Libo

天机贯旨红囊经

明 · 宜丰李三素(旧题九天玄女授)

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

卷一・放水十四局(放とは順なり)

風水堪輿典籍

まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。

天機貫旨紅囊經・卷首

地理秘訣。紅囊經,宜豐李三素著。兩議堂藏版。天機貫旨紅囊經原序,宜豐李三素註解。

此の書は堪輿家の地理秘訣にして書名を《紅囊經》と曰ひ、江西宜豊の人李三素の撰著にして兩議堂が刻板して印行す。以下は《天機貫旨紅囊經》の原序にして仍お宜豊李三素が逐句に加注して解説す。

天機貫旨紅囊經原序

陰陽地理山家卦,總是閒言話。更向山頭指撥砂,都是眼前花。休說閒星並祿馬,謾言災禍陰陽卦。休說六秀水,恰似眼前花。自言誇道會星辰,都是要傳名。連山鬼運固為妙,究竟亦非好。又向山頭指貴人,顛倒轉家貧。天星鬼卦都無用,諸星壺中空。說道黃泉十二路,的是無真趨。番見絕命諸卦,財一動見殃災。不曉紅囊經坐穴,下後人丁絕。卻將說惑愚蒙,聖術豈知蹤。

世に陰陽地理を講ずる那一套の「山家卦例」は説き極めれば皆是れ用ひ無きの閒話なり。再び山頭の上に跑りて哪の一塊の砂は撥するを要す收するを要すと指點するも亦不過是れ眼前に一閃して即逝れるの虛花なり。再び甚麼の閒星・祿存・天馬を談ずるを要せず、亦陰陽卦を拿りて胡亂に災禍を推斷するを要せず。「六秀」の方位に水來れば則ち必定好しと説くは亦同じく眼前の虛花なり。人の星辰の學に精通すと自誇するは其の實只是想ひて此を借りて一個の名聲を博せんとするなり。「連山」「鬼運」の此類の卦法は看似る玄妙なるも究竟亦好法門と算すべからず。又人山頭の上に亂りに貴人峰を指して方位一たび顛倒すれば反って人家を指點して家道貧窮ならしむ。天星・鬼卦は全て派して用場に上らず、各種の星名は不過是れ葫蘆裏の空話なり。甚麼の「黄泉十二路」を説くは實に一條も真に趨從する可き無し。翻り覆りて彼の絕命・五鬼の類の卦例を看れば錢財一たび動けば便ち災殃を招來す。《紅囊經》の坐穴の法を懂らずして葬り下りて後人丁斷絕するも、卻て還た此れ等の説法を拿りて去りて愚昧無知の人を迷惑す、聖人の地を相する術の真蹤跡は彼等豈に摸著る所あらんや。

九天玄女真口訣,逐一為君說。山合紅囊青囊,便得真,救得世間人。合得九星宗妙訣,五行要分別。七十二龍分五音,仔細認天星。六十甲子循環布,認得吉凶處。四十八局是分金,逐位細推尋。明穴明山明水路,尋取五行布。金木水火義精通,番值八山奇。分局佈局排星卦,五行通用也。番山番值五行蹤,世間少人逢。但將牢記取,禍福靈如鬼。不信但覆古人墳,處處合神文。此是楊曾真口訣,匪人休浪洩。有人傳得值千金,便是當年司馬身。

九天玄女の傳へ下るの真口訣を我は現在一条一条汝に講じ聽かさん。坐山若能く《紅囊經》《青囊經》の法度と相合せば乃ち真傳を得着したりと算し乃ち世間の人を救ふことを得ん。上九星の根本妙訣に合せんと要せば先ず五行を分辨清楚するを得べし。七十二龍は各々宮商角徵羽の「五音」を分かちて其の屬する所の天星を仔細に辨認するを要す。六十甲子は循環排布して二十四山の下に在り認清せば便ち吉凶の哪の一處に落つるかを知る。四十八局は即ち所謂「分金」にして一位一位細細に推尋す。穴場・坐山・水路の三者を皆弄明白して而して後五行的分佈を尋取せよ。金木水火の四局の義理一たび精通せば翻山翻值して八山に配上せば便ち奇效を見る。分局・布局・排定星卦は五行の法は處處通用す。翻山・翻值して以て五行の蹤跡を求むるの此の門の功夫は世間に甚だ人少なし。只之を牢牢に記着せば禍福を判斷するや靈驗なること鬼神の相助有るが如し。若し信信ぜざれば只管去りて古人の墳墓を覆看せよ、處處皆經文と相合す。これ楊筠松・曾文遄の師徒の真口訣にして托すべきの人にあらざれば切に輕易に泄露するを得ず。人若能く此の套の法門を傳へ得ば價千金に値ひ便ち當年の道を得たる司馬頭陀の一般の如し。

此乃序諸家之偽,而七十二龍也。地理穿山透地,皆言審龍。紅囊則專言坐穴。蓋龍係生成,而穴則待高人之妙用。古人謂一毫千里,一指萬山者,皆指此也,故不可不慎。後之人抱殘守缺,不信真傳,惟熟讀此篇,遍觀古墳,自當盡棄所學,岐路之悲,庶乎可免。

李三素按す。此の篇の序文は各家の僞法を一一排列し出して駁斥を加へ而も「七十二龍」の此の真法の上に歸結す。地理書は「穿山」「透地」を講じ講ずる所は皆來龍を審察するなり。《紅囊經》は卻て專ら「坐穴」を講ず。龍脈は天生自然形成するにして穴位は卻て高明の地師を等りて妙用裁定するを要するを以てなり。古人の言に「一毫を差せば謬りて千里を以てす」「一指の差は誤りて萬山を盡くす」は指す所は正に坐穴の此の一件事にして故に愼重せざるべからず。後世の人は殘缺の舊説を抱きて放さず真傳を信ずるを肯ぜず、只能く此の一篇を熟讀して再び遍く各處の古墳を看て印證せば自然に從前の學んだ所を全部丢開せん。岔路を走るの悲哀も亦大概免るることを得ん。

天機貫旨凡例

地理之學等於天文,是以一訣千金,妙處不傳。曾公得教於楊公最為親切,其《青囊》云:楊公養老看雌雄,天下諸書對不同。又云:以偽傳偽竟不明,所以禍福為胡亂。故汗牛充棟之書顛倒參差,皆係偽種奇橫。是書出於《天玉》《青囊》《玉尺》與先賢歌訣,皆索一萬錢先之以問答,使略見大意。經中有辨疑者,不惜重言以審之。羅經口訣,不外於得金得卦,又不外於三七二八,總之則乘氣坐穴而已。

地理の此の門の學問は其の難其の精は天文に亞ならず、故に一句の真訣は千金に値し最要緊の地方は從來肯じて輕傳せず。曾文遄は親しく楊筠松の傳授を受け最も直接可靠にして其の作る所の《青囊序》に曰く「楊公は老を養ひて雌雄を看る、天下の諸書は對して同ならず」と。又曰く「僞を以て僞を傳へて竟に明ならず、所以の禍福は胡亂と為る」と。故に彼の山を堆積するが如きの地理書は説法前後顛倒し彼此參差して全是れ僞法の亂傳し出づるの怪種なり。本書の根據は《天玉經》《青囊經》《玉尺經》および歷代の先賢の歌訣に出づ。此れ等の口訣は從前は皆價萬錢を索めて乃ち相授するを肯じ我は先ず問答の方式を用ゐて寫出して讀者に略く大意を見せしむ。經文の中に凡そ疑難有りて辨析を須とする處は我は重複申説を怕れず務めて審明を求む。羅盤の上の口訣は歸結し來れば不外「得金」(七十二龍の分金に合す)と「得卦」(六十龍の本卦に合す)の兩件事にして又不外「三七」「二八」の兩種の加減法度なり。總じて言へば則ち生氣に乘り坐穴を定むるの此の一件事のみなり。

《青囊》《玉尺》與先賢歌訣,皆地理家童而習之者耳。餘所發明即在耳之前,而非隱怪。尊《天玉》祭其祖之所自始。《紅囊經》專言坐穴,久無刻本,時為抄出,在得訣之人口傳心授,固不須文字。然守先待後,惟恐天下之人盡入火坑,則是書不可一日無。理者一定之理氣,趨避之訣可習可傳;巒頭則千變萬化,非踏破鐵鞋揣摩有素,雖父不能教其子。茲不及者,神而明之存乎其人。

《青囊經》《玉尺經》と先賢の留下する歌訣とは皆是れ地理を學ぶ人の小にして便要く讀むべき書なり。我の闡發する道理は便ち人の耳目の前に擺れて並びに甚麼の隱僻怪異の談にあらず。我は特に《天玉經》を尊崇す、正に祭祀は要く最初の那位の祖先に追溯するが一般の如く其れ此の門の學問の源頭なるを以てなり。《紅囊經》は專ら坐穴の法を講じ長久にして刻本の流傳なく只是れ時時に抄錄する人有り。已に訣を得たる人に對しては口傳心授は本來便ち文字に依靠するを必とせず。然れども前人に承接し後學に留待せんが為に我は實に天下の人の皆火坑の裏に掉り入らんことを擔心す、則ち此の部の書は一天も無かる可からず。所謂「理」は一定不移の理氣にして吉に趨き凶を避くるの口訣は學ぶ可く亦傳ふ可し。至りて「巒頭」は則ち千變萬化にして若し鐵鞋を踏破し長年に揣摩して素養有るを得ざれば、即ち是れ父と雖も亦法なくして子に敎ふること能はず。本書の講じ到らざる那一部分は便ち只能く讀者自ら心領神會するに靠るのみなり。

然聚散向背之義,既發明於墳堂;惟《穴心賦》極其精微,《穴情賦》最極活潑乃為生氣,熟觀古墓才能自得。選擇之利害多在一紀,今以古墓定吉凶,豈能悉其造墓之期。固知年月日時,治近不能治遠也。先賢:方方位位有神殺,避得山通向又侵,惟有山家生氣旺,天機妙訣好留心。又云:七十二龍逢旺相。觀此則補山相主、弱孤造命之外,皆偽傳也。但選擇莫要於天文,惟秦西為最精,假我數年尚其矣之。

至りて氣脈の聚散・山水の向背の此の層の道理は我は已に墳堂形勢を講ずる部分に於て説明せり。只《穴心賦》は講ずるや極めて精微にして《穴情賦》は講ずるや最も靈活にして那れ乃ち生氣有るの文字と算し須く古墓を熟看して乃ち自ら體會することを得。至りて葬期を選擇するの利害は其の應驗は大多數一紀(十二年)の内に在り。如今我等は古墓を憑りて吉凶を判定するも又怎ぞ能く一一當年造墓の確切の日期を査明せんや。此に由り知るべし、年月日時の選擇は只能く近期を管して長遠を管すること能はず。先賢の説く「方方位位に神殺有り、避け得ば山通じて向又侵す、惟だ山家の生氣旺有るのみ、天機妙訣留心を好し」と。又説く「七十二龍は旺相に逢ふ」と。此の兩句に照らして看れば選擇の學は山を補し・主を相し・弱を扶け・孤を濟ふの此の幾項の造命の法以外には其の餘は皆僞傳なり。不過選擇を論ずるは最要緊のは還お是れ天文曆算にして此の方面は惟だ西洋の學最も精密なり。假若再び我に幾年の工夫を給はらば或いは之を更に明白に講ずることを得ん。

天機妙訣總在平分六十甲子,奉國禁則以盈縮代之,至朱蔡亦未知之,復還其固有而於坐穴。《天玉》《青囊》《玉尺》其傳未廣,二公亦竟不知。術家有知之者,疑盈縮為本來、平分為添設,而與楊曾截然異路。仰觀俯察之學皆始黃帝,惟楊曾得其緒耳。盈縮之非,大度六十一之謬,《頂門針》辨之既詳,茲不再贅。

天機の妙訣は總じて歸じて「六十甲子を平分す」の此の一層の上に落つ。六十甲子を均勻分佈して二十四山の下に到らしむ。後來朝廷が民間の地理を習ふを禁ずるに因りて術家は敢へて明言せず、便ち「盈縮六十龍」を拿りて來りて之に頂替す。朱熹・蔡元定の如きの大儒すらも亦其の中の原委を知らず。如今我は之を其の本來の面目に恢復して來りて坐穴の上に用ゐん。《天玉經》《青囊經》《玉尺經》は當時流傳廣からずして朱・蔡の二公は竟に亦見ることを得ず。術家の中に偶々此の囘の事を知る者有るも反って盈縮こそ本來の法にして平分は後人の添へ出したると懷疑して是に於て一條の楊筠松・曾文遄と截然不同的路を走上りぬ。天象を仰觀し地理を俯察するの學問は皆黃帝に始まり惟だ楊・曾の師徒こそ此の一線の餘緒に接上することを得。盈縮六十龍の誤および周天を分かちて「大度六十一」と作すの謬説は《頂門針》の一書の辨析する所已に甚だ詳細にして此處には重複せず。

大五行即金木水火土,在先天為河圖,在後天為挨星,箕子之《洪範》實不外此。自《銅涵》《滅蠻》乃《洪範》之名,使人易信,非真《洪範》也。嗣後有一真談,即說一謬解,因奉國禁乃亦以偽傳偽。自宋及今,國禁既馳,必使此道明於中天,不惟有禆於富庶,實有助於國家養育人才矣,可不明辨之乎。

所謂「大五行」は即ち金・木・水・火・土なり。其れ先天に在りては即ち《河圖》にして后天に在りては即ち「挨星」なり。箕子が《尚書・洪範》の裏に講ずる五行は實際も亦此の範圍を出でず。後世の《銅涵經》《滅蠻經》は只是れ「洪範」の此の名目を借用して人に容易に信ぜしめんと好むに而も並びに真正の洪範五行にあらず。彼れ以來一種の真説法の出現する毎に便ち跟著して一種の謬解の冒出し、又因りて朝廷に禁令有りて術家も亦錯に將りて錯を就け以て僞を傳へ僞とせり。宋代より今天に至るまで禁令既に鬆弛せば便ち必定要して此の門の學問をして日の中天に在るが如く明白ならしめん。此不單に百姓の富庶に對して好處有るのみならず實に亦國家の人才を培育するに助有り、怎ぞ能く辨析清楚せざる可けんや。

謬種偽傳汗牛充棟,削不勝削,摘不勝摘,即《摧官篇》《頂門針》亦合者二三,離者七八。蔓草不除,則嘉禾不莠;辨之不早,真偽不分。惟《玉尺經》乃楊曾心法,引而不發,尚不如《天玉》《青囊》《紅囊》之奧,細心讀之,人人可以自得,故此未註,以待將來。河圖為先天,納音為後天,必尋到源頭,而五行之名始不虛設。餘也遍考性理並及河圖所論,納音總無不是,否則其圖愈多,觀與念亂。張思先有言曰:所恨古人不我見。我亦特為大息耳。宜豐李三素識。

荒謬の僞法は傳はるや天を鋪き地を蓋ひて删ふるも删盡くすべからず摘むるも摘盡くすべからず。賴文俊の《催官篇》と徐試可の《頂門針》とすらも能く合するも不過十の二三にして相違するは反って十の七八有り。野草除き淨せざれば好莊稼は長起ることを得ず。辨僞辨むるや早からざれば真假は分開くことを得ず。只《玉尺經》こそ乃ち楊・曾の心法なれど惜むらくは其れ只弓を拉開して箭を射出さず含蓄して盡言を肯ぜず、反って《天玉經》《青囊經》《紅囊經》に來たりて深奧なるに如かず。只細心を以て之を讀まば人人皆自ら領會することを得、故に我此の次は之の為に注を作らず將來に留待す。《河圖》は先天に屬し納音は后天に屬す、必定要して源頭の上に尋ね至りて五行の此の名目乃ち空設と為らざるを致さん。我は遍く宋儒の性理の書を考へ兼ねて《河圖》の種種の議論に及べども凡そ納音を講ずるは一處も對せざるなし。否れば圖畫は畫くや愈々多くして看る人の心念は反って愈々亂る。張思先の説く「恨むらくは古人我に見えず」と。我此處に讀み到りて亦只之の為に一聲の長嘆を為すのみ。宜豊李三素記す。

天機貫旨紅囊經目次

宜豐李三素著。一卷:經囊經註解、九星歌訣、四下十八局定例、放水十四局(放水順也)、逆水局十六、收右水九局、收左水九局、十二支正神向、兌卦詳斷、破局詳斷兌卦、紅囊經四十八局坐穴。二卷:天機賦(論房分吉凶)、論挨星聯珠訣辨、論龍三謬辨、頂門針是非辨、穿山透地三盤卦例辨、論陰陽辨、奪神功改天命必兼用三針、論生死不論陰陽辨、論左右關之偽辨、得訣歸來好看書。

全書は宜豊李三素の撰著す。第一卷は收む。《紅囊經》正文注解・九星歌訣・四十八局定例・順水放水十四局(「放」は即ち水に順て去るなり)・逆水立向十六局・右邊來水を收むる九局・左邊來水を收むる九局・十二地支の正神向・兌卦一宮の吉凶詳斷・兌卦破局の詳斷・および《紅囊經》四十八局坐穴總説。第二卷は收む。《天機賦》(專ら各房分の吉凶を論ず)・挨星聯珠訣を辨析す・龍を論ずる三種の謬説を辨析す・《頂門針》の是非を辨析す・穿山透地三盤卦例を辨析す・陰陽の説を辨析す・神功を奪ひ天命を改むるは必ず正針中針縫針の三盤を兼用するを須とす・只生死を論じて陰陽を論て陰陽を論ぜざるを辨析す・左關右關の説の虛僞を辨析す・および《訣を得て歸り來りて書を看るに好し》の一篇。

三卷:龍穴砂水釋名總說、論羅經說、羅經禍福辨、登山不用開羅經、望氣論、論認水立向、嘗水辨、求福即孝子、秘訣辨、論五行之謬、俯察提綱、論小玄空生克不論龍向、辨別地師法、萬物轉移天地之氣、天星卦例、辨真偽總綱、論雙金煞。四卷:天機出煞賦、夾竹梅花、論心訣、定向受法、論干支生旺、四路黃泉水斷、論八煞黃泉斷、論祿馬貴人砂、梅花穴向水路吉凶斷、論二十四龍斷、五星形勢、五星葬法、扦穴法、尋龍經上篇、中篇、下篇、論尋龍之法甚有關節。目次終。

第三卷は收む。龍・穴・砂・水の四法名目の總釋・羅盤を論ず・羅盤の主する所の禍福を辨ず・山に登りて羅盤を開かざる可きの説・氣を望むの論・水を認りて向を立つの論・水を嘗めて味を辨ずるの法・福を求むるは正に孝子の事なり・所謂「秘訣」を辨ず・五行の諸家の謬を論ず・俯察提綱・小玄空は只管穴前の水を放るの生克を管して龍と向とを論を論ぜざるを論ず・地師の優劣を辨別するの法・萬物は皆天地之氣に隨て轉移す・天星卦例・真僞を辨別するの總綱・および雙金煞を論ず。第四卷は收む。《天機出煞賦》・夾竹梅花訣・心訣を論ず・向を定め法を受く・天干地支の生旺を論ず・四路黄泉水斷・八煞黄泉斷を論ず・祿馬貴人砂を論ず・梅花穴向水路吉凶斷・二十四龍斷を論ず・五星形勢・五星葬法・穴を扦するの法・《尋龍經》上中下の三篇・および尋龍の法は極めて關節有るを論ずるの一篇。目次は此處に到りて止まりぬ。

後序

紅囊經,上按周天七十二星,中應七十二節骨龍氣,下應七十二候。若能排列,真能發福如雷;不依此經,則一毫千里、一指萬山,其禍立見。唐喜宗廣平元年,黃巢做亂,楊筠松出江南,將此經傳與虔化曾文遄,有七十二穿山,名為七十二條來去水法。梅州虔化楊公作地,皆依此經。蓋內外六十甲子取諸陰陽消長,隔八相生,天地人物總不出陰陽消長之外,是以吉凶如向。

《紅囊經》の此の部の書は上は周天の七十二顆の星に對應し中は龍身の七十二節の骨節の行く所の氣に對應し下は一年の七十二候に對應す。若し能く之に依りて排布して當を得ば發福真に雷霆の速きが如し。若し此の部の經に依らざれば則ち毫釐を差えて謬りて千里を以てし一指の誤は便ち誤りて萬山を盡くし禍患は立刻に便ち見ゆ。唐僖宗廣明元年に黃巢は兵を起して亂を作し楊筠松は亂を避けて南下して江南に到り此の部の經を虔化(今の江西寧都)の人曾文遄に傳へ、其の中に七十二穿山の法有りて又七十二条の來去水法と叫作す。梅州・虔化の一帯の楊公の親手の點したる地は皆是れ此の部の經に依りて做したるなり。内盤外盤の六十甲子は取る所は陰陽消長の理にして「隔八相生」の法則を用ゐて推排す。天地之間の人と物とは總じて陰陽消長の範圍を跳出すべからず、故に吉凶の應驗は回聲の應答するが如く準なり。

時師但知東西南北,不知五行有內外。臟腑調和則百病不生。紅囊經得自甲子,有盲師不識何物,因以授餘。餘細讀之,知為坐穴消長之用。前後兩序俱失作者姓名,中有避玄空者,未知燈是火,因消去。末有七十二圖,乃七十二條來去水法,無非喜生旺、忌休囚。《行程記》云:九天玄女有經文,此卷世間無。則此言之秘而不傳,已非一日。但七十二龍中有去取,而非七十二向,在奉禁時不是不諱言之。今則指明四十八局,務使楊曾心法如日中天,是以刪定其歌訣,竟削其圖。奧語之珠寶火坑、天玉經之雙山雙向,皆賴此書為註腳。今表而出之,使仁人孝子共讀神文,亦以見餘之專以七十二為分金而避百二十分金,非無所本也。

現今の地師は只東西南北の方位を知りて知らず五行に還た内外兩層を分かつを。人身の臓腑の調和せば百病自然に生ぜざるが如し。此の部の《紅囊經》は我は某の甲子年に得之、當時一個の瞎眼の術士は何の書なるかを認得せずして便ち轉じて我に與へり。我は仔細に讀過して乃ち知る其れ坐穴と氣の消長の用法を講ずるを。書前書後の兩篇の序は皆作者の姓名を失落し、其の中に一位の「玄空」の二字を避諱せんが為に繞りて説く者有りて竟に「燈」は即ち「火」にして同じく一物なるを知らず、故に我は彼の一段を删去せり。書末は原に七十二幅の圖を附有す、即ち七十二条の來去水法にして内容は無非是れ生を喜び旺を喜び休を忌み囚を忌むなり。《行程記》に曰く「九天玄女に經文有り、此の卷は世間に無し」と。見るべし此の套の説法は秘して傳へざるは已に一天兩天の事にあらず。不過七十二龍の中は是れ取有り舍有りにして並びに七十二個の向皆用ひる可きにあらず。朝廷の禁令の下に術家も亦非ざるにあらず明説を忌諱せず。如今我は索性指明して只四十八局のみ用ひる可しとし務めて楊・曾の心法をして太陽の空に當るが如く明白ならしめ、故に其の歌訣を删定して索性に彼の圖をも亦去りぬ。《青囊奧語》の所謂「珠寶」と「火坑」《天玉經》の所謂「雙山雙向」は皆要く此の部の書に靠りて注脚を作る。現在我は之を表彰し出して仁人孝子をして共に此の篇の神妙の文字を讀ましむ。亦此に由り見るべし、我の專ら七十二龍を用ゐて分金を定めて一百二十分金の法を避くるは並びに根據無きにあらざるを。

卷一・紅囊經注解

天南地北說東西,不識東西有玄微。五行真妙無人會,謬種星辰說是非。五行有先天、後天。後天之納音,即先天之河圖也。但先天本體,後天致用,徒拘方位則泛而無主。譬之某縣某家,止知其姓而不知其家中之人,各有賢愚,各有喜忌。故不用老五行,而用後天之納音耳。

經文に曰く、世人は口に滿ちて天南地北・東金西木と方位を講じて曉らず此の「東」「西」の二字の裏に別に一層の玄微有るを。五行の真正の妙處は人の領會する無く只會して一堆の錯傳の星名を拿りて去りて是非を爭論す。李三素注す。五行に先天・后天の兩套有り。后天の「納音五行」は即ち先天《河圖》五行の另一副の面孔なり。但し先天は本體を講じ后天は應用を講ず。若し只方位を死守して放さざれば便ち泛泛として主宰無し。此れ譬へば某縣某の一戸人家を説くに汝は只其の家の何の姓なるかを知りて知らず家裏の人は各々賢愚同ならず各々喜忌同ならざるを。故に本書は「老五行」(正五行、即ち東木西金南火北水)を用ゐずして吉凶を定めずして改めて后天の納音五行を用ゐる。

八山排舉五行論,位位分金有五星。二十四山排易識,得師口訣始為真。分金者,七十二龍也。其中有龜甲、有空亡,皆所不取,如淘沙撿金,故謂之分金。五星者,分金所屬之五行也。分金之偽,世俗止別有一百二十。至於同山論向而有兼左兼右,五行各別,則舉世茫茫,此二十四山所以不易識也。

經文に曰く、八卦八山は各々五行を排出して論ず、每一位の分金の下に皆其の屬する所の五星有り。二十四山は看似る一排すれば便ち認得す、其の實必ず明師の口訣を得て乃ち真に懂ると算す。李三素注す。所謂「分金」は即ち七十二龍なり。七十二は即ち七十二龍なり。七十二龍の裏に「龜甲」(十二地支の正中の中氣線)有り「空亡」(兩山交界の界縫線)有り、此の兩類は皆取りて用ゐる可からず。沙を淘して金を揀ぶが如く用ふ可きを挑出す、故に分金と叫作す。所謂「五星」は即ち每一条の分金の屬する所の五行なり。分金の僞法は世俗は只知道して別に一套の「一百二十分金」有り。至りて同じ一座の坐山にして向を立つる時に兼左・兼右の分有りて兼左兼右の得る所の五行は又各々相同ならざるの此の一層は便ち舉世茫然なり——二十四山の容易に認清し難き所以の原因は正に此處に在り。

先將水步究天星,山合紅囊七二神。若還會得其中趣,便是陰陽地理人。天星者,貪、巨、祿、文、廉、武、破、輔弼也。此云天星以生死旺衰言。蓋龍穴無吉凶,以水為吉凶;水無吉凶,以龍穴之生旺為吉,死絕為凶。時師家消水,每云水法多端,理難一致,遂將此是彼非,茫無定論。紅囊經以七十二龍為主,所喜迎生趨旺,所忌破旺沖生,此楊曾秘旨,非是俗師得知。

經文に曰く、先ず一步一步來水去水を量清して此に據りて天星を推究す。坐山は則ち《紅囊經》七十二龍の此の一套の神機に合上するを要す。若能く其の中の旨趣を領會せば汝は即ち真正に陰陽地理を懂るの人なり。李三素注す。所謂「天星」は貪狼・巨門・祿存・文曲・廉貞・武曲・破軍・輔弼の此の九星を指す。此處の説く天星は就中十二長生の生・旺・衰・死に就て講ずるなり。龍穴本身は並びに吉凶無くして其の吉凶は水を看るを要すを以てなり。水本身も亦吉凶無くして水は龍穴の生方旺方に流れ到れば便ち吉にして死方絕方に流れ到れば便ち凶なり。當今の地師は水口を消納するに動もすれば水法の門派太多にして道理は歸一し難しと説き是に於て各執一詞にして互相攻訐して始終定論無し。《紅囊經》は則ち七十二龍を以て主と為す。喜ぶ所は「生を迎へ旺に趨く」——來水をして生方旺方より堂に入らしむ。忌む所は「旺を破り生を冲す」——水をして去りて旺方生方を冲破せしむ。これ楊筠松・曾文遄の秘旨にして俗師の知る所能にあらず。

論山論水便論龍,水凶山吉不堪逢,龍凶山吉何須說,水吉龍凶百世窮。山者坐山也,水者流水也,龍者六十龍。吉以生養官旺言,凶以病死墓絕言。更論者以龍為主也。龍不合而求之坐山者,謬種偽傳,皆無定論。即水合旺而龍在病死墓絕之方,終難發福。窮者固窮也。

經文に曰く、既に坐山を論じ又來水を論じ根に歸り底に至れば還お龍を論ずるを要す。水凶にして山吉なるは此の如きの地は碰る可からず。龍凶にして山吉なるは更に説くを多くとせず。即ち水吉にして龍凶なるも亦窮すこと一百代せん。李三素注す。「山」は坐山を指し「水」は流水を指し「龍」は六十龍を指す(六十甲子を平分して二十四山の下に排したるの來龍)。所謂吉は龍の長生・養・臨官・帝旺の此の幾個の位次の上に落つるを指し、所謂凶は龍の病・死・墓・絕の此の幾個の位次の上に落つるを指す。經文は特意に「便ち龍を論ず」と説きて表明す三者の中に龍を以て主と為すを。龍既に合せずして卻て回頭して坐山の上に補ふを找ふは那れは錯は錯傳の僞法にして永遠に定論を出すことを得ず。就中水法は旺に合すれども來龍は卻て病・死・墓・絕の方に落ちて終竟發福し難し。所謂「窮」は那れは真に窮し下るのなり。

乙丁已辛癸,甲丙戊庚壬,智人能辨別,袖裡藏珍珠。按此分金語,子丑戌亥是,其餘地八支,居中非戊已。八干四維之正不載六甲,惟地支始有之。其各為七十二者,應七十二候也。居中非戊已,中氣當避;雖非戊已,而十二支之正名為龜甲也。此七十二換次排列二十四山。

經文に曰く、乙・丁・己・辛・癸の此の五個の陰干と甲・丙・戊・庚・壬の此の五個の陽干とを智慧有る人は能く之等を分辨清楚せば便ち袖子の裏に一顆の珠寶を藏るに等し。此の幾句に按ずれば講ずる所は分金なり。子・丑・戌・亥の各山の下面は正に此の如く排す、其の餘の八個の地支も亦此に照らして類推す。只是れ每一支の正中の那一格は並びに戊・己にあらず。李三素注す。八天干(甲乙丙丁庚辛壬癸)と四維(乾坤艮巽)の正線の上には六十甲子を安せず、只地支の下にて乃ち排し入ることを得。七十二龍の七十二条なる所以は一年の七十二候に對應せんが為なり。所謂「中に居りて戊己に非ず」は説く所は地支の正中の那一線は「中氣」に屬して應に回避すべく、其れは雖も並びに真に戊・己の兩干ならざるも十二地支の正中線は別に一個の名目有りて「龜甲」と叫作す。此の七十二条は便ち此の如く排り下るなり。

仙輩露真機,時師不知體。甲子循環布,徹首而徹尾。乾卦為君統九州,丙巽朝來甲艮流。於中盡道無門戶,豈識貪狼錯路遊。二十四山共成四十八局,此言八卦者,舉一卦而概三山也。乾山右壬戌左乙亥,丙巽乃水之祿存,甲艮乃水之廉貞,惟坐穴乙亥即艮為貪狼,兼戌便非,故錯路也。愚按恐是金局,丙巽為貪狼,甲艮為門戶;若言乾山,則門戶非貪狼,能不錯路遊乎。

經文に曰く、前輩の仙師は已に真機を透露し出せども如今の地師は其の本體を明白せず。六十甲子は循環排布して頭より尾に至るまで始終を貫徹す。乾卦は君と為りて九州を統領し丙・巽方より水來りて堂に朝し甲・艮方に從りて流去る。人人皆此の中間に門戶は講ず可き無しと説きて曉らず連れ貪狼星すらも亦路を走錯ることを。李三素注す。二十四山は合はせて共に四十八局を成す。此處は只八卦を説くは一卦を擧げて其の轄する所の三山を概括す。乾山の下は右邊は壬戌龍にして左邊は乙亥龍なり。丙・巽の二方は水の祿存位にして甲・艮の二方は水の廉貞位なり。只乙亥龍に坐する時に艮方乃ち貪狼と算し、若し戌の上に兼ぬれば便ち是れにあらず、故に「錯路」と曰ふ。我は私に推想す此の一条は恐らく金局を講ずるならん。丙・巽は金局の貪狼位にして甲・艮は水口の門戶なり。若し乾山に照らして講ずれば門戶は便ち貪狼にあらず、那れは還た路を走錯らざるを得んや。

坎山流水是坤離,妙用時師怎得知。天上祿存人不識,貪狼流水向狐疑。坎山右丙子左庚子,兼右兼左皆宜。坤離者,胎養生之方也。但水歸巽已必流寅甲,若作單向則是戊子。坎為火之祿存,寅甲乃是貪狼,必疑流破,卻不知龜甲宜避,子山無單向之理。此舉一坎宮為例,以四十八局習用二八。

經文に曰く、坎山の來水は坤方・離方に出づ、此の種の妙用は今日の地師豈に知らんや。天上の祿存星は彼等は認出ださず、貪狼方に水の流走るを見て便ち神を疑ひ鬼を疑ふ。李三素注す。坎山の下は右邊は丙子龍にして左邊は庚子龍にして右を兼ね左を兼ねともに用ゐる可し。坤・離の二方は正に胎・養・長生の在る所の方位なり。但し水若し巽・巳方に歸り去れば便ち必定寅・甲方より流出す。若し左右を兼ねずして只子山單向を立てば則ち戊子の此の條の中氣線の上に落つ。坎方は火局の祿存位にして寅・甲方は卻て貪狼位なり。一たび水の貪狼方より流走るを見れば便ち「流破」なりと疑心するも知らず正中の龜甲線は本來便ち應に回避すべくして子山は根本に單向を立つるの道理無きを。此處は只坎宮の一宮を擧げて例子と作して説明す四十八局の通例は皆「二八」(左に偏し右に偏して二分八分)を用ゐて坐穴することを。

艮山流水自乾來,丑寅二山符安排。時師盡道貪狼照,誰知其中福不來。艮宮右癸丑左丙寅,論天星則艮為貪狼,不知兼丑兼寅有木火之別。水自乾來須兼丑,若兼寅則為破軍,福不足而禍有餘。

經文に曰く、艮山の來水は乾方より過來せば便ち丑・寅の兩條の龍の上に妥當に安排するを要す。當今の地師は一律に此れ貪狼星の照臨なりと説き誰か知らん福氣は偏に來らざるを。李三素注す。艮宮の下は右邊は癸丑龍にして左邊は丙寅龍なり。若し單に天星を論ぜば艮位は固より貪狼なり。彼等は卻て知らず丑を兼ぬると寅を兼ぬるとに一は木に屬し一は火に屬して五行完全に同ならざるを。水既に乾方より來れば坐穴は必ず丑を兼ぬるを須とす(癸丑は木に屬し乾亥の來水は正に木局の生方なり)。若し寅を兼ぬれば寅方は此の一局に對して破軍位にして則ち福分足らずして禍患は餘有りなり。

震宮納甲本相同,巽已貪狼自本宮。其中妙理無人識,卻向東邊認木龍。震宮右已卯左癸卯,此以巽已為貪狼者,宜兼左也。而正卯為辛卯,七十二作辛卯,作庚酉辛向,即乘木龍之氣,故本宮。

經文に曰く、震宮の納甲は本來此れと相同にして巽・巳方の貪狼は便ち本宮の内に出づ。此の裏頭の妙理は人の認る無く反って只會して東方に到りて木龍を認る。李三素注す。震宮の下は右邊は己卯龍にして左邊は癸卯龍なり。此處に巽・巳方を貪狼と定むるは就中左を兼ぬる(癸卯)に就て言ふなり。至りて卯山の正中の一線は辛卯にして七十二龍も亦辛卯と作す。此の條の龍に坐して庚・酉・辛の向を立つは正に木龍の氣に乘上るにして故に貪狼は「本宮自ら」出づと曰ふ。

巽風分佈要先知,水入山趣有利宜。土木山頭有一撥,坤坎照人不便知。巽山右丙辰左已已,各有生旺。若從木而坤坎來照,則不便知。蓋坤為木破軍,坎乃木之文曲也,宜作土局。

經文に曰く、巽方の風氣の分佈は先ず弄清楚するを要し水は哪處より堂に入り坐山は哪邊に朝りて勢を取るか各々其の合宜の處有り。土局と木局とは此の一座の山頭の上に差は一撥の間に在りて若し坤方・坎方の水を照し入れば人は便ち頭腦を摸著らず。李三素注す。巽山の下は右邊は丙辰龍にして左邊は己巳龍にして各々其の生方旺方有り。假如木局に按じて取るに而も水は卻て坤方・坎方より照射して入れば則ち辦り難し。木局に對して言へば坤方は破軍位にして坎方は文曲位にして皆吉ならざるを以てなり。此の種の情形は應に土局(即ち金局の土に寄する)に改作して向を立て水を消すべし。

離宮坎滿事難明,要識其中旺那星。天上五行似倒用,總取貪狼本路行。離山本音金,右壬午左丙午,然各有生旺。以老五行作火,而另作水木論,故曰五行顛倒用。貪狼本生氣者,但逢死氣皆無取。

經文に曰く、離宮の穴にして坎方の水滿つるは此の裏頭の道理は最も説明白し難くして要緊のは此の局は到底哪の一顆の星の上に旺するかを認清するに在り。天上の五行は好像是れ倒れ來りて用ゐるにして總じて歸するは還お要く貪狼の此の條の正路を取りて來りて行る。李三素注す。離山(午山)の納音は本に金に屬して右邊は壬午龍にして左邊は丙午龍にして兩條の龍は各々其の生旺有り。老五行(正五行)に按ずれば午位は火に屬すれども此處に卻て別に水局・木局を作して來りて論ず、故に「五行は顛倒して用ゐ」と曰ふ。貪狼は本來生氣を代表するも若し此の一條の龍は死氣の上に落ちば即ち貪狼と名づくるも亦一概に取る可からず。

以母原來納火金,貪狼武曲一般尋。父子相生成配合,須認流神合那音。坤宮右已未左壬申,金之貪狼、火之武曲,故曰一般尋。父子相生者,三合也。三合起於納音,納音起於隔八相生。如甲子為夫,取乙丑為妻,數到八位則生子壬申;壬申為夫,取癸酉為妻,數至八位則生庚辰。此申子辰三合立向之法。須認流水為主,合納音生旺則吉,死絕則凶。

經文に曰く、母卦を以て論ぜば坤宮は原本納する所は火と金にして故に貪狼・武曲は要く一樣の地に去りて尋ぬべし。父と子と相生して乃ち配合し得上して還た來去の水神は哪の一個の納音に合するかを認清するを須とす。李三素注す。坤宮の下は右邊は己未龍にして左邊は壬申龍なり。坤申方は金局に對しては是れ貪狼(長生)位にして火局に對しては是れ武曲(臨官)位にして故に「一般尋」と曰ふ。所謂「父子相生」は即ち三合なり。三合の法は納音に起りて納音の法は又「隔八相生」に起る。例へば甲子を以て夫と為して乙丑を取りて妻と為して下に數へて第八位に到れば便ち兒子の壬申を生出す。壬申を以て夫と為して癸酉を取りて妻と為して再び數へて第八位に到れば便ち庚辰を生出す——此れ即ち申・子・辰の三合立向の由來なり。用ゐる時は須く流水を以て主と為す。水は納音の生方旺方に合すれば便ち吉にして死方絕方に落つれば便ち凶なり。

兌上無頭是水源,五行顛倒要求玄。金火二星人未識,看他流水在何邊。兌上論西方則為金,論七十二龍則丁酉火。其實右水左土而用金火,顛倒求玄,總以流水為主。

經文に曰く、兌方の上首の頭無き處は正に水の源頭にして五行は要く倒れ來りて推して乃ち玄機を求得るを得。金・火の兩顆の星は世人は認出ださずして只須く其の水は哪の一邊に流るるかを看るのみ。李三素注す。兌位は若し西方に按じて論ぜば正五行は金に屬し、若し七十二龍に按じて論ぜば酉山の正中は丁酉にして納音は火に屬す。其の實酉山の右邊の一條は水に屬し左邊の一條は土に屬して而も取用する時は卻て金局・火局を當りて來りて看る、此れ即ち「顛倒して玄を求む」なり。根に歸り底に到れば仍お流水の來去を以て主と為す。

坎離震兌並四維,五行相配是玄機。細察流神分音坐,父子相生福可稽。前言八卦,此專言坎離坤兌,以納音之屬分四局也。四維者,五行之四生四墓四臨官也。知山龍之陽干,而後以水龍之陰干相配,如甲以癸配、壬以辛配、丙以乙配、庚以丁配是也。分音生者,以水神為主也,五音坐穴也。

經文に曰く、坎・離・震・兌は再び乾坤艮巽の四維を加へて五行は如何に相配せば乃ち真正の玄機なるか。細細に來去の水神を察看して納音に按じて坐穴を分定し父子相生すれば福分は便ち稽考する可し。李三素注す。前面の幾條の講ずる所は八卦にして此の一條は專ら坎・離・坤・兌を講ず、是れ納音の屬する所に按じて全盤を分かちて水・火・金・木の四局と為す。所謂「四維」の指す所は五行の四長生(亥卯巳申の屬)・四墓庫(辰戌丑未)と四臨官の位なり。先ず山龍の屬する所の陽干を認清して而して後水龍の陰干を拿りて去りて其れに配す。甲龍は癸水に配し壬龍は辛水に配し丙龍は乙水に配し庚龍は丁水に配す、便ち此の法則なり。所謂「分音」に而も生旺を論ずるは是れ水神を以て主と為して、所謂「五音」は即ち宮商角徵羽に按じて坐穴を定むるなり。

翻天倒地對不同,須教七二奪神功。穿透功夫斟酌用,兒孫代代福不窮。甲庚丙壬為龍,乙辛丁癸為水,不在羅經方,在納音之所屬。是以古今名墓,以老五行求之不合,以三合五行求之又不合,惟七十二龍之納音則禍福如向。但坐穴雖合,必須穿得真龍、透得真氣,然後三盤卦例總歸一卦,而福澤悠久。此七十二龍坐穴,所以又在穿山透地之外。

經文に曰く、天を翻し地を倒りて推排すれば各家の對する所は皆同ならず、必ず七十二龍の此の一套を用ゐて乃ち神功を奪得する能くん。穿山と透地との兩層の功夫を斟酌して用ゐれば子孫代代は福澤窮まらず。李三素注す。甲・庚・丙・壬の四陽干は山龍と為して乙・辛・丁・癸の四陰干は水龍と為す、此れは並びに羅盤の上の方位を指すにあらずして而も是れ其等の納音の屬する所の五行を指す。故に古今の名墓は老五行を用ゐて套して對せず一般の三合五行を用ゐて套するも亦對せず、只七十二龍の納音を用ゐて來りて推せば禍福は乃ち回聲の如く應驗す。不過坐穴は雖も合せども還た必ず真龍を「穿」得着し真氣を「透」得着して而して後穿山・透地・坐穴の此の三盤卦例は一卦に同歸して福澤乃ち久遠する能くん。七十二龍の坐穴の法は正に此の如きを以て乃ち穿山・透地の兩層の外に擺りて別に一層を立つるを要す。

流破生方主少亡,流破旺方財狼擋,養生官旺皆朝穴,子子孫孫福澤長。凡長生、冠帶、臨官、帝旺、胎、養皆不宜破,獨言生旺者,舉一隅也。生成之龍穴未有破生旺者,惟不明挨星,是以誤坐穴也。《青囊序》云:若還勘破箇中理,妙用本來同一體。楊曾心法不過順其自然,無拂其所當然而已。

經文に曰く、水流は長生方を冲破すれば主として家中に少年夭亡す。水流は帝旺方を冲破すれば財氣は便ち挡住せられぬ。若し胎・養・長生・臨官・帝旺の諸方の水は皆穴場に朝向して來れば子子孫孫は福澤綿長なり。李三素注す。凡そ長生・冠帶・臨官・帝旺・胎・養の此の幾個の吉位は皆水に冲破せらるるを宜しとせず。經文は只「生」「旺」の兩處を説くは是れ一隅を擧げて人をして三を反せしむるなり。天生自然に結成したるの龍穴は本來生方旺方を冲破するを會せざるに只地師は挨星の法を明白せざるに因りて乃ち穴を坐錯せしなり。《青囊序》に曰く「若し還た個中の理を勘破せば妙用は本來一體に同じ」と。楊・曾の心法は不過是れ山水の自然の勢に順て而も其の本來是の如くなるべきの道理に違拗せざるのみ。

假如金山到頭,作寅山申向、卯山酉向,各帶天干,細看何方來水,即熟七十二龍分金。木水火土,取生旺巨三神潮入,放死墓絕水去,為永遠富貴之地。若不合此,雖富貴不久。其訣在水源頭上尋龍,龍上辨脈,龍上審氣,龍上立向。貧賤富貴壽夭,詳看龍,一代一節而斷之,萬無一失。

李三素總説す。譬へば來龍は到頭して金局なれば則ち寅山申向或は卯山酉向を作して各々天干の兼線を帶上して再び細看す水は哪の一方より來るか、隨即七十二龍の分金を推熟す。木局・水局・火局・土局と論ぜず皆要く長生・帝旺・巨門(衰方)の此の三個の吉神方の水を取りて堂に朝り涌入せしめて而も病・死・墓・絕方の水を放出し去らしめて此の如くして乃ち永遠の富貴の地なり。若し此の格局に合せざれば即ち一時の富貴も亦長久ならず。此の套の口訣の關鍵は水の源頭の上より去りて龍を尋ね龍身の上に於て脈絡を辨認し龍身の上に於て氣脈を審察して亦龍身の上に於て立向を決定するに在り。一家人の貧賤・富貴・長壽・短命は皆要く龍を詳細に看て一節の龍は一代の人を斷して此の如く推斷すれば萬一の失無し。

卷一・九星歌訣

養生貪狼位,沐浴冠帶文,武曲臨官旺,逢衰是巨門,病死廉貞是,大墓是破軍,絕胎是祿存,輔弼夾巨門。貪狼雖從養生起,實兼後面一辰數。假如水土論貪狼,未坤申同。拙指酉辛戌乾四個文,亥壬子方三個武,癸弼丑巨艮為輔,寅甲卯乙四個廉,辰巽二位是破軍,已丙午丁祿存主。金木水火在此分,仔細詳推莫著課。四局仿此。

歌訣に曰く、胎・養・長生の三位は貪狼星に屬し沐浴・冠帶の二位は文曲星に屬し臨官・帝旺の二位は武曲星に屬し衰方に逢へば便ち是れ巨門星にして病・死の二位は廉貞星に屬し墓庫の大方位は破軍星に屬し絕・胎の二位は祿存星に屬し輔・弼の二星は則ち巨門(衰方)の左右に夾る。歌訣に又曰く、貪狼は雖も養・生の二位より算起するも實際上は還た其の後面の一辰に連れて一併に計入するを要す。譬へば水土同宮の局は貪狼を論ずれば未・坤・申の三位は同じく貪狼に屬す。接き下りて酉・辛・戌・乾の四位は文曲に屬し亥・壬・子の三位は武曲に屬し癸位は弼と為し丑位は巨門と為し艮位は輔と為し寅・甲・卯・乙の四位は廉貞に屬し辰・巽の二位は是れ破軍にして巳・丙・午・丁の四位は祿存に由りて主を作す。金・木・水・火の四局の分別は便ち此處に於て定下して要く仔細に推詳して現成の課式に照らして亂套するを要せず。其の餘の三局は皆此の一局の排法に仿照して推し去る。

卷一・天機貫旨四十八局定例

《青囊序》云:二十四山分順逆,共成四十又八局。即七十二龍中四十八局。《紅囊經》七十二龍分為七十二條水法來去,或出於玄女,或為後人偽託,皆未知。不知淘沙揀金有去有取,遂謂七十二皆可立向。卜則魏乃有雙向單向,但取有情之說。龜甲、差錯、空亡久矣置之不講矣。

《青囊序》に曰く「二十四山は順逆を分かちて共に四十又八局を成す」と。此の四十八局は即ち七十二龍の裏より挑び出せるの用ゐる可きの四十八條なり。《紅囊經》は七十二龍を分かちて七十二条の來去水法と為す、此の套の東西は究竟九天玄女に出づるや是れ後人の假託なるや皆考定する從無し。世人は其の中に要く沙を淘して金を揀ぶが如く取有り舍有るを懂得せずして便ち以て七十二条は統統皆向を立つる可しと為す。卜應天・魏氏の一派は是に於て雙向・單向の説有りて只一個の「水は要く情有る」と講ずれば便ち數と算す。至りて「龜甲」(中氣線)・「差錯」(陰陽駁雜線)・「空亡」(界縫線)の此の三樣の忌諱は早く已に一邊に擱りて講ぜられざりき。

《天玉經》雙山雙向水,零神富貴永無貧,若遇正神須敗絕,五行當分別。所謂正神即龜甲空亡也,然猶引其端,未嘗竟其說。魯公四十八局直指心傳,《玉尺》從而審之,乃云立向朝迎察七十二龍之關煞,惟中氣為煞、界縫為關,是以去其二十四,止存四十八局。又有正神零神之分,前兼後兼之異。厲伯韶語以二八坐穴,郭楊衣缽實不外此。

《天玉經》は「雙山雙向」の水法を講じて零神の一邊に立てば則ち富貴にして永に貧窮せず若し正神に碰上れば便要く敗絕すと説きて見るべし五行は必ず分辨清楚するを須とす。此處の所謂「正神」の指す所は正に龜甲線と空亡線なり。不過《天玉經》は只話頭を引き出せるのみにして並びに之を講完せず。魯公(曾文遄の傳)の《四十八局》は直接に心傳を指點し《玉尺經》は接着して審定を加へて向を立て朝迎するは必ず七十二龍の關煞を察看するを須とすと説く。正中の中氣線は是れ「煞」にして兩山交界の界縫線は是れ「關」にして此の二十四條を把りて去れば只留下四十八局の用ゐる可き有り。此の外に還た正神と零神の分・前兼と後兼の別有り。厲伯韶の所説の「二八」分數を用ゐて坐穴するは郭璞・楊筠松の一脈相傳の衣鉢は實際皆此の範圍を出でず。

自魏孝文、唐玄宗嚴禁地理穿山透地,猶有能舉其名者,坐穴則帳之秘,又成絕學。張子微竊位國師,力舉單向,所謂七十二龍偽為七十二節之傳變。蔡西山發揮《玉髓》,仍其固陋,但知甲子平分,而單向雙向猶未豁然,以致庸術貽笑,謂教外別傳,朱蔡未解。嗣後坊刻展轉傳偽,皆以墓合、化合、納甲、三合,一龍分為數穴。至於同一山向而兼互異,五行不同,則慒然莫辨,茫茫千古,所以破旺沖生而不知。

北魏孝文帝・唐玄宗の兩朝が民間の地理の穿山・透地の法を講習するを嚴禁しより自りて穿山透地は還た人の名目を叫出す能くる有るも坐穴の法は卻て帳幕の中に藏れて密して人に示さず、是に於て絕學と成りぬ。張子微は國師の名位を竊據して極力に只單向を立つるを主張して所謂七十二龍を訛傳して七十二節氣の變化と為せり。蔡元定(西山)は《玉髓真經》を發揮して仍お此の陋見に沿襲して只知道して六十甲子は要く平分排列すべくして單向雙向の別に對しては始終想通せずして以致平庸の術士は反って譏笑し起して此れは敎外別傳の東西にして連れ朱熹・蔡元定すらも皆能理解すること能はずと曰ふ。此後坊間の刻本は輾轉傳抄して訛を以て訛を傳へて一律に墓合・化合・納甲・三合の此れ等の法子を拿りて去りて湊して一條の龍を硬に幾個の穴に分かつ。至りて同一個の山向にして兼線同ならざれば五行は之に隨て同ならざるの此の一層は便ち更に是れ懵懂莫辨なり。千百年來茫茫然として故に水は旺方・生方を冲破するも亦自知せず。

餘悲赤子之無知,昔日何以富庶,今何以貧窮;昔日何以蕃衍,今何以伶看。堯舜周公孔子之道猶有待而行,惟此楊曾心法家喻戶曉則無可待,所以四十八局著為定例。便知龍有定方,水有定位,向有定局,合則為吉,反則為凶,按圖可以索解,沖生破旺之病庶其有謬矣。餘足跡所到,遍觀古墳,凡得金者果能得穴,福應如嚮;得穴者若不得金,反福為禍,又葬下泉而蟻、砂礫壘之應。苟能財丁救是列雙金之外,此為最要。必欲吝此珠寶,而坐視天下之人盡入火坑,寧非餘之罪也乎。

我は百姓の嬰孩の如く無知なるを痛惜す。從前は何の故に富庶なりしか如今は何の故に貧窮なるか。從前は何の故に人丁繁衍せりしか如今は何の故に孤零なるか。堯・舜・周公・孔子の道は尚ほ且つ時機を等待して乃ち推行する能くるを要すれども唯獨楊・曾の此の一套の心法は只要く家喻戶曉せば便ち立刻に可行にして等待するを用ゐず、故に我は四十八局を寫出して定例と成せり。之を有れば便ち龍に一定の方位有り水に一定の位次有り向に一定の局有りて合せば便ち吉にして反れば便ち凶なるを知りて圖に照らせば便ち索解する可く生を冲し旺を破るの毛病は大概免るることを得。我の足跡の到る所の處は遍く古墳を看て凡そ「金を得る」(七十二龍の分金に合す)は果然も亦「穴を得」て福應は回聲の如し。凡そ穴を得て金を得ざるは反って福を轉じて禍と為して甚には至りて葬り下りて後棺中に水を出で蟻を生じ或は砂礫堆積の類の敗象に應ず。倘若還た財丁を保住する能くば那れは多半是れ雙金線の外に避開するを靠るの緣故なり——此の一點は最も要緊なり。我は若し一定要して此の份の珠寶を吝惜せば天下人を眼看して統統火坑の裏に掉り入らしむ、豈に我の罪過と成らざらんや。

或者謂恐洩天機,收函石室,昔人所秘,今豈容洩乎。余曰不然。中針鏠針無定之天機也,宇宙有大關會,氣運為先,欲洩之而不可;真龍正穴有定之天機也,只為時師眼不的,亂把山崗覓,欲盡洩之而不能者。然則讀是書者必具楊曾之眼目,乃可以幾神化;否則名山大地詅落道傍,終成苦李。吾所洩者猶是紙上之空言而已,雖家喻戶曉,又何異石室之藏也哉。

或いは人有りて説かん、此の如くは恐怕天機を泄漏するならん。古人は之を石室の裏に封藏して前輩の秘して宣せざるの東西を今天は怎ぞ能く泄露する可けんや。我曰く然らず。中針・縫針の主する所は是れ定數無きの天機にして宇宙に大きの氣運關會有りて一切は氣運を以て先と為し汝は泄さんと想ふとも亦泄し出す能はず。真龍正穴は則ち定數有るの天機にして只因るに當今の地師は眼力準ならずして胡亂に山岡の上に亂找して汝は全盤に彼に告げんと想ふとも亦説明白し能はず。既然に此の如くなれば此の部の書を讀むの人は必ず楊・曾の如きの眼力を具備して乃ち神化の境に接近する可し。否れば名山大地は就中路旁に叫賣するの苦李の如く白く彼處に丢れて人の識る無し。我の泄漏する所も亦不過是れ紙上の空話のみにして即ち家喻戶曉するも又石室の裏に藏るると甚麼の兩樣有らんや。

《金彈》云:四龍剝換為專一,四局瀠洄問靜湍。四龍木火水金也,四局者乙丙交而趨戌、辛壬會而趨辰、斗牛納庚丁之氣、金羊收癸甲之靈。土居中而旺四季,是以五行獨出一位,其局寄於水者,與水相附而行也。自二十四山言之則有四十八局,自五行言之則為四局。以龍統局,以局合龍,而玄空大卦綱舉目張矣。

《金彈子》に曰く「四龍は剝換して專一と為り、四局は瀠洄して靜湍を問ふ」と。所謂四龍は即ち木・火・水・金の四種の龍にして、所謂四局は即ち《青囊奧語》の講ずる「乙丙は交りて戌に趨く」(火局の水口は戌に在り)、「辛壬は會して辰に趨く」(水局の水口は辰に在り)、「斗牛は庚丁の氣を納す」(金局の水口は丑に在り)、「金羊は癸甲の靈を收す」(木局の水口は未に在り)なり。土行は中に居りて辰・戌・丑・未の四季月に旺を寄す、故に五行の中に土は單獨に一局を立てずして其の局は水局の上に附し水に跟著して一同に運行す。二十四山の上より説けば共有して四十八局有りて、五行の上より説けば只有る四局なり。龍を以て局を統轄し局を以て龍を印證す、此の如くして來れば玄空大卦の綱領は便ち綱擧げて目張らん。

挨星四局・木局(亥卯未)

挨星木震也,是為甲木生亥、旺卯、墓未,以癸水配,為能生木也,生卯、旺亥、墓未。其龍以辛酉(三辛 七酉)、戊戌(五戊 五辛)、已亥(五亥 五乾)、癸丑(三艮 七丑)、庚寅(五寅 五艮)、辛卯(五卯 五甲)、戊辰(三卯 七乙)為生旺;以壬子(三癸 七子)、已已(三辰 七巽)、壬午(正丙)、癸未(正丁)、庚申(七申 三庚)為休囚。其水以庚酉、辛戌、乾亥、正壬、癸丑、艮寅、甲卯、乙辰為吉,以正子、巽已、丙午、丁未、坤申為凶。四十八局屬木,亥卯未者以此為例。

挨星の木に屬する此の一局は卦に在りては震なり。其れ甲木を以て山龍と為す。甲木は亥に長生し卯に帝旺し未に入墓す。之に配するの水龍は癸水にして水は能く木を生ずるを以てなり。癸水は逆行して卯に長生し亥に帝旺し同じく未に墓す。此の一局に屬するの生旺の龍は七條有り。辛酉(辛に偏する三分・酉に偏する七分)・戊戌(戊に偏する五分・辛に偏する五分)・己亥(亥に偏する五分・乾に偏する五分)・癸丑(艮に偏する三分・丑に偏する七分)・庚寅(寅に偏する五分・艮に偏する五分)・辛卯(卯に偏する五分・甲に偏する五分)・戊辰(卯に偏する三分・乙に偏する七分)。此の一局に屬するの休囚の龍は五條有り。壬子(癸に偏する三分・子に偏する七分)・己巳(辰に偏する三分・巽に偏する七分)・壬午(正丙線)・癸未(正丁線)・庚申(申に偏する七分・庚に偏する三分)。水法の上に來水の庚酉・辛戌・乾亥・正壬・癸丑・艮寅・甲卯・乙辰の此の幾方に出づるは吉と為し、正子・巽巳・丙午・丁未・坤申の此の幾方より來るは凶と為す。四十八局の中に凡そ木に屬するは亥卯未の三合は一律に此に照らして例と為して推排す。

挨星四局・火局(寅午戌)

挨星火離也,是為丙火生寅、旺午、墓戌,以乙木配,為能生火也,生午、旺寅、墓戌。其龍以戊子(五子 五壬)、已丑(五癸 五丑)、丙寅(三寅 七艮)、甲辰(正辰)、乙已(正已)、戊午(三丁 七午)、已未(三坤 七未)為生旺;以丁卯(七甲 三寅)、丙申(五申 五坤)、丁酉(五庚 五酉)、乙亥(三戌 七乾)為休囚。其水以壬子、癸丑、艮寅、正甲、乙辰、巽已、丙午、丁未為吉,以正卯、坤申、庚酉、辛戌、乾亥為凶。四十八局屬火,寅午戌局以此為例。

挨星の火に屬する此の一局は卦に在りては離なり。其れ丙火を以て山龍と為す。丙火は寅に長生し午に帝旺し戌に入墓す。之に配するの水龍は乙木にして木は能く火を生ずるを以てなり。乙木は逆行して午に長生し寅に帝旺し同じく戌に墓す。此の一局に屬するの生旺の龍は七條有り。戊子(子に偏する五分・壬に偏する五分)・己丑(癸に偏する五分・丑に偏する五分)・丙寅(寅に偏する三分・艮に偏する七分)・甲辰(正辰線)・乙巳(正巳線)・戊午(丁に偏する三分・午に偏する七分)・己未(坤に偏する三分・未に偏する七分)。此の一局に屬するの休囚の龍は四條有り。丁卯(甲に偏する七分・寅に偏する三分)・丙申(申に偏する五分・坤に偏する五分)・丁酉(庚に偏する五分・酉に偏する五分)・乙亥(戌に偏する三分・乾に偏する七分)。水法の上に來水の壬子・癸丑・艮寅・正甲・乙辰・巽巳・丙午・丁未の此の幾方に出づるは吉と為し、正卯・坤申・庚酉・辛戌・乾亥の此の幾方より來るは凶と為す。四十八局の中に凡そ火に屬するは寅午戌の三合は一律に此に照らして例と為して推排す。

挨星四局・金局(巳酉丑)

挨星金兌也,是為庚金生已、旺酉、墓丑,以丁火配為五,金得火而成器也,生酉、旺已、墓丑。其龍以癸卯(正卯)、庚辰(正乙)、辛已(正巽)、乙未(五丁 五未)、壬申(三坤 七未)、癸酉(七酉 三申)、庚戌(正戌)為生旺;以甲午(五丙 二午)、已亥(正亥)、甲子(七壬 三亥)、壬寅(七寅 三艮)為休囚。其水以甲卯、乙辰、巽已、正丙、丁未、坤申、庚酉、辛戌為吉,以正午、乾亥、壬子、癸丑、艮寅為凶。四十八局屬金,已酉丑以此為例。

挨星の金に屬する此の一局は卦に在りては兌なり。其れ庚金を以て山龍と為す。庚金は巳に長生し酉に帝旺し丑に入墓す。之に配するの水龍は丁火にして庚金と一對を結ぶ。別の五行は皆相生を以て配と為すも唯獨金は火の鍛鍊を得て乃ち器を成すことを要す、故に此の一局は相克を用ゐて配と為す。丁火は逆行して酉に長生し巳に帝旺し同じく丑に墓す。此の一局に屬するの生旺の龍は七條有り。癸卯(正卯線)・庚辰(正乙線)・辛巳(正巽線)・乙未(丁に偏する五分・未に偏する五分)・壬申(坤に偏する三分・未に偏する七分)・癸酉(酉に偏する七分・申に偏する三分)・庚戌(正戌線)。此の一局に屬するの休囚の龍は四條有り。甲午(丙に偏する五分・午に偏する二分)・己亥(正亥線)・甲子(壬に偏する七分・亥に偏する三分)・壬寅(寅に偏する七分・艮に偏する三分)。水法の上に來水の甲卯・乙辰・巽巳・正丙・丁未・坤申・庚酉・辛戌の此の幾方に出づるは吉と為し、正午・乾亥・壬子・癸丑・艮寅の此の幾方より來るは凶と為す。四十八局の中に凡そ金に屬するは巳酉丑の三合は一律に此に照らして例と為して推排す。

挨星四局・水局(申子辰)

挨星水坎也,是為壬水生申、旺子、墓辰,以辛金配,為能生水也,生子、旺申、墓辰。其龍以丙午(正午)、丁未(正未)、庚午(七丙 三已)、辛未(三五 七丁)、甲申(正坤)、戊申(正申)、壬戌(七戌 三乾)、癸亥(三壬 七亥)、丙戌(正辛)、丁亥(正乾)、丙子(正壬)、丁丑(正癸)、庚子(正子)、辛(正丑)為生旺;以乙酉(正庚)、已酉、甲寅(三甲 七寅)、乙卯(三乙 七卯)、戊寅(正艮)、已卯(正甲)、壬辰(五乙 五辰)、癸已(五已 五巽)、丙辰(七辰 三巽)、丁已(七已 三丙)為休囚。其水以丙午、丁未、坤申、正庚、辛戌、乾亥、壬子、癸丑為吉,以正酉、艮寅、甲卯、乙辰、巽已為凶。四十八局中屬水,申子辰以此為例。

挨星の水に屬する此の一局は卦に在りては坎なり。其れ壬水を以て山龍と為す。壬水は申に長生し子に帝旺し辰に入墓す。之に配するの水龍は辛金にして金は能く水を生ずるを以てなり。辛金は逆行して子に長生し申に帝旺し同じく辰に墓す。此の一局に屬するの生旺の龍有り。丙午(正午線)・丁未(正未線)・庚午(丙に偏する七分・巳に偏する三分)・辛未(未に偏する三分・丁に偏する七分)・甲申(正坤線)・戊申(正申線)・壬戌(戌に偏する七分・乾に偏する三分)・癸亥(壬に偏する三分・亥に偏する七分)・丙戌(正辛線)・丁亥(正乾線)・丙子(正壬線)・丁丑(正癸線)・庚子(正子線)・辛丑(正丑線)。此の一局に屬するの休囚の龍有り。乙酉(正庚線)・己酉・甲寅(甲に偏する三分・寅に偏する七分)・乙卯(乙に偏する三分・卯に偏する七分)・戊寅(正艮線)・己卯(正甲線)・壬辰(乙に偏する五分・辰に偏する五分)・癸巳(巳に偏する五分・巽に偏する五分)・丙辰(辰に偏する七分・巽に偏する三分)・丁巳(巳に偏する七分・丙に偏する三分)。水法の上に來水の丙午・丁未・坤申・正庚・辛戌・乾亥・壬子・癸丑の此の幾方に出づるは吉と為し、正酉・艮寅・甲卯・乙辰・巽巳の此の幾方より來るは凶と為す。四十八局の中に凡そ水に屬するは申子辰の三合は一律に此に照らして例と為して推排す。

挨星者六十龍也。乙丑、乙未納音之位在先天河圖之辛,而龍則皆從庚,局則皆從已酉丑。丁卯、丁酉納音之位在先天河圖之丁,龍則皆從丙,局則皆從寅午戌。辛卯、辛酉納音之位在先天河圖之乙,而龍則從甲,局則從亥卯未。乙酉、乙卯納音之位在先天河圖之癸,而龍則從壬,局則從申子辰。蓋律以呂為妻,則以婦從夫,陰從陽也。

所謂挨星は即ち六十龍なり。乙丑・乙未の此の兩條の龍は納音の位次は先天《河圖》の辛位の上に落つも、是れ龍を論ずれば一律に庚に從ひ(庚金は山龍と為す)局を論ずれば一律に巳酉丑の金局に歸入す。丁卯・丁酉の兩條の龍は納音位次は先天《河圖》の丁位の上に落ちて龍を論ずれば一律に丙に從ひ局を論ずれば一律に寅午戌の火局に歸入す。辛卯・辛酉の兩條の龍は納音位次は先天《河圖》の乙位の上に落ちて龍を論ずれば則ち甲に從ひ局を論ずれば亥卯未の木局に歸入す。乙酉・乙卯の兩條の龍は納音位次は先天《河圖》の癸位の上に落ちて龍を論ずれば則ち壬に從ひ局を論ずれば申子辰の水局に歸入す。此れ即ち譬へば樂律は「呂」を以て「律」の妻と為すが如く、妻は夫に從ひ陰は陽に從ふを要す、故に陰干の屬する所は一律に其れと相配するの陽干の名下に歸す。

東西南北乃天地之定位,有西南不可無東北;春夏秋冬乃天地之四時,有春冬不可無秋夏。是以五行之氣隨時則為消長,則地有盛衰。甲乙壬癸與丙庚丁辛並行不悖,不可偏廢。凡勢孤即為孤氣,虛者即為虛,金木水火皆有之。其孤虛旺相、貴賤吉凶皆論生死,不論陰陽。《玉尺經》云:生龍發足莫犯天罡,旺去出身休逢死絕。無非葬乘生氣,病死墓絕之龍皆所不取。

東西南北は天地の固定の方位にして西南有れば則ち東北無かる能はず。春夏秋冬は天地の四時にして春冬有れば則ち秋夏無かる能はず。此に因りて五行の氣は時令に隨て消有り長有りて地氣も亦跟著して盛有り衰有り。甲・乙・壬・癸と丙・庚・丁・辛の此の兩組は是れ並行して相妨げずして其の一を偏廢する可からず。凡そ山勢の孤單なるは便ち「孤氣」と叫び氣脈の空虛なるは便ち「虛」と叫び、金木水火の四局は皆孤有り虛有りと會す。至りて孤・虛・旺・相と貴・賤・吉・凶とは一律に生死を以て論じて陰陽を以て論ぜず。《玉尺經》に曰く「生龍の足を發るは天罡を犯ること莫く、旺より身を出ずるは死絕に逢ふこと休め」と。意思は生方より脚を起すの龍は辰戌の天罡を觸犯するを要せず、旺方より身を出ずるの龍は死絕の地に落つるを要せずなり。總じて言へば皆葬りて生氣に乘るが為にして凡そ病・死・墓・絕の龍は一概に取らず。

《玉尺經》云:入首衰微,生水會則人丁可救;到頭囚謝,旺水聚則財祿攸宜。此則休囚之龍又以水為救助,譬如男子無財而妻有助,但求好合必能旺夫相子。唯出卦則破旺沖生,一夫一婦且做寇仇,其害不可勝言。往古來今富豪不能有盛而無衰,尋龍之法必求其節節生旺、世世榮華,斷無是理。餘獨謂龍神長者納音不變則為專氣,雖天干死、天罡死絕間無一二,猶愈於出卦,子孫必不致敗絕。惟支龍駁雜其氣已短,而到頭入首又逢死絕,斯為下格。學者分別觀之,師古而無泥古可也。

《玉尺經》に又曰く「入首衰微せば生水會すれば則ち人丁は救ふ可く、到頭囚謝せば旺水聚れば則ち財祿は攸に宜し」と。意思は入首の龍氣若し已に衰弱せば只要く長生方の水の來りて會合すれば人丁は還た救ひ回ることを得、到頭の龍若し已に囚謝せば只要く帝旺方の水の堂前に聚れば財祿は仍お相宜なるを。見るべし休囚の龍は還た水を靠りて救助するを得、就中譬へば丈夫本身は錢財無くして妻子は陪嫁相助有れば只要く夫婦和好せば一樣に能く夫を旺し子を敎ふるが如し。唯獨「出卦」(龍と水とは分かれて兩卦に屬す)のみ乃ち旺を破り生を冲せば則ち一夫一婦すらも仇敵と變りて害處は説き盡くすべからず。古より今に至る富豪の家は只盛にして衰へざる無し。若し龍を尋ぬるに一定要して其の節節生旺・世世榮華を求めば那れは斷じて此の理無し。我個人の看法に曰く、龍身長にして納音は一路變らざるは之を「專氣」と作し、即ち中間に偶々天干の死に落ち偶々一兩處の天罡死絕を犯す有るも亦總じて出卦に比べて强きこと遠し、子孫は必定敗絕に至らず。只彼の種の地支の龍の夾雜駁亂にして氣脈已に短く到頭入首して又死絕に碰上るの乃ち最下等の格局と算す。學者は要く分別して看待し古人を師法して古人に拘泥せず、此の如くして乃ち對なり。

卷一・放水十四局(放とは順なり)

如壬兼亥(水)、癸兼子(木)、艮兼丑(木)、甲兼卯(火)、辰兼巽(火)、已兼丙(火)、坤兼申(金)、申兼庚(土)、酉兼辛(土)、戌兼辛(土)、乾兼戌(水)、亥兼乾(土)、申兼坤(水)、酉兼庚(水)。經云:向定陰陽順水裝,三子一齊昌。橫流非破旺即沖生,逆局則斷不可立此向矣。

順水の放出するは一共に十四個の局有り、「放」は即ち水に順て去るの意思なり。其等は壬山兼亥(水局に屬す)・癸山兼子(木局)・艮山兼丑(木局)・甲山兼卯(火局)・辰山兼巽(火局)・巳山兼丙(火局)・坤山兼申(金局)・申山兼庚(土局)・酉山兼辛(土局)・戌山兼辛(土局)・乾山兼戌(水局)・亥山兼乾(土局)・申山兼坤(水局)・酉山兼庚(水局)なり。經文に曰く「向は陰陽を定めて水に順て裝し、三子は一齊に昌なり」と。意思是立向する時に陰陽を分清して水の去る方向に順て裝成し、長中少の三房は一齊に興旺す。若し此の十四局は橫流の水に遇上れば是れ帝旺を冲破するに非ざれば則ち長生を冲犯し、若し是れ逆水の地形なれば則ち絕對に此れ等の向を立つる可からず。

卷一・逆水局十六

如壬兼子(金)、癸兼丑(金)、寅兼艮(土)、寅兼甲(金)、甲兼寅(水)、卯兼甲(土)、乙兼卯(水)、巽兼辰(土)、巽兼已(木)、丙兼已(土)、午兼丙(木)、未兼丁(木)、庚兼申(木)、辛兼戌(火)、乾兼亥(火)、亥兼壬(金)。經云:貪富貴則棄生朝旺,圖嗣續則背旺迎生。經又云:入首衰微生水會,則人丁可救;到頭囚謝旺水聚,而財祿攸宜。橫流則忌破旺沖生,若順流切不可立此向。

逆水に立つるは一共に十六個の局有り、其等は壬山兼子(金局に屬す)・癸山兼丑(金局)・寅山兼艮(土局)・寅山兼甲(金局)・甲山兼寅(水局)・卯山兼甲(土局)・乙山兼卯(水局)・巽山兼辰(土局)・巽山兼巳(木局)・丙山兼巳(土局)・午山兼丙(木局)・未山兼丁(木局)・庚山兼申(木局)・辛山兼戌(火局)・乾山兼亥(火局)・亥山兼壬(金局)なり。經文に曰く「富貴を貪れば則ち生を棄てて旺に朝し、嗣續を圖れば則ち旺に背きて生を迎ふ」と。意思是財を求め貴を求めば便ち長生方を舍開して帝旺方の水をして堂に朝せしめ、子嗣の綿延を求めば便ち帝旺方に背きて長生方の水を迎接す。經文に又曰く「入首衰微せば生水會すれば則ち人丁は救ふ可く、到頭囚謝せば旺水聚れば而も財祿は攸に宜し」と。此の十六局は若し橫流の水に遇へば仍お帝旺を冲破し長生を冲犯するを忌諱し、若し地形は本來順水なれば便ち千萬に此れ等の向を立つる可からず。

卷一・收右水九局

如子兼壬(水)、子兼癸(土)、丑兼癸(水)、丑兼艮(土)、乙兼辰(木)、丁兼未(火)、庚兼酉(金)、戌兼乾(金)。此收右水局也,經所謂生向,右水倒左也。若左水倒右,則生來破旺,雖有子而何為。若順局,不可立此向。

右邊の來水を收むるは一共に九個の局有り。子山兼壬(水局に屬す)・子山兼癸(土局)・丑山兼癸(水局)・丑山兼艮(土局)・乙山兼辰(木局)・丁山兼未(火局)・庚山兼酉(金局)・戌山兼乾(金局)。此の一類は右水を收むるの格局にし、即ち經文の所謂「生向」なり、水は要く右邊より左邊に倒りて流出すべし。假如反って水は左邊より右邊に倒れば則ち「生來破旺」と成りぬ——長生方の水は反って去りて帝旺方を冲破す、縱令生じ得て兒子有るも又甚の用ふる所有らん。若し地形は本に順水局に屬せば亦此れ等の向を立つる可からず。

卷一・收左水九局

如艮兼寅(火)、卯兼乙(金)、辰兼乙(金)、已兼巽(金)、丙兼午(土)、午兼丁(水)、丁兼未(土)、未兼坤(水)、辛兼酉(木)。此收左水局也,經所謂旺向,左水歸右。若倒左則旺去沖生,縱富貴亦徒然。順水局不可立此向。

左邊の來水を收むるは一共に九個の局有り。艮山兼寅(火局に屬す)・卯山兼乙(金局)・辰山兼乙(金局)・巳山兼巽(金局)・丙山兼午(土局)・午山兼丁(水局)・丁山兼未(土局)・未山兼坤(水局)・辛山兼酉(木局)。此の一類は左水を收むるの格局にして即ち經文の所謂「旺向」なり、水は要く左邊より右邊に歸りて流出すべし。假如反って左邊に倒れば則ち「旺去冲生」と成りぬ——帝旺方の水は反って去りて長生方を冲犯す、縱令一時の富貴も亦是れ白搭なり。若し地形は本に順水局に屬せば亦此れ等の向を立つる可からず。

卷一・十二支正神向

子山午(逆)、丑山未(橫)二山離卦也,宜左倒右。寅山申(順)、卯山酉(橫)二山震卦也,宜右倒左。辰山戌(橫局到左)、已山亥(宜逆倒右)坎卦也。午山子、未山丑(順局)兌卦也。申山寅、酉山卯(逆局到左)離卦也。戌山辰(橫局倒右)、亥山已(順局倒右)震卦也。八干四維之正神,乃十二支之界縫、關煞線路,非神明之不能立此向。若線路不清,誤犯關煞,為害不淺,學者慎之。

十二地支の各々の正神向は下の如し。子山午向は逆水局に屬し、丑山未向は橫水局に屬し、此の兩山は離卦に歸りて管し水は宜しく左邊より右邊に倒るべし。寅山申向は順水局に屬し、卯山酉向は橫水局に屬し、此の兩山は震卦に歸りて管し水は宜しく右邊より左邊に倒るべし。辰山戌向は橫局に屬して水は左邊に到り、巳山亥向は宜しく逆水にして右邊に倒るべし、此の兩山は坎卦に歸りて管す。午山子向・未山丑向は順局に屬して兌卦に歸りて管す。申山寅向・酉山卯向は逆局に屬して水は左邊に到り離卦に歸りて管す。戌山辰向は橫局に屬して水は右邊に倒り、亥山巳向は順局に屬して水は右邊に倒り、震卦に歸りて管す。至りて八天干と乾坤艮巽の四維の那の幾條の正中の線は正に十二地支の間の界縫にして即ち關煞の在る所の線路にして神明の如く高妙の手段に非ざれば此の如きの向を立つること能はず。倘若線路を認るや清からずして誤りて關煞を犯せば為害淺ならず、學者は務めて謹愼するを要す。

卷一・兌卦詳斷

兌卦十山水,宜過丑艮而出,為斗牛納庚丁之氣。未到丑艮而乾亥方即出,乃犯交而不及,中年夭折;直至甲卯方始出,此為過亢,主老年發達。辰巽已有水朝,大發人丁。丙丁水朝,是長生逢南極,生出高壽。丁未水朝,遇臨官為水赦文,主小房應福。坤申方山高水朝,定有題名之貴。

兌卦の轄する所の十山の水は應に丑・艮方を流れ過ぎて再び出去すべし、此れ即ち《青囊奧語》の所謂「斗牛は庚丁の氣を納す」——金局の水口は丑艮に收む。若水は未だ丑・艮に到らざるに乾・亥方に於て便ち先に流出し去れば那れを「交りて及ばず」と叫び主として人家の中年に夭亡す。若し一直に拖れて甲・卯方に至りて乃ち流出せば那れを「過亢」と叫び主として老年に到りて乃ち發達す。辰・巽・巳の三方に水の堂に朝する有れば人丁大發す。丙・丁方に水の朝來するは長生位にして南極壽星に遇上るにして主として高壽の人を生出す。丁・未方に水の朝來するは遇ふ所は臨官位にして「水赦文」に屬し主として小房の福氣を得るに應ず。坤・申方に山高にして水朝有れば家中は一定に金榜題名の貴人を出さん。

書云:官榮侍郎之尊,多因朝自申庚。若庚酉方長大水朝,富比陶朱,腰懸金印。如見巽庚二水合朝,流歸墓絕,會成兌卦,以生鋒銳,必膺將相之權。酉與巽水合朝,流歸墓絕為生旺,將見財丁兩盛。兌屬少女,必發聰明之女。若卯庚二水合朝,為胎祿相見,必產威武之男。若見高山焰起秀特,則為顯旌旗於震庚,大貴有威權之職。巽辛二山高特尖秀,是為文筆,書云:發文筆於巽辛,大旺功名之子。此吉水斷,餘卦亦類推。

書上に曰く「官榮は侍郎の尊は多く申庚より朝するに因る」と。若し庚・酉方に長大の水の堂に朝する有れば主として富は陶朱公に比して腰間に金印を懸掛せん。如果巽方と庚方との兩股の水は流を合して穴に朝し最後に墓絕方に歸りて流出せば會合して兌卦の金局と成りて金氣は此に因りて鋒銳を生出して必定將相の權を執掌せん。若し酉方と巽方との水は朝を合して同じく墓絕に歸りて去れば此れは生旺の相會に屬して將に財丁の兩旺を見んとす。兌卦は少女に屬す、故に還た聰明の女兒を出さん。若し卯方と庚方との兩水は朝を合せば那れは胎位と祿位との相見にして必ず威武の男を生せん。若し再び高山の火焰の如く聳起して秀麗特出するを見れば便ち「旌旗を震庚に顯す」なりて主として大貴にして威權有るの職位なり。若し巽・辛の兩方の山峰は高聳尖秀せば那れは文筆峰にして書上に曰く「文筆を巽辛に發す」と、主として功名の子の大旺なり。以上は吉水の斷法にして其の餘の各卦も皆可なり此に照らして類推すべし。

卷一・破局詳斷兌卦

若見巽已水沖破,必乏人丁。若見午水挽已水合流,為四敗傷生,雖有子孫必多奸生。若午水朝來,或山腳似掀裙舞袖,必主淫亂;或有山似旗槍,必招劫賊之人。丁未被水沖破,是擊傷冠帶之氣,主損十餘歲上下之人。申庚被水沖破,是擊傷臨官之氣,主損三十歲上下之人。酉庚被水沖傷,貧乏無財;若山空缺,必主才高不第,是失官旺之貴,必主仲子遭禍。

以下は兌卦の破局の斷法なり。若し巽・巳方の水の冲破せらるるを見れば主として家中に人丁缺乏す。若し午方の水の牽引して巳方の水の流を合して來るを見れば那れは「四敗傷生」——沐浴の水は長生の氣を傷りて縱令子孫有るも亦多半是れ私生なり。若し午方の水の朝來するに加へて山脚の形狀は掀起の裙子・舞動の衣袖の如くならば必ず家中の淫亂を主とし、若し山形の旗子刀槍の如く有れば必ず強盜劫賊の一類の人を招來せん。丁・未方に水に冲破せらるるは冠帶の氣を擊傷するにして主として十來歲上下の少年を損傷す。申・庚方に水に冲破せらるるは臨官の氣を擊傷するにして主として三十歲上下の壯年を損傷す。酉・庚方に水に冲傷せらるれば主として貧乏無財なり。若し此の一方の山形は空缺せば必ず人は才高なるも考中せざるを主とし、官旺の貴を失去するを以てなり、還た必定次子の身上に於て禍に遭ふに應ぜん。

戌乾壬方有山如葫蘆形,主殘疾。乾亥方有山如木瓢盂缽,主乞丐。壬子水朝,有天亡橫禍之應。癸丑水來,應知合室遭刑。寅甲水朝,主產難虛勞之症。卯辰被水沖破,主有墮胎之應。若癸丑來從巽已方出,是天罡犯貪狼之位,難招半子之榮;流自庚酉方出,是破軍侵帝旺之鄉,身無一命之寄。照依斷法,應驗如神,餘卦亦可類推。

戌・乾・壬の三方に若し山形の葫蘆の如き有れば主として家は殘疾の人を出さん。乾・亥方に若し山形の木瓢・鉢盂の如き有れば主として家は乞食を出さん。壬・子方に水の朝來有れば夭亡と橫禍との上に應ず。癸・丑方に水の來る有れば知るべし全家の刑獄に遭受するに應ずるを。寅・甲方に水の朝來有れば主として婦人の難產・男子の虛勞の一類の病症なり。卯・辰方に水に冲破せらるれば主として堕胎の應驗有り。若水は癸・丑方より來りて巽・巳方より流出せば那れは辰戌の天罡の貪狼の位を冲犯するにして半個の兒子すらも招き難し。若水は庚・酉方より流出せば那れは破軍の帝旺の鄕を侵犯するにして一生連れ一官半職すらも寄托し上ぐること能はず。此の法則に照らして去りて斷れば應驗神の如し、其の餘の各卦も亦皆此に照らして類推すべし。

卷一・紅囊經四十八局坐穴

放水者十四局,龍虎砂雖有先到後到之分,而穴前水必直流,正所謂去流須去千百步是也。逆水者十六局,左關則水流左肋,縱穴有砂必不見,左水為吉;右關則水流右肋,縱有砂必不見水為妙。且不可宜沖,須曲有情,入口凝聚為上吉。或有近案上砂攔仕,免割腳方為盡善,不然撥面割腳反挑,均為不美。

順水の放出する十四局は龍砂虎砂雖も先到後到の分別有るも、但し穴前の水は必定直に流出して去る、此れ正に所謂「去流は須く千百步を去るべし」——要く其れを直去して遠遠ならしむ。逆水の十六局は若し關攔は左邊に在れば水は便ち左肋に貼りて流走り、即ち穴前に砂有るも亦必定水を見ずして左水を收るを得るを以て吉と為す。若し關攔は右邊に在れば水は便ち右肋に貼りて流走り、即ち砂有るも亦以て水を見ざるを妙と為す。而且水は直に穴場を冲る可からず、必ず彎曲有情にして入水口の處に能く凝聚して散ぜざる乃ち上吉と為す。若し再び近案と上砂とに攔護有れば割脚の水を免れて則ち十全十美美なり。否れば水は面を撥りて過ぎ脚に貼りて割り來り或は反跳外挑して皆不美と算す。

收右水者,皆不利左水朝堂,非虎砂過案收氣,則龍砂短縮方合。收左水者,皆不利右水朝堂,非龍砂過案聚氣,則虎砂短縮方合。收左右水者,必非逆水橫流。蓋天地之大德曰生,真龍正結斷不外此,是為生生化化之源。凡繫做祖之地雖小必合,若反此則宮位必不均,其禍福相倍伏。縱有傍龍偏結、坦局精奇,亦不過漸福,非富貴悠久之全局也。

凡そ右水を收むるの格局は皆左水の堂に朝するに利せず。虎砂に堂を過ぎて案を作し氣を收住せしむるを要するに非ざれば、則ち龍砂に短縮して開き讓けしむるを要して乃ち合格と算す。凡そ左水を收むるの格局は皆右水の堂に朝するに利せず。龍砂に堂を過ぎて案を作し氣を聚住せしむるを要するに非ざれば、則ち虎砂に短縮して開き讓けしむるを要して乃ち合格と算す。至りて左右の兩邊の水を皆收むるを要するの格局は那れ地形は一定に逆水橫流に非ず。天地の最大の德性は一個の「生」の字にして真龍正結は絕して此の道理を出ざらず、此れ即ち生生化化の源頭なり。凡そ能く一族の祖墳を做るの地は即ち局面小なるも亦一定に此の法度に合し、若し之に違反すれば各房の宮位は必然に均ならずして禍福は便ち一倍一倍地に彼處に伏す。縱令旁龍偏結・局面平坦精奇の地有るも亦不過是れ漸漸に些小の福を得るにして富貴悠久の完全格局にあらず。

蓋龍吉凶以水為吉凶,水無吉凶,以水之來去為吉凶。宜去而來便凶,當去而去便為吉。貪巨武輔名為四吉之神,出於同源,其福猶淺;惟順則左右兩宮分來而合去,此所謂向陰陽順水裝、三子一齊昌。是以論水城者,凡州府省會、一切大富貴之結作,多近大水左右,聚會順局而立。謬種偽傳之書,目不視大方,足不經大地,或駭為離鄉,或忌為退家。考其實,則隨龍大八字水皆合穴前,造福能不厚與。直沖而逆回結穴,則為逆水皆沐默;祖地大江逆朝,先賢有云:有地在鵝塘,只是少青囊。其龍乃真行偽落,是以坐穴不合,雖分茅列土,亦必先凶後吉,即此可為殷鑑。

總じて之、龍の吉凶は水を看るを要し、水本身に吉凶無くして其の吉凶は來去の方向に取決す。去るべきの方位に反って水來れば便ち凶、去るべきの方位に果然水去れば便ち吉なり。貪狼・巨門・武曲・輔弼は號して四吉の神と稱すも、但若し其等は一源同くして來れば福氣は還お淺し。唯順局の左右兩宮の水は頭を分かちて來りて一處に合して去るの此れ乃ち所謂「向の陰陽は水に順て裝し、三子は一齊に昌なり」なり。故に水城を講ずる人は發見す、凡そ州府省會および一切の大富大貴の結作は多半は大水の左右に靠近して水流聚會の順局の上に立てたる穴なり。彼の訛を以て訛を傳ふるの書は眼睛は大格局を見たることなく脚も亦大地方を走りたることなく、順水を見れば便ち嚇えて「主として鄉を離る」と説き或は忌諱して「主として家を退く」と説く。實情を考究すれば龍に隨て下るの大八字水は皆穴前に於て會合す、此の如く福を造して怎ぞ厚からざるを得んや。若水は直に冲り來りて又逆回して穴を結ばば則ち逆水に屬して皆沉靜含蓄するを要す。祖地に若し大江の逆朝有れば先賢の説きたるや「地は鵝塘に有り、只是れ青囊を少しくす」と。彼の種の龍は真に行りて僞に落つるにして故に坐穴は總じて相合せず、縱令侯を封じ爵を拜するも亦必定先ず凶にして而して後吉なり、此れ正に以て鑑戒と為すべし。

橫水局最為時師所喜,近肋小水有可朝堂,必係衰方位、胎神方位方為合格,否則宮位難均。又有借穴之法,金木水火皆係借坐就局,論龍其水必先出穴庫、後出龍庫,始可初年無禍。如乾亥火局也,木龍可借,亦可橫水;丁兼未土局也,金龍可借,則宜放水。此生成之變格,不容拘轍而疆同。

橫水局は最も當今の地師の喜歡する所なり。兩肋に靠近するの小水は若し堂に朝する可きなれば那れも亦必ず衰方或は胎神方より來るを要して乃ち合格と算し、否れば各房の宮位は均平し難し。此の外に還た一種の「借穴」の法有り。金・木・水・火の四局は皆可なり別局を借りて來りて坐し本局に遷就するも、但し龍を論ずる時は必ず水をして先ず本穴の墓庫を出で而して後來龍の墓庫を出でしめて此の如くして乃ち頭の幾年は禍事を出さず。譬へば乾・亥は火局に屬して木龍を借りて來りて用ゐる可く、亦橫水を收る可し。丁山兼未は土局に屬して金龍を借りて來りて用ゐる可く、則ち宜しく順水に放出すべし。此れ等は皆是れ天生地設の變格にして成法に拘泥して强ひて其等をして千篇一律ならしむること能はず。

然千百不遇二三,就龍與局合,而其穴終不能疵論。正法則透地坐穴期歸一卦,四十八局皆以本龍本氣為主。總之有理即有氣,有氣即有形,雖千變萬化,而生生不息之理所以生人生物,無時不有,無處不然,乃成其高人妙用。惟使去水來山皆合情,一言以蔽之曰:棄死挨生而已。今之時師惟形是求,無論其氣,亂覓山崗,終年不得一穴;即遇逄真龍真穴,向指一差,反福為禍。斬人之福澤,天必斬其福澤;殺人之子孫,天必殺其子孫。可不審哉。(一卷終)

不過此の種の變格は千百個の裏に亦兩三個に碰上るを得ず、即ち龍と局と勉强に相合すれども那の穴は終竟毫も瑕疵無しと説くこと能はず。正法に按ずれば透地と坐穴とは同一卦の上に歸するを要し、四十八局は皆本龍本氣を以て主と為す。總じて言へば理有れば則ち氣有り氣有れば則ち形有り。雖も千變萬化なるも但し生生不息の道理の能く人を生じ物を生ずる所以は時として在らざる無く處として然らざる無し、能く此の一一層を體會して乃ち高人の妙用を成すことを得。要緊のは只去水と來山とをして皆情理に合せしむるにして一句話に概括すれば便ち死氣を舍棄して生氣に挨就す。如今の地師は只形勢の上に找して全く氣を管せず、胡亂に山岡の上に亂尋して一年到頭して一個の穴を點出だせず。就中真龍真穴に碰上るも向は一たび指錯れば反って福を變じて禍と為す。別人の福澤を斬斷すれば老天は必定其の福澤を斬斷し、別人の子孫を殺絕すれば老天は必定其の子孫を殺絕す。此れ怎ぞ能く審愼せざる可けんや。(第一卷終)

天機貫旨紅囊經卷之二

天機賦(房分の吉凶を論ず)

嘗考尋龍之法,首看龍氣之盛衰,次觀向水之吉凶,審召瑞邀祥之妙,察陰陽朝應之情。生旺墓吊合於三方,孟仲季之公位攸分;十二宮配屬乎五行,貪巨武破之天星始定。人丁實繫於長生,財祿必根於官旺,是以生水朝堂,螽斯千古;旺神聚局,食祿萬鍾。

龍を尋ぬるの法則を細考す。第一步は先ず來龍の氣脈の盛衰を看、第二步は再び向上と水口との吉凶を看て招來祥瑞の妙處を審察し陰陽朝應の情態を體會す。長生・帝旺・墓庫の三者は遥かに相吊合して三方に於て長房・次房・幼房の公位は便ち此に由りて分定す。十二長生宮は各自五行に配屬して貪狼・巨門・武曲・破軍の此れ等の天星の名分は乃ち定め下ることを得。人丁の多寡は實際は長生の一位に係りて、財祿の厚薄は必定臨官帝旺に根ざす。故に長生方の水は堂に朝り來れば子孫は《詩經・螽斯》の詠ずるが如く千秋に繁衍し、帝旺の神は局中に聚れば便ち萬鐘の食祿を享受することを得。

貪富貴則棄生朝旺,圖嗣續則背旺迎生。破軍侵帝旺之鄉,身無一命之寄;天罡犯貪狼之位,難招半子之榮。生來會旺,聰明之子方生;旺去沖生,縱富貴亦徒然。旺去迎生,富貴之期驟至;而生來破旺,雖有子亦如無。未離胎而夭折,多因流破胎神;才出世而亡身,蓋為擊傷生氣。

富貴を貪求せんと要せば便ち長生方を舍開して帝旺方の水をして朝入せしめ、子嗣を謀求せんと要せば便ち帝旺方に背着して長生方の水を迎接す。若し破軍星は帝旺の鄕を侵犯せば一生連れ一官半職すらも寄托し上ぐること能はず。若し辰戌の天罡は貪狼の位を冲犯せば半個の兒子すらも招得し難し。長生方の水は來りて帝旺と相會して乃ち聰明の子を生出すことを得。帝旺方の水は去りて反って長生を冲せば縱令富貴も亦是れ白費なり。帝旺の水は流去りて長生の水を迎接せば富貴は來るや極めて快し。反って長生の水は來りて帝旺を冲破せば縱令兒子有るも亦無きに等し。胎兒は未だ母腹を出でざるに夭亡するは多半は水の胎神方を冲破するに因り、才に出世して便ち身を亡ぶるは那れは長生の氣を擊傷するを以てなり。

冠帶失齠齔之男,臨官喪成材之子。貪狼直步天罡,百歲頤壽;破煞倒沖生氣,丁眷奚堪。四敗傷生,雖有子而母明父暗;旺神投浴,恐居官而淫亂可羞。遇陽差而剋夫,見陰錯而傷妻。夫妻路遇,晚歲榮華;眷屬同情,家門孝義。情過而亢,呂望八旬方際會;交而不及,顏回三十便亡身。

冠帶方は傷を受けば七八歲の換牙年紀の男児を損掉せん。臨官方は傷を受けば已に成材したる兒子を喪掉せん。貪狼の水は一路直行して辰戌の天罡に去れば主として人は百歲の高壽を享く。破軍の煞水は倒り來りて生氣を冲犯せば家中の丁口眷屬は如何に禁受するを得んや。沐浴の水(四敗)は長生を傷れば縱令兒子有るも亦是れ母は明白にして父は不明——出身疑はる可し。帝旺の神は反投して沐浴方に去れば恐らく官を做すも還た淫亂の羞事を鬧出さん。「陽差」の線に碰上れば則ち丈夫を克傷し、「陰錯」の線を見れば則ち妻子を損傷す。夫妻は只路上に於て相遇ふ(龍水は勉强に相合す)にして晚年に到りて乃ち榮華す。家眷は同心同情(龍水は真正に相配す)にして門庭は便ち孝義の人を出さん。水情は頭を過ぎて亢に至れば姜太公の八十歲にして乃ち文王に遇上るが如し。交會又足らざれば顏回の三十歲にして便ち身を亡ぶるが如し。

秀水特朝破旺,應居官而卒任尸還。究房分之榮枯,品三方之等第,福有輕重,須明緩急,災祥應驗,必有先後。是故長兄寄位於貪狼,胎沐養生同斷;仲子取權於武曲,官臨衰旺無殊;三位第當叔季,分屬破軍休廢。

秀麗の水は雖も特に來りて穴に朝するも若し帝旺を冲破せば仍お官を做る人の任上に死して屍首を家鄕に運回するに應ずるを要す。各房の榮枯を推究せんと要せば便ち三方の位次の等第を品評するを得べし。福分に輕重有りて須く哪の一房が先に應じ哪の一房が後に應ずるかを分清すべし。災禍と祥瑞との應驗も亦必定先後有り。故に長房は貪狼位の上に寄托して胎・沐浴・養・長生の幾位は一同に論斷し、次房は武曲位の上より權を取りて臨官・衰・帝旺の幾位は分別無し。第三個の位次は則ち叔房・季房に歸して分かれて破軍と休廢の地とに屬す。

是以迢迢生水貫天罡,不特長兄毓秀;屈曲旺神歸墓庫,也應仲叔均榮。生與旺而同歸,人共財而咸吉;更從六秀方來,定擬滿門朱紫;如見曜方沖至,應知合室遭刑。乃若龍宜入首,水看源頭,天十位上宜來,須防流破;地支位上宜去,切忌朝歸。

此に因りて長生方の水は迢迢として來りて一直に辰戌の天罡に貫りて去るは不單に長房の秀才を出すのみ。帝旺の水は屈曲有情に墓庫に歸入すれば次房・叔房も亦一樣に皆榮顯することを得。長生と帝旺の水とは一處に同歸すれば人丁と財帛と便ち皆吉利なり。若し此の水は更に六秀方より來るなれば斷定すべし滿門皆是れ朱を穿ち紫を着るの貴人なり。若し曜煞方の水の冲射して至るを見れば便ち知るべし全家は皆刑獄に遭受せん。至りて龍は其の入首の一節を看、水は其の源頭を看。天干の十位の上は宜しく水來るべく須く其の反って流破と成るを防ぐべし。地支の各位の上は宜しく水去るべく最も其の反って穴に朝りて歸るを忌む。

是故小赦文進,則貢福小男;大赦文退,則禍臨仲子。四柱有情,長房有福。酉巽發聰明之女,震庚產威武之男,艮丙巽辛交應,世出魁元;亥聯寅申、巽庚代膺將相。是以庚甲朝,腰懸金印;寅丙到局,身掛朱衣。少年蜚聲魁第,必是水來寅甲;官榮郎侍之尊,多因朝自申庚。亥壬為外任之司,已丙為內應之職。元辰水到,功名白首;垣星入局,立霸封侯;震庚朝而富堪敵國,已丙至而武將英雄。

故に小赦文の水は進み入れば便ち福氣を小兒子に貢ぎ、大赦文の水は退去れば禍事は便ち次子の頭上に落つ。四柱の水は有情なれば長房に福有り。酉方と巽方との水は聰明の女兒を出し、震方と庚方との水は威武の男兒を產し、艮丙と巽辛とは交互應合して世々に狀元を出し、亥方は寅・申に連り巽方は庚方に連れば則ち代代將を出し相に入る。故に庚・甲方より水來りて堂に朝せば主として腰に金印を懸け、寅・丙方の水は局に到れば主として身に朱紅の官服を穿つ。少年にして名聲大振して魁首に連中するは必定水は寅・甲方より來るを以てなり。能く侍郎の如きの尊榮官職を做るは多半は水の申・庚方より朝來するに因る。亥・壬方の水は主として外放して官を做り、巳・丙方の水は主として朝内に於て職に應ず。元辰水は到れば白頭に到りて乃ち功名を成し、垣星は局に入れば立時に霸を稱じ侯を封ずることを得。震・庚方より來朝せば富は國に敵すべく、巳・丙方の水至れば英雄武將を出さん。

戌朝為鼓盆之煞,坤流乃寡宿之星。卯酉本犯桃花,悠洋清澈,女反賢貞;子午必招軍賊,源流浩大,偏宜武職。乙辰至而投河自縊,丙丁朝而壽考無疆。赦文若帶桃花,難乘清白之風;六秀如遇曜氣,定出強梁之輩。少年橫死,為犯黃泉;流通四庫,婦女掌家。寅申已亥水朝,非瘟火則產難虛癆;戌乾辰兌來臨,非瘋疾則目盲喑啞。寅甲水朝,那堪風疾纏身;婁亢雙歸,應見持刀刎頸。寅亥午戌水歸垣,會乙辰而火災立至;申地子壬辰會局,逢亥水而飄蕩無遺。是故方位之純雜,有此吉凶之異應。

戌方の水は朝來すれば是れ妻を喪ふの「鼓盆の煞」なり。坤方の水は流來れば是れ孤寡を主するの寡宿の星なり。卯・酉の二方は本來桃花を犯すも、若水勢は悠揚淸澈なれば女子は反って賢良貞靜なり。子・午の二方は必ず軍人盜賊を招くも、若し源流は浩大なれば反って武職に宜し。乙・辰方の水至れば主として河に投げ縄に吊る。丙・丁方の水朝せば主として長壽無疆なり。赦文の水は若し桃花を夾帶せば便ち淸白の家風を保ち難し。六秀方は若し曜煞の氣に碰上れば必定強橫凶暴の徒を出さん。少年の橫死するは黄泉を犯するを以てなり。水流は辰戌丑未の四庫を貫通すれば家中は婦女に由りて家を當る。寅・申・巳・亥の四方の來水は瘟疫火災に非ざれば則ち難產虛勞なり。戌・乾・辰・兌の幾方の水臨みは瘋癲に非ざれば則ち眼瞎口啞なり。寅・甲方の水朝せば怎ぞ風疾の身に纏はるるを禁得住せん。婁・亢の兩宿の水は雙雙に歸來れば持刀自刎するに應ずるを會せん。寅・亥・午・戌の水は垣に歸りて再び乙・辰の水と會せば火災は立刻に到らん。申地は子・壬・辰と一局を會成して再び亥方の水に逢へば便ち漂泊流蕩して所有無からんとす。故に方位の純と雜とには便ち此の如く各々相同ならざるの吉凶應驗有り。

卷二・挨星聯珠訣

《天玉經》有云:惟有挨星為最貴,洩漏天機秘。所重者明在挨星矣。李遁庵云:挨星聯珠更有別名,不在丙而子。獨謂挨星即花甲聯珠不出卦,然遁庵非歟□答曰:天干星是也。二十四山之下,子則起甲,寅則起丙,辰則起戊,午則起庚,申則起壬,至戌亥二字周而復始,皆挨次排例,故謂挨星,又謂排星,即六十龍與七十二龍也。

《天玉經》に曰く「惟だ挨星有るのみ最も貴にして天機の秘を泄漏す」と。見るべし其の看重する所は明明白白便ち挨星の上に在るを。李遁菴の曰く、挨星聯珠は別に別名有りて關鍵は丙に在らずして子に在り。彼は單單に挨星は即ち花甲聯珠にして本卦を出でずと認定す。則ち遁菴の此の話は對なるや否や。回答に曰く、所謂挨星は即ち天干星なり。二十四山の下に六十甲子を排布す。子山の下は甲子より起り寅山の下は丙寅より起り辰山の下は戊辰より起り午山の下は庚午より起り申山の下は壬申より起りて戌・亥の兩字に排り到れば便ち周而復始す。皆是れ次序に挨りて排り下るを以て故に「挨星」と叫び、亦「排星」と叫び、指す所は即ち六十龍と七十二龍なり。

因奉國禁,是以不敢顯言。但挨星二字止見《天玉》《青囊》《玉尺》,並未及言,不知者疑為別教外傳。余按《青囊序》云:五行分佈二十四,時師此義何曾記。分佈者,挨星也。《玉尺》云:生穴水城倒右向,雖死而無妨;旺龍左水歸右向,由養方何害。坐穴而右水歸左則疑破旺,旺龍而左水歸右若疑沖生,此皆不識挨星之故。

朝廷の禁令を遵守せんが為なれば故に歷來敢へて明説せず。挨星の此の兩字は只《天玉經》《青囊經》《玉尺經》の裏に出現したる有りて又皆之を講開せず、底細を明らまざる人は便ち之を別派教外の東西なりと懷疑す。我《青囊序》に按ずれば曰く「五行は二十四に分布す、時師は此の義何ぞ曾て記せん」と。此の「分布」は即ち挨星なり。《玉尺經》に曰く「生穴の水城は右向に倒れば雖も死なりて妨無し、旺龍の左水は右向に歸れば養方に由りて何の害あらん」と。意思是生向に坐して水城は右邊に倒れば即ち死方を經過するも亦妨げず、旺龍に坐して左水は右邊に歸れば養方より出去するも又甚の害處有らん。人は穴を坐しながら右水の左邊に倒るを見て便ち破旺なりと疑心し、旺龍を坐して左水は右に歸れば又生を冲すと疑心す——此れ皆是れ挨星を認得せざるの緣故なり。

《天玉經》不論老五行而論挨星。如亥乃木之長生,午乃木之死地,而作丙午向,不以亥為本而從挨星之水;已乃金之長生,子乃金之死地,而作癸子向,不以已為金而從挨星之火;午乃火之旺方,丑乃火之養位,而作癸丑向,不以午為火而從挨星之木;卯乃木之旺方,戌乃木之養方,而做辛戌向,不以卯為木而從挨星之金。此與四生三合是天機雙山五行全秘旨,皆以隱言令人自悟,然則挨星二字固既顯矣。

《天玉經》は老五行を用ゐずして挨星を用ゐる。譬へば亥は木の長生位にして午は木の死地なれども卻て仍お丙午向を立つ、此れ即ち亥を以て木の根本と當らずして挨星に依りて之を水と算す。巳は金の長生位にして子は金の死地なれども卻て仍お癸子向を立つ、此れ即ち巳を以て金と當らずして挨星に依りて之を火と算す。午は火の帝旺方にして丑は火の養位なれども卻て仍お癸丑向を立つ、此れ即ち午を以て火と當らずして挨星に依りて之を木と算す。卯は木の帝旺方にして戌は木の養方なれども卻て仍お辛戌向を立つ、此れ即ち卯を以て木と當らずして挨星に依りて之を金と算す。此の一層は四長生・三合と一處に合はれば便ち天機雙山五行の全部の秘旨なり。古人は皆隱語を用ゐて説き出して人に自ら悟らしむ。則ち「挨星」の此の兩個の字は其の實早く已に明明白白なり。

聯珠者,如珠相聯而不走動也,言穿山透地坐山有水同歸一卦,共成三合。《玉尺》云:夫妻路遇終強合而不諧,眷屬同情縱輕微而有用。蓋龍之吉凶從水,而水吉凶從向。透地坐穴雖與水合,而來龍不合,則夫妻路遇終難諧老,行至後龍必有破旺沖生之患,此三合而不聯珠也。穿透坐穴俱有水合,逐一節來龍無一不合,則子母公孫共成一家骨肉,此三合又聯珠也。

所謂「聯珠」は一串の珠子の彼此相連して散動せざるが如く、説く所は穿山・透地・坐山・來水の四者は一卦に同歸して共同に三合を結成するなり。《玉尺經》に曰く「夫妻は路に遇ふは終に强合して諧せず、眷屬は情を同くすれば縱令輕微なるも用有り」と。意思是龍水は路上偶遇の夫妻の如く勉强凑合すれば終究諧せず、一家眷屬の如く彼此同心なれば即ち力量輕微なるも亦管用す。龍の吉凶は水に取決し水の吉凶は向に取決するを以てなり。透地と坐穴とは雖も水と相合するも、可是れ來龍は合せざれば則ち路上偶遇の夫妻と成りて終究白頭到老に至らず。一路に後龍に推して必定破旺冲生の禍患有り、此れを「三合にして聯珠ならず」と叫作す。若し穿山・透地・坐穴は皆水と相合し而且一節一節の來龍は一節も合せざる無ければ那れは子・母・公・孫の一家骨肉を合成するが如く、此れ乃ち「三合にして又聯珠」と叫ぶ。

山頭不是同姓為婚,則奕世簪纓;則小地亦主子孫攸久。蓋挨星必以聯珠為貴,而聯珠仍以挨星為主。三盤卦例即《天玉》之先定來向。聯珠不相仿,即甲子乙丑也。要不外乙丙交而趨戌,辛壬會而趨辰,斗牛納庚丁之氣,金羊收癸甲之靈。燈即是火,遁庵蓋未之思耳。李濱湖《天人眼目》聯珠有零正,遂與徐試可言相反,雖為之不解。古之名墓無非此法。余按楊曾廖賴先師真行偽落而反無聯珠之說,臆見添設,想誤後人。能言距邪說者,即楊曾之徒。

只要く坐山は「同姓の婚を為す」(龍水は同じく一干に屬し陰陽配せず)に非ざれば便ち世代簪纓絶えず。即ち小地方なるも亦主として子孫長久す。見るべし挨星は必ず聯珠を以て貴と為して聯珠は仍お挨星を以て主と為す。三盤卦例は即ち《天玉經》の所謂「先ず來山を定めて後向を定む」なり。聯珠の彼此相類せざるは甲子と乙丑との如く雖も相鄰れども氣を同くせず。歸結し起れば仍お《青囊奧語》の四句を外ならず。「乙丙は交りて戌に趨く、辛壬は會して辰に趨く、斗牛は庚丁の氣を納し、金羊は癸甲の靈を收す」。燈は本來便ち火にして是れ同じ一様の東西にして遁菴は大概細想せざりしならん。李濱湖の《天人眼目》は聯珠を講じて還た零神正神を分かちて徐試可の説法と正に相反し、我も亦彼の為に解き通ずること能はず。古來の名墓は用ゐる所は無非是れ此の法なり。我は楊筠松・曾文遄・廖瑀・賴文俊の幾位の先師を考察するに彼等は真行僞落を講じて反って聯珠の此の一説無し。後人は臆見を憑りて添へ出し想ふに必定要して後學を誤導せん。能く立ち出でて邪説を駁斥するの人乃ち楊・曾の門徒と算す。

卷二・龍を論ずる三謬を辨ず

《玉尺經》注或後人假託,誠亦有之,而《教子書》則父以授子,皆是三合論龍,而左關右關亦如常解。子獨以甲庚丙壬為龍,豈龍生在三合之外乎。答曰:三合乃以論局,非論龍也。余讀《青囊》之序,不獨山有龍,而水亦有龍。上山龍神甲庚丙壬,論納音之所屬而不在方位;水裡龍神即乙辛丁癸,亦納音所屬。有是婦即有是夫。蓋山龍甲木,水龍必癸;山龍庚金,水龍必丁;山龍丙火,水龍必乙;山龍壬水,水龍必辛。具生旺互用,玄竅相通,眷屬一家。而乾道成男,坤道成女,則陰陽各別,是以山上龍神不下水,水裡龍神不上山也。

人問ふ。《玉尺經》の注解は或いは後人の假託ならん、此れ確實に可能なり。可是れ吳公の《敎子書》は父の親手より子に傳へたるにして裏面は皆三合を用ゐて龍を論じて左關右關を講ずるも亦通常の解釋と一樣なり。汝は卻て單單に主張して只甲・庚・丙・壬の四干のみ乃ち龍と算すと、豈に龍の生處は三合の外に在らんや。回答に曰く、三合は「局」を論ずるに用ゐるにして「龍」を論ずるに用ゐるにあらず。我《青囊序》を讀みて知る不單に山に龍有るのみならず水も亦龍有り。山上の龍神は甲・庚・丙・壬にして其等の指す所は納音の屬する所にして而も羅盤の上の方位にあらず。水裏の龍神は即ち乙・辛・丁・癸にして同じく納音に就て言ふなり。此の如きの妻有れば便ち此の如きの夫有り。山龍若し甲木なれば水龍は必ず癸水なり。山龍若し庚金なれば水龍は必ず丁火なり。山龍若し丙火なれば水龍は必ず乙木なり。山龍若し壬水なれば水龍は必ず辛金なり。其等は生旺互いに用ゐ玄竅相通便りて一家眷屬の如し。但し乾道は男を成し坤道は女を成して陰陽各々分際有り、故に「山上の龍神は水に下らず、水裏の龍神は山に上らず」なり。

《教子書》以局為龍,而不知山龍四神俱屬陽干,此正楊曾之蟊賊,誤人不淺。余讀吳公自序,惟《天玉》不忘得訣之由,故楊曾二記皆注於篇。其文曰:先考克誠君少好易筮,耽玩山水,一日遇異人傳授以《天玉經》三卷,曰:此楊曾心法也。歸取玩之,其義未解。後過信州,見一龍甚麗,自震奔騰入巽,天太二峰侵震,但忌大溪玄戈破局,惑不敢下。聞仙嶺有辛真人者智慧廣大,遂拜訪焉。

《敎子書》は「局」を以て「龍」と當りて知らず山龍の四神は一律に陽干に屬するを、此れ正に楊・曾の學の害蟲にして人を誤るや淺ならず。我は吳公の自序を讀みて只《天玉經》を講ずる時彼は訣を得たるの來由を交代するを忘れず、故に楊・曾の二仙の兩次の批語を皆篇中に記せり。序文に曰く、先父克誠君は年輕の時《周易》の占筮を喜好し又山水を遊覽するに醉心せり。有一天一の位の異人に遇ひて《天玉經》三卷を傳へ與へて曰く「此れは楊筠松・曾文遄の心法なり」と。彼は家に歸りて取出して把玩するも卻て經義を懂らず。後來信州を路過して一條の龍の極めて秀麗なるを見て震方より奔騰して巽方に入り天乙・太乙の兩座の峰は震位に侵入す、只嫌む一條の大溪の「玄戈」の如くに局を破るを、心中疑惑して敢へて葬を下さず。仙嶺に辛真人の智慧廣大なる有るを聽聞して是に於て前に往きて拜訪せり。

真人曰:吾為子楊曾二仙降神筆以決之。少頃二仙至,書曰:何不觀《天玉經》乎。答曰:其義未詳於解。袖復書曰:廉貞一陽龍,起震帝,出齊乎巽。庚丁配向是玄機,辛巽插天奇,坤申水來官祿旺,莫作玄戈斷。父曰:奈卦氣不符神怒。書云:曷不鑑吾師曰《龍潭記》。遂退。

辛真人曰く、我は汝の為に楊・曾の二仙を請して神筆を降して來りて此の事を判定せしめん。過ぎること一會にして二仙降臨して寫して曰く「汝は何ぞ去りて《天玉經》を看ざるや」と。先父は回答して曰く「經義は我は未だ弄明白せず」と。二仙は又筆を揮りて寫して曰く「廉貞は一陽の龍にして震に起りて帝は巽に出ず。庚・丁の二字は向に配して乃ち玄機なり。辛・巽の兩峰は天に插して奇秀にして坤・申方より水來れば則ち官祿興旺す、那の條の溪を以て玄戈破局と當りて斷するを要せず」と。先父曰く「可是れ卦氣は合せずして神明を觸怒せんことを怕る」と。神筆は又寫して曰く「汝は何ぞ我師の著す所の《龍潭記》を參看せざるや」と。説き了りて便ち退去しぬ。

父於是往觀之,其龍自坎癸入亥乾,楊公立巽向葉吉。後十餘年,公復至,稱說向有餘穴,遂再下一穴丙向。張氏因結之曰:何一龍而立兩向。書云:坎癸騰騰入亥乾,丙向夾蛇扦,著紫著緋並著綠。寅甲水來逐虎兔,馬山高起頂,莊田置萬頃。莫教水流沖午,夭折見貧窮。下後果富貴,歷百餘年水沖午,遂出有夭折貧窮之犯,與記合符。父嘆曰:寅甲主瘋魔之疾,以陽龍破陰局而反富,信《天玉經》生旺之有準,而神筆不誣也。

先父は是に於て前に往きて《龍潭記》の記する所の地を察看せり。那の條の龍は坎・癸方より來りて亥・乾方に入る、楊公は彼處に巽向を立てて果然吉利なり。過ぐること十餘年にして楊公は又來りて此の條の龍は向上還た餘穴有りと説きて是に於て又一個の丙向の穴を點せり。張氏は此に因りて追問す、何ぞ同一條の龍にして兩個の向を立つる可きや。記中に寫きて曰く「坎癸騰騰として亥乾に入り、丙向は蛇を夾みて扦す、紫を着緋を着緑を併着す。寅甲の水は來りて虎兔を逐ひ、馬山は高起して頂に至り、莊田は萬頃を置く。水流をして午を冲らしむること莫く、夭折は貧窮を見ん」と。葬り下りて後果然富貴にして一百餘年を過ぎて水は午方を冲りて便ち夭折貧窮の應驗を出現し記中の説く所と完全に相符す。先父は感嘆して曰く、寅・甲の水は本に瘋癲の疾を主とするも此の地は卻て陽龍を以て陰局を破りて反って富を致す、見るべし《天玉經》の生旺を講ずるは確實に準有りて神筆の示す所は並びに虛言にあらずと。

吳公本文定止於此,餘語必後人續貂。以神筆論之,廉貞卯也,正卯為癸卯入首,巽為辛已,納音皆屬金,山龍庚龍也,以丁火水龍配山庚龍。太乙者金生方,天乙者金旺方,生旺高聳,催官水朝,是以發福,此言六十龍與水合也。坎癸者,七子三癸也;亥乾者,五亥五乾也。初立巽向,木龍坐火穴;再下一穴丙向,乃是水穴。百餘年水破午丁,遂至夭年。午丁者火旺之方、水之養方,皆不宜破。此言六十龍與水合,而七十二龍與水不合也。

吳公の原文は一定に此處に到りて止まる、後面の話は必ず後人の狗尾續貂なり。神筆の示す所に就て推すれば、廉貞は卯を指し卯山の正中一線は癸卯の入首なり。巽方は辛巳にして兩者の納音は皆金に屬す、故に山龍は庚金の龍にして丁火の水龍を用ゐて此の條の庚金の山龍に配す。太乙峰は金の長生方に在り天乙峰は金の帝旺方に在りて生旺の兩方は皆高聳し又有りて催官水は堂に朝す、故に能く發福す——此れは六十龍の水と相合するを説くなり。所謂「坎癸」は子は七分を占め癸は三分を占むる那一線にして、所謂「亥乾」は亥は五分を占め乾は五分を占むる那一線なり。最初に立てたる巽向は木龍にして火穴に坐し、後來再び點したる丙向の穴は則ち水穴なり。一百餘年を過ぎて水は午・丁の兩方を冲破して是に於て夭亡を出だせり。午・丁は火の帝旺方にして亦水の養方にして兩者は皆冲破せらるる能はず——此れは六十龍は雖も水と相合するも而も七十二龍は卻て水と合せざるを説くなり。

龍向水必歸一卦,若權宜非正法,生成缺陷,雖楊曾妙用亦無如之何。曾公亦樂克誠,使知水之吉凶皆論六十龍與七十二龍,不論卦氣。若合與卦氣論龍,則卯龍木何以為金,子癸水何以為木。此非精《天玉》不能及此。其序表彰《天玉》,而書遺背《天玉》,可知神經外傳非不山吳公之手。餘引證諸書,以《青囊》《玉尺》《天玉》《金彈》《鐵彈》《紅囊經》《行程記》為主,此外即賴氏《催官篇》皆疑假託,不敢附會,實明使楊曾口訣如終日,是以去取必嚴。若謂阿其所好,則吾不敢。

龍・向・水の三者は必ず一卦に同歸するを須とし、若し只是れ權宜變通なれば則ち正法にあらず。先天生成の缺陷は即ち楊・曾の妙用も亦之を奈何とすること能はず。曾公も亦克誠君を成全するを樂しみて其れをして水の吉凶は皆六十龍と七十二龍とを論じて卦氣を論を論ぜざるを知らしめん。假如卦氣に照らして來りて龍を論ぜば則ち卯龍は本に木に屬して怎ぞ會して金と變らんや。子癸は本に水に屬して怎ぞ會して木と變らんや。此の一層は《天玉經》に精通する人に非ざれば説き出すこと能はず。吳公の序は既然に《天玉》を表彰するも而も《敎子書》の正文は卻て《天玉》に違背す、見るべし彼の神秘經書の外傳の本子は未必皆吳公の手に出づるを。我は各家の書籍を引證して《青囊經》《玉尺經》《天玉經》《金彈子》《鐵彈子》《紅囊經》《行程記》を以て主と為す。此の外即ち賴文俊の《催官篇》すらも我は亦其れ假託なるを懷疑して敢へて牽強附會せず。我は實に楊・曾の口訣をして白日の如く明白ならしめんと要し、故に取捨は必定嚴格なり。若し我の此れは自ら好む所を偏袒すと説かば那れ我は敢へて當らず。

卷二・頂門針の是非

或問:俗解羅經古聚誦,予前所服膺者《頂門針》,今則以頂針而議之,豈昨非而今是乎。答曰:仰觀俯察乃天地間第一大學問。隆古則在君相,太王遷邠、古公卜洛,世衰傳在布衣,業斯術者口傳心授,不乏人獨於文義未必精曉,是以承偽種謬之書莫為改正。徐試可與諸生考究頗異,庸常其生平,避盈縮、避管局禽星,皆有確見,此子之所以服膺《頂門針》也。

人問ふ。世俗に羅盤を講ずるの書は皆是れ老一套の陳詞濫調にして汝は從前最も佩服するは徐試可の《頂門針》にして如今は卻て反って之を批評す、豈に昨日は錯へりて今天は乃ち對ならんや。回答に曰く、天文を仰觀し地理を俯察するは是れ天地間の第一等の大學問なり。上古の時候此の門の學問は君主と宰輔との手裏に掌握せられ、周太王は邠地に遷り古公は洛邑を相度して皆是れ此の門の學問の運用なり。後世衰微して其れは便ち平民の手中に流落して此の一行に從事する人は口傳心授して其の中に能人を乏まず、只是れ文字義理に對して未必精通して故に承襲し下るの彼の錯謬の書は人の之の為に改正する無し。徐試可は一般の儒生と考究するや頗る同ならずして彼一生の持論は平實にして盈縮六十龍を避け管局禽星の説を避くるを主張して皆確切の見解有り、此れ即ち我の從前に《頂門針》を佩服するの緣故なり。

外此則隨俗附和,全無揣磨。如龜甲、差錯、空亡刺穴,空亡皆指七十二龍,去取甚嚴,遂止用丙庚丁辛。又三盤卦例不知另有穿山,竟少其一,因添設此盤分配為三,其宮位七十二多在界縫之間,並不相承,以至禍福百無一驗。七十二龍中若破旺沖生,其應如響。即以二八言之,七十二龍之辛亥偏遇於平分癸亥之左,七十二龍之癸亥偏遇於平分甲子之右;平分癸亥、甲子既繫三七,則四十八局明繫二八。若以丙庚丁辛為平分,正有三七並無二八,乃云一百二十分金既設穿山又在其後,其謬一也。

此以外に彼は便ち世俗に隨て附和して全く細加して揣摩せず。譬へば龜甲線・差錯線・空亡線は穴場を刺傷することを會す、此處の説く空亡は皆七十二龍に就て言ひて取捨極めて嚴なれども彼は卻て只肯じて丙・庚・丁・辛の四組の分金を用ゐる。又三盤卦例の如きに彼は知らず別に一層の穿山盤有るを、竟に一盤を少算して是に於て別に一盤を添へて三て三層を湊成す。那一盤の七十二個の宮位は大多數界縫の間に落ちて前後並びに相承せずして以致禍福を斷るや百に一驗も無し。其の實七十二龍の中に若し破旺冲生有れば應驗は快きこと回聲の如し。就拿りて「二八」を説けば、七十二龍の辛亥は正好く平分六十龍の癸亥の左邊に偏し、七十二龍の癸亥は正好く平分六十龍の甲子の右邊に偏す。平分の癸亥と甲子とは既然に三七の分なれば則ち四十八局は顯然に便ち二八の分なり。若し丙・庚・丁・辛を以て平分と當れば則ち只有る三七にして二八無し。彼は卻て一百二十分金は既に穿山盤を設けたるに又後面に排すと説く——此れは第一個の錯謬なり。

震兌不變,坎離相對,則天地陰陽之理亦絕而不續,渙而無情。納音之妙,金水相涵,木火互換,而後五行之理代禪如環奕端。《天玉》以已丙屬東,金生已也;以亥壬屬西,木生亥也;以坤艮屬南北,火生艮、水生坤也。三卦有天卦地卦,即屬左右旋三七二八。徐試可不知此義,而有三卦分配,妄加非議,其謬二也。

若し震・兌の二卦は固定不變にして坎・離の二卦は只是れ相對なりと説かば、則ち天地陰陽の道理は便ち斷絕して相接續せず渙散して情意無からん。納音の妙處は金と水とが互相涵養し木と火とが互相交換して而して後五行の理は乃ち圓環の如く遞相禪代して周流不息するに在り。《天玉經》は巳・丙を劃歸して東方と為すは金の巳に長生するを以てなり。亥・壬を劃歸して西方と為すは木の亥に長生するを以てなり。坤・艮を劃歸して南北と為すは火の艮に長生し水の坤に長生するを以てなり。三卦の中に又天卦・地卦の分有りて正に左旋右旋・三七二八に對應す。徐試可は此の層の意思を懂らずして別に一套の三卦分配を搞出して還た妄加して非議す——此れは第二個の錯謬なり。

天星有帝王將相,天星之貴星九星雙起,無非貴星旺、賤休囚,是以山山可貴,山山可賤。唯已亥、丙寅、癸亥、庚寅俱屬臨官生地,正艮、正亥反屬病地,所云辛戌寅為六十龍之最貴,其謬三也。

天星の裏に帝・王・將・相の各等の名目有りて、所謂天星の貴星は九星の雙雙として並び起るなり。説き極めれば不過是れ旺に當る者は貴と為し休囚の者は賤と為すにして、故に每一座の山は皆貴たる可く每一座の山も亦皆賤たる可し。只巳亥・丙寅・癸亥・庚寅の此の幾條の龍は同じく臨官・長生の地に屬し、而も正艮・正亥の兩條の線は反って病地に落つ。彼は卻て辛・戌・寅は六十龍の中に最も貴なりと説く——此れは第三個の錯謬なり。

東木西金、南火北水、中央土乃河圖之位,大言之則普天下共一五方,小有之則一家一邑各有五方。是以先天十二支支俱五行,而後條分縷析,毫釐必辨。納音之理即諸河圖方位,納音之緒即諸隔八相生,又取陰陽消長,天地人物總不出陰陽消長之外,此後天五行所以必重挨星。乃云或用正五行,或用雙山化合墓,合一定之準繩反作亡羊之岐路,其謬四也。

東方は木に屬し西方は金に屬し南方は火に屬し北方は水に屬し中央は土に屬す、此れは《河圖》の方位なり。大處に往きて説けば普天の下は共用して此の一套の五方にして、小處に往きて説けば一家一邑も亦各々其の五方有り。故に先天の十二地支は每一支は皆自ら五行有りて而して後條分縷析して毫釐必ず辨ず。納音の道理は《河圖》の方位より來りて納音の頭緒は隔八相生より來りて又陰陽消長の義を取るを要す。天地之間の人と物とは總じて陰陽消長を跳出すべからず、此れ即ち后天五行は必ず挨星を重視するを須とするの緣故なり。彼は卻て時に正五行を用ゐ時に雙山化合と墓合とを用ゐると説きて本來一定の準繩を弄りて歧路亡羊と成さしむ——此れは第四個の錯謬なり。

地盤之子午靜而有常,審龍坐穴皆用正針是矣。但選擇則用時憲曆,古人造葬之期皆用本龍之節氣,並查金木水火之會合。歲差無定,數過羅經,豈能預載千萬年之歷。於是縫針之子進前一位為侯氣之準,示歲之漸差而東,古之日在斗而今之冬至日在箕是也;以中之子退後一位為查緾度之準,示天之漸差而西,古之女二度過子而今之牛一度過子是也。

地盤の上の子午線は安靜にして常有りて審龍・坐穴は皆正針を用ゐる、此れは對なり。但し日課を選擇するには時憲曆を用ゐるを要す。古人の造葬日期を擇するは皆本本龍の屬する所の節氣を用ゐて并且金木水火の四氣の會合を査考す。歲差に定數無くして年久しければ便ち羅盤と對せず、羅盤は怎ぞ能く豫め千萬年の曆法を載入せんや。是に於て縫針の子位を前に向りて一格を進めて候氣の準繩と作して表示す節氣は逐年漸漸に東に移る——古時は冬至の日躔は斗宿に在りて如今は冬至の日躔は箕宿に在り、便ち此の道理なり。又中針の子位を後に向りて一格を退けて天體纏度を査考するの準繩と作して表示す天度は逐年漸漸に西に移る——古時は女宿の二度は正對して子位に在りて如今は牛宿の一度は正對して子位に在り、便ち此の道理なり。

作用之妙,以地盤而求合天盤,故曰向從天上向。而試可慨斥其非,而不知中針縫針是皆為作用之模範,其謬五也。以至穿山透地認殺主名,陰陽龍向分定差等,實為楊曾墨。余初讀時未聞一貫之旨,似為可喜;迨《天玉》諸書已經悟透,《頂門針》之誤自瞭然指撐。先賢云:今日得一訣,明日又非之。余讀書所見略同,惟求其理之當而已,豈好異同哉。

用法の妙處は正に地盤を以て去りて天盤に合せんを求むるに在り、故に「向は天上に從りて向す」と曰ふ。徐試可は卻て一概に錯誤と斥けて知らず中針と縫針とは皆是れ實際操作の規範なるを——此れは第五個の錯謬なり。至りて穿山・透地の關煞主名を辨認して陰陽に按じて龍と向との等差を分定するは那れ實に楊・曾の繩墨なり。我は最初《頂門針》を讀む時は未だ一を以て貫くの宗旨を聽かずして其れ頗る喜ぶ可しと覺え、把りて《天玉經》の一類の書を悟透するに到りて《頂門針》の錯誤は自然に一目瞭然として指點し出すことを得。先賢の説きたるや「今日一訣を得れば明日は又之を非とす」と。我の書を讀むの體會は大致相同にして只求む道理の妥當なるのみ、豈に是れ新を標して異を立つるを喜ばんや。

卷二・穿山透地三盤卦例

或問:天地之理必無兩是,地理則不變,則當有一定之說。乃遍觀群書,或此是而彼非,謬無定見;同此穿山,同此透地,而或以審龍,或以坐穴,紛然驟頌,學者何以適從。答曰:《天機貫旨》所由作也。《青囊奧語》有《青囊序》,即地理之學《庸》《論》《孟》也,人人能言之,人人不能言之,以至穿山透地三七八從無定解。其實穿山、透地、坐穴截然三事:穿山者,穿來龍逐節之山也;透地者,透入穴中之氣也;坐穴者,坐四十八局之穴也。氣有真偽,穴有醇疵,非三者則不能決所從,是以三盤例必須熟察。

人問ふ。天地間の道理は兩個皆對なるを會せず、地理は既然に不變なれば便ち一個の確定の説法有るを應ず。可是れ遍く各家の書を看れば此の一家は是と説き那の一家は非と説き荒謬なること毫も定見無し。同じく穿山を講じ同じく透地を講じて或る人は之を拿りて來りて龍を審し或る人は之を拿りて來りて穴を坐し衆説紛紜として一齊に嚷ぎて學者は應に誰に聽くべきや。回答に曰く、我の此の部の《天機貫旨》は正に此の為に作るなり。《青囊奧語》は《青囊序》と連帶して就中譬へば地理ば地理學の裏の《中庸》《論語》《孟子》の如くに人人皆幾句を背誦する能く人人又皆講透す能はずして以致穿山・透地と三七・二八の此れ等の名目は從來定解無し。其の實穿山・透地・坐穴は截然不同的三件事なり。穿山は來龍の一節一節の山を穿透するにして、透地は穴中の那股の氣に透入するにして、坐穴は四十八局の中の某の一局の穴を坐定するなり。氣に真僞有り穴に純疵有りて此の三層を用ゐざれば便ち應に哪の一樣に依從すべきかを決定するの法無し、故に三盤の卦例は必ず熟看するを須とす。

後之人因奉國禁,諱言平分遂有盈縮,言七十二遂有一百二十分金,諱言穿山審龍遂有七十二為穿山。始而奉禁,得訣者明知其偽;既而相沿傳者浸妄其初喪,轉傳偽之所由始也。楊曾之旨,龍有生穴雖歸一卦,審龍有坐穴又分三層,故七十二之外原有穿山。謂七十二既其名,若遂以審龍,則八干四維皆虛位,其義將何屬。

後來の人は朝廷の禁令を遵守するに因りて「平分六十龍」の此の名目を避諱して便ち盈縮六十龍を造出し、「七十二龍」を避諱して便ち一百二十分金を造出し、穿山を用ゐて龍を審するを避諱して便ち乾脆に七十二龍を以て穿山盤と當る。起初は禁令に迫られたるにして訣を得たる人は明かに此れ等は假なるを知れども、日子久しきや輾轉相傳して便ち漸漸に最初の真義を丢失しぬ——此れ正に訛を以て訛を傳ふるの開端なり。楊・曾の本旨に曰く、龍と其の生ずる所の穴とは雖も一卦に同歸するも、但し審龍と坐穴とは又幾層を分かつを要す、故に七十二龍の外に原本別に穿山の一盤有り。既然に七十二龍已に別に名目有れば、若し强ひて之を拿りて去りて龍を審せば則ち八天干と乾坤艮巽の四維とは便ち皆虛位と成りて其等の意義は又哪處に歸すべきや。

且透地之外另有坐穴。若以坐穴為透地,則氣從左來穴何以居右,氣從右來穴何以居左,二說藏有谷等之之半耳。今考甲子止有三層,而用之則為三盤。穿山尋宗問祖也,透地則到頭審氣也,用平分六十挨星,雖換而不外震兌坎離,故曰用先天以統龍;坐穴者饒減放棺也,耑用七十二作,雖巧而不外申子辰、寅午戌、亥卯未、已酉丑,故曰後天所以佈局。

况且透地の外に別に坐穴の一層有り。若し坐穴を以て透地と當れば則ち氣は左邊より來る時穴は何の故に右邊に坐する可きや。氣は右邊より來る時穴は何の故に左邊に坐する可きや。此の兩種の説法は各々只道理の一半を藏着するのみなり。如今考究するに六十甲子は只有る三層にして用ゐ起れば便ち三盤と成る。穿山盤は用ゐて來りて宗を尋ね祖を問ひ來龍の出身を追溯するにして、透地盤は用ゐて來りて到頭して氣を審するにして其れは平分六十龍の挨星を用ゐて雖も變換有るも亦震・兌・坎・離の四卦を出でず、故に「先天を用ゐて以て龍を統る」と曰ふ。坐穴盤は用ゐて來りて饒減放棺・棺位を微調するにして專ら七十二龍を用ゐて做して雖も精巧なるも亦申子辰・寅午戌・亥卯未・巳酉丑の四大三合局を出でず、故に「后天は所以に局を布く」と曰ふ。

總之葬乘生氣,有穿山而無透地,其氣必不真;有透地而無穿山,其福必不久;有穿山透地而坐穴不知,其消納砂水不能化殺生權。故坐穴所以乘此氣,是為既至之氣;透地所以迎此氣,是為將至之氣;穿山所以槒此氣,是為未至之氣。於此醒悟,則三盤不待外求而得矣,其餘《青囊》《玉尺》《天玉》探麗珠在手矣。

總じて之、安葬は生氣に乘るが為なり。只穿山有りて透地無ければ那股の氣は必定真ならず。只透地有りて穿山無ければ那份の福は必定久からず。穿山透地は皆有りて坐穴を懂らざれば則ち砂水を消納する時に煞を化して權と為すこと能はず。故に坐穴は此の股の氣に乘住するに用ゐるにして其の乘る所は已に到達したるの氣なり。透地は此の股の氣を迎接するに用ゐるにして其の迎ふる所は將に到達せんとするの氣なり。穿山は此の股の氣を接引するに用ゐるにして其の接する所は未だ到達せざるの氣なり。此處に於て一旦醒悟せば三盤の法は外に向りて求めずして便ち得、其の餘の《青囊經》《玉尺經》《天玉經》の珠寶も亦便ち皆手裏に握らん。

三七審龍、二八坐穴,皆從二十四山之多寡,認取渾天五行,其用之法秘而不傳。《玉涵經》序有云:庚子土山坤申水朝為吉,壬子木山坤申水朝為凶。地理家千言萬語,無非發明此義。所恨謬種偽傳,以至一卷之書不勝互異。餘作《天機貫旨》而融會貫通,無往不合,一索萬錢自始至今能免此非彼是甲乙之患矣。

三七の分を用ゐて龍を審し二八の分を用ゐて穴を坐するは皆二十四山の各占分數の多少の上より眼を着けて渾天五行を認取す、此の套の用法は向來秘して傳へざりしなり。《玉涵經》の序に曰く「庚子は土山にして坤・申方より水來りて堂に朝するは吉と為す。壬子は木山にして坤・申方より水來りて堂に朝するは凶と為す」と。同じく坤申の來水にして龍の納音は同ならざれば吉凶は便ち相反す。地理家の千言萬語は無非是れ此の道理を闡明せんと要するなり。恨む可し僞法は亂傳して以致同一卷の書の裏に前後互相矛盾して數ふるも數盡くすべからず。我は《天機貫旨》を作して其等を融會貫通して處處皆合得上して從此彼の種の一句の口訣に價萬錢を索め而も甲は此れを是と説き乙は彼れを非と説くの毛病を免掉しぬ。

卷二・陰陽論

或問:夫婦、雄雌、牝牡,《玉尺》之所謂陰陽也。議者以八卦屬天干屬陰,故艮丙、巽辛、兌丁為陰陽相見。先賢云:陰陽相見,福祿永貞;陰陽相棄,禍咎臨門。《玉尺》又云:陰偶陽而非其類,號曰陽差;陰見陰而失其偶,名陰錯。其同其異孰從而辨之。

人問ふ。夫と婦・雄と雌・牝と牡とは即ち《玉尺經》の所謂陰陽なり。議論する人は八卦は陽に屬し天干は陰に屬すと認りて故に艮は丙に配し巽は辛に配し兌は丁に配して「陰陽相見」と叫作す。先賢の曰く「陰陽相見すれば福祿永貞、陰陽相棄すれば禍咎門に臨まん」と。《玉尺經》に又曰く「陰は陽に偶して其の類に非ざれば號して陽差と曰ふ。陰は陰を見て其の偶を失へば名づけて陰錯と曰ふ」と。此の幾種の説法は哪處に同じく哪處に同ならざるや、究竟甚を憑りて去りて分辨せんや。

答曰:先賢之所謂陰陽,即《天玉經》之陰陽也,唯不知看雌雄,遂強為之解耳。天地合而萬物興,故葬乘生氣總不離陰陽。所謂陰用陽朝、陽用陰應,以乙辛丁癸之水配甲庚丙壬之龍也。夫婦之道求其生育,未有不唱隨而能生育者。甲庚丙壬四龍神俱屬陽干,順行歸於墓;乙辛丁癸四龍神俱屬陰干,逆行而歸於墓。則以癸配甲、以丁配庚、以乙配丙、以辛配壬,生旺同歸,共成三合,如夫婦之一唱一隨。

回答に曰く、先賢の講ずる所の陰陽は即ち《天玉經》の講ずる所の陰陽なり。只後人は「雌雄を看る」を懂らざるを以て勉强に別に解釋を作せるのみ。天地は交合して萬物興盛す、故に安葬して生氣に乘るは總じて陰陽を離れず。所謂「陰は陽朝を用ゐ陽は陰應を用ゐ」は即ち乙・辛・丁・癸の水を拿りて去りて甲・庚・丙・壬の龍に配す。夫婦の道は生育の為なり、一唱一隨せずして生育する能くの無し。甲・庚・丙・壬の四條の龍神は皆陽干に屬して順行して墓庫に歸入し、乙・辛・丁・癸の四條の龍神は皆陰干に屬して逆行して墓庫に歸入す。是に於て癸は甲に配し丁は庚に配し乙は丙に配し辛は壬に配して生方旺方は一處に同歸して共に三合を成して正に夫婦の間の一個は唱へ一個は隨ふが如し。

若甲龍本配癸水,而局中反見乙辛丁水,則曰陰錯;癸水本配甲龍,而後換庚丙壬龍,則曰陽差,是為兄妹不交。如初二三節合而後龍不合,後二三節合始終不合,是夫婦路遇。又如本龍本出未坤而至戌方出,則為過亢;火龍本出戌乾而至丁未即出,是為不及。其所謂不取也,非沖生破旺,則必遇病死墓絕之水也。

假如甲龍は本に應に癸水に配すべきに局中に反って乙・辛・丁の水を見れば此れを「陰錯」と叫ぶ。癸水は本に應に甲龍に配すべきに後面に卻て庚・丙・壬の龍に換れば此れを「陽差」と叫ぶ、兄妹の婚配する能はざるに等し。又前の一二節は合せども而も後龍は合せざるの如く、或は後の二三節は合せども而も首尾始終は合せざるは此れを「夫婦路遇」と叫ぶ、只是れ路上に於て碰見するのみなり。再び本局の龍の水口は本に應に未・坤に出ずべきに卻て戌方に拖りて乃ち出づれば那れを「過亢」と叫ぶ。火龍の水口は本に應に戌・乾に出ずべきに卻て丁・未に提前して便ち出去せば那れを「不及」と叫ぶ。此れ等の取る可からざる所以は生を冲し旺を破るに非ざれば便ち必定病・死・墓・絕方の水に碰上るなり。

《鐵彈子》之山運水運,彈子之四龍四局,皆乙辛丁癸配甲庚丙壬。蓋婦從夫猶相其夫,故水火木之相配妙在相生,而五金不能成器,獨以相剋為配,生成雖異,相夫則一。是玄竅相通即為陰陽相見,玄竅不通即為陰陽相乖。所謂雌碓牝牡之外別無陰陽,正所謂楊公養老看雌雄,天下諸書對不同。

《鐵彈子》は山運・水運を講じ四龍四局を講じて亦皆是れ乙・辛・丁・癸を用ゐて去りて甲・庚・丙・壬に配す。妻子は丈夫に跟從し同時に又丈夫を輔助す、故に水・火・木の三者の相配するは妙處は相生に在り。唯獨金は火煉を經ざれば器を成す能はずして便ち單單に相克を用ゐて相配す。生成の方式は雖も同ならざるも丈夫を輔助するの此の一點は是れ一樣なり。此に因りて玄竅相通便れば便ち「陰陽相見」と叫び玄竅通ぜざれば便ち「陰陽相乖」と叫ぶ。見るべし雌雄牝牡の此の一層の外に除きて再び別の陰陽無し、此れ正に「楊公は老を養ひて雌雄を看る、天下の諸書は對して同ならず」の意思なり。

卷二・神功を奪ひ天命を改むるは必ず三針を兼用す

或問:周公作指南車必用正針,正無縫針,《玉髓經》子午論為有理。余謂為中針、針,皆為造葬之用,然則《玉髓經》非歟。《金彈子》云:大中針內乘生氣。是乘氣以用中針也。厲公云:先將子午定山崗,卻把中針細較量,更加三七與四八,莫與時師說短長。所謂三七二八又在中針之外,千古疑團從何下手。

人問ふ。周公の指南車を造るに用ゐたるは必定正針にして那の時は根本に縫針無し、故に《玉髓真經》は只正針の子午を論じて似有りて道理なり。可是れ汝は卻て中針・縫針は皆是れ造葬の時に用ゐるを要すと説く、則ち《玉髓真經》は豈に錯へるならんや。《金彈子》に曰く「大中針の内に生氣に乘る」と。見るべし氣に乘るは中針を用ゐるを要するを。厲伯韶の曰く「先ず子午を將りて山崗を定め、卻て中針を將りて細細に較量し、更加ふるに三七と四八とを以てし、時師と短長を説くこと莫れ」と。所謂三七・二八は又中針の外に在り。此の千古の疑團は究竟應に哪處より手を下すべきや。

答曰:正針不始於周公而始於黃帝。當其戰琢鹿之野,蟄尤作大露,士卒昏迷,黃帝乃作指南車以辨四方,遂克蟄尤。後至越裳來貢,歸路莫辨,周公仍從其制,皆為地理子午而設,此中針縫針所以不著於當日。文明漸啟,俯察之學必仰觀,然後知天地之關會、氣運之轉移,是知上古之縫針,然地理鏠針一其自不同,未可以昔日之無遂非今日之有。

回答に曰く、正針は並びに周公に始まらずして而も黃帝に始まる。當年黃帝は涿鹿の野に於て作戰して蚩尤は大霧を興して士卒は昏迷して方向を辨せず、黃帝は是に於て指南車を造出して來りて四方を辨別して終に蚩尤に戰勝せり。後來越裳國は前に來りて進貢して使者は回程に路を認得せず、周公は仍お黃帝の舊制に沿用して車を造りて相贈せり。此れ等は皆是れ地理上の子午を辨定するが為に設くるにして故に中針・縫針は當時に於て還た出現せず。文明漸開するに到りて地理を俯察するの學問は必ず天象を仰觀するに配合して而して後天地交會の關鍵・氣運推移の機理を知りて此れ乃ち縫針有りぬ。雖も上古已に類似の東西有りと説くも、但し地理上の縫針は其れと本自同ならず、從前無かりしを以て便ち今天の有る所を否定する能はず。

張子微著書自論《玉髓》,某形必某條,某物必下其穴,庸夫牧覽局為奇,孰知貽笑大方。考諸《天玉》《青囊》從無所說。厲伯韶因鷓鴣飛起處卜得佳穴,即號鷓鴣飛,以此命名,原非取象於此,則子微陋可知。子微論《玉髓》出自門人,故有指南車而抹殺縫針也。

張子微は自ら書を著して《玉髓真經》を講じて某種の形狀は必ず某の一條の法則に配し某種の物象は必ず某の一處の穴を點ずと説き、庸人と牧童とは看て新奇と覺るも誰か知らん正に行家に笑話せらるるを。《天玉經》《青囊經》を考究するに從來此の類の説法無し。厲伯韶の當年は鷓鴣の某處より飛起るを見るに因りて便ち彼處に於て佳穴を卜得して是に於て那の地を「鷓鴣飛」と叫作したるも不過是れ事に隨て命名するにして原は鳥の形象の上より義を取るにあらず。此に由りて見るべし張子微の淺陋を。張子微の論ずる所の《玉髓》は其の實は其の門人の手に出づ、故に乃ち只指南車を講じて一筆に縫針を抹殺するの説法有りぬ。

天之漸西有歲之漸東,旋轉同而東西不同。經所謂渾天寶鏡,金水日月逢皆子,是取之。是以鏠針又不可無中針。今徽州經有一層分一板,蓋以漸東漸西終古無定位,故設此盤便於轉移,尚不失古人之遺意。

天度は逐年漸漸に西に移り節氣は逐年漸漸に東に移りて二者の旋轉する方向は同じくして東西の偏差は同ならず。經書の上の所謂「渾天寶鏡、金水日月は逢へば皆子なり」は取る所は正に此の意思なり。故に縫針有れば又中針無かる可からず。如今徽州の出ずるの羅盤は一層を加ふる毎に一板を分かつは便ち東移西移は永に定位無きに因りて乃ち此の一盤を設けて以て隨時轉換するに便せしむ、此れは還た古人の遺意を失掉せずと算す。

其用針之法,既以子午定其山崗,即以中針縫針審其星緾節氣,然後以本龍之三七、本穴之二八再三禘視,觀其合有不合。合則天之吉氣交環,一山不合則上下不交,純陰不生長。不獨造葬之時以此定吉凶,即行至後龍亦可以此是禍福。如地氣決於啼鶻,天星鑑於盤水,皆以天道之變觀地氣之常。

針を用ゐるの方法は先ず正針の子午を用ゐて山岡の方位を定下して隨即中針・縫針を用ゐて星宿の纏度と節氣とを審察し、而して後本龍の三七分數・本穴の二八分數を拿りて再三審視して其等は合すや合せざるやを看る。合せば天上の吉氣は便ち交互環抱す。只要く一座の山の合せざる有れば上下の氣は便ち相交らずして純是れ一片の陰氣にして生長すること能はず。此不單に造葬の時候に於て用ゐて來りて吉凶を定むるのみならず、就中後龍遠處に推到するも亦此に據りて禍福を判斷することを得。譬へば古人は鶻鳥の啼聲を憑りて來りて地氣を判定し盤中の水の映照を憑りて來りて天星を査驗するは皆天道の變化より地氣の常態を觀察するなり。

此九天玄女之妙用,所以奪神功改天命,實有聖賢之前同歸至理。自魏孝文收葬書,唐一行倒裝五行,精地理者更詳天文,正以中針縫針開其端,久之而成絕學。耑用正針,已非立法之本意;至於縫針之法等於餼手,則楊曾廖賴之全能終古不著於天下矣。

此れ即ち九天玄女の妙用にして故に能く神功を奪ひ天命を改む、實に古聖先賢の講ずる所の至理と一轍に同歸す。北魏孝文帝の葬書を收繳し唐代の一行禪師が故意に五行を顛倒排布しより以來、地理に精する人は反って更加に天文を講究して正に中針・縫針より頭を開きて日子久しければ便ち絕學と成りぬ。只正針を用ゐるは已に法を立つの本意に合せず。若し縫針の法を以て有無足らざるの贈品と當りて随手に抛開せば則ち楊筠松・曾文遄・廖瑀・賴文俊の全副の本領は便ち永遠に天下に顯揚すること能はず。

天與地是一非一,是二非二。知其是一非一,故用正針之後必用中針縫針;知其是二非二,故用中針縫針之時即用正針。所謂中針乘氣者,天與地合則為生,不合則為死。《鐵彈子》云:地無精氣,以星光為精氣;地無吉凶,以星氣為吉凶。實為楊曾必旨,是以舉其端而竟不明其說。先賢見一名山,即預知其某元甲子中出,至此而天地始合。楊文敏公祀墳二百年始生文敏,前此天光未照也。宇宙大關會氣運為先,而氣運之轉移繫乎天星之照臨也。

天と地とは一個と説けば又完全に一個にあらず、兩個と説けば又完全に兩個にあらず。其れ「是一非一」なるを知れば故に正針を用ゐ過ぎて後必定還た中針・縫針を用ゐるを要す。其れ「是二非二」なるを知れば故に中針・縫針を用ゐるの同時に仍お正針を用ゐるを要す。所謂中針乘氣は即ち天と地とは相合せば便ち生氣にして合せざれば便ち死氣なり。《鐵彈子》に曰く「地に精氣無し、星光を以て精氣と為す。地に吉凶無し、星氣を以て吉凶と為す」と。此れ確確實に楊・曾の要旨なれど惜むらくは只話頭を提出し出して終竟道理を講明白せず。先賢は一座の名山を看れば便ち豫め其れ某の一元某の一甲子の中に於て人を出さんとするを知る、到れ彼の時天地の氣乃ち真に會合す。楊文敏公の家の祖墳は葬後二百年にして乃ち文敏公を生出す、彼の以前は是れ天光の未だ照到せざるなり。宇宙間の大關會は氣運を以て先と為して而も氣運の推移は又天星の照臨に係る。

此為兼用三針者知之,而耑用正針者不能知之也。然則地盤挨星是不足乎。非也。天地者一家之夫婦也,然水者一身之陰陽也。譬如閨中女子,其耳目必聰明,血氣必和平,然後可以迎祥集福;若其破旺沖生則陰陽不和,不待于歸早已知其發生百病矣。是以奪神功改天命須用三針,如果乘氣坐穴必先用正針為主。後之學者知天地有轉移而地運應之,則分天地為二亦可,合天地為一亦無不可也,其於三針兼用之理思過半矣。如其不然,亦唯迎生趨旺,以俟天地之自合而已。

此の一層は三針を兼用するの人乃ち懂得し、專ら正針を用ゐるの人は懂得せざらん。則ち地盤の挨星は便ち用ひ足らざるならんや。亦非ず。天と地とは譬へば一家の夫婦の如く、龍と水とは譬へば一身の陰陽の如し。譬へば閨中の女子は必ず耳目聰明・血氣和平して而して後乃ち祥を迎へ福を納るを談得上す。假如其れ本身は便ち旺を破り生を冲し陰陽調和せざれば未だ出嫁せざるに已に百病を生ぜんことを斷定するを得。故に神功を奪ひ天命を改めんと要せば必ず三針を兼用するを須とす。但し真に氣に乘り穴を坐するの時候に到れば仍お必ず正針を以て主と為すを須とす。後來の學者は只天地に推移有りて地運は之に隨て感應するを知らば則ち天地を分かちて兩截と作すも可なり天地を合して一體と作すも亦未だ嘗て可ならざるなり、三針を兼用するの道理に對して便ち領會の大半せり。如果此の一步を做到せざれば那れも亦只「生を迎へ旺に趨く」の四個の字を守住して靜に天地之氣の自ら會合するを等候するのみなり。

卷二・生死を論じて陰陽を論ぜず

或問:陰龍旺相、陽龍孤虛,《玉尺經》說也。後之論者謂乾坤辰戌龍俱發大福,歷觀古墳所在皆然,然則《玉尺》非歟。陰龍最貴者莫如真亥,《梅花院纂》云:亥無鱗甲不堪扦。豈真亥龍不足貴歟。

人問ふ。陰龍は旺相し陽龍は孤虛す、此れは《玉尺經》の説法なり。可是れ後來議論する人は乾・坤・辰・戌の四條の龍は皆能く大福を發すと説きて遍く各處の古墳を看れば亦確實に此の如し、則ち《玉尺經》は豈に錯へるならんや。再者陰龍の中に最も貴重は「真亥」に過ぎざるに而も《梅花院纂》は卻て説く「亥に鱗甲無ければ扦するに堪えず」と。豈に真亥の龍は反って看重するに値へざらんや。

答曰:天道有陽必有陰,人之道抑陰而扶陽。分陰分陽者,其體也;抑陰扶陽者,其用也。是以乙丑乙未納音之位在辛,而龍之生旺墓仍從庚;丁卯丁酉納音之位在丁,而龍之生旺墓仍從丙。律以呂為妻,則陰從陽也;地統乎天,母從乎父,是說也。

回答に曰く、天道に陽有れば便ち必ず陰有りて人道は則ち陰を抑えて陽を扶く。陰陽を分出すは本體を講ずるにして、陰を抑え陽を扶くは應用を講ず。故に乙丑・乙未の納音位次は雖も辛に在るも而も龍の生・旺・墓を論ずれば仍お庚より算を起し、丁卯・丁酉の納音位次は雖も丁に在るも而も龍の生・旺・墓を論ずれば仍お丙より算を起す。樂律は「呂」を以て「律」の妻と為すは那れ即ち陰は陽に從ふなり。地は天に統屬し母は父に從屬す、講ずる所は便ち此の道理なり。

金木水火土分旺於四時,並行而不悖,惟方位則各有旺相孤虛,則以卦畫論。乾卦六畫皆奇,其陽既極,故乾之甲王為孤,而非謂天地四時之甲王皆孤;坤卦六書皆偶,其陰既極,坤之癸乙為虗,而非謂天地四時之癸乙皆虗。一百二十分金必去其孤虗,只存丙庚丁辛旺相,不合四十八局,乃《銅涵經》之偽設,此以混四十八局之真,而非孤虗之實論。如果甲壬為孤、癸乙為虗,則是天地止有西南而無東北、有夏秋無春冬,有是理乎。

金・木・水・火・土は分別して四時に當旺して並行して相妨げず。只方位の上に於て乃ち各々旺・相・孤・虛の別有りて此れは要く卦畫に按じて論ずべし。乾卦の六畫は全是れ陽爻にして陽氣已に極まりて故に乾位の上の甲・壬は「孤」と叫作す、並びに天地四時の中に凡そ甲・壬は皆孤と説くにあらず。坤卦の六畫は全是れ陰爻にして陰氣已に極まりて故に坤位の上の癸・乙は「虛」と叫作す、並びに天地四時の中に凡そ癸・乙は皆虛と説くにあらず。一百二十分金は一定要して孤虛を去りて只留下丙・庚・丁・辛の四組を以て旺相と當る、此れは四十八局と對せずして乃ち《銅涵經》の僞造し出せるにして之を用ゐて來りて四十八局の真法を混淆す、並びに孤虛の真實の道理にあらず。假如甲・壬は真に皆孤ならば癸・乙は真に皆虛ならば、則ち天地は只西南有りて東北無く只夏秋有りて春冬無きに等し、豈に此の道理有らんや。

二十四位半屬陰、半屬陽,其數實相等,乃成其為天地。謬種偽傳以為反氣,故有取乎陰,不知候氣於黃泉既為陰之極,必求諸十二陰龍,揆之配偶之義則不均,揆之抑陰扶陽之理,則以陽為君子、陰為小人,踵謬承偽,不待智者而知之矣。發明楊曾之吉莫如《玉尺》,所以貴陽賤陰、三吉六秀者,孰卦氣而言之。其結句云:例難執乎納甲,法莫妙於變通。明以玄空為主,而陰陽故有終。餘洩天機之秘,收函石室,無非隱而不發也。未又云:造化關通,神文自見,俟其人耳。

二十四個の位次は一半は陰に屬し一半は陽に屬して數目は其の實相等しく此の如くして乃ち天地と配稱す。錯謬の僞傳は卻て之を以て反氣と當りて因りて陰の一面を偏取す。殊に知らず黄泉方に於て氣を候れば已に陰は極處に到れるに若し還た一味に十二條の陰龍の裏に於て找せんと要せば、配偶の道理に按じて講ずれば便ち均衡せず、抑陰扶陽の道理に按じて講ずれば則ち陽は君子にして陰は小人なり。此の如く謬を踵み僞を承ぐるは聰明人ならずとも亦看出すことを得ずや。楊・曾の説を闡發するは《玉尺經》より過ぎるは莫く、其れは陽を貴び陰を賤むを講じ三吉六秀を講じて皆卦氣に就て言ふなり。其れ結尾に曰く「例は難しく納甲に執るを、法は變通より妙なるは莫し」と。分明に玄空を以て主と為して而も陰陽の説は自から歸結有り。我は天機の秘を泄漏す、本に應に古人の如く石室の裏に封藏す、無非是れ隱して發せざるのみ。篇末に又曰く「造化は關通して神文は自ら見る」と。亦只是れ其の人を等待するのみなり。

審氣篇云:乾坤到頭雖發福,而終歸敗絕;辰戌兩龍入,縱利達而世受孤寒。時師因此遂謂四龍不可用,殊不知葬乘生氣,得生旺而富貴雙全,若衰沐病墓絕行龍,以上之格在所不取。蓋乾之乙亥乃是絕鄉,坤之丙申乃是病地,戌之庚戌乃是衰位,辰之丙辰壬辰乃是墓方,皆指六十龍言。舊注以為老亢四金不可,然則丁亥為臨官、甲申為長生、甲辰為冠帶、戊戌為養,亦將盡舉棄之。所謂臨胎冠養生旺位,不須更論陰陽,不幾大相刺謬乎。

《玉尺經・審氣篇》に曰く「乾坤は到頭して雖も發福するも而も終に敗絕に歸す。辰戌の兩龍入れば縱令利達するも世は孤寒を受く」と。當今の地師は此の話を看て便ち乾・坤・辰・戌の四條の龍は用ゐる可からずと説く。殊に知らず安葬は只求む生氣に乘るを。生旺を得れば便ち富貴雙全なり。若し走る所は衰・沐浴・病・墓・絕の龍なれば那の種の格局乃ち取らざる所に在り。原來乾山の下の乙亥は絕鄕にして坤山の下の丙申は病地にして戌山の下の庚戌は衰位にして辰山の下の丙辰・壬辰は墓方なり——説く所は皆六十龍なり。舊注は卻て以て「老亢の四金」は用ゐる可からずと為す。彼の樣に照らして説かば丁亥は臨官にして甲申は長生にして甲辰は冠帶にして戊戌は養にして豈に亦要く一併に丢掉せんや。經文は明説す「臨・胎・冠・養・生・旺の諸位は須く更に陰陽を論ずるを要せず」と、那れは豈に自相矛盾するや太も厲害ならざるや。

茲今時師矢口而談者,莫如真亥龍,然亥則不離乾壬也。《玉尺經》云:許通一路。癸亥乃水之臨官,已亥乃木之長生,是以許通一路也,方為楊曾之嫡泒。既無鱗甲,乃是正亥,縱有融結乃是病龍,所以到頭囚謝、入首衰微,雖發大福,故不堪扦。又云用心扦者何也。入首辛亥,坐西北向東南,易於沖生,難以立向,先賢所以審於扦寡龍也。經又云:巽地怕逢辰已,只愛單行。巽者辛已也,兼辰則兼已已,兼已則為癸已,龍居病絕皆所不取,此生旺休囚之說也。

如今の地師は口を開けば便ち談ずるは「真亥龍」に過ぎず、其の實亥は總じて乾と壬とを離れず。《玉尺經》の説く「一路を通ずるを許す」は、癸亥は水の臨官位にして己亥は木の長生位なり、故に只其等に此の一路を通行するを許す、此れ乃ち楊・曾の嫡傳なり。若し「鱗甲無し」と説かば那れは即ち正亥の一線にして縱令融結有るも亦是れ病龍なり、故に到頭囚謝し入首衰微して即ち一時大福を發するも終竟穴を扦するに堪えず。經文に又曰く「心を用ゐて扦す」とは何の意思なるや。入首若し辛亥龍なれば西北に坐して東南に朝して甚だ長生を冲犯し易く向を立て難し、先賢は正に此に因りて乃ち此の種の孤寡の龍を扦するに格外審愼なり。經文に又曰く「巽地は辰巳に逢ふを怕れ只單行を愛す」と。巽の指す所は辛巳なり。辰を兼ぬれば便ち己巳と成り巳を兼ぬれば便ち癸巳と成りて此の兩條の龍は皆病・絕の地に落つ、故に一概に取らず——此れは仍お生旺休囚の説なり。

即駁換之義亦明指納音。如壬駁癸、癸駁壬,乃是水駁水;丁駁丙、丙駁丁,乃是木駁木。以至壬為壬寅、甲為已卯、艮為戊寅,去水來山取用不同,何堪並至;惟庚酉辛則皆水土,乃可雙行。《天玉》云玄空為主,而重在不出卦,後人讀之多不能解,《玉尺·審氣篇》乃其確注也。

就中「駁換」の此の詞すらも亦明明に指す所は納音なり。譬へば壬は癸に換り癸は壬に換るは那れは水が水を換ふるなり。丁は丙に換り丙は丁に換るは那れは木が木を換ふるなり。至りて壬位の上は壬寅にして甲位の上は己卯にして艮位の上は戊寅にして其等の去水來山に對するの取用は各々相同ならず、怎ぞ能く並列して同用せんや。只庚・酉・辛の三位は同じく水土に屬して乃ち雙山並行するを得。《天玉經》は玄空を以て主と為すと説きて而も着重するは「卦を出でず」に在り、後人は讀みて大多數は能く理解せず、《玉尺經・審氣篇》は正に其れ最も確切の注解なり。

但丙屬木而云火氣相須,蓋隨俗以丙丁屬火尚隱而不發耳。《天機賦》云:年少蜚聲科第,必是水來寅甲。後又云:寅甲水來那堪瘋疾纏身。一篇之內自相矛盾,無非天機玄妙,必須分別五行生衰旺。後之學者思其何以矛盾,則知山山有生旺、山山有休囚,倘在病死墓絕之鄉,不獨陽不取而陰且必不嫌,又何貴陰賤陽之是哉。

只是れ丙は納音の上に本に木に屬するも《玉尺經》は卻て其れ火氣と相須すと説く、那れは世俗に隨順して仍お丙・丁を以て火と當るにして還お是れ隱して發せざるのみ。《天機賦》に曰く「年少にして科第に蜚聲するは必ず是れ水の寅甲に來るなり」と。後面に又曰く「寅甲の水來る、那ぞ堪えん瘋疾の身に纏はるるを」と。一篇の内に前後矛盾するは正に天機玄妙にして必ず五行の生・衰・旺を分辨するを須とすることを説明す。後來の學者は只其れ何の故に矛盾するかを想ひ一たび考へば便ち每一座の山に皆其の生旺有りて皆其の休囚有るを明白せん。倘若病・死・墓・絕の鄕に落ちば不單に陽龍は取る可からず陰龍も亦同じく躲れず、又哪裏に甚麼の陰を貴び陽を賤むを談得上せんや。

卷二・左右關の僞を論ず

左右關之說自古有之,如陽亥龍甲木、陰亥龍乙木,吳公《教子書》、劉賴《玉尺經注》莫不皆然。子獨言龍有甲庚丙壬而無乙辛丁癸,水有乙辛丁癸而無甲庚丙壬,豈前此之成書一切可廢乎,而子之臆見獨可信乎。

人有りて曰く、左關右關の説法は自古便ち有り、譬へば陽亥龍は甲木と算し陰亥龍は乙木と算し、吳公の《敎子書》・劉秉忠と賴文俊との《玉尺經注》は此の如く講ぜざる無し。汝は卻て單單に主張して龍は只甲・庚・丙・壬有りて乙・辛・丁・癸無く水は只乙・辛・丁・癸有りて甲・庚・丙・壬無しと。豈に從前の彼の現成の著作は統統作廢する可くして唯獨汝個人の臆見のみ乃ち可信ならんや。

答曰:此非餘之臆說,乃《玉尺經注》之說也。《玉尺》云:乙辛丁癸之婦,而配甲庚丙壬之夫。明以龍屬陽、水屬陰。又曰:左陽右陰分兩片,而陽順陰逆氣本一原。本一原者,木即甲木生、金即庚金。又陽龍左旋從生趨旺,陰龍右旋自旺朝生。自旺朝生者,自卯逆數至亥也。若以陰龍亥為乙木,則自午逆數至卯,仍是從生趨旺,奚言自旺朝生也。

回答に曰く、此れは我の臆説にあらずして正に《玉尺經注》の説法なり。《玉尺經》に曰く「乙辛丁癸の婦にして而も甲庚丙壬の夫に配す」と。分明に龍を以て陽に屬せしめ水を以て陰に屬せしむ。其れ又曰く「左陽右陰は兩片に分かちて而も陽順陰逆は氣は本一原なり」と。所謂本は一源に出づるは即ち木は即ち甲木の生にして金は即ち庚金の生なり。再者陽龍は左旋して是れ長生より帝旺に走向し、陰龍は右旋して是れ帝旺より回りて長生に朝す。所謂「旺自り生に朝す」は即ち卯位より逆數して亥位に到るなり。若し陰亥龍を以て乙木と當れば則ち要く午位より逆數して卯位に到るべく、那れは仍お生より旺に趨くにして哪裏に還た「自旺朝生」を談得上せんや。

審向篇云:四生三合是天機,雙山五行全秘訣。言五行在雙山之下,而三合以四生為主,實指甲庚丙壬。若有一龍則有一生,龍有八則生有八,胡為正言四者何也。雙山乃指二十四山之道,稱六十甲子設於雙山之下,而丑行始分,戌乾、亥壬皆為雙山,不止乾亥、甲卯、丁未也。

《玉尺經・審向篇》に曰く「四生三合は是れ天機にして雙山五行は全秘訣なり」と。此れは五行は雙山の下に安んじて而も三合は四長生を以て主と為すを説くにして實際指す所は正に甲・庚・丙・壬の四干なり。假如一條の龍有れば便ち一個の長生有りて龍八條有れば便ち八個の長生有るべし、經文は何の故に偏に只「四生」と説くや。所謂雙山は就中二十四山の排法に就て言ふにして六十甲子を雙山の下に安んじて丑位より起して乃ち分開くことを得。戌と乾・亥と壬とは皆雙山と算し並びに只乾亥・甲卯・丁未の此の幾組のみにあらず。

《天玉經》云:甲庚丙壬為四龍神,俱屬陽干行。不及陰干者,以其為水神也。人但知龍有陰陽,遂以乙辛丁癸亦為龍。故《雅》詩所言相其陰陽、觀其流泉,實地理之祖語。是以橫說豎說、分說合說,總不外陰陽合龍。有水而言,則龍屬陽而水屬陰;水之順行者亦謂之陽,龍之逆行者亦謂之陰。龍水之陰陽既相配,而陽龍取陰水、陰龍取陽水,無非孤陰不生、獨陽不長也,故雌雄必期於交會。

《天玉經》に曰く「甲庚丙壬は四龍神と為し俱に陽干行に屬す」と。其れ陰干を提げずは陰干は水神に屬するを以てなり。世人は只知道して龍に陰陽有りて便ち乙・辛・丁・癸をも亦龍と當る。《詩經・大雅・公劉》に曰く「其の陰陽を相し其の流泉を觀る」は實に是れ地理家の祖語なり。故に橫に説き豎に説き分かちて説き合はせて説くも總じて不外乎陰陽配合して龍を成す。若し水を連れて一緒に説かば則ち龍は陽に屬して水は陰に屬す。水の順行するも亦之を陽と叫作し龍の逆行するも亦之を陰と叫作す。龍と水との陰陽は既然に相配せば便要く陽龍は陰水を取り陰龍は陽水を取るを要す、無非是れ孤陰は生ぜず獨陽は長ぜざるに因りて故に雌雄は必ず其の交會を求めるを要す。

余初學堪輿,亦泥陽亥陰亥之說,歷觀古墳並無陰亥出戌乾,始悟其非。即今時師所習之《青囊》《玉尺》《天玉》而經文本的註釋,則以偽傳偽。後之學者能通解羅經,即當遍觀古墳名墓,用心揣摩其乘氣坐穴之法,皆可授古證今。至於汗牛充棟之書,即閉目不觀未為不可也。

我は初學の堪輿の時も亦陽亥・陰亥の説法に拘泥せり。遍く古墳を看て從來陰亥龍にして水口は戌・乾に出づるを見たる無し、此れ乃ち醒悟す那れは錯なりと。就中今日の地師の學ぶ所の《青囊經》《玉尺經》《天玉經》は經文本身は是れ對にして注释は卻て訛を以て訛を傳ふ。後來の學者は只能く羅盤を通解せば便ち應に遍く古墳名墓を看て其の中の氣に乘り穴を坐するの方法を心を用ゐて揣摩すべく、皆可なり古人を借りて來りて今日を印證すべし。至りて彼の山を堆積するが如きの書は便ち眼睛を閉じて看ざるも亦未だ嘗て可ならざるなり。

卷二・訣を得て歸り來りて書を看るに好し

或問曰:閉戶造車,輪出門合轍跡,天下之道路固無不同;至於山水之融結處處奇,安能執古人之成格而謂某水口必係某龍、某龍必係某向。山水有靈,未必盡合撤於楊曾也。汗牛充棟之書千古相傳,而子無師承,恐是承偽踵謬語。孰是熟非,安得起楊曾而問之。

人問ふ。門を關して來りて車を造り造り成して門を推出して正好く轍に合すは那れは天下の道路は本來一樣なるに因る。至りて山水の融結は卻て處處新奇にして怎ぞ能く古人の成格を執定して某の水口は必定某の條の龍に配し某の條の龍は必定某の個の向に配すと説かんや。山水に靈有りて未必皆楊・曾の車轍に合得上せず。何况山を堆積するが如きの書は千古相傳して汝は卻て師承無し、恐怕正に是れ錯謬を承襲せん。此れ等の話は到底誰が對にして誰が非なるや、又怎ぞ能く楊・曾を請じ回りて當面に彼に問はんや。

答曰:太古之初有師有承,聖人之所師者天地而已。當其仰觀俯察,見其天之道如此,則聞其說為天文,是千歲之日至可坐而致;是乎地之道如此,則闡其說為地理,是量山萬水百里江山一向間。蓋木旺於東,必胎養於西;金旺西,必胎養於東;火旺南,必胎養於北;水旺於北,必胎養於南。旺於偶然即為天地之變,楊曾心法用其常不用其變,乃人聽命於天地,非天地聽命於人也。

回答に曰く、太古の初も亦師有り承有りて聖人の師法する所は不過是れ天地のみなり。彼等は天象を仰觀し地理を俯察して看出す天道此の如しと、便ち此の套の説法を天文と稱呼して是に於て千年以後の冬至日も亦坐して推算し出すことを得。看出す地道此の如しと、便ち此の套の説法を闡發して地理と為して是に於て千山萬水・百里江山を丈量して皆一個の向の裏に收む。木は東方に旺すれば便ち必定西方に胎養し、金は西方に旺すれば便ち必定東方に胎養し、火は南方に旺すれば便ち必定北方に胎養し、水は北方に旺すれば便ち必定南方に胎養す。偶然別處に旺するは那れは天地の變例にして楊・曾の心法は只其の常規を用ゐて其の變例を用ゐず、人は要く天地に聽命して天地は人に聽命するにあらざるを以てなり。

余幼時不信風水,藏書雖富總不寓目。自乙已冬,有祖墳傍穴老母所分得,而伯姆爭之,餘跪地哀勸,懇其義讓老母,只得強從,而終不說離亂。之後每語及讓塚,不勝嗚咽,餘自是有私心焉。歷觀祖墳聚散向背之間確有私意,心自惴是或一道也。乃遍延術士,不惜金錢,不憚跋涉,言之登山不能辨穴,陰陽有無問之羅經,不明線路挨加,不知為物。於是搜討群書,日夜不遑,思維求得其說,奈此是彼非,漫無頭緒,常廢書而嘆。念及老母,憂從中來,則又挽首卒讀,一知半解,按圖索駟又無一驗,蓋夙興夜寐反側於斯者十餘年。

我は小時候は並びに風水を信ぜず、家中の藏書は雖も多しと從來之を看に去らず。乙巳年の冬より自りて祖墳の旁邊に一個の穴位有りて是れ家母の分得する所にして伯母は卻て來りて爭奪す。我は地に跪きて苦苦に勸説して彼女に情理に按じて家母に讓與せんことを懇求せば彼女は乃ち勉强に答應すれども心裏は終竟罷休を肯ぜず。此後墳を讓るの此の件事を説き起す毎に家母は總じて嗚咽を忍ぶこと能はず、我は從此便ち一點の心事を存せり。我は一一祖墳の氣脈の聚散・山水の向背を察看して其の中に確實に講究有ると覺えて暗自に揣度す此れ大概真に一門の學問ならんと。是に於て到處に術士を延請して錢財を吝惜せず奔波勞頓を怕れず。彼等を請して山に上らしむるも卻て穴の哪裏に在るかを分辨出來せず。彼等に陰陽の有無を問へば只會して羅盤を拿りて看看するのみにして線路の挨加は全然明ならず、連れ是れ甚麼の東西なるかすらも説き上る能はず。是に於て我自己に群書を搜羅して日夜停まらず思索して道理を求め出さんと想ふも無奈何此の家は是と説き那の家は非と説きて漫として頭緒無し、常常に書を丢開して長嘆す。一想ひ到りて家母に就けば憂愁は便ち心裏より湧上りて來りて只好く又頭を低れて讀み下る。一知半解にして圖に按じて驥を索むるも卻て一條も應驗無し。此の如く早く起き晚く睡り輾轉反側して十幾年なり。

憶崇禎庚午年間,有朱家瑗者登文質祖墳言福澤,既暫其後果驗,駭以為神,亟往審視。內出戌乾,外出未坤,而坐甲向庚兼卯酉,龍則火木相間,八節乃變甲寅數,其家世蔭七代,至八代而敗絕。餘豁然大悟,始信乎諸書皆妄,而破旺沖生不外乎六十龍、言七十二龍。執此以驗古墳,在在皆然。歸取《天玉》《青囊》《行程記》《紅囊經》讀之,如醉方醒,如夢初覺。得訣歸來好看書,是即余之師承也。雖不自附聞知之,而心疲力竭,爰取諸書而觀之,註釋盡為改正,豈敢故為好辨哉,亦為使天下仁人孝子皆避火坑而已。

記得す崇禎庚午年間に朱家瑗と叫ぶ一個の人有りて文質家の祖墳に登上りて他家の福澤を豫言して過ぐること不久に果然應驗して衆人は驚駭して以て神と為せり。我は趕緊に前去して審看す。那の地は内水口は戌・乾に出でて外水口は未・坤に出でて甲に坐し庚に向ひて卯酉を兼ね、來龍は火木相間して第八節に到りて乃ち甲寅の數に變ず——他家は世代に七代の蔭を受けて第八代に到れば便ち敗絕す。我は此れ乃ち豁然大悟して始めて相信す各家の書は皆妄説にして而も破旺冲生の此の件事は不外六十龍と七十二龍なりと。此の法則を拿りて去りて古墳を驗せば處處皆對得上す。家に歸りて《天玉經》《青囊經》《行程記》《紅囊經》を取りて來りて讀めば真に醉後の初醒・夢中の乍覺の如し。「訣を得て歸り來りて書を看るに好し」、此れ即ち我の師承なり。我は雖も敢へて聞きて之を知るの人に自比せざるも亦心力を耗盡し盡くせり。是に於て各家の書を取りて來りて看て注釋を一一改正す、哪裏に是れ意有りて辯を好まんや、亦不過是れ天下の仁人孝子をして皆火坑を避開せしめんと要するのみなり。

天機貫旨紅囊經卷之三(宜豊李三素著)

卷三・龍穴砂水釋名總説

堪輿之說,概而言之,不過龍穴砂水四法而已。然言龍則有祖宗、父母、枝幹、主從、退卸、博換、過峽、穿田等法;言穴則有穴星、穴形、穴情、太極圓暈、羅文土宿等法;言砂則有前朝、後坐、左龍、右虎、官鬼、禽星、曜、捍門、華表等法;言水則有來源、水口、水城、明堂等法。使不一一釋明於前,則不特不能入道,且不解讀古人之書矣。

堪輿の此の門の學問は大略説き來れば不過龍・穴・砂・水の四法のみなり。但し龍を講ぜば便ち祖宗山・父母山・枝龍干龍・主山從山・退卸・剝換・過峽・穿田の等等の名目有り。穴を講ぜば便ち穴星・穴形・穴情・太極圓暈・羅文土宿の等等の名目有り。砂を講ぜば便ち前朝・後坐・左青龍・右白虎・官星鬼星・禽星・曜氣・捍門・華表の等等の名目有り。水を講ぜば便ち來源・水口・水城・明堂の等等の名目有り。假如前面に於て一一解釋清楚せざれば則ち不單に門に入ることを得ざるのみならず而且連れ古人の書すらも讀懂すること能はず。

餘於龍則括之以星辰、枝幹、形格、化氣四種;於穴法則括之以正形正象、奇形怪穴二種;於葬法則括之以正葬、開鑿堆培二種;於砂法則括之以結作砂、用砂、秀砂三種;於水法則括之以配龍水、明堂、水城三種。四法各為專部,並不目力議論,俱取古仙最精最妙真如寶見之說,疏明於下,使人由此而了明山川之真性情、真結作。其人久久得悟,自難豁然於心、瞭然於目,覓然求穴探囊取物,始信地理果有一真道也。

我は龍を講ずるに星辰・枝干・形格・化氣の四類を用ゐて概括し、穴法を講ずるに正形正象・奇形怪穴の兩類を用ゐて概括し、葬法を講ずるに正葬・開鑿堆培の兩類を用ゐて概括し、砂法を講ずるに結作砂・用砂・秀砂の三類を用ゐて概括し、水法を講ずるに配龍之水・明堂・水城の三類を用ゐて概括す。四法は各々專門一部を成して並びに眼力を憑りて空しく議論を發せず、全て皆古代仙師の最精最妙にして真に親しく珍寶を見るが一般の説法を采取して逐條疏解して下面に在りて人をして此に由りて山川の真實の性情と真實の結作とを明了せしむ。學者は久久に領悟有れば縱令一時は豁然と心に於て了然と目に於てし難くも後來に到りて穴を尋ぬれば便ち囊中を探して物を取るが如く、此れ乃ち相信す地理は果然に一條の真正の道路有りと。

卷三・羅經を論ずるの説

地理而不可解者,莫如《天玉經》。予獨擯斥諸書,侈談《天玉》,得毋近於隱怪乎。《天玉》楊曾之心法,其詞秘之而不宣,則楊曾之不得已也。帝王之興自有天命,是以金陵兩鳳交翅地,吳公曾為宋朝指而不能為宋朝下,明熙祖始下之。宋以前帝王不知此義,天文地理之禁甚嚴,楊公注《天玉經》不得不隱其詞。

地理書の中に最も索解し難きは《天玉經》に過ぐるは莫し。我は偏偏として各家の書を排斥して大に《天玉》を講ずるは是れ故に玄虛を弄するに近きや否や。《天玉經》は楊・曾の心法にして其の文辭は秘して宣せざるは那れは楊・曾の不得已に出づるなり。帝王の興起は自から天命有り、故に金陵の那の塊の「兩鳳交翅」の大地は吳公は曾て宋朝の為に指點し出せども能く宋朝の為に葬り下ること能はず、明朝熙祖に到りて乃ち彼處に葬せり。宋以前の帝王は此の道理を明白せずして天文地理の學を禁ずるや極めて嚴にして楊公の《天玉經》を注する時は得已ずして話を説くや隱晦ならしめざるを得ざりき。

迄宋而禁稍弛,朱蔡二公作《天表解》,即指明六十十龍,耑專以納音為主。納音者,後天之河圖也。有河圖即有五方,有五方即有五音,有五音即有六律,有六律即有六十甲子。東木西金南火北水中土,河圖之方位而為納音之祖,河圖見納音原始,故曰老五行。其金中有木、木中有金、水中有火、火中有水,即所謂識得五行顛倒顛,便是大羅仙。其同類娶妻隔八相生,取諸陰陽消長,即所謂乾遇巽兮觀月屈,地逢雷處見天根。聖人測天之時、候地之氣,胥是為準,是以審龍乘氣則首重乎分六十,而坐穴則用七十二。

宋代に到りて禁令稍稍鬆弛して朱熹・蔡元定の二公は《天表解》を作して便ち六十龍を指明して專ら納音を以て主と為せり。所謂納音は即ち后天の《河圖》なり。《河圖》有れば便ち五方有り、五方有れば便ち五音有り、五音有れば便ち六律有り、六律有れば便ち六十甲子有り。東木・西金・南火・北水・中土は是れ《河圖》の方位にして亦納音の祖源なり。《河圖》より以て納音の起源を見る可し、故に又「老五行」と叫ぶ。其れ金の中に木有り木の中に金有り水の中に火有り火の中に水有りて正に所謂「五行の顛倒顛を識得せば便ち是れ大羅仙」なり。其れ同類は妻を娶り隔八相生して取る所は陰陽消長の義にして即ち「乾は巽に遇ひて兮月窟を觀、地は雷に逢ふ處に天根を見る」なり。聖人は天時を測し地氣を候るに皆此を以て準と為す。故に龍を審し氣に乘るは首に「平分六十龍」を重んじて而も坐穴は則ち七十二龍を用ゐるを要す。

《天玉》之挨星即花甲也,《天玉》之玄空即四局也,《天玉》之本卦即震兌坎離也,《天玉》之聯珠即三盤同歸一卦也,《天玉》之零神正神即三七二八也,《天玉》之雙山雙向即四十八局也,《天玉》之三卦二父母即從生趨旺、自旺朝生也,《天玉》之共路兩神為夫婦,即乙丙交而趨戌、辛壬會而趨辰、斗牛納丁庚之氣、金羊收癸甲炎靈也。此今刻本始於大全,不識挨星為何物也。興國有舊註名拆骨體,亦在疑似之間。餘反覆尋繹不啻二十年始悟為羅經解,凡《青囊》《玉尺》彈子書及前賢歌訣,無非發明《天玉》之旨,則《天玉》實為大宗,而諸書皆為餘緒,餘之所以廢群言而獨尊《天玉》也。

《天玉經》の所謂「挨星」は即ち六十花甲なり。所謂「玄空」は即ち水火木金の四局なり。所謂「本卦」は即ち震・兌・坎・離なり。所謂「聯珠」は即ち穿山・透地・坐穴の三盤は一卦に同歸す。所謂「零神正神」は即ち三七・二八の兩種の分數なり。所謂「雙山雙向」は即ち四十八局なり。所謂「三卦二父母」は即ち生より旺に趨き旺自り生に朝す。所謂「共路の兩神は夫婦と為る」は即ち「乙丙は交りて戌に趨き、辛壬は會して辰に趨き、斗牛は丁庚の氣を納し、金羊は癸甲の靈を收す」なり。如今通行の刻本は《地理大全》より來りて根本に挨星は甚麼の東西なるかを知らず。興國に別に一種の舊注有りて名を「拆骨體」と曰ひて亦似是而非の間に在り。我は反覆尋繹して二十年を下らずして乃ち悟出す其れ其の實は一部の羅盤の解説なりと。凡そ《青囊經》《玉尺經》・金彈子鐵彈子の一類の書および前賢の歌訣は無非皆《天玉經》の宗旨を闡發するに在りて、見るべし《天玉經》は實に大宗と為して其の餘の各書は皆其の餘緒なり、此れ即ち我の衆説を抛開して獨り《天玉》を尊ぶの緣故なり。

卷三・羅經禍福辨

或問:精於巒頭自合理氣,則知巒頭可以不必知理氣,羅經之設不贅瘤乎。答曰:巒頭猶人之肢體也,理氣則其脈息也。人固有一望而可知者,若其外貎可觀,而終身不能逆料,必胗其脈息始知;羅經審其脈息。歷觀古垣局,非不精奇,當貴不能驟至,而後龍出卦,終歸敗絕,此則天地自然之缺陷,定於羅經。如黃編修本出八代公卿,而一代不保;劉漢四世祖地本出屢世王侯,而兄弟做賊,皆由向背一差,反福為禍。然則全龍全穴而作用之妙尤有待於羅經。但知巒頭不知理氣,不惟後代禍福不能審擇,即現在之真龍正穴,或貪朝對,或嫌去水,必至破旺沖生,反福為禍,此羅經不可須臾離也。

人問ふ。巒頭形勢に精通すれば自然に理氣に合す、見るべし巒頭を懂れば便ち理氣を懂るを必とせず、則ち羅盤の設置は豈に是れ多餘の瘤子ならざるや。回答に曰く、巒頭は譬へば人の四肢軀體の如く理氣は譬へば人の脈息の如し。人は固然に一眼で其の好壞を看出す能く者有るも、若し外貌は觀る可くして一生の禍福は豫料する所無ければ便ち必ず其の脈息を診して乃ち知るを要す。羅盤は正に此の脈息を審察するに用ゐるなり。遍く古人の垣局を看れば形勢は精奇ならざるに非ざるも、可是れ富貴は遲遲として來らず而且後龍は卦を出でて終に敗絕に歸す——此れは天地自然の缺陷にして只靠く羅盤にて定め出すことを得。譬へば黃編修の家は本に應に八代の公卿を出ずべきに卻て一代すらも保得住せず、劉漢の家の四世祖の地は本に應に累世の王侯を出ずべきに卻て兄弟は盜賊と做れり、皆是れ向背の差たるや一點にして反って福を變じて禍と為せるに因る。見るべし即ち龍全く穴全くとも作用の妙處は仍お羅盤を靠るを要す。只巒頭を懂りて理氣を懂らざれば不單に後代の禍福は審擇する所無く、就中眼前の真龍正穴は或は朝案相對を貪圖し或は去水方位を嫌忌して亦必定破旺冲生に弄到して反って福を禍と為さん。故に羅盤は一刻も離れるを得ず。

要其所謂作用者,不過順其自然,正其差謬,而初非有矯揉。是以楊曾心法不須易地改穴,而分金一轉即能為人造福。古今避理氣者,或以巒頭為人、理氣為星命,已屬可笑;即以巒頭為體、理氣為用,猶岐而二之。其實太極未分先有是理,所難者一訣千金,妙處不傳,遂成千古疑團,夢中說夢。

根に歸り底に到れば所謂「作用」は不過是れ山水の自然に順て其の偏差を糾正するにして本來并びに甚麼の造作扭捏有らず。故に楊・曾の心法は地方を換へ穴を改むるを必とせず、只分金を一轉せば便ち人の為に福を造ることを得。古今の理氣を躲避する人は或は説く巒頭は譬へば人にして理氣は譬へば星命の如しと、此れ已に甚だ可笑なり。就中巒頭は體にして理氣は用なりと説くも亦還お其等を分かちて兩截と為す。其の實は太極未だ分かれざるの前に先有りて此の理有り。難處は只在りて一句の口訣は千金に値して最妙の地方は肯じて傳授せず、是に於て千古の疑團と成りて人人皆夢裏に於て夢を説くなり。

經勘破即不登山,而一觀水口能知其龍向,但言山向而可定其吉凶,以其有一定之理也。巒頭則千變萬化,不可名狀,自非踏皮鐵鞋揣摩有素,雖父不能以傳子。今之時師不知理氣,輒以巒頭自負,彼豈知巒頭之難言有十倍於理氣者乎。今而後有以巒頭為難知者,吾則與之言理氣矣。

此の層の道理は一旦勘破せば即ち山に上らずとも只水口を一眼看れば便ち其の龍と向とを知ることを得。只要く山向を説き出せば便ち其の吉凶を斷定することを得、其の中に一定不移の道理有るを以てなり。至りて巒頭は則ち千變萬化して名狀する所無し、若し鐵鞋を踏破し長年に揣摩素養有るに非ざれば即ち父も亦子に傳へ給ふこと能はず。如今の地師は理氣を懂らずして動もすれば巒頭に精通すを以て自負し、彼は哪裏に知らん巒頭の難説は理氣に比して還お十倍難上るを。今後若し人の巒頭は懂り難しと認る者有れば我は倒れて其れと理氣を談ずるを願ふ。

卷三・山に登りて羅經を用ゐず

或問:巒頭理氣千古聚訟,以子作《天機貫旨》專言理氣。考之經云:何處山頭無子午,登山不用開羅經。然則前賢之說非歟。答曰:惟得訣之人實有是事,非時師所得藉口也。凡生成之龍必有生成之穴,放棺之所果能認定來脈,則挨左挨右原不可差毫釐;其龍虎朝應非此不登對,其砂水明堂非此必有走竄,然後用羅經格之,理氣自合,所謂不用羅經者一也。入山尋水口,而格地之方位坐向皆可逆料,登龍格之巒頭自合,所謂登山不用羅經者二也。

人問ふ。巒頭と理氣とは千古爭論して休まず、而も汝は《天機貫旨》を作して專ら理氣を講ず。可是れ經書の上に曰く「何處の山頭に子午無からん、山に登りて羅經を開くを用ゐず」と。則ち前賢の話は豈に錯へるならんや。回答に曰く、只真正に訣を得たるの人乃ち確實に此の囘の事有りて、當今の地師の拿りて來りて擋箭牌と當る可きにあらず。凡そ天生自然に結成したるの龍は必定天生自然の穴有り。棺を放つ地方は若し真に來脈を認准すること能くば則ち左に挨り右に挨るは原本半分の差を容れず。龍虎と朝案とは此の如く擺らざれば配上するを得ず。砂水と明堂とは此の如く收めざれば必有りて走漏せん。用ゐる羅盤を以て去りて格量するに到れば理氣は自然に相合す——此れは「羅盤を用ゐず」の第一層の意思なり。山に進み入りて先ず水口を找せば全地の方位坐向は皆可なり豫め料定す。再び龍身に登上りて格量すれば巒頭は自然に相合す——此れは「山に登りて羅盤を用ゐず」の第二層の意思なり。

朱子云:天以陰陽之行化生萬物,氣以成形而理以賦焉。理者一定之理,氣者一定之氣,形則無一定之形。然形雖千變萬化,而終不能出此一方之外,則亦未嘗無一定之理。一定之氣合於一定之理、一定之氣則為生氣,不合於一定之氣、一定之理則為死氣。得訣之人羅經爛熟於胸中,是以真龍正穴有不用開羅經之時,正所謂巒頭之外別無理氣。餘仰止不知羅經,乃藉此言以闢理氣,謬矣。

朱熹の曰く、上天は陰陽五行を以て萬物を化生し氣は凝聚して形を成せば理も亦便ち其の中に賦與す。理は一定不移の理にして氣は一定不移の氣にして形は卻て一定の形無し。然るに形は雖も千變萬化するも終究此の一方の外を跳出すべからず、故に其の中も亦未だ嘗て一定の理無きにあらず。一定の氣は一定の理に合せば那れは便ち生氣なり。一定の氣と一定の理とに合せざれば那れは便ち死氣なり。訣を得たる人は早く羅盤を胸中に爛熟せり、故に真龍正穴に碰上る時乃ち羅盤を開くを必とせざるの時候有り、此れ正に所謂「巒頭の外に別に理氣無し」なり。余仰止は本來羅盤を懂らざるに卻て此の句の話を借りて來りて理氣を排斥す、則ち大に錯へりぬ。

卷三・望氣論

望氣者,望山川所升之氣以辨其龍之結作也。太祖之上,於夏秋之交、雨霧之後、丑寅之時必有升之氣,宜於此時望之。氣之發從山顛直起沖上,下小上大如傘,此為真氣;若橫于山腰者,乃云露之氣,非真氣之發也。氣清奇者貴,肥濁者富,端正者出文,偏斜者出武。要赤為上,青白黑次之,其詳《天機素書》。

所謂望氣は即ち山川の升起する所の氣を望みて以て此の條の龍は真有りて結作するか否かを辨別す。太祖山の上に於て夏秋の交替の際・雨霧の初收の後・丑寅の兩個の時辰に逢ふ毎に必定氣の上升する有り、應に此の時候に趁りて去りて望むべし。氣は發出し來れば山頂より直に冲りて上りて下小上大にして一把の傘の如きは此れ是真氣なり。若し只是れ山腰に橫はるなれば那れは雲霧露水の氣にして真氣の發出にあらず。氣の淸奇なるは貴を主とし肥濁なるは富を主とし端正なるは文人を出し偏斜なるは武將を出す。顏色は赤色を以て上と為し青・白・黑は之に次ぐ。詳細の説法は《天機素書》に見る。

卷三・水を認りて向を立つの論

或問:《玉尺經·審向篇》耑言卦氣,而審向之重惟在認水立向,穴與向豈有方歟。秀水則曰當趨,休囚則曰當避則避,豈六秀亦有不當趨、休囚亦有不當避者歟。答曰:五行各有所屬,生旺休囚不同,若從拘卦氣,則所謂生者非真生,旺者非真旺,休囚非真休囚,不過如時師所傳六秀黃泉之類耳。《審向篇》云:其訣則全在認水立向。如卯龍坤水朝立木向,則化官為鬼;午龍乾水朝立水向,則化煞生權,此認來水之訣。又如水出巽口,向丁未為沖生,改未丁則巽在絕地;水流坤口,向申庚為破旺,改坤申則坤在衰方,此認去水立訣也。

人問ふ。《玉尺經・審向篇》は專ら卦氣を講じて而も向を審するの關鍵は只「水を認りて向を立つ」に在り、穴と向とは豈に別に一定の方位有らんや。秀美の水に就れば便ち趨くべしと説き、休囚の水に就れば便ち避くべしと説く、豈に六秀の中にも亦趨ぐべからざる有りて休囚の中にも亦避くべからざる有らんや。回答に曰く、五行は各々其の屬する所有りて生旺休囚は各々相同ならず。若し卦氣に拘泥せば則ち所謂生は真の生にあらず所謂旺は真の旺にあらず所謂休囚も亦非ざる真の休囚なり、不過是れ今日の地師の傳ふるの六秀・黄泉の那一套の如くのみ。《審向篇》に曰く、此の套の口訣は全く水を認りて向を立つに在り。譬へば卯龍にして坤方より水來りて堂に朝せば若し木向を立てば便ち官星を變じて鬼星と成し、午龍にして乾方より水來りて堂に朝せば若し水向を立てば便ち煞氣を化して權柄と成す——此れは來水を認るの口訣なり。又譬へば水は巽方より口を出でば丁未向を立てば便ち生を冲すと成りて未丁向に改立せば則ち巽方は正に絕地に落つ。水は坤方より口を出でば申庚向を立てば便ち旺を破ると成りて坤申向に改立せば則ち坤方は正に衰方に落つ——此れは去水を認りて向を立つの口訣なり。

龍與水如夫與婦,有是夫有是婦,有是龍水必有是向,故當以龍為主。惟六十龍秘而不傳,先以教人以認水立向。已不能認龍,又不能認水,而徒求之六秀三合。六秀者多不合生旺,合生旺者反為八煞黃泉,此六秀所以有不宜趨,休囚所以有不宜避也。

龍と水との關係は譬へば夫と婦との如し。此の如きの丈夫有りて乃ち此の如きの妻子有り、此の如きの龍と水と有れば便ち必定此の如きの向有り、故に應に龍を以て主と為すべし。只因るに六十龍の法門は秘して傳へざれば前人は乃ち先ず人を敎へて水を認りて向を立つより手を入れしめたり。如今の人は既不能く龍を認る能はず又水を認る能はず、只一味に六秀・三合の上に到りて求む。六秀方は多半は並びに生旺に合せずして而も真正に生旺に合する方位は反って八煞黄泉と指せらる——此れ即ち六秀の中に趨ぐべからざる有り休囚の中に避くべからざる有るの緣故なり。

《天機賦》云:生與旺而同歸,人共財而咸吉;更從六秀方來,定擬滿門朱紫。明生旺為主而六秀次之。又云:六秀如逢曜氣,定出強梁之輩。此則病死墓絕之方終為不吉。後之學者從穿山透地坐穴認取五行為主,則信手拈來,頭頭是道,即先賢之認水立向且落第二義,而六秀黃泉之非又不待言矣。

《天機賦》に曰く「生と旺とと同歸すれば人は財と共に咸く吉なり。更に六秀方より來れば定めて滿門の朱紫と擬す」と。此れ分明に生旺を以て主と為して六秀を以て次と為す。其れ又曰く「六秀は如し曜氣に逢はば定めて强梁の輩を出さん」と。見るべし病・死・墓・絕の方に落つるの水は終究吉ならず。後來の學者は只要く穿山・透地・坐穴の上より五行を認取して主と為せば便ち信手に拈來して頭頭是道なり。就中先賢の講ずる所の水を認りて向を立つすらも退居して第二義と為りて至りて六秀・黄泉の説の錯誤は那れ更に多説するを須とせず。

卷三・水を嘗むるの辨

水味可以知地脈之美惡,故有嘗水之法。平陽平崗不出澗水,須嘗其井水;高山則嘗其溪澗,須於多晴後嘗之。老山之中難以登臨,須逐澗嘗其水,其水香甜則此上有好穴,若水淡無味,其中不結穴也。凡水以香為貴,甜為富厚人丁;若甜而帶辣則出武貴,若味帶酸苦皆為不吉之所也。又水喜清忌濁,冬宜溫、夏宜冷為妙,論詳於後。昔吳公嘗朱子祖地有翰墨香,為朱氏扦此地,斷曰:當出一賢人,聰明如孔子。

水の味道は地脈の好壞を判斷する可し、故に水を嘗むるの此の一法有り。平原平岡の地は山澗水を流出し得ざれば便要く彼處の井水を嘗むべし。高山は則ち溪澗の水を嘗み而且連日晴天の後に於て去りて嘗むを要す。深山老林は登臨し難ければ便ち一條一條の山澗に沿りて逐一に水を嘗む。水味の香甜なれば上面に好穴有るを説明す。若水は淡にして味無ければ彼處は穴を結せず。大凡水は香を以て貴と為し甜ければ則ち富厚にして人丁旺を主とす。若し甜の中に辣を帶ぶれば主として武貴を出さん。若し味道は酸を發し苦を發すれば皆是れ不吉の地なり。此の外水は淸を以て喜びと為し濁を以て忌みと為し、冬は摸すれば溫にして夏は摸すれば冷たきは最も妙なり、詳細の議論は後文に見る。從前吳公は朱熹の祖墳の地の水を嘗めて一股の翰墨淸香有るを覺えて便ち朱家の為に此の塊の地を扦して斷言して曰く、此地は應に一位の賢人を出し聰明は孔子に比すべしと。

卷三・福を求むるは即ち大孝なり

或問:葬者藏也,期安其祖父,故程子五患皆為祖父起見,今必富貴之利祿誘其子孫,是安親之念不勝其求福之念也,忘親僥倖皆從此起,古之孝子慈孫果有是歟。答曰:不孝有三,無後為大,是子孫之有無關係祖父也。推之而事君不忠、範官不敬、戰陣無勇皆為不孝,使吾之子孫暫然繁衍,而上能致君、下可澤民,獨非孝乎。

人問ふ。葬は即ち藏にして目的は祖先をして安穩せしむるに在り、故に程頤の講ずる「五患」は皆是れ祖先の為に着想す。如今は卻て富貴利祿を拿りて去りて人家の子孫を引誘す、此れは親を安んずるの念頭は福を求むるの念頭に壓過せず、先人を忘掉し僥倖を心存するは皆此處より開始す。古代の孝子慈孫は豈に此の如くせんや。回答に曰く、不孝に三種有りて後代無きは最大にして見るべし子孫の有無は正に祖先に關係するを。此より推開して去れば君主に事ふるに忠ならず・官に居りて敬ならず・陣に臨みて勇ならずも亦皆不孝と算す。假如我の子孫は暫時繁衍を得以て而且上は能く君主を輔佐し下は能く百姓に福を造らば豈に此れ便ち孝にあらざらんや。

今葬法不審而破旺沖生,禍不旋踵,貽祖父之辱莫大於此。五患之說,程子猶洩之耳。古人所重固在積德於冥冥之中,然積德之外又能安其祖父以安其子孫,尤為大孝。若謂妄想僥倖皆從此起,然則學也祿在其中,是教人千祿也;以德行仁者王,是教人圖王也。充類至義之盡,無一可為,又不止風水而已也。

如今の葬法は審察を加へずして弄成して旺を破り生を冲せば禍事は眼を轉ずれば便ち到りて祖先に招來する羞辱は此れより大なる無し。程子の五患を講ずるは還た只話を說き了るや大概のみなり。古人の重んずる所は固然に冥冥の中に於て德を積むに在るも、但し德を積むの外に還た能く祖先を安頓して從りて子孫を安頓せば則ち更に是れ大孝なり。若し妄想僥倖は皆福を求むるより起ると説かば則ち孔子の説く「學べば祿は其の中に在り」は豈に人を敎へて祿を求めしむるにあらざるや。孟子の説く「德を以て仁を行へば王たり」は豈に人を敎へて王を圖らしむるにあらざるや。此の種の推論を極處に推せば則ち甚麼の事も皆做る能はざるに成りて又何ぞ止まらん風水の一項のみにあらずや。

卷三・秘訣辨

有種地師並不開口講論巒頭理氣,有人詢之則曰:我有秘訣在。夫曰秘訣,是不可輕與人言之物也;不可輕言,則人問可不必對,又另一家之妙也。又另一家則古書不必通,只此二字可以省酧酢、廢誦讀,而又勝於讀盡諸書而始堪應答者,又可靜坐養神以謀利,抑何妙也。

一種の地師有りて從來口を開きて巒頭理氣を講ぜず、人家は一たび問へば彼は便ち曰く「我は別に秘訣有り」と。既然に秘訣と叫べば那れは便ち隨便に人に告げる能はざるの東西なり。既然に隨便に説く能はざれば則ち人家の問起すも亦答へずして可なり、此れ又另一家の妙處なり。再び一家更に妙なり有り。連れ古書すらも皆讀通を必とせず、只「秘訣」の此の兩個の字を憑れば便ち應酬を省去し誦讀を免去することを得、而且彼の群書を讀遍して乃ち應答し來ることを得るの人に比して還た高明にして還た靜坐して神を養ひ坐して利を謀る可し——此れ應に多く妙なるや。

然天下之道除妖術之外,無一事有秘訣者。作聖作賢、成仙成佛皆無有秘訣者,何獨地理有秘訣乎。顧即以秘訣論,則其訣亦無用之物也。何也。吾見魏科高甲、富商大賈,其子弟未必如父兄,彼非不訓誨也,蓋神明在人無訣可傳故也。若曰吾得一訣即可以了明天地之道,夫多讀精思者尚不能,而一訣何容如此哉。吾不能信矣,故言秘訣者非明師。

然るに天下の道理は妖術を除きて以外に哪の一件も秘訣を靠るは無し。聖人を做り賢人を做り仙を成し佛を成すも皆秘訣無し、何の故に單單に地理に秘訣有るや。就中真に秘訣を拿りて來りて説くとも那の訣も亦是れ用無きの東西なり。何の為なるや。我は高中魁甲の人家・豪富の大商賈を見たる有りて其等の子弟は未必父兄に趕得上せず。那れは並びに敎導せざるにあらずして而も神明領悟は全く各人の身上に在りて本來便ち傳ふ可きの訣無し。若し我は一句の口訣を得れば便ち天地の道を通曉する能くと説かば、連れ博覽精思の人すらも尚ほ且つ做到せざるに一句の口訣は怎ぞ能く此の如きの本事有らんや。我は實に信ずること能はず。故に凡そ口を開きて秘訣を講ずるは皆是れ明師にあらず。

卷三・五行の謬を論ず

《天玉》之旨從來未經發明,得吾子如披雲露而見青天矣。外篇所重者耑在四經,內傳亦曾言之,子獨以為當闕疑,何也。答曰:四經之說群於外篇,而內傳一見於中編、再見於下篇,皆以上下文語氣不相蒙,中下篇數語必後人增入,外編是後人偽作。中編云:胎沐養生貪長,共冠臨衰旺仲,季子排來病死位墓絕亦皆是。此即皆生旺墓吊合於三方,而孟仲季之公位攸分。兄弟多者以一四七為長、二五八為中、三六九為小,本之河圖並非臆見。若又以四經分四男,是一山而有兩公位,其為後人增入斷斷無疑。

人有りて曰く、《天玉經》の宗旨は從來人の闡發したる無し、先生の一講を得ば真に雲霧を撥開して青天を見るが如し。不過《天玉外篇》の看重する所は專ら「四經」に在りて《内傳》の裏も亦曾て提到せり、先生は卻て疑を存するを主張す、此れは何の為なるや。回答に曰く、四經の説は皆《外篇》に聚りて《内傳》の中は只中篇に於て一次出現し下篇に於て再び一次出現し、而且上下文の語氣と皆接上せず、見るべし中・下篇の那の幾句は必ず後人の添へ入れたるにして《外篇》は則ち整個是れ後人の僞作なり。中篇に曰く「胎・沐・養・生は貪狼に屬して長房に歸し、冠・臨・衰・旺は次房に歸し、季子は排り來りて病・死・墓・絕の諸位も亦是れなり」と。此れ即ち生・旺・墓の三者は遥かに三方に合して而も長・中・幼の三房の公位は此に由りて分定すを説くなり。兄弟多きの人家は一・四・七を以て長と為し二・五・八を以て中と為し三・六・九を以て小と為す、此れは《河圖》に本づきて並びに憑空の臆斷にあらず。若し再び四經を拿りて去りて四個の兒子を分かたば則ち一座の山に兩套の公位有ると成りて其れは後人の添入なり斷然として疑無し。

外編非無精義,獨以四經為主,大旨全乖,故知為後人假託。餘擇其確然可信者備錄於後。其一則玄空大卦歟訣也,訣曰:外卦玄空理最幽,乾坤艮巽明根由,坎離震兌分天地,五行即在此中求。坎離震兌者,水火木金也;乾坤艮巽則其生地。此即《天玉經》之三卦,所謂四龍四局也。

《外篇》は並びに精義無きにあらず、只是一味に四經を以て主と為して大宗旨は全然背離す、故に斷定す其れは後人の假託なりと。我は其の中の確實に可信なるの幾條を挑出して一併に下面に抄錄す。第一條は玄空大卦の口訣にして訣に曰く「外卦玄空の理は最も幽にして乾坤艮巽は根由を明にし、坎離震兌は天地を分かち、五行は即ち此の中に於て求まる」と。坎・離・震・兌は即ち水・火・木・金の四局にして、乾・坤・艮・巽は則ち此の四局の長生の地なり。此れ正に《天玉經》の講ずる所の三卦にして即ち所謂四龍四局なり。

其一則五行合生命也,訣云:金木水火各一宮,生命不相同,查得五行合生命,自然發福勝石崇。如木局生命則天干必甲乙丁壬,地支必亥卯未寅,納音必屬木,推之金水火莫不皆然,此歷試而不爽者。

第二條は五行は亡人の生命に合するを要するの口訣にして訣に曰く「金木水火は各々一宮にして生命は相同ならず、五行の生命に合するを査得せば自然に發福して石崇に勝る」と。譬へば木局を立てば亡人の生年の天干は便要く甲・乙・丁・壬にして地支は要く亥・卯・未・寅にして納音も亦木に屬するを要す。金・水・火の三局に推して無きは此に照らして辦理せざるなり。此の一條は是れ屢試して爽はざるなり。

其一則四路黃泉也,訣云:庚丁坤上是黃泉,乙丙須防巽水先,甲癸向中休見艮,辛壬水路怕當乾。此專以去水言。庚丁者金局也,坤申同宮,來則為催官,故能救人;去則沖破官祿,故能殺人。木火水皆仿此。

第三條は四路黄泉の口訣にして訣に曰く「庚丁は坤の上は是れ黄泉にして、乙丙は須く巽水の先を防ぎ、甲癸は向中に艮を見ること休み、辛壬は水路は乾に當るを怕る」と。此の一條は專ら去水に就て言ふなり。庚・丁は金局に屬して坤は申と同宮にして坤申方の來水は便ち催官水にして故に能く人を救ひ、坤申方の去水は便ち官祿位を冲破して故に能く人を殺す。木・火・水の三局は皆此の道理に照らして類推す。

其一則救貧黃泉也,訣云:辛入乾宮百萬生,癸歸艮位煥文章,乙向巽流清富貴,丁坤終是萬斯箱。乾坤艮巽即木火金水,乙辛丁癸乃是四養方,所以救貧。又謂之黃泉者,此方去水如人之失所養,定主夭貧,此黃泉真訣也。

第四條は貧を救ふの黄泉の口訣にして訣に曰く「辛は乾宮に入りて百萬生じ、癸は艮位に歸りて文章を煥し、乙は巽に向りて流れて淸富貴にして、丁は坤は終に是れ萬斯箱なり」と。乾・坤・艮・巽は分別して木・火・金・水の四局に對應して而も乙・辛・丁・癸は正に四個の養方にして故に能く貧を救ふ。其れ同時に又黄泉と叫ぶは此の幾方は一旦去水せば便ち人の養育を失掉するが如く必定夭亡貧困を主とするを以てなり。此れ乃ち黄泉の真訣なり。

外此則與《天玉》不合。如金木水火山山有玄竅,所以為造化之妙;四經則不論納音而割裂二十四山,分為四局,律以生死衰旺之義總不可解,其謬一。乾為西金之關,艮為北水之關,則木之關宜在巽而反在坤,火之關宜在坤而反在巽,其謬二。金為父母,木為子孫,水為兄弟,火為孫媳,於義奚取;而既分公位,又別三才,又分天地人鬼,名目愈多支離愈甚,其謬三。

此の四條を除きて以外に《外篇》は便ち《天玉經》と合せず。譬へば金・木・水・火の四局は每一座の山に皆其の玄竅有りて此れ乃ち造化の妙處なり。四經は卻て納音を論ぜずして硬に二十四山を割裂し開きて分かちて四局と作し生死衰旺の義理を拿りて去りて衡量するも總じて講通せず——此れは第一個の錯謬なり。乾は西方金局の關口にして艮は北方水局の關口にして則ち木局の關口は本に應に巽に在るべきに其れは卻て坤に放在し、火局の關口は本に應に坤に在るべきに其れは卻て巽に放在す——此れは第二個の錯謬なり。其れ又説く金は父母にして木は子孫にして水は兄弟にして火は孫媳なりと、此れは義理の上に取る所は甚麼なるや。既に公位を分かち又三才を分かち又天・地・人・鬼を分かちて名目は愈々多くして支離破碎するや愈々厲害なり——此れは第三個の錯謬なり。

沖生破旺皆論納音,其應如響,即所謂長生位上黃泉是下化之年定見形者,亦當以挨星為主。今而歸之四經,遍觀古墓百無一驗,其謬四。木旺於東是為東卦,金旺西是為西卦,水旺北、火旺南是為南北二卦,皆大父母為之主宰,故五行統於三卦,又統於天地二卦,舉天地而左旋右旋、順逆零正皆在其中。外編獨以乾卦為天卦、支卦為地卦,與《天玉經》之義前不相蒙,其謬五。

生を冲し旺を破るは一律に納音を論ずるを要して應驗し起れば快きこと回聲の如し。就中所謂「長生位の上の黄泉は是れ下化の年に定めて形を見る」の此の如きの斷語すらも亦應に挨星を以て主と為すべし。如今は卻て之を四經の上に歸して遍く古墓を看れば百に一驗も無し——此れは第四個の錯謬なり。木は東に旺して故に東卦有り、金は西に旺して故に西卦有り、水は北に旺し火は南に旺して故に南北の二卦有り。此れ等は皆大父母卦に由りて主宰を作し、故に五行は統じて三卦に屬し三卦は又統じて天地二卦に屬す。只要く天地を提起せば左旋右旋・順逆零正は便ち全く其の中に在り。《外篇》は卻て單單に天干卦を以て天卦と叫び地支卦を以て地卦と叫びて《天玉經》の本義と前後接上せず——此れは第五個の錯謬なり。

予初讀《天玉》如行露中,亦曾廢書而嘆,及悟其為羅經解,則觸處流通全無空礙,獨外編舛謬反覆,思之不得其說。然《青囊》《玉尺》皆發明內傳之旨,而四經獨無一字齒及,此必後人假託,無容附會。善讀者惟求其理之可信者從之。又云:五行無根水上折,時師那會得。似言穿透俱無可論,而後取四經折水,乃萬不得已之法,故袁波幹云:攢地奇驗,而造葬則無是理。

我は起初《天玉經》を讀むに露水の中に夜行するが如く曾て亦書を丢開して長嘆せり。其れ其の實は一部の羅盤の解説なるを悟出するに到れば便ち處處貫通して毫も窒礙無し、唯獨《外篇》は舛錯反覆して反覆思量するも亦説き通ぜず。而且《青囊經》《玉尺經》は皆《内傳》の宗旨を闡發するに在りて四經に對しては卻て一個の字も亦提到せず、見るべし其れは必ず後人の假託にして牽強附會を容れず。書を讀むに善きの人は只彼の道理の可信なるを挑びて依從すれば則ち是れなり。《外篇》に又曰く「五行は根無き水の上に折る、時師那れ會得せん」と。此れは似て穿山透地は皆論起する從無く而して後乃ち四經の水を折るの法を取るを説くが如く、那れは萬得已ざるの辦法なり。故に袁波干の曰く、此の法子は用ゐて來りて臨時權葬(攅地)するは頗る奇驗にして若し正式造葬に用ゐれば便ち此の道理無しと。

卷三・俯察提綱

余讀古今地理之書,其論巒頭者則謂巒頭重而理氣輕,論理氣者則謂理氣精而巒頭淺,聚誦紛紛幾成矛戟。不知有巒頭而無理氣,則乘真截偽、收水配向之功廢;執理氣而背巒頭,則真龍真穴真砂真水之情以違殊,失《青囊》之本旨矣。蓋有形斯有氣,有氣斯有理,因形以察氣,因氣以論理,一體一用不得偏廢者也。但古集雖多而二者不串論,以致一本兩岐而真道不明於世矣。餘故集巒頭理氣並取,作此星期合為一篇,體用兼舉,本末一貫,庶無偏而不舉之患雲。

我は古今の地理書を讀むに巒頭を講ずれば便ち巒頭は重要にして理氣は次要と説き、理氣を講ずれば便ち理氣は精微にして巒頭は淺陋と説き、衆口紛紜として幾ほどに刀槍相向と成らんとす。彼等は明白せず、巒頭有りて理氣無ければ則ち真氣に乘り僞氣を截り水を收め向に配するの此れ等の功夫は便ち全く廢れ、理氣を死執して巒頭に背離せば則ち真龍・真穴・真砂・真水の情態は便ち皆違失して亦便ち《青囊經》の本旨を失掉す。形有りて乃ち氣有り氣有りて乃ち理有り、形に由りて氣を察し氣に由りて理を論じて一個は體にして一個は用にして偏廢する能はず。只是れ古人の集子は雖も多しと卻て兩者を貫串し來りて講ぜず、以致本來一個の源頭は兩條の歧路を分出して真道は是に於て世に明ならず。故に我は巒頭と理氣とを兼收并取して合して此の如きの一篇を成し、體と用とは一齊に擧出し本と末とは貫通して一と為し、希望するは再び一邊に偏して兼顧する能はざるの毛病無からんことを。

卷三・小玄空の生克は龍向を論ぜざるを論ず

或問:小玄空古人用量山步水,袁波千雲平洋可論小玄空,山龍則在所後。近刻《地理原真》者並以龍穴論生入克入,紛紛聚訟,吾子將誰適從。答曰:小玄空乃穴前放水,非生成之水也。《造微賦》云:五行實無繫於龍家,禍福須聚於水路。相生相剋、生入克入為有情,生出克出為無情,是以生入克入則為吉神,生出克出雖旺來墓去亦為殺。《奧語》云:天心既辨穴何難,但把向中放水看。向中者,穴前也,穴前放水以消溝澮之盈。餘但將造賦熟讀之,自有渙然冰釋者,不待予言。

人問ふ。小玄空は古人は用ゐて來りて山を量り水を步し、袁波干の曰く平洋地は小玄空を論ずる可く山龍は則ち其次に放在すべしと。近來刻印の《地理原真》は卻て連れ龍穴すらも亦生入・克入を拿りて來りて論じて衆説紛紜として先生は哪の一家に依從するや。回答に曰く、小玄空の講ずる所は穴前に放出して去るの水にして天生自然の大水にあらず。《造微賦》に曰く「五行は實に龍家に係る無く、禍福は須く水路に聚る」と。相生相克の中に生入・克入は有情と為し生出・克出は無情と為す。故に生入・克入は即ち吉神にして生出・克出は即ち旺方より來り墓方に去ると雖も亦仍お煞と算す。《青囊奧語》に曰く「天心は既に辨ぜば穴何ぞ難からん、但し向中に水を放るを把て看よ」と。所謂「向中」は即ち穴前にして、穴前に水を放るは是れ溝渠の裏の滿溢の積水を消泄せんが為なり。諸位は只要く《造微賦》を一遍熟讀せば自然に渙然として冰釋して我の多説を等るを必とせず。

卷三・地理師の法を辨別す

夫天下盡皆人子,則無一人無厝葬之事,是此事也須人人知之能之矣。然四民各業,勢不得也,其中乃有嗜好其道、精專是事者,人乃厚禮而延之為地師,於是有傳家之學焉。為地師則有利於是,漸變為射利之途焉;自為射利之途,而變偽百出,黎丘貌似真道,大喪而孝子仁人反受其害矣。世人雖知其弊,而勢不得不延師;勢必延師,則地之得不得在師,更急於得地也。

天下の人は皆是れ別人の兒子にして因りて一個人も先人を安葬するの事に遇はざる無し。理に照らせば此の件事は應に人人皆懂り人人皆會すべし。可是れ士農工商は各々本業有りて勢ひ必ず做到すること能はず、其の中に便ち一些人の此の門の學問を偏好して專心鑽研する有りて別人は便ち厚禮を以て彼を延請して地師を做らしむ、是に於て世代相傳の家學有りぬ。地師を當るは既然に利の圖る可き有れば此の一行は便ち漸漸に利を牟るの門路と變成し、一旦利を牟るの門路と成れば變詐作僞は層出して窮まらず、黎丘の鬼の如く裝るや真と一模一樣にして結果は喪事は辦り砸れて孝子仁人は反って害を受く。世人は雖も此の弊病を知るも形勢の上は地師を請はざる能はず。既然に請はざる可からざれば則ち好地を得る能くや否やは全く地師の身上に在り、故に地師を選對するは好地を得るに比して還た要緊なり。

然不能識師,焉能得師。餘於此中久矣,見師多矣,師非不可辨別之物,能知辨之之道,自不得之師也,故者相師之法為人子告焉。或曰:審若是,則世之射利者君而怨多矣。余曰:天下仁人孝子多,地師少,射利者究非地師,乃奸偽之徒也。葬親事大,射利事小,利人子之利溥,害地師之害微;況所利者乃仁人孝子,仁人;而所害者不過奸偽之徒哉。

然るに地師を識別する會せざれば又怎ぞ好地師を請得せんや。我は此の一行の裏に混るや久しきを得て見たるの地師も亦多し、地師は並びに分辨し出來せざるの東西にあらず、只要く分辨の方法を懂得せば自然に庸師を請はざらん。故に我は地師を相看するの方法を寫出して人の兒子を做るに告げる。人有りて曰く、汝の此の如く講ずるに照らせば世上の彼の利を牟るの地師は豈に皆汝を恨まざらんや。我曰く、天下の仁人孝子は多く地師は少し。彼の利を牟るは其の實は地師と算上せず、只是れ奸猾作僞の徒なり。親人を安葬するは是れ大事にして利を牟るは是れ小事なり。兒子を做るに帶來する好處は廣大にして地師に帶來する損害は輕微なり。何况利を得るは是れ仁人孝子にして損を受るは不過是れ奸僞の徒のみなり。

卷三・萬物は天地之氣に隨て轉移す

或問:木生於山,粟芽於室,以其有生氣也;既死之朽骨有何生氣而能澤其子孫。即太王遷邠、周公卜洛,建都立國或有形勢之說,而陰宅前此未聞。大儒朱紫陽酷信風水,而後世猶或非之,吾子專言理氣,獨未思之歟。答曰:上古之不信風水,猶之於草依木處也,利用前民之事皆以漸而興,何況風水,至於朽骨無知。

人問ふ。樹木は山上に長ち穀子は屋裏に發芽するは那れは其等に生氣有るに因る。已に死掉せる朽骨に甚麼の生氣有りて能く子孫に蔭及せんや。就中周太王は邠地に遷り周公は洛邑を相度して都を建て國を立つるは或いは形勢の説有らんも、可し陰宅の此の一套は那の以前に從來聽聞せざりしなり。大儒の朱熹は極めて風水を信ずるも後世に還た人の彼を非議する有り、先生は專ら理氣を講ず、豈に此の一層を想過せざりしや。回答に曰く、上古の人は風水を信ぜずは就跟ち彼等は還た草窠樹洞の裏に住するが一般なり。一切の民生に便利するの事は皆是れ逐漸に興起し來れるにして何况風水の此の門の學問をや。至りて朽骨は知覺無しと説くは——

余幼以泥其說,偶以針浮杯水,亦如羅經之指南北,乃覺其非針與杯水有知也,其所以指南北者乃天地自然之氣也。天包地外,地在天中,則靈蠢蠕物皆轉移於天地之氣。故死者不必有知,而死者之骨實生人之根本,其澤及子孫者,天地之氣為之也。江南之桔樹之江北為枳,無非為天地之氣所使;知桔枳為氣所使,則知死者之骨亦為氣所使也。通天地人謂之儒,朱子為信天地之大者。至於《青鳥》《葬書》前此未聞,則前代有其時耳,豈可以草衣木食反咎今日之布帛宮室也哉。

我は小時候も亦此の種の疑問に拘泥せり。偶然に針を一杯の水の上に浮せば其れも亦羅盤の如く南北を指す、此れ乃ち覺悟す並びに針と杯水とに知覺有るにあらず、其等の能く南北を指す所以は乃ち天地自然の氣の然らしむるなり。天は地の外面に包み地は天の當中に懸り、則ち靈性有る・靈性無き・蠕動の一切の生物は皆天地之氣に隨て轉移す。故に死者は必ずしも知覺を須とせずして而も死者の骨骸は實に是れ生者の根本にして其れは能く子孫に蔭澤す、正に是れ天地之氣の作用を起すに在り。江南の橘樹は江北に移到せば便ち枳と變ず、無非是れ天地之氣に支配せらるるなり。既然に橘の枳に變ずるは氣の然らしむるを知れば便ち應に知るべし死者の骨骸も亦是れ氣の然らしむるを。能く天・地・人の三才を貫通する乃ち儒者と稱するを得、朱子は正に天地の大を相信するの人なり。至りて《青鳥經》《葬書》は從前聽聞したる無しと説くは那れは只因るに前代は還た其等の出現する時候に到らざりしのみ。豈に上古の草衣を穿ち木實を食ふの日子を拿りて來りて反って今天の布帛と宮室とを責怪する可けんや。

卷三・天星卦例

或問:天星卦例有侈談秘訣者,又有斥其非者。餘仰止極貶星卦並黜理氣,而子耑言理氣又不及星卦,豈理氣在星卦之外歟。先賢云:得卦不得金,枉自費勞心;得金不得卦,謾自空閒話。彼所謂金卦者,獨非理氣歟。

人問ふ。天星卦例は或る人は大談して其れは秘訣なりとし或る人も亦之を斥けて謬誤と為す。余仰止は極力に星卦を貶斥して連れ理氣をも一緒に廢掉す。先生は專ら理氣を講じて卻て又星卦を提げず、豈に理氣は星卦の外に在らんや。先賢の曰く「卦を得て金を得ざれば枉げて自ら勞心を費し、金を得て卦を得ざれば謾りて自ら空閒話なり」と。彼の所謂「金」と「卦」とは豈に便ち是れ理氣にあらざらんや。

答曰:楊公云:世人愛把天星論,盡說貪狼武曲尊,嘗將兩字鉗龍脈,莫把天機亂指空。所謂兩字者,實指穿山透地。蓋奪神功、改天命則兼論天盤,而乘氣坐穴專以地盤為主。七十二龍所以坐穴,得金者得七十二龍之分金也;六十龍所以乘氣,得卦者得六十龍之本卦也。時師金卦乃以一百二十分金與卦外起卦,失之遠矣。

回答に曰く、楊公に詩有りて云く「世人は天星を論ずるを愛して盡く貪狼武曲の尊を説き、嘗て兩字を將りて龍脈を鉗し、天機を把りて空しく亂指すること莫れ」と。所謂「兩字」は實際指す所は穿山と透地なり。神功を奪ひ天命を改むるの時は天盤を兼論するを要して而も氣に乘り穴を坐するは則ち專ら地盤を以て主と為す。七十二龍は用ゐて來りて穴を坐するにして所謂「得金」は即ち七十二龍の分金を得着するなり。六十龍は用ゐて來りて氣に乘るにして所謂「得卦」は即ち六十龍の本卦を得着するなり。如今の地師は金を講じ卦を講じて卻て一百二十分金と卦外に別に一卦を起るの那一套を拿りて去りて湊る、離るるや太も遠し。

以假混真相傳既久,惟《鐵彈子》有云:用先天以統龍,當詳究子四龍之天星;用後天以布屬,宜熟察乎三盤之卦例。四龍者,金木水火也;三盤者,穿山一盤、透地一盤、坐穴一盤。故先天之卦用震坎離兌之局,辨在納音所屬何五行。自五行言之則為四卦,自二父母言之則為三卦,自甲庚丙壬、乙辛丁癸言之則為玄空大卦。其法以之先看坐穴五行所屬何卦,次看穴中透氣所屬何卦,又看逐節來脈所屬何卦,必同歸一卦,而後自山頭立向皆與水合,所謂富貴結全龍也;反此則為出卦,破旺沖生,終歸敗絕。

假を以て真に亂して相傳するや日久しくして只《鐵彈子》の説くや對なり「先天を用ゐて以て龍を統るは當に四龍の天星を詳究すべく、后天を用ゐて以て局を布くは宜しく三盤の卦例を熟察すべし」と。所謂四龍は即ち金・木・水・火にして所謂三盤は即ち穿山の一盤・透地の一盤・坐穴の一盤なり。故に先天の卦は震・坎・離・兌の四局を用ゐて辨別する時は全く納音の哪の一種の五行に屬するかを看る。五行の上より説けば是れ四卦にして二父母の上より説けば是れ三卦にして甲庚丙壬と乙辛丁癸との上より説けば便ち玄空大卦なり。其の用法は先ず坐穴の五行は哪の一卦に屬するかを看、其次に穴中に透り進み入るの氣は哪の一卦に屬するかを看、再び一節一節の來脈は各々哪の一卦に屬するかを看て必ず一卦に同歸し而して後山頭より向を立つれば皆能く水と相合す、此れ即ち所謂「富貴は全龍を結す」なり。反れば便ち「出卦」と叫びて旺を破り生を冲して終に敗絕に歸す。

卷三・真僞を辨ずるの總綱

天下至難辨者真偽,而以偽亂真猶莫如地理。蓋奪神功改天命,其術雖神,而遇不遇之機緣仍不能強。昔玄宗不知,疑其盜竊神器,乃至藏其書、禁其學,復飭一行禪師撰《銅涵》偽經,為亂雅奪朱之計。朝廷既忌其真,而習其者猶稀,其偽於是有一真說即設一謬解,以混其傳。

天下の最も分辨し難きは真と僞にして而も僞を以て真に亂るの最も厲害は又地理に過ぐるは莫し。地理は能く神功を奪ひ天命を改むるを以て此の門の術は雖も神妙なるも但し遇と不遇とは仍お機緣を看るを要して勉强し來る能はず。當年唐玄宗は明ならずして就裏を疑りて民間は此を借りて神器を竊取するを疑ひて竟に至りて書を收藏し民間の講習を禁止し又一行禪師に指令して《銅涵經》の此の部の僞書を撰造せしめて行ふ所は雅を以て正に亂り紫を以て朱を奪ふの計策なり。朝廷は既然に真法を忌諱せば真法を習ふの人は便ち更に少し。僞法は是に於て流行し開きて一種の真説法の出現する毎に便ち一種の謬解を配上して其の傳授を攪亂す。

如坎離正位人難識,差卻毫釐斷不靈,此真訣也,則有中針審龍、縫針定穴以亂其真。九星雙起雌雄異,玄關真妙處,此真訣也,則有艮丙為貪狼星、垣分貴賤以亂其真。二父母者陰陽之別名,三卦者從生趨旺、自旺朝生之隱語,此真訣也,則有天父地母二卦審生氣天醫以亂其真。穿山透地坐穴是為三盤,震兌坎離是為四卦,此真訣也,則有才官父子、卦外起卦以亂其真。甲庚丙壬俱屬陽而行,此真訣也,則有陽亥龍為甲木、陰龍為乙木以亂其真。

譬へば「坎離の正位は人は識り難く、毫釐を差へば便ち斷靈せず」は此れ是真訣にして便ち人の中針を拿りて龍を審し縫針を拿りて穴を定むるの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。「九星は雙起して雌雄異にして玄關の真妙處」は此れ是真訣にして便ち人の艮丙を拿りて貪狼星と為し垣局に按じて貴賤を分かつの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。「二父母」は不過是れ陰陽の別名にして「三卦」は不過是れ生より旺に趨き旺自り生に朝すの隱語なり、此れ是真訣にして便ち人の天父地母の二卦・生氣天醫を審するの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。穿山・透地・坐穴は合して三盤と稱し震・兌・坎・離は合して四卦と稱す、此れ是真訣にして便ち人の妻財官鬼父母子孫・卦外に別に一卦を起るの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。甲・庚・丙・壬は一律に陽に屬して順行す、此れ是真訣にして便ち人の陽亥龍は甲木と算し陰亥龍は乙木と算すの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。

淨陰淨陽專言乘氣,兩氣交至是為雙金斗腦,此真訣也,則有陽射陰、陰射陽、向上雙金以亂其真。六十甲子分佈二十四山是為平分六十龍,此真訣也,則以盈宿六十龍以亂其真。七十二龍應七十二候,如淘沙撿金故謂之分金,此真訣也,則有百二十分金以亂其真。

淨陰淨陽は專門是れ氣に乘るに就て言ひて兩股の氣は一處に交會すれば便ち「雙金斗腦」と叫ぶ、此れ是真訣にして便ち人の陽は陰を射陰は陽を射・向上雙金の那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。六十甲子を二十四山の下に分布するを「平分六十龍」と叫作す、此れ是真訣にして便ち人の盈縮六十龍を拿りて來りて之を攪亂する有り。七十二龍は一年の七十二候に對應して沙を淘して金を揀ぶが如く取有り舍有りて故に「分金」と叫ぶ、此れ是真訣にして便ち人の一百二十分金を拿りて來りて之を攪亂する有り。

二十八宿喜龍水生和、不宜克戰,此真訣也,則有甲子起角管禽星以亂其真。三百六十五度忌關煞空亡,此真訣也,則有天度六十以亂其真。納甲者先天之五行、納音者後天之五行,此真訣也,則有洪範卦氣以亂其真。廉貞破軍是為煞曜,破旺沖生是為黃泉,此真訣也,則有八煞黃泉以亂其真。大玄空乃生成之水,耑論俟星;小玄空實人力所為,穴前折水,此真訣也,則有向上起長生、潮水論生克以亂其真。

二十八宿は龍・水と相生相和するを喜びて相克相戰するを宜しとせず、此れ是真訣にして便ち人の甲子より角宿を起り禽星を管するの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。周天の三百六十五度は要く關煞と空亡とを忌む、此れ是真訣にして便ち人の「天度六十」を拿りて來りて之を攪亂する有り。納甲は先天の五行にして納音は后天の五行なり、此れ是真訣にして便ち人の洪範卦氣を拿りて來りて之を攪亂する有り。廉貞・破軍は煞曜にして旺を破り生を冲すは便ち黄泉なり、此れ是真訣にして便ち人の八煞黄泉の那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。大玄空の講ずる所は天生自然の水にして專ら星辰を論じ、小玄空の講ずる所は其の實は人力の為す所にして是れ穴前の水を折るなり、此れ是真訣にして便ち人の向上に長生を起り來潮の水に按じて生克を論ずるの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。

諸如賴氏《催官》乍合乍離,吳公《教子書》楊曾二計之外總無一是,矛盾參商其類非一。惟《玉尺》發明《天玉》,而無如倫父覆假劉賴之名為之註釋,展轉傳偽,千古長夜。雖以蔡西山、朱紫陽互相商討,然且縫針雙向依違無定;如《玉髓》陰陽流泉,莫知為理氣。後之人即欲不廢書而嘆,寧可得乎。

至りて賴文俊の《催官篇》は忽に合し忽に離し、吳公の《敎子書》は楊・曾の二仙の兩次の批語を轉錄するを除きて以外に其の餘は一句も對無し、此の類の自相矛盾・彼此參商の書は還た不少なり。只《玉尺經》のみ真正に《天玉經》を闡發せるに惜むらくは偏偏として庸人の劉秉忠・賴文俊の名字を假借して其の為に注を作る有りて輾轉傳訛して此の門の學問をして千古の長夜の中に陷らしむ。就中蔡元定・朱熹の反覆商討すらも縫針と雙向とに對しては還お是れ模棱兩可なり。《玉髓真經》の如きは陰陽を講じ流泉を講じて竟に知らず那れ正に是れ理氣なるを。後來の人は即ち書本を丢開して長嘆せざらんと想ふとも又怎麼樣にして做到せんや。

予以參悟微言,鑑古人之成格而知五行有主,悟此則吉凶如見,迷此則悵悵何之。因而盡掃群言,獨標正義,作《天機貫旨》以遺天下仁人孝子,今而後楊曾之心法無所不貫也。天以陰陽五行化生萬物,氣以成形而理以賦焉,巒頭理氣是一非一、是二非二,是貫乎《中庸》也。龍陽則水必陰,龍陰則水必陽,天根月屈宛然一太極圖,是貫乎《易》也。相其陰陽即楊曾之看雌雄,觀其流泉即楊曾之認水立向,是貫乎《詩》也。萬事本於黃鐘、起於河洛,律呂旋宮,體用一源,是以後天五行耑重納音,是貫乎性理也。地在天中,為天之大氣所主,則天地之氣即地之氣,是葬乘生氣皆轉移於天地之氣,是貫乎天道也。

我は古人の微言を參悟して古人の現成の格局に印證して乃ち知る五行は各々主宰有るを。此の一層を悟れば吉凶は便ち目前に在るが如し。此の一層に迷へば便ち茫茫然として往く所を知らず。此に因りて我は衆説を一概に掃開して獨り正義を標して此の部の《天機貫旨》を作して天下の仁人孝子に留下す。今より以後楊・曾の心法は貫串し到らざるの地方無し。上天は陰陽五行を以て萬物を化生して氣は凝結して形を成し而も理は其の中に賦與す。巒頭と理氣とは一にして一に非ず二にして又二に非ず——此れは《中庸》に貫通す。龍は陽に屬せば則ち水は必ず陰に屬し龍は陰に屬せば則ち水は必ず陽に屬し、天根月窟は宛然として便ち一幅の太極圖なり——此れは《易經》に貫通す。「其の陰陽を相す」は即ち楊・曾の雌雄を看るにして「其の流泉を觀る」は即ち楊・曾の水を認りて向を立つなり——此れは《詩經》に貫通す。萬事は黄鐘の律に本づき河圖洛書に起りて律呂は宮を旋じ體用は一源に同出す、故に后天五行は專ら納音を重んず——此れは性理の學に貫通す。地は天の當中に懸りて天の大氣の主宰を受く、則ち天地之氣は便ち是れ地氣にして安葬して生氣に乘るも亦皆天地之氣に隨て轉移す——此れは天道に貫通す。

歲漸差而東,是以縫針之子午進前一位,所以示造葬家候氣之準;天漸差而西,是以中針之子午退後一位,所以示造葬家查緾度之準,是貫乎治歷也。夫滿屋散錢終歸一索,以萬錢同一孔也;同此後天則同此五行,萬事萬物舍是蔑由,而看於天機乎。或者曰:紫色龜聲,餘分閏位,又烏知夫偽之非真而真之非偽也。餘則曰:書以偽,天亦偽,地亦偽,古今之言天道性理者無非一偽,是則餘亦偽也,即謂《天機貫旨》之書以偽亂真也又不可乎。

節氣は逐年に東に移る、故に縫針の子午を前に向りて一格を推して用ゐて造葬家に候氣の準繩を作して與ふ。天度は逐年に西に移る、故に中針の子午を後に向りて一格を退けて用ゐて造葬家に纏度を査考するの準繩を作して與ふ——此れは曆法に貫通す。屋に滿ちて散亂の錢は最後は總じて一根の繩を用ゐて穿起するを要す、萬枚の錢の方孔は皆一樣なるを以てなり。同じく后天なれば便ち同じく此の一套の五行にして萬事萬物は之を離れれば便ち下手するに從無し、何况是れ天機を窺測せんとするをや。或いは人有りて説かん、紫色は能く朱に亂り龜獸の聲は能く雅樂に亂り閏餘の位も亦能く正統に冒充す、汝は又怎ぞ知らん僞は真にあらず真は僞にあらざるを。我便ち回答して曰く、如果書は僞なれば則ち天も亦僞にして地も亦僞にして古往今來に天道性理を講ずるの人は無非全是れ僞にして則ち我も亦是れ僞なり。就中《天機貫旨》の此の部の書は僞を以て真に亂るなりと説くとも又甚麼の不可有らんや。

卷三・雙金煞を論ず

或問:雙金煞紛紛不一,《行程記》云:不換雙金只管扦,休泥淨陰淨陽。楊曾傳授心法,固有不盡信矣。答曰:雙金乃論乘氣非立向也。卜宅兆者淘沙撿金,古人謂之分金,乃六十龍與七十二龍,後曰三針之下皆添設一百二十,謬種偽傳,遂相率而忘其初耳。六十甲子分佈二十四山,其氣不過一線,從來山起頂處仔細認取,方能使承接之間不差毫釐。如同一子也,丙庚為陽、甲戊壬為陰,既承而子氣不宜雜,以甲戌氣線在界縫之間,兩字雙行,是以雙金斗腦,陰陽駁雜無氣可乘,下後必絕。

人問ふ。雙金煞の説法は衆説紛紜として《行程記》は卻て曰く「雙金を換へざれば只管扦し、淨陰淨陽に泥むこと休め」と。見るべし楊・曾の傳へ下るの心法も亦未必皆信ずる可きならん。回答に曰く、雙金の講ずる所は氣に乘るにして向を立つにあらず。墓地を卜擇するは要く沙を淘して金を揀ぶが如く挑選して古人は之を「分金」と稱し指す所は正に六十龍と七十二龍なり。後來に又説く三針の下に皆一百二十分金を添出し僞法亂傳して是に於て大家は跟著して走りて最初の本義を忘掉しぬ。六十甲子は二十四山の下に分布して每一條の氣は不過一線の寛にして必ず來山の頂を起る地方より仔細に認定して乃ち承接の間に毫釐を差へざらしむることを得。譬へば同じく子山にして丙子・庚子は陽に屬し甲子・戊子・壬子は陰に屬す。既然に承接すれば便ち陰陽夾雜するを宜しとせず。甲・戌の兩條の氣線は正に界縫の間に落ちて兩字は並行して是に於て「雙金斗腦」を形成して陰陽駁雜して乘る可きの氣無し、葬り下りて後必定嗣を絕たん。

《青囊經》云:更有淨陰淨陽法,前後八尺不宜雜。斜正受來陰陽取,氣乘生旺方無煞。來山起頂方要知,三節四節不須拘,只要龍神得生旺,陰陽卻與穴中殊。陰陽取者,陰則乘丙子氣,陽則受戊子氣也。泛論羅經何從而辨其為甲子、其為戊子,從來山頂起處認取,草蛇灰線之脊,或陰或陽有毫釐不可混之處。先賢云:一毫千里,一指萬山。所謂一毫一指者,辨在微茫。

《青囊經》に曰く「更に淨陰淨陽の法有りて前後の八尺は雜るを宜しとせず。斜正受け來りて陰陽を取り氣は生旺方に乘れば煞無し。來山の頂を起る方は要く知りて三節四節は須く拘らず、只要く龍神の生旺を得れば陰陽は卻て穴中と殊なり」と。所謂「陰陽を取る」は即ち陰に屬するは丙子の氣に乘り陽に屬するは戊子の氣を受くなり。若し只泛泛として羅盤の上に看れば甚を憑りて其れ甲子なるや戊子なるやを分辨せんや。必ず來山の頂を起る地方より去りて認るを須とす、那の條の草蛇灰線の如きの脊脈は是れ陰か是れ陽か毫釐の間に混淆する可からざるの地方有り。先賢の曰く「一毫は千里、一指は萬山」と。所謂一毫・一指は分辨は便ち此の極微茫の處に在り。

故指出雙金合入之所趨避。《玉尺經》云:龍落空亡須明避忌。此那六十龍之空亡,即是大金,舊注指七十二失之遠也。《青囊經》之淨陰淨陽、《行程記》之不犯雙金,無非一理,特其文之少變耳。俗以小玄空論雙金於金庫,龍向猶為近似,其餘皆不合。總之以偽亂真,辨之必嚴,乘氣之訣此處明顯矣。

故に要く雙金交合の處を指明して人をして趨避を知らしめん。《玉尺經》に曰く「龍は空亡に落ちば須く避忌を明にすべし」と。此處の説く所は正に六十龍の空亡にして即ち「大金」なり。舊注は之を指して七十二龍と作せば便ち差るや遠し。《青囊經》の淨陰淨陽を講ずると《行程記》の雙金を犯さざるを講ずるとは其の實是れ同じ一個の道理にして只是れ文字稍稍變化するのみ。世俗は小玄空を用ゐて來りて雙金を論じて之を金庫の上に安んずれば就中龍と向とに就て言へば還お勉强に相近し、其の餘は便ち皆合せず。總じて之、僞を以て真に亂るの東西は必ず嚴加して分辨し、氣に乘るの口訣は此處に到れば便ち甚だ明白に講じ了れり。

天機貫旨紅囊經卷之四

卷四・天機出煞賦

宜豐李三素著。天機出煞出何煞,不出災殃發。明得雙金直射墳,閃得是仙人。直山直向不須下,下後兒孫罷。天機穴裡披雙金,屬土急推尋。巽龍乾向龍虎正,絕了長房定。乾龍巽向亦如然,敗了長房田。艮龍坤向災殃發,亦犯雙金煞。坤龍艮向亦如之,敗了長房兒。

本篇は宜豊李三素の撰著す。天機の講ずる所の出煞は出ずる所は甚麼の煞なるや。之を出掉せざれば災殃は便ち發作せん。雙金線は正に墳頭を射着るを看明白して能く之を閃開するの人は便ち是れ神仙なり。坐山と向と正對の一線(直山直向)の地方は葬を下すを必とせず、葬り下れば子孫は便ち了らん。若し穴裏に雙金を披着して納音は土に屬せば便ち要く趕緊に推尋清楚すべし。巽龍は乾向を立てば龍虎砂は雖も端正なるも長房は亦一定要して絕たん。乾龍は巽向を立つるも亦是れ一樣にして長房の田產を敗掉せん。艮龍は坤向を立てば災殃は立發して同じく雙金煞を犯す。坤龍は艮向を立つるも亦此の如くにして長房の兒子を敗掉せん。

亥龍巽向龍虎偏,吉慶進田莊。艮龍丁向亦如此,主得兒孫富。甲庚丙壬龍直向,長子有災殃;乙辛丁癸亦如之,直射長房兒。坤申來龍寅甲向,壬癸向為上。庫逢子癸位端停,子癸最昌榮。癸山丁向是本法,亦犯雙金煞。離龍坎向亦如妨,壬癸何相當。坎龍午向暫時吉,久後人丁失。離龍單子一般凶,子息也除蹤。

亥龍は巽向を立てば龍虎砂は即ち偏斜するも亦一樣に吉慶門に臨み田莊を添置す。艮龍は丁向を立つるも亦是れ此の樣にして主として子孫富足す。甲・庚・丙・壬の四龍は若し正對の向を立てば長子は災殃に遭はん。乙・辛・丁・癸の四龍は同じく此の如くにして那の條の線は直に長房の兒子を射す。坤・申方より來龍して寅甲向を立つるは其の實は壬・癸向を立つるを以て上と為す。墓庫は若し子・癸の位に逢りて端正停蓄せば那れは子癸の最も昌榮なり。癸山は丁向を立つるは本に正法なれども可是れ仍お雙金煞を犯す。離龍は坎向を立つるも亦同じく妨礙有りて壬・癸の二字は怎ぞ配上するを得んや。坎龍は午向を立つるは暫時は還お吉なれども日子一たび久しければ人丁は便ち損失せん。離龍は單に子向を立つるは一樣に凶にして子嗣も亦斷絕せん。

兌龍直卯何堪下,以卯為向□,又加左右庚甲兼不怕。卯龍直酉何堪裝,辛庚也無妨。十二山頭正直射,絕了長房也。十二支辰正直對,子午命傾危。直山直向合紫微亥也,家吉永無危。辛戌得龍又得穴,左右無空缺。丙丁庚辛水口連,立便進田莊。取得辛亥穴得正,水口流永吉。忽然左畔有高峰,右畔有凹風。左邊山風容易整,填滿便無病。有力之家用土培,無力之家用木栽。

兌龍は正對して卯位は怎ぞ能く葬を下せんや。若し一定要して卯を以て向と為せば只要く左右に再び庚・甲を兼上せば亦便ち怕れず。卯龍は正對して酉位は怎ぞ能く安葬せんや。辛・庚を兼上するも亦妨礙無し。十二地支の山頭は若し正線に直射せられば長房は便ち絕たん。十二支辰は若し正線に直對せられば子・午の命に屬するの人は便ち性命の危有らん。若し直山直向は恰好に紫微垣の在る所の亥位に合上せば那れは反って家宅吉利にして永に危險無し。辛・戌方は既に真龍を得て又得る正穴にして左右の砂手に空缺無し。丙・丁・庚・辛の幾方の水口は相連して立時に便ち田莊を添置せん。若し辛亥を取得して穴は又得て正に坐せば水口は長流して永遠に吉利なり。倘若忽然に左邊に高峰有り右邊に凹風吹來すれば左邊の山風は容易に整治して之を填滿せば便ち毛病無し。力量有るの人家は土を用ゐて培高し力量無きの人家は便ち樹を種ゑて遮擋す。

明得天心天穴子,便識陰陽山水口。陽山穴莫水流陰,閃受穴中心。二十四山依此識,不怕穴斜側。穴心水口合山頭,穴側也風流。龍虎穴正是本法,水口怕犯煞。水口龍虎若彎弓,富貴在其中。淺學時師無學識,只道穴斜側,不知其地有真龍,富貴即相逢。陰陽交雜正龍穴,穴正多啾唧;陰陽不雜穴偏側,偏側也為吉。此是太華出煞訣,依此全無煞。吾今特錄與時師,留下救人災。

能く天心と天穴の在る所を看明白せば便ち陰陽と山水口との關係を懂得す。陽山の穴は水をして陰の一邊に流れ到らしむるを要せず、一點を閃開して穴の中心に受くる可し。二十四山は皆此の法子に照らして去りて認れば便ち穴位の斜側を怕れず。只要く穴心と水口とは山頭に合得上せば穴は雖も偏側するも亦一樣に風光なり。龍虎砂と穴と皆端正なるは固然是れ正法なれども、但し水口は最も煞を犯るを怕る。水口の兩邊の龍虎砂は若し彎弓の如く環抱せば富貴は便ち其の中に在り。學問淺薄の地師は見識無くして只會して此の穴は斜なり偏なりと説きて知らず那の地裏に真龍有りて富貴は立刻に便ち來るを。若し陰陽交雜して穴は正に坐せば穴は雖も正なるも亦是非啾唧多し。若し陰陽雜らずして穴は稍稍偏側せば偏側は反って是れ吉なり。此れは太華仙師の出煞の口訣にして照らして做れば便ち全く煞氣無し。我は今天特に抄錄し出して各位の地師に與へて之を留下して人の災禍を救はん。

卷四・夾竹梅花

龍有三難三易,穴有三吉四凶,砂有五曜方位,水有二十四沖。龍者變化也,自然盤起伏、爪分牙,枝分葉動,土形氣行,界合分明,出散明白,元神有顧,玄武垂頭支要顧,木氣要隨行,出身端正者為龍也。推車審龍,擔擔點穴,正所謂總審龍、散點穴也。

龍に三種の認り難き有り三種の認り易き有り、穴に三吉四凶有り、砂に五曜の方位有り、水に二十四種の冲射有り。所謂龍は講ずる所は變化なり。自然而然に盤旋起伏して爪牙の如く分張し枝の上に再び枝を分かち葉は之に隨て動き、土の形と氣の行とは界限分明にして脈を出し氣を散ずる皆淸淸楚楚にして元神に回顧の情有りて玄武の頂は頭を垂れて下りて支脈は要く相顧して木氣は要く一路に相隨行し、出身端正なる乃ち真龍と算す。龍を審するは要く車を推すが如く一路に推尋し、穴を點ずるは要く担を挑ぐが如く兩頭に權衡す、正に所謂總體に於て龍を審し具體處に於て穴を點ずなり。

龍有死生,穴有不同,砂有真偽,水有吉凶,龍水相濟,福祿重重。龍不論形,星宿為名;砂不論相,龍合則榮;穴無所定,得氣為憑;水無遠近,協脈為情。無奴莫尋主,無君莫問臣。出身端正者為君為主,轉頭出血者為臣為奴。龍不仰揚,富貴不長;穴無動靜,所蔭不昌;砂不尊卑,枉用心機;水不屈曲,吉中不足。

龍に死有り生有り穴は各々相同ならず、砂に真僞有り水に吉凶有り、龍と水とは互相調濟せば福祿は便ち重重として來る。龍を論ずるは必ずしも形狀に拘泥せず、要く九星星宿に按じて名を定むべし。砂を論ずるは必ずしも只相貌を看ず、只要く龍と相合せば便ち榮なり。穴に一定の位置無し、氣を得る能くば乃ち憑據と算す。水は遠近を論ぜず、只要く脈と相協せば便ち是れ有情なり。奴僕無ければ便ち主人を找するを必とせず、君王無ければ便ち臣子を問ふを必とせず。出身端正なるは是れ君是れ主にして頭を轉じて分出し去るは是れ臣是れ奴なり。龍昂揚せざれば富貴は便ち長久ならず。穴に動靜の情無ければ蔭する所の子孫は便ち昌盛せず。砂は尊卑を分かたざれば白費して一番の心機なり。水は屈曲有情せざれば吉の中も亦總じて不足有り。

要識亥卯離三難,須識壬子癸、巽已丙、庚酉辛之三易。丁壬乙審穴之三吉,辰戌丑未正穴之四凶。禽獸橫樑關軸位,此是大地五曜星。水從前後並左右,龍身不合者總為沖。南水沖面氣不北,西水沖面氣不東。步水作來藏聚理,莫在平波論北(比□)風。生處審來生處作,自然砂水合神功。

要く亥・卯・離の此の三種の認り難きの龍を認得して亦壬子癸・巽巳丙・庚酉辛の此の三種の認り易きの龍を認得するを要す。丁・壬・乙は穴を審するの三吉方にして辰・戌・丑・未は正穴の四凶方なり。禽星・獸星・橫梁・關星・軸位は此れ即ち大地上の五曜星なり。水は前後より來ると論ぜず左右より來ると論ぜず、只要く龍身と合せざるは一概に冲と算す。南邊の水は面に冲り來れば氣は便ち北邊に到ることを得ず。西邊の水は面に冲り來れば氣は便ち東邊に到ることを得ず。水勢を量步するは要く風を藏め氣を聚むるの道理に按じて做して一片の平波の上に於て北風を空談するを要せず。生氣の在る所の處より來龍を審して亦生氣の在る所の處に於て穴を作せば砂水は自然に神妙の功に合せん。

記得古人傳受法,廖禹丁寧語伯通。看地只要會審龍,要看大地認雌雄。大地須要大合水,不比乾窩小局同。有水便把水來證,莫把龍身誤認宗。一等時師不識法,誤認窠凹窟突窮。水上再無水,龍上再無龍。岸畔作水終非吉,茵褥無龍總是空。自古山川有改變,焉知今與古時同。不是路通車馬析,也是山崩被水沖。有人識得其中訣,卻與楊曾郭鏷同。崑崙乃是山之祖,天下乾枝萬葉中。庚辛江北真奇脈,艮亥江南第一龍。已丙巽歸閩地旺,坤申只在六陽豐。戌乾坎癸南瓊盛,卯乙單行下章中。寅甲卻來蜀地走,離壬獨向廣陵宮。有人看遍人間地,萬里江山掌握中。

古人の傳授する法門を記住せよ、那れは廖禹の再三に伯通に叮嚀したるの話なり。地を看るは只要く龍を審する會せば大地を看んと要せば便ち雌雄を認るを得べし。大地は必ず大水の會合有るを須として乾窩小局と相提並論する能はず。水有れば便ち水を拿りて來りて印證して龍身の宗祖を認錯るを要せず。一種の地師有りて法度を懂らずして窩・凹・窟・突の此れ等の小名堂を錯りて真穴と當る。水の上頭は再び水無くして龍の上頭は再び龍無し。岸邊に於て硬に水を造出すは終究吉ならず、茵褥の如く平軟に看えて而も龍無きは到頭は一場の空なり。自より來山川は便ち變遷有りて怎ぞ知らん今天の形勢は古時と一樣なるを。道路車馬に劈開せらるるに非ざれば則ち山崩れて水に冲せらるなり。人能く其の中の口訣を識得せば那れは便ち楊筠松・曾文遄・郭璞と一般なり。崑崙は天下衆山の祖にして干龍枝龍の萬千枝葉は皆彼處より分出す。庚・辛の龍は江北に在りて是れ真正の奇脈にして艮・亥の龍は江南の第一條の好龍なり。巳・丙・巽の三龍は福建の一帶に歸りて最も旺にして坤・申の龍は只六陽の地に於て最も豐なり。戌・乾・坎・癸の龍は南方の瓊崖の一帶に於て興盛し卯・乙の龍は單行して南に下りて別に下章に交代す。寅・甲の龍は卻て蜀地に向りて走去り離・壬の龍は獨自に廣陵に奔向す。人若し能く人間の地を皆看遍せば萬里江山は便ち盡く掌握の中に在らん。

卷四・心訣を論ず

論向尋龍道最微,雖知亥卯與南離,其中若得真消息,何患人家不富時。

向を立つるを講じ龍を尋ぬるを講ずるの此の條の道理は最も精微なり。縱令汝は亥龍・卯龍および南方の離龍の此の幾條の好龍を知るも若し其の中に於て真正の消息(即ち龍水配合の生旺法度)を得る能はざれば亦還お成らず。一旦真消息を得着せば還た人家の富起らざるを怕れんや。

卷四・向を定め法を受く

亥龍一劍向南飛,乾上方知長子虧。壬氣中房多損敗,頂心長子十分奇。卯龍若至一樣牽,若當甲乙長房偏。當頭若立庚辛向,長富中房富貴全。離有獨火向南來,丁丙偏中長幼衰。個字有緣心上點,中房平地一聲雷。陽龍乾申及寅甲,坤乙原同長子春。坎卯離壬中子事,辰戌單行幼子身。

亥龍は一把の劍の如く直に南に飛び、若し氣は乾位の上に偏せば便ち知る長子は虧損せんと。若し壬字の氣に偏受せば中房は多く損敗有り。若し正對して頂心の一線に受來せば長子は反って十分に奇發せん。卯龍は來る時も亦樣に牽引して推斷す。若し正當に甲・乙の二字に在れば長房は便ち偏枯せん。若し當頭に於て庚・辛向を立てば那れは便ち長房富にして中房も亦富貴雙全なり。離龍は獨り火氣を帶びて南に向り來りて若し丁・丙の間に偏せば長房幼房は皆衰敗せん。若能く「个」の字形の分脈の正中心に穴を點ぜば中房は便ち平地の一聲の雷の如く驟發せん。陽に屬するの龍は乾・申および寅・甲にして坤・乙は原本も亦一樣にして皆長子の春光を主とす。坎・卯・離・壬の此の幾條は中子の事を管す。辰・戌は單獨に龍を行れば則ち幼子の身上に應ず。

陰龍庚震合心同,亥已原來長子空。卯酉行龍中子事,切須艮丙丑尋沖。艮丙巽辛及兌丁,局前水法十分清。有人識得其中趣,何患茅屋不出卿。長幼水尋長幼龍,方知斷法有神功。羅經分明別向處,富貴分窮似鏡中。壬癸相沖似水渥,坎離水盛骨顏希。人家若犯相沖水,外絕瘋瘋浸死尸。

陰に屬するの龍は庚は震と合して一心と為す。亥・巳の兩條は原本主として長子をして落空せしむ。卯・酉の行龍は管する所は中子の事にして還た艮・丙・丑の幾方に冲射有るや無きやを留心するを要す。艮は丙に配し巽は辛に配しおよび兌は丁に配して只要く局前の水法は十分淸澈有情なれば人の能く其の中の意趣を識得する有れば還た茅屋の裏に公卿を出だせざるを怕れんや。要く長房幼房に按じて分別して長房幼房の屬する所の龍を尋ねて乃ち此の套の斷法は神奇の功有るを知らん。羅盤の上に向位を分辨するや淸淸楚楚にして誰が富貴にして誰が貧窮なるかは就中鏡を照るが如く分明なり。壬・癸の二水は相冲すれば墳地は便ち水の裏に浸るが如し。坎・離の兩方の水勢は過盛なれば骸骨と容顏とは皆保存し難し。人家は若し此の種の相冲の水を犯せば外に在るの一支は嗣を絕ち家裏は還た瘋病を出して棺中は尸首を浸さん。

丑艮多朝瞎夫多,丑艮滿槨蟻成窩。其間若有單來艮,官事連綿怎奈何。寅甲橫朝瘋跛疾,更遭瘟火有千年。甲多寅少尸骸絕,寅土木根脅上橫。卯上定因軍賊傾,更嫌官事不曾停。若然真到身邊繞,吊死扛尸兩事興。乙辰向到而前朝,白蟻成窩直貫頭。遺腹單傳遺腹子,乙多有水浸棺浮。

丑・艮の兩方の來水太多ければ家中は多く瞎眼の男人を出して棺椁の裏も亦白蟻の窩を作るに積滿せん。其の中に若し單單に艮方の水來れば官司は連綿として斷えず、那れは怎麼辦せんや。寅・甲方の水は橫りて朝來すれば主として瘋癲跛足の疾にして還た瘟疫火災に遭ひて久久絕えず。若し甲字多くして寅字少なければ尸骸は皆斷絕せん。寅は土に屬して而も木根は橫生して棺木の肋側より穿り過ぐらん。卯方の來水は必ず軍人盜賊に因りて家を傾けて還た官司斷えざるを嫌む。若し那の水は真に身邊に繞り來れば縄に吊りて死し尸を擡げて出殯するの兩樁の事は皆發生せん。乙・辰方に向を立てて水は前面より朝來すれば白蟻は窩を成して一直に棺頭に貫り到らん。家中は只遺腹子を靠りて單傳して乙字方向の水多ければ還た棺木を浸して漂起せしめん。

巽已兩朝敗絕多,若逢巽丙又多磨。棺材有水人離散,獨自尸身定不多。二水難當一兩沖,十人常有九為軍。官事未停遭賊敗,尸骸似石化為灰。丁未朝來受大災,丁多有水未吹骸。陰人難免癆癀病,離散為僧或道家。坤申一見退田塘,坤少申多骨自寒。水若單坤一穴水,扛尸官事莫能防。

巽・巳の兩方の水は一齊に朝來すれば多く敗絕を主とす。若し再び巽・丙の同來に逢へば更に是れ磨難重重なり。棺材の裏に水進み入れば家人は便ち離散して剩下るの尸骨も亦一定多からず。兩股の水は一齊に冲來するは實に當り難くして十個人の裏に常に九個は兵に當りに去らん。官司は了沒せず又盜賊に遭ひて家を敗して尸骨は硬きこと石頭の如く最後に灰燼と化成せん。丁・未方の朝來の水は大災を受くるを要して丁字方の水多ければ未字方の風は便ち骸を吹かん。婦女は難く癆病黃腫を免れずして家人は離散して和尚道士を做らん。一たび坤・申方の來水を見れば便ち田塘を退掉せん。坤字少くして申字多ければ骸骨は自然に寒を發せん。水は若し單に坤方の一處より穴中に灌入せば尸を擡げて出喪し官非は身に纏みて皆防ぐる能はず。

庚酉辛朝定損妻,庚宮若盛長房虧。酉宮能到官災起,十個夫妻九個悲。戌乾坤穴十分凶,乾戌分明水在中。戌宮單到生白蟻,夭壽官災兩事逢。亥水單朝不可當,初然一犯退田塘。投河氣疾連瘟病,須識雖遭白蟻傷。

庚・酉・辛の三方の朝來の水は必定妻を損せん。庚宮の水は若し太盛なれば長房は便ち虧損せん。酉宮の水は一たび到れば官災は便ち起りて十對の夫妻の裏に九對は悲傷せん。戌・乾方にして穴は坤位に坐すは十分凶險にして乾・戌の兩字の間は分明に水の當中に在る有り。戌宮の水は單獨に到來せば白蟻を生じて夭壽と官災との兩件事は一齊に碰上らん。亥方の水は單獨に朝來するは最も承當し難くして初犯れば便ち田塘を退掉し接着は河に投げ氣疾は瘟病に連りて還た知るべし棺中も亦同じく白蟻の咬傷に遭はん。

卷四・支干の生旺を論ず

庚辛不必丙丁朝,丙丁相剋似燒湯。丙丁若有庚辛到,金闋兒孫世代朝。壬癸何須甲乙來,龍被洩氣力斯衰。若還甲乙逢壬癸,富貴一發興似雷。亥卯未龍本屬陰,若逢已酉丑相侵。雖然合得淨陰理,後代兒孫也禍臨。寅午戌龍本屬陽,若逢申子辰相傷。雖然合得淨陽理,後代兒孫禍莫當。

庚・辛の龍は不必要に丙・丁方の來水の堂に朝するを要せず、丙丁の火は庚辛の金を克して就中沸湯を用ゐて去りて澆るが如し。反って丙・丁の龍は若し庚・辛方の水來るを得ば子孫は世代に皆能く金闕に上りて天子に朝見せん。壬・癸の龍は何ぞ須んや甲・乙方の來水を、水は木を生じて反って氣を泄せられて龍力は便ち衰へぬ。若是れ甲・乙の龍は壬・癸方の來水に逢上せば富貴は一發するや便ち雷響の如く迅猛なり。亥卯未の木龍は本來陰に屬し若し巳酉丑の金局に碰上りて來りて侵犯せば雖も「淨陰」の道理に合得上すと説くも後代の子孫は仍お禍に遭はん。寅午戌の火龍は本來陽に屬し若し申子辰の水局に碰上りて來りて相傷せば雖も「淨陽」の道理に合得上すと説くも後代の子孫の禍も亦承當し起らず。

巽已單逢艮水來,長房幼子占文魁。艮脈若是單逢巽,一旦榮華一旦休。乾坤若有一泓坤,富貴驟興白屋門。坤宮若有乾水到,一敗如灰不可聞。不問橫朝遠近津,須知出去以為真。落囊低處宜為重,若犯三丁一樣雲。

巽・巳の龍は單單に艮方の來水に遇上れば長房と幼子とは皆能く文魁を奪取せん。可是れ艮脈は若し單單に巽方の水に遇上れば那れは便ち一時榮華・一時罷休なり。乾・坤の地は若し一泓の坤水の朝來有れば寒門白屋も亦能く驟然に富貴を興起せん。反って坤宮は若し乾方の水の到る有れば一敗すれば便ち灰燼の如く聞問に堪えず。橫朝の水の渡口の遠近を管するを必とせず、要緊のは其れ出去する水口を看る乃ち真の憑據と算す。落囊處の地勢低平の地方は最も應に看重すべし。若し三丁の忌を犯せば情形も亦上面の説く所と一樣なり。

卷四・四路黄泉斷

庚丁坤上是黃泉,坤向庚丁不可言。甲癸向中憂見艮,辛壬水路怕當乾。乾向若教辛水見,艮逢甲癸宅須遷。巽逢乙丙須當忌,有人犯了定憂前。時師若與人開作,十墳葬了九墳遷。學來要作傳家寶,任是千金莫亂傳。

庚向・丁向を立てば坤方は便ち是れ黄泉にして反って坤向を立てて庚・丁の水を見るも亦一樣に説く可からず。甲向・癸向を立てば最も向上に於て艮方の水を見るを怕る。辛向・壬向を立てば最も水路は正當に乾方を怕る。若し乾向を立てて辛方の水をして照見せしめ或は艮向を立てて甲・癸の水に遇へば此の如きの墳宅は必ず遷走するを須とす。巽向を立てて乙・丙の水に逢ふも亦應に忌諱すべく人の犯する有れば必定憂患は前に在らん。地師は如果此の如く人の為に山を開き造葬せば十座の墳は葬り下れば九座は遷るを要せん。此の套の口訣は學び手に到れば要く傳家の寶と當るべく就中千金を給ふとも亂傳するを要せず。

卷四・八煞黄泉斷を論ず

甲向黃泉水在寅,此水逢之意便嗔。莊田花盡人丁死,何處求仙問此因。乙向墳前已水流,此是黃泉急要修。瘟癀歲歲莊田退,災禍重重怎奈何。丙向黃泉巽水流,人丁先損退田牛。此是黃泉八煞水,若臨墓宅禍無休。庚向墳前若見申,此水逢之不稱心。定出鰥夫並寡母,須教枉死少年人。

甲向を立つるの黄泉は寅方に在りて此の方の來水は一見すれば便ち人をして惱恨せしむ。田產は花光して人丁は死絕して哪處に到りて神仙を求めて此の緣由を問はんや。乙向を立てて墳前に巳方の水の流來有れば此れ即ち黄泉にして須く趕緊に修改すべし。年年に瘟疫黃腫して田產は退敗して災禍重重として人をして無可奈何ならしむ。丙向を立つるの黄泉は巽方に在りて巽水は一たび流れば先ず人丁を損し再び田產耕牛を退す。此れ即ち黄泉八煞の水にして一旦墳墓宅第に臨到せば禍事は了完無し。庚向を立てて墳前に申方の水を見れば之に遇上れば總じて稱心せず。一定に鰥夫寡母を出して還た少年人をして枉死せしめん。

辛向黃泉何處尋,朝來乾上損人丁。定出瘟癀損人口,年年人帶白頭巾。壬向墳前亥水流,少年枉死人泉囚。任是錢財難免此,年年災禍不曾休。癸向黃泉艮莫流,艮向甲癸不須求。乙丙莫教流巽上,乙丙還憂已水流。辛壬作向怕乾位,乾向辛壬切須忌。庚辛還怕坤申水,乾見庚丁亦如是。

辛向を立つるの黄泉は哪裏に找さん。便ち乾方に在りて乾水朝來すれば便ち人丁を損す。必定瘟疫黃腫を出して人口を損傷して年年に人の白頭巾を戴きて喪を送る有らん。壬向を立てて墳前に亥方の水の流來有れば少年は枉死して人は黄泉の下に囚はる。縱令再び多くの錢財有るも亦免るる能はずして年年に災禍斷えず。癸向を立てば便ち艮方の水の流來るを要せず、艮向を立てるも亦必ずしも甲・癸の水を求むるを須とせず。乙向・丙向を立てば水をして巽方に流れ到らしむるを要せず、乙・丙は同じく巳方の水の流來るを怕る。辛・壬を用ゐて向を立てば便ち乾位を怕る、乾向を立てて辛・壬に對するも亦切に忌諱を須とす。庚・辛は還た坤・申方の水を怕る、乾向を立てて庚・丁の水を見るも亦是れ一樣なり。

卷四・祿馬貴人砂を論ず

乾上有砂在二宮,但是天馬在其中。更向亥中逢祿馬,貴人壬上認其蹤。乾上有砂在二宮,便是天馬趕辛蹤。酉上有砂在辛宮,辛峰必與貴人同。午上有砂在二鄉,便是天馬在南方。已上有砂方作祿,必然丙是貴人郎。

乾方に砂有りて兩宮の位を占めば那れは便ち天馬の其の中に在り。再び亥方に於て祿馬に遇上れば貴人は便ち壬方に到りて其の蹤跡を認る可し。乾方に砂有りて兩宮を占むるは即ち天馬の辛方の蹤跡を追り來るなり。酉方に砂有りて辛宮に落つれば那の座の辛峰は必定貴人と同論すべし。午方に砂有りて兩處を占むれば那れは便ち天馬の南方に在り。巳方に砂有れば乃ち祿を得ると算して則ち丙方は一定に便ち是れ貴人なり。

午上有峰第一鄉,午上有峰第二祥。兩峰疊作祿馬到,貴人丁上姓名香。甲為庚祿卯為乙,假祿何須向貴人。更有寅甲並癸子,兩般真祿不多泰。艮巽誰知無祿馬,一身長在貴人宮。自有六秀贈祿馬,邀我同入紫微宮。

午方に峰有りは第一等の吉地にして午方に再び一峰有りは第二重の祥瑞なり。兩峰は重疊すれば便ち祿馬齊到にして貴人は則ち丁方に應じて姓名は遠く播まらん。甲方は庚の祿位にして卯方は乙の祿位にして此の類の假祿は何ぞ必ずしも再び貴人に攀附せんや。別に寅甲と癸子との兩組有りて乃ち兩種の真祿にして惜むらくは世上は多見せず。艮・巽の兩方は誰か知らん並びに祿馬無きを、其等は整個皆貴人宮の裏に長ず。自然に六秀方の祿馬を贈與する有りて我を邀ひて一同に紫微宮に進入せん。

卷四・夾竹梅花穴向水路吉凶斷

壬子丙向誤人多,田須無破不成禾。水浸亡人棺板壞,蟻子頭邊已做窩。壬子丙向空亡路,丙水流巽無去處。斷定離鄉落水人,破敗官災田地廢。戌乾二山巽莫下,地戶天關非吉封。兩頭無骨木如槽,家業浮沉日凋謝。

壬子龍は丙向を立つるは人を誤るや最も多し。田地は若し冲破せられざるとも亦稻禾を長出せず。棺中に水進み入りて亡人を浸して棺板は朽壞して白蟻は早く頭邊に於て窩を作れり。壬子龍は丙向を立つるは正に空亡線の上を走りて丙方の水は巽方に流れ到れども卻て去る可きの處無し。家中は離鄉背井・水に落ちて淹死するの人を出さんと斷定する可く、還た破敗し官司を喫し田地は荒廢せん。戌・乾の兩山は巽向を立てて葬を下すを要せず、那れは地戶天關の在る所にして並びに吉利の封域にあらず。棺木の兩頭に骨骸無くして只一具の空槽を剩して家業は浮沉して一天天に凋謝せん。

辛山若作乙辰向,失落黃金日化塵。墓內定知多積水,風聲速敗主家貧。兌山寅甲陰陽背,新婦卻言遭兒害。骨骸失落已無多,板內必成泥上塊。坤山不宜安艮向,板爛黃金遭水漲。木板之內亂交加,退敗田塘家業喪。

辛山は若し乙・辰向を立てば隨葬の金器は皆失落して一天天に塵土と化成せん。墓中は一定に許多の水を積みて風聲一たび起れば便ち迅速に敗落して主人家は貧窮せん。兌山にして水は寅・甲に在れば陰陽は正好く相背して媳婦を做るは反って兒子に害せられたりと説來せん。骸骨は散失して已に多からずして棺板の裏は必定只泥塊を剩せん。坤山は艮向を安ずるを宜しとせず、棺板は腐爛して金器は水に淹泡せられて木板の内は雜亂交錯して田塘は退敗し家業は喪盡せん。

離山已穴最不佳,週年田地水堆沙。泥土蓋尸棺板爛,黃金失落更生蛇。巽山不宜戌乾向,水流寅甲遭水漲。連年退敗見官非,更損牛羊家道喪。辰戌丑未水來潮,其家禍害不曾饒。官災橫事年年見,墓中棺木自然消。

離山にして巳位に於て穴を點ずるは最も好からず。整年に田地は皆水に冲られて沙泥を堆滿して泥土は尸身を蓋ひて棺板は腐爛し金器は失落して還た蛇を生出せん。巽山は戌・乾向を立つるを宜しとせず、水は寅・甲方に流れ到れば便ち水漲に遭はん。連年に退敗して官司斷えずして還た牛羊を損失して家道は敗亡せん。辰・戌・丑・未の四墓方の水は朝來すれば此の家の禍害は從來放過せず。官災橫事は年年皆備りて墓中の棺木は自然而然に便ち消蝕掉せん。

卷四・夾竹梅花論二十四龍斷

乾坤二山損長房,鉅富小貴發中房。跏跎瞎吊生聾啞,定招二姓一小郎。坎離二山龍腰長,一發如雷又善良。不問諸房淫慾起,三男四子損妻房。艮山第一出賢良,小房發福富田莊。個個人賢才俊美,若逢百步探花郎。震山擬做少陰龍,為官必定到三公。若然十五三十步,牛羊富盛長房豐。

乾・坤の兩山は長房を損傷するも卻て能く中房をして大富にして小貴ならしむ。家中は瘸腿・瞎眼・縄吊・聾啞の人を出して還た一定要して異姓の小兒子を招進せん。坎・離の兩山は若し龍身の腰段長ければ發起するや雷の速きが如く人も亦善良なり。只是れ哪の一房と論ぜず皆淫欲の心を起し易くして三男四子は還た妻室を損傷せん。艮山は最も好し賢良の人を出して小房は發福して田莊は富足して個個の人品は賢良にして才貌は俊美なり。若し龍は百步行りて結せば還た探花郎を出す能くん。震山は少陰龍と算作する可くして官を做れば必定三公に做到せん。若し行龍は只十五步より三十步に到れば那れは便ち牛羊興旺して長房は豐足なり。

巽辛二山澈骨清,過房二姓莫同興。庶子螟蛉難養育,只堪一姓住千秋。兌丁二山真好裁,不問親庶尺寬懷。長子房中人口旺,錢糧百萬繡衣郎。丙山十步勢來長,出富出貴在何方。幼子為官並兩府,長男貧賤又棲惶。庚山百步勢英雄,長子房中福更崇。中子旺人財帛盛,二三幼子共伶仃。

巽・辛の兩山は淸澈して骨に徹するも只是れ異姓の孩子を過繼するは能く一同に興旺せず。庶出の子と抱養の子とは皆養大し難くて只一姓の人家に配上して千秋を住るに宜し。兌・丁の兩山は真に穴を裁るの好地方にして嫡出庶出と論ぜず皆能く寬厚相待せん。長子の房中は人口興旺して錢糧百萬にして還た身に錦繡の官服を着るの人を出さん。丙山は若し龍を行りて十步にして氣勢綿長なれば究竟富貴は哪の一房に出ずるや。幼子は官を做して而且身に兩府の職を兼ねて長男は卻て貧賤にして棲惶安からず。庚山は龍を行りて百步にして氣勢英雄にして長房の福氣は更加に崇厚なり。中子は人丁興旺して財帛豐盛にして第二・第三個の幼子は卻て皆伶仃孤苦なり。

甲山乾向遠來長,中男次子出郎官。長子貧窮遭苦厄,何愁金榜不名香。乙龍獨怕屬青蛇,兩房死婦事如麻。患眼駝腰官府害,辰山氣盛主人邪。癸山單出寡婦娘,瘟病年年不可當。中房中子人丁旺,幼男長子生瘟癀。壬山壬水出豪強,百步朝來產秀郎。若得回龍為上吉,自然無事到官方。

甲山は乾向を立てて來龍遠長なれば中男次子は能く郎官を出さん。長子は卻て貧窮困厄にして不過總じて金榜の上に名聲無きを愁へず。乙龍は唯獨屬蛇(巳)の一支の上に落つるを怕れて兩房は皆婦人を死して麻煩は麻の如し。家人は眼病・駝背を患へて還た官府の害を受けて若し辰山は氣勢過盛なれば主人は還た邪路を走らん。癸山は單獨に權を當れば便ち寡婦を出して瘟病は年年承當し難し。中房中子は人丁興旺して幼男と長子とは卻て瘟疫黃腫を生ぜん。壬山は壬水に配して豪强の人を出して來水は百步行りて堂に朝せば便ち秀才郎を產せん。若能く回龍顧祖を得ば那れは便ち上吉にして自然に平安無事にして公堂に上るを必とせず。

卷四・五星形勢

木直金灣土是橫,火星尖秀向南行。水星一似生蛇是,說與時師論五行。

五星の形狀は、木星は山体挺直にして金星は山体彎圓にして土星は山体方橫にして火星は山体尖秀にして多く南に向りて行り水星は山体彎曲して一條の活蛇の如し。此の幾句を地師等に説き與へて其等をして據りて五行を論ぜしめん。

卷四・五星葬法

金空不可當心下,土實須從角上裁。火星葬頂,水星嘴,木直須從節上埋。

五星の葬法は、金星は山体の中間空虛にして正當中心に穴を點ずる可からず。土星は山体厚實にして須く其の角上より穴を裁るべし。火星は要く頂上に葬り水星は要く彎曲處の嘴上に葬り木星は山体挺直にして便ち須く節眼處に葬を下すべし。

卷四・穴を扦するの法

蓋粘倚撞論星辰,吞吐浮沉饒減直。枕頂挨筋休破骨,銷金點穴莫傷唇。凡認穴情看住絕,水若行時脈不歇,停時當有小明堂,氣止水交方是穴。後面要令氣可乘,前頭要使交截水,若還鑿腦不傷唇,行急傷龍非融結。

穴を扦するは要く蓋・粘・倚・撞の四法に按じて星辰の形體に配合して再び吞・吐・浮・沉と饒減取直とを用ゐて來りて調節す。山頂に枕する時は要く筋脈に挨りて骨を破るを要せず。穴を點ずるは金子を銷熔するが如く精細にして穴の唇口を傷るを要せず。凡そ穴情を辨認するは要く氣脈は「住」なるや「絕」なるやを看るべし。水は還た流るるの時候は脈氣は便ち停歇無し。水は一たび停下來れば前面に便ち一個の小明堂有るべし。氣止まりて水交會するの地方乃ち真に是れ穴なり。穴の後面は要く氣をして乘得着る可く前面は要く能く水を截住して交合せしむべし。若し只腦頂を鑿りて而も唇口を傷らざれば還お算して好し。若し行龍太急なれば那れは龍を傷るにして並びに真に融結せざるなり。

卷四・尋龍經上篇

尋龍先尋宗與祖,不辨祖宗何足語。大山高聳是真龍,踴躍奔騰儔可語。乾坤位尊陰陽分,龍布雌雄須認取。兩邊夾從看尊卑,三里五里相隨護。先看應龍在何處,主客相迎各回顧。或居水口或平田,或近江湖或大路。或如猛虎奔青山,或似弱龍投水去。欲落未落雁南飛,欲住未住群鴉聚。龍若住時山水回,龍未成時山水去。山崗到處有陰陽,只恐時師不遭遇。

龍を尋ぬるは先ず其の宗山と祖山とを尋ねるを要して祖宗すらも辨り清めざれば還た甚麼の龍を尋を尋ぬるを談ぜんや。大山の高高聳起する乃ち真龍にして踊躍奔騰の氣勢乃ち稱道に値す。乾坤位を定めて陰陽分判し龍脈は雌雄を布列して必ず認取清楚するを須とす。兩とす。兩邊の夾護從隨するの山は其等の尊卑を看るを要し三里五里に一路に相隨護送す。先ず應龍は甚麼の地方に在るかを看て主山と客山とは彼此迎接して各々回顧す。其れは或いは水口に坐落し或いは平田に落ち或いは江湖に靠近し或いは大路に傍へり。或るは猛虎の青山に撲向かふが如く或るは弱龍の水中に投入するが如く。落ちんと欲して未だ落ちざる時は大雁の南飛するが如く住まんと欲して未だ住まざる時は群鴉の聚集するが如し。龍は一旦住下せば山水は便ち回環す。龍は未だ結成せざれば山水は便ち一直に去らん。山岡は到處に皆陰有り陽有りて只怕る地師の碰上らず認得せざるを。

特起高山作祖宗,降世行度若奔騰,驤可取也。景純謂勢如萬馬自天而下,卜氏謂辭樓下殿。論龍陰陽非乾陽坤陰,龍上而妙在雌雄二字。夾從護送山也,尊卑高低也,要隨護不皆應龍案也,迎者情繾綣也,平地大路指融結在彼也,猛虎渴龍謂行度體勢也,雁飛謂山水去也,鴉聚謂山水止也,山高急與府者屬陰,平支低浮仰者屬陽也。

注解に曰く、特意に高高聳起するの山は祖宗山と作す可くして其れは一路降落行度して奔騰するが如く彼の種の昂頭騰躍の勢乃ち取る可し。郭璞(景純)の説く「勢は萬馬の天自り下るが如し」卜應天の説く「樓を辭し殿を下る」は講ずる所は皆此れなり。龍の陰陽を論ずるは並びに乾は陽と為し坤は陰と為すの彼の種の分法にあらず、龍の上の妙處は全く「雌雄」の二字に在り。所謂「夾從」は是れ護送の山にして所謂「尊卑」は是れ高低の別なり。隨護の山は要く一路に相隨して其等は並びに皆是れ應龍の案山にあらず。所謂「迎」は是れ山情の纏綿相顧なり。平地大路を説き到れば是れ指す所は結作は便ち那邊に在るなり。猛虎・渴龍は講ずる所は行龍の體勢なり。雁飛は説く所は山水は還た去る在りにして鴉聚は説く所は山水は已に止住せるなり。山勢の高峻急促にして俯伏するは陰に屬し平坦低緩にして浮仰するは陽に屬す。

或過江河或不見,任使時師尋教遍。或居虛谷或深潭,須看應龍子細辨。有人識得此真龍,一似楊曾親會面。卜氏謂棄甲洩兵,過水而重興營寨。若山谷深潭龍脈隱微,非在水低,謂言有龍必有案,故以應龍求之矣。

龍は時に江河を渡りて蹤跡を見せず地師の到處找遍するに任せども亦找不着り。時に空谷に落ち時に深潭に落ちて此れ便ち必ず應龍を看て來りて仔細に分辨するを須とす。人の能く此の如きの真龍を認得する有れば便ち楊筠松・曾文遄と當面相會するが一般なり。注解に曰く、卜應天の講ずる「甲を棄て兵を泄し水を過りて重ねて營寨を興す」は説く所は便ち龍の水を渡りて後重新に勢を起すなり。若し山谷深潭の間に於て龍脈は隱微なれば那れは並びに龍は真に水底に沉むるにあらず。意思は龍有れば便ち必定案有りて故に要く應龍に憑りて之を尋求するを要するなり。

或藏形或隱跡,要知去住登高覓。磊落高峰骨脈真,左右從龍君要識。斷續不過三五里,束帶蜂腰鶴膝是。龍若住時有明堂,入穴先看左右臂。面前玉案若橫遮,更有應龍當面起,請君下穴細裁量,不久子孫官爵至。藏隱者,微而難辨去住也,住止也;磊落群峰明也,從龍隨護山也;斷續者,藕斷絲連之狀,蜂腰中小、鶴膝中大,皆來氣過脈;穴自融結必獻明堂,則左右自然環抱,近案橫遮,遠案接應,官爵必然也。

龍は時に形體を藏起し時に蹤跡を隱去して其れ去るや住するやを知らんと要せば便ち登高して去りて尋覓するを得べし。峰巒の磊落高聳するの地方は骨脈乃ち真にして左右の從隨の護龍も亦認清するを要す。龍脈は斷れて復た續くや不過三五里にして氣を束するや帶の如く・蜂腰・鶴膝は便ち其れ脈を過ぐるの樣子なり。龍は一旦住下せば便ち明堂有りて穴場に進み入りて先ず左右の兩臂の砂手を看る。面前に若し玉案の橫りて遮攔する有りて再び應龍の當面に聳起する有れば那れは便ち汝を請して細細に裁量して穴を下さん、不久に子孫の官爵は便ち來らん。注解に曰く、所謂藏隱は是れ形跡微茫にして去住を辨り難し。「住」は即ち止なり。磊落は是れ群峰分明にして從龍は是れ隨行護送の山なり。所謂斷續は是れ藕斷絲連の樣子にして蜂腰は中間細小にして鶴膝は中間粗大にして皆是れ來氣の脈を過ぐる之處なり。穴は既然に自然融結すれば前面は必定明堂を獻出して左右は自然に環抱して近案は橫遮し遠案は接應して官爵は便ち必然の了れり。

要別陰陽辨風水,龍要十分水十二。山為門戶欲堅牢,水為血脈須秀吉。且尋坐下正龍位,縱少朝山也尊貴。龍來遠遠穴天然,依經點穴勝前堅。三陽六建當墳照,千金莫亂與人扦。若徒按卦推音取,失了楊曾二大仙。陰陽二字詳《雪心賦》第二章。來龍得十分謂全也,水得十二分亦然。水口為龍穴之門戶,山乃明堂之鎖鑰,皆要堅固。水乃龍之血脈,要眷戀。三陽者,明堂為內陽,案山為中陽,案外朝山為外陽。六建者,水抱穴,左為天建,右為地建,前為人建,祿建、命建、馬建。照於前者,推卦例姓音之非是。

要く陰陽を分別し風水を辨明して龍は要く十分完足して水は要く十二分周到すべし。山は龍穴の門戶にして務めて堅固牢實を求め水は龍の血脈にして務めて秀麗吉利を求む。而且先ず坐下の正龍の位を尋ねるを要して即ち朝山少一些するも亦一樣に尊貴なり。龍は遠遠より來りて穴は自然天成して經に依りて穴を點ずるは從前の成見に勝る。三陽・六建は皆要く墳前に正照して此の如きの地は即ち千金を給ふとも亂りに人に替りて扦するを要せず。若し只卦例に按じ姓音を推して去りて取用せば那れは便ち楊・曾の兩位の大仙を辜負す。注解に曰く、陰陽の二字は詳しく《雪心賦》第二章に見る。來龍の十分を得るは説く所は完全にして水の十二分を得るも亦是れ此の意思なり。水口は龍穴の門戶にして山は明堂の鎖鑰にして皆要く堅固すべし。水は龍の血脈にして要く眷戀して舍てざるべし。所謂三陽は明堂は内陽と為し案山は中陽と為し案外の朝山は外陽と為す。所謂六建は水は穴を抱きて左は天建と為し右は地建と為し前は人建と為して別に祿建・命建・馬建有り。此れ等は皆墳前に照臨して見るべし卦例に按じ姓音を推すの做法は是れ錯なりと。

共說前山三與五,笑殺時師全不悟。山頭將取地羅移,便道陰陽居此處。不尋地脈看來龍,空有賢賓無好主。前三後五共為八門,圖見《雪心賦》。若失生氣,空貪秀案也。

人人皆前山に三有り後山に五有りと説きて可笑し今日の地師は全然悟らず。彼等は山頭の上に羅盤を來りて挪り去りて挪りて便ち陰陽は便ち此處に在りと説く。地脈を尋ぜず來龍を看ぜずして結果は只賢能の賓客有りて而も好主人無し。注解に曰く、前三後五は合起せば共に是れ八門にして圖は《雪心賦》に見る。若し生氣を失掉せば那れは便ち只是れ白く秀麗の案山を貪圖するのみなり。

真龍剝換妙難窮,子細推尋莫失蹤。作穴擔看隈暖處,前有朝山起數重。子孫俊傑天然別,富貴榮華達聖聰。剝換失蹤龍脈,隱隱隆隆,若灰中線、草裡蛇,微茫難認,沒泥龜蛇之類。隈暖處,藏風聚氣也。

真龍は一路剝換して妙處無窮にして必ず仔細に推尋して蹤跡を跟丢すを要せず。穴を作るは要く山彎の風を避け陽に向るの暖窩處に於て細看して前面に還た幾重の朝山の聳起するを要す。此の如きの地は子孫の俊秀出衆は是れ天然に分別し出來して富貴榮華は能く天聽に上達せん。注解に曰く、剝換の處は龍脈は容易に蹤を失して其れは隱隱隆隆として就中灰の上に拉れるの一條の線・草の裏に游べるの一條の蛇の如く微茫として認り難く又泥中に沒入したるの龜蛇の一類の如し。所謂隈暖の處は即ち風を藏め氣を聚むるの地方なり。

下穴為父,朝為母,相逢龍勢住。從龍兄弟要相逢,白虎青龍為子乳,鄰姻伯叔護團圓,坐下千金無賈處。下穴當作主,山主為父,案為母,謂夫婦對偶。龍住成形,夾從龍山為兄弟,不可無也,反是者單獨孤露無情。穴為子息,龍虎為奶乳,籍以拱抱,若乳其子也。纏護為伯叔,團圓護衛也。

穴を下すの主山は算して父と為して前朝の案山は算して母と為して兩者は相逢して龍勢は乃ち住下ることを得。從隨の護龍は譬へば兄弟の如く要く彼此相逢して白虎青龍は譬へば乳母の如く孩子を抱着す。纏護の山は譬へば姻鄰伯叔の如く團團圍護す。此の如く坐下の地は即ち千金も亦買到すること能はず。注解に曰く、穴を下す之處は應に主山と作して看るべくして主山は父と為し案山は母と為して譬へば夫婦の成對するが如し。龍は住みて形を成せば夾護從隨の山は便ち是れ兄弟にして無かる可からず。反れば便ち單獨孤露して情無し。穴は譬へば子息の如く龍虎は譬へば奶母の如く其等に拱抱せらるるを靠りて就中自らの孩子を乳養するが如し。纏護の山は譬へば伯叔の如く團團として繞りて護衞す。

逆龍捲穴難尋討,細脈迎朝福深奧。揚揚大水逆西關,下了還生國之寶。逆虎卷穴上東邊,細脈迎朝福轉深。揚揚大水東宮鎖,下了為官滿國欽。上水抱曰逆,若龍抱虎之地,大水臂外水鎖也,不見其出。

青龍は逆轉して卷抱して穴を抱くは此の如きの地は尋ね難く找え難くして細小の脈は朝案を迎へて福氣は深奧なり。浩浩の大水は西邊に於て逆に關住して葬り下れば還た國家の棟梁の寶を生出せん。白虎は逆轉して卷抱して穴を抱きて東東邊に擁り來りて細脈は朝を迎へて福氣は更深し。浩浩の大水は東宮に鎖して葬り下れば官を做るや滿國人は皆敬重せん。注解に曰く、水は上方より抱來るを「逆」と叫ぶ。如果是れ青龍の白虎を抱くの地なれば大水は臂膀の外に於て水口を把りて鎖住して便ち其れ流れ出去るを見るを得ず。

山若急時緩處安,臨穴入路似龍蟠。面前秀山並秀水,下了令人出大官。山若慢時急處下,莫遣明堂傾腹瀉。要令當面水陽朝,列土分茅容五馬。小山須去大處尋,教君此訣值千金。大山須去小處尋,高處看眉低應心。急緩脈龍也。大特小、小特大,當下其特。齊應者,避壓也。

山勢は若し來るや急なれば便要く和緩處に穴を安じて穴場に臨近するの入路は要く龍の盤曲するが如くすべし。面前に秀麗の山・秀麗の水有れば葬り下れば便ち大官を出す能くん。山勢は若し來るや慢なれば便要く急處に穴を下して明堂をして傾瀉の肚腹の如く漏走せしむるを要せず。要く當面の水をして朝陽して來らしめば那れは便ち疆を封じ土を列して五馬並駕せん。小山の中は要く大處に往りて尋ねて此の句の口訣は千金に値す。大山の中は要く小處に往りて尋ねて高處に於て其の眉を看て低處に於て其の心に應ず。注解に曰く、急と緩とは講ずる所は脈と龍なり。大山の中に忽に小者を現じ小山の中に忽に大者を現ずれば便ち「特」と叫びて應に此の特出の處に下るべし。所謂齊應は是れ壓迫の勢を避開せんが為なり。

龍若住時便生枝,枝上分枝更□□,□氣脈相連,續下後兒孫著錦衣。生枝分枝言雙龍虎也。有兒者上□□,□水下關去水。

龍は一旦住下せば便ち枝脚を生出して枝の上に再び枝を分かち(此處原本字を缺く)氣脈は相連斷えずして葬り下りて後子孫は皆錦衣を穿たん。注解に曰く、枝を生じ枝を分かつは講ずる所は雙重の龍虎砂なり。所謂兒有り(此處原本字を缺く)は指す所は上手の水と下手の關攔の去水なり。

捉脈尋龍何者是,此訣憑君須仔細。山山去了不回頭,子賣爺田偷寫契。一名喚作倒莊山,忤逆子孫君須記。山山眾去不顧也。

脈を捉へて龍を尋ぬるは究竟哪の一條乃ち對なるや。此の口訣は汝は必ず仔細に體會するを須とす。若し座座の山は皆一去して回頭せざれば那れは便ち兒子の偷偷に契を寫りて父親の田產を變賣するの上に應ず。此の種の山は別に個名目有りて「倒莊山」と叫びて主として忤逆の子孫を出して汝は要く記住すべし。注解に曰く、即ち衆山は皆一直に去りて而も回顧せざるなり。

懶龍孤弱臥茅崗,有錢不肯買田莊。牽連公事遭羅網,子息分離出外鄉。更有香花龍最別,蟠帶從頭來不絕。前有香爐禮卯山,又有旌幢並賓節,定知寺觀及僧堂,社廟神壇人祭設。平緩孤單怯弱為懶龍也。蟠幢旌節,圓山出足四五香爐禮拜,圖見《雪心賦》。

懶龍は孤單軟弱に茅草岡の上に臥して家裏に錢有るも亦肯じて田を買ひ莊を置かず。還た官司に牽連して法網に落ちて子孫は離散して他鄉に流落せん。別に一種の「香花龍」有りて最も特別にして盤曲して帶の如く頭自り尾に至るまで連綿絕えず。前面に香爐峰の卯山に朝禮する有りて又旌旗幢幡と賓節の形と有りて彼處に寺觀僧堂を建つ或は社廟神壇を立起して人に祭祀せしむるを斷定する可し。注解に曰く、山勢の平緩・孤單・怯弱なるは便ち是れ懶龍なり。所謂盤幢旌節は是れ圓山の四五隻の脚を伸出して香爐禮拜の狀の如くにして圖は《雪心賦》に見る。

其餘變換幾多般,尤籍時師眼力寬。但恐雌雄交度處,不論逆順盡堪安。此是尋龍端的記,為報時師須子細。若能窮盡此真經,一似楊曾親出世。

其の餘の變換は還た多少種有るやは便ち全く地師の眼界の開闊に靠る。只怕る雌雄交度の地方に於て逆勢順勢と管せず其の實皆可なり穴を安ずるを。此れは尋龍の確切可靠の記述にして特に諸位の地師に告知して務めて仔細なるを要す。若能く此の部の真經を窮究し到れば便ち楊筠松・曾文遄の親しく再世するが一般なり。

卷四・尋龍經中篇

為報山人尋地理,須看《尋龍記》。尋龍先尋寶殿宮,太乙在其中。勿然紫氣山回抱,三臺朝伏好皇宮。寶殿後龍山也,太乙龍之左右,紫氣者青龍來抱也。三臺,山如品字,伏者拜也。

特に山中の地理先生に告げる。地理を尋ぬんと要せば先ず此の部の《尋龍記》を看るを得べし。龍を尋ぬるは先ず「寶殿宮」を尋ねて太乙星は便ち其の中に在り。再び紫氣の山の回環して抱來る有るや無きやを看て三台の山は俯首朝拜して那れは便ち皇宮の如きの格局を好しとす。注解に曰く、寶殿は即ち後龍の山にして太乙は龍の左右の兩側に在り紫氣は即ち青龍の回抱なり。所謂三台は是れ三座の山の品字形に排るにして所謂伏は即ち俯首朝拜の狀なり。

發跡先看祖宗來,山頂勢排徊。大公若得小公住,雌雄分兩路。左回右抱穴分明,賓主要相迎。發跡者,起祖立宗也。大小者,大剝小山也。兩路,介字也。回抱者,交度也。

一家の發跡を看んと要せば先ず祖宗山は哪裏より來るかを看て山頂の氣勢は如何に盤桓排布するを。大きの祖山の下に於て若能く小きの父母山を剝換し出して住下せば雌雄の二氣は便ち兩路に分かれん。左邊は回環し右邊は抱護して穴位は便ち分明にして賓山と主山とは要く彼此迎接すべし。注解に曰く、所謂發跡は即ち祖を起り宗を立つなり。所謂大小は即ち大山は小山に剝換す。所謂兩路は即ち「介」の字形の分脈なり。所謂回抱は即ち雌雄交度なり。

隨龍兩邊俱朝揖,山形諸就集。一山走去一山回,不是正來。亂龍三條五條起,中有一條是。一山拱揖一山親,即是正龍身。隨龍護送山也。一走一回,去住不定。三五條起者,其中拱揖最尊貴者便是真龍。

龍に隨ふの護送山は兩邊皆拱手朝揖して各種の山形は皆聚り攏り來る。若し一座の山は走りて一座の山は又回れば那れは還た正來の龍にあらず。亂紛紛の龍は三條五條を起して其の中は只一條のみ是れ真なり。哪の一座の山は既に拱揖して又親近せば那れは便ち正龍の本身なり。注解に曰く、隨龍は即ち護送の山なり。一走一回は説明す去住定まらざるを。三五條は一齊に起來る時其の中に拱揖の勢の最も尊貴なる那一條は便ち是れ真龍なり。

單雌單雄不用看,體要勞心算。大公若得小公龍,旌節起重重。左右若得眾山揖,明堂真龍集。四件團圓似月形,認取正龍行。單者孤露也。大得小者,變換取巧也。若左右抱裹團聚者,是正龍也。

只單雌あるいは只單雄の地方は看るを用ゐず、彼の樣の形體は白費心思して去りて推算す。大きの祖山は若し小きの父母龍を剝換し出せば旌旗節鉞の如きの山形は便ち重重として聳起せん。左右に若し衆山の拱揖を得ば明堂の中に真龍は便ち聚集せん。若し四面團圓として月亮の如くなれば便ち此れ正龍の行く所の處と認定する可し。注解に曰く、所謂單は即ち孤露無護なり。所謂大は小を得るは即ち剝換變化するや巧なり。若し左右環抱包裹して團團聚攏するは便ち是れ正龍なり。

大凡看龍先看勢,須用龍樓起。兩邊相揖對明堂,龍虎要相當。水口捍門華表起,穴在天心裡。便有貴人品字形,伴月亂如星。凡祖山起龍樓,對面山峰列如品字。若對面明堂者吉,更水口有捍門華表主貴。

大凡龍を看るは先ず氣勢を看て必ず龍樓の一般の高山の聳起有るを須とす。兩邊の山は彼此拱揖して明堂に對して龍虎砂は要く匹配相當すべし。水口に捍門・華表の山の聳立有れば穴は便ち天心の正中に落つ。此の時は還た貴人峰の品字形に排る有りて衆星は月に伴ふが如く散布せん。注解に曰く、凡そ祖山の聳起するや龍樓の如くして對面の山峰は品字形に排列す。若し明堂に對すれば便ち吉にして水口に再び捍門・華表有れば便ち貴を主とす。

看取主山何處出,換龍並換骨。龍貴祿馬在何方,拜識要相當。文筆尖峰在左右,火星臨墳照天官。武庫兩邊朝,便出大官僚。來龍須變星換骨。若甲山申子辰山,祿馬居寅之類。拜識者,拜恩謝職山。文筆火星皆尖峰也,若在案山之左右名文官,武庫山主貴。

主山は哪裏より出來するかを看清して途中に龍を換へ骨を換ふるや否やを。龍の貴とする所の祿馬は甚麼の方位に在るか、拜恩謝職の山は要く相稱すべし。文筆の尖峰は左右に立りて火星は墳前に照臨して天官の位に應ず。武庫の山は兩邊より朝來すれば便要く大官を出さん。注解に曰く、來龍は必ず星を變じ骨を換ふるを須とす。譬へば甲山或は申子辰の山は祿馬は便ち寅方に居るの類なり。所謂拜識は即ち拜恩謝職の山なり。文筆と火星とは皆是れ尖峰にして若し案山の左右に在れば便ち文官峰と叫びて武庫の山は則ち貴を主とす。

要識閃山不作穴,落處何勞掘。回頭望取太陽崗,且用主人長。水口若有交牙石,相似龍蹤跡。星峰旗鼓揖團圓,宰相去朝天。閃者,走竄也。太陽者,屬金體,主長者。來龍遠則左右護送亦長。交牙石者,關固無損益也。諺曰:若要發,水口狹。相似者,不失本類也。

要く閃走の山は穴を結せざるを認得して落脈處も亦必ずしも費力して去りて挖るを要せず。頭を回して去りて那の太陽岡を望して還た主人山は長きに足るやを看るを要す。水口に若し交牙の如きの石頭の相錯有れば那れは便ち龍の蹤跡と相稱す。星峰・旗山・鼓山は團團拱揖すれば便ち宰相を出して去りて天子に朝見せん。注解に曰く、所謂閃は即ち走竄なり。所謂太陽は是れ金に屬するの山体にして長久を主とす。來龍遠ければ左右の護送の山も亦便ち長し。所謂交牙石は是れ水口を把りて關鎖するや牢固にして損益無し。諺語に曰く「若し發せんと要せば水口狹し」と。所謂相似は是れ説く所は其の本來の類屬を失はざるなり。

奉勸時師著眼觀,認取真龍度。登山涉嶺望西東,龍識得行蹤。或在高原無空缺,前有圓峰出。若然穴隱便為尊,好惡細推論。或在平田水口裡,落處應龍至。天乙太乙兩邊朝,世出貴人苗。或在路旁人不識,下了令人憶。不是時師眼不開,留與福人來。或在江村或在溪,乃是真龍隱蹤跡。龍樓寶殿兩相當,代代近公王。或似渴龍奔江水,華蓋後頭起。前有頓筆入雲中,四畔起圓峰。或行或去回頭望,應龍尊貴旺。尋取正龍去住場,看落在何方。一要山來二要水,便合陰陽位。停停去住有雌雄,此地足堪逢。正龍行度,夾從護送,多天乙太乙隨行,倉庫劍戟,雌雄自然交度,水口重關,前列秀案。

各位の地師に勸奉して大眼睛を睁きて看て真龍の行度を認清せん。山に登り嶺を越へて東を望み西を望めば便ち龍の行蹤を識得する能くん。其れは或いは高原の上に落ちて四面に空缺無くして前面に圓峰の聳出有り。若し穴位は隱蔽せば那れは反って更に尊貴にして好壞は要く細細に推論すべし。或いは平田の水口の内に落ちて落處は自から應龍の相迎有り。天乙・太乙は兩邊に朝拱して世代に貴人の苗裔を出さん。或いは路旁に落ちて而も人は認得せずして葬り下りて後乃ち人をして追念せしむ。那れは是れ地師の眼は開かざるにあらずして而も是れ天意の福有るの人に留下するなり。或いは江邊の村落或いは溪澗の間に在りて那れは真龍の蹤跡を隱藏せるなり。龍樓と寶殿とは兩相匹配して代代皆能く公侯王爵に接近せん。或いは渴龍の江水に奔向するが如くして華蓋の星は後頭に於て聳起す。前面に頓筆峰の雲中に插入する有りて四周の圓峰は環起す。其れは或いは行り或いは去りて時時に頭を回して顧望して應龍は便ち尊貴にして興旺を顯す。要く正龍の去と住との場所を尋ねて其れ究竟哪の一方に落つるかを看る。一要く山有りて來り二要く水有りて到らば乃ち陰陽の位次に合す。停停當當として去有り住有りて而も雌雄相配するの此の如きの地乃ち遇上るに値す。注解に曰く、正龍は行度する時兩邊に夾護隨送して多く天乙・太乙の隨行有りて還た倉庫・劍戟の一類の山有りて雌雄は自然に交度して水口は重重關鎖して前面に秀麗の案山を排列す。

水即經年猶解轉,山崗勿移換。看取團圓櫃庫崗,便是貯禾倉。不是真龍莫亂說,何用勞心訣。不是真龍把作龍,下了即貧窮。龍行自有龍行勢,落處貴人鄉。四畔峰巒似列槍,龍在裡頭藏。踴起高峰頭背拱,或輕又或重。樓臺鼓角兩邊迎,走馬又屯兵。執杖報衙並插笏,風爐茶具出幞頭,天馬及行街,踏節兩邊排。忽然頓旗前面聳,府帥兵權重。或然魚袋左邊來,金榜御門開。武曲笏山當墳起,不怕頭尖利。展袍誥輔更相隨,代代錦衣歸。水性動易遷變,曰解轉;山體靜重厚,勿移換。方圓磊落者,曰禾倉。正龍不顧他山既止,自有秀案。

水性は流動して經年累月に還た道を改むるを會す、故に其れを「解轉」と説く。山岡は厚重安靜にして挪移變換せず。若し團圓として柜の如く庫の如くの山岡を見れば那れは便ち稻穀を貯存するの糧倉なり。真龍に非ざれば便ち亂説するを要せず、何ぞ必ずしも白費心思して去りて口訣を推せんや。真龍に非ざるを以て龍と當れば葬り下れば立刻に便ち窮す。真龍は行走すれば自から其の行走する氣勢有りて落處は便ち貴人を出ずるの地方なり。四周の峰巒は槍の如く排列して龍は便ち裏頭に藏る。高峰は踊起して頭背は拱抱して或いは輕或いは重なり。樓臺・鼓角は兩邊に於て迎接して又走馬・屯兵の形有り。還た執杖報衙・插笏・風爐茶具・幞頭の形・天馬・行街・踏節の山は兩邊に排開す。忽然に頓旗の峰の前面に於て聳起有れば那れは便ち府帥の職・兵權深重を主とす。若し魚袋形の山の左邊より來る有れば便ち金榜題名して御門に於て榜を開かん。武曲の笏山は正當墳前に於て聳起すれば便ち其の頭部の尖利を怕れず。再び展袍・誥軸の山の相隨有れば代代皆能く錦衣にて鄉に還らん。注解に曰く、水性は流動して遷變し易し、故に「解轉」と叫ぶ。山体は安靜厚重なり、故に「勿移換」と曰ふ。方圓磊落の山を禾倉と叫作す。正龍は別の山を顧みずして自ら行りて停住して自然に秀麗の案山有らん。

日月捍門居水口,印山或低小。天關地軸自相迎,宰相入朝廷。更有交床並青蓋,落處相榮帶。垂簾掛幕應墳前,世世代代碧幢眠。龍山雙管進田筆,進氣年年喜。右邊尖射便為凶,千萬莫相逢。虎山須是彎彎曲,此地方為福。惟有左山救得人,世代不交貧。水口兩圓峰,曰日月。水去處中有墩,曰地軸,以字解。左山,青龍也,以理推之逆山也。

日月の兩峰は捍門を作して水口に守りて印星の山は即ち低小なるも亦妨げず。天關と地軸とは自然に相迎すれば便ち宰相を出して朝に入らん。再び交床・青蓋の形有れば落處に便ち榮顯の綬帶有らん。垂簾掛幕の如きの山は墳前に應じて世世代代皆碧色の旌幢の下に於て安眠せん。青龍の一邊は若し雙雙に伸出して進田の筆の如くなれば便ち年年に氣を進みて喜ぶ可し。右邊に若し尖砂の射來有れば便ち是れ凶にして千萬に碰上るを要せず。白虎の山は必ず彎彎曲曲して此の地方乃ち福有り。只左邊の山乃ち能く人を救ひて世代に貧窮に至らず。注解に曰く、水口の兩座の圓峰を日月と叫作す。水の流れ去る處の中間に土墩有りを地軸と叫びて字義に按じて解すれば便ち此の如し。所謂左山は即ち青龍にして道理に按じて推せば便ち逆水の山なり。

忽然後龍帶倉庫,下了家豪富。金櫃相隨公祖來,疊疊後頭堆。一重山來為一代,說了時師會。龍身帶倉庫者取富。卜氏曰:帶倉庫,陶朱之產可期。

若し後龍は倉庫形の山を帶びば葬り下れば便ち家道豪富せん。金柜の山は祖山に隨て來りて一層一層後頭に堆る。一重の山來れば便ち一代の人に應じて此の如く一説せば地師は便ち明白せん。注解に曰く、龍身の倉庫を帶ぶるは其の富を取るなり。卜應天の曰く「倉庫を帶びば陶朱の產は期す可し」と。

看他出貴在何方,其命要相當。若在子午卯酉出,此命人逢吉。寅申已亥位方臨,此命抵千金。若在辰戌丑未向,此命興旺。太歲其年應信來,富貴自人摧。如子上有尖峰,主子生人貴;上有倉庫山,主寅生人富,他仿此。太歲鎮則發。

其れ貴を出して哪の一方に應ずるかを看て還た人の生命と相配するを要す。若し貴峰は子・午・卯・酉の四正の位に出づれば此の四支の命に屬するの人は便ち吉に逢ふ。若し寅・申・巳・亥の四長生の位に臨めば此の幾支の命の人は價千金に値す。若し辰・戌・丑・未の四墓の向に立てば此の幾支の命の人は便ち興旺す。彼の一年の太歲は方に臨み到れば應驗の消息は便ち來りて富貴は自然に人に推舉せらる。注解に曰く、譬へば子方に尖峰有れば便ち屬鼠年生の人は貴を主とし、子方に倉庫山有れば便ち屬虎年生の人は富を主とし、其の餘は此に照らして類推す。太歲は彼の一方に鎮臨せば便ち發に應ず。

好地用尋年月利,日時相隨至。淺深下穴用心機,此訣極立微。穴土須逢五色佳,辨取溫溫處。忽然淺露失包藏,下了受災殃。密秘仙人論如此,父不傳於子。學得自要逞神通,識透古人蹤。凡定穴立曏者,要年月日時大利一也,淺深得乘二也,五土四也,反此四者災殃立至。

好地を得て還た年月の吉利を選ぶを要して日辰時辰も亦跟著して相合するを要す。穴を下すの深淺は要く心を用ゐて思量して此の口訣は極めて精微なり。穴中の土は要く五色俱全を以て佳と為して還た彼の溫潤の地方を辨認するを要す。若し挖るや太淺にして暴露して包藏を失へば葬り下れば便ち災殃を受けん。仙人の秘密相傳するの道理は便ち此の如くにして連れ父すらも亦子に傳へず。學び手に到れば自然に神通を顯顯する可くして古人の蹤跡を看透する能くん。注解に曰く、凡そ穴を定め向を立つるは第一に年月日時の大吉大利を要し第二に深淺得宜して能く氣を乘住するを要して還た土色五全を要す。此の幾條に違反せば災殃は立刻に便ち到らん。

卷四・尋龍經下篇

殷勤為報時師道,尋龍莫潦草。尋得真龍穴法真,下了救人貧。要識尋龍至妙法,最高峰頂踏。遠望四山龍發枝,血脈要相,節節生峰起。祖宗細認龍行路,擺身直下見真龍,會者此皆通。尋龍之法先觀分水處,起山步其行度,不顧他山,節節起峰,兩邊護送障缺,至結穴處左右周密,堂寬案秀,水口重關為吉也。

殷勤として各位の地師に告げる。龍を尋ぬるは千萬に草率する可からず。真龍を尋着せば穴法乃ち真にして葬り下れば能く人の窮困を救ふ。知るべし龍を尋ぬるの最妙の法門は便ち最高の峰頂に登りて去りて踏看して遠く四面の群山を望みて龍は哪裏より枝脚を分出するかを看て血脈は要く彼此相顧して一節一節地に山峰を生出す。祖宗山より起して細細に龍の行く所の路を認清して其れ身軀を擺動して一直に落下來るを看れば那れは便ち真龍を見る。看る會する人は此れ等の道理は一通すれば百通す。注解に曰く、尋龍の法は先ず水を分かつの地方を看るを要して山を起る處より一步一步其の行度を量りて其れ別の山を顧みずして自ら前進するを看て節節に峰を起して兩邊に護送の山の缺口を遮擋する有りて穴を結するの地方に到れば左右周密にして明堂寬闊にして案山秀麗にして水口は重重關鎖して此れ乃ち吉なり。

廣闊平陽無起處,巨門星為主。尖尖頓起細侵云,敵國上將軍。破輔貪廉星出猛,天下人欽敬。石龍石骨過江河,子息作龍圖。面前若見大溪水,宰相神童出。巨文二位發龍行,寺觀有聲名。六節以來廉貞起,神廟佛場地。祿存磊磊作來龍,扦穴定災凶。武好星,天外起,財帛重重至。

廣闊の平陽の地に於て山峰の突起無ければ便ち巨門星を以て主と為す。若し尖峰の頓起して細細に雲端に插入する有れば便ち國に敵すべきの上將軍を出さん。破軍・輔弼・貪狼・廉貞の幾星は出るや猛なれば天下人は皆敬服せん。石龍石骨は江河を渡れば子孫は便ち宏圖を大展する能くん。面前に若し大溪の水を見れば便ち宰相と神童とを出さん。巨門・文曲の兩位の星は發出し來りて龍を行れば多く寺觀の出名を主とす。第六節の上に行り到りて廉貞星を起れば那の地方は多く是れ神廟佛場なり。若し祿存星は磊磊落落として來りて來龍を作せば彼處に於て穴を扦するは一定に災を招かん。武曲は是好星にして若し天外より聳起せば財帛は便ち重重として來らん。

看貪狼,芽筍侵雲瘦又長,方圓尖秀皆同體,登科黃甲佐君王。看巨門,櫃庫端方體勢尊,方闊卸屏拜負衣,雙全富貴冠鄉村。看祿存,如柞如拳勢不尊,破櫃忽然身帶腳,管教災害滿家門。看文曲,如鱔如鰍隨水曲,鶉衣百結亂紛紛,女色男花皆不足。看廉貞,如刀如劍更如針,斜尖竄足拜粗惡,瘟災家門不暫停。看武曲,覆金覆鍾堆谷,左回右抱勢端嚴,貴可通知金滿壁。看破軍,形如破傘亂紛紛,直竄斜飛生亂石,雖知獄訟絕兒孫。看輔弼,如鍾如櫃如側月,尊重端嚴正富龍,貴至中書富敵國。又有倒地者,大同小異也。

貪狼星を看る。山形は土を出づるの竹笋の雲霄に插入するが如く又瘦又長にして方の・圓の・尖の・秀のは皆同じ一體に屬して主として科に登り甲に中りて君王を輔佐す。巨門星を看る。柜の如く庫の如くして端方にして氣勢尊嚴にして方闊は卸下の屏風の如く拜見する時に朝衣を背負ふが如くして主として富貴雙全にして鄉里に冠蓋す。祿存星を看る。柞樹の如く拳頭の如くして形勢は端ならず。破敗の柜形は忽然に身上に又脚を帶出して來りて管教して災害門に滿たん。文曲星を看る。鱔魚の如く泥鰌の如くして水に隨て彎曲す。主として衣衫襤褸にして亂紛紛として體統を成さずして女子男子の名節は皆虧缺有り。廉貞星を看る。刀の如く劍の如く甚には至りて針の如くして斜尖亂竄して脚爪粗惡にして家門は瘟災片刻も停まらず。武曲星を看る。倒扣の金鐘・堆起の穀囤の如くして左回右抱して氣勢端嚴にして貴は通顯する可く金玉は牆に滿たん。破軍星を看る。形狀は破傘の如く亂紛紛にして直竄斜飛して地上は亂石叢生して只知道して官司を惹き兒孫を絕たんとす。輔弼星を看る。鐘の如く柜の如く半邊月の如くして尊重端嚴にして正に是れ富龍にして貴は中書に做到する可く富は國に敵すべし。此の外に還た地に倒りて臥するの形狀有りて上面の説く所と大同小異なり。

天乙太乙後頭高,代代出英豪。左右從龍來迎接,堆峰三五疊。面前峙立應龍山,代代出高官。龍行恰似開船勢,漿棹兩邊對。山回水曲兩相饒,富貴足官僚。若住時手足亂,恰似船泊岸,兩邊一似船棹橈,對對盡來朝。後龍左右有高峰,曰天乙太乙。案後山出眾,曰應龍。凡龍止結穴者,如舟子之梢卸帆蓬,均下橈棹;若不均,便有偏勝之患。范公曰:吉凶先看左右手,一手不收俱不足。

天乙・太乙の兩峰は後頭に於て高聳して代代に英豪を出さん。左右從隨の護龍は前に來りて迎接して峰巒は堆疊三五重なり。面前に應龍の山の峙立有れば代代に高官を出さん。龍行の樣子は恰似して船正に開動して兩兩邊の槳棹は相對す。山は回環し水は彎曲して彼此寬讓有情して富貴・官位は皆足らん。其れ停住するの時を等れば手脚(枝脚)は紛亂して恰似して船は岸に靠れて兩邊は便ち船槳の如くして一對一對皆穴前に朝向せん。注解に曰く、後龍の左右に高峰有りを天乙・太乙と叫ぶ。案山の後の出衆の山を應龍と叫ぶ。凡そ龍の停下來りて穴を結するは就中船夫の帆篷を卸下するが如くして兩邊の槳棹は要く均勻に放るべし。若し均勻ならざれば便ち偏勝の患有り。范越鳳の曰く「吉凶は先ず左右手を看、一手收まらざれば俱に足らず」と。

四神八將山來望,觀見龍神旺。員印面前有吐珠,交仕定無處。尋龍望取迎龍案,拜相分明見。四畔山崗似倒槍,龍在裡頭藏。端正明堂員尊貴,四畔山峰對。四神者,青龍白虎朱雀玄武也。八將者,四正四隅八方。印珠者宜居龍虎明堂處。四畔槍者,龍虎臂外曜氣。詩云:或如槍,或如劍,隨水順流飛冉冉,時師但道主離鄉,不知內有真龍占。四畔山者,四應山也。

四神・八將の山は一齊に望來れば便ち龍神の興旺を看出すことを得。圓印形の山は面前に於て又吐珠の形有れば官を做り交遊すれば便ち通ぜざるの處無し。龍を尋ぬる時は要く龍を迎ふるの案山を望取して拜相の貴は便ち分明見る可し。四周の山岡は倒插の長槍の如くして龍は便ち裏頭に藏る。明堂は端正にして圓滿せば便ち尊貴にして四周の山峰は彼此相對す。注解に曰く、四神は即ち青龍・白虎・朱雀・玄武にして八將は即ち四正四隅の共に八方なり。印星と珠星とは宜しく龍虎と明堂との處に落つべし。所謂四周は槍の如くは是れ龍虎臂膀の外の曜氣なり。詩有りて説く「或いは槍の如く或いは劍の如く、水に隨て順流して飛冉冉たり。時師は但だ主として鄉を離ると道へども知らず内に真龍の占する有るを」と。所謂四畔の山は即ち四應の山なり。

前遮後擁似驅羊,世代入朝堂。第一正龍坐正骨,大官從此出。正穴須教出大官,一舉做魁元。第二回龍轉作穴,要識龍骨節。山山來聚穴分明,朱紫滿朝廷。遮擁者,有諸內必形諸外也。正龍骨者,真氣脈也。正穴者,氣脈正、十道明也。回龍者,顧祖穴也。骨節者,星峰也。

前面に山遮有り後面に山擁有りて羊群を趕ぐが如く簇擁して來れば世代皆能く朝に入りて官を為らん。第一等は正龍は正骨の上に坐して大官は便ち此處より出づ。正穴は一定能く大官を出して一舉に魁元を奪得せん。第二等は回龍轉身して穴を作して此れ便ち要く龍の骨節を認得するを要す。座座の山は皆來りて聚會して穴位分明なれば那れは便ち朱衣紫綬は朝廷に滿たん。注解に曰く、所謂遮擁は是れ内裏に真氣有りて必然に外形の上に表現す。所謂正龍骨は即ち真氣脈なり。所謂正穴は是れ氣脈端正にして十道分明なり。所謂回龍は即ち頭を回して祖を顧みるの穴なり。所謂骨節は即ち一路の星峰なり。

龍未住時身頭去,認取龍行度。龍若住時穴便知,腳手落遲遲。尋得龍窮在此住,便識龍藏處。龍住送亦住,山水亦齊至;龍行送亦行,折岸似排兵。前雲龍若住時手足亂,恰似船泊岸。

龍は未だ停住せざるの時は身と頭とは皆一直に前に向りて走りて要く此處より其の行度を認取するを要す。龍は一旦住下せば穴位は便ち知れり、其の枝脚手臂は落るや遲緩なるを以てなり。尋ね到りて龍は盡頭に走りて此處に停まれば便ち龍の藏する所の地方を認得す。注解に曰く、龍は住下せば護送の山も亦住下して山と水とは一齊に到る。龍は繼續行走すれば護送の山も亦跟著して走りて沿岸曲折して就中排列の兵陣の如し。前面に説きたる「龍若し住する時は手足亂れて恰似して船は岸に泊す」は正に此の意思なり。

踏看龍神心裡驚,方是正龍神。更有石脈來龍好,切莫向人道。生處騰騰險峻崗,涼金蓋頭藏四畔,團圓頎庫起案山,前立峙。窮者盡也,住者止聚也,正龍結局自然駭人也。石者山之骨也。騰峻者,聳起也。傘蓋者,遮蔽也。四畔庫者,夾從帶財庫護送也。

龍脈を踏看する時に若し心裏之の為に一驚せば那れ乃ち真正の正龍なり。若し再び石脈の來龍有れば便ち更に好し、千萬に別人に告げるを要せず。生氣の在る所の處は岡巒は騰騰として險峻にして涼傘の如きの金星は頭頂に蓋ひて四周藏護して團圓の倉庫形山は起りて案山と為して前に峙立す。注解に曰く、所謂「窮」は即ち盡頭に走り到るにして所謂「住」は即ち止聚なり。正龍は結局して自然に人をして驚駭せしむ。石は是れ山の骨なり。所謂騰峻は即ち聳起なり。所謂傘蓋は即ち遮蔽なり。所謂四畔の庫は即ち夾護從隨にして財庫を帶びて護送す。

功曹傳送起員峰,此地出三公。更有飛龍似鳳翔,萬里回頭揖前去。後起似驅羊,須得主山長踴躍,起伏如征戰,將相朝金殿。恰似瓜藤棚上行,落處看朝迎。山凹絕頂拜翼尾,不用言。有地真龍泊處好山峰,八卦自然通。好地自然穴,六神是閒說。陰管後頭陽管前,會者是神仙。

功曹・傳送の兩座の山は起りて圓峰を成せば此の如きの地は要く三公を出さん。再び飛龍の鳳凰の翱翔するが如く有れば萬里の外に還た頭を回して朝揖して去らん。後面の群山は簇擁して羊を趕ぐが如くにして還た主山の長にして踊躍なるを須として起伏の勢は兩軍の征戰するが如くにして那れは便ち將を出し相に入りて金殿に朝拜せん。龍行は恰似して瓜藤の棚架上に於て蔓延して落處に到りて再び朝山の如何に迎接するを看る。若是れ山凹・絕頂・拜下の翼尾の一類の形狀なれば那れは便ち説くを必とせず。真龍は泊住するの地方は自から好山峰有りて八卦の理は自然に貫通す。好地は自然に好穴有りて六神放水の説は不過是れ閒話なり。陰は後頭を管し陽は前面を管して能く領會するの人は便ち是れ神仙なり。

功曹者龍山也,傳送者虎山也。飛龍鳳翔者,布龍虎重抱也。山凹者脈冷也,絕頂者最高強急也,翼者偏也,尾者尖利氣絕露也。六神者放水法也。例曰:艮看青龍起在豬,巽隨猛虎入京都,坤原尋得蛇為例,乾遂侯枝行順數;辰向青龍起在羊,戌尋牛上正相當,未遇狗位為元首,丑向龍頭支逆裝。此是陰陽分順逆,若流罔類便為殃。

注解に曰く、功曹の指す所は青龍一邊の山にして傳送の指す所は白虎一邊の山なり。所謂飛龍鳳翔は是れ龍虎の重重環抱なり。所謂山凹は是れ脈氣寒冷にして所謂絕頂は是れ過於高峻急促にして所謂翼は是れ偏斜にして所謂尾は是れ尖利にして氣脈泄露す。所謂六神は是れ一套の放水の法則にして其の例訣に曰く「艮は青龍を看て猪に起り、巽は猛虎に隨て京都に入り、坤は原に蛇を尋得して例と為し、乾は遂に侯枝の行順數と為す。辰は向りて青龍は羊に起り、戌は牛上に尋ねて正に相當し、未は狗位に遇りて元首と為し、丑は向りて龍頭は支逆裝なり」と。此れは陰陽に按じて順行逆行を分かちて若し水は流るるや類例に合せざれば便要く災を成さん。

斷邊云:青龍山主人旺富貴,朱雀主官庫,山高揖吉,風入水去主形獄;騰蛇主田庫,山高抱主壽,風入水流疾病少亡;勾陳主財庫肥,長子滿吉,風入水破凶;白虎祿庫,中子揖抱吉,風入少亡產死;玄武主蠶庫,三子是水口,宜狹繞抱吉。按此不陰,故不全乃陰。後者高也,陽前者平也。

斷語の中に説く、青龍位の山は人丁興旺・富貴を主とす。朱雀位は官庫を主とし山高にして拱揖するは吉と為し、若し風灌入し水流去れば便ち刑獄の災を主とす。騰蛇位は田庫を主とし山高にして環抱するは長壽を主とす。若し風入り水流れば便ち疾病と年少夭亡とを主とす。勾陳位は財庫豐厚を主とし長子は圓滿吉利なり。若し風入り水破れば便ち凶なり。白虎位は祿庫を主とし中子は其れ拱抱を得るを吉と為し、若し風灌入すれば便ち夭亡と難產して死するとを主とす。玄武位は蠶庫を主とし第三子は應に水口の上に在るべく水口は宜しく狹窄環抱を吉と為すべし。此の一段の講ずる所に按ずれば並びに專ら陰に屬せず、故に完備と算する能はず、只能く陰の一面と算す。後面高きは陰に屬し前面平なるは陽に屬す。

有龍恰似朝天子,左右山來止,嶺皆有山,陰裡藏富貴,起官僚。來山有石高聳起,不怕黃並赤,天關地軸要相當,下穴細裁詳,尋得地窮便下穴,莫與時師說。朝天子者,景純謂朝海拱辰,卜氏謂紛紛拱衛紫微垣、尊居帝座,楊公謂譬如至尊坐明堂,列班排衙不撩亂。陰朝者,明拱不如暗拱,明朝不如暗朝,以人力之若露頭,上穿窬之患。窮者止聚也,有一缺露非止聚也。

一種の龍有りて恰似して群臣の天子に朝拜するが如く左右の山は皆此處に來り到りて停住して嶺上は處處に山有りて暗中に富貴を藏着して能く官僚を出さん。來山に若し石頭の高高聳起有れば其れ黃色なるや紅色なるやを怕れず。天關と地軸とは要く彼此相當して穴を下す時は要く細細に裁度すべし。尋ね到りて龍盡き氣聚る之處に便ち穴を下して彼の庸師に告げるを要せず。注解に曰く、所謂朝天子は郭璞は「海に朝して辰に拱す」と叫び卜應天は「紛紛として紫微垣に拱衞して尊く帝座に居る」と叫びて楊公は比して至尊の明堂に端坐して班列排衙して而も散亂せざるが如し。所謂陰朝は是れ説明す明拱は暗拱に如かず明朝は暗朝に如かず。若し人力に靠りて堆造して頭を露出せば反って牆を穿つ盜賊の患有り。所謂窮は即ち止聚にして只要く一處の缺口の顯露有れば便ち止聚と算せず。

扦穴之法最難論,須是暖暖諄諄。要識山頭十二穴,何者為生滅。後學時師莫亂扦,下後絕人倫。識得龍骨及龍身,下著濟人貧。或時換龍,或是正用,識龍心性。穴做之時恰似人般,古正其身。天穴須高莫近頂,但取朝山,正頂頭一穴主離鄉,子細莫憧惶。人穴卻居天穴下,富貴為官也。地穴更低入些些,只是出豪家。地穴號為泥水穴,為官亦卑劣,兒孫久後絕除蹤,更怕水來沖。

穴を扦するの方法は最も講じ難くして必ず溫和細緻にして再三推敲するを須とす。要く一座の山頭の上の十二種の穴を認清して哪の一種は生にして哪の一種は滅なるかを。後學の地師は亂りに扦するを要せず、葬り下りて後は人倫を絕たん。龍骨と龍身とを認得して葬對せば便ち能く人の貧窮を救ふ。或いは是れ龍を換ふるにして或いは是れ正用にして總じて要く龍の心性を認清するを要す。穴を做るの時候は就中人の如くして先ず其の身子を端正するを要す。天穴は須く高し、但し山頂に太も靠近するを要せず、只朝山の相應を取る。若し正に頂頭の那一穴に葬れば主として子孫は鄉を離れて要く仔細にして慌亂する可からず。人穴は天穴の下に在りて主として富貴にして官を做らん。地穴は再び低きこと一點點にして只是れ豪富の家を出さん。地穴は又泥水穴と叫びて即ち官を做るも亦卑微にして兒孫は久後に蹤跡を斷絕して更に水の來りて冲るを怕る。

龍骨者過峽也,龍身行度星峰也,成者成龍也,換者傳送也、分脈也,正者不走竄也,性者陰陽急緩也。穴似人者,以身方之,動處是穴。天地人者,蓋粘倚撞穴也。徐氏可曰:天地人二穴隨其山體而裁之,得宜俱為吉地。曾公但取人穴而不取天地二穴,嫌其過高過低,學者當自得之。

注解に曰く、所謂龍骨は即ち過峽にして所謂龍身は即ち行度の中の星峰なり。所謂成は是れ結成真龍にして所謂換は是れ傳送・分脈にして所謂正是れ走竄せずにして所謂性是れ陰陽急緩の別なり。穴は人に似たりと説く是れ人身を拿りて來りて比方して身上の動く會するの地方は便ち是れ穴なり。所謂天・地・人の三穴は即ち蓋・粘・倚・撞の四種の穴法なり。徐試可の曰く、天穴・地穴の兩種の穴は要く山体に隨て裁定して只要く得宜せば皆是れ吉地なり。曾公は只人穴を取りて天地二穴を取らずは是れ其等の過高過低を嫌ふなり。學者は應に自ら去りて體會すべし。

人穴欲得後龍遠,一起一伏健。若逢正穴為君裁,富貴一時來。人穴須得明堂正,水口圓峰應。人穴莫逢三不來,錢穀變成灰。掌中真訣無人會,度了也須悔。時師不識大官墳,好惡為君分。大官之地龍灣曲,四面水回伏。或大或小,或蜂腰,或住,或如超。起祖行度雄健,起伏來得長遠者最貴。三不來者,左右不抱一也,水不縈紆二也,案山反背三也。腰者腰結也,住者龍止之處,超者餘氣發洩,超超遠去也。

人穴は要く後龍の來るや遠きを要して一起一伏して而も雄健すべし。若し正穴に碰上れば汝に替りて裁定し下して富貴は一時に便ち到らん。人穴は還た必ず明堂端正にして水口に圓峰の相應有るを須とす。人穴は切に「三不來」に碰上るを要せず、否れば錢糧は皆灰と化成せん。掌中の真訣は人の領會する無くて量錯るも亦只後悔有るのみ。地師は大官の墳地を認得せざれば我便ち汝に替りて好壞を分辨せん。大官の地は龍身は彎曲して四面の水は回環伏帖す。山は或いは大或いは小にして或るは蜂腰束氣を作し或るは就此止住し或るは餘氣は超出して遠去す。注解に曰く、祖を起り行度雄健にして起伏の來るや長遠なるは最も貴なり。所謂三不來は一は左右環抱せざるにして二は水は縈回曲折せざるにして三は案山反背なり。所謂腰は是れ腰結にして所謂住は是れ龍の止まる之處にして所謂超は是れ餘氣發泄して一直に超遠して去るなり。

若然龍似水波到,為官世代好。四畔周遮拱一峰,橫案兩三重。龍若橫來排徊落,用別龍好。若二三十里到停停,恰似一龍行。龍若遠時龍身健,拜相分明現。水波到者,來龍如微波盪蕩而來也。俳徊者,和緩也。停者,止也。似龍行者,活動也。遠健者,勢遠力健也,福亦然。拜相者,拜山也。

如果龍は水波の如く蕩漾して來れば官を做るは世代長好を保つ可し。四周に山遮護有りて共に一峰を拱して橫案は兩三疊有り。龍は若し橫りて來りて盤桓して落つれば便要く別の龍を用ゐて來りて配するを要す。若し二三十里の内は皆停停當當なれば那れは便ち恰似して一條の龍の一路に行來なり。龍は來るや遠ければ龍身は便ち健にして拜相の貴は分明見る可し。注解に曰く、所謂水波到は是れ來龍の微波蕩蕩として來るが如くなり。所謂徘徊は是れ和緩なり。所謂停は是れ止住なり。所謂似龍行は是れ活潑靈動なり。所謂遠健は是れ氣勢遠く力量健にして福氣も亦跟著して一樣なり。所謂拜相は是れ拜伏の山なり。

龍若住時有包藏,山水自相當。從前一卷真奇絕,楊公親口訣。時師明掘亂安墳,那解救人貧。若人收得此三卷,讀了人人欽羨。此中義理深且長,莫把作尋常。見此文書人皆喜,收付巾箱裡。要知此本得來由,元出在處州。尋龍經至此終。

龍は一旦住下せば便ち包藏の勢有りて山と水とは自然に相配す。前面の此の一卷は真に奇絕にして全是れ楊公の親口の傳へ下るの訣なり。今日の地師は只會して明目張膽に亂挖亂葬して哪裏に能く人の窮困を救はんや。若し人の此の三卷の書を收得する有れば讀過して後人人は皆敬羡せん。此の裏頭の義理は深遠悠長にして之を以て尋常の物と當りて看るを要せず。此の部の書を見るの人は皆歡喜して之を巾箱の裏に收めて珍藏す。要く此の本子の來歷を知るべく原是れ處州に出づ。《尋龍經》は此處に到りて結束す。

卷四・尋龍の法は甚だ關節有るを論ず

若論大地之真機,須識案山之來意。凡見有面之秀峰,即落何方之坐位。假如金木之真方,必有火龍之正氣。火星高聳水星行,土脈不同他富貴。再窮水法何來合,龍穴不在腰間取。局中一格屬何陰,回看此音回某氣。要審山性孰為真,流水砂頭三度是。度有交兮星有氣,大山莫道穴難藏,識要敲金瓚度取。龍無鱗甲不成龍,龍無生長不成氣。五行生剋成五行,此是天星玄妙理。

若し大地の真機を論せんと要せば先ず案山の來意を認清するを要す。凡そ正面朝向の秀峰有るを見れば便要く其れ哪の一方の坐位の上に落つるかを看る。譬へば金局・木局の真方位の上に於て必定に火龍の正氣の相輔有らん。火星は高聳して而も水星は行度して土脈は其等と同ならずして別に一種の富貴を主とす。再び要く水法は哪裏より來る乃ち相合するを窮究して龍穴は並びに山腰の上に於て取らず。局中の某一格は哪の一種の陰に屬するや頭を回して來りて其の納音・其の氣は哪の一種に屬するかを看る。要く山の性情は哪の一種乃ち真なるかを審察すれば便ち流水と砂頭との三度分數を看る。度に交會有れば星は便ち氣有り。大山の裏は穴藏め難しと説くを要せず、穴を認るの要訣は就中金を敲き玉を琢るが如く精細に度量取用するに在り。龍は鱗甲の如きの起伏無ければ便ち龍を成さず、龍は生長の勢頭無ければ便ち氣を成さず。五行は相生相克して五行を成就す、此れ即ち天星玄妙の道理なり。

尋龍辨得龍氣真,貧者能富賤者貴。問君何法復何言,隔山取法真,必舉源頭。若有一尖峰,大地定在水中取;水口仍有一尖峰,大地源頭是要知。有地在西傍,水須本是生蛇勢;若見水源前出來,縱然有地終須發。水倒東兮地在北,水倒西兮龍不去。入鄉不見水回頭,莫把心神枉推理。龍要藏兮水要停,水要彎環龍要聚。龍不出身不為龍,砂下出手徒然起。水有情兮龍有停,案有面兮龍有意。龍穴砂水子細推,巒頭好合天屋理。巒頭只是死巒頭,棹不助船何足取。時師謬枉不能明,枉怪真龍不富貴。無根縱是艮亥龍,難使江南顯地理。證破只在一峰,暗藏春色君須記。

龍を尋ぬるに若能く龍氣の真を辨清せば貧は富に變じ得賤は貴に變じ得。汝は甚麼の法を用ゐ甚麼の話を説くやを問ふ。山を隔てて去りて法を取る乃ち真法にして但し必定要して源頭に追到するを要す。若し一座の尖峰有れば大地は一定に水の中に到りて取るを要す。水口に若し還た一座の尖峰有れば那れは便要く大地の源頭は哪裏に在るかを知るべし。或るの地は西邊に在りて水は本に應に活蛇の一般の曲勢なるべし。若し水源は前面より流出すを見れば縱令地有るも終究は亦發せん。水は東に倒れば地は便ち北に在り、水は西に倒れば龍は便ち那邊に往かず。一鄕に進み入りて水の頭を回るを見ざれば便ち白費心神して去りて推理するを要せず。龍は要く藏れ水は要く停まり水は要く彎環して龍は要く聚るべし。龍は身を出でざれば便ち其の龍と為るを成さず、砂は下手に於て手臂を伸出すも亦是れ白起なり。水に情有れば龍乃ち停得住し案に正面有れば龍乃ち意有り。龍・穴・砂・水は要く仔細に推詳して巒頭は還た天上の道理に合得上するを要す。巒頭は若し只是れ死巒頭なれば就中槳は船を助くる能はざるが如く甚麼の取る可き有らん。地師は糊塗にして明白すること能はずして白く真龍は富貴を發せずと怪す。若し根源無ければ縱令是れ艮龍・亥龍の此の如きの好龍も亦江南に於て地理の效を顯し難し。印證と勘破とは只一座の峰の上に在りて彼處は暗中に春色を藏着して汝は務めて記住するを要す。

欲觀大勢之來龍,必以群山亂起、眾水亂流,擇其善者而從之。所謂善者,看龍盤旋起伏,布爪分牙,羅域圍繞,城門緊閉,水口拋梭,應案重疊作穴。審龍不必勉強,吹風竄馬疆繩,或虛應老牛腳蹤,或是雨滴波心,或是風來水面,或是聞雷聲而不見,或尋月影而不隨,或是頭露而失跡,或是磨劍而無剛,或君子而有不仁之處,小人亦有取用之時。或是星淡而云龍月現,或是融雪下而水存,或是灰內線,或是草中蛇,或是蛛絲馬跡,或是鳳毛龍砂,或是水心生火,或是魚背懸釣。

要く大勢の來龍を觀察するは必定是れ群山亂起・衆水亂流の中に於て那の好的を挑びて其れに跟從す。所謂好的は是れ龍の盤旋起伏して爪を伸び牙を分かちて四圍は羅列環繞して城門は緊閉して水口は穿梭の如く交鎖して應山と案山とは重重疊疊して穴を作するを看る。龍を審するは必ずしも勉强凑合するを必とせず。或るの地は風の一吹・馬の一竄に便ち韁を脱せんとするが如し。或るは老牛の留下せるの虛影脚印の如し。或るは雨滴の水波の中心に落つるが如し。或るは風の水面を吹過するが如し。或るは雷聲を聽見して而も閃電を看えざるが如し。或るは月影を追尋して而も月影は隨はざるが如し。或るは頭は雖も露出するも而も蹤跡は已に失ふが如し。或るは磨過せるの劍の如くして而も鋒利ならず。或るは君子の如くして而も亦不仁の處有りて而も小人も亦可取用の時候有り。或るは星光暗淡にして而も雲中の龍・天上の月は忽然顯現するが如し。或るは積雪融化して而も水痕猶お存るが如し。或るは灰上の一線の如し。或るは草中の一條の蛇の如し。或るは蛛絲馬跡の如し。或るは鳳毛龍砂の如し。或るは水心裏に火を生出し來るが如し。或るは魚背上に釣鈎を懸ぐるが如し。

□□雨過簷初滴,寶鼎香消氣上浮。大門□□茅廬養,白屋龍生樑棟材。正是風頭□頂順,方知鼓瑟自吟詩。世事萬般皆一用,春宵一刻值千金。梅花帶雨風中剪,荷葉傾城靜處尋。梧桐梢上偏生子,楊柳枝頭產正心。木星要識枝和幹,水宿宜知淺與深。金空不可中心下,土實須從角上裁。針尖莫有金邊木,頂氣江南何處尋。地理莫言無妙處,尋龍作穴值千金。

(此處原本字を缺く)雨過ぎて後屋檐は始めて水を滴りて寶鼎の中の香は已に燒盡して而も餘氣は仍お上浮す。大門(原本字を缺く)の家は茅廬の裏に於て人才を養出して白屋寒門も亦能く棟梁の材を生出す。正に是れ風頭は山頂に順て吹過して乃ち知る鼓瑟の聲は自ら詩を成す能くるを。世間の萬般の事理は其の實は一用に同歸して春宵一刻は千金に値す。梅花は雨を帶びて要く風中に於て修剪して荷葉は城を傾けて要く靜處に到りて尋ぬべし。梧桐の樹梢の上に偏に子を結して楊柳の枝頭に卻て端正の心を生出す。木星を看るは要く哪れ是れ枝にして哪れ是れ干なるかを認清して水星を看るは要く哪裏に淺く哪裏に深きかを知るべし。金星は中空にして正中心に於て穴を下す可からず、土星は厚實にして必ず角上より裁取するを須とす。針尖の如きの地方は金邊に木を夾まるを要せず、彼の種の頂氣の地は江南に於て何處に往りて尋ぬんや。總じて之、地理に妙處無しと説くを要せず、能く龍を尋ね穴を作れば一訣は便ち千金に値す。

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