Libo

平砂玉尺经

元 · 刘秉忠(旧题);刘基注

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

平砂玉尺経 元 劉秉忠(劉基の注解を附す)

風水堪輿典籍

まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。

平砂玉尺経 元 劉秉忠(劉基の注解を附す)

平砂玉尺経 劉伯温注解

審勢篇

原文:天分星宿,地列山川。仰觀牛斗之墟,乃見眾星之拱運;俯察岡阜之來,方識平原之起跡。劉釋:五行之氣在天成象,而日月星辰見焉:紫微太極起於亥子之中,天市東垣起於寅卯之區,少微酉液在刊兌之間,太微南極在巽已丙之首。中有一星尊居於內,而二十八宿環遠於外。故牛斗之墟,左為帝星所居之處,其列宿則隨斗柄所指而拱向之,附天而行,是謂天經。五行之氣在地成形,峙而為山岡壠阜,散而為平原都溼,流而為江淮河漢,故山川之流峙,莫非是氣之凝布。然平原曠野皆根於岡瓏,分佈丁維而成形,故察岡阜之所來,則知平原之發跡矣。

天上には二十八宿が分布し、地上には千山万水が羅列する。頭を上げて牛宿・斗宿の所在する天区を見れば、初めて衆星が環拱して旋回するのを見、頭を下げて岡陵丘阜がどこから来るかを察すれば、初めて平原大地の起脉の蹤跡を識る。劉基の注解:五行の気が天に升れば即ち凝って天象と成り、日月星辰はこれに由って顕現す——「紫微垣」は太極の居る所にして亥子正北の中に起こり、「天市垣」は東に在り寅卯の一带に起こり、「少微垣」は酉に属し刊・兌の間に位し、「太微垣」は南極と共に巽・巳・丙の首に位す。毎一垣の中には皆一顆の尊星が内に居り、二十八宿は外に環繞す。故に牛・斗の二宿の臨む処、その左は即ち帝星の居る所、諸列宿は皆北斗の斗柄の指すに随って拱衛し朝向し、天体の運行に依附す、これを「天経」と叫ぶ。五行の気が地に降れば即ち凝って地形と成す。聳峙するは山岡丘垅、鋪散するは平原沢沼、流動するは長江・淮河・黄河・漢水。故に山川の或いは流れ或いは峙るは、一つとしてこの気の凝結布列の結果にあらざるなし。而して平原曠野は皆岡垅を以て根と為し、気脉は四維八方に分布して初めてその形状を成す。それ故に岡阜がどこから来るかを考察すれば、平原がどこから発脉するかを知ることを得るなり。

原文:萬山一貫,起自崑崙。劉釋:山龍之散見於地,雖有千萬之多,而其龍脈之來,皆出於崑崙。按《搜導祿》及《地志》鄙言:崑崙山高一萬八千九百四十七里,中峰齊天。在中國計之,崑崙則在西北乾兌之間,實天下山川之祖;而五頂之人中國,又眾山之大宗也。

天下の万山は同一の脉より出づ、皆崑崙より起これり。劉基の注解:山竜は大地に散見し、千万条の多きあるといえども、竜脉の来処は皆崑崙より出づ。《捜導禄》と《地志》の粗略の記載に拠れば、崑崙山は高さ一万八千九百四十七里、中峰は天と斉平す。中国の方位に按じて推算すれば、崑崙は西北の乾・兌の間に処り、実に天下山川の祖山なり。而して崑崙五頂の脉が中国に入るは、また衆山の大宗祖なり。ここの「万山一貫」は、三合家が竜を論ずるの立足点なり。先ず天下の竜脉は同源なりと認定し、再び源頭より分派して以て各地の行竜属性を定む。

原文:乾坤坎離總歸絕域,而西通瀚海;艮震與巽三條入中國,而五嶽分居。劉釋:乾坤坎離兌五條,分歸西北及正南,入無夷蠻種之地,龍脈出析俱不可考。惟艮震巽三條獨入中國,分居五方,為五嶽之山,又中國山川之大,各處分勢施生。東南已巽行龍出身,行十一萬九千六百五十里入海,結帝之都三,起蛟龍之地一百四十七,水穴三十六,其間產忠貞、育英才、出聖君賢相者七百二十穴,聚精拔秀為卿士大夫之地不計其數。寅艮行龍出身八萬四千一百里入海,結帝王之都一,起蛟龍之地七十二,頂穴一十有八,其產大聖人之地五,出賢人良相五百有七穴,為卿大夫之地不計其數。申卯行龍行八萬一千五百六十里,止於伊洛裡澗之交,結帝王之都三,起蛟龍之穴十十有四,產聖君賢相侯伯五百五穴,其間鍾氣發秀為卿士大夫賢士之類,北艮巽之穴尤多。

崑崙より分出する竜脉の中、乾・坤・坎・離の幾条は皆極遠の辺地に帰向し、西に通じて瀚海に達す。ただ艮・震・巽の三条のみ中国に入り、分かちて五方に処りて五岳と成す。劉基の注解:乾・坤・坎・離・兌の五条の竜脉は、分かちて西北と正南に帰向し、蛮夷部族の地に入り、その竜脉のいかに分派するかはすでに考証すべき由なし。ただ艮・震・巽の三条のみ単独に中国に入り、分居して五方に処り、五岳諸山を結成す。これもまた中国山川の大格局にして、各処は勢いに依って分派し生発す。東南巽方の一条の行竜は出身して十一万九千六百五十里を行走して海に入り、帝都三処を結成し、蛟竜の地を起こすこと一百四十七処、水穴三十六処。その間に忠貞の士を産み英才を養育し聖君賢相を出す穴場は七百二十処あり、聚精抜秀して卿士大夫を出す地方は数え尽くすべからず。寅艮の一条の行竜は出身八万四千百里して海に入り、帝王の都一処を結成し、蛟竜の地を起こすこと七十二処、頂穴十八処。その中に大聖人を産する地方五処、賢人良相を出す穴場五百七処、卿大夫を出す地方は計り知れず。申卯の一条の行竜は行走八万一千五百六十里して、伊水・洛水と里澗の交会する処に止まり、帝王の都三処を結成し、蛟竜の穴を起こすこと十四処、聖君・賢相・侯伯を産する穴場五百五処。その間に霊気を鍾聚し秀異を発して卿士大夫賢士を出すは、北方の艮・巽の両路の穴場を以て最も多しと為す。これらの里数と穴数は元明の堪輿家の伝説の辞にして、重きは三条の大幹竜の尊貴を標挙するに在り、必ずしも実測と為すべからず。

原文:是故黃河界而西北,丑艮行龍。劉釋:黃河之水,派自崑崙艮寅之左、甲卯之右,界艮丑於東北之首,限甲卯於是正東,向東曲折百流入中國,至河套之北,出陝之左而山西等路右臂,至汴東南,左紆徐州之東北入海。故河之西地,乃丑艮行龍,寶為坤艮之氣入首,故燕冀至青兗之地多坤艮結穴,自右轉為坎局。

故に黄河は西北に界を劃し、あの一带は丑艮の方位の行竜を走る。劉基の注解:黄河の水は崑崙の艮寅の左辺・甲卯の右辺より分派し、東北の首に在りて艮・丑を以て界と為し、正東に在りて甲・卯を以て限りと為し、東に曲折して百川を匯して中国に入る。河套以北に到り、陝西の左に出でて山西等路の右臂と成り、汴梁の東南に到り、再び左に迂回して徐州の東北に至りて海に入る。ここにおいて黄河以西の地方は丑艮の行竜を走り、最も貴重なるは坤・艮の気の入首なり。故に燕・冀より青州・兗州の一带に至るまで、多くは坤艮の方位にて穴を結び、竜が右辺より転じて来れば便ち坎卦の格局を成す。

原文:長江限而江南,巽辰起祖。劉釋:崑崙東南孤角分條,自康姑九萬八千七百五十里,出西無天竺、西番南界曰六國山之北,一萬二千里通巴西之慶鵬山,分枝三派:左股出陝之南,為雍之右衛;中股歷憑旗發派,為荊襄之南,行渡祁山,起南嶽行山,為離宮之火星;憑旗右股,作成都之左。

長江は江南に限隔し、あの一带の祖山は巽・辰の方位より起これり。劉基の注解:崑崙の東南の孤角より一条の竜脉を分出し、康姑より九万八千七百五十里を行き、西方の天竺・西番の南界の謂うところの六国山の北に出で、再び一万二千里を行きて巴西の慶鵬山に通じ、ここに由りて三支に分かる。左辺の一支は陝西の南に出でて、雍州の右衛を作す。中間の一支は憑旗の一带を経て分派し、荊州・襄陽以南の脉と成り、祁山を渡りて南岳衡山の一路を起こし、離宮の火星形に属す。憑旗の右辺の一支は、則ち成都の左の屏障を作す。

原文:惟寅甲卯乙之落脈,為河江中柱之根基。劉釋:河源之左,自寅卯憶當震之首落脈,起帳出一萬四千里為蘭花媾,至三萬三千七百一十六里為喬黎山,至一萬九千里入榆莢山,過西域無胡南幕西首山,行一萬二千二百五十里入中國,至幽谷漣奇為秦漢。又一條分至南楚之北界,一條分至同原之北界,入河中條之洛。長江東限,黃河西流,餘氣及淮楊通秦入海。是知震脈之落,為江湖之中柱,其龍獨尊,其氣獨正,出震入離,大都區中年悠久,民安物阜,文士萃出,風氣正直,民無佞奸,上下從化,皆其應也。

ただ寅・甲・卯・乙の方位に落下する脉のみ、乃ち黄河・長江の間のあの中柱の根基なり。劉基の注解:黄河源頭の左辺は、寅卯即ち震方の首より落脉し、帳を起こして一万四千里を行きて蘭花媾に到り、再行三万三千七百一十六里して喬黎山に到り、又行一万九千里して楡荚山に入り、西域の無胡・南幕・西首山を経過し、行一万二千二百五十里して中国に入り、幽谷漣奇の一带に到れば、即ち秦・漢の建都の区なり。別に一条ありて南楚の北界に分かれ、一条ありて同原の北界に分かれ、河中条山と洛水の地に入る。長江は其の東に限り、黄河は其の西に流れ、餘気は淮南・揚州に延及し、再び秦地に通じて海に入る。これに由りて知るべし、震方より落下するこの脉は即ち江河の間の中柱なり。その竜は独り尊く、その気は独り正しく、震方より出身して離方に入る。故にこの一大片の区域は歴代綿長悠久にして、百姓は安定し物産は豊饒にして、文士は輩出し、風気は端正にして、民間に奸佞少なく、上下皆能く順化す——これらは皆中柱正気の応験なり。

原文:岡壠平原之分別,猶體骨肌肉之相附。肌肉兩於骨外,血脈行於肉中,知血脈流動之情,見肌肉榮枯之理。劉釋:幾山脈起自崑崙,為山之首,而氣脈之行因山而見,猶人體有骼骨之格;氣絡流行,分佈而散漫為土皮,猶人之肌肉。土不離山,猶肉不離骨也,乃知平土元氣皆根山。

岡垅と平原の分別は、人身の上の骨と肉の相い依附するが如し。肌肉は骨の外に附し、血脉は肌肉の中に行く。血脉の流動する情形を懂得せば、便ち肌肉の栄枯の道理を看出すことを得。劉基の注解:凡そ山脉は皆崑崙より起これり。崑崙は衆山の首にして、気脉の行走は山形に靠らねば看ることを得ず、譬えば人体は先ず骨骼の間架を有するが如し。気絡は流行し開き、鋪散して地表の土層と成るは、譬えば人の肌肉の如し。土は山を離るべからず、正しく肉が骨を離るべからざるが如し。これに由りて知るべし、平地の元気も皆山を以て根と為すことを。この一段は三合家の「平洋も亦須らく山竜の根を尋ぬべし」の立論なり。山を見る処なければ、即ち水の行止に凭って反して気脉を推す。

原文:是故眾水趨歸東北,而坤申之氣始生。劉釋:大凡坤申行龍,水必起流東北,其氣脈之使然也。故水神倒東北而行者,其地多坤申之氣。原文:群流來向震辰,乾亥之龍秀育。劉釋:假如眾水流向震辰之方,交會合流而去,則上脈元來必自乾亥行龍,故求龍於東南之交者始真。轉關則壬子龍亦結地,坤申之氣左關者亦可取,惟離巽震艮氣之不入,故尋龍者不當於乾亥之砂頭立穴也。仙曰:東南水聚之處,界水倒右有震穴,界水倒左向北流兌穴,離艮巽三龍決不宜下。龍從西北方來,水自東南合者,氣脈水交媾,情意已在震巽,元逆至之理。

故に衆水は皆東北に趨いて去れば、あの地方は坤・申の気が初めて生発す。劉基の注解:大凡そ坤申の方位を走る行竜は、水は必ず起流向して東北にす。これは気脉が自然にそれをして然らしむるなり。ここにおいて凡そ水神が倒れて東北に向かいて行くを見れば、あの一带は多半坤申の気なり。経文また曰く、群流は皆震・辰の方向に朝して来るは、ここが乾亥方位の秀竜を孕育するを説明す、と。劉基の注解:假如衆水が皆震・辰の方に流向い、あそこに在りて交会合流して去れば、則ち上游の来脉は本来必ず乾・亥より行竜せり。故に東南水口の交会の処に到りて竜を尋ねて、乃ち真を尋ね得たり。若し中間に転関あれば、壬子竜も亦能く地を結ぶ。坤申の気が左辺より関拦するも亦取用神可なり。唯だ離・巽・震・艮の気のみ入らず、故に尋竜の人は乾亥方の砂頭の上に穴を立つべからず。仙人曰く、東南に水を聚むる処、界水が倒れて右辺に向かう者有りて震方の穴あり、界水が倒れて左辺に向かいて北に流るる者有りて兌方の穴あり。離・艮・巽の三条の竜は断じて下葬に宜しからず。竜が西北方より来り、水が東南方より合するは、気と水はすでに震・巽の間に交媾し、情意は皆あそこに帰す——これは気が逆行して至るの道理なり。この種の「水の去处に凭って竜の自る所を倒推す」の用法は、後に蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》に駁せられたり。

原文:甲卯成胎,不食酉辛之氣。劉釋:震龍入首向西,則西為震氣之至,而東為氣出之門,故向砂之西首立穴,是氣止水交之年,乃為真穴。若自東首立標,則收辛酉兌氣入穴,原水交於西,豈有兌氣返東之理。所謂不食酉辛之氣,言兌氣不入於東,而震龍不食兌氣也。時師不知龍脈之起止,不向水神之來去,不明地氣之所從,只看坐對,指東書西,盡而謬立標穴,其擠人於害不可勝言矣。

甲・卯方に胎息を結成する竜は、酉・辛方の気を吸取せざるなり。劉基の注解:震竜が入首して西に朝すれば、則ち西辺は震気の到る所、東辺は則ち気の出ずる門戸なり。故に朝向砂頭の西首に穴を立て、あそこは正しく気止水交の所在にして、乃ち真穴なり。若し東首より標を立て穴を下せば、即ち辛酉兌方の気を穴中に収め進めたり。水は本来西辺に在りて交会す、あに兌気が反して折り返りて東辺に回るの道理あらんや。謂うところの「酉辛の気を食せず」とは、説く所は兌気が東方に進入せず、震竜もまた兌気を吸取せざるなり。当時の術士は竜脉の起止を懂せず、水神の来去を看ず、地気の何処より来るを明らめず、只管坐山対向を看て、東辺を指して西辺と写成し、一味に胡乱に標を立て穴を定めて、人を祸害の中に推し入るるは、説き尽くすべからず。

原文:午丁生息,豈乘坎癸之靈。劉釋:午丁行龍者,水神必自南而向北合流而去。凡見此水步龍立穴,須向水流交合之處求之,則午丁生息之氣始聚而成地。若不於水城出合之所,而反向南之土水處立穴,是乘坎癸之靈,非穴也,下之必絕。

午・丁方に生息する竜は、怎麼して坎・癸方の霊気を承受せんや。劉基の注解:午丁の方位を走る行竜は、水神は必ず南より北に自りて合流して去る。凡そこの種の水勢に遇上りて歩竜して穴を立つれば、即ち水流の交会合襟する地方に尋求せよ。午丁の生息の気は乃ち聚り住まりて地を成すことを得。若し水城出口の合流の処に手を下さず、反して南面の土水の処に向かいて穴を立てば、則ちそれは去りて坎癸の霊気に乗るなり。根本より真穴に非ず、葬り下せば必ず絶嗣に至らん。

原文:觀眾水之交衿,而雌雄乃見。劉釋:山為雌而水為雄,猶人之見男女也。龍盡水合,雌雄交會,猶男女合而媾精也。此玄妙之處,萬物化生之大關也。然男女之玄門,任督二脈之盡,故男女媾則兩尾相對;猶山盡水會之處,正牝牡交媾之妙,含英育秀,於此可見。仙曰:龍至水交之處方止,脈盡氣聚,乃為真穴也。不合衿則龍脈未止,龍脈不止則氣行未住,故尋龍定穴,必於水交之處求之方是。

衆水の交会合襟する地方を観察すれば、山水の雌雄配合は便ち顕現して出づ。劉基の注解:山は雌に属し水は雄に属す、譬えば人が男女に分かるるが如し。竜脉が行き尽きて水がここに合流すれば、雌雄は便ち交会す、正しく男女の交合して精を媾するが如し。これは最も玄妙なる関口にして、また万物化生の大関鍵なり。人身の玄門は正しく任・督の二脉の終点なり、故に男女交合する時は両脉の尾が相対す。同じく山尽き水会する処は、正しく「牝牡交媾」の妙境にして、英を含み秀を育むは皆ここに見ることを得べし。仙人曰く、竜は水交の処に走到して乃ち止まり、脉尽きて気聚まる、これ乃ち真穴なり。水が襟を合せざれば、即ち竜脉は未だ止まらざるを説明す。竜脉止まらざれば、気は即ち還って走りて駐留あることなし。故に竜を尋ね穴を定むるは、必ず水交の処に到りて找うて乃ち対なり。

原文:察萬里之平壠,而首尾當知。劉釋:平原曠野雖萬里之遠,而求真脈之所自,必有山龍以為之根,猶四肢分職而元首在上。起處為首,止處為尾,其理一致。故尋平洋之地,必求首尾之所自,然後察其水神之去來,以觀其交會止聚之情,則真穴自見矣。敬仙曰:崑崙山,天地之首也;五嶽四瀆者,心腹也;支流分肢散於八極者,四肢也。以中國而言,五嶽者萬山之首也。如山之首可以循脈之分,知脈之分可以見龍之止矣。

綿延万里の平原岡垅を考察するは、必ず其の首尾の所在を弄清せよ。劉基の注解:平原曠野は遠く万里に及ぶといえども、真脉の何処より来るを追究せば、必ず山竜ありて其の根を作す。譬えば四肢は各々其の職を司りて頭顱は上に在るが如し。脉を起こす処を首と為し、脉を止むる処を尾と為す。道理は皆一様なり。故に平洋の地を尋ぬるは、一定先ず首尾の来歴を求め出し、然る後に水神の去来を察看して、以て其の交会止聚する情形を観察せば、真穴は自然に顕現す。敬仙曰く、崑崙山は天地の頭顱なり。五岳と四瀆は心腹なり。支流分派して八方極遠に散布するは四肢なり。中国に就いて言えば、五岳は便ち万山の首なり。すでに能く山の首に循いて脉の分派を分辦し、脉の如何に分派するかを知れば、亦即ち竜の何処に止住するかを看出すことを得べし。

原文:縱是回頭顧祖之龍,豈脫父母本生之氣。劉釋:雖云甲卯行龍不食酉辛之氣,然亦有回頭顧祖者。如甲卯行龍而氣脈返向甲卯結穴,有名顧祖之地,雖逆回成穴,而砂頭起腳須從震宮發來,關轉逆水向震乃真轉關處。若被水流斷,則父母本生之氣已為水神隔絕矣,非真地也。右關水左倒,兌氣入首,從兌局作用;左關右水倒,乾氣入首,從乾局作用,又不當以震氣立法取之。舉一龍而七龍之法同例。仙曰:兩砂並出,股長股短,邊粗邊細,其短而細者必縮,粗而長者必伸。粗大雄急,勢必曲折,向砂之短處挨歸,故多結回龍之地及盤龍之地。或為下砂所壓而曲折轉關者,亦有回龍盤龍之穴,然必得父母本生之氣不脫,始行之砂隨水轉關而成,方為大地。

即便として回頭して祖山を朝拜する竜も、父母本身の生ずる気に脱離すべからず。劉基の注解:雖説甲卯の行竜は酉辛の気を吸取せざるも、亦回頭して祖を顧る情形あり。比如甲卯の行竜にして気脉が折返して甲卯方に朝して穴を結ぶは、これを「顧祖」の地と叫ぶ。虽は逆回して穴を成すも、但し砂頭の起脚は必ず震宮より発来し、関拦転折し逆水して震に朝せば、乃ち真の転関処なり。若し水流に截断せられれば、父母本生の気は即ち水神に隔絶せられ、那は便ち真地に非ず。右辺関拦して水が左に倒るるは、兌気の入首にして、即ち兌卦の格局に按じて取用せよ。左辺関拦して水が右に倒るるは、乾気の入首にして、即ち乾卦の格局に按じて取用せよ。該当再び震気を拿りて立法すべからず。一条の竜を挙げて例と為す、其餘七条の竜の用法は此と同じ。仙人曰く、両側の砂手が併出する時、往々にして一股長く一股短く、一辺粗く一辺細し。短くして細きは必定収縮し、粗くして長きは必定伸展す。粗大雄急の勢は必ず曲折し、砂短の一側に向かいて挨靠し帰結す。故に多く回竜の地と盤竜の地を結成す。亦下手砂に圧住せられて曲折転関する者有り、同じく回竜・盤竜の穴を有せん。但し必ず父母本生の気が脱離せず、起行の砂が水に随って転関して成れば、乃ち大地と算うに足るなり。

原文:故順水直沖而逆回結穴,方知體段之真。若還逆水直沖而合衿,在後斷是虛花之地。劉釋:回龍之地,其砂頭不從本生之方而來,但只逆水直沖而上,其水流向背後交合者,皆非真地。時師指曰上水魚、飛天龍者甚謬。雖其體勢宛轉,坐應整齊,亦是虛化。蓋合流在後,則其砂之行氣終趨向於交衿之處也。

故に順水直衝して後に逆折回頭して穴を結ぶは、乃ち体段の真実を見るを得べし。若是れ逆水直衝して上り、而して水の合襟処は却って穴の背後に落つれば、則ち断定して是れ虚花假地なり。劉基の注解:回竜の地は、如果其の砂頭が本生の方位より発来せず、ただ水に逆りて直衝して上り、而して水は却って穴後に流向いて交合すれば、これらは皆真地に非ず。当時の術士はこれを「上水魚」「飛天竜」と指為す、大いに荒謬なり。哪怕其の体勢宛転・坐山と朝応と皆斉整なるも、仍お是れ虚假なり。因りて合流が背後に在れば、砂の行気は最終にあの交襟の処に趨向し、穴上は便ち気を留め住めざるなり。此類の専ら順逆を以て竜を論ずる説法は、後に蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》に駁せられたり。

原文:平原曠野鋪氈,細認交衿。劉釋:有數百里平洋之地,前後左右又無溝壑溪澗,如鋪氈設席,一望無際。此等形體,既無水神可考其出入,又無岡阜可辨其來去,何以察其龍脈之行止、穴情之定否。如見此等平地,必有微茫之水可觀。蓋溝壑之水必有所歸,而微茫之水去流,亦足以察其龍脈之行止。凡水必歸趨於卑下而低瀉之處,為眾水之所歸,雖微茫之水亦可以見其會合:交會於東,則尋兌氣之入首;交會於西,則尋震氣之入首。細心詳察,必得真情。古云:高一尺為山,低一尺為水。正為平洋平原曠野之地立法。

平原曠野は鋪開の毡席の如く平坦なれば、即ち細細に水の交襟処を辨認せよ。劉基の注解:有方円数百里の平洋の地あり、前後左右に溝壑溪澗すら連ならず、如同鋪毡設席の如く一望無際なり。このようの地形は、すでに水神なくして其の出入を考察すべからず、また岡阜なくして其の来去を分辨すべからず。那麼何を憑って竜脉の行止・穴情の成否を察看せんや。遇上この種の平地は、必定還有極細微の水痕ありて観察すべし。因りて溝壑の水は総じて帰処あり、而してこれら微茫水流の去向も、同様に足りて竜脉の行止を察知す。凡そ水は必ず低窪傾瀉の処に帰趨す、那裏即ち衆水の帰する所なり。哪怕微茫の水なりとも、亦能く其の何処に会合するを看出す。会合は東に在れば、即ち兌方に到りて気の入首を尋ねよ。会合は西に在れば、即ち震方に到りて気の入首を尋ねよ。細心に詳察せば、必ず能く其の真情を得ん。古語曰く、一尺高出すれば即ち山と算え、一尺低下すれば即ち水と算う。これ正しく専ら平洋・平原曠野の地の為に立てるの法則なり。

原文:極壠平坡月角,詳看佳結。劉釋:山壠窮盡,截頭掛角,鋪出平坡,左右無水夾隨行送,前無溝壑溪澗界合。如此落頭,雖無水法可辨,然其龍脈之出,若有真龍結穴,則其氣止融聚之處,必有正脈垂落,或微茫以界於左右,分砂翼上首如月角之出,兩肩兜轉,護衛周匝:或一重二重,或四五重,雙向前兜堂收氣;或左右肩肘抱出砂頭,宛轉曲折到堂,橫過做微茫案應者,其地方真。或從別支分脈,曲折到堂直拜,堂局分兩翼,復宜於本砂之左右者亦佳。故看平地落頭,無處尋其佳結,只於月角兜收與不兜收、砂頭轉匝與不轉匝,而龍之住、穴之結與不結方見。又有四五山頭出腳平坡,龍辨其何山落頭長、何山落頭短,旁角從何方兜轉,則知其五山和所交合成穴,其法尤微。得此穴者,富貴雙全,萬子萬孫,一二百紀福。

山垅は尽頭に走到して平坡を鋪成せば、即ち「月角」の処に細看して好結作の有無を見よ。劉基の注解:山垅は窮尽の処に到り、山頭を截断し一角を挂出し、鋪展して一片の平坡と成す。左右に水の挟みて随行護送するなく、前面もまた溝壑溪澗の来りて界合するなし。このようの落頭は、虽水法なくして辨ずべからざるも、但し竜脉が出身したる後、若し真に真竜結穴あれば、則ち気止融聚する地方には必定正脉の垂落下来するあり、或いは極細微の水痕ありて左右に界す。分出の砂翼は上首に在りて月牙の両角の如く探出し、両肩は兜転して護衛は周密す。或いは一重両重、或いは四五重、双双として前に向かいて明堂を兜住して気を収む。亦有左右の肩肘に砂頭を抱出し、宛転曲折して堂前に到り、横に過ぎて微茫の案山朝応を作成す——このようの地こそ乃ち真なり。或いは別の支より分脉し、曲折して堂前に到りて直に拜し、堂局は両翼を分出し、又亦能く本砂の左右に安置せば、亦佳美と算う。故に平地の落頭を看るは、別処に其の佳結を尋ぬるに由なく、只だ月角の兜収するか否か・砂頭の転抱するか否かより、乃ち竜の住まるか住まらざるか・穴の結ぶか結ばざるかを看出すことを得。還有四個五個の山頭が平坡上に脚を出す者有れば、即ち哪一山の落頭長く哪一山の落頭短きを分辨し、旁角は哪一方より兜転するを分かち、これに由りてこの五山の如何に交合して穴を成すかを知る。この法度は尤も精微なり。能くこのようの穴を得れば、富貴双全し子孫繁盛し、一二百紀の福沢を享くべし。

第二節 審気篇

原文:龍分三八,氣屬五行,定陰陽消長之理,明孤虛旺相之因。劉釋:地支一十二位,以四維八午配隸於交中,並而為二十四位。以甲庚壬丙隸於四正之宮,乙辛丁癸隸於四庫之地,乾坤艮巽隸於四維之方。三合以亥卯未屬木,而乾甲丁從之;已酉丑屬金,而巽庚癸從之;寅午戌屬火,而艮丙辛從之;申子辰屬水,而坤壬乙從之。

竜は分かちて三八二十四位と作し、気は則ち五行に分属す。これに由りて陰陽消長の道理を判定し、孤虚旺相の縁由を明白にす。劉基の注解:十二地支に四維(乾坤艮巽)と八干(甲乙丙丁庚辛壬癸)を加え、交錯配隷して、羅盤上の二十四位を合成す。その中に甲・庚・壬・丙は分かちて子午卯酉の四正の宮に属し、乙・辛・丁・癸は分かちて辰戌丑未の四庫の地に属し、乾・坤・艮・巽は分かちて四隅の維に属す。再び「三合」の法に按じて五行を帰納す。亥卯未は合して木局と為し、而して乾・甲・丁の三山はこれに随う。巳酉丑は合して金局と為し、而して巽・庚・癸はこれに随う。寅午戌は合して火局と為し、而して艮・丙・辛はこれに随う。申子辰は合して水局と為し、而して坤・壬・乙はこれに随う。これ即ち本書の立論の根本——「双山三合」にして、二十四山を両両配对し、三合局に按じて其の五行属性を定め、全書の審竜・納水・立向は皆これに由りて推衍す。此の三合を以て竜の五行を定むる做法は、後に蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》に駁せられたり。

原文:是故壬癸來自兌庚,乃作體全之象。坎水迎歸寅卯,名為領氣之神。劉釋:壬癸為北方之水,水龍自庚兌而來,出自印綬之鄉,從生趨旺,秀氣乃全。甲卯為東方之木,水神領氣,入東方生甲卯木,是坎龍行體,木龍入局,水木相生,秀氣乃出。此言旺龍乘生氣而結局體制也。仙云:坎龍自西兌出身,震龍自北方出身,皆不犯氣克洩,而鍾靈萃秀,周密完固。若入首一節更不混關殺,如坎龍單行、卯龍單行,不與寅甲壬亥相間,則水木之氣清純而穴貴雙全矣。

故に壬癸水竜若し兌庚方より来れば、即ち体質完備の象と成す。坎方の水は寅卯方に迎帰すれば、便ち「領気の神」と叫ばる。劉基の注解:壬・癸は北方の水に属し、水竜は庚・兌方より自りて来るは、等しく生我の「印綬」の郷より出づ、長生より帝旺に趨向し、秀気は乃ち斉全と算えらる。甲・卯は東方の木に属し、水神は気機を引領して東方に進入し、甲卯の木を生ず。これは坎水竜の走出の体勢・木竜の入局にして、水木相生し、秀気は便ち発して出づ。これ説く所は旺竜が生気に乗りて格局体制を結成すと。仙人曰く、坎竜は西方兌位より出身し、震竜は北方より出身す、皆被克・被泄の病を犯さず、因りて鍾霊毓秀・周密完固す。若し入首の這一節が又夾雑関煞せざれば、比如坎竜単独行し・卯竜単独行し、寅・甲・壬・亥と相間雑せざれば、則ち水木の気は清純にして、穴の貴気と福気は即ち双十全なり。

原文:三陽交泰而震星呈祥,四伏生嗔而天罡蝕氣。劉釋:丙午丁為陽之地,氣屬南離,從震坎二方起祖,則廉貞貪狼之氣趨至南離,而火神愈明且秀,此是長生發足、旺方入首之意也。然火炎而性烈,又自東方行龍,則猛威之性恐為回祿之災,須得坎方有山水相制方妙,或生坐穴亦可。辰戌丑未為四伏,蓋四金之地,五龍所畏,天罡所臨之地,為貴人不立之鄉,故曰天罡蝕氣。凡龍入首若犯辰戌丑未,曰四伏生嗔,立見災害。楊公云:先看金龍動不動。即此忌也。敬仙曰:若午龍從雙山三合作戌向或艮曏者,多不發福,乃助火反禍之故也。更坐火穴,則殺到局,必主回祿;從納甲作壬曏者極妙。若巽辛二龍入首,切忌辰戌,決難立穴,即出少亡孤寡、子孫絕嗣。間有丑未二龍從丁癸行者略通,亦宜避其正落也。

丙午丁の三陽の気は交通暢泰し、震方の星は便ち祥瑞を呈現す。辰戌丑未の四伏の地一旦触怒せば、天罡は即ち竜気を侵蝕せん。劉基の注解:丙・午・丁は陽位にして、気は南方離火に属す。若し震・坎の両方より起祖せば、則ち「廉貞」「貪狼」の気は一路南離に趨向し、火神は就中愈々明亮相秀麗ならん——これ説く所は長生処より発足し帝旺方に到りて入首するの意思なり。不過火性炎烈にして、又東方木位より行竜して来りて之を生ずれば、那の猛烈の性情は恐怕火災を招来せん、必ず坎方に山水ありて来りて制約して乃ち妙なり、或いは生方に坐穴を取るも亦可以なり。辰・戌・丑・未を「四伏」と叫ぶ、これは四金の地にして、五行諸竜は皆これを畏懼す。天罡の臨む地方は、是れ貴人の肯んじて驻足せざる郷なり、故に曰く「天罡蝕気」。凡そ竜入首若し辰戌丑未を犯着せば、即ち「四伏生嗔」と叫ばれ、災害は立刻に顕現す。楊公曰く「先看金竜動不動」、忌諱する所は正しくこれなり。敬仙曰く、若し午竜が双山三合に按じて戌向或いは艮向を作れば、多半発福せず、因りて那是助火反して禍を成せばなり。再加えて火穴の上に坐すれば、煞気到局して必ず火災を主せん。若し納甲の法に按じて壬向を作れば、即ち極妙なり。至りて巽・辛の二竜の入首は、切忌辰・戌なり、断然難く穴を立つべからず、一立てば即ち少年夭亡・孤児寡婦・子孫絶嗣を出さん。偶有丑・未の二竜が丁・癸より行来するは稍可通融なりも、亦仍お其の正落の位置を避開すべし。

原文:金臨火地,□□厥辰,木入金鄉,依稀絕命。劉釋:兌金行龍趨向午丙立宅,是金臨火地,向上火來克金,為□□厥尸矣。若轉至丁龍入首,則為陰陽;趨至已宮入首,為旺龍趨生,雖已丁屬火亦不忌也。甲卯水行龍至坎宮,雖曰得生,若轉至兌申庚西方上到頭,則木入金鄉而受制絕命。如見乾兌,則當從金氣取用,而宜以木論也。氣短其入首,逢金克而絕命,不成穴矣。

金竜は火地に落到せば、即ち損傷を遭受せん(原書ここに二字を缺く)。木竜は金郷に進入せば、隠約として便ち絶命の象なり。劉基の注解:兌金の行竜にして却って午・丙方に趨向して宅を立つるは、これ即ち「金臨火地」にして、向上に火ありて来りて金を克すは、等しく自ら毀傷を取るなり。若し転じて丁竜の入首となれば、即ち陰陽相配と成れり。趨りて巳宮の入首となれば、是れ旺竜の長生に趨向す、虽然巳・丁は皆火に属すとも、亦必ずしも忌諱を須いず。甲・卯の木竜は坎宮に行到す、虽説水を得て来りて之を生ずと曰うも、可若再び転じて兌・申・庚の西方一路に到頭すれば、即ち「木入金郷」にして制絶命を受く。如果乾・兌の気を見れば、即ち金気に按じて取用すべく、不宜再び木を以て論ずべからず。気脉短促にして入首の処が又金克に逢えば、便ち絶命と成り、穴を結成し得ざるなり。

原文:火龍畏見兌庚,遇北辰而自廢;東震愁逢火劫,見西兌而傷魂。劉釋:丙午行龍向西兌,則火為金氣洩剝,而展至亥寅之地,則火氣廢絕無餘矣。甲卯行龍向丙午,則木生火氣脫,復入金鄉,申酉入首,則木絕於寅而魂氣俱傷矣。仙曰:此言火龍不當從兌坎結局,木龍不當從離兌結局。如震木在八將之列,丙丁在秀花之宮,行龍出身木秀麗,然入首受制亦不是局;坎兌入首本是清貴,不宜木火行龍也。楊公曰:行得好不如立得好。此言有理。

火竜は最も兌・庚を見るを怕れ、北方水位に遇上れば即ち自行廃絶す。東方震木の愁うるは火に碰上りて劫泄せらるるにして、再び西方兌金を見れば即ち魂気すら傷るを連ねん。劉基の注解:丙・午の火竜は西辺兌位に行向い、火気は金に泄剥せられ、再び亥・寅の地に延展すれば、火気は即ち廃絶して無余なり。甲・卯の木竜は丙・午に行向い、木は火を生じて元気脱泄し、若し再び金郷に進入し、申・酉より入首すれば、木は寅に絶え、魂気は即ち一斉に傷を受けん。仙人曰く、これは火竜が兌・坎方に結局すべからず、木竜が離・兌方に結局すべからざるを講ずるなり。像て震木は八将の位に列す、丙丁は秀花の宮に属す、行竜出身の時は木気本来秀麗なるも、可入首の処に受制せば、仍お格局を成さず。坎・兌の入首は本より清貴に属するも、却って木・火の行竜に由りて配るに宜しからず。楊公曰く「行得好不如立得好」、這話有道理なり。

原文:是故,陽龍左旋,從生趨旺;陰龍右歸,自旺朝生。劉釋:然皆要得生旺之木氣,莫犯鬼劫克洩,其本生之龍為美;若克劫,則不成體制矣。仙曰:陽龍左旋,從木生上起長生順行,如水長生居申、沐浴酉兌、冠帶戌、臨官亥之類;陰龍右歸,從死位上起長生逆行,如水土生於卯、沐浴寅、冠帶丑、臨官子、帝旺亥之類。其排山起運,陽龍從左,陰龍從右。如坎為水,坎戌寅、戌辰、戌午,順布六爻,以定才官父子兄弟之屬;巽為木,辛丑、辛亥、辛酉,逆布六爻,以定才官父子兄弟之屬。各從所在方位砂木吉凶而斷之,萬無一失。

故に陽竜は左に旋行し、長生より帝旺に走向す。陰竜は右に回帰し、帝旺より回朝して長生にす。劉基の注解:不論左旋右歸、皆生旺の気を取得し、触犯「鬼」「劫」一类の克泄すべからず、能く本身所生の竜を保住して乃ち美と算う。若し克を受け劫を受くれば、即ち体制を成さざるなり。仙人曰く、陽竜左旋し、五行長生の位より起こり順行す、比如水局の長生は申に在り・沐浴は酉兌に在り・冠帯は戌に在り・臨官は亥に在る一类なり。陰竜右歸し、死位より長生を起こして逆行す、比如水土の長生は卯に在り・沐浴は寅に在り・冠帯は丑に在り・臨官は子に在り・帝旺は亥に在る一类なり。其の排山起運の方向は、陽竜は左より、陰竜は右より。譬如坎は水に属し、坎宮戌寅・戌辰・戌午の這套の納甲を用い、順に六爻を布して、以て妻財・官鬼・父母・子孫・兄弟の五類を定む。巽は木に属し、辛丑・辛亥・辛酉の這套の納甲を用い、逆に六爻を布し、同様に五類を定出す。再び各々所在方位の砂形と木星の吉凶に按じて断ずれば、万に一の失なし。

原文:故喜來乘於進氣,切忌陷於休囚。劉釋:此格上言龍脈自生方入旺方,或旺方入生方,皆為進氣。若生旺二方歹行至死絕之地,入首結局者,陽入休矣,龍體雖秀亦無用也。

故に最も喜ぶは来竜が「進気」に乗るを、最も忌諱するは「休囚」に陥落するを。劉基の注解:這一格前面説く所は竜脉が長生方より帝旺方に走入し、或いは帝旺方より長生方に走入するは、皆進気に属す。倘若生・旺の両方に走得不好して、一路死絶の地に行到して乃ち入首結局せば、那即ち陽気は転じて衰休に入るなり。竜の形体纵然秀麗なるも、亦派上用場せざるなり。

原文:到頭囚謝,旺水聚而財祿尤宜。入首衰微,生神會而入丁可救。劉釋:來龍入首之休囚,而或得官旺水聚明堂,則龍穴雖凶而外氣清吉,亦能獲財;或得長生之水氣流至局前,則內氣雖廢而外氣不絕,亦能興旺,人丁終不致於絕嗣。

到頭の処若しすでに囚困衰謝せども、只だ帝旺方の水が堂前に聚まれば、財禄は仍お相宜なり。入首の気若しすでに衰微せども、只だ長生の神が此に会合せば、人丁は還有救いあり。劉基の注解:来竜入首は虽然休囚の地に処るも、可若能く臨官・帝旺方の水ありて明堂に聚まれば、則ち竜穴は凶なりといえども外来の気は清吉にして、照様として財を得るを能くす。或いは長生方の水気ありて局前に流到すれば、内気はすでに衰廃せども外気は絶えず、同様に能く興旺して、人丁は終竟絶嗣に至らざるなり。這正是三合家の「水を以て竜を補う」の救法なり。

原文:所貴雙興並至,那堪兩敗重逢。劉釋:得生旺之龍,而又見生旺水神到局,此謂雙興並至,則富貴綿遠,發福悠長,人丁財祿兩無所欠。若不能用向收制,龍穴休囚而水神朝局又見囚謝,是謂兩敗重逢,必致敗絕無疑。楊公為人救貧,只用向上五行論水法出入之吉凶,衰方水來,向胎養,則衰水已在生旺方矣。以向就水,因水立向,此收山出煞、玄機救貧續嗣之妙用也。仙曰:楊公立雙山五行之法,以來龍入首用二方取生旺之位者,立法之經制也;砂水不合而以向合,從向上取生旺之位者,用法之權也。水不合局而以向上取之,是取生氣之吉以為人造福耳。益以內氣雖吉而外氣或凶,從內氣立向而不顧砂水之美惡,則外氣亦能損內氣,故有吉地而多凶者,此也。楊公深得於此法,誠救貧之奇術也。

最も可貴なるは竜と水と双双に興旺して一斉に到來するを、最も難堪なるは両辺俱に敗れ又重畳して相逢するを。劉基の注解:既得生旺の竜、又見生旺方の水神の到局するを、這叫「双興併至」、ここにおいて富貴綿遠・発福悠長し、人丁と財禄は両欠けざるなり。若不能立向を用いて収摄制化せば、竜穴は本已休囚にして、而して朝局の水神は又囚謝の方に落つれば、這就叫「両敗重逢」、必然敗絶して疑いなし。楊公は人に替わりて貧を救うに、只だ向上五行を用いて水の出入吉凶を論ず。衰方の水が来れば、即ち向を胎・養の位に立てば、則ち衰水はこの向より看ればすでに生旺方に落ちたり。以向去迁就水・因水而立向、這正是「収山出煞」の玄機にして、亦是救貧続嗣の妙用なり。仙人曰く、楊公の立てる双山五行の法は、来竜入首を以て準と為し、生・旺の二方に位を取るは、これ立法の常規なり。砂水合せざる時は改めて立向を用いて凑合し、向上より生旺の位を取るは、這是用法の権変なり。水合局せずして向上より取用するは、是れ生気の吉を借りて人に替わりて福を造るのみ。要知道内気虽吉なりとも外気は可能凶なり、若只依内気に立向して而不顧砂水の美悪せば、外気も亦内気を損傷せん——故に明明吉地にして却って多く凶応する情形あり。楊公深得此法なり、実在是救貧の奇術なり。

原文:生氣短而死氣長,凶多吉少;死氣短而生氣長,福重禍輕。劉釋:幾來龍身生旺之氣長,而入首死絕之氣短,則始遷之時必致生禍;及至龍步行運到生旺之處,便能發福,故吉多而凶少。幾龍身死絕之氣,而入首生旺之氣短,則初葬雖吉,而龍運步至之時必生大禍,故凶多而吉少。仙曰:入首休凶者,有砂水可收則歸向上,便初葬之後亦能發福,不致受休囚之禍;無砂可收,則以入首從生氣立向亦可。

生気の一段短く死気の一段長ければ、即ち凶多吉少なり。死気の一段短く生気の一段長ければ、即ち福重く禍軽し。劉基の注解:凡是来竜身上の生旺の気行得長く、而入首処の死絶の気只占一小段せば、則ち剛に遷葬する時は必定先ず禍を招き、等到竜運が生旺の那一段に行到すれば、就能発福す。故に总的説来は吉多く凶少なし。反过来说、竜身多是死絶の気、而入首処の生旺の気只占一小段せば、則ち初葬虽吉、等竜運走到死絶那一段時必生大禍す。故に凶多く吉少なし。仙人曰く、入首の気衰凶なる者は、只要有砂水可収あれば、就把它帰到向上以化解せよ。初葬之後照様能発福して、不至於受休囚之禍せり。若無砂可収せば、那就在入首処取生気以立向せよ、也可以なり。

原文:顧祖回龍,逆勢重於舉鼎;遭傷歷劫,進氣輕似鴻毛。劉釋:過頭祖盤顧雖曲可愛,勢力若有舉鼎之重,而來歷之地若遭鬼氣分劫,至於入首之處,英靈耗散,似鴻毛之輕矣。言盤龍之地福力返輕,示人不可以願而逐指為大地也。顧祖回龍地最要水纏玄武,則氣力乃鍾;不然後氣脫去,反為不美。仙曰:水龍轉離既洩於火,歸於兌復戰於金,經歷多少克耗,故經曰:來龍之勢重,而入首之氣輕,縱發富貴,其能久乎。是故壬剝癸,癸剝壬,水龍互用而自純。坎龍入首而本初之氣得壬癸互換,不失本方體制,則始不犯鬼煞孤空之耗,故云水清寶瓶互用而自純,益言龍不雜也,然得癸方為一。

回頭顧祖の竜は、逆勢の重きは挙鼎の如し。可若沿途遭傷暦劫せば、到入首時は進気は軽きこと鴻毛の如し。劉基の注解:竜過頭して再び盤旋して祖山を回顧す、形勢虽曲折可愛・力量看似有挙鼎之重なりとも、但若一路来暦之地被「鬼」気奪劫せられ、到了入首之処、精英霊気已経耗散せば、就軽如鴻毛なり。這是説盤竜之地的福力反到軽薄なり、提醒人不可一見形勢可愛就指為大地せよ。顧祖回竜之地最要緊的是水纏繞玄武(穴後)、気力才鍾聚得住。不然後頭的気一脱走、反倒不美なり。仙人曰く、水竜転到離方已被火泄、帰到兌方又與金相戦、経暦了多少克耗す。故に経上説「来竜之勢重而入首之気軽」、纵然発了富貴、又能長久嗎。因此壬剥癸・癸剥壬、同是水竜互相剥換、気自然純正なり。坎竜入首而本初之気能在壬・癸之間互換、不失本方的体制、才不至於犯鬼煞孤空的耗損。故説水清如宝瓶、互用而自純——就是説竜気不雑、而其中又以得癸方為第一なり。

原文:是故壬剝癸,癸剝壬,水龍互用而自神;丁換丙,丙換丁,火氣相須而不疚。劉釋:丙丁皆係火神,丁龍換丙、丙龍換丁,雖是陰陽相雜而不純,然為一家之氣,故丁龍不以丙陽為病,丙龍不以丁陰為害,所謂相須而或質者此也。丙為陽火,但理氣淨陰淨陽,又係陰也,故丙丁皆吉。仙曰:壬癸雖屬陽龍,而亦自有秀氣,非若寅甲之北也,故壬癸互用而亦純,丙丁相須而不疚。與寅甲與卯用行、申與酉同行、辛已與丙丁同行,則氣雜而有病矣。

故に壬は剥換して癸と為し、癸は剥換して壬と為す。同是れ水竜にして互相為用して自有神妙あり。丁は換えて丙と為し、丙は換えて丁と為す。火気は彼此相依して病無し。劉基の注解:丙・丁は皆火神に属す。丁竜換丙・丙竜換丁は、虽説陰陽夾雑して不算純一なりとも、但畢竟是一家之気なり。故に丁竜不把丙的陽性当毛病、丙竜也不把丁的陰性当妨害す。所謂「相須」而彼此為質、就是這個意思なり。丙本是陽火、但按「浄陰浄陽」之理気来分、它又帰入陰、所以丙・丁両者都吉なり。仙人曰く、壬・癸虽属陽竜、也自有一段秀気、不像寅・甲那様粗濁。所以壬癸互用仍然算純、丙丁相須也不成病。至於寅與甲・卯混着走、申與酉同行、辛・巳與丙・丁同行、那就気雑而有病なり。

原文:亥龍忌雜乾壬,許通一路;巽地怕兼辰已,只愛單行。直受無庇,曲來有玷。劉釋:乾與亥同宮,乾陽而亥陰;壬與亥交界,亥陰而壬陽,二氣本不相通,故亥氣犯乾壬者必絕。止宜直受,不宜曲折,故許通一路。如帶乾壬而來立穴,犯之不可,須避其所犯,疾歸亥上。其巽龍與辰已同行亦然:犯已氣未必盡絕,侵辰氣則人無子遺唉。

亥竜忌諱夾雑乾・壬、最多容許通到其中一路。巽方之地怕兼帯辰・巳、只喜歓単独行走。気直接承受下来就没有妨礙、弯曲繞来就有瑕疵。劉基の注解:乾與亥同在一宮、乾属陽而亥属陰。壬與亥交界、亥属陰而壬属陽、両種気本来不相通、所以亥気若混犯乾・壬、必致絶嗣せり。只宜直落承接、不宜曲折、所以説最多容許通一路。假如帯着乾・壬之気而来立穴、犯了就不行、必須避開所犯之処、趕緊帰回亥位上。巽竜與辰・巳同行的情形也一様。夾到巳気未必就全絶、一旦侵入辰気、那就連一個子嗣都留不下了。

原文:寅甲艮何堪並至,酉庚辛乃可雙行。乾坤二位到頭雖發福,而終歸敗絕;辰戌兩龍入首縱利達,而世受孤寒。劉釋:艮龍為六秀之尊,得之富貴極速,然與寅甲同界出其身八首,若有毫釐之差,則福咎頓異。若犯丑龍同行,雖為不吉,然不失陰陽一體,尚可裁穴,則寅甲之不可毫釐犯也。酉與庚辛總為一家,庚雖穴清,亦為同氣,故三龍雙行換互入局,亦成大地,不比寅艮之多庇也。乾坤老亢,退居西北南,以其生氣竭也,故龍自乾坤入首者,砂明水秀、外氣清靈,亦能發者;然老陰終無生息,故必歸於敗絕,敗亦其理之必然,故後天之卦以乾坤處西北西南,此之謂也。

寅・甲・艮の三者は怎麼して一併に夾雑して来ることを得ん。酉・庚・辛は倒是可以両両同行す。乾・坤の二位は到頭しても發福するが、終究敗絶に帰せん。辰・戌の両条の竜は入首して縱然顕達するも、世世孤寒を受けん。劉基の注解:艮竜は六秀の中の最も尊貴なる者、これを得着れば富貴の来ること極めて速し。可艮は寅・甲と同一界に在りて出身入首す、差之毫厘あれば、福と咎は立刻に両様なり。若し丑竜を混犯して同行せば、雖説不吉なりとも、畢竟還不失為陰陽一体、尚可裁度して穴を立つべし——これに由りて見れば、寅・甲は連毫厘も混犯を許さざるなり。酉は庚・辛と総帰一家なり。庚は雖以穴清見長と為すも、亦同気に属す。故にこの三条の竜は双行互換して入局しても、同様に大地を成すことを得、不像寅与艮那様処処妨礙せり。乾・坤は老亢の気に属し、西北・西南に退置せらる、因為其らの生気已竭せばなり。故に乾・坤より入首する竜は、只要砂明水秀・外気清霊あれば、亦能發福す。但老陰は終究生息の力なく、最後必定敗絶に帰す、敗也是理所必然なり。後天八卦は乾を西北に放ち・坤を西南に放つ、講的就是這個道理なり。這套「貴陰賤陽」の取捨は、後為蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》所駁せり。

原文:是故辨方定位,究二十四字之興衰;立穴朝迎,察七十二龍之關煞。龍落空亡,須明避忌;向如剋制,亦達推移。審陰陽相見之宜,察曜氣侵凌之咎。惟明覺不昧,領會通神。劉釋:五行之氣,土從水寄為四維,東木西金南火北水,各有方位,而其生其旺,並從一十二支辰之中配以四維八干,如水土生於申、旺如子之類,於二十四位上究之,知其興衰休廢,以為穴審龍之法,而為納水得氣之要也。十二支辰各配以渾天甲子甲丙戊寅壬乙丁已辛癸所屬之納音,如甲於乙丑金、丙寅丁卯火之類,及甲乙巽、丙丁坤、庚辛乾、壬癸艮四維八干之圭甲空亡,共七十二龍,以審來龍立穴之關殺,避其所侵,趨其所喜。更以六十龍均分于格盤,以辯坐穴之關殺:如癸龍當壬子已丑之間空亡,宜避;乙丑龍而坐於丁卯,是以金龍而坐火穴矣,火穴而受水同為何克,穴鬼氣侵穴法,即當避他。如三百六十五度穿山甲於透地渾之殺者,亦宜勾求。

故に方位を辨別するは、二十四字の各々の興衰を窮究せよ。穴を立て朝向を定むるは、七十二竜の関煞を察看せよ。竜脉が空亡線上に落つれば、必ず避忌を明白にせよ。朝向若し克制せられれば、亦推移変通を懂得せよ。陰陽相配相見の宜しきを得るや否やを審察し、曜気に侵凌の咎の有無を考察せよ。惟有心地明覚にして昏昧ならざる人のみ、乃ち通神入妙を領会し得るなり。劉基の注解:五行の気を論ずるに、土は水位に寄せて四維に分居し、東方は木に属し、西方は金に属し、南方は火に属し、北方は水に属し、各々其の位あり。而して其らの長生と帝旺は、皆十二地支の中より再び四維八干を配して推得す、比如水と土は長生は申に在り帝旺は子に在る一类なり。二十四位の上に逐一推究して、其らの興・衰・休・廃を知るは、这既是審竜定穴之法、也是納水得気的関鍵なり。十二地支は又各々渾天甲子甲丙戊寅壬乙丁巳辛癸所属の納音に配せらる、如甲子乙丑属金・丙寅丁卯属火这一类。再加上甲乙配巽・丙丁配坤・庚辛配乾・壬癸配艮這四維八干的圭甲空亡、合共七十二竜、用来審定来竜立穴的関煞、避開它所侵犯的、趨向它所喜愛的。更把六十竜均分在羅経格盤上、以分辨坐穴的関煞。譬如癸竜正当壬子與乙丑之間的空亡線、就該避開。又如乙丑竜却坐在丁卯上、那是以金竜坐了火穴、火穴又受水、彼此相克、穴中就有鬼気来侵、按穴法就該避開。至於三百六十五度的穿山甲子與透地渾天之煞、也一併应当勾稽講求。

龍落空亡,即七十二龍之說、思圭甲空亡之法也。至如向制向生之訣,楊公用玄空五行以消息之,收二十四山八水四金五行之生克,以定避忌之方,此一法也;又有用縫針取渾天六十龍五行以消息之,此亦一法也;又有穿山透地用三百六十五度五行以消息之,此又一法也。立法多端,理難歸一,兼行並用,多莫取決,只從玄空五行,如楊公□□亦無不驗。仙曰:穿山渾天甲子園布三百六十五度,按二十八宿分金過度,配五克行,所屬是名星度五行。用之如穴配,如穴坐火,喜對面水火星度:水見火則相剋,火見火為比和,故曰若火見水為克,木見金為克出,所謂相戰則凶也。又如亥山入首,坐乾向巽,要得透地龍水度為生氣,主富貴雙全;坐火度則犯關殺,必傷人丁而敗財祿矣,城非細故,而庸師可苟且誤人哉。

所謂「竜落空亡」、指的就是七十二竜的説法與圭甲空亡的推法。至於向上取克・取生的口訣、楊公用玄空五行来推詳消息、収納二十四山・八水・四金的五行生克、以定出応避忌的方位、這是一法。又有人用羅経縫針取渾天六十竜的五行来推詳、這也是一法。還有人用穿山・透地的三百六十五度五行来推詳、這又是一法。立法的門路很多、道理難以帰一。若兼行併用、反而多到無从決断。不如只依玄空五行、像楊公那様運用、也没有不応験的。仙人曰く、穿山渾天甲子円布成三百六十五度、按二十八宿分金過度、配以五行生克、所属的就叫「星度五行」。用它就如同為穴配気。譬如穴坐火度、就喜歓対面是水火星度——水見火為相克、火見火為比和。所以説火見水是被克、木見金是克出、所謂彼此相戦就凶。又如亥山入首、坐乾向巽、要取得透地竜的水度為生気、主富貴双全。若坐在火度上就犯関煞、必定傷人丁・敗財禄。這可不是小事、庸師豈能苟且従事而誤人。

艮見丙、巽見辛、兌見丁、震見庚、坤見乙、乾見甲、離見壬、坎癸,為陰陽相見。如艮龍到頭,別無山水可收可避,而丙上有山水相應,則向首宜指丙方,為陰陽相見,蓋艮自與丙配,意氣相悅,猶夫婦之翕合也,自然發福;若指他向,則與艮龍氣不相干矣,他放此。至如曜氣之侵凌,歌曰:坎龍坤兔震山猴,巽雞乾馬兌蛇頭,艮虎離豬為殺曜,犯之墓宅一齊休。假如巽龍到頭,酉為殺曜,其方有砂來應,或水歸堂,各為惡殺,向首亦宜忌之。若用雙山五行三合論之,則以生龍朝旺反受其禍;又向巽龍見酉水到,雖不向西水,則三合難收,故特舉之耳。餘仿此亦且餘仿此亦且有害,而況可以向之耶,獨巽龍。仙曰:坎龍忌辰水,坤龍忌卯水,震龍忌申水,巽龍忌酉水,乾龍忌午水,兌龍忌已水,艮龍忌寅水,離龍忌亥水,向亦相同。互相避忌者何也?殊不知坎水受辰土克,坤土受卯木克,震木受申金克,巽木受酉金克,乾金受午火克,兌金受已火克,艮土受寅木克,離火受亥水克,此名八曜殺,縱真龍古地,犯之召禍不輕,故八卦之刑害有如此。二十四山之興衰、七十二龍之關殺、甲之空亡、曜氣之侵凌,惟明覺者為能察之而不昧,或避或忌,領會於心,通其神妙,然後能盡美盡善,奪造化,改天命,救濟人貧。

艮は丙に配し、巽は辛に配し、兌は丁に配し、震は庚に配し、坤は乙に配し、乾は甲に配し、離は壬に配し、坎は癸に配す、這叫「陰陽相見」。比如艮竜到頭、別処没有山水可収也没有山水須避、而丙方恰有山水相応、那就該把向首指向丙方、成陰陽相見。因為艮本与丙相配、意気相投、好比夫婦契合、自然発福。若指向別的方位、就與艮竜之気不相干了。其餘各山依此類推。至於曜気的侵凌、歌訣説、坎竜・坤兎・震山猴、巽鶏・乾馬・兌蛇頭、艮虎・離猪是殺曜、一犯上、墳墓与住宅一斉敗。譬如巽竜到頭、酉便是它的殺曜。那一方若有砂来相応、或有水帰入堂中、都算悪煞、向首也应当避忌。若照双山五行三合去論、反倒会把生竜引向帝旺而受其禍。何况巽竜見酉水到堂、即便不朝向西辺的水、三合之法也難以収摂、所以特地把它提出来。其餘各竜照此類推——照此類推尚且有害、何况還要正対着它立向、巽竜尤其如此。仙人曰く、坎竜忌辰水、坤竜忌卯水、震竜忌申水、巽竜忌酉水、乾竜忌午水、兌竜忌巳水、艮竜忌寅水、離竜忌亥水、立向也同様忌諱。為什么要彼此避忌呢。須知坎水被辰土所克、坤土被卯木所克、震木被申金所克、巽木被酉金所克、乾金被午火所克、兌金被巳火所克、艮土被寅木所克、離火被亥水所克——這就叫「八曜殺」。纵然是真竜古地、犯了它招禍也不軽、八卦之間的刑害竟厳重到這個地步。二十四山的興衰・七十二竜的関煞・圭甲的空亡・曜気的侵凌、只有心地明覚的人才察得清楚而不至昏昧。該避的避・該忌的忌、領会在心・通其神妙、然后才能尽美尽善、奪天地造化・改人間天命、救済貧困之人。八曜黄泉一类煞法、後為蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》所駁。

第三節 審竜篇

原文:詳觀先聖之遺言,方識尋龍之要訣。砂行水輔唱隨聯,夫婦之情;水繞砂回拜舞聯,君臣之象。劉釋:古先賢哲如楊筠松作《尋龍賦》,有平地青龍之要訣;楊向答有浪花滾月、蘆花三嫋等語;劉江東有鋪毯展席、田角兜筌之說。考其理,因得平地尋龍之訣,始與山龍同術,而水神出入尤緊于山也,故下文先以砂行水輔發之。經云:乘風則散,界水則止。外氣所以止內氣,為水之母,水為氣之子。水行則氣行,水止則氣止,水界乎處,則氣止於內。故凡龍行則水自隨,如夫婦之相隨,情諧意協,亦理之然也。凡龍之所止,則四方之砂自然回顧,雙雙顧局;砂回則水自然還繞局外,交流到堂,悠悠洋洋,止而不動,聚而不渙,如拜如舞,類臣之見君,肅然欽伏也。仙曰:砂回頭伏、盤舒如舞拜之象,而水之來去屈曲之玄亦若舞,聚畜不流亦如拜。又曰:其靜如拜,其動如舞。

細読古聖先賢留下的话、才認得尋竜的要訣。砂隨竜行・水在旁輔助、一唱一隨、像夫婦之情。水環繞・砂回抱、如拜如舞、像君臣之象。劉基の注解:古時賢哲如楊筠松作《尋竜賦》、講了平地青竜的要訣。楊向答有「浪花滾月」「蘆花三裊」這類比喻。劉江東有「鋪毯展席」「田角兜筌」的説法。考究其中的道理、便得出平地尋竜的口訣。它与山竜本是同一套法術、只是水神的出入比山形更為緊要、所以下文先従「砂行水輔」講起。経上説、気乗風則散、遇水界則止。外気之所以能止住内気、是因為気為水之母・水為気之子。水走気就走、水停気就停、水在何処劃界、気就止聚在界内。所以竜一行走、水自然跟随、就像夫婦相随・情投意合、也是自然之理。凡竜止住的地方、四方的砂自然回頭顧盼、双双護住堂局。砂一回抱、水自然繞在局外、交流到堂前、悠悠蕩蕩、止而不動・聚而不散、如拜如舞、就像臣子面君時粛然敬服。仙人曰く、砂回頭俯伏・盤旋舒展、就是舞与拜之象。水的来去屈曲如「之」如「玄」也像在舞、聚蓄不流也像在拜。又説、它静的時候像拜、動的時候像舞。

原文:是故真龍發足之初,猶萬馬奔馳之勢;砂如浪湧,水如鱗交,簇擁向前,誰識方來之跡。劉釋:大低真龍之行,砂隨水輔,如萬馬奔馳之勢,不可遏也。真龍出身,其送從之砂夾輔推擁,如浪之湧,重重疊疊,順水流蹌,絕無回頭及反背之勢;水從砂去,如魚之鱗,或分或合,或合復分,如鱗之交,隨砂而行,滔滔向外,不蓄不聚。此真龍出身之勢如此,形體豈易得哉。今之術師一見砂頭方正,便指點曰某龍某穴,豈知龍有真體,出身發足有住不住,有正龍傍龍,有真氣偽氣,望砂點穴,亦誤人矣。

所以真竜剛発足的時候、気勢像万馬奔馳。砂像波浪翻湧、水像魚鱗交錯、一斉簇擁着向前、誰看得出它将往哪裏去。劉基の注解:大抵真竜行走時、砂隨着它・水輔着它、如同万馬奔馳、勢不可遏。真竜出身時、護送随従的砂在两旁夾輔推擁、像波浪層層湧起、重重畳畳順着水勢奔走、絶没有回頭或反背的姿态。水順着砂而去、像魚鱗一様、或分或合・合了又分、如鱗片交畳、随砂前行、滔滔向外、既不蓄也不聚。真竜出身的形勢就是這様、這种形体哪裏容易見到。如今的術士一看見砂頭方正、便指着説这是某竜・那是某穴。哪裏知道竜自有真正的体段、出身発足有止住与不止住之别、有正竜与旁竜之分、有真気与偽気之異——只望着砂就点穴、也是誤人。

原文:水似橫弓,砂猶勒馬,軍屯戟列,孰知止扎之蹤。劉釋:凡龍到頭,則送從傍砂雙雙回頭相顧,猶如勒馬;四水交流過堂,橫聚環抱如弓,案應龍虎側列如戟,屯伏如軍。有此形勢,方見真龍止扎不去,乃結地也。今方術者一見砂頭水面方正,不出向之合流交會,而竟從點穴,亦誤人矣。大凡真龍結穴,不在長流大水之傍,亦不出大水之門,多結於兩水夾流之中,旁有獲送砂而來,直至入首之處,群砂顧局,或展開作案,或纏或繞,或選外遮後擁,必不出身露體、獻頭露面以洩真氣。古人云:好龍卻是閨中女,帳幕藏身不露體。正比謂也。

水像横放的弓、砂像勒住的馬、四囲如軍隊屯駐・戟戈羅列、誰看得出真竜在哪裏駐紮。劉基の注解:凡竜走到尽頭、護送的旁砂便双双回頭相顧、好像勒住了馬。四面的水交流過堂、横向聚攏環抱如弓、案山与左右竜虎側列如戟、屯伏如軍陣。有了這種形勢、才見得真竜已止住不再前行、是結地了。如今的術士一看見砂頭水面方正、也不管水是否在向上合流交会、就随手点穴、同様是誤人。大凡真竜結穴、不在長流大水的旁边、也不在大水的出口処、多半結在両水夾流之中。旁边有護送之砂随来、一直到入首之処、群砂回顧堂局、或展開作案山、或纏或繞、或従外囲遮擋・在後擁護——総之絶不会赤身露体・拋頭露面而泄了真気。古人説、好竜就像閨中的女子、帳幕蔵身不露形体。講的正是這個。

原文:龍未住時,其來如逐;龍既住時,其止如伏。左砂右歸,右砂左錯,眾水朝堂,群龍躡足,注氣凝神,雖招之而不來;前後關鎖,拒之而不去。劉釋:龍未住時其來如逐,龍既住時其時止如伏,左砂右歸,右砂左歸,眾水朝堂,群龍躡足。真龍未住,其勢逐逐而行,不容止也;及其止也,其勢即伏,靜而不動。左砂到堂向右,或右砂過堂向左,而四畔環扼明堂,其送從之砂躡足而朝,拱護衛如此,方是真龍住歇之勢。

竜還没有止住的時候、来勢像在追逐奔馳。竜已経止住的時候、停下来像伏卧不動。左辺的砂向右帰攏、右辺的砂向左交錯、衆水朝向明堂、群砂如衆竜蹑足而来。気注神凝、招它也不肯再往前來、前後又有関鎖、趕它也不肯離去。劉基の注解:竜未住時其来如逐、竜既住時其止如伏。左砂向右帰、右砂向左帰、衆水朝堂、群竜蹑足——真竜没有止住時、来勢急急而行、容不得停下。等它止住了、形勢立刻俯伏、安静而不動。左辺的砂到堂前折向右、或右辺的砂過堂折向左、四周環抱扼住明堂、護送的砂踮着脚似的朝拱護衛。有這樣的形勢、才是真竜止息駐歇的様子。

原文:故之水交砂會之方,乃見真龍入首之地。勢或涓涓,情猶赴海,鴉飛雁行,極目天涯。流神渙散則不歸,龍尚去而不住;微垣星散而不顧,氣尚行而未收。雖或開門立面,須知風翼遊鱗。總然蓄水為關,亦是斬腰截氣。長砂展席,取一節於支流;大塊鋪氈,求至純於配合。參透玄機,實可挽回造化;古先秘訣,豈容輕度非人。劉釋:水交於局前,砂會於左右,此見龍勢歇泊之處。而尋龍必須先看其局前後左右之勢何如,然後詳其體制之美惡,方可以得其情狀吉凶休咎之跡也。涓涓赴海,言水去而不聚;鴉飛雁行,言砂去而不顧。此四句將以言龍行未住之勢。如下文所云,龍之由去觀水之行止:水行,則龍行;水聚,則龍住。故水神渙散不收,則知龍尚行去而未見其止泊也。龍氣凝住,在旁砂揖伏歸關而後可見;若微垣旁列,群砂向外而不顧堂局,則知氣尚行而未見其收拾也。

所以要到水交砂会的方位、才見得真竜入首之地。若水勢細細涓流、情態像一味奔向大海。砂如烏鴉飛散・雁陣成行、一直排到天辺望不見頭——流動的水神渙散而不回帰、説明竜還在往前走没有止住。四周小垣局星散而不肯回顧、説明気還在行走没有収斂。這時纵然有地方像是開了門戸・立了面勢、也要知道那不過是風中之翼・水裏之鱗、留不住。就算蓄了一片水作関拦、也只是拦腰截取一段気而已。長砂像展開的席子直出、只能在支流処取一節。大塊平地像鋪開的毡子、就要在配合上求那最純正的一点。参透了這層玄機、実在可以挽回造化。古人的秘訣、豈能輕易伝給不当伝的人。劉基の注解:水在局前交会、砂在左右会合、這裏就見得竜勢停泊之処。而尋竜必須先看堂局前後左右的形勢如何、然后細審它体制的美悪、才能得出它情状吉凶休咎的跡象。「涓涓赴海」、是説水一味流去而不聚。「鴉飛雁行」、是説砂一味遠去而不回顧。這四句都是形容竜還在行走・没有止住的様子。正如下文所説、要従水去判断竜的行止。水在走、竜就在走。水聚住了、竜就止住了。所以水神渙散不収、就知道竜還在往前走、没有停泊下来。竜気凝聚駐留、要看旁砂是否作揖俯伏・帰攏関拦才見得出。如果小垣局旁列、群砂都朝外而不顧堂局、就知道気還在走、没有収摂起来。

龍行而不住氣去,而未收中有砂頭分佈門面,似有穴場可指點者,此不過行龍上分支結穴耳,非氣鍾大地。如風林宿鳥,焉有益翼;急水游魚,豈有縱鱗。雖有發福,非久長也。真龍出身,中間或得水聚之處分頭立面,或支水揮肩破腹立頭,而此等場穴亦是斬截龍腰取氣立穴之法耳,終非正龍自此氣蓄之地也。如此形勢,必得目力之巧、心思之深者,善能作用,不失其法而獲福也。長砂直出,隨水而出去,如席之展,無有兜界收拾,不可立穴;中間有支水插破其腹,勾取其氣人局者,亦斬腰截脈之法也。融結真穴,否則一片巒皮,何所驗氣。此亦斬氣立穴之法,機巧玄微,能挽回天地自然之勢,凶者可轉為吉,非深於術者不能參透其奧也。得其奧者,足以參替造化,以與人生人立命,而便朝貧暮富也。東海聞歸至南陽,見臥龍,古人恐洩天機,秘而不言也。

竜還在行走没有止住、気已流去還没有収摂、而中間偶有砂頭分布出個門面、看似有穴場可以指点——這不過是行竜途中分支結的小穴罷了、並非霊気鍾聚的大地。就像風中林裏棲息的鳥、翅膀哪能安穏。急流裏游動的魚、鱗片哪能舒展。這類地纵然発福、也不会長久。真竜出身、中途或在水聚之処分頭立出面勢、或有支水従肩・腹処挿入而立起穴頭——這類穴場也只是「斬截竜腰取気」的立穴之法、終究不是正竜本身蓄気之地。碰上這種形勢、必須眼力精巧・心思深細的人、善于施為・不失法度、才能獲福。長砂笔直伸出、随着水一同流去、像席子鋪展開来、没有兜転界合可収、就不可立穴。若中間有支水挿入截破它的腹部、勾取其気入局、那也属于斬腰截脉之法。這樣才可能融結真穴。否則只是一片光秃的山皮、憑什么験它的気。這同様是斬気立穴的法門、機巧玄微、能挽回天地自然的形勢、把凶転成吉。不是精深於此術的人、参不透其中奥妙。得了這層奥妙的人、足以参賛造化、替人立身立命、使人朝為貧者暮成富家。当年東海之士聞訊帰来、到南陽見到卧竜先生——古人唯恐泄漏天機、因此秘而不言。

第四節 審穴篇

原文:精靈聚於六秀之方,英粹誕於天門之上。劉釋:艮丙巽辛兌丁為六秀之位。以天市垣在艮,太微垣天貴星在丙,主天下之祿;天乙在辛,太乙在巽,主天下之福;少微在兌,壽星在丁,主天下之壽。福祿壽三者,《洪範》為五福之最,洪範之數上應天星,故其方之氣清貴純美,而龍體秀麗。若震則為雷門,主天下之威柄;庚如威斗,主四方之權行,以肅令萬物,故其方名為將星,亦貴龍也。但巽辛艮為文章之府,兌丙丁為司籍之地,故六秀龍多出文章之士,而艮丙則富貴雙全也;又不如巽辛為清貴樞要,卯庚則出人有謀略威權耳。至於亥為紫微之垣、天皇之帝座,其貴尤尊,故曰粹誕於天門。

最精粹的霊気聚在六秀方位、最英華的人物誕生於天門之上。劉基の注解:艮・丙・巽・辛・兌・丁六個方位叫「六秀」。天市垣在艮、太微垣的天貴星在丙、主天下的禄。天乙星在辛、太乙星在巽、主天下的福。少微星在兌、寿星在丁、主天下的寿。福・禄・寿三者、在《尚書・洪範》裏是五福中最要緊的。洪範之數上応天上星宿、所以這幾個方位之気清貴純美、竜体也秀麗。至於震、是雷門、主天下的威権。庚好比威斗、主四方権柄的施行、用以粛整号令万物、所以這一方名為「将星」、也是貴竜。不過巽・辛・艮属文章之府、兌・丙・丁属掌管典籍之地、所以六秀竜多出文章之士、而艮・丙一路則富貴双全。論清貴枢要仍不如巽・辛、卯・庚則出的人富於謀略・握有威権。至於亥、是紫微垣・天皇的帝座所在、尊貴尤甚、所以説英華「誕於天門」。

若巳龍亦有發貴,特不顯大,不如六秀人將亥龍之美。丑未龍鬼牛之氣,雖有微秀,終亦敗絕。十二陰龍棄丑未巳而不取,蓋以此耳。至於陽龍為穴,如寅申亦發福,辰戌且能發財,而左衿仙人不取之者,非直以孤虛棄之:寅田為風磨之殺,風能拆物,況氣得風而散,雖發福其如孤寡瘋疾;向辰戌發財減門絕嗣,亦使不忍也。若坎離二山,雖為陽龍,乃陰陽之正位:乾於西北而坎繼之,坤退於西北而離繼之,雖曰交極,氣不盡廢,故二龍亦能發貴,但驟發驟廢,如可畏耳。至如坤亦有下後大發者,久亦大廢。故地理家貴陰而賤陽,且陽龍性氣緩弱,力微而輕;陰龍性急力厚而清。此陰陽之別,禍福應驗乃如此也。仙曰:陽山行龍,若體勢秀翼特違,入首洞厚方正,左右周密,三吉六秀方有砂水朝應尊嚴亦可。若點一則收外氣之利,一則收本山之吉,亦能發富貴而旺人丁;三四十年後必須另求吉地以代之,否則力退福衰,人丁必絕。至如辰戌二龍,決不宜下。

至於巳竜也能発貴、只是不够顕赫、比不上六秀与亥竜那様美。丑・未竜帯着鬼宿・牛宿之気、虽略有一点秀色、終究還是敗絶。十二陰竜裏把丑・未・巳棄而不取、原因就在這裏。再説陽竜作穴。像寅・申也能発福、辰・戌還能発財、可左衿仙人不取它們、並非単純因為「孤虚」而棄之——寅方是風磨之煞、風能摧折万物、何况気遇風就散、纵然発福、却難免孤寡与瘋疾。朝辰・戌虽能発財、却要減丁絶嗣、也叫人不忍取用。至於坎・離二山、虽属陽竜、却是陰陽的正位。乾居西北而坎接続其後、坤退居西南而離接続其後。虽説已到交界之極、気還没有全廃、所以這両条竜也能発貴、只是驟然而発・驟然而廃、頗為可畏。又如坤竜也有葬後大発的、日子久了同様大敗。所以堪輿家貴陰而賤陽。况且陽竜性気緩弱、力量微薄而軽浮、陰竜性急而力厚且清。陰陽的分別如此、禍福的応験也就如此。仙人曰く、陽山行竜、若体勢秀異出衆、入首処深厚方正、左右周密、三吉六秀方位又有砂水朝応而気象尊厳、也還可以用。点穴時一面収外気之利、一面収本山之吉、同様能発富貴・旺人丁。但三四十年後必須另尋吉地取代、否則力量衰退・福気消歇、人丁必絶。至於辰・戌両条竜、断然不可下葬。本書這種「貴陰賤陽」的通則、後為蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》所駁。

原文:震庚會而耀武,亦有輕重;坎離交而已極,焉無厚薄。劉釋:震庚二龍主武,說見前篇。然震為雷門,天定卦以為廉貞星在焉,故有威主,出大將,有鎮邊壓境之權;若庚方亦不失神將之職,此重輕之別。則若庚龍坐乾朝巽,則主出武文雙全;震龍坐乙朝辛,或庚辛二方山水相應,亦主少年科甲、掌兵權之職。

震与庚会合而顕耀武功、其間也有軽重之分。坎与離交会已到陰陽的極処、怎會没有厚薄之别。劉基の注解:震・庚両条竜主武事、前篇已経説過。不過震是雷門、先天定卦以為廉貞星在此、所以威勢的主宰在震、能出大将、握有鎮守辺境・圧伏敵国的権柄。庚方虽略遜、也不失為神将之職——這就是二者的軽重之别。具体説来、庚竜坐乾山朝巽向、主出文武双全之人。震竜坐乙山朝辛向、或庚・辛両方有山水相応、也主少年登科・執掌兵権。

原文:癸龍乘坎氣而有用,坤母西掖而未純。蓋以陰陽老亢,四墓藏金,寅甲遇風魔之列,巳申當二四之偏,乘生止積聚,雖有成胎之象,而窮陽剝本,終蹈孤虛之咎。劉釋:癸本陽山,而得坎於之正氣,故有用,更生坎穴向離亦利。坤亦陽山,而為太微垣所屬,故不以陽而以陰;坤龍亢陰在申未之間,少有曲折則不純矣,故曰未純。如乾為亢陽,坤為亢陰,老陰老陽不能生物,故退處而不用。辰戌丑未有亢婁午鬼四金暗殺藏焉。寅甲雷神風水,震威散氣,況火生在寅,風生於木,五行惟火性酷烈,木性而易焚,風能散氣拆物也。巳申當二四之偏,不識其意,皆明陽龍之穴。上言四墓、乾坤、寅申巳甲諸山,雖來乘生氣之方,而入首之處又得四獸攢聚、砂水會堂、止而有情者,亦能興發富貴;然終是陽龍氣散,犯孤虛之咎,不惟易興而易衰,其不利於人丁、刑禍穴疾,必所不免。其巳龍木屬陰而止於陽山之內者,以巳龍之禍與陽山同也。又曰:六秀之內惟巳亥為最,則己亦吉龍也;左衿仙人更不取巳者,以其興廢之不吉耳,非棄其才與德也,與丑未二山同,故下文云云。

癸竜乗着坎方正気因而有用、坤這位老母偏処西南一隅、気就不純了。這是因為乾坤陰陽都已老亢、辰戌丑未四墓中暗藏金煞、寅・甲一路又遇上風魔之列、巳・申則処在二・四的偏位。它們纵然乗生気而止聚、看似有成胎之象、却因陽気窮尽・剥損了本根、終究要落入孤虚之咎。劉基の注解:癸本是陽山、却得坎宮的正気、所以有用。再取坎穴而朝離向、也有利。坤同様是陽山、但帰太微垣所属、所以不按陽論而按陰論。坤竜的亢陰在申与未之間、稍有曲折就不純了、所以説「未純」。譬如乾是亢陽・坤是亢陰、老陰老陽不能生育万物、所以退居一旁而不取用。辰・戌・丑・未之中、暗藏着亢宿・婁宿・午鬼一类四金暗煞。寅・甲属雷神風水、震動威猛而散気。何况火長生在寅・風生于木、五行之中惟独火性酷烈、木性又容易焚焼、風則能散気摧物。至於「巳申当二四之偏」、其确切含義已不可考、総之説的都是陽竜之穴。上面所説的四墓・乾坤・寅申巳甲諸山、虽然来勢乗着生気之方、而入首処又能四獣攅聚・砂水会堂・止而有情、也能興発富貴。但終究是陽竜気散、犯了孤虚之病、不但容易興也容易衰、那种不利人丁・招致刑禍与疾患的後果、総是免不了。至於巳竜属陰木却被帰在陽山之列、是因為巳竜的禍患与陽山相同。又説、六秀之中以巳・亥為最、可見巳也是吉竜。左衿仙人偏不取巳、只是嫌它興廃無常而已、並不是否定它的才与徳——這一点与丑・未二山相同、所以下文接着論説。

原文:故地理家貴陽龍而取旺相,雖丑未巳龍為所棄;賤陽龍而避孤虛,縱寅甲申亦見難容。劉釋:結上文,地理之家貴陰龍者,取旺相之氣也;然氣雖旺相而德有不足,亦不為美,故丑未巳雖陰山而尤為所棄,雖貴龍而不盡取於陰。賤陽龍者,以孤虛之氣也;龍氣雖犯孤虛而德有可用,未嘗不取,如坎離二龍之發貴是也。若既以陽龍而秀氣又不能純厚,易興易衰,且啟禍絕人,是寅甲申三龍下之發則極速,宜若可取,而刑禍絕丁,故不敢用。

所以堪輿家看重陰竜而取它的旺相之気、連丑・未・巳這類陰竜也在摒棄之列。軽賤陽竜而回避孤虚之気、即便寅・甲・申也難以容納。劉基の注解:這是総結上文。堪輿家看重陰竜、取的是它旺相之気。可是気虽旺相而「徳」有欠缺、也算不得美、所以丑・未・巳虽是陰山、反而尤其被棄——可見虽以陰為貴、却不是凡陰皆取。軽賤陽竜、是因為它帯孤虚之気。但竜気虽犯孤虚而徳性尚有可用之処、也未嘗不取、像坎・離二竜能発貴就是例子。若既属陽竜・秀気又不能純厚、興衰無常、還要招禍絶嗣、那就不能用了——寅・甲・申這三条竜葬下去発得極快、看似可取、却帯来刑禍与絶丁、所以不敢用。

原文:用坎離而求一節之長,避丑未而廢四金之氣。雖云:龍無吉凶之異,亦惟氣有清濁之殊,清主貴而濁主賤,理之常也;陰必吉而陽必凶,氣使然焉。是故三吉六秀主富貴之樞機,而陰陽品配為作用之玄奧。劉釋:坎離二陽龍也,而取用之者,以坎離為太陽太陰之地,火南水北有既濟之美,下之發富貴顯達、人財兩旺,故亦可取。若丑未雖陰山,終為暗金所傷而不用。二十四龍吉凶之異無處考驗,氣有陰陽清濁之別,故貴賤吉凶應矣。三吉,古云以貪巨武為是;然九星貪巨武,有云定卦取用者,長生帝旺取配者,有三匝取用者,有坐方取用者,取用無一定之見,故此言三吉者,非九星貪巨武之謂也。

用坎・離二竜、只求入首那一節走得長。避開丑・未、就等于廃掉四金之気。虽説竜本身没有吉凶之别、只不過気有清濁之分。清気主貴・濁気主賤、這是常理。陰竜必吉・陽竜必凶、也是気使它如此。所以三吉六秀是富貴的枢機、而陰陽如何品配、才是運用上的玄奥。劉基の注解:坎・離都是陽竜、之所以仍就取用、是因為坎離乃太陽太陰之地、火在南・水在北、有水火既済的美処。葬下去能発富貴顕達・人財両旺、所以也可取。至於丑・未、虽属陰山、終究被暗金所傷而不用。二十四竜本身的吉凶差别無処考験、只是気有陰陽清濁之别、因而貴賤吉凶才有相応的顕現。至於「三吉」、古人説就是貪狼・巨門・武曲三星。然而九星裏的貪巨武、有人主張按定卦取用、有人按長生帝旺取配、有人按三匝取用、有人按坐山取用、取法並無定見——所以這裏説的三吉、並不是九星中的貪巨武。

故《玉尺經》中無一言及九星,而此三吉者斷然不在九星上取也。此蓋言亥與震艮三龍為三吉矣。三吉三秀等龍實鍾秀氣,為富貴之樞機;而作用向指,要得陰陽相配,乃為可貴,如艮見丙、兌見丁、巽見辛之類,如陰陽相見。經云:陰陽相見,福祿永禎;陰陽相辛,禍咎踵門。蓋以此了。仙曰:艮丙、兌丁、巽辛,此卦氣五行,用之以收來山之吉;淨陰淨陽,以收納氣之秀,如巽龍而辛上有砂水秀麗,則以辛收之之謂也。然龍形有斜側之異,水神有來去之差,則納甲亦有不可盡合者,要不宜拘執於此也。又有三合五行,如寅午戌、艮丙辛之類,取一氣相見之義,以明砂水生旺休廢之情,收謂之向上五行、山音五行三合之常。

所以《玉尺経》全書没有一処提到九星、可見這裏的三吉断然不是従九星上取的。它指的応是亥・震・艮三条竜為三吉。三吉与三秀這些竜確実鍾聚秀気、是富貴的枢機。而在運用与定向時、還要取得陰陽相配、才算可貴、比如艮配丙・兌配丁・巽配辛這一类、就叫陰陽相見。経上説、陰陽相見、福禄長久吉祥。陰陽相乗相犯、禍咎接踵而来。講的就是這個。仙人曰く、艮配丙・兌配丁・巽配辛、這是卦気五行、用来収納来山的吉気。再按「浄陰浄陽」之法収取気的秀美、譬如巽竜而辛方有秀麗的砂水、就用辛方来収——説的正是這個。不過竜形有偏斜側出的差异、水神有来去方向的出入、納甲之法也有不能処処吻合的時候、総之不宜死守。此外還有三合五行、如寅午戌・艮丙辛之类、取同一気相見的意思、用来判明砂水生旺休廃的情形、這就是通常所説的向上五行・山音五行与三合的常法。

楊公取用以定龍穴之貴賤,向上五行楊公取用以避砂水吉凶。三合之法在人宜活動用,而不當偏執死法。今之術家用卦氣取用者,執納甲而不知變,雖凶殺而有所不顧;用三合取向者,執三合而不變,雖水神反逆而不知避。其有隨山行地勢立向,則曰有真龍必有真案真水之處,但取案應門面方正面,不究砂水龍向合法與否,此庸師識見,意何愚哉。

楊公取用卦気、是為了判定竜穴的貴賤。取用向上五行、則是為了回避砂水的吉凶。三合之法要靠人靈活運用、不该死守成法。如今的術士中、用卦気取用的、死執納甲而不知変通、哪怕碰上凶煞也毫不理会。用三合定向的、死執三合而不知権変、哪怕水神反背逆衝也不懂回避。還有那种只順着山勢地形立向的、就説有真竜必定有真案・真水、只挑案山朝応門面方正的地方、全不推究砂・水・竜・向是否合法——這等庸師的見識、何其愚昧。

第五節 審向篇

原文:離趨壬癸,癸向南離。坎得丁坤而發貴,丙逢辛艮以鍾靈。庚宜艮震,坤宜癸交。艮辛亥乃丁龍之樂許,丙巽癸為亥氣之必從。劉釋:離納壬,用壬向而坐丙穴,此卦氣也。然坐丁向癸,亦不失為坎離相見,而離山本音之氣,亦癸向收之矣。癸山用午向,癸配於坎,坎癸向方而上納於離,亦不失為坎離水火相射之意,以離向收癸氣而取貴也。借配於坤,以坎水長生於坤申方耳。丙艮本同一氣,生旺相關,正配也;辛在戌宮,三合類配亦足。庚喜震而穴坐酉,一氣也;而配於艮,則富貴並至。坤本納乙而不作乙曏者,以近卯也;借配於癸而坐丁,亦發大貴。丁山行龍,正配在酉,然酉與丁相隔四宮,雖卦氣得合而勢不可借,故棄兌而趨艮者,以艮亦兌之喜也。亥龍本與未配,而辰戌丑未四金之殺皆非可交,故棄未而取丙為正、巽癸為借,此三合皆能以貴致用。癸非可向,坐癸向丁亦是。

離竜趨向壬・癸、癸竜則朝向南方離位。坎竜得丁与坤而発貴、丙竜逢辛与艮而鍾霊。庚宜配艮与震、坤宜与癸相交。艮・辛・亥是丁竜楽於許配的対象、丙・巽・癸則是亥気必然依従的方位。劉基の注解:離卦納壬、所以用壬向而坐丙穴、這是按卦気配的。不過坐丁向癸、也不失為坎離相見。而離山本身音気、同様可由癸向来収。癸山用午向、是把癸配在坎、坎癸的向位向上納於離、也不失為坎離水火相射之意、用離向来収癸気而取貴。至於借配到坤、是因為坎水長生在坤申方。丙与艮本属同一気、生与旺互関連、是正配。辛在戌宮、按三合帰類相配也够用。庚喜歓配震而穴坐酉山、属同一気。若配到艮、則富貴一斉来。坤本該納乙、却不作乙向、是因為乙太靠近卯。借配到癸而坐丁、也能発大貴。丁山行竜、正配本在酉、可酉与丁相隔四宮、卦気虽然相合而形勢上無従借用、所以舍兌而趨艮——因為艮也是兌所喜的。亥竜本該与未相配、可辰戌丑未四金之煞都不可交接、所以舍未而取丙為正配・巽与癸為借配、這幾種三合都能取貴致用。癸本身不宜作向、坐癸向丁也是一様的道理。

原文:兌丁本為正配,見亥艮而富貴尤奇。震庚猶如夫婦,見辛亥而文武雙全。巽見辛,辛見巽,兩承妙用。艮生壬,壬生丙,誠為上吉。劉釋:兌丁相見,兌宜向丁;然酉與丁相間四宮,體勢欹斜而氣貫不順,亦不吉,借配於亥艮,則富貴殊亦可。但巽非兌之所喜,故左衿仙人不取巽已於兌龍,犯曜氣侵害之故也。震與庚卦氣相見,而配合向指,所必發大貴;若辛亥,則文武相承而並顯。震庚主武,辛亥主文章之應:亥則光文而後武,辛則言語武全才也。巽辛相見,互用作向,主大貴、少年科第、文翰清奇,何其妙也。然辛龍尤配於卯,主亦先文而後武;亥亦主文翰官爵。若惡龍見辛,則大貴;而借配於艮亥二方,則福力便輕,中雖貴不顯。然用辛庚而尤貴,取丁兌而亦宜。艮山納卦於丙,作壬山丙曏者,大吉之環,極富極貴之向也。然用辛向則名馳天下,用庚向則才異過人,用丁向則祿與壽齊,用兌向則文與福齊,是皆亦為全美,而艮山又不當執丙向為定也。

兌与丁本是正配、若再見亥・艮、富貴尤其奇特。震与庚好比夫婦、若再見辛・亥、就文武双全。巽見辛・辛見巽、両下互相承接、各有妙用。艮生壬・壬生丙、実在是上吉之配。劉基の注解:兌丁相見、兌就該朝向丁。不過酉与丁相隔四宮、形勢歪斜而気脉貫通不順、也算不上吉、改借配到亥・艮、富貴同様可観。只是巽不是兌所喜歓的、所以左衿仙人不把巽・巳配給兌竜、因為那要犯曜気之害。震与庚在卦気上相見、配合起来定向、必発大貴。若再有辛・亥、就文武相承而一斉顕達。震・庚主武、辛・亥応在文章上。亥是先顕文名而后掌武。辛則言辭与武略兼備。巽辛相見、互相為用来立向、主大貴・少年登科・文采清奇、何等美妙。不過辛竜尤宜配卯、也主先文後武。亥同様主文翰与官爵。若是凶悪之竜而見辛、反能大貴。但借配到艮・亥両方、福力就軽了、虽有貴気也不顕赫。総之用辛・庚尤為貴重、取丁・兌也相宜。艮山按納甲配在丙、作壬山丙向、是大吉的格局、極富極貴之向。然而用辛向則名揚天下、用庚向則才幹過人、用丁向則禄与寿斉全、用兌向則文名与福気兼備——這些都算全美、可見艮山也不必死守丙向一途。

原文:天市見庚,才堪文武;少男遇巽,福壽雙全。此實卦氣之攸宜,為陰陽相見。龍或神煞之交橫不一,砂水之隱見不齊,例難執乎納甲,法莫妙於變通。劉釋:天市艮山作庚向,艮本生氣貪狠之地,主生而不主殺;以庚向,則庚為威膽,主有武異,故出文武之才而富貴也。艮為少男,而巽為艮之所忌者,蓋艮土陷於東南也。若用巽向,雖主發富,而出人無壽,獨發中房,夫人賢美,以少女在巽矣。已上取穴立向,並從卦氣作用;然有不合於法而不客執一取裁,故於各山之下復取借配之意,亦皆與龍家本音相合,情性一氣而用之也。

天市垣所在的艮山若見庚、出的人文武兼備。少男之位的艮若遇巽、則福寿双全。這実在是卦気上的相宜、属于陰陽相見。不過竜有時神煞交錯横陳・不止一端、砂水有的顕有的隠・参差不齐、就難以死守納甲的成例、用法上没有比変通更妙的了。劉基の注解:天市垣的艮山作庚向。艮本是生気貪狼之地、主生発而不主粛殺。配上庚向、庚是威猛的胆気、主有武功奇能、所以出文武之才而致富貴。艮為少男、而巽是艮所忌的、因為艮土陥落在東南。若用巽向、虽然主発財、可出的人不長寿、只発中房、婦人賢慧美貌——因為少女之象在巽。以上取穴立向、都是依卦気来運用。但也有不合法度而不宜死守一格的時候、所以在各山之下又提出借配的用意、這些借配同様与竜家本身的音気相合、性情一体而后取用。

如砂水吉凶異宜,則棄正配而用借配,方向上消息之,務使龍向與砂水品定得旺相休囚之宜,而不失於偏廢榮枯,乃為妙用。卦氣不全,則用雙山三合五行收本山之音;本山之音不合,則用雙山收向上之音,三合之法互相斟酌,不換人。若曰某山必得某卦氣納甲作曏者,固不是理;某山龍必得某三合作曏者,亦不通變。必須旁觀龍氣及堂氣砂水相應,而後議立向,指某山之吉、出某水之凶,方善其法,並見前卷。

如果砂与水的吉凶各有不同的宜忌、就捨棄正配而改用借配、在向上斟酌消息、務必讓竜・向与砂・水配合得当、各得其旺相休囚之宜、不至於偏于一辺而栄枯失衡、這才叫妙用。卦気若不完備、就用双山三合五行去収本山的音気。本山的音気若不合、就用双山去収向上的音気、三合之法彼此斟酌運用、才不至於害人。若説某山非得按某卦気納甲来作向不可、本来就没有道理。説某山之竜非得按某三合来作向不可、同様是不知変通。必須旁参竜気以及堂気・砂水是否相応、然后才議定立向、指出某山的吉処・導出某水的凶処、才算把這套法度用好了——詳見前巻。

黃泉曜氣皆為神殺,交橫於前後左右甚至不一;砂水之法,來於前後左右,隱見難齊。故尋龍容易,立向極難,向指一差,如隔萬山。所貴智者在於浩法,如執已私,拘於卦氣而不知神煞之在側,執於雙山而不知砂水之去來,犯煞如此議向,鮮不換人。古云:益與人家尋千龍,不與人間立一向。蓋以向之禍人甚大。世衛用雙山卦氣之法,少有不誤,則使移山塞水以強就之。不知以立向就砂水,而欲改砂水就立向,至愚亦甚矣。

黄泉与曜気都属神煞、在前後左右交錯横陳、形態不一。而砂水之法、来路遍及前後左右、有顕有隠、難以斉整。所以尋竜容易、立向極難。向上差一点、就像隔了万重山。可貴的是有智慧的人能通達法度。若固執私見、拘泥卦気而不知神煞就在旁边、死守双山而不看砂水的来去、這様犯着煞去議定朝向、很少有不害人的。古語説、寧可替人家尋一千条竜、也不替人間立一個向。因為向上出錯、害人太大。世人守着双山卦気之法、很少有不出錯的、於是就移山塞水去強行遷就。他們不懂得应当立向去遷就砂水、反倒想改動砂水来遷就所立之向、愚昧到極点了。

先聖曰:愚而好自用,災必逮夫身。仙曰:有吉龍必有吉水相輔,然而世遠年湮,或為人開鑿填塞,有不合法者。若龍體真正,則又不得不開鑿剪裁以就向也,亦不過是大純而小疵者方可如此;若大勢不合,亦當棄之矣。若其龍來真正,而入首體制或欠齊整,或欠收拾,則又不可不裁剪。經曰:龍不足當培則培,龍有餘宜裁則裁。是亦成輔相之宜也。《易》曰:裁成天地之道,輔相天地之宜。此之謂也。

古聖人説、愚昧而又剛愎自用的人、災禍必定落到自己身上。仙人曰く、有吉竜就必定有吉水来輔佐。然而年代久遠、或被人開鑿・填塞過、就有不合法度的地方。若竜的体段確実真正、那就不得不加以開鑿裁剪来遷就朝向——不過這只限于大体純正而略有小疵的情形。如果大勢根本不合、還是該棄掉。若来竜真正、只是入首処的体制欠斉整・欠収束、那也不可不作裁剪。経上説、竜気不足該培就培、竜勢有餘該裁就裁。這也是輔助成全其相宜之処。《周易・繋辞》説、裁成天地之道、輔相天地之宜。講的正是這個意思。

又曰:龍家入首有一定之方,而穴因龍形亦有或勢,或前或後,或左或右,不過因緩急曲直之間,及雙來單來之異,以為之異,以為之移就耳。若立向生穴,全在避堂氣之神煞與水神之去來、八方之秀氣,以為趨避耳。無殺可避,就卦氣而無害,用三合而不傷,則以三合卦氣、卦氣行字收八方之秀。若有所益則益,背秀氣則求福未得而反致大禍,況禍應神煞,而貪秀氣而避神煞也。禍去則福自生,如犯速而福應遲,未獲將來之福而先失已成之福,破財絕人;眼前之福且不可安,用將來之福哉。世之術者,戒之戒之。

又説、竜家入首有一定的方位、而穴要随竜形而定、或前或後・或左或右各有取勢、不過是依着来勢的緩急曲直、以及双来単来的差别、作出相応的移就罷了。至於立向定穴、全在於避開堂気中的神煞・水神的来去、并取八方的秀気、以定趨避。若没有煞要避、依卦気取用無害・依三合取用不傷、那就用三合与卦気、按卦気的字位去収八方的秀気。有益処的就取、若背离了秀気、那就求福不成反招大禍。何况禍応在神煞上、就更該在貪取秀気的同時先避神煞。禍一去、福自然生。若犯煞来得快而福応来得慢、還没得到将来的福、先失掉已成的福、就要破財絶嗣。眼前的福尚且保不住、還談什么将来的福。世上學此術的人、務必引以為戒。

第六節 審砂篇

原文:砂明生死,脈辨陰陽。劉釋:亥龍氣脈趙東南巽已入首,而取穴西南東北角者,亦是生龍發足而下死穴。蓋亥歸東南,而西南東北房租氣不冠,為死絕之地。此法精妙,時師不知,多有向死絕點指者,貧絕之禍。立星龍派之來有陰陽:從左轉、陰從右轉,避其死絕,趙其旺生,則龍氣清和,結穴秀麗。故自各而左將入首者為陽龍,自左而右轉入首為陰龍;陰陽二氣俱得生旺,不犯死絕者吉。如甲卯入首者,木氣也:自午巽而至為陰木,自乾亥壬子癸丑而至為陽木。陰木生於陽,木生於亥,俱得生氣出身;若犯兌坤二方出身,則龍發源巳先絕矣,從雖砂水得局、讓托完固,終不發福。

従砂形上分明生与死、従脉路上辨別陰与陽。劉基の注解:亥竜的気脉走向東南、従巽・巳入首、却把穴点在西南・東北角上、這就是生竜発足而下了個死穴。因為亥気帰于東南、西南・東北那一帯気不聚不冠、正是死絶之地。這一法度精妙、当時的術士不懂、多有把穴指在死絶方位的、招来貧困絶嗣之禍。凡起星辰・分竜派、来勢有陰陽之别。向左転的属一路、陰気則向右転。要避開死絶・趨向旺生、竜気才清和、結穴才秀麗。所以従右而向左将要入首的是陽竜、従左而向右転入首的是陰竜。陰陽二気都得生旺・不犯死絶的就吉。譬如甲・卯入首的属木気。従午・巽方来的是陰木、従乾亥壬子癸丑一路来的是陽木。陰木由陽而生、木長生在亥、両者都能帯着生気出身。若従兌・坤両方出身、那么竜在発源処就已経絶了、纵然砂水得局・護托完固、終究不会発福。

原文:水發城門,流詳出入。劉釋:龍行水隨,故水發源之地即龍神出身之地。或趨東或趨西,必須詳觀其所出之方。若流神從寅艮而出,則知龍自坤兌而來;則知水神必從寅艮而出,以艮寅為水口者,必兌龍成胎於正西,巽龍生息於東南。故郭氏云:入山觀水口,登穴看明堂。即此意也。

水従城門(水口)発出、要詳審它出入的方位。劉基の注解:竜走水就随、所以水発源的地方就是竜神出身的地方。水或趨東・或趨西、必須細看它出去的那一方。若見水神従寅・艮方流出、就知道竜是従坤・兌方来的。反过来说、也就知道這類竜的水神必定従寅艮出去。凡以艮・寅為水口的、必定是兌竜在正西成胎、或巽竜在東南生息。所以郭璞説、入山先看水口、登穴再看明堂。講的正是這個意思。

原文:即行審來歷之因。劉釋:凡龍體到頭歸收入口之處,必考其本龍之來,要知從何發足、經歷何方。如東北到頭,向艮寅之方,其龍必自兌宮出身乃為真龍,自坤申而兌者亦吉。若從壬子癸丑而來,必得坎上有左水佐輔夾流,會合於坤申水左側,更得乙辰水佐輔夾流,會合於坤申水,向寅艮而去方的。若是離宮落頭,則水必不自坤申上來矣。故龍行來歷之因,須自流神上消息之,始可以得其情也。賴氏曰:平坡之地千里無盡,龍無一定之穴,而人無一定之見。假如一片方砂,四方八面無有收拾,似難取穴;若能審龍形來歷之因,真知灼見的繫坤申行龍出體,則知穴情龍脈趨東北,乘坤兌之氣而融結矣;巽巳行龍發源,則知穴情龍脈歸西北矣。

接着就要審察来竜的暦程与由来。劉基の注解:凡竜体到頭・気帰収入口的地方、必須考究本竜従哪裏来、要弄清它従何処発足・経過哪些方位。譬如在東北到頭・朝向艮寅之方的、那竜必定従兌宮出身才算真竜。従坤・申転到兌的也吉。若是従壬子癸丑一路来的、就必須坎方有左辺的水夾流輔佐、会合到坤申水的左側、再有乙・辰方的水夾流輔佐、同様会合於坤申水、然后一斉向寅艮流去、才算准確。若落頭在離宮、那水就断不会従坤申方来了。所以竜行来暦的縁由、須従水流的動向上去推詳、才能得其真情。頼文俊説、平坡之地綿延千里無尽、竜没有固定的穴、人也没有固定的見解。假如面前只是一片方整的砂、四面八方都無収束、似乎難以取穴。可若能審明竜形来暦的縁由、确切認定它是坤申行竜出身、就知道穴情与竜脉是趨向東北・乗坤兌之気而融結的。若是巽巳行竜発源、就知道穴情与竜脉帰向西北。

原文:迎神定分合之自。劉釋:迎神者,朝會於堂局之水也。水來到堂,必有發源之處,從何方分流而來,又從何方會流而去。知流神分合之情,而龍脈結穴之真偽自見。若水來到堂,左畔分流交行前後,而右畔不見其合,兩派夾流,或橫去或直來,前無兜收,後無迴繞者,其龍尚未住紮,雖砂頭有情、方正端正,未結穴也。直至水砂交會之穴,龍脈始聚而融結真穴。

迎来的水神、可以定出水的分与合従何而起。劉基の注解:所謂「迎神」、就是朝会到堂局中来的水。水来到堂前、必定有它的発源之処。従哪一方分流而来、又従哪一方合流而去。弄清水流分合的情形、竜脉結穴的真偽自然就看出来了。若水来到堂、左辺分流前後交行、而右辺却不見它合攏、両股水夾着流、或横着去・或直着来、前面没有兜収・後面没有回繞、那么這条竜還没有駐紮下来。纵然砂頭有情・方正端整、仍就没有結穴。一直要到水与砂交会之処、竜脉才聚攏而融結出真穴。

原文:是故五行品配於八方,萬象盡歸於四勢。劉釋:乾坤坎離艮震巽兌八方,各分隸於五行金木水火土。正五行則乾金、坎水、離火、兌金、巽震木、艮坤土,萬世不易之定氣也。然以生旺死絕之氣定之,則木生在亥而配乾,金生在巳而配巽,水土生在申而配坤,火生在寅而配艮;甲庚丙壬歷子午卯酉,為五行帝旺之鄉。是五行品配於八方者,盡天地自然之氣運行而不息,以化生萬物,非人為可得而品配牽合之義者也。若寅申巳亥,乃五氣發生之始,為龍家之四始、萬物之根基;五行之旺氣,必自寅申巳亥發生充盛而至於旺,猶兌金之氣其始生在巳也。《青直經》云:地有四勢,氣行八方。四勢行八方施生,正謂此也。

所以五行分配在八方、万般形象最終都帰于四勢。劉基の注解:乾・坤・坎・離・艮・震・巽・兌八方、各自分属金木水火土五行。按正五行説、乾属金・坎属水・離属火・兌属金・巽震属木・艮坤属土、這是万世不改的定気。可若按生旺死絶之気来定、就成了、木長生在亥而配乾、金長生在巳而配巽、水土長生在申而配坤、火長生在寅而配艮。甲・庚・丙・壬分別経過子・午・卯・酉、那是五行帝旺之郷。可見五行分配到八方、全是天地自然之気運行不息・用以化生万物的結果、並不是人力可以随意配搭牽合的。至於寅・申・巳・亥、是五気発生的起点、為堪輿家的「四始」・万物的根基。五行的旺気、必定自寅申巳亥発生・充盛而后至於旺、就像兌金之気最初生在巳一様。《青直経》説、地有四勢、気行八方。四勢運行・八方施生、説的正是這個。

原文:隨形察體,觀象審龍。劉釋:隨地之形,難察其龍之體;觀砂之象,而審其龍之氣。象以氣形,以理變者也。如木之形必直而聳,火之形必尖而側,金之形必頂圓而腳闊,土之形必方正而尊,水之形必曲折而動。故觀其直而聳者,知其為木;尖而側者,知其為火;頭圓而腳闊者,知其為金也;水土亦然。如金之形圓而闊者,又當審其龍之自何方來:如兌方發足,則金形乘於旺氣而出,真金龍也;若自離方來,其出身巳被火制矣,縱雖結穴亦不久遠,餘龍皆仿。賴氏曰:天龍有形者,氣之所有鍾聚而成者也;有象者,形之所成類而取者也。如土形方,如玉幾屏、金櫃、天馬之類;金形圓,而覆鍾、復釜、半月、娥眉之類;木形真行,而玉尺、橫琴、展軸之象;水形曲,而生龍舞鳳、群帶旗之象也。如獅象之類、金魚之屈,莫非五氣之流行,而各有當然之則。如取火形於焰動,取木形於包節,取金形於開口,取水形於曲折,取土形於觚角。如此審詳以取中,則有以得其穴情之真也。

順着地形去察看竜体、観察砂象去審定竜気。劉基の注解:只順着地的形状看、很難察出竜的体段。要観察砂的形象、才能審出竜的気。形象由気而成形、又依理而変化。譬如木的形状必定直而高聳、火的形状必定尖而斜側、金的形状必定頂円而脚濶、土的形状必定方正而端重、水的形状必定曲折而流動。所以看見直而高聳的、就知道属木。尖而斜側的、就知道属火。頭円脚濶的、就知道属金。水与土也照此類推。譬如金形円而濶的、還要審察它的竜従哪一方来。若従兌方発足、那是金形乗着旺気而出、是真金竜。若従離方来、出身時已被火所制、纵然結穴也不長久。其餘各竜都照這様推。頼文俊説、竜有「形」、是気所鍾聚而成的。有「象」、是形所成而可以比類取名的。譬如土形方正、就有玉几屏・金柜・天馬之类。金形円渾、就有覆鍾・覆釜・半月・蛾眉之类。木形直行、就有玉尺・横琴・展軸之象。水形曲折、就有生竜舞鳳・群帯旗之象。至於獅象一类・金魚盤屈一类、無不是五気流行的結果、而各有其応有的法則。所以従火焰的跳動取火形、従枝節的包裹取木形、従開口取金形、従曲折取水形、従棱角取土形。這様詳審而取其中正、就能得到穴情的真相。

原文:氣藏於左右,忌分洩於鬼劫之交橫。劉釋:龍體成形,水神交合,其地須已結穴;然氣之充固、興福力之輕重,則又在於左右這獲砂:或球抱有情,水城聚固,更不東西直竄,西重五重,節節包裹者方佳;或自本身分伎向前,環抱顧堂尤妙。若左右砂頭東西飛竄,或有本體抽出,從肋下、從腰內、肩肘之間,左牽右挈,東西亂竄者,乃名鬼劫,能分洩龍氣之英靈;如有此等,則須水交砂會亦不成穴矣。

気藏在穴的左右、最忌被横生的「鬼」「劫」之砂分散泄漏。劉基の注解:竜体成形・水神交合、那地方就該已経結穴了。不過気足不足・福力厚薄、還要看左右護衛的砂。或是環抱有情・水城聚攏固密、不向東西直竄出去、一重五重節節包裹的才好。若能従本身分出枝脚向前環抱・回顧堂局、那就更妙。反过来、若左右砂頭往東西飛竄、或従本体抽出、従肋下・腰内・肩肘之間左牽右扯・東西乱竄、這就叫「鬼劫」、能把竜気的精英分散泄漏。一旦有這種情形、即便水交砂会、也結不成穴了。

原文:脈承於前後,怕透漏於坐應之下渙。劉釋:龍行入首結穴,必前有案砂、後有坐托,則氣脈鎮重,方有收蓄。若坐托無砂,或有砂而瑣屑;前有應而斜欹反跳,不拜堂,不平正,或水來斜射者,其氣透漏而不聚也。原文:蕩為魚背,出似□,散漫而難收;圓若金般,平如仰掌,認高低而定取。劉釋:平坡之龍砂寬大,中高而四圍必低,如鱉之背;砂圓而四圍尖露,如龜之頭者,氣散而不聚也,此不可扦,扦之福絕。圓若金盤,幅高而中低;平如仰掌,前低而後高。成此形象,若龍氣分明,的知來歷,方可下。賴氏曰:有鱉背者,砂不出角,氣散難收者,砂頭微細而氣不藏蓄,二者皆不結穴。金般荷葉,傍高中卑,水在中亦必有出處,點穴當如仰月形,看角兜收而中取之;仰掌平坡,必有掌窩,認取窩穴而定之。揚公曰:認掌窩。正比法也。

脉気承接在穴的前後、就怕従坐山与朝応之下透漏渙散。劉基の注解:竜行到入首結穴、必須前面有案砂・後面有坐托、気脉才鎮得住・蓄得住。若坐托処無砂、或虽有砂却零碎瑣屑。前面虽有朝応却歪斜反跳、不肯拜向堂前、不端平方正、或有水斜着射来——那気就透漏出去而聚不住了。経文又説、地形蕩濶如魚背、凸出而辺縁不明、気就散漫難収。若円得像金盤・平得像攤開的手掌、就要辨認高低来定穴。劉基の注解:平坡上的竜砂寛大、中間高而四周必低、像鼈的背。砂形渾円而四周尖露、像亀的頭——這都是気散不聚、不可下葬、葬了就断福。所謂「円若金盤」、是辺高而中間低。「平如仰掌」、是前低而后高。形成這樣的形象、若竜気分明・確知来暦、才可以下穴。頼文俊説、所謂鼈背、是砂不出棱角。所謂気散難収、是砂頭細微而気蓄不住——這両種都不結穴。金盤荷葉之形、辺高中低、水在当中也必有出口、点穴应当照仰月形来看、看棱角在何処兜収而取其中。仰掌平坡之地、必定有個掌心般的窩、認准這個窩穴来定位。楊公説「認掌窩」、講的正是這個法子。

原文:因四正四維之去來,究枝分枝合之聚向。劉釋:水交流於子午卯酉四正之方,則寅申巳亥為寶地,又觀其水之出入,以審何龍之結穴,凡四至之地寶者多自生龍建乘旺穴。水交流於寅申巳亥四維之方,其子午卯酉為寶地,凡四正之地寶者多自旺龍送行生成穴。又須以水神辨之,看其水分水合、枝水之出入見。若水不分枝,作小分小合,則氣寬而不清者,亦不結也。

依据四正・四維方位水的来去、推究支水分合聚向的情形。劉基の注解:水交会流動在子・午・卯・酉四正之方的、那么寅・申・巳・亥就是宝地。再看水的出入、以判定是哪条竜結穴——凡這類四至之地的宝穴、多半是生竜乗旺而立的穴。水交会流動在寅・申・巳・亥四維之方的、那么子・午・卯・酉就是宝地。凡這類四正之地的宝穴、多半是旺竜護送而生成的穴。此外還須憑水神来辨別。看水如何分・如何合、支水的出入如何顕現。若水不分支、只作些小分小合、那気就寛散而不清純、同様結不成穴。

原文:縱橫似織,方知眷戀之情;漚澤為湖,仍辨朝宗之勢。劉釋:入首結穴之處,前後左右若見水三橫四直、屈曲交流,猶如織帛然,此砂變水戀砂,猶夫妻相見而不忍違也。眾水到堂,或左或右,聚匯如湖,則知水交砂會矣。然又要辨水神之出向何方而朝會:或出於大江,或出於大湖,辨方定位,以明龍穴之美惡也。賴氏曰:水來到堂有聚必有洩,觀水之聚處,可以見龍脈之行止;水之去處,可以見結穴之倚著。凡龍結穴,必倚向水神流去一邊,蓋水神合流而去之地,雌雄交媾之處也,故穴必倚焉。

水路縦横交錯如織、才見得它眷戀不捨的情意。积水成沢而匯為湖、仍要辨明它朝宗帰向的趨勢。劉基の注解:入首結穴之処、前後左右若見水三横四豎・屈曲交流、像織布一様、這就是砂恋水・水恋砂、好比夫妻相見而不忍分離。衆水到堂、或従左或従右、聚匯成湖、那就知道水交砂会了。不過還要辨明水神最終朝哪一方匯出。是出于大江、還是出于大湖。辨清方位、才能判明竜穴的美悪。頼文俊説、水来到堂、有聚就必有泄。看水聚在何処、便見得竜脉的行止。看水去往何処、便見得結穴倚靠在哪一辺。凡竜結穴、必定倚向水神流去的那一辺、因為水神合流而去的地方、正是雌雄交媾之処、所以穴必倚在那裏。

原文:九曲入明堂,石崇富貴。劉釋:水曲則財祿聚,屈折朝入明堂者富貴雙全;水直如箭,射至明堂,不惟貧賤,而且孤絕夭亡。原文:是故流神合法者,龍體方真。劉釋:此總結上文,言水之去來合法,則龍脈結穴方見真正而無虛假。若砂頭端正、應托尊嚴、左右朝從周匝,雖云龍脈可觀,而水神去來一或不合其法,則此等總為虛假,所謂菩薩面者此也。

水作九曲之勢流入明堂、能富貴得像西晋的石崇。劉基の注解:水弯曲、財禄就聚。屈折着朝入明堂的、富貴双全。水若笔直如箭、直射到明堂、不但主貧賤、還要孤絶夭亡。経文又説、所以水流合乎法度、竜体才算真実。劉基の注解:這是総結上文、是説水的来去合乎法度、竜脉結穴才見得真正而無虚假。若砂頭端正・朝応与坐托尊厳・左右随従周密、虽説竜脉看起来可観、可水神的来去只要有一処不合法度、這類地就全属虚假——就是俗話説的「菩薩面」、看着荘厳而其実無用。

原文:戴九履一,而天地之中數居尊;鳳舞龍飛,而乾巽之陰陽交泰。劉釋:一者陽之始,九者陽之極,長者陽之中,五屬土而龍體方正居中,坐下長砂為托,面通橫水四道、直水四道,列砂九方,得天地之正氣,陽剛中上,為帝王建極之地,產明王、育賢相,非尋常可比之地。此蓋坎離交媾、震兌合氣而成者也。若亥上行龍,自天門而出,踴躍如飛;巽上行龍,自地戶而迎,揚砂如舞。亥巳交合,朝對有情,左右送從合法,則乾陽而巽陰,二氣交泰,翕受數旋,為明王聖帝臨民之地,聚賢才,會文武,此地原不易得。戴九履一,謂子午也。

頭戴九・脚踏一、天地正中之数居于至尊。鳳舞竜飛、乾与巽的陰陽交通暢泰。劉基の注解:一是陽的開始、九是陽的極点、中間的是陽之中。五属土、竜体方正而居中、坐下有長砂作托、前面通着四道横水・四道直水、九方列砂、得天地正気、陽剛而居中、這是帝王建立極位之地、能産生明君・養育賢相、不是尋常地方可比。這種格局是坎離交媾・震兌合気才成就的。若亥方行竜、自天門(西北)而出、踊躍如飛。巽方行竜、自地戸(東南)而迎、揚砂如舞。亥与巳交合、朝対有情、左右護送合法、那么乾属陽・巽属陰、二気交泰、収摂回旋、就成了聖明君王臨御万民之地、聚集賢才・会合文武、這樣的地本来就不易求得。所謂「戴九履一」、指的是午与子。

原文:雖有三關三峽之落,萬防左牽右摯之非。劉釋:龍脈出身,前無關鎖則行而不住,氣隨土行;砂不轉峽則氣散而不收。故真龍真地,又首到頭左右必有從送砂頭向前拱來,其中龍穿田渡水之處,不使其出體露風;到頭之左右,東環西抱,如拜如舞,則氣藏完固,無有漏洩,誠大地也。中龍入首,或為長砂曲折三里四里而來,固自有關峽,而氣恐陰礙,曲角恐傷,分洩於折處,而入首之氣反輕,則結穴亦薄;故曲折之間有支水界送,使氣從脈行,兜收到頭方真。又有真砂行龍三四里五六里隨水而出者,有方砂居中三五百畝、七八百畝成地者,龍脈之來歷固在水神之出入可考,而英氣這聚處何從而辨別?必得體賤而下有微水穿破關氣節脈,使渡峽在左在右,曲折活動而來;入首之處或在左右肩膊,水插界明白,其氣方聚,否則龍脈雖來,氣渙而不收,難以指點。三里四里來龍,或成曲折長砂,或為直木長砂到頭,其中腰與肩肘之下若有餘砂分臂而出,須要向前作本身之送從,拜舞朝堂方可;若東牽西摯,各自分逃於本砂界,無情意者,卻來分洩我氣,所謂飛散英靈者此也。

纵然有三関三峡的落脉、也要千万提防左牽右扯的毛病。劉基の注解:竜脉出身之后、前面若無関鎖、就一路走而不停、気随着土往前走。砂若不在過峡処回転、気就散掉而収不住。所以真竜真地、従起首到到頭、左右必定有護送的砂頭向前拱抱。其中竜穿田・渡水的地方、不能讓它赤身露体而受風。到頭処左右東環西抱、如拜如舞、気就藏得完固・没有漏泄、那才真是大地。中間一段竜入首時、有時是長砂曲折三四里而来、固然自有関峡、但気恐怕被陰滞所礙、弯角処恐怕受傷、在折転的地方分泄掉、入首之気反而軽薄、結出的穴也就単薄。所以曲折之間要有支水界送、使気随脉而行、一路兜収到頭才算真。又有真砂行竜三四里・五六里随水而出的、也有方整之砂居中而占三五百畝・七八百畝成地的。竜脉的来暦固然可以従水神出入去考察、可精英之気究竟聚在何処、又憑什么分辨。那必須在体勢低伏処有細微之水穿破関拦・節束脉気、使它在左或在右過峡、曲折靈活地行来。入首之処或在左右肩膊、有水挿入界劃分明、気才聚得住。否則竜脉虽来、気渙散而不収、就無従指点了。三四里的来竜、或形成曲折長砂、或成直木状長砂到頭、若在它的腰間与肩肘之下有多餘的砂分出手臂来、必須讓它向前充作本身的護送、拜舞朝向堂前才行。若東牽西扯、各自逃出本砂的界限、全無情意、反倒来分泄我的気——這就是所謂「飛散英霊」。

原文:生在發足,莫犯天罡;旺處出身,休逢死絕。劉釋:寅申巳亥為長生,丑辰戌未為天罡。蓋天罡所臨之地,祿馬不到,貴人不臨,故生龍出身帶辰戌丑未天罡而來者,皆不結地。如寅艮龍出脈轉過丑上未而行,是犯天罡矣。子午卯酉為帝旺,寅申巳亥為死絕,旺龍出身轉寅申巳亥者亦不結地。如卯木龍轉至午未方入首,是水死在午、絕在申,而卯龍受死絕。此天地陰陽之妙理、五行之真秘,地理家不明此道,則龍穴之生旺休囚且不知,何以驗吉凶休咎之兆。徐氏補釋曰:凡寅艮龍轉過丑行,巽巳龍轉過辰行,坤申龍轉過未行,乾亥龍轉過戌,此皆為生龍犯天罡也。凡甲卯行龍轉午未甲方結局,丙午龍轉酉戌亥方結局,庚西酉龍轉子午寅方結局,壬子龍轉卯辰巳方結局,此皆為旺逢死絕也。

竜在長生之位発足時、不要触犯天罡。在帝旺之処出身時、不要遇上死絶。劉基の注解:寅・申・巳・亥是長生位、丑・辰・戌・未是天罡位。天罡所臨之地、禄馬不到・貴人不来、所以生竜出身却帯着辰戌丑未天罡而行的、都不結地。譬如寅艮竜出脉后転到丑・未上行走、就是犯天罡了。子・午・卯・酉是帝旺位、寅・申・巳・亥(対旺竜而言)是死絶位、旺竜出身却転到寅申巳亥的、同様不結地。譬如卯木竜転到午・未方入首、那是水死在午・絶在申、而卯竜就承受了死絶之気。這是天地陰陽的妙理・五行的真秘。堪輿家若不明白這個道理、連竜穴的生旺休囚都不知道、又憑什么去験吉凶休咎的徴兆。徐氏補釈説、凡寅艮竜転過丑而行・巽巳竜転過辰而行・坤申竜転過未而行・乾亥竜転過戌而行、這些都是生竜犯天罡。凡甲卯行竜転到午未甲方結局、丙午竜転到酉戌亥方結局、庚酉竜転到子午寅方結局、壬子竜転到卯辰巳方結局、這些都是旺竜逢死絶。

原文:用大從小,而祥雲捧月;以小輔大,而群雁實鴻。劉釋:群砂俱大,小者為尊。龍來到頭,結成三四畝地面,或圓或方生,傍有大砂重重交繞,節節包承,如祥雲捧月之狀。群砂俱小,特取其大。龍來入首,結成一二百畝地面,或圓或方,而旁列小砂如星如月,臂肩開翅,如飛如舞,雙雙砂頭向內朝堂顧局,出犀雁實鴻之勢也。賴氏曰:結穴之龍特大而眾砂特小者,必得小砂之外又有大砂,或長或方,關攔於左右前後之外,包承群砂在內,則局內之砂水方有歸束,不致散亂分流漏洩;否則砂雖整齊而水神渙散,能洩堂局之氣,其結穴亦不美也。若中砂細小而讓砂大者,其不自有兜收,雖本身輕微,而其力反重。

周囲都是大砂時、就取那小的為主、像祥雲捧着月亮。周囲都是小砂時、就用小的去輔助那大的、像群雁簇擁着鴻鵠。劉基の注解:群砂都大、那么小的反而為尊。竜走到頭、結成三四畝大的地面、或円或方而生気顕露、旁边有大砂重重交繞・節節包承、就是祥雲捧月的樣子。反过来、群砂都小、就単取那大的。竜来入首、結成一二百畝的地面、或円或方、而旁边羅列的小砂如星如月、像臂膀張開翅膀、如飛如舞、双双砂頭向内朝堂顧局、這就是群雁簇擁鴻鵠的気勢。頼文俊説、結穴之竜特别大而衆砂特别小的、必須在小砂之外還有大砂、或長或方、在左右前後的外囲関拦、把群砂包承在内、局内的砂水才有帰束、不至於散乱分流而漏泄。否則砂虽斉整而水神渙散、会泄掉堂局之気、結的穴也不美。若中間的砂細小而周囲讓出的砂反而大、只要它自身能兜収得住、本身虽軽微、力量反倒厚重。

原文:粗出細而細出粗,形奇鶴膝;橫取曲而曲取橫,嫋若蘆花。劉釋:粗中出細、細出粗,形如鶴膝,三關四鎖,入路而來者,其氣清奇;橫來曲展、曲來橫展,三折四曲,嫋形似蘆花,入路而到者,其脈活動。則龍脈真而穴情善,福之大而富貴還矣。賴氏曰:三關四鎖,似斷不斷,如鶴膝也;三折四嫋,似來不來,蘆花也。此言來情之善、龍脈之活、氣行之清,皆於此可見,左衿先師獨取之妙,發楊曾之所未到處。

粗中生出細・細中生出粗、形状奇特如鶴的膝節。横来的取其弯曲・曲来的取其横過、裊裊如蘆花摇曳。劉基の注解:粗中出細・細中出粗、形如鶴膝、三関四鎖、沿路而来的、気必清奇。横着来又曲折展開・曲着来又横向展開、三折四弯、裊娜的樣子像蘆花、沿路而到的、脉必活動。這樣竜脉就真・穴情就善、福沢宏大而富貴可期。頼文俊説、三関四鎖、似断而未断、那就是鶴膝。三折四裊、似来而未来、那就是蘆花。這是説来勢之善・竜脉之活・行気之清、都可従這裏看出来——這是左衿先師独到的取法、発揮了楊筠松・曽文辿所未及之処。

原文:木沖天而包節,生處方成體制;火焰上而焰起,動處乃見精微。面方正大,掛腳留情,言土。劉釋:木星形長直而瘦,若無包節,乃為死水,無用處也,必得水合襟,左右有界水插入肩膊之內,界出門面,方成體制。火星成形,頭尖腳潤,若火焰不協,名照天火,無用處也,必得尖斜所向之處,界水插過一邊,使尖頭歸堂,方可立穴。土星方正,其情在角,界水斂氣,故曰留情掛角;若吐出金唇,則生氣更完,廖公言上角流金,正此謂也。賴氏曰:土為五氣之尊,中立不倚,其正性也,傍分界水,立穴在中,通受子午卯酉四正之氣,為坎離震兌之局尤妙。但不宜當局正心取穴,俗云中宮地者,謬甚矣。惟帝皇之都有如此取用者,取宅中以御天下,坐坎面離之義,開日月卯酉之門,而四海文明矣。

木星形直衝雲天而枝節包裹、在生気所在処才成体制。火星焰頭向上而火苗騰起、在動勢之処才見精微。土星面貌方正濶大、挂出脚来而留有情意——這裏説的是土。劉基の注解:木星的形状細長挺直而瘦削、若没有枝節包裹、就成了枯死之木、無用。必須有水在前合襟、左右有界水挿進肩膊之内、界劃出門面、才成体制。火星成形時頭尖脚円潤、若火焰不相協調、就叫「照天火」、也無用。必須在尖斜所指的地方有界水挿過一辺、使尖頭帰向堂前、才可以立穴。土星方正、情意在它的棱角上、界水在此収斂住気、所以叫「留情挂角」。若再吐出一片金唇(円潤的辺縁)、生気就更完足、廖公所説「上角流金」講的正是這個。頼文俊説、土是五気中最尊的、居中而不偏倚、這是它的正性。两旁有界水分開、立穴在正中、可通受子午卯酉四正之気、作坎離震兌之局尤其妙。不過不宜正対着堂局的正中心取穴、俗称「中宮地」的説法大錯。只有帝王的都城才這樣取用。取居天下之中以統御四方、取坐坎面離之義、開卯酉日月之門、於是四海文明。

原文:腳闊頭圓,開金取穴。劉釋:金星形體,腳闊頭圓,須得開口取穴。然要坐實,若坐下不實,名為懸鐘金,其氣在邊,如鍾之聲應在邊也。原文:雖四通八達之區,必有伏元歸氣之所。劉釋:此總言上文砂水雖四通八達、分枝散佈而去,然其到頭必有收拾之處,為伏元歸氣之根也。賴氏曰:龍體到頭,東西前後傍分枝腳,四通八達而去,似難收拾;至於入首之處,其眾砂分出者,皆要雙雙回頭顧拱:或為龍虎抱歸左右,或為案砂俯伏在前,或為攔砂回塞水口。其始雖四通八達,若與本方無情,及至到頭結穴之處,雙雙不虛收作用神,乃為伏降之氣而歸東堂局矣。眾水會流到堂,在前在後,或在左或右,東穿西渡,南來北去,一似四通八達,無所收拾;然其總括去處,眾水群聚合流於城門之口,重砂開塞於下者,見其合不見其去,此亦伏元歸氣之根,地有神氣而融結穴情始大。

脚濶而頭円的金星、要開出口来取穴。劉基の注解:金星的形体脚濶頭円、必須開口才好取穴。然而要坐得実、若坐下虚浮不実、就叫「懸鍾金」、它的気在辺上、好比鍾声只在鍾辺響一様。経文又説、即便是四通八達的地方、也必定有伏藏元気・気所帰止之処。劉基の注解:這是総説上文——砂水虽然四通八達・分枝散布而去、可到頭必定有個収束的地方、那就是伏元帰気的根本。頼文俊説、竜体到頭、東西前後两旁分出枝脚、四通八達散去、看似難以収拾。可到了入首之処、那些分出去的衆砂都要双双回頭顧拱。或作竜虎抱在左右、或作案砂俯伏在前、或作拦砂回転塞住水口。它們起初虽然四通八達、好像与本方無情、等到了到頭結穴之処、双双都不虚発而実実在在起了作用、這就是伏降之気帰入堂局了。衆水会流到堂、在前在後・或左或右、東穿西渡・南来北去、看着也是四通八達無従収拾。然而総帰有個去処。衆水群聚合流到城門(水口)之処、重重砂在下方開合関塞、只見它合・不見它去——這同様是伏元帰気之根、地有這般神気、融結的穴情才算宏大。

原文:來氣短,須防腰截;進氣長,尤怕直沖。劉釋:砂頭短折者,坐後不得有橫水截往來脈使氣,此蓋脈短而曲則氣反急疾不和,故砂短折者怕腰截曲折也。砂頭來若有三四里或五六里長者,中間須得曲折轉關,駁換過峽,或三重四重。如亥氣入艮,艮氣還亥,龍入震,震氣還亥,則非直沖矣。然亥氣趨艮,艮上又得支水兜激回亥,則艮宮不到散流各立門面以分洩其英靈,使復還亥而去乃妙。苦若艮宮無水兜激,在其自去,各立堂局,是亥入艮就火局結穴矣。亥入卯,卯宮無水兜激,任其自去,卯上立成堂局,是亥龍入卯就旺方木局結穴矣。若得艮入亥、亥入艮、艮又入亥,三關三出,仍作本龍出身結地,是以亥龍入亥穴,則發福綿遠,富貴雙全,百子千孫,無有極也。經云:龍來不脫龍來氣,三峽三開元復元。正比理也。

来気短促なるは、攔腰に截断せらるるを提防せよ。進気綿長なるは、尤も其の直衝して来るを怕れよ。劉基の注解:砂頭短促折断するは、坐山の後に横水ありて往来の脉を截断し気を阻隔すること有るべからず。這是因為脉短而又有曲、気反倒急促不和、所以砂短促的最怕在腰間被截断・被曲折所傷せり。砂頭来勢若有三四里或五六里長、中間就必須有曲折転関・剥換過峡、或者三重四重都行。譬如亥気進入艮、艮気又還回亥、竜進入震、震気又還回亥、這就不算直衝了。不過亥気趨向艮之后、艮方還須有支水兜激把它逼回亥、否則艮宮的気就不回頭、散流出去各自另立門面而分泄了精英——要使它重新還帰亥方而去、才妙。可若艮宮没有水来兜激、任它自行流去・各立堂局、那就成了亥竜入艮而就火局結穴。同様、亥気入卯、卯宮若無水兜激、任它自去、在卯上另成堂局、那就是亥竜入卯而就旺方木局結穴。若能做到艮入亥・亥入艮・艮又入亥、三関三出、仍旧按本竜出身来結地、這就是亥竜結亥穴、発福綿遠、富貴双全、子孫衆多、没有窮尽。経上説、竜来不脱本竜之気、三峡三開而元気復帰其元。講的正是這個道理。

原文:是故博換轉關,實龍行體勢之真;而左關右界,為入首成胎之要。劉釋:賴氏曰:上二句結上文龍行體勢須要博換之意,下二句發明入首結穴之體段。大凡砂頭到局將結穴之處,若頭平額闊,或左薄而右厚,或左厚而右薄,脈氣沖至到頭,在東在西,或左或右而倚於一邊,何以兜收其氣而取穴?故龍脈入首,必得枝水關界,使氣聚而不散,方成穴體。關者,關其氣使不走也;界者,界其氣使就局也。開水長而曲,界水短而真。

所以剥換与転関、正是竜行体勢真実与否的憑拠。而左辺関拦・右辺界劃、則是入首成胎的関鍵。劉基の注解:頼文俊説、上面両句総結前文所講竜行体勢必須剥換的意思、下面両句闡明入首結穴的体段。大凡砂頭到局・将要結穴的地方、如果頭部平坦・額面開濶、或左薄右厚・或左厚右薄、脉気衝到頭時或在東或在西・或偏左或偏右而倚在一辺、那要靠什么兜収它的気来取穴呢。所以竜脉入首、必須有支水来関拦界劃、使気聚而不散、才成得了穴体。所謂「関」、是関住気使它不走。所謂「界」、是界住気使它帰入堂局。開出的水宜長而曲折、界断的水宜短而分明。

原文:一片蠻比,將奚取證?雲翔霧起,何處兜收?劉釋:此言到頭立穴之處,左右無關界水,只是一片蠻皮,無以證其氣之聚不聚難止,而又無以辨其歸向之定局也。賴氏曰:平洋之地與山龍之局,取氣驗穴最難。山龍落頭,有大小分水可辨其入首之真偽,有大小合水可考其氣止之精玄,固字定出脈之由,觀諸祥住結之根,蟬翼界子其傍,德水陰於其側,龍蹲虎踞,案棄面堂,有此取證,昭然可指。若其平砂一片,不仰不俯,若無關界,何以取證?至如龍行處勢,雲飛霧走,難有開峽,而前無砂頭回抱,又不得水來交合幹左右,則龍脈未見收拾之氣,必不聚矣。

若只是光秃秃的一片野皮、憑什么来験証。若気象像雲飛霧湧一般散漫、又従哪裏兜収。劉基の注解:這是説到頭立穴的地方、左右没有関拦界劃的水、只是一片粗糙的地皮、既無従験証它的気聚不聚・止不止、也無従辨明它帰向哪一個定局。頼文俊説、平洋之地与山竜之局相比、取気験穴最難。山竜落頭時、有大小分水可以分辨入首的真偽、有大小合水可以考察気止的精微。出脉的由来有定、可以看出結作的根源。蝉翼砂界在两旁、隠蔽的水陰護在側辺、竜蹲虎踞、案山朝対堂前——有這些憑拠、一目了然可以指認。若平地上只是一片砂、不仰不俯、又没有関界、憑什么取証。至於竜行的態勢像雲飛霧走一般散漫、難得有開峡的地方、而前面又無砂頭回抱、左右也没有水来交合、那么竜脉就見不到収摂之気、必定聚不住。

第七節 造微賦

原文:太極分而兩儀奠,二氣佈局順逆行。左陽右陰,龍行兩路,而陽順陰逆,氣本一源。劉釋:混沌之初,太極之氣未分,及輕清之氣開於子而上浮者為天,重濁之氣開於丑而下凝者為地。其日月星辰懸象於天者,即其清氣精而明者也;山川江河列於地者,即其濁氣凝而通者也。天象屬陽,地象屬陰。陰陽既分,五行兆布:陽氣左旋,春行於東,夏行於南,秋行於西,冬行於北,五氣順流,四時序而萬化生者,皆是氣也;陰氣右旋,夏行於南,春行於東,冬行於北,秋行於西,五氣逆流,時序正而品彙高,皆是物也。然陽氣長故進而左,陰氣消故退而右;陽長則陰消,陰長則陽消,進退消長,化育之機也,而一順一逆,本自然之運馬耳。故陽生於冬至甲於時之半而左行,陰生於夏至甲子時之半而右行,陰陽相禪,左右相湯,此之謂化機。知化機之理,則知山川列形,安非瑰然示人以象矣,故法象莫大乎天地。形雲列於地者,非瑰然之物,要亦陰陽二氣為之也。故土因氣形:陽氣左旋,則脈從而左轉;陰氣右旋,則脈從而右轉。故其地勢自右轉左入局者為陽龍,從左轉右入局者為陰龍,分陰陽而兩路,而順行逆行,其地氣自然之運也。

太極分開而両儀奠定、陰陽二気布列成局、一順一逆而行。左辺属陽・右辺属陰、竜分両路而走。陽順行・陰逆行、気本是同一個源頭。劉基の注解:混沌之初、太極之気尚未分判。後来軽清之気在子会開辟而上浮、成為天。重濁之気在丑会開辟而下凝、成為地。懸掛在天上的日月星辰、就是那清気中精粹光明的部分。羅列在地上的山川江河、就是那濁気中凝結貫通的部分。天象属陽、地象属陰。陰陽既已分判、五行随之布列。陽気向左旋、春行東方・夏行南方・秋行西方・冬行北方、五気順流、四季有序而万物化生、靠的都是這股気。陰気向右旋、夏在南・春在東・冬在北・秋在西、五気逆流、時序端正而万類繁盛、成的都是這些物。然而陽気增長所以進而向左、陰気消退所以退而向右。陽長則陰消、陰長則陽消、一進一退・一消一長、正是化育的機枢、而一順一逆本来就是自然的運行。所以陽生于冬至那一刻的時半而左行、陰生于夏至甲子時的時半而右行、陰陽互相更替、左右互相激蕩、這就叫「化機」。懂得化機的道理、就知道山川羅列成形、無一不是昭然向人顕示物象、所以取法之象没有比天地更大的了。羅列在地上的形与気、並不是無端而生的東西、帰根到底也是陰陽二気造成的。所以土随気而成形。陽気左旋、脉就跟着向左転。陰気右旋、脉就跟着向右転。因此地勢従右転向左而入局的是陽竜、従左転向右而入局的是陰竜。分陰陽両路而有順行逆行、這是地気自然的運化。

原文:陰用陽朝,陽用陰應,相見協室家之義;陽以蓄陰,陰以含陽,雌雄廢交媾之情。故陰交於陽,陽下濟而施生;陽交於陰,陰仰承而翕受。天根呈眾妙之門,月窟啟玄機之戶。劉釋:氣者水之母,氣行則水隨,水止則氣止,與母同情,水氣交逐,猶影之隨形也。蓋氣一也,溢於地外而有跡為水,行於地中而無形者為氣;水其表也,氣其裡也,表裡同運,內外同流,此造化必然之妙運。故欲知地中之氣趨東趨西,即水之來去亦可以既知矣。

陰竜要用陽水来朝、陽竜要用陰水来応、二者相見、合乎夫婦成家的道理。陽能蓄住陰、陰能含住陽、雌雄由此成就交媾之情。所以陰交於陽時、陽自上而下施予以生発。陽交於陰時、陰向上承接而収納。天根呈現出衆妙之門、月窟開啓了玄機之戸。劉基の注解:気是水的母親。気一走、水就跟着走。水一停、気就跟着停、母子同情、水与気互相追逐、好像影子跟着形体。要知道気本来只是一個。溢出地面而有跡可循的就是水、行在地中而無形可見的就是気。水是表、気是裏、表裏一同運行、内外一同流転、這是造化必然的妙用。所以想知道地中的気是趨東還是趨西、只看水的来去就全知道了。

訣曰:是性命非神氣,水鄉船隻一味。故曰善觀氣機之運者,觀諸水,川上之嘆亦可以觀宣尼見道之深焉。然龍行必有水輔,止氣必在水界;輔龍氣者則在於水,故察其水之所來,足以知龍氣發源之始;止龍氣者亦卒於水,故察其水之所交,足以知龍氣融聚之處。經曰:界水則止。又曰:外氣運行,內氣止生。誠哉言欲。然天地之氣,陰與陽而已,而曰一陰一陽之謂道,又曰陰陽互氣其宅,動靜互為其根,陰陽相禪,萬物化醇。郭子有云:獨陽不生,獨陰不長。由是觀之,則知沖陰和陽而後可以成化機也。

口訣説、這裏講的是性命而不只是神気、就像水郷裏行船、全憑這一味。所以説、善于観察気機運行的人、只須観水。孔子在川上「逝者如斯」的慨嘆、也可以見出他体道之深。竜一行走、必有水来輔佐。気要止住、必在水的界限処。輔佐竜気的在水、所以察看水従哪裏来、就足以知道竜気従哪裏発源。止住竜気的最終也在水、所以察看水在哪裏交会、就足以知道竜気在哪裏融聚。経上説、遇水界則止。又説、外気運行、内気止而生。這話説得真切。天地之気不過陰与陽而已、所以《周易》説「一陰一陽之謂道」、又説陰陽互為其宅・動静互為其根、陰陽互相更替、万物由此化育醇厚。郭璞説過、独陽不生、独陰不長。由此看来、就知道要陰陽衝和、然后才成得了化育之機。

故陰龍必得陽水來含,陽龍必得陰水來交,外氣與內氣相會,二氣感化而成物,猶夫婦媾而生育也。陽為龍,陰為雌,陽龍左行而陰水右來到堂合襟,為陰以合陽;陰龍右行而陽水左來到堂合襟,為陽以蓄陰,即雌雄龍相會、牝牡交媾之情也。陰陽相見,福祿永禎;沖陽和陰,萬物化生。此天地自然之化機,合而言之,即統體一太極之妙用;分而言之,隨物付物,又各具一太極之玄奧也。知太極之理,可與語化機之妙;知化機之妙,可與語彙形法之學矣。

所以陰竜必須有陽水来含抱、陽竜必須有陰水来交会。外気与内気相遇、両種気感応変化而生成万物、好比夫婦交合而生育。陽作竜・陰作雌。陽竜向左行而陰水従右辺来到堂前合襟、這叫以陰合陽。陰竜向右行而陽水従左辺来到堂前合襟、這叫以陽蓄陰——正是雌雄之竜相会・牝牡交媾的情形。陰陽相見、福禄長久吉祥。陰陽衝和、万物化生。這是天地自然的化育之機。合起来説、就是統体一個太極的妙用。分開来説、随着每一物各有安頓、又各自具備一個太極的玄奥。懂得太極之理、才可以和他談化機之妙。懂得化機之妙、才可以和他談形法之学。此篇所論「陰陽交媾」専以水的左右来去為断、後為蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》所駁。

以龍脈之來,土隨氣形,氣雖流行而不可微言,其龍脈之來止一定而難移,故龍形則轉而守位。若夫水則動而無常,或東或西,無一定之性,雖氣行水來固有自然之勢,然氣不能自止,必得水交而後止。故陽龍入首而陰水來會,陰龍入乎而陽水來會,是之謂陰陽交媾。言陰交於陽、陽交於陰者,皆以水言也。

就竜脉的来勢而言、土随着気而成形。気虽流行不息却難以細説、而竜脉的来与止却是一定的・難以移易的、所以竜的形体一経転折便固守其位。至於水、則動而無常、或東或西、没有固定的性向。虽説気行水来自有其自然之勢、但気不能自己停下来、必得与水交会才停。所以陽竜入首時有陰水来会、陰竜入首時有陽水来会、這就叫「陰陽交媾」。所謂陰交於陽・陽交於陰、説的都是水。

經有云:形止氣蓄。氣之流行無往不到,何從言蓄?蓋以局前之水能止龍氣,如界水三叉是也,故楊公所以曰:水到三叉細認宗也。經義云:外氣橫行,內氣止生。內水隨土,土因氣形而脈止氣聚也者,蓋以橫行於前足以止內氣也。至於山龍得龍虎應接,橫行於前,亦為形止氣蓄,而內氣所由以止生者此也。由是觀之,則楊公所謂陰交陽交,以從水神立意向也。氣隨上形,形靜而有常;水則動而能運,轉則守位,動則流通,故能賴於龍,而龍不能進交於水勢也。故龍不可裁而水可裁。

経上説、形止則気蓄。可気的流行無所不到、憑什么説它能蓄住。原来是靠堂局前面的水能止住竜気、像界水成三叉的情形就是。所以楊公説、水到三叉処、要細細辨認它的宗源。経義又説、外気横行、内気止而生。内水随着土走、土随気成形而脉止気聚——這是因為横行於前的水足以止住内気。至於山竜有竜虎砂応接・横列在前、同様是形止気蓄、内気之所以能止住而生発、道理也在這裏。由此看来、楊公所説的陰交・陽交、都是就水神来立意定向的。気随着地形而成形、形静止而有常。水則能動而善運、転折時就守住方位、流動時就貫通脉络、所以水能依附竜而成其用、而竜却不能主動去交於水勢。因此竜不可裁剪、水却可以裁剪。

陰交於陽,陽下濟而施生者,陽在下而陰在上,陽氣下濟而乘陰以施生也;陽交於陰,陰仰承而翕受者,陽在上而陰在下,陽氣下降而乘陰以翕受也。陰施陽受,胎息始成,蓋化育之妙、氣機必然之理也。天根者,陽氣所從出之門,即施生之竇,猶男於牡;月窟者,陰氣所發育之施,即翕受之戶,猶女於之牝。相對玄竅相通,男女交媾而生息自盛矣。

所謂「陰交於陽、陽下済而施生」、是陽在下而陰在上、陽気向下施予・乗着陰而生発。所謂「陽交於陰、陰仰承而翕受」、是陽在上而陰在下、陽気下降・乗着陰而被収納。一施一受、胎息才開始成形、這是化育的妙処・気機必然的道理。「天根」、是陽気従中而出的門、也就是施生的孔竅、好比男子之牡。「月窟」、是陰気発育所施之処、也就是収納的門戸、好比女子之牝。両者相対而玄竅互通、男女交媾、生息自然旺盛。

原文:乙丙交而趨戌,辛壬會而聚辰,斗牛納丁庚之氣,金羊收癸甲之靈。故有乙辛丁癸之婦,宜配甲庚丙壬之夫,夫夫婦婦,雌雄牝牡。劉釋:乙用丙交者,丙火生於寅,沐浴卯,冠帶辰,臨官巳,帝旺午,衰於未,病於申,死於酉,墓於戌者,丙之暮,即陽艮龍之天根、陰亥水之月窟也。丙用乙交者,乙木生於午,沐浴巳,冠帶辰,帝旺卯,臨官寅,衰於丑,病於子,死於亥,墓於戌,是戌得乙之墓,陰亥龍之月窟也,陽艮水之天根也。丙乙相見,玄竅相通,為雌雄交媾者此也,震離二龍同局。至於辛配壬者,巽兌之陰局也;壬配辛者,甲子之陽局也;丁配庚者,寅午之陰局也。以四龍水法皆在於辰土出路故耳。癸配甲,申子之陰局也;甲配癸,亥卯之陽局也。以酉龍水法皆在於未上出路故耳。行龍布氣,並做甲乙交配法例,其圖式並見後。

乙与丙交会而趨帰戌方、辛与壬会合而聚於辰方。斗・牛二宿之位(丑)収納丁・庚之気、金羊之位(未)収取癸・甲之霊。所以乙・辛・丁・癸這幾位「婦」、应当配甲・庚・丙・壬這幾位「夫」、夫是夫・婦是婦、各有雌雄牝牡之偶。劉基の注解:乙要与丙相交、是因為丙火長生在寅、沐浴在卯、冠帯在辰、臨官在巳、帝旺在午、衰在未、病在申、死在酉、墓在戌——戌是丙的墓庫、也就是陽艮竜的天根・陰亥水的月窟。丙要与乙相交、是因為乙木長生在午、沐浴在巳、冠帯在辰、帝旺在卯、臨官在寅、衰在丑、病在子、死在亥、墓也在戌——戌是乙的墓、也就是陰亥竜的月窟・陽艮水的天根。丙与乙相見、玄竅相通、所謂雌雄交媾指的就是這個。震・離両条竜同属這一局。至於辛配壬、属巽・兌的陰局。壬配辛、属甲子的陽局。丁配庚、属寅午的陰局——這四条竜的水法都在辰這個土庫出路、所以如此。癸配甲、属申子的陰局。甲配癸、属亥卯的陽局——這些竜的水法都在未上出路、所以如此。行竜布気、都照甲乙交配的成例去推、図式一併附在後面。這正是本書「四大水口」之説。乙丙帰戌・辛壬帰辰・丁庚帰丑・癸甲帰未、後為蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》所駁。

乙辛丁癸,陰也;甲庚丙壬,陽也。陽用陰應,陰用陽朝,故乙得丙、丁得庚、辛得壬、癸得甲,為陰用陽朝;丙得乙、庚得丁、壬得辛、甲得癸,為陽用陰應。陰陽相見,猶夫婦之獲,雌雄牝牡。原文:若陰遇陽而非其類,號曰陽差;陽見陰而失其偶,名為陰錯。劉釋:如乙亥龍用丙氣相合,乃為陰陽正配,而戌上出水,得相見之義;若辰與丑上出水,是見庚壬水口而非其偶,謂之陽差,陽差則傷男。丙寅龍用乙氣來合,為陰陽正配,而戌上出水,為陰陽相見之義;若辰與丑上出水,是見丁壬水而失其類,為之陰錯,陰錯則傷婦。

乙・辛・丁・癸属陰、甲・庚・丙・壬属陽。陽要用陰来相応、陰要用陽来相朝。所以乙得丙・丁得庚・辛得壬・癸得甲、是陰用陽朝。丙得乙・庚得丁・壬得辛・甲得癸、是陽用陰応。陰陽相見、就像夫婦得到配偶、雌雄牝牡各得其対。経文又説、如果陰遇上陽却不是相応的一类、就叫「陽差」。陽見到陰却失掉了它的配偶、就叫「陰錯」。劉基の注解:譬如乙亥竜以丙気来相合、本是陰陽正配、水又従戌方流出、就合了陰陽相見之義。若水改従辰或丑上流出、那就撞上庚・壬的水口而非其配偶、這叫陽差、陽差就傷及男丁。又如丙寅竜以乙気来相合、本是陰陽正配、水従戌方流出、同様合陰陽相見之義。若水従辰或丑上流出、那就見了丁・壬之水而失其同類、這叫陰錯、陰錯就傷及婦人。

原文:夫妻猶路遇,終強合而不諧;眷屬一家,縱輕微而有用。二女同居,孤陰不長;兩男並處,獨陽不生。劉釋:如丙乙相見為夫妻同情,眷屬一家,雖去來輕微,猶為有用,富貴福澤亦能及其所生。若丙不逢乙,而遇丁癸辛未水口出路者,是夫遇妻於路;乙不逢丙,而逢甲庚壬水口出路者,是妻遇夫於路。雖砂明水秀,終為強合無情,其發福亦不甚厚,蓋以玄戶不通也。銅山西崩,靈鍾東應;又云鶴鳴在陰,其子和子,以其同聲相應、同氣相求耳。先賢曰:氣和則形和,形和則氣和,形氣俱和,物乃化生。故陰陽和則萬物生,夫婦和則男女育。又若丙配乙於中途,乙配丙丁半道,如丙生於寅,而水卻不自寅來,卻於辰巳方來,至於水口卻在戌上出水,是育竇相通而來水只在中途中見也。此本為正配而發福遲緩,更主老年科第,凡百俱遲,主老夫少婦生子之應,不旺人丁,長房不利,特發中小房財祿。又有水從他處橫伏過堂而出,亦為路遇,此尤不合局,不發福祉,雖發亦輕,可以水立向,有於向上消息,則客水登堂亦能致吉。

夫妻若只是路上偶遇、終究勉强凑合而不和諧。本是一家眷属、纵然往来軽微也仍有用。両個女子同住、孤陰不能生長。両個男子併処、独陽不能生育。劉基の注解:譬如丙与乙相見、就是夫妻同心・眷属一家、水的去来即使軽微、仍旧有用、富貴福沢也能蔭及子孫。若丙遇不上乙、却碰上丁・癸・辛・未方的水口出路、那就是丈夫在路上偶遇妻子。乙遇不上丙、却碰上甲・庚・壬方的水口出路、那就是妻子在路上偶遇丈夫。這類地即便砂明水秀、終究是勉强結合而無情意、発福也不厚、因為玄竅門戸没有相通。就像銅山在西辺崩塌、洛陽的霊鍾在東辺自鳴。又如《周易》説鶴在樹蔭中鳴叫、它的幼鳥便応和——這都是同斉相応・同気相求的道理。先賢説、気和則形和、形和則気和。形与気都和、万物才化生。所以陰陽和順則万物生、夫婦和順則子女育。再有一种、是丙在中途才配上乙・乙在半路才配上丙丁。譬如丙長生在寅、可水偏不従寅方来、却従辰・巳方来、而水口仍在戌上出——這叫生育的孔竅虽通、来水却只在半途相見。這本属正配、但発福遅緩、多主晚年才中科第、諸事都晚、応在老夫少妻生子一类、人丁不旺、長房不利、専発中房・小房的財禄。還有一种、水従別処横過堂前而出、也算路遇、這尤其不合局、不能発福。即便発也很軽、只能就水来立向、在向上加以斟酌、那么外来的客水登堂也還能致吉。

原文:化育本於龍家,盛衰繫於形應。劉釋:夫天地一男女也,男女一天地也,觀男女可以知天地矣。乾陽宰生物之機,而坤陰成生物之能,猶男女合而二氣感而孕育。故上龍雖能生萬物,富貴利達於茲焉出;然不得形應以觸,則化機不幾乎息矣。故陽用陰應,陰用陽朝,形以氣融,則固以生氣感而應,鬼福以及。由是論之,則生富貴、旺人丁,皆在於水神交會合法而後應也;主貧賤、受孤窮,亦惟水神來去失度使然也。故氣化之聚不聚、或盛或衰,繫於水而巳。龍陽而水陰,或龍陰而水陽,陰交媾則氣感而應,鬼福始生。舊本劉伯溫先生注云:化育雖本於陰陽龍氣,而所以發富貴貧賤,則又繫於形應,形應感觸,物隨而始。蓋言龍多凝結而不得穴,則形與氣不應而衰;穴乘生氣,則形與氣應而盛,此以乘生氣則形與氣應而盛,此以乘氣穴立法也。陰陽交媾而不得向,則向與氣不應而衰;向乘堂氣,則向與氣應而盛,此又以乘氣立向也而言。

化育的根本在竜、盛衰的関鍵繋於形与気的相応。劉基の注解:天地就是一対男女、男女也就是一個天地、看男女便可以懂天地。乾陽主宰着生物的機枢、坤陰成就着生物的功能、好比男女交合・二気感応而孕育。所以竜虽能生育万物、富貴顕達由此而出。可若得不到「形応」去触発它、化育之機豈不几乎止息了。因此陽要用陰来応・陰要用陽来朝、形因気而融結、那么生気一感就有応、福蔭便及於後人。由此説来、能生富貴・旺人丁、都要等水神交会合乎法度之后才応験。而主貧賤・受孤窮、也無非是水神来去失度所造成。所以気化聚与不聚・或盛或衰、全繋在水上。竜属陽而水属陰、或竜属陰而水属陽、陰陽交媾了、気一感応、福蔭才産生。旧本劉伯温先生注説、化育虽本於陰陽竜気、可発富貴還是発貧賤、又繋於形応。形与気相感触、万物才随之而始。這是説竜虽多有凝結而没有得穴、那形与気不相応就衰。穴乗着生気、形与気相応就盛——這是就乗生気而立穴的法度説的。陰陽虽已交媾却没有立対向、那向与気不相応就衰。向乗着堂気、向与気相応就盛——這又是就乗気而立向説的。

原文:此故左行從亥子而進,右行從子亥而旋。生旺互用,玄竅相通。劉釋:此言布氣以察盛衰、立向以求生旺之法。向指一明,則水神之生旺死絕暸然在目。故陽從左旋,自亥子丑;而陰從右旋,自子亥戌而進;各因陰陽朝應,以為順逆之法。正所謂:二十四山分順逆,認取陰陽祖與宗,陽從左邊團團轉,陰從右路轉相通。如乙丙相見,乙木生午旺丙,寅火生寅旺午,乙木所生之地即丙火帝旺之方,乙木帝旺之方即丙火所生之地,乙與丙故曰生旺互用。丙墓在戌,乙墓同之,故為玄竅相通,蓋以丙乙皆以戌上為水口也。楊公葬白龍潭乙亥龍主穴,乙生氣在午,乙用丙向生氣在寅,戌上出水,此正生旺互用、玄竅相通,故發大富貴,作丙向收寅甲水歸戌也。

所以左行的従亥・子順次而進、右行的従子・亥逆次而旋。生与旺互相為用、玄竅彼此相通。劉基の注解:這是講布気以察盛衰・立向以求生旺的法門。向位一旦定明、水神的生旺死絶就一目了然。所以陽気従左旋、自亥而子而丑。陰気従右旋、自子而亥而戌逆推。各按陰陽的朝応来定順逆之法。正如口訣所説、二十四山分順逆、認取陰陽的祖与宗、陽従左辺一路団団旋転、陰従右路転过来相通。譬如乙与丙相見。乙木長生在午而使丙旺、丙火長生在寅而帝旺在午。乙木所生之地正是丙火帝旺之方、乙木帝旺之方正是丙火所生之地——所以乙与丙叫做「生旺互用」。丙的墓在戌、乙的墓也在戌、所以叫「玄竅相通」、因為丙・乙都以戌上為水口。楊公葬白竜潭那処乙亥竜的主穴。乙的生気在午、用丙向則生気在寅、水従戌上流出、這正是生旺互用・玄竅相通、所以大発富貴——作丙向而把寅甲之水収帰於戌。

原文:惟偶成於契合,勿樂交於兄妹。劉釋:乙丙、丁庚、癸甲、辛壬,皆契合而偶成者。右乙亥見甲水、辛酉水,癸龍見壬水,丁龍見丙水,則乙甲、辛庚、壬癸、丁丙皆為兄妹同氣,豈其所宜交乎。雖乙見甲為陰遇陽,而總為不樂。

配偶只応由契合而成、不要楽於讓兄妹相交。劉基の注解:乙与丙・丁与庚・癸与甲・辛与壬、都是契合而成的配偶。反过来、乙亥竜見甲方之水・辛酉之水、癸竜見壬水、丁竜見丙水、那么乙与甲・辛与庚・壬与癸・丁与丙就都成了兄妹同気、怎麼会是該相交的対象呢。乙見甲虽説也是陰遇陽、総帰不足取。

原文:是故周公制禮,明家室所以別男女,聚異姓所以別夫婦。此蓋天經地義之常要,亦理氣自然之運。劉釋:此言周公制禮,男女相配俾有家室,異姓相合俾明嫌疑;禮不娶同姓者,所以辨族也。聖人心通乎天道,德明乎地紀,法天之經則地之紀,以立人極,要亦理氣自然之運也。此言聖人別男女、定夫婦者,法天經地懿之常要道,以立人紀,合理氣自然之運,要非強人情、違天地之道而為之制也。即聖人制禮以合男女陰陽,不外乎無經地懿之常,則知地理取陰陽相見、牝牡交媾,各有正配而不可亂也,乃天地自然六氣化育萬物之真機也。

所以周公制定礼法、標明家室是為了分別男女、会合異姓是為了分別夫婦。這本是天経地義的常道、也是理気自然的運化。劉基の注解:這是説周公制礼、讓男女相配而有家室、讓異姓通婚以避嫌疑。礼法規定不娶同姓、就是為了辨明族属。聖人心中通達天道、徳性明白地紀、効法天之経・取則地之紀、用来確立做人的准則、帰根到底也是理気自然的運化。這裏是説聖人分別男女・確定夫婦、是効法天経地義的常道以確立人倫綱紀、合於理気自然的運行、並不是勉强人情・違背天地之道而制作出来的。既然聖人制礼以配合男女陰陽、不外乎天経地義的常道、那就知道堪輿之学取陰陽相見・牝牡交媾、各有其正配而不可紊乱——這正是天地自然六気化育万物的真機。

原文:乃若天開財源之門,地軸浚化生之竇。法顯玄空,神功莫測。劉釋:水神發源之處名天關,水神流出之處為地軸。天關主財祿,地軸管人丁;來水深長則才德悠遠,出水合法則人丁繁息,以玄空為化生之牝戶故也,法顯玄空,神功莫測。以水龍相交,得陰陽相見之義,而生旺到堂,則生水發人、旺水發祿,亦所必然者。或有陰陽背馳而向指難收,財祿人丁若有所虧,則又立玄空五行之法,取八水四金四火四木四土,佈列二十四山之中,用以消乎水路,取生我克我為吉,生出克出為凶。來水合法必發財祿,去水合度必旺人丁,吉以應,凶以凶應,神功莫測者也。

至於説天開出財源之門・地軸疏浚化生之竅、其法顕現於玄空、神妙的功用難以測度。劉基の注解:水神発源的地方叫「天関」、水神流出的地方叫「地軸」。天関主財禄、地軸管人丁。来水深遠綿長、人的才与徳就悠遠。出水合乎法度、人丁就繁衍。這是因為玄空正是化生的門戸、所以説「法顕玄空、神功莫測」。若水与竜相交、得了陰陽相見之義、而生方・旺方的水又到堂、那么長生之水発人丁・帝旺之水発財禄、也是必然的。倘若陰陽背离、向上又難以収摂、財禄或人丁有所虧欠、那就再立玄空五行之法。取八水・四金・四火・四木・四土、分布在二十四山之中、用来消納水路、以生我・克我為吉、以生出・克出為凶。来水合法必発財禄、去水合度必旺人丁。吉的有吉応、凶的有凶応、神妙難測。

原文:五行實繫於龍家,禍福須取明於水路。顧我復我,為官為父。生之奪之,彼無心而曷濟。生入克入,情既去而復留。劉釋:玄空五行與龍家本音之義實無干繫。且本山五行以甲乙巽寅卯屬木,丙丁巳午屬火,庚辛申酉屬金,壬癸亥子屬水,坤艮辰戌丑未屬土之類;而玄空之氣則又以乙木酉金為火,巽木申金為水。訣曰:丙丁乙酉原屬火,乾坤卯午金同坐,亥癸甲艮是木神,戌庚丑未還屬壬,子寅辰水為名,辛巳壬申同水府。取用坐穴坐向與水口來去之地,是何字得何五行,以求生克也。

五行本来是繋於竜的、而禍福則必須従水路上取明。水回顧着我・回環向我、就成了「官」与「父」。水生我奪我却一去不返、它已無心眷顧、又怎能済我。惟有生入・克入、情虽已去而仍有餘留。劉基の注解:玄空五行与竜家本身音気之義其実並不相干。本山五行是把甲乙巽寅卯帰木、丙丁巳午帰火、庚辛申酉帰金、壬癸亥子帰水、坤艮辰戌丑未帰土。而玄空之気却又把乙木・酉金算作火、把巽木・申金算作水。口訣説、丙丁乙酉原属火、乾坤卯午同属金、亥癸甲艮是木神、戌庚丑未還帰壬、子寅辰以水為名、辛巳壬申同属水府。取用時要看坐穴・坐向与水口来去之処各得哪個字・属哪一種五行、据此推求生克。

克我為官,生我為父。凡五行之氣取相生、忌相剋,此反取克入者,蓋以水神之來,彼來交我,情自趨之,故生我克我者,情自彼入也。水神出去,情不欲絕,故生我克我亦情自彼入。若土龍體靜而專,雅靜故常守位,生克出則動矣;水龍動而真,惟動而直,故常運化,克入生入而化工自成矣。穴依龍,君道也,無為恭巳南面而出令者也;向依水,臣道也,行君之令而施仁者也。君則逸而有成,臣則勞而成功,此亦天地自然之運耳。如此則生入克入之義明矣。

克我的算「官星」、生我的算「父母」。一般説五行之気取相生・忌相克、這裏反而取「克入」、是因為水神的来勢是它来交於我、情意自然趨向我。所以不論是生我還是克我、情意都是従対方進来的。水神流出去時、情意也不愿断絶、所以生我克我同様算作情意従彼而入。至於土竜体性安静専一、因其雅静而常守本位、一旦生出・克出就是動了。水竜則動而真実、惟其動而直遂、所以常在運化之中、克入・生入而造化之功自成。穴依着竜、這是君道、好比恭己無為・南面而発号施令的君主。向依着水、這是臣道、好比奉行君命而施行仁政的臣子。君安逸而事成、臣労苦而功立、這也是天地自然的運行。這様一来、生入・克入的意義就清楚了。

水神流出,勢不可回,我雖生之不以為德,我雖克之不以為怨,所謂彼無心而曷濟。然水神流出,勢雖不可回,而其情則不可失。我固不可失,我固不能為彼若何,而彼之情則不忘乎我,勢欲擊而生我克我,亦能為我作福矣。來既施恩,去猶貢福,豈不為吉。原文:相天地,贊化育,無非此道;回造化,改天命,術何妙焉。吉地每留於積德,善地豈授於邪淫。劉釋:形法之術,沖陽和陰,觀形審氣,辨方察音,故天經以立人紀,明尊卑,定上下,隨天時,順人事,建邦治國,百姓輔相天地宜,參贊化育不及,使天地位於上下,而萬物育於兩間者,亦不過此道焉巳矣。況於葬者乘氣立穴,收生氣,蔭死骨,召鬼福以及其所生,使鬼神不得以司吉凶之柄,造化不得以宰物之義,迴天命而改造化,其術亦妙矣哉。

水神一旦流出、勢頭就収不回来。我纵然去生它、它不会当作恩徳。我纵然去克它、它也不会当作怨恨——這就是所謂「彼無心而曷済」。不過水神虽然流出・勢不可回、它的情意却不可丢失。我固然不能丢失這份情、也固然拿它無可奈何。但只要它的情意還不忘於我、那股欲奔而去的勢頭仍能生我・克我、照様能替我造福。来时既已施恩、去時還在献福、豈不是吉。経文又説、輔助天地・賛助化育、無非靠這個道理。扭転造化・更改天命、這門術数何等神妙。吉地往往留給積徳之家、好地怎麼会授給邪淫之輩。劉基の注解:形法這門術、講的是陰陽衝和、観形察気、辨方審音。所以効法天之常経以確立人倫綱紀、明尊卑、定上下、順応天時人事、建邦治国。百姓輔助天地之所宜・参賛化育之所不及、使天地各得其位・万物各育其間、靠的也不過是這個道理罷了。何况葬事更要乗気立穴、収取生気、蔭庇亡者骸骨、招来福蔭以及於後人——竟能使鬼神不能独掌吉凶之権・造化不能独専宰物之柄、扭転天命而改易造化、這門術也真够神妙了。

至道精微,惟聖人然後能及此,非睿智孰能之。地理之學,本於太極之理,河圖以呈其源,洛書以發其微,乘陰陽五行之氣而順天地自然之運,反氣以入骨,其道至精至妙,惟聖人其孰能知此道之妙哉。道且不能知,沉又能穴之以乘氣、召鬼福以及其所生乎。異之仙人天神共怒,葬法有迴天改命之功,能召鬼神以及人如此。故吉地常留於積德之家,而善地不可授於為惡之徒,蓋福善禍淫是乃天道。順天之道以造福,則天必應之;若授之於邪淫之輩,則天固禍之而人固福之,是違天道而諱福矣,天地鬼神其肯容耶。天不罪為惡之人,而罪法蒙羞矣。

至極的道理精微難測、只有聖人才能达到、不是睿智之人誰能懂得。堪輿之学本於太極之理。河図呈現它的本源、洛書闡発它的精微。它乗陰陽五行之気而順応天地自然的運化、把生気反注到骸骨之中、其道至精至妙、除了聖人誰能知道這門道理的奥妙。連道理都不懂、何况還要据此点穴乗気・招福蔭及子孫呢。若是妄行、仙人与天神都会共怒。葬法既有回天改命的功效、能招致鬼神之力施及生人到這個地步、所以吉地常常留給積徳之家、好地不可授給作悪之徒——因為賜福於善・降禍於淫、這本是天道。順着天道去造福、天必回応。若把吉地授給邪淫之輩、天本要降禍而人偏要求福、那就是違背天道而諱言禍福了、天地鬼神難道肯容許嗎。天若不去懲罰作悪的人、這門法術就要蒙羞了。

某雖不敏,幸淑師傅,戒言在通,焉敢忽諸。論天真戌嚴,總為天更立玄機耳。彼購大利、操大錢者,何君與?嗟乎,贖大作先鋒於為善惡兩家,呈功過纖籍,母寧為混善惡於千雷河海,而願為一網打盡之桃花漁也。

我虽然不聡敏、所幸従師有得、師傅的告誡言猶在耳、怎敢忽視。論天道本自厳正真実、総帰是替天重新掲出這層玄機罷了。那些一心謀取厚利・専事討价索銭的人、又算得哪門子君子。唉、与其搶着替行善与作悪両家充当先鋒・把功過一一登録呈報、倒不如把善悪混同在千雷河海之中、甘愿去做那一网打尽的桃花漁翁。

第八節 天機賦

原文:嘗考尋龍之法,首看龍之盛衰,次觀向水之吉凶,審召瑞邀祥之妙,察陰陽朝應之情。劉釋:龍運以五行揆配於二十四山之上,如亥卯方到頭,是木龍之氣,用木生於亥起倒。然有陰陽之分:陽本起亥,陰本起午,順布各從陰陽行運,以審生旺休廢:生旺為吉,休廢為凶,而吉凶禍福可得而察矣。具召瑞邀祥之法,並以向上消之:如生方水來吉,則以向趨之;旺方水來吉,則以向邀之。楊公云:向依水立。正邀祥之法也。

曽考究尋竜的方法。首先看竜的盛衰、其次看向与水的吉凶、再審招瑞迎祥的妙用、察陰陽朝応的情状。劉基の注解:竜的运程要用五行揆度配在二十四山上、譬如亥・卯方到頭的、属木竜之気、就用木長生在亥起長生・順推十二宮。不過有陰陽之分。陽竜本従亥起、陰竜本従午起、順次排布、各按陰陽行運、以此審定生旺休廃——生旺為吉、休廃為凶、吉凶禍福就可以察知了。至於招瑞迎祥的具体弁法、一併従向上去消納。若生方来水是吉的、就用向去趨就它。若旺方来水是吉的、就用向去迎接它。楊公説「向依水立」、正是迎祥之法。

原文:生旺墓吊合於三方,而孟仲季之公位攸分;十二宮配屬於五行,而貪武破之天星始定。劉釋:寅甲巳亥四孟也,而權刊艮與焉;子午卯酉四仲也,甲庚丙壬焉;辰戊丑未四季也,而乙辛丁癸焉。如長生在四孟,則吉凶應於長於;帝旺在四仲,則吉凶應於仲於;墓庫在四季,則吉凶應於幼子。長生則為貪狼,官旺為武曲,墓庫為破軍,並以孟仲季分配以公位。

長生・帝旺・墓庫三者遥相三合、孟・仲・季三房的公位由此劃分。十二宮各配属五行、貪狼・武曲・破軍這些天星才得以確定。劉基の注解:寅・甲・巳・亥属四孟、権衡之中艮也参与其間。子・午・卯・酉属四仲、甲・庚・丙・壬帰在其中。辰・戌・丑・未属四季、乙・辛・丁・癸帰在其中。所以長生落在四孟、吉凶就応在長子身上。帝旺落在四仲、吉凶就応在次子身上。墓庫落在四季、吉凶就応在幼子身上。長生位配貪狼、臨官帝旺位配武曲、墓庫位配破軍、都按孟・仲・季分配到各房的公位上。此以三方公位分断房分的做法、後為蒋大鴻《平砂玉尺弁偽》所駁。

原文:人丁實繫於長生,財祿必根於官旺,是以生水朝堂,螽斯千古;旺神聚局,食祿萬鍾。劉釋:長生帶人丁,帝旺主官祿,故長生水到堂則子孫繁盛,帝旺水朝堂則財帛豐盈。原文:貪富貴則棄生朝旺,圖嗣續則背旺迎生。劉釋:立向之法,先以水口為主,然後細察來水方位屬何生旺。如生水到堂而向乘生氣,則先發人丁;旺水到堂而向乘旺氣,則先發財祿。此楊公救貧之術:不必得吉地以為之處,即於水神之來去而向乘之,便龍發福如此。然則得吉地而向水合水,則亦不發福,況於無吉氣可乘者乎。

人丁実在繋於長生之位、財禄必定根於臨官帝旺之位。所以長生之水朝入堂前、子孫繁衍千載。帝旺之神聚在局中、食禄可比万鍾。劉基の注解:長生帯来人丁、帝旺主管官禄。所以長生之水到堂、子孫就繁盛。帝旺之水朝堂、財帛就豊盈。経文又説、貪求富貴、就舍生方而朝旺方。図謀子嗣、就背旺方而迎生方。劉基の注解:立向的法度、先以水口為主、然后細察来水的方位属于哪一個生旺之位。若長生之水到堂而向乗生気、就先発人丁。若帝旺之水到堂而向乗旺気、就先発財禄。這是楊公救貧的手段。不必非得吉地不可、只就水神的来去而用向去乗接、竜也能這様発福。反过来说、纵得吉地而向与水配合失当、同様不発福、何况本来就無吉気可乗的呢。

原文:破軍侵帝旺之鄉,身無一命之寄;天罡犯貪狼之位,難招半子之榮。劉釋:墓方水逆流到堂,沖破官旺,則貧賤必矣。身無一命,言不貴也,不言貧者互見也。墓水也沖破長生,則損人丁,主少亡孤寡,女且不可招,況於子乎,甚言絕嗣之禍如此。

破軍之水侵入帝旺之郷、一生連一個官階也寄托不上。天罡之水衝犯貪狼之位、連半個児子的栄耀也難以招来。劉基の注解:墓方的水逆流到堂、衝破了臨官帝旺之位、那就必定貧賤。所謂「身無一命」、是説不貴。不説貧、是因為貧与賤互見其義。墓方之水若衝破長生位、就損傷人丁、主少年夭亡・孤児寡婦。連女児都招不来、何况児子——這是極言絶嗣之禍的厳重。

原文:生來會旺,聰明之子方生;而旺去沖生,縱有富貴徒然。旺去迎生,富貴之期驟至;而生來破旺,雖有子何為。劉釋:長生水先到堂局,會旺水合流在庫,主葬後先發人丁,生貴子登科第;旺水先到堂局,會長生水合流聚庫,主葬後先發官貴,而後發人丁。若旺水逆流沖破長生,雖發官祿卻損人丁;生水逆流沖破帝旺,雖發人丁卻傷財祿,二者不定取也。如見此等水法,須以向上消息之,將去水撥在衰絕之方,則來水必在旺方矣。

長生之水来而会合帝旺、聡明的児子才生得出来。若帝旺之水去而衝犯長生、纵有富貴也是枉然。帝旺之水去而迎接長生、富貴的日子驟然就到。若長生之水来而衝破帝旺、纵有児子又有何用。劉基の注解:長生方的水先到堂局、再会合帝旺之水一同流入墓庫、主葬後先発人丁、生下貴子而登科第。帝旺方的水先到堂局、再会合長生之水一同聚入墓庫、主葬後先発官貴、然后才発人丁。若帝旺之水逆流衝破長生位、虽発官禄却損人丁。長生之水逆流衝破帝旺位、虽発人丁却傷財禄——這両種都不可取。遇上這類水法、必須従向上加以消納。把去水撥到衰絶之方、那么来水自然就落在旺方了。

原文:未離胎而夭折,多因沖破胎神;才出世而亡身,蓋為擊傷生氣。劉釋:胎水流出明堂,主有墮胎之應及血崩淋瀝之災。蓋胎為生氣發萌之初,流出主女人不受胎,流入則墮胎。長生氣克而水來擊散其氣,則主有周期亡身之禍。蓋生氣為孩兒煞,俗為百日關者非也。

還没離開母胎就夭折、多半因為衝破了「胎」神。剛出世就亡身、大抵是因為撃傷了「長生」之気。劉基の注解:胎方之水流出明堂、主有堕胎的応験以及血崩淋漓之災。因為「胎」是生気剛剛萌発之初。水流出去主婦人不受孕、水流進来則主堕胎。長生之気受克而水来衝散它的気、就主嬰児満周歳前後亡身之禍。這是因為長生之気就是所謂「孩児煞」。俗称「百日関」的説法並不确切。

原文:冠帶失齠齡之男,臨官喪成材之子。劉釋:氣至冠帶則氣而長矣,擊散其生長之氣,則主損齬齡及將出幼之人;氣至臨官則長而盛矣,喪其充盛之氣,則主損弱及三十上下之人。蓋氣血方剛則中主,而損其氣則夭,亦必然之應也。且人至二三十之時則成材矣,以形應乃造化之本然故也。聖人順時為政,保養天和,使無乖戾,故雞豚狗氣之蓄無失其時,斧斤以時入山林,樽節愛養者矣,同不欲損折其方長之氣,而使之充長條達也,故早輔相之方。地理家忌傷生旺之氣而保全之以為造福,正所以運氣而發造化耳。

冠帯位受傷、会失去童年的男孩。臨官位受傷、会喪掉已経成材的児子。劉基の注解:気到冠帯、就是已経長成了。把它生長之気衝散、就主損傷児童及将要成年的人。気到臨官、就是長成而壮盛了。喪掉這股充盛之気、就主損傷体弱者及三十上下的人。因為気血方剛正当盛年、一旦損了它的気就要夭折、這也是必然的応験。何况人到二三十歳已経成材、形与気相応本是造化的自然。聖人順時施政、保养天地的中和之気、使之不乖戻。所以鶏豚狗彘的畜養不誤農時、斧斤按時節才進入山林、節制而愛惜養護——同様是不愿摧折那正在生長之気、而要讓它充分生長・条達舒展、所以及早加以輔助。堪輿家忌諱傷及生旺之気而着意保全、用以造福、正是為了運転気機而発動造化。

原文:貪狼直步天罡,百年頤壽;破煞倒沖生氣,丁眷奚堪。劉釋:長生水向堂曲流,直至本音庫墓方聚蓄洋而去,別無他方分流破碎,則主子孫多壽。有此等水法,則堂局周密,內氣完固,故有此應。天罡水從坐後反沖生氣,亦主人丁夭亡。

貪狼之水一直流歩到天罡之位、主百年長寿。破軍之煞倒过来衝犯生気、一家人丁怎麼受得了。劉基の注解:長生方的水朝着堂前曲折而流、一直流到本音的庫墓之方聚蓄成汪洋而后流去、別無他方分流破碎、就主子孫多寿。有這樣的水法、堂局周密・内気完固、所以有這種応験。反之、天罡方的水従坐山背後反衝生気、也主人丁夭亡。

原文:四敗傷生,雖有子而母明父暗;旺神投沐浴,縱居官而淫亂可羞。劉釋:子午卯酉為咸池水,又名桃花水。若水從子午卯酉土朝來,流至生方而去,不惟無子,且主雖得子亦是奸生,而母明父暗也。若帝旺水朝入穴,何子午卯酉方,是旺神投於沐浴之鄉,雖發富貴,亦是閨門淫亂而風聲可羞也。

子午卯酉四敗之水傷了長生、纵然有児子也是母親明白而父親不明。帝旺之神投入沐浴之郷、纵然做了官也難免淫乱的羞聞。劉基の注解:子・午・卯・酉是咸池水、又叫桃花水。若水従子午卯酉方朝来、流到長生方而去、不但無子、而且即便得子也是私生的、所以母親是誰明白・父親是誰不明。若帝旺之水朝入穴中、而流向子午卯酉方、那就是旺神投入沐浴之郷。虽能発富貴、家門之内也不免淫乱、風声可羞。

原文:遇陽差而剋夫,見陰錯而傷妻。劉釋:陽差,如己氣見壬庚甲子順去者是也,主婦人剋夫孤寡;若陰錯,則丙氣入辛丁亥水迎去者是也,主男子克婦鰥居無子,氣以類應故也。原文:雌雄路遇,而晚歲榮華;眷屬同情,而家門孝義。劉釋:法見圖注,詳觀圖式而可知矣。原文:情過而亢,呂望八旬方際會;交而不及,顏回三十便身亡。劉釋:交極則亢,故主暮年發達,如太公之遇文王也;不及則廢,故主少年夭折,如顏回。

遇上陽差就克丈夫、遇上陰錯就傷妻子。劉基の注解:所謂陽差、比如己気而見壬・庚・甲子一路順流去的、主婦人克夫而守寡。所謂陰錯、比如丙気而入辛・丁・亥水迎流去的、主男子克妻・鰥居無子——気按同類相応、所以如此。経文又説、雌雄如路人偶遇、晚年才得栄華。本是一家眷属而情意相通、門中便有孝義。劉基の注解:其法見於図注、細看図式便可明白。経文又説、情意太過而亢盛的、像姜太公八十歳才遇上周文王。交合不及的、像顔回三十歳便身亡。劉基の注解:交而至於極就成了亢、所以主暮年才発達、如同太公遇文王。交而不及就成了廃、所以主少年夭折、如同顔回。

原文:秀水來而特朝破旺,應居官而卒任尸還。劉釋:旺方主官祿,秀水主榮貴。若三吉六秀特朝到堂,卻從向前官旺方流出,主子孫科甲而不善終,死於官而扛尸回家也。從至究房分之榮枯,品三方之等第,福有重輕,須明緩急,災祥驗應必有先後。房分公位及至生旺墓三方,配孟仲季以斷吉凶,法是前如:孟為長子,長生管長房,主人丁,若生水先到堂,主先發長房;仲為中子,帝旺管中房,主財祿,若旺水先到堂,主先發中房。生水先到先發人丁,旺水先到先發官祿,此緩急先後之應也,餘可類推。

秀麗之水前来特意朝拜、却衝破了帝旺、応在做官的人死於任上・抬着霊柩回郷。劉基の注解:帝旺方主官禄、秀水主栄貴。若三吉六秀方的水特意朝到堂前、却又従向前的臨官帝旺方流出去、就主子孫能中科甲却不得善終、死在任所而由人扛着遺体回家。接着要推究各房的栄枯、品評三方的等第。福有軽重、須分清緩急、災祥的応験必有先後。房分公位就落在生・旺・墓三方、配以孟・仲・季来断吉凶、其法如下。孟是長子、長生管長房、主人丁、若長生之水先到堂、就先発長房。仲是次子、帝旺管中房、主財禄、若帝旺之水先到堂、就先発中房。長生之水先到就先発人丁、帝旺之水先到就先発官禄——這就是緩急先後的応験、其餘可以類推。

原文:是故孟兄寄位於貪狼,胎沐養生同斷;仲子取權於武曲,冠臨衰旺無殊;三子弟當叔季,病死墓絕同途。劉釋:此十二位分三札:貪狼管長房,而胎沐養三方繫焉;武曲管中房,而冠帶臨官衰繫焉;天罡管三房,而病死墓絕去則吉,應小房。但水神來去,審三吉六秀以斷之。

所以長兄的位次寄在貪狼、胎・沐浴・養・長生四位一同論断。次子的権柄取自武曲、冠帯・臨官・衰・帝旺幾位没有分別。第三個児子当叔季之位、病・死・墓・絶同属一路。劉基の注解:這十二宮分作三束。貪狼管長房、胎・沐浴・養三方都繋在它名下。武曲管中房、冠帯・臨官・衰幾位繋在它名下。天罡管第三房、病・死・墓・絶這幾位若水従此去反而吉、応在小房。不過水神的来去、仍要審看三吉六秀方位来決断。

原文:是以迢迢生水貫天罡,不特長兄毓秀;屈曲旺神歸墓庫,也應仲叔均榮。劉釋:長生主長房,若生水朝堂,直貫墓方流長,則長子與中小三房皆吉,故曰不特長兄毓秀;中間或有雜流破向宮,則斷某房應凶。官旺水屈曲流業朝堂,向墓方出去,則主二房與三房應吉,其長房則不干預矣。若旺水與衰病水流來到堂,卻從養生方去,則中房吉而小房凶。

所以長生之水遠遠地貫注到天罡之位、不只是長兄能鍾秀。帝旺之神屈曲而帰入墓庫、次子与三子也一同栄顕。劉基の注解:長生主長房、若長生之水朝入堂前、一直貫穿到墓方而流得長遠、那么長子与中房・小房三房都吉、所以説不只是長兄鍾秀。若中間有雑水衝破了向宮、就断定某一房要応凶。臨官帝旺之水屈曲流転朝到堂前、再向墓方流出去、就主二房与三房応吉、長房則不相干。若帝旺之水与衰・病之水一同流来到堂、却従養・長生方流去、那就中房吉而小房凶。

原文:生與旺而同歸,人共財而咸吉;更從六秀方來,定擬滿門朱紫。劉釋:生旺方水同到堂朝,合流墓出,則人丁財帛皆吉。若生旺二水皆係三吉六秀方發流而到,則秀氣更佳,不特人財咸利,且主科第魁元、富貴雙全。

長生与帝旺之水一同帰入墓庫、人丁与財禄便都吉利。若這水更是従六秀方位而来、可断定満門都着朱衣紫袍。劉基の注解:長生方与帝旺方的水一同到堂来朝、合流後従墓方流出、那么人丁与財帛都吉。若這両股水又都発源自三吉六秀之方而流来、秀気就更好。不但人丁財禄都得利、還主科挙奪魁・富貴双全。

原文:如見曜方沖至,應知合室遭刑。劉釋:生旺二水雖見朝堂,若非吉秀等方來至,而復從八曜關煞等方及子午卯酉咸池、軍賊殆土流來,則雖係向上上旺,必主有刑戳之慘;若主休囚而龍身者猶驗,蓋在體賤百煞旺則化官為鬼故也。乃若龍觀入首,水看流頭:天干位上宜來,須防流破;地支位上宜去,切忌朝歸。凡龍只看入首一節屬何三吉六秀,以斷貴賤;水則觀發源之處及經流到頭一節屬何吉秀,以斷吉凶。水屬陽從天,故來朝則宜自天子乾坤艮巽、甲庚丙壬、乙辛丁癸方上則吉;若其去,則要自地支位上去,而不喜其來也。

如果見曜煞之方的水衝射而至、就該知道全家要遭刑禍。劉基の注解:長生・帝旺両股水虽然朝到堂前、若它們不是従吉秀方位来、反而従八曜関煞等方以及子午卯酉咸池・軍賊悪土之処流来、那么即便在向上算是至旺、也必主有刑戮的惨禍。若本身又処休囚而竜身低賤、応験就更准——因為体質卑賤而衆煞方旺、官星就化成了鬼煞。至於看竜要看入首、看水要看流頭。天干位上宜来水、却要提防被衝破。地支位上宜去水、切忌朝我而帰。凡看竜、只看入首這一節属于哪個三吉六秀、据以断貴賤。看水、則看発源之処以及流到穴前這一節属于哪個吉秀方位、据以断吉凶。水属陽而従天、所以来朝之水宜従天干乾坤艮巽・甲庚丙壬・乙辛丁癸這些方位来才吉。若是去水、就要従地支位上流去、而不喜歓它従地支位上来。

原文:是故小赦文進,則貢福於小男;大赦文進,則福臨於仲子。劉釋:乙辛丁癸為小赦文水,其方水朝則小房獲福;甲庚壬丙,大赦之文也,其方水朝則中子應吉。其子午卯酉四仲地支皆祿,二房來則凶禍;辰戌丑未四墓地支皆係三房,來則凶禍,此又不在生旺論也。原文:四柱有情,長房應福。劉釋:乾坤艮巽為維,為天地之四柱也,是水來朝,福應長房;而寅申巳亥水來,則孟子遭凶矣。

所以小赦文之水流進来、就把福気献给小児子。大赦文之水流進来、福気就落在次子身上。劉基の注解:乙・辛・丁・癸是小赦文之水、這幾方来水朝堂、小房就獲福。甲・庚・壬・丙是大赦文、這幾方来水朝堂、次子就応吉。至於子午卯酉四仲的地支都主禄、属二房、水従這裏来反主凶禍。辰戌丑未四墓的地支都繋於三房、水従這裏来也主凶禍——這些又不按生旺去論。経文又説、四柱有情、長房受福。劉基の注解:乾・坤・艮・巽是四維、也就是天地的四根柱子。水従這幾方来朝、福応在長房。而水若従寅・申・巳・亥来、長子就要遭凶了。

原文:是以庚甲朝堂,腰懸金印;而寅丙到局,身披朱衣。劉釋:此言甲庚寅丙四水之吉。甲水主風疾,而此則責者,得庚金以洩制之,故吉;甲水獨流入堂則凶矣。原文:年少蜚聲魁第,必是水來寅甲;官榮侍郎之尊,多因朝是申庚。劉釋:寅甲水,天市垣星照臨,三吉六秀龍得寅甲朝堂,主少年登高科,以木文章也。申庚水,紫徵垣照臨,三吉六秀龍見之,主官居極品,為郎侍等職,以金主利而文籍在辛兌也;震龍得之則主武職,以秋金肅殺之氣。

所以庚・甲之水朝到堂前、腰間可懸金印。寅・丙之水到局、身上可披朱衣。劉基の注解:這是説甲・庚・寅・丙四方之水的吉処。甲方之水本主風疾、此処之所以能取用、是因為得庚金来泄制它、所以吉。若甲水単独流入堂中、就凶了。経文又説、少年就声名鵲起而中魁首的、必定是水従寅・甲而来。官至侍郎之尊的、多半因為朝水出自申・庚。劉基の注解:寅甲之水有天市垣星照臨、三吉六秀之竜得寅甲之水朝堂、主少年高中科挙、因為木主文章。申庚之水有紫微垣照臨、三吉六秀之竜見到它、主官居極品・任郎官侍従一类的職務、因為金主利而文籍之事在辛・兌。若震竜得到它、則主武職、因為秋金帯粛殺之気。

原文:亥壬為外任之司,巳丙為內應之職。劉釋:亥壬水本紫微垣所臨,在天門,理當為京職者;以亥雜壬,則當在外。若巽龍獨見亥水,必主有翰林之美。巳丙為太微垣所照,地戶為后妃之居,乃天子之掖庭也,故巳丙水朝,主有掖庭近侍之榮,三吉六秀見之更美。

亥・壬之水主外放的官職、巳・丙之水主内廷的差使。劉基の注解:亥・壬之水本受紫微垣所臨、位在天門、按理該做京官。只因亥中夾雑了壬、所以就当外任了。若巽竜単独見到亥水、必主有翰林之美。巳・丙受太微垣照臨、地戸是後妃所居、也就是天子的掖庭。所以巳・丙之水来朝、主有在掖庭充任近侍的栄耀、三吉六秀之竜見到它就更美。

原文:酉巽發聰明之女,震庚產威武之兒。艮巽丙辛應世世魁元之貴,亥卯寅甲巽庚代膺將相之權。劉釋:巽為長女,兌為少女,二水來朝,主出聰明女人。然酉為沐浴,恐犯淫行,若得水清微則無患矣;若巽水來,則生女極美而貴,非酉水之不潔也。震庚為威武之地,三吉六秀龍得此來朝,主出將相之材;若離龍坤龍見之,則為將軍矣。艮巽丙辛,六秀之水也,艮巽主文章,故四水聚堂,主出神童狀元,為極品之貴。亥與寅甲巽庚,吉秀水也,然庚主武,甲卯為雷庭,巽亥主文,五水到堂,主出將入相、文武全才。

酉与巽之水生出聡明的女児、震与庚之水産出威武的児子。艮・巽・丙・辛之水応世代出魁首之貴、亥・卯・寅・甲・巽・庚之水則代代執掌将相之権。劉基の注解:巽為長女、兌為少女、這両方之水来朝、主出聡明的女子。不過酉是沐浴之位、恐怕会犯淫行。若水清而細微、就無妨。若是巽水来、生的女児極其美貌而尊貴、不像酉水那様不潔。震与庚是威武之地、三吉六秀之竜得這両方水来朝、主出将相之材。若離竜・坤竜見到它、就出将軍。艮・巽・丙・辛是六秀之水、艮・巽主文章、所以這四方之水聚在堂前、主出神童状元、貴至極品。亥与寅・甲・巽・庚也都是吉秀之水。庚主武、甲・卯是雷庭、巽・亥主文、這五方之水到堂、主出将入相・文武全才。

原文:元辰水到,功名白首;垣星入局,立霸封侯。劉釋:輔龍發源血脈大為元辰,曲屈隨龍到堂交合,會內外朝流而去,是元辰入局。此水最難遇,如得此水到堂合襟,則富貴悠鄉,壽考無疆,為白頭功名,言其久也。垣星,四垣水也,如寅巳丙、申庚、亥壬水入局朝堂,此水亦不易得,有此水法,主立霸封侯之應,大勇之象也。

元辰之水到堂、功名可保到白頭。垣星之水入局、能建立覇業而封侯。劉基の注解:輔佐竜脉発源的那条主血脉叫「元辰」。它屈曲随着竜来到堂前交合、会同内外的朝水一斉流去、這就是元辰入局。這種水最難遇上。若能得它到堂合襟、就富貴長久・寿考無疆、所謂「白頭功名」、説的是它長久。「垣星」指四垣之水、如寅・巳・丙、申・庚、亥・壬這些水入局朝堂。這樣的水也不易得、有這種水法、主建立覇業・封侯受爵、是大勇之象。

原文:震庚朝而富堪敵國,巳丙至而武將英雄。劉釋:震庚主成斷,故其發則有斬砍自由之勢,所以大富。巳丙水來出武將,木盛火烈,其性威烈,故巳丙午三火水皆有是應,三吉六秀方好;若龍體弱,則丙戌水反為軍賊之資。

震・庚之水来朝、富可敵国。巳・丙之水到局、出武将英雄。劉基の注解:震・庚主決断成事、所以一旦発跡便有揮斬自如之勢、因此大富。巳・丙之水来則出武将。木盛而火烈、性情威猛、所以巳・丙・午這三種火水都有這樣的応験、須在三吉六秀之方才好。若竜体衰弱、丙・戌之水反而成了滋養軍賊的資本。

原文:乾戌為鼓盆之殺,坤流為寡宿之星。劉釋:乾,老陰也;戌,天罡殺也。乾戌水來,必主克妻壯子,妻死惠子吊之,壯子鼓盆而歌。坤為寡母,是水流入,主剋夫。天上有寡宿,只此星獨明,旁無別宿,故以寡宿名之,言孤而無夫也。

乾・戌之水是「鼓盆」喪妻之煞、坤方之水是「寡宿」孤居之星。劉基の注解:乾属老陰、戌是天罡煞。乾・戌之水来、必主克妻而壮年喪偶、妻死之后親友前来弔唁、壮年的丈夫只能像荘子那様鼓盆而歌。坤象徴寡母、此方之水流入、主克夫。天上有一顆寡宿星、只有它孤零零地明亮、旁边没有別的星宿相伴、所以取名寡宿、意思是孤単而無夫。

原文:卯酉本犯淫邪,悠洋清澈而女反賢貞。劉釋:卯酉為咸池,水來主淫;若來水悠洋清澈不濁,則生女子賢淑貞潔。原文:子午必招軍賊,源流浩大,而偏宜武職。劉釋:子午水來,本出軍賊大盜;若源頭盪漾湖渚,不至直流沖財,則主子孫有威嚴,出武將。若直射細小,惟武職人家葬之反吉;如士官之家見此,必出軍賊或大盜相干。

卯・酉本来主淫邪、可若水勢悠遠清澈、生的女児反而賢良貞潔。劉基の注解:卯・酉属咸池、水従這裏来主淫乱。若来水悠遠蕩漾・清澈不渾濁、反而生出賢淑貞潔的女子。経文又説、子・午之水必招軍賊、可若源流浩大、反倒宜於武職。劉基の注解:子・午之水来、本主出軍賊大盗。若源頭如湖沼一般蕩漾開濶、不至於直流衝破財位、就主子孫有威厳而出武将。若水直射而細小、只有武職人家葬了反吉。如果是文官士人之家見到這種水、必出軍賊或与大盗相牽連。

原文:乙辰至,而投河自縊;丙丁來,壽考無疆。劉釋:辰為天罡,而乙為盛索,辰與乙並至,主出投河自縊死之人,否則少亡扛尸之禍。丙丁二方,南極長庚辛所臨,二水朝來,主有壽考。原文:赦文若帶桃花,難乘清白之風。劉釋:甲庚丙壬、乙辛丁癸為赦文水,單來則吉;水如混雜子午卯酉上並至,或向他方同朝,皆帶桃花,非淫亂則主軍賊,而清白之風少矣。

乙・辰之水到来、主投河或自縊。丙・丁之水到来、主長寿無窮。劉基の注解:辰是天罡、乙如同索索。辰与乙一斉来、主出投河自縊而死的人、否則也有少年夭亡・扛尸而帰之禍。丙・丁両方是南極老人星与長庚・辛星所臨、這両方之水朝来、主長寿。経文又説、赦文之水若夾帯桃花、就難有清白的門風。劉基の注解:甲・庚・丙・壬与乙・辛・丁・癸都是赦文之水、単独来時就吉。若混雑着子午卯酉方的水一斉到来、或従別的方位一同朝入、那就都帯了桃花、不主淫乱就主軍賊、清白的門風便少了。

原文:六秀如遇曜氣,必出強梁之輩。劉釋:曜殺之氣最凶,六秀龍若犯曜星,非遭刑戮,必出□□之人,橫死扛尸應之。原文:少亡橫死,為犯黃泉。劉釋:辰戌丑未為黃泉四庫水,穴前若見此水,必主少亡橫死之應;辰戌二方主生背逆,丑未二方主出孤寡唸經師尼。原文:流通四庫,婦女撐家。劉釋:辰戌丑未為四庫,若水流來,男子少亡,女人寡居,獨撐家業;若水流來而堂外聚蓄,不至沖射,其禍稍輕,反主婦人起家。

六秀之竜若遇上曜気、必出強横凶暴之輩。劉基の注解:曜煞之気最凶、六秀之竜若犯了曜星、不是遭受刑戮、就要出凶暴之人(原書此処缺二字)、応在横死而由人扛尸回家。経文又説、少年夭亡・横死、是因為犯了黄泉。劉基の注解:辰・戌・丑・未是黄泉四庫之水、穴前若見到這類水、必主少亡横死。辰・戌両方主生出忤逆之人、丑・未両方主出孤児寡婦以及念経的僧尼。経文又説、四庫之水流通、婦女要独自撐持家業。劉基の注解:辰・戌・丑・未是四庫、若水従這裏流来、男子少亡・婦人寡居、独自支撑家業。若水虽流来却在堂外聚蓄、不至於衝射穴場、禍患就軽些、反而主婦人興家。

原文:寅申巳亥水朝,非瘟火則產難虛癆;戌乾辰兌來臨,非瘋疾則目盲音啞。劉釋:寅申巳亥四路水,主有瘟疫火災及產虛癆之病,蓋五氣初生而四水破地支,宜有是也。戌乾之氣凶烈,辰兌之氣孤惡,或有水來而應者,未知何義。

寅・申・巳・亥之水来朝、不是瘟疫火災就是難産与虚癆。戌・乾・辰・兌之水臨穴、不是瘋疾就是眼盲口唖。劉基の注解:寅・申・巳・亥四路之水、主有瘟疫・火災以及産難・虚癆之病。因為這四位是五気初生之地、而這四路水衝破了地支、所以应当有這類応験。戌・乾之気凶烈、辰・兌之気孤僻凶悪。至於為何有水来就応験、其中确切的道理已不可知。

原文:寅甲水來,那堪瘋疾纏身。劉釋:寅甲屬水,而寅為火生之地,而其宮分有實星陪之,其星屬木;況木盛則生風,而東方又木旺之鄉也,故寅甲水來主出瘋疾。原文:婁亢雙歸,應見持刀刎頸。劉釋:辰戌二宮水至,為天罡對射,主自刎之禍。

寅・甲之水流来、哪裏禁得住瘋疾纏身。劉基の注解:寅・甲在玄空中属水、而寅又是火長生之地。這一宮内還有実星相伴、那星属木。何况木旺就生風、而東方本来就是木旺之郷、所以寅・甲之水来主出瘋疾。経文又説、婁宿与亢宿両方之水双双帰来、応在持刀自剄。劉基の注解:辰・戌二宮(分属婁・亢)之水一斉到来、就是天罡対面相射、主自剄之禍。

原文:寅亥午戌水歸垣,會乙辰而火災立至。劉釋:午,天火也;戌,地火也;寅,人火也;乙辰,木中火也。寅龍見午戌水入堂,而又遇乙辰,則主有回祿之災。原文:申地子壬辰會局逢亥水,而飄蕩無遺。劉釋:申,天河水也;子,大海水也;辰,池壙水也;亥,黃河水也。申龍見子壬辰水入堂,而更遇亥水,則主有水飄之患,否則生蕩敗之子,祖業廢而逃流也。原文:是故方位之純雜,有此吉凶之異應。劉釋:凡是皆因二十四方位之氣有清濁純雜不同,故其吉凶應於人有如此之異也,此結上文之斷,蓋以此而證之。

寅・亥・午・戌之水帰入本垣、再会上乙・辰、火災立刻就到。劉基の注解:午是天火、戌是地火、寅是人火、乙・辰是木中之火。寅竜見午・戌之水入堂、又遇上乙・辰、就主有火災。経文又説、申地与子・壬・辰会成水局、再逢亥水、家業就漂蕩無余。劉基の注解:申是天河水、子是大海水、辰是池塘之水、亥是黄河水。申竜見子・壬・辰之水入堂、再遇上亥水、就主有水淹漂没之患。否則也要生出蕩尽家産的子孫、祖業敗廃而流落他郷。経文又説、所以方位有純有雑、才有這些不同的吉凶応験。劉基の注解:以上種種、都是因為二十四方位之気有清濁純雑的不同、所以応在人身上的吉凶才有這樣的差别。這是総結上文的判語、用它来印证前面所説。

第九節 逐吉賦

原文:賞聞英雄豪傑,實鍾嶽瀆之靈;富貴榮華,乃係山川之秀。是故龍來入局,固有清濁之殊途;而群砂翕聚,豈無吉凶之異應。或居於四維之地,或見於六秀之方,若見尖齊高聳,君子可以求官;低小方圓,士庶亦應致富。劉釋:郭子曰:嶽瀆鍾靈,產豪育英;山川毓秀,聚富及貴。《青囊經》曰:氣感而應,則生神靈,萃忠良。乃知富貴豪傑之家,必得山川之秀氣而致也。然山川不能美,有聚吉而吉,聚凶而凶,故龍體清貴而群魂聚堂,則亦有凶咎之應;是以尋龍立葬,又當視砂水之善惡何如也,龍貴而砂賤者來葬艮以此也。左右前後四應送從朝獲等山,不拘四維六秀之位,俱要尖齊聳拔,不宜欹斜破碎,故尖秀者多貴,破碎者多凶。或見於三吉六秀之方而尖聳侵云,則主科第之吉;若低小方圓,則但主富而已。

曽聽説英雄豪傑実在是鍾聚了五岳四瀆的霊気、富貴栄華也繋於山川的秀美。所以竜来入局、本有清与濁的不同路数。而群砂聚攏、怎麼会没有吉凶的不同応験。這些砂或処在四維之地、或出現在六秀之方。若見它尖斉高聳、君子可以求取功名。若低小方円、士人百姓也能因此致富。劉基の注解:郭璞説、五岳四瀆鍾聚霊気、就産生豪傑・養育英才。山川孕育秀美、就聚集財富与貴顕。《青嚢経》説、気一感応、就生出神霊・匯聚忠良。可見富貴豪傑之家、必定是得了山川的秀気才成就的。不過山川未必都美。聚的是吉就吉、聚的是凶就凶。所以竜体虽清貴、而群砂聚在堂前若形貌不善、同様会有凶咎的応験。因此尋竜下葬、還要看砂水的善悪如何——竜貴而砂賤的地也有人来葬、道理就在這裏要辨明。左右前後四面朝応・護送・拱迎的山、不拘是在四維還是六秀的位置、都要尖斉聳拔、不宜歪斜破碎。所以尖秀的多主貴、破碎的多主凶。若出現在三吉六秀之方而尖聳挿雲、就主科第之吉。若低小方円、那就只主富而已。

原文:馬陷祿空,虛名虛利。劉釋:氣騰而上為星辰,氣凝而下為山用,故山川在下,上應天星辰。而屬天市之垣,貨財所聚之處,而地下應之,為天祿之司也。若乾之與離,天既星臨照天帝行御之兵,故艮丙缺則祿山陷,乾午缺則為天馬倒。此三方缺陷破碎,雖乘龍穴之吉,亦虛名虛利而已,或有職而無祿,生出義官及壽官,或科裡面不用食祿,或食祿而不得善終也。

天馬之位陥落・天禄之位空缺、就只有虚名虚利。劉基の注解:気上騰便成天上的星辰、気下凝便成地上的山形。所以山川在下、向上与天星相応。其中属天市垣的、是貨財聚集之処、地上与之相応、就成了掌管天禄的所在。至於乾与離、天上有星臨照、是天帝行軍御駕之処。所以艮・丙缺陷、禄山就陥落。乾・午缺陷、天馬就傾倒。這三方一旦缺陷破碎、纵然乗着竜穴之吉、也不過虚名虚利。或者有官職而無俸禄、只出些義官・寿官之类。或者虽在科挙之列却不食俸禄。或者食了俸禄却不得善終。

原文:天太兩峰不起,須知無貴扶持。劉釋:巽宮上應天乙貴人星煦,辛宮上應天乙星所臨。此二星主天下民物之福,扶貧拔賤,以翼上帝,專以芎賢為職者故也,應之也。若此二方缺陷不起,則主不得貴人之力;尖峰秀拔而更見龍穴真正,則必有大貴人攜挈玉堂,寅緣於權勢之家而取貴也。

天乙与太乙両峰不起、就該知道没有貴人扶持。劉基の注解:巽宮上応天乙貴人星的光輝、辛宮上応天乙星所臨之位。這両顆星主管天下民生万物的福分、扶助貧弱・提拔卑賤、用以輔佐上帝、専以挙薦賢才為職、所以地上相応。若這両方缺陷而不起峰、就主得不到貴人之力。反之、若峰形尖秀挺拔、而竜穴又真正、那就必定有大貴人提携入玉堂、憑借権勢之家的援引而取得顕貴。

原文:薦元官貴,投空總是才高不第。劉釋:乾坤艮巽四垣星辰,這地官山特起,能發二十四在之秀氣,召催官生氣之曜。化龍結穴,必得乾坤艮巽四田聳拔,不致缺陷,則發貴極速。以至巽龍見辛、艮龍見丙、兌龍見丁、震龍見庚,亦名薦元峰。如巽龍得辛峰高應,則巽得辛而發秀,登科及第皆可必也;若辛峰缺,薦元已空矣,雖巽龍明淨、砂回水遠,亦未興發科甲,餘皆然。官謂甲鳧辛之類,貴者言尊重端壓也;如甲龍見辛峰、丙龍見癸峰,皆名官曜。或云案應秀山為官曜,亦是。凡此等方缺陷空碎,則雖才學過人,終雖及第,宜尼之老途,劉貴之下第,蓋以此也。

薦元・官星・貴人這幾処若都落空、纵然才高也終究不第。劉基の注解:乾・坤・艮・巽是四垣星辰所在、這幾処的地官之山若特出而起、能発動二十四山的秀気、招来催官生気的星曜。竜化気結穴時、必須乾坤艮巽四方聳拔而不缺陷、発貴才極快。至於巽竜見辛峰・艮竜見丙峰・兌竜見丁峰・震竜見庚峰、也都叫「薦元峰」。譬如巽竜得辛方高峰相応、就是巽得辛而発秀、登科及第可以断定。若辛峰残缺、薦元就落空了、那么纵使巽竜明浄・砂回水遠、也未必能興発科甲、其餘各竜同理。所謂「官」、指甲配辛這一类。所謂「貴」、是説尊重端厳而有圧伏之勢。譬如甲竜見辛峰・丙竜見癸峰、都叫官曜。也有人説案山朝応的秀山就是官曜、這也説得通。凡這些方位缺陷空碎、那么即便才学過人、最終也難以及第——好比僧尼終老於道途・顕貴者反落第、原因就在這裏。

原文:是故乾馬喧天,坤牛望月,艮狗依市,巽雞鳴關,天柱生四維之氣,而功名垂手。劉釋:聖人作《易》,隸卦以乾為馬,坤為生,艮為狗,巽為奚,物以象卦而各屬共類。是故曰乾馬天,以乾為天門也;坤牛望月,以坤為大陰也;艮狗依市,而以艮為天市也;巽雞鳴關,以惡為地關也。乾坤艮巽為天地之四柱,外四勢以行二十四龍之氣,所謂四勢行氣、八龍施生齊北也,故能發群龍之秀,為催行之第一吉也。凡龍三吉六秀之局,齊得此四方高聳,則科甲立成,而功名如垂手之易矣。

所以乾方的馬嘶動天、坤方的牛遥望明月、艮方的狗守在集市、巽方的鶏在関口啼鳴。天柱生発四維之気、功名便唾手可得。劉基の注解:聖人作《周易》、在卦象上以乾為馬・坤為牛・艮為狗・巽為鶏、各以物象配卦而帰入同類。所以説「乾馬喧天」、因為乾是天門。「坤牛望月」、因為坤是太陰。「艮狗依市」、因為艮是天市垣。「巽鶏鳴関」、因為巽是地戸之関。乾・坤・艮・巽是天地的四根柱子、以外囲四勢推行二十四竜之気、所謂四勢行気・八竜一斉施生、所以能発動群竜的秀気、是催発功名的第一吉象。凡竜成三吉六秀之局、又能兼得這四方高聳、那么科甲立刻可成、功名容易得像伸手去取一様。

原文:大微臨御,南極星輝。金階步武,玉殿傳書。薦元催六秀之官,而丹墀獨對。劉釋:太徵垣在丙,南極星在丁,庚為金皆,辛為玉殿。如艮龍為天市之垣,見太徵峰起,為太徵臨御;兌龍過丁峰高聳,為南極星輝;震龍見庚山齊云,為金皆步武,謂之步武者,蓋庚震主武庫之司故也;巽龍見辛峰插天,為玉殿傳書,蓋辛為天帝文章之府故也。丙丁庚辛各以氣應,故辛山發異龍之秀,丙丁發庚龍之秀,庚丁之於震兌皆然。得此四山催動六秀之氣,則科甲立至,而丹墀獨對也必矣。若巽無辛應、辛無巽應,則秀氣不能奮發,雖穴可乘而官貴不顯矣。

太微垣臨御在上、南極星光輝照耀。金階上従容進退、玉殿中伝逓文書。薦元峰催動六秀之官、便能在丹墀之前独自応対天子。劉基の注解:太微垣在丙、南極星在丁、庚是金階、辛是玉殿。譬如艮竜属天市垣、若見太微方(丙)峰巒特起、就是「太微臨御」。兌竜若過丁方而峰巒高聳、就是「南極星輝」。震竜若見庚方山勢斉雲、就是「金階歩武」——之所以叫歩武、是因為庚・震主掌武庫。巽竜若見辛方峰巒挿天、就是「玉殿伝書」、因為辛是天帝的文章之府。丙・丁・庚・辛各以気相応。所以辛山能発巽竜的秀気、丙・丁能発庚竜的秀気、庚・丁対於震・兌也是一様。得了這四座山来催動六秀之気、科甲立刻就到、能在丹墀独対君王、也是必然。若巽方没有辛来相応・辛方没有巽来相応、秀気就発不起来。纵然穴可乗用、官貴也不顕赫。

原文:巽見辛,為文章之士。更得乾艮沖宵,富貴依誰可並。劉釋:巽辛二方為天帝司文章典籍之地,故巽辛二龍得氣,皆出文章冠古之士。若乾艮二峰不起,則或文齊而貴不大,貴重富而不厚,雖中高科,止為清要翰林之職,未必止於極品也。如欲位三公、登臺閣、富貴雙全,必復得乾艮兩峰高聳始應。

巽竜見到辛峰、出文章之士。若再得乾・艮二峰高挿雲霄、富貴還有誰能与他相比。劉基の注解:巽・辛両方是天帝掌管文章典籍之地、所以巽・辛両条竜得気、都出冠絶古今的文章之士。若乾・艮両峰不起、那么或者文才斉備而貴顕不大、或者貴重而財富不厚。虽能高中科挙、也只做到清要的翰林之職、未必位極人臣。若想位列三公・登上台閣・富貴双全、必須再得乾・艮両峰高聳才応験。

原文:丙巽艮,食萬鍾之祿。再逢乾巽,同朝聲名王謝為儔。劉釋:艮丙為天市垣,財貨所居之處,地應是氣,必主食祿萬鍾,饒財富足,百貨具異。再見乾巽同朝聳枚,則魁元及第,富貴雙全,而有謝之聲名,王謝得中是地氣應之故也。

丙・巽・艮三方斉備、可享万鍾之禄。再逢乾・巽一同朝拱、声名可与東晋的王・謝両族併列。劉基の注解:艮・丙是天市垣、為財貨所在之処。地上応了這股気、必主食禄万鍾・財貨充裕・百物斉備。再見乾・巽一同朝拱而峰巒聳立、就能高中魁首・富貴双全、享有王導・謝安那樣的名望——王・謝之所以得志、正是這種地気的応験。

原文:雷動天橫,握重權於巽亥。劉釋:雷,震也;天橫,庚也。庚震二方本為威武,為天橫之兵器及庫之司,以為除殘勘亂之職也。若得巽辛二龍主穴,外有庚震二方起應之,則巽亥二龍之穴主周文章之貴,庚震秀峰卻應於武,是以文臣由科第之士而掌握重兵也。若龍體局秀,則貴至極品,有出入將相之尊;若壬子癸、坤申、寅甲等賤龍得此二山聳秀,而龍身氣聚,則不由科甲而取武職矣,或由他途而幸致武貴者有之,更見曜煞則武不保身。

雷霆震動・天横横空、重権就握在巽・亥之竜手裏。劉基の注解:「雷」指震、「天横」指庚。庚・震両方本主威武、是掌管天横兵器与武庫的職司、用来鏟除凶残・平定禍乱。若以巽・辛二竜作主穴、外囲又有庚・震両方起峰相応、那么巽・亥二竜的穴主文章顕貴、而庚・震的秀峰則応在武功。於是便出文臣以科第出身而執掌重兵。若竜体格局秀美、可貴至極品、享有出将入相的尊栄。若是壬子癸・坤申・寅甲這類賤竜得了這两座秀山、而竜身之気又能聚住、那就不由科挙而取得武職。也有従別的途従僥倖得到武貴的。倘若再見曜煞、習武之人就保不住性命了。

原文:震庚奮武,正南面於坎離。丙午丁秀拔,擬獨占魁元。劉釋:震庚二峰起秀,若得坎龍結局,穴乘其氣,而又得南離高聳一峰,乾坤艮巽各起旗山鼓閣,軍屯戟列,重重密佈者,主出天下英豪,橫行四方也。凡見此地,勿得亂傳,點作反生禍奇。丙午丁三陽之地秀峰特起,主有魁元之貴;若艮亥之氣受之,其福力尤火。王龍得之亦奇;餘山見此,雖能發科第,未必得中魁元也,當再得木山催官等砂助之方應。

震・庚之峰奮発武威、正好在坎・離之間南面称尊。丙・午・丁三方秀峰挺拔、可望独占魁首。劉基の注解:震・庚両峰起得秀美、若又有坎竜結成堂局・穴乗其気、再得南方離位高聳一峰、乾・坤・艮・巽各起旗山鼓閣、如軍隊屯駐・戈戟羅列、重重密布——這就主出天下英豪、横行四方。凡見到這種地、不可胡乱伝授、点錯了反会生出奇禍。丙・午・丁三陽之地若秀峰特起、主有奪魁之貴。若由艮・亥之気承受它、福力尤其熾盛。旺竜得之也奇特。其餘各山見到它、虽能発科第、未必能中魁首、還得再有木星山与催官等砂来相助才応験。

原文:坤母峰高不起,幸題名於榜尾。劉釋:坤為老母,又名太陰星。坤龍本為元極,而其方高起作他山之應,亦催發秀氣而獲吉,故坤峰高聳秀拔,主科第低在榜之末耳。原文:是故本主興隆,煞曜變為文臨;龍身微賤,牙刀化作屠刀。劉釋:煞曜者,黃泉八曜之煞也,煞曜犯之,主出刑禍。然坐下龍穴或得巽方甲丙丁、兌庚辛等氣而送從,護應等砂聚秀可觀,則黃泉八煞等方高峰反能助我福力,化煞生權,而劫曜可以腹心矣。有此砂應,反主威權而斬斫自由。使龍賤砂散,則黃泉八煞為禍:重則刑戮,輕則夭亡抄括也,必然應之。牙刀,佩刀也;屠刀,殺鄶刀也。龍身貴則刀為佩刀,龍身賤則牙刀化作屠刀的,反致傷人。刀無屠牙之別,而龍有貴賤,故吉以吉應,凶以凶應矣。

坤母之峰若高聳不起、也僥倖能題名在榜末。劉基の注解:坤象徴老母、又叫太陰星。坤竜本属亢極之陰、但它這一方若高起而作別山的朝応、同様能催発秀気而獲吉。所以坤峰若高聳秀拔、主能中科第、只是名次落在榜尾罷了。経文又説、所以坐山本主興隆時、煞曜也会変成文星臨照。竜身若卑微低賤、佩刀便化成了屠刀。劉基の注解:所謂煞曜、就是黄泉八曜之煞、犯了它主出刑禍。可若坐下的竜穴能得巽方甲丙丁・兌方庚辛這些気来護送、護衛朝応之砂又聚秀可観、那么黄泉八煞方位的高峰反倒能助長我的福力、化煞為権、連劫曜也能変作心腹。有這樣的砂来相応、反主握有威権・誅斬自如。反过来、若竜賤而砂散、黄泉八煞就要作禍。重則遭刑戮、軽則夭亡・抄没家産、必然応験。「牙刀」是佩帯之刀、「屠刀」是屠宰之刀。竜身貴、刀就是佩刀。竜身賤、佩刀就化作屠刀、反而傷人。刀本身並無佩与屠之别、是竜有貴賤之分、所以吉的応吉・凶的応凶。

原文:庫櫃落於艮丙,富堪敵國。劉釋:艮丙二方,財貨之司,故庫山櫃山方平肥滿、形似庫櫃者,見於其方,則上應天星之氣,地氣得之,必主大發財祿,百貨具債而富主敵國,言無比也。原文:娥眉見於巽宮,女色傾城。劉釋:巽為長女,太微所臨之地,清而不雜。其娥眉山形如半月,低小長彎,巽山見之,主女人美貌,有傾城之資;若得坐下山龍秀麗清貴,則女為后妃之尊,或男婚駙馬也。離與兌為坤之少女中女,雖娥眉砂應,然離酉為沐浴之地,女色美而多淫,故只取其砂而已。其巽砂雖似娥眉,卯酉子午上砂來照應,則美貌亦所不免。

庫山・柜山落在艮・丙両方、富可敵国。劉基の注解:艮・丙両方是掌管財貨的職司、所以形状方平肥満・像倉庫銭柜的山、若出現在這両方、便上応天星之気。地気得了它、必主大発財禄・百貨斉備而富可敵国、是説無人能比。経文又説、蛾眉之砂出現在巽宮、主生傾国傾城的美女。劉基の注解:巽為長女、是太微垣所臨之地、気清而不雑。蛾眉山形如半月、低小而長弯。巽山見到它、主家中女子貌美、有傾城之姿。若坐下的山竜又秀麗清貴、那女子可貴為後妃、或者男子娶得公主為駙馬。離与兌分別是中女与少女、虽然也有蛾眉砂相応、但離・酉是沐浴之地、女子貌美而多淫、所以只取其砂形而已。至於巽方之砂虽像蛾眉、若卯・酉・子・午方也有砂来照応、那美貌之外的淫佚之応也就免不了。

原文:見文筆於巽辛,在坤申乃為詞訟之凶。劉釋:文筆峰高拔如筍,插於巽辛二方,主文翰馳譽;若在坤申之地見之,則雖插天如筍,反主詞訟,為筆之凶也。得坐下乘亥艮巽丙等龍受之,亦主出科第,有刀筆之才、按斷之美也。原文:顯旌旗於庚震,在子午則為劫賊之資。劉釋:旌旗刀戟本為凶器,如見於庚震之方,坐下得三吉六秀龍氣受之,則出文武全才,握兵權於困外;若在子午二方見之,則子午為劫煞之鄉,主出軍賊,而更有旗劍應之,則執兇器以殺物而不可騰言矣,大則背父背君,小則劫鄉劫財。

文笔峰出現在巽・辛、是吉。出現在坤・申、反成詞訟之凶。劉基の注解:文笔峰高聳如竹笋、挿在巽・辛両方、主文章翰墨名声遠播。若在坤・申之地見到它、纵然挿天如笋、反主興起訟事、成了笔的凶応。若坐下乗的是亥・艮・巽・丙這類竜来承受它、也主出科第、有掌案牘文書之才・明察断案之長。経文又説、旌旗之砂顕現在庚・震是吉、若在子・午就成了盗賊的資本。劉基の注解:旌旗刀戟本是凶器、若見於庚・震之方、坐下又得三吉六秀的竜気来承受、就出文武全才、在辺疆握有兵権。若在子・午両方見到、子午本是劫煞之郷、主出軍賊。再有旗・剣之砂相応、那就持凶器殺人而無法尽述其禍——大則背棄父君、小則劫掠郷里・搶奪財物。

原文:劍戟牙刀,六秀因之而取貴;四金八曜之方,反作殺身之害。劉釋:刀劍銳戟,兵器也,六秀龍見之,必主武威兵形之職;若在辰戌丑未四金之位及八曜之方,反主殺身亡家。八曜即坎龍、坤兔、震山猴、巽雞、乾馬、兌蛇頭、艮虎、離豬,為煞曜之類,卦氣剋制之煞也。原文:龜鶴琴劍,三吉得之而文雅;丑未坤申之地,多為仙聖之風。劉釋:龜鶴琴劍,玩戲之器,而龜鶴乃永年靈瑞之物,三吉龍見之,主出大臣清雅之職,為翰林馳譽。若在丑未坤申四方,則丑未主出神仙,而坤申又生孤耿,地氣應之,其產神聖也必矣。

剣・戟・佩刀之砂、六秀之竜因它而取貴。可若落在四金与八曜之方、反成殺身之害。劉基の注解:刀・剣・鋭戟都是兵器、六秀之竜見到它們、必主武威与統兵之職。若落在辰・戌・丑・未四金之位以及八曜之方、反主殺身亡家。所謂八曜、就是坎配辰竜・坤配卯兎・震配申猴・巽配酉鶏・乾配午馬・兌配巳蛇・艮配寅虎・離配亥猪、属煞曜之类、是卦気相克所生的煞。経文又説、亀・鶴・琴・剣之砂、三吉之竜得之則顕文雅。若在丑・未・坤・申之地、多主仙聖之風。劉基の注解:亀・鶴・琴・剣本是清玩之物、而亀与鶴又是長寿霊瑞之物。三吉之竜見到它們、主出大臣中清雅的職位、在翰林院享有名望。若落在丑・未・坤・申四方、那么丑・未主出神仙、坤・申又生孤僻耿介之人。地気一相応、出方外神聖之流也就是必然的了。

原文:掀裙舞袖,不堪於沐浴之鄉;偃月臥尸,最忌於黃泉之地。劉釋:掀裙砂,一般長宜一肥反長,東西不相向者是也;舞袖砂,來長曲折,東西繞繞如風之飄舞者是也。此等砂法,若見於午卯酉方位,必主婦人淫亂無恥;若在他方,其禍略輕。偃月砂,狀蛾眉而斜昃低長;臥尸砂,低小長直、頭高頭低者是也。此二砂不拘何方見之皆不美,若在辰戌丑未及八煞遇之,立主害人,不客扛死則主刑戮。

掀裙・舞袖之砂、最受不了落在沐浴之郷。偃月・卧尸之砂、最忌諱落在黄泉之地。劉基の注解:所謂掀裙砂、是一辺長而一辺肥・反倒拖長、東西両側互不相向的。所謂舞袖砂、是来勢長而曲折、東繞西繞像被風吹舞的。這類砂形若出現在午・卯・酉方位、必主婦人淫乱無恥。若在別的方位、禍患略軽。偃月砂、形状像蛾眉却斜側低長。卧尸砂、低小而長直、一頭高一頭低。這両種砂無論出現在哪一方都不好。若在辰・戌・丑・未及八煞方位遇上、立刻主害人、不是抬尸而帰、就是遭受刑戮。

原文:八曜重遇刀砂,難逃憲法之誅。劉釋:八曜,八煞方也。如坎龍而辰上有刀砂見,則辰本坎之曜煞方也,而又見尖砂如刀,其刑戮之禍豈能免耶。曜煞方若有高山尖秀,且不可向;尖如刀而不至殺身者哉。坐下龍體清秀,群砂皆吉,而曜地逢乃武則陣亡,文罪戮。原文:乙辰交加水路,未免懸河之厄。劉釋:乙辰宮,軫木、角木二星所占,且辰為水龍之庫。若乙辰位上有流入,或有路道踏破崩橫碎滔,不拘何龍,並出投河自縊之災;若坎龍見之立應。

八曜之方又碰上刀形之砂、難逃国法的誅戮。劉基の注解:八曜就是八煞之方。譬如坎竜而辰方見有刀形之砂、辰本来就是坎的曜煞之方、如今又見尖砂如刀、刑戮之禍怎麼躱得過。曜煞方若有高山尖秀、尚且不可正対着立向。何况尖利如刀、哪有不至於殺身的道理。若坐下竜体清秀・群砂皆吉、只是曜煞之地遇上這種砂、那么習武的応在陣亡、習文的応在獲罪被誅。経文又説、乙・辰両位交錯着有水路、免不了投水的災厄。劉基の注解:乙辰之宮為軫水(木)・角木二星所占、而辰又是水竜的墓庫。若乙・辰位上有水流入、或有道路把它踏破・崩塌横断而水勢泛濫、不論哪一条竜、都会出投河自縊之災。若是坎竜見到它、立刻応験。

原文:水瓢孟缽落坤申,為僧尼乞丐。劉釋:水瓢砂,一山有柄,長員欹側者是也;盂缽,低圓如覆盆盤而小者也。他方見之,主出僧尼乞丐之徒;若在坤申二方應之,坤申之氣主出看經念佛之人,又為孤神煞,必有是驗也。僧尼念佛經於卷,定有山形盂缽之應。原文:鬼牛寅甲遇葫蘆,而瘋殘痼疾。劉釋:葫蘆山,頭高低中凹而圓者是也。丑未寅申乙辰方應瘋疾,更葫蘆砂見於其方,則樂不利口矣。

水瓢・盂鉢之砂落在坤・申、主出僧尼与乞丐。劉基の注解:所謂水瓢砂、是一座山帯着柄・形長而円且歪斜的。所謂盂鉢砂、是低矮渾円・像倒扣的盆盤而較小的。這類砂在別的方位見到、主出僧尼乞丐一流。若応在坤・申両方、坤申之気本主出看経念仏之人、又属孤神煞、必有這種応験。僧尼日日誦経、家山必定有盂鉢形的砂与之相応。経文又説、鬼宿・牛宿所主的寅・甲之位再遇上葫蘆砂、主瘋残痼疾。劉基の注解:所謂葫蘆山、是山頭一高一低・中間凹陷而形体渾円的。丑・未・寅・申・乙・辰這些方位本就応瘋疾、若再有葫蘆砂出現在那裏、那就連口舌言語也不得便利了。

原文:高峰獨出南離,恐驚回祿之禍。劉釋:離,南方火位也,火性炎烈,易發威氣。若南方獨峰迴秀,而亥乾之砂不聳,必有火燒之變;若離山高、寅龍戌水來,其禍立至;已辰砂會、寅午戌局全者亦然,否則目盲之禍。

高峰単独聳出在南方離位、恐怕要驚動火災之禍。劉基の注解:離是南方火位、火性炎烈、容易発出威猛之気。若南方只有一座孤峰回環秀出、而亥・乾方的砂却不高聳、必定会有火焼之変。若離方山高、又有寅竜・戌水前来、火禍立刻就到。若巳・辰之砂会合・寅午戌火局斉全的也一様。即便不応火災、也要応目盲之禍。

原文:星印如當日馬,必遭瞽目之殃。三吉凌雲,雖十數里,何嫌於遠;六秀插漢,縱數百步亦不為疑。劉釋:印者,砂平方圓如印也;星者,散亂細小如星也。二砂見於正午,應主眼目之殃。蓋離者,日月當空之麗明之地,故萬物至離為明,暈如人之兩目明燭事物也;若有星印遮掩兩目,光萬緣離翥矣,故有是應。以故辛峰雲雖十餘里何嫌於遠,六秀插漢從數百步亦不為近,巽辛位有秀峰矣,天高卓不嫌於十里二十里之遠,只尖圓端聳嶙峋,見之便呈秀氣;來秀方有峰凌漢,數千百步亦不疑其近,勿違也,只要不至於壓眉遮掩,堂局寬平,穴明朝迎,便生秀氣。

星形与印形之砂若挡在正南太陽・天馬之位、必定遭受失明之殃。三吉之山高凌雲霄、哪怕遠在十几里外、也不嫌其遠。六秀之峰直挿銀漢、纵然近在数百歩、也不必疑其太近。劉基の注解:所謂「印」、是砂形平整方円像一方印。所謂「星」、是砂形散乱細小如星点。這両種砂出現在正午之位、応主眼目之災。因為離是日月当空・光明附麗之地、所以万物到了離位就明亮、好比人的両只眼睛能照見万物。若有星・印之砂遮住這両只眼睛、光明就都飛散離去了、所以有這樣的応験。因此辛方的高峰纵在十余里外、也不嫌它遠。六秀之峰挿入雲漢、即便在数百歩内、也不算近。巽・辛方位若有秀峰、高卓入天、不嫌它在十里二十里之外、只要尖円端正・聳拔嶙峋、一望便呈秀気。来秀之方若有峰凌雲漢、纵在数百上千歩内也不必疑它太近、不要因此排斥——只要不至於圧到眉睫・遮掩視線、堂局寛平、穴前明朗而有朝迎、就自然生出秀気。

原文:只喜愛幸於昭昭,大忌藏奸於隱隱。劉釋:凡三吉六秀等方如有秀砂,皆要送情拜舞,拱向局前,或在局後挺身俯伏,謂之愛幸於昭昭;若藏身露爪,探頭隱體,謂之出奸於隱隱,皆不吉也。原文:露忠獻赤,賓主識心;面面送情,方為奇貴。劉釋:秀砂挺出拜舞局前者,名露忠獻赤,其心事彼識此見,無有隱匿也。

只喜歓它光明磊落地表示親附、最忌諱它躱躱閃閃地暗藏奸心。劉基の注解:凡三吉六秀等方位若有秀砂、都要含情護送・如拜如舞、拱向堂局之前。或在堂局之后挺身俯伏——這就叫「愛幸於昭昭」。若藏着身子只露出爪子、探出頭来却隠着身体、這就叫「出奸於隠隠」、都不吉。経文又説、袒露忠心・献出赤誠、賓与主彼此心照。四面八方都送来情意、才算奇特的貴格。劉基の注解:秀砂挺立而出・在堂局前如拜如舞的、叫做「露忠献赤」、它的心意彼此都看得見、没有絲毫隠藏。

原文:若或抱頭側面,既非忠厚之風;閃跡拋蹤,必是險邪之輩。劉釋:蓋君子之風,立正坐必端;抱頭側面,容貌無有河象之儀者,皆人之態也,喻砂抱頭斜面、欹側而不正者也。閃跡拋蹤,半藏半露也,如小人之險邪,無可矣之威儀,側不可法之德行矣。

若砂抱着頭・側着臉、就不是忠厚的気象。若忽隠忽現・行跡飄忽、必定是陰険邪僻之輩。劉基の注解:君子的風範是站得正・坐得端。那种抱頭側臉・容貌毫無荘重儀態的、都是人的情態、這裏用来比喻砂抱頭斜面・歪斜而不端正。所謂「閃跡抛蹤」、就是半蔵半露、如同小人的陰険邪僻。既没有可取的威儀、也没有可効法的徳行。

原文:輕微瑣碎,似山非山;或羅列於四旁,或星散於左右;瞻之在前,視之而不見;顧之在後,逐之而不去。劉釋:輕微渺小,似山非山,或上埠,或砂堆,不長不方,無形無像,欹斜尖曲;或羅列於四方,或如星之散見於左右;望之似有而閃,中跡在帝,不向堂局;顧之在後,近身涉足,撥之而不去。如此砂法皆不吉,如上險邪,不足取也。

那些軽小瑣碎・似山又不像山的東西。有的羅列在四旁、有的星星点点散在左右。看它在前面、定睛却又不見。回头看它在後面、趕它却又不走。劉基の注解:軽微渺小・似山非山、有的是小土埠、有的是砂堆、既不長也不方、無形無象、歪斜尖曲。有的羅列在四方、有的像星点散見於左右。望過去仿佛有却又一閃而失、形跡居中而並不朝向堂局。回头看它在後面、近在身辺・挙足可及、想撥開它又撥不走。這類砂法都不吉、跟上文説的陰険邪僻之砂一様、不足取。

原文:隨形步影,非穿窬則鬼崇為妖;摸背推肩,非私淫則奸奴謀主。劉釋:如上文土堆星,近身步影,視之而不見,撥之而不去,此等砂法為穿窬鬼崇之應;閃跡在旁,摸背推肩,無形無像,此等砂法為私淫陰謀之應。凡正人君子堂堂可見,彼此識心;若此藏頭閃跡等輩,心地闇昧,陰邪害物,故砂頭像之,必主出穿窬之盜,否則遭穿窬盜賊,或鬼崇如妖,及妻謀夫、奴謀主,以至婦人淫亂,業中之期、上宮之要,無所不至也。

那种跟着人形歩歩移影的砂、不是出穿墻的盗賊、就是鬼魅作祟。那种像在背後摸・在肩上推的砂、不是家中私通淫乱、就是奸猾的僕人図謀主人。劉基の注解:像上文所説的土堆星点、貼近身辺如影随形、看又看不見、撥又撥不走、這類砂法応在穿墻之盗与鬼祟作怪。行跡閃爍在旁、像摸人的背・推人的肩、無形無象、這類砂法応在私通与陰謀。凡正人君子光明磊落・彼此心照。而這些蔵頭閃跡之輩、心地昏昧・陰険害人。所以砂頭一旦像了它們、必主出穿墻的盗賊、否則也要遭盗賊侵擾、或有鬼魅妖異、以及妻子謀害丈夫・僕人謀算主人、甚至婦人淫乱、家業中的隠私・内室裏的秘事、無所不有。

原文:是故砂如圓淨,定產忠貞;勢若欹斜,必生淫佞。地與人符,氣通物應。劉釋:由是觀之,則砂如圓淨高超清潔者,必出人方正秀雅;欹細碎者,必出陰人生魂惡。此蓋地氣自然之符,而一定不易之理也。原文:見地可以知人,而察來驗於已往。劉釋:觀地之形象,以及其龍氣之吉否,便可以知其家之子孫。如砂圓端正,則子孫之主大端厚;欹斜側向,則子孫陰佞魂惡,不必見子孫而後知之也。則知將來之事,即於其祖墓之龍砂驗其已往之事,則將來可見矣。

所以砂形円潤潔浄的、一定生出忠貞之人。形勢歪斜的、必定生出淫佚奸佞之輩。地与人相符、気与物相通而彼此感応。劉基の注解:由此看来、砂形円潤潔浄・高聳清朗的、必定出方正秀雅的人。歪斜細碎的、必定出陰険凶悪之人。這是地気自然的符験、也是一定不移的道理。経文又説、看了地就可以知道人、考察将来也可以験証過去。劉基の注解:観察地的形象以及竜気的吉凶、便能知道這一家的子孫如何。若砂形円潤端正、子孫就多端方厚重。若砂形歪斜側向、子孫就陰険奸佞而心地凶悪——不必等見到子孫才知道。既能推知将来之事、也能就其祖墳的竜与砂去験証已往之事。已往既明、将来也就看得見了。

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