Libo

灵城精义

南唐 · 何溥(令通)

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

提要(四庫全書総目・霊城精義)

風水堪輿典籍

まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。

提要(四庫全書総目・霊城精義)

《靈城精義》二卷,舊本題南唐何溥撰。溥字令通,履貫未詳。是編上卷論形氣,主於山川形勢,辨龍辨穴。下卷論理氣,主於天星卦例,生克吉凶。自宋以來,諸家書目皆不著錄。

《霊城精義》は上下二巻で、旧本は南唐の何溥の撰と題する。何溥は字を令通といい、その経歴と籍貫はいずれももはや査考の術がない。全書の上巻は「形気」を説き、主に山川の形勢を論じて「龍」の来路と「穴」の所在を弁じ、下巻は「理気」を説き、主に天星と卦位の推算の体例および五行生剋の主する吉凶を論ずる。しかし宋代以来、歴代各家の書目にいずれもこの書を著録したことがない。

觀其言宇宙有大關合,氣運為主。又言地運有推移,而天氣從之。天運有轉旋,而地氣應之。蓋主元運之說者。考元運之說以甲子六十年為一元,配以《洛書》九宮。凡歷上中下三元為一周,更歷三周五百四十年為一運。凡為甲子九,每元六十年為大運,一元之中,每二十年為小運,以卜地氣之旺相休囚。如上元甲子一白司運,則坎得旺氣,震巽得生氣,乾兌得退氣,離得死氣,坤艮得鬼氣,大抵因《皇極經世》而推演之。

その書中に「宇宙に大关合あり、気運を主とす」と説き、また「地運に推移ありて天気これに従い、天運に転旋ありて地気これに応ず」と説くのを見れば、この書の主とするは「元運」一派の学説であることが分かる。「元運」の法を考えるに、六十年の一甲子をもって「一元」とし、《洛書》の九宮に配し、上元・中元・下元の三元を合して一周となし、三周相積して五百四十年を「一運」とし、その中に合わせて九個の甲子を含む。一元ごとの六十年を「大運」と称し、一元の内で二十年ごとにまた一つの「小運」に分け、もって地気の旺・相・休・囚を推占する。たとえば上元甲子は「一白」が運を当り、坎宮が旺気を得、震・巽の二宮が生気を得、乾・兌の二宮が退気を得、離宮が死気を得、坤・艮の二宮が鬼気を得る。この一組の推法は、おおよそ邵雍《皇極経世》の元会運世の数を承けて推演してなったものである。

其法出自明初寧波幕講僧,五代時安有是說?其非明以前書確矣。其注題曰劉基撰。前列引用書目凡二十二種,如《八式歌》之類,亦明中葉以後之偽書,則出於贗作,亦無疑義。但就其書而論,則所云大地無形看氣概,小地無勢看精神,水成形,山上止,山成形,水中止,龍為地氣,水為天氣諸語,於彼法之中頗為近理。註文亦發揮條暢,勝他書之鄙,猶解文義者之所為。術數之書無非依託,所言可採,即錄存以備一家,真偽固無庸辨,亦不足與辨也。

しかしこの元運の法は実は明朝初年の寧波の「幕講僧」に出たもので、五代の時にどうしてこのような説があろうか。それが決して明代以前の著作でないことは明白確実である。書中の注は劉基(劉伯温)の撰と題し、注の前に列する引用書目は二十二種あり、その中の《八式歌》の類はいずれも明代中葉以後にやっと現れた偽書である。ではこの注も同じく後人の偽託に出たもので、疑うべきところもない。ただ書の内容のみについて論ずれば、それが説く「大地無形看気概、小地無勢看精神」「水成形、山上止;山成形、水中止」「龍為地気、水為天気」の数句は、堪輿一派の法門の中ではなお頗る情理に合う。注文も闡発が条理通暢し、同類の書の鄙陋に勝り、真に文義を解する人の作のようである。術数の書はもとより古人に仮託せぬはなく、説くところに尚お取るべきがあれば、収録保存して一家の言に備えればよく、真偽はもとより深く弁ずるを要せず、弁ずるに値もしない。

霊城精義・巻上 形気章

上巻一 宇宙關合、気運気勢

宇宙有大關合,氣遠為主;山川有真性情,氣勢為先。

天地の間に自ら大いなる關鍵會合の処あり、その中に「気運」の推移をもって主宰とす。山川は各々その真實の性情あり、認取するには「気勢」をもって最先とす。これ全書開宗の第一義なり。地を相るに看る所は死せる土石にあらずして流行不居の生気なり。故に必ず先ず気運の上に立脚し、気勢の上に着眼す。

此首章,乃堪輿家之論氣者第一機竅也。昔云:有地非人不下,有人非時不下。蓋以氣遠言也。又云:察以眼界,會以性情,若能了此,天下橫行。此以氣勢言也。如彼前哲,一睹形勢,便知禍福之大小,世數之先後,全在氣遠上之。夫山川有真性情,何以辨也?昔人有云山乘秀氣,水乘積氣,石乘煞氣,平乘脊氣。又云:山谷異形,平原一氣,此山川之大勢,乃山川之真性情也。

この開篇の一章は堪輿家の「気」を論ずる第一道の機竅なり。前人の言に「有地非人不下、有人非時不下」——好地ありて福ある人なければ葬り下ろすあたわず、人ありて時運いまだ至らざれば、また葬り下ろすあたわず、これは「気運」に就て言ふなり。また「察以眼界、會以性情、若能了此、天下横行」——眼界をもって形勢を察看し、性情をもって気機を領會し、能く此の一層に了透せば即ち天下に横行すべし、これは「気勢」に就て言ふなり。故に從前の明師は一たび形勢を見れば即ち日後の禍福の大小・發福世代の先後を知ることを得、全て気運の上に着眼す。然らば山川の真性情はまた如何に分辨すべきか。前人の言に「山乘秀気、水乘積気、石乘煞気、平乘脊気」、また「山谷異形、平原一気」——これが講ずる所は正に山川の大勢、即ち山川の真性情なり。

山何以獨取秀氣也?山之勢,類多剛猛幣頑硬,惟患不秀麗,若見秀麗所叢,穆是真氣所聚。且上聚地惟天清之氣居多,所謂收山不收水者,正用之此處,故以峰巒之秀氣為生氣耳。水何以獨取積氣也?水之勢,類多流走而散逸,惟患不澄凝,若見諸水所積,便是真氣所鍾。且下聚地惟取凝蓄之氣居多,所謂收水不收山者,正用之此處,故以水之積氣為生氣耳。

山は何ぞ単に「秀気」を取るや。山の形勢は多く剛猛頑硬にして、最も怕る所は秀麗ならざるなり。一たび一處の秀麗なる峰巒叢聚を見れば、彼の處は即ち真気の聚る所の地なり。況んや「上聚」の地は多く天上の清陽の気の結ぶ所にして、堪輿家の所謂「収山不收水」は正にこの種の地方に用ゆ。故に峰巒の秀気をもって生気と作す。水は何ぞ単に「積気」を取るや。水の形勢は多く流走散逸にして、最も怕る所は澄凝すること能はざるなり。一たび衆水匯積の處を見れば、彼の處は即ち真気の鍾る所の地なり。況んや「下聚」の地は多く凝蓄の気を取り、所謂「収水不收山」は正にこの種の地方に用ゆ。故に水の積気をもって生気と作す。見るべし、山と水の気を取る着眼處は本もと相同ならず、気を認る者は一概に論ずべからず。

石何以獨取煞氣也?山有山之喜氣,亦有山之怒氣。怒則山之威靈所在。威靈之氣,多露為石。若石山而徒剛猛,壓逼不成體勢,不作威儀,則徒有煞而無生矣。從而下之,禍不旋踵。故石貴乘煞氣者,取其威而成體,有生氣也,最宜細認。平何以獨取脊氣也?如平陽一派之土,純陽無陰,生氣不斂,苟得一骨脊之處高起,便為斂而有生氣矣。昔人有“沒牛吹氣,如酥在湯”之喻,正如此。

石は何ぞ単に「煞気」を取るや。山には山の喜気あり、また山の怒気あり。怒気の在る所は正に山の威靈の在る所にして、この威靈の気は多く半ば顯露して石と成る。若し石山がただ一味剛猛にして壓逼して人を逼り、體勢を成さず威儀を具へざれば、則ち煞のみあって生なし。この種の地方に下葬せば禍事は轉眼に便ち至る。故に石の貴ぶべきは「煞気を乘ずる」に在り、取る所はそれが威嚴にして能く體を成し、煞の中に生を含む一面なり。これ最も細々に辨认を須とす。平地は何ぞ単に「脊気」を取るや。平陽一帶の土の如きは純陽にして陰なく、生気は舒散して収斂せず。若し能く一處の骨脊高き起るを得ば、気は便ち收攏して生機有らん。前人に「没牛吹気、如酥在湯」の比喩あり——水牛が身を水中に没して只脊背を露し、鼻孔にて気を吹き、酥油が熱湯の上に浮んで微微と隆起す——説く所は正にこの気象なり。

山谷又何以稱異氣乎?如今山谷之間,各自起勢,各自開局,各自成門戶,其氣各異,故凡江南一帶,不當與江北同看,只見一個星辰特起,一個局面特開,有蓋有送,有朝有迎,或如專城,或如停釋,倘得兩三重水口,特特關鎖,便為有結,便當著眼。試觀閏、廣、吳越之間,各村各社,各有名族,亦各有名家,諸幾語言習尚,又各不同風,惟異氣然也。

山谷の地は何ぞ「異気」と稱するや。山谷の間は一處に一處の起勢あり、一處に一處の開局あり、各々自ら一個の門戸を成し、気脈は互いに相同ならず。故に江南一帶の山は江北の看法をもって套すること能はず。只一座の星峰特特に聳起し、一個の局面特特に展開し、上に「蓋」山あり、後に「送」山あり、前に「朝」山あり、旁に「迎」山あり、或いは圍合して一座の專城の如く、或いは停蓄して一處の驛舍の如く、再び能く兩三重の水口特特に關鎖あらば、那れ便ち結作有るなり、即ち着眼すべし。試みに閩・廣・呉越の間を看よ、各村各社に各々その望族名家あり、言語風俗すら村村同ならず、正に「異気」の然らしむるなり。

平原又何以稱一氣乎?如今四望廣漢之地,有何大分別,只見有一方岡脊起處,便作城池市鎮,其為廬舍墳墓,盡聚於此,即幾語言習尚,雖數百里多為通同,謂非一氣然乎。倘居異氣處而漫以漠然四望之勢求之,則以眼界太寬而失矣;倘署一氣處而必以山谷分結之勢求之,則又以眼界太窄而失矣。此認氣以認氣勢為難也。

平原の地はまた何ぞ「一気」と稱するや。目を擧げて四望すれば一片の廣漠にして、本もと大いなる分別あることなし。只見る、一方の岡脊隆起する地方あれば、便ち彼處に於て城池を築き市鎮を成し、房舍と墳墓と盡數此處に聚まる。言語風俗すら縱横數百里も大體相通ず、これ正に一気の貫通ならずや。若し身を「異気」の山谷に在して平原の漫然無邊際なる四望の勢をもって求めば、失は眼界の太だ寛きに在り。若し身を「一気」の平原に在して硬く山谷の分枝結穴の格局に按じて求めば、また失は眼界の太だ窄きに在り。故に気を認るには「気勢」を認清するをもって最難とす。

上巻二 地運天運、天人相應

地運有推移,而天氣從之;天運有轉旋,而地氣應之。天氣動於上。而人為應之;人為動於下,而天氣從之。

地上の気運に推移變遷あれば天上の星気は便ち之に隨て動き、天上の星運に轉旋變化あれば地下の気脈は便ち之に應じて變ず。天気は上に在て先に動けば人事は即ち下に在て相應じ、人事は下に在て先に動けば天気も亦之に隨て轉ず。天・地・人三者の気は本もと一貫相通ず。故に善く気運を觀る者は能く天象に由り人事を預知し、亦能く人事の興作に由り天気の向背を看出す。

此言宇宙氣運,天地人皆相與於有成,一有轉移舉動,氣即以異,此識時觀變者之一大樞紐也。何謂地運有轉移而天氣從之?如黃河是天地間一大血脈,據黃虞時河由龍門而轉呂梁,由呂梁而轉太行,由太行而轉褐石乃入海,是河從西轉南,從南轉東北,而巽居其中,則所謂黃河如帶,五嶽俱朝,為天下第一大風。水者,此也。此巽都一時而堯舜禹三聖人出焉,千古莫盛矣。

これは宇宙間の気運は天・地・人三者の互相參與を以て乃ち成就を得るを説くなり。只一處の轉移擧動あらば気は即ち之に隨て異なり、これ時務を識り變化を觀る人の把握すべき一大樞紐なり。何をか「地運に推移ありて天気之に從ふ」と謂ふや。黄河は天地の間の一条の大血脈なり。説に唐堯虞舜の世、黄河は龍門に由り吕梁に折れ、吕梁に由り太行に折れ、太行に由り碣石に折れて而して後海に入る。河道は自ら西より南に轉じ、又自ら南より東北に轉向し、巽方は正にその中に居る。これ即ち所謂「黄河如帶、五岳俱朝」にして天下第一等の大風水と為す。正に此の一段の巽方帝都の気運に因り、一時の間に堯・舜・禹三位の聖人相繼ぎて出づ、千古に此より盛んなるはなし。

夫惟黃河經其北,長江繞其南,而泰嶽夾於其間,則泰山為華山以來大盡之龍,乃中國之一大干也。若論中國形勝,則泰山為中盡,當時孔聖起而群賢濟濟並生,千古亦莫盛焉。此開闢以來未有轉徒之山水也。自漢黃河漸徒而南,乃至穿斷部魯之墟,宜走準泅,則泰山反居北,而黃河乃居南矣。巽州之水勢傾,鄒魯之地脈斷,而北地之氣運衰矣。

正に黄河が其の北面を流れ、長江が其の南面を環繞し、泰山一岳が兩水の間に夾まるに因り、故に泰山は自ら華山一路行来の「大盡」の龍にして中国の一条の大干龍なり。若し中国の形勝を論ぜば泰山は即ち居中して盡くる一處なり。當年孔子は其の地に起り、群賢濟濟として並び出づ、千古にも此より盛んなるはなし。これは開天闢地以来遷移したることなき山水なり。漢代以後に至り黄河は漸く南徙し、甚だしきは鄒魯一帶の故墟を穿斷して淮泗に向って流道を改む。是に於て泰山は反って北に居り黄河は卻て南に居る。巽方一帶の水勢は傾瀉し鄒魯の地脈は截斷せられ、北方の気運も亦之に隨て衰落す。

我朝祖陵鍾於中都,大業起於滁陽,正在準泗之間,豈非黃河南徒,氣運固使之然乎!人言江南之盛,以宋南渡而然,不知黃河徒而之南,則天運亦從而之南,人不能為之挽也。夫天氣一從地運之轉者如女人何謂天運有轉旋而地氣亦應之?如秦太史占金陵有天子氣,乃疏秦淮跌洩之,不知奏港一疏,地運乃動,溺後小而六朝之建都。大而我朝之鼎奠,果應於此。

本朝(明朝)の祖陵は中都鳳陽に鍾靈し、開國の大業は滁陽に發端し、恰好として皆淮泗の間に在り——これ豈に正に黄河の南徙・気運の然らしむるにあらずや。世人は皆江南の興盛は宋室の南渡に因ると謂へども、知らず黄河先に南方に徙り天運も亦之に隨て南行し、人力は挽回すること能はざるを。これ即ち天気が地運の轉移に跟隨するの例なり。何をか「天運に轉旋ありて地気之に應ず」と謂ふや。たとへば秦朝の太史は金陵に天子の気あるを占出して、乃ち秦淮を開鑿して之を泄さんとす。不料秦淮一たび疏鑿を經れば地運は反って引動せられ、此後小には六朝が此に都を建て、大には本朝が此に基業を奠定す。果然として此處に應驗せり。

又如洛陽素未有杜鵑,及杜鵑啼而天氣行於南矣,商人自是果作相,是地運未到而天運先到,則地乃從天轉也。何謂天氣動於上而人為應之?如陳希夷一夕見小星居帝星之左,及旦而亞覓其所,見宋太祖與趙普同坐酒肆間,而趙居其左。陳乃曰:小星何敢居帝座左哉!推而易之。此宋太祖微時事。今人多以星氣為渺茫,而不知天動人應,其不爽如此。

又如洛陽は一向に杜鵑なく、杜鵑が洛陽に啼くを待ちて便ち天気已に南行せるの徵候と為し、此後南方の人は果然として朝に入りて相と為る——これは地運いまだ到らざるに天運先に到り、地気反って天運に隨て轉ずるなり。何をか「天気上に動きて人為之に應ず」と謂ふや。たとへば陳摶(希夷先生)は或る夜一顆の小星の帝星の左に居るを見、天亮して後蹤跡を循て尋ね行き、宋太祖と趙普と同く酒肆の中に坐し、趙普は左邊に坐せるを見る。陳摶便ち言ふ、小星あふぎて帝座の左に居るを敢へてせんや、と。乃ち兩人の座次を調換して來す。これ宋太祖尚お微賤の時の事なり。今人は多く星気を渺茫無憑と看作して知らず、天上一たび動けば人間一たび應じ、竟に此の般の地步に準確なるを。

何謂人事動於下而天氣認之?如洛陽花石,何大關係,而元史占之,以為花石不會,由宋之旺氣不絕,及一旦移去花石,而航海之舟遂覆。今人多以前哲按星勢為作用。似為怪涎不經。而不知一舉一動,天即為應。氣何不貫通也?夫論氣運者而苟拘拘於定格,不及於轉徒幻化之不常,抑何以定其變哉!夫古大哲望氣而可預占。察時而可觀變,蓋通此竅耳,自非神仙道眼,烏足語此!

何をか「人為下に動きて天気之に從ふ」と謂ふや。たとへば洛陽の花石は本もと大いなる干係なく、元朝の史官は占候して卻て花石一日散ぜざれば宋朝の旺気も一日絶えざらんと認め、一日ありて花石を遷去するを待ちて花石を運送する海船は隨に傾覆す。今人は多く前賢の星象形勢に按じて興作施為するを怪誕不經と看成し、知らず人間の一擧一動に上天は立刻に回應有り、気豈に貫通せざるの理あらんや。故に気運を論ずる者は若し一味に死格に拘守して気運の遷徙幻化・變動不居を顧みざれば、又怎ぞ能く其の變化を斷定せんや。古來大哲は気を望みて預占し時を察して變を觀ることを能くす、靠る所は正に此の一竅を通ずるに在り。若し神仙の如き道眼にあらざれば、是れ等を談論するに配せず。

上巻三 三講三星、胎局聚氣

有聚講、行講、坐講,則氣聚於龍;有權星、尊星、雄星,則氣聚於勢;有蓋鉛、夾胎、乘胎,則氣聚於穴;有收襟、收堂、收關,測氣聚於局。

龍の起祖の處に「聚講」あり、行度の中に「行講」あり、歸宿の處に「坐講」あり、三講俱全ならば気は便ち龍身の上に聚まる。「權星」(萬山の祖たる極大の峰)・「尊星」(一方に高き出づる祖宗の峰)・「雄星」(水口の門戶を把守する卓立の峰)あり、三星俱全ならば気は便ち形勢の上に聚まる。穴の上に「蓋胎」(頂上の蓋座)・「夾胎」(左右の龍虎の夾護)・「乘胎」(穴前の小明堂の承気)あれば気は便ち穴の中に聚まる。外圍に能く「收襟」(穴内の微茫界水の交合)・「收堂」(龍虎界水の會聚)・「收關」(城郭水口の關鎖)あらば気は便ち整個の局面の裡に聚まる。此の四層は分かちて龍・勢・穴・局の四處より気を認るに、形氣一門の總綱なり。

此四段,乃認氣者第一關鍵也。夫龍忌孤單,人所共知,然亦但知看到頭數節耳,不知龍有起有止有行度,起處必要聚講。如層雲疊霧,合氣運形,大以數百里,小以數十里,橫亙綿延,或五星聚而不分,謂之聚講。如都會之地,萬食所聚,萬民所止,乃樞要之會也。

此の四段は氣を認るの第一關鍵なり。龍は最も孤單を忌む、これは人皆知る所なれど、一般人は只入首前後の幾節を看るを知りて、龍に起り有り・止り有り・行度有るを知らず、而も起祖の處は必ず「聚講」有らざるべからず。所謂聚講は衆山が層雲疊霧の如く會合し、氣と形と交相凝聚し、大なるは横亙數百里、小なるも亦數十里にして綿延斷えず、或いは五星叢聚して分開せず、これを聚講と謂ふ。それは通都大邑の如く、萬貨の聚まる所・萬民の止まる所にして一方の樞要總會なり。

既之後,則分枝劈脈而去,條分縷析,正幹從中,徐支分左分右而行。以渡峽,或以定閃,兩邊夾護,各帶峰巒,帶印、帶筆、帶旗、帶鼓、帶倉、帶庫,各各不一,總之叢聚拱護,不孤不露,謂之行講。龍之行度既歷剝換,必有歸宿,譬則行者之赴家,其一家骨肉必為團聚,又譬則貴人之登堂,其所屬僚佐必為拱護,決無孤立獨坐之理,謂之坐講。有此三講,其龍乃真,若或不然,則孤單二字,不特在入穴之所矣。

聚講既に成りて後、便ち枝を分かち脈を劈きて去り、條分縷析す。正幹は居中直行し、餘支は分かれて左右に走り、或いは峽口を渡り、或いは身を閃して勢を取り、兩邊に山の夾護あり、各々峰巒を帶び——或いは印の如く、或いは筆の如く、或いは旗の如く、或いは鼓の如く、或いは倉の如く、或いは庫の如く、形狀各々相同ならず、總じて是れ叢聚拱護して孤ならず露ならず、これを「行講」と謂ふ。龍の行度既に層層の剝換を歷れば必定歸宿の處あり。譬へば出門の人が家に歸り至れば一家の骨肉自然團聚し、又譬へば貴人が堂に升り視事すれば屬下僚佐自然環列拱護す、決して孤零零として獨坐するの理なし、これを「坐講」と謂ふ。三講俱備なれば此の龍は乃ち真龍なり。若し是の如くならざれば則ち「孤單」二字の毛病は入穴の一處のみに在らざるなり。

何以謂之權星?吳公《鉗龍經》中所稱都權之星也。蓋以其勢正盛正大,祖宗二字不足以盡之。高大如雪山之齊天,不見其頂,綿亙如雲中之雁,不見其來,叢集如艮侖,八方之播踞,不見其分,則天下萬派之山,皆祖於此,此亦何可以祖言,故以都權之星名也。大抵權星多土金之體,蓋惟土金能綿豆也。若水木火多作祖星,以其活動而卓立,則為分形矣,則宇宙間惟土石為大為盛,蓋石即金也。

何をか「權星」と謂ふや。即ち呉景鸞《鉗龍經》に所謂「都權の星」なり。その形勢の極盛極大に因りて「祖宗」の兩字を用ゐてもなお形容し足らず。高大なること雪山の天と斉きが如く、その頂を望見すること能はず。綿亙なること雲中の飛雁の如く、それが何處より來るを望見すること能はず。叢集なること崑崙の如く八方に盤踞し、それが何處より分れ出づるを望清すること能はず——天下の千支萬派の山は皆之を以て祖と為し、已に一個の「祖」の字の稱呼する所能にあらず。故に名づけて「都權の星」と為す。大抵權星は多く土體・金體なり、ただ土金の形のみが能く綿亙廣遠たるを以てなり。至りて水・木・火の三體は多く只一方の祖星と作るのみ、その形態が活動して卓然獨立するを以て、那れは即ち分出したる形に屬するなり。故に宇宙の間は只土と石と最も大にして最も盛んなり——石は即ち金なり。

經云權星宜大不宜秀,祖星臨來要起峰。正此之謂。從此而推,一郡有一郡之權星,幾論佛仙候王相公之大結構,必本於此。至如尊星,則或祖或宗,高出於一方,為眾山所首出者,從此而知龍之正幹正結,皆肇於此。又如雄星,則於城廓交關之處,有卓立星辰,可以應尊星而當門戶者,則以雄星稱、即今所謂北辰羅侯之類。蓋交牙織結,不如以禽獸成形,物形守關,又不如以人守關之為大也。有此三星,方為勢大。

經文に「權星は大なるを宜として秀なるを宜とせず、祖星の臨來は峰を起さんことを要す」と説くは正に此の意を講ず。此に由り類推すれば一郡は自ら一郡の權星あり、凡そ佛地・仙跡および侯王將相の大結作は皆必ず此を以て本源と為す。至りて「尊星」は或いは祖山と為り或いは宗山と為り、一方に高き出でて衆山の首と為り、之に由り便ち龍の正幹と正結と皆此に發端することを知る。再び「雄星」の如きは城郭交會關鎖の處に卓然特立する星峰にして、能く尊星と相呼應して門戶を把守するを便ち雄星と稱し、即ち今人の所謂「北辰」「羅睺」の類なり。大凡水口は只砂脚の交牙織結のみにして山形の禽獸が關を守るに如かず、禽獸の形が關を守るも又人形の尊峰が關を守るの盛大に如かず。三星俱備なれば形勢乃ち宏大と算すべし。

胎星是結穴之所,何謂蓋胎?即蓋座是也。蓋無蓋勢,胎必不結。華蓋盡為上,冠蓋寶蓋次之,即個字飛蛾亦是蓋樣。蓋有蓋則脈不露不孤,而穴必藏風聚氣矣。何謂夾胎?如今龍虎夾耳之說,使風門不動,所以衛穴者也。何謂乘胎?如今小明堂是也。蓋上蓋則氣注於下,下乘則氣墮於上,兩旁夾則氣蓄於中,方謂有氣之穴。

「胎星」は即ち結穴の所在なり。何をか「蓋胎」と謂ふや。即ち穴上の蓋座なり。若し蓋覆の勢なければ胎は便ち結成せず。蓋座は「華蓋」の形を以て最上とし、「冠蓋」「寶蓋」之に次ぎ、「个」の字形・飛蛾形の分脈すら亦一種の蓋樣と算す。蓋有れば脈は孤露するに至らず穴は自然に風を藏し氣を聚むることを能くす。何をか「夾胎」と謂ふや。即ち今日の所謂龍虎夾耳の法にして左右の風門を動かさず以て穴場を衞護す。何をか「乘胎」と謂ふや。即ち今日の所謂小明堂なり。上に蓋覆あれば氣は自ら上より下に注ぎ、下に承托あれば氣は自ら下より上に托し、兩旁に夾護あれば氣は中に蓄へ、是の如くして乃ち氣有るの穴と稱すことを得。

何謂收襟?則穴中微茫,界水所會,如人之襟領所交,名曰襟合。何謂收堂?則龍虎界割之水所會,如居室之明堂,為四水之所聚,名曰堂合。何謂收關?以龍之分來作城作郭之水所會,小如居室之門戶,大如城郭之關鎖,名曰關合。古人所謂小合收囊,以堂合言也;大合收局,以關合言也。穴情低小者,收堂以內之水;穴情高大者,收關以內之水。

何をか「收襟」と謂ふや。穴中の那の一線微茫の界水交會の處、人の衣襟領口の相交るが如し、故に「襟合」と謂ふ。何をか「收堂」と謂ふや。龍虎兩砂界割して來る水の匯合の處、屋宅前の明堂の如く、四面來水の聚まる所なり、故に「堂合」と謂ふ。何をか「收關」と謂ふや。龍身より分出して城と作り郭と作る衆水會合の處、小なるは居室の門戶の如く大なるは城郭の關鎖の如し、故に「關合」と謂ふ。古人の所謂「小合は嚢を收む」は堂合を指し、「大合は局を收む」は關合を指す。穴情の低小なるは只堂合以内の水を收め、穴情の高大なるは乃ち關合以内の水を收む。

至如穴前小明堂合襟之水,無論高低穴皆所當收也。幾論局者,必準諸此,合而論之。昔人有云:有穴方言地,無局不言龍。則局又龍之所以定背面也。廖公洩天機,分龍穴砂水,而又加之以堂,正此之謂與!

至りて穴前小明堂の合襟する那の一點の水は則ち穴位の高低を論ぜず、皆是れ必ず收取せざるべからざるなり。凡そ「局」を論ずるは皆此を以て準と為し、合はせて通盤に看るべし。前人の言に「有穴方言地、無局不言龍」——局は正に龍の向背の分定する所の由なり。廖瑀が《泄天機》を作りて龍・穴・砂・水の四者の外に又一個の「堂」を加ふ、説く所は大氣此の道理ならんや。

上巻四 陰陽交止、雌雄相御

陰勝逢陽則止,陽勝逢陰則住。雄龍須要雌龍御,雌龍須要雄龍簇。

陰氣偏盛の龍は開陽の局面に遇へば便ち止住し、陽氣偏盛の地は起陰の形體に遇へば便ち駐住す。雄健の正幹の龍は須く柔順の雌龍を旁に護送駕御せしむべく、柔嫩の雌龍は則ち須く雄峻の砂峰を簇擁夾輔せしむべし。見るべし、龍は必ず陰陽雌雄交媾の地方に於て乃ち穴胎を結成することを得。

此二段言龍勢必得陰陽雌雄媾會之處而始成胎,認氣者所當審也。如山谷之間,陰氣嘗勝,故一卸平洋,脫胎換骨,局面亦且開陽舒暢,此便有結,所謂陰勝逢陽而止是也。大開大結,小開小結,萬萬不爽。又如平洋之地,陽氣嘗勝,故忽然起一岡阜、一山脊,謂之吉氣所起,乃四面陰砂,未纏未護,便是淺露,亦自成局。故平原之處,只要分局得明,骨脈顯示露為證,所謂陽勝逢陰而住也。

此の兩段は説く、龍勢は必ず陰陽雌雄交媾會合の地方に走り至りて乃ち結胎することを得、氣を認る者は應に細審すべし。譬へば山谷の間は常は陰氣偏盛なり、故に一旦平洋に卸落せば便ち脫胎換骨して局面も亦之に隨て開陽舒暢し、此處に便ち結作有り、正に所謂「陰勝は陽に逢へば則ち止まる」なり。局面の開くるや大なれば結するや大なり、開くるや小なれば結するや小なり、萬に一の失なし。又如平洋の地は常は陽氣偏盛なり、故に忽然として一座の岡阜・一条の山脊を隆起す、これを吉氣の起れる所と謂ふ。縱ひ四面の陰砂いまだ纏護周密せずして淺露を顯すとも、亦自ら局を成すことを能くす。故に平原に於て地を相るは只分辨して局面を出だし骨脊顯露して憑證と作す有らば、便ち所謂「陽勝は陰に逢へば則ち住まる」なり。

又如龍勢之來,正幹雄強,謂之雄龍,有自天而降、御風而行之勢,乃兩護送之山須要柔順婉轉,遠纏遠護,不與爭強,則正幹乃結。昔人所云雄龍坐大將以握重兵是也。要之所御之砂若果秀雅,亦出文士,或以文臣握兵權耳。又如龍勢之行,一派軟嫩為雌,必兩邊擁護,拱夾有力,作起氣勢,乃見精神。夫雌龍固主文秀,然四面砂如筆、如笏、如鼓、如旗,亦主威嚴,豈止文秀哉!此雌龍以夾從雄勢為佳,幾雌雄貴交媾如此。

又如來龍の正幹雄強なるを「雄龍」と謂ひ、天より降りて風を御して行くの氣勢有り。此の時兩邊護送の山は必ず柔順婉轉して遠遠に纏護し、正幹と強を爭はず、正幹乃ち結穴することを得。前人の所謂「雄龍は大將に坐して重兵を握る」は指す所は此の格局なり。ただ駕御する所の護砂若し果して秀雅ならば亦一樣に文士を出だし、或いは文臣を以て兵權を掌るの人物を出だす。又如龍の行度一路軟嫩なるは、此れ即ち「雌龍」にして必ず兩邊擁護・拱夾有力にして氣勢を撑起し、乃ち精神を見出すことを得。雌龍は固より文秀を主とすれども、四面の砂若し筆の如く・笏の如く・鼓の如く・旗の如くならば亦一樣に威嚴を主とす、豈に只だ文秀のみならんや。故に雌龍は雄峻の砂の夾從有るを以て佳と為す——雌雄の貴は交媾に在り、正に此の意なり。

上巻五 大地氣概、小地精神

大地無形看氣概,小地無勢看精神。水成形山上止,山成形水中止。

大地は往々にして巧媚現成の穴形なく、只整體の氣概の上より看るのみ。小地は既に宏大の氣勢なければ、局中聚斂の精神の上より看ることを要す。平支の龍は水の界合に靠りて形を成し、氣脈は隆起して剛なる高處に止住す、故に「水成形、山上止」と謂ふ。山壟の龍は山勢に靠りて形を成し、氣脈は界水交會の平坦處に止住す、故に「山成形、水中止」と謂ふ。

此言立穴當先認其形神止聚之處而穴之,不可一概論也。今人於入首作穴處,便看窩鉗乳突四字,一有此四者,便稱好穴,不知形乃穴之證佐耳。至其生機真結之處,全在大勢上理會。如大地之形,嘗隱嘗拙,何有形之巧媚動人。只於大象上察其氣勢,認其性情,苟得生機,便成穴法,不在拘拘於窩鉗乳突之常法也。至若小地,既無氣概,必須形局合度,聚氣藏風。出局觀之,似無氣勢,入局觀之,卻有精神,則便可於精神聚處穴之,亦可成一器局也。

これは説く、立穴は必ず先ず形と神の止聚する地方を認清して而して後下穴し、一概に論ずべからず。今人は入首作穴の處に到りて只「窩・鉗・乳・突」の四字を看て、一たび此の四種の形狀有るを見れば便ち好穴と稱す。然れども知らず「形」は只穴の旁證のみなるを。至りて生機真結の處は全く大勢の上に領會するを要す。大地の形狀は常々隱晦にして拙朴にして、豈に巧媚動人の形有らんや。只大象の上に其の氣勢を察し其の性情を認り、只生機を得著せば便ち穴法を成すことを得、死守して窩鉗乳突の常規を須とせず。至りて小地は既に宏大の氣概なければ、必ず形局合度して氣を聚め風を藏することを須とす。局外に立て看れば氣勢毫もなきが似たれど、局中に走り入りて看れば卻て自ら精神有り。然らば便ち精神團聚の處に下穴すべく、一樣に一個の器局を成就すること能くす。見るべし、大地は氣概を重んじ小地は精神を重んず、兩者の着眼處は本もと相同ならず、硬く一套の眼光を用ゐて套せば必定之を失ふ。

此管氏立穴以認形勢為先,最為至要。乃論形之止宿處,又要辨支攏高下,乃不失其性情也。如平支之龍,全以水為界合而成,陽氣嘗勝,其勢柔婉,穴當從其起處剛而乘之,所謂山上止者是也,即《葬書》支葬其瘍之意。如山攏之龍陰氣常勝,其勢雄急,穴當從其坦處而乘之,所謂水中止者是也。謂之水中只是界水會而止處,古所云:來不來,坦中裁,住不住,坪中取。此與《葬書》攏葬其麓之意同。

此れ即ち管氏一派の立穴は形勢を認るを以て先と為すの宗旨にして最も緊要なり。而も形の止宿する處に論至れば、還た「支」と「壟」・地勢の高と下とを分辨して乃ち山川の真性情を失はざらん。平支の龍は全く水の界合に靠りて形を成し、陽氣は常に盛んにして其の勢柔婉なり、故に穴は其の隆起して剛なる地方に於て乘るを要す。此れ即ち「山上止」にして正に《葬書》の「支は其の巔に葬る」の意なり。山壟の龍は陰氣常に盛んにして其の勢雄急なり、故に穴は其の坦平の地方に於て乘るを要す。此れ即ち「水中止」にして、所謂「水中」は只界水交會して氣止まるの處を指す。古人の言に「來不來、坦中裁;住不住、坪中取」は此れ《葬書》の「壟は其の麓に葬る」の意と相同なり。

上巻六 尊星主星、胎伏胎息、解星恩星

認氣於大父母看尊星,認氣於賓子富看主星,認氣於方交搏看胎伏星,認氣於胎育看胎息星,認氣於化煞為權看解星,認氣於逢絕而生看恩星。

發祖の「大父母」の上に氣を認るには「尊星」を看るを要す——即ち一方最高最大にして一方を獨擅する主峰なり。賓主分明の處に氣を認るには「主星」を看るを要す。陰陽交媾の處に氣を認るには「胎伏星」を看るを要す——即ち跌斷過峽・一俯一仰なる那の一節なり。成胎孕育の處に氣を認るには「胎息星」を看るを要す。凶煞を化解して反って凶星を我が用と為す處に氣を認るには「解星」を看るを要す。氣將に斷絕せんとして復た生機を得る處に氣を認るには「恩星」を看るを要す。此の六星は分かれて龍氣の發祖より行度・過峽・結胎に至り化煞逢生に到る各階段に對應し、是れ龍身の上より氣を認る一套の次第なり。

此數段乃龍氣中認氣第一法門也。幾看龍須認尊星為主,蓋到一方看是何山最高最大,專擅一方,便以之為大父母。看尊星是何星辰,如土星起頂垂肩,大開蓋帳,則為土龍勢,其所育之子孫,土是本氣,金是生氣。如木則為煞,如火則為其所洩,如水則又為其所刑。故凡自上而下,遇生旺為子息,遇克害則為其煞。其法當祖《河圖》,一以順生為序,蓋父母不可克子孫也。李家《龍經》云:息星克母子榮昌,母星克子死絕亡。蓋下可克上,上不可克下也。

此の幾段は龍氣の中に氣を認るの第一法門なり。凡そ龍を看るは必ず「尊星」を認るを以て主と為す。一方に到りて、哪の一座の山が最高最大にして一方を獨擅するかを看て、便ち之を以て「大父母」と為す。再看此の尊星は何種の星體に屬するか。譬へば土星起頂垂肩して蓋帳を大開せば、那れは即ち土龍の勢なり。其の生育する所の子孫山は土を以て本氣と為し金を以て生氣と為す。若し木を出づれば便ち煞なり、火を出づれば其の泄る所と為り、水を出づれば又其の刑する所と為る。故に凡そ自上而下相承して生旺に遇ふは即ち子息なり、克害に遇ふは即ち煞なり。此の一套の推法は《河圖》を以て祖と為し一律に順生を以て次序と為す、父母は子孫を克すべからざるを以てなり。李氏《龍經》に「息星克母子榮昌、母星克子死絕亡」——下は上を克すること可なれど、上は下を克すること可ならずと曰ふ。これ相龍の生克を論ずるの一条の根本準則なり。

凡山一到入首之處,看是何星辰,如金星入首,祖宗原是土勢出脈,則為真子孫矣。若干入首蓋覆之星或帶木,不兔相剋。然息為金而覆胎之星帶木,則子息破母胎而出,原有此理。便是金木相接之處,微有水意,便不隔絕矣。此即合前所云息星克母子榮昌之說,有何妨乎!其法出於《洛書》,一以逆克為序。而吳公解義云:木星入土星,一甲輔明廷。亦以從下克上之不畏也。如今術家所稱屏下貴人,夫以木星貴人而在屏土之下,非木入土之說乎!

凡そ山の行りて入首の處に到るは、其れ何種の星體なるかを看るを要す。譬へば金星を以て入首せども祖宗元は土勢出脈ならば、那れは便ち真正の子孫なり。若し入首の處の蓋覆の星に木意を帶ぶれば未免金と相克す。然れども息星既に金にして覆胎の星は木を帶ぶ、則ち是れ子息が母胎を衝破して出づるなり、本もと亦此の道理有り。只金木相接の處に微微と一點の水意を帶ぶれば兩者は隔絕するに至らず——此れ正に前の説く「息星克母子榮昌」に合す、又復た何の妨礙あらんや。此の一套の推法は《洛書》に出で一律に逆克を以て次序と為す。呉景鸞が其の義を解して「木星は土星に入り一甲明廷を輔く」と曰ふも亦是れ下より上を克して畏れを必せずの意を取るなり。今日術家の稱する所の「屏下貴人」の如きは木星の貴人峰を以て土屏の下に立つ、正に木の土に入るの説法ならずや。見るべし、生克の用は須く活看して一端に拘執すべからず。

又如大父母既佈勢降脈而來。若干其間不遇雌雄交媾,何以成胎?故當行到氣盛處。須要跌斷過峽,一俯一仰而成胎伏,乃成交磺。此去方有生育。若無胎伏,放去必不變化,便是純陽純陰,無生機矣。楊公論龍。必以胎伏,意正如此,此於龍腰認氣之第一機竅也。龍既跌斷,過峽則再起,必有好星辰或開蓋覆,必成胎育。蓋覆之下,一線起脈為胎。所謂鶴膝蜂腰龍已成,正指此處。

再び説く、大父母既に氣勢を布開して脈を降して來り、若し一路上雌雄交媾に遇はざれば、又怎ぞ能く穴胎を結成せんや。故に氣盛の地方に行り至りては必ず跌斷過峽して一俯一仰して「胎伏」と成り、此れ乃ち交媾成功と算して下りて往に生育有らん。若し胎伏なく一味に脈を放ちて直去せば必定變化すること能はず、那れは即ち純陽或いは純陰にして全く生機なし。楊筠松の龍を論じて必ず胎伏を講ずるは用意正に此に在り、是れ龍腰の上に氣を認るの第一道の機竅なり。龍既に跌斷し過峽して後必ず再び星峰を起こし、或いは蓋覆の形を開出し、是に於て「胎育」を成就す。蓋覆の下に一線を垂落して脈を起こす、此れ即ち「胎」なり。所謂「鶴膝蜂腰龍已成」は指す所は正に此の地方なり。

此一線垂落,必要水體乃成胎,所謂萬物皆生於水是也。此即束氣之處胎之下,再起便是息星,或於一節即結,或數節乃結,在所不拘。然喬不可節數太多,以氣離胎不可緩,亦不可脫也。息星便是入首,入首之下。再看入手成河穴法。或即貼於息星之本體,或脫落而為另體。乃穴場也。此認真氣於父母。相合處正在此。

此の一線垂落の脈は必ず水體にして乃ち胎を成すことを得、所謂「萬物は皆水に生ず」は即ち此の意なり。此處は亦正に氣を束ぬるの地方なり。胎の下に再び一星を起こすは便ち「息星」なり。有るは一節にして便ち結穴し、有るは幾節を走りて乃ち結し、定數なし。ただ總じて節數の太多きを宜とせず、氣一たび胎位を離れば既に太だ緩なること能はず亦脫開すること能はざるを以てなり。息星は即ち入首なり、入首の下に再び入手の處如何に穴を成すかを看る。或いは緊貼して息星の本體の上に在り、或いは脫落して來りて別に一體を成せば、那れは便ち穴場なり。大父母と子息と相合するの處に真氣を認取するの關鍵は正に此に在り。

凡龍行度。豈能盡無駁雜。如土龍行度。遇木則為煞,然以木星貴人之峰而在土屏之下,雖為煞而有權。若於貴人峰下少轉水而頓起金星,則金可制木之煞,而水為貴人秀矣,豈不化煞為權乎!謂之解星,從此行去,必為生旺,便結穴矣。凡龍行察,必不變換,湖雖生旺,未免太過,反致剛煞矣。

凡そ龍の行度に豈に全く駁雜なからんや。譬へば土龍行度の中に木に遇へば便ち煞なれど、若し此の木星が貴人の峰にして土屏の下に立たば、煞と為すと雖も卻て反って權有り。假に貴人峰の下に略一轉して一段の水體を出し、再び頓起して一座の金星となせば、則ち金は木の煞氣を制するを以て而も水は又襯ひて貴人愈々清秀たるべく、此れ豈に即ち「化煞為權」ならずや。此の一座の金星を便ち「解星」と謂ふ、此れより行き去りて必ず生旺に轉じ、便ち結穴すべし。反って説く、龍一路行き去りて若し始終變換を肯ぜざれば、縱ひ一味に生旺なりとも未免太過にして反って剛煞と成る。

如土龍陣勢,金星為生,乃一派金星,三五不同,不生支腳。渾是堅剛,則純陽不化,反為陽龍之絕,必須卸下,或轉天虹之土,兩邊開掙,以分堅剛之氣,是以母救子為恩也,或卸下轉折,如三奧之水,經洩剛直之氣。是以子救母。亦恩也。得此方去結穴,若不得此,便是香火之居,或為鉸戈之窟矣。

譬へば土龍の陣勢は本もと金星を以て生氣と為す。然れども若し一路皆金星にして三五座形狀雷同して又支脚を生ぜず通體堅剛ならば、那れは即ち純陽不化にして反って陽龍の絕地と成る。此の時必ず卸落して來りて、或いは一轉して長虹の空に橫はるが如き一段の土體を出して兩邊を撐開し、堅剛の氣を分泄する——是れ母(土)を以て子(金)を救ふにして「恩」と謂ふ。或いは卸落して後曲折して轉出し、三重深曲の水體の如くして剛直の氣を泄去する——是れ子(水)を以て母(金)を救ふにして亦「恩」と謂ふ。此の轉換を得著して乃ち結穴すること好し。若し得ざれば那れは只寺觀香火の居と作り、或いは兵戈相爭の窟と成るのみ。

九一方起一尊星,必有一結。或於盡處正受。便為正格。或盡處皆受到煞,則於解星思星之有生機處。或作騎龍,或作斬關,須要詳認。覆蓋峽前峽後之處,每有結作,正數脫卸處而得,解星恩星之有氣也,從龍認氣,妙法在此。

凡そ一方に一座の尊星を起こせば必ず一處の結作有り。有るは龍脈の盡頭に於て正受して結す、那れは便ち正格なり。有るは盡頭處處煞を受けば、那れは要く解星・恩星に生機有るの地方に於て穴を取り、或いは「騎龍」の穴と作り或いは「斬關」の穴と作り、須く細々に辨认すべし。蓋覆の峽前峽後も往々にして結作有り、正に幾處の脫卸する地方に於て解星・恩星の生氣を得著するの致す所なり。龍身の上より氣を認るの妙法は全て此に在り。

上巻七 認龍以勢、認穴以情

認龍之氣以勢,認穴之氣以情。

龍の氣を認るは其の一路行り來るの形勢の上より認るを要し、穴の氣を認るは其の四圍の山水と呼應向背するの情態の上より認るを要す。

昔人云:望氣存乎勢,立穴乘乎情。大要看龍以勢為方。其局有五:曰直,曰橫,早回,曰飛,曰潛。《入式歌》云:直龍原是撞背來,中出貴徘徊。言直來之龍勢多宜硬,妙在徘徊,乃有氣也。橫龍原是從例落,逆轉須磅礴。言橫來之龍,其勢不正,氣須逆轉,而勒定乃收住也。回龍原是逆翻身,顧祖要逡巡。言回龍之勢多湊促,其氣不舒,必得寬暢逮巡。氣乃和也。

前人の言に「望氣存乎勢、立穴乘乎情」。大要是れ、龍を看るは「勢」を以て準と為し、龍勢の局面は共に五種あり、直・横・回・飛・潜と謂ふ。《入式歌》に「直龍元は撞背より來り中出貴徘徊」は、直來の龍は其の勢多く剛硬にして妙處は中間に於て能く徘徊頓挫するに在り、是の如くして乃ち氣有るを謂ふ。又「横龍元は側より落ち逆轉須く磅礴たれ」は、横來の龍は其の勢正ならず、氣は必ず逆轉して來り勒定住して乃ち收住るを得るを謂ふ。又「回龍元は逆に翻身して祖を顧るに逡巡を要す」は、回龍の勢は多く凑促逼窄して氣舒展せず、必ず寬暢從容に祖山を回顧して氣乃ち平和なるを謂ふ。此の三種の龍勢は一は硬の中に活を求め、一は斜の中に逆を求め、一は促の中に寬を求む、皆「勢」の上に氣を認るの功夫なり。

飛龍原是結上聚,昂首真奇異。言飛龍既屬上勢,須要軒昂,收得眾山水,制得眾山水,氣象始為奇也。潛龍原是落平洋,撒脈自悠揚。言平洋多撒漫,病在脈不到,故須撒脈悠揚,有分有合。有擺有折,則氣乃真耳。從龍論氣,大約在此五者。穴法大要有天地人三停,不論高下,只要收得山水,便是真情向也。即如以飛龍而作天穴,情在上聚。法當以龍之氣勢與上聚峰巒配合為是。昔人斷天穴之吉凶,專以龍斷,以上聚專主於龍勢也,若下面砂水,不為用事,則不必論矣。

「飛龍元は上聚に結して昂首真に奇異」は、飛龍は既に上聚の勢に屬すれば、便ち軒昂特起して既に衆山衆水を收住りて又衆山衆水を制住り、氣象乃ち奇特と算すべし。「潜龍元は平洋に落ちて脈を撒き自ら悠揚」は、平洋の地は脈多く散漫にして毛病は脈の頭に到らざるに在り、故に必ず脈を撒きて悠揚し分有り合有り擺有り折有りて氣乃ち真なるを謂ふ。龍より氣を論ずるは大略此の五種を出でず。至りて穴法は大要に天・地・人の三停の分あり、穴位の高低を論ぜず、只山水を收住るを得ば便ち真の情意の向かふ所なり。譬へば飛龍を以て天穴と作せば、情は上聚に在り、法は應に龍の氣勢を以て上聚の峰巒と相配合すべし。前人の天穴の吉凶を斷ずるは專ら龍に就て斷ず、正に上聚の地は專ら龍勢を主とするに因る。至りて下面の砂水は既に用事と為さざれば便ち之を論ずるを必とせず。見るべし、天・人・地の三停の穴の分別は全て氣の上に聚まるか中に聚まるか下に聚まるかに在り、配合する所の對象も亦之に隨て異なる。

幾收山納水,只以眼中得力用事者為緊要也,至如雌雄相半之龍,可扦人穴,情在中聚,則以中聚拱揖之砂為應,取人首之脈與之配合,以其後龍之勢尚緩,而歸堂之水尚低,惟取中聚之砂收而納之,其氣聚,其應速也。至如柔婉之龍,所謂潛龍,多作地穴,則以入口之水為主矣。蓋平洋之地,一以水之界合為龍,故聚水歸堂,乃為有情,故收下聚之氣者,妙在用水。昔人斷中聚之地以砂,下聚之地以水者,誠有見也。

凡そ山を收め水を納るるは只眼中の真正得力用事する那の一部分を最緊要と為す。至りて雌雄各半の龍は人穴と作して扦る可く、情は中聚に在り、那れは要く中間の拱揖朝抱する砂を以て呼應と作し、入首の脈を取りて之と相配合す。此種の地方は後龍の來勢還お緩く、堂に歸る水位還お低く、只中聚の砂を取りて收納し入れて氣乃ち聚住りて應るや快きを以てなり。再如柔婉の龍、即ち所謂潜龍は多く地穴と作し、那れは則ち入口の水を以て主と為す。平洋の地は全く水の界合を以て龍と當て、故に水を聚めて堂に歸せば乃ち情有ると算し、下聚の氣を收下るの妙處は全て水を用ゐるに在り。前人の中聚の地を斷ずるに砂を看、下聚の地を斷ずるに水を看るは實に見地有るなり。總じて上聚は龍勢を看、中聚は砂を看、下聚は水を看、三者各々主る所有りて混用すること能はず——此れ正に「情」の字の穴法の上に落ちるの實處なり。

上巻八 山は龍に象り、配合して止まる

龍備五行之全,故山之形體象龍。龍極變化之神,故山之變換象龍。龍之體純乎陽,故山逢陽而化,遇陽而生;龍之性喜乎水,故山夾水為界,得水為住。龍之行御乎風,故山乘風則騰,藏風乃歇。龍必得巢乃棲,故山以有局有關乃聚,以無局無關為散。龍凡遇物則配,故山以有配有合而止,以無配無合而行。

龍は五行の全を具備す、故に山の形體は龍に取象す。龍は變化の神を極盡す、故に山の剝換變態も亦龍に取象す。龍の本體は純に陽に屬す、故に山は陽に屬する活動開暢・平坦圓滿の處に遇へば便ち變化し便ち生發す。龍の本性は水を喜ぶ、故に山は水を夾みて乃ち界限を成し、水を得著して乃ち止住することを得。龍の行走は風に乘るを要す、故に山は風に乘れば便ち奔騰して去り、風を藏得住れば乃ち歇まる。龍は必ず巢穴有りて乃ち棲息することを得、故に山は局有り關有りて乃ち氣を聚住り、無局無關なれば便ち氣散ず。龍は凡そ相配する物に遇へば便ち交配す、故に山は配有り合有りて乃ち止住し、無配無合なれば便ち一路行き去る。此の六句は龍の性情を以て山の性情に比擬す、正に「形止まりて氣蓄ふ」の一義の形象的説法なり。

此言論龍者必深得龍之性情,乃能得其精神血脈之所聚。此認龍氣者第一吃緊處也。幾宇宙間物理,雖各有五行,以一體而具五行者惟龍。龍之鱗為金,角,與爪為火,身為木,擺折為水,腹之黃為土。今人取天罷星亦備五行,又以辰為罷星,正以亢為金龍,正謂五行之全局也。龍能潛能見,能大能小,能升能降,山之行動,貴有起伏,有變換,正象乎龍,故以龍名。

これは説く、龍を論ずる人は必ず深く龍の性情を得て乃ち其の精神血脈の聚會する處を尋得することを得、是れ龍氣を認るの最も喫緊の處なり。宇宙間の萬物は各々五行を具ふと雖も、一身を以て五行を兼具するは唯だ龍のみ。龍の鱗は金に屬し、角と爪は火に屬し、身は木に屬し、擺折屈伸は水に屬し、腹下の黄色は土に屬す。今人は天上の「天罡星」を取りて亦其れ五行を備ふと謂ひ、又地支の辰を以て罡星と為す、正に亢宿の金龍為るを以てなり、説く所は五行齊全の格局なり。龍は能く潜能く現れ、能く大なり能く小なり、能く升り能く降る。而も山の行度も貴んで起有り伏有り剝有り換有り、正に龍と相象り、故に便ち「龍」を以て命名す。見るべし、龍を論ずるは先ず山を活物と作して看て乃ち形體の上に死せざらん。

夫辰肖龍,以辰居五陽之地,而龍之氣純乎陽,辰則肖之,故山之行度,遇活動開暢則為陽,乃龍變換之處,山之結穴,遇平坦圓滿則為陽,乃龍棲止之處,以其體本屬陽也。且以時序論,逢到三陽,則為驚蟄而龍動,及到四陽,則為飛龍在天,非以陽為得令之候乎!若逢夏至,以後漸及五陽,龍則藏之重淵之下矣。龍之性喜水,故山有界水,有大界水則為大界合,有小界水則為小界合。又如金魚,如蝦鬚,如蟹眼,皆以水言,正以象龍之得水為喜,得水而住也。

辰は十二生肖の中に龍に屬す、辰は五陽の地に居り而も龍の氣は純に陽に屬し、辰は恰も之と相肖るを以てなり。故に山の行度は活動開暢の處に遇へば便ち陽に屬し、那れは龍の變換する地方なり。山の結穴は平坦圓滿の處に遇へば亦陽に屬し、那れは龍の棲止する地方なり——皆龍體本もと陽に屬するに因る。再び時令を以て論ずれば三陽(正月泰卦)に到れば便ち驚蟄にして龍動き、四陽(二月大壯)に到れば便ち「飛龍在天」なり、見るべし陽は正に龍の令を得る時なり。若し夏至を過れば陰漸く生じ陽漸く退き、龍は便ち重淵の下に潜藏して去る。龍性は水を喜ぶ、故に山は必ず界水有らん。大界水あれば便ち大界合を成し、小界水あれば便ち小界合を成す。又如「金魚」「蝦鬚」「蟹眼」此の名目は説く所は皆水なり、正に龍の水を得れば喜び水を得て住まるに取象す。故に山の陰陽は方位の上に分かれずして形態の上に分かる。開暢圓滿の處は即ち陽と為し峻急硬直の處は即ち陰と為す。界水の大小は亦便ち界合の大小を決定す。

龍之起,必風雲從之,龍之藏,必其云散風靜,是故山之止處,亦必藏風乃為止也。龍有龍之巢穴,其巢穴必且深沈建密,乃為龍居。其在山谷,必有巖洞之深逮,其在平洋,必有江湖洲諸,為眾水所聚,淵深莫測之處,豈是洩露迫隘。故今堪輿家必取堂局之完密,四獸之俱來,有開有合,有關有鎖,正以象龍之巢穴,不得渙散而洩露也。今人論穴,只以安棺八足之所為穴,不知合龍穴砂水局面城垣而論之,乃為穴也。

龍の騰起する時は必ず風雲相從有り、龍の潜藏する時は必是れ雲散じ風靜かなり。故に山の止歇する處は亦必ず風を藏得住して乃ち真止と算す。龍に龍の巢穴有り、那の巢穴は一定に深沉隱密にして乃ち龍の居所と作るに配す。山谷の中に在らば必是れ巖洞深邃の處、平洋の地に在らば必是れ江湖洲渚・衆水の聚まる所・淵深測るべからざる處にして、豈に泄露逼窄の所在ならんや。故に今日の堪輿家は必ず堂局完密・青龍白虎朱雀玄武の四獸俱に來り、開有り合有り關有り鎖有るを取る、正に龍の巢穴に取象して涣散泄露を容れざるなり。今人の穴を論ずるは只棺木を安放する那の一小塊の地方を以て穴と當て、知らず龍・穴・砂・水と整個の局面城垣とを合はせて通盤に論ずるを要するを、那れ乃ち穴と叫ぶ、此の一層は最も忽略せられ易し。

龍氣純陽,其性至淫,凡遇物之雌者則配,是其所喜則與配合,故山家於龍穴砂水皆取其配合,即是此義。今人論龍穴砂水以四件備,不知只以龍為主,今其所謂配合之意,又只是一個他來有惰於我耳。如朝案,如龍虎,只是一個開面轉腳,拱揖環抱,便是與我配合,若有一山走去,一水傾流,不我回顧,便是不配,便非真龍之住,便不可言穴矣。

龍の氣は純陽にして其の性は最も交合を好む。凡そ雌に屬する對象に遇へば便ち之と相配し、凡そ其の喜ぶ所なれば便ち之と配合す。故に堪輿家は龍・穴・砂・水に於て皆「配合」を講究す、即ち此の意なり。今人の龍穴砂水を論ずるは只四件齊備を知りて、知らず一切は龍を以て主と為すを。而も所謂配合は説き穿てば亦是れ只「彼が我に對して情有り」の一點のみなり。朝山・案山の如く青龍・白虎の如く、只開面轉脚・拱揖環抱有れば便ち我と配合す。若し一山の徑自に走り去り一水の傾瀉して流れ、全く頭を回し我を顧みざる有らば、那れは便ち配せず、便ち真龍の止住する處にあらず、亦甚だ何の穴を談ずるに足らざるなり。

上巻九 龍は三陰三陽に分かれ、穴は陽多陰少を取る

辨龍生死,須分三陰三陽;辨穴生死,須識陽多陰少。

龍の生死を分辨するは必ず「三陰三陽」を懂得することを要す。金・木・火の三體は陽に屬し水・土の二體は陰に屬す、行龍は陰陽互換して乃ち變化有ると算す。穴の生死を分辨するは則ち「陽多陰少」を認得することを要し、穴情は開陽平坦を以て主と為し、陰中は還た須く陽を帶ぶべく、方に乃ち葬る可し。

此二段乃以脈絡之陰陽而認氣為一法。吳公間星之說,以金木火為陽,水土為陰,謂之三陰三陽。行龍必陰陽互換,乃為變化,乃能生物,故以此為間星。間者,脫換變化之謂也。龍不變化,不成真龍,故必金木火得水土,水土得金木火,兩相互濟,以成胎育,方結好穴。不然則純陰不生,純陽不成,不涸澡而為香火之居,則濫溢而為蛟龍之窟矣。

此の兩段は脈絡の陰陽に就て氣を認るの一種の法門なり。呉景鸞の「間星」の説は金・木・火の三體を定めて陽と為し、水・土の二體を定めて陰と為し、合して「三陰三陽」と稱す。行龍は必ず陰陽互いに脫換して乃ち變化有ると算し、乃ち萬物を生育すること能くす。故に之を「間星」と稱す——「間」は即ち脫換變化の意なり。龍は變化せざれば便ち真龍を成さず。故に必ず金木火の後に水土を得、水土の後に又得金木火し、兩者は交相調濟して乃ち胎育を結成し、方に好穴を結することを得。否れば純陰は生ぜず純陽は成らず、乾涸枯燥して只堪へて寺觀香火の居と作るか、或いは水多く濫溢して蛟龍盤踞の窟と成るかなり。

今人立穴,但於入首結作之處,如金開口,木生芽,土掛角,則為陰來陽受,或入首之脈斂而急,至入穴乃平而舒,有腦有窩,有小明堂,亦為陰來陽受,此所謂之葬口,如陽來陰受亦然。《三寶經》所謂陰少陽多得葬法,陰多陽少莫強求,何其專取陽多乎!

今人の立穴は只入首結作の處に於て看る。金星開口・木星生芽・土星挂角の如きは便ち「陰來陽受」と算す。或いは入首の脈收斂して急促にして入穴の處に到りて卻て轉じて平坦舒緩と為り化生腦有り窩有り小明堂有らば、亦「陰來陽受」と算す、此れ即ち所謂「葬口」なり。反って「陽來陰受」も亦同じ道理なり。《三寶經》に「陰少陽多は葬法を得、陰多陽少は强求すること莫れ」と曰ふ、何を以て此の如く偏に陽多を取るや。

不知經云惟取乎陽,不犯乎陰,大要萬物生於陽和,死於陰肅,故穴情以陽為主,總是陽來陰受,畢竟陰中又有陽,乃可葬也。如平地之突,是陽來陰受,必突頂平坦,乃有陽氣而無煞,如突頂削尖,則是純陰有煞矣,便不可葬,只宜於突旁坦氣為陰陽交攜之所,方可受穴。前段論龍之陰陽,後論穴中陰陽,皆以陰陽而論生氣者也。

知るべし經書の宗旨は只陽を取りて陰を冒犯せざるなり。大要は在りて、萬物は陽和の氣に生じ陰肅の氣に死す、故に穴情は陽を以て主と為す。雖も總じて陽來陰受と謂ふと雖も、畢竟須く陰中に還た陽を含着して乃ち下葬することを得べし。譬へば平地の上の突起は本もと陽來陰受なり、必ず突頂平坦にして乃ち陽氣有りて煞無きと算す。若し突頂削尖せば那れは即ち純陰にして煞有り、便ち葬るべからず、只宜しく突起の旁邊に氣脈平坦・陰陽交會する地方に於て穴を受くべし。前の一段は龍の陰陽を論じ後の一段は穴中の陰陽を論ず、皆是れ陰陽を拿りて生氣を論ず。見るべし、生死の判は全て陰陽の交濟する能否に在り。

上巻十 龍の頓住勒住、穴の墜宮纂宮

龍有變體,或為頓住勒住;穴有變格,則為墜官纂官。

龍に其の變體有り。緩弱に行り來りて忽然として高山を頓起し真氣自ら聚まるを「頓住」と謂ふ。狂奔飛騰して忽然として跌斷して再起し回顧翻轉して馬を勒するが如きを「勒住」と謂ふ。穴にも亦其の變格有り。棺を數尺墜低して以て遠處の朝照を承接するを「墜宮」と謂ふ。衆龍會聚の平洋の處に於て土を培して穴を定むるを「纂宮」と謂ふ。

此二段乃以大勢之緩急浮沈而為論氣者之變律也。凡龍之行度,如強弱相間而來,便能多結,有如枝條太長,節數太多,名為長行。金水行到十數節,是困憊無力,但一向行來,手足亦不偏枯,頭面亦不峻贈,似乎無力,不謂無體。及到立穴處,忽然頓起高山,巍然成一主星,其手足盡能轉翻扛起,則兩邊枝節皆為有力。若得左右山水湊集,朝案局、面拱注,及所去未盡之龍,又轉關有力而作水口,便是大地。

此の兩段は大勢の緩急浮沉に就て氣の變例を講論す。凡そ龍の行度、若し强弱相間に來れば便ち多く穴を結することを得。若し枝條太長・節數太多なれば便ち「長行」と謂ふ。金水の龍一路行りて十幾節に到れば氣已に困憊無力なれど、但一路行り來りて枝脚偏枯せず頭面峻峭陡削せざれば、雖も無力に似たれど之を無體と謂ふこと能はず。立穴の處に等到りて忽然として一座の高山を頓起し巍然として主星と為り、其の枝脚は皆能く翻轉して扛起すれば、則ち兩邊の枝節も亦皆有力なり。若し再び左右の山水凑集し朝山案山と整個の局面と拱抱注目し、而も未盡の餘龍又轉關有力にして水口を做成せば、那れは便ち一處の大地なり。見るべし、長行の龍は未必結なきにあらず、關鍵は只其の頭に到りて頓起する肯否を看るのみ。

此所謂內旺之格也。忽然頓起,故為頓住,此以緩嫩而得頓起,真氣自聚,其與穴之緩不取急者同義。又如龍之行來一向狂猛,其勢飛騰,收住不得,忽然跌斷,再起星辰,婉婉有駐足之意,接下二三節,手足盡為回顧翻轉,恰如勒馬之狀,此與急中取緩之義同其為有結無疑矣。此皆龍之變態,不可不細察也。

此れ即ち所謂「內旺の格」なり。其れ忽然の頓起なるを以て故に「頓住」と謂ふ。緩弱柔嫩の勢を以て頓起を得れば真氣自然凝聚す、穴法の上の「緩なれば則ち急を取らず」と同一個の道理なり。又如龍一路行り來りて極めて狂猛にして其の勢飛騰し、收煞すること住まず、忽然として跌斷し、再起して星峰と為り、婉轉して駐足の意有り、接下の兩三節の枝脚は皆回顧翻轉し、恰も勒住せる馬の如し、此れ「急中に緩を取る」の道理と相同なり、其の結作有るは疑無きなり。頓住は緩中に急を取り勒住は急中に緩を取る、一收一放、皆奔行の氣をして止聚を得しむるが爲なり。此れ等は皆龍の變態にして細察せざるべからず。

幾立穴必取陰陽沖和、神氣融洽為主,若於立穴之處界割深而蝦鬚不明,朝對遠而拱揖不密,然真氣所在,不得改移,縱穴場至高,亦須深取至一丈許,或至一文五六尺許,惟取前朝外照、雌雄交度處為深淺,此之謂乘除假借,全以外照為主也。以其墜下而按遠砂遠水,故法謂之墜宮。經曰:低藏高點納前朝,深淺得乘真氣聚。蓋如此。

凡そ立穴は必ず陰陽冲和・神氣融洽を以て主と為す。若し立穴の處に於て界水の割るや太だ深くして蝦鬚水分明ならず、朝對太だ遠くして拱揖緊密ならず、然れども真氣便ち此に在りて位置移動すること能はざれば、則ち縱ひ穴場極めて高くとも亦須く下りて深取して一丈上下或いは一丈五六尺上下に至り、只前面の朝山・外照と雌雄交度の處を以て深淺を定め、此れを「乘除假借」と謂ふ、全て外照を以て主と為す。其れ棺を墜低して來りて遠砂遠水を承按するを以て、故に葬法の上に「墜宮」と稱す。經文に「低藏高點納前朝、深淺得乘真氣聚」と曰ふは講ずる所は正に此種の情形なり。

又如諸山輻揍,於平洋有大池湖隱注之處,名天仙大會格,以諸龍會於中也。然深廣難下,須要認定氣勢,會定精神,的確何處,可收諸龍之會,可納四方之氣,乃於此立穴培土成墳。其取堂局,立向座,一從諸山之擁護朝案為憑,以其穴乃由聚會處纂定,故法謂之纂宮。經日:飢得飽而陰回,疾遇舒而陽住。蓋如此。幾此皆廖公之大作用處,亦穴法中之變體也。

又如衆山四面輻輳して平洋の中に大池大湖の隱隱として停蓄する有るを「天仙大會格」と謂ふ、衆龍皆此に會聚するを以てなり。然れども水面深廣にして下手し難し、必ず氣勢を認定し精神を會定し、確切に看出して何處にか衆龍の會を收め得べく四方の氣を納得べきかを見て、乃ち彼處に於て立穴し培土して墳と成す。其の堂局と坐向は全て四圍の衆山の擁護朝案を憑って依據と作す。此の穴は會聚の處より「纂定」して出づるを以て、故に葬法の上に「纂宮」と稱す。經文に「飢は飽を得て陰回り、疾は舒に遇ひて陽住まる」と曰ふは講ずる所は即ち此の道理なり。此れ等は皆廖瑀の施爲の大作用の處にして亦穴法の中の變體なり。

上巻十一 兼襯貼之辨、形氣影之詳

星體有正有附,兼襯貼之當辨;穴情有顯有晦,形氣影之宜詳。

入首の星體に正體有り亦附體有り、「兼」(本體の旁に明白に他星を帶出す)・「襯」(別に一物有りて旁に依傍し相襯す)・「貼」(本體の上に微微と一點の星象を貼露す)此の三者は應に辨清すべし。穴情に顯露のもの有り亦隱晦のもの有り、「形穴」(窩鉗乳突の見ゆるもの)・「氣穴」(氣有りて形無きもの)・「影穴」(靈光只影向の間に在るもの)此の三層は應に詳審すべし。

此言入首星辰形體不一,氣各有聚有變,不可不細認也。如今人於入首之星辰,只知五星九星合是何體,便為指籲,不知星辰多無正形。如金星到頭只是全全一個太陰太陽,有何難辨,不知一個星辰有三體之分,曰兼、日襯、曰貼。兼者如金星而轉土轉水,則為兼土兼水,又如金星而拖火拖木,則為兼火兼木。相生則吉,相剋則凶,此於本體上或左或右,或前或腰,明帶而易見者。

これは説く、入首星辰の形體は各々相同ならず、氣も亦各々凝聚有り各々變化有り、細認せざるべからず。今人の入首の星辰を看るは只五星九星に按じて是哪の一體なるかを比對するを知るのみ、指點明白と算するも、知らず星辰は多半純正の形無きを。譬へば金星頭に到れば一個の太陰或いは太陽の形に非ずして何ぞ難辨有らん。然れども知らず、一個の星辰に還た三種の體式の分有りて「兼」「襯」「貼」と謂ふ。所謂「兼」は金星にして土意・水意を轉出せば便ち兼土兼水なり、金星にして火意・木意を拖出せば便ち兼火兼木なり。相生すれば便ち吉、相克すれば便ち凶。此の一類は本體の上に於て或いは左或いは右、或いは前或いは腰に明白帶出して看見し易し。

如貼體則於穴情處僅僅微貼一些,星象乃形之微露處,須細認乃見,如所謂氣塊之類,又如所謂湯中酥、雲中雁之類,此一體而不分者也。正謂星辰之靈光發露處,最宜體認其美惡,俱自本體論生克也。若襯與貼不同,貼不分二件,襯猶分二件也。如所稱視衣之樣,實是二物而又相依,此於依靠襯貼最為親切,其吉凶亦以生克論。論氣者須於襯之得力、貼之有情、兼之有生處精而辨之,乃能得真氣也。

至りて「貼」は則ち穴情の處に於て僅に微微と一點を貼出し、星象は只形の微露の處にして須く細認して乃ち看見を得、所謂「氣塊」の如く又所謂「湯中酥」「雲中雁」の類の如し、此れ本體と合して一片と成りて分開すること能はず。其れ正に星辰の靈光發露の地方にして最も其の美惡を體認すべく、一概に本體に就て生克を論ず。「襯」は「貼」と同からず、貼は兩件の東西を分出すこと能はず、襯は則ち還た兩件を分出すことを得。所謂襯衣の樣子の如く實は兩物にして而又互相依附す、此れ依靠襯貼の上に最も親切にして吉凶も亦一樣に生克を以て論ず。氣を論ずる人は必ず襲の得力・貼の有情・兼の生を得る此の幾處に於て精細辨別して乃ち真氣を得著することを得。兼は明なり、襯は半明半暗なり、貼は則ち幾乎全く微茫の間に在り、三者は顯より微に入り愈々後なるほど愈々認り難し。

又如穴場所在,其證佐有窩鉗乳突,是形之可見者也。古人即依形葬之,所謂形葬是也。至有形而無窩鉗乳突之可證,只微微有凸有塊,又微微有塊有弦,謂之氣穴,以其有氣而無形也,古人便用氣葬之。又有本體星辰全無形亦無氣,帶飽而不開面,然真龍既到,必有真氣,乃至脫落平洋,或在田,或在坪,或在湖渚,隱隱隆隆,靈光若露,如所謂烏月沈江、其光在影之類,此即窗外月明窗內白,水邊花發水中紅之意,全於影上著精神也。

再び説く、穴場の所在は凡そ窩・鉗・乳・突有りて證佐と作す可きは形の見ゆる者にして古人は便ち形に依りて葬る、即ち所謂「形葬」なり。至りて穴有りて窩鉗乳突の憑るべき無く、只微微と些か凸起し些か塊狀有り、又微微に塊有り弦有るを「氣穴」と謂ふ、其れ氣有りて形無きを以て、古人は便ち「氣葬」の法を用ゐる。還た一種有り、本體星辰は既に形も無く氣も無く飽滿して面を開かず、然れども真龍既に此に到れば必ず真氣有り。脫落平洋に到るまで或いは田間に在り或いは坪上に在り或いは湖渚の中に在り、隱隱隆隆として靈光は露るに似て露らず、所謂「烏月江に沉み其の光影に在り」の類の如く、即ち「窗外月明窗内白、水邊花發水中紅」の意にして精神全て影の上に著落す。此種の穴は實處に求めずして虛處に求む、最も認取し難し、古人の形葬・氣葬の外に又別に一門を立つる所以なり。

以此古人又有影光之穴。夫氣穴無形,猶不離乎本體,乃影穴則脫本體而在影向之間。此等微茫,極精極妙,自非道眼,未易言此。今人只知葬形,蓋拘拘蝦鬚、蟹眼說耳,豈知造化之妙變化固無窮哉!

此に因りて古人に又「影光の穴」有り。氣穴は雖も形無きも還お本體を離れず、影穴は則ち已に本體を脫開して只影向の間に在るのみ。此の一類は微茫恍惚にして極精極妙、若し道眼有るの人にあらざれば容易に談論し能はざるなり。今人は只形を葬るを知りて一味死守して蝦鬚・蟹眼の那の一套の説法に、豈に造化の妙・變化本もと無窮無盡なるを曉るや。

上巻十二 蓋帳輪暈、束咽泥丸

蓋帳不開龍不窠,輪暈不覆穴不住,束咽不細氣不聚,泥丸不滿氣不充。

龍若し蓋帳を開出せざれば巢窠の棲む可きなく便ち止住せず、穴上若し一圈の「輪暈」(太極圈)を覆着せざれば穴は住下ることを得ず、入首の處の「束咽」若し收るや極細ならざれば氣は聚攏せず、結穴の處の「泥丸」(化生腦)若し飽滿光潤ならざれば氣は充足せず。此の四句は講ずる所は龍と穴と各々真氣凝結の處所有りて一も缺く可からず。

此言龍穴各有真氣凝結之處所,必不可少者。今人但見山勢所來,便以為龍,不知有龍之蟠,則有龍之巢,必須有帳有蓋,成得一個勢帳,而龍乃止。且龍一經蓋帳,則一向直來狂奔之氣,得此而開肩展翅,暢朗舒徐,煞氣盡脫,生氣自融,乃可結穴。若非蓋帳之龍,不為純陰,必為孤露,自然不結,縱結亦不大也。

これは説く、龍と穴と各々真氣凝結の處所有りて必須にして缺く可からざるなり。今人は只山勢の奔來を見て便ち龍と當て、知らず龍の盤踞有らば便ち龍の巢穴を得ざるべからざるを。必ず帳有り蓋有りて一副の「勢帳」を成せば龍乃ち止住す。況んや龍一たび蓋帳を開出せば、那の一路直來狂奔の氣は便ち肩を開き翅を展げ暢朗舒徐を得、煞氣脫盡して生氣自ら融け、此れ以て乃ち結穴すべし。若し開帳の龍にあらざれば純陰ならざれば必ず孤露にして自然結せず、縱ひ結作有りとも亦大ならず。故に蓋帳は正に龍止まり氣蓄ふの頭一道の憑證なり。

輪暈之說何盼乎?以穴場之所,上有橫紋細路。圓而且彎,若車之輪,然則陰氣不沖,陽氣自暢,昔人所謂穴有三輪,其貴無倫是也。暈即日之暈,有其形,無其形,圓而不缺,滿而不傾,今人所稱太極圈是也,以此認氣,則必不犯乎陰,而穴乃真矣。

「輪暈」の説は又應に怎樣に看るや。穴場の上に橫紋細路有りて圓にして且つ彎り、車輪の一般の如し。之ありて陰氣は便ち冲犯せず陽氣自然通暢す、前人の所謂「穴に三輪有れば其の貴倫無し」は即ち此を指す。「暈」は即ち日暈の暈にして形有るに似て又形無きに似て、圓にして缺けず滿ちて傾かず、即ち今人の稱する所の「太極圈」なり。此れを憑りて氣を認れば便ち必定陰氣を犯さず、穴乃ち真なり。輪は橫紋の棱なり、暈は圓渾の光なり、一は形有り一は形無きに近く、皆真氣の穴の上に覆蓋するの痕迹なり。

夫結咽之說,乃入首束氣之處,如人之喉然。昔人所謂結花結蒂,又譬之吹管者,眾竅齊開,必不成響,惟閉眾孔而放一孔,則可中律而響音乃成,此善喻也。是故龍之結束氣處不可不細。蓋氣不貴聚不能發散,必須束之至細。則氣方聚而穴可結,乃至結穴之處,則又要充滿光潤,如孩兒頭,然必其泥丸精髓滿足,而後頭面之間氣乃充溢,其色乃華,若有一缺陷薄削,則必枯稿,而不可穴矣。於此氣脈入首結作之處,最為緊要,不可不細認者。

至りて「結咽」の説は指す所は入首氣を束ぬるの地方にして人の咽喉の如し。前人の所謂「結花結蒂」は又吹管を拿りて比方と打つ。管上に衆孔齊しく開けば必定吹響せず、只衆孔を閉住して單に一孔を放ちて乃ち音律に合して響聲を發出すことを得——此の比喩は極めて好し。故に龍の氣を束ぬるの地方は細ならざるべからず。氣は先に聚攏せざれば發散すること能はず、必ず束るや極細にして氣乃ち聚住り穴乃ち結成を得。等到りて結穴の地方に至れば又要く充滿光潤して小孩の頭頂の一般の如し。必ず腦中の精髓飽滿して頭面の間の氣乃ち充溢し氣色乃ち華潤たらん。若し一處の缺陷薄削あれば必定枯槁して便ち穴と作ること能はず。氣脈入首結作の此の一段は最も緊要にして細認せざるべからず。蓋帳・輪暈・束咽・泥丸の此の四樣は説き到れば只是れ同一股の生氣の龍に在り穴に在るの四種の憑據なり。

上巻十三 五星水土、九星輔弼、蓋粘倚撞

五星不離水土體,九星常帶輔弼隨。土星不作倚,五星皆有撞,火木不可益,水土豈能粘。

五星(金・木・水・火・土)の結穴は總じて水體と土體を離れず——圓平の處は土(化生腦)なり、界合の處は水(蝦鬚・蟹眼)なり。九星の中に輔星と弼星は常に隱れて其の餘の七星の左右に隨ふ。至りて葬法は土星は「倚」を用ゐるを宜とせず、五星は皆「撞」を用ゐる可く、火體木體は「蓋」を用ゐるを宜とせず、水體土體は又豈に「粘」を用ゐるを得んや。これは星體の總體と分體とに就て分別に葬法を施用し以て生氣を乘取するなり。

此二段乃認星辰之總體分體而葬,以乘氣為一法。夫宇宙間無水不生,無土不成,龍非此不成龍,穴非此不成穴,故凡龍脈入首五星雖各有體,而要之水土必不可無。古人云:或結乳,或結鉗,且要從頭頂蓋圓。凡圓平處即是土體,所謂化生腦是也。又云:不管從頭來不來,只要金魚水蔭腮。幾水界合處便是水體,所謂蝦鬚、蟹眼是也。

此の兩段は星辰の總體と分體とに就て葬法を定め、乘氣の一種の法門と作す。宇宙の間、水なければ生ずること能はず土なければ成ること能はず。龍に水土なければ便ち龍を成さず、穴に水土なければ便ち穴を成さず。故に龍脈入首、五星は各々本體有ると雖も、根に歸り底に至れば水と土は斷じて少なからざるなり。古人の言に「或いは乳を結び或いは鉗を結び、且つ頭頂より蓋圓を要す」——凡そ圓平の處は便ち土體にして即ち所謂「化生腦」なり。又「頭より來る來らざるを管せず、只金魚水の腮を蔭するを要す」——凡そ水界合の處は便ち水體にして即ち所謂「蝦鬚」「蟹眼」なり。

如輔兩二星亦是水土之義。蓋輔星屬金,弱星屬水,在九星中隱而不見,常隨七星之左右,故凡立穴不拘食巨武,勁頭須要輔為之。蓋兩為之承,所謂來金相水,正是此意。此是星辰之總體化合處,最當體認者也。

再如九星の中の輔星・弼星も亦是れ水土の意なり。輔星は金に屬し弼星は水に屬し、九星の中に於て隱れて見えず、常に其の餘の七星の左右に隨ふ。故に凡そ立穴は乘る所が貪狼・巨門或いは武曲なるを論ぜず、頭に到りて總じて輔星有りて蓋覆し弼星有りて承托すること有らん、所謂「金來り水相たる」は正に此の意なり。これ星辰總體化合の處にして最も應に細加して體認すべし。

又如葬法中曰:蓋粘倚撞,今人只相剛柔緩急之勢而施之,便為的當,不知古人作則用星,仍要於星體上體認,如土葬其飢,豈可脫而粘,水葬其湧,豈可緩而粘,土星倚葬則崩,木星蓋腦則破,火星當峰則烈,一或犯此,不為關煞,則為脫氣,此於星辰之分體處各有真機也。

又如葬法の中の所謂「蓋・粘・倚・撞」の四字、今人は只山勢の剛柔緩急に按じて施用して便ち恰當と以為す。知らず古人の立法は星體に就て用ゐるに、仍お須く星體の上に體認すべし。土體は其の飽滿平坦の處を葬るを要す、怎ぞ能く脫開して來りて「粘」を用ゐんや。水體は其の涌起する處を葬るを要す、怎ぞ能く緩緩に「粘」を用ゐんや。土星は倚葬を用ゐれば便ち崩塌し、木星は腦頂に蓋葬を用ゐれば便ち破損し、火星は正に峰頭に當りて下葬すれば便ち燥烈す。一旦此れ等を犯せば關煞に撞著するか非ざれば氣脈を脫す。これ星辰分體の處に各々其の真機有るなり。

上巻十四 坐定坐旺坐煞、全胎保胎破胎

坐定坐旺坐煞,是謂坐法;全胎保胎破胎,是為作法。

「坐定」は怒急の煞を脫開して平坦處に坐す、「坐旺」は平緩弱龍の旺相處に於て乘る、「坐煞」は穴情恰も剛飽或いは金火相交の處に在りて只煞に騎りて取る、此の三樣を「坐法」と謂ふ。「全胎」「保胎」「破胎」の三樣は則ち「作法」と謂ふ。坐法の定むる所は穴の何處に坐するか、作法の定むる所は下手の時如何に裁制するかなり。

此條特語坐穴之法。何謂坐壽?如今強急之能,其氣正怒,怒不可犯,則於坦表之處看其四應,可以穴則穴。昔人所謂脫煞坐宕是也。何謂坐旺?如今平鋪緩嫩之龍,其氣正弱,弱不習一乘,當於旺相處乘之,此是葬法。如蘇湖一帶,凡見岡脊堆阜起處,即為村墳墓,亦是坐旺之法也。

此の一条は專ら坐穴の法を講ず。何をか「坐定」と謂ふや。譬へば强勁急促の龍は其の氣正に盛怒の中に在り、怒氣は冒犯すべからず。那れは則ち平坦の地方に於て四面呼應を察看し、立穴すべければ便ち立穴す、即ち前人の所謂「脫煞坐宕」なり。何をか「坐旺」と謂ふや。譬へば平鋪緩弱柔嫩の龍は其の氣正に衰弱にして弱くて承乘に堪へず、便ち應に旺相の處に於て之を乘ずべし、此れ亦一種の葬法なり。蘇州・湖州一帶の如く、凡そ岡脊堆阜隆起の地方を見れば便ち彼處に於て村を立て墓を建つ、正に坐旺の法なり。

何謂坐煞?有如金以剛飽為煞,而剛飽之上下又無穴情,只得從剛處開金取水而坐之。又如金以火為煞,而穴情又在金火相交之處,只得挨金剪火,劈火嘴而騎之,即如騎形之法是也。何謂全胎?如龍卸平洋,則煞氣盡脫,至入首之處,如印拿金盆之穴,又屬純陽,則用客堆培成坡,即古開井怕見土之法,是謂全胎。

何をか「坐煞」と謂ふや。譬へば金星は剛硬飽滿を以て煞と為し、而も剛飽の處は上下に又穴情の取る可き無ければ、那れは只得剛硬の處に於て金を開き水を取りて坐し下る。又如金星は火を以て煞と為し、而も穴情恰も金火相交の處に在れば、那れは只得金體に挨りて火氣を剪去し火嘴を劈開して騎上す、即ち「騎形」の法なり。何をか「全胎」と謂ふや。譬へば龍は平洋に卸落して煞氣已に脫盡し、入首の處に到りて「印」形・「金盆」形の穴の如く又純陽に屬せば、那れは客土を用ゐて堆培して坡と成す、即ち古人の「井を開くに土を見るを怕る」の做法、此れを全胎と謂ふ。

何謂保胎?如金珠嵌花答之類,半吞半吐而乘之,珠從旁入,花從正入,一廣分之氣,只取其四,是謂保胎。何謂破胎?如今頑金孤裡之類,陰氣居多,不大開深取水而成陽穴,則不可下,是謂破胎。全胎如梧桐子之結於葉上,輕浮而胎全露也;保胎如連子之藏於逢房,微露而大半合胎中;破胎如栗子之包於刺包,胡桃肉之藏於堅殼,必破胎而出,乃得髓體也。

何をか「保胎」と謂ふや。譬へば金珠を花蕊に嵌むる類の形は半吞半吐にして之を乘ず——珠形は旁邊より入り花形は正面より入り、一片寬廣の氣は只其の中の一小分を取る、此れを保胎と謂ふ。何をか「破胎」と謂ふや。譬へば頑硬の金體・孤露の星體の類は陰氣居多にして、若し大開深取して陽穴と作り成さざれば便ち下葬すること能はず、此れを破胎と謂ふ。全胎は梧桐子の葉の上に結ぶが如く輕浮して胎已に全露なり、保胎は蓮子の蓮蓬房の中に藏まるが如く微露して大半仍お胎の裡に合し、破胎は栗子の刺帶の殼斗の中に包まれ核桃肉の堅硬の殼の裡に藏まるが如く、必ず胎殼を破開して乃ち取出すことを得、方に其の裡面の精髓を得著すること能くす。

上巻十五 脫殼借胎、投母救母

挨生旁氣,成為脫殼借胎,或為子投母腹;脫煞連生,或為借母養子,或為以子救母。

生氣に挨傍して旁邊の氣を取る、或るは「脫殼借胎」と為る——孤硬の外殼を脫去し孤を開き水を取りて別に一胎を借る、或るは「子投母腹」と為る——木は搖蕩して水を帶ぶる處に葬り、水は堅實金の如き處に葬る。煞氣を脫去して生氣に接上する、或るは「借母養子」と為る——木體に金を帶び金を破り水を取りて以て木を蔭す、或るは「以子救母」と為る——金體に火を帶び大に水穴を開きて以て火を制す。此の四法は皆乘氣の時の挨生化煞の活用なり。

此為乘氣中挨生化煞之妙用也。何謂脫殼借胎?即九星論,如天罷乃孤罡,何以成胎?必開孤取水,則受氣斯脫,而水乃成胎,放謂之脫殼借胎也。何謂投母腹?如木星而帶蕩,水星而帶金,則原有胎育而子可投,故木不葬木,而莽木之搖盪有水處,水不葬水,而葬水之堅實如金處,非謂子投母腹乎I

これ乘氣の中の挨生化煞の妙用なり。何をか「脫殼借胎」と謂ふや。九星に就て論ずれば「天罡」の如きは孤硬の罡星にして怎ぞ能く胎を成さんや。必ず孤を開き水を取りて受來の孤硬の氣を脫掉し、水に由りて別に一胎を成す、故に脫殼借胎と謂ふ。何をか「子投母腹」と謂ふや。木星にして搖蕩の水意を帶び、水星にして堅實の金意を帶ぶるが如く、本身は元より胎育有れば子は便ち投入するを得。故に木體は木の上に葬らずして木の搖蕩して水有るの地方に葬り、水體は水の上に葬らずして水の堅實金の如き地方に葬る——此れ即ち子の母腹に投ずるならずや。

何謂借母養子?即以五星論,如木體帶金者,必破金取水以蔭木,是木受病不能養其子,而特借取水穴以蔭之,所謂借母養子也。何謂以子救母?如金體而帶火者,必於金火相間之處,大開水穴以制之,昔人有取水鎮火之法,正謂此耳。

何をか「借母養子」と謂ふや。五星に就て論ずれば木體にして金を帶ぶるが如きは必ず金體を破開し水を取りて來りて木を蔭養するを須とす——此れ木の自身病を受けて其の子を養ふこと能はず、故に特に一個の水穴を借りて來りて之を蔭護す、此れを借母養子と謂ふ。何をか「以子救母」と謂ふや。金體にして火を帶ぶるが如きは必ず金火相間の地方に於て大に水穴を開きて火を制住るを須とす、前人に「水を取りて火を鎮む」の法有り、説く所は正に此の道理なり。

夫金母遇火難而得水之為子者,且解且制,則煞不為我害而可化為權,又合作用中留煞為官之說矣。此非謂煞不必去也,以能剪鏟刑煞而制之,測在前可作官星,在左右便可作暖氣耳。夫造化無全功,安得星辰盡是純粹,只要曉得超生而避死,蛻煞而逢生,乃為裁成造化之殊功也。

金は母と為りて火難に遭ふ、水に屬する「子」を得て來り又解し又制すれば、煞は便ち再び我を害せず、反って權柄と化すること可なり、此れ又作用の中の「煞を留めて官と為す」の説法に合す。此れは並びに煞の去る可きを説くにあらず、能く刑煞を剪剷し節制を加へて後、煞若し穴前に在らば便ち「官星」と作し、左右に在らば便ち「曜氣」と作すべし。造化は本もと十全の功用なく、星辰は豈に個個純粹ならんや。只趨生避死・煞を蜕して生に逢ふを懂得せば、那れは即ち造化を裁成するの特殊本領なり。故に善く用ゐる人は煞有るを怕れず、只怕む煞を用ゐることを會せざるを。

上巻十六 脫龍就局、撩山劈硬

脫龍就局納前朝,只為半偽半真;撩山劈硬處平基,只畏直來直受。

來龍を脫開して局面に遷就し以て前面の朝山を納取するは、入首の脈半真半偽を以てなり——朝對は真なり、來脈は卻て駁雜不純なり。山土を撩去し硬脊を劈開して一塊の平基を退作するは、怕る所は正に「直來直受」なり——脈は陰にして硬直に冲來し煞氣太重なり。前の一句は進退消納の取捨を講じ、後の一句は剪裁避煞の作法を講ず。

此以前朝後勢而為乘氣中之進退消納,亦一法也。凡葬貴棺不離脈,而此之脫龍就局者,乃入首之脈,駁雜不純,直到一二節上乃為真脈,而前朝卻可取,是朝真而入首之脈非真也,如必直頂其脈,則初年不利,當於穴中放出棺二三尺,大作堆金以納前朝,且受水法之吉,以發初年為是。

これは前面の朝對と後面の來勢とに就て乘氣の中の進退消納を講ず、亦一種の法門なり。凡そ下葬は棺の脈を離れざるを貴ぶ、而も此處の説く「脫龍就局」は入首の脈駁雜不純にして最後の一二節に到りて乃ち真脈と為り、而も前面の朝山は卻て大いに取用すべきを以てなり——これ朝對は真と為りて入首の脈は真ならざるなり。此の時若し必ず正しく那の条の脈を頂いて下葬せんとせば初年便ち利あらず、應に穴中に於て棺を外に放出して二三尺し大いに堆金培土を作りて以て前面の朝山を納め、同時に又能く水法の吉を受けて初年に福を發せしむべし。

凡葬貴氣不脫脈,而此盲撩山劈硬、退出平基以為穴者,乃入首之脈陰來直硬則煞重。又如子龍作午向,謂之子午淋頭煞,則葬之必凶,故須撩山劈硬以作平基,將棺退出平基立穴,則無關煞沖棺之禍。或穴從兩邊微斜,又或上砌虛擴,下葬真棺,庶可避煞,乃為直來直受之作法也。古人有形葬,有法葬,夫順其穴之生成而葬者為形葬,或劈削或堆培而葬者為法葬,此皆古人作用之妙處,不可不理會也。

凡そ下葬は又氣の脈を脫せざるを貴ぶ、而も此處の説く「撩山劈硬・平基を退出」して穴を作るは入首の脈が陰に屬して來るや直硬にして煞氣太重なるを以てなり。又如子龍に午向を作るを「子午淋頭煞」と謂ふ、此の如く葬り下れば必ず凶なり。故に必ず山土を撩去し硬脊を劈開して一塊の平基を作出し、棺を平基の上に退けて立穴せば便ち關煞棺を冲するの禍なし。或いは穴を兩邊より略々一點斜過し、或いは上面を砌成して虛擴し下面に乃ち真棺を葬るも、亦煞を避くることを得——此れ即ち「直來直受」に對付するの作法なり。古人に「形葬」有り「法葬」有り。穴の天然生成に順て葬るを形葬と謂ひ、或いは劈削し或いは堆培して而して後葬るを法葬と謂ふ。此れ皆古人の施爲の妙處にして理會せざるべからず。

上巻十七 湯中浮酥、水面蟠蛇

平洋之氣,嘗舒嘗散,須要湯中浮酥;山壟之氣,嘗急嘗斂,當看水面蟠蛇。

平洋の地の氣は總じて舒展して散じ易し、故に那の熱湯の上に一塊の酥油浮き隱隱隆隆微微と聚起するが如き地方を尋ぬるを要す。山壟の地の氣は總じて急促して收斂す、故に那の水面に一条の蛇蟠るが如く活にして死せず盤旋して直硬無き地方を看るを要す。これは氣の聚散緩急に就て穴中の微茫を認るなり。

此以氣之聚散緩急而認穴之微茫。《葬書》中所云葬乘生氣者,正在於此。夫平洋之地,陽勝乎陰,故以斂而聚為有氣,如所云:“隱隱隆隆,穴在其中”之說,須要體認。蓋所謂隆隆者,正謂隱隱之中而有此豐露之象,古人取象於如酥在湯,艮有見也。《葬書》云吉氣所起,起即隆隆之謂、酥在湯之謂也。不然則亦鋪氈展席,散漫無收而已,何謂穴乎!

これは氣の聚散緩急に就て穴中の微茫の處を認るなり。《葬書》の所謂「葬は生氣に乘る」は正に此處に落つ。平洋の地は陽が陰に勝る、故に收斂して聚まるを以て氣有りと為す。所謂「隱隱隆隆、穴其の中に在り」の説法の如きは須く細細に體認すべし。所謂「隆隆」は正に隱約の中に而有りて那の一點豐潤顯露の氣象を指す。古人の取象する「酥の湯に在るが如し」は確實に見地有るなり。《葬書》に「吉氣の起る所」と曰ふ、此の「起」は即ち隆隆の樣子・酥の湯上に浮ぶ樣子なり。若し是の如くならざれば則ち只是れ氈を鋪き席を展ぐるが一般に散漫無收にして豈に穴と稱するに足らんや。平洋の穴を認るの難は正に此の一點の微起の上に難しとす。

至如山壟之勢,陰勝乎陽,不嫌脈之不到,而嫌氣之不和,所以多煞,故須結穴之所圓融平坦,不險不迫,有如水面播蛇之狀,活而不死,靜而不動,盤旋而無直硬,渾渾一個太極之圈,則形舒氣和而煞盡脫矣。古人所謂山壟之龍,葬氣不葬形者,正謂此意,此認穴之秘訣也。

至りて山壟の勢は陰が陽に勝り、脈の頭に到らざるを怕れず只怕む氣の平和ならざるを、故に多く煞氣を帶ぶ。此に因りて必ず結穴の地方を圓融平坦にして險峻ならず逼迫ならず、水面上に一条の蛇の蟠る樣子の如くせしむべし。活にして死せず靜にして動かず、盤旋回繞して直硬無く、渾然として一個の太極圓圈と為り、是の如く形舒かに氣和らぎ煞氣も亦脫盡す。古人の所謂「山壟の龍は氣を葬りて形を葬らず」は正に此の意にして是れ穴を認るの秘訣なり。見るべし、平洋は散漫の中に於て其の聚を求め、山壟は急斂の中に於て其の和を求むるを要す。一は無の中より有を看出し、一は剛の中より柔を看出す。

上巻十八 沒牛出龍、葬皮葬骨

沒水之牛,氣仰而吹,宜乘其氣;出洞之龍,氣直而吐,宜乘其餘。精華外露之氣如花,宜葬其皮;精華內釀之氣如果,宜葬其骨。

水中に沉める牛の如く只鼻を仰起して氣を吹けば氣は便ち全て鼻孔の那一點の上に在り、故に正しく其の那口の氣に乘ずるを要す——緩來の脈は淺乘正取を宜とす。洞を出づる龍の如く氣直に吐き出でて氣焰方に盛んにして冒犯すべからず、只宜しく其の吐出したる餘焰を承接すべし——急來の脈は脫卸緩承を宜とす。精華外露の氣は花に比して英華皆外に在りて其の皮を淺葬るを宜とし、精華內蘊の氣は果に比して滋味皆裏面に釀して其の骨を深葬るを宜とす。此の四句は氣の緩急浮沉を以て葬法の緩急深淺を定む。

此四段以氣之緩急深淺而為葬之緩急深淺,乃作法也。如平坦之龍脈,潛於地而微露毛脊,至結穴處特起一氣,乃吉氣之所起也。其氣從沈緩而僅浮,不宜緩乘,其為緩來,不妨安絕頂乎!譬如牛之沒水,身藏水中而偶露毛脊,特一仰而吹氣,則盡在鼻中,若稍脫之便失氣矣。此緩來之法也。

此の四段は氣の緩急深淺に就て下葬の緩急深淺を定む、作法に屬す。譬へば平坦の龍脈は地下に潜行して只微微と一線の毛脊を露出し、結穴の處に到りて特に一團の氣を起こす、那れは即ち吉氣の起る所の處なり。其の氣は沉緩に由りて僅に浮出せり、宜しく再び緩緩に之を乘ずべからず。既に緩來なれば則ち是れ最高の頂上に安ずとも又復た何の妨げあらん。譬へば水牛は水中に沒して身は水裏に藏れて偶に一線の毛脊を露し、只頭を一たび仰ぎて一口氣を吹けば氣は便ち全て鼻孔の裏に在り、若し稍々一點脫開せば便ち那の口氣を失ふ。これ緩來の脈に應付するの方法なり。

又如高隴之龍,脈行於山而勢奔氣湧,至結穴處,須要脫卸,落在平洋,氣乃沖和,所謂“來不來,坦中裁,住不住,坪中取”也。其氣從盛急而乃舒,不宜急承,其為急來,不怕葬深泥乎。譬如龍之出洞,其氣焰方盛,何可犯之;乃其氣之吐而有餘焰處,則精靈之可掬者也。故宜脫球而葬榜,緩以承之。

又如高壟の龍は脈山中に行りて勢奔り氣涌き、結穴の處に到りて必ず脫卸して來りて平洋に落ちて氣乃ち冲和す、即ち所謂「來不來、坦中裁;住不住、坪中取」なり。其の氣は盛急に由りて舒緩に轉ず、宜しく急急に承ぐべからず。既に急來なれば則ち葬るや泥中に深入するも又何の怕るべきあらん。譬へば龍剛に洞を出づれば氣焰正に盛んにして怎ぞ之を冒犯すべからんや。只其の氣を吐きて後餘焰の及ぶ所の地方こそ乃ち精靈掬むべきの處なり。故に宜しく那一團の氣球を脫開して其の餘を吐くの一段に葬り緩緩に承接するを要す。

又如氣浮於上,而靈光已露,深葬之則氣從上過,故宜淺葬。如木之有華,之之有珠,其英華盡露於外,深之則傷其質矣。又如氣沉於下,而皮膚粗剛,美含於內,不以深取,則氣從下過,故宜深葬。如頑金之開孤取水。厚土之破角見金,皆於深而得之也。譬如果實之味,皮不佳而肉佳,其精釀在內,所宜深取。

又如氣の上に浮きて靈光已に顯露せるは深葬せば氣は棺上より流過す、故に淺葬を宜とす。譬へば樹木の花を開き蚌殼の珠を生ずるが如く英華全て外に露る、葬るや深きは反って其の本質を傷る。又如氣の下に沉みて皮膚粗硬にして美質は裏頭に含着せるは深處に往て取らざれば氣は棺下より流過す、故に深葬を宜とす。頑硬の金體の孤を開き水を取るを要し深厚の土體の角を破り金を見るを要するが如く、皆是れ深處より乃ち得著するなり。譬へば果實の滋味は皮好からずして肉好し、精華は裏面に釀す、那れは則ち應に深の裏に往て取るべし。故に深淺は並びに定法なく、只那股の氣の何處に浮くかを看るのみ。

今人不察氣之浮沉,而概用淺葬深葬者,皆非也。古人謂深葬發遲淺葬發速,所見誠然,但欲速發而概用淺葬,則失古人之意矣。水木龍多易發,正以其氣之可淺葬耳。此又論氣之久遠者不可不知也。

今人は氣の浮沉を體察せずして一概に淺葬を用ゐ或いは一概に深葬を用ゐる、皆是れ對ならず。古人の言に「深葬は發遲く淺葬は發速し」は見解固より錯ならざれど、若し速發を求めんが為に一概に淺葬を用ゐれば那れは即ち古人の本意を失ふ。水體・木體の龍は多半發る易し、正に其等の氣本もと淺葬すべきを以てなり。此れ又福の發する久遠を論ずる人の知らざるべからざるなり。

上巻十九 砂水陰陽、砂水生死

龍穴有陰陽,砂水亦有陰陽;龍穴有生死,砂水亦有生死。

龍と穴とは陰陽を分かち、砂と水とは同樣に陰陽を分かつ。砂は開面舒坦を以て陽と為し反背峻硬を以て陰と為し、水は屈曲悠洋を以て陽と為し直急斜反を以て陰と為す。龍と穴とは生死を分かち、砂と水とは同樣に生死を分かつ。拱揖環抱有りて情有り我に向ふは生と為し、直硬頑悍にして顧みず凝まざるは死と為す。

此以砂水之陰陽生死而論氣者也。龍穴之陰陽生死,前已論之詳矣,砂何以分陰陽乎?亦開面而舒坦者為陽,以反背而峻贈者為陰。譬之人然:其在正面之間,自然開面平坦而為陽,其在背面,自然反背頑硬而為陰。有面則為向我而有惰,無面則為背我而無情。非惟龍穴貴陽,而砂亦貴開陽也。

これは砂水の陰陽生死に就て氣を論ず。龍穴の陰陽生死は前面已に論じ詳盡せり。則ち砂は怎樣に陰陽を分かつや。亦是れ開面して舒坦なるを以て陽と為し反背して峻峭陡硬なるを以て陰と為す。人を拿りて比方を打てば人の正面は自然に開展平坦にして那れは便ち陽なり、人の背面は自然に反背頑硬にして那れは便ち陰なり。面有れば即ち我に朝着して情有り、面無ければ即ち我に背て情無し。故に不只だ龍穴のみ陽を得るを以て貴と為すにあらず、砂も亦開陽を以て貴と為す——砂の陰陽は説き到れば只其の肯んじて面を轉じて穴に對するか否かを看るのみ。

水何以分陰陽乎?如水之來去屈曲,悠悠洋洋,沉沉渾渾,則舒徐沈凝而為陽;其細如繩,其直如矢,其急如瀑布,其斜如反弓,則急透斜反而為陰。譬之人然:其血脈流通條暢,則呼吸之間自然和平,吐納之際自然調適,不疾不徐,無反無逆,乃可無病驟然而入,顛讀而出,不見安閒沉靜,便是病到。非惟砂貴開陽,而水亦貴開陽也。

水は又怎樣に陰陽を分かつや。水の來去屈曲し悠悠洋洋として深沉渾厚なるは、此れ舒緩沉凝にして陽に屬す。細きこと繩の如く直きこと箭の如く急きこと瀑布の如く斜きこと反弓の如きは、此れ急透斜反にして陰に屬す。人を拿りて比方を打てば血脈流通して條暢し呼吸の間自ら和平にして吐納の際自ら調適し、快からず慢ならず反せず逆らずして乃ち無病を得。若し氣の驟然として入り顛倒して出で安閒沉静の樣子を見ざれば、那れは即ち病到りぬ。故に不只だ砂のみ開陽を以て貴と為すにあらず、水も亦開陽を以て貴と為す。根に歸り底に至れば水の陽は即ち舒緩沉蓄して情有り、水の陰は即ち急直斜反して情無し、砂の分法と本もと一理なり。

砂之生死何分也?砂無論龍虎案對只是情。向朝我,有面有目有手有足,拱揖環抱,直若僕之從主,婦之從夫,有唱有隨,有呼有應,豈不是個有情有意有生發的!譬如人之相見,有卑於我而畏敬我者,有等於我而親愛我者,其面目雖各不同,而要一氣喜喜歡歡雍雍肅肅之意,無不同也。看其面目開發,情意頗戀,則為活動而生,否則直硬頑悍,呼之不來,驅之不去,則為無情無氣而死矣。水之死亦以直急返逆,不顧不凝而然。

砂の生死は又怎樣に分かつや。砂は龍虎なりとも案山朝山なりとも論ぜず、看る所は只一個の「情」の字なり。朝して我に向ひ面有り目有り手有り足有りて拱揖環抱し、簡直に僕人の主人に隨ふが如く妻子の丈夫に隨ふが如く、唱有り隨有り呼有り應有り、此れ豈に有情有意・生發の機有るにあらずや。譬へば人と人と相見れば地位于我より低くして我を敬畏する有り、我と平等にして我を親愛する有り、面目神情は各々相同ならざると雖も、那一團の歓歓喜喜・雍容嚴整の意思は一樣なり。其の面目開展・情意留戀を看れば便ち活動して生有り。否れば直硬頑悍にして之を喚べど來らず之を趕べど去らず、那れは即ち無情無氣にして死せり。水の死も亦一樣にして直急返逆・回顧せず凝聚せざるに由るなり。故に砂水の生死は形狀の美醜に在らずして其の穴に對して那の一點の顧戀の意有るや否やに在り。

要之砂水生死又總在陰陽上見。蓋宇宙間物,總是逢陽則生,逢陰則死。又如人之結胎,男精屬陽。女血屬陰,陽貴有餘,陰貴不足,是故精盛則結,血虛則受,一以陽為主也,又如人之既死,母血先敗,父骨猶存,其可收納天地之氣而廕生人者,全在父骨,非一以陽為主乎!

總じて砂水の生死は根に歸り底に至れば還お陰陽の上に見る——宇宙間の萬物は總じて陽に逢へば則ち生じ陰に逢へば則ち死す。譬へば人の結胎は男子の精は陽に屬し女子の血は陰に屬し、陽は貴んで餘有りを以てし陰は貴んで足らざるを以てす。故に精盛んにして乃ち結胎し血虛にして乃ち受胎す、一切は陽を以て主と為す。又譬へば人死して後、母親の血は先に敗壞し父親の骨は還お存留し、能く天地之氣を收納して生人を蔭庇するは全て父骨に在り、此れ不も亦一切陽を以て主と為すか。葬の生氣に乘るの能く後人に蔭及する所以の道理は正に此處に在り。

又如大而天地,天氣為陽,地脈為陰,若非天行至健,頃刻不停,三光為照,雨露為潤,一陽來復,萬筋乃吹,則地何能生乎?是天地一以陽為主,此乃堪輿家論生死之大關係也。古來大哲見實主此間,亦論及而未嘗揭以示人,豈以千古不傳之秘,帳以神會而非以言傳者乎!

再往び大處に説かば天地之間、天氣は陽と為り地脈は陰と為る。若し天行健にして片刻も停まらず、日月星の三光照臨し雨露滋潤し、一陽來復して萬物萌動せざれば、大地は又怎ぞ能く萬物を生養せんや。見るべし、天地も亦一切陽を以て主と為す。此れ正に堪輿家の生死を論ずるの一大關鍵なり。古來の大哲は其の實皆此の道理を主張し、曾て論及するも明白に揭示して出すことなし——大氣之を千古不傳の秘と作して只神會すべくして言傳し難きならんか。

上巻二十 氣之虛實先後

氣有虛實,法當以實投虛,以虛乘實;氣有先後,法當先到失收,後到後收。

氣に虛有り實有り。初めて胎を結ぶ時は陽精を以て主と為し氣盛んにして形還お未だ實ならず、虛に屬し陽に屬し、便ち應に端端正正に中より乘取すべし。胎既に成りて後は陰血を以て主と為し形實にして氣已に斂し、實に屬し陰に屬し、便ち應に脈氣を脫開して旁より承取すべし。氣に先到有り後到有り。先到の一邊は先に收め後到の一邊は後に收め、其の偏倚に隨て左に挨り或いは右に挨る。これ穴場の上の進退饒減の活法なり。

此二段乃以主穴之進退饒減而乘氣為一法。前段言幾風息之成,初結胎時,以陽精為主,氣為勝而形未實,故虛而屬陽,陽則不宜緩承,宜中正以乘之.如平面太陽作金盤堆果、如百般花味總居心之類是也。既成胎後,以陰血為主,形為實而氣已斂,故實而屬陰,陰則不宜急湊,宜脫脈以乘之,如珠則穴其旁、乳不可當頭是也。此以進退虛實之間論者也。

此の兩段は立穴の時の進退饒減を以て氣を乘るの一種の法門なり。前の一段は説く、凡そ風氣止息して穴を成すや、初結胎の時候は陽精を以て主と為し氣が上風を占めて形は還お充實せず、故に是れ「虛」にして陽に屬す。陽に屬すれば則ち緩緩に承るを宜とせず、應に端端正正に中より乘取すべし。平面太陽形の「金盤堆果」の穴と作すが如く百般花朵の滋味總じて花心に在るの類の如く、即ち是の如し。胎既に結成して後は陰血を以て主と為し形已に充實して氣已に收斂す、故に是れ「實」にして陰に屬す。陰に屬すれば則ち急急に湊上するを宜とせず、應に脈氣を脫開して去りて乘ずべし。珠形の穴を旁邊に要し乳形の正當に頭頂たるべからざるが如く、即ち是の如し。これは進退虛實の間に就て講ずるなり。

後段言結穴之所如左插先到,則氣歸於右,則宜挨右以收左砂;如右插先到,則氣歸於左。則宜挨左以收右砂。古人謂兩官齊到中乘平。氣雖耐久而發常遲,先到先收,氣從挨倚.乃迎財就祿而發常速,正是引此意。此乃饒減收放之間而論者也。

後の一段は説く、結穴の地方若し左邊の砂先に插到せば氣は便ち右邊に歸る、則ち應に右邊に挨りて下穴し以て左邊の砂を收むべし。若し右邊の砂先に插到せば氣は便ち左邊に歸る、則ち應に左邊に挨りて下穴し以て右邊の砂を收むべし。古人の言に「兩宮齊しく到中乘平」は此の如き氣は雖も耐久なるも發福常に遲し。先到のは先に收め、氣は挨倚に隨て來る、此れ是れ財を迎へ祿に就きて發福常に快し、説く所は正に此の意なり。これは饒減收放の間に就て講ずるなり。

上巻二十一 傍城借主、就向拗龍

傍城借主,須詳審乎樂托;就向鋤龍,當消詳乎明堂。

側落・翻身落の龍は已に本來の正勢を脫去し、只得羅城・水城或いは祿儲の峰に傍りて立穴し外勢を借りて主星に充當す、此れを「傍城借主」と謂ふ、故に背後の「樂山」と「托山」とを細審するを要す。入首面目無く正向局を成さざるは則ち明堂の哪の一邊に開局するかを看て龍を拗して去りて之に遷就す、此れを「就向拗龍」と謂ふ、故に明堂を細審するを要す。

此二段皆借外氣以乘內氣,乃坐向中之作法。以龍之來不宜正受。有側落。有翻身落,不無脫去本來之勢而傍羅域或旁水城或傍祿儲峰。此皆借樂托以為主,而憑外氣以為聚散者也。故曰傍城借主。

此の兩段は皆外氣を借りて内氣を乘るに坐向の中の作法に屬す。或る來龍は正面より承受するを宜とせず。或るは側落にして或るは翻身して落ち、未免本來の氣勢を脫去し、是に於て羅城に傍り或いは水城に傍り或いは祿儲の峰に傍る。此れ等は皆「樂托」を借りて以て主星に充當し、外面の氣勢を憑りて氣の聚散を決定す、故に「傍城借主」と謂ふ。

又有龍氣直來,似宜正受,乃入首之處無面目,向方之處則無情,使不成局,故當看其明堂何堂開局,便當揪龍而就之,所謂以龍定穴,以水定向者,正謂水之聚處,則有明堂而成局,便當準此以定向方,不必拘拘於正受也。《撥砂經》云:無局不言龍。可見局之所在,即龍之所止,故有就向拗龍之法。

又一種の情形有り。龍氣直來して看似る應に正受すべし、然れども入首の處に面目無く正向の方位又情無し、以致て局を成すこと能はず。此れ則ち應に明堂の哪の一邊に局面を開出するかを看て便ち龍を拗して去りて之に遷就すべし。所謂「龍を以て穴を定め水を以て向を定む」は正に水聚の處に便ち明堂有りて局を成し、便ち應に此を以て向方を定むべく死守して正受を須とせずを説くなり。《撥砂經》に「局無くば龍を言はず」と曰ふ、見るべし局の在る處に龍便ち止まるを、故に「就向拗龍」の法門有り。此れ傍城借主と一樣に皆是れ正受に拘らず外勢を以て内氣を定むるの活法なり。

上巻二十二 三靜一動、百死一生

點穴須求三靜一動。認氣須要百死一生。

穴を點ずるは「三靜一動」を尋ぬるを要す。案對は靜を要し龍虎は靜を要し水城は靜を要し、而も中間の穴場は獨り一脈活動して精神を見る。氣を認るは「百死一生」を尋ぬるを要す。四圍の餘氣盡皆死寂して獨り此の一點に還た生機有り、那れ乃ち真生氣なり。

此以動靜生死而識氣脈之真假,最為關要。何謂三靜?案對要靜,開面朝拱而無壓逼走竄;龍虎要靜。內向懷抱而無他顧飛騰;水城要靜,繞環凝聚而無反背沖激。中間惟見穴場之所。一脈活動而有精神,此則三靜一動,其穴乃真。

これは動靜と生死とを拿りて氣脈の真假を辨識す、最も關鍵なり。何をか「三靜」と謂ふや。案山朝對は靜を要し須く面を開き朝拱して壓逼竄走なきべし。青龍白虎は靜を要し須く内に向ひて懷抱して他顧飛騰なきべし。水城は靜を要し須く環繞凝聚して反背冲激なきべし。四圍皆靜にして中間に只見る穴場の那一脈活潑して精神有り——此れ即ち三靜一動にして穴乃ち真なり。四圍若し亦亂動せば那れは即ち氣未だ止まらず、穴心若し亦死寂せば那れは即ち氣未だ到らず。

而認氣則於穴場中看其精神。何者是其精神發越處?即如孩兒頭一般,頭上之骨皆堅,而怪囪門獨柔,一呼一吸,可浮可沉,此真生意處。古人以化生腦不取象於頭而取象於孩兒頭者,極有味也。他如厚中取薄,薄中取厚,靜中取動,動中取靜,必皆餘氣盡死,而惟此一點獨有生機,乃為生氣。不然則亦今人所稱菩薩面死鱉背之說而已,最宜細察之。

至りて氣を認るは則ち穴場の中に於て其の精神を看るを要す。何處をか精神發越の地方と為すや。即ち小孩の頭の如し。頭上の骨頭は皆是れ堅硬にして唯獨囟門の那一處は最も柔軟にして一呼一吸浮く可く沉む可し、彼處こそ乃ち真正の生意の所在なり。古人の「化生腦」を講ずるは成人の頭に取象せずして小孩の頭に取象す、實に極めて意味有り。其の餘の厚中に薄を取り薄中に厚を取り靜中に動を取り動中に靜を取るの如きも亦必ず是れ四圍の餘氣盡く死して唯獨此の一點に還た生機有らん、那れ乃ち生氣と叫ぶ。若し是の如くならざれば則ち只是れ今人の所謂「菩薩面」「死鱉背」のみなり、最も應に細察すべし。

上巻二十三 弦棱涌凸、認氣葬氣

有弦有稜則形真,若湧若凸則氣到。認氣難於認脈,葬脈豈如葬氣。

穴場の上に弦有り棱有り——蟬翼砂・牛角砂が蟹眼水と蝦鬚水とを界出す——形乃ち真なり。穴心の處涌くに似て凸に似て沉陷せず、氣乃ち到りぬと算す。氣を認るは脈を認るより難し。脈は收斂して脊有り陰に屬し煞を帶び形迹見え易し。氣は平坦にして圓滿し陽に屬して乘る可きも卻て極めて辨認し難し。故に脈を葬るは終竟氣を葬るに如かず。

此乃於入首微茫處認出一點靈光之氣,為堪輿家至要,亦至訣也。前段言一入穴場當先認形,隨即認氣。如穴場必有弦稜,則蟹眼、奸須之水乃見,始能成胎。蟹眼是凸穴,其中圓滿而起,如蟹眼然,外有蟬巽砂為之陰護,而水微見,謂之蟹眼水也。一有蟬翼砂則弦稜成矣。

これは入首微茫の處に於て一點の靈光の氣を認出すに堪輿家の最も緊要の事と為し亦最も要緊の口訣なり。前の一段は説く、一たび穴場に進みて先ず形を認り隨に氣を認る。穴場の上は必定に弦有り棱有りて蟹眼水・蝦鬚水乃ち顯現出來ることを得、乃ち胎を成すことを得。「蟹眼」は凸穴にして中間圓滿隆起し形は蟹の眼睛の如く外面に蟬翼砂の暗暗に護る有りて水微微と見ゆ、故に蟹眼水と謂ふ。一たび蟬翼砂有れば弦棱も亦成る。弦棱は形にして蟹眼水は形の真なる所以の憑證なり。

蝦鬚是窩穴,其中翕聚,如蝦鬚之抱掏然,外有牛角砂為之明護。而水明見,謂之蝦鬚水也。一有牛角砂則弦稜成矣。弦稜成則氣聚而不散,天心自然湧凸,乃成胎息。若天心沉陷,乃是花假,不成穴矣。氣脈何以分別?幾脈之行,必須斂而有脊,乃見草蛇灰線。形雖不甚露,而未嘗無形也。

「蝦鬚」は窩穴にして中間翕然として收聚し蝦鬚の兩邊環抱するが一般の如く、外面に牛角砂の明明に護る有りて水清楚見ゆ、故に蝦鬚水と謂ふ。一たび牛角砂有れば弦棱も亦成る。弦棱一成れば氣は便ち聚まりて散ぜず、穴心自然に涌起微凸し是に於て胎息を結成す。若し穴心反って沉陷し下れば那れは即ち花假の穴にして穴を成すこと能はず。氣と脈とは又怎樣に分別するや。凡そ脈の行走は必定收斂して脊有りて乃ち「草蛇灰線」を見出すことを得。形は雖も十分顯露せざるも之を無形と謂ふこと能はず。

幾形之有脊而斂處便屬陰,陰則有煞不可犯。平坦圓滿則為氣,如人之身服,猶按之有脊氣,則充滿遍而無凝滯,乃屬陽,陽所宜乘也,但脈易見而氣難認耳。謂葬脈不夕葬氣者,正以脈犯陰而氣為陽,當葬氣也。如前所稱太極暈及天輪之說,正是氣體耳。時師多能葬脈而不能葬氣者,以其原未明此,故禍常多而福常少也。夫苟形真穴正,而又能辨乎氣脈,測為人造福,百不失一矣。

凡そ形に脊有りて收斂する地方は便ち陰に屬し、陰に屬せば便ち煞有りて冒犯すべからず。平坦圓滿なるは便ち氣にして人の身軀の如く、按し下げて還お脊有るを覺出し氣便ち充滿周遍して凝滯無し、此れ即ち陽に屬し陽こそ乃ち應に乘ずべきなり。只是れ脈は看見し易くして氣は辨認し難きのみ。所謂脈を葬るは氣を葬るに如かずは正に脈は陰を犯し氣は陽に屬して應に氣を葬るべきを以てなり。前面の所謂「太極暈」と「天輪」の説の如きは講ずる所は正に氣體なり。當今の地師は多半能く脈を葬りて氣を葬ること能はず、只原本此の一層を明白せざるに因り、故に禍を招くこと常に多く福を致すこと常に少なし。若し果然形真穴正にして而又能く氣と脈とを辨清せば、則ち人の為に福を造ること自然百に一の失なし。

上巻二十四 法葬在形裏、會意在形表

法葬之葬,法在形裡;會意之葬,意在形表。

「法葬」は人力を以て剪裁して成る——或いは孤を開き水を取り或いは窩を填め石を墊き、當に培すべきは則ち培し當に削るべきは則ち削り、其の法度は仍お形體の内に在り。「會意の葬」は則ち形體の上に全く窩鉗乳突の憑るべきなく只氣勢精神會聚の意を憑りて去りて穴を定む、其の用意は已に形體の外に在り。

此以穴情變態不一,有穴藏於拙,以人力而剪裁之者,有穴隱於微,以意向而融會之者,此之謂仙蹤,凡論氣者不可不神會也。夫論穴先論形,乃有形不足以成穴者,如頑金而不少開窩,其剛飽豈可言穴,則當細認其中之微凹處,便為生氣,須以開孤法,大用人工,取出水窩以葬之,此全以人力而成,謂之法葬。

これは説く、穴情變化一ならず。或る穴は拙朴の中に藏れて須く人力を用ゐて剪裁すべく、或る穴は微茫の間に隱れて須く意會を用ゐて融通すべし。此れ即ち所謂「仙蹤」にして凡そ氣を論ずる人は用心領會せざるべからず。穴を論ずるは先ず形を論ず、然れども亦形の穴を成すに足らざる有り。頑硬の金體の一點も窩を開かざるが如きは那の剛硬飽滿なるを怎ぞ能く穴と稱せんや。此れ則ち應に其の當中の微微凹陷の地方を細認し彼處は便ち生氣の所在にして須く「開孤」の法を用ゐ大いに人工を費し一水窩を鑿出して下葬すべし。此れ全く人力を靠りて做成するを以て故に「法葬」と謂ふ。

又如水窩太深,乃陽中之陽,不可言穴,然真氣既蓄,必然有結,則宜於窩內或填以土,或墊以石,如龍強,又或墊之以木,須用填實其窩,成個陽中之陰,取披架於其上而葬,此乃虛而實之之法。亦所謂法葬也。他如騎刑剪燥,開孤截蕩,各各有法,亦當培則培,當削則削,宜虛而虛,應實而實之法度也,是以楊公有法葬之條。

又如水窩太深なるは那れは陽中の陽にして亦穴と稱すること能はず。然れども真氣既に此に蓄へば必定結作有り、那れは則ち應に窩裏に於て或いは土を填め或いは石を墊き、若し龍勢强きは還た木を墊く可し、總じて窩を填實して一個の陽中の陰と作り成し、再び蓋板を取りて上に架して下葬す——此れ「虛にして之を實す」の辦法にして亦法葬に屬す。其の餘の騎刑剪燥・開孤截蕩の如きも亦各々其の法度有り。該に培すべきは則ち培し該に削るべきは則ち削り宜しく虛すべきは則ち虛し應に實すべきは則ち實す。故に楊筠松乃ち專ら「法葬」の此の一条を立つ。見るべし形に足らざる處有れば人力盡く補足すべく、只補ふ所は正に那口真氣の出路なり。

又如有真龍正脈盡鍾於此,情勢局面亦盡會於此,乃考之穴情,測無真正入相形穴,古人一惟會其精神所聚之意。如官坑樑上掛金斗地,乃在窮源僻塢高嶺絕頂之上,兩邊山勢俱是不止,行去且有十數里餘,此亦形穴所不相者,但觀其氣勢,則兩邊龍回虎抱,前面朝對,自近案橫欄之外,一望可百里許,遠遠見鵝子尖為正朝,鴉峰峙左,大茅峙右,三陽並聳,萬峰俱朝,去水雖有一二十里,然一折一回之玄,九曲不見其去,穴下餘氣。

又一種の情形有り。真龍正脈全て此に鍾聚し情勢局面も亦全て此に會合す、然れども穴情を考究するに卻て真正相法に合する形穴を看出さず。古人は便ち一味に其の精神の聚まる所の意を領會して去りて穴を定む。譬へば官坑梁上の「挂金斗」の地は即ち窮源僻塢・高嶺絕頂の上に在り、兩邊の山勢皆止住を肯ぜず一直に行出して十幾里を去る、此れ亦形穴の相合すること能はざる所なり。但し其の氣勢を看るに兩邊は青龍回抱し白虎環拱し、前面に朝對有り、近處より橫攔する案山の外を望去れば百里の遠に及ぶべく、遙かに鵞子尖の正朝と為るを見、鴉峰は左に峙立し大茅は右に峙立し、三陽並び聳え萬峰俱に朝す。去水は雖も一二十里あるも卻て一折一回して之玄の形を作り九曲盤繞して其の流走を見ず、穴下に還た餘氣を留む。

亦自成個小明常,如在平地,不見其傾,立在穴內,惟見上聚之派,天清之氣,高朗恢弘,森嚴翕聚,滬然一聖賢清高氣象,故當時則用頂門百會之穴而葬之。龍是橫來,入首處微有土金貼體,取象金斗則亦以意會之耳。

此の餘氣も亦自ら一個の小明堂を成して平地上に在るが如く傾瀉を看出さず。穴内に立てば只見る上聚の一派天清の氣、高朗恢弘・森嚴翕聚、渾然として一副の聖賢清高の氣象なり。故に當時便ち頂門百會の處を用ゐて立穴して葬る。此の龍は横來なり、入首の處に微微と土體・金體貼りて有り、取象して「金斗」と為すも亦不過是れ意を以て會するのみなり。

又如坑口麻榨形,龍自高山脫下平洋,闊有十餘畝,下脈處雖亦有來龍發到,前面卻是一片鋪陽,其於窩鉗乳突四字,全無佐證,又無龍虎渙風掃來,不可為穴,然真龍既到,卻是大結作,當時賴仙只會其中氣正聚之處,大開深槽,闊一二丈,一長有三五丈,深辦五六足許,取象油槽,喝作麻榨形,穴頂槽頭,一取槽溝以聚氣,一取槽溝當作龍虎以蔽其風。若論穴豈有此等?蓋亦會意作之耳,此其法又在形之外矣。

又如坑口の「麻榨形」は龍高山より脫落して平洋に到り寬さ十幾畝あり、下脈の處は雖も亦來龍發到有るも前面は卻て一片鋪開の陽面にして窩・鉗・乳・突の四字に對して全く佐證無く、又龍虎の遮攔無くして風勢涣散して掃來り、本もと穴と作る可からず。然れども真龍既に此に到れば卻て一處の大結作なり。當時賴布衣は只其の中の氣正に聚まる處を領會して一條の深槽を大開し、寬一二丈・長三五丈・深五六尺上下、油榨の槽に取象して形を喝して「麻榨形」と為し、穴を槽頭に定む。此の如く做るは一に槽溝を借りて氣を聚め、二に槽溝を借りて龍虎と當て以て風を遮蔽す。若し常法に按じて穴を論ぜば豈に此の如きの穴有らんや。此れも亦不過意を以て會して作成するのみなり——此種の法門は便ち更に形體の外に在るなり。

上巻二十五 論龍之來處與止處

龍之貴賤以格辨,龍之正餘以祖辨,龍之大小以幹辨,故同龍論格,同格論祖,同祖論幹。龍之去住以局辨,龍之偏正以堂辨,龍之真偽以座辨。故同龍論局,同局論堂,同堂論座。

龍の貴と賤とは「格」の上より分辨す——穴後一節の結成する五腦・三台・華蓋・玉屏・諸軸等の哪の一種の貴格なるかを看る。龍の正と餘とは「祖」の上より分辨す——分祖の處の正降なるか旁出なるかを看る。龍の大と小とは「幹」の上より分辨す——其れ幹中の幹なるか枝中の幹なるかを看る。故に同じ一条の龍にして先ず格を論じ、格相同なれば再び祖を論じ、祖相同なれば再び幹を論ず。龍の去と住とは「局」の上より分辨す——城垣關鎖有りて個の巢穴を成せば龍便ち此に歸宿す。龍の偏と正とは「堂」の上より分辨す——明堂の哪の一邊に在れば正穴便ち哪の一邊に在り。龍の真と僞とは「座」の上より分辨す——入首に真蓋座有りや無しや。故に同じ一条の龍にして先ず局を論じ、局相同なれば再び堂を論じ、堂相同なれば再び座を論ず。前の三句は龍の來處を論じ後の三句は龍の止處を論ず。

前一段論龍之來處,後一段論龍之止處,皆認氣者不可不辨。夫龍何以分貴賤也?如龍之體勢,或以五腦,或以三臺,或以華蓋,或以玉屏,或以諸軸,成何貴格則不論,龍之二三五節,或長或短,而有此狀樣,便以貴論矣。要之以穴後一節為主。廖公云“穴後一節為龍格”是已。

前の一段は龍の來處を論じ後の一段は龍の止處を論ず、皆是れ氣を認る人の辨ぜざるべからざるなり。龍は何を憑りて貴賤を分かつや。譬へば龍の體勢或いは「五腦」と作り或いは「三台」と作り或いは「華蓋」と作り或いは「玉屏」と作り或いは「諸軸」と作り、哪の一種の貴格と成るかは且つ去りて説かず、只龍の兩三節・五節の間に於て長短を論ぜず此の如き形狀有らば便ち「貴」を以て論ずる可し。根に歸り底に至れば穴後一節を以て主と為し、廖瑀の「穴後一節は龍格と為す」は正に此の意なり。

然龍有貴格而官不尊、福不永者,則多承祖分家之處不得其正耳,故須看其分祖之處為正為餘,而後官之尊卑、福之遠近可辨也。分祖之處,必須起祖垂肩,成何星辰,成何品格,方為正降。又有祖龍得其正脈,而貴不列於上卿,富不侔乎敵國者,則其枝中之幹,而非幹中之於,故其力量終不足以攬全勝、當大任耳。

然れども亦龍の貴格を具へて官位尊ならず福澤久しからざる有り、多半是れ祖山を承接し分家して脈を出づるの處其の正を得ざるなり。故に必ず其の分祖の地方の正幹なるか餘枝なるかを看て然して後官の尊卑・福の遠近乃ち辨出することを得。分祖の處は必ず祖を起こし肩を垂れ、個の甚麼星辰・甚麼品格を成して乃ち「正降」と算す。又祖龍雖も正脈を得るも貴は上卿に位列すること能はず富は國に敵すること能はざる有り、那れは其れ只枝中の幹にして幹中の幹に非ざるを以て、故に力量は終竟全局を攬し大任を當るに足らず。格・祖・幹の此の三層は一層比べて一層更に根本なり。

蓋有百里之幹,始收百里之形勝,有千萬里之幹,始收千萬里之形勝,又豈可以眼前之器局分大小也。凡論龍之來處,一當以此為準。龍何以定去住也?夫龍必有巢穴乃播,故凡一到方所,看其城垣關鎖,局面寬圓,成個巢穴,則知龍之歸宿在此,然有於此則為正、於彼則為偏者,以堂在此不在彼也。苦人所謂山歸成龍,水歸成穴,正以堂之聚處為水所歸耳。

知るべし百里長の幹龍有りて乃ち百里の形勝を收住り、千萬里長の幹龍有りて乃ち千萬里の形勝を收住る、豈に只眼前一個の局面の大小を憑りて判斷せんや。凡そ龍の來處を論ずるは一概に此を以て準と為す。龍は又何を憑りて去住を定むるや。龍は必ず巢穴を得て乃ち棲止を肯んず、故に一處の地方に到るごとに其の城垣關鎖・局面寬圓して個の巢穴を成すを看れば、便ち龍の歸宿は此に在るを知る。然れども同一處の地方にして或るは此に正と為り彼に偏と為るは明堂の此に在りて彼に在らざるを以てなり。古人の所謂「山歸して龍を成し水歸して穴を成す」は正に明堂聚水の處を以て衆水の歸する所と為すなり。故に龍の何處に止まり何邊に正たるかを判ずるは先ず局を看、再看堂を看る。

乃又有堂正而穴不真、葬不發者,以入首之蓋座在此不在被也。蓋座如木秀華蓋、i秀冠蓋、金秀寶蓋之類,猶是眾所共倚,又如樂托、祿儲、襯貼之類,亦是顯而易見,只如化生之腦、天輪之蓋、太極之暈,任其左閃右倚,俱有隱隱蓋覆之意,此是入首真蓋座也。必有蓋座而穴乃真。譬如都邑之間以龍之垣局,即城郭也,以龍之穴場,即堂廳也,以龍之座向,即臺座也。凡論龍之止處,一當以此為準。

然れども又明堂雖も正なり而も穴真ならず葬り下りて發せざる有り、那れは入首の「蓋座」が別處に在りて此處に在らざるを以てなり。蓋座は木體秀出の「華蓋」・玉體秀出の「冠蓋」・金體秀出の「寶蓋」の類の如く衆人の共に倚る所なり。又「樂托」「祿儲」「襯貼」の類の如きも亦皆顯然見易し。至りて「化生腦」・「天輪」の蓋・「太極暈」は其の左に閃き右に倚るを任せども總じて隱隱たる蓋覆の意有り、此れこそ乃ち入首の真蓋座なり。必ず蓋座有りて穴乃ち真なり。譬へば都邑の間に在れば龍の垣局は即ち城郭、龍の穴場は即ち堂廳、龍の坐向は即ち臺座なり。凡そ龍の止處を論ずるは一概に此を以て準と為す。局・堂・座の三者は外より内に由り愈々裏面に到るほど愈々真僞を見る。

上巻二十六 凶星有胎有化、吉曜有精有神

凶星不無夾雜,只要有胎有化;吉曜縱然雄聳,亦要有精有神。

龍身の上は凶星を夾雜せざるを免れず、只其れ「胎有り」——凶體の中に微露して相生の意有り、又「化有り」——凶氣能く泄制せられて轉化せば、便ち敗と算せず。反って吉星は縱ひ雄偉高聳すとも亦「精有り神有り」を要す。木は華有るを要し金は色有るを要し火は光有るを要し土は屏を成すを要し水は紋有るを要し、形象の外に還た須く氣象の見出るべし。

此言認生氣於微茫者所當致審也。如五星得共正體無論矣,有如直硬之木而微帶泡節,有水之意,如掃蕩之水,而微露墜塊,有金之意,是為逢胎,則就其母而子有靠,不為敗也,又如火金相戰為天裡,但看其中微有水窩,則從其微窩而大開深取,以成水體。蓋金剛飽而用水以洩之,則以洩而化其凶也;火傷金而以水制之,則以制而化其凶也。此以人力而為化者。

これは説く、微茫の處に於て生氣を認取する人の應に細審すべき所なり。五星若し皆純正の體を得ば那れは自然説くを必とせず。譬へば直硬の木體にして微微と些か泡節を帶び水意を含有し、又如掃蕩の水體にして微微と墜塊を露出し金意を含有す——此れを「逢胎」と謂ふ、母體に就着して子に依靠有るに等しきにして便ち敗と算せず。又如火金相戰は「天罡」と謂ふも、但し其の當中に微微と一個の水窩有るを看て便ち那の微窩に順て大開深取して水體と作り成す。金は剛硬飽滿にして水を用ゐて之を泄るは泄るを以て其の凶を化し、火は金を傷りて水を用ゐて之を制すは制すを以て其の凶を化す。此の一類は人力を靠りて化するなり、所謂「有胎有化」は胎は天生に在り化は人為に在るなり。

又如粗版之土而微露金意,則以生而洩其氣為化,如太陰之角帶火然。金盛而火微,可周以陶熔乎金,而金反粹,則以制而成其美為化,此又生成之自然而化氣者。如出身自不逢胎,又不逢化,則難下手矣。又如沖天之木本美,然望之而險峻,不秀不雅,是木無華。又如獻天之金至聳,然望之而頑蠢,無體無儀,是金無色。

又如粗大板實の土體にして微露して金意有れば、那れは則ち相生を借りて其の氣を泄りて以て化解す。正に太陰金體の角上に火を帶ぶるが一般の如し。金盛んにして火微なれば火は反って金體を陶熔して金を愈々精粹ならしむることを得、此れ是れ制を以て其の美を成すの化法なり。此の一類は天然生成して自ら氣を化すること能くす。至りて出身の處に於て既に胎に逢はず又化に逢はざれば、那れは難く下手す。再び説く、冲天の木體は本もと美格なれど、然れども望み上ぐれば險峻して秀ならず雅ならざれば、那れは即ち木の華彩無きなり。獻天の金體は極めて高聳すれど、然れども望み上ぐれば頑笨蠢重にして體無く儀無ければ、那れは即ち金の光色無きなり。

又如焰天之火亦至難得,然望之而峻贈,非筆非劍,無影無焰,是火無光。又如平天之土、漲天之水,皆是尊貴,然望之而非屏非閣,無波無紋,是土為奎而水為蕩也,何足貴哉!又如貴人在衙,形便要有個堂堂之氣象,將軍接劍,形便要有個威權模樣。又如仙人跨鶴,形便要有個清風高韻,若文而不雅,秀而不嚴,清而不高,便是無精神,亦不發福,何足貴邪!此證星辰者尤當證其精神。大抵山有體魄,有精神,認體魄易,認精神難,此非別有大竅,未易語此。

又如焰天の火體も亦極めて得難し、然れども望み上ぐれば只是れ峻峭陡削にして既に筆に似ず又劍に似ず無影無焰なれば、那れは即ち火の光無きなり。再如平天の土體・漲天の水體は本もと皆尊貴なれど、然れども望み上ぐれば既に屏に似ず又閣に似ず無波無紋なれば、則ち土は便ち只一塊の蠢塊にして水は便ち只一片の浮蕩にして何の貴ぶ可きあらん。又如「貴人在衙」の形は則ち要く一副堂堂の氣象有らん、「將軍接劍」の形は則ち要く一副威權の模樣有らん、「仙人跨鶴」の形は則ち要く一段清風高韻有らん。若し文にして雅ならず秀にして嚴ならず清にして高からざれば、便ち精神無きにして亦福を發せず、何の貴ぶ可きあらん。故に星辰を驗看するは尤も其の精神を驗するを要す。大抵山に體魄有り精神有り、體魄を認るは易く精神を認るは難し。此處に別に一大竅門有りて輕易に人と講說すること能はざるなり。

上巻二十七 造物有時、作用有法

陵谷變遷,山川改色,造物固自有時;控制山川,打動龍神,作用亦自有法。

高岸變じて深谷と為り山川改換して氣色新たならしむは、此れ造化自ら其の時候有りて人力勉强して來るべからず。而も山川形勢を控制し龍神を打動して之を發動せしむるは、前賢の施爲も亦自ら一套の法度有りて並びに荒誕にあらず。上の句の説くは「時」なり、下の句の説くは「法」なり。時到らざれば則ち法施す處なく、法立たざれば則ち時來るも應ぜず。

今人但見先賢作用,有甚奇甚隱又甚;王而不可測度者,便以為幻妄而肆譏說,不知造化尚無定體,尚無全功,不無與時推移,豈以人為而不隨時隨俗以為之裁成者乎!昔人所謂“人不天不因,天不人不成”者,非虛語也。大如黃河南徒而氣運亦南,小如金沙灘出見而牛僧果應內召;又大如黃河清而聖賢出,小如壺,公以時易色而兩郡人材興替隨之,此非造物固自有時乎!

今人は只前賢の施爲の極奇・極隱にして又極神妙測度すべからざるを見て、便ち虛妄荒誕と當てて肆意に譏笑す。知らず造化は本もと定體なく十全の功用なく、時に隨て推移せぬはなく、豈に人為の事は反って時に隨ひ俗に隨て裁成を加ふるを要せざる可けんや。前人の所謂「人は天ならざれば因らず、天は人ならざれば成らず」は並びに空話にあらず。大なるは黄河の南徙して氣運も亦之に隨て南移するが如く、小なるは金沙灘の顯現して牛僧孺果然として應召して朝に入るが如し。又大なるは黄河水の清れて聖賢出世するが如く、小なるは壺公の時に按じて顏色を改換して兩郡人才の興替之に隨て變ずるが如し——此れ正に造物自ら其の時有るにあらずや。見るべし、天時到らざれば人力も亦措手する所なし。

又如微郡之城設努樓以射五鬼,丁源之墓開油槽以應麻榨,楊公所謂如睡如蒙,或發以鍾,廖公所謂滅火滅瘟,則鑿其地,至今其應如響,此非作用亦自有法乎!凡如一枝一派山水,則可眼前而定,至於大形大勢,或以近應,或以遠應,其應驗固自有時。蓋山水既非眼前點檢得盡,則福澤赤非眼前計量得盡也。且如前賢作用,有應之當年,亦有應之數十年及千百年者,皆不可以尋常耳目窺測。磋乎,差乎,自非神心慧識,孰能當此乎?

又如徽州府城は弩樓を設置して「五鬼」を射、丁源の墓は油槽を開鑿して「麻榨」の形に應ず。楊筠松の所説「睡るが如く蒙ふが如き、或いは鐘を以て發す」——沉睡蒙昧の地氣は鐘聲を用ゐて喚醒す可し。廖瑀の所説「火を滅し瘟を滅せば則ち其の地を鑿つ」——火災瘟疫を消除せんと欲せば就中彼の一片の地を鑿開す。今日に到るまで應驗皆回聲の一般に準なり、此れ正に施爲自ら其の法有るにあらずや。凡そ一枝一派の小山小水の如きは眼前に斷定するを得。至りて大形大勢は或るは近處に應じ或るは遠處に應じ、其の應驗は本來自ら時候有り。山水既に眼前點檢し盡くすべきにあらざれば福澤も亦眼前計量し盡くすべきにあらず。再び説く、前賢の施爲に當年に即應驗する有り、亦幾十年乃至千百年にして乃ち應驗する有り、皆是れ尋常の耳目の窺測する所能にあらず。嘆ず可し。若し神明の心・慧悟の識にあらざれば誰か能く此の如きの事に擔當せんや。

霊城精義・巻下 理氣章

理氣章正訣

下巻一 地は星光を以て精氣と為す

地無精氣,以星光為精氣;地無吉凶,以星氣為吉凶。

大地本身は並びに精光の氣なく、其の精氣は天上の星光より來る。大地本身も亦吉凶を謂ふ無く、其の吉凶は應ずる所の星氣に取決す。此れ下巻「理氣」立論の根本なり。形體は地に在りて精光は天に在り、地を卜して上に天星に通ぜざれば看る所は不過一塊の死土のみ。

夫今之論堪輿家者,類以形體為體,天星為用,甚至以形體為實,天星為虛,而竟置星學於不講,豈知宇宙間精光在天,體魄在地,卜地而不及天星,則體魄止死塊耳。蓋下之河嶽,即上之天辰,原非二物。如天東有蒼龍,在九天謂之蒼天,其下即為東嶽,北有玄武為玄天,其下即為北嶽;南有朱雀謂之炎天,其下即為南嶽;西有白虎謂之昊天,其下即為西嶽;中有北極謂之鈞天,其下即為中嶽。

今天堪輿を談論する人は大多數形體を以て「體」と作し天星を以て「用」と作し、甚至りて形體を實と看作し天星を虛と看作し、竟に至りて全く星學を撇開して講ぜず。彼等豈に知らんや、宇宙の間精光は天に在り體魄は地に在り、地を相して上に天星に及ばざれば、那の體魄は不過一塊の死土のみ。地上の山河は即ち天上の星辰にして本もと兩囘の事にあらず。譬へば天の東方に蒼龍有り九天の中に「蒼天」と謂ひ其の下は即ち東岳なり。北方に玄武有り「玄天」と謂ひ下は即ち北岳なり。南方に朱雀有り「炎天」と謂ひ下は即ち南岳なり。西方に白虎有り「昊天」と謂ひ下は即ち西岳なり。中央に北極有り「鈞天」と謂ひ下は即ち中岳なり。

又如上有天河天漢,而下即有長江大河;上有三垣九野,而下即有垣局以域王城,有分土以域九州;上有十二次舍三百六十五度,而下即有十二支辰分限。又如人之生也,頭頂圓而象乎天,趾履地而肖乎方,手足象四裔,腹心象中土,兩昨象日月,遊行運動象四時。又如一物一器之類,任地所有,皆天之所為,豈有天光地德而不相蒙者哉!乃若星家若稗若甘之所占,其於災祥有符契券,地氣所鍾,其吉其凶有不與天通乎?

又如天上に天河・天漢有れば地下に便ち長江・黄河有り、天上に三垣九野有れば地下に便ち垣局有りて王城を界定し分土有りて九州を界定す。天上に十二次舍・三百六十五度有れば地下に便ち十二地支の分野界限有り。再如人の降生は頭頂圓にして天に取象し脚掌地を踏んで方に取象し、手足は四方邊裔に象り腹心は中央の土に象り兩眼は日月に象り行走運動は四時に象る。又如一件の東西・一個の器物、凡そ地上の所有るは皆是れ天の造する所にして、豈に天光と地德と彼此相通ぜざるの道理有らんや。至りて星象家の石申・甘德の一流人の占する所は災異祥瑞の應驗に對して符契の相合するが如し。則ち地氣の鍾聚する處、其の吉凶は又怎ぞ能く天と相通ぜざらんや。

是故古人有云:神仙之地,多發天門。以乾為天,而且氣為純陽也。帝王之地,多起金龍,以角亢首二十八宿,且天角帝席所在,又以乾陽到此,正在九五之宮也。後紀之地多從地戶,龍飛鳳舞,乃在乾巽之交也。翰苑文章之客,類多太乙天乙,以兩貴人為天司文章之府也。臺輔宰執之器,類多離壬,以三臺在離,最近太微,四輔在壬,最近紫微,皆在帝座之左右也。

故に古人の言、神仙の地は多く「天門」に發す、乾は天と為り而も乾氣は純陽なるを以てなり。帝王の地は多く「金龍」に起る、角・亢の二宿は二十八宿の首に居り又是れ天角帝席の所在、加ふるに乾陽此に到りて正に九五の宮に當るを以てなり。后妃の地は多く「地戶」より而來り、龍飛鳳舞して正に乾・巽相交の處に在り。翰林院の裏に文章を以て世に名なるは多く太乙・天乙の二星に應ず、此の兩位の貴人は上天の文章を掌管する府署なるを以てなり。位台輔宰執に至るは多く離方と壬方に應ず、「三台」星は離に在りて最も太微垣に靠近し、「四輔」星は壬に在りて最も紫微垣に靠近し、皆帝座の左右に在るを以てなり。地上の貴賤は元は天上の星次に照らして分派し下るなり。

忠艮仙聖之風,唯良為多,以艮宮一星,最為明赤,其光異常,故異人異氣多產於此地也。又如將帥邊臣,武奔悍卒,多產於婁金度,以婁金為煞,而且魁罷所陸也。神壇古剎,寡宿孤神,多出於井鬼度,以鬼金為暗,而且太陰所棲也。又如太陽在午,而諸凶俱不敢臨,有君之象,以故建都立郡,一皆向離而居,蓋象天星焉。他如諸星各各有主,而各各有應,豈曰渺茫乎哉!

忠直高潔・仙聖一流の風氣は艮方を以て多しと為す、艮宮に一顆の星有りて最も明赤にして光色異常なるを以て、故に奇人異氣は多く此の一方に產す。又如將帥邊臣・勇武剽悍の士卒は多く婁金宿の度數の上に產す、婁金は煞を主とし又是れ天魁・天罡の所在なるを以てなり。神壇古刹および寡宿孤神の一類は多く井宿・鬼宿の度數の上に出づ、鬼金は幽暗を主とし又是れ太陰の栖む處なるを以てなり。再如太陽は午位に居り衆凶星皆臨近を敢へてせず、君臨天下の象有り、故に都を建て郡を立つるは一概に離方に面向して居る、正に天星に取象するなり。其の餘の諸星も亦各々主る所有り各々應ずる所有り、怎ぞ能く之を渺茫無憑と謂はんや。

故《葬書》中雲乘生氣者,人但知認有形之生氣,而不知認無形之生氣,正在天光下臨、地德上載之二語也。楊氏看行龍多用斗樞之九星,如貧狼、巨門云云,以斗構居中而運方,故行龍取象馬。廖氏看入首則用流行之七政,如太陰、太陽云云,以七政運行有常有變,而吉凶最切,故人首致詳焉。其法一準諸天星,非臆見也。

故に《葬書》の裏に「葬は生氣に乘る」と曰ふ、人は只形有る生氣を認取するを知りて、知らず還た形無き生氣を認取するを要するを、而も那の形無き生氣は正に「天光下に臨み地德上に載す」の此の兩句話の裏に在り。楊筠松の行龍を看るは多く北斗斗樞の九星を用ゐ、貪狼・巨門等等の如く、斗柄は中に居りて四方を運轉すを以て、故に行龍は便ち之に取象す。廖瑀の入首を看るは則ち運行の七政を用ゐ、太陰・太陽等等の如く、七政の運行に常有り變有りて吉凶と關係最も切近なるを以て、故に入首の處に於て格外詳審す。彼等の方法は一概に天星を以て準と為し、並びに空に憑りて臆斷するにあらず。

下巻二 先天統龍、后天布局

用先天以統龍,當詳明於四龍天星;用後天以佈局,尤宜審乎三盤卦例。

先天卦位を用ゐて龍脈を統攝するは便ち「四龍天星」を弄明白することを要す。先天八卦の中に唯だ艮・兌・震・巽の四卦は上下爻陰陽相配して化生の機有り、天星に配上せば便ち艮は貪狼と為り兌は武曲と為り巽は巨門と為り震は廉貞と為る。后天卦位を用ゐて局面を布置するは便ち「三盤卦例」を審明することを要す。地盤・天盤・人盤に各々四吉三奇・貴人祿馬を取りて以て坐向の吉凶を定むるの用法有り。前者は以て龍を定め、後者は以て局を定む。

此二段以先天後天為定龍定穴之綱領,乃乘氣中第一務也。大抵先天分位,乾南坤北,離東坎西,震巽艮兌居四隅,乃陰陽對待之體。然乾坤雖云天地定位,實為陰陽之老;坎離雖云水火不相射,亦為陰陽之極。以四分上下二又皆純陰純陽,無化氣也。唯艮兌震巽四身上下二艾皆陰陽相配,乃合沖和之象,有化生之機,且以地法翻勢配合天星,則民為食狼,兌為武曲,巽為巨門,震為廉貞,經以貪巨武為三吉,又云:大地若無廉作祖,為官也不至三公,曾文遍所云龍看地起祖,有降勢,有入路,有出面,有氣健而形吉,有脈息而枝分,大要不出四龍天星之外,正謂此也。

此の兩段は先天・后天を以て定龍定穴の綱領と作し、乘氣の中の頭等の要務なり。大抵先天の分位は乾は南に在り坤は北に在り、離は東に在り坎は西に在り、震・巽・艮・兌は四隅に分居す、此れ陰陽對待の本體なり。然れども乾坤は雖も「天地定位」と謂ふも其の實是れ陰陽の老なり。坎離は雖も「水火不相射」と謂ふも亦是れ陰陽の極なり——此の四卦は上下兩爻皆純陰或いは純陽にして化氣は言ふ可きなし。唯だ艮・兌・震・巽の四卦は本身上下兩爻皆陰陽相配して乃ち冲和の象に合して化生の機有り。再び地法翻卦の勢を以て天星に配合せば、便ち艮は貪狼と為り兌は武曲と為り巽は巨門と為り震は廉貞と為る。經書は貪狼・巨門・武曲を以て「三吉」と為し、又「大地若し廉にて祖と作す無ければ官と為るも三公に至らず」と曰ふ。曾文辿の所説の龍を看るは其の起祖・降勢有り・入路有り・出面有り・氣健にして形吉有り・脈息有りて枝分するを看るを要するは、大要皆「四龍天星」の外に出でず、講ずる所は正に此の意なり。見るべし、先天八卦は此處に於て方位を排るに用ゐずして、哪の一卦の氣が能く化生し哪の一卦の氣が化生すること能はざるかを判ずるに用ゐるなり。

龍歌中云:二十四山艮兌亥,此是乾坤正龍格,艮亥江南奇,江北宜西兌,庚辛丙丁是天干,尋得真龍實為最,震巽二撲看東西,百里之間妙相會,陽貴離與壬,陰貴艮箕兌。此於四龍之外,而又取乎亥,又取庚辛丙丁,又取離與壬者,何也?從天星也。

《龍歌》の中に曰く「二十四山艮兌亥、此是乾坤正龍格;艮亥江南奇、江北宜西兌;庚辛丙丁是天干、尋得真龍實為最;震巽二卦看東西、百里之間妙相會;陽貴離與壬、陰貴艮箕兌」と。此處に四龍の外に又亥を取り又庚・辛・丙・丁を取り又離と壬を取るは是れ何の緣故ぞや。皆是れ天星に依從して推し來るなり。見るべし「四龍」は骨干にして其の餘の諸位は天星に由りて推衍し出づるの補充なり。

艮兌巽一為天市垣,一為太微垣,一為少微,亦列垣局,所以為貴,況亥為紫微垣,位居北極之草,尤垣局中之最貴者乎!乃庚辛丙丁之亦貴者,則以艮納丙而稱食狼,巽納辛而稱巨門,兌納丁而稱武曲,震納庚而稱廉貞也。夫離與壬何足貴乎?以離居正陽之位,諸星到此,俱為拱狀,實擅其尊。如壬與亥同宮,最近微垣,亦為最貴。又如巳為紫微垣之對宮,稱帝座之明堂,今人以辛丙丁合艮兌巽而稱六秀,又以亥巳六秀稱八貴,又以離壬而稱陽六秀之首吉,皆從天星也。昔所謂統龍法者,推而行之,大義實不外女。

艮・兌・巽の三方は一は天市垣と為り一は太微垣と為り一は少微と為り、亦皆垣局に列せり、故に貴と為す。況んや亥は紫微垣にして位は北極の下に居り、更に垣局の中の最貴なるをや。至りて庚・辛・丙・丁も亦貴と算するは、艮が丙を納して貪狼と稱し巽が辛を納して巨門と稱し兌が丁を納して武曲と稱し震が庚を納して廉貞と稱するを以てなり。則ち離と壬とは又何を憑りて貴ぶ可きか。離は正陽の位に居り衆星此に到れば皆拱衛の狀と成り實に獨り其の尊を擅すを以て、壬は亥と同宮にして最も紫微垣に靠近し亦最貴と算す。又如巳は紫微垣の對宮にして帝座の明堂と稱す。今人は辛・丙・丁を艮・兌・巽に合して「六秀」と稱し、又亥・巳を六秀に加へて「八貴」と稱し、又離・壬を陽六秀の中の首吉と稱す、皆是れ天星に依從して而來るなり。前人の所謂「統龍法」は推衍し開けば大意實に此れ等を出でず。見るべし、先天の龍を定むるは根に歸り底に至れば天上の垣局星宿を拿りて地上の貴賤を判ずるなり。

夫後天之勢,乃分陰分陽之義,從乾至坎至艮至震,皆為陽,列於東北,從巽至離至坤至兌皆為陰,列於西南,其意以為乾坤為老陰老陽,退處西北,以六子施生布列於東南,乃致用之學也。辨方定位,古人用乎後天,意取諸此。然古人又有三盤升例之說者云何?正以方位中有吉有凶,有貴有賤,不可以無辨耳。

至りて后天の卦勢は取る所は「分陰分陽」の意なり。乾より坎に艮に震に至るまで皆陽に屬して東北に排列し、巽より離に坤に兌に至るまで皆陰に屬して西南に排列す。其の用意は乾坤を以て老陰老陽と當て西北に退居せしめて六個の子女の卦を東南に布列せしめて以て生發の用を施展せしむるに在り、此れ致用の學問を講ずるなり。方位を辨別し坐向を確定するに古人は后天卦を用ゐる、取意正に此處に在り。然れども古人に又所謂「三盤卦例」の説有りは此れ何の為ぞや。正に方位の中に吉有り凶有り貴有り賤有りて加へて分辨せざるべからざるに因るなり。

故《素書》以渾天六十龍裝卦取本來山水中四吉三奇貴人祿馬以定坐穴之吉凶。昔人所謂用內分審山水,以定坐穴之純駁者,即此勢也。《寶鏡》以七十二龍裝分取坐向山水中四吉三奇以推本來山水之吉凶,昔人所謂用本分審入穴,以推山水之吉凶者,即此勢也。又如龍脈不合渾天天盤中之四吉三奇,則求之地盤坐向,又如坐向不合四吉三奇,則又於坐向內所串之天盤看是何屬,叉於此勢取四吉三奇,所謂外勢是也。

故に《素書》は「渾天六十龍」を用ゐて卦を裝し本來山水の中の四吉・三奇・貴人・祿馬を取りて來りて坐穴の吉凶を斷定す。前人の所謂「内盤を用ゐて山水を審し以て坐穴の純と駁とを定む」は即ち此の一盤なり。《寶鏡》は「七十二龍」を用ゐて分裝し坐向山水の中の四吉三奇を取りて來りて本來山水の吉凶を推す。前人の所謂「本盤を用ゐて入穴を審し以て山水の吉凶を推す」は即ち此の一盤なり。又如龍脈渾天天盤の中の四吉三奇に合せざれば便ち轉じて地盤の坐向に求む。坐向若し亦四吉三奇に合せざれば便ち再看坐向の内の串る所の天盤の何位に屬するかを看、別に此の一盤の上に四吉三奇を取る——此れ即ち所謂「外盤」なり。三盤層層相救するは正に一處も氣を失はしめざるが爲なり。

然要之吉凶貴賤,一當以龍為主,如四吉三奇祿馬貴人,俱當以龍定之。至於乘氣中緊要處,又全在平分六十龍上探討,當以蔡西山氏所定詳節天表六十龍之分度為準的也。蓋天盤盈縮,則六甲有多寡之差,穿山七十二,則六甲有斷續之間,以之乘氣,豈為當乎?故三盤卦例,古人用之以取四吉三奇貴人神通馬則可,若以此法用之乘氣,非其旨也。故乘氣分度,用蔡氏之平分,乘氣分金,用賴氏之挨加,乘氣分金算度納秀迎官,則《素書》渾天之分例,斯於堪輿之學,思過半矣。

不過根に歸り底に至れば吉凶貴賤は一概に龍を以て主と為すを要す。四吉・三奇・祿馬・貴人は皆應に龍に由りて決定せらるべし。至りて乘氣の中の最緊要の地方は又全て「平分六十龍」の上に探討す、應に蔡元定(西山)の定むる所の「詳節天表」の六十龍分度を以て準と為すべし。天盤に盈有り縮有り六甲の度數に便ち多寡の差異有るを以て、穿山七十二龍は六甲の間に又斷有り續有り、此れ等を拿りて氣を乘れば怎ぞ恰當と算せんや。故に三盤卦例は古人が之を用ゐて四吉三奇・貴人祿馬を取るは可なり。若し此の套の辦法を拿りて去りて氣を乘れば便ち其の本旨に合せず。此に因りて乘氣定分度は蔡氏の平分の法を用ゐ、乘氣定分金は賴文俊の挨加の法を用ゐ、乘氣分金・算度・納秀・迎官は則ち《素書》渾天の分例を用ゐる。能く此の幾層を弄清せば堪輿の學に對して亦思い半ば過ぎたり。

下巻三 入路陰陽、歸路陰陽

以龍定穴,須審入路陰陽;以水定向,須看歸路陰陽。

龍を用ゐて穴を定むるは必ず龍の「入路」は陰なるか陽なるかを審察するを須とす。同じ一個の亥龍にして庚・酉・辛(左邊)より來るは陽に屬し亥は便ち陽木と作し、壬・子・癸(右邊)より來るは陰に屬し亥は便ち陰木と作す。五行の生旺は此に由りて分かる。水を用ゐて向を定むるは必ず水の「歸路」の陰なるか陽なるかを看るを須とす。其の哪の一處の墓庫に歸入するかを看、此に據りて水を消し向を立つ。

此二段乃以龍上入路歸路之陰陽而乘之為一法。如一亥也,從庚酉辛而來,是左邊來,為陽,則亥為陽木,從壬子癸而來,是右邊來,為陰,則亥為陰木。其五行生旺便以此而分,此楊公以龍之來路分陰陽也。

此の兩段は龍の入路・歸路の陰陽を以て氣を乘るの一種の法門なり。譬へば同じ一個の亥龍にして庚・酉・辛の方向より來るは是れ左邊より來るにして陽に屬し、則ち亥は便ち陽木と作す。壬・子・癸の方向より來るは是れ右邊より來るにして陰に屬し、則ち亥は便ち陰木と作す。其の五行の生旺は便ち此に由りて分かる。これ楊筠松の龍の來路を以て陰陽を分かつの辦法なり。

又如庚為陽金,墓在丑,丁為陰火,亦墓在丑,此所謂斗牛食庚丁之氣也。又如乙丙交而趨戌,辛壬會而聚辰,金羊收癸甲之靈,俱是此義。昔人所謂墓合者如此。故如亥龍從南轉東而入北為陰,即為乙木,或有丙水朝來歸戌而去,即宜立丙向。此真陰陽交媾之法,劉公《天機秘要》消水立向之法,全在於此,以龍之歸路分陰陽也。

又如庚は陽金にして墓庫は丑に在り、丁は陰火にして墓庫も亦丑に在り、此れ即ち所謂「斗牛は庚丁の氣を納る」なり。又如「乙丙交りて戌に趨く」「辛壬會して辰に聚まる」「金羊は癸甲の靈を收む」は皆同一個の道理にして前人の所謂「墓合」は即ち此を指す。故に亥龍の南邊より東に轉じて北方に入るが如きは陰に屬し便ち乙木と作す。若し丙水朝來して戌方に歸入して流去る有れば便ち應に丙向を立つべし。此れこそ乃ち真正の陰陽交媾の法にして劉基《天機秘要》の講ずる消水立向の法門は全て此に在り——これは龍の歸路を以て陰陽を分かつなり。來路は龍の陰陽を定め歸路は水の去處を定め、一進一出にして穴の坐向は便ち定り下る。

下巻四 入首入手、分金分經

入首入手,則龍與脈之所由辨;分金分經,則來與坐之所由分。

「入首」は龍の頭に到るの那一節、「入手」は穴中の真正受用する那一段の氣脈——龍と脈は此の兩者に靠りて分辨す。「分金」は來脈の乘る所の六十龍の旺相孤虛を定め、「分經」は坐度の臨む所の二十八宿の分屬を定む——來脈と坐度は此の兩者に靠りて區分す。前の一對は初めて穴を定むる時の功夫、後の一對は氣を乘り生に趨き死を避くるの功夫なり。

此二段一為初定穴時工夫,乃來脈坐度之緊要在此。何云入首?今人所稱到頭是也。凡到頭看是何龍,如入首是陰,卻審後龍多陰,則陰為真落;如後龍多陽,則陰為偽落。古人作法多從大勢,以後龍為主,故多舍去偽落,雖不利於初年,所不恤也。如初一節星體甚秀,又有向合,又有水合,則初年可以催官,先哲亦間取暫福而用之,此一山一水之作用也。若大地則不以暫福為福矣。此人首為開山立向之最緊要也。

此の兩段は一は初めて穴を定むる時の功夫にして來脈と坐度の緊要處は便ち此處に在り。何をか「入首」と謂ふや。即ち今人の所謂「到頭」なり。凡そ到頭の處は先ず甚麼龍なるかを看る。如果入首が陰に屬せば再審して後面の來龍多半陰に屬すれば、則ち此の陰は即ち真落なり。如果後龍多半陽に屬せば則ち此の陰は便ち僞落なり。古人の作法は多く大勢に依りて後龍を以て主と為す、故に多半僞落を舍去して縱ひ初年不利なるも亦顧る所に在らず。若し頭一節の星體十分清秀にして又向合有り又水合有れば、則ち初年に官を催し福を發する可し。前賢は時に亦此種の暫時の福を取りて來りて用ゐ、然れども此れは不過一山一水の作用なり。若し大地なれば便ち暫福を以て福と當てず。故に入首は山を開き向を立つの最緊要の地方なり。

何云人手?如人之取物入手,乃其實受用處,蓋指穴中之氣脈言也。古人所謂草蛇灰線之脈,正以人手言耳,若有草蛇灰線,則脈絡分明,真有氣到。然氣與脈又有分者,以斂而活動處則為脈,既有斂聚,則氣從脈行,但不免終屬陰耳,陰不可乘,故必到有員暈處,乃陰不到而屬陽,方可葬也。此入手之至精至微處,尤為緊要,初定穴時,全在此處加功。

何をか「入手」と謂ふや。譬へば人の東西を取りて手に到るは那れ乃ち實實在在受用の地方なり——指す所は穴中の氣脈なり。古人の所謂「草蛇灰線」の脈は正に入手に就て説くなり。若し真に草蛇灰線有りて脈絡分明なれば、那れは即ち確實に氣到りぬ。然れども氣と脈と又分別有り。收斂して活動する地方は「脈」にして既に收斂聚攏あれば氣便ち脈に隨て行く、然れども終竟陰に屬するを免れず。陰は乘る可からざるなり、故に必ず圓暈有るの地方に走り至りて陰氣已に盡きて轉じて陽に屬して乃ち下葬する可し。これ入手處の最精微の所在にして尤も緊要、初めて穴を定むる時は全て此處に功夫を下す。入首の辨ずる所は龍の真僞、入手の辨ずる所は氣の陰陽、兩者は一外一内にして混じて一談と為すべからず。

何謂分金?如亥有五亥,一以辛亥丁亥為瞪相,而巳癸為孤虛。孤虛不可入,旺相所當乘,蓋從甲子乙丑之金分來,而其吉凶美惡不可不審擇也。此乘氣中之最緊要處。何謂分經?二十八宿乃天之經星,渾天五行於二十八宿中又各有分屬焉。其與分金納音五行相為生剋制化者也。穴中有來脈,有坐度,來脈重分金,,坐度重分經。然坐度為寄寓,來脈為本生,而寄寓又所以佐本主者也。此乘氣中趨生避死之最緊要處也。

何をか「分金」と謂ふや。譬へば亥位の下に五個の亥(乙亥・丁亥・己亥・辛亥・癸亥)有り、其の中に辛亥・丁亥を以て旺相と為し而も己亥・癸亥を孤虛と為す。孤虛は入る可からず旺相こそ乃ち乘ずべきなり。其等は甲子・乙丑の納音金より分派し下るを以て、吉凶美惡は審愼選擇せざるべからず、此れ乘氣の中の最緊要の地方なり。何をか「分經」と謂ふや。二十八宿は天上の經星にして渾天五行は二十八宿の中に又各々分屬有りて分金の納音五行と互相生克制化す。穴中に「來脈」有り「坐度」有り。來脈は分金を重んじ坐度は分經を重んず。然れども坐度は只是れ寄寓にして來脈こそ乃ち本生なり、寄寓は正に以て本主を輔佐するに用ゐるなり。これ乘氣の中の生に趨き死を避くる最緊要の地方なり。

下巻五 左右落辨真僞、左右加別淳漓

脈有左右落,則脈可辨真偽;氣審左右加,則氣可別淳漓。

脈に左邊より落ち右邊より落つの分有り、此に據りて脈の真僞を辨出す可し——乾亥雙行の脈の如きは左落せば則ち乾氣偏多にして用ゐる可からず、右落せば則ち亥氣偏多にして還た裁量すべし。立穴の時又氣の應に左に挨ぐべきか右に加ふべきかを審察するを要し、此に據りて氣の純厚と澆薄とを分出す可し——微微と挨加して法を得て乃ち雜氣の侵する所と為らざるなり。

此審落脈處用挨加剪裁,為乘氣中最要緊處。《地理筌蹄》云:璣皇左落那堪用,若遇右落可裁暈。皇源左落真貴顯,右落壬七產荒涼。言亥之單行,則純粹不雜為吉,若乾與亥雙行,須看所落何如,左落則乾多不可作,如右落則亥多,猶可裁量,若壬亥雙行亦然。夫乾為反而亥為右者,以面對來脈而看,則乾左而亥右也,凡認落脈當如此辨。

これは落脈の處を審察して挨加剪裁を運用するに乘氣の中の最要緊の功夫なり。《地理筌蹄》に曰く「天皇左落那堪用、若遇右落可裁暈;皇源左落真貴顯、右落壬七產荒涼」。意は、亥(天皇)若し單獨に脈を行れば純粹にして雜らざれば便ち吉なり。若し乾と亥と雙行すれば便ち其の哪の一邊に落つるかを看るべし——左落せば則ち乾氣偏多にして作る可からず、右落せば則ち亥氣偏多にして還た斟酌裁取すべし。壬亥雙行も亦一樣なり。所謂乾を左と為し亥を右と為すは面して來脈に對して看れば則ち乾は左に在り亥は右に在るなり。凡そ落脈を辨認するは皆應に此の如く分かつべし。同じ一条の雙行の脈にして左落右落の間に貴賤荒涼は便ち判然として兩途なり。

賴公《催官篇》云:天星氣射天廊星,微挨西獸加壬行。天廊穴空始為吉,左耳受氣官資榮。言乾與亥縱非雙行,其立穴處須要挨加得法,乃不為雜氣所侵。如以天皇而穴乾向巽,要微於右邊加壬,則全受亥氣而不沾乾,則天廊之穴始空也。凡言西獸者,皆以右之自虎為吉,非以西獸為乾也。

賴文俊《催官篇》に曰く「天皇氣射天廊星、微挨西獸加壬行;天廊穴空始為吉、左耳受氣官資榮」。意は、乾と亥は縱ひ雙行ならざるとも立穴の處は亦須く挨加して法を得て乃ち雜氣の侵入せられざるを致さん。譬へば天皇(亥)を以て乾に坐して巽に向かはば、便ち應に右邊に於て微微と壬を加ふべし、此の如くして便ち全く亥氣を受けて乾氣を沾らず、天廊の穴乃ち「空」と算す。凡そ「西獸」と謂ふは皆右邊の白虎を以て吉と為し、並びに西獣を乾位と當てるにあらず。所謂「天廊穴空」は説く所は乾氣穴に入らずして只亥氣を留め、穴中の受くる所便ち純なり。

今人解作穴挨乾而氣加壬者,原不知加壬即是穴場中氣線移加壬邊立心標也。蓋心標既立,則坐向可任轉移,或為天星,或為分氣,皆聽裁酌,特穴場中之心標不動耳。古人云:用並不用勢,分向穴中作。夫謂穴中作者,正以在穴場之中從勢氣,非於穴場之外從勢氣也。來山與坐下有辨,來山是指來龍入首,坐下是指穴場中入手。此云挨加者,指坐穴之脈細微入手處也。

今人は之を「穴は乾に挨り氣は壬を加ふ」と解す、元は「加壬」は即ち穴場の中の氣線を壬邊に移到して心標を立つるを知らざるなり。心標一たび立てば坐向は便ち任意に轉移する可し。或いは天星を取り或いは分氣を取り皆斟酌に聽憑し、只是れ穴場の中の心標動かざるのみ。古人の言に「用幷不用勢、分向穴中作」——所謂「穴中作」は正に穴場の内に於て勢と氣とに順應するにして穴場の外に於て勢と氣とに順應するにあらず。「來山」と「坐下」とも亦分別有り。來山は指す所は來龍の入首、坐下は指す所は穴場の中の入手なり。此處の説く挨加は指す所は正に坐穴の脈の細微にして入手する那一段にして、並びに整個の穴場を挪り來り挪り去るにあらず。

父母之下,束氣結咽,乃成胎息,此為入首之山,所謂主星是也。入首即是到頭,一節到頭,開面又必草蛇灰線之脈,天輪太極之暈,此為穴場,即為人手之脈,所謂穴情是也。故凡定坐向,以龍之入首定穴情,以脈之入手欲乘生氣,此其緊要,吳、賴二公之所最為究心處也。

父母山の下に氣を束ね咽を結び、是に於て胎息を成就す、此れ即ち入首の山にして即ち所謂「主星」なり。入首は即ち到頭なり。一節頭に到りて面を開き又必ず草蛇灰線の脈・天輪太極の暈有り、此れ即ち穴場にして即ち入手の脈、所謂「穴情」なり。故に凡そ坐向を定むるは要く龍の入首を以て穴情を定め脈の入手を以て生氣を乘ずべし。此れ最緊要の地方にして亦呉景鸞・賴文俊の兩位の最も用心研究する所の所在なり。入首は主星にして入手は穴情、先ず主星を定め再び穴情を定む、次序は顛倒すべからず。

下巻六 龍脈順逆、五行顛倒

龍脈有順逆,乘氣自當有辨;五行有顛倒,作用各自法。

龍脈に順行有り逆行有り、乘る所の氣は自然に分別對待するを要す。五行に正五行・雙山五行等の種種顛倒同ならざる用法有り、各家の作用も亦各々其の法度有り。賴文俊は正五行を用ゐ楊筠松は雙山五行を用ゐ、看似る兩歧なるも其の實皆「生氣に乘る」の此の一個の主旨に歸る。

此言來龍生旺之氣不同,而乘之者亦不同也。如同一亥也,《催官篇》云:迢迢西兌入天皇,清貴翰苑誇文章。益亥屬水,兌屬金,從西兌入天皇,是金能生水,則亥氣為旺,此用正五行而論生旺者也。《青囊經》又云:坎癸騰騰入亥乾,丙向夾蛇阡。何也?益以癸丑屬金,壬子屬水,乾亥屬木,丙屬火,今由癸丑金而生壬子水,水生乾亥木,木生丙向之火,此又用雙山五行而論生旺者也。賴公用正五行,楊公用雙山五行,作用各自有法,一主於乘生氣而已。

これは説く、來龍生旺の氣は各々相同ならず、故に乘取の方法も亦相同ならず。譬へば同じ一個の亥龍にして《催官篇》に曰く「迢迢たる西兌天皇に入り、清貴翰苑文章を誇る」——亥は水に屬し兌は金に屬し、西面の兌金より亥(天皇)に入るは金能く水を生ずれば則ち亥氣は即ち旺なり、此れ「正五行」を用ゐて生旺を論ずるなり。《青囊經》に又曰く「坎癸騰騰として亥乾に入り、丙向夾蛇阡」、此れ又何の為ぞや。雙山納音に按ずれば癸丑は金に屬し壬子は水に屬し乾亥は木に屬し丙は火に屬すを以てなり。如今癸丑の金に由りて壬子の水を生じ水生じて乾亥の木、木又生じて丙向の火、一路相生す——此れ「雙山五行」を用ゐて生旺を論ずるなり。賴文俊は正五行を用ゐ楊筠松は雙山五行を用ゐ、兩家の作用は各々其の法度有りて根に歸り底に至れば只「生氣に乘る」の此一點の上に在るのみなり。

下巻七 本脈旁脈、初分渡峽

氣有乘本脈而不容他雜者,氣的借旁脈而可隔山取者,氣有合初分脈而不為遙遠者,氣有串渡峽脈而不邀截者。

氣に必ず專ら本脈に乘りて旁位の夾雜を容れざる有り、亥脈の兩旁は乾と壬にして皆侵犯すべからざるが如し。旁脈を借り一座の山を隔てて取る可き有り、巽・巳・丙は同じく陰に屬し丙は巳を借り可く巳は巽を借り可きが如し。最初分脈の氣と相合して雖も遠きも遠と算せざる有り、起祖は亥脈にして入穴も仍お亥脈なれば其の氣は祖山と相合するが如し。過峽の脈を貫串して半路に截斷せられざる有り、亥脈の峽を過り關を渡りて入穴の處に到りて仍お亥脈なるが如し。此の四種は皆先ず脈の真を認りて而して後氣を乘るの法門なり。

此乃認脈之真正而乘氣為一法。《梅花院纂》云:亥無鱗甲用心安。又云:隔山取氣君須參。益以亥之兩旁為乾為壬,皆不可侵,所謂無鱗甲也。此以本脈宴氣也。隔山取氣,如巽巳丙原屬陰,丙可借巳,巳可借巽,皆可隔山而借氣,此以隔山而取真氣也。

これは脈の純正を辨認して而して後氣を乘るの一種の法門なり。《梅花院纂》に曰く「亥に鱗甲無くして心を用ゐて安し」、又曰く「山を隔てて氣を取るは君須く參ずべし」。亥の兩旁は一邊は乾・一邊は壬にして皆侵犯すべからざるを以て、所謂「無鱗甲」は即ち此を指す、此れ專ら本脈に乘りて去りて氣を取るなり。至りて「隔山取氣」は巽・巳・丙は本もと同じく陰に屬し、丙は巳を借り可く巳は巽を借り可く、皆能く一座の山を隔てて氣を借るが如し、此れ山を隔てて真氣を取るの辦法なり。

《玉尺經》云:來龍不脫來龍氣。此乘初分之氣言也。如以亥脈起祖,至入穴仍復亥脈,其氣與祖合也。又云:三峽三關元復元。此以渡峽之氣言也。如以亥脈過峽渡關,至入穴處仍復亥脈也,亦為真氣。何者?過峽處實為束氣受胎之所,所以為真耳。蓋凡氣脈之真,自有父子公孫相肖處,此認氣者不可不加察也。

《玉尺經》に曰く「來龍は來龍の氣を脫せず」、これは最初分脈の氣を乘取するに就て言ふなり。譬へば亥脈を以て祖を起こし入穴の時に到りて仍お亥脈なれば、其の氣は便ち祖山と相合す。又曰く「三峽三關元に復元す」、これは渡峽の氣に就て言ふなり。譬へば亥脈峽を過り關を渡りて入穴の處に到りて仍お亥脈なれば、那れも亦真氣なり。何の為ぞや。過峽の處は正に氣を束ね胎を受くるの所在なるを以て、故に乃ち真と算す。大凡氣脈の真は自ら父子祖孫彼此相肖るの處有り。山を隔てて借る可くして本脈は雜るべからずは正に此の道理なり、氣を認る人は細加して體察せざるべからず。

下巻八 受氣耳腰、氣線毫髮

龍穴無足寸之移,受氣有耳腰之異,分金有轉移之巧,氣線無毫髮之差。

龍穴は天然生成にして一尺一寸も移動することを得ず。受氣の部位は卻て「耳」より受くる・「腰」より受くるの分別有りて行龍出脈の順逆横直に隨て變ず。坐線の分金は左右に轉移する可くして並びに死格なし。唯獨那の一条の「氣線」——氣を束ねて入首する處に已に定死したる一線の真氣は半分半毫も差へることを得ず。

此二段乃以挨生棄死、存真去偽、凝承貫棺、蔭骨一線之氣為一法。前段言穴之凝結,或以正穴而為窩鉗乳突,或以怪形而為騎形剪火,開孤截蕩,或以正落而為本山本氣,或以偽落而為斬關借寓,要皆有不可移易之穴場也。豈可尺寸移哉 ?乃受氣則不然,或於行龍出脈,有順有逆,有橫有直,有隔一宮,有隔數宮。其受氣或耳或腰,內接生氣,外接堂氣,甚不可拘泥也。先賢以人力而敵天工,全在於此。若謂星分用事,並其生成之穴法而移之,則謬矣。

此の兩段は生に挨り死を棄て・真を存し僞を去り・凝聚承接して棺中に貫入し枯骨に蔭及する那一線の氣を以て立法す。前の一段は説く、穴の凝結は或いは正穴にして窩・鉗・乳・突と作り、或いは怪形にして騎形剪火・開孤截蕩と作り、或いは正落にして本山本氣を得、或いは僞落にして斬關借寓と作す——總じて皆一個の移易すべからざる穴場有りて、豈に一尺一寸を挪動することを得んや。至りて受氣は然らず。行龍出脈に順有り逆有り横有り直有り、一宮を隔つる有り幾宮を隔つる有り。其の氣を受くるの部位は或いは「耳」に在り或いは「腰」に在り、内に向ひて生氣を承接し外に向ひて堂氣を承接し、甚だ拘泥すべからず。前賢の人力を以て天工に抗衡するは全て此の一層の上に在り。若し星度分派用事に因りて天然生成の穴法すら亦一併に挪動すと謂はば、那れは即ち大錯なり。

氣線以人手束氣處為主,如艮龍人首,戊寅為正氣,且戊寅為土,亦為本氣,所謂坐下自旺,無待女助矣。若或丙寅七艮之氣則屬火,反生艮土為洩,乃失之弱,宜用分金生養穴。如作甲山庚向,宜用庚寅分金,以庚寅之木可生丙寅之火為生旺也。蓋二十四字為父母,六十龍為胎急。凡胎息以生,父母為洩,故丙寅之氣坐艮中為弱也。

氣線は入手氣を束ぬるの處を以て主と為す。譬へば艮龍入首は戊寅を正氣と為す。戊寅の納音は土に屬し即ち本氣なり、所謂「坐下自旺」にして必ずしも再び外力を借りて扶助するを須とせず。若し丙寅の此の一路の艮氣なれば納音は火に屬し反って去りて艮土を生じて泄氣と成り、便ち弱に失す、應に分金を用ゐて來りて穴氣を生養すべし。譬へば甲山庚向を作れば便ち宜しく庚寅分金を用ゐべし、庚寅の納音は木に屬し木は能く丙寅の火を生じて生旺と成るを以てなり。知るべし、二十四山を「父母」と為し六十龍を「胎息」と為す。凡そ胎息は生を受くるを以て吉と為し、反って去りて父母を生ずれば便ち泄と成る、故に丙寅の氣は艮位の中に坐するや便ち弱を顯す。

此於坐線之分金,可以轉移而無定格,若氣線不可有差者,以在束氣入首之處生定此氣,不可改移,及至穴中掛線乘氣,如稍浸癸丑,則居三丑之地,便非艮矣,豈可毫髮差哉故凡氣既定,乃掛坐線,坐線既定,又當掛雜氣線。

此に由り見るべし、坐線の分金は轉移する可くして死格無きを。至りて氣線の差へる可からざる所以は氣を束ねて入首する處に於て此の股の氣已に生定して改動すること能はざるを以てなり。等到りて穴中に線を挂けて氣を乘るに若し稍々癸丑に偏侵せば、那れは則ち三丑の地に落ちて便ち艮にあらず、怎ぞ毫髮の差を容れんや。故に凡そ氣既に定まれば便ち坐線を挂け、坐線既定なれば又應に雜氣線を挂くべし。三条の線は層層相扣して一步も亂る可からず。

如艮龍入首有三分寅氣,便當掛寅氣一線,若作甲山庚向,則掛甲庚坐線,至於氣線坐線交界之所,便為右耳乘氣之所,又當子交界受氣處看寅氣何如,如有寅氣沖入,便當趨避,脈路來急,當退下一分以避寅氣,脈路來緩,當進上一分以避寅氣,則艮之真氣乃貫棺而無夾雜矣。此則至精至微不可毫髮差者也。乘氣之吃緊處在此。

譬へば艮龍入首にして三分の寅氣を帶ぶれば、便ち應に一条の寅氣線を挂くべし。若し甲山庚向を作れば便ち甲庚坐線を挂く。至りて氣線と坐線と交界する地方は便ち右耳氣を乘るの處なり。還た此の交界氣を受くる處に於て寅氣如何を察看するを要す。若し寅氣冲入有れば便ち應に趨避すべし。脈路の來るや急なれば便ち一分を退下して以て寅氣を避け、脈路の來るや緩なれば便ち一分を進上して以て寅氣を避く。此の如くして艮の真氣乃ち棺中に貫入して毫も夾雜無からん。此れ最精微にして半分も差る可からざる功夫にして乘氣の喫緊處は正に此に在り。穴場は動かざる可くして線位は動く能く、正に「分金に轉移の巧有り」の實用なり。線位は雖も動くも那の一線真氣は挪移を許さず、正に「氣線に毫髮の差無し」の分寸なり。

下巻九 三七放棺、三七加向

乘氣當避中氣,故取三七放棺;分金宜乘旺氣,亦取三七加向。

氣を乘るは兩卦交界の「中氣」を避くるを要す——一たび中氣に落ちれば便ち衰敗の開端なり。故に棺を放つ時は「七三」の分を取りて偏に七分を受けて正中の縫の上に壓せず。分金は旺氣を乘るを要し、亦「三七」の分を取りて向を加へ、多く三分を用ゐて其れを丙・丁・庚・辛の上に落せしめ、戊己空亡と兩邊交界の中縫とを犯さず。

此二段言氣線坐線但當避煞迎生,乃乘氣中之第一緊要。宇宙間一逢中氣,即為衰漸,故羅經中以戊子已丑為太空亡正,以其度數界在五分中氣之間,為無生機也。如《催官篇》亥龍坐壬向丙,疇加乾位,慎入巳亥,坐乾向巽,略加壬位,受癸亥之七亥三壬,正合此意。

此の兩段は説く、氣線と坐線は只應に煞を避け生を迎ふべし、此れ乘氣の中の頭一件の緊要事なり。宇宙の間、一たび「中氣」に遇へば即ち衰敗の開端なり。故に羅經の中に戊子・己丑を「太空亡」と定む、其等の度數正に五分中氣の間に界して全く生機無きを以てなり。《催官篇》の説く亥龍は壬に坐し丙に向かひ略く乾位を加へ愼防して巳亥に落るを防ぐ如く、乾に坐し巽に向かひは要く略く壬位を加へ癸亥の「七亥三壬」の氣を受くるが如し——正に此の意に合す。

又如分金加左加右,多用三分,正以三分則在丙丁庚辛之上,不犯戊已雜煞及兩邊交界之中縫也。分金用丙丁庚辛,原陰陽正所源載實取分氣之在兌艮震巽者,為陰陽相交,故稱旺相。要之論乎乘氣,則從丙丁庚辛作分金,亦不犯沖中之破,而一切空亡關煞可無患矣。

又如分金の或いは左を加へ或いは右を加ふるは多く三分を用ゐる、正に三分の處に恰も丙・丁・庚・辛の上に落ちて戊・己の雜煞および兩邊交界の中縫を犯さざるを以てなり。分金に丙丁庚辛を用ゐるは本もと陰陽正位の載る所にして實際取る所は分氣の兌・艮・震・巽の四卦の上に落つるに陰陽相交と為るを以て、故に旺相と稱す。總じて乘氣に就て論ずれば丙丁庚辛を用ゐて分金と作せば既に冲中の破を犯さず一切の空亡關煞も皆患無きを得。放棺は三七を取り加向は三七を取る、用意は皆只「偏に一點して中を避く」の此の五字の上に在り。

下巻十 直來直受、正貫正承

脈不直而氣直,何畏直來直受;氣不斜而棺斜,乃為正貫正承。

入手の脈若し並びに硬直ならず只是れ氣の來るや直なれば、則ち「直來直受」も亦怕るを必とせず——微微と左に巽を加へ右に丙を加へ斜にして一點を受けば便ち腦を冲と算せず。氣本身は斜ならざるも而も棺を一點放斜せば反って正氣をして斜々に耳部に貫入せしむるを得、此れこそ乃ち真正の「正貫正承」なり。前の一句は直を畏るを必とせずを講じ、後の一句は斜中に正を取るを講ず。

此二段正《催官篇》中承氣之妙訣。《催官篇》云:赤蛇頭向天門北,直來直向神功烈。巽丙受向最為艮,富貴榮華人英傑。夫直來直向為氣沖腦散,然或左而加巽,右而加丙,微微斜受,便非沖腦。且看入手之脈脊何如,一有草蛇灰線之玄,曲折而入手,不為犯陰,則以挨加之法而裁之,何畏其直。所謂脈不直而氣直,不為害也。若果入手亦是硬直,則所謂撩山劈勢倚加插粘之法,豈可少哉!

此の兩段は正に《催官篇》の裏の氣を承ぐるの妙訣なり。《催官篇》に曰く「赤蛇頭は天門北に向かひ、直來直向神功烈;巽丙受向最為良、富貴榮華人英傑」。直來直向は本會氣が腦頂を冲して涣散するも、然れども或いは左に巽を加へ或いは右に丙を加へ微微と斜に承受せば便ち腦を冲と算せず。再び要く入手の脈脊如何を看る。只草蛇灰線の之玄有りて曲折して入手すれば便ち陰を犯すと算せず、那れは則ち挨加の法を用ゐて去りて之を裁制す、還た何の直を怕れんや。此れ即ち所謂「脈は直ならずして氣は直なり」にして害と成るに至らず。若し入手の脈果然として亦硬直なれば則ち撩山劈勢・倚加插粘の那一套の法子は又怎ぞ少し得んや。見るべし畏るる所は從來「直」にあらずして硬直にして變化無きの死氣なり。

又云:背一面九,乘天補氣,從右耳為合矩,穴宜挨左,加天皇富貴,榮華震鄉土。此言壬龍坐子向午,得丙子正壬之氣,以貫右耳為合法,穴宜挨左,以取甲子七壬三亥之氣。放棺合丙子正氣為左輔。夫不取正壬而取七壬之氣者,正為捱過七壬則正壬之氣斜斜貫耳,正氣為無虧矣。此棺斜受而氣乃能正受之法。蓋貫耳是一定之氣,放棺是左右挨加,而為乘氣之活法也。《催官篇》之妙訣正在於此。

《催官篇》に又曰く「背一面九、乘天補氣、從右耳為合矩;穴宜挨左、加天皇富貴、榮華震鄉土」。これは説く、壬龍は子に坐し午に向かひ丙子正壬の氣を得て右耳より貫入して乃ち合法と算す。穴は則ち宜しく左邊に挨り向かひて甲子の「七壬三亥」の氣を取り、棺を放つ時に丙子正氣に合して左輔と為す。正壬を取らずして七壬の氣を取る所以は正に七壬を挨過して正壬の氣乃ち斜々に耳部に貫入し正氣便ち毫も虧損無からんが爲なり。此れ即ち棺は斜受にして氣は反って正受すること能くの方法なり。知るべし、耳に貫る部位は一定の氣にして棺を放つは卻て左右に挨加する可し、此れ乘氣の活法なり。棺は看似る放斜したるも氣は反って受くるや正し、《催官篇》の妙訣は正に此處に在り。

下巻十一 以向定水、以局分向

龍以脈為主,穴以向為尊。水以向而定,向以局而分。

龍を論ずるは「脈」を以て主と為す——葬法内部の乘氣は一概に脈を以て主と為し正五行を以て主と為す。穴を論ずるは則ち「向」を以て尊と為す——向を立つるは看似る對内に龍を乘るも實則對外に水を消すなり。水の吉凶は立つる所の向に由りて判定せられ、而も向の取捨は又整個の局面に由りて分別す。

此以水與穴皆以向為重,凡論氣者不可不論也。凡葬法內之乘氣,一以脈為主,亦以正五行為主,別無他門。若坐穴立向,則雖內以乘龍,而實外以消水,其法多端,不可不詳審也。如亥入首,水自寅艮來,由戌乾去,若以雙山五行屬木,則沖破胎養,以正五行屬水,則沖破冠帶,俱不合度,當立丙丁向,則水可消。蓋以玄空五行論,則丙丁屬火,其墓在戌,乃可收寅艮之水而發福,此以玄空行收向上之水也。

これは説く、水と穴とは皆「向」を以て重と為す、凡そ氣を論ずる人は講ぜざるべからず。凡そ葬法内部の乘氣は一概に脈を以て主と為し亦正五行を以て主と為し別に他途無し。至りて坐穴立向は雖も對内は龍氣を乘ると謂ふも實際は對外に水法を消納す、其の法門甚だ多く詳加して審察せざるべからず。譬へば亥龍入首して水は寅・艮方より來り戌・乾方に由りて流去る。若し雙山五行に按じて亥は木に屬せば那れは便ち胎・養の二位を冲破し、若し正五行に按じて亥は水に屬せば那れは便ち冠帶位を冲破す、兩樣皆度に合せず。此の時應に丙向或いは丁向を立つべく水便ち消納する可し——玄空五行に按ずれば丙丁は火に屬し火の墓庫は戌に在りて正に寅艮の水を收得して福を發するを以てなり。これ玄空五行を用ゐて向上の水を收るなり。

水有息道漏道。從人而成,至山向而折之,乃漏道,則生成之局非人為也,故古人定向在於收局,當用雙山定之。如卯龍巽庚,水朝金局也,出艮方則金氣已成,當立庚向。蓋從煞正為迎神避煞之法。又如卯龍見寅艮,巽巳丙水朝,是成火局,當遷辛向。蓋木龍見火局不免為洩,然遷辛向對看去流,此從休囚出水,亦乘生脫煞之一法也。

水に「息道」と「漏道」の分有り。息道は人力に由りて開成し山向の處に到りて折り回るは便ち漏道なり。至りて天然生成の局面は則ち人為のものにあらず。故に古人の向を定むるは「局を收る」を重んじ、應に雙山五行を用ゐて定むべし。譬へば卯龍にして巽・庚の水の朝來有るは此れ金局にして水は艮方より出口すれば金氣已に成る、便ち應に庚向を立つべし——此れ煞の本位に順て行くにして正に神を迎へ煞を避くるの法なり。又如卯龍にして寅・艮・巽・巳・丙の水の朝來を見れば此れ便ち火局と成り應に辛向を改立すべし——木龍は火局に遇へば泄せられるを免れざるも但辛向を改立して去水の流に對するは此れ休囚の方より水を出すにして亦生を乘り煞を脫するの一種の辦法なり。

昔人云:無絕水,有絕向。蓋山水巳結,未有不可葬者。或水有不合,當於向上轉移而消之。自古立向消水,有許多法度,非以滋後人之惑,只是令人有個法度,以合山川之性情,不至拂逆而有敗地耳。是故法度不必盡合,只合得一種便可作福。若合諸家,而曰吾用某種水法,自以為確不可移,夫山水性情變態不一,而苟執一法以合之,豈不謬哉?

前人の言に「絕水無く絕向有り」——山水既に結成せば葬る可からざるなし。只是れ水若し合せざる處有れば便ち應に向の上に於て轉移して之を消納すべし。自古向を立て水を消するに許多の法度有りて並びに後人に惑を添ふるを要するにあらず、只人に一個の準繩有らしめて山川の性情に順合し往て違逆して敗地と弄成するに至らざらんとするなり。故に此れ等の法度は樣樣皆合するを必とせず、只其の中の一種に合得せば便ち福を造る可し。若し各家の説法を皆凑り合はせて還た「我の用ゐるは某種の水法なり」と謂ひ自ら確鑿にして移易すべからずと以爲すれば、那れは即ち錯なり。山水の性情變態一ならず、硬く一法を執りて套せば豈に荒謬ならずや。故に向を立て水を消するは能く通ずるを貴んで能く執るを貴ばず。

下巻十二 四生四絕、三合雙金

來路看四生,坐下看中絕,局內看三合,向上看雙金。

來龍の來路を看るは「四生」を看るを要す。長生の方より發足し帝旺の方に頭に到るは生旺の龍にして此れ正五行を用ゐる。坐下を看るは「四絕」を看るを要す。坐下五行の絕胎の位は祿存にして水此處より流出して乃ち法に合す、此れ洪範五行を用ゐる。局内を看るは「三合」を看るを要す。龍・水・坐向は同じく一局に歸す、此れ雙山五行を用ゐる。向上を看るは「雙金」を看るを要す。龍と向と同じく墓庫に屬すれば便ち雙金煞と成る、此れ玄空五行を用ゐる。四者各々一家の五行を用ゐて氣を論ず、皆是れ山を收め煞を出すの法門なり。

此四段乃以各家五行論氣而為收山出煞之法也。來路何以看四生?昔人所謂地有四勢是也。如水土龍從坤申庚兌而來,至壬結穴,是從生方發足,旺方到頭,此為生旺之龍。其發福必大久。又如水土從東方來,則為克洩之地,一發便衰矣。凡看龍用正五行法當如是。

此の四段は各家の五行を用ゐて氣を論じ山を收め煞を出すの法門と作す。來路は何を以て「四生」を看るや。即ち前人の所謂「地に四勢有り」なり。譬へば水體・土體の龍は坤・申・庚・兌の方向より來り壬方に到りて穴を結ぶ、此れ長生の方より歩を起こし帝旺の方に頭に到るにして生旺の龍に屬し福を發するは必定又大にして又久し。又如水土の龍東方より來れば那れは便ち克泄の地に落ちて一たび發すれば便ち衰ふ。凡そ龍を看るに正五行を用ゐるは法度應に此の如くあるべし。

坐下何以看四絕?如艮龍入首,作壬山丙向,水從乾亥方出,則為火絕胎之地。絕胎是祿存,所謂四個祿存流盡,必富貴者也。蓋坐下壬屬火,艮寅乃火生長之地,而以壬為坐下,則火居火地為得位。又或水從寅甲來,則生養方為食狼,長房必發;或水從丙午方來,則官旺為武曲,中房必發;又或水從丁未方來,則衰方為巨門,小房必發。

坐下は何を以て「四絕」を看るや。譬へば艮龍入首して壬山丙向を作り水は乾・亥方より流出すれば、那れは便ち火の絕・胎の地なり。絕胎は「祿存」に屬し、所謂「四個の祿存流れ盡くせば必ず富貴」は即ち此を指す。坐下の壬は洪範五行に按じて火に屬し而も艮・寅は火の長生の地なり、壬を以て坐下と為せば火は火地に居りて便ち位を得ると算す。又或いは水寅・甲方より來れば那れは生養の方にして「貪狼」と為り長房必ず發す。水丙・午方より來れば那れは官旺の方にして「武曲」と為り中房必ず發す。水丁・未方より來れば那れは衰方にして「巨門」と為り小房必ず發す。

合此三吉,從乾亥方出,則絕胎為祿存,三房併發,必為富貴悠遠之地。若或水從乾亥方出,而誤作癸山丁向,為土坐土,則乾亥為臨宮之地,沖破臨官,中子必敗矣,此坐下所繫甚不小也。今人但知立向,而不知坐下為當慎,所以十有九敗耳。坐下用洪範五行法,當如是。亦有以此用之看來脈者,如董氏明旨亦用此法。凡看來脈,當用正五行,至用洪範五行參而合之,尤為的當理法。

三吉の水皆合して再び乾・亥方より流出し絕胎は祿存と為れば、則ち三房並び發して必是れ富貴悠遠の地なり。反って若し水乾・亥方より流出するも卻て誤りて癸山丁向を作して土坐土と成れば、則ち乾亥は便ち臨官の地にして臨官を冲破し中房の兒子必ず敗る——見るべし坐下の關係する事は同小可にあらず。今人は只向を立つるを講ずるを知りて知らず坐下は更に謹愼すべきを、故に十に九敗す。坐下は洪範五行を用ゐるは法度應に此の如くあるべし。亦人此の一套を拿りて來脈を看る者有り、董氏《明旨》の如きは即ち此の法を用ゐる。凡そ來脈を看るは應に正五行を用ゐ再び洪範五行を取りて參合して看るは尤も恰當合理なり。向は發福の應驗を管し坐は根基の穩固を管す、兩者は偏廢すべからず。

局內何以看三合?如亥龍入首,水從卯甲方來,至坤未方出口,是亥卯未三合,此真木局也。又如亥龍至庚結穴,作卯向,水從坤方出口,則龍水坐向皆從木局,合為一家,更生旺矣。看局用雙山五行法當如是。向上何以看雙金?以辰戌丑未乃四金之地,如丑宮為金牛,則稱睹金煞。或作坤向,則玄空五行坤屬金,木亦在丑,是丑為一金,坤又為一金,合之則為雙金矣。

局内は何を以て「三合」を看るや。譬へば亥龍入首して水は卯・甲方より來り坤・未方に到りて出口す、此れ亥卯未三合にして正に真木局なり。又如亥龍行りて庚方に到りて穴を結び卯向を作り水は坤方より出口すれば、則ち龍・水・坐・向皆木局に歸して一家を合成して更加に生旺なり。局を看るに雙山五行を用ゐるは法度應に此の如くあるべし。向上は何を以て「雙金」を看るや。辰・戌・丑・未は四墓の金地なるを以てなり。譬へば丑宮は「金牛」と為りて便ち「暗金煞」と稱す。若し再び坤向を作れば玄空五行に按じて坤も亦金に屬し而も其の墓も亦丑に在り、此の如く丑は一金・坤は又一金にして合はせて便ち「雙金」と成る。

此謂龍向,皆屬墓便為雙金煞也,犯之必定損丁。即地甚吉,不妨發貴要之人,丁終受傷也。丑左有艮,右有癸,皆屬丑分,或艮七分而丑三分,則可不作丑論;若艮丑平分,便有暗金侵之,俱不可作坤向,癸之相兼亦然。又乾坤卯午皆屬金,則丑艮之龍於此四向皆為雙金矣。凡大墓皆屬破軍金,推之他龍皆然。蓋玄空五行專用以收山出煞法當如是,若陰作陰向,陽作陽向,猶不沖激,或可免禍;若以丑而作坤向,則陽來沖陰,禍更速矣。

これは説く、龍と向と皆墓庫に屬せば便ち「雙金煞」と成り、犯せば必定丁を損す。縱ひ那の塊の地甚だ吉くとも顯貴の人を出すを妨げずとも、人丁は終竟損傷を受く。丑の左邊は艮にして右邊は癸にして皆丑の分野の内に算入す。如果艮七分を占めて丑只三分を占めれば還た丑と作して論ぜざる可し。若し艮と丑と平分すれば便ち暗金の來侵有りて一概に坤向を作る可からず、癸を兼ぬるの情形も亦一樣なり。又乾・坤・卯・午は玄空五行に按じて皆金に屬す、則ち丑龍・艮龍は此の四個の向に對して皆雙金と成る。凡そ大墓は皆破軍金に屬し、推して別の龍も亦皆此の如し。玄空五行は專ら山を收め煞を出すに用ゐるは法度應に此の如くあるべし。若し陰龍に陰向を作り陽龍に陽向を作れば還た冲激するに至らず或いは禍を免る可し。若し丑龍を以て坤向を作れば那れは陽來りて陰を冲するにして禍を招くや便ち更に快し。

凡五行顛倒,今人多不併用,不知古人作法各有取義,原屬一家,只用之各當,不失古人作用之意耳。洪範五行如丑山未向坐,山屬土,坤申為長生,壬亥為旺地,子癸為衰地,放古,人有“丑山高未水滔滔,壬亥拱揖穴堅牢,丙巳出口產賢豪”之說。養生為貪狼,屬長,官旺為武曲,屬中,衰為巨門,屬幼。如破長生則損長,長生來則益長。凡官旺衰水來去,於中小皆然。凡龍與水俱宜來,生旺也。外有八分五行從納甲中來,用之合局為當。又有渾天卦爻,其五行用之以推煞曜,以推子父才官,極為有準,此皆五行中當究心者。

凡そ五行顛倒の諸般の用法は今人は多半之を幷用することを肯ぜず、知らず古人の立法は各々其の取義有りて原本同じく一家に屬し、只用ゐるや各々其の所に當れば便ち古人の施爲の本意を失はざるを。洪範五行は譬へば丑山未向の如し。坐山は土に屬し坤・申は長生壬・亥は帝旺子・癸は衰地と為り、故に古人に「丑山高く未水滔滔、壬亥拱揖して穴堅牢、丙巳出口に賢豪を產す」の説法有り。養生の位は貪狼と為りて長房を主とし、官旺の位は武曲と為りて中房を主とし、衰位は巨門と為りて幼房を主とす。若し長生を冲破せば便ち長房を損し、長生の水來朝すれば便ち長房を益す。官・旺・衰の三方の水の來去は中房幼房に對しても亦此の推法に同じ。總じて龍と水とは皆來朝を以て宜と為し其の生旺を取る。此の外に尚お八分五行有りて納甲の中より來り之を用ゐて局に合するは最も恰當なり。又渾天卦爻有りて其の五行は以て煞曜を推し子孫父母妻財官鬼を推すに極めて準驗す。此れ等は皆五行の中の應に用心研究すべきなり。

下巻十三 制煞脫煞、從煞留煞

制煞莫如乘旺,脫煞正以扶正,從煞乃化為權,留煞正爾迎官。

煞氣に對付するに四条の路有り。「制煞」は本身をして旺に乘らしむるに過ぎず、本氣一たび旺なれば煞は反って生旺と成る。「脫煞」は煞水をして流走せしめて局中に蓄へざるに、以て生氣を扶助す。「從煞」は之に順ひ之と黨を合す、煞は反って權柄と化す。「留煞」は去りて盡除せず反って之を迎へて官星と作す。四法は皆要く生克制化に靠りて消納すべし。

此二段以生剋制化為消納之法,乃乘氣中補洩之一玄機也。如離龍入首,乾亥水朝來正為煞曜,當坐丁向。癸收甲水,以合乾亥,而為乾甲丁之木局,木能生火故也。氣合而離火旺,則乾亥不為煞曜,而反為生旺矣。此乘旺制煞之一法也。

此の兩段は生克制化を以て消納の方法と為し、乘氣の中の補泄の一條の玄機なり。譬へば離龍入首して乾・亥の水朝來るは本もと煞曜なり。此の時應に癸に坐し丁に向かひ甲方の水を收取して乾亥と相合して「乾甲丁」の木局と成す、木は能く火を生ずるを以てなり。氣一たび相合すれば離火轉じて旺となり乾亥は便ち再び煞曜たらず反って生旺と成る。此れ即ち旺に乘りて煞を制するの一種の法門なり。煞の煞と為る所以は只其の來りて我を克するに因るのみ。本氣一たび旺なれば來りて我を克するは反って我を助ると成る。

又如卯龍入首,布什水與艮水從辛而去,一派火局洩木之氣,即為煞矣。當作辛向,令煞水宜去,而不蓄於局中,則火氣洩而木氣不傷矣,此脫煞扶生之一法也。又如亥龍入首。後龍帶子癸而來,以雙山論屬木,水從庚辛方入堂,一派金氣,則煞水滿局矣,當立巽向。蓋巽庚癸原為一家,今以巽與庚辛合,而又與亥子癸合。夫黨與合而煞化,則煞反為權,不為我之仇矣,此從煞為權之一法也。

又如卯龍入首して丙水と艮水と辛方より流去るは一片の火局木の氣を泄掉し、此れ便ち煞と成る。應に辛向を作して煞水をして徑直に流走せしめて局中に蓄へざらしむべし、此の如く火氣は泄出を得て木氣は傷を受けず、此れ脫煞扶生の一種の法門なり。再如亥龍入首して後龍は子・癸を帶びて來り雙山に按じて論ずれば木に屬し、而も水は庚・辛方より堂に入り一片の金氣、那れは即ち煞水局に滿つなり。此の時應に巽向を立つべし。巽・庚・癸は元は一家にして如今巽は庚辛と相合し又亥・子・癸と相合す。黨與既に合して煞自ら化し煞は反って權柄と成りて再び我と仇を為さず。此れ即ち煞に從りて權と為すの一種の法門なり。脫煞は煞を放走するにして從煞は煞を收編するにして用意各々相同ならず。

又如巽龍入首,辛水當面朝來,所謂一條辛水向東流也。但以正五行論,巽屬木,辛屬金,則辛金為巽木之煞矣。獨以勢氣論,則巽辛相納為配合,以天星論,則天乙太乙為星垣中之兩貴人,若山水可作辛向,則辛不為煞而為官星矣,此迎官就祿之一法也。山有山之煞,水有水之煞,其消納工夫,全在生剋制化上探討耳。

又如巽龍入首して辛水當面朝來るは即ち所謂「一条の辛水東に向て流る」なり。若し單に正五行に按じて論ずれば巽は木に屬し辛は金に屬し、那の辛金は便ち巽木の煞なり。然れども若し勢氣に按じて論ずれば巽と辛とは相納して配合と成り、天星に按じて論ずれば天乙・太乙は又是れ星垣の中の兩位の貴人なり。若し山水許して辛向を作す可ければ、則ち辛は便ち煞にあらずして官星と成る、此れ官を迎へ祿に就くの一種の法門なり。同じ一条の辛水にして正五行に按じて看れば煞にして天星に按じて看れば卻て貴なり、見るべし煞と官とは元は定名無く只看る何の法門を以て之を用ゐるかを。山に山の煞有り水に水の煞有り、消納の功夫は全て生克制化の上に探討す。

下巻十四 客砂客水可借、真夫真婦忌遲

客水客砂,尚可招邀取氣;真夫真婦,猶嫌半路相逢。

外來の「客水」「客砂」は尚お招邀して氣を穴に引き入るる可し——本身は雖も蠻曠無界なりとも只朝上の砂水情有れば龍氣自ら聚まり來る。而も正配の「真夫真婦」は卻て還た其の半路にして乃ち相逢ふを嫌ふ——雖も正配に屬すれども自少より老に至るの夫妻にあらず、發福は終竟遲緩なり。前の一句は外氣借る可きを説き、後の一句は内合は勉强すべからざるを説く。

此二段言外合可借,內合不可假,乃以砂水而乘氣之一法也。昔劉公為潘氏作祖地,一片方砂不開頭面,而東西闊二三百步,並無界水插兜,卻於東南角上有水從巽巳曲折而來,到右從丙上合流,與橫水交流到左出丑艮而去,劉公即從東南角上點穴作巽向。人皆疑其渺茫無收拾,氣散不聚,葬下不數年而科第顯。何也?此乃巽水邀亥兌之氣入穴,且艮出水作巽向接堂氣耳。此以外合之客氣而取內之真氣為一法。

此の兩段は説く、外面の配合は借用する可きも内裏の配合は卻て假借する可からず、此れ砂水を以て氣を乘るの一種の法門なり。從前劉基は潘家の為に祖地を做りて彼處は一片方正の砂にして卻て頭面を開かず、東西の寬さ二三百歩にして並びに界水の插兜無し。只東南角の上に水巽・巳方より曲折して來り右邊に到りて丙位の上に合流し又横水と交匯して左邊に到りて丑・艮方より流出す。劉基は便ち東南角の上に穴を點じ巽向を作す。人人皆其の渺茫にして收拾無く氣散して凝聚せざるを疑心せども、誰か知らん葬り下りて幾年に及ばずして家中便ち科第顯達せり。此れ何の為ぞや。正に巽水が亥・兌の氣を招引して穴に入れ而も水は艮方より流出し又巽向を作して以て堂氣を承接するを以てなり。これ外來の客氣を借りて内裏の真氣を取るの一種の法門なり。

又如砂頭自東趨西北,本是坤申來龍,然東南巽丙上水來,左右兩砂交牙,巽丙之朝屈曲,到堂有情,雖本身蠻曠無界,然朝上砂水有情,兌氣自聚,蓋客砂能邀龍氣入局也。經云:蠻氣一片難收拾,卻把朝山識幸心。此見尋龍乘氣自有巧處,內氣難認,當以外氣而認之,此為一法。

又如砂頭自ら東より西北に趨くは本もと坤・申の來龍なり。然れども東南の巽・丙方向に水の來る有りて左右兩砂交牙相鎖し巽丙方の朝水は屈曲致有りて堂に到りて情有り——縱ひ本身一片蠻曠にして界水無くとも只朝上の砂水情有れば兌方の氣自然聚まり來る、此れ客砂の能く龍氣を招引して局に入るるなり。經文に曰く「蠻氣一片收し難し、卻て朝山に幸心を識る」。此に由り見るべし、龍を尋ね氣を乘るに自ら巧妙の處有り。内氣認り難きの時候は便ち應に外氣を借りて去りて之を認るべし。此れ亦一種の法門なり。

又如丙乙相見為夫婦,若丙逢丁癸辛水來,乙逢甲庚壬水來,則配非其偶,縱朝向得情,終難發福。又有乙配丙於中途,如丙火生於寅水,不自寅來,卻是巳午方來朝出戌,此雖正配,終非自少至老之夫妻,亦為路通,當主衰年科第,其發福終遲緩也。此以真氣而非真正交媾,氣為輕淺,乃奪神功改天命者,又當自有補弱扶衰之法也。此在乘氣者不可不察。

又如丙と乙と相見るは夫婦の正配なり。若し丙が丁・癸・辛の水の來るに遇ひ乙が甲・庚・壬の水の來るに遇へば、那れは則ち配其の偶に非ず、縱ひ朝向情有りとも終竟發福し難し。又一種有り、乙と丙と中途にして乃ち相配す。譬へば丙火は本應に寅に長生するも水は卻て寅方より來らずして巳・午方より來りて朝し戌方に由りて流出す——此れ雖も正配と算するも終竟自少より老に至るの夫妻にあらず、只半路相通と算して晚年至りて乃ち科第に中るを主とし發福は終歸遲緩なり。これ雖も真氣有るも並びに真正の交媾にあらず、氣は便ち輕淺なり。至りて神功を奪ひ天命を改むる能くの人は自ら別に弱を補ひ衰を扶くるの辦法有り。此の一層は氣を乘る人の察せざるべからざるなり。

下巻十五 陰陽朝應、山運水運

陰用陽朝,陽用陰應,合之固眷屬一家;山運收山,水運收水,分之亦互為生旺。

陰の一方は陽を用ゐて朝し陽の一方は陰を用ゐて應ずるを要す。亥龍の兌方より來るは陽に屬して甲木と作せば便ち應に陰に屬する癸水を配すべし、正に「金羊は癸甲の靈を收む」にして合はせて便ち一家眷屬の如し。山龍は山運を以て山を收め水龍は水運を以て水を收む。乙木は午に長生し寅に帝旺す、午上に高峰有れば便ち人丁を旺にし寅上に高峰有れば便ち財祿を發す、此れ「山は山を管す」。丙火は寅に長生し午に帝旺す、寅上に水來れば便ち人丁を旺にし午上に水來れば便ち財祿を發す、此れ「水は水を管す」。分かちて看れば山と水と又各々互いに生旺と為す。

此二段以朝迎收納而為乘氣之妙訣也。如亥龍從西兌而來為陽,亥則為甲木,以甲木為陽,生亥旺卯,而墓未當用陰,而墓未者配之,唯癸水為陰,生卯旺亥墓未,乃為正配,所謂金羊收癸甲之靈也。陽木用陰水來配,則為陽用陰應。若申子辰水局從右轉,則為陰癸之水,宜用甲來配,乃為陰用陽朝。

此の兩段は朝迎收納を以て乘氣の妙訣と為す。譬へば亥龍西面の兌方より來るは陽に屬し亥は便ち甲木と作す。甲木は陽に屬し亥に長生し卯に帝旺し未に墓す、便ち應に陰に屬して同じく未に墓するを以て之を配すべし。只癸水は陰に屬し卯に長生し亥に帝旺し未に墓して乃ち正配と算す、此れ即ち所謂「金羊は癸甲の靈を收む」なり。陽木は陰水を用ゐて配すれば便ち「陽用陰應」なり。若し申子辰の水局右邊より轉じて來れば那れは即ち陰に屬する癸水にして宜しく甲を以て配すべく便ち「陰用陽朝」なり。

蓋陽用陰應,陽靜而守,陰運而用也;陰用陽朝,陰靜而守,陽運而動也。陰陽互藏其宅,動靜互為其根。氣從左行,從生趨旺,氣從右旋,從旺趨生也。生旺互交,玄竅相通,而化育成矣。此為堪輿家乘氣之第一關竅也。

大抵「陽用陰應」の時候は陽は靜にして守り陰は運にして用ゐ、「陰用陽朝」の時候は陰は靜にして守り陽は運にして動く。陰と陽とは互いに對方の宅位の裏に收藏し動と靜とは互いに對方の根本と為す。氣は左邊より行きて長生に由りて帝旺に趨向し、氣は右邊より旋じて帝旺に由りて長生に趨向す。生と旺と交互相通して玄妙の竅門一たび開けば化育の功は成る。此れ堪輿家の氣を乘るの第一道の關竅なり。

又如亥龍從坎入亥者為陰,亥則為乙木,以乙木為陰,生午旺寅,墓戌當用陽,而墓戌者配之,乃為正配,所謂乙丙交而趨戌是也。陰陽交媾,氣始凝聚,然後以向合之當迎,寅午之生旺,而為朝迎。穴液龍以乘內氣,向依水以乘外氣。山龍以山運收山,水龍以水運收水。如乙木生於午,故午上高峰,則旺人丁;旺於寅。故寅上有高峰,則發財祿,所謂山管山也。丙火生於寅,故寅上水來,主旺人丁;旺於午,故午上水來,主發財祿,所謂水管水也。

又如亥龍の坎方より亥に入るは陰に屬し亥は便ち乙木と作す。乙木は陰に屬し午に長生し寅に帝旺し戌に墓す、便ち應に陽に屬して墓も亦戌に在るを以て之を配して乃ち正配なり、此れ即ち所謂「乙丙交りて戌に趨く」なり。陰陽交媾して氣乃ち凝聚し、然して後再び向を以て之に迎合し寅・午の生旺の氣を迎取す、此れ便ち「朝迎」なり。穴は龍に依りて來りて内氣を乘り向は水に依りて來りて外氣を乘る。山龍は山運を以て山を收め水龍は水運を以て水を收む。乙木は午に長生す、故に午方に高峰有れば便ち人丁を旺にす。帝旺は寅に在り、故に寅方に高峰有れば便ち財祿を發す、此れ即ち「山は山を管す」。丙火は寅に長生す、故に寅方に水來れば人丁を旺にすることを主とす。帝旺は午に在り、故に午方に水來れば財祿を發することを主とす、此れ即ち「水は水を管す」。山は人丁を主とし水は財祿を主として各々其の運を行ひて相奪はず。

乙木以丙火為配,故其朝向收納,並認火局,宜用寅午為得全旺,則水與太之氣並與向合而為其收納矣。若陰遇陰則為純陰不長。躥遇陽則為純陽不生,縱砂明水秀,終非大地。唯顧外堂水法,隨水立向。消其去水以避凶殺而已,安能造大福哉!如白龍記坎亥入乾陰龍右旋之法,寅甲水來,長生會帝。旺水也,辛戍水去,玄竅合也。用丙向,以帝旺收寅戌也,故葬下五子皆顯。後取辛戌逆沖丁離,則沖破官祿矣,故五子皆敗。若沖破長生,則人丁絕,此不知妄作者之所以取禍也。

乙木は丙火を以て配と為す、故に其の朝向收納は要く一併に火局を認取し宜しく寅・午の兩方を用ゐて乃ち全旺を得と算し、此の如く水と火との氣は皆向と相合して其の收納する所と為る。若し陰が陰に遇へば便ち純陰と成りて生長せず、陽が陽に遇へば便ち純陽と成りて化生せず、縱ひ砂明水秀とも終竟大地にあらず、只能く外堂の水法を照顧し水に隨て向を立てて去水を消去して以て凶煞を避くるのみ、豈に大福を造ることを得んや。譬へば《白龍記》の載する所の坎・亥乾に入るの陰龍右旋の法は、寅・甲の水來るは長生會合帝旺の旺水にして辛・戌の水去るは玄竅相合なり。丙向を用ゐて帝旺を以て寅・戌を收む、故に葬り下りて後五個の兒子皆顯達せり。後來改めて辛・戌を取りて逆に丁・離を冲せば便ち官祿の位を冲破し是に於て五個の兒子皆敗落す。若し冲破する所は長生の位なれば則ち人丁を絕つを要す。此れ正に其の理を明せずして妄りに自ら改作する人の禍を招く所以の緣故なり。

下巻十六 主氣堂氣、竅内竅外

主有主氣,內宜秘於五行;堂有堂氣,外宜觀乎四勢。龍為地氣,當從骨脈實處竅其內而注之;水為天氣,當從向方虛處竅其外而引之。

主星に主星の氣有りて對内に應に五行の生克を謹守して軽易に外露せず。明堂に明堂の氣有りて對外に應に四圍の形勢を觀察すべし。龍は地氣にして實に屬し、便ち應に骨脈著實の處より一個の「内竅」を開きて氣を導引灌注して入るべし。水は天氣にして虛に屬し、便ち應に向方空虛の處より一個の「外竅」を開きて氣を牽引して入るべし。内竅は以て後龍を貫串し駁雜を化して純正と為し衰弱を扶けて旺盛と為す。外竅は則ち人の鼻息に比して一呼一吸し清氣を得れば則ち吉、濁氣を得れば則ち凶なり。

此乃控制山川,裁成造化,以補洩有餘不足之氣,乃改天命奪神功之秘要也。凡葬法得金井一與門戶為一向,乃正法也。有如外就堂氣,則先到之砂水不可不收,聚會之堂氣不可不納,此眾口以為必然者,卻與龍法之生向不合,則當以天星勢氣為主,作內外二向。假如亥龍宜作巽向,外面砂水又宜作巳向,則內用要向以乘生氣,外用巳向以接堂氣,亦何嫌於作兩向也。此正所謂“四勢任君談,五行當自守”者。

此の一段は講ずる所は山川を控制し造化を裁成し以て有餘不足の氣を補足し或いは宣泄するに、乃是れ天命を改め神功を奪ふの秘要なり。凡そ葬法の上に金井(穴壙)と門戶とは共に一個の向を用ゐる、此れ正法なり。但し若し外に於て堂氣に順就せんと要せば、則ち先到の砂水は收せざるべからず聚會の堂氣は納せざるべからず——此れ衆人の皆必然と以爲する所なり。然れども之れ偏に龍法の定むる所の生向と合せず。此の時便ち應に天星勢氣を以て主と為し内外兩個の向を作るべし。譬へば亥龍は本宜しく巽向を作るも而も外面の砂水又宜しく巳向を作るなれば、則ち對内に巽向を用ゐて以て生氣を乘り對外に巳向を用ゐて以て堂氣を接し、兩個の向を作すとも又復た何の妨礙あらん。此れ正に所謂「四勢は君の談に任れ五行は應に自ら守るべし」なり。内向は龍氣の純を守り外向は堂は堂氣の實に就く、兩者は並びに相礙せず。

先哲有云:龍之氣未到,向之氣先到。則佈置之法,正為改奪之神功也,豈易言哉!要在察山川之性情,審氣脈之強弱,或宜補,或宜洩,或以扶山,或以助命,或以發乎當代,或以應乎後人,各各有法,不可不精詳焉。蓋竅辦所以導內氣,凡所以貫串後龍,而使之仲,駁為純、扶衰為旺者,皆在此也。昔人所謂佈置從龍是已。

前賢の言に曰く「龍の氣は未だ到らず向の氣は先に到る」。則ち此の一套の布置の方法は正に造化を改奪するの神功にして豈に容易に説かんや。關鍵は山川の性情を察看し氣脈の强弱を審度するに在り。或いは宜しく補す或いは宜しく泄す或いは以て山を扶く或いは以て命を助く或いは發を當代に求め或いは應を後人に求む、各々其の法度有りて精細詳審せざるべからず。「内竅」を開くは内氣を導引せんが爲なり。凡そ能く後龍を貫串して駁雜を轉じて純正と為し衰弱を轉じて旺盛と為すは皆此に在り、前人の所謂「布置は龍に從ふ」は即ち此を指す。所謂「竅内」は即ち内氣の為に一条の能く一路穴中に貫注するの通路を開くなり。

竅外之法,若人鼻息然,昔人所謂息道通氣不通水者是也。如人之一呼一吸,得其清氣則吉,得其濁氣則凶,所繫不小,是故竅外之法其法最玄,亦以扶山助命為主耳。乃其生剋制化。用以化煞為權,轉凶為吉。固自各各有法,大抵在向方砂水上精詳之。看砂水之吉凶純駁與龍身之骨脈配合何知,合則順其自然而以正合,不合則用剪裁制化之法而以變合。蓋導外氣,實以扶內氣也。有如外氣乖戾,內氣必損傷。可不值哉!

至りて「外竅」を開くの方法は人の鼻息の一般の如し、前人の所謂「息道は氣を通じて水を通ぜず」は即ち此を指す。譬へば人の一呼一吸するに清氣を吸至れば便ち吉、濁氣を吸至れば便ち凶、關係小ならず。故に外竅の法は最も玄妙にして亦仍お山を扶け命を助くるを以て主と為す。其の生克制化は以て煞を化して權と為し凶を轉じて吉と為すに本來各々其の法度有り、大抵要く向方と砂水との上に於て精細推詳すべし。砂水の吉凶純駁と龍身骨脈との配合如何を看る——合するは則ち其の自然に順て「正合」と稱し合せざるは則ち剪裁制化の法を用ゐて「變合」と稱す。外。外氣を導引するは實際正に以て内氣を扶助せんが爲なり。倘若外氣乖戾なれば内氣必ず損傷を受く、此れ怎ぞ能く慎重ならざらんや。故に「竅外」は並びに別に一套の水法を立つるにあらず、仍お是れ内氣の為に一口の清氣を尋ねて來りて呼吸するなり。

下巻十七 火為萬象之宗、木為萬象之華

在天成象,在地成形,同一氣,故天象以太陽為尊,而地法以廉貞為主,同以火星為萬象之宗;象垂吉凶,形分禍福,同一域,故星光以歲星為德,而地法以食狼為貴,同以木星為萬象之華。

天上に於て「象」と成り地下に於て「形」と成るは本もと同一股の氣なり。故に天象は太陽を以て最尊と為し地法は廉貞を以て主星と為し、兩者は同じく火星を以て萬象の祖宗と為す——五行の中に唯だ土能く物を成し而も唯だ火能く土を生ず、火は便ち宇宙の大祖宗なり。那の一點の真陽は即ち真火にして天に在りて日と為り卦に在りて離と為り方に在りて午と為り星に在りて廉貞と為り五獸に在りて黃龍と為る。天象は吉凶を垂示し地形は禍福を分判し、亦同じく一個の領域に在り。故に星光は歲星(木星)を以て德星と為し地法は貪狼を以て貴と為し、兩者は同じく木星を以て萬象の精華と為す——木は春に發して夏に盛んなり、正に一派文明秀麗の象なり。

此以舉木火二端。以見天象地形之配合不可峻而二也。諸如三垣九野,同於輿圖之畫井分疆;遲留順逆,同於龍脈之向背行止;吉凶災詳,同於國家之安危禍福,惡乎有毫髮之爽!唯舉其緊要者而言,則五行唯土為能全物。唯火為能生土,是火為宇宙之大祖宗也。何者為奏火?唯一點真陽為真火。太陽是已。於天為日,於卦為離,於方為午,於星分康貞。於五獸為黃龍。

此處は只木・火の兩端を擧出して以て天象と地形との配合は截然と兩囘の事と分作すべからざるを説明す。譬へば天上の三垣九野は正に地圖の上の畫井分疆に同じく、星辰の遲留順逆は正に龍脈の向背行止に同じく、天象の吉凶災祥は正に國家の安危禍福に同じ、豈に毫髮の差有らんや。只就中其の最緊要のに就て説かば五行の中に唯だ土能く萬物を成就し而も唯だ火能く土を生ず、故に火は宇宙の大祖宗なり。何をか真火と謂ふや。只那の一點の真陽こそ乃ち真火にして太陽即ち是なり。其れ天に在りて日と為り卦に在りて離と為り方位に在りて午と為り星分に在りて廉貞と為り五獸に在りて黃龍と為る。天上の日と地下の廉貞とは本もと同一點の真陽にして不過一は象を成し一は形を成すのみなり。

且五行餘各有冕、唯火無所不寓,激石激金則火出,是土金有火也;木能生火,是木有火也;泉有溫泉,海島之中,時見火光,是水中亦有火也。即如人之結胎,非得一點陽精真火,則不能結而為形,此看地法必以火星為祖,方能化生。方能遠大,亦其理固然耳。諸九都城郡邑,必向南離,正以午為太陽所居之位,次則太陰與日同之。又次則金水附曰月而行,皆以近日為貴。放凡結穴太陰太陽,又多金水者。兒以此也。

況んや五行其の餘は各々其の界限有るも唯だ火は寓らざる處無し。石を撃ち金を撃ちて能く火を迸出す、見るべし土と金との中に火有り。木は能く火を生ず、見るべし木の中に火有り。泉水の中に溫泉有り海島の上に時に火光を見る、見るべし水の中にも亦火有り。人の結胎すらも亦若し一一點の陽精真火無ければ凝結成形すること能はず。故に地を看るの法は必ず火星を以て祖と為し然して後乃ち化生すること能く久遠宏大すること能くす、道理は本來此の如し。凡そ都城郡邑は必定南方の離位に面向す、正に午は太陽の居る所の位なるを以てなり。其次は太陰にして日と相同なり。再び其次は金星・水星は日月に依附して行き皆太陽に靠近するを以て貴と為す。故に凡そ結穴は多く太陰・太陽の體にして又多く金水を帶ぶ、緣故は便ち此處に在り。見るべし「火を以て祖と為す」は並びに虛説にあらず。此の一點の真陽無ければ形體は便ち化生するに從由無し。

古太史多稱歲星所在,其國不可伐,豈非以木星為最吉乎!九星中以貧狼為首吉者,亦以貴狼屬木耳。且宇內何者最秀最華?豈非木邪?夫木發於春而盛於夏,謂之華夏,煥乎一文明之象。以此木星無論沖天紫氣,曲直縱橫,窯是秀體,亦無論花芽節苞,皆是全機。蓋地形與天星同,以木之精華秀麗為吉象耳。由此以推,則今人之以天星為渺茫,而有絕口置之不道者,艮可怪也。

古時の太史官は常に歲星(木星)の在る所の分野は其の國は攻伐すべからずと謂ふ、此れ豈に木星を以て最吉と為すにあらずや。九星の中に貪狼を以て首吉と為すも亦貪狼は木に屬するに因る。再び説く、天下の間に何をか最秀最華と為すや。豈に木にあらずや。木は春天に發生して夏天に繁盛す、故に「華夏」と稱して煥然として一派の文明氣象なり。此に因りて木星は冲天の紫氣の形を論ぜず曲直縱横の形を論横の形を論ぜず總じて秀體にして、亦花芽なると節苞の狀なるとを論ぜず總じて生機完足なり。地形と天星とは本もと一理にして皆木の精華秀麗を以て吉象と為す。此に由り推し去れば今人は天星を渺茫と看作し甚至りて口を絕して談ぜざるは實に怪しむ可し。天は木を以て德と為し地は貪狼を以て貴と為すも亦不過是れ同一股の生氣の上に在り下に在るの兩種の稱呼のみなり。

下巻十八 先天對配、后天借配

先天一陰一陽,對配為主,故四龍天星,唯取相配,陰與陽會,陽與陰合;後天分陰分陽,致用為主,故八方坐向,可借為配,坐陽收陰,坐陰收陽。

先天卦は一陰一陽の兩兩對配を以て主と為す、故に「四龍天星」は只彼の上下爻の陰陽相配する卦を取る——陰と陽と會し陽と陰と合す、唯だ震・兌・艮・巽の四卦是の如くして乾坤坎離は則ち純陰純陽にして生機乏し。后天卦は分陰分陽・致用を注重するを以て主と為す、故に八方の坐向は借りて來りて相配する可し——陽位に坐して陰氣を收め陰位に坐して陽氣を收む、此れ即ち「陰陽相見」なり。前者は更易すべからざる體にして後者は移易する可き用なり。

此言先天後天勢氣,有以為體而不可易者,有以為用而可移易者,此論龍論局之辨也。先天之體,乾坤以老陰老陽相配,坎離為中男中女相配,震巽為長男長女相配,艮兌為少男少女相配,則八龍皆有陰陽相配合,而何獨取於四龍也?以乾坤純陰純陽,為陰陽之老,坎離上下皆陰皆陽,亦為陰陽之極,殊乏生機耳。唯震兌上陰而下陽,艮巽上陽而下陰,乃為陰陽之交,宇宙生機,並從此出。經云四龍天星,正以此也。諸凡孤虛旺相之說,皆原於此,非所謂久天統龍法者乎!

これは説く、先天・后天の勢と氣とに「體」と作して更易すべからざる有り「用」と作して移易する可き有り、此れ正に龍を論ずると局を論ずるとの分別なり。先天の體は乾と坤とは老陰老陽を以て相配し坎と離とは中男中女の相配にして震と巽とは長男長女の相配、艮と兌とは少男少女の相配なり——八卦の龍は皆陰陽相配有り、何を以て偏に只四龍を取るや。乾坤は純陰純陽にして陰陽の老に屬し、坎離は上下兩爻も亦皆同陰同陽にして陰陽の極に屬し、皆甚だ生機を缺くを以てなり。唯だ震・兌は上爻陰にして下爻陽、艮・巽は上爻陽にして下爻陰、此れこそ乃ち陰陽の交にして宇宙の生機は皆此處より出づ。經文の所謂「四龍天星」は正に此の爲なり。凡そ孤虛旺相の一類の説法も亦皆本原此に在り、此れ即ち所謂「先天を用ゐて龍を統ぐ」の法ならずや。見るべし四龍を取るは並びに彼の四個の方位を偏愛するにあらず、取る所は其等の爻位の上に陰陽能く交り能く生化するなり。

後天自乾至震為陽,自巽至兌為陰,所謂分陰分陽是已。其意亦以乾坤為老,退居西北之地,而置六子於東南施生之方,所以用也。且以《洛書》而布,後天陰陽,當可隨方而就,或以卦氣,或以天干,不媾交配。如艮龍而作兌向,是為正配,雖作丁向,亦是從兌所納,即作丙向,不從卦氣而認天星,亦是配合。且坐癸向丁,坐壬向丙,亦不失為坐陽配陰之法。所謂陰陽相見是也。

后天卦は乾より震に至るまで陽に屬し巽より兌に至るまで陰に屬す、即ち所謂「分陰分陽」なり。其の用意も亦是れ乾坤を以て老と當て西北の地に退居せしめて六個の子女の卦を東南施生の方に安置し致用せんが爲なり。再び《洛書》に依りて后天陰陽を布列せば便ち方に隨て位に就く可し。或いは卦氣に依り或いは天干に依り交媾相配せざる無し。譬へば艮龍にして兌向を作れば此れ正配なり。即ち丁向を作すとも亦是れ兌の納する所の天干に從ふなり。就中丙向を作して卦氣に依らずして天星を認るも一樣に配合と算す。再如坐癸向丁・坐壬向丙も亦坐陽配陰の法を失はず、即ち所謂「陰陽相見」なり。見るべし后天の用法は寬にして活にして先天の體の一定不移の如くならず。

先天之體無變,後天之用有變,即地法中無怪龍而有怪穴之意。昔人所謂地理尚其變,意正如此。此用卦大肯綮處,不可不理會者也。諸如翻卦多門,五行顛倒劇。豈無謬戾,何必拘拘為哉!

先天の體に變化無く后天の用に卻て變化有り、此れ即ち地法の中の「怪龍無くして怪穴有り」の意に等し。前人の所謂「地理は其の變を尚ぶ」は講ずる所は正に此の道理なり。これ卦を用ゐるの最卦を用ゐるの最關鍵の處にして領會せざるべからず。至りて翻卦法門衆多にして五行顛倒紛雜し、其の中に豈に謬誤乖戾の處無からんや。又何ぞ必ずしも一家を死守して拘泥不化せんや。

下巻十九 體用通通變、陰陽適宜

先天後天,先為體而後為用,貴通其變;陰陽二氣,陽非賤而陰非貴,在適其宜。

先天と后天とは先天は「體」にして后天は「用」なり、貴ぶべき處は能く其の變化に通曉するに在り。陰陽二氣の中に陽は並びに低賤ならず陰も亦並びに尊貴ならず、關鍵は只用ゐるや合宜に在り。今日の術家は一たび地法を論ぜば便ち陰龍を以て勝と為す、其の實古人の陰陽を看るは只各々其の宜なるに隨て並びに陰を貴び陽を賤むの道理無し。

今始輿家一論地法,則以陰龍為勝,不知古人視原關相陰陽,各隨所宜,豈有貴陰而賤陽之義?蓋《洛書》之義,一九三七居於四正,適合先天乾坤坎離之位,二四六八居於四隅,適合先天艮兌震巽之位,奇數屬陽,偶數屬陰,配以乾坤坎離,亦從乎陽,配以震兌艮巽,亦從乎陰,此今術家以奇耦論陰陽,而非先天本來之陰陽也。

如今堪輿家は一たび地法を談ずれば便ち陰龍を以て勝と為す、知らず古人の陰陽を看待するは元は各々其の宜なるに隨て、豈に陰を貴びて陽を賤むの道理有らんや。《洛書》の義は一・九・三・七は四正に居り恰も先天の乾・坤・坎・離の位に合し、二・四・六・八は四隅に居り恰も先天の艮・兌・震・巽の位に合す。奇數は陽に屬し偶數は陰に屬す。乾坤坎離に配上せば便ち陽に從り、震兌艮巽に配上せば便ち陰に從ふ。此不過是れ今日の術家の奇偶を拿りて陰陽を論ずるにして並びに先天本來の陰陽にあらず。術家の奇偶の分を誤りて先天の陰陽と當つるは正に「貴陰賤陽」の一説の由來なり。

古人建都立國,南面而治,位於四正,正以乾南坤北,正天地之位,離東坎西,應日月之門,於天道為正,於地勢為宜,非故去陰而取陽,抑亦先天之身體宜爾也。至如安墳屠骨,古人多取艮兌震巽四卦,亦以先天勢體,風雷相為動盪,山澤互為流通,用以蔭枯骨則易以生發焉耳,豈以位居二四六八之陰而即為貴哉!

古人の都を建て國を立つるは南面して治め位は四正に在り、正に乾南坤北は天地の正位にして離東坎西は日月出入の門に應ずるを以てなり。天道の上に於て正にして地勢の上に於て宜し、並びに有意に陰を舍てて陽を取るにあらず、亦不過是れ先天の本體理應此の如くなるのみ。至りて墳を安んじ骨を葬るに古人は多く艮・兌・震・巽の四卦を取る、亦是れ先天の勢體に按じて風と雷と互相動蕩し山と澤と互相流通して以て枯骨を蔭庇して生發を容易ならしむればのみ、豈に其等の二・四・六・八の陰位に居るを以て便ち貴と算せんや。四正を取るは天地の位を端正せんが爲にして四隅を取るは山澤風雷の氣を流通せんが爲なり、各々其の用處有り。

若論地位,則所謂神仙之地發自天門,帝王之地起自金龍者,非乾與震乎?且後天震兌為先天之坎離,後天乾坤即先天之巽艮,亦安得以後天之位而易先天之氣也!大要地法當以龍勢為主,其大小貴賤只在龍勢上定之。乃如勢氣逢陽則陽,逢陰則陰,或宜陽而從陽,或宜陰而從陰,若拂四勢之宜而強以從勢,此膠柱鼓瑟、刻舟求劍之迂術也,豈能合山川情性,而通地之靈、僥地之福哉!

若し方位を論ぜば則ち所謂「神仙の地は天門に發し帝王の地は金龍に起る」は指す所は正に乾と震の此の兩個の陽位ならずや。況んや后天の震・兌は即ち先天の坎・離にして后天の乾・坤は即ち先天の巽・艮なり、又怎ぞ能く后天の方位を拿りて去りて先天の氣を換へんや。大要に説き來れば地法は應に龍勢を以て主と為し地の大小貴賤は只龍勢の上に判定すべし。至りて勢氣は陽に逢へば便ち陽にして陰に逢へば便ち陰なり。該に陽を用ゐべきは則ち陽に從ひ該に陰を用ゐべきは則ち陰に從ふ。若し四勢の宜なる所に違背して强に一勢に遷就せんと要せば、那れは即ち膠柱鼓瑟・刻舟求劍の迂腐の術にして怎ぞ能く山川の性情に契合し地の靈に通じ地の福を邀へんや。故に體用の貴ぶは通變に在り陰陽の貴ぶは得宜に在り、此れ即ち本節の歸結なり。

下巻二十 地盤應實、天盤應虛

地以八方正位,定坤道之輿圖,故以正子午為地盤,居內以應地之實;天以十二分野,正躔度之次舍,故以壬子丙午為天盤,居外以應天之虛。

大地は八方正位を以て坤道の輿圖を劃定す、故に正子午を以て「地盤」と為して羅經内層に居り以て地の「實」に應ず。上天は十二分野を以て躔度の次舍を校正す、故に壬子・丙午の間を以て「天盤」と為して羅經外層に居り以て天の「虛」に應ず。地氣は靜なり、故に龍を尋ね脈を捉ふるは應に地盤を用ゐべし。天氣は動なり、故に水を收め向を立つるは應に天盤を用ゐべし。此れ即ち羅經の上の正針と縫針と各々用有る所の根本道理なり。

今人論針,乃有正針逢針之分,且有彼是此非,又有專用此而不用彼者,蓋不知二針各有取義,相為用而不相為悼耳。地盤何取於正子午也?原地盤分屬,以八分為分屬。一從《河》《洛》中來,《河圖》之象,列以八方,《洛書》之數,亦有四正四隅,舍此之外,則無理氣。經之所謂氣從八方,混元子所謂八定位,《靈轄經》所謂內立八極以統八方之氣是也。

今人の羅經の針を談ずれば便ち「正針」「縫針」の分有りて而且各執して一是一非と為し、甚至りて專ら此れを用ゐて彼れを用ゐざる有り。此れ皆兩種の針に各々其の取義有りて本もと相輔して用と為して相妨害せざるを知らざるなり。地盤は何を以て正子午を取るや。元來地盤の分屬は八方を以て分かつに一概に《河圖》《洛書》の中より來る。《河圖》の象は八方に列し《洛書》の數も亦四正四隅有り、此れ以外に舍てば便ち理氣を謂ふ無し。經文の所謂「氣は八方に從ふ」、混元子の所謂「八定位」、《靈轄經》の所謂「内に八極を立てて以て八方の氣を統ぐ」は講ずる所は皆此の一層なり。地盤の正子午を取る所以は正に八方の氣は即ち此の條の中線上より分れ出づるを以てなり。

夫既以八方分位,則壬子癸共一坎也,丙午丁共一離也,一卦三山,其以正子午為地之中,夫何疑乎!古人用以測地,正為氣從八方,故以正子午之針打龍,所謂龍從地下求者,指地盤言也。夫地氣何以分貴賤?乃從天星也。天之躔度以十二次舍為分,壬子共一子也,保以辨之?

既に八方を以て分位と為せば、則ち壬・子・癸は同じく一個の坎卦に屬し丙・午・丁は同じく一個の離卦に屬し、一卦は三山を管す。正子午を以て地の中線と為す、還た何の疑ふ可きあらん。古人は之を用ゐて地を測る、正に氣は八方より來るを以て、故に正子午の針を用ゐて去りて龍を格す、所謂「龍は地下より求む」は指す所は即ち地盤なり。則ち地氣は又何を憑りて貴賤を分かつや。是れ天星に依從す。天上の躔度は十二次舍を以て劃分し、而も壬と子とは同じく一個の子位に屬す、又何を憑りて分辨せんや。

凡次舍十二,每次分得三十度,合考之,玄枵次舍自女八度起至危十五度方成三十度,夫女四星十一度半屬癸,今玄梧起於女八度,是僅侵癸之三度而已;虛二星九度半屬坎,危三星十八度屬壬,今玄根止於危十五度,亦僅成剩壬之三度而已,則玄枵子分,豈非壬子之間乎?故以壬子之間為天盤之子,又復何疑。即子而推丙午,亦共一午,則壬子丙午之間,正為天之中矣。

十二次舍は一次ごとに各々三十度を分得す。合はせて考核すれば玄枵の此の一次舍は女宿八度より起りて危宿十五度に至りて乃ち三十度に滿つ。女宿の四星は共に十一度半にして癸に屬し、如今玄枵は女宿八度に起れば只癸位に三度侵入するのみ。虛宿の二星は九度半にして坎に屬し危宿の三星は十八度にして壬に屬し、如今玄枵は危宿十五度に止れば亦只壬位に三度を餘下するのみ。則ち玄枵の主る所の子分は豈に正に壬と子との間に在らずや。故に壬子の間を以て天盤の子位と當て、還た何の疑ふ可きあらん。子に由りて丙午に推及すれば亦同じく一個の午位に屬す、則ち壬子と丙午との間は正に天の中線なり。天盤の地盤に比して半位偏出する所以の根源は便ち十二次舍と二十四山との劃分の並びに一致せざるに在り。

古人向從天中立,正以應天之虛,從天盤也。蓋地氣靜,故尋龍捉脈當從地盤之靜定為主;天氣動,故收水立向當以天盤之旋動為主。且貴賤在天星,若不從天盤而定,則天星無據,將何以發用乎?是故收生旺之氣於坐下,而又迎吉曜之氣於向方,則天與地通,而動與靜合,斯可以召福而迎祥也。然則正針逢針,豈有偏重偏用之理,但龍是一定之龍,向無一定之向,縱龍脈有挨加,亦是因方而有挨加。昔人云:立穴易,立向難。正以動體之難捉摸耳。夫所謂神而明之,存乎其人者,其在天盤乎!

古人の向を立つるは天の中線より起る、正に以て天の「虛」に應ずるに用ゐる所は天盤なり。地氣は靜なるを以て故に龍を尋ね脈を捉ふるは應に地盤の靜定を以て主と為すべく、天氣は動なるを以て故に水を收め向を立つるは應に天盤の旋動を以て主と為すべし。況んや貴賤は天星に係りて若し天盤に從りて定めざれば天星は便ち依據する所無く、又何を憑りて作用を發揮せんや。故に坐下に於て生旺の氣を收取し又在向方に於て吉曜の氣を迎取して、此の如く天と地と相通じ動と靜と相合して乃ち福を召し祥を迎ふる可し。既然として正針と縫針と豈に偏重偏用の道理有らんや。只是れ龍は一定の龍にして向は卻て一定の向無く、縱ひ龍脈の上に挨加有るも亦是れ方位に因りて挨加するなり。前人の言に「穴を立つるは易く向を立つるは難し」は正に動に屬する東西は捉摸し難きを以てなり。所謂「神にして之を明すは其の人に存す」は大氣便ち天盤の上に功夫を見るならんか。歸結し來れば龍は靜にして向は動、地盤は其の靜を定め天盤は其の動に應ず、理氣一門は此處に到りて乃ち首尾貫通と算す。

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