入地眼全书
私の同郷の秀才、万仁村先生は好学の士である。父を亡くして以来、家のために墳山の購入を計画し、喪に服して礼を読む余暇に堪輿を専心して研究し、山…
風水堪輿典籍
まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。
入地眼全書
周兆熊序
同里茂才萬君仁村,好學士也。自失怙後,為買山計,讀《禮》之暇,究心地理,本之形勢以立其體,參之河洛以妙其用,非尋常言青烏者所能逮。庚辰,餘乞假南旋為先大夫卜吉。延至家甫一歲,以丁內艱。服將聧,欲閉戶為舉子業,遂辭去。余每購得一山一址,猶資商榷焉。茲有辜託長老地理全書之刻,請余言。長老生宋時,扦葬建造,迭著神異,其遺址猶有存者。此編向無刻本,傳寫數百年,堪輿家秘如珍寶。萬君得之,梓以行世,可謂公矣。
私の同郷の秀才、万仁村先生は好学の士である。父を亡くして以来、家のために墳山の購入を計画し、喪に服して礼を読む余暇に堪輿を専心して研究し、山川の形勢をもって根本を立て、また《河図》《洛書》を参照してその妙用を推演した。決して並みの「青烏」の相地術を空言するだけの者の及ぶところではない。庚辰の年、私は暇を得て南に帰り、先父のために吉壤を選ぶにあたり、彼を家に請じてちょうど一年を満たしたころ、母の喪に遇った。服喪が満ちようとすると、彼は門を閉じて科挙を専攻しようと、辞して去った。それ以後、私が山地や宅基を買うたびに、やはり彼に参詳・商議してもらった。今、彼は托長老の著したこの堪輿全書を刊刻しようとして、私に序を請うた。長老は宋代の人で、彼が點穴して安葬し、地を擇んで興造したものは、屡々神妙な應驗を顯し、その遺址は今なお存するものがある。この書はこれまで刻本がなく、写されて数百年伝わり、堪輿家はこれを珍宝のように祕藏してきた。万君がこれを得て、世に公にするため上梓を肯んじたのは、まさに一片の公心から出たものといえる。
地理之說,餘素未研究,不知是書之善。然每見萬君適墓登壟,考驗得失無差謬,豈非遵守其說而有明效哉?他日出所學以問世,其樹立必有可觀。吾以是編之刻,信之矣。時而不靈者,比使仁孝之儔不忍於薄其親者,相度原野有所依據,而不至於眩惑。其為益也,豈有涯哉?他日樹華得志,科名快談,纂述石渠芸閣之間,必有鴻篇揚聲儒雅。而其書之梓,亦足以見其存心矣。建昌周兆熊臥餘序。
堪輿という学問は、私は從來研究したことがなく、この書のどこがよいのか言い尽くせない。しかし万君が墓地に行き山に登って察看するたび、前人の葬地の成敗得失を考覈して誤りがないのを見ると、これは書中に講じるところに遵ったゆえに明らかな效驗があったのではないか。將來彼が学んだことを公にすれば、その成就は必ず觀るべきものがあるだろう。私はこの書の刊刻によって、ますますそのことを信じる。たとえ時おり靈驗しないことがあっても、仁厚で孝順な、親に亏くことを忍びない人々が、原野を勘察し葬地を選ぶ際の依拠とであり、紛紜たる衆説に目を眩まされずにすむ。その益は、どこに際限があろうか。將來万樹華が抱負を遂げ、科場で名を揚げ、石渠閣・芸臺のような國の蔵書の地で著述立説すれば、必ず鴻篇の巨製が儒雅の聲を傳えるだろう。そして彼がこの書を刻印して出すことを肯んじたことにも、彼の存心を見るに足る。建昌の人、周兆熊、號は臥余、これを序す。
黃中模序
地理之說,繁雜不一,今與古殊,甲與乙異。同師之學,或彼此各鳴其長;一人之身,或前後頓易其義。善於立論者,辭達而理未舉;妙有心得者,語晦而筆不靈。理氣明晰,未必貫穿形勢;龍脈審辨,甚且錯謬陰陽。擅其長者,瞭然於心目,燦然於口舌矣。又復吝惜珍秘,移易顛倒,使讀者茫然眩惑,失所依據。非有聰明才辨之實,不能分別而抉擇之也。
堪輿の諸説は繁雜で一様ではない。今人は古人と異であり、あの家とこの家もまた互いに異なる。同じ師の門下から出た者でも、往々にして各々の長所を誇り、同じ一人の人間でも前後に講じる義理が忽然と變わることがある。立論に善い者は文辞は通達するが道理を言い透かさず、眞に心得ある者は話は晦澀して筆も靈便でない。「理氣」(方位卦爻の推算)を明白に講じる者は、必ずしも「形勢」(山川の形貌と走向)を貫通できるわけではなく、龍脈の走向を審辨できる者でも、陰陽の分屬を間違えることがある。それら眞に各々一長を擅にする人は、心にも目にも明白で、口でも筋道立てて語れるが、また自らの祕訣を吝嗇し、わざと次序を移し顛倒させて、讀者を茫然とさせ依拠するところをなくす。眞に聰明才辨の人でなければ、これらの説を分辨し善を擇んで從うことは到底できない。
雖然,儒者之言,可以折衷是非。晉之郭景純、唐之卜則巍、宋之蔡牧堂、明之劉青田皆以儒者而精地理者也。以術士言之,說或囿於俗;以儒者言之,藝可進於道。南昌萬子樹華識性爽朗,曩從余遊,講業論文之餘,旁涉堪輿,便有契悟。
とはいえ、讀書人の議論は、是非を折衷判定するのに用いることができる。晋代の郭璞(字は景純)、唐代の卜則巍、宋代の蔡元定(號は牧堂)、明代の劉基(青田の人)は、いずれも儒者の身分をもって堪輿に精通した。同じ一門の技藝でも、江湖の術士が語れば説は流俗に限られがちだが、儒者が語れば技藝は「道」の層次に高められる。南昌の万樹華は見識が明るく開け、昔私とともに讀書し、講習課業・切磋文章の余に、兼ねて堪輿を渉獵して、すぐに會心の領悟があった。
篋中藏有宋托長老《入地眼》一書,地無遁形,理有實際,異於世之惝恍支離其說者。所謂釋其行而儒其言者,長老有焉。樹華不復吝惜珍秘,梓而行世,索序於餘。餘老困名場,疲事舉業,窮愁所寄,瀏覽葬經,性之所欣,時有創穫,欲編輯一書,融會眾說,自愧不文而未果。今得托長老所著,諸家之言皆有所折衷,雖其間有未雅馴,而理舉辭達非晦。道光辛已秋,法授奉政大夫掌廣西道監察御史前翰林院編修加三級範亭黃中模拜撰。
彼の箧中には宋代托長老の《入地眼》という書が蔵されており、書中は山川地形を剖析して遁形するところなく、講じる道理はすべて實處に落ち、世上の恍惚として支離滅裂な説とは大いに異なる。いわゆる行事は僧のようでありながら言論は儒理に合う――托長老はまさにそういう人である。万樹華はこれを祕本として珍藏することをやめ、刻印して世に傳えようと、私に序を求めてきた。私は科場で半世紀以上困頓し、考試に疲れ、窮愁の寄せどころなく、《葬經》の類を繙閱したが、これはちょうど私の性情の好むところに合い、時折獨到の収穫もあり、本來一書を編んで各家の説を融會させたかったが、自ら文筆の拙いを愧じて成せなかった。今、托長老のこの著作を得て、各家の説に折衷の準繩ができた。その間文辞の典雅を欠く處はあるが、道理は明白に舉げられ、辞句も晦澀していない。道光辛巳年の秋、奉政大夫・掌廣西道監察御史・前翰林院編修・加三級の范亭黃中模が拜して撰す。
万樹華跋
曩為先君謀窀穸,日隨青烏家登山陟嶺,足蹇甚。比暮,萃先賢地理書,剪燭讀之。更闌燼落,弗輟也。如是者有年。然以所見證所讀,率皆牽強附會,遠於自然,心竊疑之。東鄉徐壽山先生者,積學士也。遊癢序有聲,家故豐,以葬父故,絕意進取,專攻堪輿藝,然不屑以術鳴。歲丁卯,來會城,餘獲從遊者七年。既為餘卜葬先君,而餘亦追隨杖履,口講指畫,得以聞所未聞。然後知山川河嶽自有真性情,剪裁作用自有真識力,牽強附會無當也。
昔、私は先父のために墓地を求め、日々堪輿の先生に從って山を登り嶺を越え、両脚は跛けるほどだった。夕暮れになれば、前賢の遺した堪輿書を一處に集め、燈芯を剪って細讀し、夜深く燭灰が堆り落ちても止めようとしなかった。こうして數年が過ぎた。しかし親眼で見たことを書上で讀んだことに印證すると、多くは牽強附會して自然の理に遠いもので、心の中に密かに疑いが生じた。東鄉の徐壽山先生は、學問の積累が深厚な人で、縣學で頗る名声があり、家はもともと富裕だったが、父を安葬した縁で功名を求める念を斷ち、堪輿の術を專攻しながら、またこの手藝で名を成すことを屑としなかった。丁卯の年、彼は省城に來て、私は彼に從って七年間学ぶことができた。彼は私のために先父の葬地を選定し、私も一路その左右に追隨し、口講手畫を聽いて、かつて聞いたことのない多くの道理を聞いた。これ以後私はようやく明白になった。山川河嶽には自らそれらの眞實の性情があり、裁剪取捨には眞の眼力があり、牽強附會は通用しないのだと。
既又得托長老《入地眼全書》凡十卷,書皆寫本,秘弗傳。伏而誦之,其旨宗《河》、《洛》法,用挨星於理氣為神妙,恍然如披雲霧睹青天,驗之故家巨族陰陽兩宅,其盛衰隆替,罔不畢合。向之竊竊然疑者,至是不覺渙然冰釋也。
その後また托長老の《入地眼全書》計十卷を得た。すべて手抄本で、祕藏され外に傳えられなかった。私は案に伏して誦讀し、その宗旨が《河圖》《洛書》の理に本づき、理氣の上で「挨星」(九星を飛布させて吉凶を定める)の法を運用すること最も神妙であるのを見て、讀んで豁然と雲霧を撥いて青天を見たようだった。さらに世家大族の墳墓と住宅をもって印證すると、それらの家の盛衰興替で、書中に講じるところと合わない處が一處もなかった。從來心に抱いていた咕噥たる疑惑は、この時不知不覺に氷のように解けた。
雖然,地理之學微矣。餘何人斯,知識淺陋,涯涘未窺,敢竊先賢緒餘哉!且思獵取科名,玷墨弗暇,何暇及此?第念附於棺者,必誠必信,人子皆有是責。則餘曩所盡心力而為之,諒必有同情者。餘既獲是編,何忍自秘?爰付剞劂,用公同好,或亦韓子所謂“以之為己順而祥,以之為人愛而公”者歟?刻既成,述其緣起如此。道光元年歲次辛巳仲夏月望後五日,南昌萬樹華仁村氏謹跋於省垣之宗祠。
とはいえ、堪輿の学は實に精微である。私は何人か、見識は淺陋で、その邊際すら窺えず、どうして前賢の餘緒を竊取できよう。まして一心に功名を獵取しようとし、筆墨の考試に忙しくて及ばず、これらに顧みる工夫がどこにあろう。ただ思うに、棺に隨って土に入る事はすべて、誠と信を盡くさねばならず、人の子たる者はみなこの責任を負う。ならば私が從來心力を竭くしてしたこの事も、きっと私と同感の人がいるだろう。私はすでにこの書を得たのに、どうして獨りで祕藏するに忍びよう。そこで刻工に交付し、同好に公にする。これはおそらく韓愈のいう「これをもって己に待てば順遂吉祥、これをもって人に待てば仁愛公正」という意であろう。刻し終えて、その縁起を上のように記す。道光元年、干支辛巳年仲夏月十五日の後五日目、南昌万樹華、字は仁村、省城の宗祠にて謹んで跋す。
例言
一、是書自宋迄今,巨族大家抄寫成帙,秘之已久。或前後失次,或散軼不全,愚不揣固陋,留心匯正,曆數寒暑,方成全集。至間有欠雅馴處,字字坦然明白,故不敢妄為刪易。
第一、この書は宋代から今日まで傳わり、いずれも世家大族が私に抄寫して册とし、祕藏して久しい。抄本には前後の次序が錯亂したもの、散失殘缺したものがある。私は淺陋を量らず、留心して彙集校正し、前後數年の寒暑を經て、ようやく一部の完整な集に整理した。書中に偶々文辞の典雅でない處があるが、字字はみな平實明白なので、敢えて隨意に删改しない。
二、是書理透法巧,言簡意賅。其他書有相為表裡者,如賴之催官、陳之撥砂、吳之夾竹梅花、葉之理氣三訣、張陳之四彈子是也。但諸家坊刻傳書不傳訣,或且讀其書而不能用其書。茲集條分縷析,妙諦俱現,能使閱者瞭然,易於學習。
第二、この書は道理を透徹に講じ、方法を靈巧に用い、文字は簡練で意思は完備している。他家の著作でこれと互いに表裏となりうるものに、頼文俊の《催官篇》、陳氏の《撥砂經》、呉氏の《夾竹梅花》、葉氏の《理氣三訣》、張氏・陳氏の《四彈子》の類がある。ただ各家の坊間刻本は文字のみを傳え口訣を傳えず、讀んで書を得てもなお使用できない人がある。本書は條を分け句を剖解し、精微の要旨をすべて明處に擺し、讀者をして一見して懂り、入門し易くする。
三、地理之書,言巒頭者或遺理氣,言理氣者又遺巒頭,彼此偏勝,多無應驗;至於立向之法,更未有詳言及者。是編將龍、穴、砂、水並向五字互相發明,言巒頭即兼講理氣,言理氣即帶講巒頭,體用賅備,洵為全璧。
第三、堪輿書で「巒頭」(山川の形勢)を講じる者は往々にして「理氣」(卦爻方位の推算)を抛き、理氣を講じる者はまた巒頭を抛き、各々一方に偏るので、多くは應驗しない。「立向」(墓穴や住宅の朝向を定める)の方法に至っては、さらに詳しく講じた人がいない。本書は龍・穴・砂・水に向を加えた五つの字を互いに印證發揮する。形勢を講じるとき理氣を連帶して講じ、理氣を講じるとき形勢を連帶して講じ、本體と運用がともに備わり、實に一塊の完整な璧玉と算えられる。
四、是書引用古經,在他書或因奧語難明,致有妄加批註,強為牽合者,茲集證佐詳明,見解獨出,於古經意義無不透徹。學者切勿以引用處多習見語,視為尋常坊本。愚蓋逐字逐句細心體認,每於巒頭合理氣處,尤多聞所未聞,讀此真可力破疑。
第四、本書は古代の經典を引用するが、他書は往々にして經文が深奧難懂のために、胡乱に注を加え强引に牽合する。本書は擧證が詳細明白で、見解は獨到であり、古經の本義で講じ透さないものはない。学ぶ人は切に引文に多く常見の句があるからといって、これを尋常の坊間讀本と見做してはならない。私は逐字逐句細心に體會し、凡そ形勢と理氣の相合する處は、殊に前所未聞の道理が多く、この書を讀めば眞に一擧に心中の疑團を破除できる。
五、是書已經考驗。凡富貴名墓,高山平洋,無不符合。況長老手作甚多,陰陽二宅經彼建造,至今不替。學者試觀其巒頭作法,再審其理氣應用,方知此書神效。
第五、この書は實地の檢驗を經たものである。凡そ富貴を出す名墓は、高山に坐すと「平洋」(地勢が平坦で高山のない地帶)にあるとを問わず、書中に講じるところと相符する。まして長老が親手で點定した地は多く、陰宅の墳墓と陽宅の住居で彼が營造したものは、今日に至ってもなお興旺して衰えない。學者はまず彼の形勢を相する做法を見て、さらに彼の理氣を運用する門徑を考察すれば、この書がいかに靈驗かを知るだろう。
六、是書先熟看巒頭,然後細玩理氣。蓋陰陽五行微妙難言,巒頭即理氣之著也。若舍巒頭而重理氣,開卷瞭然,登山茫然,便是屋裡先生。惟深知巒頭,又能明理氣,知所先後,而技乃至於神。
第六、この書を讀むにはまず巒頭の一門を熟看し、その後細かく理氣を揣摩すべきである。陰陽五行の道理は微妙で言傳し難いが、山川の形勢はまさに理氣が外に顯れた形迹である。もし形勢を抛いて理氣のみを重んずれば、書本を開けば條條理路整然としながら、一山に登れば茫然として措く所を知らず、屋裏で空談するだけの先生となる。まず形勢を看通し、また理氣を明白にし、二者の先後次第を懂得してこそ、この技藝は出神入化の地步に達することができる。
入地眼全書 天星卷一
天星卦序
天尊地卑,乾坤定矣。卑高以陳,貴賤位矣。動靜有常,剛柔斷矣。方以類聚,物以群分,吉凶生矣。在天成象,在地成形,變化見矣。是故剛柔相摩,八卦相蕩,一陰一陽,一上一下,一外一內,或上臨下,或下臨上,變化而莫測。是以鼓之以雷霆,潤之以風雨,一寒一暑,日月光明,運化不已。故乾,健也;坤,順也;震,動也;巽,入也;坎,險也;離,麗也;艮,止也;兌,說也。是故雷以動之,風以散之,雨以潤之,日以暄之,艮以止之,兌以說之,乾以君之,坤以藏之。
天は上にありて尊く、地は下にありて卑し。乾坤兩卦の位置はこれにより定まる。高低すでに排列分明なれば、貴賤の次序もまた確立する。動と靜に各々常規があり、陽剛と陰柔の分別は判断できる。事物は類により相聚り、万物は群により分かれ、吉と凶はここから生ずる。天に在っては日月星辰の「象」を凝らし、地に在っては山川陵谷の「形」を凝らし、變化はここに顯現する。そこで剛爻と柔爻が互いに摩蕩し、八卦が彼此推移激蕩する。一陰一陽が相對し、一上一下が相錯し、一外一內が相配し、あるときは上卦が下卦に臨み、あるときは下卦が上卦に臨み、變化は測度し難い。ここに雷霆をもってこれを鼓動し、風雨をもってこれを滋潤し、一寒一暑が交替し、日月が番々に照明し、運行化育は歇まない。ゆえに乾の本性は剛健、坤は柔順、震は振動、巽は入伏、坎は險陷、離は附麗、艮は靜止、兌は欣悅である。この故に雷は万物を鼓動し、風は欝結を吹き散らし、雨は土地を滋潤し、太陽は大地を温煦し、艮は生機を收め、兌は万物を欣悅させ、乾は群物を統領し、坤は万物を收藏する。
乾道成男,坤道成女。乾知大始,坤作成物。乾以易知,坤以簡能。易則易知,簡則易從。易知則有親,易從則有功。有親則可久,有功則可大。可久則賢人之德,可大則賢人之業。易簡而天地之理得矣,天地之理得而成位乎其中矣。蓋天晝夜旋轉而不停,日月五星隨之。天帝順行十二宮,布四時之令;太陽逆行十二宮,宣八節之功。是以八卦陰陽變動,應四時八節交會於天地矣。
乾の法則は化生して男と為り、坤の法則は化生して女と為る。乾は万物の開創を主管し、坤は万物を養育して形を成すことを負う。乾は平易の方式で人に知らしめ、坤は簡約の方式で效能を發揮する。平易なれば容易に理解され、簡約なれば容易に遵從される。理解され易ければ人を親附させ、遵從され易ければ功業を成就できる。親附あれば長久し、功業あれば廣大となる。長久し得るは賢人の德行、廣大し得るは賢人の事業である。平易と簡約を掌握すれば、天地の法則は手に入り、天地の法則が手に入れば、人は天地の間に自らの位置を立てることができる。大體いえば、天體は晝夜旋轉して止まず、日月と金木水火土の五星は皆これに隨って運行する。「天帝」(斗柄の指し、節氣に隨って位を移す方位の神)は十二宮に順って依次前行し、四季の政令を布散する。太陽は十二宮の中を逆行し、八つの節氣の功用を宣示する。ゆえに八卦の陰陽はこれに隨って變動し、四時八節と天地の間で交會相應する。
大寒,天帝在丑,太陽臨子,交會於子丑之間,故子與丑合,萬物成終成始。《易》曰:“成言乎艮。”雨水,天帝到寅,太陽在亥,寅亥交會,故寅與亥合,丑寅輔艮,東北之卦也。春分,天帝臨卯,太陽在戌,故卯與戌合,卯戌交會,甲乙輔震,正春之令也,萬物發生。《易》曰:“帝出乎震。”
大寒の時節、天帝の方位は丑にあり、太陽は子に臨み、両者は子と丑の間で交會する。ゆえに子と丑は相合し、万物はここで終結であると同時に開端である。《周易・說卦》にいう、「成言は艮にあり」。雨水の時節、天帝は寅に行き、太陽は亥にあり、寅と亥は交會する。ゆえに寅亥は相合する。丑と寅は艮卦を輔佐し、艮は東北に位する卦である。春分の時節、天帝は卯に臨み、太陽は戌にあり、ゆえに卯と戌は相合し、卯戌は交會する。甲と乙は震卦を輔佐し、これは正春の時令で、万物が萌生し生長する。《周易》にいう、「帝は震より出ず」。
穀雨,天帝在辰,太陽到酉,故辰與酉合,辰酉交會,萬物潔齊。《易》曰:“齊乎巽。”小滿,天帝到巳,太陽在申,故巳與申合,申巳交會,辰巳輔巽,東南之卦也。夏至,天帝到午,太陽臨未,故午與未合,午未交會,丙丁輔離,正夏之令也,萬物皆茂。《易》曰:“相見乎離。”大暑,天帝在未,太陽居午,午未交會,萬物致養。《易》曰:“致役乎坤。”
穀雨の時節、天帝は辰にあり、太陽は酉に行き、ゆえに辰と酉は相合し、辰酉は交會し、万物は整齊潔淨となる。《周易》にいう、「齊くは巽にあり」。小滿の時節、天帝は巳に至り、太陽は申にあり、ゆえに巳と申は相合し、申巳は交會する。辰と巳は巽卦を輔佐し、巽は東南に位する卦である。夏至の時節、天帝は午に至り、太陽は未に臨み、ゆえに午と未は相合し、午未は交會する。丙と丁は離卦を輔佐し、これは正夏の時令で、万物は一片に茂盛する。《周易》にいう、「相見は離にあり」。大暑の時節、天帝は未にあり、太陽は午に居り、午未は交會し、万物はここで長養を得る。《周易》にいう、「役を致すは坤にあり」。
處暑,天帝到申,太陽到巳,申巳交會,申未輔坤,西南之卦也。秋分,天帝到酉,太陽在辰,酉辰交會,庚辛輔兌,正秋之令,萬物悅成。《易》曰:“悅言乎兌。”霜降,天帝到戌,太陽居卯,戌卯交會,陰陽相薄。《易》曰:“戰乎乾。”小雪,天帝在亥,太陽在寅,亥寅交會,戌亥輔乾,西北之卦也。冬至,天帝迴歸北極,入於垣,太陽復命告功,壬癸輔子,正冬之令也,萬物歸藏。《易》曰:“勞乎坎。”夫由出而齊,而相見,帝之鼓乎出機也。而成由人,以向乎出焉。起震終艮,一歲之終也,而循環之妙在中矣。
處暑の時節、天帝は申に至り、太陽は巳に至り、申巳は交會する。申と未は坤卦を輔佐し、坤は西南に位する卦である。秋分の時節、天帝は酉に至り、太陽は辰にあり、酉辰は交會する。庚と辛は兌卦を輔佐し、これは正秋の時令で、万物は欣悅して成熟する。《周易》にいう、「悅言は兌にあり」。霜降の時節、天帝は戌に至り、太陽は卯に居り、戌卯は交會し、陰氣と陽氣が互いに逼迫する。《周易》にいう、「戰うは乾にあり」。小雪の時節、天帝は亥にあり、太陽は寅にあり、亥寅は交會する。戌と亥は乾卦を輔佐し、乾は西北に位する卦である。冬至の時節、天帝は北極に返回し、紫微垣の中に入り、太陽も還って復命報功する。壬と癸は子位を輔佐し、これは正冬の時令で、万物は收斂歸藏する。《周易》にいう、「勞するは坎にあり」。震卦の「出」から巽卦の「齊」へ、さらに離卦の「相見」に至るまで、皆天帝が生機を鼓動し、万物の萌發を促す過程である。最終の成就は人に頼り、人はこの生發の機に順ってこれを承接する。震卦に起始し艮卦に終結すれば、一年の完結であり、循環往復の妙はその中に藏まっている。
乾宮天星
《易》曰:“乾道行健。元亨,利貞。”其性燥急,陽之亢也。位居西北。乾以君之,六子皆統攝而分職以聽,又孰翕受時令於冬,曰:“戰乎乾。”陰陽相薄,肅殺相攻,即純陽克陰也。霜降,天帝到戌,太陽居卯,戌卯交會,陰陽相薄。《易》曰:“戰乎乾。”小雪,天帝在亥,太陽到寅,亥寅交會,戌亥輔乾,西北之卦。
《周易》にいう、「乾の運行は剛健息まず、大いに亨通し、正を守るに利あり」。乾の性情は燥烈にして急躁、陽氣亢盛の表れで、方位は西北に居る。乾は君主の身分をもって衆卦を統領し、震・巽・坎・離・艮・兌の六つの子女卦は皆その統攝を受け、職守を分掌してその命に聽く。誰か斂容してその號令を承受せざらん。時令上は乾は冬季に配する。ゆえに「戰うは乾にあり」という。陰氣と陽氣が互いに逼迫し、肅殺の氣が交攻する。すなわち純陽の氣が陰氣を克制することである。霜降の時、天帝は戌に至り、太陽は卯に居り、戌卯は交會し、陰陽は相迫る。《周易》にいう、「戰うは乾にあり」。
天星曰陽機,又曰天璣,奎宿十六星赤居其所。今五星聚奎,則天下世盛文明。又曰封豕,主文章之府。又主天子武庫,故主兵權,所以禁暴橫行。又主溝瀆。其星下九尺乃日、月、五星之中道。乾在天皇之左,是以聖人畫卦,以乾為八卦之首,為天、為父、為龍、為馬,故天地萬物亦以乾為首。乾三爻俱陽,萬物資始。坤三爻俱陰,萬物資生。是以聖人以乾、坤為天地定位,地理家用之為權衡。
乾位の對應する天星は「陽機」といい、また「天璣」ともいう。二十八宿中の奎宿十六星が赤色をもってここに居る。五星が奎宿に聚集すれば、天下は文教が昌盛する。奎宿はまた「封豕」ともいい、文章の府庫を主管する。また天子の武器倉庫を司り、因って兵權を主掌し、暴亂橫行を禁絕するのに用いる。還た溝渠水道を司る。この星の下九尺は、正に日・月と五星の運行する中道である。乾位は天皇星の左側にあり、ゆえに聖人が卦を畫くとき乾を八卦の首に列し、象を天・父・龍・馬と取った。因って天地万物も皆乾を首とする。乾卦の三爻は全陽で、万物はこれに憑って起始し、坤卦の三爻は全陰で、万物はこれに頼って生長する。ゆえに聖人は乾・坤兩卦をもって天地の位置を確定し、堪輿家はこれをもって地理を衡量する準繩とする。
乾龍法
凡乾龍起祖,卓立雲霄如龍樓鳳閣者,出脈過蛺,起伏盤旋,布氣行度,到頭結穴,與眾不同。其龍不可與亥同行,亥乃龍之曜鬼,先賢所忌,切宜詳細。若得單清過脈,地局端正,砂水全備,為龍之上格。若得主星高聳,功垂社稷,澤及生民,恩榮奕世。中格龍結穴者,翰院聲價,日近天顏。
凡そ乾方(西北)から祖山を起こし發脈する龍は、祖山は高聳して雲に入り、樓閣殿宇のごとく巍峨とし、祖山から山脈を抽出し、「過峽」(龍脈の起伏の間で收束して細くなる一段)を經て、一起一伏して盤旋して行き、沿途に生氣を布散し、度數に按って行走し、盡頭に至って穴場を結ぶ。その氣象は他の龍脈と大いに異なる。この龍は亥方の脈と同行してはならない。亥は乾龍の「曜鬼」(相沖相克する凶煞の方位)で、前賢の最も忌むところ、必ず細辨せよ。もし單一清純で旁氣を夾雜しない過脈を得、地局が端正で、砂山と水流が齊備すれば、龍中の上等格局である。さらに主星が高聳を加えれば、主人の功業は國家に垂れ、恩澤は百姓に施され、榮寵は世代斷えない。中等格局の龍が結穴すれば、主人は翰林に入り清望を享け、時に天子に親近し得る。
下格龍結穴者,亦發科甲、鉅富、人丁。若得殿上貴人者,聚氣火星也。上格龍主出將入相,大有功勳,名聞四海。中格龍結穴者,主尚書、侍從,翰院榮封。下格龍結地者,主科第大富。或火星變土結穴者,產狀元、宰輔。或木星結者,出尚書、侍郎。或金星結者,主科甲屏翰。水星結者,定出翰林學士。土星結者,主科貢秀士,百萬之莊,富壓一郡。
下等格局の龍が結穴しても、科舉に中り、巨富を發し、人丁を旺かせることができる。「殿上貴人」のような端立の星峰を得れば、それは聚氣の火星(尖鋭に上聳し、火焰の状の山形)である。上格龍は將を出し相に入るを司り、功勳卓著で名聲は四海に遍く傳わる。中格龍が結穴すれば、尚書・侍從の官に至り、翰林院で榮寵の封を受けるを司る。下格龍が結地すれば、科舉に登第し家資巨富を司る。もし火星が土星(頂が平で體が方、厚重で倉廩のごとき山形)に變じて結穴すれば、狀元・宰相を出す。木星(挺直圓聳、筆や竹のごとき山形)が結穴すれば、尚書・侍郎を出す。金星(圓渾高隆、覆せし鐘のごとき山形)が結穴すれば、科舉に高中し屛藩の重臣に位するを司る。水星(連綿起伏して波浪のごとき山形)が結穴すれば、必ず翰林學士を出す。土星が結穴すれば、貢生秀才の類の讀書人を出し、家に百萬の田莊があり、一郡に富甲するを司る。
總看龍之強弱,穴之有無砂之拱峙,水之澄清,案之朝拱,五種俱備,方為是地;而有缺陷,便是鬼氣。庸師到此,歡天喜地,假者好看,真者天秘。明師到此,圓規方矩,自有道理。有德之家遇著此地,無德之家反是掏氣。
總じていえば、龍脈の强弱、穴場の有無、砂山が環拱對峙するか、水流が澄澈か、案山(穴前近處に橫列する低山)が朝向拱抱するかを見るべきである。この五つが皆齊備してこそ、眞の好地と算える。一樣でも殘缺があれば、それは虛假の鬼氣に過ぎない。平庸の地師はこの種の地に至れば歡天喜地するが、假地は往々にして見目よく、眞地はかえって天機に隱藏されることを知らない。高明の地師がここに至れば、圓規で圓を量り矩尺で方を取るがごとく、心中に自ずから一套の準則がある。德ある家はこのような地に遇って初めて承受でき、德なき家はかえって地氣に反噬される。
亥宮天星
《易》曰:“亥乃屬水,西北之隅。”納卦於震。地支之十有二數,木之長生位。時令於冬,太陽驚蟄到亥,白露到巳向,天帝小雪到亥山。天星曰天皇,壁宿二星,一東一璧,其名東璧。二星赤居其所,下九星尺為天之中道,主文章圖書之秘府也。又主土工。明則圖書集,道術行,小人退,君子進,天下士子多賢良,世上詩翁賽謫仙。
《周易》にいう、亥は水に屬し、位は西北方の一隅にあり、納甲配卦上は震卦に歸する。亥は十二支中の第十二位で、また五行中木の「長生」の位(木氣が初生する方位)である。時令上は冬季に配する。太陽は驚蟄の節氣に亥に至り、白露には巳向に正對し、天帝は小雪に亥山に至る。亥に對應する天星は「天皇」といい、二十八宿中の壁宿に二星があり、一東一西相對して兩堵の牆壁のごとく、因って「東璧」と呼ぶ。この二つの赤色の星は亥位に居り、その下九尺は天の中道で、文章圖籍の祕府を主管し、また土木營造の事を司る。この星が明亮なれば、圖書が匯聚し、道術が流行し、小人は退避し、君子は進用され、天下の士子に賢良が多く出、世の詩人は「謫仙」と稱される李白と高下を較べ得る。
亥龍法
《易》曰:“亥在天門之左,紫微傍照之所,天極太乙常居也。”木之長生,又得天皇之星下照亥地。若亥龍起祖,單清過脈,為龍之上吉。凡亥龍過峽出脈,到頭結穴,束咽處必須要一亥字,到頭結穴者為吉。二十四龍惟有五龍難下:一亥龍,左乾右壬;一辛龍,左酉右戌;一午龍,左丙右丁;一巽龍,左辰右巳;一卯龍,左甲右乙。此五龍陰陽駁雜,兼帶煞氣。若得單清過脈,發福更大、更悠久。不但來龍如此,五向必作正向,方得房分不偏;而若兼左兼右則三房受害,無三則二房受害矣。
《周易》にいう、亥位は天門の左にあり、紫微垣の光芒が旁照する處で、天極星と太乙星が常にそこに駐する。亥は木の長生の位であるとともに、天皇星が下照して亥地に臨む。亥龍が祖山を起こし、過脈が單一清純なれば、龍中の上吉である。凡そ亥龍が過峽出脈し、盡頭に至って結穴するとき、その「束咽」(龍脈が穴に入る前の最も細い收束處)は必ず亥字の格上に在らねばならない。こうして頭を盡して結ぶ穴が初めて吉である。二十四条の龍脈の中で五条だけ最も下葬し難い。一は亥龍で、左は乾に緊挨し右は壬に緊挨する。二は辛龍で、左酉右戌。三は午龍で、左丙右丁。四は巽龍で、左辰右巳。五は卯龍で、左甲右乙。この五つの龍は陰陽の屬性が駁雜不純で、還た煞氣を夾帶する。もし單一清純の過脈を得れば、發福はかえって更大更久である。來龍だけでなく、この五種の坐向も必ず正向を立てねばならず、そうすれば各房の子孫の得るところが偏枯しない。もし偏左あるいは偏右して鄰位を兼取すれば、三房が害を受け、三房がなければ二房が害を受ける。
凡亥龍起祖,由亥旋入艮結穴者,定主科甲及第,富貴顯耀。若卯龍起祖,入丙轉亥結穴者,主文武雙全,宰輔三公。如兌龍起祖轉丙入庚者,主鉅富,又主翰苑才名。如正亥結穴者,主科甲連綿,官居臺閣。
凡そ亥龍が祖山を起こし、亥位から盤旋して艮位に轉入して結穴するものは、必ず科舉登第、富貴顯赫を司る。卯龍が祖を起こし、丙位に轉入し再び亥位に折返して結穴するものは、子孫が文武全才で、位は宰輔三公に至るを司る。兌龍が祖を起こし、丙位に轉じ再び庚位に入るものは、家產巨富を司り、また翰林院で文才の名を享けるを司る。正正しく亥位上に落ちて結穴すれば、科舉が一代接一代として斷えず、官は中央臺閣の重臣に至るを司る。
壬宮天星
《易》曰:“壬屬北方。”陽水納卦於離,為天干之九數。故《卜易》曰:“離火己卯己酉親。”己、壬二干隸離。時令仲冬,太陽雨水到壬山,處暑到丙向,天帝大暑到壬山。天星曰陰權,室宿二星赤居其所,為太廟,天子之宮也。又為元宮,一曰清廟,又為軍糧之府,又土工事。其下九天為日、月、五星之中道。土一星,為天子宮;下一廟為太廟,故羽林以衛之,將有土工之事。占於營室,其星明正則國昌,文明四海;不明則鬼神不享祭祀,天下多生疾疫。
《周易》にいう、壬は北方に屬する。それは陽水で、納甲上は離卦に歸し、十干の第九位に居る。ゆえに《卜易》にいう、「離火己卯己酉親」。己・壬の兩干は皆離卦に隸屬する。時令上は仲冬に配する。太陽は雨水の節氣に壬山に至り、處暑には丙向に正對し、天帝は大暑に壬山に至る。壬位に對應する天星は「陰權」といい、二十八宿中の室宿二つの赤星がここに居り、太廟を象り、天子の宮室である。また元宮ともいい、清廟とも稱し、還た軍糧の倉庫と土木工程の事を司る。その下九天は日・月と五星の運行する中道である。室宿中の一つの土に屬する星は天子の宮殿を象り、その下の一處の廟宇は太廟を象る。ゆえに羽林軍の拱衛があり、土木營造の事あらずんことを示す。凡そ宮室の營造を占卜するには、この營室の星を看る。星光が明亮端正なれば國運昌隆、文教は四海に遍く及び、星光が晦闇なれば鬼神は祭祀を享けず、天下に瘟疫が多く生ずる。
壬龍法
紫微帝座,一白星傍照壬地,又得四輔六相左右輔之,為龍之上吉。其龍不可與亥同行,謂之龍身帶曜,先賢所忌,切宜詳細。若乾龍起祖,由坤入午,正出面結穴者,定主科甲翰苑,官居極品。如坎龍起祖,由甲出乙,轉壬結穴者,主富貴雙全,科甲聯登。若午龍起祖,入坤轉乙,向甲結穴者,主鉅富,田聯阡陌,官居臺省。
紫微垣の帝座の側に一白星が旁照して壬地に臨み、また四輔・六相の諸星が左右に夾護する。ゆえに壬龍は龍中の上吉である。この龍は亥位の脈と同行してはならない。それを「龍身帶曜」(龍脈に凶煞星曜の氣を夾帶する)といい、前賢の忌むところ、必ず細辨せよ。乾龍が祖山を起こし、坤位を經て午位に轉入し、端端正正に出面して結穴するものは、必ず科舉に入り翰林に至り、官は一品に至るを司る。坎龍が祖を起こし、甲位から出脈し、乙位に轉出し、再び壬位に折入して結穴するものは、富と貴が兩全し、科舉は連續して登第するを司る。午龍が祖を起こし、坤位に入り再び乙位に轉じ、甲位に向かって結穴するものは、家資巨富で田地は連なって阡陌を成し、官は臺省の要職に居るを司る。
坎宮天星
《易》曰:“坎,陷也。習坎,有孚維心,亨。行有尚。”位居正北,雨以潤之而枯槁滋息。時令仲冬。曰:“勞乎坎”,以終歲勤動,慰勞於斯,一陽藏蓄而休息也。冬至,天帝迴歸北極於子垣,太陽復命告功於丑所,壬癸輔子。坎,冬之令也,萬物歸藏,帝既慰勞而一元告成。《易》曰:“勞乎坎。”
《周易》にいう、「坎は陷落である。重々たる險陷の中に身を處しても、心中に誠信を懐けば亨通し得、行動は還た嘉許を受く」。坎位は正北にあり、雨水がこれを滋潤して、枯槁した草木を再び滋生させる。時令上は仲冬に配する。《說卦》に「勞するは坎にあり」というのは、一年到頭辛勤勞作し、ここで慰勞を獲て、一線の陽氣が潛藏蓄養して休止することをいう。冬至の時、天帝は北極の子垣の中に歸り、太陽も丑位で復命報功し、壬と癸は子位を輔佐する。坎は冬の時令を司り、万物は收斂歸藏し、天帝すでに衆生を慰勞し、一元の氣はここに告成する。《周易》にいう、「勞するは坎にあり」。
天星曰陽光,虛宿二星赤居其所,冢宰之象,主北方城邑、廟堂祭祀之事。又主風雲、死喪、哭泣。下九尺是日、月、五星之中道,其星明大則天下安泰。又危宿三星赤,亦居其所,為天府,一曰天市;又曰架屋,為天子廟堂。下九尺由日、月、五星之中道。主架屋受藏風雨、墓墳祠禮,亦為冢宰之官。主天下五穀豐稔,以象海涵珠滋萬物之所。一白正臨,九紫對照,八白居左,六白居右,兩相輔佐,天帝成始之宮也。
坎位に對應する天星は「陽光」といい、二十八宿中の虛宿二つの赤星がここに居り、冢宰(百官を總領する大臣)を象り、北方の城邑と廟堂祭祀の事を主管し、また風雲・死喪・哭泣を司る。その下九尺は日・月と五星の運行する中道で、この星が明亮碩大なれば天下は安寧太平となる。危宿三つの赤星もこの位に居り、天府を象り、また天市とも架屋ともいい、天子の廟堂で、その下九尺も同じく日・月と五星の中道である。それは屋を建てて風雨を蔽うことを司り、墳墓祠祭の禮を司り、また冢宰の類の官職に屬し、併せて天下の五谷豐收を司る。大海が珠玉を涵容し万物を滋養する處に象を取る。九星の中で一白が正しくこの位に臨み、九紫が對面に相照し、八白は左に居り、六白は右に居り、両旁に夾輔する。これは天帝が一年の始を開創する宮位である。
坎龍法
凡坎龍起租,骨脈分明,地局端正,到頭結穴者,為龍之上吉。若轉坤龍結穴者,定主雙生之兒,富貴可許。如旋申起勢,轉正坎出面結者,亦主科甲富貴。又有翻身逆勢,旋申由午結回龍顧租,必得局法端正,砂水秀麗,定主翰苑才名,日近天顏,富而好禮。又主雙生之兒,又生六指之人。如壬癸起祖,旋申入辰,轉乙出面者,主產武略將帥之職,英俊雄偉之才。若巽山起祖,由坎出面結者,主生雙女。兌龍亦同,主家財消散。
凡そ坎龍が祖山を起こし、骨干と枝脈が分明で、地局が端正で、盡頭に至って結穴するものは、龍中の上吉である。坤龍に轉じて結穴すれば、必ず雙胞胎を生じ、富貴も指して期できる。盤旋して申位に至り勢いを起こし、再び正坎に轉り返って出面して結穴するものも、科舉富貴を司る。また一種、翻身して回頭し、來勢に逆って行くものがあり、申位から盤旋し、午位を經て「回龍顧祖」(穴場が頭を掉げて自家の祖山を朝拜する)の局を結ぶ。局法が端正で砂山水流が秀麗ならば、必ず主人が翰林に入り才名を享け、常に天子に親近し得、家は富み禮を好むを司る。また雙胞胎を生じ、六指の人を生ずるをも主る。壬・癸方から祖を起こし、盤旋して辰位に入り、再び乙位に轉じて出面するものは、武略に通曉し將帥に堪える英偉の才を出すを司る。巽山が祖を起こし、坎位から出面して結穴するものは、雙胞胎の女子を生ずるを司る。兌龍も同じで、還た家財の耗散を司る。
癸宮天星
《易》曰:“癸屬北方之陰水,納卦於坎,為天干之十數。”故《卜易》曰:“坎水戊寅外戊申。”癸、戊二干隸坎,時令仲冬之末。太陽大寒到山,大暑到向;天帝小寒到山。天星曰陰光,女宿四星赤居其所,為天之少府,掌管書機。又為須女、賤妾之稱,婦職之小也。主布帛、裁制、嫁娶。下九尺為日、月、五星之中道。其星明則文士現,五穀豐,女工昌盛,府庫充盈。
《周易》にいう、癸は北方の陰水に屬し、納甲上は坎卦に歸し、十干の第十位に居る。ゆえに《卜易》にいう、「坎水戊寅外戊申」。癸・戊の兩干は皆坎卦に隸屬し、時令上は仲冬の末尾に配する。太陽は大寒の節氣に癸山に至り、大暑には癸向に正對し、天帝は小寒に癸山に至る。癸位に對應する天星は「陰光」といい、二十八宿中の女宿四つの赤星がここに居り、天上の少府を象り、文書機要を掌管する。また「須女」とも稱し、卑妾の意を含み、婦人の職分中の較低い等を指し、布帛・裁剪縫製と嫁娶の事を主管する。その下九尺は日・月と五星の運行する中道である。この星が明亮なれば、文士輩出し、五谷豐登し、女紅興盛し、府庫充實する。
癸龍法
凡癸龍起祖,旋申入辰轉乙出面結穴者,主生英雄豪傑,才堪將帥。如旋申起勢,轉正坎出面結者,主科甲富貴。若轉坤龍結穴者,富貴雙全。如翻身逆勢,旋申由午結回龍顧祖,定主科甲翰苑,又主雙生之兒、六指之人。與坎宮同推。
凡そ癸龍が祖山を起こし、盤旋して申位に入り、再び辰位に折入し、乙位に轉じて出面して結穴するものは、英雄豪傑を生じ、才幹は將帥を担当するに足るを司る。申位で盤旋して勢いを起こし、正坎に轉り返って出面して結穴するものは、科舉富貴を司る。坤龍に轉じて結穴するものは、富と貴が兩全する。もし翻身して回頭し、逆勢に行き、申位から盤旋し午位を經て回龍顧祖の局を結べば、必ず科舉に入り翰林に至るを司り、また雙胞胎・六指の人を生ずるをも主る。これらの斷法は坎宮と同じく推求する。
丑宮天星
《易》曰:“丑屬陽土,東北之界,納甲於兌,金庫於丑。”地支之二數,時令季冬。太陽小寒到丑山,小暑到未向。天帝大寒到丑山。天星曰金牛,又曰斗牛。牛宿六星赤居其所,為天之關梁,主犧牲之事。日、月、五星貫之為中道。上二星,主道路;次一星,主關梁;又次二星,主南夷。其上二星,一曰積路,一曰積火,主道路;中間一火星,主關梁、牛馬;次下三星,主南越。星明大則王道,天下安,牛馬廣;不明,則牛馬瘟疫。
《周易》にいう、丑は陽土に屬し、位は東北方の分界處にあり、納甲は兌卦に歸し、五行中金の「墓庫」は丑位にある。丑は十二支の第二位で、時令上は季冬に配する。太陽は小寒の節氣に丑山に至り、小暑には未向に正對し、天帝は大寒に丑山に至る。丑位に對應する天星は「金牛」といい、また「斗牛」ともいう。二十八宿中の牛宿六つの赤星がここに居り、天上の關隘橋梁を象り、祭祀に用いる牲畜の事を主管し、日・月と五星がその間を貫穿して中道を成す。牛宿の上の二星は道路を司り、次の一つは關隘橋梁を司り、更に下の二つは南方の外族を司る。上の二星は、一名「積路」、一名「積火」で、皆道路を司る。中間の一つの火星は關梁と牛馬を司る。更に下の三つは南越の地を司る。この星が明亮碩大なれば、王道通行・天下安定・牛馬繁盛の兆であり、星光が晦闇なれば牛馬に瘟疫が多い。
丑龍法
《易》曰:“丑居東北。”以八白同宮,貪狠一星,在紫微之北下照丑地。在天為四金,在時為四季。然天市垣中,天機一星傍照丑地。故丑龍起祖,骨脈分明,為龍之上吉,定產富貴之人。其龍不可與癸同行,切宜詳細。如兌龍起祖,入艮由震出面結穴者,主產文武全才之士,威鎮邊夷。若艮龍起祖,由丙入庚結穴者,主科甲奕世、丁財大旺。若亥龍起祖,入艮轉未結穴者,主大富,乃得牛羊發家。
《周易》にいう、丑位は東北に居る。それは九星中の八白と同宮で、また「貪狼」の一星が紫微垣の北で下照して丑地に臨む。貪狼は天に在っては四金の列に屬し、時令上は四季の末の土月に配する。天市垣中に還た天機一星が旁照して丑地に臨む。ゆえに丑龍が祖山を起こし、骨干枝脈が分明なものは、龍中の上吉で、必ず富貴の人を出す。この龍は癸位の脈と同行してはならない。必ず細辨せよ。兌龍が祖を起こし、艮位に入り再び震位から出面して結穴すれば、文武全才の士を出し、威名は邊地部族を鎮服するを司る。艮龍が祖を起こし、丙位から庚位に轉入して結穴すれば、科舉が一代接一代とし、人丁と財帛が共に極めて旺むを司る。亥龍が祖を起こし、艮位に入り再び未位に轉じて結穴すれば、大富を司り、しかも牛羊を畜養して家を興したものである。
艮宮天星
《易》曰:“艮,止也。艮其背,不獲其身。行其庭,不見其人,無咎。”位居東北,艮以止之,而生意收斂於不過。時令於春,曰:“成言乎艮。”生克嗣續,成終開始,則一陽凝止於外,而為之有待也。此帝之無為而為,不為也。大寒,天帝司丑,太陽臨子,交會於子丑之間,萬物成終成始。太陽逆行,天帝順行,故丑寅輔艮。艮得上爻一陽初生,故春之時令得艮之陽爻而發。
《周易》にいう、「艮は止息である。背脊の處に止息すれば、自身の存在を覺えず、その庭に入っても、人を見ることなし。斯くのごとくして過ちなし」。艮位は東北に居り、これをもって生機を止め、生意を收斂させて過度にいたらしめない。時令上は春季に配し、《說卦》に「成言は艮にあり」という。生生克克、子孫相繼ぎ、一年はここで終結すると同時に再び開始し、一線の陽氣が外に凝定して、靜かに時機を待つ。これ正に天帝が作為なくして一切を成就し、為さないように見えて實に為すところあるである。大寒の時、天帝は丑位を主宰し、太陽は子位に臨み、両者は子丑の間で交會し、万物は終わりかつ始まる。太陽は逆行し、天帝は順行する。ゆえに丑と寅は艮位を輔佐する。艮卦の最上の一爻は一陽の初生で、因って春の時令は艮卦のこの一本の陽爻に憑って發動する。
天星曰陽機,又曰陽樞。斗宿六星赤居其所,為天廟也。五星貫其中,為日、月之正道。五帝坐其宮,天市垣中其星最明赤者主之。天市,全貨之府,為丞相、太宰之位,酌量政事之宜,褒進賢良,永受爵祿。南二星魁,天梁也。中央二星,天相也。北二星,天府庭也。亦為受命之期,將有天子之事占於南斗。其魁第一星主吳,第二星主會稽,第三星主丹陽,第四星主豫章,第五星主廬江,第六星主江州。六星欲其均明,則天下安泰,風雨順時,君民安康,五穀豐熟。
艮位に對應する天星は「陽機」といい、また「陽樞」ともいう。二十八宿中の斗宿六つの赤星がここに居り、天上の廟宇を象り、五星がその中を貫穿し、日と月の運行する正道である。五方の天帝がこの宮に坐鎮し、天市垣中の最も明亮にして赤色を呈する星がそれを主管する。天市は百貨を聚集する府庫で、丞相・太宰の職位を象り、政事の得宜否を斟酌し、賢良を褒奬進用し、爵位俸祿を長く享く。斗宿の南の二つは斗魁で天梁といい、中央の二つは天相といい、北の二つは天府庭という。ここはまた天命を承受する時機を象り、凡そ天子の事あらずんとするには、南斗を占看する。斗魁の第一星は呉地を司り、第二は會稽を司り、第三は丹陽を司り、第四は豫章を司り、第五は廬江を司り、第六は江州を司る。この六つの星は亮度が均一なのをよしとし、さすれば天下は安寧太平で、風雨は時に順い、君主と百姓は皆安康で、五谷は豐熟する。
艮龍法
凡艮龍起祖,卓拔高拱如華蓋、如文筆、如玉印、如武金、如貪狼、華蓋者,蓋下出木星如此,出脈過峽,一起一伏,一灣一曲,起伏盤旋到頭結穴者,為龍之吉。其龍不可與寅同行,謂之八煞龍,切宜詳細,先賢所忌。若得單清過脈,地局端正,砂水全備,主星拱峙者,為龍之最吉者也。
凡そ艮龍が祖山を起こすとき、山勢は挺拔高拱し、形狀は或いは「華蓋」(頂部が平展し四周が下垂して車蓋のごとき山)、或いは「文筆」(尖峭で筆鋒のごとし)、或いは「玉印」(方正で印章のごとし)、或いは「武金」(雄壯渾圓の金形山)、或いは「貪狼」(九星の一つ、山形は圓頭直身で尖圓して筍のごとし)に似る。所謂華蓋とは、蓋形の山の下から更に一座の木星峰を抽出する樣子である。このような祖山が脈を抽して出行し、「過峽」(龍脈の起伏の間で收束して細くなる處)を經て、一起一伏・一彎一曲し、盤旋して下り盡頭に至って結穴すれば、吉龍である。この龍は寅位の脈と同行してはならない。それを「八煞龍」(本卦の忌む煞位と龍が同行する)といい、必ず細辨せよ。
如華蓋下出脈,有木星結穴者,主出侍郎、尚書之官;中格龍科甲、翰林;下格龍主科貢秀士。如文星上木下水結穴者,上格龍主文章顯達,職兼文武;中格龍主科甲道院,下格龍主科貢人才。如玉印方正之山,小土星出脈結穴者,上格龍主科名高顯,爵祿萬鍾;中格龍主腰金五馬;下格龍主富,出重義之人。
もし華蓋形の山の下から脈を抽出し、木星峰で結穴するなら、侍郎・尚書一級の官を出すを司る。中等格局の龍は科舉中式し翰林に入り、下等格局の龍は貢生・秀才を出す。文筆の星峰で、上段が木形を作り下段が水形(上は尖直で下は起伏する)を作って結穴するなら、上格龍は文章顯達で職は文武を兼ねるを司り、中格龍は科舉に中り道院に供職するを司り、下格龍は貢生・秀才の類の人才を出す。玉印のような方正の山で、小土星(頂平體方の小丘)から出脈して結穴するなら、上格龍は科名顯赫で爵祿豊厚を司り、中格龍は腰に金印を佩び五馬の車に乘る顯官を司り、下格龍は富を司り義氣を重んずる人を出す。
如武金者,其星雄偉,體勢尊嚴,故謂之武,即獻天金。雲中金出脈結穴者,上格龍主出大將,征伐邊境,名傳四海;中格龍主田聯阡陌,出臺鎮閫府;下格龍主鉅富,主出蠢俗燥烈之人。如華蓋,蓋下有木星而出結穴者,上格龍主翰林臬臺,中格龍主尚書侍從,下格龍主科甲府道。如金星結者,主科甲屏翰,大發文章。如木星結者,主臬臺開府。如水星結者,主出科貢秀士。如火星結者,主生燥烈之人。如土星結者,主鉅富。
所謂「武金」とは、この類の星峰が雄偉で體勢が莊嚴であることをいい、ゆえに武と稱し、すなわち「獻天金」である。「雲中金」(高聳して雲端に插入する金形山)から出脈して結穴するものは、上格龍は大將を出し邊疆に出征して名を四海に傳えるを司り、中格龍は田地が連片し一方を鎮守する統帥を出すを司り、下格龍は家資巨富を司るが粗鄙暴躁の人をも出す。華蓋形の山で、蓋下に木星峰が出脈して結穴するなら、上格龍は翰林に入り按察使に任ずるを司り、中格龍は尚書・侍從を為すを司り、下格龍は科舉中式して知府あるいは道員に任ずるを司る。金星により結穴すれば、科舉中式して屛藩の重臣に列し、文章大いに顯れるを司る。木星により結穴すれば、按察使に任じ開府建衙するを司る。水星により結穴すれば、貢生・秀才を出すを司る。火星により結穴すれば、性情暴烈の人を生ずるを司る。土星により結穴すれば、家資巨富を司る。
寅宮天星
《易》曰:“寅屬東北之陽木。納卦於離,地支之三數,火土之長生位。”時令於春。太陽大雪到寅,芒種到申向;天帝雨水到寅山。天星曰天培,又曰功曹。箕宿四星赤居其所。箕為天津,又為後宮,后妃之府。上六尺為日、月、五星之中道。若五星臨箕、壁、參、軫四官,則風雨驟至;纏度不開,則久雨不晴。又主口舌之神,前二星為舌端,動則大風,不出三日即應。其星明則五穀熟,其星赤則大旱。
《周易》にいう、寅は東北方の陽木に屬し、納甲は離卦に歸し、十二支の第三位で、また火と土の「長生」の位(火土の氣の初生する處)である。時令上は春季に配する。太陽は大雪の節氣に寅に至り、芒種には申向に正對し、天帝は雨水に寅山に至る。寅位に對應する天星は「天培」といい、また「功曹」ともいう。二十八宿中の箕宿四つの赤星がここに居る。箕宿はまた天津と稱し、後宮をも象り、后妃の居所であり、その上六尺は日・月と五星の運行する中道である。五星が箕・壁・參・軫の四つの星官に行臨すれば、風雨が驟然と降り、行度が滞留して散じなければ、久雨晴れない。箕宿はまた口舌是非を司る神で、前の二星は舌尖を象り、一旦躁動すれば大風を起こし、三日を出ずして必ず應驗する。この星が明亮なれば五谷成熟し、この星が發紅すれば大旱がある。
寅龍法
寅乃天培所居之位,又得貪狼天樞一星下照寅地,北斗之天柱八白之傍照,為龍之上吉者也。其龍不可與艮同行,謂之八曜行龍,先賢所忌,切宜詳細。若坤、乙二龍起祖,由坎入離結穴者,定產富貴顯宦之人。若乾龍起祖,轉坎入乙結穴者,主發福貴,出顯宦。如離龍起祖,由壬轉寅正出結穴者,主離鄉發貴。
寅は天培星の居る方位で、また貪狼・天樞の一星が下照して寅地に臨み、還た北斗天柱と八白星が旁らで照應する。ゆえに龍中の上吉である。この龍は艮位の脈と同行してはならない。それを「八曜行龍」(本卦八煞の曜と龍が同行する)といい、前賢の忌むところ、必ず細辨せよ。坤龍・乙龍が祖山を起こし、坎位から離位に轉入して結穴するなら、必ず富貴顯要の官宦を出す。乾龍が祖を起こし、坎位に轉じ再び乙位に入りて結穴するなら、發富發貴を司り、顯赫の官員を出す。離龍が祖を起こし、壬位から寅位に轉じ、端正に出脈して結穴するなら、家鄉を離れて外地で發迹顯貴するを司る。
甲宮天星
《易》曰:“甲屬東方陽木。納卦於乾,為天干之首。”故《卜易》曰:“乾金甲子外壬午。“時令仲春。驚蟄節,二月也。天帝司甲,太陽臨亥。八月太陽到庚向。天星曰陰璣。尾宿九星赤居其所,后妃之府。北一丈為天之中道。室宿、尾宿二星,是九子星也。其星明大,則主壬、甲二方墳塋多子孫。
《周易》にいう、甲は東方の陽木に屬し、納甲は乾卦に歸し、十干の首に居る。ゆえに《卜易》にいう、「乾金甲子外壬午」。時令上は仲春に配し、驚蟄のこの節氣はすなわち二月である。天帝が甲位を主宰するとき、太陽は亥位に臨み、八月には太陽は庚向に正對する。甲位に對應する天星は「陰璣」という。二十八宿中の尾宿九つの赤星がここに居り、后妃の居所を象り、その北一丈は天の中道である。室宿と尾宿のこの二組の星は「九子星」と稱される。それらが明亮碩大なれば、壬・甲の二つの方位上の墳墓は后代子孫衆多を司る。
甲龍法
《易》曰:“甲陽木。納卦於乾,天干之陽木。”帝宿初出北斗,若五權星下照其旁,主文章之府、宰相之官。凡甲龍起祖,單清過脈,地局端正,砂水全備,正出面者,為龍之上吉。若乾龍起祖,由坤轉乙正甲出面結穴者,定主少年科甲、蜚聲魁第。若坤龍起祖,入坎轉寅結穴者,主產文武雙全之才,科甲才名之貴。若午龍起祖,轉乾入坎,由辰出脈結穴者,產狀元宰相,出王侯太尉之官。若坎龍起祖,由坤入癸轉申結穴者,主大富小貴,人丁不旺。
《周易》にいう、甲は陽木で、納甲は乾卦に歸し、天干中の陽木に屬する。帝宿が剛く北斗中より露出し、五權星が旁らで下照するがあれば、文章の府庫・宰相の官位を司る。凡そ甲龍が祖山を起こし、過脈が單一清純で、地局が端正し、砂山水流が齊備し、端端正正に出面するものは、龍中の上吉である。乾龍が祖を起こし、坤位を經て乙位に轉じ、再び正甲から出面して結穴するものは、必ず少年にして科舉に中り、名列前茅して聲名遠播するを司る。坤龍が祖を起こし、坎位に入り再び寅位に轉じて結穴するものは、文武雙全の人才を出し、科舉と文名をもって顯貴するを司る。午龍が祖を起こし、乾位に轉じ坎位に入り、再び辰位から出脈して結穴するものは、狀元・宰相を出し、王侯太尉一級の大官を出す。坎龍が祖を起こし、坤位から癸位に入り再び申位に轉じて結穴するものは、大富を司るが官職は高くなく、人丁も興旺しない。
震宮天星
《易》曰:“震,動也。震,亨。震來虩虩,笑言啞啞。震驚百里,不喪匕鬯。”位居正東,雷以動之,發其生意。《易》曰:“帝出乎震而陽始,而氣機於是萌動焉。”時令正春。春分天帝到卯,太陽在戌,卯戌交會,故卯與戌合,甲乙輔震,正春之令也。萬物發生,故曰:“帝出乎震。”
《周易》にいう、「震は振動である。震卦は亨通す。雷聲驟然として來れば人人惊恐戰慄し、雷聲過ぎればまた談笑自如である。驚雷は百里の遠を震動すとも、祭を司る人は手中の匕匙と鬯酒をも失落せず」。震位は正東にあり、雷をもってこれを鼓動し、万物の生機を激發する。《周易》にいう、「帝は震より出ず」。陽氣はここより始まり、氣機はここに萌動する。時令上は正春に配する。春分に天帝は卯に至り、太陽は戌にあり、卯戌は交會する。ゆえに卯と戌は相合する。甲と乙は震卦を輔佐する。これは正春の時令である。万物は萌生し生長する。ゆえに「帝は震より出ず」という。
天星曰陽衡,又曰天沖、天命。氐宿四星赤居其所,是天子休解之宿宮、后妃之府,又為天根。下五尺為日月五星之中道。其星明,君臣百姓共享太平。房宿四星赤居其所,為明堂,天子佈政之宮也。又為四輔,又為天駟,又為天馬,主車駕,主武,大將軍之位,掌管眾兵、三軍號令。其星明大,則天下太平,人民樂業。乃乾坤之長子,得天地之正氣。天地火星主宰輔。帝乃震也,為廉貞,皆從日之方升。帝出,得一陽初升。
震位に對應する天星は「陽衡」といい、また「天沖」「天命」ともいう。二十八宿中の氐宿四つの赤星がここに居り、天子が衣を解き休息する宿宮・后妃の居所であり、また「天根」と稱し、その下五尺は日月五星の運行する中道である。この星が明亮なれば、君臣百姓は太平を共享する。房宿四つの赤星もこの位に居り、明堂を象り、天子が政令を頒布する殿堂である。また四輔とも天駟とも天馬ともいい、車駕を主管し、武事を司り、大將軍の職位を象り、衆兵と三軍の號令を掌管する。この星が明亮碩大なれば、天下は太平で、百姓は安楽に居業する。震は乾坤の生む長子で、天地の正氣を禀受する。天地間の火星は主宰輔佐の職を司る。天帝の出ずる處は正に震で、九星中の「廉貞」に配し、皆太陽が剛く昇る一刻に象を取る。天帝はここから出發し、得るところは一陽初昇の氣である。
震龍法
凡震龍起祖,出脈過峽,地局端正,震龍行度,骨脈分明,火星結穴者,主產文武全才,三公將相之人。若廉貞起祖,震山出面,庚水朝來,定產燥烈之人,必為上將,斬砍自伏,武鎮邊奪。如艮龍起祖,出面由亥入庚,骨脈分明,地局端正結穴者,主產文武,定出賢士。若亥龍起祖,一峰獨出,由丙入艮結出脈穴者,定出科甲翰苑才名之貴。
凡そ震龍が祖山を起こし、脈を抽し峽を過ぎ、地局が端正で、震龍の行走する度數が法に合し、骨干と枝脈が分明で、火星(尖聳して焰のごとき山形)により結穴するものは、文武全才で三公將相に任じうる人物を出すを司る。廉貞(九星の一つ、山形は火焰の騰起するがごとく峻峭多石)をもって祖を起こし、震方の山が出面し、庚方の水が朝來するなら、必ず性情剛烈の人を出し、必ず上將を成し、向かう處敵は望風歸伏し、武功をもって邊疆を鎮守し戰功を奪取する。艮龍が祖を起こし、出面して後亥位を經て庚位に轉入し、骨脈分明・地局端正にして結穴するなら、文武の人才を出し、必ず賢士を出すを司る。亥龍が祖を起こし、唯一峰が獨聳し、丙位から艮位に轉入して結穴出脈するなら、必ず科舉して翰林に入り文才をもって顯貴する人を出す。
震龍出脈,左不可兼甲,右不可兼乙,甲納於乾為孤,乙納於坤為虛。震為坤之八煞,惡人來了,是以甲孤乙虛,帶乾坤龜甲之氣,必主滅門絕門。古云:“陰陽相乘,禍咎踵門。”言龍不可陰陽雙來,故禍咎踵門,切宜慎之。如卯龍不可兼甲乙之類。
震龍が脈を抽して出行するとき、左は甲位を兼帶し得ず、右は乙位を兼帶し得ない。甲は納甲上乾に歸し「孤」を司り、乙は納甲上坤に歸し「虛」を司る。震はまた坤卦の八煞の所在で、凶惡の氣はこれに隨って來る。ゆえに甲孤乙虛、乾坤龜甲一路の氣息を夾帶すれば、必ず家門の敗落斷絕を司る。古語にいう、「陰陽相乘れば、禍咎門に踵む」。龍脈は陰陽二氣が一同に來るべきではない、否れば災禍は踵を接して門に至る。必ず謹慎せよ。たとえば卯龍は甲・乙を兼帶し得ず、其餘は類推する。
“陰陽相配,福祿永貞。”言水與向宜陰陽相配。如坤水來,立乾向;乾水來,立坤向。巽水來,立卯向;卯水來,立巽向。午水來,立子向;子水來,立午向。酉水來,立艮向;艮水來,立酉向。此陰陽相配之法。老父配老母,長男配長女,中男配中女,少男配少女,此水配向是八卦夫婦相配法。
「陰陽相配、福祿永貞」の一句は、來水と坐向は陰陽相配すべきことを講じる。たとえば坤方の來水には乾向を立て、乾方の來水には坤向を立て、巽方の來水には卯向を立て、卯方の來水には巽向を立て、午方の來水には子向を立て、子方の來水には午向を立て、酉方の來水には艮向を立て、艮方の來水には酉向を立てる。これが陰陽相配の法則である。老父は老母に配し、長男は長女に配し、中男は中女に配し、少男は少女に配す。この來水をもって坐向に配する辦法は、すなわち八卦上の夫婦相配の法である。
水是生成,向是人立,是以立向有轉移之巧。乾坤,老父母,是八十之數;震巽,長男長女,是六十之數;坎離,中男中女,是四十之數;艮兌,少男少女,是二十之數。數者,壽也。所以云:“艮龍酉水立向丙,少年科甲須文章。”又云:“巽水滔滔走入庚,震龍未向狀元生。”故陰陽相配,福祿永貞。“水是天地生成,向是先賢傳度。”可知矣。
水は天地自然の生成するもの、向は人為の立定するもの。ゆえに立向には轉移變通の巧みがありうる。乾と坤は老父老母で、八十の數に配し、震と巽は長男長女で六十の數に配し、坎と離は中男中女で四十の數に配し、艮と兌は少男少女で二十の數に配する。ここにいう數とは、壽數を指す。ゆえに口訣にいう、「艮龍酉水立向丙、少年科甲須文章」。艮方の來龍・酉方の來水に丙向を立てれば、少年にして文章をもって擧に中るをいう。またいう、「巽水滔滔走りて庚に入り、震龍未向に狀元生ず」。巽方の水が滔滔と庚方に流れ入り、震龍が未向を立てれば、狀元を出せるをいう。陰陽相配してこそ、福祿は長久堅固し得ることが見える。「水は天地の生成するもの、向は前賢の傳えた法度」――この道理はこれにより明白にできる。
這等看來,雙山長生水法全不用了。長生水法,世人未索其解,半假半真。
照らして見れば、雙山長生水法は全然用いるに及ばない。所謂長生水法は、世人はかつてその道理を探究し明らかにしたことがなく、その中に眞假が各半を占める。
其法謂之左右旋,左水到右為甲、庚、丙、壬四陽局。甲木生在亥,丙火生在寅,庚金生在巳,壬水長生在申。如亥水來,立甲向,未水去為歸墓;而不在未上去,則又曰“水出辰巽是衰方”,曰“惟有衰方可去來”,謂之甲木局。若依八卦水法算,犯祿存水上堂。祿存一名孤曜,一名絕體,不吉明矣。
あの套の方法は左旋・右旋と呼ぶ。水が左から右に流れるものは、甲・庚・丙・壬の四つの陽局に屬する。甲木の長生は亥にあり、丙火の長生は寅にあり、庚金の長生は巳にあり、壬水の長生は申にある。たとえば亥方の來水には甲向を立て、水は未方から流出するのを墓庫に歸するという。しかしまた水を未位に出させず、改めて「水が辰巽に出るは衰方なり」と言い、還た「惟だ衰方のみ去來す可し」ともいう。これを甲木局という。八卦水法に按って推算すれば、これはちょうど祿存水が直上明堂するのを犯す。祿存は一名「孤曜」、一名「絕體」で、不吉は明らかに擺れている。
又寅甲水來作火局,立丙向,丙火生在寅,水出戌;而不能出戌者,則曰“出未坤是衰方”。依八卦水法,寅是廉貞,甲是破軍,必生癆病惡疾,人命、官事、家財不了,官事不休。偽書云:“亥龍丙向夾蛇扦,富貴旺牛田。寅甲水來逐,穿紅並著綠。”庸師一見亥龍入首,寅甲水來,就言此四句俗話,殊不知賣盡牛田,惡疾染身,身上紅紅綠綠,果如穿紅著綠的郎君,一世也不脫下,除死方休。
またたとえば寅・甲方の來水は火局を作し、丙向を立てる。丙火の長生は寅にあるからで、水は戌方から流出すべきである。しかしまた戌に出得ないと言い、「未坤に出るは衰方」と講じる。八卦水法に依れば、寅位は廉貞に屬し、甲位は破軍に屬し、必ず癆病惡疾を招き、人命官司に纏まれ家財を耗盡し、訟事斷えない。僞造の書上にいう、「亥龍丙向蛇を夾みて扦せば、富貴にして牛田旺む。寅甲の水來り逐えば、紅を穿き併せて綠を著く」。平庸の地師は一たび亥龍入首・寅甲來水を見れば、口を開いてこの四句の俗語を誦するが、葬後に耕牛田產を賣り盡し、惡疾に纏まれ、身上紅一塊綠一塊、眞に紅を穿き綠を著る公子哥兒のようにであり、一生脫ぎ得ず、死するに非なければ算ざることを知らない。
又巳水來作庚金局,立庚向。庚金生在巳,水出丑。此局為後天夫婦相配則上吉;而若放戌乾衰方水,則重妻瞽目,不吉矣。又申水來,作壬水局,立壬向,壬水生在申,水出辰,則大富大貴之局。此水不可出衰方,丑艮水一去,則主乞丐、出僧道。
またたとえば巳方の來水は庚金局を作し、庚向を立てる。庚金の長生は巳にあり、水は丑方から流出する。この局は後天八卦の夫婦相配で講じれば上吉である。しかし水を戌・乾のこれら衰敗の方に放ち流せば、再娶繼室・家中に瞎眼の人を出すを司り、不吉である。またたとえば申方の來水は壬水局を作し、壬向を立て、壬水の長生は申にあり、水は辰方から流出すれば、それは大富大貴の格局である。この種の水は衰方に流向し得ず、一旦丑・艮方から流れ去れば、淪めて乞丐と為り子孫は出家して僧道と為るを司る。
又有右水到左為乙、丁、辛、癸四陰局,乙木生在午,丁火生在酉,辛金生在子,癸水生在卯。如午水來,立乙向,為乙木生在午,水出戌;而不能出戌,子水去為病水去,最妙;若出衰方,則不吉矣,謂之吉地葬凶,反生禍矣。酉水來,立丁向,為丁火生在酉;水出丑,上吉;丁納於兌,為納甲水,最秀,主少年發達,男清女秀;若放辰水去,則不吉矣,主投河自縊,缺唇露齒。
別に水が右から左に流れるものがあり、乙・丁・辛・癸の四つの陰局に屬する。乙木の長生は午にあり、丁火の長生は酉にあり、辛金の長生は子にあり、癸水の長生は卯にある。たとえば午方の來水には乙向を立て、乙木の長生は午にあるからで、水は戌方から流出すべきである。戌に出得なければ、子方の水を病位の水として流れ去らせるが、最も巧妙である。衰方から流出すれば不吉で、これを吉地なれど凶事を葬出すと呼び、かえって禍を招く。酉方の來水には丁向を立て、丁火の長生は酉にあり、水は丑方から流出して、最も上吉である。丁は納甲上兌に歸し、納甲の水に屬し、最も清秀で、少年發達を司り、男子は清俊・女子は秀美である。水を辰方に放ち流せば不吉で、人の投河上吊するを司り、家中に豁嘴露齒の人を生ずる。
子水來,立辛向,為辛金生在子;水出辰,則不吉;子坎卦,坎為中男,四十歲;辛,巽卦,巽為長女,六十歲;四十歲男子娶六十歲婦人,有生育乎?無生育乎?子水來破了陰局,子為沐浴之水,又為軍盜之水,主男為盜、女為娼,說也嚇人!若水出未方,則二房有救了。辛,巽卦,巽為風,為長女;未,震卦,震為雷,為長男;得夫婦相配之義,又得雷風相薄之局,則主丁財大旺,富貴綿遠。
子方の來水には辛向を立て、辛金の長生は子にあるからである。水が辰方から流出すれば不吉である。子は坎卦に屬し、坎は中男で四十の數に配し、辛は巽卦に屬し、巽は長女で六十の數に配する。四十歳の男子が六十歳の婦人を娶りて、還た兒女を生じ得るか。只だ生じ得ざるを恐れるのみ。子水一たび來ればこの陰局を破る。子は沐浴の水で、また兵盗を司る水で、男は淪めて强盜と為り女は淪めて娼妓と為るを司る。説きても人をして害怕させ。水を未方に放ち流出させれば、二房の子孫は救いあり。辛は巽卦に屬し、巽は風であり長女であり、未は震卦に屬し、震は雷であり長男である。夫婦相配の義理に合し、また雷風相激の局を成せば、それは人丁と財帛の大旺・富貴綿長を司る。
若論歸藏一事,全在一局。見陽水來、陽水去,立陽向;陰水來,陰水去,立陰向,則萬無一失。雖無龍與穴,卻無禍到也,平安。而癸水生在卯者,與此同推。可恨呂才作《銅函經》,用此雙山五行,將來日後預習成風,不知要害幾多良民,則知其心大不良也。
水の歸藏收束の事に至っては、全く整個の局勢を看る。凡そ陽水の來り陽水の去るを見れば、陽向を立て、陰水の來り陰水の去れば、陰向を立てれば、萬に一の失もない。たとえ龍脈と穴場が皆出色でなくとも、災禍を招くにいたらず、平安を保てる。癸水の長生が卯にある情形に至っては、この辦法に照らしてともに推求する。恨むべきは呂才が《銅函經》を編寫し、此の套の雙山五行を採用して、日後照らして演習して竟に風氣と為り、多少の良善百姓を坑害するか知れず、彼の居心が甚だ端正でないことが見える。
雖奉上諭,欲害蠻夷,古語云:“害人終害己。” “殺人一萬,自損三千。”又標出歌句以哄人:“乙丙交而趨戌,辛壬會而聚辰,斗牛納庚丁之氣,金羊收癸甲之靈。”詞句雖好,讀則甘甘有味。這多書,駝子習地者,無一人不遵其法。貧衲力止不聽,苦口逆耳,無奈我和尚學問不佳,眼睛又瞎,文理不通,叫貧衲那裡去講起?是以只得各從天命,事且由他。
たとえ彼が皇帝の詔令を奉じたとして、本意は借此をもって外族を坑害せんとしたにしても、古話は明白にいう、「人を害すれば終に己を害す」「人を殺す一萬、自ら損ずる三千」。彼はまた幾句の歌訣を標榜して人を哄かす。「乙丙交わりて戌に趨き、辛壬會して辰に聚まり、斗牛は庚丁の氣を納め、金羊は癸甲の靈を收む」。詞句は固より好く聴こえ、念ずれば甜甜と味がある。この些の書に憑って、羅盤を背負いて地理を学ぶ駝背の先生は、彼の法子に遵わざるなし。貧僧は竭力して勸阻するも肯じて聽く人なく、苦口良言はかえって耳に逆い、無奈この和尚は學問不佳、目も瞎え、文理も通ぜず、貧僧をして何處から講起させん。只好く各々天命に聽き、彼に隨って去らしむるのみ。
乙宮天星
《易》曰:“乙屬東方之陰木,乙納於坤,為天干之二數。”故《卜易》曰:“坤土乙未癸丑憑。”乙、癸二干隸坤。時令仲季之間。太陽霜降到乙山,穀雨到辛向;天帝清明到乙山。天星曰天官。氐宿四星赤居其所,為天子休解之宿宮,后妃之府也。前二星大,主后妃;後二星小,主妾媵。又為天根,下二尺五寸為日、月、五星之中道。其星明,則后妃奉君命,天下棉花熟,貯布廣賢。
《周易》にいう、乙は東方の陰木に屬し、納甲上は坤卦に歸し、十干の第二位に居る。ゆえに《卜易》にいう、「坤土乙未癸丑憑」。乙・癸の兩干は皆坤卦に隸屬する。時令上は仲春と季春の間に處す。太陽は霜降の節氣に乙山に至り、穀雨には辛向に正對し、天帝は清明に乙山に至る。乙位に對應する天星は「天官」という。二十八宿中の氐宿四つの赤星がここに居り、天子が衣を解き休息する宿宮であり、また后妃の居所である。前の二星は大で后妃を司り、後の二星は小で姬妾媵婢を司る。氐宿はまた「天根」ともいい、その下二尺五寸は日・月と五星の運行する中道である。この星が明亮なれば、后妃は君命を奉承し得、天下の棉花は豐收し、布帛の儲積は充裕し、賢才は廣布する。
乙龍法
《易》曰:“太乙一星赤在右,陽衡一星赤在左。”二星夾輔,下照乙地,其星在紫微之北,下照先天之坤。凡乙龍起祖,骨脈分明,地局端正,單清過脈,為龍之上吉。其龍入脈必須單乙,切不可相兼,左是卯,右是辰,卯為八煞,辰亦然也。若得坤龍起祖,由坎入離結穴者,定主名利科甲雙全。得乾龍起祖,入甲轉壬結穴者,主官居極品,又主女貴。若子龍起祖,由午入申結穴者,主丁財大旺,富貴綿遠。坤龍入穴,辛山乙向,乙水朝來,催官第一。壬龍入首,乙水坤向,當朝宰相。
《周易》にいう、太乙の一つの赤星は右にあり、陽衡の一つの赤星は左にある。兩星が左右に夾護し、下照して乙地に臨む。それらは紫微垣の北に位し、照らすは正に先天八卦中の坤の方位である。凡そ乙龍が祖山を起こし、骨干枝脈が分明で、地局が端正し、過脈が單一清純なれば、龍中の上吉である。この龍の入脈は必ず純粹の乙でなければならず、千萬に旁位を兼帶してはならない。左は卯、右は辰で、卯は八煞の所在、辰も同じである。坤龍が祖を起こし、坎位から離位に轉入して結穴するを得れば、必ず功名と利祿・科舉と聲望の雙全を司る。乾龍が祖を起こし、甲位に入り再び壬位に轉じて結穴するを得れば、官は一品に至るを司り、また家中の女子が顯貴するを司る。子龍が祖を起こし、午位から申位に轉入して結穴するなら、人丁財帛の大旺・富貴綿長を司る。坤龍が穴に入り、辛山に坐し乙向を立て、乙方の水が朝拜して來れば、これは催官發福の第一等の格局である。壬龍が入首し、乙方の來水を得て坤向を立てれば、當朝の宰相を出す。
辰宮天星
《易》曰:“辰屬陽土,居東南之界。納甲於坎,地支五數,時令季春。”太陽寒露到辰,清明到戌;天帝穀雨到辰山。天星曰天罡,又曰亢金。亢宿四星赤居其所,是日、月之中道,為天府,天子之內朝,總理天下卿大夫之治,猶尚書也。亦為疏廟,又主疾疫。其星明,則卿大夫清正,賢士加爵,士庶樂業,疾病無。
《周易》にいう、辰は陽土に屬し、位は東南方の分界處にあり、納甲は坎卦に歸し、十二支の第五位で、時令上は季春に配する。太陽は寒露の節氣に辰に至り、清明には戌向に正對し、天帝は穀雨に辰山に至る。辰位に對應する天星は「天罡」といい、また「亢金」ともいう。二十八宿中の亢宿四つの赤星がここに居り、正に日・月の運行する中道にあたり、天府を象り、天子の內朝で、天下の卿大夫の政務を總管する。朝廷の尚書に比すべきである。また「疏廟」ともいい、還た瘟疫疾病を司る。この星が明亮なれば、卿大夫は清廉公正で、賢士は加官進爵を得、士人百姓は安楽に居業し、疾病は生じない。
辰龍法
《易》曰:“辰在地支五位之尊,天罡所治之宮,太乙旁照之所,又得亢金一星下照辰地。”辰屬龍,亢金亦龍也。故辰龍過峽,必結大地。凡辰龍起祖,必踴躍而來,大開帳幔,起勢跌峽,大頓小伏,一行數百里,方結一穴。小則數十里,極小者數里,兩旁分枝開椏,不計其數。今以小者言之。
《周易》にいう、辰は十二支中に第五位に居りて尊く、天罡星の管轄する宮位で、太乙星が旁照する處であり、また亢金一星が下照して辰地に臨む。辰は生肖上龍に屬し、亢金宿もまた龍である。ゆえに辰龍は一旦過峽すれば、必ず大地を結ぶ。凡そ辰龍が祖山を起こすとき、必ず騰躍奔涌して來て、「帳幔」(祖山の両側に展開して帷帳のごとき橫列の山體)を大きく開き、勢いを起こして後跌落して峽と為り、一大頓一小伏して、數百里を走りて一處の穴を結ぶ。小さいのは數十里を走り、最小も數里あって、両旁に分出した支脈枝椏は數え盡せない。ここでは小さいのをもって説く。
辰龍出脈,起伏盤旋,入甲轉乾結穴者,為龍之上吉,主產狀元,出宰相。如乾龍起祖,由坤入甲結穴者,主科甲翰苑,官居開府。若坤龍起祖,由乾入甲轉乙出面結穴者,主大富大貴,人興位顯。凡結大地,必是辰戌丑未四龍,所有辰戌丑未四龍出脈,必是幹龍,不信看京都、省郡、州城、府縣所結之處,皆是辰戌丑未龍所結,方知辰戌丑未四龍為大龍,不知何人將此為墓龍而輕之?
辰龍が脈を抽して出行し、起伏盤旋し、甲位に入り再び乾位に轉じて結穴するものは、龍中の上吉で、狀元・宰相を出すを司る。乾龍が祖を起こし、坤位から甲位に轉入して結穴するなら、科舉して翰林に入り、官は開府建衙の高位に至るを司る。坤龍が祖を起こし、乾位から甲位に入り再び乙位に轉じて出面して結穴するなら、大富大貴で人丁興旺・地位顯赫を司る。凡そ大地を結ぶものは、必ず辰・戌・丑・未のこの四条の龍である。凡そ辰戌丑未の四龍が脈を抽するものは、必ず「幹龍」(主脈の大龍)である。信なければ、京城・省會・州城・縣治の所在する處を見よ。皆辰戌丑未の龍が結成したもので、初めてこの四条の龍が眞正の大龍であることを知る。誰がこれらを「墓龍」として輕視したのか。
巽宮天星
《易》曰:“巽,入也。小亨,利有攸往,利見大人。”位居東南,風以散之,解其鬱結,生萬物之功也。時令於夏。曰巽:“齊乎巽。”一陰順,二陽並行出,整齊而氣俱均布。穀雨天帝在辰,太陽到酉,故辰與酉合,辰酉交會,萬物潔齊。《易》曰:“齊乎巽。”小滿天帝到巳,太陽在申,故巳與申合,申巳交會,辰巳輔巽,東南之卦也。天星曰陽璣,又曰天乙。角宿二星赤居其所,主造化萬物,布君威信,為天關,其門為天門。其內又為天庭,故黃道徑其中,七曜之所行也。其星明大則貴人出,天下安泰。
《周易》にいう、「巽は入るである。小さく亨通し、往くところあるに利あり、大人を見るに利あり」。巽位は東南にあり、風をもってこれを吹き散らし、欝結の氣を解き、これは万物を生養する功用である。時令上は夏季に配する。《說卦》に「齊くは巽にあり」という。巽卦の一本の陰爻は下に順伏し、二本の陽爻は竝行して出で、万物は整齊して生氣は均しく布散する。穀雨に天帝は辰にあり、太陽は酉に至り、ゆえに辰と酉は相合し、辰酉は交會し、万物は潔淨整齊となる。《周易》に「齊くは巽にあり」。小滿に天帝は巳に至り、太陽は申にあり、ゆえに巳と申は相合し、申巳は交會する。辰と巳は巽卦を輔佐し、巽は東南に位する卦である。巽位に對應する天星は「陽璣」といい、また「天乙」ともいう。二十八宿中の角宿二つの赤星がここに居り、万物を造化し君主の威信を布散することを司り、天上の關口で、その門を天門と呼ぶ。門內はまた天庭で、ゆえに黄道はその中間を穿ち通り、日月五星七曜の運行する路である。この星が明亮碩大なれば、貴人が出世し、天下は安寧太平となる。
巽龍法
凡巽龍起祖,一峰並出或雙峰拱峙,卓立雲霄如薦者,或帳下貴人,或蛾眉鳳輦,如玉圭、鏡臺一切等龍出脈布氣,行度過峽,起伏屈曲,盤旋結穴者,為龍之上吉。其龍不可與辰同行,謂之龍身帶煞,先賢所忌,大不祥也。此八煞之外之八煞也。若龍身兼巳亦不可用,皆宜詳細。巽龍左是辰,右是巳,巳納卦之八煞,辰卦外之八煞,故不吉。世人未索其解,故不知之。正五行辰屬土,巽屬木,木克土為煞。巳納於兌,兌屬雞,巽忌雞。
凡そ巽龍が祖山を起こすとき、或いは一峰が獨聳し、或いは雙峰が對峙拱立し、高く雲霄に插して高く擧げた薦盤のごとく、或いは「帳下貴人」(帳幔の下に端立する秀峰)を作し、或いは「蛾眉」「鳳輦」(彎じて細眉のごとく御輦の状の山形)を作し、或いは玉圭に似、鏡臺に似る。この類の龍が脈を抽し氣を布し、度數に按って行走し峽を過ぎ、起伏曲折し、盤旋して下りて穴場を結ぶものは、龍中の上吉である。この龍は辰位の脈と同行してはならない。それを「龍身帶煞」といい、前賢の忌むところで、極めて不吉利で、八煞の外の另一層の八煞に屬する。龍身が巳位を兼帶するも同じく用い得ず、皆仔細に分辨すべきである。巽龍の左は辰、右は巳である。巳は納甲配卦上の八煞で、辰は本卦の外の八煞で、ゆえに不吉である。世人はこの道理を探究し明らかにせず、因って明白でない。正五行に按れば、辰は土に屬し、巽は木に屬し、木が土を克すれば煞を成す。巳は納甲上兌に歸し、兌は生肖で鶏であり、巽は最も鶏を忌む。
凡遇此等雙行之龍,縱好美施,不能獲福。往古冢間考證,方知道藝未精。有等庸師,不明此理,與人安葬,曰:“好個倉板水在面前。”立乾山巽向兼戌辰,或曰兼亥巳,包管發財。殊不知面前倉板水是兩股煞水流來,則三房先害先絕,次絕二房,再次絕長房。若龍真力飽氣旺,則二房不絕。雖有子孫,卻主貧窮徹骨。
凡そこの種の陰陽雙氣が竝行する龍に遇えば、たとえ形勢が更に美しく布置が更によくとも、福報を得られない。古墓の間に行き實地に考證して、初めて自己の技藝が未だ到家でないことを知る。一等の平庸の地師はこの理を懂らず、人のために安葬するときにいう、「面前に好一片の倉板水あり!」と。そこで乾山巽向を立てて戌辰を兼ねる、あるいは亥巳を兼ねると言い、發財を包管する。殊に知らず、面前のあの片の倉板水は、實は兩股の煞水が匯流して來たもので、結果として三房が先に害を受け先に絕嗣し、次いで二房が絕し、再び次いで長房が絕する。若し龍脈が眞で力足り氣旺なれば、二房は還た保って絕えず、子孫はあっても、窮して骨裏に至るに落ちるのみ。
豈非巽巳雙流水克水,何能一勾救貧哉!又云:“巽向辰水主文曲,遊蕩無依絕人丁。巽水來為水克向,巽水去為向克水。”又云:“山向克水禍遲緩,水克向重禍速來。”這等看來,龍也絕人,水也絕人,水關禍福更速。
これは豈に正に巽・巳の兩股の水が竝流し、水と水が相克するので、どうして一筆の貧を救う財源があろうか。また口訣にいう、「巽向辰水は文曲を司り、遊蕩依るなく人丁絕す」。巽向を立てて辰方の來水を見れば、九星中の文曲に應じ、子孫が浪蕩漂泊・人丁斷絕を司る。「巽水の來るは水が向を克し、巽水の去るは向が水を克す」とは、水の來ると去るの兩種の情形下で克應の方向が異なることを講じる。またいう、「山向が水を克すれば禍は遲緩、水が向を克するは重き禍速かに來る」。照らして見れば、龍脈は人の後嗣を絕やし得、水もまた人の後嗣を絕やし得、しかも水の關する禍福は來るが更に速い。
若論乾山巽向地,必須作正向。左不可兼辰,右不可兼巳。庸師不知天星理氣,原是亂來。庸師不知,就是作書者,能有幾人?有等俗師,見有正向者,曰:“落了空,坐了戊己煞,不能管事。”獨不知古來明師與人卜一地,獨曏者廣多,房房均勻,家家獲福。請往古冢間考證,方進學問。
乾山巽向の地を講ずれば、必ず正向を立てねばならない。左は辰を兼帶し得ず、右は巳を兼帶し得ない。平庸の地師は天星理氣を懂らず、本來胡來である。庸師が懂らぬのみならず、あの書を寫す人々でさえ、また幾人が眞に懂るか。一等の俗師は、人が正向を立てるを見れば便ちいう、「これは落空し、戊己煞に坐上し、事を管し得ぬ」と。彼らは偏に知らない、古來高明の地師が人のために一塊の地を點ずるに、單向を立てるもの極めて多く、各房の子孫の得るところ均匀で、家家に福報を得ることを。請うて古墓の間に行き實地に考證せよ。學問は初めて長進する。
巽為天帝文章之府,居河洛四龍之貴,為龍之上吉。若兌上起祖,由丙入丁,轉辛出亥,往巽出面者,骨脈分明,地屬端正,上格,主產公卿之職、文秀之士、金玉之貴,又產大富之人。如震山起祖,由庚結穴,如帳下貴人出脈者,入艮由巽,到頭八將峙立,四神高聳,朝與巽山齊云,雙峰侵漢,龍真局正,定主出將入相。
巽は天帝の文章の府庫で、《河圖》《洛書》の定める四条の貴龍の中に一席を占め、龍中の上吉である。兌位から祖山を起こし、丙位を經て丁位に入り、辛位に轉じ亥位に出て、更に巽位に往き出面するなら、骨脈分明・地局端正である限り、上等格局で、公卿高官・文采秀異の士・金玉のごとき貴顯を出し、大富の人をも出すを司る。震山が祖を起こし、庚位で結穴し、帳下貴人のように脈を抽し、艮位に入り再び巽位より來りて、到頭の處に八將峰が環立し、四神(前朱雀・後玄武・左青龍・右白虎)が高聳し、前朝の山が巽山と同じ高さで雲に齊しく、雙峰が霄漢に直插し、龍脈眞・格局正ならば、必ず將を出し相に入るを司る。
如只一峰獨出,亦出狀元;小可峰巒,亦出參軍、司戶、經略之士。一峰秀出一登科,雙峰拱峙同科舉。低圓方正錢無數,娥眉山現女為妃。六巽中獨巽山宜高,不宜低及凹風射穴,又不宜朝流而去,主人亡財散,殺戮之事。雖龍真局正,犯此水者,亦不可用,或轉丙向、立別向乃可。在乎活法,否則必敗,切宜詳細。
もし唯一峰が獨聳するだけでも、狀元を出せる。峰巒が稍小さいのも、參軍・司戶・經略の類の官員を出す。一座の秀峰が挺出すれば、一人が登科し、雙峰が對峙拱立すれば、兄弟が同榜で中擧する。山形が低平圓渾方正なものは、錢財無數を司る。蛾眉形の秀山が現れれば、家中の女子が入宮して妃と為るを司る。巽宮の管轄する六つの方位の裏で、唯だ巽山のみ高を宜とし、低陷を宜とせず、また凹風が缺口より直射して穴場にあたるも宜とせず。さらに前朝の水が流瀉して去るを宜とせず、それは家人の死亡・錢財の耗散・さらに殺戮の禍を司る。たとえ龍眞局正でも、このような水を犯せば、用い得ず、あるいは丙向に改め立て、別に他の向を擇ばねばならない。全く靈活運用に在り、否れば必ず敗す。務めて細辨せよ。
“巽山無足不堪行,惟向蛇頭斬腳筋。辰龍惟怕兼巽走,巳山不要巽同行。”孫臏家祖瑩,巽巳雙來龍脈,故刖足。
口訣にいう、「巽山に足なければ行くに堪えず、惟だ蛇頭に向かい脚筋を斬る。辰龍は惟だ巽に兼ねて走るを怕れ、巳山は巽と同行するなかれ」。意は巽山が脚下の餘氣を失えば行龍に堪えず、一旦巳位(生肖は蛇)のこの「蛇頭」に向かって下葬すれば、脚筋を斬斷した如くであることを指明するにある。辰龍は最も巽位を兼帶して行くを怕れ、巳山も巽と同行するなかれ。戰國の時、孫臏の家の祖墳は、正に巽・巳の兩氣が竝來の龍脈で、ゆえに彼は後來両足を砍き去るの刑に遭った。
巳宮天星
《易》曰:“巳乃屬火,居東南之界,納卦於兌。”地支之六數,金之長生位。時令於夏。太陽白露到巳,驚蟄到亥向;天帝小滿到巳山。天星曰天屏,軫宿四星赤居其所。其四星為天之四輔,又為冢宰,又為輔臣,主察殃害之事。又主車騎、任載、賊盜、征伐、喪事、輬輴。亦主風雨,軫乃水星也。北上五尺為日、月、五星之中道。其星明則天下安康,萬民和樂,風調雨順,賢人疊出。
《周易》にいう、巳は火に屬し、位は東南方の分界處にあり、納甲は兌卦に歸する。それは十二支の第六位で、また五行中金の「長生」の位である。時令上は夏季に配する。太陽は白露の節氣に巳に至り、驚蟄には亥向に正對し、天帝は小滿に巳山に至る。巳位に對應する天星は「天屛」といい、二十八宿中の軫宿四つの赤星がここに居る。この四つの星は天上の四輔で、また冢宰を象り、また輔政大臣を象り、災殃禍害の事を察查することを主管し、還た車馬騎乘・載運・盜賊・征伐・喪事および喪車靈柩を司る。軫宿はまた風雨を司る。それが水星に屬するが故である。その北上五尺は日・月と五星の運行する中道である。この星が明亮なれば、天下は安康で、萬民は和樂し、風雨は時に順い、賢人は接續して出世する。
巳龍法
《易》曰:“巳得天屏一星,在紫微之東。”雖不合河洛之貴,天常照臨,又是金之長生,地中之福德,可謂上吉。其龍行度骨脈分明,地局端正,為龍之上吉。其龍不可與巽同行,謂之曜鬼帶煞,先賢所忌,切宜詳細。若卯龍起祖,由亥入艮結穴者,主出科甲及第,產鉅富之人。如艮龍起祖,入亥轉卯結穴者,主出文武全才之士,腰懸金印。如亥龍起祖,由艮轉卯結穴者,定主富貴雙全,田聯阡陌。
《周易》にいう、巳位は天屛一星を得、位は紫微垣の東にあり。それは《河圖》《洛書》の定める貴龍の列に屬さないが、常に天星の照臨があり、また五行中金の長生の位で、地中の福德の所在で、上吉と算えられる。この龍の行走する度數が骨脈分明・地局端正なれば、龍中の上吉である。それは巽位の脈と同行してはならない。それを「曜鬼帶煞」(凶煞星曜が煞氣を夾帶して龍に隨行する)といい、前賢の忌むところ、必ず細辨せよ。卯龍が祖山を起こし、亥位から艮位に轉入して結穴するなら、科舉登第して家資巨富の人を出すを司る。艮龍が祖を起こし、亥位に入り再び卯位に轉じて結穴するなら、文武全才の士を出し、腰間に金印を佩挂するを司る。亥龍が祖を起こし、艮位から卯位に轉じて結穴するなら、必ず富貴雙全で、田地は連なって阡陌を成すを司る。
入地眼全書 龍法卷二
龍說
龍者何,山之脈也。山脈曷以為龍名?取其如龍之神也。龍之神見而在於田,飛而在於天,躍而在於淵,變化莫測,山龍亦取其理也。山龍自峻嶺而下,落脈於平崗、平洋,亦似變化以神其靈也。然神龍純陽無陰,山龍純陰無陽,平崗則為太陰,平洋又為少陰,曰有間矣。至若土乃龍之肉,石乃龍之骨,草乃龍之毛;穴有五色者,乃龍之心、肝、脾、肺、腎也。四圍纏護之砂為龍之雲。龍必要得水,龍無水不行,左右隨龍之水亦如龍之御天,雲行而雨施也。先賢以山取象於此者,夫亦可以得觀龍之法矣。
何をか龍と呼ぶか。すなわち山の脈絡である。山脈はなぜ「龍」をもって命名するか。それが龍のように神妙であることを取る。龍のこの神物は、出現するときは田野にあり、飛騰するときは天上にあり、跳躍するときは深淵にあり、變化は測度し難い。山龍もこの理を取る。山龍は高峻の山嶺から一路奔り下り、平緩の丘岡・平坦の原野に落脈し、同じく千變萬化のごとく靈異を顯す。ただ神龍は純陽無陰で、山龍は純陰無陽である。平岡は「太陰」に屬し、平洋はまた「少陰」に屬し、その間には還た分別がある。土は龍の肌肉、石は龍の骨骼、草は龍の毛髮というに至っては、穴中の土色に五種の顏色あるものは、すなわち龍の心・肝・脾・肺・腎である。四周環繞護衛の砂山は、龍の身傍の雲氣である。龍は必ず水を得なければならず、水なければ龍は行走しない。左右に伴って龍脈に流走する水もまた、龍が長空を駕御するとき雲行雨施するがごとし。前賢が山をもって龍に象を取ったのは、ここからも觀龍の方法を領會できる。
龍法
尋龍先尋祖與宗,不辨祖宗何足語?大山高聳是真龍,踴躍奔騰誰可比!龍脈自太祖而下有遠祖、有太宗、有少宗、少祖,以至父母。去穴近者,關禍福亦近;去穴遠者,關禍福亦遠。故論祖者以少祖為主。而不必推極其遠者。以龍氣長則福澤長,龍氣短則福澤短。
尋龍はまずその祖山と宗山を尋ねる。祖宗すら分辨し清めなければ、何を談ずるに足る。大山が高聳するのが初めて眞龍で、あの騰躍奔涌の勢いは誰か比擬し得る。龍脈は「太祖山」(最高遠の發源する大山)から下り、遠祖あり・太宗あり・少宗あり・少祖あり、「父母山」(穴場背後の最近の一節の山)に至る。穴場に近いは關涉する禍福も來るが近く、穴場に遠いは關涉する禍福も來るが遠い。ゆえに祖山を論ずるは少祖山を主とし、一味に極遠に追溯するに及ばない。龍氣が長ければ福澤も長く、龍氣が短ければ福澤も短いからである。
其在高山則看起伏,其在平地則看收斂。若一望平洋,必須有水流不過之處,即是龍脊。平洋龍來亦有起伏,龍過處必微微隆起,是為龍脊。亦必有高平之阜而為祖宗,不拘幹流,地面之水,所謂低一寸即為水。溼流兩邊有明水即為溼流。亦必有上分下合之處,中間即龍。
龍は高山の地帶ではその起伏を看、平地ではその收束を看る。もし眼を放つ一片の平洋ならば、必ず水が流れて去り得ぬ處があり、そこが龍脊である。平洋の來龍にも起伏があり、龍脈の經過する處は必ず微微と隆起し、これが龍脊である。必ず一塊の略々高くして平な土阜が祖宗山を充てる。幹流であれ地面上の積水であれ、所謂一寸低ければ水と算う。濕潤の水痕の両辺に別に明顯の水あれば、それを濕流と呼ぶ。必ず上頭に分かれ下頭に交合する處があり、當中に夾まるのが龍である。
次自父母上尋至少祖者。少祖山乃龍出身處,父母山乃龍入首處。出身處要聳拔,要開帳,要合星休,要中出,要轉換,要過峽,要看柱廊,要看纏護,要著迎送,要看生死、強弱、順逆、進退,要看其有無定穴處。要知父母山一路貫串而來。
其次に父母山から上って一直に少祖山に至るまで尋ねる。少祖山は龍の起身出發の處、父母山は龍の入首落穴の處である。出身の處は高聳挺拔を要し、帳幔を開出を要し、五星正體に合を要し、帳幔の正中から抽出を要し、轉折變換あるを要し、過峽あるを要し、両旁の柱廊を看るを要し、纏繞護衛の山を看るを要し、前後迎送の砂を看るを要し、その生と死・強と弱・順と逆・進と退を看るを要し、定穴できる所在の有無を看るを要し、還た父母山が一路貫串して來ることを看清めるを要す。
所謂父母山者,在元武山頂之後,穴中所來之氣,正是此山之氣。父母山下發脈處為胎,如稟父母之血脈為胎也。其下束氣為息,如父母懷胎養息也。再看星面起伏,為元武頂,即化生腦,即太極星,即土縮,是所謂孕也。如孕之成,如人之有頭面、手腳、形體也。融結穴處為育,即毬髯之中即羅紋如子之出胎而育也。此乃龍之入首處要看來勢,要看束脈,要看有氣無氣,要看形勢,要看結局。
所謂父母山は、玄武山頂の後面に位する。穴中に承接する氣は、正にこの山の氣である。父母山の下から脈を發出する處を「胎」と呼び、子女が父母の血脈を禀受して胎を結ぶに比す。更に下って氣脈の收束する處を「息」と呼び、父母が懐胎養息するに比す。更に星峰面勢の起伏を看れば、それが玄武頂で、また「化生腦」とも「太極星」とも「土縮」ともいい、これが所謂「孕」である。孕育すでに成れば、人の頭臉・手脚・身軀あるがごとし。生氣が融結して穴を成す處を「育」と呼び、すなわち穴上球簷の中の羅紋で、嬰兒が胎を出でて哺育を受くるがごとし。これが龍の入首の處である。來勢を看、束脈を看、有氣か無氣かを看、形勢を看、結局を看るべきである。
尋龍總以少祖為主,少祖之中要明五星,五星之中要識五障,龍身展托處,再兩邊分明,有山去,為開障。水、火定為元宰,金、土多旺田牛。能清能大,亦主文章高貴。水星多貴,粗濁為輕。不問何星,高而秀者貴,低而濁者福微。
尋龍は總じて少祖山を主とする。少祖山の中で金・木・水・火・土の五種の星體を辨明し、五星の中でまた五種の「障」を認識すべきである。龍身が伸展し托出する處、両邊の界限が更に分明で、山が外に向かい伸び去るを、開障と呼ぶ。水星と火星は必ず宰輔の類の貴顯を司り、金星と土星は多く田產牛畜の興旺を司る。清秀かつ闊大ならば、文章高貴をも主る。水星は多く貴氣を司るが、形體が粗濁なれば分量は輕い。いずれの星體を問わず、高聳にして秀麗は貴を司り、低平にして渾濁は福分微薄である。
一方有一方之祖先,審其祖起於何處,水源發於何處,分枝何處,水從何處來、何處合,砂自何處起、何處交,則知水來處是背,合處是面,砂身向外是背,砂頭向內是面。既知面背,再看隨龍水趨向何處,護龍砂彎抱何方,則知砂水有情處是龍,無情處非龍矣。又有回顧龍祖結者,以祖山作案,有大回受、小回受,多是盡龍所結者。翻身送勢,收本身砂水,其力愈大。靜道諄諄指點,無非言山言水,所以認龍一道,此為頂門之針。
一方の水土には一方の祖山がある。その祖山が何處から起るか、水源が何處から發するか、何處で分枝するか、水が何處から來り何處で交合するか、砂が何處から起り何處で交會するかを考察すべきである。こうして知る。來水のあの面は背で、水が交合するあの面は面である。砂身が外に朝するは背で、砂頭が內に朝するは面である。すでに面と背を辨明し、更に龍脈に伴う水が何方に趨くか、龍脈を護衛する砂が何方に彎抱するかを看れば、砂水有情の處こそ龍で、無情の處は龍でないことを知る。別に一種「回顧龍祖」して結ぶ穴があり、祖山をもって案山と當て、大回頭承受と小回頭承受の兩種に分かれ、多くは龍脈が盡頭の處に走り至って結ぶものである。この類の龍は翻身して來て自己の來勢を迎送し、本身の砂水を併せて局中に收進するので、力量は更に大きい。靜道は反覆して叮嚀指點するが、講じ來り講じ去るは山と水の二字に過ぎない。ゆえに認龍のこの一門、此の幾句は當頭の一針である。
托長老曰:地理一道有何難?義取陰陽兩字間。全在明師親指點,打破元機好看山。戀頭理氣兩般先,不明此理最堪憐。待衲獨傳奇妙訣,無愧人間行地仙。
托長老がいう、堪輿のこの一門に何の難があるか。道理は只だ陰陽の二つの字の間に在り。全く明師の當面指點に頼り、その中の玄機を打破し、再び山を看れば一目瞭然である。巒頭と理氣のこの兩樣は先後を分け清めるべきで、この道理を明白せぬ人は最も可憐である。しばらく貧僧が單獨でお前にこの套の奇妙口訣を傳えよう。もはや人間の行地仙たるに愧じない。
山本屬陰水屬陽,水動山靜兩般看。陽為夫兮陰為婦,夫婦恩愛兩相當。夫主施兮婦主承,婦不承兮息不成。山無水界氣不住,譬如夫婦不交,終無孕、若山無水界,則龍不住。夫婦相交孕始生。山水交時真氣聚,一動一靜互相根。陰中有陽陽有陰,乾坤配合《易》之門。若是山飛並水走,二氣不交地不真。
山は本來陰に屬し、水は陽に屬する。水は動くもの、山は靜かなもので、兩樣に分けて看るべきである。陽は丈夫に比し、陰は妻子に比し、夫妻が恩愛してこそ兩相般配する。丈夫は施與を司り、妻子は承受を司り、妻子が承受しなければ、子息は結成しない。山に水の界斷なければ、氣は停まらず、夫妻が交合せずして終に懷孕せざるがごとし。山に水の界限なければ、龍脈は留住しない。夫妻が交合してこそ、胎孕が生成を始める。山と水が交會するとき真氣が凝聚し、一動一靜が互いに根柢と為る。陰中に陽を含み、陽中に陰を含み、乾坤相配は正に《周易》の門戶である。もし山勢が飛散し水流が直奔し、陰陽二氣が交わらなければ、此の地は真地でない。
千言萬語,總要山動水靜,砂交水會,龍真穴確,四山環抱,堂局端正,藏風聚氣。有此,不是地也是地。看地至此,方有把柄。若山勢順走,頭足向前,曰飛;水城內小外寬,一竟直去曰走。是謂陰陽不交,難以結地。看地至此,要知此處是山水之病,切不可胡說亂扦。
千言萬語、總じて山に動勢・水に靜態あり、砂山が交鎖し水流が會聚し、龍脈が眞にして穴場が確かに、四面群山が環抱し、明堂の格局が端正で、風を藏し氣を聚め得ることを要する。これらを具備すれば、本來地を成さぬも地と為る。地を看てこの一層に至れば、初めて把柄を握ったと算う。もし山勢が一路に順って直走し、頭も脚も皆前に奔り去るを、それを「飛」と呼ぶ。水城が內窄外寬で、一直に流れ去り回頭しないを、それを「走」と呼ぶ。これが陰陽不交で、地を結び難い。地を看てこの一層に至れば、ここは正に山水の病症であることを明白せねばならず、切に胡乱に口を開き隨意に下葬するなかれ。
陽體高兮陰體平,高山為陽平地陰。乳突陽也。窩鉗陰也。同此義,陰陽顛倒此之因。此以形體論龍。陰性翕兮陽舒散,壠龍凝聚枝散漫。此等論用義攸深,窩鉗陽也。乳突陰也。同茲判。此以氣脈論龍。
陽の形體は高聳し、陰の形體は平坦である。高山は陽に屬し、平地は陰に屬する。穴形中の「乳」(下垂して乳のごとき微突)・「突」は陽に屬し、「窩」(凹陷して窩のごとし)・「鉗」(兩股が夾持する)は陰に屬するも、またこの意である。陰陽が似て顛倒するゆえんは、ここに在り――これは形體上より龍を論ず。陰の性情は收斂し、陽の性情は舒散する。壟龍は氣脈凝聚し、枝龍は氣脈散漫する。この一層は體用を講じ義理は更に深い。ここは窩・鉗がかえって陽に屬し、乳・突がかえって陰に屬し、同じくこのように判別する――これは氣脈上より龍を論ず。
入地眼全書 砂法卷四
砂說
古人論砂詳矣。有以形體而辨吉凶者,如尖圓方正,結成珍貴之物類者為吉,歪斜破碎,生成凶惡之器品者為凶是也。有以方位而定吉凶者,如震庚、巽辛、兌丁、艮丙等方為吉,寅甲、坤申、辰戌、丑未等方為凶是也。有以理氣而辨吉凶者,如金、木、水、火、土各星俱喜於生、旺之垣,不喜於克洩之地是也。又有以某龍應配某砂、某砂當配某向,此亦理氣之說,如文俊《催官》之書是也。
古人の「砂」(穴場四周を護衛する山)を論ずるはすでに詳盡である。形體上より吉凶を分辨するものがあり、たとえば山形が尖・圓・方・正で、珍貴器物の模樣を湊成するを吉と算し、歪斜破碎して凶惡器具の模樣を成すを凶と算す。方位上より吉凶を判定するものがあり、たとえば砂が震と庚・巽と辛・兌と丁・艮と丙のこれらの方位に立つを吉と算し、寅甲・坤申・辰戌・丑未のこれらの方位に立つを凶と算す。理氣上より吉凶を分辨するものがあり、たとえば金・木・水・火・土の各類の星體は皆本氣生旺の宮垣に落ちるを喜び、我を克し我を泄す處に落ちるを喜ばない。還た某種の龍は某種の砂に配すべし・某種の砂は某種の坐向に配すべしと講じるもあり、これも理氣の一派に屬し、頼文俊の《催官篇》のごときがそうである。
凡論砂,各有師傳,堅持一說,應用形骸為是,應用方位是高,應審理氣為妙,而砂法遂無不合一之致矣。衲得師傳,全在撥砂法內應用。閱古今墓,乃知砂以形體為主,而方位亦未始不重,理氣亦未嘗不靈,故砂形吉而在於吉方,則應驗愈速;若凶砂而居吉位,福未必全。砂形吉生於凶方,則休祥減力。若凶砂而居凶位,禍不旋踵。龍向之喜而吉砂森列,則富貴愈盛。故撥砂之法,全在作者善於體認形體、方位,理氣必運用精細,撥吉則吉,撥凶則凶。合觀而趨避之,則庶為全美耳。凡二卷。
凡そ砂を論ずるに、各家に師門の傳授があり、各々一種の説を執る。ある人は形體を看るべしと認め、ある人は方位を用いるが更高明と認め、ある人は理氣を審察してこそ精妙と算うと認め、因って砂法は終始一一處に歸らない。貧僧の得た師傳は、全部「撥砂」(坐向に依りて四圍の砂山の氣を消納する方法)上に落實して運用する。古今の墳墓を看遍して、初めて砂は形體を主としながら、方位も未嘗て重要ならず、理氣も未嘗て靈て靈驗ないを知った。ゆえに砂形が吉で、また吉方に坐落すれば、應驗は更に速い。凶砂が吉位を占めれば、福氣は必ずしも周全でない。砂形は吉なれど凶方に生じれば、吉祥の力量は減弱し、凶砂がまた凶位に落ちれば、災禍は轉眼に至る。もし龍脈と坐向が皆稱心に、さらに吉砂が羅列成行を加えれば、富貴は愈々興盛する。ゆえに撥砂のこの門の法子は、全く施術の人が形體と方位を善く體認することを看、理氣も必ず運用精細を要する。撥きて吉を得れば吉、撥きて凶を得れば凶。合わせて通盤に權衡し、吉に趨き凶を避けて、初めて周全完美と算う。この一篇は全部で兩卷に分かつ。
看砂法
靜道和尚曰:凡看砂,先認星體為主。砂分三等看法:富、貴、賤。肥圓正主富,尖麗秀主貴,斜臃腫主賤。又認星體形象所屬何星,方知其富貴之大小、壽夭與窮通。總之,在天看纏舍,在地看情勢,則吉凶在掌握中矣。纏舍即二十八宿所屬。
靜道和尚がいう、凡そ砂を看るに、まず星體を辨認するを主とする。砂は三等の看法に分かつ。主富・主貴・主賤。肥厚圓渾端正のは富を司り、尖峭明麗秀拔のは貴を司り、歪斜臃腫のは賤を司る。更にこの座の星體の形象が五星中のどの星に屬するかを辨認して、初めて富貴の大小・壽命の長短と窮通得失を知り得る。總じて、天上でそれの纏附する星宿を看、地上でその情態形勢を看れば、吉凶は盡く掌握の中にある。所謂纏舍とは、それが二十八宿中の分屬である。
如火星體尖而利,稍示偏欹,其焰欲動,正火體也,一名廉貞,又名燥火。其焰不動,兩峰並出者名曰雙薦,砂名文筆。此等星體,屹立雲霄,居正印,產宰輔三臺。
たとえば火星は、形體が尖鋭鋒利で、略々偏側し、火焰の勢いは搖動せんとするがごとく、これは火の正體で、一名「廉貞」、また「燥火」ともいう。もし焰勢が動かず、兩峰が竝列して出れば、「雙薦」と名づけ、砂と作るとき「文筆」と稱する。この類の星體が高く雲霄に屹立し、また正しく穴前の「正印」の方位に落ちれば、宰輔三公一級の大官を出す。
如木星體圓而直,身聳而起,正木體也,一名貪狼,又名紫氣,砂名貴人。此等星體,沖天入云,定主狀元宰輔。
たとえば木星は、形體が圓渾にして挺直、身軀は高聳して起こり、これは木の正體で、一名「貪狼」(九星の首、山形は圓頭直身で尖圓して筍のごとし)、また「紫氣」ともいい、砂と作るとき「貴人」と稱する。この類の星體が天に沖し雲に入るものは、必ず狀元・宰輔を出すを司る。
如金星體高而圓,金之正體,一名太陽,又名左輔,砂名大武金、獻天金、雲中金。惟金星最多,各變不同:方而帶圓,金變土肩,土之變也,一名右弼,又名太陰,砂名主釜;低而長者名娥眉,曲則帶圓,金變水腰,水之變也,一名武曲,又名金水,砂名三臺。尖起為華蓋,圓起為寶蓋,兩翅垂下為飛鳳,糊而小者為席帽。若高金身圓頭亦圓,亦金正體,但比大武金加文秀,砂名覆鍾。如此星體,若一二峰起,或遠峰列筍居正印,定出翰苑才名、臺省官貴。
たとえば金星は、形體が高大にして渾圓で、金の正體、一名「太陽」、また「左輔」ともいい、砂と作るとき「大武金」「獻天金」「雲中金」と稱する。金星の變體は最も多く各々同じからず。方中に圓を帶びるは、金が變じて土肩と為る、土の變體に屬し、一名「右弼」、また「太陰」ともいい、砂と作るとき「主釜」と稱す。低平にして狹長のは「娥眉」と名づく。彎曲して圓を帶ぶるは、金が變じて水腰と為る、水の變體に屬し、一名「武曲」、また「金水」ともいい、砂と作るとき「三臺」と稱す。頂上が尖起するを「華蓋」といい、頂上が圓起するを「寶蓋」といい、両翼が下垂するを「飛鳳」といい、輪廓が模糊して低小のを「席帽」という。もし高大の金星で、身も圓・頭も圓なら、同じく金の正體で、只だ大武金より文秀を幾分添えたのみで、砂と作るとき「覆鐘」と稱す。この類の星體が一兩座の峰を起こし、あるいは遠處の峰巒が竹筍のごとく排列して正しく正印の方位に落ちれば、必ず翰林才子・臺省顯宦を出す。
如土星體圓而方,土正體也,一名巨門,一名天財,砂名御屏,低者名御書臺。即兩肩起角者為展誥,低而長者名玉幾。開窩之內有包者為藏金,一頭高一頭低為天馬。若如此星體聳起,高者居正印,主鉅富,人丁大旺,小貴馳名。
たとえば土星は、形體が既に圓であり且つ方で、土の正體、一名「巨門」、一名「天財」、砂と作るとき「御屛」と稱し、低矮のを「御書臺」という。両肩が角を起こすを「展誥」(展開した詔書の形如し)といい、低くして狹長のを「玉幾」という。窩形を開出して窩中に還た小包あるを「藏金」といい、一頭が高く一頭が低いを「天馬」という。この類の星體が高聳して起こり、その中の高大のがまた正印の方位に落ちれば、家資巨富・人丁大旺を司り、併せて小官小名をもって一方に馳譽する。
如水星勢如生蛇,或如波浪,正水體也,一名清奇,又名掘曲,砂名文曲。如此星體,上高下低,居正印,出人清秀,聰明、富秀而已。若破、祿、文、廉之砂,乃大山中星體,食而看之,名漲天水星。頭似廉貞,身似巨門,腳似破軍,分股處似祿存。若此等星辰在老山中,為祖宗分支出者,到水口作天雄星,或到塢底作天權星,火之變體。若居正印,產威武燥烈之人,文武兼全之士。
たとえば水星は、勢態が遊動する活蛇のごとく、あるいは起伏する波浪のごとく、これは水の正體、一名「清奇」、また「掘曲」ともいい、砂と作るとき「文曲」と稱す。この類の星體は上端が高く下端が低く、正しく正印の方位に落ちれば、出る人は清秀聰明だが、些の富氣秀氣あるに過ぎない。破軍・祿存・文曲・廉貞のこの幾種の砂に至っては、大山之中の星體で、合わせて看れば、「漲天水星」と名づく。頭部は廉貞に似、身軀は巨門に似、脚下は破軍に似、分股の處は祿存に似る。この類の星辰がもし老山の中に身を處すれば、祖宗山の分出する支脈で、水口に至れば「天雄星」とであり、あるいは山塢底部に至れば「天權星」となる、火の變體に屬する。もし正印の方位に落ちれば、威武剛烈の人を出し、文武兼全の士をも出す。
五星砂體形象既明,然又要分高、中、低三等看法。若入雲霄之砂,高數百丈者,為第一等,最為有力;高數十丈者,為中等之砂,力稍次之,定主科甲富厚;亂峰低小之砂,高數丈者,為下等之砂,其力又次之,定主富秀人丁。此言山龍之結地也。又有平崗龍結地者,其砂高數丈,亦作高山論。
五星砂體の形象すでに辨明し、還た高・中・低の三等の看法を分かつべきである。凡そ直に雲霄に插する砂で、高さ數百丈のは第一等に屬し、最も力量あり。高さ數十丈のは中等の砂に屬し、力量は稍次で、必ず科舉中式・家道富厚を司る。雜亂峰頭が低小で高さ數丈に過に過ぎぬは下等の砂に屬し、力量は又次の等で、必ず家富人秀・丁口興旺を司る。これは山龍結地について言う。別に平岡龍結地のがあり、そこの砂は只だ數丈の高さでも、高山の標準に照らして論ずる。
又有平洋龍結地者,比高山更秀、最大、最悠久。若得前後左右之砂高數丈,亦作高山論。山龍結地,以高山為主;平崗龍結地,以中砂為主;平洋龍結地,以低砂為主。若以平洋之地得平崗之砂,更加有力;平崗之地得高山之砂,其福加倍。若高山之地得平洋之砂,謂之有若無,乃砂之餘氣,非砂也。
還た平洋龍結地のがあり、高山より更に清秀・格局更に大・發福更に久遠である。もし前後左右の砂が數丈高き得れば、高山に照らして論ずる。山龍結地は高山の砂を主とし、平岡龍結地は中等の砂を主とし、平洋龍結地は低矮の砂を主とする。もし平洋の地が平岡のような砂を得れば、更に有力。平岡の地が高山のような砂を得れば、福分は加倍する。もし高山の地が平洋のような砂のみ得れば、あってないに等しく、只だ砂の剩す餘氣で、砂と算えない。
凡龍結地,龍與砂兩相配合,砂雖好,還要龍好。龍好砂又好,總喜開面有情,向我勢親,實為我用,全在消納工夫。若是反背無情,雖有何益哉?以龍辨砂,若結大地,天生地成,亦有自然之理。依砂坐度,依水立向。故古仙師有內外兩曏者:內向消砂,外向納水。是以富貴雙全,房分均勻,方見仙人手段。
凡そ龍が地を結ぶには、龍と砂は必ず兩相配合すべし。砂はたとえよくとも、還た龍もよくあらずねばならない。龍よく砂もよければ、總じて砂山が面を開き內に向かい、情を含み我に向かい、姿態が親近して切に我が用と為るを上とし、全く「消納」(坐向をもって砂水の氣を化解し收納する)の功夫上に在る。もし砂が反背無情なら、たとえそれあるも何の益かある。龍脈に依りて砂を辨すれば、もし結ぶが大地なら、それは天造地設で自らその天然の道理あり。砂に依りて坐して度數を定め、水に依りて朝向を確定する。ゆえに古代の仙師に內外二つの向を立てるのあり。內向はもって砂を消し、外向はもって水を納し、こうして初めて富貴雙全・各房子孫の受益均匀と為り、方に仙人の手段を見る。
入地眼全書 水法卷六
水說
水從天,其性動,為乾,為陽,禍福之應最速。故古人論葬,龍、水並重。論厝專論水,蓋以厝不取地脈而惟取天氣,以其易於應驗而發財。但天行健,易發易衰,故葬以龍為主,而水亦其要也。水法之書,紛紛不一。衲得白鶴仙師之遺師,全賴邱公之門人青衣子仙師指點,明白授受,則言形象、方位、納甲、先天後天、淨陰淨陽、理氣吉凶,瞭然心目。總以形象為第一。
水は源を上天に發し、その性質は動で、乾に屬し陽に屬し、禍福の應驗は最も速い。ゆえに古人は安葬を論じ、龍と水を竝重する。もし只だ「厝」(暫厝して柩を停め土に即ち入れぬ)を論ずれば、專ら水を論ず。停厝は地脈を取らず、只だ天氣を取るので、應驗し易く發財する。しかし天道の運行は剛健息まず、發るも速ければ衰えるも速い。ゆえに正式の安葬は仍ほ龍を主とし、水は同じく緊要の一環である。水法を講ずる書は紛紛雜雜、各々同じからず。貧僧は白鶴仙師の遺した師法を承け、全く邱公の門人青衣子仙師の指點に頼り、明白に授受し、因って形象・方位・納甲・先天後天・淨陰淨陽および理氣の吉凶を講じて、皆心目の間に了然とす。總じて形象を第一と為す。
如斜飛直沖之水,雖合理氣,又在吉方,終不免禍。故知之元屈曲為上格。夫水與砂,不相離者也。水曲則砂抱,水直則砂硬,水斜則砂飛。水沖於穴之前後左右,則災禍立見矣。業是術者,當先擇其形像善者以迎之,形像惡者以避之。更兼加以理氣之法、方位之辨,而立向以消納之,則吉無不利,而禍不侵之矣。凡上下卷。
たとえば斜飛して去り直沖して來る水は、たとえ理氣に合しまた吉方に落ちるも、終に禍患を免れない。これにより知るべし、水は「之」字「元」字のように屈曲回環するを上等格局と為す。水と砂は分け得ない。水が彎曲すれば砂は環抱し、水が筆直なれば砂は僵硬し、水が斜走すれば砂は飛散する。水がもし穴場の前後左右に沖射すれば、災禍は立ちどこに至る。この門の術業に從事する人は、まず形象美善の水を挑選してこれを迎え、形象凶惡の水はこれを避くべきである。さらに理氣の法度と方位の辨別を加え、坐向を立定して消解收納すれば、往くところ吉ないなく、災禍も侵擾し得ない。この一篇は上下兩卷に分かつ。
水法
堪輿首重詳龍身,“詳”字妙。詳龍勢之強弱、偏正以及榮枯休旺等形。倚斜側出,不是龍矣。精峻岡巒秀氣凝。精峻自然秀,有凝自然發福。亦有平原結穴者,靜深蛾眉最親人。世俗紛紛滋論說,究來禍福總無憑。卻不知水秀砂明即是地,誰識得消砂納水法中尋。
堪輿はまず重んずるは細察の龍身――この「詳」の一字の下す妙。龍勢の強弱・偏正および榮枯休旺の等の形態を詳審すべし。もし倚側歪斜して伸出すれば、それは龍でない。山岡峰巒は精悍峻拔して、秀氣は初めて凝聚す――形體が精峻なれば自然に清秀し、氣に凝聚あれば自然に發福す。平原上に結穴するもあり、あの安靜深穩・形は蛾眉のごとき低阜が最も人に親近する。世俗の人は議論紛紛、追究すれば禍福は總じて憑據なし。知らず、水が清秀・砂が明淨の處はすなわち好地で、只だ誰か認むるか、還た消砂納水の法門の裏から尋ねるを須る。
水秀者,或凝聚,或彎抱,或層層朝拜,並來大去小,來長去短,止見來不見去,更無駁雜是也。砂明者,峰頭開爽,情向親勢,低穴其頭俯臨,高穴其頭仰顧。穴砂差等,如賓主坐談,語笑殷勤是也。凡砂高穴,不過丈許,離穴不過兩尋。八尺曰尋,此言兩旁龍、虎是也。
所謂水秀とは、水が凝聚して潭を成し、あるいは彎抱環繞し、あるいは層層朝拜して來るをいう。來る處は口大・去る處は口小、來路は長・去路は短、來水を見得るも去水を見えず、更に夾雜駁亂なし。所謂砂明とは、峰頭が開展爽朗し、情態が穴場に朝して親切なるをいう。穴位が低きとき砂頭は俯身して臨照し、穴位が高きとき砂頭は仰面して回顧す。穴と砂の間に高低の等差あり、賓主が對坐交談し談笑殷勤するがごとし。凡そ砂が穴場に高出するは、高きこと一丈上下を過ぎず、穴を離るること兩尋を過ぎず――八尺を一尋と呼ぶ。ここに説くは正に穴場両旁の青龍砂と白虎砂である。
如砂腳端正,砂頭圓淨,砂身潤澤,饒有悃悃款款之形,不出半紀而發也。十二年為一紀。“凡砂”句四十二字,字字要訣。總之,人在穴中,砂之頭腳俱見者,其力最重。第一逆朝好,速發地多逆水。次之橫過水停蓄。橫過水停蓄,得砂關即發。
もし砂脚が端正で、砂頭が圓渾潔淨で、砂身が潤澤で、甚だ一副の誠懇款曲・依依として內に向かう姿態があれば、六年を出ずして發福す――十二年を一紀と稱す。「凡砂」以下のこの四十二個の字は、字字は皆要訣である。總じて、人が穴中に坐して、砂の頭と脚が皆望見えるは、力量最も重し。第一等は來水に逆って朝拜する砂が最もよし――發福速き地は多く逆水あり。其次は穴前を橫過して水が停蓄し得る――水が橫過して停蓄するは、砂の關攔ある限り發福し得る。
人言大地多順局,初運貧寒怎救人。若得一案,緊緊橫開亦好。砂與水分先後,砂遲發,水速行。每見青龍砂甚好,右邊惡水長飄零。水先管事矣。朝主兩山本無砂妙處,二房似不利矣。二來繼大二乃興。長絕則二承矣。溪澗江湖固是水,田源塘沼亦同情。堂平而低砂即應,稍有曲折水先輪。龍為根本水為用,兩者由來無輕重。尋龍立穴水為先,詳將要法把君傳。
人は常に大地は多く順局なりといえど、運程が剛く起こるとき家道貧寒なれば、また何をもって人を救わん。もし一座の案山を得て緊緊に橫攔開かれば、還た算うによし。砂と水の應驗は先後を分かつ。砂は發する遲く、水は行く速し。常に左邊の青龍砂が甚だよく、右邊に惡水が長年飄瀉するを見る――これすなわち水が先に事を管する。前朝の兩座の山は本來砂の妙處なきも、二房は似乎不利。長房が絕えるに及んで、二房が接續して下り、二房はかえって興旺す――長房が絕嗣すれば、二房は便ち承繼して過來す。溪流山澗・江河湖泊は固より水だが、田間の水源・池塘沼澤も同じ一つの道理である。明堂が平坦低伏のは、砂は便ち應驗し、水道が稍く曲折あるは、水の應驗はかえって先に至る。龍は根本・水は功用で、両者は從來輕重を分け得ず。尋龍立穴は總じて水を先と為す。我はしばらくこれら要緊の法門を一一詳細にお前に傳えん。
人皆以龍、穴、砂、水為地理之用,而四者之中,獨以龍為首者,何也?龍為根本。故常觀龍。苟有真龍,必有真穴。結穴之處,砂必抱。砂抱之處,水必聚。是龍真穴的而砂水隨之矣。看地之要領,此數句已說盡了。
人人は皆龍・穴・砂・水を堪輿の四大用處と為すが、この四樣の中で偏に龍を首と為すは、何の緣故か。龍は根本だからで、ゆえに時時龍を觀察するを要す。眞龍あれば、必ず眞穴あり。結穴の處は、砂は必ず環抱す。砂が環抱の處は、水は必ず聚匯す。これすなわち龍眞穴確にして砂水自然に之に隨う。地を看る要領は、此の幾句の話ですでに説盡した。
地理由來分四用,第一龍為重。吉凶禍福此中生,須要察真情。龍止管得地氣或暖或冷,吉凶禍福不能自主,以其靜故也。砂水得天之氣,人善承之則吉則福,人不能善承之則凶則禍,以其動故也。故《周易》曰:“吉凶侮吝生乎動。”
堪輿は自古四種の功用に分かち、第一は龍を重と為す。吉凶禍福は皆ここから生ず。必ずその眞情實態を察明すべし。龍は只だ地氣の或暖或冷を管得住し、吉凶禍福はそれ自ら主を為さず。龍は靜だからである。砂と水は天の氣を禀受し、人は善く承接すれば吉を得福を得、人が善く承接し得なければ凶を招き禍を招く。砂水は動だからである。ゆえに《周易・繫辭》にいう、「吉凶悔吝は動に生ず」――吉・凶・悔恨と憂慮は、皆動により生ずるのである。
或曰:龍亦恆動,二十四龍,不拘其何龍入首,時而轉乾,又忽而轉坤,時而入艮,又忽而向巽,詎曰不動?砂疊水亦靜,如巽砂侍側,則終古是巽,不見其為丙,酉水朝來則終古是酉,安見其為辰乎?是砂水亦靜。
人反問して曰く、龍もまた常に動くものだ。二十四条の龍は、いずれの条が入首するを問わず、一會に乾に轉じ、忽然また坤に轉じ、一會に艮に入り、忽然また巽に朝す。どうしてそれを動かぬといえよう。而るに砂は重疊し水は朝來するは、倒れて靜と算うべし。たとえば巽方の砂は旁に侍立し、それは千古皆巽で、丙に變ぜず。酉方の水は朝拜して來り、それは千古皆酉で、どうして辰に變ぜんや。照らして言えば、砂水はかえって靜である。
托長老曰:二十四龍,看龍逶迤,至於入首在亥則止於亥,入首在卯則止於止,詎非靜乎?若夫砂水,則變動無方。同一卯龍,有砂水見於乾亥者,有砂水見於丙午者。同一丙龍,有砂水聚於丑艮者,豈非動而難拘者乎?惟其動而難拘,則有喜忌分於其間矣。喜者為吉為福,忌者為凶為禍,理固然也。
托長老が答えていう、二十四条の龍は、それが蜿蜒して行くを看るも、入首の處に至れば、亥に落ちれば亥に停まり、卯に落ちれば卯に停まる。これ豈に靜でないか。砂と水に至っては、それこそ變動して定所なし。同じ一条の卯龍でも、ある砂水は乾・亥方に現れ、ある砂水は丙・午方に現る。同じ一条の丙龍でも、砂水が丑・艮方に聚まるあり。これ豈に動きて拘定し難きでないか。正にそれが動きて拘定し難きが故に、その間に可喜と可忌の分別あり。喜ぶ所はすなわち吉であり福であり、忌む所はすなわち凶であり禍である。道理は本來かくのごとし。
地氣動,龍主之;天氣動,砂水主之。天施地承,夫倡婦隨,不易之理也。此可知四者之中,龍為根本也。然既曰龍為跟本,而獨以水話於龍、穴與砂之後者,又何說也?蓋以水者,尋龍之要法也。古人云:氣為水之母,水為氣之子。
地氣の動は、龍により主宰す。天氣の動は、砂水により主宰す。天は施與し地は承受し、丈夫が倡導し妻子が隨從するがごとく、これは更易し得ぬ道理である。これにより知るべし、四者の中で龍こそ根本である。しかしすでに龍が根本と言うからには、なぜ偏に水を龍・穴・砂の後に置いて講ずるか。それは水が正に尋龍の要法だからである。古人がいう、氣は水の母、水は氣の子。
來水所以導龍行,界水所以止龍住。水源有長短,而龍之遠近可卜;水勢有大小,而龍之枝幹可分。察水勢之返彎,而朝與穴之賓主判然於此;觀水流之來去,則龍與砂之順逆辨別於斯。未看山,先看水。真龍落處水聚,真穴結處水纏。若有曲流之水,定有曲轉之砂。此可知尋地之法,水為要也。水有形勢,其所以看水之法,詳見下文。水中亦有巒頭,有曲流水定有曲轉砂,可見水之行止由於砂也。而“真龍落處水聚,真穴結處水纏”,此二句實得看地之要訣也。
來水は用いて龍の行走を引導し、界水は用いて龍の停留を止す。水源に長短あれば、龍の遠近は便ち推斷できる。水勢に大小あれば、龍の幹と枝は便ち分別できる。水勢の回環反彎を考察すれば、朝山と穴場の誰が賓で誰が主かはここに判明す。水流の來と去を觀察すれば、龍と砂の順逆はここに辨清す。未だ山を看ず、先に水を看るを要す。眞龍が落脈の處は水は必ず聚匯し、眞穴が結成の處は水は必ず環纏す。もし曲折回流の水あれば、必ず曲折回轉の砂あり。これにより知るべし、尋地の法は水を要と為す。水は自ずからその形勢あり、水を看る具體の方法は詳しくは下文に見るべし。水中にも同じく巒頭の辨あるべし。曲流の水あれば必ず曲轉の砂あり。水の行と止は砂により決定すること見える。而して「眞龍の落處は水聚まり、眞穴の結處は水纏う」のこの兩句は、實に地を看る要訣を捉えた。
辨水須當論分合,有分有合穴無錯。合前合後及兩旁,氣止水交方可作。水之分合有三,其一,自立穴球頂,水從上分而合於穴暈下龍虎內者,此一合也,名曰小分合,地之有無於此定。
水を辨ずるは必ず「分」と「合」を論ずべし。分あり合ありて、穴は點錯らざるを得。水が穴前に交合し、穴後に交合し、あるいは両旁に交合し、氣脈が止まり水流が交會して、初めて手を動かし穴を作るべし。水の分合は共に三重あり。第一重、立てる所の穴場の球簷頂上より、水は上頭より分かれ、而して穴暈の下・青龍白虎二砂の內に交合す。これを第一重の交合と為し、「小分合」と呼ぶ。一塊の地に究竟眞穴あるや否やは、ここに定奪す。
其二,自主山起頂,水從上分而合於龍虎外案山內者,此二合也,名曰次分合。不可苛求,自然有的。其三,自起祖分枝,水從兩邊分而合於案山外,合於大水口出者,此大合水也,名曰大分合。此老祖公產業,眾家子孫都有分的,不比自己獨產。
第二重、主山が頂を起こす處より、水は上頭より分かれ、而して龍虎砂の外・案山の內に交合す。これを第二重の交合と為し、「次分合」と呼び、苛求するに及ばず、自然に有る。第三重、祖山が枝脈を分出するより起こり、水は両邊より分かれ、案山の外に交合し、一直に大水口に會歸して流出す。これを大合の水と為し、「大分合」と呼ぶ。これは老祖宗の遺した産業に比し、各家の子孫は人人に份あり、自家獨有の私産に比せず。
然會水又有前後左右之不同,以下逐層講進,講到妙處。順結者,水合於前;回結者,水合於後;橫結者,或合於左右。至於左右旁水勝於前合,然旁合又不如後合。蓋前合順局,水皆前去,不能收住凝蓄。旁合者水橫過穴前,未必皆洋洋水口。至於後合,則翻身逆潮,隨後之水,無不入口矣。
ただ水の會合にまた前・後・左・右の不同あり。下に層を逐い講じ入り、一直に精妙の處に講じ至る。順結の穴は、水は穴前に交合す。回結の穴は、水は穴後に交合す。橫結の穴は、水は或いは左邊・或いは右邊に交合す。左右両旁に交合するに至っては、穴前に交合するに勝る。しかし旁合はまた後合に如かず。前合は順局に屬し、水は皆前に往き流れて、收まり得ず蓄え成さず。旁合の水は穴前を橫過するも、未だ必ず洋洋たる大觀の水口を形成し得ず。後合に至っては、それは翻身して來て潮勢に逆迎し、隨後に來る水は水口に歸入せざるなし。
前合水易得,後合水難求,以其得水之蓄也。總之,有分有合,則穴之結作始真;否則,水去而不合,龍去而不住,其穴結而不真。此察水之分合,辨水之第一法耳。又辨水勢論結局,逆朝橫抱堆金玉。次取合襟及順流,山高無水共五局。君今認局既分明,大聚小取皆堪錄。
穴前に交合の水は得易く、穴後に交合の水は最も求め難し。正にそれが水を蓄え得るが故である。總じて、分あり合あれば、穴の結作は初めて眞である。否れば水流れ去るも交合せず、龍走り過ぎるも停住せず、あの穴は結ぶといえど眞ならず。この一条の水の分合を察看するは、水を辨ずる第一法である。さらに、水勢を辨ずるは結局を論ずべし。逆水が穴に朝し、橫水が穴を抱くは、金玉のごとき富貴を堆積す。其次は「合襟水」(兩水が衣襟のごとく穴前に交合する)および順流の水を取る。山高くして水なきは又一局である。合わせて五種の格局である。お前は今すでに格局を認め分明せり。大聚の大局であれ小取の小局であれ、皆採錄すべし。
昔禹王時,天降神龜,負紋而出。王見此紋,方知治水。能知水之性情,故葬厝以水為第一。水性動,陽也,管事速,故言朝貧暮富,取其快也。以向配之,其水來,卻在二十四山方位而來。如陽水來立陽向,陰水來立陰向,則吉。若陰水來立陽向,則凶。先聖知水之性情,水無吉凶,方位不同。方位乃天地之使用,水乃天地之血脈。水無吉凶,方位與向皆有吉凶。是以納吉則吉,納凶則凶。
當年大禹が水を治むる時、上天は神龜を降し、文圖を背負いて水中より浮出せり。禹王はこの文圖を見て、初めて治水の門道を懂得せり。正に水の性情を懂得し得るが故に、下葬と停厝は皆水を第一と為す。水性は動に屬し、陽である。事を管する最も速し。ゆえに早上は窮せど晚上は富むといい、取るは正にその效の見る速きである。坐向を用いて之に配す。水は何處より來るや、總じて二十四山中の某箇の方位上より來る。もし陽水來れば陽向を立て、陰水來れば陰向を立てれば、吉を得。もし陰水來るに陽向を立てれば、凶を招く。前代の聖人は水の性情を明白せり。水は本身吉凶なし、只だ方位の別あるのみ。方位は天地運用の所在、水は天地の血脈である。水は本身吉凶を謂うなく、方位と坐向は各々吉凶あり。ゆえに吉氣を收納すれば吉、凶氣を收納すれば凶である。
入地眼全書 向法卷九
陰宅圖說
陰宅不外《河》、《洛》之理,配合不外八卦之法。龍、穴、砂、水、向,不外五字之真。龍認生死,穴認有無,砂認粗秀,水認曲直,向辨純疵。此五法亦為緊要。知此五者,改天命,奪神功,有一不測之機。伏羲畫先天之卦為《河圖》,得乾一、兌二、離三、震四、巽五、坎六、艮七、坤八,識天地之陰陽,知世上之吉凶。禹王畫後天之卦,故戴九履一,左三右七,二四為肩,六八為足,以定八方之正、隅,知天地四時八節之氣候。文王之卜易用後天之八卦:乾、坎、艮、震、巽、離、坤、兌。二卦合而為一,則知天地之氣數,世間之禍福。
陰宅の道理は《河圖》《洛書》を出ず、配合の方法は八卦を出ず。龍・穴・砂・水・向もまた、この五つの字の眞諦を出ず。龍を看るはそれが生か死かを認め、穴を看るは氣あるか無氣かを認め、砂を看るは粗劣か清秀かを認め、水を看るは屈曲か直瀉かを認め、向を看るは純正か帶疵かを辨ず。この五条の法門は皆極めて要緊である。この五樣を懂得すれば、便ち天命を改易し造化の功を奪取する能くして、その中に自ずから測度し得ぬ機關あり。伏羲が先天の卦を畫きて《河圖》を成し、乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八の次序を排出し、用いて天地の陰陽を認識し世間の吉凶を知る。禹王が後天の卦を畫き、因って「九を戴き一を履み、左三右七、二四肩と為し、六八足と為す」の九宮數位あり。用いて八方の正位と隅位を確定し、天地四時八節の氣候を知る。文王の卜筮に用いるは後天八卦、乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌。先後天の兩套の卦は合して一と為り、便ち天地の氣數・世間の禍福を知り得る。
黃石公作翻卦,乾、離、艮、巽、坎、坤、震、兌,定水之陰陽,知人家之興廢。惟翻卦無一定之規,總以斗柄七星為主。貪、巨、祿、文、廉、武、破,此七星之名。七星之外,又有左輔、右弼二星,加入七星之內,共成九星。卦只八方,星有九星,故輔、弼二星共一卦。
黃石公は「翻卦」の法を創制し、乾・離・艮・巽・坎・坤・震・兌の次序に依り、用いて水の陰陽を判定し、人家の興衰を推知す。只だ翻卦は一成不變の規矩なく、總じて北斗斗柄の七星を主と為す。貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍、これが七星の名目。七星の外に還た左輔・右弼の兩星あり、七星の中に加進し、合して九星を成す。卦は八方のみ、星は九顆あり。ゆえに左輔・右弼の兩星は一卦を合占す。
其卦乾、離、坎、坤為四陽卦,艮、巽、震、兌為四陰卦。四陰向要四陰水路吉,四陽水路凶;四陽向要四陽水路吉,四陰水路凶。其翻卦從向上起輔,是輔、武、破、廉、貪、巨、祿、文。陰向四吉星在艮、巽、震、兌,四凶星在離、乾、坎、坤。陽向四吉星在乾、離、坎、坤,四凶星在艮、巽、震、兌。其星輔、武、貪、巨四星吉,破、祿、文、廉四星凶。吉星便以吉來斷,凶星便以凶來推。翻卦之法,神乎其神,烏有不神驗者哉。九星斷語列於後。
此の八卦の中、乾・離・坎・坤は四つの陽卦、艮・巽・震・兌は四つの陰卦。四陰の向を立てるは、四陰方の來る水路を要して吉、四陽方の水路は凶。四陽の向を立てるは、四陽方の水路を要して吉、四陰方の水路は凶。翻卦の起法は、立てる所の向上より「輔」を起こし、依次に輔・武・破・廉・貪・巨・祿・文と為す。陰向の四顆の吉星は艮・巽・震・兌に落ち、四顆の凶星は離・乾・坎・坤に落つ。陽向の四顆の吉星は乾・離・坎・坤に落ち、四顆の凶星は艮・巽・震・兌に落つ。九星の中、左輔・武曲・貪狼・巨門の四星は吉と為し、破軍・祿存・文曲・廉貞の四星は凶と為す。吉星に落ちれば吉に按じて斷じ、凶星に落ちれば凶に按じて推す。翻卦の此の套の方法は神奇の至り、靈驗ない道理あらずんや。九星の斷語は後に開列す。
是以聖人知天地陰陽,畫卦以示後人。遵其教者,習而明之,無有不驗。奈地理一道,百不得一。而用之者不以為德,反以為仇,貶而削之,所云“用卦不用卦,用卦還是錯”。殊不知自不明其理,胸無點墨,先聖豈有哄人者哉!今特標明,請列位老師往人祖山考驗,看其字向,辨其水路,用翻卦訣知其吉凶,方信用卦之妙,總以淨陰淨陽為主,故云:紅黑一盤詳水路,究來不必辨龍神。
正に此の故をもって、聖人は天地陰陽を洞悉し、卦象を畫出して後人に指示す。彼の教誨に遵照して反覆演習して明白するに、應驗せざるなし。無奈、堪輿の此の一門、百人中に眞懂る一得難し。これを用いる人は但しその好處を感念せざるのみならず、倒れてこれを仇敵と當て、貶低删削を加え、還た何やら「卦を用い用いざれど、卦を用いるは還た錯なり」といえり。彼らは殊に知らず、自らその中の道理を明白せず胸中に半點の墨水なきを。前代の聖人豈に人を哄騙せむや。今特に標擧明白す。諸位の先生は人家の祖墳山上に請じて實地に考覈し、それが坐するはどの字向かを看、來るはどの水路かを辨し、翻卦口訣を用いてその吉凶を推せば、初めて卦を用いる妙處を信ずる。此の一切は總じて「淨陰淨陽」(陰陽各々類を成し相混雜せざる)を主と為す。ゆえにいう、羅盤上の紅黑兩色の字位を拿して水路を細審し、追究して底に至れば、倒れて何やら龍神を辨ずるに及ばず。
入地眼全書 陽宅卷十
陽宅門路竈宮星生克方位總論
《八宅周書》由來已久,乾、坎、艮、震、巽、離、坤、兌,一卦管三山。凡戌乾亥,皆乾宅也;壬子癸,皆坎宅;丑艮寅,皆艮宅;甲卯乙,皆震宅;辰巽巳皆巽宅;丙午丁,皆離宅;未坤申,皆坤宅;庚酉辛,皆兌宅;名曰連山卦。
《八宅周書》の流傳は已來久し。乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌の八つの卦は、每一卦が三つの山向を管轄す。凡そ戌に坐し・乾に坐し・亥に坐するは、皆乾宅と算う。壬・子・癸は皆坎宅と算う。丑・艮・寅は皆艮宅と算う。甲・卯・乙は皆震宅と算う。辰・巽・巳は皆巽宅と算う。丙・午・丁は皆離宅と算う。未・坤・申は皆坤宅と算う。庚・酉・辛は皆兌宅と算う――此の套の分法を連山卦と呼ぶ。
以陰陽對待之理,運消息盈虛之氣。理全則氣足,而造化神矣。其卦以乾、坤、兌、艮為西四宅,三吉俱右,此內門、路、灶切勿犯東;坎、離、巽、震為東四宅,三吉俱左,此內門、路、灶切勿犯西。至大門,又必於三吉中擇。陰陽配合,而後生息蕃昌。故先天乾坤定位之理,即後天坎離既濟之氣,此萬古不易之《河》、《洛》,昭昭可考矣。其遊星以七政而加九曜,貪、巨、祿、文、廉、武、破,此七政之名,又加左輔、右弼,共為九曜,即生、天、延、絕、五、禍、六、伏也。內有竹節貫井、宮星生克方位要訣,詳載於後,宅法庶無餘蘊乎。
それは陰陽相對待の道理に憑り、消長盈虛の氣機を運轉す。道理が周全なれば、氣は充足し、造化の功は便ち神妙である。八卦の中で乾・坤・兌・艮をもって西四宅と為し、三つの吉方は皆右邊に在り、宅內の門・路・竈は切に東邊に犯るなかれ。坎・離・巽・震をもって東四宅と為し、三つの吉方は皆左邊に在り、宅內の門・路・竈は切に西邊に犯るなかれ。大門に至っては、更に必ず三吉方の裏に挑選すべし。陰陽配合當を得れば、此の後子孫は初めて繁衍昌盛す。ゆえに先天八卦の乾坤定位の道理は、すなわち後天八卦の坎離既濟の氣機。これは萬古不變の《河圖》《洛書》の理で、明白に考究し得る。その「遊星」は北斗七政を拿して再び九曜に配す。貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍、これは七政の名目で、さらに左輔・右弼を加え、合して九曜を成す。すなわち生氣・天醫・延年・絕命・五鬼・禍害・六煞・伏位のこれらの星位。その中に還た竹節貫井法および宮星生克方位の要訣あり、詳細に後に記載し、陽宅の法は大概遺漏する所なし。
遊星
乾六天五禍絕延生,坎五天生延絕禍六。艮六絕禍生延天五,震延生禍絕五天六。巽天五六禍生絕延,離六五絕延禍生天。坤天延絕生禍五六,兌生禍延絕六五天。
此の八句は八宅遊星の排盤口訣で、每句の頭の一字は本宅を標明し、その下の七字は固定次序に按って其餘の七つの卦位上に配す。「六」は六煞を指し、「天」は天醫を指し、「五」は五鬼を指し、「禍」は禍害を指し、「絕」は絕命を指し、「延」は延年を指し、「生」は生氣を指す。乾宅は依次に六煞・天醫・五鬼・禍害・絕命・延年・生氣。坎宅は五鬼・天醫・生氣・延年・絕命・禍害・六煞。艮宅は六煞・絕命・禍害・生氣・延年・天醫・五鬼。震宅は延年・生氣・禍害・絕命・五鬼・天醫・六煞。巽宅は天醫・五鬼・六煞・禍害・生氣・絕命・延年。離宅は六煞・五鬼・絕命・延年・禍害・生氣・天醫。坤宅は天醫・延年・絕命・生氣・禍害・五鬼・六煞。兌宅は生氣・禍害・延年・絕命・六煞・五鬼・天醫。
前一字是本宅,名伏位,後七字乃七政也。七政者,以生、天、延為三吉,三吉之方宜開門、放灶、擇房、安床,而大門尤重。絕命最凶,五鬼次之,禍與六又次之,謂之四凶。此四凶方再以卦地參之,而輕重始辨。如絕命凶矣,然惟克宅者真凶;若生宅與宅比和及為宅所克者,皆凶不甚惡。
每句の前のあの一字は本宅の所在で、「伏位」と呼び、後の七字はすなわち七政。七政の中で、生氣・天醫・延年をもって三吉と為す。三吉の所在の方位は門を開き・竈を安じ・房を擇び・床を安ずるに宜しく、而して大門は尤も要緊である。絕命は最も凶、五鬼は次の等、禍害と六煞はまた次の等で、合わせて四凶と稱す。この四つの凶方は還た再び卦位五行の生克に參照し、輕重は初めて分辨し得る。たとえば絕命は固より凶だが、只だ本宅を克制するもののみ真凶と算う。もしそれが本宅を生じ、あるいは本宅と比和し、あるいは反って本宅に克されれば、凶性は皆太だ狠くなし。
竹節貫井法
從大門起遊星,數至向上第一棟,逆生而入,以辨某棟為三吉宜高,某棟為四凶宜低也。如正中開大門,則大門即第一前重也。如大門在一邊,必要大門數頭棟,然後逆生而入。靜宅不用竹節貫井之法。惟動宅、變宅、化宅始用之。取金生水、水生木,木生火、火生土、土生金。如此逐棟生入。各舉一局為式。
大門より遊星を排起し、朝向のあの面の第一棟の房に數え至り、再び相生の次序に逆って內に推し、用いてどの棟が三吉の位に落ち造りて高きに宜しきか、どの棟が四凶の位に落ち造りて低きに宜しきかを分辨す。もし大門が正中に開けば、大門をすなわち第一進と算う。もし大門が一側に開けば、必ず大門より算え起こして頭の一棟を數え、然る後に相生次序に逆って內に推す。靜宅は竹節貫井の此の法子を用いるに及ばず、只だ動宅・變宅・化宅のみ用上げる。推排する時は金生水・水生木・木生火・火生土・土生金を取り、このように一棟一棟相生して推進す。下に各々一つの格局を擧げて範例と為す。
三棟至五棟,無牆隔斷者為動宅,如坎宅離門,門為延年金星,二棟六水凶,三凍生木吉。或傍角開門,如坎宅巽門,則用巽天五六之法。巽至離向,天醫吉星為第一棟土,生第二棟延年金吉,第三棟六煞水凶,此為動宅。
三棟から五棟で中間に牆の隔斷なきは、「動宅」と呼ぶ。たとえば坎宅が離門を開けば、門上は延年金星、第二棟は六煞に落ち水に屬し、凶。第三棟は生氣に落ち木に屬し、吉。あるいは旁角上に門を開けば、たとえば坎宅が巽門を開く、便ち巽宅の「天五六禍生絕延」の此の一路の口訣を用いる。巽より數えて離向に至り、天醫吉星が第一棟に落ち土に屬し、第二棟の延年に生じ金に屬し、吉。第三棟は六煞で水に屬し、凶――これすなわち動宅の推法。
五行相生之法,六棟七棟名變宅。謂五行生盡而變也。蓋五鬼火生禍害土,不生天醫土;天醫土生延年金,不生絕命金;禍害土生絕命金,不生延年金。吉生吉,凶生凶,此常理也。惟六煞水單生貪狼木,貪狼木單生五鬼火,亦常理也。
さらに五行相生の法則を講ず。六棟・七棟の宅子は「變宅」と呼び、意は五行相生が盡頭に至って便ち變ずべし。本來五鬼は火に屬し禍害の土に屬するに生ずべきも、天醫の土に屬するに生ぜず。天醫は土に屬し延年の金に屬するに生ずべきも、絕命の金に屬するに生ぜず。禍害は土に屬し絕命の金に屬するに生ずべきも、延年の金に屬するに生ぜず――吉星は吉星に生じ、凶星は凶星に生ず、これ常理である。唯だ六煞は水に屬し單單に貪狼の木に屬するに生じ、貪狼は木に屬し單單に五鬼の火に屬するに生ず。これも常理と算う。
變宅前五棟內生,如人常法。至六七棟則五鬼火生天醫土,天醫土反生絕命金,禍害土反生延年金,故曰變也。如坎宅巽門,用巽天五六之法,向上第一重天醫土吉,第二棟延年金吉,第三棟六水凶,第四棟生木大吉,第五棟五鬼火凶,至第六棟天醫土吉,是凶火生吉土矣。第七棟絕命金凶,是吉土反生凶金矣。五棟之後,吉變凶,凶變吉,此為變宅相生之法。
變宅の前五棟は常規に照らして相生し、一般の宅子と異なるなし。第六・第七棟に至っては、便ち五鬼火の天醫土に生じ、天醫土が反って絕命金に生じ、禍害土が反って延年金に生ずると為る。ゆえに「變」と呼ぶ。たとえば坎宅が巽門を開く、巽宅の「天五六」の此の一路を用いる。朝向のあの面の第一進は天醫で土に屬し、吉。第二棟は延年で金に屬し、吉。第三棟は六煞で水に屬し、凶。第四棟は生氣で木に屬し、大吉。第五棟は五鬼で火に屬し、凶。第六棟に至ってまた天醫で土に屬し、吉。これすなわち凶火が吉土に生ずると為る。第七棟は絕命で金に屬し、凶。これすなわち吉土が反って凶金に生ずる。五棟の後は、吉は變じて凶と為り凶は變じて吉と為る。これ便ち變宅の相生の法。
八棟九棟名化宅,謂最後一棟為輔弼,星隨門而化也。法以雙木、雙金、雙土並進,以全貪、巨、祿、文、廉、武、破、輔、弼九星之用。蓋靜、動、變宅無輔、弼星,止名七政,與化宅異也。如坎宅巽門九棟,亦用巽天五六之法,大門數至向上第一重天土,次吉;二棟禍土,此雙土也,凶;三棟絕命凶;四棟延年,此雙金也,吉;五棟六水,不吉;六棟生木大吉,七棟左輔木,此雙木也,次吉;八棟五火凶;九棟右弼,原巽門生氣木,此右弼亦生氣木也,大吉。如止八重,即右弼生氣木大吉,此為化宅相生之法。
八棟・九棟の宅子は「化宅」と呼び、意は最後の一棟は左輔・右弼に歸り、星位は大門に隨って變化す。其の法は雙木・雙金・雙土を竝列推進し、用いて貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍・左輔・右弼の九星の全部の功用を湊足す。靜宅・動宅・變宅は皆輔・弼の二星なく、只だ七政と稱し、化宅と同じからざるが故である。たとえば坎宅が巽門を開き共に九棟、も巽宅の「天五六」のあの一路を用いる。大門より數えて朝向のあの面に至り、第一進は天醫で土に屬し、次吉。第二棟は禍害で土に屬し、これすなわち雙土と為り、凶。第三棟は絕命で、凶。第四棟は延年で、これすなわち雙金と為り、吉。第五棟は六煞で水に屬し、不吉。第六棟は生氣で木に屬し、大吉。第七棟は左輔で木に屬し、これすなわち雙木と為り、次吉。第八棟は五鬼で火に屬し、凶。第九棟は右弼で、本來巽門の起こすは生氣で木に屬し、此の右弼も生氣で木に屬し、大吉。もし八進のみならば、末の一進は便ち右弼生氣で木に屬し、大吉。これ便ち化宅の相生の法。
