山洋指迷原本
地理を論ずるるに巒頭をもって本とす
風水堪輿典籍
まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。
《山洋指迷原本》明・周景一著
序一
地理指迷原本得行於世,豈偶然哉?如明初周景一先生,為州山吳氏卜葬多奇穴,更貽以指迷書。厥後吳氏人文蔚起成巨族,其書遂見重於人,傳抄幾遍江浙。第自明迄今,相沿年遂抄錄愈繁,舛訛益甚,此原本固不可不刊行也。姑蘇俞君歸口同邑吳子卿瞻嗜青囊,學見指迷坊刻之訛,即其註釋亦未能闡發書意,因取舊藏原本疏注,為枕中秘。
《地理指迷》のこの原本が世に伝わることができたのは、はたして偶然であろうか。明朝初年の周景一先生は、州山の呉氏のために地を選んで安葬し、多くの奇特な穴を点穴し、別れに際してまた《指迷》の一書を呉家に贈った。その後呉氏一族は人材が輩出して当地の大族とである、この書もまた世の人に重んじられ、転写に転写を重ねて、ほとんど江蘇・浙江一帯に広まった。ただ明代から今日まで、年代が長く重である、写本は写すほどに多くである、誤りもますます重くなったので、この「原本」は実に刊刻して行わねばならない。姑蘇の兪帰璞君(底本は「帰口」と作り、「口」は残欠の字)と同県の呉子卿瞻は、ともに「青囊」堪輿の学を深く愛し、世間の刻本の《指迷》の文字に誤りがあり、附された注釈さえ書中の本意を説き尽くせていないことを見て取り、そこで家に旧蔵する原本を取り出して疏解し注を作り、枕辺の秘籍としたのである。
惟是俞吳二子向皆作客遠方,天南地北,萍合四明,討論數載,惟成全集。而先生傳書四百餘年,今始得人益,有數存非偶然也,宜為同志者慫恿付梓,公之於世,問序於餘。讀之明晣暢達與大概流傳者獨優,所增註解,簡明扼要,亦與他本不同,是真得先生之心傳者。予曾注星影二卷,發明在天成象,在地成形之義,是編有之以地下山形合上天星象,可謂先得我心,二書兼備,則仰觀俯察,於地學益臻微妙,比原本不可不亟為刊行也,予喜其書成而為之序。
ただ兪・呉の両氏はこれまで遠方に客居し、一人は天南、一人は地北で、浮萍の集まるように四明(今の浙江寧波)で会合し、切磋琢磨して数年を経て、ようやくこの全集を整理して完成させた。周先生がこの書を伝えてからすでに四百余年、今日に至ってようやく真に読み解ける人に遇ったのであり、そこに自ら気数があるのであって、偶然ではないことが見える。そこで同道の友人たちが次々に彼らに付印を勧め、天下に公開して示し、私に一篇の序を書くよう求めた。私が読んでみると、その文義は明白で暢達し、一般に流伝する写本より一段と優れており、新たに増された注解もまた簡明扼要で、他の本と大いに異である、真に周先生の心伝を得た人と言うことができる。私はかつて《星影》二巻に注を施し、《周易・繋辞》の「天に在って象を成し、地に在って形を成す」の道理を闡発したが、この書にはちょうど地上の山形をもって天上の星象に対応させる説があり、まさに先んじて我が心を得たと言える。二つの書を合わせて見れば、仰いで天文を観、俯して地理を察し、地学への体会はいよいよ精微となるので、この原本は速やかに刊行せねばならない。私はこの書が成し得たことを喜び、それのためにこの序を書いた。
序二
地理由來尚矣,有傳人必有傳書,顧書不一,如周景一先生指迷者蓋寡。先生為明初堪輿大家,孤蹤高蹈,不以術鳴。先是於李爻青巖公遊于越,得其書不識為誰氏著撰。鄉里薦紳家偶有藏本,較之稍異,且多平洋一卷。嘗曰:是析理昭暢,甲子巒理諸家,學地理者宜以此為宗。
堪輿の学は由來が久しく、伝人があれば必ず伝書があるが、ただ書本が繁多で、周景一先生の《指迷》のようなものは少ない。周先生は明朝初年の堪輿の大家で、行蹤は孤高で、術数によって名声を博することを肯んじなかった。以前私は李爻青岩公に随って浙江一帯を遊歴し、この書を得たことがあったが、作者が誰かを知らなかった。郷里の士紳の家に時折この本を蔵する者があり、私の手もとのものとやや出入りがあり、しかも「平洋」一巻が多く出ていた。青岩公はかつて言った――この書は義理を剖析して明白かつ通暢し、巒頭の理を講ずるる各家の中で第一に推すべきであり、地理を学ぶ者はそれを宗主として奉ずべきである、と。
歲甲辰予客湧江,晤山陰吳子卿瞻論堪輿學,述周景一先生巔末事,得聞其所傳指迷原本與於舊帙吻合,因以知顯晦有時。向讀其書,今悉其人,務實學而名必歸之也。獨惜其書較諸家且確而不盛傳於世,蓋以其人不求名譽,遇知音而方馨所學。如吳子稱述,明永樂時先生與其族祖友善,居停數十年,發祥諸塋,悉由指示,瀕行日始以篋書贈,其慎重也若是,此書之所以不甚傳而獨為吳氏秘。
甲辰の年、私は甬江(今の浙江寧波)に客居し、山陰の呉子卿瞻と堪輿の学を談じ、彼が周景一先生の始末を叙述したことで、私ははじめて他家に伝わる《指迷》の原本が私の旧蔵の冊子と合することを知り、これによって一書の顕と隠にはおのずから時運があることを悟った。かつてはただ彼の書を読んだだけだったが、今ようやくその人を知った――踏実に学を治める者には、名声は終にその身に帰する。惜しいのは、この書が各家よりも確かであるのに、かえって広く流伝しなかったことであり、その原因は周先生本人が名誉を求めず、知音に遇ってはじめて所学を傾嚢して授けるところにあった。呉子の言うところによれば、明代永楽年間、周先生は彼の族祖と交好し、呉家に数十年客居し、呉氏が後に発跡した数か所の祖墳は、すべて彼の指点多きところであった。行く日に至ってはじめて、箱中の書稿を相贈った。彼がこのように鄭重であったことが、すなわちこの書があまり流伝せず、かえって呉家の秘蔵となった所以である。
及吳氏簪纓世顯,好事者僅以山法數卷輾轉傳抄,假名刊佈,增損舛訛,豈知先壁固有在一斑,未足以窺全豹,況更有毫釐千里之謬哉。今讀全書,原本萃青囊之秘要,闡黃石之微言,細若機絲,朗如金鑑,較傳抄諸本言辭闕失、閱未竟而厭倦者,不啻霄壤,實為開鑿混沌、昭晰陰陽秘笈。得其旨者,何於望洋興嘆,迷於所視乎。及與吳子互相討論,增注成編,質之同志,咸以為可。天求名師不得,讀名師之書即得也。自應公之宇內,使人操寶鑰、家奉南車,山川不能遁其形,賢達不得專其美,先生之教庶與日月終古矣,因付梓人而述其大略如此。
後に呉家は代々官につき顕達し、好事の者は山法を講ずるる数巻を取って転写し、他人の名を冒用して刊行し、勝手に増刪し、錯訛百出させた。彼らはどこで知ろうか、元来の完璧な本は自ら人間にあり、一斑を見るだけでは全豹は見えず、まして写本には差は毫厘にして謬は千里というところがあることを。今この全書を読んで、はじめてそれが「青囊」一派の秘要を集め、黄石公の一脉の微言を闡発し、細密なること織機の糸縷のごとく、明らかなること人を照らす金鏡のごとしであることを見る。あの文句の残欠し、半ばも読まずして人をして厭わしめる写本と比べれば、まさに天壌の別があり、真に混沌を鑿開き陰陽を照らす秘笈と言うことができる。真にその宗旨を領会できる者は、どうしてなお大海に面して歎じ、山水を見て茫然とすることがあろうか。そこで私は呉子と反復して討論し、篇ごとに注を増して書と成し、同道に示して審看させたところ、皆これを可とした。天下に名師を拝したくて拝し得ない者は、名師の書を読めばすなわち名師を得たに等しい(底本はここに「咸以為可天求名師不得」と作り、「天」字の上下に疑わしく訛脱あり、照録して補わず)。この書はもともと天下に公開すべきで、人々に手に開門の宝鑰を持たせ、家ごとに指路の南車を供えさせ、山川はもはや自らの形勢を蔵し得ず、賢達の士もこの利益を独り占めできず、周先生の教誨はほぼ日月とともに長く存することを得よう。そこで私は書を刻工に渡し、大略の情形を上のごとく叙述した。
序三
周景一先生者,明初臺郡人也,善堪輿。為予先世窀穸,計貽地理《山洋指迷》書四卷,珍為家藏,遞傳弗失。予同客四明,見目講師《地理索隱》即指迷也,有山法而無平洋,且刪除殆半,無以發明;更有以指迷為宋王伋撰,或稱元譚仲簡書,鏤板行世,書同名異,何以證之?
周景一先生は明朝初年の台州の人で、堪輿に精しかった。彼はかつて我家の先世のために墓穴を擇定し、《山洋指迷》一書四巻を残し、家伝の物として珍藏され、代々相伝して失われなかった。私が四明に客居していた時、「目講師」と署名した《地理索隠》を見たが、実はそれはこの《指迷》であって、ただ山法があるのみで平洋がなく、しかもほぼ半分を刪り去り、書中の義理を闡発するに由なかった。さらに人あるいは《指迷》は宋代の王伋の撰と言い、あるいは元代の譚仲簡の書と言い、いずれも刻版して流通し、内容は相同じくして署名はそれぞれ異なる――何をもって真偽を印証しようか。
嘗讀族祖環州公序,先生本儒業而性耽山水,得青囊之秘,人以地仙稱。前明永樂間遊于越,與予三世伯祖裕菴公深契,居停有年,家數善地,悉由指點,蛇山眠犬為最著。正統十四年先生辭歸,爰以篋書贈,此書之由來也。
私はかつて族祖の環州公の書いた序を読み、周先生はもともと読書人で、天性山水を愛し、「青囊」の秘伝を得、人々は彼を「地仙」と称したと言う。明代永楽年間に彼は浙江に遊歴し、我が第三代の伯祖裕菴公といたく投契し、呉家に数年住み、家中の数か所のよい墳地はすべて彼の指点多きところであり、その中でも「蛇山眠犬」の一穴が最も著名である。正統十四年に周先生は郷に辞して帰り、箱中の書稿を呉家に贈った。これがすなわちこの書の来歴である。
其後予族丁齒日繁,簪纓繼起,以忠孝文行武功著者,代不乏人。四百餘年來,子姓箕裘,仰承如昔,食先生之德而揚其微者,迄今猶稱道弗衰,書之傳也,蓋確有可證者。第先生潛德高風,深自韜晦,不著姓氏,於書傳抄者或昧根荄,刊行者借名炫世,或圖簡略,率意刪除,亥豖魯魚,殊失盧山面目,況少平洋一卷,猶非全壁。其稱為目講玉伋譚仲簡者,即非漫無所據,亦可無論已。
この後我が家族は人丁が日に繁盛し、官につく者が続いて現れ、忠孝・文徳・武功をもって著わした者は、毎代に皆あった。四百余年來、子孫は祖業を承継し、敬奉すること初めのごとく、周先生の恩徳を受けてまたその隠れて顕れない功労を表彰し、今に至るもなお称道して衰えない。この書の流伝は、実に確鑿たる憑拠がある。ただ周先生は徳を深く蔵し風格高く潔く、わざと自らを隠晦し、書上に姓名を署さなかったので、伝写する者はあるいはその根源を明らかにせず、刊行する者は便りに他人の名を借りて世に炫耀し、あるいは省事を図って勝手に刪削し、「亥」を訛って「豕」と作り、「魯」を訛って「魚」と作るような形近の誤りが層出して窮まらず、完全に本来の面目を失い、まして「平洋」一巻を欠いていては、なおさら完璧と言うに足りない。あのこれを目講師・王伋(底本は「玉伋」と作る)・譚仲簡の作となす説に至っては、たとえまったく根拠がないわけではなくとも、もはや争弁するに値しない。
甲辰春姑蘇俞歸璞先生共事甬城,見予指迷原本,證其所載,卷帙相同,幸舊錄之猶存,較傳抄之未備,因思所以壽世而予亦有同心,於是反覆參詳,逐篇增注,三易其稿,猶慮不能闡其微,同人謬加稱許,爰付剞劂,皆所以推廣,先生傳書垂教之意,俾究心地理者,識山水之性情,辨龍穴之真偽,吉獲牛眠,慶延麟趾,作忠作教XX。
甲辰年の春、姑蘇の兪帰璞先生と私はともに甬城で事にあたり、我がこの《指迷》原本を見て、載するところを核対したところ、巻数篇目は完全に相同じく、旧録本がなお存することを幸いし、流伝の写本に比べて遥かに完備していたので、意それを久遠に伝えんとするがあり、私もまたまさに同じ心願があった。我らはすなわち反復して参詳し、篇ごとに注解を増補し、稿を三度改めても、なおその中の精微を説き尽くせないことを懼れた。同道の友人の過分な称許を蒙り、すなわち刻印に付した。これはすべて周先生の書を伝え人を教える本意を推広するためで、潜心して地理を究める者に山水の性情を認識させ、龍穴の真偽を弁別させ、吉利に「牛眠」のような佳城を求め得させ、福沢を子子孫孫に綿延させようとするものである。末句の「作忠作教」の下に、底本は二字残欠し、ここは照録して補わない。
昇平知先生加惠於地學無涯,而人子之葬其親端賴是編傳之不朽雲。
承平の年月の中でいよいよ体得するのは、周先生が地理の学に嘉恵した功徳に際涯がないことであり、子女たる者が双親を安葬するのに、全くこの書に依拠しなければならない、それは自ら永遠に流伝して朽ちることなかるべきである。
凡例
一是書山龍耑重開面,平洋耑重束氣開口,占地步則山洋均重。書凡四卷:第一卷首論巒頭為本,為全編立言大旨;分、斂、仰、覆、向、背、合、割四篇,概論開面;縱、橫、收、放、偏、全、聚、散四篇,概論地步。二卷分論開面,三卷分論地步,後以開面地步包括形勢星辰,為山法諸篇結束。饒滅挨棄倒仗淺深四篇,乃立穴定向之準繩,所以補葬法之未備。四卷耑論平洋,水山龍開面說起,以山洋異同篇總結全書。
一、本書が山龍を講ずるるには専ら「開面」を重んじ、平洋を講ずるるには専ら「束気開口」を重んじ、占める地歩の広狭に至っては、山地と平洋と同じく重んじる。全書は共に四巻。第一巻は篇を開くにまず巒頭をもって根本とすることを講じ、全書のために宗旨を立てる。続いて「分・斂・仰・覆・向・背・合・割」の八字をもって、分けて四篇となして総じて何を開面というかを論じ、更に「縦・横・収・放・偏・全・聚・散」の八字をもって、分けて四篇となして総じて何を地歩というかを論ずる。第二巻は門に分かち類別して開面を論じ、第三巻は門に分かち類別して地歩を論じ、最後に開面・地歩をもって形勢と星辰を統摂し、山法各篇の収束とする。「饒滅」「挨棄」「倒杖」「浅深」の四篇は、立穴定向の準縄で、前の人の葬法の講じて周洽しないところを補足するために用いる。第四巻は専ら平洋を論じ、水と山龍の開面から講じ起こし、最後に《山洋異同》一篇をもって全書を総括する。
一是書山法諸篇雖經坊刻尚未有未全,而平洋一卷更為世所罕見,標題《山洋指迷》者實與他本不同。
一、本書の山法を講ずるる各篇は世間にすでに刻本があるが、かつて完全なものはなかった。「平洋」一巻に至っては、さらに世に稀に見る。ゆえに《山洋指迷》と題したこの本は、実に他の版本と異なる。(底本のこの句は「尚未有未全」と作り、「未」字は疑わしく衍文、照録して改めず。)
一是書正文圖說悉照原本,不敢增減,惟大概抄本間有詮註,雖不知何人手批,然足以闡發文義者,亦採錄附入,此外尚有未甚曉暢處,或引前人成言,或另增註解加圈別之,第四卷本無註釋,並經參注,更有筆墨難盡者,推廣正文本義附以圖說,復將每篇警句密圈分清段落,庶可一目瞭然。
一、本書の正文と図説はすべて原本に照らし、敢えて増刪するところなし。ただ通行の写本の中間に若干の詮釈があり、誰の手批に出るかは知らないが、およそ文義を闡発するに足るものは、一併に采録して附入した。このほかさらに講じて透徹し尽くさぬところがあり、我らはあるいは前人の成説を引用し、あるいは別に注解を加え、併せて圏点をもって区別した。第四巻はもともと注釈がなく、今回一併に参注を作った。さらに文字で説き尽くし難いものは、正文の本義を推広し、図説を附した。また毎篇の警句に密かに圏点を加え、段落を分かち明らかにし、読者が一目して瞭然たることを冀う。
一是書娓娓數篇,言如剝蕉抽繭,層層推勘,絲絲入扣,其妙處全在一正一反,對說如何是真,必言如何是假,絲毫不肯放過,雖字句不無重複處,然縷晰條分各有精義,潛心披閱自可豁然貫通,初學最易入門,高明者亦可擴充眼界,開拓心胸。
一、本書は洋々数十篇、理を説くこと芭蕉を剥ぎ蚕繭を抽くがごとく、一層一層内に向かって推究し、糸々として扣に入る。その妙は全く一正一反に対照することに在り。どのようが真かを説明すれば、必ず続いてどのようが仮かを説き、一毫も糸も放過を肯んじない。字句に重複のところがあることは免れ難いが、条分縷析して各々その精義あり、ただ心を静めて通読すれば、自ら豁然として貫通することを得る。初学の人は最もこれにより入門しやすく、見識の高明な人が読んでもまた眼界を拡大し胸襟を開くことができる。
一是書評論山洋每篇先言龍脈,次及砂水穴情,分別龍穴真偽大小了如指掌,至山龍分斂篇云:“穴後宜分不宜合,穴前宜合不宜分”,平洋龍體穴形篇云:“後以束氣為證,前以明堂聚處為憑”,總括山洋龍穴大旨可謂要言不繁。
一、本書が山地と平洋を評論するには、毎篇皆まず龍脈を講じ、再び砂・水と穴情を講じ、龍穴の真假大小を分別して清清白白たらしめる。山龍の《分斂》篇が「穴後はなるべく分かるべく合してはならない、穴前はなるべく合すべく分かるべきではない」と言い、平洋の《龍体穴形》篇が「後は束気をもって証とし、前は明堂の聚まる処をもって憑とす」と言う、この二句はすなわち山地と平洋の龍を弁じ穴を認むる大旨を全く概括したのであって、言簡にして意賅たると言うべきである。
一山龍落脈全在垂頭,開面結穴全在毬簷氈,辨脈穴真假已備於首二兩卷,若乳突窩鉗及平洋龍體穴形諸篇,尤為穴法精粹,是編應推巒理上乘。
一、山龍の落脈の関鍵は全く「垂頭」に在り、開面結穴の関鍵は全く「毬」「簷」「氈」の三処に在り、脈と穴の真假を弁別するには、前二巻ですでに講じて很に完備である。《乳突》《窝鉗》および平洋《龍体穴形》の各篇に至っては、なおさら穴法中の精華であり、本書は巒頭の理を講ずるる上乘の作と推すべきである。
一山龍為三分三合水,平洋有大分合、小分合、真分合之水,山洋龍法穴法大略相同,太陽太陰少陽少陰四象,雖論平洋形體,亦與山龍彷彿可以參看。
一、山龍は「三分三合」の界水を講究し、平洋には大分合・小分合・真分合の幾種かの水があり、山地と平洋の龍法・穴法は大略相同じい。太陽・太陰・少陽・少陰の「四象」は、平洋の形体に就いて講ずるるものであるが、山龍の情形ともまた頗る相似て、対照して見るべきである。
一平洋束氣開口乘脊脈,看水繞,前人有論及原是書辨明收放開口各有真偽,近山平洋有脊脈者不可無水繞,遠山平洋有脊脈,以低田低地為堂界,而無明水者不可無大水會合及出水。X花泊岸浮簲逝水沙洲諸格他書無此發明。
一、平洋は束気・開口・脊脈に乗り・水繞を見ることを講究し、前人もかつて論及したが、本書はさらに一歩進めて「収放」と「開口」に各々真あり仮ありを弁明した。山地に近い平洋は、もし脊脈があれば、水の環繞なくんばないべし。山地に遠い平洋は、脊脈あらんとすれども、ただ低田低地をもって明堂の界限に充つるのみ、もし明水なければ、大水の会合および出水の口なくんばないべし。「X花泊岸」「浮簲逝水」「沙洲」の幾種かの格局に至っては(首字は底本残欠、照録して補わず)、他の書にいずれも講じ到らないものである。
一點穴自古稱難,欲明點穴之法莫過此書,明白暢達亦莫過此書,平洋妙論精微法無不備,且以補山龍穴法之不足,其有裨地理更匪淺鮮。
一、点穴は古より困難と号称し、点穴の法を弄明せんとするには、本書よりよいものはなく、講じて明白暁暢たるにも、本書よりよいものはない。書中の平洋を論ずるる部分は精微にして妙に入り、各種の法度は備わらないなく、しかも山龍の穴法の講じて足らないところを補足し得て、それが地理の学への助益は実に少なからず。
周景一先生著,嚴陵張九儀先生增注,山陰吳卿瞻、姚兩方校閱,山陰吳太古、姑蘇俞法陶同校。
本書は周景一先生の撰著、厳陵(今の浙江建德)の張九儀先生が注解を増補し、山陰(今の浙江紹興)の呉卿瞻・姚両方の両氏が校閲し、山陰の呉太古と姑蘇(今の江蘇蘇州)の兪法陶が共同で参校した。
巻一
地理を論ずるるに巒頭をもって本とす
巒頭不專指星體而言,凡龍穴砂水有形勢可見者,皆巒頭內事也。《青囊經》曰:“理寓於氣,氣囿於形”。蓋理者陰陽五行之理,氣者陰陽五行之氣,形則山峙水流之形也。山之所以峙,水之所以流,莫非陰陽五行之氣使然,而其中有理存焉,朱子所謂“氣以成形,而理亦賦焉”者也。
「巒頭」という詞は単に山の星体の形状を指すのみならない、およそ龍・穴・砂・水のこれらの形勢ありて目をもって見るべきものは、皆巒頭の範囲内の事に属する。《青囊経》に「理は気に寓り、気は形に囿る」と言う。意は道理は気の中に寄托し、気はまた形体の範囲に制限されるをいう。いうところの「理」は、陰陽五行の運行する条理であり、いうところの「気」は、陰陽五行の流動する気機であり、いうところの「形」は、すなわち山峰の聳峙し流水の奔行するこれらの見える形体である。山の聳峙する所以、水の奔流する所以は、一として陰陽五行の気の推動する結果ならないはなく、その中に自ら条理の存在あり、これ正に宋儒朱熹のいうところの「気以って形を成し、而して理もまたこれに賦する」――気が凝聚して形体を成すと同時に、理もまたその中に賦与されるのである。
但氣有吉凶,不以理推之,則不可得而知之,故聖賢說卦以明理,用卦以推氣。凡先天後天、雙山四經、三合玄空、穿山透地、坐度分金、休囚旺相、氣運歲時,皆理氣內事也。(理氣諸說各有所用,恐人無所適從,特舉最要數者為後學指南)第巒頭理氣,二者孰重?曰:巒頭真理氣自驗,巒頭假理氣難憑。故理氣不合而巒頭真者,雖有瑕疵,不因理氣不合而不發富貴;理氣合而巒頭假者,定不因合理氣而發福祿。是巒頭為理氣之本也,明矣。
しかし気には吉あり凶あり、理をもって推求せなければ、その吉凶を知るに由なし。ゆえに古の聖賢は卦象を講解して道理を闡明し、卦象を運用して気機を推算した。およそ「先天」「後天」の卦位、「双山」「四経」、「三合」「玄空」、「穿山」「透地」、「坐度分金」、五行の「休囚旺相」、および気運と流年歳時は、皆理気一門の内容に属する(理気の各家の学説は各々その用あり、学者の適従する所なきを恐れ、ここに特にその中の最も緊要なる数種を挙出し、後学のために指南と作す)。では巒頭と理気の両者は孰れか重要か。答えて言う、巒頭もし真なれば理気は自ら応験し、巒頭もし仮なれば理気は靠れず。ゆえに理気は相合せずとも巒頭が真なれば、縦い小毛病あれども、理気に合しないがゆえに富貴を発し得ないことなく、反って理気は合すれども巒頭が仮なれば、決して理気に合したがゆえに福禄を発することない。これにより見れば巒頭は理気の根本たり、道理は十分明白である。
學者必待巒頭精熟,地之真假大小、穴之吞吐浮沉,卓然有見於胸,然後講求理氣,以明乘氣立向、控制消納,徵歲運之用亦不可廢。如巒頭未熟,先學理氣,雖貴陰賤陽、來生去墓諸說確確可據,而吉凶休咎似與巒頭無與,往往求福而致禍者,舍本逐末故也。故曰:占山之法,以勢為難,而形次之,方又次之。又曰:有體方言用,耑用則失體,可不知所先務哉。
地理を学ぶ者は必ずまず巒頭を見て爛熟させ、一塊の地の真假大小、一箇の穴位の「呑」むべきか「吐」くべきか、「浮」すべきか「沉」すべきかに、心裡に明確な判断有して、然る後に理気を講求し、もって如何に乗気し、如何に立向し、如何に制御し消納するかを弄清するに用いる。歳運の作用を検証するに至っても、同様に偏廃してはならない。仮に巒頭未だ熟しないに先に理気を学べば、たとえ「貴陰賎陽」「來生去墓」のこれらの説法が条条として拠あるとも、吉凶禍福は巒頭と毫も相干らないがごとく、結果は往々にして福を求めてかえって禍を招く――これすなわち本を捨て末を逐う所以である。ゆえに古人は言う、相地の法は、最も難きは「勢」を見るに在り、その次は「形」を見るに在り、再びその次は方位を見るに在りと。又言う、先有して本体ありてすなわち作用を談ずるを得、ただ作用を講ずるればすなわち本体を失掉すと。学者は何ぞ何をもって先に工夫すべきかを知らねばならんや。
開面地歩
地之真假大小,何以辨之?先觀開面之有無,便知真假之概;再觀開面之多寡大小,及地步之廣狹,而地之大小亦知其概。何謂開面?只以分、斂、仰、覆、向、背、合、割八字察之:分而不斂,仰而不覆,向而不背,合而不割者,為開面;四者之中有一反是,為不開面。
一塊の地が究竟真か仮か、大か小か、何をもって分別せん。まずそれに「開面」あるや否やを見れば、真假の大概はすなわち清楚し、再び開面の多少大小および占める「地歩」の寛窄を見れば、この地の大小もまた大致の判断あり。何をか開面という。ただ「分・斂・仰・覆・向・背・合・割」の此の八箇の字をもって審察する。山形が分かれて内に向かって収斂しないは、仰起して俯覆しないは、我に朝向して我に背しないは、水が穴前にて交合して脚を割らないは――この四様を具備せばすなわち開面といい、この四様の中ただ一様でも反するあらば、すなわち開面せずである。
何謂地步?只以縱、橫、收、放、偏、全、聚、散八字察之:縱長橫廣,收小放大,局全而聚大者,地步廣;縱雖長,橫不廣,收雖小,放不大,局偏而聚小者,地步狹。
何をか「地歩」という。ただ「縦・横・収・放・偏・全・聚・散」の此の八箇の字をもって審察する。縦深は既に長く横面もまた闊く、來る処は収得緊小にして去る処は放て開闊し、格局は完整して聚気宏大なるは、地歩すなわち寛広である。縦深は長しであっても横面は闊からず、來る処は収得小であっても去る処は放ち開かず、格局は偏側して聚気狭小なるは、地歩すなわち窄狭である。地歩の寛窄は、直ちにこの地がよくいかばかり大きき福力を承載するかを決定す。
分斂
(此篇論來龍降服及穴山、穴面之分斂,總以諸砂證其開面,為山法全編之主腦也)
(この一篇は來龍の下降伏落および穴山・穴面の「分」と「斂」を討論し、総の辦法は各種の護砂をもって山に開面あるや否やを印証するを挙げ、全書の山法部分の綱領の所在と言うべし。)
何謂分斂?曰:分者,分開八字也。無個字不成龍,無分金不出脈(山龍落脈非個字不行,落脈處要成星體,方有分金之面,有個字則開肩,開肩則有分水,水分則脈清),故凡有頂有泡處,皆不可無分金,以為個字分金之丿丶(分金之丿丶者,分出丿丶成金字之面也)。但不可三股顯然如雞爪,必有矬有平,中脈如寬牽線者方是(三股一樣高起如雞爪者為貫頂,兩邊砂高,中脈微平軟泛方是寬牽線)。
何をか「分」と「斂」という。答えて言う、いうところの分は、すなわち山形が左右に向かって分かれて「八」字形を成す。あり「個」字形の分落なくんば龍を成さず、「分金」の面なくんば脈を出さず(山龍の落脈は、「個」字形を成さなければ走動し得ず、落脈の處は星体を結成させて、すなわち分金の面あり。「個」字形あればすなわち両肩を開き、肩を開けばすなわち水の両辺より分流あり、水が一たび分かれば、中間の脈絡はすなわち清爽である)。ゆえに凡そ山頂あり突泡あるの処は、皆分金なくんばないべし、そのそれを「個」字の左右両撇捺となさしめんがためである(いうところの分金の両撇捺は、中脈より両筆を分出し、「金」字形の一箇の面を構成するを指す)。但しも三股一様に清楚たるべきではない、鶏爪の如く張るがごときはない。必ず低伏あり、平緩あり、中間のそのの脈が鬆鬆に牽く一根の線の如くして、これすなわち数と見なす(三股一様に高起し形鶏爪の如きは、のを「貫頂」といい、両辺の砂略高く中間の脈微々として平緩にして柔軟鬆泛たるを、すなわち「寛牽線」という)。
又須大丿丶之內有小丿丶,顯丿丶之內有隱丿丶,故有大分小分、顯分隱分之不同。大分者,主頂星上分開大八字,謂之明肩;明肩之內,又分半大半小八字,不論條數之多寡,均為護帶;護帶之內,貼脈分小八字,謂之蟬翼(蟬翼乃出脈處所分之隱砂)。顯分者,明肩護帶也;隱分者,蟬翼也。更有隱者,謂之肌理刷開(是體土有無數細紋分開者,是依稀微茫,須細心體認)。
再び言う、大なる一撇一捺の裏頭に還して小なる一撇一捺を套し、明顯なる一撇一捺の裏頭に還して隠微なる一撇一捺を蔵す。ゆえにすなわち「大分」と「小分」「顕分」と「隠分」の区別あり。大分とは、主頂星峰上に分開するそのの大八字を指し、のを「明肩」といい、明肩以内に又分かれ出ずる半大半小の八字は、條数の多少を論ぜず、一律にのを「護帶」といい、護帶以内に緊く脈絡に貼りて分出する小八字を、のを「蝉翼」という(蝉翼はすなわち出脈の処所に分出する隠微の護砂)。いうところの顕分は、明肩と護帯を指す。いうところの隠分は、蝉翼を指す。還して蝉翼より更に隠微なるあり、のを「肌理刷開」という(すなわち山体の土面上に無数の細紋の分開する様子あり、もしくは有りもしくは無く極めて微茫にして、必ず細心に体察してすなわち認出を得べし)。
其頂下胸腹間所起突泡,或分小八字,或分隱八字,謂之金魚砂,亦為暗翼(此半山突泡,所分之隱砂,比蟬翼砂略短)。以上乃來龍降脈之分,不論祖山穴山,皆宜如此(行度處微有不同)。
山頂以下・人身の胸腹部位に相当する鼓起の突泡に至っては、あるいは小八字を分出し、あるいは隠八字を分出し、これを「金魚砂」といい、また「暗翼」という(これは半山腰の突泡の分出する隠砂で、蝉翼砂に比べて略々短し)。以上の講ずるるは皆來龍の下降落脈の時の「分」で、祖山に論ずると穴山に論ずるとを問わず、皆当にこの様の形態を具備すべし(ただ龍脈の行走過渡の地段に在りては、情形稍々同じからず)。
有臨家之際,或分蟬翼砂而成乳突穴,或分牛角砂而成窩鉗穴,蟬翼牛角砂之內,均有肌理刷開之隱分,方開穴面。亦有乳突無蟬翼可見,只滿面肌理刷開,使穴腮圓胖,以成穴面者。此臨穴之蟬翼牛角、肌理刷開,總謂之牝牡砂,乃為分盡之分,亦謂分金之面(穴後宜分,穴前宜合,分至此而盡,故曰分盡。以上概論祖山穴山臨穴分金之面,以下分疏諸砂名義)。
将に穴を結せんとする時に到りて、あるいは蝉翼砂を分出して「乳穴」「突穴」を結成し、あるいは牛角砂を分出して「窝穴」「鉗穴」を結成す。蝉翼砂と牛角砂の裏面は、皆還して「肌理刷開」のこの一層の隠分有りて、すなわち真に穴面を開出せしと見なす。あるいはまた乳穴突穴に蝉翼見えず、ただ満面に肌理刷開して、穴場の両腮をして円潤豊満たらしめ、よって穴面を成就するあらん。これらの臨穴の処の蝉翼・牛角および肌理刷開は、総じて「牝牡砂」と称し、「分」の尽頭に到る分で、すなわちもまた分金の面という(穴後は当に分かるべく、穴前は当に交合すべし、分かるここに到れば分かること尽き、ゆえに「分尽」という。以上は総じて祖山・穴山より直ちに臨穴の処の分金の面に至るを論じ、下文は再び逐一に各種の護砂の名義を疏解す)。
謂之明肩者,以其如人之兩肩,如飛鳥之兩翼,又如金字之人字(外背內面彎抱向裡者是,如背面直者非),不論大小星辰,俱不可少,在橫降處,尤為緊要(橫降無肩,落脈必假)。
のを「明肩」という所以は、それが人の両肩の如く、飛鳥の両翼の如く、又「金」字の上頭のそのの「人」字形の如くするがためである(要するに外側を背とし内側を面とし、彎彎として内に向かい環抱するを対とす。もし背面平直にして彎ならないはすなわち是れにない)。星峰の是大と小とを論ぜず、明肩は欠少してはならない。尤も龍脈の横向に下降する處に在りては、明肩最も緊要である(横降して肩なくんば、落脈は一定に仮である)。
假如無大八字,或大八字少一邊,或參差不齊,或一邊背我,或無菱角背面,或內無隱八字,或大八字之丿丶上自分個字而成龍,不為我之用神者,不論祖山穴山,俱無真結。若外有至大之八字帳幕迎送纏護者是也(迎送纏護即帳幕所分之技腳),又有開肩之大八字,三臺、五腦、七腦、九腦、金水帳者是也。
仮に根本に大八字なく、あるいは大八字は一辺のみ有り、あるいは両辺の高低先後は参差不斉、あるいは一辺は反背して我に向かわず、あるいは渾円にして棱角なく背と面を分け出さず、あるいは大八字の裏面に隠八字なく、又あるいは大八字の撇捺上に自ら別に個字形を分けて別の龍を結成し、並びに我が用となさないあらば、すなわち祖山に論ずると穴山に論ずるとを問わず、皆真の結作有ることない。もし外層に別に極大の八字有り、帳幕・迎送・纏護を形成するは、すなわち是れ好格局である(いうところの迎送纏護は、すなわち帳幕の分出する枝脚)。この外によく肩を開く大八字あり、還して「三台」「五脳」「七脳」「九脳」および「金水帳」のこれらの形態あり。
謂之護帶者,以其形如垂帶,作正脈兩邊之護從也。開腳大星(中分一脈,旁分數條顯然可見者,為開腳大星),與橫山分落開帳落脈者,俱不可少(星辰廣闊,故須護帶),此三者若無護帶,為出脈無地步。
のを「護帶」という所以は、それが形状下垂の衣帯の如く、正脈の両側の護衛随従を充当するがためである。凡そ「開脚大星」(中間に一条の正脈を分出し、旁に又清清白白として幾條の枝脚を分出するを、すなわち開脚大星という)、および横山分落・開帳落脈のこれ幾種の情形は、皆護帶を缺少してはならない(この類の星峰は形体広闊たるがゆえに、必ず護帶有りて相配させることを要す)。この三種の山もし護帶なくんば、すなわち出脈に地歩なく大局を容納し得ずという。
護帶不豁開如八字而反插入者為斂(或直生或背向裡者皆是),惟外背內面,先分開面尾插入者不忌。護帶無背面為閒砂,一邊背我為無情,皆不成地。
護帶もし八字の如く外に向かって豁然として分開せず、反って内に向かって挿入するを、すなわちこれを「斂」という(直挺挺として生出すると、背を内に朝向するするとを論ぜず、皆斂に属す)。ただその种の外側を背とし内側を面とし、先にすでに外に向かって分開し、ただ末梢略々挿入するは、忌諱するを必とせず。護帶もし渾円にして背と面を分け出さなければ、すなわちただ無用の「閑砂」である。もし一辺有りて反背して我に向かわなければ、すなわちのを「無情」という――この両種の情形は皆地を結成せず。
中小星辰,不拘護帶有無(有則更妙),尖圓方之正體星辰常無護帶(正體星辰開隱個字之面必有肌理刷開,故不須護帶),護帶亦有生於明肩外者(明肩外者有砂包囊重重均為護帶),總要外背內方圓方真。
中等と小型の星峰は、護帶有ると無きとを論ぜずともよろし(あれば当然更によし)。尖・円・方の此一類の端正の正体星峰は、通常は護帶有ることなし(正体星峰が隠個字の面を開出する時は必ず肌理刷開に伴有すれば、ゆえに護帶を用いるに及ばず)。護帯もまた明肩の外に生ずるあり(明肩の外面に凡そ砂有りて層層包裹するは、皆護帶と見なす)。総じてのを一言すれば、必ず外側を背とし内側を面とし、形体円満周正にして、すなわち真と見なす。
謂之蟬翼者,以其所分至隱,如蟬翼之輕薄也。蟬之飛住不同,故蟬翼有舒貼二體:舒者上半貼於身,至翼尾則分開兩片於旁,三股並然可見;貼者翼尾緊貼身上,兩股隱然難明(三股連中間脈路,說兩股單指蟬翼言)。山頂之蟬翼,舒者多而貼身者少;穴旁之蟬翼,舒者少而貼身者多(貼身不顯然分開,有隱分之勢)。
のを「蝉翼」という所以は、それが分出する形跡極めて隠微にして、蝉の翅膀の如く軽薄なるがためである。蝉は飛行と停歇の時に翅膀の姿態同じからず、ゆえに蝉翼砂もまた「舒」と「貼」の両種の体態あり。舒展のは、上半截は山身に貼りて、翅尾の処に到りてすなわち両旁に向かって分開して両片を成し、中脈と連であり三股皆清楚にして見るべし。緊貼のは、翅尾は緊緊と山身上に貼りて、両股は隠隠約約として看清楚し難し(三股と言うは中間の脈路を連ねて数に入れ、両股と言うはすなわち単に蝉翼本身を指す)。山頂上の蝉翼は、舒展の多くして貼身の少なし。穴場の両旁の蝉翼は、舒展の少なくして貼身の多し(貼身のは並びに明顕に分開せず、ただ一種の隠隠として分かれんと欲する勢頭を呈す)。
開腳星辰,頂上化生腦無蟬翼,界水貼脈,透頭為貫頂,斷不結地。雖有蟬翼面頂上就分三股,如雞爪者亦為貫頂。中有水痕穿透者,為蟬翼離身,不成地者十之八九,須看落脈之仰覆、旁砂之向背,以為棄取(得脈如鵝毛之仰,砂如手臂之曏者,亦能結地)。
開脚の星峰は、もし頂上の化生脳の処に蝉翼なくんば、界水はすなわち緊く脈絡に貼りて、一直に山頭を冲透し、これを「貫頂」といい、断じて地を結成せず。たとえ蝉翼あれども、頂上に就いて三股に分かれ形鶏爪の如きは、同様に貫頂と見なす。もし蝉翼と山身の間に水痕穿過するあらば、そのを「蝉翼離身」といい、十に八九は地を結成せず。この時は必ず落脈の是れ仰か是れ覆か、旁辺の護砂の是れ我に朝か我に背くかを見て、これに拠りて取捨を決定すべし(もし脈が鵞毛の如く微々として上仰し、護砂が手臂の如く内に向かって環抱するは、仍然としてよく地を結す)。
必上截如覆鍋一般,落下段方分兩片於旁,始肖蟬身之翼,蓋蟬翼非頭上所生,乃離頭一段而生;非頂上就分三股,乃落下一段方成三股。若一邊先分,一邊後分,為蟬翼參差;一邊有蟬翼一邊無者,為邊有邊無,皆不成地。惟一邊無蟬翼,而得肌理之分者,亦能成地,但肌理之分甚微,與邊無不甚相遠,亦須以脈仰覆、砂之向背證之。
真正の蝉翼は、必ず上半截は倒扣の鍋の如く渾円にして、一段を落下して後すなわち両旁に向かって両片を分出させ、これすなわち蝉身上に翅膀を長ずる様子に似たり。見るべし、蝉翼は山頭上より直ちに長出するにないして、山頭を離れて一段の距離してすなわち生出するである。頂上に就いて三股に分かるにないして、一段を落下して後すなわち三股を成すである。もし一辺は先に分かれ一辺は後に分かるを、すなわち「蝉翼参差」といい、一辺に蝉翼有りて另の一辺に無きを、すなわち「辺有辺無」という――この両種は皆地を結成せず。ただその种の一辺に蝉翼無しであっても、却も肌理刷開の分有るは、還してよく地を結す。但し肌理の分は十分微弱にして、「辺無」と相差遠からず、ゆえにもまた必ず落脈の仰覆・旁砂の向背をもって印証を加えんことを要す。
若尖圓方之正體星辰,與突泡毬簷有滿面肌理之分者,不拘蟬翼有無,皆可論地(肌理之分亦能分水故可無蟬翼)。謂之肌理刷開者,以其所分至隱,如肌膚紋理,又如糊掃在壁上刷作分開之勢(有隱然分開之痕影,無顯然分開之技條,須細心體認),凡有頂有泡、出脈結穴處,皆不可少。
もし是れ尖・円・方の一类の端正の星峰、あるいは突泡と毬・簷の処に満面皆肌理分開の痕跡あれば、すなわち蝉翼有ると無きとを管せず、皆地を論ずるべし(肌理の分は同様によく水を分開せしむれば、ゆえに蝉翼を要せねばならるである)。のを「肌理刷開」という所以は、それが分開する痕跡極めて隠微にして、皮肤上の紋理の如く、又像て糨糊を用いて墙壁上に刷き出すその种の分開の勢の如きがためである(ただ隠隠約約として分開の痕影有り、明顕に分開の枝條なく、必ず細心に体察してすなわち認出を得べし)。凡そ山頂有り・突泡有り・出脈および結穴の處は、肌理刷開皆欠少してはならない。
在低小正體星辰,與節泡毬簷之無蟬翼護帶者,固全賴此隱然之分,以分開星面穴面,使不飽硬欹破,而面平;即高大開腳星辰,與節泡毬篋之有護帶蟬翼者,亦莫不藉此隱然之分,以成星面穴面。若未分蟬翼之上無此(此字指隱分言,即肌理刷開也),則囊煞而剛飽;已分蟬翼之內,無此則不矬而硬直,何能使脈路穴情有分金之平面,而形如鵝毛口(音竅)乎。
低矮細小の正体星峰、および蝉翼護帶無き節泡・毬簷に対しては、本来全くこの一層の隠微の分開に頼りて、すなわち星面と穴面を分け出し、山体をして飽脹僵硬・歪斜破碎ならざらしめ、而も平正の面を顕出せしむ。たとえ高大の開脚星峰、およびすでに護帶蝉翼有る節泡毬簷であっても、もまたこの層の隠分を借助せずんばないしてすなわち星面穴面を成就す。仮に還して蝉翼を分出しない上段に於いて它を缺けば(「此」の字は隠分を指し、すなわち肌理刷開)、山体はすなわち煞気を裏面に裹て剛硬飽脹を顕す。仮にすでに蝉翼を分出せる裏面に於いて它を缺けば、山体はすなわち低伏せずして硬直一条と変化せり。これ又怎のよく脈路と穴情をして分金の平面を呈出させ、形状軽軟上仰の鵞毛の如くならしめんや(「口」の字は「竅」の音に読む)。
夫山之貴有分者,以其能盪開粗硬之氣於兩邊,使中間脈路有脫卸而軟泛也。明肩護帶蟬翼之分,但能盪開外層至粗之氣,欲使中間脈路粗硬之氣脫卸淨盡,非肌理肌刷開之分不可。故自分龍以至入穴,無一節一泡之肌理,可以直生斂入(直生則無彎抱之情,斂入則無分開之勢),無半突半邊之肌理,可以似分而分不淨。其星面無矬平而帶剛飽者(必無肌理痕巒),即是似分而分不淨。
山の「分」有るを貴ぶ所以は、分はよく粗硬の気を両側に蕩開させ、中間の脈路をして層層脱卸させて柔軟鬆泛と変化せしむるを得るがためである。明肩・護帶・蝉翼の此の幾層の分は、ただよく最外層最粗の気を蕩開するのみ、中間の脈路裏の粗硬の気をして脱卸して乾乾净净たらしめんには、肌理刷開のこの一層の分有るに非なければ不可である。ゆえに分龍より一直到入穴に至るまで、哪節・哪個の突泡の肌理も直挺挺として生出し内に向かって収斂すべきものなく(直生すればすなわち彎抱の情意なく、斂入すればすなわち分開の形勢なし)、もまた哪半個の突泡・哪半辺の肌理も似て分かれて分かれて乾净ならないべきものなし。凡そ星面上に低伏平緩見えず、反って剛硬飽脹を帯ぶるは(この種の山は必定に肌理の痕跡見えず)、すなわち似て分かれて実際に分尽しないに属す。
謂之金魚砂者,以其如玉帶間所佩之金魚袋,又如魚身之劃翅。特降星辰(即成座聳撥星辰),半山有突泡者,必不可少平岡龍體,不論在穴山,此為第二分,斷不可邊有邊無參差,惟邊短邊長,股明股暗,無論明肩護帶亦然。
のを「金魚砂」という所以は、それが官員の玉帯上に佩掛する金魚袋の如く、又魚身上の划水する鰭の如きがためである。特意に降落して成る星峰(すなわち自ら一座を成し高聳挺拔の星峰)は、ただ半山腰に突泡あれば、就一定に金魚砂を缺少してはならない。平岡一类の龍体は、是れ穴山か否かを論ぜず皆この如し。金魚砂は明肩の後に継ぐ第二重の分と算し、絶対に一辺有り一辺無し、あるいは両辺参差としてはならない。至りて一辺短く一辺長し、一股明顯にして一股隠晦なるは、倒れて允許す――この一点は、明肩と護帶ももまた同様の道理である。
謂之牛角砂者,以其環抱如牛角也。窩鉗真假,全在此砂口菱之有無別之(口菱者,砂身上隱隱有一線高起彎抱向裡也)。必須背內面,而背面交界之際,對望之若有菱起者,為有口菱;如無背面,而內外交界處,對望之囫囫圇圇者,為無口菱。
のを「牛角砂」という所以は、それが環抱の様子牛の両只の角の如きがためである。窝穴・鉗穴の是れ真か是れ仮かは、全くこの道の砂上に「口菱」有るや否やを凭って分別す(いうところの口菱は、すなわち砂身上に隠隠として一条の線微々として高起し、彎彎として内に向かって環抱する)。牛角砂は必ず外側を背とし内側を面とし、而して背と面の交界の處に在りて、対面より望み過ぐれば好像て一道の稜線隆起の有るは、すなわち口菱有りとす。もし背と面を分け出さず、内外交界の処より対面に望去して渾然一団・含含糊糊たるは、すなわち口菱無しとす。
邊窩之格,定是邊長邊短,股明股暗,若半邊全無者,則其無邊之界水,必穿肩而入於唇內,故牛角砂亦不可邊有邊無。
至りて「辺窝」この種の格局は、必然に一辺長く一辺短く、一股明顯にして一股隠晦である。もし半辺全く牛角砂無くんば、すなわち缺失のその一辺の界水は、必定に肩部を穿過して直ちに穴前の唇内に灌入す。ゆえに牛角砂も同様に一辺有り一辺無しとしてはならない。
謂之牝牡砂者,以其瓏璁臨穴後,隱約蔽穴旁,如牝牡之交孚也(牝牡砂從乳突,陰穴為蟬翼,在窩鉗陽穴為牛角,皆所以包囊穴身使界水不割)。無牝右必割,無牡左必割,牝牡俱無,不能分開兩畔之水,必左右俱割腳(淋頭必然割腳,故穴後穴旁無牝牡砂均為割腳)。
のを「牝牡砂」という所以は、それが玲瓏として穴の後方に貼臨し、又隠隠約約として穴の両旁に遮蔽し、雌雄相合相抱の様子の如きがためである(牝牡砂は乳穴・突穴の此の类の陰穴の中に在りてはすなわち蝉翼と表現し、窝穴・鉗穴の此の类の陽穴の中に在りてはすなわち牛角と表現し、皆是れ穴身を包裹し界水をして穴を割らざらしむるに用いる)。「牝」を缺けば右辺必然に脚を割り、「牡」を缺けば左辺必然に脚を割り、牝牡両辺皆無ければ、すなわち両側の水を分開し得ず、左右一定に同時に脚を割る(水が穴頂より淋下すれば必定に連帯して脚を割る。ゆえに穴後・穴旁に牝牡砂無きは、皆脚を割ると見なす)。
無顯然臨穴之牝牡猶可,無肌理刷開之牝牡斷不成地,蓋有無蟬翼牛角,但得肌理刷開之面,而成穴者有之;未有無肌理刷開之面,但得蟬翼牛角而成穴者(蟬翼牛角不可無肌理之分)。
臨穴の処に明顕の牝牡砂無きは、還して勉强に可である。但しもし肌理刷開のこの一層の牝牡すら無ければ、すなわち断然地を結成せず。何となればたとえ蝉翼・牛角無しであっても、ただ肌理刷開の面あれば、仍然として穴を結すべく、この如き例子はのれ有り。却もかつて肌理刷開の面を缺きて、単に蝉翼牛角を靠りてよく穴を結する有らないである(見るべし、蝉翼牛角の内に肌理の分無くんばないべし)。
肌理刷開者,土肉之紋理,如牛肉理之斜生,雨滲入土,從斜理分去,壙中有水而無氣。故穴中有水無水,以土理之分開不分開別之;則有氣無氣,亦以土理之分開不分開驗之。
いうところの肌理刷開は、土層内部の紋理を指す。もし牛肉の紋理の如く斜に向かって生長せば、雨水は土裏に滲進して順に斜紋に従い分流して去り、墓穴の中はすなわちただ水有りて生気無し。ゆえに穴中の将来是れ水有りか是れ水無きかは、すなわち土の紋理の分開するか否かを用いて判別し、而してこの地の是れ気有りか是れ気無きかも、もまた同様に土の紋理の分開するか否かを用いて検験す。
蓋天下有生氣者,人物草木也。人物草木得有生氣者,手足眉目、羽毛鱗甲、枝葉蒂瓣顯然之形體,固無不分,即寸膚寸肉、一葉一瓣隱然之紋理,亦無不分。若只有顯分而無隱分,是猶塑畫者,雖具人物之形,全無生氣,何能知覺運動乎。星辰雖有明肩護帶,而無刷理刷開之分,即為粗蠢飽硬之體,何能有星面穴面之動氣乎。故蟬翼牛角肌理刷開之分,更宜亟講也。
天下に生気を具有するは、人・動物と草木である。人・動物・草木の生気有る所以は、手足眉目・羽毛鱗甲・枝葉花蕚花瓣のこれらの明顕の形体は、一として分開しないなきがためである。さらにはりて一寸の皮肤・一寸の肌肉、一片の葉子・一瓣の花、その隠微の紋理ももまた一として分開しないなし。仮にただ明顕の分有りて隠微の分無ければ、すなわち好比て塑像と絵画の如く、人物の外形を具備すであっても、却も全く生気無く、怎のよく知覚有り・活動せんや。山峰はたとえ明肩護帶有りとも、もし肌理刷開の此の層の分無ければ、すなわち是れ粗笨飽硬の躯殻にして、怎のよく星面穴面のその种の活動の生気あらんや。ゆえに蝉翼・牛角・肌理刷開の此の幾層の分は、更に当に赶紧講明白すべし。
然則穴中有石無石,又何以別之?曰:亦在蟬翼牛角肌理刷開之分而已。有此分者,剛硬之煞盪開兩邊,中間自有矬平,硬中囊軟,必然無石;縱有石亦如八字分開,其石必嫩,不謂之煞,石紋分開之中,必有土穴。無此分者,剛硬之石囊於中間,必無矬平而飽硬,即無石而純土,亦不可插(多有石山土穴葬後禍不旋踵,總由無矬平分合,渾身是煞故也)。帶石之山,其石一直生下,或從旁插入,陰煞極重;惟石八字分開,而有真矬真平者,穴有浮石亦無礙。
では穴中に究竟石頭有りか无きかは、又何を凭って分別せん。答えてなお言う、ただ蝉翼・牛角・肌理刷開の此の幾層の分を見るのみである。此の几層の分有るは、剛硬の煞気は両辺に蕩開せられ、中間は自ら低伏平緩の処有りて、硬中に軟を包み、必定に石頭無し。たとえ石有りとも、もまた八字の如く分かれ、その石頭は必定に嫩にして老ならない、煞と見なさず、石紋分開の當中に於いて、必定に土穴を蔵す。此の几層の分無きは、剛硬の石頭はすなわち正当中に裹められ、山体は必然に低伏平緩を見ずして一味に飽脹僵硬せり。この如き處はたとえ石頭無く純是れ土質であっても、もまた下葬してはならない(世上很に石山土穴多く、葬後災禍接踵して至る、根本原因はすなわち低伏平緩と分合無く、通体皆煞気である)。石を帯びたる山は、もし石頭一直に直插して下るか、あるいは旁辺より横挿して入らば、陰煞はすなわち極めて重し。ただ石頭の八字を呈して分かれ、並びに確かに真正の低伏と平緩の有るは、すなわち穴中たとえ些かの浮石有りとも妨なし。
謂之分盡之分者,以分開金面之下,仍有分水之脊出脈者,未可言分盡也(金面下無矬平而有脊脈猶行而未止)。必至毬簷之顯分而見蟬翼蝦鬚,隱分而見肌理刷開(蝦鬚指毬簷,顯分自有蟬翼可見,若嫩乳嫩突之隱分,惟有肌理刷開),中間不復有脊脈之起,面前惟見有圓唇之收(穴暈前有微矬之小明堂,方見圓唇兩角收上而托),方為分盡。分盡之處,即是結穴之處。(附圖1)
いうところの「分尽の分」とは、説くに、すでに分開せる金面の下に於いて、もしなおとして分水の脊線続けて出脈あれば、そちらして分尽せしと言うべきではない(金面の下に低伏平緩を見ずしてなお脊脈有るは、龍気は還して在りて走り、停住しないを説明す)。必ず毬・簷の此の一段に到りて、明顕の分はよく蝉翼と蝦鬚水を見、隠微の分はよく肌理刷開を見て(「蝦鬚」は毬簷に就いて言うにして、顕分に属するは自ら蝉翼の見るべき有り。至りて嫩乳・嫩突一类の隠分は、すなわちただ肌理刷開の可辨あるのみ)、中間は再び脊線隆起有らず、穴前はただ一道の円潤の唇口収攏して來るを見て(穴暈の前面に微々として低下去の小明堂有りて、すなわち円唇の両角の向上に収攏して托住するを見出すし得)、これすなわち分尽と見なす。分尽の處は、すなわち結穴の處である。(原書はここに第一幅の図を附す。今本はただ図題を存し、図形はすでに佚す。)
謂之分金之面者,以穴後毬簷,顯者如覆鍋,隱者如泥中鱉,穴前對望,儼如金字之面,俗謂之金屋,楊公謂之乘金。其劈中處,是分金之中也(即穴之中心),分金之中,即是點穴之中。
いうところの「分金の面」とは、穴後の毬と簷を指す。明顕のは倒扣の鍋の如く、隠微のは泥裏に伏する鼈の如し。穴前より対望して過ぐれば、儼然として一個の「金」字の面貌である。俗話は它を「金屋」といい、唐代の楊筠松(楊公)はのを「乗金」と称す。それが正中に劈開するその一処は、すなわち分金の中心である(すなわち穴の中心)。分金の中心は、すなわち点穴の時に当に落定すべき中心である。
未分盡而急插之曰斗(是純陰打穴斗煞即傷脈),已分盡而緩插之曰脫(是純陽插穴,脫脈即無氣),不於分金之中而旁插之曰偏(偏則失脈)。蓋出脈如菜姜之抽於心,結穴如花心之接於蒂。故曰:點穴之訣,在貫乎一脈之來,而處於至中之地,豈非言分盡之處,繫分金之中,即是穴之意耶(以上論分,以下論斂)。
分まだ分尽しないに急いで上に向かって穴を挿すを、のを「闘」という(これは純陰の地に強行に穴を打ち、硬に煞気に碰り、すなわち脈を傷る)。すでに分尽せるに又拖後して緩挿するを、のを「脱」という(これは純陽の地に下穴し、脱開して脈すれば生気を得ないである)。分金の正中に落せずして一旁に偏りて挿すを、のを「偏」という(一偏すればすなわち脈を失う)。知るべし、出脈は好比て菜と姜が中心より抽出するが如く、結穴は好比て花心が花蕚上に連接するが如し。ゆえに言う、点穴の訣竅は、その条の來脈を貫通し、而して最正中の位置上に落するに在り――これ正に分尽の處はすなわち分金の中心に係り、すなわち穴の所在というにないか。(以上は「分」を講じ、以下は「斂」を講ずる。)
其明肩護帶蟬翼牛角肌理,不自內分開,而反自外插入,即不插入,而直生無抱向之情者,均謂之斂(要本身技腳宕開,如人時開作X為佳)。或有大八字,而無隱八字,或有隱蟬翼而無明肩,或邊有邊無,參差不齊者,亦謂之斂。蓋當分不分,即是斂也。
明肩・護帶・蝉翼・牛角・肌理の此の幾様は、もし是れ裏面より外に向かって分開するにないして、反って外より内に向かって挿入し、あるいは挿入せずであっても、却も直挺挺として生出し毫も環抱朝向の情意無き、これらを統々のを「斂」という(本身の枝脚は外に向かって蕩開してすなわち好し。底本はここに一字残欠、照録して補わず)。又あるいはただ大八字有りて隠八字無く、ただ隠微の蝉翼有りて明肩無く、あるいは一辺有り一辺無く参差するも、もまた皆斂という。総じての、当に分かるべくして分かれなければ、すなわち斂である。
斂則生氣不行,與分相反。分者陽氣舒發,生長之象;斂者陰氣收藏,肅殺之象。故自穴後毬簷溯至分龍、太祖,俱喜分而忌斂。但山之全無分者亦少,似分而非真分者最多,顯然分開斂入者易見,隱然分開斂入者難明,或大分小分似乎俱備,而地反假;或顯分隱分似乎有缺,而穴反真。
一斂すれば、生気はすなわち走動し得ず、正好く分と相反す。分は、陽気の舒展生髪・万物の生長する気象である。斂は、陰気の収斂閉蔵・肅殺凋零する気象である。ゆえに穴後の毬簷より一路上溯して分龍・太祖山に至るまで、処処皆分を喜び斂を忌諱す。但し完全不分の山ももまた很に少なし。最も多きは看似て分有り而も実は真分にないである。明顕の分開あるいは斂入は見出すし易く、隠微の分開あるいは斂入はすなわち辨明し難し。有るの大分小分は似乎様様具備せるが、この地は反って仮である。有るの顕分隠分は似乎還して缺欠有るが、そのの穴は反って真である。
諸疑般似不決者,惟其脈路穴情,如知鵝毛之亢(音竅),寬牽線之軟,兩邊護砂(左右龍虎貼穴牝牡砂俱是)如側手臂之曏者必真;脈路穴情如覆鵝毛之飽,或如急牽線之硬,兩邊護砂如側手臂之背,或如手臂之覆,與仰面不向面背者俱假(覆則不分,背面仰而不向,雖仰何益)。以此法互證之,而真假疑似,不難盡剖矣。
この如き種種の疑似にして決し難き情形に遇到せば、只須く見るに、脈路と穴情もし鵞毛の如く軽軽として上仰し(「亢」は「竅」の音に読む)、鬆鬆に牽く線の如く柔軟にして、両旁の護砂(左右の龍虎および貼近の穴場の牝牡砂皆数に入る)が側過來の手臂の如く内に向かって環抱するは、この就必定に真である。反って、脈路穴情もし倒扣の鵞毛の如く飽脹し、あるいは繃緊の線の如く僵硬にして、両旁の護砂が側過來の手臂の如く却も背を我に朝せ、あるいは手臂の反扣下來の如く、および仰起すであっても却も肯んじて穴場に朝向しない、これら就皆仮である(一覆すればすなわち分開し得ず、面を背して仰ぎ、仰起すであっても内に向かわなければ、仰は又何の用か有る)。この辦法を用いて互相印証せば、真假疑似の処は、難からずして一一剖析して清楚ならしめん。
右圖(附圖2)第一節護帶斂入,先分開而外背內面無妨。三節六節,界水透頂,在蟬翼外無妨。四節左邊無運翼,犯邊有邊無之病,如在穴山多不成地;今在後龍,旁砂如花瓣相向,脈路如寬牽線,前後龍俱開面,無妨。
右辺のこの幅の図(原書の附図の二。今本はただ図題を存し、図形はすでに佚す)の示す所、第一節の護帶は内に向かって収斂すであっても、但しそれは先にすでに外に向かって分開し、而も外側を背とし内側を面とすれば、ゆえに妨なし。第三節と第六節は界水一直に山頂に透するも、透するは蝉翼の外に在れば、もまた妨なし。第四節の左辺は蝉翼を缺き、「辺有辺無」の毛病を犯せり。この如き情形はもし穴山に出現せば、多半地を結成せず。今それは後龍に出現し、旁辺の護砂は花瓣の如く両両として相向し、脈路は鬆牽の線の如く、前後の龍又皆面を開く。ゆえになおとして妨なし。
五節脈路闊大似貫頂,但有肌理刷開,逼開界水,不致扣脈,非無分中有分,則必有小矬小平,而不硬直,亦無妨。七節左邊無蟬翼砂,本是大病,幸非穴山,前後龍俱開好面,本身脈如寬牽線,旁砂外背久面,故無妨;若半山無金魚砂,界水扣肋割脈,得脈如見牽線,左右砂外背內面,亦無妨。
第五節の脈路は寛闊を顕し、看上去して像是れ貫頂。但しそれに肌理刷開有り、界水を両辺に向かって逼し、至らずして脈身に緊扣させ、見るべし並びに全く分無きにない、而して無分の中に別に隠分有るを。すなわち必定に小の低伏と小の平緩有りて、硬直一条ならない。ゆえにもまた妨なし。第七節の左辺に蝉翼砂無きは、本来大毛病である。幸好くそれは穴山に在らず、前後の龍皆好面を開出し、本身の脈は鬆牽の線の如く、旁砂又外背内面である。ゆえに妨なし。同様に、半山腰もし金魚砂無ければ、界水はすなわち山肋を扣住して脈を割る。但しただ所得の脈が牽線の如く柔和にして、左右護砂の外側を背とし内側を面とすれば、もまたなおとして妨なし。
八節正體星辰似飽,幸而兩邊菱角伶俐,中有肌理刷開之分,必有小矬小平之勢,故雖似飽無妨。若八字囫圇無菱角,中間雖有肌理隱分,而無數次小矬小平,及無兒囪之微有(音一無來之殺也)者,為分不盡,必無融結,況肌理直生斂入者乎。
第八節の正体星峰は看上去些か飽脹有り。幸いに両辺の棱角分明利落にして、中間又肌理刷開の分有れば、必定に小の低伏と小の平緩に伴有す。ゆえに似て飽脹すであってももまた妨なし。反って、もし八字は渾然一団・毫も棱角無く、中間は肌理隠分有るであっても、却も接連幾次の小矬小平無く、もまた嬰兒の囟門の如く微々として凹陷の一点無きは(この字は読音「一」に同じ、煞気の冲來無きを指す)、すなわち是れ分かること不徹底にして、必然に真正の融結有ることない。何況んやその种の肌理直挺挺として生出し内に向かって収斂するをや。
凡分斂之病,共有十。至凶而不能變吉者,有十焉:一曰無大八字;二曰大八字參差不齊(一邊先分,一邊後分);三曰大八字少一邊;四曰大八字囫圇無稜角(囫圇即無背面,無背面即無菱角);五曰大八字之內既無蟬翼,又無肌理刷開;六曰界水夾脈透頂(頂前出脈硬覆);七曰護帶外面內背,或無背無面,逢外插入;八曰蟬翼去差金魚砂不齊;九曰到穴無分金之面,或牝牡不全;十曰肌理直生斂入。
凡そ分斂方面の毛病に属するは、一共に十種有り、皆極凶にして転吉することできない。第一、根本に大八字無し。第二、大八字両辺参差せず(一辺先に分開し、一辺後に分開す)。第三、大八字ただ一辺有り。第四、大八字渾然一団・棱角無し(渾然一団なればすなわち背と面を分け出さず、背と面を分け出さなければすなわち棱角無し)。第五、大八字の内に既に蝉翼無く又肌理刷開無し。第六、界水は脈を夾みて一直に山頂に透す(頂前の出脈硬にして俯覆す)。第七、護帶の外側を面とし内側を背とし、あるいは根本に背と面を分け出さず、而も是れ外より内に向かって挿入する。第八、蝉翼は一先一後参差し、金魚砂両辺不斉。第九、穴場に到るも却も分金の面無く、あるいは牝牡砂不斉全。第十、肌理直挺挺として生出して内に向かって収斂す。
龍有病能變好面而結小地者三:一曰大八字一邊反背;二曰大八字自分個字而成龍;三曰大八字反小而不罩其小八字。此三者得下面博出星飽(穴山成星體,吉形牛山有遞脈節泡),有分金之面,脈路仰而不覆,穴隋面而不飽(臨穴毬簷與牝牡砂均有隱分之面),左右砂向而不背(指龍虎砂而言),出唇吐氣,砂水聚集者,仍有小結,不可以祖山不美而棄之。
龍は毛病有るであっても、却もなおよく好面を転出し小地を結成する、三種の情形有り。第一、大八字は一辺有りて反背す。第二、大八字は自己又個字形を分出して別に一条龙を成す。第三、大八字は反って裏面の小八字より還して小さく、小八字を罩住し得ず。この三種の情形は、ただ下方によく豊満の星峰を博出せば(穴山は星体を結成し、形状吉利の山身は還して遞脈の節泡有り)、分金の面有りて、脈路は上仰して俯覆せず(臨穴の毬・簷と牝牡砂は皆隠分の面を要す)、穴面は舒展して飽脹せず、左右護砂は朝向して反背せず(ここに指すは龍虎砂)、穴前は唇氈を吐出して生気外露し、砂と水は聚集して情あれば、すなわち仍然として小の結作有りて、祖山不美なるがゆえにそれを捨棄することできない。
雖有病而不傷大體者五:一曰大八字一邊倒稜;二曰本山出脈處,被護龍之砂自外插入;三曰內層之護帶蟬翼當小,外層之護帶明肩當大,今相同如棕櫚葉;四曰後龍山頂蟬翼肌理之分,邊有邊無(一邊有則生氣從有之一邊落下,故無妨),半邊界水,夾脈透頭;五曰半山無金魚砂,或邊有邊無。
毛病有るであっても却も大局を傷らない、五種の情形有り。第一、大八字は一辺有りて稜線は外側に向かって倒れる。第二、本山の出脈の處は、護龍の砂に外より挿入せられたり。第三、内層の護帶蝉翼は本応に較小すべく、外層の護帶明肩は本応に較大すべきを、今大小雷同し、棕櫚葉の如く平均す。第四、後龍山頂上の蝉翼・肌理の分は一辺有り一辺無し(有るその一辺既に存在せば、生気はすなわち有るその一辺に順い落下し、ゆえに妨なし)。因而して半辺の界水は脈を夾みて一直に山頭に透す。第五、半山腰に金魚砂無く、あるいは一辺有り一辺無し。
此五者得後龍節節開面,脈路段段矬平,旁砂面面相尚,毬簷唇口分明,局勢環聚者,雖有一節之疵,不滅真龍之力。
この五種の情形は、ただ後龍節節皆面を開出し、脈路一段一段皆低伏と平緩有り、両旁の護砂面面相对し彼此推崇し、穴後の毬簷と穴前の唇口は界限分明にして、整个の局勢環抱聚攏せば、すなわちたとえ某一節些か瑕疵有りとも、もまた真龍の力量を削減することない。
又大龍將盡,節節分枝,成地之處,其分龍處之大八字護帶一邊背我者,不可以起祖發足之山谷論(此分龍是大龍行度處分來與起祖發足有別,蓋枝枝成地之處,分大龍一二節,即入穴分龍便作太祖,故亦曰分龍詳見於第三卷),因其背我而棄之(脫化多者,砂水小能處處拱顧,果龍真穴的間或有背無妨)。只要出脈處(分龍出脈處)有小開面,有矬有平,前途能傳出數節開面星辰,本山枝腳不顧人者,亦成中下之地(以上論病龍棄取)。
還して一種の情形有り、大龍将に尽頭に走到せんとする時、節節に枝脚を分出す。凡そよく地を結する處は、その分龍の処の大八字護帯もし一辺有りて我に背くあれば、挙げて祖発足の山谷と相提して並論してはならない(ここの分龍は大龍の行走途中に分出するにして、起祖発足と同じからず。何となれば每一条の枝上によく地を結する處は、ただ大龍より一両節を分出せば、その入穴の分龍はすなわち権且く太祖と看待せられ、ゆえにも分龍といい、詳しくは第三巻を見よ)。因而しても必ずしもそれが我に背くがゆえにそれを捨棄せず(脱卸変化の多き龍は、砂水は未必しも処処皆よく拱衛顧盼せず、果して是れ真龍真穴なれば、偶のみ一処の反背有るももまた妨なし)。ただ出脈の處(分龍出脈の処を指す)稍々開面有り、低伏有り平緩有りて、往きて還して幾節の開面の星峰を伝出し得れば、すなわちたとえ本山の枝脚肯んじて人を顧みずとも、なおとして中等あるいは下等の地と成り得。(以上は有病の龍の取捨を討論す。)
或曰:從來只有分合二字,今分字下添入斂字,合字下添入割字,何也?曰:向、背、仰、覆、聚、散六字,一好一歹,俱有相反者為對,獨分合二字,俱在好邊。求其分相反之字,合字是也;求其與合相反之字,分字是也。然穴後宜分不宜合,穴前宜合不宜分(分則氣束,合則氣止,山洋龍法穴法二句,包括殆盡,此不但指穴後穴前之幹流水痕言),故以斂字易合為分字之反,謂穴後只宜分開,不宜斂入;以割字易分為合字之反,謂穴前只宜合腳,不宜割腳也(合腳者,金魚水從毬簷從分來合於唇下,又有兩砂兜抱其唇也,割腳詳下合割篇)。
人の問うて言う、歴來ただ「分」「合」の両箇の字を講ずるるのみ、今あなたが分字の下に個「斂」字を添え、合字の下に個「割」字を添うるは、是れ何をなすか。答えて言う、「向・背・仰・覆・聚・散」の此の六箇の字は、一個好く一個壞く、皆各々相反の字有りてそれと配対す。唯だ独り「分」「合」の両箇の字は皆好き一辺に落す。分と相反の字を找求せんと欲せば、すなわち是れ合。合と相反の字を找求せんと欲せば、すなわち是れ分。可是れど穴後はなるべく分かるべく合してはならない、穴前はなるべく合すべく分かるべきではない(分開すればすなわち気は束住せられ、交合すればすなわち気は止住せらる。山地と平洋の龍法・穴法は、この両句の話は差不多して皆概括し尽し、而も不ただ穴後穴前のそれらのの干流水痕に指すのみ)。ゆえに我は「斂」字を用いて「合」字に替換し、分の反面とする。意思是れ穴後はただ当に分開すべく、当に収斂してはならないと。「割」字を用いて「分」字に替換し、合の反面とする。意思是れ穴前はただ当に脚を合すべく、当に脚を割るべきではないと(いうところの合脚は、金魚水が毬簷の両側より分かれ來て、唇下に到りて交合し、外面又両道の砂有りて唇口を兜抱す。割脚の詳情は下面の《合割》篇を見よ)。
或曰:斂字與合字義似相同,而云忌斂者何歟?曰:合字穴前始用之,自穴後毬簷溯至分龍、太祖,一見斂入,生氣不來。況合者先自內分開外背,內面而環抱其內也;斂者竟自外插入內背,外面或無背無面而插入也,是以有別(上二節概論分斂)。
人の問うて言う、「斂」字と「合」字は意思好似て差不多、何をなして却も斂を忌まんと説くか。答えて言う、「合」字はただ穴前に在りてすなわち用上を得。「合」は先に裏面より外に向かって分開し、外側を背とし内側を面とし、然る後に回過來てその裏側を環抱す。而して「斂」は却も徑直に外より挿入し、内側を背とし外側を面とし、あるいは压根児に背と面を分け出さずして挿入する。両者はよって判然として別あり。(以上の両段は総じて分と斂を論ずる。)
或曰:但聞穴有蟬翼,未聞祖山山頂亦有蟬翼。曰:重德彰云“出身處有蟬翼護帶前去必成大地”,說見《四神秘訣》。出身者,太祖分龍處也,則蟬翼豈止穴旁有哉(此節論出身故上蟬翼)。
人の問うて言う、ただ穴場旁辺に蝉翼有ると聞く、未だ祖山山頂上にも蝉翼有ると聞かず。答えて言う、重德彰は「出身の処に蝉翼護帶有れば、前去必ず大地を成す」と講じ、この話は《四神祕訣》の一書に見ゆ。いうところの「出身」は、指すは太祖山の分龍の處である。見るべし、蝉翼は何ぞただ穴旁のみに有らんや。(この一節は龍の出身に就いて言う、ゆえに山頂上の蝉翼に講じ到る。)
或曰:肌理刷開,未嘗聞之。曰:橫看壁面直指斜膚,彷彿有無,是為得之,此古人語也,非肌理刷開之謂乎。
人の問うて言う、「肌理刷開」この種の説法は、我が從來聞いたことなし。答えて言う、古人に句話有りて「壁面を横に看、直に斜肤を指、彷彿有無」といい――横に過來てその壁壁の如き山面を看、直に指してその斜生の皮肤紋理を指し、似有似無の間にしてすなわち体会到を見なす。これ正に肌理刷開を講ずるるにないか。
或曰:顯八字之內,固不可無隱八字,但隱八字如蟬翼者可見,如肌理刷開者,非法眼難明,或草木蓁蕪,或種植開損,雖法眼亦難明,且山水之個字三股者居多,豈盡如雞爪假個字乎?曰:但觀山頂上截,有一段平面,無陰脊透頂,有矬有平,落下一段方出脈如寬牽線、仰鵝毛者,定有隱八字,便是正脈;若陰脊透頂,不先作一矬之勢,而在出脈如急牽線或覆鵝毛者,定無隱八字,即有亦是砂體。
人の問うて言う、明顕の八字の裏面は固然として隠微の八字無くんばないべし。但し隠八字裏の蝉翼の如きは還して看見得、肌理刷開の如きは、法眼を具備する人にあらなければすなわち看明白し得ず。何況んや有るの處は草木叢生し、有るの處は開墾種植に毁壊せられて地貌を失い、たとえ法眼有りとももまた難く看清楚せん。再び言う、山水間に三股分明の個字形居多である。難道して它们皆鶏爪の如き仮個字ならんか。答えて言う、只須く山頂上半截を見るに、もし一段の平面有りて陰脊透頂無く、低伏有り平緩有りて、一段を落下してすなわち出脈し、脈は鬆牽の線の如く・上仰の鵞毛の如くせば、その就一定有隠八字有りて、此のすなわち是れ正脈である。もし陰脊一直に透頂し、先に一次の低伏の姿態を作さずして、而して出脈は繃緊の線あるいは倒扣の鵞毛の如くせば、その就一定に隠八字無し。たとえ有るとも、也不過是れ砂体のみである。
蓋真個字必平而無脊,上半截有肌理刷隱分,不遽然分開三股,故有平面(山頂上半截有平假個面方為開面之真);字必渾而有脊,上半截無肌理隱分(渾者剛飽之謂,山頂上半截有脊而剛飽者,即是圓頂出脈),即截然分開三股,故無平面也(此背論個字真偽)。
知るべし、真の個字形は必定に平緩にして脊線無く、上半截に肌理刷開の隠分有りて、会して一下子就三股に分かれず、ゆえにすなわち一個の平面を顕出す(山頂上半截に平緩の面有りて、すなわち真正の開面と見なす)。仮の個字はすなわち必定に渾円にして脊線を帯び(いうところの「渾」は、すなわち剛硬飽脹の意思。山頂上半截に脊有りて剛硬飽脹するは、すなわち円頂出脈)、一开始就截然として三股に分かれ、ゆえに平面を見ること見えず。(此の一段は反面より個字形の真偽を討論す。)
或曰:同在此山,何謂自外插入,即插入便何妨?曰:如人之眉目,自印堂分開,法令紋從鼻旁分出,為自內分開,方成人相,若眉目自太陽生來,法令紋從兩顴生進,為自外插入,便不象人形,又如花果之細枝數片嫩葉,一朵花瓣,從本枝本蒂分出,為自內分開,方成花果,若本枝無葉無瓣,或有而不全,被旁枝之葉瓣挨入本技,為自外插入,便不成花果。
人の問うて言う、既に皆この同一座の山上に長生せば、何をか「外より挿入する」という。たとえ挿入するも、又何をの妨げ有らん。答えて言う、好比て人の五官、眉毛眼睛は印壇の両側より分かれ、法令紋は鼻子の両旁より分出す。これを裏より外に向かって分開すといい、すなわち人の相貌を成すを得。仮に眉眼は太阳穴のその辺より長過來、法令紋は両顴骨のその辺より生進來せば、その是れ外より内に向かって挿入にして、見てすなわち人形に像せず。又好比て花果、細枝上のその幾片の嫩葉・一朵の花の花瓣は、皆本枝本蕚上より分出す。これを裏より外に向かって分開すといい、すなわち花果を成すを得。仮に本枝上に葉無く瓣無く、あるいは有るも而も不斉全にして、却も旁枝の葉瓣をして本枝裏に擠進せしむれば、その是れ外より内に向かって挿入にして、すなわちもまた花果を成さず。
故大小八字,要在本目之頂與肩,先作分開之勢,然後環向其身者,為自內分開,方能成地,若本身不行作分開之勢,被隔股別技之砂從旁插將進,不為自外插入,斷不成地,蓋自內分開而環向本山者,定是外背,內面自外插入,而唐突本山者,定是內背,外面或無背無面,若本身已有大小八字,自內分開,而隔股之砂,自外插入則不忌,但面來向我者佳(此節論穴山大小八字之外)。
ゆえに大八字・小八字は必ず本山の山頂と両肩上に先に分開の姿態を擺出し、然る後に再び回頭して山身を環抱し、これすなわち裏より外に向かって分開すといい、すなわち地を結すを得。仮に本山自ら分開の姿態を擺出せずして、却も一股を隔てる別枝の砂に旁より挿入せられば、これ就外より内に向かって挿入にして、断然地を結成せず。原因は在りて、裏より外に向かって分開して本山を環抱するは、必定に外側を背とし内側を面とし、外より内に向かって挿入して本山を冒犯するは、必定に内側を背とし外側を面とし、あるいは干脆に背と面を分け出さず。もし本山すでに大小八字有り・すでに裏より外に向かって分開せば、すなわち隔股の砂の再び外より挿入するももまた忌諱するを必とせず、ただその砂が面を我に朝向するを以て好しとする。(この一節は穴山の大小八字以外の砂を討論す。)
或曰:龍格中惟梧桐兩邊均勻,蒹葭杞梓楊柳等枝,非參差不齊,則邊有邊無,其福力雖不及梧桐枝,未嘗為假。今以參差不齊、邊有邊無為假,得無背先哲之論乎?曰:彼所論者,行度處之枝腳橈棹,予所論者,開面處之大小八字,楊柳蒹葭邊無參差而不妨者,以分龍入首,開面成星,自有明肩蟬翼之齊分者在,設此處邊無參差,雖梧桐枝亦假,烏能成地(此節論分龍入首須明肩蟬翼)。
人の問うて言う、各種の龍格の中、唯だ「梧桐枝」のみ是れ両辺均勻、「蒹葭」「杞梓」「楊柳」のこれらの枝格は、是れ参差不斉ならなければ、すなわち是れ一辺有り一辺無し、它们の福力は梧桐枝に趕上せずであっても、却もかつて仮と判せられず。今您は参差不斉・辺有辺無を皆仮と当作せば、どうしてに前輩の説法に違背せざらんか。答えて言う、前人の論ずるる所は龍脈行走途中の枝脚橈棹、我が論ずるる所は開面の処の大小八字である。楊柳・蒹葭此の类の格局の辺有辺無・参差不斉も妨なき所以は、分龍・入首の處に到れば、それは開面して星体を結成し、自ら明肩蝉翼斉斉として分開して在るがためである。仮使この處を連ねても辺有辺無・参差不斉なれば、そのたとえ梧桐枝ももまた仮である、怎麼可能地を結せんや。(この一節は分龍と入首の処に必ず明肩蝉翼を具備せんことを説明す。)
或曰:分斂之法,可辨地之真假,亦可辨地之大小乎?曰:萬觀其始分再抽之際,大八字大護帶多者,前去必成大地,大八字小,護帶少者,前去必成小地(此論護帶)。
人の問うて言う、分と斂の法則は地の真假を分別し得、もよく地の大小を分別するか。答えて言う、只須く観察するに龍脈の最初分開し再度抽出の時を、大八字寛大・護帯衆多なるは、前面一定に大地を結成し、大八字狭小・護帯稀少なるは、前面一定にただ小地を結す。(ここは護帯に就いて論ずる。)
或曰:十六字中,首列分字字者何歟?曰:分字即開面之開字,未有不分而能開面者也,故分字為首重雲。
人の問うて言う、開面・地歩は一共に十六箇の字、何をなして「分」字を最前に排すか。答えて言う、分字はすなわち開面のそのの「開」字に等しく、從來分開せずしてよく開面する有らず、ゆえに分字を見て最重とす。
或曰:子言無分金不出脈,豈水木火土無脈乎?曰:五星之體不同,而分金之面則一(星體雖不同而落脈必成金面,故曰:分金。蓋言分出如金字之形為面也,非謂五行之金),如曲些是水之分金,長些是木之分金,尖些方些是火土之分金,五星皆有分金之面,然後出脈也(此論星面)。
人の問うて言う、您は分金無くんば脈を出さずと説く、難道して水星・木星・火星・土星はすなわち脈無からんか。答えて言う、五星の形体は各々相同じからず、但し分金の面は却も是れ一様である(星体は同じからずであっても、落脈の時は必定に金字形の面を形成し、ゆえに「分金」という。これは分出して「金」字形状の一個の面の如きを指し、並びに五行中の金星を指すにない)。譬如て線條彎曲些かのは、すなわち是れ水星の分金。形体細長些かのは、すなわち是れ木星の分金。頂端尖些か・形体方些かのは、すなわち是れ火星と土星の分金。五星皆各々の分金の面有りて、然る後にすなわち出脈し得。(この一節は星峰の面を討論す。)
或曰:子言分金之中,是點穴之中,金星吊角穴閃薄邊者,豈亦在分金之中乎?曰:金星吊角者,因當中不出脈,閃歸個字之丿丶邊出脈,而隱然分金之面在於角上也(金星吊角,大金面之旁另開小金面,點穴小金面之中即是分金之中),穴閃薄邊者,因當中厚而死,分金之面,閃歸薄邊,如人側面一般,雖非折量之中,未嘗不在分金之中,故宜就其金面中立穴也(此節論閃脈)。
人の問うて言う、您は分金の中心はすなわち点穴の中心と説く、では金星吊角の穴、および閃到して薄の一辺に去る穴は、難道しても還して分金の中心に在らんか。答えて言う、いうところの金星吊角は、是れ正当中に出脈せず、脈は閃到して個字形の一撇あるいは一捺のその辺に去りて出し、而して隠微の分金の面はすなわちそのの角上に落す(金星吊角は、大の金面の旁辺に別に一個の小金面を開き、点穴の時にそのの小金面の中心は、すなわち是れ分金の中心)。いうところの穴は閃到して薄の一辺に去るは、是れ正当中の過於厚重にして呆滞なるがため、分金の面はすなわち閃到して薄のその一辺に去り、就像て人の臉を側過來せしむるが如し。丈量出來の正中に在らずであっても、却も未かつて分金の中心に在らず。ゆえに当に就きてそのの金面の中心に立穴すべし。(この一節は閃脈を討論す。)
或曰:何謂化生腦?曰:山頭如人之頂,化生腦如人之額(山頂前之微突連於山頂者是也)。謂之化生者,以山之起頂乃是陰體,欲落脈必先作隱隱分開之勢,將硬氣盪開兩邊,則隱分之叉下,必有一呼之微,有如小兒囪門之上截(如兒囪上截者,喻其有之極微),此陰化陽而為陽也。從此化陽之前,生起小腦,是為化生腦,此陽化而為陰也(頂前落脈微有,有前微起,有此陰陽變化脈方不起)。
人の問うて言う、何ををか「化生脳」という。答えて言う、山頭は好比て人の頭頂、化生脳は好比て人の額頭(すなわち山頂の前面のそのの微々として鼓起し又山頂と相連する部分)。のを「化生」という所以は、山の起頂は陰の形体に属し、落脈せんと欲せば、必先ず隠隠として分開の姿態を擺出し、硬気を両辺に向かって蕩盪せしむ。この如くして隠分の叉口の下に於いて、必定に一処の微々として下陷有りて、嬰兒囟門の上半截の像し(嬰兒囟門を用いて比と作すは、それが凹陷の極めて微細なるを形容す)、これ就陰の陽に転化するである。この化陽の処より往前して、又生起して一個の小脳包とし、此のすなわち是れ化生脳、此の又陽の陰に転化するである(山頂前の落脈は先に必要として微々として凹下し、凹処の前に再び微々として凸起し、この如き陰陽変化有りて、脈はすなわち僵死せず)。
陰陽變化,呼吸浮沉之機,已朕兆於此(吸則氣升而浮,呼則氣降而沉),故其腦上必有分開之金面,分下有一呯之微者,必前有一吸之微起(微起便是小腦),而此下之節泡毬簷,亦莫不從此化陽之前生,故脈動而氣生。
陰陽の変化・呼吸浮沉の機括は、この裏に於いて就すでに端倪を露出せり(吸気すればすなわち気は上昇して浮起し、呼気すればすなわち気は下降して沈落す)。ゆえに化生脳上に必定に分開の金面有りて、分開の下に一処の微々として下陷するは、前面は必定に相応に一処の微々として凸起する有り(此の微起の部分はすなわち小脳包)。而してそれが下の節泡・毬・簷も、もまた一としてこの化陽の処より往前生出するならないなし。正よってこの如く、脈はすなわち活動し起來し、生気ももまた隨の而して産生す。
若不從化陽之前生起,則生機已絕,無陰陽變化,即無呼吸浮沉之動脈,何能有氣(有前生突則氣生,不從有前生突則氣死)。故頂前無此腦推出,而穴中直見其頂者,固不成地;即有此腦而不從化陽之前生出,則陰煞未化,亦不成地(有腦而無有即是純陰,此節論化生腦)。
もし是れ化陽の処より往前生出するにあらなければ、すなわち生機は就すでに斷絶せり。既に陰陽の変化無く、すなわち呼吸浮沉のその种の活動の脈無く、哪裏還來よく気有らんや(凹陷の前に凸起を生出すれば、気は就生。凹陷の前より凸起を生出せなければ、気は就死)。ゆえに山頂の前面もしこの化生脳を推出せなければ、穴裏に立ちて一眼就直望して山頂に到るのは、本来地を結成せず。たとえこの脳包有るとも、却も是れ化陽の処より生出するにあらなければ、すなわち陰煞は還して化掉せず、同様に地を結成せず(脳包有りて而もその一処の微凹無きは、就純陰である。この一節は化生脳を討論す)。
或曰:篇中引喻人物草木,於地理何關?曰:以其分合向背之性情,與地理同。地之生氣不可XX,分合向背推之;地之分合向背,亦如人物草木之分合向背也。然非登覽涉歷,細心理會,難按而知。
人の問うて言う、篇中は不断に人・動物・草木を拿て比喩を打つ、これは地理と何をの関係有らん。答えて言う、正に它们の分合向背の性情が地理と相同ずるがためである。地中の生気は看見摸不着せず(この処の底本は二字残欠、照録して補わず)、ただ分合向背より推求するを得るのみ。而して地の分合向背も、すなわち人像て人・動物・草木の分合向背の一様である。但し若不親自に登山渉水・細心体会せずんば、光に書本を凭っては難く按図索驥すれば明白ならん。
今試以人面喻之:百會,山頂也;額,化生腦也;耳與顴骨,大八字也;眉目,小八字也;面上肌膚細紋,肌理刷開也;法令紋,蝦鬚水也;印堂平,脈不貫頂也;山根軟,玄武垂頭也;鼻準豐隆,天心壅突也;準頭截斷,毬前一矬而脈止也;人中,葬口也;下頷,圓唇也;法令頰骨之兜收,下合也。
現在試みに人の面部を拿て比喩を打つ。頭頂の百会穴は山頂に相当す。額頭は化生脳に相当す。耳朶と顴骨は大八字に相当す。眉毛眼睛は小八字に相当す。臉上の皮肤の細紋は肌理刷開に相当す。法令紋は穴旁の蝦鬚水に相当す。印壇の平坦は、脈の貫頂しないに相当す。山根(両眼の間の鼻梁根部)の柔軟は、玄武山の垂頭に相当す。鼻準の豊満隆起は、天心の処の壅出の突泡に相当す。鼻頭の此に到りて截住するは、毬前に一処の低伏有りて脈気停住するに相当す。人中は下葬の穴口に相当す。下巴は穴前の円唇に相当す。法令紋と頬骨の内に向かい兜収するは、穴前の諸水の下方に於いて交合するに相当す。
再以花木喻之:放甲,祖山之分也;未抽條,先布葉,如有個字方出脈也;欲作幹,先分枝,如有橈棹方成龍也;大葉之內,旋生小葉,如大八字內有小八字隱八字也;花蒂,到頭束氣也;花開,開窩結穴也;結果,聚氣突穴也;花瓣之放開,上分也;花瓣之抱向,下合也。
再び花草樹木を拿て比喩を打つ。種子の破殼発芽は、祖山の分開に相当す。還して枝條を抽出しないに先に葉子を長出するは、先に個字形有りてすなわち出脈するに相当す。主干を長成せんとするに先ず旁枝を分出するは、先に橈棹枝脚有りてすなわちその龍を成すに相当す。大葉子裏面に接着して小葉子を生出するは、大八字裏面に小八字・隠八字を套するに相当す。花蕚は到頭の処の束気に相当す。花朵の開放は開窝結穴に相当す。果実を結出するは聚気して突穴を成すに相当す。花瓣の外に向かい張開するは穴上方の「分」に相当す。花瓣の内に向かい環抱するは穴下方の「合」に相当す。
眉目法令,甲葉蒂瓣,俱自內分開,外背內面,非自外插入,俱雙雙對分,非如不對節草邊無參差,山之明肩蟬翼金魚砂,俱當似之,反此則假。夫人物草木之無地理,同氣而異形,萬殊而一致,散之雖分彼此,要之可以相通,故昆蟲物類,皆得以取形定穴,亦以形雖變,而分合向背之性情則一也。
眉毛眼睛法令紋・芽甲葉片花蕚花瓣は、皆是れ裏より外に向かって分開し、外側を背とし内側を面とし、是れ外より裏に挿入するにない。而も皆是れ双々対称に分かれ、像せずその种の節と節と不相对の野草の如き一辺有り一辺無く参差不斉なるである。山上の明肩・蝉翼・金魚砂は、皆当に它们の如くすべく、反るはすなわち仮である。人・動物・草木と地理は両事に属すであっても、其实は同一種の気にして形体同じからず、千差万別して帰趣一致す。散開して見れば彼この分有るであっても、帰結すれば彼此相通ずべし。ゆえに歴來昆虫百物の形象を用いて取形定穴するも、もまた正よって形状は変ずであっても、而して分合向背の性情は始終如一たるがためである。
仰覆
(此篇耑論垂頭出脈以證開面之有無)
(この一篇は専門に「垂頭出脈」を討論し、それを用いて山に開面あるや否やを印証す。)
何謂仰覆?曰:如仰鵝毛寬牽線為仰,如覆鵝毛急牽線為覆(仰鵝毛與寬牽線、寬軟無異,覆鵝毛是飽肚。急牽線是直硬,二者不同。山仰是開陽獻面,陽主生山,覆是純陽囊煞無生煞也)。仰鵝毛(俗稱毛口)、寬牽線,皆軟脈之形也,出脈如之,自然有撲前之勢,有顧下之情,即是垂頭(自成章云:“垂頭開面精神所注,顧左則穴居左,顧右則穴居右,顧中則穴居中”)。
何をか「仰」と「覆」という。答えて言う、形状は上仰の鵞毛の如く・鬆牽の線の如きは、すなわち是れ仰。形状は倒扣の鵞毛の如く・繃緊の線の如きは、すなわち是れ覆(上仰の鵞毛と鬆牽の線とは一様に、皆寛舒柔軟。倒扣の鵞毛はすなわち飽脹の肚腹、繃緊の線はすなわち僵直堅硬にして、二者性質同じからず。山の仰起は、開陽献面にして陽は生髪を主とす。山の俯覆は、煞気を裏面に裹て生気の言可言ならない)。上仰の鵞毛(俗称は「毛口」)と鬆牽の線は、皆軟脈の形状である。出脈もし是れこの様子なれば、自ら向前撲落の気勢有り・回顧下方の情意有りて、此の就のを「垂頭」という(自成章は説過して言う「垂頭開面の処は正是れ精神貫注の所、山頭は左を顧みればすなわち穴は左に在り、右を顧みればすなわち穴は右に在り、中を顧みればすなわち穴は中に在り」)。
急牽線、覆鵝毛,皆硬脈之形也,出脈如之,自然有退後之勢,無顧下之情,即是不垂頭(大抵頭俯則腰軟,自然面頭仰,則胸突意向前奔)。頭之垂不垂,在矬平之有無真假,又在分之有無真假定之。真分者,顯分成個字之形,盪開外層之硬氣;隱分成分金之面,盪開內層之硬氣。硬氣盪開於兩旁,脈必脫卸而軟泛。
繃緊の線と倒扣の鵞毛は、皆硬脈の形状である。出脈もし是れこの様子なれば、自ら向後退縮の姿態有り、回顧下方の情意無くて、此の就のを「不垂頭」という(大体上に人は頭を低下せば、腰身は自ら柔軟にして、頭を仰起せば、胸口はすなわち鼓突して、意態は向前奔冲す)。山頭の垂るか垂らないかは、低伏と平緩の有無真假に取決し、再び上に追れば、又「分」の有無真假に取決す。真正の分は、明顕の一層は分かれて個字の形状を成して外層の硬気を蕩開し、隠微の一層は分かれて分金の面を成して内層の硬気を蕩開す。硬気既に両旁に蕩開せられ、脈はすなわち必定に層層脱卸して柔軟鬆泛と変化す。
故隱八字之又下小矬一矬,而有數尺之峻,峻前小口一口,而有數尺之平(此論山頂開面出脈),其平盡處近下看之,必是些突泡(此突泡在山頂前即是化生腦),其泡亦必有隱八字之分,有小矬小平。遞下凡有微泡(概指遞脈突泡而言),皆分隱八字,而隱八字之叉口,必有微有(微泡有有方見八字隱分遞脈),如小兒囪門之上截,脈從此微有中遞下者,即是脫卸而軟。
ゆえに隠八字の下方に於いて会して小小として一次低伏し、幾尺高の陡坡を形成す。陡坡の前は又微々として収束一下し、接着して幾尺長の平緩である(これは山頂開面出脈に就いて言う)。走りて此の段の平緩の尽頭に到り、凑近して下を見れば、必定に一些の突泡有り(此の类の突泡は山頂前面に出現するは、就化生脳である)。此の突泡も必定に隠八字の分有り・もまた小の低伏と小の平緩有り。再び下に凡そ微小突泡有るの處は(泛指して遞脈途中の突泡)、皆隠八字を分出し、而して隠八字の叉口の処に必定に一点の微々として凹陷有り(この点の微凹有りて、すなわち八字隠分の在りて遞脈するを見出すし得)、形状は嬰兒囟門の上半截の像す。脈はこの点の微凹中より一節節遞下來するは、就脱卸して柔軟である。
軟之甚者,以二三小矬小平,作一大矬大平之勢,下面又有總還口之大平(大矬大平之下,又有大平之總還亢,方見脫卸之極軟,但下面又復有分,此處尚非穴場),大平盡處,下面望之,必是一大泡,其泡又復有分,有矬有平,遞遞而下。脫卸不甚軟者,止有數次小矬小平,或間中矬中平,至毬簷下方有總還口之大平(脫卸不甚軟,故遞脈無還口之大平,直至毬簷下圓唇托起方是總還亢)。
脱卸の極めて柔軟なるは、会して両三次の小の低伏平緩を用いて、一次の大の低伏平緩の勢を合成し、下面は再來一段の総収束の大平緩である(大矬大平の下に於いて、又一段の大平有りて総の収束を作さば、すなわち脱卸の極柔軟の地歩に到るを見るべし。但し此の段の平緩の下面は還來再び分かるべし、ゆえにこの処は還して是れ穴場にない)。此の段の大平の尽頭は、下に望去して必定に一個の大突泡有りて、此の突泡は又再び分かり、又低伏有り平緩有り、この如く一節節遞下去す。脱卸の不それなら柔軟なるは、就ただ幾次の小の低伏平緩有りて、中間は偶のみ一次の中等の低伏平緩を夾み、必要として一直到毬簷の下にしてすなわち総収束の大平緩有らん(脱卸の不夠柔軟なれば、ゆえに遞脈途中に収束の大平無く、一直到毬簷の下面に円唇托起して、すなわち総の収束と見なす)。
然山體不一,有三停俱大矬大平,或中矬中平者,有中截只小矬小平,上下截有大矬大平,或中矬中平者,有矬短而平長者,有矬長而平短者,有極矬極平者,有略矬略平者,有矬不止峻,而平極平者,有矬極峻,而平不甚平者。
然而山の体態は各々相同じからず。有りて上・中・下の三段皆大低伏大平緩・あるいは皆中等低伏中等平緩。有りて中段ただ小低伏小平緩、而して上下両段却も大低伏大平緩・あるいは中等低伏中等平緩。有りて低伏一段短くして平緩一段長し。有りて低伏一段長くして平緩一段短し。有りて低伏と平緩皆極めて分明。有りて低伏と平緩皆ただ略々形跡を具え。有りて低伏並びに很陡ならないして、而して平緩の処却も極めて平坦。もまた有りて低伏極陡にして、而して平緩の処却も不怎麼平である。
有矬極長而平在依稀之間,遠望如寬牽線,有顧下之情者;有矬極短,而平在依稀之間,遠望如急牽線,無顧下之情者;有大小疎密長短不等,襟然迭出者。雖如此變化不定,聊取其中四者論之,以概其變,曰:大矬大平,小矬小平,極矬極平,略矬略平而已(以上概論垂頭出脈,以下逐類分疏)。
還して低伏極長にして平緩ただ若隠若現の間に在り、遠望して鬆牽の線の像して回顧下方の情意を帯ぶる有り。もまた低伏極短にして平緩ただ若隠若現の間に在り、遠望して繃緊の線の像して毫も回顧下方の情意無き有り。更に大小疏密長短不一・層層疊疊接連涌現する有り。変化はこの如く不定なりであっても、ここに姑且く其中の四種を取りて討論し、用いて全部の変化を概括せん。そのすなわち是れ大矬大平・小矬小平・極矬極平・略矬略平の此の四種だけである。(以上は総じて垂頭出脈を論じ、以下は再び逐類に分別疏解す。)
大矬大平者,形如長寬牽線,極矬極平者,形如極寬線,其垂頭之情不拘遠者近者,橫看對看,明眼庸眼,皆可得見,後龍數十節如此者,必是特達之龍,穴山三停如此者,必是顯明之穴。然不可多得也,後龍數十節之內有四五節如此者,亦是特達之龍,穴山三停之內,有一二停如此者,亦是顯明之穴,
「大矬大平」の形状は一根の長くて鬆弛の牽線の像し、「極矬極平」の形状は一根の極めて鬆弛の線の像す。この両種の山の垂頭の情意は、遠看近看・横に看正対に看・行家看外行看を論ぜず、皆見出す得來。後龍は連ねて幾十節皆この個様子のは、必定に超羣拔萃の龍である。穴山の上中下三段皆この個様子のは、必定に明白顯豁の穴である。但しこの種の情形は不可多得である。後龍幾十節裏頭に四五節此の様の有るも、もまた超羣拔萃の龍と見なす。穴山三段の中に一両段此の様の有るも、もまた明白顯豁の穴と見なす。
略矬平者,形如略寬牽線,其垂頭之情近看方見,而遠看未必見,橫看見,如對看未必見,明眼方見,而庸眼未必見,後龍口三五節於極矬極平之中,亦是特達之龍。若太祖分龍少祖父母山,三停落脈皆如此,龍雖不假,決不發揚,陰勢不尊故也(分龍少祖父母山出脈處,俱宜極矬極平或大矬大平,以見峰巒聳撥,降勢尊嚴,龍身長短貴賤亦於此辨,若三者出脈俱略矬略平,即是低小牽連,力量微薄)。
「略矬略平」の形状は一根の略微鬆弛の牽線の像す。それが垂頭の情意は必要として走近了すなわち看見え、遠看すれば未必しも見えず。横に見れば見え、正対に見れば未必しも見えず。行家は見出すし、外行は未必しも見出すせず。後龍は極矬極平の中に三五節此の様のを夾みて、もまた還算りて超羣拔萃の龍である。但しもし太祖・分龍・少祖・父母山の此の几段の落脈全是れこの様子なれば、龍は不假なりであっても、もまた決して大発せず。山勢の不夠尊厳なるがゆえの故である(分龍・少祖・父母山の出脈の処は、皆当に極矬極平あるいは大矬大平すべく、すなわち峰巒聳拔・下降の勢尊厳を見るべし。龍身の長短貴賤もすなわち此の里より分別す。もし此の三処の出脈皆ただ略矬略平なれば、その就低矮細小・牽牽連連にして力量単薄である)。
穴山三停之內(太祖分龍、少祖、父母山是龍身之三停,頂前化生腦、平山金魚砂、臨穴毬簷是穴山之三停),口一二停於極矬極平之中,亦是顯明之穴,若三停落脈,純然如此,須觀頂前之化生腦,半山遞脈之突泡,穴後之毬簷,不塌頭貫串而下者為真,不裹煞而有金面之開,脈必從隱八字之叉口而出,而隱八字之叉口,個對一個,貫串而下者為真,若塌頭而金泡不起,裹煞而金面不開,脈不從隱八字之叉口而出,而隱八字之叉口,個不對個,左右散亂而下者為假(穴山三停落脈若俱無大矬大平,以個字之貫串散亂辨脈路、穴情真假自無遁形),力量只隨後龍,不以到穴之略寬牽線限之,
穴山三段以内(太祖分龍・少祖・父母山は、是れ龍身の三段。頂前の化生脳・半山の金魚砂・臨穴の毬簷は、是れ穴山の三段)、極矬極平の中に於いて一両段此の様の有るも、もまた明白顯豁の穴と見なす。仮如三段の落脈純粋に皆略矬略平なれば、その就必ず再び頂前の化生脳・半山遞脈の突泡・穴後の毬簷を見るべし。此の几処の不塌頭にして一気貫串下來するは是れ真。煞気を裏面に裹てずして金面開出するは是れ真。脈は必定に隠八字の叉口より出來・而も叉口は一個対一個貫串下來するは是れ真。反の、もし塌了頭・金泡不起・煞気裹住・金面不開・脈不從隠八字の叉口出來・叉口彼此錯位・左右散乱下來なれば、その就假である(穴山三段の落脈もし皆大矬大平無ければ、就用いて個字形の是れ貫串か是れ散乱かをもって脈路と穴情の真假を辨せん。真假は自ら無所遁形である)。この種の地の力量はただ隨後龍の強弱に定まり、不必して到穴の処のその点の略微鬆弛の牽線に局限せらるべきではない。
小矬小平者,形如短寬線,又如不兒囪門之上截,矬平之勢短而隱,遠看必不見,兩邊隱八字不矬,而遮其中心之矬處,橫看亦不見,遠看不見其小矬小平之勢,則必類不矬不平之體,橫看不見其囪門之有,則必類急牽線之形,惟口數個大矬大平之長寬牽線,極矬極平之極寬牽線者,即遠望線,即口之勢可見,若其小矬小平,連有數次,或十餘次,而十餘丈間,無稍大之矬平者,具垂頭之情,必非遠觀能見也,
「小矬小平」の形状は一根の短くて鬆弛の線の像し、又像て嬰兒囟門の上半截、低伏平緩の勢頭は既に短く又隠して、遠看必定看不見。両辺の隠八字不曾低伏して、反って中心の低伏の處を遮住す。ゆえに横に看ももまた看不見。遠看してそれが小低伏小平緩の勢頭を見出すせなければ、就必然像て不矬不平の死体。横看してそれが囟門の如き微凹を見出すせなければ、就必然像て繃緊の線。ただその种の夾在幾処の大矬大平の長牽線・極矬極平の極寛牽線の間のは、遠遠に望去すれば就能見出す線條と微凹の形勢を。仮如小低伏小平緩が一連來って幾次・さらには十幾次し、而して十幾丈の範囲内に並びに稍大一些的の低伏平緩無ければ、すなわちそれは垂頭の情意を具えるであっても、もまた決して遠看の所能発見にない。
蓋有矬平之寬牽線,與大矬大平之長寬牽線,遠觀而見者,固是垂頭,即小矬小平如短寬牽線,近觀得見者,亦是垂頭,惟不矬不平,如急牽線者,方是不垂頭不出於個字分金之面。雖大矬大平,如長寬牽線,亦是假垂頭,出於個字分金之面,雖小矬小平,如短寬牽線,即是真垂頭,不可因遠觀不見,而棄小矬小平之真垂頭也(勿因大矬大平之寬牽線,遂忽略不辨真假,故以有無個字分金之面別之)。
知っておくべきことは、低伏平緩した「鬆牽線」と、大きく削れた大矬大平の長い鬆牽線のように遠くからでも見えるものは、もちろん「垂頭」であるが、小矬小平のあの短い鬆牽線のように近づいて初めて見えるものも同じく垂頭である。ただ矬ず平まず、張り詰めた線のようなものだけが「不垂頭」である。脈が個字形の分金の面から出ていなければ、たとえ大矬大平で長い鬆牽線のようでも假の垂頭である。脈が個字形の分金の面から出ていれば、ただの小矬小平で短い鬆牽線のようでも、それは真の垂頭である。だから遠くから見えないという理由で小矬小平の真の垂頭を捨ててはならない(また大矬大平の鬆牽線を見たからといって真假の弁別を疎かにしてはならない。だから個字形の分金の面の有無で区別するのである)。
但小矬小平之類,急牽線與真急牽線,相去不遠,不可不辨,如背駝而陡,面寬而平,必金面有拜前之勢(拜前即撲前),左右有內顧之情,頂上明肩,中停暗翼,齊齊分開,不邊無參差,不自外插入,性情不側面顧人,界水不透頂扣肋(山頂落脈如雞爪,水必透頂,半山無金魚砂,水必扣肋。此論山頂而兼及半山遞脈分砂),有菱有角,不破不欹,而端正開面(承上言界水不透頂、扣肋,則山頂與明肩自然不破不欹,而開好面也),
ただし小矬小平という、張り詰めた牽線に近い形態は、本物の張り詰めた牽線と差が遠くないので、細かく弁別しなければならない。本物は、背面は驼起して険しくても、正面は寛やかに舒びて平緩で、金面に必ず前方へ俯拜する姿勢があり(俯拜とは前方へ撲落すること)、左右に必ず内へ回顧する情意がある。山頂の明肩と中段の暗翼はいずれも整然と分かれ、一辺有り一辺無しで參差になったり、外から差し込んだりしない。山の性情は顔を横に向けて人を正視しないということはない。界水は頂を透らず、肋を扣まない(山頂の落脈が鶏爪のようであれば水は必ず頂を透し、半山に金魚砂がなければ水は必ず肋を扣む。ここでは山頂を論じつつ半山の遞脈処の分砂に兼ねて言及している)。稜角は分明で、破れず斜めず、端正に面を開く(上文を受けて、界水が頂を透らず肋を扣まなければ、山頂と明肩は自ずと破れず斜まず、よい面を開けるのである)。
自正面觀之,頂間有隱隱八字,如糊筆之刷開,隱八字中,又有小矬小平,如小兒囪門之上截,矬平之間,有短寬牽線之勢,矬平之尺有微突抬起之形(此言山頂開面出脈,但有小矬小平),而微突又開金面,分隱八字,一矬一平,如兒囪門微有(頂前微突開面方有隱分微有),如短寬線遞下凡有微突(落脈小矬小平,故半山遞脈只有微突),俱有隱八字之叉口,個頂一個,貫串而下,不左右散亂,脈貫隱八字之叉口,隨具微起微矬之勢而下,便是生氣之動,反此則假。然非明察秋毫,不能辨此,凡出脈處(分龍少祖父母山出脈之處俱是)。辨龍辨砂到穴處(穴山毬後簷俱是),辨生辨死,全在此二三小矬小平別之。
正面から見ると、山頂に隠隠たる八字があり、糊付けした筆で刷いた痕跡のようである。隠八字の中にまた小さな低伏と平緩があり、嬰児の囟門の上半分のようである。低伏と平緩のあいだに短い鬆牽線の勢いが現れる。この低伏平緩のそばに、また微かに突起して頭を抬げる形がある(これは山頂が面を開いて出脈する場合で、小矬小平しかない情形である)。この微突の上にまた金面を開き、隠八字を分け、一低一平で嬰児の囟門のように微かに凹む(頂前の微突が面を開いてこそ、隠分と微凹がある)。このように短い鬆牽線のような一節一節が遞って下り、微突に遇うたびに(落脈が小矬小平だけなので、半山遞脈処にも微突しかない)隠八字の叉口があり、一つ一つが頂き合って貫串して下り、左右に散乱しない。脈が隠八字の叉口の中を貫き、微起微伏の勢いを帯びて下って行くのが、生気の活動である。逆であれば假である。ただし明察秋毫の眼力でなければ、これらを弁じられない。およそ出脈のところ(分龍・少祖・父母山の出脈処を含む)では龍と砂を弁じ、穴場(穴山の毬・後・簷を含む)では生と死を弁ずる。すべてこの二三箇所の小矬小平によって分別するのである。
口數個小矬小平,於大矬大平之內,與上下者,龍力極旺,惟祖宗頂上落脈處,不宜單見小矬小平之多,而遠望類急牽線,行度小星,單見無妨。在穴山有上截(指頂前化生腦),單見此而下截(指毬簷),方有顯明之矬平者,有中截(指金魚砂),單見此,而上下截有顯明之矬平者,有臨穴單見此,而上截有顯明之矬平者,有三停均是小矬小平,並無顯明之矬平者,俱以上法辨之。
大矬大平の格局の内で、上下にさらに数か所の小矬小平を挾帯するものは、龍の力が極めて盛んである。ただし祖宗山頂の落脈処では、小矬小平ばかり多く現れるのはなるべくない。遠望すれば張り詰めた線のように見えるからである。行度途中の小星峰については、小矬小平だけが現れても差し支えない。穴山について言えば、上段(頂前の化生腦)にだけ小矬小平が現れ、下段(毬簷)に顕明な低伏平緩があるもの、中段(金魚砂)にだけ小矬小平が現れ、上下二段に顕明な低伏平緩があるもの、臨穴処にだけ小矬小平が現れ、上段に顕明な低伏平緩があるもの、また三段とも小矬小平で顕明な低伏平緩が全くないものもある。これらはすべて上に述べた方法で弁別する。
力量只隨後龍,不以此限,蓋後龍非大矬大平,龍勢不旺,故不喜小矬小平;生氣亦動,故不必大矬大平之兼至(穴山有呼吸浮沉之動氣,故不必兼有大矬大平者,有小矬小平復有大矬大平者,更徵龍脈之旺)。
この種の地の力量はただ後龍の強弱に随って決まり、穴山のこの小矬小平に制限されない。その理由は、後龍が大矬大平でなければ龍勢が旺でないので、後龍は小矬小平だけでは好ましくない。一方、穴山は生気が動きさえすれば、必ずしも大矬大平を兼ねる必要はない(穴山は呼吸浮沉の活気があれば足りるので、大矬大平を兼ねる必要はない。もし小矬小平と大矬大平を兼ねていれば、なおさら龍脈の旺盛を證明する)。
不然,惟坐體星辰,與寬坦之山(寬坦即臥體星辰),方得兼收。而峻極之山,如尖火壁立、直木插天、突金拱起、飛蛾貼壁、掛鐘覆釜等形(此皆立體粗蠢星辰,若開面落脈內有小矬小平,亦能結地),皆在所棄矣(此節論分龍少祖,父母山與穴山毬簷起頂有小矬小平之類急牽線)。
このようでなければ、坐体の星峰と寛平坦蕩の山(寛坦とは卧体の星峰を指す)だけが二様を兼収できるのであって、あの極めて険峻な山々——尖った火星が千仞に壁立ち、直い木星が天に插さり、突き出た金星が背を拱げるように隆起し、また「飛蛾貼壁」「挂鐘」「覆釜」といった形狀(これらは皆立体の粗笨な星峰だが、開面落脈の中に小矬小平があれば同じく地を結べる)は、すべて捨てなければならない。(この一節は分龍・少祖・父母山と穴山毬簷の起頂処における、張り詰めた牽線に近い小矬小平を論じている。)
若無分假分者,或明肩不全(即邊凸邊凹),或蟬翼有缺,或外砂斂入,或八字背身,硬煞包囊於中間,矬平不見於頂下,或有一矬之峻,而假矬無顧下之情,或有一段之平,而平盡無抬頭之突(此論頂前出脈飽硬),或雖有突,而金面不開,或雖有面,而隱八字無有,或雖有,而又不對叉,終無急牽線覆鵝毛(因化生腦無真分之面,故遞脈無生動之機),身無拜前之勞(即不顧下),頂有塌後之形(即不抬頭),謂之不垂頭。
あの根本的に分がないか、假の分しかない山について言えば、あるものは明肩が整わず(一辺が凸で一辺が凹)、あるものは蝉翼に缺があり、あるものは外砂が内に收斂し、あるものは八字が山身を背負い、硬煞が中に裹まれて、山頂の下に低伏平緩が見えない。あるものは一段の陡坡があっても、假の低伏で下方を回顧する情意が全くない。あるものは一段の平緩があっても、平緩の果てに頭を抬げる突起がない(これは頂前の出脈が飽脹して僵硬であることを言う)。あるものは突起があっても金面が開けない。あるものは面があっても隠八字処にあの微凹がない。あるものは微凹があっても叉口とずれて合わない。要するに終始、張り詰めた線・倒扣した鵞毛という姿から脱できない(化生腦に真の分の面がないので、遞脈に生動の機趣が全くない)。山身に前方へ俯拜する作為がなく(すなわち下を顧みない)、山頂に後方へ塌陷する形狀がある(すなわち頭を抬げない)。これを「不垂頭」という。
在太祖分龍,為根本先凋,前去必不成龍,所去必短而不長。在度星辰,為節龍帶煞,後代行至於此,節必有凶敗之應(舊有後龍節管一代之說)。得前後龍皆開面,不傷大體。
この不垂頭という毛病が太祖山・分龍処に現れれば「根本先枯」と呼び、前に進んでも必ず龍を成さず、たとえ進んでも遠くは行けない。行度途中の星峰に現れれば、その一節の龍が煞気を帯びていると呼び、後代がこの節に配列したとき、必ず凶險・敗落の應が出る(古い説に「後龍一節は一代を管する」という講釈がある)。ただし前後の龍がみな面を開けば、大局を傷つけるほどではない。
如在少祖父母山,為胎息不成(胎息即子孫,蓋自太祖分龍而未行度處,高大星體為遠祖遠宗,近穴山數節有特起星辰為少祖,穴山玄武,後一節為父母少,則祖父母山皆遠祖遠宗之子孫也,不成者,無發生之意),在穴山頂上為塌頭,在半山為突胸飽肚,在毬簷穴前為塌頭削腳(穴後不垂頭為塌頭,穴前不抬頭為削腳),有一犯此,即不成地也(此節論真急牽線)。
この毛病が少祖山・父母山に現れれば「胎息不成」と呼ぶ(胎息とは子孫である。太祖分龍から正式な行度に至らない段の高大な星体は遠祖遠宗と数え、穴山に近い数節の内で特意聳起する星峰は少祖と数え、穴山玄武の後ろの一節は父母山と数える。これらが垂頭しないのは生気が通らないからで、ゆえに胎息不成と言う。以下の文、底本に缺損あり、そのまま録して補わない)。
或曰:山之不可不垂頭,何也?曰:分八字之形,是開陽獻面,拖中個之真,是束陰吐脈,隱八字之叉下,一矬而成囪門微有,是陰中化陽氣之呼而沉也,有前之脈路一平而起,抬頭微突,是陽前變陰氣之吸而浮也,此陰陽變化,呼吸沉浮之機,相遞而下,在性情論曰:垂頭。在動靜論曰:動氣。卜氏曰:“山本靜勢求動處”。蔡氏曰:“休言是木是金,動中取穴”。楊公曰:“察其生氣動與不動”。動則生,不動則死,氣不可不動,故頭不可不垂(此節論垂頭出脈)。
ある人が問う。山はなぜ必ず垂頭しなければならないのか。答えて言う。八字に分かれる形狀は「開陽獻面」であり、中間に一筋の真の个字中脈を拖り出すのは「束陰吐脈」である。隠八字の叉口の下で一度低伏して囟門のような微凹を成すのは、陰の中から陽に轉化し、氣を呼び出して下沉することなった。微凹の前の脈路が一度平らになってまた起き上がり、頭を抬げて微突を成すのは、陽の前でまた陰に變じ、氣を吸い入れて上浮することなった。このような陰陽變化・呼吸沉浮の機括が一節一節と遞って下るのを、性情から言えば「垂頭」、動靜から言えば「動氣」という。宋代の卜應天(卜氏)は「山は本來靜、勢は動處を求む」と言い、蔡氏は「木か金かを言うなかれ、動中に穴を取れ」と言い、楊筠松は「その生氣が動くか動かないかを察せよ」と言った。動はすなわち生、不動はすなわち死。氣は動かないわけにいかないので、山頭は垂れないわけにいかない。(この一節は垂頭出脈を論ずるる。)
或曰:葬經但言玄武垂頭,今祖宗父母山,皆欲垂頭,無乃過求乎?曰:穴左數重,皆為青龍,穴右數重,皆為白虎。穴後來龍諸山,獨不可皆為玄武乎。然則胸腹之突泡,穴後之毬簷不垂頭,到頭焉有生氣(此節論來龍及半山突泡穴後毬簷之垂頭)。
ある人が問う。《葬經》はただ「玄武垂頭」と言うだけなのに、あなたは祖宗山・父母山がみな垂頭することを求めるのは、要求が高すぎではないか。答えて言う。穴の左の幾重もの山がみな青龍と数えられ、穴の右の幾重もの山がみな白虎と数えられるなら、穴の後ろの來龍の各山がみな玄武と数えられない道理があろうか。このように言えば、半山の胸腹間の突泡や穴後の毬簷が垂頭しなければ、到頭してどうして生氣があろうか。(この一節は來龍および半山突泡・穴後毬簷の垂頭を論ずるる。)
或曰:山忌突胸飽肚,則胸滿之間,似不可有突泡,而遞脈下來,又不可無突泡,奈何?曰:頂下不矬而起突,突前不矬而落脈,上塌而下削,故為突胸飽肚。若突泡前後,俱有矬有平,突泡愈多,愈有軟泛活動之勢,何得為突胸飽肚。若突泡前後,俱有矬有平,突泡愈多,愈有軟泛活動之勢,何得為突胸飽肚(此節論半山突泡)。
ある人が問う。山は「突胸飽肚」を忌むというが、では山の胸腹の間に突泡があるべきではないように思える。しかし遞脈して下るには突泡がなくてはならない。これをどうするか。答えて言う。山頂の下がまず低伏せずに直ちに突泡を鼓起し、突泡の前が低伏せずに直ちに落脈し、上が塌陷して下が削り直い。これを突胸飽肚という。もし突泡の前後に低伏があり平緩があれば、突泡が多いほど山勢はかえって柔軟に鬆泛し、活潑で靈動に見える。どうして突胸飽肚と数えられようか。(この句は底本に重出する、そのまま録して削らない。この一節は半山の突泡を論ずるる。)
或曰:穴忌削腳,則山成立體,穴下峻者,皆非地歟?曰:所謂垂頭者,不必定如仰鵝毛之平口斜戤也,如鵝毛之豎戤亦是,故削腳江削腳,不在山之峻與平,只在形之覆與仰。至峻之下,略還口便是垂頭;至平之後,無一矬即為削腳(後無矬則前不還口),故曰:垂頭不削腳,削腳不垂頭。
ある人が問う。穴は「削脚」を忌むというが、では立體の星辰を成して穴の下が陡峻な山は、みなよい地ではないのか。答えて言う。いわゆる垂頭は、必ずしも上仰した鵞毛のように平緩に斜め凭れていなければならないわけではない。鵞毛が竪て凭れているようにでもよい。だから削脚かどうかは、山が陡峻か平緩かに在るのではなく、形態が俯覆か上仰かにだけ在る。極めて陡峻な山でも、下にわずかに收束回抬があれば垂頭と数え、極めて平緩な山でも、後ろに一度の低伏がなければかえって削脚と数える(後ろが低伏しなければ、前に回抬がない)。ゆえに言う。垂頭すれば削脚せず、削脚すれば垂頭しない、と。
第所謂還口者,不必定有高起一段,亦不必定如平地,只如仰鵝毛之直戤,比上山壁峻處較平些,而有抬起之勢,便是還口(鵝毛直戤上垂下口)。若塌頭貫頂,雖下面有平,亦非還口。但真地之圓唇平仰如臺盤者,十有七八;半峻半平,如斜戤仰鵝毛者,十之二三;峻仰直戤仰鵝毛者,百中一二;削下而無還口之勢者,斷然無地(此節論唇)。
ただしいわゆる「還口」は、必ずしも高く隆起した一段がある必要も、平地のように平坦である必要もない。上仰した鵞毛が竪て凭れているように、上の壁立陡峻の處よりやや平緩で、抬げ起こす勢いを帯びていれば還口と数える(鵞毛が竪て凭れているのは、上頭が垂れ下がり下頭が口を收める形)。もし頭が塌けて界水が頂を貫けば、下に平たんな處があっても還口とは数えない。真の地の中で、圓唇が臺盤のように平仰しているものは十の七八を占め、半陡半平で鵞毛が斜め凭れているようなものは十の二三を占め、陡峻に上仰して鵞毛が直く凭れているようなものは百個に一二個しかなく、一削りで底まで行って還口の勢いが全くないものは、斷じてよい地ではない。(この一節は穴前の唇を論ずるる。)
或曰:寬牽線之脈,不出於個字分金之中,已知其為砂體,宜不結地,亦有出於個字分金之中而不結地者,何也?曰:此大龍方行處之枝腳橈棹也。大龍之枝腳必長,若無個字分金之面與寬牽線之勢,則不能遠行,以作正龍之護,故個字分金之面、寬牽線之勢,亦間或有之,不能節節俱有用也。及觀其大勢,必側面而顧人(枝葉散亂,操織由人);察其到頭,必覆體而不變(不分金面純陰無陽),故雖間有個字分金之面,與寬牽線之勢,亦不能結地。
ある人が問う。鬆牽線のような脈が、个字分金の正中から出ていなければ砂體であって地を結ばないはずだと分かるが、个字分金の正中から出てもなお地を結ばないものがあるのはなぜか。答えて言う。これは大龍が行走途中に分け出した枝脚橈棹である。大龍の枝脚は必ず長く伸び、もし个字分金の面と鬆牽線の勢いがなければ遠くへ行けず、正龍の護衛を務められない。だからそれはたまに个字分金の面と鬆牽線の勢いを持つが、節節がみな真に用を成すわけではない。その大勢を見れば、必ず顔を側けて他人を照顧しており(枝葉が散乱し、他人に取り用いられるまま)、その到頭の處を察すれば、必ず通體が俯覆して始終變わらない(分金の面を開かず、純陰で陽なし)。だから個字形の分金の面と鬆牽線の勢いを間や持っても、なお地を結ばないのである。
夫覆體不變易知,側面顧人難察,欲知其顧人不顧人之性情,須登高遠望,四面觀之,方可瞭然於胸(內照經有近視遠視前觀後觀之說,山洋龍穴看法皆當如此),若只在穴場一看,未嘗不被其朦朧也(此節論XX技腳)。
通體が俯覆して始終變わらないことは見やすいが、顔を側けて他人を照顧することは察しにくい。それが結局人を顧みるか顧みないかを知ろうとするには、必ず高い處に登って遠望し、四面を環視してこそ、心中が了然とする(《內照經》に近視・遠視・前觀・後觀の説があり、山地と平洋で龍を見て穴を認めるにはみなこのようにすべきである)。もし穴場に立って一目見るだけなら、それに蒙混されてしまうのを免れない。(この一節は枝脚を論ずるる。篇末の二字は底本が殘缺する、そのまま録して補わない。)
或曰:每見穴山有百十丈,急牽線之脈,而又能結地者,何也?曰:此八般脈中之梗脈也(乳珠氣皮節泡梗塊為八般穴脈見二卷巒面篇),只忌透頂,如急牽線,故透頂出脈者,為貫頂,不謂之梗。若山頂分開金面,有一矬之峻一口之平,平盡有抬頭之突,又分兩片蟬翼於旁,直下數丈,遠望似梗(如木之梗),故曰:梗脈。然上面須有隱隱八字,隱隱矬平,脈方不死,故不謂之急牽線。
ある人が問う。穴山に百十丈にも及ぶ、張り詰めた牽線のような脈があるのをよく見るが、それでもなお地を結べるのはなぜか。答えて言う。これは八種の穴脈のうちの「梗脈」である(乳・珠・氣・皮・節泡・梗・塊を合わせて八般穴脈と呼ぶ。第二卷《巒面》篇を見よ)。梗脈が忌むのはただ山頂を直透することだけで、それだと張り詰めた線のようになる。だから頂を透って出脈するものは「貫頂」と呼び、梗と呼ぶことはできない。もし山頂が金面を分け、一段の陡い低伏と一段の口を收める平緩があり、平緩の果てにまた頭を抬げる突起があり、さらに兩旁に二片の蝉翼を分け出し、それから筆直に數丈下って、遠くから見ると一本の梗(草木の梗莖のよう)に見える。これを梗脈という。ただし上に必ず隱隱の八字と隱隱の低伏平緩があって、脈が僵死しないようでなければならないので、これを張り詰めた線として扱ってはならない。
第到頭還須起微突之毬簷,開分金之面,毬後毬前,俱要有矬平之,不然,則到頭無動氣,雖不貫頂出脈,亦不成地(梗脈雖能結地仍以到頭有動氣者方為真結)。蓋毬後無平,何以見其毬之起;毬前無矬,何以見其簷之滴;簷前無平,何以見其氣之吐;毬簷無分金之面,何以見其葬口之門。不但梗脈當如是,凡穴皆當如是也(此節論梗脈結穴)。
ただ到頭の處には必ず微かに突き出た毬と簷を鼓起し、分金の面を開き、毬の前後にともに低伏と平緩がなければならない。さもなければ到頭に活動する生氣がなく、たとえ貫頂出脈でなくても地を結ばない(梗脈は地を結べるが、それでも到頭に動氣があるものだけが真の結と数えられる)。知るべきは、毬の後に平緩がなければ毬が隆起しているとどう見分けようか。毬の前に低伏がなければ簷が滴り下がるとどう見分けようか。簷の前に平緩がなければ氣が吐き出されるとどう見分けようか。毬簷に分金の面がなければ下葬の口がどこにあるとどう見分けようか。梗脈だけがこのようであるべきではなく、およそ穴はみなこのようであるべきである。(この一節は梗脈の結穴を論ずるる。)
或曰:山高而矬,必有一段之峻,山高而矬長者,其峻長亦長,勢必如急牽線,奈何?曰:所謂寬牽線者,合峻下還亢之平觀之也,峻下無還亢之平,方為急牽線,有還亢之平,則此長矬之峻,正為還口張本,何得以急牽線目之,然亦要幾個隱隱八字,隱隱矬平,在此長矬之內,非真如急牽線者方佳(此節論高山落脈)。
ある人が問う。山が高くて低伏があれば必ず一段の陡坡があり、山が高くて低伏が長ければその陡坡もそれにつれて長くである、どうしても張り詰めた線のように見える。これをどうするか。答えて言う。いわゆる鬆牽線とは、陡坡の下のあの回抬する平緩と連ねて見るべきものである。陡坡の下に回抬する平緩がなければ、それこそ張り詰めた線である。回抬する平緩があれば、この長い低伏の陡坡はまさに下の還口のための布石であって、どうしてこれを張り詰めた線と見なせようか。ただしこの長い低伏の内にも、數か所の隱隱の八字と隱隱の低伏平緩があって、本当に張り詰めた線のように一途に底まで行かないものがよい。(この一節は高山の落脈を論ずるる。)
或曰:平崗龍何以見其垂頭(平崗龍平坦而不甚高峻少見起伏)?曰:高山以起伏為勢,而佐之以收放曲折,故垂頭之處多;平崗以收放曲折為勢,而佐之以起伏,故垂頭之處少。然不垂頭,雖有收放曲折無益。故平崗龍於起頂分個字之處,得一矬之峻,便作垂頭之勢,如人仰臥而抬頭顧胸,方能成龍。不一矬而挺然平去者,必是砂體。
ある人が問う。平岡龍はどうすればその垂頭が見えようか(平岡龍は平たんであまり高峻でなく、明らかな起伏は稀にしか見られない)。答えて言う。高山は起伏を主要な形勢とし、收放曲折をそれに輔けるので、垂頭の處が多い。平岡は收放曲折を主要な形勢とし、起伏をそれに輔けるので、垂頭の處が少ない。しかし垂頭しなければ、たとえ收放曲折があっても用をなさない。だから平岡龍は頂を起こして个字形を分ける處で、一段の陡い低伏を得さえすれば、垂頭の勢いを擺したと数える。人が仰向けに卧して頭を抬げて自分の胸を望むようなもので、これでこそ龍を成せる。もし一度の低伏を作らずに真っすぐに平鋪して行けば、それは必ず砂體である。
但高山是坐體星辰,矬常長而平常短,胸腹顯有突泡之遞生,故垂頭之形,對方面遠觀即見;平崗是臥體星辰,矬常短而平常長,胸腹微有突泡之遞生,故垂頭之情,近者方見。至結穴處,其頂上開面垂頭之下,亦須再有突泡(此突泡即穴後毬簷),分開金面,方能吐氣結穴(此節論平崗龍垂頭)。
ただし高山は坐體の星峰に屬し、低伏は往々長く平緩は往々短く、胸腹の間に明らかに突泡が一つ一つ連なって生出するので、垂頭の形狀は向かいから遠望すれば見える。平岡は卧體の星峰に屬し、低伏は往々短く平緩は往々長く、胸腹の間には微かに突泡が遞生するだけなので、垂頭の情意は近づいて初めて見える。結穴の處に至っては、山頂が面を開き垂頭した下に、必ずさらに突泡(この突泡がすなわち穴後の毬簷)があって、金面を分けてこそ、生氣を吐き出して穴を結べる。(この一節は平岡龍の垂頭を論ずるる。)
或曰:橫崗落脈(橫龍腰落與大龍行度處開平面落脈者是),與肩臂落脈者(從大八字丿丶邊落脈者,與見前卷偏面篇),何以見其垂頭?曰:橫崗肩臂,雖不起頂,而貼平崗之前,與肩臂上有化生腦,並蟬翼肌理之分,有矬有平,出脈如寬牽線者,便是垂頭,不必定須有頂(此節論橫龍與大八字丿丶邊落脈)。
ある人が問う。橫岡の落脈(すなわち橫龍が腰から落ちるものと、大龍の行度途中に平面を開いて落脈する類)と、また肩臂から落脈するもの(すなわち大八字の一撇一捺の邊から落脈するもの、前卷《偏面》篇を參照せよ)は、どうすればその垂頭が見えようか。答えて言う。橫岡と肩臂は山頂を起こさないが、ただ平岡の前方と肩臂の上に緊貼して化生腦があり、かつ蝉翼・肌理の分があり、低伏と平緩があり、出脈が鬆牽線のようであれば、それがすなわち垂頭であって、必ずしも山頂がなくてはならないわけではない。(この一節は橫龍と大八字の撇捺邊からの落脈を論ずるる。)
或曰:假如一山分作數條,並下俱開而成寬牽線之勢,如欲知主從?曰:只觀頂下(即山頂前)與毬後之一矬,比他條之矬更甚。矬前之一平,比他條之平更長。矬前有八字水痕,平前有抬頭湧突,突前有分金之面,身不顧人,唇圓堂聚者是真穴,兩條相等是並結,反此是砂。蓋真龍必翔舞自如,旁砂必側他顧也,
ある人が問う。もし一座の山が數條の支脈を分け、一齊に下ってみな面を開き、みな鬆牽線の勢いを成したとき、どの一條が主でどれが従かをどう知るか。答えて言う。ただ山頂の下(すなわち山頂の前方)と毬後のあの一處の低伏を見て、どれが他の條より深いかを見、低伏の前のあの一段の平緩がどれが他の條より長いかを見る。さらに見るに、低伏の前に八字形の水痕があり、平緩の前に頭を抬げて涌き起こる突泡があり、突泡の前に分金の面があり、山身が側いて他人を照顧せず、穴前の唇口が圓滿で明堂が氣を聚める。これらを具備するものが真の穴である。もし二條が條件相等しければ、それは雙穴が並んで結ぶのであり、逆ならば砂である。真龍は必ず翱翔飛舞して自在に自主し、旁砂は必ず身を側けて他處を照顧するからである。
夫山之喜其矬者,欲其有垂頭之勢,為下面還亢之長本也。喜其還亢者,觀其抬頭之突,為下面垂頭之張本也(上亦垂要之勢外也,石燕還口垂頭,正為還口地步。如山頂垂頭出脈生而突泡,臨穴毬簷唇氈兜起,皆是下面之還亢,而本於上面之垂頭也。還口,即是起突,上面起突下面自見垂頭,起突正為垂頭。地步,如山前化生腦,突起可見化生腦之垂頭,半山節泡突起,可見半山節泡之垂頭面是也)。
山が低伏を有するのを貴ぶのは、それに垂頭の勢いを擺させて、下の回抬のための根基を打たせるためである。回抬を有するのを貴ぶのは、頭を抬げた突泡の上から、それが下の垂頭のためにあらかじめ布石を作したことが見え出せるためである(上が垂頭するのは、まさに下に回抬の地歩を留めるため。石燕形の還口垂頭がまさにこの道理である。たとえば山頂が垂頭出脈して突泡を生じ、臨穴の毬簷・唇氈が上に向かって兜起する。これらはみな下の回抬であり、根源は上の垂頭にある。いわゆる還口とはすなわち起突である。上が起突すれば、下は自ずと垂頭が見える。たとえば山前の化生腦が突起すれば、化生腦の垂頭が見え出せる。半山の節泡が突起すれば、半山節泡の垂頭の面が見え出せる)。
矬前有八字水痕者,乃上下個字相接之處,必有八字摺痕,收束其氣,使脈路有收有放,而不直硬其頸也(頸即氣脈束細處)。平前有抬頭湧突者,因上面有矬有平有分水,下面與在旁觀之自成湧突,不必比平處更高一段,方為湧突也。
いわゆる「低伏の前に八字水痕がある」とは、上下二つの個字形が接する處に必ず八字形の折れ痕があり、氣を收束して脈路に收と放を持たせ、「頸」の處を僵直堅硬にしないことを言う(頸とは氣脈が束細する部位)。いわゆる「平緩の前に頭を抬げる涌突がある」とは、上にすでに低伏・平緩・分水があるので、下または旁から見れば、自ずと涌き起こる突泡が現れ、平緩の處よりもさらに一段高くならなければ涌突と數えないわけではないからである。
故凡結穴之山(下論穴坦峻二體),坦而不峻者,頂下與毬後,必大矬一矬,大平一平(山勢坦而不峻,頂下與毬後故均有大矬大平)。此處雖似可立穴(指頂毬後言),但有微分八字,水痕知其脈尚行而未止(結穴後必有薄口如掌心方佳,若有微分水痕,氣脈尚行)。極峻之山,頂下與毬後,亦必大矬一矬,略平一平(大矬者,峻處不可板授,略平者,平處可以眠坐。山峻故頂下毬後矬長而平短),下面方能結穴,故不但穴中穴前要平,穴後亦宜有平(穴中,立穴之處,穴前指唇氈,穴後,毬簷之後也)。
だからおよそ穴を結べる山は(以下は穴場の平たんと陡峻の二種の形體を論ずるる)、平たんで陡峻でないものは、山頂の下と毬後に必ず一度の大きな低伏と一段の大きな平緩がある(山勢がすでに平たんで陡くないので、頂下と毬後には自ずと大矬大平がある)。これらの處は見た目に穴を立てられそうだが(山頂と毬後を指す)、まだ微かに分かれる八字水痕があれば、脈氣がなお行走していて停まっていないことが分かる(結穴の後には必ず掌心のような淺薄の凹口があるのがよい。まだ微分の水痕があれば、氣脈がなお走っていることを説明する)。極めて陡峻な山は、山頂の下と毬後に必ず一度の大きな低伏と一段のわずかな平緩があり(大きな低伏と言うのは、陡峻處が死板にならないためであり、わずかな平緩と言うのは、その平らな處が少なくとも躺卧安坐できる程度だからである。山がすでに陡峻なので、頂下と毬後は低伏が長く平緩が短い)、その下でこそ穴を結べる。だから穴中・穴前が平らであるべきだけでなく、穴後にも平らがあるべきである(穴中は立穴の處を指し、穴前は唇氈を指し、穴後は毬簷の後ろを指す)。
頂下之泡,俱宜有小平也(頂下之泡即化生腦,腦後略平方見腦之突起),頂下之泡無平者,所降非真脈,毬簷之後無平者,穴中雖平亦非(山頂前無平即無化生腦,故降脈不真,毬簷後無平穴不起頂,即無金魚水之分,故下面雖平非穴),但不先矬一矬,雖有平無益(不先矬而平者,即是純陽),故矬平二字,不可相離(矬為陰而平為陽,陰陽相見方是有生氣),更要矬處有撲前之勢,平處有還亢之形,上不塌而下不削,在個字分之面中,隱八字之叉下者,方是毬,毬後有平要有(有,有則見其矬),雖短無妨。
山頂の下の突泡は、みな一小段の平緩があるべきである(頂下の突泡はすなわち化生腦で、腦の後がわずかに平らであってこそ、腦の突起が見え出せる)。頂下の突泡に平緩がなければ、降りてくるのは真の脈ではないことを説明する。毬簷の後に平緩がなければ、穴中が平たんであっても真の穴ではない(山頂前に平緩がなければ化生腦がないので降脈が真でなく、毬簷後に平緩がなければ穴が頂を起こさず、金魚水の分流もないので、下が平たんでも穴ではない)。ただし先に一度低伏しなければ、たとえ平緩があっても用をなさない(先に低伏せずただ平らなだけなら、それは純陽である)。だから「矬」と「平」の二字は分離できない(矬は陰に屬し、平は陽に屬す。陰陽が相見えてこそ生氣がある)。また低伏處に前方へ撲落する勢いを帯び、平緩處に回抬の形を帯び、上が塌けず下が削り直さず、个字の分かれた面の中・隱八字叉口の下に落ちたものだけが毬と数えられる。毬の後には平緩とあの微凹がなければならない(微凹があってこそ、低伏が見え出せる)。平緩は短くても差し支えない。
毬前之平雖長,不矬而鋪還假(毬前平處略矬,方見有簷不矬而鋪,則無簷而毬假)。誤葬毬後之平者,其平長大,禍稍遲,短小者禍至速。破毬者氣必散(臨穴之毬,真氣所聚破則氣散),毬前矬處,缷下而未停(脈猶未止),簷前平處,仰承而氣聚(簷前平處,即是穴暈,勿誤認暈前薄口為平處,蓋薄口是小明堂也),湊缷未停處插穴(即是湊簷而打),不但減福,恐傷其龍(傷龍則斗煞),故點穴必在簷前平處(此節分別穴山落脈真偽並論坦峻山脈路穴情)。
毬前の平緩はたとえ長くても、先に低伏せずにただ一味に平鋪するだけなら、なお假である(毬前の平らな處はわずかに低伏があってこそ簷があると見える。低伏せず平鋪すれば簷がなく、毬も假になる)。誤って穴を毬後の平らな處に葬った場合、その平らな處が長く寛大なら禍はやや遲く來り、短く狹小なら禍は極めて速く來る。毬を破壞したなら、生氣は必ず散じる(臨穴の毬は真氣の聚集する處で、一破すれば氣が散ずる)。毬前のあの低伏は、脈がまさに卸け下ってまだ停まっていないところ(脈がまだ止まっていない)。簷前のあの一段の平緩こそが、仰いで承けて生氣が聚集する所である(簷前の平らな處がすなわち穴暈で、暈前のあの淺い口を誤って平らな處と認めてはならない。淺口は實は小明堂である)。脈がまさに卸けて停まらない處に凑って穴を插す(すなわち簷に緊貼して葬る)のは、福を損するだけでなく、おそらく龍を傷つける(龍を傷つければ煞氣に衝撞する)。だから穴を點ずるには必ず簷前の平らな處にしなければならない。(この一節は穴山落脈の真僞を弁別し、あわせて平たんと陡峻の二種の山の脈路穴情を論ずるる。)
或曰:本山已經垂頭,其肩臂直抱可乎?曰:玄武欲其垂頭者,取其勢之撲來,情之顧下,其兩肩兩臂,亦須有撲裡之勢,顯出內顧之真情。肩臂之外,均須有駝出之形,顯出撲裡之真背,則本山之垂頭方真。否則雖落脈如寬牽線,亦無益也(此節論穴山肩臂)。
ある人が問う。本山がすでに垂頭したなら、その兩肩兩臂が筆直に環抱してくるのはよいか。答えて言う。玄武山に垂頭を求めるのは、その氣勢が前方へ撲來し情意が下方を回顧することを取るためである。その兩肩兩臂も必ず内に向かって撲合する勢いを帯び、真心が内を顧みる情意を顯さなければならない。兩肩兩臂の外側にはみな驼起して外に凸する形狀があって、真の背が外にあることを顯さなければならない。こうしてこそ本山の垂頭が真と数えられる。さもなければ、たとえ落脈が鬆牽線のようであっても用をなさない。(この一節は穴山の肩臂を論ずるる。)
或曰:每見中脈只有小矬小平,龍虎反大矬大平,豈正穴在龍虎乎?曰:此當觀其個字分金出脈,顧人不顧人之性情,如出於個字分金之中直,自主而不顧人,人來朝我者,雖小矬小平,亦是正脈;出於個字分金之丿丶,側面顧人,人不朝我者,雖大矬大平,亦是旁砂。
ある人が問う。中脈に小矬小平しかなく、左右の龍虎がかえって大矬大平であるのをよく見るが、まさか正穴が龍虎の上にあるのか。答えて言う。これはその个字分金出脈の處が、人を顧みる性情か顧みない性情かを見るべきである。もし脈が个字分金の正中から出て、端端正正と自ら主宰を作して他人を照顧せず、かえって他の山がみな我を朝拜するなら、それはたとえ小矬小平しかなくてもなお正脈である。もし脈が個字形の一撇一捺から出て、顔を側けて他人を照顧し、他の山が我を朝拜しないなら、それはたとえ大矬大平があっても旁砂に過ぎない。
然則龍虎何須大矬大平乎?曰:楊公云“若是面時寬且平,若是背時多陡岸”。寬者即寬牽線也,平者即有矬有平也,陡岸者,即無矬無平,而如覆鵝毛也,故山面不惟中脈有矬平,即龍虎亦有矬平。而山背則不然,且龍虎之有矬平,正以顯穴山寬平之正面耳。但龍虎有個字分金之面,自主而不顧人,仍有矬有平者,亦能結地(此節論龍虎矬平)。
では龍虎はなぜ必ずしも大矬大平を要するのか。答えて言う。楊筠松は「面であれば寛くかつ平、背であれば多く陡岸」と講じた。いわゆる「寛」とはすなわち鬆牽線、いわゆる「平」とは低伏と平緩があること、いわゆる「陡岸」とは低伏と平緩がなく倒扣した鵞毛のようであることなった。これで見れば、山の正面は中脈だけが低伏平緩を持つのではなく、龍虎砂もまた低伏平緩を持ち、山の背面はこのようではないことが分かる。しかも龍虎が低伏平緩を持つのは、まさに穴山のあの寛舒平正の正面を襯托するためである。ただし龍虎がみずからも个字分金の面を持ち、自ら主宰を作して他人を照顧せず、同時に低伏と平緩があれば、それはみずからも地を結べる。(この一節は龍虎の低伏平緩を論ずるる。)
或曰:仰者為陽,覆者為陰,有陽不可無陰,則有仰不可無覆,今喜仰惡覆,何也?曰:山形俱上小下大,中凸旁低,其體原覆,脈路又覆,則孤陰不生。陰覆之山,得陽仰之脈生氣方動,喜仰者正於覆中取仰。忌覆者,不忌山體之覆,忌脈路之覆也(此但指陰覆之山而言,若山體坦平,反宜陰脈,總之陰陽變化方有動氣)。
ある人が問う。仰は陽に屬し覆は陰に屬する。陽があれば陰がないわけにいかないのだから、仰があれば覆がないわけにいかないはずなのに、あなたは仰を好み覆を惡む。これはなぜか。答えて言う。山の形體はみな上が小さく下が大きく、中間が凸して兩旁が低い。本體はもともと「覆」である。もし脈路もまた覆であれば、孤陰生まずとなる。陰に屬して俯覆する山は、必ず陽に屬して上仰する脈を得てこそ、生氣が活動し起こる。いわゆる仰を好むとは、まさに俯覆の中で一点の上仰を取ることであり、いわゆる覆を忌むとは、山體の覆を忌むのではなく、脈路の覆を忌むのである(これはただ陰覆の山について言う。もし山體がもともと坦平なら、かえって陰脈を用いるによい。要するに陰陽變化があってこそ、活動する生氣があるのである)。
然則,古人何不及之?曰:廖公云“飽是渾如箕樣,醜惡那堪相”。是喜仰之意在言外。楊公曰“仰掌葬在掌心裡”,又云“也曾有穴如側掌,卻與仰掌無二樣”,雖不言及覆掌,而忌覆之意在言外。曰:金剛肚、蝦蟆背、鴨公頭,非忌覆之謂乎?曰:好格面平方合樣,高山頂上平如掌,橫觀落脈寬牽線,非喜仰之謂平。
では古人はなぜこの一點を講じなかったのか。答えて言う。宋代の廖瑀(廖公)は「飽は渾として箕の樣、醜惡なること見るに堪えず」と講じた。山が簸箕のように飽脹し、醜惡で見るに堪えない。これは上仰を好む意を言外に託したものである。楊筠松は「仰掌は掌心の裏に葬る」と言い、また「かつて側掌の如き穴あり、仰掌と二樣なし」と言った。明言して覆掌を言わなかったが、俯覆を忌む意はまた言外にある。ある人が言う。では「金剛肚」「蝦蟆背」「鴨公頭」といった名目は、まさに覆を忌むことを講じているのではないか。答えて言う。よい格局の面は平正であってこそ合式であり、高山頂上は手掌のように平坦であるべく、橫に見て落脈が鬆牽の線のようであるべきである。これらはまさに仰を喜ぶことを講じているのではないか。
然則形如覆釜,其巔可富謂何。曰:此當與形如覆舟,女病男囚並論。覆釜就星體言,覆舟就氣脈言,星體不忌覆,氣脈忌覆,故一好一惡如此。然覆釜之山,後無寬牽線之脈,巔無平仰之盤,何能結地?覆舟之山,分開金面有矬有平,出唇吐氣,奚至為凶(總是陰宜見陽之意,此節論氣脈)。
では《葬書》が「形如覆釜、その巓は富みうべし」と言うのは、どう講ずるるか。答えて言う。この句は「形如覆舟、女は病み男は囚わる」と合わせて見るべきである。「覆釜」は星體の形狀について言い、「覆舟」は氣脈について言う。星體は俯覆を忌まず、氣脈こそが俯覆を忌む。だから同じ覆でも、一つは吉で一つは凶である。しかし覆釜形の山でも、後ろに鬆牽線のような脈がなく、山頂上に平坦上仰の盤面がなければ、どうして地を結べようか。覆舟形の山でも、金面を分け、低伏と平緩があって、唇氈を吐き出して生氣が外に露れれば、どうして凶であろうか。(歸結すればやはり陰中に陽を見るによいという意。この一節は氣脈を論ずるる。)
或曰:仰覆二字,於地理果何關切?曰:葬覆鵝毛之山,必主敗絕,有不敗絕者,必別有吉地。然凶禍亦斷不免,葬仰鵝毛之山,必主興旺,間有興敗者,必祖山(分龍而來,遠祖遠宗及少祖山皆是),偶有一節覆鵝毛,不能節節如仰鵝毛也,若自分龍以至穴山,自山頂(穴山之頂),以至穴唇,無一節一段,不如仰鵝毛,自然發福(此論仰)。
ある人が問う。「仰」「覆」の二字は、地理に対して究竟どれほど要紧なのか。答えて言う。覆鵞毛形の山に葬れば、必ず敗落絶嗣を主り、もし敗絶しないものがあれば、それは必ず家中に別に吉地があるためであるが、凶禍もまた斷じて免れない。仰鵞毛形の山に葬れば、必ず興旺を主る。たまに先に興えて後に敗れるものがあれば、それは必ず祖山(分龍から來る遠祖・遠宗および少祖山を含む)の中にたまに一節が覆鵞毛で、節節がみな仰鵞毛のようにはできなかったためである。もし分龍から穴山まで、山頂(穴山の頂を指す)から穴前の唇まで、どの一節・どの一段も仰鵞毛に似ないものがなければ、自然に發福する。(この一段は仰を講ずるる。)
或曰:前言辨真假,以分、斂、仰、覆、向、背、合、割八字,今止就仰覆二字,斷地之真假,則彼六字已不用乎?曰:無矬無平,如急牽線、覆鵝毛者,非無個字,必假個字,非一邊反唇,必無背無面,非半山暗翼而割肋,必穴前少圓唇而割腳。若節節段段有矬有平,如仰鵝毛者,必有個字分金之面,外背內面之砂,出唇吐氣,合而不割。故因此可參彼六字,非謂可遺彼六字也。
ある人が問う。前に真假を弁ずるには「分・斂・仰・覆・向・背・合・割」の八字を用いると講じたのに、今ただ「仰」「覆」の二字だけで地の真假を斷ずるなら、ほかの六字は用いなくてよいのではないか。答えて言う。およそ低伏なく平緩なく、張り詰めた線か倒扣した鵞毛のような山は、個字形がないか、あるいは必ず假の個字形である。一辺の唇口が外翻していなければ、必ず背面を分け出せない。半山に暗翼が缺けて界水が肋を割らなければ、必ず穴前に圓唇が少なくて界水が脚を割く。反対に、節節段段に低伏と平緩があり、上仰した鵞毛のようであれば、それは必ず个字分金の面があり、必ず外背內面の護砂があり、必ず唇氈を吐き出して生氣が外に露れ、水は必ず交合して割かない。だから仰覆の二字からあの六字を推知できるのであって、あの六字を抛いて用いなくてよいということではない。
見下圖:垂頭之形正面難盡,故盡其側面,然諸圖亦僅繪其彷彿,在學者潛心理會耳。
下の圖を見られたい(原書はここに圖を附したが、今本は圖題のみ存し、圖形はすでに佚す)。垂頭の形狀は正面から畫き盡くせないので、側面から畫くに改めた。ただしこれらの圖も大致の輪郭を畫き出すに過ぎず、最終的には學ぶ者が自ら潜心して體會するに俟たなければならない。
向背
(此篇論護砂之向背以證龍穴真假)
(この一篇は護砂の向と背を論じ、それをもって龍と穴の真假を印證する。)
何謂向背?蔡氏曰:“向背者,言乎其性情也”。予謂無向背,則不見性情,無菱角,則不顯背面。菱者,分開大八字,有口菱也(大八字之邊口有菱微起);角者,明肩護帶之稍如月角也,如於臂鵝毛之側起外背內面而相向,為有菱角,內背外面而相背,為無菱角,或如手臂鵝毛之覆與仰,而不向不背,亦為無菱角,
何をか「向」と「背」という。蔡氏は言う。「向背とは、山の性情を講ずるるものである」と。私が思うに、向背がなければ山の性情が見えず、稜角がなければ山の背と面を分けられない。いわゆる「菱」とは、分かれた大八字の上に口菱を帯びること(大八字の邊口の處に一筋の棱線が微かに隆起する)を指し、いわゆる「角」とは、明肩・護帶の末梢が新月の兩角のように彎翹することを指す。もし手臂や鵞毛が側立するように、外側を背・内側を面として彼此相向すれば、稜角ありと呼ぶ。もし内側を背・外側を面として彼此相背すれば、稜角なしと呼ぶ。あるいは手臂・鵞毛のように一味に俯覆するか一味に上仰するかで、相向もせず相背もしなければ、同じく稜角なしと呼ぶ。
外背內面而有菱角者,抱來固為向,豁開亦為向,如蓮花半開時,固向其心,至謝時而花瓣垂下,亦未嘗不向其心。內背外面,與無菱角背面者豁開,固為背,抱來亦為背。如鄰菜之葉,與我菜心相遠,固是背我,即蓋過我菜心之上,亦是背我。蔡氏曰:“觀形貌者,得其偽,觀性情者得其真”。原其向背之故,只在分之真假辨之,觀花瓣菜葉,無一片不向其心,則可通其說矣。
外側を背・内側を面として稜角あるものは、環抱してくるのはもちろん向であり、外に向かって張開してもなお向である。たとえば蓮花が半開のときはもちろん花心に向かい、凋謝するに至って花瓣が垂れ下がっても、また花心に向かっていないわけではない。反対に、内側を背・外側を面とするもの、および背面の稜角を分け出せないものは、外に向かって張開するのはもちろん背であり、環抱してきてもなお背である。たとえば隣家の菜地のあの葉は、我の菜心から遠いのはもちろん我に背であり、たとえ我の菜心の上に蓋い被さっても、照樣として我に背である。蔡氏は言う。「ただ形貌を見る者は假象を得、よく性情を見る者はこそ真相を得る」と。向背の根源を推究すれば、ただ分の真假に在る。花瓣・菜葉に一片として自らの心に向かわないものがないのを見れば、この道理は通じる。
花瓣菜葉之必抱向其心者,以其從根蒂分出,自相護衛也,不然,則必有參口之勢,分立之形,何能片片外背內面而相向乎。是以知真分者,護衛自已,故向而不背。假分者羽翼他人,故背而不向,或雖不羽翼他人,亦不護自已,而為閒散之砂,故無向無背也。
花瓣・菜葉が必ず自らの心を環抱する所以は、それらがみな同じ根蒂から分け出て、自然に彼此護衛し合うからである。さもなければ、必ず參差錯落として各自分立の樣とである、どうして片片がみな外背內面で相向できようか。これによって知るべきは、真の分は自らを護衛するので向いて背かず、假の分は他人の羽翼とであるに行くので背いて向かず、また一種は他人の羽翼にはならないが自らを護衛もしないので、閑散無用の砂とである、向もなく背もないということなった。
夫花與華之生氣不可見,觀花瓣菜葉之相向,而知其生氣在於心。地之生氣不可見,觀大小八字之相向,而知其生氣在於內。語云:“下砂不轉莫尋龍”。其即向字之謂乎。但上砂向易,下砂向難,得下砂向,則上砂不患不向,必有地矣(下砂逆轉定有真結,其上砂自然相向,若上砂向而下砂不向者,非真穴也),此一語,豈非尋地捷法乎?今人不識轉字,即是向字背來駝我者,誤認為轉,無背無面而生轉抱來者(砂腳向外砂體曲處似向內抱也),亦認為轉,觀形貌而不察性情,烏能得之(以上論明肩護帶兼及上下砂,總以分之真假別其向背)。
花草の生氣は見えないが、花瓣・菜葉がみな彼此内に向かうのを見れば、生氣が花心にあると知れる。地の生氣は見えないが、大小八字がみな彼此内に向かうのを見れば、生氣が裏面にあると知れる。俗に「下砂轉ばなければ龍を尋るなかれ」というのは、まさにこの「向」の字を講じているのではないか。ただし上砂は向きやすく、下砂は向き難い。ただ下砂が肯んじて向けば、上砂は向かないと愁うに足らず、必ず地がある(下砂が逆轉して來れば、必ず真の結作があり、上砂は自然に相向する。もし上砂が向いて下砂が向かなければ、真の穴ではない)。この一句は、まさに地を尋る捷徑ではないか。今の人は「轉」がすなわち「向」であることを知らず、背を我に向けて驼峰を我に對するものを誤って轉と認め、背面を分け出せないのに彎めて環抱するもの(砂脚は外に向き、ただ砂身の彎曲處が内に環抱するように見える)をも轉と認め、ただ形貌を見て性情を察しない。どうして真の地を得られようか。(以上は明肩護帶を論じ、あわせて上下砂に及ぶ。總の辦法は、分の真假をもってそれらの向背を分辨することなった。)
至於六龍方行而未止之處,只一重下砂,真面向裡,亦未足恃,楊公所謂“纏龍尚觀疊數,一重恐是葉交互,三重五重抱回來,方是真龍腰上做”也(此論龍身行度)。
至って大龍がまさに行走していてまだ停まらない處は、たとえ一重の下砂が真に面を内に向けていても、なお頼りにならない。これが楊筠松のいう「纏龍はなお疊數を觀る、一重は恐らく葉交互である、三重五重抱き回りて來れば、方に是れ真龍の腰上に作るなり」――纏護は層數を見るべきで、ただ一重では恐らく枝葉が交錯するだけに過ぎず、三重五重が抱き回って來てこそ、真龍が腰の上に結作したと數えられる。(この一段は龍身の行度を論ずるる。)
他如朝托侍衛,及水口砂星辰之向背,則與此稍異,亦以分大小八字,腰軟而肚不飽,外背內面者為向,無大小八字,肚飽而腰不軟,內背外面者為背,即非背來對外駝我,無正面之真情向內者,亦為背。此皆不關地之真假,但減龍之福力(此論護衛開銷星辰)。
その他、朝山・托山・侍衛砂、および水口砂とそこの星峰の類は、それらの向背の標準が上とやや異なる。これも分かれ出した大小八字があり、腰身が柔軟で腹部が飽脹せず、外背內面のものを「向」とし、大小八字がなく、腹部が飽脹して腰身が軟らかでなく、内背外面のものを「背」とする。たとえ背を我に對し驼峰を我に衝かせるのでなくとも、ただ正面の真情が内に向かっていなければ、背と數える。この一類の砂の向背は、地の真假に影響せず、ただ龍の福力を減損するだけである。(この一段は護衛と水口一帶の星峰を論ずるる。)
若後龍星辰之大小八字不相向,或有一邊向人者,為假龍。穴山之大小八字不相向,或有一邊向人者,為假穴。後龍之大小八字相向,而兩邊送從纏護砂,有一邊不向者,雖是龍必非正龍。
もし後龍星峰の大小八字が彼此相向せず、あるいは一辺が他人の方に向かっていれば、それは假龍である。もし穴山の大小八字が彼此相向せず、あるいは一辺が他人の方に向かっていれば、それは假穴である。もし後龍の大小八字は相向するが、兩旁の送從纏護の砂に一辺向かないものがあれば、それは龍ではあるが必ず正龍ではない。
兩邊之送從纏護皆向,而穴山之大小八字,有一邊不向者,雖有穴必在他處。穴山大小八字,兩邊送從纏護皆向,而朝山不開面相向者,必是枝龍,而非正幹。水口山不轉面向裡者,必是借用而減福力(水口山有不向內者,穴中不見亦可。此論龍穴纏護兼及朝案水口山)。
もし兩旁の送從纏護がみな向くのに、穴山の大小八字に一辺向かないものがあれば、ここには穴があるが、真穴は必ず別處にある。もし穴山の大小八字と兩旁の送從纏護が悉く向くのに、朝山が面を開いて相向しなければ、この條は必ず枝龍であって正干ではない。もし水口山が肯んじて面を内に轉じなければ、必ず勉强に借用したもので、福力に割引がある(水口山に內に朝しないものがあっても、ただ穴中で見えなければ、まだ差し支えない。この一段は龍・穴・纏護を論じ、あわせて朝山・案山と水口山に及ぶ)。
祖山分龍,兩邊崗阜向多者,龍旺橫龍降脈,背後孝順鬼逆抱穴者真(此論分龍處之護砂兼及橫龍後鬼)。
祖山分龍の處では、兩邊の岡阜が内側に朝向するものが多いほど、龍氣はそれだけ旺である。橫龍が腰間から脈を降ろすものは、背後に「孝順鬼」が逆らって抱いて穴場を遮ることがあってこそ、これは真である。(この一段は分龍處の護砂を論じ、あわせて橫龍背後の鬼星に及ぶ。)
入穴見向,而遠觀似背者,非龍;遠觀似向,而入穴見背者,非穴。外不豫背,而內有菱角相向者,可棄,不向左,不向右,而節節鵝毛口,再得左右砂相向,雖旁觀亦可取裁。或向左,或向右,而形如側手臂,右左砂更有一邊背我,並本身亦為砂體,本身龍虎向面外層皆曏者,地大;外層不向,而本身龍虎曏者,地小(此論體認內外遠近之向背,分別龍穴之真偽大小)。
穴の中に入って見れば向であるのに、遠く望めばかえって背のように見える。これは真龍ではない。遠望すれば向のようだが、穴の中に入って見れば背である。これは真穴ではない。外があらかじめ背勢を呈せず、内に稜角あって彼此相向するものは、かえって捨ててよい。左にも偏せず右にも偏せず、節節がみな鵞毛のような仰口を作り、さらに左右護砂が彼此相向するなら、たとえ旁から見ても取り用いてよい。至ってあるいは左に偏しあるいは右に偏して、形狀が側けた手臂のようで、左右の砂に一辺我に背くものがあれば、本山自身も砂體に過ぎない。本身の龍虎が穴に向かい、外層の諸山もみな向くなら、地は大きい。外層が向かずただ本身の龍虎だけが向くなら、地は小さい。(この一段は內外遠近の向背をどう體認するかを論じ、もって龍穴の真僞大小を分辨する。)
有等龍虎氣旺,曜氣飛揚,自本身龍虎一向之外,即飛揚而去,得總纏護水口山,面面相向,而抱住其飛揚之砂者,反為大地。此當求之尋常識見之外,然亦當觀其祖龍如何,若祖龍行度節節開面,而分龍出帳過峽之處,兩邊迎送纏護,疊疊相同者方可(此論曜氣)。
一類の龍虎は氣勢が極めて旺で、「曜氣」が外に向かって飛揚する。本身の龍虎のあの一重が內に向かうほかは、さらに外へはみな飛揚して去る。このとき總の纏護山と水口山が面面相向して、あの飛揚する砂を收攏して抱えば、かえって大地である。この種の情形は尋常の見識の外で求めるべきだが、ただしなおその祖龍がどうかを見なければならない。必ず祖龍の行度の時に節節が面を開き、かつ分龍・出帳・過峽の處で、兩旁の迎送纏護が重疊して彼此一致していてこそよい。(この一段は曜氣を論ずるる。)
又有一等龍身於始分再抽之際,兩邊護從崗阜,曏者甚多,至總穴處,但得水纏,並無護從,只有一股陰砂,僅堪蔽敵穴,亦為大地(有水環繞不嫌護砂微薄),故向背之本,在分龍作祖之處,穿帳過峽之時,而到頭之向背,特其標耳(此論結穴護砂單薄,蓋指出洋旺龍而言若山谷結地應以到頭真向多者為貴)。
また一類の龍身は、最初に分かれ再度抽き出すとき、兩邊の護從の岡阜が内側に朝向するものが多いが、結穴の處に至ると、ただ水が環繞するだけで護從が全くなく、わずかに一股の陰砂が勉强に穴場を遮擋できるのみである。このような地も同じく大地である(すでに水の環繞があれば、護砂の單薄を嫌わない)。だから向背の根本は、分龍作祖の處・穿帳過峽の時に在る。至って到頭處の向背は、末梢に過ぎない。(この一段は結穴處の護砂が單薄な情形を講じ、平洋に走出した旺龍を言う。もし山谷の中で地を結ぶなら、なお到頭處の真向が多いのを貴とすべきである。)
又有一等旺龍,技技結果,節節開花,一局之中結數地,數里之中結數十地,其砂必各自顧穴,何能層層向我而不背(多有成魚尾砂,作兩邊之護衛)。只好論其本身之枝葉,不顧人而向自已,有星面穴面,便是美地。其外層皆自去顧穴,何能向我,只要借用得著,湊拍得來,象個局而不斜竄壓射便佳。亦仍以真向多者為勝(此論旺龍結穴)。
また一類の旺龍は、一一の枝に果を結び一一の節に花を開き、一つの局の裏に好幾處の地を結び、幾里の內に幾十處の地を結ぶ。このような地方では、各處の砂は必ず各自が自家の穴を照顧し、どうして層層がみな我に向かって我に背かないことがあろうか(この種の地方には多く魚尾形の砂があり、兩邊の護衛を充当する)。このときはただ本山自身の枝葉について論ずるるほかない。それが他人を照顧せず自分に向かい、星面・穴面があれば、よい地である。至って外層のあの砂は、すでにみな各自が別の穴を照顧に行っているのだから、どうして我に向かえようか。ただ借用でき凑合でき、局面のように見え、斜めに飛ばず竄走せず壓迫せず穴を射なければ、それでよい。ただしなお真に朝向する砂が多いものを勝とする。(この一段は旺龍の結穴を論ずるる。)
又有一種怪穴,後龍之開面垂頭,臨穴之結臍吐氣甚真(結臍,詳乳突窩鉗篇),而龍虎狀貌,反背而去(指曜氣飛揚)。以常見論之,何能成地,及細察之,其反去之處,有隱隱隱褶紋抱進,或層層石紋裹轉者,亦成真穴。如反肘粘高骨、鷺鸞曬翼、雁鵝反翅諸形是也,然非蓋堂之證驗,垣局之會聚者不可(大地方成,垣局中小地只取唇口砂為證。此論龍虎反背)。
また一種の怪穴がある。後龍は面を開き垂頭し、臨穴處では臍を結び氣を吐くのが十分に真切である(「結臍」は詳しくは《乳突窝鉗》篇を見よ)が、龍虎の形貌はかえって背いて外に向かって走る(曜氣の飛揚を指す)。常規で見れば、これでどうして地を成せようか。しかし仔細に察看すれば、それが反走して出て行く處に、隱隱の褶紋が内に抱き入るか、あるいは層層の石紋が裹卷して回轉することが分かる。このようなものもなお真穴である。「反肘粘高骨」「鷺鷥曬翼」「雁鵞反翅」といった形狀がこれである。ただし必ず蓋堂があって印證を作し、垣局が會聚してこそよい(こうしてこそ大地を成し得る。垣局の中の小地は、ただ唇口の砂を取って憑證とする。この一段は龍虎の反背を論ずるる)。
坤道珠璣曰:“眾山拱向,似乎有地,然要辨其真假”。既曰:“拱向”,復有真假,於何辨之?在乎識背面而已,楊公曰:“若是面時寬且平,若是背時多陡岸”。凡山之拱曏者,果皆有寬平之面在前,更有陡峻臃腫之形在後,乃見面向我背在外,是真向也。若反此而狀雖向我,其實無面便不為真向。向山主不真,主山便不結地。故看地當內看外看也,
《坤道珠璣》に言う。「衆山拱向して、地あるがごとし。しかるにその真假を弁ずるを要す」と。すでに「拱向」と言う以上、なぜなお真假があるのか。何をもって分辨するか。關鍵はただ背と面を認め清めるに在るだけである。楊筠松は言う。「もし面の時は寛くかつ平、もし背の時は多く陡岸」と。およそ拱向する山で、もし果たしてみな寬平の一面が前を朝し、陡峻臃腫の一面が後にあれば、それが面を我に向け背を外に留めると見えて、これが真の向である。反対に、形狀は我に朝向していても、實は面がなければ、真の向とは數えない。朝向する山が真でなければ、主山も地を結び成さない。だから地を見るには必ず内で見ると同時に外に出て見なければならない。
內看者,立於作穴之處,看四面之山,及本身左右,皆有情向我否,若眾山無情向我,便結穴不真。外看者,四面之山,盡有穴內見其向我,穴外觀之,乃反背無情走竄他向,穴中所見向我者,便非真面。向我者,假便非真地,故內看不可不外看也,但形貌背而性情曏者,外觀雖反背,內觀則有情,龍穴砂水,件件真的,又不可執外觀之法而概棄之。蓋大勢反去為形貌背石紋,裹轉為性情向。如上所云鷺鸞曬翼等形是也,故石紋之向背,更宜細看(統篇大旨總以識背,而全在察性情為主,真分假分與石紋之向背是性情之顯然者,更論及內外看法,龍砂向背自無遁形)。
いわゆる「内看」とは、穴を作ろうとする處に立って、四面の山および本山の左右が、みな情意をもって我に向かうかどうかを見ることなった。もし衆山が我に無情なら、結ぶ穴は真ではない。いわゆる「外看」とは、あの四面の山が穴の内で見るにはみな我に向かうが、穴の外に出て見れば、かえって反背無情で別處に竄向するものである。このとき穴中に見えた「我に朝す」は真の面ではない。我に朝するものがすでに假なら、この地も真の地ではない。だから内看のほかにさらに外看しないわけにいかない。ただし形貌が背で性情が向のものもある。外から見れば反背だが、内から見ればたいへん情意があり、龍・穴・砂・水が樣樣に真である。これは外看の辦法を死守して一概に捨ててはならない。大勢が反走して出るのは形貌上の背に屬し、石紋が裹卷回轉するのは性情上の向に屬し、上文のいう「鷺鷥曬翼」などの形狀のごとし。だから石紋の向背は、殊によく細看すべきである。(全篇の宗旨は、歸じて背を認めるを要とし、根本は性情を察看するに在る。真分と假分・石紋の向背は、みな性情の表れが比較的明顯な處である。さらに内看外看の二種の方法を加えれば、龍と砂の向背は自然に遁形する所がない。)
合割
(此篇論砂之分合以證水之分合,水之割可見砂之斂脈,穴真假均於此辨之)
(この一篇は砂の分と合を論じ、それをもって水の分と合を印證する。水が穴を割けば、砂が内に收斂すると見える。脈と穴の真假は、みなここから分辨する。)
何謂合割?曰:有分必有合,無分而斂者,必割。但割之義有四,如山頂化生腦有蟬翼,或肌理刷開之分,則水痕必在蟬翼肌理之外,分開如八字,為界出脈之水(出脈處有分砂水,必兩分水分脈降,故曰:界出脈水),若無此分水,必夾脈而透頭,謂之割脈水(頂前無蟬翼肌理水即透頭)。
何をか「合」と「割」という。答えて言う。分あれば必ず合あり。もし分かれずして内に收斂すれば、水は必ず穴を割く。「割」の含意は全部で四種ある。第一種。山頂化生腦處にもし蝉翼、あるいは肌理刷開の分があれば、水痕は必ず蝉翼・肌理の外で八字形に分かれる。これを「界出脈水」と呼ぶ(出脈の處に分砂があれば、水は必ず二股に分かれ、脈はその中から降りる。ゆえに界出脈水と呼ぶ)。もしこの分水がなければ、水は必ず脈を挾んで山頭に直透する。これを「割脈水」と呼ぶ(頂前に蝉翼と肌理がなければ、水は頭を透る)。
半山突泡有金魚砂之分,則水痕必在金魚砂之外,分開如八字,為界行脈之水(須前蟬翼肋下之水,在金魚砂外分開,所以界脈而行,故曰:界行脈水),若無此分水,必夾脈而扣肋,為逐字割肋水。
第二種。半山の突泡にもし金魚砂の分があれば、水痕は必ず金魚砂の外で八字形に分かれる。これを「界行脈水」と呼ぶ(前に蝉翼肋下から流れ來る水が、ここで金魚砂の外に分かれ、もって脈を界して行走し續けさせる。ゆえに界行脈水と呼ぶ)。もしこの分水がなければ、水は必ず脈を挾んで山肋に緊扣する。これを「割肋水」と呼ぶ。
毬簷有蟬翼肌理之分,則必痕必在胖腮外分開,如法令紋之合於頷下(此從金魚砂肋下分出,繞穴肋旁而合於唇下),為界入脈之水(毬簷有分砂,則穴腮圓胖,水於此分,脈從此入,故曰:界脈水),若無此分,則穴腮必不胖,水必夾脈而斜合於頷下,謂之割腳水(有毬簷而無蟬翼肌理之分,則穴腮不胖,穴後雨水直來斜合唇下,即是割腳。按以上論,分水為主故從山頂說到臨穴)。
第三種。毬簷處にもし蝉翼・肌理の分があれば、水痕は必ず豐滿した穴腮の外で分かれ、人の顏の法令紋が顎の處で會合するがごとし(この道の水は金魚砂肋下から分かれ出て、穴場の兩肋を繞って唇の下で會合する)。これを「界入脈水」と呼ぶ(毬簷に分砂があってこそ穴腮が圓潤豐滿し、水はここで分かれ、脈はここから入る。ゆえに界脈水と呼ぶ)。もしこの分がなければ、穴腮は必ず豐滿せず、水は必ず脈を挾んで斜々に顎のような唇の處で會合する。これを「割脚水」と呼ぶ(毬簷があっても蝉翼・肌理の分がなければ、穴腮は豐滿せず、穴後の雨水が直衝して下り斜めに唇下に合する。これが割脚である。以上の數段は「分水」を綱とするので、山頂から臨穴まで一路に講じて來た)。
或穴旁少一邊蟬翼(指乳突穴言),而隱隱界水,在唇內斜過(穴旁一邊界水向唇上斜流,是割腳而過),或餘氣不從本身鋪出(餘氣從穴間鋪出者真,詳三卷裀褥唇氈篇內),或左或右,反高起鋪來(此一邊界水在穴前斜來),或兩邊俱高起鋪來,而隱隱隱界水,在餘氣內合(穴前餘氣不真,兩界合於餘氣之內,為割腳而合)。
このほか、また同じく割脚に屬する幾種の情形がある。あるいは穴旁に一邊の蝉翼が缺ける(これは乳穴・突穴について言う)と、隱隱の界水が唇の内から斜々に穿り過ぎる(穴旁の一邊の界水が唇に向かって斜流するのは、割りて脚を過ぎて流れること)。あるいは穴前の餘氣が本山自身から鋪展して出たものでなく(餘氣は穴場の間から鋪き出してこそ真である。詳しくは第三卷《裀褥唇氈》篇を見よ)、左邊または右邊からかえって高く鋪き來る(これは一邊の界水が穴前から斜めに流れ來ること)。あるいは兩邊とも高く鋪き來て、隱隱の界水が餘氣の内で會合する(穴前の餘氣がすでに真でなく、二道の界水がまた餘氣の裏で會合する。これは割りて脚に合すること)。
或窩鉗穴一邊牛角砂,非本身分出界水,穿膞斜飛流穴之畔,總謂之割腳水(乳突少一邊蟬翼砂,界水從穴後斜來,窩鉗少一邊牛角砂,界水從穴旁斜流,以及餘氣,不從本身鋪出,界水或一邊或兩邊鋪來合於餘氣內者,俱是割腳,故曰:總是割腳水)。
あるいは窝穴・鉗穴に一邊の牛角砂があっても本山自身が分け出したものでなければ、界水は臂膀を穿って斜飛して下り、穴の旁から流れ去る。以上のこれらを總じて「割脚水」と呼ぶ(乳穴突穴に一邊の蝉翼砂が缺ければ、界水は穴後から斜めに來る。窝穴鉗穴に一邊の牛角砂が缺ければ、界水は穴旁から斜めに流れる。これに加えて餘氣が本山から鋪き出さず、界水が一邊または兩邊から鋪き來て餘氣の内で會合するものも、みな割脚と數える。ゆえに「總じてのを割脚水という」と言う)。
或大小八字一臂(指穴山言),被旁頂之砂,自外插入,其枝從中必有水痕穿入,謂之割臂水。割腳割臂,不必兩邊齊犯,即一邊犯者,斷不成地。
第四種。大小八字の一條の臂膀(これは穴山について言う)が、旁の山頂の砂に外から差し込まれたなら、あの插入した枝脚の中間には必ず水痕が穿り入る。これを「割臂水」と呼ぶ。割脚と割臂のこの兩樣は、必ずしも兩邊が同時に犯す必要はなく、ただ一邊が犯せば、斷じて地を結び成さない。
其割肋水,間有不忌者,必山頂與穴旁之蟬翼俱全脈路如寬牽線之軟(半山割肋,因無金魚砂,得脈路如寬牽線者,水從矬兩邊分去,故可不忌),旁砂如花辨之相向,其透頂割脈,水後龍只犯半邊,亦間有不忌者,必穴山頂二之大八字,半山之金魚砂,到頭之穴面唇裀俱全,脈路如寬牽線之軟,左右砂如花瓣之相向。
至って割肋水は、たまに忌むに及ばないものもある。それは必ず山頂と穴旁の蝉翼がすべて齊全で、脈路が鬆牽線のように柔軟で(半山に割肋がある所以は、金魚砂がないからである。もし脈路が鬆牽線のようであれば、水は低伏處の兩邊に分流して開けるので、忌まなくてよい)、旁の護砂が花瓣のように彼此相向するものである。至って頂を透り脈を割く水は、後龍が半邊だけ犯すなら、たまに忌むに及ばないものもある。それは必ず穴山頂上の大八字・半山の金魚砂・到頭處の穴面唇裀がすべて齊備し、脈路が鬆牽線のように柔軟で、左右護砂が花瓣のように彼此相向するものである。
但割肋不忌者,不拘後龍穴山,數百中嘗見一二,若透頂割脈之水,只犯半邊不忌者,後龍數百中,亦嘗見一二。在穴山前則少見(割肋穴山可犯透頂,割脈穴山不可犯),犯此者,如人少一眉一目,如花少一葉一瓣,必非本體,定有損傷,須仔細詳審,不可以為當然而漫取之,割字之義盡矣。
ただし割肋して忌むに及ばないものは、後龍に現れようと穴山に現れようと、幾百個の中にやっと一二個見える。至って頂を透り脈を割く水が半邊だけ犯して忌むに及ばないものは、後龍の中でも幾百個にやっと一二個見えるだけで、穴山の前に現れるものはさらに稀である(割肋の一樣は、穴山はまだ犯してもよい。割脈透頂の一樣は、穴山は犯してはならない)。これらの毛病を犯した山は、人が眉毛一本・目一つを缺くがごとく、花が葉一片・花瓣一瓣を缺くがごとし。必ず完好の本體ではなく、必ず損傷した處がある。必ず仔細に審察して、当然として隨意に取り用いてはならない。「割」の字の含意は、ここで講じ盡くした。
合者,真地有兩水合,假地亦有兩水合(上有分而下有合者真,上無分而下有合者假),合固不可無水,亦不可全憑水之合也,只有兩砂兜收為合,但真地有兩砂兜也,假地亦有兩砂兜收(穴後毬簷分明,穴前圓唇托起,兩砂兜收唇者為真,否則是假),合固不可無砂,亦不可全憑砂之合也(壁窩亦有兩砂兜抱)。惟有圓唇兜收,乃可稱為合之真。
さらに「合」を言う。真の地には兩水の交合があり、假の地にも同じく兩水の交合がある(上に分があって下に合があるのは真、上に分がなく下に合があるのは假)。だから合は固より水がなくてはならないが、全く水の交合だけに凭って判斷することもできない。またある人は兩砂の兜收をもって合と數えるが、しかし真の地にも兩砂の兜收があり、假の地にも同じく兩砂の兜收がある(穴後の毬簷が分明で、穴前の圓唇が托起し、さらに兩砂が唇を兜收するものが真で、さもなければ假)。だから合は固より砂がなくてはならないが、全く砂の兜收だけに凭って判斷することもできない(山壁の上の窩形にも兩砂の兜抱はある)。ただ圓唇が兜收し得るものだけが、真の合と稱するに足る。
蓋分合乃氣之行止,非中圓背上(中圓即穴暈背上者,後有毬簷之分如背之駝出也),兩邊拖下之分氣,胡為而行,非中圓背下(暈前圓唇托起如背之駝出,故曰:背下),兩角收上之合氣,胡為而止。分如上弦之月魄,合如下弦之月魄;分如鼻旁之法令,合如口下之下頷;分如臍上之胸肋,合如臍下之小腹。而月之心,腹之臍,面之人中,是分合之中,心為生氣聚處。
知るべきは、分と合はまさに氣の行と止である。もし穴暈の上方(「中圓」はすなわち穴暈。いわゆる上方とは、暈後に毬簷の分があって、脊背が驼起したがごとき處を指す)の兩邊から拖り下るあの分氣がなければ、氣は何を凭って行くか。もし穴暈の下方(暈前の圓唇が托起し、また脊背が驼出するがごとき處。ゆえに下方と呼ぶ)の兩角から收り上るあの合氣がなければ、氣は何を凭って停まるか。分は上弦月の形狀に譬え、合は下弦月の形狀に譬える。分は鼻旁の法令紋に譬え、合は口下の顎に譬える。分は臍以上の胸肋に譬え、合は臍以下の小腹に譬える。そして月の中心・肚腹の臍眼・人顏の人中は、まさに分と合の中點であり、すなわち生氣の聚集する處である。
故穴旁隱砂,兩角拖下而未收上,是氣行而未止;兩角收上而不拖下,是氣止而不行。但圓唇之內,要平如掌心,而可生匝水(圓唇內平如掌心處,即是小明堂,可生匝水者,言暈旁周匝水聚於此也)。圓唇之邊,要有弦菱方平有而不削水,設如龜背牛鼻,而水分水削,雖兩角收上,亦非真合(如龜背牛鼻,則無如掌心之小明堂,脈何能止)。
だから穴旁の隱砂は、もし兩角がただ拖り下るだけで收り上るものがなければ、それは氣が走って停まらないのであり、もし兩角がただ收り上るだけで先に拖り下ったものがなければ、それは氣が停まったが行ったことがないのである。至って圓唇の裏面は、手掌心のように平坦でなければならない、こうしてこそ一圈の水を積み得る(圓唇内の平らで掌心のような處がすなわち小明堂。いわゆる匝水を生じ得るとは、穴暈の周圍一圈の水がみなここに聚まることを言う)。圓唇の邊緣には弦棱がなければならない、こうしてこそ平坦で有情であって水を削り去らない。もし龜背・牛鼻のように渾圓ならば、水は至れば分かれて削り去り、たとえ兩角が收り上っても真の合ではない(龜背牛鼻のようであれば、掌心のような小明堂がなく、脈はどうして停まり得ようか)。
然有圓唇之合,而兜抱其唇之兩砂,又不可少,不然,大界水扣割而來,謂之有唇無襟(無兩砂兜抱其唇,則無合襟之水為割襟)。故論合者,當以圓唇之合為主,次及砂之合,水之合可也。
ただしたとえ圓唇の合があっても、この唇を兜抱する兩側の砂は缺けてはならない。さもなければ大界水が緊扣して割り來る。これを「有唇無襟」と呼ぶ(兩砂が唇を兜抱しなければ、合襟の水がなく、かえって割襟となる)。だから「合」を論ずるるには、圓唇の合を主とし、その次に砂の合・水の合を言うべきである。
但有水三合,一名三叉水(合者相交之義,叉字相交之形,三合,故曰:三叉),毬簷之前,圓暈之旁有隱隱水痕,合於小明堂者,為一合水(即蟹眼水)。半山金魚砂之肋下分小八字水,繞穴腮旁,而合於唇下,為二合水(即金魚水又名蝦鬚水,詳後卷巒面篇)。山頂前蟬翼肋下,分大八字水繞金魚砂外,合小八字水繞穴腮外,而共合於內明堂者,為三合水(即蝦鬚水,故此論合水為主,故從毬簷說到山頂,但前言山頂分水全化生腦蟬翼外,此言合水在山頂蟬翼肋下分來,雖立說不同,實則一。從砂背來,一從砂面出至下則合而為一,內外同流只此一重水耳,惟貼太痕影水自成分合,不與蝦鬚二水聯屬,間附圖自明)。
水の交合は全部で三重あり、また「三叉水」と呼ぶ(「合」は相交の意、「叉」の字はまさに相交の形狀、三重に交合するので三叉と呼ぶ)。毬簷の前・圓暈の兩旁に隱隱の水痕があって小明堂で會合するものは第一重合水(すなわち蟹眼水)。半山の金魚砂肋下に分かれ出た小八字水が、穴腮の兩旁を繞って唇の下で會合するものは第二重合水(すなわち金魚水、またの名を蝦鬚水。詳しくは後卷《巒面》篇を見よ)。山頂前の蝉翼肋下に分かれ出た大八字水が、金魚砂の外を繞り、穴腮の外を繞る小八字水とともに內明堂で會合するものは第三重合水(すなわち蝦鬚水。ここでは「合水」を綱とするので、毬簷から山頂へ講じ返る。前に山頂の分水を講じて化生腦蝉翼の外と言い、ここで合水を講じて山頂蝉翼肋下から分かれ來ると言う。措辞は異なるが實は一回事である。一つは砂の背から流れ來り、一つは砂の面から流れ出て、下に至って一道に合し、內外同じ流れで、實際にはただこの一重の水である。ただ穴暈に緊貼するあの痕影水だけが自ら分合を成し、兩重の蝦鬚水と相連しない。附する圖を見れば明らかである)。
三合水,雖無水長流,均有隱隱薄跡,龍虎兜收者,必有交襟之水,其合易見,龍虎綽開與無龍虎者,山麓一片坦平,又無交襟之溝,惟有明堂低處,可意會其合(低則水聚,即是合處)。本合水之起溝處,即是三分水流注之源,故有三分水,必有三合水,不必定明水交處,方為合也。其有明水交者,除本身有龍虎外(龍虎界深,故明有水),惟隨龍大界水合於外明堂,然此水橫局,合於左右逆局,合於背後順局,合於穴前本身有餘枝數里者,其水合於數里之外,不可以兩水大合處,為正龍蓋結也。
この三重の合水は、たとえ長流の明水がなくても、みな隱隱約約の淺痕がある。龍虎が兜收緊いものには必ず交襟の水があり、それらの會合は見えやすい。龍虎が張開しすぎているか、あるいは根本に龍虎がないものは、山脚が一片に平坦で、また交襟の溝渠もなく、ただ明堂の低窪處に凭ってその會合を體會するほかない(地勢が低ければ水が聚まり、そこがすなわち合處である)。合水が溝を起こす處は、まさに三重分水の流注する源頭である。だから三重の分水があれば、必ず三重の合水があり、必ずしも明水の相交するのを見てこそ合とするわけではない。至って確かに明水が相交するものは、本山自帶の龍虎があるものを除いて(龍虎の界する溝は較深いので明水がある)、ただ龍に隨って來る大界水が外明堂で會合するのみである。しかしこの道の水は、橫局は左右で合し、逆局は背後で合し、順局は穴前で合する。本山にもし餘枝が伸出して幾里あるものは、この水は幾里の外で合する。だから一見して兩水が大會合する處を見て、すぐにそこを正龍の總結作と斷定してはならない。
注:圖14、圖15第一分,從山頂蟬翼肋下分來,即蝦鬚水。第二分,從半山金魚砂肋下分,即金魚水,亦名蝦鬚水。第三分,從毬簷下穴暈兩旁分來,即蟹眼水。三分水,合於小明堂為一合水,二分水合於唇下為二合水,一分水合於龍虎內之內明堂,為三合水,隨龍大界水,合於龍虎外之外明堂。
原注(指すところの兩幅の圖は、今本は文字のみ存し、圖形はすでに佚す)。第一重分水は山頂蝉翼肋下から分かれ來る、すなわち蝦鬚水。第二重分水は半山金魚砂肋下から分かれ出る、すなわち金魚水、また蝦鬚水とも呼ぶ。第三重分水は毬簷の下・穴暈の兩旁から分かれ來る、すなわち蟹眼水。最も內の一重(第三分)の水は小明堂で會合して第一重合水とし、第二重分水は唇下で會合して第二重合水とし、第一重分水は龍虎以內の內明堂で會合して第三重合水とし、龍に隨って來る大界水は龍虎以外の外明堂で會合する。
此指正體開腳星辰穴山高大,地步甚廣,脈路牽連長遠者而言,若穴山低小,脊脈間斷,本身不開口,穴結山頂靨處,與側鉗邊鉗穴法,惟有貼穴小分合水,然亦有股明股暗之不同,其第一二重分水,在後龍過脈跌斷處見之。
これは正體開脚の星峰・穴山が高大・地歩が寬廣・脈路が牽連綿長の情形について言う。もし穴山が低矮細小で、脊脈が時に斷れ時に續き、本山が口を開かず、穴が山頂の凹靨處に結ぶもの、および側鉗・邊鉗といった穴法であれば、ただ穴場に緊貼する小分合水があるのみである。しかもこの小分合水にも一股が明顯・一股が隱晦の不同がある。至って第一・第二の兩重分水は、後龍の過脈跌斷する處に行って探すべきである。
如開腳星辰龍虎有饒識而穴山地步無多者,蝦鬚金魚二水,或邊分併,唇下亦不能定,有兩重會二,蓋山體不一,穴法多般,前圖惟繪其規模,在智者善於窺測耳。至內外明堂之水,皆會合而流,惟小明堂水,本屬微茫,雨過滲入土中,設遇大雨溢出,從唇上直流者,即是破唇。
また開脚の星峰に龍虎饒減の勢いがあっても、穴山の地歩が寬闊でなければ、蝦鬚水と金魚水の二道は、時に一邊で合併し、唇下にも必ずしも兩重の會合があるとは限らない。要するに山の形體は各々同じからず、穴法も多種多樣で、前の圖はただ大致の規模を畫き出すに過ぎず、すべて識見ある人がよく觀察揣摩するに俟つ。至って內明堂・外明堂の水は、みな會合して一同に流れ去る。ただ小明堂の水だけはもともと極めて微茫で、雨後に土中に滲み入る。もし大雨に遇い積滿して溢出し、唇の上から直衝して下れば、これを「破唇」と呼ぶ。
縱橫
(論開帳過峽,後卷各有耑篇,此下二篇因論占地步而言其大略)
(開帳・過峽については、後の各卷に別に專篇があって論ずるる。ここの以下二篇は、地歩を占することを講ずるるがために、順帶して大概を言うに過ぎない。)
何謂縱橫?縱者,龍身委蛇起伏向前奔行也,橫者,開屏列帳,兩旁分佈也,二者均不可少,然占地步偏重於橫,蓋惟有帳能占地步,有蓋帳羽翼者為龍,無則為砂,蓋帳大而羽翼多,占地步廣者,為幹龍。蓋帳小而羽翼少,占地步小者,為枝龍。
何をか「縱」と「橫」という。縱とは、龍身が蜿蜒起伏して一路に前方へ奔行すること。橫とは、屏風のように展開し帳幕のように排列して、兩旁に分布すること。この兩樣はどちらも缺けてはならないが、ただし地歩を占することについて言えば、「橫」に偏重がある。ただ帳を開いてこそ地歩を占め住むことができるからである。蓋帳あり・羽翼あるものが龍と數えられ、ないものはただの砂である。蓋帳が寛大で羽翼が衆多で地歩を寬廣に占めるものは干龍、蓋帳が狹小で羽翼が稀少で地歩を窄小に占めるものは枝龍である。
大帳前垂,兩角包裹重重小帳於內最大,包裹開面星辰次之。但豁開而不包者,又其次也,一縱一橫,為十字帳。借縱為橫,為丁字帳,借橫為縱為偏出帳。邊多邊小,為不均帳,其勢張揚飛舞者,龍行未止,收斂回頭者,龍行欲住,是大小行止,皆辨於橫也。
大帳が前方に垂れ下り、兩角が裏面の重重の小帳を包裹するものは最上である。開面した星峰を包裹し得るものは次の等、ただ豁然と張開して包裹しないものはまた次の等である。一條の縱と一條の橫が交叉するものを「十字帳」と呼び、縱勢を借りて橫勢に充てるものを「丁字帳」と呼び、橫勢を借りて縱勢に充てるものを「偏出帳」と呼び、一邊多く一邊少ないものを「不均帳」と呼ぶ。帳の氣勢が張揚飛舞するものは、龍がなお走って停まっていないと説明し、收斂回頭するものは、龍がまもなく停まると説明する。これで見れば、龍の大小と行止は、みな「橫」から分辨して出るのである。
但行龍直來,而開橫者無幾,大都借縱為橫,借橫為縱者居多,況縱橫互借,閃巧轉身,層見疊出,地步始廣,枝葉方茂,結作多而力量大,若直串而來旁分枝葉,縱橫不借者,一龍只結一地(上言直來橫開者,即十字穿心帳,惟大龍有之,此言直串而來者乃無帳枝龍)。
ただし龍脈が筆直に走り來てまた橫に大帳を開けるものは、實際に幾條もなく、大抵は縱を借りて橫を作し、橫を借りて縱を作す。何況んや縱橫が互いに借り合い、閃轉騰挪して巧妙に翻身し、層層疊疊と一再に現れてこそ、地歩が寬廣になり枝葉が繁茂し、結作が多く力量が大きくなる。もしただ筆直に串行して來て旁に枝葉を分けるだけで、縱橫の間に互借が少しもなければ、一條の龍はただ一處の地しか結べない(上文に言う筆直に走り來てまた橫に開くものは、十字穿心帳であって大龍のみが持つ。ここに言う筆直に串行して來るものは、帳幕のない枝龍である)。
收放
何謂收放,收者,跌斷過峽也。放者,放開枝腳也(大極收小,小極放大,陰陽變化,轉換之理)。纏護迎送開帳,皆放中之事壠之鶴膝蜂腰,支龍之銀錠束氣,皆放、收字之別名。蜂腰旁之蟬翼,銀錠旁之陰砂,乃放中之至小者,蓋不收則氣散而不清健,不放則氣孤而不生長,猶火筒與風箱,必小其竅而風力始健。又如草木必放開枝葉,而花果已成。故善觀地步者,必於峽中觀之。
何をか「收」と「放」という。收とは、龍脈が跌斷して峽を過ぐること。放とは、枝脚を放開すること(大きさが極に至れば小に收まり、小ささが極に至れば大に放つ。これは陰陽變化・彼此轉換の道理である)。纏護・迎送・開帳は、みな「放」の一邊の事に屬する。高壟龍の鶴膝・蜂腰、平支龍の銀錠束氣は、みな「收」の字の別名である。蜂腰の旁の蝉翼・銀錠の旁の陰砂は、「放」の中の最も細小なものである。知るべきは、收まらなければ氣が散漫して清健でなく、放たなければ氣が孤單して生長できないことなった。これは吹火筒と風箱のごとく、必ず出口を小さく作ってこそ風力が強勁であり、また草木が必ず枝葉を放開してこそ開花結果できるがごとし。だから地歩を觀るに善い者は、必ず過峽の處に行って見なければならない。
李氏曰:“跌斷非峽”,謂以夾兩山而無迎送之砂,雖跌斷不為峽(行龍跌斷多者,前途結作必真,雖跌斷而不開面,中間無微高脊脈,此去必無融結,不惟不得為峽也)。謝氏曰:“無關不成峽”。謂峽旁無水口,又無迎送交鎖之砂,以關其峽水也。
李氏は「跌斷は峽にない」と言う。その意は、ただ兩側の山に挾まれて迎送の砂がなければ、たとえ跌斷しても峽と數えられないということなった(行龍に跌斷の多いものは、前の結作が必ず真である。ただし跌斷しても面を開かず、中間に微かに高起する脊脈もなければ、この條の龍は前に行って必ず融結せず、峽と數えられないばかりではない)。謝氏は「關なくば峽を成さず」と言う。その意は、峽の兩旁にもし水口がなく、また迎送交鎖の砂が峽中の水を關することもなければ、峽を成さないということなった。
何潛齋曰:“神仙地理無多訣,未用尋龍先看峽,峽中須有明堂,內峽外關堂氣結,結得深時垣氣真,結得淺時垣氣洩”。言峽有迎送關鎖砂,而旁自有聚氣明堂,方為好峽。結之淺深者,謂迎送關鎖砂之多與少,密與疎也,觀此則峽中地步可見矣。
何潛齋は言う。「神仙の地理に多くの訣なし、未だ龍を尋ねず先ず峽を看よ。峽中に須く明堂あるべし、內峽外關に堂氣結ぶ。結ぶること深き時は垣氣真、結ぶること淺き時は垣氣泄る」と。これは言うに、峽には迎送關鎖の砂があり、しかも旁に自然に氣を聚める明堂が成ってこそ、よい峽である。いわゆる結ぶることの深い淺いとは、迎送關鎖の砂の多と少・密と疏を指す。この數句を看懂せば、峽中の地歩の寬窄も一目で了然である。
圖見下頁
相關の圖は次頁を見よ(今本はこの語のみ存し、圖形はすでに佚す)。
偏全
(此篇論垣局大小,下篇論龍來聚會申明占地步之意)
(この一篇は垣局の大小を論じ、次の一篇は龍脈が前に來り聚會することを論じる。いずれも「地歩を占す」の意を申説するためである。)
何謂偏全?兩邊皆大江大河夾送,而垣局水口,纏護蓋托,皆本身自帶者為全局,而地步廣,一邊大水,一邊小水夾送,或兩邊俱小水夾送,而垣局水口,纏護蓋托,半借外來湊拍而成者,為偏局,而地步狹。
何をか「偏」と「全」という。兩邊とも大江大河が挾み護送して、垣局・水口・纏護・蓋托がすべて本身自帶のものである。これを「全局」と呼び、地歩は寬廣である。一邊が大水で一邊が小水の挾送、あるいは兩邊ともただ小水の挾送で、垣局・水口・纏護・蓋托の半分が外來の山水を借りて凑合して成るものは、これを「偏局」と呼び、地歩は狹窄である。
全局偏局之中,又各有大小數等,可推而知,夫纏護蓋托,不假外來湊拍者,數百十之中,猶一二垣局水口,欲其不假外來湊拍者,非大幹龍不能,故天下全局最少,偏局最多。
全局と偏局の中にも、またそれぞれ大小の好幾個の等級があり、これによって類推できる。纏護・蓋托が外來の凑合を借りないものは、幾百處の中にも一二處に過ぎない。至って垣局と水口までが外來の凑合を借りないものは、大干龍でなければ辨じられない。だから天下に全局は最少く、偏局は最多い。
聚散
何謂聚散?曰:龍身垣局明堂,俱有聚散,不但砂向水繞為聚,砂背水走為散也,龍身之聚散以口論,龍之本也,如層雲疊霧,合氣連形,遠大者千百里,近小者數十里,機亙綿延,或以五星,或以九星聚而不分,謂之聚口(來龍至此旺氣一聚,羅列山群峰,故曰:聚口即太祖也)。
何をか「聚」と「散」という。答えて言う。龍身・垣局・明堂の三樣にみな聚散の分別があり、ただ砂が朝向し水が環繞するのを聚とし、砂が反背し水が直走するのを散とするだけではない。龍身の聚散は「口」から論ずるるべきで、これは龍の根本である。たとえば層層の雲霧が疊合して、氣脈が相連し形體が相接し、遠く大きいものは千百里に綿延し、近く小さいものも數十里あり、氣機が貫串して絶えない。あるいは五星・あるいは九星の形態で一處に聚まって分散しない。これを「聚口」と呼ぶ(來龍がここに走到すれば、旺氣が一聚して、重重の峰巒を羅列する。ゆえに聚口と呼び、すなわち太祖山である)。
即聚口復分枝劈脈,幹從中出,枝向旁行,過峽穿帳,兩邊各起峰巒,或天弧天角,或旗鼓倉庫,叢聚拱護,謂之行口。來歷既遠,必有住處,如貴人登堂,僚佐屬官,排列拱揖。又如行人抵家,骨肉團聚,謂之坐口,有此三購,其龍乃旺,不然,孤單無從,非散氣而何。
聚口からさらに枝を分かれ脈を劈き、主干は中間から出て、枝脈は兩旁に向かって行走し、一路に峽を過ぎ帳を穿って、兩邊に各自峰巒を聳起し、あるいは「天弧」「天角」、あるいは旗・鼓・倉・庫の形狀で、叢集聚攏して拱衛護送する。これを「行口」と呼ぶ。來歷がすでに久遠であれば、必ず停住する處がある。たとえば貴人が堂に登り、僚屬官員が兩旁に排列して拱手行禮するがごとく、またたとえば出門の人が家に歸り、骨肉が一堂に團聚するがごとし。これを「坐口」と呼ぶ。聚口・行口・坐口の三樣があって、龍はこそ旺と數えられる。さもなければ、孤零零として隨從がなく、それが散氣でなくて何であろうか。
生購之處,即垣局之所,四面八方之龍,皆於此住,四面八方之水,皆於此會者,為大聚。一二面之龍於此住,一二面之水於此會者,為小聚。千百里之龍於此住,千百里之水於此會者,為大聚,數里數。十里之龍於此住,數里數十里之水於此會者,為小聚。不論大聚小聚,終是大家所共,還須各立門戶,自成明堂,以為貼身真聚,方可門戶者,龍虎近案,水口下關也,要外背內面,相向有情。
この三樣が具備する處が、すなわち垣局の所在である。四面八方の龍がみなここに來り停住し、四面八方の水がみなここに來り會合するものを「大聚」と呼ぶ。ただ一二面の龍がここに來り停住し、一二面の水がここに來り會合するものを「小聚」と呼ぶ。千百里外の龍がここに來り停住し、千百里の水がここに來り會合するものは大聚である。ただ數里・數十里の龍がここに來り停住し、數里・數十里の水がここに來り會合するものは小聚である。ただし大聚であれ小聚であれ、それは衆家の共有するところで、必ず各自が別に門戶を立て、自ら明堂を成して、貼身の真聚となさなければならない。いわゆる門戶とは、龍虎・近案と水口下關を指し、外側を背・内側を面として彼此相向して有情でなければならない。
明堂者,穴前之小明堂,龍虎內外之內外明堂也(內明堂即中明堂,在龍虎內外明堂即大明堂,在龍虎外)。要不傾不側,窩於容聚,蔡氏曰:“大勢之聚散見乎遠,穴中之聚散見乎近”。二者有相須之道焉,故大聚之中,有數十龍並住,小聚之中,有數龍並住,均有門戶明堂,亦皆成星開面。或嫡傳反隱拙,支庶反魁梧,欲辨其孰輕孰重,須觀其始分再抽之處(始分者,分龍出身也,再抽者,分龍之來再起高大星辰也)。護從崗阜曏者多,而出於聚口行口之中幹者為最貴,不然,雖居大聚之中,只得小聚之力,故善觀地者,於始分再抽之處,已知其得水得局之概矣。
いわゆる明堂とは、穴前の小明堂、および龍虎以內・以外の內明堂と外明堂を指す(內明堂はすなわち中明堂で龍虎以內に在り、外明堂はすなわち大明堂で龍虎以外に在る)。明堂は傾瀉せず傾斜せず、凹窩して聚氣を容納し得なければならない。蔡氏は言う。「大勢の聚散は遠くより見るべく、穴中の聚散は近くより見るべし」と。この兩者は相輔相成である。だから大聚の中には往々にして幾十條の龍が一同に停住し、小聚の中にも好幾條の龍が一同に停住する。それらは各自に門戶明堂があり、みな星體を結成して面を開く。時に正傳の嫡脈がかえって隱晦拙樸で、旁出の支脈がかえって魁梧顯赫である。その輕重を分辨するには、必ずそれらが最初に分かれ・再度抽き出す處(「始分」は分龍出身、「再抽」は分龍の後に再起きて高大の星峰となること)に行って見なければならない。そこで護從の岡阜が内側に朝向するものが多く、しかも聚口行口の正中の主干から出たものが、最も尊貴である。さもなければ、大聚の中に身を處しても、ただ小聚の力量を得るに過ぎない。だから地を見るに善い者は、始分再抽の處で、すでにこの條の龍が將來水を得局を得る大概を知っているのである。
卷二
開面異同
或曰:五星九星,千變萬化,豈一開面之乎,抑開面亦有不同乎?曰:星辰雖變態多端,而真假只決於開面,如貪巨武輔太陽太陰天財紫炁金水等吉星,不開面則凶,破祿廉文罡燥火孤曜掃蕩等凶星,開面則吉,蓋吉凶不決於星體,而決於開面。
ある人が問う。五星・九星は千変萬化するのに、まさか「開面」の一つだけですべてを概括できるのか。それとも開面にも種種の不同があるのか。答えて言う。星峰の形態は變化多端だが、真僞はただ開面するかしないかに取り決まる。貪狼・巨門・武曲・左輔・太陽・太陰・天財・紫炁・金水といった吉星でも、開面しなければ照樣として凶である。破軍・祿存・廉貞・文曲・天罡・燥火・孤曜・掃蕩といった凶星でも、開面すれば照樣として吉である。これで見れば、吉凶は星體の名目によって決まるのではなく、開面するか否かによって決まるのである。
況星辰之變,不可勝窮,惟開面自合穿落傳變之吉格,不開面則成粗頑破碎之凶龍,但山之開面,有隱顯橫偏,閃蠻深淺,大小多寡,特降牽連開肩乳突窩鉗之不同耳,此而明之,雖千變萬化,無不了然矣。
何況んや星峰の變化は數え盡くせない。ただ開面すれば、自然に「穿・落・傳・變」の吉格に合し、開面しなければ、粗頑破碎の凶龍となる。ただし山の開面にもまた隱面と顯面・橫面と偏面・閃面と蠻面・深面と淺面・大面と小面・面の多いと少ない・特降と牽連・開肩と乳突窝鉗などの區別がある。これらを弄明白くすれば、星峰はたとえ千變萬化しても、みな胸中に了然とする。
按:廖公訣云:穴星又有八般病,有病何勞定,斬首摺痕項下拖,碎腦石嵯峨,斷肩有水穿膊出,剖腹胸長窟。折臂原來左右低,破面淚痕垂陷,足腳頭竄入水,吐舌生尖嘴,此是星中大有虧,誤用禍相隨。
按、廖瑀の口訣に言う。穴星には別に八種の病があり、病があればもはや穴を定めるのに心を費やす必要はない。この八種の病とは、「斬首」――頸項の下に折斷の痕が拖っている。「碎腦」――腦頂上に亂石が嵯峨とする。「斷肩」――肩上に水が臂膀を穿って流れ出る。「剖腹」――胸腹の間に長い溝窟が開いている。「折臂」――左右兩臂がもともと一高一低である。「破面」――面上に涙痕のような凹溝が垂れ下がる。「竄足」――脚頭が直ちに水に竄入する。「吐舌」――前面に尖った嘴を伸出する。これらはみな星體上の大缺陷で、誤って用いれば禍事が身に隨う。
穴面又有八般病,有病皆惡症,貫頂脈腦上抽墜,下脈過腳行繃面,脈橫數條飽肚,脈飛幾樣受煞,脈帶石來折斬斷,脈坐下崩,吐煞脈長,死硬失序,脈不分明,莫言立穴太精詳,凶吉此中藏,是皆不可不知者,故附於此。
穴面にもまた別に八種の病があり、病があればみな惡症である。「貫頂」――脈が腦頂上から直ちに抽き出て墜ちる。「過脚」――脈が下面から脚を越えて去る。「繃面」――脈が橫に數條生じて面を繃緊する。「飽肚」――脈が飛散して多樣で煞を受ける。「帶石」――脈が石頭を挾んで折斷斬絶する。「坐崩」――脈の坐る處の下方が崩塌する。「吐煞」――脈が伸びすぎて長すぎる。「失序」――脈が死硬で層次が分明でない。立穴の講じ方が瑣碎すぎると思ってはならない。吉凶はまさにこれらの細かい處に藏されている。これらは知らないわけにいかないので、ここに附錄する。
隱面顯面
隱面者,即正體星辰,分隱而脈亦隱,故謂隱面,以其得生體之正形,故曰:正體。如覆釜鍾蝢筆笏列屏幾之類是也。顯面者,即開腳星辰,分顯而脈亦顯,故謂顯面,以其大小八字俘落脈,井然有條,故曰:開腳,如人展臂,如同開翅,如菜葉之護臺是也。
いわゆる「隱面」とは、正體の星峰である。その分は隱微で、脈も隱微なので、隱面と呼ぶ。本體の端正な形狀を保っているので「正體」と呼ぶ。覆釜・鐘・頓筆・笏板・列屏・几案の類の形狀がこれである。いわゆる「顯面」とは、開脚の星峰である。その分は明顯で、脈も明顯なので、顯面と呼ぶ。その大小八字と落脈が井然として條理あるので「開脚」と呼ぶ。人が手臂を張開するがごとく、鳥が雙翅を展開するがごとく、菜葉が菜心を護るがごとく、みなこのようである。
二者雖隱顯不同,頂前俱要有化生腦,節包隱分顯分,背後菱角八字不可邊有邊無,星辰不可邊凸邊陷,如上卷所論分、斂、仰、覆、向、背、合、割之宜忌則一。但正體星辰,最忌脈脊透頂,為貫頂界水,透面為破面開腳,星辰則有忌有不忌者,若山頂前化生腦,有蟬翼界水在蟬翼外分開,而不扣肋透頂之脈,如寬牽線者不忌,若無蟬翼界水扣肋透頂之脈,如急牽線者,即為貫頂破面。
この兩種は隱顯の別があるが、山頂前にみな化生腦がなければならない、節泡上にみな隱分と顯分がなければならない、背後の棱角八字は一邊有り一邊無しであってはならない、星體は一邊凸出して一邊凹陷してはならない。至って前卷に講じた分・斂・仰・覆・向・背・合・割の宜忌は、兩者が全く一致する。ただ正體星峰は最も脈脊が山頂を直透することを忌み、それは「貫頂」となる。界水が星面を穿透すれば、それは「破面」となる。開脚星峰は忌むものと忌まないものがある。もし山頂前の化生腦に蝉翼があり、界水が蝉翼の外で分かれ、脈が肋を扣まず頂を透らず、鬆牽線のようであれば、忌まない。もし蝉翼がなく、界水が肋を扣み、脈がまた頂を透って、張り詰めた線のようであれば、それは貫頂破面である。
蓋顯面之脈,要如寬牽線軟泛而下,有大矬大平方佳,或有顯明突泡起伏者更妙;際面之脈,要如泥中隱鱉,灰中牽線,頂前微矬矬,前微平平,前微凹隱隱躍躍,脈出隱八者之叉口,而隱八字之分心(即脈之中心),個對個而來者方真。若無矬平,而一條直下(承顯面之脈言),或模糊飽硬者(承隱面之脈言),俱無融結正體星辰,除大八字顯分外,但有肌理隱分,不必護帶蟬翼即有亦在依稀之間(正體星辰落脈隱微,故但有肌理隱分),開腳星辰之賴有蟬翼護帶,顯然可見,即無護帶必要蟬翼,此為異耳。
顯面の脈は、鬆牽線のように柔軟に鬆泛して落ち、大きな低伏と大きな平緩があるのがよく、さらに明顯な突泡の起伏があればなお妙である。隱面の脈は、泥の中に潛伏する鱉のように、灰の上に牽かれた線のように、山頂前に微かに一度低伏し、低伏の前に微かに一度平緩し、平緩の前にまた微かに一度凹陷し、隱隱約約として躍くがごとく伏するがごとし。脈が隱八字の叉口から出て、隱八字の中心(すなわち脈の中心)が个字と个字を對して一路に貫串して下るものだけが真と數えられる。もし低伏平緩なくして一條に直下すれば(これは顯面の脈について言う)、あるいは模糊して飽脹僵硬であれば(これは隱面の脈について言う)、融結することはない。正體星峰は大八字という一層の顯分のほかには、肌理隱分があるだけで、護帶蝉翼を要せず、たとえ有っても依稀の間に在るのみである(正體星峰は落脈が隱微なので、肌理隱分しかない)。開脚星峰は蝉翼護帶に靠らなければならない、しかも明顯に見え、たとえ護帶がなくても必ず蝉翼がなければならない――これがすなわち兩者の區別である。
橫面
撞背直來,人所知也,然龍之轉身最多,有方直行而脈忽橫降者,背方橫行而脈忽直降者,總為橫面其大八字,即以來去橫崗為之,不似撞背直來者,自分大八字,然亦要近身有大八字之梢垂下,對看不知其為橫崗,而象大八字方真,起翼顴(大八字兩肩如鳥翼分開,肩上突起如顴是也),而垂下長者為有力,大八字之外,又有護帶豁開,而相向者為妙,護帶多者更佳(大八字外護帶,指來龍枝腳,說護帶多者,可證龍力之旺),
龍脈が背後から直衝して來るのは、人々がみな知っている。しかし龍が身を轉ずる情形は最も多い。あるものはまさに筆直に行走していて脈が忽然と橫向に下降し、あるものはまさに橫向に行走していて脈が忽然と直向に下降する。これらを總じて「橫面」と呼ぶ。橫面の大八字は、來去兩頭の橫岡を就きて充当するので、撞背して直來する龍のように自ら大八字を分け出さない。ただし山身に貼近する處に大八字の末梢が垂れ下り、對面から見たときにそれが橫岡とは見えず、大八字のように見えてこそ、真と數える。もし鳥翼のように張開し、肩上にまた顴骨の如く突起して(大八字の兩肩が鳥翼のように分かれ、肩上に鼓起する部分が顴骨のよう)、しかも垂れ下る部分が較長ければ、力量がある。大八字の外にさらに護帶が豁然と張開して彼此相向するものがあれば、なお妙である。護帶は多いほどよい(大八字の外の護帶は來龍の枝脚を指す。護帶が多ければ、龍の力量の旺盛を證明できる)。
但來水邊之護帶,不患不相向,而患不豁開,一順斂者非真(從來水邊直生斂天無抱向之情),去水邊之護帶,不患不豁開,而患不相向,一順背者即假(向去水邊反背而去),蟬翼肌理之分亦然,橫降處無大小護帶者,乃大龍方行之際,非大聚之處,何能結地,
ただし來水のあの一邊の護帶は、相向しないと愁うには及ばず、ただ豁然と張開しないと愁う。もし一味に順って内に收斂すれば、真ではない(來水のあの邊から直挺挺と生出して内に收斂し、環抱の情意がない)。去水のあの一邊の護帶は、張開しないと愁うには及ばず、ただ相向しないと愁う。もし一味に順って背いて行けば、それは假である(去水のあの邊に朝って反背して去る)。蝉翼と肌理の分も同じ道理である。橫降する處にもし大小護帶が一つもなければ、それは必ず大龍がまさに行走している際であって、大聚の處ではない。どうして地を結べようか。
若大龍將盡未盡,枝枝結果之處,雖無大小護帶,得貼身有小八字之分,成分金之面,有矬有平而降(大龍方行山體粗老,橫降處無大小護帶必無真結,若龍身脫化已淨,砂水聚會之間,但得小矬小平橫降者,氣脈已旺,故不必有大小護帶),前途博出大八字之星辰者,亦能成地,但力不大(橫面亦有隱顯二體,當與“隱顯面篇”參看。大龍將盡無大小護帶橫降者,須得後龍有大八字星辰,但繫分結,故力不大。以上論降脈,以下論穴法)。
ただし大龍が將盡未盡で枝枝がみな結果している處なら、たとえ大小護帶がなくても、ただ貼身に小八字の分があって分金の面を形成し、低伏と平緩があって降りて來れば(大龍がまさに行走している時は山體が粗老で、橫降處に大小護帶がなければ必ず真の結はない。もし龍身がすでに脱卸變化して乾淨で、砂體の身分に處していれば、貼身の小八字の分があってこそ結作できる)、なお地を結ぶ。この種の穴は到頭して幾節の間に細看して分砂を認め、分砂が真であれば穴もまた真である。
凡橫龍結穴而有降脈者,不論有頂無頂凹腦均不忌,後宮仰瓦,氣鍾於前故也(氣鍾於前有脈降下結穴處,自有化生腦,故上面有無起頂與後宮仰瓦均不可論),惟無降脈,而貼脊橫擔結穴者,忌頂之無(十頂者為一擔,貼脊者,撲于山脊前平處,因無降脈故穴後均宜有頂),其凹腦全無落脈,背後不仰瓦者反假(元真子自天則財兩頭齊峙護托高穴在擔凹取仰瓦者,大全云:橫龍天財穴氣盛,於前多宮仰瓦取兩邊生來孝順鬼也,然須龍虎近案蟹眼唇氈俱全後有鬼樂方真,若但如銀錠束腰者是過脈之所何能融結),
およそ橫龍が穴を結んで降脈あるものは、有頂・無頂・凹腦を論ぜずみな忌むに及ばず、穴後が仰瓦のように凹んでいても忌まない。氣がすでに前面に鍾聚しているからである(氣が前に鍾聚すれば、脈が降りて穴を結ぶ處に自然に化生腦があるので、上に頂を起こすかどうか・後ろが仰瓦かどうかは論ずるるに及ばない)。ただあの降脈がなく、山脊に緊貼して橫担して穴を結ぶ類だけが、頂がないことを忌む(橫過來する一條の脊を「担」と呼ぶ。いわゆる貼脊とは、穴が山脊の前の平らな處に撲すること。降脈がないので、穴後にはみな頂があるべきである)。この類の穴で凹腦にして全く落脈がなく、背後がまた仰瓦の形を呈しないものは、かえって假である(元真子は天財星が兩頭齊齊と聳峙し護托が高起し、穴は担凹處で仰瓦を取ると講じ、《地理大全》は橫龍天財穴は氣勢強盛で多く前面で仰瓦を取ると言う。兩邊の高い護托を取るのである)。
起頂平頂者(承上橫龍無降脈者言平頂者如一字之平),駝背亦可,仰瓦亦可(橫龍穴後有頂無論駝背仰瓦均可行葬,須知真龍結穴更不可無所謂穴不起頂非真穴也),得背後有逆轉之下砂,外背內面,如孝順鬼者為一(橫擔貼脊駝背仰瓦雖可不論但鬼樂必不可少),蓋橫龍要四伏不牽(前後左右砂俱回頭相顧而不他向也),背後之下砂不轉,則尾搖而不定(下砂不轉龍勢尚行,故曰尾搖。撼龍經云:問君何似知我行,尾星搖動不曾停,是也),龍已住者則不拘此。
至って起頂または平頂のものは(上文の橫龍に降脈がない情形を受ける。平頂とは「一」の字のように平たいこと)、背脊が驼起してもよく、仰瓦のように凹んでもよい(橫龍の穴後に頂があれば、驼背でも仰瓦でも下葬できる。知るべきは、真龍の結穴はなおさら頂がなくてはならないこと。いわゆる「穴、頂を起こさなければ真穴にない」とはこの意)。もし背後に逆轉して來る下砂があって、外背內面で孝順鬼のようであれば、なおよい(橫担貼脊の穴は、驼背仰瓦は論じなくてよいが、鬼星と樂山は絶對に缺いてはならない)。橫龍は四面に伏貼して外に牽引して走らないを要するからである(前後左右の砂がみな頭を回して相顧み、別處に朝らない)。背後の下砂が轉じて回らなければ、まさに尾がなお搖擺して位置が定まらないがごとし(下砂が轉ばないのは、龍勢がなお走っていると説明する。ゆえに「尾搖」と呼ぶ。《撼龍經》に「君、何を似てか我が行くを知らん」と言う)。
縱龍勢尚行,開面真者,亦不拘此,但不如背後砂逆轉之力重(橫龍穴背後下砂逆轉者是正結不轉者是?結),其背後之樂托抽出一條,轉面向裡者,亦作鬼論(穴後另起之山有峰高峙為樂,低平而不抱左右者為抽,若樂抽之山生出一枝環抱之砂一指穴山言,本身亦是砂體也),今人見雪心賦忌後宮仰瓦,每將真地誤棄,而後面之橈棹,竟作鬼論,故表出之如橫龍有降脈者原不拘後樂有無,惟無降脈而橫擔作穴者,必須托樂(橫擔穴近於山脊後,無托樂不免孤寒),
たとえ龍勢がなお走っていても、ただ開面が真であれば、この一條に拘らなくてもよい。ただ背後に砂が逆轉するものに比べて力量が深厚でないだけである(橫龍穴の背後に下砂が逆轉して來るものは正結、轉ばないものは必ずしも正結ではない。底本はここに一字殘缺)。至って背後の樂山・托山が一條を抽き出して面を内邊に轉じるものも、鬼星として論じてよい(穴後に別に起きた山で高峰が聳峙するものを「樂」、低平で左右を環抱しないものを「抽」と呼ぶ。もし樂山・抽山が一枝の環抱する砂を生出すなら――これは穴山について言う――それ自身も砂體に過ぎない)。今の人は《雪心賦》が穴後の仰瓦を忌むと言うのを見て、往々にして真地を誤って廢地として抛棄し、また後面の橈棹を一概に鬼星として看待する。ゆえに特にこの層の意を點明する。橫龍にもし降脈があれば、もともと背後に樂山があるかどうかに拘らない。
有等橫龍降脈處,不惟無頂,反生凸潭如小窩近窩之背上,微牽一線之脈,隱隱從凸潭中出,落下一段,方起小突為化生腦,山下對看只見其腦,不見其凸,此化陽之極而生起此腦,下面結作必真,如誤插上面窩處,即是傷龍(此論橫龍有降脈之?格)蔡氏曰:橫擔橫截,無龍要葬有龍(神寶經曰:貼脊平頭脈短,故當插入而龍亦此意也),此為無降脈而貼脊結穴者言,若有數丈降脈,當與直插直奔者,一體裁制,慎勿提高關煞,其橫擔結穴者,亦要有化生腦(貼脊全無降脈,橫擔略有矬平,故宜插於化生腦下畦,以腦為毬簷者也),分開金面,有矬平,圓唇托起,不然,雖左右有情無益。
また一類の橫龍は、降脈の處に頂がないばかりか、かえって一處の凹陷した淺潭を生出し、小さな窩のようである。窩に近い背の上に微かに一線の脈を牽き出し、隱隱としてこの凹潭の中から出て、一段落ちてから初めて一つの小突を鼓起して化生腦を作る。山下から對望すれば、ただあの腦が見えるだけで、上の凹潭は見えない。これは陽が化するに極まって初めてこの腦を生じたもので、下の結作は必ず真である。もし誤って穴を上の窩處に插せば、それは龍を傷つけることなった(これは橫龍に降脈がある一種の格局を論ずるる。底本はここに一字殘缺)。蔡氏は言う。橫担橫截、龍なくしては龍あるに葬るべし、と(《神寶經》に「貼脊平頭脈短」と言う。ゆえに插し入れて龍は自ずとその中に在るべし、とするのもこの意である)。この句は降脈がなく貼脊して穴を結ぶ情形に對して言ったものである。もし數丈の長さの降脈があれば、直插直奔の穴と同じく裁度すべきである。
偏面
對頂中出人之所愛,然龍之偏降最多,有偏至肩臂出脈者,有偏至掌後腕骨出脈者,有橫來已起中頂,然後偏過一邊肩臂出脈者,有尚未起頂先從肩臂出脈者,皆為偏面。
山頂に正對して中間から出脈するのは、人々が喜ぶ格局である。しかし龍脈が偏して降りる情形は最も多い。あるものは偏して肩臂上に出脈し、あるものは偏して手掌後の腕骨のあの位置に出脈し、あるものは橫過來してすでに中頂を起こし、それから偏して一邊の肩臂上に出脈し、あるものはまだ頂を起こさないうちに先に肩臂から出脈する。これらをみな「偏面」と呼ぶ。
其自中頂偏過左右出脈者,中頂不必分個字下來,即借中頂那邊一股,配我這邊一股為偏中個字之丿丶,只要貼身有蟬翼,或肌理刷開,分成金面於大八字之丿丶半邊,而近中頂邊之砂,豁向中頂邊去者為真,若斂向出脈邊來便假(偏面亦有“隱顯”二字樣當與“隱顯”篇來看其偏出中出之輕重,後有耑篇)。
その中で中頂から左または右に偏して出脈するものは、中頂は自ら個字形を分け出す必要がなく、ただ中頂のあの一邊の一股を借りて、我のこの一邊の一股と配して、偏中個字形の一撇一捺を合成すればよい。ただ貼身に蝉翼があるか、あるいは肌理刷開があって、大八字の撇捺半邊上に金面を分け出し、かつ中頂に近いあの一邊の砂が豁然と中頂のあの邊に向かって張開するものが真である。もしそれがかえって出脈のこの一邊に向かって收斂して來れば、それは假である(偏面にも同じく「隱」「顯」の二種の樣式がある。《隱面顯面》篇と對照して見るべきである。至って偏出と中出の孰れが輕く孰れが重いかは、後に別に專篇があって論ずるる)。
閃面
子微言:真龍閃巧轉身多,豈惟直串為可據,言龍之閃也。楊公曰:誤葬每因求正面,不插渾是葉偏陂,言穴之閃也。蓋閃龍如瓜果不結於正籐正幹之身,而結於子藤子枝之上,閃穴如瓜果不結於子藤嫩枝之正,而結於子藤嫩枝之旁。
子微は言う。「真龍閃巧にして轉身多し、どうしてに惟れ直串のみを據となさんや」――真龍は大抵が閃轉騰挪して靈巧に翻身するのであって、どうして筆直に串行するものだけが據となされようか。これは龍の「閃」について言う。楊筠松は言う。「誤葬は毎に正面を求むるに因り、插さないは渾て是れ葉の偏陂なり」――葬り誤るのは往々にして一味に正面を求め、あの一見偏斜の坡上に穴を插すのを肯んじないためである。これは穴の「閃」について言う。もとより閃龍は瓜果が主藤主干の上に結ばずして子藤子枝の上に結ぶがごとく、閃穴は瓜果が子藤嫩枝の正中に結ばずして子藤嫩枝の旁に結ぶがごとし。
故山脊中出,而穴每旁插,山脊橫飛,而氣每直出,勢遠奔而腰間潛渡,形顧內而腕外偷蹤,有頂而透漏於無頂之處,有脊而潛於無脊之坡,非故閃以示奇,亦勢之不得不閃也。
だから山脊は中間から出るが、穴は往々にして旁に插される。山脊は橫に飛び去るが、氣は往々にして直に出る。氣勢は遠く奔馳するが、腰間に悄々と渡る。形狀は明らかに裏面を顧みているが、蹤跡は偷偷と腕の外に藏れる。もともと頂があるのに、脈は頂のない處に漏れる。もともと脊があるのに、脈は脊のない山坡上に潛む。これは故意に閃避して離奇を顯すのではなく、地勢がそれに閃まねばならさせないのである。
蓋有脊硬處,不得不借脊為出煞之所,而別閃於軟處,對頂處死,不得不以頂為分開之砂,而旁閃於生處,生氣喜包藏,而山之盡處拋露,不得不接閃於中腰,生氣喜止聚,而山之盡處走瀉,不得不拋閃於平地,腕內堂氣傾側,不得不走閃於腕外之聚處,正身不閃開面,不得不偏閃於旁枝之開面處。
脊がある處は僵硬なので、あの一筋の脊を借りて出煞の通道とし、真脈を別に柔軟な處に閃かせねばならない。山頂に正對する處は氣が死しているので、山頂を分かれた砂として扱い、穴を旁に閃かせて生氣ある處に向かわせねばならない。生氣は包藏を好むのに、山の盡頭は抛露して外に在るので、結作を接して中腰に閃かせねばならない。生氣は停聚を好むのに、山の盡頭は走泄して住まらないので、結作を抛いて平地に閃かせねばならない。手腕內側の明堂の氣が傾瀉歪斜なので、腕外の氣の聚まる處に走り閃かせねばならない。正身自身が閃まず、また開面もしないので、偏して旁枝の開面する處に閃かせねばならない。
大抵閃脈之出,無正頂之起,無大八字之分,無脊脈之露,惟有隱隱分金之面,微微矬平,一呼一吸之動氣,可細察而得(動氣詳“乳突窩鉗施篇”),然閃龍來處,無開面星辰疊出者不真,閃穴止處,無唇臍堂砂證穴者必偽,以是交相驗之,閃穴似不難知,但星辰與唇臍堂砂,無動氣不靈,動氣二字,雖似難明,試將分斂仰覆(此二篇為認脈穴真偽之要),與葬書乘金相水諸篇(神寶經曰:三合三分見穴上乘金之義,兩片兩翼察相水印木之情。按乘金者,乘毬簷金面之中也,相水者,相水之分合也,穴土者,穴取坦緩真土也,印水者,不拘何星坐穴左右內肘必長曲直內抱,即貼穴護砂隱顯不同,亦必曲直抱穴,曲直者,木也,印者,證也),細細揣摩(閃穴亦怪穴之類,然怪穴總不能遜於分斂仰覆唇臍堂砂之外,故教初學者細揣其認龍點穴之要訣),遍覆名墓以證之,自可豁然貫通,正者如是,閃者亦是矣(此篇宜與偏面參看)。
大體、閃脈が出るとき、正頂の隆起がなく、大八字の分開もなく、脊脈の外露もなく、ただ隱隱約約の分金の面と微かの低伏平緩、および些かの屈曲活動があるだけである。そして穴前に交合の水と兜收の唇があり、左右に蝉翼の砂があって、方位を辨して下葬して初めて吉を獲る。もし形跡顯然として正脈正頂のごとくあらば、それは閃ではなく正體の穴である。閃穴は以て竒を尚ぶにない、竒なるはその脈の無痕に在り、これを看得る者は鲜なし。
蠻面
(此篇論砂水分合處當與首卷“合割篇”參看)
(この一篇は砂と水の分合する處を論じ、第一卷《合割》篇と對照して読むべきである。)
地之真假,只在開面與否,開面者粗蠢亦真,不開面者文秀亦假。其出入秀蠢,在後龍星辰論,不在穴山論也。謝覺齋曰:突金粗蠢號蠻脈,宜認蝦鬚氣與殊,但見節包並梗塊,時師休要用心圖,若是朗梳鉗面出,隨地脈路取功夫,此是天然真正穴,如能明得即無處。
地の真假はただ開面するかしないかを見る。開面したものは、山形が粗笨でも真である。開面しないものは、山形が清秀でも假である。至って形貌の清秀か粗笨かは、後龍の星峰に就いて評論すべきで、ただ穴山に就いて評論してはならない。謝覺齋は言う。「突金粗蠢、蠻脈と號す、なるべく蝦鬚氣の殊なるを認むべし。但だ節包並びに梗塊を見れば、時師用心して圖る莫れ。もし是れ朗梳鉗面出ずれば、地の脈路に隨い工夫を取れ。此是れ天然の真正の穴、よく明らかに得ればすなわち處なし」と。その意は、突起した金星で粗笨なものを「蠻脈」と呼び、それの蝦鬚水と氣脈の分別を認めるべきだとする。ただ節・包・梗・塊の類の粗露した脈を見れば、術士は心を費やして圖らなくてよい。もし山形が疎らな梳齒のように張開して鉗面を結ばば、その地の脈路に順って工夫を下す。それこそ天然の真穴で、これを明白にできるなら、天下に難い處はない。
又曰:蠻脈穴法最為難,認取蝦鬚蟹眼安,單股水隨纏繞下,三叉五渡要迴環(水要文秀),太粗太蠢皆為假(不開面便粗蠢),股明股暗別一般,左右枕歸流水取(界水明邊甘穴),斯文留與子孫看。
彼はまた言う。「蠻脈の穴法最も難し、蝦鬚蟹眼を認取して安んず、單股の水は纏繞に隨い下り、三叉五渡は迴環を要す(水は清秀有情を要す)。太粗太蠢は皆假である(開面しなければ粗笨に見える)、股明股暗は別に一般である。左右枕歸して流水を取れ(界水の明顯なあの一邊で穴を定める)、斯文は留めて子孫に看せよ」と。その意は、蠻脈の穴法は最も難しく、蝦鬚水・蟹眼水を認め準えてこそ穴を安んじ得る。單股の水は脈に隨って纏繞して下り、三叉五渡の水は曲折回環を要する。あまりに粗くあまりに笨いものはみな假である。至って一股明・一股暗は、それは別の一種の情形である。左右兩邊は水の流れるあの一邊を枕にして穴を取る。この斯文の道理は、子孫に留めて參詳させる。
蓋蝦有六鬚,四短兩長,離水俱豎起,在水則二長鬚豁轉向後如八字,其鬚尾略轉抱身,試放活蝦於清水盆中,自見長鬚抱轉,以蝦鉗為鬚誤也。今以蝦鬚向上比穴山,蝦尾垂下比山坡,蝦身比穴脈,蝦鬚比山頂,前蟬翼與半山暗翼肋下所分之痕影水,除毬簷之分不論外,上面分一重暗翼,當有一重蝦鬚(穴前有一重分砂,即有一重分水),若連毬簷之分有三分,兩入穴者,當有兩重蝦鬚水(山頂蟬翼半山金魚砂臨穴毬簷,此砂之三分也,一重水在山頂蟬翼肋下分來,一重水在金魚砂肋下分來,金魚水又名蝦鬚水,故曰:兩重蝦鬚),但入穴一重為最要(此從金魚砂肋下分出,即毬簷後之分水,穴之真假全在此,以上論分砂以證分水,以下論分水以證分砂)。
蝦は全部で六本の鬚があり、四本が短く二本が長い。水を離れたときはみな竪ち、水の中にあるとき、あの二本の長鬚は豁然と後ろに彎轉して八字形を成し、鬚の尾梢はなお略々蝦身を回抱する。活きた蝦を清水の盆に入れてみれば、自然に長鬚が抱き轉ずる樣が見える。ある人は蝦鉗を蝦鬚と當作するが、それは誤りである。今、蝦鬚が上を朝くのをもって穴山に比し、蝦尾が下垂するのをもって山坡に比し、蝦身をもって穴脈に比し、蝦鬚をもって山頂前の蝉翼と半山暗翼肋下の分かれ出た痕影水に比する。毬簷のあの一重分を除いて數えなければ、上で一重の暗翼を分け出すごとに、一重の蝦鬚があるべきである(穴前に一重の分砂があれば、一重の分水がある)。もし毬簷の分をも算入して共に三重分あり、その中の兩重が穴に入るなら、兩重の蝦鬚水があるべきである(山頂の蝉翼・半山の金魚砂・臨穴の毬簷、これが砂の三重分。一重の水は山頂蝉翼肋下から分かれ來り、一重の水は金魚砂肋下から分かれ來る。金魚水はまた蝦鬚水とも呼ぶ。ゆえに兩重蝦鬚と言う)。そして穴に入る分水は、痕影微茫の水に準じて辨ずべきである。
蓋第一重蝦鬚水,當在山頂化生腦之蟬翼肋下分出(注詳首卷合割篇),要半山微突之暗翼逼開,使其如八字樣,繞金魚砂外而下,若頂上無蟬翼,半山無金魚砂,界水必夾脈透頭扣肋,一直而下,何能如蝦鬚之分開,第二重蝦鬚,當在半山暗翼之肋下分出,要毬簷之胖腮逼開,使其八字樣繞穴腮旁(穴腮即毬簷之分砂),而合於內明堂,若半山無暗翼毬簷,又無胖腮界水,必扣肋夾脈,割腳而下,又何能如蝦鬚之分開,故蝦鬚之有無,在暗翼穴腮之有無主之。
第一重の蝦鬚水は、山頂化生腦の蝉翼肋下で分かれ出るべきである(詳しい説明は第一卷《合割》篇を見よ)。半山の微突する暗翼に靠ってそれを逼開し、八字形を成して金魚砂の外側を繞って流れ下らせる。もし山頂上に蝉翼がなく、半山に金魚砂がなければ、界水は必ず脈を挾んで頭を透り肋を扣み、一途に衝って下る。どうして蝦鬚のように分かれ得ようか。第二重の蝦鬚は、半山暗翼の肋下で分かれ出るべきである。毬簷の豐滿した兩腮に靠ってそれを逼開し、八字形を成して穴腮の兩旁を繞り(穴腮とは毬簷の分け出した砂)、最後に內明堂で會合する。もし半山に暗翼がなく、毬簷にまた豐腮がなければ、界水は必ず肋を扣み脈を挾み、脚を割いて流れ下る。またどうして蝦鬚のように分かれ得ようか。だから蝦鬚水の有無は、暗翼と穴腮の有無によって決定されるのである。
半山暗翼所分之分,又名魚腮水,蓋暗翼之貼脈,如魚腮之貼身,暗翼肋下之分水,如魚腮之吐水也,然一矬之下,無還口之平,則水不分,故兩旁之暗翼,拉下而低垂,中間之脈路,一平而頓起,肋下方有摺痕,如蝦鬚之分去,若脈路無矬無平,與兩旁之暗翼一齊拉下,肋下無有摺痕,界水必四散流去,何能見其痕影之蝦鬚,故蝦鬚之有無,又在矬平之有無主之(以上雖論次後兩重蝦鬚,實論山頂與半山之來脈蓋脈無分水不清也),
半山の暗翼の分かれ出た水は、また「魚腮水」と呼ぶ。暗翼が脈に貼して、魚腮が魚身に貼するがごとく、暗翼肋下の分かれ出た水は、魚腮の吐き出す水がごとし。ただし一處の低伏の下にもし回抬する平緩がなければ、水は分かれ開けない。だから必ず兩旁の暗翼が拉し下って低垂し、中間の脈路が平緩の後に頓然と抬起して、肋下に折れ痕が現れ、水を蝦鬚のように分かれて流れ去らしめなければならない。もし脈路に低伏なく平緩なく、兩旁の暗翼と一齊に拉し下れば、肋下に折れ痕がなく、界水は必ず四散に流れ去り、どこに蝦鬚のような痕影が見えようか。だから蝦鬚水の有無は、また低伏平緩の有無によって決定されるのである(以上は後面のあの兩重蝦鬚を講じているように見えるが、實は山頂と半山の來脈を講じている。脈に分水がなければ清爽でないからである)。
其平盡之還口處,在山上步來,未曾另有高起,在下面與兩旁看之,必高起一塊,總名之曰:突泡,分而言之,微微鋪出,如鋪裀展褥之形者曰:氣;如牛羊乳之垂者曰:乳;小巧圓淨,如珠之流利者曰:珠;些些突泡,生於曲動處,如食指根曲轉之皮者曰:轉皮;橫湧粗闊,分節而來者曰:節;如胞如肚者,曰:包;如木之條而長垂者曰:梗。一連數塊而間斷者,曰:垾。此出脈之八般名字。
平緩の盡頭のあの回抬する處は、山上から一歩一歩走り來るときは別に隆起があると感じないが、下または兩旁から望めば、必ず一塊高く起きて、總の名を「突泡」と呼ぶ。もし分けて講ずるれば、微かに鋪展して出て褥墊を鋪く形狀のようなものを「氣」と呼び、牛羊の乳房のように下垂するものを「乳」と呼び、小巧にして圓淨で珠子のように光滑流利のものを「珠」と呼び、一點點の小突泡が彎曲活動する處に生じて食指の根部が彎轉する皮のようなものを「轉皮」と呼び、橫向に涌き起こり粗大寬闊で一節一節として來るものを「節」と呼び、胞衣のよう・肚腹のようなものを「包」と呼び、樹木の枝條が長く下垂するようなものを「梗」と呼び、一連に好幾塊あって中間が斷れたものを「塊」と呼ぶ。これが出脈の八種の名目である。
珠乳氣皮,隱微之脈也,節包梗塊顯露之脈也,非突金粗蠢山,八般皆是好脈,在突金粗蠢山,出珠乳氣皮隱微之脈,是粗中細,結必真。出節包梗塊顯露之脈,是粗中粗。必無融結(龍粗脈粗即是純陰不化),然果三分三矬三平而來復,有微分微平呼吸浮沉之動氣者,雖突金粗蠢之山,出節包梗塊之脈何妨(有此陰陽變化不妨脈之粗,以此節論來脈隱顯不平)。
珠・乳・氣・皮は隱微の脈に屬し、節・包・梗・塊は顯露の脈に屬する。突金のあの粗笨な山でなければ、この八種はみな好い脈と數える。もし突金粗笨の山であれば、珠・乳・氣・皮の類の隱微の脈を出すのは、粗の中に細を帶びて、結作は必ず真である。節・包・梗・塊の類の顯露の脈を出すのは、粗の上に粗を加えて、必ず融結しない(龍も粗く脈も粗ければ、すなわち純陰にして化せず)。ただしもし真に三重分・三次低伏・三段平緩が反復して來り、また微分微平・呼吸浮沉の動氣があれば、たとえ突金粗笨の山であっても、節包梗塊の脈を出すのに何の妨げがあろうか(この種の陰陽變化があれば、脈の粗を妨げない。この一節は來脈の隱顯不一を論ずるる)。
以上八者,在半山遞脈,為突泡,在臨穴之處,為毬簷,毬簷即蟹眼也,蓋蟹眼者,毬簷之別名,欲其圓淨如蟹眼,不可破碎欹斜,欲其垂頭突如蟹眼,不可塌落不起,欲其柔嫩如蟹眼,不可不粗頑不變,欲其截斷如蟹眼,不可陰脊仍吐,要人顧名思義,故以蟹眼名之,楊公曰:中有蟹眼,的不可轉。吳犀精曰:落時蝸角轉,任處蟹眼垂(蝸角臨穴之陰砂,蟹眼垂者,毬簷有垂頭之勢),皆指毬簷謂也,然不可禿光如蟹眼,須要有分金之面(詳“乳突窩鉗”篇,此節論毬簷)
上面のこの八種の形態は、半山遞脈處に現れれば「突泡」と呼び、臨穴處に現れれば「毬簷」と呼ぶ。毬簷はすなわち「蟹眼」である。蟹眼は毬簷の別名である。この名を取るのは、それが蟹眼のように圓淨で、破碎歪斜してはならない、蟹眼のように垂頭突出して、塌陷して起きないではならない、蟹眼のように柔嫩で、粗頑不化してはならない、蟹眼のように截然として止まり、陰脊を續けて吐き出させてはならないことを要するためである。要するに人に顧名思義させるとするので、蟹眼をもって命名する。楊筠松は「中に蟹眼あり、的として轉ずべきではない」と言い、呉犀精は「落つる時は蝸角轉じ、任す處は蟹眼垂る」と言った(蝸角は臨穴の陰砂、蟹眼垂とは毬簷が垂頭の勢いを帶ぶことを言う)。講じるところはみな毬簷である。ただし毬簷もまた蟹眼のように光秃秃であってはならない、必ず分金の面がなければならない(詳しくは《乳突窝鉗》篇を見よ。この一節は毬簷を論ずるる)。
又謂一滴蟹眼水者(一滴言其流之少也),以毬前一矬作垂頭之勢,必有高低之墈,如簷之滴下,即所謂簷也,其分開兩角不矬,而中心獨矬,則簷下必有隱隱微平,分開痕影,水繞穴暈旁暈前,亦必有隱隱微靨,可坐匝水(坐者聚也,匝者周也,言穴暈旁周匝水毬簷而下兩邊分垂聚暈前攝靨也),即所謂葬口也(簷下平處為葬口為穴暈,暈前微靨處,為小明堂,是小明堂在葬口內也),因毬簷名蟹眼,故毬簷下匝水,亦名蟹眼水(一說毬簷分金開面,一矬而脫出隱八字之兩片,即是蟬翼內隱隱摺痕水抱其蟹眼,故名蟹眼水),
またいわゆる「一滴蟹眼水」がある(「一滴」と言うのはその流量の極小を形容する)。毬前のあの一處の低伏が垂頭の勢いを成せば、必ず高低の臺坎があり、屋簷の上から滴る水のようである。これがいわゆる「簷」である。それが分かれた兩角は低伏せず、ただ中心だけが低伏するなら、簷下には必ず隱隱の微平があり、分かれた痕影水は穴暈の兩旁を繞る。暈前にもまた必ず隱隱の淺靨があって、一圈の水を聚住できる(「坐」は聚、「匝」は周。穴暈四周の水が毬簷から下り、兩邊に分かれて下垂し、暈前の淺靨の裏に聚まることを言う)。これがいわゆる「葬口」である(簷下の平らな處がすなわち葬口であり、すなわち穴暈。暈前のあの淺靨は小明堂。小明堂が葬口の內にあると見える)。毬簷が蟹眼と呼ばれるので、毬簷下のこの一圈の水もまた蟹眼水と呼ばれる(別の一説には、毬簷が分金開面して一低伏すれば、隱八字の兩片を脱し出し、すなわち蝉翼内の隱隱の折れ痕水があの蟹眼を抱住するので、これによって呼ぶとも言う)。
今人強為之分,以乳突長而脈狹,兩邊痕影水長者,為蝦鬚,乳突短而脈潤,兩邊痕影水短者為蟹眼,又以蟹是橫行,左行則左眼明,右行則右眼明,水之股明股暗似之,故曰:蟹眼水,然總是痕影水而已,不必多方辨說也(此節論蟹眼水),
今の人は硬に兩者を分けようとする。乳穴突穴が長く脈が狹く、兩邊の痕影水も長いものを蝦鬚水と呼び、乳穴突穴が短く脈が寬く、兩邊の痕影水も短いものを蟹眼水と呼ぶという。また螃蟹は橫に走り、左に走れば左眼が顯れ、右に走れば右眼が顯れる。水の一股明一股暗はまさにこれと相似するので、蟹眼水と呼ぶとも言う。實際、歸結すればみな痕影水に過ぎず、多方に辯説する必要はない。(この一節は蟹眼水を論ずるる。)
單股水隨纏繞下者(一邊股明痕影水界脈紆徐而下),言粗蠢山之痕影水,必股明股暗,故曰:單股三叉五度,要迥環者,言三合水宜屈曲而去,不可合掌直牽,無蝦鬚之分則為太粗太蠢,如有股明股暗之蝦鬚,又不嫌其粗蠢,故曰:別一般點穴,當就界水明邊,以生氣在於薄處,故曰:左右枕歸流水取(界水明邊,勢自微薄,為蠻面,山生動處水繞即是砂抱枕歸流水者,亦傍砂點穴之意),朗梳鉗面二句,言粗山不出乳珠氣皮之脈,但齊分數股,如梳齒形而成鉗穴,梳齒稀朗,似鉗之處不少,當認其鉗中有陽脈者為真穴,故曰:隨他脈路取工夫(鉗中陽脈,詳乳突窩鉗篇。按:謝氏二詩前一首論矬平突泡鉗面以龍上分砂證脈。後一首論單股,三又以脈上分水證穴,全篇統解二詩之意,但蝦鬚蟹眼及來脈隱顯,凡穴均須類推,不獨蠻面也)。
「單股水隨纏繞下」のこの一句(一邊が股明の痕影水が脈を界して舒緩に流れ下ることを言う)は、粗笨な山の痕影水が必ず一股明一股暗であることを講じ、ゆえに「單股」と呼ぶ。「三叉五度要迴環」のこの一句は、三合水が曲曲折折と流れ去るべきで、兩掌を合攏するがごとく筆直に牽いて行ってはならないことを言う。蝦鬚の分がないものは、太粗太笨と數える。もし一明一暗の蝦鬚があれば、その粗笨を嫌うに及ばないので、「別一般」と言う。穴を點ずるには界水の明顯なあの一邊に就着くべきで、生氣がまさに薄處に在るからである。ゆえに「左右枕歸流水取」と言う(界水が明顯な一邊は、山勢が自然にやや薄い。これが蠻面山の生動の處である。水が一環繞すれば砂の環抱に等しい。いわゆる枕歸流水とは、すなわち砂に傍って穴を點ずる意)。「朗梳鉗面」の兩句は、粗山は乳・珠・氣・皮のような脈を出せず、ただ齊齊と數股に分かれて、梳齒の形狀のようにして鉗穴を結ぶことを言う。梳齒が疎朗開豁で、鉗の形のように面を張れば、すなわち真の結である。
深面淺面
深面者,臍腹出脈,淺面者,胸喉出脈,出脈低者,星辰莊重,雖孤單高聳,亦不畏風。出脈高者,得本身肩翅重護,方為有勢,肩翅單薄力輕,若無蟬翼貼身,脈必貫頂。
いわゆる「深面」とは、山體の臍腹部位から出脈すること。いわゆる「淺面」とは、胸喉部位から出脈すること。出脈の位置が低いものは、星峰が莊重に顯れ、たとえ孤零零と高聳しても、風吹を怕れない。出脈の位置が高いものは、必ず本身の肩翅の重重の護衛を得てこそ勢があると數えられる。肩翅が單薄なら力量は輕く、もしさらに蝉翼が貼身に無ければ、脈は必ず頂を貫く。
亦有喉頸之下,雖起小泡,不喜顯露,但隱隱而下至臍腹陰囊,方出顯然之脈者,又不妨高出,又有喉頸之下,連起突泡,或五六或七八,大小相等,均有分金之面,疊串而下,如串珠龍上天梯等格,兩邊肩翅齊護者,力最大,又不可以面淺諭之。
また一種の情形がある。喉頸の下に小泡が鼓起しても、顯露せず、ただ隱隱と下に向かって走り、一路に臍腹・陰囊の部位に至って初めて明顯な脈を吐き出す。これならたとえ出脈の位置が偏高でも差し支えない。また一種、喉頸の下に接續して突泡が鼓起し、あるいは五六個、あるいは七八個、大小が相當し、個個に分金の面があり、一串串と疊落して下り、「串珠龍」「上天梯」のこれらの格局のようで、兩邊の肩翅が整齊に護衛するものは、力量が最大で、さらに「面淺」をもってそれを評價してはならない。
大面小面
面之大小,在大八字之大小,護帶之有無多寡別之,大八字豁開極遠,護帶數重,如大菜之多葉,千葉蓮之多瓣面面相同。肩翅齊開者,為開極大面,前去必結大地,大八字不甚豁開,僅有一二重護帶,如小菜之不能多葉,單瓣花之不能多瓣,但開面端莊而出脈者,前去結中富貴地。
面の大小は、大八字の大小・護帶の有無多少から分辨する。大八字が豁然と極めて遠くに張開し、護帶が好幾重あり、大きな菜の葉が多いがごとく・千瓣蓮花の瓣が多いがごとく、しかも片片相同じく、肩翅が一齊に張開するものは、極めて大きな面を開いたのであって、前に行って必ず大地を結ぶ。大八字の張開が多くなく、ただ一二重の護帶しかなく、小さな菜が多くの葉を長出せないがごとく・單瓣花が多くの瓣を開出せないがごとくであっても、ただ開面が端正で出脈し得るものは、前に行って中等の富貴の地を結べる。
大八字短小而不開張,護帶全無,一邊止有單股蟬翼,一邊有肌理刷開之面,而出脈者,前去亦結小康之地,此在分龍起祖處,定其優劣,已經博換之近祖,又當恕論小面者,有行度牽連之小面,有已經脫卸太山,而變小山之小面。
大八字が短小で張開せず、護帶が一點もなく、ただ一邊に單股の蝉翼があり、もう一邊に肌理刷開の面があって出脈し得るものは、前に行って小康の地を結べる。以上は分龍起祖の處に就いて優劣を判定する。至ってすでに博換した近祖山は、評判するに當たって寬めに從すべきである。いわゆる「小面」は、また二種に分かれる。一種は行度途中に牽連して成る小面、一種はすでに大山から脱卸して小山と變じた小面である。
行度牽連之小面,不但低小山頭有之,高山之上,只微起微伏,不甚頓跌處亦有之,此等星辰,輕重不能自生,惟視其前後間出之大星辰,護帶之有無多寡,辨其高下,已經脫卸之小面,當觀其後龍合上格到頭纏護多者為大地,後龍合下格到頭纏護多者為小地,故面之大小,只以祖宗論,到頭星辰,俱論開面與否,不拘面之大小,然在山谷分掛之龍,仍以開大面者為勝(分掛之龍,不開大面則氣勢必弱)。
行度が牽連して成る小面は、低矮細小な山頭の上にあるだけでなく、高山の上のただ微起微伏してあまり頓跌しない處にもある。この類の星峰は自身が輕重を分け出せず、ただそれの前後に間隔して現れる大星峰および護帶の有無多少を見て、高下を判別するほかない。すでに脱卸して成った小面は、その後龍を見るべきである。後龍が上格に合して到頭の纏護が多いものは大地、後龍がただ下格に合して到頭に纏護があるものは小地である。だから面の大小はただ祖宗山に就いて論じ、到頭の星峰はただ開面するかしないかを論じ、面の大小に拘泥する必要はない。ただし山谷の中に分挂して出た龍は、なお大面を開き得るものを勝とする(分挂の龍はもし大面を開かなければ、氣勢は必ず衰弱する)。
開面多寡
龍身雖長不開面者多,則力量有限,行至不開面處即止(此因後龍不開面者多,故一行至不開面處,福力遞止,若前後龍俱開面,中間偶有一節之疵,龍運至此亦衰,須行至開面處方興福澤),龍身短,節節開面,發福不小,行至盡處而後已,然其長短只以分龍處為始。
龍身は長くとも、もし開面しない處が多ければ、力量に限りがあり、氣運は開面しないあの一節に走到して停まる(これは後龍の開面しないものが多いので、開面しない處に走到すれば、福力が遞減して止まるからである。もし前後の龍がみな開面して、中間にたまに一節の瑕疵があれば、龍運はあの一節に排到してもまた衰落し、開面の處に走到するを待って福澤が改めて興起する)。龍身は短くとも、もし節節がみな開面すれば、發福もまた小さくなく、一路に盡頭に走到して初めて止まる。ただし龍の長短は、ただ分龍の處から算えて起こす。
有等大龍行處,帳峽已多,脫卸極嫩,忽起高大星辰,雄踞一方,開出大面,分枝數節,使成大地,蓋高穴星辰,旺氣一聚,幹龍雖行,而脈於此分落,共祖同宗,故分龍前去,不必長遠,其力自大。
一類の大龍が行走途中に、帳峽がすでに多く、脱卸して極めて柔嫩にである、忽然と一座の高大な星峰を聳起し、一方に雄踞して大面を開き、數節の枝脈を分け出し、ここに大地を結成する。高大の星峰が一たび起きれば、旺氣はすなわちここに聚まる。干龍はなお前に向かって走るが、脈はここで分落し、干龍と祖を共にし宗を同じくする。だからここから分龍して出れば、長遠に走る必要がなくても、力量は自然に大きい。
又有大龍行度未止,龍身忽嫩,雖不起高大星辰,即借大龍本身之盤旋,枝腳之輻輳,結成垣局大勢,團聚於過龍身上,分開橫面,掛落一枝,兩邊重崗疊之,皆外背內面,如千瓣蓮之緊抱者,雖數丈之脈,結作未常,又有幹龍將結,省郡數皇,分落一枝,雖數節龍身亦成美地,然在垣局中分落為貴(與省郡同垣局也),若在局外分落,必自成垣局方可,不然,雖旁近省郡,力亦輕小,以上三者,不以龍短面少為限。
また一類の大龍は行度がまだ停止しておらず、龍身が忽然と嫩に變じ、高大の星峰を聳起したことはないが、大龍本身の盤旋と枝脚の輻輳を借りて、垣局の大格局を結成し、過龍の身上に團聚して、橫面を分け開き、一枝を挂落する。兩邊に重重と岡巒が疊列して、みな外背內面で、千瓣蓮花のように緊く抱く。これならたとえ數丈の長さの脈しかなくても、照樣として結作がある。また一類は干龍がまさに穴を結ぼうとして省城・郡城を離れず、一枝を分落し、たとえ數節の龍身しかなくても美地を成せる。ただし垣局の內で分落してこそ貴い(省郡と同じく一つの垣局に處する)。もし局外で分落すれば、必ず自ら垣局を成さなければならない。さもなければ、省城・郡城に緊鄰しても、力量は甚だ輕小である。以上のこの三類は、みな「龍短面少」の制限を受けない。
特降牽連面
特降者,自高山跌落低嶺胸腹,甚至跌下平地,陰囊有節泡遞生,大起大伏而來;牽連者但小起小伏,頂下不生,遞脈節泡,或有節泡微微起伏而不多,或無鋸齒筆架排來(筆架形與特降相似)。
いわゆる「特降」とは、龍脈が高山から低嶺の胸腹部位に跌落し、甚しくは一路に平地に跌るまで、山脚の陰囊のような部位に節泡が一個一個と生出し、大起大伏して走り來ることなった。いわゆる「牽連」とは、ただ小起小伏しかなく、山頂の下に遞脈の節泡を生じないこと、あるいは節泡があっても起伏が微弱で數量が多くないこと、あるいは鋸齒・筆架のように一列に排列して來る形狀がないことなった(筆架形は特降と相似する)。
牽連者,原宜開面,離祖之下不開面無妨;特降者,總須開面,行度之處,不開面便假。出身處(分龍之處),最忌牽連,必須特降,行度處雖不能純是特降,亦不可俱是牽連,特降牽連,相間而來,龍勢方活,牽連多而特降少者次之,純是牽連,雖非砂體,亦無力乎,崗龍以收放盤旋為勢,不以此論。
牽連の龍はもともと開面すべきだが、ただ祖山を離れたばかりの一段は開面しなくても差し支えない。特降の龍は必ず開面しなければならない、およそ行度の處で開面しなければ假である。出身の處(すなわち分龍の處)は最も牽連を忌み、必ず特降でなければならない。行度途中は全部が特降であることは不可能だが、全部が牽連であることもできない。特降と牽連が交替して來って、龍勢はこそ活潑と數えられる。牽連が多く特降が少ないものは次の等。純粹に牽連だけのものは、砂體とは數えないが、また力量も大してない。至って岡龍は收放盤旋を形勢とするので、この標準によって論じない。
開肩の面
星體有開一二肩,與三四肩者,有邊有邊無,邊多邊少者,或成橫飛三臺席帽筆架,五腦九腦六甲金水之帳,肩愈多愈佳,愈高愈貴,均停為上,不均次之,顯明力重,模糊力輕,中頂尖聳者大貴。
星體に一二重の肩を開き出すものもあり、三四重の肩を開き出すものもある。一邊有り一邊無しのもの、一邊多く一邊少ないものもある。また橫飛三台・席帽・筆架、および五腦・九腦・六甲・金水などの帳幕を形成するものもある。肩は開くほど多いほどよく、高いほど貴い。兩邊が勻稱するものは最上、勻稱しないものは次の等。輪廓が顯豁なものは力量が重く、模糊不清のものは力量が輕い。中間の山頂が尖聳するものは大貴を主る。
其肩要自我之大八字一統單開,每肩枝腳面面向我者真,每肩各分八字,枝腳散亂不向我者假,開肩與不開肩,力量稍去甚遠,五腦七腦九腦六甲龍樓,其力最大,但撞背而中頂,出脈兩邊,開肩均停如十字樣者最少,偏過左右一二頂開面出脈者居多,只要自內分開,面面相向,不拘直來橫來,惟三臺格後龍撞背而來,中頂開面出脈者有之,其餘罕見。
これらの肩は必ず本山の大八字が統一して罩開し、一一の肩の枝脚が面面に我を朝してこそ真と數える。もし一一の肩が各自に八字を分け出し、枝脚が散乱して我を朝しなければ、それは假である。開肩と不開肩は、力量が極めて懸殊する。五腦・七腦・九腦および六甲龍樓は、力量が最大である。ただし背後から直衝して來り、中頂から出脈し、兩邊に開肩が十字形のように勻稱するものは、最も稀にしか見えない。多くは偏して左または右の一二個の頂上で開面出脈する。ただ裏から外に向かって分かれ開き、面面相向するものなら、直來でも橫來でもよい。ただ「三台」のこの一格は、後龍が撞背して來り中頂から開面出脈するものがなお見えるが、その餘は甚だ稀である。
六甲龍樓六個肩臂也,三層只作一層,星辰如三層樓然,中尖者,為樓中貴人,遞下三臺五腦九腦,俱自內分開面,面面相向,穴結中腰,極貴之地。
「六甲龍樓」とは六重の肩臂を指し、三層が一層と算えられ、星峰の形狀が一座の三層樓のようである。中間の尖聳したあの一座を「樓中貴人」と呼ぶ。それによって次々に降下して、三台・五腦・九腦を形成するのは、みな裏から外に向かって開面し面面相向し、穴は中腰に結ぶ。これは極めて貴い地である。
自中頂之大八字一統罩開,枝腳面面相曏者方真,餘枝之假三臺,以旁頂各分八字,非中頂之大八字,一統罩開假,五腦勢趨左角,故對結小地中出者,無個字,左砂反背假。
必ず中頂の大八字が統一して罩開し、枝脚が面面相向してこそ、真である。その餘の枝上のあの假三台は、旁の各頂が各自に八字を分け出したもので、中頂の大八字が統一して罩開したのではないので、假である。また一種の五腦は、氣勢が左角に偏向し、ゆえにただ對面に小地を結成するのみである。あの中間から出たのに個字形がなく、左邊の砂がまた反背するものも、假である。
乳突窝鉗面
長者為乳,圓者為突,出於分隱脈隱之面中,如龜鱉戴泥之狀者,名隱乳隱突,出十分顯脈顯之面中,如垂鼻覆拳之形者,名顯乳顯突。
形狀の長いものを「乳」と呼び、形狀の圓いものを「突」と呼ぶ。分が隱れ脈も隱れる面の上に生じ、龜鱉が一層の泥を頂くように若隱若現するものを、「隱乳」「隱突」と呼ぶ。分が顯れ脈も顯れる面の上に生じ、下垂する鼻子・倒扣する拳頭のように分明なものを、「顯乳」「顯突」と呼ぶ。
隱者氣嫩,只要在個字分金之面中,有矬平而來雖不再有脫卸,即可以嫩乳突,為入穴之毬簷。顯者氣老,雖在個字分金之面中有矬平而降,必須再有脫,另起貼身微泡,方可為入穴之毬簷,夫毬簷者,非比來脈上高起一塊即謂之毬簷也(以下論毬)。
隱乳隱突は氣脈が柔嫩なので、ただそれが个字分金の面の中に低伏平緩して走り來れば、たとえ再び脱卸しなくても、この嫩乳嫩突を拿て入穴の毬簷に充当できる。顯乳顯突は氣脈が老硬なので、たとえ个字分金の面の中に低伏平緩して降りても、必ずもう一度脱卸して、別に貼身の小泡を一つ鼓起してこそ、入穴の毬簷に充当できる。知るべきは、いわゆる毬簷とは、來脈の上に隨便に一塊高く起きればそれを毬簷と呼べるものではないことなった。(以下は「毬」を論ずるる。)
以毬後分開之蟬翼無一矬之峻,作伏落之勢,便無還口之平,作泛起之形,是以兩邊拉下而低垂(毬後無矬平便不分蟬翼),惟中行之脈路,有一矬之峻,作伏落之形於平後,故有還口之平,作泛起之形於矬前,是以中心頓起而有突,若無蟬翼低護於毬旁,無矬平於毬後雖有突泡之起,亦非真毬(突泡無蟬翼非毬,有蟬翼方得穴腮圓胖)。
毬後に分かれ出た蝉翼のあそこには、一段の陡い低伏が伏落の勢いを作ることがなく、すなわち一段の回抬する平緩が泛起の形を作ることもないので、兩邊はただ拉し下って低垂するほかない(毬後に低伏平緩がなければ、蝉翼を分け出せない)。ただ中間に行走する脈路が、平緩の後に一段の陡い低伏をもって伏落の形を作り、これによって低伏の前に一段の回抬する平緩をもって泛起の形を作り、ここに中心が頓然と隆起して突を有する。もし毬旁に蝉翼が低く護衛せず、毬後に低伏平緩がなければ、たとえ突泡が隆起しても、真の毬ではない(突泡に蝉翼がなければ毬ではない。蝉翼があってこそ、穴腮が圓潤豐滿する)。
蓋毬旁有蟬翼之分,毬後有矬平之脈,方有痕影之蝦鬚水,在蟬翼外分出,而合抱其圓唇脈始清,而活氣始動而止也(半山有突泡,又有毬旁分出蟬翼之背,逼開痕影,蝦鬚水方見來脈之清,再看其分出之水合抱圓唇背,更見真氣之止),一字有一義,兩義合一物也,曰:其矬前平盡之處,有突起之頂言之,謂之突,自其頂分開之下,有矬落之墈言之,謂之簷,無毬則生氣不聚,無簷則葬口不開。
毬旁に蝉翼の分があり、毬後に低伏平緩の脈があってこそ、痕影のような蝦鬚水が蝉翼の外から分かれ出て、あの一筋の圓唇を環抱できる。こうしてこそ脈が清爽で、活氣がよく動きよく止まる(半山に突泡があり、これに毬旁の分かれ出た蝉翼の背脊が痕影を逼開することを加えて、蝦鬚水が初めて見えて脈の清爽を現す。さらにそれの分かれ出た水が合して圓唇の背を抱住するのを見れば、なおよく真氣がすでに止まったと見える)。「毬」「簷」の二字はそれぞれ一義があり、合わせてこそ一件のものである。低伏の前・平緩の盡頭のあの隆起の頂に就いて言えば、「毬」と呼ぶ。あの頂の分かれた下・低落の臺坎に就いて言えば、「簷」と呼ぶ。毬がなければ生氣を聚住できず、簷がなければ葬口を開き出せない。
但毬之突起處,脈猶未止也,煞猶未化也,直待前有分開之微口,矬落之峻墈,如帽簷之圓,如屋簷之滴,方脈止而氣吐,陰化而為陽,二者有相須之道,故合而稱之為毬簷,古人謂無宀(音綿)不成穴,以丶(音主)如毬,一(音覓)如簷,其突起也,如淋開低開之穀堆,其開口也,如咬去一塊之饅頭,又謂之孩兒頭者,以毬不可飽硬,欲其有微分之隱八字,微矬之平,有如孩兒之囪門在頂前,微有處簷之微乎上氣,方不死而動(毬有囪門微有方是孩兒)。
ただし毬が隆起する處では、脈はまだ停まらず、煞もまだ化し盡くしていない。必ず前面に分かれた微口・低落の陡坎が現れ、帽簷のように圓く・屋簷のような下滴の勢いがあってこそ、脈は停まったと數えられ、氣は吐き出されたと數えられ、陰が陽に轉化する。毬と簷の兩者は相輔相成するので、合わせて「毬簷」と稱する。古人は「宀」なくば「穴」の字を成さずと言い、上頭のあの一點を毬と看做し、下面のあの一橫を簷と看做した。それが隆起する樣は、水に淋されて頂部が微かに凹んだ穀堆のようであり、それが口を開く樣は、一塊を咬み去られた饅頭のようである。またそれを「孩兒頭」と呼ぶのは、毬が飽脹僵硬してはならない、微かに分かれる隱八字・微かに低伏した後の平緩があって、嬰兒の囟門が額頂の前に長じるがごとくであることを要するためである。この一點の微凹があってこそ、簷上の氣が死せず活動し得る(毬上に囟門のような微凹があってこそ、孩兒頭と稱するに配する)。
譚氏曰:毬簷之下,略生窩葬口,原來正是他,此是天然真正穴,就中倒仗豈差訛。又曰:到穴星辰梗塊全,毬簷相似穴天然,肥圓開口宜融結,葬口原來在面前,今人誤認簷在穴前,好破毬而葬,蓋未見此也(以上論乳突,以下論窩鉗)。
譚氏は言う。「毬簷の下に略々窝を生ず、葬口は元來正に是れ他である。此是れ天然の真正の穴、すなわちに倒杖を施さばどうしてに差訛あらんや」と。その意は、毬簷の下面にわずかに一つの小窝を生じ、あそこがすなわち葬口で、これが天然の真穴で、ここで倒杖の法を用いて葬れば斷じて誤らないということなった。彼はまた言う。「穴に到る星辰、梗塊全し、毬簷相似して穴天然である。肥圓にして口を開くはなるべく融結すべく、葬口は元來面前に在り」と。今の人は誤って簷が穴の前方にあると認め、これによって往々にして毬を破壞して葬りに行く。これはこの兩段の話を読み懂さなかったからである。(以上は乳穴突穴を論じ、以下は窝穴鉗穴を論ずるる。)
若窩鉗穴,頂上分開兩股雌雄砂(即左右明砂),裹定人中水於當中,儼如界水之槽,無脊脈毬簷可見,無分合界水可憑,與乳突廻別(此指深大窩鉗形,俯穴低者言。蓋此等形體兩邊砂高中脈低平,儼如界水而無顯然分合,但有微微矬平隱微分下所謂陽疚是也),
至って窝穴・鉗穴は、山頂上が兩股の雌雄砂に分かれ(すなわち左右兩道の明顯な護砂)、中間のあの「人中水」を當中に裹む。望むに儼然として一條の界水の槽溝で、脊脈と毬簷も見えず、分合の界水も憑據を作す可からず、乳穴突穴と大いに相同じくしない(これは深大の窝鉗形・山勢が俯下して穴位が低い情形について言う。この類の形體は兩邊の砂が高く中間の脈が低平で、見るに界水のようであって明顯な分合がなく、ただ微かの低伏平緩と極めて隱微の分があるのみ、すなわちいわゆる陽脈である)。
然則無脈無毬而可穴乎,曰:脈有陰陽不同,陰脈在突上行,如人手臂之脈,陽脈在凹中行,如人手心之脈,雖有有脊無脊之殊,其呼吸浮沉之動氣,則一也,乳突無呼吸浮沉之動氣,則亦無脈,窩鉗有呼吸浮沉之動氣,則亦有脈(動氣即是隱微之脈,因論窩鉗兼言乳突,亦有微矬微平這脈也),蓋脈之有無,在動與不動,不在脊之有無也,
では脈もなく毬もなければ、なお穴を下せようか。答えて言う。脈には陰陽の別がある。陰脈は突起の上を走り、人の手臂の上の脈のようである。陽脈は凹陷の中を走り、人の手掌心の裏の脈のようである。兩者は脊あると脊なしの分別があるが、呼吸浮沉の動氣は一樣である。乳穴突穴にもし呼吸浮沉の動氣がなければ、それは脈がないに等しい。窝穴鉗穴はただ呼吸浮沉の動氣があれば、それは脈があるに等しい(動氣はすなわち隱微の脈。ここは窝鉗を論ずるるがよって乳突に連帶して言う。乳突にも同じく微低伏・微平緩の脈がある)。これで見れば脈の有無は、動くか動かないかに在って、脊あるか脊なしかに在らない。
然則何以見其動乎,曰:亦在微矬微分、微有微平之間見之,微矬微分之下有微微之現,是氣之呼而沉,微有微平之分,有微微之起,是氣之吸而浮,則微矬微平,微有微起,遞遞而來者,皆呼吸浮沉之氣使然,脈隨氣行,氣到而脈隨之矣,
ではどうすればそれが動いていると見えようか。答えて言う。なお微低伏・微分開・微凹陷・微平緩のこの數處の間において見るべきである。微低伏微分開の下に一點微かの凹陷が顯現する。それは氣が呼び出されて下沉する。微凹陷微平緩の處にまた一點微かの隆起がある。それは氣が吸い入れられて上浮する。ここに微低伏・微平緩・微凹陷・微隆起が一節節として遞って來るのは、みな呼吸浮沉の氣が推動した結果である。脈は氣に隨って走り、氣が一到れば、脈はそれに隨って來る。
但窩鉗中之微起,非果有一塊高過兩邊也(中脈微起,脈之兩邊微低,旁邊微高,與中間脈路相等),因兩邊分去之紋理,俱無矬無平,不見其有,亦不見其起,中間一路,獨有隱隱之分心,而矬平俱有,則矬處見其有,平處見其起(後有微矬,前有微半平之盡處,自然是起),但非如乳突之起,有分水之脊也,
ただし窝鉗の中間のあの微かの隆起は、真に一塊が兩邊より高いのではない(中脈が微かに起き、脈の兩側がわずかに低く、さらに旁がわずかに高く、中間の脈路の高度と大致相當する)。兩旁に分かれ出る紋理はみな低伏なく平緩なく、凹陷が見え出せず隆起も見え出せないからである。ただ中間のこの一路にだけ隱隱の中心分線があり、しかも低伏平緩が樣樣あるので、ここに低伏處に凹陷が見え出せ、平緩處に隆起が見え出せる(後面に微低伏があり、前面に微平緩があれば、平緩の盡頭は自然に隆起となる)。ただそれは乳穴突穴のようには、隆起處に分水の脊を帶びない。
蓋乳突是陽開裹陰,雌雄外結,故界水分開兩邊,窩鉗是陰開裹陽,雌雄內結,故界水不分兩邊(乳突為陰包砂,為陽,陰內陽外,故曰:陽開裹陰,窩鉗為陽包砂,為陰。陰外陽內,故曰:陰開裹陽。外結者,乳突之穴,本身不開口,界水從穴後顯然分來,合於唇下,雌雄砂遠起也,內結者窩鉗之穴,本身開口界水,從穴後恐隱分來團聚口內,雌雄砂近泡也),
もとより乳穴突穴は「陽開裹陰」で、雌雄砂が外面で結聚するので、界水は兩邊から分かれる。窝穴鉗穴は「陰開裹陽」で、雌雄砂が裏面で結聚するので、界水は兩邊から分かれない(乳突本身は陰に屬し、それを包む砂は陽に屬し、陰が內に在り陽が外に在るので「陽開裹陰」と呼ぶ。窝鉗本身は陽に屬し、それを包む砂は陰に屬し、陰が外に在り陽が內に在るので「陰開裹陽」と呼ぶ。いわゆる外結とは、乳突の穴は本身が口を開かず、界水が穴後から明顯に分かれ來り、唇下で會合し、雌雄砂が較遠い處に起きることを言う。いわゆる內結とは、窝鉗の穴は本身が口を開き、界水が穴後から隱隱に分かれ來り、口内に團聚し、雌雄砂が貼近の處に起きることを言う)。
界水不分,中有水矣奈何,曰:水有陽會陰流之不同,窩鉗中肌理分開,舒坦有肉者,水必鋪開而無溝,謂之陽會水,若肌理斂入,逼陷無肉者,水必成溝而直下,謂之陰流水。
界水がすでに兩邊から分かれないなら、當中に水がある。これをどうするか。答えて言う。水にも「陽會」と「陰流」の不同がある。窝鉗の當中で肌理が分かれ開き、地面が舒坦で肉あるものは、水は必ず攤開して流れ去り溝を成さない。これを「陽會水」と呼ぶ。もし肌理が內に收斂し、逼仄凹陷で肉なければ、水は必ず溝を匯して直衝して下る。これを「陰流水」と呼ぶ。
謝覺齊曰:欲識太陽金水穴(太陽穴法詳四卷,龍體穴形篇),又無珠乳難分別,水來破面聚人中,水若行時脈不歇,歇時須要到三叉,氣止水交方是結,淋頭割腳要參詳,推枕毬簷尋活脈,是指陽會水言也(太陽開口闊大具金水之體,落脈無珠,乳突泡宛似水痕破面聚人中者,即上文所謂如界水之槽是也,水交則脈行,水合則脈止,三叉者,三個水交合之處,若以此水交合氣脈尚行,插葬其間,不免淋頭割腳,故點穴必枕毬簷,此申明深大窩鉗中有陽脈穴炎臍結而言),
謝覺齋は言う。「太陽金水の穴を識らんと欲せば(太陽の穴法は詳しくは第四卷《龍體穴形》篇を見よ)、また珠乳なくば分別難し。水來りて面を破り人中に聚まり、水もし行く時は脈歇まず。歇まる時は須く三叉に到るべく、氣止み水交わりて方に是れ結である。淋頭割脚は參詳を要し、毬簷を推し枕いて活脈を尋ねよ」と。これは陽會水に就いて言う(太陽星は口を開いて闊大で、金・水の形體を兼ね具え、落脈する時に珠・乳・突泡がなく、ただ水痕のような溝紋が星面を破り開いて中間に聚まる。すなわち上文のいう「界水の槽に似たる」もの。水が交流するのは脈がなお走っていると説明し、水が一たび會合すれば、脈はこそ停まる。「三叉」は三處の水が交合する處。もし水がなお交流し氣脈がなお走っている處に插葬すれば、淋頭割脚を免れない。ゆえに穴を點ずるには必ず毬簷を枕にしなければならない。これは深大の窝鉗の中に陽脈があり、穴が平臍處に結作することを申明する道理である)。
楊公曰:鉗穴如釵掛壁隈,最嫵頂上有水來,釵頭不圓多破碎,水傾穴內必生災。是指陰流水言也(此以淺小窩鉗結穴高處者言,釵頭是星面頂頭破碎水必淋頭而下),故窩鉗不忌陽會水,只忌陰流水(陽會水有分有脈,陰流水無分無脈),
楊筠松は言う。「鉗穴は釵が壁隈に挂るが如し、最も忌むは頂上に水來ること。釵頭圓ならないば多く破碎し、水傾きて穴内に必ず災を生ず」と。これは陰流水に就いて言う(これは淺小の窝鉗・結穴が高い處にある情形に針對して言う。「釵頭」は星面の頂頭を指し、頂頭が一破すれば、水は必ず淋頭して下る)。だから窝鉗は陽會水を忌まず、ただ陰流水を忌む(陽會水は分あり脈あり、陰流水は分なく脈なし)。
然水雖陽會,終無分水之脊,何能使穴中無水乎,曰:有隱隱之分勢,水從隱隱之分勢而分去,有隱隱之矬平,水從矬平之兩邊分開,不從矬平之中間一直流下,故不成溝而名陽會水,雨滲人上,亦隨分開之紋理,兩邊斜斜滲去,故壙中自無水淋,是以窩鉗之穴,形俯而穴低者,穴後有數丈高,庸眼視之,似為界水,而實無水淋也,
しかし水は陽會ではあっても、終に分水の脊がない。どうして穴中に水が進入しないと保證できようか。答えて言う。あそこには隱隱の分勢があり、水はすなわちこの隱隱の分勢に順って分かれて流れ去る。あそこには隱隱の低伏平緩があり、水はすなわち低伏平緩の兩側から分かれ、低伏平緩の正中から一途に衝って下ることはない。ゆえに溝を成さず、こそ陽會水と呼ばれる。雨水が土に滲み入るのも、分かれた紋理に順って兩邊に斜々に滲んで行くので、墓穴の裏に自然に水淋がない。ゆえに窝鉗の穴中のあの山勢が俯下して穴位の低いものは、穴後になお數丈の高さがあり、外行の人が見れば一條の界水のようだが、實は水淋することはない。
然無垂頭之勢,唇氣之吐,弦菱之伶俐者,中間必無動脈,而有水淋,故此三者,又為看窩鉗之先務,有此三者,然後可以能看動脈,然後可以察毬簷,但窩鉗之毬簷,不能如乳突之顯然突起,只可觀其水平臍結處為穴,臍結者,其上必有一矬之墈,如簷之滴,一矬之上,必有一平之盡,如毬之起,則窩鉗之毬簷,亦即是動脈之矬平盡處也(有矬平方有毬簷,有毬簷方有真脈),
ただしもし垂頭の勢いがなく、唇口の吐氣がなく、弦棱もまた清楚利落でなければ、中間には必ず活動の脈がなく、すなわち必ず水淋する。だからこの三樣は窝鉗を察看する頭等の要務である。この三樣があって、それから初めて動脈を見ると談じ得、それから初めて毬簷を察すると談じ得る。ただ窝鉗の毬簷は乳突のように明顯に隆起できず、ただそれが水平臍結の處を見て以て穴を定めるほかない。いわゆる臍結とは、上方に必ず一段の低落の臺坎があって屋簷滴水のようであり、この低落の上に必ず一段の平緩の盡頭があって毬の隆起のようである。これで見れば窝鉗の毬簷は、すなわち動脈の低伏平緩の盡頭處である(低伏平緩があってこそ毬簷があり、毬簷があってこそ真脈がある)。
故既曰:無珠乳難分別。又曰:推枕毬簷尋活脈,正欲人於低穴之中,察其呼吸之動氣耳,形仰者(淺小窩鉗),去頂不遠,即有平臍,立穴猶易,形俯者(深大窩鉗),去頂數丈,方有平臍,立穴甚難,須遵水若行時脈不歇之語,插於水平臍結之處為宜(臍結者上面微平有隱隱分水,下面水痕交合也,窩鉗大小結穴皆然),若陰脈結穴,亦宜合眠幹就溼之法(眠幹者,上枕毬簷,就溼者,下線合水),如湊急而插(插毬之前後與破毬湊簷俱是),則傷龍斗煞耳(以上概論窩鉗陽脈,並言窩鉗陰脈,結穴亦宜眠幹就溼,總是上有分而下有合之意,以下分論窩鉗形體耳)。
ゆえに謝氏はすでに「珠乳なくば分別難し」と言い、また「毬簷を推し枕いて活脈を尋ねよ」と言う。まさに人に低穴の中においてあの呼吸の動氣を體察させるとするである。形體が上仰するもの(淺小の窝鉗)は、山頂を離れて遠からずして平臍處があり、立穴はなお比較的容易である。形體が俯下するもの(深大の窝鉗)は、頂を離れて好幾丈あって初めて平臍處があり、立穴は甚だ難しい。必ず「水もし行く時は脈歇まず」のこの句を遵照して、水平臍結の處に插してこそ妥當である(いわゆる臍結とは、上に微平があって隱隱の分水があり、下に水痕の交合がある。窝鉗は大小を論ぜず、結穴はみなこのよう)。もし陰脈が穴を結ぶなら、また「眠干就濕」の法度に合すべきである(眠干は上頭が毬簷を枕にし、就濕は下頭が水に合する)。もし凑り急ぎすぎて插せば(毬の前後に插しても、毬を破って簷に凑っても、みな算入する)、それは龍を傷り煞に衝くことになる。(以上は總じて窝鉗を論ずるる。)
兩掬圓抱如筲箕金盤之形者,曰:窩。兩臂直垂如金釵火鉗之形者,曰:鉗。窩有大小深淺之不同,鉗有長短曲直之不一,有撞背而開者,有橫過而開者,有勾轉而開者(一是直來直結,一橫來正結,一是勾轉逆結),俱要頂頭圓淨,有分金之面(頂不圓淨,水必破面),內觀外觀,其微砂顯砂俱有外背內面之真情,抱曏者方有口菱生氣(此承窩鉗言),但窩無圓唇不成,鉗得乎臍便結(窩圓寬展必須水合唇下,鉗直不能寬展,故得平臍一結。上文概論窩鉗得平臍結穴,此處分言窩宜圓唇,鉗宜平臍者,須知窩有圓唇上面自有毬簷,後水分唇前水合是水平臍結之顯然者,鉗得乎臍上有分水即毬簷之微分,下有合水即圓唇之隱合圓。窩鉗形體互異,故結穴稍有不同,其貼身分合證穴則一也,以下論窩鉗所忌異同)。
兩掌を合攏するがごとく圓圓と環抱し、形狀が筲箕または金盤のようなものを「窝」と呼ぶ。兩臂が直直に下垂し、形狀が金釵または火鉗のようなものを「鉗」と呼ぶ。窝には大小深淺の不同があり、鉗には長短曲直の差別がある。背後から直衝して開くもの、橫過來して開くもの、勾轉して來て開くものがある(一つは直來直結、一つは橫來正結、一つは勾轉逆結)。この數種はみな頂頭が圓潤潔淨で分金の面がなければならない(頂頭が圓淨でなければ、水は必ず星面を破り開く)。內から見ても外から見ても、あの微細の砂と明顯の砂にみな外背內面の真情があって、環抱朝向し得るものが口棱と生氣を有する(これは窝鉗を承接して言う)。ただし窝は圓唇なくば穴を成さず、鉗はただ平臍處を得れば結べる(窝は圓く寬展するので、必ず水が唇下で交合するを要す。鉗は直くて寬展できないので、平臍一處を得れば結べる)。
界水成溝破頂(破頂則無金之固),窩鉗並忌,界水唇下成溝,窩忌而鉗不忌(窩體坦圓,雖雄砂短唇下窩平容聚方有會合幹流,鉗形直垂,雌雄砂長,兩砂頌抱轉取水臍結處,更得貼身分合,故唇下成溝不忌,以下論穴法)。
界水が溝を匯して山頂を衝破する(頂が一破すれば、金體の堅固を失う)のは、窝と鉗ともに忌む。界水が唇下で溝を匯するのは、窝は忌み鉗は忌まない(窝の形體は平坦圓滿で、雌雄砂は短いが、唇下の窝平が聚氣を容納できるので、會合する干流がこそある。鉗の形體は直垂で、雌雄砂が較長く、兩砂が環抱回轉し、水平臍結の處を取り、また貼身の分合があるので、唇下で溝を成しても忌むに及ばない。以下は穴法を論ずるる)。
微微窩鉗,承胎而葬(小窩鉗宜插頂。占人以毬為胎,承胎者,因毬簷不甚顯明開口,又小唇氣短縮者,於頂前微壓處,如合谷穴是也),金盤之窩穴必居中(金盤四面皆口菱,插正中微突處),側鉗挨食指根之轉皮(穴飛鉗脈),合鉗插兩鉗盡處之胖肉(即玉筋夾錢頭之穴法),開鉗(即是分鉗),看後倚前親之勢(看四面定穴),邊鉗觀股明股暗之情(穴居伏水明邊),此皆易曉。
極めて微細の窝鉗は、「承胎」して下葬する(小さな窝鉗は頂上に插すによい。古人は毬を胎と當作し、いわゆる承胎とは、毬簷があまり明顯でなく・開口がまた小さく・唇氣が短縮するので、頂前の微かに下壓する處に葬るを要する。人の身上の合谷穴のごとし)。金盤形の窝は、穴は必ず中に居る(金盤は四面にみな口棱があるので、正中の微突の處に插す)。側鉗は、食指根部の轉皮のような位置に挨着する(これは飛鉗の脈を取る)。合鉗は、兩鉗の末端が相合する處の豐滿した肉の上に插す(すなわち「玉筋夾饅頭」の穴法)。開鉗(すなわち分鉗)は、後面の倚靠・前面の親近の形勢を見る(四面觀察して以て穴を定める)。邊鉗は、一股明一股暗の情形を見る(穴は界水の明顯なあの一邊に取る)。これらはみな比較的明白しやすい。
惟大窩、深窩、長鉗、直鉗之形,俯者穴低有中陽脈呼吸浮沉之動氣,為最難認也(陽脈甚微,高低之形若有若無,難以體認),故致詳論於此(篇中詳論窩鉗,詳言形俯穴宜低,認陽脈穴法,蓋言其所至一者,篇終復又指出其叮嚀之意深矣,閱之者最宜著眼勿忽)。
ただ大窝・深窝・長鉗・直鉗のこの數種の形狀は、山勢が俯下して穴位が偏低く、當中に陽脈の呼吸浮沉の動氣があり、最も辨認し難い(陽脈は極めて微弱で、高低起伏が若る若く無かるがごとく、甚だ體察し難い)。ゆえにここで厭きず煩せず詳しく論議するのである(本篇は窝鉗を詳論し、形體が俯下する穴は低きによいことおよび陽脈を辨認する穴法を着重説明し、講じる所は最も要緊の一點である。篇末にまた再三點出し、叮嚀の意は十分に深切で、讀者は最も留意すべく、切に輕忽する勿れ)。
陽脈結穴圖已見首卷合割篇,後茲復附長鉗圖,以明水平臍結之穴法
陽脈結穴の圖はすでに第一卷《合割》篇に見える。ここにさらに一幅の長鉗圖を附して、もって水平臍結の穴法を説明する(今本はこの説明のみ存し、圖形はすでに佚す)。
附論:乳突窩鉗,雖形體不同,而陰陽變化葬法則一,但乳突無窩鉗不真,窩鉗無乳突必偽,蓋乳突陰也,毬旁蟬翼分明開,抱其穴暈,此即隱隱窩鉗,陰化為陽也。窩鉗陽也,穴後毬簷突起,證其穴情,此即微微乳尖,陽化而為陰也,所以乳突之顯者,不可無隱隱窩鉗,窩鉗之顯者,不可無微微乳突,
附論。乳・突・窝・鉗の四種の穴は形體こそ異なれど、陰陽變化の道理と葬法は一致する。ただ乳穴突穴は窝鉗の意なくば真ならない、窝穴鉗穴は乳突の意なくば必ず假である。乳突は陰に屬し、毬旁の蝉翼が分明に張開して穴暈を環抱する。これはすなわち隱隱の窝鉗で、陰が陽に轉化する。窝鉗は陽に屬し、穴後の毬簷が突起して以て穴情を印證する。これはすなわち微微の乳尖で、陽が陰に轉化する。ゆえに明顯の乳突は隱隱の窝鉗なくしてはならない、明顯の窝鉗は微微の乳突なくしてはならない。
而微乳嫩突,亦必有隱隱窩靨之穴暈,淺窩短鉗,亦必有微微乳突之氈簷,以見陰陽交互,而成太極,內照經所謂:上有天輪影,下有土堦,中成太極暈是也,天輪影者,毬簷肌理分開金面,如天之圓,土堦者,唇氈托起,如地之厚,兩旁痕影水分垂太極暈平垣豐隆,含太和之氣,包乎其中,如男女媾精,胚胎初結,生生不息,而三才始備。
そして微小の乳・柔嫩の突もまた、必ず隱隱に凹陷して窝靨の如き穴暈があり、淺淺の窝・短短の鉗もまた、必ず微微に隆起して乳突の如き氈と簷がある。これによって見れば、陰陽が交互して太極を成す。すなわち《內照經》のいう「上に天輪影あり、下に土階あり、中に太極暈を成す」である。いわゆる天輪影とは、毬簷の肌理が分かれて金面を開き、圓くて天の如し。いわゆる土階とは、唇氈が托起して厚くて地の如し。兩旁の痕影水が分かれて垂れ下り、中間の太極暈は平坦豐隆で、冲和の氣を含んでその中に包裹し、男女の交合・胚胎の初結のごとく、生々として息せず、ここに天・地・人の三才がこそ齊備する。
故穴法多端,不外乳突窩鉗,而四周結穴,總以毬簷唇氈為證,蓋有毬簷,水方能分,有唇氈水方能合,平洋分合篇,所謂真分合者,亦指貼穴分合水言也。
ゆえに穴法は多種多樣だが、總じて乳・突・窝・鉗の四種を出ず。そして四面に結穴するのは、一概に毬簷と唇氈をもって憑證を作す。毬簷があってこそ水が分かれ開け、唇氈があってこそ水が合わり攏る。平洋《分合》篇の裏のいう「真分合」とは、指す所もまたまさに貼穴の分合の水である。
若天輪影邊高邊低,金面不正,似玉堦而邊凹邊凸,或偏斜傾瀉者,即是分不成分,合不成合,其中何能有太極暈,此惟智者明以辨之,更合牽乳插窩,避突就鉗,或有窩而葬乳,有鉗而葬突,皆為窩鉗,無微微乳突,乳突無隱隱窩靨,孤陽不生,前陰不化,毬簷唇氈,不真故耳。
もし天輪影が一邊高く一邊低くて金面が端正でなければ、土階が玉階に似ても一邊凹み一邊凸し、あるいは歪斜傾瀉するならば、それは分が分を成さず・合が合を成さないのであって、その中にどうして太極暈があり得ようか。これは識見の高明な人のみが辨え清めることができる。またあの乳を牽き開いて窝の中に插し、突を避けて鉗に就き、あるいは窝あるも乳上に葬り、鉗あるも突上に葬るのごとき做法は、その病根はみな、窝鉗の裏に微微の乳突なく、乳突の裏に隱隱の窝靨なく、孤陽が生發できず純陰が化解できず、毬簷唇氈がともに真切でないに在るだけである。
按內照經以毬簷為穴星,必合四個星辰方真,曰:紫微,形如隱眉。曰:太乙,形如雞距。曰:旺龍,形如覆釜。曰:木星,形如玉尺。有顯然或形者,有隱然出面,痕影小水界成形者,以見毬簷形體不一故附錄於此。
按、《內照經》は毬簷をもって穴星と當作し、必ず四種の星辰の一に合してこそ真と數えると認める。一は「紫微」、形狀は隱約の眉毛の如し。二は「太乙」、形狀は鶏の後距の如し。三は「旺龍」、形狀は倒扣する鍋の如し。四は「木星」、形狀は一柄の玉尺の如し。これらの形狀は、あるものは明顯に見え、あるものは隱隱として一つの面を現出し、痕影の小水に靠りて形狀を界劃する。これによって見れば毬簷の形體は一種に止まらないので、ここに附錄する。
石山
(以下口篇,舊在三卷之末,因其亦論開面列於乳突窩鉗之次)
(以下の數篇は、舊本はもともと第三卷の末尾に排したが、それらは同じく開面を討論するので、《乳突窝鉗面》の後に移した。原文の篇數の處は底本に一字殘缺する。そのまま録して補わない。)
土乃山之的〈肉〉,石乃山之骨,觀人骨中有氣,則石中有氣可知,故氣一亦宜開面石八字,層層分開,有矬有平,穴情真的,或石隙土穴,或兩旁硬石,中間嫩石可鋤(嫩石不但可鋤,更須入水即化,無細砂閒襟者,謂之結土結者實也),或面層是石下有嫩土(即天蓋穴),或圓唇是石,而不欹斜者,其福力惟視開面之大小多寡,地步之廣狹為轉移,不因石而有煞,或反得石而清貴,或得石曜而兼兵權者有之。
土は山の肉、石は山の骨である(底本は「肉」の字を「的」と作り、旁注が改正する。ここは原樣を照録する)。人の骨頭の裏に氣があるを見れば、石頭の裏にも氣があると知れる。ゆえに石山も同じく開面すべきである。石頭が八字形に層層分かれ、低伏と平緩があってこそ、穴情が真切である。あるものは石縫の裏に土穴を藏し、あるものは兩旁が硬石で中間が鋤動できる嫩石である(嫩石はただ鋤動できるだけでなく、水に入れば化し、裏面に細砂の雜質がなくてこそ「結土」と呼ばれる。「結」は密實の意)。あるものは表層が石で底下に嫩土がある(すなわち「天蓋穴」)。あるものは圓唇處が石であって歪斜しない。この類の地の福力は、ただ開面の大小多少・地歩の寬窄を見て以て定め、石があるがよって煞を帶ぶることはない。あるものはかえって石を得て淸貴であり、あるものは石曜を得て兵權を兼ね掌する。みな石の貴賤に因るのではなく、開面の真假に因るのである。
惟穴後無石八字而石紋直生斂入,無矬無平,脈無動氣,或飽硬巉巖,不開金面(無分金之面),不但穴中有直生尖射之石為煞,即石中土穴亦有煞,而不可插也。
ただあの種の、穴後に石頭の八字分開なく、石紋が直挺挺に生出して內に向かって收斂し、低伏なく平緩なく、脈上に動氣がないもの、あるいは飽脹僵硬で怪石嶙峋として金面を開き出せないもの(すなわち分金の面がない)であれば、穴中に直生尖射する石頭が煞であるばかりでなく、石頭の裏の土穴も同じく煞を帶びる。絶對に下葬してはならない。
論一
葬書云:地有吉氣,土隨而起,是驗真氣於土也。又云:山勢原骨,是驗真氣於石也。蓋山體屬金,金氣旺盛則生石,其因氣而行,截氣而止,形跡較土更顯,力量較土倍重。
《葬書》に「地に吉氣あれば、土隨いて起つ」と言う。これは土の上から真氣を驗證する。また「山勢は骨に原る」と言う。これは石の上から真氣を驗證する。山體は金に屬し、金氣が旺盛になれば石頭を生出するからである。石頭は氣に隨いて行走し、氣が一截かれれば它就停住する。その形跡は土よりも明顯で、力量も土より加倍して深重である。
石之行也,頭向前者為奔勢,腳向前者為降勢,兩邊丿丶壁立分開,是大分勢,微微露起如八字,是小分勢,石脈一線委蛇曲折,出於大分小分之中,或大小相間,高低起伏,或如梯級,或如褥裀,或如波浪而來者,皆氣之行也,兩邊平坦,中間微高,如束咽者,是氣之入首也。
石頭が行走する時、頭が前を朝くものは奔勢、脚が前を朝くものは降勢。兩邊が撇捺のように壁立して分かれるものは大分勢、ただ微微に露れて八字形の如きものは小分勢。石脈は一條の線のように蜿蜒曲折して、大分と小分の中から穿り出る。時に大小相間である、時に高低起伏し、時に梯級の如く、時に鋪き開く褥墊の如く、時に波浪のように涌き來る。これらはみな氣が行走している。兩邊が平坦で中間が微高に、咽喉を束緊した樣のようになるに至れば、それは氣が入首の處に到ったのである。
然石勢雄急,非頓立開面,勢不能止,其止也如壁之立,為正開面,挺立而頭俯為垂頭開面,有石毬開面,而簷是土者,有土毬突起,而簷是石者,或開面之下,更有石脈鋪出,分解開鉗,中含真土,或落下不出石脈,有真土隆起,均宜認脈索氣而插,切忌開煞。
ただし石勢は雄壯急促で、頓然と立ち住まって面を開かなければ、氣勢は停まり下れない。それが停住する樣は、牆壁のように直立するものは正開面、挺立して頭部が俯下するものは垂頭開面。あるものは石頭で作った毬が開面して簷は土であり、あるものは土で作った毬が突起して簷は石である。あるものは開面の下にまた石脈が鋪展して出て、分解開いて鉗形を成し、中間に真土を含む。あるものは落下して後に再び石脈を出さず、真土の隆起がある。これらはみな脈を認め準え氣を尋ね着いてこそ下葬すべく、切に煞に鑿き到るを忌む。
但頓立之面,高者數丈,低者四五尺,兩旁之石,亦必開面向我者為真,如開面而破碎欹斜,或一邊斂入,或一邊向外,或一直生下,無論大小高低皆假,其有兩邊開面,一面向正龍,一面自去結穴者,總是護砂。又有滿山之石,皆向一邊開面者,是他山之朝應,有似開面而巖穴空闊者,是縮氣之山腳,或以壁立而零星間土,與駝出而肥滿者,是山之後背,此皆開面之假也。
頓然と立ち住まるあの面は、高いものは幾丈、低いものにも四五尺ある。兩旁の石頭もまた必ず面を開いて我を朝してこそ真と數える。もし開面しても破碎歪斜であれば、あるいは一邊が內に向かって收斂し、あるいは一邊が外に向かい、あるいは一直に生じて下るならば、大小高低を論ぜずみな假である。もし兩邊とも開面して、一面は正龍に朝し一面は自ら行って穴を結ぶものがあれば、それは終究ただ護砂である。また滿山の石頭がみな一邊に向かって開面するものは、それは別の山に朝應を作するのである。あるものは開面するように見えて岩洞が空闊なものは、それは氣を縮めた山脚である。あるものは壁立して零星に土を夾雜し、あるいは驼起して肥滿なものは、それは山の背面である。これらはみな假の開面である。
若老山之石,滑而渾大,嫩山之石,闊而多紋,在山背其紋直,在山肋其紋斜,在山頂其銘銳,在開面其紋橫,石鉗生於窩鉗,石井開生於乳突,選砂形如丿丶,顧穴勢必彎環,故捍門、華表、北辰、羅星諸體,半是石山,更有開橫於溪河,為鐵門金鎖,其內定有天地,蓋旺氣自祖山發足,融結真穴,於大龍將盡未盡之間,氣復有餘,包羅在外,近則見於下砂,遠則見於水石,然石山結穴雖憑石之開面,仍以得土為真,而石紋裹轉,與石山內顧,皆不可不察也。
至って老山の石頭は、光滑にして渾大、嫩山の石頭は、寬闊にして紋多し。石紋は山背に在れば直く、山肋に在れば斜めに、山頂に在れば尖鋭に、開面處に在れば橫である。石鉗は窝穴鉗穴の上に生じ、石井は乳穴突穴の上に生じる。曜砂の形狀は撇捺の如く、穴場を回顧する氣勢は必ず彎環する。ゆえに捍門・華表・北辰・羅星のこの數種の形體は、半分がみな石山である。さらに溪河の間に橫開するものがあって、「鐵門」「金鎖」と呼ばれ、その裏面には必ず別に一番の天地がある。旺氣が祖山から發足し、大龍の將盡未盡の間に融結して真穴を出し、氣になお餘りがあれば、外面に包羅する。近處は下砂と現れ、遠處は水中の石頭と現れる。ただし石山の結穴は石頭の開面に靠りて判斷するが、なお真土を得るをもって真とするべきである。そして石紋が裹卷回轉するか否か・石山が內に向かって回顧するか否かは、この一處が關竅である。
峻山
峻山有坐、臥、立、三體,星辰不開面,無動氣者皆凶。開面而有動氣者俱吉。非坦緩便吉,陡峻即凶也。賴太棄掛鐘形,鑿壁而葬,楊均松掛壁燈貼壁而插,此皆先哲之垂範。今峻山高穴,發福者處處有之,只要星辰開面,大八字有菱角,脈路有隱分之矬平,或數次,或十餘次,或略有顯分,仍有隱隱矬平在其中者更妙。
陡峻の山には坐・卧・立の三種の體態がある。およそ星峰が開面せず動氣のないものはみな凶で、開面して動氣あるものはみな吉である。坦緩ならば必ず吉で陡峻ならば必ず凶というのではない。宋代の賴布衣(賴太素)は挂鐘形に遇えば、山壁を鑿き開いて下葬した。楊筠松は挂壁燈形に遇えば、山壁に貼って穴を插した。これらはみな前賢の留下した範例である。今、陡峻の山上の高穴で發福するものは隨處にある。ただ星峰が開面し・大八字に棱角があり・脈路の上に隱分の帶來する低伏平緩があり、あるいは幾次・あるいは十幾次あればよい。もしなお略々一點の顯分を帶び、その中になお隱隱の低伏平緩があれば、なお妙である。
分處是開陽獻面,平處是束陰吐脈,矬下有微微之脈,即是氣之呼而沉,平盡有微微之起即是氣之吸而浮,有此陰陽變化,呼吸浮沉之動氣,任千般怪穴,皆可插葬,況端正開面之峻山乎。但峻山之穴,無微窩則氣不蓄,無近楚則氣不收,二者均不可少。
分かれた處は開陽獻面で、平緩した處は束陰吐脈である。低伏の下に一點微微の凹陷があれば、すなわち氣が呼び出されて下沉する。平緩の盡頭に一點微微の隆起があれば、すなわち氣が吸い入れられて上浮する。この種の陰陽變化・呼吸浮沉の動氣があれば、たとえ千百種の怪穴があっても下葬できる。何況んや端端正正に面を開いた陡峻の山であろうか。ただ陡峻山上の穴は、小さな凹窝なくば氣を蓄え得ず、貼近の案山なくば氣を收め攏め得ない。この兩樣はどちらも少なくてはならない。
獨山
經曰:“氣以龍會,而獨山不可葬也”。此惟為山谷之單山,獨聳壙野間之閒散孤山,不開面而無動氣者言之。
《葬經》に言う。「氣は龍を以て會し、而して獨山は葬るべきではない」と。氣は龍脈に靠って匯聚し、孤零零の一座の山は下葬できない。この句はただ山谷の中の孤立する單山・曠野の裏に獨自に聳起する閑散孤山で、しかもあの開面せず動氣のないものに針對して言うのである。
若真龍行於平地,忽然突起一山,開面而有動氣者,即無陰砂纏護必有裙欄兜收(即唇氈兜起)。或以水繞當山纏,或以遠山為城郭。不但開腳星辰,有龍虎護衛者可插。即正體星辰,無龍虎護衛,但得毬簷蟬翼,或虯髯砂蔽棺官(虯髯貼穴兩邊之護砂),亦可埋葬,福力視後龍之輕重,得水之多寡而推,不因山獨而減也。
もし真龍が平地の上を行走していて、忽然と一座の山を突起させ、開面もあれば動氣もあれば、たとえ陰砂の纏護がなくても、必ず裙欄の兜收がある(すなわち唇氈が上に向かって兜起する)。あるいは水の環繞をもって山の纏護に充当し、あるいは遠處の山をもって城郭を作す。このような山は、開脚星峰に龍虎護衛あるものが下葬できるばかりでなく、正體星峰に龍虎護衛がなくても、ただ毬簷・蝉翼があり、あるいは虯髯砂が棺槨を遮蔽するものがあれば(虯髯は穴場の兩旁に緊貼する護砂)、同じく下葬できる。その福力は、後龍の輕重・水を得る多少を見て以て推斷し、山が孤獨なるがよって減損することはない。
高山
高山穴,如金斗形之樑上穴,插劍形之配上穴,照天臘燭之炎上穴,仙人大座形之囪門膝頭穴是也,其龍虎纏護,水口近案,不如低穴之可以外借。
高山上の穴は、たとえば金斗形の「梁上穴」・插劍形の「配上穴」・照天蠟燭形の「炎上穴」・仙人大座形の「囟門穴」や「膝頭穴」等々である。この類の穴の龍虎纏護と水口近案は、低穴のように外に向かって別處の山水を借用することはできない。
俱要本身自具真面向裡,下雖高峻到穴,如登平地拜壇,兜衿之外,猶有餘地平鋪,不待填砌者方可,或無生成之平,或雖有平而龍虎纏護,水曰近案,非本身所生,或雖本生身成,而無真面顧內,或雖真面顧內,而本身不開面,無動氣者俱假。
それらは必ず本身自帶の真面が內に朝向しなければならない。山の下面は高峻だが、一たび穴に至れば平地の祭壇に登ったように平坦で、兜衿の外にまた餘地が平鋪し、人工の填砌を要しない。こうしてこそ行ける。もし天然生成の平地がなければ、あるいは平地があっても龍虎纏護・水口近案がみな本身の生出したものでなければ、あるいは本身の生出したものであっても真面が內に朝しなければ、あるいは真面が內に朝しても本身が開面せず動氣がなければ、これらはみな假である。
即地本身有開面動氣,而後龍不脫卸無纏護者,僧道之地。雖有脫卸纏護,而無臺屏帳峽疊出者,丁財之地。雖有臺屏帳峽,而一出龍虎之外,只有本山獨高,餘山皆低者,仙佛之地。惟臺屏帳峽俱備,侍從纏護齊高,方為富貴之地。
たとえこの塊の地が本身に開面あり動氣ありでも、後龍がかつて脱卸せずまた纏護がなければ、それはただ僧道を出す地である。脱卸纏護があっても、臺・屏・帳・峽が層層疊出しなければ、それはただ人丁を旺にし財帛を發する地である。臺屏帳峽があっても、一たび龍虎の外に出ればただ本山が獨自に高聳して其餘の山がみな低伏するなら、それは仙佛を出す地である。ただ臺・屏・帳・峽が樣樣齊備し、侍從纏護も一齊に高く起きてこそ、富貴の地である。
其力量大小,亦在龍格輕重地步廣狹推之。但高穴收山不收水,取天清之氣居多,峰巒不秀不成,大抵貴多而富少,名高而望重。
至って力量の大小は、同じく龍格の輕重・地歩の寬窄から推斷する。ただ高處の穴は山を收めて水を收めず、多くは天上清明の氣を取るので、峰巒が清秀でなければ成り立たない。大體は貴多くして富少なく、名聲が高く聲望が重い。
偶有開面
或曰:有一節開面,便可言地乎?曰:必分龍入首入穴,俱開面者方真。若分龍開面,而行度山頂,及入首入穴處,半山與毬簷俱不開面者假。惟到頭穴山出脈之化生腦,遞脈之突泡,臨穴之毬簷,俱開分金之面,有矬平呼吸浮沉之動脈者,必能結地,大小久暫,當看後龍。
ある人が問う。ただ一節が面を開けば、それをもって好い地と言えようか。答えて言う。必ず分龍・入首・入穴の三處がみな開面してこそ、真と算えられる。もしただ分龍が開面して、行度途中の山頂および入首・入穴の處で、半山と毬簷がともに開面しなければ、それは假である。ただ到頭の穴山の上に出脈する化生腦・遞脈の突泡・臨穴の毬簷が、悉く分金の面を開き出し、しかも低伏平緩・呼吸浮沉の活脈があってこそ、必ず地を結べる。至って地の大小・發福の久暫は、後龍がどうかを見るべきである。
泛頭不開面
或曰:山體開面者,有不開面者,混於中,奈何?曰:不開面為泛頂,惟分龍入首入穴處忌之。見於行度處,當視其多寡,泛頂少而開面多者,定是真龍,泛頂多而開面少者,得分龍入首入穴開面,猶不失為小地。分龍入首入穴,俱不開面,才是砂體。
ある人が問う、一本の山脈の中に、面を開く所と開かない所が混在している場合はどうすればよいか。答えて言う、開面しないのを「泛頂」と呼ぶ。ただ分龍・入首・入穴の三か所においてのみ必ず忌まねばならない。行度途中に現れたなら、その多寡を見るのである。泛頂が少なく開面が多いのは、必ず真龍である。泛頂が多く開面が少なくとも、分龍・入首・入穴の所で面を開くことができれば、なお一か所の小地をなすに足る。分龍・入首・入穴の三か所とも開面しないものこそ、真に砂体である。
巻三
太祖
經云:“只要源頭來得好,起家須是好公婆”。故論祖宗者,必以出身之太祖始,天幹龍,太祖在數千里之遠,特起名山跨州連郡,高大插天,萬派之山,皆祖於此,所謂權星是也(權星,大抵多是土金之體,蓋惟土金方能綿直,若水木火星體,流動卓立,而分形多作近祖)。
経書に言う、「源頭の來るがよければ、起家には須く好公婆あらんことを」と。ゆえに祖宗を論ずるるには、必ず龍脈の出身する太祖山より講じ起こす。天干龍の太祖は数千里の外に遠く、特意に一座の名山を聳起し、州を跨ぎ郡を連ね、高大にして天に插ち、万千の支脈の山は皆それを以て祖とする、此すなわち所謂「權星」である(權星は大半が土星・金星の形体、ただ土金のみが綿延正直をよくするがゆえである。水・木・火の三種の星體に至っては、形態は流動挺拔にして、多半はただ近祖を充当するに過ぎないである)。
凡一省一郡,各有權星,仙佛王侯卿相之地,必本於此。小幹龍太祖在數百里之遠,亦必特達高壓眾山,或成龍樓寶鸞、瓊閣諸形。所謂尊星是也。正幹正結之地,必本於此。枝龍太祖,即大幹龍之分枝,亦有遠至數百里數十里者,貴分臺屏帳蓋。其次大面星辰,再次小面星體。所謂雄星是也。
每一省、每一郡には各々自家の權星あり、仙佛・王侯・卿相を出す地は、必定それを以て本源とする。小干龍の太祖は數百里の外に在りて、もまた必定に超羣拔萃し、群山に高壓し、或いは龍樓・寶鸞・瓊閣の一類の形狀を形成す、此すなわち所謂「尊星」である。正干正結の地は、必定それを以て本源とする。枝龍の太祖は、すなわち大干龍の分かれ出る枝にして、もまた數百里、數十里に遠き者あり、よく臺・屏・帳・蓋を分出するを以て貴とし、その次は大面の星峰有り、再びその次は小面の星體有り、此すなわち所謂「雄星」である。
太祖雖遠近不同,均須開極大之勢。大八字、大護帶亦多行度處,辭樓不作降勢,或但有牽連之形,兩邊護從岡阜少者,為旁龍賤格(此在太祖分龍處辨其優劣)。
太祖山は遠近の不同有りであっても、却も皆極めて宏大の氣勢を展開することを要す。大八字・大護帶は行度途中にももまた必ず多きべし。もし辭樓の後に下降の勢を擺出せず、或いはただ牽牽連連の形狀のみ有り、兩旁護從の崗阜又稀少なれば、すなわち是れ旁龍の下賤の格局である(此れは太祖分龍の地方に於いてその優劣を分辨するである)。
繆仲淳曰:“山分八面,出各有枝,勢之所向,其結必多”。又曰:“眾皆趨蹌,我獨張揚”。皆辨貴賤正旁之捷訣。蓋出身處關係最緊,前途雖遠,莫不預定於斯。管氏曰:“遠奪天地蹤跡,已形於此”,出脈正指此也(此篇因太祖而兼及分龍)。
繆仲淳は言う、「山分八面、出各有枝、勢の所向、其結必多」と。又言う、「衆皆趨蹌、我獨張揚」――衆山は皆趨奉隨從の姿態、唯だ我が此一條のみ昂然として張揚す。此等は皆貴賤・正旁を分辨する捷訣である。というのは出身の處は關係最も緊要にして、前途は遥遠なりであっても、無くしてこの處に於いて預め決定しないなし。管氏は「遠奪天地蹤跡、已形于此」という、講ずるる所は正に出脈のこの事である。(この一篇は太祖を講ずるるがよって連帯して分龍に講じ到る。)
分龍
分龍即出身處(分龍者,太祖山之出脈,前去龍身自此分出也),楊公謂之源派,定祖宗,窮本源,察長短,辨真假,審力量,莫不於分龍處觀之(分龍與分枝不同,分枝者,從大小幹分出也)。
分龍はすなわち龍脈の出身の處である(所謂分龍は、太祖山の出脈にして、前面のその条の龍身はすなわちこの處より分かれ出ず)、楊筠松はのを「源派」と稱す。祖宗を確定し、本源を追究し、龍の長短を考察し、真假を辨別し、力量を審度するに、一つとして分龍の處に於いて觀察しないなし(分龍は分枝と同じからず。分枝は大干・小干の上より分かれ出ずる者である)。
未分龍以前,雖有高峰大嶽,乃眾山之祖,本山太祖,必以分龍處為是,故以之定祖宗。未分龍以前,雖有千溪萬壑,乃眾水之流,本山水源,必以出身處旁分兩水,夾送龍身,漸以成大會於局內,與外明堂者為是,故以之窮水源。
分龍以前に於いて、高峰大嶽有るであっても、そのはただ衆山共同の祖宗である。本山の太祖は、一定に分龍の地方を以て準とするを要す。ゆえに分龍に靠りて祖宗を確定す。分龍以前に於いて、千溪萬壑有るであっても、そのはただ衆水共同の源流である。本山の水源は、一定に出身の處の兩旁に分出する兩道の水を以て準とするを要す――この兩道の水は龍身を夾みて一路護送し、逐漸に匯りて大水と成り、局內と外明堂に會合す。ゆえに分龍に靠りて水源を追究す。
未分龍之前,雖有千里之龍,乃眾山所共,無與本山之短長,必以分龍處來歷千里,便知有千里之龍,故以之察長短。未分龍之前雖有至貴之龍,無關本山之真假,必以分龍處開面出脈者,為真龍。否則是假,故以之辨真假。
分龍以前に於いて、綿延千里の龍有るであっても、その是れ衆山の共有する所にして、本山の長短と關わり無し。一定に分龍の處より算し起こして、來歴千里有れば、すなわち知る此れ是れ千里の龍であると。ゆえに分龍に靠りて長短を考察す。分龍以前に於いて、極めて尊貴の龍有るであっても、もまた本山の真假と關わり無し。一定に分龍の處の是れ開面出脈するや否やを見るを要し、開面出脈するはすなわち真龍、否なければすなわち假である。ゆえに分龍に靠りて真假を辨別す。
未分龍以前,有至美之龍,如祖父富貴,可以福庇子孫,然必分龍處星辰開面,肖其祖父,方承其蔭。若開面不美,祖宗雖美,意必他屬,縱有結作,小地而已。又如未分龍以前,有至粗之龍,如祖宗貧賤,不免貽累後裔。若分龍開面星辰,仍顯祖宗之粗蠢者,方可限之。如變粗出嫩,前去定結美地,故以之審力量。
分龍以前に於いて、もし極美の龍あれば、就好比て祖父の富貴にして子孫を蔭庇し得るが如し。但し必ず分龍の處の星峰が好面を開出し、その祖父に像せば、すなわちこの份の蔭庇に承受し得。もし開面美ならなければ、祖宗は美なりであっても、その份の氣運は多半別處に屬し、たとえ結作有るとも、も不過小地のみ。反って、分龍以前に於いてもし極粗の龍あれば、就好比て祖宗の貧賤にして、後代を拖累するを免れ難し。但し必ず分龍の處の開面の星峰が仍舊として祖宗のその种の粗笨の樣子を顯出せば、すなわち祖宗を以てのを限定するを得。もしそれが粗より變じて嫩と成れば、前去必定に美地を結す。ゆえに分龍に靠りて力量を審度す。
是以分龍處要開好面之大星辰,子微曰:“分龍要起大星辰,其位最尊,不起星辰氣不生,要蟬翼護帶”。董德彰云:“出身處有蟬翼護帶,前去必結大地,要線脈行鵝頂,而不顧人”。蔡氏曰:出身處線脈鵝頂,方見來歷之真(線脈者,出脈細軟,鵝頂者,山頭如鵝頂之突出,線脈於頂下胸腹間也),要翔舞自如。
この故に分龍の地方は、好面を開出する大星峰有るを要す。子微は言う、「分龍要起大星辰、其位最尊、不起星辰氣不生」と。還して蝉翼護帶有るを要す。董德彰は言う、「出身處有蝉翼護帶、前去必結大地」と。還して線脈の鵞頂の下を走る有りて、而も人を照顧し去らないを要す。蔡氏は言う、出身の處に線脈と鵞頂有れば、すなわち來歴の是れ真なるを見るべし(所謂線脈は、出脈の細軟なるをいう。所謂鵞頂は、山頭の鵞の頭頂の如く突出して、而も線脈の頂下胸腹の間を走るをいう)。還して氣勢翱翔飛舞・自在自如たるを要す。
楊氏曰:“真龍屈典不朝人,挺然直出勢最尊”,要有屏帳。卜氏曰:“出身處列帳,要蜂巒成座”。子微曰:“龍無星曜低低去,此是賤龍出身處”。要盤旋曲折。又曰:“龍行身直不迴翔,此是死龍多不祥”。故龍之貴賤生死,只在分龍出身處定之,出身美而到頭不美,必有閃結,到頭乃其偽氣。出身不美而到頭美者,必是小結,不悠久也。
楊氏は言う、「真龍屈曲不朝人、挺然直出勢最尊」と。還して屏帳有るを要す。卜應天は言う、出身の處は帳幕を排列し、峰巒は聚りて一座を成すを要すと。子微は言う、「龍無星曜低低去、此是賤龍出身處」と。還して盤旋曲折有るを要す。彼は又言う、「龍行身直不回翔、此是死龍多不祥」と。ゆえに龍の貴賤生死は、ただ分龍出身の地方に於いてすなわち定下せり。出身好にして到頭好ならないは、必定に別に閃結有りて、到頭の此一處は不過假氣のみ。出身好ならないして到頭好きは、必定にただ小結にして、長久しないである。
中出偏出
山龍中出偏出,凡開帳落脈高大星辰,皆富並論,惟太祖出身處為最重,此面中出者,前途所出皆中,即行度處,偶有偏閃,其大勢自然不離於中,力量自重。此面偏出者,前途所出皆偏,即行度處,間有中出,其大勢自然不離於偏,力量亦輕。
山龍の中出と偏出は、凡そ開帳落脈の高大星峰は皆一併に討論すべく、其中以太祖出身の處を最も緊要とする。この面もし中出なれば、前面の出る所ももまた皆居中す。即すなわち行度途中に偶のみ偏閃有るとも、大勢は自然に中を離れず、力量は当然深重である。この面もし偏出なれば、前面の出る所ももまた皆偏側す。即すなわち行度途中に間或中出あるとも、大勢は自然に偏を離れず、力量はすなわち輕し。
其所以偏出者,氣稟之有厚薄也。稟氣厚者,正而不偏,或先正而後偏,其力輕重可知。稟氣薄者,偏而不正,即間有正出,或偏重而正輕,或偏真而正偽,其間不可不辨,今人薄偏喜正,大都不顧其偽重輕,曷不以中出偏出之間,視其開面之有無,衡其優劣。
偏出するの所以は、禀受する氣の厚薄有るが故である。禀氣厚きは、端正にして偏斜せず、或いは先に正して後に偏す、力量の輕重はすなわち知るべし。禀氣薄きは、偏斜にして端正ならない、即すなわち間或正出あるとも、往々にして偏のその一支は重くして正のその一支は輕し、或いは偏は真にして正は假なり――この中間は細加分辨しないべきではない。如今の人は偏出を輕視し中出を喜愛し、大多は真僞輕重を管せず。何ぞ中出と偏出の間に於いて、その開面の有無を見て、以て它们の優劣を衡量せざらんや。
應星
應星者,太祖前之再起星辰,以證應其所受之真假貴賤也。蓋太祖尚是分派眾共之龍,惟應星是穴山獨受,無應星,太祖雖美,其注意不在此,有應星不開面亦假,粗而不文秀者,不貴。高大與太祖並峙,尊卑失序,須略小乃穎異。合尖方圓三吉之體,開面端莊,方足證其所受之真貴。
所謂「應星」は、太祖山の前面に再度隆起する星峰にして、用いてこの條の龍の禀受する所の真假貴賤を印證す。というのは太祖は還して衆多の支脈の共有に分派する龍にして、唯だ應星は本穴の山の單獨に承受する所である。應星無ければ、太祖は美なりであっても、その份の氣運の着落はこの處に在らず。應星有りて開面せなければ、同樣に假である。應星粗笨にして清秀ならなければ、すなわち貴からず。應星もし高大にして太祖と並肩聳立せば、尊卑はすなわち次序を亂す、必ず太祖より略々小さくしてすなわち穎異出衆を顯す。それは尖・方・圓のこの三種の吉利の形體に合し、開面端莊して、すなわち以てこの條の龍の受けたる所の是れ真貴氣なるを證明するに足る。
楊公曰:“看他辭樓並下殿,出帳聳起成何形,應星生處別生名,此是分枝劈脈證”(樓殿喻太祖山高大,辭樓與玉者,應星也)。吳氏曰:“尋地先須認祖宗,更於離祖察形蹤,辭樓下殿峰巒秀,須識前途異氣鍾”,皆指應星言也(二詩前一首言應星辭樓下殿合尖方圓吉體者,可證龍身之貴,後一首言應星特起特降峰巒秀美者,可證前途結地之大)。
楊筠松は言う、「看他辭樓並下殿、出帳聳起成何形。應星生處別生名、此是分枝劈脈證」(樓・殿を用いて太祖山の高大に比喩す。辭樓下殿の後に聳起するその一座は、すなわち應星である)。吳氏は言う、「尋地先須認祖宗、更於離祖察形蹤。辭樓下殿峰巒秀、須識前途異氣鍾」――講ずるる所は皆應星である(この兩首の詩、前の一首は應星の辭樓下殿して、尖方圓の吉體に合し、以て龍身の貴を印證し得を説く。後の一首は應星の特起特降し、峰巒清秀にして、以て前途の結する所の地の大を印證し得を説く)。
辭樓者,如臣辭君,客辭主。下殿者,自殿頂而下至二簷三簷,直到階陛也。辭與下者,即特起特降之謂,然必先下而復辭,不特地而降,緩緩牽連而降者,不得謂下殿,必須自山頂下至山麓,方成特降之勢,不特地而起,緩緩牽連而起者不得為辭樓,必須離祖數里,頓起大星辰,雖不可與太祖相併,亦須成座尊嚴,作置地步,堪為次祖。
所謂「辭樓」は、就像て臣子の君主に辭別し、客人の主人に辭別するが如し。所謂「下殿」は、殿頂より往下して第二層、第三層の屋檐を經過し、一直に臺階に落るまでである。「辭」と「下」とは、説く所はすなわち特起と特降である。不過必ず先ず下降して然る後にすなわち辭別す。特意に下降するにないして、ただ緩緩として牽連して降下するは、下殿というできない――必ず山頂より一直に山脚に落るまでして、すなわち特降の勢と見なす。同樣に、特意に隆起するにないして、ただ緩緩として牽連して起るは、辭樓というできない――必ず祖山を離れて數里の後に頓然として大星峰を聳起するを要す。それは太祖と並駕齊驅すべきでないであっても、もまた必ず自ら一座を成し、氣象尊嚴にして、一片の地歩を鋪開し、次祖を充当するに足るを要す。
如此龍方有勢,前去必成大地,行度之間,亦須特降特起,有一二座峰巒聳撥者,方是貴龍樓殿,惟幹龍有之,枝龍即無,然自陟降之勢,亦宜如是,若牽連而斷不成斷,起不成起,起即不起,斷不即斷,所結必小。
この如くして龍はすなわち氣勢有りて、前去必定に大地を結成す。行度途中ももまた必ず特降特起有るべく、一兩座の峰巒の高聳挺拔有るを必要として、すなわち貴龍と見なす。樓殿のこの如き格局は唯だ干龍のみ有りて、枝龍はすなわち無し。不過枝龍の升降の氣勢も、もまた必ずこの如き意思を具備すべし。もし一味に牽連して、斷ずれば斷ずること徹底せず、起れば起ること來らず、起ると説くに真起無く、斷ずと説くに真斷無ければ、すなわち結する所の地は必定に小である。
祖宗遠近
經云:“祖宗積累有根,其子孫終須與人別”。所謂積累者,非徒一太祖一少祖也,少祖以上,其間低小星辰,可以無論。凡有高大出眾星體,不論多寡,均為遠祖遠宗,以歷代積累根基甚厚,故子孫發達亦長。祖宗節數多者,力大而久,節數少者,福微而短。幹龍長而祖宗多,枝龍短而祖宗少。分掛枝龍,無特起之少祖,況遠宗乎。
經書の上に言う、「祖宗積累有根、其子孫終須與人別」。所謂積累は、並びにただ一座の太祖・一座の少祖のみならない。少祖以上、中間のそれらのの低矮細小の星峰は論ずるるを得ず。凡そ高大出衆の星體は、多少を論ぜず、皆遠祖遠宗と見なす。というのは歷代積累の根基深厚なれば、ゆえに子孫の發達ももまたすなわち長久である。祖宗の節數多ければ、力量はすなわち大にして持久す。節數少なければ、福分はすなわち微薄にして短暫である。干龍は長く、祖宗はすなわち多し。枝龍は短く、祖宗はすなわち少なし。至りて分掛出來の枝龍は、連ねて特起の少祖すら無し、何況んや遠宗をや。
凡遠祖遠宗開面地步,與太祖同論,但太祖如開創者,所開最大,開面不美,地步不廣,便非貴龍,開面地步俱無,即是砂體,遠祖遠宗,如守成者,關係少輕,面小星粗,無傷大體,惟近祖近宗,星辰丑惡,開面全無,出脈如急牽線、覆鵝毛者,雖遠宗甚美,亦不能裕發,後行至此節,不免災凶。若聞開面星辰,勝於太祖太宗,行至於此節,必致富貴。故遠祖遠宗,雖關休咎,而近祖近宗,更繫禍福也。
凡そ遠祖遠宗の開面と地歩は、皆太祖と同樣の標準を用いて論ずる。ただ太祖は就好比て基業を開創する人にして、開出の格局最も大である。もし開面美ならない、地歩寬廣ならなければ、すなわち貴龍にない。開面と地歩と統統無ければ、そのすなわちただ砂體である。遠祖遠宗は就好比て守成の人にして、關係稍々輕し、面小さく一点・星粗く一点なるも、大體を傷る無し。唯だ獨り近祖近宗は、もし星峰醜惡にして、全く開面せず、出脈は繃緊の線或いは倒扣の鵞毛の如くなれば、すなわち遠宗は即すなわち再び美であっても、發達することできない、後代はこの節に排到して、難免災禍有らん。反って、もし近祖近宗の開面の星峰は太祖・太宗より還して好ければ、この節に排到すれば必定に富貴である。ゆえに遠祖遠宗は吉凶に關するも、近祖近宗は更に直接に禍福に繫るである。
少祖
將入局數節,特起大星辰為少祖,廖氏謂之主星(高壓眾山者,堪為方之主),比祖遠宗關係猶緊。入式歌云:“若是山家結穴龍,定起主星峰,主星大小合龍格,造化便可測”。言結穴之龍,得特起少祖作主星,合龍格也。
將に局中に進入せんとするその幾節に、特意に聳起する大星峰はすなわち少祖である、廖瑀はのを「主星」と稱す(其れ高壓衆山にして、一方の主を作すに足るがゆえである)。それは遠祖遠宗より關係更に緊要である。《入式歌》に言う、「若是山家結穴龍、定起主星峰。主星大小合龍格、造化便可測」――意思是れよく穴を結する龍は、一定有特起の少祖ありて主星を充当し、而も龍格に合す。
上格應大富貴,中格次之,下格又次之,賤格小康,凶格應凶禍。臺屏帳蓋成座大星,纏護疊疊,上格也。開面尊嚴,星成大座,纏護不缺,中格也。開面端莊,星成小座,龍不孤單,下格也,牽牽連連,前後相等,無特起特斷之星辰,賤格也。雖有特起星辰,粗蠢醜惡,凶格也。星辰高聳而不秀麗,不開好面,亦凶格也。
上格は大冨大貴に應驗し、中格は次一等、下格は又次一等、賤格はただ小康をよくし、凶格はすなわち凶禍に應驗す。臺・屏・帳・蓋自ら一座の大星峰を成し、纏護重重疊疊たるは、此れ上格である。開面尊嚴にして、星峰自ら大座を成し、纏護缺けないは、此れ中格である。開面端莊にして、星峰ただ小座を成すも、但し龍は孤單ならないは、此れ下格である。一味に牽牽連連して、前後高低相仿にして、特起特斷の星峰無きは、此れ賤格である。たとえ有特起の星峰、却も粗笨醜惡なるは、此れ凶格である。星峰たとえ高聳も清秀ならないして好面を開出しないも、もまた凶格である。
不入格之少祖,可以無論,成格之少祖,在穴後二三節間,其力重大,若離祖太遠,則無力,結作尋常,得穴後一二節間,再上起開面好星辰,方能融結大地,入式歌云:“二三節後合星辰,福力實非輕,節數遠時福力少,再起主星妙”,語云:“穴坐主星,高尚出貴”,即此意也。
格に入らない少祖は去りて討論せねばなら。合格の少祖はもし穴後の兩三節以內に在れば、力量最も深重である。もし穴を離るること遠ければ、すなわち力量無く、結作ももまた平常である。必要として穴後の一兩節以內に在りて、再び往上して又開面の好星峰を聳起せば、すなわち大地を融結するを得。《入式歌》に言う、「二三節後合星辰、福力實非輕。節數遠時福力少、再起主星妙」。俗話に「穴坐主星、高尚出貴」と言う、講ずるる所はすなわちこの意思である。
龍格
(上篇耑論少祖貴賤,此篇統論龍身以定優劣)
(上一篇は專門に少祖の貴賤を討論し、この一篇はすなわち整條の龍身を總論し、用いてその優劣を判定す。)
今人見元武后一節之頂,以父母名之,二節之頂以少祖名之,後龍許多節數,俱以遠祖遠宗名之,並不論分龍長短,星辰吉凶,漫謂之祖宗,無怪大小不明,禍福莫辨也,必須察分龍之長短,方可定祖宗之多寡,觀星辰之吉凶,乃可推後代之應驗。
如今の人は玄武後面一節の山頂を見れば、すなわちのを父母と叫び、第二節の山頂を見れば、すなわちのを少祖と叫び、後龍のその許多の節は、一概にのを遠祖遠宗と呼ぶ。他们は既に分龍の長短を管せず、もまた星峰の吉凶を管せず、隨口にすなわち祖宗を稱す、難怪地の大小は分清楚せず、禍福は辨明しないである。必ず先ず分龍の長短を考察して、すなわち祖宗の多少を確定するを得。星峰の吉凶を觀察して、すなわち後代の應驗を推斷するを得。
如龍身短者,分大龍一二節,即入穴,分龍便作太祖,入首便為元武,而無少祖遠宗。蓋未分龍之前,雖有許多節數,眾龍共之,本山只分其壯氣,不得認為已之特起,故曰:“掛祖分受,發福不久”。
譬如龍身短きは、大龍の上より一兩節を分出してすなわち入穴せば、すなわち分龍の處は權且く太祖を充し、入首の處は權且く玄武を充し、根本に少祖と遠宗無し。というのは分龍以前に於いては、たとえ有許多の節、その是れ衆龍の共有する所にして、本山はただその一点の壯氣を分得するのみ、のを自家特意に聳起する祖宗と當作すことできない。ゆえに言う、「掛祖分受、發福不久」――ただ祖山上に掛搭して一点の氣を分得し、發福は長久しないである。
又如龍身長者,雖有許多節數,若不特起高大星辰,但低小牽連,兄弟相若而來,兩邊護從少者,不得跨龍長而祖多也,如此者,雖有開面,不過四五等格。又如雖有特起高大星辰,若不跌斷成勢,對看似成星體,橫看牽長一條,亦不得誇祖宗之高大。若此者面必不大,從必不多,亦不出四五等格。
又譬如龍身長きは、たとえ節數甚だ多し、但しもしかつて特意に高大の星峰を聳起し、ただ低矮細小に牽連して、像て兄弟輩の一般に高低相仿して走り來り、兩旁護從又少なければ、すなわち夸口して龍長祖宗多しというできない。この如き龍はたとえ開面有るとも、も不過第四・第五等の格局のみ。再如したとえ有特起の高大星峰、却もかつて跌斷して氣勢を形成し、正面より見れば好像て星體を結成し、側面横に見れば却もただ拖長の一條のみなれば、そのもまた夸口して祖宗高大というできない。この如き龍は、面必定に大ならない、隨從必定に多からず、同樣に第四・第五等の格局を超出せず。
又如雖有頓跌星辰,若不能特起特降,開面成座,枝腳橫鋪廣遠,但伯仲相若,形如鋸齒之齊,枝腳短縮而不揚者,亦不得誇星峰之秀,如此者,雖節節開面,不過三四等格。必有成座特達之星,開大面而出低脈,前後間星,主於其間(雪樵子曰:問星有二:星無變化要間斷,有變化要間出,間斷者尋常,星辰亦可。間出者,須如鶴立雞群,一見令人刮目),大小收放,相間而來,送從之山亦起,星峰擁護,方為三等格。中富中貴,翰宛科甲之地。
又譬如たとえ有頓跌の星峰、却もよく特起特降せず、開面して自ら一座を成さず、枝脚もよく横鋪して廣遠ならない、ただ彼此高低相必ずして、形狀は鋸齒の如く整齊にして、枝脚は短縮して飛揚せなければ、そのもまた夸口して星峰清秀というできない。この如き龍はたとえ節節開面すとも、も不過第三・第四等の格局のみ。必ず自ら一座を成し超羣拔萃の星峰有りて、大面を開出して低脈を出し、前後又間隔の星峰有りて主を作さば(雪樵子は言う、間星に兩種有り、星峰もし變化無ければ間斷を要し、もし變化有れば間出を要す。間斷のは尋常の星辰を用いても可。間出のは、必ず鶴立鷄群の如く、一見して人をして刮目させることを要す)、大と小、收と放と交替して來り、護送隨從の山ももまた星峰を聳起して擁衛せば、此すなわち第三等の格局と算し、中冨中貴・翰林科甲を出す地である。
若有開肩展翅,列屏列帳,成座尊嚴,占地步廣闊之大星,主於其間行度處,大者極大,小者極小,收處極收,放處極放,如祖孫父子相間而來,送從之山疊起星峰衛護,有聚口行口坐口之氣象者,方為一三等格。凡聖賢仙佛,后妃王侯將相,大富大貴之地規模大抵如是,故辨地之大小,只在星辰極尊不極尊,地步極廣不極廣,肩臂停勻別之。
もし開肩展翅・排列屏帳・自ら一座を成して氣象尊嚴・占地歩寬闊の大星峰有りてその中に於いて主を作し、行度の處は大なるは極めて大、小なるは極めて小、必ず收すべきは收めて極處に到り、必ず放すべきは放てて極處に到り、像て祖孫父子の如く交替して來り、護送隨從の山又層層に星峰を聳起して衛護し、聚口・行口・坐口の氣象を具備せば、此すなわち第一・第二等の格局と見なす。凡そ聖賢仙佛・后妃王侯將相および大冨大貴を出す地は、規模大抵この如し。ゆえに地の大小を分辨するには、ただ星峰の是れ極めて尊貴か、地歩の是れ極めて寬廣か、肩臂の是れ勻稱するかを見て、此れに據りて區別す。
又有近省城之隨龍穴,與出洋之大旺龍,枝枝結果,節節開花,但分得大龍二三節,或只得貼身一掛,護從多而面大者,大富貴。護從少而面小者次之。倘山體小巧細嫩,不能復開大面,而得砂水真曏者多,即與大面等。蓋後面原是一二等龍身,來自數百十里之遠,帳峽多而脫卸淨,一節勝彼百節,故龍不必長,一尺勝彼百尺,故面不嫌小。
還して省城に靠近する隨龍穴、および平洋に走出する大旺龍は、枝枝結果し、節節開花し、たとえただ大龍の上より兩三節を分得し、さらにはただ貼身に一處を掛搭するも、ただ護從多くして面大なるは、すなわち大冨大貴を主す。護從少くして面小なるは次一等。もし山體小巧細嫩にして、再び大面を開出することできないが、但し砂水の真正に朝向する多ければ、そのもまた大面に等同す。というのはその後面は原本第一・第二等の龍身にして、幾百里の外より走り來り、帳峽多くして脫卸乾淨なれば、ゆえに一節は人家の一百節に抵り――龍は必ずしも長を要せず。一尺は人家の一百尺に抵り――面ももまた小を嫌わず。
枝干
龍以枝幹名者,以木喻也,木自根達於巔曰:幹。旁出曰:枝。幹復分者為小幹,枝復分者為小枝。大枝即枝中幹,小枝即枝中枝,故有大干小幹,大枝小枝之別。
龍の「枝」「干」を以て命名する所以は、樹木を拿來て比喩と作すが故である。樹木の根より一直に樹梢に通ずるを「干」といい、旁辺より生出するを「枝」という。干の再び分出するを小干といい、枝の再び分出するを小枝という。大枝はすなわち枝中の干、小枝はすなわち枝中の枝である。ゆえに大干・小干・大枝・小枝の區別有り。
古人定枝幹法有四:有以水源長短定者,如大江大河,夾送龍身者為幹龍;小溪小澗,夾送者為枝龍,或一邊大水,一邊匝水,或一邊小水,一邊大水,夾送者亦為枝龍。有以雲霧定者,如高峰大嶂,其巔常有雲霧者,為幹龍,低小而無雲霧者,為枝龍。有以星峰有無定者,如渾厚博大,不起星峰者,為幹龍,秀嶺頓跌星峰多者為枝龍。有以峽中人跡多少定者,如幹龍數千里而來,斷處多係省郡通衢,峽中人跡繁多,枝龍數里一斷,斷處為鄉村小徑,人跡稀少是也。
古人の枝干を判定するに共有四種の方法あり。一つは水源の長短によって定む。大江大河の夾みて龍身を護送するは干龍。小溪小澗の夾送するは枝龍。或いは一辺大水、一辺環繞の小水、或いは一辺小水、一辺大水の夾送するも、もまた枝龍と見なす。二つは雲霧によって定む。高峰大嶂の頂上に常に雲霧有るは干龍、低矮細小にして雲霧無きは枝龍。三つは星峰の有無によって定む。渾厚博大にして星峰を起さないは干龍、山嶺清秀にして頓跌し星峰を起す多きは枝龍。四つは峽中の人跡の多少によって定む。干龍は數千里の外より走り來り、跌斷の地方は多半省郡の通衢にして、峽中は人來人往す。枝龍は幾里にしてすなわち一次斷れ、斷處はただ鄉村の小路にして人跡稀少である。
予定枝幹亦有二法:一以峽中所到兩邊大界水定之,大幹龍峽中所到大界水,必數百里而來,小幹龍數十里,小枝則里許而已。又以太祖分龍處細審落脈,正幹必縱橫自如,不顧他人,旁枝必環抱護從,面面相向。枝幹之分,二法亦可盡之矣。
我が枝干を判定するに別に兩種の方法有り。一つは峽中の到る所の兩邊の大界水を見る。大干龍の峽中の到る大界水は、必定數百里の外より流れ來る。小干龍のはただ數十里のみ。小枝のは不過一里上下のみである。二つは太祖分龍の地方に於いて落脈を細看す。正干は必定に縱横自如にして、人を照顧せず。旁枝は必定に環抱護從して、面面朝內す。枝と干の區分は、この兩種の方法を用いればもまた説き盡くすである。
然枝幹不可以長短論,有枝長而幹反短者,蓋幹龍每從腰落,而旁龍前奔數十里,以作護衛,若不以地步廣狹,開面多寡大小辨之,何以別其重輕,分其主從乎。但幹龍結穴,有脫嫩而結,亦有不脫嫩而結,其正副嫡支,又混於眾枝之中,似難分別,惟以節節開面,縱橫收放自如,護從環向多者,為正幹龍,分枝掛枝,亦看大小不同,仍以護從多、地步廣者為優。又如分枝正落共一龍身,欲識其輕重,亦以此法定之。
不過枝と干は光に長短を凭って論ずるるできない、有りて枝長くして干反って短し。というのは干龍は常常に腰間より落下して穴を結し、而も旁辺の龍は却も往前して幾十里奔出して護衛を充当す。もし地歩の寬窄・開面の多少大小を用いて分辨せなければ、怎麼に它们の輕重を區別し、主と從を分清楚せんや。ただ干龍の結穴は、脫嫩して後に結する有り、もまた還だ脫嫩しないに結する有り。而もその正・副・嫡・庶は又衆枝の中に混雜して、似乎分別し難し。唯だその种の節節開面・縱横收放自如・護從環抱朝向又ち多きのみ、才に正干龍である。至りて分枝・掛枝も、もまた大小の不同を見るを要し、仍舊として護從多く地歩寬きを以て優とする。又如し分枝と正落と同一條の龍身より共に出づるを、必要として它们の輕重を辨認すれば、もまたこの辦法を用いて判定す。
老嫩
龍身老嫩,以木喻最肖,蓋高山窮谷之中,萬山於此起祖,眾水於此發源,龍椽者而不結地,如木之根本處無花無果也,迨其行行漸遠,至半洋半谷之間,一邊大水尚行,一邊小水已合,龍身漸嫩,而地亦漸結,如木之分枝處,漸有花果也,其分枝有老嫩不同,輕重不一,只以開面大小,地步廣狹衡之。
龍身の老と嫩は、樹木を拿來て比喩を打てば最も貼切である。高山深谷の中、萬山はこの處に於いて祖を起し、衆水はこの處に於いて源を發し、龍氣は粗老にして地を結成せず、就像て樹木根部の一帶の既に花を開かず果を結ばないが如し。其れ一路走り遠く、半ば平洋・半ば山谷の地帶に來到り、一辺の大水は還だ流れ、一辺の小水は已に會合し、龍身漸漸に變じて嫩と成り、地ももまた漸々に結び得、就像て樹木の分枝する地方に漸々花果有るが如し。此等の分出の枝は老有り嫩有り・輕重不一にして、ただ開面の大小・地歩の寬窄を用いて衡量す。
迨行愈行愈遠,至大河大江大湖大海之際,萬水於此同歸,正龍於此大盡,其將盡未盡之間,乃龍最嫩極旺處,結作多而力量大,如木之正幹正枝,花果極盛也。蓋老山起祖開面方始,未始脫卸,水初發源,少有會合,即有分出嫩枝,力量微薄,及行至半腰,開面漸多,脫卸漸淨,有小水可收,漸能結地。
走りて越來越遠、大河・大江・大湖・大海の濱に到り、萬水はこの處に於いて同一處に歸し、正龍はこの處に於いて徹底に走り盡くす。その將盡未盡の際に在りて、正是れ龍の最も嫩最も旺なる地方にして、結作多くして力量大である、就像て樹木の正干正枝の上の花果の最も盛なるが如し。原來老山の祖を起す時は才に開面を開始し、還だかつて脫卸し、水ももまた剛に發源して會合少なし、即すなわち嫩枝を分出すとも、力量も甚だ微薄である。走りて半腰に到り、開面は漸々に多く起り、脫卸ももまた漸々に乾淨と成り、小水有りて收納すべく、すなわち漸々に地を結び得るである。
若大龍將盡未盡之間,曆數百十之帳峽,經千百十之開面,脫卸極淨,諸水皆聚,各開好面結地,所謂枝枝結果,節節開花也。但結地處仍以砂水多者為勝,是以山谷之間,必有數十里來龍數十節開面,臺屏帳蓋,纏護多而地步廣者,方結大地。若大龍將盡未盡之處,只有里許,龍身數節開面,或一二節開面,有一二座臺屏蓋帳者,亦成大地,是一節勝彼百節,小面勝彼大面,一股纏山,勝彼數重關鎖,小山砥柱中流,勝彼數重大山,塞居水口也。
至りて大龍將盡未盡の間は、已に成百上千の帳峽・上千次の開面を經歷し、脫卸極めて乾淨にして、各處の水流皆匯聚して來り、於是處處に好面を開出して地を結す、此すなわち所謂「枝枝結果、節節開花」である。不過地を結する處は仍舊として砂水多きを以て勝とする。ゆえに山谷の間に於いては、必ず幾十里の來龍・幾十節の開面有り、臺・屏・帳・蓋有り、纏護多くして地歩寬廣なるを必要として、すなわち大地を結するを得。而して大龍將盡未盡の處に於いては、ただ一里上下にして、龍身に幾節の開面・さらにはただ一兩節の開面有り、一兩座の臺屏蓋帳有れば、もまた大地を結成するを得。此すなわち一節は人家の一百節に抵り、小面は人家の大面に勝ち、一股の纏山は人家の幾重の關鎖に勝り、一座の小山の砥柱中流は人家の幾重の大山の水口に塞ぐに勝るである。
至於枝龍出洋盡處,與幹龍結正穴後之餘氣,雖與山谷間之例有別,若本身不開面出脈,而無穴情者,不可以為脫卸已盡,寸寸是玉而插之。然山谷龍身,節節開面,跌斷多者,亦曰:嫩。出洋星體不開面,或偶有開面而無跌斷者,亦曰:老(平洋特起高大粗蠢,出開面而無出脈者,繫他山用神,如北辰洋門之類是也)。故山谷亦有大貴地,出洋盡多下賤龍也。
至りて枝龍の平洋の盡頭に走出する、および干龍の正穴を結了したる後の餘氣は、たとえ山谷裏の常例と同じからず、但しもし本身開面せず・出脈せず、又穴情無ければ、すなわちのを脫卸已盡・寸寸皆美玉と認めて隨意に穴を插す可からず。反って、山谷中の龍身はもし節節開面し・跌斷又多ければ、同樣に「嫩」と叫ぶべし。平洋に走出する星體はもし開面せず、或いは偶のみ開面するも却も跌斷無ければ、同樣に「老」と叫ぶべし(平洋上の特意に聳起して高大粗笨・たとえ開面も却も出脈しないは、その是れ別の山の用神にして、北辰・洋門の一類の如き是である)。ゆえに山谷裏ももまた大貴の地有り、平洋に走出するは反って多く下賤の龍である。
有等大龍行度,倏變為低小星辰,開面而起伏,而出嫩枝,不數里忽變為高大粗蠢,不開面起伏,而成老山,及至數十里,又變為老嫩,嫩又變為老者,總之,老處分結少,嫩處分結多,老處分結,非數十節不能成地,嫩處分結,數節便成良地。
有一類の大龍は行度途中に於いて、忽然として低矮細小の星峰と變じ、開面して起伏し、嫩枝を分出す。走ること幾里に足らずして又忽然として高大粗笨・開面せずも起伏しない老山と變じ、再走ること幾十里、又老より變じて嫩と成り、嫩より變じて老と成る。總じての、老の地方の分出する結作は少く、嫩の地方の分出する結作は多し。老處の分結は、幾十節有るに非なければ地を成すできない。嫩處の分結は、幾節にしてすなわち好地と成るを得。
內外
龍有盤旋之勢,即有內外之分,既有內外之分,即有輕重之別(內外者,局內局外也,假如一枝大龍結穴,兩邊必有帳作包裹,在帳內結者,為局內。在帳外結者,為局外,局內結者力重,局外結者力輕)。
龍既に盤旋回繞の勢有れば、すなわち內と外の區分有り。既に內外の分有れば、すなわち輕と重の差別有り(所謂內外は、すなわち局內と局外。譬如一條の大龍の穴を結するは、兩邊必定に帳幕の包裹有り。帳內に結するは局內と算し、帳外に結するは局外と見なす。局內の結する所は力量重く、局外の結する所は力量輕し)。
如大龍左旋,則左為外,而右為內,兩邊分結地,必左少而右多,左輕而右重,大龍右旋,則右為外,而左為內,兩邊分結之地,必右少而左多,右輕而左重(此內外就盤旋之勢言之,左旋者,以右為內。右旋者以左為內,言其勢之所抱曏者,為內也)。
譬如大龍の左に盤旋せば、すなわち左邊はすなわち外・右邊はすなわち內である。兩邊の分結する地は必定に左邊少くして右邊多く、左邊輕くして右邊重し。大龍の右に盤旋せば、すなわち右邊はすなわち外・左邊はすなわち內である。兩邊の分結する地は必定に右邊少くして左邊多く、右邊輕くして左邊重し(此處の內外は盤旋の勢に就いて講ずる。左旋のは右を以て內とし、右旋のは左を以て內とする。すなわち氣勢の環抱朝向するその一邊を以て內とする)。
蓋外邊如背,逼近大江大河,水浩瀚而風吹散,山亦多祖,內邊如面包,含小原小坂,水細小而氣聚風藏,山亦多嫩,故內邊略掛一枝,勝外邊特發數節,外邊數十節龍身不及內邊數節之力,內邊即傍門借戶,略有包裹便結,外邊非自立門戶,數重環抱不可,外邊惟恐見大水,只見一線無妨,枝龍不納乾水故也。內邊惟恐不見大水,任是洋朝愈妙,自家血脈故也。
というのは外邊は就好比て人の背にして、大江大河に緊逼し、水面浩瀚にして風は氣を吹散し、山ももまた多半粗老である。內邊は就好比て人の面にして、小片の原野坡地を包含し、水は細小にして氣聚り風藏まり、山ももまた多半柔嫩である。ゆえに內邊はただ略々一枝を掛ければ、すなわち外邊の特意に幾節を發出するに勝る。外邊の幾十節の龍身は、內邊の幾節の力量に抵らず。內邊は即すなわち別家の門戸を借用すとも、稍々包裹有ればすなわち穴を結ぶを得。外邊はすなわち自ら門戸を立て・幾重の環抱有るに非なければ不可である。外邊は最も大水を見るを怕れ、ただ一線を見るは還だ妨なし、というのは枝龍は干龍の水を納るるできないからである。內邊はすなわち最も大水を見ないを怕れ、大江大洋の朝拜して來るに任せて更に妙である、というのはそのは本來自家の血脈なればである。
如杭城之南山右旋者也,江干為外,西湖為內,孤山左旋者也。古蕩為外,西湖為內,傍西湖結地者,不止數百處,傍江干古蕩結地者,不過幾處而已,內邊大富貴地,不可枚舉,皆是傍借門戶,見西湖者,僅多邊,惟江丈昭祖地,在眠牛山下者,果為大地,乃自立門戶,不見江水,其龍亦自有帳峽特出數節方成。西湖大地,但得一節而結穴者盡多,此內外輕重之徵也。
譬如杭州城の南山は右に盤旋する者にして、錢塘江邊を外とし西湖を內とする。孤山は左に盤旋する者にして、古蕩を外とし西湖を內とする。西湖に傍りて地を結するは止まらず幾百處、江干・古蕩に傍りて地を結するは却も不過幾處のみ。內邊の大冨貴の地は數えて勝ならない、皆別家の門戸を借用して西湖を見るを得る居多し。唯だ江氏祖地の眠牛山下のその一處のみ、確實に大地である、その是れ自ら門戸を立てて江水を見ない者、その龍ももまた別に帳峽有り・特意に幾節を伸出してすなわち結成せり。至りて西湖一帶の大地は、ただ一節を得てすなわち穴を結する比比皆然なり――此すなわち內外輕重の明證である。
開帳
廖氏曰:大凡開帳要中出,角落未為吉,左出為輕右更輕,輕重此中分。又曰:十字帳為上,丁字帳為次之。金水帳為上,水星帳次之(十字帳,穿心中出,丁字帳,直來轉橫,亦中心出脈開肩明顯者,為金水,模糊者為水星)。
廖瑀は言う、「大凡開帳要中出、角落未為吉。左出為輕右更輕、輕重此中分」。意思是れ開帳は總じて正中より脈を出すを要し、帳角より落下すれば吉と見なさず。左角より脈を出せば力量已に輕く、右角より脈を出せば更に輕し、輕重はすなわちこの處に於いて分かる。彼は又言う、十字帳最上、丁字帳次一等。金水帳最上、水星帳次一等(十字帳は穿心して中より脈を出す。丁字帳は直來の後に横に轉じ、もまた中心より脈を出す。開肩明顯のは金水と算し、模糊のは水星と見なす)。
蔡氏曰:“開帳穿心,如人之有肩,如弓之有F,闊者數十里,或六七里,狹者一二里,或一望之遠最大,龍身分佈一二百里,凡此方為正穿心(後龍撞背而來,中心出脈,即十字穿心帳)”。三五丈間,不足為正穿心,不過中心正出之龍,三五十丈者,只謂之小穿心,餘止蜈蚣節而已。
蔡氏は言う、「開帳穿心は、就像て人に兩肩有り・弓に弓把有るが如し。寬きは幾十里、或いは六七里有り。窄きももまた一二里有り、或いは一眼に望みて邊際見えず。最大のは、龍身は一二百里鋪開す。この如くしてすなわち正穿心と見なす」(後龍は背後より直衝して來り、中心より脈を出すは、すなわち十字穿心帳である)。もしただ三五丈の寬度のみなれば、正穿心に够不上せず、不過中心より正出する龍のみ。三五十丈有るは、ただ小穿心と叫ぶを得。其餘のはすなわち蜈蚣節のみである。
所謂正穿心,不能多見,數十節間,或止見四五節,或一二節者,其餘亦須不離中心出脈,傳變不口,氣脈不散,而正出之間或盤旋飛走,或拋梭嫋鞭,或蜂腰馬領,或鳳舞鸞翔,或蛇曲蟬脫,或登階降陛,變換不一,只要龍身真正,不必定泥十字穿心,即間有丁字帳,亦為貴格。
所謂正穿心は多く得難く、幾十節の中、或いはただ四五節を見、或いはただ一兩節のみ。其餘のももまた必ず中心を離れずして脈を出し、傳變有序にして氣脈散ぜないを要す。而も正出の過程の中に於いて、或いは盤旋飛走し、或いは抛梭の如く・裊動の鞭の如く、或いは蜂腰・馬頸の形を作し、或いは鳳舞鸞翔の如く、或いは蛇曲蟬脫の如く、或いは登階下殿の如く、變化不一である。ただ龍身端正真確なれば、すなわち十字穿心に死守しないを必とせず。即すなわち間或丁字帳出現すとも、もまた貴格と見なす。
有等穿心之格,帳梢又起圓峰,高峻豐厚,自帶倉庫者,主大富。又有開帳之前,中間細脈垂下,突起俊秀之峰者,為帳內貴人,主大尊貴。
有一類の穿心の格局は、帳幕の末梢に又圓潤の山峰を聳起し、高峻にして豐厚、自ら倉庫の形を帶び、大冨を主す。另有一類は、開帳の前方中間に一條の細脈を垂下し、脈上に一座の俊秀の山峰を突起す、此を「帳內貴人」といい、大貴を主す。
又有穿心出脈之帳,兩肋高起圓峰,不與本身聯屬,侍立兩旁者,為暗庫星,主富盛而多姬妾,然小穿心蜈蚣節,已為難遇,況開帳正穿心乎。至於貴人倉庫,猶為罕見。
又有一類の穿心出脈の帳は、兩肋高々と圓峰を聳起し、本身と並びに相連ならない、ただ兩旁に侍立す、此を「暗庫星」といい、家業富盛にして姬妾衆多を主す。不過小穿心・蜈蚣節のこの如き格局に連ねても已に見ること難し、何況んや開帳の正穿心をや。至りて帳內貴人と倉庫の形は、就更に罕見である。
或曰:帳有真假乎?曰:在帳中出脈開面者為真,否則是假,但此就統體而論,如後龍祖宗甚美,前而子孫俱開好面,占地步多者方佳,若祖宗不美,昭(即子孫)受傷,中間雖有一二節穿心帳,亦作假論,如玉尺經所謂尹瓊瑤姬祖地是也。若橫龍分降,借勢為帳者,須前途自開好帳,即借勢亦為有力,不然,不足恃也。
ある人が問う、帳ももまた真假有りや。答えて言う、帳中に於いて脈を出し而も開面するは是れ真、否なければすなわち假。不過此れは整體に就いて論ずるるである。譬如後龍祖宗美く、前面の子孫山ももまた皆好面を開出し、占する地歩又多ければ、此すなわち好しと見なす。もし祖宗美ならない、子孫一輩は損傷を受ければ、すなわち中間たとえ一兩節の穿心帳有るとも、もまた必ず假と看作すべし、《玉尺經》のいう所の尹瓊・瑤姬祖地のその种の情形の如き是である。至りて橫龍分降し・別處の山勢を借りて帳幕を充当するは、必ず前面自ら還だ好帳を開出し得れば、すなわちこの借來の勢は才に力量有りと見なす。不然の話は、すなわち靠り難し。
或曰:帳字何義?曰:古人以行軍帳喻之,謂出了後帳,又開前帳,如行軍帳,一定不移也,玉髓經云:帳者障也,謂橫開廣闊,能障其風,不使吹脈,障住外山外水,不使逼近龍身,即是占地步之廣(帳有二義,指間廣闊如一字,屏者曰:障,分開大八字而包裹到頭背為帳,稍有不同)。
ある人が問う、「帳」この字は何の意思か。答えて言う、古人は行軍の營帳を拿來て比喩を打ち、説くに後帳を出でて又前帳を開くは、就像て行軍の營を扎するが如く、位置一定にして移動せずと。《玉髓經》に「帳者障也」と言う、意思是れ橫向に展開して寬闊にして、よく風を遮擋して風をして脈上に吹き到らざらしめ、よく外面の山と水を屏障して它们をして龍身に逼近せざらしむ――此すなわちもまた地歩の寬廣を占する意思である(「帳」字に兩層の含義有り。橫向寬闊にして「一」字の如く・屏風の形如きを「障」といい。大八字を分開して一直に頭背に包裹するをすなわち「帳」という、兩者稍々同じからず)。
或曰:帳角結地,能滅正龍之力否?曰:開帳面小,護帶少者不能脫卸而去,枝葉自疏,帳角何能結地,如穿心帳開面極大,護帶亦多,脫卸而去,枝葉自茂,定有融結,若正龍開帳面小,而帳角反開大面,豈惟滅正龍之力,旁者反為主矣。
ある人が問う、帳角の上に地を結ばば、正龍の力量を削減するを會すか。答えて言う、もし開帳の面小く護帶又少なければ、すなわち脫卸して走り去ることできない、枝葉は自然に稀疏にして、帳角は哪裏還だ地を結ぶを得んや。もし是れ穿心帳にして、開面極大・護帶又多ければ、脫卸して走り去り、枝葉は自然に茂盛にして、すなわち一定有融結有り。もし正龍の開帳の面小さく、而も帳角反って大面を開出せば、その不但に正龍の力量を削減し、旁支反って主脈と變成せり。
否則帳角分結,猶見正龍力量之旺,帳角又有帳峽猶見地步之廣,其輕重亦隨正龍,惟富貴終有正旁之別,初落之帳角分結力尚小,中落之帳角分結力漸大,分枝掛結亦然,小龍小帳,不能有此。
もしこの種の情形にあらなければ、すなわち帳角の上によく分結を出すは、反って正龍の力量の旺盛を見るべし。帳角の上に還して別に帳峽有れば、更に地歩の寬廣を見るべし。その輕重ももまた正龍に隨いて定まる、ただ富貴は終究に正支と旁支の分別有るのみ。初落處の帳角の分結は力量還だ小さく、中落處の帳角の分結は力量漸々大である。分枝掛結の情形ももまたこの如し。小龍小帳は、この種の格局を有ることできない。
蓋護枝葉
龍身所分,開帳之外,總名枝葉,分之則有數名,自逐節分出者,為枝腳橈掉,自祖山分出隨龍同行,不到穴而先停止者為送。隨龍同行,而先到穴前回旋作護者為迎,橫障穴後,不抱左右者,為托樂,又為之屏。特起大星辰,分開大面,肩翅長垂,兩角蓋過數節數十節者為護蓋,蓋過龍虎為纏護。
龍身の分出する所は、開帳を除き、總じて「枝葉」と稱す。細分すれば又好幾種の名目有り。龍身より逐節に分出するを「枝脚橈棹」という。祖山より分出して龍に隨いて一同に前行し、還だ穴に到らないに先に停住するを「送」という。龍に隨行して先に穴前に到り回旋して護衛を作すを「迎」という。橫向に穴後を屏障して並びに左右を環抱しないを「托」「樂」といい、もまたのを「屏」という。特意に大星峰を聳起し、大面を分開し、肩翅長々と垂下し、兩角は幾節さらには幾十節を蓋過するを「護蓋」という。一直に龍虎を蓋過するを「纏護」という。
護龍起秀麗之條,端拱於穴旁左右者,為來輔,端拱於穴前左右者為侍衛,端拱穴後左右者為天乙太乙,端拱峽之左右,一為天弛天角,日月旗鼓,端拱帳下左右者為暗倉暗庫,金童玉女。總是龍之本身分出,所以衛龍穴者也,不自本龍分出者非。然本身已成貴體,得他龍真面相向,雖非本身分出,亦可借用,若背來駝我,或無背無面,即本山分出,亦無益也。
護龍の上に清秀の條枝を生出し、端端正正として穴の左右兩旁に拱衛するを「來輔」という。穴前左右に拱衛するを「侍衛」という。穴後左右に拱衛するを「天乙」「太乙」という。峽の左右に拱衛するを「天弧」「天角」および日・月・旗・鼓という。帳下左右に拱衛するを「暗倉」「暗庫」および「金童」「玉女」という。此等は總じて皆龍の本身より分出して、用いて龍穴を護衛するに過ぎず。本龍より分出するにあらなければすなわち数に入れず。不過もし本身已に貴格を成し、又別の龍を得て真面を以て我に朝向せば、すなわち本身の分出にないであっても、もまた借用すべし。もし背を駝して來りて我に對し、或いは背面を分け出さなければ、すなわち本山の分出するなりであっても、もまた用無し。
或曰:護蓋枝葉,必宜兼有,或有此而貴彼者,如枝腳短少,無護蓋可乎?曰:若逐節枝腳停勻,交互適當而長遠者,不必祖山之蓋送,如梧桐、芍藥、蒹葭之類是也。
ある人が問う、護蓋と枝葉は必定必要として兩樣兼備せざらんか。還して是れこの一樣有ればすなわちそのの一樣を見るを必としないか。譬如枝脚短小稀少・又護蓋無きは、行けんか。答えて言う、もし逐節の枝脚勻稱・交錯得必ずして伸展長遠なれば、すなわち再び祖山の蓋と送を要せず、梧桐枝・芍藥枝・蒹葭枝のこの幾種の格局の如き是である。
如自近祖分出兩股護砂,能蓋過數節者,不必遞節,不心長衍,即無枝腳亦貴,如上天梯、串珠龍、蘆花鞭金鐘、玉斧、臥蠶吐絲、九天飛帛、仙帶飄空、金蟬脫殼、玉几上軒之類是也。
又如近祖より兩股の護砂を分出し、よく好幾節を蓋過するは、すなわち節節皆枝脚有るを必とせず、もまた伸展甚だ長きを必とせず、即すなわち枝脚無くとも照樣貴である、上天梯・串珠龍・蘆花鞭・金鍾・玉斧・臥蠶吐絲・九天飛帛・仙帶飄空・金蟬脫殼・玉几上軒の此等の格局の如き是である。
又如近祖一邊無蓋護,一邊生枝腳,一邊無枝腳者,則無護蓋,一邊不可不生枝,一邊不須生枝,如楊柳長卷廉殿試之類是也。
又如近祖のそこ一邊に蓋護無く、一邊に枝脚を生出して另一邊に却も枝脚無ければ、すなわち護蓋無きのその一邊に於いては枝脚を生ぜないべきではない、而も另一邊はすなわち再び枝脚を生ずるを必とせず、楊柳枝・長捲簾・殿試の此等の格局の如き是である。
又如自本身分出,零星墩阜,如飛花片片,寒鴉點點之形,兩旁擁護者,不必顯有枝條長垂蓋護,亦為貴地。如蘆花嫋換骨龍落地梅花之類是也。若既有近祖之蓋護長垂,又有逐節之枝腳繁衍,非都會之大幹龍,占千里之地步者,不能有此。若護蓋俱無枝腳又少一邊者,公分有虧,兩邊皆然,神廟之地。
又如本身より零星の土墩土阜を分出し、形狀は片片飛花・點點寒鴉の如く、兩旁に於いて擁護するは、もまた必ずしも長々垂下の枝條有りて蓋護するを要せず、同樣に貴地である、蘆花裊・換骨龍・落地梅花の此等の格局の如き是である。もし既に近祖長垂の蓋護有り、又逐節繁衍の枝脚有れば、そのすなわち都會の所在の大干龍・千里の地歩を占據するにあらなければ、具備することできない。反って、もし護蓋全無・枝脚又一边を缺けば、すなわち某一房の福分は虧欠有り。兩邊皆缺くれば、すなわちただ神廟の地をよくするのみである。
有等出洋龍在大田大坂,傍大江大河,既無蓋護,又少枝腳,或以高田作護衛,或以水繞當山者,而穴山開面,出脈局曲活動,有矬平呼吸浮沉之動氣者,便是富貴雲地,如平洋單獨龍之類是也。然究其遠祖,必有屏臺帳蓋之格,送從纏護之多,來龍長遠,脫卸淨盡,方能有此。
有一類の平洋に走出する龍は、大片の田疇坂地の間に處し、大江大河に傍り、既に蓋護無く、枝脚ももまた少し。或いは高田を拿て護衛を充当し、或いは水の環繞を拿て山の纏護を充当す。ただ穴山開面し・出脈曲折靈活・低伏平緩と呼吸浮沉の動氣有れば、そのすなわち富貴の地である、平洋單獨龍の一類の如き是である。不過その遠祖を追究せば、必定に屏・臺・帳・蓋の格局有り、送從纏護衆多、來龍長遠、脫卸乾淨して、すなわちこの如き結作有るを得。
不然,淮楊一路,平坦無山,何以亦有大地,而平洋單獨龍,何以備多下賤者,總宜究其來龍貴賤,送從有無,然後定其優劣,纏龍在山谷,愈多愈貴,托山非橫山無降脈者,不須來輔,有龍虎不必待衛,天弧天角,非大貴龍不能有之,既成大地,無亦何礙。
不然の話は、淮安・揚州一帶は平坦無山にして、何をなしてもまた大地有らん。而も平洋上の單獨龍は、何をなして又大多下賤なる。總じて必ずその來龍の貴賤・送從の有無を追究して、然る後にすなわち優劣を判定すべし。纏龍は山谷の中に於いて、越多なれば越貴し。托山は、橫龍にして降脈無きにあらなければ、否なければ再び來輔を要するを必とせず。已に龍虎有れば、すなわち再び侍衛を要するを必とせず。天弧・天角のこの類の砂は、大貴の龍にあらなければ有ることできない。既に大地を成しては、它们無きももまた妨なし。
或曰:龍身短長,枝腳不稱,可乎?曰:龍長遠,枝腳亦宜長遠,龍短小,枝腳亦宜短小,龍高大,枝腳亦宜高大,龍長遠,而枝腳短小為結龍,龍短小而枝腳長遠為到龍,龍高大,而枝腳低縮為獨龍。
ある人が問う、龍身の長短と枝脚と相称しないは、可ならんか。答えて言う、龍長遠なれば、枝脚ももまた必ず長遠なるべし。龍短小なれば、枝脚ももまた必ず短小なるべし。龍高大なれば、枝脚ももまた必ず高大なるべし。龍長遠にして枝脚短小のを「結龍」といい、龍短小にして枝脚長遠のを「倒龍」といい、龍高大にして枝脚低縮のを「獨龍」という。
龍枝腳貴停勻,若偏枯為病,則宜順護,反背為逆,則宜圓淨,尖利為煞,則宜秀麗。醜惡為賤,則宜整齊,散亂為蕩,則宜合格。貴形吉形,賤惡為凶,故龍之貴賤不同,其美惡亦形於枝腳,觀枝腳之美惡龍之貴賤可知矣。
龍の枝脚は勻稱を貴ぶ。偏枯のは病と算し、すなわち順向護衛に改むべし。反背のは逆と算し、すなわち圓潤潔淨に改むべし。尖利のは煞と算し、すなわち清秀に改むべし。醜惡のは賤と算し、すなわち整齊に改むべし。散亂のは蕩と算し、すなわち合格に改むべし。形狀貴重のはすなわち吉、形狀賤惡のはすなわち凶。ゆえに龍の貴賤各相同じからず、その美惡も皆枝脚上に表現す。枝脚の美惡を見れば、龍の貴賤ももまた想い知るべし。
過峽
古人論峽以出脈偏正定吉凶,正者,兩邊有護送為吉。偏者,一邊無護送為凶,於微論峽則以峽山形吉凶,吉形貴形,夾護皆吉,反此者凶,予但以開面出脈為重。凹面者,雖旁出力輕,猶不失為真龍,不開面出脈,雖中出無生如劐,故山外皆內面者,吉形固吉,凶形不過吉中之疵,如皆來能我,或無背無面,凶形固凶吉形何取,有等過峽起脈之山亦死,落脈開好面者,此行龍脫卸,將盡未盡,必有分枝相落之地,前途可覓。
古人の峽を論ずるるは、出脈の偏と正を用いて吉凶を定む。正中より出でて兩邊に護送有るを吉とし、一边に偏して護送無きを凶とする。于微の峽を論ずるるは、すなわち峽上の山形の吉凶を用いて定む。吉形貴形にして、夾護を加えれば、皆吉と見なす。反ればすなわち凶。我はすなわちただ開面出脈を看重す。開面するは、即すなわち旁辺より出で・力量稍々輕しとも、仍舊として真龍を失わず。開面せずして出脈するは、即すなわち正中より出ずとも、毫も生氣無く、被劃開の如し。ゆえに兩旁の山もし皆面を內に把れば、吉形固然吉、凶形もも不過吉中の小瑕疵のみ。もし兩旁の山皆背を駝して來りて我に對し、或いは背面を分け出さなければ、すなわち凶形固然凶、吉形も又何の取る可き有らん。還して一類の山有り、過峽起脈の處に氣脈已に死し、而も落脈の處却も好面を開出す、此れ是れ行龍の正に脫卸し將盡未盡、前面必定に分枝落下して地を結する處有り、順いて往きて尋るべし。
陰陽峽者,即雌雄峽也,如匪人雌雄狗二般,一邊開窩而落脈者為雌,一邊走珠而起脈者為雄(XXXX),或劐落而雄受(雄落者,落脈凸而有脊,雌受者,開窩遞脈也),雌邊雖有窩穴,葬下未能得福(開高遞脈,真氣未止故也)。
所謂陰陽峽、すなわち雌雄峽にして、就好比て雌雄兩種の形態。一边に凹窝を開出して落脈するは「雌」に屬し、一边に圓珠を走出して起脈するは「雄」に屬す(此處底本に四字殘缺、照録して補わず)。有りて雄邊落ちて雌邊受く(雄落は、落脈凸起して脊有りをいう。雌受は、凹窝を開出して脈を遞ぐをいう)。雌のその一邊はたとえ窝穴有り、葬し去れども未必しも福を得るできない(というのはそこは位置高く、還だ脈を遞ぐ、真氣並びに停住しないが故である)。
或曰:高山之上,並無跌斷無峽,可知亦結大地者何,曰古有高山峽之名,盡山上樑中另闢世界,則山上自有平地,其起伏跌斷處,即謂之峽,但在下面仰視,則不能見其脈,高山之上有平也,理有跌斷,若無帳無峽,不另闢世界,何能結地。
ある人が問う、高山の上面は並びに跌斷無し、見るべし是れ峽無き、何をなしてもまた大地を結するを得んか。答えて言う、古來すなわち「高山峽」この名目有り。凡そ山上の梁脊の中に別に一片の天地を闢出せば、すなわち山上自ら平地有り。その起伏跌斷の地方は、すなわちのを峽という。ただ下面より仰頭見れば、そこの脈を見ること見えないのみ。高山上既に平地有れば、理に按ればすなわち跌斷有るべし。もし既に帳無く又峽無く・かつて別に一片の天地を闢出せば、怎麼可能に地を結せんや。
崩洪夾貢,穿江過澗之石脈也,石脈從水中過,是山與水為朋,水與山為共,故曰:崩洪。惟平洋江河中有之,蓋平洋數千里來龍,至大江大河,勢不能住,則渡水而過,其過也,必開帳勢,兩邊枝腳,一齊湧來,如鳥之將飛,必先矬其翅而起,石骨過處,水必兩分(龍渡河水必在石分流,方是過河之脈,其力自大,石骨形象不拘)。但水面不能見耳。
「崩洪」「夾貢」は、江河を穿越し・溪澗を跨る石脈を指す。石脈は水中より通過す、是れ山と水と朋をなし・水と山と共に處るである、ゆえに「崩洪」という(「崩」は「朋」に通じ、「洪」は「共」に通ず)。この種の情形はただ平洋の江河の中に於いてすなわち有り。というのは平洋上の數千里より來る龍は、大江大河に到りて勢頭收まらず、すなわち水を渡りて過ぐ。その水を渡る時、必定に帳幕の氣勢を擺開し、兩邊の枝脚一齊に涌來す、就好比て鳥の將に起飛せんとする、必ず先ず翅膀を壓低して再び抬起するが如し。石骨の通過する地方は、水必定に兩邊より分流す(龍河を渡る時、水必定に石骨の處に於いて分流す、その才是れ河を過る脈にして、力量自然に大である。石骨の形狀はすなわち一格を拘らず)。ただ水面上に於いて見ること見えないのみ。
山谷水跌瀉溪澗,兩邊山腳石骨雖遠,而彼岸田水不隨龍勢前行,反流入過龍河中,即在平洋,只以山腳論,並非過龍,謂之崩洪峽者非(龍既渡河,則龍勢前行水自隨龍脈前去,若反流入過龍河中,仍是山腳相連,非渡水之龍也)。
山谷裏の水は跌落して溪澗に瀉入し、兩岸の山脚の石骨はたとえ延伸甚だ遠し、但し對岸田裏の水は並びに龍勢に隨いて往前走らず、反って倒流して龍の渡りたるその条の河裏に進入す――この種の情形は即すなわち平洋に發生すとも、もまたただ山脚と當作して論ずるべく、並びに是れ過龍にない、のを崩洪峽と呼ぶは錯である(龍既に河を渡れば、龍勢は往前走り、水自然に龍脈に隨いて往前せり。もし水反って龍の渡りたる河中に流れ入れば、その説明する所は仍舊として山脚相連にして、並びに是れ渡水の龍にない)。
然渡水之龍,亦必開面方有一脈透過,中有龍者,其水兩旁分流,或上面之水,向一旁流去,而河中水亦必兩分,故云非石骨不渡水,但轉到無山處,硬土亦能渡,只要中淺旁深,若不開帳作勢,枝腳邊有邊無,來不海湧,水中雖有石骨,彼岸雖有墩阜,只以星散雲斷論,至於穿田渡水,則以河濱來去為憑,雖在極平處,仍有枝腳墩阜可證。
不過水を渡る龍ももまた必ず開面して、すなわち一條の脈の透過する有らん。水中に龍有るは、水はすなわち兩旁より分流す。或いは上游の水は一边に向かって流れ去り、而も河中の水ももまた必定に兩股に分かる。ゆえに説く、石骨にあらなければすなわち水を渡るできないと。但し走りて山無き地方に到れば、硬土ももまたよく水を渡る、ただ河中間淺く・兩旁深ければ行けり。もし開帳作勢せず、枝脚一邊有り一邊無く、來勢は海潮の如く涌動せなければ、すなわち水中たとえ石骨有り・對岸たとえ土墩有るも、もまたただ星散雲斷と見なす、過龍と見なさず。至りて田を穿り水を渡るは、すなわち河岸兩邊の脈の來去を以て憑據とする。即すなわち極平坦の地方に於いても、仍舊として枝脚土墩有りて印證すべし。
玉湖峽者,當脈橫生池湖,脈在水中過也。
所謂「玉湖峽」は、正必ず脈路の地方に横生出して一片の池湖を成し、脈は水中より通過す。
天池峽者,峽旁各生一池,或只一邊有池,一邊低田低地,脈生中間過也。玉池峽者,當脈中心生也,脈在兩邊過也,其水是龍氣停瀦,非因雨水積池湖,是造化生成,非人力穿鑿,深大力大,淺小力小,四時不涸,清而不濁者貴,忽然乾涸渾濁腥臭衰竭之兆。
所謂「天池峽」は、峽の兩旁各々一片の水池を生出し、或いはただ一邊に池有りて另一邊は低田低地、脈は中間より通過す。所謂「玉池峽」は、正必ず脈の中心に水池を生出し、脈は兩邊より通過す。此等の池水は皆龍氣の停蓄積聚して成る所にして、雨水の積成する池湖にない。造化天然の生成にして、人力の開鑿にない。池深くして大のは力量すなわち大、淺くして小のは力量すなわち小。四季涸れず・清澈にして渾濁しないを貴とする。もし忽然として涸渇・渾濁・腥臭を發すれば、そのすなわち龍氣衰竭の徵兆である。
果是相所之祖,臺屏帳蓋之龍,節節開面,地步廣闊,有此更證其實。中等龍見之亦只尋常,下等龍見之何益,故只觀其地步之廣狹,開面之多寡,龍格之優劣為主。
もし本來宰相一級の祖山・臺屏帳蓋有る龍・節節開面・地歩寬廣なるに、再びこの如き天池有れば、更にその真實を印證す。中等の龍はの有れどもただ平常と見なす。下等の龍はの有りて又何の用か有らん。ゆえに歸根到頭は還して地歩の寬窄・開面の多少・龍格の優劣を以て主とするである。
古云:峽前峽後好尋龍者,以龍身逶迤,路遠將過峽,久勃之勢,昂然而起,旺氣一聚,過峽後方興之熱,跌然而起,旺氣亦一聚,必有旺氣透於兩邊,一開面降脈,即借峽中之迎送為門戶,而穴易成,或自立門戶更妙,然惟嫩峽有此,老峽則否(節節開面,枝葉旺盛,龍勢盤旋,有蜂腰鶴膝者,為嫩峽。牽連小面枝葉稀疏,龍勢徑直腰硬者為老峽)。
古話に「峽前峽後好尋龍」と言う、というのは龍身蜿蜒として行走甚だ遠く、將に峽を過ぎんとする時、蓄積已久の氣勢昂然として起り、旺氣は一次聚まる。過峽の後新興の氣勢又勃然として起り、旺氣は再び一次聚まる。この如く必定に旺氣の兩邊に透る有り、ただ一開面降脈すれば、すなわち峽中の迎送の砂を借りて門戸を充当するを得、穴はすなわち結成し易し。若よく自ら門戸を立てれば就更に妙である。不過ただ嫩峽のみ才にこの如く、老峽はすなわち行かず(節節開面・枝葉旺盛・龍勢盤旋・蜂腰鶴膝有るは、是れ嫩峽。牽牽連連・面小して枝葉稀疏・龍勢筆直にして腰身僵硬のは、是れ老峽)。
騎龍穴順騎固須開正面,穴前周密容聚,儼如前面,不去倒騎,亦須倒開正面,左右砂層層迴轉,儼如背後生來環抱有情方妙,然峽前峽後,分掛一枝,結地者,十之八九,騎龍結穴者,十之一二。
騎龍穴の中、順騎のは固然として正面を開出し、穴前周密にしてよく聚氣を容納し、儼然として前方の像すを要す。倒騎のももまた反って正面を開出し、左右の砂層層回轉し、儼然として背後より生れて來りて環抱有情の像すを必要として、此すなわち好し。不過峽前峽後に枝を分掛して地を結するは、十分の八九を占む。真正に騎龍結穴するは、不過十分の一二のみ。
或曰:今人見山跌斷,即以峽名之,並不問迎送有無,無迎送者,亦能結地否,曰:峽間有迎送者,惟大富貴地如是,小龍止有跌斷,何能有迎送之砂,但跌斷而得開面,出脈前去,亦結小富貴,地不開面,而跌斷方在所棄,正小枝龍並跌斷亦無,何能有峽,惟視其開面有無多寡而已,有等大龍來處,過峽重重,俱有迎送,至入首數節,只跌斷而無迎送,亦成大地,不可以到頭,但有跌斷無迎送短之。
ある人が問う、如今の人は一山の跌斷を見ればすなわちのを峽と稱し、根本に迎送の砂有りや無きやを問わず。では迎送無きも、もまた地を結するよくするか。答えて言う、峽中に迎送有るは、ただ大富貴の地のみ才にこの如し。小龍はただ跌斷有るのみ、哪裏會して迎送の砂有らん。但しただ跌斷の後によく開面し・脈を出して往前走れば、同樣に小富貴の地を結するよくす。ただ既に開面せず・又ただ跌斷するのみのは、才に捨棄すべし。真正の小枝龍は連ねて跌斷すら無し、哪裏談ずるに峽に及ばん。ゆえにただその開面の有無多少を見るのみである。還して一類の大龍有り、來處過峽重重・皆迎送有り、到るに入首のこの幾節に却もただ跌斷有りて迎送無きも、もまた照樣大地を結成す、到頭の處のただ跌斷有りて迎送無きが故にのを貶低するできない。
按:騎龍穴居龍脊,後有兩砂送,前有兩砂迎,似雌雄峽者真,前兩股包後,兩股在內則順騎,後兩股包前,兩股在內則倒騎,出暈在側,砂必邊高邊低,或邊順邊坐,高枕順向低敗逆,而橫騎倒騎四正無偏,則居中騎之斬關,則無穴暈,正脈前行,借峽中迎送,如巖前栽得法,亦發有餘枝,前去數節而後止者,亦名騎龍。
按、騎龍穴は龍脊の上に位し、後面に兩道の砂の護送有り、前面に兩道の砂の迎接有り、形狀は雌雄峽の如きのすなわち真である。前面兩股は後面兩股を包住し・後兩股は內に在るは、是れ順騎。後面兩股は前面兩股を包住し・前兩股は內に在るは、是れ倒騎。もし穴暈が旁側に出れば、護砂必定に一邊高く一邊低く、或いは一邊順・一邊逆である。高のそちらはなるべく枕し、順のそちらはなるべく向くべし。低のそちらはすなわち敗し、逆のそちらはすなわち損す。至りて橫騎と倒騎は、四面端正にして偏斜無ければ、すなわち正中に騎る。斬關穴はすなわち穴暈無く、正脈仍舊として往前走る、ただ峽中の迎送の砂を借りて穴を立て、如同く岩前に栽種するが如く、ただ法に合すればもまた福を發するよくす。餘枝の往前再び幾節走りてすなわち停住するも、もまた騎龍と叫ぶべし。
若前亦只有一節,便大水會合,則為斬關,主山聳秀,亦能催官。然騎龍斬關,以橫騎為上,順騎須鑿池截氣,開溝散水,倒騎龍高穴者,砂水自真,若低穴倒不能收水,故曰:雌邊未能得福。
もし前面ももまたただ一節を餘すのみ、接着てすなわち大水の會合なれば、そのすなわち斬關である。ただ主山聳拔清秀なれば、同樣に官を催し貴を發するよくす。不過騎龍と斬關は、橫騎を以て最上とする。順騎は必ず池を鑿ちて氣を截住し・溝を開きて水を疏散せんことを要す。倒騎龍はもし高穴を結せば、砂水自然に真切である。もし低穴を結せば反って水を收住することできない――ゆえに前文に「雌邊未能得福」と言うである。
附雄落雌受峽圖
此處に「雄落雌受峽」の図を附す(今本はただ図題を存し、圖形已に佚す)。
入首
入首者,到頭數節也,子微論龍格穿落傳變與廖公李氏之論龍格,皆以此數節定吉凶貴賤,蓋太祖太宗,猶是遠龍,惟此處最為切近,若入首不美,祖宗雖美何益(必有他結),入首既美,祖宗必美可知,故尋地捷徑,必以入首數節為主。
所謂「入首」は、到頭のその幾節を指す。子微の龍格の穿・落・傳・變を論じ、および廖瑀・李氏の龍格を論ずるるは、皆この幾節を用いて吉凶貴賤を斷ず。というのは太祖・太宗は還だ遠龍に屬し、唯だ此處のみ穴を離るる最も近し。もし入首美ならなければ、祖宗再び美であっても又何の用か有らん(その份の氣運は必定に別に結作有り)。入首既に美なれば、祖宗必定にもまた美である、此れ是れ推知すべきである。ゆえに地を尋る捷徑は、一定に入首のこの幾節を以て主とするである。
開面者真,不開面者假(尋地有二法,有自祖宗尋起隨龍看到結穴處,有自結穴處逆尋到祖山,然結穴既美,後龍必美,故從結穴處逆尋到祖山者為捷徑)。臺屏帳蓋成座,星辰護衛砂水重重真曏者,富貴,牽連小面單砂單水,拱高者小康。
入首の處開面するは是れ真、開面しないは是れ假(地を尋るに兩種の辦法有り。一種は祖宗より找し起こり、龍に隨いて一路結穴の處に到るまで見る。一種は結穴の處より倒れて來りて祖山に到るまで找す。結穴既に美なれば、後龍必定に美なれば、ゆえに結穴の處より逆尋して祖山に到るその一種は是れ捷徑である)。臺・屏・帳・蓋自ら一座を成し、星峰護衛・砂水重重にして真正に朝向するは、富貴を主す。ただ牽牽連連・面又小く、砂ただ一重・水ただ一道・勉强に拱抱するは、ただ小康をよくするのみ。
胎息孕育
語云:“千里來龍,只看到頭一節”,賦云:“入首成胎猶防死絕”。故胎息孕育,止入首更為切要(大成云:主星後一頂為胎,胎下束咽曰:息,主星頂口乃成穴),此處不成,穴必他閃,蓋元武后一節為父母(穴山之蓋山是也),父母開面出脈為受胎,開面者,陽氣發舒之象,出脈者,陰氣束聚之形,開面處有垂頭,是俯而施之之象,出脈處有還口,是仰而承之之形,陰陽相配,俯仰交孚,則受胎也,胎前跌斷細如蜂腰處,謂之息。如母之受胎而養息也(此論父母山陽面出脈)。
俗話に「千里來龍、只看到頭一節」と言い、賦文に「入首成胎猶防死絕」と言う。ゆえに「胎・息・孕・育」の四字は、入首より還して緊要である(《地理大成》に言う、主星の後面の一個の頂を胎といい、胎下の束細の咽喉の處を息といい、主星頂上の開口してすなわち穴を成す)。此處もし成形せなければ、穴必定に別處に閃去す。玄武後面の一節は父母(すなわち穴山の蓋山)。父母開面出脈するを、すなわち「受胎」という。開面は陽氣舒展發散の形象、出脈は陰氣收束凝聚の形狀。開面の處に垂頭有るは、俯下施與の樣子。出脈の處に回抬有るは、仰起承接の樣子。陰陽相配・俯仰交合して、於是受胎す。胎前の跌斷して蜂腰の如く細き地方を「息」といい、就好比て母親の受孕の後に調養生息するが如し(この一段は父母山の陽面より出脈するを講ずる)。
吞武頂前(是穴為頂前),有隱分隱矬之微者,是氣之呼而沉,又有前起貼體微泡,為化生腦,是氣之吸而浮,化生腦前,亦復有微分微矬之呼而沉,微動微起之吸而沉,謂之孕(此論化生腦,開面出脈孕以化生腦為主,上自穴山頂前下至半山遞脈節泡謂之孕也)。如母之懷孕,而孕之呼吸,浮沉,與母息相通也(言孕之前後呼吸浮沉與父終了母山之氣脈相聯也)。
玄武頂前(すなわち穴山頂の前方)に隠微の分開と低伏有るは、その是れ氣の呼出して下沉するである。前面又貼山体の一個の小泡を鼓起す、すなわち化生脳にして、その是れ氣の吸入して上浮するである。化生脳の前は、又再び微分微伏の呼して沉・微動微起の吸して浮有り、此を「孕」という(この一段は化生脳を講ずる。開面出脈の後、「孕」は化生脳を以て主とする。穴山頂前より一直到半山遞脈の節泡に至るまで、皆孕と見なす)。此れ就好比て母親の懷孕して、胎兒の呼吸浮沉は母親の氣息と相通ずるが如し(意思是れ孕の前後の呼吸浮沉は、父母山の氣脈と連貫相通ずるをいう)。
孕下起孩兒頭(一節臨穴之毬簷),開端然之面,又有隱分隱矬,微起之動氣,謂之育。如子離母腹,而自其呼吸沉浮之動氣,故能育也(此論毬簷開面出脈)。是以胎息孕育,全在開面方成,而生機又在呼吸浮沉之動氣也。
孕の下方は孩兒頭を鼓起し(すなわち臨穴のその一節の毬簷)、端正の面を開出し、又隠微の分開と低伏・微微隆起の動氣有り、此を「育」といい、就好比て嬰兒の母腹を離れて自ら呼吸浮沉の活氣有るが如し、ゆえによく生養す(この一段は毬簷の開面出脈を講ずる)。此れによって見るべし、胎・息・孕・育の四者は全く開面に靠りてすなわち成立し、而生機は又全く呼吸浮沉の動氣上に在るである。
附論:古人論胎息孕育,有始於少祖山,有始於父屏山及有以毬簷為胎,而息與孕育亦異者,何也?蓋時物之生,莫不有胎,天地亦一物也,太極未分之時,包天蘊地,渾沌即天地之胎,人之胚胎,亦混沌之象,及乾坤定位,而寒暑遞更,男女攸分,而子孫相繼,即寓息與孕育之義焉。
附論。古人の胎息孕育を講ずるるは、有りて少祖山より算し起こし、有りて父母屏山より算し起こし、もまた有りて毬簷を拿て胎と當作す、よって「息」と「孕育」の指す所ももまた各相同じからず、此れ是れ何をなすか。というのは凡そ物の生に胎有らない無し、天地ももまた一物である。太極還だ分判しない時、天を包裹し地を蘊含し、その一片の渾沌はすなわち天地の胎である。人の胚胎ももまた正是れ渾沌の樣子である。乾坤定位して寒暑交替し、男女分別して子孫相繼ぐに等到して、その中ももまた息と孕育の意思を寓含せり。
山川亦以二氣成形,得扶與凝靜之氣,高壓天下名山,綿亙東西南北,不知幾萬里者,崑崙是也,萬山之派始於是,萬山之胎亦成於是,其分枝臂脈,即是息也,各郡各都,特起名山,孕也,建都建邑之地,育也,以龍身發脈論,當以太祖山為胎,分龍為息,小祖山為孕,穴山為育,以行龍入首數節論,當以少祖山為胎,過脈為息,父母山為孕,穴山為育。
山川ももまた陰陽二氣によって形體を凝成す。扶助と凝靜の氣を得て、天下名山に高壓し、東西南北綿亘して幾萬里を知らないは、すなわち崑崙である。萬山の支派は此處より開始し、萬山の胎ももまた此處に形成す。その分出の枝臂の脈は、すなわち「息」である。各郡各都の特意に聳起する名山は、すなわち「孕」である。都を建て邑を建つる地方は、すなわち「育」である。もし整條の龍身發脈に就いて論ぜば、必ず太祖山を以て胎とし・分龍處を以て息とし・小祖山を以て孕とし・穴山を以て育とするべし。若就行龍入首のこの幾節に就いて論ぜば、すなわち必ず少祖山を以て胎とし・過脈處を以て息とし・父母山を以て孕とし・穴山を以て育とするべし。
先生以父母山為胎,出脈為息,穴山化生腦為孕,孩兒頭為育者,以真切近也,然此就大山博換,小山出脈結穴者言之,若僅繫穴山三分結穴者,則當以穴山化生腦為胎,垂頭出脈為息,半山突泡為孕,毬簷為育矣,其以毬簷為胎者,亦可遞推,乳突窩鉗篇,所謂承胎而葬,堪輿經所謂點穴須浮息是也,胡古人論雖不同,意各有在,先生因其意而申明之,是以切近最要者言而之。
周先生は父母山を以て胎とし・出脈處を以て息とし・穴山化生脳を以て孕とし・孩兒頭を以て育とする、取る所は最も貼近穴場の一層である。不過此れは大山の博換を經過し・小山より出脈結穴する情形に就いて説くである。もしただ穴山三段以內に於いて結穴するは、すなわち必ず穴山の化生脳を以て胎とし・垂頭出脈を以て息とし・半山突泡を以て孕とし・毬簷を以て育とするべし。至りて毬簷を拿て胎と當作するは、もまた此に依りて類推すべし――《乳突窝鉗面》篇のいう所の「承胎而葬」、《堪輿經》のいう所の「點穴須浮息」は、すなわちこの意思である。見るべし古人の説法は同じからずであっても、各々その着眼點有り。周先生は它们の意思に順いて申明を加え、ただ最も貼近・最も緊要のその一層を拿來て講ずるるのみである。
裀褥唇氈
裀褥者,坐下之軟肉也,唇氈者,穴前之餘氣也,有裀褥方有唇氈,則唇氈又為裀褥之餘氣也,分而名之,穴前平仰圓收者為唇,唇下又鋪一層平仰肉者為氈,有唇短而氈長,有唇長而氈短,有唇氈長短相等者,總宜有仰起托起之勢,兩角收上,中央彈出,四體寬平,不欹不削者為真。
所謂「裀褥」は、穴場坐處の下面のその層の柔軟の肉である。所謂「唇氈」は、穴前の餘氣である。裀褥有ればすなわち唇氈有る會す、ゆえに唇氈は又裀褥の餘氣と見なす。分開して講ずるれば、穴前の平坦上仰して圓圓收攏するを「唇」といい、唇の下面に又一層の平坦上仰の肉を鋪出すを「氈」という。有りて唇短くして氈長く、有りて唇長くして氈短く、もまた唇氈長短相當の有り。總じて皆必ず上仰托起の姿態有り・兩角向上收攏・中央微微彈出・四面寬平・不歪斜不削直なるべし、此すなわち真である。
開口穴唇吐口外,乳突穴唇吐口內,有口無唇為空穴,有唇無口為死穴,口者唇旁之兩邊砂兜收也,口開闊大而長者,口內應有小唇,突生臍靨而凹者,唇內宜有小口,臨田無近案者,唇氈俱全為妙,在山有近案者,只有唇收便佳,高結之穴圓唇非長大平坦而兜起不可,低結之穴與有近案者,只要有兜起之意,稍峻無妨,其唇短而高起者,氈宜闊大,唇長而平坦者,氈短亦無妨。
開口の穴は、唇は口外に吐く。乳穴突穴は、唇は口內に吐く。口有りて唇無きは空穴、唇有りて口無きは死穴。所謂「口」は、唇旁兩邊砂の兜收である。口の張る闊大にして長のは、口內必ず別に小唇有るべし。突起して中間に臍靨凹陷を生出するは、唇內必ず別に小口有るべし。田野に臨み・近案無きは、唇と氈俱全してすなわち好し。山中にして近案有るは、ただ唇の收攏有れば行けり。高處結の穴は、圓唇は長大平坦にして向上兜起せなければ不可である。低處結の穴および近案有るは、ただ兜起の意思有れば、稍微陡きももまた妨なし。唇短くして高起のは、氈はなるべく寬闊なるべし。唇長くして平坦のは、氈短しももまた妨なし。
若似反弓鱉裙者,地必假,蓋唇氈是裀褥之餘氣,鋪來無唇氈,則裀褥亦假,故所謂裀褥者,不惟穴旁坐下宜有,穴後穴前亦宜有之,穴旁無裀褥,則無胖腮,穴後坐下無之,則不和軟(穴後即毬簷之後),穴前無之,則無唇氈,何以成穴,惟有裀褥,自有唇氈,不致欹斜尖削,而見其餘氣之旺也,餘氣旺者,雖小地亦發人丁,左邊多者長盛,右邊多者幼盛,面前多者,眾房同盛。
もし形狀は反張の弓の如く・鱉の裙邊の如くなれば、その此塊地は必定に假である。というのは唇氈は裀褥の餘氣にして、鋪展開來しもし唇氈無ければ、その裀褥ももまた假である。ゆえに所謂裀褥は、不但に穴旁坐處必ず有るべく、穴後穴前ももまた必ず有るべし。穴旁に裀褥無ければ、穴腮はすなわち豐滿せず。穴後坐處に無ければ(穴後はすなわち毬簷の後面)、土はすなわち柔和鬆軟せず。穴前に無ければ、すなわち唇氈無し、その還怎麼穴を成さんや。ただ裀褥有れば、自然に唇氈有りて、歪斜尖削に至らず、もまた餘氣の旺盛を見るべし。餘氣旺のは、即すなわち小地であってももまた人丁を發するよくす。左邊餘氣多きは長房興盛し、右邊多きは幼房興盛し、正前方多きは各房同樣に興盛す。
故曰:每見穴前數尺餘氣,子孫則多,大片餘氣,子孫反少,何也?曰:穴前雖有餘地,而非本身鋪出,或從左或從右鋪來,而一邊界水,隱隱從穴前割腳過者,或左右俱鋪來而兩邊隱隱界水,從穴前割腳合者,或從本身鋪出,而托起平仰之勢,如覆鵝毛之削下,龜背之有脊者,或雖托起平仰,而穴後不開面,無矬平者,雖穴前鋪出一片餘地,皆非餘氣也。
於是ある人が問う、常見て穴前ただ幾尺の餘氣の反って子孫衆多、穴前一大片の餘地を鋪く反って子孫稀少なるは、此れ是れ何をなすか。答えて言う、穴前たとえ餘地有り、却も本山自ら鋪出するにないして、左邊或いは右邊より鋪過來し、同時に一邊の界水隠隠として穴前より脚を割りて流過す。或いは左右皆鋪過來して、而も兩邊隠隠の界水は穴前に於いて脚を割りて會合す。或いはたとえ本山の鋪出するである、托起の姿態却も倒扣の鵞毛の如く削下去・龜背の如く脊を帶ぶ。再或いはたとえ托起平仰すれど、可穴後開面せず・低伏平緩無し――この幾種の情形は、穴前たとえ一大片の餘地を鋪出すとも、皆真正の餘氣にない。
蓋氣隨脈行,脈隨氣止,氣脈凝聚,自然四體融和,精神發越,二邊界水割腳而過者,必唇側而無氈,兩邊界水割腳而合者,即有口而無唇氈,穴後無氣脈也,不能托起平仰者,生氣不收也,如覆鵝毛龜背者,陰煞不化也。
というのは氣は脈に隨いて行走し、脈は氣に隨いて停住す。氣脈一凝聚せば、自然に四面融和・精神煥發す。兩邊界水の脚を割りて流過するは、唇必定に偏斜して氈無し。兩邊界水の脚を割りて會合するは、就ただ口有りて唇氈無し、その是れ穴後に氣脈無きである。托起平仰することできないは、是れ生氣の收まらないである。倒扣の鵞毛の如く・龜背の如きは、是れ陰煞の化掉しないである。
後無矬平者,即無動脈,脈死氣散也,氣尚無有,何能有餘。真氣既無,雖有餘氣何益。此皆裀褥唇氈不真故也,餘氣少而下旺者,可不方言而喻矣。
穴後に低伏平緩無きは、すなわち活動の脈無く、脈死氣散す。氣連ねて無ければ、哪裏談ずるに餘氣有るに及ばん。真氣既に無ければ、その片の所謂餘氣又何の用か有らん。此等は皆裀褥唇氈の不真の緣故である。至りて餘氣たとえ少くして後代興旺のは、道理ももまた言うまでもなく喻すである。
餘氣
(此篇論龍身餘氣與前篇論穴前之餘氣有別)
(この一篇は龍身の餘氣を討論し、上一篇の穴前の餘氣を討論するに同じからない有り。)
古云:“大地多從腰裡落,迥轉餘枝作城廓”,餘枝即正結之餘氣也,蓋龍如瓜藤,瓜之結實,多在藤腰,反將盡未盡之間,近根之處,正藤之杪,即有所結不堪為種。真龍結穴亦然,正穴即結,其餘氣或從龍虎肘外,或從官鬼前後,及纏護禽曜邊曲折而去,或山或地,或作水口,或成陰地,陽基有數里而住,數十里而止者(只要真情拱向),無論遠近,去而不結者,力小,去而結地者,力大。
古話に「大地多從腰裏落、回轉餘枝作城郭」と言う、此處の餘枝はすなわち正結の後の餘氣である。というのは龍は就好比て瓜藤にして、瓜の果實を結ぶは多半藤の中段に在り、すなわち將盡未盡の間である。根部と藤梢の地方に靠近するは、即すなわち瓜を結出すとも堪えて種子に留作せず。真龍の結穴ももまたこの如し。正穴既に結成せば、その餘氣或いは龍虎の肘外より走出し、或いは官星鬼星の前後および纏護・禽星・曜星の旁辺より曲折して去り、或いは山を成し・或いは地を成し・或いは水口を作し・或いは陰宅の地を成し・或いは陽宅基址を成す。或いは走ること幾里にしてすなわち停住し、或いは走ること幾十里にしてすなわち止む(ただ真情の拱衛朝向有れば行けり)。遠近を論ぜず、走出して地を結しないは力量小、走出して還だ地を結するよくするは力量大である。
故省郡之大幹龍將盡處,閃落一枝結穴,而以省郡為用神者,封拜之地。經云:“餘氣不行數十里,定然不是王侯地”,蓋小地以砂為用神,大地以正龍為用神。如韓信將兵,漢高將將也,惟分落之小枝,如結瓜之子藤,但得獨立門戶,自然風藏氣聚,不論前去餘氣有無。
ゆえに省城郡城一帶の大干龍將盡の處は、一枝を閃落して穴を結し、而も整座の省城郡城を把ちて用神と當作するは、その是れ封拜を受くるよくする地である。經書の上に「餘氣不行數十里、定然不是王侯地」と言う。というのは小地は砂を以て用神と作し、大地は正龍を以て用神と作す――就好比て韓信の士兵を統率し、而も漢高祖の將領を統率するが如し。至りて分落出來の小枝は、就像て瓜を結ぶの子藤にして、ただよく獨立門戸すれば、自然に風を藏め氣を聚む、前面に餘氣有りや無きや皆計較するを必とせず。
然所謂餘氣者,內觀外觀,俱要真面向式而後去,去而復回顧者方真吉(有外背內面之真情拱向為有顧戀之意)。內觀似向,外觀似背,遠砂似向,而近砂反背者,乃鬼山也。撼龍經曰:鬼山亦自有真形,形隨三吉輔弼類,九星皆有鬼形樣,不類本身不入相。故真龍之鬼自有種類,有此龍必有類型之鬼,而小枝龍則另生頭面,不與本山類形,是以餘氣鬼劫小枝龍之鬼氣,三者又各有別。
不過所謂餘氣は、裏より看・外より看皆必要として真面を穴場に朝向して然る後にすなわち走出し、走出して還だ回頭顧盼するを必要として、此すなわち真吉である(外背內面の真情拱衛朝向有るは、すなわち顧戀の意有るである)。もし裏より見れば像是れ朝向し、外より見れば却も是れ反背し、遠處の砂像是れ朝向して近處の砂反って背離すれば、そのすなわち鬼山である。《撼龍經》に言う、「鬼山も自有真形、形隨三吉輔弼類。九星皆有鬼形樣、不類本身不入相」。見るべし真龍の鬼星は自ら品類有り。怎麼樣の龍有れば、就怎麼樣ののと同類の鬼有り。而も小枝龍はすなわち別に頭面を生出して、本山と並びに同類ならない。ゆえに餘氣・鬼劫・小枝龍の鬼氣、この三者は又各々分別有り。
論地歩本於開面
開面地步,雖分兩樣,然開大面,即是占地步,無地步,即是不開面,何也?大八字一統罩盡護帶數重,兩邊送從纏護,面面相向,非開大面乎,貫頂出脈,護帶全無,兄弟山挨近本身者,非無地步與不開面乎。故開大面,地步自廣,開小面,地步自狹,不開面,地步自無。
開面と地歩はたとえ兩件事に分作して講ずるるも、其實大面を開くはすなわち地歩を占するに等しく、地歩無きはもまたすなわち開面せずに等し。何をなしてこの如く説くか。大八字は一統して幾重の護帶を罩住し、兩旁の送從纏護は面面相向す――此れはすなわち大面を開くにないか。反って、貫頂出脈・護帶全無・兄弟山緊挨着本身す――此れはすなわち既に地歩無く・又開面せずにないか。ゆえに大面を開くは、地歩自然に寬廣である。小面を開くは、地歩自然に狹窄である。開面しないは、地歩自然に無し。
蓋面之大小,不專指本身言,亦兼羽翼護衛言之也,羽翼護衛多者,地步廣,雖本身之面小,亦為開大面,無羽翼護衛者,地步狹,雖本身之面大,亦為開小面。故開面地步,總是一事,但自身之肩臂眉目肌理之分言之,則為開面,自外層之羽翼護衛言之,則為占地步,論其真假,非肩臂眉目肌理之分不可,固一事而兩名者也。
というのは面の大小は不單に本山に就いて言うのみ、もまた兼ねて羽翼護衛に就いて言うである。羽翼護衛多きは、地歩寬廣にして、本山の面即すなわち小であっても、もまた大面を開くと見なす。羽翼護衛無きは、地歩狹窄にして、本山の面即すなわち大であっても、もまた小面を開くと見なす。ゆえに開面と地歩は歸根到頭は一回事である。本身の肩臂・眉目・肌理の分に就いて講ずるれば、すなわち開面と叫ぶ。外層の羽翼護衛に就いて講ずるれば、すなわち地歩を占すると叫ぶ。而もその真假を論ぜんと欲せば、肩臂眉目肌理の分を見るに非なければ不可なり――本來是れ一件事にして兩個の名稱有るのみである。
論開面地歩包括形勢星辰
秦漢時,論形勢。唐宋時,論星辰,今人止知論勢,其次論星與形,予獨論開面地步者。蓋以山川古今不改,吾人所見不同,總皆發明山川之秘,如狐首青鳥,葬經以形勢察性情,以性情察生氣,撼龍疑龍玉髓經洩天機之類,以地下山形,合上天星象,以人間庶物,狀山川變形,逐類推求,隨形模仿,皆格物以明理,非初學所能驟。
秦漢時候は形と勢を講じ、唐宋時候は星辰を講じ、如今の人はただ勢を講ずるるを知り、其次才に星と形を講ずる。我は却も單に開面と地歩を講ずる。此れ是れというのは山川古今不變にして、ただ我ら各人の見る所同じからないのみ、説到底は皆山川の奧祕を闡發するである。《狐首經》《青鳥經》《葬經》の如きは、形勢を用いて性情を察看し・性情を用いて生氣を察看す。《撼龍經》《疑龍經》《玉髓經》《泄天機》のこの一類の如きは、地上の山形を用いて天上の星象に比附し・人間の百物を用いて山川の變化を描摹し、一類一類に推求し・形狀に照らして模擬す――皆物を格して理を明らかにする工夫にして、初學者の一下子に掌握するよくするにない。
至於開面地步之說參悟萬山性情,總歸一貫機竅,意淺言詳,人所易曉,況形勢星辰,亦皆包括,誠以山龍無關開面地步,即不成形勢星辰,何也?未有不開面而能成形勢者也,未有不開面而能成尊嚴降勢者也,未有不疊疊輾轉開面,而能成飛舞踴躍之勢也,未有開面之羽翼,不面面相向,而能成團聚迴環之勢者也,未有不占地步之廣,而能有勢如重屋茂草喬木,勢如降龍水繞雲從者也,未有不占地步之極廣,而能有勢如巨浪重嶺疊嶂,勢如萬馬自天而下者也。
至りて開面地歩のこの套の説法は、萬山の性情を參透したる後に歸結して一以貫のの機竅とし、用意淺近にして講ずるる詳細、人人明白し易し。何況んや形と勢・星と辰ももまた皆のに包括せられて在るをや。實在はというのは山龍もし開面地歩と關係無ければ、すなわち形勢星辰を成すできない。何をなすか。從來開面せずしてよく其れ形勢を成す有らず。從來開面せずしてよく其れ尊嚴下降の勢を成す有らず。從來層層輾轉開面せずしてよく其れ飛舞踊躍の勢を成す有らず。從來開面の羽翼彼此相向せずしてよく其れ團聚迴環の勢を成す有らず。從來寬廣の地歩を占せずしてよく「勢如重屋」「勢如茂草喬木」「勢如降龍」「勢如水繞雲從」有る有らず。もまた從來極めて寬廣の地歩を占せずしてよく「勢如巨浪」「勢如重嶺疊嶂」「勢如萬馬自天而下」有る有らず。
廖氏曰:胃是脈從頂上柄,星峰不現頭,飽是渾如覆箕樣,醜惡那堪相。楊公曰:大抵星辰嫌破碎,不抱水身多作落,皆星辰不開面之說也。葬經曰:形如亂衣,妬女淫妻,形如仰刀,凶禍難逃,形如臥劍,誅夷逼僭,形如覆舟,女病男囚。又曰:勢如戈矛,兵死刑囚,勢如流水,生人皆鬼,勢如驚蛇,屈曲欹斜,滅國亡家,此皆不開面不占地步之說也。
廖瑀は言う、脈は頂上より直貫して下り、星峰は頭を顯出せず。山體は飽脹して倒扣の簸箕の如く、醜惡にして堪えて細看せずと。楊筠松は言う、「大抵星辰嫌破碎、不抱水身多作落」。此等講ずるる所は皆星辰の開面しないである。《葬經》に言う、「形如亂衣、妒女淫妻。形如仰刀、凶禍難逃。形如臥劍、誅夷逼僭。形如覆舟、女病男囚」。又言う、「勢如戈矛、兵死刑囚。勢如流水、生人皆鬼。勢如驚蛇、屈曲欹斜、滅國亡家」。此等講ずるる所は皆開面せず・地歩を占しないの害處である。
入式歌云:好格面平方合樣,面飽何勞相,不開面者,其面能平而不飽乎。撼龍經曰:作穴分金過如線,曰分金者非即開面之謂乎。又曰:高山頂上平如掌,中分細脈如蛇樣,平如掌即開陽獻面,如蛇樣即束陰吐氣,中分即隱顯之分,又非開面之謂乎,然則古人之論形勢星辰,未嘗不寓開面地步之意,但不明明道破,予故發其隱微,不言形勢星辰,而詳論開面地步也。
《入式歌》に言う、「好格面平方合樣、面飽何勞相」。開面しない山は、その面よく平して飽脹せざらんか。《撼龍經》に言う、「作穴分金過如線」。此處に説く「分金」は、どうしてに開面にないか。又言う、「高山頂上平如掌、中分細脈如蛇樣」。平如手掌はすなわち開陽獻面、細如蛇形はすなわち束陰吐氣、「中分」はすなわち隱分と顯分――此れは又開面を講ずるるにないか。見るべし古人の形勢星辰を論ずるるは、未かつて開面地歩の意思を暗含せざらず、ただ明白に點破しないのみ。ゆえに我はこの層の隱微の處を揭示出來し、形勢星辰を談ぜずして、專門に開面と地歩を詳論す。
饒滅
饒滅者,多者為饒,少者為滅,即挨加法也,蓋暈心標準,左右均勻,挨左則左少右多,謂之滅龍饒虎,挨右則右少左多,謂之滅虎饒龍。又如龍先到而在內,虎後到而在外,龍近虎遠,作穴挨近龍邊,即是滅龍饒虎,虎先到而龍後到,虎近龍遠,作穴挨近虎邊,即為滅虎饒龍是也。
所謂「饒滅」は、多き一辺を饒と呼び、少き一辺を滅と呼び、すなわち穴位を左右に挪移して增減する方法である。穴暈の中心を以て標準と為せば、本來左右は均勻である。もし穴を左辺に挨近せば、左辺は少なく右辺は多し、此を「滅龍饒虎」と呼ぶ。もし穴を右辺に挨近せば、右辺は少なく左辺は多し、此を「滅虎饒龍」と呼ぶ。又如青龍砂先到して內に在り、白虎砂後到して外に在る、龍近く虎遠きは、すなわち作穴するに龍辺に挨近せんことを要す、此すなわち滅龍饒虎である。反って白虎砂先到・青龍砂後到すれば、虎近く龍遠し、作穴するに虎辺に挨近せんことを要す、此すなわち滅虎饒龍である。
其龍虎不交抱,而龍山低虎山高者,亦宜滅龍饒虎,虎山低而龍山高者,則宜滅虎饒龍,又落脈饒滅之法,如脈從左落,勢必趨右,宜右邊受穴,左耳乘龍,棺頭宜親右邊,棺腳宜近左邊,亦曰:滅龍饒虎,右肩落脈,饒滅亦然。
もし龍虎並びに交抱せず、而も青龍山低く白虎山高きは、もまた必ず滅龍饒虎すべし。白虎山低く青龍山高きは、必ず滅虎饒龍すべし。この外に落脈によって饒滅する方法有り。譬如脈の左辺より落下せば、氣勢必定に右辺に趨向す、すなわち右辺に於いて穴を受け、左耳より龍氣を承接し、棺頭はなるべく右辺に靠近・棺脚はなるべく左辺に靠近すべし、此れもまた滅龍饒虎と呼ぶである。もし是れ右肩より落脈せば、饒滅の道理は此れと相同じく方向相反す。
大抵落脈左右之饒滅,與龍虎遠近之饒滅,常自相符,當饒而不饒滅者,禍在公分,如左砂先到,當挨不挨,長房必敗,左水不到穴前故也,右砂先到,當挨不挨,幼房必敗,右水不到穴前故也。又如水自左來,左邊是下砂,不挨右而挨左,則青龍順竄,禍及長房。水自右來,左邊是下砂,不挨左而挨右,則白虎順竄,禍及幼房。
大体上、落脈の左右によって饒滅するは、龍虎の遠近によって饒滅するに、兩者往々にして吻合す。必ず饒すべく必ず滅すべくして照辦しないは、禍事はすなわち某一房頭に落す。譬如左砂先到して、必ず挨り過去すべくして挨らなければ、長房必定に敗落す、左辺の水の穴前に到らないを以てである。右砂先到して、必ず挨り過去すべくして挨らなければ、幼房必定に敗落す、右辺の水の穴前に到らないを以てである。又如し水左辺より來れば、左辺すなわち下砂である、この時右に挨らずして反って左に挨らば、青龍はすなわち水に順い竄走し、禍は長房に及ぶ。水右辺より來れば、左辺なお下砂である、この時左に挨らずして反って右に挨らば、白虎はすなわち水に順い竄走し、禍は幼房に及ぶ。
挨棄
挨棄者,挨生處而棄死處也,如脈從左轉右,則左死右生,從右轉左,則右死左生,雙脈短者為生,齊脈小者為生,貼身砂長者為生,痕影水明者為生,口菱伶俐仰處為生,圓唇薄仰平鋪邊為生,穴腮圓胖為生,牝牡砂先到為生,龍虎灣環靦覥邊為生,氣脈陰陽變化呼吸浮沉之動氣為生,總之,動處、仰處、圓處、有情處、厚者薄處,均為生也,左生發長,右生發幼。
所謂「挨棄」は、すなわち生氣有るの一辺に挨向し、氣死せる一辺を捨棄するである。譬如脈左より右に轉ずれば、すなわち左辺死して右辺生である。右より左に轉ずれば、すなわち右辺死して左辺生である。雙脈の中短き一辺を以て生とし、齊脈の中小さき一辺を以て生とし、貼身護砂の長き一辺を以て生とし、痕影水の明顯なる一辺を以て生とし、口棱の清晰にして上仰の一辺を以て生とし、圓唇の薄くして上仰・平坦鋪展の一辺を以て生とし、穴腮の圓潤豐滿の一辺を以て生とし、牝牡砂の先到の一辺を以て生とし、龍虎の彎環含情の一辺を以て生とし、氣脈に陰陽變化・呼吸浮沉の動氣有るの一辺を以て生とする。總じての、活動の處・上仰の處・圓潤の處・有情の處・厚中の薄處は、皆生に屬す。左辺を以て生と為せばすなわち長房を發し、右辺を以て生と為せばすなわち幼房を發す。
淺深
作穴淺深之法,有以兩邊界水定者,有以穴前小明堂定者,有以一合水定者,窩鉗穴無貼身一合水(一合水即蟹眼水,窩鉗穴無一合水者,即堪輿經所謂:蟹眼不分插氣穴是也,蓋深大窩鉗穴結低處,平中取突,毬簷無蟹眼水分下即以貼穴分合為蟹眼水,金盆穴法亦然)。以兩邊二合水定者,從來議論不一,但兩旁界水之淺深(即二合水),與一合水之淺深,相去懸殊,一合水之淺深,與小明堂之淺深,相去亦懸殊(一合水從穴暈兩旁分下小明堂,即穴前一合水聚處,故二者深淺不同)。
穴位の深淺を定める方法。有りて兩邊界水によって定め、有りて穴前小明堂によって定め、有りて第一重合水によって定む。窝穴鉗穴は貼身の第一重合水無し(第一重合水はすなわち蟹眼水。窝鉗穴に一合水無きは、すなわち《堪輿經》のいう所の「蟹眼不分插氣穴」。というのは深大の窝鉗穴は低處に結し、平中に突を取るを要す。毬簷の下に蟹眼水の分流無ければ、貼穴の分合を挐て權且く蟹眼水に當て、金盆穴法ももまたこの如し)、すなわち兩邊第二重合水によって定む。歷來議論一ならない。但し兩旁界水(すなわち第二重合水)の深淺は、第一重合水の深淺と相差懸殊である。第一重合水の深淺は、小明堂の深淺と相差ももまた甚だ懸殊である(第一重合水は穴暈兩旁より分流して下り、小明堂才に穴前一合水聚集の處である、ゆえに兩者深淺同じからず)。
且穴旁痕影水(即一合水)淺者止一二尺,葬穴不就、應如是之淺,或兩旁溪溝成界,深者數丈,葬穴不應如是之深,即二合水合於圓唇之下,形俯者,或有數丈高低,葬穴亦不應如是之深,然則何以定之,惟小明堂之深淺,與穴高低相等,似可以此其定浮沉。
何況んや穴旁の痕影水(すなわち第一重合水)淺きはただ一兩尺、葬穴は總じてこの地步に淺してはならない。有るの處は兩旁は溪溝にして界を成し、深きは好幾丈有り、葬穴ももまたこの地步に深してはならない。すなわち第二重合水の圓唇の下に於いて會合し、形體俯下の處或いは幾丈高低有り、葬穴同樣にこの地步に深してはならない。では究竟何に靠りて定めん。ただ小明堂の深淺は穴の高低と大致相當し、似乎のを以て葬口の浮沉を定むべき有り。
然每因之過淺,則有風吹蟻入之患(風吹則氣散土影,故出蟻入之),過深則有水溼黑爛之虞(陰來陽受脈緩者,氣浮,陽來陰受脈急者,氣沉,況氣浮宜淺,氣沉宜深,浮沉得宜,全在深淺恰中,為則過深過淺,則氣不蓄,即為腐骨之藏,古云:穴吉葬凶者,亦兼乘平浮沉深淺而言也)。況小明堂上下任人指點,增卑損益隨意可更,其深淺亦無足據。
可是れどのに照らして葬れば常常失して過淺に過ぎ、すなわち風吹蟻入の禍患有り(風一吹けば、氣すなわち散じ土すなわち陰濕し、ゆえに螞蟻を生じて棺內に鑽入す)。失して過深に過ぎれば、又水濕にして棺骨をして發黑腐爛せしむの憂慮有り(陰來陽受・脈勢和緩のは、氣浮。陽來陰受・脈勢急促のは、氣沉。氣浮はなるべく淺く葬り、氣沉はなるべく深く葬るべし。浮沉得宜は全く深淺の恰到好處に在り。過深過淺、氣皆蓄まらず、そのすなわち腐骨の葬と成る。古話に「穴吉葬凶」と言う、もまた兼ねて浮沉深淺の掌握好かないを指して言うである)。何況んや小明堂の上下位置は人に任せて指點し、抬高压低隨意に改め可し、その深淺ももまた憑とするに足らず。
惟金銀爐之淺深,與小明堂界水之淺深(此界水指一合水言),常自相符,宜以小明堂界水淺深尺寸為準則,多留真土托棺,不得鑿至爐底,每掘出小孔探之,將到爐底而止,真土者堅而不浮,韌而不硬,幹而不枯,潤而不溼,明彩而不昏暗,即生氣土也,爐底土,比真土稍淡,稍昏,稍幹,稍溼,稍粗,稍變,不必過硬,方為爐底。
唯だ「金銀爐」の深淺と小明堂界水の深淺(此處の界水は第一重合水を指す)は常常吻合し、ゆえに必ず小明堂界水の深淺尺寸を以て準則とし、多く一層の真土を留めて棺木を托住し、爐底に凿到るべきではない。開挖の時不妨ち小孔を掘りて探試し、爐底に到るに快ければすなわち停手す。所謂真土は、堅實にして虛浮せず、柔韌にして僵硬せず、乾爽にして枯燥せず、潤澤にして潮濕せず、色澤明亮にして昏暗ならない――此すなわち生氣を含む土である。爐底の土は真土より略々淡く・略々暗く・略々乾き・略々濕し・略々粗く・略々變色有り、必定に甚だ硬からず、そのすなわち爐底である。
有等真土厚者,比小明堂更深數丈,若因土美深掘,過於小明堂,必有水溼之患(掘棄爐底穴深水入),故必須以小明堂為準,多留真土,托棺為是(地學云:穴之淺深,為葬法牧功一大著,如形粗勢大皮厚肉肥者,宜深。山小勢微皮嫩肉肥者,宜淺。此可預定,若求真土,必鑿而後見,不可預定。凡開穴先去浮沙浮石,真土有範圍有蓋底,或稍粗土為之範圍,蓋底之中方是精粹之土。太極之暈,有範圍狹小不足容棺止堪容棺者,亦天生自然,不容勉強,順勿打破外暈,暈有暈心多是碗人自土將透底乃見,見此即止,真土皮淺者,打下數尺見土變粗,或土盡見砂,見石急下真土作底三五寸,然後X棺穿可浮土外,取好土和灰堅X,則客水自消,不可掘穿爐底,術家以九星五星量淺深某山間當深幾丈,其說若妄,即量界水則淺深亦未必盡符,動手方知也)。
有一類の處真土甚だ厚く、小明堂よりも深きこと好幾丈。もし土色好きがよって一味に深掘し・小明堂の深度を超過せば、必定に水濕の患いを招來す(爐底を掘穿せば、穴一深ければ水すなわち進入す)。ゆえに必ず小明堂を以て準とし、多く一層の真土を留めて棺木を托住してすなわち對である(《地學》に言う、穴の深淺は葬法中收功の一大關鍵である。形體粗・氣勢大・表皮厚・土肉肥のはなるべく深く、山小・勢微・皮嫩・土肉薄のはなるべく淺し――此等は預め判定すべし。至りて真土を求むるは、必ず開鑿して後すなわち見ることを得、預定することできない。凡そ穴を開くは先ず浮沙浮石を去る。真土にその範圍有り・その蓋底有り、或いは稍々粗の土を以て範圍とし、蓋底の中才に精粹の土である。太極暈或いは範圍狹小・棺を容るに足らず或いは僅かに堪えて棺を容る、そのもまた天生自然にして勉强を容れず、切に外暈を打破する勿れ。暈中に暈心有り、多半碗底の如く一般、挖到して快透底の時にしてすなわち見ることを得、一見すればすなわち必ず停手すべし。真土層淺きは、往下挖すこと幾尺にしてすなわち土變粗を見、或いは土盡きて砂を見・石を見ん、この時赶紧して三五寸真土を鋪きて底を作し、然る後棺を安ず。棺外の浮土處は、好土を取りて石灰と夯實せば、客水自然に消退す、切に爐底を掘穿する勿れ。術士は九星五星によって深淺を量りて、某山必ず深きこと幾丈と説く、あの種の説法は妄斷に近し。たとえ界水によって量るも、深淺未必しも全然相符せず、總じて動手開挖してすなわち知るべし)。
巻四
平洋論
山龍以開面占地步者為勝,平洋亦然,蓋平洋開口,即如山龍面,山龍不開面為無氣,平洋不開口亦為無氣,其理一也(水分氣行,水合氣止,龍不開面,則水不分,平洋不開口,則水不合,故均為無氣)。
山龍はよく面を開きよく地歩を占するを以て上とする、平洋ももまた一樣である。平洋の「開口」は、山龍の「開面」に相當す。山龍は面を開かなければすなわち氣無く、平洋は口を開かなければ同樣に氣無し、道理は一致である(水一分かれれば、氣就行走す。水一會合すれば、氣就停住す。龍面を開かなければ、水就分かれ得ず。平洋口を開かなければ、水就合わらず――ゆえに兩者皆無氣と見なす)。
山龍有星體形勢帳峽纏護者,為占地步,平洋亦有星體形勢,帳峽纏護,其占地步亦一也,但平洋蹤跡,與山龍形體略有異同,今亦以縱橫收放,行止分合,向背斂割仰覆,枝幹大小分晰,龍體穴形,要之不外乎因水驗氣,古云:平洋得水為先,誠要語也。
山龍は星體形勢有り・帳峽纏護有りて、すなわち地歩を占したりと見なす。平洋同樣に星體形勢有り・帳峽纏護有りて、地歩を占する道理ももまた一致である。ただ平洋の形跡と山龍の形體は略々異同有れば、ゆえに此處ももまた縱横・收放・行止・分合・向背・斂割・仰覆・枝干大小によって、分別に龍の體態と穴の形狀を剖析す。歸結すれば、總じて「因水驗氣」の四字に外ならない。古話に「平洋得水為先」と言う、實在是れ要緊の話である。
因水驗氣
氣者,水之母也,水者,氣之子也,有氣斯有水,有水斯有氣,氣無形而難見,水有跡而可求,水來則氣來,水合則氣止,水抱則氣全,水匯則氣蓄,水有聚散,而氣聚散因之,水有淺深,而氣之厚薄因之,故因水可以驗氣也。
氣は水の母親、水は氣の兒子である。氣有ればすなわち水有り、水有ればすなわち氣有り。氣は形體無く、見ること難し。水は蹤跡有り、求むる可し。水來ればすなわち氣來、水合すればすなわち氣止、水抱すればすなわち氣全、水匯ればすなわち氣蓄まる。水に聚有り散有れば、氣ももまたのに隨いて聚散す。水に淺有り深有れば、氣ももまたのに隨いて厚薄す。ゆえに水を凭って氣を檢驗するを得。
若池湖蕩胸無收,則氣不能聚,江湖潑面無案,則勢不可當(入懷之水太寬為蕩胸,必須退後收小或近收貼穴小水,方可取城,入水當面直沖為潑面,宜有近案遮攔,不致直見汪洋為妙,詳後枝幹篇)。其易盈易涸,急去急來,倏淺倏深,或環或直者,亦有盛衰之應,惟大水之內又有小水,重重包裹,方見氣之藏而聚。大界之內,更有微茫,隱隱分合(貼穴痕隱水),方見氣之動而止。
もし池湖の水蕩漾して胸に及んで收束無ければ、氣就聚まらず。江湖の水撲面而來し又案山無ければ、その氣勢就抵擋し得ず(懷中に進入する水太寛なるを、「蕩胸」と叫ぶ。必ず往後一步を退いて小さき收束を取り、或いは就近して貼穴の小水を收取して、すなわち局を立つるよくす。水當面直衝するを「潑面」と呼び、必ず近案有りて遮攔し、一眼に汪洋を望見せずしてすなわち好し、詳しくは後面《枝干大小》篇を見よ)。その些の漲滿し易く乾涸し易く、急來急去、忽淺忽深、時に環抱し時に直流の水も、もまた各々興衰の應驗有り。ただ大水の內に又小水層層包裹有れば、すなわち氣藏してよく聚まるを見るべし。大界水の內に更に微茫の隠隠分合有れば(すなわち貼穴の痕影水)、すなわち氣動してよく止まるを見るべし。
故眷(去而回顧)、戀(深聚留戀)、回(迴環曲折)、環(繞抱有情)、交(兩水交會)、鎖(關萬緊密)、織(之口如織)、結(眾水匯瀦)皆氣之所在也。穿(穿胸破肋)、牽(天心直出,牽動土牛)、射(小水直來,形如箭射)、反(形如反弓),直(來去無情)、沖(大水沖來)皆氣之離也。如反者使之環抱,直者使之曲折,散者可以聚之,去者可以蔽之,挽回造化,亦在人功,但本身血脈有情顧後者(貼穴小水環繞也),務宜按親,幹龍大水,無意留戀者,不可扳援,若山谷之平洋,山多水少,雖見大水無害,總要自家界合為先耳(貼穴界合無論山洋,必不可少)。
ゆえに「眷」(水流走去て還だ回頭顧盼す)、「戀」(水深聚りて留連去らず)、「回」(回環曲折す)、「環」(環繞して穴を抱き有情である)、「交」(兩水交會す)、「鎖」(關攔緊密す)、「織」(水路交錯して織の如し)、「結」(衆水匯聚して潭を成す)、此等は皆氣の所在である。而して「穿」(胸を穿ち肋を破る)、「牽」(水天心より直出して、土牛を牽動す)、「射」(小水直來して箭の如し)、「反」(形如反弓)、「直」(來去無情)、「衝」(大水衝來)、此等は皆氣已に離散せり。もし反弓のよく環抱に改成し、直流のよく曲折に改成し、散漫のよく聚攏し、流走のよく遮擋するを設法せば、すなわち造化を挽回するももまた人力に在り。ただ本身血脈有情・回頭我を顧る(すなわち貼穴の小水環繞)、務めて親近取用すべし。干龍の大水本來留戀の意無きは、すなわち勉强攀附してはならない。至りて山谷中の平洋は、山多く水少く、たとえ大水を見るももまた妨なし、總じて自家に界水交合有るを以て第一要務とする(貼穴の界水交合は、山地平洋を論ぜず皆缺少してはならない)。
縱橫
兩水夾送龍身直行者為縱,兩邊枝水插入者為橫。大龍奔行數百十里,或數十里,或一二里,兩邊枝水插入,如八字樣者為帳,枝水分流,或數百里,或十餘里者為大帳,一二里者為小帳,兩邊枝水長短不齊,闊狹不一,帳之邊多邊少,龍之中出偏出,均於此辨之,帳大而多者龍大,帳小而少者龍小,亦有借縱為橫,借橫為縱者,總以枝葉茂地步廣者力大。
兩道の水夾みて護送し・龍身筆直に前行するを「縱」と叫ぶ。兩旁に枝水の插進して來りる有るを「橫」と叫ぶ。大龍の奔行幾百里・或いは幾十里・或いは一二里、兩旁に枝水插入して八字形を呈するは、すなわち帳である。枝水分流して幾百里或いは十幾里達するは大帳、ただ一二里のは小帳である。兩旁枝水の長短不齊・寬窄不一、帳は一邊多く一邊少く、龍は中出か還だ偏出か、皆此處より分辨す。帳大にして多きは龍すなわち大、帳小にして少きは龍すなわち小。もまた縱を借りて橫を作し・橫を借りて縱を作す有り、總じて枝葉茂盛・地歩寬廣の力量大を以てす。
但平洋縱橫,不如山龍易見,枝龍縱橫,又不如幹龍易見,蓋幹龍有大江大河為憑,而枝龍惟小河小濱,或低田低地,忽縱忽橫,難以體認,非遠著足力,細細推求不可,其龍身來去脊脈,只以兩邊小河小濱插入,或低田低地中,有一段高起處證之。
不過平洋の縱橫は山龍の如く見え易からず、枝龍の縱橫は又干龍の如く見え易からず。というのは干龍は大江大河有りて憑據を作すを得、而して枝龍はただ小河小浜、或いは低田低地、忽ち縱・忽ち橫、甚だ體察辨認し難し、多く遠路を走り・細々と推求せなければ不可である。その龍身來去の脊脈は、ただ兩旁小河小浜の插進して來りる形跡に靠る、或いは低田低地の當中に一段高起する處有るに靠りて、のを以て印證を加うべし。
河界田,而田之闊大處是橫,濱界田,而田之狹長處是縱,小濱橫生處是橫,直生處是縱,未分小濱之前是橫,已分小濱之後是縱,小河倏而橫流,小濱忽而直生,忽而橫生,低田低地,亦如是者,都是借縱為橫,借橫為縱也。
河は田を界開し、田面寬闊の處はすなわち橫。浜は田を界開し、田面狹長の處はすなわち縱。小浜横に生出するは橫、直に生出するは縱。還だ小浜を分出しない前は橫、已に小浜を分出したる後は縱。小河忽然として橫流し、小浜忽而直生・忽而橫生し、低田低地ももまたこの如く變來變去す、此等は皆縱を借りて橫を作し・橫を借りて縱を作すに屬す。
總之縱者中尊自主,橫者側體顧人,縱如菜臺花心,橫如菜葉花瓣,菜葉花瓣,為護其心,枝腳纏護,因衛其主,橫者是開為合之機,合者是收成縱之局,故有縱不可無橫,有橫不可無縱,有縱無橫者,即無蓋護,有橫無縱者,何以成龍,然亦有等龍身,在大江大河之中,或隔十餘里,或隔一二里,有圬田浮於水面,如鷗鷺之浴波,或如珪如壁,大小長短相間斷續而來,此以小而直長者為縱,大而橫闊者為橫,察其到頭,定有真止,故龍穴皆縱中之事,砂水皆橫中之事(龍脈雖多曲折,總居中而貫穴,砂水即有直長,皆在龍穴兩旁分餚)。
總じての、縱は居中を尊とし・自ら主宰を作し、橫は側過來て人を照顧す。縱は就好比て菜心・花心、橫は就好比て菜葉・花瓣。菜葉花瓣は菜心花心を護住するをなし、枝脚纏護はその主脈を衛護するをなす。橫は「開」にして「合」を準備する機括、合は又「收」にして縱の格局を形成す。ゆえに縱有れば橫無からないべきではない、橫有れば縱無からないべきではない。縱有りて橫無きは、すなわち蓋護無し。橫有りて縱無きは、又怎麼其れ龍を成さんや。此外に一類の龍身の大江大河の中に處する有り、或いは十幾里を隔て・或いは一二里を隔て、圩田の水面上に浮ぶ有り、鷗鷺浮波の如く、或いは圭の如く・璧の如く、大小長短相間・斷斷續續として過來す。この種の情形は、すなわち小而直長のを以て縱とし・大而橫闊のを以て橫とする。その到頭の處を察看すれば、必定に真の停止有り。ゆえに龍と穴は皆縱の此一邊の事に屬し、砂と水は皆橫の此一邊の事に屬す(龍脈はたとえ多く曲折す、總じて居中して穴に貫穿す。砂水はたとえ直して長しとも、もまた皆龍穴の兩旁に分列す)。
收放
收者,束細嚥喉也,龍身行度處,以之定峽,到頭一節,以之觀入首,即所謂束氣也。平洋無脊脈可憑,全在收處察其真假,證其來源,放者開枝腳也,帳蓋之大小,纏護之短長,均於此定之,大龍有大收大放,蓋帳關峽是也,小龍只小收小放,個子蜂腰是也,收放愈多則愈有勢,愈大則愈張揚,蓋收者如火筒風箱,小其竅而氣方健,放者如瓜藤果木,茂其枝而本自大也。
所謂「收」は、すなわち咽喉を束細するである。龍身行度の處に於いては、のに靠りて峽を定む。到頭のその一節に於いては、のに靠りて入首を見る――すなわち所謂束氣である。平洋は脊脈無くて憑據を作す可からず、全く收束の處に於いて真假を察看し・來源を印證す。所謂「放」は、すなわち枝脚を放開す。帳蓋の大小・纏護の長短は、皆のによって決定す。大龍は大收大放有り、そのすなわち蓋帳關峽である。小龍はただ小收小放有り、そのすなわち個字形と蜂腰である。收放越多きは、氣勢就越足す。越大なれば、氣象就越張揚す。というのは收は就好比て吹火筒と風箱にして、出口を小く作れば、氣才に強勁である。放は就好比て瓜藤果木にして、枝條茂盛なれば、本體自然に壯大である。
然非兩邊技水插入,不見其收,非兩邊枝水分開,不見其放(插入言枝水,自乾水生入分開言,兩水自龍身分開如個字,二者其義一也)。或一邊枝水插入,一邊無枝水分開,即是邊有邊無,或一邊枝水插入,一邊分了數段,方有枝水分開,如不對節之草者,即為參差不齊(此指直龍而言,如橫龍旋轉者,不以此論),非真收真放也。
不過兩旁枝水の插進して來りる無ければ、すなわちその收を見出すせず。兩旁枝水の分開去る無ければ、すなわちその放を見出すせず(「插入」と説くは枝水の干水より生進來るを指し、「分開」と説くは兩道水の龍身より分かれて個字形の如くを指す、兩者意思其實相同じ)。もし一邊に枝水插入有りて、另一邊却も枝水分開無ければ、そのすなわち「邊有邊無」である。もし一邊に枝水插入有りて、另一邊は幾段を隔ててすなわち枝水分開有り、節と節相對しない野草の如きは、そのすなわち「參差不齊」である(此れ是れ直龍に就いて言う、橫龍旋轉のは此をよって論ぜず)――皆真收真放にない。
收放真者,大略與山龍過峽相同,但山龍之起伏高顯然可見,平洋之起伏低,殊難識認,總以兩邊枝水插入為憑,因收處而見其放,放處而見其收也。至龍身行度處,高山以特起為少祖,平洋以特收為少祖,故穴後之收放,比後龍更為緊要。
真正の收放は、大致山龍の過峽と相同じ。ただ山龍起伏高く、一望して知る。平洋起伏低く、甚だ辨認し難し、總じて兩旁枝水插入を以て憑據とし、收束の處よりその放を見出し、放開の處よりその收を見出すを要す。至りて龍身行度の處は、高山は特意聳起するを以て少祖を作し、平洋はすなわち特意收束するを以て少祖を作す。ゆえに穴後の收放は、後龍より更に緊要である。
但後龍開帳過峽,有兩邊枝水插入者,或一邊枝水插入,一邊但有低田為界者,亦以帳峽論,不過力量稍輕,若在穴後一節,兩邊枝水插入,固為束氣,亦有一邊有枝水,一邊但有低田低地為界,或兩邊俱是低田低地,中間高起一段,亦為束氣之真(大坂平田兩邊無枝水插入,又無高低束氣之形,宜飛邊吊角而插,蓋近穴雖無束氣,其氣必有分水之峽也,然飛邊須邊上展開堂局,吊角須角上動而有情,即四面有水,甚遙不拘,方圓大坂,中間插進一瀆,而彎抱者,亦有結作,若邊角俱無,穴情中間又無漕水插入,但得微微起伏有唇口堂砂,殆如隱面山龍,精神藏而不露,不可以無明水而棄之)。
不過後龍開帳過峽して、兩旁枝水插入有る、或いは一邊枝水插入・另一邊ただ低田有りて界を作すも、もまた皆帳峽によって論ずる、ただ力量稍々輕し。もし穴後一節に於いて、兩旁枝水插入は固然是れ束氣。もまた一邊に枝水有り・另一邊ただ低田低地有りて界を作す、或いは兩邊皆低田低地にして中間高起一段のも、同樣に是れ真の束氣である(大片平坦の田坂の兩旁は既に枝水插入無く、又高低束氣の形狀無ければ、すなわち「飛邊」「吊角」の辦法を用いて穴を下すべし。というのは穴に靠近してたとえ束氣無し、その氣必定に別に分水の峽有り。不過飛邊は邊上に於いて堂局を展開し、吊角は角上に於いて靈動有情なるを要す。たとえ四面水有り・離るる甚だ遠しとももまた拘泥するを必とせず。方形圓形の大田坂・中間に一道の溝渠を插進して彎彎環抱するも、もまた結作有り。もし邊角皆無く・穴情中間又溝水插入無くとも、但しただ微微起伏有り・唇口と堂砂有れば、そのすなわち隠面の山龍に比し、精神藏して露さず、明水無きが故にのを捨棄するできない)。
其收放之極大者,兩邊護砂,有金箱玉印,日月旗鼓,琴筆劍笏倉庫諸形,或拱龍峽,或護穴場,文具應文,武器應武,堆錢倉庫主富,琴鼠鳳鶴主仙,形吉者吉,形凶者凶,吉形穴中見之吉,不見猶奇,脊脈之龍,其形多連於本身,或見於低田低地,或見於高田高地,平薄之龍,每於隔河隔濱見之,或見於水面,或見於平田平地,總以向我有情者吉,無情反背者凶。
收放極大の處は、兩旁の護砂に金箱・玉印・日月・旗鼓・琴・筆・劍・笏・倉庫等の形狀出現し、或いは龍峽を拱衛し、或いは穴場を護住す。文具に屬するは文貴に應じ、武器に屬するは武職に應じ。堆錢・倉庫の形は富を主り、琴・鼠・鳳・鶴の形は仙道の人を出すを主す。形吉のはすなわち吉、形凶のはすなわち凶。吉形は穴中に於いて看見すれば固然吉、看見せずして反って更に奇である。脊脈有る龍は、此等の形狀多半本身上に連である、或いは低田低地に出現し、或いは高田高地に出現す。平坦淺薄の龍は、すなわち往々にして河を隔て・浜を隔ててすなわち見ることを得、或いは水面上に出現し、或いは平田平地上に出現す。總じて我に朝向して有情のを以て吉とし、無情反背のを以て凶とする。
行止
平洋少騎龍斬關之穴者何,蓋平洋以水行證龍行,以水止證龍止,不若山龍有形局可借者比,故曰:到頭水聚方能止,水若無收氣遠奔,然此亦就大合之內有小合者言;若直臨大水交襟之處(此大合水處),形必漸小,纏護必短縮,鉗局面必不開,以為盡龍而收之,必致衰敗。
平洋は何をなして甚だ少く騎龍・斬關のこの類の穴有らんか。というのは平洋は水の流動に靠りて龍の行走を印證し・水の停聚に靠りて龍已に停住を印證す、山龍の如く別に形勢格局有りて借用せらるるに似ず。ゆえに言う、到頭の處水聚攏すれば、龍才に停住し得。水もし收まらなければ、氣就遠遠に奔走す。不過この話ももまた大會合の內に別に小會合有る情形に就いて言うである。もし直接に大水交襟の處に臨めば(すなわち大合水處)、その裏山形必定に漸漸變小、纏護必定に短縮、鉗形の局面必定に張開し得ず。もし誤認して龍此に到り已盡として此處に穴を收めば、必定に衰敗を招致す。
楊公曰:尋到山窮水盡時,地作茅叢容易棄。故須倒尋轉去,看有一股下砂小水纏繞處,只收一邊之水,或橫開鉗局,或倒掛金鉤,方是真止,平洋龍之橫結多,而直結少者,亦形勢使然也。
楊筠松は言う、「尋到山窮水盡時、地作茅叢容易棄」。ゆえに必ず倒回頭して尋るを要し、見るに哪裏一股下砂と小水の纏繞する處有るか、その裏ただ一邊の水を收め、或いは橫に鉗形の局を張開し、或いは倒掛金鉤の如く回抱す、その才是れ真の停止である。平洋龍の橫結多く直結少きは、也正是れこの種の形勢によって決定せらるるである。
口議曰:二水夾出莫當前,宜向左邊或右邊,神仙倒仗宜橫作,下手雖空也進田。又曰:二水夾出莫當中,中心水去十分凶,翻身作向朝來脈,發福綿綿為坐空(二詩前一首申明上文莫開鉗局之義,穴宜橫作。後一首申明上文倒掛金鉤之意,穴宜逆掛)。故大水未合而小水合,得下關水來纏繞者,定有真止,大水合而內無小水纏繞者,不得為止也。
《口議》に言う、「二水夾出莫當前、宜向左邊或右邊。神仙倒杖宜橫作、下手たとえ空也進田」。又言う、「二水夾出莫當中、中心水去十分凶。翻身作向朝來脈、發福綿綿為坐空」(前の一首は上文のいう所の此處に鉗局を張開する勿れ・穴なるべく橫作せよの意思を申明す。後の一首は上文の倒掛金鉤・穴なるべく逆掛せよの意思を申明す)。ゆえに大水還だ會合せずして小水先に會合し・又下關の水の纏繞過來を得れば、必定に真の停止有り。反って、大水たとえ會合し而も內部に小水纏繞無ければ、すなわち停止と見なすることできない。
若逆水之龍,其來處原是兩水夾送順行,或而翻身逆朝來水(界龍之水流東,界穴之水亦流東,為順局,若界龍水流東,而界穴水流西為逆局,如龍身順行有漕插入為後托與逆結同)。雕逆轉處最多,不過數節,而其內邊小界水,與逆轉之龍勢相迎,方有真止(如外邊龍勢左旋,內邊枝縫水右旋,方見內界之合,龍右旋者倒推),如內邊小界水,仍隨龍順行,必是砂體。經云:順水直沖而逆回結穴,方知體段之真,逆水真沖而合襟在後,斷是虛花之地,此之謂也(平洋坐空朝滿,須得低田低地,為明堂,前有明堂,後有束氣自有鉗口、下砂以證,內界小水環繞,若合襟穴後內無界穴之水,何以成穴,即如裹頭水為凶者,亦因內無小水環繞之故)。小界中者,即枝縫中水,故又名枝縫水。
至りて逆水の龍は、その來る處原本もまた兩水夾送・順流而行し、某處に到りてすなわち翻身して來水に逆朝す(界龍の水東流し・界穴の水もまた東流するは、是れ順局。もし界龍の水東流して界穴の水西流せば、すなわち逆局である。龍身順行して溝渠の插進して來りる有りて後托を充当するも、もまた逆結と相同じ)。この類の龍逆轉の處最多も不過幾節、而も必ず內邊の小界水は逆轉の龍勢と相迎して、すなわち真の停止有り(譬如外邊の龍勢左旋せば、內邊の枝縫水就要右旋して、すなわち內界の會合を見るべし。龍右旋のは此に照らして反推す)。もし內邊の小界水仍舊として龍に隨い順流而行せば、その必定に砂體である。經書上に言う、「順水直衝而逆回結穴、方知體段の真。逆水直衝而合襟在後、斷是虛花の地」――講ずるる所はすなわちこの道理である(平洋の坐空朝滿の格局は、須く低田低地を得て明堂を作さんことを要す。前有明堂・後有束氣して、自然に鉗口と下砂有りて印證を作し、內界の小水環繞す。もし合襟穴後に在りて內部に界穴の水無ければ、怎麼穴を成すを得んや。又如「裹頭水」の凶なるゆえにも、もまた正に內部に小水環繞無きが為である)。所謂內邊の小界水は、すなわち枝縫中の水である、ゆえに又「枝縫水」と叫ぶべし。
分合
平洋分合之大小真假,何以證之?曰:不拘江河溪流,與龍之枝腳纏護,俱夾收在內者,是大分合(此分指分龍處,合指大合水處是也),即界龍之水,枝腳纏護之內,或低田低地,或小溝小濱,兩邊夾來,先分後合,以界脈入穴者是小分合(此分指行龍處,合指纏護外水合處),即界脈之水,入首之處,分開枝水,使咽喉束細,而脈清氣健(此穴後分水),到穴之處,逆繞下關,使堂局緊收,而脈止氣聚(此穴前水合),是真分合,即成龍成穴之水(有真分合可證龍穴俱真,故曰:成龍成穴之水)。
平洋分合の大小真假は、何に靠りて印證せん。答えて言う、江・河・溪流を論ぜず、凡そ龍の枝脚纏護と一同に龍を夾收して裏面に在るは、是れ「大分合」(此處の「分」は分龍の處を指し、「合」は大合水の處を指す)、すなわち界龍の水である。枝脚纏護以內に於いて、或いは低田低地、或いは小溝小浜、兩邊夾送過來して、先分後合、用いて脈を界開してのを穴に送入するは、是れ「小分合」(此處の「分」は行龍の處を指し、「合」は纏護外面水會合の處を指す)、すなわち界脈の水である。到るに入首の處に於いて枝水を分開し、咽喉をして束細・脈清にして氣健ならしめ(此れ是れ穴後の分水)、到るに穴の處に於いて逆繞して下關し、堂局をして收緊・脈止にして氣聚ならしめ(此れ是れ穴前の合水)――此すなわち「真分合」、すなわち成龍成穴の水である(真分合有れば、以て龍と穴と皆真を印證すべし、ゆえに成龍成穴の水と叫ぶ)。
有大分合無小分合,是假龍,有小分合,無真分合,是假穴。故真分合,更不可少(以上言水之分合證龍穴也)。
ただ大分合有りて小分合無きは、是れ假龍。小分合有りて真分合無きは、是れ假穴。ゆえに真分合尤其缺少してはならない。(以上是れ水の分合に就いて龍と穴を印證す。)
平田旁舒兩翼,層層湧來,俱有向前之勢者,亦是分,圓唇中間彈出,兩角收上,如月魄之倒覆轉者,亦是合,使無層層撲來之勢,何以見其龍之分而行,若無倒收之圓唇,何以證其氣之止而水之合,昔人謂桃花滾滾非真穴,又謂:真氣之止,不待臨流,而氣已先收,皆指此也(以上言砂之分合證龍穴也)。
平坦の田野は兩旁に向かって舒展して雙翼の如く、一層層涌來して、皆向前の勢を帶ぶ、此れもまた「分」である。圓唇は中間より彈出し、兩角向上收攏して、下弦月の倒過來環抱の如く、此れもまた「合」である。もし層層撲來の氣勢無ければ、怎麼龍の分開して行走するを見んや。もし倒收の圓唇無ければ、怎麼氣已に停止・水已に會合を印證せんや。前人は「桃花滾滾非真穴」と言い、又言う「真氣の止、不待臨流、而氣已先收」、講ずるる所は皆この道理である。(以上是れ砂の分合に就いて龍と穴を印證す。)
蓋平田有行龍之象,即有分而無合,圓唇有倒收之形,即有合而氣止,況圓唇而為穴之餘氣,可驗生氣之有無,有生氣吉,則氣有餘而唇吐,無氣則無唇,然有圓唇之合,又不可無本身兩砂兜抱其唇,否則內界有合,內堂何能聚,必有大界水扣肋割腳之害,故乘脊者,要鉗口兜其唇(有鉗口即是兩砂兜抱,可證貼穴小水分合),看水繞者,須內界繞其唇(有內界分合,即是微砂環抱),以砂內必有水(承鉗口兜其唇言),水外必有砂也(承內界繞其唇言)。故砂水之合,圓唇之合,缺一不可。
というのは平田もしただ行龍の形象有れば、そのすなわち分有りて合無し。圓唇もし倒收の形有れば、そのすなわち合有りて氣已に停住せり。何況んや圓唇本來是れ穴の餘氣にして、用いて生氣有るや無きやを檢驗すべし。生氣有ればすなわち吉、氣有餘にして唇を吐出す。氣無ければすなわち唇無し。不過たとえ圓唇の合有るとも、もまた本山兩道砂の唇を兜抱する無からないべきではない。否なければ內界たとえ會合有り、內堂又怎麼氣を聚得住せんや。必定に大界水扣肋割脚の禍患有らん。ゆえに脊脈に乘る地は、鉗口有りて唇を兜住せんことを要す(鉗口有ればすなわち兩砂兜抱に等しく、以て貼穴小水の分合を印證すべし)。水繞を見る地は、內界の水の唇前を繞過する有るを要す(內界の分合有れば、すなわち微細の砂の環抱有るに等し)。というのは砂の裏面必定に水有り(「鉗口兜其唇」に承接して言う)、水の外面必定に砂有り(「內界繞其唇」に承接して言う)。ゆえに砂水の會合と圓唇の會合は、一つも缺くべきではない。
三分三合水
附圖。上圖(三分三合水圖)界龍水,兩邊如八字分開,是第一分,外明堂是第三合,即大分合也,界脈水八字分開,是第二分,中明堂是第二合,即小分合也,貼穴小水,亦如八字,是第三分,內明堂,是第一合,即真分合之水。賴公曰:大地有三分三水,中地二分二合,小地惟貼穴一重分合水而已(指界穴小水言)。
此處に附圖す(今本ただ文字說明を存し、圖形已に佚す)。上面のこの幅の「三分三合水圖」の示す所、界龍の水は兩邊に於いて八字の如く分かれ、此れ第一重分。外明堂は第三重合――此すなわち大分合である。界脈の水は八字を呈して分かれ、此れ第二重分。中明堂は第二重合――此すなわち小分合である。貼穴の小水ももまた八字の如く、此れ第三重分。內明堂は第一重合――此すなわち真分合の水である。賴布衣は言う、大地は三分三合有り、中等の地は二分二合有り、小地は就ただ貼穴のその一重分合水のみ(界穴の小水を指す)。
按:平洋順龍結,而有脊脈者,官坐高乘氣,而插當以前圖為式,若順龍橫結逆結,穴後與左右宜低,所以見本身之高且低,則有水以證水,外有砂環抱,其取短漕沖昭者,亦是此意,至穴前雖宜向高,但須明堂低聚,堂外砂高為吉,若前無明堂,不成穴矣。
按、平洋上の順龍結穴して脊脈有るは、必ず高處に坐して氣に乘りて下葬すべく、以て前面その幅の圖の樣式に照らして做すを得。もし是れ順龍にして橫結・逆結のは、穴後と左右皆必ず低下去すべし、この如くしてすなわち本身高を顯す。地既に低ければすなわち水有り、水有ればすなわち氣を印證し得、外面又砂環抱有り。至りて有るの處短溝を取りて穴に對照して來るも、もまた同樣の道理である。穴前たとえなるべく高處に朝向すべく、但し必ず明堂低くしてよく水を聚むるを要し、明堂以外の砂高起してすなわち吉と見なす。もし穴前根本に明堂無ければ、そのすなわち其れ穴を成さず。
向背
脊脈之龍,看砂之向背為主,而水之向背,自在其中,平薄之龍,看水之向背為主,而砂之向背,自在其中,然砂之向背,又在開口之有無真假,見水之向背,又在大水內小水外有無繞抱之砂見之(平洋正宗云:平洋點穴全在配砂,配得砂來便用得水)。
脊脈有る平洋龍は、砂の向背を見るを以て主とし、而も水の向背自然にその中に包含す。平坦淺薄の龍は、水の向背を見るを以て主とし、而も砂の向背自然にその中に包含す。不過砂の向背は、又その開口の有無真假を見るを要す。水の向背は、又大水以內・小水以外に環抱の砂有るや無きやを見てすなわち見出し得(《平洋正宗》に言う、平洋點穴全く砂を配るに在り、砂を配得來ればすなわち水を用いるを得)。
蓋平洋有以低田低地作堂作界者,堂界之外,必有高起之砂,可辨其向背,如四面之砂,皆外背內面而相向者,是真口而氣聚(真口兩砂或長短不齊,須下砂長而外背內面抱唇逆上,方得明堂氣聚,如下砂逆轉作案,上砂只要面來向穴,略短無妨,上砂順轉作案,得下砂逆上攔住,上砂不使順竄為吉,兩砂均勻者穴居幹中,邊長邊短收先到之砂與山龍鐃滅挨棄法同,然逆局不以順砂為嫌,故平洋猶貴認龍,認龍之法,以水作地看,以地作山看,更以大界水定來龍,小界水看入首,故寬眼界,細心理會則順逆自無遁形。蓋水所以界龍脈龍身順逆,惟水可憑,若便以水為龍,不明認龍之法,畢竟似是而葬,古人以眼倒星辰豎起看者,即此意也)。
平洋上有挐低田低地を以て明堂を充当し・界水を充当する有れば、すなわち明堂と界水以外必定に高起の砂有りて、以て向背を分辨するを得。もし四面の砂皆外側を背とし內側を面として彼此朝內せば、そのすなわち真口、氣よく聚まる(真口の兩道砂時に長短不齊有り、必ず下砂長くして外背內面・唇を抱きて逆上せば、明堂すなわちよく氣を聚む。もし下砂逆轉過來して案山を作せば、上砂ただ面を穴に朝向して、略々短きももまた妨なし。もし上砂順轉して案山を作れば、就要下砂逆上して攔住し、上砂をして水に順い竄走せざらしめてすなわち吉と見なす。兩砂均勻のは、穴すなわち正中に居る。一邊長一邊短のは、すなわち先到のその一邊砂を收め、山龍の饒滅挨棄の法と相同じ。不過逆局は並びに順砂を嫌わず。ゆえに平洋尤其貴ぶ所は龍を認むるに在り。龍を認むる辦法は、水を把ちて地と看作し・地を把ちて山と看作し、再用大界水を以て來龍を定め・小界水を以て入首を見る。ただ眼界を放寬・細心體會せば、順逆自然に遁形する所無し。というのは水は用いて龍脈を界開する所にして、龍身の順逆はただ水に靠りてすなわち憑斷すべし。もし索性に水を把ちて龍と當作し、龍を認むる方法を明白せなければ、終究似是而非に下葬す。古人の所謂「眼睛を倒過來看・星辰を竪起來看」は、すなわちこの意思である)。
設有一面反背者,是假口而氣散(砂背水亦反也),無口則更無砂可辨,其向背而氣亦散(此承看砂之向背言)。
もし一面反背有れば、そのすなわち假口、氣會して散掉す(砂一背せば、水もまた隨いて反弓す)。もし連口すら無ければ、その更に砂無くて向背を分辨するに供せず、氣自然もまた散である。(この一段は上文の「砂の向背を見る」に承接して言う。)
大水內有小水界開,方有小水交合,可辨其水之向背,如下手邊之小水,左轉來向,上手邊之來水,右轉來向,是水繞而氣聚(水繞即是砂抱),若下手邊之小水,當逆向右邊者而反順行(向左而去),上手邊之來水,當趨向左邊,與下手左轉砂水相逆者,而反趨右,是水不向不繞而氣散,大水之內,無小水界開而相合,則更無水可別其向背,而氣亦散矣(此承看水之向背言),故內無開口之砂小水環繞相向者,此外雖有砂水相向,總無益也(此申明外有大水內無小水環繞之病,蓋小水兩邊環抱方為開口之證,據其一邊小水灣環,一邊得低田低地為界,亦是開口,若此有一邊小水而直硬者,外有砂水相向亦假)。
大水以內要小水界開有れば、すなわち小水交合有りて、すなわち水の向背を分辨し得。譬如下手一邊の小水左に轉過來して穴に朝し、上手一邊の來水右に轉過來して穴に朝せば、此すなわち水繞して氣聚むるである(水一繞せばすなわち砂の環抱に等し)。反って、下手一邊の小水本應右に逆向するを、却も順りて左に往き流走し、上手一邊の來水本應左に趨向して下手左轉の砂水と相逆するを、却も反倒右に趨向す――此すなわち水既不朝向・又不環繞、氣よって散掉す。至りて大水以內根本に小水界開會合無きは、その更に水無くて向背を分辨するに供せず、氣当然もまた散である。(この一段は上文の「水の向背を見る」に承接して言う。)ゆえに內部もし開口の砂と小水環繞朝向無ければ、すなわち外面たとえ砂水朝向有るとも、もまた終究用無し(此れ是れ外に大水有りて內に小水環繞無き毛病を申説す。要知る小水兩邊環抱してすなわち開口の憑證と見なす。もし一邊小水彎環・一邊低田低地有りて界を作すも、もまた開口と見なす。但しもしただ一邊小水有りて而も直硬無情なれば、すなわち外面たとえ砂水朝向有るとももまた假である)。
圖說明:曲縷鉤轉結構易曉,若頂來氣而對圓唇,則水城 頭,左右無砂,不成穴矣,此則開斧撞乘,後水灣環,前水曲出,兩砂交鎖有情吉。
圖の說明(今本ただ文字を存し、圖形已に佚す)。水路曲折して線の如く・鈎轉回抱の結構は比較的看懂し易し。もし氣頂上より直來して正對圓唇せば、すなわち水城すなわち穴頭に衝し、左右又砂無く、すなわち穴を成さず。この幅の圖の畫する所はすなわち「開斧撞乘」の格局である。穴後の水彎環回抱し、穴前の水曲折流出し、兩道砂交鎖有情、ゆえに吉である。
斂割
或曰:山龍忌斂割,平洋亦忌否?曰:大界水之內,無小水界開,與無鉗口之分,即是斂也,到頭之處,無砂水真分,圓唇之前,無砂水真合,即是割也,蓋無分即斂,斂即必割,斂於入穴之處,水即沖身,斂於兩背之間,水即割臂,斂於穴前,水即割腳,故大口之內,有小口分合,大水之內,有小水分合者,方無沖割之患,大水分合,是大口,小水分合,鉗局分合,故大水之內,須尋小水,大口之內須尋小口(此數語包括平洋諸書認穴之法)。
ある人が問う、山龍は斂と割を忌諱す、平洋ももまた忌諱するか。答えて言う、大界水以內に小水界開無く、もまた鉗口の分無きは、此すなわち「斂」である。到頭の處に砂水真の分無く、圓唇の前に砂水真の合無きは、此すなわち「割」である。というのは分からなければすなわち斂、一斂すれば必定にすなわち割す。斂入穴の處に在れば、水すなわち身を衝す。斂兩肩背の間に在れば、水すなわち臂を割す。斂穴前に在れば、水すなわち脚を割す。ゆえに大口以內要小口の分合有りて、大水以內要小水の分合有りて、すなわち衝割の患い無し。大水の分合は大口、小水の分合はすなわち鉗局の分合である。ゆえに大水の內必ず再び小水を找し、大口の內必ず再び小口を找せんことを要す。(この幾句話は平洋各家書中の穴を認むる方法を皆概括し盡くすである。)
仰覆
或曰:山龍忌覆喜仰,平地亦然否?曰:仰屬陽,覆屬陰,山龍是陰體,當於覆中取仰,故突出處以平為貴。平洋是陽體宜於仰中取覆,故平中以突為奇,然在陰砂開口之中,隱隱如沒牛吹氣,盞內浮酥,泥中隱鱉者,方不患覆(即微突頂之意)如突大而顯者,必須開微薄之面,吐平仰之唇(自突大插坦之意,此指在陰砂開口之中而言),與山龍喜仰忌覆同。
ある人が問う、山龍は覆を忌みて仰を喜ぶ、平地ももまたこの如きか。答えて言う、仰は陽に屬し、覆は陰に屬す。山龍本來是れ陰の形體にして、ゆえに俯覆の中に於いて一点上仰を取るを要す、ゆえに突出の處は平坦を以て貴とする。平洋本來是れ陽の形體にして、ゆえになるべく仰平の中に於いて一点俯覆を取るべし、ゆえに平坦の中は突起を以て奇とする。不過この突起もし陰砂開口の中に在りて、隠隠約約として水牛の水裏に沉んで氣を吹く如く・盞中浮起の一層の酥油の如く・泥中潛伏の鱉の如くせば、才に其れ覆を怕れず(すなわち微微突起一点頂の意思)。もし突起得又大又明顯なれば、必ず突上に微薄の面を開出し・平坦上仰の唇を吐出せんことを要す(此れ是れ突大なれば就要平坦處に穴を下す意思、説く所は陰砂開口の中の情形である)、道理は山龍の仰を喜び覆を忌むと相同じ。
若不在陰砂開口之中,又當自開鉗局,出唇吐氣方可,水鄉之府縣基,水漲時衙宇階陂俱沒,而正堂水不沒者,則至高之處為正穴,低窪之所,必無氣脈,故平洋圓胖肥,仰而高於眾處者,為氣之所聚,城市村落皆然,此即平中取突也,開口之陽基穴,在掌心低處,兩邊有高砂作護,此即陰砂開口,取微薄之面,平仰之唇也。
もし陰砂開口の中に在らなければ、すなわち必ず自ら鉗形の局面を張開し・唇を吐出して生氣を外露してすなわち行けり。水鄉一帶の府城縣城基址は、漲水の時衙門の臺階坡地皆淹没せられ、唯だ獨り正堂淹到らず、見るべし最高の處はすなわち正穴、低窪の處必定に氣脈無し。ゆえに平洋上の圓潤豐滿・上仰して四周に高出する處は、すなわち氣聚の所、城市と村落皆この如し――此すなわち「平中取突」である。至りて開口の陽宅基址は、穴は掌心般の低處に在り、兩邊に高砂有りて護衛を作す――此すなわち陰砂開口、取る所はその微薄の面と平坦上仰の唇である。
枝干大小
辨平洋龍枝幹,在分水處(此即分龍處而言),與合水之處(此指大合水處而言),兩邊水源俱長大者是幹,短小者是枝,一邊長大,一邊短小者,亦是枝,水源長大,而大合水在數十里,或十餘里者,是乾水源短小,而大合水在數里,或一二里者,是枝。欲知水源短長,則以兩邊大界水廣狹定之,廣闊者水源長,狹小者水源短,長而不廣闊,雖幹龍而力薄,短而廣闊,雖枝龍而力厚。至小枝龍,或一邊溪水,一邊田源水夾送,或兩邊俱是小水夾送,會合穴前左右,此辨枝幹法也。
平洋龍の枝と干を分辨するは、分水の處(すなわち分龍の處)と合水の處(すなわち大合水の處)を見るを要す。兩邊水源皆長大の是れ干、皆短小の是れ枝。一邊長大・一邊短小のも、もまた枝と見なす。水源長大して大合水幾十里・十幾里の外に在る是れ干。水源短小して大合水幾里・一二里以內に在る是れ枝。水源の長短を知らんと欲せば、すなわち兩邊大界水の寬窄を用いて定む。寬闊の水源長く、狹小の水源短し。水源長くして不寬闊のは、たとえ干龍であっても力量もまた薄し。水源短くして寬闊のは、たとえ枝龍であっても力量もまた厚し。至りて小枝龍は、或いは一邊溪水・一邊田間の源頭水夾送し、或いは兩邊皆小水夾送して、穴前左右に於いて會合す――此すなわち枝干を分辨する方法である。
大幹大枝,窮盡處必不結地,惟脫出至小之枝,每在盡融結(大幹龍大枝盡處,即是大合水交襟之所,故不結也,若脫出小枝近雙小水,以大幹大枝餘氣作護者,仍有融結),枝龍不納乾水,幹龍亦以不見大水為佳也,若幹龍至將盡處,枝龍傍大水邊在腸內(大水小水纏繞之內),收納界水,而不見大水者力大。
大干と大枝は窮盡の處に走到せば必定に地を結成せず、ただ脫卸出來の極小の枝のみ、往々にして盡頭處に融結す(大干龍・大枝の盡頭はすなわち大合水交襟の所、ゆえに結せず。もし脫出の小枝兩道小水に靠近し、又以大干大枝の餘氣を以て護衛を作せば、そのすなわち仍舊として融結有り)。枝龍は干龍の水を接納せず、干龍ももまた大水を見ないを以て好とする。若干龍將盡の處に走到し、而も枝龍大水邊に傍り・纏繞の水圈の內に處し(すなわち大水小水環繞の裏面)、界水を收納して大水を見ないは、力量すなわち大である。
如局面開闊而向大水者,必須小界水(即界脈水),來路遠內水(即界穴水),纏繞有情,明堂容聚,餘氣鋪張,前砂攔水,穴間只見一線灣環,或如鏡圓靜照為妙,如面前直見汪洋,定不成地,故地在腹中者,十有八九,在大水邊者,十之一二,在大水邊而見大水者,百中一二。惟龍長力大之陽基,局勢相當,方可直臨大水,蓋陽基宜鋪盡(即開拓之意),不同陰地宜收聚也,然亦須小界分開(小界分開即是入脈之處),束氣明白方真(後有束氣,前有真結)。
もし局面開闊して大水に面向せば、すなわち必ず小界水(すなわち界脈の水)の來路悠遠・內層の水(すなわち界穴の水)纏繞有情・明堂よく聚氣を容納し・餘氣鋪展開來・前面砂有りて水を攔住し、穴中より望去してただ一線彎環を見、或いは一面圓鏡の靜靜映照の如くを必要として、此すなわち好し。もし面前一眼直見汪洋せば、必定に地を結成せず。ゆえに真地は腹裏に在るは十の八九を占め、大水邊に在るは十の一二を占め、而も大水邊に在りて又よく大水を直見するは、一百個裏頭才に一兩個有り。ただ龍長力大の陽宅基址・局勢相當ののみ、才に大水に直臨するを得、というのは陽宅なるべく鋪展開拓して、陰宅のなるべく收斂聚氣と同じからないが故である。不過陽宅ももまたなお小界水分開するを要す(小界水分開の處はすなわち入脈の處)、束氣分明してすなわち真と見なす(後面束氣有れば、前面すなわち真結有り)。
有等枝龍之水(來源短水者是),因低窪而聚為湖池,其間亦有取裁,但不可太近,亦不可別無小水纏繞,恐有蕩胸潑面割腳空亡之患,設無小界水分開,被大界水貼身為割肋(貼身者大界水貼脈直行,此言穴後無分)。無內明堂聚氣,被橫水扣唇為割腳(無內明堂,即是無鉗口,扣唇者,水貼唇前,此言穴前無合),斷不成地,池湖曠蕩,無近案攔砂,穴小水大,亦為空亡,若辨平洋之大小,去山未遠,有脊脈可尋者,宜溯其來歷,亦以兩邊大界水長短闊狹定之,去山甚遠之平洋龍,眾水交流,無脊脈可見者,只以交會水多寡大小出口處,關鎖疏密定之。總之帳峽纏護多,占地步廣者地大,單砂單水,纏護少者地小,至於偏全聚散,山龍平地相同,不必復論。
有一類の枝龍の水(すなわち來源短のあの種)は、地勢低窪なるがよって湖池に積成し、其中ももまた可取の處有り、ただ穴を離るる太近在らないべく、もまた別に小水纏繞無からないべきではない、否なければ就怕蕩胸・潑面・割脚・空亡の類の禍患有らん。もし小界水分開無く、大界水に緊貼して身を走らしめられば、そのすなわち割肋である(所謂貼身は、大界水脈に貼りて直行す、此れ是れ穴後分無しを説く)。內明堂聚氣無く、橫來の水に唇前を扣住せらるれば、そのすなわち割脚である(內明堂無ければすなわち鉗口無し。扣唇は水唇前に緊貼す、此れ是れ穴前合無しを説く)――この兩種は斷然地を結成せず。池湖空曠浩蕩にして、又近案攔砂無く、穴小にして水大のも、もまた空亡と見なす。至りて平洋の大小を分辨するは、山を離るる遠からず・還だ脊脈尋る可きは、必ずその來歷を上溯し、同樣に兩邊大界水の長短寬窄を用いて定むべし。山を離るる甚だ遠き平洋龍・衆水交流して脊脈を見ないは、就ただ交會の水の多少大小・出口處關鎖の疏密を用いて定むべし。總じて帳峽纏護多く・占地歩寬廣の地はすなわち大、ただ單砂單水・纏護稀少の地はすなわち小。至りて偏全と聚散は、山龍と平地道理相同じ、再び説くを必とせず。
渡劫
或曰:龍有遇水而止,有渡水而過,又有所謂水劫者,何以辨之?曰:龍未到橫水(如龍脈自西過東,大河自南流北,故曰:橫水),而界水合于田中,即因水合而止,龍已到橫水,而橫水水底無石骨硬土,彼岸無分水脊脈,則遇橫水而止,如龍已到橫水邊,或將到橫水邊,而田間兩邊界水,分落河中,水底有石骨硬土,中淺旁深,彼岸有分水脊脈,則渡橫水而過。
ある人が問う、龍有りて水に遇えばすなわち停住し、有りて却もよく水を渡りて過ぐ、另外又所謂「水劫」有り、何に靠りて分辨せん。答えて言う、龍還だ橫水に走到せず(譬如龍脈自西向東走り、大河自南向北流る、ゆえに橫水と叫ぶ)、而も界水已に田中に於いて會合せば、そのすなわち水合をよって停住せり。龍已に橫水邊に走到したれど、橫水の水底に石骨硬土無く・對岸ももまた分水の脊脈無ければ、そのすなわち橫水に遇うて停住せり。もし龍已に橫水邊に到り・或いは將に橫水邊に到らんとして、田間兩旁の界水分別に河裏に落ち、河底に石骨硬土有り・中間淺く兩旁深く、對岸又分水の脊脈有れば、そのすなわち橫水を渡りて過去せり。
故曰:龍過千江不過一堂。一堂者,小界水合于田中也,若河中雖有石骨硬土,彼岸雖有分水脊脈,而彼岸田水,不隨龍勢前行,反倒流入過龍河中,此兩岸龍腳相連,非渡水也(如龍脈從西岸穿過橫河渡到東岸,東岸田水宜隨龍東行若反流入橫河,則兩岸俱是龍腳,非渡水之龍)。
ゆえに言う「龍過千江不過一堂」。所謂一堂は、すなわち小界水の田中に於いて會合するである。もし河中たとえ石骨硬土有り・對岸たとえ分水脊脈有れど、可是れど對岸田裏の水並びに龍勢に隨いて往前走らず、反倒流して龍の渡過せるその条の河裏に進入せば、そのすなわち說明する所は兩岸ただ龍脚相連、並びに是れ渡水にない(譬如龍脈西岸より橫河を穿りて東岸に渡れば、東岸の田水就必ず龍に隨いて東流すべし。もし反倒橫河に流進せば、すなわち兩岸皆ただ龍脚、是れ渡水の龍にない)。
但龍只渡橫流,不渡直流,如大水自西向東,直流兩岸,小水俱自南向北,或俱自北向南者,龍能渡水(大水自西向東,龍脈從南岸渡過北岸者,兩岸小水俱宜自南向北,龍脈從北岸渡過南岸者,兩岸小水俱宜自北向南,句宜活看)。若兩岸小水,亦自西向東,水底即有石骨硬土,亦是兩邊龍腳,非渡水也,龍能渡大江大河,不能渡山谷之小溪小澗,即溪澗石骨連片,或如一塊生成,亦是兩邊龍腳相連,並非渡水,故云:平洋有兩江之脈,山谷無過渡之龍(跌斷過脈處,不可例論,此節當與前卷論崩洪峽一節參看)。
不過龍ただ橫流の水を渡り、直流の水を渡らず。譬如大水自西向東流れ、兩岸の小水皆自南向北・或いは皆自北向南せば、すなわち龍よく水を渡る(大水自西向東、龍脈南岸より北岸に渡るは、兩岸小水皆必ず自南向北すべし。龍脈北岸より南岸に渡るは、兩岸小水皆必ず自北向南すべし。この句話は活看を要す)。もし兩岸の小水もまた自西向東流れば、すなわち河底たとえ石骨硬土有るとも、もまたただ兩邊の龍脚、是れ渡水にない。龍よく大江大河を渡り、却も山谷中の小溪小澗を渡るできない。たとえ溪澗裏石骨一片に連成し・像て一整塊天然生成のであっても、もまたなお兩邊龍脚相連、並びに是れ渡水にない。ゆえに言う、平洋に橫跨兩江の脈有り、山谷に過渡の龍無し(至りて跌斷過脈の處は、一概に論ずるる可からず。この一節は必ず前卷の崩洪峽を論ずるる一段と對照して見るべし)。
或曰:有生成橫水,以界龍脈,有開掘河道,以斷龍脈,年深日久,何以別之?曰:水倒過一邊合流而去者,生成之何也,逆龍之水直流,而橫河之流,可左可右者,開成之河也,生成者,能界龍脈,開成者,不能界龍脈也,生成之河,猶能過者,渡水之龍也。開成之河,而龍亦能過者,傷其面而不傷其體也。
ある人が問う、有りて天然生成の橫水界斷龍脈し、もまた有りて人工開掘の河道截斷龍脈す、年深日久の後、何に靠りて分辨せん。答えて言う、水一邊に倒向して合流去るは、是れ天然生成の河。龍勢に逆い直流して・而も橫河の水可左可右のは、是れ人工開成の河。天然生成はよく龍脈を界斷し、人工開成は界斷せずして龍脈を斷らず。天然生成の河にして龍なおよく過去するは、その是れ渡水の龍。人工開成の河にして龍もまたよく過去するは、その是れその表面を傷りて本體を傷らないである。
然則開河斷脈,亦有害乎?曰:脈之闊大處無妨,狹小處有害,離穴數里外者害小,在數里內者害大,未插而斷害滅,已穴而斷害速。
では河を開きて龍脈を截斷するは、究竟害處有りや無きや。答えて言う、脈寬大の處に截るは妨なし、脈狹小の處に截るはすなわち害有り。穴を離るる幾里以外は害處小、幾里以內は害處大。還だ下葬しないに先に截斷せられたるは、害處稍々輕し。已に安葬の後に才被截斷せられたるは、禍來る快し。
所謂水劫者,應有脊脈處(去山未遠,平洋跌斷過脈處,宜有脊脈),而無脊脈,左水可過右,右水可過左也,江河流通,與開掘河溝而水過者,均不為劫,大水淹沒龍脊而流通者,亦不為劫,惟跌斷處無微高脊脈,而水可左可右者,方謂之劫。故跌斷處微微脊脈,斷不可少。平洋亦有玉湖、玉池、天池諸峽(詳前卷山龍論峽篇),四時澄清不涸者,前途定有吉穴。
所謂「水劫」は、本應脊脈有るべき處(山を離るる遠からない平洋、跌斷過脈の處に應に脊脈有るべし)に却も脊脈無く、以致左邊の水右邊に流れ可・右邊の水左邊に流れ可を指す。江河本來流通の、および人工開溝して水中より流過するは、皆劫と見なさず。大水淹没龍脊して水なお流通のも、もまた劫と見なさず。ただ跌斷の處に微微高起の脊脈無く・水可左可右ののみ、才にのを劫と呼ぶべし。ゆえに跌斷の處のその一点微微の脊脈は、斷然缺少してはならない。平洋上ももまた玉湖峽・玉池峽・天池峽のこの幾種有り(詳しくは前卷山龍論峽篇を見よ)、四季澄清不干涸のは、前面必定に吉穴有り。
附說明:古有迎龍送龍浜之說,大略與山龍過峽迎送砂相同,如龍脈自西岸渡過東岸,西岸兩濱水流入橫河,東岸兩浜,雖亦流入河中,但其內邊田水,隨龍東去,此係渡水之峽,非龍腳相連。
附帶說明。古來「迎龍浜」「送龍浜」の説法有り、大致山龍過峽時の迎送の砂と相同じ。譬如龍脈西岸より東岸に渡れば、西岸の兩道浜水は橫河に流入し、東岸の兩道浜もたとえ河中に流入すれど、但し其れ们內側の田水は龍に隨いて東流去る――此すなわち渡水の峽に屬し、是れ龍脚相連にない。
龍體穴形
平洋亦有星辰、龍格、體勢、穴形,星辰者,平洋之五星九星,所謂波浪水、滾滾浪金、半月金、倒地木、曲尺木、浮脾木、棋盤土、柿蒂土、鋪氈土、磚角土、闇火開紅、落地金錢是也,龍格者,三臺、五腦、九腦、丁字、玉字、玉尺蘆鞭、金蛇過水、曲水之玄、單獨芍藥、蒹葭楊柳等格是也。
平洋同樣に星辰・龍格・體勢と穴形有り。所謂星辰は、すなわち平洋上の五星九星、すなわち「波浪水」「滾滾浪金」「半月金」「倒地木」「曲尺木」「浮脾木」「棋盤土」「柿蒂土」「鋪氈土」「磚角土」「暗火開紅」「落地金錢」の此等の名目である。所謂龍格は、すなわち「三臺」「五腦」「九腦」「丁字」「玉字」「玉尺」「蘆鞭」「金蛇過水」「曲水の玄」「單獨」「芍藥」「蒹葭」「楊柳」等々の格局である。
體勢者,龍蛇魚鱉,曬錦鋪茵,或如蛛絲之經行、瓜藤之延續、鷗鳧之浮沉、藕絲之牽帶、田塍層疊、如波浪之湧來(平洋正宗云:廣坂之中四畔水繞,內看田塍動氣。有三法:一曰:拱來形如初月,兩角向下層疊,橫來見直塍之所結穴。二曰:收來亦如初月,兩角向上勢如疊浪,至方坂動而將靜處結穴。三曰:魚鱗盛如水裂絞狀,中有高低至關口處結,或結於方正之所者也)。培縷紛紜(平洋墩阜行龍亦要開肩出面結穴,宜開鉗口或旁砂環抱為吉,為用之法坐實向虛與山法同),如風雨之遞至,此皆氣行地中,故能湧起而成形成勢也。
所謂體勢は、像て龍・蛇・魚・鱉、像て曬開の錦緞・鋪展の茵褥。或いは蛛絲の如く細細牽行し、瓜藤の如く綿延不斷、鷗鳥野鴨の如く浮沉水面、藕絲の如く牽連不絕。田埂層層疊疊、如同波浪涌來す(《平洋正宗》に言う、寬廣の田坂の中四面水環繞有れば、すなわち裏面に於いて田埂の動氣を見る、辦法三種有り。一是れ「拱來」、形狀新月の如く、兩角向下層層疊疊、橫來の中直埂の處を見て穴を結す。二是れ「收來」、もまた新月の如く、但し兩角向上、氣勢層疊の波浪の如く、方形田坂の動將靜の處に到りて穴を結す。三是れ「魚鱗」、密如水面上裂紋絞結の狀、其中有高有低、關口處に到りて穴を結し、或いは方正の處に結す)。小土堆紛紛紜紜(平洋上土墩土阜を以て龍を行るは、同樣に肩を開き面を出してすなわち穴を結び得、なるべく鉗口を開出し・或いは旁砂環抱有りてすなわち吉。取用の方法是れ坐實向虛、山法と相同じ)、像て風雨一個接一個到來す。此等は皆氣の地中に運行し、ゆえによく涌起して形と勢を形成す。
其自平洋湧起於低田面之高田高地,必原氣脈如江浙水鄉之平洋,湧起於水面之上平田地,得尺許高田高地,即氣脈也,然氣每生在細小處見之,若一片散闊雖有高田高地無益,故入首貴乎束氣(此論體勢來昧平論入首),入首有高平二體,其與來脈相等者為平,得內界分明,貼身砂頭雖不湧起,而本身是高特之阜,亦為真結(此陽來陰受之體,雖貼身無顯明之砂,既得內界分明,自有陰砂環抱)。
凡是れ平洋低田の上より涌起來る高田高地は、必定原本すなわち氣脈である。像て江浙水鄉の平洋・水面の上より涌起の平田平地は、ただ一尺來高に高出すれば、そのすなわち氣脈である。不過氣往々にして細小處に生じてすなわち見出すし得。もし是れ一大片散漫開闊の地面なれば、縱有高田高地有るももまた用無し。ゆえに入首の處貴ぶ所は束氣である(この一段は體勢より入首の討論に轉入す)。入首に「高」「平」兩種の體態有り。來脈と高低相等のは「平」と算し、ただ內界分明・貼身の砂頭たとえ隆起せず、而も本身是れ一塊特意高起の土阜なれば、もまた真結と見なす(此れ是れ陽來陰受の形體。貼身たとえ明顯の砂無し、內界既に分明なれば、自然に陰砂環抱有り)。
不然,雖有來勢而無特起星辰,又無貼身界合,玉尺經云:一片頑皮,將奚取證,入首比來脈處高數尺數寸為高,亦須貼身界合分明,陰砂包裹(此陰來陽受之體,有陰砂環抱方有貼身界合),不然,非他山之用神,即星散之墩阜。雪心賦曰:滾浪桃花,隨風柳絮,多是無蒂無根,未必有形有氣。此之謂也。
不然の話は、たとえ有來勢却も特意聳起の星峰無く、又貼身の界水交合無ければ、《玉尺經》に言う「一片頑皮、將奚取證」――一整塊死硬の表皮、何を挐て印證せんや。入首もし來脈處より幾尺幾寸高起のは「高」と算し、その也必ず貼身の界合分明・陰砂包裹有るを要す(此れ是れ陰來陽受の形體。陰砂環抱有れば、才に貼身の界合有る會す)。不然の話は、それは別的山の用神にあらなければ、すなわち星散零落の土墩である。《雪心賦》に言う、「滾浪桃花、隨風柳絮、多是無蒂無根、未必有形有氣」――講ずるる所正是れこの種の情形である。
蓋地形有高有低,砂水有偏勝,脊脈高起之處,砂顯而水隱,故論砂之開口,在微茫之界合(承入首比來脈高起一段言),脊脈隱伏之處,水顯而砂隱,故水之纏繞於平薄,而開口之形,自在其中(承入首與來脈相等一段言,以下論龍穴形體)。取開口之形者,以砂為主,以水為客,砂勝者開口之形多,如蜈蚣、蝦蟹之形,不下數十,水勝者開口之形少,如出水蓮花、泊岸浮脾、逆水砂洲,三者可以盡之。
要知る地形高有り低有り、砂と水各々偏勝有り。脊脈高起の處は、砂明顯にして水隱微、ゆえに砂の開口を論ずるれば、すなわちその微茫の界水交合上に落す(此れ是れ「入首比來脈高起」のその一段に承接して説く)。脊脈隱伏の處は、水明顯にして砂隱微、ゆえにただ水の平薄の地上の纏繞を見て、開口の形自然にその中に包含す(此れ是れ「入首與來脈相等」のその一段に承接して説く。以下討論龍的形體與穴的形狀)。開口の形を取るは、砂を以て主とし・水を以て客とする。砂占優勢のは、開口の形就多し、蜈蚣・蝦・蟹の一類形狀不下幾十種。水占優勢のは、開口の形就少し、「出水蓮花」「泊岸浮脾」「逆水沙洲」の如き、この三種就説盡くす。
然開口之象有四焉,如旁分兩股為砂,中含低田低地為堂者,是太陽作蜈蚣蝦蟹、金盆釣鉤、玉帶虹腰、新月合角等形,皆太陽之象也(陰開裹陽為太陽)。旁分兩砂,中出一脈,兩邊界水之外,有鉗口者是太陰(中有出脈兩邊小水界脈而下,鉗砂在外界水在內,故曰:界水之外有鉗口),作落花浮水,烏鴉伏地,丹鳳銜書,黃蛇出洞,仙蝦翹首,龜鱉氣背,結網蜘蛛,匣中寶劍諸形,皆太陰之象也(而金裹陰為太陰,鉗口內龍脈微高而牽連者皆是)。
開口の形象一共に四種有り。其一、兩旁兩股を分出して砂を作し・中間低田低地を含みて明堂を作すは、是れ「太陽」。蜈蚣・蝦蟹・金盆・釣鈎・玉帶・虹腰・新月・合角等形狀を結成するは、皆太陽の象に屬す(陰開して陽を裹住する是れ太陽)。其二、兩旁兩道砂を分出し・中間一條脈を出して、兩邊界水の外別に鉗口有るは、是れ「太陰」(中間出脈有り、兩旁小水脈を界りて流下し、鉗形的砂在外・界水在內、ゆえに「界水の外有鉗口」と説く)。落花浮水・烏鴉伏地・丹鳳銜書・黃蛇出洞・仙蝦翹首・龜鱉氣背・結網蜘蛛・匣中寶劍等形狀を結成するは、皆太陰の象に屬す(陽開して陰を裹住する是れ太陰。鉗口の内龍脈微高而牽連不斷の、皆この一類に屬す)。
太陽開口闊大,起微突於中心者,是少陰,作盞內浮酥,金盆獻果,匣內藏桃,釜中煮蛋,龜鱉浮沉,仙蝦窺珠等形,皆少陰之象也(太陽開口闊大,中間起突者為少陰,即一塊平田較四面微高者亦是),太陰形體豐厚,開微窩於當中者,是少陽,作雞心口螺靨口仰掌雞窩,皆少陽之象也(太陰開微窩薄者為少陽,凡突大而顯者,開微薄之面吐平仰之辰,俱是),推而廣之,出水蓮花,泊岸浮脾,是太陰之體,逆水砂洲,是少陰之體,古人論形,因其似穴之口而取之,今人論形,忘其取形之意,則失之遠矣(以因開而論唇,因唇口而論堂砂穴形真偽,皆於此辨)。
其三、太陽の開口闊大にして、而も正中に一点微突を鼓起するは、是れ「少陰」。盞內浮酥・金盆獻果・匣內藏桃・釜中煮蛋・龜鱉浮沉・仙蝦窺珠等形狀を結成するは、皆少陰の象に屬す(太陽開口闊大して中間起突のすなわち少陰、哪怕ただ一塊平田の四周比べて微高一点のも、もまた数に入る)。其四、太陰の形體豐厚にして、而も當中に一点微窝を開出するは、是れ「少陽」。鷄心口・螺靨口・仰掌・鷄窝等形狀を結成するは、皆少陽の象に屬す(太陰開出微薄小窝のすなわち少陽。凡そ突起得又大又顯・要突上開微薄的面・吐出平坦上仰的唇の、もまた皆この一類に屬す)。此によって推廣すれば、「出水蓮花」「泊岸浮脾」は太陰の体に屬し、「逆水沙洲」是れ少陰の体に屬す。古人の形を論ずるるは、其れ像て穴の口なるがよってその個の名を取る。如今の人の形を論ずるるは、却も形を取る本意を忘る、そのすなわち差遠である(開口によって唇を論じ、唇口によって明堂・護砂と穴形の真僞を論ずる、皆此處より分辨す)。
開口者,無形亦真,不開口者,有形亦假,總以砂之鉗局,作水之纏繞,以水之纏繞,作砂之鉗局(有纏繞之水,即為鉗局之砂),均為有口,理歸於一也,有口更須論唇,陽口無唇是空口(純陽散漫),陰口無唇是死面(純陰裹煞)。有唇還須論砂,無兩砂兜抱其唇,則明堂不成,界水不合(無明堂貼穴,穴小水不能會合),有砂然後成堂(兩砂環抱之正即是明堂),有堂然後成口,有口不可無唇,故唇口堂砂,不論何形,皆不可少,但直開之口,易曉,橫開倒開側開之口難明,有出脈而隨陰口者易曉,無出脈而開陽口者難明,當何以辨之(以下論陽口)?
開口したるは、たとえ何の象形の名無くとももまた真である。開口しないは、たとえ象形の名有るとももまた假である。總じての、砂形成の鉗局を把ちて水の纏繞と看作し、水の纏繞を把ちて砂の鉗局と看作す(纏繞の水有れば、すなわち鉗局の砂有るに等し)、皆口有りと算し、道理歸結して一致す。口有れば還だ再び唇を論ずるるを要す。陽口唇無ければすなわち「空口」(純陽にして散漫)。陰口唇無ければすなわち「死面」(純陰にして煞を裹む)。唇有れば還だ再び砂を論ずるるを要す。兩道砂の唇を兜抱する無ければ、明堂就成らず界水就合わず(貼穴明堂無ければ、穴前の小水就會合し得ず)。砂有りて然る後すなわち明堂を成し、明堂有りて然る後すなわち口を成し、口有ればすなわち唇無からないべきではない。ゆえに唇・口・堂・砂は、何の形狀を論ぜず皆缺少してはならない。ただ直著開の口は看懂し易く、橫開・倒開・側開の口はすなわち明白し難し。出脈有りてのに隨い陰口を形成するは看懂し易く、出脈無くして陽口を開出するはすなわち明白し難し。此れ必ず怎樣分辨せんや。(以下討論陽口。)
脈直來而直結,如蜈蚣盤鉗之口者,為直口,脈直來而橫結,以來去之身兩邊相掬為龍虎,如虹腰牛軛之橫灣,如玉帶瓜藤之顆節者,為橫口,脈直來而側結,亦以來去之身兩邊相掬為龍虎,如新月稍微窟處,如側掌之食指節處者,為側口,脈直來而倒結,以鉤轉之勢為龍虎,如釣鉤金鉤鉤刀之口者,為倒口,山之鉤轉者,非後有真背不可,平地之勾轉者,只要後有微頂,前有薄唇,明堂背後,拖出無妨(山龍橫開、倒開、順開之口,後無鬼樂,必須背辭出,平洋穴後拖出者,亦作鬼論,但面面來轉向者佳)。不論何口,只要看其唇之圓處,堂之聚處為主。
脈直來して直接結穴し、蜈蚣盤鉗の如き口は、「直口」という。脈直來して橫向結穴し、用いて去兩頭の山身兩邊合抱して龍虎を作し、虹腰・牛軛の如き橫彎・玉帶・瓜藤の如き節は、「橫口」という。脈直來して偏側結穴し、同樣に用いて去兩頭の山身兩邊合抱して龍虎を作し、新月稍微凹陷のところ・側手掌食指關節その個位置の如きは、「側口」という。脈直來して回頭倒結し、用いて鈎轉の勢を以て龍虎を作し、釣鈎・金鈎・鈎刀の如き口は、「倒口」という。山上の鈎轉は、非ず後面真の背脊有らなければ不可である。平地上の鈎轉は、ただ後面一点微頂有り・前面一道薄唇有れば、明堂背後たとえ一段拖出すとも妨なし(山龍橫開・倒開・順開の口、後面もし鬼星樂山無ければ、必ず背脊有りて撑住せんことを要す。平洋穴後拖出のも、もまた當作して鬼星に論ずるるを得、但し面面轉過來朝向のを以て好とする)。何の種口を論ぜず、ただその唇の圓處・明堂の聚處を見るを以て主とするを要す。
陽口左旋者,氣必略偏右,右旋者,氣必略偏左,陰口亦然(此概論陰開裹陽,陽開裹陰之口,以下分論四象葬法)。太陽之口,唇氣內含,水胎而葬(胎即毬,注詳乳突窩鉗篇),少陽之口,唇吐口外,穴在窩下(太陽唇氣短縮,故宜承胎,少陽唇氣外吐,故宜插窩)。太陰之口,吐氣為主,薄處堪親(厚多取薄),少陰之口,一突為奇,微頂可蓋(平中微浮,可作蓋穴,若突大宜插頂前微靨處)。若平地之窩,唇吐口外者,不論口之大小,居中氣聚(此即少陽之口,宜打窩之中者,以唇吐而脈隱也),金盆無口亦然(此即少陰之體,宜插突之中者,以氣聚而脈旺也,紫囊齋云:金盆形在,在有之四圍高而水無出處,四時澄清不涸者吉),倘穿鑿失蹤,不可以四象定者,後以束氣為證,前以明堂聚處為憑,而消息之,庶幾不差矣。
陽口左旋のは、氣必定に略々右に偏す。右旋のは、氣必定に略々左に偏す。陰口ももまたこの如し(以上是れ總論陰開裹陽・陽開裹陰の口、以下分別に四象の葬法を討論す)。太陽の口は、唇氣裏面に含み、必ず胎に承りて下葬すべし(胎すなわち毬、注解詳見《乳突窝鉗面》篇)。少陽の口は、唇口外に吐く、穴すなわち窝の下方に在り(太陽の唇氣短縮、ゆえになるべく承胎。少陽の唇氣外吐、ゆえになるべく插窝)。太陰の口は、吐氣を以て主とし、以て薄處に就着いて下葬すべし(厚の處多ければ、就その薄處を取る)。少陰の口は、その一点突起を以て奇とし、以て微頂上に於いて蓋穴を作すべし(平中微微浮起のは、以て蓋穴を作すべし。もし突起得大なれば、就なるべく頂前微微凹陷のところに插すべし)。至りて平地上の窝は、唇口外に吐くは、口の大小を論ぜず、皆正中を以て氣聚のところとする(此すなわち少陽の口、なるべく窝の正中に打つべし、というのは唇已に吐出して脈隱藏在內なるが故である)。金盆形口無きももまた一樣である(此すなわち少陰の体、なるべく突の正中に插すべし、というのは氣聚して脈旺なるが故である。《紫囊齋》に言う、金盆の形四圍高起して水無出口、四季澄清不干涸の為吉)。もし地形被開挖破壞・蹤跡已失し、無法以四象來判定せば、その就後面以束氣為憑證・前面以明堂聚處為憑據、斟酌推求せば、大概也就無大差錯である。
上圖山洋略同,可以參看,蓋山龍平地,雖屬兩途,而陰陽相濟,歸於一致,如太陽之象,陽之極也。陽多取陰,插頂前微靨處,與山龍橫開鉗口,無出脈垂下擔貼脊而插者相同。太陰之象,陰之極也,陰多取陽,宜親薄口,與山龍兩邊龍虎掬抱中垂乳突之形,在簷下平處,插葬者亦相同。
上面この幅の圖は、山地と平洋大略相同じ、以て對照見るべし(今本ただ文字を存し、圖形已に佚す)。というのは山龍與平地たとえ分屬兩途、但し陰陽相濟の道理歸結して一致す。譬如太陽の象是れ陽到極處、陽多就要取陰、ゆえに頂前微微凹陷のところに插す、此れ與山龍橫開鉗口・無出脈垂下而貼脊下葬の情形相同じ。太陰の象是れ陰到極處、陰多就要取陽、ゆえになるべく薄處の口に親近すべし、此れ與山龍兩邊龍虎合抱・中間垂下乳突の形而葬在簷下平處の情形もまた相同じ。
太陽變少陰,是陽動而生陰,即山龍無顯脈之深,大窩鉗宜認陽脈,而插於水平臍結之處。太陰變少陽,乃陰動而生陽,即山龍乳突開口,唇氣外鋪,宜插窩下之穴法,口有四象,形變多般,一陽三反,總不外乎陽來陰受,陰來陽受,陽多求陰,陰多求陽之理,平洋如此,山龍亦然。
太陽變為少陰は、是れ陽動して陰を生出す、此れ就相當於山龍上あの種無明顯脈路の深大窝鉗、要認準陽脈而插在水平臍結のところ。太陰變為少陽は、是れ陰動して陽を生出す、此れ就相當於山龍上乳突開口・唇氣向外鋪展、宜於插在窝下の穴法。口たとえ有四象、形狀變化多端、舉一反三、總不外乎陽來陰受・陰來陽受、陽多就求陰・陰多就求陽此個道理。平洋如此、山龍也是一樣。
脊脈水繞
平洋方城不同,形體亦異,不先辨明法無所施,今約為二(即乘脊脈者看水繞二法),以概其餘。陝、汴、齊、魯之平洋,得西北地土高厚之氣,與各方去山未遠之平洋,得山脈未盡變之氣,故以低田為壇垛,而龍脈行於其上,如瓜藤蔓延,以高田高地,為龍為砂,低田低地,為堂為界,穴後兩邊低田低地,如八字頭之插入,據為束氣,亦有以水浜為內界束氣者(近穴界入脈之水,故曰:內界),必有界龍之水在纏護砂水之外(界龍水在界入脈水之後,故在纏護砂水之外),此平洋尚帶岡阜之體,廖公所謂:平洋乘脊氣是也(此節論去山未遠平洋,以脊脈證行龍)。
平洋各地の方位形勢は同じからず、地貌形體ももまた各々異である、先に辨明せなければ下手する由なし。如今これを歸納して兩種とする(すなわち「乘脊脈」與「看水繞」の兩法)、用いてその餘を概括す。陜西・汴梁・齊・魯一帶の平洋は、得る所は西北地土高厚の氣、および各地山を離るる遠からない平洋は、得る所は山脈未だ完全に變化しないの氣である。ゆえに低田を挐て臺基と當作し、龍脈すなわち其上に行走して、瓜藤の蔓延するが如し。それは高田高地を以て龍を作し・砂を作し、低田低地を以て明堂を作し・界水を作す。穴後兩邊の低田低地は八字頭の如く插進して來れば、すなわち據って以て束氣とする。もまた水浜を挐て內界を作して束氣する有り(それは穴に靠近して入脈を界開する水、ゆえに內界と呼ぶ)、この外に必定なお界龍の水の纏護砂水の外面に在るを要す(界龍水は界入脈水の後面に在り、ゆえに纏護砂水の外)。この類の平洋はなお崗阜の體態を帶び、すなわち廖瑀の所謂「平洋乘脊氣」である(この一節は山を離るる遠からない平洋を討論し、脊脈を用いて龍の行走を印證す)。
江浙水鄉平洋,東南地勢果薄,去山甚遠,岡體甚無者,故以水為壇垛,而龍脈行於其上,如脾浮水面,其平田平地,即為龍為砂,小河小浜,為纏為界穴,穴後兩邊小浜,如八字頭之插入為束氣,亦有以低田為內界束氣者,界龍之水,在纏護砂水之外,此平洋脊脈,隱伏難尋。楊公所謂平洋有水繞是也(此節論去山已遠平洋,以水繞證龍脈)。
江浙水鄉の平洋は、東南地勢低薄、山を離るる甚だ遠く、幾乎崗阜の形體無し、ゆえに水を挐て臺基を作し、龍脈すなわち其上を行走して、水面上に漂浮する筏子の如し。それは平田平地を以て龍を作し・砂を作し、小河小浜を以て纏護を作し・界水を作す。穴後兩邊の小浜は八字頭の如く插進して來れば、すなわち以て束氣とする。もまた低田を挐て內界を作して束氣する有り。界龍の水は同樣に纏護砂水の外面に在り。この類の平洋は脊脈隱伏して尋る難し、すなわち楊筠松の所謂「平洋有水繞」である(この一節は山を離るる已遠の平洋を討論し、水繞を用いて龍脈を印證す)。
應有脊脈處(此指去山未遠,宜乘脊脈而言),而無尺寸之脊脈,必無鉗口明堂,雖有砂水,勿為所惑,不能起脊脈處(此指去山已遠,水繞平蕩而言),而能有已寸之脊脈,即高一寸為山,再得水纏繞更為有據,乘脊氣者,非不必以水繞證鉗局,而可憑不獨水繞,因體以見用也(脊脈為體,水繞為用),水繞者,非不必求脊脈於平薄,而可憑不惟脊脈,因用以推體也(此節論乘脊脈者,以鉗局證水繞,脊水繞者,曰:水繞證脊脈。以下二節論穴)。
本應脊脈有るべき處(山を離るる遠からず・應に乘脊脈すべきあの一類を指す)、もし一尺一寸の脊脈を連ねて皆無ければ、必定にもまた鉗口と明堂無し。その裏たとえ砂水有るとも、のに迷惑せらるる勿れ。至りて本來脊脈を起し得ない處(山を離るる已遠・水繞平蕩のあの一類を指す)、もし居然として一寸の脊脈有れば、すなわち一寸高起せばすなわち山と算し、再加上水纏繞有れば、就更に憑據有り。所謂乘脊氣のは、並びに是れ水繞を用いて鉗局を印證するを必としないにない、ただ單凭水繞せずして、由體以見用である(脊脈は體、水繞は用)。所謂看水繞のは、もまた並びに是れ平薄の地に於いて脊脈を尋求するを必としないにない、ただ單凭脊脈せずして、由用以推體である(この一節は説く、乘脊脈の人は鉗局を用いて水繞を印證し、看水繞の人は水繞を用いて脊脈を印證すべきを。以下兩節は穴を討論す)。
謂之乘者,乘於陰開裹陽,陽開裹陰之口中也,陰開裹陽者,復以脊脈盡處為頂(脊脈盡處,必然微矬,故能見頂),旁分兩股為砂,前吐薄口為唇,中含低田低地為堂穴,水不分兩邊,但團聚於口內為雌雄,內結如蜈蚣之鉗,即所謂叉口、禾鍬口也。
所謂「乘」は、陰開裹陽・陽開裹陰の口の當中に乘るの意思である。陰開裹陽のは、すなわち脊脈の盡頭を以て頂とする(脊脈盡頭必定微微低伏、故に才に頂を見出すし得)、兩旁兩股を分出して砂を作し、前面薄口を吐出して唇を作し、中間低田低地を含みて明堂を作す。穴前の水は兩邊に分流せず、ただ口口內に團聚す。此すなわち雌雄內結、形狀蜈蚣の鉗に像る、すなわち所謂「叉口」「禾鍬口」である。
陽開裹陰者,旁分兩砂,中出一段,以脊脈微高為頂,以薄唇吐出為面,兩旁有微分水痕水外者,微高鉗局(界水在內,鉗局在外),其水自穴旁分開,而合於唇下,為雌雄外結(雌雄內結外結,注詳乳突窩鉗篇),如蓮花之心,即所謂三叉口合角口也,然亦有太少之象焉(前篇四象兼論龍穴,惟此論穴開口之象),陰開裹陽,是太陽,其開口闊大,中起微突者,是少陰,陽開裹陰,是太陰,其脈體豐厚,中開微窩者,是少陽(詳龍體穴形篇),如此穴情,方為的確,明堂方真(有真曰方有明堂)。不然,雖有脊脈何為(此節論乘脊脈者,以鉗口形象證穴,若但有脊脈而無鉗口亦相真雌)。
陽開裹陰のは、兩旁兩道砂を分出し、中間一段脈を出して、微高の脊脈を以て頂とし、吐出の薄唇を以て面とする。兩旁に微微分開の水痕有り、水の外面に又微高の鉗局有り(界水は內に在り、鉗局は外に在り)。この水は穴旁より分開し、唇下に到りて會合す。此すなわち雌雄外結である(雌雄內結與外結、注解詳しくは《乳突窝鉗面》篇を見よ)、形狀蓮花の花心に像る、すなわち所謂「三叉口」「合角口」である。此處同樣に太・少の象有り(前の一篇の四象は兼ねて龍與穴を論じ、此處はただ穴開口の形象を論ずる)。陰開裹陽の是れ太陽、其中開口闊大にして中間微突を起すのは少陰。陽開裹陰の是れ太陰、其中脈體豐厚にして中間微窝を開くのは少陽(詳しくは《龍體穴形》篇を見よ)。
謂之繞者,不禾之內,要小水迴環,下砂之外,要活水環繞也,蓋大水眾所共依,小水穴所獨受,小浜界開龍砂之水,活水界真龍脈之水,故大水內有小水纏繞,氣水界而穴方真,下砂外有活水陽朝,龍方止而局方緊,然亦有雌雄之辨焉(龍水之合)左旋龍,其性情必趨向右,須右旋水,性情趨向左境者配之,與本身下關砂相逆,共繞下砂外會大合水而去(界龍水),右旋龍,其性情必趨向左,須左旋水,性情趨向右者配之,與本身下關砂水相逆,共繞下砂,外會大合水而去,如是相媾,方謂之繞,不然水倒龍去(如龍右旋,水亦右旋是也),為不媾不繞,雖有水合何為(此節論水繞者,以龍水配合證穴,若山有小水之合而龍水不交者,終假)。
所謂「繞」は、指す所內層に小水回環有るを要し・下砂の外に活水環繞有るを要す。というのは大水は衆家の共同に依傍する所にして、小水才に本穴の獨自に承受する所である。小浜は界開龍砂の水、活水は界開真龍脈の水。ゆえに大水の內に小水纏繞有れば、氣水に界住せられて、穴才に真と見なす。下砂の外に活水陽面より朝來有れば、龍才に停住し・局面才に收緊と見なす。この中同様に雌雄の分辨有り(すなわち龍與水の配合)。左旋の龍は、性情必定に右邊に趨向し、就要右旋・性情左邊に趨向する水を用いてのに配し、のをして本身の下關砂と相逆させ、一同に下砂を繞過して・外面に於いて大合水を會合して去らしめ(此すなわち界龍水)。右旋の龍は、性情必定に左邊に趨向し、就要左旋・性情右邊に趨向する水を用いてのに配し、同様に本身の下關砂水と相逆させて、一同に下砂を繞過して・外面に於いて大合水を會合して去らしむ。この如く彼此交媾して、才にのを「繞」と呼ぶ。不然の話は、水龍與に同一方向に流走すれば(譬如龍右旋・水ももまた右旋)、そのすなわち交媾せず・環繞せず、たとえ水の會合有るとも何の用か有らん(この一節は説明す、看水繞の人は龍與水の配合を用いて穴を印證すべきを。もし小水の會合有りであっても龍水並びに交媾せなければ、終究是れ假である)。
有等去山未遠,河多闊漾,渡水亦多,脊脈在尺寸之間,其內界多是小浜者,得兩小浜左右環抱,界成龍虎,浜頭插入,據為束氣,龍左旋者,自然右浜纏過玄武,龍右旋者,自然左浜纏過玄武,方無流水沖頂之患(此是浜底纏過玄武水會穴前,非水往穴後流去),外面又有活水朝繞,如出水蓮花形者,不必本身有開口鉗口局,自有真結,然脊脈微高,斷不可少(此節論近山平洋,有水繞者不可無脊脈)。
一類の山を離るる遠からない處有り、河道多くして寬闊浩蕩、龍脈の渡水の次數も多く、脊脈ただ一尺一寸の間に在り、內層の界水は多半小浜である。この時若よく兩道の小浜の左右環抱・界成して龍虎を作らんことを得、浜頭插進して來りて據りて束氣となさば。而且龍左旋するのは、自然に右邊の浜の玄武を纏過する有り、龍右旋するのは、自然に左邊の浜の玄武を纏過する有りて、この如くして才に流水衝頂の禍患無し(此れ是れ浜の末端が玄武を繞過して・水仍舊として穴前に會合するを言う、並びに是れ水の穴後に向かって流走するにない)。外面に又活水朝繞有りて、「出水蓮花」の如き形狀ならば、その就不必本身別に開口鉗口の局面有るを要せず、自然に真結有らん。不過あの一點微高の脊脈は、斷然として缺少してはならない(この一節は山地に靠近する平洋を討論す。水繞有るももまた脊脈無くば不可である)。
有等去山甚遠,多高田高地,渡水有亦脊脈,可見其內界多是低地低田者,有低田低地,為束氣為明堂,高田高地,為攔砂為鉗段者,不必本身有明水纏繞,亦成美地(到頭一節,以低田低地為束氣,即有界入穴之水,宜前有攔砂鉗口,可證小水會合,故不必明水纏繞),然大水會合,亦宜不可無(大水指界龍,言丙內無明水,故須大水會合,以證龍,此節宜論山遠平洋,雖有脊脈而無明水纏繞者,不可無大水會合)。
另に一類の山を離るる甚だ遠き處有り、高田高地較多く、渡水の處もなお脊脈を看見し得、內層の界水は多半低地低田である。この時もし低田低地の束氣與明堂に充当する有りて、高田高地の攔砂與鉗段に充当するあれば、その就不必本身別に明水纏繞有るを要せず、もまたよく好地と為らん(到頭のあの一節は低田低地を以て束氣と為せば、すなわち界入穴の水を得有るに等し。ただ前面に攔砂與鉗口有れば、すなわち以て小水の會合を印證し得、ゆえに別に明水纏繞有るを要せず)。不過外圍大水の會合は仍舊として缺少してはならない(大水は界龍の水を指す。內部に明水無きがよって、必ず大水會合に靠りて龍を印證すべし。この一節は山を離るる已遠の平洋を討論す。脊脈有りであっても明水の纏繞無きのは、大水會合無からないべきではない)。
夫平洋不可不開口,而水鄉獨不然,藏曰:大界內有小界界開大水內有小水纏繞,則大水之內,有砂可知,其形如出水蓮花者,與陽開裹陰之口何異(即太陰之體)?
平洋は開口しないべきではない、唯だ獨り水鄉はこの如きに似ず。此處説明を要す。大界水の內に別に小界水界開有り、大水の內に別に小水纏繞あれば、その麼大水の內には必定に砂有り。此れ是れ推知し得べし。その形狀「出水蓮花」の如きのは、陽開裹陰の口與又何の不同か有らん(すなわち太陰の體)。
然則泊岸浮脾,與逆水沙洲二格,亦有纏繞之口歟?曰:二者皆在四水交會之內(界脈水兩邊分來界穴水,亦兩邊分來均至穴前,左右會合,故曰:四水交會),泊岸浮脾,大水繞下砂,龍脈牽連不斷,逆水砂洲,大水繞玄武(水繞穴後,仍於穴前會合),龍脈渡水而來,自有纏護,圬田與迴轉餘枝,皆透入水中,而星列於四面界脈之水,必在纏護圬田,與迴轉餘枝之外,界穴之水,必有纏護圬田,與迴轉餘枝之內(外內者,背面之意,言界脈水在纏護砂之背,如界穴水任纏護砂之內面也),
その麼「泊岸浮脾」與「逆水沙洲」のこの兩種格局も、もまた纏繞の口有りや。答えて言う、この兩種は皆四水交會の內に處す(界脈の水は兩邊より分かれ來り、界穴の水ももまた兩邊より分かれ來り、皆穴前左右に到りて會合す。ゆえに四水交會と呼ぶ)。「泊岸浮脾」は大水下砂を繞りて、龍脈牽連不斷。「逆水沙洲」は大水玄武を繞過して(水たとえ穴後に繞り到るも、仍舊として穴前に會合す)、龍脈渡水して來り、自ら纏護有り。圩田與回轉の餘枝は皆水中に伸進して、星辰の如く四面に羅列す。界脈の水は必定に纏護の圩田與回轉餘枝の外側に在り、界穴の水は必定に纏護の圩田與回轉餘枝の內側に在り(所謂外與內は、背與面の意思である。界脈水は纏護砂の背面に在り、界穴水は纏護砂の正面に在る)。
其中各自有條,非無分別,只於水漲時,散粗糠於上流,其內分合之形自見(此緣穴形須著足力細細體會),不然,穴星何以見其中尊自主,而四面隔纏圬田如魚如禽如井田者,又何以見其外背內面相向有情,流水何能不沖其身耶。惟水繞可證其砂,以側水不沖穴,而見其中尊自主也,
この中各々その條理有り、並びに是れ分別無きにない。ただ漲水の時に粗糠を把りて上游に撒けば、其中分與合の形跡自然に顯現出來す(此れ是れ穴形が必ず多く走り多く見て・細細と體會せなければ可ならないが因り)。不然の話は、穴星憑れんか何のを以てその居中為尊・自作主宰と見得ん。四面隔水纏繞の圩田は魚に像り・禽に像り・井田の如く排布す、又憑れんか何のを以て其れの外背內面・相向有情と見得ん。流水又怎麼よく穴身を衝犯せざらんや。唯だ水の環繞のみ、以て砂の存在を印證すべし。水旁側より繞過して穴を衝かなければ、すなわち穴の居中為尊・自作主宰と見得べし。
於此權之,泊岸浮脾,是太陰之體其隔水纏護圬田,如井田之形者,與中出土脈旁分兩砂之鉗局何殊,逆水砂洲是少陰之體,其四面纏護圬田,如禽魚之形者,與太陽開口闊大中起微突之鉗局何殊,但太陰少陰之口砂,膀者盡連地面,頭露於堂界之內,此二者則在四水交會處,內外看之證其鉗局,為少異耳。故曰:平洋不開口,神仙難下手,平地水鄉,其理一也(此節論水鄉開口,申明水繞,即有鉗局之意)。
この道理に照らして權衡せば。「泊岸浮脾」是れ太陰の體、その隔水纏護の圩田は井田の形狀に像り、中間土脈を出し・兩旁兩道砂を分出する鉗局與何の兩樣か有らん。「逆水沙洲」是れ少陰の體、その四面纏護の圩田は禽鳥游魚の形狀に像り、太陽開口闊大・中間微突を起すの鉗局與又何の兩樣か有らん。只是太陰・少陰のあの種の口の砂は、臂膀全都地面に連着して、頭明堂界水の內に露る。而してこの兩種格局はすなわち四水交會の處に處りて、內外兩面より見てすなわちその鉗局を印證するを要す。差別不過如此だけである。ゆえに言う「平洋口を開かなければ、神仙も下手難し」。平地與水鄉、道理是一致である(この一節は水鄉の開口を討論し、水繞ももまたすなわち鉗局を含有すると申明す)。
乘脊脈者,即枕毬簷之意,亦陽來陰受,陰來陽受之意,得有真口穴情方的,以開口為主脊脈為客也,看水繞者,即先看下臂之意,亦即論龍虎之意,故曰:無龍要水纏,左畔無虎要水繞,右邊山之龍虎,乃取開口之形,平洋水繞證鉗局,亦取開口之形,以開口為主,水繞為客也,故不論高山平地,總以開口為貴,但其口有高低隱顯大小陰陽之不同(此篇大旨乘脊脈,若不可無水繞,看水繞者,不可無脊脈,而乘脊脈不宜孤陰純陽之獨求,看水繞終須大水小水之相接,以見陰陽相濟方成配偶,更以局證水繞,水繞證鉗局,發明開口之義,殊為的當)。
所謂乘脊脈は、就ち毬簷を枕きて下葬するの意思、すなわち陽來陰受・陰來陽受の意思である。必ず真口・穴情有りて才に確切と見なす。可見是れ開口を以て主とし・脊脈を以て輔とする。所謂看水繞は、就ち先に下手の一臂を見るの意思、すなわち龍虎を論ずるるの意思である。ゆえに言う、左邊青龍無ければ就要水來りて纏まらんを、右邊白虎無ければ就要水來りて繞らんを、と。山上の龍虎は、取る所正に開口の形。平洋は水繞を用いて鉗局を印證し、取る所ももまた開口の形。可見同じく是れ開口を以て主とし・水繞を以て輔とする。ゆえに高山を論ぜず平地を論論ぜず、總じて開口を以て貴とする、只是この口に高低・隱顯・大小・陰陽の不同有るだけである(本篇の大旨は、乘脊脈のは水繞無くば不可、看水繞のは脊脈無くば不可である。乘脊脈は孤陰純陽地に單方面に求むべきではない、看水繞は終究大水小水の彼此銜接を要す。この如くして才に陰陽相濟・結成配偶を見る。再び鉗局を用いて水繞を印證し・水繞を用いて鉗局を印證し、「開口」の意義を闡發して十分確當たらしむ)。
平洋低田
或曰:去山已遠之平洋,無脊脈之平田,亦可用水繞之法否?曰:江浙水鄉,非無脊脈,但地勢卑薄,穿渡復多脊脈低伏而不見,故看水繞以證脊脈,所以無論低田水鄉,凡大勢皆低者,內有微高之處,即為龍脊,只要收放向背分明鉗口唇堂可證,不以有水浸沒而棄之。楊公曰:水退同乾地力是也。若去山未遠之平地平田,原有脊脈可尋,其間若無脊脈必是無龍虛假之地,縱有水繞,誤插必敗。
ある人が問う、山を離るる已遠の平洋、あの些脊脈無きの平田も、もまた「看水繞」の方法を用いる可きか。答えて言う、江浙水鄉は並びに是れ脊脈無きにない、ただ地勢低薄・穿渡の水又多し、脊脈低伏して見えないのみ、故に才に水繞を見るを用いて脊脈を印證す。ゆえに低田を論ずると水鄉を論ずるとを問わず、凡そ大勢皆甚だ低窪の處は、ただ其中微微高起の處有れば、そのすなわち龍脊である。ただ收放・向背分明・鉗口・唇・明堂有りて印證を作す可ければ、すなわちその水に淹没せらるる會すがよってのを捨棄するできない。楊筠松は言う「水退同乾、地力是也」――水退下去すればすなわち旱地と一樣、地力照舊在り。至りて山を離るる遠からない平地平田は、本來就脊脈尋る可し、その裏もし脊脈を找着せなければ、必定に是れ無龍の虛假の地、たとえ水環繞有りとも、誤葬一定に敗落す。
