にして、経史に博通し、陰陽に洞達し、文字教化を以て後世に留む。称して賢人と為す可し。
詳其往聖,鑑以前賢,或指事以陳謀,或約文而切理。多或少剩,二義難精。今者參詳得失,補綴遺蹤,窺為心鑑,永掛清臺,引列終編,千希得一。【然則致君澤民,於當時則不能全身遠害也。或指事以陳謀,約文而切理者,有之矣。珞碌子萃眾妙之說,將少者補其詳博,剩者遺其繁蕪。故云:補綴遺蹤。窺者,所見者小也。心鑑,言自謙心,有所見甚少也。引列終編者,是探索前賢往聖,盡善於美之至道也。得之於心,則永掛清臺,善用者,千希得一也。】
賦文に言う:往古の聖人を詳察し、在前の賢者を借鑑す。彼らあるいは事に就きて立論して謀略を陳述し、あるいは簡約の文字を用いて事理に切中す。説きてあるいは嫌うこと太多き、あるいは嫌うこと太少き、両頭皆精当に作ること難し。いまその中の得失を参詳し、散失の遺跡を補綴し集め、ただ一斑を窺見して自作の心鏡と為すを算す。願わくはそれを長く清台の上に掛けん。引述羅列して以て全篇を終結するも、亦不過は千の中に希にその一を得るのみ。徐子平が注するに:これらの幾位の前賢、縦使能く君を致し民を沢するも、然るに当時に於て亦未だ必ずしも能く自ら保身し禍害を遠離せず。事に就きて謀を陳し文を約して理に切るに至りては、それは却って確かに過ぎたる有り。珞琭子、衆家精妙の説を汇聚し、説きて太だ略なるに対してはその詳博を補足し、説きて太だ繁なるに対してはその蕪雑を删去す。ゆえに「遺蹤を補綴す」と曰う。「窺」は見る所甚だ小なり、「心鑑」は自謙して心中の得る所極めて少なきと曰う。「引列して編を終る」は、前賢往聖の尽善尽美の至道を探索す。一旦心中領会する所有れば、便ち長く清台に掛けて以て準的と為すべし。ただ真に能く善く運用する人は、一千個の裡に亦得ること難し。
