黄金策
作盤ガイド: 八字作盤
六十四卦は八經卦を兩兩相重ねて成り、每卦六爻は「動爻」「靜爻」「陰爻」「陽爻」の四種の身分に外ならず。まさにこの四者の錯雜配搭によりて、こそ…
八字命理典籍
初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。
黃金策 題 明・劉基著
總斷千金賦
動靜陰陽,反覆遷變。(八八六十四卦是由動爻、靜爻、陰爻、陽爻組成的,動靜陰陽構成了六十四卦的反覆變化。)雖萬象之紛紜,須一理而融貫。(卦所呈現的象,即卦象及組成卦的諸因素間的關係,千變萬化、紛紜複雜,但卜易必須以一個總的理論為指導,這個理為五行的生剋制化。)
六十四卦は八經卦を兩兩相重ねて成り、每卦六爻は「動爻」「靜爻」「陰爻」「陽爻」の四種の身分に外ならず。まさにこの四者の錯雜配搭によりて、こそ六十四卦に反反復復の遷移變化を生出せしむるなり。占斷する時に面對する卦象、および卦象を構成する世應・六親・日月・動變などの種種の關係は、頭緒極めて紛繁なり。ただし紛繁の中に必ず一條の貫穿始終の總綱を捉え、一象を見て一象を說くべからず。この總綱はすなわち五行の「生克制化」なり——およそ吉凶成敗は、最終に皆五行の間の相生・相克・相制・相化の上に回りて衡量するを要す。
夫人有賢,不肖之殊;卦有過,不及之異。太過者,損之斯成;不及者,益之則利。(卦以中和為好,不要太過,不要不及。要抑其過,補其不及,所求之事才有成功的希望。太過,指卦中主事爻,即用神太多、太旺,多則不能專一,就該損之。損,就是用其他因素,月、日、動爻等來剋制一下。如土為用神,卦中出現二三位土,須得寅、卯月日來克,才能斷其事成,不及則反之。其益法需生、扶、拱、合。)
人に賢能と不肖との分別あるがごとく、卦にも太過と不及との差異あり。太過はそれを減損してこそ、事は辦成を得。不及はそれを補益してこそ、事は利あり。卦を占するに中和を貴び、頭を過ぐるを怕れ、また足らざるを怕る。必ずその有餘を抑え、その不足を補いてこそ、求むる所の事に指望あり。いわゆる太過とは、卦中の事を主る爻すなわち「用神」の出現すること多すぎ氣勢太旺なるを指す。用神一たび多ければすなわち專一する能わず、かえって事を誤る。ゆえに損するを要す。損の辦法は外力を借りて克制するか、あるいは月建を用い、あるいは日辰を用い、あるいは卦中の動爻を用う。たとえば土を以て用神と爲すも、卦裡に卻って兩三位の土爻を排出せば、すなわち須らく寅・卯のこの類の木に屬する月份あるいは日子に逢い土を克してこそ、事の辦成を斷定しうる。不及は則ち反對に處理し、相生・相扶・相拱・相合の四法を用いてそれを接濟す。
生扶拱合,時雨滋苗;克害刑沖,秋霜殺草。(生,相生,金生水、水生木之類。扶、拱都是同類相幫之義。先幫後為扶,後幫先為拱。如卯為用神,寅日占,寅能扶卯,如寅為用神,卯日占,卯能拱寅。合有二合、三合。二合,子與丑合,寅與亥合之類,三合,三合成局,申子辰合成水局,寅午戌合成火局之類。生扶拱合四者能調護幫助用神,用神弱能使之強,衰能使之旺,伏者遇之則起,故用時雨滋潤禾苗來比喻。克,即五行相剋,金克木、父克子之類。害指六害,子未相害、丑午相害之類,刑指三刑、四刑。沖為六沖,四沖,此四者能傷身,能敗德,能制伏,能壞事,所以以秋霜殺草來比喻。生扶拱合,用神見之吉,忌神見之凶,克害刑沖,用神見之凶,而忌神見之反為吉。不能一概而論。)
「生」「扶」「拱」「合」の四者が爻上に加わるは、及時雨の禾苗を澆灌するがごとし。「克」「害」「刑」「冲」の四者が爻上に加わるは、秋霜の野草を摧折するがごとし。分かちて言えば:生は五行相生にして、金の水を生じ水の木を生ずるの類なり。扶と拱とは皆同類相助にして、ただ先後を分かつ——前に在るの後に在るを幫くを扶と叫び、後に在るの前に在るを幫くを拱と叫ぶ。卯木を用神と爲して寅日に課を起こせば、寅は卯の前に在り、これ寅の卯を扶くなり。寅木を用神と爲して卯日に課を起こせば、卯は寅の後に在り、これ卯の寅を拱るなり。合は兩種を分かつ。二合は子と丑との合・寅と亥との合の一類、三合は三支會して一局を成す、申子辰會して水局を成し寅午戌會して火局を成すの一類なり。この四樣は皆能く用神を護持す。弱きは能く強に轉じ、衰えたるは能く旺に轉じ、潛伏現れざるもこれに遇えば能く起用す。ゆえに春雨の苗を潤すを以て比と作す。克は五行相克にして、金の木を克し・「父母」爻の「子孫」爻を克するの類なり。害は六害を指し、子未相害・丑午相害の類なり。刑は三刑・四刑を指す。冲は六冲・四冲を指す。この四樣は能く身體を傷つけ徳行を敗し、手脚を制住し事情を壞す。ゆえに秋霜の草を殺すを以て比と作す。ただし吉凶は誰が身上に落つるかを看るを要す。生扶拱合は用神上に落つれば吉にして、忌神上に落つればかえって凶なり。刑冲克害は用神上に落つれば凶にして、忌神上に落つればかえって吉なり。一概に論ずべからず。
長生帝旺,爭如金谷之園;死墓絕空,乃是泥犁之地。(長生、帝旺、死、墓、絕均為十二宮中之神。十二宮指長生、沐浴、冠帶、臨官、帝旺、衰、病、死、墓、絕、胎、養,以人從胚胎到出生到消亡的十二個環節來比喻事物的不同發展階段。空為旬空、空亡。金谷園,晉.石崇在金谷澗建的園林,用金谷園來比喻富貴強盛。泥犁,梵語,就是地獄。以此言其凶。黃金策行文多用典,以下不注。六爻遇長生、帝旺、雖衰弱也作有氣論。如推成事,帝旺主速成,長生較遲緩。因長生就象人剛一下生,尚未強壯,帝旺好象人到了壯年,其力進銳。六爻遇死、墓、絕、空,則主陷溺,雖得時旺相也不能成事,但凶神遇之則吉。)
爻が「長生」「帝旺」に臨めば、譬すれば身が金谷園中に在るがごとき興旺富足なり。爻が「死」「墓」「絶」「空」に落つれば、譬すれば泥犁の中に墮入するがごとき困頓凶險なり。長生・帝旺・死・墓・絶は皆十二宮裡の位次なり。十二宮は次々に長生・沐浴・冠帶・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養にして、古人は人の受胎・出生・壯盛より衰亡に至るの十二個の階段を借りて、以て事物盛衰の同じからざる段落を比擬す。空は旬空を指し、また空亡と叫ぶ。金谷園は晋人石崇が金谷澗に建つる所の名園にして、ここにそれを借りて富貴強盛を形容す。泥犁は梵語にして、すなわち地獄なり。それを借りて凶惡を形容す。《黃金策》は通篇典故を好む。以下同類の典故は再び一々出註せず。およそ六爻が長生・帝旺に遇上せば、縱い本身衰弱なるとも、當に「氣有り」と看做して對待すべし。もし事情辦成の遲速を推斷せば、帝旺は速成を主り、長生は偏に遲緩なり——長生は譬すれば人の剛出生して元氣未だ壯ならざるがごとし。帝旺は譬すれば人の壯年に到りてその力まさに鋭きがごとし。反して、六爻が死・墓・絶・空に遇上せば、便ち陷溺沈淪を主り、たとい時を得て旺相なるとも事を成し難し。ただしもし凶神の身上に落つれば、凶神困せられて、かえって吉兆なり。
日辰為六爻之主宰,喜其滅項以安劉。(日辰是卜筮之主,不看日辰則不知卦中吉凶輕重。日辰能沖動安靜之爻,對動爻能制,對凶神能抑之,對旺相能挫,對衰者能扶,對生合者能破。古人說,日辰能救事、能壞事。如占文書,以父母爻為用神,卦中如有財爻發動,財克父母,文書不成。但若得日辰克住財爻,或沖散財爻,財爻則不能去傷害父母,故得文書有氣,其事可成。這是日辰救事。又如占子孫,卦中父母不動,子孫爻不空,本為吉兆,但如被日辰沖扶父母,父母就能克害子孫,則變吉為凶,這是日辰壞事。總之日辰扶持用爻則吉,扶持忌爻則凶,日辰剋制忌爻則吉,剋制用爻則凶。)
「日辰」は六爻の總主宰にして、最もそれが漢軍の項羽を滅し劉氏を安定せしがごとく、卦中の爲害の爻を除去するを喜ぶ。卦を占して日辰を看ざれば、すなわち卦裡の吉凶の輕重を分清する能わず。日辰の權能は極めて大なり。靜爻はそれが能く冲して動かし、動爻はそれが能く制して住め、凶神はそれが能く壓して下げ、旺相の爻はそれが能くその鋒芒を挫き、衰弱の爻はそれが能くその起立を扶け、本より相生相合なるもそれまた能く破開す。ゆえに古人は日辰は能く事を救い、また能く事を壞すと言う。一個の事を救うの例を舉ぐ:文書を占するに「父母」爻を以て用神と爲す。もし卦中「妻財」爻發動して、財が父母を克せば、文書は本より辦成せず。然るに日辰もしあの財爻を克住し、あるいはそれを冲散せば、財爻は便ち父母を傷つくるに力なく、父母は氣を得るを得て、事情はかえって成りうる。さらに一個の事を壞すの例を舉ぐ:子孫を占す。卦中の父母は安靜にして動かず、「子孫」爻また落空せず、本より吉象なり。ただし日辰が來りて父母を冲扶せば、父母は勢を得て便ち子孫を克害し往き、好卦は便ち凶卦に翻る。歸總して一句:日辰が用神を扶持すれば則ち吉、忌神を扶持すれば則ち凶。日辰が忌神を克制すれば則ち吉、用神を克制すれば則ち凶。
月建乃萬卜之提綱,豈可助桀為虐。(月建與日辰一樣,都能生扶拱合沖剋刑害用爻,如求財,卦中無財,月建是財,以後終須可得。若卦中有財,月建克財,定主艱難,須過此一月才能得到。但月建和日辰又是有分別的,月建主要確定用爻的旺相休囚及月破與否,日辰主要定用爻的生旺墓絕空等。)
「月建」は一切卜筮の總提綱にして、斷じてそれをして凶惡の爻を幫きて虐を爲さしむべからず。月建は日辰と同じく、用爻に對して皆能く生・扶・拱・合と冲・克・刑・害とを施加す。たとえば財を求めて、卦中並に「妻財」爻なきも、しかして月建恰恰として財なれば、則ちこの財は早晚終に得るに歸す。反して、卦中財爻あると雖も、月建は卻って來りてそれを克すれば、すなわち財を取ること艱難を主り、是非ともこの一個月を過ぎてこそ拿得しうる。ただし月建と日辰との分工は並に相同じからず。月建は主として用爻の「旺相休囚」および「月破」なるや否やを決定し、日辰は主として用爻の生・旺・墓・絶・空のこの一路の狀態を決定す。
最惡者歲君,宜靜而不宜動。(本年太歲之爻為歲君,如甲申年,卦中出現申爻,即為歲君,這一爻宜靜不宜動,如此爻發動沖剋世、身、用爻,主災厄不利,一年之中多不寧靜,如被日辰、動爻沖起,主有災患。)最要者身位,喜扶而不喜傷。(身,即月卦身。成卦之後,先看卦身現與不現,與月建、日辰、動爻有無干涉,則吉凶可見。卜易以身為最要,不可不看。如占得困卦,身爻在午,因卦午火為官鬼,旺則有官事繫身,衰則主有疾病。卦身占事為事體,占人為人身,喜生扶拱合,不喜傷,傷即刑沖剋害。)
卦中に最も畏るべきは「歲君」なり。それは安靜を宜とし發動を宜とせず。當年太歲の屬するあの一爻はすなわち歲君なり。たとえば甲申年に課を起こし、卦裡に申爻出現せば、申は便ち歲君なり。この一爻は一旦發動して世爻・卦身あるいは用神を冲克せば、すなわち一年の内に災厄頻仍・諸事不寧を主る。たといそれ自己動かずとも、日辰あるいは動爻に冲起せられれば、同じく災患を防ぐを要す。卦中に最も緊要なるは「身位」なり。それは生扶を喜び刑傷を喜ばず。いわゆる身とは、すなわち「月卦身」なり。卦の排定せるのち、先ず卦身の出現するや否やを看、再びそれが月建・日辰・動爻と牽涉あるや無やを看れば、吉凶大略微に判定しうる。卦を占するに卦身を以て第一要務と爲し、看ざるべからず。たとえば《困》卦を占得して、卦身が午爻に落つれば、午火は《困》卦中に「官鬼」に屬す。官鬼旺なれば、すなわち官司纏身あるを主る。官鬼衰なれば、すなわち病に染むを主る。卦身は用いて事を占すれば事體を代表し、用いて人を占すれば人身を代表す。一概に生・扶・拱・合を喜び、傷を喜ばず——いわゆる傷とは、すなわち刑・冲・克・害なり。
世為己,應為人,大宜契合;(世應為賓主之象,世為自己,應為他人。求謀用事,世與應生合比和,則有成就,若刑沖剋害,必主艱難。)動為始,變為終,最怕交爭。(交、重為變爻,為動。動則陰爻變陽爻、陽爻變陰爻。占事以動爻為事之始,以變出爻為事之終。最怕交爭,指主事爻動變出之爻回頭克沖刑害主事爻,乃大凶之兆,即使用爻旺相,也不能稱心遂意。)
「世」爻は自己を代表し、「應」爻は對方を代表す。兩者は最も相互契合するを宜とす。世應は賓主の象徵なり。世は我、應は彼なり。およそ事を謀り事を用うるに、世と應と能く相生・相合あるいは比和すれば、事情は便ち成就あり。もし彼此刑冲克害せば、必ず阻礙重々なり。「動」爻は事情の起頭、「變」じ出づる爻は事情の結局なり。最も怕るるは二者の互相交爭なり。爻象裡の「交」と「重」とは皆發動の爻なり。一たび動けば、陰爻は便ち陽爻に變じ陽爻は便ち陰爻に變ず。事を占する時は發動の爻を以て事情の開端を看、それの變じ出づる爻を以て事情の收場を看る。いわゆる最も交爭を怕るとは、事を主る爻の動きて變じ出づるあの爻が、回頭して主事の爻を克・冲・刑・害するを說く。これを回頭相攻と叫び、大凶の兆なり。縱い用神本身旺相なるとも、事情は能く稱心如意ならず。
應位遭傷,不利他人之事;世爻受制,豈宜自己之謀?(應爻受傷,不利代占,代占以應為主;世受傷,不利自占,自占以世為主。)世應俱空,人無準實;(世應二爻不宜在空亡之地,世空為自己不實,應空為他人不實。世應俱空,彼此皆不實,謀事必有阻節,卦若安靜,世應空合謂之失約無誠言。)內外競發,事必翻騰。(卦中有一二爻發動,變化有常,生克不亂,自有條理。若內外卦多爻亂動,則吉凶難定,人情無常,必主事體反覆。所以說獨發易取、亂動難尋。)
應爻が損傷を受くれば、別人に替わりて占する事は順ならず。世爻が人に制せられれば、自己の謀劃する事はまたどうして順遂ならんや。他人に代りて代占するは應爻を以て主と爲し、應爻が傷を受ければ便ち彼に對して不利なり。自己の爲に課を起こすは世爻を以て主と爲し、世爻が制せられれば便ち己に對して不利なり。世應兩爻皆「空亡」に落つれば、則ち彼此說話皆數と作さず。世空は自己の心實ならず、應空は對方の意實ならず、兩頭俱に空なれば、事を謀るに必ず阻隔を生ず。倘若卦また安靜にして、世應空にして相合せば、すなわち彼此失約・並に誠意の言なしと作す。内卦外卦爭いて發動すれば、事情は必ず翻來覆去す。卦裡にただ一兩個の爻發動せば、變化に常軌あり、生克に條理ありて、事情はなお看清しうる。もし内外六爻亂紛紛として齊動せば、吉凶は便ち論定し難し。人情反覆無常にして、事體は自然に一變再變す。ゆえに說く、獨發の卦は斷を取るに易く、亂動の卦は尋繹し難しと。
世或交重,兩目顧瞻於馬首;應如發動,一心似托於猿攀。(世與應爻皆不宜動,世爻發動主本人三心二意,左顧右盼;應爻發動,主他人心易變遷。)用爻有氣無他故,所作皆成;主象徒存更被傷,凡謀不遂。(用爻有氣無氣,依五行旺相休囚論。旺相為有氣,休囚為無氣。主象義與用爻同。用爻喜旺相有氣,不宜衰弱無力。若用爻有氣別無日辰、動爻刑沖剋害,為上吉好卦,隨心所欲無不稱意。主象徒存,即用爻無氣,如又被日辰、動爻克害刑沖,是大凶下卦,作事枉費心機,必無可成之理。)
世爻もし交・重に逢いて發動せば、占者は便ち兩眼ただ馬頭を盯着し左顧右盼して主意を拿定せざるがごとし。應爻もし發動せば、對方の心思は便ち猿猴の枝に攀るがごとく飄忽定まらず。世應二爻は本より皆動かざるを宜とす。世動は本人の三心二意を主り、應動は他人の反覆變卦を主る。用神に氣ありてまた別に妨礙なければ、辦する所の事成らざるなし。主象空しく位置を占めてまた傷を受くれば、およそ謀劃あるも皆心を遂ぐる能わず。用神の氣有り氣無しは、五行の「旺相休囚」に按じて判斷す。旺相を氣有りと爲し、休囚を氣無しと爲す。「主象」と用神とは一個の意思なり。用神は旺相有力を喜び、怕るるは衰弱無援なり。もし用神既に氣あり、また日辰・動爻の來りて刑冲克害するなければ、これは上等の吉卦にして、心の欲する所に隨いて如意ならざるなし。いわゆる主象徒存とは、用神は卦中に在ると雖も毫も氣力なく、さらに日辰・動爻に克害刑冲せられれば、それすなわち大凶の下卦にして、事を爲すもただ心機を白費するのみ、斷じて成功の理なし。
有傷須救,(傷,即是主象用爻、身世被卦中其他動爻刑沖剋害。有傷屬不吉。救,是指卦中的動爻或日辰等來剋制傷害用爻之爻。如用爻為申金,卦中有午火動克申金。申金為有傷。如日辰是未,未能合住午火,午火則不能去傷害申金,謂之有救。)無故勿空,(旬空,有有故而空,有無故而空。凡遇日月動爻傷克而在空亡,為有故而空,避之可也。若無刑沖剋害而身世主象自落空亡,為無故而空,大凶之兆。占病必死,占事不成,占人有難。無故而空,雖有日辰動爻生扶而無用。)
爻既に傷を受くれば、必ず救あるを要す。いわゆる傷とは、主象・用神あるいは世爻・卦身が卦中の別の動爻に刑冲克害せらるるを言う。これは本より不吉の象なり。いわゆる救とは、卦中に別に動爻あるいは日辰ありて出面し、往きてあの害を施す爻を牽制するを言う。例を舉げて說けば、用神は申金にして、卦裡午火發動して來りて申金を克すれば、申金は便ち傷を受くと算す。もし日辰恰も未土なれば、未と午と相合して、午火を絆住す。午火は便ち手を騰出して申金を傷つくる能わず。これを救ありと叫ぶ。爻もし無縁無故に落空せば、それすなわち大いに不妙なり。「旬空」は須らく兩種を分かつを要す。一種は緣故ある空にして、すなわち當該の爻まさに月建・日辰あるいは動爻に克傷せられつつ、卻って恰好空亡の裡に躲進す。これは難を避くるにして、妨げなし。別の一種は緣故なき空にして、すなわち身・世・主象は並に何の刑冲克害を受けず、卻って自ら空亡に落進す。これは大凶の兆なり——病を占せば必ず死し、事を占せば成らず、人を占せば難あり。この種の無故の空は、縱い日辰・動爻ありて來りて生扶するとも、全く事を濟さず。
空逢沖而有用。(卦爻空亡,如逢沖則必動,動則不空。所以雖空而有用。如戊午日占天時得井卦,卦中子水父母空,卻被日辰沖動,定主有雨。)合遭破以無功(卦中有合,所謀易遂,如兩人同心協力。唯怕奸詐小人兩邊挑撥。故凡遇合,須防刑沖剋害破合。如寅亥兩爻本相和合,若卦中戌土發動,戌土克了亥水,雖合而無用。)
落空の爻もし冲せられれば、かえって用あり。卦爻空亡に在ると雖も、一たび冲に遇えば必ず發動す。一たび動けばすなわち再び空と算せず。ゆえに空なると雖もなお取用しうる。たとえば戊午日に天氣を占して《井》卦を得れば、卦中の子水「父母」爻はまさに旬空に値するも、卻って日辰午火に冲動せらる。父母は雨を主る。便ち雨あるを斷定しうる。相合の爻もし破せられれば、すなわち無功に歸す。卦中に合あれば、謀る所は成就し易く、兩人の同心協力するに同じ。ただ怕るるは姦詐小人ありて中より挑撥せんとするなり。ゆえにおよそ相合に遇えば、皆須らく刑・冲・克・害の來りてこの合を破壞するを提防すべし。たとえば寅木と亥水との兩爻は本より相和合すれども、卦中に偏偏戌土發動し、戌土が亥水を克掉せば、則ち合は在ると雖も、また作用を起こす能わず。
自空化空,必成凶咎;(自空,是用神自落空亡。化空,用爻動化出之爻又值旬空。用爻空亡或用爻化為空亡都是謀望無成之凶象。)刑合克合,終見乖違。(合中有刑,合中有克,終究為不吉之象。)動值合而絆住,(動爻如遇合,為合絆住,不能動,只當靜爻論。)靜得沖而暗興。(不動之爻為靜,靜爻如被日辰所沖,則為暗動,暗動以動爻論。)
用神が自ら落空し、あるいは動じて化じ出づる爻また落空するは、皆必ず凶咎を招致す。「自空」は用神本身が旬空の上に坐するなり。「化空」は用神發動して、變じ出づるあの爻またまさに旬空に値するなり。この兩樣は皆所望の事の實處に落ちざるを表示す。謀るも成らざるの凶象なり。相合の中に刑を夾み、あるいは克を夾むは、結果終に乖違不順なり——合裡に刑を帶び、合裡に克を帶ぶは、看るに成る能くに似て、其實不吉なり。發動の爻もし合に遇上せば、便ち合に脚を絆せられて、動き起る能わず。ただ靜爻と當てて看待するのみ。安靜の爻もし日辰に冲せられれば、かえって暗中に興起す。これを「暗動」と叫び、表面は動かずと雖も、判斷する時は當に動爻と作して處理すべし。
入墓難克,(動爻入墓,不能去克他爻,他爻入墓,也不受動爻所克。如未日占卦得寅木發動,本能克卦中土爻,但未是木之墓,寅木入墓則不能去克卦中其他土爻。再如辰日占得寅木發動,辰為土之墓,寅木雖然發動,但被克者已藏於墓中,寅木仍不能克。)帶旺匪空。(爻處旺相,謂之有氣,如此爻值旬空,不以空論。可斷為雖日下受阻,過旬而成。)
爻一たび墓に入れば、克力は便ち使出す能わず。これに兩面あり。克を施す動爻が墓に入れば、別人を克動せず。克を受くる爻が墓に入れば、また再び動爻の克を挨らず。例を舉げて說けば、未日に課を起こし、卦中の寅木發動せば、寅木は本より往きて卦裡の土爻を克しうるも、然るに未はまさに木の墓庫にして、寅木は自ら墓中に陷り、便ちあの土爻を克する能わず。またたとえば辰日に課を起こし、寅木は照樣發動するも、辰は土の墓庫にして、克を受くる土はすでに墓裡に躲進し、寅木は動すと雖も、依然としてそれを克し著くる能わず。爻もし身に旺氣を帶ぶれば、すなわち眞空と算せず。爻が旺相に處るを氣有りと叫ぶ。この樣の爻は縱いまさに旬空に値するとも、空亡に按じて論斷する能わず。ただ眼下暫時阻滯を受くと斷作し、この一旬を過ぎれば便ち事を成しうる。
有助有扶,衰弱休囚亦吉;(此指用神而言。用神衰弱本為不美,喜得日辰、月建、動爻生扶合併,而不作衰弱論。)貪生貪合,刑沖剋害皆忘。(本來能刑沖剋害他爻之爻,貪合而不再為害,貪合忘刑,貪合忘沖,貪合忘克與貪生忘克一理,參見《闡奧歌章.碎金賦》)
幫助あり扶持あれば、縱い衰弱休囚なるとも依然として吉なり。この句は專ら用神に就いて言う。用神の衰弱は本より美事に非ざれども、ただ日辰・月建あるいは卦中の動爻の來りて生じ・來りて扶け・來りて合し・來りて併するを得れば、すなわち再び衰弱に照らして論斷する能わず。爻もし生を受くるに貪り合を受くるに貪れば、原有の刑冲克害は皆それに忘れ去らる。本來他爻を刑冲克害するに能力あるあの爻は、眼前の合に貪著するがゆえに再び害を施さず。これは便ち貪合忘刑・貪合忘冲・貪合忘克なり。「貪生忘克」とは一個の道理なり。《闡奧歌章・碎金賦》を參看すべし。
別衰旺以明克合,辨動靜以定刑沖。(克合刑沖都是有條件的:旺爻能克衰爻,衰爻克不得旺爻,旺爻合得起衰爻,衰爻合不起旺爻。動爻能刑靜爻。靜爻不能刑動爻,動爻沖得起靜爻,靜爻沖不起動爻,日辰能害卦爻,卦爻不能害日辰等,以此類推。兩爻俱靜以旺為先,有動以動為急。上述是辨別刑沖剋合的總的原則,只有如此才能作到事歸於一而無兩端之疑。)
須らく先ず衰旺を分清してこそ、誰が誰を克し誰が誰と合するかに談足る。須らく先ず動靜を辨明してこそ、誰が誰を刑し誰が誰を冲するかを定下しうる。克・合・刑・冲は皆條件あり。旺爻は能く衰爻を克すれども、衰爻は卻って旺爻を克動せず。旺爻は能く衰爻を合起すれども、衰爻は卻って旺爻を合起す能わず。動爻は能く靜爻を刑すれども、靜爻は動爻を刑す能わず。動爻は能く靜爻を冲起すれども、靜爻は動爻を冲起す能わず。日辰は能く卦中の爻を害すれども、卦爻は卻って日辰を害し到らず——その餘はこれに照らして類推しうる。兩爻皆安靜なる時は、旺なる者を以て先と爲す。ただ一方の發動あれば、すなわち動なる者を以て急と爲す。これらは刑冲克合を判別するの總原則なり。これに依りて推尋して、こそ結論を一處に歸し、左右兩可・疑いて決せざるに致らざるを得。
併不併、沖不沖,因多字眼;刑非刑、合非合,為少支神。(並,日辰與卦中爻相同為並。如子日占卦,卦中子為用神,則為並。如卦中子爻衰弱,因日辰並之,則為旺論,卦中只有一位子爻與日辰子才能為並,如卦中有兩個子爻,而不能成並。沖也是如此。三刑、三合,都必須三者皆見,而且兩動一靜,靜爻刑,合不起動爻,一動也刑,合不起兩靜,缺一位不能成刑、成合。)
看れば「併」を成すに似るも卻って併び起らず、看れば「冲」を成すに似るも卻って冲動せざるは、同類の字眼多すぎるがゆえなり。看れば刑を成すに似て其實刑を成さず、看れば合を成すに似て其實合を成さざるは、所需の地支なお一位を缺くがゆえなり。いわゆる併とは、日辰と卦中の某爻との地支相同なるを言う。子日に課を起こし、卦中の子爻まさに用神なれば、日辰それと相併す。子爻本來衰弱なるも、この一併に因りてすなわち須らく旺相に按じて論ずべし。ただし相併に一個の前提あり——卦裡にただ一位の子爻のみ日辰の子と相應對するを得。もし卦中に兩個の子爻出現せば、日辰は便ち專併するに由なく、併は便ち成立せず。冲の道理もこれと同じなり。三刑・三合に至っては、必ず三個の地支齊備し、しかも格局上に須らく兩動一靜を要す。靜爻は動爻を刑動せず合住せず、一個の動爻もまた兩個の靜爻を刑動せず合住せず。三位の中一位を缺けば、刑と合と皆談ずるに由なし。
爻遇令星,物難我害;(爻,用神主事爻。令星,月建之五行。物,指能刑沖剋害用神之動爻。如果用神爻與月建的五行相同,則為爻遇令星。那本能刑沖剋害用神的動爻也不能害用神了。)伏居空地,事與心違。(伏,伏神,卦中無用神,伏神又居空亡,所求之事決不能成。)
用神もし當令の星と同氣なれば、外物は便ちそれを傷害する能わず。ここの「爻」は用神すなわち事を主る爻を指し、「令星」は月建の屬する所の五行を指し、「物」は卦中のあの用神を刑冲克害しうる動爻を指す。用神の五行と月建と相同じければ、すなわち爻の令星に遇うと叫び、當月の正氣を得るに等し。この時本來足りてそれを刑冲克害しうる動爻も、またそれを奈何する能わず。用神が卦に上らずして下に伏し、偏偏また空亡の處に伏すれば、事情はすなわち心願と相違せんとす。いわゆる伏とはすなわち「伏神」なり。卦中に用神を見ず、ただ伏神を取りて代看するのみ。伏神もしさらに空亡に坐進せば、求むる所の事は斷然として成らず。
伏無提挈終徒爾,飛不摧開亦枉然。(伏神空亡,凡事不利。伏神若不空亡,必須沖開飛神,提起伏神事方有望。)空下伏神,易於引拔;(伏神伏於空亡爻下,無阻攔易出。一遇日辰動爻沖合,伏神即為有用。但須注意,伏神有用,總是遲於用神的。)制中弱主,難以維持。(制,指受月建、日辰剋制。用爻休囚又被日辰月建剋制,即使有動爻生扶拱合,也無濟於事。)
伏神に提攜する人なければ、終に徒勞に歸す。飛神の摧開せられざるも、また枉然なり。伏神もし空亡に落つれば、諸事利ならず。たとい伏神空ならずとも、必ず先ずそれの上に壓する「飛神」を冲開し、伏神を提起してこそ、事情に指望あり。反して說けば、伏神もしまさに一個の空亡の爻の底下に伏すれば、便ち引拔せらる易し——上面に攔阻の物なく、一たび日辰あるいは動爻の來りて冲し・來りて合するに遇えば、伏神は立刻に用いうる。ただし記すべし、伏神は縱い用いうるとも、應期は總じて現成の用神より來ること遲し。用神は本よりすでに衰弱にして、また被制の中に處れば、便ち支撐し難し。ここの「制」は月建・日辰の克制を受くるを指す。用爻は既に休囚無力にして、また日月に壓下せられれば、則ちたとい卦中に別に動爻ありて來りて生扶拱合すとも、終に事を濟さず。
日傷爻真罹其禍,爻傷日徒受其名。(日辰能傷克卦爻,卦爻不能傷剋日辰。月建與爻的關係同此。)墓中人不沖不發,(用爻入墓,則多阻滯,諸事費力難成。須待日辰、動爻沖剋其墓日,方可有用。)身上鬼不去不安。(六親中以官鬼為凶神,占得世爻臨官鬼,為身上有鬼,如果不是當官有公干之人身上有鬼,多凶少吉,須待日辰、動爻克去官鬼才能無憂。)
日辰が往きて卦爻を傷つければ、卦爻は眞に禍を受く。卦爻が往きて日辰を傷つければ、不過空しく一個の名目を擔うのみ。これは日辰が高く居り下に臨みて、能く卦中の爻を克傷し、卦中の爻は卻って日辰を傷つくる能わざるがゆえなり。月建と卦爻との關係もまたかくのごとし。用神は一旦墓に入れば、譬すれば人の墓中に關せらるるがごとく、冲開を經ざれば發出する能わず。墓に入れば則ち處處阻滯し、諸事力を費やして成し難し。必ず日辰あるいは動爻の來りてあの墓庫を冲克するの日子を待ちて、用神こそ重新に用いうる。世爻の上に「官鬼」を帶ぶれば、それを除掉せざれば安寧を得ず。六親の中に官鬼は凶神に屬す。卦を占する時に世爻が官鬼に臨めば、すなわち身上に鬼あり。ただ本人まさに官府に當差して身に公幹を負う人に非ざれば、否んじゃ多く凶にして少なく吉にして、是非とも日辰あるいは動爻が官鬼を克去するを待ちてこそ、憂患を免るるを得。
德入卦而無謀不遂,(德為天干地支上下皆合,又稱龍神。以主合為妙,克合次之。遇德爻入卦為主象,所謀皆遂。)忌臨身而多阻無成。(忌,忌神。忌神臨身世,不論公私之事皆主阻滯而不順。忌神休囚,辦事費力,忌神旺相,事必不成。)
「徳」爻が卦中に進入せば、謀る所に成らざる一樣なし。いわゆる徳とは、天干と地支と上下皆相合するの爻にして、また龍神と叫ぶ。その中に我を生じて合するを以て最妙と爲し、我を克して合するを以て次と爲す。もしかくのごとき徳爻が卦に入りてかつ主象に充當すれば、則ち謀る所は如意ならざるなし。「忌神」が身世の上に臨めば、則ち處處阻を受けて終に成らず。忌神はすなわち用神を克害するの爻にして、それ一旦卦身あるいは世爻に臨めば、公事私事を論わず皆滯礙不順を主る。忌神休囚なれば、なおただ事を辦するに力を費やすのみ。忌神旺相なれば、事情は便ち根本に辦成せず。
卦遇凶星,避之則吉;(凶星,指刑沖剋害。避之,指用爻在旬空,受刑沖剋害之爻在旬空為避,此不為空,只是目下雖阻,過旬即成。)爻逢忌殺,敵之無傷。(忌殺,忌神。忌神發動,凡事不利。敵之,指得到比肩同類的幫助,以眾敵寡之義。用爻遇忌神發動,得日辰、月建、動爻拱扶,用神無有損害。)
卦裡に凶星に遇上するも、能く躲開すればすなわち吉に轉ず。ここの凶星は刑・冲・克・害を指す。いわゆる躲開とは、用神がこの刻まさに旬空に落つるを指す——刑冲克害を受くる爻が恰も空裡に在りて、鋒芒を避開するに等し。この種の空は眞空と算せず。ただ眼下阻を受くるのみ、この一旬を出でば事情照樣に成りうる。爻が忌神凶殺に碰上するも、ただ抵當し住すればすなわち傷を受けず。忌殺はすなわち忌神にして、忌神一たび發動すれば、凡事利ならず。いわゆる抵當とは、同類の爻の幫襯を得て、衆を以て寡を御するなり。用神は忌神發動に遇うと雖も、ただ日辰・月建あるいは卦中の動爻の來りて拱し來りて扶ければ、用神は便ち安然無損なり。
主象休囚,怕見刑沖剋害;用爻變動,忌遭死墓絕空。(休囚則不能敵殺。死墓絕空乃陷井之地,大凶。死不復生,絕不復續,入墓則不能出,墮空則不能起。若主象發動而化入死墓絕空之地,不問公私大小之事,皆主不成。占病逢之必死無疑。)
主象もしすでに休囚なれば、最もさらに刑冲克害に撞上するを怕る。用神もし發動生變せば、最も死・墓・絶・空の裡に變入するを忌む。休囚の爻は本身無力にして、凶殺の攻擊に抵えず。死・墓・絶・空の四・空の四處は則ち陷阱のごとし。死せば再び生ぜず、絶せば再び續かず、墓に進めば便ち出來ず、空亡に掉進せば便ち爬起れず。倘若主象發動してこの四種の地界に化入せば、則ち公事私事・大事小事を論わず、一概に成らざるを主る。もし病を占してこれに遇上せば、さらに必ず死して疑いなし。
用化用,有用無用;(用爻動化出之爻仍是用神,為用化用。化出的用爻有的有用、有的無用,需要分辨,一般地說,化進神有用,化退神,化自身或卦變伏吟無用。用爻自化如此,旁爻動化出用神也無濟於事。)空化空,雖空弗空。(動爻旬空,化出之爻又是旬空,為空化空。動爻值空和動爻化空,都不是真空,出了此旬,即為有用。)
用神が用神を化じ出ずるに、あるは數を算し、あるは數を算せず。用爻が發動して、變じ出づるは依然として用神なり。これを「用化用」と叫ぶ。ただし化じ出づるこの用神は必ずしも皆管用せず。須らく分辨するを要す。大體上「進神」を化成するは用あり、「退神」を化成するは、自身と相同の爻を化成するは、あるいは整卦が「伏吟」に變ずるは、皆用なし。用神の自化かくのごとく、旁爻が動じて一個の用神を化じ出ずるも、同じく幫い上げる能わず。空爻が空爻を化ずるは、空なると雖も眞空と算せず。動爻本身がまさに旬空に値し、變じ出づる爻また旬空に逢う。これを「空化空」と叫ぶ。動じて空に値するも動じて空に化するも、兩者皆死空に非ず。ただこの一旬を出でば、便ち重新に用あり。
養主狐疑,(養,十二宮之第十二位。用神化入此爻主凡事未決,狐疑不定。)墓多闇昧。(墓,十二宮之第九位。凶爻要入墓,吉爻不要入墓。墓為沉滯、闇昧不明之象。用神帶刑動入墓者,占病必死,占訟入獄,參看《通玄妙論.隨官入墓》)
「養」の位に化入するは、猶豫不決を主る。養は十二宮の第十二位にして、用神が動じてこの一位に化到れば、すなわち事情の懸而未決・當事人の反覆狐疑を表示す。「墓」の位に化入するは、晦暗不明を主る。墓は十二宮の第九位にして、凶爻はまさに墓に入りて困住せらるべし。吉爻は卻って最も墓に入るを忌む。墓は沈滯・幽暗・看分明ならざるを象徵す。用神もし刑を帶びて發動入墓せば、病を占せば必ず死し、官司を占せば則ち下獄を主る。《通玄妙論・隨官入墓》の一篇を參看すべし。
化病兮傷損,(病,十二宮第七位,與長生對沖。用神化入病爻,凡事有損:占病未痊,占物不中,占藥不效,占文書有破綻,占行人未回,占身命帶疾,占婦人必不貞潔,占容貌必有破損。)化胎兮勾連。(胎,十二宮第十一位,主遲滯不響快,占行人主象化胎,必有羈絆未能動身。占盜賊,失脫,若官鬼化入胎爻,主內外勾連。)凶化長生,熾而未散;(用神化為長生,主吉,只是成事稍遲,不如帝旺來得快。但是凶爻化為長生,則禍根已萌,有日漸增長之勢。如占病,子孫化長生病漸減,如官鬼化長生,日加沉重,直至墓絕日,其勢始殺。)
「病」の位に化入するは、損傷を受くるを主る。病は十二宮の第七位にして、まさに長生と相對冲す。用神が動じて病位に化到れば、凡事皆虧損を帶ぶ。疾病を占せば則ち病未だ痊愈せず、器物を占せば則ち貨色中に用いず、藥石を占せば則ちそれを服して效なし、文書を占せば則ち文中に破綻あり、行人を占せば則ち人未だ歸らず、身命を占せば則ち身上に疾を帶び、婦人を占せば則ち貞節疑うべく、容貌を占せば則ち相貌に缺損あり。「胎」の位に化入するは、牽纏勾連を主る。胎は十二宮の第十一位にして、性質は遲滯にして爽快ならず。行人を占する時に主象が胎を化せば、あの人は必ず事に絆住せられて、なお身を動かす能わず。盜賊を占し失物を占する時、もし「官鬼」が胎位に化入せば、すなわち内外串通・家賊の外賊を引來するを主る。凶爻が長生と化するは、禍勢まさに熾りて消散せず。用神が長生を化するは本より吉兆なり。ただ事を成すこと稍遲し。帝旺を化するがごとき爽利ならず。然るに凶爻は一たび長生を化せば、禍根すでに萌發し、しかも日に滋長す。たとえば病を占して、「子孫」爻が長生を化せば、病勢は一天一天輕減す。官鬼爻が長生を化せば、病情は便ち一天天加重して、直に官鬼の墓に入るか絶地に到るのあの日を待ちて、來勢こそ煞住せんとす。
吉連沐浴,敗而不成。(沐浴,十二宮之第二位,又稱敗神、主凶。金敗在午,木敗在子,火敗在卯,水土敗在酉。用神化入敗爻凶,忌爻化入敗爻不成凶。)戒回頭之克我,勿反德以扶人。(回頭克是用神自化出忌神,忌神反來克用神。用神發動化出之爻不合世而合應,不合用爻,而合旁爻,為反德以扶人,都是損己利人之象,所求不成。)惡曜孤寒,怕日辰之並起。(惡曜,指刑沖剋害之爻。如無氣或孤立無助,不能傷用神。惟怕日辰扶並惡曜,孤寒得助,終不免受其害。如再值月建更為可怕。)
吉爻が「沐浴」に連なれば、すなわち敗落して成る能わず。沐浴は十二宮の第二位にして、また敗神と稱し、性は凶に屬す。金の敗地は午に在り、木の敗地は子に在り、火の敗地は卯に在り、水と土との敗地は酉に在り。用神が敗地に化入するは凶なり。反して、忌神が敗地に化入せば、凶はかえって成る能わず。須らく變爻の回頭して我を克するを提防し、また恩徳を反って旁人に送ること勿れ。いわゆる回頭克とは、用神が發動して、自ら一個の忌神を化じ出し、あの忌神が頭を掉轉して用神を克するなり。いわゆる徳を反して人を扶くとは、用神が發動して化じ出づる爻が、世爻に合せずして卻って應爻に合し、用爻に合せずして卻って旁爻に合す——この兩種は皆己を損して人に利するの卦象にして、求むる所の事は必ず成就せず。凶惡の爻は本來孤單力薄なり。最も怕るるは日辰の來りてそれと相併し・それを扶起するなり。惡曜はすなわちあの刑冲克害を施行するの爻にして、それもし氣なく、あるいは孤立無援なれば、本より用神を傷つくる能わず。ただ日辰がそれを扶助し・それと相併するを怕る。孤寒の爻が幫手を得れば、用神は終に害を受くるを免れず。もしこの惡曜またまさに月建の氣に當れば、則ちさらに畏るべし。
用爻重迭,喜墓庫之收藏。(用爻重迭為太過,如無日辰月建,動爻損之,則須入墓,墓也為庫。如丁丑日占財得益之萃卦,卦中有兩重財爻,初九、上九又化出兩重財爻,日辰又是財,為太過、無濟於事。喜得世上有辰爻為財庫,可受此財。)事阻隔兮間發,(間爻發動,事有阻隔。)心退悔兮世空。(世爻旬空,是本人有退悔之意,不能勇往精進促其事成。)卦爻發動,須看交重;(卦爻發動有兩種情況,一是遇交,由陰變陽;一是遇重,由陽變陰。交主未來,重主過去。如占逃亡,卦有父動,主有音信,若由交而動,須等人來報信;若由重而動,可斷信已先知。其他仿此。)
用神が一多一疊すれば、すなわち墓庫の來りて收納するあるを喜ぶ。用爻の重疊はすなわち太過なり。もし日辰・月建あるいは動爻の來りてそれを減損するなければ、すなわち須らくそれをして墓に入らしむべし。墓はすなわち庫なり。例を舉げて說けば、丁丑日に財を求めて占し、《益》の《萃》を得れば、卦中に原より兩重の「妻財」爻あり、初九と上九とまた各々一重の財爻を化じ出し、日辰の丑は本身また財なり——財多きこの地步に到ればかえって用なし。幸いなるかな世爻の上に辰土を坐せば、辰はまさに水財の庫にして、庫ありて能く收す。この筆の財はこそ承受得住なり。事情に阻隔あるは、間爻發動のゆえなり。世應の間の兩個の間爻一たび動けば、中間に人事橫生梗阻あり。人心に退悔を生ずるは、世爻落空のゆえなり。世爻が旬空に値すれば、本人自己が退堂鼓を打ちて、勇往直前してこの事を促成せんと肯んぜざるを說明す。卦爻發動すれば、還は須らく仔細にそれが「交」なるか「重」なるかを看るべし。發動は兩種を分かつ。交に遇うは陰が陽に變じ、重に遇うは陽が陰に變ず。交は未來の事を主り、重は已過の事を主る。たとえば逃亡を占して、卦中の「父母」爻發動すれば音信あるを主る。もし父母が交によりて動けば、須らく人の來りて信を報ずるを待ちてこそ知るを得。もし重によりて動けば、すなわち消息は早已聽說せりと斷定しうる。その餘の事情は皆これに照らして類推せよ。
動變比和,當明進退。(動變比合,即木爻變出木爻之類。須分別進神和退神,向未來方向變為進,向已過方向為退。以木為例,寅木化卯木為進神,卯木化寅木為退神。進主吉凶其勢倍增,退主吉凶漸減其威。)殺生身莫將吉斷,用克世勿作凶看,蓋生中有刑害之兩防,而合處有克傷之一慮。(此專談卜易之活法。一般來說世身喜生合而惡傷克,但有變易的情況。如日辰,動爻來生合世、身,而日辰又是用神的忌神,世身為我,雖然日辰、動爻來生我,對我是無用的,因為忌神克用為凶。用神克世身,是事來趕我,是易成易就之象,雖然為克,但不能以凶斷。)
動爻と變爻とが同じく一個の五行に屬せば、すなわち須らく進なるか退なるかを分清すべし。いわゆる比和とは、木爻が木爻を變じ出ずるのこの一類なり。この時須らく「進神」と「退神」とを辨ずべし。地支が未來の方向に向かって變ずるは進、已過の方向に向かって變ずるは退なり。木を以て例と爲せば、寅木が卯木を化ずるは進神、卯木が寅木を化ずるは退神なり。進神を化せば、吉はさらに吉・凶はさらに凶にして、聲勢加倍す。退神を化せば、吉凶皆逐漸減弱す。忌殺の來りて世身を生ずるは、便ち吉と斷作すべからず。用神の來りて世爻を克するも、また便ち凶と看做すべからず——生の裡に刑と害との兩重の隱患を藏むるを得ればなり。合の處にもまた克傷の一層の顧慮を帶ぶるを得。この一節の講ずるは占卦の活法なり。常理に照らして說けば、世爻・卦身は生合を喜び傷克を厭う。ただし情形は翻轉するを得。たとえば日辰あるいは動爻が來りて世身を生合するも、然るにこの日辰は偏偏また用神の忌神なり。世身は固より我なれども、日月動爻の我を生ずるは看るに利あるに似て、其實用なし。忌神が用神を克住すれば、事情は照樣辦成せざるがゆえに。さらにたとえば用神が反って世身を克するは、それは事情が主動に門に趕上するにして、まさに易成易就の象なり。名は克と曰うと雖も、凶に按じて論斷する能わず。
刑害不宜臨用,(刑爻為主象,必主不利,占事事不成,占物物不好,占病人必死,占人人有疾等。害爻為主象,必壞大事。)死絕豈可持身;(死絕即十二宮中第八位、第十位。死絕二爻臨持世身主象者,必不利。占人有難,占病無救,占醫無效,占事不濟。)動逢沖而事散,(對於沖,不可執一而論。旬空安靜之爻逢沖為起,起則有用,旬空發動之爻逢沖為實,安靜不空之爻逢沖為暗動,發動不空之爻逢沖為散、為脫。此種動爻逢沖,所占之事散脫不成,吉事不成吉,凶事不成凶。)絕逢生而事成。(此談絕處逢生,詳見《通玄妙論.絕處逢生》)
刑と害とは用神の身上に落つるを宜とせず。刑を帶ぶの爻もし主象に充當せば、必定利ならず。事を占せば則ち事成らず、物を占せば則ち物佳ならず、病を占せば則ち病者活き難し、人を占せば則ち人身に疾あり。害を帶ぶの爻もし主象に充當せば、さらに大事を壞掉せんとす。死と絶とはさらに世身に臨むべからず。死・絶は分別に十二宮の第八位と第十位にして、この兩位は一旦世爻・卦身あるいは主象に臨着せば、凶を主らざるなし。人を占せば則ち人に厄難あり、病を占せば則ち病に救藥なし、醫を占せば則ち醫治效なし、事を占せば則ち事情濟さず。發動の爻が冲に遇上せば、事情は便ち渙散せんとす。冲は一概に論ずべからず。須らく四種を分かつを要す。旬空にして安靜の爻が冲に逢うを「冲起」と叫び、起れば便ち用あり。旬空にして發動の爻が冲に逢うを「冲實」と叫ぶ。空ならずして安靜の爻が冲に逢うを「暗動」と叫ぶ。空ならずして發動の爻が冲に逢うをこそ「冲散」「冲脫」と叫ぶ。末の一種の動爻が冲に逢えば、占する所の事は便ち散脫して成らず——吉は吉を成さず、凶もまた凶を成さず。絶地に處るの爻もし生扶に遇えば、事情はかえって成就しうる。これがすなわち「絶處逢生」にして、詳しくは《通玄妙論・絶處逢生》の一篇に見ゆ。
如逢合住,須沖破以成功;(卦中用爻遇日辰合住,或兩爻自相合住,不論喜忌,皆不見效。須待沖破或克破合爻,然後吉者成吉,凶者成凶。)若遇休囚,必生旺而成事。(此談期日之法。期日,即予測事成之日期,需靈活圓變,才無差誤,上節已談用爻合住以沖破日斷,此節說用爻休囚,當以旺相之日斷。期日法尚有,用爻旺相不動,以沖動月日斷;用爻有氣發動,以合日斷,或以本日斷;用爻受制,以制殺月日斷;用爻得時旺動,又遇生扶,此為太旺,應以墓庫月日斷;用爻無氣發動而遇生扶,即以生扶之月日斷;用爻入墓,則以破墓月日斷;用爻空亡,以沖動月日斷;用爻旺空,或空而逢沖、逢並、逢動者,以過旬斷;若占散事,應以用爻死墓絕日斷等等。)
用神もし合住せられれば、便ちそれを冲破するを待ちてこそ成功しうる。卦中の用爻あるいは日辰に合住せられ、あるいは別の一爻と互相合住するも、この合の喜なるや忌なるやを論ぜず、一概に效驗を見ず。必ず冲ありて來りて合を破るか、あるいは克ありて來りて合を破るを待ちて、吉のはこそ吉を顯出し、凶のはこそ凶を顯出す。用神もしまさに休囚に當れば、便ちそれの旺相に轉入するの時を待ちてこそ事を成しうる。この一節の講ずるは「應期」を定むるの方法なり。應期はすなわち事成るの日子を豫斷するにして、須らく卦に隨いて靈活に推移して、こそ失準に至らざるを得。上の一句は用爻の合住せらるるを說く。冲してこの合を開くのあの日を取る。ここの一句は用爻の休囚を說く。それの旺相なるのあの日を取る。この外さらに若干條あり。用爻旺相にして動かざれば、それを冲動するの月日を取る。用爻に氣ありて發動せば、それと相合するの日子を取るか、あるいは就中當日を取る。用爻制せられれば、あの忌殺を制住するの月日を取る。用爻既に時令を得てまた旺にして動き、還は生扶あれば、太旺に屬し、それの墓庫に入るの月日を取る。用爻本より氣なくして發動し、また生扶に遇えば、すなわちそれを生扶するの月日を取る。用爻が墓に入れば、墓庫を冲破するの月日を取る。用爻空亡なれば、それを冲動するの月日を取る。用爻旺にして空なるか、あるいは空にして冲に逢い・併に逢い・動に逢うかは、本旬を出づるの後を取る。もし占する所は散掉するを要するの事なれば、則ち用爻が死・墓・絶の日子に到るを取る。かくのごとき類なり。
速則動而克世,緩則靜而生身。(此節專談期日的急緩。以用爻動靜生克定成日的遲速緩急。動而克世主速,靜而生身主緩。如占來人,若用神動而克世,則速到,用神動而生世則遲到,如靜而生世,就更晚了。)父亡而事無頭緒,福隱而事不稱心。(占法曰:“卦無父母無頭緒,卦無子孫不喜悅,”父母為主事之神,子孫為福德喜慶之神。此節談公事看文書,文書即父母爻,私事看福德,福德即子孫爻。凡占功名,公門、公事,以文書為頭緒,如卦上父母爻空,則事不確實,無有頭緒可尋。占私事,以福德子孫為解憂喜悅之神,如卦中子孫爻伏而不現,事不稱意,有憂無喜。)
事情の來ること速きは、用神が發動して世を克す。事情の來ること遲きは、用神が安靜にして身を生ず。この一節は專ら應期の緩急を講じ、用爻の動靜と生克とに憑りて事成の遲速を定む。動じて世を克すは速を主り、靜にして身を生ずは慢を主る。たとえば人の來到を等つを占す。用神發動して來りて世を克せば、人は很快に到る。用神發動して來りて世を生ずれば、到ること慢些なり。もし用神安靜にしてただ世爻を生ぜば、それすなわちさらに晚し。「父母」爻が卦に上らざれば、事情は便ち頭緒なし。「子孫」爻が隱伏して現れざれば、事情は便ち心を稱さず。占法に一の老話あり。卦中に父母なければ則ち事に頭緒なく、卦中に子孫なければ則ち事に喜悅なし。父母は事を主るの神、子孫は福德喜慶の神なり。ここに說くは公事は文書を看、私事は福德を看る。文書はすなわち父母爻、福德はすなわち子孫爻なり。およそ功名・官府・公家の事を占すれば、皆文書を以て事情の線索と作す。もし卦上の父母爻が落空せば、事情は便ち落實せず、頭緒の尋ねべきなし。およそ私己の事を占すれば、則ち子孫を以て憂を解き喜を生ずるの神と爲す。もし子孫伏して現れざれば、事情は便ち心を遂げず、ただ憂愁ありて喜慶なし。
鬼雖禍災,伏猶無氣;(官鬼為禍害,但卦中不可無。參見《通玄妙論.無鬼無氣》)子雖福德,多反無功。(子孫爻雖為福德之神,但卦中不宜重迭、過多,多則雜,雜則亂,亂而不專。所以說多反無功。)
「官鬼」は禍災を主ると雖も、然るにそれもし伏藏して現れざれば、整個の卦はかえって生氣なし。官鬼は固より爲害の神なれども、卦中に一個もなくすべからず。この道理は《通玄妙論・無鬼無氣》の一篇を參看すべし。「子孫」は福德の神なると雖も、然るにそれ多すぎればかえって功效を見ず。子孫爻は福德喜慶を主る。卦中に卻って重疊過多を宜とせず。多ければすなわち雜にして、雜なればすなわち亂れ、亂ればすなわち能く專一せず。ゆえに說く、多ければかえって功なしと。
究父母,推為體統;論官鬼。斷作禍殃;財乃祿神;子為福德;兄弟交重,必主謀為多阻滯;卦身重迭,須知事體兩交關。(此節概論六親。父母、官鬼等五項,後卷還將詳論,此處僅注卦身。卦身指月卦身,為萬物之本體。若卦中有兩處卦身,必是鴛鴦求事,或事關兩處。若帶兄弟,與人同謀,兄弟克世或帶官鬼發動,必有人爭謀其事。卦身不出現,主事未有定向,卦身出現持世、合世、生世,其事已定。卦身宜出現,但不宜變動,動則須防事情有變。若是喜神不以此論。
「父母」爻を推究するは、事情の體統根本を看るなり。「官鬼」爻を論ずるは、禍患災殃を斷ずるなり。「妻財」は禄食の神、「子孫」は福德の神なり。「兄弟」爻もし交重發動に逢えば、謀る所の事は必ず多く阻滯す。「卦身」もし兩重出現せば、すなわち事體の兩頭に牽連するを知るべし。この一節は總じて六親を論ず。父母・官鬼・妻財・子孫・兄弟の五項は、後面の各章還は須らく詳論す。ここにただ卦身を講明するのみ。卦身は月卦身を指し、萬事萬物の本體の所在なり。卦中もし兩處の卦身出現せば、必ず一身に兼ねて兩事を求め、あるいはこの事の兩方に牽涉す。卦身もし兄弟を帶ぶれば、すなわち人と合伙同謀するなり。兄弟が世を克し、あるいは兄弟が官鬼を帶びて發動せば、必定人の來りてこの事を爭奪するあり。卦身出現せざれば、事情はなお定向あることなしを說明す。卦身出現して持世・合世あるいは生世せば、事情はすでに定局なり。卦身は出現を以て宜と爲すも、卻って變動を宜とせず。一たび動けばすなわち須らく事情の中途に變を生ずるを防ぐべし——當然、もし變じ出づるは喜神なれば、すなわちこの條に照らして論ぜず。
卦身遇吉神而化忌爻,主先成後敗,遇凶殺而化吉神,主先難後易。如果本卦無卦身而動爻化出卦身來,主此人來談其事。卦身持世,或在本宮內卦,屬切己之事,臨應爻,他人之事。六爻飛伏皆無卦身,其事沒有根由或無有此事。卦身空亡,諸事難成;休囚死絕,諸事無氣。世與身不能同論,卦身宜作事體看,不應作人身看。若占人,卦身為所占人之身,不是來占人之身。身克世則吉,世克身則凶。身生世、合世,諸事易成;世生合卦身,其事難成。)
卦身もし吉神に臨みて卻って忌爻を化じ出づれば、事情の先成後敗を主る。もし凶殺に臨みて卻って吉神を化じ出づれば、先難後易を主る。本卦原より卦身を見ず、卻って動爻に由りて一個の卦身を化じ出づれば、人ありて上門して來りてこの事を商談するを主る。卦身持世し、あるいは本宮の内卦に落つれば、切己の自己の事なるを說明す。卦身が應爻に臨めば、則ち別人の事なり。六爻の中に飛神を連ね伏神を帶ぶとも卦身を找尋すること得ざれば、此事に來由なし、甚だしきは根本にかくのごとき事なしを說明す。卦身が空亡に落つれば、諸事成り難し。卦身休囚あるいは死・絶に臨めば、諸事皆氣力を提起する能わず。世爻と卦身とは混じて一談と作す能わず。卦身は當に事體と當てて看るべし、人身と當てて看るべからず。もし人を占せば、卦身は占する所のあの人の身を代表し、前來して占を求めるの人の身に非ず。卦身が世を克するは吉と爲し、世爻が卦身を克するは凶と爲す。卦身が世を生じ・世に合せば、諸事容易に辦成す。反して世爻が往きて卦身を生合せば、事情は便ち成り難し。
虎興而遇吉神,不害其為吉;龍動而逢凶曜,難掩其為凶;玄武主盜賊之事,亦必官爻;朱雀本口舌之神,然須兄弟;疾病大宜天喜,若臨凶殺,必生悲。出行最怕往亡,如係吉神終獲利,是故吉凶神殺之多端,何如生剋制化之一理。(此節言神殺,吉神為神,凶神為殺。作者認為不可拘於青龍為吉神、白虎為凶神、玄武為盜賊、朱雀為口舌等說法。應根據五行生剋之理靈活變通。此說甚為有理。但作為術數學研究,還應該懂得神殺的用處。大體神殺有附助的作用,大象凶,遇凶殺更凶,大象吉,遇吉神更吉。)嗚呼!卜易者知前則易,求占者籤後而靈:筮必誠心,何仿子日。(卜易者要在掌握占法的基礎上靈活變通。求占者也應懂得求占之理;筮必誠心。只要誠心,可以不顧忌陰陽曆書中關於“子不問卜”的說法。)
「白虎」發動して臨む所は吉神なれば、それを斷作して吉と爲すを妨げず。「靑龍」發動して臨む所は凶曜なるも、またそれを斷作して凶と爲すを掩う能わず。「玄武」は盜賊の事を主ると雖も、なお須らく官鬼爻に配上してこそ算するを得。「朱雀」は本より口舌の神なるも、また兄弟爻に配上してこそ驗するを得。疾病を占するに最も天喜星を見るを喜ぶ。然るにそれもし凶殺に臨着せば、照樣悲戚を生ずるを要す。出行を占するに最も往亡日に逢うを怕る。然るにそれもし吉神に係着せば、終に猶ほ利を獲るを得。見るべし、吉神凶殺の名目は多しと雖も、どうして五行生克制化のこの一條の道理の來ることの可靠なるに比せんや。この一節の說くは神煞なり。吉なるは神と叫び、凶なるは殺と叫ぶ。作者の主張は死守して靑龍必ず吉・白虎必ず凶・玄武必ず盜を主り・朱雀必ず訟を主るのあの一套の成說とすべからずして、五行生克の理に依りて靈活變通すべし。この見解は很に道理あり。ただし術數本身に就いて言えば、神煞の用處はなお須らく懂得するを要す。大體上神煞はただ附助作用を起こすのみ。卦の大象本より凶なれば、再び凶殺に遇えば便ちさらに凶。大象本より吉なれば、再び吉神に遇えば便ちさらに吉。嘆くべきかな!卦を占する人は先ずこれらの道理を明白して、判斷し起れば容易なり。占を求める人は求め過ぎたるのち、卦こそ靈驗ならん。占筮は心の誠なるを貴ぶ。ただ心誠なれば、また何ぞ曆書上の「子日には卜を問わず」のあの類の講究を顧忌せんや。
天時
天道杳冥,豈可度思旱澇?易爻微妙,自能驗彼之陰晴,當究父財,勿憑水火。(開篇便說天氣的變化可以通過易爻來預測,提出了預測天氣陰晴,以父母爻和妻財爻為主,不能憑水火二爻來斷的主張。這與《闡奧歌章》、《天玄賦》等有明顯的不同。)妻財發動,八方咸仰晴光;父母興隆,四海盡沾雨澤。(卦中父動主有雨,財動主晴。卦無父母,財爻又空,必然無雨;卦無妻財,父爻又空,必然不晴。)
天道は幽深難測にして、人はまたどうして空に旱澇を揣度せんや。好しや易卦の爻象精微にして、自然に陰晴を驗出する能く。天時を占するの正法は、「父母」と「妻財」との兩爻を推究するにして、五行の水爻火爻を拿りて硬斷するべからず。開篇に先ずこの條の綱領を立定す。天氣變化は卦爻に由りて推知しうるも、しかして陰晴を推するに父母爻・妻財爻を以て主と爲し、水火二爻を取らず——これは《闡奧歌章》《天玄賦》などの書の取用と明顯に同じからず。かく取る所以は、父母爻は本より雨澤の神、妻財爻は本より晴明の神なればなり。ゆえに妻財一たび發動すれば、八方皆仰いで晴光を見。父母一たび興隆すれば、四海皆雨澤に沾うを得。反して推す。卦中に父母爻なく、妻財また落空せば、必定雨なし。卦中に妻財爻なく、父母また落空せば、必定晴れず。
應乃太虛,逢空而雨晴難擬;(太虛,天空應為天。占天時與占人事一樣,應空則難望。如久晴占雨則無雨,久雨占晴而不晴。若卦雨爻動而應空亦主遲緩,世空則來速。世應俱空雨晴難擬,須詳父母妻財及日辰斷之。)世為大塊,受克則天變非常。(大塊,地,世為地。地為萬物之主。如果世爻受動爻剋制,主有非常之變。如雨爻刑剋,必是惡雨;風爻刑剋,必遭惡風之類。)
天時を占するに、應爻は太虚すなわち天を代表す。それ一たび落空せば、雨晴は便ち擬議するに由なし。この道理は人事を占するに同じ。應空なれば則ち望む所落空す——久晴ののち雨を占して、應空なれば則ち雨來らず。久雨ののち晴を占して、應空なれば則ち晴れず。倘若卦中の雨を主る爻は動くと雖も應爻落空せば、また雨の來ること遲緩を主る。もし空なるは世爻なれば、かえって來ること速きを主る。世應兩爻皆空なれば、雨晴はさらに擬定し難し。ただ父母・妻財兩爻と日辰とを詳審して以て判斷するのみ。世爻は大塊すなわち地を代表す。地は萬物の主なり。世爻一旦動爻に克制せられれば、すなわち天時に反常の變あるを主る。雨を主る爻に刑克せられれば、必ず暴雨なり。風を主る爻に刑克せられれば、必ず狂風に遭う。その餘は類推せよ。
日辰主一日之陰晴,(父母動被日辰剋制,主當日無雨。父母爻動,日辰生扶,主當日大雨。財爻動日辰生扶,主當日烈日當空。又日辰為兄弟,其日有風雲,日辰為子孫,早晚有彩霞。日辰有官鬼,其日必陰晦等,餘仿此推。)子孫管九天之日月。(九天之日月,指天上的太陽與月亮。陽爻子孫為日,陰爻子孫為月。不論日月,旺則皎潔,衰則暗淡,空伏雖晴而被雲霧遮掩。子化子,陽主日照霞明,陰主月明星燦。化出墓、絕,始雖明朗,終成晦暗。)
日辰は專ら當日一天の陰晴を管す。父母爻動くと雖も、卻って日辰に克住せられれば、當天は雨下らず。父母爻發動して日辰の生扶を得れば、當天必ず大雨あり。妻財爻發動して日辰の生扶を得れば、當天便ち烈日空に當る。日辰もし兄弟に屬せば、あの一天は風あり雲あり。日辰もし子孫に屬せば、早晚彩霞を現ず。日辰もし官鬼に屬せば、あの一天必然陰沈晦暗す。その餘はこれに照らして類推せよ。「子孫」爻の管するは九天の上の日月なり。陽爻の子孫は太陽を代表し、陰爻の子孫は月亮を代表す。日月を論わず、旺相なれば則ち光華皎潔、衰弱なれば則ち光色暗淡す。もし子孫落空あるいは隱伏せば、天晴なると雖も、日月また雲霧に遮住せらる。子孫さらに子孫を化ずれば、陽爻は日照霞明を主り、陰爻は月朗星燦を主る。もし化じ出づるは墓あるいは絶なれば、それすなわち起初明朗・終に晦暗に歸す。
若論風雲,全憑兄弟;(兄弟爻為風雲。以旺動衰靜論風雲大小、濃淡。旺動則風高雲密,死絕則云淡風輕。化出子孫則清風彩雲,化出官鬼則頑雲惡風。但若問順風、逆風,不能以兄弟爻論,應以子孫爻為順風,官鬼爻為逆風。)要知雷電,但看官爻。(官鬼主雷電,動則有雷聲,旺則霹靂驚雷,化進神同。衰弱為雲中虛閃。卦中兩鬼皆動,雷鳴電閃,鬼化鬼同。鬼化財或卦無父母,雖有雷無雨,待父母值日才可斷有雨。)
風と雲とを論ぜんと要せば、全く「兄弟」爻を看る。兄弟爻はすなわち風雲の神にして、それの旺衰動靜に憑りて風雲の大小濃淡を定む。旺にして動けば則ち風高く雲密なり。死絶の地に處れば則ち雲淡く風輕し。子孫を化じ出づれば、清風彩雲なり。官鬼を化じ出づれば、頑雲惡風なり。ただしもし問う所は順風なるか逆風なるかなれば、すなわち兄弟爻を拿りて以て論ずる能わず。應に子孫爻を以て順風を主り、官鬼爻を以て逆風を主るべし。雷と電とを知らんと要せば、ただ「官鬼」爻を看る。官鬼は雷電を主る。一たび動けば便ち雷聲あり、旺相なればすなわち霹靂驚雷にして、進神を化するもまたこれに照らして論ず。官鬼衰弱なれば、則ちただ雲中の虛閃にして聲なし。卦中の兩個の官鬼齊動すれば、便ち雷鳴電閃並作す。鬼が鬼を化するもまたかくのごとし。もし官鬼が妻財を化じ出し、あるいは卦中根本に父母爻なければ、それすなわち雷あるのみにして雨なし。須らく父母爻の日に値するのあの天を待ちて、こそ雨下るを斷定しうる。
更隨四季推詳,須配五行參決。(父母四時主雨,妻財四時主晴,其他子孫、官鬼、兄弟都應隨四季變化而變,並看五行而定。如父母爻主雨,若臨金水,雨未止;臨火土、雖雨不久;臨土雨雖止而云不散;臨木則有風有雨。妻財爻四時主晴,臨金必有煙霧,臨水必有朝霞,化出父爻反主有雨,臨木晴而有風,臨土晴而有云,臨火日麗中天等。)晴或逢官,為煙為霧;雨而遇福;為電為虹。(卦得晴兆逢官動,有濃煙重霧;得雨兆遇子孫爻動,非有閃電,即有彩虹。)
六親の外に除いて、還は須らく四季に隨いて推詳し、五行に配合して參決すべし。父母爻は一年四季皆雨を主り、妻財爻は一年四季皆晴を主る。その餘の子孫・官鬼・兄弟は則ち季節に隨いて變じ、並びに臨む所の五行に按じてその形態を定む。たとえば父母は雨を主る。金に臨み・水に臨めば則ち雨は下りて停まず。火に臨めば則ち下ると雖も久しからず。土に臨めば則ち雨住すと雖も雲散らず。木に臨めば則ち風雨交加す。妻財は晴を主る。金に臨めば必ず煙霧を帶ぶ。水に臨めば必ず朝霞あり。もし父母爻を化じ出づればかえって轉じて雨あり。木に臨めば晴れ帶風なり。土に臨めば晴れ中に雲あり。火に臨めば則ち日中天に麗し。晴卦の裡もし官鬼を摻進せば、すなわち煙と成り・霧と成る。雨卦の裡もし子孫に遇上せば、すなわち電と成り・虹と成る。すなわち說く、卦すでに晴兆を現して官鬼發動せば、天必ず濃煙重霧あり。卦すでに雨兆を現して子孫發動せば、閃電ならざれば、便ち彩虹なり。
應值子孫,碧落無暇疵之半點;(此言得晴卦,應臨子孫者,其日皎潔。)世臨土鬼,黃沙多散漫於千村。(此亦言晴卦,世臨土鬼發動,或土鬼動來沖剋世身,是黃沙漫天之象。世臨土鬼,即世爻五行為土,六親為官鬼。)三合成財,問雨那堪入卦;(卦有三合成局,依五類推之。如三合財局,必然無雨。占晴,卦遇三合父局亦主不晴。)五鄉連父、求晴怪殺臨空。(五鄉,財官父兄子,此五類中,唯父母為雨,此爻空亡或休囚不動,雨未可望。若遇動爻化出父母則主有雨,化出財爻則主晴。)
應爻の上に子孫を坐すれば、碧空萬里半點の瑕疵なし——これの說くは晴卦なり。應爻が子孫に臨めば、あの一天必然天光皎潔なり。世爻の上に土に屬するの官鬼を坐すれば、千村皆黃沙を彌漫するを要す——これもまた晴卦の斷法なり。世が土鬼に臨みて發動し、あるいは土鬼發動して來りて世身を冲克せば、便ち黃沙漫天の象なり。いわゆる世臨土鬼とは、世爻の五行が土に屬して、しかしてそれの六親身分が官鬼なるを說く。三合會して財局を成すは、雨を占する人の最もそれの卦に入るを怕るるなり。卦中におよそ三合成局あれば、皆成る所の六親類別に按じて推す。三合妻財局を成せば、必定雨なし。反して晴を占して卦が三合父母局を成せば、また必定晴れず。五類の中もし父母に連なれば、晴を求める人偏にあの忌殺の恰好落空するを怪む。五鄕はすなわち妻財・官鬼・父母・兄弟・子孫の五類にして、その中ただ父母のみ雨を主る。父母爻もし空亡し、あるいは休囚にして動かざれば、雨は便ち指望なし。もし動爻ありて父母を化じ出づれば、依然として雨あるを主る。妻財を化じ出づれば、則ち轉晴を主る。
財化鬼,陰晴未定;(財主晴明,鬼主陰晦。故遇財化鬼,或鬼化財,或鬼財皆動必主陰晴未定。或先陰後晴,或先晴後陰之象。卦無子孫,財爻助鬼,必不晴。)父化兄,風雨靡常。(父主雨,兄主風,兩爻相化或俱發動皆主風雨交作。論先後當以動者為先,變者為後。俱動則以旺者為先,衰者為後。或定旺多衰少。)母化子孫,雨後長虹垂螮蝀;弟連福德,雲中明月出蟾蜍。(螮蝀,虹的別稱。日月虹霓皆屬子孫,若父爻化出子孫,為雨後見虹;兄爻化出子孫,為雲中漏日、月。)
妻財が官鬼を化じ出づれば、天氣陰晴定まらず。財は晴明を主り、鬼は陰晦を主る。ゆえに財が鬼を化し・鬼が財を化し、あるいは鬼財兩爻同時發動するは、皆陰晴反覆を主る。あるいは先に陰にして後に晴れ、あるいは先に晴れて後に陰る。もし卦中に子孫爻なく、財爻反って官鬼を生助し往けば、それすなわち斷然として晴放れず。父母が兄弟を化じ出づれば、風雨變幻常なし。父は雨を主り、兄は風を主る。この兩爻互相變化あるいは一同發動するは、皆風雨交作を主る。先後次序の定法は:發動の爻を先に在りと爲し、變じ出づる爻を後に在りと爲す。兩爻同動すれば、則ち旺なる者を先に在り・衰なる者を後に在りと爲し、あるいは旺なるは分量多く・衰なるは分量少なし。父母が子孫を化じ出づるは、雨後長虹高垂なり。兄弟が子孫に連なるは、雲中明月蟾影を現出す。螮蝀はすなわち虹の別名にして、日・月・虹・霓は皆子孫に歸して管す。ゆえに父母爻が子孫を化じ出づるは、雨過ぎ天青にして彩虹を見るなり。兄弟爻が子孫を化じ出づるは、雲一線開きて日光月色を漏出す。
父持月建,必然陰雨連旬;(卦中六親皆不宜臨月建,唯有子孫爻遇月建為吉。父臨月建,必主久雨,財臨月建,必主久晴,臨父化水則澇,臨財化火則旱。)兄坐長生,擬定狂風累日。(長生為事萌發之始,然後帝旺直至衰死,故遇長生,卒難止息。父逢長生,雨必連日,兄逢長生,累日大風,官逢長生,陰雲不散,財逢長生,望雨無門,須至墓絕日,方能雨止、風息、雲開、潤雨。)
父母爻もしまさに月建の氣に當れば、必定陰雨接連十天半月す。天時を占するに、六親の中大都臨月建を宜とせず、ただ子孫爻のみ月建を得てこそ吉と算す。父母の月建に臨むは久雨を主り、妻財の月建に臨むは久晴を主る。父母が月建に臨みてまた水を化せば、すなわち水澇と成り、妻財が月建に臨みてまた火を化せば、すなわち干旱と成る。兄弟爻もし長生の上に坐すれば、すなわち狂風の刮りて上ること好幾天を斷定す。長生は事物萌發の起點にして、この後一路帝旺を經てこそ衰死に到る。ゆえにおよそ長生の地に落つれば、その勢い一時に停歇し難し。父母が長生に逢えば、雨必ず連日す。兄弟が長生に逢えば、風必ず連日す。官鬼が長生に逢えば、陰雲久久散らず。妻財が長生に逢えば、雨を求むる便ち門路なし。皆須らくあの一爻が墓・絶の日子に走到するを待ちて、雨こそ止み・風こそ息み・雲こそ開き・旱土こそ潤澤を得ん。
父財無助,旱澇有常;(官鬼父母無氣而財爻旺動,必旱;子孫妻財無氣而父母旺動,必澇。卦遇此象,最怕日月動爻來生扶合併。如有日月動爻來生扶合併,則旱澇成災。如父財二爻雖旺動,而有制伏,沒有扶助,旱澇有時,不成大災。)福德帶刑,日月必蝕。(蝕,被雨遮蓋有雨。子孫帶刑動化鬼,或化官鬼動來刑害,或父帶螣蛇來克,皆主日月有蝕。陽爻為日,陰爻為月,如八月庚申日,卜中秋月得家人之觀卦,果應大雨。)
父母と妻財ともし皆外來の幫助を得ざれば、旱と澇とはなお常度の内に在り。官鬼・父母皆氣なくして妻財旺動せば、必ず干旱を主る。子孫・妻財皆氣なくして父母旺動せば、必ず水澇を主る。この種の卦象に遇上せば、最も日辰・月建あるいは動爻のさらに來りて生扶合併するを怕る——一旦これらの幫襯あれば、旱澇は便ち災を成さんとす。もし父・財二爻旺にして動くと雖も、卻って別爻の制伏あり、また幫手なければ、則ち旱一陣澇一陣にして、各々その時ありて、大災を釀成するに至らず。子孫爻が刑を帶ぶれば、日月必ず遮蔽せらる。ここの蝕は雲雨に掩いられて光を遮るを指す。子孫刑を帶びて發動して官鬼を化じ出し、あるいは官鬼發動して來りて子孫を刑害し、あるいは父母が「螣蛇」を帶びて來りて子孫を克するは、皆日月光なきを主る。陽爻の子孫は太陽を代表し、陰爻の子孫は月亮を代表す。たとえば八月庚申日に中秋の月を賞するを占して、《家人》の《觀》を得れば、後來果たして一場の大雨に應じたり。
雨嫌妻位之逢沖,(占雨要財爻靜,財爻若被日辰、動爻沖動,則傷父母,求雨無望。父爻發動,雨也不多,不然當日必無雨,至財爻墓絕日方可有雨。若父爻安靜逢沖日有雨。)晴利父爻之入墓。(墓主晦滯,父爻動入墓中無雨而陰滯,財爻動入墓則反之。)子伏財飛,簷下曝夫猶抑鬱;(曝夫,指晾曬物品之人。此言占晴。若徒有財而無子孫、或子孫居空地而又變弱,此日有陰晴之象,因為財雖主晴但不主日,須有子孫出現不空,或遇生扶、或逢沖並方為有日。何況卦無子孫,則財絕源,官鬼專權,必非久晴之兆。)
雨を占するに最も妻財の位の冲せらるるを忌む。雨を求むるに財爻の安靜を要す。財爻一旦日辰あるいは動爻に冲起せられれば、それは轉じ過來て父母を傷克し、雨は便ち指望なし。この時父母縱い發動すとも、雨もまた大いに下らず、否んじゃ當天索性雨なし。是非とも財爻の墓・絶の日に走到するを待ちてこそ雨落つるを得。反して、もし父母爻本來安靜なれば、則ちそれを冲動するのあの一天に雨あり。晴を占すれば則ち父母爻の墓に入るに利あり。墓は晦暗滯塞を主る。父母爻發動して墓に入れば、便ち雨を下すこと成らず、ただ陰沈あるのみ。妻財爻發動して墓に入れば、情形まさに相反し、晴れもまた晴れ起る能わず。子孫隱伏して妻財獨り現るれば、檐下に物を曬る人はなお心裡痛快ならず。これは晴を占するに就いて言う。卦中空しく妻財ありて卻って子孫を見ず、あるいは子孫落空して衰弱と變ずれば、この一天便ち陰晴定まらず。原因は財晴を主ると雖も、卻って日頭を主らざるに在り。必ず子孫出現して落空せず、あるいは生扶を得、あるいは冲併に逢いてこそ、天上まさに眞に太陽あり。まして卦に子孫なく、妻財便ち源頭を斷たれ、官鬼獨り權を當れば、それさらに久晴の兆に非ず。
父衰官旺,門前行客尚趑趄。(趑趄,欲進不前時的樣子。此論有雨無雨。父母爻休囚死絕可斷無雨。若得官鬼旺相發動,生扶父爻,亦主有雨。但忌父居空地或在日辰制伏之處,仍為無雨。可斷必有溼雲載雨,凝滯不散。)福合應爻木動交而游絲漫野;(福為子孫,子孫乃曠達之神。若子孫爻臨木動與應爻相合,或臨應爻生合世身,必是風和日暖、游絲蕩揚之天。)
父母衰にして官鬼旺なれば、門前に路を趕く客はなお猶豫して前せず。趑趄はすなわち行かんと欲して敢えて行かざるの樣子なり。この一句の論ずるは雨あるや無きやなり。父母爻休囚あるいは死絶に落つれば、雨なしを斷じうる。ただしもし官鬼旺相にして發動し、能く父母を生扶せば、依然として雨あるを主る。ただ父母の空亡の地に坐し、あるいはまさに日辰に制伏せらるるを忌む。それすなわちなお雨なしにして、ただ陰雲雨を含み凝滯散らずと斷作して、行人に主意を拿定せしめざるなり。子孫が應爻と相合して木爻發動交變すれば、則ち游絲野に漫れるを見る。福はすなわち子孫にして、子孫は曠達開朗の神なり。子孫が木に臨みて動き、また應爻と相合し、あるいは應爻に臨みて來りて世身を生合せば、必ず風和らぎ日暖かく、蟲絲空中に飄蕩するの好天氣なり。
鬼沖身位金星會而陰霧迷空。(鬼臨金爻動來沖剋世身,或臨世身沖剋應爻,主有濃煙重霧迷蔽郊野。)卦值暗沖,雖空有望;(占雨怕父空,占晴怕財空,空而無望。如果日辰沖之,則沖空不空,過旬有望。欲定日期,以沖日、沖時斷。)爻逢合住,縱動無功。(日辰動爻合住財爻不晴,合住父爻不雨。財、父即使發動也主不成。)
官鬼が卦身の位に冲着して、しかして金星がそれと相會すれば、便ち陰霧空に迷う。すなわち說く、官鬼が金爻に臨みて發動して來りて世身を冲克し、あるいはそれ就中世身の上に臨みて往きて應爻を冲克するは、皆濃煙重霧の郊野を遮蔽するを主る。卦中もし暗冲あれば、用神は落空すと雖もなお指望あり。雨を占するに父母の落空を怕れ、晴を占するに妻財の落空を怕る。空なれば則ち望む所虚と成る。ただし日辰もし來りてそれを冲せば、すなわち冲空空ならずと叫ぶ。この一旬を出でば便ち指望あり。具體の日子を定めんと要せば、すなわちそれを冲するのあの一日あるいはあの一個の時辰を取る。爻もし合住せられれば、縱い發動すとも作用を起こす能わず。日辰あるいは動爻が妻財を合住せば、天は便ち晴れる能わず。父母を合住せば、雨は便ち下り來らず——財・父二爻たとい發動すとも、事情は照樣成らず。
合父鬼沖開,有雷則雨;(父爻被合住,本主無雨,但遇官鬼動沖破合,主雷震後降雨。沖爻若是兄弟,主發風後降雨;沖爻是子孫,主閃電後降雨。)合財兄克破,無風不晴。(財爻被合住,本不晴明,若得卦有兄動克破合爻,或日辰是兄,則風先起而後晴,無風則不晴。)
父母が合住せられて官鬼に由りて來りて冲開せらるれば、それすなわち先ず雷を打ち、後に雨下る。父母爻が合住せらるるは本より雨なきを主る。然るに官鬼一たび動きてこの合を冲破せば、雨は便ち雷聲の後に落下す。もし來りて冲するは兄弟爻なれば、便ち先ず風を起し後に雨下る。もし來りて冲するは子孫爻なれば、便ち先ず電を閃かし後に雨下る。妻財が合住せられて兄弟に由りて來りて克破すれば、それすなわち風を起こすに非ざれば晴放るる能わず。財爻が合住せらるるは本來晴るる能わず。もし卦中の兄弟發動してあの合爻を克破し、あるいは日辰恰も兄弟なれば、便ち先ず一陣の風を刮起して然るのち轉晴す。風起らざれば、天もまた晴るる能わず。
坎巽互交,此日雪花飛六出;(八卦屬象,乾為天、為晴,坤為地、為陰,坎為水、為雨雪冰雹,離為太陽、為霞為電,艮為雲,震為雷,巽為風,兌為星、月、霧、露類。若冬月卜卦遇坎化巽,或巽變坎,必有風雪飄揚之象。)陰陽各半,今朝霖雨慰三農。(三農,指居住在平地、山、澤三種地方的農民。古人有“陰陽和而後雨澤降”之說。凡占天時得陰陽各佔一半的卦,必然有雨。大體為:純陽卦安靜,占雨不雨,占晴必晴,動則主雨。純陰卦安靜,占晴不晴,占雨必雨,動則主晴。純陰卦動出父爻終有雨,純陽卦動出財爻終有晴。)
《坎》と《巽》と互相交變すれば、この一天に六出の雪花飛舞す。八卦各々象する所あり。乾は天と爲し晴と爲し、坤は地と爲し陰と爲し、坎は水と爲し雨雪冰雹と爲し、離は太陽と爲し霞と爲し電と爲し、艮は雲と爲し、震は雷と爲し、巽は風と爲し、兌は星・月・霧・露の一類と爲す。冬月に課を起こしてもし坎が巽を化じ、あるいは巽が坎に變ずるに遇えば、水と風と相遇し、必ず風雪飄揚の象なり。卦中陰陽各々一半を占めば、今朝のこの一場の好雨便ち能く三農を慰藉せん。三農は平地・山地・水澤の三處に住する農人を指す。古人は陰陽調和して然るのち雨澤こそ降ると言う。ゆえに天時を占して陰爻陽爻各半の卦を得れば、必定雨あり。大略の規矩は:純陽の卦安靜なれば、雨を占すれば則ち雨なく晴を占すれば則ち必ず晴れ、一たび動けばかえって雨を主る。純陰の卦安靜なれば、晴を占すれば則ち晴れず雨を占すれば則ち必ず雨り、一たび動けばかえって晴を主る。純陰卦動じて父母を化じ出づれば、終に雨あり。純陽卦動じて妻財を化じ出づれば、終に晴放る。
兄弟木興繫巽風,而馮姨何其肆惡;(興,動。馮姨,水神。占天時,遇兄弟屬木在巽宮乘旺而動刑剋世爻,主有颶風暴雨之災。)妻財火動屬乾陽,而旱魃胡爾行凶。(旱魃,古代傳說能造成旱災的怪物,也稱旱神,旱鬼。占天時得財臨火動,或從火化,或化火爻,或變入乾卦而又遇月建、日辰、動爻生扶合助,必主大旱。若六爻無水,父母死絕,或父與水爻在空,而財福當權旺動,也主大旱。)
兄弟が木に屬して發動し、また《巽》宮の風に係着せば、あの位の水神は便ち放肆して惡を逞しうせんとす。興はすなわち發動なり。馮姨は古人の說く所の水神なり。天時を占してもし兄弟爻が木に屬し・巽宮に居り・旺に乘じて動きて來りて世爻を刑克するに遇えば、すなわち颶風暴雨災を成すを主る。妻財が火に屬して發動し、また《乾》の純陽に歸すれば、旱魃便ち肆意に凶を行わん。旱魃は傳說中の旱災を造成するの怪物にして、また旱神・旱鬼と叫ぶ。天時を占してもし妻財が火に臨みて動き、あるいは火化に由りて來り、あるいは火爻を化じ出し、あるいは乾卦に變入し、再び月建・日辰・動爻の生扶合助を得れば、必ず大旱を主る。またもし六爻の中一點の水もなく、父母爻が死絶に處り、あるいは父母と水爻と皆落空し、しかして妻財・子孫また權に當り旺動せば、同じく大旱を主る。
六龍御天,只為蛇興震卦;五雷驅電,蓋緣鬼發離宮。(不注)土星依父,雲行雨施之天;木德扶身,日暖風和之果。(土主雲、父主雨,土臨父動有云行雨施之象。木主風、財主晴,木臨財動,有日暖風和之景。)多霧多煙,爻上財官皆動。(財動主晴,官動主陰,官旺財衰,大霧重如細雨;鬼衰財旺,煙迷少頃開晴。)
六條の神龍が長空を駕御するは、ただ「螣蛇」の《震》卦中に興動するに因る。五方の雷神が閃電を驅趕するは、全く官鬼の《離》宮に發動するに緣る——震は雷を主り離は電を主り、蛇の形は龍に似たり。ゆえにこの象あり。この兩句の原文は注を加えず。土星が父母爻に依附するは、便ち雲行雨施の天氣なり。木徳が卦身を扶助するは、便ち日暖風和の效驗あり。土は雲を主り、父は雨を主る。土爻が父母に臨みて動くは、まさに濃雲の甘霖を布施するの象なり。木は風を主り、財は晴を主る。木爻が妻財に臨みて動くは、まさに日暖風和の景なり。煙霧重重なるは、爻上の妻財と官鬼とが一同發動するがゆえなり。財動は晴を主り、官動は陰を主る。官旺にして財衰なれば、大霧濃重して細雨を下すがごとし。鬼衰にして財旺なれば、煙氣彌漫して一陣便ち開晴す。
身值同人,雖晴而日輪含耀;世持福德,縱雨而雷鼓藏聲。(同人,兄弟爻。凡占天時,被世爻所克者必無所求之象。如占晴兄弟持世,兄動則克財,財雖旺相,亦非皎潔天氣。子孫持世則克官鬼,官若發動雖有雨而無雷。)父空財伏,須究輔爻;(輔爻,即原神。占雨以父母為用,官鬼為原神,即輔爻,占晴以財為用神,子孫為輔爻。若卦中財父皆空,或俱不出現,或一空一伏,雨晴難定,須察輔爻衰旺動靜,方可決斷。如鬼爻旺動,日、月、動爻又來生合,主有雨。子孫旺動,鬼爻墓絕主晴。如官與子俱靜,則依有日辰生合沖並者斷。)
卦身が同人すなわち兄弟爻に臨めば、縱い天晴すとも、日輪の光輝はまた含みて露ならず。世爻が福德すなわち子孫爻を持せば、縱い雨下るとも、雷鼓の聲音はまた藏れて發せず。およそ天時を占するに、世爻に克せらるるのあの一類は、便ち求むる所の象なし。晴を占して兄弟持世せば、兄一たび動けば便ち妻財を克す。財は縱い旺相なるとも皎潔の天光を換來する能わず。子孫持世せば則ち官鬼を克す。官鬼縱い發動すとも、ただ雨ありて雷なし。父母落空・妻財隱伏せば、便ち須らく輔爻を推究すべし。輔爻はすなわち原神なり。雨を占するに父母を以て用神と爲し、父母を生ずるの官鬼は便ち原神なり。晴を占するに妻財を以て用神と爲し、妻財を生ずるの子孫は便ち原神なり。もし卦中の財・父皆空なるか、あるいは皆出現せざるか、あるいは一空一伏せば、雨晴定め難し。必ず輔爻の衰旺動靜を察看してこそ決斷しうる。たとえば官鬼旺にして動き、日辰・月建・動爻また來りて生合せば、すなわち雨あるを主る。子孫旺にして動き、官鬼また墓絶に落つれば、すなわち晴放るを主る。倘若官鬼と子孫と皆安靜なれば、それすなわち日辰に依りて往きて生じ・往きて合し・往きて冲し・往きて併するのどれか一つを以て斷ず。
剋日取期,當明占法。(此節談預測日期。占雨看父爻,久晴占雨父爻衰弱,主旺日有雨,父爻安靜,沖動日有;父爻發動,逢值日有;月建是財,出月斷,卦無父母,財多墓絕日有。久雨占晴,財爻衰弱,生旺日晴。日辰是財,當日晴,卦無財爻,父母墓絕日晴。月建是父,出月晴。日辰是父,雖有氣,當日必不能晴。若衰爻遇有扶起者,即以扶爻斷之。如占一日陰晴,以時刻甲子取期。)
日期を限定せんと要せば、便ち須らく應期を取るの占法を明白すべし。雨を占するに父母爻を看る。久晴の後に雨を求め、父母衰弱なれば、それの旺に轉ずるあの一日に雨下るを取る。父母安靜なれば、それを冲動するあの一日を取る。父母發動せば、それの日に値するあの一天を取る。もし月建が妻財なれば、須らくこの月を出でてこそ行くべし。卦中に父母なくして妻財偏に多ければ、すなわち妻財の墓に入り絶に到るあの一日を取る。久雨の後に晴を求めれば則ち妻財爻を看る。財爻衰弱なれば、それの生旺の日に晴放るを取る。日辰恰も妻財なれば、當天便ち晴る。卦中に妻財なければ、父母の墓に入り絶に到るあの一日を取る。月建が父母なれば、須らく月を出でてこそ晴るべし。日辰が父母なれば、縱い財爻氣あるとも、當天また斷然として晴るる能わず。およそ衰弱の爻に別に別爻ありてそれを扶起せば、すなわち改めてあの扶助の爻を用いて日子を定む。もし占する所はただ一天の内の陰晴なれば、それすなわち甲子を時辰の上に推して以て應期を取る。
要盡其詳,別陰陽而分晝夜;(陰陽之分以卦宮取,不以爻象論。陽為晝,陰為夜。或外卦陽爻以上午斷,內卦陽爻以下午斷,外卦陰爻以上半夜斷、內卦陰爻以下半夜斷。陽化陰,晝興夜作;陰化陽,夜興晝作。又陽宮陽爻午前推之,陽宮陰爻午後推之等。)欲推其細,明衰旺以定重輕。(衰旺以四時定,旺則重,衰則輕。有氣而又臨生旺之地者愈甚,無氣而又臨墓絕之地者尤微。旺變衰,先重後輕;衰變旺,先輕後重。)能窮易道之精微,自與天機而吻合。(不注)
天時を說き周詳ならんと要せば、便ち須らく陰陽を辨じて以て晝夜を分かつべし。ここの陰陽は卦宮に按じて取り、單個の爻象に按じて論ぜず。陽は白晝を主り、陰は夜間を主る。もまたさらに細なる分法あり。外卦の陽爻は上午を斷じ、内卦の陽爻は下午を斷じ、外卦の陰爻は上半夜を斷じ、内卦の陰爻は下半夜を斷ず。陽が陰を化するは、白天に起りて夜裡に作す。陰が陽を化するは、夜裡に起りて白天に作す。またたとえば陽宮の陽爻は午前に推し、陽宮の陰爻は午後に推す。その餘は類推せよ。天時を推し精細ならんと要せば、便ち須らく衰旺を明らかにして以て輕重を定むべし。衰旺は四時に依りて判定す。旺なれば則ち來勢重く、衰なれば則ち來勢輕し。氣ありてまた生旺の地に坐するはさらに重く、氣なくしてまた墓絶の地に坐するはさらに輕し。旺より變じて衰となれば、先重後輕なり。衰より變じて旺となれば、先輕後重なり。能く易道の精微の處を窮究して底に到れば、自然に天機と相吻合せん。
年時(賦を存し注せず)
陰暗晴暑,天道之常,水旱兵災,年時之變。欲決禍福於一年,須審吉凶於八卦。初觀萬物,莫居死絕之鄉;次察群黎,吉在旺生之地。三言府縣官僚,兄弟則徵科必迫;四論朝廷宰相,沖身則巡警無私。五為君上之爻,六為昊天之位。應亦為天,克世則天心不順;
陰晦・晴朗・暑熱は、これは天道の常態なり。水災・旱災・兵災は、これは年成の變數なり。一整年の禍福を判定せんと要せば、便ち須らく八卦六爻の上に吉凶を細審すべし。年時を占するに爻位に按じて職司を分派す。初爻は萬物百産を看る。最もそれの死・絶の地に坐するを忌む。二爻は百姓群黎を察す。吉處はそれの旺・生の地に落つるに在り。三爻の說くは府縣一級の官吏なり。この爻もし「兄弟」に臨めば、賦稅徵斂必然逼迫す。四爻の論ずるは朝廷宰輔なり。この爻もし來りて卦身を冲せば、則ち巡查警戒公正無私なり。五爻は君上の位、上爻は蒼天の位なり。應爻もまた天を代表す。應の來りて世を克するは、便ち天心順ならざるなり。
世還為地,逢空則人物多災。太歲逢兄乘旺,有溫州之大颶,流年值鬼帶刑,成漢寢之轟雷。發動妻財,旱若成湯之日;交重父母,澇如堯帝之時。猛烈火官回祿,興災於熙應;汪洋水鬼元冥,作禍於江淮。尤怕屬金,四海干戈如鼎沸,更嫌值土,千門瘟疫若符同。逢朱雀而化福爻,財動則旱蝗相繼;遇勾陳而加世位,兄興則饑饉相仍。莽興盜起,由玄武之當官;宋殄異多,因螣蛇之御世。
世爻は則ち大地を代表す。それ一たび空亡に落つれば、人と物と皆災多し。太歲の爻もし「兄弟」に臨みて旺に乘ずれば、便ち溫州のごとき大颶風あり。流年の爻もし「官鬼」に臨みてまた刑を帶ぶれば、便ち漢代宗廟の轟雷に擊中せらるるがごとき異變あり。「妻財」發動すれば、旱情商湯の世のごとし。「父母」交重すれば、水澇唐堯の時のごとし。官鬼が火に屬して性猛烈なれば、便ち火神回禄の災を興すにして、熙應の際の火患はすなわちこれに由りて起る。官鬼が水に屬して勢汪洋なれば、便ち水神玄冥の祟を作すにして、江淮一帶屢々その害を受く。官鬼はことに金に屬するを怕る。一たび金に屬すれば則ち四海兵戈鼎沸のごとし。さらにそれの土に値するを嫌う。一たび土に値すれば則ち千門萬戸瘟疫流行して、符契に照するがごとく家家病に染む。官鬼が「朱雀」に臨みて子孫を化じ出し、再加えて妻財發動せば、すなわち旱災と蝗災と踵を接きて來る。官鬼が「勾陳」に遇い加えて世位に臨み、再加えて兄弟興動せば、すなわち饑荒連年斷えず。王莽篡位・群盜並起のごとき亂象は、「玄武」の官鬼を當てて來るに由る。宋代の災異特別繁多は、「螣蛇」の世爻に御臨するの故なり。
若在乾宮,天鼓兩鳴於元末;如當震卦,雷霆獨異於國初。艮主山崩,臨應則宋都有五石之隕;坤為地震,帶刑則懷仁有二所之崩。坎化父爻,雨血雨毛兼雨土;巽連兄弟,風紅風黑及風旋。日生黑子,宋恭帝驚離象之反常;沼起白龍,唐玄宗遭兌金之變異。發動空亡,乃驗天書之詐;居臨內卦,定成黑眚之妖。
災異の出づるは哪一宮に在れば、すなわち哪一類の怪象に應ず。《乾》宮に落つれば、元朝末年の天鼓兩度轟鳴するがごとき天變なり。《震》卦に落つれば、本朝開國の初の雷霆獨異のごとき奇徵なり。《艮》は山崩を主る。艮が應爻に臨めば、便ち宋朝都城の五石隕落の事あり。《坤》は地震を主る。坤また刑を帶ぶれば、便ち懷仁一地兩處崩塌の災あり。《坎》が「父母」爻を化じ出づれば、天上便ち血を下し・毛を下し以至土を下さんとす。《巽》が「兄弟」爻に連なれば、便ち紅風・黑風および旋風を刮さんとす。太陽に黑子を生ずるは、宋恭帝時の《離》象反常の警兆なり。池沼に白龍躍起するは、唐玄宗時の《兌》金變異の徵應なり。これらの異象の爻もし發動してまた空亡に落つれば、便ち天書の類の僞造欺詐の上に應ず。もし内卦に居臨すれば、就一定に黑眚のこの類の妖異に應成す。
欲知天變於何方,須究地支而分野。身持福德,其年必獲休祥;世受刑傷,世歲多遭驚怪。年豐歲稔,財福生旺而無傷;冬暖夏涼,水火休囚而莫助。他宮傷克,外國侵凌。本卦休囚,國家衰替。陰陽相合,必須雨順風調;兄鬼皆亡,必主民安國泰。唯明天道,能知萬象之森羅。識透玄機,奚啻一年之休咎。
天變の落つるは哪一方なるかを知らんと要せば、便ち須らく地支の配する所の分野に按じて推すべし。十二支各々一片の疆域を主る。異象の爻の屬するは哪一支なれば、災祥は便ちあの一方に應ず。卦身が福德すなわち「子孫」を持せば、この一年必ず吉慶祥瑞を得。世爻が刑傷を受くれば、この一年便ち驚怪の事に多遇す。年成豊稔なるは、「妻財」と子孫と皆生旺にして傷を受けざるがゆえなり。冬暖夏涼なるは、水爻火爻皆休囚にして人の相助するなきがゆえなり。もし他宮の爻の來りて本宮を傷克せば、外邦侵凌を主る。本卦休囚無氣なれば、國勢衰替を主る。陰爻陽爻彼此相合せば、必定風調雨順なり。「兄弟」と「官鬼」と皆卦に上らざれば、必ず民安國泰を主る。ただ天道を明白して、こそ萬象の森羅次第を通曉しうる。其中の玄機を識透せば、また何ぞただ一年の休咎を斷ずるのみならんや。
國朝(賦を存し注せず)
君怒則臣忠,共濟明良之會;國泰則民樂,當推禍福之原。雖天地尚知其始終,況國家豈能無興廢?本宮旺相,周文王創八百年之基;大象休囚,秦始皇遺二世主之禍。九五逢陽,當遇仁明之主;四爻值福,必多忠義之臣。歲克衰宮,玉樹後庭花欲謝;年傷弱世,鼎湖龍去不多時。世臨沐浴合妻財,夫差戀西施而亡國;應帶咸池臨九五,武后革唐命而為周。游魂遇空,虞舜南巡不返;歸魂帶煞,始皇返國亡身。子發逢空,張子房起歸山之計;將星被害,嶽武穆抱籲天之冤。
君主肯んじて諫を納れて怒を動かせば、臣下こそ敢えて忠を盡くし、君明く臣良くしてこそ一代の盛會を湊成す。國家安泰して百姓こそ安樂す。ゆえに禍福の根源を推究するを要す。天地なお尚且つ始あり終あり。まして國家をや、どうして興廃なからんや。本宮旺相なれば、譬すれば周文王の八百年の基業を開創するがごとし。卦の大象休囚なれば、譬すれば秦始皇のただ二世に傳えて便ち亡國の禍を留下せしがごとし。九五の位に陽爻逢えば、當に仁徳英明の主あるべし。四爻が「子孫」に臨めば、朝中必ず忠義の臣多し。太歲が衰弱の卦宮を克せば、便ち陳後主の《玉樹後庭花》まさに唱殘せんとするの光景なり。流年が無力の世爻を傷つけば、便ち黃帝の龍に乘りて鼎湖に別去し國君の世に久しからざるの兆頭なり。世爻が「沐浴」に臨みて「妻財」と相合せば、譬すれば吳王夫差の西施に迷戀して以て亡國に致るがごとし。應爻が「咸池」を帶びて九五の位に臨めば、譬すれば武則天の唐命を革して自ら立ちて周と爲すがごとし。遊魂卦にして空亡に逢えば、譬すれば虞舜の南巡して蒼梧に一往きて返らざるがごとし。歸魂卦にして凶煞を帶ぶれば、譬すれば秦始皇の東巡歸途に身死するがごとし。「子孫」發動して落空せば、譬すれば張良の功成の後に辭を托して山に歸るがごとし。將星害を受くれば、譬すれば岳飛の冤を蒙りて天を呼びて死するがごとし。
應旺生合世爻,聖主得椒房之助;日辰拱扶子位,東宮攝天子之權。世克福爻,唐玄宗有殺兒之事;子傷君位,隋楊廣有弒父之心。一卦無孫,宋仁宗有絕嗣之嘆,四爻克子,秦扶蘇中趙高之謀。身值動官,唐太宗禁庭蹀血;世安空弟,周泰伯讓國逃荊。凶神生合世神,玄宗信林甫之佞;君位傷克四位,商紂害比干之忠。離宮變入坎宮帶凶殺,而徽欽亡身於漠北;乾象化為巽象有吉曜,而孫劉鼎足於東南。國之治亂興衰,卦理推詳剖決。
應爻旺相にして世爻を生合するは、聖明の主の後宮内助を得るなり。日辰が「子孫」の位を拱扶するは、東宮太子の天子の權を代攝するなり。世爻反って往きて子孫を克するは、譬すれば唐玄宗の子を殺すの事あるがごとし。子孫反って往きて君位を傷つくるは、譬すれば隋煬帝楊廣の父を弑するの心を存するがごとし。整卦子孫を見ざれば、譬すれば宋仁宗の空しく天下を擁して後なきを嘆ずるがごとし。四爻が子孫を克傷せば、譬すれば秦公子扶蘇の趙高の詭計に中るがごとし。卦身が發動の「官鬼」に臨めば、譬すれば唐太宗の宮禁の中に血同室に濺ぐがごとし。世爻安靜にして「兄弟」落空せば、譬すれば周太王の長子泰伯の國を讓りて荊蠻に出奔するがごとし。凶神の來りて世爻を生合するは、譬すれば唐玄宗の李林甫の姦佞を聽信するがごとし。君位の爻の反って往きて四爻を傷克するは、譬すれば商紂王の忠臣比干を殺害するがごとし。《離》宮が《坎》宮に變入して凶殺を帶ぶれば、すなわち徽宗・欽宗の漠北に身死するに應ず。《乾》象が《巽》象と化して吉曜あれば、すなわち孫權・劉備の東南に鼎足するに應ず。一國の治亂興衰は、皆これらの卦理に依りて推詳剖斷しうる。
征戰
醫不執方,兵不執法,堪推大將之才能;謀事在人,成事在天,當究先師之妙論。觀世應之旺衰,以決兩家之勝負;將福官之強弱,以分彼我之軍師。(世為我,應為彼。世旺克應則勝,應旺克世則負。子孫為我之將軍,官鬼為彼之敵帥。)父母興隆,立望旌旗之蔽野;金爻空動,側聽金鼓之喧天。(父母為旌旗,旺動主兵起,金空動則聞金鼓聲。金空則響,故也。)
良醫は成方を死守せず、良將は兵法を死守せず。これに由りて大將の才具を推知しうる。謀劃は人に在り、成敗は天に在り。ゆえに前輩師承の妙論を參究するを要す。戰陣を占するに先ず世應兩爻の旺衰を看て、以て兩軍の勝負を判す。再び「子孫」と「官鬼」との強弱を較え、以て彼我兩邊の主將を分かつ。かく取用する所以は:世爻は我方、應爻は敵方なり。世旺にして應を克すれば則ち我勝ち、應旺にして世を克すれば則ち我負く。子孫は我方の將軍、官鬼は對方の敵帥なり。「父母」爻興隆せば、立ちて便ち旌旗の原野を遮蔽するを望見しうる——父母はまさに旌旗の象にして、旺にして動けば便ち兵を興すを主る。金爻落空にして發動せば、耳を側めて便ち鉦鼓喧天を聽聞す——金は中空すれば則ち聲響す。ゆえに金鼓の音あり。
財力糧草之本根,兄乃伏兵之形勢。(財為糧草,旺多衰少,空為無糧。兄為伏兵,又為奪糧之神,不宜旺動。)木興扶世,濟川宜駕乎輕舟;火旺生身,立寨必安於勝地。(木為舟揖,若動來生扶世身或水爻與子孫動,宜乘舟決戰以取勝;火為營寨,若旺動生扶世身,結寨必得形勝之地。)父母興持,主帥無寬仁之德;子孫得地,將軍有決勝之才。(父母持世動,乃主帥不恤士卒,上下離心,若帶兄弟凶神,須防自變。子孫持世身旺動,將軍必決勝千里外。)
「妻財」は糧草の根本、「兄弟」は伏兵の形勢なり。財爻旺なれば則ち糧多く、衰なれば則ち糧少なく、落空すれば便ち糧なし。兄弟は既に伏兵を主り、また糧草を劫奪するの神なり。ゆえに旺動を宜とせず。木爻興起して來りて世を扶けば、河を渡るに當に輕舟を駕すべし——木は舟楫と爲す。木動して來りて世身を生扶し、あるいは水爻と子孫と同動せば、船に乘りて決戰し勝を取るを宜とす。火爻旺相にして來りて身を生ぜば、營を扎れば必ず險要の地を得——火は營寨と爲す。火旺にして動きて世身を生扶せば、寨を立てて定めて形勝を占住しうる。父母爻興旺にして持世せば、主帥は便ち寬仁の徳を缺少す。父母持世して動くは、主帥の士卒を體恤せず上下心を離るなり。もしさらに兄弟などの凶神を帶ぶれば、還は須らく自家の變を生ずるを防ぐべし。子孫爻地を得れば、將軍は便ち決勝の才あり。子孫持世して身に臨みて旺動せば、主將必ず能く千里の外に決勝せん。
水爻克子子孫強,韓信背水陣而陳餘被斬;(卦中水爻動及世持水爻,或動出水爻克傷子孫,若子孫旺相,得日辰月建生扶或子孫旺動,則可效韓信背水陣,死中求生而反勝。)陰象持兄兄克應,李朔雪夜走而元濟遭擒。(兄為伏兵,如在內象旺動、克應,乃我伏兵;克世是他伏兵。若兄在陽象,宜日間伏;兄在陰象,宜夜間伏,如唐憲宗朝李朔,雪夜銜枚而走,搗蔡城以擒吳元濟也。)
水爻の來りて子孫を克するも、しかして子孫本身強旺なれば、それすなわち韓信の水を背にして陣を列し陳餘を斬りしの打法を效法しうる。卦中の水爻發動し、あるいは世爻水を持し、あるいは動じて水爻を化じ出して來りて子孫を克傷するは、本より不利なり。ただ要するに子孫旺相にして、また日辰・月建の生扶を得、あるいは子孫自ら旺動せば、便ち死地に置きて後に生き、敗を反して勝と爲すを得。陰爻の上に兄弟を持ち、しかして兄弟が往きて應爻を克せば、それすなわち李愬の雪夜奔襲し呉元濟を生擒せしの局面なり。兄弟は伏兵を主る。それ内卦に旺動して應を克するは、我方の伏兵なり。もし反って世を克せば、すなわち敵方の伏兵なり。兄弟が陽爻に落つれば、白天に伏を設くるを宜とす。陰爻に落つれば、夜裡に伏を設くるを宜とす——唐憲宗時の李愬はまさに雪夜に乘じて枚を銜え疾走し、直に蔡州を搗きて呉元濟を擒にせしなり。
世持子而被傷,可效周亞夫堅壁不戰;(世持子孫,將必有才能可以克敵。若父動克,宜且固守以避其鋒,不利速戰。如漢景帝時七國反,帝使周亞夫屯細柳以攻之,中夜軍驚擾亂至帳下,亞夫堅臥不起,深溝高壘,數日乃定,遂破七國之兵。)應臨官而遭克,當如司馬懿固壘休兵。(應持官旺相,彼將才能我難與敵。雖卦有子孫發動,終不能大勝。如三國時司馬懿自料才能不如孔明,甘受巾幗之辱,堅壘不戰。)
世爻が持する所の子孫傷を受くれば、すなわち當に周亞夫の堅壁して出でざるを學ぶべし。世の子孫を持すは、我方主將の本より敵を克するの才あるを說明す。ただしもし「父母」發動して來りて子孫を克せば、すなわち暫く固守して以てその鋒を避くるを宜とし、速戰に利あらず。漢景帝時に七國叛亂して、景帝は周亞夫を派して兵を細柳に屯せしめ討伐せしむ。半夜軍中驚擾して一直に帳前に鬧到せども、亞夫は安臥して起たず、ただ深溝高壘を管し、幾天後軍心自ずから定まり、終に七國の兵を擊破せり。應爻が官鬼に臨みて我方遭克せば、すなわち當に司馬懿のごとく堅壘休兵すべし。應爻が官鬼を持して旺相なれば、敵將の才略高強・我それと鋒を爭い難きを說明す。この時卦中縱い子孫發動あるとも、終に能く大勝する能わず。三國時の司馬懿は自ら才略の諸葛亮に及ばざるを知り、心甘んじて送來する女人巾幗の羞辱を忍受し、ただ堅守して戰わず。
世持衰福得生扶,王翦以六十萬眾而勝楚;(世身雖持子孫衰弱,亦難勝敵。若得月建日辰生扶,可效始皇時王翦以六十萬眾卒成勝楚之功。)卦有眾官臨旺子,謝玄以八千精兵而破秦。(卦有官鬼,父母雖多而安靜、休囚,子孫雖少而當權、旺動,此乃寡勝眾之象,如晉謝玄、劉牢之以八千兵渡江,破秦王符堅九十萬眾。)
世爻の持する所の子孫衰なると雖も、卻って生扶を得れば、便ち王翦の六十萬大軍を率いて楚を滅せしの局面なり。世身子孫を持すと雖も、子孫衰弱は本より敵に勝ち難し。一旦月建・日辰の來りて生扶するを得れば、便ち秦始皇時の王翦を效法して、國を傾くるの兵六十萬にして、終に楚を滅すの功を成就せん。卦中官鬼衆多なると雖も、しかして子孫旺相權に當れば、便ち謝玄の八千精兵を以て前秦を大破せしの局面なり。卦裡の官鬼・父母多しと雖も、卻って皆安靜にして休囚なり。子孫ただ一位あるのみなるも、卻って權に當りて旺動す——これまさに寡を以て衆に勝つの象なり。東晋の謝玄・劉牢之の八千兵を以て江を渡り、苻堅の九十萬大軍を擊破せしは、まさにこの道理なり。
兩子合世扶身,李郭同心而興唐室;(子孫為將,世為國君。若卦中有兩子旺動生扶世身,主國有二將合謀勝敵之兆。如唐李光弼、郭子儀二人同心,以忠義自勵,終能靖亂復興唐室。)二福刑沖化絕,鍾鄧互隙而喪身家。(若有二子爻生旺變動、相沖,相刑、兩化入死墓絕空,雖勝敵將,必爭權專寵相殘害之兆,如晉鍾會、鄧艾領兵平蜀,蜀平而嫌隙互生,乃至自相屠戮、身家俱喪。)
兩重の子孫が世に合し身を扶くは、便ち李光弼・郭子儀の同心して唐室を中興せしの象なり。子孫は將、世爻は國君なり。卦中に兩位の子孫旺動して來りて世身を生扶せば、すなわち國家の兩員の大將を得て同心協力・合謀破敵するを主る。唐代の李光弼と郭子儀とは彼此誠を推して、各々忠義を以て自ら勵し、終に禍亂を平定し唐室を復興せり。兩重の子孫が互相刑冲してまた絶地に化入するは、便ち鍾會・鄧艾の彼此猜忌して身家俱に喪わるるの象なり。もし兩個の子孫爻皆生旺發動するも、卻って彼此相冲相刑し、あるいは雙雙死・墓・絶・空に化入せば、則ち縱い敵將に戰勝すとも、必ず權を爭い寵を邀るるに因りて自相殘害せん。晋時に鍾會・鄧艾が兵を領して蜀を平げ、蜀地一たび定まれば、兩人嫌隙頓生して、終に互相屠戮し身と家と一齊に斷送せるに至れり。
子化死爻,曹操喪師於赤壁;(子孫為我軍卒,若動入死墓空絕,應又克世或鬼父動傷身世,必致三軍喪命,損兵折將之兆,如曹操誇水軍八十萬眾,乘勢襲吳,而為周瑜、黃蓋火攻所敗。)世逢絕地,項羽自刎於烏江。(世乃一國之君,三軍之師,最宜旺相剋應為吉,若被應爻刑沖剋害而世又休囚,及動入死墓空絕,主將必然不利。如項羽百戰百勝,而一朝兵散,羞見江東父老,自刎烏江。)
子孫が死爻に化入するは、便ち曹操赤壁に師を喪うの象なり。子孫は我方の軍卒を代表す。もしそれ發動して死・墓・空・絶に落入し、應爻また來りて世を克し、あるいは官鬼・父母發動して身世を傷及せば、必ず三軍覆沒・兵を損し將を折るを主る。曹操は水軍八十萬と號して、勢に乘じて吳を襲い、結果周瑜・黃蓋の火攻に敗れたり。まさにこの象なり。世爻が絶地に落つるは、便ち項羽の烏江に自刎するの象なり。世爻は既に一國の君にして、また三軍の統帥なり。最も旺相にして應を克するを宜とす。もし應爻に刑冲克害せられ、世また休囚し、あるいは發動して死・墓・空・絶に入れば、主將必定利ならず。項羽は百戰百勝なるも、一朝兵敗衆散して、江東父老に見るに羞じて、終に烏江に自刎せり。
水鬼克身,秦苻堅有淝水之敗;(水鬼旺動傷克身世,敵兵必得舟揖渡江之利,如秦苻堅以投鞭斷流之眾,而竟敗於謝玄八千渡江之兵。)火官持世,漢高祖遇平城之圍。(火爻帶鬼,賊寨必近,若火鬼持世,須防困圍。若得子孫旺動,雖被圍得勝。如田單之下齊城。若子衰官旺,必致困圍。如漢高祖被匈奴圍於平城,七日乃解。)
水に屬する官鬼の來りて身を克するは、便ち苻堅の淝水に戰敗せしの象なり。水鬼旺動して身世を傷克するは、敵軍の舟船渡江の利を占むるを說明す。前秦苻堅は自ら鞭を投げて流を斷つべしと誇り、兵多きかくのごとくして、竟に謝玄の渡江の八千人の手下に敗れたり。火に屬する官鬼持世するは、便ち漢高祖の平城に圍まるるの象なり。火爻が官鬼を帶ぶるは、敵人の營寨すでに逼近せるを說明す。もし火鬼また持世せば、すなわち須らく困め合圍せらるるを防ぐべし。この時もし子孫旺動を得れば、圍まると雖も能く勝を取り、田單の困守して終に齊城を收復せしがごとし。もし子孫衰にして官鬼旺なれば、すなわち必ず重圍に陷入するに致る——漢高祖の匈奴に平城に困められ、七天にしてこそ圍解を得しは、まさにこの象に應ず。
應官克世卦無財,張睢陽食盡而斃。(應持鬼克世卦又無財,乃是食盡死亡之象。如張巡被圍睢陽城。)世鬼興隆生合應,呂文煥無援而降。(旺鬼持世乃困圍之象。卦又無財,子孫又弱,世又生合應爻,乃兵少食盡降敵之兆。宋呂文煥守襄陽,元兵圍之甚久,賈似道隱蔽不援,城中食盡遂降。)
應爻が官鬼を持して來りて世を克し、卦中また妻財なければ、便ち張巡の睢陽に困守し糧盡きて死せしの象なり——財は糧草を主る。財なければすなわち炊斷なり。ゆえに食盡き身亡ぶと斷作す。世爻上の官鬼興旺にして、世また往きて應爻を生合せば、便ち呂文煥の援なくして降せしの象なり。旺鬼持世は本よりすでに被圍の格局なり。卦中また妻財なく、子孫また弱く、世爻反って往きて應爻を生合せば、すなわち兵少なく糧絶え城を開き敵に降るの兆頭と成る。宋將呂文煥が襄陽を鎭守し、元兵圍困する日久しく、賈似道情を匿して援兵を發さず、城中糧盡きて、降るほかなかりしなり。
外宮子動化絕爻,李陵所以降虜。(子在外宮動而被應克世,是我軍遠征,初雖見勝,終必有敗。又化絕爻不免降虜。如漢武時李陵之事。)內卦福興生合應,樂毅所以背燕。(內卦子孫動而反生合應爻,傷克身世,是我將卒有背主降敵之兆。如燕將樂毅背燕投趙。)
外卦の子孫發動して絶爻に化入するは、便ち李陵の匈奴に降せしの象なり。子孫が外卦に發動するは、我軍の遠征して外に在り、起初なお能く勝を取るを說明す。一旦應爻轉じ來りて世を克せば、終に敗るるを要し、さらに絶地に化入せば、すなわち敵國に投降するを免れず。漢武帝時の李陵は孤軍深入して後に胡に降せしは、まさにこの象なり。内卦の子孫興動して卻って往きて應爻を生合するは、便ち樂毅の燕を背くるの象なり。内卦の子孫發動は本當に本國を護衛すべきも、卻って反って應爻を生合し身世を傷克するは、我方將士の主を背きて敵に降るの兆頭なり。燕將樂毅の後來燕を離れ趙に投ぜしは、まさにこの道理なり。
鬼雖衰而遇生扶,勿追窮寇。(官爻雖衰,若遇動爻日辰生扶拱合,是敵兵雖少必有救援。)子雖旺而遭剋制,毋急興師。(子孫雖旺若被父母日辰動爻克害,彼必有計不可急攻,攻之必被摧折,雖不大敗亦損軍威。宜緩圖之。)
官鬼衰なると雖も、卻って生扶に遇えば、すなわち殘敵を追趕するに往く勿れ。官鬼は敵方を代表す。それ本身弱しと雖も、一旦動爻あるいは日辰ありて來りて生じ・來りて扶け・來りて拱し・來りて合せば、敵兵少なしと雖も別に救援接應あるを說明し、窮追すれば必ず埋伏に中る。子孫旺なると雖も、卻って克制に遭えば、すなわち急いで兵を發する勿れ。子孫は我將を代表す。それ縱い旺相なるとも、もし父母・日辰あるいは動爻に克害せられれば、對方に別に計謀あるを說明し、貿然として急攻すべからず。硬攻すれば必ず挫折を受け、たとい大敗に至らずとも、また軍威を折損せん。當に從容として緩圖すべし。
鬼爻暗動傷身,吳王被專諸之刺。(官爻雖靜而被日辰沖動旺克害身世,必若吳王被專諸之刺。若鬼暗動而被世克或子動來救,則如荊何刺秦王不中,而反自被誅。)子化官爻克世,張飛遭范張之誅。(子孫化官生合應而克害身世,乃是我兵卒謀殺主帥,而欲降敵之象。如後漢張飛素不恤士卒,一日被範強、張達梟首帳下,順流而投孫權也。)
官鬼暗動して卦身を傷及するは、便ち吳王の專諸に行刺せられしの象なり。官鬼は本來安靜なるも、卻って日辰に冲起せられ、また旺にして身世を克害せば、これすなわち暗中に行刺して手を得るなり。反して、官鬼暗動すと雖も、卻って世爻に克せられ、あるいは子孫發動して來りて救えば、それすなわち荆軻の秦王を刺して刺中らず、自己反って誅殺せられしがごとし。子孫が官鬼を化じ出して來りて世を克するは、便ち張飛の范強・張達に殺されしの象なり。子孫が官鬼を化じ出して、往きて應爻を生合して反って身世を克害するは、我方士卒の主帥を謀害し意敵に降らんとするの卦象なり。後漢の張飛は平素士卒を體恤せず、一日部將范強・張達に帳中に首級を割去られ、流れに順いて孫權に投奔せしは、まさにこの象に應ず。
要識用兵之利器,五行卦象並推詳。(土為炮石,金為刀箭,水木為舟,火為營寨,又乾兌為刀,震巽為弓馬火槍,坤為野戰類。若此象有克應之神,宜用此器以克敵;應爻官父在此象克世,宜反防敵人用此器。)仁智勇器之將豈越於此?攻守克敵用兵當審於時。
用兵の利器を辨識せんと要せば、須らく五行と卦象とを一併に推詳すべし。五行の方面:土は炮石、金は刀箭、水と木は舟船、火は營寨なり。卦象の方面:乾・兌は刀と爲し、震・巽は弓馬火槍と爲し、坤は野戰の一類を主る。もしこれらの象裡に能く應爻を克するの神あれば、すなわち相應の器械を使用して往きて敵を制するを宜とす。もし應爻の官鬼・父母がこれらの象上に落ちて來りて世を克せば、すなわち須らく反って敵人のこの種の器械を用いて我を打つを提防すべし。仁あり・智あり・勇ありまた善く器を用うるの將領は、本領どうして能くこの範圍を超出せんや。攻守の際に敵を克し勝を制せんと要せば、兵を用うるに總じて須らく時機を審察すべし。
身命
乾坤定位,人物肇生,感陰陽而化育,分智愚於濁清。即富且壽世爻旺相更無傷;非夭即貧,身位休囚兼受制。(人生一世貧賤高低,合為何等人物。但看世爻為主。若世爻旺相日辰動爻生扶合助,而不來刑沖剋害者,乃為上吉,必主其人富貴有福壽;若世爻休囚無氣而被日辰動爻剋制,主其人非貧即夭,無福壽無造化人也。)世居空位,終身作事無成;(凡占身命,大忌世身空亡,主一生作事無成,多謀少遂,難立家計。)
天地既に定位せられ、人と萬物とこそ生成し始む。陰陽二氣を感受して化育し、氣の清きを禀るは智者と成り、氣の濁きを禀るは愚人と成る。既に富にして且つ壽なるは、世爻旺相にして毫も傷克なきなり。短命ならざればすなわち貧寒なるは、身位休囚にしてまた制せらるるなり。身命を占するに、一個人の一生の貴賤高低・究竟何等の人物に屬するかを斷ぜんと要せば、全く世爻を以て主と爲す。世爻旺相にして、また日辰・動爻の生扶合助を得て、しかして刑冲克害なければ、これは上等の好卦にして、必ず此人富貴にして福壽あるを主る。世爻休囚無氣にして、反って日辰・動爻に克制せられれば、すなわち此人貧ならざればすなわち夭するを主り、福壽なく造化なき人なり。世爻が空亡の位に坐すれば、一生事を爲すも皆能く成らず。身命を占するに最も世爻・卦身の空亡に落つるを忌む。落空すれば則ち一輩子謀劃多くして成就少なく、家業立て難し。
身入墓爻,到老求謀多戾。(如世身入墓,主其人如醉如痴,不伶不俐,動靜行藏必不響快,雖有所為亦皆不稱心也。)卦宮衰弱根基淺,爻象豐隆命運高。(卦有大象旺衰,有爻象旺衰。如占身命,得大象旺亦好,可許他根基壯實,更得六爻中身世在吉地,乃是十全造化。然卦宮旺相,不如爻象旺相,蓋人之根源繫於卦,命之吉凶繫於爻,故卦宮無氣根基薄,爻相得時有氣,命運必高。如立春節艮旺震相巽胎離沒坤死兌囚乾休坎廢類。大抵旺勝相胎、沒勝休囚也。)
卦身が墓爻に落進せば、老に到るも謀を求むる皆違逆多し。世爻・卦身墓に入るの人は、往々醉するがごとく痴れるがごとく、伶俐足らず、一擧一動皆爽利ならず、縱い作爲あるとも皆心を稱さず。卦宮衰弱のは根基淺薄にして、爻象豊隆のは命運高強なり。卦に整卦大象の旺衰あり、もまた單爻爻象の旺衰あり。身命を占する時に大象旺を得るは固より好し。彼に根基壯實を許しうる。もし六爻の中に世爻・卦身また吉地に落つれば、それすなわち十全の造化なり。ただし卦宮旺相は終究爻象旺相に如かず。人の來歷根源は卦に係り、一生命運の吉凶は卻って爻に係るがゆえに。卦宮無氣はただ根基薄些のみ。ただ爻象時を得て氣あれば、命運必然高し。旺衰は節令に按じて排定す。たとえば立春の後、艮は旺と爲し、震は相と爲し、巽は胎と爲し、離は沒と爲し、坤は死と爲し、兌は囚と爲し、乾は休と爲し、坎は廢と爲す。大抵旺は相と胎とに勝り、沒はまた休と囚とに勝る。
若問成家,嫌六沖之為卦;(凡遇六沖卦,必主其人作事有始無終。前卦六沖,前三十年生涯澹泊;後卦六沖,三十年後家業凋零,前後六沖則一生苦楚不能發達。)欲知創業,喜六合之成爻。(占身命得六合卦,主其人春風和氣,交遊必善,謀事多遂,基業開拓。如前合前亨,後合後遂,前後皆合、主一身通達萬事如心。)
もし家を成し業を立つる能否を問わば、すなわち卦の六冲を成するを嫌う。およそ六冲の卦に遇えば、必ず此人の事を爲すに始あり終なきを主る。本卦六冲なれば、前三十年生計清淡なり。變卦六冲なれば、三十年後家業凋零す。前後皆六冲なれば、それすなわち一生辛苦して、終に發達し難し。もし事業を開創する能否を知らんと要せば、すなわち卦の六合を成するを喜ぶ。身命を占して六合卦を得れば、此人の人を待ること春風に沐するがごとく、交遊必ず廣くして善、事を謀るに多く能く意に稱い、基業漸次開拓すを主る。本卦相合せば、前半生亨通す。變卦相合せば、後半生順遂す。前後皆合せば、すなわち一身通達して萬事心のごとし。
動身自旺,獨力撐持;(如世爻不遇動爻日辰而生扶,而自強、自旺、得時發動者,其人必白手成家,無人幫助。)衰世遇扶,因人創立。(若世爻無氣而遇日月動爻生扶,必遇好人提拔成家,不能自權自立也。)日時合助,一生偏得小人心;歲月克沖,半世未沾君子德。(如世身遇年月日時生扶拱合,主上得貴人親愛,下得小人忠敬。如見刑沖剋害,則官府欺凌,小人謗毀。一曰:父來合得父之蔭,兄來克受兄之累。餘可類推。)
世爻發動して自身旺相なるは、獨力撐持の命なり。世爻並に動爻・日辰の來りて生扶するなく、全く自己の時を得・自強・自旺に憑りて發動す。この種の人は必ず白手起家して、人の幫襯なし。世爻衰弱にして扶助を得るは、人に扶持せられてこそ立起しうるなり。世爻本より氣なく、卻って日辰・月建あるいは動爻の來りて生扶するに遇えば、必ず好人の提拔に遇上してこそ家を成し、自己は主を爲す能わず身を立起す能わず。日辰と時辰と來りて合し來りて助けば、一生偏に能く下人の心を得。太歲と月建と來りて克し來りて冲せば、半世皆貴人の徳に沾る能わず。世爻・卦身もし年・月・日・時の生扶拱合を得れば、上は能く貴人の親近愛護を得、下は能く僕從の忠心敬服を得。もし反って刑冲克害に遭えば、すなわち上に官府の欺凌・下に小人の毁謗あり。還は一說あり。父母爻の來りて合するは、父輩の蔭庇を得るなり。兄弟爻の來りて克するは、兄弟の連累を受くるなり。その餘はこれに照らして類推せよ。
遇龍子而無氣,總清高亦是寒儒;(青龍、子孫持世身,必然立志高遠,不慕功名富貴。如邵康節陶淵明輩,子孫即無氣,亦絕俗超眾之寒士也。)逢虎妻而旺強,雖鄙俗偏為富客。(白虎臨旺財持世,其人雖不知禮義,然必家道殷實。如李澄蕭寵之徒是。旺財有制伏,亦粗知文墨,勉強向上之流,不可以頑俗論。)
「靑龍」と子孫と持世するに遇上して兩者皆氣なければ、縱い清高なるとも、不過一個の寒素書生のみ。「靑龍」と子孫と同じく世爻・卦身に臨むの人は、立志必然高遠にして、功名富貴を慕わず、邵雍・陶淵明の一流のごとし。ただ子孫一旦無氣なれば、すなわちただ超塵脫俗にして清貧の士人を爲るのみ。「白虎」と妻財とに遇上して財爻旺強なれば、此人縱い鄙俗なるとも、偏偏一個の富家翁なり。白虎が旺財に臨みて持世するの人は、大いに禮義を講究せずと雖も、家道は卻って必定殷實なり。李澄・蕭寵の輩のごとし。もし旺財別に制伏あれば、それすなわち還は文墨に粗通して、勉力向上の一類に屬し、一概に當てて頑劣鄙俗と看るべからず。
父母持身,辛勤勞碌;鬼爻持世,疾病纏綿。遇兄則財莫能聚;見子則身不犯刑。(占身不可見父兄官鬼持世。如遇父則克傷子,一生不得安逸。鬼為殃禍,遇之則一身疾病纏身,或主帶疾,或常招官訟,若貴人見之不以此斷。至兄乃剋剝破敗阻滯之神,世或逢之,主克妻妾,破耗多端,一生不聚財物。惟遇子孫則克官鬼,主一生官刑不犯,安閒自在,衣祿豐盈。大怕休囚,唯貴人不宜犯之。)
「父母」爻持身せば、一生辛勤勞碌す。「官鬼」爻持世せば、一生疾病纏綿す。「兄弟」持世に遇えば、錢財聚攏らず。「子孫」持世を見れば、身上刑獄を犯さず。身命を占するに最も父母・兄弟・官鬼の持世を宜とせず。父母持世は須らく子孫を克傷す。ゆえに一生安逸を得ず。官鬼は本より災殃禍患の神にして、持世すれば則ちあるいは疾病身に纏い、あるいは身に殘疾を帶び、あるいは常に官司を招く。ただし官を當て權を掌る人がこれを得れば、すなわちかくのごとく照らして斷ぜず。兄弟は克剥・破敗・阻滯の神にして、世爻もしそれに逢えば、妻妾を克し百端破耗し、一輩子錢財を聚住せざるを主る。ただ子孫持世のみ能く官鬼を克して、終身官刑を犯さず・安閒自在・衣食豊足を主る。ただ最も子孫の休囚無力を怕る。しかして身に官位に居る人は、反って子孫に持世せしめざるを宜とす。
祿薄而遇殺沖,奔走於東西道路;(占身以財為祿,若臨死絕無氣爻則祿薄,而世爻又被惡殺沖動,無一爻吉神救助,此乃至下之命,必主東奔西逐,丐食於街衢者。若世爻動而逢沖,或無沖而世爻衰弱,空動,化出惡殺回頭沖剋世,無助。而殺無制者亦然。)福輕而逢凶制,寄食於南北人家。(子爻若遇死墓絕空則福輕,而世爻更被凶神剋制,或世動而被日辰動爻合往,此為受制於人之象。占身遇之,必主其人倚靠富家,寄食於他人也。)
禄本單薄にして、また凶殺の冲擊に遭えば、一生東西道路に奔走す。身命を占するに「妻財」を以て禄と爲す。財爻もし死・絶に落ちて氣なければ、禄便ち薄し。世爻さらに惡殺に冲動せられ、卦中また一個の吉神の來りて救うなく、これは最下等の命にして、必ず東奔西走し甚だしきは街に沿いて食を乞うを主る。世爻發動して冲に逢い、あるいは冲なきと雖も世爻衰弱・動じて落空・惡殺を化じ出して回頭して世爻を冲克し、また人の幫助なく凶殺また人の制伏なきは、斷法皆一樣なり。福本輕微にして、また凶神に制住せられれば、ただ南北人家に寄食する能くのみ。「子孫」爻もし死・墓・絶・空に落つれば、福分便ち輕し。世爻また凶神に克制せられ、あるいは世爻發動するも卻って日辰・動爻に合住せられれば、これ皆人に受制するの象なり。身命を占して遇上せば、必ず此人富家に依傍し人の鼻息を仰いで活を過ぐるを主る。
子死妻空,絕俗離塵之輩;(占身以福為子,財為妻,二爻若臨死墓絕空之地,乃是刑妻喪子之兆。小兒見之,必絕俗離塵出家輩也;僧道見之,反為吉兆,必無俗累之牽惹矣。)貴臨祿到,出將入相之人。(卦中貴人祿馬旺臨身世,而官鬼父母又來扶助,或月建日辰生合,必是將相之兆,富貴非常之人。)
子孫死地に落ち妻財空亡に落つるは、塵緣を斷絶して家を出づるの一類人なり。身命を占するに「子孫」を以て子女を代表し、「妻財」を以て妻室を代表す。この兩爻もし皆死・墓・絶・空の地に落つれば、便ち妻を刑し子を喪うの兆なり。小孩子これを占得せば、多半須らく出家離俗すべし。僧人道士これを占得すれば、反って吉兆にして、再び俗務の牽累なきを說明す。貴人星臨み禄馬また到れば、將を出で相に入るの人物なり。卦中の「天乙貴人」と「禄馬」と旺相にして身世に臨み、「官鬼」「父母」また來りて扶助し、あるいは月建・日辰の生合を得れば、必ず將相の兆にして、富貴尋常に同じからざるなり。
朱雀與福德臨身合應,乃梨園子弟;(子孫乃喜悅之人,朱雀又主言語,若同臨身世主象,其人必然乖巧。若生合應爻,是合歡於他人之象,故為梨園子弟之兆,不然亦是伶俐人也。若應生合或被日辰動爻來破者,或世應刑沖剋害者勿以此斷。)白虎同父爻持世逢金,則柳市屠人。(父母屬金而帶白虎持世者,必是屠豬殺馬之輩,蓋白虎主喪亡,金為刀劍,而父母又傷克子孫之神,子孫又為六畜,故為宰殺之象,而加之畜類以屠夫斷。若父母有制或子孫旺相發動,或在空避之地,勿以此斷。)
「朱雀」と福德と同じく卦身に臨みて往きて應爻に合するは、梨園中の伶人なり。子孫は歡喜の神、朱雀また言語聲音を主る。兩者同じく身世主象に臨めば、此人必定乖巧伶俐なり。再び往きて應爻を生合せば、すなわち他人を取悅するの象なり。ゆえに梨園子弟と斷ず。退一步說せば少なくともまた一個の機靈人なり。ただしもし應爻反って來りて生合し、あるいはこの合日辰・動爻に破掉せられ、あるいは世應の間本より刑冲克害あれば、便ちかくのごとく斷ずる能わず。「白虎」と父母と同じく世爻を持して五行金に屬するは、市井中の屠戸なり。父母金に屬してまた白虎を帶びて持世するの人は、多くは屠豬宰馬の輩なり。白虎は喪亡を主り、金は刀劍と爲り、父母は本より子孫を傷克するの神にして、しかして子孫また六畜を代表す。合せてまさに牲畜を宰殺するの象なり。ゆえに屠夫と斷作す。もし父母別に制伏あり、あるいは子孫旺相發動し、あるいは子孫空亡裡に躲在して避開せば、すなわちかくのごとく斷ずべからず。
世加玄武官爻,必然樑上君子;身帶勾陳父母,定為野外農夫。(玄武主盜賊之事,而加官鬼臨身,乃樑上君子,穿窬之人也。勾陳職專田土,而加父母,勤苦之神,持世者,乃耕種耘耨之兆也。)財福司權,榮華有日;官兄秉政,破敗無常。(以上人物雖有高下不同,然莫不喜財福而惡兄鬼者。若得財福二爻得時旺相發動,縱是下等之命,一時淹蹇,終須發達。若見官兄當權旺動,雖上等之命,一時亨利,亦有破敗貧窮之時。卻看在何限中便知何年發達,何年破敗也。其中有救無救,當自融通活變。)
世爻に「玄武」と官鬼とを加えば、必ず梁上君子なり。卦身に「勾陳」と父母とを帶ぶれば、定めて田野農夫なり。玄武は盜竊の事を主る。それ官鬼に加臨して身上に臨めば、すなわち牆を穿ち壁を翻るの竊賊なり。勾陳は專ら田土を管す。それ父母のこの勞苦の神に加臨して持世せば、すなわち終歲耕耘の兆なり。「妻財」「子孫」權に當れば、榮華總じて到來の一天あり。「官鬼」「兄弟」政を秉れば、破敗便ち反覆無常なり。以上の說く所の人物は高下の別あると雖も、然るに一個として財福を喜び兄鬼を惡まざるなし。もし財・福二爻時を得て旺相にして發動せば、縱い本より下等の命・一時困頓なるとも、終に發達せんとす。もし官・兄權に當りて旺動せば、縱い本より上等の命・一時亨通得利なるとも、また終に破敗貧窮の日あり。さらにそれらの落つるは哪一個の限内なるかを看れば、すなわち哪一年發達し哪一年破敗するかを知る。其中救あるか無きかに至っては、還は須らく自ら融會變通すべし。
運至中年,凶殺幸無折挫;時當晚景,惡星尤怕攻沖。(人命有三限,每一爻管五年,初二三爻共十五年,外三爻亦管十五年,共三十年。支卦六爻亦管三十年。正卦內三爻十五年為早限;正卦外三爻十五年與支卦內三爻十五年為中限;支卦外三爻為末限,變卦為支卦。凶殺惡星即是官鬼兄弟刑沖剋害之類,早限遇之則早年欠順,中限遇之則中歲災殃,末限遇之則晚景迍邅,老無結局。若子孫等吉神在正卦內三爻得時旺動,主蔭下得意;在正卦外三爻見三十年前福如秋月;在支卦內三爻見,則三十年後財若春潮;至支卦外三爻見,則晚景榮華康寧壽考。又如早限有惡星,末限有吉星者,必初年蹇滯,老景亨通也。餘仿此。要知吉凶之事,依五類推斷,如逢官爻生扶合助,主貴人提拔,或子孫來刑沖剋害,則有僧道相干之事也,宜通變。若六爻安靜,則當再占一卦以斷之。或以不動之卦乾化坤、艮化震之類者非。)
運が中年に走り到るに、幸いにして凶殺の來りて折挫するなし。時が晚景に到るに、最も惡星のさらに來りて攻冲するを怕る。人の一命は三限を分かち、每一爻五年を管す。本卦内三爻共に十五年、外三爻もまた十五年を管し、合して三十年と爲す。變卦六爻は別に三十年を管す。具體の分派は:本卦内三爻の十五年は早限と爲し、本卦外三爻十五年に變卦内三爻十五年を加えて中限と爲し、變卦外三爻は末限と爲す——說く所の支卦はすなわち變卦なり。凶殺惡星の指すは官鬼・兄弟および刑冲克害の一類なり。早限に遇上せば、則ち少年順ならず。中限に遇上せば、則ち中年災に遭う。末限に遇上せば、則ち晚境坎坷にして老いて歸宿なし。反して、もし子孫などの吉神が本卦内三爻に時を得て旺動せば、早年に父母蔭庇の下に心を稱するを主る。本卦外三爻に出現せば、則ち三十歲前に福秋月のごとし。變卦内三爻に出現せば、則ち三十歲後に財春潮のごとし。變卦外三爻に到りてこそ出現せば、則ち晚年榮華・康寧高壽なり。またたとえば早限に惡星ありて末限に吉星あれば、必ず少年蹇滯・老來亨通なり。その餘はこれに照らして推せ。究竟何の事に應ずるかを知らんと要せば、すなわち六親五類に按じて斷ず。たとえば官鬼の生扶合助に遇えば、貴人の提拔あるを主る。もし子孫の來りて刑冲克害せば、則ち僧道方面の牽涉あり。皆須らく靈活變通すべし。倘若六爻安靜にして斷を取るに由なければ、當に別に一卦を占して以て決すべし。乾を坤に化し艮を震に化すのこの類の本より動かざる卦をも算入るの說法に至っては、並に取るに足らず。
正內不利,李密髫齔迍邅;(正卦內三爻乃初限,若逢官鬼凶神克戰者,主童年多病,如李密九歲方能行,蓋幼年多疾故也。)支卦有扶,馬援耆頤矍鑠。(支卦外三爻乃末限,若有吉神合助,必然老年康健,如馬援年六十二披甲上馬也。)一卦和同,張公藝家門雍睦;(如占身得六爻安靜,無沖破克害,反相生合,則主其人家門歡好,如張公藝九世同居,上和下睦也。)
本卦内三爻利なからざれば、譬すれば李密の幼年多病・行動迍邅せしがごとし。本卦内三爻は初限にして、もし官鬼凶神ここに在りて交戰克伐に逢えば、童年多病を主る。晋人李密は九歲にしてこそ能く行走す。まさに幼年疾病纏身なるがゆえなり。變卦扶助を得れば、譬すれば馬援の年高くして依然矍鑠たるがごとし。變卦外三爻は末限にして、もし吉神ここに在りて合助あれば、必然老來康健なり。漢將馬援は六十二歲にしてなお能く甲を披き馬に上る。まさにこの象なり。整卦上下和同なれば、譬すれば張公藝一門雍睦なるがごとし。身命を占してもし六爻安靜にして、冲破克害なく、反って彼此相生相合せば、此人の家門和樂するを主る。唐人張公藝の九世同居・上下間なきがごとし。
六爻攻擊,司馬氏骨肉相殘。(若六爻亂動卦又沖剋,或三刑六害者,必主親情不和,骨肉相殘,如晉司馬氏八王樹兵,俱遭誅殺屠戮也。)閔子騫孝孚內外,父獲生身;(占身命以父爻為生我之親,若世能生合此爻,必然能孝於父母,如閔子騫類也。)孔夫子友于家邦,兄同世合。(若世爻兄弟相生合,其人必內和兄弟,外信朋友,如孔夫子類。兄爻在本宮內象,以兄弟言在他宮外象,以朋友言,看內外以別親疏,全在通變。)
六爻互相攻擊すれば、譬すれば司馬氏の骨肉相殘せしがごとし。もし六爻亂動して、卦中また冲あり克あり、あるいは三刑六害を結成せば、必ず親情不睦・骨肉相殘を主る。晋朝司馬氏の八王各々兵を擁し、最後に同じく誅戮に歸せしは、まさにこの象なり。閔子騫の孝行内外皆孚するは、父母爻が世爻の相生を得るがゆえなり。身命を占するに「父母」爻を以て我を生ずるの雙親を代表す。世爻もし能く父母爻を生合せば、此人必ず能く父母を孝養す。閔子騫の一流のごとし。孔子の友愛家國に及ぶは、兄弟爻が世爻と相合するがゆえなり。世爻と「兄弟」爻と相生相合するの人は、家に在りては必ず兄弟と和睦し、外に在りては必ず朋友に信を取る。孔子の一流のごとし。兄弟爻もし本宮内卦に在れば、親兄弟に按じて論ず。もし他宮外卦に在れば、朋友に按じて論ず——内外に憑りて親疏を分かつは、全く靈活變通に在り。
世應相生,漢鮑宣娶桓氏少君為婦;(世是一身之本,應為百歲之妻,若見相生相合,必然夫唱婦隨。)悔貞相剋,唐郭曖尚昇平公主為妻。(世為貞,應為悔,若見相沖相剋,必然琴瑟不調。)箕踞鼓盆歌,世傷應位;(世持虎蛇乘旺發動刑害應爻,應又臨無氣之地,必主克妻,如春秋時莊周妻死,猶箕踞鼓盆而歌。)河東獅子吼,應制世爻。(應爻剋制世爻,乃是牝雞晨鳴之象,其人必憑妻言語。如宋陳季常河東獅子吼,東坡所戲言也。)
世應兩爻相生すれば、譬すれば漢代鮑宣の桓氏少君を娶得せしがごとき夫妻相得なり。世爻は本人立身の本、應爻は白頭偕老の妻室なり。兩爻もし相生相合せば、必定夫唱婦隨す。悔卦と貞卦と相克すれば、譬すれば唐代郭曖の升平公主を娶りて常に爭執を起せしがごとし。内卦を貞と爲し外卦を悔と爲し、世は貞に屬し應は悔に屬す。兩爻もし相冲相克せば、夫妻必然琴瑟調わず。莊周の箕踞して盆を鼓して高歌するがごときは、それは世爻が應位を傷つけしなり。世爻が「白虎」「螣蛇」を帶びて旺に乘じて發動して往きて應爻を刑害し、應爻また無氣の地に落つれば、必ず妻を克するを主る——春秋時莊周の妻死せば、彼反って腿を叉にして坐し瓦盆を敲きて歌う。まさにこの象なり。陳季常の河東獅子吼を聽くがごときは、それは應爻が世爻を制住せしなり。應爻反って世爻を克制するは、母雞の公雞に代わりて晨を司るの象なり。此人凡事必ず妻子に聽從して主を爲さん。宋代陳季常妻を畏れ、蘇東坡便ち戲れに他家に河東獅吼ありと稱せしなり。
世值凶而應克,願聽雞鳴;(若應雖來克世,而世爻自帶刑害及兄官,虎蛇等凶神者,則是彼來救我之失、去我之病,非有所傷於我,主其人必有賢妻,如齊哀公荒怠慢政得陳賢妃,有夙夜警戒相成之道,故詩有雞鳴篇。)身帶吉而子扶,喜聞鶴和。(世帶吉神旺動,子孫又來生扶者,主有賢子共成事業,以濟其美,易云:鳴鶴在陰,其子和之。)
世爻本より已に凶を帶びて應爻來りて克するは、反って妻子の雞鳴して起を促すの好事なり。應爻來りて世を克すると雖も、然るに世爻自身刑害を帶び、また兄弟・官鬼と「白虎」「螣蛇」などの凶神に臨めば、則ち應爻のこの一克は、我に替わりて過失を救い病根を去るにして、並に我を傷と算せず。反って此人に賢内助あるを主る。齊哀公政務を荒怠し、幸いに陳國の賢妃の朝夕警戒規勸を得て、こそ相成の功あり。《詩經》裡の《雞鳴》篇の說くはまさにこの事なり。卦身吉神を帶びて子孫來りて扶けば、それすなわち鶴鳴子の和するを喜聞す。世爻吉神を帶びて旺動し、子孫また來りて生扶せば、賢子ありて父と同心し、共に事業を成し而もその美を增益するを主る。《易經・中孚》のいわゆる鳴鶴陰に在りその子和するは、まさにこの象に合す。
福遇旺,而任王育子皆賢;(占身以福為子孫,若旺相不空及無傷害者,主有賢子,如任遙之子昉,王渾之子戎,見稱於阮籍諸賢。)子化兄,而房杜生兒不肖。(若子孫動變兄鬼者,其子必不肖,蓋兄弟乃破敗之神故也。李英公常曰:房杜平生辛苦,然生子不肖。)伯道無兒,蓋為子臨空位;卜商哭子,皆因父帶刑爻。(凡問子孫不宜父母發動,若子臨空地,必主無子,如鄧伯道棄子而不生,非有傷也。唯父帶刑害虎蛇等惡神動克子孫,休囚不空者,然後克之,如子夏哭子喪明也,若父有制其庶幾。)
子孫爻旺相なれば、譬すれば任家・王家の養い出せる兒子皆賢能なるがごとし。身命を占するに「子孫」を以て兒女を代表す。子孫旺相にして・落空せず・また傷害なければ、賢子あるを主る。任遙の兒子任昉・王渾の兒子王戎は、皆曾て阮籍などの名士の稱許を得たり。子孫が兄弟を化じ出づれば、譬すれば房玄齡・杜如晦の生せる兒子の成材せざるがごとし。子孫發動して兄弟あるいは官鬼に變ずれば、その子必ず不肖なり。兄弟は本より破敗の神なるがゆえに。唐人李勣は曾て感嘆せり:房・杜二公一生辛苦なるも、偏偏生せる兒子爭氣ならずと。鄧伯道兒なきは、子孫爻の空位に落つるがゆえなり。卜商の子を哭して失明せしは、父母爻の刑を帶ぶるがゆえなり。およそ子嗣を問うに、皆父母の發動を宜とせず。子孫もし空地に坐すれば、必ず子なきを主る。鄧攸の子を棄てて終身後なきがごとき、それは並に傷克を受けしに非ず、ただ落空するのみなり。ただ父母の刑害と白虎・螣蛇などの惡神とを帶びて發動して來りて子孫を克し、しかして子孫また休囚にして且つ落空せざれば、こそ眞に克死せらる——子夏の子を哭して以て雙目失明するがごとし。もし父母別に制伏あれば、すなわち還は指望あり。
父如值木,竇君生丹桂五枝芳;(若問子多少,當以五行生成數論之。若父爻屬木,則子孫屬土,土數五,主有五子,如竇燕山生儀、儼、稱、僖、侃類。)鬼或依金,田氏列紫荊三本茂。(論兄弟與子孫同,且如鬼爻屬金,則兄弟屬木矣。有兄弟三人,如田真,田廣、田慶。)
父母爻もし木に屬せば、便ち竇家の五個の兒子丹桂並芳のごとし。子女の多少を問うに、須らく五行生成の數を用いて推すべし。父母木に屬せば、則ち子孫すなわち土に屬す。土の生數は五なり。ゆえに五子あるを主る——五代竇禹鈞は儀・儼・稱・僖・侃の五個の兒子を生下し、皆科第に登れり。官鬼爻もし金に屬せば、便ち田家三兄弟の紫荊同茂のごとし。兄弟の數目を推するは子孫を推するに同法なり。官鬼金に屬せば、則ち兄弟木に屬す。木數は三にして、兄弟三人あるを主る——漢代田眞・田廣・田慶の三兄弟は、家を分くる時庭前の紫荊枯萎し、復合する時紫荊重ねて繁茂せり。
兄持金旺,喜看荀氏之八龍;弟倚水強,驚睹陵公之雙璧。(六親類固當以生成數推之,然不可不別衰旺。逢生旺則當倍加,遇死絕則當減半。故兄持金旺,則有兄弟八人,蓋金數四,倍則八,荀淑子八龍似之。若臨水旺相,則是二人,蓋水數一,倍則二也,陸暐與弟陸恭之雙璧是也。他仿此。若旺相而有制,衰死而有扶,又當以本數斷。若旺爻空動亦以本數斷。不旺不衰而空動,則減半斷之,更宜活變細察。)
兄弟爻金に屬して旺なれば、便ち荀氏八龍のごとき八兄弟を喜見す。兄弟爻水に倚りて強ければ、便ち陸氏雙璧のごとき兩弟兄を驚睹す。六親の數目は固より須らく五行生成數に按じて推すべきも、然るに衰旺を分かたざるべからず。生旺に逢えばすなわち加倍し、死絶に遇えばすなわち減半す。ゆえに兄弟金に屬して旺なれば、金數は四にして、加倍すれば便ち八人なり。まさに荀淑八子の號して八龍とするがごとし。兄弟水に屬して旺相なれば、水數は一にして、加倍すれば便ち兩人なり。まさに陸暐と弟陸恭と竝び雙璧と稱するがごとし。その餘はこれに照らして類推せよ。もし旺相なるも卻って別に制伏あり、あるいは衰死なるも卻って別に扶助あれば、すなわち依然として本數に按じて斷ず。旺爻發動して落空するも、また本數に按じて斷ず。旺ならず衰ならずして動中に落空せば、則ち減半して以て斷ず。總じて須らく活看細察すべし。
至若爻逢重迭,必現在以推詳。(若卦中只有一位,可以五行數推,苟重迭太多,則可即以其數斷之。且如六月丙辰日卜得損之大畜卦,卦中元有兩爻兄弟,六三又化兄弟,日辰月建又是兄弟,共有五重兄弟,則斷五人也。若日辰月建不繫兄弟,則以三兄弟推,宜通變也。)
某一爻の卦中に重疊出現するに至っては、當に眼前現有の重數に按じて推詳すべし。卦中に當該の六親ただ一位ある時、こそ五行の數を用いて推算す。もし重疊多からば、索性就中それの出現するの重數に照らして以て斷ず。たとえば六月丙辰日に《損》の《大畜》を占得せば、卦中に原より兩個の兄弟爻あり、六三また一個の兄弟を化じ出し、日辰と月建と皆兄弟に屬し、前後合して五重の兄弟を成せば、すなわち五人と斷作す。倘若日辰・月建並に兄弟に屬せざれば、それすなわちただ三個の兄弟に按じて推す。ここに最も通融變化を要す。
財動初爻,令伯克親於早歲;(財動則傷父母,如在初爻,則早年見克,如李密生六月其父即喪。)兄興六位,張瞻喪偶於中年。(兄動則克妻財,如居六位,中年必如張瞻之克妻也。)化父生身,柴榮拜郭威為父;(卦有父母,又化出父母來生合世身者,其人必重拜父母,身為他人子,如五季時柴世宗之於周太祖也。)化孫合世,石勒養季龍為兒。(卦有子又化出子,世身去相生合者,主其人必有螟蛉之子,如晉時後趙石勒子石季龍是。然子孫化出而繫外宮則是,繫於本宮則非也。)
妻財が初爻に在りて發動すれば、譬すれば李密の幼年便ち父を喪せしがごとし。財動すればすなわち父母を傷つく。もし初爻に動けば、早年すなわち克を受くるを主る——李密は出生して纔か六個月にして、父親就中去世せり。兄弟が第六爻に在りて興動すれば、譬すれば張瞻の中年に妻を喪せしがごとし。兄動すれば則ち妻財を克す。もし第六爻に居れば、中年必ず偶を喪うの事あり。卦中に父母を化じ出して來りて身世を生合すれば、譬すれば柴榮の郭威を拜して父と爲せしがごとし。卦裡に本より已に父母爻あり、また一個の父母を化じ出して來りて世身を生合せば、此人必ず須らく重ねて父母を拜し、別人の兒子と爲る——五代時柴世宗の周太祖郭威に於けるが、まさにかくのごとし。卦中に子孫を化じ出して來りて世と相合せば、譬すれば石勒の石季龍を收養して子と爲せしがごとし。卦裡に本より已に子孫あり、また一個の子孫を化じ出し、しかして世身の往きてそれと相生相合せば、此人必ず義子あるを主る。晋時後趙石勒の養子石季龍すなわち是なり。ただし化じ出づる子孫は須らく他宮に屬してこそ算し、もし依然として本宮に屬せばすなわちかくのごとく斷ずる能わず。
世陰父亦陰,賈似道母非正室;(父與世皆屬陰者,必是偏生庶出,如宋賈似道也。)身旺官亦旺,陳仲舉器不凡庸。(卦中官爻旺相,世身亦旺相,又逢貴人祿馬文書生合世爻者,必主日金榜標名,龍門跳躍,如陳仲舉為不凡之器,欲斷官職依後功名類推。)化子合財,唐朝明皇有祿山之子;(子從化出,乃螟蛉子也。若與財爻相合或與應爻相合,必與妻妾有情,如安祿山之於楊貴妃也。)內兄合應,陳伯常有孺子之兄。(兄爻在內卦,乃兄弟非朋友也。若與應爻或財爻相合,其妻必與兄弟相通,如陳平之盜嫂也。)
世爻が陰に屬し父母爻もまた陰に屬すれば、譬すれば賈似道の母の正室に非ざるがごとし。父母と世爻と皆陰に屬するは、必ず庶出偏房の生ずる所なり。宋代賈似道はすなわちかくのごとし。卦身旺にして官鬼もまた旺なれば、譬すれば陳蕃の器識不凡なるがごとし。卦中官鬼旺相にして、世爻卦身もまた旺相にして、また「貴人」「禄馬」と文書の爻とありて來りて世爻を生合せば、日後金榜題名・龍門を跳過するを主る。漢代陳蕃は少年すなわち不凡の器と目せられしは、まさにこの象なり。もし官職を細斷せんと要せば、後面の名を求むるの一門に按じて類推しうる。化じ出づる子孫の往きて妻財に合するは、譬すれば唐明皇の安禄山のごとき義子あるがごとし。化し出づるの子孫はすなわち義子なり。それもし財爻と相合し、あるいは應爻と相合せば、この子必ず主人の妻妾と私情あるを主る。安禄山の楊貴妃に於けるすなわち是なり。内卦の兄弟の往きて應爻に合するは、譬すれば陳平の嫂と染まると指せられしがごとし。兄弟爻が内卦に在るは、親兄弟を指して朋友に非ず。それもし應爻あるいは財爻と相合せば、その妻の兄弟と私通するを主る。漢初陳平の嫂を盜むの謗はすなわちこの象に由る。
(以下皆斷婦人身命)應帶勾陳兼值福,盂德耀復產於斯時;(勾陳主黑丑,子孫主賢淑,故應爻旺相臨之而無損傷者,其妻必如孟光,貌雖不揚而其德則美也。)財臨玄武更逢刑,楊太真重生於今日。(玄武淫亂之神,若臨財爻,必不貞潔,更加三刑六害,如楊貴妃汙穢尤甚。)
以下の各條は皆婦人の身命を斷ずるなり。應爻が「勾陳」を帶びてまた子孫に臨めば、便ち孟光のごとき賢婦の今日に重生するなり。勾陳は膚黑く貌醜きを主り、子孫は賢良淑徳を主る。ゆえに應爻旺相にしてこの兩者に臨み、また損傷なければ、その妻は必ず東漢孟光のごとく——容貌は出衆せずと雖も、婦徳は卻って極めて美なり。妻財が「玄武」に臨みてまた刑に逢えば、便ち楊太眞のごとき人の今日に重生するなり。玄武は淫亂の神なり。それ財爻に臨着せば、その人は必ず貞潔ならず。さらに加うるに三刑六害あれば、すなわち楊貴妃のごとく污穢尤も甚し。
合多而眾殺爭持,乃許子和之錢樹;(卦中有合諸事吉,唯婦人女子見之主澆浮淫佚,春心蕩漾,不能堅閨門之守,更加玄武三刑六害臨持財爻者,乃娼妓之兆,如許子和為妓,臨死謂其母曰:錢樹子倒矣。蓋為娼宿客得錢如樹之能生錢也。)官眾而諸凶皆避,如隋煬帝之採花。(凡遇卦中有鬼,日辰月建是鬼,或又化出太過生合財爻而財爻不臨玄武等凶神者,必主其婦重婚再醮。如隋煬帝西苑剪採為花,色渝則易之以新者,喻婦人夫死則再嫁也。若本卦鬼爻不受刑沖剋害,而鬼爻反來沖剋財爻者,乃是生離活別之兆,非夫死再嫁也。)
相合多すぎて衆凶殺また爭いて把持するは、それすなわち許子和のごとき錢樹子なり。卦中に合あれば、事を辦するに大都順利なり。ただ婦人のみこれを得れば、反って輕浮放縱・春心搖蕩して、閨門を守住する能わざるを主る。もしさらに「玄武」と三刑六害と加えて財爻に臨持せば、すなわち淪落して娼妓と爲るの兆なり。唐代妓女許子和は死に臨みて母に對して曰く、なんじの錢樹子倒れたりと——客を接して錢を得ること樹の錢を生ずる能くがごときがゆえに、ゆえにこの稱あり。官鬼衆多にして諸般の凶神皆回避するは、それすなわち隋煬帝の西苑に花を採るの光景なり。卦中本より官鬼あり、日辰・月建また官鬼にして、あるいは再び官鬼を化じ出し、多きこと過頭に到りて、皆來りて財爻を生合し、しかして財爻並に玄武などの凶神に臨まざれば、必ず此婦の改嫁重婚を主る。隋煬帝は西苑に彩綢を剪りて花と爲し、顏色褪ぐればすなわち新しきを換えたり。まさに婦人の夫死して別に嫁ぐを比喻す。ただしもし本卦の官鬼並に刑冲克害を受けず、反って官鬼の來りて財爻を冲克するは、それは生離活別の兆にして、並に丈夫の身死して而も後に再嫁するに非ず。
白虎刑臨,武后淫而且悍;(白虎及強暴之神,婦人見之必然兇悍,更加刑害臨財爻,必如武則天兇悍且淫也。)青龍福到,孟母淑而又慈。(青龍乃喜悅慈祥之神,子孫又清吉之神,若財臨青龍化子,或子臨青龍動來生助者,必主其婦慈祥愷悌,淑善賢德如孟母也。)
「白虎」が刑を帶びて財爻に臨めば、便ち武則天のごときまた淫にしてまた悍なる婦人なり。白虎は強暴の神なり。婦女の卦裡にそれを見れば、性情必然凶悍なり。さらに加うるに刑害同じく財爻に臨めば、すなわち武則天のごとく既に凶横にしてまた淫亂なり。「靑龍」と子孫と同じく到れば、便ち孟母のごときまた淑にしてまた慈なる婦人なり。靑龍は喜悅慈祥の神、子孫は清正吉慶の神なり。財爻が靑龍に臨みて子孫を化じ出し、あるいは子孫が靑龍に臨みて發動して來りて財爻を生助せば、必ず此婦の慈祥和易・賢淑有德を主る。孟子の母親のごとし。
逢龍而化敗兄,漢蔡琰聰明而失節;(財遇青龍本屬聰明,但不宜化出兄爻及敗爻,皆主不貞潔,如伯鍇女蔡琰,文章絕冠當時,失節胡虜。或化出刑爻、病爻、害爻及玄武等同,臨者亦然。)化子而生身世,魯伯姬賢德而無疵。(財動化出子孫,主合世身者,必有懿德,如魯莊公夫人伯姬,言行皆善,無疵可議,見賞於《春秋》。凡占妻當以財爻為主,不可論應爻世爻等作其身也。)
財爻が靑龍に逢いて卻って敗神あるいは兄弟を化じ出づれば、便ち蔡琰のごとき聰明にして節を失せしなり。財爻が靑龍に遇うは本より聰慧を主る。ただ兄弟爻あるいは沐浴敗爻を化じ出すを宜とせず。化し出づるは皆不貞を主る。蔡邕の女蔡琰は文才冠絶一時なるも、卻って身を匈奴に陷れて身を失せり。もし化じ出づるは刑爻・病爻・害爻なら、あるいは「玄武」に臨着せば、斷法もまた一樣なり。財爻が子孫を化じ出してまた來りて身世を生合するは、便ち魯伯姬のごとき賢徳無瑕なり。財爻發動して子孫を化じ出し、並びに世爻卦身と相生相合せば、その妻必ず美徳あり。魯莊公夫人伯姬のごとく、言行俱に善くして、指摘すべきなく、《春秋》彼女に對して多く稱許あり。およそ妻室を占するに、一概に財爻を以て主と爲し、應爻・世爻を拿りて往きて彼女本身を代表するべからず。
合而遇空,竇二女不辱於盜賊;(卦中若遇化爻動來相合,或帶咸池玄武動來克合,本非佳兆,若得財爻在空避之,是彼欲淫我而我不願之象,如唐奉天竇氏二女,被盜劫之而投崖,寧死不受辱也。)靜而沖動,卓文君投奔於相如。(卦中咸池玄武刑害等殺臨持財爻,若得休囚不動或落空亡,庶幾無事。或被日辰動爻沖之,則如卓文君被相如以琴挑之,欲心因動,不免至夜而亡奔相如,後當壚賣酒。)
合ありて財爻恰好落空するは、便ち竇氏二女の盜賊の污辱を受けざるなり。卦中もし變爻ありて發動して來りて財爻と相合し、あるいは「咸池」「玄武」を帶びて發動して來りて克し來りて合するは、本より好兆頭に非ず。ただし財爻まさに空亡裡に躲在して避開せば、それすなわち對方の我を污せんと欲するも我從わざるの象なり。唐代奉天竇氏の兩個女兒は強盜に劫走せられ、寧ろ崖を跳んでも辱を受けざりしは、まさにこの象なり。財爻本靜なるも卻って冲動せられれば、便ち卓文君の夜奔して司馬相如に就きしなり。卦中の咸池・玄武と刑害などの凶殺と財爻に臨持するも、ただ財爻休囚にして動かざるか空亡に落つれば、還は大致事なし。一旦日辰あるいは動爻に冲起せられれば、すなわち卓文君の司馬相如の琴挑を聽きて、情動き禁じ難く、當夜出奔し、後來還は壚に當りて酒を賣りしがごとし。
福引刑爻發動,衛共姜作誓於柏舟;(子帶刑旺動,必主剋夫,然子乃貞潔之神,遇此等爻而財不值凶者,主守節之象,如衛共姜作柏舟詩,以死自誓也。)身遭化鬼克刑,班婕妤感傷乎秋扇。(卦中原有官與身世相生合,又化官卻來剋制身世及財爻,占法以動爻為始,變爻為終,主先親愛後棄絕之象。如漢班姬於武帝,始親愛後疏絕,所以見秋扇而傷感,作詞以寓其悽楚之思。)
子孫が刑を帶ぶの爻を引して發動すれば、便ち衛共姜の《柏舟》の誓を作せしなり。子孫刑を帶びて旺動するは、本より夫を克するを主る。ただし子孫また貞潔の神にして、かくのごとき爻に遇いして財爻並に凶に臨まざれば、反って節を守るの象を主る。衛世子共伯早く死し、その妻共姜《柏舟》の詩を作り、死を以て自ら誓い再び嫁がず。卦身が化じ出づる官鬼に遭りて刑克せられれば、便ち班婕妤の秋扇に對して懷を傷めしなり。卦中原より官鬼ありて身世と相生相合し、後來また一個の官鬼を化じ出して反って身世と財爻とを克制す。占法は發動の爻を以て事の始と爲し、變出の爻を以て事の終と爲す。ゆえに先く寵愛を蒙り後に棄絶を遭うを主る。漢代班婕妤は宮に入るの初深く親幸を得、其後疏に見え寵を失い、秋後の團扇の棄を遭うを見るに因りて感傷し、辭を作りて以てその凄楚を寄せしなり。
二鬼爭權水父沖,錢玉蓮逢汝權於江滸;(卦中若有二鬼發動,俱來生合財爻,又遇水父來刑沖剋害,而財爻在空避之者,必有兩夫爭權之象,父母逼勒之兆。而已有守節之操,故入於空,如孫汝權之於玉蓮類也。)六爻競合陰財動,秦弱蘭遇陶谷於郵亭。(男帶合則俊秀聰明,女帶合則澆浮淫佚,若六合卦而財爻又屬陰者,不動猶可,動則淫濫無恥,如秦弱蘭遇陶學士也。)
兩個の官鬼爭權して、また水に屬する父母ありて來りて冲するは、便ち錢玉蓮の江の江邊に孫汝權に遇上せしなり。卦中もし兩個の官鬼ありて一齊に發動し、皆來りて財爻を生合し、また水に屬する父母爻に遇い來りて刑冲克害し、しかして財爻恰好空亡に躲進せば、これすなわち兩夫爭娶・父母逼婚の象なり。財爻の空に入るは、まさに女子自ら節を守るの志あるを說明し、ゆえに避開す——戲文裡の孫汝權の錢玉蓮に娶を逼り玉蓮の江に投ぜしは、すなわちこの類に屬す。六爻爭いて合を成して陰性の財爻また發動するは、便ち秦弱蘭の郵亭に陶谷に遇上せしなり。男子の卦合を帶ぶは、人物俊秀聰明を主る。女子の卦合を帶ぶは、反って輕浮淫佚を主る。もし卦六合を成して財爻また陰に屬せば、靜着すれば還は妨げなし。一たび動けばすなわち淫濫無恥なり。驛亭の中の秦弱蘭の陶學士に遇うがごとし。
鬼弱而未獲生扶,朱淑真良人遇蠢;(凡看女人身命以鬼為夫星,不宜空亡,空則難為夫主,又不宜動,動則難為兄弟;亦不宜衰弱,弱則招夫不肖不能發福,若衰弱而無一生扶合助,兼帶勾陳螣蛇等凶神者,必如朱淑真之夫,愚蒙不正,人物侏儒,因有斷腸之詩。)官強而又連龍福,吳孟子夫主賢明。(若鬼爻旺相,更逢青龍福德、祿馬貴人等吉神,主有貴顯賢明之夫,如吳孟子得魯昭公為夫也。若衰而逢助,亦主有賢明之夫。)
官鬼衰弱にして生扶を得ざれば、便ち朱淑眞の一個の蠢丈夫に嫁せしなり。およそ女人の身命を看るに、官鬼を以て夫星と爲す。夫星は空亡に落つるを宜とせず。空なれば則ち丈夫あること難し。もまた發動を宜とせず。動けば則ち兄弟に於て不利なり。さらに衰弱を宜とせず。弱なれば則ち嫁ぐ所人に非ざる・發達する能わず。もし官鬼衰弱にして一點の生扶合助なく、また「勾陳」「螣蛇」などの凶神を帶ぶれば、それすなわち必ず宋代女詩人朱淑眞の丈夫のごとく、愚昧不端・形貌猥瑣にして、以て彼女に滿紙斷腸の詞を寫下せしむるに至れり。官鬼強旺にしてまた「靑龍」と子孫とに連なれば、便ち吳孟子の賢明の夫主を得しなり。官鬼旺相にして、再び靑龍・福德および禄馬・貴人などの吉神に逢えば、丈夫貴顯賢明を主る。吳孟子の魯昭公に嫁得するがごとし。たとい官鬼本衰なるとも、ただ別に幫扶あれば、一樣に賢夫を得るを主る。
若卜嬰孩之造化,乃將福德為用爻。(所喜者兄弟,大要興隆;所忌者父母,最嫌旺動。小兒造化不過卜其生長難易,若富貴貧賤固未暇論,故專以子孫一爻為主。若父母動,則來傷克,故忌;兄弟動,則來扶持故喜,蓋有生扶則易養。)隨官入墓,未為有子有孫;助鬼傷身,不免多災多病。(卦中若見世身隨官入墓者,必死,故曰未為有子有孫。若遇鬼傷克世身、刑沖主象者,必然多病。更逢財爻助之,大凶之兆。若鬼持世臨身亦主多病。)
もし嬰孩の造化を占せんと要せば、すなわち「子孫」爻を取りて用神を作す。原因は小兒の占はただ養育の難易を問うのみ、富貴貧賤は一時還は談及せず。ゆえに專ら子孫一爻を以て主と爲す。この一門裡の喜見するは兄弟なり。最好は興旺なり——兄弟は同類に屬し、動けば則ち來りて子孫を扶持す。生扶あれば便ち養大し易し。忌見するは父母なり。最もそれの旺動を怕る——父母一たび動けばすなわち子孫を克傷す。もし世身が官鬼に隨いて一同墓に入れば、すなわち還は子あり孫あるを說き上げず。卦中一たび世爻・卦身の官に隨いて墓に入るを見れば、その人必ず死す。ゆえに說く、必ずしも再び子嗣を指望するに足らずと。もし官鬼が世身を傷克し主象を刑冲せば、この子必然多病なり。さらに財爻ありて往きて官鬼を生助せば、さらに大凶の兆なり。官鬼持世して身に臨むも、同じく多病を主る。
胎連官鬼,曾輕落地之關;(卦中胎爻臨鬼,或化出鬼爻,或鬼來沖剋者,必此兒生時絕而復甦,俗所謂落地關也。)子帶貴人,自有登天之日。(子爻若帶祿馬貴人,主此子他日必能顯貴,頭角崢嶸。)遇令星,如風搖干;逢絕地,似雨傾花。(凡遇凶神克戰,若得子孫得地健旺,則必無事,雖見小悔猶微風搖干,必不能傷;若在死絕之地,決難生養,一有克戰,則如驟雨傾花,鮮不殘敗。)
胎爻が官鬼に連なれば、この孩子は曾て落地の一關を經歷せり。卦中の胎爻が官鬼に臨み、あるいは官鬼を化じ出し、あるいは官鬼に冲克せられれば、この兒は出生する時必ず曾て氣絶して而も復甦せしなり。俗話の說く所の落地關はすなわちこの個を指す。子孫爻が貴人を帶ぶれば、日後自ずから騰達の日あり。子孫もし「禄馬」「貴人」を帶ぶれば、この子將來必ず能く顯貴するを主り、從小に頭角嶄嶸たらん。子孫もし當令の星に遇えば、凶神の來犯は不過微風の樹を搖るがごときのみ。もし絶地に落つれば、譬すれば驟雨の花朵を打落すがごとし。およそ凶神の來りて克し來りて戰うあるも、ただ子孫地を得て健旺なれば、便ち必ず大礙なし。縱い些小の挫折あるとも、不過清風の樹幹を搖動するのみ、それを傷つくる能わず。もし子孫死絶の地に落つれば、本より養育し難し。再び一たび克戰に遇えば、すなわち急雨の花を傾くるがごとく、凋殘せざる少なし。
子孫化鬼,孝殤十月入冥途;祿貴臨爻,拜住童年登相位。(子化出鬼,乃九死一生之兆,如漢殤帝生才十月即死也。子化出鬼而貴人祿馬交臨,子又旺相,異日必貴,如元拜住年十四即為相。蓋子逢凶而化鬼,謂身化為鬼,故凶;子逢吉而化官,謂身化為官,故吉。)
子孫が官鬼を化じ出づれば、譬すれば漢殤帝の生下十個月にして便ち夭折せしがごとし。禄馬貴人爻に臨めば、譬すれば元代拜住の少年にして便ち相位に登りしがごとし。子孫が官鬼を化じ出ずるは、本より九死一生の兆にして、漢殤帝は出生纔か十個月にして就中死せり。然るに同じ子の官を化するも、もし「貴人」と「禄馬」と交い臨着し、子孫自身また旺相なれば、日後必定貴顯せん——元人拜住は十四歲にして便ち丞相を做れり。分別は:子孫凶に遇いて鬼を化するは、自身の鬼と化するに等し。ゆえに凶なり。子孫吉に遇いて官を化するは、自身の官と化するに等し。ゆえに吉なり。
凶殺來攢震卦,李令伯至九歲而能行;(震為足,若遇官鬼凶神刑剋,行必遲,如李令伯九歲方能行,蓋為凶神纏擾於足也。)吉神皆聚乾宮,白居易未週歲而識字。(乾為八卦首,於五行屬金,其數則一,又純陽之象。陽主上達,金主聰明,一則數之始也,若遇龍德及子孫在此宮者,必然幼敏。如白樂天生七月便識之無二字。)
凶殺齊しく《震》卦上に聚まれば、譬すれば李密の九歲に到りてこそ走路を得しがごとし。震は人身上に足を代表す。もし官鬼凶神ここに在りて刑克に遇えば、行走必ず遲し。李密は九歲にして方に能く行く。まさに凶神の足に纏住せしがゆえなり。吉神皆《乾》宮裡に聚まれば、譬すれば白居易の週歲に滿たずして便ち字を認識せしがごとし。乾は八卦の首に居り、五行は金に屬し、その數は一にして、また純陽の象なり。陽は向上通達を主り、金は聰明穎悟を主り、一また數の開端なり。もし「靑龍」「天徳」と子孫と皆この宮に落つれば、この兒必然早慧せん——白居易は生下七個月にして、便ち能く之・無の兩個の字を辨認せり。
八純頑劣,晉食我狼子野心;(八純卦六爻相沖,小兒見之必主頑劣性悍,如晉叔向子食我,心野不馴,猶豺狼之子也。)六合聰明,唐李白錦心繡口。(大抵六合卦必然陰陽相半,小兒遇之聰明智慧,他日文字當有擲地金聲之妙,如太白文才也。)
八純卦を得るは頑劣を主る。譬すれば晋國叔向の子食我のごとき狼子野心なり。八純の卦は六爻兩兩相冲す。小兒これを占得せば、必ず性情頑劣凶悍を主る。晋大夫叔向の兒子食我は心性狂野にして馴え難し。古人便ち彼を豺狼の子と說えり。六合卦を得るは聰明を主る。譬すれば唐代李白のごとき錦心繡口なり。六合の卦は大抵陰爻陽爻各々一半を占む。小兒これに遇えば聰明多智にして、日後文を爲すに當に地に擲ちて金石聲を作すの妙處あるべし。李白の才華のごとし。
陽宮陽象,后稷所以歧嶷;(陽主高明,有上述之象,從天數也。占小兒而得純陽卦,子孫又屬陽,必如后稷生於姜嫄,克歧而克嶷也,見《詩.大雅》。)陰卦陰爻,晉帝所以戇呆。(陰主卑汙,有下達之象,法地故也。占小兒得陰宮卦,子孫又屬陰,主痴愚,如惠帝聞蛙聲而曰為公為私,見飢人而曰何不食肉糜,故史以戇呆譏之。)
陽宮は陽象を配す。ゆえに后稷の幼年に岐嶷不凡たり。陽は高明を主り、向上通達の象ありて、法を天に取る。小兒を占して純陽の卦を得、子孫また陽爻に屬せば、この兒必ず姜嫄の生せる后稷のごとく、年幼にして便ち聰慧特出せん。《詩經・大雅》彼を能く岐し能く嶷すと稱す。陰卦は陰爻を配す。ゆえに晋惠帝のごとき戇呆なり。陰は卑下を主り、向下沈滯の象ありて、法を地に取る。小兒を占して陰宮の卦を得、子孫また陰爻に屬せば、痴愚を主る。晋惠帝は蛙鳴を聽聞して、竟にこの蛙は公家の爲に叫ぶか私家の爲に叫ぶかと問う。百姓の餓死するを聽説して、また何ぞ肉粥を食わざるかと問う。史家これに因りて彼を戇呆と譏る。
龍父扶身,效藏燈於祖瑩;(青龍為吉神,父母為詩書學館,若臨身世或動來生合世身福德者,主此兒好學,如祖瑩八歲耽書,父母恐其成疾禁之,乃密藏火,待父母寢後,復燃燈讀之也。)歲君值福,希投筆於班超。(歲君,乃天子爻君象也,子孫臨之,此兒必志大,如漢班超,為兒時嘗投筆嘆曰:“大丈夫當立功異國,安能久事筆硯!”後出使西域,果應萬里封侯。)
「靑龍」と父母と來りて卦身を扶けば、この兒は祖瑩の燈を藏して夜讀するを效法せん。靑龍は吉神、父母は詩書學館を代表す。それらもし身世に臨み、あるいは發動して來りて世身と子孫とを生合せば、この兒の好學を主る。北魏祖瑩は八歲にして便ち讀書に耽り、父母彼の身體を熬壞せんことを怕りて禁止を加えれば、彼便ち偷偷として火種を藏め、父母の睡下するを待ちて再び燈を點じて苦讀せり。太歲の爻が子孫に臨着せば、この兒は班超のごとく筆を投じて戎に從うの望あり。歲君は天子の爻にして、君上を象徵す。子孫それの上に臨めば、この兒の志向必ず大なり。漢代班超は少年時曾て筆を擲ちて長嘆して曰く、大丈夫當に異域に功を立つべし、どうして能く久しく筆硯を侍弄せんやと。後來彼は西域に出使して、果たして萬里の侯を封ぜられしに應じたり。
官鬼無傷,曹彬取印終封爵;(歲君值福固有大志,然卦中官鬼受制或落空亡,則志雖大而終莫能遂,官鬼無傷斯能稱意,如曹彬週歲時提戈取印,後出將入相,終封貴爵也。)父身有氣,車胤囊螢卒顯名。(龍父扶身固知好學,然身世主象及父母官鬼臨死絕地,則徒取辛勤,必父身有氣方有成望,如車胤勤學,卒以成業也。)
官鬼傷を受けざれば、この兒は曹彬の周を抓りて印を取りて終に爵を封ぜられしがごとくならん。太歲が子孫に臨むは固より志向遠大を主る。然るに卦中の官鬼もし制伏せられあるいは空亡に落つれば、志向大なりと雖も終に實現し難し。必ず官鬼完好傷なくして、こそ心を稱するを得。宋代曹彬は週歲に周を抓る時干戈と印信とを抓起し、後來將を出で相に入り、終に顯爵を封ぜられり。父母爻と卦身と皆氣あれば、この兒は車胤の螢を囊めて苦讀して終に名を顯せしがごとくならん。靑龍父母の身を扶くるは固よりその好學を知るべし。ただしもし身世主象および父母・官鬼皆死絶の地に落つれば、それすなわち一場の辛苦を白うす。必ず父母と卦身と皆氣あれば、こそ成就の指望あり。晋人車胤は家貧にして油なく、夏夜に紗囊を以て螢火を盛りて讀を照らし、終に學業を成就せり。
金爻動合,啼必無聲;(五行中惟金有聲,且入之五臟肺主聲,肺屬金,故人聲以金爻取之,若被沖起或落空亡,聲必響亮,惟動而合住,則啼哭無聲也。)父母靜沖,兒須缺乳。(乳以子孫定之,若旺相有氣乳必多。休囚無氣乳必少。最怕父動或靜而逢沖,定須缺乳,克子故也。)
金爻發動して合住せられれば、嬰兒の啼哭必然聲なし。五行の中ただ金のみ能く聲を發す。人身五臟の裡聲音を主るは肺にして、肺また金に屬す。ゆえに人の聲音は金爻を取りて看る。金爻もし冲起せられ、あるいは空亡に落つれば、哭聲かえって響亮なり。ただそれ發動して卻って合に絆住せられてこそ、啼きて聲なからん。父母爻靜なると雖も卻って冲に逢えば、孩子は便ち奶を缺かん。乳汁は「子孫」爻を以て定む。子孫旺相にして氣あれば則ち乳多く、休囚無氣なれば則ち乳少なし。最も父母の發動を怕る。あるいは父母靜なると雖も冲起せられれば——一たび冲せられれば便ち發動するに同じく、父母は子孫を克して、必定乳を缺く。
用旺兒肥終易養,主衰兒弱必難為。(子孫旺相,殺莫能傷,其兒必肥,故易養;子孫休囚敵殺之氣無備,必多災悔,不惟羸瘦亦且難養。)身臨父母,莫逃鞠養之辛勤;(父母持世兒必多災,故鞠育之勞所以不免。父母為辛勤勞苦之神,故為小兒之惡殺也。)世遇子孫,終見劬勞之報效。(子孫持世兒必孝順故劬勞之恩必然報效。蓋子孫為主象臨於世者,以其有親親之義也。)
用神旺相なれば、孩子壯實にして、終に養い好し。主象衰弱なれば、孩子瘦弱にして、必定帶び難し。子孫旺相なれば、凶殺それを傷つくる能わず。この兒必然壯健なり。ゆえに養大し易し。子孫休囚なれば、凶殺に抵當するに力なく、必ず災病多く、但だ瘦弱なるのみならず、しかも成人し難し。卦身が父母に臨着せば、父母は便ち撫養の辛勞を逃れる能わず。父母持世せば、孩子必然多災にして、爹娘を做るは自然に鞠育の苦を免れず——父母爻は本より辛勤勞苦の神なるがゆえに、ゆえに小兒占裡に於てかえって惡殺と算す。世爻が子孫に遇上せば、終に能く兒女の劬勞の恩に報いるを見るを得。子孫持世せば、この兒必然孝順にして、父母の辛苦終に回報あり。子孫は既に主象にしてまた世に臨むは、まさに親愛骨肉の意思を含むがゆえに。
若問榮枯,全在六親之決斷;要知壽夭,須憑三限以推詳。(六親中財福為吉,兄鬼為凶,三限正限正卦管三十年為初限,互卦管三十年為中限,再以互卦又互一卦為末限,亦管三十年。人生壽夭須有定數,不看三限則難取決。如正卦有凶神來克戰,則壽止三十年前;如正卦無凶殺,而互卦見凶殺克戰,則壽止於六十歲;內正互皆無凶殺,其壽必在六旬外,宜以互卦再互一卦推之。若凶殺不動,則看世爻死絕之年斷之,庶無差謬。)合理至微,雖難細述;易爻有準,自在變通。
もし一生の榮枯を問わば、全く六親に憑りて來りて決斷す。壽命の長短を知らんと要せば、須らく三限に依りて來りて推詳すべし。六親の中、妻財・子孫は吉と爲し、兄弟・官鬼は凶と爲す。三限の分法は:本卦三十年を管して初限と爲し、互卦三十年を管して中限と爲し、再び互卦に由りて別に一卦を互出して末限と爲し、もまた三十年を管す。人の壽夭は自ずから定數あり。三限を看ざれば就中取决し難し。たとえば本卦中に凶神ありて來りて克戰せば、壽數は就中三十歲以前を以て止と爲す。本卦に凶殺なくして互卦裡に凶殺ありて克戰せば、壽數は便ち六十歲に止まる。本卦と互卦と皆凶殺なければ、壽數は必ず六旬を過ぎ、當に再び互卦の互する所の卦を用いて往きて推すべし。倘若凶殺始終動かざれば、それすなわち世爻の死・絶に走り到るのあの一年を看て以て斷ず。大致誤ることなし。其中の道理精微入細にして、很に一々說盡すこと難し。好しや卦爻自ずから準則あり。全く人の事に臨みて變通するに看る。
婚姻
男女合婚,契於前定,朱陳締結,分在夙成。然非月老,焉知夫婦於當時;不有宓羲,豈識吉凶於今日!欲諧伉儷,必定陰陽。(陽奇陰偶配合成婚。世屬陽,應屬陰,鬼屬陽,財屬陰,內屬陽,外屬陰。陰陽相得,乃成夫婦之道,異日必然大利。)陰陽交錯,難期琴瑟之和鳴;(陰陽交錯者,世陰應陽,鬼陰財陽,內陰外陽,皆為反象成婚,後必主夫凌妻,妻欺夫,終朝反目,不得和順。若變出財鬼不空,主象安靜,亦可用也。)內外互搖,定見家庭之撓括。(占婚卦宜安靜,安靜則家庭雍睦,必無爭鬥之事。若財動則不和翁姑,鬼動則不和妯娌,父動則不和子侄,兄動則不和夫妻,動加月建日辰,不唯不和,更有剋制。)
男婚女嫁は、緣分本より前定に合す。朱・陳兩姓世々親を結ぶは、情分早已成就して先んず。然るにもし月下老人の線を牽くなければ、誰か能く當時の哪一對の夫婦と爲るべきを知らんや。もし伏羲の卦を畫くなければ、今天また何を憑りて以て吉凶を辨識せんや。夫婦の和諧を要せんと欲せば、先ず須らく陰陽を配定して得べし。陽は奇と爲し、陰は偶と爲し、一奇一偶こそ婚を配成す。婚を占する時に世は陽に屬し・應は陰に屬し、官鬼は陽に屬し・妻財は陰に屬し、内卦は陽に屬し・外卦は陰に屬す。陰陽各々その位を得て相協するは、こそ夫婦の道に合し、日後必然大利なり。もし陰陽交錯顛倒せば、すなわち琴瑟和鳴を指望し難し。いわゆる交錯とは、世爻反って陰と成り・應爻反って陽と成り、官鬼反って陰に屬し・妻財反って陽に屬し、内卦反って陰に屬し・外卦反って陽に屬す——皆反象婚を成すなり。日後夫の妻を欺くならざれば、すなわち妻の夫を凌ぐなり、成天反目して、和順を得難し。ただしもし變じ出づる財・鬼二爻落空せず、主象また安靜なれば、還は勉强用いうる。内外兩卦互相搖動すれば、家庭の中一定に糾纏清からず。婚を占するに卦靜を以て宜と爲す。靜なれば則ち家庭雍睦にして、爭鬥を生ぜず。もし妻財發動せば、媳婦と公婆と不和す。官鬼發動せば、妯娌の間不和す。父母發動せば、長輩と子侄と不和す。兄弟發動せば、夫妻不和す。これらの動爻もしさらに月建・日辰の力を加えれば、すなわちただ不和なるのみならず、還は互相克制せんとす。
六合則易而且吉;(六合卦,一陰一陽配合成象,世應相生,財官相合,占者得之,必主易成而又吉。)六沖則難而又凶。(六沖卦,非純陰則純陽也,其象猶二女同居,兩男並處,志必不合。占者得之,必主難成,縱成亦不利。)陰而陽陽而陰,偏利牽絲之舉;(世與官宜陽反陰,應與財宜陰反陽。占娶婦多不利。惟入贅則吉。)世合應應合世,終成種玉之緣。(世為男家,應為女家,若得相合,是兩願之象,必主易成,後又吉利。)
六合の卦を得れば、婚事は既に容易にしてまた吉利なり。六合卦は一陰一陽配合して象を成し、世應相生・財官相合せば、婚を占する人これを得れば、必ず說成し易く・成るのちもまた順なり。六冲の卦を得れば、婚事は既に艱難にしてまた凶險なり。六冲卦は純陰ならざれば便ち純陽なり。譬すれば兩個の女子同じ屋に住し・兩個の男子並び一室に處るがごとく、心志必ず相投ぜず。婚を占してこれを得れば、必ず成り難きを主り、勉强成るともまた利ならず。陽なるべきの反って陰と成り・陰なるべきの反って陽と成るは、倒れてただ男子の贅に入るに利あり。世爻と官鬼とは本當に陽に屬すべきも、卻って反って陰に屬す。應爻と妻財とは本當に陰に屬すべきも、卻って反って陽に屬す。この種の格局は用いて妻を娶るを占すれば多半利ならず、ただ男の女家に到りて贅に入る反って吉と爲す。世往きて應に合し・應また來りて世に合せば、終に能く美滿の姻緣を成就せん。世は男家を代表し、應は女家を代表す。兩下相合するはすなわち彼此情願の象にして、婚事必ず談成し易く、成るのちもまた吉利なり。
欲求庚帖,豈宜應動應空?(欲求庚帖,須得應爻安靜不空,而又生合世爻者,必然允諧,事亦易成。若應爻發動,或空亡,或沖剋世爻,皆主不允,事亦難成,或去亦不遇。)若論聘儀,安可世蛇世弟?(螣蛇兄弟,世爻臨之,主男家慳吝,禮必不多;應爻臨之,主女家妝奩淡薄。臨旺發動亦克妻之兆也。)
往きて女家の庚帖を討らんと欲するに、どうして應爻の發動あるいは落空を容許せんや。庚帖を求むるに須らく應爻の安靜にして空ならず、また來りて世爻を生合せば、對方こそ答應し、事情もまた辦成し易し。もし應爻發動し、あるいは空亡に落ち、あるいは反って世爻を冲克せば、皆對方の允さざる・事情成り難きを主り、甚だしきは去るともまた人に見る能わず。聘禮の豊薄を論ぜんと要するに、どうして世爻の「螣蛇」に臨むあるいは兄弟に臨むを容許せんや。螣蛇と兄弟とは皆吝嗇を主る。世爻これに臨めば、男家の小氣・聘禮必ず薄を主る。應爻これに臨めば、女家の妝奩單薄を主る。それらもし旺相にして發動せば、還は兼ねて妻を克するの兆あり。
應生世,悅服成親;世克應,用強劫娶。(應爻生合世爻,主女家貪男家之象,必易成,不然是女家先來求親也。若世刑剋應爻,男家必不早來求其女。世旺應衰,乃恃富欺貧用強劫娶也。若世臨鬼及螣蛇而財爻得時旺相,青龍得地者,必因其女有姿色而欲設謀以娶之也。世臨玄武兄弟,必因其家乏財償債,欲謀納其女也,應動或旺,以旺動斷。)
應爻が世を生ずるは、女家の心說誠服して親を結ぶなり。世爻が應を克するは、男家の勢を仗りて強娶するなり。應爻が世爻を生合するは、女家の男家を看重するの象にして、婚事必ず成り易し。然らざればすなわち女家の先に人を托して來りて親を求むるなり。もし世爻反って往きて應爻を刑克せば、男家原本並に急いで求娶せず。世旺にして應衰なれば、それすなわち富を恃みて貧を欺き強を用いて娶を逼るなり。倘若世爻が官鬼に臨みてまた「螣蛇」を帶び、しかして財爻まさに時令旺相・「靑龍」もまた地を得れば、それ必ず女子の姿色を貪圖して法を設けて娶を謀るなり。倘若世爻が「玄武」に臨みてまた兄弟を帶ぶれば、それ多半女家の債を負いて償還するに力なく、男家便ちその女を謀取して債に抵るなり。應爻もし發動あるいは旺相なれば、すなわち旺動に按じて斷ず。
如日合而世應比和,因人成事;(凡遇世生應,是男求女;應生世,是女求男,相合亦然。若世應比和,乃是兩家相成。其事要知何人贊成,以日辰合爻定之,間動辰合,則是媒人。)若父動而子孫墓絕,為嗣求婚。(占婚遇父旺動子孫,若墓絕,異日子息必少。若卜大人婚姻,有此象乃是無子而娶也,父持身世者亦然。)
もし日辰の來りて合ししかして世應また比和するは、この門の親事は傍人に憑りて促成せらるるなり。およそ世爻が應爻を生ずるは、男方の女方を求むるなり。應爻が世爻を生ずるは、女方の男方を求むるなり。相合の情形もまたこれに照らして分かつ。もし世應兩爻比和すれば、すなわち兩家の彼此湊合するなり。中より撮合するは誰なるかを知らんと要せば、すなわち日辰と哪一爻と相合するかを看る。間爻發動して日辰それと相合せば、それすなわち媒人なり。もし父母發動して子孫墓絶に落つれば、この樁の婚は子嗣を求むるが爲に結ぶなり。婚を占して父母旺動に遇い、子孫また墓絶に落つれば、日後子息必ず少なし。もし年長の人に替わりて婚を占して、この象あればすなわち子なきに因りて續娶するなり。父母爻の身世を持するも一樣なり。
財官動合,先私而後公;(凡婚以官為夫,財為婦。兩爻俱動相合,必是先通後娶,若遇沖剋外人已知,若臨玄武則眼去眉來,未通情意,本人自占而財與世爻動合者,亦然。財爻若與旁爻作合,與他人有情。財遇合多而化出子孫,必是妓家,蓋化子有從良之象也。)世應化空,始成而終悔。(世動生合應爻,男家願成其婚;應動生合世爻,婦家願妻其女,皆易成之象。但怕變入空亡,必有退悔之意,若得日辰動爻扶助,雖悔亦可成也。)
妻財と官鬼と一同發動して相合するは、先に私情あり・後に公開の婚禮を辦するなり。婚を占するに官鬼を以て夫と爲し妻財を以て婦と爲す。この兩爻皆動きてまた相合せば、必ず先に款曲を通じて然るのち親を成す。もしまた冲克に遇えば、外人すでに知情なるを說明す。もし財鬼「玄武」に臨めば、それなおただ眉來眼去にして、情意なお未だ通ぜず。本人自ら占して財爻と世爻と動じて相合すれば、斷法相同なり。財爻もし旁爻と結合すれば、すなわち彼女の別人と情あるなり。財爻合に逢うこと甚だ多くしてまた子孫を化じ出づれば、多半妓家に出身す——子孫を化じ出ずるは從良の象あり。世應が空亡に化入するは、起初談成して終に反悔す。世爻發動して應爻を生合するは、男家のこの門の親を結ぶを願意するなり。應爻發動して世爻を生合するは、女家の女を嫁すを願意するなり。皆易成の象なり。ただ怕るるはそれらの空亡に變入せば、それすなわち必ず退悔の意あり。もし日辰あるいは動爻の扶助を得れば、たとい一度反悔すとも、依然として成りうる。
六合而動象刑傷,必多破阻;世沖而日辰扶助,當有吹噓。(世爻與應生合,本主吉兆,若遇動爻日辰沖剋,必兩邊有破說其事難成;世應沖剋本非吉兆,若遇動爻日辰生合,兩邊必有吹噓。亦可成。要知吹噓破阻之人,依五類推之,如父母為叔伯尊長類。外宮他卦,以外人言。)鬼克飛爻,果信綠窗之難嫁;官合財位,方知綺席之易婚。(飛爻即世爻,大凡女占男,最不宜鬼爻刑剋世爻,亦不宜應爻克世,皆主不成。蓋女占男,以世為女家,應為男家故也。如遇此象,主男家不願為婚,所以難嫁,若他有制我有扶,而大象又吉,亦可成,然其家終是無意於我也。若得官生合世爻,或合財,爻或應爻生合世,方主易成。)
卦六合なりと雖も、動爻卻って來りて刑傷せば、婚事必ず破壞阻擾多し。世爻冲せらるると雖も、日辰卻って來りて扶助せば、中間自ずから人ありてなんじに替わりて說合せん。世應相生相合は本より吉兆なり。もし動爻あるいは日辰の冲克に遇えば、兩邊必ず人ありて中より拆散して、事情便ち成り難し。世應本より相冲克して、吉兆に非ず。もし動爻あるいは日辰の生合に遇えば、兩邊必ず人ありてなんじに替わりて美言して、また照樣能く成る。好話を說くと拆台するは何の人なるかを知らんと要せば、六親五類に按じて推す。たとえば父母はすなわち叔伯尊長の一輩を代表す。もしあの爻他宮別卦に屬せば、すなわち外人に按じて論ず。官鬼が飛爻を克するは、果然緑窗女子嫁し難し。官鬼が財位に合するは、こそ筵席の上很快に婚を成さんとするを知る。飛爻はすなわち世爻なり。およそ女方が男方を占するに、最も官鬼の世爻を刑克するを忌み、また應爻の世を克するを忌む。兩者皆成らざるを主る——女が男を占する時、世は女家を代表し應は男家を代表すればなり。この種の象に遇上するは、男家の親を結ぶに意なく、ゆえに女子嫁し難し。もし對方別に制伏あり・我方別に扶助あり、卦の大象また吉なれば、還は勉强成就しうる。ただあの一家は終究我に對して意なし。必ず官鬼の來りて世爻を生合し、あるいは官鬼と財爻と相合し、あるいは應爻が世爻を生合してこそ、婚事容易に成るを得。
財鬼如無刑害,夫妻定主和諧;(財鬼刑沖剋,夫妻必然不睦,如無此象,然後如魚得水,到老和諧。)文書若動當權,子嗣必然蕭索。(父母當權發動,子孫在空避之地,乃是事體未定。若不空而死絕無氣,則被其克,異日必然克子。)
財爻と鬼爻との間もし刑害なければ、夫妻必定和諧す。財・鬼二爻もし互相刑冲克害せば、夫妻必ず和睦せず。この種の象なく、こそ魚水を得るがごとく白頭偕老するを得。文書の爻もし發動してまた權に當れば、子嗣必然稀少なり。父母爻權に當りて發動し、しかして子孫恰好空亡裡に躲在して避開せば、事情はなお未定局なり。もし子孫空ならずして卻って死絶無氣に落つれば、すなわち須らく父母に克傷せらる。日後必定子を克す。
若在一宮,當有通家之好;若加三合,曾叨會面之親。(世應生合比和,財鬼又同宮,是親上親也。不帶三合,雖親不識認,若帶三合,必曾會面者。)如逢財鬼空亡,乃婚姻之大忌;苟遇陰陽得位,實天命之所關。(財鬼二爻,占婚姻之用神,若值空亡必不吉利。天玄賦曰:財空妻失,鬼空夫亡,然不可執法推,蓋男占女以財為主,鬼空不妨;女占男以鬼為主,財空不妨,在用神無損害耳。若財鬼空亡而干支相合,世應相生,陰陽得位者,此實姻緣不過半世,衾枕不能偕老,非夫妻刑剋故也,乃天命所在耳。逢沖遇克謂避空,反不慮但主其一生該虛設衾枕,或半生在外仕宦工商之類。)
財鬼もし同じく一宮に在れば、兩家原より通家の誼あり。もしさらに三合を結成せば、雙方還は曾て面を會せしあり。世應相生相合あるいは比和し、財爻と鬼爻とまた同じく一宮に屬するは、これは親上に親を加うるなり。三合を帶びざれば、親戚なると雖も素より相識せず。もし三合を帶ぶれば、必定面を見しあり。もし財・鬼の空亡に落つるに碰上すれば、それは婚を占するの大忌なり。もし陰陽各々その位を得れば、それすなわち天命に關するなり。財・鬼二爻は婚姻を占するの用神にして、空亡に落つれば必ず吉利ならず。《天玄賦》は說く、財空なれば則ち妻を失い鬼空なれば則ち夫を喪うと。ただしこの說を死守すべからず。男が女を占するに財を以て主と爲し、鬼空は妨げなし。女が男を占するに鬼を以て主と爲し、財空は妨げなし——關鍵はただ用神本身に損なきに在り。倘若財鬼空なると雖も、しかして干支相合・世應相生・陰陽また各々その位を得れば、それすなわち緣分は半世あるのみ、同衾共枕して老に到る能わず。これは並に夫妻互相刑克するに非ずして、天命かくのごとしなり。もし空爻また冲に逢い克に遇えば、それを避空と叫び、かえって憂慮するに必らず。ただ此人一生空しく衾枕を設け、あるいは半輩子外に在りて官を做し商を經營するのみを主る。
應財世鬼,終須夫唱婦隨;應鬼世財,不免夫權妻奪。(世持鬼應持財,此乃陰陽得位之象,必然夫秉男權,妻操婦道,定然夫唱於前,婦隨於後;若應持鬼世持財,此同陰陽失位之象,必然夫權妻奪,牝雞晨鳴,惟贅婿反吉。)
應爻が財を持ち世爻が鬼を持せば、終究夫唱婦隨なり。應爻が鬼を持ち世爻が財を持せば、妻子の丈夫的權柄を奪去するを免れず。世爻が官鬼を持して應爻が妻財を持するは、陰陽各々その位を得るの象にして、必ず丈夫の男子の權を秉持し・妻子の婦人の道を謹守し、丈夫は前に在りて倡導し妻子は後に在りて附和するを主る。反して、應爻が官鬼を持して世爻が妻財を持せば、すなわち陰陽失位の象にして、必ず夫權の妻に奪わるる・母雞の公雞に代わりて曉を報ずるを主る。ただ贅に入るの女婿を占するに、これを得るは反って吉と爲す。
妯娌不和,只為官爻發動;翁姑不睦,定因妻位交重。(占婚以兄為妯娌,父為翁姑,卦有官動則克兄弟,妯娌間必不和;卦有財動則克父母,定主翁姑不睦。若旺不受傷克,則是事有反覆,若衰弱不能敵,則有刑剋也。)父合財爻,異日有新臺之行;世臨妻位,他時無就養之心。(占婚遇財父二爻持世,帶玄武動來相合者,異日有翁淫子媳之事。若財臨世身,其婦必不善事翁姑。)
妯娌の間不和なるは、ただ官鬼爻發動のゆえなり。公婆と媳婦と不睦なるは、定めて妻財の位交重のゆえなり。婚を占するに「兄弟」を以て妯娌を代表し、「父母」を以て公婆を代表す。卦中の官鬼一たび動けば便ち兄弟を克す。妯娌必ず不和なり。卦中の妻財一たび動けば便ち父母を克す。公婆と媳婦と必ず嫌隙を生ず。もし克を受くる一方旺相にして傷を受くるに至らざれば、それは不過事情の反覆のみ。もしそれ衰弱にして抵當住ざれば、すなわち眞に刑克の應あり。父母爻の往きて財爻に合するは、日後新臺のごとき醜事あり。世爻の妻位に臨着するは、將來媳婦に公婆を奉養するの心なし。婚を占してもし財・父兩爻持世して、また「玄武」を帶びて發動して來りて相合せば、日後すなわち公公の兒媳に淫及するの事あり——《詩經》裡の衛宣公の新臺を築きて子の妻を奪せしは、まさにこの類なり。もし財爻の世爻卦身に臨めば、此婦必ず能く好く公婆を侍奉せず。
空鬼伏財,必是望門之寡婦;動財值虎,定然帶服之嫠娘。(卦中既有官爻財爻,而財爻又伏空鬼之下,其女先曾受聘,未婚夫死,俗謂望門寡;若加白虎動克,則是已嫁而死必帶孝服者。若伏鬼不空,必是有夫之婦女,如被日辰動爻提起刑剋世爻者,後防爭訟。)
財爻が落空の官鬼の底下に伏せば、この女必ず望門寡なり。財爻發動してまた「白虎」に臨めば、定めて孝を帶ぶの孀婦なり。卦裡に官鬼・妻財皆ありて、しかして財爻恰好空亡の官鬼の下に伏せば、此女子は先前すでに聘を受けて、未婚夫は卻って死せるを說明す。俗に望門寡と稱す。もしさらに白虎發動して來りて克すれば、それすなわち已に出嫁して丈夫身死・如今なお孝に服すなり。倘若伏する所の官鬼並に落空せざれば、彼女すなわち夫あるの婦なり。もしこの官鬼また日辰あるいは動爻に提起せられて來りて世爻を刑克せば、日後還は須らく官司を打つを防ぐべし。
世應俱空,難遂百年之連理;(世空自不欲成,縱成終不遂意;應空彼不欲成,得成日後兩家必不往來。)財官迭見,重為一度之新人。(男占女卦有兩財,女占男卦有兩鬼,必是斷絃再續,重為一度新人。兩財皆無損,必一正一偏,若一旺一空,則前妻已喪;兩鬼發動,必有兩家爭娶,如一旺一空,則前夫已亡。若鬼伏財下,男必有妻在家;財伏鬼下,女必有夫在身。鬼不空而動爻日辰沖剋妻財,必是生離改嫁;世克鬼而動爻日辰生合妻財,必是逐婿嫁女。)
世應兩爻皆落空せば、百年連理は便ち願を遂げ難し。世空は自己本より成婚の意なく、縱い成るとも終に心を稱さず。應空は對方意なく、たとい成るとも、日後兩家また相往來せず。財・鬼重迭出現するは、再び一回の新人を做るを要するなり。男が女を占して卦中に兩個の財爻あれば、女が男を占して卦中に兩個の鬼爻あれば、必ず弦を斷てて再び續き、重ねて一回の新人に當る。兩個の財爻皆完好損なければ、それは一正室一偏房なり。もし一旺一空なれば、前妻すでに亡くせるを說明す。兩個の鬼爻皆發動せば、必ず兩家ありて爭娶す。もし一旺一空なれば、前夫すでに死せるを說明す。官鬼が財爻の下に伏するは、男方家裡必ず已に妻あり。財爻が官鬼の下に伏するは、女方身上必ず已に夫あり。官鬼空ならずして動爻・日辰の往きて妻財を冲克するは、それは生生として拆散し・他人に改嫁するなり。世爻が鬼を克して動爻・日辰また妻財を生合するは、それは女婿を趕走し・女兒を把りて別に嫁するなり。
夫若才能,官位占長生之地;妻如丑拙,財爻落墓庫之鄉。(要知男女情性容貌,財鬼二爻取之。凡遇月令旺身必肥;日時旺貌必美。月令衰身必瘦,日時衰貌必丑。月令旺日時衰者,身肥而貌不揚,月令衰日時旺,身瘦而貌必美。衰而有扶,丑而才能,旺而入墓,雖美而愚拙。惟觀性情,男以鬼斷,女以財推。)命旺則榮華可擬,時衰則發達難期。(命即男女生命。生旺有氣,必有榮華之日;休囚死絕,必無發達之期。若財旺命衰,其妻貌雖美而命則平常;鬼衰命旺,其夫雖愚蠢而衣食豐足,命臨父母必好技藝,加青龍則是好詩書也。臨兄則好賭博,好使錢不好學。臨官喜迎官府。臨財福必善作家。看其現與不現,及五行生剋六神動靜推之。)
丈夫もし才幹あれば、官鬼の位が長生の地を占住せしなり。妻子もし相貌醜拙なれば、財爻が墓庫の鄕に落進せしなり。男女の性情容貌を知らんと要せば、皆財・鬼二爻より取る。およそ月令の旺を得れば、身材必ず豊腴なり。日・時の旺を得れば、容貌必ず端好なり。月令休衰なれば則ち身瘦せ、日時休衰なれば則ち貌醜し。月令旺にして日時衰なれば、身體肥壯にして相貌揚がらず。月令衰にして日時旺なれば、身材清瘦にして容貌姣好なり。衰にして別に扶助あれば、貌は醜くして卻って才あり。旺にして墓庫に落入せば、貌は美にして卻って愚拙なり。性情に至っては、男は官鬼を看、女は妻財を看る。本命の爻旺なれば、將來の榮華は指望しうる。本命の爻衰なれば、發達は便ち談ずるに由なし。ここの命は男女各自の生年の命を指す。命爻生旺氣あれば、必ず榮華の日あり。休囚死絶なれば、就中發達の期なし。もし財爻旺にして命爻衰なれば、その妻美貌あると雖も命ただ平常のみ。官鬼衰にして命爻旺なれば、その夫愚鈍なると雖も卻って衣食豊足なり。命爻が父母に臨めば、必ず技藝を好む。さらに「靑龍」を加えれば、それは詩書を喜愛するなり。命爻が兄弟に臨めば、賭博を好み錢を花するを好みて學を好まず。命爻が官鬼に臨めば、官府と往來するを喜ぶ。命爻が妻財あるいは子孫に臨めば、必ず善く家を持つ。總じて須らく命爻の出現するや否やを看て、再び五行生克と六神動靜とを合して一併に推斷すべし。
財化財,一舉兩得;(占婚遇財化財,必有僮僕同來,謂贈嫁。財化子則有小兒帶來,謂之帶幼聘。若化子逢空,雖來不壽;化財遇沖,後必走失。)鬼化鬼,四復三番。(大抵鬼化鬼凡事反覆不定,占婚遇之,決不容易。若大象可成,亦見遲滯。然此象主女家多有更變,難易緩急皆聽從於彼。)兄動而爻臨玄武,須防劫騙之謀;(鬼爻不動,而兄弟又臨玄武螣蛇來刑沖身世者,須防其中奸詐設計騙財。若世應生合,陰陽得位,財鬼無傷,亦必大費財而可成。)
財爻が財爻を化じ出づるは、一擧にして兩得なり。婚を占して財が財を化するに遇えば、必ず僮僕嫁に隨いて同じく來るあり。これを贈嫁と叫ぶ。財が子孫を化じ出づるは、則ち小孩を帶びて一同に門を過るにして、これを帶幼聘と叫ぶ。もし化じ出づる子孫落空せば、跟來ると雖もまた養い長からず。もし化じ出づる財爻冲に遇えば、日後必定走失散せん。官鬼が官鬼を化じ出づるは、三番四復なり。大抵鬼が鬼を化するは、凡事皆反覆不定なり。婚を占して遇上せば、事情決して輕易ならず。たとい大象成るべくとも、また遲延拖沓せんを要し、しかもこの種の象は多半女家の屢々卦を變ずるにして、難易緩急全く對方の擺布に由る。兄弟發動して爻上に「玄武」臨着せば、すなわち須らく人に設局して財を騙さるるを提防すべし。官鬼並に發動せず、兄弟卻って玄武・「螣蛇」に臨みて來りて身世を刑冲するは、須らく其中に人ありて姦を使い詐を弄して財物を圖謀するを防ぐべし。もし世應相生相合・陰陽各々その位を得・財鬼また傷なければ、則ち婚事依然として能く成る。ただ須らく錢財を多破費するのみ。
應空而卦伏文書,未有執盟之主。(父母為主婚人,若不上卦或落空亡,必無主婚,恐其婦自作主張,不然主其事必難成就和合也。)兩父齊興,必有爭盟之象;雙官俱動,斯為競娶之端。(卦中兩爻父動或父化父,主有兩人主婚,不然必兩家庚帖。若兩鬼俱動,則有兩家爭求其婚,不然主事體多有變。以上若一動一靜,一旺一空,則無言。若卦有官化父,父化官或官父皆動,恐有爭訟之患。文書兄動必有口舌。)日逢父合,己期合巹於三星;(日辰與父爻作合,或日辰自帶文書,主成婚日期已預定矣。)
應爻落空にして卦中文書隱伏して現れざれば、すなわち婚を主るの人なし。婚を占するに「父母」爻を以て主婚人と爲す。父母もし卦に上らず、あるいは卦に上ると雖も空亡に落つれば、便ち人の婚を主るなく、ただ此女子の自ら主張を作さんを怕る。否んじゃ事情もまた談攏し難し。兩個の父母爻一齊に興動すれば、必有りて爭いて婚を主るの象。兩個の官鬼一齊に發動すれば、便ち爭相求娶の開端なり。卦中の兩個の父母爻發動し、あるいは父母が父母を化するは、兩人ありて婚を主るを主る。然らざればすなわち兩家各々庚帖を出すなり。兩個の官鬼皆動けば、則ち兩家ありて爭してこの門の親を求む。然らざれば事體もまた變故多し。以上の情形もし一動一靜・一旺一空なれば、すなわちかくのごとく說かず。もし卦中の官が父を化し父が官を化し、あるいは官父同動せば、還は爭訟を惹起するを恐る。文書と兄弟と同動すれば、必ず口舌是非あり。日辰と父母と相合すれば、成婚の吉期已に定下せり——日辰が父母爻と合を作し、あるいは日辰本身就中文書を帶ぶるは、皆婚期已に豫め議定せるを主る。
世獲財生,終得妝奩千百兩。(財爻又作妝奩斷,若生合世爻,又得日月動爻扶助,必有妝奩。臨勾陳必有妝奩田,臨青龍必美麗,臨螣蛇白虎敗病等爻,則是舊什物也。若財無生助,不可亂言,要推多少,以生合妻財之爻,看衰旺斷之。財之衰旺,僅可推女貌妍媸,不可推妝奩厚薄。)欲通媒妁,須論間爻。(占婚以間爻媒人也。)應或相生,乃女家之瓜葛;世如相合,必男室之葭莩。(間爻與世生合,多男家親;與應生合,多女家親。世應俱相生合,兩家皆有親,旺相新親,休囚舊眷,本宮至親,他宮外親。)
世爻が財爻の來りて生ずるを得れば、終究能く豊厚の妝奩を得るを得。財爻は妻室を代表するを除くるの外、もまた嫁妝と作して看るべし。それもし世爻を生合し、また日辰・月建あるいは動爻の扶助を得れば、必ず妝奩あり。財爻が「勾陳」に臨めば、陪嫁の裡還は田産あり。「靑龍」に臨めば、器物必ず精美なり。「螣蛇」「白虎」に臨みあるいは沐浴・病爻に落つれば、それすなわちただ些かの舊家什のみ。もし財爻並に生助なければ、すなわち亂講すべからず。妝奩の多寡を推せんと要せば、妻財を生合するのあの一爻の旺なるか衰なるかを看るを得。財爻本身の衰旺はただ女子の美醜を推す能くのみ、嫁妝の厚薄を推す能わず。媒人を打聽せんと要せば、便ち須らく間爻を論ずべし——婚を占するに世應の間の兩個の間爻を以て媒妁を代表す。間爻もし應爻と相生せば、あの媒人は女家の親眷なり。もし世爻と相合せば、あの媒人は男家の親戚なり。間爻が世と生合するは、多半男家の親なり。應と生合するは、多半女家の親なり。世應と皆生合すれば、兩家皆親に沾う。旺相は新近の親戚、休囚は老親なり。本宮に屬するは至親、他宮に屬するは遠親なり。
先觀卦象之陰陽,則男女可決;(陽男媒,陰女媒。或問間爻有二陰二陽,當以何爻為主?以衰旺動靜取之。又問衰爻動旺爻靜則如何?以動者定之。又問兩爻皆旺或皆衰,又將何以定之?以沖動者定之。若又無沖,以生合扶起者定之。或一旺一空以不空者定之。又不遇空;則以長生決法定之。務歸於一則不雜亂。)次看卦爻之動靜,則老幼堪推。(交重二爻為老年人,單拆二爻為少年人,或胎養長生為少年,臨官帝旺為中年,墓絕是老年人,為媒也。若墓化旺,是老年人先來說;陰化陽,是女人先來說。若此爻動空化空而自沖動彼一爻,主原媒有故推卻,而他人為媒也。)
先ず間爻の陰陽を看れば、便ち能く媒人の男なるか女なるかを斷定す。陽爻は男媒、陰爻は女媒なり。人ありて問わん、間爻もし兩個皆陰なるか兩個皆陽なるかは、當に哪一爻を以て主と爲すべきかと。答案は衰旺動靜に憑りて取るなり。もし衰なるあの爻動き・旺なるあの爻靜なればまた何うか。發動するを以て準と爲す。もし兩爻同旺あるいは同衰なれば。冲動せらるるを以て準と爲す。もしまた冲なければ、すなわち生を受け合を受けて扶起せらるるを以て準と爲す。もし一旺一空なれば、空ならざるのあの個を取る。もし空を連ねるもなければ、すなわち十二長生の次第を用いて以て決す。總じて須らく一爻に歸して、こそ雜亂に至らざるを得。再び爻の動靜を看れば、便ち能く媒人の老少を推出す。交・重の兩種の爻象は老年人に屬し、單・拆の兩種の爻象は少年人に屬す。別に一法あり、胎・養・長生に落つるを少年と爲し、臨官・帝旺に落つるを中年と爲し、墓・絶に落つるを老年と爲す。もし墓爻が旺爻と化成するは、老年人の先に來りて親を提するなり。陰爻が陽爻と化成するは、女人の先に來りて親を提するなり。もしこの一爻動じて落空し・また空に化して、卻って反って別の一間爻を冲動せば、それすなわち原來の媒人事ありて推辭し、別人に改めて媒を做らしむるなり。
論貧富,當究身命;決美惡,可驗性情。(人生美惡,貧富兩章盡之矣,然非特可觀媒妁而已。若問婦看財爻,問夫身看鬼爻,問男家看世爻,問女家看應爻。若應旺財衰,可言女家雖富女貌不揚,餘類推。至於維持破說之旁人,可以刑沖生合之爻推之。)雀值兄臨,慣在其中得利;(間爻如值螣蛇朱雀及兄弟者,其人必俐齒伶牙,素以媒妁獲利者,興旺必奸詐。)世沖應合,倩他出以為媒。(間爻安靜被應世二爻沖動,或生扶合起及日辰沖並起者,其人無心作伐,必是一邊央他說也。間爻自動者,勿如此斷。)
貧富を論ぜんと要せば、當に身命の爻を推究すべし。美醜善惡を判ぜんと要せば、則ち性情上より驗看しうる。人の美惡と貧富とは、前面の身命・婚姻兩章に已に講じて差不多なり。しかもこの一套の看法はただ媒人に用いるのみならず。具體の分派は:女方本人を問うに財爻を看、男方本人を問うに官鬼爻を看、男家を問うに世爻を看、女家を問うに應爻を看る。たとえば應爻旺にして財爻衰なれば、すなわち女家は富有なると雖も女子相貌は卻って出衆せずと斷じうる。その餘はこれに照らして推せ。中より維護あるいは拆台するの傍人に至っては、すなわち哪一爻の刑冲に在るか・哪一爻の生合に在るかを看る。間爻が「朱雀」に臨みてまた兄弟を帶ぶれば、此人は慣れて其中に利を取るなり。間爻もし「螣蛇」「朱雀」および兄弟に値せば、その人必ず伶牙俐齒にして、向來媒を做るに靠りて錢を賺ぐ。這類の爻さらに旺相なれば則ち、人と爲ることさらに姦猾なり。間爻が世に冲せられ・應に合せらるるは、人ありて特意に彼を出面して媒を做らしむるを請うなり。間爻本來安靜なるも、卻って世應二爻に冲動せられ、あるいは生扶合起せられ、あるいは日辰に冲起せられ・相併して起れば、此人は本より媒を保むに意なく、必ず某一方の央求して往かしめて說合するを說明す。もし間爻自己發動するなれば、すなわちかくのごとく斷ずる能わず。
兩兄同發,定多月老以爭盟;二間俱空,必無通好以為禮。(兩間俱動,必有兩媒,臨兄或兄化兄或動出兩鬼,主有爭競為媒,須看空亡衰旺及有制無制,可知那個執權。若間爻安靜俱在空亡,必無媒人通好,若空動而化出兄鬼或臨兄鬼空動者,乃是媒欲謝禮作鬼不來,非無媒也。)世應不和,仗冰言而通好;(世應相沖相剋,難以成親,若得間爻生合解救,其事始難成就,終須得媒人兩邊說合以通其好,則事亦可成。何謂救解?如應動克世,間爻合住應爻生扶世爻,餘可類推。)間爻受克,總綺語亦無從。(凡欲請媒人說合求親,必得應爻生合間爻,則其言易入,必然聽信;如間爻反被應沖剋,則雖甘言美語,亦不從。)
兩個の兄弟爻同時發動すれば、一定に幾個の媒人ありて爭いてこの門の親を攬せんとす。兩個の間爻皆落空せば、就中往來通禮する人なし。兩個の間爻齊動すれば、必ず兩個の媒人あり。間爻が兄弟に臨み、あるいは兄弟が兄弟を化し、あるいは兩個の官鬼を動出するは、皆媒人の相爭を主る。この時須らく誰が空亡に落ち誰が旺なり誰が衰なり・制あるか制なきかを看て、すなわち最後にどれか一個に由りて算するを知る。もし兩個の間爻皆安靜にしてまた皆空亡に落つれば、必ず媒人の往來通好なし。ただしもし空にして動き・併びて兄弟官鬼を化じ出し、あるいは本身兄弟官鬼に臨みて空動せば、それは媒人の謝禮を討らんと欲して故意に上門せず、並に眞に媒人なきに非ず。世應彼此不和なれば、便ち須らく媒人の言語に靠りて來りて溝通すべし。世應相冲相克するは、本より親を成し難し。もし間爻の生合を得て來りて救解せば、事情起頭は難しと雖も、終究媒人に由りて兩邊說合して通じ、依然として成りうる。何をか救解と叫ぶ。たとえば應爻發動して來りて世を克するも、間爻は卻って應爻を合住し、轉じて世爻を生扶す。その餘はこれに照らして類推せよ。間爻もし克を受くれば、縱い滿口の好話あるとも白搭なり。およそ媒人を請いて往かしめて說合求親するに、須らく應爻の來りて間爻を生合してこそ、媒人の話容易に耳に入りて、對方必然聽信す。もし間爻反って應爻に冲克せられれば、それすなわちなんじを任じて說くこと天花亂墜なるとも、人家もまた依從せんと肯んぜず。
財官沖剋,反招就裡愆尤;(間爻若被日辰動爻沖剋,其媒必然取怨於兩家。世爻沖剋,男家有怨;應爻沖剋,女家有怨。或世來生合而財爻沖剋者,男家雖喜,異日女家必怨。財官皆沖剋,夫妻俱有怨。)世應生扶,必得其中厚惠。(凡遇世應、日辰帶財福、青龍生合間爻,其媒必有兩家酬貺,旺相多休囚少,若帶兄鬼螣蛇玄武類生合者,不過巧言虛禮,必無實惠。化出財福生合亦吉,男看世爻,女看應爻。世應俱生合,兩家俱有惠,世旺男家多,應旺女家多。)一卦吉凶,細察精微委曲。百年夫婦,方知到底團圓。
財爻官爻の來りて間爻を冲克するは、媒人反って一身の埋怨を落さんとす。間爻もし日辰あるいは動爻に冲克せられれば、この媒人必定兩頭好を討らず。世爻に冲克せられれば、男家彼を埋怨す。應爻に冲克せられれば、女家彼を埋怨す。もし世爻の來りて生合して財爻卻って冲克するは、それは男家高興にして女家日後必ず怨言を生ず。財・官兩爻皆來りて冲克せば、夫妻兩個皆彼を怨まんとす。世應の來りて間爻を生扶するは、媒人必ず厚謝を得るを得。およそ世爻・應爻あるいは日辰が妻財・子孫と「靑龍」とを帶びて來りて間爻を生合せば、兩家必ず酬謝あり。これらの爻旺相なれば則ち謝禮厚く、休囚なれば則ち謝禮薄し。もし來りて生合するが卻って兄弟・官鬼・「螣蛇」「玄武」の一類を帶ぶれば、それ不過巧言虛禮にして、並に實惠なし。財・福を化じ出して來りて生合するも、同じく吉なり。男家は世爻を看、女家は應爻を看る。世應皆來りて生合せば、兩家皆酬謝あり。世旺なれば則ち男家の給する多く、應旺なれば則ち女家の給する多し。一卦の吉凶は、須らくこれらの精微曲折の處を細細察看して、こそ百年夫婦の能否到底團圓を斷定しうる。
産育(老娘乳母を附す)
首出混沌,配乾坤而生人物,繼興太昊,制嫁娶以合夫妻。迄今數千百年化生不絕,雖至幾億萬世絡繹無窮。蓋得陰陽交感,方能胎孕相生,先看子孫,便知男女,陽為男子,掌中探見新珠;陰是女兒,門右喜看設帨。(子孫為占產用神,陽爻為男,陰爻為女。)
盤古最も先く混沌の中より出で、乾坤を配合して人と萬物とを生出せり。次いで太昊伏羲興起して、嫁娶の禮を制定して以て夫妻を配合す。あの時より今天に至る、幾千百年生生斷えず。さらに後に往きて幾億萬世、もまた絡繹として窮まりなし。この一切は全く陰陽の交感に靠りて、こそ胎を懷き生して育するを得。生産を占するに先ず「子孫」爻を看て、便ち男なるか女なるかを知る。子孫が陽爻に屬せば便ち男孩にして、掌中に新たに一顆の明珠を添うるがごとし。子孫が陰爻に屬せば便ち女孩にして、門の右邊に佩巾を掛起して以て喜慶を誌す。産を占するに子孫を以て用神と爲すは、まさに陽爻を取りて男と爲し陰爻を取りて女と爲すなり。
或更反兆,徒勞鞠育於三年;若遇化空,旺受胚胎於十月。(反兆者,占得生男卦反生女,占得生女卦反生男是也。皆主不壽,子孫化入空亡者亦不育。)
もし相反の徵兆出現せば、三年鞠育の勞終に白費に歸す。もし子孫空亡に化入せば、十月懷胎もまた枉然なり。いわゆる反兆とは、男を生ずるの卦を占得して卻って女を生じ、女を生ずるの卦を占得して卻って男を生ずるなり。この兩種の情形は皆孩子の長壽ならざるを主る。子孫の空亡に化入するは、同じく養い活かす能わず。
主星生旺,當生俊秀之肥兒;命曜休囚,必產萎靡之弱子。(子孫生旺生子必肥大,異日主俊秀不凡;休囚無氣,生子必弱小,異日主萎靡不振。若子孫無氣,得月建日辰動爻生合扶持,主所生兒始雖弱小後漸肥大;子孫雖旺、遇月建日辰動爻刑沖剋害,始雖肥大後漸怯弱。古人斷男女生,雖以陰陽為主,然又言陽爻衰弱亦主生女,陰爻旺相亦主生男,以衰旺為主,陰陽為輔,細推其理,非確論何也?人生稟天地之秀氣,受父母之精英,蓋感陰陽而化育也。得陽精於中,陰血裹之,則成陽胎生男;得陰血於中,陽精裹之,則生女。感其氣之盛而正者,則生子肥大而為賢智;感其氣之不正而微者,則生子弱小而為愚不肖,此為自然之理,而易道豈異是哉!故愚謂子孫屬陽斷生男,或休囚則推弱小;子孫屬陰則生女,或旺相則推肥大,蓋必以陰陽為主也。學者詳之。)
主星生旺なれば、當に俊秀肥壯の孩子を生ずべし。命曜休囚なれば、必ず萎靡瘦弱の孩子を産す。子孫爻生旺なれば、生ずる所の子必ず肥大にして、日後もまた俊秀不凡なり。子孫休囚無氣なれば、生ずる所の子必ず弱小にして、日後多く萎靡振せず。もし子孫氣なしと雖も、卻って月建・日辰あるいは動爻の生合扶持を得れば、生ずる所の孩子は起初弱小なるも、後來漸々壯實す。もし子孫旺なると雖も、卻って月建・日辰あるいは動爻の刑冲克害に遇えば、起初肥大なるも、後來反って怯弱す。古人の男女を斷ずるは、本より陰陽を以て主と爲す。然るにまた說く、陽爻衰弱もまた女を生ずるを主り陰爻旺相もまた男を生ずるを主ると。衰旺を把りて主と當て陰陽を把りて輔と當てたり。細かにその理を推せば、これは並に確當ならず。人は天地の秀氣を禀け・父母の精血を承け、陰陽を感じて化育す。陽精中に在りて陰血の外に包裹するは、便ち陽胎と成りて男を生ず。陰血中に在りて陽精の外に包裹するは、便ち女を生ず。感ずる所の氣盛にして純正なれば、生下する孩子就中肥大にして賢智なり。感ずる所の氣細微にして正ならざれば、生下する孩子就中弱小にして愚劣なり。これは本より自然の理にして、易道どうして能くそれと相違せんや。ゆえに我は以て爲く:子孫が陽に屬すればすなわち男を生ずと斷じ、もしまた休囚なればすなわち再び彼の弱小を推す。子孫が陰に屬すればすなわち女を生ずと斷じ、もしまた旺相なればすなわち再び彼女の肥壯を推す——總じて須らく陰陽を以て主と爲すべし。學者は當に細細體會すべし。
如無福德,當究胎爻。(剖決固以子孫為主,若卦無子孫當尋胎爻定子。如乾兌宮卦,子孫屬水,胎在午,則午為胎爻。故卦有子孫則不論胎,或無子孫又無胎爻,則以第二爻斷之。)雙胎雙福必雙生,(卦有兩子爻又有兩胎爻,雖不發動,亦主雙生。若卦有兩子爻皆動,或子化子,胎化胎者,皆雙生之象也。若二爻一陰一陽,則一男一女;一旺一空,則一生一死。)一克一刑終一夢。(卦無子,占產大忌,若胎爻又被月建日辰動爻刑剋沖害,或無故自空大凶之兆,故一場春夢,言其子必亡也,子孫衰受克者亦然。)
卦中もし子孫を見ざれば、すなわち須らく胎爻を推究すべし。判斷は固より子孫を以て主と爲す。然るに卦裡に子孫なき時、只好胎爻を找して以てこの孩子を定む。たとえば乾宮・兌宮の卦は、子孫水に屬し、水の胎位は午に在れば、則ち午爻はすなわち胎爻なり。卦中に子孫ある時は便ち胎を論ずるに必らず。もし既に子孫なくまた胎爻なければ、すなわち第二爻を取りて以て斷ず。兩重の胎爻に兩重の子孫を加うれば、必ず雙生なり。卦中に兩個の子孫爻ありてまた兩個の胎爻あれば、縱い發動せずとも、また雙胞胎を生ずるを主る。もし兩個の子孫爻皆動き、あるいは子孫が子孫を化し・胎爻が胎爻を化するも、亦皆雙生の象なり。この兩爻もし一陰一陽なれば、一男一女なり。もし一旺一空なれば、一生一死なり。一處克を受け・一處刑せらるるは、終究一場の空夢なり。卦中に子孫なきは、本より産を占するの大忌なり。もし胎爻また月建・日辰あるいは動爻に刑克冲害せられ、あるいは無緣無故に自ら空亡に落つれば、それは大凶の兆にして、いわゆる一場の春夢とは、すなわちこの孩子必定保住せざるを說くなり。子孫衰弱にして克を受くるの斷法も相同なり。
胎臨官鬼,懷胎便有采薪憂;財化子孫,分娩即當勿藥喜。(鬼臨胎爻,其婦懷胎常有疾,胎爻被官沖剋亦然。若胎爻雖臨官鬼化出子孫,或財化福爻,則懷胎時固多疾,分娩即安泰。)妻財一位,喜見扶持;胎福二爻,怕逢傷害。(財為產母,胎為胞胎,福為兒女,三者皆喜,月建日辰動爻生合扶助,則產母安,胞胎穩,子亦易養。若見刑沖剋害,產母多災,胞胎不安,所生子亦難養。化入死墓空絕,大凶之兆。)
胎爻が官鬼に臨着せば、懷孕期間便ち常に病痛あり。妻財が子孫を化じ出づれば、分娩の後便ち藥せずして愈す。官鬼が胎爻に臨むは、孕婦の胎を懷く時多病なり。胎爻が官鬼に冲克せらるるの情形も一樣なり。もし胎爻官鬼に臨むと雖も、卻って子孫を化じ出し、あるいは財爻が子孫を化じ出を化じ出づれば、則ち胎を懷く時固より多病なるも、一たび分娩を經れば便ち轉じて安泰す。妻財のこの一爻は、扶持を見るを喜ぶ。胎爻と子孫との兩爻は、最も傷害を怕る。この一門裡、財爻は産婦を代表し、胎爻は胞胎を代表し、子孫は生ずる所の孩子を代表す。三者皆月建・日辰・動爻の來りて生合扶助するを喜ぶ。かくのごとくなれば則ち産婦平安・胎氣穩固・孩子もまた養い好し。もし刑冲克害を見れば、産婦災多く・胎氣安からず・生下する孩子もまた養育し難し。もし死・墓・空・絶に化入せば、さらに大凶の兆なり。
虎作血神,值子交重胎已破;(白虎為血神,若臨子孫或臨胎爻發動,其胎己破,臨財動者亦然。唯臨兄鬼及帶刑沖剋害或化官,莫作吉斷,可言此必漏胎,動爻合住,胎雖動而未分娩。)龍為喜氣,遇胎發動日將臨。(占產以青龍為喜神,若在胎福財爻上動者,生期己迫,必然臨日者也。在父兄官爻上動,勿作吉看。)
「白虎」は血を主るの神なり。それ子孫に臨着して交重發動するは、胞胎已に破れるを說明す。白虎が子孫に臨みあるいは胎爻に臨みて發動するは、皆胎水已に破れ盆に臨まんとするを表示す。財爻に臨みて發動するの斷法も相同なり。ただそれの兄弟・官鬼に臨み、あるいは刑冲克害を帶び、あるいは官鬼を化じ出ずるは、すなわち吉と作して斷ずべからず。それは須らく漏胎と斷成すべし。もしこの動爻また別爻に合住せられれば、則ち胎は已に動くと雖も一時に還は生下す能わず。「靑龍」は喜を主るの神なり。それ胎爻の上に發動すれば、産期すなわち到らんとす。産を占するに靑龍を以て喜神と爲す。それもし胎爻・子孫・妻財の上に發動せば、産期已に迫りて、多半就中近日に應ず。ただしそれもし父母・兄弟・官鬼の上に發動すれば、すなわち當て吉兆と作して看る能わず。
福遇龍空胎動,乃墮胎虛喜;(福臨青龍空亡而胎爻自發動,或被沖動者,必是墮胎虛喜,福若避空則不然,要知何故墮胎以胎爻斷,如臨官鬼白虎,因病墮胎,臨父財勞傷,臨玄武則色慾,臨螣蛇驚嚇之故,臨朱雀白虎者,鬥毆撲跌墮也。)官當虎動福空,乃半產空娠。(白虎臨官發動,或臨財動化官而子孫空亡,或伏或動空化空,或被沖散者,當小產。臨月占卦乃是其子不育之象也。)
子孫が「靑龍」に臨みて落空し、胎爻卻って自ら發動するは、それは墮胎にして、空しく一場を歡喜するなり。子孫が靑龍に臨みてまた空亡に値り、しかして胎爻自動しあるいは冲動せられれば、必ず小産虛喜を主る。もし子孫難を避くるが爲に空に入るであれば、すなわちかくのごとく斷ぜず。墮胎の緣由を知らんと要せば、胎爻の何に臨むかを看る。官鬼・「白虎」に臨めば病に因りて堕す。父母・妻財に臨めば勞累損傷なり。「玄武」に臨めば房事過度なり。「螣蛇」に臨めば驚嚇を受けしなり。「朱雀」に臨みてまた白虎を帶ぶれば、則ち鬬毆あるいは跌撲の致す所なり。官鬼が白虎に當りて動き子孫また落空するは、それは半産空娠なり。白虎が官鬼に臨みて發動し、あるいは財爻に臨みて發動して官鬼を化じ出し、同時に子孫空亡に落ち、あるいは子孫隱伏し、あるいは動じて空に値り・また空に化し、あるいは冲散せられれば、皆當に小産と斷作すべし。もし臨産の月に起課してこれを得れば、それすなわち孩子の養い活かす能わざるの象なり。
福已動而日又沖胎,兒必預生於膝下;(胎與福若臨龍虎或有不動而日辰沖並者,其子已生。若不克世則勿斷,須再詳支神。如未過來占時候可言當日便產,若己過時而動爻是重,亦分娩矣。)福被傷而胎仍化鬼,子當早死於腹中。(子孫在死墓空絕之地,又被月建、日辰、動爻、刑沖剋害者,大凶之兆。若胎爻又臨官或胎化官,必是死胎。更財爻又臨死墓空絕,須防母子俱入黃泉。)兄動兮不利其妻,父興兮難為厥子。(兄乃克財之神,如動則產母不安;父為克子之殺,若動則子宮必損。然二神以有救無救斷之,可也。)
子孫已に發動せり、日辰また來りて胎爻を冲するは、孩子多半已に生下せり。胎爻と子孫と「靑龍」「白虎」に臨み、あるいは動かずと雖も日辰に冲起せられ・相併せば、その子已に産せり。ただしもしそれら並に世を克せざれば、就先く斷語を下す勿れ。還は須らく地支を細看すべし。もし來占の時辰なお未だ過ぎざれば、當日に就中生ずと斷じうる。もしあの時辰已に過ぎ、しかして動爻また重爻なれば、それすなわち已に分娩せり。子孫傷を受けて胎爻還は官鬼を化じ出づれば、孩子早已腹中に死せり。子孫が死・墓・空・絶の地に落ち、また月建・日辰あるいは動爻に刑冲克害せらるるは、これは大凶の兆なり。もし胎爻さらに官鬼に臨み、あるいは胎が官鬼を化せば、必ず死胎なり。倘若財爻もまた死・墓・空・絶に落つれば、還は須らく母子雙雙命を喪するを防ぐべし。兄弟發動すれば、産婦に於て利ならず。父母興起すれば、孩子に於て利ならず。兄弟は財を克するの神にして、一たび動けば則ち産母安からず。父母は子を克するの殺にして、一たび動けば則ち子宮必ず損傷を受く。ただしこの兩者は依然として救あるか無きかを看て、再び吉凶を定む。
用在空亡逢惡殺,何妨坐草之虞;(父兄發動本為凶兆,如財福二爻在避空之地,謂空不受克,故云無事。或父兄雖動而得動爻日辰合住,謂之貪合忘克,縱凶亦虛驚,必無大害。)妻臨玄武入陰宮,果應夢蘭之兆。(巽離坤兌四宮財爻臨玄武或與玄武作合,必僕婢所生,旺相必是淫婦。休囚有吉神救助,只主出身微賤,非淫亂之婦。)克世克身,誕生日迫;(凡占生產,得子孫胎爻沖剋身世,生期已迫,當以日時斷之。蓋凡生世主遲,克世主速,克若動而逢空,過日斷。休囚期在生旺日時旺相,當以本日斷。又如子孫動,胎爻靜,以動者定其日,沖胎定其時。若胎動而子孫靜,胎爻定其日,沖福定其時,蓋動則速,沖則遲故也,又如動而合住,則以沖剋破合日斷之,餘類推。)
用神空亡に落つると雖も惡殺に遇上せば、かえって臨盆の事に妨礙せず。父母・兄弟發動は本より凶兆なり。ただし財・福二爻まさに空亡裡に躲在して難を避くれば、空なれば則ち克を受けず。ゆえに說く事なしと。あるいは父母・兄弟動くと雖も、卻って別の動爻あるいは日辰に合住せられれば、これを貪合忘克と叫ぶ。縱い凶險あるともただ虛驚なるのみ、大害を釀成せず。財爻が「玄武」に臨みて陰宮に落つれば、果然夢蘭に子を生ずの兆に應じたり。巽・離・坤・兌のこの四個の陰宮に、財爻もし玄武に臨み、あるいは玄武と相合せば、生ずる所は多くは婢妾の子なり。財爻旺相なれば、その人必ず淫蕩に屬す。もし休囚にして吉神の救助あれば、それただ出身微賤なるのみ、並に淫亂の婦に非ず。用神の來りて世を克し身を克するは、産期已に逼近せり。およそ生産を占するに、子孫あるいは胎爻が身世を冲克せば、すなわち生期已に迫れり。日・時に按じて細定しうる。大体上生世は遲を主り克世は速を主る。來克の爻もし動じて空に逢えば、すなわちこの一日を過ぎて再び斷ず。それもし休囚なれば、それの生旺する日に應期す。それもし旺相なれば、すなわち當日に斷ず。またたとえば子孫動じて胎爻靜なれば、發動するの子孫を用いて日子を定め、胎爻を冲する時辰を用いて時刻を定む。もし胎爻動じて子孫靜なれば、すなわち胎爻を用いて日子を定め、子孫を冲する時辰を用いて時刻を定む——動なれば則ち來ること速く、冲なれば則ち來ること遲し。さらにたとえば動じて合住せられれば、すなわちあの合を冲開し克破するの日子を取りて以て斷ず。その餘はこれに照らして類推せよ。
不沖不發,產日時遲。(卦中胎福不動,又無暗沖者,其生產月日未臨,必然遲緩,直待沖動日月斷其生產。若無胎福二爻,其產亦遲,宜以卦中臨動之爻斷之。若又無動爻,則以卦中胎養長生之日斷之。)胎福齊興官父合,臨產難生;(胎福二爻發動,本主易生,若被官鬼父母合住,或日辰帶父兄鬼合住,皆主臨產難生,直待沖破克破合住日時,方得分娩。若非合住而胎福自化父母官鬼者,皆主遲滯。)子財皆絕日辰扶,將危有救。(占產遇胎福在墓絕之地,固凶,若得日辰動爻生扶,此乃將危有救之兆。如被惡殺旺相刑剋,則不能有救。)
冲せざればすなわち發動せず、産期自然に拖延す。卦中の胎爻・子孫皆動かず、また暗冲なければ、生産の月日なお未だ到らざるを說明し、必然遲緩にして、ただそれらを冲動するのあの月日を待ちて來りて分娩を斷ず。もし卦中根本に胎爻・子孫なければ、産期もまた遲し。すなわち卦中のまさに發動するのあの一爻を取りて以て斷ず。もし動爻を連ねるもなければ、すなわち卦中の胎・養・長生の日子を取りて以て斷ず。胎爻と子孫と一齊に興動して、卻って官鬼・父母に合住せられれば、臨産かえって生み難し。胎・福二爻發動は本より順産を主る。然るにもし官鬼・父母に合住せられ、あるいは父母・兄弟・官鬼を帶ぶの日辰に合住せられれば、皆盆に臨む時生下す能わざるを主る。あえてこの合を冲破あるいは克破するの日時を待たざれば、こそ分娩しうる。もし合住せらるるに非ずして、胎・福が自ら父母・官鬼を化じ出づるは、同じく遲滯を主る。子孫と妻財と皆絶地に落つるも、幸いに日辰の來りて扶くるを得るは、危にして救あるなり。産を占して胎爻・子孫の墓・絶の地に落つるに遇うは、本より凶象なり。もし日辰あるいは動爻の生扶を得れば、それすなわちまさに危くして救あるの兆なり。ただしもしまた旺相の惡殺に刑克せられれば、すなわち救い回る能わず。
間合間生,全賴收生之力;(老孃收生,以間爻推之,若動而生合財爻及胎福二爻,必得老孃收生之力,然後快易。如卦有凶神發動,而間爻救制者,必遇收生而後產也。)官空官伏,定然遺腹之兒。(卦無官鬼或在空亡,主產婦丈夫己死,此必遺腹子也,然非財福白虎則勿斷。若有鬼伏在白虎爻下,或龍伏鬼墓爻下,主夫病臥在床,非死也。旺空則是有病,鬼爻入墓或身臨鬼墓,非有病只在獄。)游魂卦官鬼空亡,乃背爹落地;(占產遇游魂卦,官鬼空亡或鬼空動或鬼動化入游魂,皆主臨產其夫出外,不見生產也。若其夫自占,遇世爻空亡者亦然。如遇游魂卦變入歸魂而鬼爻發動者,又主臨產,其夫自外歸也。世動逢合住得歸不到家。)
間爻の來りて合し・來りて生ずるは、全く穩婆の接生の力量に靠る。接生の老娘は間爻の上より推す。間爻發動して財爻と胎・福二爻とを生合せば、必ず穩婆の力を得て、産程こそ順利爽快ならん。もし卦中に凶神發動して、しかして間爻能く救い能く制すれば、それすなわち穩婆の到るを待ちてこそ生下しうるなり。官鬼落空あるいは隱伏して現れざれば、多半遺腹の子なり。卦中に官鬼なく、あるいは官鬼空亡に落つれば、産婦の丈夫已に死せるを主り、この孩子便ち遺腹子なり。ただしもし財・福と「白虎」と同じく現るるに非ざれば、すなわちかくのごとく斷ずべからず。もし官鬼が白虎爻の下に伏し、あるいは「靑龍」が官鬼の墓爻の下に伏せば、それは丈夫の牀に臥して病むにして、並に身死に非ず。官鬼旺にして落空するはただ病あるのみ。官鬼墓に入り、あるいは卦身が官鬼の墓に臨着するは、それもまた病に非ずして、人の牢獄に在るなり。遊魂卦を得て官鬼空亡に落つれば、孩子是れ父を背負いて落地するなり。産を占して遊魂卦に遇い、官鬼空亡に落ち、あるいは官鬼空にして動き、あるいは官鬼動じて遊魂に化入するは、皆臨産する時丈夫外出して、孩子の出生を看るに趕得上せざるを主る。もし丈夫自ら來りて占して、世爻空亡に落つるも一樣なり。もし遊魂卦の歸魂卦に變ずるに遇いして官鬼發動せば、それ反って臨産の際に丈夫外より趕回するを主る。世爻動くと雖も卻って合住せられれば、則ち已に啓程すと雖もまた家に到る能わず。
發動爻父兄刑害,必攜子歸泉。(占產父兄為忌爻,若帶三刑六害當權旺相而動,財福二爻在死絕之地而無救助者,主子母俱亡。)官化福,胎前多病;財化官,產後多災。(未臨月,占鬼化出子孫,主胎前常有病,待產後方安;財化官則胎前強健,至產後多病。若已臨月,須防產母有不測之患。)三合成兄,兒缺乳;(卦有三合成兄弟局者,生子必然乳少,若兄在旁爻無氣發動,亦主缺乳,財福化出兄爻亦然。若三合成父母局,子必衰弱無力。成官鬼局,生產必不快易。惟三合財福局,然後吉。)
發動の父母・兄弟また刑を帶び害を帶ぶれば、必定母子一同黃泉に歸せん。産を占するに父母・兄弟を以て忌神と爲す。それらもし三刑六害を帶びて・權に當り旺相にして發動し、同時に財・福二爻死絶の地に落ちてまた救助なければ、就中母子俱に亡ぶを主る。官鬼が子孫を化じ出づるは、胎前病多し。妻財が官鬼を化じ出づるは、産後災多し。なお未だ臨産の月に到らずして起課して、官鬼が子孫を化じ出づれば、胎を懷く期間常に病みて、生下するを待ちてこそ安んずるを主る。財爻が官鬼を化じ出づれば、則ち胎を懷く時身體强健にして、産後反って病多し。もし已に臨産の月に到れば、すなわち須らく産婦に不に不測の禍あるを防ぐべし。三合會して兄弟局を成せば、孩子は便ち奶を缺かん。卦中に三合成して兄弟局を成せば、生下の孩子必然乳汁足らず。もし兄弟旁爻に在りて氣なくして動けば、また乳を缺くを主る。財・福が兄弟爻を化じ出づるの情形も相同なり。もし三合成して父母局を成せば、孩子必ず衰弱無力なり。官鬼局を成せば、生産必ず順暢ならず。ただ三合成して妻財あるいは子孫局を成してこそ、吉なり。
六沖遇子,婦安然。(凡占六沖財福發動,或得日辰六沖暗動,則財有生氣,鬼有剋制,所以產母安然而臥也。)應若逢空,外家無催生之禮物;(占產以應為外家,若逢空,必無催生禮物。臨兄則是慳吝之人,雖有不多。臨財福更來生合世爻,必有厚惠。旺則外家富,衰則外家貧。與世刑沖,必與外家不和。)世如值弟,自家絕調理之肥甘。(兄值世,衰則其家貧欠將息,產婦必難強健;旺則其人慳吝,不肯調理非無也。動化子,主其人平素慳吝,合則肥甘足用,世臨財福空亡,亦之調理。)陽福助青龍,無異桂庭之秀子;陰孫扶月建,何殊桃洞之仙姬。(子臨月建青龍,或月建帶青龍生合子孫者,不拘男女皆主俊秀聰明;子孫墓絕,或帶刑害,或加虎蛇,或受沖剋,或化兄鬼,皆主醜陋不肖。)
六冲の卦を得て子孫また現るれば、産婦反って安然たり。およそ産を占して六冲卦を得、財・福二爻發動し、あるいは日辰に相冲せられて暗動すれば、則ち財爻生氣を得、官鬼克制を受く。ゆえに産母能く安臥して恙なし。應爻もし落空せば、娘家は催生物を送來せず。産を占するに應爻を以て娘家を代表す。應空なれば則ち催生の禮なし。應が兄弟に臨めば、吝嗇の人にして、縱い送るともまた送ること多からず。應が財・福に臨みてまた來りて世爻を生合せば、必ず厚禮あり。應旺なれば則ち娘家富み、應衰なれば則ち娘家貧し。應と世と刑冲すれば、必ず娘家と和睦せず。世爻もし兄弟に臨めば、自家もまた滋補調養の好東西を斷たん。兄弟持世して、衰なれば則ち家貧にして將養するに力なく、産婦健强し難し。旺なれば則ちその人吝嗇にして、錢を花して調理するを肯んぜず、並に家裡眞になきに非ず。兄弟動じて子孫を化するは、此人素來慳吝なるも、ただ合に遇えば則ち肥甘なお尚足るを主る。世爻が財・福に臨みて空亡に落つるも、同じく調理を談ずるに足らず。陽爻の子孫また「靑龍」の相助を得れば、桂庭裡の俊秀の子に異ならず。陰爻の子孫また月建の扶持を得れば、桃源洞の中の仙姬に何ぞ異ならん。子孫が月建に臨みてまた靑龍に臨み、あるいは月建が靑龍を帶びて來りて子孫を生合すれば、男女を論ぜず皆俊秀聰明を主る。これに反して、子孫が墓絶に落ち、あるいは刑害を帶び、あるいは「白虎」「螣蛇」を加え、あるいは冲克を受け、あるいは兄弟官鬼を化じ出づれば、皆容貌醜陋・品性不肖を主る。
若卜有孕無孕,須詳胎伏胎飛。(凡占胎孕有無,專取胎爻為主,不看子孫,如卦中六爻上下及年月日時皆無胎爻者,雖有子孫亦為無孕。卦中雖無動爻有化出者,眼下無胎,後必有胎,惟遇胎爻出現旺動,便為有胎。若卦無胎,子孫又空,乃自命中所招必無子。)出現空亡,將胚而復散;交重化絕,既孕而不成。(胚,陰血陽精凝聚成胎之謂,蓋未成形曰胚,已成曰孕。胎爻出現如遇空亡,主雖有胎不至成形而又散;若得發動,其胎已成,惟怕變入死墓空絕,則主孕雖成形,不能產育,是亦不成而已矣。)
もし孕あるか無きかを占せば、すなわち須らく胎爻の伏なるか飛なるかを細看すべし。およそ孕あるか孕なきかを斷ずるは、專ら胎爻を以て主と爲し、子孫を看ず。倘若六爻の上下および年・月・日・時に胎爻を找出す能わざれば、則ち縱い子孫あるともまた孕なしと算す。卦中現成の胎爻なしと雖も、卻って動爻に由りて一個を化じ出づれば、眼下に胎なく日後必ず有るを說明す。ただ胎爻出現してしかも旺動してこそ、已に胎あると算するを得。もし卦中に胎なく、子孫また落空せば、それは命裡注定に子なし。胎爻出現すと雖も卻って空亡に落つるは、剛く胚を結びてまた散ぜるなり。胎爻交重發動して卻って絶地に化入するは、已に孕を成して卻って保住せざるなり。いわゆる胚とは、陰血と陽精と凝聚して胎を成すなり。未だ形を成さざるを胚と叫び、已に形を成せるを孕と叫ぶ。胎爻出現して空亡に遇うは、たとい胎を受くるとも形を成すに及ばずして散掉するを主る。胎爻もし能く發動せば、胎已に結成せるを說明す。ただそれの死・墓・空・絶に變入するを怕る。それすなわち孕形を成すと雖も生育する能わず、終歸還は成らざるなり。
姅必逢官,(孕傷曰姅,胎臨官,或動官,或被官動來刑沖剋害,皆主胎孕有傷。若非鬼爻而被月建日辰刑剋,其胎亦有傷損。日辰沖胎,懷胎不安。)妉須遇虎。(娠婦既孕,月事又通曰妉。若未及月胎臨白虎,必是漏胎。如遇殺沖或發動化鬼者,旺相為小產,無氣是漏胎。)
胎孕傷を受くるは、必定官鬼に碰上せしなり。孕みて傷を受くるを姅と叫ぶ。胎爻が官鬼に臨み、あるいは官鬼を化じ出し、あるいは發動の官鬼に刑冲克害せらるるは、皆胎孕に損あるを主る。たとい官鬼に非ずとも、しかして月建・日辰に刑克せられれば、胎もまた一樣に傷を受く。日辰の來りて胎爻を冲すれば、則ち胎を懷くこと安からざるを主る。孕中紅を見るは、必是れ「白虎」に遇上せしなり。婦人已に受孕して月事依然來るを妉と叫ぶ。もし産期未だ到らずして胎爻白虎に臨めば、必是れ漏胎なり。もしさらに凶殺の來りて冲するに遇い、あるいは胎爻發動して官鬼を化じ出づれば、則ち旺相なるは小産と斷作し、無氣なるは漏胎と斷作す。
帶令星而獲助,存沒咸安;(凡占胎孕,胎爻旺相又有生合扶助,不臨官鬼父母及空亡者,其胎必成。更陽爻則生子,必生有養死有祀,所以存歿咸安。)有陰地而無傷,緩急非益。(胎爻屬陰,休囚而得月建日辰動多生合,再無凶神刑剋者,其胎亦成,但生女,故曰緩急非益也。)如逢玄武,暗裡成胎;若遇文書,此前無子。(胎臨玄武必然暗與人通,及陰司不明,所受之胎非夫妻正受也。休囚有制,則占婢妾胎孕,若臨父主此前未嘗有子,或者雖有不存,今始成胎也。)
胎爻が當令の星を帶びてまた幫助を得れば、それすなわち生ずる者死する者皆安頓を得。およそ胎孕を占するに、胎爻旺相にして生合扶助あり、また官鬼・父母に臨まず、もまた空亡に落ちざれば、この胎必ず成る。もし胎爻さらに陽に屬せば、便ち男孩を生じ、將來生きては人の奉養あり死しては人の祭祀あり。ゆえに說く、存歿咸安なりと。胎爻陰地に落つると雖も傷なければ、緩急の時終究指望に上らず。胎爻が陰に屬し、休囚なると雖も、卻って月建・日辰と衆多の動爻との生合を得、また凶神の刑克なければ、この一胎もまた能く成る。ただ女を生ずるのみ。女兒は終究門を頂き戸を立つる能わず。ゆえに說く、緩急の關頭に到りて何うぞ幫上ぐる能わずと。胎爻もし「玄武」に逢えば、暗中に胎を成すなり。もし文書の爻に遇えば、此前並に子女なかりしを說明す。胎が玄武に臨めば、必ず私下に人と通じて、來路曖昧にして明ならず。懷く所の胎は並に夫妻正受に非ず。もし玄武休囚にしてまた制伏あれば、それすなわち婢妾の胎を占するなり。胎爻もし父母に臨めば、此前曾て孩子ありしなからざるを主り、あるいは生過ぐると雖も存活せざるにして、如今こそ頭一回に胎を結ぶなり。
孕形於內,只因土並勾陳;胎隱於中,端為迎龍合德。(胎臨勾陳,懷胎顯露,更屬土爻猶甚。胎臨青龍,其胎不露,更逢三合六合,必隱然如未孕者。《天玄賦》曰:“胎爻屬陽,陽氣輕清上浮,胎近胸前;胎爻屬陰,陰氣重濁下降,胎必近下”。此說得之。)若問收生之婦,休將兩間而推;如占代養之娘,惟憑一財而斷。(若占老孃及化婆者,以占產卦中取之,則問爻是也。今人執其迷說,雖單占另卜,亦以間爻論則失之矣。故凡單占,當以妻財一爻為主,不可又以間爻推之。收生之婦,即今老孃,代養之娘即今乳母,二者斷法相似,故並云。)
胎形外に顯露するは、ただ胎爻の「勾陳」を帶ぶるがゆえなり。胎形内に隱藏するは、まさに「靑龍」のそれと相合するがゆえなり。胎が勾陳に臨めば、懷相就中顯れり。胎爻また土に屬すれば、さらに明らかに顯れり。胎が靑龍に臨めば、胎形便ち外に露れず。もしさらに三合・六合に逢えば、肚子隱然としてなお懷き未だ上がらざるがごとし。《天玄賦》は說く:胎爻が陽に屬せば、陽氣輕清にして上浮し、胎位は胸前に近づく。胎爻が陰に屬せば、陰氣重濁にして下沉し、胎位必定下に偏す。これ說くこと對れり。もし接生の穩婆を問わば、兩個の間爻を拿りて來りて推する勿れ。もし代養の乳娘を占せば、ただ一個の財爻に憑りて來りて斷ず。穩婆と收生婆とを占するは、本より産を占するのあの一卦裡に連帶して取用し、取る所はまさに間爻なり。今人は舊說に拘泥して、單獨に別に一卦を占する時を連ねてもまた間爻を拿りて往きて論ずれば、それすなわち錯れり。およそ單獨に起課して專ら此人を占せば、當に妻財一爻を以て主と爲すべく、再び間爻を用るべからず。收生の婦はすなわち今天說く所の穩婆にして、代養の娘はすなわち今天說く所の乳母なり。兩者斷法相近し。ゆえに一處に合して講ず。
刑沖剋害,福德要防,死墓絕空,財身宜避。(凡占老孃乳母,雖以財爻為主,然亦重子孫,蓋子孫生扶財故也。若被日辰月建動爻刑沖剋害,則子必見傷,雖財爻有氣,亦不可用。若子孫不受傷克而自居死墓空絕之地,則主老孃無手段,乳母不濟事,化入者亦然。)兄動兮手低,乳母須防盜物;(兄弟發動,占老孃決然本事必低,占乳母則主此婦貪財愛物,見財起意,又主貪食,亦非貞潔。又加玄武,必淫。若財爻自動化出兄弟或臨卦身,依此斷之。)
刑冲克害は、須らく子孫の身上に落つるを提防すべし。死墓絶空は、財爻と卦身と皆避くべし。およそ穩婆・乳母を占するに、財爻を以て主と爲すと雖も、卻ってまた子孫を看重す。子孫は能く財爻を生扶すればなり。子孫もし日辰・月建あるいは動爻に刑冲克害せられれば、あの孩子必ず傷損を受け、この時財爻縱い氣あるとも、この人は用る能わず。子孫もし曾て傷克を受けず、卻って自ら死・墓・空・絶の地に落つれば、就中穩婆本事なく・乳母頂用せざるを主る。これらの地界に化入するの斷法も一樣なり。兄弟發動すれば、手藝便ち低し。乳母と作して用ゐれば、還は得て彼女の東西を偷むを防ぐべし。兄弟發動すれば、穩婆を占すれば技藝必定低下し、乳母を占すれば此婦は財を貪り物を愛して、錢財を見れば便ち心思を起し、しかも嘴饞にして食を貪り、人品もまた貞潔ならず。もしさらに「玄武」を加えれば、必定淫蕩なり。もし財爻自己發動して兄弟を化じ出し、あるいは兄弟卦身に臨むは、皆これに照らして斷ず。
父興兮乳少,老孃切恐傷胎。(父母發動占老孃最凶,胞胎必然損傷,更加刑害,兒必為其所害,切不可用。如占乳母,衰則主有乳,旺則無乳,不可用。若化出及持身世者同斷。或問篇中斷乳少前以兄弟斷,此以父母斷,何也?答曰:大抵卜易貴通變,執一則非。蓋乳固一事,以小兒言為食,屬財則乳亦當以財爻取;以婦人言則母乳於孩子,故乳亦以子孫取之。如子平中亦以我生者為食神,夫豈無本之論哉!)
父母興動すれば、乳汁便ち少なし。穩婆と作して用ゐれば、還は彼女の胎を弄して傷つくるを怕る。父母發動すれば、穩婆を占するに最凶にして、胞胎必ず損傷を受く。もしさらに刑害を加えれば、孩子必ず彼女に害せらる。切に用るべからず。乳母を占する時、父母衰弱は倒れて還は奶あり。父母旺相なれば就中奶なし。もまた用る能わず。父母が別爻に由りて化じ出づるか、あるいは父母持世して身に臨むの斷法も相同なり。人ありて問わん、前面の乳を缺くと斷ずるは兄弟を用ゐ、ここに乳少なしと斷ずるは卻って父母を用ゐ、何う講ぜんかと。答えて曰く、卦を占するに通變を貴ぶ。一條を死守すれば就中錯れり。乳汁は本より一件の事にして、孩子のこの邊より說けば彼の食物にして、食物は財に屬す。ゆえに乳は財爻を取るべし。婦人のこの邊より說けば母親の孩子を哺育するにして、我の生養する所なり。ゆえに乳もまた子孫爻を取るべし。子平の法の我の生ずる所を食神と叫ぶがごとき、これは並に根據なきの說法に非ず。
子孫發動多乳,手段更高能;(大抵子孫旺相發動,不臨空絕不受制伏,財爻又無傷害者,上吉之卦。老孃手段必高,乳母必主乳多,向後決然稱意。)官鬼發動多災,事機猶反覆。(官鬼發動,必有禍患,不傷身世,難凶亦淺,一遭刑害禍不可言。如兩官皆發動,鬼化鬼兄化兄,或官兄亂動,必主大凶,占乳母反覆難成,雖成必有口舌後患。)財合福爻,善能調護;身生子位,理會維持。(卦身與財生合,子孫最吉。占老孃,手段必高,慣能救死回生;占乳母主其婦善撫小兒,乳亦多。)
子孫發動すれば、奶水便ち多く、穩婆の手段もまた更高明なり。大抵子孫旺相にして發動し、既に空絶に落ちず、も制伏せられず、財爻また傷害なきは、これは上吉の卦なり。穩婆の手藝必ず高く、乳母の奶水必ず足りて、日後一定心を稱す。官鬼發動すれば、災禍便ち多く、事情還は反覆せん。官鬼一たび動けば、必ず禍患あり。それもし身世を傷つけざれば、凶險還は淺し。一旦刑害を帶上せば、禍事就中說盡す能わず。もし兩個の官鬼皆動き、あるいは鬼が鬼を化し兄が兄を化し、あるいは官兄亂動せば、必ず大凶を主る。乳母を占すれば則ち反反覆覆にして談成し難し。縱い談成すとも必ず口舌の後患あり。財爻と子孫と相合するは、此人善く調護す。卦身の往きて子孫の位を生ずるは、此人善く照料維持を懂得す。卦身と財爻と相生相合して、しかして子孫また最吉の地に處る。穩婆を占すれば、則ち手段高明にして、慣れて能く死を回りて生を起す。乳母を占すれば、則ち此婦善く小兒を撫育し、奶水もまた足る。
如逢相剋相沖,決見多災多咎。(子孫被財與卦身刑沖剋害,最不利,用之兒必為其所害。子孫避空或月建有氣,財身有制,庶幾無虞。占老孃胎爻亦不可受傷,世持父兄亦不遂意。)
もし相克相冲に碰上せば、必定災咎斷えず。子孫が財爻と卦身とに刑冲克害せらるるは、最も不利にして、この人を用ゐれば、孩子必ず彼女に害着せらるん。子孫が空亡に躲進して避開し、あるいは子孫が月建の氣を得て力あり、あるいは財爻・卦身別に制伏あるに非ざれば、勉强して虞なからん。穩婆を占する時は胎爻もまた傷を受くべからず。世爻もし父母・兄弟を持せば、同じく心を稱する能わず。
進人口
獨夫處世,休言無子即忘情;君子治家,難道一身兼作僕。必須便嬖,乃足使令於前,若不螟蛉,焉繼宗支於後?(老而無子曰獨,過繼他人子曰螟蛉,蟲類也。)須別來占,方知主用。(過繼小兒以子孫為主;主買婢、僱童僕、買寵妾及收留迷失之人,皆以財為主。若窩藏有難之人,則看其人與我相識,朋友以兄弟為主,尊長以父母為主,婦人以妻財為主,在官人以官鬼為主也。)
孤身一人日子を過ぐるに、兒子なきを說くに斷念想せずと爲すべからず。君子の家を治むるは、どうして須らく一身僕役を兼作せんや。總じて須らく近侍の人あれば、こそ前に於て使喚するに足る。もし養子を過繼せざれば、また誰に靠りて宗支を承繼して後に於てせん。年老いて子なきを獨と叫び、別人の孩子を過繼するを螟蛉と叫ぶ——螟蛉は本より虫名にして、古人は借りて以て義子を稱す。この一門は須らく來りて占するは哪一類なるかを分淸して、こそ當に哪一爻を取りて用神を作すべきを知る。小兒を過繼するは「子孫」を以て主と爲す。婢女を買い・童僕を雇い・寵妾を納れおよび走失の人を收留するは、皆「妻財」を以て主と爲す。もし落難の人を窩藏せば、すなわちあの人と我と何の關係なるかを看る——朋友は「兄弟」を取り、尊長は「父母」を取り、婦人は「妻財」を取り、官府に在りて差を當るは「官鬼」を取る。
用不宜動,動必難留;(用爻發動,其人難托,若遇游魂或化入游魂者,異日主逃竄,雖螟蛉亦不為爾子也。僱工借居,則主不久,若來生合世爻,則是吉兆,非逃與難留也。)主不可傷,傷須夭折。(主象衰弱,而被日辰動爻乘旺來刑傷克害,更無解救者,異日必然夭折,雖借居,亦主其人有大禍。若傷克之爻又無氣,或有制伏,不過災病非夭折。若得用爻在空避之地。無妨。)
用神は發動を宜とせず。一たび動けば就中人を留住する能わず。用爻發動すれば、此人は托付し難し。もし遊魂卦に遇い、あるいは用爻遊魂に化入せば、日後必要逃走せん。縱い過繼して來るの養子なるとも終歸なんじの兒子を做らず。もし雇工あるいは借住の人なれば、則ち住すこと久長ならざるを主る。ただし用爻發動して來りて世爻を生合すれば、それ反って吉兆にして、逃亡留め難しと算せず。主象は傷を受くべからず。一たび傷を受ければ就中夭折せん。主象本より已に衰弱なるに、また日辰・動爻に旺を乘じて來りて刑傷克害せられ、しかして人の解救なければ、此人日後必定夭亡せん。たといただ家に借住するのみなるとも、また彼に大禍あるを主る。もし來りて傷克するのあの一爻本身無氣なるか、あるいは別に制伏あれば、それは不過一場の災病なるのみ、夭折に至らず。倘若用爻まさに空亡裡に躲在して難を避けば、就中事に妨げず。
衰入墓中,擬定萎靡不振;旺臨世上,決然干蠱有成。(用爻入墓,其人性慵懶,衰弱無氣,及臨死絕,主萎靡不振;若得旺相,不空臨身持世,或生合世爻,大吉之兆,立嫡過房必能成家,買納奴婢亦能體我心意。)動化空亡,有始無終之輩;蛇合官鬼,多謀少德之人。(用爻發動變入空亡,主其人有頭無尾。若臨螣蛇動合官鬼,其人雖多謀,然奸詐不實難憑。婦人見之則主不貞潔。)
用神衰弱にして墓中に落入せば、此人の萎靡不振を斷じうる。用神旺相にして世上に臨めば、此人の事を辦するに成ありと斷じうる。用爻墓に入るの人は性子懶散なり。もしまた衰弱無氣なるか、あるいは死・絶に落つれば、就中さらに萎靡不振なり。反して、用爻旺相・落空せず、また身に臨み世を持し、あるいは來りて世爻を生合せば、それは大吉の兆なり。嗣を立て過繼するは必ず能く家を興し、買い來れる奴婢もまた能く主人の心意を體貼す。用神發動して卻って空亡に化入するは、始あり終なきの輩なり。用神が「螣蛇」に臨みて官鬼と相合するは、謀多く徳少きの人なり。用爻發動して空亡に變入するは、此人の事を爲すに頭あり尾なきを主る。用爻が螣蛇に臨みて發動して往きて官鬼に合するは、此人點子多しと雖も、卻って姦詐にして實ならず憑信し難し。婦人の卦裡に見れば、還は彼女の貞潔ならざるを主る。
臨玄武而化兄爻,門戶須防出入;(用臨玄武動化兄弟,主其人貪財好色,托以財物,則必竊取自用,且必淫亂,男女皆然,故門戶防其出入。)遇青龍而連福德,貲財可付經營。(用臨青龍動化子孫生合世爻,其人至誠忠厚,托以財物則守而勿失,使之經營則利盡歸於主。如占小兒遇子孫化子孫者,反主多災。)若逢太過及空亡,反主少誠兼懶惰。(卦中用爻有三四重太過,或主象又化主象,皆主其人暗藏機巧,反覆不實,且臨事不宜向前。若主象空亡亦主是懶。)
用神が「玄武」に臨みて兄弟を化じ出づれば、門戸の進出は便ち彼を防ぐを得。用爻が玄武に臨みて發動して兄弟を化ずれば、此人の財を貪り色を好むを主る。財物を把りて彼に交えば、彼必ず偷去して自用す。しかも行爲淫亂なり——男僕女婢皆一樣なり。ゆえに家門の出入は多く防範を加うるを要す。用神が「靑龍」に遇いしてまた子孫に連なれば、錢財就中彼に交えて往かしめて經營しうる。用爻が靑龍に臨みて發動して子孫を化じ出し、また來りて世爻を生合せば、此人極めて誠實忠厚なり。財物を托付すれば能く守りて失わず、彼をして買賣を經手せしめれば、利潤全く主人に歸す。ただしもし占するは小兒なれば、子孫が子孫を化するに遇い、反って災多きを主る。用神もし太過なるか、あるいは空亡に落つれば、反って此人は既に誠實ならずまた懶惰なるを主る。卦中の用爻三四重に多きはすなわち太過にして、あるいは主象また主象を化じ出づるは、皆此人の心裡に機巧を藏着し反覆實ならず、事に遇いてもまた頭を出すを肯んぜざるを主る。主象もし空亡に落つれば、同じく懶散を主る。
用爻生合世爻,必得其力,主象克沖身象,難服其心。(用爻生合世爻,其人可用,凡有事干,必然用心,雖螟蛉亦必歡愛於我,大吉之兆。大怕合住沖散及克壞之。若用爻刑沖剋害世爻,必主其人心不悅服,難以使令。更加旺動,是乃奴婢欺主之象,兼以應亦刑剋,異日必遭其禍。)財化子,攜子偕來;(凡占妻妾婢女,財爻化出子孫,必有小兒帶來,若動財生合世爻而化子反來刑剋者,其婢則可使,其子必頑劣不馴也。)世合身,終身寵用。(卦身一爻,占事為事之體,古人為人之身,若遇世爻生合,其人必得寵用,不拘借房投靠使婢。若遇世合財爻,其婦必通家主。)
用爻が世爻を生合せば、必ず能く彼に力を出さしめん。主象が卦身を冲克すれば、就中彼をして心服せしめ難し。用爻が世爻を生合せば、此人用ゐるに堪え、およそ差遣あるは必定心を盡し、縱い過繼の子なるとも必ず我を親愛す。これは大吉の兆なり。ただこの生合の人に合住せられ・冲散せられあるいは克壞せらるるを怕る。もし用爻反って往きて世爻を刑冲克害せば、此人心裡必ず服せず、指使し難し。さらに加うるにそれ旺にして發動せば、それすなわち奴婢の主を欺くの象なり。もし應爻もまた來りて刑克せば、日後必ずその禍害を受く。財爻が子孫を化じ出づるは、孩子を帶びて一同に來るなり。およそ妻妾婢女を占するに、財爻が子孫を化じ出づれば、必ず小孩ありて隨いて來る。もし發動の財爻が世爻を生合して、しかして化じ出づる子孫反って來りて世爻を刑克せば、則ちこの婢女は用ゐべく、彼女の帶びて來るの孩子は卻って必定頑劣にして馴え難し。世爻と卦身と相合するは、此人終身寵任を受くるなり。卦身のこの一爻は、用いて事を占すればすなわち事體にして、用いて人を占すればすなわち人身なり。それもし世爻の生合を得れば、此人必ず主家の寵信任用を得。借房投靠するを論ぜず使喚の婢女を論ぜず皆一樣なり。もし世爻と財爻と相合せば、あの婦人必ず家主と私あり。
受動變之傷,向後終難稱意;得日月之助,他時定見如心。(月建日辰動爻克世,其人不可用,世爻衰必被其害;若得變動日月生合扶助,然後為吉。若用爻空亦不濟。)世與卦身,以和為貴;(世身二爻相合相生比和為吉,相剋相沖刑害為凶。)兄同官鬼,惟靜為佳。(兄弟一爻者,為破財,為反覆,為虛詐,為阻滯,為是非,為災禍。官兄二爻皆不宜動,動必不稱意,有制不妨。)
もし動爻・變爻の傷克を受くれば、日後終究心を稱する能わず。もし月建・日辰の幫助を得れば、將來一定願のごとし。月建・日辰あるいは動爻の來りて世を克するは、此人便ち用ゐべからず。世爻さらに衰弱なれば、必ず彼に害せらる。反して、もし變爻・動爻と日月と皆來りて生合扶助すれば、それこそ吉なり。ただし用爻落空すれば、依然として事に濟まず。世爻と卦身とは、和順を以て貴と爲す。兩爻相生・相合・比和を吉と爲し、相克・相冲・刑害を凶と爲す。兄弟が官鬼に連なるは、ただ安靜してこそ好し。兄弟のこの一爻は、財を破るを主り、反覆を主り、虛詐を主り、阻滯を主り、是非を主り、災禍を主る。官鬼と兄弟とのこの兩爻は皆發動を宜とせず。一たび動けば必ず心を稱さず。もし別に制伏あれば就中事に妨げず。
兄鬼交重,誠恐將來成訟;三合絆住,須知此去徒勞。(兄宮或交變,或俱動,或從文書化出,皆主爭論紛壇,而至於成訟則已;若自三合六合絆住動爻,必有人阻當,雖欲興詞終不成訟,欲知何人阻住,以合住之爻斷之。)若在間爻,乃是牙人作鬼;(買賣交易,以間爻為牙行人,若臨兄弟官鬼發動,必是牙人作鬼斗謀,或多人爭保,或行人爭財,皆為不利,主事體難成。)如居空地,不過賣主爭財。(官鬼一爻空動,是賣主假虛空言,欲爭價耳。在間爻以牙人論。若兄鬼動而與應爻相合,必是賣主牙人作鬼,論財遇動爻化兄鬼亦然。)
兄弟と官鬼と交重發動すれば、ただ將來官司を打たんを怕るのみ。三合が動爻を絆住すれば、すなわちこの去りは一趙白跑するを知る。兄弟一爻あるいは化變し、あるいは官鬼と同動し、あるいは文書の爻に由りて化じ出づるは、皆爭論紛紜して、公堂上に鬧到してこそ罷むを主る。ただしもし三合・六合ありて動爻を絆住せば、必ず人ありて中より攔阻して、縱い状を告げんと想うとも終究訟を成さず。攔阻するは誰なるかを知らんと要せば、すなわちそれを合住するのあの一爻の何の六親に屬するかを看る。もしこの兄鬼間爻に落つれば、それすなわち牙行經紀の中より鬼を搗るなり。買賣交易は間爻を以て牙人を代表す。間爻が兄弟・官鬼に臨みて發動せば、必是れ牙人の壞を使い局を設くるか、あるいは多人の爭いて保を做るか、あるいは同行の利錢を爭奪するか、皆不利に屬して、事情成り難し。もしそれ空地に落つれば、也不過賣主の價を抬げて錢を爭はんと想うのみ。官鬼一爻空にして動くは、それは賣主の空話を放ち多く價を要らんと想うのみなり。もし間爻に落つれば、すなわち牙人に按じて論ず。もし兄鬼發動して應爻と相合せば、必是れ賣主と牙人と串通して弊を作すなり。財を論ずる時に動爻の兄鬼を化じ出づるに遇うの斷法も相同なり。
卦象兩官兩父,須知事繫兩頭;(卦中父母官鬼俱有兩爻,或動爻化出官父重疊太多,或卦無主象而從官父化出,皆主其人曾經典賣,今是重易也。若父化父亦然。兩鬼俱動生合用爻,皆有人爭競買僱。)兄鬼一動一沖,切莫財交一手。(卦遇應爻克世而兄官發動,或被日辰沖動,或臨應爻克世,須防設謀誆騙,故財物不可便交一手去也。)應主世,他來就我;世生應,我去求人。(凡占買僱奴婢交易等事,以應為賣主,應生世是他人來就我,成事最易,吉;若世生應,我去求他,成事實難也。)
卦中に兩個の官鬼・兩個の父母出現すれば、當にこの事の兩頭に牽連するを知るべし。父母と官鬼と皆各々兩爻あるか、あるいは動爻の化じ出づる官・父の重疊過多なるか、あるいは卦中原より主象なくして官・父に由りて化じ出づるは、皆此人の從前已に典賣せられし一回ありて、如今は第二次に手を轉ずるを主る。父母が父母を化するもまたかくのごとし。もし兩個の官鬼齊動して皆來りて用爻を生合せば、それすなわち人ありて爭いて買わんと欲し・雇わんと欲す。兄弟官鬼一邊發動・一邊被冲するは、錢財切に一次に交淸すべからず。卦中もし應爻の世を克して、しかして兄弟・官鬼また發動し、あるいは日辰に冲動せられ、あるいは就中應爻の上に臨みて來りて世を克せば、皆須らく對方の局を設けて誆騙するを防ぐべし。ゆえに財物は一手に交出去すべからず。應爻の來りて世爻を生ずるは、對方の來りて我に就くなり。世爻の往きて應爻を生ずるは、我の往きて人を求むるなり。およそ奴婢を買雇し交易などの事を占するに、應爻を以て賣主と爲す。應が世を生ずるは、別人の主動として門に上るにして、事情最も談成し易く、吉と爲す。もし世が應を生ずれば、我の往きて彼を求むるにして、事情就中辦し難し。
和合易成,最怕日辰沖破;(世應生合,事則易成。生合為上,克合次之,惟不宜世動,則是我去合他又為難也,若是相合又被日辰動爻刑害,必有破阻,要知何人以破合之爻定之。如父母為長上之類。)相沖難就,偏宜動象生扶。(世應刑沖剋害,凡事費力難成。若動爻日辰生扶合助,謂之有氣,必有貴人扶持,事亦可成。若當用爻,則是牙人能持其事。如生合爻是兄弟,又須用財囑託,方能成事。)兄爻發動,為詐為虛;(兄弟為反覆不定之神故也。)卦象亂興,多更多變。(亂動則事不定,故多更變。)
彼此和合すれば、事情談成し易し。最も日辰の來りてこの合を冲破するを怕る。世應相生相合すれば、事便ち成り易し。生じて合するを上と爲し、克して合するを次と爲す。ただ世爻の發動を宜とせず——世動すれば就中我の往きて彼に合すると成りて、反って力を費やす。もし兩爻合すと雖も、卻って日辰あるいは動爻に刑害せられれば、必ず破壞阻擾を生ず。中より梗を作るは誰なるかを知らんと要せば、すなわち合を破るのあの一爻の何の六親に屬するかを看る。たとえば父母はすなわち尊長の一輩を代表す。彼此相冲すれば、事情成り難し。この時偏に須らく動爻に靠りて來りて生扶すべし。世應刑冲克害すれば、凡事力を費やして成り難し。もし動爻・日辰の生扶合助を得れば、就中これを氣ありと叫ぶ。必ず貴人の扶持ありて、事情依然として辦成しうる。もし來りて生扶するがまさに用爻なれば、それすなわち牙人の能くこの事を撐持しうるなり。もし來りて生合するが兄弟爻なれば、それ還は須らく錢財を破費して往きて打點して、事情こそ辦成を得。兄弟爻發動すれば、事情就中詐あり虛あり。兄弟は本より反覆不定の神なるがゆえに。整卦亂紛紛として發動すれば、事情就中一變また變す——亂動すれば則ち事に定準なし。ゆえに多更にして多變なり。
六爻無父,定無主契之人;(六爻以父母為文書契券,又為主契之人,若六爻皆無父母,必無主契之人。若無父母而動爻化出者,主有旁主。雖有父母而應爻空亡,亦無正主。)兩間俱空,未有作中之子。(間爻空亡,必無媒人。空亡而逢沖,必須央情作媒。世沖,我去央他;應沖,彼去央他。動而空亡,其人假意推託,非真無心做也。)世獲間生,喜媒人之護向;(間爻生世合世,媒人必然向我,生應合應則向他人。臨子孫旺相發動,必然執其事。若不生世而被應克,且居衰弱之地,彼必聽其謀為也。)生扶弟出,防喜生之合謀。(大抵間爻生合世爻,若卦中凶神不動,則是媒人誠心向我無他意也,若兄鬼螣蛇玄武動克世,而應爻又來沖刑我者,則是間來生合,假意合謀,非真心也。空動亦非真心,若臨兄弟動化官或臨父官兄,其言必不可信。)
六爻の中に父母なければ、一定に契を立つるの正主なし。六爻は「父母」を以て文書契券を代表し、また面を出だして契を立つるの人を代表す。六爻全く父母なければ、必ず契を主るの人なし。もし本より父母なくして動爻に由りて化じ出づれば、それすなわち一個の旁支の代理人ありて面を出だすなり。父母あると雖も應爻空亡に落つれば、同じく正主なしと算す。兩個の間爻皆落空せば、就中間に居りて說合する人なし。間爻空亡なれば、必ず中人なし。もし空にしてまた冲に逢えば、就中人情を托して往きて中人を請うを得。世爻それを冲するは、我の往きて央求するなり。應爻それを冲するは、對方の往きて央求するなり。もし間爻動じて落空せば、それは此人假意に推托して、並に眞に做るを肯んぜざるに非ず。世爻が間爻の來りて生ずるを得るは、中人の我を護るなり。間爻が世を生じ・世に合せば、中人必ず我に偏向す。應を生じ・應に合せば、則ち對方に偏向す。間爻が子孫に臨みて旺相發動せば、必ず能くこの一件の事を辦成す。もしそれ世を生ぜずして反って應爻に克せられ、また衰弱の地に居れば、あの人はただ對方の擺布に聽憑する能くのみ。もし來りて生扶するが兄弟の出面なれば、すなわち須らく彼の表面は好を示し實は串通するを防ぐべし。大体上間爻が世爻を生合するは、ただ卦中の凶神動かざれば、便ち中人の誠心に我に向かい別に他意なし。ただしもし兄弟・官鬼・「螣蛇」「玄武」發動して來りて世を克し、しかして應爻また來りて我を冲刑せば、則ち間爻の生合はすなわち假意にして、暗裡已に對方と合謀せり。間爻空にして動くも、また眞心に非ず。もしそれ兄弟に臨みて發動して官鬼を化じ出し、あるいは本身就中父母・官鬼・兄弟に臨めば、說く所の話は必ず信ずべからず。
父化兄,契虛事假;(凡遇以上凶卦而父母又化兄爻者,決主事體不真,文契不實。卦無父母而從兄弟化出者亦然。父化父主文書不實,又主交易重疊。)兄持世,財散人離。(兄弟持世必然多費錢財,事亦干眾,僱工奴婢不得力。更帶凶神旺動,必主人離財散。若占交易貨物,亦不正之物。)應若空亡,我欲成交徒費力;世如發動,彼來謀合亦難成。(凡占交易,若我干求於彼,而應爻空亡者,其事必不成;如彼欲求謀於我,而世爻空亡者,其事亦不成。蓋世動是我心疑惑,應動則他人更變,皆主難成不為執滯。如或空逢沖動而遇合,皆謂有解,至此月有成,自空妄動則凶。)弟因財乏,鬼必疑心。(卦遇不成之象而兄弟持世者,必因貲財缺欠,故難成也。六爻無財或落空亡者亦然。鬼爻持世則是心多疑惑,進退不定,故難成,不然必有他事阻,或有不測災病。卦無官鬼,又是無人執持其事,亦主不成。)
父母が兄弟を化じ出づれば、契約は虛にして事情は假なり。およそ上面に說く所のあれらの凶卦に遇いして、父母また兄弟爻を化じ出づれば、必ず事體眞ならず文契實ならざるを主る。卦中本より父母なくして兄弟に由りて化じ出づるのも、一樣なり。父母が父母を化するは、文書書實ならざるを主り、またこの樁の交易已に手を轉過せるを主る。兄弟持世すれば、錢財耗散して人もまた留住せず。兄弟持世すれば必定多く錢財を破費し、事情還は一群人に牽扯して、雇い來れる工人奴婢皆得力せず。もしそれさらに凶神を帶びて旺動せば、必ず人離れ財散ずるを主る。もし占するは交易貨物なれば、あの貨もまた正路の來るに非ず。應爻もし空亡に落つれば、我成交せんと想うとも白費力氣なり。世爻もし發動せば、對方の來りて合を求むるもまた談成し難し。およそ交易を占するに、もし我の往きて對方を求めて應爻落空せば、事必ず成らず。もし對方の來りて我を求めて世爻落空せば、事もまた成らず。世動は我自家心裡疑惑して、應動は對方別に變卦ありて、皆成り難きを主る。固執するに必らず。倘若落空の爻また冲動に逢いて合に遇えば、就中解救あると算して、あの月份に到りて依然として事成りうる。もし無故に自ら空にして妄動せば、それすなわち凶なり。兄弟持世するは錢を缺くがゆえにして、官鬼持世するは疑多きがゆえなり。卦中已に事を成す能わざるに、しかして兄弟また持世せば、それ必ず資本短缺して、ゆえに辦し難し。六爻に財なく、あるいは財空亡に落つるの情形も相同なり。官鬼持世するは、則ち自己心裡疑慮重ねて・進退定まらず、ゆえに成り難し。然らざればすなわち別に別事の牽絆あり、あるいは意外の災病あり。もし卦中根本に官鬼なければ、それすなわち人のこの事を主持するなく、同じく辦成せざるなり。
四復三番,事機不定;千變萬化,卦象無常。能求不見之數,自喻未來之事。(凡占收留遺失子女,最怕鬼臨玄武發動,必是盜賊。用臨玄武動化鬼爻亦然。刑剋世爻,必被其害,或有遠方挈家逃來借居者,不論六親以應為主,臨兄為欠債來,臨官為戶役避罪責。加玄武則是盜賊逢沖,事已敗露,雖臨玄武不帶鬼而與財爻合,或臨玄武財爻,為姦情事來也。大抵皆怕兄鬼旺動克世,禍終及己,不傷世或子孫持世者不妨。)
三番四復して、事機總じて安穩ならず。千變萬化して、卦象本より定則なし。能くあれらの見えざるの定數を推求せば、自然に將來の事情を明白す。およそ走失の子女を收留するを占するに、最も官鬼の「玄武」に臨みて發動するを怕る。それは多半盜賊なり。用爻が玄武に臨みて發動して官鬼を化じ出づるのも、一樣なり。それもし世爻を刑克せば、收留の人必ずその害を受く。またたとえば人ありて遠方より家を携えて逃げ來りて借住するは、この時六親何如を論ぜず、一概に應爻を以て主と爲す。應が兄弟に臨めば、債を躲るが爲に來るなり。應が官鬼に臨めば、差役あるいは罪責を逃避するが爲に來るなり。さらに玄武を加えれば、すなわち盜賊なり。もしまた冲に逢えば、事情已に敗露せるを說明す。應は玄武に臨むと雖も官鬼を帶びず、卻って財爻と相合し、あるいは本身就中玄武に臨むの財爻なれば、それは姦情に因りて來るなり。總じてこの一類は皆兄弟・官鬼の旺動して來りて世を克するを怕る。禍患終究自身上に落到せんとす。ただそれらの世爻を傷つけざれば、あるいは子孫の持世あれば、就中事に妨げず。
疾病
人孰無常,疾病無常;事孰為大,死生為大。(占病以官爻為惡殺,凡病證候輕重,得病根由,皆係此爻,獨發之爻,亦可以此推之。)火屬心經,發熱咽干口燥;水歸腎部,惡寒盜汗遺精。金肺木肝,土乃病侵脾胃;衰輕旺重,動則煎迫身軀。(鬼爻屬火,心經受病,其症必發熱咽干口燥類;屬水,腎經受病,其病必惡寒或盜汗或遺精白濁類。屬金,肺經受病,其症必咳嗽虛怯或氣喘類;屬木,肝經受病,其症必感冒風寒四肢不和類;屬土,脾經受病,必虛黃浮腫瘟疫時氣類。若鬼爻衰弱病必輕,旺必重,安靜則穩然安臥,發動則煎逼急躁。)
人生どうして一定あらん、疾病さらに無常なり。世間何事か最大なる、生死最大なり。病を占するに「官鬼」爻を當てて惡殺と作す。病情の輕重・病を得るの來由は、全くこの一爻に係る。もし卦中ただ一爻獨り發あれば、またそれに從りて推斷しうる。官鬼が火に屬すれば、心經の受病にして、症候は多くは發熱・咽乾・口燥なり。水に屬すれば、腎經の受病にして、症候は多くは寒を怕れ・盜汗・遺精白濁なり。金に屬すれば則ち肺經の受病にして、多くは咳嗽・虛怯・氣喘なり。木に屬すれば則ち肝經の受病にして、多くは風寒に感冒し・四肢調わず。土に屬すれば則ち脾胃の受病にして、多くは虛黃・浮腫・瘟疫時氣なり。官鬼衰弱なれば、病便ち輕し。旺相なれば、病便ち重し。それ安靜すれば、病人便ち能く安穩に臥牀す。それ一たび發動せば、就中煎熬逼迫・煩躁不寧なり。
若在坎宮,中滿血虛兼溼毒;如當離卦,內虛眼赤及尿黃。(坎象中滿,故主中滿;離象中虛,故主內虛。然坎宮屬水,火鬼主血虛,水鬼主溼毒;離宮屬火,或火宮主眼赤,水鬼主尿黃。)坤腹乾頭,兌必喉風咳嗽;艮足震手,巽須癱瘓腸風。(鬼在坤宮,腹中有病,火鬼必患腹癰;水鬼腹中疼痛;動化財爻或財化水鬼,必患瀉痢;土鬼則是癖塊食積或沙脹蠱症;木鬼絞腸沙痛或大腸有病;金鬼脅肋痛,在上胸隔痛,在下腰痛,此鬼在坤宮斷法,其諸卦仿推之。)
官鬼もし《坎》宮に落つれば、脘腹脹滿・血虛兼ねて濕毒あるを主る。もし《離》卦に落つれば、内裏虛虧・眼睛紅發・小便發黃を主る。坎卦の卦象は中間實なり。ゆえに中焦脹滿を主る。離卦の卦象は中間虛なり。ゆえに内裏空虛を主る。坎宮は本より水に屬し、其中の火鬼は血虛を主り、水鬼は濕毒を主る。離宮は本より火に屬し、火鬼は眼赤を主り、水鬼は尿黃を主る。《坤》は腹を主り、《乾》は頭を主り、《兌》は喉風咳嗽を主り、《艮》は足を主り、《震》は手を主り、《巽》は癱瘓と腸風とを主る。坤宮を以て例と爲せば:官鬼が坤宮に在るは腹中に病あり——火鬼は必ず腹癰を生ず。水鬼は腹中疼痛にして、もしそれ動じて財を化し、あるいは財が水鬼を化せば、必ず瀉痢に患う。土鬼は痞塊・食積あるいは沙脹蠱症なり。木鬼は絞腸痧痛あるいは大腸に病あり。金鬼は脅肋の痛を作し、上に在れば則ち胸膈痛み、下に在れば則ち腰痛む。これは官鬼の坤宮に在るの斷法にして、その餘の各卦はこれに照らして類推せよ。
螣蛇心驚,青龍則酒色過度;勾陳腫脹,朱雀則言語顛狂。虎有損傷,女子則血崩血暈;玄武憂鬱,男人則陰症陰虛。(螣蛇鬼則坐臥不安,心神不定;青龍鬼則酒色過度,瘦弱無力;勾陳飽滿腫脹,脾胃不和;朱雀鬼狂言亂語,身熱面赤;白虎鬼跌撲打鬥,傷筋損骨,女人則血崩血暈產後諸症,白虎血神故也;玄武鬼色慾太過,憂悶在心,在水宮主陰虛,化子孫,男子必陰痿,蓋玄武又闇昧之神故也。宜通變。)
官鬼が「螣蛇」に臨めば驚悸を主り、「靑龍」に臨めば酒色過度を主る。「勾陳」に臨めば腫脹を主り、「朱雀」に臨めば言語顚狂を主る。「白虎」に臨めば跌打損傷を主り、婦女は則ち血崩血暈なり。「玄武」に臨めば憂鬱を主り、男子は則ち陰症陰虛なり。逐一に說き來らば:螣蛇鬼は坐臥安からず・心神定まらず。靑龍鬼は酒を縱び色を好んで以致瘦弱乏力す。勾陳鬼は脘腹飽脹・脾胃不和す。朱雀鬼は胡言亂語・身熱面赤す。白虎鬼は跌撲打鬥・筋を傷り骨を損ずるにして、婦女に在れば則ち血崩・血暈および産後の諸症——白虎は本より血神なるがゆえに。玄武鬼は房事過度・憂悶心中に積むなり。それもし水宮に落つれば陰虛を主り、もし子孫を化じ出づれば、男子は必ず陰痿に至る——玄武はまた暗昧の神なり。これらは皆須らく靈活變通して看るべし。
鬼伏卦中,病來莫覺;(占病遇本宮鬼出現發動,得病之初即曉根源;若本宮官鬼不出現,而他宮官鬼出現者,有病必然久伏在身,今因七情四氣感冒而發也。若本宮他宮皆無官鬼,必隱然得病初莫知何由也。明夷、觀、賁、需、臨,切忌世身入墓;大畜、豐、同人、蠱、夬,莫逢財鬼俱興。)官藏世下,病起如前。(本宮鬼官伏在世下,必是舊病重發。若伏鬼不傷用爻,而用爻反被世克者,前日病輕,今日反沉重。如伏鬼刑傷用爻,而用爻反得世爻生扶者,前日病重,今日輕。用爻妻病看財爻類。)
官鬼卦中に隱伏するは、病來る時自己も皆察覺せず。病を占する時もし本宮の官鬼出現してしかも發動せば、則ち病を起すの初に便ち病根を知る。もし本宮の官鬼出現せず、ただ他宮の官鬼出現するのみなれば、病已に久しく體内に伏して、如今七情内傷・四時の氣外感に勾發せらるるを說明す。倘若本宮・他宮皆官鬼なければ、あの病はすなわち悄悄として得るにして、起初は緣由を連ねても明白ならず。また、占得《明夷》《觀》《賁》《需》《臨》の這幾卦は、最も世爻・卦身の墓に入るを忌む。占得《大畜》《豐》《同人》《蠱》《夬》は、最も妻財と官鬼と一同興動するを忌む。官鬼が世爻の下に藏るるは、舊病の重發なり。本宮の官鬼が世爻の底下に伏せば、必ず老毛病また犯すなり。もし伏する所の官鬼並に用爻を傷つけず、しかして用爻反って世爻に克せられれば、それは從前病輕く・如今轉じて重し。もし伏する所の官鬼用爻を刑傷し、しかして用爻反って世爻の生扶を得れば、それは從前病重く・如今轉じて輕し。用爻は占する所の人に按じて取る。たとえば妻子の病を占すればすなわち財爻を看る。
若伏妻財,必是傷飢失飽;如藏福德,必然酒醉耽淫。父乃勞傷所致,兄為氣食相侵。(鬼伏財下,必是飲食不節,傷飢失飽,或因財物起因,或因婦人得病。鬼伏子下,必是飲酒過度,或恣行房事,夏或露臥過取風涼,冬或傷暖過穿裘帛,或過用修煉養精等藥所致。鬼伏父下必是勞心勞力,憂慮傷神,或因動土修造,或因尊長得病。鬼伏兄下,必是口舌爭競,停食感氣,或有咒詛,或因賭博爭財得病。)官化官,新舊兩病;鬼化鬼,遷變百端。(本宮官鬼仍伏他宮官鬼之下,必是舊病,或因舊病不謹變生他症,或新舊兩般病,若遇鬼化鬼,其病進退或有變症,或藥石駁雜,或寒熱不定。)
官鬼もし妻財の下に伏せば、病は必ず饑飽失調に起る。もし子孫の下に藏れば、病は必ず酒醉縱欲に起る。父母の下に伏せば、勞累の致す所なり。兄弟の下に伏せば、氣惱と積食と相侵するなり。逐一に說き來らば:鬼が財下に伏するは、必是れ飲食節なく・饑一頓飽一頓し、あるいは錢財の事に因りて起因し、あるいは女人に因りて病を得る。鬼が子孫下に伏するは、必是れ酒を飮むこと過量し、あるいは房事度なく、あるいは夏天に涼を貪りて露宿し、あるいは冬天に暖か過ぎて厚裘し、あるいは濫りに修煉養精の藥物を服す。鬼が父母下に伏するは、必是れ心を勞し力を勞し・憂慮して神を傷り、あるいは土を動かし造を修するに因り、あるいは尊長の事に因りて病を得る。鬼が兄弟下に伏するは、必是れ口角爭執・食を停め氣を受け、あるいは人の咒罵咒詛に遭い、あるいは賭博して錢を爭うに因りて病を得る。官鬼が官鬼を化じ出づるは、新舊兩重の病なり。鬼が鬼を化ずれば、病情就中千變萬化す。本宮の官鬼また他宮の官鬼の下に伏するは、必是れ舊病なり。あるいは舊病の調護を失するに因りて別の症候を生出し、あるいは新舊兩種の病併發す。もし鬼が鬼を化するに遇えば、病勢就中時に進み時に退き、あるいは轉じて別の症候と成り、あるいは藥石雜投し、あるいは寒熱定まらず。
化出文書在五爻,則途中遇雨;變成兄弟居三位,則房內傷風。(鬼化父母,必在修造之處得病,若在五爻屬水,則在途冒雨而得也;如化兄弟,必因口舌毆氣,或是傷食,若在三爻屬木,必房中脫衣露體感冒風寒所致;若化子孫,則在僧道寺院或漁獵遊戲所致;若化財爻,多因傷食,或因妻奴,或因買賣交易得病。以上六親化出鬼爻,亦依此斷。)本宮為在家得病,下必內傷;他卦為別處染災,上須外感。(鬼在本宮家中得病,在下三爻,必是內傷症候,不然病亦在內;官在外宮外方得病,更在上三爻,必是外感風邪,不然亦是外科症候;上下有鬼,內傷兼外感症候不一。)
官鬼が文書を化じ出して第五爻に落つるは、路上雨に淋れて得るの病なり。兄弟と化成して第三爻に居るは、房裡に於て風を受けしなり。官鬼が父母を化するは、多くは修造の處に於て病を得る。もしこの一爻五爻に在りてまた水に屬せば、五爻は道路を主る。それすなわち途中に雨を冒るの致す所なり。官鬼が兄弟を化するは、多くは口角鬥氣あるいは食を傷るに因る。もし三爻に在りてまた木に屬せば、三爻は牀帳居室を主る。それすなわち房中に衣を脫ぎ體を露して・風寒に感冒するの致す所なり。官鬼が子孫を化するは、寺觀僧道の處に在りて、あるいは漁獵遊玩する時に得るの病なり。官鬼が妻財を化するは、多くは食を傷るに因り、あるいは妻妾奴僕に因り、あるいは買賣交易に因りて病を得る。反してこれらの六親に由りて官鬼を化じ出づるも、また同じ道理に照らして斷ず。官鬼が本宮に在るは、家裡に於て得るの病なり。もしまた下三爻に在れば、必是れ内傷なり。官鬼が他宮に在るは、別處に於て染るの病なり。もしまた上三爻に在れば、必是れ外感なり。官鬼が本宮に在れば、病の家中より得るを主る。再び下三爻に落つれば、必是れ内傷の症候にして、然らざれば病位もまた體内に在り。官鬼が外宮に在れば、病の外地より得るを主る。再び上三爻に落つれば、必是れ外感の風邪にして、然らざればもまた外科の症候なり。もし上下皆官鬼あれば、それすなわち内傷外感兼ね有りて、症候一端に止まらず。
上實下空,夜輕日重;(鬼在內宮,病必夜重,鬼在外卦,病必日重;內外有鬼,晝夜不輕。若卦雖有二鬼,一旺一空,或一動一靜,必日輕夜重,或日重夜輕,分上下斷之。)動生變克,暮熱朝涼。(凡占,動爻為始,變爻為終。若卦中動爻生扶用爻,而變爻刑剋用爻者,其病必朝涼暮熱,或日輕夜重也;動克變生反此斷。凡鬼爻化出所喜爻,所喜爻化出鬼爻,亦然。)
上卦充實にして下卦落空せば、病就中夜裡輕く・白天重し。官鬼が内卦に在れば、病必ず夜間加重す。官鬼が外卦に在れば、病必ず白天加重す。内外皆官鬼あれば、晝夜皆輕からず。もし卦中兩個の官鬼あると雖も、卻って一旺一空・あるいは一動一靜なれば、それすなわち必是れ白天輕く夜裡重く・あるいは白天重く夜裡輕し。それらの上に在るか下に在るかに按じて分かちて來りて斷ず。動爻の來りて生じて變爻の來りて克するは、病便ち傍晚發熱・清晨轉涼す。およそ卦を占するに、動爻は事情の開頭を主り、變爻は事情の結局を主る。もし卦中の動爻用爻を生扶して、しかして變出の爻反って用爻を刑克せば、病必ず朝涼暮熱し、あるいは白天輕く夜裡重し。反して動爻克して變爻生ずれば、就中相反の說に照らす。およそ官鬼の喜ぶ所の爻を化じ出し、あるいは喜ぶ所の爻の官鬼を化じ出づるの道理もまた一樣なり。
水化火,火化水,往來寒熱;(卦爻水動化火,火動化水,不拘鬼爻,但有干犯世爻或主象者,皆是寒熱往來之症,卦有水火二爻俱動亦然。水旺火衰,寒多熱少,水受傷火得助,則常熱乍寒也。坎宮火動,內寒外熱;離宮水動,皮寒骨熱。若帶見辰,必是瘧疾。)上沖下,下沖上,內外感傷。(上下有鬼,病必內外兩感;俱動俱靜,一同受痛。二鬼自相沖者,適感而遂傷也。如內鬼動沖外鬼,先傷後感;外鬼動沖內鬼,先感後傷,要分輕重,以刑合斷之可也。)
水爻が火を化し・火爻が水を化するは、寒熱往來の症なり。卦中の水爻發動して火を化し、あるいは火爻發動して水を化するは、それの官鬼なるか否かを論ぜず、ただ世爻あるいは主象を冒犯せば、皆寒熱往來を主る。卦中の水火二爻同時發動するも、一樣なり。水旺にして火衰なれば、則ち寒多く熱少なし。水傷を受けて火助を得れば、則ち常に發熱して偶に寒を覺ゆ。坎宮の火動は、内寒外熱なり。離宮の水動は、皮寒骨熱なり。もしまた辰爻を帶ぶれば、必是れ瘧疾なり。上爻の下爻を冲し・下爻の上爻を冲するは、内傷外感並見なり。上下皆官鬼あれば、病必ず内外兩受す。兩鬼同動あるいは同靜なれば、就中内外一齊に痛を作す。兩個の官鬼互相冲擊するは、剛く外感を受け隨いでまた内を傷りしなり。内卦の鬼動じて往きて外卦の鬼を冲するは、先く内傷して而も後に外感す。外卦の鬼動じて往きて内卦の鬼を冲するは、先く外感して而も後に内傷す。兩者孰れか輕く孰れか重きに至っては、就中刑と合とに憑りて來りて分辨す。
火鬼沖財,上臨則嘔逆多吐;(火性炎,上財為飲食,故占病遇火鬼動克外財,必是嘔吐,重則反胃不食。若財帶螣蛇吐內兼蟲,財在間爻,則是消渴易飢之症。)水官化土,下值則小便不通。(水官化出回頭土克在本宮內卦,是小便不通;屬陰是大便不通;陽宮陰象,陰宮陽象,二便俱不通。若內卦水克動加白虎,陽爻是尿血,陰爻是瀉血,白虎血神故也。帶刑是痔漏。)若患牙疔,兌鬼金連火殺;(鬼在兌宮口中病,若金鬼化火,或火化金鬼,必患牙疔;不化火爻則是齒痛,金鬼逢沖,齒必動搖。)如生腳氣,震宮土化木星。(鬼在震宮病在足,加勾陳足必腫;加白虎必折傷破損;土鬼化木則患腳氣;木鬼痠疼麻木;水鬼必是溼氣;火鬼必主瘡毒;金鬼是腳骱膝疼骨痛,或刀刃所傷。)
火に屬する官鬼の往きて妻財を冲するは、上卦に落つれば就中嘔逆多吐を主る。火性は炎上にして、上卦の妻財は飲食を代表す。病を占して火鬼發動して往きて外卦の財爻を克するに遇えば、必是れ嘔吐にして、重きは甚だしきは胃を反して食を進る能わず。もし財爻「螣蛇」を帶ぶれば、吐き出すに還は虫を夾む。もし財爻間爻に在れば、それ便ち消渴易饑の症なり。水に屬する官鬼が土爻を化じ出して、下卦に落つれば就中小便不通を主る。水鬼が土爻を化じ出して回頭して來りて克するは、もし本宮内卦に在れば、小便不通なり。官鬼が陰に屬せば、則ち大便不通なり。陽宮が陰象を配し・陰宮が陽象を配すれば、就中二便俱に通ぜず。もし内卦の水爻克を受けて動き、また「白虎」を加えれば、陽爻は尿血を主り陰爻は便血を主る——白虎は本より血神なり。もしさらに刑を帶ぶれば、それは痔漏なり。もし牙疔に患えば、《兌》宮の金鬼また火殺に連なるなり。官鬼が兌宮に在れば、病は口中に在り。金鬼が火を化し、あるいは火が金鬼を化せば、必ず牙疔に患う。もし火を化せざれば、就中ただ牙痛のみ。金鬼冲に逢えば、牙齒必然鬆動す。もし腳氣を生ずれば、《震》宮の土爻が木星を化じ出づるなり。官鬼が震宮に在れば、病は足上に在り。「勾陳」を加えれば則ち腳腫れ、白虎を加えれば必是れ骨折あるいは破損なり。土鬼が木を化ずれば便ち腳氣なり。木鬼は酸疼麻木なり。水鬼は濕氣なり。火鬼は瘡毒なり。金鬼は腳踝膝蓋疼・骨頭痛み、あるいは刀刃に傷せられしなり。
鬼在離宮化水,痰火何疑;官來乾象變木,頭風有準。震遇螣蛇仍發動,驚悸顛狂;艮逢巳午又交重,癰疽瘡毒。(離宮鬼化水爻,痰火症候,水動化鬼亦然;乾宮鬼化木爻,頭風眩暈,木動變鬼亦然。震在外卦,勿依此斷,可言其病坐臥不安,心神恍惚,蓋震主動故也。更加螣蛇發動、必是顛狂驚癇之症,小兒乃驚風也。逢沖則有逾牆上屋之患,艮象為山,同高故也。更逢火鬼,必患癰疽,若遇變出土鬼,可言浮腫蠱脹等症,餘可類推。)
官鬼が《離》宮に在りて水爻を化ずるは、痰火の症にして疑なし。官鬼が《乾》象に在りて木爻に變ずるは、頭風と斷作して必ず準なり。《震》が「螣蛇」に遇いてまた發動するは、驚悸顚狂なり。《艮》が巳午火に逢いてまた交重するは、癰疽瘡毒なり。離宮の鬼が水爻を化するは、痰火症候を主る。水爻發動して官鬼を化じ出づるも、一樣なり。乾宮の鬼が木爻を化するは、頭風眩暈を主る。木爻發動して官鬼を變出するも、一樣なり。震卦もし外卦に在れば、就中かくのごとく斷ぜず。ただ病人の坐臥安からず・心神恍惚と說くべきのみ——震は本より動を主ればなり。もしさらに螣蛇發動を加えれば、必是れ顚狂驚癇なり。小兒は則ち驚風なり。もしまた冲に逢えば、還は牆を翻り屋に上るの癲狂の患あり。艮象は山と爲して、同じくその高を取ればなり。艮宮さらに火鬼に逢えば、必ず癰疽を生ず。もし土鬼を變出せば、就中浮腫・蠱脹の一類を斷じうる。その餘はこれに照らして類推せよ。
卦內無財,飲食不納;(財主飲食,動化官鬼其病亦因飲酒而得。若遇空亡飲食不納,若不上卦,不思飲食。財臨身世或化財爻雖病重亦能食。)間中有鬼,胸隔不寬。(世應中間,即病人胸隔處也。官鬼臨之必然痞塞不通,金鬼胸肋骨痛,土鬼飽悶不寬,木鬼心癢嘈雜,水鬼痰飲填塞,火鬼多是心痛。若化財爻或財爻化鬼,必是宿食未消,以致胸膈不利。)
卦中に妻財なければ、病人は東西を吃下する能わず。財爻は飲食を主る。それ發動して官鬼を化じ出づるは、病もまた酒を飮むに因りて得るなり。それもし空亡に落つれば、就中飲食下らず。それもし根本に卦に上らざれば、就中飲食を思わず。反して、財爻が身世に臨み、あるいは別爻が財爻を化じ出づれば、則ち病重しと雖も還は吃下しうる。間爻の上に官鬼あれば、胸膈便ち舒暢ならず。世應の間の兩個の間爻は、まさに病人の胸膈部位に對應す。官鬼ここに臨めば、必然痞塞して通ぜず。金鬼は胸脅骨痛なり。土鬼は飽悶にして寬がらず。木鬼は心裡痒くして嘈雜す。水鬼は痰飲の堵塞なり。火鬼は多半心痛なり。もし間爻が財爻を化じ出し、あるいは財爻が官鬼を化じ出づれば、必是れ宿食消えずして、以致胸膈利ならず。
鬼絕逢生,病體安而復作;(鬼在死絕爻,其病必輕,遇日辰動爻生扶,謂絕處逢生,其病必既輕復重,將安復作也。若財生鬼,必因飲食加重,或因婦人重合故耳。)世衰入墓,神思困而不清。(世爻入墓,病必昏沉;旺相有氣無非懶於行動;衰則不言不語,是怕明喜暗,不思食,愛眠怕起,懶開目,更坐陰宮,必是陰症,用爻入墓亦然。世鬼入墓,鬼墓臨用,皆依此斷。)
官鬼本より絶地に在りて卻って生に逢うは、病剛く好を見てまた復發せんとす。官鬼が死・絶の爻に落つれば、病勢必ず輕し。然るにそれ一旦日辰あるいは動爻の生扶に遇えば、就中これを絶處逢生と叫び、病便ち輕より轉じて重く、眼看く好くならんとすとまた犯す。もし財爻の往きて官鬼を生ずれば、それ多半飲食に因りて加重し、あるいは房事再犯に因りて加重す。世爻衰弱にしてまた墓に入れば、神思昏沉にして清らず。世爻が墓に入れば、病必ず昏沉なり。世爻もし還は旺相氣あれば、不過懶えて動彈するのみ。もし已に衰弱なれば、就中言わず語らず・亮を怕れ暗を喜び・飯を食うを想わず・睡を愛し起きるを怕れ・眼皮を連ねても抬くを懶む。もしこの一爻また陰宮に坐せば、必是れ陰症なり。用爻が墓に入るの斷法も相同なり。世爻が官鬼を帶びて墓に入り、あるいは官鬼の墓が用爻に臨むも、皆これに照らして斷ず。
應鬼合身,纏染他人之症;(應臨官鬼刑剋合世爻,而世爻在交重之位者,必因探訪親友病而纏染也。鬼爻屬土,是時疫。用爻臨應必病臥他家。)世官傷用,重發舊日之災。(大抵鬼爻持世,必然原有舊根;更傷用爻,必是舊病再發。否則必難脫體,須用保禳則吉。卦身持鬼亦是舊病。)
應爻の官鬼の來りて卦身に合するは、別人の病を過りしなり。應爻が官鬼に臨みて世爻を刑克しあるいは合住し、世爻また交・重發動の位に處れば、必是れ親友の病人を探望する時に傳染せられしなり。この官鬼もし土に屬せば、就中時行の瘟疫なり。もし用爻が應爻に臨めば、あの病人必是れ別人の家裡に臥病せるなり。世爻上の官鬼の往きて用爻を傷つくるは、舊日の病また發作するなり。大抵官鬼持世するは、本人必ず早く病根あり。それ再び往きて用爻を傷つけば、それすなわち舊病復發にして、然らざればもまた根を除き難し。須らく祈禳して安を保するに靠りてこそ好し。卦身が官鬼を持するは、同じく舊病に屬す。
用受金傷,肢體必然痠痛;主遭木克,皮骨定見傷殘。火為仇,則喘咳之災;水來害,則恍惚之症。(卦中無鬼,以刑沖剋害用爻者斷。如金動來克,則木爻受傷,肢節痠痛;木動來克,則土爻受制,皮肉傷損,餘可類推。)
用神が金爻に傷せられれば、肢體必然酸痛す。主象が木爻に遭りて克せられれば、皮肉筋骨必ず傷損を見る。火を以て仇と爲せば、就中氣喘咳嗽の災あり。水に來りて害せられれば、就中神思恍惚の症あり。この一條は用いて卦中に官鬼なきの時なり。既に官鬼取るべきなく、すなわち哪一爻の用爻を刑冲克害するに在るかを看る。たとえば金爻發動して來りて克するは、傷を受くるは木爻にして、木は筋を主る。ゆえに肢節酸痛す。木爻發動して來りて克するは、制を受くるは土爻にして、土は皮肉を主る。ゆえに皮肉傷損す。その餘はこれに照らして類推せよ。
空及第三,此病須知腰軟;(第三爻無故自空,為腰軟;有故而空,或旺相而空,為腰痛;不空而遇動爻日辰官鬼克沖者,乃閃腰痛也,動空亦然。鬼在此爻主腰痛。)官傷上六,斯人當主頭疼。(上六大抵不惟鬼爻臨處受病,被傷之處亦有病痛。如克上六,當主頭痛;克間爻則胸隔不利,餘可類推。)
空亡が第三爻に落とるは、この病は當に腰軟なるを知るべし。第三爻は人身上に腰部に對應す。それ無緣無故に自ら空亡に落つるは、腰軟無力なり。緣故ありて空なり、あるいは旺相にして空なるは、腰痛なり。それ空ならずと雖も、卻って動爻・日辰あるいは官鬼に冲克せられれば、それは腰を閃くの痛にして、動じて落空するも一樣なり。官鬼就中この一爻に在るは、腰痛を主る。官鬼が上六爻に傷到するは、此人は當に頭痛すべし。大抵ただ官鬼の臨む所の處のみ病あるに非ず、官鬼に傷克せらるるの處もまた一樣に疼痛す。上爻は頭部に對應す。ゆえに上六を克せば就中頭痛を主る。間爻に克到せば、就中胸膈舒ならず。その餘はこれに照らして類推せよ。
財動卦中,不吐則瀉;(財在上卦動主吐;在下卦動主瀉;若逢合住,則欲吐不吐,欲瀉不瀉,如嘔逆噁心,裡急後重之例。)木興世上,非癢即疼。(寅卯二爻屬木,寅木主痛,卯木主癢,若在本宮內卦,又是氣不順也。)
財爻が卦中に發動するは、嘔吐ならざれば就中泄瀉なり。財は飲食を主る。それ上卦に發動するは吐を主り、下卦に發動するは瀉を主る。もし合住せられれば、就中吐かんと想うも吐き出す能わず・瀉さんと想うも瀉し下す能わず。すなわち乾嘔惡心・裏急後重のあの一類なり。木爻が世爻の上に興動するは、痒がるならざれば就中疼痛なり。寅・卯二爻皆木に屬す。寅木は痛を主り、卯木は痒を主る。もしそれ本宮内卦に落つれば、あれ還は兼ねて氣機順ならず。
病體既明症候當決安危,再把爻神搜索,箇中之玄妙,重加參考,方窮就裡之精微。先看子孫,最喜生扶拱合;(子孫能剋制官殺,古人謂解神,又名福德,占病又為醫藥,卦中無此則鬼無制伏,主服藥不效,禱神不靈,所以先宜看此。要生旺有氣,不要休囚死絕,日辰動爻生扶則吉,沖壞則凶。)次觀主象怕逢克害刑沖。(主象即病人,如占夫以官為主,占妻以財為主之類。又自占以世為主,代占以應為主,亦是主象。刑沖剋害,即病人受症候折磨,故怕見之,若得世爻生合旁爻扶持,必不至死。)
病體の症候既に明白を看し、次いで就中安危を判定せんとす。再び六爻の各神を細細搜尋し、其中の玄妙を反覆參詳して、こそ内裏の精微を窮盡しうる。第一步は先ず「子孫」を看て、最もそれの生・扶・拱・合を得るを喜ぶ。子孫は能く官鬼のこの凶殺を克制す。古人それを解神と稱し、また福德と叫ぶ。病を占するの一門裡に於てそれ還は醫藥を代表す。卦中もし子孫なければ、官鬼便ち人の制伏するなし。ゆえに藥を吃して效を見ず・神を禱しても靈ならず。ゆえに先ずそれを看るを要す。子孫は須らく生旺氣あらんことを要し、休囚死絶を要せず。日辰・動爻の生扶を得るを吉と爲し、冲壞せらるるを凶と爲す。第二步は再び主象を看て、最もそれの克・害・刑・冲に遭うを怕る。主象はすなわち病人本身なり。丈夫を占するに官鬼を以て主と爲し、妻子を占するに財爻を以て主と爲し、これに依りて類推す。自己自らを占するに世爻を以て主と爲し、人に替わりて代占するに應爻を以て主と爲す。これら皆主象なり。刑冲克害はすなわち病人の症候の折磨を受くるに等し。ゆえに見るを怕る。もし能く世爻の生合・旁爻の扶持を得れば、就中命を送るに至らず。
世持鬼爻,病縱輕而難療;(占病怕鬼持世,必難脫體,大象縱輕亦不易愈。若用爻有氣,子孫當權,目下雖可醫愈,日後必不斷根也。)身臨福德,勢雖險而堪醫。(用爻為身,乃一卦之體,若得子孫臨之,決然無虞,縱然病勢凶險,自可有救,以藥治之必定痊癒。)
世爻が官鬼を持するは、病縱い輕しともまた治し難し。病を占するに最も官鬼持世を怕る。病必ず身に纏いて脫し難く、卦の大象たとい重ならずとも、また容易に好くして利索せず。もし用爻氣ありて子孫權に當れば、眼下固より醫し好るとも、日後終究根を斷絶す能わず。卦身が福德に臨着するは、病勢險なると雖も卻って治し好るを得。用爻はすなわち病人の身にして、一卦の主體なり。それもし子孫の臨着あれば、必定虞なし——縱い病勢凶險なるとも、自ずから救應ありて、藥を用いて治療すれば必ず能く痊愈せん。
用壯有扶,切恐太剛則折;(凡占皆喜旺相,惟占病則不喜,蓋人在病中必衰弱,縱或素日強健者,至此必瘦,何旺之有?故凡得時有氣,又遇動爻日辰生扶者,乃太剛則折之兆,至生旺日必凶,若動爻日辰刑剋,則不嫌其旺相。)主空無救,須防中道而殂。(主象若空,占病大忌,必得動爻日辰沖剋謂之有救,蓋沖空則實克空為用故也,否則必死。)
用神本より已に强壯にしてまた幫扶を得るは、最も太剛にして反って折るを怕る。およそ別の事を占するに皆用神の旺相を喜ぶ。ただ病を占するに喜ばず。人は病中に必ず虛弱にして、縱い平日健壯なるとも、この時已に消瘦せり。どうして還は旺を談ずるに上らんや。ゆえに用爻は當令氣あるに當たると雖も、また動爻・日辰の生扶に遇えば、それは過剛易折の兆にして、それの生旺する日子に到りてかえって凶險なり。もし動爻・日辰それに對して刑あり克あれば、それすなわちその旺相を嫌わず。主象落空にして救なければ、須らく病人の中途に死去するを防ぐべし。主象落空するは、病を占するの大忌なり。必ず動爻あるいは日辰の來りてそれを冲し・それを克して、こそ救ありと算す——冲空すれば則ち轉じて實と爲り・克空すれば則ち用ゐる可し。然らざれば必ず死す。
祿繫妻財,空則不思飲食;壽屬父母,動則反促天年。(占病以妻財為食祿,父母為壽命,卦中不可無。宜靜不宜動,若主象遇絕或化絕地,財遇之為祿絕,父母遇之為壽絕,大象若凶,此為死兆。卦若無財或落空亡,乃是不思飲食。父母爻動占病大忌,以其剋制福神,官殺能肆其虐故也,主服藥不效,禱神不靈,故云反促天年。)
禄食は「妻財」に係る。財空なれば就中飲食を思わず。壽數は「父母」に屬す。父母一たび動けば反って天年を折損す。病を占するに妻財を以て食禄と爲し・父母を以て壽命と爲し、卦中皆缺くべからず、しかも靜を宜として動を宜とせず。もし主象絶地に落ちあるいは絶地に化入せば、財爻これに逢うを禄絶と叫び、父母これに逢うを壽絶と叫ぶ。この時卦の大象さらに凶なれば、便ち死兆なり。卦中もし財爻なく、あるいは財空亡に落つれば、就中飯を吃下する能わず。父母發動はさらに病を占するの大忌にして、それは子孫のこの福神を克制して、官鬼は約束を失い便ち肆虐して、藥を吃するに靈ならず・神を禱するに應せず。ゆえに說く、反って壽命を促短すと。
主象伏藏,定主遷延乎日月;(用爻不上卦,其病必難安。蓋出現之爻日辰動爻能生合,若不上卦,雖有生扶著於何地?故其占如此,病亦是恍惚朦朧不爽快之症。)子孫空絕,必乏調理之肥甘。(子孫固為醫又為酒肉,若在空亡,或臨死絕,或不上卦,其病必乏肥甘調理亦纏綿難愈。若日辰應爻上帶子孫生合世爻用爻者,必有饋送禮物資養。)
主象隱伏して現れざれば、病は必ず拖延して日久し。用爻卦に上らざれば、病就中安寧を得難し。爻ただ卦上に出現して、こそ日辰と動爻と生ぜられ合せらるるを得。それ既に卦に上らざれば、縱い生扶あるともまたどこに落つる。ゆえに遷延と斷作す。病情もまた多半恍惚朦朧・爽利ならざるの症候なり。子孫落空あるいは落絶すれば、必然滋補調理の東西を缺少す。子孫は既に醫藥を代表し、また酒肉肥甘を代表す。それもし空亡に落ち、あるいは死絶に臨み、あるいは卦に上らざれば、病人就中人の調養するを缺き、病もまた纏綿して愈え難し。反して、もし日辰あるいは應爻の上に子孫を帶びて來りて世爻・用爻を生合せば、必ず人ありて禮物を送りて來りて調養を資助せん。
世上鬼臨,不可隨官入墓;(世持官鬼固非吉兆,若遇日辰帶墓爻謂隨官入墓,本命爻隨官入墓亦凶,若世爻用爻化入鬼墓及世爻命爻帶鬼動化入墓者,與用爻命爻世爻持鬼墓發動者,皆主大凶。)身臨福德,豈宜父動來傷?(占病以子孫為解神,身若臨之大吉之兆。如父母動來克傷,仍為不美。)
世爻の上に官鬼に臨着するは、切に再び官に隨いて墓に入るべからず。世が官鬼を持するは本より吉兆に非ず。もし日辰また墓爻を帶ぶれば、就中これを官に隨いて墓に入ると叫ぶ。本命の爻が官に隨いて墓に入るも、同じく凶險なり。これの外、世爻あるいは用爻が官鬼の墓に化入し、世爻・命爻が官鬼を帶びて發動して墓に化入し、および用爻・命爻・世爻が鬼墓を持して發動するは、皆大凶を主る。卦身が福德に臨着するは、どうして容れて父母發動して來りてそれを傷つけしめんや。病を占するに子孫を以て解神と爲し、卦身が子孫に臨むは大吉の兆なり。然るにもし父母發動して來りてそれを克傷せば、依然として美ならず。
鬼化長生,日下正當沉重;(鬼爻發動病勢必重,若鬼化入長生,乃一日重一日之象,直過帝旺日然後輕減,鬼在長生爻上發動亦然。若化衰,病一日輕一日,與福化長生皆吉。)用連鬼殺,目前必見傾危。(占病不宜用爻發動,動則病體不安,若又化出鬼爻,謂病人變鬼,卦中更無子孫日辰解救,必死無疑之斷。)
官鬼が長生に化入するは、眼下病勢まさに加重しつつあり。官鬼一たび發動せば、病勢必ず重し。もしそれまた長生に化入せば、それは一天また一天に重きがごとく、直ちに帝旺の日子を過ぐるを要してこそ減輕を見る。官鬼本より長生の爻の上に坐して發動するの情形も相同なり。反して、官鬼が衰位に化入すれば、病就中一天また一天に輕きがごとし。子孫が長生に化入するは、同じく吉なり。用神が官鬼凶殺に連なるは、眼前必ず危殆を見る。病を占するに用爻の發動を宜とせず。一たび動けば病體就中安からず。もしそれさらに官鬼を化じ出して來れば、就中これを病人鬼に變ずと叫ぶ。卦中また子孫なくあるいは日辰の來りて解救するなければ、それ便ち必ず死して疑なしの斷法なり。
福化忌爻,病勢增加於小愈;(子孫發動,制伏官鬼,其病必減,若遇化出忌爻反來傷克用神者,必因病勢少愈,不能謹慎,以致復加沉重。子孫化官爻亦然。)世撓兄弟,飲食減省於平時。(兄弟持世,飲食必減,其病亦是貪食而得,若不動又無氣,而卦中財福爻旺者則不然,乃是氣短力弱之症,不易痊可。)
子孫が忌神を化じ出づれば、病は稍く好きの後また加重す。子孫發動すれば能く官鬼を制伏して、病勢本本當に減輕すべきなり。もしそれ忌爻を化じ出して反って來りて用神を傷克せば、それ必是れ病の略か好轉を見、病人謹愼を知らずして、以致再度沉重するなり。子孫が官鬼を化じ出づるも、またかくのごとし。世爻が兄弟に糾纏せらるるは、飯量平時より減少す。兄弟持世すれば、飲食必ず減ず。これは病本身もまた多半食を貪りて得來せしなり。ただしもし兄弟發動せずしかも氣なく、しかして卦中の財爻・子孫皆旺なれば、就中かくのごとく說く能わず。それは氣短乏力の症にして、容易に好くならず。
用絕逢生,危而有救;(大抵用爻不宜死絕之地,以其一克則倒故也。卦中動爻生助,謂絕處逢生,凶中回吉之象,病必將危有救。)主衰得助,重亦何妨。(用爻雖不宜太旺,亦不宜太弱,弱則病人體虛力怯,卒難痊可,若得日辰動爻生合扶助最吉,縱是十分重病,亦不至死。)
用神本より絶地に在りて卻って生に逢うは、危にして救あるなり。大体上用爻は死絶の地に落つるを宜とせず。一たび克伐を經れば便ち立時に垮掉すればなり。もし卦中に動爻ありて來りて生助せば、就中これを絶處逢生と叫び、凶中に回りて吉と爲るの象にして、病危殆なると雖も終に能く救い回る。主象衰なると雖も幫助を得れば、病重しともまた妨げなし。用爻は既に太旺を宜とせず、もまた太弱を宜とせず。太弱なれば則ち病人體虛力怯にして、一時痊愈し難し。もし日辰・動爻の生合扶助を得れば、それは最好にして、縱い病十分沉重に到るとも、命を送るに至らず。
鬼伏空亡,早備衣冠防不測;(官鬼一爻固是惡殺,然亦不可無。蓋凡得症因由證候虛實、疾病安危、鬼神情狀,皆決於此,若不上卦即當尋伏,庶可推測。若伏爻又空,其病必不能痊,縱有良醫,亦不能達其病源,縱有鬼神亦無叩告之門,天年命盡。若病輕不在此論。)日辰帶鬼,亟為祈禱保無虞。(不注)
官鬼隱伏にしてまた空亡に落つれば、當に早く壽衣冠帶を備えて以て不測を防ぐべし。官鬼は固より惡殺なり。然るに卦中卻ってそれなかるべからず。病を得るの緣由・症候の虛實・疾病の安危・鬼神の情狀は、全くそれに靠りて來りて判定す。それもし卦に上らざれば、すなわち須らく往きて伏神を找して、還は勉强推測しうる。然るに伏神また空亡に落つれば、この病必ず好くならず——縱い良醫あるともまた病源を摸清す能わず・縱い鬼神あるともまた申告の門を找到す能わず。それは天年已に盡くるなり。もし病本來輕ければ、此例に在らず。日辰が官鬼を帶ぶれば、趕緊祈祷禳解してこそ虞なきを保しうる——この一句は原文注解を加えず。
動化父來沖剋,勞役堪憂;(卦中動爻化出文書沖剋世爻,宜自在少勞碌,不然病即復來,反加沉重,若化財來沖剋,須防食復,更加玄武宜防色復,若化子孫克沖,被藥誤矣,若化兄弟沖剋,惱氣即復也。以上若日辰帶刑沖,不可依此斷。可言因此而後加沉重,蓋日辰是鬼在也。)日加福去生扶,藥醫則愈。(日辰臨子孫生扶用爻,必得藥力而安也。)
動爻が父母を化じ出して來りて冲克するは、就中勞累復發するを擔心すべし。卦中の動爻が文書の爻を化じ出して來りて世爻を冲克するは、病人當に安閒にして勞を操る少なからしめよ。然らざれば病就中復發して、しかも先前より重し。もし妻財を化じ出して來りて冲克せば、須らく飲食過量に因りて復發するを防ぐべし。さらに「玄武」を加えれば、須らく房事に因りて復發するを防ぐべし。もし子孫を化じ出して來りて冲克するは、それは藥に誤せられしなり。もし兄弟を化じ出して來りて冲克せば、就中一たび氣を生じれば便ち復發す。以上の幾條、もし日辰の刑冲を帶ぶれば、就中かくのごとく斷ずる能わず。ただ病此に因りて轉じて重しと說くべきのみ——日辰上に官鬼坐すればなり。日辰が子孫に加臨して來りて生扶するは、藥を服せば就中痊愈しうる。日辰が子孫に臨みて用爻を生扶すれば、必定藥力を得て安んず。
身上飛伏雙官,膏盲之疾;(凡遇卦身持鬼,而本宮官鬼爻又伏世下,或世持官鬼而本宮官伏用爻之下,或自占遇世爻飛伏上下,皆值官鬼,總謂雙官夾身最為不利。若大象不死,亦是沉困之疾,考終之患也。)命入幽明兩墓,泉世之人。(以日時看身隨鬼入墓,命隨鬼入墓,世隨鬼入墓,有卦墓、鬼墓、世墓、主墓,凡遇動出卦中者,人皆見之,其墓為明;變入墓中者人所不見,其墓為幽,不拘幽明,皆非吉兆。大象不死,病亦危困。若大象既凶又逢墓動,或世爻主象俱入墓者,必死。得動爻日辰沖破墓爻,庶幾無事。)
卦身上の飛神伏神皆官鬼なるは、それは膏肓にして治し難きの疾なり。およそ卦身が官鬼を持して、しかして本宮の官鬼また世爻の下に伏し、あるいは世爻が官鬼を持して、しかして本宮の官鬼用爻の下に伏し、あるいは自占する時世爻の飛神伏神の上下皆官鬼なる——これら皆雙官夾身と叫び、最も不利なり。たとい卦の大象なお未だ死に至らずとも、もまた沉重困頓の疾にして、送終の患に屬す。本命が幽墓明墓兩重の中に落進するは、人已に黃泉と人世との間に在り。日・時に按じて來りて看れば、卦身の鬼に隨いて墓に入り・本命の鬼に隨いて墓に入り・世爻の鬼に隨いて墓に入るの等の情形あり。墓もまた卦墓・鬼墓・世墓・主墓の幾種を分かつ。およそ卦中の動爻に由りて顯出せる墓は、人人見るを得て、これを明墓と叫ぶ。變爻に由りて化入する墓は、人見る能わずして、これを幽墓と叫ぶ。幽墓明墓を論ぜず、皆吉兆に非ず。卦の大象もし死に致らざれば、病もまた危困なり。もし大象既に凶にして、また墓爻發動に逢い、あるいは世爻と主象と雙雙墓に入れば、それすなわち必ず死す。動爻あるいは日辰ありて墓爻を冲破するに非ざれば、勉强事なからん。
應合而變財傷,勿食饋來之物;(應爻動來生合世爻,當有問安之人,帶財福,必有饋送,兄弟清訪而已。若應雖生合而變出妻財反來刑世克世,或應爻生合世爻而刑剋主象,倘有饋送,切宜戒食,否則反能傷害。若上尊長尤宜忌之,或加應值妻財為變爻沖剋主象者亦然。)鬼動而逢日破,何妨見險之虞。(官爻發動,其禍成矣。若得日辰動爻沖之,謂沖散,主其病雖凶,必不至死,忌爻發動遇沖亦吉。若不遇沖而得日辰動爻,或合住,或制克,皆是見險無虞之象。)
應爻來りて相合すと雖も、變出の財爻卻って來りて我を傷つくれば、則ち送來の東西は食う勿れ。應爻發動して來りて世爻を生合するは、人ありて來りて病を探り安を問うを主る。それ妻財・子孫を帶ぶれば、必ず饋送の禮物あり。兄弟を帶ぶれば、就中ただ空手にして來りて看るのみ。然るにもし應爻世爻を生合すと雖も、卻って一個の妻財を變出して反って來りて世爻を刑克し、あるいは應爻世爻を生合すと雖も卻って主象を刑克せば、則ち人家の送來せる吃食は千萬に口を忌むを要す。然らざれば反ってその害を受く。これは長輩尊親の身上に於て尤も留意を要す。もし應爻本身就中妻財にして、しかして變爻また主象を冲克するの斷法も相同なり。官鬼發動すと雖も、卻って日辰に冲破せられれば、凶險を見ると雖もまた妨げなし。官鬼一たび動けば、禍事已に形を成せり。もし日辰あるいは動爻の來りてそれを冲するを得れば、就中これを冲散と叫び、病凶なると雖も死に至らざるを主る。忌神發動して冲に遇うも、同じく吉なり。たとい冲に遇わずとも、ただ日辰・動爻ありてそれを合住し、あるいは制克を加えれば、もまた皆險に逢いて虞なきの象なり。
欲決病痊,當究福神之動靜;要知命盡,須詳鬼殺之旺衰。(此二句乃言大略,此處最宜活潑推斷。且如子孫得時旺相更動,就以本爻斷其愈;無氣發動以生旺日月斷;若得子孫安靜不得地賴有扶持為福者,當以扶持之爻斷;如卦中不賴子孫為福,而用所喜之爻相助,以成其吉者,即以所喜之爻斷;又如卦爻凶險,遇殺神忌爻動來傷克,得別爻沖散剋制,或合住救得惡爻無事,即當以制伏惡殺之爻斷;若鬼爻忌爻雖動無氣亦無剋制,而用爻旺相不受傷克者,又當以鬼爻墓絕者斷;若忌爻不動,用爻不傷,而但衰絕無氣者,當以用爻生旺之日斷死期,餘仿此。)
病の能否痊愈するを斷定せんと想えば、當に子孫のこの福神の動靜を推究すべし。壽命の已に盡くるや否やを知らんと欲せば、就中須らく官鬼凶殺の旺衰を詳審すべし。これ兩句はただ一個の大概を說くのみ。此處最も須らく靈活に推斷すべし。幾種の情形を擧ぐ:子孫當令旺相にしてまた發動せば、就中直ちにそれ本爻の日子を用いて痊愈の期を斷ず。子孫無氣にして發動せば、就中それの生旺する月日を取りて來りて斷ず。子孫安靜なると雖もまた地を得ず、全く別爻の扶持に靠りてこそ其の福と成るなれば、それすなわちあの扶持の爻を用いて來りて斷ず。もし卦中並に子孫を靠りて福と爲すに非ずして、別の喜ぶ所の爻の相助してこそ其の吉と成るなれば、就中喜ぶ所の爻を用いて來りて斷ず。さらにたとえば卦爻本より已に凶險なるに、凶殺忌神發動して來りて傷克し、幸いに別爻ありてそれを冲散し・克制し、あるいは惡爻を把りて合住して以て險を化して夷と爲さば、それすなわち惡殺を制伏するのあの一爻を用いて來りて斷ず。もし官鬼忌神動くと雖も氣なく、また人の克制するなく、しかして用爻旺相にして傷克を受けざれば、それすなわち官鬼の墓に入り・絶に到るの日子を取りて來りて斷ず。もし忌神根本に動かず、用爻もまた未だ傷を受けず、ただ自身衰絶無氣なれば、それすなわち用爻の生旺する日子を取用して來りて死期を斷ず。その餘はこれに照らして類推せよ。
醫藥
病不求醫,全生者寡;藥不對症,枉死者多。欲擇善者而從之,須就蓍人而問也。應作醫人,空則閒亡而不遇;子為藥餌,伏則扦格以無功。(凡占病以子孫為醫藥,占醫藥以應爻為醫人,子孫為藥餌。如卜請醫,應空,醫人必不來,發動生合世,醫必從命;動空化空,必然他出;克世沖世,皆主不來。無子孫服藥無效,空亦無功。)
病ありて醫を請わざれば、性命を保全する能くする少なし。藥を用いて症に對せざれば、冤枉に命を送る多し。一個の高明の醫生を挑して往きて請わんと欲せば、當に卜筮の人のここに到りて來りて問うべし。この一門を占するに、應爻は醫生を代表す。應が空亡に落つれば便ち彼の外出して遇わざるなり。子孫は藥餌を代表す。子孫隱伏すれば便ち格格不入にして功なくして返るなり。およそ疾病を占するに子孫を以て醫藥を代表す。單に醫藥のこの一門を占せば、則ち應爻を以て醫生を代表し・子孫を以て藥物を代表す。たとえば醫生を卜請するに:應爻落空せば、醫生必定來らず。應爻發動して來りて世爻を生合せば、醫生必ず應命を肯んず。應爻動じて落空し・また空に化するは、それは彼の門を出で去りしなり。應爻が世を克しあるいは世を冲するは、皆彼の來らざるを主る。卦中に子孫なければ、藥を服して便ち效なし。子孫落空せば、一樣に功效なし。
鬼動卦中,眼下速難取效;(占藥要鬼爻安靜無氣為吉,若遇發動其病正熾,雖有良醫妙藥卒難取效,休囚少可,旺則愈凶。待鬼爻墓絕,用藥方有功。或強服藥,病必加重。)空臨世上,心中強欲求醫。(世爻空亡,必不專心求醫,無故自空,決請不成,勉強為之藥亦不效。如占服藥而世空者,乃是藥不對症也。)
官鬼が卦中に發動するは、眼下藥就中速效し難し。藥を占するに官鬼の安靜無氣を以て吉と爲す。それ一たび發動せば、病勢まさに盛なるを說明し、縱い良醫妙藥あるとも一時に效を見る能わず——官鬼休囚は還は稍く好く、旺相なれば就中さらに凶なり。必ず官鬼の墓に入り・絶に到るの時を待ちて、藥を用いてこそ功あり。この時もし硬に藥を服せば、病反って加重す。空亡が世爻の上に落つるは、心裡勉强に醫を求めんと想うなり。世爻空亡に落つれば、本人の醫を求むる就中專心ならず。もし無緣無故に自ら空亡に落つれば、あの醫生は一定に請い成らず。勉强請い來るとも、藥もまた效を見ず。もし占するは藥を服するにして世爻落空せば、それすなわち藥の症に對せざるなり。
官旺福衰,藥餌輕而病重;(占藥官爻無氣,子孫旺相,藥能勝病庶有效。若子孫休囚,官爻反旺者,乃是藥輕病重,雖或服之,必不能奏功也。)應衰世旺,病家富而醫貧。(世為病家,應為醫家,相合相生非親則友,相沖相剋親不往來。若應旺世衰,病家貧乏醫必富,應衰世旺反此斷。)
官鬼旺にして子孫衰なれば、就中藥輕く病重し。藥を占する時官鬼無氣にして子孫旺相なれば、藥力病を壓得住して、こそ效驗あり。もし子孫休囚にして官鬼反って旺なれば、それすなわち藥力輕く・病勢重し。縱い服下すとも功を奏す能わず。應爻衰にして世爻旺なれば、病家富にして醫家貧し。世爻は病家を代表し、應爻は醫家を代表す。兩爻相生相合せば、醫病の間親戚ならざれば就中朋友なり。兩爻相冲相克せば、たとい親戚なるとも素より往來なし。もし應旺にして世衰なれば、就中病家貧寒にして醫生富有なり。應衰にして世旺なれば、則ち反って斷ず。
父母不宜持世,鬼殺豈可臨身?(卦身與世皆不宜臨官父二爻,若有所遇,藥便不中。父母持世,可許經醮保禳;鬼爻持世,可禱鬼神護佑,然後服藥方有驗。)
父母は持世を宜とせず。官鬼のこの凶殺はどうして能く卦身に臨まんや。卦身と世爻と皆官鬼・父母のこの兩爻に臨むを宜とせず。一旦臨上せば、藥就中路に對せず。父母持世するは、先に經を誦し醮を建てて禳を保るを許しうる。官鬼持世するは、先に鬼神を禱告してその護佑を求め、然るのち再び藥を服して、こそ效驗を見る。
官化官,病變不一;(醫藥卦中遇官化官,其病必有更變,或症候不一,或病勢不定,用藥亦不見效。)子化子,藥雜不精。(子孫乃占藥用神,只喜一位出現,有氣不空日辰動爻扶持,即上吉之兆;若卦中重疊太過,或子孫又化子孫,乃是醫不精,用藥雜而無功也。)
官鬼が官鬼を化じ出づれば、病情就中變化一ならず。醫藥を占して鬼の鬼を化するに遇えば、病必ず更改あり。あるいは症候一種に止まらず、あるいは病勢起伏定まらずして、藥を用いてもまた效を見ず。子孫が子孫を化じ出づれば、藥就中雜にして精ならず。子孫は藥を占するの用神にして、ただ一位出現するを喜ぶ。それ氣あり・落空せず、また日辰あるいは動爻の扶持を得れば、便ち上吉の兆なり。もし卦中の子孫重疊過多し、あるいは子孫また子孫を化すれば、それすなわち醫生精ならずして、藥を用ゐるに雜亂にして功なし。
福化忌爻,誤服殺身之惡劑;(世人皆疑,《海底眼》誤服藥之句,殊不知此說極有理,蓋有動則有變,變出父母回頭來克;變出財爻扶持官鬼;變出兄弟藥不精潔;變出官殺藥反助病。子變子乃用藥駁雜,不能見效。此所以不若安靜為妙,若變爻或傷世克用者,必致因藥傷命之禍。)應臨官鬼,防投增病之藥湯。(應臨官必非良醫,更來刑剋身世主象,須防誤藥損人。或化忌爻,或化官鬼,皆不宜此人之藥。)
子孫が忌神を化じ出づれば、就中誤って命を害するの惡藥を服せん。世人多くは《海底眼》の說く誤藥を服するのあの一句を懷疑す。其實この話は極めて道理あり。子孫一たび動けば就中變せんとす。父母を變出すれば便ち回頭して子孫を克す。妻財を變出すれば便ち往きて官鬼を生扶す。兄弟を變出すれば則ち藥物精潔ならず。官鬼を變出すれば則ち藥反って病勢を助長す。子孫また子孫を變ずれば、則ち藥を用ゐるに駁雜にして效を見ず。ゆえに子孫は還は安靜を妙と爲す。倘若變爻竟に往きて世を傷り用を克せば、それすなわち藥に因りて命を喪するの禍事を出さんとす。應爻が官鬼に臨着するは、須らく彼の開く藥反って病情を加重するを防ぐべし。應爻が官鬼に臨めば、必ず良醫に非ず。それ再び來りて身世主象を刑克せば、就中須らく藥物を誤投して人を害するを防ぐべし。應爻もし忌神を化じ出し、あるいは官鬼を化じ出づれば、この人の藥は皆食うを宜とせず。
鬼帶日辰,定非久病;(鬼帶日辰動出卦中者,必是日下暴得之病;若日辰雖是官鬼不現卦中,則不然,可言其病眼下正熾,必須過此方可用藥。)應臨月建,必是官醫。(應持父母,必是僧道家或兼藝術;應持兄弟,乃是庸醫或先求藥價;持財爻,富貴醫人或女醫;應臨子孫,專門醫士或僧道;應持太歲,必是世醫;持日辰而太歲刑剋者,初學醫;持月建是官醫,更臨子孫,用藥神效,醫人老少,以生旺墓絕推之。)
官鬼が日辰を帶ぶれば、この病一定に久病に非ず。官鬼が日辰を帶びて卦中に發動せば、必是れ當下突然に得るの急病なり。もし日辰官鬼に屬すと雖も卦中に出現せざれば、就中かくのごとく說かず。ただ病勢眼下まさに盛なりと斷作して、須らくこの一陣を過ぐるを待ちてこそ藥を用ゐるを得。應爻が月建に臨着するは、あれ必是れ官家の醫生なり。應爻の臨む所の六親に從りて醫生の身份を看出しうる。應が父母を持せば、多くは僧道の家にして、あるいは兼ねて別の技藝に通ず。應が兄弟を持せば、庸醫にして、あるいは先に藥錢を講定せんと要す。應が妻財を持せば、富貴人家の醫生にして、あるいは女醫なり。應が子孫に臨めば、專科醫士あるいは僧道なり。應が太歲を持せば、必是れ世代醫を業とするの家なり。應が日辰を持して太歲また來りて刑克するは、初學の醫生なり。應が月建を持すれば、就中官醫なり。もしさらに子孫に臨めば、藥を用ゐるに神效なり。醫生の年紀老少に至っては、就中生・旺・墓・絶に按じて往きて推す。
世下伏官子動,則藥雖妙而病根常在;(大抵動爻日辰能生克得飛爻,不能生克得伏神,蓋伏神隱伏之義,占病遇鬼伏世下,其病必不能斷根。雖有子孫發動,但能取效目前,過後伏鬼旺相月日,其病必再發。)衰中坐鬼身臨,則病雖輕而藥力難扶。(卦身臨鬼,病不脫體,衰弱無氣,纏綿難愈淹滯之象。世旺相出現久,臥床禱雖有良醫亦無效。世持及主象身臨持官墓者,皆然。)
世爻の底下に官鬼伏するは、縱い子孫發動あるとも、藥好しと雖も病根依然として在り。大抵動爻と日辰と能く飛神を生克すと雖も、卻って伏神を生克するに到らず。伏神は本より隱藏の義なるがゆえに。病を占して官鬼の世爻の下に伏するに遇えば、この病必然に根を除く能わず。子孫發動あると雖も、もまたただ一時に收效する能くのみ。伏せる官鬼の旺相するあの月日に到れば、病必ず再犯す。卦身が官鬼に臨みてまた衰弱すれば、病輕しと雖も、藥力もまた扶起す能わず。卦身が官鬼に臨めば、病就中體を脫する能わず。さらに加うるに衰弱無氣なれば、便ち纏綿にして愈え難く・拖延にして決せざるの象なり。この時世爻縱い旺相出現するとも、病人久しく病榻に臥せば、縱い良醫あるとも效なし。世爻が官鬼を持し、あるいは主象・卦身が官鬼の墓に臨むの斷法も皆相同なり。
父若伏藏,名雖醫而未諳脈理;(卦有父母子孫,不能專權固非吉卦,然卦中又不可無,宜靜不宜動。何也?蓋人氣脈皆屬父母,故占醫若無此爻,必是草澤醫人,雖能用藥,脈理未明,必以意度者。)鬼不出現,藥縱用而莫識病源。(官鬼固是凶殺,然亦不可無,出現在卦,則子孫剋制日辰刑制,用藥有效;若不上卦,其病隱伏,根因不知,症候莫絕,率意用藥亦難取效。)
父母もし隱伏して現れざれば、此人空しく醫生の名ありて卻って脈理を懂得せず。卦中同時に父母と子孫とあれば、子孫は能わずして獨り大權を掌つ。固より好卦と算せず。然るに父母のこの一爻は卦中に於てまたなかるべからず。ただ靜を宜として動を宜とせず。何を以てか。人の氣血脈息は皆父母の主る所に歸すればなり。醫を占してもし父母爻なければ、あれ必是れ江湖草醫にして、たといまた方子を開出しうるとも、脈理は卻って明白ならず、全く意思に憑りて猜度す。官鬼もし出現せざれば、縱い藥を用ゐるともまた病源を認淸する能わず。官鬼は固より凶殺なり。然るに卦中卻って缺くべからず。それ卦上に出現して、こそ子孫の克制住するを得・日辰の刑制着するを得て、藥を用いてこそ效あり。それもし卦に上らざれば、病就中潛伏して明ならず、病根知らず・症候定め難く、意のままに藥を投ずるもまた效を見難し。
主絕受傷,虛醫難救;(主象在休囚死墓絕之地,而被日辰動爻乘旺刑剋者,其病必死,雖有良醫亦無效,主象變死墓空絕者,亦然。)父興得地,扁鵲無功。(父母發動,子孫受制,藥必不效。若得子孫有氣,日辰動爻沖合父母救得子孫,有用庶幾可活,然亦必須多服為妙,父化子孫,亦是醫人太慢。)
主象絶地に落ちてまた傷克を受くれば、再び好き醫生もまた救い回る能わず。主象が休囚・死・墓・絶の地に處り、また日辰・動爻に旺を乘じて來りて刑克せられれば、この病必ず死す。縱い良醫あるとも效なし。主象が死・墓・空・絶に變入するの情形も一樣なり。父母興動してまた地を得れば、扁鵲來るとも功なし。父母發動せば、子孫就中制住せらる。藥必ず效なし。子孫尚かつ氣ありて、また日辰あるいは動爻の往きて父母を冲し・往きて合して、子孫を救出すを得るに非ざれば、勉强活すべからん。ただしこの時もまた須らく幾劑を多服して好と爲す。もし父母が子孫を化じ出づれば、それは醫生の手を下すこと太慢なり。
察官爻而用藥,火土寒涼;(火土官爻,其病必熱,宜寒涼藥攻之;金水官爻,其病多寒,必溫熱之劑治之,然火必寒,土必涼,水必熱,金必溫劑可也。又如火鬼在生旺之地,又遇生扶者,必用大寒之藥攻之,休囚死絕則用涼藥;水鬼在生旺之地,又遇合助者,須用大熱之藥,休囚死絕則用溫劑攻之。如火鬼在陰宮陰爻,乃是陰虛火動之症,可用滋陰降火之藥;水鬼在陽宮內卦,乃是血氣虛損之症,可用補中益氣之藥,宜通變,餘仿此。)
官鬼の爻を察看して以て藥を用ゐるを定む。火土の鬼は當に寒涼を用ゐべし。官鬼が火に屬し土に屬すれば、病必ず熱に屬し、寒涼の藥を用いて往きて攻るを宜とす。官鬼が金に屬し水に屬すれば、病多くは寒に屬し、溫熱の劑を用いて往きて治するを須とす。細分して來らば:火鬼は寒藥を用ゐ、土鬼は涼藥を用ゐ、水鬼は熱藥を用ゐ、金鬼は溫藥を用ゐ。さらに强弱を看る。火鬼が生旺の地に落ち、また生扶を得れば、就中須らく大寒の藥を用いてそれを攻るべし。火鬼休囚死絶なれば、涼藥を用いてすなわち可なり。水鬼が生旺の地に落ち、また合助あれば、須らく大熱の藥を用ゐべし。水鬼休囚死絶なれば、溫劑を用いて就中足る。還は宮位の陰陽を看るを要す。火鬼が陰宮陰爻に落つれば、それは陰虛火動の症にして、滋陰降火の方子を用いうる。水鬼が陽宮内卦に落つれば、それは血氣虛損の症にして、補中益氣の方子を用いうる。總じて須らく靈活變通すべし。その餘はこれに照らして類推せよ。
驗福德以迎醫,丑寅東北。(凡占服藥,看子孫在何爻,便知何處醫人可治。如在子爻,宜北方醫人;丑爻,東北方醫人類。又如寅爻子孫五行屬木,其醫是木旁草頭姓名,或是虎命者,雖非東北皆能醫,餘仿此。)
子孫の在る所の爻を驗看して往きて醫生を迎請するは、丑・寅に落つれば就往きて東北方に找す。およそ藥を服するを占するに、子孫の哪一個の地支に落つるかを看れば、すなわち當に哪個の方位の醫生を請うべきを知る。子爻に落つれば、北方の醫生を請うを宜とす。丑爻に落つれば、東北方の醫生を請うを宜とす。その餘は類推せよ。またたとえば子孫寅爻に落つれば、寅の五行は木に屬す。則ちこの位の醫生の姓名裡は多半木旁あるいは草頭を帶び、あるいは彼は虎に屬するの命なり。かくのごとき人は縱い東北に住まずとも、一樣に醫し好るを得。その餘はこれに照らして類推せよ。
水帶財興,大忌魚鮮生冷;(財為飲食,資以養生,然動則生助鬼爻反為所害。若更屬水,必忌魚鮮生冷,藥始見功。如值木爻忌動風之物,值火爻忌炙煿熱物,值金爻忌堅硬鹽物,值土爻忌油膩滑物。財如不動不可妄言。又忌鬼爻生肖物,如丑忌牛,酉忌雞類,餘仿此。)木加龍助,偏宜舒暢情懷。(青龍為喜悅之神,更臨木爻生合世爻主象,病人必拋卻家事,寬放情懷,然後服藥有效。)
水に屬する妻財興動するは、最も魚鮮と生冷とを忌む。財爻は本より飲食を代表して、養生の資と爲す所なり。然るにそれ一たび發動すれば往きて官鬼を生助して、反って人を害す。財爻もしまた水に屬せば、就中必ず魚鮮生冷を忌みて、こそ藥功を見る。類推して開くれば:財爻が木に屬すれば、風を發するの物を忌む。火に屬すれば、煎炸燥熱の物を忌む。金に屬すれば、堅硬と鹹物とを忌む。土に屬すれば、油膩滑膩の物を忌む。財爻もし發動せざれば、就中亂講すべからず。これの外還は官鬼の屬する所の生肖の肉食を忌む。たとえば官鬼丑に在れば就中牛肉を忌み・酉に在れば就中雞肉を忌む。その餘はこれに照らして類推せよ。木に屬する爻さらに「靑龍」の相助を加うるは、最も病人に心懷を舒暢せしむるを宜とす。靑龍は喜悅の神なり。それ再び木爻に臨みて來りて世爻あるいは主象を生合せば、病人當に家務を丟開して・心情を放寬して、かくのごとく藥を服してこそ效あり。
財合用神居外動,吐之則痊;(財在外動主吐,若得生合世爻用爻以藥吐之則愈;如在內卦疏利為妙。若財爻動來刑剋世與主象在外,則主服藥不納;在內則主藥後發瀉也。)子逢火德寓離宮,灸之則愈。(子孫屬火又在離宮,宜用熱藥療之,若在他宮又居外卦,必用艾灸則愈。如在內卦或雖在外而繫本宮者,皆依此斷。)
財爻と用神と相合して外卦に發動するは、吐法を用いて就中痊愈しうる。財爻が外卦に發動するは吐を主る。それもし來りて世爻あるいは用爻を生合せば、當に催吐の藥を用いて、吐き出せば病便ち好し。もし財爻内卦に在れば、則ち疏利通下を以て妙と爲す。反して、もし財爻發動して來りて世爻と主象とを刑克せば:外卦に在れば、藥を服下すれば就中吐き・留住せざるを主る。内卦に在れば、藥を服するの後肚を瀉すを主る。子孫が火に逢いて《離》宮に寄るは、灸法を用いて就中治好しうる。子孫が火に屬してまた離宮に落つれば、熱性の藥を用いて治療するを宜とす。もしそれ火に屬して別宮に在り、また外卦に居れば、それすなわち艾灸を用ゐざれば不可なり。もし内卦に在り、あるいは外卦に在ると雖も依然として本宮に屬せば、皆これに照らして斷ず。
坎卦子孫,必須發汗;木爻官鬼,先要疏風。(子孫在坎卦發動,不拘五行皆宜表汗;官鬼屬木,須散風邪,用藥有效。舉其一端,五行八卦皆仿此推之。)用旺有扶,勿再補;(用爻休囚墓絕,必是補藥方效;若得時旺相,又有生扶合助,須克伐之藥治之,若又補則反害。)鬼衰屬水,莫行針。(子孫屬金,利用刀針;鬼爻屬水而用刀針,則金能生水,反助其勢,病必增重。土鬼忌用熱藥,木鬼忌用寒藥。火鬼忌用風藥,金鬼忌用丸藥。)
子孫が《坎》卦に落つれば、當に汗を發すべし。官鬼が木に屬すれば、就先に風邪を疏散するを要す。子孫が坎卦に發動するは、それの五行何に屬するかを論ぜず、皆表を解して汗を發するの法を用るを宜とす。官鬼が木に屬すれば、須らく先に風邪を散去して、藥を用いてこそ效あり。これただ一個の例子を擧ぐるのみ。五行八卦皆これに照らして類推しうる。用神本より已に旺相にしてまた幫扶あれば、就中再び進補する勿れ。用爻休囚あるいは墓絶に落つれば、こそ須らく補藥を用いてこそ效を見る。もしそれ當令旺相にして、また生扶合助あれば、當に攻伐の藥を用いて往きて治すべし。再び補すれば反って害あり。官鬼衰弱にしてまた水に屬すれば、就中鍼を用る勿れ。子孫が金に屬すれば、刀鍼を用るを宜とす。然るに官鬼が水に屬する時もし刀鍼を用ゐれば、金反って水を生じて、病勢を助長して、病必ず加重す。これの外、土鬼は熱藥を用るを忌み、木鬼は寒藥を用るを忌み、火鬼は風藥を用るを忌み、金鬼は丸藥を用るを忌む。
福鬼俱空,當不治而自愈;子官皆動,宜內補而外修。(占病,子官二爻俱空,乃吉兆,或俱衰靜無沖無並者,其病自愈,不用服藥。若二爻俱動,非藥不對病,乃是神祟間隔故無功,必須服湯藥與祈禱得痊,俗謂外修內補也。)卦動兩孫,用藥須當間服;(卦有二爻子孫發動用藥不必速服,以其分權故也。須多服見效,或用兩般湯藥相間服之則效。如占瘡疽腫毒可言內用托里,外用敷貼。)鬼傷二間,立方須用寬胸。(官鬼動來沖剋間爻,必然胸隔不利,須用寬中湯藥,鬼在二間爻動亦然。間爻逢兄弟發動,則是氣不順也,藥宜調氣。)
子孫と官鬼と皆落空するは、治療せずと雖もまた自ら愈えん。子孫と官鬼と皆發動するは、當に内に湯藥を服し・外に祈禳を行うべし。病を占する時子・官兩爻皆落空するは、吉兆なり。あるいは兩爻皆衰弱安靜にして、既に冲なくもまた併なければ、病もまた自家好き、藥を吃するに必らず。もしこの兩爻皆發動せば、それは並に藥の症に對せざるに非ずして、神祟ありて中より梗を作せばなり。ゆえに藥功を見ず。必ず一面に湯藥を服し・一面に祈祷して、こそ痊愈を得。俗に說く、外修内補と。卦中に兩個の子孫發動すれば、藥を用ゐるに當に間隔てて服すべし。兩個の子孫同動するは、藥權分散せり。急ぎて連服するに必らず。須らく幾劑を多服してこそ效を見、あるいは兩種の湯藥を用いて交替間服してこそ靈なり。もし占するは瘡疽腫毒なれば、就中内に托裏の劑を服し・外に敷貼の藥を用ると說きうる。官鬼が兩個の間爻に傷到せば、方を開くに就中寬胸の藥を用るを要す。官鬼發動して來りて間爻を冲克すれば、胸膈必然舒ならずして、須らく寬中の湯藥を用るべし。官鬼本より就中兩個の間爻の上に發動するも、一樣なり。もし間爻兄弟發動に遇えば、それは氣機順ならずにして、藥を用ゐるに宜く調氣を以て主と爲すべし。
父合變孫,莫若閉門修養;(卦中福爻空亡,官爻衰靜。若有父母動來生合世身主象者,不須服藥。更化子孫,不若拋棄家事靜養深山,或入寺觀閉門修養,勿藥自安。)五興化福,可用路遇醫人。(子孫出現逢空,而五爻變出子孫卻不空者,不須選求名醫服藥,不如過路草醫反能治之。若子孫不出現,六爻不化出,而日辰帶子孫生合者,不意中自有醫來治也。)
父母來りて合してまた子孫を化じ出づれば、門を閉じて靜養するに如かず。卦中の子孫空亡に落ち、官鬼また衰弱安靜なるは、この時もし父母發動して來りて世爻・卦身あるいは主象を生合せば、就中藥を吃するに必らず。父母さらに子孫を化じ出づれば、あれさらに家務を抛開して・深山に到りて靜養し、あるいは寺觀に進みて門を閉じて身を修むるに如かず。藥を吃せずして自然に好くならん。第五爻興動して子孫を化じ出づれば、路上に碰到の醫生を用いうる。卦中の現成の子孫空に落ちて、しかして五爻の變出せる子孫卻って空ならざれば、それすなわち名醫を挑擇して藥を服するに往くに必らず。反って過路の草頭郎中の治し好るを得。もし卦中子孫出現せず、六爻もまた化出なきに、しかして日辰が子孫を帶びて來りて生合すれば、それすなわち意料の外自ずから醫生門に上りて來りて治するなり。
世應比和無福德,須用更醫;(世應比和,卦無福德,此藥無損無益,服與不服只是一般,須是更換醫人,別求治療,方可得痊。)財官發動子孫空,徒勞服藥。(財官俱動,其勢已凶,子孫又空,服之無益,縱有良醫,必無功效,不如不服之為愈。)
世應比和して卦中また子孫なければ、就中醫生を換るを得。世應兩爻比和して、卦裡福德を見ざれば、この藥は損せずもまた益せず、吃と不吃と一樣なり。必ず別に醫生を換え・別に治法を求めて、こそ治好を得。妻財と官鬼と一齊發動して子孫落空するは、藥を服するもまた白費なり。財・官同動するは、勢頭已に凶にして、子孫また落空せば、藥を服して毫も益處なし。縱い良醫あるとも必ず功效なく、倒不如索性服せざるに如かず。
鬼神(存賦不注)
徼福鬼神,乃當今之所尚;禱爾上下,在古昔而皆然。不質正於易爻,亦虛行乎祀典,先看卦內官爻,便知鬼神情狀。旺神衰鬼,方隅乾巽堪推;陰女陽男,老幼旺衰可決。若在乾宮,必許天燈斗願;如居兌卦。定然口願傷神。坎是北朝,艮則城隍宅土;
鬼神に向きて福を求むるは、當今世人の崇尚する所なり。上は天に禱し・下は地に禱するは、古來皆またかくのごとし。ただしもし易卦を拿りて來りて質證せざれば、祭祀の禮もまた不過白く一場を行うのみ。この一門を占するに、先ず卦中の「官鬼」爻を看て、すなわち犯する所は何等の鬼神なるかを知る。官鬼旺相なるを神と算し、衰弱なるを鬼と算す。方位に至っては、就中それの在る所の卦宮に按じて推し、乾宮に落つれば西北に屬し・巽宮に落つれば東南に屬す。その餘はこれに倣う。爻が陰に屬するは女鬼にして、陽に屬するは男鬼なり。年紀の老少は、則ち旺衰に憑りて斷定す。官鬼もし《乾》宮に在れば、必是れ天燈を點し・星斗を拜するの願を許せり。もし《兌》卦に在れば、定まりて口頭願を許して未だ還さず・神明を觸犯せしなり。官鬼が《坎》に在るは、北方廟宇の神なり。《艮》に在るは、城隍と宅神土地と。
離為南殿,坤則土地墳陵。震恐樹神,或杖傷之男鬼;巽必縊死,或癲僕之陰人。八宮仔細推詳,諸鬼自然顯應。更值勾陳,必有土神見礙;如臨朱雀,定然咒詛相侵。白虎血亡。玄武則死於不明之鬼;青龍善願,螣蛇則犯乎施相之神。金乃傷司,火定灶神香願;木為枷鎖,水為河伯江神。若見土爻,當分廠類。鬼墓乃伏尸為禍;財庫則藏神不安。修造動土,必然殺遇勾陳;
官鬼が《離》に在るは、南方殿宇の神なり。《坤》に在るは、土地と墳塋の鬼と。《震》に在るは、恐らくは樹神・あるいは杖責に打死せるの男鬼なり。《巽》に在るは、必ず自縊して死し・あるいは癲癇跌僕して亡ぶの女鬼なり。八宮逐一細推せば、各樣の鬼神自然に應驗を顯出す。官鬼さらに「勾勾陳」に臨めば、必是れ土を動かして土神を冒犯せしなり。「朱雀」に臨めば、定まりて人に咒罵咒詛せられしなり。「白虎」に臨めば、血を流して身を亡ぶの鬼なり。「玄武」に臨めば、死すること不明不白の鬼なり。「靑龍」に臨めば、善願を許して未だ還さざるなり。「螣蛇」に臨めば、則ち施相の神を觸犯せしなり。官鬼が金に屬するは、刑傷を主るの司なり。火に屬するは、必是れ竈神あるいは香火の願なり。木に屬するは、枷鎖の一類の牢獄の鬼なり。水に屬するは、河伯江神なり。もし土爻を見れば、就中再び類別を分かつを要す。官鬼が墓上に落つれば、伏屍の作祟なり。財庫上に落つれば、藏神安からず。もし修造動土に因りて禍を招けば、あれ必是れ凶殺また勾陳に遇上せしなり。
口舌起因,乃是土逢朱雀。或犯井神,水在初爻遇鬼;或干司命,火臨二位逢官。若在門頭,須犯家堂部屬;如臨道上,當求五路神祗。四遇世沖鬼,必出門撞見;六逢月合神,須遠地相干。鬼克身,冤家債主;身克鬼,妻妾陰人。我去生他,卑幼兒童僧道;他來生我,祖宗尊長爹孃。若無生合克刑,必是弟兄朋友。
禍事もし口舌に因りて起れば、それは土爻の上また「朱雀」に遇うなり。水爻が初爻に在りて官鬼に臨むは、井神を冒犯せしなり。火爻が第二爻に在りて官鬼に臨むは、司命竈君を干犯せしなり。官鬼もし門戸の位に落つれば、家堂門神の一類を觸犯せしなり。もし道路の位に落つれば、當に五路神祇を祭求すべし。第四爻上の世爻と官鬼と相冲するは、必是れ門を出でて在外に撞見せしなり。第六爻上の月建と神と相合するは、それは遠地より招來せるの牽累なり。官鬼の來りて卦身を克するは、冤家債主なり。卦身反って往きて官鬼を克するは、妻妾の一類の女鬼なり。我の往きてそれを生ずるは、晚輩兒童あるいは僧道なり。それの來りて我を生ずるは、祖宗尊長・父母雙親なり。もし彼此生合なくもまた克刑なければ、あれ必是れ兄弟朋友の類なり。
刑不善終;絕刑無嗣。如臨日月,定然新死亡靈;自入墓刑,決是獄中囚犯。旁爻財合,必月下之情人;應位弟生,乃社中之好友。化出鬼爻臨玄武,則穿窬之鬼;變成父母遇螣蛇,則厭魅之精。太歲鬼臨,乃祖傳之舊例;日辰官並,是口許之初心。持世則未酬舊願,伏為有口無心;變財乃不了心齋,空則有頭無尾。
官鬼が刑を帶ぶれば、非命に死せしなり。絶地に落ちてまた刑を帶ぶれば、死後人の承嗣するなきなり。それもし日辰・月建に臨着せば、定まりて新死久しからざるの亡魂なり。それ自己墓中に落進してまた刑を帶ぶれば、必是れ獄中に死せるの囚犯なり。旁爻の妻財それと相合するは、それは月下私情の相好なり。應位の兄弟往きてそれを生ずるは、それは同社結伴の好友なり。それの化じ出づる官鬼また「玄武」に臨むは、牆を穿ち壁を翻るの賊鬼なり。父母に變成してまた「螣蛇」に遇うは、魘魅作祟の精なり。官鬼が太歲に臨むは、祖上より傳下せるの舊例願心なり。官鬼が日辰と相相併するは、當初口に隨りて許せるの心願なり。それ持世するは、舊願今に至りて未だ還さざるを說明す。それ隱伏するは、ただ口頭說くのみにして並に誠心なきを說明す。それ妻財に變成するは、齋戒許して卻って做完せざるなり。それ空亡に落つれば、則ち頭あり尾なき・半途にして廢すなり。
鬼在宅中,住居不穩;官臨應上,朝向不通。兌卦金龍干佛像;坎宮木動犯劃舟。水土交加,在乾宮則三官大帝;火金互動,於兌卦為五道傷官。三空無香火之堂;怪動有不祥之禍。龍遇文書,獨發經文可斷;蛇逢官鬼,屬陰夢寐當推。動入空中值鬼,恐失孝思之禮;靜居宅上臨木,家停暴露之棺。
官鬼が住宅の位に落つれば、住する便ち安穩ならず。官鬼が應爻に臨めば、房屋の朝向通暢ならず。《兌》卦上の金爻「靑龍」を帶ぶるは、佛像を冒犯せしなり。《坎》宮裡の木爻發動するは、龍舟を划るの神を冲犯せしなり。水と土と交相夾雜して《乾》宮に在るは、犯する所は三官大帝なり。火と金と互相發動して《兌》卦に在るは、犯する所は五道傷官の神なり。第三爻落空するは、家中香火の堂なきなり。怪異の爻發動するは、不祥の禍あらん。「靑龍」文書に遇うは、もし獨り發動せば、經文誦願の事と斷じうる。「螣蛇」官鬼に逢うは、もし陰爻に屬せば、當に夢寐驚魘の上に往きて推すべし。官鬼動じて空中に落入するは、恐怕らくは先人を追念するの孝思の禮を失いしなり。官鬼安靜にして宅爻に居りてまた木に臨むは、家中に未葬にして暴露在外の棺木を停むるなり。
種作
農為國本,食乃民天。五穀不同,孰識異宜?而播種一年所繫,全憑卦象以推詳。旺相妻財,豐登可卜,(妻財乃占農之本,不拘種水旱物,先看主爻現與不現,有傷無傷,便知凶吉。若得出現旺相,有生無損,主其年必成熟,然此一爻雖不可無,亦不宜動,動則官鬼有氣,終有損耗。若得變出福爻,則吉。)
農を務むるは國を立つるの根本にして、糧食は百姓の天なり。五穀各々相同ならずして、誰か能く一一それら各自の宜忌を辨淸せん。然るに播種は一年の生計に關係して、ただ卦象に憑りて細細推詳する能くのみ。「妻財」旺相なれば、就中豐收と斷定しうる。財爻は農事を占するの根本なり。種る所は水田作物なるか旱地作物なるかを論ぜず、先ずこの一主爻の出現するや否や・傷あるか傷なきかを看て、吉凶便ち分曉を見る。財爻もし出現してしかも旺相にして、生助ありて損傷なければ、こ の一年必定成熟を主る。ただしこの一爻缺くべからざると雖も、卻ってもまた發動を宜とせず——一たび動けば就中官鬼の氣を得るに等しく、終究損耗あらんとす。それの子孫を化じ出して來るに非ざれば、あれこそ吉なり。
空亡福德,損耗難憑。(子孫為福德,占田之輔爻,最喜生旺發動為吉。若遇空亡則財無生氣,官鬼當權定多損耗。財爻縱旺,亦不能全收,若得官爻亦不上卦或落空亡,庶幾小吉。如福德空而財爻衰弱,受傷虛度一年,徒勞工本,決無成望。旺空動空,主半收半熟。)
子孫空亡に落つれば、損耗就中準數なし。子孫はすなわち福德にして、田を占するの一門裡に於ては輔助の原神なり。最もそれの生旺にして發動するを喜ぶ。それ一たび空亡に落つれば、財爻便ち生氣を斷たれ、官鬼權に當りて、必定損耗多く、財爻縱い旺相なるともまた全收する能わず。もしこの時官鬼もまた卦に上らず、あるいは同じく空亡に落つれば、還は小吉と算す。倘若子孫落空にして財爻また衰弱傷を受けば、それすなわち白く一年を過ぐして、工本白搭して全く指望なし。もし子孫旺にして空なり、あるいは動じて空なれば、それすなわち收成一半・成熟一半を主る。
父母交重,耘耔徒知費力。(父母為辛勤勞苦之神,動則必主費力多用,耘耔大要衰弱臨持身世若旺動,財雖有氣亦減分數,蓋子孫被其傷克故也。若在空避之地為吉。)兄爻發動,年時莫望全收。(兄弟劫財,占種為忌爻,大怕發動,縱得福與財旺,亦非全熟年時,若臨世,主治田之人種作不精,不然欠工本。)
父母交重發動するは、田を耘し草を除くもただ白費力氣なり。父母は辛勤勞苦の神にして、一たび動けば就中人力物力を多耗するを主る。耘耔のこの一門は最も父母の衰弱を要す。それもし旺相持世にして身に臨みまた發動せば、財爻縱い氣あるとも、收成もまた折扣を打たん——子孫それに克傷せらるればなり。もし父母まさに空亡の地に躲在せば、あれ反って吉なり。兄弟爻發動するは、この一年全收を指望する勿れ。兄弟は財爻を劫奪するの神にして、種作を占するに於て忌神に屬し、最もそれの發動を怕る。縱い子孫と妻財と皆旺なるとも、もまた全熟の年に非ず。もし兄弟世に臨めば、田を種るの人の耕作精ならざるを主り、然らざればすなわち本錢足らず。
鬼在旺鄉,遇水神而禾苗淹腐;(鬼爻發動,所種之初必有損害。若臨水爻其田必被水淹,沖剋身世,蓋必為淹腐也。更逢月建日辰動爻生扶,當有洪水橫流之患,化出福爻生合鬼,必後重生長。化出火來刑剋,恐澇後又遭大旱,若有救,雨雖多無事。)官居生地,加火殺而稼穡焦枯。(鬼在生旺之地,而臨火爻動者,必主缺水,沖剋刑剋恐有焦禾稼之禍。有制伏雖旱不妨,變出水爻刑剋身世,旱後必有苦雨淹沒。)
官鬼が旺鄕に落ち、また水神に遇うは、禾苗就中淹爛せんとす。官鬼一たび發動すれば、種る所の物起初必ず損害あり。それもし水爻に臨めば、田必ず水に淹せられ、再び來りて身世を冲克せば、禾苗就中泡爛すべからざるに非ず。もし月建・日辰あるいは動爻また來りてそれを生扶せば、還は洪水橫流の災を防ぐを要す。もしそれ子孫を化じ出して來りて生合せば、それすなわち淹し過ぐるの後還は能く重ねて長起す。もし火爻を化じ出して來りて刑克せば、恐怕らくは潦し完るとまた大旱に遭わん。ただし別に救應あれば、雨水多しと雖もまた災を成すに至らず。官鬼が生地に坐して、また火殺を加うるは、莊稼就中焦枯せんとす。官鬼が生旺の地に落ちて火爻に臨みて發動せば、必ず水を缺くを主る。再び來りて冲克刑克すれば、恐れては禾稼焦死の禍あらん。もし別に制伏あれば、旱すと雖もまた妨げなし。もし它水爻を變出して來りて身世を刑克せば、それすなわち旱し過ぐるの後また苦雨に淹没せらるるなり。
土忌克身,水旱不調之歲;(土鬼發動,必主水旱不調,克世必有傷損。化火,缺水時多,滋潤時少;化水,淹沒時多,干旱時少,蓋土能瀉火之氣,制水之勢故也。又主里社興災,須祈禱則吉,否則田地荒蕪欠熟。)金嫌傷世,螟蝗交括之年。(金鬼發動克世有蟲,傷應臨及六爻或五類中化出者,是蝗蟲。不傷身世財又旺不動,乃經過此地不為害也。)
土に屬する官鬼は最も來りて卦身を克するを忌む。それは水旱失調の年份なり。土鬼一たび發動すれば、必ず水旱調わざるを主る。それ再び來りて世を克せば、必ず傷損あり。それもし火を化ずれば、就中水を缺くの日子多く・潤を得るの日子少なし。水を化ずれば、就中淹没するの時候多く・乾旱するの時候少なし——土能く火の氣を泄し・水の勢を制すればなり。この種の卦また本鄕土地社神の作祟を主り、須らく祈祷してこそ吉なり。然らざれば田地荒蕪・收成短少す。金に屬する官鬼は最も來りて世爻を傷るを嫌う。それは螟虫蝗虫交相害を爲すの年份なり。金鬼發動して來りて世を克せば、田裡就中虫を生ず。もしそれ應爻に傷及し、あるいは上六爻に臨み、あるいは六親五類の中より化じ出づれば、それすなわち蝗虫なり。倘若それ並に身世を傷つけず、しかして財爻また旺にして且つ動かざれば、あれ不過蝗群の此地を路過するのみ、災害を成さず。
木則風摧,靜須谷秕,生扶合世,方許無虞。(木爻發動傷克世身,所種物必遭惡風摧挫。若化水爻或水化木爻,或與木爻同發,當有風潮顛沒之患。木鬼不動亦主虛秕,蓋木爻五穀主星,更若福盡財衰,必主苗而不秀,或秀而不實,財福動空化空,俱是虛秕,空好看之象。火持鬼爻與土金鬼爻安靜被動爻日辰傷克沖並,皆有虛損,如棉花暗蛀,菽豆延口,荸薺腐爛類。)
木に屬する官鬼は大風摧折を主る。それたとい安靜なるとも、谷子もまた多くは癟なり。必ず生扶ありて來りて世爻に合して、こそ憂なきを許す。木爻發動して世身を傷克せば、種る所の物必ず惡風に摧折せらるるを遭う。もし它水爻を化じ出し、あるいは水爻が木を化し、あるいは水木同時發動せば、還は風潮の莊稼を掀倒し淹没するを防ぐを要す。木鬼縱い動かずとも、もまた穀粒空癟を主る。木爻は本より五穀の主星なるがゆえに。もしさらに加うるに子孫耗盡・財爻衰弱せば、必定ただ苗を長ずるのみにして穗を抽かず、あるいは穗を抽ると雖も實を結ばず。財・福二爻もし動じて落空し、あるいは空に化するも、皆空癟の象にして、ただ看るに好きのみ罷り。これの外、火爻の官鬼を持し、および土鬼・金鬼安靜なると雖も卻って動爻・日辰に傷克冲併せらるるも、皆虛耗損失あり。たとえば棉花の虫に暗蛀せられ・豆類の蛀口を生じ・荸薺の腐爛するの類なり。
二爻坐鬼,必難東作於三春;五位連官,定阻西成於八月。(以二爻為種作始事,五爻為收成之事。第二爻為內卦之主,第五爻為外卦之主,畫卦自下而上,種作自春而秋收也。以爻象言之,初爻為種子,二爻為秧苗,三爻為人力,四爻為耕牛,五爻為成熟之日,六爻為百事之天時也。凡遇鬼在初爻,種子不對或多敗壞;鬼在二爻,難以耕種或因阻節失時,秧苗有損;鬼在三爻,農力不到欠工;鬼在四爻,牛必有病,難以耕戽;鬼在五爻,收成有阻;鬼在六爻,收時天氣不順。內卦無官方大吉,二爻五爻若被日辰刑傷沖剋,其種作收成之時必有阻節失宜。更看何爻傷克,便知何事阻之,如兄弟為口舌,官鬼為官訟類。且如四月丙戍日卜禾,得大過之困卦,酉官動變午火,旱之兆也,日辰帶財剋制二爻,後將插盯,果為陰人少財而去,逾三四日而天則亢旱難用矣,此上海孫西疇所卜,依此斷之萬無一失。)
第二爻上に官鬼坐するは、三春の耕作必定艱難なり。第五爻上に官鬼連なるは、八月の收成一定に受阻す。ここに第二爻を以て下種起首の事を代表し・第五爻を以て收成の事を代表す。第二爻は内卦の主にして、第五爻は外卦の主なり。卦を畫くに自ら下而して上、まさに種作の春に自りて秋收に至るがごとし。爻位に按じて分派せば:初爻は種子にして、二爻は秧苗、三爻は人工、四爻は耕牛、五爻は成熟收割の日、六爻は全年の天時なり。およそ官鬼が初爻に落つれば、種子路に對せずあるいは多く霉壞す。二爻に落つれば、耕種し難く、あるいは故に因りて農時を耽誤し・秧苗損あり。三爻に落つれば、人力足らず・工夫を欠缺す。四爻に落つれば、耕牛病ありて、田を犁き水を車す難し。五爻に落つれば、收成受阻す。六爻に落つれば、收割する時天氣順ならず。内卦官鬼なければこそ大吉と算す。二爻・五爻もし日辰に刑傷冲克せられれば、種作と收成との時必ず阻碍失時あり。再び看る哪一爻の來りて傷克するか、すなわち何事に阻せられしを知る——たとえば兄弟は口舌を主り、官鬼は官司を主る。一個の實例を擧ぐ:四月丙戌日禾稼を占して、《大過》の《困》を得、酉金官鬼發動して午火を變出せり。これは旱象なり。日辰財を帶びて二爻を克制せり。後來まさに秧を插さんとするに、果然女方の錢を少給するに因りて罷め、三四天を過ぐれば天就中大旱して、秧を下すに法なかりき。この一卦は上海孫西疇の占する所にして、この法子に照らして斷ずれば、萬一失なし。
初旺則種子有餘,(初爻旺相種子有餘,衰則不多,空則欠少。占種旱物二爻空者,主重種;動空化空者,出後有損。三爻旺相,人齊力到;休囚空絕,芟鋤欠工。以上俱要生扶,皆嫌傷克。若卦有子孫而初爻空者,種必不出非無也,二爻空,秧必缺少。)四空則耕牛未辦。(四爻旺相牛必強壯,衰則不濟,空則未有。兄化鬼,鬼化兄,與人合牛;空動化出子孫或化丑爻而與應爻作合,多是租佃他人之牛也,五爻空亡,收成多阻,更遇財福死絕兄鬼旺動者,大凶之兆,所望一空,必無收穫。六爻空亡,必有驚怪非常之變,蓋天無空脫之理故也。餘以應爻同看,極有準。)
初爻旺相なれば、種子就中富餘あり。初爻旺相なれば則ち種子充足し、衰弱なれば則ち多からず、落空すれば則ち短缺す。旱地作物を種するを占して第二爻落空するは、主として一度補種を要す。二爻動じて空にして・また空に化するは、苗を出すの後還は損あらんとす。第三爻旺相なれば、人手齊い・力氣到る。休囚あるいは空絶に落つれば、草を鋤き苗を間ぐに人工を缺く。以上の這些の爻皆須らく生扶あらんことを要し、皆傷克を受くるを怕る。もし卦中子孫ありて初爻落空するは、それは種子下去して苗を出す能わざるにして、並に種子なきに非ず。二爻落空するは、秧苗必定足らず。第四爻落空するは、耕牛就中還は未だ着落ならず。四爻旺相なれば則ち牛强壯にして、衰弱なれば則ち中用ならず、落空すれば則ち還は未だ牛なし。兄弟が官鬼を化し・官鬼が兄弟を化するは、人と合伙して一頭の牛を用ゐるなり。四爻空にして動き・子孫を化じ出し、あるいは丑爻を化じ出してまた應爻と相合せば、多半是別人の牛を租佃するなり。第五爻空亡に落つれば、收成多く阻す。さらに財・福の死絶に落ちて兄弟・官鬼の旺動に遇うは、それは大凶の兆にして、望む所落空して必ず收穫なし。第六爻空亡に落つれば、必ず驚怪反常の變あり。天上に空脱の理なきがゆえに。その餘の各爻もし應爻と對看すれば、もまた極めて準なり。
應爻生合世,天心符合人心。(當以應為天,以世為地,應爻生合世爻,治田遇好天,沖剋世爻,則凡有所作為非風即雨。如丙子日予卜棉花,得無妄之訟卦,應爻沖剋世爻,自始至終,凡遇耘耕收穫,輒遇雨,未當得快作幾日也)
應爻の來りて世爻を生合するは、天意就中人意と相符す。この一門は應爻を以て天を代表し・世爻を以て地を代表す。應爻が世爻を生合せば、耕作する時便ち好天氣に逢う。應爻が世爻を冲克せば、それすなわち手を動かして事を做すに逢う每に、風を刮るならざれば就中雨を下すなり。たとえば丙子日我棉花を占して、《無妄》の《訟》を得、應爻まさに世爻を冲克せり。結果頭より尾に至るまで、田を耘し・地を耕し・收割するに遇う每に就中雨に趕上せり、能く痛快に幹上がらんの幾天を得ず。
卦象迭財爻,多壅爭如少壅。(卦中財爻重疊太過,不宜多加堊壅。財爻無壞不空,卦中兄弟不動,而遇子孫發動者,多壅多收,少壅少收,無壅無收也。)日帶父爻,一倍工夫一倍熟;(父母若臨日辰或坐世上,必主辛勤勞苦,若非勤作,決主少收,蓋一倍工夫耘耔,則有一倍熟也。子旺動父死絕,則不費工夫而自熟。)財臨帝旺,及時耕種及時收。(凡遇財在胎、養、長生爻上,不宜種作太早,早則不利,蓋胎、養、長生一日有氣一日。雖遲不妨。帝旺雖有氣,過此則一日衰一日,故宜早種,在帝旺衰爻上不宜種遲。)
卦象裡に財爻重疊するは、糞を多施すと雖も少施するに如かず。財爻重疊して太過を得れば、就中糞土壅培を多加するを宜とせず。反して、財爻既に損を受けずもまた落空せず、卦中兄弟もまた發動せず、しかして子孫發動せば、それすなわち多壅すれば多收・少壅すれば少收・壅せざれば收なし。日辰が父母爻を帶ぶるは、一倍の工夫を下してこそ一倍の收成を得。父母もし日辰に臨み、あるいは世爻の上に坐せば、必ず辛勤勞苦を主る。勤力耕作を肯んぜざれば、收成一定に少なし。一分の耘耔の工夫を多下せば、就中一分の成熟を多得す。もし子孫旺にして動き・父母死絶に落つれば、それすなわち多少の工夫を費やすに必らずして、莊稼自然に熟す。財爻が帝旺に臨めば、就中時に及んで耕種し・時に及んで收割するを要す。およそ財爻が胎・養・長生の爻上に落つれば、種ること太早きを宜とせず。早種すれば利ならず。胎・養・長生は一天また一天氣あるがごとく、種ること稍く遲しともまた妨げなし。帝旺は氣あると雖も、然るに帝旺を過ぐれば便ち一天また一天衰るがごとし。ゆえに早く種を下すを搶るを要す。財爻が帝旺・衰の這兩位上に在れば就中種遲きを宜とせず。
要知終始吉凶,但看動爻變化;(動爻變財福吉,變兄鬼凶。兄化兄偷盜損折;鬼化鬼蟲害殘傷。父化兄鬼,辛勤不熟;父化財福,辛勤有收。財化兄,子化官,始則暢茂,終則空虛;兄化財,官化子,先遭傷損,後必稱意。五爻財旺化兄爻,年穀豐登而價賤。)欲識栽培可否,須詳子位持臨。(凡占種植何物,以子孫推之。如臨金水,宜種水物,臨火土,宜種旱物,臨木爻,水旱皆宜。子孫能生財克官,故不看財。若不上卦,方以財論。)
自始至終の吉凶を知らんと要せば、ただ動爻の怎樣に變化するかを看る。動爻が妻財・子孫を變出するを吉と爲し、兄弟・官鬼を變出するを凶と爲す。兄弟が兄弟を化するは、人に偷盜せられあるいは折損あるを主る。官鬼が官鬼を化するは、虫害殘傷を主る。父母が兄弟・官鬼を化するは、辛苦一場にして卻って熟せざるなり。父母が妻財・子孫を化するは、辛苦して收成あるなり。妻財が兄弟を化し・子孫が官鬼を化するは、起初長じて茂盛にして・末了卻って落空するなり。兄弟が妻財を化し・官鬼が子孫を化するは、先に損傷を遭えて・後來依然として心を稱するなり。第五爻上に財爻旺にして兄弟を化するは、年成豐收にして卻って穀價低賤なり。當に何を栽種してこそ合適なるかを知らんと欲せば、就中須らく子孫の哪一位上に落つるかを細看すべし。およそ何の作物を種するを占するに、皆子孫爻に從りて推す。子孫が金・水に臨めば、水田の物を種るを宜とす。火・土に臨めば、旱地の物を種るを宜とす。木爻に臨めば、水旱兩宜なり。子孫は能く財を生じ能く官を克す。ゆえにここに財爻を看ず。ただ子孫卦に上らざる時に、こそ改めて財爻を用いて來りて論ず。
世值三刑,農須帶疾;(世為治田之人,被日辰動爻刑沖剋害者,最為不利。如財爻傷克,必有陰人財物事。福爻傷克,必有小口六畜僧道事,故有妨農事。兄弟為口舌爭鬥,父母為尊長、文書、屋宅事情,官鬼為病訟火盜類。若帶白虎三刑,農夫必然帶疾,世持官爻亦有疾,否則必有職役在身。加朱雀恐是官訟。世持父母,慣知農業。持兄弟必欠工本或種作不精。持財福或得財生福合,皆大吉,自空化空,農夫有大難,不然其田必種不成,種亦必不利也。)爻逢兩鬼,地必同耕。(凡卜種作,卦有兩鬼出現,其田必與人合種。世爻空動而鬼臨應上動來作合,必有人包種此田,日辰帶鬼爻合住亦然。世爻空亡而被兄弟沖並,皆是包攬與人種也。)
世爻が三刑に遇うは、田を種る人必定に病を帶ぶなり。世爻は田を種るの人を代表す。日辰あるいは動爻に刑冲克害せらるるは最も不利なり。もし財爻の來りて傷克するなれば、必ず女人あるいは錢財上の糾葛あり。もし子孫の來りて傷克するなれば、必ず小孩・六畜あるいは僧道方面の事ありて、皆農事を妨礙せん。兄弟は口舌爭鬥を主り、父母は尊長・文書・房屋の事を主り、官鬼は疾病・官司・火災・盜竊の一類を主る。世爻もし「白虎」を帶びてまた三刑に逢えば、農夫必然身上に病あり。世爻が官鬼を持するもまた病あるを主り、然らざればすなわち身上に差役を背負うなり。さらに「朱雀」を加えれば、恐怕らくは官司なり。世爻が父母を持するは、農事に慣れしの老手なり。兄弟を持すれば、必定本錢を缺きあるいは耕作精ならず。妻財・子孫を持し、あるいは財の來りて生ずるを得・子孫の來りて合するを得るは、皆大吉なり。世爻もし無故に自ら空にしあるいは空に化せば、農夫必ず大難あり。然らざればこの塊の田は種成らず。勉强種下すともまた利ならず。卦中に兩個の官鬼出現すれば、この地必是れ人と合伙して耕種するなり。およそ種作を占するに、卦裡に兩個の官鬼出現あれば、この塊の田必ず人と合種す。もし世爻空にして動き、官鬼また應爻に臨みて發動して來りて相合せば、必ず人ありてこの塊の田を包み去りて種せん。日辰が官鬼を帶びてそれを合住するも、一樣なり。世爻空亡に落ちて兄弟に冲併せらるるは、皆田を包みて別人に種せしむるなり。
父在外爻水輔,地雖高而潮溼;父居內卦日生,田固小而膏腴。(父母為田段,在外卦其田必高,在內卦其田必低。生旺田肥,墓絕田瘦。臨木田形必長,臨土田形必短。臨火是干旱地,水是潮溼地,金是白沙地。日辰沖剋人不顧戀,日辰生合必是好田,大家要種。依此斷之,萬無一失。)父化父,一丘兩段;(父動化父,必是一丘兩段之田,卦有兩父亦然,或是種作兩處。卦身出現重迭,必然兩處耕種。)沖並沖,七坎八坑。(日辰動爻克沖父母,其田必不平坦。非七高八低,則主人不照僱,田不值錢,或六畜損傷,或行人踐踏類。)
父母が外爻に在りて水爻の輔佐あれば、地勢高しと雖も卻って潮濕なり。父母が内卦に在りて日辰の相生を得れば、田塊小なりと雖も卻って肥沃なり。父母は田塊を代表す。外卦に在れば、田必ず地勢高し。内卦に在れば、田必ず地勢低し。父母生旺なれば則ち田肥え、墓絶に落つれば則ち田瘦せり。それ木に臨めば、田形必ず狹長なり。土に臨めば、田形必ず短方なり。火に臨むは乾旱地にして、水に臨むは潮濕地にして、金に臨むは白沙地なり。日辰もし來りて父母を冲克せば、この田は人の要るを肯んずるなし。日辰もし來りて生合せば、必ず好田にして、大家皆種を搶奪す。この法子に照らして斷ずれば、萬一失なし。父母が父母を化じ出づれば、一丘を分かちて兩段を作すの田なり。父母發動して父母を化じ出づれば、必ず一丘兩段の田なり。卦中に兩個の父母爻あるも一樣にして、あるいは兩處の地方に在りて種作す。もし卦身出現してしかも重迭せば、もまた必定兩處に耕種す。冲してまた冲すれば、田裡就中七坑八窪なり。日辰あるいは動爻が父母を冲克するは、この塊の田必定平整ならず。高一塊低一塊ならざれば、就中主人の照管を肯んぜず・田錢に値せざるなり、あるいは六畜の糟蹋・行人の踐踏の一類なり。
陽象陽爻此地必然官科則;(父母在陽宮陽爻是官田;在陰宮陰爻是民田。若陽宮陰爻,原官田今改民田。陰宮陽爻,原民田今改官田科則也。)或空或動,其田還恐屬他人。(父母空亡,田種不成,否則必非己產。臨世發動,其田必有更變,化入空亡或空合應爻,當賣與人,世臨勾陳動,亦主田有更變。此一節百發百中,無不應驗。如乙亥日卜種水田,得既濟之屯卦,父母空亡果種不成。又如卜種麰麥,得姤之乾卦,世上父動化空,至正月果被原主回贖。又如辛亥日卜觀之訟,世上父母動化出午火生合應爻,又遇官鬼旺動,遂與鄰人構訟,其田果應賣與他人。又如癸巳日卜頤之噬嗑,世臨勾陳土財發動,其田果因田主自種而不得成也。)
陽宮が陽爻を配するは、この塊の地必定官田に按じて課を納る。父母が陽宮陽爻に落つるは、官田なり。陰宮陰爻に落つるは、民田なり。もし陽宮陰爻なれば、原本官田にして如今民田に改成せり。陰宮陽爻なれば、原本民田にして如今改めて官田の科則に按じて課を納る。父母あるいは落空し・あるいは發動するは、この塊の田恐怕らくは還は別人のなり。父母空亡に落つれば、田就中種成らず。然らざればもまた必ず自己の産業に非ず。父母が世に臨みて發動するは、この塊の田必ず變動あり。それ空亡に化入し、あるいは空にして應爻と相合するは、それは別人に賣らんとす。世爻が「勾陳」に臨みて發動するも、もまた田に變動あるを主る。この一節百發百中にして、應驗せざるなし。たとえば乙亥日水田を種するを占して、《既濟》の《屯》を得、父母空亡に落ちて、果然種成らざりき。またたとえば大麥を種するを占して、《姤》の《乾》を得、世上の父母動じて空に化し、正月に到りて果然原主に贖回せらる。またたとえば辛亥日占して《觀》の《訟》を得、世上父母發動して午火を化出して往きて應爻を生合し、また官鬼旺動に遇い、於是隣居と官司を打起して、あの塊の田果然別人に賣り去れり。さらにたとえば癸巳日占して《頤》の《噬嗑》を得、世爻勾陳に臨みて土財發動せり、あの塊の田果然田主自家の種せんと要するに因りて租成らざりき。
坐落胎養,開闢未久;(父母安靜,若遇卦中胎養爻動來沖起者,乃是新闢之田,父在胎養動亦然,否則必是新置者,若父持太歲月建,乃是祖遺產業,卦無父母從世化出,自己置買。若財化出,妻家妝奩,從兄化出,合戶之田,從鬼化出,官家田地,不然乃官科則也。應爻化出,必是他人之田。)變成福德,溝洫分明。(父母動化出子孫,必然溝洫分明,其地亦善。化財亦吉,其田必得高價,化兄田不值錢,或未分析或與他家之田合段,若係卦身,則是與人合種也,化官其田不美,分五行取之,如化金鬼,必多瓦礫,化木鬼必是雜草,化水鬼溝道不明,水難洩瀉,化火鬼必有尸骸燒化,或蕩田,或廢宅,化土鬼必有伏尸古墓,或溝勝畦圻莫辨,或浮土難為耕種,或有六畜踐踏,或官吏人田,否則不然也。化官空亡不妨。)
父母が胎・養の位に坐するは、この地は開墾して還は未だ久しからず。父母本來安靜なるに、もし卦中の胎爻・養爻發動して來りてそれを冲起せば、それは新しく開闢せるの田なり。父母自己就中胎・養の位に在りて發動するも、一樣にして、然らざればもまた必ず新近置辦せるなり。もし父母太歲あるいは月建を持せば、それは祖上遺留の産業なり。卦中原より父母なくして世爻に由りて化じ出づるは、自己の買い來れるなり。財爻に由りて化じ出づるは、妻家の陪嫁なり。兄弟に由りて化じ出づるは、族を合せて共有の田なり。官鬼に由りて化じ出づるは、官家の田地にして、然らざればすなわち官則に按じて課を納るの田なり。應爻に由りて化じ出づるは、必定別人の田なり。父母が子孫に變成するは、田裡溝渠分明なり。父母發動して子孫を化じ出づれば、必然溝洫齊整にして、地もまた好地なり。妻財を化じ出づるもまた吉にして、この田必ず能く高價に賣るを得。兄弟を化じ出づれば、田就中錢に値せず、あるいは未だ家を分かたず、あるいは別家の田と連なりて一段と成す。もしこの一爻まさに卦身なれば、それすなわち人と合種す。官鬼を化じ出づれば、田就中好からず、還は五行に按じて細分するを要す。金鬼を化ずれば、田中瓦礫多し。木鬼を化ずれば、雜草多し。水鬼を化ずれば、溝道通ぜず・水排泄し難し。火鬼を化ずれば、必ず屍骸を焚化せしの處あり、あるいは荒蕩の田・廢棄の宅基なり。土鬼を化ずれば、必ず伏屍古墓あり、あるいは溝埂畦界分辨淸楚ならず、あるいは浮土耕作し難く、あるいは六畜の踐踏あり、あるいは官吏の經手せるの田なり。倘若化じ出づる官鬼空亡に落つれば、就中事に妨げず。
若是坎宮,必近江湖之側;(父在乾宮,其田必高;縱在內卦,亦非窪下低田。父在坎宮,田必傍江河;父在離宮,田邊窯冶;父在艮宮,田在山林左右;父在震巽宮,田邊必有樹木;父在坤宮,田在郊外田心之田也;父在兌宮,田邊有官溝,或傍池沼,或以八方定其種所。)若伏兄弟,乃租鄰里之田。(此條為租種而言,若父母出現,看父爻本宮所伏之神,則知何人家之田,如官伏父下,為職役人家田之類。卦無父母,須看伏在何爻之下,則可知矣,如伏兄下,為鄰里人家之田類。若無父而動爻有化出者,即是其人之田也,如財爻化出婦人之田,餘仿此。)
父母もし《坎》宮に在れば、田必ず江湖水邊に近づく。父母が《乾》宮に在れば、田必ず地勢高く、縱い内卦に落つるとも、もまた低窪田に非ず。《坎》宮に在れば、田は江河に傍う。《離》宮に在れば、田邊に窯爐冶坊あり。《艮》宮に在れば、田は山林の旁邊に在り。《震》《巽》宮に在れば、田邊必ず樹木あり。《坤》宮に在れば、田は郊外の田心地帶に在り。《兌》宮に在れば、田邊に官溝あり、あるいは池沼に靠る。もまた直ちに八卦の主る所の方位に按じて、この塊の田の甚麽地方に在るかを定めうる。父母もし兄弟の下に伏せば、それは隣居の田を租するなり。この一條は租種に就いて言うなり。もし父母卦上に出現せば、就中父爻の本宮に伏する所は何の神なるかを看て、便ちこの田の誰家なるかを知る——たとえば官鬼が父母の下に伏せば、就中差を當る人家の田なり。もし卦中に父母なければ、就中それの哪一爻の下に伏するかを看て、同じく知るべし。たとえば兄弟の下に伏せば、就中鄰里人家の田なり。もし卦中父母なく、しかして某個の動爻に由りて化じ出づれば、それすなわちあの一類の人の田なり。たとえば財爻に由りて化じ出づれば、就中婦人の田なり。その餘はこれに照らして類推せよ。
蠶桑
既言種植,合論蠶桑。採飼辛勤,只為絲綿而養育;吉凶眩惑,因憑卜筮於蓍龜。(蠶桑一占,諸家皆忌坎宮之卦,意以坎象屬水故也。殊不知育蠶惟以春季,何忌之有?凡占蠶當以財福為主,不須以卦宮論。)
既に田を種るを講じ過ぎれば、當に次いで蠶桑を談ずべし。葉を采りて蠶に餧うのかくのごとき辛苦は、ただ絲綿を求めてこそかくのごとく養育す。吉凶人を迷惑せしむ。ゆえに蓍龜卜筮に憑りて來りて決斷するを要す。蠶桑のこの一門を占するに、各家舊說皆《坎》宮の卦を忌諱す。理由は坎象水に屬すればなり。其實蠶を養うはただ春季に在り、坎水何の忌むべきあらん。およそ蠶を占するに、當に「妻財」「子孫」兩爻を以て主と爲すべく、卦宮を拿りて來りて論ずるに必らず。
初論火爻,得地則蠶苗必利;(凡占蠶必看火爻者,蠶為蜀女所化故也。昔蜀人殺馬曝皮於庭,忽見其女飛去掛於桑上,遂化為蠶,食葉作繭,後人取其繭為絲,遂傳其種,塑女像以祀之,名馬頭娘即是蠶也。故諸家皆取巳午爻為蠶。命卦無火爻蠶必不旺;出現發動,乃為吉兆。更臨財福或持身世大吉之兆也。)
首に須らく火爻を論ずべし。火爻地を得れば、蠶苗必定順利なり。蠶を占するの必ず火爻を看る所以は、傳說蠶は蜀地の女子に由りて化せるがゆえなり。從前蜀人馬を殺して皮を院裡に晒し曝せしに、忽ち自家の女兒の馬皮に卷かれて桑樹上に挂到せられ、此に就いて蠶と化成せるを見、桑葉を吃して繭を結べり。後人繭を取りて絲を繰れば、蠶種便ち流傳し下れり。還は女子の像を塑起して祭祀し、馬頭娘と稱す。指す所はすなわち蠶なり。ゆえに各家皆巳・午の兩個の火爻を取りて蠶を代表す。蠶を占するの卦もし火爻なければ、蠶必ず旺ならず。火爻出現してしかも發動してこそ、吉兆なり。それもしさらに妻財・子孫に臨み、あるいは世を持し身に臨めば、それは大吉の兆なり。
坎尋水位,當權則寒溼多災。(大抵蠶性喜干惡溼,喜熱惡寒,自蟻至繭皆然。故育之者則有火倉之制,推卜易書不離此義。所以占蠶遇水爻當權發動,必有寒溼之病,其蠶必難旺盛,若或空亡死絕皆凶,可依此斷。)
其次に須らく《坎》上に水爻を找すべし。水爻もし權に當れば、就中寒濕の災多し。大抵蠶性は乾を喜び濕を怕れ・暖を喜び寒を怕る。蟻蠶の殼を出づるより繭を結ぶに至るまで皆かくのごとし。ゆえに蠶を養う人こそ火倉を設けて暖を保するを要す。卦を占するの理もまたこの一層を離れず。ゆえに蠶を占してもし水爻權に當りて發動するに遇えば、蠶必ず寒濕の病を生じて、旺盛し難し。蠶命の係る所の爻もし空亡・死絶に落つるに至っては、もまた一概に皆凶にして、これに依りて斷じうる。
福德要興,更喜日辰扶助;(子孫為蠶,命卦中用神也。有氣發動,蠶必興旺,更得日辰動爻生扶合助,大吉之兆,雖有鬼爻亦不妨害。古人云:有神制殺,雖動無妨,惟怕父母及日辰刑傷,蠶必有損。又子孫宜臨火土二爻,木爻次之,大忌金水爻。)妻財怕絕,尤嫌動象刑沖。(占蠶以財為絲綿桑葉,凡遇休囚死絕或日辰動爻刑沖剋害,利必微薄。更若子孫衰空不動,必無好繭亦無好絲,又主葉缺;須得生旺有氣,不受傷克大吉。)
子孫は興旺を要して、さらに日辰の來りて扶助するを喜ぶ。子孫はすなわち蠶にして、こ の一卦の用神なり。それ氣ありて發動せば、蠶必ず興旺す。再び日辰・動爻の生扶合助を得れば、便ち大吉の兆にして、縱い卦中に官鬼あるともまたそれを傷つくる能わず。古人說く、福神ありて凶殺を制住せば、凶殺動くと雖もまた妨げなしと。ただ父母および日辰の來りて刑傷するを怕る。蠶就中損失あらん。また子孫は火・土兩爻に臨むを宜とし、木爻に臨むを次と爲し、最も金・水爻に臨むを忌む。妻財は絶地に落つるを怕る。尤も動爻の來りて刑冲するを嫌う。蠶を占するに妻財を以て絲綿と桑葉とを代表す。財爻もし休囚死絶し、あるいは日辰・動爻に刑冲克害せられれば、利を獲ること必然微薄なり。もしさらに加うるに子孫衰弱・落空にして動かざれば、それすなわち既に好繭なくもまた好絲なく、還は桑葉短缺を主る。必ず財爻の生旺氣ありて傷克を受けざるに非ざれば、こそ大吉なり。
兄弟扶身,葉費而絲還微薄;(兄弟發動,必主多費桑葉,又主其年葉貴。克世傷世,必然缺飼異日作繭必薄,絲綿必少。最不宜持世發動,縱財爻旺相,亦不稱心。)父母持世,心勞而蠶必難為。(父母傷子,蠶必難為,不易養育,須看五行,則知有何傷損,當依官鬼同斷。若臨身世,難或安靜,亦非佳兆。然父母又勞勤之神,衰靜空亡制伏,庶幾蠶苗不勞自旺,否則必費收拾,倍加勤勞,然後可望三分,雖日月不宜值之。)
兄弟の來りて卦身を扶くるは、桑葉費やすこと多くして絲反って少なし。兄弟發動すれば、必ず桑葉を多耗するを主り、またこの一年葉價昂貴なるを主る。それもし世を克し世を傷つけば、必定飼料足らずして、日後結ぶ所の繭薄く・繰る所の絲少なし。最も兄弟持世してまた發動するを宜とせず。かくのごとくなれば縱い財爻旺相なるとも、心を稱する能わず。父母持世するは、心力を費盡して蠶依然として養い難し。父母が子孫を傷克すれば、蠶就中養い難く・成活し易からず。再びそれの何の五行に屬するかを看て、すなわち受くるは哪一類の損傷なるかを知る。斷法は官鬼と相同なり。父母もし身世に臨めば、縱い安靜なるとも、もまた好兆に非ず。ただし父母はまた勞苦の神なり。それ衰弱・安靜・落空あるいは制伏せられれば、蠶苗こそ能く力を費やさずして自ら旺ならん。然らざれば就中必ず張羅を多費し・辛勤を加倍して、然るのちこそ三分の收成を指望しうる。日辰・月建を連ねてもまた父母に臨むを宜とせず。
五行如遇官爻,必遭傷損;(官鬼發動屬金,蠶必多食桑葉,或有霧露沖絕,以致蠶多僵死;屬木桑葉必費,或門窗不謹,蠶冒風寒,以致落簇變蛹之類。屬水須防鼠耗,或食溼葉以致蠶瀉,或火倉不熱,以致寒溼相承蠶苗遲長;屬火克世須防火災。不然則是火倉太熱不通風氣,或曬照閃爍以致蠶眠遲起慢頭黃難脫之病;屬土及鬼寒暖失宜,飼葉不勻眠起不齊,或分抬遲緩以致蠶沙發熱蒸傷;若鬼臨太歲當有常例未還,日辰帶鬼沖剋世爻,或日辰值鬼發動,或太歲動變鬼爻,或世持官鬼,皆有願心祈之則吉。)
五行の中もし官鬼に遇上せば、蠶必ず傷損に遭う。官鬼發動して金に屬すれば、蠶は葉を大量に吃し、あるいは霧露の侵襲を受けて、以致僵死多し。木に屬すれば、桑葉必然費やすこと多く、あるいは門窗關嚴せずして、蠶風寒を冒し、以致簇に落ちて蛹に變ずるの一類なり。水に屬すれば、須らく老鼠の糟蹋するを防ぐべし。あるいは濕を帶びるの葉を餧して以て蠶の肚を瀉さしめ、あるいは火倉熱ならず・寒濕相侵して、蠶苗長ずること慢し。火に屬してまた世を克すれば、須らく火災を防ぐべし。然らざればすなわち火倉太熱にして・風氣を通ぜず、あるいは日に晒し光照閃爍して、以致蠶の眠ること遲く・起ること慢くして、頭黃脫し難きの病を害す。土に屬する官鬼は、則ち寒暖宜を失い・葉を餧うこと勻ならず・眠起齊わず、あるいは箔を分かつこと遲緩にして、以致蠶沙熱を發して蠶を蒸傷す。これの外、官鬼もし太歲に臨めば、必ず歷年の例願未だ還さざるあり。日辰が官鬼を帶びて世爻を冲克し、あるいは日辰官鬼に値りて發動し、あるいは太歲動じて官鬼を變出し、あるいは世爻自ら官鬼を持するは、皆願心未だ了らざるあるを表示す。祈祷還願せばすなわち吉なり。
一卦皆無鬼殺,方始亨佳。(占蠶以初爻為蠶種,臨財福蠶種必好,蟻出必齊;臨死絕必不齊;臨父母一半出;臨鬼死絕處,已變亦不能出。二爻臨鬼下,蟻必難長盛,雖已黑其頭亦有損害;臨父母亦然,若動而化出,則頭眠起後有損,三爻臨鬼,停眠時有損。若三爻得吉神生扶,二爻遇凶殺剋制者,始雖不旺,後日則盛。四爻臨鬼,蠶女人眠必多損失;無故自空,前功俱廢;臨財化空,食加而葉缺。五爻臨鬼上,箔有損;鬼帶水爻簇汙;鬼帶木爻必多遊走;鬼帶土爻必多腐爛;鬼帶金爻白僵死;鬼帶火爻繭必輕薄。六爻臨鬼,絲必難織蛾必難出。以上六爻須當互看,大抵皆怕空絕,皆要財福,皆忌官父持克。)
整卦皆官鬼凶殺を見ざるは、これこそ亨通吉利なり。蠶を占するに爻位に按じて分派す:初爻は蠶種にして、それ妻財・子孫に臨めば、蠶種必ず好く、蟻蠶出づること齊し。死絶の地に臨めば、出づること齊わず。父母に臨めば、ただ一半を出す。官鬼に臨みてまた死絶の處に在れば、たとい色を變ずるとも出來ず。第二爻もし官鬼の下に在れば、蟻蠶長旺し難く、縱い頭已に黑き發くとももまた損害あり。父母に臨むも一樣にして、もし動じて化出するなれば、それすなわち頭眠の後損あり。第三爻官鬼に臨むは、眠を停むるの時損あり。もし三爻吉神の生扶を得て、しかして二爻凶殺に克制せられれば、それすなわち起初旺ならず・後來轉じて盛なり。第四爻官鬼に臨むは、蠶婦大眠の時必ず損失多し。四爻無故に自ら空なるは、前功盡く廢す。財に臨みて空に化するは、食量加大して桑葉足らざるなり。第五爻官鬼に臨むは、蠶箔上損あり。官鬼が水爻を帶ぶれば、蠶簇污濕す。木爻を帶ぶれば、蠶多く亂爬す。土爻を帶ぶれば、腐爛多し。金爻を帶ぶれば、白く僵りて死す。火爻を帶ぶれば、繭必ず輕薄なり。第六爻官鬼に臨むは、絲織り難く・蛾出で難し。以上の六爻は須らく互相參看すべし。大抵皆空絶に落つるを怕り、皆須らく妻財子孫あらんことを要し、皆官鬼父母の臨守克伐を忌む。
日主沖身,切忌穢人入室;(世身遇日辰相沖,或應爻動克,須防穢汙人帶魔入室,觸犯蠶花,以致變壞;世帶水土動沖子孫,乃蠶婦自身不潔,非他觸也。)世爻合應,必然汙婦臨蠶。(世爻為養蠶婦,墓庫老年婦,胎養長生少年女子,臨太歲財爻,必是慣家;臨子孫必然精制。臨兄老年懶飼;臨父母雖多辛勤,然恐多傷蠶苗;臨官鬼蠶姑必有病;世爻無故自空,或化死墓絕空,蠶姑當有大難,不然必懶於抬飼;若帶自刑身亦病;臨胎化胎,必有孕。日辰相沖,將及分娩。若與鬼爻應爻及日辰作合者,蠶婦必與外人有情,遇有沖剋其事已露;世在陽宮又臨陽爻,是蠶主淫亂非蠶婦也。)
日辰の來りて卦身を冲するは、切に不潔の人の蠶室に進むを忌むべし。世爻・卦身が日辰に冲せられ、あるいは應爻發動して來りて克せられれば、就中乾淨ならざる人の穢氣を帶びて屋に進み・蠶神を冲犯して、以致蠶壞するを防ぐを要す。もし世爻が水・土を帶びて發動して往きて子孫を冲すれば、それすなわち蠶を養うの婦人自身潔からずして、並に外人の冲犯に非ず。世爻と應爻と相合するは、必ず乾淨ならざる婦人の蠶を照料するに在るなり。世爻は蠶を養うの婦人を代表す。それ墓庫に落つれば、年老の婦人なり。胎・養・長生に落つれば、年輕の女子なり。太歲あるいは財爻に臨めば、必是れ蠶を養うの熟手なり。子孫に臨めば、必定手藝精細なり。兄弟に臨めば、年老にして餵飼を懶むなり。父母に臨めば、辛勤なると雖も、卻って恐怕らくは蠶苗を傷る多し。官鬼に臨めば、蠶婦必ず病あり。世爻もし無故に自ら空にし、あるいは死・墓・絶・空に化入せば、蠶婦當に大難あるべし。然らざればもまた必ず箔を抬き餵飼するを懶む。もし自刑を帶ぶれば、身上もまた病あり。胎爻に臨みてまた胎を化するは、それは身孕あるなり。もし日辰再び來りて冲せば、就中分娩せんと將にす。世爻もし官鬼・應爻あるいは日辰と相合せば、蠶婦必ず外人と私情ありて、冲克に遇上せば、あの事已に敗露せり。もし世爻陽宮に在りてまた陽爻に臨めば、それは主家男子の淫亂にして、蠶婦の事に非ず。
子受暗沖,每遇分抬須仔細;(子孫為蠶身,出現不動而被動爻日辰暗沖者,主分抬時不加仔細,蠶多傷損,蓋沖福之爻不遇父母官鬼非吉神故也。動而逢沖,蠶多遊走,無沖然後為吉。)財逢傷克,凡占物價必騰增。(凡占葉價貴賤,但看財爻,若遇動爻日辰相剋,去後必然葉貴,或財空亡,或衰無氣,或化入死墓空絕,皆主葉貴;若財爻旺相兄弟不動,則葉必賤。凡遇兄弟發動,葉必不敷。)
子孫が暗中に冲動せらるるは、箔を分かち蠶を抬ぐに逢う每に格外小心を得。子孫は蠶身を代表す。それ卦上に出現して卻って發動せず、しかして動爻あるいは日辰に暗冲せられれば、箔を分かち蠶を抬ぐの時仔細足らず・蠶多く傷損を受くるを主る——來りて子孫を冲するのあの一爻縱い父母・官鬼に非ずとも、もまた吉神と算すに足らざればなり。子孫もし本より已に發動してまた冲に逢えば、蠶就中到處亂爬す。ただ冲を受けざればこそ吉なり。財爻が傷克に遭うは、凡そ物價を問えば必定上漲す。およそ桑葉價錢の貴賤を占するに、ただ財爻を看る。それもし動爻あるいは日辰に克せられれば、往後葉價必ず貴し。財爻空亡に落ち、あるいは衰弱無氣にし、あるいは死・墓・空・絶に化入するも、皆葉貴を主る。もし財爻旺相にして兄弟動かざれば、葉價必ず賤し。およそ兄弟發動に遇えば、桑葉必定用ゐるに足らず。
兄弟值空亡,絲番白雪;(凡遇財福旺相,豐稔可推,然有兄弟父母官鬼,亦難許為吉兆。必得三者死絕空伏不動,方成大吉之象,則蠶無所傷,利有所望,而絲亦好也。)卦身臨巳午,繭積黃金。(巳午臨身,蠶命得地,更會財福大吉之卦,世爻臨之亦好。)
兄弟空亡に落つれば、繰出すの絲白雪のごときがごとし。およそ財爻・子孫旺相なれば、豐收と斷作しうる。然るにただ卦中還は兄弟・父母・官鬼あれば、就中依然として吉兆と許し難し。必ずこの三者皆死絶・空亡に落ち、あるいは隱伏動かざれば、こそ大吉の象と成る——かくのごとくなれば蠶傷を受けず・利指望あり・絲の成色もまた好し。卦身が巳・午火爻に臨着するは、蠶繭黃金のごとく堆むがごとし。巳午卦身に臨めば、蠶命地を得たり。もし再び財爻・子孫と會合せば、便ち大吉の卦なり。世爻巳午に臨むも、同じく好し。
父動化財,不在許多勤苦;(父動克子,本非吉兆,若化財爻,則主辛勤終有成望,化子亦吉;父化父,廣養薄收;父化官,徒自辛勤必多傷損;父化兄,兄化父,鬼化父,財化兄,日後必賤;財化鬼,子化官,先吉後凶,如蠶雖旺入箔則多變爛類;兄化兄則主折本。)官興變福,亦遭幾度虛驚。(官鬼發動,必有損耗,若化子孫庶幾無事,亦有虛驚。鬼化財雖損有收,父化財亦然;兄化財多費桑葉則有利;子化子蠶不旺;財化財絲必薄;子化財,財化子,則稱心也。大抵子孫太過,財爻無氣,多養少收;子孫旺相財爻太多,多收少價;子孫死絕財爻太旺,葉多蠶少;財爻死絕子孫太旺,蠶多葉少;若官父兄太過反不為凶。)
父母發動して妻財を化じ出づれば、就中かくも多くの辛苦を費やすに必らず。父母發動して子孫を克するは、本より吉兆に非ず。然るに它もし財爻を化じ出づれば、就中辛勤の後終に指望あるを主り、子孫を化じ出づるもまた吉なり。父母が父母を化するは、養うこと多くして收ること少なきなり。父母が官鬼を化するは、白く辛苦一場にしてしかも傷損多きなり。父母が兄弟を化し・兄弟が父母を化し・官鬼が父母を化し・妻財が兄弟を化するは、日後絲價必ず賤し。妻財が官鬼を化し・子孫が官鬼を化するは、先吉後凶にして、たとえば蠶本來長ずること旺なるに、一たび箔に上れば就中多半爛掉す。兄弟が兄弟を化するは、則ち本を賠るを主る。官鬼興動して子孫を變出するは、もまた不過幾場の虛驚を受くるのみ。官鬼發動すれば必ず損耗あり。もし它子孫を化じ出づれば、大致事なきも、ただ些かの虛驚を受くるを要す。官鬼が妻財を化するは、損失あると雖も依然として收成あり。父母が妻財を化するも一樣なり。兄弟が妻財を化するは、桑葉を多費して依然として利あるなり。子孫が子孫を化するは、蠶旺ならず。妻財が妻財を化するは、絲必ず薄し。子孫が妻財を化し・妻財が子孫を化するは、それすなわち心を稱するなり。大体上:子孫太過にして財爻無氣なるは、養うこと多くして收ること少なきなり。子孫旺相にして財爻太多きは、收ること多くして價錢低きなり。子孫死絶にして財爻太旺なるは、葉多く蠶少なきなり。財爻死絶にして子孫太旺なるは、蠶多く葉少なきなり。官鬼・父母・兄弟の太過に至っては、反って凶と算せず。
水出乾宮,若養夏蠶偏吉利;(乾兌宮卦子孫屬水,其性皆逆,春蠶必難興旺,故利夏蠶。蓋春與夏不同,春蠶怕冷大忌水爻,夏蠶要涼不忌水爻,春蠶若冷多病難養,夏蠶若涼少病易旺,所以夏蠶宜子孫屬水。)母居刑地,如言蠶室定崩摧。(蠶房以父母論,生旺有氣修治整齊,死絕刑害、崩損破敗。帶水自刑蠶室必漏,水化父,父化水,皆作前斷。看臨何爻便知何時有雨,如在初爻生蟻時,多被陰雨傷蠶,餘仿此。)
水爻《乾》宮より出づるは、用いて夏蠶を養えば反って吉利なり。乾・兌兩宮の卦は、子孫水に屬して、性蠶と相逆し、春蠶必ず興旺し難し。ゆえにただ夏蠶に利あり。春夏は本本相同ならず。春蠶は冷を怕れて、最も水爻を忌む。夏蠶は涼を要して、就中水爻を忌まず。春蠶冷を受ければ便ち病多く養い難く、夏蠶涼を得れば反って病少なく旺し易し。ゆえに夏蠶を養うに子孫水に屬するを宜とす。父母が刑地に落つれば、當に蠶室必定破損すと說くべし。蠶房は父母爻の上より看る。父母生旺氣あれば、房舍修葺齊整す。父母死絶あるいは刑害に遭えば、房舍就中崩壞破敗す。父母が水を帶びてまた自刑すれば、蠶室必定雨漏りす。水が父母を化し・父母が水を化するも、皆前面のかくのごときに照らして斷ず。再び父母の哪一爻に臨むかを看て、すなわち甚麽時候に雨を下すかを知る——たとえば初爻に臨めば、まさに蟻蠶殼を出づるの時に當りて、多く陰雨に蠶を傷せらる。その餘はこれに照らして類推せよ。
蠶繭獻功三合,會財福而旺相;卦宮定位六爻,隨動靜以推詳。(卦有三合,最怕會成父、兄、官局大力不利,蓋會起之爻,不論四時皆為有氣,以彼有二爻扶持故也。旺相遇之其勢愈甚,故占蠶得三合財福二局大吉之兆。更若凶殺有制,可作十分吉斷。)
蠶繭の功を獻ずるを要するは、全く三合の妻財・子孫の局を會成してまた旺相なるを看る。卦宮爻位に按じて排定して、再び各爻の動靜に隨い細細推詳す。卦中もし三合あれば、最も父母局・兄弟局あるいは官鬼局を會成するを怕る。それは大いに不利にして——會合して起るの爻は、四季を論ぜず皆氣ありと算し、全く另外兩爻の扶持に靠るがゆえに。這類の局もし再び旺相に逢えば、勢頭就中さらに盛なり。ゆえに蠶を占して能く三合の財局あるいは福局を得てこそ、大吉の兆なり。もし凶殺また別に制伏あれば、それすなわち十分吉利と斷作しうる。
六畜
道形萬物,理總歸於一心;易盡三才,占豐遺乎六畜?惟能精以察之,自得明而著矣。(凡占六畜,專以財福為主,不可依諸家以分宮本命斷推,蓋本命分宮,古人為家宅內看吉凶,故立此例。今人不究其理,雖止占一物,亦以分宮斷之,則失其旨,學者詳之。)
道は萬物の上に體現して、その理最終皆一心に歸す。易道は天・地・人三才を窮盡して、占卜の廣きこと、豈に六畜を漏掉せんや。ただ能く精細體察すれば、自然明白顯豁なり。およそ六畜を占するに、專ら「妻財」「子孫」兩爻を以て主と爲し、依舊說に按じて分宮・本命に往きて推斷すべからず。いわゆる本命分宮は、本より古人の家宅を占する時用いて一家内の各項吉凶を分看するが爲にこそ立てしの條例なり。今人この來由を追究せずして、たとい一頭の牲口を占するのみなるもまた照分宮に往きて斷ずれば、就中本意を丟掉し去れり。學者當に明辨すべし。
命在福神,若遇興隆須長養;(禽蟲六畜之命皆屬子孫,旺相有氣不空,必然長養易大;休囚墓絕決然不濟。若不上卦或落空亡,未買勿置,已蓄勿蓄。)利歸財位,如逢囚死定輕微。(大抵此占惟牛馬為力,其他為利,然力與利同歸財爻,最怕休囚死絕去後財利必薄,雖力氣亦不多,旺相不空方為大吉。)
牲畜の命は子孫のこの福神に係る。子孫興旺なれば、牲口便ち養大し好し。禽鳥虫豸と六畜との性命は皆子孫爻に歸して管せらる。子孫旺相氣ありて落空せざれば、必然養大し易し。休囚あるいは墓絶に落つれば、就一定養い好る能わず。もし子孫卦に上らずあるいは空亡に落つれば、未だ買わざれば就中買う勿れ、已に養えばもまた添うるに必らず。利を獲るは則ち妻財の位に歸す。財爻もし囚死に逢えば、利必ず微薄なり。大抵この一門裡に於て、牛馬は氣力を看て、その餘の牲畜は利益を看る。然るに氣力と利益と皆財爻上に歸到す。最も財爻の休囚死絶を怕る。則ち日後財利必ず薄く、就中力氣もまた大ならず。財爻旺相にして落空せざれば、こそ大吉なり。
二者不可相無,一般皆宜出現。(無福則難養,無財則利少。財福不空俱出現,禽蟲六畜總相宜。)財旺福衰,雖瘦弱而善走;財空福動,縱遲鈍而可觀。(凡占牛馬,子孫爻旺相主肥,休囚主瘦,動則強健輕跳,必有可觀。財爻旺相,則主有力,又主善走,後亦有益;休囚則無力而不善走,亦不濟。財若空亡,愈見遲鈍不濟。)
財と福との兩者は一も缺くべからず。皆卦上に出現するを以て宜と爲す。子孫なければ就中養活し難く、妻財なければ就中利を獲ること少なし。財・福皆落空せずしかも皆出現せば、則ち禽鳥虫豸なるか還は六畜なるかを論ぜず、皆相宜なり。財爻旺にして子孫衰なれば、牲口瘦すると雖も卻って善く跑る。財爻空にして子孫動けば、遲鈍なると雖ももまた看るに過ぐるを得。およそ牛馬を占するに:子孫旺相は膘肥を主り、休囚は消瘦を主り、發動すれば則ち强健輕捷にして必ず觀るべきあり。財爻旺相は力氣あるを主り、また跑ること快きを主り、日後もまた益處あり。財爻休囚なれば就中力氣なく・跑ること快からずして、もまた中用ならず。財爻もし空亡に落つれば、それすなわちさらに遲鈍無用を顯す。
財若空亡,雖利暫時無遠力;(財爻發動,亦是善走之象,但不宜化入空亡,則主有頭無尾,先勤後惰,必無久遠之力。若財爻旺空動空,又是用不兩全之象,非無長力,如牛則善車戽,不善犁耙,馬善疾行,不善緩行類。)福臨刑害,若非齾鼻定凋肥。(子孫爻帶自刑或化敗病等爻,其畜主有破相,如凋齾穿蹄,破脊單照類。)
財爻もし空亡に落つれば、一時あるいは小利ありと雖も、卻って長久の力氣なし。財爻發動もまた善跑の象なり。ただ空亡に化入するを宜とせず。一たび空に化すれば頭あり尾なし・先勤後懶して、必定持久の力氣なし。もし財爻旺にして空なり、あるいは動じて空なるは、それは用處能く兩全せざるの象にして、倒れて長力なきに非ず。たとえば牛能く車を拉き・能く水を車すれども、卻って犁耙を善くせず。馬善く快跑すれども、卻って慢行を善くせず。子孫もし刑害に臨めば、牲口は豁鼻子ならざれば就中身上に殘あり。子孫爻自刑を帶び、あるいは沐浴・病爻に化入せば、この牲口就中破相あり。たとえば唇を豁け鼻を缺き・蹄子穿裂し・脊背破損し・ただ一隻眼あるの一類なり。
相合相生必主調良且善;相沖相剋,定然頑劣不馴。(子孫生合世爻,六畜馴善於我有益;若來刑沖剋害,必主性劣不馴。如牛則縮車縮犁,馬則前失後失類。)要知蹄足身形,須看臨持八卦;欲別青黃白黑,須參生克六神。(乾為頭,坎為耳,震為前足,艮為後足,巽為腰,離為目,坤為腹,兌為口。青龍色青,白虎色白,朱雀赤,玄武黑,勾陳螣蛇色黃。凡占以子孫所臨為本身顏色,以他動來生克者,斷別處有異色。如子孫臨玄武在乾宮,而被坤宮動克之,乃是黑身黃足;若被艮宮白虎動克,可言黃身白足,他仿此。凡克處多於生處,衰處少於旺處,自宜通變。)
子孫と世と相生相合すれば、牲口必定馴良和善す。相冲相克すれば、それすなわち頑劣にして馴え難し。子孫が世爻を生合せば、六畜溫順にして我に益あり。子孫もし來りて刑冲克害せば、必ず性子拗劣にして使喚を聽かざるを主る。たとえば牛車を拉きて退縮し・田を犁きて前進せず、馬前に蹄を失い後に足を失うの一類なり。牲口の蹄足身形を知らんと要せば、就中それの臨むは哪一卦なるかを看る。それの青黃白黑の毛色を辨ぜんと欲せば、就中六神と生克とに參看す。八卦は身體部位を分派す。乾は頭と爲し、坎は耳と爲し、震は前足と爲し、艮は後足と爲し、巽は腰と爲し、離は目と爲し、坤は腹と爲し、兌は口と爲す。六神は顏色を分派す。「靑龍」は青、「白虎」は白、「朱雀」は赤、「玄武」は黑、「勾陳」「螣蛇」は黃なり。占する時子孫の臨む所の六神を以てそれ周身の本色を定め、再び看る哪一爻の動じて來りてそれを生克するか、別處別に雜色あるを斷ず。たとえば子孫玄武に臨みて乾宮に在りて、坤宮の動爻に克せられれば、それすなわち黑身黃足なり。もし艮宮の白虎動爻に克せられれば、就中黃身白足と說きうる。その餘はこれに倣え。大凡克を受くるの處の雜色は生を受くるの處に多く、衰弱の處の雜色は旺相の處に少なし。皆須らく靈活變通すべし。
陰陽有雌雄牝牡之分,(鳥曰雌雄,獸曰牝牡,以子孫屬陰屬陽。如陽爻子孫,占牛為牡牛,占馬為牡馬,騾叫牡騾類。)胎養為駒犢羔雛之類。(馬子曰駒,牛子曰犢,羊子曰羔,雞鴨子曰雛。凡遇子孫在胎養爻上,必是此類。若以口齒,長生是三齒,冠帶四齒,帝旺是斬齊口,墓庫則老矣。)
爻は陰陽を分かてば、牲畜就中雌雄牝牡の別あり。鳥類は雌雄と稱し、獸類は牝牡と稱す。全く子孫爻の陰に屬するか還は陽に屬するかに按じて來りて分かつ。子孫が陽爻なれば、牛を占すれば就中公牛・馬を占すれば就中公馬・騾を占すれば就中公騾なり。その餘は類推せよ。子孫が胎・養の位に落つれば、就中駒・犢・羔・雛のこの一類の幼畜なり。馬の幼崽を駒と叫び、牛のを犢と叫び、羊のを羔と叫び、雞鴨のを雛と叫ぶ。およそ子孫胎爻・養爻上に落つれば、必是れこの一類なり。もし牙口上より看れば:長生に落つれば三齒にして、冠帶に落つれば四齒にして、帝旺に落つれば口齒長齊にして、墓庫に落つれば就中老牲口なり。
身生子胎,必是受胎之六畜;(如占牛子孫在胎爻上,必童牛自生;子孫在胎爻上,則是牛有胎,原非童牛也;化出胎爻或子孫沖胎,動於卦中者亦然;子化子,則是子母牛也。)福臨鬼墓,須知有病於一身。(福臨鬼墓,畜必有病。如臨病爻或被鬼爻沖剋,皆主有病也。)
卦身の往きて子孫の胎爻を生ずるは、必是れ已に胎を懷けるの牲口なり。たとえば牛を占するに、子孫胎爻上に落つれば、すなわちこの頭の牛已に胎を懷け、並に未曾生育の童牛に非ざるを說明す。もし卦中別に胎爻を化じ出し、あるいは子孫發動して往きて胎爻を冲するの斷法も相同なり。もし子孫また子孫を化じ出づれば、それすなわち一母一子兩頭の牛なり。子孫が官鬼の墓に臨着するは、當にこの牲口一身是れ病なるを知るべし。子孫が鬼墓に臨めば、牲口必ず病あり。それ病爻に臨み、あるいは官鬼に冲克せらるるも、同じく皆病あるを主る。
父動有傷,子絕則徒勞碌;(父母發動,必傷用神,必有損失。更遇子孫墓絕無氣,必主死亡,雖能牧養,亦徒勞碌。得子孫在空避之地,方為吉。)兄興不長,財空則反生扶。(兄弟發動,六畜不長。若得財值空爻,不受傷克,則反生扶子孫,其畜必然易養,利亦不失。)
父母發動すれば就中傷損あり。子孫再び絶地に落つれば、養うもまた白忙なり。父母一たび動けば必ず用神を傷つけ、牲口必ず損失あり。もし再び子孫墓絶に落ちて氣なきに遇えば、必ず死亡を主る。縱い工夫を下して牧養を肯んずとも、もまた不過白辛苦一場のみ。子孫まさに空亡の地に躲在して避開するに非ざれば、こそ吉と算す。兄弟興動すれば、牲口長大せず。ただし財爻もし空に落つれば、兄弟反って轉じて往きて子孫を生扶す。兄弟發動すれば、六畜就中長起る能わず。然るにもし財爻恰好空亡に落ちて傷克を受けざれば、兄弟劫くべき財なく、反って往きて子孫を生扶す。則ちこの牲口必然養い好く、利益もまた落空せざるなり。
世若空傷,到底終須失望;(世爻無故自空,必不稱意,大象若凶,則有大難。)鬼如發動,從來弗克如心。(鬼爻發動,占畜大忌,或六畜自有疾病,或因事而起禍端,日後必不如願,詳具於下。)逢金生旺,當慮齧人;值土交重,須憂病染。(金鬼發動,有蹼脾之患,若克世爻必難觸犯,亦且傷人;木鬼發動,主有草結之病,若在外卦,毛色不善,更加螣蛇,必有惡毛旋螺,有礙相法;水鬼發動,主有寒病,如激心黃瀉薄糞之類;火鬼發動,必主畏熱,或有熱結病類;土鬼發動,須防瘟病類。或曰鬼在初爻足有病;在二爻臀髀有病;三爻腰股有病;四爻前脾背脊有病;五爻頭項峰領有病;六爻頭上有病。若在震坎二宮,上橋下水,皆宜仔細。)
世爻もし落空傷を受ければ、到頭來終歸失望す。世爻無故に自ら空亡に落つれば、必ず心を稱せず。卦の大象再び凶なれば、就中大難あり。官鬼もし發動せば、從來心を稱し意のごとくなるなし。官鬼發動は牲畜を占するの大忌なり。あるいは六畜自身病あり、あるいは事に因りて禍端を惹出して、日後必ず願のごとくならず。細目は下文を見よ。官鬼が金に屬して生旺に逢えば、就中それの人を咬むを慮るを要す。官鬼が土に屬して交重發動せば、就中瘟病に染上るを愁うを要す。金鬼發動するは、蹄脾の患あり。それもし世爻を克せば、この牲口さらに碰るべからず、還は人を傷つけん。木鬼發動するは、草結の病あるを主る。もし外卦に在れば、毛色好からず、さらに「螣蛇」を加えれば、必ず惡毛旋毛ありて、相法を妨礙す。水鬼發動するは、寒病あるを主る。たとえば心口涼を發し・黃稀糞を拉するの一類なり。火鬼發動するは、必ず熱を怕るを主り、あるいは熱結の病を生ず。土鬼發動するは、須らく瘟疫の一類を防ぐべし。別に一說ありて爻位に按じて分かつ。官鬼初爻に在れば、腳上に病あり。二爻に在れば、臀胯に病あり。三爻に在れば、腰腿に病あり。四爻に在れば、前腿と脊背とに病あり。五爻に在れば、頸項肩峰に病あり。六爻に在れば、頭上に病あり。もし官鬼震・坎兩宮に落つれば、則ち橋を過ぐり・水を下るの時皆格外當心を要す。
官加蛇雀,必因成訟成驚;(日帶螣蛇發動,異日此畜必有怪異驚駭,若臨朱雀,必因此致口舌爭訟,臨玄武防偷盜,臨白虎防跌撲,如七月乙巳日,因雞瘟卜得噬嗑之頤卦,日辰並起子孫,果應不死,後因夜啼而妻病作。予初不知,及後八月收養蜜蜂,壬寅日卜得屯之坤卦,兄鬼發動,卦無財凶不必言,未半日,群蜂滿身攢聚,驚惶無措,因驗之。乃知前者螣蛇鬼動,而雞夜鳴,今亦螣蛇鬼動,而致此異也。況孟月四爻,仲月五爻,正臨怪爻發動,所以然也。自後屢驗皆應,始知螣蛇真怪異之神也。)福變兄財,可驗食粗食細。(子孫化出兄弟,主口嬌食細;化出財爻,主食粗口雜。)
官鬼に「螣蛇」「朱雀」を加うれば、必ずこの牲口に因りて官司を惹出しあるいは驚を受く。官鬼が螣蛇を帶びて發動せば、日後この牲口必ず怪異驚駭の事あり。朱雀を帶ぶれば、必ずそれに因りて口舌爭訟を招來す。「玄武」を帶ぶれば、須らく偷まるるを防ぐべし。「白虎」を帶ぶれば、須らく跌撲を防ぐべし。一個の例を擧ぐ:七月乙巳日雞瘟に因りて課を起し、《噬嗑》の《頤》を得、日辰と子孫と相併してそれを扶起せり。果然雞死せざりき。然るに後來雞夜裡啼叫して、妻子之に隨いで病を得、我起初緣故を明白せざりき。八月に到りて蜜蜂を收養し、壬寅日占して《屯》の《坤》を得、兄弟・官鬼發動して、卦中財なし。その凶自ずから說くに必らず。半天に到らずして、群蜂滿身攢聚して、人を驚惶無措せしめり。こ の一驗を經て、こそ明白す。前一次は螣蛇官鬼發動して雞夜鳴し、今一次もまた螣蛇官鬼發動してこの怪異を生ぜしなり。況んや孟月の怪爻は四爻に在り・仲月の怪爻は五爻に在り、まさに怪爻發動なるがゆえにかくのごとし。此の後屢試屢驗して、こそ知る、螣蛇は確かに怪異を主るの神なるを。子孫が兄弟あるいは妻財を變出するは、それの食うること精なるか還は粗なるかを驗しうる。子孫が兄弟を化じ出づれば、嘴刁にしてただ細料を食うを主る。財爻を化じ出づれば、食うること粗にして何をも食うを主る。
財連兄弟,乃芻豢之失時;(子化兄,是口嬌不食;財化兄乃人之豢養失時,以致飢餓,非不食也。)子化父母,必勞心之太過。(子孫發動,其畜必良。若化父回頭來克,又是人不愛惜,過勞力以致其傷。)福連官鬼,須防竊取之人;鬼化子孫,恐是盜來之畜。(子孫化鬼,畜其日後必被人盜去,否則必主病死;若官化子,則主其畜是人盜來者。生世合世必有利益;沖世克世必受其累。然必卦中原無子孫方可斷。)
妻財が兄弟に連なるは、それは餵養時候を失せしなり。子孫が兄弟を化するは、牲口嘴刁にして食うを肯んぜざるなり。妻財が兄弟を化するは、則ち人草料を餧うに時に按せず、牲口を餓着せしめ、並にそれの食うを肯んぜざるに非ず。子孫が父母を化じ出づるは、使喚すること太狠なり。子孫發動すれば、この牲口本本當に好きべきなり。然るに它一たび父母を化じ出して回頭して來りて克せば、それすなわち主人愛惜を知らず・過度に役使して以致それを累壞するなり。子孫が官鬼に連なるは、須らく人ありて來りて偷むを防ぐべし。官鬼が子孫を化じ出づれば、恐怕らくはこの牲口本より偷み來れるなり。子孫が官鬼を化するは、この牲口日後必ず人に偷去せらる。然らざればもまた必ず病死す。反して、官鬼が子孫を化ずれば、就中この牲口は別人の盜來せるを主る。それもし世を生じ世に合せば、我還は些かの好處を得。もし世を冲し世を克せば、必ずそれに連累せられん。ただしこの一條は須らく卦中本來子孫なきに非ざれば、こそかくのごとく斷じうる。
官兄交變,難逃口舌之相侵;(卦中兄動變鬼鬼變兄,或二爻俱動,必因此畜而有是非口舌。若文書亦動,必然成訟,世爻入墓,恐有牢獄拘禁之禍。)日月並刑,豈免死亡於不測。(月建日辰動爻帶殺俱來,刑剋子孫而無救者,必死,要知何故而死,以刑剋子孫者斷。如金為蹼脾死,木為草膨死,水為寒凍死,土為瘟病死。如鵝鴨等則丑為牛踏,寅為鷹搏,申為狐竊,戌為犬咬死類。若被世爻刑剋,則是人自傷之死也。)
官鬼と兄弟と交相變化すれば、就中口舌相侵するを逃るる能わず。卦中兄弟動じて官鬼に變じ・官鬼動じて兄弟に變じ、あるいは兩爻同時發動せば、必ずこの牲口に因りて是非口舌を惹出す。もし文書の爻もまた動けば、必定官司を打起す。もし世爻また墓に入れば、恐怕らくは還は牢獄拘禁の禍あらん。日辰月建一齊に來りて刑するは、牲口どうして能く橫死を免れんや。月建・日辰と動爻と皆凶皆凶殺を帶びて、一齊に子孫を刑克して人の救援なければ、牲口必ず死す。それの何に因りて死するを知らんと要せば、就中看る子孫を刑克するは哪一類の爻なるか。金に屬するは蹄脾の病に死す。木に屬するは草を吃して脹死す。水に屬するは寒凍して死す。土に屬するは瘟疫して死す。もし占するは鵝鴨の一類なれば、則ち丑は牛に踩死せらるるを主り、寅は鷹に抓去せらるるを主り、申は狐狸に叼去せらるるを主り、戌は狗に咬死せらるるを主る。もし世爻に刑克せられれば、それすなわち主人自家弄死せしなり。
若占置買,亦宜福動生身;(凡占置買六畜,子孫發動,出產必多,要來生合世爻,必然好買易成;與世沖剋,定難置買。應爻空亡,則無主人。應爻生合世爻而子孫或空或伏者,牙人與我最相契,而無畜可買也。兄鬼發動不惟買之不利,且有禍患不宜買之。)若問利時,最怕妻興化絕。(財爻出現,不空有氣,持世生合,世不受傷克不變兄鬼,即為有利;若不出現,或落空亡,或化死墓絕空,或被兄克弟劫,皆主不利。)
もし牲口を置買するを占せば、もまた須らく子孫發動して來りて卦身を生ずるを要す。およそ牲畜を買うを占するに、子孫發動するは出産多きを主る。それ再び來りて世爻を生合せば、必定買い好く・成交もまた容易なり。それもし世と冲克せば、就一定買い難し。應爻空亡に落つれば、則ち賣主を找到せざるなり。もし應爻が世爻を生合して子孫落空あるいは隱伏せば、それは牙行經紀と我と甚だ投合すれども、惜しいかな牲口の買うべきなし。もし兄弟・官鬼發動せば、あれただ買うに利ならざるのみならず、還は禍を招く。購置するを宜とせず。もし利を獲るを問わば、最も財爻興動して絶地に化入するを怕る。財爻が卦上に出現して・落空せず・氣ありて、また世を持しあるいは來りて生合し、世爻傷克を受けず、財もまた兄弟官鬼に變成せざれば、こ れすなわち利あり。もし財爻出現せず、あるいは空亡に落ち、あるいは死・墓・絶・空に化入し、あるいは兄弟に克奪劫去せられれば、皆利ならざるを主る。
或賭或斗,皆宜世旺財興;(北人好鬥鵪鶉、雞、羊,南人好鬥促織、黃頭鳥。凡占此要世爻有氣克應,子孫發動,即是我勝,世雖不克、得月建日辰動爻,刑剋應爻亦勝;若世被應克,子孫空伏,官鬼發動,日月動爻反來刑剋,是他勝;最怕父母帶殺旺動,則禽蟲有鬥死之患。財爻持世生合皆吉。兄鬼持世是我輸。世應比和,六爻安靜,子孫空伏,賭斗不成。世應俱空,亦賭不成。)或獵或漁,總怕應空福絕。(凡占漁獵,要應生世,世克應,子孫生財,便主有得;若應爻空亡,子孫受克,或臨死絕,必然空出空回,無所獲也。鬼爻旺動克世,須防猛獸害人。兄弟發動,雖有不多。得子孫動臨身世則吉。)
賭勝を論ずるも蟲を鬥し禽を鬥するを論ずるも、皆世爻旺相にして財爻興動するを宜とす。北方人は鶉を鬥し・雞を鬥し・羊を鬥するを好み、南方人は蟋蟀・黃頭鳥を鬥するを好む。およそ這類の事を占するに、須らく世爻氣ありて能く應を克し、子孫また發動すれば、それすなわち我贏なり。世爻縱い應を克する能わずとも、ただ月建・日辰あるいは動爻の往きて應爻を刑克せば、一樣に贏なり。もし世爻反って應爻に克せられ、子孫落空あるいは隱伏し、官鬼發動して、日月動爻また倒れて來りて我を刑克せば、それすなわち對方の贏なり。最も父母が凶殺を帶びて旺動するを怕る。かくのごとくなれば禽蟲就中鬥死の虞あり。財爻が世を持しあるいは來りて生合するは、皆吉なり。兄弟・官鬼が世を持すれば、就中我輸なり。もし世應比和して・六爻安靜にして子孫空伏せば、賭鬥就中成らず。世應皆落空するも、一樣に賭成らず。獵を打ち魚を捕るに至っては、總じて應爻の落空・子孫の落絶を怕る。およそ漁獵を占するに、須らく應爻が世を生じ・世爻が應を克し・子孫が財を生じて、こそ獲る所有るを主る。もし應爻空亡に落ち、子孫克を受け、あるいは死絶に臨めば、必定空手にして出去・空手にして回來して、一も得る所なし。官鬼旺動して來りて世を克せば、須らく猛獸の人を傷るを防ぐべし。兄弟發動すれば、縱い得る所有るとももまた多からず。もし子孫發動して身世に臨めば、それすなわち吉なり。
乳抱者宜胎福生旺而無傷;(凡占畜養、母豬、羊及抱雞鴨鵝卵類,要胎福二爻生旺不受刑剋,便無損失;若自空或帶鬼必難生育;化空絕化鬼,則主後有損;旺空一半無事;福旺財空,雛出好而利輕。)醫治者要父官衰絕而有制。(六畜有病占醫治療,要子孫旺相,有氣不落空亡,不遭刑剋而父母官鬼休囚墓絕,或雖動而有制,不死。若子孫無故自空。或化死墓空絕,或化官鬼,或父母帶殺乘旺動克,皆不能救,雖用醫治亦必死。應爻空亡及被世克者,醫必不來。)
哺乳孵抱を占するに、胎爻と子孫と生旺にして傷を受けざるを宜とす。およそ母豬・母羊を畜養し、および雞鴨鵝の窩を抱き卵を孵すの一類を占するに、皆須らく胎・福二爻生旺にして刑克を受けざれば、こそ損失なし。この兩爻もし無故に自ら空にし、あるいは官鬼を帶ぶれば、就中生育し難し。もし空・絶に化入し、あるいは官鬼を化じ出づれば、日後必ず損傷あり。もし旺にして空なれば、則ち一半事なし。もし子孫旺にして財爻落空するは、それは雛兒出づること好しと雖も、利を獲ること有限なり。醫治を占するは、則ち須らく父母官鬼衰絶にしてまた制伏あるを要す。六畜病ありて醫治を占するに、須らく子孫旺相氣あり・空亡に落ちず・刑克を遭わず、同時に父母・官鬼休囚墓絶にし、あるいは發動すると雖も別に制伏あれば、牲口こそ死せざらん。もし子孫無故に自ら空にし、あるいは死・墓・空・絶に化入し、あるいは官鬼を化じ出し、あるいは父母が凶殺を帶びて旺を乘じて發動して來りて克せば、それすなわち救い回る能わず。縱い醫治するとも必ず死す。應爻もし空亡に落ち、あるいは世爻に克せられれば、獸醫もまた請い來る能わず。
求名
書讀五車,固欲致身於廊廟;胸藏萬卷,肯甘遁跡於丘園。要相國家當詳易卦,父爻旺相,文成擲地金聲;鬼位興隆,家報泥金喜捷。(凡占功名,以父為文章,鬼為官職,二者一卦之主,缺一則不成。若父爻旺相,文章必佳;官鬼得地,功名有望。古人及第,以泥金灼字附家書以報,謂之喜信,故借引之,非以鬼為音信也。讀是篇者,勿以辭害義可也。)
書を讀んで五車の多きに到るは、本より朝廷に躋身せんと想うなり。胸中に萬卷の書を藏えて、どうして山林に隱居するを甘心せんや。國家を輔佐せんと要せば、當に易卦を細審すべし。「父母」爻旺相なれば、文章寫成すれば便ち地に擲りて金石聲を作すの分量あり。「官鬼」の位興隆なれば、家中就中泥金報捷の喜信を收到しうる。およそ功名を占するに、父母を以て文章を代表し・官鬼を以て官職を代表す。こ の兩者は一卦の主にして、一樣を缺けば就中成らず。父爻旺相なれば、文章必ず佳なり。官鬼地を得れば、功名望あり。古人考中すの後、泥金を用いて字を寫して家書裡に附して喜を報じ、これを喜信と稱す。ゆえにここに借りて來りて事を說く。並に官鬼を當てて音信と作して看るに非ず。こ の一篇を讀むの人、辭に因りて意を害する勿れ。
財若交重,休望青錢中選;福如發動,難期金榜題名。(財福二爻,凡占皆喜見之,惟卜功名反為惡殺,蓋財能克父,子能克鬼故也,但宜休囚安靜則吉,當權發動決無成望。)
妻財もし交重發動せば、就中靑錢のごとく萬選萬中を指望する勿れ。子孫もし發動せば、就中金榜題名を望み難し。財・福兩爻は別の占問裡に於ては人人見るを喜ぶ。ただ功名を占する時反って惡殺と成る。妻財能く父母を克し・子孫能く官鬼を克すればなり。こ の兩爻はただ休囚安靜を宜としてこそ吉なり。一旦權に當りて發動せば、功名就中斷じて指望なし。
兄弟同經,乃奪標之惡客;(五行同類者為兄弟,求名見之,乃是與我同經之人。若不上卦,或落空亡死絕大象遇吉者,必中魁首;如發動或月建日辰俱帶兄弟,則同經者多必能奪我之標,不得中矣,縱大象可成,名亦落後。)日辰輔德,實勸駕之良朋。(日辰為卜卦之主,能成事亦能壞事。如父母官鬼無氣,事必難成,若得日辰扶起剋制惡殺,仍舊有望,故曰輔德。或世爻衰靜,得日辰生合,或世爻空亡,得日辰沖實,主其人必不上前求名,而有親友勸其進取,或資助盤費,輔其前往求名也。)
兄弟は我と同一經を治するの對手を代表して、魁を奪い來るの惡客なり。五行世爻と同類なるはすなわち兄弟なり。功名を求むる時それを見れば、便ち我と同一部の經書を治め・同場に競爭するの人なり。兄弟もし卦に上らず、あるいは空亡死絶に落ち、しかして卦の大象また吉なれば、あれ必ず頭名に中る。もし兄弟發動し、あるいは月建・日辰皆兄弟を帶ぶれば、同經の人多きを說明し、必ず能く我の名次を奪去して、考中らず——縱い大象還は成りうるとも、名次もまた落後せん。日辰の來りて我の德を輔助するは、それは我に上路を勸むの好朋友なり。日辰は一卦の主にして、能く事を成しもまた能く事を壞す。たとえば父母・官鬼皆氣なく、事本より成り難し。然るにもし日辰のそれを扶起し・また惡殺を克制住するを得れば、依然として望あり。これを輔德と叫ぶ。またたとえば世爻衰弱安靜にして日辰の生合を得、あるいは世爻空亡に落ちて日辰の冲實を得れば、皆此人本來出頭して名を求むるを肯んぜざるに、卻って親友ありてそれに進取を勸め、あるいは盤纏を資助して、それを幫着して前に往きて應試せしむるを主る。
兩用相沖,題目生疏而不熟;(求名卦以官父為用爻,喜合而不喜沖,若見兩官兩父相沖,主出題生澀不熟也。)六爻競發,功名恍惚以難成。(占官六爻皆喜安靜,只要父母官鬼有氣不空,月建日辰不來傷克則吉,如有一爻發動,便不順利,且如財動則傷父,子動則傷官,兄動則他人有所先,鬼動則事體有變,父動則文不純正。凡動則有變,變出之爻又有死墓空絕刑剋等爻,皆為破敗,故凡亂動,卦不必仔細推究,其不吉大概可知矣。)
兩個の用神彼此相冲するは、考る所の題目就中生僻にして熟せず。名を求むるの卦は官鬼・父母を以て用爻と爲し、相合を喜びて相冲を喜ばず。もし兩個の官鬼あるいは兩個の父母互相冲擊するを見れば、就中出す所の題目生澀にして・平日熟讀せざるを主る。六爻爭いて發動するは、功名就中恍惚にして成り難し。官を占するに六爻安靜を以て好と爲し、ただ父母・官鬼氣ありて落空せず、月建・日辰また來りて傷克せざれば、便ち吉なり。ただ一爻の發動あれば、就中順利ならず。財動すれば父母を傷り、子動すれば官鬼を傷り、兄動すれば則ち人に先んじて搶せられ、鬼動すれば則ち事體變を生じ、父動すれば則ち文章純正ならず。およそ發動すれば須らく變ず。變出の爻もしまた死・墓・空・絶に落ちあるいは刑克を帶ぶれば、あれ皆破敗の象なり。ゆえに凡そ六爻亂動の卦に遇えば、細究するに必らず、大略もまたそれの吉ならざるを知る。
月克文書,程式背而不中;(父旺不空,動爻日辰又不沖剋,其文字字錦繡;若遇兄弟刑沖,文章陳腐無鮮麗之句;妻財傷克,必多破綻;子孫刑害,乃是弄巧成拙;不宜月建沖剋,其文自行已意,必不中試官之程式也。凡帶父刑害敗病等爻,及化出者,其文皆有敗破,不能錄取。)世傷官鬼,仕路窒而不通。(世乃求名之人,大忌財福臨之,必難稱意。若持官鬼或得官鬼生合,方有指望;若臨子孫剋制官鬼,是仕路未通,徒去求謀無濟也。)
月建が文書を克傷すれば、文章便ち程式に違背して中選せず。父母旺相にして落空せず、動爻と日辰とまた來りて冲克せざれば、あの文章字字錦繡なり。もし兄弟の刑冲に遇えば、文章陳腐にして・鮮活の句子なし。もし妻財に傷克せられれば、文中必ず破綻多し。もし子孫の刑害に遭えば、それは巧を弄して拙と成すなり。最も月建の來りて冲克するを宜とせず。かくのごとくなれば文章一味自ら己意を逞ばし、必ず考官の程式に合せず。およそ父母が刑・害・沐浴・病の等の爻を帶び、あるいはこれらの爻に由りて化出するは、文章皆破敗の處ありて、錄取する能わず。世爻の往きて官鬼を傷克するは、仕途就中閉塞して通ぜず。世爻は名を求むるの本人を代表す。最も妻財・子孫のその上に臨むを忌む。あれ必ず心を稱し難し。世爻もし官鬼を持し、あるいは官鬼の來りて生合するを得れば、こそ指望あり。もし世爻子孫に臨みて往きて官鬼を克制せば、それは仕途未だ通ぜず、白く往きて鑽營するも事に濟なし。
妻財助鬼父爻空,可圖僥倖;(父母空亡,名不可望,若得財爻發動,生扶鬼爻有氣,其事僥倖可成,然須子孫安靜,則可許,蓋財不嫌發動者,以文書在空故也。)福德變官身位合,亦忝科名。(卦無官鬼,若得子孫發動,變出官鬼,生合世身,事亦有成,然須得文書,有氣無損則吉。此二條名雖有望,皆不可許其高中魁甲,蓋以卦象不出自然故也。)
妻財の往きて官鬼を生助して父母爻恰好落空するは、還は僥倖に求め得うる。父母空亡に落つれば、功名本本來望なし。然るにもし財爻發動して往きて官鬼を生扶し・官鬼をして氣あらしめば、事情還は能く僥倖に成就す——ただし須らく子孫安靜にしてこそ許す。この時財爻發動を嫌わざるの所以は、まさに文書本より已に落空して、財爻克るべき父なければなり。子孫が官鬼を變出して卦身と相合するも、もまた能く勉强に科名に挂上うる。卦中本來官鬼なく、もし子孫發動して官鬼を變出して來りて世爻卦身を生合せば、事情もまた能く成る。ただし依然として須らく文書氣ありて損なきに非ざれば、こそ吉と算す。以上のこ の兩條は指望あると雖も、卻って皆彼に高中魁首を許すべからず。卦象は自然生成するに非ざればなり。
出現無情,難遂青雲之志;(卦中官父俱全,固是吉兆,若不臨持身世,或不生合世身,或被世爻沖剋,或被日月破壞,或臨死墓空絕,皆謂無情,雖在卦中,與我無益,所以難遂青雲之志也。)伏藏有用,終辭白屋之人。(官父不全,功名難望,但看所伏者有用無用斷之。如飛神不遇沖開,伏神不遇提起,謂之無用,決主不成;若飛神沖剋得開,伏神提挈得起謂之有用,終是可成。若得月建提起最吉,日辰次之,動爻又次之,更得伏上飛爻在空,尤妙。)
用神出現すと雖も我に對して情なければ、靑雲の志便ち實現し難し。卦中の官鬼・父母齊全するは、固より吉兆なり。然るに它らもし身世に臨まず、あるいは來りて世身を生合せず、あるいは反って世爻に冲克せられ、あるいは日月に破壞せられ、あるいは死・墓・空・絶に落つれば、こ れ皆情なしと叫ぶ——卦中に在ると雖も、我に益なし。ゆえに靑雲の志を遂げ難し。用神隱伏すと雖も依然として用あれば、此人終に寒門を辭別しうる。官鬼・父母齊全せざれば、功名本本來指望し難し。就中看る所伏のあの一爻の用あるか用なきか。もし飛神曾て冲開せられず、伏神もまた人の提起するなければ、就中これを無用と叫び、功名決して成らず。もし飛神冲克せられて開き・伏神提挈せられて起れば、就中これを有用と叫び、終究成りうる。伏神を提起するに月建を以て最吉と爲し、日辰これに次ぎ、動爻またこれに次ぐ。もし伏神の上に壓するの飛爻恰好落空せば、それすなわちさらに妙なり。
月建克身當被責,(月建為考試官,若在身爻發動,刑剋世爻,而官父失時者,必遭杖責;若化子孫必遭斥逐;若化兄弟,廩膳生最忌之,輕則革糧,重則追罰。)財如生世必幫糧。(卦中父母避空,而財爻發動,生合世爻者,必有幫糧之喜。月建帶財化財,或官化財生合世爻,皆吉。大抵廩生小試最不宜兄弟發動。或臨卦身世爻,或臨日辰月建,皆是革糧之兆,財爻無故自空亦然。若得財臨身世,或伏世下,雖不稱情,糧必如舊。)
月建の來りて卦身を克するは、考場上に於て責罰を挨くを要す。月建は主考官を代表す。それもし卦身の爻上に發動して來りて世爻を刑克し、しかして官鬼・父母又皆令に當らざれば、此人必ず杖責に遭う。月建もし子孫を化じ出づれば、必ず斥退驅逐せられん。もし兄弟を化じ出づれば、それは廪膳生の最も忌む所にして、輕ければ則ち廪糧を革去し、重ければ則ち還は罰沒を追繳せん。財爻もし來りて世を生ずれば、必ず廪糧を添給せらるるを得。卦中の父母まさに空亡裡に躲在して難を避くるに、しかして財爻發動して來りて世爻を生合せば、必ず廪糧を增給するの喜あり。月建が財を帶びてまた財を化し、あるいは官鬼が財を化して來りて世爻を生合するは、皆吉なり。大体上廪生は小試に應ず。最も兄弟發動を宜とせず。兄弟もし卦身・世爻に臨み、あるいは日辰・月建に臨めば、皆廪糧を革除するの兆なり。財爻無故に自ら空亡に落つるも一樣なり。もし財爻身世に臨み、あるいは世爻の下に伏せば、十分意を稱せずと雖も、廪糧は總じて照舊しうる。
父官三合相逢,連科及第;(卦有可成之象,而又有三合爻動,會成官鬼局者,必主連科第,大吉之兆;會成父局亦吉;會成財福二局不利,會成兄弟局者,惟廩生忌之,餘皆無損益。)龍虎二爻俱動,一舉成名。(青龍白虎俱在卦中,動來生合世爻,必中魁選,若持官父或持身世尤妙,此固非理,但借虎榜之象耳,然亦有驗。)
父母・官鬼さらに三合會局に遇えば、就中能く連ねて科に登る。卦中本より成るべきの象ありて、また三爻會合して動き、官鬼局を會成するは、必ず連科及第を主る。是れ大吉の兆なり。父母局を會成するもまた吉なり。妻財局・子孫局を會成すれば則ち利ならず。兄弟局を會成するは、ただ廪生それを忌むのみ、その餘の人は損なくもまた益なし。「靑龍」「白虎」兩爻一齊に發動するは、一擧就中名を成しうる。靑龍・白虎皆卦中に在りて、また發動して來りて世爻を生合せば、必ず魁選に中る。它らもし官鬼・父母を持し、あるいは身世を持せば、それすなわちさらに妙なり。これは道理上原より講通せず、不過科舉の虎榜と稱するの意象を借るのみ罷り。然るに確實に驗あり。
殺化生身之鬼,恐發青衣;(占官以子孫為殺,乘旺發動必遭斥退,若得本宮官鬼伏在世下,或卦身持鬼,或子孫自化鬼爻生世,終不脫白無過降青衣而已。卦有財動合住子孫,可用此財謀干庶復舊職。)歲加有氣之官,終登黃甲。(太歲乃天子之爻,凡占功名,最喜見之。若臨鬼爻是人臣面君之象,更得生旺有氣,必然名姓高標。)
凶殺が一個の來りて我を生ずるの官鬼を化じ出づれば、恐怕らくはただ靑衣に降作する能くのみ。官を占するに子孫を以て凶殺と爲す。它旺を乘じて發動すれば必ず斥退に遭う。ただしもし本宮の官鬼世爻の下に伏し、あるいは卦身が官鬼を持し、あるいは子孫自己官鬼を化じ出して來りて世を生ずれば、則ち終究白身を脫する能わず、不過靑衣に降ずるのみ罷り。この時卦中もし財爻發動して子孫を把りて合住せば、就中この筆の財を用いて往きて打點しうる。或いは還は能く舊職を恢復せん。太歲さらに一個の氣ある官鬼を加うれば、終に能く黃甲に登る。太歲は天子の爻にして、凡そ功名を占するに最もそれを見るを喜ぶ。それもし官鬼に臨着せば、就中人臣の君に面するの象なり。もしさらに生旺氣あれば、必定姓名榜上に高標せん。
病阻試期,無故空臨於世位;(動爻日辰不傷世爻,而世爻自落空亡者,謂無故自空,大凶之兆。試前占去不成,強去終不利,輕則病,重則死。如在本宮內卦,在家即病;在三四爻,出門病;在五爻,途中病;在六爻,到考處病;在應爻又屬他宮,則臨考有病,不得入試。若試後占其事,必不成大象,吉名成身喪。)喜添場屋,有青龍合於身爻。(青龍主喜慶事,若大象既吉,更得龍動來生合世身,必然別有喜事並臨,不但成名而已。若空動為虛喜。)
病に因りて考期を耽誤するは、世位上に無故に空亡に落ちしなり。動爻と日辰と皆世爻に傷到せずして、世爻卻って自己空亡に落つれば、こ れを無故自空と叫び、是れ大凶の兆なり。考試の前に占せば、則ち去り成らず。勉强往かんと要すとも、終究利ならず。輕ければ則ち病を生じ、重ければ則ち命を送る。再び爻位に按じて分かつ。世爻本宮内卦に在れば、就中家裡に於て病す。三・四爻に在れば、門を出でれば就中病す。五爻に在れば、路上に於て病す。六爻に在れば、考場に到りてこそ病す。もし應爻に在りてまた他宮に屬せば、それすなわち考に臨みて病倒し、考場に進む能わず。もし考わり完るの後この事を占せば、あれもまた必ず成らず。縱い大象吉なるとも、もまた功名成りて人身亡ぶなり。喜事考場の上に添うるは、「靑龍」が卦身と相合するなり。靑龍は喜慶の事を主る。卦の大象既に吉にして、また靑龍發動して來りて世身を生合するを得れば、必定別に喜事ありて同時に到來す。ただ中擧するのみに止まらず。ただし靑龍もし空にして動けば、それすなわちただ一場の空歡喜のみ。
財伏逢空,行糧必乏;(六爻無財,本宮伏財又居空地,其人必乏路費,若世爻更在衰弱之鄉,則是貧窮之士。如逢月建日辰動爻生合扶助,必得親友資其費用。若得應爻動來生合,多是妻家看覷周全。)身興變鬼,來試方成。(卦遇不成之兆,而得卦身或世爻變出官鬼有氣,而本宮父母不壞者,今雖未成,下次必然中試也。)
財爻隱伏にしてまた空に逢うは、路上の盤纏必定短缺す。六爻中に財を見ず、本宮の伏する所の財爻また空地に落つれば、此人必ず路費を缺く。もし世爻また衰弱の鄕に處れば、それすなわち一個の貧寒の士なり。倘若月建・日辰あるいは動爻の生合扶助に遇えば、必ず親友の費用を資助するを得。もし應爻發動して來りて生合するを得れば、多半是妻家の周全照應なり。卦身興動して官鬼を變出するは、下一回來りて考えてこそ中るを得。卦已に成らざるの兆を現すと雖も、ただ卦身あるいは世爻が一個の氣ある官鬼を變出して、しかして本宮の父母また損壞なければ、則ちこ の一回は未だ考中らずと雖も、下一科必ず能く中試せん。
卦值六沖,此去難題雁塔;爻逢六合,這回必佔鰲頭。(凡事遇合則聚,逢沖則散,故占功名得六沖卦必難求,六合卦必易得也。然大體須以衰旺動靜參之,不可執滯。)父旺官衰,可惜劉賁之下第;父衰官旺,堪嗟張奭之登科。(父母官鬼皆要有氣無損,然後可成,若父雖旺相,官鬼空亡或不上卦,是其人文字雖好,奈命無官星,亦不能中,如劉賁之錦繡文章,竟不登第也。若父雖衰弱,得官爻旺動扶起文書,是其人文字雖平常,而命中官星發現,可許有成,如張奭之文章,雖欠精美反登高第也。若官旺父空,決至下第。)
卦が六冲と成るは、こ の一趟は雁塔上に題名し難し。爻が六合と成るは、こ の一回必定獨り鰲頭を占む。凡事合に逢えば則ち聚り・冲に逢えば則ち散ず。ゆえに功名を占して六冲卦を得れば必ず求め難く、六合卦を得れば必ず手に到り易し。ただし大体上依然として須らく衰旺動靜を參看して、一條を死守すべからず。父母旺にして官鬼衰なれば、惜しいかな劉蕡のごとく落第せん。父母衰にして官鬼旺なれば、嘆ずべし張奭のごとく反って科に登らん。父母と官鬼と皆須らく氣ありて損なからんことを要して、功名こそ成るを得。父母旺相なると雖も、官鬼卻って空亡に落ちあるいは卦に上らざれば、それは此人文章好しと雖も、無奈命中に官星なし。照樣中る能わず——唐人劉蕡の一篇の錦繡文章竟然第せざるは、すなわちこ の道理なり。反して、父母衰弱なると雖も、卻って官鬼旺動に文書を扶起せらるるを得れば、それは此人文章平常なると雖も、しかして命中官星顯現して、成りあるを許しうる——唐人張奭の文章並に精美ならざるに反って高中せるは、すなわちこ の道理なり。もし官鬼旺にして父母落空せば、それすなわち必定落第す。
應合日生,必資鶚薦,動傷日克,還守雞窗。(父官死絕,名必不成,若應爻動爻或月建日辰扶起官鬼,必須浼人推薦或用財禮買求,方許有成。若遇月日動變傷克,縱然官爻有氣,亦是難求。)世動化空用旺,則豹變翻成蝶夢;(求名以官父用爻,若得旺相不遭刑剋,必中科第;如遇世爻發動變入死墓空絕,恐名成後不能享福。游魂卦死於途中,歸魂卦到家而死,墓絕是太歲逾年而死也。)
應爻の來りて合し・日辰の來りて生ずるは、必ず人の擧薦に靠るなり。動爻の來りて傷り・日辰の來りて克するは、就中還は須らく書窗を守りて苦讀すべし。父母・官鬼死絶に落つれば、功名必ず成らず。もし應爻・動爻あるいは月建・日辰が官鬼を扶起せば、それすなわち人を托して推薦するに非ざれば、あるいは些かの財禮を花して往きて打點して、こそ成りあるを許す。もし月建・日辰あるいは變爻の來りて傷克するに碰上せば、則ち官爻縱い氣あるとも、依然として求め難し。世爻發動して空亡に化入して用神卻って旺なるは、それ便ち豹變して文と成るも反って一場の蝶夢と化作す。名を求むるに官鬼・父母を以て用爻と爲す。它ら旺相にして刑克を遭わざれば、必ず科第に中る。然るにもし世爻發動して死・墓・空・絶に變入せば、ただ功名手に到ると雖も卻って福を享くる能わざるを怕る。遊魂卦は途中に死するを主り、歸魂卦は家に到りて死するを主り、墓絶に落つれば則ち年を過ぎ・太歲の期に到りて死す。
身官化鬼月扶,則鵬程連步蟾宮。(卦身為萬事之體,功名尤宜看之,最怕臨財臨福,便不容易,如得官父臨之,必有成望。更若出現發動又化官爻,而得月建生合者,大吉之兆,必主聯科及第,非特京省一捷而已。)更詳本主之爻神,方論其人之命運。(本主者,求名本人之主爻也。自占固以世爻論,若代占則看是何人,如子侄求名看子,朋友看兄類。此爻最怕化出忌殺,雖大吉象未可易許,其餘世爻同看,如此搜索吉凶,自然應驗。)雖賦數言,總論窮居之得失;再將八卦,重推致用之吉凶。
卦身上の官鬼また官鬼を化じ出して・また月建の扶助を得れば、それすなわち鵬程萬里・步步蟾宮に登上す。卦身は萬事の主體にして、功名を占するに尤もそれを看るを要す。最もそれの妻財に臨み・子孫に臨むを怕る。かくのごとくなれば事情就容易ならず。もし官鬼・父母の卦身に臨むを得れば、必ず成望あり。もしそれ出現してしかも發動し、また官鬼を化じ出し、還は月建の來りて生合するを得れば、それは大吉の兆にして、必ず連科及第を主る。ただ京試・省試の一場に中るのみに止まらず。還は須らく本主の爻を細看して、こそこの人の命運を論じ好し。いわゆる本主とは、名を求むるの人自身の主爻なり。自己占するに自然に世爻を以て論ず。もし人に替わりて代占せば、就中看る占する所は甚麽人なるか——子侄の名を求むるに子孫爻を看て、朋友の名を求むるに兄弟爻を看て、これに依りて類推す。こ の一爻は最も忌神凶殺を化じ出づるを怕る。縱い大吉の象なるとも軽易に彼に許すべからず。その餘は世爻に照らして一樣に看る。かくのごとく細細吉凶を搜尋せば、自然應驗す。以上ただ幾句の賦文を寫したるのみと雖も、總じて寒士の出身の得失を一徧講じ畢れり。下面再び八卦を拿りて來りて重ねて實際應用中の吉凶を推演せん。
仕宦
為國求賢,治國之本;致身輔相,祿養為先。旺相妻財,必得千鍾之粟;(未仕求名,不要財爻;已仕貴人,要見財爻。蓋有爵必有祿,未有無俸而得官者。故凡占官員得此爻旺相,俸祿必多;休囚定然微薄。卦中無財或落空亡,未得俸祿;財動逢沖,任後因事減俸,或日辰月建沖財而刑害世爻及官爻者,恐有停俸罷職之患。)
國家に替わりて賢才を求取するは、國を治むるの根本なり。出仕して君主を輔佐するは、先に俸祿ありて身を養うを要す。「妻財」旺相なれば、必ず千鍾の粟の厚祿を得。未だ曾て出仕せずして功名を求むるの人は、財爻を要せず。已に官を做りしの人は、則ち財爻を見るを要す——爵位あれば便ち俸祿ありて、從來官を做りて俸なきあらざればなり。ゆえに凡そ官員を占するに、財爻旺相なれば則ち俸祿豐厚にして、休囚なれば則ち俸祿微薄なり。卦中財なくあるいは財空亡に落つるは、還は未だ俸祿を領到せざるなり。財爻發動してまた冲に逢うは、任に到るの後事に因りて俸を減せらるるなり。もし日辰・月建が財爻を冲克してまた世爻と官爻とを刑害せば、恐怕らくは還は俸を停め職を革せらるるの患あらん。
興隆官鬼,定居一品之尊。(鬼為官爵,旺相有氣,官高爵大;休囚死絕官小職卑,發動生合世爻或得月建日辰生扶,必有升擢遠播都下;安靜不動而被月建日辰克害者,或世爻刑沖剋害者,必無聲名聞望。)
「官鬼」興隆なれば、一定に官一品の尊に居る。官鬼は官爵を代表す。旺相氣あれば則ち官高く爵顯れ、休囚死絶なれば則ち官小さく職卑し。它發動して來りて世爻を生合し、あるいは月建・日辰の生扶を得れば、必ず升遷ありて、名聲還は京城に傳到しうる。これに反して、它安靜動かずして卻って月建・日辰に克害せられ、あるいは世爻に刑冲克害せられれば、此人就中必ず聲望言うべきなし。
子若交重,當慮剝官削職;(子孫乃傷官之殺,最喜空亡墓絕,尤宜安靜受制則吉。若在卦中發動,所謀必不遂意,未仕則不能除選;已仕則有奪官褫職之禍。鬼爻更若無氣,必至除名落籍,非但貶責降罰而已也。)兄如發動,須防減俸除糧。(兄弟乃劫財之神,空亡不上卦或臨死絕安靜則吉。若發動,未免費財,多招誹謗,俸祿亦不稱意,更與子孫同發或就化子孫,必有除糧減俸之事也。持世臨身皆不利。)
子孫もし交重發動せば、就中官を剥ぎ職を削るに及ぶを慮るを得。子孫は官鬼を傷克するの凶殺にして、仕宦を占する時最もそれの空亡・墓絶に落つるを喜び、尤も安靜にして人に制住せられてこそ吉と宜す。它もし卦中に發動せば、謀る所必ず意を稱せず。官を做らざれば選上せられず、已に官を做れば官を奪い職を革するの禍あり。官鬼もしさらに氣なければ、就中名を除き籍を落すに至りて、ただ貶責降罰のみに止まらず。兄弟もし發動せば、須らく俸を減じ糧を革せらるるを防ぐべし。兄弟は財爻を劫奪するの神にして、空亡に落ち・卦に上らずあるいは死絶に臨みて安靜なるを以て吉と爲す。它一たび發動すれば、錢財を破費し・誹謗を多招するを免れず、俸祿もまた心を稱せず。もし再び子孫と同時發動し、あるいは自己子孫を化じ出づれば、必ず糧を革し俸を減ずるの事あり。兄弟持世して身に臨むも、皆利ならず。
父母空亡,休望差除宣敕;(父母為印緩文書、誥牒宣敕、奏疏表章,卦中不可無,宜旺不宜衰,扶世最吉。若持太歲有氣生合世爻,主有朝廷宣召;如加月建,多是敕制及上司獎勵之類;最怕沖空化空,則多不實;衰靜空亡,必無宣敕亦無差除;卦無父母休望遷選。)官爻隱伏,莫思爵位升遷。(官爻為占官之象,若得臨持身世,或來生合世爻,不受月建日辰沖剋者,凡有謀望必然稱意;若不上卦,或落空亡,雖出現墓絕無氣及受剋制,皆不如意,世身沖剋亦凶。)
父母空亡に落つれば、就中委任の敕命を指望する勿れ。父母は印信文書・誥命敕牒および奏疏表章を代表して、卦中缺くべからず。旺を宜として衰を宜とせず、能く世爻を扶助して最吉なり。父母もし太歲を持して氣ありて・また來りて世爻を生合せば、朝廷の宣召あるを主る。もし月建を加えれば、多半是敕命制書あるいは上司の奬勵なり。最もそれの冲に逢い空に落ちあるいは空に化するを怕る。かくのごとくなれば多半落實せず。它もし衰弱安靜にしてまた空亡に落つれば、就中既に敕命なくもまた差委なし。卦中根本に父母なければ、さらに遷轉銓選を指望する勿れ。官爻隱伏して現れざれば、就中官を升るを想う勿れ。官鬼は官を占するの正象なり。それもし身に臨み世を持し、あるいは來りて世爻を生合して、また月建・日辰に冲克せられざれば、凡そ謀望あれば必然意を稱す。もし它卦に上らず、あるいは空亡に落ち、縱い出現するも卻って墓絶に落ち氣なく・また克制を受くれば、皆意のごとくならず。它の往きて世爻卦身を冲克するも、同じく凶なり。
月建生身,當際風雲之會;歲君合世,必承雨露之恩。(太歲乃人君之象,月建是執政之官。若得生合世身爻,必有好處;惟怕沖剋世身,必遭貶謫。如月建扶出官爻世爻者,必是風憲之職;太歲加父母扶出官鬼及世爻者,必有天恩,更得日下生旺之地尤美,衰絕逢空無用。)
月建の來りて卦身を生ずるは、まさに風雲際會の時に逢うなり。太歲と世と相合するは、必ず君上の雨露の恩を承受す。太歲は君主の象にして、月建は權に當り政を執るの官なり。它らもし來りて世爻・卦身を生合せば、必ず好處あり。ただ它らの世身を冲克するを怕る。それすなわち須らく貶謫に遭わん。もし月建が官爻と世爻とを扶出せば、此人必ず風憲の職に任ぜん。もし太歲が父母を加着して官鬼と世爻とを扶出せば、必ず天恩を蒙る。再び當下生旺の地に落つれば就中さらに好し。もし它ら衰絶あるいは空に逢えば、それすなわち皆管用せず。
世動逢空,官居不久;(未任者卦中世動,必無京官牧守;若是出巡之職,反為順利。已任遇之官居不久,更遇日辰動爻相沖,必不久任政事。)身空無救,命盡當危。(世爻無故自空,不拘已任未任,必有大難,甚至死亡。若欲求謀幹事,則主不成。)
世爻發動してまた空に逢うは、この官做ること長久せず。未だ任に到らざるの人は、卦中世爻發動すれば、京官あるいは一方の牧守に當らず。ただしもし出巡して外に在るの差使なれば、反って順利なり。已に任に到りしの人が世動して空に逢うに遇えば、官位就中坐ること長からず。もし再び日辰あるいは動爻の來りて冲するに遇えば、一定幾久しくする能わずして就中卸任せん。卦身落空にして救なくんば、壽數已に盡きて、處境就中危險なり。世爻無故に自ら空亡に落つれば、已任未任を論ぜず、必ず大難ありて、甚至命を喪す。もし事を幹謀せんと想わば、もまた一概に成らず。
鬼化福沖當代職,(出巡官宜鬼爻發動,牧守官宜鬼爻安靜。若鬼動化子,必有別官代職,不然亦被他人所先也;子動化鬼,則先難後易,或先凶後吉,官福皆動,亦主有官替代。)財臨虎動必丁憂。(凡占官不可無財,亦不可發動。若鬼爻有氣而得財動扶起,必須用財謀干,方得升遷。若父母衰弱而遇此爻,加臨白虎旺動者,必有丁憂之事,財化子,子化財,或財臨世動,或子動而父母無故自空者,皆主丁憂。)
官鬼が子孫を化じ出してまた來りて相冲せば、人ありて來りてこの職位に接替せん。出巡して外に在るの官は官鬼發動を宜とし、土を守り民を牧するの官は官鬼安靜を宜とす。もし官鬼動じて子孫を化じ出づれば、必ず別の官ありて來りてこの職に代えん。然らざればもまた他人に先を搶せられん。もし子孫動じて官鬼を化じ出づれば、それすなわち先難後易・先凶後吉なり。官鬼と子孫と皆動けば、同じく人ありて來りて替代するを主る。財爻「白虎」に臨みて發動すれば、必ず丁憂の事あり。凡そ官を占するに財爻なかるべからずと雖も、可もまたそれの發動を宜とせず。もし官鬼氣ありて財爻發動して來りて扶起するを得れば、それすなわち必ず錢を花して打點してこそ升遷しうる。倘若父母衰弱にしてまた財爻加臨して白虎旺動するに遇えば、必ず父母の喪ありて丁憂して制を守らん。これの外財が子孫を化し・子孫が財を化し、あるいは財爻世に臨みて動き、あるいは子孫發動して父母無故に自ら空なるは、皆丁憂を主る。
日辰沖剋,定然誹謗之多招;(日辰刑沖剋世,必招誹謗,依五類推之。如帶兄弟,因貪賄賂或徵科太急;帶財爻,因無調度或財賦不起;帶子孫,嗜酒好遊怠於政事;帶父母,因事繁劇不能料理;帶官鬼,非酷刑則同僚不和。以上皆招誹謗,聲名必不能振。若得世臨月建,雖有誹謗,不能為害。)鬼殺傷身,因見災殃之不免。(官鬼發動生世爻為用神,傷克世爻為鬼殺。用神扶世,必有進取;鬼殺傷身,必有凶禍,以化出六親斷之,如化子有貶謫之憂,化財有陰人之禍,化兄主失財,化父憂小口類。以上不然,則自身決有災病,得世爻空避不妨。)
日辰の來りて冲克するは、一定誹謗を多く招來す。日辰が世を刑冲克すれば、必ず物議を招く。再び六親五類に按じて往きてそれの何に因りて起るかを推す。日辰が兄弟を帶ぶれば、貪りて賄賂を受けあるいは催科太急なるが因り。妻財を帶ぶれば、財政調度開かずあるいは賦稅收め上らざるが因り。子孫を帶ぶれば、酒を嗜み游を好みて政事を荒廢するが因り。父母を帶ぶれば、公事繁劇にして料理し來らざるが因り。官鬼を帶ぶれば、刑を用ゐること太酷ならざれば就中同僚不和なるが因り。こ の幾樣は皆須らく誹謗を招き、聲名必ず能く振わざらん。もし世爻恰も月建に臨めば、誹謗あると雖ももまた彼を害する能わず。官鬼のこ の凶殺來りて卦身を傷るは、災殃就中免れず。官鬼發動して來りて世爻を生ずれば、あれを用神と叫ぶ。發動して來りて世爻を傷克すれば、あれこそ鬼殺と叫ぶ。用神が世を扶くれば、必ず進取あり。鬼殺が身を傷れば、必ず凶禍あり。具體何事に應ずるかは就中それの化じ出す所の六親を看る。子孫を化ずれば貶謫の憂あり、妻財を化ずれば女人の禍あり、兄弟を化ずれば財を破るを主り、父母を化ずれば則ち幼小の人に憂あり。もしこれらに非ざれば、それすなわち必ず自身災病あり。ただ世爻まさに空亡に落ちて避開すれば、就中事に妨げなし。
兄爻化鬼無情,同僚不協;(兄弟為僚屬之官,卦中鬼動化出兄弟,沖剋世爻,主同僚不和,或兄弟化鬼,刑沖剋害,或兄帶三刑六害,傷世皆然,世克兄爻,是我欺他而不和也。)太歲加刑不順,貶責難逃。(太歲出現,動傷世爻,必遭貶責。更加刑害虎蛇等殺,必有鎖扭擒拿之辱。世爻入墓必受囚繫,得動爻日辰有救,庶幾無事。但怕化出子孫,罪終不免,月建同看。)
兄弟が官鬼を化じ出して我に對して情なければ、同僚の間就中和睦せず。兄弟は同僚屬官を代表す。卦中官鬼發動して兄弟を化じ出して來りて世爻を冲克するは、同僚不和を主る。あるいは兄弟が官鬼を化じ出して刑冲克害し、あるいは兄弟が三刑六害を帶びて來りて世を傷るの斷法も皆一樣なり。もし反って世爻の往きて兄弟を克するなれば、それすなわち我が同僚を欺壓して和を失せしなり。太歲さらに刑を加えて順ならざれば、貶責就中逃るる能わず。太歲卦中に出現して、發動して來りて世爻を傷れば、必ず貶責に遭う。もしさらに刑害と「白虎」「螣蛇」等の凶殺を加えれば、必ず枷を上げ拿問せらるるの辱あり。世爻もし墓に入れば、必ず囚禁せられん。動爻あるいは日辰の來りて救うを得に非ざれば、こそ勉强事なし。ただそれの子孫を化じ出づるを怕る。あの罪責終究免れず。月建の看法は太歲と相同なり。
卦靜世空,退休之兆;身空殺動,避禍之徵。(凡遇世爻空亡,未任未有選期;已任若六爻安靜,月日歲君傷克而遇之,乃是休官改政之象。若鬼爻發動,月日歲君傷克而遇之者,是避禍脫災之兆。卦靜日沖,欲歸而不放;殺動日合,欲避而不能。)身邊伏鬼若非空,頭上烏紗不脫。(凡遇凶兆或得鬼爻臨身持世,或本宮鬼伏世下,雖見責罰,官職猶在,若不臨持身世,或不伏於世下,或雖伏仍遇空亡者,必革官帶為民,非止罪責。)
卦靜にして世爻落空するは、退休せんとするの征兆なり。卦身落空して凶殺發動するは、禍を避けんとするの征兆なり。およそ世爻空亡に落つれば:未だ任に到らざるの人は、選期還は未だ定まらず。已に任に到りしの人は、もし六爻安靜にして、また月建・日辰・太歲の來りて傷克するに遇えば、それすなわち官を辭し業を改むるの象なり。もしこの時官鬼發動して、しかして月日太歲また來りて傷克せば、それすなわち禍を避け災を脫するの兆なり。もし卦本より安靜にして日辰來りて冲せば、辭歸せんと想えども上頭放さざるなり。もし凶殺發動して日辰來りて合せば、躲避せんと想えども卻って躲け開く能わず。身邊の伏する所の官鬼ただ落空せざれば、頭上の烏紗就中摘去る能わず。およそ凶兆に遇うに、ただ官鬼身に臨み世を持し、あるいは本宮の官鬼世爻の下に伏すれば、則ち責罰を受くと雖も、官職依然として在り。もし官鬼身世に臨まず、もまた世下に伏せず、あるいは伏すと雖もまた空亡に落つれば、それすなわち必ず職を革せられて民と爲る。ただ罪責を受くるのみに止まらず。
財空鬼動,聲名振而囊篋空虛。(凡得官鬼動來生合世爻,日月動變又無沖剋者,為官必有聲名聞望。更得財爻生扶合助,有氣不空,則既會做官,又會賺錢,內實貪賂,外不喪名。若財爻或空或伏或臨死絕,則主聲名雖有,賄賂卻無也。)官旺父衰,職任高而衙門冷落。(父母旺相衙門必大,休囚衙門必小。若官旺父衰,又非小去處,乃是冷落閒靜衙門,蓋官旺則職高故也。官衰父旺,則主職雖卑微,卻在大衙門中治政。官父俱衰,職卑衙小,必非風憲之地。)
財爻落空して官鬼發動するは、名聲響亮にして口袋空空なり。およそ官鬼發動して來りて世爻を生合し、日辰・月建と變爻とまた皆來りて冲克せざれば、官を做れば必ず聲望あり。もし再び財爻の生扶合助・氣ありて落空せざるを得れば、それすなわち既に能く官を做りてまた能く錢を撈るなり。暗地裡賄賂を收納して、表面上名聲を損せず。もし財爻落空・隱伏あるいは死絶に臨めば、それすなわち空しく名聲ありて並に賄賂の進項なし。官鬼旺にして父母衰なるは、職位高くして衙門冷清なり。父母旺相なれば則ち衙門大にして、休囚なれば則ち衙門小なり。もし官鬼旺にして父母衰なれば、あれ倒れて小地方に非ず。ただ個の清冷淡靜の衙門なり——官鬼旺なれば就中職位高きを說明すればなり。反して官鬼衰にして父母旺なれば、則ち職位低しと雖も、卻って大衙門裡に於て事を辦す。もし官・父皆衰なれば、それすなわち職卑く衙小さくして、必ず風憲の地に非ず。
職居風憲,皆因月值官爻;(大抵官鬼旺相,不臨月建,定非風憲之職;若臨月建又得扶出世爻,決是風憲之任,必非府縣官也。更在日下生旺之地,尤為風憲。如帶刑爻,多是鎮守邊陲之職,或掌兵權,或居刑部,在外亦是司刑之職。)官在貳司,只為鬼臨旁位。(鬼在世應爻上,或帶月建日辰者,必是掌印正官;若被世合或在旁爻,則是佐貳之職。六爻無鬼而動爻有化出者,亦然。)
職任風憲たるは、皆月建まさに官鬼に値るが因り。大体上官鬼旺相なると雖も、もし月建に臨まざれば、就一定風憲の職に非ず。它もし月建に臨みて、また世爻を扶出せば、あれ必ず御史臺諫の一類の風憲の任にして、絶に府縣の官に非ず。もしそれ再び當下生旺の地に落つれば、就中さらに是れ風憲なり。もしそれ刑爻を帶ぶれば、あれ多半是邊陲を鎮守するの職にして、あるいは手に兵權を握り、あるいは刑部に供職す。外任に在るもまた刑を掌るの差使なり。官職ただ副佐の一級に在るは、官鬼旁爻に落つるが因り。官鬼もし世爻あるいは應爻上に在り、あるいは月建・日辰を帶ぶれば、必是れ印を掌るの正官なり。もし它ただ世爻に合せられ、あるいは旁爻に落つれば、それすなわち佐貳の職なり。六爻中本より官鬼なく、しかして動爻に由りて化出せるも、またかくのごとく照らして斷ず。
撫綏百姓,兄動則難化愚頑;(凡任牧民之職,要財爻旺而不動,父母扶而不空,必是豐富地方;財爻空絕,父爻受制,則地瘠民貧。父母動臨世上,政必繁劇。兄弟持世,財賦不起。日帶兄爻沖剋世爻,手下人必要侮文弄法,壞我政事。若兄在旁爻動來沖剋,則主頑民難治。兄化子,子化兄而刑剋世身,恐有下民訟我之兆。更若世應沖剋,與鄉宦亦多不睦。)巡察四方,路空則多憂驚險。(欽差出巡或封王採木,皆怕世應逢空。若路爻空之卦,主途中驚險。世在五爻自空,須防身死於外,有沖剋則不然。凡遇世在五爻動及游魂卦世動者,皆是出巡之職。)
百姓を安撫するに、兄弟一たび動けば就中あの愚頑の民を感化し難し。凡そ牧民の官に任ずるに、須らく財爻旺にして動かず・父母來りて扶きて落空せざれば、あれ必ず富庶の地方なり。財爻もし空絶に落ち・父爻また制伏せられれば、就中地瘠み民貧しきの處なり。父母發動して世上に臨めば、政務必定繁重なり。兄弟持世すれば、賦稅收め上らず。日辰が兄弟を帶びて往きて世爻を冲克せば、手下の胥吏必ず文を舞い法を弄して、我の政事を敗壞せん。もし兄弟旁爻に發動して來りて冲克せば、それすなわち刁民治め難し。兄弟が子孫を化し・子孫が兄弟を化してまた世身を刑克せば、恐るべし百姓ありて我を告ぐるの兆頭あらん。世應もし再び相冲克せば、本地の鄉紳とともまた多く和睦せず。四方を巡察するに、道路の爻落空すれば多く驚險を憂う。欽差出巡し、あるいは命を奉じて冊封し・木料を采辦するも、皆世爻應爻の空に逢うを怕る。もし道路を代表するの爻落空せば、途中に驚險あるを主る。世爻第五爻に在りて無故に自ら空なれば、須らく外頭に死するを防ぐべし。もしそれ別に冲克あれば就中然らず。凡そ世爻第五爻に於て發動し、あるいは遊魂卦にして世爻發動するは、皆出巡して外に在るの職務に屬す。
出征剿捕,福德興而寇賊殲亡;(凡在將帥之職,或征討之官,平居卜問不宜子孫發動,主有降調貶責;亦不宜應動克世,主有不測變故。若歲君月建沖動官鬼,或世爻,主有敕命征討之事,如臨敵卜問則喜。子孫發動,必成剿捕之功,更得歲君月建生合,仍有升賞。官鬼不作爵位,當作賊寇論之,世克應亦吉。)鎮守邊陲,卦爻靜而華夷安泰。(鎮守地方,不拘文官武職,皆宜六爻安靜,世應生合比和,日辰月建不相沖克,則鼾睡邊庭,安然無警,世應空亡亦吉。若遇官鬼發動,世應沖剋,必多侵擾,宜通變斷之。)
兵を出して剿捕するに、子孫興旺なれば就中賊寇を殲滅しうる。凡そ將帥の職に居りあるいは征討を負責するの官員は、平日課を起すに子孫發動を宜とせず。あれは降調貶責を主る。もまた應爻發動して來りて世を克するを宜とせず。あれは不測の變あるを主る。もし太歲・月建が官鬼あるいは世爻を冲动すれば、敕命ありて出征するの事あるを主る。ただしもし陣に臨み敵に對する時課を起せば、それすなわち反って子孫發動を見るを喜ぶ。必ず能く剿捕の功を成し、再び太歲・月建の生合を得れば、還は升賞あり。この時官鬼はもはや官爵と當てて看ず、しかして賊寇と當てて論ずるを要す。世爻が應爻を克するもまた吉なり。邊疆を鎮守するに、六爻安靜なれば則ち中外安泰す。凡そ地方を鎮守するの官は、文職武職を論ぜず、皆六爻安靜・世應相生相合あるいは比和・日辰月建の來りて冲克せざるを宜とす。則ち能く邊庭に於て枕を高くして臥し、安然として警なし。世應空亡に落つるも、同じく吉なり。もし官鬼發動・世應互相冲克に遇えば、邊境必ず侵擾多く、還は須らく卦に隨い通變して斷ずべし。
奏陳諫諍,那堪太歲刑沖;(凡欲奏對、陳疏、上章、諫諍及赴昭面君類,皆忌動沖剋太歲,亦忌刑剋世爻。若太歲月建生合世爻,必見詳允,一來沖剋,須防不測之禍。歲君衰靜不帶刑害虎蛇,主不見取用,非有大害。動空化空,亦是虛驚,或有制伏沖散合住,必得大臣申救。應動沖剋世爻,更防人奏劾。)僧道醫官,豈可文書發動?(僧道醫官及陰陽官,皆要子孫出現有氣不空為吉。父母發動必有災悔。父帶太歲月建日辰,則非身有災病,乃外來禍也。子孫自空,亦有大難,然子孫只宜安靜,官鬼不宜空伏,雖兩全,仔細為妙。)但隨職分以推詳,可識仕途之否泰。
上奏して進諫するに、どうして太歲の來りて刑し來りて冲するに經え受けんや。凡そ奏對・上疏・進章・諫諍、および召を奉じて君に面するの一類の事を要するに、皆動爻の往きて太歲を冲克するを忌み、もまた太歲の世爻を刑克するを忌む。もし太歲・月建來りて世爻を生合せば、奏章必ず批准を蒙る。一旦它ら來りて冲克せば、就中不測の禍を防ぐを要す。太歲もし衰弱安靜にして、また刑害と「白虎」「螣蛇」を帶びざれば、あれはただ奏する所採納せられざるのみ、並に大害なし。太歲動じて空に落ち・空に化するも、もまた不過虛驚一場のみ。もし別に制伏・冲散あるいは合住あれば、必ず大臣出面して申救するを得。もし應爻發動して來りて世爻を冲克せば、還は須らく人ありて本を上げて彈劾するを防ぐべし。僧官・道官と醫官とは、どうして文書の爻の發動を容れんや。僧道官・醫官および陰陽官は、皆須らく子孫出現して・氣ありて落空せざればこそ吉と算す。父母一たび發動すれば、必ず災悔あり。父母もし太歲・月建・日辰を帶ぶれば、それすなわち自身病あるに非ず、然而外來の禍なり。子孫もし無故に自ら空なれば、もまた大難あり。總じてこ の幾類の官はただ子孫安靜を宜として、官鬼卻って落空隱伏を宜とせず。縱い兩樣皆齊備すると雖も、仍として仔細審看を以て妙と爲す。ただ各々人の職分に隨い往きて推詳せば、就中仕途の順逆通塞を看清しうる。
求財
居貨曰賈,行貨曰商。總為資生之計,蓍所以筮,龜所以卜,莫非就利之謀,要問吉凶,但看財福。(財為利息,福為財源,二者占財用神。)
貨物を囤積して坐して買主を待つを賈と叫び、貨物を販運して四方を走るを商と叫ぶ。兩者皆不過生を謀るの打算なり。蓍草を用いて筮を起し・龜甲を用いて卜を行うも、もまた非か利を求むるの算計のみ。その中の吉凶を問わんと要せば、ただ「妻財」と「子孫」の兩爻を看る。財爻は得る所の利息を代表し、子孫は財を生ずるの源頭を代表す。こ の兩者すなわち財を占するの用神なり。
財旺福興,無問公私皆稱意;財空福絕,不拘營運總違心。(凡遇財爻旺相,子孫發動,便是吉卦,不拘公私,財皆得稱意。二者若財空,爻或臨墓絕,即是凶卦,不拘作何買賣,皆違心願也。)
財爻旺相にして子孫興動すれば、公家の錢を論ずるも私己の錢を論ずるも皆能く心を稱す。財爻落空して子孫落絶すれば、何の營生を做るを論ずるも皆意を遂げず。およそ財爻旺相にして・子孫また發動せば、便ち吉卦にして、公私兩途財を取る皆心意に合す。これに反して、財爻落空し、あるいは財・福二爻墓絶の地に落つれば、それすなわち凶卦にして、哪一行の買賣を做るを論ずるも、皆事願と違いせんと要す。
有福無財,兄弟交重偏有望;(財為用神,而不上卦,必無可望,若得兄弟發動,無財可劫則反生扶福德,財源有氣,仍舊有望,但主遲滯耳。兄動而財空,謂之避空,過旬生旺日,財亦可得。財若不空不伏而遇兄劫,則為下卦。)有財無福,官爻發動亦堪求。(子孫藏伏,財無生氣,一遇兄弟便被劫盡。須得卦有官動,或日辰是鬼剋制兄爻,則用神無損,亦可求謀。卦有子孫而官鬼動,則有阻節,反不易矣,此象鬼爻生旺日得財。)
子孫ありて財爻なければ、兄弟交重發動するも反って望あり。財は用神にして、它卦に上らざれば本本來指望すべきなし。然るにもし兄弟發動せば、劫くべき財なく、就中轉じて往きて子孫を生扶す。財源氣を得て、依然として望ありて、ただ來ること些か遲し。もし兄弟發動して財爻まさに空に落つれば、あれを避空と叫び、こ の一旬を出で・財爻生旺の日に到れば照樣財を得。倘若財爻既に空ならず又伏せずして、卻って兄弟に劫奪せられれば、あれこそ下等の卦なり。財爻ありて子孫なければ、官鬼發動するも還は求めうる。子孫隱伏すれば、財就中生氣なく、一たび兄弟に遇えば便ち劫き盡さる。この時必ず須らく卦中官鬼發動あり、あるいは日辰就中官鬼にして來りて兄弟を克制してこそ、用神損を受けず、もまた還は謀求しうる。反して、卦中本より子孫ありて官鬼發動せば、あれすなわち阻礙ありて、反って容易ならず。こ の種の卦象は須らく官鬼生旺の日に到りてこそ財を得。
財福俱無,何異守株而待兔?(財福二爻占財,主象有財無福,財必有限,有福無財,財必不實;財福俱無,焉能有望?守株待兔喻妄想也,空亡亦然。)父兄皆動,無殊緣木以求魚。(父母為絕源殺,兄弟為劫財神,二者發動,財福俱傷。用神既損,求之必如緣木求魚,必不可得。父化兄,兄化父亦然。)
財・福兩樣皆なければ、あれ樹樁を守りて兎を待つと何の兩樣あらん。財・福二爻は財を占するの主象なり。財ありて福なければ、財必ず限りあり。福ありて財なければ、財必ず實ならず。兩樣全く無ければ、何處に還は指望あらん。株を守り兎を待つはまさに妄想を比喻す。兩爻空亡に落つるも、情形一樣なり。父母と兄弟と一齊に發動するは、あれさらに樹上に爬到して魚を捉えんとするに異ならざるなり。父母は財源を斷絶するの凶殺にして、兄弟は財物を劫奪するの神なり。こ の兩爻一たび動けば、子孫と妻財と雙雙傷を受け、用神既に損壞せられて、再び往きて財を求むれば縁木して魚を求むるがごとく、斷じて得る可からず。父母が兄弟を化し・兄弟が父母を化するも、もまた一樣なり。
月帶財神,卦雖無而月中必有;(月建為提綱,若帶財爻得時有氣,縱遇兄弟衰不敵旺,必主財利厚。雖卦中無財,月中必然有,得出現尤妙。)日傷妻位,財雖旺而當日應無。(財爻旺相生合持世,乃是必得之象,若被日辰剋制,其財縱現,必然無有,須過此日,然後有得。)
月建が財神を帶ぶれば、卦中財なしと雖も、こ の個月裡必然あり。月建は一卦の提綱なり。它もし財爻を帶びて令に當り氣あれば、縱い兄弟ありて來りて劫くとも、兄弟衰弱にして旺相の月建に敵する能わず。必ず財利豐厚を主る。ゆえに卦中財を見ずと雖も、こ の個月内總じて歸りて有らん。もし財爻同時にまた卦上に出現せば、それすなわちさらに妙なり。日辰が妻財の位を傷れば、財縱い旺相なるとも、當天もまた拿るに到らず。財爻旺相にして來りて世爻を生合しあるいは世を持するは、本本來必得の象なり。然るに它もし日辰に克制せられれば、こ の財縱い眼前に擺るとも手に到らず。須らくこ の一天を過ぎてこそ得る所有らん。
多財反覆,必須墓庫以收藏;(卦中財只一位,有氣不空,生合持世皆美。若三五重太過,其財反覆難求,必須卦中有財庫爻發動,謂財有庫藏,必得厚利。財化財,亦主反覆不定。)無鬼分爭,又怕交重而阻滯。(無鬼之卦,兄必專權,財雖有氣,亦多虛耗。兄更發動,必有爭奪買賣,分散財物之患。然雖不可無官,又不宜動,動則必有阻隔,若有剋制或被沖散,或被合住,雖阻不妨。)
財爻過多ければ反って反覆不定にして、必ず須らく墓庫ありて收納せんことを要す。卦中財爻ただ一位ありて、氣ありて落空せず、また來りて世爻を生合しあるいは世を持するは、あれ皆好し。もし財爻多くして三五重に到れば、就中太過と算し、錢財反覆して求め難し。この時必ず須らく卦中財の庫爻發動ありて、財庫ありて藏む可く、こそ厚利を得。財爻再び財爻を化じ出づるも、同じく反覆不定を主る。卦中官鬼なければ就中人ありて爭奪せん。然るに官鬼交重發動すればまたそれの滯を阻むを怕る。官鬼なきの卦は、兄弟必然權を獨攬して、財縱い氣あるとも多く虛耗す。兄弟再び一たび發動すれば、必ず人ありて來りて生意を爭奪し・財物を分散せん。ゆえに官鬼はなかるべからざれども、卻ってもまた發動を宜とせず——一たび動けば必ず阻隔を生ず。それ人に克制せられ、あるいは冲散せられ、あるいは合住せられてこそ、則ち阻礙あると雖ももまた妨げなし。
兄如太過,反不克財;(兄弟乃占財忌殺,若有一位旺動,最為不利。若月日動變,俱帶兄弟,重疊太過則不專一,反不克劫,至財爻生旺日可得。)身或兄臨,必難求望。(卦身一爻,占財體統,若持兄弟,不拘作何買賣,問何財物,皆無利益。持世亦然。惟臨財福方為吉兆。臨父主勞祿,若占六畜,血財,則有損失。臨官大利公門求財,餘皆險阻不利。)
兄弟もし太多太過なれば、反って財を克する能わず。兄弟は財を占するの忌神凶殺にして、ただ一位旺にして發動あれば、就中最も不利なり。然るにもし月建・日辰・動爻・變爻統統兄弟を帶びて、重叠太過すれば、力量反って專一ならず、倒れて財爻を克劫し動かず。財爻生旺の日に到れば照樣得うる。卦身もし兄弟に臨めば、就中甚だ指望あり難し。卦身のこ の一爻は財を占するの總體なり。它もし兄弟を持せば、何の買賣を做るを論ずるも・何の財物を問うを論ずるも、皆利益言うべきなし。兄弟持世も一樣なり。ただ卦身妻財・子孫に臨めばこそ吉兆なり。卦身父母に臨むは、勞碌奔波を主る。もし占するは六畜の這類の活財なれば、還は須らく損失あらん。卦身官鬼に臨むは、最も官府衙門裡に於て財を求むるに利あり。別處に用ゐれば則ち險阻多く利ならず。
財來就我,終須易;我去尋財,必是難。(凡遇財爻生合世爻,克世持世,皆謂財來就我,必然易得;若雖動出財爻,而與世爻不相干者,謂我去尋財,必難望也。)身遇旺財,似取囊中之物;世持動弟,如撈水底之針。(世為求財之人,若臨財爻,雖或無氣,亦主易得,旺相更美;若臨兄弟,雖或安靜,亦主難得,發動尤甚。)
財自ら動きて來りて我に就くは、終究容易なり。我往きて財を找するは、必定艱難なり。凡そ財爻世爻を生合し、あるいは世を克し・世を持するは、皆財の來りて我に就くと叫び、必然得ること容易なり。もし卦中動じて財爻を出すと雖も、卻って世爻と毫も相干ならざれば、それすなわち我往きて財を尋ぬるにして、甚だ指望し難し。卦身が旺相の財爻に遇上するは、囊中の物を取るがごとき便當なり。世爻が發動の兄弟を持するは、水底に到りて針を撈るがごとき徒勞なり。世爻は財を求むるの本人を代表す。它もし財爻に臨めば、縱い氣なくとももまた得ること容易を主り、旺相なれば就中さらに好し。它もし兄弟に臨めば、縱い安靜なるとももまた得難きを主り、一たび發動すれば就中さらに難し。
福變財生,滾滾財源不竭;(占財得子孫發動,利必久遠,更化財爻,生合身世,乃綿綿不絕之象,盡求則盡有也,財化子亦妙。)兄連鬼克,紛紛口舌難逃。(兄弟變出官鬼,刑沖剋世,不惟無財,且有口舌。父爻更動,必訟於官,若有救制,庶幾無害。鬼化兄,或兄鬼皆動亦然。朱雀臨兄鬼動變,有口舌。)
子孫が財爻を變出して來りて相生するは、財源就中滾滾として竭きず。財を占して能く子孫發動を得れば、利就中長久なり。它再び財爻を化じ出して來りて卦身・世爻を生合するは、それは綿綿として絶えざるの象にして、多少を求むるに多少あり。財爻が子孫を化じ出づるも、同じく美なり。兄弟が官鬼に連なりて來りて克するは、紛紛たる口舌就中躲掉する能わず。兄弟が官鬼を變出して來りて世を刑冲克するは、財なかるのみならず、還は口舌を惹くを要す。もし父母爻再び發動せば、必定官司を打つに至らん。別に救應制伏あらざれば、こそ勉强害なし。官鬼が兄弟を化し、あるいは兄弟官鬼一齊に發動するも、情形相同なり。もし「朱雀」また兄弟官鬼に臨着して動じて變ずれば、それすなわちさらに口舌あり。
父化財,必辛勤而有得;(父化財,不自然而得,必勤勞後得;兄化財先散後聚,或利於後不利於前;官化財,最利公門謁貴及九流藝術之人,求財十分有望,私財則先驚後喜,或先阻後得。)財化鬼,防耗折而驚憂。(財化官最凶,主損折虛耗,又有驚險。更傷世爻,切恐因財致禍。財化兄,主與人分利或先聚後散,或利於前不利於後。財化父,主得後艱辛,或只許一度。財化死墓空絕,是有虛名無實利之象,若得生合世爻,則上前有功,稍遲則無也。)
父母が財爻を化じ出づるは、必ず辛苦一番してこそ得る所有らん。父母が財を化するは、錢は白く來るに非ず、必ず勤勞の後こそ手に到るを得。兄弟が財を化するは、先散後聚にして、あるいは利後頭に在りて前頭に在らず。官鬼が財を化するは、最も衙門裡に於て幹求し・貴人を拜謁し、および九流藝術の人の財を求むるに利ありて、十分望あり。もし求むるは私財なれば、それすなわち先驚後喜にして、あるいは先に阻を受けて後に得。財爻が官鬼を化じ出づれば、就中損耗して本を折り・還は驚憂を帶ぶるを防ぐを要す。財が官鬼を化するは最も凶にして、折損虛耗を主り、また驚險あり。它もし再び世爻を傷れば、就中恐怕らくは財に因りて禍を惹かん。財が兄弟を化するは、主として人と利を分かち、あるいは先聚後散し、あるいは利前頭に在りて後頭に在らず。財が父母を化するは、手を得るの後依然として艱辛なるを主り、あるいはただこ の一回を許すのみ。財が死・墓・空・絶に化入するは、それは空しく虛名ありて實利なきの象なり。もし它還は能く世爻を生合せば、それすなわち緊急に上前して尚ほ功ある可し。稍々一たび遲延すれば就中落空す。
財局合福神,萬倍利源可取;(卦有三合會成財局,而子孫亦在合中動者,上吉之卦,主財利綿綿不竭。更得財旺,可許萬倍財利。會成福局,而財爻又在合中動來生合世爻者亦然。若會鬼局,則多阻隔。會成兄局則主分散。會成父局艱辛難得。)歲君逢劫殺,一年生意無聊。(凡占久遠買賣,最怕太歲臨持兄弟,主一年無利,出現變動,必然損耗,歲持官鬼,一年驚憂。持父一年艱辛。歲持財福,生意滔滔一年順利也。)
三合の財局また子孫のこ の福神を合すれば、就中萬倍の利源取る可きあり。卦中三合財局を會成して、しかして子孫もまたこ の會局の中に發動するは、あれは上吉の卦にして、財利綿綿として竭きざるを主る。財爻再び旺なれば、便ち彼に萬倍の利を許しうる。もし子孫局を會成して、しかして財爻また局中に發動して來りて世爻を生合せば、情形相同なり。もし官鬼局を會成すれば、就多く阻隔す。兄弟局を會成すれば、財物分散を主る。父母局を會成すれば、則ち艱辛にして得難し。太歲上に財を劫するの凶殺に碰上するは、こ の一年生意就中意思なし。凡そ長久の買賣を占するに、最も太歲の兄弟に臨持するを怕る。あれは整年利なきを主る。它もし出現してまた變動せば、必然損耗す。太歲が官鬼を持するは、一年の中驚憂多し。父母を持するは、一年の中艱辛多し。もし太歲妻財・子孫を持せば、それすなわち生意滔滔として、一年順利なり。
世應二爻空合,虛約難憑;(世空有財難得,應空難靠他人,世應俱空艱辛無準實,空動帶合謂之虛約。化入空亡,亦是心口不相應之象。)主人一位刑傷,往求不遇。(主人如求貴人,財鬼為主,求婦人財,財為主類。若主人遇動爻日辰刑剋,或自空化空,皆主不遇,遇亦不利,須得生合世爻,財為契愛,求必易得,主人化出財爻,生合世爻,最吉。不知主人以應爻論之。)
世應兩爻落空にして相合するは、あれは虛約にして、靠り住ずる能わず。世爻落空すれば、財あるとももまた拿るに到らず。應爻落空すれば、別人に指望す可からず。世應皆空なれば、就中力を費やして毫も準實なし。もし兩爻空にして動じてまた合を帶ぶれば、あれを虛約と叫ぶ。空亡に化入せるも、もまた心口一ならざるの象なり。對方のあの一位もし刑傷を受ければ、往きてそれを求むるも見着る能わず。いわゆる主人とは、求むる所の對象を指す。貴人を求むるに官鬼を以て主と爲し、婦人の財を求むるに則ち財爻を以て主と爲し、これに依りて類推す。こ の一爻もし動爻・日辰に刑克せられ、あるいは自ら空亡に落ち・空亡に化入せば、皆人を找着れざるを主る。たとい找着るとももまた利ならず。必ず它の來りて世爻を生合せば、こそ彼此投契相愛して、求むること容易なり。もし它財爻を化じ出して來りて世爻を生合せば、あれ是最吉なり。もし誰を以て主人と爲すべきかを知らざれば、就中一概に應爻を以て來りて論ず。
世持空鬼,多因自己遲疑;(鬼爻持世,財必相生,凡求必易,若遇空亡,乃是自不上前,遲疑退懶,故無成也,世持空財亦然。)辰合動財,卻被他人把住。(要財動來生合,固是易得之兆,若被動爻日辰合住,其財必有人把持,主張不能與我也。要知何人把持,以合爻定之,如父母合住,為尊長把持類。卦若無財,看伏何爻下,亦可推之,如伏官下,為貴人把持之類。)
世爻が落空の官鬼を持するは、多半是れ自己猶疑して前進せず。官鬼持世すれば、財必ず來りてそれを生じ、凡そ求あるは皆容易なり。然るに它一旦空亡に落つれば、それすなわち自己前に上るを肯んぜず・遲疑退縮して、ゆえに辦り成らず。世爻が落空の財爻を持するも、もまた一樣なり。日辰が發動の財爻を把りて合住すれば、あの財就中別人に把持せられ。財爻發動して來りて生合するは、本より手に到り易きの兆なり。然るに它もし動爻あるいは日辰に合住せられれば、こ の筆の財必定人ありて把持して、主を做し我に與ふる能わず。把持するは誰なるかを知らんと要せば、就中看る它を合住するは哪一爻なるか——たとえば父母に合住せられれば、就中尊長の把持するの一類なり。もし卦中根本に財爻なければ、就中看るそれの哪一爻の下に伏するか、同じく推知しうる。たとえば官鬼の下に伏せば、就中貴人に把持せられしなり。
要知何日得財,不離旺衰生合;(財爻有氣,合日得財,或本日得財,太旺墓庫日得,休囚生旺日得,太過收藏日得,合住入墓破合破墓日得,旺空過旬日得,伏藏提起日得。財爻死絕而得子孫動來扶起,即以子孫爻斷。卦無財爻而得兄弟生扶子孫財源者,即以兄弟爻斷,更宜通變。)欲決何時有利,但詳春夏秋冬。(占貨物何時得價,以財臨五行斷,如木財春月得價,一陽後亦好。土財夏月有利,六月更美,餘仿此。又如財臨辰土,二月不如三月;財臨酉金,七月不如八月,餘亦仿此。又如財主日下長生之地,此貨一日得價一日,若坐帝旺眼下正及時,稍遲則賤而無利。)
哪一天に財を得るかを知らんと要するは、總じて衰旺と生合とを離れず。財爻氣あれば、就中それと相合するの日子を取り、あるいは就中當日を取る。財爻太旺なれば、它墓庫に入るの日子を取る。財爻休囚なれば、它生旺に轉ずるの日子を取る。財爻太過なれば、收藏して庫に歸るの日子を取る。財爻合住せられあるいは已に墓に入れば、あの合を冲破し・あの墓を冲破するの日子を取る。財爻旺にして落空なれば、本旬を出でての後を取る。財爻隱伏なれば、提起せらるるの日子を取る。もし財爻已に死絶に落ちて、しかして子孫發動して來りて扶起するを得れば、就中改めて子孫爻を用いて日を定む。もし卦中根本に財なく、しかして兄弟に由りて往きて子孫のこ の財源を生扶せば、就中改めて兄弟爻を用いて日を定む。總じて須らく通變を要す。甚麽時節利あるを斷定せんと想わば、ただ須らく春夏秋冬を細看す。貨物何時能く好價に賣るを占するに、就中財爻の屬する所の五行に按じて來りて斷ず。木に屬するの財は春月に價を得て、冬至一陽來復の後もまた好し。土に屬するの財は夏月に利ありて、六月さらに佳なり。その餘は類推せよ。またたとえば財爻辰土に臨めば、二月は三月に如かず。財爻酉金に臨めば、七月は八月に如かず。その餘もまたこれに照らして類推せよ。またたとえば財爻まさに當下の長生の地に處せば、こ の貨便ち一天比一天價を漲す。もし它帝旺の上に坐れば、眼下まさに手を脫すべきの時候なり。稍々一たび遲延すれば就中價を跌して利なし。
合夥不嫌兄弟,(凡占合夥買賣,若世應俱財爻,必然稱意,兄臨卦身,世爻安靜不妨,蓋合必至分財故也。動則不宜,世應兩動,必合不久,空亡亦然。相沖相剋,後必不睦。化出兄官,必多私心。世應生合而被動爻日辰刑沖剋害者,必有挑唆破說也。)
伙を合して買賣を做るに、倒れて卦中兄弟あるを嫌わず。凡そ伙を合して經商するを占するに、もし世爻應爻皆財爻なれば、必然心を稱す。兄弟卦身に臨みて世爻安靜なるも、もまた事に妨げなし——合夥は本本來利を分かつを要せば、兄弟まさにこ の象に合せばなり。ただし兄弟發動すれば就中宜ならず。世應兩爻皆動けば、合夥必ず長久せず。兩爻空亡に落つるも、もまた一樣なり。世應相冲相克すれば、日後必ず和睦せず。もし兄弟・官鬼を化じ出づれば、各人必ず私心多し。世應本本來相生相合するに、卻って動爻あるいは日辰に刑冲克害せられれば、あれ必ず人ありて中より挑撥破壞せん。
公門何慮官爻?(占財皆忌官動,主有阻隔,惟求公門之財,必然倚托官府,若無鬼爻或落空亡,則雖財爻有氣,亦難到手,必得旺相生合世身則吉。刑剋世爻,主有杖責,死絕亦不濟事,須得財鬼兩全,方為大吉。)
官府裡に於て財を求むるに、また何ぞ必ず官鬼爻を顧忌せんや。財を占するに一般に官鬼發動を忌む。あれは阻隔あるを主ればなり。ただ衙門裡の錢を求むるに獨り、本本來須らく官府に倚仗せば、反って它を少かるべからず。もし卦中官鬼なく、あるいは官鬼空亡に落つれば、則ち財爻縱い氣あるとももまた手に到り難し。必ず官鬼旺相にして來りて世身を生合してこそ、吉と算す。官鬼もし世爻を刑克せば、反って板子を挨くを主る。它死絶に落つるももまた事に濟ならず。總じて須らく財・鬼兩樣齊全あらんことを要して、こそ大吉なり。
九流術士,偏宜鬼動生身;(百工九流,求財以鬼爻為主顧,無鬼最不利。出現發動生合世爻,必然稱意,更化財爻決得大利。須忌刑剋世爻或化兄,皆主惹是招非,不能遂意,應空尤不吉。大抵空手求財,雖要官爻,然須財爻旺相,兄弟不動,方主有財,否則空好看,終無財利。)六畜血財,尤喜福興持世。(凡占販賣牲口,蓄養六畜,皆要子孫旺相不空則吉,持世臨身尤好。父母發動則有傷損,化出土鬼,須防瘟死。福旺財空。六畜雖好而無利。)
九流術士の這類の手藝に靠りて飯を吃るの人は、偏偏官鬼發動して來りて卦身を生ずるを宜とす。百工九流の財を求むるに、官鬼を以て主顧を代表し、卦中鬼なければ最も利ならず。官鬼出現して發動して來りて世爻を生合せば、必然心を稱す。它再び財爻を化じ出づれば、一定大きな利を得。ただそれの世爻を刑克し、あるいは兄弟を化じ出づるを忌む。あれ皆是非を惹き招きて・願のごとくならざるを主る。應爻落空するはさらに不吉なり。大体上空手にして財を求むるは官鬼に靠るを要すと雖も、仍として須らく財爻旺相・兄弟動かざれば、こそ眞に財手に到るあり。然らざればただ表面熱鬧にして、終究利なし。牲口を販賣するの這類の活財は、尤も子孫興旺にして世を持するを喜ぶ。凡そ牲口を販賣し・六畜を畜養するを占するに、皆須らく子孫旺相にして落空せざればこそ吉なり。它世を持し身に臨めば就中さらに好し。父母一たび發動すれば便ち傷損あり。もし土鬼を化じ出づれば、還は須らく瘟疫して畜の死するを防ぐべし。もし子孫旺にして財爻落空せば、それすなわち牲口好しと雖も卻って錢を賺るに到らず。
世應同人,放債必然連本失;(凡放私債,最忌世應值兄弟,必無討處,財爻更絕,連本俱失,世應值空亦然。須應爻生合世爻,妻財有氣,子孫發動則吉。間臨兄鬼動,恐放頭抽分財利。卦中無財而官爻變出者,必訟於官府而後可取。)日月相合,開行定主有人投。(開行牙人占財,世應要不空,財福要全備,官鬼要有氣,父兄要衰靜,斯為上吉卦,更得月建日辰動爻生合世爻,則近悅遠來人皆投我,財利必順。卦若無財而世得月日動爻生合者,不過門頭鬧熱無實利,鬼旺財空亦然,動出兄官,常有是非口舌,恐有惡人攪擾,世應空開不成。)
世應兩爻皆兄弟なるは、債を放てば必定本錢を連ねても收り回る能わず。凡そ私債を放つに、最も世應の兄弟に臨むを忌む。それすなわち處を討ひに往くなし。財爻もし再び絶に落つれば、本を連ね利を帶びて一齊に丟掉す。世應空亡に落つるも、もまた一樣なり。必ず應爻の來りて世爻を生合し・妻財氣あり・子孫また發動してこそ、吉なり。もし間爻上に兄弟・官鬼に臨みて發動せば、恐怕らくは債を放つの中人還は須らく中より頭を抽き利を分かたん。卦中財なくして官爻に由りて財を變出せば、それすなわち官府に告げ到らざればこそ討り回るを得。日辰月建と世と相合するは、行を開くの必定人ありて門に上りて投靠せん。牙行を開き・經紀を當るの人の財を占するに、須らく世應皆落空せず・財福兩樣齊備し・官鬼氣あり・父母兄弟衰弱安靜なれば、これこそ上吉の卦なり。再び月建・日辰あるいは動爻の來りて世爻を生合するを得れば、それすなわち近處の悦服し・遠處のもまた來りて、人人投奔して我に於て、財利必ず順なり。もし卦中財なくして世爻ただ日月動爻の生合を得れば、あれ不過門前熱鬧にして實利なし。官鬼旺にして財爻落空するも、一樣なり。もし兄弟・官鬼を動出せば、就中常に是非口舌ありて、還は恐るべし凶惡の人ありて來りて攪擾せん。世應皆落空せば、こ の行干じて脆く開き成らず。
應落空亡,索借者失望。(求索假借不宜應空應動,動則更變,空則不遇,生合世爻慨然不吝。必得物爻不空為妙。如衣服經史看父爻,六畜酒器看福爻,其餘財物看財爻;又如花果看木爻,磚瓦看土爻類亦是。)世遭刑剋,賭博者必輸。(凡占賭博,要世旺應衰,世動應靜。世克應我勝,應克世他勝。兄鬼動來刑剋世爻,或臨兄弟,或臨自空,皆主不勝。世應靜空,賭博不成,世坐官爻,防他合謀騙我。間爻動出兄弟官鬼,多主爭鬥,內外俱無財亦不能勝。更遇世應空動,必是賭賒。兄鬼化財,先敗後勝,財化兄鬼先勝後敗。坐方宜財福之地,世變財福,更宜易換賭色,大怕卦身臨兄弟,任換賭色,終是輸兆。)
應爻空亡に落つれば、物を借りに往くの人ただ失望する好し。凡そ人を求め・物を借るるに、應爻落空するを宜とせず、もまたそれの發動を宜とせず。動けば則ち對方卦を變じ、空なれば則ち人を見着る能わず。應爻もし來りて世爻を生合せば、對方就中慷慨にして吝からず。これの外還は須らく借る所の物を代表するのあの一爻落空せざればこそ妙なり——衣服と經書とは父母爻を看て、六畜と酒器とは子孫爻を看て、その餘の財物は財爻を看る。再び細分すれば、花果は木爻を看て、磚瓦は土爻を看る。皆是れこ の道理なり。世爻刑克に遭うは、賭博するの人必ず輸す。凡そ賭博を占するに、須らく世旺にして應衰・世動にして應靜を要す。世が應を克せば則ち我贏にして、應が世を克せば則ち他贏なり。もし兄弟・官鬼發動して來りて世爻を刑克し、あるいは世爻自ら兄弟に臨み、あるいは世爻自ら空亡に落つれば、皆贏う能わざるを主る。世應皆安靜にしてまた落空せば、こ の場の賭就中賭成らず。世爻官鬼に坐するは、須らく對方の合謀して我を騙すを防ぐべし。間爻動じて兄弟・官鬼を出づるは、多く爭鬥を起すを主る。内外卦皆財なきも、一樣に贏う能わず。もし世應空にして動けば、必是れ賒きて賭するなり。兄弟官鬼が財爻を化じ出づるは、先敗後勝なり。財爻が兄弟官鬼を化じ出づるは、先勝後敗なり。座を落すの方位は財・福の在る所の地を取るを宜とす。世爻が財・福を變出するは、還は一種の賭法を換るを宜とす。最も卦身の兄弟に臨むを怕る。それすなわち怎樣に花樣を換るに任るとも、終歸輸するの兆頭なり。
鬼克身爻,商販者必遭盜賊;(販賣經商,要世應生合,鬼爻空伏,動爻、日辰不傷乎我,則安然無事。更得財旺福興,大吉之兆。遇兄鬼發動,玄武交重,必遇劫竊之人。更克世爻,決有大禍,世若空亡庶可迴避。鬼動五爻,途中仔細。)間興害世,置貨者當慮牙人。(買貨者,應要生合世爻,必然易成;刑剋世必難置買。物爻太過,其貨必多,物爻不及,其貨必少,物爻空伏,其貨必無。物爻者,六畜看子孫,五穀看財爻,絲綿布帛看父母類。最怕兄鬼交重,須防光棍誆騙。在間爻則是牙人虛詐不實,或有口舌爭競。傷克世爻,當慮牙人謀劫財物,出路買賣,應空多不順利。)
官鬼來りて卦身を克するは、商を行い貨を販るの人必ず盜賊に遇う。販賣經商するに、須らく世應相生相合・官鬼落空あるいは隱伏・動爻日辰皆我を傷らざれば、こそ能く安然として事なし。再び財旺・子孫興動を得れば、あれは大吉の兆なり。もし兄弟・官鬼發動に遇いて「玄武」また交重せば、必ず搶劫偸竊の徒に碰上す。它ら再び世爻を克せば、必ず大禍あり。世爻恰好空亡に落つるに非ざれば、還は能く躲過しうる。官鬼もし第五爻に於て動けば、それすなわち路上格外小心を要す。間爻興動して來りて世を害するは、貨を進むるの人當に牙行を提防すべし。貨を買うの人は、須らく應爻の來りて世爻を生合せば、交易こそ成り易し。應爻もし世爻を刑克せば、貨就中買い到り難し。貨物を代表するのあの一爻もし太過なれば、貨必ず多し。不及なれば、貨必ず少なし。落空あるいは隱伏せば、それすなわち根本に貨なし。いわゆる物爻とは、六畜は子孫を看て・五穀は財爻を看て・絲綿布帛は父母を看て、これに依りて類推す。最も兄弟・官鬼の交重發動を怕り、須らく潑皮無賴の騙し行うを防ぐべし。它らもし間爻に落つれば、それすなわち牙人虛詐にして實ならず、あるいは口舌爭執を起さんと要す。它ら再び世爻を傷克せば、當に牙人の我の財物を謀奪するを慮るべし。門を出でて外に在りて買賣を做るに至っては、應爻落空すれば多半順利ならず。
停榻者,喜財安而鬼靜;(積貨不宜財動,亦不宜空亡,又不宜動爻日辰克劫。更得坐於胎養長生爻上,後必得利。若遇兄官交變,或俱發動,須防竊盜。兄弟獨發,則多耗折。水爻父母刑剋世爻,主被雨水淹腐。財化死墓空絕,後必價賤。)脫貨者,宜財動而身興。(脫貨財動,則主易脫;應空無人置買。世空自賣不成;動變日辰俱來生合,有人爭買,若遇刑沖,則主多破阻難成,財在內動宜在本處賣;在外動宜向他處脫之。動而遇合將成不成;動而逢空欲賣不賣。卦無官鬼亦是難成之象。)
貨を囤えて售を待つの人は、財爻安穩にして官鬼安靜なるを喜ぶ。貨物を積壓するに財爻發動を宜とせず、もまたそれの空亡に落つるを宜とせず、さらに動爻・日辰に克奪せらるるを宜とせず。もし它胎・養・長生の爻上に坐せば、日後必ず能く利を獲。もし兄弟・官鬼の交相變化に遇い、あるいは兩者一齊に發動せば、須らく竊を失するを防ぐべし。兄弟獨り發すれば、則ち耗損多く本を折る。もし水爻の父母來りて世爻を刑克せば、貨の雨水に泡爛せらるるを主る。財爻死・墓・空・絶に化入せば、日後價錢必ず賤し。貨物を出脫するの人は、財爻發動して卦身興旺なるを宜とす。貨を脫するの時財爻發動すれば、貨就容易にして手を出出づ。應爻落空すれば、人なくして來りて買わず。世爻落空すれば、自己もまた賣り成らず。もし動爻・變爻と日辰と皆來りて生合せば、それすなわち人ありて爭いて買わん。もし刑冲に遇えば、則ち破壞阻撓多く・成交し難し。財爻内卦に於て發動すれば、就地に於て出售するを宜とす。外卦に於て發動すれば、別處に運到して手を脫するを宜とす。財爻動じて合に遇うは、眼に看て成らんとすれどもまた成らざるなり。動じて空に逢うは、賣らんと想えどもまた捨てるに忍びざるなり。卦中もし官鬼なければ、同じく成り難きの象なり。
路上有官,休出外;(五爻為路,臨官發動,途中必多驚險,出外求財大宜避之。要知有何災咎,以所臨六神斷,如白虎為風波,玄武為盜賊類。路爻空亡亦不宜出外,惟臨財福則吉。)宅中有鬼,勿居家。(二爻為宅,在家求財鬼動,此爻必然不利。以所臨五行斷,如火鬼忌火燭,水鬼忌盜賊類。得子孫持世發動,庶幾無害。宅爻空亡,只宜出鋪。)
道路の爻上に官鬼あれば、就中門を出づる勿れ。第五爻は道路を代表す。它官鬼に臨みて發動すれば、途中必ず驚險多くして、外に出でて財を求むるに最も避開するを好とす。何の災咎に遇うを知らんと要せば、就中看る它の何の六神に臨むか——「白虎」に臨めば是れ風波にして、「玄武」に臨めば是れ盜賊にして、これに依りて類推す。道路の爻もし空亡に落つれば、同じく門を出づるを宜とせず。ただそれの妻財・子孫に臨めばこそ吉なり。住宅の爻上に官鬼あれば、就中家裡に待つ勿れ。第二爻は住宅を代表す。家に在りて財を求むるにこ の一爻上に官鬼發動せば、必然利ならず。何を忌諱するを知らんと要せば、就中看る它の何の五行に屬するか——火鬼は火燭を忌み、水鬼は盜賊を忌み、これに依りて類推す。もし子孫持世にして發動するを得れば、こそ勉强害なし。宅爻もし空亡に落つれば、それすなわちただ外に出でて鋪子を開くを宜とす。
內外無財伏又空,必然乏本;(六爻無財,本宮財爻又伏空地,其人雖欲經營,必無資本,勉強為之亦無利息,若得動爻化出,主有小小財利。)父兄有氣財還絕,莫若安貧。(父兄二爻占財,大忌有發動,刑沖剋害利必不多。財爻更弱,恐防折本故不若安貧守分之為高也。)生計多端,占法不一,但宜誠敬以祈求,自可預知其得失。
内外卦皆財を見ず・伏神また落空すれば、あれ必定本錢なし。六爻中に財爻なく、本宮の伏する所の財爻また空地に落つれば、此人縱い買賣を做らんと想うとも、もまた本錢を拿出す能わず。勉强往きて做るとも、もまた利息言うべきなし。もし動爻の一個の財爻を化じ出すを得能えば、還は些かの小利あり。父母兄弟氣ありて財爻反って絶地に落つれば、あれ素に安んじ貧に處するに如かず。父・兄二爻は財を占する裡に於て大忌なり。最も它らの發動を怕る。一たび刑冲克害あれば、利就中多からず。財爻もし再び衰弱せば、恐怕らくは還は本を折らん。ゆえに倒れて貧に安んじ分を守るに來りて高明たるに如かず。生を謀るの門路は甚だ多く、占法もまた一種に止まらず。ただ誠心敬意を以て祈求せば、自然能くその中の得失を預め知る可し。
家宅
創基立業,雖本人之經緯;關風斂氣,每由宅以肇端。故要知人宅之興衰,當察卦爻之內外。內為宅,外為人,詳審爻中之真假。(凡內卦初爻為宅基,二爻為宅舍,三爻為門外,外卦四爻為父母,五爻為兄弟,六爻為妻財。內卦宅生人吉,外卦宅克人凶。)
基業を開創するは固より本人の經營籌劃に靠るを要すと雖も、可なり風勢を關攔し・地氣を收斂するは、卻って往々住宅に由りて開端す。ゆえに人と宅との興衰を知らんと要せば、當に卦爻の内外を察看すべし。内卦は住宅を代表し、外卦は居る所の人を代表す。再び各爻の眞假虛實を細審す。爻位の分派は:内卦初爻は宅基と爲し、二爻は房舍と爲し、三爻は門外と爲す。外卦四爻は父母と爲し、五爻は兄弟と爲し、六爻は妻財と爲す。内卦の宅の往きて外卦の人を生ずるを吉と爲し、宅の往きて人を克すれば則ち凶なり。
合為門,沖為路,不論卦內之有無。(合為門,沖為路,卦爻內不必明見沖合,且如天風姤卦二爻,辛亥水為宅,寅與亥合以寅為門,已亥相沖以巳為路,卦內本無寅巳,二爻不明,見姤屬金,以寅木為財,巳火為鬼,殺如化財,此亦吉凶相半之兆。)
宅爻と相合するの地支は門を代表し、宅爻と相冲するの地支は路を代表す。卦中こ の兩字出現あるかなかるかを管せず。門を取り路を取るに、並に卦爻上に明明白白相冲相合を現出するを須せず。たとえば《天風姤》卦、第二爻辛亥水は宅なり。寅は亥と相合すれば、就中寅を以て門と爲す。巳は亥と相冲すれば、就中巳を以て路と爲す。卦中本來並に寅・巳兩爻なく、二爻上にもまた看出し來らず。然るに《姤》は金宮に屬し、寅木は金宮に於て是れ妻財にして、巳火は金宮に於て是れ官鬼なり。凶殺の位恰も又是れ財なり。これすなわち吉凶各半の兆なり。
龍德貴人乘旺,嶽嶽之侯門;官星父母長生,潭潭之相府。(青龍、印緩、官星、貴人、太歲、天德、月德、月建、日辰、歲德、臨宅爻、身命爻上,生旺有氣,主有官職之家,宜以分別高下,貴人即天乙貴人,官星即甲見辛類是也。)
「靑龍」「天德」と貴人と一齊に旺を乘ずるは、これは氣象巍然たるの侯門なり。官星と父母と長生の上に坐するは、これは深邃寬廣たるの相府なり。凡そ靑龍・印綬・官星・貴人・太歲・天德・月德・月建・日辰・歲德のこれらの吉神は、宅爻あるいは身命の爻上に臨着してまた生旺氣あれば、就中これは官職あるの人家なるを主る。官階の高下に至っては、還は須らく別に分辨を加えんことを要す。ここに說く所の貴人は天乙貴人を指し、官星は日干の見る所の正官を指す。たとえば甲日辛を見るの類なり。
門庭新氣象,重交得合青龍;(交重青龍在日辰旬內,得長生帝旺,主鼎新創造;生旺在休囚之中,主修舊合新門之象。臨財新修舊廚庭,臨父新修舊堂,臨兄新修門戶,臨子新修房舍,臨官新修廳堂屋宇。)堂宇舊規模,宅舍重侵白虎。(白虎交重在日辰旬外,休囚絕無生旺,主遠年遷造,破舊不整。休囚在生旺之中,亦主拆舊換新,若臨兄舊門戶,臨子舊牆壁,臨官階除破損,臨父舊堂宇,臨財舊廚庭,或破古戶牖低土地。化空移高就低,水爻池塘填也。)
門庭は一派新氣象なるは、あれは交重の爻と「靑龍」と相合するなり。靑龍の臨む所の爻交・重に逢いて發動して、また日辰の本旬の内に在りて、還は長生・帝旺を得れば、就中房舍は新建なるを主る。もし它生旺なると雖も卻って一片の休囚の中に處せば、それすなわち舊屋を修整して新たなる樣子と成せしなり。再び看る它の何の六親に臨むか。妻財に臨めば、是れ舊廚房院落を新修せしなり。父母に臨めば、是れ舊廳堂を新修せしなり。兄弟に臨めば、是れ門戶を新修せしなり。子孫に臨めば、是れ住房を新修せしなり。官鬼に臨めば、是れ廳堂屋宇を新修せしなり。堂屋は還は舊規模なるは、あれは宅爻上にまた「白虎」を壓するなり。白虎の臨む所の爻交重に逢い發動するに、卻って日辰本旬の外に在りて、休囚にして全く生旺の氣なければ、就中房子は多年前造るにして、破舊して整わざるを主る。もし它休囚なると雖も卻って生旺の中に處せば、もまた舊を拆き新に換るを主る。再び看る它の何の六親に臨むか。兄弟に臨めば是れ舊門戶にして、子孫に臨めば是れ舊墻壁にして、官鬼に臨めば是れ臺階破損にして、父母に臨めば是れ舊堂屋にして、妻財に臨めば是れ舊廚房院落にして、あるいは破舊の門窗・低窪の地基なり。它もし空亡に化入せば、是れ高處を低處に移到せしなり。もし水爻に臨めば、則ち是れ池塘を填了せしなり。
土金發動,開闢之基;(土化金,金化土,為開闢之基。土化土,為墳之基。土化空,移高就低,餘仿此。)父母空房,租賃之宅。(父母為文書,逢空為無氣,更逢應爻為得,日辰動爻化文書與宅相生相合,主是租賃之地。)
土爻金爻發動するは、是れ新たに開闢するの基地なり。土が金を化し・金が土を化するは、皆これは新たに開闢するの宅基なるを主る。土が土を化するは、則ち墳地を改成するの基なり。土が空亡を化するは、是れ高處を削平して低處に移すなり。その餘はこれに照らして類推せよ。父母爻落空して房屋空なるは、あれは租り來れるの宅子なり。父母は文書契券を代表す。它空に逢えば就中氣なし。もしまた應爻上に落つれば、產權別人の手裡に在るを說明す。もし日辰あるいは動爻が文書の爻を化じ出して來りて宅爻と相生相合せば、それすなわちこ の塊の地は租賃して來れるを主る。
門庭熱鬧,財官臨帝旺之鄉;(財鬼龍德貴人,乘旺長生之位臨宅身命世爻,主家門熱鬧。)家道興隆,福祿在長生之地。(福即福德,祿即祿元,同龍貴在生旺之位,臨宅生身命世爻,主家宅興隆。財鬼龍旺臨宅身命世爻,主一家熱鬧,交重發旺亦美。)
門庭熱鬧なるは、財爻官爻帝旺の鄕に落つるが因り。妻財・官鬼と「靑龍」「天德」・貴人と一同に旺を乘じ、あるいは長生の位に落ちて、また宅爻・卦身・本命・世爻の上に臨めば、就中家門興旺熱鬧を主る。家道興隆なるは、福と祿と長生の地に坐するが因り。ここにいう福はすなわち福德すなわち子孫にして、祿はすなわち祿元なり。它ら靑龍・貴人と生旺の位に同處して、宅爻に臨みて身命世爻を生助せば、就中家宅興隆を主る。財・鬼・靑龍旺相にして宅爻と身命世爻とに臨むは、一家熱鬧を主る。它ら交重に逢いて發動し・また旺に當るも、同じく好し。
交重生克,重新更換廳堂;(生為父,父為堂,克為官,官為廳,且如乾金土為父為堂,火鬼為廳,帶日辰交重,主更改再換。)
交重の爻生あり克あれば、廳堂就中重ねて更換するを要す。我を生ずるは是れ父母にして、父母は堂屋を代表す。我を克するは是れ官鬼にして、官鬼は廳事を代表す。たとえば《乾》宮金に屬せば、土能く金を生ずれば、土爻便ち是れ父母・便ち是れ堂屋なり。火能く金を克すれば、火爻便ち是れ官鬼・便ち是れ廳事なり。こ の兩者もし日辰を帶びて交重發動に逢えば、就中廳堂改建更換するを要するを主る。
世應比和,一合兩般門扇。(比和乃兄弟,世應化兄弟俱臨宅爻,或世應為兄弟爻,俱合宅爻,主一合兩般門扇。)門路與日辰隔斷,偏曲往來;宅基與世應交臨,互相換易。(且如巽卦辛亥水為宅,以寅合為門,以巳沖為路,日辰與動爻臨卯辰二位隔斷,寅巳二位主偏門戶,曲折還魂路也。宅臨之爻在世,世臨之爻在日,宅並日辰動爻,主換易宗族之家基地,應臨之爻在宅,宅臨之爻在應,並日辰動爻易換外人基地。)
世應兩爻比和するは、一處の門框上に兩副の門扇を裝するを要す。比和はすなわち兄弟なり。世應が兄弟を化じ出して皆宅爻に臨み、あるいは世應本身就是れ兄弟爻にして皆宅爻と相合せば、就中一個の門口に兩扇の門を裝するを主る。門と路と日辰に隔斷せられれば、進出すれば就中繞きて走るを得。宅基の爻と世應と交相臨守せば、房產就中互換するを要す。たとえば《巽》卦辛亥水を以て宅と爲せば、寅は亥と合すれば便ち門にして、巳は亥と冲すれば便ち路なり。もし日辰と動爻とまさに卯・辰のこ の兩位上に落ちて寅・巳を隔開せば、則ち門就中偏きて開き、路もまた彎彎曲曲して繞き回る。又如宅爻の臨む所の地支世爻上に落ち、世爻の臨む所の地支また日辰上に落ち、再び日辰・動爻ありて宅爻と相併すれば、就中本族人と宅基を對換するを主る。もし應爻の臨む所の地支宅爻上に落ち、宅爻の臨む所の地支また應爻上に落ち、再び日辰動爻相併を加えれば、それすなわち外姓人と宅基を對換するなり。
世與日辰克宅,破祖不寧;(世爻與日辰同去克宅爻,主破祖不寧。)宅臨月破克身,生災不已。(月建相沖為月破,若動克世爻,及繫占人身命爻,主生災未已,若臨宅臨用破,即當破家。)應飛入宅,合招異姓同居;(應爻外飛入宅爻,主有異姓人同居合住。)宅動生身,決主近年遷住。(宅爻動日辰之位,在旬中主世身,必主近年遷住。)
世爻と日辰と一同に往きて宅爻を克せば、就中祖業を敗掉し・家中寧ならず。宅爻もし月破に逢いてまた來りて卦身を克せば、災禍就中連々として絶えず。月建に冲せらるるを月破と叫ぶ。こ の一爻もし發動して往きて世爻を克し、あるいは往きて占する所の人の身命の爻を克せば、就中災禍生じて又生ずるを主る。倘若月破まさに宅爻あるいは用爻上に落つれば、それすなわち家を敗するを要す。應爻宅爻の位に飛入するは、異姓人を招來して同住せしめん。宅爻發動して來りて卦身を生ずるは、一定近年就中家を搬するを要す。宅爻發動して日辰の位に落ちて、また本旬の内に於て世爻卦身を管せば、必ず近年遷居を主る。
門逢三破,朽敗崩頹;(三破,為年月日辰沖破也,並動爻臨宅,或克宅,主破舊崩頹;臨官,主廳破;臨父,主堂屋破或蓋覆傾頹;臨兄,主門戶破牆壁毀;臨子財,主房舍廂廊煙廚破壞也。)宅遇兩空,荒閒虛廢。(卦體宅爻在日辰旬之空,更在命旬之空亡,主荒閒虛廢,或是逃亡死絕之屋。白虎刑刃,劫殺耗神,喪門弔客。大殺主大凶。)
門上に三重の破に逢うは、房屋就中朽敗して崩塌す。いわゆる三破とは、太歲・月建・日辰三者の冲破なり。它ら再び動爻を連ねて宅爻に臨み、あるいは往きて宅爻を克せば、就中房屋破舊にして傾頽するを主る。再び六親に按じて細分す。官鬼に臨めば、是れ廳事破損なり。父母に臨めば、是れ堂屋破損あるいは屋頂塌陷なり。兄弟に臨めば、是れ門戶毀壞・墻壁倒塌なり。子孫・妻財に臨めば、是れ廂房廊廡と廚房と破敗なり。宅爻が兩重の空に遇上するは、宅子就中荒廢閒置す。卦中の宅爻既に日辰の屬する所のあの一旬の空亡裡に落ちて、また本命のあの一旬の空亡裡に落つれば、就中房子荒廢閒置するを主り、あるいは逃亡して戶を絶せるの留下せる屋子なり。もし再び「白虎」・刑・羊刃・劫殺・耗神・喪門・弔客等の凶神加臨あれば、尤も是れ大殺なり。それすなわち大凶を主る。
世臨外宅,離祖分居;(宅爻與正卦世臨之爻相同,或與變卦世臨之爻相同。如明夷卦二爻己丑為宅,世臨四爻,發為世臨外宅。又如離姤卦己丑為宅,外卦世在辛丑,亦為世臨外宅。以上二卦為例,餘仿此,動則離祖分居,不動則主偏宅。)應入中庭,外人同住。(應爻為宅爻,或宅爻為應臨之爻相同。且如巽卦變離卦,內卦辛亥水為宅,外卦應居己亥水,故為應入中庭;應臨宅爻為應爻相同,如剝卦內坤印臨二爻乙巳火,又如離卦變巽辛亥臨宅,之卦內離己亥臨印應,為應入中庭,主外人同居日辰,同臨為寄居也。)
世爻外宅の位に落つれば、就中祖屋を離れて分居するを要す。これは宅爻の臨む所の地支と本卦世爻の臨む所と相同なるか、あるいは變卦世爻の臨む所と相同なるを指す。たとえば《明夷》卦第二爻己丑を宅と爲すに、しかして世爻卻って第四爻に落つれば、こ れを世の外宅に臨むと叫ぶ。又如《離》宮《姤》卦己丑を以て宅と爲すに、外卦の世爻辛丑に在るも、同じく世の外宅に臨むなり。こ の兩卦は例なり。その餘はこれに照らして類推せよ。こ の一爻發動せば、就中祖屋を離れて家を分かつを主る。動かざれば、則ち別に偏院別宅あるを主る。應爻中庭に進入すれば、就中外人同住あり。これは應爻本身就是れ宅爻なるか、あるいは宅爻の臨む所の地支と應爻の臨む所と相同なるを指す。たとえば《巽》卦《離》卦に變ずるに、内卦辛亥水は宅にして、外卦の應爻己亥水に落つれば、こ れを應の中庭に入ると叫ぶ。又如《剝》卦内卦是れ坤にして、印綬第二爻乙巳火に臨む。再如《離》卦《巽》に變じて、辛亥宅に臨みて、しかして變卦内卦《離》の己亥また印綬應爻に臨着するも、皆是れ應の中庭に入るの象にして、外人同住あるを主る。もしただ日辰のそれと同臨するのみなれば、それすなわち暫時寄居するなり。
宅合有情之玄武,門庭柳陌花街;木臨無氣之螣蛇,宅舍茅簷蓬戶。(宅爻鴛鴦合玄武,門庭桃花動爻,主女人淫慾,如花街柳陌人也。寅午戌兔從茆裹出之類是。螣蛇木爻死氣臨宅,主甕牖繩樞之地。)鬼有助而無制,鬼旺人衰;(且如木命人占乾兌卦,以火為官,木能生火為鬼有助,若卦體無水生命為鬼無制,主人衰弱。卦無子孫財爻兩動,亦為鬼有助而無制也。若金命人助離宮水鬼,水命人助坤宮木鬼,火命人助坎宮土鬼類。)宅無破而逢生,宅興財旺。(歲月日三破不臨宅爻,更逢三件動爻生宅爻,與財爻旺相有氣,為宅興財旺。)
宅爻と「玄武」と纏綿して相合すれば、こ の家の門庭就中花街柳巷と成れり。木に屬するの爻上にまた氣なきの「螣蛇」を臨着すれば、房舍便ち茅簷蓬戶なり。宅爻と玄武と鴛鴦を成して相合し、門庭上にまた桃花の爻ありて發動せば、家中の女人淫佚にして・花街柳巷中の人のごときを主る。たとえば寅午戌年生人は卯を以て桃花と爲す。いわゆる兎は草裡より出づとは、すなわちこ の一類なり。もし螣蛇已に死氣を成せるの木爻に臨みて宅上に落つれば、それすなわち破甕を以て窗と做り・繩子を以て戶を繫ぐの窮家を主る。官鬼人ありて相助して人なく制伏すれば、鬼旺にして人就中衰す。たとえば木に屬するの命の人《乾》《兌》宮の卦を占得すれば、火は金宮に於て是れ官鬼にして、木また能く火を生ずれば、これすなわち鬼幫助あり。もし卦中偏偏水なくして來りて本命を生生ぜざれば、就中鬼人なく制して、主人身衰弱を主る。卦中子孫なくして財爻また兩處に發動するも、同じく鬼助ありて制なし。その餘たとえば金命人離宮の水鬼を助起し・水命人坤宮の木鬼を助起し・火命人坎宮の土鬼を助起するは、皆一類なり。宅爻破を受けずしてまた生に逢うは、宅就中興き・財就中旺す。太歲・月建・日辰のこ の三重の破皆宅爻に臨まず、またこ の三者の帶ぶる所の動爻ありて來りて宅爻を生じ、同時に財爻旺相氣あれば、それすなわち宅興き財旺るの象なり。
有財無鬼,耗散多端。(有財則生鬼,無鬼不聚財,若無鬼爻,為宅無氣,必主家中財物耗散。)有鬼無財,災生不已。(鬼不宜動,財不可無。若鬼動無財爻,更克世身克宅爻,主連生災咎。)有人制鬼,鬼動無妨。(且如木命人占得坎卦,以土為鬼,木命人克土鬼殺,如或化木鬼,雖重而無害。金命人則制坤艮宮木鬼,但以本命克鬼為制,乃無害也。)
財ありて官鬼なければ、家財就中四處に耗散す。財あれば就能く鬼を生じ、鬼なければ就中財を聚め住む能わず。卦中もし官鬼なければ、宅便ち氣なく、家中の財物必定散失す。官鬼ありて財なければ、災禍就中連々として絶えず。官鬼は發動を宜とせず、財爻卻って缺くべからず。もし官鬼發動して卦中財なく、它再び往きて世爻卦身を克し・宅爻を克せば、就中災咎連ねて生ずるを主る。もし人ありて能く官鬼を制住せば、則ち鬼動くと雖ももまた妨げなし。たとえば木に屬するの命の人《坎》卦を占得すれば、土は水宮に於て是れ官鬼にして、しかして木命まさに能く土を克すれば、こ の鬼就中制住せられたり。縱い卦中再び木鬼を化じ出すとも、重重疊疊たりとももまた妨害なし。又如金命人能く坤・艮宮の木鬼を制す——總じて本命の五行を以て往きて官鬼を克するを、就中有制と叫び、便ち害なし。
助鬼傷身,財多何益?(以金命人占得乾卦,以火為鬼,以木為財,木能生火,火能克金,有財為助鬼傷身,縱然財多何益?況鬼動財興,金在何益?)忌鬼爻交重臨白虎,須防人眷刑傷;(異鬼爻變,乃克身之鬼,並白虎交重發動,值喪門弔客,主人眷災殃。)催尸殺身命入黃泉,大忌墓門開合。(鬼動克身命,為催尸殺,動逢死氣為黃泉路,鬼克身命逢死氣,忌身命爻沖開墓門,一沖一合日辰動爻合墓,為墓門開合。凡卦中必見墓爻,若暗墓一沖一合便是,如甲子生人甲子日卜是也。)
財の往きて官鬼を幫して來りて我を傷るは、財再び多くともまた何の用あらん。たとえば金に屬するの命の人《乾》卦を占得すれば、火は是れ官鬼にして、木は是れ妻財なり。木能く火を生じ、火また來りて金を克すれば、則ちこ の財すなわち鬼を助けて身を傷るなり。縱い財多くとももまた益なし。況んや官鬼一たび動きて・財爻また旺なれば、金命の人還は能く甚麽の好處を得んや。最も官鬼の爻の交重に逢いて「白虎」に臨むを忌む。あれは須らく家眷刑傷あるを防ぐべし。變出のあの官鬼まさに我を克するの鬼にして、它また白虎と一同に交重發動して、再び喪門・弔客に値れば、就中家眷の災に遭うを主る。屍を催すの殺身命を黃泉に逼入するは、最も墓門の一開一合を忌む。官鬼發動して來りて身命を克するを、就中催屍殺と叫ぶ。它發動してまた死氣の上に落つれば、便ち黃泉の路なり。官鬼身命を克してまた死氣に逢うは、就中怕る身命の爻の墓門を冲開し、しかして日辰あるいは動爻また來りてこ の墓を合住せんことを——一冲一合して、就中墓門開合と叫ぶ。凡そ卦中必定墓爻を看見しうる。たとい暗墓なるとも、ただ一冲一合あればもまた算す。たとえば甲子年生人甲子日に課を起すは、すなわちかくのごとし。
木金年命,最嫌乾兌卦之火爻;(木金年命人占得乾兌卦,以火為鬼爻,木生火爻為鬼能助火克金為殺傷身,但本命生鬼為助。本命受鬼克為傷身,金年木命皆然。木命人忌震巽宮鬼,水命忌坎宮鬼是也。)水火命人,不怕震巽宮之金鬼。(水火命人占得震巽卦,以金為鬼,金能生水,火能克金,故水火命人不怕二宮之鬼也。)
木に屬し・金に屬するの年命の人は、最も《乾》《兌》卦中の火爻を嫌う。木命あるいは金命の人が乾・兌宮の卦を占得すれば、火は金宮に於て是れ官鬼なり。木命往きて火を生ずるは、鬼に替わりて力を添ふるに等し。火また反って來りて金を克するは、まさに金命の身を傷るなり。凡そ本命往きて官鬼を生ずるを、就中鬼を助くと叫ぶ。本命官鬼に克せらるるを、就中身を傷ると叫ぶ。金年・木命皆こ の一類に屬す。同じ理に、木命人は震・巽宮の官鬼を忌み、水命人は坎宮の官鬼を忌む。水に屬し・火に屬するの年命の人は、就中《震》《巽》宮の金鬼を怕れず。水命・火命の人が震・巽宮の卦を占得すれば、金は木宮に於て是れ官鬼なり。然るに金能く水を生じて、水命に益あり、火また能く金を克して、火命に損なし。ゆえにこ の兩種の命の人はこ の兩宮の鬼を怕れず。
官星佩印居玉堂,乃食祿之人;(玉堂乃天乙貴人,官星乃甲用辛為,官印乃三傳之印緩。應爻之數,若有官有貴人有祿有印綬,並太歲生身,命登金門而步玉堂之人,身命受制,主先寵後辱。親月建外郡官,親日辰縣宰官,有印無祿,有官無俸,有官無印,有祿無任人,日辰並子孫動,主官有剝削之失。日辰並財爻動,主遷擢升職之變也。)貴刃加刑控寶馬,必提兵之將。(貴,貴人;刃,羊刃、飛刃;刑,三刑。貴人同得吉星相輔,刃加三刑臨貴人之位,受太歲之生,旁爻有馬,乃提兵將帥也。)
官星印綬を佩びて玉堂の位に居るは、これは朝廷の俸祿を食むの人なり。玉堂は天乙貴人を指し、官星は日干の見る所の正官たとえば甲の辛を見るを指し、印は傳中の印綬を指す。應爻の一路の配置を看る:もし既に官星あり・また貴人あり・また祿あり・また印綬ありて、再び太歲加わりて來りて身命を生ずれば、それすなわち金門に登り・玉堂を步むの人物なり。ただし身命もし反って制伏せられれば、就中先に寵を受けて後に辱を受くるを主る。これらの吉神月建に親近するは、是れ外郡の官なり。日辰に親近するは、是れ縣令の一級の官なり。印ありて祿なきは、是れ官を做りて卻って俸なきなり。官ありて印なきは、是れ俸ありて實職なきなり。もし日辰と子孫と一同に發動せば、官職剥奪せらるるを主る。日辰と財爻と一同に發動すれば、則ち升遷調調轉を主る。貴人と羊刃と三刑を加えてまた寶馬を控えるは、あれ必是れ兵を領するの將帥なり。ここにいう貴は貴人を指し、刃は羊刃・飛刃を指し、刑は三刑を指す。貴人別に吉星の輔佐を得、羊刃三刑を加えて貴人の位に臨み、また太歲の生扶を受け、旁爻さらに驛馬あれば、これすなわち兵を提するの將帥の象なり。
財化福爻,入公門多致淹留;(日辰三合,得財爻而無上選,子孫為元祿,蓋財生鬼財為正選,無財則無正選。子孫制鬼,若財化子,不利仕官公門之人。)貴印加官,在仕途必然遷轉。(官帶印,貴人臨世,並日辰旬中發動,在仕途必然遷轉之喜兆也。)
財爻が子孫を化じ出づるは、衙門に進みて事を辦ずるに多半滯留して成り難し。日辰と卦と三合を成して財爻を得るも、卻って正選の位なし。子孫是れ元祿なると雖も、可なり財爻本本當に往きて官鬼を生じて、こそ正選と成れ。一旦財なければ就中正選なし。況んや子孫また官鬼を克制すれば、ゆえに財が子孫を化するは、官を做ると衙門裡に於て事を辦ずるの人とに對して皆利ならず。貴人と印綬とさらに官星を加うるは、仕途上必定升遷調轉す。官爻印綬を帶びて、貴人また世爻に臨み、再び日辰の屬する所の旬中に發動せば、それすなわち仕途遷轉の喜兆なり。
子承父業,子有跨灶之風;(子命爻臨五爻之位,臨父母之身,相生相合,主有跨灶之風;相剋相刑,主有悖逆不孝,或不肖,不能克紹箕裘之業。父母之命爻臨子孫爻之身,主子承父蒑。生合刑剋依此斷之,萬無一失。)妻奪夫權,妻有能家之兆。(妻命臨夫身五爻之上,與夫相生相合,得內助能家之兆;若妻剋夫爻,主妻凌夫或破夫家也。)
兒子が父業を繼承するに、還は父に勝過するの氣概あり。兒子の本命の爻もし第五爻の位に臨みて、また父母の身爻に臨着して、兩者相生相合せば、就中こ の子靑出於藍の跨竈の風あるを主る。もし彼此相克相刑せば、それすなわち悖逆不孝あるいは材を成さずして、祖傳の家業を接下る能わざるを主る。反して、父母の本命の爻子孫の身爻に臨着するも、もまた兒子の父業を承繼するを主る。生合と刑克とは上面の道理に照らして往きて斷ずれば、萬失一なし。妻子が丈夫の權を奪うは、あれは妻子能く家を持するの兆頭なり。妻子の本命の爻丈夫の身爻の在る所の第五爻の上に臨みて、丈夫と相生相合せば、就中内助を得て能く家を興くるの象なり。もし妻爻反って往きて夫爻を克せば、それすなわち妻の夫に凌駕するを主り、甚至夫家を敗掉せん。
弟紾乃兄之臂,身命相傷;(弟身爻起臨兄之命爻,或兄身爻起臨弟之命爻,若相刑相剋,主不友不恭;若相生相合,主兄弟怡怡如也。)婦僭姑嫜之爻,家聲可見。(二為媳婦之命爻,臨姑之身爻,相刑相沖,主凌尊上悖逆不孝;相生相合,主順婦道也。)
弟弟が兄長の胳膊を扭傷するは、あれは身爻と命爻と互相傷克するなり。弟弟の身爻兄長の命爻上に起り、あるいは兄長の身爻弟弟の命爻上に起りて、兩者もし相刑相克せば、就中兄友ならず・弟恭ならざるを主る。もし相生相合せば、兄弟便ち和睦融洽す。媳婦が公婆の爻位を僭越するは、こ の一家の家風もまた看出し來るべし。第二爻は媳婦の命爻なり。它婆婆の身爻に臨着して、もし相刑相冲せば、就中それの尊長に凌駕し・悖逆不孝を主る。もし相生相合せば、就中それの婦道を謹守するを主る。
妻犯夫家之殺,妻破夫家;(夫家破耗二殺所臨之位,妻身命爻犯之剋夫身命爻,主破夫家也。)夫臨妻祿之爻,夫食妻祿。(祿乃甲祿在寅,食乃甲食丙之類。如甲子生妻祿在寅,夫身命爻臨之,遇食神乃食祿順食,不逢空鬼破耗等殺,更值生旺有氣者,主夫食妻祿。若逢梟神羊刃空鬼耗破殺,雖食妻祿亦無用矣。)
妻子が夫家の凶殺を犯すれば、就中夫家を敗掉せん。夫家の破・耗二殺の臨む所の位置を、妻子の身命の爻恰好犯して、また往きて丈夫の身命の爻を克せば、それすなわち她の夫家を敗し了れるを主る。丈夫が妻子の祿爻に臨着するは、就中妻子の財祿に靠りて活を過ぐるなり。祿は干祿にして、たとえば甲の祿寅に在る。食は食神にして、たとえば甲は丙を以て食と爲す。たとえば甲子年生の妻子は、祿寅に在りて、丈夫の身命の爻恰好こ の寅に臨着して、また食神に遇えば、就中食祿に順着するなり。ただ空亡・官鬼と破耗等の凶殺に逢わずして、しかも生旺氣あれば、就中丈夫の妻家の財祿に靠りて日子を過ぐるを主る。もし梟神・羊刃・空亡・官鬼・耗・破等の凶殺に碰上せば、あれ就中妻祿を吃着するを算すとももまた用なし。
交重兄弟克妻身,再理絲絃;(妻身爻起臨兄弟之爻,發動傷身命,或夫臨兄弟爻克妻之身命,主琴絃再續也。)內外子孫生世位,多招財物。(內外子孫發動並日辰生身世之財爻,無空破沖剋,多招財物,有氣必有不期而會也。)
兄弟の爻交重發動して往きて妻子の身爻を克するは、あれは弦を續ぎて再娶せんとするなり。妻子の身爻兄弟の爻上に起りて、兄弟また發動して來りて她の身命を傷る。あるいは丈夫自己兄弟爻に臨みて往きて妻子の身命を克する——これ皆弦を斷えて續き・別に一房を娶るを主る。内外卦の子孫皆來りて世位を生ずるは、就多く財物を招來す。内卦外卦の子孫一齊に發動して、また日辰ありて往きて生じて身世上的財爻を生じ、しかしてこ れらの爻既に落空せず・もまた破を受け冲を受け克を受けざれば、それすなわち多く財物門に進むあり。它ら再び氣あれば、還は意料到せざるの進項あらん。
世為日辰飛入宅,鵲據鳩巢;(如乾之艮卦,內卦甲寅木爻為宅,外卦丙寅爻持世發動,或並日辰與鬼飛入宅爻,主他人之屋,不是祖居自創之屋,或租賃之宅。假如大過卦內巽辛亥為宅,外兌丁亥持世發動是也。)應臨父母動生身,龍生蛇腹。(應臨父母,居偏下之爻,占者身爻臨之,得本爻生之,或即動生子身命,主偏生庶出,或隔胎之子,前後父母生也。身命俱臨父母,重拜雙親。)
世爻あるいは日辰宅爻に飛進するは、喜鵲の斑鳩の窩を占するがごとし。たとえば《乾》の《艮》に於て、内卦甲寅木は宅爻にして、外卦丙寅世を持して發動す。あるいは日辰官鬼を連ねて一齊に宅爻に飛入する——皆別人の屋子を住するを主り、既に祖傳の房產に非ず・もまた自己蓋ふるに非ず、多半是租り來れるの宅なり。再如《大過》卦、内卦《巽》の辛亥は宅にして、外卦《兌》の丁亥世を持して發動するも、もまたこ の一類なり。應爻父母に臨みて發動して來りて卦身を生ずるは、あれは龍の蛇腹裡に生まるるなり。應爻父母に臨みてまた偏下の爻に居りて、占者の身爻まさにそれに臨着し、あるいはそれの來りて生ずるを得、あるいは它發動して往きて占者の身命を生ずるは、皆此人庶出偏房の生まるるを主り、あるいは隔胎の子・前後兩位の母親の生まるるなり。もし身・命兩爻皆父母に臨めば、それすなわち須らく雙親を重拜せんことを要す。
世應隔異,兄弟多因兩姓。(如晉卦己酉金是世。假如乙未應隔甲字,之遁卦壬甲金應真兄弟,假如晉卦之遁卦外離,為假子何也?離己酉金假弟,遁卦外有乾卦,壬甲金持世是真兄弟,假又如姤之明夷卦,壬申金是真兄弟,明夷外卦有癸亥水是假,不合中旬酉字亦為隔異之間,並日辰應有親兄弟,或日月建動爻隔斷,亦依此斷,姤卦應隔兄弟,明夷卦應隔兄弟是餘皆仿此。)應爻就妻,相合外人入舍為夫;(應爻飛入宅,與妻身命相生相合,主招外人入舍為夫。)假宮有子,飛來異姓過房作嗣。(假如子孫帶占身命,或日辰是假宮,飛來伏在身命爻下,主為人異姓過房之子,帶日辰旬真宮飛來,主過人家之子,飛動應爻過房與人也。)
世應の間隔斷せられて兩處に分屬するは、兄弟便ち多く兩姓の生まるるなり。たとえば《晉》卦己酉金を以て世と爲すに、應爻乙未世との間甲字に隔開せられ。變じて《遯》卦と作るに、壬申金の應爻こそ眞兄弟なれ。又如《晉》《遯》に變じて、外卦是れ《離》にして、己酉金ただ假弟と算するのみ。しかして《遯》卦外卦《乾》に屬して、壬申金世を持するは、あれこそ眞兄弟なれ。再如《姤》《明夷》に變じて、壬申金是れ眞兄弟にして、《明夷》外卦の癸亥水是れ假なり。本旬中の酉字相合せざるも、もまた隔斷分異と算す。凡そこれ再び日辰相併を加えれば、應上同胞兄弟あるべし。もし日辰・月建あるいは動爻に隔斷せられても、もまたかくのごとく照らして斷ず。《姤》卦・《明夷》卦の應爻皆兄弟に隔開せられたり。その餘はこれに倣え。應爻妻爻に靠向すれば、就中外人を招きて門に上りて丈夫と做さしめん。應爻宅位に飛入して、また妻子の身命の爻と相生相合せば、就中外姓人を招きて入贅して夫と爲るを主る。假宮裡子孫出現するは、あれは外姓過繼して來りて嗣子と做るなり。たとえば子孫占者の身命を帶び、あるいは日辰假宮に屬して、飛來して身命爻の下に伏せば、就中此人別姓に過繼して來れるの兒子なるを主る。もし日辰を帶びて真宮に由りて飛來せば、則ち別人家に過繼して往きしの兒子なるを主る。もしそれ應爻上に飛動すれば、それすなわち孩子を別人に過繼するなり。
妻帶子臨夫位,引子嫁人;(妻命帶子孫動臨夫位日辰,主妻引子嫁人是也。)夫身起合妻爻,將身就婦。(夫身爻起,臨妻命爻,或夫命爻動並日辰為之,將身就婦也。)本命就中空子,見子應遲;(子孫同我生之爻,在日辰命旬之空,主見子遲。若胎絕,主孤害刑剋也。)身爻合處逢妻,娶婚必早。(夫身爻起處合妻之命爻,見妻必早;妻身爻起合夫之命爻,婦嫁必早。)
妻爻子孫を帶びて夫位に臨むは、あれは孩子を帶びて改嫁するなり。妻子の命爻子孫を帶びて發動して、また丈夫の爻位と日辰とに臨めば、就中她の子を攜えて再嫁するを主る。丈夫の身爻起來して往きて妻爻に合するは、あれは女家に入贅するなり。丈夫の身爻の起る處まさに妻子の命爻に臨み、あるいは丈夫の命爻發動して日辰と相併して往きて她に合するは、皆此人門に上りて婦に就くを主る。本命の在る所の旬中子孫落空するは、子を見ること就中遲し。子孫は我の生ずる所の爻にして、它もし日辰・本命のあの一旬の空亡裡に落つれば、就中子を得ること較晚を主る。もし它又胎・絶の地に落つれば、還は孤單・刑克せらるるを主る。身爻の起る處まさに妻爻相合に逢うは、成婚一定早し。丈夫の身爻の起る處妻子の命爻と相合すれば、妻を娶ること必ず早し。妻子の身爻の起る處丈夫の命爻と相合すれば、嫁ぐこと必ず早し。
夫婦合爻見鬼,婚配不明;(夫合之爻,妻合之爻見鬼,主婚姻不明,但有合爻見鬼是也。)子孫絕處刑傷,兒多不育。(子孫逢死絕爻,更受刑傷克害,主子多不育。)夫妻反目,互見刑沖;兄弟無情,互相凌制。(夫身爻並日辰動刑妻命,主夫不和妻;妻身爻並日辰動刑夫命,主妻不和夫,或妻命沖夫身,夫命沖妻身,主夫妻反目。如風天小畜九三爻是也。兄帶日辰克弟身命爻,弟帶日辰克兄身命爻,主兄弟不和,互相凌虐。)
夫妻相合するのあの一爻上に官鬼出現するは、婚配就中來路明白ならず。丈夫の合する所の爻・妻子の合する所の爻もし官鬼を見れば、就中こ の門の婚事明白ならざるを主る。ただ相合の爻上に鬼あれば、皆こ の斷を作す。子孫絶地に在りてまた刑傷を受くるは、孩子多半養活せざるなり。子孫死・絶の爻に落ちて、再び刑傷克害を遭えば、就中生む所の孩子多く成活せざるを主る。夫妻反目するは、是れ彼此刑冲なり。兄弟情なきは、是れ互相凌制なり。丈夫の身爻日辰を連ねて發動して往きて妻子の命爻を刑するは、丈夫と妻子と不和を主る。妻子の身爻日辰を連ねて發動して往きて丈夫の命爻を刑するは、妻子と丈夫と不和を主る。あるいは妻の命爻夫の身爻を冲し・夫の命爻妻の身爻を冲するも、もまた皆夫妻反目を主る。《風天小畜》九三爻のごときはすなわちかくのごとし。兄弟に至っては:哥哥日辰を帶びて往きて弟弟の身命の爻を克し・弟弟日辰を帶びて往きて哥哥の身命の爻を克するは、皆兄弟不睦・彼此欺凌するを主る。
日將與世身相生,當主雙胎;身命與世應同爻,多應兩姓。(身世起合與日辰動爻同位兩生命者,主雙胎同年之子,或雙頂是也。身臨世命臨應,是身命兩臨世應,主有兩姓。)妻財發動,不堪父值喪門;父母交重,最忌子臨死絕。(上有父母,不堪財爻發動,更兼父母值喪門弔客爻,主有克害之患。)
日辰と世爻卦身と彼此相生するは、就中雙胞胎を生ずるを主る。身爻命爻と世應と同じく一爻に落つるは、多半兩姓上に應ず。身爻・世爻の起る處相合して、また日辰・動爻と同位にして併びて兩個の命を出づれば、就中雙胎同年の子を主り、あるいは頭上頭上兩個の髮旋なり。もし身爻世に臨み・命爻に臨み・命爻應に臨みて、身命分かれて世應兩頭に臨めば、就中こ の一家兩姓に牽涉するを主る。妻財發動の時、最も父母また喪門に値るに禁え受けず。父母交重の時、最も子孫死絶に落つるを忌む。家中上に父母あれば、就中財爻發動を受け得ず。財動すれば本より已に父母を克す。もし父母の爻またまさに喪門・弔客に値れば、あれすなわち克害の患あり。
妻克世身重合應,妻必重婚;(妻爻動剋夫命,主剋夫。並日辰又與應相合,主妻再嫁。若帶咸池與應爻相合,並日辰動爻帶亡,劫刑刃等殺。剋夫身命爻,主妻與外人謀殺夫主。臨交爻主未來之事。)夫刑妻命兩逢財,夫當再娶。(妻身命臨夫家刑殺之爻,更逢克處兩財,主夫克兩妻,並日辰合傍爻之財,主再娶。夫並日辰動爻,帶劫刃刑等殺傷妻命爻,主遭夫毒手也。)
妻爻世身を克してまた重重に應と相合するは、こ の妻子必要再嫁せん。妻爻發動して來りて丈夫の命爻を克するは、就中夫を克するを主る。它再び日辰と一同に往きて應爻に合するは、就中妻子改嫁するを主る。もし它「鹹池」を帶びて應爻と相合して、しかして日辰・動爻また亡神・劫殺・三刑・羊刃等の凶殺を帶びて往きて丈夫の身命の爻を克せば、それすなわち妻子と外人と合謀して夫を害するを主る。こ の一爻もし交爻に逢えば、是れ未だ發生せざるの事なり。丈夫が妻子の命爻を刑克して卦中また兩重の財を見れば、丈夫就中再娶するを要す。妻子の身命の爻夫家の刑殺の位上に落ちて、克を受くるの處また兩個の財爻出現せば、就中丈夫兩個の妻子を克死するを主る。もし日辰また往きて旁爻の財に合せば、それすなわち續娶するを要するを主る。反して、丈夫日辰・動爻を連ねて劫殺・羊刃・三刑等の凶殺を帶びて往きて妻子の命爻を傷るは、就中妻子の丈夫の毒手に死するを主る。
妻與應爻相合,外有私通;(妻身命爻,與應相合咸池玄武桃花,主妻有外情夫。並日辰克妻與應爻,主獲妻姦夫。並世應在三合之爻,主從良為娼,日辰臨交爻,主心意未絕。妻帶財生應爻,妻以財誘外人;應帶財生妻爻,外人以財誘妻。應自外宮來,主遠方人;應自內來,近親之人。世爻動帶鬼隔斷,為家人間阻;應爻動帶鬼隔斷,為外人間阻其情。)男臨女子互爻,內多淫慾。(男身爻起臨女命爻,女身爻起臨男命爻,謂互尊卑失序,主有淫亂事。若夫妻互相合,主先奸後娶。據理而詳可也。)
妻爻と應爻と相合するは、外頭就中私情あり。妻子の身命の爻と應爻と相合して、また「鹹池」「玄武」あるいは桃花を帶ぶれば、就中妻子外に別に相好あるを主る。もし日辰同時に往きて妻爻と應爻とを克せば、あれは當場に姦夫を捉住せしなり。もし妻爻世應と三合を結成せば、則ち她の良に由りて娼と爲るを主る。日辰もし交爻に臨めば、她の心意還は未だ斷絶せざるを說明す。妻爻財を帶びて往きて應爻を生ずるは、是れ妻子錢を拿りて外人を勾引するなり。應爻財を帶びて來りて妻爻を生ずるは、是れ外人錢を拿りて妻子を引誘するなり。應爻もし外宮に由りて飛來せば、あれは遠方の人なり。内卦に由りて來れば、則ち近親の人なり。世爻發動して官鬼を帶びてそれを隔斷するは、是れ家裡人中より攔阻するなり。應爻發動して官鬼を帶びて隔斷するは、是れ外人中よりこ の段の私情を阻斷するなり。男の身爻女の命爻上に臨到して、彼此交錯せば、家裡就多く淫亂す。男子の身爻女子の命爻上に起り、女子の身爻男子の命爻上に起るを、こ れを尊卑錯亂と叫び、家中に淫亂の事あるを主る。もし夫妻兩造互相交合すれば、それすなわち先に私情ありて然るのち成婚せしなり。こ の道理に照らして細推すれば便ち是れなり。
青龍水木臨妻位,多獲奩財。(如財臨青龍,水木有氣,夫命臨之,更有氣,主得妻財多。命帶玄武財爻有暗來妻財,如辛丑日下得恆觀卦是。)玄武桃花犯命中,荒淫酒色。(身命帶玄武桃花,主貪酒色,男則粘紅綴綠,女則葉人牽惹。)
「靑龍」と水木の爻と妻位に臨むは、多く嫁粧財物を得。財爻もし靑龍に臨みて、また水に屬し木に屬して氣あり、丈夫の命爻もまたそれに臨着して・しかも氣あれば、就中妻を娶りて厚財を得る能きを主る。もし命爻「玄武」を帶びて財爻旁に在れば、あれは暗中來るの妻財にして、たとえば辛丑日占して《恆》の《觀》を得たるがごときはすなわちかくのごとし。玄武と桃花と命中に犯せば、就中酒色に荒淫す。身命の爻玄武・桃花を帶ぶれば、此人酒色を貪戀するを主る。男は處處花に沾り草を惹き、女は到處人を招きて牽扯せしむ。
世應妻爻三合,當招偏正之夫。(為世應財爻三合,妻爻更逢兩鬼。合身命,主有偏正之夫。)財交世應六沖,必是生離之婦。(妻身命爻值鬼爻,與世應並日辰動破合,重重相沖,與財兩合,或妻身命爻與世應動爻相沖,或日辰相沖,主是生離之婦也。)
世應と妻爻と三合を會成するは、こ の婦人正夫を招くの外還は偏夫あらん。世爻・應爻と財爻と三合を會成して、妻爻また兩個の官鬼の來りて她の身命に合するに逢えば、就中她に正夫ありて偏夫もまたあるを主る。財爻と世應と交錯して六冲と成るは、あれ必是れ生離の婦人なり。妻子の身命の爻官鬼に値りて、また世應・日辰と一同に發動して原有の合を破了して、重重相冲して、卻って仍として財爻と兩相合する。あるいは妻子の身命の爻世應動爻と相冲し、あるいは日辰に冲せらるる——これ皆她の丈夫と生生分離せるの婦人なるを主る。
世應為妻爻相隔逢沖,必招外郡之人;(世應在日辰旬中隔斷妻爻,或與夫爻相隔,在日辰旬外逢沖,主是外郡之人;夫隔妻爻,妻動在游魂世應之外,主他州人也。)夫妻與福德相逢帶合,必近親鄰之女。(男與財爻相近,俱在本宮或卦中,主婚姻近處就中;合見子孫,主因親致親,或故親為媒。)
世應が妻爻を中間に隔ててまた冲に逢うは、娶るは必是れ外郡人なり。世應日辰の屬する所の旬中に妻爻を隔斷し、あるいは夫爻を隔開して、しかして日辰本旬の外にまた冲に逢えば、就中娶る所は外郡の人なるを主る。もし夫爻と妻爻と相隔して、妻爻また遊魂卦中に動じて世應の外に到れば、あれさらに是れ外州人なり。夫妻兩爻と子孫と相逢してまた合を帶ぶるは、娶るは必是れ近處親鄰の女なり。男方の爻と財爻と相近して、兩者また皆本宮あるいは同一卦中に在れば、就中こ の門の婚事就中近處に在るを主る。もし相合の處還は子孫を見れば、それすなわち親戚に由りて親戚を牽出し、あるいは老親の做れる媒なり。
命逢死氣,最嫌煞忌當頭;(身臨命家日家逢死氣,若日辰動爻並殺,倘克身命,主有世亡之禍。)鬼入墓鄉,尤忌身爻濺血。(命爻帶鬼入墓,怕身爻帶殺或受刑,最不吉之兆。)
命爻死氣に逢着するは、最も凶煞忌神頭に當りて壓來るを嫌う。身爻本命の家・日辰の家に臨みてまた死氣に逢うに、もしこの時日辰・動爻再び凶殺を帶びて來りて身命を克せば、就中死亡の禍あるを主る。官鬼墓鄕に進入するは、尤も身爻上再び血光を見るを怕る。命爻官鬼を帶びて一同に墓に入るは、就中怕る身爻また凶殺を帶びあるいは刑を受くるを。あれ是最も不吉の兆なり。
惡莫惡於三刑迭刃,(刑無刃不能傷人,刃無刑禍亦不大。若刑刃兩全帶殺,克身臨官,主犯官符刑憲事;玄武傷財,劫賊圖財致命之事。世並日辰動爻,克應帶殺,主我傷他人;應並日辰動爻帶殺克世,主他人殺我;為官掌生死之權,名揚夷夏,若漁獵技藝之人。禍當滅沒,否則疲癃殘疾之人,若龍德發動,則凶中有吉之象。)凶莫凶於四虎交加。(日家應家白虎即胎神,月破白虎,六神白虎,太歲白虎,命家白虎即日神,白虎化白虎,重重臨宅克身,主刑剋伏制之事,若帶鬼殺重重並喪吊凶神,舉家遭禍。死亡十幾八九,若卦中龍德動,主喜事至則稍輕,是悲喜相半之兆。)
最惡は三刑と羊刃と層層相疊するに過ぐるなし。刑もし刃なければ就中人を傷る能わず、刃もし刑なければ禍もまた大ならず。一旦刑・刃俱全してまた凶殺を帶びて、往きて身爻を克して官鬼に臨めば、就中官法を觸犯し・刑憲を遭受するを主る。もし「玄武」來りて財爻を傷れば、それすなわち强盜財を圖り命を害するの事なり。世爻日辰・動爻を連ねて凶殺を帶びて往きて應爻を克するは、我の別人を傷るを主る。應爻日辰・動爻を連ねて凶殺を帶びて來りて世爻を克するは、別人の我を害するを主る。こ の種の格局もし官を做り生殺の權を掌るの人の身上に落つれば、反って能く中外に名を揚ぐ。もし漁獵・手藝人の身上に落つれば、禍就中它を毁壞せん。たとい死せずとももまた一個の殘廢の人と成る。ただし卦中もし「靑龍」「天德」發動あれば、それすなわち凶中吉を帶ぶの象なり。最凶は四重の白虎交相加臨するに過ぐるなし。日辰の家・應爻の家の白虎すなわち是れ胎神にして、これの外還は月破白虎・六神白虎・太歲白虎あり。本命の家の白虎は則ち是れ日神なり。再び白虎また白虎を化ずるを加えれば、重重疊疊宅に臨み身を克して、就中刑克と人に壓制せらるるの事とを主る。もし它らまた重重の鬼殺を帶びて、喪門・弔客等の凶神を連ねれば、それすなわち家を擧げて禍に遭いて、死亡するの十有八九なり。倘若卦中靑龍・天德發動して、喜事一たび到れば、凶勢就中稍々減ず。あれは悲喜各半の兆なり。
四鬼貼身,防生災咎;(貼身鬼帶破碎殺,主有破相之疾;乾主頭面小腸喘急咳嗽之疾;坎主兩耳腎間之疾;艮主背肋手指之疾;震主下部腰足痛之疾;巽主兩股兩腿頭髮血氣之疾;離主眼目心經之疾;坤主腸間脾胃之疾,兌主口齒及唇之疾。餘仿此。)三傳克世,易惹災危。(三傳太歲月建日辰,帶殺帶鬼,克世身命,主宅丁人眷災危,太歲,連年之禍,月建主累月之災殃也。)
四重の官鬼身に貼れば、就中災咎を生ずるを防ぐを要す。身に貼るの官鬼もし破碎殺を帶ぶれば、身上に破相の疾あるを主る。再び卦宮に按じて部位を分かつ。乾は頭面・小腸および喘急咳嗽を主り、坎は雙耳と腎臟とを主り、艮は背脊・肋骨と手指とを主り、震は下身・腰腿疼痛を主り、巽は兩股兩腿および頭髮氣血を主り、離は眼目と心經とを主り、坤は腸胃脾臟を主り、兌は口齒嘴唇を主る。その餘はこれに照らして類推せよ。太歲・月建・日辰のこ の三傳一齊に世を克するは、災危を招來し易し。こ の三者もし凶殺あるいは官鬼を帶びて往きて世爻と身命とを克せば、就中一家の人口皆災危あるを主る。太歲の主る所は是れ連年の禍にして、月建の主る所は是れ數月に接連するの災殃なり。
劫亡兩賊傷身,青草墳頭之鬼;身命兩空遇殺,黃泉路上之人。(身命逢絕,在旬中空亡,亡神劫殺帶鬼,傷身克命,主有死亡之患。)勾陳傷玄武之身財,女多凶禍,白虎損青龍之官鬼,男忌死亡。
劫殺と亡神のこ の兩個の凶賊一齊に身を傷るは、あれは靑草墳頭の孤鬼なり。身爻命爻雙雙落空してまた凶殺に遇うは、あれは黃泉路上の行人なり。身命の爻既に絶地に落ちて、また本旬中に空亡に落ち、再び亡神・劫殺官鬼を帶びて來りて身を傷り命を克するを加えれば、就中死亡の患あるを主る。「勾陳」が「玄武」の臨む所の身爻と財爻とを傷れば、家中の女子多く凶禍あり。「白虎」が「靑龍」の臨む所の官鬼を損せば、男子就中死亡を忌むを要す。
墳墓(賦を存して注せず)
葬埋之禮,乃先王之所設,雖為送死而然風水之因,特後世之所興,禍福吉凶攸繫,故墳占三代,穴有定爻。一世二世子孫出王侯將相之英,後嗣主富貨繁華之茂。絕嗣無人,端為世居五六;為商出外,只因世在游魂八純。凶兆歸魂(游魂)亦作凶推,吉兆相生相合亦將吉斷。穴騎龍,龍入穴,穴正龍真;山帶水,水連山,山環水抱。交重逢旺氣,聞雞鳴犬吠之聲;世應拱穴爻,有龍皤虎踞之勢。三合更兼六合,聚氣藏風;來山反作朝山,回頭顧主。死絕之鬼,邊有荒墳;長生之爻,中有壽穴。合處與應爻隔斷,內外之向不同;穴中為日沖開,左右之穴相反。看已形之即往,察過去之未來。事與世應互同,可見卦中之體用;動與日辰相應,方知爻內之吉凶。
安葬の禮は先王の定むる所にして、本より終を送るが爲に設けり。風水を講求するに至っては、則ち後世こそ興起せしなり。然るに禍福吉凶確かにその中に係れり。ゆえに墳塋を占するに須らく三代を看て、しかして穴位卦中自ら定爻あり。世爻一世・二世の位に在れば、子孫裡會に王侯將相の才を出でん。後代富厚繁華を主る。もし絶嗣して人なければ、まさに世爻第五・第六爻に居るが因り。もし鄉を離れて經商して外に在れば、ただ世爻遊魂卦あるいは八純卦上に落つるが因り。凶兆を得て卦歸魂あるいは遊魂と爲るは、依然として凶に照らして斷ず。吉兆を得て爻また相生相合すれば、就中吉に照らして斷ず。穴龍脈上に騎りて龍脈また穴に入るは、あれは穴正しく龍眞なり。山間水を帶びて水また山に連なるは、あれは山環き水抱くの好局なり。爻交重に逢いてまた旺氣に當るは、葬地附近能く雞鳴犬吠を聽聞す。世應兩爻穴爻を拱護するは、則ち龍盤き虎踞るの勢あり。三合の外再び六合を兼ぬれば、便ち氣を聚め風を藏むなり。もし來山反って朝山と成れば、あれは回頭して主を顧るの形なり。死絶に落ちるの官鬼は、旁邊に荒墳あり。長生に落ちるの爻は、穴中已に生壙あり。相合の處應爻に隔斷せられれば、内外の朝向就中一致せず。穴爻日辰に冲開せられれば、左右の穴位就中相反す。已に成形せるの近事を看るを要し、もまた未だ顯露せざるの將來を察す。事情と世應と彼此相同なれば、就中卦中の體と用とを看出し得。動爻と日辰と互いに應合して、こそ爻裡の吉凶を知る。
求師
捐金饌食教養,雖賴乎嚴君,明善復初啟發,全資於先覺。凡求師傅,須究文書。(文書即卦中父母,此爻為師道,為書籍,為學館,而又有尊長之意,故為主象。)
錢を出して飯を備へて子弟を養大するは、固より嚴父に靠るを要すと雖も、可なりそれをして善道を明白せしめ・本心を回復せしめ・啓發を得せしむるは、就中全く先知先覺の老師に靠るなり。凡そ師傅を求聘するに、皆須らく文書の爻を推究す。文書はすなわち卦中の「父母」なり。こ の一爻既に師道を代表し、また書籍と學館とを代表し、還は尊長の意思を含有す。ゆえに它を取りて主象と作す。
如居弱地,必範不範而模不模;若在旺鄉,則矜可矜而式可式。(父母休囚,其師必然畏懼侷促,不能為人之模範,旺相有氣,則魁梧雄偉堪為學者矜式。)臨刑臨害,好施檟之威;(檟楚儆頑之杖,父帶刑害白虎,其師性暴少慈,必好笞撻,旺動尤甚。臨青龍,則是儆戒弟子非妄撻。)
父母もし衰弱の地に落つれば、こ の先生當に甚麽の模範とも當るべからず。もし旺相の鄕に落つれば、それすなわち氣度堂堂として、足りて學生の取法するに供す。父母休囚なれば、先生必然畏縮局促して、人の榜樣を做る能わず。父母旺相氣あれば、先生就中魁梧雄偉として、學者の敬慕效法するに堪ふ。父母もし刑に臨み害に臨めば、先生就中教鞭を動かすを愛す。檟楚は頑劣の學生を打つの木杖なり。父母刑・害と「白虎」とを帶ぶれば、先生性子暴躁にして慈愛少なく、必ず學生を鞭撻するを好み、旺にして發動せば就中さらに甚だし。もし它臨む所は「靑龍」なれば、それ便ち正當の懲戒にして、並に胡亂に人を打つに非ず。
逢歲逢身,業擅束脩之養。(父母卦身或持太歲,其師專以教訓為業,務得束脩以為養家者。)兌金震巽,雜學堪推;離火乾坤,專經可斷。(凡推師之專經雜學,當以父母在震巽艮坎兌五卦為雜學,乾坤離三宮為專經。蓋巽兌二卦屬陰,而陽爻反多,震艮坎三卦屬陽而陰爻反多,雜而不純所以雜學之師,離雖不純而有文書之象,乾坤則不雜而有資生資始之功,所以為專經。若父母在乾坤離卦之中,縱或雜學亦是良師;不在乾坤離卦之內,縱是專經,亦非才士。)
父母もし太歲に逢い・卦身に逢えば、此人就中專ら束修に靠りて家を養うの塾師なり。父母卦身に臨み、あるいは太歲を持せば、こ の先生便ち教書を職業と當して、全く學費に指望して一家人を養活す。父母《兌》《震》《巽》に落つれば、彼の學ぶ所駁雜なるを推しうる。《離》《乾》《坤》に落つれば、彼の專ら一經を治するを斷じうる。專經と雜學とを判別するに、父母の震・巽・艮・坎・兌五卦に落つるを以て雜學と爲し、乾・坤・離三宮に落つるを以て專經と爲す。道理は在り:巽・兌は本本來陰卦に屬して陽爻反って多く、震・艮・坎は本本來陽卦に屬して陰爻反って多く、駁雜にして純ならず。ゆえに是れ雜學の師なり。離はもまた不純なると雖も、卻って文明書文の象あり。乾・坤は則ち純にして雜らず、始め資く・生じ資くの功あり。ゆえに專經に屬す。父母もし乾・坤・離三卦の中に在れば、縱い學ぶ所駁雜なるとも、もまた良師なり。もしこ の三卦の内に在らざれば、縱い一經を專治するとも、もまた眞に才學あるの人と算すに足らず。
本象同鄉在內,則離家不遠;本宮異地在外,則隔屬須遙。(本宮父母本鄉人氏,外宮父母外郡人。在本宮而居外卦,雖是本鄉離家必遠;在他宮而居內卦是外郡必不遙遠,亦是鄰邦。他仿此。)與世相生,非親則友;(與世父爻相生相合,其師必與求師之家有親;若係他宮外卦或與世爻不同宮者,相識朋友。父爻持世,亦是非親則友。)
父母本宮に屬してまた内卦に居れば、あの先生は同鄕にして、家離るること遠からず。父母他宮に屬してまた外卦に居れば、それすなわち州縣を隔てて、路途遙遠なり。本宮の父母は本鄕人氏にして、外宮の父母は外郡人氏なり。もし本宮に屬して卻って外卦に居れば、本鄕人なると雖も、家を離るるもまた必ず遠し。もし他宮に屬して卻って内卦に居れば、外郡人なると雖も、路卻って遠からず。多半是鄰近の州縣なり。その餘はこれに照らして類推せよ。父母と世爻と相生するは、先生親戚ならざれば就中朋友なり。父爻と世爻と相生相合せば、こ の先生必ず師を求むるの家と親に沾り。もし它他宮外卦に屬し、あるいは世爻と宮を同じくせざれば、それすなわち相識の朋友なり。父爻世を持するも、同じく親に非ざれば即ち友なり。
與官交變,不貴亦榮。(父化官爻其師異日必貴。卦無父母而鬼帶貴人化出,多是生員,不帶貴人或臨衰絕,必是吏人。加白虎或帶刑害,則是有病人。父持月建更加青龍,必有前程在身。父臨生旺又得月建日辰生扶者,今雖未貴,後必榮達,若化空亡雖貴不願。)靜合福爻,喜遇循循之善誘;動加龍德、怕逢凜凜之威嚴。(父母與子孫作合最吉,必能博文約禮,循循善誘,甚得為師之道。必主師徒契合,惟怕發動,則克子孫,更加白虎刑害,必然難為弟子。若不旺相而得青龍輔之,雖動不妨,但主其師剛毅方正,凜然不可少犯。)
父母と官鬼と交相變化するは、こ の先生顯貴せずとももまた必ず榮達す。父母が官鬼を化じ出づれば、先生日後必定發跡す。もし卦中父母なく、しかして貴人を帶ぶるの官鬼に由りて化出せば、あれ多半是個秀才なり。官鬼が貴人を帶びず、あるいは衰絶に落つれば、就中必是れ個吏員なり。再び「白虎」を加えあるいは刑害を帶ぶれば、それすなわち一個の病あるの人なり。父母月建を持してまた「靑龍」を加うれば、此人身上必ず已に功名あり。父母生旺の地に落ちて、また月建・日辰の生扶を得れば、眼下未だ顯貴せずと雖も、日後必然榮達す。もし它空亡に化入せば、それすなわち縱い顯貴するももまた心を稱せず。父母安靜にして子孫と相合するは、喜ぶは循循として誘うの良師に遇上するに在り。父母發動して靑龍天德を加うるは、怕るは凜然として犯し難きの威嚴に碰上するに在り。父母と子孫と相合するは最吉にして、先生必ず能く學生をして文に博く・禮を以て之を約せしめて、循循として誘い、深く師と爲るの道を得て、師徒もまた必ず投契す。ただ父母發動を怕る。一たび動けば就中子孫を克す。再び白虎と刑害とを加えれば、學生就中罪を受く。ただし它もし並に旺相ならずして、しかして靑龍ありて輔助せば、則ち動くと雖ももまた妨げなし。ただこ の先生剛毅方正にして、威嚴人をして敢えて冒犯せしめざらしむるを主る。
父入墓中,邊孝先愛眠懶讀;(父爻入墓,其師惟愛安逸,懶於教訓,逢空化墓皆然,得日辰沖破墓爻,又主聰察。)財臨身上,李老聃博古通今。(凡求師,以財為師之才學。六爻無財,必欠學問;若得財臨卦身,或居生旺之地,其師必多才學;更得父爻有氣,乃非常之師。)
父母墓に入るは、先生就中邊韶のごとく睡を貪り讀を懶むなり。父爻一たび墓に入れば、先生ただ安逸を圖りて、教書を懶む。它空に逢い・墓を化するも、情形皆一樣なり。もし日辰の墓爻を冲破するを得れば、あれ反って彼の聰明にして察を善くするを主る。財爻卦身に臨むは、先生就中老聃のごとく古に博く今に通ずなり。凡そ師を求むるに、財爻を以て先生の才學を代表す。六爻財なければ、學問必然欠缺す。もし財爻卦身に臨み、あるいは生旺の地に落つれば、先生必定學問淵博なり。もし父爻同時にまた氣あれば、それすなわち非常の師なり。
母化子孫,必主能詩能賦;(父化福爻,其師善作雜文;帶刑害敗病等爻,雖能作文必多破綻。子帶月建又加青龍,必然出口成章;子孫休囚,得月建日辰生扶,其文必得改削潤色而後可觀,若子孫胎養爻上與父作合,其師必有小兒帶來。)鬼連兄殺,定然多詐多奸。(凡遇兄動化鬼,鬼動化兄,皆主其師奸詐;刑剋世爻,必有是非口舌。卦中兄鬼皆動或父化兄鬼傷世者,俱不可用;若不傷世,則主奸詐非凶也。)
父母が子孫を化じ出づれば、先生必定能く詩し能く賦す。父爻が子孫を化じ出づれば、先生各體の詩文を作るを善くす。もし它刑・害・沐浴・病等の爻を帶ぶれば、則ち文章做り出すと雖も、破綻もまた多し。子孫月建を帶びてまた「靑龍」を加うれば、此人必然口を出でて章と成る。子孫休囚にして月建・日辰の生扶を得れば、他の文章須らく刪改潤色を經てこそ拿出し手を得。もし子孫胎・養の爻上に落ちてまた父母と相合せば、こ の先生必定小孩を帶びて同來せん。官鬼が兄弟のこ の凶殺に連なるは、此人必定また姦にしてまた詐なり。凡そ兄弟動じて官鬼を化し・官鬼動じて兄弟を化するに遇えば、皆こ の先生姦詐なるを主る。它ら再び世爻を刑克せば、必ず是非口舌を生ず。卦中兄弟・官鬼一齊に發動し、あるいは父母が兄弟官鬼を化じ出して來りて世爻を傷るは、かくのごときの先生皆用ゐる能わず。もし它ら並に世を傷らざれば、あれもまた不過人と爲り姦猾なるのみ、還は凶と算するに上らず。
心是口非,臨空亡而發動;(父母一爻宜靜不宜動,宜旺不宜空,動空不誠實,靜空懶教訓,化空始嚴終怠,旺空羊質虎皮,外有餘內不足,避空則不然。)彼延此請,持世應而興隆。(世應俱持父母,主有兩家爭延之象。世動應靜我先請,應動世靜,彼先請;兩爻俱動重爻先請;一旺一空,旺邊可成;兩爻俱空皆不成。若止有一爻父母而世應俱動生合,亦主兩家爭請;或一爻父母而世應比合同者,是兩家合延一師也。父母與世同宮設帳於此;與應同宮設帳於彼。)
口是れ心非れるは、是れ父母空亡に臨みてまた發動するなり。父母のこ の一爻は靜を宜として動を宜とせず・旺を宜として空を宜とせず。動じて空に落つるは人と爲り誠實ならざるなり。靜にして空に落つるは教誨を懶むなり。空亡に化入するは起初嚴格にして・後來懈怠なり。旺にして空に落つるは羊皮虎を蒙りて・外表餘ありて内里足らざるなり。もし它是れ難を避くるが爲に空に入れば、就中かくのごとく論ぜず。こ の家聘り・あの家請うは、是れ世應兩爻皆父母を持してまた興旺なり。世應皆父母を持するは、兩家ありて爭聘するの象を主る。世動して應靜なれば、是れ我のこちら側先に聘を下す。應動して世靜なれば、是れあのちら側先に聘を下す。兩爻皆動けば、則ち重爻のあの一邊を以て先に請う。一旺一空なれば、旺のあの邊成る可し。兩爻皆空なれば、兩邊皆成る能わず。もし卦中ただ一個の父母爻ありて、しかして世應皆發動して來りてそれを生合せば、同じく兩家爭請を主る。もしただ一個の父母ありて世應また比和相合せば、それすなわち兩家合して一位の先生を請うなり。父母と世爻と宮を同じくするは、先生就中我の這裡に於て帳を設く。應爻と宮を同じくすれば、就中對方のあそこに於て帳を設く。
應值母而生世,須知假館;(父臨應上而世爻動來生合者,必館於他家而欲附學也。)父在外而福合,必是擔囊。(凡卜求師,若子弟自占,以世為生徒不看福爻;父兄來占,以子孫為生徒不看世爻。若父在外卦,又係他宮安靜,而子孫動來相合,必遊學他方。擔囊負笈以從師也;若父爻發動或子孫逢合住,皆不然也。)
應爻上父母にして世爻往きてそれを生ずるは、あれは別人の館を借りて附讀するなり。父母應爻に臨みて、しかして世爻發動して來りてそれを生合せば、必ず學堂を別人の家裡に設けて、自己往きて學に附す。父母外卦に在りて子孫それと相合すれば、それすなわち須らく書箱を背負いて門を出づべし。凡そ師を求むるを占するに:もし子弟自己來りて占せば、就中世爻を以て學生を代表して、子孫爻を看ず。もし父兄それに替わりて來りて占せば、就中子孫を以て學生を代表して、世爻を看ず。父母もし外卦に在りて、また他宮に屬して安靜にして、同時に子孫發動して來りてそれと相合せば、必ず外地に到りて遊學して・囊を背き笈を負いで往きて師に從ふべし。もし父爻發動し、あるいは子孫合住せられれば、就中皆能くかくのごとく斷ぜず。
鬼化文書克世,則訟由乎學;(鬼動固凶,若又化出父母刑剋世爻,異日必至爭訟。父化鬼爻或官父皆動有傷世者,懼是爭訟之象,若有沖散或得合住或遇制伏或化空亡,則雖欲興詞,終有和釋必不成訟。)月扶福德日生,則青出於藍。(大抵求師不可專看父爻,須得子孫有氣不空,又遇月建日辰動爻生合,則學有進益;若父爻反衰,弟子反勝於師,如青出於藍而青於藍。父旺子衰,徒學而已,必不長進,子孫自空當有大難。)
官鬼が文書を化じ出して來りて世を克するは、官司就中讀書に因りて起る。官鬼發動本本來已に凶なり。もし它再び父母を化じ出して來りて世爻を刑克せば、日後必ず爭訟に至らん。父母が官鬼を化じ出し、あるいは官・父同動して世爻を傷及するは、皆爭訟の象なり。ただしもし別爻ありてそれを冲散し、あるいはそれを合住し、あるいは制伏を加え、あるいは它空亡に化入せば、則ち縱い告狀せんと想うとも、終究和解して、官司打ち成らず。月建が子孫を扶助して・日辰また來りて相生するは、學生就中靑出於藍なり。大体上師を求むるにただ父爻を看るべからず、還は須らく子孫氣ありて落空せざりて、再び月建・日辰あるいは動爻の生合に遇えば、學業こそ長進あらん。もし父爻反って衰弱せば、それすなわち弟子の老師に勝過するにして、まさに靑は藍に取られて藍より靑しがごとし。反して父旺にして子衰なれば、それすなわちただ着きて念々書を讀むのみ、必ず長進なし。子孫もし無故に自ら空亡に落つれば、還は當に大難あるべし。
刑剋同傷父子必罹其害;合生為助官鬼莫受其扶。(父為師,子為徒,受傷皆不利,如鬼爻來傷,因學成病;父爻來傷,因師有禍;福爻來傷,因徒惹災;兄爻來傷,則有是非口舌或多費財物,不然則學無進益,惟遇生扶則吉。然兄鬼有扶,又為不利,助桀為虐故也,異日賓主不投,師徒不合,或有口舌官訟,皆由乎此。縱不傷世,亦非吉兆。若世與父爻生合,則賓主自投,乃閒人誣喋間阻而已。)
刑と克と一齊に來りて傷るは、師徒兩方皆害を受くるを要す。生と合と本本來幫扶なると雖も、可なり官鬼就中こ の份の扶助を受くべからざるなり。父母は老師を代表し、子孫は學生を代表す。兩者傷を受くれば皆利ならず。もし官鬼來りて傷れば、是れ讀書に因りて病を累出す。父母來りて傷れば、是れ老師に因りて禍を惹く。子孫來りて傷れば、是れ學生に因りて災を招く。兄弟來りて傷れば、則ち是非口舌ありて、あるいは多く錢財を破費し、再び然らざれば就中學業毫も長進なし。ただ生扶に遇えばこそ吉なり。然るにもし生扶を受くるは兄弟・官鬼なれば、あれ反って利ならず。紂を助けて虐を爲すに等し。日後主客投緣せず・師徒相合せず、あるいは口舌官司を生出すも、皆ここに由りて來る。這類の爻縱い世爻を傷らずとも、もまた吉兆に非ず。もし世爻と父爻と相生相合せば、則ち主客本本來投合して、不過閒人ありて中より口舌を搬弄し・阻撓を加ふるのみ罷り。
或擊或沖父母、逢之不久;(父母雖要有氣,然不宜動變,動則必不久。若在宮內卦或臨世上而有此象,乃見師無坐性非不永也,值游魂卦或化入游魂者,尤甚。游魂化游魂,則一年遷一館。)或空或陷世身,見之不成。(世身空亡,延師不成;父母無故自空,亦難成;或父與世爻相沖相剋,或應爻自空,皆見難成之象。)
父母の爻あるいは擊せられ・あるいは冲せられて、遇上すれば就中坐ること長久せず。父母固より氣あるを要すと雖も、卻って發動變化を宜とせず。一たび動けばこ の館必ず長久せず。もし它本宮内卦に在り、あるいは世爻上に臨みてこ の種の象あれば、あれはただ先生性を坐せざるにして、倒れて館の開くこと長からざるに非ず。もしまた遊魂卦に値り、あるいは遊魂に化入せば、それすなわちさらに嚴重なり——遊魂再び遊魂を化ずれば、就中一年一處の館を換ゆ。世爻卦身あるいは落空し・あるいは陷落して、見れば就中事を成す能わず。世爻・卦身空亡に落つれば、先生を請うに請う能わず。父母無故に自ら空亡に落つるも、もまた成り難し。あるいは父爻と世爻と相冲相克し、あるいは應爻自ら空亡に落つるは、皆成り難きの象なり。
財化父爻,妻族薦之於不日;(凡占求師,以他宮外卦之財爻為師之學問,以本宮內卦之財爻為酬師之束脩,及主人之妻妾。若卦有父母,遇本宮財爻,又化一重父母者,不日間妻家又薦一師來也。兄弟化出則朋友薦來,動爻是重已薦過矣,動爻是交將薦來也。生旺日斷之卦,無父母而遇動爻有化出者,不可言又有先生薦來。本宮其師即是其人薦者,如子孫化出,為僧道薦之類,他仿此。)母藏福德,僧家設帳於先年。(卦無父母,當看伏神可知消息。如父爻伏在子爻下,其師前年必設帳於僧房道觀;如伏在官下,必會在職役人家教授之類。若與世爻同宮,必與其家相近;與世比和則與其主人相識;或生或合,非親則友。,父伏世下必是舊師。)
財爻が父母を化じ出づれば、幾日ならずして妻家就中一位の先生を薦じ來らん。凡そ師を求むるを占するに、他宮外卦の財爻を以て先生の學問を代表し、本宮内卦の財爻を以て先生に酬謝するの束修および主人の妻妾とを代表す。卦中もし已に父母あれば、また本宮の財爻に遇い再び一重の父母を化じ出づれば、則ち日ならずの間妻家還は一位の先生を推薦して來らん。もし兄弟に由りて化出せば、就中朋友の推薦なり。動爻もし重に屬せば、是れ已に薦じ過ぎたり。動爻もし交に屬せば、是れ就中來りて薦せんとす。斷に應期生旺の日を取る。もし卦中本本來父母なく、ただ動爻に由りて一個を化じ出するは、それすなわち別に先生ありて薦じ來ると說く能わず。凡そ本宮に由りて化出せるは、あの位の先生就中化出の爻の代表する所の人の推薦するにして、たとえば子孫に由りて化出せば、便ち僧道の薦ずる所なり。その餘はこれに倣え。父母子孫の下に藏るるは、こ の先生早年曾て僧家に於て帳を設けしなり。卦中もし父母を見ざれば、就中伏神を看て、便ち消息を知る。父爻子孫の下に伏するは、こ の先生前些年必ず僧房道觀裡に於て書を教え過ぎたり。官鬼の下に伏するは、必ず曾て差を當る人家に於て館を坐りしなり。伏神もし世爻と宮を同じくせば、他家必ず我家と相近し。世爻と比和すれば、就中主人と相識せり。世爻と相生しあるいは相合せば、それ便ち親に非ざれば即ち友なり。父爻もし世爻の下に伏せば、必是れ從前教え過ぎたるの舊師なり。
搜索六爻,無過求理;思量萬事,莫貴讀書。(凡求師,不可專指道學之師,如欲投學,百工技藝及拜僧道為師類皆是。但師之主象不異父母,而學者主象則不可專取子孫一爻,當以世爻看之。如隔手來占,須問是何人;如是來占者之朋友兄弟,則以兄爻為主類,皆要師弟。二主相生相合則吉,相沖相剋則凶。父母要旺用不空有助,而月建日辰動爻無傷者,不拘是何藝業,必是高手,臨月建則是聞名者,衰則不濟,空則難成。世應宜生合,卦身宜旺,二主不可傷,兄鬼不可動,如此則吉兆無疑矣。若父母不臨,本藝之人必非專門名家,如學薦拳光棍及木匠類。不臨本爻或震宮是也。父化兄或兄持世,必先盡謝禮而後可成,間動生合,必須用變,化出文書須立契券。)
六爻を把りて一遍搜求するは、非か一個の道理を求むるのみ。萬事を把りて一回掂量するに、讀書より貴きに比ぶるなし。凡そ師を求むるを說くに、專ら道學を講ずるの先生を指すべからず。百工技藝を學ばんと想い、あるいは僧道を拜して師と爲すも、皆こ の一門に屬す。老師の主象は一概に父母を取りて、こ の一點變わらず。然るに學生の主象は卻って能く子孫一爻を死取すべからず、當に世爻を看るべし。もし一手を隔てて來りて代占せば、就中問清せんことを要す、占する所は誰なるか——もし來りて占するの人の朋友あるいは兄弟なれば、就中兄弟爻を以て主と爲し、これに依りて類推す。總じて須らく師・徒兩個の主象相生相合してこそ吉にして、相冲相克すれば就中凶なり。父母は須らく旺にして・用ありて・落空せず・また幫扶ありて、しかして月建・日辰・動爻皆來りてそれを傷らざれば、則ち學ぶ所は哪一行なるを論ぜず、こ の師傅必是れ高手なり。它もし月建に臨めば、就中名氣あるの人なり。它衰弱なれば就中中用ならず、落空すれば就中成り難し。これの外世應は相生相合を宜とし、卦身は旺を宜とし、師徒兩主傷を受くべからず、兄弟官鬼發動すべからず——これらを做り到れば、就中疑いなきの吉兆なり。もし父母並に本行本藝の屬する所の爻に臨まざれば、あの個人は就中專門名家に非ず。たとえば拳を打つを學ぶの潑皮・粗手藝の木匠の一類は、まさに父母の本爻に臨まず・あるいは震宮に在らざるが緣故なり。もし父母が兄弟を化し、あるいは兄弟持世せば、あれ必ず須らく先に謝禮を送り足してこそ談じ成るを得。もし間爻發動して來りて生合せば、就中必ず須らく中人を托して中より轉圜せんことを要す。もし文書の爻を化じ出づれば、還は須らく契約字據を立下せんことを要す。
求館附束修
學得明師,可繼程風於滿座;師非良館,難期賈粟之盈倉。故欲筆耕,先須蓍筮。世為西席,如逢父母必明經;(凡占書館以世爻為西席之位,如臨父,其先生是明經之人,世在乾坤離三宮亦然。臨官帶貴或本宮官伏世下,多是秀才。)
學生もし明師を得着れば、滿座皆能く程門の學風を承續せん。先生もし好館に遇不着れば、就中米谷倉廩に裝滿せんを望み難し。ゆえに筆耕に靠りて活を過ぐらんと想わば、先に須らく蓍草を用いて一卦を卜せんことを要す。こ の一門を占するに、世爻は館に坐るの西席先生を代表す。它もし父母に臨めば、こ の先生必是れ經書を通曉するの人なり。世父母に臨めば、先生便ち明經の士なり。世乾・坤・離三宮に落つるも、もまた一樣なり。世官鬼に臨みてまた貴人を帶び、あるいは本宮の官鬼世爻の下に伏せば、あれ多半是個秀才なり。
應乃東家,若遇官爻須作吏。(應爻為占館東家主人,若臨官必是官吏戶役人家;加白虎則是病人。在三爻現,病在床,休囚受制,則有孝服在身;加玄武必與盜賊往來。應臨父母加勾陳,種田人家,加朱雀讀書人家;加白虎宰殺人家;加螣蛇工藝人家。應臨子屬金,僧道作主,加朱雀玄武是打獵人家,不然則後生輩也。應臨財爻,更在陰宮,又臨陰爻而卦無官鬼者,必是婦人作主,有官則是富貴人家;財化財,財化子,做買賣人家。若被月建日辰動爻制伏,乃是奴僕為主,應臨兄弟平常人家,加朱雀,賭博人家,繫本宮,弟兄姊妹家。繫他宮,朋友鄰里家。若論住宅依家宅章斷。)
應爻は東家主人を代表す。它もし官鬼に遇えば、あの家人就中當に吏員たるべし。應爻は館に坐る人家の主人なり。它官鬼に臨めば、必是れ官吏あるいは差役に應ずるの人家なり。再び「白虎」を加えれば、あれは家裡病人あるにして、もしこ の一爻現に第三爻に在れば、病人就中床に臥して起る能わず。もし它休囚にしてまた制伏を受くれば、あれは家裡人ありて孝を服する中なり。應官鬼に臨みて再び「玄武」を加えれば、必ず盜賊と來往あり。應父母に臨みて「勾陳」を加うれば、是れ田を種るの人家なり。「朱雀」を加うれば、是れ書を讀むの人家なり。白虎を加うれば、是れ屠宰の人家なり。「螣蛇」を加うれば、是れ手藝の人家なり。應子孫に臨みて金に屬すれば、是れ僧道事を主るなり。再び朱雀・玄武を加えれば、是れ獵を打つの人家にして、然らざればもまた年輕後生なり。應財爻に臨みて、また陰宮に在り・また陰爻なりて、しかして卦中官鬼なければ、必是れ婦人家を當るなり。もし官鬼あれば、則ち富貴の人家なり。財が財を化し・財が子孫を化するは、是れ買賣を做るの人家なり。もし財爻月建・日辰あるいは動爻に制伏せられれば、それすなわち奴僕家を當るなり。應兄弟に臨めば、是れ平常の人家なり。再び朱雀を加えれば、是れ賭を好むの家なり。こ の一爻本宮に屬するは、是れ自家の兄弟姊妹なり。他宮に屬するは、是れ朋友鄰里なり。他家の住宅如何に至っては、就中家宅の一章に照らして往きて斷ず。
臨官兮少壯,休囚則貧乏之家;墓庫兮高年,旺相則富豪之主。(應爻臨官帝旺爻,主人必然強壯。如臨墓庫必是高年。五行無氣其家貧乏,五行旺相其家富厚,重加財福,必然鉅富。德性以五類六神參斷。)值土火空,無父母;逢金水絕,少兒孫。(卦中六親即人六親,然有兩人繫於一卦者,則彼此六親宜不同矣。又當何以定之?不過生之理而已,且如占館以應為東家,應爻屬土,火能生土,不拘卦中有無,亦不拘是財官父子,皆作父母斷,生我者故也。應爻屬金,金能生水,不拘卦中有無,亦不拘財官父兄皆作子孫斷,我生故也。如火爻旺空、沖空、動空,主父母不全,衰空必無父母,火化火兩重父母。帶官鬼旺以貴斷,衰以病言。帶兄弟,其父好賭博,無廉恥,欠學問。帶財爻,其父不富厚則業貿易。帶子孫,其父則甚慈善,慷慨有為,餘皆仿此。但不可以六爻總看,當以在應宮者為彼六親,在世宮者皆我六親也。一宮三爻止餘二爻,此宮不現者,不可遂斷為有無,惟空亡乃是真無也。其貴賤壽夭,性情容貌,依常例推之。他如兄弟妻親子息,亦仿此推之。)
應爻臨官の位に落つれば、主人まさに少壯に當る。它もし休囚なれば、就中貧乏の家なり。墓庫の位に落つれば、主人年事已に高し。它もし旺相なれば、就中富豪の主なり。應爻臨官・帝旺に臨めば、主人必然强壯なり。墓庫に臨めば、必是れ年に上りしの人なり。它の屬する所の五行氣なければ、こ の家貧窮なり。五行旺相なれば、こ の家富厚なり。もし再び妻財・子孫を加えれば、あれ必是れ巨富なり。主人の德行性情に至っては、六親五類と六神とに參看して斷ず。土爻の應火爻の落空に遇上するは、こ の家父母なし。金爻の應水爻の落絶に遇上するは、こ の家兒孫稀少なり。卦中の六親本本來占者本人に就いて言うなり。然るに一卦の中兩個の人を看るを要する時、彼此の六親自然同じからず。あれ當に怎樣に定むべきや。不過一個の相生の理のみ罷り。たとえば館を占するに應爻を以て東家と爲せば:應爻土に屬すれば、火能く土を生ずれば、則ち卦中火爻あるかなかるかを管せず、もまた它の本卦裡に於て財と算し・官と算し・父と算し・子と算するかを管せず、一概に東家の父母と當てて來りて斷ず。それ應爻を生ずればなり。應爻金に屬すれば、金能く水を生ずれば、則ち卦中水爻あるかなかるかを管せず、もまた它の元は何の六親なるかを管せず、一概に東家の子孫と當てて斷ず。應爻それを生ずればなり。こ の樣に來りて:火爻もし旺にして空・冲にして空・動にして空なれば、東家父母全からざるを主る。衰にして空なれば就中必定父母雙亡す。火また火を化すれば、則ち是れ兩重の父母なり。こ の火爻もし官鬼を帶びて旺なれば、就中顯貴に按じて斷じ、衰なれば則ち疾病に按じて說く。兄弟を帶ぶれば、他の父親賭を好み・廉恥を知らず・學問なし。妻財を帶ぶれば、他の父親は富厚ならざれば就中經商す。子孫を帶ぶれば、他の父親極慈善にして・慷慨有爲なり。その餘はこれに照らして類推せよ。ただし六爻を把りて籠統に混看すべからず。須らく應爻に屬するのあの一宮を以て他家の六親を算し、世爻に屬するのあの一宮を以て我家の六親を算すべし。一宮ただ三爻ありて、本位を除くの外ただ兩爻を剩す。こ の一宮裡現出せざるは、便ちなしと斷作すべからず。ただ空亡に落ちてこそ眞に無しと算す。貴賤壽夭・性情容貌に至っては、常例に依りて往きて推す。これの外たとえば兄弟・妻室・子息も、もまたかくのごとく照らして推す。
不拱不和,決定主賓不協;相生相合,必然情意相投。(世應二爻刑沖剋害,異日賓主不合,加以兄官發動大凶之兆。若得生合比和,情意必相投,生而化克,始和終不和;沖而化合,始疏而後密。世與子亦宜生合,則師弟間恩義兼盡,若見沖剋,亦多不睦也。)
彼此既に拱らずまた和せざれば、主客一定合い來らず。兩相生合すれば、情意必然投契す。世應二爻もし刑冲克害せば、日後主客必ず和睦せず。再び兄弟・官鬼發動を加えれば、あれは大凶の兆なり。もし兩爻相生相合あるいは比和せば、情意必定相投す。もし先生じて後に克を化すれば、就中起初和睦にして・終歸和を失す。もし先に冲して後に合を化すれば、就中起初疏遠にして・後來親密なり。世爻と子孫との間もまた相生相合を宜とす。かくのごとくなれば師徒の間恩義兩全す。もし冲克を見れば、師生もまた多く和せず。
財作束脩,不宜化弟;(占館以妻財為束脩,旺相多,休囚少。要知斤兩,以生成數推之,生旺倍加,絕死減半。在陽宮以生數斷,在陰宮以成數斷。今人但言水一、火二、木三、金四、土五,而不言六七八九十,是舉其生數而遺其成數也。獨怕兄弟發動,或財化兄,主束脩不皆入己,必有人抽分費用,不然則有名無實,亦不能盡取之也,財爻無氣而遇月建日辰動爻生扶者,束脩雖不多,四季節禮反周備也。易云:天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十,生也。)
財爻は束修を代表して、それの兄弟を化じ出づるを宜とせず。館を占するに妻財を以て學費を代表す。旺相なれば則ち多く、休囚なれば則ち少なし。それの斤兩數目を算せんと要せば、就中五行の生數・成數を用いて往きて推す。生旺に逢えば加倍し、死絶に逢えば減半す。陽宮に在れば生數に按じて斷じ、陰宮に在れば成數に按じて斷ず。今人ただ水一・火二・木三・金四・土五を說きて、卻って六・七・八・九・十を提げず。あれはただ生數を取りて成數を漏了せるなり。こ の一門は最も兄弟發動あるいは財爻の兄弟を化じ出づるを怕る。それすなわち束修全く自己に歸する能わざるを主り、必ず人ありて中より分かちを抽きて花用せん。再び然らざれば就中名ありて實なきにして、もまた拿り齊うる能わず。もし財爻本身氣なくして、卻って月建・日辰あるいは動爻の生扶に遇えば、則ち束修多からずと雖も、四季の節禮反って周全なり。《易・繫辭》に天一地二・天三地四・天五地六・天七地八・天九地十と說くは、講ずる所まさにこ の生成の數なり。
父為書館,豈可逢空?(占館不可以父母為師,當作書館論之,旺相有氣則有好書館;卦無父或落空,必無書館,事亦難成。若占其年書館有無,全要此爻出現,有氣不空必然有得,更得應來生合世爻,自有人來延請;世爻生合應爻及父爻,必須自去訪求無人相請。卦無父而動爻有化出者,不意中有人推薦也。若父化父必有兩處書館,卦有兩爻亦然。館有定期而遇父化父,館必兩處,本宮化入他宮,由近及遠;他宮化入本宮,自外以及內也。)
父母は書館を代表して、どうしてそれの落空を容れんや。館を占するのこ の一門は、父母もはや老師と當てて看ず、しかして書館と當てて來りて論ずるを要す。它旺相氣あれば、就中好館ありて坐る可し。卦中父母なく、あるいは父母落空せば、就中書館なく、事情もまた成り難し。もし今年館の坐るべきあるかなきかを占せば、全く須らくこ の一爻出現せんことを要す。它氣ありて落空せざれば、必定着落あり。再び應爻の來りて世爻を生合するを得れば、自然人ありて門に上りて來りて聘せん。もし反って世爻の往きて應爻と父爻とを生合するなれば、それすなわち須らく自己往きて訪求して、人の來りて請うなし。卦中本本來父母なくして動爻に由りて化出するは、あれは意料の外人ありて推薦するなり。もし父母が父母を化じ出づれば、必ず兩處の書館あり。卦中原來兩個の父母爻あるも、一樣なり。もし館に坐る已に定期ありてまた父の父を化するに遇えば、あの兩處の館是れ並存するにして:本宮に由りて他宮に化入するは、是れ近に由りて遠に及び。他宮に由りて本宮に化入するは、是れ外より内に自す。
鬼動合身,須得貴人推薦;(官鬼發動,當有間阻,然來生合世身,又主其館必得貴人推薦,而後可成;應如克世父或落空,雖薦不成。)兄興臨應,決多同類侵謀。(凡占學館,應持兄動,必有同道之人爭謀其館;兄臨卦身亦然;若在間爻動沖剋世,則主有破說,其事難成。)
官鬼發動して來りて卦身に合するは、必ず須らく貴人の推薦あらんことを要す。官鬼一たび動けば本本當に阻隔あるべし。然るに它もし來りて世爻卦身を生合せば、就中こ の處の館必ず貴人の推薦を得てこそ談じ成るを主る。倘若應爻反って來りて世を克し、あるいは父母落空せば、則ち縱い人ありて薦ずとももまた成る能わず。兄弟興動して應爻に臨むは、必定同行ありて來りてこ の處の館を搶せん。凡そ學館を占するに、應爻兄弟を持して發動せば、必ず同行の人ありて來りてこ の個の館を爭奪せん。兄弟卦身に臨むも、一樣なり。もし它間爻上に發動して來りて世爻を冲克せば、それすなわち人ありて中より壞話を說きて、事情成り難し。
官如藏伏,應無督集之人;(鬼能生扶父母,故占主以此爻為糾率子弟之人,若不出現或落空,必館無人聚集生徒以成學館,其事難成,又主無人推薦;若空而逢沖,伏而提起,必須央凂其人,方許出來糾集。)應若空亡,未有招延之主。(應爻空亡,無人延請,更若父不出現或落空,必難成就;應爻動空化空,是假言作主也,不然亦主不終其事。凡遇父母臨身,或遇動來生合世身,大吉之兆,主其館易成;有此象而應空鬼動,雖有糾集之人而無招延之主,宜自開館。若鬼爻空伏而應來生合,雖有延請之家,而無糾集之人,宜有招致。)
官鬼もし隱伏して現れざれば、就中出面して學生を招集するの人なし。官鬼能く父母を生扶す。ゆえにこ の一門裡に於て、它は子弟を糾合して學に入るの人を代表す。它もし出現せずあるいは空亡に落つれば、就中人なくして你に替わりて生徒を聚攏し來りて一個の館と成さん。事情成り難く、同時にもまた人なくして推薦す。もし它空なると雖も冲に逢い、あるいは伏すると雖も提起せられれば、それすなわち須らく往きてこ の人を央求して、他こそ肯んじて出面して招集せん。應爻もし空亡に落つれば、就中出面して延聘するの東家なし。應爻空亡に落つれば、人なくして來りて請わず。父母もしまた出現せずあるいは落空せば、就中さらに事を成し難し。應爻動じて空に落ち・空に化するは、あれは人ありて假意に主を作せんと說き、再び然らざればもまたこ の件事頭ありて尾なきを主る。凡そ父母卦身に臨み、あるいは發動して來りて世爻卦身を生合するは、皆大吉の兆にして、こ の個の館成り易きを主る。もしかくのごときの吉象ありて、しかして應爻卻って落空し・官鬼また發動せば、それすなわち人ありて肯んじて學生を招集するも卻って延聘するの正主なし。自己出面して館を開くを宜とす。反して、もし官鬼落空あるいは隱伏して、しかして應爻來りて生合せば、それすなわち人家ありて肯んじて請うも卻って人なくして你に替わりて學生を招集す。自己往きて招攬するを宜とす。
動象臨財,難稱意;(文書為占館用神,若遇財動,則被克壞,未成者,不能成,已成者不遂意。世身日月皆忌臨之,若得父持月建或臨生旺,庶亦可成。)空爻持世,豈如心?(卦中父母出現,應來生合而世爻空亡者,非館不成,乃是自不上前,或雖成不去也;應不生合,父母重迭,而世爻空亡者,為有別館,故不成此事;無故自空必不可成,雖成終不如意。)
動爻上に財を臨着するは、事情就中心を稱し難し。文書是れ館を占するの用神にして、一たび財爻發動に遇えば就中克壞せらる。未だ談じ成らざるは談じ成らず、已に談じ成りしももまた意を遂げず。世爻・卦身および日辰・月建皆財爻に臨着するを忌む。父母月建を持し、あるいは生旺の地に落つるに非ざれば、こそ勉强成る可し。空爻世を持するは、またどうして願のごとくなるを得ん。卦中父母出現して、應爻もまた來りて生合するに、偏偏世爻空亡に落つれば、あれは館の開き成らざるに非ず、然而自己前に上るを肯んぜず、あるいは談じ成りしと雖も卻って往かず。もし應爻並に生合せずして、しかして父母また重迭して出現し、世爻卻って空亡に落つれば、あれは別に別の館あるがゆえに、こ の一處成らざるなり。もし世爻是れ無故に自ら空亡に落つれば、それすなわち必定成る能わず。たとい成るとも、終究もまた意のごとくならず。
身位受傷,雖成不利;(世身被月建日辰動爻刑剋雖有可成之象,日後亦不稱意,如鬼爻刑剋有官非疾病類。)間爻有動,縱吉難成。(間爻動,事多阻隔故難成。)
卦身の位傷を受くるは、館縱い談じ成るとももまた利ならず。世爻・卦身月建・日辰あるいは動爻に刑克せられれば、卦中成る可きの象あると雖も、日後もまた心を稱せず。たとえば官鬼に刑克せらるれば、就中官司あるいは疾病の一類の麻煩あり。間爻上發動あれば、卦象再び吉なるももまた成り難し——間爻一たび動けば、事情就多く阻隔あり、ゆえに成り難し。
鬼或化兄,備禮先酬乎薦館;(凡遇鬼爻動出兄弟,必得禮物先酬薦館之人,則可成。兄臨世身亦主先費財物;兄臨應上,則是東家好利,必得禮儀饋送,而後可成也。)世如變鬼,央人轉薦於東家。(鬼爻出現而世又化出者,必須再得推薦乃可成;卦無官而動爻有化出者,初未有人推薦,亦必待央人薦之則可成。若鬼化鬼爻又主反覆難成。)
官鬼が兄弟を化じ出づれば、先に須らく份の禮を備えて往きて館を薦ぜしの人を謝せんことを要す。凡そ官鬼發動して兄弟を化じ出づれば、必ず須らく先に禮物を拿りて館を薦ずるの人に酬謝して、事情こそ談じ成るを得。兄弟もし世爻卦身に臨めば、同じく自己先に破費するを主る。兄弟もし應爻に臨めば、あれは東家財を愛して、非か禮物を送りて饋贈せざれば、事情成らず。世爻もし官鬼を變じ出づれば、就中須らく人を央めて再び往きて東家に推薦せんことを要す。卦中已に官鬼出現して、しかして世爻また一個を化じ出づれば、あれ必ず須らく再び人を托して推薦してこそ成れ。もし卦中原來官鬼なく、ただ動爻に由りて化出せば、起初並に人の薦なかりしを說明して、もまた須らく人を央めて往きて薦じてこそ成れ。もし官鬼また官鬼を化すれば、それすなわち反覆定まらず、談じ成り難し。
世無生合,請看白眼之紛紛;(凡遇應不克世,父母不空,兄鬼不動而月建日辰動爻,並不生合世爻者,其事可成,但主人不欽敬,皆以白眼待之也。)福或興隆,會見青衿之濟濟。(占館以福爻為門生,旺相多,休囚少,空亡不上卦,雖是其人作主,未必其家子弟也。子化子,生徒必多。帶殺動來克世,日後恐有操戈入室者。)
世爻生合を得ざれば、就中人家の白眼を看るを待つ罷り。凡そ應爻來りて世を克せず・父母落空せず・兄弟官鬼もまた發動せざるに、可なり月建・日辰と動爻とまた統統來りて世爻を生合せざれば、こ の館固より談じ成ると雖も、ただ主人並に敬重せずして、處處白眼を拿りて你を看る。子孫もし興旺なれば、就中靑衿の學子濟濟として一堂に見えん。館を占するに子孫を以て門生を代表す。旺相なれば則ち學生多く、休囚なれば則ち學生少なし。もし它空亡に落ちあるいは卦に上らざれば、則ち人ありて出面して主を作ると雖も、來るは卻って未だ必ずしも他家の子弟ならず。子孫が子孫を化するは、生徒必ず多し。もし子孫凶殺を帶びて發動して來りて世を克せば、日後恐らく學生ありて反って先生と難を爲すあるべし。
衰逢扶起,日加鼓篋之徒;(子孫旺相,卻被日辰動爻刑剋,主生徒始雖多集在館,日後漸自減少;子孫休囚卻繫日辰動爻生合扶起,則主始雖不多,開館後日漸增進。)動遇沖開,時減執經之子。(子孫動爻,固是吉兆,若被日辰動爻沖散,其徒必有背師而去者;如被世沖散,是先生叱退其徒,非弟子自背其師也。子孫動一空亡,,則弟子中有半途而廢者,是歇學非叛去。)
子孫衰なると雖も人に扶起せられれば、書箱を背負いて來りて學を求むるの人一天比一天多し。子孫もし本旺相なるに、卻って日辰・動爻に刑克せられれば、それすなわち學生起初聚まること少なからざりしも、日後反って漸漸散去するを主る。子孫もし本休囚なるに、卻って日辰・動爻に生合扶起せられれば、それすなわち起初人數多からざりしも、館を開きてのち一天天增加するを主る。子孫發動して冲開に遇えば、經書を捧ぐるの學生就中一天天少なし。子孫發動は本本來吉兆なると雖も、可なり它もし日辰あるいは動爻に冲散せられれば、學生中必ず師を背棄して去るあり。もし世爻に冲散せらるれば、それすなわち先生の學生を趕走せしにして、是れ學生自己叛離するに非ず。子孫動じて空亡に落つれば、則ち學生中半途にして學を輟むるあり。あれ是れ學を歇むるにして、並に叛去するに非ず。
逢龍則俊秀聰明,遇虎則剛強頑劣。(子臨青龍,其徒必然聰明俊秀;更逢月建日辰生合,而又臨金水爻者,必有穎悟非常之子。若臨白虎則多頑劣不馴;發動其性必野難以教訓。凡遇青龍必有禮貌;遇白虎必不盡禮。)陽卦陽爻居養位,座前有劉恕之神童;陰宮陰象化財爻,帳前列馬融之女樂。(子孫在陽宮陽爻,面臨胎養及金水二爻旺相不空有扶者,其徒必有出類拔萃如劉恕之神童在門;若在陰宮陰爻,而又化財者,必有女兒受學,不化財爻而在兌宮者,亦有女徒。)兩福自沖,鬼谷值孫臏龐涓之弟子;子孫皆合,伊川遇楊時游酢之門生。(卦有兩爻子孫俱動相沖,弟子中,必多不合,更加白虎螣蛇,數有爭鬥,若來傷世,必然責及先生;如遇二爻俱來生合世爻則門生自盡弟子之禮,尊師重傳,必不輕背其師也。)
子孫「靑龍」に逢うは、學生俊秀聰明なり。「白虎」に遇うは、學生剛强頑劣なり。子孫靑龍に臨めば、學生必然聰明俊秀なり。再び月建・日辰の生合に逢い、また金爻水爻に臨めば、あれ必ず穎悟非常の高足あらん。子孫もし白虎に臨めば、就多く頑劣にして馴れず。它一たび發動せば、性子さらに野にして、教訓し難し。凡そ靑龍に遇うの學生必ず禮貌を懂り、白虎に遇うの必ず禮を盡さず。子孫陽宮陽爻に在りてまた胎養の位に居れば、座下便ち劉恕のごときの神童あらん。陰宮陰爻に在りてまた財爻を化じ出づれば、帳前便ち馬融のごときの女樂を列す。子孫陽宮陽爻に落ちて、また胎・養および金・水二爻に臨みて、旺相にして空ならずして扶助あれば、門下必ず拔萃出类の・宋人劉恕のごときの神童あらん。もし它陰宮陰爻に落ちてまた財爻を化じ出づれば、あれ必ず女孩子ありて來りて學を受けん。たとい財爻を化せずとも、ただ兌宮に落ちて、もまた一樣に女學生あり。兩個の子孫互相冲するは、鬼谷先生門下孫臏と龐涓とを出したるがごとし。兩個の子孫皆來りて相合するは、程頤門下楊時と遊酢とあるがごとし。卦中兩個の子孫皆發動して彼此相冲せば、學生裡必ず多く和せず。再び白虎・「螣蛇」を加えれば、還は屢々爭鬥あり。它らもし來りて世を傷れば、必定先生を連累して責を受けしめん。反して、こ の兩爻もし皆來りて世爻を生合せば、門生就中各弟子の禮を盡して、師を尊し道を重んじ、絶對に輕易に師を背棄せず。
世動妻爻,決主親操井臼;(世臨財動,是自炊非供膳也,若占供膳,又主供得膳成。惟怕兄動或雖不動而持身世者,皆主供不成。大凡占館遇財爻持世,又主西席家眷同占。)應生財值,定然供膳饔餐。(財爻臨應生合世身,定主供膳,財為飲食故也。若月建日辰動爻俱帶妻財,必非一家東道供膳,乃諸生輪流供也。財爻旺相款待必厚,休囚款待必薄,財化子必豐潔,財化鬼無美味,財化父必淡薄,財化兄常食而已。)
世爻上に財爻發動するは、先生一定に須らく自ら手を動かして飯を做るべし。世財爻に臨みて發動するは、是れ自己火を起すにして、是れ東家飯を管するに非ず。もし占する所まさに飯を管するのこ の件事なれば、それすなわち膳食供するを成すを主る。ただ兄弟發動を怕り、あるいは兄弟動かずと雖も身を持し世を持せば、あれ皆飯を管するのこ の事辦り成らざるを主る。大凡そ館を占して財爻持世に遇うは、還は先生の家眷一同に前往せんとするを主る。應爻上に財爻來りて生ずるは、東家一定に早晚兩餐を管す。財爻爻應爻に臨みて來りて世爻卦身を生合するは、一定に東家に由りて膳を供す。財本本來飲食を代表すればなり。もし月建・日辰・動爻皆妻財を帶ぶれば、それすなわち一家の飯を管するに非ず、然而衆學生家輪流して供給するなり。財爻旺相なれば則ち款待豐厚にして、休囚なれば則ち款待微薄なり。財が子孫を化するは、飯菜豐盛潔淨なり。財が官鬼を化するは、甚麽の好味道もなし。財が父母を化するは、必定淸淡なり。財が兄弟を化するは、もまた是れ家常便飯のみ罷り。
如索束脩,可把妻財推究;若居伏地,還求朋友維持。(凡占取索束脩,以財爻為主。若不出現,不拘伏在何爻下,皆主費力難索,必須浼求朋友同行取討,財或可得,蓋凡伏藏,須得月建日辰動爻提起伏神如同飛神,然後得出為用故也。)出現不傷旺相生身,名曰吉;入空無救休囚化絕,號為凶。(凡占束脩,得財爻出現,旺相不空,而月建日辰動爻不帶,兄弟傷克,財不缺欠,更得財爻生世合世大吉之兆;若財雖出現,卻被克劫或居絕地,或空亡,或變出死墓絕爻,皆不遂意,世持兄克尤難取討,得子孫旺動亦好。)
もし束修を討取せんと要せば、妻財爻上に由りて推究すべし。財爻もし伏地に落つれば、還は須らく朋友を請いて幫して張羅せんことを要す。凡そ學費を討うを占するに、皆財爻を以て主と爲す。它もし出現せず、哪一爻の底下に伏するを論ぜずとも、皆力を費して討い難きを主り、必ず須らく朋友を央求して同じく往きて索取して、錢こそ或いは拿り得らん——凡是伏神なるは、皆須らく月建・日辰あるいは動爻それを提起して、它をして飛神のごとく頭を露せしめて、こそ取用する能し。財爻出現して傷を受けず・旺相にしてまた來りて卦身を生ずるを、こ れを吉と叫ぶ。它空に落ちて救いなく・休囚にしてまた絶地に化入するを、こ れを凶と叫ぶ。凡そ束修を占するに、もし財爻出現し・旺相にして落空せず、しかして月建・日辰・動爻また皆兄弟を帶びて來りて傷克せざれば、則ち錢短少せず。再び財爻の來りて世を生じ世に合するを得れば、便ち大吉の兆なり。もし財爻出現すると雖も、卻って克奪劫走せられ、あるいは絶地に落ち、あるいは空亡に落ち、あるいは死・墓・絶の爻を變じ出づれば、皆能く意を遂げず。世爻もし兄弟を持してまた來りて財を克せば、さらに討い難し。こ の時もし子孫旺動を得れば、倒れて還は好し。
變出父爻,書債必然償貸物;(財動化父,或父動化財,主束脩必無金銀寶物,多是貨物準折,乃有名無實之象,卦中兄弟更動,雜貨物亦不盡得。)化成兄弟,硯田定主欠收成。(兄弟乃劫財之神,若發動或持世,皆難入手,財化兄有名無實,或得一半,卦若無財遇兄化出,則主有人抽分。)
父母の爻を變じ出づれば、こ の筆の書債一定實物を拿りて來りて抵す。財爻發動して父母を化じ出し、あるいは父母發動して財爻を化じ出ずるは、皆束修裡金銀財寶なきを主り、多半是貨物を拿りて價を折りて賬に抵するにして、是れ名ありて實なきの象なり。卦中兄弟もし再び發動せば、あの雜貨を連ねてももまた拿り齊うる能わず。兄弟と化成するは、硯田こ の塊の地就中收を欠くべし。兄弟是れ財物を劫奪するの神にして、它一たび發動しあるいは世を持せば、錢皆手に到り難し。財爻が兄弟を化するは、是れ名ありて實なく、あるいはただ一半を拿り得るのみ。卦中もし本本來財なく、しかして兄弟に由りて化出せば、それすなわち人ありて中より分かちを抽くなり。
身空應空財福空,必成虛度;(凡占束脩,遇卦身應爻及子孫妻財或空或不上卦,主束脩無得,蓋財為用神,身為事主,應為諸生父兄,而子孫又生財之神,今皆空休,其能取乎?故成虛度。)日克月克動變克,恐受刑傷。(月建日辰動變諸爻,皆來刑剋世爻者,占館必不可成,占束脩恐被諸生父兄呵責,宜慎之。)
卦身落空し・應爻落空し・財と子孫もまた落空するは、こ の一年必定白過す。凡そ束修を占するに、卦身・應爻および子孫・妻財もし落空しあるいは卦に上らざれば、就中學費分文得ざるを主る。財爻是れ用神にして、卦身是れ事情の主體にして、應爻是れ學生の父兄を代表し、しかして子孫また是れ財を生ずるの神なり。如今こ の幾樣統統落空歇氣すれば、還は討い到る能うや。ゆえに虛度と斷作す。日辰來りて克し・月建來りて克し・動爻變爻もまた來りて克するは、恐怕刑傷を受くべし。月建・日辰および動爻變爻統統來りて世爻を刑克せば、館を占するに必定成る能わず。束修を占するに、還は恐る學生の父兄に呵斥せらるるを、當に謹愼すべし。
鬼化財生,非訟則學金休矣;(卦中無財,而遇兄鬼文書亂動,有化出財爻,生合世爻者,必須訟訴公庭,然後可得束脩。官爻獨發生世合世,亦然。)子連父合,因學而才思加焉。(凡占學館,世若衰絕無氣,而遇子孫動化、父母生扶、合起世爻者,主先生才學本不克不贍,因教訓子弟而其才思日加進益;卦有財動則不然。)
官鬼が財爻を化じ出して來りて相生するは、官司を打たざればこ の筆の學費就中指望なし。卦中本本來財爻なく、卻って兄弟・官鬼・文書亂紛紛と發動するに遇い、其中化じ出して財爻來りて世爻を生合するあり。それすなわち非か官府に告げざれば、束修こそ討い回るを得。もし官鬼獨自發動して來りて世を生じ世に合せば、情形一樣なり。子孫父母を連ねて世と相合するは、先生反って教書に因りて才思を長進せしむ。凡そ學館を占するに、世爻もし衰絶氣なきに、卻って子孫發動して化じ・父母また來りて生扶して併びて世爻を合起するに遇えば、就中こ の位の先生本本來學問充裕ならざるも、卻って子弟を教導するに因りて才思一天天增益するを主る。ただし卦中もし財爻發動あれば、就中能くかくのごとく說く能わず。
詞訟
小忍不懲,必至爭長競短;大虧既負,寧不訴枉申冤?欲定輸贏,須詳世應。(事中世應,即狀中原被告人,須看此則兩邊勝負可知。)應乃對頭,要見休囚死絕;世為原告,宜臨帝旺長生。(占訟以世為原告,應為被告,若被告占以世為自己,應為對頭。應旺世衰,他強我弱;世旺應衰,我強他弱。逢兄遇鬼,雖強理短;臨財持福,雖弱理長。)
小事肯んじて忍讓せざれば、必ず長を爭い短を論ずるに至る。大虧を吃し屈を受けて、また豈能く冤を申べ枉を訴へざらんや。輸贏を斷ずるには、須らく世應兩爻を細看す。卦裡の世應は、就中狀紙上の原告と被告なり。こ の兩爻を看れば、兩邊の勝負便ち知る。應爻是れ對頭にして、最も它の休囚死絶を好む。世爻是れ原告にして、最も它の帝旺長生に臨むを宜とす。訟を占するに世を以て原告と爲し・應を以て被告と爲す。もし被告來りて占せば、それすなわち世を以て自己と爲し・應を以て對頭と爲す。應旺にして世衰なれば、是れ他强く我弱し。世旺にして應衰なれば、是れ我强く他弱し。ただし還は須らく理曲理直を分かつべし。爻上兄弟に逢い・官鬼に遇うは、勢力强なると雖も理虧り。爻上妻財に臨み・子孫を持するは、勢力弱なると雖も理直し。
相剋相沖,乃是欺凌之象;(世爻刑剋應爻,未必我勝,乃是欺我之象,必得鬼克應爻,方為我勝;應爻刑剋世爻,未必他勝,乃是欺他之象,必須鬼克世爻,方為他勝。世應遇三刑六害六沖,兩爻俱動者,是鷸蚌相持之勢,兩不相讓之象。)相生相合,終成和好之情。(世應生合,原被有和釋之意。世生應,我欲求和;應生世,他欲求和。世應雖生合而變爻刑沖者;口和心不和也;世應雖沖剋而變爻相合者,始不和,而終和也。生中帶刑合中帶克,而動空化空者,俱是假意言和,未嘗信任之也。)
彼此相克相冲するは、あれは互相欺凌の象なり。世爻往きて應爻を刑克するは、未だ必ずしも我が贏うに非ず。あれ不過彼此相欺の象のみ。必ず須らく官鬼往きて應爻を克して、こそ我勝ちと算す。應爻來りて世爻を刑克するも、もまた未だ必ずしも他が贏うに非ず、同じくただ相欺のみ。必ず須らく官鬼往きて世爻を克して、こそ他勝ちと算す。もし世應の間三刑・六害・六冲に遇い、しかも兩爻皆發動せば、それすなわち鷸蚌相持ち・兩々讓らざるの局面なり。彼此相生相合するは、終究言を歸じて好しと爲すべし。世應相生相合するは、原告被告皆和解の意あり。世往きて應を生ずるは、是れ我和を求めんと想う。應來りて世を生ずるは、是れ他和を求めんと想う。世應相生相合すると雖も、しかして變爻卻って來りて刑冲するは、あれは口頭和して心裡和せざるなり。世應相冲相克すると雖も、しかして變爻卻って相合するは、あれは起初和せず・終に和解するなり。もし生中刑を帶び・合中克を帶び、あるいは動じて空に落ち・空亡に化入するは、あれ皆是れ假意和を講ずるにして、其實並に當眞に爲さざるなり。
世應比和官鬼動,恐公家捉打官司;(世應比和亦是和解之象,卦無財或落空,是財用不給而欲和也,但得子動月建日辰不相刑剋,必成和好;若世應生合比和而官鬼卻動者,主官府捉打官司不依和議,鬼爻休囚是主詞人刁蹬,若有制終成和議。)卦爻安靜子孫興,喜親友勸和公事。(世應生合比和,而六爻安靜者,不勸自和。世應雖不生合,而子孫發動者,必有勸和之人和釋兩邊也,與世同宮及世爻化出是我親友;與應同宮及應爻化出,是彼親友;在間爻則是中證人也。若被世應動克,或鬼旺福衰,雖或勸和不能依允,卦無子孫及落空亡,必然無人兜留。)
世應比和して官鬼卻って發動するは、ただ官府仍お人を拘へて案を問ふを怕る。世應比和もまた和解の象なり。もし卦中財なくあるいは財落空せば、那は錢用足らざるが因りて和を解せんと想うなり。ただ子孫發動して、しかして月建・日辰また來りて刑克せざれば、必ず能く和を講ず。然るにもし世應生合比和すると雖も、官鬼偏偏發動せば、それすなわち官府舊のごとく人を拿りて案を問ひ、雙方の和議を理會せざるを主る。官鬼もし休囚なれば、あれ不過原告一方の刁難にして、ただ它別に制伏あれば、終究還は能く和解す。六爻安靜にして子孫興旺なれば、喜ぶは親友ありて出面してこ の場の官司を勸和するに在り。世應相生相合あるいは比和して、しかして六爻また皆安靜なれば、それすなわち人の勸を必ぜず・自然和解す。世應生合せずと雖も、ただ子孫發動すれば、もまた必ず人ありて出來て兩邊を勸和せん。こ の和を勸むるの人:世爻と宮を同じくし・あるいは世爻に由りて化出せるは、是れ我のこちら側の親友なり。應爻と宮を同じくし・あるいは應爻に由りて化出せるは、是れ對方の親友なり。間爻に落つるは、就中中人證人なり。もしこ の一爻世應發動して來りて克せられ、あるいは官鬼旺にして子孫衰なれば、則ち縱い人ありて勸めとももまた攏るを勸め得ず。卦中もし子孫なく、あるいは子孫空亡に落つれば、それすなわち根本に人なくして出面して攔擋す。
世空則我欲息爭,(世空我欲息爭,應空他欲息爭,世應俱空,兩願消散未成訟。世空告不成,應空事無頭緒。初告狀世空,必有悔心或遇變故,官司不理;應空到頭走閃,不成訟。世空恐無主意,不能取勝;應空人不能齊或對頭躲閃,不能結訟。)應動則他多機變。(世動我必使心有謀,若化鬼或化兄,回頭刑剋反為失計;應動他有謀略加月建,必有貴人倚靠,反傷世必致大禍,宜世空避之則吉。)
世爻落空するは、是れ我事を息め人を寧んずるを想うなり。世空は是れ我罷手せんと想い、應空は是れ他罷手せんと想う。世應皆空なれば、兩下皆散伙を願いて、官司打ち起る能わず。世空なれば則ち狀告成らず、應空なれば則ち事情頭緒なし。まさに狀を告げんとすに世爻落空せば、必ず是れ自己悔心を起し、あるいは中途變故出でて、衙門受理せず。應爻落空するは、則ち到頭來對方躲開して、訟もまた打ち成らず。世空は還は自己主意なくして贏う能わざるを怕る。應空は則ち人齊ひを湊らず、あるいは對頭躲藏して、案子結ふ能わず。應爻發動するは、是れ他心眼多く・變化快きなり。世爻發動するは、是れ我心思を動かし・計謀を使うなり。然るに它もし官鬼あるいは兄弟を化じ出して回頭して來りて我を刑克せば、反って是れ巧を弄して拙を成すなり。應爻發動するは、是れ對方謀略あり。它再び月建を加えれば、それすなわち必ず貴人ありて倚仗すべし。もし反って世爻を傷れば、我必ず大禍に遭う——こ の時最も世爻落空して躲開してこそ吉なり。
間傷世位,須防硬證同謀;鬼克間爻,且喜有司明見。(間爻為中證人,生世合世必然向我;生應合應則必向他。與世沖剋,與我有仇;與應沖剋,與彼有隙。若旺爻生應,衰爻合世,是助彼者有力,助我者無功;或靜生應動克世,是向彼者雖不上前,怪我者偏來出頭也。若沖剋之爻反去生應合應或與應爻比和,須防彼與中證人同謀陷害;若得鬼爻剋制或被日辰沖散合住,是官府不聽其言,我得無事。間爻若受三刑六害沖剋,中證必遭杖責。)
間爻世位を傷れば、就中對方の硬證と串通して陷害せんを防ぐを要す。官鬼往きて間爻を克するは、倒れて喜ぶは官府明察するに在り。間爻は中人と證人とを代表す。它世を生じ世に合せば、必然我に向着く。應を生じ應に合せば、必然對方に向着く。世と冲克するは、是れ我と仇あり。應と冲克するは、是れ對方と隙あり。もし旺相の間爻往きて應を生じ・衰弱の間爻來りて世に合するは、それすなわち對方を幫する有力にして・我を幫する功なし。もし靜のあの個應を生じ・動のあの個世を克するは、それすなわち對方に向着くは還は肯んじて頭を出ださずして、しかして我を恨む偏に出面せんと要す。倘若來りて我を冲克するのあの一爻反って過ぎて應爻を生合し、あるいは應爻と比和せば、就中對方の證人と合謀して我を陷害せんを防ぐを要す。こ の時もし官鬼のそれを克制するを得、あるいは日辰に冲散・合住せらるれば、それすなわち官府他的話を聽かざるにして、我可以に事なし。間爻もし三刑・六害あるいは冲克を受くれば、あの中人證人必要板子を挨がん。
身乃根因事體,空則情虛;(卦身一爻,乃詞訟根由,旺則事大,衰則事小,動則事急,靜則事緩。空亡不出現,皆是虛捏事故,飛伏俱無毫釐不實,旺相空亡一半真假。要知為何起訟,以所臨六親斷之,如臨父母,是田房樹木或為尊長起訟;臨兄爭財鬥毆,門戶役事或為兄弟朋友起訟;臨子是漁獵六畜僧道醫藥卑幼起訟;臨財,是婚姻財物妻妾奴僕起訟;臨宮,是撇青放火人命賊盜官災或功名徭役起訟。婦人占必為夫事,若臨螣蛇則是被人牽連之事,持世切己事,臨應他人事。)父為案卷文書,伏須未就。(卦無父,案卷未成;父母旺空,文書未就;休囚空亡,其事不成。如帶刑爻或臨敗病,必多破綻,化財亦然;化兄還欠筆削;死墓衰絕,皆不濟事。若被月建太歲沖剋,上司必要駁;太歲月建作合,上司必吊卷;有沖散或克破,皆不依允。)
卦身は訟事の根由と事體とを代表して、它一たび落空せば、案情就中虛なり。卦身のこ の一爻是れ官司の起因にして:旺なれば則ち事大に、衰なれば則ち事小に、動すれば則ち事急に、靜なれば則ち事緩なり。它空亡に落ちあるいは出現せざるは、皆是れ捏造出來せるの事由なり。飛神伏神を連ねても尋見せざれば、それすなわち一絲一毫も皆實在せず。もし旺相にして落空せば、就中眞假各半なり。何に因りて訟を起すかを知らんと要せば、就中它の何の六親に臨むかを看る。父母に臨めば、是れ田地房屋樹木の爲に、あるいは尊長の爲に訟す。兄弟に臨めば、是れ財を爭い鬪毆し・門戶差役し、あるいは兄弟朋友の爲に訟す。子孫に臨めば、是れ漁獵・六畜・僧道・醫藥あるいは晚輩の事の爲に訟す。妻財に臨めば、是れ婚姻・財物・妻妾奴婢の爲に訟す。官鬼に臨めば、是れ火を縱ば・人命・盜賊・官災あるいは功名徭役の爲に訟す。婦人來りて占せば、必ず是れ丈夫の事の爲なり。もし卦身「螣蛇」に臨めば、あれは人に牽連せられて進み入れるなり。卦身世を持するは、是れ切身の事なり。應に臨めば、是れ別人の事なり。父母は案卷文書を代表して、它隱伏するは就中卷宗還は未だ辦り成らざるを說明す。卦中父母なければ、案卷未成らず。父母旺にして落空すれば、文書未だ就らず。父母休囚にしてまた空亡に落つれば、こ の案子辦り成らず。它もし刑爻を帶び、あるいは沐浴・病爻に臨めば、卷宗必ず多く破綻あり。財爻を化じ出づるも一樣なり。兄弟を化じ出づれば、則ち還は刪改潤色を欠く。死・墓・衰・絶に落つるは、皆中用ならず。父母もし月建・太歲に冲克せられれば、上司必要駁回せん。太歲・月建に相合せられれば、上司必要卷を調せん。もし冲散せられあるいは克破せられれば、則ち一概に准せず。
鬼作問官克應,則他遭杖責;(官為聽訟官,克世我遭責,訟必他勝;克應他遭責,訟必我勝。世應俱被傷,原被皆受責,若鬼爻雖刑剋,而文書卻有情杖責,須有罪名則無。)日為書吏傷身,則我受刑名。(日辰能救事,能壞事,原被皆要此爻有情,則必有人看顧。若臨庭爭訟,則當以此爻為書吏,吏合世爻於我有益;生合應爻於彼有益。沖剋應沖壞彼事,沖剋世沖壞我事。又如鬼動克世而得日辰剋制,沖散合住者,是官府有怒於我,卻得傍人一言解之,而得寬宥也。)
官鬼は案を問ふの官員を代表して、它往きて應爻を克するは、それすなわち對方板子を挨ぐなり。官鬼是れ案を審するの官にして:它世爻を克せば、我責を受けて、官司必ず是れ他贏う。它應爻を克せば、他責を受けて、官司必ず是れ我贏う。世應皆它に傷せられれば、原告被告一齊に責を受く。ただし官鬼來りて刑克すると雖も、もし文書の爻我に對して情あれば、則ち板子を挨ぐと雖も、罪名倒れて未だ必ずしも成立せず。日辰は衙門書吏を代表して、它來りて卦身を傷れば、我就中官刑を吃せん。日辰既に能く事を救い能く事を壞す。原告被告皆它に情あるを要して、こそ人ありて照應あらん。もし已に公堂に到りて簿に對せば、就中當にこ の一爻を拿りて書吏と當てて看るべし。它世爻に合せば、我に於て益あり。應爻を生合せば、對方に於て益あり。應爻を冲克するは、是れ他的事を冲壞せり。世爻を冲克するは、是れ我的事を冲壞せり。再如官鬼發動して來りて世を克するに、しかして日辰のそれを克制・冲散あるいは合住するを得れば、それすなわち官府本本來我を惱みて、幸に傍人の一句話の和を說くを得て、こそ寬に從うを得。
逢財,則理直氣壯;(占訟以財為理,臨世我有理;臨應他有理。臨世而休囚死絕,我雖懦怯,有濟;臨應而鬼來刑害,彼雖有理,而官府不聽,若遇兄則主不能分辨。如占下狀,則財為忌爻,或發動,或持世,或值日辰,或帶月建皆主不成。)遇兄,則財散人離。(兄弟,破敗耗散之神,若在身世爻上,事必干眾,動則廣費資財,更化兄或加白虎,必主傾家蕩產,財散人離,臨應爻則以彼斷之。)
爻上財に逢えば、就中理直く氣壯なり。訟を占するに財爻を以て道理を代表す。它世に臨めば、是れ我理あり。應に臨めば、是れ他理あり。財爻世に臨みて休囚死絶すれば、我怯懦なりと雖も、事情終歸救いあり。財爻應に臨みて官鬼また來りてそれを刑害せば、對方理あると雖も、官府もまた聽かず。もし兄弟に逢えば、就中辯白淸からざるを主る。ただしもし占する所は狀子を遞するのこ の件事なれば、財爻反って忌神と成る。它あるいは發動し・あるいは世を持し・あるいは日辰に値り・あるいは月建を帶ぶるは、皆狀子遞り成らざるを主る。爻上兄弟に遇えば、就中財散じ人離る。兄弟是れ破敗耗散の神にして:它卦身・世爻上に落つれば、こ の案子必ず一大群の人を牽連す。它一たび發動せば、就中大きく錢財を破せん。もし再び兄弟を化じ出しあるいは「白虎」を加えれば、必ず家を傾け產を蕩し・財散じ人離るを主る。它もし應爻に臨めば、就中對方のあの邊に照らしてかくのごとく斷ず。
世入墓爻,難免獄囚之繫;(世爻入墓化墓,或臨鬼,墓卦象凶者,必有牢獄之禍。墓爻衰弱,是箍禁籠中,臨白虎在獄有病;自空化空,死於獄中。)官逢太歲,必非州縣之詞。(鬼在本宮內卦,本州本縣詞,本宮外卦,事在本府,第五爻撫按三司、六爻事干省部。外宮外卦必發於外縣他州,宮問官逢太歲,必干朝廷,逢月建必涉臺憲。)
世爻墓中に落進すれば、就中牢獄の災を免れ難し。世爻墓に入りあるいは墓を化し、あるいは官鬼の墓に臨着して、しかして卦象また凶なれば、必ず牢獄の禍あり。墓爻もし衰弱なれば、あれ是れ囚籠裡に扣在せらるるなり。再び「白虎」に臨めば、就中獄中に於て病を生ぜしなり。もし世爻無故に自ら空しあるいは空亡に化入せば、それすなわち須らく獄中に死せん。官鬼太歲に逢着するは、こ の案子必ず是れ州縣の了す能くするに非ず。官鬼本宮内卦に在れば、是れ本州本縣の案子なり。本宮外卦に在れば、事情本府に到らん。第五爻に落つれば、巡撫・巡按と三司とを牽涉す。第六爻に落つれば、事情省部に干連す。もし它外宮外卦に在れば、案子必ず外縣他州に發せん。官鬼太歲に逢えば、必ず朝廷を牽動す。月建に逢えば、必ず臺諫憲司を牽涉す。
內外有官,事涉一司終不了。(官不上卦,無官主張。內外有官權不歸一,主事體反覆必經兩司然後了事,不然則有舊事再發,或被他人又告。官化官亦然,空則勿斷。)上下有父,同興兩度始能成。(官父二爻不宜重見,主有轉變不定之象,其事必主纏綿,率難了結。如占告狀,遇有此象,再告方成。若月日動變,諸爻俱帶文書,重疊太過者,雖告數次亦不能成。)
内卦外卦皆官鬼あるは、案子ただ一個の衙門を經て終究了する能わず。官鬼もし卦に上らざれば、就中官なくしてこ の件事を主持す。内外皆官鬼あるは、權柄一處に歸せずして、事情反覆を主り、必ず須らく兩處の衙門を經過してこそ了結する能し。然らざれば就中舊案重提にして、あるいは另に別人に由りて再び一狀を告げらる。官鬼が官鬼を化するも、一樣なり。もし它空亡に落つれば、就中かくのごとく斷ぜず。上下皆父母あるは、非か兩次訟を興さざれば辦り成る能わず。官鬼・父母のこ の兩爻皆重複して出現するを宜とせず。一たび重出せば就中反覆定まらざるの象ありて、事情必然纏綿して結び難し。もし占する所是れ狀を告ぐるなれば、こ の種の象に遇上して、須らく再び一たび告げてこそ成れ。倘若月建・日辰・動爻・變爻各處皆文書を帶びて、重疊するを太く得れば、則ち幾次告げ上ぐとももまた辦り成らず。
官父兩強,詞狀表章皆准理;妻財一動,申呈訴告總徒勞。(凡欲上表申奏,申呈告訴等事,皆要官父兩全,有氣不空,則准理;缺一便不成,最怕財動則傷父,必不可成,若父雖旺相,財爻持世,或父動化財,皆主詞理未善,宜更改可成。卦無財爻月建日辰帶財,亦不能成。)父旺官衰,雀角鼠牙之訟;(父旺相官休囚,詞狀幞頭雖大事實細,故乃鼠才雀角之訟。父旺官空或有父無官,主同狀雖善,官府印不放告受詞。)
官鬼と父母と兩樣皆强ければ、狀紙奏章皆能く理を准せらる。妻財一たび發動せば、呈文控告全是れ白費なり。凡そ表を上げて事を奏し・呈を遞して控告するの一類は、皆須らく官鬼・父母兩樣齊全にして、氣ありて落空せざれば、こそ理を准せらる。一樣を缺けば就中辦り成らず。最も財爻發動して往きて父母を傷るを怕る。それすなわち必定成らず。もし父母旺相なると雖も、しかして財爻世を持し、あるいは父母發動して財爻を化じ出づれば、皆狀詞の道理周全ならざるを主り、改め過ぎてのちこそ成れ。卦中財爻なきと雖も、可なり月建・日辰財を帶ぶれば、同じく辦り成らず。父母旺にして官鬼衰なるは、あれ是れ雀角鼠牙の小官司なり。父母旺相にして官鬼休囚なれば、狀紙寫きて堂皇なるも、事情其實細小なり。ゆえに是れ鼠牙雀角の訟と說く。もし父母旺にして官鬼落空し、あるいは父母ありて官鬼なければ、それすなわち狀子寫きて好しと雖も、衙門卻って印を封じて告を放さず・詞を受けず。
變衰動旺,虎頭蛇尾之人。(凡世應旺動,是有併吞六國之勢,若變入死墓空絕,乃先強後弱,虎頭蛇尾之象。應以彼言,世以己言斷之。)世若逢生,當有貴人倚靠;應衰無助,必無奸惡刁唆。(世爻衰弱,遇月建日辰,動爻生合,必有貴人扶持,彼亦無可奈何。應爻遇之,是彼有人扶持,我亦不能制勝於彼也。間爻生合,可得中證人力。鬼生合,得官府中人力也。)無合無生,縱旺何殊獨腳虎;有刑有克,逢空當效縮頭龜。(應爻旺動,若無一點生合者,彼雖剛強有謀,乃是獨腳之虎,不足畏也。世無生合,是我一孤無助,若遇月日動變,刑剋世爻,其象最凶。得世在空爻,謂空避,如訟未成,不告為上,若已成訟,當效縮頭之龜,勿與對理可也,否則必遭罪責。應逢刑剋而避空者,是彼有躲避之計,我亦不能施其謀也。)
本爻旺動して變爻轉じて衰なるは、あれ是れ虎頭蛇尾の人なり。凡そ世應旺相にして發動するは、本來六國を併吞するの氣勢あり。然るに它一たび死・墓・空・絶に變入すれば、就中先强後弱・虎頭蛇尾の象と成る。應爻かくのごときは就中對方に按じて論じ、世爻かくのごときは就中自己に按じて論ず。世爻もし生に逢えば、就中貴人ありて倚靠すべし。應爻衰弱にして援なければ、也また姦惡の人なくして來りて教唆す。世爻衰弱なると雖も、もし月建・日辰あるいは動爻の生合に遇えば、必ず貴人ありて扶持して、對方もまた我を奈何する能わず。應爻こ の種の生合に遇上するは、あれ是れ他人ありて腰を撑ふるにして、我もまた他に勝過する能わず。もし是れ間爻來りて生合するは、中人證人の力を得る可し。もし是れ官鬼來りて生合するは、あれ是れ官府裡の人の照應を得たるなり。既に合なくまた生なくして、爻再び旺なるも不過一隻の獨脚虎のみ。既に刑ありまた克あれば、それすなわち當に空に趁りて落ちて頭を縮めたる龜と成るべし。應爻旺にして動ずると雖も、もし一點の生合もなければ、對方剛强にして謀あると雖も、不過一隻の獨脚の老虎のみ、懼るるに足らず。反して世爻生なく合なければ、あれ是れ我孤立して援なし。もし再び月建・日辰・動爻・變爻來りて世爻を刑克するに遇えば、あれ是最も凶の象なり。こ の時もし世爻恰も空爻に落つれば、就中空避と叫ぶ。官司還は未だ打ち起らざれば、最も告げざるを好む。已に打ち起りたれば、就中當に頭を縮めたる烏龜を學びて、索性に對質せざるべし。否ざれば必ず罪責に遭う。もし是れ應爻刑克を遭えて空亡に躲進するは、あれ是れ對方躲避の計ありて、我の謀算もまた施展し開く能わず。
兄在間中,事必干眾;(兄弟在間爻,詞內干犯牽連眾多,動則中證人貪索賄賂,沖剋應爻索彼之財物也;兄弟逢空,事雖干眾,到官者少,化官傷世,若不用財買囑他人,必被其害。)父臨應上,彼欲興詞。(父母為文書,臨世我欲告理,臨應他欲申訴。動則事已行矣,化入死墓空絕,必不成事。若逢合住剋制,必有阻留者。)
兄弟間爻に落つれば、こ の案子必ず一大群の人を牽連す。兄弟間爻に在れば、狀詞裡牽連するの人必ず多し。它一たび發動せば、就中中人證人賄賂を貪要す。它もし應爻を冲克せば、あれ是れ對方に向かいて財物を索取す。兄弟もし空に逢えば、牽連する人多しと雖も、眞に官に到るは卻って少なし。もし它官鬼を化じ出して來りて世爻を傷れば、則ち錢を拿りて往きて打点し別人を買通せざれば、必ず人に害せられん。父母應爻上に臨むは、是れ對方狀を告げんと想うなり。父母は文書を代表す。它世に臨めば、是れ我理を告げんと往かんと要す。應に臨めば、是れ他申訴せんと往かんと要す。它一たび發動せば、狀子已に遞し了れりを說明す。もし死・墓・空・絶に化入せば、それすなわち告げ成らず。もし它合住せられあるいは克制せられれば、必ず人ありて中より阻攔して扣留せん。
父動而官化福爻,事將成而偶逢兜勸;父空而身臨刑殺,詞未準而先被笞刑。(凡占告訴,遇官父兩動,其事可成,若父化子傷克官,或官化子刑沖父,必主身到公門將投詞而有人兜勸。若父化空亡,墓絕,官鬼刑剋世爻,或帶自刑,或被日辰沖剋,告狀且不准,先遭杖責也。若官父皆旺,而有此象,雖被杖責,事必可成。)妻動生官,須用資財囑託;(父母有氣,不帶刑害,不臨敗病,不被沖剋,則詞理中式,事必可成。若鬼休囚死絕,亦難准理,遇有財動生扶,可用資財謀干,然後有望。若訟已成,卦有此象,必須用財囑託官吏,姑待鬼爻生旺月日,方能成事。更遇子孫發動,仍復無氣,雖費資財,亦無所益。)
父母發動して官鬼が子孫を化じ出づれば、事情眼看成らんとするに卻って偏に人の來りて勸攔するに遇う。父母落空して卦身また刑殺に臨むは、狀子還は未だ准ぜざるに先に板子を挨ぎ了れり。凡そ狀を告ぐるを占するに、官鬼・父母兩爻皆動せば、事情成る可し。然るにもし父母が子孫を化じ出して往きて官鬼を傷克し、あるいは官鬼が子孫を化じ出して往きて父母を刑冲せば、必ず人已に衙門口に到りて・まさに狀を投げんとするに、卻って人ありて出來て勸阻せんを主る。もし父母空亡あるいは墓絶に化入して、しかして官鬼また世爻を刑克し、あるいは世爻自刑を帶び、あるいは日辰に冲克せられれば、それすなわち狀子准ぜられず、反って先に一頓の杖責を挨ぐ。ただしもし官・父兩爻皆旺にしてこ の種の象あれば、則ち板子を挨ぎ了れたると雖も、事情終究還は能く辦り成らん。財爻發動して往きて官鬼を生ずるは、就中須らく錢を花して人を托して打点せんことを要す。父母氣ありて、刑害を帶びず・沐浴病爻に臨まず・もまた冲克せられざれば、則ち狀詞式に合して、事情必ず成る。もし官鬼休囚死絶なれば、狀子もまた理を准せられ難し。こ の時財爻發動して來りてそれを生扶するに遇えば、就中可以に錢を花して往きて幹を謀りて、然るのちこそ指望あらん。もし官司已に打ち起りて卦こ の象あれば、就中必ず須らく錢を拿りて往きて官吏を囑託して、再び官鬼生旺の月日を等して、こそ了結する能し。倘若また子孫發動に遇いて、官鬼仍舊氣なければ、則ち錢花了せるももまた用なし。
世興變鬼,必因官訟亡身。(世持鬼我失理,應持官他失理。世變鬼,恐因官事而喪命;應變鬼,以彼斷之,無故自空,亦有大難。若世臨鬼爻,克應或應臨鬼克世,主兩邊俱有罪責,鬼在世我做招頭,鬼在應他做招頭也。)子在身邊,到底不能結證;官伏世下,訟根猶未芟除。(卦身臨福德,其事必不見底,出現發動,隨即消散。若占散事得子動或世空,皆吉。惟怕本宮鬼伏世下,則訟根常在,目下雖不成訟,至官旺相月日,仍舊舉發也。)
世爻興動して官鬼を變じ出づれば、ただ怕るこ の場の官司に因りて命を送らんことを。世爻官鬼を持するは、是れ我理虧り。應爻官鬼を持するは、是れ他理虧り。世爻が官鬼を變じ出づれば、恐怕官司に因りて命を喪せん。應爻が官鬼を變じ出づれば、就中對方に按じて往きて斷ず。世爻もし無故に自ら空亡に落つれば、もまた大難あり。もし世爻官鬼に臨みて往きて應を克し、あるいは應爻官鬼に臨みて來りて世を克せば、それすなわち兩邊皆罪責あるを主る。官鬼世に在れば、是れ我首告たるの出頭人を當る。官鬼應に在れば、是れ他出頭人を當る。子孫卦身の旁邊に在れば、こ の案子到底案を結ぶ能わず。卦身孫子孫に臨めば、事情必然下文なし。子孫出現して發動せば、官司隨即消散す。もし占する所まさに事情を了結せんと要するなれば、子孫發動あるいは世爻落空を得れば、皆吉と算す。ただ怕る本宮の官鬼世爻の下に伏するは、則ち訟根始終未だ除かず。眼下打ち起る能わずと雖も、官鬼旺相の月日に到れば、舊のごとく還は發作せん。
墓逢日德刑沖,目下即當出獄;歲掣福神生合,獄中必遇天恩。(世墓鬼墓爻動,皆是入獄之象,若得日辰刑沖剋破,目下即當出獄,不久禁錮也。在獄占卜,最喜太歲生合世爻,主有天恩赦宥,月建生合,上司審出,日辰生合,有司饒恕,父母生合必須申訴而後獲免也。)若問罪名,須詳官鬼;(凡卜罪名輕重,以鬼爻定之。旺則罪重,衰則罪輕。帶刑加白虎旺動克世金,受極刑,火主充軍,木主笞杖,水土徒罪,須以衰旺有制無制斷之,不可執滯。)
墓爻もし日辰の德神に刑冲せられれば、眼下就中當に獄を出づべし。太歲子孫を牽動して來りて生合するは、獄中必ず天恩を蒙らん。世爻の墓・官鬼の墓もし發動せば、皆是れ獄に入るの象なり。もし日辰の來りて刑し・來りて冲し・來りて克破するを得れば、眼下能く獄を出で、關ること久しからず。獄中に於て課を起すは、最も太歲の來りて世爻を生合するを喜ぶ。天恩赦免を蒙るを主る。月建生合は、是れ上司提審してのち放出す。日辰生合は、是れ本管官府の寬宥なり。父母生合は、則ち須らく先に申訴狀を遞して然るのちこそ免を得。もし甚麽の罪名を定むるを問はば、須らく官鬼を細看す。凡そ罪名輕重を斷ずるに、皆官鬼を以て定む。旺なれば則ち罪重く、衰なれば則ち罪輕し。它刑を帶びてまた「白虎」を加えて旺動して來りて世を克するは:金に屬すれば極刑に處するを主り、火に屬すれば軍に充るを主り、木に屬すれば笞杖を主り、水に屬し土に屬すれば徒刑を主る。還は須らく它の衰旺および制有り制無しに按じて往きて斷じて、拘執すべからず。
要知消散,當看子孫。(要知消散日期,若福動鬼靜,以子孫生旺月日斷;鬼動福靜以官墓月日斷。二爻俱靜,若鬼旺福衰,以鬼爻墓絕日斷;福旺鬼衰以沖動福爻日斷。二爻俱動,若福有制伏,則看鬼爻;鬼有制伏,則看制伏之爻。見官日期,專看鬼爻;出獄日期則看破墓月日,或生合世爻月日。)卦象既成,勝負瞭然明白;訟庭一剖,是非判若昭彰。
官司何時に了結するかを知らんと要せば、就中當に子孫を看るべし。消散日期を定むるに幾條あり。子孫動して官鬼靜なれば、子孫生旺の月日を取る。官鬼動して子孫靜なれば、官鬼墓に入るの月日を取る。兩爻皆靜の時、官鬼旺にして子孫衰なれば、官鬼墓に入り・絶に到るの日を取る。子孫旺にして官鬼衰なれば、子孫を冲動するの日を取る。兩爻皆動の時、もし子孫別に制伏あれば、就中改めて官鬼を看る。もし官鬼別に制伏あれば、就中它を制伏するのあの一爻を看る。堂を過ぎて官を見るの日期に至っては、專ら官鬼爻を看る。獄を出づるの日期は、則ち墓庫を冲破するの月日を看、あるいは世爻を生合するの月日を看る。卦象一たび排定すれば、勝負就中一目瞭然なり。公堂上一たび剖斷を經れば、是非もまた昭然として分明なり。
避亂
人有窮通,世有否泰。自嗟薄命,適當離亂之秋;每嘆窮途,聊演變通之易。因錄已驗之卦爻,為決當今之倭寇。(承平日久,莫識亂離之苦,不幸海倭竊發,橫行吳越之間,剽掠村落,縱肆淫殺,不忍見聞,數年以來人情洶湧,避亂不暇,有在家而遭焚燒劫者,有在途而被其擄掠者。或死非命,或致傷殘,或夫妻之不顧,或父子而相離。割恩舍愛,惟命是逃。然則伯道之棄兒,豈虛語乎!予賴卜筮,未嘗遭遇,此因不幸中之萬幸也。因以平日所驗者,錄述此篇,以為十倭張本。而凡以患難之慾避者,亦仿其占,雲須憑五類,勿論六神。世之占者,皆以玄武為倭賊。予則以官論玄武倘臨福德,亦作倭斷耶,故憑五類勿論六神。)
人窮あり通あり、世道否あり泰あり。眼下まさに離亂の秋に逢して、自ら命薄きを嘆ず。每每走るに投ずる路なきを感慨して、姑くこ の套の變通の易占を推演す。是に於て已に應驗せしの卦例を記下して、用ゐて當今の倭寇の患を判斷す。太平の日子過ぐること久しくして、人々亂離の苦楚を知らず。料らず沿海倭寇突起して、吳越の間に橫行して、村落を搶掠し、恣に姦淫殺戮して、慘にして聞くに忍びず。こ の幾年人心惶惶として、難を逃るるも都て及ばず。家裡に於て焚燒劫掠せらるるあり、路上に於て擄去せらるるあり。非命に死するあり、殘疾を落ちるあり。夫妻各々顧みるあり、父子失散するあり。人々親情を割捨して、ただ性命を保住せんを求む——かくのごとく來りて看れば、鄧伯道子を棄てて侄を保せしの事、豈に是れ假話ならんや。我卜筮に靠りて、一直に曾て難に遭わず。これは不幸の中の萬幸なり。因てに平日應驗の卦例を記してこ の一篇と成し、以て倭寇を占するの根本と爲す。凡そ患難を躲避せんと想うは、もまたこ の法子に照らして占すべし。こ の一門を占するに須らく六親五類を憑りて、六神を論ずるを必とせず。世上卦を占するの人皆「玄武」を拿りて倭賊と當る。我卻って官鬼を以て來りて論ず——倘若玄武偏偏子孫に臨着せば、豈にもまた倭賊と當てて斷ぜんや。ゆえに五類を憑りて六神を論ぜずと說く。
鬼位興隆,賊勢必然猖獗;官爻墓絕,人心始得安康。(以鬼為倭者,鬼能興災致禍,倭亦傷人害物故也。旺相發動勢必猖獗,縱橫出入莫能御止;若得休囚安靜,日辰動爻,又不刑並,則安枕而臥,必無驚恐。)路上若逢,休出外;宅中如遇,勿歸家。(凡占以卦中二爻為宅,五爻為路。鬼在路上動,出外必遇不如父子家中;在宅上動,必然在家撞見,不如出外避之。)
官鬼の位興旺なれば、賊勢必定猖獗す。官鬼墓絶に落つれば、人心こそ安寧を得。官鬼を拿りて倭寇を代表するの所以は、是れ官鬼能く災を興し禍を惹くが因りて、倭寇もまた一樣に人を傷り物を害すればなり。官鬼旺相にして發動せば、賊勢必然猖獗して、縱橫出入人の攔り住む能くするなし。もし它休囚安靜にして、日辰・動爻また來りてそれを刑し・それを併せざれば、それすなわち可以に枕を安んじて臥して、必ず驚恐なし。官鬼道路の爻に在れば、就中門を出づべからず。住宅の爻に在れば、就中家に歸るべからず。こ の一門を占するに、卦中第二爻を以て住宅と爲し・第五爻を以て道路と爲す。官鬼道路の爻上に發動せば、門を出でば必定撞上す。家裡に留まるに如かず。官鬼住宅の爻上に發動せば、家に在れば必定撞上す。外に出でて躲避するに如かず。
動來刑害,從教智慧也難逃;變入空亡,縱被拘留猶可脫。(卦中鬼動,若不傷世,任彼猖獗不遭其禍;如被刑沖剋害,必難逃避。若變入死墓空絕,則是虎頭蛇尾,雖凶無咎之兆,虛驚則不免焉。若變生旺妻財等爻,則為可畏。)日辰制伏,何妨卦裡刑傷;月建臨持,勿謂爻中隱伏。(官鬼動來刑剋世爻,固是凶兆,若得動爻月辰剋制之,或沖散合住之,皆謂有救,雖見凶惡必不為害。惟怕月建日辰帶鬼,刑剋世多,則雖卦中無鬼,亦必遭其毒手,月建為甚,日辰次之,出現則不可當也。)
官鬼發動して來りて刑害するは、你再び聰明なるに任れどももまた躲け掉る能わず。它空亡に變入するは、縱い拘住せらるとももまた還は能く身を脫す。卦中官鬼動ずると雖も、ただ世爻を傷らざれば、它の猖獗するに任じて、我もまた禍に遭わず。一旦それに刑冲克害せらるれば、就中逃避し難し。もし它死・墓・空・絶に變入せば、あれ是れ虎頭蛇尾にして、凶なると雖も咎なきの兆にして、ただ虛驚免れざるのみ。然るに它もし生旺の妻財等の爻と變成せば、それすなわち怕るべし。日辰能くそれを制伏せば、卦裡の刑傷また何の妨げあらん。月建上それを臨着せば、就中卦中隱伏するを以て事なしと爲すべからず。官鬼發動して來りて世爻を刑克するは固より凶兆なると雖も、然るにもし動爻あるいは日辰のそれを克制し、あるいは冲散・合住するを得れば、皆救いありと算して、縱い凶惡あるとももまた人を害する能わず。最も怕るは月建・日辰本身官鬼を帶びて、一再世爻を刑克するは——則ち卦中たとい官鬼を見ずとも、もまた照樣に它の毒手を遭うを要す。月建最も厲害にして、日辰之に次ぐ。もし它また卦上に出現せば、それすなわち抵擋し住る能わず。
所惡者提起之神,所賴者死亡之地。(鬼爻伏藏固是吉兆,若被動爻日辰沖開,飛神提起伏神,仍被其害,必得鬼伏死墓絕,或臨空亡,則雖提之亦不能起,方無事也。且如甲申日卜得渙卦,六爻安靜又無官鬼,豈非吉兆?殊不知本宮己亥,鬼伏於六三空亡爻下,既已透出,又遇申提起,且又沖剋世爻,所謂變吉為凶,果被婦人引禍及己,蓋申金乃離宮妻財故也。)
最も惡むべきはあの伏神を提起し來るの爻にして、最も倚仗すべきは死絶の地なり。官鬼隱伏は本本來吉兆なり。然るに它もし動爻あるいは日辰に飛神を冲開して・伏神を提起して來らるれば、仍舊它の害を受くるを要す。必ず須らく官鬼の伏する所まさに死・墓・絶にして、あるいは它自己空亡に落ちて、則ち縱い人ありて提ぐとももまた提起し來る能わずして、こそ事なしと算す。一例を擧ぐ。甲申日《渙》卦を占得して、六爻安靜にしてまた官鬼を見ず。豈に吉兆に非ざらんや。誰か知らん本宮の己亥官鬼まさに六三のこ の空亡の爻の下面に伏して、既に透露し出づるを得て、また日辰申金に提起せられて、還は往きて世爻を冲克す。こ れを變吉爲凶と叫ぶ。後來果して一個の婦人に牽累せられて禍を招けり——申金離宮に於てまさに妻財なればなり。
自持鬼墓填中,不可潛藏;或值水神舟內,猶當仔細。(官父自持鬼墓者,如水土墓在辰,鬼在辰爻動是也;凡遇此象,不可避墳墓中土鬼,皆然,雖宇宙之內亦不宜也。木鬼不可避在草木叢中,水鬼不可避在舟中,金鬼不可避在寺觀中,火鬼不可避在窯冶中,水化水不可避在夾內,乾宮鬼化父不可避在樓閣中,否則必然遇見,餘當仿此推。)子爻福德北宜行,午象官爻南勿往。(官鬼所臨地,倭寇出入之所,宜避之,如臨午爻勿往南方,類子孫所臨寺,倭寇不到之處,宜往之,如臨子爻宜往北方類,餘仿此。)
官鬼自己墓庫の中に坐するは、就中あの方位に往きて身を藏する能わず。官鬼もし水神に値れば、船裡に躲進するももまた當心を要す。所謂自ら鬼墓を持するは、たとえば水土の墓辰に在りて、しかして官鬼まさに辰爻上に發動するなり。凡そこ の種の象に遇えば、就中墳墓の一類の地方に躲進すべからず。土鬼皆是れかくのごとくして、別的處所たといなるとももまた相宜ならず。同じ理に、木鬼は草木叢中に躲るべからず、水鬼は船裡に躲るべからず、金鬼は寺觀中に躲るべからず、火鬼は窯爐冶坊に躲るべからず、水また水を化するは夾壁の内に躲るべからず、乾宮の官鬼父母を化じ出づるは則ち樓閣上に躲るべからず——否ざれば必ず撞見せられん。その餘はこれに照らして類推せよ。子孫子爻に落つれば、就中北方に往きて走るを宜とす。官鬼午爻に落つれば、就中南方に往くべからず。官鬼の臨む所の地支は、まさに倭寇出入の地方にして、當に避開すべし。たとえば它午爻に臨めば就中南方に往くべからず。子孫の臨む所の地支は、是れ倭寇到らざるの地方にして、當にあそこに往くべし。たとえば它子爻に臨めば就中北方に往くを宜とす。その餘はこれに倣え。
鬼逢沖散,何須剋制之鄉;福遇空亡,莫若生扶之地。(取子孫之地為吉者,以其剋制官爻也。若發動則取之,若福靜官動,而卦有沖散合住官爻者,即以沖合之方為吉。以其為得用之神故也。若卦無子孫,或落空亡,或衰靜受制,不得其力,而鬼爻又無沖散合住之類者,則取生合世爻之方為吉,但不宜在鬼爻刑沖害之地耳。)
官鬼既に已に冲散せられしは、何必再び往きてそれを克制するの方位を找さん。子孫偏偏空亡に落つれば、それすなわち世爻を生扶するの方位に往きて生ずるに如かず。子孫の在る所の方位を取りて吉と爲すは、是れ它能く官鬼を克制するが因りて、子孫發動の時自然それを取る。もし子孫安靜にして官鬼發動するに、可なり卦中別に爻ありて官鬼を冲散しあるいは合住せば、それすなわち改めてあの冲・合の爻の方位を取りて吉と爲す。それこそ當下用を得るの神なればなり。倘若卦中根本に子孫なく、あるいは子孫空亡に落ち、あるいは它衰弱安靜にしてまた制を受けて・指望上らざりて、しかして官鬼もまた冲散合住せられざれば、それすなわち來りて世爻を生合するのあの個の方位を取りて吉と爲す。ただ是れ官鬼刑冲克害の方位上に落つべからず。
旺興內卦,終來本境橫行;(凡占倭夷到此地否,若官在本宮內卦發動,必到此地;在他宮外卦則不入我境。內卦持世,值到宅邊;內卦應臨,雖來不入我室,卦身臨之,彼此俱遭其禍。)動化退神,必往他鄉剽掠。(官鬼發動,其勢必來。若化退神,乃是往他處劫掠也;如化進神,倭必速到,宜早避之。)
官鬼旺相にして内卦に於て興動するは、賊終究本地に到りて橫行せん。凡そ倭寇本地に到るか到らざるかを占するに:官鬼もし本宮内卦に發動せば、必定ここに到る。もし他宮外卦に在れば、就中我の地界に進まず。内卦の官鬼世を持するは、是れ一直に住宅邊上に到るまで鬧す。内卦の官鬼應爻に臨めば、それすなわち來たりしと雖も卻って我家門に進まず。もし它卦身に臨着せば、それすなわち彼此皆殃を遭えん。官鬼發動して退神を化ずるは、賊必ず別處に往きて搶掠せん。官鬼一たび發動せば、來勢就已に形成せり。もし它退神を化ずれば、あれ是れ他處に轉じ往きて劫掠す。もし進神を化ずれば、倭寇很快に到る。當に早些に躲避すべし。
官連旺福合生身,反凶為吉;(官爻發動克世,必遭毒手,若得化出子孫或化子財,反來生合世身者,必然因禍致福,或得財物,或得子女。)陽化陰財刑剋世,弄假成真。(官爻發動不傷世爻而化妻財反傷世爻者,必因貪得財物而惹禍也。若陽鬼化陰財,陰鬼化陽財,須防倭賊假裝婦人,哄誘鄉民,因而遇之不能避也。得世在空避之庶幾可脫。)
官鬼旺相の子孫を連ねて來りて合し來りて卦身を生ずるは、凶を反して吉と爲す。官鬼發動して來りて世を克するは、本必ず毒手を遭えん。然るに它もし子孫を化じ出し、あるいは子孫を化じ出してまた財を化し、反って來りて世爻卦身を生合せば、それすなわち必定禍に因りて福を得て、あるいは些かの財物を得、あるいは子女を得。陽爻の官鬼陰爻の財を化じ出して來りて世爻を刑克するは、あれ是れ假を弄して眞を成すなり。官鬼發動本世爻を傷らざるに、卻って妻財を化じ出して反って來りて世を傷るは、必ず是れ財物を貪圖するに因りて禍を惹く。もし陽鬼陰財を化し・陰鬼陽財を化せば、還は須らく倭賊婦人を假扮して・鄕民を哄騙して、撞上すれば就中躲け開く能わざるを防ぐべし。世爻まさに空亡に落ちて躲開するに非ざれば、こそ勉强身を脫するを得。
賊與三合,爻中必投陷餅;(卦有三合爻動,最怕鬼動其中,或會成鬼局,必主倭夷四邊合來,雖欲避之,前遭後遇,左沖右撞,不能脫離,卦有兩鬼俱動克世亦然。三合兄局,身雖無事,財物失散。三合父局,小兒仔細。三合財局,生合世爻,反主得財。刑剋世爻則主父母失散。三合子局則傷鬼最吉也。)身在六旬,空處終脫樊籠。(身世空亡,雖見刑剋不能為害,避空故也。如癸亥日卜得損之臨卦,日辰扶助,官鬼動克世爻,並無救制,豈非凶兆?然而世坐空亡,果應無事。)
賊と三合と一處に會するは、卦裡就中自ら羅網に投ずるに等し。卦中もし三爻の會合して動ずるあれば、最も官鬼もまた其中に於て發動し、あるいは乾脆官鬼局を會成するを怕る。それすなわち倭寇四面に由りて合圍して來るを主る。躲けんと想うとももまた躲け開く能わず、前頭碰上して・後頭また遇い、左冲右撞身を脫する能わず。卦中兩個の官鬼一齊に發動して來りて世を克するは、情形一樣なり。もし兄弟局を會成せば、人身事なきと雖も、財物卻って散失せん。父母局を會成せば、小孩子當心を要す。妻財局を會成して來りて世爻を生合せば、反って財を得るを主る。もし它世爻を刑克せば、就中父母失散するを主る。子孫局を會成して能く官鬼を傷れば、あれ是最も吉なり。卦身もし本旬の空亡裡に落つれば、終究能く樊籠を脫出す。卦身・世爻空亡に落つれば、縱い刑せられ克せらるとももまた害著せず。它已に空裡に避進せりしなればなり。たとえば癸亥日《損》の《臨》を占得して、日辰また來りて官鬼を扶助して、官鬼發動して來りて世爻を克して、全く救援制伏なし。豈に凶兆に非ざらんや。然るに世爻まさに空亡上に坐せり。後來果して事なし。
官鬼臨身,任爾潛蹤猶撞見;(官爻持世,乃是倭賊臨身,如何可避?如被捉去而占,亦不能脫彼而回。)子孫持世,縱然對面不相逢。(子孫持世不動亦吉,發動尤妙,若臨月建,或帶日辰,或在旁爻旺動,皆吉。卦中雖有鬼動,亦不足畏,大怕空亡,則不幹事。)
官鬼卦身上に臨むは、你怎樣に蹤を藏し迹を匿すに任れどももまた撞見せん。官鬼世を持するは、倭賊身上に貼するに等し。哪裡に躲け開くを得んや。もし是れ已に捉去せられしのち來りて占せば、あれもまた身を脫して回來する能わず。子孫世を持するは、たとい迎面相遇するとももまた認出さず。子孫世を持するは縱い動かずとももまた吉にして、發動せば就中さらに妙なり。它もし月建に臨み・日辰を帶び、あるいは旁爻に於て旺動するは、皆吉なり。こ の時卦中たとい官鬼發動あれども、もまた懼るるに足らず。最も子孫空亡に落つるを怕る。それすなわち事に頂ず。
兄變官爻,切恐鄉人劫掠;(卦中無鬼,或落空亡,而遇兄動變出者,須防鄰人乘機劫盜財物,非真倭賊也,兄在內卦,近鄰人,在外卦,遠方人也。)財連鬼殺,須防藏獲私藏。(卦中無鬼,財變官爻者,恐是家中奴婢假妝倭子,劫掠財物,或在亂中被其藏匿也。在外卦,乃鄰里婦人。)
兄弟が官鬼を變じ出づれば、ただ怕る是れ同鄕の人の來りて搶掠せんことを。卦中本本來官鬼なく、あるいは官鬼空亡に落ちて、卻って兄弟發動に由りて一個を變じ出づれば、それすなわち須らく鄰里の人の亂に乘じて財物を劫奪するを防ぐべし。並に眞の倭寇に非ず。兄弟内卦に在れば、是れ近鄰なり。外卦に在れば、是れ遠處來るの人なり。財爻官鬼のこ の凶殺に連なるは、須らく家中奴婢の私自に藏匿するを防ぐべし。卦中官鬼なく、しかして財爻に由りて官鬼を變じ出づれば、恐怕是れ家裡の奴僕婢女倭寇を假扮して來りて財物を劫掠し、あるいは亂に趁りて東西を私藏するなり。こ の一爻もし外卦に在れば、それすなわち鄰里の婦人の幹せしなり。
日辰沖剋財爻,妻奴失散,動象刑傷福德,兒女拋離。(官鬼動,必有驚險。不拘日辰動爻,被其傷處即不太平。如沖剋財爻,主妻奴失散。沖剋子孫,主兒女拋離之象。)火動克身,恐有燎毛之苦,水興傷世,必成滅首之凶。(卦中火加凶殺,動來克世,主有火燒之禍。火帶財爻,或化妻財,或卦無父母,或父落空亡,房屋必成灰燼。若水加凶殺克世,主有溺水之患,更遇世衰無救,必至溺水死。帶父母動於外卦,則受風雨淋漓之苦。)
日辰財爻を冲克するは、妻子僕婢就中失散せん。動爻子孫を刑傷するは、兒女就中離散せん。官鬼一たび動けば、必ず驚險あり。日辰なるを論ぜず還は動爻なるを論ぜず、它哪一處を傷れば、哪一處就中太平ならず。たとえば財爻を冲克するは、妻妾奴婢失散するを主る。子孫を冲克するは、就中兒女拋離の象なり。火爻發動して來りて卦身を克するは、恐らく毛髮を燒焦するの苦あらん。水爻興動して來りて世爻を傷るは、必ず頂を滅ぼすの凶と成る。卦中火爻凶殺を加着して發動して來りて世を克するは、火燒の禍あるを主る。こ の火爻もし妻財を帶び、あるいは妻財を化じ出し、あるいは卦中父母なく、あるいは父母空亡に落つれば、あの房屋必ず灰燼と燒成せん。もし水爻凶殺を加えて來りて世を克せば、水に落るの患あるを主る。世爻再び衰弱にして救いなければ、必ず淹死に至らん。もし水爻父母を帶びて外卦に於て發動せば、それすなわち風に吹かれ雨に淋らるるの苦を受くべし。
父若空亡,包裡須防失脫;妻如落陷,財物當慮遺亡。(父爻空亡,包裡必然亡失,不然則父母有不測之禍,財空,財物恐有失散,不然則妻妾有不測之禍。子孫空亡憂小口,兄弟空亡憂手足。以上避空則勿斷,惟官鬼空亡為大吉。)五位重交,兩處身家無下落;(凡遇五世爻游魂卦,世爻發動脫身在外,東奔西走,避亂不暇。身宅兩處,不顧財業。更遇日辰動爻沖散世爻,必無安身下落之處,空動尤甚。)六沖亂動,一家骨肉各東西。(八純六沖卦,六爻亂動者,主父子夫妻兄弟骨肉,各自逃命,不能聚於一處。六合卦,雖離一家骨肉,必不分散,以上五條,必須卦有官動,方有此象,不動不可亂言。)
父母もし空亡に落つれば、行李包裹就中丟失を防ぐを要す。妻財もし陷落せば、財物就中失散を慮るべし。父爻空亡に落つれば、包裹必定丟失して、然らざれば就中父母不測の禍あり。財爻空に落つれば、財物恐らく散失せんとし、然らざれば就中妻妾不測の禍あり。子孫空亡に落つれば、憂は小孩子に在り。兄弟空亡に落つれば、憂は手足に在り。已上の幾條、もし是れ難を避くるが爲に空に入れば就中かくのごとく斷ぜず。唯獨官鬼空亡に落つるは是れ大吉なり。第五爻上重爻發動に逢うは、人と家と兩處皆着落なし。凡そ五世卦あるいは遊魂卦に遇いて世爻發動せば、あれ是れ本人身を脫して外に在りて、東に奔り西に走りて、難を逃るるに暇なし。人一處に在り・家一處に在りて、產業を顧上ぐ能わず。もし再び日辰あるいは動爻の世爻を冲散するに遇えば、それすなわち身を安んずるの落脚處を連ねてもなし。世爻空にして動せば就中さらに甚だし。六冲の卦六爻亂動するは、一家骨肉各々東西に奔る。八純卦・六冲卦にして六爻亂動するは、父子・夫妻・兄弟各自命を逃れて、一處に聚まる能わざるを主る。もし是れ六合卦なれば、則ち一家骨肉縱い分開すとも、終究走散に至らず。已上こ の五條、皆須らく卦中官鬼發動あってこそこ の象あり。官鬼動かざれば、就中亂講すべからず。
福臨鬼位刑沖帶殺,則官兵不道;(子動固吉兆,若帶刑害虎蛇等殺沖剋世爻,而又變出官鬼者,乃是官兵乘亂擄掠,非關倭賊事也。子孫雖不傷世,化鬼卻來刑剋者,亦然。且如五月戊寅日有卜倭,得明夷之謙卦,二鬼俱靜,子孫獨發,皆欣喜予獨戒其慎之,蓋子孫雖動,被日辰扶起克世,則非吉兆,況變官爻繫是世墓世臨病爻,謂之帶病入墓,其凶可知,但官從子化出,必非倭夷之禍,乃官兵之禍也,已而果然。)官變兄爻克合傷財,則妻妾遭淫。(官爻發動刑剋世爻,合住財爻,則身被擒獲,妻遭淫汙;如不傷世,而但合住財爻者,身雖無事,妻必被辱也。更化兄爻,既奸而又不放回也;若鬼雖不合妻財,而化兄帶合剋制者,亦然。子化官合財,恐受官兵之辱也。財化子必不順從。)
子孫官鬼の位に落ちて刑冲凶殺を帶ぶれば、それすなわち官兵道理を講ぜざるなり。子孫發動は本本來吉兆なり。然るに它もし刑・害と「白虎」「螣蛇」等の凶殺を帶びて往きて世爻を冲克して、また官鬼を化じ出づれば、それすなわち官兵亂に乘じて搶掠して、倭寇と關無し。子孫縱い世爻を傷らずとも、可なり它の化じ出す所の官鬼來りて世爻を刑克するは、斷法一樣なり。一例を擧ぐ。五月戊寅日人ありて倭情を占して、《明夷》の《謙》を得。兩個の官鬼皆安靜にして、ただ子孫獨發す。衆人皆甚だ高興と爲して、唯獨我他に小心せんを勸む。子孫動ずると雖も、卻って日辰に扶起せられて往きて世を克するは、本來就中吉兆に非ざればなり。況んや它の變出する所の官鬼まさに世爻の墓にして、しかして世爻また病爻に臨む。こ れを病を帶びて墓に入ると叫び、その凶想ひ知るべし。ただあの官鬼子孫に由りて化出せるは、ゆえに是れ倭寇の禍に非ずして、然而官兵の禍なりと斷定す——後來果してかくのごとし。官鬼が兄弟を變じ出して、また往きて合し傷財を克するは、あれ是れ妻妾淫辱を受くるを要す。官鬼發動して來りて世爻を刑克して、同時に財爻を合住すれば、それすなわち本人擒に被られ・妻子汚されん。もし它世爻を傷らずして、ただ財爻を合住せば、則ち自己事なくして妻子必ず辱を受けん。它もし再び兄弟を化じ出づれば、それすなわち姦汚ののち還は人を放して回來せざるなり。官鬼往きて妻財に合せずと雖も、卻って兄弟を化じ出して合を帶びて來りて財爻を克制するは、情形一樣なり。もし是れ子孫が官鬼を化じ出して往きて財に合するは、恐怕官兵に辱を受けん。もし財爻が子孫を化じ出づれば、それすなわち必定肯んじて順從せず。
妻去生扶,只為貪財翻作禍;(鬼爻發動,最喜休囚死絕,決無深傷,若有財動生扶,必為貪彼財物而惹成禍患也,世以己言,應以人言。若在旁爻及日辰帶財者,又是婦人引惹禍來,非為財物也,在內卦自家妻妾,在外卦是他家婦人。)子來沖動,皆因兒哭惹成災。(官鬼安靜,幸也,若被子孫沖動,必有小兒啼哭,因而知覺,乃被其害。世爻沖動,自身惹災,應爻沖動,他人惹禍,兄爻沖動,同伴惹禍,日辰沖動亦然。)
財爻往きて官鬼を生扶するは、ただ財を貪るが因りて反って禍を招く。官鬼發動の時、最も它の休囚死絶を喜ぶ。それすなわち傷深からず。然るにもし財爻ありて發動して往きてそれを生扶せば、必ず是れ對方の財物を貪圖するに因りて禍患を惹出す。ここに世爻は自己に按じて說き、應爻は別人に按じて說く。もし來りて生扶するの財旁爻に在り、あるいは日辰財を帶ぶれば、それすなわち婦人に牽累せられて禍を招くにして、並に財物の爲に非ず。財内卦に在れば是れ自家の妻妾にして、外卦に在れば是れ別人家の婦人なり。子孫來りて官鬼を冲動するは、皆小孩啼哭に因りて災禍を惹出す。官鬼安靜は本本來幸事なり。然るに它もし子孫に冲動せらるれば、必ず是れ小孩聲を哭出して、人に察覺せられ、因てに害を遭えり。もし是れ世爻往きてそれを冲動するは、是れ自己の惹せしの災なり。應爻往きて冲動するは、是れ別人の惹せしの禍なり。兄弟爻往きて冲動するは、是れ同伴の惹せしの禍なり。日辰往きて冲動するも、一樣なり。
得值六親生旺,雖陰何妨?如臨四絕刑傷,逢屯即死。(凡動爻日辰傷克,必有災咎,若受務之爻,生旺而有氣縱有驚險不致傷命。惟怕臨於四絕之地,或在月令衰弱之爻,一克即倒,必然喪命。如五月庚寅日上得大壯之小過卦,日辰妻財,生扶動鬼,刑沖子孫,又克兄弟,果被獲去一弟一子,然子坐絕地,而夏月庚金正弱,兄臨土爻正旺,所以子死菲命,而弟得回來也。世爻亦被動爻沖剋,而無事者,世得避空故也。)世遇亂離,既已逐爻而決矣;時遭患難,亦當隨象以推之。(平居無事,何暇占?卜倘或刑戮所加,戶役所累,或官府擒拿,仇家報復,或禍起於無辜,殃生於不測,苟不避之,終為所害。是以不能無避之占也,然大概與避亂相似,故並附於此。)
六親の爻もしまさに生旺に當れば、縱い暗昧の中に處すともまた何の妨げあらん。もし它四絶の地に落ちてまた刑傷を遭えば、一たび難關に碰上せば就中命なし。凡そ動爻・日辰に傷克せらるれば、必ず災咎あり。ただし克を受くるのあの一爻もし生旺氣あれば、縱い驚險あるとももまた命を送るに至らず。最も它の四絶の地に落つるを怕り、あるいはまさに月令衰弱の時に當れば、それすなわち一克すれば就中倒れて、必定命を喪す。一例を擧ぐ。五月庚寅日《大壯》の《小過》を占得して、日辰是れ妻財にして、往きて發動の官鬼を生扶して、また子孫を刑冲し・兄弟を克傷す。後來果して一個の弟弟・一個の兒子を擄走せられたり。然るに子孫絶地に坐して、しかして庚金夏月に於て本本來衰弱にして、兄弟土爻に臨みて卻ってまさに旺に當る。ゆえに兒子非命に死して、弟弟卻って能く回來す。世爻もまた動爻に冲克せられて安然事なきに至っては、那は是れ世爻まさに空亡に落ちて避開せしが因り。生まれて亂離に逢うは、前面已に爻を逐ひて斷明せり。平時患難に遭遇するも、もまた當にこれらの卦象に照らして往きて推すべし。太平事なきの時、誰か工夫ありて來りて卦を占せんや。然るに一旦刑戮身に加えられ・差役拖累せられ、あるいは官府緝拿し・仇家報復し、あるいは禍無辜に由りて起り・殃不測に由りて生ずれば、躲開せずんば終究害を受くるを要す。ゆえに躲避の占有らざる能わず。こ の一類の斷法大体避亂と相似たり。ゆえに一併にここに附す。
最怕官爻克世,則必難迴避;(不拘脫役避禍,若遇官鬼動來,刑沖剋世,皆不可避,持世亦難。必須鬼爻空亡,或不上卦,或衰絕不動,然後為吉。若鬼雖空絕安靜,卻遇本宮官鬼伏於世下者,目下無事,日後必然舉發。)大宜福德臨身,則終可逃生。(子為解神,若臨身世,或在旁爻發動,值月建日辰,則雖遇官鬼亦不妨事。大怕空亡墓絕,或被父動剋制,則為無用。)
最も官鬼來りて世爻を克するを怕る。それすなわち一定躲け掉る能わず。差役を脫免せんと想うを論ぜず還は禍事を躲避するを論ぜず、ただ官鬼發動して來りて世を刑冲克するに遇えば、皆躲け開く能わず。官鬼世を持するも一樣に躲け難し。必ず須らく官鬼空亡に落ち、あるいは卦に上らず、あるいは衰絶にして動かざれば、こそ吉と算す。然るにもし官鬼空絶に落ちてまた安靜なると雖も、偏偏本宮の官鬼世爻の下に伏せば、それすなわち眼目前事なく・日後必定發作す。最も子孫卦身に臨むを宜とす。それすなわち終究能く性命を逃出す。子孫是れ厄を解くの神にして:它身に臨み世に臨み、あるいは旁爻に於て發動し、あるいは月建・日辰に値れば、則ち縱い官鬼に遇うとももまた事に妨げず。最も它の空亡・墓絶に落つるを怕り、あるいは父母發動に克制せらるれば、それすなわち用なし。
官化父沖,必有文書挨捕;(父母旺動,名字已入憲冊,必有官批,在外鬼爻亦動,事體正急,宜速避之。父化官、官化父,刑剋世爻者,必著公差挨捕,宜慎防之,世爻空亡雖捕不獲。)日沖官散,定多親友維持。(卦中官動,固難逃避,若得日辰動爻沖散之,或剋制合住之,必有心腹親友與我周旋幹事,或解釋、或阻擋,不使之累我也。要知何人,以沖合制鬼之爻定之,鬼帶月建,雖阻無益。)
官鬼が父母を化じ出してまた來りて冲するは、必ず公文ありて下りて緝捕せん。父母旺相にして發動するは、名字已に官府の册子に登進せりを說明して、必ず批文ありて下來せん。もしこ の時外卦の官鬼もまた動せば、事情まさに緊急にして、當に趕快に躲避すべし。父母が官鬼を化し・官鬼が父母を化してまた世爻を刑克するは、必定差役を派して來りて捕拿せん。當に小心提防すべし。ただし世爻もし空亡に落つれば、それすなわち來りて捕ると雖ももまた拿る能わず。日辰官鬼を冲散するは、一定多くの親友ありて出來て維持せん。卦中官鬼發動は本逃避し難し。然るにもし日辰あるいは動爻のそれを冲散し、あるいは克制・合住するを得れば、必ず知心の親友ありて我に替わりて上下周旋し、あるいは中より解說し、あるいは出面して阻攔して、它をして我を連累せしめず。甚麽の人なるかを知らんと要せば、就中往きて冲し・往きて合し・往きて官鬼を制するは哪一爻なるかを看る。倘若官鬼月建を帶ぶれば、則ち縱い人ありて阻攔するとももまた用なし。
鬼伏而兄弟沖提,禍由骨肉;(鬼爻動,要見沖合,鬼爻靜,怕見沖合,如兄弟沖動,鬼來刑剋世爻,是自家骨肉,搜蹤捕跡,恐難逃避。若鬼伏藏而遇動爻,日辰沖開提起者,亦以六親定其害我之人。世爻自去提起者,必是自不小心,撞見之也。)官靜而旁爻刑剋,事出吏書。(鬼動,其事必由官府;鬼靜而卦中動爻日辰刑剋世爻者,乃是下司。本局自作主張,或是仇家陷害也。若化兄爻,或卦中兄兼動者,是欲索詐財物也。)
官鬼本已に隱伏せるに、卻って兄弟に冲開して提起せられれば、禍就中自家骨肉の身上に出ず。官鬼發動の時、須らく它冲せられ合せらるる否かを看るべし。官鬼安靜の時、反って冲合を見るを怕る。たとえば兄弟發動して官鬼を冲起して、官鬼轉じて來りて世爻を刑克すれば、それすなわち自家骨肉人に替わりて蹤跡を搜索して、ただ逃避し難きを怕るのみ。もし官鬼本伏藏するに、卻って動爻あるいは日辰に冲開飛神提起せらるれば、同じくあの一爻の六親の身分に按じて、我を害するは甚麽の人なるかを定出す。もし是れ世爻自己それを提起し來るなれば、あれ必ず是れ自己小心ならざりしにして、人家に撞上せしなり。官鬼安靜にして旁爻來りて刑克するは、事情就中衙門書吏の身上に出ず。官鬼發動するは、事情必ず官府に由りて來る。官鬼安靜にして、しかして卦中動爻あるいは日辰來りて世爻を刑克するは、それすなわち下面の衙門本局自ら主張を作して、あるいは是れ仇家の陷害なり。もしあの一爻兄弟を化じ出し、あるいは卦中兄弟同時發動せば、それすなわち機に借りて錢財を敲詐せんと想うなり。
應若遭傷當累眾;(官鬼傷克應爻,必然累及親友,日辰刑剋應爻亦然。)妻如受克定傷財。(妻財如遇兄弟動,必主破費財物,財用合住官爻,或沖散官鬼,或化子剋制官鬼,皆宜交財買求,方得無事。)
應爻もし傷克を遭えば、必定衆人を牽累せん。官鬼應爻を傷克するは、必然親友を連累す。日辰應爻を刑克するも、一樣なり。妻財もし克を受くれば、一定須らく財を破るを要す。財爻もし兄弟發動に遇えば、必ず錢財を破費するを主る。もし財爻往きて官鬼を合住し、あるいは官鬼を冲散し、あるいは子孫を化じ出して來りて官鬼を克制せば、それすなわち皆當に錢を拿りて往きて打点買通して、こそ事を免るる能し。
偏喜六爻安靜,(六爻不動,鬼爻無沖並者,患難可避戶役可脫,大吉之兆。)又宜一卦無官。(無鬼則無官主張,事必平安,空亡亦吉。)或身世之逢空,(世爻空亡,百事消散,縱有鬼動,亦不妨事。)或用神之得地。(卦中得用之神旺相有氣,不逢刑剋沖害,不化死墓空絕,皆為得地,必得此人之力,如占避居何處,亦以此方為吉。如鬼爻發動,得父爻合住,則父爻為用神也,餘仿此。)
偏偏喜ぶは六爻安靜なり。六爻皆動かずして、官鬼また冲せられ・併せらるるなくば、則ち患難躲け開くを得・差役脫け掉るを得て、是れ大吉の兆なり。また整卦官鬼なきを宜とす。官鬼なければ、就中人なくして來りてこ の件事を主持して、事情必然平安なり。官鬼空亡に落つるも、もまた吉と算す。あるいは卦身世爻恰好落空する。世爻空亡に落つれば、百事消散して、縱い官鬼發動あるとももまた事に妨げず。あるいは當用の神まさにその地を得る。卦中得用の神旺相氣ありて、刑克冲害を遭わず、もまた死・墓・空・絶に化入せざれば、こ れを得地と叫び、必ず能くこ の個人の力を借上ぐ。もし哪の地方に到りて躲るべきかを占せば、もまたこ の一爻の屬する所の方位を以て吉と爲す。たとえば官鬼發動して、しかして父母爻能くそれを合住せば、則ち父母就中こ の一卦の用神なり。その餘はこれに倣え。
天來大事也無防,海洋深仇何足慮。(此二句總結上四條,卦中有一象。決然無事也。)事有百端,理無二致。潛心玩索,若能融會貫通,據理推占,自得圓神不滯。
たとい天大の事なるとももまた妨げなし。海のごとき深きの仇怨また何ぞ憂慮するに足らん。こ の兩句是れ上面四條を總結す。卦中ただ其中一象を具備すれば、就中斷然事なし。世事名目百種あると雖も、道理卻ってただ一個のみ。もし能く心を潛めて玩味し・融會貫通して、理に依りて往きて占を推せば、自然圓通神妙にして滯礙せず。
逃亡
寬以御眾,侮慢斯加,嚴以治人,逃亡遂起,故雖大聖之有容,尚謂小人之難養。須察用爻,方知實跡。(用爻者,妻妾奴婢逃亡,看財爻類是也。)
下人を待ること太く寛なれば、它ら便ち輕慢無禮なり。管束太く嚴なれば、它らまた乾脆逃走す。ゆえに縱い聖人涵容の量あるとも、もまた小人養い難しと說く。逃亡を占するに、須らく先に用爻を察明して、こそ實情を知る。所謂用爻は、就中逃走の人に按じて相應の六親を取るにして:妻妾・奴婢逃亡すれば、就中妻財爻を看る。その餘はこれに照らして類推す。
若臨午地,必往南方;或化寅爻,轉移東北。(凡占逃亡,用爻安靜,以所臨之地為逃亡去向,如坎北方,午南方類。用爻發動,以變爻定其方向;如臨午動變出寅,可言初去在南方,今移於東北方也,獨發之爻,亦可定方,六爻安靜,卦無主象,則以應爻定之。)木屬震宮,都邑京城之內,金居兌象,庵院寺觀之中。(用爻在乾宮尊長家,或在父族,或隱於樓閣上。坎宮兄弟家,或在船上,或水亭中,艮宮少男家,或在山間,或在高崗煙去處,或石匠人家。震宮竹木林中,或有須人處或城市間。離官姊妹妯娌家,或窯冶所在,金爻銅鐵匠家。巽宮花園蔬圃之內,死絕柴草之中,或在賣履織蓆之家,坤宮老陰人家,或在母族,或在曠野墳墓去處。兌宮在女人家,旺相寺觀中,休囚庵院內,更宜變通不可執滯。)
用爻もし午上に落つれば、人必ず南方に往かん。它もし寅爻を化じ出づれば、就中東北に轉じ到れり。凡そ逃亡を占するに、用爻安靜の時、就中它の臨む所の地支を拿りて去向を定む。たとえば坎に落つれば爲に北方・午に落つれば爲に南方。用爻發動の時、就中變爻を拿りて方向を定む。たとえば它午に臨みて動じて・寅を變じ出づれば、就中起初南方に逃れ・如今已に東北に移到せりと說きうる。もし卦中ただ一爻獨發あれば、もまたそれを用いて方位を定めうる。もし六爻安靜にして卦中また主象なければ、就中應爻を取りて來りて定む。用爻木に屬して《震》宮に在れば、人都邑京城の内に在り。金に屬して《兌》象に在れば、人庵院寺觀の中に在り。宮を逐ひて來りて說く。用爻《乾》宮に在れば、是れ尊長家に在り、あるいは父親一族に在り、あるいは樓閣上に藏れり。《坎》宮に在れば、是れ兄弟家に在り、あるいは船上・水亭中に在り。《艮》宮に在れば、是れ少年男子家に在り、あるいは山裡・高岡煙火處に在り、あるいは石匠人家に在り。《震》宮に在れば、是れ竹木林中に在り、あるいは鬍鬚あるの人の處に在り、あるいは城市の間に在り。《離》宮に在れば、是れ姊妹妯娌家に在り、あるいは窯爐冶坊の所在に在り、もし是れ金爻なれば就中銅鐵匠家なり。《巽》宮に在れば、是れ花園菜圃裡に在り、もし死絶に落つれば就中柴草堆中に在り、あるいは鞋を賣り・席を織るの人家に在り。《坤》宮に在れば、是れ老年婦人家に在り、あるいは母親一族に在り、あるいは曠野墳地に在り。《兌》宮に在れば、是れ女人家に在り、旺相なれば則ち寺觀中に在り、休囚なれば則ち庵院内に在り。これら還は須らく靈活變通して、死守すべからず。
鬼墓交重,廟宇中間隱匿;休囚死絕,墳陵左右潛藏。(用持鬼墓,其人必在聖堂神廟中;死絕無氣,則在墳墓左右;用爻入墓,乃在人家牆圈內住,不然亦主深居不出而難尋。)如逢四庫,當究五行;(四庫辰戌丑未是。如用爻屬木卦,有未動類。凡遇墓庫,不可一例推,如辰為水土庫,必在水邊墓側人家。戌為火庫,乃在寺廟香火去處。丑為金庫,是在銅鐵銀匠家,或在冶坊內。未為木庫,則在園林柴草間,或木工蔑匠之家,己土爻亦依此斷。凡占逃亡盜賊若遇墓爻,決難尋見。直待沖破墓月日,方可覓。)倘伏五鄉,豈宜一類。(卦無主象,須看伏在何爻下,便知其人在於何處,如伏鬼下,在管倉庫家中。旺加月建,官戶人家。休囚無氣,公吏人家。伏父下,叔伯父母尊長家,不然在手藝人家。伏兄下,兄弟姊妹相識朋友家。伏財下,奴婢妻妾陰人處,或富戶人家。伏子下,在寺觀中卑幼處也。又如伏於鬼墓下,不在廟宇中則在寺庵內。又如伏於財庫爻下,不在倉庫中,則在富豪家也。)
用爻官鬼の墓を帶びて交重發動に逢えば、人廟宇の裡頭に躲れり。它もし休囚死絶なれば、就中墳塋の左右に藏れり。用爻自ら鬼墓を持するは、此人必ず神堂廟宇の中に在り。它もし死絶氣なければ、就中墳墓の附近に在り。用爻墓に入るは、則ち人家の院牆の圈子裡に住して、然らざればもまた深居して出でざるを主り、尋找し難し。もし四庫の爻に遇上せば、就中當に五行を推究すべし。四庫は辰・戌・丑・未を指す。たとえば用爻木に屬して、しかして卦中未爻發動せば、就中木の未庫に入るの類なり。凡そ墓庫に遇うに、一概に論ずべからず。辰是れ水土の庫にして、人必ず水邊あるいは墳墓旁の人家に在り。戌是れ火庫にして、人寺廟香火の地に在り。丑是れ金庫にして、人銅鐵銀匠家に在り、あるいは冶坊裡に在り。未是れ木庫にして、人園林柴草の間に在り、あるいは木工篾匠の家に在り。己土の爻に至っては、もまたかくのごとく照らして斷ず。凡そ逃亡と盜賊とを占するに、一たび墓爻に遇えば就中決して尋見し難し。墓庫を冲破するの月日を等てずんばこそ尋得着る。倘若用爻六親の下に伏せば、もまた能く一例に看待せず。卦中もし主象なければ、就中它の哪一爻の底下に伏するかを看て、便ち人何の處方に在るかを知る。官鬼の下に伏すれば、是れ倉庫を管するの人家に在り、官鬼旺にして月建を加うれば是れ官宦人家にして、休囚氣なければ是れ衙門吏員人家なり。父母の下に伏すれば、是れ叔伯父母尊長家にして、然らざれば就中手藝人家に在り。兄弟の下に伏すれば、是れ兄弟姊妹あるいは相識朋友家なり。妻財の下に伏すれば、是れ奴婢妻妾等の女人の處にして、あるいは富戶人家なり。子孫の下に伏すれば、是れ寺觀の中あるいは晚輩の處なり。又如官鬼の墓の下に伏すれば、廟宇に在らざれば就中寺庵に在り。財庫の爻の下に伏すれば、倉庫に在らざれば就中富豪家に在り。
木興水象,定乘舟揖而逃;(用爻屬木在坎宮動者,必乘舟逃去。木化水,水化木,或木在水宮動,或水動木宮者,皆然。用爻若臨火土,乃是陸地潛行。用爻沖動水爻,涉水逃去;沖動火爻,躍牆越籬而去,水爻刑剋用爻,必曾溺水)。動合伏財,必拐婦人而去。(用爻動來與本宮財爻作合,其人必拐婦人逃去,財若伏於世下,必是妻妾;應爻下,鄰家婦人,在旁爻,使令女子,主象變出之爻與卦中財合者,亦然。若婦人逃亡遇財官相合,亦是暗約情人而去也。)
木爻水象中に於て興動するは、此人定まって是れ船を乘りて逃走せり。用爻木に屬して《坎》宮に於て發動せば、必ず船を乘りて逃げ去れり。木が水を化し・水が木を化し、あるいは木爻水宮に於て發動し・水爻木宮に於て發動するは、皆一樣なり。用爻もし火・土に臨めば、それすなわち陸路に由りて潛行せり。用爻往きて水爻を冲動するは、是れ水を涉りて逃る。火爻を冲動するは、是れ牆を翻へ籬を越えて走る。もし水爻反って來りて用爻を刑克せば、あれ他必ず曾て水に落ち過ぎたり。用爻發動して往きて伏せるの財爻に合するは、必ず婦人を拐いて一同に逃走せり。用爻發動して本宮の財爻と相合するは、此人必ず婦人を拐帶して逃走せり。こ の財爻もし世爻の下に伏すれば、あれ是れ自家の妻妾なり。應爻の下に伏すれば、是れ鄰家の婦人なり。旁爻に在れば、是れ使喚の丫頭なり。もし是れ主象變出の爻卦中の財爻と相合するも、斷法一樣なり。倘若逃走する本來婦人にして、しかして卦中財と官鬼と相合せば、それすなわち暗中情人を約して一同に私奔せしなり。
內近外遠生世,則終有歸期;(用爻在本宮內卦,人在本地,或在宗族之中,初爻在鄰里,二爻在鄉黨。本宮外卦,本府別縣去。他宮內卦,外縣交界處。他宮外卦,別府州縣,更在六爻,遠方逃去。若臨世上,其人未曾出窟,最喜生世合世,其人雖去常思故里。日後當自歸,尋亦易見也。)靜易動難坐空,則必無尋路。(用爻不動,其人易尋;動則遷徙無常,指東言西,或更名改姓,必難尋獲。若落空亡,杳無蹤跡;動入空亡,逃後必死,亦有大難。有故空亡恐人察識遂深避之;無故空亡必有歸日。)
用爻内卦に在れば則ち人近處に在り、外卦に在れば則ち人遠處に在り。它もし來りて世を生ずれば、終究還は歸期あらん。用爻本宮内卦に在れば、人就中本地に在り、あるいは還は宗族の内に在り。初爻に落つれば是れ鄰里に在り、二爻に落つれば是れ同鄕に在り。本宮外卦に在れば、是れ本府の別縣に逃れり。他宮内卦に在れば、是れ外縣交界の處に在り。他宮外卦に在れば、是れ別府別州なり。もしまた第六爻に落つれば、それすなわち遠方に逃げ去れり。もし用爻世上に臨めば、此人還は未だ窩を離れず。最も它の來りて世を生じ世に合するを喜ぶ。あれ說明するに人走りたりしと雖も卻って常に故鄕を想着して、日後自ら回來して、找し往くももまた見著し易し。用爻安靜なれば就找し易く、發動すれば就找し難し。它もし空亡上に坐せば、それすなわち路なくして尋るべし。用爻動かざれば、人尋得し易し。一たび動けば就中遷徙常なく、東を說いて西に往きて、甚至改名換姓して、必然尋獲し難し。もし它空亡に落つれば、それすなわち杳として蹤跡なし。もし動じて空亡に化入せば、逃げ出去りてのち必ず死し、至少くとももまた大難あらん。ただし落空須らく兩種を分かつべし。緣故あるの空は、是れ他人に認出せらるるを怕れて躲るることさらに深し。緣故なきの空は、反って終に回來の一天あらん。
合起合住,若非容隱即相留;(靜爻逢合則合起,動爻逢合則合住,若日辰動爻合起主象,必有窩藏容隱在家者,卒難尋見;如被合住,則有人相留在家,不致放竄也。要知相留容隱之人,以合爻定之,如子孫為僧道,官鬼為巡捕類。合爻與世沖剋決不來報。)沖動沖開,不是使令當敗露。(靜爻逢沖為沖動,動爻逢沖為沖開,用爻遇動爻日辰沖動,家中必有人使令逃亡者,如父是尊長,財是妻妾類。若被沖開,有人喝破,去後必當敗露。沖爻是兄或化兄,必被索詐財物。更帶刑爻或加蛇虎,仍被鞭撻,動空化空終必疏放。)
合起しあるいは合住するは、人ありて窩藏するに非ざれば就中人ありて挽留す。靜爻合に逢うを合起と叫び、動爻合に逢うを合住と叫ぶ。もし日辰あるいは動爻主象を合起せば、必ず人ありて他を家裡に窩藏して、一時尋着せず。もし合住せられれば、あれ是れ人ありて他を留めて家住せしめて、再び別處に往きて流竄するに至らず。窩藏しあるいは挽留するは甚麽の人なるかを知らんと要せば、就中來りて合するのあの一爻何の六親に屬するかを看る。たとえば子孫是れ僧道・官鬼是れ巡捕の類なり。もしこ の合爻世爻と相冲相克せば、あれ他決して來りて我に通報せず。冲动しあるいは冲开するは、人ありて他に走らしむるを指使するに非ざれば就中走りてのち事情敗露せんと要す。靜爻冲に逢うを冲动と叫び、動爻冲に逢うを冲开と叫ぶ。用爻もし動爻・日辰に冲动せらるれば、あれ是れ家裡人ありて他に逃走するを指使せしにして、たとえば父母就中尊長・妻財就中妻妾の類なり。もし是れ冲开せらるれば、それすなわち人ありて當面喝破して、他走りてのち事情終に敗露せん。來りて冲するはもし兄弟なれば、あるいは兄弟を化じ出づれば、必ず人に錢財を敲詐せられん。再び刑爻を帶び、あるいは「螣蛇」「白虎」を加えれば、還は一頓の鞭打を挨がん。ただし它もし動じて空に落ち・空亡に化入せば、終究還は是れ人を放して了れり。
動爻刑剋,有人阻彼登程;日建生扶,有伴糾他同去。(用爻遇動爻,日辰相剋,必被他人責打,逢沖被人喝破,遇克被人捉住。有扶有並有人同去,有生有合,有人糾他同去。以上刑剋等爻與世有情,必來報我,與世無緣,雖阻何益?若在五爻,宜路上候之。)
動爻來りて刑克するは、人ありて他を攔えて路に上らしめず。日辰月建來りて生扶するは、同伴ありて他を約して一起走せしむ。用爻もし動爻・日辰の克する所と爲れば、他必ず人に責打せられん。冲に逢えば、是れ人に喝破せられ。克に遇えば、是れ人に捉住せらる。もし扶あり・併あれば、就中人ありて同行せり。生あり・合あれば、就中人ありて他を邀えて一起走せしめり。上面これらの刑克の爻、もし世爻と情あれば、必ず來りて我に向かいて信を報せん。もし世爻と緣なければ、則ち縱い他を攔住し了れたるとも、我に於てまた何の用あらん。これらの爻もし第五爻上に落つれば、就中當に路上に到りて往きて他を等つべし。
間爻作合,原中必定知情;(間爻為原保人,無保以鄰里斷之,如與用爻相合,必知其情,更與世爻沖剋,必是此人誘去,空合或化空亡,始雖知情,今去不知其去也。)世應相沖,路上須當撞見。(世應俱去相沖,途中必然撞見,用爻與世動沖亦然。世爻動克用爻或世旺應衰,必然擒拿;應旺世衰或用爻克世,雖能遇見不能捕之。)
間爻と用爻と相合するは、原保中人一定知情なり。間爻は原保の人を代表す。もし保人なければ、就中鄰里に按じて論ず。它用爻と相合せば、必定内情を知れり。もし它再び世爻と冲克せば、それすなわちこ の個人他を誘い走らせしなり。もしこ の合是れ空合なれば、あるいは它空亡に化入せば、それすなわち當初知情なりしと雖も、如今人走りたれば他もまた去向を知らず。世應兩爻相冲するは、路上准じて撞見せん。世應互相冲擊するは、途中必定碰上す。用爻と世爻と發動相冲するも、一樣なり。世爻發動して往きて用爻を克し、あるいは世旺にして應衰なれば、必ず能く人を拿住せん。もし應旺にして世衰なり、あるいは用爻反って來りて世を克せば、それすなわち碰上ると雖も、卻って他を捉え住る能わず。
無沖無破居六位,則一去不回;有克有生在五爻,則半途仍走。(用爻不受刑沖剋害,又不生合世爻,而世爻不克應者,是逃者不思歸,尋者不得見,乃一去不回之象。若動爻日辰剋制用爻,是可擒之象,若遇變出之爻,反生合用爻者,主捕後仍被逃走,在五爻途中斷,在內卦到家斷,持世爻則捕歸而復逃也。)
用爻既に冲なくまた破なくして第六爻に落つれば、此人一去回來せず。既に克ありまた生ありて第五爻に落つれば、此人半路上還は須らく再び逃げん。用爻刑冲克害を受けず、もまた來りて世爻を生合せずして、しかして世爻また應爻を克する能わざれば、それすなわち逃ぐるの人回らんと想わず・找するの人見著せずして、是れ一去返らざるの象なり。もし動爻・日辰能く用爻を克制せば、あれ是れ擒獲すべきの象なり。然るにもし變出の爻反って來りて用爻を生合せば、就中捉え回りてのち仍舊跑げんを主る。こ の一爻第五爻に在れば、路上跑げ掉れりと斷作す。内卦に在れば、家に到りてこそ跑げたりと斷作す。もし它世爻を持せば、それすなわち捉え回りてのちまた逃げたりしなり。
主象化出主象,歸亦難留;(卦有用爻不宜再化出來,謂化去必難捕獲;若被世爻動爻日辰剋制,庶可尋覓,但捉歸之後,亦不久留。)本宮化入本宮,去應不遠。(本宮仍化本宮卦,其人逃在本處地方,必不遠出別境;若用爻在他宮動,而又化入他宮者,遠去他方,不在本鄉也。)
主象また一個の主象を化じ出づれば、人捉え回るとももまた留め住る能わず。卦中已に用爻あれば、就中再び一個を化じ出づるを宜とせず。一たび化じ出去れば、就中化去と叫び、必ず捕獲し難し。もし它世爻・動爻あるいは日辰に克制せらるれば、還は勉强尋得着る。ただ是れ捉え回りてのちももまた留まること長久せず。本宮の卦また本宮に化入するは、人逃ぐること應に遠からざるべし。本卦某宮に屬し・變卦仍として某宮に屬すれば、此人就中本地に逃れて、必ず本境を出でず。もし用爻他宮に於て發動して、また他宮に化入せば、それすなわち遠く他鄕に走りて、本地に在らざるなり。
歸魂卦用仍生合;不捕而自回;游魂卦應又交重,能潛而會遁。(凡遇歸魂卦,人有還鄉意,若世應比和生合,或主象生合世爻者,必自歸,尋之亦易見;惟遇游魂卦,其人必無存心,決不思歸,更若應爻發動,必能東遷西徙隱諱實跡。能潛會遁,尋之必難見面。若得世爻旺動克應,日辰動爻制伏主象,庶可尋獲,亦不費力。)世克應爻,任爾潛身終見獲;應傷世位,縱然對面不相逢。(世克應,是我制住他,去不甚遠,尋之易見,應克世,是他得志去,有自由之象,尋之難見。)
歸魂卦を得て用爻また來りて生合するは、往きて他を捉えずとももまた他自ら回來せん。遊魂卦を得て應爻また交重發動に逢うは、此人藏れ逃げるを善くす。凡そ歸魂卦に遇えば、此人鄕に還るの意あるを說明す。もし世應比和相生相合し、あるいは主象來りて世爻を生合せば、他必ず自己回來して、找し往くももまた見著し易し。唯獨遊魂卦に遇えば、此人必定身を安んずるの心なく、決して家に回らんと想わず。もし應爻再び發動せば、他就能く東に搬り西に移して・行蹤を掩蓋し來りて、藏るを會し躲るを會して、他を找せば必ず見面し難し。こ の時もし世爻旺動して往きて應爻を克し、あるいは日辰・動爻能く主象を制伏するを得れば、こそ勉强尋得着て、しかも大力氣を費すを必とせず。世爻應爻を克するは、他怎樣に身を藏するに任れども終歸捉えられん。應爻世位を傷るは、縱い當面碰上するとももまた認出さず。世應を克するは、是れ我制し住るを得て、他走ること遠からずして、尋得し易し。應世を克するは、是れ他勢を得て去りて、行動自由にして、就中尋り難し。
父母空亡,杳無音信;(父母必有信,動空化空皆是虛信;旺相空亡,半真半假;休囚空亡杳無音信。父化父或兩父動,必有兩處人來報信,若遇日辰合住,必被人阻不能來報。用爻化父,或卦無用爻,而遇父母化出,當出招子候緝,然後有信。)子孫發動,當有維持。(子孫臨身世,則好去好回,自然順利;如在旁爻動,或繫日辰生合世爻,必有維持調護之人,縱有逆事不能為害。)
父母空亡に落つれば、就中杳として音信なし。父母は消息を代表して、卦中它あれば必ず信の來るあり。它動じて空に落ち・空亡に化入するは、皆是れ假消息なり。旺相にして落空するは、半眞半假なり。休囚にしてまた落空するは、それすなわち一點の音信もなし。もし父母が父母を化し、あるいは兩個の父母同時發動せば、必ず兩處の人ありて來りて信を報せん。もし日辰のそれを合住するに遇えば、それすなわち人ありて攔住して、信を報じ成らざるなり。もし用爻が父母を化じ出し、あるいは卦中本本來用爻なくして父母に由りて化出せば、それすなわち當に招帖を出張して懸賞緝査して、然るのちこそ消息あらん。子孫發動するは、自ら人ありて中より維持せん。子孫身に臨み世に臨めば、就往きて順當にして・回りて順當にして、自然順利なり。它もし旁爻に於て發動し、あるいは日辰子孫を帶びて來りて世爻を生合せば、必ず人ありて我に替わりて維持照應して、縱い順ならざるの事あるとももまた我を害する能わず。
眾殺傷身,切恐反遭刑辱;(動變月日,刑沖剋害世爻者,眾殺傷身也,須防反遭刑辱;得世爻空避,庶可免脫其禍。)動兄持世,必然廣費資財。(兄弟持世,費財可尋,旺相發動,必然廣費資財;若加玄武乘旺動克,須防有人劫騙,世化兄,自家失脫;世臨無故自空,亦有遺亡之患。)
衆多の凶殺一齊に來りて卦身を傷るは、ただ自己反って刑を受け辱を受くるを要せんを怕る。動爻・變爻と月建・日辰と一齊に世爻を刑冲克害するを、就中衆殺の身を傷ると叫び、須らく往きて人を追うに反って人に整治せらるるを防ぐべし。世爻まさに空亡に落ちて躲開するに非ざれば、こそこ の場の禍を免れうる。兄弟發動して世を持するは、必定大きく錢財を破らん。兄弟世を持するは、錢を花して往きて人を找すを得。它旺相にして發動せば、それすなわち必定大きく資財を費やさん。もし它再び「玄武」を加えて旺に乘じて發動して來りて克せば、須らく人ありて劫奪誆騙するを防ぐべし。世爻もし兄弟を化じ出づれば、あれ是れ自家東西を丟す。世爻もし無故に自ら空亡に落つれば、同じく遺失の患あり。
父動變官,必得公人捕捉;(卦中父化官,官化父或官父俱動,必須興詞,告官差捕,然後可獲也。)世投入墓,須防窩主拘留。(凡遇凶卦而世入墓者,必有反被拘留之辱;卦吉而遇此象,則尋見之後有災病。)
父母發動して官鬼を變じ出づれば、必ず須らく官差を請いて往きて捉拿せんことを要す。卦中父母が官鬼を化し・官鬼が父母を化し、あるいは官・父同時發動せば、それすなわち須らく先に狀子を遞して・官府に告げて差役を派して往きて捕せしめて、然るのちこそ拿り住るを得。世爻自ら墓中に投ずるは、須らく窩主に扣留せらるるを防ぐべし。凡そ凶卦に遇いて世爻墓に入れば、人を追う反って扣留せらるるの辱を受くるを要す。もし卦本吉にしてこ の種の象あれば、それすなわち人を尋得着てのち自己災病あらんなり。
世應比和不空,必潛於此;(凡卜逃人在此處否,須得世應生合比和,用爻出現不空,必在此處;若用爻或空或伏,或被日辰動爻刑剋,其人決不敢往;兄弟獨發,亦不在此處;若用爻變出之爻與應爻作合,或與日辰相合,必曾潛住於此則轉移他處矣。)世應空亡獨發,徒費乎心。(逃亡世空,去尋不成;應空尋亦不見;世應俱空,必主空回,決無尋處,兄弟獨發,虛詐不實,亦不見也。)但能索隱探幽,何慮深潛遠遁?
世應比和にしてまた皆落空せざれば、人必ずここに藏れり。凡そ逃亡の人某處に在るか否かを占するに、須らく世應相生相合あるいは比和して、用爻また出現して落空せざれば、あの人必ずこ の處に在り。もし用爻落空し・隱伏し、あるいは日辰・動爻に刑克せらるれば、他斷然敢えてここに往きて來ず。もしただ兄弟獨自發動あるのみなれば、もまたここに在らず。もし用爻變出の爻應爻と相合し、あるいは日辰と相合せば、あれ是れ曾てこ の處に藏れ過ぎて、如今已に別別處に轉じ去れり。世應落空してただ兄弟獨發あるのみなれば、それすなわち白く一場の心を操するのみ。逃亡を占して世爻落空せば、找し往くももまた找し成らず。應爻落空せば、找し了れどももまた見著せず。世應皆空なれば、必定空手にして回りて、根本に尋るべき處なし。もしただ兄弟獨發あるのみなれば、あれ是れ虛詐不實にして、同じく人を見著せず。ただ能く隱微幽深の處を一一探り出さば、また何をか愁えん、他の藏るること深く逃ぐること遠きを。
失脫附盜賊・捕賊
民苦飢寒,每有穿窬之輩;物忘檢束,亦多遺失之虞。要識其中之得失,須詳卦上之妻財。(財爻為所失之物,一卦之主。)
百姓饑寒に苦して、就中常に牆を翻へ洞を鑽るの賊あり。東西收拾を忘れて、もまた多く遺失の可能あり。其中の得失を弄清せんと要せば、就中須らく卦上の「妻財」爻を細看す——財爻は失する所の物を代表して、是れこ の一卦の主象なり。
自空化空,皆當置而勿問;日旺月旺,縱未散而可尋。(財爻無故自空,或動化空,皆尋不見,固當置而勿問;若財爻得月令有氣,或在目下生旺之地者,其物未散,必然可尋,旺相空亡可得一半。)
財爻無故に自ら空に落ち、あるいは動じて空を化するは、就中當に丟開して問ふを必とせざるべし。它もし日辰月建の旺を得れば、東西還は未だ散失せず、仍お尋回すべし。財爻無緣無故に自ら空亡に落ち、あるいは發動して空亡に化入するは、皆找し回り來る能わずして、索性放下して別に問はず。もし財爻月令を得て氣あり、あるいはまさに當下生旺の地に落つれば、あの物件還は未だ散掉せずして、必定尋得着る。もし它是れ旺相にして落空せば、則ち一半を尋回すべし。
內卦本宮,搜索家庭可見;他宮外卦,追求鄰里能知。(財在內卦,又屬本宮,其物未出家庭,尋之必見;財在外卦,又屬他宮,物已出外,尋之便難見矣。在間爻鄰里人家可尋。若財雖在內,不在本宮,其物在屋之外,不在屋之內;財雖在外,卻屬本宮,其物在宅之內,不在宅之外,更宜通變。)
財爻内卦に在りてまた本宮に屬すれば、自家に於て搜ひ搜ぬれば就找し到る。它外卦に在りてまた他宮に屬すれば、就中須らく鄰里に向かいて打聽してこそ下落あらん。財爻内卦に在りてまた本宮に屬すれば、東西還は未だ家門を出でず、找ひ搜ぬれば必ず能く見著せん。財外卦に在りてまた他宮に屬すれば、東西已に外面に流れて、就中尋り難し。もし它間爻に落つれば、可に鄰居家に到りて往きて尋るべし。これの外還は須らく通通變す。財内卦に在ると雖も卻って本宮に屬せざれば、あの東西屋外に在りて屋裡に在らず。財外卦に在ると雖も仍として本宮に屬すれば、あの東西還は宅内に在りて宅門を出でず。
五路四門六乃棟樑閣上,(財在六爻繫本宮物在屋上,屬金,在壁頭上,加螣蛇在瓦楞下;屬木在樑上,加勾陳在斗棋上,日辰作合在閣板上;屬水在屋漏處,加玄武在坑屋上;屬火在天窗邊或在廚灶屋上;屬土在燕窩中。六爻繫外宮物在遠方,屬土在牆邊;屬木在籬邊。財臨五爻物在路邊,動則去遠;繫本宮在家中裡,或人常走動處。財臨四爻物在門前,繫他宮則在牆門外也。)
第五爻是れ道路にして、第四爻是れ門戶にして、第六爻是れ棟梁と閣樓の上なり。財爻第六爻に在りて本宮に屬すれば、東西屋頂上に在り。金に屬すれば、牆頭に在り、再び「螣蛇」を加えれば瓦楞の下面に在り。木に屬すれば、房梁上に在り、「勾陳」を加えれば斗拱上に在り、もし日辰相合を得れば閣板上に在り。水に屬すれば、屋子雨の漏るの地方に在り、「玄武」を加えれば茅廁の屋上に在り。火に屬すれば、天窗邊に在り、あるいは廚房竈屋上に在り。土に屬すれば、燕窩裡に在り。もし第六爻外宮に屬すれば、東西就中遠處に在り。土に屬すれば牆邊に在り、木に屬すれば籬笆邊に在り。財爻第五爻に在れば、東西路邊に在り。它一たび發動せば、就已に帶び遠くせられり。もし本宮に屬すれば、それすなわち家中過道に在り、あるいは人常に走動するの地方に在り。財爻第四爻に在れば、東西門前に在り。もし他宮に屬すれば、就中大門外面に在り。
初井二灶三為閨閫房中。(財臨三爻,繫本宮物在房中,屬金鐵器中;屬木在床邊,有合在箱籠廚櫃中;屬水在馬子下;屬火在香火堂中或火爐內,燈架邊;屬土房中酥泥內;外宮則以屋外事斷,如金為街砌類。財臨二爻,物在廚灶邊,屬金碗盞缸甏盆中;屬木五穀木器內;屬水盛汲漿水器中;屬火煙樓灶肚內;屬土灰堂泥土中。財臨初爻,物必蓋地,屬金在磚石堆內;屬水在井中,父母作合在陰溝內;屬木在地臺下;屬火灰堆中或灶基下;屬土埋藏土中,生旺方埋,墓絕埋久,胎養方欲起意埋藏,未曾下手。)
初爻是れ水井にして、二爻是れ竈頭にして、三爻是れ内室臥房なり。財爻第三爻に在りて本宮に屬すれば、東西臥房裡に在り。金に屬すれば鐵器中に在り。木に屬すれば床邊に在り、もし合あれば就中箱籠櫥櫃裡に在り。水に屬すれば便桶の下面に在り。火に屬すれば香火堂中に在り、あるいは火爐裡・燈架架邊に在り。土に屬すれば房中の酥松なる泥土裡に在り。もしこ の一爻外宮に屬すれば、就中屋外の事に按じて斷ず。たとえば金に屬すれば就中街上の石砌なり。財爻第二爻に在れば、東西廚房竈邊に在り。金に屬すれば碗盞缸瓮盆裡に在り。木に屬すれば糧食あるいは木器中に在り。水に屬すれば水を盛り漿を汲むの器皿裡に在り。火に屬すれば煙囪あるいは竈膛膛裡に在り。土に屬すれば灰堂泥土中に在り。財爻初爻に在れば、東西必ず地下に在り。金に屬すれば磚石堆裡に在り。水に屬すれば井中に在り、もし父母と相合せば就中陰溝裡に在り。木に屬すれば地臺の底下に在り。火に屬すれば灰堆裡あるいは竈基の下面に在り。土に屬すれば則ち是れ土中に埋れり——它生旺に落つれば、是れ剛た埋めて久しからず。墓絶に落つれば、是れ埋めて很久なり。胎養に落つれば、是れ才た埋藏の念頭を動かして、還は未だ手を下さざるなり。
水失於池,木乃柴薪之內;土埋在地;金為磚石之間。(財臨水爻生旺,物在池沼中,墓絕物在溝渠內,逢沖長流中,合住是汲盛死水中。財臨木爻生旺,竹木林中,死絕柴薪內,又陽木竹條內,陰木草叢中,繫本宮則竹木器中,五穀囤內。財臨金爻內卦旺相,在銅鐵錫器中,休囚缸甏瓶罐內;外卦旺相磚石內,休囚瓦礫中。財臨火爻必近香火,或在灶邊。財臨土爻,丑為金庫,必銅鐵器中,或蕭牆內磚壁腳跟;辰為水庫在陽溝內溪畔埋藏,不然亦是窳下所在;未為木庫,必埋蔬果園中,或埋田野草中,或米麥囤底;戌為火庫,必埋灶底,或埋灰內,或埋高泥墩上。此斷義禮不能盡述,當各以類推之。)
東西水裡に失落するは、就中池沼中に在り。木に屬すれば、就中柴薪の内に在り。土に屬すれば、是れ地下に埋れり。金に屬すれば、則ち磚石の間に在り。財爻水に臨みて生旺なれば、東西池塘裡に在り。墓絶に落つれば、溝渠内に在り。冲に逢えば、長流水中に在り。合住せられれば、是れ汲み來れるの死水器皿中に在り。財爻木に臨みて生旺なれば、竹木林裡に在り。死絶に落つれば、柴堆内に在り。陽木是れ竹條の中に在り、陰木是れ草叢の中に在り。もし本宮に屬すれば、就中竹木器具裡に在り、あるいは五穀囤中に在り。財爻金に臨みて内卦に在れば:旺相なれば則ち銅鐵錫器中に在り、休囚なれば則ち缸瓮瓶罐内に在り。外卦に在れば:旺相なれば磚石裡に在り、休囚なれば瓦礫中に在り。財爻火に臨めば、必定香火に靠近して、あるいは竈邊に在り。財爻土に臨めば、就中四庫に按じて分かつ。丑是れ金庫にして、必ず銅鐵器中に在り、あるいは照壁牆脚下に在り。辰是れ水庫にして、是れ陽溝裡・溪畔邊に埋れて、然らざればもまた低窪の處なり。未是れ木庫にして、必ず菜園果園中に埋れ、あるいは田野草間・米麥囤底に在り。戌是れ火庫にして、必ず竈底・灰裡・高き泥墩上に埋れり。これらの道理說き盡す能わず。各自類に照らして往きて推すれば便ち是れなり。
動入墓中,財深藏而不現;(大抵妻財所臨之爻,或在其中,或在其旁,未可必也,惟財爻入墓化墓,或伏墓下,必在器物中,不可以邊旁近側言。要知何物內,以前五爻四庫推之。)靜臨世上,物尚在而何妨。(凡占失脫,財爻不宜動,動則更變難尋;若得安靜持世生世合世,其物皆主未散,必易尋,生旺不空尤妙,衰絕受制,亦不濟事。)
財爻發動して墓中に落入するは、東西藏るること深くして露出し來る能わず。大体上財爻の臨む所の處は、東西あるいは其中に在り・あるいは其旁に在りて、本來說き死す能わず。唯獨財爻墓に入り・墓を化し、あるいは墓爻の下に伏すれば、それすなわち一定某件の器物の里面に在りて、能く再び甚麽の旁邊近邊近處を說く能わず。甚麽の東西の裡に在るかを知らんと要せば、就中前面の五爻と四庫との分法に照らして往きて推す。財爻安靜にして世上に臨めば、東西還は在りて、就中事に妨げず。凡そ失物を占するに、財爻發動を宜とせず。一たび動けば就中輾轉變換して・尋找し難し。もし它安靜にして世を持し、あるいは來りて世を生じ世に合せば、皆東西還は未だ散失せざるを主り、必定尋得し易し。它再び生旺にして落空せざれば就中さらに妙なり。もし它衰絶にしてまた制伏を受くれば、あれ還は是れ事に濟わず。
鬼墓爻臨,必在墳墓側;(財臨鬼墓,其物必在神廟中;無氣則在墳墓內;如係本宮內卦,則在柩旁,或在壁席上;更加螣蛇,恐在神圖佛像之前;在三爻香火堂中。)日辰合住,定然器掩遮藏。(財爻發動遇日辰合住,必然有物遮掩,合而又沖半露半遮。要知何物掩蓋,以合爻定之,如火爻父母作合,為衣服掩蓋類,旁爻動來作合者亦然。)
財爻官鬼の墓に臨着するは、東西必ず墳墓の旁邊に在り。財爻鬼墓に臨めば、東西多半神廟中に在り。它もし氣なければ、就中墳墓裡に在り。もし本宮内卦に屬すれば、就中靈柩の旁邊に在り、あるいは壁間席上に在り。再び「螣蛇」を加えれば、恐怕就中神像佛像の跟前に在らん。第三爻に落つれば、則ち香火堂中に在り。財爻日辰に合住せらるるは、一定是れ器物ありて蓋えて遮了せり。財爻發動して日辰に合住せらるれば、必ず東西ありてそれを遮掩せり。もし既に合せられまた冲せられれば、それすなわち半露半遮なり。甚麽の東西の蓋えるなるかを知らんと要せば、就中來りて合するは哪一爻なるかを看る。たとえば火に屬するの父母來りて相合すれば、就中衣服に蓋えられたるの類なり。旁爻發動に由りて來りて合するは、斷法一樣なり。
子爻福變妻財,須探鼠穴;酉地財連福德,當檢雞棲。(凡占失脫,財化福,福化財,其物必在禽獸巢窟中,如值子爻是鼠銜去,更在初爻在地穴中,寅是貓銜去,丑在牛欄內,午在馬廄中,未在羊棧中,酉在雞棲,亥在豬圈類也。有合則在內,無合則在旁。)
子爻上に子孫が妻財を變じ出づれば、就中當に往きて老鼠の洞を掏るべし。酉位上に妻財子孫を連ねれば、就中當に往きて雞窩を査るべし。凡そ失物を占するに、財が子孫を化し・子孫が財を化するは、東西必ず禽獸の巢穴裡に在り。子爻に落つれば、是れ老鼠の叼い去れるにして、もしまた初爻に在れば、就中地洞中に在り。寅爻に落つれば、是れ貓の叼い去れたり。丑爻に落つれば、牛欄裡に在り。午爻に落つれば、馬廄中に在り。未爻に落つれば、羊圈裡に在り。酉爻に落つれば、雞窩に在り。亥爻に落つれば、豬圈に在り。此のごとくの類なり。もし相合あれば、東西就中窩の里面に在り。相合なければ、就中窩の旁邊に在り。
鬼在空中世動,則自家所失;(卦無官或落空而世爻動者,自家遺失非人偷。要知何故失落,以世臨六神定之,如臨青龍酒醉失或因喜事失,臨白虎因病失或因喪事、因跌而失,臨勾陳因起造失,因耕種失,臨螣蛇與應沖剋爭扭失,與應生合嬉戲失,臨朱雀口舌爭競失,臨玄武或因竊盜失也。)財伏應下世合,則假貸於人。(官鬼或空或伏或死絕不動,而財臨應上,或伏應下,其物非人偷,乃自借於人也,要知何人假借,以應臨六親定之。如臨子,為僧道巫醫或卑幼小兒借去類,世應沖剋則勿斷。若官空伏而財化官爻,是自遺失,被人拾去。)
官鬼空裡に落ちて世爻發動するは、あれ是れ自家の丟したるなり。卦中官鬼なく、あるいは官鬼空に落ちて、しかして世爻卻って發動せば、それすなわち自己の遺失にして、是れ人に偷まれたるに非ず。何に因りて丟失したるかを知らんと要せば、就中世爻何の六神に臨むかを看る。「靑龍」に臨めば、是れ酒醉の時丟したるにして、あるいは喜慶の事に因りて丟したるなり。「白虎」に臨めば、是れ病に因り・喪事に因り、あるいは一跤を跌して丟したるなり。「勾陳」に臨めば、是れ房を蓋うに因りあるいは耕種に因りて丟したるなり。「螣蛇」に臨みて應爻と冲克するは、是れ爭執拉扯の時丟したるにして、應爻と生合するは則ち嬉鬧の時丟したるなり。「朱雀」に臨めば、是れ口角爭執の時丟したるなり。「玄武」に臨めば、あれこそ是れ人に偷まれたるなり。財爻應爻の下に伏して世爻それと相合するは、あれ是れ人に借給えしたるなり。官鬼あるいは空に落ち・あるいは隱伏し・あるいは死絶にして動かずして、同時に財爻應爻上に臨み、あるいは應爻の下に伏すれば、あの東西是れ偷まれたるに非ずして、然而自己別人に借給えしたるなり。誰に借給えしたるかを知らんと要せば、就中應爻何の六親に臨むかを看る。たとえば子孫に臨めば、是れ僧道巫醫あるいは晚輩小孩の借去れるにして、これに依りて類推す。もし世應の間相冲相克せば、就中能くかくのごとく斷ぜず。倘若官鬼空あるいは伏すると雖も、しかして財爻卻って官鬼を化じ出づれば、それすなわち自己遺落して・人に拾去られたるなり。
若伏子孫,當在僧房道院,如伏父母,必遺書笈衣箱。(財不上卦須尋伏在何處,若伏子爻下,物在寺院中,休囚在六畜門內,胎養小兒誤失。如伏父下,物在正屋中,或在尊長處,無合,衣服書卷中,有合,書箱衣箱等內。若伏兄下,本宮姊妹兄弟處,他宮相識朋友處,如三四爻在門戶邊,外卦則在牆籬下,若伏財下,物在婦人處,或在妻妾家,或在五穀內,或在廚灶內。若伏鬼下,物在職役人家,或在廳堂內,或在病人處。土鬼在墳墓廟堂中。)在內則家中失脫,在外則他處遺亡。(財在內卦,失於家中;財在外卦,失在他處。在初爻井邊失,二爻灶邊失,三爻房內失,四爻門前失,五爻途中失,六爻遠方失。又如初爻財動化子,或子動來作合,其物必先失在井邊,後被小兒拾去,餘仿此推。)
財爻もし子孫の下に伏せば、東西當に僧房道院に在るべし。もし父母の下に伏せば、必是れ書箱衣箱裡に落ちたり。財爻卦に上らざるの時、就中須らく它のどこに伏するかを找す。子孫の下に伏すれば、東西寺院中に在り。子孫休囚なれば、就中牲口欄裡に在り。子孫胎養に落つれば、是れ小孩に弄び丟されたるなり。父母の下に伏すれば、東西正屋裡に在り、あるいは尊長の處に在り。もし相合なければ、就中衣服書卷中に在り。相合あれば、就中書箱衣箱の類の里面に在り。兄弟の下に伏すれば:本宮に屬すれば、姊妹兄弟の處に在り。他宮に屬すれば、相識朋友の處に在り。もし三・四爻に在れば、就中門戶邊に在り。外卦に在れば、就中牆下籬邊に在り。妻財の下に伏すれば、東西婦人の處に在り、あるいは妻妾家に在り、あるいは糧食裡に在り、あるいは廚竈間に在り。官鬼の下に伏すれば、東西差を當る人家に在り、あるいは廳堂内に在り、あるいは病人の處に在り。もし是れ土鬼なれば、就中墳墓廟堂の中に在り。財爻内卦に在れば、是れ家裡の丟したるなり。外卦に在れば、是れ別處の失したるなり。再び爻位に按じて分かつ。初爻是れ井邊の丟したる、二爻是れ竈邊の丟したる、三爻是れ房裡の丟したる、四爻是れ門前の丟したる、五爻是れ路上の丟したる、六爻是れ遠處の丟したるなり。又如初爻の財發動して子孫を化じ出し、あるいは子孫發動して來りてそれと相合せば、あの東西必ず是れ先に井邊に丟して・後に小孩に拾去られたるなり。その餘はこれに照らして類推せよ。
財伏逢沖,必是人移物動;(財伏卦中,遇動爻日辰暗沖者,若鬼爻衰靜,其物被人移動他處,非人偷也。要知移動之人。以沖爻定之,沖爻逢空,或化空亡者,移物之人必不在家。)鬼興出現,定為賊竊人偷。(凡占失脫,鬼不上卦,或落空,或衰絕不動,皆不是人偷,游魂卦多是忘記;若鬼爻變動,方是人偷,或雖安靜若乘旺相,或被日辰沖並,或動被動爻合起,亦是人偷。)
財爻隱伏して冲に逢うは、必是れ人ありて東西を挪動せしなり。財爻卦中に伏して、動爻あるいは日辰に暗冲せられて、しかして官鬼また衰弱安靜なれば、あの東西是れ人に別處に挪到せられたるにして、並に偷まれたるに非ず。東西を挪するは誰なるかを知らんと要せば、就中來りて冲するは哪一爻なるかを看る。もしこ の冲爻空に逢い、あるいは空亡に化入せば、則ち東西を挪するの人此刻家に在らず。官鬼興動して卦上に出現するは、あれ一定是れ賊に偷まれたるなり。凡そ失物を占するに、官鬼卦に上らず、あるいは空亡に落ち、あるいは衰絶にして動かざれば、皆是れ人に偷まれたるに非ず。もし得る所是れ遊魂卦なれば、多半ただ自己放く處を忘了せるのみ。必ず須らく官鬼發動變化して、こそ人に偷まれたると算す。あるいは它安靜なると雖も卻って旺相に乘り、あるいは日辰に冲・併せられ、あるいは動ずると雖も別の動爻に合起せらるるは、もまた皆人に偷まれたると算す。
陰女陽男內卦則家人可決;生壯墓老他宮則外賊無疑。(鬼爻屬陽男子偷,屬陰女人偷。陰化陽女偷與男,陽化陰男偷寄女處。生旺壯年人偷,墓絕老人偷,胎養小兒偷,帶刑害有病人偷。本宮內卦家中人偷,他宮內卦宅上借居人偷或家中異姓人偷,本宮外卦親戚人偷,與世沖剋雖親不和,他宮外卦外人為賊,在間爻鄰里賊,在六爻遠方賊,持世貼身賊。)
官鬼陰に屬するは是れ女賊にして、陽に屬するは是れ男賊なり。它内卦に在れば就中自家人と斷定す。長生帝旺に落つれば是れ壯年にして、墓庫に落つれば是れ老人なり。它他宮に在れば就中疑いなく外賊なり。官鬼陽に屬するは、是れ男人の偷したるなり。陰に屬するは、是れ女人の偷したるなり。陰が陽を化するは、是れ女人偷して男人に交與えしたるなり。陽が陰を化するは、是れ男人偷して女人の處に寄放したるなり。它生旺に落つれば、是れ壯年人の偷したるなり。墓絶に落つれば、是れ老人の偷したるなり。胎養に落つれば、是れ小孩の偷したるなり。刑害を帶ぶれば、是れ病あるの人の偷したるなり。它本宮内卦に在れば、是れ家裡人の偷したるなり。他宮内卦に在れば、是れ家に借住するの人あるいは家中異姓の人の偷したるなり。本宮外卦に在れば、是れ親戚の偷したるにして、もし它また世と冲克せば、それすなわち親なると雖も和せざるの親戚なり。他宮外卦に在れば、是れ外人の賊を作すなり。間爻に落つれば、是れ鄰里の賊なり。第六爻に落つれば、是れ遠方來るの賊なり。もし它世を持せば、それすなわち天天身に貼して旁に在るの人なり。
乾宮鬼帶螣蛇;西北方瘦長男子;巽象宮加白虎,東南上肥胖陰人。(八卦定賊之方隅,六神定賊之形狀。如男在乾宮,西北方人,在巽宮,東南方人。帶螣蛇身長面瘦,帶白虎身胖面白,旺相肥大,休囚瘦小,餘見身命章。陰陽以爻象論,勿以卦宮推。)與世刑沖,乃是冤仇相聚;與福交變,必然僧道同謀。(鬼爻與世刑沖,其賊素與我有仇隙者;與世生合,乃是兼親帶故之人。鬼化子,子化鬼,必有僧道雜在其中;子孫帶合,是還俗僧道;鬼化父,父化鬼,是老年人,或手藝人,不然則是祖父相承為賊者;父臨胎養,乃是書童;鬼化財,財化鬼,是婦人或人家奴婢;鬼化兄,兄化鬼,在內是兄弟姨妹,在外是鄰里相識;鬼化鬼,公門走動人,或曾被人告發;更加玄武,賊名已著,專以竊盜為計。若被父母三刑六害,必經刺字。)
《乾》宮の官鬼「螣蛇」を帶ぶるは、是れ西北方一個の瘦長の男子なり。《巽》象の宫位「白虎」を加るは、是れ東南方一個の肥胖の婦人なり。八卦用ゐて賊の方位を定め、六神用ゐて賊の形貌を定む。官鬼乾宮に在れば、是れ西北方の人なり。巽宮に在れば、是れ東南方の人なり。螣蛇を帶ぶるは身長く面瘦せ、白虎を帶ぶるは身胖しく面白し。旺相なれば就中肥大にして、休囚なれば就中瘦小なり。その餘は身命の一章を參看すべし。男女に至っては、爻の陰陽に按じて論じて、卦宮を拿りて來りて推すべからず。官鬼と世爻と刑冲するは、あれ是れ仇家の一處に湊到せるなり。官鬼と子孫と交相變化するは、必ず僧道ありて合謀せん。官鬼と世爻と刑冲するは、こ の賊向來我と仇怨あり。世爻と相生相合するは、それすなわち親を沾り故を帶ぶの人なり。鬼が子孫を化し・子孫が鬼を化するは、必ず僧道ありて裡頭に摻れり。子孫もし合を帶ぶれば、是れ俗に還りたるの僧道なり。鬼が父母を化し・父母が鬼を化するは、是れ老年人あるいは手藝人にして、然らざれば就中祖輩傳相して賊を做るなり。父母もし胎・養に臨めば、あれ是れ書童なり。鬼が妻財を化し・財が鬼を化するは、是れ婦人あるいは人家の奴婢なり。鬼が兄弟を化し・兄弟が鬼を化するは、内卦は是れ兄弟姊妹にして、外卦は是れ鄰里相識なり。鬼が鬼を化するは、是れ衙門に走動するの人にして、あるいは從前曾て人に告發せられ過ぎたり。再び「玄武」を加えれば、あれ是れ賊名早く已に外に在りて・專ら偷盜を以て生と爲すなり。もし它また父母および三刑六害に傷せられれば、あれ必是れ已に字を刺し過ぎたるなり。
鬼遇生扶,慣得中間滋味;(鬼爻無氣,又臨死絕,而生扶合助者,其賊必為飢寒所迫,故至此也。若遇動爻日辰扶起者,乃是此賊慣得其中滋味者,帶月建是強盜,加太歲是世代不良,動爻日辰無氣作合,必有人牽腳來偷。)官興上下,須防裡外勾連。(六爻上下有兩重官者,必非一人偷盜,兩爻俱動是外勾裡連,二賊同謀;內動外靜是家人偷與外人去;外動內靜,乃家中有人知情,非同偷也。)木克六爻,逾牆而入;金傷三位,穿壁而來。(木鬼克土,逾牆掘洞;金鬼克木,割壁鑽籬;火鬼克金,劈環開鎖,水鬼克火,灌水滅燈;土鬼克水,涉溪跳澗;木火交化,明燈執杖,更宜通變。要知何處進入,以鬼克處定之,如木鬼克六爻,逾垣而入,克初爻是後門掘洞而進也。)
官鬼生扶に遇うは、あの賊是れこ の裡頭の甜頭を嘗め慣れたるなり。官鬼本氣なくして、また死絶に落ち、もし並に人の生扶合助なくば、あの賊多半是れ饑寒に逼出されたるなり。反して、它もし動爻・日辰の扶起を得れば、それすなわち慣偷にして・早く其中の滋味を嘗め足れたるなり。它月建を帶ぶれば、是れ强盜なり。太歲を加うれば、是れ世代不良の家なり。もし動爻あるいは日辰氣なきと雖もそれと相合せば、それすなわち必ず人ありて内線を做し牽線して來りて偷せり。官鬼上下皆興動するは、須らく内外勾結を防ぐべし。六爻上下兩重の官鬼出現するは、偷する必ず一人に止まらず。兩爻皆動するは、是れ外賊内應を勾して・兩賊同謀す。内卦動して外卦靜なるは、是れ家裡人偷して外人に送與えたるなり。外卦動して内卦靜なるは、あれ是れ家中人ありて知情なるも、卻って一齊に手を動かさざりしなり。木爻第六爻を克するは、賊是れ牆を翻へて進み來れたり。金爻第三爻を傷るは、賊是れ壁を鑿てて進み來れたり。木鬼土を克するは、是れ牆を翻へ洞を掘る。金鬼木を克するは、是れ牆壁を割破して・籬笆を鑽穿す。火鬼金を克するは、是れ門環を劈開して・鎖を撬開す。水鬼火を克するは、是れ水を澆きて燈を弄滅す。土鬼水を克するは、是れ溪を涉り澗を跳んで來れり。木火交相變化するは、是れ明に燈を打ちて・手に棍棒を執れり。これら還は須らく通變す。賊どこに由りて進み來れたるかを知らんと要せば、就中官鬼哪一爻に克するかを看る。たとえば木鬼第六爻を克するは、是れ牆を翻へて入れり。初爻を克するは、是れ後門に由りて洞を掘りて進み來れたり。
世去沖官,失主必曾驚覺;(世沖鬼爻,家主知覺;應沖鬼爻,宅母知覺;旁爻沖鬼,家人知覺。要知因何而覺,以鬼爻臨五行斷之,如木為門戶聲,金為銅鐵響,土為撲跌,火為明亮,水為水聲,又如戌為犬吠,酉為雞叫類,宜分六爻斷之。)日來克鬼,賊心亦自驚疑。(鬼被動爻日辰刑剋,偷時賊必驚疑,如日辰動爻屬金,必觸缸甏,響而畏家主知覺,金空乃是人聲,胎養小兒啼,墓庫老人嗽,未敢下手。屬木是畏門戶牢閉,或聞開門而驚也。屬水必有登廁小解飲水類,因而撞見。屬火必見燈火而復退,或火光下穴窺見影響形跡。屬土乃牆壁堅固,地道險阻,其賊疑懼也,若戍土刑剋必被犬傷。)
世爻往きて官鬼を冲するは、失主當時必ず曾て察覺せり。世爻官鬼を冲するは、是れ家主の察覺せしなり。應爻官鬼を冲するは、是れ主婦の察覺せしなり。旁爻官鬼を冲するは、是れ家裡別の人の察覺せしなり。何に因りて察覺せしかを知らんと要せば、就中官鬼何の五行に屬するかを看る。木に屬するは是れ門戶の響くなり。金に屬するは是れ銅鐵器の響くなり。土に屬するは是れ人ありて一跤を跌せしなり。火に屬するは是れ亮光ありしなり。水に屬するは是れ水の響きしなり。又如戌是れ狗の叫ぶ・酉是れ雞の鳴くの類なり。還は須らく六爻の位置を分かちて來りて斷ずべし。日辰來りて官鬼を克するは、賊自己心裡もまた慌を發す。官鬼動爻あるいは日辰に刑克せらるれば、賊手を下すの時必然驚疑す。たとえば日辰・動爻金に屬すれば、あれ是れ他缸瓮を碰響せしめて、主人の聽見せんを怕れたるなり。金もし空に落つれば、あの響聲其實是れ人聲なり。金胎養に落つれば、是れ小孩の啼哭なり。金墓庫に落つれば、是れ老人の咳嗽なり——他こ の因りて敢えて手を下さざりしなり。木に屬するは、是れ門戶の關りて牢なるを怕り、あるいは門を開くの聲を聽見して驚を受けたるなり。水に屬するは、是れ人ありて夜を起きて小解しあるいは水を喝し、因てに撞上せしなり。火に屬するは、是れ燈火を看見してまた退了出去り、あるいは火光下に於て洞裡に由りて動靜人影を窺見せしなり。土に屬するは、是れ牆壁堅固にして・地道通じ難く、賊心疑懼を生ぜしなり。もし是れ戌土來りて刑克せば、あれ他必ず狗に咬まれん。
子動丑宮,問牧童必知消息;福興酉地,見酒客可探情由。(子動,其人有人撞見,詢之可知消息,如在子爻,可問科頭男子,或捕魚人;在丑爻,可問牧童或築牆人;在寅爻,是木客木匠或擔竹木器人;在卯爻,問織蓆賣屨人或挑柴砟草人;在辰爻,問開池鑿井人或傍河鋤地人;在巳爻,問穿紅女子或弄蛇乞丐人;在午爻,問燒窯乘馬人或討火提燈人;在未爻,問挑灰耕種人或牧羊人;在申爻,問銅鐵匠或弄猴人;在酉爻,問針工酒客或抱雞人;在戌爻,問挑泥鋤地者或牽狗人;在亥爻,或擔水踏車人,或洗衣沐浴人。)
子孫丑位に於て發動するは、牛を放つ孩子を問えば必ず消息を知らん。子孫酉位に於て興動するは、酒を賣り酒を買うの人を找せば可に情由を探得せん。子孫一たび動けば、就中人ありて撞見し過ぎたるを說明して、他に向かいて打聽せば便ち下落あらん。地支に按じて分かつ。子爻に落つれば、可に頭を光るの男子あるいは魚を打つの人を問うべし。丑爻に落つれば、可に牧童あるいは牆を筑るの人を問うべし。寅爻に落つれば、是れ木料を販るの客商・木匠あるいは竹木器具を挑るの人なり。卯爻に落つれば、席を織り鞋を賣るの人あるいは柴を挑り草を割るの人を問うべし。辰爻に落つれば、池を開き井を鑿るの人あるいは河邊に於て地を鋤るの人を問うべし。巳爻に落つれば、紅衣を穿るの女子あるいは蛇を耍るの乞丐を問うべし。午爻に落つれば、窯を燒く・馬を騎る・火を討い燈を提るの人を問うべし。未爻に落つれば、灰を挑り田を耕るの人あるいは羊を牧るの人を問うべし。申爻に落つれば、銅鐵匠あるいは猴を耍るの人を問うべし。酉爻に落つれば、裁縫・酒客あるいは雞を抱るの人を問うべし。戌爻に落つれば、泥を挑り地を鋤るの人あるいは狗を牽るの人を問うべし。亥爻に落つれば、水を挑り水車を踏るの人あるいは衣を浣い浴を沐るの人を問うべし。
兄動劫財,若卜起贓無覓處;(卜起占尋物,皆怕兄動,或傷世,或世帶日辰,或鬼化兄,或財化兄,皆主其物已散,卒難尋覓,蓋兄能劫財故也。)官興克世,如占捕盜反傷身。(凡占捕盜,要世旺鬼衰,世動鬼靜,則易於捕獲,若鬼爻乘旺動來刑剋世爻,須防反被其害,得世空避之,或子動解救,庶幾可免傷害。)
兄弟發動して來りて財を劫るは、もし贓を起すを占せば、贓物就中尋るべき處なし。凡そ贓を起して物を尋るを占するに、皆兄弟發動を怕り、あるいは它來りて世爻を傷り、あるいは世爻自ら日辰兄弟を帶び、あるいは官鬼が兄弟を化し、あるいは財爻が兄弟を化する——これら皆東西已に散掉して・一時尋り難きを主る。兄弟本能財を劫すればなり。官鬼興動して來りて世を克するは、もし盜を捕すを占せば、反って自身傷を受く。凡そ賊を捉うを占するに、須らく世旺にして鬼衰・世動して鬼靜なれば、こそ捕獲し易し。もし官鬼旺に乘じて發動して來りて世爻を刑克せば、就中須らく反って賊に害せらるるを防ぐべし。世爻まさに空亡に落ちて躲開し、あるいは子孫發動ありて來りて解救するに非ざれば、こそ傷を受くるを免れうる。
世值子孫,任彼強梁何足慮;(子為捕賊人,當權旺動或臨世,或帶月建日辰,則鬼有制,賊必可獲,縱是兇惡強盜,不足畏也。若鬼旺福衰,鬼動福靜,則不能幹事也。)鬼臨墓庫,縱能巡捕亦難擒。(鬼爻入墓,或臨卦墓,或與鬼墓俱動,或化入墓,或伏墓下,皆主其賊深藏不出,卒難巡捕;得動爻日辰沖破墓,庶幾可獲。)
世爻上まさに子孫なるは、あの賊再び凶悍なるに任れどももまた慮るに足らず。子孫は賊を捕るの人を代表す。它權を當り旺動し、あるいは世爻に臨み、あるいは月建・日辰を帶ぶれば、則ち官鬼就中制住せられて、賊必ず能く捉へ到らん。縱い是れ凶惡の强盜なるとも、もまた怕るを用ゐず。反して、もし官鬼旺にして子孫衰なり、あるいは官鬼動して子孫靜なれば、それすなわち事を辦り成る能わず。官鬼墓庫に落進するは、縱い人ありて巡捕するとももまた擒住し難し。官鬼墓に入り、あるいは卦の墓に臨み、あるいは鬼墓と一同に發動し、あるいは墓中に化入し、あるいは墓爻の下に伏するは、皆こ の賊藏るること極めて深くして・露面を肯んぜず・一時捕える能わざるを主る。動爻あるいは日辰の墓を冲破するを得るに非ざれば、こそ捉へ到るの指望あらん。
日合賊爻,必有窩藏之主;(鬼為賊爻,捕盜遇合,賊必有人窩藏在家,不能得見,合臨於世應月日,是地主窩藏,在旁爻則隱在其家莊上,不然亦非地方有名之家也。要知窩主,以合爻定之,如財合,是富家或婦人窩主之類。)動沖鬼殺,還逢指示之人。(鬼遇動爻日辰沖剋,必有人指示其賊隱處。要知何人指示,以克沖爻定之,如丑為牽牛人,亥為洗衣人,木在水上動是舟人類。鬼若旺動,不受沖剋,雖知其賊,不能捕獲。)
日辰往きて賊爻に合するは、一定人ありて他を窩藏す。官鬼就中是れ賊爻なり。盜を捕すの時それの合せらるるに遇えば、あの賊必ず人ありて家裡に窩藏して、人を找着せず。もし來りて合するの世爻・應爻あるいは月建日辰上に落つれば、あれ是れ當地の地主窩藏する中なり。旁爻に落つれば、就中他家の莊子に藏れて、然らざればもまた本地有名有姓の人家なり。窩主是れ誰なるかを知らんと要せば、就中來りて合するは哪一爻なるかを看る。たとえば財爻來りて合すれば、就中富家あるいは婦人の窩主を做すなり。動爻往きてあの凶殺のごときの官鬼を冲するは、就中人ありて來りて藏身の處を指點せん。官鬼動爻あるいは日辰に冲克せらるれば、必ず人ありて出來て賊どこに藏るるかを指點せん。指點するは誰なるかを知らんと要せば、就中來りて冲し來りて克するは哪一爻なるかを看る。たとえば丑是れ牛を牽るの人・亥是れ衣を浣るの人・木爻水上に於て發動するは就中船家の類なり。倘若官鬼旺にして發動して・冲克を受けざれば、則ち算すとも賊是れ誰なるかを知るとも、もまた他を捉え住る能わず。
卦若無官,理當輸伏;財如發動,墓處推詳。(捕盜無官賊,必隱藏蹤跡,難以尋獲,須看伏在何爻,便知賊在何處。如伏財下,在妻家類。若卦中無鬼,動爻有化出者,即以變爻論之,不須看伏,如子化出,在寺觀中類。若占起贓,見財爻發動,看其墓在何處,便知藏在何方,如財爻屬金旁邊丑爻,又動金墓在丑,丑寅為艮,艮居東北,便斷在東北方。)伏若克飛,終被他人隱匿;飛如克伏,還為我輩擒拿。(此伏只論鬼爻,此飛只論世爻。伏克飛,子孫雖動亦難尋獲;飛克伏,子孫雖靜亦可擒拿。或曰:飛神只論伏上之爻,亦通理。)
卦中もし官鬼なければ、就中當に輸を認めて作罷すべし。財爻もし發動せば、就中它の墓庫上に由りて細推す。盜を捕するに卦中官鬼を見ざれば、賊必ず蹤跡を藏起して、尋獲し難し。こ の時須らく它の哪一爻の下に伏するかを看て、便ち賊何處に在るかを知る。たとえば財爻の下に伏すれば、就中妻家の一類の地方に在り。もし卦中鬼なく、しかして動爻に由りて一個を化じ出づれば、就中直に變爻に按じて論じて、再び伏神を找すを必とせず。たとえば子孫に由りて化出せば、就中寺觀の中に在り。もし贓を起すを占するに、財爻發動を見れば、就中它の墓何の方位に在るかを看て、便ち贓物哪一方に藏るるかを知る。たとえば財爻金に屬して、旁邊まさに丑爻にしてまた發動すれば、金の墓恰好丑に在りて、丑寅同じく艮に屬して、艮東北に居れば、就中東北方に斷ず。伏神もし飛神を克せば、贓物終に別人に藏匿せられん。飛神もし伏神を克せば、賊還は能く我らに拿住せらる。ここに伏專ら官鬼を指し、飛專ら世爻を指す。伏飛を克せば、則ち子孫縱い發動するとももまた尋獲し難し。飛伏を克せば、則ち子孫縱い安靜なるとももまた照樣に擒え住るを得。もまた人ありて飛神ただ伏神の上面に壓するのあの一爻を指すと說くも、こ の說法もまた講ずるに通ず。
若伏空爻,借賃屋居非獲賊;(鬼伏空爻下,是借賃其家屋住,非為窩藏,不然其賊雖或潛住他家,亦不與之容隱,後終敗露;旺空是不知情,空動是不在家也。)如藏世下,提防竊盜要留心。(凡占防盜,最要鬼爻無氣不動,或落空,或日辰沖散,或動爻合住,或子孫剋制,或世空亡,皆為吉兆,若鬼爻無制,動克世爻,鬼爻生旺日,當受其害;若卦無鬼卻伏在世下,目下雖無事,至鬼爻生旺日,或沖動月日,宜防之,故要留心,伏又空亡始無憂慮。)
官鬼もし空爻の下に伏せば、あれ是れただ房子を租りて住するのみ、房主並に賊を窩藏せず。官鬼空亡の爻の底下に伏するは、賊不過人家の屋子を租りて住するを說明して、房主並に窩藏するに非ず。算すとも賊確かに別人家に藏るるとも、あの家もまた肯んじて他に替わりて遮掩せずして、後來終究敗露せん。飛神旺にして空なるは、是れ房主情を知らざるなり。空にして動するは、是れ房主家に在らざるなり。官鬼もし世爻の下に藏れば、盜を防ぐに就中格外留心を得。凡そ盜を防ぐを占するに、最も官鬼氣なくして動かず・あるいは空亡に落ち・あるいは日辰に冲散せられ・あるいは動爻に合住せられ・あるいは子孫に克制せられ・あるいは世爻空に落つるを要す。これら皆是れ吉兆なり。もし官鬼人なくして制伏して、また發動して來りて世爻を克せば、則ち官鬼生旺の日子に到りて受害せんを要す。もし卦中官鬼を見ざれども、它卻って世爻の下に伏せば、眼下事なきと雖も、可なり官鬼生旺の日に到りて、あるいはそれを冲動するの月日に到れば、就中須らく提防せんことを要す——ゆえに留心を要すと說く。伏神本身もまた空亡に落つるに非ざれば、こそ眞に憂なし。
倘失舟車衣服,不宜妻位交重;或亡走獸飛禽,切忌父爻發動。(失脫,不可專以財為用爻,若失舟車衣服文書券契,則以父母為用爻,財動便難得;若失飛禽走獸及六畜之類,則以子孫為用爻,父動亦不見矣,更宜通變為妙。)卦爻仔細搜求,盜賊難逃捉獲。
倘若丟する所是れ船車衣服なれば、就中妻財の位交重發動を宜とせず。もし走失する所是れ飛禽走獸なれば、就切に父母爻發動を忌む。失物を占するに一味に財爻を以て用神と爲すべからず。丟するもし是れ船車・衣服・文書・契券なれば、就中當に父母を以て用爻と爲すべし。こ の時財爻一たび動けば便ち找回し難し。丟するもし是れ飛禽走獸および六畜の類なれば、就中當に子孫を以て用爻と爲すべし。こ の時父母一たび動けばもまた找着する能わず。總じて靈活變通を以て妙と爲す。卦爻を仔細細に一遍搜求すれば、盜賊就中擒に被るを逃れ難し。
出行
人非富貴,焉能坐享榮華;苟為利名,寧免奔馳道路。然或千里之迢遙,夫豈一朝之跋涉?途中休咎,若個能知就裡災祥,神靈有準。父為行李,帶刑則破損不中;妻作盤纏,生旺則豐盈足用。(出行以父爻為行李,旺相多,休囚少,空亡無,旺空,雖有而不多;帶刑害及被傷克;破損舊物;父化兄與人同睡;兄化父與人合用。若就他人借行李,不宜財爻持世,及動必難假借,帶合終可得之。妻財為財物本錢類,旺相充滿,休囚微少,空亡無有,卦若無財,兄弟化出,必是合本或是借來,非己之物。)
人生まれて富貴に非ず、怎んぞ能く榮華を坐享せん。既に名利の爲に奔走せば、就中路上に奔波するを免れず。然るに路遠くして千里、哪裡に一朝一夕に走り盡くるを得んや。途中の吉凶、誰か能く預先に知らんや。内里の災祥に至っては、卦上の神靈倒れて準頭あり。「父母」は行李を代表して、它刑を帶ぶれば就中破損にして中用ならず。「妻財」は盤纏を代表して、它生旺なれば就中豐足して用に足る。出行は父爻を以て行李を代表す。旺相なれば則ち行李多く、休囚なれば則ち少なく、空亡に落つれば就中なし。旺にして空なれば、是れありて多からず。它刑害を帶びあるいは傷克せられれば、あれ是れ些かの破舊の物なり。父母が兄弟を化するは、是れ人と榻を同じくす。兄弟が父母を化するは、是れ人と一套の行裝を合用す。もし是れ別人に向かいて行李を借らんと要するなれば、それすなわち財爻持世を宜とせず。財爻一たび動けば、さらに借り到り難し。它合を帶ぶるに非ざれば、終究還は借り成るを得。妻財は錢財本錢の一類を代表す。旺相なれば則ち充裕にして、休囚なれば則ち微薄にして、空亡に落つれば就中なし。卦中もし財なく、しかして兄弟に由りて化出せば、あれ必是れ合伙の本錢にして、あるいは是れ借り來れるにして、自己のならず。
世如衰弱,那堪水宿風餐?(世為出行人,生旺有氣則吉,若休囚死絕,克則易倒,傷則易損,所以不堪勞碌奔波,不耐風霜早晚。)應若空亡,難望謀成事就。(應爻為所往之地,在震宮城郭市鎮熱鬧之地,坤宮四野冷落所在,在艮宮山上,坎宮水鄉,餘仿此。最怕空亡,主地頭寂寞,謀事難成,必不得意而回。)
世爻もし衰弱なれば、怎んぞ能く風に餐し水に宿するに經へんや。世爻は門を出づるの人を代表す。它生旺氣あれば就中吉なり。もし休囚死絶なれば、一たび克せられれば就中倒れ、一たび傷を受ければ就中損す。ゆえに勞碌奔波を經ふるに禁えず、もまた早晚の風霜を耐ふる能わず。應爻もし空亡に落つれば、事情就中辦り成るを指望し難し。應爻は往く所の地方を代表す。《震》宮に落つれば、是れ城郭市鎭の熱鬧の去處なり。《坤》宮に落つれば、是れ四野冷落の地なり。《艮》宮に落つれば、山上に在り。《坎》宮に落つれば、是れ水鄕なり。その餘はこれに倣え。最も它の空亡に落つるを怕る。あれ主りて地頭に到りて一片冷清にして、事情辦り難く、必定意を得ずして回らん。
間爻安靜,往來一路平安;(間爻為往來經歷所在,動則途中必阻隔遲滯,若得安靜不空,則一路平安往來無阻。)太歲克沖,行止終年撓折。(太歲出現,發動沖剋世爻;其人出外終年不利,更加鬼殺白虎凶神,尤非吉兆;若為求官謀職而往,最宜此爻生合世身,必有成就之兆。)
間爻安靜なれば、去來一路平安なり。間爻は往返途中の經る所の處を代表す。它一たび發動せば、路上必ず阻隔耽擱あり。もし安靜にして落空せざれば、それすなわち一路平安にして・來往阻なし。太歲來りて冲し來りて克するは、一年到頭行止皆挫を受く。太歲卦上に出現して發動して世爻を冲克するは、此人門を出でて外に在りて整年利ならず。もし再び官鬼・凶殺・「白虎」等の凶神を加えれば、就中さらに是れ吉兆に非ず。ただしもし是れ官を求め職を謀るが爲に門を出づるなれば、あれ最もこ の一爻の來りて世身を生合するを宜とす。它便ち是れ必ず成就あるの兆なり。
世傷應位,不拘遠近總宜行;應克世爻,無問公私皆不利。(世克應,是我制他,所向通達,更得間爻不動;鬼殺不興,去無阻節;克世,是我不得專志,所向梗塞,更遇動爻日辰刑沖剋害,必不順利。)
世爻應位を傷るは、遠近を論ぜず皆出行を宜とす。應爻世爻を克するは、公事私事を論ぜず皆利ならず。世應を克するは、是れ我對方を制し住るを得て、往く所の處通行礙なし。もし再び間爻動かず・官鬼凶殺興らざるを得れば、それすなわち一路阻なし。反して應世を克するは、是れ我主を作るを得ずして、處處梗塞す。もし再び動爻・日辰の刑冲克害に遇えば、それすなわち必定順ならず。
八純亂動,在處皆凶;(八純乃六沖之卦,內外爻不相和合,凡百謀望,皆主難成,且又六爻亂動,何吉之有?不拘所向,皆非宜也,遠行尤忌。)兩間齊空,獨行則吉。(間爻不宜空亡,主道路梗塞,行程必不快利,如金水空亡,水路不通;火土空亡,旱路不通;兩間俱空多是半途而返。然間爻又是伴侶,若一身獨行不挈伴侶,是為應象,反主吉兆,只慮世克應位耳。)
八純の卦にして六爻亂動するは、どこに往くとも皆凶なり。八純就中是れ六冲の卦にして、内外爻彼此和し合わざれば、凡そ謀望あるは皆成り難し。況んや六爻また亂動するや、哪裡に還は吉の言うべきあらんや。何の方向に往くを論ぜず皆相宜ならずして、遠行尤も忌諱す。兩個の間爻皆空に落つるは、獨自路に上るは反って吉なり。間爻本空亡に落つるを宜とせず。あれ主りて道路梗塞して・行程快ならず。金水の爻空に落つれば、是れ水路通ぜず。火土の爻空に落つれば、是れ旱路通ぜず。兩個の間爻皆空なれば、多半半路折回す。ただし間爻同時にまた同伴を代表す。もし是れ一個人獨行して・伴侶を帶びざれば、それすなわち當に應爻の象に按じて看て、反って是れ吉兆にして、ただ須らく世爻應位を克するを往かざるを顧慮するのみ罷り。
世動訂期變鬼,則自投羅網;官臨畏縮化福,則終脫樊籠。(世爻不動,行期末定,動則期已訂矣。世應俱動,宜速行;旁爻動;宜緩行。若世動變出鬼爻,去後必遭禍患;或鬼持世,乃是逡巡畏縮之象,欲行不行,必懷疑貳;休囚則難起身;生旺多是去不成;發動恐無伴而不去,更臨應爻,到彼不利。鬼化子孫,雖有災患不足患。)靜遇日沖,必為他人而去;動逢間合,又因同伴而留。(世爻安靜,遇日辰動爻暗沖者,是別人來浼而去,非為自己謀也,日辰並起合起皆然。要知何人來浼,以沖並爻定之如,父母為長上類。若世爻發動遇動爻,日辰合住者,是將行而有事羈絆,未能起程。要知何事絆住,以合爻定之,如鬼爻為官府中事類;又如勾陳動來合住,為田土事類;在間爻多因同伴而阻。)
世爻發動するは行期已に定まれるを說明す。然るに它一たび官鬼を變じ出づれば、就中自ら羅網に投ずると成る。官鬼世を持するは本畏縮して前に進まざるを主る。然るに它もし子孫を化じ出づれば、終究能く樊籠を脫出す。世爻動かざれば、行期還は未だ定まらず。一たび動けば、日子就已に訂下せり。世應皆動なれば、速行を宜とす。ただ旁爻動のみなれば、緩行を宜とす。もし世爻發動して官鬼を變じ出づれば、門を出でてのち必ず禍患を遭う。もし是れ官鬼持世なれば、あれ是れ逡巡畏縮の象にして、走らんと想うもまた走らずして、心裡必然猶疑す。官鬼休囚なれば、就中身を起し難し。官鬼生旺なれば、多半往き成らず。官鬼發動なれば、恐怕同伴なきが因りて往かざらん。它もし再び應爻に臨めば、それすなわちあの邊に到りてももまた利ならず。ただし官鬼もし子孫を化じ出づれば、則ち災患あると雖ももまた患と爲すに足らず。世爻安靜にして日辰の來りて冲するに遇うは、必是れ別人に替わりてこ の一趟を跑るなり。世爻發動して間爻に合住せらるるは、また同伴に因りて耽擱す。世爻安靜にして、卻って日辰あるいは動爻に暗冲せらるれば、あれ是れ別人來りて我往かんを央求して、並に自己の爲に事を謀るに非ず。日辰來りて併起し・合起するも、一樣なり。誰の來りて求むるなるかを知らんと要せば、就中來りて冲し・來りて併するは哪一爻なるかを看る。たとえば父母就中尊長の類なり。もし世爻已に發動するに、卻って動爻あるいは日辰に合住せらるれば、あれ是れ眼に見て走らんとするに卻って事情に絆住せられて、程を起くる能わず。何の事情に絆住せらるるかを知らんと要せば、就中來りて合するは哪一爻なるかを看る。たとえば官鬼就中官府裡の事なり。又如「勾陳」發動して來りて合すれば、就中田土上の事なり。もし合住の間爻に落つれば、あれ多半是れ同伴に因りて受阻するなり。
世若逢空,最利九流出往;(世空去不成,強去終不得意而回。若本身占卜,最忌世空,雖經出行陷本他鄉,徒勞奔走;若九流藝術及公門勾當人占,反為吉利之兆,主空手拿財,鬧處得財,然亦不得積聚,逢沖則妙。)土如遇福,偏宜陸地行程。(卦中火土爻動,是陸行;水木爻動,是水行。若火土臨財福,則宜陸行;鬼殺臨水土不宜舟行。土火化空,須防跌蹼;水土化空,須防沉溺,更宜通變。)鬼地墓鄉,豈堪踐履?財方父向,恰可登臨。(鬼地者,世屬金南方是也;墓鄉者,世屬火西北方是也;他仿此,若往此方必有災咎。若求財利要行財方,如世屬土北方是也,求官見貴,要行父向;如世屬水西方是也,餘亦仿此。凡鬼殺所臨之地,宜避之,財福所臨之地宜往之。
世爻もし空に逢えば、反って最も九流藝術の人の門を出づるに利あり。世爻落空するは、本往き成らざるを主る。勉强して往き了れども、終歸意を得ずして回る。もし是れ本人自己占せば、最も世空を忌みて、縱い門を出でたりとももまた外に於て本を虧きて、白く一趟を跑る。然るにもし是れ九流術士・手藝人および衙門裡に於て差を當るの人來りて占せば、反って是れ吉兆にして、手を空うしてももまた錢を掙得し・熱鬧の處に於て財を得るを主る。ただ是れ攢积し下る能わずして、もし冲に逢えばあればさらに妙なり。土爻もし子孫に遇えば、就偏に陸路を走るを宜とす。卦中火爻・土爻發動するは、是れ陸路を走るなり。水爻・木爻發動するは、是れ水路を走るなり。もし火土妻財・子孫に臨着せば、それすなわち陸路を走るを宜とす。もし官鬼凶殺水土に臨着せば、就中船を坐るを宜とせず。土火空亡に化入するは、須らく跤を跌するを防ぐべし。水土空亡に化入するは、須らく水に落るを防ぐべし。これら還は須らく通變す。官鬼の在る所の地・墓庫の在る所の鄕、哪裡に能く往きて踩えんや。財爻の方位・父母の方向、こそまさに前往すべし。所謂鬼地は、たとえば世爻金に屬して、火金を克すれば、南方就中それの鬼地なり。所謂墓鄕は、たとえば世爻火に屬して、火墓戌に在れば、西北方就中それの墓鄕なり。その餘はこれに倣え。これらの方向に往きて往かば、必ず災咎あらん。もし財を求むるが爲なれば、就中須らく財爻の方位に往きて走るべし。たとえば世爻土に屬して、水是れそれの財にして、北方就中財方なり。もし官を求め貴を見んが爲なれば、就中須らく父母の方向に往きて走るべし。たとえば世爻水に屬して、金能く水を生ずれば、西方就中父向なり。その餘もまたこれに照らして類推せよ。總じて官鬼凶殺の臨む所の地は須らく避開して、妻財子孫の臨む所の地は往くを宜とす。
官挈元爻刑剋,盜賊驚憂;(凡占出行,最怕鬼爻出現,休囚安靜則吉,尤不可動,動則必有禍患,如臨青龍酒色中惹禍,臨朱雀言語中招非,臨螣蛇多驚恐,臨白虎多疾病,臨玄武主失脫,勾陳臨水動,途中必多風雨,以上持世克世,最忌旺相,亦忌休囚,受制不傷世身,終無大禍,不過伴侶有災耳,世家不受克,亦主伴侶有災。)兄乘虎殺交重,風波險阻。(兄加白虎動,或鬼在木爻動,或木化鬼來刑沖,或鬼在巽宮動克,皆有風波險阻,在三四爻出門便見,在間爻途中遇,在五爻一路不安,在上爻或應上,直至地頭見也。旁爻動,不傷世身,止是險阻,乘旺沖剋,須防沒溺:鬼化兄,兄化鬼,不惟途中風浪驚憂,且有盜賊。)
官鬼原神を帶びて來りて刑克するは、路上就中盜賊と驚憂とあり。凡そ出行を占するに、最も官鬼出現を怕る。它休囚安靜なれば還は吉と算す。尤も發動すべからず。一たび動けば必ず禍患あり。它「靑龍」に臨めば、是れ酒色の中に於て禍を惹く。「朱雀」に臨めば、是れ言語に因りて是非を招く。「螣蛇」に臨めば、多く驚恐す。「白虎」に臨めば、多く疾病す。「玄武」に臨めば、失盜して財を破るを主る。「勾陳」水爻に臨みて發動するは、途中必ず多く風雨す。已上これらもし世を持しあるいは世を克せば、最も它の旺相を忌む。たとい休囚なるとも、もまた仍お防ぐを要す。もし它制伏せられて世身を傷るに到らざれば、終究大禍なし。不過同伴災あるのみ罷り。世爻克を受けざるも、一樣に同伴災あるを主る。兄弟「白虎」凶殺に乘じて交重發動するは、路上就中風波險阻あり。兄弟白虎を加えて發動し、あるいは官鬼木爻上に於て發動し、あるいは木爻官鬼を化じ出して來りて刑冲し、あるいは官鬼《巽》宮に於て發動して來りて克するは、皆風波險阻あるを主る。它三・四爻に在れば、一たび門を出でれば就中遇上す。間爻に在れば、途中遇上す。第五爻に在れば、一路安ならず。上爻あるいは應爻に在れば、それすなわち地頭に到りてこそ遇上せん。もし它ただ旁爻に於て發動して世身を傷らざれば、あれ不過路走り難きのみ罷り。もし它旺に乘じて來りて冲し來りて克せば、就中須らく船を翻へし水に溺るるを防ぐべし。官鬼が兄弟を化し・兄弟が官鬼を化すれば、それすなわち但ただ途中風浪人を驚かすのみならず、還は須らく盜賊に遇上せんを要す。
妻來克世,莫貪無義之財;財合變官,勿戀有情之婦。(妻財動來刑剋世爻,因財致禍,勿貪可也。若世與財爻相合,而財爻變出鬼來刑剋者,因色招殃,勿戀可也。)父遭風雨之淋漓,舟行尤忌;(父為辛勤勞苦之神,動則跋涉程途,不能安利,刑剋世爻,必遭風雨阻節。而然父為舟,克世,行舡又不順利,更加白虎動木爻,或化官,必有風波之險,得子動來解救,庶可化凶為吉。)
財爻來りて世を克するは、就中あの不義の財を貪るべからず。財我と相合して卻って官鬼を變じ出づれば、就中あの多情の婦人を戀うべからず。妻財發動して來りて世爻を刑克するは、是れ財に因りて禍を惹くにして、貪らざれば是れ罷り。もし世爻と財爻と相合して、しかして財爻卻って官鬼を變じ出して來りて刑克せば、あれ是れ色に因りて殃を招くにして、戀わざれば是れ罷り。父母發動するは風雨淋漓を主りて、船を坐るの人尤も忌諱す。父母是れ辛勤勞苦の神にして、一たび動けば就中長途跋涉して・安逸を得ず。它もし世爻を刑克せば、必ず風雨路を阻むを遭う。況んや父母また船を代表するや。它來りて世を克せば、船を行ること順利ならず。もし再び「白虎」を加えて木爻上に落ちて發動し、あるいは官鬼を化じ出づれば、必ず風浪の險あらん。こ の時もし子孫發動して來りて解救するを得れば、こそ凶を化して吉と爲すべし。
福遇和同之伴侶,謁貴反凶。(子孫持世,吉無不利,主吉去善,轉發動,必逢好侶,在三四爻出門便逢,在五爻途中遇,在六爻地頭得好人扶持,若為謁貴出行則不宜子動,謂之傷主,反為不利之兆。)
子孫和睦相投の同伴に遇上するは、可なり。然るにもし是れ往きて貴人を拜見するなれば、反って吉ならず。子孫世を持するは、吉利ならざるなく、往きて順にして・回りて好し。它もし再び發動せば、路上必ず好伴侶に遇う。三・四爻に在れば、一たび門を出でれば就中遇上す。第五爻に在れば、途中遇上す。第六爻に在れば、地頭に到りて好人の扶持あり。ただしもしこ の趟是れ往きて貴人を謁見するなれば、就中子孫發動を宜とせず——子孫官鬼を克するは、求むる所の主人を傷るに等しくて、反って不利の兆と成る。
艮宮鬼坐寅爻,虎狼仔細;(官在震宮及艮宮,遇寅爻動,主有虎狼之患;若無氣有制伏,或不傷世或世在避空者,終不傷命,但有虛驚耳。)震卦兄逢蛇殺,光棍宜防。(兄主動財,若加螣蛇動,必有光棍劫拐財物,在震宮其光棍在市鎮上,在坤宮鄉里中人,應臨地頭主人。五爻途中被騙,化出官則是盜賊,無氣須防剪綹。)
《艮》宮の官鬼また寅爻上に坐するは、虎狼須らく心を當てるべし。官鬼《震》宮あるいは《艮》宮に在りて、また寅爻發動に遇うは、虎狼の患あるを主る。もし它氣なくしてまた制伏せられ、あるいは世爻を傷らず、あるいは世爻まさに空に落ちて躲開せば、終究性命を傷る能わずして、不過一場の虛驚のみ罷り。《震》卦の兄弟また「螣蛇」凶殺に逢うは、潑皮無賴須らく提防すべし。兄弟は動人錢財を主る。它もし螣蛇を加えて發動せば、必ず潑皮無賴ありて來りて財物を搶騙せん。它震宮に在れば、あの潑皮市鎭上に在り。坤宮に在れば、是れ鄕下人なり。もし應爻に臨めば、就中目的地に到りてあの家の主人なり。它第五爻に落つれば、是れ路上騙されたるなり。它官鬼を化じ出づれば、就中眞の盜賊なり。它もし氣なければ、それすなわち扒手包を割るを防ぐべし。
鬼動間中,不諧同伴;(官在間爻動,伴侶不和,或伴中有病;兄空不受剋制,則主自己有災難,非伴中有事也。)兄興世上,多費盤纏。(兄爻持世,必費資財,臨蛇雀,恐有呼盧虛費,青龍玄武酒色費財,餘則盤纏多費耳。若為財利出行,最不吉,休囚不動,猶可乘旺發動,則且空費盤纏徒勞奔走,必無所得。)
官鬼間爻上に於て發動するは、同伴と處り來れず。官鬼間爻に於て發動するは、伴侶の間和せざるを主り、あるいは同伴の中人ありて病を生ず。もし兄弟空に落ちてまた克制を受けざれば、それすなわち自己災難ありて、並に同伴事を出づるに非ず。兄弟世爻上に於て興動するは、盤纏須らく多花すべし。兄弟世を持するは、必定錢財を破費す。它「螣蛇」「朱雀」に臨めば、恐怕是れ賭博して輸掉したるなり。「靑龍」「玄武」に臨めば、是れ酒色上に花したるなり。これの外是れただ盤纏開銷大ききのみ罷り。もしこ の趟是れ財を求むるが爲に門を出づるなれば、あれ最も吉ならず。兄弟休囚動かざれば還は罷るなり。一たび旺に乘じて發動せば、就中白く盤纏を花して・徒らに奔走して、必定一も得る所なし。
一卦如無鬼殺,方得如心。(官鬼凶神出行,不宜見之,在初爻腳必痛,二爻身有災,三爻伴侶病,四爻去後家有官事相擾,五爻道路梗塞,六爻地頭謀望不利,六爻無鬼,方為大吉之兆也。)六爻不見福神,焉能稱意。(子為福德,又為解神,若不上卦,或落空亡,則鬼殺專權,凡有災禍必無救援。)
整卦もし官鬼こ の凶殺を見ざれば、こそ心を稱へ意に如うを得。出行官鬼こ の凶神を見るを宜とせず。它初爻に在れば、脚上必ず痛む。二爻に在れば、身上災あり。三爻に在れば、同伴病を生ず。四爻に在れば、門を出でてのち家裡官司ありて相擾す。五爻に在れば、道路梗塞す。六爻に在れば、地頭に到りて謀る所利ならず。必ず須らく六爻中皆官鬼を見ざれば、こそ是れ大吉の兆なり。六爻中子孫こ の福神を見ざれば、また怎んぞ能く心を稱へんや。子孫既に是れ福德にして、又は是れ厄を解くの神なり。它もし卦に上らず、あるいは空亡に落つれば、官鬼凶殺就中獨り大權を攬めて、凡そ災禍あるは皆人なく救援す。
主人動遇空亡,半途而返;(隔手來占,須看何人出行,如僧道子侄,則看福是主人,餘仿此。主人空動,行至半途仍復回來,動化退神亦然。動化空,則主去後不利,退神者卯化寅,酉化申類。)財氣旺臨月建,滿載而回。(出行若得財爻旺相,生合持世,不臨空亡,不受刑剋,異日必有生意,更加月建,定主滿載歸家。)但能趨吉避凶,何慮登高涉險!
出行の人を代表するのあの一爻發動してまた空に落つるは、半路に走りて就中折回せんと要す。もし是れ一手を隔てて人に替わりて來りて占せば、須らく先に門を出づるは誰なるかを弄清す。たとえば僧道あるいは子姪なれば、就中子孫を以て主人と爲して、その餘はこれに倣え。こ の一爻もし空にして動すれば、人半路に走りて仍舊回來す。它動じて退神を化するも、一樣なり。它動じて空亡に化入すれば、則ち去りてのち順ならざるを主る。所謂退神は、就中卯が寅を化し・酉が申を化すのこ の一類なり。財氣旺盛にしてまた月建に臨めば、門を出でて必ず能く滿載して歸らん。出行もし財爻旺相を得て、また來りて世爻を生合しあるいは世を持して、既に空亡に落ちず・もまた刑克を受けざれば、日後必ず生意の做すべきあり。もし它再び月建を加えれば、それすなわち一定滿載して歸らん。ただ能く吉に趨り凶を避くれば、また何をか愁えん、高きを登り險を涉るを。
行人
人為利名忘卻故鄉生處,樂家無音信,全憑周易卦中推,要決歸期但尋主象。(官員公吏看官爻,僧道卑幼看福爻,妻妾奴婢看財爻,兄弟朋友看兄爻,尊長老人看父爻,不在六親之中者,看應爻。)
人名利に着きて、故鄕を腦後に忘る。家裡安樂なるに、卻って一點の音信を收到せずして、只好く全く《周易》の卦爻に憑りて來りて推す。歸期を斷ぜんと要せば、ただ須らく主象こ の一爻を找准す。取用の法:官員・吏役を占するは「官鬼」爻を看り、僧道と晚輩とを占するは「子孫」爻を看り、妻妾奴婢を占するは「妻財」爻を看り、兄弟朋友を占するは「兄弟」爻を看り、尊長老人を占するは「父母」爻を看る。もし占する所の人六親の内に在らざれば、就中應爻を看る。
主象交重,身已動;用爻安靜,未思歸。(用爻即主象,動則行人已行,看在何爻,便知人在何處,如在初二爻方發足,在三四爻將到門,在五爻在中途,在六爻還在地頭,歸期尚遠。用爻不動,日辰動爻又無沖並者,安居異鄉未有歸念也。)
主象交重發動に逢えば、人已に身を動かせり。用爻安靜動かざれば、人還は未だ歸意を起さざるなり。用爻就中是れ主象なり。它一たび發動せば、行人已に路に上れたるを說明す。再び它の哪一爻に落つるかを看て、就中人何の地方に到れたるかを知る——初爻・二爻に在れば、是れ剛た步を起せり。三爻・四爻に在れば、家門に到ること快し。第五爻に在れば、還は半路に在り。第六爻に在れば、人還は目的地に在りて、歸期尚お遠し。もし用爻動かざれども、日辰・動爻また來りてそれを冲し・それを併するなければ、それすなわち異鄕に安居して、還は未だ家に回るの念頭を動かさざるなり。
克速生遲我若制他,難見面;(用爻動,歸期可擬;日辰若克世,人必速至;生世合世;人必歸遲;最怕世爻剋制用爻,乃未能歸。)三門四戶應如合世,即還家。(三爻為門,四爻為戶,臨用爻動,歸程已近;更得應爻、動爻、克世、生世而用爻又無制伏者,人即到家,可立而待也。)
用爻來りて世を克すれば就中回ること快く、來りて世を生ずれば反って回ること慢し。もし是れ我往きて他を制住すれば、それすなわち見面し難し。用爻一たび動けば、歸期就中推すを得有り。它もし來りて世爻を克せば、人必ず很く快く到らん。它來りて世を生じ世に合せば、人反って回ること遲し。最も世爻反って往きて用爻を克制するを怕る。それすなわち回り來る能わず。第三爻是れ門にして、第四爻是れ戶なり。應爻もし來りて世に合せば、人馬上家に到らん。用爻もし三・四爻に臨みて發動せば、歸程已に近し。再び應爻あるいは動爻の來りて世を克し・世を生ずるを得て、しかして用爻また制伏せられざれば、あの人立刻到りて、立ちて等てば是れ罷り。
動化退神,人既來而復返;(凡寅動化卯,巳動化午類,謂進神;酉動化申,子動化亥類,謂退神。用爻若化進神,行人急急回來,不日可望;化退神,行人雖來仍復返,空動亦然。看臨何爻,便知何處轉去。要知行幾里路去,以生成數斷之,如一六水數,二七火數,三八木數,四九金數,五十土數,陽爻以天數推,陰爻以地數推,生旺倍加,死絕減半。)靜生世位,身未動而懷歸。(六爻安靜,人必未歸,若應生世合世,或世應比和,用爻生合世爻者,身雖未動,已有歸意,但看沖動月日,起程;生旺旬日,必來。有氣主速到,無氣主遲滯。)
用爻發動して退神を化するは、人半路に來りてまた折り回り去れり。凡そ寅動して卯を化し・巳動して午を化するの一類を、進神と叫ぶ。酉動して申を化し・子動して亥を化するの一類を、退神と叫ぶ。用爻もし進神を化せば、行人急急趕回して、日ならずして到るべし。もし退神を化せば、人身を動かしたると雖も仍舊折回せんと要して、動じて空に落つるも一樣なり。再び它の哪一爻に落つるかを看て、就中何の地方に由りて折り回り去れるかを知る。他の走れる多少の里路を算せんと要せば、就中五行の生成の數を用ゐる。一・六は水に屬し、二・七は火に屬し、三・八は木に屬し、四・九は金に屬し、五・十は土に屬す。陽爻天數に按じて推し、陰爻地數に按じて推す。生旺に落つれば加倍し、死絶に落つれば減半す。用爻安靜にして來りて世位を生ずるは、人未だ身を動かさざると雖も已に家に回らんを想着せり。六爻安靜なれば、人必ず回來有らず。ただしもし應爻世を生じ世に合し、あるいは世應比和し、あるいは用爻來りて世爻を生合せば、則ち人未だ身を動かさざると雖も、歸意已に有れり。ただ須らくそれを冲動するのあの月日を看れば、他便ち程を起さん。它生旺の旬日に到れば、人必ず到來せん。用爻氣あれば就中來ること快く、氣なければ就中遲滯す。
若遇暗沖,睹物起傷情之客況;(卦爻不動;本無歸意,若得日辰沖動應爻或用爻者,必然睹物思鄉,方欲起意回家;日辰雖沖而月建動爻剋制者,縱有客況,亦難起程也。)如逢合住,臨行有塵事之羈身。(用爻發動固是歸兆,若遇動爻日辰作合,謂之合住,其人雖欲回家,因事絆住,不得歸來也。如被父母合住,必因長上所留,或因文書阻滯;財爻合住必因婦人迷戀,或因財物淹留;兄弟合住,多因朋友同伴口舌所阻,子孫合住,必因小口六畜僧道所阻;官鬼合住,帶吉,則貴人所留,加凶,是火盜官災絆住。)
もし暗中相冲に遇えば、人景に觸れ情を生じて鄕を思うに因れり。卦爻本本來動かざるは、他原來歸意なきを說明す。然るにもし日辰應爻あるいは用爻を冲動せば、他必定物を睹て鄕を思いて、こそ家に回るの念頭を起せり。ただし日辰冲すると雖も、もし月建あるいは動爻また來りて克制せば、則ち縱い客中の愁緖あるとも、もまた仍舊身を動かす能わず。もし合住せらるるに遇うは、身を動かさんと臨みて卻って俗事に纏住せらる。用爻發動本來是れ歸來の兆なり。然るに它もし動爻あるいは日辰に相合せられれば、就中合住と叫び、あの人想う家に回らんとするに、卻って事情に絆住せられて走り成らず。何に絆住せらるるかを看んと要せば、就中誰の來りて合するかを看る。父母に合住せらるれば、必是れ長輩他を留め、あるいは文書の事に因りて耽擱す。妻財に合住せらるれば、必是れ女人に迷戀し、あるいは財物の爲に滯留す。兄弟に合住せらるれば、多く朋友同伴の口舌に阻まるるに因れり。子孫に合住せらるれば、必ず小孩・六畜あるいは僧道の事に因れり。官鬼に合住せらるれば、もし它吉神を帶ぶれば、是れ貴人の挽留にして、もし凶神を加えれば、就中火災・盜劫・官司他を絆住せしめり。
世克應而俱動,轉往他方;(凡占行人,卦爻宜動不宜靜,世動歸心必切;應動身已登程。若動世克動應,行人雖來而往他處,非歸家也。用爻動而生合應爻者,同此推斷。)應比世而皆空,難歸故里。(應為客鄉,世為家鄉,應爻生世合世,是行人思家之象,可望其歸也。世應比和,本非歸兆,必得用爻動來克世合世,乃能歸耳。惟怕應爻空亡,雖來亦必遲緩,更與世爻皆空,則欲來不來,必無準實,難望其歸來也。若應不空,而世獨空亡者,又主行人已離彼處,反主速歸也,用爻更動,可立而待也。)
世應皆動して世往きて應を克するは、人別は、人別處に轉じ去れり。凡そ行人を占するに、卦爻動を宜として靜を宜とせず。世動するは、歸を盼るの心切なるを說明す。應動するは、人已に路に上れたるを說明す。然るにもし兩爻皆動して世爻往きて應爻を克せば、あの行人出發したると雖も、卻って是れ別處に往きて、並に家に回るに非ず。用爻發動して往きて應爻を生合するも、もまたかくのごとく照らして推斷す。應と世と比和して兩爻皆空に落つれば、就中故里に回り難し。應爻は客居の鄕を代表し、世爻は家鄕を代表す。應爻來りて世を生じ世に合するは、是れ行人家を思うの象にして、他の回來るを望むべし。世應比和するは、本來是れ歸來の兆に非ずして、必ず須らく用爻發動して來りて世を克し世に合して、人こそ回り來るを得。最も應爻の空亡に落つるを怕る。則ち人縱い回來るとももまた必ず遲緩なり。もし它世爻と雙雙落空せば、それすなわち想う回らんとするにまた回り成らずして、全く準信なく、指望し上る能わず。ただしもし應爻空ならずしてただ世爻落空するのみなれば、あれ反って行人已にあの地方を離れたるを主りて、回來ること快し。用爻もし再び發動せば、立ちて等てば便ち罷り。
遠行最怕用爻傷,尤嫌入墓;(遠出行人,若得用爻出現,不臨空亡,不受傷克,卦有財福,便主在外吉利,雖歸遲無妨;在死墓絕空,或日月動變刑剋,皆主不利。若用爻無故自空,或變入死墓空絕,或忌爻乘旺帶殺發動,或卦無用爻,應又空者,皆當以死斷之。)近出何妨主象伏,偏利逢沖;(家內近出行人用爻伏藏,必有事故不歸,若得日辰動爻沖之,則便歸,或無日辰動爻相沖,至沖動日時即到,用爻安靜亦依此斷,不歸事詳見下。)
遠門を出づるは最も用爻の傷を受くるを怕りて、尤も它の墓に入るを嫌う。遠行外に在るの人、もし用爻卦上に出現して、既に空亡に落ちず・もまた傷克を受けざれども、卦中また妻財・子孫あれば、それすなわち他外に於て吉利を主りて、縱い回來ること遲るとももまた妨げなし。もし用爻死・墓・絶・空に落ち、あるいは日辰・月建・動爻・變爻に刑克せられれば、皆利ならざるを主る。倘若用爻無故に自ら空亡に落ち、あるいは死・墓・空・絶に變入し、あるいは忌神旺に乘じて殺を帶びて發動し、あるいは卦中根本に用爻なくして應爻また空なれば、それすなわち皆當に死亡に按じて來りて斷ずべし。近處門を出づるの人は、用爻隱伏するももまた妨げずして、反って冲に逢うに利在り。家裡人近處に門を出づるは、用爻もし隱伏せば、必是れ事ありて耽擱して回來らざるなり。もし日辰あるいは動爻の來りてそれを冲するを得れば、人立刻回らん。倘若日辰・動爻の來りて冲するなければ、それすなわちそれを冲するのあの日子・時辰に到れば便ち到らん。用爻安靜なるも、もまたかくのごとく照らして斷ず。回來らざるの種種の緣由に至っては、下文に詳見す。
若伏空鄉,須究卦中之六合;(用爻空亡,必須中間克破,伏上飛神,方得露出,伏神為用,否則終被把住,雖有提起之爻,亦何用哉!若得伏於空亡爻下,一遇動爻、日辰、六合,即出為用,行人可望其歸,六沖尤妙。更決歸期亦以沖合月日定之。若伏神自遇空亡,恐作他鄉之鬼,必無歸日。)如藏官下,當參飛上之六神。(用爻伏官鬼爻下,必為凶事所羈,如臨青龍,必因酒色成病不歸;臨朱雀必因官非口舌不歸;臨勾陳撲跌損傷;臨螣蛇牽連驚恐,臨白虎臥病不起。臨玄武被盜失財不歸。凡遇土鬼為病,火鬼為訟,勿論六神可也,卦無官鬼,亦依此斷。)
用爻もし空亡の鄕に伏せば、就中須らく卦中の六合を推究す。用爻空に落つれば、必ず須らく先にそれの上面に壓するの飛神を克破して、伏神こそ露出し來るを得・取用上るを得。否すれば始終壓住せられて、縱いそれを提起するの爻あるとももまた事に濟わず。もし它恰好一個の空亡の爻の底下に伏すれば、則ち一たび動爻・日辰あるいは六合に遇えば、它立刻能く出來て取用して、行人便ち歸期の望むべきあり。もし六冲を得ればそれすなわちさらに妙なり。歸期に至っては、もまた冲・合の月日を用いて往きて定む。倘若伏神自身空亡に落ちたれば、ただ人の他鄕に客死して・永く歸日なきを怕るのみ。用爻もし官鬼の下に藏れば、就中當に飛神上の六神を參看すべし。用爻官鬼爻の下に伏せば、必ず凶事に絆住せらる。官鬼「靑龍」に臨めば、是れ酒色に因りて病を得て歸らず。「朱雀」に臨めば、是れ官司口舌に因りて歸らず。「勾陳」に臨めば、是れ跌扑して傷を受けたり。「螣蛇」に臨めば、是れ牽連せられて驚を受けたり。「白虎」に臨めば、是れ病に臥して起きず。「玄武」に臨めば、是れ盜まれて財を破りて回り來る能わず。これの外凡そ土鬼は病を生ずを主り・火鬼は官司を主る。こ の兩樣は再び六神を論ずるを必とせず。卦中もし根本に官鬼なければ、もまたかくのごとく照らして斷ず。
兄弟遮藏,緣是非而不返;(用爻伏在兄爻下,必有是非口舌爭鬥事不歸,加朱雀為賭博,化官鬼為失財,臨白虎為風波。)子孫把住,由樂酒以忘歸。(用爻伏於子孫下,必為遊樂、飲酒、田獵、串戲、走馬而不歸也,不然亦為六畜之故、小兒之事、僧道之阻,所以不得歸家。)父為文書之阻滯,(用爻伏於父爻下,必為文書阻滯,或為手藝不歸,不然則是尊長所留,卦無父母,或落空亡,必無路引,動化空,路引己失,父化父,兩人合一引。)財因買賣之牽連。(用爻伏於妻財下,必為經營買賣之故而不歸,財爻空亡,或遇兄劫,多因折本。財臨有氣,或遇生扶。必有利息,故忘家也。若臨青龍玄武,必是迷花不返。)
兄弟用爻を遮住するは、人是れ是非爭執に因りてこそ回らず。用爻兄弟爻の下に伏せば、必ず是非口舌・爭鬥の事ありて絆住して歸らず。兄弟「朱雀」を加うれば、是れ賭を聚う。官鬼を化じ出づれば、是れ財を破りたり。「白虎」に臨めば、是れ風波に遇上せり。子孫用爻を按住するは、人是れ飲酒作樂に貪りてこそ歸を忘る。用爻子孫の下に伏せば、必是れ游玩・酒を喝し・打獵・戲を串り・馬を跑るに耽誤せられて、然らざればもまた六畜の事・小孩の事の爲に、あるいは僧道に絆住せられて、ゆえに家に回る能わざるなり。父母是れ文書上の阻滯なり。用爻父母の下に伏せば、必ず文書の事に拖住せられ、あるいは手藝活兒の爲に歸らず、然らざれば就中尊長に留下せらる。もし卦中父母なく、あるいは父母空亡に落つれば、あれ是れ路引なきなり。父母動じて空を化するは、是れ路引已に丟了せり。父母が父母を化するは、是れ兩人合して一張の路引を用ゐる。妻財是れ買賣上の牽連なり。用爻妻財の下に伏せば、必ず是れ經營買賣の爲に歸らず。財爻もし空亡に落ち、あるいは兄弟に劫奪せられれば、多半是れ本を折れり。財爻もし氣あり、あるいは生扶を得れば、必是れ利の圖るべきありて、こ の因りて家を忘れり。它もし「靑龍」「玄武」に臨めば、それすなわち花柳に迷戀して肯んじて回來らざるなり。
用伏應財之下,身贅他家;(用爻伏於應上,妻財之下,必然身贅他家,不思歸也。財動生合世爻,掣婦歸家,財爻若與伏神不相生合,乃是與人掌財,或是倚靠他家非婚婿也。)主投財庫之中,名留富室。(用爻伏於財庫下,其人必在富家掌財,伏神衰絕無氣,則是傍他度活耳。若得用爻出現在財庫爻動,異日必然滿載而回,更加青龍月建,尤為稱意。)
用爻應爻の財の下に伏するは、人已に別人家に入贅せり。用爻應爻の上・妻財の下に伏せば、必是れ別人家に入贅して、回來らんと想わざるなり。もし財爻發動して來りて世爻を生合せば、あれ是れ媳婦を帶りて一同に家に回らんと要す。もし財爻と伏神と並に相生相合せざれば、それすなわちただ人家に替わりて錢を管し、あるいは人家に依傍して活を過ぐるのみ、並に女婿を做了するに非ず。用爻財庫の中に投进するは、人是れ富室裡に留れり。用爻財庫の爻の底下に伏するは、此人必ず富家に於て錢財を掌管す。もし伏神衰絶氣なければ、あれ不過人家に傍りて口を糊ぐるのみ罷り。もし用爻卦上に出現して、しかして財庫の爻また發動せば、則ち日後必定滿載して歸らん。再び「靑龍」と月建とを加えれば、就中さらに心を稱ふ。
五爻有鬼,皆因途路之不通;(鬼在五爻動,必是途路梗塞不通;故不歸也,五爻若遇忌殺發動,亦然,五爻空亡,亦是道路不通之象也。)一卦無財,只為盤纏之缺乏。(卦中動變月日,皆無財爻者,為無路費故不歸,有財無故自空者亦然,行人原為財利者,必不遂意。)
第五爻上官鬼あれば、皆道路通ぜざるに因れり。官鬼第五爻に於て發動するは、必是れ路上梗塞通ぜずして、ゆえに回り來る能わざるなり。第五爻もし忌神凶殺發動に遇うも、一樣なり。第五爻空亡に落つるも、同じく是れ道路通ぜざるの象なり。整卦財爻を見ざれば、ただ盤纏を缺少するが爲のみ。卦中動爻・變爻および月建・日辰統べて財爻を見ざれば、あれ是れ路費なきにしてこそ回來らざるなり。財あると雖も無故に自ら空亡に落つるも、一樣なり。もしこ の行人本來是れ財を求むるが爲に出去りしなれば、あれさらに是れ意に遂う能わず。
墓持墓動,必然臥病呻吟;(用爻入墓化墓,或持鬼墓,或卦有鬼墓爻動,或用伏於鬼墓爻下,皆主病臥他家,故不回也,若伏官爻下亦然。帶朱雀或化文書,必在獄中,非病也。)世合世沖,須用遣人尋覓。(用爻安靜,得世爻發動,沖起合起者,必須自去尋覓,方能歸;用爻伏藏得世爻提起用爻入墓得世爻破墓,皆用尋覓方回。)
用爻墓を持しあるいは墓爻發動するは、あの人必是れ病に臥して呻吟す。用爻墓に入り・墓を化し、あるいは自ら官鬼の墓を持し、あるいは卦中鬼墓の爻發動し、あるいは用爻鬼墓の爻の下に伏するは、皆別人家に於て病倒せるを主りて、ゆえに回り來る能わず。官鬼爻の下に伏するも、一樣なり。ただし它もし「朱雀」を帶び、あるいは文書を化じ出づれば、それすなわち牢裡に關えられて、並に病を生ずるに非ず。世爻往きて合し・往きて冲するは、就中須らく人を派して往きて找すべし。用爻本本來安靜なれば、全く世爻發動して往きてそれを冲起し・それを合起するに靠りて、それすなわち必ず須らく自己出面して往きて尋して、人こそ回り來るを得。同じく、用爻隱伏して世爻のそれを提起するに靠り、あるいは用爻墓に入りて世爻の墓を冲破するに靠るは、皆須らく人を派して往きて尋訪してこそ回來るを得。
合逢玄武,昏迷美色不恩鄉;(六合卦,玄武財動,或用臨玄武,動而遇財爻合住,或用伏玄武財下,或卦有三合財局,而玄武亦動其中者,皆主行人在外貪花戀色,不思故鄉也;若得動爻日辰沖動克破合爻,庶有歸日。若用臨玄武化鬼,或伏玄武鬼下,而財爻不相合者,其人在外必為盜賊,不然亦被盜攀害,故不歸也。)卦得游魂,漂泊他方無定跡。(游魂卦應爻發動,行人東遊西走,不在一方;用在五爻動亦然,游魂化游魂,行跡不定,游魂化歸魂,遊遍方歸。)
相合の處また「玄武」に逢うは、あれ是れ女色に沉迷して故鄕を念わざるなり。もし六合の卦を得て玄武の臨む所の財爻發動し、あるいは用爻玄武に臨みて發動するに卻って財爻に合住せられ、あるいは用爻玄武に臨むの財爻の下に伏し、あるいは卦中三合の財局を結成して玄武もまた局中に於て發動するは、皆行人外に於て花を貪り色に戀して・家鄕を想わざるを主る。もし動爻あるいは日辰のあの合爻を冲動し・克破するを得れば、こそ歸來の日あらん。倘若用爻玄武に臨みて官鬼を化じ出し、あるいは玄武に臨むの官鬼の下に伏して、しかして財爻並にそれと相合せざれば、則ち此外に於て必是れ盜賊を做了して、然らざればもまた盜賊に牽連攀扯せられて、こ の因りて回り來る能わざるなり。遊魂の卦を得れば、人他乡に漂泊して・行蹤定まらず。遊魂卦にして應爻發動するは、行人東に遊び西に走りて、一處に在らず。用爻第五爻に於て發動するも、一樣なり。遊魂再び遊魂を化するは、行蹤さらに定準なし。遊魂歸魂を化するは、それすなわち遊び足りてこそ回來るなり。
日並忌興,休望到;身臨用發,必然歸。(剋制主象者,為忌爻,若在卦中發,或臨身世,或帶日辰,或被日辰沖並,皆主不歸;若得用臨卦身,出現發動,則必回來,若持世動亦可望其歸。)父動卦中,當有魚書之寄;(凡占行人,卦有父動,必有音信寄來,生世、合世、持世、克世,皆主來速,世生世克,則來遲。化出喜爻,或化福爻,是喜信;或化忌爻,或化官爻,是凶信。動空化空,是虛信,加螣蛇化兄,亦恐未的。父化父,兩次信來。若逢合住,音信被人沉匿,或帶書人有事,稽延在途,未能到也。若逢沖散、書信已失,重爻則已報過。)財興世上,應無雁信之來。(凡占望信,遇父爻衰靜,或空、或伏、或有財動,或財爻旺臨身世,皆主無信;卦有動爻化出,父母生合世爻,即是其人傳信來也,如兄化出,朋友寄來類。)
日辰と忌神と一齊に興るは、就中人の到るを指望するべからず。卦身用爻に臨着してまた發動するは、人一定回來す。凡そ主象を克制する就中是れ忌神なり。它卦中に於て發動し、あるいは身に臨み世に臨み、あるいは日辰を帶び、あるいは日辰に冲・併せらるるは、皆人回來らざるを主る。反して、もし用爻卦身に臨みて、また出現して發動せば、人必定回來す。它世を持して動するも、一樣に他の歸るを望むべし。父母卦中に於て發動するは、當に書信の寄來あるべし。凡そ行人を占するに、卦中父母發動せば、必ず音信の寄來あらん。它世を生じ・世に合し・世を持しあるいは世を克するは、皆信の來ること快きを主る。もし是れ世爻往きてそれを生じ・それを克すれば、信就中來ること慢し。它喜神あるいは子孫を化じ出づれば、是れ喜信なり。忌神あるいは官鬼を化じ出づれば、是れ凶信なり。動じて空に落ち・空亡に化入するは、是れ假消息なり。「螣蛇」を加えてまた兄弟を化するは、恐怕もまた確實ならず。父母が父母を化するは、是れ先後に兩封の信を來す。もし它合住せらるれば、あれ是れ信人に扣下せられ、あるいは信を捎るの人事ありて路上に耽擱して・一時到る能わざるなり。もし它冲散せらるれば、あれ是れ信已に丟了せり。もし是れ重爻なれば、信早く已に報じ過ぎたるを說明す。財爻世爻上に於て興動するは、就中雁書の傳來なし。凡そ信を等つを占するに、もし父爻衰弱安靜し、あるいは空に落ち・あるいは隱伏し、あるいは卦中財爻發動し、あるいは財爻旺相にして身に臨み世に臨めば、皆信なきを主る。もし卦中動爻ありて父母を化じ出して來りて世爻を生合せば、それすなわちあの個人信を捎り來れたるなり——たとえば兄弟に由りて化出せば、就中朋友の寄來せるなり。
欲決歸期之遠近,須詳主象之興衰。(用爻旺相,歸必速,休囚歸必遲,生旺墓日歸。休囚死絕生旺日歸,安靜沖動日歸。發動即以本爻定其月日;或入墓,或合住,以破墓破合日定之。靜而有沖者,以六合日斷之;動而剋制者,以三合日斷之。代占以應爻論之遠,以年月斷,近以日時推獨發之爻,亦可推之,如子爻動,即取子日為歸期。)動處靜中,含蓄許多凶吉象;天涯海角,羈留多少利名人。
歸期の遠近を斷ぜんと想えば、就中須らく主象の興衰を細看す。用爻旺相なれば、回ること必ず快し。休囚なれば、回ること必ず慢し。它もし旺相なれば、墓に入るの日を取りて回らん。もし休囚死絶なれば、生旺に轉ずるの日を取りて回らん。もし安靜なれば、それを冲動するの日子を取りて回らん。它もし發動せば、就中直に它本爻の地支を用いて月日を定む。もし它墓に入り、あるいは合住せらるれば、就中墓庫を冲破し・あの合を冲破するの日子を取る。安靜にして冲あるは、六合の日を取りて來りて斷ず。發動して克制せらるるは、三合の日を取りて來りて斷ず。もし是れ人に替わりて代占せば、就中應爻を以て來りて論ず。路遠きは年月に按じて斷じ、路近きは日時に按じて推す。卦中獨發の爻もまた取りて來りて期を定めうる。たとえば子爻發動せば、就中子日を取りて歸期と爲す。動の裡に靜あり・靜の裡に動ありて、許多の吉凶の象を含む。天涯と海角と、多少の名を追い利を逐うの人を羈留せるかを知らず。
舟船
凡卜買船,斷同船戶。(凡卜買船吉凶,與船戶人占一同推斷。若船戶自來占卜,要同家宅斷之為是。)
凡そ是れ船を買うを占するは、斷法船戶を占するに同じ。船を買うの吉凶を占するは、可に船戶に替わりて占卜するの法子と一併に推斷す。もし是れ船戶自己來りて占せば、それすなわち當に家宅の一章に照らして往きて斷ずべし。
六親持世,可推新舊之由;(財福持世是新船,父母持世是舊船,兄弟持世半新半舊,鬼爻持世災驚不利。)諸鬼動臨,可識節病之處。(金鬼釘少,土鬼灰少,木鬼有縫,水鬼有漏孔處,火鬼有燥裂。)
六親中の哪一個の世を持するかを看れば、便ち船の新なるか舊なるかを推出すべし。妻財・子孫世を持するは、是れ新船なり。父母世を持するは、是れ舊船なり。兄弟世を持するは、是れ半新半舊なり。官鬼世を持するは、就中災あり驚ありて・利ならず。各樣の官鬼どこに落ちて發動するかを看れば、便ち船何の毛病あるかを認出すべし。金鬼是れ釘子少なきなり。土鬼是れ船縫の灰少なきなり。木鬼是れ板裂縫あるなり。水鬼是れ漏水の窟窿あるなり。火鬼是れ木料乾裂せるなり。
初二爻為前艙,要持財福;五六爻為後舵,怕見官兄。(以上皆要臨青龍、天喜、貴人、財福、則吉,主有富貴之人上船吉利,四爻三爻為中艙,亦要帶財福。)父作艄公,不宜傷克;(父母為船,又作艄公,要生旺不被日辰動爻傷克為吉。占買船,要財靜則船好,無損壞處。)龍為船尾,豈可空刑?(青龍為船尾,生旺動持生合世,皆主利益稱意。)
初爻二爻是れ前艙にして、妻財・子孫の坐鎭あるを要す。五爻六爻是れ後梢舵位にして、官鬼・兄弟を見るを怕る。已上こ の幾處皆須らく「靑龍」「天喜」・貴人および財・福に臨みてこそ吉にして、富貴の人船に上るありて・船を行ること順利を主る。三爻四爻是れ中艙にして、同じく財・福を帶ぶを要す。父母は艄公を代表して、傷克を受くるを宜とせず。父母既に船を代表し・また舵を掌るの艄公を代表す。它須らく生旺して、しかも日辰・動爻に傷克せられざれば、こそ吉と算す。もし船を買うを占せば、還は須らく財爻安靜して、あの船こそ好くして・破損の處なきを要す。靑龍は船尾を代表す。怎んぞ能く它をして空に落ち刑を受けしめんや。靑龍是れ船尾の象なり。它生旺し・發動し・世を持し、あるいは來りて世爻を生合するは、皆利を獲て心を稱ふを主る。
螣蛇辨索纜之堅牢,(螣蛇為索纜,空則枯爛不好,旺則堅牢美利。)白虎為帆檣之順利。(白虎屬風,故取為風帆,若生旺帶財福吉神,動持生合世身,則船有好帆,使風順快;若白虎帶凶鬼惡殺,旺動克害世身,大不利,主遭失風傾覆之患。勾陳為鐵錨,休囚空亡,船無鐵錨,帶鬼克世,鐵錨為怪,化空絕有失。)六爻皆吉,不傷身;四海遨遊,無阻滯。(六爻生合財福吉神,又生旺持世身,動爻又不來傷克,則無往不利,雖遠遊於四海五湖,亦皆吉利,若子水持世,其船損人丁。每驗卦法,又看行船出入,避忌爻,如鬼兄白虎臨太歲,爻動來刑沖剋害世身,必有風波險惡,更有凶神克世大凶。)
「螣蛇」用ゐて纜繩結實なるか否かを辨ず。螣蛇は繩索纜繩を代表す。它空に落つれば、纜繩就中朽爛して用に堪えず。它旺相なれば、纜繩就中堅牢にして使ひ好し。「白虎」用ゐて帆桅順利なるか否かを看る。白虎風に屬すれば、ゆえに它を取りて風帆を作す。它もし生旺して、また妻財・子孫等の吉神を帶びて、發動しあるいは世を持し・世身を生合せば、それすなわち船好帆ありて、風を使ひ起すにまた順にしてまた快し。もし白虎凶惡の官鬼と凶殺とを帶びて、旺動して來りて世身を克害せば、それすなわち大きく利ならずして、風を失い船を翻すの患に遭遇するを主る。「勾陳」は鐵錨を代表す。它休囚にして空亡に落つれば、是れ船上鐵錨なきなり。它官鬼を帶びて來りて世を克するは、是れ鐵錨怪異を出づるなり。它空・絶に化入するは、是れ錨丟失せんと要す。六爻皆吉にして卦身を傷らざれば、それすなわち四海に遨游して・毫も滯阻なし。六爻皆來りて妻財・子孫等の吉神を生合して、また生旺にして世を持し身に臨み、動爻もまた來りて傷克せざれば、それすなわち往けば利ならざるなし。縱い遠く四海五湖に遊ぶとも、もまた一概に吉利なり。ただ是れもし子水世を持せば、こ の船須らく人口を損せんを要す。歷來卦を驗するの法は、還は須らく船を行りて進出の時當に哪些の爻を回避すべきかを看る。たとえば官鬼・兄弟・白虎太歲に臨着して、あの一爻發動して來りて世身を刑冲克害せば、必ず風波險惡あらん。もし再び凶神ありて來りて世を克せば、それすなわち大凶なり。
娼家(賦を存して註せず)
養身於花柳之中,曰娼與妓,識禍福於幾微之際,惟蓍與龜。花街托跡,柳巷安身。門外紛紛總是風流子弟,窗前濟濟無非歌舞佳人。若得安寧,必得世無沖剋;欲求稱意,還須應去生扶。卦見六沖往來,亦徒迎迓;爻當六合,晨昏幸爾盤桓。財若空亡,錢樹子慎防傾倒;官如墓絕,探花郎那得棲遲。妻財官鬼二者不可相應,財鬼父兄子孫皆宜不動。鬼殺傷身,火盜官災多恐怖。日辰沖父,住居屋宅有更張。兄弟交重罄囊用度,子孫藏伏蹙眉追陪。財化福爻,家出從良之妓;官居刑地,門招惡病之人。忌動衰空,閒是閒非閒撓括;財興克世,有財有利有驚疑。能將玄理以精詳,真乃黃金而不易。
花柳の叢中に於て身を安んじ命を立つるは、之を娼と妓と作す。細微の際に於て禍福を辨明せんと要すれば、ただ蓍草と龜甲とに靠る。彼女ら花街に身を托し・柳巷に身を安んじて、門外往き來り來り往き盡く是れ風流子弟にして、窗前濟濟として一堂無非歌舞佳人なり。安寧せんと想えば、必ず須らく世爻冲克を受けざらんことを要す。意を稱へんと想えば、還は須らく應爻來りて生じ來りて扶するを得んことを要す。卦もし六冲を得れば、客人來り來り往き往きももまたただ白く迎え白く送るのみ。爻もし六合を成せば、早晚こそ人ありて幸いに盤桓して去らざらん。財爻もし空亡に落つれば、こ の棵の搖錢樹就中須らく倒るるを心を當てるべし。官鬼もし墓絶に落つれば、あれらの花を尋るの客人哪裡に還は肯んじて久留せん。妻財と官鬼と兩樣彼此照應すべからず。財・鬼・父・兄・子孫五者皆動かざるを以て宜と爲す。官鬼凶殺來りて卦身を傷るは、火災・盜劫・官司の類就中層出窮まらずして、人をして惶恐せしむ。日辰往きて父母を冲するは、住する所の屋宅就中更換せんと要す。兄弟交重發動するは、錢囊必ず花し盡くて精光せられん。子孫隱伏して現れざれば、ただ能く眉頭を皺りて強ひて笑臉に陪するのみ。財爻子孫を化じ出づれば、家裡須らく一個の良に從るの妓女を出づるを要す。官鬼刑の地に落つれば、門裡須らく一個の身に惡疾を染むるの人を招來せんと要す。忌神發動してまた衰弱空に落つるは、閒是閒非人を擾りて安生を得しめず。財爻興旺なるに卻って來りて世を克するは、財あり利ありもまた驚あり疑あり。こ の玄妙の道理を能く推究精詳すれば、あれこそ眞に是れ黃金にも換へる能わざるなり。
