Libo

易林补遗

明 · 张世宝

作盤ガイド: 六爻納甲の立卦, 大衍筮法

《周易》の範囲は広大にして深遠で、物象について言えば包まないものなく、道理について言えば通じないところなし。先天の卦位と後天の卦位とが相い配…

六爻納甲典籍

まず体例書で装卦の手順を握り、それから卦例集へ進む。取用神は断法全体の要となる一手であり、書ごとの処理の違いを対照する価値がある。

易林補遺題辞

夫易廣矣,大矣,精焉於物無所不包,於道無所不貫。先天後天,六虛循環而叵測;近取遠取,萬化倚伏而周流。書前易在,繫後辭繁,四聖人闡其奧而令蓄無涯,諸生溯其蘊而研窮未書。卜筮民用,以前龜策神物,是寓左並明,占象占爻,事多吻合。焦子貢演文演卦,驗最神奇;簾下陳詞,君平率能巧中;軍中布武,孔明轍炳機先。至於影扭同桴鼓,杪忽靡差;迨夫梅花數例,靈棋織毫莫外。

《周易》の範囲は広大にして深遠で、物象について言えば包まないものなく、道理について言えば通じないところなし。先天の卦位と後天の卦位とが相い配せられ、六爻の虚位は往来して循環し、その深微なること測り難い。近くは身に取り、遠くは物に取って、万の造化がこの中で互いに倚り伏し、周流して息まない。経文は前にあり、《繫辞》は後に続き、文辞は繁富で、伏羲・文王・周公・孔子の四聖がその奥義を闡きて蘊奥を窮めがたくし、後世の学者はその義理をたどり、前人の未だ書き尽くさざる処にまで鑽研した。卜筮はもと百姓日用の事で、上古は亀甲・蓍策のごとき神に通ずる物を用い、その法は《左傳》諸書に託して昭然と見え、あるいは卦象を占い、あるいは爻辞を占い、人事に多く吻合した。漢の焦貢は爻辞を推演し卦変を推演して、応験最も神妙なり。厳君平は帘下に人のために辞を断じ、往々巧みに中てり。諸葛亮は軍中に陣を布き兵を用い、毎に機先を見通せり。卦影と事応の相合するや、桴鼓のごとくして毫厘の差なく、邵雍《梅花易数》の諸例証、《霊棋経》の各般の占法に至るまで、みなこの理の外に出ざるなり。

蓋陰陽司吉凶之案篇,而動靜轉生克之樞機。一經推測,成敗昭然,少露端倪,鬼神卓爾。造命何能奪命?命不可逃;代天安得逆天?天果有定。六壬篇秩浩繁,疇知檢校?五行休咎變幻,誰解參詳?

そもそも陰陽二気は吉凶の案巻を掌り、爻の動静は生剋の枢機を転ず。一たび推算すれば成敗は明白に現れ、僅かに端倪を露せば鬼神の消息も卓然として見ゆ。人が占算をもって「命を造らん」と欲するも、いかんぞ真に命数を奪改せん。命は逃るべからざるなり。術士は天に代わって事を行うも、いかんぞ天意に違逆せん。天意に誠に定数あり。《六壬》一門は篇巻浩繁にして、誰か一々に検核校勘せん。五行の休咎は変化万端、また誰かことごとく参究詳審せんや。

世寶張生著,苕水星家,吳門術士,在幼喪明,徒孩學易。盲於目而不盲於心,心源澄澈;暗於外而不暗於內,內視晶瑩。從明師而肄習,不減穆邵之淵源;得異書而探求,何止玉蔡之授受。耳提面命,業擅專門,口誦心維,神通靈竅旨。發先儒之秘,訂二爻不變之訛見,稱獨得之真;糾暗動合住之謬,庶幾聞所未聞,允乎見所未見。

本書の作者張世宝先生は、苕渓一帯の星命の家にして呉門の術士なり。幼くして両目を失明し、孩童の時より《易》を学び始む。目は盲めども心は盲まず、心地の本源は澄澈明浄。外物に対しては昏暗にして見えねど、内理に対しては毫も昏暗ならず、内心の照観は晶瑩透亮なり。明師に従って研習し、師承の深さは穆修・邵雍の一脉の淵源に亜ならず。また秘伝の異書を得て深く探求し、受くるところ何ぞ玉・蔡両家の授受の学のみならんや。師より面と向かって提点教诲を受け、その学業は一門に専精し、口に誦し心に思い、ついに霊竅の中の要旨に神会す。前代の儒者の未だ説破せざる秘義を闡発し、「二爻発動すれば即ち変ぜず」の類の訛伝の成見を訂正し、称して独得の真訣というべし。また「暗動の爻は合住せる」の類の謬説を糾し、人をしてほとんど未だ聞かざるの理を聞かしめ、誠に未だ見ざるの見識を見しむ。

乃深概凡情之用罔,又復欲群動之紛紜,廣列條章,群匯事類,自朝常至於鄙事,鉅細兼收;由星象以逮民功,精粗合載。生人之道備矣,涉世之務井然,綱舉目張洞焉,觀火支分節解,斷似析薪。加之句葉宮商,篇工駢驪,雲霞傑於齒吻,金石作於聲容。季主之辯若懸河,遜其藻繪;孝先之言,如符契讓其圓融。誠馬庭高弟、羲陛忠臣矣!

彼は深く世俗人情の力を用うれど帰依する所なきを慨嘆し、また人間万事の紛紜動蕩を思い、ここに広く条目章節を開列して、各類の事項を汇聚帰納す。上は朝廷の常典より、下は民間の瑣事に至るまで、巨細兼ね収め、天上の星象より百姓の生計にまで講じ、精粗並び載せたり。養生処世の道理これによりて備わり、渉身応世の事務条理井然として、綱挙げて目張り、明白なること隔岸に火を観るがごとし。分門別類して判断するや、理に順って薪を劈くがごとく干脆なり。加うるに句子は宮商の音律に合い、篇章は駢偶対仗に工く、口を出ずれば雲霞のごとく絢爛、声を発すれば金石のごとく鏗鏘たり。西汉の司馬季主の弁は懸河のごときも、本書の文采に比すれば尚且一歩を譲らん。辺孝先の言談は符契のごとく密合するも、またその一分の円融を譲らん。張先生真に司馬季主門下の高足、伏羲階前の忠臣と算うべし。

彼啟蒙之雜亂,每膺托於前賢;視何知之淺陋,僅雷同於勸說。相提而論,非研之與美玉、蒸石之與明珠哉!付之剞氏,可稱書部琳琅;傳之卜人,堪作易林鼓吹。西吳敬韋居士顧爾符撰。

あの《卜筮啓蒙》の類の書は内容駁雑にして、しばしば前代の賢人の名を仮託す。また《何知章》の流を見るに、見識浅陋にして、ただ人の言に和する勧説の辞のみ。これらを本書と相提して論ずれば、頑石の美玉に比し、燔石の明珠に比するがごとき懸殊ならんや。これの書を刻工に付して版を雕れば、書林中の琳琅の珍品と称すべし。卜筮の家の手に流伝すれば、《易林》一門の鼓吹先声たるに足らん。西呉敬韋居士顧爾符撰。

易林総断章第一

(凡事取用爻為主,動變為憑。)前聖炳先機之奧旨,開示迷途;後學補未盡之遺言,其臻覺路。闡發諸家之秘,包羅萬類之情,敬列數章,謬陳一得。吉凶由八卦變通,須察吉變凶而凶變吉。凶吉二字繫乎卦爻動靜,靜則取暗動並用爻為主,動則取之卦為憑。之卦者,即變卦也,變者化之漸,化者變之威。

(およそ何事を占うにも、「用爻」を主とし、爻の発動と変化とを憑拠とす。)前代の聖人は先机の深奥の旨を洞明して、もって迷途の人に開示す。後の学者は前人の未だ言い尽くさざる遺言を補足して、人をして覚悟の路に入らしむ。本書は各家の伝えざる秘を闡発し、万事万物の情を包罗す。謹んで以下数章を列挙し、姑らく一得の見を陳ぶ。吉凶は八卦の変通より来る。必ず吉のいかにして凶に変じ、凶のいかにして吉に転ずるかを察看せよ。凶吉の二字は卦爻の動静に係る。六爻安静の時は、「暗動」の爻と「用爻」とを取りて主となす。爻の発動あれば、「之卦」を取りて憑拠となす。いわゆる「之卦」は即ち変卦なり。「変」は漸漸に転化するの過程、「化」は変じて極処に至って顕れる威力なり。

飛伏在二儀交換定然,陽伏陰而陰伏陽。易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦。幹為老陽,坤為老陰,震為長男,巽為長女,坎為中男,離為中女,艮為少男,兌為少女,故曰幹坎艮震屬陽,巽離坤兌屬陰。飛伏者,乃陰陽互換之理,凡占陽卦而伏陰,卜陰卦而伏陽。且如上得乾卦為飛,便取坤卦為伏;若得坤卦為飛,便取乾卦為伏,其餘雷風水火山澤互換是也。

「飛神」と「伏神」は陰陽両儀の互いに対換するによりて定まる。陽卦の下に陰卦を伏蔵し、陰卦の下に陽卦を伏蔵す。《周易・繫辞》に曰く、易に太極あり、太極は両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず、と。乾は老陽、坤は老陰、震は長男、巽は長女、坎は中男、離は中女、艮は少男、兌は少女なり。故に乾・坎・艮・震は陽に属し、巽・離・坤・兌は陰に属すと曰う。いわゆる飛伏は即ち陰陽互換の理なり。およそ陽卦を占得すれば、伏神はこれに対する陰卦にあり。陰卦を占得すれば、伏神は相対する陽卦にあり。たとえば乾卦を占得すれば、乾を「飛神」とし、坤卦を取りて「伏神」とす。もし坤卦を飛神とせば、乾卦を取りて伏神とす。その余の雷と風、水と火、山と沢との両両互換も理同じ。

八純飛伏如此定之,又論乾宮垢遁否觀剝晉六卦者,皆伏觀宮乾卦,惟獨大有歸魂伏在否卦是也。又如坎宮二至七卦皆伏坎水,惟獨師卦伏歸既濟。又說艮內惟獨歸魂當還第四。八宮日例不必細陳。

八純卦の飛伏は右の法によりて定まる。さらに乾宮の姤・遁・否・観・剥・晋の六卦は、伏神は皆本宮首卦の乾卦を取るも、唯だ帰魂卦の大有のみ伏神は否卦に落つ。また坎宮の第二卦より第七卦に至るまで、伏神は皆本宮の坎水を取るも、唯だ師卦の伏神は既済卦に帰す。また一説あり、艮宮の中は唯だ帰魂卦は第四卦に回りて伏神を取ると。八宮の逐日伏取の成例なお多し、ここに細説を要せず。

爻爻有伏有飛,伏無不用。飛伏者,往來隱顯之神也。飛為已住,伏為將來。若卦內有用神不居空陷,不必更取伏神;如六爻不見主象者,卻取伏神推之。且如父占子病,未月甲寅旬壬戌日卜得乾卦安靜,此卦子值旬空本為凶兆,豈知伏出坤卦癸亥水子孫在壬申金之下,水賴金生,正所謂飛來生伏得長生,反為有救,後至甲子日本宮子象當權,病得瘥也。

各爻は皆おのおの飛神と伏神と有し、伏神に用いられざるの時なし。いわゆる飛伏は、往来の間の一隠一顕の両神にして、飛神は已に落定し已に過去せるを代表し、伏神は将に到来せんとするを代表す。もし卦中に元より「用神」ありて、しかも空亡に落ちず月破に陥らざれば、別に伏神を取るを要せず。唯だ六爻のうちに用神を見出だせざる時に、伏神を取りて推断す。たとえば父が子の病を占うに、未月甲寅旬壬戌日に乾卦を占得し、六爻安静なり。卦中の子孫爻は正に旬空に値り、本は凶兆なり。不図りて伏神は坤宮の癸亥水子孫にして、壬申金の下に伏し、水は金の生を得、正にいわゆる「飛来伏を生じて長生を得」にして、反って救あり。後に甲子日に至り、本宮の子孫水象は権を当て令を得て、子の病は即ち痊癒せり。

且如問求財,三月卯日卜得既濟卦六位無財,只有本宮戊午火為財,又伏在亥水之下,飛能克伏必無財也。又如求財,秋月甲申日卜得睽之歸妹,此卦六爻無財,須看艮宮丙子水,所嫌伏在未土之下,水被土傷本不為美,豈知未土空亡透出子水,況逢長生申日,反主亨通,後至戊子日果得厚利也。

また財を求むるを占うに、三月卯日に既済卦を占得す。六の爻位にはいずれも妻財爻なく、唯だ本宮坎宮の戊午火の財爻に充つべきあるも、偏偏これ亥水の下に伏し、飛神は伏神を剋しうるをもって、財の得べからざるを断ず。また財を求むるを占うに、秋月甲申日に睽卦の帰妹卦に変ずるを得、此の卦の六爻も同じく財なし。即ち艮宮の丙子水を看て財と作さば、惜しむべしこれ未土の下に伏し、水は土に傷られ、本来好象にあらず。いかんぞ知らん未土は正に空亡に値り、子水を透露せしめ、しかも占日の申金は正に水の長生の地にして、反って亨通を主す。後に戊子日に至り果して厚利を獲たり。

又論問求財,丑月甲午旬癸卯日,卜得噬嗑卦,此卦辰財落空,未財月破,此二財皆無用也。所喜巽宮辛丑土財正臨月建,伏於庚子水下,又得土旺於子,更論伏克飛神為出暴,必主吉祥。稍嫌卯日克財,故當日未得;甲辰日兄弟又空,內財幫比反獲倍利也。

また一例を挙ぐ。丑月甲午旬癸卯日に財を求むるを占い、噬嗑卦を得たり。卦中の辰土財爻は旬空に落ち、未土財爻はまた月建に沖破せられ、この両の財爻は皆用いられず。喜ばしきは巽宮の辛丑土財は正に月建に臨みて令に当たり、庚子水の下に伏し、しかも丑土は子位に在りてなお気あり。さらに伏神の反って飛神を剋するを論ずれば、「出暴」と称し、必ず吉祥を主す。稍や嫌うは占日の卯木の財を剋するにして、故に当日は得手せず。甲辰日に至り兄弟爻また空亡に落ちて財を奪うに由なく、卦内の財爻は帮扶比助を得て、反って成倍の利を獲たり。

卦卦有動有靜,動無不之。動者,老陰老陽無不變化,變既之也。凡陽極而生陰,陰極即生陽,故此交變單,而重變拆也。內有未知者沖動曰變,沖者暗動之爻非在交重之位,豈得變乎?亦有愚人者言:動值合而絆住不能變也,即在老陰老陽,豈有不變之理?又論京房變法第六爻為宗廟,縱動不變,其餘一爻動則變,亂動則不變也,此法甚有差訛,後學切莫依此!易經內,凡見交重則變並無亂動不變之理。宗廟爻既不變化,焉能純幹變為純坤?經中自用九見群龍無首吉爻辭可證,故此爻爻皆變也。

各卦は皆動爻と静爻と有り、およそ動爻は「之卦」を変出せざるなし。いわゆる動は、老陰・老陽に変化生ぜざるなく、「変」は即ち「之」なり。陽は極処に至れば即ち陰を生じ、陰は極処に至れば即ち陽を生ず。故に「交」(老陰)は「単」(少陽)に変じ、「重」(老陽)は「拆」(少陰)に変ず。その中に明白ならざる人ありて、沖起せらるる爻もまた変と算うと曰う。須らく知るべし、沖せらるるは「暗動」の爻にして、本は交・重の位に処らず、いかんぞ変に談及せんや。また見識浅き人ありて、動爻は合に遇えば絆されて変ぜられざると曰う。既に老陰老陽なり、変ぜざるの理あらんや。さらに京房の変法ありて、第六爻は宗廟爻にして、縦い発動すと雖も変ぜず、その余は一爻動けば即ち変じ、もし乱動すれば反って皆変ぜずと曰う。この説は大いに差錯あり、後学切に依従すべからず。《周易》の中、およそ交・重の爻を見れば即ち変ずるべく、乱動変ぜざるの理なし。宗廟爻もし変化せざれば、純乾卦またいかにしてか純坤卦に変ずるを得ん。《乾卦》用九の爻辞「群龍を見るに首なし、吉」は正に証左と作すべし。故に六爻は皆変ずべきなり。

變出他宮,但取木金水火土,還歸本卦,配成兄父子財官。凡論變爻,細宜斟酌。且如節之比卦不可言財變兄弟,子變父母之淪,只取坤宮未土配作坎宮官鬼,又將坤中巳火配成坎內妻財,正所謂財化為官,子化為財是也。又如艮之謙卦,單取癸酉金配成艮卦子孫,此乃官化子也,其餘仿此。

動爻が別宮に変ずる時は、唯だ変爻の五行――木・金・水・火・土――を取り、さらに本卦の所属の宫位に拿り帰り、兄弟・父母・子孫・妻財・官鬼の五類の六親に配す。およそ変爻を論ずるは、務めて仔細に斟酌せよ。たとえば節卦の比卦に変ずるは、変卦坤宮の六親に照らして「妻財変じて兄弟」「子孫変じて父母」と説成すべからず。只応に坤宮の未土を坎宮に配して官鬼と算し、さらに坤宮の巳火を坎宮に配して妻財と算すべし。此れ正に「財化して官となり、子化して財となる」なり。また艮卦の謙卦に変ずるは、唯だ変出の癸酉金を取りて艮宮の子孫に配せば、此れ即ち「官化して子となる」なり。その余の各卦は皆この法に照らして類推せよ。

水化金,則坎增其勢;火化土,則離減其威。且如水爻變出金爻,水賴金生,其水轉加威勢,爻中縱有土興,終難剋制。倘若金又空亡水縱變金亦不得其生也。又如火爻化土,當為洩氣,此火定無光耀矣,如得木動來生,其火反添焰麗,寅日占者亦如此然。

水爻が金爻を変出すれば、坎水一方の気勢は増強し、火爻が土爻を変出すれば、離火一方の威力は減弱す。たとえば水爻が発動して金爻を変出すれば、水は金に倚りて生ぜられ、この水は更に威勢を添え、卦中縦い土爻の発動あれど、終にこれを剋制し難し。もし変出の金爻また旬空に逢えば、水は金に変ずと雖も、その生助を得ることなし。また火爻が土爻を変出するのごときは、泄気に属し、この火は必ず光耀を失う。但し卦中に木爻の発動して火を生ずるあらば、火は反って光焰を増添し、寅日に占うもまた同じ道理なり。

亥之子曰進神,木得生而火被制。戌變未云退度,金不助而水無傷。如亥變子上前者,為進氣,其力更加,助木之功愈大,傷火之力非輕,如卦內縱有重重土動,水下不全傷。爻中水象交重,火又貪生忘克,復陣寅變卯、辰變未之類,皆云進氣也。又如戌變未爻落後者,名曰退神,生金之力者輕,伐水之功者減,如得火爻再動,土氣還源。退氣者,乃是酉化申,辰化導丑之類是也。

亥水の子水に変ずるを「進神」と称し、それ木を生ずるの力は更に強く、火を剋するの力も更に重し。戌土の未土に変ずるを「退度」と称し、それ金を生ずるの力は減弱し、水を剋するの力も足らず。亥変じて子となるがごとき前に一歩を進むるを「進気」と称し、力量は更に増大し、木を助くるの功效愈々顕著にして、火を損傷するの力も軽からず。卦中に重重の土爻の発動ありと雖も、水は完全に剋傷せらるるに至らず。卦中の水爻が交重発動する時は、火はまた生を貪りて剋を忘れん。また寅の卯に変じ、辰の未に変ずるの類は皆進気と称す。反って戌の未に変ずるがごとき後に一歩を退くるを「退神」と称し、それ金を生ずるの力は転じて軽く、水を剋するの功效は減弱す。もし卦中にさらに火爻の発動して土を生ぜば、土気は本源に回復しうる。いわゆる退気は、酉の申に変じ、辰の丑に変ずるの類なり。

卦之墓絕非宜,遠究偽真之辨。凡卦變為墓絕者,事事皆凶,其中有絕而不絕,墓而不墓者也。且如離卦為火變乾卦,地福訣云:戌亥屬乾垣,故此戌亥二爻乃乾卦之本也,離火墓於戌、絕於亥,凡若甲子旬占,戌亥皆空,此火亦非墓絕也,又如甲辰旬丁未日卜得兌之艮卦,兌者屬金,丑寅乃艮卦之本,金絕在寅,寅空絕於何處?金墓在丑,丑得未日沖開,此乃非絕非墓也。

卦が墓地・絶地に変ずるは好事にあらざれど、須らくその中の真假の分別を深究すべし。およそ卦の墓・絶に変ずるは事事皆凶を主す。ただその中にも絶すると雖も実は絶せず、墓に入ると雖も実は墓に入らざるの情形あり。たとえば離卦は火に属して乾卦に変ずれば、《地福訣》に「戌亥は乾垣に属す」と曰えば、戌・亥の両爻は乾卦の本位なり。離火は戌に墓し亥に絶す。もし甲子旬中に占えば、戌・亥は皆旬空に逢い、この火は真墓真絶と算うべからず。また甲辰旬丁未日に兌卦を占得して艮卦に変ずれば、兌は金に属し、丑・寅は艮卦の本位にして、金は寅に絶す。但し寅は正に空亡に落つ。またいずくんぞ絶せんや。金は丑に墓すも、丑土また占日の未土に沖開せらる。此れ即ち真の絶にあらず、また真の墓にあらず。

更論占長子病,七月丙辰日,卜得恆卦九四爻動之為升卦,內卦不動則不言也,外卦震動化坤子孫,況在震宮,震者又為長男之用,墓於坤宮未內,絕居坤象申中,況申不空而未不破,此是真墓真絕也,卦中雖有用爻而長男木象真投墓絕者,此子必死無疑也。

また一例を挙ぐ。長子の病を占うに、七月丙辰日に恒卦を占得して九四爻発動し、升卦に変ず。内卦に動爻なければこれを説くを要せず。外卦の震木は発動して坤土を化出し、変出するは子孫爻にして、しかも本卦は震宮に属し、震はまた正に長男の取用の象なり。震木は坤宮の未土の中に墓し、坤象の申金の中に絶す。しかるに申金は空に落ちず、未土は月破に逢わず、此れ即ち真の入墓、真の入絶なり。卦中別に用神ありと雖も、長男を代表する木象は確確実実に墓絶の地に投入し、この児は必ず死せんこと疑いなし。

爻變生扶最利,更詳喜忌之分。凡元神遇生者喜,仇神遇生者忌,用象逢之無不為吉,忌神遇者無不為凶。爻有伏吟不吉,術者未開;卦有反吟最凶,星家誰覺?婦妹變隨為例,小畜之垢皆同,但識六爻克戰,那知二卦交沖。

爻変の後に生助扶持を得るは最も利あるも、なお細分して生ずる所の究竟は喜神か忌神かを分かつべし。およそ「元神」の生を得れば可喜、「仇神」の生を得れば可忌なり。「用神」は生扶に遇えば不吉なきなく、「忌神」は生扶に遇えば不凶なきなし。爻中の「伏吟」を犯すは不吉利、惜しむべし術士たちいまだ点破せず。卦中の「反吟」を犯すは最も兇険、星命家また誰か覚察せん。帰妹の随卦に変ずるは即ち現成の例、小畜の姤卦に変ずるもまた同じ。世人は只だ六爻の間の剋戦を看るを知るのみ、いずくんぞ知らんなお内外両卦の相沖する一層あるを。

奇門遁甲之中專忌伏吟反吟為上。周易卦內豈不忌之?欲識伏吟反吟之法,當明卦按十二地支。地福訣云:子向北方坎,丑寅艮上山,卯起東方震,辰巳巽風間,午見南離火,未申坤地關,酉在兌方取,戌亥屬乾垣。凡卜諸事最忌伏吟反吟,伏吟者有二端:有卦象所犯,有爻辭所犯。卦犯者,如巽見巽、離見離、八純卦皆是也。爻犯者,申變申、戌變戌之類,比如屯變泰、大有變噬嗑卦是也。

奇門遁甲一門は、頭の一件の忌諱は即ち伏吟と反吟なり。《周易》の占卦は豈に忌諱せざらんや。須らく伏吟・反吟を辨認するを得んには、先ず八卦の各々十二地支に配する方位を明白にせよ。《地福訣》に曰く、子は北方の坎に属し、丑・寅は艮位の山上に在り、卯は東方の震位より起こり、辰・巳は巽風の間に落ち、午は南方の離火を見、未・申は坤地の関口に在り、酉は兌方に取られ、戌・亥は乾垣に属す、と。およそ各様の事を占うに、最も伏吟・反吟を忌む。伏吟に両種あり、一は卦象の上に犯し、一は爻の上に犯す。卦の伏吟を犯すは、巽卦に巽卦を見、離卦に離卦を見るがごとき八純卦なり。爻の伏吟を犯すは、申の申に変じ、戌の戌に変ずるの類にして、たとえば屯卦の泰卦に変じ、大有卦の噬嗑卦に変ずるがごとし。

反吟者亦有二端:卦犯與爻犯者不同。卦犯者,沖我之卦是也。且如內幹外巽,戌亥乃乾宮之本,辰巳為巽象之根,辰戌、巳亥皆沖,故曰反吟之論。以上坎見離、震逢兌、艮配坤,皆是彼我相沖反吟之卦。又開既濟、未濟、婦妹、小畜,謙、剝、垢、隨此八卦者,皆內外反吟也,其禍猶輕,惟獨變出反吟其凶最重。比例歸妹變隨、小畜之垢、未濟之為既濟、謙之剝、剝之謙皆是的確反吟也。爻犯者,巳變亥、亥變巳之類,巽之坤、鼎之豫卦是也。故此反吟伏吟,凡事遇之不吉。

反吟もまた両種あり、卦犯と爻犯とは相同じからず。卦の反吟を犯すは、相沖する両卦の相遇するを指す。たとえば内卦は乾、外卦は巽ならば、戌亥は乾宮の本位にして、辰巳は巽象の根基なり。辰は戌と相沖し、巳は亥と相沖す。故に反吟と称す。これ以外に坎の離を見、震の兌に逢い、艮の坤に配するも、皆彼此相沖する反吟の卦なり。さらに既済・未済・帰妹・小畜・謙・剥・姤・随の八の卦は、皆内外両卦の自ら相反吟するに属し、禍害はなお軽し。唯だ本卦より反吟を変出するは、兇険最も重し。例を挙げて曰く、帰妹の随に変じ、小畜の姤に変じ、未済の既済に変じ、謙の剥に変じ、剥の謙に変ずるは、皆確鑿疑いなき反吟なり。爻の反吟を犯すは、巳の亥に変じ、亥の巳に変ずるの類にして、巽卦の坤卦に変じ、鼎卦の豫卦に変ずるがごとし。故に反吟・伏吟の両様は、凡事これに遇えば皆不吉利なり。伏吟は停滞呻吟・進退不得を主し、反吟は翻覆顛倒・成りて復た敗るるを主す。

變能生克於動爻,動不制扶於變象。且如變爻能克於動爻,動爻不能剋制變爻,相生亦然。靜受動傷,靜難制動,柔遭剛克,柔豈伐剛。靜者,少陽少陰;動者,老陽老陰。自古上能伐下,下不能伐上,故此動能克靜,靜不能克動也。又論柔者,休囚之象,剛者,旺相之爻。休囚為退度之神,旺相乃當權之職,故此旺相能克休囚,休囚不克旺相也。

変爻は動爻を生助しまたは剋制しうるも、動爻は反って変爻を剋制しまたは扶助すること能わず。たとえば変爻は動爻を剋しうるも、動爻は変爻を剋し動かさず。相生の関係もまた是のごとく、只だ変爻より動爻を生ずるのみ。静爻は動爻に傷られ、静爻は動爻を制服し難し。柔爻は剛爻の剋する所と遭い、柔爻はいずくんぞ反って剛爻を討伐せんや。いわゆる静は少陽・少陰の爻、いわゆる動は老陽・老陰の爻なり。古より唯だ上位に在る者の下位に在る者を討伐するのみ、下に在る者は上に在る者を討伐すること能わず。故に動は静を剋しうるも、静は動を剋すること能わず。さらに柔と曰うは、休囚無気の爻を指し、剛は旺相有気の爻を指す。休囚は退落の神、旺相は当権の職なり。故に旺相は休囚を剋しうるも、休囚は旺相を剋しえず。

日月善能克爻神,爻神誰敢傷日月。曰君主,旺衰之象盡能傷;月乃提綱,動靜之爻皆可克。日月二神,此權最大,不論卦內旺衰動靜之爻皆可生而咸可克。若爻神剋日月者,世無此理也。法曰:曰傷爻,真罹其禍。爻傷曰,徒受其名。本卦為始,之卦為悔為終。凡有動爻,便有之卦。以本卦為貞,之卦為悔,凡爻靜無之者,便取內卦為貞,外卦為悔,以貞為始,以悔為終。

日辰と月建とは卦中の各爻を剋するに善く、卦爻は誰も敢えて日月を傷らず。日辰は君主のごとく、旺相なるも衰弱なるも爻象を皆傷り得。月建は一卦の提綱にして、発動するも安静なるも爻を皆剋し得。日・月の両神は権力最も大なり。卦内の爻の旺なるも衰なるも、動なるも静なるもを問わず、これを生じること能く、また剋すること能し。もし卦爻の反って日月を剋するを曰わば、天下にこの道理なし。法訣に曰く、日辰の爻を傷れば、その爻真に殃に遭う。爻が日辰を傷らんとするは、ただ空しく一の名声を担うのみ。本卦は事情の開端、之卦は「悔」にして事情の結局なり。およそ卦中に動爻あれば、必ず之卦あり。本卦をもって「貞」と為し、之卦をもって「悔」と為す。もし六爻安静にして変卦なければ、内卦を取りて貞と為し、外卦を悔と為す。貞は起始を主り、悔は終局を主る。

親宮云:出現之爻,遠年可取。他卦曰:伏藏之象,近曰堪推。凡八純之卦便為出現,且如天山遁,內三爻他宮之象,故曰伏藏,外三爻乾宮本象,便言出現。又如火天大有,內屬親宮出現,外當離卦伏藏。又如山地剝卦,內坤外艮,皆不是幹家新象,此乃體用皆伏藏也,用值伏藏旺相爭如出現休囚,凡得出現之卦,吉則綿長皆吉,凶則久遠皆凶。爻在伏藏之內凶,憂目下;吉,應暫時。

本宮に属する卦体を「出現」の爻と称し、遠年長久の事は取用しうる。他宮に属する卦体を「伏蔵」の象と称し、只だ近日の事を推断するのみ。およそ八純卦は皆出現なり。たとえば天山遯は、内の三爻は他宮の象にして故に伏蔵と称し、外の三爻は乾宮の本象にして即ち出現と称す。また火天大有は、内卦は本宮に属して出現、外卦は離に属して伏蔵なり。さらに山地剥卦は、内坤外艮にして、皆乾家本身の卦象にあらず。此れを体・用ともに伏蔵と称す。用神の伏蔵に処りて旺相なるは、なお出現に処りて休囚なるに及ばず。およそ出現の卦を得れば、吉は綿長久吉にして、凶は長久皆凶なり。爻もし伏蔵の内に落ちれば、凶も只だ眼前の憂、吉も只だ一時に応ずるのみ。

內為己外為他,喜生喜合。應為賓世為主,嫌克嫌沖。我生他而半吉,他克我以全凶。凡內卦為我,外卦為他。又云:以世為我,應為他,如外生內,應生世者,全吉。遇合更加其美。若內生外,世生應者半吉;如應克世、外克內者全凶。其中世克應或內克外者半凶,逢沖則凡謀不逐,凡事不成。或宜生或宜克者,另當詳審。

内卦は自己を代表し、外卦は对方を代表す。彼此の相生・彼此の相合を喜ぶ。応爻は客、世爻は主にして、剋せられ・沖せらるるを忌む。我が往きて彼を生ずるは只だ半吉と算し、彼の来りて我を剋するは便ち全凶なり。およそ内卦をもって我と為し、外卦をもって彼と為す。また一説に世爻をもって我と為し、応爻をもって彼と為す。外卦の内卦を生じ、応爻の世爻を生ずるは全吉なり。もしさらに相合に遇えば更に美満なり。内卦の外卦を生じ、世爻の応爻を生ずるは只だ半吉と算す。応爻の世爻を剋し、外卦の内卦を剋するは全凶なり。世爻の応爻を剋し、あるいは内卦の外卦を剋するは半凶と算す。およそ相沖に遇えば、謀る所皆順遂ならず、諸事成り難し。ある事はもとより生に宜しく、ある事はもとより剋に宜しきに至りては、別に詳細の分辨を作すべし。

世應齊空,兩下目前退悔。主賓皆動,二邊日後更張。世空,則已心懶動;應空,則他意無成。世應俱空,彼我皆當退悔。世動則己變,應動則他更。世應皆動者,事縱見成,向後定然改換。若得世應相合,動中有絆住之功,雖變還須遲滯,目下無妨。兩間之爻動,則起居都阻。間爻者,世應中之二爻也。近世之爻,恰似我家之友,近應之象,猶如彼室之親。故此二爻皆不宜動,動則事多阻節,若得中破無妨。

世爻と応爻と同時に空に落ちれば、主賓双方眼下に皆退堂鼓を打たん。世応二爻同時に発動すれば、双方日後に皆別に炉竈を起こさん。世爻の空なるは、自己の手を動かすに懶きなり。応爻の空なるは、对方の促成するに心なきなり。世応皆空なれば、彼此皆退悔すべし。世爻の発動するは、自己の変卦せんとするなり。応爻の発動するは、对方の口を改めんとするなり。世応皆動けば、事情縦い一時に談成すと雖も、往後必ず翻改せん。もし世応正に相合せば、動中に絆住の力あり、変ぜんと欲すと雖も、只だ遅滞のみにして、眼下事を妨げず。世応中間の両の間爻もし発動すれば、行止起居皆阻まるるあらん。いわゆる間爻は、世応の間に夾まる両爻にして、世爻に靠近する一爻は、自家の朋友に譬え、応爻に靠近する一爻は、对方家の親人に譬う。故にこの両爻は皆発動に宜しからず。動けば即ち事情多く阻隔あり。もしこの両爻恰も沖破せられれば、事を碍げず。

一身之位空則禍福咸虛。月卦者,一卦之身也,若落空亡,比同無也。自然析福不至,間禍不招。此身乃一卦之主,卜家但識子午持世身居初之類,此乃世爻之身,亦非主卦之身也。典內但言身象者,必須將月卦為身,便知真寶矣!且如占得澤火革,人說巳亥持世,身居六身在未爻非也。世若空亡,方用此象代世之勞,耳殊不知革者二月之卦,二月建卯,恰好取初爻卯木為身。譬如官問升遷,此卦身值子孫克傷官鬼,此卦焉得高升?

卦身の位もし空亡に落ちれば、禍と福と皆虚設と成る。いわゆる「月卦身」は一卦の身にして、それ空亡に落ちれば、卦中に身なきに等しく、自然に福を求めて福至らず、禍を避けて禍招かず。この身は一卦の主なり。卜家たちは只だ「子午持世身居初」の一套の口訣を知るのみ。然れどあの求め出す所は世爻の身にして、本卦の身に非ざるなり。およそ書中に身象を講ずるは、必ず月卦身を用いて、始めて真宝を得たりと算す。たとえば沢火革卦を占得するに、或る人これ巳亥持世、世は六爻に在りて、身は即ち未爻に落つと曰う。これ錯なり。世爻もし空亡に逢わば、始めて世身の象を用いて世爻に代わりて事を辦せしむ。殊に知らず、革は二月の卦にして、二月は卯に建ち、恰好初爻の卯木を取りて卦身と為す。譬えば官を為る者の升遷を問うに、この一卦の卦身は正に子孫爻にして、子孫は官鬼を剋傷す。此のごときまたいかにしてか高昇せんや。

凡欲久長,用宜安靜;如求脫卸,主利交重。人求安樂久長之計,最要用爻安靜,若逢發動及沖破空亡者,決不久留。如問脫貨離鄉遷移改造變產等事須得用爻發動,事必有成。用若安靜休囚,必然阻滯而無疑矣!

およそ長久安穏の事を求めんと欲するは、用神は安静不動を最もよしとす。もし擺脱し卸掉せんと欲するは、用神は反って交重発動に利あり。人の安楽長久の計を求むるは、最も緊要なるは用爻の安静なり。用爻もし発動し、あるいは沖破せられ、空亡に落ちれば、長留すること能わざるなり。脱手貨物・離郷遠走・遷居改造・変売産業の類の事を問うに至りては、必ず用爻の発動を用いて、事情乃ち成就しうる。用爻もし安静にしてまた休囚無気ならば、必ず阻滞して行い難く、これ疑いなきなり。

用木,金來縱吉而不吉,用土,火到,雖凶而不凶。元神卻要生扶,忌客最宜制伏。且如用爻屬木最嫌動出金爻,水如並動,木又貪生忘克,反作佳祥。金動火又動,金被火傷,亦不能伐其用水也,但恐土動生金更無水助,其禍倍加;縱然有氣之水,凡遇土金皆動,決不為佳。

用神の木に属するは、卦中に動き出ずる金あれば、本来吉なるも変じて不吉と為る。用神の土に属するは、卦中に火ありてこれを生ずれば、本来凶なるも凶と為さず。元神は必ず生助扶持を得るを要し、忌神は則ち制伏せらるるを最もよしとす。たとえば用爻の木に属するは、最も動き出ずる金爻の来たりて剋するを怕る。但し水爻の同時に発動せば、金は水を生ずるを貪着して木を剋するを忘れ、反って佳兆と成る。もし金動して火もまた動けば、金は火に傷られて用神を損傷すること能わず。只だ土爻の発動して金を生じ、また水の相助なきを怕る。彼の禍害は便ち加倍せん。縦い卦中に気を得たる水爻ありと雖も、一旦土・金皆動かば、また決して好象にあらず。

又論用爻屬土,最喜南方火到,如卦中火動或土變火爻,皆為吉兆。但變午火為生,若化巳爻為絕,卦中巳動善能助土之威亦非為絕土。如變木,卦中縱有火興,終難扶起。如象內木火皆動,主力轉加,若木靜火興兼水動火亦無功,土無倚賴。復陳水作用爻土為忌客,金乃元神,金搖土亦搖,重重之美。土動火亦動疊疊之凶。土遇克沖為福,金逢生助為恩,以上諸爻,餘皆仿此。

さらに用爻の土に属するは、最も南方の火の来たりて生ずるを喜び、卦中の火爻の発動し、あるいは土爻の火爻を変出するは皆吉兆なり。ただ土の午火を変出するは生を得たりと算す。土もし巳火を化出せば絶地に入ると算す。然るに卦中の巳火の発動して土を生ずるは、また土の威勢を助長しうるにして、土を絶すると算さず。土もし木爻を変出して剋せられれば、卦中縦い火爻の興起して通関するあれど、終にこれを扶起し難し。もし卦中の木・火皆動かば、木は火を生じ火は土を生じて、用神の力は反って更に強し。もし木爻安静にして火爻発動し、同時にまた水爻の動きて火を剋せば、火もまた功なく、土は便ち倚靠を失う。さらに水をもって用神と為すの情形を曰えば、土は忌神、金は元神にして、金爻発動し土爻もまた発動せば、あれは重重の好事にして、土は往きて金を生じ金はまた水を生ずるが故なり。土動して火また動けば、火は土を生じ土は水を剋して、あれは叠叠の凶象なり。土もしこれを剋しこれを沖する爻に遇えば、用神に対して反って福なり。金もし生助を得れば、用神に対して便ち恩なり。以上の各爻の推法は、その余の五行は皆これに照らして類推せよ。

用神旺相,事必亨通,主象休囚,理當愁悶。人間占卜切莫亂言,一不可將卦名而斷,又不可憑星煞而推,單看用爻,絲毫無惑。如婚姻卦內,男占婦,以財為主,女占夫,以鬼為先。儒學以文書為用,仕宦以官鬼為憑。俗言考試看官父,結婚推財鬼。凡用神只有一爻,豈云二象?凡占事,若得用神旺相,永遠亨通,縱發忌神,終無大害。主象若值休囚,即時愁歡,如遇元神動助,遠可為祥,若遭忌客來傷,必成凶咎。如或化出生扶,仍為吉斷。

用神旺相なれば、事情必ず亨通す。用神休囚なれば、道理上愁悶すべし。人に占卜を為すに切に乱説するなかれ。一に卦名を以て吉凶を断ずべからず、二に星煞に憑りて禍福を推すべからず。只だ専ら用爻を看れば、絲毫も迷惑せざらん。たとえば婚姻卦は、男の女を占うるは妻財をもって用と為し、女の男を占うるは官鬼をもって先と為す。読書人は父母文書をもって用と為し、官を為る者は官鬼をもって憑と為す。俗に曰く、考試は官爻と父母爻を看、結婚は財爻と鬼爻を推す、と。およそ用神は只だ一爻を取る。豈に同時に両個を取るの理あらんや。およそ事を占うに、用神もし旺相なれば長久亨通し、忌神発動すと雖も、終に大害なし。用神もし休囚なれば、眼前便ち愁悶あり。もし元神の発動して生助するに遇えば、日後なお吉に転ぜん。もし忌神の来たりて傷るに遭えば、必ず凶咎と成る。もし用神の生扶する爻を変出せば、なお吉を作して断ずべし。

卦無凶而用爻失位,後查值日方成。爻有吉而主象逢空,漫看沖時可就。凡占事體,各有用爻,若卦內仇神忌神不動,元神已得司權,獨無用爻者,未可便言不吉,待後用爻值日,無不佳矣!且如問行人,婦占夫到,十月甲辰日卜得家人之益,此卦忌神不動而仇神又空,元神正臨身世,獨嫌卦內無官,伏出辛酉金在三爻亥水之下,又怪伏生飛名為洩氣,目下未來,待後申酉用爻值日便得相逢,果應己酉日到也。

卦中に凶象なく、只だ用爻の卦に上らざるならば、即ち後に查して用爻の日に値るの時に乃ち事を成さん。卦中本に吉象ありて、只だ用神の空に落つるならば、即ち慢慢として沖空の時を待てば便ち成就せん。およそ各種の事を占うに、各々その用爻あり。もし卦内の仇神・忌神皆動かず、元神また権を当て令を得て、只だ一の用爻を缺けば、なお即ち不吉と断ずべからず。日後用爻の日に値るを待てば、佳に転ぜざるなし。たとえば行人を問うに、妻が夫のいかなる時か家に到らんを占うに、十月甲辰日に家人卦を占得して益卦に変ず。この卦は忌神動かず、仇神また空に落ち、元神正に身世に臨む。只だ卦中に官鬼なきを嫌う。伏神の辛酉金は三爻の亥水の下に伏し、また伏神の往きて飛神を生ずるを嫌い、「泄気」と称す。故に眼下なお帰り来たる能わず。日後申・酉の用爻日に値るを待てば便ち相見えん。後に果して己酉日に家に到るに応えたり。

其中更有主象空亡者,事事嫌凶,誰知空中有真假不同,還宜細辨。且如八月甲辰旬卜得卦中寅卯之爻卻是真空者也,縱見水動永不生扶。辛亥日也,非相助亡必須動化生扶,稍為半用,若再臨月破,縱動無功。如爻內忌神不動,元神不空,惟主象獨空者,又不臨於月破,細查何日沖起空爻,名為填實,反有用也。且如兄占弟病,二月甲申旬壬辰日占得訟卦安靜,卦內元神雖旺,獨嫌用值旬空,細推空而帶相,決不傷身,過旬方好,待後庚子日沖實,用爻不受水克,其病此日全然瘥也。

その中にまた用神の空亡に落つるあり。看るに事事嫌うべしと雖も、いかんぞ知らん空に落つるも真假の別あり、なお須らく細辨すべし。たとえば八月甲辰旬に占えば、卦中の寅・卯の木爻は正に真空にして、縦い水爻の発動を見るも、永遠に生扶し起こす能わず。辛亥日に占うもまた相助と算するを得ず。必ずそれ自身の発動して生扶の爻を化出して、始めて勉强に半個の可用と算せん。もしさらに月破を加えば、縦い発動すとも功なし。反って、もし卦中の忌神動かず元神空ならず、単単用神の空に落ちて、しかもそれ月破に逢わざれば、即ち細查していかなる日かこの空爻を沖起しうるかを求め、「填実」と称して、反って用いうるなり。たとえば兄が弟の病を占うに、二月甲申旬壬辰日に訟卦を占得し、六爻安静なり。卦中の元神は旺なりと雖も、只だ用神の旬空に落つるを嫌う。細推するにそれ空なると雖も相気を帯びて、決して身を傷るに至らず。この一旬を出れば即ちよし。庚子日に空爻を沖実するを待ち、用爻は復た水剋を受けず、弟の病は当日即ち全く好し。

忌象交重用象無,主象他時逢受害。用神衰弱元神絕,忌神異日遇遭傷。卦內無用爻而元神又不動,仇神忌神皆發,既無主象者反不受虧,但恐後來日值用爻透出,反遭忌克,定主損傷。又如卦有用神而休囚又發動,元神又不得地,日月況不生扶,又不之生旺之處,獨喜忌神不動,旦夕未傷,只恐後來忌神值日方克用爻,其禍必難逃。

忌神の交重発動して卦中に用神なきは、用神将来一たび頭を露せば反って害を受く。用神衰弱にして元神また絶地に入れば、只だ忌神の日に値るの那天に傷を遭わんを待つ。卦内に用爻なく、元神また発動せず、仇神・忌神は却って皆動きたり。既に用神卦中に在らざれば、眼下反って虧損を受けず。只だ日後用爻の日に値り顕露し出でて、反って忌神に剋され、必ず損を受けんを怕る。また卦中に用神ありと雖も、休囚無気にしてまた発動し、元神もまた地を得ず、日月は既にこれを生扶せず、それ変出するもまた生旺の地にあらず。幸いに忌神動かざれば、故に一時半刻はなお傷るに及ばず。只だ日後忌神の日に値るの時、来たりて用爻を剋するを怕る。あの場の禍事は必ず逃れ難し。

一神獨發,此象非輕;五位皆與,靜爻最重。人間只識所用之爻,未知為主之象,六爻安靜惟憑沖動之爻,再若無沖,須推世象,一爻動,則陽爻為主,兩爻動;取陰爻為主。陰者交主未來,故有權要,若同陰同陽取上動之爻為主。三爻動以中爻為主。四爻動,取下靜之爻為主。五爻動,取靜爻為主。六爻皆動,須看變卦為主。

只だ一個の爻の独自発動するは、この一象の分量軽からず。もし五個の爻位皆動けば、反ってあの唯一の安静の爻を最も重しとす。世人は只だ「用爻」を認得して、別に一の「主を為すの象」あるを知らず。六爻安静の時は、日辰に沖起せらるる暗動の爻に憑りて主を作す。もし沖もなければ、世爻を推さん。只だ一爻動けば、即ち陽爻をもって主と為す。両爻動けば、その中の陰爻を取りて主と為す。陰爻は「交」に属して未来の事を主り、故に更に権要あり。もし両爻同陰あるいは同陽ならば、位置の上に在る動爻を取りて主と為す。三爻動けば、中間のあの一爻をもって主と為す。四爻動けば、下面の安静の爻を取りて主と為す。五爻動けば、あの安静の爻を取りて主と為す。六爻全動せば、変卦を看て主と為す。

惟有一爻獨發,其勢愈大,卻比所開諸爻大不同也,縱值休囚也能制旺,單不克日月二神,其餘皆忌。如去生扶他象,其力更深。如值元神,福非淺受;如臨忌象,禍不輕當,此即論動爻之法,未會陳變象之因,其變卦之端有二,一雲一爻動則變,又云六爻動皆變,各有一情,未可執一。凡一爻動變理合京房,可用海底眼中五章六親變法斷語,父化父兮文不實之類是也,試無不驗,縱然宗廟爻與變法亦同此斷。凡亂動之爻變者理道周易,取動爻與變爻各配相生相剋及長生十二之宮決其休咎,切莫用五章變法書推。

唯だ一爻の独発するは、声勢最も大にして、上面に列するの各種の情形と大いに相同じからず。それ縦い休囚無気なりとも、旺相の爻を制服しうる。剋し動かさざるは日辰・月建の両神を除きて、その余の各爻は皆これを忌む。それもし往きて別の爻を生扶せば、力量更に深し。それもし正に元神なれば、福を得ること浅からず。それもし忌神なれば、禍を受くるもまた軽からず。以上の説は動爻を論ずるの方法にして、いまだ変爻の道理に講及せず。変卦の説法に両端あり。一説は只だ一爻動きて乃ち変ずと曰い、一説は六爻動きて皆変ずと曰う。各々その道理あり、一端に執定すべからず。およそ一爻発動して変ずるは、道理は京房の法に合し、《海底眼》中の五章六親変法の断語を用いうるにして、「父化父兮文不実」の類のごとき、これを試みれば応えざるなし。宗廟爻と雖も、変法を用いて断ずるも同じなり。およそ乱動の爻の変化は、道理は則ち《周易》に合し、須らく動爻と変爻とを各々五行相生相剋および長生十二宮に按配して、乃ち休咎を決断すべく、切に再び五章変法のあの套の書本を用いて推すことなかれ。

且如夫占妻病,子月甲午旬辛丑日卜得豫之小過,此卦用爻持世,忌神雖動化絕在申,本當有救,誰知海底眼中所犯兄化官兮休下狀,占病難醫須見哭,後至癸亥日兄弟絕處逢生果然命盡,可應此言也。當日又一人占妻病卜得豫之恆卦,此卦有兩爻發動,巳火子孫變成亥水父母,卯木兄弟又變酉金官鬼,內有二爻動者,故不准兄化官兮休下狀,占病難醫須見哭,反取兄弟化為沖剋不能剋制財爻,後至丙午日才遇生扶,妻病全好,此將生克定之,故此亂動不可將京房書斷,卻宜細詳。

例を挙げて曰く、夫が妻の病を占うに、子月甲午旬辛丑日に豫卦を占得して小過卦に変ず。この卦は用神持世にして、忌神発動すと雖も申金の絶地に化す。理に照らせば応に救あるべし。不図りて正に《海底眼》の「兄化官兮休下状、占病難医須見哭」に犯す。後に癸亥日に至り、兄弟爻は絶処に逢生し、妻は果して身亡せり。恰恰この断語に応えたり。同日また一人の妻の病を占う者ありて、豫卦を占得して恒卦に変ず。この卦は両爻の発動あり。巳火子孫は亥水父母に変じ、卯木兄弟はまた酉金官鬼を変出す。卦中に両爻の同動あるをもって、便ち再び「兄化官兮休下状、占病難医須見哭」のあの句の断語を套すべからず。而して兄弟の卯木の酉金を変出して反って自身を沖剋するを看るべし。兄弟は制せられて財爻を剋し動かさず。後に丙午日に至り財爻は生扶を得て、妻の病は完全に好し。これは生剋に按じて断ぜるなり。故に卦中乱動の時は、京房のあの套の書を拿りて直断すべからず。務めて細々に分辨せよ。

世與卦身專主非可輕言,旺與動象司權當為重論。凡占諸事,先察世爻。次評身象。世者一卦之主,身者作事之人,故宜旺不宜衰,喜生不喜克,又取旺相及發動之爻。世權最重,遇吉則吉,逢凶則凶,凡休囚安靜之爻,縱有三扶亦不能及其旺動之爻也。

世爻と卦身とは各々専主あり、軽易に断言すべからず。旺相の爻と発動の爻とは実権を掌握し、更に着重して論ずべし。およそ各様の事を占うに、先ず世爻を看、次に卦身を評す。世爻は一卦の主、卦身は辦事の人にして、故に皆旺に宜しく衰に宜しからず、生を喜び剋を喜ばず。同時にまた旺相と発動の爻とを取りて看よ。世爻の権分最も重く、吉神に遇えば便ち吉、凶神に逢えば便ち凶なり。およそ休囚にしてまた安静の爻は、縦い三重の生扶ありとも、一個の旺相発動の爻に及ばず。

吉內藏凶非是吉,凶中有吉不為凶。且如卦內用神發動元神旺相又無忌神者,乃大吉之卦也,豈知用爻化出忌神日辰剋制元神,或卦變反吟伏吟及墓絕者,便為吉處藏凶也。又如主象休囚忌神發動,本作凶推,豈知日月生助用爻,或主象變為生旺,忌神之為沖剋死絕者,便為以凶化吉也。

吉象の裏面に凶機を暗藏せば、便ち吉と算うべからず。凶象の裏面に生機を含めば、また凶と算うべからず。たとえば卦中の用神発動し元神旺相にして、また忌神なければ、本は大吉の卦なり。いかんぞ知らん用爻は自ら忌神を化出し、あるいは日辰の往きて元神を剋制し、あるいは卦の変じて反吟・伏吟および墓絶と為る。これを「吉処に凶を蔵す」と称す。また用神休囚にして忌神発動するがごときは、本は凶と断ずべし。いかんぞ知らん日月は正に用爻を生助し、あるいは用神の生旺の地に変じ、あるいは忌神の沖せられ剋せられて死絶に落つ。これを「凶を化して吉と為す」と称す。

假令木為用象水作元神,金為忌客,土是仇人,仇人者,我去傷他何以為仇也,所凶此土向被木傷,無能抵敵,不過暗中妒忌,逢金即生,見水即克,陰中報復之類,故曰仇人也,凡事逢之,無不為禍。如忌神不動者,仇人縱發難以為殃。木為用象,卦中金動土亦動者,禍不可當,但逢水又發動,正所謂貪生忘克,其福更加。又如木土皆不動獨受金傷,如得火興,金遭火克,此木又不受其制;其除火土金水四用神者仿此推詳。

仮に木をもって用神と為せば、水は即ち元神、金は忌神、土は便ち仇神なり。いわゆる仇神は、我が往きてこれを剋傷するに、それいかんぞ反って仇家と成るや。そもそもこの土は向來木に剋せられて、正面の抵抗するに力なく、只だ暗中に妒恨するのみ。金に碰えば往きて金を生じて忌神を助長し、水に碰えば往きて水を剋して我が根源を断つ。暗地の報復の類に属す。故に仇神と称し、凡事これに遇えば禍を生ぜざるなし。もし忌神動かざれば、仇神縦い発動すとも殃を為し難し。木をもって用神と為すの時、卦中に金動し土また動かば、禍害抵当すべからず。但し同時に水爻発動せば、金は便ち水を生ずるを貪着して木を剋するを忘れ、正にいわゆる「貪生忘剋」にして、福気は反って更に増す。また木・土皆動かざれば、用神は単独に金の傷る所を受くるも、只だ火爻の興起あらば、金は火に剋されて、この木はまたその制約を受けず。木を除く以外に、火・土・金・水の四者の用神と作る時は、皆この道理に照らして推詳せよ。

且如丑月辛丑日來問見官,卜得坤之剝卦,此卦子孫持世發動,更得日月生扶本為佳兆,豈知子化官兮防禍患,占病憂疑盡不如,以後參官果受其累,正所謂吉處藏凶也。又如問進學,巳月甲寅日需之兌卦,此卦子孫持世發動,兄又交重,經云:兄弟雷同難上榜,子孫如動不榮昌,更怪卦無文書,焉能及第?誰知兄弟雖動被日辰剋制,縱有子興亦被日辰沖破,此兄子二爻皆無忌也。況月建文書伏在二爻長生之下,更喜官爻值日竟人泮宮之首,亦所謂凶中有吉也。

例を挙げて曰く、丑月辛丑日に或る人の官長に謁見する事を問うに、坤卦を占得して剥卦に変ず。この卦は子孫爻持世にして発動し、また日辰・月建の生扶を得、本は好兆頭なり。不図りて「子化官兮防禍患、占病憂疑尽不如」の一條に犯す。後に往きて官長に参見し、果して牽累を受く。これ正に「吉処に凶を蔵す」なり。また進学考試を問うに、巳月甲寅日に需卦を占得して兌卦に変ず。この卦は子孫持世にして発動し、兄弟爻また交重す。経書に「兄弟雷同なれば上牓し難く、子孫如く動けば栄昌せず」と曰う。しかも卦中に父母文書爻なければ、いかんぞ考中せんや。いかんぞ知らん兄弟爻は動くと雖も日辰寅木に剋住せられ、子孫爻も動くと雖も日辰に沖破せられて、兄・子の両爻は皆忌に足らず。しかも月建は正に父母文書にして、二爻の長生の下に伏し、更に官爻の日に値るを喜ぶ。此人竟に第一名をもって学宮に進みたり。これ亦いわゆる「凶中に吉あり」なり。

太歲乃一年之主,時辰掌頃刻之權。日主宣威於一日,遠近皆徒;月將出令於三旬,往來咸服。太歲乃帝君之星,占久遠大事者不可不用,如問目前小事不必論之。凡時辰之爻,基中或有用處,問當日事情卻宜細辨,但不管次日之事也。年月日時四建惟重日辰,日乃君主之爻,豈止旦夕之事,數月之間吉凶無不應驗,況為六爻之主宰,其力非輕。凡值日之爻縱變沖剋墓絕,亦不受其害也。雖遇月建來傷,當日無咎過後成凶。

太歳は一年の主宰、時辰は一刻の間の権柄を掌管す。日辰は一日の内に威権を宣暢し、遠近の事皆その調遣を聴く。月建は三十天の裡に号令を発し、往来の事服せざるなし。太歳は譬えば帝君の星のごとく、長遠の大事を占うるに用いざるべからず。もし眼前の小事を問わば、これを論ずるを必とせず。時辰の爻に至りては、その中に偶また用いる処あり、当日の事を問えば仔細に分辨すべし。但し第二天の事を管する能わず。年・月・日・時の四建の中、唯だ日辰をもって最も重しとす。日辰は君主の爻にして、豈に早晚の事を管するのみならんや。数月の内の吉凶、応えざるなし。しかも六爻の主宰にして、力量決して軽微にあらず。およそ当に日辰に値る爻は、縦い沖・剋・墓・絶を変出すとも、その害を受けず。月建の来たりて傷るに遇うと雖も、当日は咎害なく、この一天を過ぎて乃ち凶に転ず。

月乃萬卜之提綱,能管往來之禍福,用象如臨月內,永遠亨通,如值忌神,始終坎坷。縱被日辰沖剋,不過當日為殃,改日無咎。凡此四建各有所專,時辰管一日之吉凶,日主管一月之禍福,月建管一年之得失,太歲管永遠之榮枯。又察情之重輕事之遠近,活變推洋不可性一。

月建は一切の占卜の提綱にして、過去と将来の禍福を管しうる。用神もし正に月建に臨めば、長久亨通す。忌神もし月建に臨めば、即ち始終坎坷なり。月建に臨むの爻、縦い日辰に沖剋せられど、過ぎず当天に殃を受くるのみ。一天を換えれば妨礙なし。この四建は各々専管あり。時辰は一天の内の吉凶を管し、日辰は一個月の内の禍福を管し、月建は一年の内の得失を管し、太歳は長遠の榮枯を管す。これ以外にまた事情本身の軽重、時間の遠近を察看し、活霊に変通して推断し、一端に死守すべからず。

且如問當日求財,戌月丁亥日巳時卜得蒙卦安靜,此卦六位無財,所喜本宮金財伏於四爻土下,飛能生伏,便言有財,還怪用爻不透,直待酉時值財當得。又如此月此日問月內何日得財?亦占蒙卦,待後丁酉日果得財也。凡問何日者,須看日辰為主,不可以時辰定之。

例を挙げて曰く、当天に財を求めうるか否かを問うに、戌月丁亥日巳時に蒙卦を占得し、六爻安静なり。この卦は六の爻位に皆財爻なし。喜ばしきは本宮の金財は四爻の土の下に伏し、飛神の土は伏神の金を生じうるをもって、即ち財ありと断ず。只だ用爻の未だ透出せざるを嫌い、須らく酉時の財爻当値を待ちて乃ち手に到らん。また同月同日に或る人この個月の裡のいかなる日か財を得んを問うに、亦蒙卦を占得し、後の丁酉日に至り果して財を得たり。およそいかなる日か事に応ずるを問うは、須らく日辰をもって主と為し、時辰を拿りて定むべからず。

又如問遠路行人,妻占夫本年內何月到,酉年卯月乙酉日卜得旅卦,此卦六位無官,喜本宮亥水伏在申金之下,官賴財生,年中必到,但嫌用爻不透,日下未回,直待本年十月內甲寅日官臨月建,又得日辰沖飛合伏,其夫準到。又如妻占夫出外多年,要知何年返舍?此月此日亦得旅卦,便言亥年方到,不可將亥月推之,果然己亥年正月到家,應此理也。故看卦之法,須審來情,活變斷之無誤也。

また遠路の行人を問うに、妻が夫の本年の内のいかなる月か家に到らんを占うに、酉年卯月乙酉日に旅卦を占得す。この卦は六爻に官鬼なく、喜ばしきは本宮の亥水官鬼は申金の下に伏し、官鬼は財爻に倚りて生ぜられ、本年の内に必ず帰り来たらん。只だ用爻の未だ透出せざるを嫌い、眼下なお帰る能わず。直に本年十月甲寅日に至りて、官鬼亥水は正に月建に臨み、また日辰寅木の沖開する飛神申金を得、並びに伏神亥水と相合す。夫は准定して家に到らん。また妻が夫の出外多年なるを占い、いかなる年にか始めて帰り来たらんを知らんと欲するに、同月同日また旅卦を占得すれば、即ち亥年に至ると曰うべく、亥月に按じて推すべからず。後に果して己亥年正月に家に到り、正にこの道理に応えたり。故に卦を看るの法は、必ず先ず来人の求むる情由を問清し、活霊に変通して断じて、始めて出錯せざらん。

月卦者,作事之身,官鬼者,求謀之主。卦內無身,百樣事情無定向;爻中少鬼,萬般謀作總空虛。卦動二身,事知疊疊;爻興兩鬼,禍至重重。官爻不動不空,勝心之美;身象不沖不陷,如意之歡。

月卦身は辦事の人を代表し、官鬼爻は事情を謀求するの主腦なり。卦中に卦身なければ、百様の事情皆定向なし。爻中に官鬼を缺けば、万般の謀劃終に落空と帰す。卦中もし両個の卦身の発動あれば、事情必ず重重叠叠なり。爻中もし两重の官鬼の興起あれば、禍患もまた踵を接して来たらん。官爻既に発動せずまた空に落ちざれば、称心の美事なり。卦身既に沖せられずまた空に陥らざれば、便ち如意の楽あり。

月卦按陰陽之理一卦之尊,故為所作之身也。卦若無身,事無定向。如卦有二身皆動,事繫兩情或更兩度,必然重疊,若值空亡,禍福皆不實也。如卦身不空不破者,又得生旺之鄉,無不如意。復論鬼爻能助文書能克兄弟,故為主也,凡人間所重者錢財也,最嫌兄弟來傷,若卦無官鬼,兄必專權,財遭耗散,事必空虛,須待官來制兄,財能積聚事又可成。若卦內兩官皆動又化出官爻,更得日月幫比禍起多端殃來不息,只有官宦遇之連升數級,必主重重遷轉也。惟官爻宜靜不宜動,宜透不宜空,若在卦不沖不陷者,事事皆亨。

月卦身は陰陽の理に按じて定め出せる一卦の尊にして、故にこれを拿りて辦事の身と作す。卦もし身なければ、事情便ち定向なし。もし卦中に両個の身ありてしかも皆発動せば、事情便ち両方の情面に牽涉し、あるいは反復両次を要し、必ず重叠繁複なり。もし卦身の空亡に落つれば、禍もよし福もよし皆落實せず。卦身既に空ならずまた破せられず、また生旺の地に処れば、即ち如意ならざるなし。さらに官鬼爻を曰えば、それは父母文書を生助し兄弟を剋制しうるをもって、故に謀事の主と為す。人間に最も看重せらるるは錢財にして、最も怕るるは兄弟爻の来たりて劫奪するなり。卦中もし官鬼なければ、兄弟必ず専権して錢財は耗散に遭い、事情自然に落空す。須らく官鬼の来たりて兄弟を制住するを待ちて、財乃ち積聚し起こり、事もまた辦成しうる。もし卦中の两重官鬼皆動き、また官爻を化出し、さらに日月の帮扶比助を得れば、即ち禍端百出・災殃不断なり。唯だ官を為る人のこれに遇うは、反って数級を連升することを主し、必ず屡屡升遷せん。要するに官爻は静に宜しく動に宜しからず、透出に宜しく落空に宜しからず。只だ要するに卦中に沖せられず空に陥らざれば、事事皆亨通す。

出行動土及遷移,官空反吉;孕育田蠶兼六畜,鬼動成凶。官鬼之爻,萬事之主,惟有出行、行人、遷移、動土、改造、生產、田蠶、六畜,無鬼大吉,空則亦然,如鬼動大凶也。日帶凶神發動,長者之殃;時臨惡煞交重,少丁之厄。陽動憂於男子,陰與禍及女人。日辰為尊長,時辰為卑幼,陽爻為男子,陰爻為女子。看那爻臨官鬼並凶煞動者,便知誰人有患。且如問家宅,那時卜得損卦二五爻動,此卦二爻官鬼屬陽,正值時建動,便斷兒童有病,又五爻屬陰雖動而不帶官爻凶煞,故不斷女人之疾。凡有爻動不帶官鬼者,不可言病也。

出行・動土および遷移の類の事を占うに、官鬼の空に落つるは反って吉なり。懷孕生育・田禾蠶事および六畜を占うに、官鬼一たび動けば便ち凶と成る。官鬼爻は本は万事の主腦にして、唯だ出行・行人・遷移・動土・改造・生産・田蠶・六畜の幾類は、卦中に鬼なきが反って大吉、鬼爻の空に落つるも同じく是れ吉なり。もし鬼爻発動せば、即ち大凶なり。日辰の凶神を帯びて発動するは、家中の長輩の殃に遭うを主す。時辰の惡煞を帯びて交重発動するは、小児の厄あるを主す。陽爻の発動は憂男子に在り、陰爻の発動は禍女人に及ぶ。日辰は尊長を代表し、時辰は卑幼を代表し、陽爻は男子を代表し、陰爻は女子を代表す。いずれの爻か官鬼並びに凶煞に臨みて発動するを看て、即ち誰の災あるかを知る。たとえば家宅を問うに、某時に損卦を占得し、二爻と五爻発動す。この卦は二爻の官鬼は陽に属し、また正に時建に当たりて動けば、便ち小孩の病あるを断ず。五爻は陰に属して動くと雖も、官鬼凶煞を帯びざれば、故に女人の疾あると断ぜず。およそ爻の発動ありて官鬼を帯びざるは、皆疾病と説成すべからず。

父動,子孫僧道克,蠶畜無收。父空,尊長屋船虧,文書不就。父母為尊長,不宜發動,動則能傷卑幼,兼克僧道、春蠶、六畜等件,如兄弟又動者,生助子孫亦不相剋。若財又動者,本爻自受其傷亦不克子也。父爻又不宜空,空則文書不就,並傷尊長、舟船,房屋之類也。

父母爻の発動は、則ち子孫と僧道とを剋傷し、蠶事六畜もまた收成なし。父母爻の空に落つるは、則ち尊長・房屋・舟船の損あり、文書の事は辦成せず。父母は尊長を代表し、発動に宜しからず。一たび動けば即ち卑幼を傷り、同時に僧道・春蠶・六畜の一類に剋到す。但しもし兄弟爻も動かば、兄弟は通関して子孫を生助し、父母もまたこれを剋するに及ばず。もし妻財爻も動かば、父母自身先に財に剋され、また子孫を剋する能わず。父爻また空に落つるに宜しからず。空に落つれば則ち文書成り難く、并且尊長および舟船・房屋の一類を損傷す。

兄動,妻災奴僕患,資財耗散事無成。兄空,友絕弟兄亡,家業清安兒少育。兄弟為奸詐之神,故不宜動,動則有傷妻妾、弟婦、嫂、僕、俸祿、貨物等件,並耗資財。若子又動亦不然,或子靜鬼又動,本象自遭鬼克,豈得傷財?兄爻亦不宜空,空雖家道清安,又主兒孫欠旺,並妨弟兄朋友也。

兄弟爻の発動は、妻子に災あり奴僕に患あり、錢財耗散し事情成り難し。兄弟爻の空に落つるは、則ち朋友斷絶し弟兄凋零し、家道清靜平安なりと雖も、子嗣は養育し難し。兄弟は奸詐の神にして、故に発動に宜しからず。一たび動けば即ち妻妾・弟媳・嫂嫂・奴僕・俸祿・貨物これらを傷り、并且資財を耗散す。もし子孫爻も動かば、兄弟は轉じて往きて子孫を生じ、此のごとくなるに至らず。あるいは子孫安静にして官鬼発動せば、兄弟自身先に鬼に剋され、またいかんぞ財を傷ることを得んや。兄爻もまた空に落つるに宜しからず。空に落つれば家道清安なりと雖も、また兒孫の旺ならざるを主し、并且弟兄朋友を妨礙す。

子動,夫傷官職退,民間有廢無殃。子空,兒損畜蠶虛,朝內少賢多奸佞。子孫為至吉之神,動則朝無奸佞,民有禎祥,多生兒女,廣獲財源。惟有占官職並問夫病,亦不宜動也。此爻又不宜空,空則兒孫受害,蠶畜虛浮,問功名及夫病者,遇空反吉。

子孫爻の発動は、丈夫受傷し官職退落し、百姓の一邊に在りては則ち只だ事の廢弛あるも大殃なし。子孫爻の空に落つるは、兒女受損し六畜蠶事落空し、朝廷の中に賢臣少なくして奸佞多し。子孫は最吉の神にして、発動すれば則ち朝中に奸佞なく、民間に祥瑞多く、家中に兒女を多く生じ、財源を廣開す。唯だ官職を占うおよび妻の夫の病を問うは、それ発動に宜しからず。この爻もまた空に落つるに宜しからず。空に落つれば則ち兒孫害を受け蠶畜虚耗す。但し功名を問いおよび夫の病を問う人は、子孫の落空に遇うが反って吉なり。

財動,椿萱受害,文事難園。財空,妻僕遭屯,利資絕望。妻財為財利之神,在相不宜動,動則文書不就,舉狀無成,兼傷尊長之新,又損田、車,房屋,加鬼動則不然。財爻又不宜空,空則虧傷資本兼損妻奴,又傷財帛。

妻財爻の発動は、父母雙親害を受け、讀書應試の事は圓滿し難し。妻財爻の空に落つるは、妻子奴僕困頓に遭い、利を求め財を謀るも絕望なり。妻財は財利の神にして、即便ちその気あるの時に当たるも発動に宜しからず。一たび動けば便ち文書をして成らず、投状功なく、同時に尊長を傷り、また田産・車輛・房屋を損す。但しもし同時に官鬼発動して通関せば、此のごとくなるに至らず。財爻もまた空に落つるに宜しからず。空に落つれば則ち本錢虧折し、兼ねて妻室奴僕を損じ、錢帛もまたこれに隨いて傷を受く。

官動則有妨手足,病訟將萌。官空則有犯夫君,功名未遂。官鬼為禍殃凶惡之神,世上官災火盜,無鬼不為。發動則有傷兄弟兼作禍殃,又不宜空,空則功名不顯,夫主有虧,諸般謀事少成,家資耗散,此爻不動不空,便為佳矣!

官鬼爻の発動は、則ち兄弟手足を妨害し、疾病と官司と將に萌生せんとす。官鬼爻の空に落つるは、則ち丈夫に損あり、功名もまた成就し難し。官鬼は禍殃凶惡の神にして、世上の官非・火災・盗賊、一様としてその作す所にあらざるなし。それ一たび発動すれば即ち兄弟を傷り、兼ねて禍殃を生ず。然るにそれまた空に落つるに宜しからず。空に落つれば則ち功名顕れず、丈夫虧あり、諸般の謀事成り難く、家財耗散す。この一爻は発動せずまた空に落ちざるが、乃ち最好なり。

先道六親空與發,次陳六獸動和沖。龍為良善清高喜氣利名之兆。甲乙為青龍,其神屬木名東方春季得令,應甲乙寅卯之日所主,屋宅之左轎要毒觀舟車貴宦、僧道、嫁娶喜慶善事生育、竹木青緣、發作,此神若遇動處,無不為祥,縱帶凶神惡煞亦不為歇,病遇得和病遇得解,問喜即成、問財即得,但不宜沖,沖則其神失半,又不宜空,空則永無嘉兆也。凡月建青龍與戊辰青龍同斷。書云:卦中吉將號青龍,作事求財喜氣濃,名則嫁娶皆遂意,假饒憂事也無凶。

先ず六親の落空と発動とを講じ、次に六獸の發動と被沖とを講ず。青龍は善良・清高・喜慶および名利の兆を主る。甲乙日に青龍を起こし、此の神の五行は木に属し、位は東方に在り、春季令に当たり、甲乙寅卯の日に応ず。その主る所は住宅の左邊、および車轎舟船・顯貴官宦・僧道・嫁娶喜慶・行善生育・竹木青色の一類の事物なり。青龍もし動爻の上に落つれば、吉祥ならざるなし。縦い同時に凶神惡煞を帯びるも至て事を壊らず。病を占いてこれに遇えば則ち病は調和化解を得、喜事を問えば成り、錢財を問えば得。只だそれ沖せらるるに宜しからず。一たび沖せられれば此の神の力量便ち半を折り去られん。また空に落つるに宜しからず。空に落つれば即ち再び佳兆なし。およそ月建の上に起こる青龍は、日辰の上に起こる青龍と斷法同じ。書上に曰く、卦中の吉將を青龍と叫び、事を作し財を求めば喜氣濃く、功名嫁娶皆意に遂い、縱い憂事あれども凶と成らず、と。

蛇主虛浮、驚恐憂疑怪夢相於。己上為戊土,其神為赤,無正位,故戊土之,次附勾陳,應戊己辰戌丑未之,其遇主出路繩索粘帶纏綿怪異夢寐火虛驚哄詐自己赤色自件,月建騰蛇與日騰蛇同動,則概事不寧,空則武辰傳神書云:騰蛇終是有憂驚怪夢邪魔恐見侵舉相,女人多遂、退安然,守靜始清平。

騰蛇は虚浮不實・驚恐・憂疑および怪夢の一類を主る。戊己日に騰蛇を起こし、此の神は戊土に寄し、その色赤く、五方の中に正位なきをもって、故に勾陳の後に附し、戊己辰戌丑未の日に応ず。その主る所は出路・繩索・牽連纏繞・怪異夢寐・火光・虚驚・哄騙欺詐および赤色の一類の事物なり。月建の上の騰蛇と日辰の上の騰蛇と一同に發動すれば、諸事皆安寧を得ず。騰蛇の空に落つれば、虚驚の事は便ち自ら消散す。書上に曰く、騰蛇終に憂驚を帶來し、怪夢邪魔常に來り相侵し、女人の事多く稱遂し、退讓守靜して始めて清平を得、と。此の條の底本文字は訛脫較多く、只だ大意に就きて通讀するのみ。

朱雀宜音信文章,又作祝融詞訟。丙不淺坎省江神婦伏臨南方夏季得令,應丙丁巳午之日,所主星宅之前應灶吉燭熱災宜敕文書契券公訟音信鬧鬧焦緊乾旱女產安舌朱紫等件,月朱雀與日朱雀同動,則事事皆興,空則八般減滅,書云:朱雀臨爻卦上來,文書發動事難諧,發訟欠光並口舌,求謀交易盡心隙。

朱雀は音信と文章とを主り、また火災と詞訟とを主る。丙丁日に朱雀を起こし、此の神は火に属し、位は南方に在り、夏季令に当たり、丙丁巳午の日に応ず。その主る所は住宅の前方、および爐竈・燈燭・火熱の災・文書契券・公事訟詞・音信喧鬧・焦躁乾旱・婦人生産・口舌是非・朱紫顏色の一類の事物なり。月建の上の朱雀と日辰の上の朱雀と一同に發動すれば、これらの事は件件に興起す。朱雀の空に落つれば、各般の事皆これに隨いて減弱消滅す。書上に曰く、朱雀爻上に臨み卦に來れば、文書發動して事諧し難く、訟を興して利を失い口舌を添え、謀を求め交易し盡く嫌隙を生ず、と。此の條の底本文字は訛脫較多く、只だ大意に就きて通讀するのみ。

白虎利武官,胎產,況招喪服血光。庚辰為白喜其神屬金,居西方,秋季得令,應庚辛申酉之日,所主屋宅之右、金玉瓦石刀兵殺戮喪服凶禍哭泣血光生產卒青龍素等件,大白虎與小白虎同動,則諸般不吉。空則產孕動生。書云:白虎爻驚事不祥,多招疾病亦災殃見血,強作有孝服關防謀害及爭剛。

白虎は武官と胎産とに利あり、然れども喪服と血光とを招く。庚辛日に白虎を起こし、此の神は金に属し、位は西方に在り、秋季令に当たり、庚辛申酉の日に応ず。その主る所は住宅の右邊、および金玉瓦石・刀兵殺戮・喪服凶禍・哭泣血光・生産・素白の色の一類の事物なり。月建の起こす大白虎と日辰の起こす小白虎と一同に發動すれば、諸般の事情皆不吉なり。白虎の空に落つれば、孕産は反って順遂し易し。書上に曰く、白虎爻に入りて驚恐不祥を主り、多く疾病災殃を招き併せて血光を見、須らく孝服を防ぎ、また須らく他人の謀害と爭強鬪狠とを隄防せよ、と。此の條の底本文字もまた訛誤あり。

勾陳是田土公差墳塋遲滯。戊人為勾陳吉神屬中央,則春季月當令,應戊己辰戌丑未之日,所主屋宅之中。州郡城廓田土墳墓陰晦垣塘隱伏遲滯堆垛伏尸蠱毒山林埋藏公差黃色等件,大勾陳與小勾陳同動,則事見遲留,空則田禾不利。書云:勾陳事事主勾留遁悶遲疑未罷休。若乃求官官未至,望求財物亦難過。

勾陳は田土・公差・墳塋および遲滯を主る。戊日に勾陳を起こし、此の神は土に属し、位は中央に在り、四季月令に当たり、戊己辰戌丑未の日に応ず。その主る所は住宅の中央、および州郡城郭・田土墳墓・陰晦・牆垣池塘・隱伏遲滯・堆垛・伏尸蠱毒・山林埋藏・公差および黃色の一類の事物なり。月建の起こす大勾陳と日辰の起こす小勾陳と一同に發動すれば、事情便ち遲延停留を見る。勾陳の空に落つれば、田禾利あらず。書上に曰く、勾陳は事事勾連滯留を主り、煩悶遲疑して罷休を肯ぜず。もし是れ官を求めれば、官職遲遲として至らず。財を求めるを指望すれば、財物も亦手に到り難し、と。

玄武乃陰人盜賊水利奸邪。壬癸為玄武,其神應水居北方,冬季得令,事應壬癸亥子之日,所主屋宅之後陰雨江海池井坑廁溼潤賊盜小人除私姦淫闇昧隱神隨眙堅吝玄黑等件,大玄武與小玄武同動,則人事不安,空則江河枯竭。書云:玄武原來是暗神,逃亡淫盜每相侵,求則難托終無實,賭埔交關不稱情。

玄武は陰私の人・盜賊・水利以及奸邪の事を主る。壬癸日に玄武を起こし、此の神は水に属し、位は北方に在り、冬季令に当たり、壬癸亥子の日に応ず。その主る所は住宅の後方、および陰雨・江海池井・坑廁・潮濕・賊盜小人・隱私奸淫・曖昧不明・慳吝・玄黑の色の一類の事物なり。月建の起こす大玄武と日辰の起こす小玄武と一同に發動すれば、人事便ち安寧を得ず。玄武の空に落つれば、便ち江河の枯乾するがごとく、陰私の事は生發に由なし。書上に曰く、玄武は元來暗昧の神にして、逃亡と淫盜と常に來り相侵し、請託する所有るも終に不實に歸し、賭博交易皆心に稱わず、と。

以上所論大六神者,即月建六神也,各有起例開後,六青龍正月從寅上起順行十二位是也。大朱雀正月巳上起順行十二位。大勾陳正月從丑上起順行十二位。大騰蛇正月從辰上起順行十二位。大白虎正月從申上起順行十二位。大玄武正月從亥上起順行十二位是也。

以上に講じたる大六神は、即ち月建に按じて起こる六神にして、各々起例あり、後に開列す。大青龍は正月寅位に起こり、十二位を順行す。大朱雀は正月巳位に起こり、十二位を順行す。大勾陳は正月丑位に起こり、十二位を順行す。大騰蛇は正月辰位に起こり、十二位を順行す。大白虎は正月申位に起こり、十二位を順行す。大玄武は正月亥位に起こり、十二位を順行す。いわゆる順行十二位は、即ち正月は起例本位に落ち、二月は一辰を進め、依次順數して十二月に至るまでなり。

龍往巫山半為吉斷,虎行南地稍作凶推。土中玄武賊輕,防木內勾陳田欠熟,雀墮江湖官司易解,蛇游草木怪夢反成。青龍屬木,遇水為恩,若值金爻非為全吉。白虎屬金,遇土傳加橫勢,若應午地,不為大凶。玄武屬水,遇金傳盛,如居土位,盜賊稍防。勾陳屬土,遇火添威,若在木爻,田禾欠熟。朱雀屬火,見木增光,若入水中,訟當息滅。騰蛇雖附土中,本原屬火,通水難傷,逢木不克,故為妖怪之星也。

青龍の金爻の地に落つるは、只だ半吉と算するのみ。白虎の南方火地に行到するは、凶意便ち減輕す。玄武の土爻の上に落つるは、賊患輕し。須らく勾陳の木爻の上に落つるを隄防せよ。その年の田禾便ち收成を欠かん。朱雀の江湖水中に掉進するは、官司了結し易し。騰蛇の草木の間に游走するは、怪夢反って生出せん。青龍は木に属し、水生ずるに遇えば便ち恩なり。もし金爻の上に落ちて剋を受けば、全吉と算せず。白虎は金に属し、土の來り生ずるに遇えば更に橫暴の勢を添えん。もし午火の地に應じて剋せられれば、大凶と成らず。玄武は水に属し、金の來り生ずるに遇えば氣勢更に盛んなり。もし土位の上に落ちて制せられれば、盜賊の事は只だ略々隄防を加えんのみ。勾陳は土に属し、火の來り生ずるに遇えば更に威風を添えん。もし木爻の上に落ちて剋せられれば、田禾便ち欠收せん。朱雀は火に属し、木の來り生ずるを見れば更に光焰を増さん。もし水中に落入して剋せられれば、訟事は即ち平息すべし。騰蛇は土中に附すと雖も、本原は火に属す。水に遇うも傷り難く、木に逢うも剋し及ばず。故にそれは專ら妖異怪誕を主る星なり。

旺相則吉凶來速,休囚則禍福行遲。吉凶二字臨生臨旺方來,故旺相而速。休囚之爻目前未發,待後生旺之日言見。吉凶遠則取月,近則取日,活變推之永無差錯。動則有變有更,空則無憂無喜。凡爻動必有改更,山動則自己之變,應動則他人之變,財動不聚,鬼動不寧,父動費力,兄動不成。子爻若動不利功名。凡爻神休囚空者,此同卦無此爻也,吉不為喜,凶不成憂。

爻旺相なれば、吉凶の來ること快し。爻休囚なれば、禍福の來ること慢し。吉凶は須らく爻の長生に臨み帝旺に臨むの時を待ちて始めて到る。故に旺相なれば應じること快し。休囚の爻は眼下發出し得ず、日後生旺の日を待ちて始めて分曉を見ん。應期遠きは月に按じて取り、近きは日に按じて取る。活霊に推算すれば永く出錯せず。爻一たび發動すれば便ち變化更改あり。爻もし空に落つれば既に憂もなく喜もなし。およそ爻發動すれば必ず更改あり。世爻動けば、自己這邊の變卦なり。應爻動けば、對方那邊の變卦なり。財爻動けば則ち錢財聚まらず。鬼爻動けば則ち家宅寧ならず。父母爻動けば則ち事事力を費す。兄弟爻動けば則ち事情成らず。子孫爻もし動けば則ち功名に利あらず。およそ爻既に休囚また空に落つるは、卦中に根本に此の一爻なきに等し。吉も喜ぶに値せず、凶も憂うるを必とせず。

長生與帝旺,遠日興隆。冠帶興臨官,近時茂盛。用爻值長生帝旺之中,並不受他爻傷克,非管一時之吉兆,尤關遠歲之亨通,忌神遇此過不可當。冠帶臨官二位。遠則主三四月之吉凶,近則主三四日之禍福。

用爻の長生・帝旺の位に坐するは、日後長久興隆を主す。冠帶・臨官の位に坐するは、近期一段の興旺を主す。用爻もし長生・帝旺に値し、また別の爻の傷剋を受けざれば、即ち只だ一時の吉兆ならず、更に長遠年歲の亨通に關係す。反って忌神もし此の兩處に坐せば、禍を爲すも抵當すべからず。冠帶・臨官の兩位は力量稍や次ぐ。遠きは三四個月の内の吉凶を主り、近きは三四天の内の禍福を主る。

衰病半凶之禍,受克全凶。胎養半吉之祥,得生全吉。自古成功者退故為衰,初洩氣時故為病,此二爻不可便為凶兆也,如再得生扶者,復有用處,比旺相同,如遭剋制便為不祥。論五行之氣,旺而衰,衰而病,病而死,死而基,墓而絕,絕而復轉為胎,胎既成而為養,養後又起長生,此乃周而復始之道也。胎養二爻相近長生,故有半吉。細辨胎不如養,養力更加,如再得扶助者,與長生彷彿也,如逢克破仍不為祥。

用爻の衰・病の位に坐するは、只だ半凶の禍のみ。もし再び剋を受けば、即ち全凶なり。胎・養の位に坐するは半吉の祥なり。もし再び生を得れば、即ち全吉なり。自古功成りて身退く。故に「衰」と叫ぶ。始めて泄氣す。故に「病」と叫ぶ。此の兩位は一見すれば凶兆と斷作すべからず。もし別に生扶を得れば、仍舊用あり、旺相と差不多し。もし剋制に遭えば、纔めて不祥と算す。五行の氣の流轉を論ずれば、旺極して衰、衰して病、病して死、死して墓に入り、墓して絕、絕盡くる處また轉じて胎と爲り、胎成りて養と爲り、養過ぐの後再び長生を起こす。これ即ち周而復始の道理なり。胎・養兩位は長生に靠近す。故に半吉と算す。細分すれば胎は養に如かず、養の力量更に強し。もし再び扶助を得れば、長生と差不多し。但し剋破に遇えば、仍舊吉祥と算すべからず。

墓庫但逢沖破,若動若興。死絕不遇生扶,如無如陷。凡爻神入墓者,便曰暗藏,吉凶未應。其墓如得沖開透出,此象猶如不墓者也,且如問出行?戌日占得既濟之屯卦,正是世變入墓。經云:遠行世墓身難動,豈知戌日沖開辰墓,透出水爻,故當日中時得行也。

墓に入るの爻は只だ沖破に遇えば、重新發動・重新興起するに等し。死絕の爻もし生扶を得ざれば、卦中にそれなきに等しく、落空に等し。およそ爻神の墓に入るを「暗藏」と叫び、吉凶一時應せず。あの墓もし沖開せられて爻を透出せしめば、此の爻は便ち不曾に墓に入らざると一樣なり。たとえば出行を問うに、戌日に既濟卦を占得して屯卦に變ず。正に世爻の墓地に變入し、經書に「遠行世墓身動き難し」と曰う。いかんぞ知らん占日戌土は正に辰土の墓を沖開して、水爻を透出せしむ。故に当天中午に即ち動身して走り成りたり。

死絕二爻各有分辨,死處還輕,絕中尤重,死象救而還易,絕爻生起尤難。救死不論陰陽,三象扶助回生。救絕須得寅申巳亥之爻,遇之有用。且如問借物?丙子日卜得否之遁卦,此卦財爻發動持世,所嫌化絕在申,故未能得,雖有當日水難生絕木,直待丁亥日才遇絕處逢生,方得入手。死絕之象若不遇生扶者,比同無此爻也。

死と絕の兩位はなお各々分別あり。死處はなお輕しと算し、絕處は尤其重し。死象は救い回るに易く、絕爻は生じ起こすに格外難し。「死」を救うは陰陽を分かつを必とせず。只だ生扶の象の來り助くる有れば即ち回生しうる。「絕」を救うは卻って必ず寅・申・巳・亥の四個の長生の爻を得て、遇うて乃ち管用す。たとえば人に物を借るを問うに、丙子日に否卦を占得して遁卦に變ず。此の卦は財爻發動しかつ持世す。惜しむべし申金の絕地に化す。故に當時は借ることを得ず。占日に子水在ると雖も、水も已絕の木を生じ難し。直に丁亥日に至り木は亥上に長生し、纔めて絕處逢生と算し、東西これ乃ち手に到りたり。死絕の象もし生扶を得ざれば、卦中に此の一爻なきに等し。

土至酉中金至午,遇敗而無成。火臨兔上水臨雞,反生而有力。沐浴之爻又為敗論,總是一爻內有分辨,其中逢生為沐浴,遇克為敗,且如金臨午地金被火傷,豈為沐浴乃為真敗也。又如水土敗於酉內又不同,土到酉而洩氣本曰敗鄉,水行酉地逢生,當云沐浴,餘皆仿此。

土の酉に行き金の午に行くは、皆「敗」の地に遇うて一事成る無し。火の卯(兔)に落ち水の酉(雞)に落つるは、反って生を得て力あり。沐浴の位もまた「敗」の位と叫びうるも、同じ一個の位置にして、その中に卻って分辨を要す。あそこに生を得るを即ち沐浴と叫び、あそこに剋を受くるを纔めて敗と叫ぶ。たとえば金の午地に臨むは、金は火に傷らる。即ち沐浴と叫ぶ能わず、而して真の敗なり。また水と土と同じく酉位に敗と爲すも、情形卻って一樣ならず。土の酉に到るは泄氣にして、本來即ち敗鄕と叫ぶ。水の酉に行到するは卻って金の來り水を生ずるにして、即ち沐浴と叫ぶべし。その餘の五行は皆此に照らして類推せよ。

土逢巳絕不可言生,金遇巳生終難言克,此憑日月變爻而斷,非因世應動象而推。巳爻持世必傷金,巳象動興能助土。土爻臨巳日、巳月或變出巳爻,皆為絕論。又如卦內巳爻持世或動出交重,便言生土之功亦非絕也。又論金變巳爻,乃是自身化入長生,豈云傷克。但若卦中巳動能伐其金,永不作長生也。

土の巳上は本是絕地にして、生を得たりと當作すべからず。金の巳上は本是長生にして、終に剋せらると說成すべからず。この分別は日辰・月建と變爻とに憑りて斷ずべく、世爻・應爻と動爻とを拿りて推す能わず。巳爻もし持世せば、それ必ず往きて金を剋傷せん。巳爻もし發動興起せば、それ卻って土を生助しうる。土爻の巳日・巳月に遇い、あるいは巳爻を變出するは、皆「絕」に按じて論ず。然るに卦內の巳爻もし持世し、あるいは發動交重せば、即ちそれに生土の功ありと說し、また絕と算せず。さらに金の巳爻を變出するを曰えば、あれは自身の長生の地に化入するにして、いかんぞ剋傷せらると說成せんや。但し卦中に別に巳爻の發動して金を剋する來れば、即ち永遠に長生と當看すべからず。

墓庫曰藏,有刑破沖開之法。空亡日陷,有補虛填實之方。凡用爻入墓便曰暗藏,若遇刑沖即為開局。且如丑月戌日妻占天病,卜得革之困卦,此用官為主象,未土正臨月破,丑土變入辰墓,此二官皆非吉也,幸得戌日沖開辰墓透出丑官,後至申日病即愈也。凡爻值空亡便為落陷,若變為相沖或得日辰沖者,皆為補虛填實,不為空也。倘若月建來沖,名為月破,正所謂空而又空也。

墓に入るを「藏」と叫び、刑・破・沖を用いて墓を打開くの辦法あり。空亡に落つるを「陷」と叫び、虛を補い實を塡うてそれを復用せしむるの方法あり。およそ用爻の墓に入るを即ち暗藏と叫び、一旦刑あるいは沖に遇えば、墓局便ち打開かれん。たとえば丑月戌日に妻が夫の病を占うに、革卦を占得して困卦に變ず。ここに官鬼をもって用神と爲し、未土官鬼は正に月建の沖破に逢い、丑土官鬼はまた辰土の墓に變入し、兩個の官爻皆不吉なり。幸いに占日戌土は辰墓を沖開して、丑土官爻を透出せしむ。後に申日に至り病即ち好せり。およそ爻の空亡に値るを便ち落陷と叫び、もしそれ己と相沖するの爻を變出し、あるいは日辰の來り沖するを得れば、皆虛を補い實を塡うと算し、便ち空を作して看ず。倘若來りそれを沖するは月建なれば、即ち月破と叫び、正にいわゆる空上空を加うるなり。

陷叨月將生來,非為全陷;空被提綱克去,乃是真空。旺相之爻過旬方用,休囚之象到底無功,伏藏值此猶輕,出現臨之更惡。凡論空亡者,有輕重真假大不相同也,當詳月令,便見假真。若得月建生扶,只為半空,如土空正二三月,各有所辨,正月土空,寅內暗藏丙火土得絲毫生氣不作真空。又論土逢三月正當旺地,豈作空亡,雖空,主一旬不利,過後還原。惟獨土臨二月,木能克土,乃是真空,餘月仿此。如空臨旺相之鄉,旬內斷不為吉,旬外便不為空。惟獨月破之爻,縱然旺相亦藏之內,乃他宮之象,此禍尤輕,若出見空亡親卦之爻,其凶愈甚。

空に落つるの爻もし月建の來り生ずるを得れば、全然の落陷と算せず。空に落つるの爻もし月建此の提綱の剋去するを被れば、那れ纔めて真空なり。旺相の爻の空に落つるは、本旬を出れば即ち用いうる。休囚の爻の空に落つるは、到底用なし。伏藏の爻の空に落つるはなお輕しと算し、出現の爻の空に落つるは便ち更に凶なり。およそ空亡を論ずるに、その中輕重真假大いに相同じからず。月令を詳審して始めて真假を見ん。もし月建の生扶を得れば、只だ半空と算す。たとえば土爻の空に落つるは、正月・二月・三月に各々分別あり。正月土空は、寅中に丙火を暗藏し、土はなお一絲の生氣を得、真空と算せず。三月土は正に旺地に當たり、いずくんぞ空亡と算作せんや。空に落つると雖も只だ一旬不利を主り、旬を出れば即ち復原す。唯だ二月土空は、木は正に令に當たりて土を剋しうる。那れ纔めて真空なり。その餘各月は皆此に照らして類推せよ。空爻もし旺相の地に落ちれば、本旬の內は斷じて吉と爲さず。本旬を出れば即ち空と算せず。唯だ月破に逢う爻は、縱い旺相なりとも挽回に由なし。伏藏の內に落つる空爻は他宮の象に属し、禍害なお輕し。もし本宮親卦出現の爻の空亡に落ちれば、あの凶險更に厲害なり。

陷元神而最多坎坷,亡忌客而永沒屯壇。空亡亦有可用不用之分,如值用神元神者,斷為凶兆,若臨仇神忌客者,反而無虞。男空則遠行不利,女空則近日多殃。凡男子占,值空者,不宜出境,若出外謀事不成,反遭疏失,如女人遇者,旦夕必有災殃亦不宜出門也。

元神の空に落つるは、事情最も多く坎坷なり。忌神の空に落つるは、反って永く困頓なし。空亡もまた可用と不可用の分あり。空に落つるが用神・元神なれば、即ち凶兆と斷ず。空に落つるが仇神・忌神なれば、反って憂なし。男子の占卦に空に逢うは、遠行に利あらず。女子の占卦に空に逢うは、近日多く災殃あり。およそ男子の占卦は、用神の空に逢うは出境に宜しからず。出門して事を謀る既に成る能わず、反って閃失を招致せん。女人のこれに遇うは、早晚必ず災殃あり、また出門に宜しからず。

財空富而不厚,官空貴而不榮,子空兒女必伶仃,父空屋室還衰敗。兄空則弟兄少力,間空則媒保無能。六親值空皆不宜也,妻財落陷,妻無相夫道,僕無助主之情,資財不聚,諸利無收,官鬼如空,功名不顯謀事不成。夫主寡情,牙人少力。子空則兒多不育,後代調零,生涯不久,賊寇難擒。父空則上人不佑,房宇蕭條,舟車虧損,文事難園,兄空則弟兄少力,朋友無情。惟間爻為中為保為媒,空則皆無力也。

妻財の空に落つるは、富むと雖も豊厚ならず。官鬼の空に落つるは、貴しと雖も榮顯ならず。子孫の空に落つるは、兒女必然に孤單なり。父母の空に落つるは、房屋もまた衰敗を見ん。兄弟の空に落つるは、弟兄力を幫ぐ能わず。間爻の空に落つるは、媒人保人皆中用ならず。六親の空に落つるは皆好事にあらず。妻財落陷は、妻子は夫を相るの德なく、僕人は主を助くるの心なく、錢財聚まらず、各樣の利益皆收着らず。官鬼の空に落つるは、功名顯れず謀事成らず、丈夫情寡く、居中說合の牙人もまた得力ならず。子孫の空に落つるは、兒女多く養育し難く、後代凋零し、生計長久し難く、賊を捕うも擒獲し難し。父母の空に落つるは、長輩は庇祐する能わず、房舍蕭條し、舟車虧損し、文書の事は圓成し難し。兄弟の空に落つるは、弟兄得力せず、朋友もまた情なし。間爻に至りては、中人・保人と媒人とを代表し、空に落つれば皆力を使う能わず。

陷勾陳而田非久遠,空玄武而盜不侵欺,蛇空閒夢假妖邪,龍陷虛胎非喜戾,雀避則訟非不起,虎虛則喪孝無干。青龍空,喜星未照。朱雀空,訟事不成。勾陳空,田墳皆不久。騰蛇空,怪夢總無疑。白虎空,悲喪不作。玄下空,奸盜潛形。

勾陳の空に落つるは、田産長久する能わず。玄武の空に落つるは、盜賊來り侵擾せず。騰蛇の空に落つるは、夢は閑夢、妖邪は假妖邪なり。青龍落陷は、胎孕虛を成し、喜事もまた喜と算するを得ず。朱雀の避去すれば、詞訟便ち興起せず。白虎落虛は、喪事孝服皆相干らず。青龍の空に落つるは、喜慶の星照り到らず。朱雀の空に落つるは、官司打起し得ず。勾陳の空に落つるは、田地と墳地と皆長久する能わず。騰蛇の空に落つるは、怪夢全く疑慮を必とせず。白虎の空に落つるは、悲喪の事發生せざらん。玄武の空に落つるは、奸邪盜賊皆形迹を收斂せり。

內卦若臨空宅,休居異地。外宮如犯遷移,勿往他圖。內宮為現住之方,空須莫住。外卦乃未居之地,陷不宜遷。不測之災遇者,身還可救。綿延之疾逢之,命不回生。旬內得病者,用若逢空,蓋因空而有病,豈斷傷身。惟久遠之災,主象若臨空地,決不再生也。

內卦の空に落つるは、現住の宅第の虛あるを是とし、別に他處に遷りて住むを必とせず。外卦の空に落ちてしかも遷移を占うは、便ち他處に往きて圖謀するなかれ。內卦は現在居住の地方を代表し、空に落つれば即ち再び住むべからず。外卦は未だ遷り去らざる地方を代表し、落陷せば即ち搬遷に宜しからず。突發不測の災病に用神の空に落つるに遇うは、人身なお救いうる。纏綿日久の疾病に用神の空に落つるに遇うは、性命挽回し難し。本旬の內に纔めて得たる病は、用神もし空に逢えば、那れ正に落空なるが故に病を顯出するにして、いかんぞ即ち身を傷ると斷せんや。唯だ久拖不癒の災病は、用神もし空地に落ちれば、即ち決して生理なし。

空世則己心疏懶,空應則他意徘徊。凡占以世為我,應為他,皆不宜空。世空,則自己無心作事。應空,則他意睽違。空中動出不為空,墓內摧開非入墓。凡發動之爻,切不可作旬空而斷。沖門墓庫,定不為入墓而推。凡值旬空或臨月破,吉不能合生於物,凶不能沖剋於神。凶者旬空之殺,當辨興衰。

世爻の空に落つるは、自己心懶くして動かんと思わざるなり。應爻の空に落つるは、對方心意遲疑不定なり。およそ占卦は世をもって我と爲し應をもって他と爲し、兩者皆空に落つるに宜しからず。世空なれば則ち自己事を辦するに心なく、應空なれば則ち對方心意背離す。空に落つるの爻もし發動起來せば、便ち空と算せず。墓に入るの爻もし沖開せられば、便ち墓に入ると算せず。およそ發動の爻は、切に再び旬空に按じて斷ずべからず。およそ沖開せらるるの墓庫は、また一定に再び墓に入るに按じて推す能わず。およそ爻の旬空に値しあるいは月破に臨むは、是れ吉神なるも他の爻を合し生ずるに往く能わず、是れ凶神なるも他の爻を沖し剋するに往く能わず。旬空此の凶殺に至りては、また爻本身の興衰を分辨せよ。

惡者月破之神,無分生克。卦內空亡及月破之爻,永不能生扶他象,又不剋制他人,沖合亦然。空亡又不受他爻生克。用爻空者為凶,又看旺相者輕,休囚者重,如臨月破之爻,不拘衰旺概作凶推。縱有動爻日主來生,不能扶起,逢生不受,遇克能招,故此爻毫無所用。

最も惡しきは月破の神にして、それ連れて生剋も談及し及ばず。卦內の空亡に落ちおよび月破に逢う爻は、永遠に他の爻を生扶する能わず、また他の爻を剋制する能わず。沖と合も同じく作用を起さず。空亡に落つるの爻本身もまた別爻の生剋を受けず。用爻の空に落つるは凶なり。但しなおそれの旺相か休囚かを看よ。旺相の輕く、休囚の重し。もし是れ月破に逢うの爻なれば、衰旺を論せず一概に凶と斷ず。縱い動爻あるいは日辰の來り生ずる有るも、それを扶け起こす能わず。受くべきの生はそれ受け得ず、來るべきの剋はそれ卻って避け開く能わず。故に此のごときの爻は毫も用處なし。

事事宜空中之有氣,般般忌合處亡逢沖。空亡之爻若臨旺相、或得日月扶持、或變為生,便為有氣,凡事可成。六合之卦若被日辰沖世或沖應、或沖用爻、或變為六沖,皆為合處逢沖之象,諸般遇此蓋不為佳,惟獨月建之爻不能沖散。

凡事皆空爻の中に仍舊氣あるを喜び、樣樣皆相合の處また沖破に遇うを忌諱す。空亡の爻もし正に旺相に當たり、あるいは日辰月建の扶持を得、あるいは我を生ずるの爻を變出せば、便ち氣ありと叫び、凡事仍ほ辦成しうる。六合の卦もし日辰に世爻を沖せられ應爻を沖せられあるいは用爻を沖せられ、あるいは六沖の卦に變成せば、皆「合處に沖を逢う」の象に屬し、各樣の事情これに遇えば皆好しと算せず。唯だ月建に臨むの爻は、それを沖して散らさず。

逢合雖凶而易就,遇沖縱吉似以難成。六合之卦,爻中縱有凶神事當不吉,也有成就之時。凡遇六沖,卦中縱有吉神用爻得地,雖曰吉祥,始終不就。合被沖開,無絲毫之力;絕逢生起,有數倍之功。合處逢沖者,永不相合也。非惟不合,見沖反凶。凡爻遇絕者卻,凡卦無此象也;若得動爻及變爻或日辰生起,便為絕處逢生,比在卦不絕之爻,其功愈大,用神遇之最吉,忌神遇之最凶。

六合に遇えば、卦凶なりと雖も事情成就し易し。六沖に遇えば、卦吉なりと雖も事情終に成り難し。六合の卦は、爻中縱い凶神ありて事情本當に不吉なるも、總に成就の時あり。およそ六沖の卦に遇うは、縱い吉神あり用爻また地を得たりとも、吉祥と說すと雖も、事情始終辦成せず。相合するの沖開せられれば、あの合は即ち一絲の力量もなし。絕に入るの生起せられれば、功效反って數倍の大あり。いわゆる合處に沖を逢うは、即ち永遠に合攏せざるなり。但だ合攏せざるのみならず、沖を見て反って凶に轉ず。およそ爻の絕地に遇うは、卦中に此の一爻なきに等し。もし動爻・變爻あるいは日辰の來り生起するを得れば、便ち「絕處逢生」と叫び、卦中に本來絕せざるの爻に比起して、功效更に大なり。用神のこれに遇うは最吉、忌神のこれに遇うは最凶なり。

三合三刑亦有假真之論,六穿六合豈無生克之分?水會申辰,無鼠牙而不取,木成亥卯,少羊角以無妨。凡成局者便為三合,亦育可成不成之間,三合之局取中字為主,前一字生而主發,後一字墓而主藏,主象有發有藏,故為三合。其中有發而不藏者,事當有始無終,但有墓而無生者,事必先難後易。且如水局之論,用子為主,生於申,墓於辰,若得三字歸完真三合也,如有申子二象無辰字者,雖成水局而少收藏。又如有子辰而缺申字者,亦成水局,嫌少根源。

三合と三刑とにも真假の別あり。六害と六合と豈に生剋の分別なからんや。水局は申・子・辰を會齊し、子鼠此の顆の牙を缺けば即ち取る能わず。木局は亥・卯・未を合成し、未羊此の隻の角を缺くも卻って妨なきなり。およそ三個の地支の局を湊成するを即ち三合と叫び、その中にも成り得ると成り得ざるの分別あり。三合の局は中間のあの字をもって主と爲し、前一個の字は長生の地にして發生を主り、後一個の字は墓庫の地にして收藏を主る。用神既に發生ありまた收藏あり、故に三合と叫ぶ。その中只だ發生ありて收藏なきは、事情始ありて終なし。只だ墓庫ありて長生なきは、事情必ず先難後易す。即ち水局を拿りて來り說せば、子をもって主と爲し、長生は申に在り、墓庫は辰に在り。三字齊全して乃ち真の三合なり。もし只だ申・子ありて辰を缺けば、水局を成すと雖も收藏を缺けり。もし只だ子・辰ありて申を缺けば、また局を成すと算すも、只だ根源を缺くを嫌う。

故先難後易也,若有申辰二爻獨無子字,水象既無,焉能成局?又如木局無卯字者不成,有亥卯無未字也可合,有卯未無亥字亦成合,但缺一字者斷為半吉,若得三字皆全方為全美,火金二局皆同。凡用爻值三合者,見貴謀事、嫁娶、求財、科甲、田蠶諸般逐意也。

故に先難後易と說す。もし只だ申・辰兩爻ありて單に子字を缺けば、水の本氣根本に在らず、いかんぞ局を成せんや。また木局の卯字を缺くれば即成らず。亥・卯ありて未なきもまた合しうる。卯・未ありて亥なきもまた合を成すと算す。過ぎず一字を缺くは只だ半吉と斷作し、三字齊全して纔めて十全十美と算す。火局・金局の道理皆一樣なり。およそ用爻の三合を結成するは、貴人に謁見し、事を謀り、嫁娶し、財を求め、科舉し、田蠶これらの事、樣樣皆稱心遂意なり。

寅巳申三全為煞,丑戌未一缺非刑。三刑者,必得三字全而為刑,如缺一字不為刑也。譬如用在寅爻變為巳地,或卦中申動、或申日年占,便為煞。又如有戌未而無丑、或有丑戌而無未,缺一字者豈得為刑?又論刑之起例,刑者乃是四局而刑四類,木能刑水;水又刑木。唯金剛火強自刑其方,且如亥卯木局能刑亥子丑水類,其中亥刑亥、卯刑子、未刑丑是也。申子辰能刑寅卯辰,申刑寅,子刑卯,辰刑辰是也。寅午戌就刑巳午未,故此寅刑巳、午刑午、戌刑未是也。巳酉丑又當刑申酉戌,巳刑申、酉刑酉、丑刑戌是也。

寅・巳・申の三字齊全して纔めて刑煞を成す。丑・戌・未に一個を缺けば即ち刑と算せず。三刑は必ず三字齊備して纔めて刑を成し、一字を缺けば即ち刑を成さず。譬えば用神の寅爻に在りて巳地に變じ、卦中また申爻の發動あり、あるいは申日・申年に占するを、此れ纔めて煞と叫ぶ。また只だ戌・未ありて丑なき、あるいは只だ丑・戌ありて未なきは、一字を缺けばいかんぞ刑と算せんや。さらに三刑の起例を曰えば、刑は四個の三合局をもって四類の地支を刑するにして、木局は水類を刑し、水局は木類を刑し、唯だ金局・火局は剛強にして、即ち自己所在のあの一方を刑す。たとえば亥卯未木局は亥子丑水類を刑し、その中亥は亥を刑し卯は子を刑し未は丑を刑す。申子辰水局は寅卯辰を刑し、即ち申は寅を刑し子は卯を刑し辰は辰を刑す。寅午戌火局は巳午未を刑し、即ち寅は巳を刑し午は午を刑し戌は未を刑す。巳酉丑金局は申酉戌を刑し、即ち巳は申を刑し酉は酉を刑し丑は戌を刑す。此に由りて見れば、亥・辰・午・酉の四支各々自身を刑して「自刑」と叫び、その餘各支は皆兩兩相刑して、全く此の四局の範圍を出ず。

用辰卯害本為殃,用亥申穿非作禍。穿心者,即是六害也。且如主象在辰化出卯地、或卯日占之,害中加克乃主大凶,用子見未相同。又如用臨未位見子來穿,穿中帶旺,故為半凶。亥為用象申字來穿,此論長生非為六害,毫不成凶。用丑見午,用酉見戌皆得生氣,無害於事。又如用申見亥,本來洩我之氣,豈不為穿?用寅見巳,洩氣又加刑兆,其凶愈甚。用巳見寅,叨生無忌,雖不作福亦不為殃,一見申來,此是三刑帶害,其禍倍加。

用神の辰に在りて卯の來り相害するに遇うは、本是災殃なり。用神の亥に在りて申の來り相穿するに遇うは、卻って禍を成さず。いわゆる「穿心」は、即ち六害なり。たとえば用神の辰に在りて卯を變出し、あるいは卯日に占すれば、害中また剋を帶びて、即ち大凶を主す。用神の子に在りて未を見るは、道理同じ。また用神の未位に臨みて子の來り穿つを見るは、穿中に旺氣を帶びて、只だ半凶と算す。亥を用神と作して申の來りそれを穿つは、あれは申中に亥を生ずるの長生の關係にして、六害と算する能わず、一點も凶を成さず。用神の丑に在りて午を見、用神の酉に在りて戌を見るは、皆生氣を得たり、事に害なし。また用神の申に在りて亥を見れば、亥は本來我が申金の氣を泄す。那れいかんぞ穿と算せざるを得んや。用神の寅に在りて巳を見れば、既に泄氣また刑兆を添えて、凶險更に甚し。用神の巳に在りて寅を見れば、寅木は巳火を生じて忌憚する所なく、福を添えずと雖も殃を成さず。但し一旦再び申の來るを見れば、即ち三刑に害を帶びて、禍事加倍す。

此等爻辭何以為之六害,合處逢沖故成害也,正所謂得恩未結,離間乘之,且如子與丑合,未來沖,丑子被穿心,或見午來沖,子即丑補穿心,各官細察六害皆同。六害者,害物傷象之神也,正是冤家之煞,仇敵之星,凡事逢之無不為害。

これらの爻位をなぜ六害と呼ぶか。それらは正に「合處に沖を逢う」によりて害と成るが故なり。譬えば恩情未だ結成せざるに、人の隙に乗じて離間する有るがごとし。たとえば子と丑とは本來相合す。もし未の來りて丑を沖すれば、子丑の合は即ち穿破せられ、もし午の來りて子を沖すれば、子丑の合も同じく穿破せらる。諸位須らく細細に體察せよ。六害の道理は皆一樣なり。六害は物を損じ象を傷るの神にして、正に冤家の煞、仇敵の星なり。凡事これに遇えば害を受けざるなし。

用戌卯合被克而反凶,用酉辰諧叨生而果吉。戌為主象,見卯合合中帶克,還成半凶。用子見丑相同,又如卯是用爻,遇戌來合我必欺他,當為吉也,復論酉為主象,合見辰來,金賴土生必獲無窮之福。用寅見亥,用未見午者同。又如土居午上,合見未來,終嫌洩氣之爻,乃為半吉。復論用申巳合。斷作長生,豈云相剋?一見寅爻,乃是三刑之煞毫無合氣,此禍大凶。用巳見申無寅為合,雖合稍嫌刑兆,半作吉祥,以上諸爻概論。地支相合再得天干又合者,此是天地合德,非此壽常之合,受恩非渚享福無旁,見傷不傷也。

用神の戌に在りて卯と相合するは、合中に剋を帶びて反って凶を成す。用神の酉に在りて辰と相合するは、生助を得るに因りて果して吉なり。戌を用神と作して卯の來り合するを見れば、合中に卯木の戌土を剋するを帶びて、只だ半凶と算するのみ。用神の子に在りて丑の來り合するを見るも、是れ一樣なり。反って卯を用爻と作して戌の來り合するに遇うは、我の往きて彼を剋し、我が上風を占むれば、即ち吉と當作す。さらに酉を用神と作して辰土の來り合するを見れば、金は土の生に倚りて、必ず無窮の福を得ん。用神の寅に在りて亥を見、用神の未に在りて午を見るは、道理同じ。また土爻の午位の上に在りて未の來り相合するを見るは、終にそれ泄氣を嫌い、只だ半吉と算す。さらに用神の申金と巳火との相合を論ずれば、巳は申の長生にして、いかんぞ相剋と說成せんや。但し一旦寅爻を見れば、即ち寅巳申三刑の煞と成りて、合氣全く無く、此の禍大凶なり。用神の巳に在りて申の來り合するを見れば、只だ卦中に寅なからんことを要し、即ち純粹の合にして、稍や一點の刑意を帶ぶと雖も、また半吉と算しうる。以上の各爻は皆此に照らして通論す。もし地支の相合する以外に天干また相合せば、此れを「天地合德」と叫び、尋常の合にあらず。恩を受くること深厚にして福を享くること無邊なり。縱い剋傷に遇うとも傷るに及ばず。

合處帶生,百事見之皆事悅。害中加克,千般犯此盡憂屯。刑則骨肉傷殘,穿則親鄰不睦。六合咸稱吉象,若問遣人出獄以非宜。六沖各駭凶爻,如占散訟脫災而反利。六合之卦事事皆祥,惟有出妻遣僕撇友辭親離祖分居出監脫鎖,遇之反被牽連未能遽解花得,合處逢沖便能消散,六沖之卦,雖曰凶爻亦有宜用之處,凡占散訟脫災諸般離別,逢之便得如心,終無連累。

相合の中にまた相生を帶ぶれば、百樣の事情これに遇えば皆歡悅す。相害の中にまた相剋を加上すれば、千般の事情これに犯れば皆憂愁困頓す。刑に犯れば則ち骨肉傷殘を受け、穿に犯れば則ち親戚鄰里和睦せず。六合は人人皆吉象と稱すと雖も、可もし僕役を遣散し、出獄脫身を問わば、それ反って合宜ならず。六沖は人人皆凶爻と怕るると雖も、可もし訟を散じ災を消すを占えば、それ反って利あり。六合の卦は事事吉祥なれど、唯だ妻を休し、僕を遣し、交を絕ち、親を辭し、祖を離れ家を分かち、監を出で枷を脫するの一類の事は、これに遇えば反って牽連せられ、一時脫解し難し。此の時もし合處に沖を逢うを得れば、事情纔めて消散を得ん。六沖の卦は凶爻と說すと雖も、また適用の處あり。およそ官司を了結し、災患を脫免し、および各樣の離別の事を占うは、これに遇えば便ち稱心如意にして、終に牽累なし。

青龍才福為祥,破之不吉。白虎兄官為咎,用之不凶。青龍妻才子孫貴人、天喜、祿馬、天醫等象、咸作吉推,如臨月破旬空或被動爻及變爻傷克,便不吉也。白虎兄弟官鬼朱雀勾陳羊刃天地傳殺之類,本作凶推,惟白虎利於生產,朱雀利於文書,勾陳利於田土,羊刃用在兵權,問手足須觀兄弟,占仕宦必用官爻,孕育卦中胎若逆生者,必要天地傳殺動則以逆化順,以上諸象各有所宜。

青龍の妻財・子孫に加臨するは吉祥の象なれど、一たび月破に逢えば不吉なり。白虎の兄弟・官鬼に加臨するは本是咎象なれど、それ正に所用の神に當たれば便ち凶ならず。青龍・妻財・子孫・貴人・天喜・祿馬・天醫これらの象は、皆吉を作して斷ず。もし月破・旬空に逢い、あるいは動爻・變爻に傷剋せられれば、便ち不吉なり。白虎・兄弟・官鬼・朱雀・勾陳・羊刃・天地傳殺の一類は、本當に凶を作して斷ずべし。然るに白虎は生産に利あり、朱雀は文書に利あり、勾陳は田土に利あり、羊刃は兵權に用いうる。兄弟手足を問うは必ず兄弟爻を看、仕途升遷を占うは必ず官鬼爻を用いよ。孕育の卦中に胎爻もし逆生なれば、なお須らく天地傳殺の發動せば、纔めて逆を轉じて順と爲すことを得ん。以上の各象は、皆各々その適宜の處あり。

日建豈為月破,月建非作旬空。凡月破之爻決無解救,惟獨日主臨之,不為月破。且如正月申日,二月酉日,占者不犯也。旬內空亡亦有全空、半空者出。陽日遇陽爻、陰日逢陰象,皆作全空。陽日逢陰、陰日逢陽者,皆作半空。惟月建之爻,永不落旬中之空也。且如四月甲午旬占者,巳爻不空也。

當に日辰に値る爻は月破と算せず、當に月建に値る爻は旬空と算せず。およそ月破に逢う爻は決して解救の法なし。唯だそれ同時に正に日辰に當たれば、便ち月破を作して論ぜず。たとえば正月に占卦して申日に占し、二月に占卦して酉日に占するは、正に月破の位に處ると雖も、それ即ち日辰なるが故に、占する者もまた犯と算せず。旬內の空亡もまた全空と半空とに分かつ。陽日に陽爻に遇い、陰日に陰爻に遇うは、皆全空を作す。陽日に陰爻に遇い、陰日に陽爻に遇うは、皆半空を作す。唯だ正に月建に臨むの爻は、永遠に旬空に落入せず。たとえば四月に甲午旬の中に占卦せば、巳火は正に月建にして、便ち空を作して看ず。

卦靜逢沖為動,爻安遇合為和。動處見沖為戰征而散,動中加合因羈絆而遲。凡沖者有二:有日辰沖,有動爻沖。若日辰沖,不拘衰旺。動爻沖卻辨三:衰旺相善能沖休囚,休囚不能沖旺相。又云空逢沖則實,靜逢沖則動,動逢沖則散,惟日月二爻從動逢沖決不散也。自古旺相見沖則發。休囚見沖則散。安靜之爻逢合最能迷逗橢傲。若占脫卸之事,最喜用爻發動,又被日辰或變爻合住動爻者,反遭羈絆事必遲延。且如子占父來,甲戌日占得垢之乾卦,初爻父母帶青龍發動又臨世上,理應當日回來,豈知變爻合住用神,故未能到,直待壬午日沖破子合,方得歸家。

卦爻の安靜の時に沖せらるれば、便ち發動と算作す。爻本安靜にして合に遇えば、便ち和順と叫ぶ。動爻の沖に遇うは、譬えば交戰して而る後に離散す。動爻の合に遇うは、則ち絆住せられて遲緩す。沖に兩種あり。一は日辰の來り沖し、一は動爻の來り沖す。日辰の沖は爻の衰旺を論ぜず一律に效あり。動爻の沖は卻って旺衰を分辨す。旺相の爻は休囚の爻を沖しうるも、休囚の爻は旺相の爻を沖し動かさず。また空爻は沖に逢えば反って塡實し、靜爻は沖に逢えば反って發動し、動爻は沖に逢えば纔めて沖散すと曰う。唯だ日辰・月建の兩處の臨む所の爻は、動中に沖に逢うと雖も決して散ぜず。自古旺相の爻は沖を見れば奮發し、休囚の爻は沖を見れば潰散す。安靜の爻の合に遇うは、最も牽纏遲滯し易し。もし脫卸擺脫の一類の事を占えば、最も用爻の發動を喜ぶ。然るに動爻もし日辰あるいは變爻に合住せられれば、反って羈絆に遭い、事情必ず拖延せん。たとえば兒子の父のいかなる時か回るを占うに、甲戌日に姤卦を占得して乾卦に變ず。初爻の父母は青龍を帶びて發動し、また世爻に臨む。理に照らせば當天即ち回るべし。いかんぞ知らん變爻は用神を合住せしむ。故に家に到る能わず。直に壬午日に至りてあの合を沖破し、父纔めて家に歸りたり。

用旺有絆持,雖遇凶星難作禍。主衰無救,助縱逢吉曜那為佳。凡占卦,先推用象,次察元神,若臨旺相或遇生扶便言吉斷,縱有凶星惡煞,雖以為殃。象若值休囚又無生助者,豈得如心,有天喜青龍貴人吉曜同宮,終非為福。

用神旺相にしてまた幫扶依託あり、縱い凶星に遇うとも禍を成し難し。用神衰弱にして救助に從る無く、縱い吉曜に遇うとも好しと算するを得ず。およそ卦を占うは、先ず用神を推し、次に元神を察す。用神もし正に旺相に當たり、あるいは生扶に遇えば、即ち吉と斷ず。縱い凶星惡煞あれど、殃を爲し難し。用神もし休囚無氣にしてまた生助なければ、いかんぞ稱心せんや。即便ち天喜・青龍・貴人これらの吉曜のそれと一爻に同處すとも、終に福を成す能わず。

身後世後及重爻皆為已往,身前世前兼交位各主未來。月卦之爻與世爻同看,爻在身世之後,便為已往,若在身世之前,便斷將來。又云重主過去,交主未來。游魂宜出外,歸魂利返鄉。游魂之卦最利遷移、並遠出更改等事。若游魂又化游魂,更後復當更改。歸魂之象最利返鄉復舊,不宜出外遷更。

卦身の後・世爻の後に落つる爻、および「重」爻(老陽)は、皆已に過去せる事を主る。卦身の前・世爻の前に落つる爻、および「交」爻(老陰)は、皆將來の事を主る。月卦身の爻は世爻と合せて看るを要す。爻の身・世の後に在れば即ち已往と斷じ、身・世の前に在れば即ち將來と斷ず。また一說あり、重爻は過去を主り、交爻は未來を主ると。游魂の卦は出外に宜しく、歸魂の卦は返鄕に利あり。游魂の卦は最も遷移および遠行・更改の一類の事に利あり。もし游魂また游魂を變出せば、那れは改過の後なお再び改むるなり。歸魂の象は最も鄕に歸り舊に復るに利あり、出外遷徙變更に宜しからず。

內為體,外為用,逢生雲吉,克雲凶、動為速,靜為遲,見合曰成,沖曰散。論卦,內三爻為體,外三爻為用。又云主卦為體,變卦為用。凡諸般爻象逢生則吉,遇克則凶。動則急速,靜則遲延。六合則利成利就,六沖則宜散宜分。

內卦は「體」、外卦は「用」なり。生に遇えば即ち吉、剋に遇えば即ち凶。發動すれば應事快く、安靜なれば應事慢し。合を見れば事成るを主り、沖を見れば事散ずを主る。卦を論ずる時、內の三爻を體と爲し、外の三爻を用と爲す。また一說あり、本卦を體と爲し、變卦を用と爲す。およそ各樣の爻象は、生を得れば即ち吉、剋を受ければ即ち凶。發動すれば則ち應驗急速、安靜なれば則ち應驗遲緩。六合は成就に宜しく、六沖は分散に宜し。いわゆる體は事情の主體、いわゆる用は主體の對待し所施爲するの一方なり。兩者の間の生剋は、即ち此の事の我に對する助か損かを決定す。

生主發,墓主藏,伏斷將來,飛斷往事,陰主邪,陽主正,衰相稀少,旺相繁多。一應爻辭遇長生則起發,入墓庫則收藏,伏神管將來之事,飛神主過去之情,陰乃幽僻之爻,陽乃剛明之象,萬物旺相主多,休囚主少,空絕主無。

長生は發生を主り、墓庫は收藏を主る。伏神は將來を斷じ、飛神は過去を斷ず。陰爻は邪僻を主り、陽爻は端正を主る。衰弱は稀少を主り、旺相は繁多を主る。およそ各爻の長生に遇えば即ち發生長を起こし、墓庫に入れば即ち收斂藏伏す。伏神は將來の事を管し、飛神は過去の情形を主る。陰爻は幽暗偏僻の象、陽爻は剛健光明の象なり。およそ物旺相なれば數量多く、休囚なれば數量少なし。空に落ち絕に入れば即ち無きに等し。

事有大小始終緩急,各審其因。卦開前後飛伏正之,概詳其理。初求內外三爻為飛為正為前卦,次化陰陽二象為變為之為後爻,卦靜無之方取互,世空無主卻憑身。凡占下之卦即是初求內外三爻,此卦其名有三:一名飛卦、一名正卦、一名前卦,總歸是主卦也。凡有動爻即當變也,變出之卦亦有三呼:一名主卦,亦名之卦、亦名後卦,總歸是變入也。若六爻皆不動者,即無之變,方取互卦,以定吉凶。一以定二卦之法言之,將主卦除去初爻六爻,卻把二三四爻為內卦,三四五爻為外卦。三配成互卦,若爻動取互又不同也,變卦二三四為內主卦,三四五為外。且如觀之否互艮是也。

事情に大あり小あり、始あり終あり、緩あり急あり。各々その來由を審明するを要す。卦に前卦後卦、飛神伏神、正卦之卦あり。皆通盤にその理を詳究せよ。最初に搖出せる內外三爻を飛卦・正卦・前卦と叫ぶ。其次に老陰老陽より變出するを變卦・之卦・後卦と叫ぶ。卦もし安靜にして變卦なければ、互卦を取る。世爻の空に落ちて主なければ、卦身に憑れ。およそ卦を起こす時に最先に搖出せる內外三爻、この卦に三個の名字あり。一に飛卦と叫び、一に正卦と叫び、一に前卦と叫び、總歸即ち本卦なり。およそ動爻あれば即ち變ずべく、變出するの卦にもまた三個の稱呼あり。一名を主卦、一名を之卦、一名を後卦と曰い、總歸即ち變卦なり。もし六爻皆動かず變卦取る可からざれば、纔めて互卦を取りて吉凶を定む。互卦を取るの法を說かば、本卦を把して初爻と六爻とを去掉し、二・三・四爻を用いて內卦と作し、三・四・五爻を外卦と作す。此のごとく互卦を配成す。もし卦中に動爻あれば、互を取るの辦法また同じからず。變卦の上に二三四爻をもって內卦と爲し、三四五爻をもって外卦と爲するを要す。たとえば觀卦の否卦に變ずれば、互出するは即ち艮なり。

主卦內身爻有二:有卦之身,有世之身,二者大不同也。卦之身,月卦是也。世之身,子午持世身居初之類是也。凡卦身之身,用之為重。世之身,司事還輕。世若不空不破,不須論身伏之爻。世或空亡,禍福方憑身位。

本卦の中に身爻兩種あり。一は卦の身、一は世の身にして、兩者大いに相同じからず。卦の身は即ち月卦身なり。世の身は即ち「子午持世身居初」の一類の口訣に按じて求め出せるなり。およそ卦身の身は用處最も重く、世の身の事を管するは便ち輕し。世爻もし既に空に落ちずまた破に逢わざれば、便ち再び身爻を論ずるを必とせず。世爻もし空亡に落ちれば、禍福纔めて身位に憑りて斷ずべし。

之卦內之盈虧,變爻已定。互卦中之悔吝,禮用為先。看之卦之法,所重變爻,不變之爻雖分吉凶。且如觀之艮卦,轉取三爻才化絕、五爻鬼化克為重,其除四爻俱不論也。又看互卦之法,並不取十二支為用,但取體用。如干兌金、震巽木、坤艮土、坎水、離火,取入本宮配成六親,以明禍福。惟互卦體用二爻自能生克,永不受本卦動爻來傷。

之卦の裡の盈虧得失は、變爻に由りて決定す。互卦の中の悔吝憂虞は、則ち體・用二卦をもって先と爲す。之卦を看るの方法、重んずる所は變爻にして、あの不曾に變せざるの爻は吉凶を分かつと雖も、重看を作さず。たとえば觀卦の艮卦に變ずれば、只だ三爻妻財の絕地に化入し、五爻官鬼の我を剋するを化出するの兩處を取りて重と爲し、その餘四爻は皆論ずるに往かず。再び互卦を看るの方法は、互卦は並びに十二地支を取りて用いず、只だ體・用兩卦の五行を取る――乾・兌は金に属し、震・巽は木に属し、坤・艮は土に属し、坎は水に属し、離は火に属す――本宮に納入して六親を配成し、もって禍福を明らかにす。互卦體用此の兩爻は彼此の間能く生じ能く剋すれど、永遠に本卦動爻の傷害を受けず。

且如父占子病,八月丁巳日,卜得晉卦安靜,此卦六爻無子,兼看親宮子水伏於初爻土下,又值空亡,日月二爻更無主象,必須互出水山蹇,取外卦坎水配為本宮子孫方為有救,又取內卦艮土配作晉卦父母,子被父傷,後果死也。又如夫占妻病,六月丙午日,卜得睽卦安靜,此卦六位無才,親宮子水伏在未土之下,伏被飛傷又無用處,況日月之中皆無才象,本無救也。再看互出既濟,取外卦坎水配為艮內妻才,縱有月建忌神,不能傷克,至戊申日才遇長生,病果愈也。

例を挙げて曰く、父が兒子の病を占うに、八月丁巳日に晉卦を占得し、六爻安靜なり。此の卦は六爻の中に子孫なく、再び本宮の子水子孫を看れば、初爻の土下に伏し、また正に空亡に値す。日辰月建の中にもまた用神なし。此れ即ち必ず互卦を取るべし。互出水山蹇にして、外卦の坎水をもって本宮の子孫に配作して、纔めて救ありと算す。再び內卦の艮土をもって晉卦の父母に配作す。結果子孫は父母に剋傷せられ、後に孩子は果して死せり。また夫が妻の病を占うに、六月丙午日に睽卦を占得し、六爻安靜なり。此の卦は六個の爻位の上に財爻なく、本宮の子水は未土の下に伏し、伏神は飛神に傷られ、また用處なし。しかも日辰月建の中に皆財象なければ、本來救なし。再び互卦を看れば互出既濟にして、外卦の坎水をもって艮宮の妻財に配作す。此のごとく縱い月建忌神ありとも、それを傷剋する能わず。戊申日に至りて財爻長生に遇い、病果して痊癒せり。

細觀伏象之興衰,當察飛動靜,遠推年月,近看日時。飛伏並年月日時,已注在前此故不具。此篇概論總綱,後具分門開類。此一章總淪與衰動靜,決環中得失榮枯,人間事變多端,數語豈能悉,具故分門數次第開詳,正所謂天生事業,無不收藏,學者須要一字精微萬無漏洩。

須らく伏神の興衰を細看し、同時に飛神の動靜を察看せよ。遠きは年・月に推し、近きは日・時に看る。飛伏および年月日時の用法は、前文に已に注明し、ここに再び重複せず。本篇に講ずるは全書の總綱にして、後面に纔めて分門別類して逐項に展開す。此の一章は總じて旺衰動靜を論じ、もって卦中の得失榮枯を判定す。人間事變は頭緒繁多にして、幾句話いずくんぞ說盡くすを得んや。故に分門別類して依次に詳細に開列するを要す。いわゆる天生の種種の事業は、本書に收羅せざるなし。學者は必ず字字精思細究して、始めて絲毫の遺漏あるに至らざらん。

天時晴雨章第二

(占雨,取父母為主,水象為憑。占晴,取子孫為主,火象為憑。)欲識天時晴與陰,子孫父母定其真,次查水火陰陽理,動靜與衰變化尋。此四句乃天時之大旨也。子位交重晴升升,父爻發動雨沉沉。子孫為日月,若不受他爻刑剋,又不臨月破旬空,如居身世,雖不動亦主晴明,旺動則外遠大晴,衰動則時下小晴。值日,主一日之晴;值月,主月內之晴,又加父動宜辨興衰,父旺子衰決非晴齊。父衰子旺,原主光明,若兄弟再動又助子威,天必久晴兼主風發,子化子或化兄,皆主久晴。化才,後主陰晦。化鬼,後主天變。化父,即變雨也。

(雨を占うは、父母爻をもって主と爲し、水爻をもって憑と爲す。晴を占うは、子孫爻をもって主と爲し、火爻をもって憑と爲す。)天時の晴なるか陰なるかを知らんには、先ず子孫・父母の兩爻に由りてその真假を定め、其次に水・火二爻と陰陽の理とを查し、再び爻の動靜・旺衰と變化との中より消息を尋求せよ。此の四句の歌訣は天時を占問するの總綱にして、以下の各條は皆此に由りて展開す。子孫爻の交重發動は、天氣一路晴放たん。父母爻の發動は、即ち陰雨沉沉たらん。子孫は日月を代表し、只だ別爻の刑剋を受けず、また月破・旬空に逢わざれば、即便ちそれ身爻・世爻の上に臨みて發動せずとも、天晴を主る。旺相にして動けば、往後長晴を主る。衰弱にして動けば、只だ眼下小晴を主る。子孫の日辰に當値するは、一天の晴を主る。月建に當値するは、一月の晴を主る。もし同時に父母爻も動かば、即ち兩者の旺衰を分辨せよ。父旺して子衰なれば、決して晴整齊せず。父衰して子旺なれば、本に天光明朗を主る。もし兄弟爻の再び動きて子孫を生助せば、天必ず久晴し、兼ねて風を起こすを主る。子孫の子孫を化し、あるいは兄弟を化するは、皆久晴を主る。妻財を化出せば、往後陰晦に轉ず。官鬼を化出せば、往後天氣變あり。父母を化出せば、即ち雨に轉ぜん。

父母者,為雨也,如無傷克及不空亡,若臨身世雖不動天時已變。旺動則大雨,衰動則細雨。值日,則一日之雨,值水,則月內之雨。才如同動卻看重輕,父衰才旺,縱雨不多,父旺才衰,淋漓未止,鬼又動此雨倍加。若父化父,雨必連綿。父化鬼,雨未止而添雷。父化兄,則風雨交作。父化才或化子者,雨變晴天。

父母爻は雨を代表す。それもし傷剋を受けずまた空亡に落ちざれば、即便ち身爻・世爻の上に臨みて不曾に發動せずとも、天時已に變在り。旺相にして動けば大雨を主り、衰弱にして動けば細雨を主る。日辰に當値するは一日の雨を主り、月建に當値するは一月の雨を主る。もし妻財爻同時に發動せば、即ち兩者の輕重を比較せよ。父衰して財旺なれば、縱い雨下るとも多からず。父旺して財衰なれば、雨即ち淋漓止まず。再加えて官鬼も動かば、雨勢更に加倍せん。父母の父母を化出するは、雨必ず連綿たらん。父母の官鬼を化出するは、雨停まらざるにまた雷聲を添えん。父母の兄弟を化出するは、即ち風雨交加せん。父母の妻財あるいは子孫を化出するは、雨便ち晴に轉ぜん。

雨逢水動晴逢火,晴見陽多雨見陰。天時原以水為雨,火為晴。水動,則有雨水。化水或化金,其雨轉盛而連綿。化土,雖雨不多。化木,雨後生風。化火則變而為晴矣。火爻動則晴,火化火,晴能久遠。如化木,晴久生風。化土,日後起浮雲。化水,晴變為雨。又以陽為晴、陰為雨,純陽水靜則久晴,純陰火靜則久雨。陽化陰即晴變雨,陰化陽即雨變晴。

雨下らんと要せば即ち水爻の發動を看よ。天晴らんと要せば即ち火爻の發動を看よ。陽爻多くは晴を主り、陰爻多くは雨を主る。天時を占うは本來水をもって雨と爲し、火をもって晴と爲す。水爻發動すれば雨水あり。水の水を化しあるいは金を化するは、雨勢轉じて盛にしてしかも連綿たり。土を化するは、雨下ること多からず。木を化するは、雨後風起こらん。火を化するは、即ち晴に轉ぜん。火爻發動すれば天晴す。火の火を化するは、晴ること長久なり。木を化するは、晴久しき後風を生ぜん。土を化するは、日後浮雲を起こさん。水を化するは、晴また雨に轉ぜん。これ以外に陽をもって晴と爲し、陰をもって雨と爲す。純陽の卦にして水爻安靜なれば、長久晴を主る。純陰の卦にして火爻安靜なれば、長久雨を主る。陽爻の陰爻を化するは即ち晴轉じて雨、陰爻の陽爻を化するは即ち雨轉じて晴なり。

卦遇幹離朱雀動,九天紅日照乾坤。問陰晴,以外卦為主,內卦為次,先推外卦,可別晴陰。凡水火二爻及朱雀玄武,皆管目前晴雨。惟內外卦體能期久遠天時。外卦若屬干與離象,必主久晴。朱雀動又主晴明。

卦の乾・離を得て朱雀また發動するは、正に九天の紅日の乾坤を普照する大晴の象なり。陰晴を問うは、外卦をもって主と爲し內卦を次と爲し、先ず外卦を推せば、即ち是れ晴か是れ陰かを分辨しうる。およそ水・火二爻および朱雀・玄武此の兩個の神は、皆只だ眼前の晴雨を管するのみ。唯だ內外卦の卦體は、纔めて長遠の天時を預期しうる。外卦もし乾に属しあるいは離に属せば、必ず長久晴朗を主る。朱雀發動もまた天晴を主る。

爻逢坎兌加玄武,四野淋漓水滿村。外卦者臨坎兌二象,必然入雨。若化出幹離,雨即變晴之兆。又論玄武爻,定有雨意。震野鬼興雷灌耳,坎家父動雨驚心。官鬼為雷為冰雹,若在震宮動,其雷愈大。再加白虎,雷必傷人。鬼居坎內發者匣為冰雹。土鬼交重又臨世位,必見黃沙。如父動坎宮終見傾盆之雨。

外卦の坎・兌に逢いてまた玄武を加うれば、便ち四野淋漓・水村莊に漫るの象なり。外卦もし坎・兌兩卦に臨めば、必定雨下らん。もし乾・離を變出すれば、即ち雨の晴に轉ずるの徵兆なり。さらに玄武の臨む所の爻を曰えば、また一定に雨意を帶ぶ。震宮官鬼興動すれば、雷聲耳に灌がん。坎宮父母發動すれば、暴雨心を驚かさん。官鬼は雷を主り冰雹を主る。もし震宮に發動せば、雷聲更に大なり。再加えて白虎あれば、雷必ず人を傷らん。官鬼の坎宮に發動するは、冰雹下るを主る。土爻官鬼交重發動してまた世爻に臨めば、必ず黃沙風霾を見ん。父母爻もし坎宮に發動せば、終に傾盆の大雨下らん。

巽宮兄發為風報,坤艮兄搖起煙雲。兄弟為風、為霧、為露、為雲,在巽宮動者,其風異狂。在艮動,則與雲勢。坤內動,則煙霧迷空。若在幹離則為霜為露。六沖,霧散清光透;六合,雲迷雨便臨。卦值六沖,定主雲消霧散,縱動水爻,終無大雨。爻逢六合,雨意將成,再加水搖,雨當即至。縱有火動,決不久晴,若得合處逢沖,便為晴論。

巽宮兄弟爻發動するは、風刮るの先兆なり。坤宮・艮宮兄弟爻搖動すれば、即ち煙雲升起す。兄弟爻は風・霧・露・雲を代表す。巽宮に發動すれば、風勢格外狂猛なり。艮宮に發動すれば、雲氣聚り起こらん。坤宮に發動すれば、煙霧天空に瀰漫せん。もし乾宮・離宮に發動すれば、即ち化して霜と爲り露と爲らん。卦の六沖に逢えば、雲霧消散し天光透出せん。卦の六合に逢えば、雲氣迷蒙し雨便ち臨頭せん。卦の六沖に値すれば、必定雲消霧散し、縱い水爻發動ありとも、終に大雨下り成らず。卦の六合に逢えば、雨意將に成らんとし、再加水爻搖動すれば、雨立刻に到り、縱い火爻發動ありとも、決して久晴能わず。もし是れ合處また沖に逢えば、即ち仍ほ晴天に按じて斷ずべし。

應克世爻晴可望,世爻克應雨將傾。世爻為地,應爻為天,又以內卦為地,外卦為天,故此應克世者晴,世克應者雨。世若逢空亦無雨至,應如空者,天不逐人,祈晴不晴,祈雨不雨,內外相剋亦然。

應爻の世爻を剋するは、天晴望みうる。世爻の應爻を剋するは、大雨將に傾らんとす。世爻は地を代表し、應爻は天を代表す。また內卦をもって地と爲し、外卦をもって天と爲す。故に應の世を剋するは晴を主り、世の應を剋するは雨を主る。世爻もし空亡に逢えば、また雨有る能わず。應爻もし空亡に逢えば、即ち天の人意に遂わざるなり。晴を求めて晴せず、雨を求めて雨せず。內卦外卦の相剋する道理もまた一樣なり。

鬼變文書雷致雨,兄之福德見風晴。鬼為雷,父為雨,鬼變父者,必先雷而後雨。兄為風,子為日,兄化子者,待風發而天晴。又雲雨變晴天父變才,坎之離象步清街,陰化陽爻水化火,後卦逢沖雲漸開。父母化才,及坎之離卦,陰化陽、水化火、或化出六沖,皆為雨變晴天也。

官鬼の父母文書を變出するは、先に雷打ち而る後に雨下るなり。兄弟の子孫福德を變出するは、先に風起き而る後に晴放つなり。官鬼は雷を代表し、父母は雨を代表し、官鬼の父母に變ずるは、必定先雷後雨なり。兄弟は風を代表し、子孫は太陽を代表し、兄弟の子孫に化するは、即ち風刮り過ぐるの後天の晴放つを待つ。また歌訣に曰く、雨の晴に轉ずるは父母の妻財に變ずるに在り、坎卦の離卦に變ずれば便ち乾淨の街道を踏て行走しうべし、陰爻の陽爻を化し水爻の火爻を化し、變出の後卦また六沖に逢えば、雲即ち漸々散開せん、と。およそ父母の妻財を化する、および坎卦の離卦に變じ、陰の陽を化し、水の火を化し、あるいは六沖の卦を變出するは、皆雨轉晴天の象なり。

晴天變雨離之坎,子化文書水沒臺,陽變陰宮火變水,之成六合雨將來。離卦變坎、及子孫化父、陽變陰火化水,或化成六合者,皆是晴天變雨也。久雨但占何日止,當壽那日制文書。應來剋日天收雨,日月光華子值時。久雨占晴,須得妻才當道、或子孫值日,便主晴明,又論應為天界,如來剋日者,又為晴陰。久晴又卜誰朝雨,父母相臨足可知,父靜見沖天定變,應爻生日細詳思。久晴占雨,須得父母值日、或沖動父爻,雨皆可望,又看應臨那日,便察雨來,學者自宜通變。

晴天の雨に轉ずるは離卦の坎卦に變ずるに在り。子孫の父母文書を化出すれば即ち水樓臺に漫らん。陽爻の陰爻に變じ、火爻の水爻に變じ、六合の卦に變成すれば、雨即ち來らん。およそ離卦の坎卦に變ずる、および子孫の父母を化し、陽の陰を化し、火の水を化し、あるいは六合の卦に變成するは、皆晴天轉雨の象なり。久雨にいかなる日に雨止まるを占わば、即ちいかなる日か父母文書爻を制住しうるかを看るべし。應爻の來り日辰を剋すれば、天即ち雨を收めん。日月重ねて光華を放つは、正に子孫爻の當値の時に應ず。久雨の晴を占うは、須らく妻財爻の當權、あるいは子孫爻の日に値るを得て、纔めて天晴を主る。さらに應爻は上天を代表し、應爻もし來りて日辰を剋せば、また晴轉の兆なり。久晴の後またいかなる日に雨下るを占わば、只だ父母爻のいずれの一日に臨むかを看れば即ち知るに足らん。父母爻安靜にして沖せらるれば、天必定變せん。應爻の日辰を生ずるのあの一天も、また須らく細細に推詳せよ。久晴に雨を占うは、必ず父母爻の日に値り、あるいは父母爻の沖せられて暗動するを、纔めて雨あるを望みうる。再び應爻のいずれの一日に臨むかを看れば、即ち雨の來る時を察知しうる。學者自ら活靈變通して推ずべし。

地理風水章第三

(未葬,取父母為主,宜旺相以生身。已葬,取官鬼為憑,怕交重而克世。)墳塋之卦忌相沖,化出沖時恐泛洪,合處逢沖皆大忌,子孫失位莫安塋。擇地之卦,大忌六沖。惟洞林秘訣內收用乾坤二卦,六沖乃水走沙飛之地,豈可安塋?況世為主穴,臨下則吉,臨上則凶,八純世在最上之爻,焉能有穴?故八純與六沖皆不用也。或變出六沖及合處逢沖者,目下雖安後必敗遷,如下,終見泛洪必難久遠。又論子孫為後嗣為祭主,若不上卦,必壬覆宗無人祭掃。

(未だ安葬せざる時は、父母爻をもって主と爲し、旺相にして來り世爻を生ずるに宜し。已に安葬の後は、官鬼爻をもって憑と爲し、最もそれの交重發動して來り世爻を剋するを怕る。)墳地を占うの卦は最も六沖を忌み、沖を變出せば日後水の墓穴を淹するを恐る。合處また沖に逢うも同じく是れ大忌なり。子孫爻卦に上らざれば、即ち此に安葬するなかれ。地を擇ぶの卦は最も六沖を忌み、唯だ《洞林祕訣》の裡に還お乾・坤兩個の純卦を收用す。六沖は水走り沙飛ぶの地にして、いかんぞ墳塋を安放せんや。しかも世爻は正穴を代表し、下三爻に落つれば則ち吉、上三爻に落つれば則ち凶。八純卦の世爻は最上の一爻に在り。いずくんぞ還お尋ぬべき穴あらんや。故に八純卦と六沖卦とは皆用いず。もし六沖を變出し、あるいは合處沖に逢えば、眼下安穩なりと雖も、日後必定敗壞遷葬せん。穴位の安ずること低きに過ぐれば、終に洪水に遭い、長久し難し。さらに子孫爻は後嗣を代表し主祭の人を代表す。もし子孫卦に上らざれば、必ず宗祀傾覆し、祭掃する人なからん。

世爻福德為墳主,二位騰蛇作穴中,此等爻無空破絕,葬之後代定興隆。世爻為主山,子孫為後代,二爻為正穴,騰蛇為次穴,此四等爻象皆不可值旬空月破並臨絕地,如不犯此葬必興隆。

世爻と子孫爻とは墳主と後嗣とを代表し、二爻と騰蛇の臨む所の爻とは穴中の正穴と旁穴とを代表す。此の幾個の爻もし皆空に落ちず破に逢わず絕に入らざれば、葬り下せば後代必定興隆せん。世爻は主山を代表し、子孫は後代を代表し、二爻は正穴、騰蛇は次穴なり。此の四類の爻象は皆旬空に落ち月破に逢いあるいは絕地に臨むべからず。只だ此の幾樣を犯さざれば、安葬の後必然に家道興隆せん。

二陷蛇傷無穴地,世空子絕少兒童。二爻逢空月破,必無正穴,騰蛇再絕傍穴皆無。世爻與子孫若臨空絕者,難招子息也。生墳父象宜安旺,葬墓官爻忌動空。父母為墳地,未葬之時,不宜空破,若得靜旺最吉。官鬼為伏尸,已葬之後只宜安靜,動則亡者不安,空則尸骨毀損。

二爻落陷し騰蛇受傷せば、即ち用いうべき穴地なし。世爻落空し子孫入絕せば、家中便ち兒孫少なからん。二爻もし旬空あるいは月破に逢えば、必定正穴なし。騰蛇再び絕地に入れば、旁穴も連れてなし。世爻と子孫ともし落空入絕せば、即ち子息を招き難し。生前に預め造るの壽墳は父母爻をもって主と爲し、安靜旺相に宜し。已に下葬せる墳墓は官鬼爻をもって憑と爲し、それの發動あるいは落空するを忌む。父母は墳地を代表し、未葬の時は落空逢破に宜しからず、安靜にして旺相なるを得るは最吉なり。官鬼は墓中亡者の遺骸を代表し、既葬の後は只だ安靜に宜しく、一たび動けば則ち亡者安んぜず、落空すれば則ち尸骨毀損せん。

父靜子興身世旺,桂馥蘭芬家業榮,子得五爻生興合,官臨吉曜受皇封。父母為墳地,宜靜不宜動,動則恐傷子息。子為後嗣,身為墳主,世乃坐由皆得旺相者,後招百子千孫,家業榮華之兆。五爻為天子,如來生合子孫官鬼為功名,若帶青龍貴人,兒孫必貴,定沐皇恩。

父母爻安靜にして子孫爻興旺し、身爻世爻また旺相なるは、あれは子孫繁盛・家業榮顯の象なり。子孫爻もし五爻の來り生じ來り合するを得、官鬼爻また吉神を帶ぶれば、家中便ち朝廷の封贈を受くる能くせん。父母は墳地を代表し、静に宜しく動に宜しからず。一たび動けば恐らく子嗣を傷らん。子孫は後嗣を代表し、卦身は墳主を代表し、世爻は來龍坐山を代表す。此の幾處皆旺相を得れば、日後子孫滿堂にして、是れ家業榮華の徵兆なり。五爻は天子を代表す。もし來りて子孫を生合し、而も官鬼また功名を主り、再び青龍・貴人を帶ぶれば、兒孫必定顯貴にして、一定能く皇恩を承受せん。

後山不正虧玄武,朝向無情朱雀沖,右處嶺傷空白虎,左旁凹缺陷青龍。玄武墳之後,又為靠山。朱雀墳之前又為案山。青龍墳之左,白虎墳之右,此四獸皆宜得地,如有一爻空破,便知一處刑傷。

後山端正ならざるは、玄武の臨む所の爻の虧あるを是とす。朝向相顧みざるは、朱雀の臨む所の爻の沖せらるるを是とす。右邊山嶺損あるは、白虎の臨む所の爻の落空するを是とす。左邊凹陷缺口は、青龍の臨む所の爻の落陷するを是とす。玄武は墳の後方に在り、また靠山を代表す。朱雀は墳の前方に在り、また案山を代表す。青龍は墳の左邊に在り、白虎は墳の右邊に在り。此の四獸の臨む所の爻は皆地を得べし。只だ一爻の落空逢破あれば、即ち相應のあの一方に刑傷缺損あるを知る。

世居五六非成墓,應是賓山莫遇空,間作明堂宜旺相,明夷定有伏尸凶。世爻為坐山,又為主穴,如臨五六之爻,定見絕嗣之嘆。如在四爻之下後代繁華。應爻為賓山,若遇空、沖破,絕定對殘巖損壞之峰。間爻為明堂,旺相則廣闊,休囚定窄狹。官鬼為伏尸,若臨辰戌丑未正持世上,必被前人葬過,不可用也。

世爻もし五爻・六爻に落ちれば、墓穴を成す能わず。應爻は對面の賓山にして、落空するなかれ。間爻は明堂を代表し、旺相開闊に宜し。もし伏尸の象を犯せば、必定凶あり。世爻は坐山を代表し、また正穴を代表す。もし五爻・六爻に臨めば、必ず絕嗣の歎あり。もし四爻以下に在れば、後代繁華せん。應爻は對面の賓山を代表す。もし空亡に逢いあるいは沖破せられれば、正對面必ず殘巖敗峰ならん。間爻は明堂を代表す。旺相なれば則ち明堂寬廣、休囚なれば則ち明堂狹窄なり。官鬼は墓中の伏尸を代表す。もしそれ辰・戌・丑・未に臨みて正好持世せば、此地已に前人の葬りし所たるを說明し、再び用い可からず。

內克外爻憂損失,內生外卦得亨通,外離受克中房敗,外震逢生長分豐。凡占陰宅,以內卦為地,外卦為人,地若克人,必遭損失,人如克地,定見禎祥。地若生人,兒孫繁茂。人如生地,後代平常,要知那分榮枯,須察外臨何卦。書云:乾坤父母眾房吉,震巽二卦長房推,坎離便作中房論,末房艮兌看祥禧,所屬何房利不利,進退成敗皆可知。且如卜得未濟卦,內屬坎水,外屬離火,離被坎傷,便曰中房不利。又如水地比卦,內坤外坎,水遭土克,亦主中房不寧,又如雷水解及風水渙卦,俱是木賴水生震巽有氣,可斷畏房發福,餘皆仿此推詳。

內卦の外卦を剋するは、損失を憂慮せよ。內卦の外卦を生ずるは、纔めて亨通を得ん。外卦の離に属して剋を受ければ、中房敗落せん。外卦の震に属して生を得れば、長房興旺せん。およそ陰宅を占うは、內卦をもって地と爲し外卦をもって人と爲す。地もし人を剋せば、必ず損失に遭わん。人もし地を剋せば、反って禎祥を見ん。地もし人を生ぜば、兒孫繁茂せん。人もし地を生ぜば、後代平常なり。いずれの房か榮えいずれの房か枯るるを知らんと要せば、須らく外卦の是れいずれの卦なるかを看よ。書上に曰く、乾・坤は父母と爲して各房皆吉、震・巽兩卦は長房を看、坎・離は中房を作して論じ、末房は則ち艮・兌の祥和なるや否やを看る。いずれの房に属するか、利と不利、進退成敗皆此に由りて推知しうる。たとえば未濟卦を占得すれば、內卦は坎水に属し外卦は離火に属し、離火は坎水に傷られれば、即ち中房不利と說す。さらに水地比卦は內坤外坎にして、坎水は坤土に剋せられ、また中房不寧を主る。さらに雷水解卦と風水渙卦とは、皆外卦の木の內卦の水の來り生ずるを得て、震・巽氣あり、即ち長房發福と斷じうる。その餘各卦は皆此に照らして推詳せよ。

朝廷國事章第四

(以世爻為主,應象為佐,六合子旺為吉,六沖殺動為凶。)國泰民安,共際唐虞之化育,河清海晏,全資文武之匡襄。雲國之寧靖,民之太平,幸生堯舜之世,沾其化育。而黃河澄清,海波寧息,皆藉文臣武將之力匡扶而致冶也。

(國事を占うは世爻をもって主と爲し、應爻をもって輔と爲す。卦の六合に逢い子孫旺相なるを吉と爲し、卦の六沖に逢い凶煞發動するを凶と爲す。)國泰民安は、共に唐堯虞舜のごとき教化涵育に趕上せるを是とす。黃河澄清し四海寧靜なるは、全く文臣武將の匡正扶持に仗る。此れは國家の安寧・百姓の太平を說き、幸いに堯舜の世に生れ、その教化涵養を蒙受る。黃河水清く海波平息するがごとき太平の景象に至りては、皆文臣武將の力量の匡扶に倚仗して纔めて達成せる治世なり。

欲知宗社之安危,須審易爻而較量。宗社乃宗廟社稷六朝延治則安,亂則危,審析易理爻辭,而可剖決吉凶也。親宮為邦國,大忌空亡;本卦作朝堂,最宜旺相。本卦者,乃所占之卦名,親宮者,乃本宮之卦也,故為邦國朝堂,皆宜旺相興隆;大忌空亡墓絕。

宗廟社稷の是れ安か是れ危かを知らんと要せば、即ち須らく易卦の爻象を審察してもって衡量せよ。宗社の指すは宗廟と社稷にして、朝廷の治理好ければ即ち安定し、治理紊亂すれば即ち危殆なり。易理と爻辭とを細審せば、便ちその中の吉凶を剖斷しうる。本宮の卦は邦國を代表し、最も空亡に落つるを忌む。所占の本卦は朝堂を代表し、最も旺相に宜し。いわゆる本卦は、即ち占出せるあの一卦なり。いわゆる親宮は、即ち該卦の所属本宮の首卦なり。それら既に邦國と朝堂とを代表せば、皆應當に旺相興隆すべく、最も空亡に落ちあるいは墓絶に入るを忌諱す。

初屬黎元,吉曜當權培國本;二為士子,文昌得令煥文章。初民為邦本,欣臨吉曜,二士屬文明,喜值文昌。喜聚三垣,守令賢齊於渤海。喜者,天喜是也,若值二爻,則固守邑令賢能同於漢之龔遂也。昔龔為渤海太守,化民賣刀買牛故云。

初爻は百姓を代表し、吉星權を當てれば即ち國家の根本を培固しうる。二爻は士人を代表し、文昌令を得れば即ち文教を煥發せしめうる。初爻の百姓は邦國の本にして、最も吉星の位に臨むを喜ぶ。二爻の士人は文明の象に属し、最も文昌星に遇うを喜ぶ。天喜の星の三垣の位に聚るは、地方守令の賢能便ち渤海太守に比すべし。ここに說く「喜」は即ち天喜星なり。もし二爻に臨めば、即ち土を守るの縣令必定賢能にして、漢代の龔遂のごとし。當年龔遂は渤海太守を爲り、百姓を教化して刀劍を賣り牛を買い田を耕せしめたり。故に此のごとく說く。

貴臨四位,公侯績邁於汾陽。貴者,貴人星也,若臨四爻,則卿相公侯之政績過子唐之郭令公子儀,郭以文武全才輔佐肅宗克復西京,中興偉績,賜爵汾陽王故云。福德司權,君子進而小人退。福德者,即子孫,用爻值之則正人在位,邪佞潛蹤。青龍當道,干戈偃息文教丕興。

貴人星の四爻に臨むは、公卿侯伯の政績便ち汾陽王を超過せん。いわゆる「貴」は即ち貴人星なり。もし四爻に臨めば、即ち卿相公侯の政績は唐代の郭子儀に勝るべし。郭子儀は文武全才をもって唐肅宗を輔佐し、西京長安を收復し、中興の偉業を成就し、汾陽王に封ぜられたり。故に此のごとく說く。子孫福德權を掌れば、君子即ち進用し小人即ち退避す。福德は即ち子孫爻なり。用爻もし子孫に値れば、便ち正人位に在り邪佞潛藏す。青龍道に當たれば、兵戈止息して文教大興せん。

聖主躬占,當以世爻安帝座;臣民間卜,還將五位定君王。雲當今躬卜者,當以世爻而安帝座。臣庶推占,仍以五爻而為天子,各得具理斷無外誤。不臨克害刑沖,昇平四海。如值生扶拱合,玉帛萬方。克害刑沖,別章各有起例,若用爻不犯者,決主四海承平,萬民樂業。卦內相生相合,若拱若扶者,則殊方絕域皆來朝貢也。

天子親自占卦せば、即ち世爻をもって帝座を安放す。臣子百姓占卦せば、仍ほ五爻をもって君王と定む。此れは當今天子の親自卦を起こすは、應當に世爻を把ちて帝位と當作すべく、臣民百姓の推占するは、則ち仍ほ五爻をもって天子を代表すと說く。各々その理に按じて斷ずれば、決して出錯せざらん。用爻の剋・害・刑・沖を犯さざれば、四海便ち升平せん。もし生・扶・拱・合を得れば、萬方皆來りて玉帛を進獻せん。剋・害・刑・沖は各々別章に起例在り。用爻もし一樣も犯さざれば、必ず四海承平・萬民安居樂業を主る。卦內また相生相合・拱扶の象あれば、即ち遠方絕域もまた來りて朝貢せん。

宗廟管上爻,安靜,則邦家鞏固。宗廟者,專主社稷,若得比和安靜,則皇圖鞏盤石之安。歲星關世連,光芒則國祚綿長。歲星,即太歲也,關乎治亂光芒旺相也,若然值此,則國祚久遠無疆也。

宗廟は上爻の管轄する所にして、上爻安靜なれば、邦國便ち穩固せん。宗廟は專ら社稷を主る。もし上爻の他爻と比和してまた安靜なれば、皇家基業即ち磐石の安あらん。太歳は世爻と相關聯し、太歳光芒旺盛なれば、國運便ち綿長ならん。いわゆる歲星は即ち太歳にして、それ天下の治と亂とに關係す。いわゆる光芒は、即ちそれ旺相有氣なり。世爻もし正に旺相の太歳に値せば、國祚即ち久遠無疆ならん。

木位遇長生,會購買關星煥彩。木爻屬東方,為青宮太子之象,前星者,亦太子之星,煥彩,言其得位,如遇長生有氣,則德被長生。金官逢制陷,乃知逆節潛藏。金爻屬西方,主兵革之象,鬼殺為叛逆之人,如有制服或隨空亡墓絕,則不久潛消耳。

木爻の長生に遇うは、太子の前星便ち光彩煥發せん。木爻は東方に属し、是れ東宮太子の象なり。いわゆる前星も、また太子の星を指す。いわゆる煥彩は、それの位を得るを說く。木爻もし長生に遇いて氣あれば、太子の德澤便ち長久廣被しうる。金爻官鬼の制伏せられあるいは陷落するは、叛逆の事只だ潛藏して發せざるを知る。金爻は西方に属し、兵革の象を主り、鬼煞は叛逆の人を代表す。もし鬼煞の制伏を受け、あるいは空亡に落ち墓絶に入れば、即ち叛亂久しからずして自ら消弭せん。

糧餉論妻財,休臨敗絕。妻財為糧餉,興隆則國本克盈,衰敗則京儲匱乏。城池看父母,莫變刑傷。父母為城池旺相則有金湯之固,刑傷寧無殘缺之虞。禍福攸關於大象變通洞燭機微。吉凶不離於五行剖精研衰旺。人能格物致知,報應捷於影響。禍福吉凶關係,易之大象不離卦之五行,千態萬狀焉能悉戰?筮者當察其衰旺,自宜變通活潑,相機而斷,無有不驗,若響之應聲也。

糧餉は妻財爻を看、それの敗地・絕地に落つるなからしめよ。妻財は糧餉を代表し、それ興旺すれば則ち國庫充盈し、衰敗すれば則ち京城儲備匱乏せん。城池は父母爻を看、それの刑傷を變出するなからしめよ。父母は城池を代表し、旺相なれば即ち金城湯池の固あり。一旦刑傷を變出せば、殘缺崩壞の虞を免れ難し。禍福は卦の大象に關係し、須らく通盤變通し細微を洞察せよ。吉凶は五行を離る能わず、須らく精微を剖析し旺衰を研究せよ。人もし能く格物致知せば、應驗の快きこと回聲の聲音に隨うがごとし。禍福吉凶の關係は、全く《易》の大象と卦中の五行とに在り。千形萬狀いずくんぞ一々に說盡くすを得んや。占筮の人は應當に爻の衰旺を察看し、活靈變通し相機して斷ずべし。此のごとき應驗せざるなし。正に回聲の聲音に應答するがごとき迅捷なり。

出師征伐章第五

(以世應為主,福德為憑)。折殺執俘全憑勇略,觀時制變各用機謀,傳受黃姜之三略六韜,布演孔明之八門九遁,雖識奇門之勝負,還憑易卦之吉凶。彼我命將出師,各用謀臣參贊,故先賢授韜略之然國師布遁奇之陣,神策異謀決使全勝也。

(出兵征伐を占うは世爻・應爻をもって主と爲し、子孫福德爻をもって憑と爲す。)敵を殺し俘を擒えるは全く勇氣と謀略とに仗り、時機を觀察し隨機應變して各々心機を用う。黃石公の《三略》・姜太公の《六韜》を傳習し、諸葛亮の八門九遁を布演す。縱い奇門を用いて勝負を推斷するを懂得すとも、仍ほ須らく《易》卦に憑りて吉凶を斷定せよ。敵我雙方將領を任命して兵を出すに、各々謀臣ありて軍機を參贊す。故に前代の賢者は韜略の學を傳授し、國師は遁甲奇門の陣を布下し、神奇の方略・奇異の謀算を用いて全勝を確保す。

三略者,黃遁全上略、中略、下略也。姜子牙六韜者,文韜、武韜、龍韜、虎韜、豹韜、犬韜也。八門者,休生傷杜景死驚開是也。九遁者,乃陽數九遁陰數九遁也。運籌於帷幄之中,決勝於千里之外,功成名就則青史班班以貽後世,倘若勇無謀淺量編淺,機關一失,小則陷身失職,大則破國亡家。禍從此始,豈云小可哉?故曰雖識奇門之勝負,還評易卦之吉凶。

いわゆる《三略》は、黃石公の傳えし上略・中略・下略なり。姜子牙の《六韜》は、文韜・武韜・龍韜・虎韜・豹韜・犬韜なり。いわゆる八門は、即ち休・生・傷・杜・景・死・驚・開なり。いわゆる九遁は、即ち陽遁九局と陰遁九局なり。能く帷幄の中に運籌すれば、便ち千里の外に決勝し、功成名途げ、史册昭昭として、後世に留傳しうる。倘若只だ勇力ありて謀略なく器量淺薄なれば、一着失算して、小なれば即ち自身を害し職位を丟し、大なれば即ち國破れ家亡ぶ。禍患便ち此處より始まる。豈に小事と算せんや。故に說く、縱い奇門を用いて勝負を判ずるを懂得すとも、還お須らく《易》卦に憑りて吉凶を評斷せよ。奇門の定むる所は方位と時辰の宜忌にして、易卦の斷ずる所は纔めて彼我强弱と成敗の實情なり。

奇者,三奇,乙丙丁是也。門者,八門已注篇首,坎是休門,艮是生門、震是傷門、巽是杜門、離是景門、坤是死門、兌是驚門、幹是開門,雖曰八門豈為定例,自有超神接氣起例,而惟此門時時改易變化無窮,再與九星配合,以定吉凶。九星者,天心天柱居於金,天沖天輔居於木,天蓬居於水,天英居於火,天芮天禽天任居於土,凡決交征之勝負,須要奇門易卦二者皆精方與此事,乃得萬舉萬全。

いわゆる奇は、即ち三奇乙・丙・丁なり。いわゆる門は、即ち前面已に注明せる八門なり。坎宮は休門、艮宮は生門、震宮は傷門、巽宮は杜門、離宮は景門、坤宮は死門、兌宮は驚門、乾宮は開門なり。八門各々定位ありと說すと雖も、死格にあらず。別に超神接氣の起例ありて、八門時時改換し變化無窮なり。還お再び九星と配合して、纔めて吉凶を定出しうる。九星の五行の歸属は、天心・天柱は金に属し、天沖・天輔は木に属し、天蓬は水に属し、天英は火に属し、天芮・天禽・天任は土に属す。およそ兩軍交戰の勝負を判斷せんと要するは、必ず奇門と易卦の兩門皆精通して、纔めて此の事に參與するの資格あり。此のごとくして乃ち萬擧萬全ならん。

獨用奇門者,倘然彼此皆知二敵俱從吉門而進,豈得並勝乎?況奇門者,所用接氣超神為主,其中前後難評,倘若差之毫釐?謬之千里,況兵家得失所繫匪輕,務宜精細參詳,不可魯莽推測,其中更有太乙統宗,天之數也。奇門遁甲,地之數也。大六壬,神人之數也。二數總歸八卦,諸般不離五行。

もし只だ奇門を用いれば、萬一敵我雙方皆奇門を懂り、兩邊皆吉門より進兵せば、豈に雙方同じく勝つ能わんや。しかも奇門は接氣超神を以て主と爲し、その中の前後取用甚だ評定し難く、一旦毫釐に差えば、便ち千里に謬る。しかも用兵の得失は關係重大にして、務めて精細參詳し、魯莽に推測すべからず。此の外にまた《太乙統宗》あり。あれは天の數術なり。奇門遁甲は地の數術なり。大六壬は神と人の數術なり。此の幾種の數術は總歸皆八卦に本づき、各般の變化皆五行を離る能わず。

軍中雖用奇門遁甲並大六壬等數者,曾如易卦與衰動靜生克瞭然,不但推軍務之一端,而更指萬民之趣避。易卦者,上應天時下通人事,彰往察來,慎損益盈虧之理,開物成務驗休咎存亡之機。衡者必要精詳,庶無差誤也。

軍中は奇門遁甲と大六壬これらの術數を用いると雖も、いずくんぞ《易》卦の旺衰・動靜と生剋とを講じることあのごとく清清楚楚たるに比せんや。它不但に軍務此の一端を推斷し、更に能く萬民を指點して吉に趨り凶を避けしむ。《易》卦は上は天時に應じ下は人事に通じ、既往を彰明し將來を察知し、謹んで損益盈虧の道理を守り、物理を開通し事務を成就し、休咎存亡の機微を驗證す。此れを執りて斷ずる人は必ず精細詳審して、始めて差錯あるに至らざらん。

鬼煞司權,縱往開休生,不吉。福神當道,雖行傷死杜,無殃。煙波釣叟歌云:八門若遇開休生,諸事逢之總稱情。凡卜出兵之卦,最嫌官鬼交重,鬼如動者,縱往吉門,決難取勝。若行子孫旺相發動或持世爻,雖踐凶門,亦無所害。

官鬼と凶煞とが權を當てば、縱い開門・休門・生門此の三吉門より兵を出すとも、不吉なり。子孫福神權を當てば、即便ち傷門・死門・杜門これらの凶門を走るとも、災殃有る能わず。《煙波釣叟歌》に曰く、八門もし開・休・生に遇えば、諸事これに逢えば總じて稱心す、と。然るにおよそ出兵を占うの卦は、最も官鬼の交重發動を忌む。鬼爻一たび動けば、縱い吉門より兵を出すとも、決して勝ち難し。反ってもし子孫爻の旺相發動しあるいは世を持せば、踏む所は凶門なりと雖も、妨害する所なし。

鬼值坤宮卻嫌死戶,子臨兌卦惟利驚門。傷戶雲凶,震動將星徵反勝,休門曰吉,坎興大殺戰還輸。艮內發青龍生方大利,幹中搖白虎開處非宜,離福交重景上行來能喜悅,巽宮發動杜門戰去甚暌違。將軍兵卒,要知忌入何門,利行何向,須推鬼值何宮,官臨何象,莫入其門。又看子居誰卦,福在誰爻,宜由此戶。且如坤宮鬼動,大忌死門。兌卦子搖,驚門可進,傷門為禍害,震宮有將星福德乃為佳。將星起例,正月午、二月卯、三月子、四月酉、五月又到午,土只此四位,周而復始,休戶作禎祥。

官鬼の坤宮に落つれば、即ち坤宮の死門を走るを忌む。子孫の兌卦に臨めば、反って兌宮の驚門を走るに利あり。傷門は本に凶と說すれど、可もし震宮もし將星を動かせば、出征反って勝を得ん。休門は本に吉と說すれど、可もし坎宮もし大煞を興せば、交戰仍ほ輸せん。艮宮に青龍發動あれば、生門此の一方より進兵大いに利あり。乾宮に白虎搖動あれば、開門より出づれば便ち相宜ならず。離宮子孫交重發動すれば、景門を走りて行けば便ち喜悅あり。巽宮官鬼發動すれば、杜門より去りて交戰すれば大いに乖違せん。將官士卒は忌走するはいずれの一門か、利往するはいずれの一方かを知らんと要せば、即ち先ず官鬼のいずれの一宮に落ち、いずれの象に臨むかを推して、あの一門は便ち入るべからずとし、再び子孫のいずれの一卦に落ち、福神のいずれの一爻に在るかを看て、即ちあの一門より出兵すべしとす。たとえば坤宮鬼動なれば、大いに死門を忌み、兌卦子孫搖動すれば、驚門便ち進兵すべし。傷門は本に禍害を主るれど、但し震宮もし將星と福德と同じく在れば、反って好き事なり。將星の起例は、正月は午に在り、二月は卯に在り、三月は子に在り、四月は酉に在り、五月はまた午に回りて、只だ此の四個の位置の上に週而復始す。休門は本に禎祥を主る。

坎卦有大煞,鬼爻難獲福。大煞起例云:正犬、二蛇、三月馬、四未、五寅、六卯當、七辰、八亥、九忌鼠、十牛、十一在申方,十一金雞為大煞,國家遇此豈安邦?福帶青龍搖艮丙,如進生門,人獲全功,鬼臨白虎動幹中,縱入開門未能取勝。離家子動,宜步景門,巽土官興,杜門莫往。

可もし坎宮もし大煞あり、また鬼爻あれば、福を得ず。大煞の起例は、正月は戌(犬)に在り、二月は巳(蛇)に在り、三月は午(馬)に在り、四月は未に在り、五月は寅に在り、六月は卯に在り、七月は辰に在り、八月は亥に在り、九月は子(鼠)を忌み、十月は丑(牛)に在り、十一月は申に在り、十二月は酉(金雞)に在りて大煞と爲す。國家これに遇えば、いかんぞ邦を安んぜんや。子孫の青龍を帶びて艮宮に搖動するは、もし生門より進兵せば、人人全功を建つべし。官鬼の白虎を帶びて乾宮に發動するは、縱い開門を走るとも勝を取る能わず。離宮子孫發動すれば、景門を走るに宜し。巽宮官鬼興起すれば、杜門は即ち去るなかれ。

乙丙丁奇,得無不利。庚辛癸煞,見無不凶。乙者日奇,丙者月奇,丁者星奇,甲變三奇自然吉利。如變庚辛癸象,皆不為祥,要知卦配十干,須看範圍。數丙天祿訣云:壬甲從幹起,乙癸向坤求,丙向艮方取,丁出兌家遊,戊自坎中覓,已用離為頭,庚震及辛巽,天祿最為攸。

乙・丙・丁の三奇は、それを得れば利あらざるなし。庚・辛・癸の三煞は、それを見れば凶ならざるなし。乙は日奇、丙は月奇、丁は星奇なり。甲の三奇を變出するは、自然吉利なり。もし庚・辛・癸の象を變出せば、皆吉祥ならず。八卦いかにか十の天干に配するかを知らんと要せば、須らく《範圍數》を看よ。その中《天祿訣》に曰く、壬と甲とは乾卦より起こり、乙と癸とは坤卦に向かい求め、丙は艮方に向かい取り、丁は兌家より出でて游び、戊は自ら坎中に覓え、己は離を用いて頭と爲し、庚は震に配して辛は巽に配す。此れ即ち天祿の所在なり。

訣內震巽坎離艮兌各屬一千,惟乾坤二象每屬二下,又接陰陽之道,冬至後陽令之時,幹者內甲外壬,坤者內乙外癸。夏至後陰升之節,幹者內壬外甲,坤者內癸外乙。又論也兵冬至後,卜得幹之遁卦,即甲變月奇,又如干之履卦,即甲變星奇,設若干之否卦,即甲變日奇。如此卦爻得之大勝。又論夏至後,卜得否之歸妹,甲被庚傷,幹之巽卦。甲遭辛克,凡得此等卦爻,人宜出戰者也。

此の口訣の裡に、震・巽・坎・離・艮・兌の六卦は各々一個の天干に配し、唯だ乾・坤の兩卦は各々兩個の天干に配す。再び陰陽消長の道に依りて內外を分かつ。冬至以後陽氣令に當たれば、乾卦の內爻は甲を納し外爻は壬を納し、坤卦の內爻は乙を納し外爻は癸を納す。夏至以後陰氣上昇すれば、乾卦の內爻は壬を納し外爻は甲を納し、坤卦の內爻は癸を納し外爻は乙を納す。さらに用兵を說かば、冬至以後乾卦の遁卦に變ずるを占得するは、即ち甲の月奇丙を變出するなり。乾卦の履卦に變ずるを占得するは、即ち甲の星奇丁を變出するなり。もし乾卦の否卦に變ずるを占得せば、即ち甲の日奇乙を變出するなり。此のごとき卦爻を得れば、出戰必然大勝せん。さらに夏至以後否卦の歸妹に變ずるを占得するは、是れ甲の庚金に傷られしなり。乾卦の巽卦に變ずるを占得するは、是れ甲の辛金に剋せられしなり。およそ此類の卦爻を得れば、文義に按じて應當に出戰に宜しからざるなり。此處底本の文字に脫誤あり。

伏吟反吟犯者,急須迴避。大煞劫煞動時,切莫交征。欲識伏吟反吟之法,當明卦按十二地支,亦看範圍數內,地福訣云:子向北方坎、丑寅艮上山、卯起東方震、辰巳巽風間、午見南離火、未申坤地關。酉在兌方,取戌亥屬乾垣。如占交戰最忌伏吟反吟。伏吟者有二:有卦犯伏吟、有爻犯伏吟。卦犯者如干見幹、坎見坎之類八純卦是也。爻犯者,如寅變寅、辰變辰之類,隨變夬,需變屯卦是也。

卦の伏吟・反吟を犯すは、急いで回避して兵を出すなかれ。大煞・劫煞發動の時は、切に敵と交戰するなかれ。伏吟・反吟を認識するの方法は、先ず八卦の各々十二地支に配するを明白にするを得ん。此れ《範圍數》の裡にもまた查しうる。《地福訣》に曰く、子は北方に在りて坎に属し、丑・寅は艮山の上に在り、卯は東方震位より起こり、辰・巳は巽風の間に在り、午は南方離火を見、未・申は坤地關口に在り、酉は兌方に在り、戌・亥は乾垣に属す、と。交戰を占うは最も伏吟と反吟とを忌む。伏吟に兩種あり。一は卦の伏吟を犯し、一は爻の伏吟を犯す。卦の犯するは、乾の乾を見、坎の坎を見るごとき八純卦の類なり。爻の犯するは、寅の寅に變じ、辰の辰に變ずるの類、隨卦の夬卦に變じ、需卦の屯卦に變ずるがごとき即ち是れなり。いわゆる伏吟は、伏枕呻吟の義を取る。本爻變じ來り變じ去りて仍ほ是れ自己にして、事情原地に打轉して進退兩難なり。

反吟者亦有二:有卦犯反吟、有爻犯反吟。卦犯者,下巽上幹;姤卦之類,或幹變巽、巽變幹皆是也。行兵之際又忌大煞,劫煞交重。大煞起例已注章首。劫煞起例,雲正月逢亥,二月申、三月隨蛇、四月寅、五月循還又到亥,周而復始定其神,煞興天獄煞同,出征者以上反吟。伏吟大煞、劫煞犯一不祥,無犯方美也。

反吟にもまた兩種あり。一は卦の反吟を犯し、一は爻の反吟を犯す。卦の犯するは、下卦巽・上卦乾の姤卦の一類のごとき、あるいは乾の巽に變じ、巽の乾に變ずる、皆此の列に属す。用兵の時また大煞・劫煞の交重發動を忌む。大煞の起例は已に本章の開頭に注せり。劫煞の起例は、正月は亥に在り、二月は申に在り、三月は巳(蛇)に在り、四月は寅に在り、五月また循環して亥に回り、此のごとく週而復始して此の煞神を定出す。此の煞興動すれば、天獄煞と同じく論ず。出征の人は、およそ上面の說く所の反吟・伏吟および大煞・劫煞を犯せば、只だ一樣に犯上れば便ち不吉祥にして、一樣も犯さざれば纔めて完美と算す。

易卦之中,大忌六爻興二鬼。奇門之內,最喜三奇游六儀。軍中之卦,最嫌官鬼爻興,倘遇二官皆動,禍不可當。縱然一鬼動變鬼爻亦有患害。奇門之法,卻喜三奇,若在六儀之上,其美倍加。六儀者,甲子、甲辰、甲申、甲午是也。又開甲午、甲戌,利見星奇。甲子、甲申,日奇喜遇。甲寅、甲辰、月奇更吉。雖曰三奇游六儀,亦謂三奇得使者也。經云三奇得使誠堪取,六甲遇之非小裱。乙逢犬馬丙鼠猴,六丁壬女騎龍虎。譬如夏至後,幹之泰、遁之艮者是也。此等卦中,丙得子孫臨日月,一應與兵佈陣必有禎祥。

《易》卦の中、最も六爻の裡に兩重の官鬼を興すを忌む。奇門の內、最も三奇の六儀に游臨するを喜ぶ。軍中の占う所の卦は、最も官鬼爻の興動を嫌う。倘若兩重の官鬼皆動かば、禍患抵當すべからず。縱い只だ一個の鬼爻發動してまた鬼爻を變出すると雖も、また一樣に患害あり。奇門の法は卻って三奇を喜び、三奇もし六儀の上に落つれば、好處加倍す。六儀は甲子・甲辰・甲申・甲午これらの甲旬の首を指す。別に一說あり。甲午・甲戌は星奇丁を見るに利あり、甲子・甲申は日奇乙に遇うに宜しく、甲寅・甲辰は月奇丙を得るは更に吉。雖說「三奇游六儀」なれど、其の實講ずる所は即ち「三奇得使」なり。經書の上に曰く、三奇得使は確かに取るべく、六甲これに遇うは決して小可にあらず。乙は戌馬に逢い、丙は子猴に逢い、丁は壬と遇いて龍虎の位に當たる、と。譬えば夏至以後乾卦の泰卦に變じ、遁卦の艮卦に變ずるを占得するは即ち此種の情形なり。此類の卦中もし丙火子孫また日辰月建に臨めば、およそ出兵布陣に必ず吉祥あり。

卦若興隆,七縱七擒皆逐意。門如旺相,百戰百勝總如心。旺衰能辨乎盈虧,動靜可知乎興息。八卦旺衰又不取乾兌金、震巽木、坎水、離火、坤艮土也,自有八節而生八卦,各按其時立春至春分,艮旺震相,春分至立夏,震旺巽相,立夏至夏至,巽旺離相,夏至至立秋,離旺坤相。立秋至秋分,坤旺兌相。秋分至立冬,兌旺幹相。立冬至冬至,幹旺坎相。冬至至立春,坎旺艮相。凡占出戰,以內卦為我,外卦為他。若得內旺外衰,更遇吉神發動,東征西討威鎮華夷。

卦象興隆なれば、即ち諸葛亮の孟獲を七擒七縱せしがごとき樣樣に稱意しうる。門戶旺相なれば、即ち百戰百勝し事事心のごとくならん。旺衰より盈虧を辨出し、動靜より興息を知るを得ん。八卦の旺衰は並びに乾兌は金に属し、震巽は木に属し、坎は水に属し、離は火に属し、坤艮は土に属するを按じて取るにあらず、而是れ自ら八節に八卦を生ずるの規矩ありて、各々時令に按じて定む。立春より春分に至るは、艮旺して震相す。春分より立夏に至るは、震旺して巽相す。立夏より夏至に至るは、巽旺して離相す。夏至より立秋に至るは、離旺して坤相す。立秋より秋分に至るは、坤旺して兌相す。秋分より立冬に至るは、兌旺して乾相す。立冬より冬至に至るは、乾旺して坎相す。冬至より立春に至るは、坎旺して艮相す。およそ出戰を占うは、內卦をもって我方と爲し外卦をもって敵方と爲す。もし內卦旺にして外卦衰し、再び吉神發動に遇えば、即ち東征西討して、威は華夏と四夷とに震わん。

奇門亦有旺衰,亦皆按於八節,立春後生門太旺,春分後傷門當道,只嫌大象少加,反取木能生火,景門用之。立夏後,杜門雖旺亦不為祥,故取火相景門用之得勝。夏至後,正值景門大吉。立秋後,雖今死門不宜前進,當取金相驚門。秋分後,驚門之令進無不亨,水相開門亦吉。立冬後,開門正旺,休作相門,二房俱美。冬至後,休旺生相二門,俱能迪吉。

奇門の八門にもまた旺衰あり、同じく八節に按じて分かつ。立春以後生門最も旺なり。春分以後傷門令に當たるも、只だ傷門本身吉象ならざるを嫌い、即ち木の能く火を生ずるの道理を取りて、改めて景門を用いる。立夏以後杜門旺なりと雖も吉祥ならず。故に火氣の相を得たる景門を取りて用い、纔めて勝を取りうる。夏至以後正に景門令に當たり、大吉なり。立秋以後是れ死門令に當たると雖も、前進に宜しからず。應當に金氣の相を得たる驚門を取るべし。秋分以後驚門令に當たり、進兵亨せざるなし。水氣の相を得たる開門もまた吉なり。立冬以後開門正旺し、休門は相門と爲りて、兩門皆美なり。冬至以後休門旺して生門相し、兩門皆吉利に引きうる。

六爻安靜宜守不宜攻,二卦交重利徵不利止。卦爻安靜更無暗動者、應又不克世爻,只宜堅壁不出。二卦者,內外也。若內動外搖,速宜出戰,停留則長彼之智矣!內城本寨,外是他營。內卦與本宮皆為本國,又為我之營寨。他宮與外卦咸作他邦,更作彼之營寨。內卦興,則吾營堅固。外卦弱,則彼寨蕭條。

六爻安靜なれば、堅守に宜しく進攻に宜しからず。內外兩卦皆動爻あれば、出征に利ありて兵を按じて動かざるに利あらず。卦爻安靜にして、また暗動の爻なく、應爻もまた來りて世爻を剋せざれば、即ち只だ堅壁固守し營を閉ぢて出でざるに宜し。いわゆる二卦は、即ち內卦と外卦なり。もし內卦動き、外卦も搖れ、即ち迅速に出戰すべく、拖延し下げば反って敵の算計を長ぜん。內卦は我方の城池營寨にして、外卦は敵方の軍營なり。內卦および本宮は皆本國を代表し、また我が軍營寨を代表す。他宮と外卦とは皆敵國を代表し、また敵の軍營寨を代表す。內卦興旺なれば、我營堅固なり。外卦衰弱なれば、敵寨蕭條たり。

世為主師之謀,應用賊魁之計。夫交兵對敵必分彼我,方決輸贏。故以世為主將,應作賊魁。如世旺則主將心忠力勇,若旺動則耀武揚威,勤以廝殺。世若衰微,則聽卑智陋。世若衰動,謀孤勢寡強施為。如應值旺相,彼必強梁善略。應若休囚,則彼懦無能。故經云:一卦中間主宰,莫非憑世應。

世爻は我方主帥の謀略を代表し、應爻は敵方首領の計策を代表す。およそ交兵對敵は、必ず先ず彼我を分清して、纔めて輸贏を判定しうるを要す。故に世をもって主將と爲し、應をもって賊首と爲す。世爻旺相なれば、主將忠心にして勇武なり。旺にしてまた動けば、即ち耀武揚威して奮力廝殺せん。世爻衰微なれば、主將見識淺陋にして只だ人に擺布せらるるを會す。世爻衰にして動くは、是れ謀略孤陋にして勢力單薄なるも勉强に兵を用う。應爻もし旺相なれば、敵人必定强悍にして謀略を善くす。應爻もし休囚なれば、敵人便ち懦弱無能なり。故に經書の上に曰く、一卦の中の主宰は、無非只だ世爻と應爻とに憑る、と。

安營立寨,推八卦之顯幽。監陣交鋒,闡各爻之生克。行兵出戰,先要擇地安營。易卦之中,自有九宮八卦也。如干宮利於西北之地。巽卦利於東南之方,餘皆仿此。各爻者,一卦之間上下六爻,竟不知有變出六爻、有伏出六爻、又有互卦作用之爻。六爻之內,有彼生我、我生彼,有我克彼、彼克我。須詳彼此吉凶,已決輸贏之理。

營を安んじ寨を立つるに、八卦方位の顯と隱とを推すを要す。陣に臨み交鋒するに、各爻の間の生と剋とを闡明するを要す。行軍出戰は、先ず地を擇びて營を安んず。易卦の中に本來九宫八卦の方位あり。たとえば乾宮は西北の地に利あり、巽卦は東南の方に利あり、その餘は此に照らして類推す。いわゆる各爻は、一卦の上下六爻なり。世人竟に知らず、本卦の六爻を除きての外に、還お變出の六爻・伏藏の六爻、および互卦中の用いうべき爻のあらんことを。此の六爻の間に、他の我を生じ、我の他を生ずるあり、また我の他を剋し、他の我を剋するあり。必ず彼此の吉凶を詳審して、纔めて輸贏の道理を判定しうる。

世克應爻,師勇兵強剿伐。應傷世象,賊多凶熾莫攖鋒。如世克應爻者,則我決勝。世若旺動而帶福神克應,克鬼者,則席捲長驅、勢如破竹,一戰而奏凱矣!世若旺克而不帶吉神動助,反被日辰動爻克世者,雖能取勝未獲全功。若世衰應旺,彼雖受克,只可禦敵而已。未得奇謀善策大專征伐。若世化子孫應化官鬼者,宜以假途滅敵,又不可復戰邀功,若子孫伏於世下而沖應克應者,必須暗渡陳倉。

世爻の應爻を剋するは、是れ我軍兵勇將强にして進剿すべし。應爻の世爻を傷るは、是れ敵衆勢凶にして硬くその鋒に碰るべからず。世爻の應爻を剋するは、我方決定得勝す。世爻もし旺相發動し、また子孫福神を帶びて應爻を剋し官鬼を剋せば、即ち席捲長驅して勢い破竹のごとく、一戰奏凱せん。世爻旺にして剋すと雖も、卻って吉神發動の相助なく、反って日辰あるいは動爻の來り世を剋するは、雖に勝を取る能うとも全功能わず。もし世衰して應旺なれば、敵人受克するを雖も、我方もまた只だ防禦するのみにして、奇謀良策を用い大擧征伐を談ずるに足らず。もし世爻の子孫を化出し、應爻の官鬼を化出せば、宜しく假道滅虢の一類の計策を用いて勝を取るべく、再戰して功を邀るべからず。もし子孫の世爻の下に伏して應を沖し應を剋し去れば、即ち必ず暗度陳倉の計を用いよ。

如應克世者,必定彼贏,暫且按兵守候。應若旺而克世者,其勢決識。應旺而動克世或同旺相鬼煞來克者,彼必合謀而夾戰,機關匡測。應上若加兄弟非常詭譎,加玄武必定偷營,加白虎,猖獗突甚。

もし應爻の世爻を剋せば、必定敵方得勝し、我方暫且兵を按じて守候せよ。應爻の旺相にして世を剋するは、敵勢の强きこと確かに知るべし。應爻既旺また動きて來り世を剋し、あるいは旺相の鬼煞と一同に來り世を剋するは、敵人必定合謀して兩面より夾攻し、機關測度し難し。應爻の上もし兄弟を加えれば、敵人非常に詭詐なり。玄武を加えれば、必定來りて營を偷まん。白虎を加えれば、その猖獗突襲尤も厲し。

殺不克身,值交重無大害。殺如傷世,雖居安靜且休徵。夫殺者,大煞也,有劫煞、也有亡神、又有小白虎、大白虎,官鬼亦作殺神也。若諸殺或旺或動不克身世者,決無大害,若不旺不動而所克,害於身世者,必然生禍,謹慎提防。若諸殺或旺或動來克身世者,其禍驟來決非小可。若殺並日辰沖剋靜世者,名為暗動,必有陰謀竊劫之患,欲察何時來害,須推鬼煞生旺之期。故經云福來而不知,禍來而不覺,正此之謂也。

凶煞身世を剋せざれば、縱い交重發動すとも大害なし。凶煞もし世爻を傷れば、即便ちそれ安靜不動にしても、暫且出征するなかれ。いわゆる「殺」は、即ち大煞なり。此の外に還お劫煞・亡神および小白虎・大白虎あり、官鬼もまた殺神と算作す。此れらの凶煞もし旺なりと雖も、動くと雖も身世を剋せざれば、決して大害なし。もしそれら既不旺ならず亦不動なれど、卻って正好身世を剋害せば、また必定禍を生ず。須らく謹慎提防せよ。もし既旺また動きて來り身世を剋せば、那の禍事骤然に至り、決して小可にあらず。もし凶煞の日辰と一同に安靜の世爻を沖剋するを、「暗動」と叫び、必ず陰謀偷襲劫掠の患あり。いかなる時か來り害せんかを察看せんと要せば、鬼煞生旺の日期を推せよ。故に經書の上に「福來りて知らず、禍來りて覺えず」と曰うは、正に此種の情形を指す。

大煞、劫煞,例注在前,亡神殺例云:正月起亥順行十二位是也。小白虎,即庚辛日起白虎是也。大白虎者,正月起申順行十二位是也。世陷,我軍有難。應空,賊寇罹危。凡世為主將,惟伏雄強對壘折衡,豈宜空陷於?若值旬空,或臨月破宮,不可妄自爭先,先則有害,犀則有益。單爻屬陽,發為老陽,而主過去之由,又云陽主迅速,故世居陽象,兵貴神速,速行大利,犀則大害。此係大理,故不瑣耳。

大煞と劫煞の起例は已に前面に注せり。亡神煞の起例は、正月は亥より起こり、順行して十二位を經る。小白虎は、即ち庚辛日に按じて起こす白虎なり。大白虎は、正月は申より起こり、順行して十二位を經る。世爻落陷すれば、我軍難あり。應爻落空すれば、敵寇危に遭う。世爻は主將を代表し、只だ雄强の勢をもって纔めて敵と對壘折衝しうるに、いかんぞ落空陷空すべきや。世爻もし旬空に値し、あるいは月破に逢えば、即ち貿然に先に兵を出す可からず。先んずれば害あり、稍や緩めば反って益あり。單爻は陽に属し、發動すれば即ち老陽にして、已往の事を主る。また陽は迅速を主ると說く。故に世爻の陽象に居る時は、用兵は神速を貴び、速行は大利、遲緩は則ち大害なり。此れ大原則にして、便ち再び一々に細說せず。

父乃旌旗,舒捲當憑乎動靜。財為糧草,盈虛可決於興衰。營中旌旗以父為用爻,旺相帶表青龍,則繡金華麗。加朱雀則書彩鮮明,旺而又動,則高張大旗導引飄飄。若衰墓而逢白虎,則腐壤敝舊。空而又絕,或少或無縱有必然損破,但得安靜,則世熊咸寧矣!

父母爻は旌旗を代表し、旗幟の是れ舒展か是れ卷收かは、全く此の一爻の動靜に憑る。妻財爻は糧草を代表し、糧草の是れ豊盈か是れ空虚かは、此の一爻の興衰に由りて判定しうる。軍營中の旌旗は父母爻をもって用神と爲す。旺相にして青龍を帶ぶれば、旗幟金繡華麗なり。朱雀を加えれば、則ち彩繪鮮明なり。既旺また動けば、則ち大旗高く張り導引飄揚せん。もし衰弱入墓してまた白虎に逢えば、旗幟即ち腐朽破舊せん。もし既に落空また入絕すれば、旗幟あるいは少なしあるいは無し。縱いあれど必定損破せん。只だ此の一爻安靜なれば、軍中形勢便ち皆安寧なり。

諺云:三軍未發,糧草先行。故卦中之妻財,作車馬之糧草。如財爻旺相,是兵糧豐盛,馬草盈餘。玄武興,謹防偷竊。兄弟興,決然搶奪。若財爻衰墓,糧不多而草不肥。卦內無財,若得子化財爻,必去粼邦借貸。此象若空若絕,糧草或失或無。

諺語に曰く、三軍未だ動かざるに、糧草先行す、と。故に卦中の妻財爻は、便ち車馬の糧草と當作して看る。財爻旺相なれば、是れ兵糧豊盛にして馬草餘裕あり。もし玄武興動せば、須らく謹んで人の偷竊を防げ。もし兄弟興動せば、必定搶奪に遭わん。財爻もし衰弱入墓せば、即ち糧多からず草肥えず。卦內財爻なければ、もし子孫の財爻を化出するを得ば、即ち鄰國に到りて借貸籌措するを要す。此の一爻もし落空し、もし入絕せば、糧草は丟失ならざれば即ち根本になし。

子作先鋒,旺則強,而衰則弱。兄為伏寇,現則有,而空則無。子孫為現之雄兵,是當先鋒之論。若逢旺相,必智勇兩全之將,若帶吉神而能克應者,則冒險衡鋒爭先首捷唾手可成功矣!子孫倘遇衰墓,則柔懦無謀,難充斯任。兄弟乃好佞之神,即為埋伏之賊,若逢沖動,必在埋伏之兵,須防暗害,欲知何時有犯,必推生旺日時為期,若絕若無,則不必慮矣!

子孫爻は先鋒を作し、旺相なれば即ち强く、衰弱なれば即ち弱し。兄弟爻は埋伏の敵寇にして、それ卦中に出現すれば即ち伏兵あり、落空すれば即ち無し。子孫は現有の精兵を代表し、正に先鋒の任に當たる。もし旺相に逢えば、必ず智勇雙全の將領なり。もし吉神を帶びてまた能く應爻を剋せば、即ち險に冒り鋒に當たり、先を爭い捷を首とし、成功は唾手可得なり。子孫もし衰弱入墓せば、即ち柔懦無謀にして、此の重任を擔うに足らず。兄弟は奸佞の神にして、正に埋伏の敵寇を代表す。もし沖せられて暗動せば、必ず側に伏兵ありて暗害を防ぐを要す。いかなる時か來り犯さんかを知らんと要せば、即ちそれ生旺の日時を推して應期と爲せ。それもし入絕し、もし卦に上らざれば、便ち顧慮するを必とせず。

父母興隆機關炯炯,妻財發動,兵甲紛紛。子孫為兵之用,父母為子之忌,若父母旺而興,則機關迭出,詭策多端,是為傷兵之兆。若子旺父衰,則將勇兵強可作可為也。官鬼為彼之用,妻財為鬼之助。彼本不興兵,財爻一發,則鬼逞豪強,故士卒縱橫兵戈擾攘,惟要財靜,則官鬼孤立無助,自然太乎矣!

父母爻興旺なれば、敵方機關重重にして層出窮まらず。妻財爻發動すれば、敵方兵甲紛紛として起こらん。子孫は我軍士卒の取用の神にして、父母は子孫の忌神なり。父母もし旺にして興動せば、敵人機關迭出して詭計多端なり。此れ我兵傷受くるの徵兆なり。もし子孫旺にして父母衰なれば、即ち將勇兵强にして、作爲有るべし。官鬼は敵方の取用の神にして、妻財は官鬼の幫手なり。敵人本來兵を興さんと欲せざれど、財爻一たび動けば、鬼即ちその豪强を逞しくし、是に士卒縱橫して兵戈擾攘せん。只だ財爻安靜なれば、官鬼便ち孤立無援にして、自然太平無事なり。

兄象單興,恐有絕糧之患。父爻獨發,豈無傷卒之憂。兄弟專主奸險之事,若在卦中獨發,旺帶白虎,則彼行凶聲劫。衰監玄武,必被陰謀抽竊若得日辰剋制兄弟,雖見行劫決不失脫,乃伏木牛流馬之固耳。父母能克子孫,若在爻間單動,則我兵大忌,又旺帶凶煞,決被刑傷。若休加吉神,則彼勢稍稍亦非小視哉。

兄弟爻單獨興動すれば、恐怕斷糧の患あり。父母爻獨自發動すれば、怎能傷兵の憂なからんや。兄弟は專ら奸險の事を主る。もし卦中に獨發し、旺相また白虎を帶ぶれば、敵人即ち明火執仗して來り搶劫せん。衰弱にして玄武を帶ぶれば、必定人に暗中偷竊せられん。もし日辰の兄弟を克制するを得ば、雖に搶劫に遇うとも決して失落に至らず。譬えば木牛流馬のごとき牢靠なる轉運あるがごとし。父母能く子孫を剋す。もし父母爻位の中に單獨發動せば、是れ我軍の大忌なり。再び旺相して凶煞を帶ぶれば、士卒決定刑傷に遭わん。即便ちそれ休囚にして吉神を帶ぶとも、敵勢稍や減ずれど、また小看すべからず。

福化文書,兵必驕而後悔無及。子之兄弟,將雖弱而大獲全功。父母為子之大忌,若子變父者,乃是用變忌神,而克伐猶雪獅之向陽,初張威勢,日漸日蘇,大有刑傷噬臍無及矣!兄弟為子之元神,得子化兄者,乃是用化元神而扶助,如猛虎之添翼,越有精神百戰百勝大獲全功矣!

子孫の父母文書を化出するは、士兵必ず先ず驕縱して而る後悔ゆるも及ばざるなり。子孫の兄弟を化出するは、將領弱きと雖もまた能く大いに全功を獲ん。父母は子孫の大忌神なり。子孫もし父母を變出せば、即ち用神の忌神を變出して、反って自己を剋伐す。譬えば雪獅子の太陽に向かうがごとく、起初は還お威勢を張揚すれど、日子長くなれば便ち漸漸消融して、終に刑傷を受け、後悔するも及ぶに暇あらざるなり。兄弟は子孫の元神なり。子孫もし兄弟を化出せば、即ち用神の元神を化出して自己を扶助す。譬えば猛虎の雙翼を添えたるがごとく、越發に精神にして、百戰百勝し大いに全功を獲ん。

福遇青龍,必出忠良之將。子監白虎,當差猛勇之軍。若子遇青龍,必赤膽忠心之捷將,又加祿馬貴人,必智勇謀略之士耳。子為兵卒,若臨小白虎,雖然衰弱亦是壯強之卒。若臨大白虎,必是驍勇猛烈之雄兵也。

子孫爻の青龍に遇うは、必定忠良の將領を出さん。子孫爻の白虎に臨むは、正當に勇猛の軍隊を派遣すべし。子孫もし青龍に遇えば、必ず赤膽忠心にして善く戰うの將才なり。再加えて祿馬・貴人あれば、必ず智勇兼備して謀略に富める之士ならん。子孫は兵卒を代表す。もし日辰の起こす所の小白虎に臨めば、縱い衰弱なりともまた壮健の卒なり。もし月建の起こす所の大白虎に臨めば、必ず驍勇猛烈の精兵ならん。

劫煞乃是凶星,怕臨鬼動。亡神謂之惡曜,忌並官興。官鬼謂之賊魁,若休衰,可戰易剿。若旺相,必是強梁謀勇之賊。若遇發動,則不可抵擋,豈可再加凶煞並行乎?凶煞者,即劫煞、太煞、亡神也。列注在前。若官鬼發動,勾同諸煞來克身世者,決主彼勢猖獗,我軍大有損傷。

劫煞は凶星にして、最もそれの官鬼に臨み一同に發動するを怕る。亡神は惡曜にして、それの官鬼と同時に興起するを忌む。官鬼は賊首を代表す。それもし休囚衰弱なれば、出戰し易く剿滅しうる。もし旺相なれば、必ず强悍にして謀あり勇ある賊寇なり。もしまた發動せば、即ち抵當すべからず。怎么還お再加えて凶煞の同行に禁ぜんや。いわゆる凶煞は、即ち劫煞・大煞・亡神にして、起例皆前面に列す。もし官鬼發動し、衆煞を勾結して一同に來り身世を剋せば、必定是れ敵勢猖獗にして、我軍大いに損傷あらん。

殺陷鬼搖雖凶不振,官空煞動縱亂勿憂。鬼煞並興,兵馬雲屯成大戰。官凶俱絕,干戈頓息慶清平。征戰爻中,最忌鬼煞二神,若煞神空絕,官鬼縱然發動,難成大害。若官逢空絕,各煞雖是興隆亦無重禍。若鬼煞俱動,則鬼隨煞勢煞趨鬼威,雲屯曦聚大肆鏖戰。或克世沖世者,必被刑戮不輕。若得官煞二神衰而又靜、或空或絕者,方是弓藏胃解太乎這世矣!

凶煞落陷して鬼爻搖動するは、凶なりと雖も振作起こる能わず。官鬼落空して凶煞發動するは、縱い紛亂すとも憂慮するを必とせず。鬼と煞と一同に興起すれば、兵馬雲集して必ず大戰を成さん。官鬼と凶煞と皆絶地に入れば、干戈頓時止息して太平を慶すべし。征戰を占うの卦中、最も官鬼と凶煞此の兩個の神を忌む。煞神もし落空入絕せば、官鬼縱い發動すとも大害を成す能わず。官鬼もし落空入絕せば、各煞雖に興旺なりとも重禍を釀成するに至らず。もし鬼と煞と皆發動すれば、鬼は煞勢を借り煞は鬼威を助け、兵馬雲集して大いに鏖戰を肆せん。もしそれらまた世を剋し世を沖せば、必ず不輕の殺傷に遭わん。唯だ官鬼と凶煞の兩者既衰弱また安靜なるか、あるいは落空しあるいは入絕せば、纔めて弓箭の囊に入り甲胄の解卸せる太平の世なり。

鬼煞克身吾兵難敵,交重伐應彼寇易誅。鬼者,官鬼也。煞者、大煞、劫煞之類也。鬼煞二神若來克世,吾兵大傷。若鬼煞靜而又衰來克旺世者,是旺不受克,料無大害。鬼煞旺相而克衰世者,此為旺能克衰,吾兵大被伐戮。若鬼煞旺動克應者,彼已受制易以剿伐。

鬼煞の來り世爻を剋するは、我軍抵敵し難し。鬼煞交重發動して應爻を剋し去れば、敵寇反って剿滅し易し。いわゆる鬼は、即ち官鬼なり。いわゆる煞は、即ち大煞・劫煞の一類なり。鬼・煞の兩者もし來りて世爻を剋せば、我軍大いに損傷を受けん。但し鬼煞もし既靜また衰にして、來り旺相の世爻を剋するは、那れは旺の剋を受けずにして、料想に大害なし。もし鬼煞旺相にして衰弱の世爻を剋するは、那れは旺の能く衰を剋するにして、我軍將に大いに殺戮に遭わん。もし鬼煞旺動にして剋する所は應爻なれば、即ち是れ敵人先に制を受けて、剿伐し易し。

細究何爻克應,再查那象傷官。用此奇方妙計,自然剿惡鋤強。鬼空惟取應,應陷可從官。要識行兵之法,須求克應傷官,應若受傷,彼遭屠戮。鬼如披克,賊必生擒。且如火爻臨應或臨鬼,須求水來制火,用黑旗為號,並臨水戰,自然得勝也,餘皆仿此。鬼若空亡,卻評應象。應如落陷,必看官爻。

いずれの一爻か能く應爻を剋するかを細究し、再びいずれの一象か能く官鬼を傷るかを查し、此の方向に照らして奇計妙策を設け去れば、自然能く惡を剿し强を鋤かん。官鬼落空すれば即ち專ら應爻を取りて斷じ、應爻落陷すれば即ち官鬼に依りて斷ず。用兵の法を懂得せんと要せば、即ち須らく應爻を剋し官鬼を傷るの路子を尋求せよ。應爻傷を受ければ、敵人屠戮に遭い、官鬼剋せられれば、賊首必ず生擒せられん。たとえば火爻の應爻に臨みあるいは官鬼に臨めば、即ち設法して水をもって火を制するを要す。黑色の旗號を打ち、かつ水邊水上に開戰せば、自然勝を取らん。その餘此に照らして類推せよ。官鬼もし空亡に落ちれば、即ち改めて應爻を評し、應爻もし落陷せば、即ち必ず官爻を看よ。

子爻旺鬼爻休,鬼雖克我我無憂。應爻強世爻弱,世縱傷他他難伐。世遇生扶子象旺,則將勇兵驍。應遭克破鬼爻空,則賊衰寇退。子能制鬼,若子孫旺官鬼休,則彼先已被制,豈能克世乎?譬諸劇盜正欲劫人已被官捕搜擒,何暇行劫,我何憂哉?如應爻旺世爻衰然雖克應,奈彼猖獗難以取勝,旺不受克,正此之謂也。若日辰月將生世合世,旺子又來扶助,則我兵精糧足機深勢大決勝千里。若應衰受克受沖官鬼又落空亡,彼必喪膽倒戈拔寨而逃遁矣!

子孫爻旺にして官鬼爻衰なれば、鬼來り我を剋すと雖も、我また憂慮するを必とせず。應爻强にして世爻弱ければ、世爻縱い去りて他を剋すとも、他を討伐し動かす能わず。世爻生扶を得て子孫また旺なれば、即ち將勇兵驍なり。應爻剋破に遭いて官鬼また落空なれば、即ち賊勢衰敗し寇兵退去す。子孫能く官鬼を制す。もし子孫旺にして官鬼休囚なれば、敵人先に已に制住せられて、いずくんぞ還お世爻を剋し動かし得んや。譬えば巨盜正に搶劫せんとするに、卻って已に官府に緝捕擒獲せられて、いずくんぞ還お行劫する工夫あらんや。我また何ぞ須らく憂慮せんや。もし應爻旺にして世爻衰なれば、雖說世の應を剋し去る、無奈敵勢猖獗にして勝を取り難し。此れ正に「旺は剋を受けず」の道理なり。もし日辰・月建の來り世を生じ世を合し、旺相の子孫また來り扶助せば、即ち兵精糧足して機謀深遠にして氣勢浩大にして、千里に決勝すべし。もし應爻衰弱にして剋を受け沖を受け、官鬼また空亡に落つれば、敵人必定膽を喪い戈を倒して、營を拔き逃遁せん。

金為兵甲,值官興旺防戰鬥。土作城池,臨鬼發遁動干戈。夫兵戈鎧甲,皆用金以造,若臨官鬼、或旺、或動,彼必堅甲利刃異。謀奇策出其不意墟然沖突,勿為小觀。夫土者,旺於四季,列分四隅,又作城垣臺堡,若鬼帶土發則干戈擾擾,彌山漫野無地無之。

金は兵器甲胄を代表す。金爻もし官鬼に値して旺なれば、即ち惡戰を防備せよ。土は城池を代表す。土爻もし官鬼に臨みて發動せば、即ち兵戈を挑起せん。兵器鎧甲は皆金を用いて鑄造す。金もし官鬼に臨み、あるいは旺相しあるいは發動せば、敵人必定甲堅く刃利くして、還お奇謀異策を用いて其の不意を出でて突然に衝殺せん。小看すべからず。土は四季の月に旺にして、四隅に分列し、また城垣と台堡とを代表す。官鬼もし土を帶びて發動せば、即ち干戈擾攘して漫山遍野處々に戰場ならざるなし。

密密刀槍為金宮之空動,飄飄旗幟,因火父之旺沖。刀劍本屬金,又屬官鬼,若值空亡又逢發動,是必振揚也,故經云金。空則鳴,必是刀槍光耀日,金鼓振轟雷,密密重重營衡寨乃提防有備耳。旌旗,父母為之用爻,又屬離火,若值旺相更遇日沖,故日火發則焰,乃是黃幡懸豹尾彩幟書麒麟飄飄搖搖道軍引陳號令嚴明,軍機整肅耳。

刀槍密布するは、是れ金宮の爻の落空してまた發動するに因る。旗幟飄揚するは、是れ火に属する父母爻の旺相にしてまた沖せらるるに因る。刀劍本來金に属し、また官鬼の主する所に歸す。金爻もし空亡に落ちてまた發動せば、聲勢必定張揚す。故に經書の上に「金空なれば即ち鳴く」と曰う。那れは刀槍の寒光の日を映じ、金鼓の震響の雷のごとく、營寨層層密布して、正に提防有備の樣子なり。旌旗は父母爻をもって用神と爲し、また離火に属す。父母もし旺相にして再び日辰の衝動に遇うは、正に「火發すれば則ち焰あり」の說法に合す。那れは黃幡の上に豹尾を懸け、彩旗の上に麒麟を繡い、飄飄搖搖として軍陣を導引し、號令嚴明にして軍紀整肅たるなり。

水乃江河,木為舟楫,二爻皆旺,水戰偏宜,雨像並傷,乘航欠利。水為江海源流,木作舟船之本,水戰各有所用,若水旺則盈,水絕則竭。木隆則船大,木衰則舟楫,木絕則無舟。二爻旺而又發,萬事齊備利用操舟。若二爻衰而又絕,凡物無成難以覓渡矣!

水は江河を代表し、木は舟船を代表す。此の兩爻皆旺相なれば特別に水戰に宜し。此の兩爻皆傷を受ければ、船に乘りて行軍するは不利なり。水は江海河流の源頭にして、木は舟船の本體なり。水戰の時兩者各々用處あり。水旺なれば則ち水面盈滿し、水絶なれば則ち河道乾涸す。木盛なれば則ち船隻高大にして、木衰なれば則ち只だ小舟あり、木絶なれば則ち連れて船もなし。此の兩爻既旺また發動すれば、萬事齊備して正に舟を操りて出戰すべし。此の兩爻既衰また入絶すれば、甚麼も辦成せず、渡口さえも尋ね難し。

火多營寨,土是城垣,此象興隆,最宜陸戰。其爻空絕,不利出征。營壘以火為用,城臺賴土生成,火空營險,土空成陷,二爻若值旺相動沖,可使西域沙漠之勝、雨象若遇衰休空絕、必有華容小道之危。

火は營寨を代表し、土は城垣を代表す。此の兩象興旺なれば、最も陸戰に宜し。此の兩爻もし落空入絶すれば、便ち出征に利あらず。營壘は火をもって用神と爲し、城台は土に靠りて構成す。火落空すれば則ち營寨危險にして、土落空すれば則ち城池陷落せん。此の兩爻もし旺相にしてまた發動被沖せば、西域沙漠に遠征するがごとき勝績を取得しうる。此の兩爻もし休囚衰弱し落空入絶すれば、必ず曹操の華容小道に敗走せしがごとき危險あらん。

火鬼傷身,須防劫寨。土官克世,恐墮陷坑。官鬼帶火克世者,須慎火攻而劫寨。鬼殺以土傷世者,恐防墮塹之危磯。火動則利遷營寨,父空則宜改旌旗。軍營以火為用,火若發動,動則變化,故營寨必利遷移為吉,若被刑沖、或加玄武、或加兄弟,必遭侵劫,急宜遷改。旌旗以父為用。若值旬空月破必然損傷,急須改換。土官動克世爻,他興炮石。火鬼發傷身象,彼用火攻官鬼興隆帶土來克世者,須防彼制擂木炮石來攻。若鬼動加火同來克世者,他必舉火燒屯,旺則太甚,衰則稍可。

火爻官鬼の世爻を傷剋するは、須らく敵人の營を劫すを防げ。土爻官鬼の世爻を剋するは、恐怕陷坑に墮入せん。官鬼の火を帶びて來り世を剋するは、謹んで敵人の火攻を用いて寨を劫すを防ぐを要す。鬼煞の土を帶びて來り世を傷るは、提防して壕塹に落入るの危險を要す。火爻發動すれば即ち營寨を遷移するに利あり。父母爻落空すれば即ち旗幟を更換すべし。軍營は火をもって用神と爲し、火一たび發動すれば便ち變化を意味す。故に營寨遷移は反って吉と爲す。もし火爻刑せられ沖せられ、あるいは玄武を加えあるいは兄弟を加えれば、必ず侵擾劫掠に遭わん。更に該當に急いで遷改すべし。旌旗は父母爻をもって用神と爲す。もし旬空・月破に逢えば、旗幟必定損傷し、急ぎ須らく更換せよ。土爻官鬼發動して來り世爻を剋するは、敵人炮石を動用せん。火爻官鬼發動して來り身爻を傷るは、敵人火攻を施行せん。官鬼旺盛にして土を帶びて來り世を剋するは、敵人の擂木・炮石を造りて來り攻打するを防ぐを要す。鬼爻發動してまた火を帶びて一同に世を剋するは、敵人必定火を放ちて我が軍營屯を燒かん。鬼爻旺相なれば則ち火勢極猛にして、鬼爻衰弱なれば則ち損害稍や輕し。

鬼藏世下克世爻,切慮自兵謀主。子伏身中合應象,謹離我將降夷。世下之伏鬼而克世者,則家兵殺主。若世旺鬼衰,奸心已蓄無隙可乘,世衰鬼旺,則逆節潛謀,乘虛而入,故張飛受範疆之刺。若世下之伏子而合應者,則軍心已離,各懷去意。如世衰應旺,則他國強梁我軍卑弱,故匈奴迫李陵之降。若日辰生子又加雀虎臨之,必被陰譖陽唆,背羲從仇耳。

官鬼の世爻の下に伏して世を剋するは、切實に自家兵士の主將を謀害するを憂慮せよ。子孫の身爻の中に伏して應爻と相合するは、謹んで我方將領の敵方に投降するを防げ。世爻の下に鬼爻を伏して世を剋するは、即ち自家兵士の主將を殺害するなり。もし世旺して鬼衰なれば、那人已に奸心を蓄えたれど、隙に乘ずべき無し。もし世衰して鬼旺なれば、叛心即ち暗中に謀劃して虛に乘じて入らん。故に張飛纔めて部將范疆に行刺せられしなり。もし世爻の下に子孫を伏して應爻と相合すれば、那れは軍心已に離散して人人去意を懷くなり。もし再び世衰して應旺なれば、即ち敵國强悍にして我軍卑弱なり。故に李陵終に匈奴に逼降せられしなり。もし日辰の子孫を生助し、また朱雀・白虎のこれに臨めば、必ず人に暗中に讒毀せられ當面に唆使せられて、以て正道を背棄して仇敵に投向せん。

內外鬼興傷世,禍由內應外通。前後子旺生身,利在前攻後擊。內官乃己之人,外鬼為彼之兵。若逢發動,而克世者,禍從己人糾合他人,是為內應外合殘害。若世旺鬼衰,雖然發動難以傷克。若世變子或鬼變子,乃鬼受制,則謀無決裂,是無夭害,經云有人制鬼,鬼動何妨。本卦子孫之卦子孫旺而生世者,先攻後取順意行軍皆獲全功。若內官旺相外鬼興隆,則彼此相抗,難以勝斷也。

內卦外卦の官鬼皆興動して來り世爻を傷るは、禍患は內奸の外敵を勾結するに出づ。世爻前後の子孫皆旺相にして來り身を生ずるは、前面に進攻し後面に追擊するに利あり。內卦の官鬼は自己人にして、外卦の官鬼は敵方の兵なり。兩者もし皆發動して來り世を剋せば、禍即ち自己人の外人を糾合するより來り、正に內應外合の殘害なり。もし世旺して鬼衰なれば、鬼發動すと雖も傷剋する能わず。もし世爻の子孫を變出し、あるいは鬼爻の子孫を變出せば、那れは鬼制約を受け、陰謀發作するに從なし。即ち夭折の害なく、經書の上に「人の鬼を制する有れば、鬼動なんぞ妨げん」と曰う。本卦と變卦の子孫皆旺相にして來り世を生ずるは、先に攻め後に取り、行軍順意にして、皆全功を建立しうる。もし內卦官鬼旺相にして外卦官鬼も興隆なれば、即ち是れ彼此相持抗衡して、勝負遽かに斷じ難し。

鬼架長生帝旺,寇興世亂之時。官居墓庫空亡,國泰民安之象。內外無鬼,盜兵不來。世應俱空,戰征已絕。如戰征之事,以世為主將,子作兵卒。以應為彼,官鬼為賊,如官鬼值長生帝旺之鄉,則盜寇縱橫,酉夷肆虐,若卦中內外無官、或逢墓絕、世應皆空,則干戈眼偃息,國泰民安矣!勝敗我先知,匪伊測度。吉凶神已告,據理推詳。

官鬼の長生・帝旺の地に坐するは、正に寇亂興起して世道紛擾の時なり。官鬼の墓庫・空亡の中に落つるは、便ち國泰民安の氣象なり。內外卦皆官鬼なければ、盜兵即ち來らず。世應兩爻皆落空すれば、戰事已に斷絶せり。およそ戰事を占うは、世爻をもって主將と爲し子孫をもって兵卒と爲し、應爻をもって敵方と爲し官鬼をもって賊寇と爲す。官鬼もし長生・帝旺の鄕に値せば、即ち盜寇縱橫して西方夷狄肆虐す。もし卦中內外皆官鬼なく、あるいは官鬼の墓絶に逢い、世應また皆落空せば、即ち干戈立刻止息して國泰民安ならん。勝敗は我事先に能く知るにして、並びに憑空に猜度するにあらず。吉凶已に卦神に告知せられて、只だ須らく理に依りて推詳せよ。

年時豊歉章第六

(以身世為主,財福為憑。)福財旺相慶豐年,兄鬼交重饑饉連。問年時,若得子孫妻財旺相、或臨身世及太歲者,其年五穀豐登。若遇兄弟官鬼皆動,或臨太歲持世,便主凶荒。水火靜安無旱潦,陰陽交會庶民歡。水動曰雨,火動曰晴,此二爻若得安靜,自然風調雨順。六爻內再得水動曰雨,火動曰晴,此二爻若得安靜,自然風調雨順。六爻內再得陰陽均安,必主國泰民安。

(一年の年成を占うは身爻・世爻をもって主と爲し、妻財・子孫をもって憑と爲す。)子孫と妻財と旺相なれば、豊年を慶すべし。兄弟と官鬼と交重發動すれば、飢荒年を連ねん。一年の年成を問うは、もし子孫・妻財旺相にして、あるいは身爻・世爻および太歳の上に臨めば、此の一年即ち五穀豊登せん。もし兄弟・官鬼皆發動し、あるいは太歳に臨みて世を持せば、即ち凶年荒歉を主る。水爻火爻安靜なれば、便ち旱災水患なし。陰陽交合調勻なれば、百姓便ち歡樂せん。水爻發動は雨を主り、火爻發動は晴を主る。此の兩爻もし皆安靜なれば、自然風調雨順せん。六爻の中もし再び陰陽均衡安定を得れば、必ず國泰民安を主らん。(底本此處に「水動して曰く雨、火動して曰く晴」の一段重出す。系は傳寫重複なり。)

陽多火動文書絕,此歲方言亢旱天,陰廣水搖無福德,其年可斷水淹田。卦值純陽再加火動、父母又臨空絕此歲定然亢旱。雖見陽多火動,若化水化陰,又不如是。凡卦值純陰,水爻再發,更無子孫、或父母又動,其年必定洪水。如化出陽爻火象,定知先水後幹。

陽爻多く火爻動きて父母文書また絶地に入れば、此の一年纔めて大旱と斷作すべし。陰爻多く水爻搖動して卦中また子孫なければ、此の一年即ち洪水田を淹すと斷作すべし。卦の純陽に逢い、再加えて火爻發動し、父母爻また落空入絶すれば、此の一年必定亢旱せん。不過是れ陽多火動なりと雖も、もし火の水を化し陰爻を化出せば、便ち此のごとく斷ずる能わず。およそ卦の純陰に逢い、水爻また發動し、卦中既に子孫なく、あるいは父母爻も動かば、あの一年必定大水を發さん。もし水爻の陽爻火象を化出せば、即ち先ず涝して後に旱するを知る。

金官騎虎憂征戰,木鬼風狂業葉價先,巳午焦枯紅焰起,土官時疫遍流傳,水爻值者愁淹沒,玄武臨之盜賊喧,若被蟲侵福化鬼,喧蝗擾害土金官。凡卜年的,最嫌官鬼,靜則無殃,動則有禍,看臨何象便知何事將來。鬼屬金興,人防喘嗽,又加白虎必起刀兵。官居木動多見狂風,桑葉又增其價,人民多罹瘋災,田禾虛耗。

金爻官鬼再び白虎を帶ぶれば、兵戈征戰を憂慮せよ。木爻官鬼發動すれば則ち狂風大作して桑葉價格先漲す。官鬼の巳午火上に落つれば、田禾焦枯して火光四起せん。官鬼の土に属せば、時疫四處流傳せん。官鬼の水爻に落つれば、愁うるは田地淹沒せん。官鬼の玄武を帶ぶれば、盜賊喧擾せん。もし蟲害を怕れば、即ち子孫の官鬼を化出するを看よ。蝗災患と爲さば、則ち土爻・金爻の官鬼を看よ。およそ年成を占うは、最も官鬼を嫌う。それ安靜なれば即ち殃なく、一たび動けば即ち禍あり。それいずれの象に臨むかを看れば、即ち將にいずれの事あらんとするを知る。鬼の金に属して興動すれば、人咳喘の疾を防ぐを要し、再加えて白虎あれば必ず刀兵起こらん。官鬼の木爻に發動するは、多く狂風を見て、桑葉因りて價漲し、百姓多く風疾を患い、田禾虚耗せん。

巳午鬼搖,心經受病,人防卒暴之災,疤痍目疾,更慮火光之患,田禾枯稿,化水無妨。若臨土動,脾胃受傷,天行時疫,半遂秋成。如遇水搖民多腫脹,洩洩腰疼,田恐泛洪田遭水害。鬼居玄武,賊寇蜂興,惟有金土臨官及福神化鬼,禾主蟲侵之患。

巳・午火爻官鬼搖動すれば、人の心經病を受け、猝然暴發の災禍を防ぐを要し、また瘡瘍と眼疾とを生じ易く、更に火災を顧慮し、田禾枯槁せん。不過もし火鬼の水を化出せば、便ち妨事ならず。官鬼もし土爻に臨みて發動せば、人の脾胃傷を受け、天下時疫流行して秋收只だ一半を成すのみ。もし水爻官鬼搖動に遇えば、百姓多く浮腫脹滿・泄瀉腰痛を患い、田地恐怕洪水の淹沒に遭わん。官鬼玄武を帶ぶれば、賊寇蜂擁して起こらん。唯だ金爻・土爻の官鬼に臨む、および子孫の官鬼を化出する此の幾種の情形のみ、纔めて禾苗の蟲害に遭うを主る。

勾陳若坐空亡位,地白出荒豈謬言。勾陳為田地,若落空亡,自然欠熟。財絕兄興傷穀食,子空鬼動損春蠶。妻財為糧食,如臨絕地,又加兄動,必主無收。子孫蠶花,如犯旬空,更添鬼發,定損春蠶。

勾陳もし空亡の位に坐せば、田地荒蕪を說く、決して虚言にあらず。勾陳は田地を代表し、空亡に落つれば、年成自然欠收せん。妻財入絶して兄弟興動すれば、穀物糧食即ち損を受けん。子孫落空して官鬼發動すれば、春蠶即ち折損せん。妻財は糧食を代表す。もし絶地に落ち、又加えて兄弟發動せば、必定顆粒の收なからん。子孫は蠶花を代表す。もし旬空を犯し、再加えて官鬼發動せば、春蠶定んじて損を受けん。

初同財位生扶旺,萬物興隆五穀全,二與世爻空破絕,群黎百姓受災殃。初爻為萬物,財爻為五穀,二者皆得生扶旺相,凡天生地產之物,無不昌盛,稻黍稷麥之類,皆得全收。世爻為地氣,二爻為黎民,二者若逢空亡破絕者,小則饑饉,大則災殃。

初爻財爻に連なりて皆生扶を得て旺相なれば、萬物興隆して五穀齊全せん。二爻と世爻ともし落空し、破に逢い、絶に入れば、百姓即ち災殃に遭わん。初爻は萬物を代表し、財爻は五穀を代表す。兩者皆生扶旺相を得れば、およそ天生地長の物は昌ならざるなし。稻・黍・稷・麥これらの莊稼皆全收しうる。世爻は地氣を代表し、二爻は黎民を代表す。兩者もし空亡・月破・入絶に逢えば、輕ければ則ち飢荒を鬧し、重ければ則ち災殃を成さん。

官兄值此居荒處,財子臨方豐熟邊,譬若夏天占節卦,荒居北地熟東南。要識何方豐歉,須查所值之爻,看兄弟官鬼臨於何象便如此,處凶荒旺動尤甚,休囚稍可。妻財子孫值在誰爻,方決其方豐熟。且如節卦,財居火位、福在木爻,便言東南大熟。兄在水爻,北方不利荒歉乘之。又推官臨丑戌之鄉,東北、西北二外多染時災。

官鬼・兄弟の値する所のあの一方は即ち荒歉の地にして、妻財・子孫の臨む所のあの一方は即ち豊收の鄕なり。譬えば夏天節卦を占得せば、即ち北方荒れ東南熟すと斷ず。いずれの一方か豊ないずれの一方か歉するを知らんと要せば、須らく各爻の値する五行方位を查せよ。兄弟・官鬼のいずれの爻象の上に臨むかを看れば、あの一方即ち凶荒なり。それら旺相にして發動すれば、荒歉尤も厲しく、休囚なれば即ち稍や好し。再び妻財・子孫のいずれの一爻に落つるかを看れば、即ちあの一方豊熟と斷定す。就中節卦を拿來して說かば、財爻火位に在り子孫木爻に在れば、便ち東南方大熟と說く。兄弟水爻に在れば、北方不利にして、荒歉即ち彼處に落つ。再び官鬼もし丑・戌の位に臨めば、東北・西北兩方多く時疫に染まん。

騰蛇入火多痧痘,若見金鄉妖怪纏,太歲逢凶隨處惡,流年遇吉遍方安。騰蛇本屬火?再臨火地,主人間麻痘相傳,蛇臨金位,定見妖邪。凡卜年成禍福,須憑年建。太歲者,一年之主也,若帶兄官、白虎、大煞、劫煞發動、或來克世,便主八方凶變,如臨財福、青龍、貴人、天喜、天赦動者,必然各郡咸寧。

騰蛇の火爻に落つれば、多く痧疹痘瘡を生ず。もし金爻に落つれば、即ち妖怪纏身あらん。太歳の上凶神に逢えば、到處皆安寧ならず。流年の上吉神に遇えば、各方皆平安を得ん。騰蛇本來火に属し、再び火地に落つれば、即ち人間麻疹痘瘡輾轉相傳することを主る。騰蛇金位に落つれば、必定妖邪の事出現せん。およそ一年年成の禍福を占うは、須らく年建に憑りて斷ずべし。太歳は一年の主なり。もしそれ兄弟・官鬼・白虎・大煞・劫煞を帶びて發動し、あるいは來りて世爻を剋せば、即ち八方皆凶變あるを主る。もしそれ妻財・子孫・青龍・貴人・天喜・天赦に臨みて發動せば、即ち各郡皆安寧を得ん。

身命造化章第七

(占自己以世爻為主,占他人以用象為憑。)卜平生之得失,世莫休囚。占一世之榮枯,身宜旺相。凡占自己身命,先察世爻,若值休囚墓絕,平生作事乖張。如逢旺相生扶,一世亨通,非貴即富。

(己の命を占うは世爻をもって主と爲し、人の命を占うは相應の用神をもって憑と爲す。)一生の得失を卜するに、世爻休囚すべからず。一世の榮枯を占うに、身爻應當に旺相すべし。およそ自己の身命を占うは、先ず世爻を看る。もし世爻休囚なり、あるいは墓絕の地に落つれば、一生事を爲す皆乖違不順なり。もし世爻旺相にしてまた生扶を得れば、一世亨通して、貴ならざれば即ち富なり。

主卦乃胎元根本,根行少壯之初。之卦為體骨精神,連轉中年之境。所占者為主卦,內外二象為本,旺則家資豐厚,衰則產業輕微。又論大限行法,初爻管五年,一至五歲,二爻管五年,六至十歲。三爻管五年,十一至十五。外三爻分十五年,共三十歲。三旬之外,卻以變卦為憑,變即之也。之卦內三爻分管十五年,三十一至四十五。外三爻又管十五年,共至六十歲。倘占卦靜無之,卻取互卦六爻照前行限。

本卦は一人の胎元の根本にして、少年壯年の開頭の一段を管す。之卦は彼の體骨と精神の所在にして、中年の境遇を接管す。所占得のあの一卦を主卦と叫び、その內外二卦は命の根本なり。卦旺なれば則ち家資豊厚にして、卦衰なれば則ち産業微薄なり。さらに大限の行法を說かば、初爻は五年を管し、一歳より五歳に至る。二爻は五年を管し、六歳より十歳に至る。三爻は五年を管し、十一歳より十五歳に至る。外の三爻は共に十五年を管し、合して三十歳に至る。三十歳以外は即ち變卦をもって憑と爲す。「變」も即ち「之」なり。之卦の內三爻は十五年を分管し、三十一歳より四十五歳に至る。外三爻また十五年を管し、直ちに六十歳に至る。倘若占得の卦六爻安靜にして變卦なければ、即ち互卦の六爻を取りて上面の辦法に照らして限を行う。

桑榆墓景伏卦稽查,小限遊行世爻起法。六旬之上,以致終身皆評伏卦,又不取六爻分於大限止將體用二宮,管其禍福。八旬之下,內卦推之。自始至終細觀外象。又論小限行法,必從主卦世爻論起,且如世在二爻,即二爻為一歲也,二歲在初爻,三歲在六爻,自上至下周而復始。人年六旬之外,專憑小限而推。

晚年桑榆暮景の運程は、伏卦の裡に到りて稽查するを要す。小限の推行は、則ち世爻より起算す。六十歳以上直ちに終身に至るまで、皆伏卦を評看す。此の時再び六爻を大限に分配せず、只だ體・用兩卦を用いて禍福を管す。八十歳以下は內卦を用いて推し、自始至終は則ち外卦の象を細看す。さらに小限の行法を說かば、必ず主卦の世爻より起算す。たとえば世爻二爻に在れば、即ち二爻をもって一歳と爲し、二歳は初爻に轉じ、三歳は六爻に轉じ、上より下へ週而復始す。人の六十歳以外に到れば、即ち專ら小限に憑りて推す。

大限則五年一度,小限則一載一宮,並看流年方窮壽算。最喜生而帶合,切嫌克又加沖。凡大限、小限與流年,皆喜相生相合,各嫌相剋相沖,又看限與流年生合用爻則吉,克沖主象則凶。世空則身不遐齡,應陷則妻無永壽。世為自己,空則無壽,惟有九流術士,遇者無妨,反主空手得利,終難積聚。應為妻室,陷則遭傷,縱不傷亦無相夫之德。

大限は五年に一步を換え、小限は一年に一宮を換え、再び流年を合看して、纔めて壽數を推盡くすを得ん。最も限爻と用神の相生また相合するを喜び、最も相剋また相沖するを忌む。およそ大限・小限と流年とは、皆相生相合を喜び、皆相剋相沖を忌む。再び限運と流年を看るに、用爻を生合すれば即ち吉、用神を剋沖すれば即ち凶。世爻落空すれば、人長壽を得ず。應爻落陷すれば、妻子もまた長命し難し。世爻は自己を代表し、落空すれば即ち壽なし。唯だ九流術士の一類の人これに遇えば妨げなく、反って空手にして能く利を得るを主る。只だ終に積聚し難し。應爻は妻室を代表し、落陷すれば即ち傷に遭わん。縱い傷を受けずとも、相夫の德行なし。

財子雙全身象旺,富而且榮。兄官兩備世爻衰,貧而且賤。身命卦中,若得妻財子孫全備,世又興隆,定主一生富貴。若見兄弟官鬼發動,世又休囚決定終身偃蹇。子旺則官刑不犯,財興則貿易常亨。兄動傷妻損除囊之積蓄。父搖克子益自己之年齡。交鬼為災,重官作訟。六親之爻動則各有分別,子動傷官,永無鞭達。財搖克父,旺必興家。兄動損妻,財無積聚。父描克子,旺壽必長年。官動能傷兄弟,還宜細辨陰陽。陰官常染災迤,陽鬼多招官事。

妻財・子孫雙全にして身爻旺相なれば、既に富み且つ榮えん。兄弟・官鬼兩樣俱備して世爻衰弱なれば、また貧しくまた賤し。身命卦中もし妻財・子孫齊備し、世爻また興旺なれば、必ず一生富貴を主る。もし兄弟・官鬼發動を見、世爻また休囚なれば、必定終身困頓せん。子孫旺相なれば即ち刑法を觸犯せず、妻財興旺なれば則ち買賣を爲す常に亨通せん。兄弟發動すれば妻子を傷り囊中積蓄を損耗せん。父母搖動すれば子孫を剋すと雖も、卻って能く自己の壽齡を增益せん。「交」爻の上の官鬼は災病を主り、「重」爻の上の官鬼は訴訟を主る。六親の爻發動するは、各々その分別あり。子孫發動は官鬼を剋傷し、一生鞭笞刑責を受けず。妻財搖動は父母を剋し、財旺なれば必ず能く家を興さん。兄弟發動は妻子を損傷し、錢財積聚するに從なし。父母搖動は子孫を剋すと雖も、父母旺相なれば則ち自身必然長壽せん。官鬼發動は能く兄弟を傷る。還お須らく陰陽を細辨せよ。陰爻の官鬼は常に疾病災厄を招き、陽爻の官鬼は多く官司詞訟を惹く。

隨官入墓纏災惹禍豈能安,助鬼傷身好色貪財終受累。身世命爻隨官入墓者,多生災疾。妻財值日發動助鬼克世傷身,必因財致禍,為色添憂。世得生而且吉,身遭克以為凶。月破世爻必犯夭亡之命,歲沖身位,豈無疾厄之愆。

世身官鬼に隨い一同に墓に入れば、即ち災に纏わり禍を惹き、怎能安寧ならんや。妻財官鬼を助長して來り世爻を傷るは、色を好み財を貪りて終に累を受く。身爻・世爻・本命爻官に隨い墓に入るは、多く災病を生ず。妻財日に値して發動し、去りて官鬼を生助して來り世を剋し身を傷るは、必定財に因りて禍を致し色の爲に憂を添えん。世爻生を得れば即ち吉、身爻剋を受ければ即ち凶。世爻もし月破に逢えば、必ず夭亡の命なり。太歳もし來りて身爻を沖せば、哪能疾厄の患なからんや。

世乃用爻,宜主不宜克,宜合不宜沖。日辰沖者猶輕,月建破之最重。縱有生扶,必無長壽。流年若來沖世,亦主生災。六沖則事事虛浮,家資零替,六合則般般穩實,技藝興隆。卦犯六沖,定主生涯冷淡家業蕭條。爻如六合,必然作事亨通,諸般和悅。

世爻は一命の用神にして、主を作すに宜しく剋を受くるに宜しからず。相合に宜しく沖せらるるに宜しからず。日辰に沖せらるるは還お輕しと算し、月建に沖破せらるるは最も重し。縱い生扶ありとも、また必ず長壽ならず。流年もし來りて世爻を沖せば、同じく災を生ずるを主る。卦の六沖に逢えば、事事虛浮して家産零落せん。卦の六合に逢えば、樣樣穩實して技藝興隆せん。卦の六沖を犯せば、必ず生計冷淡・家業蕭條を主る。爻もし六合なれば、必然事を爲す亨通して諸事和悅せん。故に身命卦中に最も世爻の沖せらるるを怕る。一たび沖せば則ち一生根基動搖せん。最も世爻の合を得るを喜ぶ。一たび合すれば則ち處處安穩なり。

得富得榮,木架子孫於春月。發財發福,金乘妻祿於秋天。家廢資財,冬遇水兄而克世。名登懦業,夏逢火父以生身。凡占卦,須察四時衰旺,方定吉凶,財福旺則吉,凶鬼旺則凶。且如正二月子臨木位,久享榮華。七八月財至金鄉,廣招福祿。亥子月水兄克世,當廢家資。四五月火父生身,必登文榜。

富を得榮を得るは、是れ木命の人の春月に子孫を架起するなり。財を發し福を發するは、是れ金命の人の秋天に妻財の祿に乘るなり。家産廢敗するは、是れ冬月に水爻兄弟の來り世を剋するに遇うなり。名の儒林に登るは、是れ夏月に火爻父母の來り身を生ずるに逢うなり。およそ卦を占うは須らく四時の衰旺を察して、纔めて吉凶を斷定しうる。妻財・子孫旺なれば即ち吉、官鬼旺なれば即ち凶。たとえば正・二月に子孫の木位に臨めば、長く榮華を享けうる。七・八月に財爻の金鄕に到れば、廣く福祿を招かん。亥・子月に水爻兄弟世を剋せば、家財必ず廢せん。四・五月に火爻父母身を生ぜば、必ず科榜に登らん。此の四句は皆四時の旺氣を拿りて六親に配するなり。令に當たるあの一爻もし正に喜ぶ所の神なれば、力量便ち加倍し、もし忌む所の神なれば、害を爲すもまた加倍す。

庶民鬼值身中,多災多訟。仕宦官居世上,越貴越榮。庶民問卜,切嫌世值官爻,卦若逢之非官即病。士夫遇者,疊疊升遷。爻若無官財還耗散,卦如無子嗣必伶仃,兄空則手足無情,父陷則椿萱有損。官鬼能傷兄弟,卦無鬼者,兄必專權財遭劫奪,文士占之,功名不顯。子為後嗣,無則兒女凋零,兄弟雖為惡客,空則手足無情。父母為尊長,空則有傷父母,動則有害子孫。

平民百姓の命に官鬼身に臨めば、多く災あり多く訟あり。官を爲る人官鬼世爻に居れば、越えて貴く越えて榮ゆ。百姓の來り占卜するは、最も世爻の正に官鬼に値するを嫌う。卦もし此のごとくなれば、官非を犯すならざれば即ち疾病を生ず。士大夫これに遇えば、反って屢々升遷せん。爻中もし官鬼なければ、錢財は還お耗散せん。卦中もし子孫なければ、後嗣必定孤單せん。兄弟落空すれば則ち手足情なく、父母落陷すれば則ち雙親損あらん。官鬼能く兄弟を傷る。卦中鬼なければ、兄弟必然專權して錢財劫奪に遭わん。讀書人の無鬼を占到するは、功名もまた顯達せず。子孫は後嗣を代表す。子孫なければ則ち兒女凋零せん。兄弟是れ惡客なりと雖も、落空すれば卻って手足無情を主る。父母は尊長を代表す。落空すれば則ち父母傷あり、發動すれば則ち子孫に害あらん。

世克衰財,縱富焉能豐厚?身傷弱鬼,雖榮豈得清高。兄弟當權?妻財無氣目下徒然充足,後來終致淹消。子孫持世,官鬼休囚,雖居職位難得超遷。鬼眾財無,富貴終非攸遠。財多鬼缺,榮華亦似浮雲。祿馬俱無,一世虛名虛利。財官皆備,終身發產發家。

世爻の衰弱の財爻を克制するは、縱い富と算すとも、又怎ぞ豊厚ならんや。身爻の衰弱の鬼爻を剋傷するは、雖に榮顯ありとも、又哪能清高ならんや。兄弟權を當てて妻財無氣なれば、眼下不過徒らに充足し、日後終に消磨殆盡せん。子孫世を持して官鬼休囚なれば、雖に身職位に居るとも、また超擢升遷を得難し。官鬼多くして財なければ、富貴終に長遠能わず。財多くして官鬼を缺けば、榮華もまた浮雲のごとし。祿馬皆なければ、一生只だ虚名虚利なり。財爻官爻皆齊備せば、終身産を置き家を興さん。

財官二象,為祿馬之爻,故不宜無,亦不宜眾,又不宜空,又不宜動。若無財而多鬼,或無鬼而多財,皆主目前享福,不能永久豐餘。如祿馬俱無,雖有得而倍失。財官兩見遇靜旺而興家。

妻財と官鬼此の兩象は、即ち祿と馬の寄托する所の爻なり。故に既に無きに宜しからず、また多きに宜しからず、また落空に宜しからず、還お發動に宜しからず。もし財無くして鬼多く、あるいは鬼無くして財多ければ、皆眼前福を享くるを主るも、長久富餘能わず。もし祿馬皆なければ、縱い得る所有るとも、失う所もまた加倍せん。財・官の兩者俱に見えてまた安靜旺相せば、纔めて家を興し業を立つべし。

福德當權,似春花之遇日,財福落陷,如秋草之逢霜。子孫為福德,若臨日月或值世身,內處則安中加樂,外交則錦上添花。妻財為衣祿,如犯旬空或遭月破,必然生計蕭疏,資囊空乏。

子孫福德權を當てば、春花の陽光に遇うがごとし。妻財・子孫落陷すれば、秋草の寒霜に遇うがごとし。子孫は福德の神なり。もし日辰月建に臨み、あるいは正に世爻・身爻に値せば、家に在れば安穩の中更に歡樂を添え、外交際すれば錦上に花を添ゆ。妻財は衣食俸祿の神なり。もし旬空を犯しあるいは月破に遭えば、必然生計蕭條して囊中空乏せん。

財臨帝旺長生,不忮不求而發福。財值空亡死絕,無家無室以飄蓬。財者,祿之主也,如逢生旺,寸祿不謀自至。若居室絕空缺難支。家園窘迫,皆因死敗臨身。道業興隆,只為旺生持世。世爻臨死敗墓絕,從來家業蕭條。如逢旺相生扶,自後生涯茂盛。

財爻の帝旺・長生に臨めば、强いて妄りに取らんことを求むるを必とせず、福氣自然到來せん。財爻の空亡に落ち死絶に入れば、家なく室なく、只だ能く飛蓬のごとく飄泊せん。財は俸祿の主宰なり。もし生旺に逢えば、尺寸の祿も謀らずして自ら至らん。もし死絶空缺の地に落つれば、家計就中支撐し難し。家園窘迫するは、皆世爻の死敗の地に落つるに因る。事業興隆するは、只だ世爻の旺相生扶を得るが爲なり。世爻もし死・敗・墓・絶に臨めば、向來家業蕭條せり。もし旺相生扶に逢えば、此の後生涯茂盛せん。

限臨財福,逢凶曜不為凶。年遇兄官,見吉星非作吉。神、劫煞亦不成凶。限中若遇兄弟官鬼就作凶殃,雖帶天乙、青龍、天喜在位終不為祥。二限中煞逢戰鬥,官災疾病綿綿。六爻內福遇生扶,家業資財湧湧。大限小限若逢惡煞相沖相剋,多生官符疾病。主卦之中子孫更逢生旺,廣增產業錢財。

限運の妻財・子孫に臨めば、即便ち凶星に遇うとも凶と算せず。流年の兄弟・官鬼に遇えば、即便ち吉星を見るとも吉と算するを得ず。限運もし財福に臨めば、縱い亡神・劫煞の類あれども凶を成さず。限中もし兄弟・官鬼に遇えば、即ち凶殃を作して論ずべし。縱い天乙・青龍・天喜同じくその位に在るとも、終に吉祥ならず。大小二限の中もし凶煞交戰せば、官災疾病連綿不斷せん。六爻の內子孫もし生扶を得れば、家業錢財滾滾として來らん。大限小限もし惡煞の相沖相剋に逢えば、多く官司と疾病とを生ぜん。本卦の中子孫また生旺に逢えば、即ち能く大いに産業錢財を增せん。(此處底本「神・劫煞も亦た凶を成さず」の上に脱文あるがごとし。)

惡煞逢沖,縱困而不困。凶神無制,雖榮而不榮。凡兄弟、官鬼、白虎、騰蛇皆為惡煞,在卦動者,本不為祥,若遇刑沖,反為吉兆。凶煞如無剋制,有青龍財福,亦不為榮。世命變空,一世多成多敗。身限兩陷,百年勞力勞心。世爻與本命同值旬空,平生起伏不常,終難穩足。卦身與限爻如臨空地,便主身心勞頓,事業少成。

惡煞沖せられれば、縱い困頓すとも真困に至らず。凶神人の制服なくば、雖に榮顯ありともその榮を成さず。およそ兄弟・官鬼・白虎・騰蛇は皆惡煞と算し、卦中に發動すれば本來不吉なり。もし刑沖に遇えば、反って吉兆と成る。凶煞もし克制なければ、縱い青龍・妻財・子孫同じく在るとも、榮顯と算するを得ず。世爻と本命爻と皆空に變ずれば、一生多く成し多く敗る。卦身と限爻の兩處皆落陷すれば、百年皆力を勞し心を勞す。世爻と本命爻と同じく旬空に落つれば、平生起伏無常にして、終に安穩し難し。卦身と限爻ともし空地に落つれば、即ち身心勞頓して事業成ること少なきを主る。

世居白虎官爻,災中染疾。身住青龍子象,樂處加懼。鬼臨白虎持世,爻內又無子孫,終身病而復病帶疾之愆,要知何處染疾,細詳誰卦臨官發動,幹為頭、坤為腹、坎作耳、離作目、兌是口,巽是股、艮即手、震即足。再察五行值鬼,便知五臟生災,水為腰腎,金為肺,火主心胸,木主肝,土爻脾胃,休逢鬼旺重,衰輕仔細看。

世爻の上に白虎官鬼を坐するは、是れ災病の中また疾患を染むるなり。身爻の上に青龍子孫を坐するは、是れ歡樂の處更に喜慶を添ゆるなり。官鬼の白虎を帶びて世を持し、卦中また子孫なければ、即ち終身病てまた病み、痼疾を帶びん。病のいずれの處に在るかを知らんと要せば、即ち官鬼のいずれの一卦の上に發動するかを細看せよ。乾は頭と爲し、坤は腹と爲し、坎は耳と爲し、離は目と爲し、兌は口と爲し、巽は股と爲し、艮は手と爲し、震は足と爲す。再び官鬼のいずれの一五行に属するかを看れば、即ちいずれの臟腑に災を生ずるかを知る。水は腰腎を主り、金は肺を主り、火は心胸を主り、木は肝を主り、土爻は脾胃を主る。鬼旺なれば則ち病重く、鬼衰なれば則ち病輕し。須らく仔細に分辨せよ。

又論人生四體,卦列六爻,初足、二腿、三腰腹、四為背助及心胸、五為頸面分其位、六為頭頂髮相同。看官臨在何爻動,便決災生此處中。復陳福德青龍持世,更遇扶持,處世清安獲福,美處加歡。

再び人身の四肢軀幹の六爻に配するを論ずれば、初爻は足、二爻は腿、三爻は腰腹、四爻は背脇と心胸、五爻は頸項面部、六爻は頭頂と頭髮なり。官鬼のいずれの一爻の上に臨みて發動するかを看れば、即ちあの部位に災病の生ずるを斷定す。反って說けば、もし子孫福德の青龍を帶びて世を持し、また生扶を得れば、即ち世に處りて清靜安寧にして多く福氣あり、美滿の上更に歡喜を添ゆるなり。

勾陳為遲鈍之星,騰蛇乃虛浮之煞。玄武發臨天賊,常被穿偷;朱雀動帶官符,多招詞訟。以上所言皆論鬼臨世上,動則尤甚。帶勾陳,為人遲鈍。遇騰蛇,作事虛浮。玄武常憂失脫。朱雀多犯宮非。龍因酒色以招殃。虎為剛強而惹禍。

勾陳は遲鈍の星、騰蛇は虛浮の煞なり。玄武發動して天賊に臨めば、常に人に偷竊せられ、朱雀發動して官符を帶ぶれば、多く詞訟を招く。以上の說く所は、皆官鬼の世爻の上に臨むに就きて言えり。官鬼一たび發動すれば更に此のごとし。勾陳を帶ぶれば、爲人遲鈍なり。騰蛇に遇えば、事を爲す虛浮なり。玄武を帶ぶれば、常に失盜を憂う。朱雀を帶ぶれば、多く官非を犯す。青龍を帶ぶれば、酒色に因りて殃を招く。白虎を帶ぶれば、剛强に因りて禍を惹く。

火官克世,憂逢回祿之警。水鬼傷身,慮患溺波之險。鬼在卦中不拘動靜,如來克世,無不為殃。火鬼慮遭火患。金官恐犯刀砧。水官莫往江湖。土鬼休登山陸。木鬼恐樹林之害。午官慮騾馬之虧。巳被蛇傷,寅遭虎噬,戌當犬咬,丑犯牛亡,華蓋休交僧道,咸池莫愛邪淫。

火爻官鬼の世を剋するは、火災の警を憂慮するを要す。水爻官鬼の身を傷るは、落水の險を顧慮するを要す。官鬼卦中に動靜を論ぜず、只だ來りて世爻を剋せば、殃と爲らざるなし。火鬼は火患に遭うを慮るを要し、金鬼は恐怕刀刄を觸犯せん、水鬼は江湖の上に往くなかれ、土鬼は山に登り嶺を越ゆるなかれ、木鬼は樹林間の傷害を防ぐを要し、午爻官鬼は騾馬の失を慮るを要す。巳爻官鬼は蛇に傷られんを防ぎ、寅爻官鬼は虎に咬まれんを防ぎ、戌爻官鬼は犬に嚙まれんを防ぎ、丑爻官鬼は牛に因りて命を喪わんを防げ。官鬼の華蓋を帶ぶれば、僧道と結交するなかれ。官鬼の咸池を帶ぶれば、切に邪淫を貪戀するなかれ。

世被誰爻沖剋,方知誰輩之欺凌。身叨何象生扶,便識何人之陰庇。動來克世之爻,便為侵害。父母克,被椿萱之胎禍。兄弟克,受手足之侵凌。財克,受妻奴之損。子傷,忍兒女之虧。若鬼克犯官刑,子動方能解。再查何象動來生世,即賴維持,父生,蒙尊長之恩。子生,得卑幼之力。兄生,叨手足之情。財生,賴妻奴之助。官生,仗貴宦相扶。鬼生,感神祗護佑。

世爻のいずれの一爻に沖剋せらるるかを看れば、即ち是れいずれの一類の人の自己を欺凌するかを知る。身爻のいずれの一象の生扶を承受するかを看れば、即ち是れ甚麼の人の暗中に庇護するかを知る。およそ發動して來り世爻を剋するは、即ち自己を侵害する人なり。父母の來り剋するは、是れ父母長輩の累を受くなり。兄弟の來り剋するは、是れ手足の欺凌を受くるなり。妻財の來り剋するは、是れ妻妾奴僕の損害を受くるなり。子孫の來り傷るは、是れ兒女の帶來する虧損を忍受す。もし官鬼の來り剋せば、即ち官刑を觸犯せん。須らく子孫發動して纔めて解救しうる。再びいずれの一象の發動して來り世爻を生ずるかを查すれば、那れは即ち倚賴扶持すべき人なり。父母の來り生ずれば、尊長の恩惠を蒙受す。子孫の來り生ずれば、晚輩の助力を得。兄弟の來り生ずれば、手足の情を叨む。妻財の來り生ずれば、妻妾奴僕の幫襯に仰賴す。官爻の來り生ずれば、顯貴官宦の提携に仗る。鬼爻の來り生ずれば、神祇の護佑を感戴す。

游魂世動利往他途,身靜歸魂休離不境。內旺外衰憂出外,內衰外旺莫歸宗。凡游魂卦,便宜出外,縱不游魂,世爻動者,亦可登程。歸魂之卦,只可安居,若卜返鄉最宜。世靜亦然。伏看內為止外為行,內卦旺,守舊則吉。外卦旺,行後反亨。

游魂卦にして世爻發動すれば、外地に往きて生を謀るに利あり。身爻安靜にしてまた歸魂卦に逢えば、即ち本鄕を離るるなかれ。內卦旺にして外卦衰なれば、門を出でて外に在る反って堪憂なり。內卦衰にして外卦旺なれば、即ち故里に回歸せんを急ぐなかれ。およそ是れ游魂卦は皆出外に宜しく、縱い游魂ならずとも、只だ世爻發動せば、また登程しうる。歸魂の卦は只だ安居に宜しく、もし返鄕を占えば最も相宜なり。世爻安靜もまた一樣なり。此の外還お內外を看るを要す。內卦は停留を主り、外卦は行動を主る。內卦旺相なれば、舊業を守れば即ち吉。外卦旺相なれば、出行の後反って亨通せん。

生合之方,行當獲吉。克沖之向,去必遭凶。但看何爻生用,利往其方。誰來沖剋主爻,莫奔此路。且如兄占弟命,卜得臨卦土作用爻,土賴火生,宜行南地。土遭木克忌往東方。丑被未沖,西南莫去。丑得子合,往北不過遇喜悅之人。無分凶吉。若卦內木爻又動,北更不宜取。金制木之鄉,西反利,餘卦仿此。

用神と相生相合する方位は、去れば必ず吉利を得ん。用神と相剋相沖する方位は、去れば必ず凶險に遭わん。只だいずれの一爻か用神を生ずるかを看れば、即ちあの方位に往くに利あり。いずれの一爻か來りて用神を沖剋するかを看れば、即ちあの條の路に往くなかれ。たとえば哥哥弟弟の命を占うに、臨卦を占得して土をもって用爻と爲せば、土は火に靠りて生ぜられ、南方に往くに宜し。土は木に剋せられ、東方に往くを忌む。丑土は未土に沖せられ、西南去るべからず。丑は子と相合す。北方に往けば也不過稱心の人に遇うのみ、吉と說くに足らず凶と說くに足らず。もし卦內木爻また發動せば、北方就更に取るに宜しからず。金能く木を制す。西方に往けば反って利あり。その餘各卦皆此に照らして類推せよ。

如問雙親,父母忌空財忌動。若觀子侄,福神宜旺印宜衰。占手足而觀兄象,卜妻奴以看財爻。世己應他各取用爻之定例,衰凶旺吉皆為總斷之根因。占父母叔伯尊長之類,皆宜父旺則吉,猶嫌財動,反利官興,卜兒女婿侄卑幼、僧道等,統要子興逢父限則凶,遇兄年反吉。問兄弟朋友者,咸怕兄空,父搖成吉,鬼動成凶。

もし父母雙親を問えば、父母爻は落空を忌み妻財爻は發動を忌む。もし子姪晚輩を看れば、子孫福神は旺に宜しく父母印綬は衰に宜し。兄弟手足を占えば即ち兄弟爻を看、妻妾奴僕を占えば即ち妻財爻を看る。世は自己と爲し應は他人と爲す。此れ是れ各々用爻に按じて象を取るの定例なり。衰なれば則ち凶、旺なれば則ち吉。此れ是れ總じて吉凶を斷ずるの根本なり。父母・叔伯・尊長此の一類を占うは、皆父母爻の旺相をもって吉と爲す。仍ほ妻財爻の發動を嫌い、反って官鬼爻の興起するに利あり。兒女・女婿・子姪等の卑幼および僧道を占うは、一概に子孫興旺を要し、父母の限に行き到れば凶、兄弟の年に遇えば反って吉なり。兄弟と朋友とを問うは、皆兄弟爻の落空するを怕れ、父母爻搖動するを吉と爲し、官鬼爻發動するを凶と爲す。

詢妻妾奴婢及情人者,皆用財爻,遇子為祥,見兄成咎。探夫主及文武官員身命,其察官爻旺增榮耀,衰減光輝。子動雲凶,財興曰吉。卜自身,世為主象,問他人應作用爻,旺相逢生則為吉斷。休囚遇克便作凶。祥誠能依此推之,庶無一毫差謬矣!

妻妾・奴婢および情人を問うは、皆妻財爻を用う。子孫の來り生ずるに遇うを祥と爲し、兄弟の來り奪うを見るを咎と爲す。丈夫および文武官員の身命を探問せば、即ち官鬼爻を察看す。旺相なれば則ちその榮耀を增し、衰弱なれば則ちその光輝を減ず。子孫發動を凶と爲し、妻財興旺を吉と爲す。自己を占うは世爻をもって用神と爲し、他人を問うは應爻をもって用神と爲す。旺相にしてまた生に逢えば即ち吉と斷じ、休囚にしてまた剋に遇えば即ち凶と斷ず。果して能く此れらの道理に依照して推せば、大概一絲一毫の差錯なからん。

六親壽命章第八

(以用爻為主,父母為憑。)要決椿萱之壽肖,父田當詳。欲知手足之天年,弟兄可取。問室須憑財象,占夫必用官爻。卜自身世家尋察,觀男女子位稽查,各定用爻,可推修短。旺靜遇生扶,千秋可祝;衰動逢沖剋,數載難延。

本章は用神をもって主と爲し、而して「父母」爻をもって最要の憑據と爲す。父母の壽數を判定せんと想えば、應當に卦中の「父母」爻を詳審せよ。兄弟の天年を知らんと欲せば、即ち「兄弟」爻を取りて看よ。妻子の壽元を問うは須らく「妻財」爻に憑れ、丈夫の壽元を占うは必ず「官鬼」爻を用い、己の壽數を卜すれば、「世」爻の上より尋察し、兒女の壽數を看れば、「子孫」爻の上より稽查せよ。各人先ず己の用神を定准して、纔めて壽命の長短を推斷すべし。用神旺相にしてまた安靜なれば、再び日月動爻の生扶に遇いて、彼に千秋高壽を許すべし。用神衰弱にしてまた發動し、再び沖剋に遭遇せば、即ち幾年をも延續し難し。

凡占身命當察用爻。若得旺相安靜,必享遐齡;雖動又變生扶,亦為多壽。徒旺而逢墓絕,反不長年;主若休囚,再加沖剋,必見夭亡。用雖衰,動變也生旺之鄉,或遇日月動爻扶助,反益年華。動化生方無忌象,壽並龜齡;靜居相地有無坤,命同鶴肖。用爻變生又無剋制,壽必高年;雖靜而不化生扶,如有元神者,穩臻老邁。落陷臨空,體似風中之寸燭;日扶月助,身如谷內之喬松。用象落空或臨絕地,理合少亡;若得絕處逢生,將危復救。主不空亡,更逢日月二建及動象來生,多增壽考。

およそ是れ身命壽元を占問するは、皆用神を審察せよ。用神もし旺相を得てまた安靜なれば、必定高壽を享有せん。即便ち發動すとも、只だ變出の爻の頭を回りてそれを生扶せば、また多壽を主る。もし只だ徒らに旺氣あるのみにして、卻って「墓」「絶」の地に落つれば、反って長年能わず。用神本身休囚にして、再び沖剋を加上せば、必定夭亡を見ん。用神雖に衰弱なりと雖も、但し發動の後生旺の鄕に變入し、あるいは日建・月建および動爻の扶助を得れば、反って能く年壽を增添せん。歌訣に曰く、用神發動して我を生ずるの方を化出して卦中また忌神なければ、壽數神龜に比すべし。用神安靜にして相地に居り剋害の象なければ、性命仙鶴と同じく長し、と。此れは用神動きて生を化し、また克制を受けざるは、壽必ず高年なりと說く。雖に安靜にして不曾に生扶を化出せずとも、只だ卦中に「元神」在れば、また能く穩穩として老邁に活きん。歌訣また曰く、用神落陷臨空なれば、身體就中風中の一寸の殘燭のごとし。日辰の扶・月建の助を得れば、身體就中深谷裡の高大の喬松のごとし、と。此れは用神の落空あるいは絶地に臨むは、理に按じて該當短命なりと說く。もし能く絶處生に逢えば、便ち危にして復た救わるるなり。用神本來空亡ならず、再び日建・月建の二者および動爻の來り生ずるに逢えば、壽數還お更に增さん。

衰中被害,雖無病以遭亡;旺處受傷,縱有災而未喪。用爻無氣,又逢忌象交重,或動出變傷,或日辰沖剋,體雖康健,也主傾亡;用爻旺相,縱被克傷,決非損其壽考。不論尊卑之壽,皆憑父母之爻。縱卜兒童,亦不可臨於空破;既占卑幼,切非宜動出交重。

歌訣に曰く、用神本已衰弱してまた傷害せられれば、雖に疾病なくとも亡故せん。用神正に旺處に在りて傷を受ければ、縱い災殃ありとも喪命に至らず、と。此れは用神無氣にして、また忌神の發動交重に遇い、あるいは動きて剋傷の爻を變出し、あるいは日辰に沖剋せられれば、此の人身體雖に康健なるを看似るとも、また傾覆して亡ぶを主ると說く。用神旺相なるは、縱い剋せられ傷られとも、決してその壽數を損ずるに至らず。此の外、所占の是れ尊長か是れ卑幼かの壽數を論ぜず、皆「父母」爻に憑りて看るを要す。即便ち占う所は兒童なりとも、父母爻もまた空亡・月破に落つべからず。既に占う所は卑幼なれば、父母爻更に發動交重に宜しからず。

父母為壽笄,旺益多年,空無遠歲。惟占兒女,父母雖為忌客,亦不宜空,但宜靜不宜動。人間那年數盡,用查空值何旬;陽生陰合得綿長,天剋地沖難救度。終壽之年,必是用臨歲旬空內。歲旬空者,即是甲子至癸酉年,戌亥用爻便為空也。主爻雖不犯空,流年天剋地沖,亦當絕也。

「父母」爻は壽元を主管する神にして、旺相なれば則ち年歳を增添し、落空すれば則ち長遠の壽なし。惟だ獨り兒女を占う時は、父母爻雖に是れ子孫を剋する忌神なりとも、同じく落空に宜しからず。只だ靜に宜しく動に宜しからず。一人のいずれの一年か壽數將に盡きんとするを問わば、即ち用神のいずれの一旬に落空するかを查せよ。用神の陽に逢いて來り生じ、陰に逢いて來り合すれば、壽數便ち綿長を得ん。一旦流年の「天剋地沖」に遇上せば、即ち救度し難し。人の終壽のあの一年は、必定是れ用神の「歲旬空」の內に落つるなり。いわゆる歲旬空は、即ち甲子年より癸酉年に數うる此の一旬にして、戌・亥の兩支の用爻便ち空亡と算す。用神縱い空亡を犯さずとも、只だ流年太歳のそれと天干相剋し地支相沖すれば、また一樣に絶に當たる。

譬如丙辰年七月巳丑日,子占父壽,卜得革卦安靜,此卦用爻正旺,更得丑日來生,理應多壽。直至戊寅年子月癸卯日,作此年正值甲戌旬,父臨歲旬空內,又死子月建,元神又被寅年卯日來傷,故當絕命。又如戊辰年六月戊戌日,夫占妻壽,卜得豐卦安靜,此卦財爻有氣,日月克兄,故此無咎。直待丙子年七月庚辰日,作財雖不值歲旬空,正遭太歲天剋地沖,又被日月會成水局剋制火,水豈非絕也。

譬えば丙辰年七月己丑日、兒子父親の壽數を占うに、《革》卦を卜得して安靜なり。此の卦の「父母」用神は正に旺相に當たり、また丑日の來り生ずるを得。理に按じて應當に多壽なり。一直に戊寅年子月癸卯日に至り、此の一年正に甲戌旬に値するに因り、父母爻恰好歲旬空の內に落ち、また子月の月建の下に死し、元神もまた寅年卯日に傷られしかば、故に該當絶命す。さらに戊辰年六月戊戌日、丈夫妻子の壽數を占うに、《豊》卦を卜得して安靜なり。此の卦の「妻財」爻は氣あり、日辰月建また「兄弟」を克制す。故に災禍なし。直に丙子年七月庚辰日に等到し、妻財雖に歲旬空に値せず、卻って正に太歳の天剋地沖に遭い、また日月の會して水局を成せるに剋制せられて火爻を剋す。水勢既に成れば、火豈に絶せざるの理あらんや。

倩媒說合章第九

(占婚以間爻為主,問媒以應象為憑。)嫁聚當求媒妁人,應為月老忌沖刑。無功必遇空而陷,有力須旺與生。剋制世爻心不善,生扶身象意多能。卜媒人,應為主象,切不可臨於空沖破絕之鄉,最喜遇扶合旺生之地。應克世爻,心懷刁詐;如來生世,卻是良媒。

本章は婚事を占うに「間」爻をもって主と爲し、專ら媒人を問うは則ち「應」爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、嫁娶の事は應當に先ず媒人を求得すべし。應爻即ち月下老人にして、最も沖せられ刑せらるるを忌む。媒人辦事功なきは、必是れ應爻の落空して陷弱するなり。媒人得力なるは、須らく是れ應爻の旺相また生扶に逢うなり。應爻の「世」爻を克制するは、居心善ならず。應爻の世身を生扶するは、辦事多く本領あり、と。媒人を占う時、應爻は主象にして、切に空亡・沖破・絶地の中に落つべからず。最もそれの扶助・六合と旺相生扶の地とに遇うを喜ぶ。應爻もし來りて世爻を剋せば、此人心刁詐を懷く。もし來りて世爻を生ぜば、即ち是れ一位の良媒なり。

財官不失方諧合,世應臨空豈得成。三合其人能讚美,六沖此客欠調停。凡求媒妁,兼占成與不成,卦得財鬼俱全,方能成就;爻如無鬼,事決不諧。世應若臨空地,縱有財官,亦難相合。若得卦逢六合,定主成婚;如見六沖,姻緣未就;合處逢沖,將成有變。占婚又不觀其應,二間為媒細審情。單占有月老,當看應爻;如在婚姻卦內推之,又不憑其應象,反取間爻為婚,旺須有力,空則無能。

歌訣に曰く、「妻財」「官鬼」の兩爻皆缺失せざれば、婚事纔めて諧合しうる。世應兩爻もし空亡に落ちれば、怎麼談成し得んや、と。卦の三合を成せば、此人能く中より讚美撮合せん。卦の六沖に逢えば、此人調停を善くせず。およそ是れ媒人を求め、兼ねて婚事の成と不成とを占うは、卦中財爻鬼爻俱全せば、纔めて成就しうる。卦中もし官鬼爻なければ、此事決して諧和せず。世應もし空地に臨めば、縱い財官俱に在るとも、難く相合せず。卦もし六合に逢えば、定んで成婚を主る。もし六沖を見れば、姻緣未成なり。本是六合にして中間沖開せられれば、眼看將に成らんとしてまた變を生ぜん。婚事を占う時また專ら應爻を看ず、而して兩個の「間」爻をもって媒人と爲し、須らくその中の情形を細審せよ。單獨に媒人を占うは、纔めて應爻を看る。もし是れ婚姻卦の裡に附帶して媒人を推斷すれば、便ち應爻に憑らず、反って間爻を取りて媒妁と當作す。間爻旺相なれば則ち媒人有力あり、落空すれば則ち無能なり。

婚姻嫁娶章第十

(以內外世應為主,陰陽財鬼為憑。)易道無窮,須把陰陽為首;人倫有五,還將夫歸為先。純陽,恐男子之鰥,無財可比;純陰,女人之寡,無鬼亦然。凡論婚姻之事,先看陰陽,次憑財官。卦若純陽或無財者,定見傷妻;純陰之卦或缺官爻,夫當早喪。

本章は內外卦と世應爻とをもって主と爲し、陰陽配合と財鬼兩爻とをもって憑と爲す。歌訣に曰く、易道無窮にして、婚を論ずれば先ず陰陽を首位に把るを要す。人倫五ありて、婚を論ずれば還お夫婦一倫を最前に擺るを要す、と。卦の純陽を成せば、恐怕男子鰥居せん。卦中「妻財」なくして妻子に比擬すべからざるが故なり。卦の純陰を成せば、女人寡を守らん。卦中「官鬼」なくして丈夫に比擬すべからざるが故なり。およそ是れ婚姻の事を議論するは、先ず卦體の陰陽配合を看、其次に財爻官爻に憑る。卦もし是れ純陽なり、あるいは卦中財なければ、一定に妻を傷らん。卦もし是れ純陰なり、あるいは官鬼爻を缺けば、丈夫當に早喪すべし。

夫唱婦隨,卦必陰陽得位;男情女喜,爻當財鬼俱全。內卦為夫,外卦為婦,又以世為夫,應為婦。若得內陽外陰,或世陽應陰,二者皆為得位,婚姻遇之百年和合。若內陰外陽,或世陰應陽,皆是陰陽交錯,夫妻半遂其心。又如世應陰陽得位,內外純陰純陽;或內外陰陽得位,世應純陰純陽,皆為半吉。若內外世應皆值純陽純陰,不成夫婦。自古純陰不生,純陽不化,須得一陰一陽方成配偶。復論鬼為夫,財為婦。有鬼無財,有夫無婦;有財無鬼,有婦無夫。卦若財鬼俱全,夫婦方能諧老。

歌訣に曰く、夫唱婦隨せんと要せば、卦必ず陰陽各々その位を得るを要す。男歡女悅せんと要せば、爻應當に財鬼兩全すべし、と。斷法は、內卦を夫と爲し、外卦を婦と爲す。また「世」爻をもって夫と爲し、「應」爻をもって婦と爲す。もし內卦の陽に属し外卦の陰に属するを得、あるいは世爻の陽に属し應爻の陰に属せば、此の兩種皆「得位」と叫び、婚姻これに遇えば便ち百年和合を主る。もし內卦の陰に属し外卦の陽に属し、あるいは世爻の陰に属し應爻の陽に属せば、皆是れ陰陽交錯にして、夫妻只だ一半稱心するのみ。さらに世應陰陽位を得て、而も內外卻って純陰あるいは純陽なり、あるいは內外陰陽位を得て、而も世應卻って純陰あるいは純陽なるは、皆只だ半吉と算す。もし內外と世應と全く是れ純陽なり、あるいは全く是れ純陰なれば、便ち夫婦と成る能わず。自古純陰は生養する能わず、純陽は化育する能わず。必ず一陰一陽纔めて配して偶と成るを得ん。再び「官鬼」を夫と爲し「妻財」を婦と爲すを論ずれば、鬼ありて財なきは、是れ夫ありて婦なし。財ありて鬼なきは、是れ婦ありて夫なし。卦中財鬼俱全せば、夫妻纔めて白頭偕老しうる。

男婚,須教授象興隆,晨錯共悅;女嫁,得官爻旺相,朝夕同歡。男占婦,以財為主,決不可無;女占夫,用鬼為先,其理仿此。世作男安,旺則榮華之宅;應為女室,衰還貧乏之門。鬼是夫身,空無遠壽;財成妻體,陷不遐齡。

歌訣に曰く、男子妻を娶るは、須らく「妻財」の象興隆して、纔めて朝夕共に悅ばん。女子嫁するは、須らく「官鬼」爻旺相して、纔めて早晚同じく歡ばん、と。此れは男人の妻子を占うは、財爻をもって主と爲し、決して缺くべからず。女人の丈夫を占うは、鬼爻をもって先と爲し、道理此と相仿るを說く。歌訣また曰く、「世」爻は男家を代表し、旺相即ち榮華の宅なり。「應」爻は女家を代表し、衰弱便ち貧乏の門なり。官鬼は丈夫の身體にして、落空すれば便ち長壽なし。妻財は妻子の身體にして、空絶に陷れば便ち長年能わず、と。

世為男家,應為女宅。世旺應衰,便曰女貧男富;世衰應旺,當云女富男貧。又云鬼居此卦為男家,財值其宮為女宅。卦旺官衰,男家雖富而夫貌不充;卦衰官旺,夫宅雖貧而男容且秀;卦旺財衰,女舍豐而女姿欠美;卦衰財旺,女家寒而雪色精姘。官作夫君,喜生不喜絕,絕則夫亡;財為妻室,宜旺不宜空,空須婦喪。

世爻是れ男家、應爻是れ女家なり。世旺して應衰なれば、便ち女家貧にして男家富と說く。世衰して應旺なれば、便ち女家富にして男家貧と說く。また一說あり、「官鬼」の居する所のあの一卦を男家と爲し、「妻財」の値する所のあの一宮を女家と爲す。卦旺して官爻衰なれば、男家富なりと雖も、新郎の相貌卻って出衆せず。卦衰して官爻旺なれば、男家貧なりと雖も、新郎の容貌卻って清秀なり。卦旺して財爻衰なれば、女家豊厚なりと雖も、女子の姿色卻って美を欠く。卦衰して財爻旺なれば、女家寒素なりと雖も、女子の容色卻って嬌好なり。官爻既に夫君を作せば、即ち生扶を喜び絶地を喜ばず。絶に入れば則ち丈夫身亡せん。財爻既に妻室と爲れば、即ち旺相に宜しく空亡に宜しからず。落空すれば則ち妻子命を喪わん。

間曰良媒,逢空少力;子云後代,遇絕無兒。兩間之爻,皆為媒妁,近世則男家月老,近應則女舍冰人。臨空犯絕,媒必無能;遇旺逢生,中須有力。子孫之象,宜靜不宜動,動則刑夫;宜旺不宜空,空須無子。若臨絕地,又主無兒;絕中如得生扶,反主兒孫多育。

歌訣に曰く、「間」爻是れ良媒にして、空に逢えば即ち力少なし。「子孫」爻是れ後代にして、絶に遇えば即ち兒なし、と。兩個の間爻皆媒妁を主る。世爻に靠近するあの一間は男家の月老にして、應爻に靠近するあの一間は女家の氷人なり。間爻の空に臨み絶を犯すは、媒人必定無能なり。旺に遇い生に逢えば、その中必ず得力の人あらん。子孫の象は靜に宜しく動に宜しからず。一たび動けば即ち丈夫を刑剋す。旺に宜しく空に宜しからず。一たび空に落ちれば便ち無子を主る。子孫もし絶地に臨めば、また無兒を主る。但し絶に入るの中もし生扶を得れば、反って兒孫多育を主る。

財爻變鬼變沖,妻遭久疾;鬼象化官化破,夫染陳災。財為妻體,切不宜沖或化鬼爻,便生殘疾;鬼為夫主,忌犯刑沖再化官爻,夫當有疾。要知疾在何方,看鬼在誰卦誰爻,可斷帶疾之處,詳見身命章中。合內又生,必享天長地久;沖中再克,定應死別生離。且如用寅亥合,用未午來,用酉見辰,皆是得生得合,自然百萬和諧;又如用午見子,用卯酉沖,便是有沖有克,此為終見分離。旺財與旺應生身,妝奩厚實;衰世並衰官克應,聘禮輕微。應為妻宅,財乃嫁資,二者旺而生世,倍得妝奩;世作男家,鬼作夫主,若值休囚克應,自然聘禮輕微。

歌訣に曰く、「妻財」爻の鬼爻を變出しまた沖剋に遭えば、妻子長年の疾を害せん。「官鬼」爻の官爻を化出しまた月破に逢えば、丈夫陳年舊病を染めん、と。此れは財爻是れ妻子の身體にして、切に沖を受くるに宜しからず、また鬼爻を化出するに宜しからざるを說く。一たび犯せば即ち殘疾を生ぜん。鬼爻是れ丈夫の主象にして、刑を犯し沖を犯すを忌諱し、更に再び官爻を化出するを忌む。一たび犯せば則ち丈夫疾あり。病の身體のいずれの部位に在るかを知らんと要せば、即ち鬼爻のいずれの一卦・いずれの一爻の上に落つるかを看て、此に據りて帶疾の處を斷出すべし。詳細の推法は《身命章》中の載する所を見よ。歌訣に曰く、卦內既に相合また相生せば、必ず天長地久を享けん。相沖の中再び相剋を加えれば、定んで死別生離に應ぜん、と。譬えば用神の寅に属して亥の來り相合するを見、用神の未に属して午の來り相生するを見、用神の酉に属して辰の來り相合するを見るは、皆既に生を得また合を得て、夫妻自然百般和諧せん。さらに用神の午に属して子の來り沖するを見、用神の卯に属して酉の來り沖するを見るは、便ち沖ありまた剋ありて、最終必ず分離を見ん。歌訣また曰く、旺相の「妻財」と旺相の「應」爻の來り世身を生ずるは、嫁妝豊厚なり。衰弱の「世」爻と衰弱の「官鬼」の去りて應爻を剋するは、聘禮輕薄なり、と。應爻是れ女家にして、財爻是れ嫁資なり。二者旺相にしてまた來り世を生ぜば、必ず加倍の妝奩を得ん。世爻是れ男家にして、鬼爻是れ夫主なり。もし休囚に値して去りて應を剋せば、聘禮自然輕微なり。

男心少就,只因世陷世沖;女意多更,切為應空應動。世爻若值空亡或遭沖破,男家無意求成;應若臨空或沖或動,女家無心匹配。卦爻相合,必男婦之成歡;貞悔相沖,定夫妻之不睦。卦得六爻相合,綿遠和諧;若遇六沖,定然反目。

歌訣に曰く、男方成婚の心少なきは、只だ世爻の陷空あるいは沖せらるるに因る。女方變卦の意多きは、全く應爻の落空あるいは發動するが爲なり、と。此れは世爻もし空亡に値し、あるいは沖破に遭えば、男家便ち成を求むる意なし。應爻もし空に臨み、あるいは沖せられ、あるいは發動せば、女家便ち匹配する心なしと說く。歌訣また曰く、卦中六爻相合するは、必是れ男女歡を成す。內卦「貞」と外卦「悔」と相沖するは、定んで是れ夫妻不睦なり、と。卦の六爻相合を得るは、婚姻綿遠和諧なり。もし六沖に遇えば、日後定んじて反目せん。

前沖後臺,初離別復聚歡情;前合後沖,始諧和終遭變易。未配之前,若卜沖中化合,決不相諧;成親之後,如得先沖後合,初見生離後還復就。若卦占六合被月辰沖開,世應財官或化六沖,皆主始初歡悅,後來定不和諧。

歌訣に曰く、先に沖して而る後に合するは、起初離別して後來復た歡情を聚めん。先に合して而る後に沖するは、起初諧和して終究變故に遭遇せん、と。此れは說く、未だ訂婚せざるの前、もし沖中化合を卜得せば、此の婚決して相諧せず。已經成親の後、もし先沖後合を得れば、起初雖に生離を見るとも、後來還お復た合しうる。もし卦本是六合にして、卻って月建日辰に沖開せられ、あるいは世應財官の六沖を化出すれば、皆起初歡悅して後來定んじて不和を主る。

孤辰值鬼,夫必無兒;寡宿臨財,妻當少子。男怕孤辰,憂臨官鬼;女嫌寡宿,忌值妻財。二者逢之,後無子息,非惟兒女遭傷,更主夫妻相剋。父旺少兄妨兒女,妻強無鬼捐公姑。子搖固曰刑夫,財興有解;兄動雖云克婦,子發無妨。父搖兄不搖,決傷兒女;財動鬼不動,定損公姑。子動傷夫,財動生官反吉;兄興害室,子孫並動無妨。

歌訣に曰く、「孤辰」の官鬼に値するは、丈夫必定兒なし。「寡宿」の妻財に臨むは、妻子自然子少なし、と。男の占は孤辰を怕れ、尤も孤辰の官鬼の上に臨むを憂う。女の占は寡宿を嫌い、尤も寡宿の妻財の上に値するを忌む。兩者一旦遇上せば、日後子息なし。不但に兒女傷損に遭わんと要し、更に夫妻互相に刑剋するを主る。歌訣また曰く、「父母」爻旺にして「兄弟」爻の通關を缺けば、即ち兒女を妨害す。「妻財」爻强にして「官鬼」爻の化解なくば、即ち公婆を損傷す、と。子孫發動は固然に刑夫と說すれど、但し財爻同じく興れば便ち解救しうる。兄弟發動は雖說妻を剋す、但し子孫同じく發すれば便ち妨げず。此れは父爻發動して兄爻動かざれば、決定兒女を傷及せん。財爻發動して鬼爻動かざれば、一定公婆を損及せん。子孫動くは本來夫を傷る。もし財爻同じく動きて官を生ぜし去れば、反って吉兆と成る。兄弟興起するは本來妻を害す。もし子孫一倂に發動して通關せば、即ち妨げなし。

龍值財爻,形骸秀麗;蛇臨宴位,情性虛浮。白虎乃悖逆之星,玄武是風流之宿,朱雀巧詞繞舌,勾陳持重寡言。帶咸池則多情多欲,臨馬則勤往勤來。財為妻性,看值何爻,便知美惡。帶青龍,貌如西子,性主慈祥禮悌、柔順貞廉;值騰蛇,虛浮之性,多心機而少信實,言語感人;逢白虎,心懷妒悍,性亦剛強;犯玄武,為人慳吝、放蕩無端;逢朱雀,急躁多言;遇勾陳,事行遲鈍;值咸池,則內亂人倫,外尋花柳;加驛馬,則朝行東北,暮返西南。凡配婚姻,須得永年和合,惟憑奇偶,自然頃刻昭彰。

歌訣に曰く、「青龍」の財爻に値するは、妻子形貌秀麗なり。「騰蛇」の妻位に臨むは、性情虛浮なり。「白虎」是れ悖逆の星、「玄武」是れ風流の宿、「朱雀」巧言饒舌、「勾陳」持重寡言なり。「咸池」を帶ぶれば則ち多情多欲し、「驛馬」に臨めば則ち往來に勤し、と。財爻は妻子の性情を代表す。それいずれの一個の神煞の上に値するかを看れば、即ち妻子の美惡を知る。青龍を帶ぶるは、容貌西施のごとく、性情慈祥にして禮を知り、柔順貞潔なり。騰蛇に値するは、性情虛浮にして、心機多くして信實少なく、言語甚だ能く人を打動す。白虎に逢うは、心嫉妬凶悍を懷き、性情もまた剛强なり。玄武を犯すは、爲人吝嗇にして、行止放蕩無端なり。朱雀に逢うは、性急多言なり。勾陳に遇うは、辦事遲鈍なり。咸池に値するは、內に在りて人倫を亂し、外に在りて花を尋ね柳を問う。驛馬を加うるは、早上東北に往き、晚上また西南より回る。およそ是れ婚姻を配合するは、總じて長久和合を求得するを要す。只だ卦爻の奇偶陰陽に憑りて一看すれば、吉凶頃刻の間便ち昭然顯露せん。

女卜男婚章第十一

(以官爻為主,應象為憑。)女卜男婚當用官,財興子靜是良緣。女占夫,以官爻為主,官旺為佳,鬼空莫用。又嫌子動傷官,所喜財興助鬼。妻看內爻夫看外,世為女體應為男。女占男,反取內為婦外為夫,又以世為婦應為夫。夫擇婦兮陰應美,婦擇夫兮陽應歡。陰陽得位方和合,縱然交錯樂長年!夫聚婦,世陽應動為得位。女嫁男,世陰應陽為得位。或內陰外陽者,亦同。若得陰陽得位,喜悅無窮,縱然陰陽交錯,也主歡諧。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、「應」爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、女子男方の婚事を卜するは、應當に官鬼爻をもって用神と爲すべし。財爻興旺にして子孫爻安靜なれば、便ち良緣なり、と。女人の丈夫を占うは、官鬼爻をもって主象と爲し、官爻旺相を佳と爲し、鬼爻落空すれば便ち取用すべからず。また「子孫」の發動して官爻を剋傷するを嫌い、最も「妻財」の興旺して來り鬼爻を生助するを喜ぶ。歌訣また曰く、妻子は內卦を看、丈夫は外卦を看る。「世」爻是れ女子自身、「應」爻是れ男方なり、と。女の男を占うと男の女を占うと相反り、內卦を取りて婦と爲し外卦を取りて夫と爲し、また世爻をもって婦と爲し應爻をもって夫と爲す。歌訣に曰く、丈夫の妻子を挑選するは、應爻陰に属して纔めて美なり。妻子の丈夫を挑選するは、應爻陽に属して纔めて歡なり、と。陰陽各々その位を得れば、夫妻方に和合しうる。即便ち陰陽交錯すとも、また還お長年安樂しうる。男子婦を娶るは、世爻陽に属し應爻陰に属せば便ち「得位」なり。女子夫に嫁ぐは、世爻陰に属し應爻陽に属せば便ち得位なり。あるいは內卦陰に属し外卦陽に属するは、道理もまた相同じ。もし陰陽各々その位に歸するを得れば、婚後喜悅無窮なり。縱い陰陽交錯して位に當たらずとも、また仍ほ夫妻歡諧を主る。

女家擇婿章第十二

(以子孫為主,官鬼為憑。)將女招夫繼子祥,必須兼看結婚章,內陰外陽稱大吉,鬼旺財生夫婦昌。贅婿者,比同繼子也,卻與婚姻章同看。卦中內外或世應,必須得一陰一陽,方為良配。如遇純陰純陽,決不可就。倘若財鬼不全,又不宜也。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、「官鬼」爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、女家の婿を招きて門に入るるは、義子を承繼すると同じく吉事に属し、推斷の時必ず兼ねて《婚姻嫁娶章》を看るを要す。內卦陰に属し外卦陽に属するを大吉と稱す。鬼爻旺相にして財爻の來り生ずれば、夫婦便ち昌盛せん、と。招贅の女婿は、性質承繼過ぎ來りし兒子に等同す。故に婚姻章と合看するを要す。卦中內外二卦あるいは世應二爻は、必ず一陰一陽して、纔めて良配と算す。もし純陰あるいは純陽の卦に遇到せば、決して此事を成就すべからず。倘若「妻財」「官鬼」兩爻齊全せざれば、また同じく宜しからず。

父母忌神愁發動,子孫用象怕空亡,世應變空難送老,六沖之卦豈綿長。父母為忌神,不動為吉。子孫為贅婿,空則非定,又不宜動,動則猶恐妨夫。子孫雖動,而財亦動者,助鬼無妨。又論世為己應為婿,皆不可空。世空者,自有遣歸之意。應空者,婿無久戀之心,世應皆動,後必有更,但遇六沖絲毫莫用。合處逢沖及變出六沖,主始得和諧,後當分拆。

歌訣に曰く、「父母」是れ忌神にして、最もそれの發動を愁う。「子孫」是れ用神にして、最もそれの空亡に落つるを怕る。世應兩爻空亡に變入せば、就中養老送終を指望し難し。卦の六沖に逢えば、此の門の親事哪能長久せんや、と。父母爻是れ忌神にして、動かざれば纔めて吉なり。子孫爻は贅壻を代表し、落空すれば則ち事情定まらず、また發動に宜しからず。一たび動けば只だ女婿本身を妨害せんことを怕る。子孫雖に發動すとも、只だ「妻財」も同時に發動せば、財能く官を生じ鬼を助け、便ち妨げず。再び「世」爻は女家自己、「應」爻は女婿を論ずれば、兩爻皆落空すべからず。世爻落空すれば、女家自己已に彼を遣りて回らしむるの意あり。應爻落空すれば、女婿久留の心なし。世應皆發動すれば、日後必ず變更を生ぜん。只だ六沖の卦に遇上せば、絲毫取るべからず。本是六合にして中途沖に逢い、あるいは六沖を變出するは、皆起初和諧にして後來拆散を主る。

後嗣有無章第十三

(以子孫為主,不遇絕空克破為佳。)欲知向後生兒否,切忌福德犯空亡,不論陰陽太衰旺,卦有其神定吉昌,靜廢伏藏遲可立,交重出見早成行。問後嗣者,須看子孫,若落空亡,再尋伏象,伏子再空,卻看動爻化子變出更無,必有絕嗣之嘆。子孫不論陰陽衰旺,如在卦中又不值旬空月破,決然有子有孫。要問得兒遲早,須觀子象與衰旺相或動而來速,休囚或靜以來遲。又云:出見早生,伏藏遲育。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、子孫の絶・空・剋・破に遇わざるをもって佳と爲す。歌訣に曰く、日後能く兒を生むや否やを知らんと欲せば、最も「福德」子孫の空亡を犯すを忌む。子孫の陰に属し陽に属し、太衰し太旺するを論ぜず、只だ卦中に此の一神あれば、即ち定んで吉昌を主る。子孫安靜衰廢しあるいは下に伏藏するは、子を得ること較べて遲し。子孫發動交重して卦上に顯現するは、子を得ること即ち早し、と。後嗣を問う人は、須らく子孫爻を看よ。子孫もし空亡に落ちれば、即ち再び伏神の裡の子孫を尋ねよ。伏神子孫また落空すれば、即ち再び動爻に子孫を變出する有無を看よ。もし變爻の裡に連れてなければ、必ず絶嗣の歎あらん。子孫は陰陽衰旺を論ぜず、只だ卦中に出現し、また旬空月破に値せざれば、即ち決然子あり孫あり。子を得るの遲早を問わば、須らく子孫の象の衰旺を看よ。旺相あるいは發動するは來ること快く、休囚あるいは安靜なるは來ること遲し。また一句話あり、子孫の卦上に出現するは早生し、下に伏藏するは遲育す、と。

兄弟值年方廢賀,福臨胎養一般詳。子如衰絕者,待兄弟值年可生。子若旺相者,臨胎養之年可得。卦若無子者,候子孫值年方育。且如辛丑年正月申日,問何年得子?卜得鼎卦,此卦子孫太弱,理合來遲,直待乙巳年受孕,又遭小產。然雖兄弟值年,蓋為子臨絕地,故此難招,再候丙午年生合用爻,方得成宗之子也。

歌訣に曰く、「兄弟」爻の年に値するを待たば、纔めて彼に向かい道賀するを得ん。子孫の「胎」「養」の年に臨むも、また同じ道理に照らして推せ、と。子孫もし衰弱入絶すれば、兄弟爻の年に値するあの一年を待ちて纔めて生育しうる。子孫もし旺相なれば、胎・養の年に臨みて便ち子を得べし。卦中もし根本に子孫爻なければ、即ち子孫の所属地支の年に値するを待ちて纔めて生育しうる。譬えば辛丑年正月申日、人のいずれの一年か子を得るを問うあり、《鼎》卦を卜得せり。此の卦子孫太弱にして、理に按じて來ること必ず遲し。一直に乙巳年を待ちて纔めて受孕せしか、卻ってまた小産に遭いぬ。雖說乙巳正に兄弟の年に値する、但し子孫の絶地に臨むを因と爲し、故に仍ほ招得し難し。再び丙午年を待ちて、午の來り用神を生合せしめて、纔めて一個の能く門戶を承繼する兒子を得たり。

又如甲申年二月子日,問何年得子?卜得師卦,此卦子居旺地之,主早生,果應乙酉年懷胎,丙戌年得子,益為子孫屬木,木胎在酉,木養在戌,故此酉年懷胎,而戌年育也。又如己亥年四月丑日,問子有無?卜得大畜卦安靜,此卦六爻無子,喜伏在艮卦申金子孫在三爻辰土之下,飛能生伏,必有其兒,還嫌子不透出,故見遲生,直待戊申年,子臨太歲方得有成家之子也。

さらに甲申年二月子日、人のいずれの一年か子を得るを問うあり、《師》卦を卜得せり。此の卦子孫旺地に居りて、早生を主る。後來果して乙酉年に懐胎し丙戌年に子を得るに應じぬ。此れ是れ該卦の子孫木に属するを因と爲し、長生十二宮に按じて推算すれば、木の「胎」位は酉に在り「養」位は戌に在り。故に正に酉年に懐胎し戌年に生育せり。さらに己亥年四月丑日、人の子嗣有無を問うあり、《大畜》卦を卜得して安靜なり。此の卦六爻の中に子孫を見ず。幸いに本宮艮卦の申金子孫の第三爻辰土の下に伏するあり。飛神辰土能く伏神申金を生ずれば、此に據りて必定兒ありと斷ずべし。只だ子孫の卦上に透出せざるを嫌み、故に生るること較べて遲し。一直に戊申年を待ちて、子孫申金正に太歳に臨みて、纔めて一個の能く家を成し業を立つる兒子を得たり。

世空本體多柔弱,應空室命少兒郎。世爻為自己,若落空亡,便主精陽不足,還須醫藥調和。應多為妻室,如臨空地,便推妻命無兒,理宜娶妾。世應皆不空亡,子獨陷者,此乃天命無兒,非人力所定致也。衰子化空或化絕,縱然得後復遭傷。卦雖有子,合值休囚又之父母、或化絕或化空者,縱得其兒,後遭刑剋。

歌訣に曰く、「世」爻落空すれば、占者本身多半體質柔弱なり。「應」爻落空すれば、妻子の命裡兒郎少なし、と。世爻は自己を代表す。もし空亡に落ちれば、即ち精氣陽氣不足を主る。還お須らく醫藥を用いて調理せよ。應爻は多半妻室を代表す。もし空地に臨めば、即ち妻子命中兒なしと推斷し、理に按じて應當に妾を納るべし。もし世應兩爻皆空亡ならず、唯だ子孫爻獨自陷空するは、那れは天命本來兒息なく、是れ人力の勉强しうる所にあらず。歌訣また曰く、衰弱の子孫再び空を化し絶を化するは、縱い子を得とも、日後仍ほ傷に遭わん、と。卦中雖に子孫爻ありと雖も、もし正に休囚に値し、また「父母」を變出して來り剋し、あるいは絶地に化入し空亡に化入せば、縱い此の兒を生じ得とも、後來もまた刑剋に遭受せん。

懷胎虛實章第十四

(以子孫胎爻為主,青龍天喜為憑。)夫卜妻胎辨子孫,子占母孕弟兄尋,他人代問推龍喜,父母求之看福神,此定用爻宜上卦,若逢空地孕非真。夫問妻胎,及尊長父母輩占,皆取子孫為用。若子占母孕,不看子孫反評兄弟。他人代卜,當察應爻及青龍天喜是也。凡占胎孕,必得用爻上卦不值空亡,便言實喜。用如落陷,又無青龍天喜動者,決是虛胎。

本章は「子孫」爻と「胎」爻とをもって主と爲し、「青龍」「天喜」の二神をもって憑と爲す。歌訣に曰く、丈夫妻子の孕あり孕なきを卜するは、「子孫」爻を辨え。兒子母親の懷孕を占うは、「兄弟」爻を尋ねよ。旁人の代わりて問うは、青龍と天喜とを推せ。父母兒媳に替わりて來り求むるは、仍ほ「福神」子孫を看よ、と。所定の用神皆應當に卦上に出現すべし。もし空地に落つれば、此の一胎便ち真ならず。丈夫の妻子の胎を問う、および尊長・父母輩の人に替わりて占う所は、皆子孫を取りて用神と爲す。もし是れ兒子の母親の懷孕を占うは、便ち子孫を看ず、反って兄弟爻を評斷せんと要す。旁人の代卜するは、應當に應爻および青龍・天喜の二神を審察すべし。およそ胎孕を占うは、必ず用神の卦上に出現してまた空亡に値せざれば、纔めて是れ實實在在の喜信と說く。用神もし落陷し、また青龍天喜發動なくば、那れは一定虛胎なり。

忌神旺動胎難保,第二爻辭怕鬼侵,胎空子破官爻動,禍作災生喜不臨,子旺龍交天喜照,身安體泰腹懷妊,自古淳風收大畜,今來渙卦內藏人。問妻胎,以子孫為主,父作忌神。占母孕,以兄弟為憑,鬼稱忌客。卦中雖有用爻,若被忌神動者,難保其胎。第二爻又為胎,忌臨官鬼,二爻若值空亡,用象又逢月破,官爻再動,定主生災,決非懷孕。若得子孫旺相、及青龍天喜交重,必主懷胎,孕婦自然康泰。淳風先師所收大畜之卦,人若占之必為喜兆。愚意又收風水渙卦,渙字腹內有人,故懷六甲,試無不驗。

歌訣に曰く、忌神旺にして發動すれば、胎即ち保ち難し。第二爻は官鬼の侵犯を怕る。胎爻落空し子孫月破して官爻また動けば、即ち災を生じ禍を作して喜信來らず。子孫旺相・青龍發動・天喜照臨せば、孕婦身安體泰にして腹中確かに已に孕あり。自古李淳風《大畜》を取りて驗卦と爲し、如今我再び《渙》卦を補上す。「渙」の字の中に一個の人を藏するを因と爲す、と。妻子の胎を問うは、子孫をもって主象と爲し、「父母」是れ忌神なり。母親の孕を占うは、兄弟をもって憑と爲し、「官鬼」是れ忌客なり。卦中雖に用神ありと雖も、もし忌神の發動して來り剋するに被れば、また此の胎を保住し難し。第二爻また「胎」爻と叫び、官鬼の上面に臨むを忌諱す。二爻もし空亡に値し、用神また月破に逢い、官爻再び發動せば、一定災を生ずるを主る。決して真の懷孕にあらず。もし子孫旺相を得、再加えて青龍・天喜發動交重せば、必ず懷胎を主り、孕婦自然康泰ならん。淳風先師の取る所の《大畜》卦は、人之を占得すれば必ず是れ喜兆なり。我が意は再び風水《渙》卦を收入せんと欲す。渙字の腹內に一個の「人」を含むを因と爲し、正に身孕を懷くるの象に合す。試驗して應驗せざるなし。

安護胎息章第十五

(以胎爻為主,福德為憑。)若欲安胎,喜子孫之靜伏;如求定產,忌官鬼之交重。凡卜安胎之事,須看子孫靜旺尤吉,雖動化生無咎。倘之敗絕,或化父母者,胎必難安,其中最喜鬼空為妙,官如發動,定見連遭。子破焉能足月?胎空豈得成人?六沖則墮胎目下,六合則全孕懷中。子孫爻為孕,第二爻為胎,二者如有一爻值旬空月破者,必主墮胎。卦值六沖,日前小產;爻逢六合,月是胎全。鬼象亂興,必求神而可療;子爻不破,須服藥以方安。官鬼為神司動出交重,速宜請禱。欲定何神作祟,細詳鬼祟章中。子又為醫藥,不臨空破卻要求醫。

本章は「胎」爻をもって主と爲し、「福德」子孫をもって憑と爲す。原文に曰く、もし安胎せんと要せば、子孫爻の安靜あるいは伏藏するを喜ぶ。もし分娩安穩を求めば、官鬼爻の發動交重を忌諱す、と。およそ是れ安胎の事を卜問するは、須らく子孫爻を看よ。既靜また旺するを最も吉利と爲し、即便ち發動して生扶を變出すとも、また過錯なし。倘若子孫「敗」「絶」の地に變入し、あるいは「父母」を化出して來り自己を剋せば、此の一胎必定安し難し。その中また官鬼落空をもって最上妙と爲す。官鬼もし是れ發動せば、一定接連して事を出さん。原文に曰く、子孫爻月破に遭えば、怎能足月せんや。胎爻落空すれば、怎能人と成らんや。卦の六沖に逢えば、眼下即ち墮胎せん。卦の六合に逢えば、胎兒能く安然腹中に保たれん、と。子孫爻は孕を代表し、第二爻は胎を代表す。二者の中只だ一爻の旬空あるいは月破に値すれば、必ず墮胎を主る。卦の六沖に値するは、近日の內小産せん。爻の六合に逢うは、當月胎氣保全を得ん。又曰く、鬼爻紛紛發動するは、必ず神に祈り禱告して纔めて醫治すべし。子孫爻月破に遭わざれば、即ち服藥調理して纔めて安穩を得べし、と。官鬼是れ神祇を主管する神にして、一旦發動交重せば、即ち急いで請禱せんと要す。是れいずれの一路の神煞の作祟するかを確定せんと想えば、詳細《鬼祟章》の載する所を見よ。子孫また醫藥を代表す。只だそれ空亡月破に臨まざれば、即ち醫を求め藥を服するに往くべし。

要問安胎定日,財生胎合鬼沖傷;欲推小產到時,父值鬼臨子敗絕。安胎者,須得子孫值日,自然制鬼生財、或逢日合二爻,胎當安逸。又論小產到日,與生產大不相同,反取父官值日、或子孫臨死絕敗時,小產可知也。虎動龍空方坐草,子沖胎破卻臨盆。小產到日法有數端:白虎動青龍空、沖胎爻沖子象,俱決可生。產母吉凶,財興初爻詳的確。兒胎動止,子同二位察分明!初爻為產母,喜臨旺相,忌值官爻。妻財為孕婦,大怕空亡,更憂變鬼。子孫與胎爻皆宜靜旺,忌犯空沖。

原文に曰く、安胎のいずれの一天に效を見るかを問わば、即ち財爻の來り生じ、胎爻の合に逢い、鬼爻の沖せられ傷られし日を看よ。小産のいずれの時に發生するかを推さば、即ち「父母」の日に値し、官鬼の臨値し、子孫の敗絶に入るの時を看よ、と。安胎を求めるは、須らく子孫の日に値するに逢へ。あの一天子孫自然能く官鬼を制住し妻財を生起せん。あるいは日辰の來りて胎爻と子孫此の兩爻に合すれば、胎氣應當に安逸せん。再び小産到來の日子を論ずれば、正常生産の推法と大いに相同じからず。反って父母・官鬼の日に値するを取り、あるいは子孫の死・絶・敗に臨むの時を取れば、小産便ち預知すべし。原文また曰く、白虎發動・青龍落空の日子纔めて草に坐りて産を待たん。子孫沖せられ胎爻破に遭うの日子反って臨盆せん、と。小産日期を推すの方法好幾端あり。白虎發動・青龍落空、あるいは胎爻を衝動し子孫の象を衝動するは、皆生まんとすと斷ずべし。原文再び曰く、産婦の吉凶は、「妻財」と初爻とを詳看して纔めて斷じて的确を得ん。胎兒の動靜は、「子孫」と第二爻とを合看して纔めて察して分明を得ん、と。初爻は産母を代表し、旺相に臨むを喜び、官爻に値するを忌諱す。妻財は孕婦を代表し、最も空亡に落つるを怕れ、更に鬼爻を變出するを怕る。子孫と胎爻と皆安靜旺相に宜しく、空亡と沖剋とを犯すを忌諱す。

收生保産章第十六

(以應爻為主,財象為憑。)收生之婦應爻尋,次把妻財作用神,喜見生身生產母,忌逢克世克兒孫。穩婆取應爻為主,次看財爻,此二爻內,若得一爻生世生子、又生初爻,方為大吉。如來克世克子,或克初爻,必有所害,不可用之。

本章は「應」爻をもって主と爲し、「妻財」の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、生を接ぐる穩婆は應爻の上より尋ね、其次に妻財を把りて用神と當作せよ。それの來り世身を生じ産母を生ずるを喜び、それの來り世爻を剋し兒孫を剋するを忌諱す、と。穩婆は應爻をもって主象と爲し、其次に財爻を看る。此の兩爻の中、只だ一爻の既に世爻を生じ、また子孫を生じ、還お初爻を生ずれば、纔めて大吉と算す。もしそれの來り世を剋し子孫を剋し、あるいは來りて初爻を剋せば、必定人に害あり。此の穩婆用いるべからず。

初為孕婦無傷吉,鬼發兄搖禍必深,財破應空誰讚美,單占如此定原因。初爻為產母,世爻為主人,子爻為兒女,皆不可受應爻財爻之沖剋,財應二象如克初爻恐傷產母,如克子孫,恐傷兒女;如克世爻,不過心懷欺詐;相沖亦然。卦中兄弟官鬼皆靜,則吉;動必有殃。若遇應空財空、或月破,斯人無力,還宜更換,獨占坐嫗此論。

歌訣に曰く、初爻は孕婦を代表し、傷剋を受けざれば便ち吉なり。官鬼發動・兄弟搖動すれば、禍患必ず深し。財爻月破に遭い應爻落空せば、此の穩婆甚麼の稱道すべき有らん。單獨に穩婆一事を占うは、即ち此の道理に照らして定奪せよ、と。初爻は産母を代表し、世爻は主家を代表し、子孫爻は兒女を代表す。此の三爻皆應爻・財爻の沖剋を受くべからず。財・應二象もし初爻を剋せば、恐怕産母を傷及せん。もし子孫を剋せば、恐怕嬰兒を傷及せん。もし世爻を剋せば、不過此人心欺詐を懷くのみ。相沖の道理もまた一樣なり。卦中兄弟・官鬼皆安靜なれば即ち吉。一たび發動せば必ず災殃あらん。もし應爻落空・財爻落空、あるいは月破に臨むに遇えば、此人承擔する力なく、還お別に一人を換うるを好しと爲す。以上是れ單獨に穩婆を占う時の斷法なり。

生產卦中推此婦,五爻二間斷其人,自占如克身和世,坐嫗當懷害己心,夫問若傷財與應,穩婆每恐損妻身,初爻不受其爻害,任用毫無惡計侵。生產卦中兼看穩婆,都又不取財應二爻為用,反將五爻為穩婆,間爻亦為穩婆。孕婦自占,世為本體,如被五爻或間爻剋制,身受其傷。夫占妻產,又取財與應爻為主,倘遇五爻與間爻傷財克應並伐初爻者,切莫用之。

歌訣に曰く、生産卦の裡に附帶して穩婆を推斷するは、第五爻と兩個の「間」爻とを用いて此人を斷ずるを要す。孕婦自己占卦すれば、もし此れらの爻卦身と世爻とを剋せば、穩婆便ち己を害するの心を懷く。丈夫來り問えば、もしそれら財爻と應爻とを傷れば、穩婆多半妻子に損及せん。只だ初爻此れらの爻の傷害を受けざれば、只管に彼女を用いよ。惡計の相侵する有らん、と。生産卦中に兼ねて穩婆を看る時は、便ち再び財爻應爻を取りて用神と爲さず、反って第五爻を把りて穩婆と當作し、兩個の間爻もまた穩婆と當作す。孕婦自己占卦すれば、世爻是れ本身なり。もし五爻あるいは間爻に克制せられれば、本身即ち傷を受けん。丈夫妻子の生産を占うは、仍ほ財爻と應爻とを取りて主と爲す。倘若五爻と間爻との既に財爻を傷り、また應爻を剋し、還お一倂に初爻を攻伐するに遇えば、此の穩婆切に用いるべからず。

六甲生産章第十七

(以子孫長生為主,世臨胎養為憑。)夫同妻胎財莫陷,子為兒女要興隆,交單是男重拆女,復論誰父包在中,陽象包陰生少女,陰包陽象產嬰童。夫古妻產財作妻身,不落空亡便為大吉,子孫為兒女,若遇旺相生扶,便曰兒無關煞。要決是男是女,先看動爻,卦中陰動變陽為男,陽動變陰為女,倘然陰陽皆動、或六爻安靜,難以定之,便收陰包陽是男,陽包陰是女。如或陰陽又不相包者,方取子孫,值單為男,臨拆為女。

本章は「子孫」の長生の地をもって主と爲し、世爻の「胎」「養」に臨むをもって憑と爲す。歌訣に曰く、丈夫妻子の爲めに分娩を占うは、「妻財」陷空すべからず。「子孫」は兒女を代表し、興旺隆盛せんことを要す。爻象の「交」「單」に逢うは男を主り、「重」「拆」に逢うは女を主る。再び卦中の是れ誰が誰を包むかを論ずれば、陽爻の陰爻を包むは女兒を生じ、陰爻の陽爻を包むは男孩を生ず、と。丈夫妻子の生産を占うは、財爻即ち妻子の身體にして、空亡に落ちざれば便ち大吉なり。子孫は兒女を代表す。もし旺相生扶に遇えば、即ち此の孩子關煞を犯さずと說く。是れ男か是れ女かを判斷せんと要せば、先ず動爻を看よ。卦中陰爻發動して陽爻を變出するは男を主り、陽爻發動して陰爻を變出するは女を主る。倘若陰陽皆動かば、あるいは六爻全靜なれば、判定し難し。即ち陰包陽を男と爲し陽包陰を女と爲すの看法を採用せよ。もし陰陽また相包まざれば、纔めて子孫爻を取りて定む。子孫の「單」爻に値するを男と爲し、「拆」爻に臨むを女と爲す。

惟有交重二爻動必有變,交雖屬陰,變為少陽,成男;重雖屬陽,變為少陰成女。設若卦又無子者,便取伏卦子孫,陽即包陰也。又各自相包者,內外二卦也,且如坎卦陰包陽,離卦陽包陰,此乃各自相包也。且如五月丙午日,占男女若何?卜得未濟卦安靜,此卦有內外二子皆臨相地,況得日月生扶,該懷雙孕,內卦陰包陽是男,外卦陽包陰是女,此卦陽在先而陰在後,果得雙胎。先生男而後女也。

只だ「交」「重」此の兩種是れ動爻にして、一たび動けば必定變ず。交本來陰に属し、動の後少陽に變じて、男を生ずるを主る。重本來陽に属し、動の後少陰に變じて、女を生ずるを主る。假使卦中また子孫爻なければ、即ち伏神の裡の子孫を取りて看よ。飛神陽に属して伏神陰に属するは、亦た即ち陽包陰の象なり。所說の「各自相包」に至りては、指す所は內外兩個の三畫卦の各自象を成すなり。譬えば坎卦一陽中に居りて二陰外に在るは、是れ陰包陽なり。離卦一陰中に居りて二陽外に在るは、是れ陽包陰なり。此れ即ち各自相包と叫ぶ。譬えば五月丙午日、人の腹中の是れ男か是れ女かを占うあり、《未濟》卦を卜得して安靜なり。此の卦內外兩卦各々一個の子孫爻ありて、皆相地に臨む。しかもまた日辰月建の生扶を得。應當に是れ雙胎を懷けり。內卦是れ坎にして、陰包陽に属し、男を主る。外卦是れ離にして、陽包陰に属し、女を主る。此の卦陽象前に在りて陰象後に在り。後來果して雙胞胎を生み、先に男孩を生じ後に女孩を生ぜり。

又如四月辛未日,問男女?卜得歸妹卦,此卦陰陽既不相包,六爻內有無子象,伏出兌家亥水更值旬空。難分男女。豈知互成既濟,止取互卦,外宮坎水正配兌家子孫,坎曰中男,果得男子也。要知何日來分娩,還看何旬胎遇空。近取動爻臨白虎,弟兄值日月喜匆匆,世居胎養方能至,子入長生到亦同,內外三爻無福德,日時遇此面相逢,孫藏墓庫宜開銷,福陷空亡喜值沖!占生產到日,先看何旬胎值空亡,世爻臨胎養之日到也。若卦無子者,待子孫值日方來,如卦有子象,正值休囚,待兄弟值日、或子遇長生方到。若子臨絕處,遇生扶日可到。子若落空待日辰沖子,方生。子如投墓,待日辰沖墓,方來。若遇白虎動,近日當生。卦值六沖,到達其甚速。

さらに四月辛未日、人の懷くる所の是れ男か是れ女かを問うあり、《歸妹》卦を卜得せり。此の卦陰陽既に相包まず、六爻の中また子孫の象を見ず。伏神雖に兌宮の亥水子孫あれど、卻ってまた正に旬空に値す。實に男女を分かち難し。誰知此の卦互體恰好《旣濟》を成せり。是に只だ互卦を取りて斷ず。互卦外宮是れ坎水にして、正に兌宮の亥水子孫と相配す。而も坎は八卦中に「中男」と稱す。後來果して男孩を生ぜり。歌訣に曰く、いずれの一天分娩するかを知らんと要せば、還お須らく胎爻のいずれの一旬の空亡に落つるかを看よ。近期の産期は動爻の「白虎」に臨むの日を取るべし。兄弟爻日に値すれば、また能く匆匆に喜を報ぜん。世爻の「胎」「養」の日に行き到りて纔めて到らん。子孫の「長生」に入るの日もまた一樣なり。內外六爻もし「福德」子孫なければ、即ち子孫の日に値し時に値するあの天に相逢せん。子孫の墓庫裡に藏するは、沖して墓庫を開くを待つを要す。子孫の空亡に陷るは、即ち日辰の來り沖するに逢うを喜ぶ、と。生産の日期を占うは、先ず胎爻のいずれの一旬の空亡に落つるかを看て、世爻の胎・養の日に行き到れば便ち到る。卦中もし子孫なければ、子孫の所属地支の日に値するを待ちて纔めて來らん。卦中雖に子孫あれど、卻って正に休囚に値せば、即ち兄弟の日に値し、あるいは子孫の長生に遇うの日を待ちて纔めて到らん。子孫もし絶地に臨めば、生扶の日に遇えば到るべし。子孫もし空亡に落ちれば、日辰の空を沖するの日を待ちて纔めて生まれん。子孫もし墓に入れば、日辰の墓庫を沖開するを待ちて纔めて來らん。もし白虎發動に遇えば、近日の內當に生むべし。卦の六沖に値せば、産期來ること極めて快し。

坐草臨盆嫌動鬼,胎前產後忌搖兄,財臨月破焉寧室,子犯旬空難繼宗。夫占妻妾,財是用神,若臨月破旬空,當有產難。財雖上卦,變出兄爻、或卦中兄動,日月又不生扶,亦當妻患。財如旺相,鬼不交重,腰主臨盆有慶,坐草無虞。子孫為兒女,如臨空絕,雖育難招。子雖上卦,倘遭父動來傷,豈得長成?

歌訣に曰く、盆に臨み草に坐るの際、最も官鬼發動を嫌う。産前産後、皆兄弟爻の搖動を忌む。財爻月破に遭えば、妻室怎能安寧ならん。子孫旬空を犯せば、宗祧を承繼し難し、と。丈夫妻妾の生産を占うは、財爻是れ用神なり。もし月破あるいは旬空に臨めば、應當に難産あらん。財爻雖に卦上に出現すれど、卻って兄弟爻を變出し、あるいは卦中別に兄弟發動あり、日辰月建また來り生扶せざれば、妻子一樣に患あらん。財爻もし旺相を得、鬼爻また發動交重せざれば、即ち盆に臨み喜あり草に坐りて憂なきを主る。子孫は兒女を代表す。もし空亡絶地に臨めば、雖に生れ下るとも養い住むこと難し。子孫雖に卦に上るとも、倘若父母爻の發動して來り剋傷するに遭わば、又哪能長成して人と成らんや。

產婦自占憂世絕,隨官入墓禍重重,吉神旺相扶身吉,凶象交重克世凶!占自身,以世爻為主,逢生則吉,遇克則凶。凡犯隨官入墓、助鬼傷身必遭產厄。鬼若空亡,又得吉神生世,終見康寧,如逢鬼煞動來沖剋,禍難逃矣。

歌訣に曰く、産婦自己占卦するは、最も世爻の絶に入るを憂う。もし「官に隨い墓に入る」を犯せば、禍患重重なり。吉神旺相にして來り世身を扶助せば、即ち吉。凶象發動交重して來り世爻を剋せば、即ち凶、と。自身を占うは世爻をもって主と爲し、世爻生に逢えば即ち吉、剋に遇えば即ち凶。およそ是れ官に隨い墓に入るを犯し、あるいは忌神の官鬼を生助し世身を傷剋するは、必定産厄に遭遇せん。鬼爻もし空亡に落ち、また吉神の來り世爻を生ずるを得れば、終究康寧を保つべし。もし鬼煞發動して來り世爻を沖剋するに遇上せば、此の場の災禍即ち逃れ難し。

選擇乳母章第十八

(以應爻為主,財象為憑。)凡求乳母應爻詳,次察妻財莫受傷,應象臨官多病疾,財神變鬼豈安康。占乳母,先看應爻,次觀財象,切不宜臨在旬空月破之中。應如值鬼、或財變官爻,此婦多生病疾。卦無亥子終無乳,爻有兒孫定有祥,更怪應來沖剋子,若然生福永無妨。凡占有乳,專看水爻,卦無水象,其乳必無。雖有水爻,若變土者,必主先有後無。水若化金化旺,必然先少後多。卦中若得重重水透,又見金興,乳必有餘。子孫為男女之爻,莫居空絕,如逢生旺,子必有成。應爻沖剋福神,兒遭婦害。子得應爻生合,撫子有力。

本章は「應」爻をもって主と爲し、「妻財」の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、およそ是れ奶媽を請うは、應爻を詳看し、其次に妻財爻の傷を受けざるを審察すべし。應爻の官鬼に臨むは、此の婦病多し。財爻の鬼を變出するは、哪能安康ならん、と。乳母を占うは、先ず應爻を看、其次に財象を看る。此の兩爻切に旬空・月破の中に落つるに宜しからず。應爻もし官鬼に値し、あるいは財爻の官爻を變出せば、此の婦人多く病疾を生ず。歌訣に曰く、卦中亥水子水なければ、此の婦終究乳なし。爻上子孫あれば、定んじて吉祥なり。最も怪しむは應爻の來り子孫を沖剋するなり。應爻もし「福德」子孫を生扶せば、即ち永遠に妨げなし、と。およそ乳汁の有無を占うは、專ら水爻を看る。卦中もし水象なければ、乳汁必定なし。雖に水爻ありとも、もし土爻に變成せば、必ず先あり後無しを主る。水もし金爻を化出し、あるいは旺地に化入せば、必定先少なく後多し。卦中もし水爻重重透出し、又見る金爻の興旺して來り水を生ずれば、乳汁必定餘裕あらん。子孫是れ兒女の爻にして、空亡絶地に落つべからず。もし生扶旺相に逢えば、孩子必ず養い成すべし。應爻もし子孫を沖剋せば、孩子乳母の害に遭わん。子孫もし應爻の生合を得れば、此の婦の孩子を撫育する甚だ力あり。

六沖上下無緣分,父母爻興子受殃,鬼若發時終有禍,兄如動出耗非常,應鬼咸池同伐世,倘遭暗計主須防。但遇六沖,決然不相。縱然合處逢沖、或變出六沖者,皆當有始無終。卦中父母之爻大不宜動,動則赤子遭屯,官鬼交重,多主咭咭。帶朱雀,易惹閒非。同玄武,潛竊衣資。白虎災延此婦。騰蛇驚及嬰兒。兄弟動,多費資財,倍加衣飾。又論世為家主,應為乳母,應如帶鬼及咸池動來克世,主貪淫,恐遭暗計。

歌訣に曰く、卦の六沖に逢えば、主家と乳母と上下緣なし。「父母」爻興起すれば、嬰兒災殃に遭わん。官鬼もし發動せば、終究禍あり。兄弟もし動出せば、破費非常なり。應爻官鬼と「咸池」とを帶びて一同に世爻を剋伐せば、即ち暗中算計を提防せんと要す、と。およそ六沖の卦に遇えば、主僕決然相投ぜず。縱い本是六合にして中途沖に逢い、あるいは六沖を變出するも、皆始ありて終なし。卦中の父母爻最も發動に宜しからず。一たび動けば嬰兒即ち困厄に遭わん。官鬼發動交重すれば、多く口舌爭鬧を主る。官鬼の朱雀を帶ぶるは、閑氣是非を惹き易し。玄武を帶ぶるは、衣物錢財を偷竊せん。白虎を帶ぶるは、災病此の婦に延及せん。騰蛇を帶ぶるは、驚嚇嬰兒に波及せん。兄弟發動するは、多く錢財を費やし、衣飾の開銷加倍せん。再び世爻是れ主家、應爻是れ乳母を論ずれば、應爻もし官鬼および咸池を帶びて發動して來り世を剋せば、此の婦必ず貪淫を主る。恐怕彼女の暗中算計に遭わん。須らく提防するを要す。

嬰童否泰章第十九

(以子孫為主,不遇絕空克破為佳。)嬰童卦取子孫爻,不落空亡便可招,化絕化空兼化克,雖觀花吐未成桃,如臨絕地逢生助,縱見災危命必饒!占兒女,子孫為用爻;兄占弟即兄弟為用爻,用爻若臨空,決難長大。雖有用爻化出空絕、或化忌神或臨月破,目前雖有,豈得成嗣。用如逢絕,卻遇生扶,只恐多災,決非傷命。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、子孫の絶・空・剋・破に遇わざるをもって佳と爲す。歌訣に曰く、嬰兒を占うの卦は子孫爻を取る。只だ空亡に落ちざれば即ち養い住むを得ん。もし絶を化し空を化しまた剋神を化出せば、就中只だ花の開くを見て桃の結ばざるがごとし。もし雖に絶地に臨みて卻ってまた生扶に逢えば、縱い災危を見るとも、性命終究保つべし、と。兒女を占うは子孫をもって用神と爲す。哥哥弟弟を占うは、即ち兄弟をもって用神と爲す。用神もし空亡に落ちれば、決然長大し難し。雖に用神ありとも、卻って空亡絶地を化出し、あるいは忌神を化出し、あるいは月破に臨めば、眼下雖に在るとも、又哪能長成して門戶を承繼せんや。用神もし絶地に逢い、卻ってまた生扶に遇到せば、只だ多く災あり多く病あらんを怕る。決して命を傷るに至らず。

父母最嫌逢發動,弟兄能喜值重交,財興此子身還弱,官動其男病未消。父占子,父母為忌神,宜靜不宜動。兄弟為元神,宜興不宜絕,卦內妻財動,則洩子孫之氣,兒體欠安。官鬼為仇神,動則多關多煞,靜則無病無憂。如兄占弟又不如此定之,兄占弟者,兄為用爻,鬼為忌象,父作元神,子當洩氣,財作仇神,各有喜忌之分,不可一途而取。

歌訣に曰く、「父母」爻最もそれの發動を嫌い、「兄弟」爻卻ってそれの交重發動を喜ぶ。「妻財」興旺すれば、此の孩子身體還お弱し。「官鬼」發動すれば、此の男孩の病還お消えず、と。父親兒子を占うは、父母爻是れ忌神にして、靜に宜しく動に宜しからず。兄弟爻是れ元神にして、興旺に宜しく絶に入るに宜しからず。卦中妻財發動すれば、即ち子孫の氣を泄し、孩子身體安からず。官鬼是れ仇神にして、一たび動けば即ち關多く煞多く、安靜なれば即ち病なく憂なし。もし是れ哥哥の弟弟を占うは、便ち此のごとく定むる能わず。哥哥弟弟を占うは兄弟をもって用神と爲し、官鬼を忌神と爲し、父母を元神と爲し、子孫反って泄氣の爻と成り、妻財仇神と成る。各々その喜忌の分あり。一概に論ずべからず。

助鬼傷身兒不旺,倘生殘疾數難逃。卦逢助鬼傷身,用象又臨絕地,元神不動,定遭疾厄纏綿。用之兄弟加朱雀,長大憂縱徒賭客交。主象旺生龍貴照,定然日後顯英豪。用爻無氣,況臨朱雀變為兄弟,長成之日倘交無益之人,變化呼虞之子。主象如逢生旺又帶青龍貴人,後來必成大器顯祖榮宗。

歌訣に曰く、忌神の官鬼を生助して來り世身を剋傷せば、孩子即ち旺ならず。倘若殘疾を生ずれば、亦是れ定數逃れ難し、と。卦中もし官鬼を生助し世身を傷剋するの象あり、用神また絶地に臨み、元神偏偏に動かざれば、此の兒必定疾病に纏綿せられん。歌訣また曰く、用神の兄弟を變出してまた「朱雀」を帶ぶるは、それ長大の後放縱して賭徒の流と結交せんことを憂愁す。主象旺相にして生を得、また「青龍」「貴人」の照臨あれば、日後定んじて顯れて英豪と爲らん、と。用神本已无氣、しかも朱雀に臨みてまた兄弟に變成せば、長大の日恐怕無益の人と結交し、呼盧喝雉の賭博の子と變成せん。主象もし生旺に逢い、また青龍貴人を帶ぶれば、後來必ず大器を成し、宗を光らし祖を耀かさん。

出繼男女章第二十

(以用爻為主,應象為憑。)欲將男女更名姓,須向爻中福德查,父發鬼搖災又訟,兄興子旺錦添花,兄將弟繼求兄旺,父動生兄福轉加。將男繼出,女亦同推。若得子孫旺和兄又來生,繼之得吉。子若逢空,終難長大。如逢父母或官鬼動出,必患多災況生口舌。如見父動而兄又動者,此子貪生忘克,反獲佳祥。若兄將弟繼,不看子孫,反取兄是用爻,莫居空絕,若得父母動者轉添吉慶,惟獨官爻動則更忌。

本章は用神をもって主と爲し、「應」爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、子女を過繼出して名姓を改換せんと想えば、須らく卦爻中に「福德」子孫を查せよ。父母爻發動・官鬼爻搖動すれば、既に災ありまた訟あり。兄弟興旺・子孫旺相なれば、便ち錦上に花を添ゆ。哥哥弟弟を過繼出せば、即ち兄弟爻の旺を求めよ。父母發動して兄弟爻を生ずれば、福氣反って更に增さん、と。兒子を過繼出すに、女兒もまた同じ推法に照らす。もし子孫旺相を得、また兄弟爻の來りそれを生ずるあれば、過繼出せば便ち吉なり。子孫もし空亡に落ちれば、終究長大し難し。もし父母あるいは官鬼發動に遇えば、必定多く災あり。しかも還お口舌を生出せん。もし父母發動して兄弟も發動するを見れば、此の時子孫生を受くるを貪りて剋せらるるを忘れ、反って吉祥を獲得せん。もし是れ哥哥の弟弟を過繼するは、便ち子孫を看ず、反って兄弟を取りて用神と爲し、空亡絶地に落つるべからず。此の時もし父母發動して來り兄弟を生ずるを得れば、反って吉慶を添えん。惟だ獨り官鬼發動は最も忌諱す。

卦得歸魂宜暫繼,游魂多變莫從他,相沖相剋居難久,相合相生繼不差,應位若逢空破進,此人非是育兒家。歸魂乃歸鄉之象,但可繼名不宜長久。游魂乃遷改之兆,去後終多變易,凡占以世為我,應為他,若世應皆動,必有更張,又不宜相剋。世克應還可,應克世非宜。若遇六沖,毫無緣分,切莫繼之。若得世應相合,必能久處,再遇相生,尤加和悅。倘然合處變沖,始相得而終見分離。應位若臨旬空月破者,此人救已且不瞻,而奚暇子挈人乎?

歌訣に曰く、卦の「歸魂」を得れば、只だ暫時過繼に宜し。卦の「游魂」を得れば、變故多くして他家に跟從するなかれ。世應相沖相剋すれば、住すこと長久せず。世應相合相生すれば、過繼差なからず。應爻もし旬空月破に逢えば、此の家人是れ孩子を養育しうる人家にあらず、と。歸魂是れ本鄕に回歸するの象にして、只だ名を掛けて過繼すべく、長久に宜しからず。游魂是れ遷移改換の兆にして、孩子過ぎ去りて以後終究多く變動あらん。およそ占うは世爻をもって我方と爲し應爻をもって對方と爲す。もし世應皆發動すれば、必ず變更あらん。また互相に剋害するに宜しからず。世爻の應爻を剋するは還お可なり、應爻の世爻を剋するは便ち合宜ならず。もし六沖の卦に遇えば、雙方毫も緣分なし。切に過繼すべからず。もし世應相合を得れば、必ず能く長久相處せん。再び相生に遇えば、尤も和睦せん。倘若六合の中また沖を變出せば、起初相得して最終仍ほ分離を見ん。應爻もし旬空月破に臨めば、此の人連れて自ら救うも顧みるに及ばず、いずくんぞ還お別人の孩子を提携する餘力あらんや。

承繼績嗣章第二十一

(以子孫為主,應象為憑。)凡人承繼男和女,僧道傳徒理亦同,但喜子孫逢旺相,不宜父鬼遇交重。兒臨月破多災疾,應值旬空少始終。凡繼男女及僧道傳徒,皆以子孫為用爻,逢旺逢生則吉,遇空遇破則凶。父母動,子命不長。官鬼興,災生不測。應若空亡決難久遠。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、「應」爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、凡人の兒女を承繼するは、僧人道士の徒弟を傳授すると道理相同じ。只だ子孫爻の旺相を喜び、父母・官鬼の發動交重に宜しからず。子孫の月破に臨むは、多く災あり多く病あり。應爻の旬空に値するは、始ありて終なし、と。およそ是れ兒女を承繼するおよび僧道の徒を傳えるは、皆子孫をもって用神と爲す。旺相に逢い生扶に逢えば即ち吉、空亡に遇い月破に遇えば即ち凶。父母爻發動すれば、孩子の性命長からず。官鬼爻興起すれば、意外の災を生出せん。應爻もし空亡に落ちれば、此の段の關係決して長久し難し。

世應兩爻憂盡發,正之二卦忌相沖,福神沖世終非吉,日辰克子斷然凶,六合後嗣年代遠,游魂欲變兩三重。繼子傳徒,切不宜世應皆動,動則有更。又不可世應皆空,空須不久。卦值六沖,定主父南子北,豈得相諧?變出六沖終無結秀,子孫爻不宜沖世克世,又不可被日月來傷,如得六合之爻,便得永年和悅。合處逢沖,後當改變。若犯游魂之卦,決主往來不定,多見變遷。

歌訣に曰く、世應兩爻皆發動するは、最も人を憂えしむ。本卦と變卦此の兩卦最も相沖を忌む。「福神」子孫の來り世爻を沖するは、終究不吉なり。日辰の子孫を剋するは、斷然是れ凶なり。卦の六合に逢えば、後嗣傳えて長遠を得べし。卦の游魂を犯せば、往往兩三回變上せんと要す、と。義子を承繼し徒弟を傳授するは、切に世應兩爻皆發動するに宜しからず。一たび動けば即ち變更せん。また世應皆落空すべからず。落空すれば即ち長久せず。卦の六沖に値せば、定んで父南に在り子北に在るを主る。哪能相處し來たらんや。六沖を變出するは、最終もまた好き果を結ばず。子孫爻世を沖し世を剋するに宜しからず、また日辰月建に傷られざるべからず。もし六合の卦を得れば、即ち能く長年和睦せん。本是六合にして中途沖に逢うは、後來仍ほ改變せん。もし游魂の卦を犯せば、決して往來定まらずを主り、多く變遷を見ん。

更名頂籍章第二十二

(以世爻為主,官鬼為憑。)欲頂他人籍與名,六沖定見歎吁聲,世空世破咸非就,官絕官亡盡不成。凡改姓名及頂他人戶籍主不成。更此官名宜鬼旺,頂其店業要財興。兄臨雀動傷身世,猶恐傍人舉鬥爭。世不空沖官不陷,事當圓就永無更。

本章は「世」爻をもって主と爲し、「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、別人の戶籍と名姓とを頂替せんと想えば、卦の六沖に逢えば、定んじて只だ一聲の長嘆を落得せん。世爻落空・世爻月破すれば、皆辦成せず。官爻入絶・官爻空亡すれば、も全く皆成らず、と。およそ是れ姓名を改換するおよび他人の戶籍を頂替するは、此れらの爻象に遇上せば、事情辦成せざるを主る。歌訣また曰く、官府中の名籍を更換するは、「官鬼」の旺相に宜し。他人の店鋪行業を頂接するは、「妻財」の興旺を要す。兄弟爻の「朱雀」を帶びて發動して來り世身を傷剋するは、只だ旁人の出面して爭奪するを怕る。世爻落空せず沖を受けず、官爻空絶に陷らざれば、事情應當に圓滿辦成して永遠に變更なし、と。

在官頂補姓名,尤要官爻旺相,又不可鬼克世身。頂人藝業,還求財象興隆,不拘公私更改,兄爻獨發難成。縱然亂動,兄帶朱雀動來克世,或應帶朱雀來克世者,必有傍人舉首爭奪成非,世爻興官爻若皆不空沖破絕,事事皆成無謀不遂。

官府の裡に名籍を頂補するは、尤も官鬼爻の旺相を要し、また鬼爻に來り世身を剋せしむべからず。他人の手藝行業を頂接するは、還お財爻の興隆を要求す。公の事上なりと私事上の更改なりとを論ぜず、只だ兄弟爻獨自發動すれば、即ち事を成し難し。縱い是れ衆爻亂動すとも、只だ兄弟の朱雀を帶びて發動して來り世を剋し、あるいは應爻の朱雀を帶びて來り世を剋せば、必定旁人出面して告發爭奪し、是非を鬧出せん。世爻と官爻ともし皆落空せず沖を受けず破に遭わず絶に入らざれば、即ち事事皆成して、謀りて遂げざるなし。

平生學藝章第二十三

(以妻財為主,世應為憑。)業無大小賢愚,豈不從師;事有敗成去就,還須問卜。凡習三教之流師同伯叔,如得椿萱旺相,法必訓詳父田,如逢旺相或來合世生身者,必獲全傳。或習諸般技藝,先觀兄弟次看應爻,此二象若一空亡便無承受。

本章は「妻財」をもって主と爲し、世應二爻をもって憑と爲す。原文に曰く、行業大小を分かたず、人賢愚を論ぜず、哪か師に從い學ばざるあらん。事情成敗あり去就有りて、還お須らく卜に問うて疑を決せよ、と。およそ是れ儒釋道三教の流を學習するは、師父の地位伯父叔父に等同し、「父母」爻を看るを要す。父母爻もし旺相を得れば、師法必定教え詳盡せん。父母爻旺相にして、あるいは來りて世爻に合し世身を生ずるは、必ず師父の全部の真傳を得る能くせん。もし是れ各種技藝を學習せば、即ち先ず「兄弟」爻を看、其次に「應」爻を看る。此の兩個の爻象只だ一個の空亡に落つるあれば、便ち本事を學び到らず。

金銀銅錢之工,值乾兌酉申而最吉。竹木蘆藤之匠,得震巽寅卯以為佳。造敗魚鹽酒醋,利入坎宮。裁成袖絹綾羅,喜臨離象,採石樵山須見艮,土工泥作要逢坤!將本營生,子動財明終發達,空拳技藝,財搖鬼旺必興家。身佐官僚,世怕鬼爻沖剋。名開行次,身宜福德生扶。

原文に曰く、金・銀・銅・錢の一類を做る工匠は、卦の乾卦・兌卦および酉申兩爻に値するを最吉と爲す。竹・木・蘆・藤の一類を做る匠人は、震卦・巽卦および寅卯兩爻を得るを佳と爲す。魚・鹽・酒・醋を經營するは、坎宮に利在り。袖・絹・綾・羅を裁製するは、離象に臨むを喜ぶ。石を采り柴を打ち山に上るは、須らく艮卦を見よ。土工泥水を做るは、坤卦に逢うを要す、と。原文また曰く、本錢を拿りて買賣を做るは、子孫發動・財爻明現せば、終に發達しうる。赤手空拳技藝に靠りて生を謀るは、財爻搖動・官鬼旺相せば、必ず能く家を興さん。官府の裡に官僚を輔佐するは、世爻最も鬼爻に沖剋せらるるを怕る。名を掛けて牙行鋪號を開設するは、世身「福德」子孫の生扶を得るに宜し、と。

凡人習業,各有所分,將本者,財為主象,子作元神。空拳者,官是用爻,財為助主,鄭在官人役,雖宜官鬼興隆,沖剋世身大忌。牙行生理,最要子孫旺則廣招千里,空則門綱雀罹。卦中雖有子孫,應若逢空,亦無客至。

凡人一門の行業を學ぶは、各々その分別あり。本錢を拿りて經營するは、「妻財」をもって主象と爲し、「子孫」を元神と爲す。赤手空拳手藝に靠りて生を謀るは、「官鬼」をもって用神と爲し、「妻財」を助神と爲す。官府に差を當て役を充つるは、雖に官鬼興隆に宜しと雖も、但し官鬼の世身を沖剋するは卻って大忌なり。牙行を開きて經紀生意を做るは、最も子孫の旺相を要す。旺なれば則ち能く千里之外の客商を招來せん。子孫落空すれば、門庭冷落して以て雀を捕らえんとする網を張るべし。卦中雖に子孫ありとも、應爻もし落空せば、一樣に客人上門せず。

凡習經書,父須生旺。若求官職,鬼莫空無。祝巫大利官興,僧道惟宜子旺。習儒業者,父母為用。求功名者,官鬼為用。祝巫者,迎神召將照馬關亡之類,亦用官爻。惟僧道之流,子孫為用。凡用爻皆宜值旺相,各忌空亡,旺則事事有成,空則般般不就。諸般道術一應生涯,皆把財為衣祿養命之源兼推子乃福神發家之主。諸般藝業,皆宜財神興隆。財若空亡,利資必絕望矣!

原文に曰く、およそ是れ經書を研習するは、「父母」爻須らく生旺を得べし。もし官職を求めば、「官鬼」爻空亡缺失すべからず。祝史巫覡を做るは、大いに官爻興旺に利あり。僧人道士を做るは、只だ子孫爻旺相に宜し、と。儒業を學ぶは父母をもって用神と爲し、功名を求むるは官鬼をもって用神と爲す。巫祝を做るは、およそ神を迎え將を召し馬を照らし亡を關する一類は、も官爻を用いる。惟有僧道の流は、子孫をもって用神と爲す。およそ是れ用神皆旺相に値するに宜しく、皆空亡に落つるを忌む。旺相なれば則ち事事成あり、空亡なれば則ち樣樣就らず。各種道術・一切營生は、皆「妻財」を把りて衣食俸祿・命を養うの根源と當作し、同時に「子孫」を推して財を生じ家を發するの福神と爲す。各種手藝行業は、皆財神興隆に宜し。財爻もし空亡に落ちれば、利錢收入必定指望なし。

無鬼必無頭無緒,游魂必游去游回。世犯旬空,自有更張之意。應遭月破,師無傳授之心。蹇遇六沖,彼我無情難習業。幸逢六合,師徒相得卻成功。一應徒師習業,不宜卦內無官鬼。若逢空,事無頭緒,卦值游魂,往返不定。又看世為己應為師,皆不可值旬空月破,又不宜卦值六沖。世應若不空亡,又遇爻逢六合,定主師徒相得事必成功。欲擇明師,未知曲直,當占易卦,便見虛真。

原文に曰く、卦中「官鬼」なければ、學業必定頭緒なし。卦の「游魂」に逢えば、必定去りて回る、と。世爻旬空を犯せば、自己已に別に打算を作すの意あり。應爻月破に遭えば、師父傳授の心なし。不幸六沖に遇上せば、師徒彼此無情にして、學成し難し。幸いに六合に逢上せば、師徒投契して、反って能く成功せん。およそ是れ師に拜して藝を學ぶは、皆卦中官鬼なきに宜しからず。官鬼もし落空せば、事情便ち頭緒なし。卦の游魂に値せば、往返定まらず。また世爻を自己と爲し應爻を師父と爲すを看るを要し、兩爻皆旬空月破に値すべからず、また卦の六沖に値するに宜しからず。世應もし皆落空せず、また六合の爻に遇えば、定んで師徒相得を主り、事情必ず能く成功せん。一位の明師を挑選せんと想うも、またその中の曲直を知らず。只だ一卦を占上すれば、虛實真假便ち皆看て出來る。

五經定肄章第二十四

(以父爻為主,五行為憑。)五經無不看文書,金作春秋木作詩,水是書經火禮記,土爻為易少人知。凡讀書經,須詳父母,旺則有成,空則無益。止卜一經,單推父母,不論五行,混卜何經卻要五行分別。父臨申酉,宜讀春秋,母在火爻,利宗禮記,木視毛詩最妙,土觀周易為佳,易經若也為儒業,土象興隆最及時,父母若登申酉位,必在春秋折桂枝。

本章は「父母」爻をもって主と爲し、五行をもって憑と爲す。歌訣に曰く、五經を治するは看ずして「文書」父母爻を看ざるなし。父母金に属せば《春秋》を主り、木に属せば《詩經》を主り、水に属せば《尚書》を主り、火に属せば《禮記》を主り、土に属せば《周易》を主る。此の一條知る人少なし、と。およそ是れ經を讀むは、須らく父母爻を詳審せよ。旺相なれば則ち學業成あり、落空すれば則ち讀みて益なし。もし只だ一部の經を卜せば、單に父母爻を推せば即ち足れり。五行を分かつを必とせず。もし是れ籠統にいずれの一經を治すべきかを問えば、即ち五行に按じて分別するを要す。父母爻の申酉に臨むは、《春秋》を讀むに宜し。父母火爻に在れば、《禮記》を專宗するに利あり。木に属するは《毛詩》を看る最妙。土に属するは《周易》を治するを佳と爲す。もし《易經》をもって儒業と爲せば、即ち土象興隆して纔めて最も時に合す。父母爻もし申酉の位に登れば、必定《春秋》一科の上に桂を折り科に登らん。

總卜讀經之事,要知功名發在何經,父屬土爻,必在易經高捷,如居金位,春秋定占高魁,其餘仿此。財子同興難及第,平生虛費枉從師,父官兩旺修文吉,名播京機作總司。從經之士,最忌妻財子孫發動,偏宜父母官鬼興隆,父化父,後有敗經之變。父化官,必成顯達之榮。父化財必始勤而終怠,化生則文墨轉佳,化絕定心慵意懶。

總じて經を讀むの事を卜するは、功名いずれの一經の上に發するかを知るを要す。父母爻の土に属するは、必ず《周易》一科に高中せん。父母爻の金位に居るは、《春秋》一科定んで魁首を占めん。その餘此に照らして類推せよ。歌訣に曰く、「妻財」「子孫」一同に興動すれば、考中し難く、一生工夫を白費し徒らに師に從わん。「父母」「官鬼」兩爻皆旺なれば、文業を修習すれば即ち吉、名聲京城に傳わりて、一方を統領する長官と爲るべし、と。經を治する士子は、最も妻財・子孫發動を忌み、偏りに父母・官鬼興隆に宜し。父母の父母を化出するは、日後治する所の經を改換するの變動あらん。父母の官鬼を化出するは、必ず顯達の榮を成さん。父母の妻財を化出するは、必是れ起初勤奮にして後來懈怠せん。父母の生扶を化出するは、文筆轉じて佳ならん。父母の絶地に化入するは、一定心懶意怠せん。

求師訓迪章第二十五

(以文書為主,八卦為憑。)延師習學,應爻莫下空鄉。教子修文,父象休行絕地。財動則其年少益,父空則此歲無功。應爻為西席,父母為文章,此二象皆要興隆,應陷應沖,皆主半途而廢,父空父絕,必然訓誨無功。財若動時,一年虛廢。

本章は「文書」父母爻をもって主と爲し、八卦をもって憑と爲す。原文に曰く、老師を請うて書を教えるは、應爻空亡の鄕に落入すべからず。兒子に書を讀み文を作らしむるは、父母の象絶地に行き到るべからず。財爻發動すれば、此の一年收益即ち少なし。父母落空すれば、此の一年即ち功效なし、と。應爻は西席先生を代表し、父母爻は文章學問を代表す。此の兩個の爻象皆興隆するを要す。應爻陷空しあるいは沖せらるれば、皆半途にして廢するを主る。父母落空しあるいは絶に入れば、必然教ゆるも白教なり。財爻もし是れ發動せば、此の一年即ち白白に荒廢せん。

四刑四極四沖爻,常往常來常改易。四刑四極四沖者,總是六沖之卦,從師遇此定然彼我一緣必難終始。主卦雖然相合,倘如變出六沖,春夏雖然相聚秋冬定見分張。東家多退悔,世必家亡,西席有更張,應還發動。世應皆空,彼我無終無始。凡占以世為主,應為實。世空,主不敬,實自當疏慢,應動,實菲向主,彼必更長。世應俱動,各有變心,世應俱空,兩無眷戀。若得相生相合,定然賓主和諧。

原文に曰く、卦中に四刑・四極・四沖の爻出現せば、即ち常に來り常に往き常に更改あらん。いわゆる四刑・四極・四沖は、總じて皆六沖の卦なり。師に拜して學に從うにこれに遇えば、師生此の段の緣分定んじて始終あること難し。本卦雖に相合すとも、倘若六沖を變出せば、春夏雖に相聚する能うとも、秋冬一定分手せん。原文また曰く、東家多く反悔するは、是れ世爻衰敗するに因る。西席別に變動有るは、是れ應爻發動するに因る。世應兩爻皆落空せば、師生便ち始なく終なし、と。およそ此事を占うは、世爻をもって主家と爲し應爻をもって賓客と爲す(此處の「實」即ち賓客にして、西席先生を指す)。世爻落空するは、是れ主家恭敬ならず、賓客自然疏慢なり。應爻發動するは、是れ賓客主家に向かう心なく、彼必定別に高就を謀らん。世應皆發動すれば、雙方各々變心あり。世應皆落空せば、兩邊互いに眷戀なし。もし世應相生相合を得れば、賓主定んじて和諧せん。

父旺持身,倍加學問。兄強立世,多廢修儀。父母旺相,日進其功,更來生世生身,尤多教益。如逢兄弟發動、或值世爻,束脩倍費。卦若游魂,自後他心能有變。應如月破,將來彼體豈無災。卦若游魂,彼必坐身不定。應臨月破,將來彼體豈無災。卦若游魂,彼必坐身不定,應臨月破,或應或命隨官入墓,其人定見災殃,或遭詞訟。內外得乾坤離卦,經書開錦繡奇文。幹乃六龍之寢,坤離又作文章,故此儒士遇之,便能上進或內或外,三中得一為佳。如十純幹、純坤、純離者,卦名雖吉,只怪六沖,故不用也。凡熟此篇,變知其意。

原文に曰く、「父母」旺相にして世身に持臨すれば、學問加倍長進せん。「兄弟」强旺にして世爻に立てば、束脩多く耗費あらん、と。父母爻旺相なるは、學業一天天進步す。もしそれ再び來りて世爻を生じ世身を生ぜば、教益尤も多し。もし兄弟爻發動し、あるいは兄弟正に世爻に當たるに遇上せば、學費の開銷即ち加倍せん。卦もし是れ游魂なれば、日後先生的心思變動あらん。應爻もし月破に臨めば、將來他的身體哪能災病なからんや。此の意再び申す一遍は、卦もし游魂なれば、先生必定席に安んぜず。應爻月破に臨み、あるいは應爻あるいは他的本命の「官に隨い墓に入る」を犯せば、此人一定災殃に遇上し、あるいは詞訟に遭到せん。原文に曰く、內外卦乾・坤・離の三卦の一を得れば、書を讀み文を作る便ち錦繡の奇文を開出しうる、と。乾是れ六龍潛藏の所にして、坤と離とはまた皆文章を主る。故に讀書人それらに遇えば便ち能く上進せん。內卦に出現するも外卦に出現するも論ぜず、三卦の中その一を得れば便ち好し。卜得の純乾・純坤・純離のごとき八純卦に至りては、卦名雖に吉なれど、只だそれら皆六沖の卦なるを惜しむ。故に反って取らず。およそ是れ此の一篇を讀熟すれば、自然その中の意思を明白せん。

求館開設章第二十六

(以世應為主,財福為憑。)覓館招賢怕世空。應空豈得遇東翁,父空書館終非美,才陷修儀甚不豐,世應不空須有望,變成沖散定無終,無官之卦休尋訪,無館之年為六沖。凡圖書館,世為自己,應為東家,父為書館,子為書生,財為束脩,鬼為薦館之人,兄乃同胞之士。

本章は世應二爻をもって主と爲し、「妻財」「福德」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、外に出でて館を謀り、東家の賢を招くは、皆世爻の落空を怕る。應爻落空すれば、怎能好き東家に遇上せんや。父母落空すれば、此の處の書館終究好からず。財爻陷空せば、束脩很に豊厚ならず。世應皆落空せざれば、纔めて指望あり。一旦沖を變出せば、定んじて始ありて終なし。卦中「官鬼」なきは、尋訪に往くを必とせず。一年到頭館を得ざるは、即ち六沖の卦を卜到するなり、と。およそ是れ坐館を謀求するは、世爻是れ自己、應爻是れ東家、父母是れ書館、子孫是れ學生、妻財是れ束脩、官鬼是れ館を薦ぐる人、兄弟是れ同じく來りて館を爭う讀書人なり。

世空不遇尊從,應空無東納。父空難逢美館,財空修體輕微。子空門弟不多,鬼空無人舉薦,兄空無人搶奪,身空居處不安,諸空稍可推,得世應不空終須有望。凡值六沖之卦或無官鬼定無館也。如合處逢沖或變出六沖,雖見成就,其年定主不終。

世爻落空すれば、自己を尊重する人に遇わず。應爻落空すれば、肯んじて接納する東家なし。父母落空すれば、好き館に逢い難し。財爻落空すれば、束脩微薄なり。子孫落空すれば、門下學生多からず。官鬼落空すれば、擧薦する人なし。兄弟落空すれば、反って搶奪し來る人なし。卦身落空すれば、住處安寧を得ず。以上諸般の落空は、皆還お斟酌して論ずべし。只だ世應兩爻落空せざれば、終究還お指望あり。およそ是れ六沖の卦を卜到し、あるいは卦中官鬼なければ、一定館を謀らず。もし本是六合にして中途沖に逢い、あるいは六沖を變出せば、雖に眼下謀成すとも、此の一年もまた一定底に坐せず。

游魂遷改它圖吉,歸魂乃舊勝西東,那日扶持生合世,便教賓主兩相逢。問遷更、游魂大利,占守舊,反要歸魂,要知那日成關,還詳父母。卦中無父,但逢值日方在。如有父爻旺,求墓合之時。衰取旺生之日,又看何日生世、空世亦可成關。

歌訣に曰く、卦の游魂に逢えば、別に他處を謀るを吉と爲す。卦の歸魂に逢えば、舊館を守る東奔西走に勝れり。いずれの一天か爻の來り扶持して世爻を生合すれば、あの一天賓主便ち相見る能くせん、と。新館に改換するを問うは、游魂の卦大いに利あり。舊館を守住するを占うは、反って歸魂の卦を要す。いずれの一天か此の樁の館事を談成するかを知らんと要せば、還お須らく父母爻を詳看せよ。卦中もし父母なければ、即ち父母の所属地支の日に値するあの天を待ちて纔めて定まらん。もし父母爻旺相なれば、即ちそれの墓に入りあるいは合に逢うの時を求めよ。父母衰弱なるは、生旺の日を取れ。またいずれの一天か來り世爻を生ずるかを看るを要し、世爻の空を出づるの日子もまた談成しうる。

相資寓所章第二十七

(以父母為主,世應為憑。)習學修文就館中,相資卻興寓居同,父宜旺相身宜旺,世莫空亡應莫空,鬼忌動興財忌動,貞嫌沖破悔嫌沖。凡占就彼相資附學寓居同斷,皆要文書旺相,不宜世應空亡。世空身有阻,縱去無功。應空,彼不容,縱容無益。父若空亡,經書虛費。財動恐傷文書。鬼動倘招災禍。卦值六沖,決難諧就。如合處逢沖及變出沖者,始雖相得,後必改更。

本章は「父母」爻をもって主と爲し、世應二爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、人家の館中に到りて書を讀み文を作るは、人家に投靠して資助せられと人家に借住するは、兩者斷法相同じ。父母爻旺相に宜しく、卦身もまた旺に宜し。世爻落空すべからず、應爻もまた落空すべからず。官鬼發動を忌み、妻財もまた發動を忌む。內卦「貞」は沖破せらるるを嫌い、外卦「悔」もまた沖せらるるを嫌う、と。およそ是れ他人に投奔し資助せられ、附讀し寄居するを占うは、皆同じ一個の道理に照らして斷ず。皆「文書」父母の旺相を要し、世應の落空に宜しからず。世爻落空すれば、自身阻ありて去るも功なし。應爻落空すれば、對方肯んじて收留せず、即便ち收留すとも益なし。父母もし空亡に落ちれば、書を讀む白費なり。財爻發動すれば、恐怕文書を傷らん。鬼爻發動すれば、可能に災禍を招來せん。卦の六沖に値せば、決して談攏し難し。もし本是六合にして中途沖に逢い、あるいは沖を變出せば、起初雖に相得すとも、後來必定改變せん。

無官來往皆難就,無父經書盡沒功。一卦無官,不能成就。六爻無父,枉費勤勞。更論乾坤離卦體,三中得一妙無窮,六爻安靜無繞舌,一卦游魂不始終。常人寓處不論卦名,財動父空俱不足論,只忌六沖、鬼動、世應空亡,惟有書館如前繼。又取卦名方知有益無益、或內或外,干與坤離得逢一象者,文添錦繡。若六爻安靜,並無閒擾來幹,卦見游魂,心常改變。

歌訣に曰く、卦中「官鬼」なければ、來往投奔皆成就し難し。「父母」なければ、書を讀む全く功效なし、と。一卦の中もし官鬼なければ、此事成る能わず。六爻の中もし父母なければ、勤苦もまた是れ白費なり。歌訣また曰く、再び乾・坤・離三卦の卦體を論ずれば、三者の中その一を得れば便ち妙用無窮なり。六爻安靜なれば、閑言碎語なし。卦の游魂に逢えば、始ありて終なし、と。もし是れ尋常の人の借住なれば、便ち卦名を論ずるを必とせず、財爻發動・父母落空もまた皆計較するを必とせず、只だ六沖・鬼動と世應落空とを忌む。惟だ讀書の館纔めて前面の說く所に照らして斷ず。再び卦名を取りて看れば、方知る有益無益を。內卦あるいは外卦の中、乾・坤・離その一象を得るは、文章更に錦繡を添ゆ。もし六爻安靜なれば、便ち閑事の來り攪擾するなし。卦に游魂を見れば、人心常に改變あり。

應克用爻休寓此,外生內象卻亨通。世為本家,應為別宅,又以內卦為本方,外卦為他處。凡卜相資附學,不可不辨用爻。若問兒孫,子為空象。如占自己,當看世爻。用受應爻或外卦來克,必被欺凌。如來生合用爻,大得維持之力。

歌訣に曰く、應爻の用神を剋せば、即ち此の一家に寄居するなかれ。外卦の內卦を生ずれば、反って亨通せん、と。世爻是れ自己家、應爻是れ別人家なり。また內卦をもって本方と爲し、外卦をもって他處と爲す。およそ投靠附讀の事を卜するは、先ず用神を辨明せざるべからず。もし問う所は兒孫なれば、即ち「子孫」爻をもって象と爲せ。もし占う所是自己なれば、即ち世爻を看るべし。用神もし應爻あるいは外卦に來り剋せられれば、必定人の欺凌を受けん。もしそれの來り用神を生合するを得れば、即ち能く大いに對方の扶持の力を得ん。

雀臨兄動閒非起,武帶官搖盜賊逢,白虎居官災病染,青龍值父顯光榮。附學寓居,最嫌官鬼,靜則無咎,動則生憂。臨朱雀必有閒非,化兄弟反當欺詐,兄臨雀動亦然。鬼加玄武之爻,須防失脫。逢白虎,憂染災屯。遇騰蛇多驚多怪。見勾陳,須防跌蹼,作事遲疑推阻。

歌訣に曰く、「朱雀」の兄弟爻の上に臨みて發動すれば、閑氣是非即ち起こらん。「玄武」の官鬼を帶びて搖動すれば、盜賊に遇上せん。「白虎」の官鬼に居れば、災病を染めんと要す。「青龍」の父母に値すれば、顯耀光榮を主る、と。附讀寄居は、最も官鬼を嫌う。官鬼安靜なれば便ち過錯なく、一たび發動すれば便ち憂患を生ぜん。官鬼の朱雀に臨めば、必ず閑氣是非あらん。官鬼の兄弟を化出せば、反って人に欺詐せられんと要し、兄弟の朱雀を帶びて發動するも一樣なり。鬼爻玄武に加臨せば、須らく財物を丟失するを防げ。鬼爻白虎に逢えば、災病に沾染するを憂慮せよ。騰蛇に遇えば、多く驚怪の事あり。勾陳を見れば、須らく跌跤を防げ。事を爲すも遲疑阻滯せん。

青龍當分生克,生世則文中顯貴,克世則喜處生悲,不惟青龍一獸,但若官動克世,又有五行金鬼來傷,恐被刀傷斧割。木官來克,克須防梁折樓塌。水憂上漏下漏。土愁壁垣傾。火防回祿。巳恐蛇傷。鬼爻不動克世,皆不言他。復推財帶咸池,休貪美色,助鬼傷身亦然。惟有父值青龍,文增光彩也。

青龍もまた是れ生か是れ剋かを分清するを要す。青龍の世爻を生ずるは、能く文章の上に顯貴せん。青龍の世爻を剋するは、喜慶の處反って悲哀を生ぜん。不只青龍一獸此のごとし。およそ官鬼發動して來り世を剋するは、皆五行に按じて細分するを要す。金鬼の來り傷るは、恐被刀傷斧砍せん。木鬼の來り剋するは、須らく梁折れ樓塌るるを防げ。水鬼の來り剋するは、上漏れ下濕るるを憂う。土鬼の來り剋するは、牆垣傾倒するを愁う。火鬼の來り剋するは、火災を防ぐを要す。巳爻の鬼は、恐被蛇咬せん。鬼爻もし發動せず、また世を剋せざれば、此れらは即ち皆說くを必とせず。再び妻財の「咸池」を帶ぶるを推せば、美色を貪戀すべからず。忌神の官鬼を生助して世身を傷剋するは、も一樣に防ぐを要す。惟だ父母爻の青龍に値するのみ、纔めて文章光彩を增添するの象なり。

應擧科名章第二十八

(以文書為主,官鬼為憑。)懦童進學兼科甲,獨忌文書空與傷,有父無官還及第,有官無父豈為良。凡占進學併科甲,取父母為用爻,如臨旺相,必占高魁,縱值休囚,若得變爻或日月生扶,亦當進取。倘若父值旬空月破之鄉,名難登榜。又論未試之龍,及試後在彌未及閱錄之先占者,雖憑父母,又重官爻,尤忌子孫發動。閱卷之後將出案時,惟恐父母不用官爻卦中有父無官也,須得第卦內有官無父,未得崢嶸。

本章は「文書」父母爻をもって主と爲し、「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、童生進學および應擧科甲は、單單に文書爻の落空受傷を忌諱す。父母ありて官鬼なきは、還お能く考中せん。官鬼ありて父母なきは、哪裡好しと算せんや、と。およそ進學と科甲とを占うは、父母を取りて用神と爲す。父母もし旺相に臨めば、必ず高魁を占めん。縱い休囚に値すとも、只だ變爻あるいは日辰月建の生扶を得れば、また應當に進取あらん。倘若父母旬空月破の鄕に落つれば、就中榜に登り名を題し難し。再び應試の前、および考完の後試卷尚未だ評閱せざるの前に來り占するを論ずれば、雖に父母爻に憑るとも、同時に官爻を看重し、尤も子孫發動を忌諱す。閱卷完畢して將に榜を放たんとする時に到れば、即ち只だ專ら父母に恃みて官爻を用いざるを怕る。卦中父ありて官なきは、仍ほ須らく得中せん。卦內官ありて父なきは、反って未だ出頭顯達せず。

鬼興助印名書榜,財動傷文空返鄉,官值世爻財靜旺,父臨月建定幫糧。凡占懦業,父作文章鬼興生父,似時雨滋苗,財動傷文如秋霜殺草。若得官爻持世、或值太歲日辰財又旺而不動,卦無兄弟交重,父母再居旺地,考占優等幫補馳名。官父縱然旺相又遭兄動財空,雖居首等未得幫糧。

歌訣に曰く、官鬼興旺して來り「印綬」父母を生助せば、姓名便ち金榜に寫上せん。財爻發動して文書を傷れば、只だ能く空手にして鄕に回らん。官爻世爻に臨み、財爻安靜にして旺し、父母また月建に臨めば、一定能く廩膳補貼を得ん、と。およそ儒業を占うは、父母是れ文章なり。官鬼興起して來り父母を生ずれば、就中時雨の禾苗を滋潤するがごとし。財爻發動して文書を傷り去れば、就中秋霜の百草を摧殺するがごとし。もし官爻の世を持つを得、あるいは官爻の太歳・日辰に値し、財爻また旺にして動かず、卦中兄弟發動交重なく、父母再び旺地に居れば、考試便ち優等に列入し、廩補を得て聲名遠播せん。官爻父母縱い旺相すとも、卻ってまた兄弟發動・財爻落空に遭えば、雖に名首等に列すとも、廩糧補貼を得ず。

若還中後占廷試,方取官文二位強,財子靜安無阻滯,兄爻獨發未能昌。凡占鄉試、會試,先察文書,次推官鬼。如卜殿試及考入翰林,先看官爻,次評父母,故此官文二象,皆要興隆。若值空亡,未能高顯。大忌子搖,次嫌財動。兄爻獨發,定見阻撓。兄鬼同興,不須畏忌。

歌訣に曰く、もし是れ考中の後再び殿試を占うは、纔めて官鬼・文書兩位皆强きを取りて好しと爲す。財爻子孫安靜なれば、便ち阻滯なし。兄弟爻獨自發動すれば、便ち昌達能わず、と。およそ鄕試・會試を占うは、先ず文書を審察し、其次に官鬼を推す。もし殿試および翰林を考選するを卜せば、即ち先ず官爻を看、其次に父母を評す。故に官・文此の兩象皆興隆するを要す。もし空亡に落ちれば、便ち高顯能わず。最も子孫搖動を忌み、其次に財爻發動を嫌う。兄弟爻獨自發動すれば、定んで阻撓を見ん。但し兄弟と官鬼と同時に興動すれば、官能く兄を制し、便ち畏忌するを必とせず。

卦如無父無官鬼伏出其爻吉祥,日月若臨官印者,福財縱動也無防。文書、官鬼皆是用爻,卦中缺一須看伏神。伏若再傷,又評日月。如有此爻,定然昌吉。日值文書何憂財動,月臨官鬼誰怕子興。卦內父官有氣又逢福財,白虎皆搖身雖榮貴,即便無憂。

歌訣に曰く、卦中もし父母なく官鬼なくとも、只だ伏神裡能く此の兩爻を透出せば、亦是れ吉祥なり。日辰月建もし官鬼あるいは「印綬」父母に臨めば、即使ち「福德」子孫と妻財と發動すとも、妨礙なし、と。文書と官鬼と皆是用神なり。卦中いずれの一個を缺けば、即ち伏神を看るを要す。伏神もしまた傷を受ければ、即ち再び日辰月建を評斷せよ。只だ日月の上に此の兩爻あれば、定んじて昌吉なり。日辰文書に値すれば、何必財動を憂慮せんや。月建官鬼に臨めば、誰か還お子孫興起を怕れんや。卦內父母官鬼氣あれば、即便ち再び子孫・妻財および白虎一齊に搖動するに遇うとも、此人仍舊榮貴にして、憂慮するを必とせず。

仕宦升遷章第二十九

(以官爻為主,世象為憑。)官職升遷子莫剛,唯求官鬼動為良,值生值旺當遷轉。臨陷臨空且守常。鬼化子字憂調降,官連財位沐恩光。凡占升遷,須評官鬼,子乃忌神,不宜發動,官為主象,最利交重,若臨生旺,定主高陛。如值空亡,未能遷轉。官化子孫,非降即調,卦中財子動亦然。若還財子同興轉助官爻,又不降調,官若化財平陛品級,官化進氣官爻,又主重超美職。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、「世」爻の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、官職升遷を占うは、「子孫」强旺すべからず。只だ官鬼發動を求めて纔めて好し。官鬼生に逢い旺に逢えば、應當に遷轉あらん。官鬼陷落空亡すれば、暫且本任を安守せよ。鬼爻子孫を化出すれば、調職降級を憂慮せよ。官爻財爻に連なれば、則ち恩寵を蒙受せん、と。およそ升遷を占うは、須らく官鬼を評斷せよ。子孫是れ忌神にして、發動に宜しからず。官鬼是れ主象にして、最も發動交重に利あり。官鬼もし生旺に臨めば、定んで高升を主る。もし空亡に値せば、便ち遷轉能わず。官爻子孫を化出せば、降職ならざれば即ち調任なり。卦中財爻子孫一同に發動するも亦是れ然り。もし財爻子孫一同に興起すれば、財能く轉じて官爻を生助し、便ち降調に至らず。官爻もし財爻を化出せば、是れ平級升調なり。官爻「進氣」の官爻を化出せば、また數級を連超して美職に遷るを主る。

財之福象加爵祿,妻變兄爻減俸糧,卦得歸魂還復任,游魂遷轉在他方。妻財為俸祿,財化子孫加銜賜祿,變成兄弟罷俸減糧。若卜歸魂,還當復任,歸魂化歸魂,理應致仕,如遇游魂官又旺者,必陛別省。游魂化游魂,陛後再陛遠處。

歌訣に曰く、財爻の「福德」子孫を化出するは、官を加え祿を進めん。妻財の兄弟爻に變成するは、俸糧減扣せん。卦の歸魂を得れば、仍舊原任に回らん。卦の游魂を得れば、別の地方に調到せんと要す、と。妻財は俸祿を代表す。財の子孫を化するは、是れ銜を加え祿を賜うなり。財の兄弟に變ずるは、是れ俸を停め糧を減ずるなり。もし歸魂卦を卜得せば、還お應當に原任に回るべし。歸魂また歸魂を化するは、理に按じて該當老を告げて退休せん。もし游魂卦に遇上して官爻また旺なれば、必定別の省份に升遷せん。游魂再び游魂を化すれば、升遷の後還お再び更に遠き地方に升到せん。

世空未得高升任,財動還須佐帝皇,鬼變退神宜致仕,化居墓絕早還鄉。世爻為自身本官,自卜當察世爻,世若空亡未能遷轉。他人代卜,又不取世爻為主,專看官爻,若得財動生官,自然顯達。鬼爻若化退氣或變入墓絕之中,莫望陛遷,遠歸田裡。欲知何月官陛處,遇值逢生喜報祥。欲決何時遷轉,推評官鬼旺衰,旺則高承升在爾,衰則待生旺之期。若六爻無鬼,後查那月臨官,便知遷陛決矣!

歌訣に曰く、世爻落空すれば、高升を得ず。財爻發動すれば、還お能く帝王を輔佐せん。鬼爻「退神」に變ずれば、老を告ぐるに宜し。鬼爻墓絶に化入すれば、早めに鄕に還るを好しと爲す、と。世爻は自身現居の官を代表す。自己卜卦せば即ち應當に世爻を審察し、世爻もし空亡に落ちれば、便ち遷轉能わず。もし是れ別人の代卜なれば、便ち世爻を取りて主と爲さず、專ら官爻を看る。もし財爻發動して來り官を生ずるを得れば、自然顯達せん。鬼爻もし退氣を化出し、あるいは墓地絶地に變入せば、便ち升遷を指望するなかれ。還お遠く田園に歸れ。歌訣また曰く、いずれの月に官を升るかを知らんと想えば、即ち官爻の日に値し生に逢い喜報傳來の時を看よ。いずれの時に遷轉するかを決斷せんと要せば、即ち官鬼の旺衰を推評せよ。旺相なるは、高升眼の前に在り。衰弱なるは、それ生旺の期を待つを要す。もし六爻の中官鬼なければ、即ち再び它のいずれの月に「臨官」して祿を得るかを查せ。あの時升遷便ち決定すべし、と。

襲求武弁章第三十

(以官爻為主,世象為憑。)動業贊皇猷,鷹揚渭水;簪纓繩租武,虎拜楓宸。大凡襲爵承官,皆沐君恩祖陰,欲識利名顯晦,遠憑卦象推詳。獻策請纓,父象要興財忌動。從戎比試,世爻喜旺應宜衰。獻策論者,專看文書,父旺必然高中,父空,豈得成名?父若不空又嫌財動。若交鋒者,又憑世應,世旺應衰他必弱,世衰應旺彼當強。世克應則大勝,應克世則難贏。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、「世」爻の象をもって憑と爲す。原文に曰く、功を建て業を立ててもって王道を輔佐するは、姜太公の渭水の濱に鷹揚奮起せしがごとし。世代簪纓して祖上の武功を承繼するは、臣子の楓宸殿前に虎拜稱臣するがごとし、と。大凡爵位を承襲し官職を繼承するは、皆是れ君王の恩典と祖先の蔭庇とを蒙受す。功名利祿の是れ顯達か是れ隱晦かを知らんと要せば、還お須らく卦象に憑りて推詳せよ。原文また曰く、書を上り策を獻じ纓を請うて軍に從うは、「父母」の象興旺せんことを要し、「妻財」發動を忌む。行伍に投身して比試に參加するは、世爻旺相を喜び、應爻衰弱に宜し、と。書を上り策を獻じて事を論ずるは、專ら文書爻を看る。父母旺相なれば必然高中せん。父母落空すれば、怎能名を成さんや。父母もし落空せず、また財爻發動を嫌う。もし是れ人と交鋒比試せば、即ち世應兩爻に憑る。世旺して應衰なれば、對方必ず弱し。世衰して應旺なれば、對方即ち强し。世爻の應爻を剋すれば則ち大勝し、應爻の世爻を剋すれば則ち贏ち難し。

受廕襲封,喜遇貴乘祿馬。買官進爵,恢逢龍聚財官。所忌者六沖世陷空徒費力,所喜者六合官興財旺總如心。軍中占襲職,民間卜官,各忌世空官空、六沖之卦,若得官與世旺,定顯威風。官爻或世爻若帶青龍貴人、及卦逢六合,威福更加。鬼在酉申,耀武揚威膺世祿。官臨乾兌,攘夷發夏樹奇功。官爻或世爻如臨乾兌卦中,或在酉申爻內,俱當名振華夷。

原文に曰く、祖蔭を承受して襲封するは、「貴人」の「祿」「馬」に乘るに遇上するを喜ぶ。錢を出して官を買い爵を進むるは、「青龍」の財爻官爻を會聚するに逢うを喜ぶ、と。忌諱する所は卦の六沖に逢い世爻陷空するにして、那樣只だ白費氣力なり。歡喜する所は卦の六合に逢い官爻興旺し財爻も旺するにして、那就事事稱心なり。軍中職位を承襲するを占い、民間官職を謀求するを卜するに、皆世爻落空・官爻落空および六沖の卦を忌む。もし官爻と世爻と皆旺を得れば、定んで威風を顯さん。官爻あるいは世爻もし青龍・貴人を帶び、加上卦の六合に逢えば、威望と福氣と更に增さん。原文また曰く、鬼爻の酉申に在るは、耀武揚威して世代の俸祿を承受せん。官爻の乾卦兌卦に臨むは、外夷を攘除し華夏を振興して奇功を樹立せん、と。官爻あるいは世爻もし乾・兌兩卦の中に臨み、あるいは酉・申兩爻の內に落つれば、皆應當に名華夏と四夷とに震わん。

內外卦得興隆,則功高譽遠。身世爻當衰弱,則力怯機疏。世旺逢生,勇冠三軍蒙上賞,官興得助爵尊一品沐殊恩。世逢日月克沖,戈戟最為下輩。身遇歲君生合,戰征場內作高魁。武職行中,若得內卦外卦興隆,世爻應爻旺相,定然勢壓旁疆。世旺再逢太歲,或日辰月建生扶者,勇冠三軍。世若休囚,卦不旺相,當推無力無能。又被日辰月建沖剋世爻者,提拔全無,反遭彈劾,豈得馳名于軍伍?其中又看官爻,旺則聲名顯赫,空則劾削兵權。

原文に曰く、內外兩卦皆興隆なれば、即ち功勞高く聲譽遠し。世爻卦身衰弱なれば、即ち氣力怯れ機謀疏なり、と。世爻旺相にしてまた生扶に逢えば、勇三軍に冠たりして上賞を蒙受せん。官爻興旺にしてまた生助を得れば、爵位一品に尊至して殊恩を沐受せん。世爻の日辰月建に沖剋せらるるは、軍中に戈を執り戟を持つ只だ下等の輩なり。卦身の太歳の生合を得るは、戰場の上便ち頭等の功臣なり。武職一行、もし內卦外卦興隆し世爻應爻旺相を得れば、定んじて聲勢鄰境を壓倒せん。世爻旺相再び太歳に逢い、あるいは日辰月建の生扶を得るは、勇三軍に冠たり。世爻もし休囚にして卦また旺相ならざれば、即ち無力無能と斷ずべし。再び日辰月建に世爻を沖剋せられれば、全く提拔なく、反って彈劾に遭わん。哪能軍伍の中に名を揚げんや。その中還お須らく官爻を看よ。官爻旺なれば則ち聲名顯赫し、官爻落空すれば則ち彈劾せられて兵權を削去せん。

世帶青龍,名馳朝野。官居白虎,威振華夷。青龍為大貴之星,白虎乃兵權之煞,此二獸若得臨世臨官,定主威揚海內。子動傷官,難遂參謀之策。財興助鬼,能成贊盡之功。鬼變福鄉循降調,官之財地漸陛遷。鬼為官職,最嫌子動來傷,偏喜財興助鬼,官變子孫,非降即調。鬼之財象,迭迭高遷也。玩占易理玄微,可決戎官之休咎。

原文に曰く、世爻「青龍」を帶ぶれば、名聲朝野に馳せん。官爻「白虎」に居れば、威勢華夷に震動せん、と。青龍是れ大貴の星、白虎是れ兵權を主るの煞なり。此の兩個の神獸能く世爻に臨み官爻に臨まば、定んで威名海內に傳揚するを主らん。原文また曰く、子孫發動して官爻を傷剋するは、參謀獻策願いのごとくし難し。妻財興旺して官鬼を生助するは、能く輔佐贊襄の功を成さん。鬼爻「福德」子孫の鄕に變入するは、例に依りて降級調任せんと要す。官爻財爻の地に化入するは、則ち漸次升遷せん、と。鬼爻は官職を代表し、最も子孫發動して來り傷るを嫌い、偏りに財爻興旺して來り助くるを喜ぶ。官爻子孫を變出せば、降職ならざれば即ち調任なり。鬼爻財象を化出せば、則ち一級一級に高升せん。此れらの占斷を細玩すれば、易理幽微にして、以て武官の吉凶禍福を決斷するに足れり。

援監納吏章第三十一

(以官爻為主,財象為憑。)買官納吏選陰陽,僧道醫官共審詳,世值旬空非久遠,福神靜旺永無殃。援監納吏並一應奉例納銀求官者,皆把世爻與官爻為主,俱不宜空。空則不成,縱成不久。子孫雖為福德,亦不可動,動則傷官。又不可無,無則少利。身世之爻,若被鬼來沖剋,反受其殃。如得鬼爻持世,再加財動來生,決主名成利就。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、「妻財」の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、錢を捐して官を買い銀を納めて吏を補し、および陰陽官の類を挑選する、僧官・道官・醫官に連なるは、皆合せて審詳するを要す。世爻旬空に値するは、做ること長久せず。「福神」子孫安靜にして旺なるは、永遠に災殃なし、と。およそ是れ監生を捐納し吏員を補納し、および一切例に按じて銀を納め官職を求取するは、皆世爻と官爻とをもって主と爲し、兩爻皆落空に宜しからず。落空すれば則ち事情成らず、縱い成るとも做ること長久せず。子孫雖說是れ福德の神なれど、此の時もまた發動すべからず。一たび動けば即ち官爻を傷らん。但又不可なし。なければ則ち獲利甚少なり。世身の爻もし鬼爻に沖剋せられれば、反ってその殃を受けん。もし鬼爻の世を持つを得、再加えて財爻發動して來り生ぜば、決して名成利就を主る。

鬼克身爻遭責罰,財生世象必榮昌,夫化子孫難出仕,妻之兄弟利源傷。身世之爻。若被鬼來沖剋,反受其殃。如得鬼爻持世,再加財動來生,決主名成利就。官爻若化子孫,又難出仕。妻財如變兄弟、或卦中兄爻發動,不惟無所得,反主虧傷。

歌訣に曰く、鬼爻世身を剋せば、責罰に遭わんと要す。財爻世爻を生ぜば、必定榮昌せん。官爻子孫を化出せば、出でて職に任ずること難し。妻財兄弟に化成すれば、財路損傷を受けん、と。此處再び前義を申せば、世身の爻もし鬼爻に沖剋せられれば、反ってその殃を受く。もし鬼爻の世を持つを得、再加えて財爻發動して來り生ぜば、決して名成利就を主る。官爻もし子孫を化出せば、即ち出仕し難し。妻財もし兄弟に變成し、あるいは卦中別に兄弟爻發動あれば、即ち不但一無所得にして、反って本を虧き損を受けん。

吏典財官宜旺相,貢生父鬼忌空亡,太學父興官旺處,定顯聲名播四方。僧官、道官、陰陽官、醫官、使典等類,皆宜鬼旺財興。爻中有鬼無財,有名無實。有財無鬼,名利皆虛。又論恩貢、選貢、歲貢、監生等類,雖用官爻,再憑父母,此二象俱不可空,若得父官有氣,定然名播京都。

歌訣に曰く、吏典を捐納するは、「妻財」「官鬼」旺相に宜し。貢生を求むるは、「父母」「官鬼」空亡を忌む。太學に進むは、父母興旺・官爻も旺し、定んじて聲名四方に遠播せん、と。僧官・道官・陰陽官・醫官および各衙門書吏の一類は、皆鬼爻旺・財爻興に宜し。卦中鬼ありて財なきは、名ありて實なし。財ありて鬼なきは、名利皆空と成る。再び恩貢・選貢・歲貢・監生の一類を論ずれば、雖に官爻を用うとも、還お須らく父母爻に憑れ。此の兩個の爻象皆落空すべからず。もし父母官鬼皆氣あれば、定んじて名聲京城に傳わらん。

選缺參房章第三十二

(以官爻為主,世象為憑。)官員選缺及吏典參房,皆把官爻及世詳,應動兄興沖剋世,同胞擾阻卻提防。官僚選缺及吏典參房,皆把官爻與世爻為主,此二象內如有一爻犯月破旬空者,官不能得此缺,吏不能參此房。世縱不空,若被應動克世、或兄弟動來克世,必有同袍搶奪,卻要提防兄興,競爭強。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、「世」爻の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、官員の缺位を挑選し、吏員の房科を參補するは、皆須らく官爻と世爻とを詳看せよ。應爻發動し兄弟興起して世爻を沖剋せば、即ち同僚の中より擾阻するを提防せんと要す、と。官僚の選缺と吏典の參房とは、皆官爻と世爻とをもって主と爲す。此の兩個の爻象の中もし一爻の月破・旬空を犯せば、官員即ち此の缺を得ず、吏員もまた此の房に參入せず。世爻縱い落空せずとも、もし應爻發動して來り剋し、あるいは兄弟發動して來り剋すに被れば、必定同僚の搶奪あり。故に兄弟興旺・競爭激烈を提防するを要す。

世爻若遇空沖絕,費盡勤勞怎得昌,不遇六沖官有氣,穩膺美秩姓名揚。世若變為絕地、或被日主來沖、或卜六沖之卦,縱去謀為,決難成就。世象不空官爻不陷、應與兄爻縱動、不來克世,所求必逐,並不更張。

歌訣に曰く、世爻もし空亡・被沖・入絶に遇えば、勤勞を費盡くすとも昌達し難し。六沖に逢わずして官爻氣あれば、即ち能く穩穩と美職を得て姓名遠揚せん、と。世爻もし絶地に變入し、あるいは日辰に來り沖せられ、あるいは六沖の卦を卜到せば、縱い去りて鑽營謀求すとも、決して成就し難し。世象落空せず官爻陷弱せざれば、應爻と兄弟爻縱い發動すとも、只だ來りて世を剋せざれば、所求必定願いのごとく、中途もまた變なからん。

參房獲利宜財旺,鬼象休來克世方,選缺求名愁福德,隨官入墓恐遭殃。論參房者,與選缺不同,若得官與財旺,定然所得非常。鬼克世身難逃罪貴,論選缺者,亦要官興,最嫌子動,鬼克世身,不須畏忌。但遇隨官入墓,恐罹災患。

歌訣に曰く、房科を參補するは利を獲るが爲めにして、財爻旺相に宜しく、鬼爻の來り世を剋するべからず。官缺を挑選するは名を求むるが爲めにして、即ち「福德」子孫發動を愁う。もし「官に隨い墓に入る」を犯せば、恐怕殃に遭わん、と。參房を論ずると選缺を論ずると不同なり。參房もし官爻と財爻と皆旺を得れば、所得必定豊厚なり。但し鬼爻の世身を剋するは、責罰を受け難し。選缺を論ずるも、また官爻興旺を要し、最も子孫發動を嫌う。鬼爻の世身を剋するに至りては、選缺の時反って畏忌するを必とせず。只是れ官に隨い墓に入るに遇上せば、恐怕災患に遭わん。

官員薦獎章第三十三

(推薦以官文為主,旌獎以財鬼為憑。)官吏賢能,望憲臺之薦獎;黎民良善,賴邑宰之旌揚。所喜者,鬼旺龍興。所忌者,世空子動。凡占獎薦,各要官爻旺相,青龍得地,大忌世值空亡,子孫發動。臣沐君恩,必得歲君生世。下叨上薦,須求外鬼扶身。卦有二官六部,重推重舉。爻無一鬼三司,不獎不褒。欲求恩寵,須看五爻為天子,太歲為朝廷,此二象內若得一爻生世或生官,便沾天澤天子與朝廷之位。如值空亡,恩先莫望從,不值空如來克世傷官,原不為福。

本章は推薦を論ずるは「官鬼」「文書」をもって主と爲し、旌獎を論ずるは「妻財」「官鬼」をもって憑と爲す。原文に曰く、官吏賢能なるは、上司憲台の薦擧褒獎を指望す。百姓善良なるは、全く縣令の旌表宣揚に靠る、と。喜ぶ所は鬼爻旺相・青龍興發し、忌む所は世爻落空・子孫發動す。およそ薦擧と褒獎とを占うは、皆官爻旺相・青龍の得地の處に居るを要す。最も世爻の空亡に値する、および子孫發動を忌む。原文に曰く、人臣の君恩を蒙受するは、必ず太歳の來り世爻を生ずるを得ん。下官の上司の薦擧を得るは、須らく外卦の官鬼の來り世身を扶助するを求めよ。卦中兩重の官爻あれば、六部の中便ち再三推擧あらん。爻上一個の鬼もなければ、三司衙門就中褒獎せず旌揚せざらん、と。君上の恩寵を求めんと想えば、須らく第五爻の天子を代表し太歳の朝廷を代表するを看よ。此の兩個の爻象の中もし一爻の來り世爻を生じあるいは官爻を生ぜば、即ち能く天恩雨露に霑かん。天子と朝廷の位もし空亡に値せば、恩典先に便ち指望するを必とせず。即便ち落空せずとも、もし它反って來り世を剋し官を傷れば、本來もまた福にあらず。

如占舉薦,專看外卦官爻。外象如無,內官可用,內鬼再空,不須謀望。不論內外,卦中若有官來生身生世,決叨提拔之恩。如得旺官迭見又來生合世爻,必得重重之薦。六爻內如無鬼者,定無推舉之官。推舉得官父旺動,穩望高遷獎勞。若財鬼衰空虛圖給賞。推薦者若得官父兩全,便為佳兆。二中欠一,未得穩成。獎動者雖用官爻,又宜財旺。財鬼如空,定無獎勤給賞之美也。鬼化子爻薦賢未聽。官之財象,獎勵能從。薦與獎,皆以官為主,旺者來速,衰則來遲。動化子孫,雖薦未能聽信。財來助鬼,獎得如心。

もし占う所是れ擧薦なれば、即ち專ら外卦の官爻を看る。外卦もし官爻なければ、內卦の官爻もまた取用しうる。內卦の鬼爻また落空せば、那れ便ち再び謀求を指望するを必とせず。內卦外卦を論ぜず、卦中只だ官爻の來り世身を生じ世爻を生ずるあれば、一定能く提拔の恩を蒙受せん。もし旺相の官爻接連して出現し、また來りて世爻を生合せば、必定一重又一重の薦擧を得ん。六爻の內もし一個の鬼爻もなければ、即ち一定出面して推擧する官長なし。原文に曰く、推擧を謀求するに、もし官爻と父母と皆旺にして發動を得れば、穩かに高升し褒獎を受くるを指望すべし。もし財爻鬼爻衰弱落空せば、賞賜を求めんと想うも亦た空圖なり、と。推薦を求むる人は、もし官・父兩全を得れば、便ち好き兆頭なり。兩者一を缺けば、便ち穩成と算せず。褒獎を求むるは、雖にも官爻を用うとも、但し更に財爻旺相に宜し。財・鬼もし落空せば、一定勤勞を獎勵し賞賜を給與する好き事なし。原文また曰く、鬼爻子孫を化出すれば、賢能を擧薦して而も上面聽かず。官爻財象に化入すれば、獎勵の請便ち獲准しうる、と。薦擧と褒獎とは皆官爻をもって主と爲す。官爻旺なるは來ること快く、衰なるは來ること遲し。官爻發動して子孫を化出するは、雖に薦すとも采信せられず。財爻の來り鬼爻を生助するあれば、褒獎便ち願いのごとくならん。

如卜官憑,但原文書逢旺氣。若占到日,遠尋父母遇生方。又附占文憑到日,須看父母之爻,候臨生臨旺之期,此憑決到卦無父,須待父爻值日,方得憑來。父若衰而又空,縱然等候而未至。欲求坊扁方光輝,必藉官爻之旺相。世空絕望。子動難謀,財動還須囑託,鬼空不必祈求,六合則心懷喜悅,六沖則面染憂愁。凡求牌坊扁額光輝門閭,先看官爻,次推世象,二者若有一空,始終絕望。子孫動,亦不能求。財動生官,謀為遂意。如求扎帖,又看文書,反嫌財動。父鬼財空,允能給發。不拘扁貼皆忌六沖。上察官情之喜怒,皆由四象之興衰。下推人事之親疏,不出兩儀之變化。

原文に曰く、もし卜する所是れ官府文憑なれば、只だ「文書」父母爻の旺氣に逢うを求む。もし文憑いずれの日か送り到るを占わば、即ち遠遠と父母爻の生に逢う方を尋ねよ、と。ここに附帶して文憑到手の日を占うを說く。須らく父母爻を看て、它の生に臨み旺に臨むの期を等到せば、此の分文憑一定送り到らん。卦中もし父母爻なければ、即ち父母の所属地支の日に値するあの天を待ち、文才に憑りて纔めて來らん。父母もし既に衰弱また落空せば、那れ就中縱い久待すとも到らず。原文に曰く、朝廷の牌坊匾額を賜立して門庭を光耀せんことを求めば、必ず官爻旺相に憑借するを要す。世爻落空すれば、便ち絶望なり。子孫發動すれば、謀成し難し。財爻發動すれば、還お須らく人に托して關說せよ。鬼爻落空すれば、便ち祈求に往くを必とせず。卦の六合に逢えば、心中喜悅せん。卦の六沖に逢えば、滿面憂愁せん、と。およそ牌坊匾額を求めて門閭を光耀するは、先ず官爻を看、其次に世爻を推す。兩者もし一個落空あれば、自始至終皆指望なし。子孫發動すれば、も求成らず。財爻發動して官爻を生じ去れば、事を謀る便ち稱心せん。もし求むる所是れ札帖公文なれば、即ちまた文書爻を看るを要し、反って財爻發動を嫌う。父母・官鬼・妻財もし皆落空せざれば、纔めて順利に發下しうる。匾額なりと札帖なりとを論ぜず、皆六沖の卦を忌む。上に向かい官長心情の喜怒を察看するは、皆四種の爻象の興衰に取決し、下に向かい人事の親疎を推斷するは、も陰陽兩儀の變化を出でず。

上書咎奏章第三十四

(以太歲五爻為主,文書官鬼為憑。)啟奏君王看五爻,生身合命寵應叨,歲君克世龍顏怒,月將生官品爵高。啟奏者須看五爻為天子,太歲為君王,此二者如有一爻生合身世,所奏如心。五爻與太歲如來沖剋身世,恐犯天威,休陳情因。又論官多為本職,不值旬空月破,更得日月生扶者,必然破格超陛。五爻為天子之爻。

本章は太歳と第五爻とをもって主と爲し、「文書」「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、君王に啓奏するは、第五爻を看る。五爻の來り世身を生じ本命に合すれば、即ち寵幸を蒙受すべし。太歳もし世爻を剋せば、那れ是れ龍顏震怒なり。月建の來り官爻を生ずれば、品級爵位即ち高し、と。上奏の人須らく第五爻の天子を代表し太歳の君王を代表するを看よ。此の兩者の中もし一爻の世身を生合すれば、奏する所の事便ち願いのごとくならん。五爻と太歳ともし來りて世身を沖剋せば、恐怕天威を觸犯せん。便ち情由を陳述に往くなかれ。再び官爻を論ずれば、多半自己現居の本職を代表す。只だ旬空月破に値せず、また日辰月建の生扶を得れば、必然破格超升せん。第五爻は、即ち是れ天子を代表するあの一爻なり。

進拜表章兼上本,父旺官興御筆標,亦忌六沖財子動,次愁印綬化財爻,更嫌鬼象之為福,父絕官空莫進朝。拜表上本啟奏皆同,若得父旺官興,定蒙准奏。若值六沖,或財搖子動、或父變妻財、或官之福、或父絕官空,以上數端,如犯一節者,莫奏朝廷,縱奏,徒費心機,難迎聖意。

歌訣に曰く、表章を進呈して本を上り事を奏するは、父母旺・官爻興なれば、即ち能く御筆批示を得ん。亦た卦の六沖に逢うおよび財爻子孫發動を忌む。其次に「印綬」父母の財爻に化成するを愁う。更に鬼爻の「福德」子孫に化成するを嫌う。父母入絶・官爻落空するは、朝に進みて上奏するなかれ、と。表を拜し本を上り啓奏するは、斷法皆相同じ。もし父母旺・官爻興を得れば、一定奏する所に准を蒙らん。もし六沖に値し、あるいは財爻搖動・子孫發動し、あるいは父母妻財を變出し、あるいは官爻子孫に化成し、あるいは父母入絶・官爻落空せば――以上幾端只だ一樣に犯上れば、便ち朝廷に上奏するなかれ。縱い上奏すとも、亦是れ心機を白費し、聖意に合し難し。

朝天面旨章第三十五

(以太歲五爻為主,官鬼世象為憑。)面君官旺世無傷,折檻廷諍也不妨,太歲五爻沖剋世,休趨殿陛惹天殃。面君者,先推世象,次察官爻,此二爻如臨旺相,不值空亡,又不受君爻沖剋,在去天天並無玷剝。世爻若被天子之爻沖剋者,朝必遭殃,守靜為上。

本章は太歳と第五爻とをもって主と爲し、「官鬼」と「世」爻の象とをもって憑と爲す。歌訣に曰く、君王に面見するは、官爻旺・世爻傷を受けざれば、即ち漢代朱雲のごとき殿檻を攀折し當廷に直諫するも妨げなし。太歳と五爻ともし世爻を沖剋せば、即ち殿陛に趨赴するなかれ。天に降るの禍を惹來するを免れん、と。君に面するの事は、先ず世爻の象を推し、其次に官爻を審察す。此の兩爻もし旺相に臨み空亡に値せず、また君位の爻に沖剋せられざれば、此の去りて聖に面する便ち甚麼の損傷あらざらん。世爻もし天子を代表するあの一爻に沖剋せられれば、朝に入りて必定殃に遭わん。還お安守靜默を上と爲せ。

日辰月建生身吉,克世傷官盡不祥,卦值晉升蒙上寵,爻成屯蹇豈為強。世爻與官爻縱值休囚,得日月或動爻生助、或變出生扶,皆為佳兆,若動爻與日月傷官傷世,俱作凶推,朝王卜得火地晉,晉者以臣遇君之象。又取地風升,升者,進而上也,故此二卦皆吉。若卜水雷屯、水山蹇二卦,皆為難也,遇者必凶。逢沖莫去朝天子,遇合應來奏帝皇,無鬼不能沾雨露,世空豈得受恩光。六沖之象,切莫朝天。六合之爻,理宜面聖。爻雖攢合,卦中無鬼或值空鄉,渥恩莫望。卦縱有官,世居陷地,還嗟運蹇,豈沐天恩。

歌訣に曰く、日辰月建の來り世身を生ずれば即ち吉、來り世を剋し官を傷れば則ち皆不祥なり。卦の《晉》《升》二卦を得れば、能く上寵を蒙らん。爻の《屯》《蹇》の象を成せば、哪裡强しと算せんや、と。世爻と官爻縱い休囚に値すとも、只だ日辰月建あるいは動爻の生助を得、あるいは生扶を變出せば、皆是れ好き兆頭なり。もし動爻と日月と官爻を傷り世爻を傷れば、即ち一概に凶を作して推す。君王を朝見して火地《晉》を卜得せば、晉是れ人臣の君主を見るを得るの象なり。また地風《升》を取れば、升是れ步步向上進取の意なり。故に此の兩卦皆吉なり。もし水雷《屯》・水山《蹇》兩卦を卜得せば、皆艱難の象にして、これに遇えば必ず凶なり。歌訣に曰く、卦の六沖に逢えば、天子を朝見に往くなかれ。卦の六合に遇えば、正に帝王に上奏し往くべし。卦中鬼なければ、雨露の恩に霑からず。世爻落空すれば、怎能恩光を承受せんや、と。六沖の象は、切に朝天すべからず。六合の爻は、理に按じて聖に面するに宜し。但し即使ち衆爻攢合すとも、卦中もし官鬼なく、あるいは官鬼の空亡の鄕に落つれば、厚恩もまた指望するを必とせず。卦中縱い官爻ありとも、世爻卻って空亡の地に陷れば、只だ能く時運不濟を感嘆し、いずくんぞ天恩に沐することを得んや。

恩封誥命章第三十六

(以文書為主,官鬼為憑。)欲知紫誥贈何人,卦內還須分六親,父作皇封世作己,官為史部五為君,更將太歲為天子,乾卦當稱帝王尊,君位怕臨空與絕,五爻忌克世和身。凡占誥命,父母為用爻,不絕不空,終須有望。又看世為自己,官為吏部,五爻為天子,太歲為朝廷,皆莫空亡。君位之爻,切莫傷身克世。乾卦又為君王,或內或外得此象者,必受恩封。

本章は「文書」父母爻をもって主と爲し、「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、此の道の紫色誥命の封贈するを誰にかと知らんと要せば、還お須らく卦內に六親を分辨せよ。父母は皇家封典を代表し、世爻は自己を代表し、官鬼は吏部を代表し、第五爻は君主を代表し、再び太歳をもって天子を代表し、乾卦もまた帝王の尊と稱す。君位の爻は空亡に落つるを怕れ絶地に入るを怕れ、第五爻は世爻と卦身とを剋し去るを忌諱す、と。およそ誥命を占うは、父母をもって用神と爲し、只だ絶に入らず空に落ちざれば、終究望あり。また世爻を自己と爲し、官爻を吏部と爲し、五爻を天子と爲し、太歳を朝廷と爲すを看る。此れら皆空亡に落つべからず。君位を代表する爻は、切に世身を傷剋すべからず。乾卦もまた君王を代表し、內卦あるいは外卦此の一象を得るは、必ず恩封を受けん。

君爻生合何爻處,便見天恩賜那人。財象遇生封妻室,子爻逢合蔭兒孫,世身若得君相合,品級加增作大臣。五爻與太歲生合父母,必贈椿萱。生合財爻,必封妻室。生扶福德,當蔭兒孫。生合世身再加官爻旺相,自當品職高陛。

歌訣に曰く、君位の爻いずれの一爻を生合するか、即ち天恩いずれの一個の人に賜うを見ん。財爻それの生扶を得れば、即ち妻室を封贈せん。子孫爻それの相合を得れば、即ち兒孫に蔭及せん。世身もし君爻の相合を得れば、品級增加して大臣に位至せん、と。第五爻と太歳ともし父母爻を生合せば、必定父母を追贈せん。財爻を生合せば、必定妻室を封贈せん。「福德」子孫を生扶せば、應當に兒孫に蔭及せん。世身を生合し、再加えて官爻旺相なれば、自然品級職位高升せん。

鬼發父興迎誥命,父空財動絕皇恩,官鬼休囚宜囑託,文書破絕莫勞心,來召來宣同此例,去朝去奏照其因。卦內官父兩旺,定沐洪恩。父若空亡,難迎誥命。妻財獨發,剋制文書,難沾雨露。鬼值休囚,寅綠為美,父臨空絕,枉使機謀。君來宣召,臣去朝天,皆喜君爻生世。官旺為佳,各忌帝位克身,鬼空不吉。

歌訣に曰く、鬼爻發動・父母興旺なれば、誥命を迎接すべし。父母落空・財爻發動すれば、皇恩即ち斷絶せり。官鬼休囚なるは、人に托して關說するに宜し。文書破に遭い絶に入るは、心を勞するを必とせず。君上召見して宣諭するも、また此の例に照らして推せ。臣下朝見して上奏するも、また此の道理に依りて斷ぜよ、と。卦內官爻父母兩旺するは、定んで洪恩に沐せん。父母もし空亡に落ちれば、就中誥命を迎え來ること難し。妻財獨自發動して文書を剋制するは、も雨露の恩に霑からず。鬼爻休囚に値するは、人情に靠りて援引して纔めて好し。父母空に臨み絶に入るは、心機を白費す。君王の宣召なりと臣子の朝天なりと、皆君位の爻の來り世爻を生ずるを喜ぶ。官爻旺相を佳と爲し、皆帝位の爻の來り世身を剋するを忌み、鬼爻落空するもまた吉ならず。

文書消息章第三十七

(以文書為主,官鬼為憑。)官印文書宜父動,民修票約忌財興,財臨身世徒書契。周不空亡準此情。凡論文書票約,取父母為用爻,旺則有成,空則無用,財爻為動或值世身空,勞紙筆枉費神思。鬼是元神空不就,財為忌客動難成,父之沖剋真為假,母變生扶卻信憑。卦無官鬼或落空亡,皆主不就。妻爻發動,契必難成。財動官亦動,反能成契。父母若被日月沖破、或化絕化空,此契不能見信於人。父母若遇生扶、或變為有氣,此書縱假而可為真也。

本章は「文書」父母爻をもって主と爲し、「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、官府の印信と公文とは、父母爻發動に宜し。民間の票據契約を訂立するは、妻財爻の興動を忌む。財爻の卦身世爻に臨むは、書契寫すとも白寫なり。只だ各爻皆空亡に落さざれば、此の情形に照らして斷ず。凡そ文書票約を論ずるは、父母を取りて用神と爲す。父母旺相なれば則ち事を辦成し、落空せば則ち文書用無し。もし財爻發動し、あるいは世身落空せば、那れ即ち徒らに筆墨を勞し、心機を白費す。歌訣に曰く、官鬼は是れ父母の元神にして、落空せば則ち事成らず。妻財は是れ忌神にして、發動すれば則ち談成し難し。父母の沖せられ克せらるるは、眞もまた假と成る。父母の生扶を化出するは、反って取信しうる。卦中官鬼なく、あるいは官鬼空亡に落つるは、皆事成らずと主す。妻財爻發動すれば、契約必定成り難し。但し財爻動きて官爻もまた動けば、財官を生じ官父を生じ、反って能く契を成す。父母もし日辰月建に沖破せられ、あるいは絶地に化入し空亡に化入せば、此の契約人の取信に値せず。父母もし生扶に遇い、あるいは氣あるを得れば、此の文書縱い假なりとも眞と作して用いうる。

趨謁貴人章第三十八

(以世應為主,外卦月卦為憑。)外卦原來是用爻,興隆出現得相交,無身無鬼皆非遇,主若傷賓情據拋。凡去謁貴,最嫌外卦空亡,若得外卦出現旺相,人必相逢。如外三爻皆動,定有變更。一二爻動,亦不如此論,又要取卦身與鬼官之爻,如缺一神又不遇也。復看世為主,應為實。又以內為主,外為實。如遇內外世應相生、或比和、或應克世、外克內,皆主相逢得意也。惟獨世克應與內克外,主反觸賓,縱然相見亦不相投。

本章は世應二爻をもって主と爲し、外卦と「卦身」とをもって憑と爲す。歌訣に曰く、外卦本來是れ用神にして、外卦興隆顯現すれば、能く貴人と相交わる。卦中「卦身」なく「官鬼」なきは、皆遇合と算すべからず。主人もし賓客を傷れば、情分自然に抛開せらる、と。凡そ貴人を拜謁せんと往くは、最も外卦の空亡に落つるを嫌う。もし外卦顯現して旺相を得れば、此の人必定見ることを得ん。もし外面の三爻皆發動せば、事一定變あり。只だ一兩爻の動くは、則ち此の如く論ぜず。還お卦身と官鬼の兩爻を取るを要し、一を缺けばもまた見ることを得ず。再び世爻を主人と爲し應爻を賓客と爲すを看、また內卦を我方と爲し外卦を對方と爲す。もし內外・世應の間相生し、あるいは比和し、あるいは應爻世を剋し外卦內卦を剋すれば、皆相見得意と主す。惟だ獨り世爻應爻を剋し內卦外卦を剋するは、反って主人賓客を沖撞し、縱い面を見るとも談は投機せず。

世臨空地難成事,應落空亡白費勞。望客喜逢三合卦,見賓怕遇六沖爻。趨謁之事,世應與官鬼皆莫空亡,三者如有一空,決不相得,縱不逢空,若值六沖,決無美意。若得三合六合之卦,自然賓主相諧,若還應象交重,謂人不遇。

歌訣に曰く、世爻空地に落つれば、事成り難し。應爻空亡に落つれば、白く一趟を跑らん。客人の來るを盼望するは、三合の卦に逢うを喜ぶ。貴客を見んと要するは、六沖の爻に遇うを怕る、と。拜謁の事は、世爻・應爻と官鬼と皆空亡に落すべからず。三者の中只だ一個の落空あれば、便ち决然合わず。縱い皆落空せずとも、もし卦六沖に値せば、も决然好き結果なし。もし三合・六合の卦を得れば、賓主自然に相諧す。もし是れ應爻發動交重なれば、那れ即ち此の人外に出でて、面を見ることを得ずと說明す。

如求書貼憂財發,偏宜父母值重交,或去解非並脫訟,子孫爻動禍殃消。若還覓利抽豐者,財官兩旺樂滔滔。但去求文取帖及送書遞柬,不宜父母空亡,更忌妻財發動,如要解詞息訟,反宜官鬼休囚,又怕應來傷世。若遇子孫持世或發動,禍必觸消。如去假公事以濟私情,或抽豐而利己者,須得財官兩旺,切嫌兄弟交重。

歌訣に曰く、もし是れ文書帖子を討取せんと往くなれば、即ち財爻發動を憂慮し、偏ねて父母爻發動交重を喜ぶ。もし是れ是非を化解し官司を擺脫せんとするなれば、子孫爻發動すれば、禍殃即ち消ゆ。もし是れ利を謀り秋風を打たんとするなれば、財爻官爻兩旺にして、即ち快樂無窮なり、と。凡そ文書を求取し帖子を領取し、および信を送り柬を遞するは、父母空亡に宜からず、更に妻財發動を忌む。もし詞訟を平息せんと要すれば、反って官鬼休囚に宜しく、又怕應爻の來り世爻を傷る。もし子孫持世あるいは發動に遇えば、禍患一定消解せん。もし是れ公事を借りて私情を成全し、あるいは秋風を打ちて己を肥さんとするは、則ち須らく財爻官爻兩旺なり、最も兄弟發動交重を嫌う。

謀望成事章第三十九

(以世應為主,內外為憑。)成事須將世應查,世為本主應為他,空沖破絕臨其世,凡去謀為莫起牙,沖破絕空居應位,他心不合枉嗟呀。凡成事體一應謀為,皆取世應為主,或世或應,如臨絕地或犯旬空月破日沖,皆難成就。次將內卦為謀事之人,不宜空破。如臨旺相,定主亨通,再得內克外卦,或內外相生及比和俱為美也。

本章は世應二爻をもって主と爲し、內外二卦をもって憑と爲す。歌訣に曰く、事情を辦成せんと要するは、須らく世應兩爻を査せよ。世爻是れ自己、應爻是れ對方。空亡・被沖・月破・入絶の世爻に臨むは、凡そ事を謀りに往くも皆開口するを必とせず。此の四樣の應爻に落つるは、是れ對方心裡合わず、空しく嘆息す、と。凡そ一件事を辦成し、一切の謀求は、皆世應を取りて主と爲す。世爻あるいは應爻もし絶地に臨み、あるいは旬空・月破・日辰沖剋を犯せば、皆成就し難し。其次に內卦を把りて事を謀る之の人と作すも、亦た空亡遭破に宜からず。內卦もし旺相に臨まば、定めて亨通を主す。再び內卦の外卦を剋する、あるいは內外相生・比和を得れば、皆是れ好き象なり。

六沖爻象難諧就,卦內無官事必差,世應若逢日辰合,任君不願也堪誇。六沖之卦,事決不成。合處逢沖,成後復退。鬼若空亡及不上卦,皆不就也。世應二爻自相會合,或得日辰合世合應,縱若心中不欲,也得允成。

歌訣に曰く、卦六沖の象を成せば、事情談成し難し。卦內官鬼なければ、事情必定差錯を出す。世應もし日辰の來り合するを得れば、任れ對方情願せざるとも、也た照樣慶賀に值す、と。六沖の卦は、事决して成らず。本是れ六合にして中途沖に逢うは、成る之の後また反悔す。鬼爻もし空亡に落ち、あるいは根本卦に上らざれば、も皆辦成すべからず。世應兩爻自ら相會合し、あるいは日辰の來り世爻を合し應爻を合するを得れば、那麼縱い對方心中願わずとも、最後も亦た答應するを得ん。

陛官遷職兼興訟,官鬼交重名倍加,覓利還須財旺相,求書必得父光華。兄爻獨發般般忌,子象興隆事事佳。官中謀望所斷如前,復喜官爻旺相,獨忌子搖。如謀利息財忌空亡,若斡文書,不宜財動。卦如無父,終不能成。諸般謀事,各嫌兄弟交重,惟子動無不為佳,功名獨忌。

歌訣に曰く、官を升り職を遷しおよび訴訟を興起するは、官鬼發動交重にして、名聲加倍せん。財利を謀求するは、還お須らく財爻旺相なれ。文書を求取するは、必ず父母爻の光彩煥發を得よ。兄弟爻獨り發動するは、樣樣皆忌む。子孫の象興隆するは、事事皆佳なり、と。官府の中事を謀るは、斷法前面の說と相同じ、只だ更に官爻旺相を喜び、單に子孫搖動を忌む。もし謀る所是れ利息財利なれば、即ち財爻空亡を忌む。もし辦する所是れ文書なれば、則ち財爻發動に宜からず――卦中もし父母爻なければ、文書終究辦成せず。各種の事を謀るも皆兄弟發動交重を嫌う。惟だ有り子孫發動の不好なるなきは、只だ功名を求むる時單單それを忌む。

謀役頂名章第四十

(以官爻為主,世象為憑。)書辯捕兵民皂卒,謀差頂役世爻詳,各忌六沖官害世,皆宜財鬼旺為強。一應衙門生意頂役謀差,若遇六沖決難成就,縱成不久。官鬼若傷身世,終遭罪責難逃,得財官兩旺其中,定見興家。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、「世」爻の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、書吏・辯差・捕快・兵丁・民壯・皂隸此の等人の差事を謀取し役名を頂補するは、皆世爻を詳看す。各自皆卦の六沖に逢う・官爻の世を害するを忌む。皆財爻鬼爻旺相なれば纔めて强しと算するに宜し、と。凡そ衙門裏の營生、頂役して差を謀るは、もし六沖の卦に遇えば、决して成就し難し。縱い成るとも長久を作さず。官鬼もし世身を傷剋せば、終究罪責を逃れ難し。もし財爻官爻兩旺を得れば、此の一行裏一定家を興すこと能くせん。

更愁身命隨官墓,世坐空亡誰贊襄,無鬼莫來謀此役,官臨身世卻宜當。但若身世本命隨官入墓,禍不可當。世值空亡,焉能久遠?卦中無鬼,所作不成,縱若成之,始終無益。若得官臨身世,本命又遇生扶,宜充此役。

歌訣に曰く、更に愁う卦身・世爻・本命の「官に隨い墓に入る」を犯すを。世爻空亡に坐すれば、誰か來りて幫襯せん。卦中鬼なきは、別に來りて此の差役を謀るなかれ。官爻卦身世爻に臨むは、倒れて充任に往くに適宜なり、と。凡そ卦身・世爻あるいは本命の官鬼に隨い墓に入るは、禍事擋ぐも擋がず。世爻空亡に値すれば、怎能長久ならん。卦中鬼爻なければ、辦する所の事成らず。縱い成るとも、も始終益なし。もし官爻の卦身世爻に臨み、本命また生扶に遇うを得れば、則ち此の差役を充當するに適宜なり。

財空鬼弱兄爻動,但得虛名利不昌,世不逢沖官不絕,差成役就樂歡腸。財落空中官居衰地,事雖見就,必主無財,卦中縱有衰財或逢兄動,亦不為祥。世象不沖不破,官爻不絕不空,便言謀中得成,求財得利。

歌訣に曰く、財爻落空・鬼爻衰弱・兄弟爻發動するは、只だ空名を得て利昌らず。世爻沖せられず官爻絶に入らざるは、差事謀成し役名頂就し、自然歡暢なり、と。財爻空亡の中に落ち、官爻また衰地に居れば、事情雖に辦成すとも、も必定進項なし。卦中縱い衰弱の財爻あり、あるいはまた兄弟發動に逢うとも、も吉祥と算せず。世爻沖を受けず破を遭わず、官爻絶に入らず空亡に落さざれば、則ち事を謀れば必ず成り、財を求めれば利を得と說きうる。

審役輕重章第四十一

(以官鬼為主,生克為憑。)民當戶役有輕重之不同,卦出官爻取旺衰之可驗。凡居旺相必高強,若得休囚方細小,克世則厚而非薄,傷身則重而不輕。帶青龍而道吉,加白虎以言凶。要知戶役輕重,須看官爻衰旺,旺則重大,衰則輕微。或空或絕,皆主無憂。鬼縱休囚,克世還當繁重。官雖旺相,生世賠費還輕。值青龍終無責罰,臨白虎必犯官刑。

本章は「官鬼」爻をもって主と爲し、生剋をもって憑と爲す。原文に曰く、百姓の承擔する戶役輕重あり、卦中現出する官爻、其の旺衰より驗し出すことを得。官爻旺相に居るは、役必定重大。官爻休囚するは、役纔めて細小。官爻の世を剋するは、負擔厚くして薄からず。卦身を傷剋するは、役重くして輕からず。官爻「青龍」を帶ぶるは、吉と說く。「白虎」を加うるは、凶と說く。戶役の輕重を知らんと要するは、須らく官爻の衰旺を看よ。旺なれば則ち重大、衰なれば則ち輕微。官爻の落空あるいは入絶するは、皆憂なしと主す。鬼爻縱い休囚すとも、只だ世を剋すれば、負擔仍お繁重なり。官爻雖に旺相すとも、只だ來り世を生ずれば、賠費反って較も輕し。官爻青龍に値するは、終究責罰を受けず。白虎に臨むは、必定要して官刑を犯せん、と。

月建臨官應僉魁首,日辰克鬼當審輕微。官爻值世估高名,福德加身登下榜,子化官則將輕作重,官化子則改禍成祥,兄弟動時多破費,子孫旺處少虧傷。用爻強弱端詳,解戶淺深預定。官臨月建,至重之差。鬼值世爻,次重之役。鬼逢日月克傷,輕搖可必。子孫世或發動,其戶亦輕。子變官爻,解輕賠賒。鬼之子象,役大賠微。兄弟發動或持世上,定多賠賒。子孫旺相或值身爻,費財稍可。

原文に曰く、月建の官爻に臨むは、則ち僉派せられ首戶と爲らん。日辰の鬼爻を剋制するは、審派する所の役便ち輕微なり。官爻世爻に値するは、大戶高名と估作せらる。「福德」子孫の卦身に加わるは、只だ下等の名册に列す。子孫の官爻を化出するは、是れ輕役を把り重役と變ず。官爻の子孫を化出するは、禍を化して祥と爲す。兄弟發動の時、破費必定多し。子孫旺相の處、虧損較も少し。用神の强弱を端詳清楚にすれば、應解戶役の深淺便ち豫め定むるを得。官爻月建に臨むは、是れ最も重き差役。鬼爻世爻に値するは、是れ次重の差役。鬼爻日辰月建に剋傷せらるるは、役必定減輕せん。子孫持世あるいは發動するは、此の一戶の役も亦た輕し。子孫の官爻を變出するは、起解の時輕くして賠墊卻って多し。鬼爻の子孫を化出するは、役雖に大なりとも賠墊卻って少し。兄弟發動あるいは持臨世上するは、必定要して賠墊多からん。子孫旺相あるいは卦身に臨むは、破費還お承受しうるを算す、と。

扳人幫役章第四十二

(以世應為主,官鬼為憑。)將役扳人忌應空,六沖無鬼彼難從,應爻克世他無咎,鬼落空亡訟若風。欲求幫戶,須觀應與官爻,應若空亡,師來幫貼。世遭應克,無力扳他。若卜六沖決難遂意,如無官鬼豈得扳人?鬼象臨空臨絕,官心無主無為。

本章は世應二爻をもって主と爲し、「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、差役を別人の身上に牽扯せんと想うは、應爻落空を忌む。卦六沖に逢い卦中鬼なければ、對方聽從し難し。應爻の世を剋するは、對方過錯なし。鬼爻空亡に落つるは、官司便ち一陣の風の如し、と。人を尋ねて戶役を幫い承擔せんと想うは、須らく應爻と官爻とを看よ。應爻もし空亡に落つれば、誰か肯んじて來りて貼補を幫けん。世爻應爻の剋する所と爲れば、則ち他を牽扯せんとする力なし。もし六沖を卜到せば、决して意に遂い難し。卦中もし官鬼なければ、また怎能人を牽扯入るることを得んや。鬼爻空に臨み絶に臨むは、官府心裡も亦た主張なく、作爲あるあらざらん。

應被世傷官鬼克,決能扳累獲全功,卦爻生合妻財旺,定來貼費兩和同。應上臨官臨月破,斯人受責受其凶。世克應爻或官傷應位,必是如心。世應相生相合、財逢生旺之鄉不必官扳,自然津貼。官爻值應或應臨月破者,官必僉幫違選遭責。

歌訣に曰く、應爻世爻の傷る所と爲り官鬼の剋する所と爲れば、一定能く他を牽扯入れて大功告成せん。卦爻の間相生相合し妻財また旺なれば、對方必定前來して費用を貼補し、雙方和睦せん。應爻上官鬼に臨みあるいは月破に臨むは、此の人責罰を受け凶に遭わんと要す。世爻應爻を剋し、あるいは官爻應位を傷れば、事情必定心に稱う。世應相生相合し、財爻また生旺の鄕に逢うは、官府の來り强派を待つを必とせず、對方自然に津貼せん。官爻正に應爻に値し、あるいは應爻月破に臨まば、官府必定彼を僉派し役を幫ばしめん。彼もし差遣に違抗せば、則ち責罰を遭受せん。

除名脫役章第四十三

(以子孫為主,世象為憑。)官爻克世兼臨世,用盡機謀脫不成,卦得六沖應脫役,子孫在世定除名。凡求脫役,專看官爻,官如克世臨世,欲退其役難以推開。若得六沖或子孫持世,或子孫交重,皆主役去名消。世空自退無憂慮,應陷他非上籍丁,世應俱空官又動,傍人頂役兩無刑。世值空亡,自當解散,應值空亡,他難頂替。世應皆空官又動者,自能解脫。彼不克當,必有傍人代役,已免其憂。鬼爻立應兼傷彼,他必承當永不更,鬼若興隆財迭發,還須自己入公庭。官爻臨應兼克應,皆主他人代役。官臨旺動又不傷他,況遭財動生官,定難脫也。官爻縱動,如來生助世爻,反有益我之情,必然得脫。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、「世」爻の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、官爻既に世を剋しまた世に臨むは、機謀を用い盡くすとも身を脫すことを得ず。卦六沖を得れば、應當役事を脫去すること能くせん。子孫世爻に持たるるは、一定能く役名を除去せん、と。凡そ差役を脫免せんと求めるは、專ら官爻を看よ。官爻もし世を剋しあるいは世に臨まば、此の差役を退掉せんと想うとも推し開くべからず。もし六沖の卦を得、あるいは子孫持世、あるいは子孫發動交重せば、皆役去り名消ゆと主す。歌訣に曰く、世爻落空すれば、自己退出して憂慮なし。應爻陷空すれば、對方も亦た册に登記入れられず。世應皆落空して官爻また發動するは、別に旁人の頂役あり、兩邊皆刑責を受けず、と。世爻空亡に値すれば、自然に解散脫身すること能くす。應爻空亡に値すれば、對方も亦た頂替し難し。世應皆落空して官爻また發動するは、自己解脱すること能くす。對方既に承擔起こさず、必定別に旁人の代役あり、自己の憂患便ち免れん。歌訣に曰く、鬼爻應爻上に立ちまた對方を傷剋すれば、他必定此の役を承當し永く更改せず。鬼爻もし興旺にして財爻接連發動せば、還お須らく自己公堂に往き役を應ずべし、と。官爻應爻に臨み、また來り應爻を剋するは、皆他人の代役と主す。官爻もし旺相發動し、卻って對方を傷剋し往かず、何ぞ況んや還お財爻發動して來り官を生ずるあれば、那れ則ち一定身を脫すること能くさらん。官爻縱い發動すとも、もし它是れ來り世爻を生助するなれば、反って我に對する有利の情にして、必然脫身すること能くせん。

人宅六事章第四十四

(以動爻為主,內外為憑。)一卦之中,可決一家之休咎;六爻之內,能分六事之盈虧。家庭消長,繫於卦不繫於爻;人口災祥,在乎爻不在乎卦。內曰宅居,喜逢旺相;外雲人口,忌值休囚。要見吉凶,還祥生克。論卦衰旺之法,立春後,艮旺、震相、巽胎、離沒、坤死、兌囚、干休、坎廢。春分後,震旺、巽相、離胎、坤沒、兌死、幹囚、坎休、艮廢。立夏後,巽旺、離相、坤胎、兌沒、乾死、坎囚、艮休、震廢。夏至後,離旺,坤相、兌胎、乾沒、坎死、艮囚、震休、巽廢。

本章は動爻をもって主と爲し、內外二卦をもって憑と爲す。原文に曰く、一卦の中、一家の吉凶を斷出すべし。六爻の內、門戶・竈井・道路等六事の盈虧を分辦すること能くす。家道の興衰消長は、卦體に係りて單爻に係らず。人口の災祥は、則ち爻に在りて卦に在らず。內卦宅居と叫ばれ、旺相に逢うを喜ぶ。外卦人口と叫ばれ、休囚に値するを忌む。吉凶を判明せんと要すれば、還お各爻の間の生と剋とを詳審するを得んとす。八卦の衰旺を論ずるの方法以下の如し。立春以後、艮卦旺と爲し、震卦相と爲し、巽卦胎と爲し、離卦沒と爲し、坤卦死と爲し、兌卦囚と爲し、乾卦休と爲し、坎卦廢と爲す。春分以後、震卦旺と爲し、巽卦相と爲し、離卦胎と爲し、坤卦沒と爲し、兌卦死と爲し、乾卦囚と爲し、坎卦休と爲し、艮卦廢と爲す。立夏以後、巽卦旺と爲し、離卦相と爲し、坤卦胎と爲し、兌卦沒と爲し、乾卦死と爲し、坎卦囚と爲し、艮卦休と爲し、震卦廢と爲す。夏至以後、離卦旺と爲し、坤卦相と爲し、兌卦胎と爲し、乾卦沒と爲し、坎卦死と爲し、艮卦囚と爲し、震卦休と爲し、巽卦廢と爲す、と。

立秋後,坤旺、兌相、幹胎、坎沒、艮死、震囚、巽休、離廢。秋分後,兌旺、幹相、坎胎、艮沒、震死、巽囚、離休,坤廢。立冬後,幹旺、坎相、艮胎、震沒、巽死、離囚、坤休、兌廢。冬至後,坎旺、艮相、震胎、巽沒、離死、坤囚、兌休、幹廢。凡占家宅,先觀內外二象,內卦為住居,外卦為人口。內卦旺相,則住宅興隆,外卦旺相,則人丁茂盛。如臨胎沒,稍主亨通。內卦若值死囚休廢,便言家庭不發。又取內外相生及比和,或外克內卦,皆作佳祥。若內克外,便言住宅不寧,內卦縱然旺相,若克外爻終不為福。內若休囚外卦旺相,如克外者柔難制綱,不為克也。

接著して下半年を說く。立秋以後、坤卦旺と爲し、兌卦相と爲し、乾卦胎と爲し、坎卦沒と爲し、艮卦死と爲し、震卦囚と爲し、巽卦休と爲し、離卦廢と爲す。秋分以後、兌卦旺と爲し、乾卦相と爲し、坎卦胎と爲し、艮卦沒と爲し、震卦死と爲し、巽卦囚と爲し、離卦休と爲し、坤卦廢と爲す。立冬以後、乾卦旺と爲し、坎卦相と爲し、艮卦胎と爲し、震卦沒と爲し、巽卦死と爲し、離卦囚と爲し、坤卦休と爲し、兌卦廢と爲す。冬至以後、坎卦旺と爲し、艮卦相と爲し、震卦胎と爲し、巽卦沒と爲し、離卦死と爲し、坤卦囚と爲し、兌卦休と爲し、乾卦廢と爲す。凡そ家宅を占うは、先ず內外兩卦の象を看る。內卦所住の房屋を代表し、外卦家中の人口を代表す。內卦旺相なれば、住宅興隆。外卦旺相なれば、人丁茂盛。もし「胎」「沒」に臨むとも、も還お稍も亨通を主す。內卦もし死・囚・休・廢に値せば、則ち此の一家發達せずと說く。又た內外相生および比和、あるいは外卦の內卦を剋するを取るも、皆吉祥の象と作す。もし是れ內卦の往きて外卦を剋するなれば、則ち住宅安寧ならずと說く――內卦縱い旺相なりとも、只だそれ往きて外爻を剋すれば、終究福と算せず。內卦休囚して外卦旺相に至りては、此の時內卦即便ち往きて外卦を剋するも、も是れ柔弱剛强を制し難し、眞剋と算すること能くさらなり。

內外興隆無祿馬,終見亨通。宅人衰廢有財官也須愁歡。星辰不若五行,爻象詎如八卦。凡看人宅六事,內外二卦皆臨旺相之鄉,爻內縱無官鬼妻財貴人福德者,也主興隆。人宅二爻俱值死囚休廢或落空亡,縱有財官青龍天喜者,亦無佳兆。

原文に曰く、內外兩卦興隆すれば、即便ち「祿」「馬」吉神なくとも、終究亨通せん。宅爻人爻衰敗すれば、即便ち「妻財」「官鬼」ありとも、也た仍お愁うを要せん、と。神煞星辰は五行に如かざる有力なり、單個の爻象も亦た八卦の分量重きに比べず。凡そ人口宅舍此の六事を看るは、只だ內外兩卦皆旺相の鄕に臨まば、爻中縱い官鬼・妻財・貴人・福德なくとも、も一樣に家宅興隆と主す。人・宅兩爻もし皆死囚休廢に値し、あるいは空亡に落つれば、縱い財官・青龍・天喜ありとも、も好き兆頭と算すべからず、と。

先言二象,次辨六親,鬼是正廳,父為堂屋,子作廊廂披廈,財成倉庫廚房,兄斷門欄牆壁,間推甬道明堂。世作本家,應為朝向,遇沖遇克,其間損耗書必須更,逢合逢生,此處清安宜久住。官鬼為正廳,又為家堂,又為家主,空則無廳或無香火。鬼化鬼,必有二廳或有兩堂香火。

先ず內外兩象を講じ、再び六親の主る所を辨す。「官鬼」是れ正廳、「父母」是れ堂屋、「子孫」是れ廊房廂房と披檐小屋、「妻財」是れ倉庫廚房、「兄弟」是れ門欄墻壁、「間」爻は甬道明堂と推す。「世」爻是れ本家、「應」爻是れ朝向。いずれの一處か沖に遇い剋に遇えば、其の一處損耗あり、必ず修葺更換を要す。いずれの一處か合に逢い生に逢えば、其の一處便ち淸靜平安にして、久しく住むに宜し。官鬼正廳を代表し、また家堂香火を代表し、も一家の主を代表す。官鬼落空すれば、即ち家中正廳なく、あるいは香火を供せず。鬼爻再び鬼爻を化出すれば、必定兩處の廳堂あり、あるいは兩處の香火を供す。

父母為屋宇、為經書、又為尊長,空則房屋衰頹,或經書少習。父化父,必有樓房、或家多文集。若有子孫同發,便言經典。子孫為廊廈、廂房、披屋之類,又為善願又為鬼幼,空無傍屋或家不好善。子化子,側屋甚多,或敬神重佛。

「父母」房屋を代表し、も經書を代表し、又た尊長を代表す。父母落空すれば、即ち房屋衰敗破舊し、あるいは家中人の讀書少なし。父母の父母を化出するは、必定樓房あり、あるいは家に許多の文集を藏す。もし同時に子孫發動あれば、那れ即ち家中經典の學あり。「子孫」廊廡・廂房・披檐小屋の一類を代表し、又た行善還願を代表し、も家中の卑幼を代表す。子孫落空すれば、即ち旁屋なく、あるいは此の家人行善を好まず。子孫の子孫を化出するは、側屋許多にして、あるいは神を敬し佛を禮す。

妻財為倉、為庫、為下房、又為財寶、又為妻僕,空則家無倉庫,或廚下蕭條,資財不聚。財化財,連敖盛庫,財帛豐盈。兄弟為門戶牆壁,又為弟兄,如值水爻、或帶玄武,便為坑廁,空則門戶虧傷、或牆垣坍塌。兄化兄,必有重門相對,或雙腳牆垣。

「妻財」倉を代表し庫を代表し下房を代表し、又た財寶を代表し、も妻子僕人を代表す。財爻落空すれば、即ち家中倉庫なく、あるいは廚下冷淸にして錢財聚らず。財爻の財爻を化出するは、倉廩相連なり庫房充盈し、財帛豊厚なり。「兄弟」門戶墻壁を代表し、又た兄弟を代表す。兄弟もし水爻に値し、あるいは「玄武」を帶ぶれば、則ち茅廁を代表す。兄弟落空すれば、即ち門戶破損し、あるいは墻垣坍塌す。兄弟の兄弟を化出するは、必定重門相對あり、あるいは兩道幷排の墻垣あり。

間爻為月臺,太旺加官貴方為甬道,空則無明堂。世爻為本家,又為祈卜之人,空則門庭欠利,旺則家宅興隆。應爻為朝向,又為對鄰,空則朝向不通,旺則宅方助宅,以上諸爻看那象逢沖受克,便知那處虧傷,何象遇合叨生就決誰房益利。

「間」爻月台を代表す。間爻極旺にしてまた官星貴人に加臨するは、纔めて甬道と作して論ず。間爻落空すれば、家中便ち明堂なし。「世」爻本家を代表し、又た卦を求めに來るの人を代表す。世爻落空すれば、門庭利あらず。世爻旺相なれば、家宅興隆。「應」爻房屋の朝向を代表し、又た對門の鄰居を代表す。應爻落空すれば、朝向通暢せず。應爻旺相なれば、對面の方位反って自家を助益すること能くす。以上此の等の爻、いずれを看るか沖を受け剋を受くれば、則ちいずれの一處か損傷ありを知る。いずれを看るか合に逢い生を得れば、則ちいずれの一間房子か利を得と斷定す。

既占闔宅當審六爻,初為兒女與雞鵝、並連基地。二推妻妾、兼貓犬灶及華堂,三曰弟兄香火豬並眠床。四雲門戶萱堂羊同外族。五是椿庭與宅長、眾人道路兼牛。六成祖輩興奴丁墳墓棟樑加馬。初爻為基址、為井、為溝、為小口、又為雞鵝鴨之類。二爻為房屋、為華堂、為灶、為長母、為妻妾、又為貓犬之類。三爻為正門、為香火、為閨房、為臥床、為兄弟、又為豬畜。四爻為門戶、為母、為外親、又為羊畜。五爻為路、為父、為宅長、為眾人口、又為牛畜、六爻為棟樑、為家眷、為牆壁、為墳墓、為祖父母、為奴婢,又為騾馬。此乃通論而已。

既に占う所是れ整所の宅院なれば、則ち六爻各々の主る所を審明すべし。初爻兒女を代表し、以及鷄鵝の類、還お宅基地を連帶す。二爻妻妾を推し、兼ねて猫犬・竈台と華堂とを管す。三爻是れ兄弟・香火・猪畜と臥牀。四爻是れ門戶・母親・羊畜および外姓親族。五爻是れ父親・一家の長・衆人と道路、兼ねて牛畜を管す。六爻是れ祖輩・奴僕・墳墓・棟樑、再び馬匹を加上す。分派更に細かくするは此の如し。初爻是れ宅基、是れ水井、是れ水溝、是れ小兒、又た是れ鷄鵝鴨の一類。二爻是れ房屋、是れ華堂、是れ爐竈、是れ家中の長輩婦人、是れ妻妾、又た是れ猫犬の一類。三爻是れ正門、是れ香火、是れ內室、是れ臥牀、是れ兄弟、又た是れ猪畜。四爻是れ門戶、是れ母親、是れ外姓親戚、又た是れ羊畜。五爻是れ道路、是れ父親、是れ一家の長、是れ家中の衆人、又た是れ牛畜。六爻是れ棟樑、是れ家眷、是れ墻壁、是れ墳墓、是れ祖父母、是れ奴婢、又た是れ騾馬。此の等不過是れ通行の分派罷るのみ。

世乃來占之主,應當問卦之妻。倘若他人代卜,反將應象為尊,或令家人祝告,六爻所屬難分,止論五為家主之爻,二為宅母之命,看那爻臨於日破月破,斷此生災。觀何象值在旬空化空,言其抱患。自己占,以世為主以應為妻。他人代占,以世為問卦之人,應為本主。若家人代占,以五爻為宅長,二爻為宅母,以上所言,皆論代占之事。雖不以六爻所屬之分,各有用爻分定。惟有家主來占,方取六爻分宮而察,細看那一爻逢日沖、月破、旬空者,便決此人非災即訟。

世爻是れ前來して卦を占う此の人、應爻則ち其の妻子と作すべし。倘若別人の代卜なれば、反って應爻を把りて正主と作すを要す。あるいは是れ家人に代りて祝告求卜せしむるのは、六爻の所属便ち一一分派し難し、只だ第五爻を家主と爲し第二爻を主婦の命と爲すを論ず。いずれの一爻か日破・月破に臨むを看れば、則ち其の人災を生ぜんと斷ず。いずれの一象か旬空あるいは化空に値するを看れば、則ち其の人身上病患ありと說く。自己來りて占うは、世爻をもって自己と爲し應爻をもって妻子と爲す。別人の代占するは、世爻をもって來りて卦を問う此の人と爲し、應爻をもって他の代りて問う所の正主と爲す。もし是れ家中の僕人の代占するなれば、則ち第五爻をもって一家の長と爲し第二爻をもって主婦と爲す。以上の說く所は、皆是れ代占の事の斷法なり。此の時幷せず六爻の分派に按じて斷ずるを、而も各々各に定めたる用神あり。惟だ一家の主親自來りて占うは、纔めて六爻分宮を取りて審察し、細看しいずれの一爻か日辰沖・月破・旬空に逢うを、則ち此の人は災あるあらずば即ち訟ありと斷ず。

且如家主自占,寅月甲寅旬辛酉日,占垢卦安靜。此卦世在初爻,正臨空地,世爻為家主,初爻為小口,其年二月內,家主與次男皆生病疾。又看五爻為父又逢月破之鄉,此年十月內,父患大災應此卦也。又如家人代占人宅,正月甲子旬壬申日,卜得大壯之大有,家人占者,不必取六爻分宮所斷,此卦五爻臨月破,理應宅工之災,豈知申日卜之不為月破,此宅長反主一年康泰。又論第二爻為宅母,被日辰沖破,理合生災,雖臨月建,目下縱和平安,後至七八月果染災殃,有此驗也。

譬えば一家の主親自來りて占う、寅月甲寅旬辛酉日、《姤》卦安靜を占得す。此の卦世爻初爻に在り、恰好空亡の地に落つ。世爻家主を代表し、初爻小兒を代表す、所以此の一年二月の內、家主と二兒子と皆病を生ず。又た第五爻父親を代表するを看、正に月破の鄕に逢う、所以此の一年十月の內、父親一場の大病を害す、皆此の卦上に應驗す。又た如し僕人の家宅を代占する、正月甲子旬壬申日、《大壯》の《大有》に變ずるを卜得す。既に是れ家人の代占なれば、便ち六爻分宮に按じて斷ずるを必とせず。此の卦第五爻月破に臨む、理に按じて家主災ありと主すべし。誰か知らん是れ申日の來りて卜するにして、申金の扶助を得、此の爻便ち月破と作して論ぜず、此の位の家長反って一年康泰なり。再び第二爻を主婦と爲すを論ず、日辰に沖破せられ、理に按じて災を生ずべし。它雖に月建に臨む、眼下還お平安無事なり、可到らば七八月、果然災病に染上す、見るべし此の一斷法確實に靈驗なるを。

又察鬼臨何命,方知殃及何人,伏鬼同推,化官概論。子變官爻,災連兒女。財之鬼象,殃及妻孥。人和病者,蓋因本命臨官鬼,且如鬼在子爻,便言屬鼠生人有疾。若卦無官,又尋伏鬼。假令卜得未濟卦,雖無鬼伏出離宮亥飛官爻,當決屬豬生人患病。鬼若空亡,不須畏忌。

再び審察す官鬼誰の本命上に臨在するを、纔めて災殃誰の身上に落つるを知る。伏神裏の鬼爻同樣此の如く推し、動爻の化出する官爻も亦た一概此に照らして論斷す。子孫の官爻を變出するは、災禍兒女に連及す。妻財の鬼象に化成するは、災殃妻兒に波及す。誰が病を生ぜんを判斷するは、則ち誰の本命生肖の官鬼に臨むを看る。譬えば鬼爻子爻上に在れば、則ち屬鼠の人病ありと說く。もし卦中官鬼なければ、則ち再び伏神中の鬼を找す。假如《未濟》卦を卜得して、卦上雖に鬼なしとも、卻って離宮に亥水官爻を伏出せば、則ち屬猪の人患病と斷ずべし。鬼爻もし空亡に落つれば、便ち畏忌するを必とせず。

又論卦內動爻變出財兄父子,不必論這,若化官爻便宜細究。且如子孫化鬼,卑幼爻災。父母化官,椿萱有患。財化鬼爻,妻孥不泰。兄弟化出,手足難安。官化鬼爻,家庭病訟交作,妻如來卜,便推夫主生災。世化鬼爻,當決來卜之人有疾,卦身化鬼亦然,化鬼若空,不必言也。

再び論ず卦內動爻の妻財・兄弟・父母・子孫を變出するは、皆細論するを必とせず。只だ有り官鬼を變出するは、纔めて仔細推究すべし。譬えば子孫の鬼爻を化出するは、卑幼災あり。父母の官爻を化出するは、父母病あり。妻財の鬼爻を化出するは、妻兒安らかならず。兄弟の鬼爻を化出するは、手足安んじ難し。官鬼再び鬼爻を化出するは、家中疾病と官司と交相發作す。もし是れ妻子の前來して卦を卜するなれば、則ち丈夫災を生ぜんと推す。世爻の鬼爻を化出するは、則ち來りて卜するの人病ありと斷ず。卦身の鬼爻を化出するは、も是一樣なり。化出する所の鬼爻もし空亡に落つれば、那れ便ち說くを必とせず。

複查鬼克何爻,便決何人受疾,官臨誰卦,當言誰體成殃。卦內鬼爻發動,便作凶推。若克初爻,子孫有病。如傷二位,妻妾生災。克三爻,弟兄有疾。克四爻,母受其殃。克五爻,父遭疾厄。克六爻,病於公祖、患及奴丁。克世爻,來卜之人有毒。克應爻,妻室遭屯。若他人代占,鬼克應者,莫言妻病,反推本主生災,非災即訟。鬼不動不言也。

再び査す鬼爻の剋する所是れいずれの一爻かを、則ちいずれの人か病を受くと斷ず。官鬼いずれの一卦上に臨在するを、則ちいずれの一房人か災を成すと說く。卦內鬼爻一たび發動すれば、便ち凶斷と作す。初爻を剋するは、子孫病あり。二爻を傷るは、妻妾災を生ず。三爻を剋するは、兄弟疾あり。四爻を剋するは、母親殃を受く。五爻を剋するは、父親病に遭う。六爻を剋するは、病祖輩に在り、も奴僕を連累す。世爻を剋するは、來りて卜するの人身上病痛あり。應爻を剋するは、妻室困厄あり。もし是れ別人の代占、鬼爻應爻を剋する時、則ち妻子病ありと說くなかれ、反って代りて問う所の正主災を生ずと推すべし、災あるあらずば即ち訟なり。鬼爻發動せざるは、此の等皆說かず。

又看鬼值何宮發動,便知災至何人。鬼在乾宮,當言父病。官居坤卦,便曰母災。在震宮,長男有疾。在巽卦,長女遭殃。坎卦,中男不泰。離宮,中女不寧。鬼搖艮內,災至少男。官動兌宮,殃及少女。要知何病,須看五行。金官發動,病入肺經、吐痰、氣急、咳嗽,又主斧割刀傷。木鬼交重,災由肝部左癱石瘓瘙癢、麻瘋,又不可興工伐樹,動則有妨。水鬼禍裁腎部腰疼淫氣洩馮崩淋,又恐江湖染禍。火鬼疾起心經、慮頗癇患瘡毒眼赤、尿黃、莫臨火境。土動臨官,患從脾胃切憂腫脹臉黃時災瘧疾,切莫立於巖牆之下。

又た鬼爻いずれの一宮に發動するを看れば、則ち災禍いずれの人身上に落つるを知る。鬼乾宮に在るは、父親病ありと說くべし。官坤卦に在るは、則ち母親災ありと說く。震宮に在るは、長子疾あり。巽卦に在るは、長女殃に遭う。坎卦に在るは、次子安らかならず。離宮に在るは、次女寧らかならず。鬼艮卦の內に在りて搖動するは、災幼子に及ぶ。官兌宮に在りて發動するは、殃幼女に及ぶ。此の一套の分派は、正に是れ八卦の配する父母子女の次序に依りて來る。いずれの病を得たるを知らんと要するは、須らく鬼爻の五行を看よ。金鬼發動すれば、病肺經に在り、痰を吐き氣急しく咳嗽し、又た斧砍刀傷を主す。木鬼發動交重すれば、災肝部に在り、左癱右瘓・皮膚瘙癢・麻風の類。此の時も亦た工を動かし樹を伐るべからず、一たび動けば即ち妨害あり。水鬼の禍を作すは腎部に在り、腰疼・遺泄・崩漏淋瀝の症、又た恐怕江河湖海の上に禍を惹かん。火鬼の病心經より起こる、癲癇・瘡毒・眼赤・小便黃を慮及するを要し、切に火あるの處に靠近するなかれ。土爻上官鬼に臨みて發動するは、病脾胃よりして來る、最も腫脹・面色發黃・時行瘧疾を留心するを要し、も切に危墻の下に站るべからず。

青龍鬼發,喜處招殃,白虎官興,喪家惹禍,又恐皿光。朱雀因怒氣得災。騰蛇為驚惶患病。勾陳防跌倒。玄武莫貪花,騾馬臨官,休登遠道。鬼居華蓋,勿住空門。帶咸池,莫酡酒色。逢羊刃忌執刀槍。酉鬼香醪少飲。丑官牛肉莫食。午鬼忌乘騾馬。卯宮莫授車興。巳慮蛇傷。戌防犬吠。寅恐虎狼之害。辰愁龍撤之驚。鬼如安靜,亦不為美。

鬼「青龍」を帶び發動するは、喜慶の處に於て災殃を招來す。鬼「白虎」を帶び興動するは、喪事に因りて禍を惹き、又た恐る血光あり。「朱雀」を帶ぶるは、怒を動かし氣を生ずるに因りて病を得。「騰蛇」を帶ぶるは、驚惶を受くるに因りて病を患う。「勾陳」を帶ぶるは、跌倒を防ぐを要す。「玄武」を帶ぶるは、女色を貪戀すべからず。鬼「驛馬」に臨むは、遠門に出づるなかれ。鬼「華蓋」に居るは、寺觀に寄住するなかれ。鬼「咸池」を帶ぶるは、酒色に沉溺すべからず。鬼「羊刃」に逢うは、刀槍を手執るを忌諱す。酉爻の鬼は、美酒を少飲せよ。丑爻の官は、牛肉を吃するなかれ。午爻の鬼は、騾馬に騎るを忌む。卯爻の鬼は、車に乘るなかれ。巳爻の鬼は、蛇に咬まれんを憂慮す。戌爻の鬼は、犬傷を提防す。寅爻の鬼は、恐る虎狼の害あり。辰爻の鬼は、龍蛇の驚擾を愁う。鬼爻即便ち安靜すとも、も美事と算すべからず。

妻財動則災至椿萱,父母搖則禍延蘭桂,鬼動弟兄之病,兄興妻僕之殃。財爻動,便言父母之災,鬼若同興,反助椿萱之力,其財亦不為殃。父母動雖曰子孫抱患,若得妻財同發,父自受傷,豈能剋制子爻也。官鬼動,理應兄弟遭屯。兄若空亡,亦不受鬼來傷克。兄弟動,當決妻奴不泰。兄象自臨月破,焉得傷財,縱動亦不為咎。雖曰六親之相剋,還宜強弱細參詳。

原文に曰く、妻財發動すれば、災禍便ち父母身上に到る。父母搖動すれば、禍患則ち子孫に延及す。官鬼發動すれば、兄弟病あり。兄弟興動すれば、妻子僕人殃に遭う、と。財爻發動すれば、便ち父母災ありと說く。但しもし鬼爻同時に興起せば、財鬼を生じ鬼父を生じ、反って父母の力を助く、此の時財爻も亦た災殃を成さず。父母發動すれば、雖に子孫病患に遭わんと說くとも、但しもし妻財同時に發動して往きて父母を剋せば、父母自身傷を受け、又た哪裡か還お能く子孫を剋制せんや。官鬼發動すれば、理に按じて兄弟困厄に遭わん。但し兄弟もし空亡に落つれば、も便ち鬼爻の傷剋を受けず。兄弟發動すれば、該當妻子僕人安らかならずと斷ず。但し兄弟自己月破に臨まば、又た怎樣にして財爻を傷ることを得ん、縱い發動すともも過咎を成さず。雖に說く六親の間相剋の理ありと、還お須らく各爻の强弱を細細と參詳すべし、と。

內為宅,外為人,人宅皆空倘滅門。財為馬,官為祿,祿馬俱無難發福。要知八卦空亡,且看地福訣內書云:子向北方坎、丑寅艮上山,卯起東方震,辰巳巽風間,午見南離火,未申地地關,酉在兌方取,戌亥屬乾垣。

原文に曰く、內卦是れ宅、外卦是れ人。人・宅兩處皆落空せば、家道便ち滅門の虞あり。妻財を「馬」と爲し、官鬼を「祿」と爲す。祿・馬兩者皆無ければ、則ち家を發すること難し、と。八卦の空亡を判斷せんと要するは、且つ《地福訣》の載する所の口訣を看よ。子北方坎卦に屬し、丑・寅艮卦の山に歸し、卯東方震卦より起こり、辰・巳巽卦風位の間に在り、午南方離卦の火を見、未・申坤卦地位の關口に屬し、酉兌卦方位上に於て取り、戌・亥乾卦の疆域に歸す。此の口訣に照らして地支を八卦上に配到せば、則ちいずれの一卦か空亡に落つるを知る。

內卦為宅,空則住居不利。外卦為人,空則長幼不安。外卦若空,第五爻又空者,並無動爻與日月生扶,非但生災,人口多遭損失。內卦若空第二爻又空者、或又被動爻與日月相傷,非惟不利,住房還主傾盤。內空外不空,宅敗人無厄。外陷內不陷,人亡宅不傾,內外皆空亡,況值休囚又無救助者,定主家破人亡。

內卦是れ住宅にして、落空せば則ち居住利あらず。外卦是れ人口にして、落空せば則ち老少安らかならず。外卦もし落空し、第五爻また落空し、而且動爻と日辰月建と來りて生扶するなければ、那れ則ち不只だ災を生ずる、人口還お多く折損せん。內卦もし落空し、第二爻また落空し、あるいは再び動爻と日月に傷剋せられれば、那れ則ち不只だ利あらざる、房屋還お傾塌せん。內卦落空して外卦空ならざるは、宅子敗落して人災厄なし。外卦陷空して內卦陷れざるは、人傷亡ありて宅子倒れず。內外皆空亡に落ち、何ぞ況んやまた休囚に値し再び救助なければ、一定家破人亡を主せん。

且如癸卯年寅月壬午日,家主來占一年人口六事,卜得咸卦二爻五爻動,此卦內三爻太旺,房屋新創整齊者。外三爻是兌,正值休囚,況在甲戌旬占,兌酉又居空亡,五爻為人口,亦值空亡,雖云動不為空,豈知化出申爻亦空也。

譬えば癸卯年寅月壬午日、一家の主來りて此の一年の人口と六事とを占い、《咸》卦を卜得し、第二爻と第五爻と發動す。此の卦內面三爻極旺、知るべし房屋是れ新たに蓋い、整齊潔淨なり。外面三爻是れ兌卦、正に休囚に値す。何ぞ況んや是れ甲戌旬內に在りて來り占う、兌宮酉金また空亡に落つ。第五爻人口を代表し、も正に空亡に値す。雖に說く發動の爻空亡と作して論ぜずと、誰か知らん它の變出する申爻同樣落空す。

外卦與五爻皆絕子月建寅中同敗於日辰午內,又被動爻與日辰剋制,人口之爻毫無救助,其家一十一口,此年春季同染瘟疫之災,正二三月內連喪十人,止留一口,卦驗如此,宜細評之。又論妻財為馬,官鬼為祿,故此家宅卦中,財官不可無也。無祿者,資財耗散。無馬者,妻妾不寧,二者俱無家園零替。

外卦と第五爻と皆寅月月建に於て絶し、又た皆午日日辰の中に敗す――月建上絶に入り日辰上敗を受くるは、爻の根氣兩頭皆斷えしに等し――再び動爻と日辰に剋制せられ、人口の爻毫も救助なし。此の一家原有十一口の人、此の一年春季一同に瘟疫に染上し、正月・二月・三月の內接連して十人死し、只だ一口を剩す、卦象此の如く驗せらる、應當細細と體會すべし。再び論ず「妻財」馬と爲し「官鬼」祿と爲す、所以家宅卦中財爻と官爻と皆缺くべからず。祿なきは、錢財耗散す。馬なきは、妻妾寧らかならず。兩者皆無きは、家園便ち凋零敗落せん。

龍雲喜、虎雲喪、交重持世家鄉。雀曰非、武曰賊、發動臨官來屋室。小青龍從甲乙日起,大白虎正月從申上順行十二位,若發動或持世或臨財,皆主喜慶。小白虎從庚辛日起,大白虎正月從申上順行十二位,若發動或持世,皆主凶喪,帶鬼發龍盛。

原文に曰く、「青龍」喜を主し、「白虎」喪を主す、二者發動交重あるいは持臨世爻すれば、皆自家に關係す。「朱雀」是れ非を主し、「玄武」盜賊を主す、它ら發動してまた官鬼に臨まば、禍事便ち門に找み上り來らん、と。青龍一神は、小なるは甲乙日上より起こり、大なるは自ら正月申位より順行十二位す。青龍もし發動し、あるいは持世し、あるいは財爻に臨まば、皆喜慶を主す。白虎一神は、小なるは庚辛日上より起こり、大なるは自ら正月申位より順行十二位す。白虎もし發動しあるいは持世せば、皆凶喪の事を主す、もし再び鬼爻を帶びて發動せば、凶勢便ち更に盛んならん。

小朱雀從丙丁日起,大朱雀正月從巳上順行十二位,若發動或持世或臨鬼,皆主是非。小玄武從壬癸日起,大玄武正月從丑上順行十二位,若發動,事主遲留,若臨官,田禾欠熟。小騰蛇從巳日起,惟獨大騰蛇,正月從辰上逆行十二位,若發動或臨鬼皆主虛驚,又與怪夢。

小朱雀丙丁日上より起こり、大朱雀自ら正月巳位より順行十二位す。朱雀もし發動し、あるいは持世し、あるいは鬼爻に臨まば、皆是れ非口舌を主す。小玄武壬癸日上より起こり、大玄武自ら正月丑位より順行十二位す。玄武發動すれば、事情多く拖延停滯あり、玄武もし官鬼に臨まば、田裏の莊稼收成欠佳なり。小騰蛇巳日上より起こり、惟だ獨り大騰蛇是れ自ら正月辰位より逆行十二位す。騰蛇もし發動し、あるいは鬼爻に臨まば、皆虛驚を主し、又た怪夢を主す。

青龍白虎同興,丁口有增有減,玄武騰蛇並陷,門蘭無盜無驚。青龍為喜,白虎為孝,二爻同發,定然紅白相交。武為盜賊,蛇乃虛驚,二象俱空,家無失脫虛驚也。騰蛇逢巳午之鄉,驚從火變。勾陳遇卯寅之地,戶退田園。騰蛇臨火鬼交重,家防回祿,如有嬰童幼女兼痘疹之侵。勾陳臨木鬼發動,主退田禾,定不豐熟。

原文に曰く、青龍と白虎と同時に興動すれば、家中人口添うるもあれば減るもあり。玄武と騰蛇と一同に陷空すれば、門庭の內既に盜賊なくも驚恐なし、と。青龍喜慶を主し、白虎孝服を主す、兩爻同時に發動すれば、此の一年必然紅事白事交錯せん。玄武是れ盜賊、騰蛇是れ虛驚、兩象皆空に落つれば、家裏便ち失竊と驚嚇と無し。原文又た曰く、騰蛇巳午火鄕に逢えば、驚恐火よりして生ず。勾陳寅卯木地に遇えば、田園退失せんと要す、と。騰蛇火鬼に臨みて發動交重するは、家中火災を防ぐを要す。もし嬰兒幼女あれば、還お痘疹の侵襲を防ぐを要す。勾陳木鬼に臨みて發動するは、田產禾稼を退去すると主し、收成一定豐かならず。

青龍居應居財,必有懷胎之喜;朱雀臨官臨世,豈無舉訟之非。應爻為正妻,財爻亦為妻又為妾,又為婢女,故論青龍臨應臨財者,不拘動靜,其年定見懷胎。朱雀為閒非,又為詞訟,若臨官爻世爻者,定主春蠶虧損,六畜傷殘。

原文に曰く、青龍應爻あるいは財爻上に落つれば、家中必定懷孕の喜あり。朱雀官爻あるいは世爻上に臨まば、怎能興訟の非無からんや、と。應爻正妻を代表し、財爻も亦た妻子を代表し、又た妾室と婢女とを代表す。所以凡そ青龍應爻に臨みあるいは財爻に臨むは、それ動靜いかんを論ぜず、此の一年一定身孕あるを見ん。朱雀閒氣是れ非を主し、又た詞訟を主す。它もし官爻・世爻に臨まば、底本の記する所に照れば、還お春蠶虧損・六畜傷殘を主す。

羊刃興而兄弟發,則財破妻災。白虎動而子孫空,則蠶虧畜損。羊刃與兄弟,皆是克財之神,二爻皆動,定主財散囊虛,妻災僕病。白虎為刀砧,子孫為蠶畜,子若空亡,再加虎動者,定主春蠶虧損,六畜傷殘。火官當道,回祿宜壞。木子司權,春蠶許育。鬼乃禍殃,火為紅焰,火官發動,恐犯火災,不克身世,請禱可免。鬼如克世,難免火焚。而子孫為蠶花,如臨財火之爻,倍得春蠶之利。

原文に曰く、「羊刃」興起して兄弟また發動すれば、則ち財を破り妻子災あり。「白虎」發動して子孫落空すれば、則ち蠶事虧損し牲畜損を受く、と。羊刃と兄弟と皆是れ財を剋するの神、兩爻齊しく動けば、一定錢財散盡し囊中空虛と爲し、妻子災あり僕人病を生ずと主す。白虎是れ刀砧の象、子孫蠶と牲畜とを代表す。子孫もし空亡に落ち、再び白虎發動を加えれば、一定春蠶虧損・六畜傷殘と主す。原文に曰く、火性の官鬼權を當つれば、則ち火災家業を損壞するを防ぐを要す。木性の子孫令を掌れば、春蠶便ち養うべし、と。鬼爻本は是れ禍殃、火又た是れ赤焰の象。火鬼發動すれば、恐怕火災を犯さん、只だ它世身を剋せざれば、祈禱禳解し還お免るることを得。鬼爻もし來りて世爻を剋せば、則ち火焚の厄に遭うを免れ難し。而も子孫蠶花を代表し、もし火に屬する財爻上に臨まば、則ち加倍の春蠶の利を獲得すること能くす、と。

官鬼如無如陷,為家堂而少力,宅長多屯。父母若動若沖,因屋室以無安,兒孫有恙。官鬼為家堂,又為家主,若不上卦及落空亡,便曰家無香火,縱有亦主崩頹,宅長又多疾病。父母為屋宇,大忌逢沖發動,沖則房屋不寧,動則子孫多毒。

原文に曰く、官鬼もし卦に上らずあるいは陷空せば、家堂の香火便ち依托少なし、一家の長も亦た多く困厄なり。父母もし發動しあるいは沖せられれば、房屋便ち安寧ならず、兒孫も亦た病を生ぜん、と。官鬼家堂の香火を代表し、又た一家の主を代表す。官鬼もし卦に上らずおよび空亡に落つれば、則ち此の家香火なしと說く、縱いあれどもも殘破崩頽を主し、家長又た多く疾病あり。父母房屋を代表し、最も沖せられると發動とを忌む。沖せられれば則ち房屋寧からず、發動すれば則ち子孫多く病痛あり。

雀武鬼爻三動乃作凶推,須憂物失非侵,更恐盜扳訟累。虎蛇兄象三空稱為吉兆,亦免妻殃僕患,況陰怪異悲聲。朱雀為是非,玄武為盜賊,官鬼為詞訟,若此三爻皆動,亦恐生非,亦防失脫,更慮盜賊指扳。白虎為悲喪,騰蛇為妖怪,兄弟為劫財,如此三象皆空,一年無怪無衰,況得妻安僕泰。

原文に曰く、朱雀・玄武と鬼爻と此の三樣一齊に發動すれば、即ち凶斷と作し、財物を丢失し閒氣の侵擾を憂慮し、更に怕る盜賊に攀扯せられて官司に牽累せんことを。白虎・騰蛇と兄弟と此の三象一齊に落空せば、吉兆と稱し、既に妻子の殃に遭い僕人の病むを免れ、も陰邪怪異と悲哭の聲と無し、と。朱雀是れ非を主し、玄武盜賊を主し、官鬼詞訟を主す。此の三爻もし皆發動せば、即是れ非を生ずるを怕り、も失竊を防ぎ、更に盜賊に攀指され牽連するを慮及するを要す。白虎悲喪を主し、騰蛇妖怪を主し、兄弟劫財を主す。此の三象もし皆落空せば、一年の內怪事なく衰敗なし、何ぞ況んや還お能く妻安く僕泰らかならん。

子孫動則廣進家資,父母興則多傷禽獸。子乃生財之客,或動或旺溥獲資財。禽獸亦看子孫,若被父動來傷,血財不利。官爻愁旺動,九流為業反生財。白虎怕交重,五服在身非作咎。鬼為惡煞,雖不宜旺宜動,空拳覓利之人遇之反吉。白虎為喪服,亦不宜動,如有舊孝在家,動亦無忌。

原文に曰く、子孫發動すれば、家中の財產廣く進す。父母興動すれば、家畜の禽鳥多く傷損を受く、と。子孫是れ財を生ずるの神にして、あるいは動きあるいは旺なれば、皆能く資財を廣獲す。家中の禽獸も亦た子孫爻を看る。子孫もし父母の發動して來り剋傷するに被れば、牲畜の一類の「血財」便ち利あらず。原文又た曰く、官爻本はそれ旺相發動を愁うとも、但し九流方術を以て業と爲すの人之れに遇えば、反って能く財を生ず。白虎本はそれ發動交重を怕るとも、但し身上正に孝服あるの人之れに遇えば、則ち過咎と算せず、と。鬼爻是れ惡煞にして、本旺に宜からず動に宜からず、只だ有り赤手空拳術業を靠りて利を謀るの人之れに遇えば反って吉利なり。白虎喪服を主し、も亦た發動に宜からず。但しもし家中元來便ち舊孝を身に有せば、白虎發動も亦た忌諱するを必とせず。

坎府蛇行驚防波險。兌宮雀噪禍慮紅顏。離象鬼興風燭至,坤家官動土神妨。騰蛇為虛驚,看臨何卦,便識來蹤,如在坎宮發動,莫往江湖。若居艮卦交重,休登山嶺。震憂霹靂。巽慮狂風。幹行高處或寺觀內之驚惶。坤往墓中或荒郊間之恐懼。離遭火燭之虛驚。兌犯紅顏之頓駭。在內動,則家中仔細,在外動,則路上謹防。

原文に曰く、騰蛇坎宮に遊走すれば、驚恐水上の風波を防ぐを要す。朱雀兌宮に聒噪すれば、禍事女色を慮及するを要す。離卦の中鬼爻興動すれば、風前の燭火の危將に至らん。坤卦の家官爻發動すれば、土を動かせば便ち土神の妨害あり、と。騰蛇虛驚を主す、それいずれの一卦に臨むを看れば、則ち驚恐いずれよりして來るを知る。坎宮に發動するは、江河湖上に往くなかれ。艮卦に發動交重するは、山に登り嶺を越ゆるなかれ。震卦に在るは、雷電霹靂を憂慮す。巽卦に在るは、狂風を顧慮す。乾卦に在るは、是れ高處あるいは寺觀の中に於て驚を受く。坤卦に在るは、是れ墳墓あるいは荒郊の間に到りて恐嚇を受く。離卦に在るは、火燭の虛驚に遭う。兌卦に在るは、女色に因りて突然駭を受く。騰蛇內卦に發動するは、則ち家中仔細に提防す。外卦に發動するは、則ち路上謹慎小心せよ。

再查朱雀為是非,動臨何卦之中,便覺何由起聲。看在那爻之上,方知那事成非。雀搖父母,若不為尊長之非,定不免文書之事。雀值子孫,非因卑幼,禍從僧道之門。雀動妻財,不受陰人之氣,定因財帛生非。雀居兄弟,禍起蕭牆,若免家庭之擾括,難逃朋友之喧譁。雀臨鬼動或化官爻,必遭公訟之牽連,又恐飛來之橫禍。復陳官鬼之爻亦不宜動,離官鬼發,切忌火光。坤卦官興,須憂動土,其餘六象一例而推。

再び査す朱雀是れ非を主するを。それ發動の時いずれの一卦に臨むを看れば、則ち是れ非いずれの處より聲を發するを明白す。それいずれの一爻上に落つるを看れば、纔めていずれの一件事より惹き成る是れ非を知る。朱雀父母爻に搖動すれば、是れ尊長に因りて起こる之の非あるあらずば、即ち一定文書上の官司を免れず。朱雀子孫爻に値すれば、もし是れ卑幼に因りて起こるにあらずば、禍事便ち僧道の門よりして來る。朱雀妻財爻に發動すれば、是れ婦人の氣を受くるあるあらずば、即ち一定錢財に因りて是れ非を生ず。朱雀兄弟爻に居れば、禍自家の門內より起こる。即便ち家庭の攪擾を免るるとも、も難く朋友の間の喧爭を逃れん。朱雀鬼爻に臨み發動し、あるいは官爻を化出せば、必定公家の訴訟の牽連に遭い、又怕有り飛來の橫禍。再び說く官鬼此の一爻も亦た發動に宜からず。離卦中鬼爻發動すれば、切に火光を忌む。坤卦中官爻興起すれば、須らく土を動かすを憂うべし。其餘の六卦は、皆此の例に照らして類推す。

六沖主改星分居,或出行最利。六合能交關合夥,或進喜偏宜。家宅之卦,若值六沖,定主遷移、合與、改造,如不,必有遠行之兆。若與弟兄親族同居,當有分開之變。六沖者不過改遷之事,不可便以不利而言。若得六合之卦,謀事不成宜添人口,如欲交關合夥,無不遂心。但若合處逢沖,又主分更之變。

原文に曰く、卦六沖に逢えば、門戶を改換し家を分かち別居し、あるいは門を出でて遠行する最も有利を主す。卦六合に逢えば、能く交易を爲し合夥し、あるいは人を添え口を進むる特別に相宜なり、と。家宅の卦もし六沖に値せば、一定遷移・合幷あるいは改建を主す。もし此の等の事なければ、も必ず遠行の兆頭あり。もし兄弟親族と同住するあれば、則ち家を分かつの變あるべし。六沖不過是れ改遷の一類の事、不可一たび六沖を見れば即ち不利と斷爲せん。もし六合の卦を得れば、事を謀る縱い一時成らずとも、も人丁を添え口を進むるに宜し。もし賣買を爲し合夥經營せんとするは、心に稱わざる無し。只是れ六合の中また沖開に逢えば、仍お分離變更を主す。

世動,有遷更之變。身空,無久遠之居。世父為宅主,固不宜動,又不宜空。或動或空,皆主住居不久。火化木,則灶須承漏。水化土,則溝欠疏通。火爻為灶,如化水爻,必灶前或上漏或下溼。水爻為溝渠,若化土爻,決主陰溝淤塞,土得沖破反主流通。

原文に曰く、世爻發動すれば、則ち遷徙變更の事あり。卦身落空せば、則ち住むこと長久ならず、と。世爻と父母爻と同じく宅主と爲り、本來發動に宜からず、も亦た落空に宜からず。一たび動きあるいは一たび空なれば、皆居住久からざるを主す。原文又た曰く、火爻木を化すれば、竈上便ち漏を承く。水爻土を化すれば、溝渠便ち疏通を欠く、と。火爻爐竈を代表す、もし水爻を化出せば、竈前必定上の滲漏あるあらずば即ち下の潮濕なり。水爻溝渠を代表す、もし土爻を化出せば、一定陰溝淤塞を主す、但し土爻もし沖破せられれば、反って溝渠流通を主す。

金化火,而鍋鐵崩傷。木化金,而家堂釘鈄。金爻為鍋,子亦為香爐,化出火爻,若非鍋漏,即是香爐破損。木爻為家堂,又為臥床,若之金象,必是神堂有鐵鈄、或床上有鐵釘。事之否藏,人之禍福,待臨值月期當見,候旺生時節方來。要知禍到,當察凶爻。如望福來,遠評吉象。凡爻神臨於生旺之月,便見其因。吉神值月則吉,凶神值月則凶。是吉是凶,不出五行之外。或悔或吝,咸從四象之中。

原文に曰く、金爻火を化すれば、鍋鐵便ち崩裂損傷せん。木爻金を化すれば、家堂上便ち鐵釘鐵件あり、と。金爻鍋を代表し、子孫も亦た香爐を代表す。金爻の火爻を化出するは、是れ鍋漏るるあるあらずば、即ち是れ香爐破損す。木爻家堂を代表し、又た臥牀を代表す。木爻もし金象と變ずれば、必定是れ神堂上鐵件を釘着し、あるいは牀上鐵釘あり。原文又た曰く、事情の通塞・人の禍福は、須らく相應の月份值臨を待ちて纔めて顯現し、生旺の時節に候到して纔めて到來す。禍事いつの時か來るを知らんと想えば、則ち凶爻を審察す。福氣いつの時か到るを盼望せんと想えば、則ち吉象を推評す。凡そ爻神生旺の月に行到すれば、事情の緣由便ち顯現す。吉神月に値すれば即ち吉、凶神月に値すれば即ち凶。是れ吉か是れ凶か、皆五行生剋の外に出でず。是れ悔か是れ吝か、も皆四象變化の中に在り、と。

創造宮室章第四十五

(以子孫為主,身世為憑。)興工最怕鬼重交,更忌官來克世爻,助鬼傷身災定染,隨官入墓禍能招。起造興工,大忌鬼爻發動,縱然不動官來克世,尤凶。如逢助鬼傷身,有妨家主。隨官入墓,造後豈得興家?內興外旺年年發,父盛財安歲歲高,子動鬼衰身世旺並,無神煞作精妖。內卦為宅,外卦為人,二者皆臨旺相,自然人宅興隆。內外若值休囚,豈能發達?卦若空亡,便為凶斷。父母為屋宇,如逢旺相,又無財動來傷,房屋定然綿遠,後主榮華。卦得子孫發動、官鬼休囚、世爻不受沖剋,動作之時永無妨礙。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、卦身世爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、工を動かし興建するは、最も怕る鬼爻發動交重、更に忌む官鬼の來り世爻を剋するを。忌神の官鬼を生助して世身を傷剋するは、一定災に染まん。「官に隨い墓に入る」を犯すは、能く禍事を招來せん、と。凡そ起造して工を動かすは、大いに鬼爻發動を忌む。縱い鬼爻動かずとも、只だ官鬼の來り世爻を剋すれば、も格外凶なり。もし忌神の官鬼を生助し反って世身を傷剋するに遇上せば、則ち家主を妨害す。もし官に隨い墓に入るを犯せば、房子造り成る之の後、又た哪裡か能く家を興さんや。歌訣に曰く、內卦興り外卦旺なれば、年年發達す。父母爻盛んにして財爻安靜なれば、一年一年に高し。子孫發動し鬼爻衰弱し卦身世爻皆旺なれば、則ち神煞の祟り爲して妖と爲すなし、と。內卦是れ宅、外卦是れ人。兩者皆旺相に臨まば、人と宅と自然に興隆す。內外もし休囚に値せば、哪裡か發達せんや。卦もし空亡に落つれば、便ち凶斷と作す。父母房屋を代表す、もし旺相に逢い、又た財爻發動して來り剋傷するなければ、房屋一定堅牢久遠にして、日後家道榮華を主せん。卦中もし子孫發動・官鬼休囚・世爻沖剋を受けずを得れば、那麼工を動かし興造するの時、永遠に妨礙なし。

修方動土章第四十六

(以子孫為主,身世為憑。)開業興修兼所伐,身臨福德卻為奇,子孫旺相千祥至,官鬼交重萬禍欺,世旺逢生無禁忌,身衰受克有方隅,並占方向凶和吉,如此推之不改移。凡動土、興工、創作、修砌、拆卸、墾掘、斫伐、更方、改向之類,皆以子孫持世,或旺相、或發動便無妨礙。子若休囚又不臨世,卦中鬼爻又動,必有神煞為殃,切莫動作。又看世爻喜臨旺相則吉,縱逢衰地亦得生扶,並無禁忌。世若休囚,卻被鬼爻或日辰克沖,決有方隅。世落空亡,必多愆咎。鬼如落陷,殃禍無干,凡遇助鬼傷身、隨官入墓不可用也。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、卦身世爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、工を開き興修し連ねて樹木を砍伐するは、卦身「福德」子孫に臨む最も奇妙なり。子孫旺相なれば、千般の吉祥皆來る。官鬼發動交重すれば、萬種の禍患相欺く。世爻旺相にしてまた生に逢えば、便ち禁忌なし。卦身衰弱にしてまた剋を受ければ、則ち方位上の忌諱を犯す。連帶して朝向の吉凶を占問するも、も此の法子に照らして推し、更改するを必とせず、と。凡そ土を動かし・工を興し・創建し・修砌し・拆卸し・開墾し・砍伐し・方位を更換し・朝向を改變するの一類の事は、只だ子孫持世し、あるいは旺相し、あるいは發動すれば、則ち妨礙なし。子孫もし休囚し、又た世爻に臨まず、卦中鬼爻還お發動せば、必定神煞の殃と爲すあり、切に工を動かすなかれ。又た世爻を看る。世爻旺相に臨まば即ち吉、縱い衰地に落つるとも、只だ生扶を得れば、も禁忌なし。世爻もし休囚し、又た鬼爻あるいは日辰に沖剋せられれば、則ち一定ある方位を犯す。世爻空亡に落つれば、必定多く過咎あり。鬼爻もし落陷せば、殃禍便ち相干らず。凡そ忌神の官鬼を生助して世身を傷剋する、および官に隨い墓に入るに遇うは、皆工を動かすべからず。

福住水爻宜動北,官居金位怕興西,卯寅值子當修震,巳午逢官忌造離,鬼在戌中幹莫改,殺臨辰土巽休趨,兄財父向皆無犯,獨有官方必不宜。修方動土之事,所喜者子孫,所忌者官鬼,看鬼臨何卦何爻,此方莫動。查子值何官何象,其向宜興,假令卜得大壯卦,鬼在寅爻,艮方有煞,官居乾卦西北,有神福在震,官鬼亦屬木,故東方又不可也。

歌訣に曰く、「福德」子孫水爻上に落つれば、北方を動くに宜し。官鬼金位に居れば、即ち西方に於て工を興すを怕る。寅卯の爻子孫に値するは、該當震卦東方を修むべし。巳午の爻官鬼に逢うは、離卦南方に於て營造するを忌む。鬼戌爻に在るは、乾卦西北方改動すべからず。煞辰土に臨むは、巽卦東南方往くなかれ。兄弟・妻財・父母の所在する方位は皆忌を犯さず、惟だ獨り官鬼の所在する方位一定動くに宜からず、と。方を修め土を動かす此の類の事は、喜ぶ所是れ子孫、忌む所是れ官鬼。鬼爻いずれの一卦・いずれの一爻に臨むを看れば、あの方位動くなかれ。子孫いずれの一宮・いずれの一象に値するを査せば、あの方向便ち工を興すに宜し。假如《大壯》卦を卜得して、鬼寅爻に在り、寅艮位に屬す、知るべし艮方煞あり。官鬼又た乾卦に居る、知るべし西北も亦た神煞あり。子孫雖に震卦に在りとも、可官鬼同樣木に屬す、所以東方も亦た一樣に動くべからず。

子居申象,惟獨西南方永無禁忌。又如萃卦鬼在坤宮又居巳上,切忌西南與東南向莫動土。子臨亥水又值兌,家西北與正西興修不犯,其中兄弟妻財父母之方不須防避,惟有官臨之處動必有殃。子在之方興之,獲福德之方雖吉,卦中鬼動或鬼克世,亦不宜動也。

該當の卦子孫申爻に居り、申坤位に屬す、惟だ獨り西南方永遠に禁忌なし。又た如し《萃》卦、鬼爻坤宮に在り、又た巳爻上に落つ、所以西南と東南此の兩個の方向皆切に土を動かすを忌む。子孫亥水に臨み、又た兌宮に値す、所以西北と正西兩方興修皆忌を犯さず。其中兄弟・妻財・父母の占する所の方位は、防避するを必とせず。惟だ有り官鬼の臨在する之の處は、一たび動けば必ず災殃あり。子孫の所在する方位に於て工を動かすは、能く福德を獲ん。不過福德の方雖に吉なりとも、もし卦中鬼爻發動し、あるいは鬼爻世を剋せば、も仍お工を動かすに宜からず。

拆但豈嫌財象發,興新偏忌父爻虛,造成屋室憂沖散,印綬無空更久居。凡論房屋以父母為用爻,最嫌財動,惟占拆卸舊房,不嫌財發,父縱落空,不須疑慮。凡創新房父宜有氣,但嫌財值交重。財爻又不宜空,空則家資淡薄。又論未造之先井拆舊者,縱遇六沖無咎。房屋既成大忌六沖之卦,更怪父值空亡。卦不沖而父不空,方居久遠。

歌訣に曰く、舊屋を拆卸するは、哪裡か還お財爻發動を嫌わん。新たに房舍を建つるは、偏偏と父母爻の虛空を忌諱す。房子造り好る之の後、則ち卦の沖散に逢うを憂慮す。「印綬」父母落空せざれば、纔めて住むこと久遠を得ん、と。凡そ房屋を論ずるは、皆父母を以て用神と爲し、最も財爻發動を嫌う。惟だ獨り占めて舊房を拆卸するは、財爻發動を嫌わず、父母縱い落空すとも、も疑慮するを必とせず。凡そ新たに房屋を建つるは、父母爻氣あるに宜しく、只だ財爻發動交重を嫌う。但し財爻又た落空に宜からず、落空せば則ち家中の資財單薄なり。再び論ず未だ興造する之の前・正に舊を拆くの時は、縱い六沖に遇上すともも過錯なし。房屋既に建成せば、則ち大いに六沖の卦を忌み、更に怕る父母爻空亡に落つるを。卦沖に逢わず父母落空せざれば、纔めて住むこと長久を得ん。

工匠巧拙章第四十七

(起造以間爻為主,單占以應象為憑。)造室修船擇匠工,須憑應上定形蹤,弟兄值此奸愚拙,財福臨之精巧通,父母在時為作首,鬼能壓倒祝符同。凡擇五色工匠,皆看應爻。應臨兄弟,此匠拙而且奸。應若臨財臨子,其人細巧多能。應臨父母,堪為眾匠之班頭。應值鬼爻預防壓倒。

本章は起造を論ずる時は「間」爻をもって主と爲し、單獨に匠人を占する時は「應」爻をもって憑と爲す。歌訣に曰く、房を造り船を修め工匠を挑選するは、須らく應爻に憑りて此の人の形貌行迹を判定せよ。應爻兄弟に値するは、此の匠又た奸にして又た拙なり。應爻妻財・子孫に臨むは、此の人手藝精巧にして通達す。應爻父母に臨むは、衆匠の領班と爲すべし。應爻鬼爻に値するは、彼の壓傷せらるるを防ぐを要し、須らく祝禱して符を畫くが如く禳解せよ、と。凡そ各行各色の工匠を挑選するは、皆應爻を看る。應爻兄弟に臨まば、此の匠既に拙くして又た奸なり。應爻もし財爻子爻に臨まば、此の人心細く手巧にして多く本領あり。應爻父母に臨まば、堪えて衆匠の班頭と爲るを當つ。應爻鬼爻に値するは、豫め物件に壓倒せらるるを防備するを要す。

多言朱雀歸其位,遲鈍勾陳立此工,性獨猖狂居白虎,才高伶利自青龍,空亡墓絕無功績,造不周圓犯六沖。應臨朱雀,開口多言倘招口舌,應帶而去,其人遲鈍,再見鬼爻匠憂跌臥。臨白虎其性剛而且狠毒。遇青龍,心多智慧而技藝精通。若應值騰蛇,匠主虛浮之性,又存一倒之心。應逢玄武,為人甚好奸雄,如帶兄官須防竊取。應爻縱帶青龍財福,若落空亡、或臨月破、或被日辰沖擊,皆莫用之。如卜六沖之卦,匠必無緣,難全終給。

歌訣に曰く、話多きは是れ朱雀應位に歸す。遲鈍なるは是れ勾陳此の工身上に立つ。性情猖狂なるは是れ白虎の居る所。才高く伶俐なるは自然是れ青龍。應爻空亡に落ちあるいは墓絶に入るは、功績を作し出すこと能くさらん。卦六沖を犯すは、房子造ること周ならず圓ならず、と。應爻朱雀に臨むは、口を開けば話多く、可能口舌を招來せん。應爻勾陳を帶ぶるは、此の人遲鈍にして、もし再び鬼爻を見れば、此の匠便ち跌倒の憂あり。應爻白虎に臨むは、性情剛硬にして而且狠毒なり。青龍に遇うは、心思聰慧にして技藝精通す。もし應爻騰蛇に値せば、此の匠人性情虛浮にして、又た半途にて挑子を撂てるの心を存す。應爻玄武に逢うは、人と爲り奸猾にして、もし再び兄弟・官鬼を帶ぶれば、則ち彼の偷竊を防ぐを要す。應爻縱い青龍・妻財・子孫を帶ぶるとも、只だ空亡に落ち、あるいは月破に臨み、あるいは日辰に沖擊せられれば、皆用うべからず。もし六沖の卦を卜到せば、此の匠と必定緣なく、底まで作し到ること能くさらん。

應克世爻兄或動,傷財費料弗依徒,興工卦內非如此,間作斯人辨吉凶。應如克世,匠懷暗損之心。兄弟動來克世,多費資財。單選匠人依前一。凡占起造,卦內所兼問匠人者,不取應爻,反憑二間,間若空亡,匠工無力,間克世爻,匠來欺主。間爻臨鬼值騰蛇,須防壓倒。

歌訣に曰く、應爻世爻を剋し、あるいは兄弟爻發動すれば、則ち財を傷り料を費やし、此の徒工を用うるなかれ。起造の卦裏卻って此の如く斷せず、須らく「間」爻を以て此の人の吉凶を分辦せよ、と。應爻もし世爻を剋せば、此の匠暗に人を損わんの心を懷く。兄弟爻發動して來り世爻を剋せば、錢財を費やすこと多からん。單獨に匠人を挑選するは、則ち前面の說く所の斷法に照る。凡そ房屋を起造するを占いて兼ねて匠人を問うは、則ち應爻を取らず、反って兩個の間爻に憑る。間爻もし空亡に落つれば、匠工氣力なし。間爻世爻を剋せば、匠人主家を欺壓せんと要す。間爻鬼爻に臨みまた騰蛇に値するは、須らく壓傷せらるるを防ぐべし。

涓選日時章第四十八

(吉則用子孫為主,凶則用官鬼為憑。)動土修房及造船,安床栽種下春蠶,裁衣蓄髮加冠帶,舉殯除靈安葬連,探客出行醫療病,分居入宅與更遷,諸般吉日嫌官動,又怕官爻克世邊。凡選一應吉日時,皆忌鬼爻發動,鬼縱不動,克世,亦凶。鬼如不動不克世爻,不值作事之日,便為吉也。

本章は吉事の日を擇ぶは「子孫」をもって主と爲し、凶事の日を擇ぶは「官鬼」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、土を動かし房を修めおよび船を造り、牀を安んじ栽を種え春蠶を下し、衣裳を裁制し髮を蓄え冠を加え帶を束ね、殯を出し靈を除し安葬し、親を探し客を訪い門を出でて遠行し醫を請いて病を治し、家を分かち宅に入り居を遷す――此の各樣の吉日は皆官鬼發動を嫌い、又怕官爻の來り世爻を剋するを、と。凡そ一切の吉利の日子時辰を挑選するは、皆鬼爻發動を忌む。鬼爻縱い動かずとも、只だ它世を剋すれば、も一樣に凶なり。鬼爻もし既に發動せず、又た世爻を剋せず、も正當辦せんと要する事のあの一天にあらざれば、便ち是れ吉日なり。

虎動休迎棺槨至,兄興開肆損財源,六沖不用成親日,子動單憂赴任官。諸般吉日,忌鬼為先,凡接壽停,又嫌白虎。如作生涯,不宜兄動。結婚承繼,皆忌六沖。惟有赴任官員,不嫌鬼發,反忌子孫動官空。寫像安神同祭禱,官爻靜旺卻為先,鬼空必主神非在,鬼動還愁聖不安。凡寫佛像並安奉神堂、及守天賽願,看鬼爻,切不宜空,空則神祗不在,又不宜動,動則陰司不安。須得靜而又旺,便獲佳祥。鬼克世爻,亦非宜也。又論問卜著免靈日,亦看官爻,或動或旺必通靈,遇絕遇空無感應。賣卜者,喜官鬼。

歌訣に曰く、白虎發動の日は、壽材棺槨を迎接するに往くなかれ。兄弟興動の日は、店鋪を開けば便ち財源を損せん。六沖の卦は親を成すの日子と作して用うべからず。子孫發動するは、單單任に赴く官員の憂う所と爲る、と。各樣の吉日は、首先鬼爻を忌む。凡そ豫め備えたる壽棺を迎接して門に進むるは、又た白虎發動を嫌う。もし是れ開張して賣買を爲すなれば、兄弟發動に宜からず。結婚と子嗣を承繼するとは、皆六沖を忌む。惟だ有り官員の任に赴くは、反って鬼爻發動を嫌わず、卻って子孫發動と官爻落空とを忌む。歌訣に曰く、神佛像を繪寫し神位を安奉し連ねて祭祀祈禱するは、皆官爻の既に靜にしてまた旺なるを以て先と爲す。鬼爻落空すれば、必定神靈在らず。鬼爻發動すれば、又た愁う神聖安らかならざるを、と。凡そ佛像を畫き神堂を安奉し、および夜を守り天に酬い願を還すは、皆鬼爻を看る。鬼爻切に落空に宜からず、落空せば則ち神祇臨まず。も亦た發動に宜からず、發動すれば則ち陰司安らかならず。須らく它の既に安靜また旺相なるを得て、纔めて吉祥を獲ん。鬼爻もし來りて世爻を剋せば、も合宜に合せず。再び論ずいずれの一天か卦を占いて靈驗なるを卜問するは、同樣官爻を看る。官爻あるいは動きあるいは旺なれば、必定靈に通ず。絶に遇い空に遇えば、則ち感應なし。所以賣卜を以て業と爲すの人は、反って官鬼を喜ぶ。

上學求師兼拜表,妻財發動事難圓,取徒繼子並收養,父母交重永不全,各定忌神愁旺動,還須鬼靜禍無干。上學攻書延師重傅、具揭奏本、進耳表章、修史鑄印,皆用父母爻為主。父不空而財不動,便作良時。憎道傅徒、民間繼子、及牧養六畜,皆取子為用爻,最嫌父動。但擇日時,卦內忌神不動方不交重,鬼不克世,乃為吉日良時也。

歌訣に曰く、學に上り師を拜し連ねて表を拜し奏を上ぐるは、妻財一たび發動すれば、事情便ち圓滿し難し。徒を收め子嗣を承繼しおよび收養するは、父母爻發動交重すれば、事情便ち永く周全ならず。各自忌神を定準して、最もそれ旺相發動を愁う。還お須らく鬼爻安靜にして、禍患纔めて相干らざらん、と。學に上り書を讀み、師傅を延請し、文を具えて上奏し、表章を進呈し、史を修め印を鑄るは、皆父母爻を以て主と爲す。父母落空せずして財爻發動せざれば、便ち是れ好き時辰なり。僧道の徒を傳え、民間の子嗣を過繼しおよび六畜を牧養するは、皆子孫を取りて用神と爲し、最も父母發動を嫌う。總じて日を擇び時を擇ぶは、只だ卦內の忌神發動せず交重せず、鬼爻又た世を剋せざれば、即ち是れ吉日良時なり。

遷移居什章第四十九

(以內外為主,衰旺為憑。)守住遷居,內外兩爻分得失;更方改向,福官二位察災祥。內爻為已住之堂,間守內衰終不發,外卦乃未居之地,占移外旺定然昌。兄官若並內之爻,非宜舊室,財福如登外之象,大利新房。

本章は內外二卦をもって主と爲し、衰旺をもって憑と爲す。原文に曰く、是れ舊宅を守住するか還お新居に遷往するかは、內外兩卦上より得失を分辦す。方位を更換し朝向を改變せんと要するは、「福德」子孫と「官鬼」兩爻上より災祥を察看す。內卦現在所住の房屋を代表す、守舊を問うに若し內卦衰弱せば、終究發せず。外卦未だ住み進めざる的地方を代表す、遷移を問うに若し外卦旺相せば、定めて昌盛せん。兄弟と官鬼ともし皆內卦の爻上に落つれば、則ち舊屋に再び住むに宜からず。妻財と子孫もし外卦の象上に登れば、則ち大いに新房に搬入するに利あり、と。

凡占守舊,須得內外旺相方為大吉,臨胎沒次之。若得妻財子孫在內,守住為高。內卦如臨死休囚廢,又帶兄官,況無財福者,便宜火速移居,免遭愆咎。若卜遷移,須看外卦,旺帶吉神則吉,休囚值凶煞則凶,外若空亡還須守舊,內如落陷速要更新。

凡そ舊宅を守るを占うは、須らく內外兩卦皆旺相を得て纔めて是れ大吉、臨む「胎」「沒」の次一等なり。もし妻財・子孫皆內卦に在れば、舊居を守住するを上策と爲す。內卦もし死・休・囚・廢に臨み、又た兄弟・官鬼を帶び、何ぞ況んや卦中還お財爻子孫なければ、那れ則ち趕緊家を搬ずべし、禍患に遭うを免れんと。もし遷移を卜せば、須らく外卦を看よ。外卦旺相にしてまた吉神を帶ぶれば即ち吉、休囚にしてまた凶煞に値せば即ち凶。外卦もし空亡に落つれば、還お是れ舊を守るを好しと爲す。內卦もし陷弱せば、則ち趕快新居を換うるを要す。

內外居旺,舊新皆吉。內外俱衰,行止皆凶。如占改向最宜財福興隆,大忌兄官發動。雖然不動,兄鬼若臨此向則凶。且如大有卦,財福之方宜朝東北正北,鬼兄之向莫對東南正西。離卦有兄官,正南尤忌。乾宮帶財福,西北可宜。又如甲子旬壬申日占此卦,乾宮雖有財福,臨空,不利西北,妻財雖在寅爻沖破,不宜東北,惟有子孫之向正遇長生,止宜正北。

內外兩卦皆旺なるは、舊を守り新に搬ず皆吉なり。內外皆衰なるは、走るも凶留まるも凶なり。もし朝向を改換するを占えば、最も妻財子孫の興隆に宜しく、大いに兄弟官鬼發動を忌む。即便ち它ら動かずとも、只だ兄弟・鬼爻ある朝向上に臨まば、あの朝向も亦た凶なり。譬えば《大有》卦、妻財子孫の所在する方位は東北と正北とに朝るに宜しく、鬼爻兄爻の所在する方位は則ち東南と正西とに朝るなかれ。此の卦離宮に兄弟官鬼あり、正南尤其に忌諱す。乾宮妻財子孫を帶ぶれば、西北便ち用いうべし。又た如し甲子旬壬申日に於て此の一卦を占うに、乾宮雖に財爻子孫ありとも、卻って正に空亡に臨む、西北便ち利あらず。妻財雖に寅爻に在りとも、卻って日辰に沖破せられ、東北も亦た宜からず。惟だ有り子孫の所在する方向正に長生に遇う、所以只だ正北に朝るに宜し。

父為房屋之用爻,憂臨空陷。子乃宅神之本位,喜值興隆,鬼日凶爻,無則家資被耗。財雲吉象,動則屋宇遭傷。父帶吉星或化子孫而眾福,父臨凶殺或之官鬼以成殃。不論移居守舊,皆取父母為用。爻空則不久。子孫為宅神,旺須發福。官鬼為凶星,亦不宜動,動則多禍多殃。又不宜無,無則資財耗散。妻財為財帛亦不宜空,空則生涯冷淡,又不宜動,動則房屋有虧。父母之爻若值青龍天喜貴人者,或變子孫乃是發家之屋。父加白虎亡神或變官鬼便作損耗之房。

原文に曰く、「父母」是れ房屋の用神、最もそれ臨空陷弱を憂う。「子孫」是れ宅神の本位、それ興旺隆盛を喜ぶ。「官鬼」雖に凶爻と稱すとも、卦中それ無ければ、家產反って耗散す。「妻財」雖に吉象と稱すとも、一たび發動すれば房屋反って損傷に遭う。父母吉神を帶びあるいは子孫を化出するは、福氣叢集す。父母凶煞に臨みあるいは官鬼を化出するは、則ち災殃と成る、と。搬家を論ぜず守舊を論ぜず、皆父母を取りて用神と爲す。父母落空すれば、住むこと長久ならず。子孫是れ宅神、旺相なれば則ち能く福を發す。官鬼是れ凶星、も亦た發動に宜からず、一たび動けば則ち多く禍多く殃あり。但し又た無きに宜からず、無ければ則ち錢財耗散す。妻財財帛を代表し、同樣落空に宜からず、落空せば則ち生計冷淸なり。も亦た發動に宜からず、發動すれば則ち房屋損あり。父母爻もし青龍・天喜・貴人に値し、あるいは子孫を變出せば、此れ即ち能く家を發するの房子なり。父母もし白虎・亡神を加え、あるいは官鬼を變出せば、那れ即ち人をして損耗せしむるの房子なり。

所喜者,生世合世之方。所忌者,克身沖身之向。更憂官鬼之鄉,又喜子孫之所。混卜利行何處,專看世爻,遇合叨生宜往,逢沖受克莫行。又忌鬼值之方,更喜福臨之向,空亡之位,豈可安居?墓絕之鄉,不宜移徙。

原文に曰く、喜ぶ所是れ世爻を生じ世爻を合するの方位。忌む所是れ世身を剋し世身を沖するの朝向。更に要して憂慮す官鬼の所在する之鄕、も更に喜ぶ子孫の臨在する之處、と。もし是れ籠統と哪個の方向に往くか有利なるを卜問すれば、則ち專ら世爻を看る。世爻と相合し來り世爻を生ずるの方位に遇えば、前往に宜し。世を沖し世を剋するの方位に遇えば、則ち往くなかれ。又た鬼爻の値する方位を忌み、更に子孫の臨在する方向を喜ぶ。空亡に落つるの方位は、怎麼して安居すること能くせんや。墓に屬し絶に屬するの方位は、も亦た遷移過ぐるに宜からず。

假令問往何方,占得剝卦,此卦世臨水象,大忌辰戌丑未克世之方,所喜申酉來生,往西則吉。又看鬼臨巳上莫至東南,福在水鄉利行正北。丑方雖合克世不宜。又如六月甲辰旬乙巳日,卜得無妄卦,水來克世不利北方,火賴木生宜行東北,豈知木值空亡,東亦不宜,細查官在申方西南尤忌,止喜福居午上,宜徙正南。因午屬正南故也。

假如人問う哪個の方向に往くべきと、占うに《剥》卦を得たり。此の卦世爻水に屬し、最も辰・戌・丑・未此の等土爻世を剋するの方位を忌む。喜ぶ所は申・酉金の來り世を生ずる、所以西方に往くを吉と爲す。又た鬼爻巳爻上に臨在するを看れば、則ち東南に往くなかれ。子孫水鄕に在るは、正北に往くに利あり。丑方雖に世爻と相合すとも、但し丑土仍お世を剋す、所以も亦た宜からず。又た如し六月甲辰旬乙巳日、《无妄》卦を卜得す。水の來り世を剋す、所以北方利あらず。世火に屬して木に頼りて來り生ぜしむ、本來東北に往くに宜し、誰か知らん木爻正に旬空に値す、東方も亦た宜からず。細査す官鬼申方に在るを、西南尤其に忌諱す。只だ喜ぶ子孫午爻上に居るを、所以正南に遷往するに宜し――因るに午正に南方に屬するが緣故なり。

卦入六沖,居之不久。世投四墓,行之不成。鬼動則諸般招禍,世空則凡事不寧。不論遷移守舊,若值六沖,皆居不久。世臨墓庫,移徙難成,墓得沖開,反能遷去。不拘住舊更新,不論東南西北,鬼如發動便作凶推。世若空亡,縱吉不吉。卦象縱然旺相又帶青龍宜舊宜新,卻要探微索隱,當行當止,還須闡易參玄。

原文に曰く、卦六沖に逢えば、住むこと長久ならず。世爻辰戌丑未四墓に投入すれば、搬ずとも搬成らず。鬼爻發動すれば、樣樣禍を招く。世爻落空すれば、事事寧からず、と。遷移を論ぜず守舊を論ぜず、只だ六沖に値せば、皆住むこと久からず。世爻墓庫に臨まば、遷徙成り難し。但し墓庫もし沖開せられれば、反って能く搬じ成るを得。是れ舊屋に住むか新居を換うるかを管せず、も東南西北哪の一方を論ぜず、鬼爻只だ發動すれば、則ち凶斷と作す。世爻もし空亡に落つれば、縱い本是れ吉象なりともも變じて吉ならず。卦象縱い旺相にしてまた青龍を帶ぶるとも、舊に宜しく新に宜しきは一たび望めば即ち知るべし、卻って還お須らく幽を探り隱を索め微妙を細審せよ。究竟走るべきか留まるべきかは、仍お須らく易理を闡發し玄機を參究するに靠れ。

同居共寓章第五十

(以世應為主,生克為憑。)與人共住應爻詳,若值空亡不久長,扶世生身皆吉慶,倘來克世主乖張,世空已變他無變,應破他傷己不傷。占人同住卻看世為我,應為他。應若空亡,他居不久。應如生世,必有益有情。應來克世,我被他傷。世值旬空,彼雖無變,我有更遷。應臨月破,彼自遭殃無傷於己。

本章は世應二爻をもって主と爲し、生剋をもって憑と爲す。歌訣に曰く、人と合住するは、應爻を詳看す。應爻もし空亡に値せば、住むこと長久ならず。應爻世を扶け身を生ずれば、皆是れ吉慶なり。倘若它來りて世を剋せば、則ち彼此乖違を主す。世爻落空すれば、是れ我が此の邊變ありて對方變なし。應爻月破すれば、是れ他のあの邊傷を受けて我が此の邊傷つかず、と。占めて人と同住するは、世爻を以て我と爲し應爻を以て對方と爲す。應爻もし空亡に落つれば、對方住むこと長久ならず。應爻もし來りて世を生ずれば、我に對し必定益あり情あり。應爻もし來りて世を剋せば、我彼に傷せらるるを要す。世爻旬空に値するは、對方雖に變動なしとも、我自己卻って遷走せんと要す。應爻月破に臨むは、對方自ら殃に遭うも、卻って我を傷るに到らず。

應去生官官害世,彼唆殃禍至家鄉,火宮在應防回祿,武鬼臨他引賊藏,官鬼發時憂訟害,子孫旺處得禎祥。應與官爻同來克世、或應生鬼象,鬼自來傷,皆主他唆殃禍損我身家。應值火官,憂他失火。玄武鬼爻臨應,慮彼不良、或窩贓盜、或引賊來家。六爻之內鬼如動者,便為不祥。若得子孫發動、或持世者,定見康寧也。兄動伐身多損耗,交重朱雀有非殃,六沖即便分南北,六合遠須永遠昌。兄弟動來克世,暗耗資財。朱雀爻興,多生是非禍殃。六沖之卦,二邊不久各東西。六合之爻,主客和同堪久住。

歌訣に曰く、應爻往きて官鬼を生じ官鬼又た來りて世を害するは、是れ對方の唆使して禍殃我が家に臨到せしむ。火宮の鬼應爻に落つれば、火災を防ぐを要す。「玄武」鬼を帶びて他身上に臨まば、盜賊を招引して藏匿せしめん。官鬼發動の時は、訴訟の害を憂慮す。子孫旺相の處は、纔めて吉祥を得ん、と。應爻と官爻と一同に來りて世を剋し、あるいは應爻往きて鬼象を生じ鬼爻再び來りて我を傷るは、皆對方の禍端を唆使し我が身家を損害すると主す。應爻火性の官鬼に値するは、彼のあの邊火を失するを憂慮す。玄武鬼爻を帶びて應爻に臨むは、彼の心術良からざるを慮り、あるいは贓物を窩藏しあるいは賊を引きて門に進めん。六爻の內只だ鬼爻發動すれば、則ち吉祥ならず。もし子孫發動しあるいは子孫持世を得れば、一定能く康寧を保せん。歌訣に曰く、兄弟發動して來り世身を剋せば、則ち多く損耗あり。朱雀發動交重すれば、則ち是れ非災殃あり。卦六沖に逢えば、隨即各々南北に分かつ。卦六合に逢えば、日子長久にして永遠に昌盛せん、と。兄弟發動して來り世爻を剋するは、暗に錢財を耗損す。朱雀の爻興動するは、多く是れ非禍殃を生ず。六沖の卦は、兩邊住むこと長久ならず、各々東西に奔る。六合の爻は、主客和睦して久しく住むべし。

置產立戶章第五十一

(以福神為主,才象為憑。)置買田園屋興舟,創丁立戶事同求,福神當道妻財旺,管取興隆利倍收。凡占置買田地、山場、房屋、舟車等物,及成丁立戶事亦相同。卦得子孫持世或發動,妻財旺相或生世克世,定主廣收花利財帛豐盈。若財落空亡又無福德,置產者終無利息,立戶者家不榮昌。

本章は「福神」子孫をもって主と爲し、「妻財」の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、田園・房屋および船隻を置買し、丁を成し戶を立つるの事も亦た此の樣に照らして求む。「福神」權を當ち妻財旺相なれば、管保家業興隆して利を獲ること加倍せん、と。凡そ田地・山場・房屋・舟車等の物を置買し、および丁を成し戶を立つるの事を占うは、斷法皆相同じ。卦中もし子孫持世しあるいは發動し、妻財旺相しあるいは來り世を生じ世を剋せば、一定廣く租息花利を收め財帛豊盈と主す。もし財爻空亡に落ち、又た子孫福德なければ、那麼產を置くの終究利息なく、戶を立つるの家道も亦た昌盛ならず。

內外相沖非永遠,兄官發動切須愁,應爻克世防侵損,世值空虛不久留。置產與創丁,皆忌六沖之卦,沖則不成,縱成不久,日辰沖世亦然。又論兄與鬼皆不宜動,兄動則無財無利,鬼動則多訟多非。若得鬼空兄陷,有利無殃。應如克世,常多侵擾之憂。世若空亡,產存不久。

歌訣に曰く、內外二卦相沖するは、產業長遠能くさらず。兄弟官鬼發動するは、切に須らく發愁すべし。應爻世を剋するは、人に侵損せらるるを防ぐを要す。世爻虛空に落つるは、產業留まること久しからず、と。產を置くと戶を立つるとは、皆六沖の卦を忌む。沖に逢えば則ち辦成せず、縱い辦成すともも長からず。日辰世爻を沖するも、道理一樣なり。再び論ず兄弟と鬼爻と皆發動に宜からず。兄弟發動すれば則ち財なく利なし、鬼爻發動すれば則ち訟多く非多し。もし鬼爻落空・兄爻陷弱を得れば、則ち利ありて殃なし。應爻もし世を剋せば、常に人に侵擾せらるるの憂あり。世爻もし空亡に落つれば、此の分の產業保つこと長久ならず。

朱雀鳴時招口舌,勾陳動者許更修,船遇騰蛇驚漸至,屋逢玄武賊頻偷。朱雀值鬼興,置產多招口舌。勾陳臨福動,房屋卻喜更修。臨鬼亦不可也。騰蛇帶鬼為虛驚,又為精怪。田地山場,不必忌之。舟船遇此,驚恐不常。屋宇逢之,內藏魔倒。惟有玄武臨官動者,不拘問屋問船,皆防賊至。

歌訣に曰く、朱雀鳴叫の時は、口舌を招來す。勾陳發動するは、可以再び修葺を加えん。船隻騰蛇に遇上すれば、驚恐漸漸到來す。房屋玄武に逢上すれば、盜賊頻頻と光顧す、と。朱雀鬼爻に値して興動するは、產を置くに多く口舌是れ非を招く。勾陳子孫に臨みて發動するは、房屋正に翻修に好し。但し勾陳もし鬼爻に臨まば、則ち工を動かすべからず。騰蛇鬼を帶ぶるは、虛驚を主し、又た精怪を主す。もし占う所是れ田地山場なれば、それを忌むを必とせず。もし是れ舟船遇上せば、則ち時時驚恐安らかならず。もし是れ屋宇逢上せば、屋裏便ち邪祟を藏す。惟だ有り玄武官鬼に臨みて發動するは、屋を問うと船を問うとを論ぜず、皆盜賊の門に上るを防ぐを要す。

寄裝丁產章第五十二

(以世應為主,福德為憑。)將產寄裝他戶下,能嫌世應犯其空,遠年共籍爻逢合,近日分顏卦值沖。凡卜寄丁寄產,須觀世應之爻。世空或寄不成,縱寄不久。應空,彼不相容,雖容不美。世應皆空,決然不利。世應俱動,後必有更。卦逢六合,永久和諧。合處逢沖,後來退悔。如卜六沖之卦,必是口是心非,彼我無情何能寄籍?

本章は世應二爻をもって主と爲し、「福德」子孫をもって憑と爲す。歌訣に曰く、產業を把りて別人の戶名の下に寄掛するは、最も世應兩爻の空を犯すを嫌う。爻六合に逢うは、可以多年同じく一册の戶籍に在らん。卦六沖に値するは、久しからずして便ち臉を翻して分かれ開かん、と。凡そ丁を寄せ產を寄するを卜するは、須らく世應兩爻を看よ。世爻落空すれば、あるいは寄せ成らず、縱い寄せ成るともも久しからず。應爻落空すれば、對方相容るるを肯んぜず、即便ち容納すともも好からず。世應皆落空せば、决然利あらず。世應皆發動せば、日後必ず變更あり。卦六合に逢えば、可以長久和諧せん。本是れ六合にして中途沖に逢うは、後來又た反悔す。もし六沖の卦を卜到せば、對方必是れ口是れ心非にして、彼此情なし、怎能戶籍を寄掛せんや。

福旺鬼衰皆喜悅,兄安雀靜兩和同,世遭應害防吞占,應若扶身決始終。寄裝之事,須得子孫旺相,或持世上或值動爻,便無門戶。鬼兄朱雀不動,終得安閒。兄值動爻克世,多遭破費。雖動不克世,縱費還輕。應帶神克世,彼懷吞占之心,世得應生,全賴維持之力。應生世為美。鬼雀動興多戶役,文書空陷莫投從,旁爻克世加兄動,後慮傍人舉首凶。鬼臨朱雀交重,決與詞訟、或審差徭。父母為產業,若落空亡,不宜寄此。旁爻兄動克世,必有他人舉首。若得子孫同發,不妨。

歌訣に曰く、子孫旺にして鬼爻衰なれば、雙方皆喜悅す。兄弟安靜にして朱雀動かざれば、彼此和睦す。世爻應爻の害する所と爲れば、彼の吞占を防ぐを要す。應爻もし來りて世身を扶助せば、此の段の關係必定能く始め有り終わり有らん、と。產業を寄掛するの事は、須らく子孫旺相を得、あるいは世上に持臨し、あるいは正に動爻に當たれば、此の樣にして纔めて門戶差役を攤上せられず。鬼爻・兄爻・朱雀皆發動せざれば、終究安閒なり。兄弟正に動爻に當たりまた來り世を剋するは、多く破費に遭う。雖に發動すとも卻って世を剋せざるは、縱い破費ありともも還お輕し。應爻凶神を帶びて來り世を剋するは、對方吞占の心を懷く。世爻應爻の來り生ずるを得るは、全く彼の扶持維護に靠る。總じて應爻の世を生ずる纔めて是れ美事なり。歌訣に曰く、鬼爻朱雀を帶び發動すれば、多く戶役を攤上す。「文書」父母陷空せば、則ち投靠に往くなかれ。旁爻世を剋し、再び兄弟發動を加えれば、日後旁人の告發の凶を慮るを要す、と。鬼爻朱雀に臨み發動交重するは、一定要して官司を打ち、あるいは審派され差徭せらるるを得ん。父母產業を代表す、もし空亡に落つれば、則ち產業を此の裏に寄するに宜からず。旁邊の爻上兄弟發動して來り世を剋するは、必定他人の出面して告發するあり。もし同時に子孫發動して來り鬼を制するを得れば、則ち事に妨げず。

治家分合章第五十三

(以用爻為主,財福為憑。)治國齊家權最重,分居合夥數同排,弟兄當道兄宜旺,父母司權父怕衰,子媳掌家求福德,妻奴管舍伏妻財,自身專主推身世,各定爻神莫亂猜。若問治家之主,各有用爻。兄如專主,兄弟宜逢生旺。父母當權,文書不宜空絕。用在兒女,子莫休囚。家托妻孥,財爻莫陷。自身作主,須看世爻。他人代卜,應莫空亡。

本章は用神をもって主と爲し、「妻財」「福德」をもって憑と爲す。歌訣に曰く、國を治め家を齊すは、當家の權柄最も重し。家を分かち夥を合するも、も同じ道理に照らして排斷す。兄弟家を當たるは、兄弟爻旺に宜し。父母權を掌るは、父母爻衰を怕る。兒子媳婦家を掌るは、「福德」子孫を求む。妻子僕人家を管するは、「妻財」に憑る。自己主を作すは、專ら卦身と世爻とを推す、と。各人先ず自己の爻神を定準して、亂に猜するなかれ。もし一家の主是れ誰を問わば、各々各に用神あり。兄弟專ら家務を主るは、兄弟爻生旺に逢うに宜し。父母權を當たるは、「文書」父母落空入絶に宜からず。用神兒女に在るは、子孫休囚すべからず。家務妻子兒女に託付するは、財爻陷弱すべからず。自己主を作すは、須らく世爻を看よ。別人代卜するは、應爻空亡に落すべからず。

用旺變衰前獲福,用衰變旺後生財,用爻靜旺無沖剋,前後興隆謝上臺。用神雖臨旺相而變墓絕克沖、或之退氣洩氣,始雖茂盛終見蕭條。主象縱值休囚,化出生扶進氣、或之帝旺長生,前雖貧乏,後主榮華。用爻安靜旺相又無沖剋刑傷,定見始終發達家道興隆。用旺雖臨動處更變生扶,此乃錦上添花,理合答謝天地。

歌訣に曰く、用神先に旺にして後變じて衰なるは、先前福を獲る。用神先に衰にして後變じて旺なるは、日後財を生ず。用神既に靜また旺にして沖剋を受けざるは、前後興隆して、該當上天に稱謝すべし、と。用神雖に旺相に臨むとも、卻って墓・絶・剋・沖に變入し、あるいは退氣・泄氣に化成せば、那れ則ち起初雖に茂盛なりとも、最終仍お蕭條を見ん。主象縱い休囚に値すとも、只だ生扶・進氣を化出し、あるいは帝旺・長生に變入せば、那れ則ち先前雖に貧乏なりとも、日後必ず榮華を主せん。用神安靜旺相にして、又た沖剋刑傷なければ、一定始終發達し家道興隆せん。用神已に旺にして、又た正に動爻に當たり、還お生扶を變出せば、此れ即ち錦上に花を添ゆ、理に按じて天地に答謝すべし。

六合年年增產業,六沖歲歲見多乖,福財若動佳祥兆,兄鬼如興橫禍來。若卜分居或占合住,先看用爻,次評諸象。爻當六合,添丁進產之榮。卦犯六沖,損物費財之禍。若得妻財子孫發動、或值世身,必多吉慶。兄弟動,則資財耗散。官鬼動,則詞訟干連。

歌訣に曰く、卦六合に逢えば、年年產業を增添す。卦六沖に逢えば、歲歲多く乖違を見ん。子孫妻財もし發動せば、則ち是れ吉祥の兆なり。兄弟官鬼もし興動せば、橫禍便ち到來せん、と。もし家を分かつを卜し、あるいは合夥同住を占えば、先ず用神を看、其次に其餘各爻を評斷す。爻六合に逢うは、丁を添え產を進むるの榮あり。卦六沖を犯すは、物を損し財を破るの禍あり。もし妻財・子孫發動し、あるいは它ら正に世爻卦身に値するを得れば、必定多く吉慶あり。兄弟發動するは、錢財耗散す。官鬼發動するは、詞訟に牽連せらる。

內外卦爻逢旺相,縱無吉曜稱君懷。死囚休廢臨其象,定主蕭條又非災。星辰不若五行,爻象曾如八卦,雖看爻神之動靜,還推卦體之興衰。內外二卦如臨旺相之鄉,縱無財福吉神,也主興家發產。如臨胎沒,稍得從容。內外若遇死囚休廢,縱有吉星,也難發達,非惟無福,反有災愆。內外一旺一衰,事主半凶半吉。內外皆值空亡,定見破家蕩產。衰卦變生扶,先貧而後富。旺卦之沖剋,前富而後貧。

歌訣に曰く、內外卦爻旺相に逢うは、縱い吉星なくとも、も人心意に稱う。死・囚・休・廢卦象に臨むは、一定蕭條にして、而且還お災禍あり、と。神煞星辰は五行に如かざる有力なり、單爻の象も亦た八卦の分量に比べず。雖に爻神の動靜を看るを要すとも、還お得して卦體の興衰を推す。內外兩卦もし旺相の鄕に臨まば、縱い財爻・子孫・吉神なくとも、も一樣に家を興し業を立つるを主す。もし「胎」「沒」に臨まば、日子還お從容と算す。內外もし死・囚・休・廢に遇えば、縱い吉星ありとも、も發達し難く、不但福なく、反って災殃あり。內外一旺一衰なるは、事情半ば凶半ば吉なり。內外皆空亡に落つるは、一定家を破り產を蕩す。衰卦の生扶を變出するは、先に貧しく後に富む。旺卦の沖剋に變入するは、先に富みて後に貧し。此の處の說く所の「胎」「沒」與死・囚・休・廢は、皆是れ《人宅六事章》中節氣に按じて八卦旺衰を分派するあの一套の等次なり。

添丁納使章第五十四

(以妻財為主,不遇絕空沖破為佳。)取奴財靜稱心懷,鬼動招殃兄動乖,財興應爻生世吉,應空財破豈能諧。主占取僕,財乃用爻,亦不宜動,動須不久,又不宜空,空不助主。卦若無財,非為奴僕才。爻縱然有氣,又不宜官鬼兄弟交重,鬼動則多災訟。兄動則多是多非。若得鬼又安靜,財興應爻又來生世合世,必是助主興家。應若空亡、或財被日沖月破,其僕身在此心向他人,有何力哉?

本章は「妻財」をもって主と爲し、財爻絶・空・沖・破に遇わざるを以て佳と爲す。歌訣に曰く、奴僕を雇用するは、財爻安靜にして纔めて心に稱う。鬼爻發動して殃を招き、兄弟發動して乖違す。財爻興旺にして應爻來り世を生ずれば、則ち吉なり。應爻落空し財爻破に遭えば、怎能和諧せんや、と。主人僕人を雇うを占うは、財爻是れ用神なり。財爻も亦た發動に宜からず、一たび動けば則ち作ること長久ならず。又た落空に宜からず、落空せば則ち主人を幫け上ぐること能くさらん。卦中もし財爻なければ、此の人便ち是れ奴僕を當たるの材料にあらず。財爻縱い氣あれども、も官鬼・兄弟發動交重に宜からず。鬼動けば則ち災訟多く、兄動けば則ち是れ非多し。もし鬼爻安靜にして、財爻興旺にして、應爻又た來り世を生じ世を合するを得れば、此の僕人必定能く主を助け家を興さん。應爻もし空亡に落ち、あるいは財爻日辰に沖せられ月建に破せられれば、此の僕人身此の處に在りて心別人に向かう、還お能く甚の用かあらん。

游魂誠恐心常改,合處逢沖主僕開,前後卦中沖大忌,用臨驛馬去難來。凡卜游魂,此僕心常不定不可用之。如逢六合之卦,財爻不動不空,決然主僕相投,又能綿遠。若合處逢沖,始雖和而終必競,豈能久乎?若值六沖之卦、或變出六沖,皆說上下無緣,離心離德,複查驛馬星,如值財爻或應爻動者,心在他行,後恐潛蹤滅跡。驛馬縱臨財,應不動無妨。

歌訣に曰く、卦遊魂に逢えば、實にそれ心思常に變ずるを怕る。六合の中また沖に逢えば、主僕便ち分かれ開かん。本卦變卦の中沖を帶ぶるは、是れ大忌なり。用神「驛馬」に臨むは、去れば則ち回り來り難し、と。凡そ遊魂卦を卜得するは、此の僕人心思常に安定せず、それを用うべからず。もし六合の卦に逢い、財爻既に發動せずも落空せざれば、主僕一定投契して、而且能く長久に相處せん。もし是れ六合の中また沖開せられれば、起初雖に和睦すとも、最終必ず爭競を生ぜん、怎能長久ならん。もし六沖の卦に値し、あるいは六沖を變出せば、皆上下緣なく心を離れ德を離るを說明す。再び驛馬星を査す。驛馬もし財爻に値し、あるいは應爻發動せば、此の人心思已に別處に在り、日後恐怕潛逃して蹤なからん。驛馬縱い財爻に臨むとも、只だ應爻發動せざれば、も便ち妨げなし。

雇請人工章第五十五

(以應爻為主,不遇絕空沖破為佳。)僱工人把應爻推,若落空亡意漸隨,生合世身方得力,不逢沖破滿年回。凡僱人工,以應爻為主,應若落空,豈能助力?應加旺相又來生世或合世,或興世比和,皆得助主之力,應爻若被日沖月破、或六沖之卦,皆不得滿年足月,半途而廢也。

本章は「應」爻をもって主と爲し、應爻絶・空・沖・破に遇わざるを以て佳と爲す。歌訣に曰く、工人を雇請するは、應爻上より推す。應爻もし空亡に落つれば、他の心思便ち漸漸人に隨い往く。應爻世身を生合せば、纔めて力を得ん。沖破に逢わざるは、能く滿一年を作して再び回らん、と。凡そ工人を雇うは、應爻を以て主と爲す。應爻もし落空せば、怎能力を出さんや。應爻もし旺相を加え、又た來り世を生じ世を合し、あるいは世爻と比和せば、皆能く他の相助の力を得ん。應爻もし日辰に沖せられ月建に破せられ、あるいは卦六沖に逢えば、皆滿一年一月を作さず、必定半途にして廢せん。

兄官動以凶殃擾,財子興而吉慶隨,世克應爻人必服,應傷世象主遭虧。兄弟官鬼二者,皆不宜動,動則不寧。帶朱雀動,易惹是非。臨玄武動,倘遭失脫。雖動不克世猶可。兄鬼動來克世,其禍愈加。妻財旺而生世者,必假其力以生財。子孫持世或發動,則無憂而有喜。世如克應,可以服人。應克世爻,反來欺主。若得相生,上和下睦。

歌訣に曰く、兄弟・官鬼發動すれば、則ち凶殃攪擾あり。妻財・子孫興旺なれば、則ち吉慶相隨うあり。世爻應爻を剋するは、工人必定服從せん。應爻世爻を傷るは、主家吃虧せんと要す、と。兄弟と官鬼此の兩者は皆發動に宜からず、一たび動けば則ち安寧ならず。朱雀を帶びて發動するは、容易く是れ非を惹き。玄武に臨みて發動するは、可能失竊に遭遇せん。雖に發動すとも世を剋せざるは、還お可以と算す。兄弟・鬼爻發動して來り世を剋するは、禍患便ち更に重し。妻財旺相にして來り世を生ずるは、必ず能く他の力氣を借りて以て財を生ぜん。子孫持世あるいは發動するは、則ち憂なくして喜あり。世爻もし應爻を剋せば、可以此の人を駕馭して得住せん。應爻もし世爻を剋せば、反って主家を欺壓せんと要す。もし世應相生を得れば、上下便ち和睦す。

布種田禾章第五十六

(以妻財為主,福德為憑。)凡卜田禾當看財,如居空絕莫釁栽,官爻持世興傷世,便作凶荒復細開,火患焦枯天亢旱,水多洪雨沒圩階,土金二象螟蝗出,木被風吹虛耗災,子動財興方大熟,鬼空兄靜永無乖。若卜田禾,財為主象。財臨絕地又不生扶,若陷空中更無填實,子孫又不當道,必主無收。官鬼若持世上,縱不持世如值交重、或來克世,如此三端犯一,便為荒歉。鬼值火興,其年亢旱。官臨水動,洪雨連綿,臨金臨土,皆犯蟲侵。惟值木官,收被狂風吹偃殼枇輕收。如無風害,必遭虛耗。陰陽秀而不實,鬼爻不動又不持世克世,雖帶五行不必言也。若得子孫發動,妻財有氣,鬼兄安靜休囚,此等卦爻主為大熟。

本章は「妻財」をもって主と爲し、「福德」子孫をもって憑と爲す。歌訣に曰く、凡そ田裏の莊稼を卜するは、當に財爻を看るべし。財爻もし空亡・絶地に落つれば、則ち種を下すなかれ。官爻持世し、あるいは官爻興動して來り世を傷れば、便ち凶年荒歉と斷作す。再び往下細分すれば、火性の鬼患と爲るは、禾苗焦枯して是れ天旱なり。水性の鬼太多なるは、暴雨災を成して圩田臺階を淹沒す。土・金兩種の鬼象は、是れ螟蟲蝗蟲の出沒なり。木性の鬼は、是れ禾稼風に吹き倒されて以て虛耗の災を致す。子孫發動し財爻興旺するは、纔めて是れ大熟の年。鬼爻落空し兄弟安靜すれば、則ち永遠に乖違なし、と。もし田禾を卜せば、財爻を以て主象と爲す。財爻絶地に臨みまた生扶なく、あるいは空亡の中に陷りまた空を出で實を塡むるなく、子孫も亦た權を當たらざれば、此れ即ち一定顆粒收なく。官鬼もし世爻を持臨し、縱い世を持たずとも、只だ它發動交重し、あるいは來り世爻を剋せば――此の三樣只だ一樣を犯上れば、便ち是れ荒歉の年なり。鬼爻火に屬して興動するは、此の一年天旱なり。官爻水に屬して發動するは、暴雨連綿す。官爻金に臨み土に臨むは、皆蟲害に遭わん。惟だ有り木に屬する官爻は、收成狂風に吹き倒されて、穀殼乾癟にして收るる極めて少し、もし風災なければ、も必定虛耗し、禾苗穗を抽くとも實を結ばず。もし鬼爻既に發動せず、又た世を持ち世を剋せざれば、那麼它縱い某種の五行を帶ぶるとも、もそれを說きに往くを必とせず。もし子孫發動・妻財氣あり・鬼爻兄爻安靜休囚を得れば、此の樣の卦爻即ち大豐收を主す。

浼婦育蠶章第五十七

(以應爻為主,財象為憑。)浼婦來家代育蠶,財為主象應為先,財中莫變兄和鬼,應上休臨父與官。凡占蠶婦先察應爻次觀財象,財若空亡、或化兄弟官鬼,便曰薄收。應爻若臨父母官鬼,反傷蠶畜,不可用之。應發克世,設計中傷終無利益也。

本章は「應」爻をもって主と爲し、「妻財」の象をもって憑と爲す。歌訣に曰く、婦人を請い家中に到りて春蠶を代養せしむるは、財爻を以て主象と爲し應爻を以て先と爲す。財爻兄弟と官鬼とを變出すべからず、應爻上父母と官鬼とに臨むべからず、と。凡そ蠶婦を占うは、先ず應爻を審察し、其次に財象を看る。財爻もし空亡に落ち、あるいは兄弟・官鬼を化出せば、則ち此の一季收成微薄と說く。應爻もし父母・官鬼に臨まば、反って蠶と牲畜とを傷損せん、此の婦人用うべからず。應爻發動して來り世爻を剋するは、還お計を設けて暗に中傷し、終究好處なからん。

旺相子孫多蠶繭,交重兄弟少絲綿,父搖有害憂人觸,子絕無收費葉錢。子孫旺相,多獲絲綿。兄弟動興,有虧資本。兄動子亦動,蠶反倍收。父母交二,猶恐人來觸犯,宜慎蠶房。子如遇絕或值空亡,枉費葉錢,蠶花無望。

歌訣に曰く、子孫旺相なれば、蠶繭便ち多し。兄弟發動交重すれば、絲綿便ち少し。父母搖動すれば害あり、人の蠶房を沖撞するあるを憂慮す。子孫絶に入れば、蠶を收めず、白く桑葉を買うの錢を費やす、と。子孫旺相なるは、絲綿を多得ん。兄弟發動興起するは、本錢を虧かん。但し兄弟發動して子孫も亦た發動するは、兄能く子を生じ、蠶反って加倍收成せん。父母爻發動交重するは、即ち人の來りて觸犯沖撞するあるを怕り、蠶房格外謹愼を要す。子孫もし絶に遇い、あるいは空亡に値せば、那れ則ち白く葉を買うの錢を費やし、蠶花指望なし。

鬼動六沖皆不用,卦逢震巽盡成歡,應空彼力無毫忽,財旺絲金獲萬千。官鬼發動,必損春蠶。鬼動子亦動,卻辨興衰。子旺鬼衰又無損害,子衰鬼旺仍作凶推。卦犯六沖無緣莫用。惟有震巽為蠶娘,或內或外得此卦中,其婦善能育飼。又看三爻與應爻皆為蚤婦,若犯月破旬空婦必懶惰眠起失時,或此婦既時有病。蠶婦不臨空地,兄鬼不動財福皆興,此等卦爻十倍收成。

歌訣に曰く、鬼爻發動と卦六沖に逢うとは、此の婦人皆用うべからず。卦震卦・巽卦に逢えば、則ち皆大歡喜せん。應爻落空すれば、她一絲の力氣も出さず。財爻旺相なれば、絲價黄金の如く貴く、可く利萬千を獲ん、と。官鬼發動すれば、必定春蠶を損傷せん。但し鬼爻發動して子孫も亦た發動するは、則ち兩者の衰旺を分辦するを要す。子孫旺にして鬼爻衰なるは、損害なし。子孫衰にして鬼爻旺なるは、仍お凶斷と作す。卦六沖を犯すは、她と緣なく、用うるなかれ。惟だ有り震卦・巽卦蠶娘を代表す、內卦あるいは外卦此の兩卦の一を得着するは、此の婦人甚だ能く喂養す。又た第三爻と應爻とを看る、皆蠶婦を代表す。もし月破・旬空を犯せば、此の婦人必定懶惰にして、蠶を喂し眠を起こすも皆時辰を誤り、あるいは她當時正に病あり。蠶婦の爻空地に落さず、兄弟鬼爻皆發動せず、財爻子孫皆興旺すれば、此の樣の卦爻可得十倍の收成を得ん。

養蠶作繭章第五十八

(以福神為卦主,財象為憑。)凡看春蠶,須得福神旺相;欲成絲繭,惟求財象興隆。子孫為蠶花、妻財為絲繭,二者不可空與無,大宜旺相。鬼動福空,雖育半筐還損失;官衰子旺,任收十倍更盈餘。財福二爻臨木火,靜而尤美;兄官兩象值世應,動則尤凶。

本章は「福神」子孫をもって卦主と爲し、「妻財」の象をもって憑と爲す。原文に曰く、凡そ春蠶を看るは、須らく福神旺相を得よ。絲繭を結成せんと想うは、只だ財象興隆を求めよ。子孫蠶花を代表し、妻財絲繭を代表す。此の兩者既に落空すべからず、も缺無すべからず、最も旺相に宜し、と。原文又た曰く、鬼爻發動して子孫落空するは、雖に半筐の蠶を養うとも、仍お折損せん。官爻衰にして子孫旺なるは、任れ你十倍を收るとも還お盈餘あり。財・福兩爻木爻火爻に臨むは、安靜なれば便ち格外美なり。兄・官兩象世爻應爻に値するは、一たび發動すれば便ち格外凶なり、と。

凡育春蠶,所喜者財福二爻,所忌者兄官兩象。鬼如發動子又空亡,此蠶不拘多寡,殄滅無遣。鬼象衰而且靜,子值旺鄉,全收蠶利。子孫但臨木火,多獲絲斤。如臨金水之爻,蠶僵利失。子居辰戌丑未,止得半收。又論子孫為蠶命之爻,不動不空靜旺,稱為大吉。兄弟官鬼不宜臨世應之爻,靜無大害,動興災。

凡そ春蠶を養うは、喜ぶ所是れ妻財・子孫兩爻、忌む所是れ兄弟・官鬼兩象。鬼爻もし發動し、子孫又た空亡に落つれば、此の等の蠶多少を論ぜず、皆死絶して遺す無し。鬼象既に衰弱また安靜にして、子孫又た旺鄕に値するは、蠶利全收すべし。子孫只だ木爻・火爻に臨まば、則ち絲斤を多得ん。もし金爻・水爻に臨まば、蠶便ち殭死し利も亦た失せり。子孫辰・戌・丑・未四土の爻に居るは、只だ一半の收成を得ん。再び論ず子孫是れ蠶の性命の爻、動かず空ならず既に靜且つ旺なるは、大吉と稱す。兄弟と官鬼と世爻應爻に臨むに宜からず。安靜の時大害なし、一たび發動すれば即ち災を生ず。

有子官興,速去祈禳終有益。無孫鬼動,縱來祭禱也無功。子變父官,滿室盈欄無結秀。官之財福,答天謝地有收成。鬼雖發動,子無刑剋沖傷,若還祭禱,終有收成。子孫若受克逢空及不上卦,縱然請禱,亦無所收。子雖得地,若變兄弟鬼爻、或之墓絕、或被月建相傷,三眠四起雖不可觀,到老收成大失所望。卦有子孫又見鬼爻發動,未可便作凶推。鬼若變為財福,若去酬神,自獲蠶利。

原文に曰く、卦中子孫ありて官鬼興動するは、趕緊祈禳禱告に往き、終究益あり。卦中子孫なくして鬼爻發動するは、縱い來りて祭禱すともも功效なし、と。子孫の父母・官鬼を變出するは、滿屋滿箔の蠶も亦た好き繭を結ばず。官鬼の妻財・子孫を化出するは、天地に酬謝せば便ち收成あり。鬼爻雖に發動すとも、只だ子孫刑剋沖傷を受けざれば、もし肯んじて祭禱に往かば、終究還お收成あり。子孫もし剋を受け空に逢い、および根本卦に上らざれば、縱い請禱すとも、も一も收る所なし。子孫雖に地を得とも、もし兄弟鬼爻を變出し、あるいは墓絶に化入し、あるいは月建に傷せられれば、那麼三眠四起の時看るに雖に不錯なりとも、末了に到りて收成還お是れ大いに望みを失わん。卦中子孫あり、又た鬼爻發動を見るは、馬上に凶を斷ずべからず。鬼爻もし財爻子孫に變成せば、只だ神に酬い願を還しに往けば、自然能く蠶利を得ん、と。

子乃蠶身,無片言之辨。鬼為病症,有五類之分。水犯溼青,火當焦退,金為亮白,土主痿黃,木被狂風,蛇遭驚恐,勾陳因動作之妨,白虎為喪家之犯,遇青龍慮笙簫歌唱,逢朱雀憂斗打喧爭,玄武則穢氣而沖,咸池則穢人而觸。子防鼠耗,巳受蛇傷。鬼到巽宮倘遭風報,官來震卦恐受雷驚,坎中則被漏淋漓,離內則有傷火氣。

原文に曰く、子孫就ち是れ蠶の本身にして、甚の細加して分辨すべきも無し。官鬼卻って是れ病症にして、五類の別あり。水鬼の犯すは濕病・蠶體發青、火鬼是れ焦枯退縮、金鬼是れ通體發亮發白、土鬼萎黃を主し、木鬼是れ狂風の損する所。騰蛇を帶ぶるは驚恐に遭い、勾陳を帶ぶるは搬動改作に因りて妨を受け、白虎を帶ぶるは喪家を犯せしなり。青龍に遇うは笙簫歌唱の擾を慮るを要し、朱雀に逢うは鬪毆喧爭を憂い、玄武を帶ぶる是れ穢氣に沖犯せられ、咸池を帶ぶる是れ不潔の人に觸犯せられしなり。子爻の鬼は老鼠の糟蹋を防ぐを要し、巳爻の鬼は蛇の來り傷害するを防ぐを要す。鬼巽宮に到れば、可能風に遭わん。官震卦に在れば、恐怕雷聲の驚嚇を受けん。鬼坎中に在れば、蠶房雨水に淋漏せられん。鬼離內に在れば、則ち火氣の蠶を傷るあり、と。

子孫之論其列在前,今推官鬼之爻,不宜發動,動必有傷,看值何爻,便知何病。水鬼主蠶鳥爛,火官漸漸焦稀,金主白僵,土當黃死,木鬼為日月風而損,騰蛇因驚嚇而傷,勾陳鬼或曾更前改後動犯有妨。白虎反恐鄰家舉殯除滅、或有服之人進室,故損蠶花。青龍鬼倘逢淫樂及歌唱之聲,朱雀鬼恐聞鬥毆並喧嚷之非。玄武鬼防穢氣之沖傷。咸池鬼忌穢人之獨犯。子鬼慮鼠來吞,巳鬼憂蛇來啖。官臨巽卦動,蠶被風傷。鬼在震宮興,蠶遭雷嚇。坎內鬼搖,蠶房雨滴。離中官發,傷火難調。鬼若靜時,莫將此斷。

子孫に關する論述已に前面に列す、如今官鬼此の一爻を推す。官鬼發動に宜からず、一たび動けば必ず傷損あり。それいずれの一爻に値するを看れば、則ちいずれの病を得たるを知る。水鬼蠶體潰爛發烏を主し、火鬼漸漸焦枯稀少を主し、金鬼白殭を主し、土鬼發黃して死するを主し、木鬼是れ風に吹かれ日に曬されて損ず。騰蛇を帶ぶるは、驚嚇を受くるに因りて傷つく。勾陳を帶ぶるは、或るいは曾て前を挪し後を改し土を動かし驚犯して妨あり。白虎を帶ぶるは、反って鄰家の殯を出し靈を除する、あるいは孝を戴くの人屋に進みたるを怕るを要し、此に因りて蠶花を損せり。青龍を帶ぶるは、可能宴樂歌唱の聲に遇上せん。朱雀を帶ぶるは、恐怕鬪毆喧嚷の爭を聽かん。玄武を帶ぶるは、穢氣の沖傷を防ぐを要す。咸池を帶ぶるは、不潔の人獨り闖入して觸犯するを忌む。子爻の鬼は、老鼠の來り吞食するを慮る。巳爻の鬼は、毒蛇の來り啃咬するを憂う。官鬼巽卦に臨み發動するは、蠶風に傷せらる。鬼震宮に在り興動するは、蠶雷に嚇されん。坎宮の內鬼爻搖動するは、蠶房雨漏せん。離卦の中官爻發動するは、火候蠶を傷り調停し難し。鬼爻もし是れ安靜なれば、則ち此の等に照らして斷ずるなかれ。

初為蠶種,見則宜更。二作蠶苗,帶須受病。三曰蠶娘之位,犯必災生。四雲蠶葉之爻,臨渠價重。五是蠶筐,逢之有損。六當蠶繭蘭,遇者無收。雖臨官而安靜,稍見其殃,如值鬼以交重,定成此禍。卦列六爻,皆為蠶體。但逢官鬼,禍必相隨。靜則其禍還輕,動則此殃最重。鬼若交重,便宜祭禱。要知何祟,詳見搜決神鬼章。

原文に曰く、初爻是れ蠶種、官鬼此の爻に見えれば則ち種を換うべし。二爻是れ蠶苗、鬼を帶ぶれば則ち病を生ぜん。三爻是れ蠶娘の位、鬼を犯せば必定災を生ぜん。四爻是れ桑葉の爻、鬼其の上に臨まば葉價便ち貴し。五爻是れ蠶筐、鬼に逢えば則ち損あり。六爻是れ蠶繭と蠶架、鬼に遇えば則ち收成なし、と。此の等の爻上雖に官鬼に臨むとも卻って安靜なるは、災殃還お些か輕し。もし鬼爻發動交重すれば、則ち一定上述の禍を釀成せん。一卦の列する所の六爻は、皆蠶の身體に屬す。只だ官鬼に遇上せば、禍患必定相隨う。安靜の時禍還お輕く、發動の時殃最も重し。鬼爻もし發動交重すれば、則ち祭禱禳解すべし。いずれの一路の神祟の作怪を知らんと要するは、詳細《搜决神鬼章》に見よ。

父值身爻,有子無兄多損害。兄臨世動,有財無子少絲綿。貪生忘克若分明,萬事千端皆透徹。父母持世,或發動、或臨日月、子必受傷,蠶難勝意。若兄弟與父爻同發,轉助子威,蠶獲大利。兄弟持世或發動或臨日月,能克妻財,難收絲繭。如逢子興兄爻皆動轉生子象,其年倍得絲綿。凡看卦爻須察貪生忘克,不可鹵莽輕言。

原文に曰く、父母卦身の爻に臨むは、縱い子孫ありとも兄弟の通關無ければ、損害便ち多し。兄弟世に臨みて發動するは、縱い妻財ありとも子孫の相生無ければ、絲綿便ち少し、と。もし能く「生を貪り剋を忘る」の道理を分辨明白にせば、千頭萬緒の事皆看透すること能くせん。父母持世し、あるいは發動し、あるいは日辰月建に臨むは、子孫必定傷を受け、蠶を養う難く心に稱わず。もし兄弟と父母と同時發動せば、父兄を生じ兄子を生じ、反って子孫の氣勢を助長し、蠶便ち大いに其の利を獲ん。兄弟持世し、あるいは發動し、あるいは日辰月建に臨むは、能く妻財を剋し、絲繭收め難し。もし子孫も亦た一同に興動せば、兄爻轉じて子孫を生助し、此の一年反って加倍して絲綿を得ん。凡そ卦爻を看るは、皆須らく此の種の「生を貪り剋を忘る」の關係を審察せよ、魯莽に輕斷すべからず、と。

桑葉貴賤章第五十九

(以妻財為主,福德為憑。)先察蠶花之得失,次觀葉價之高低。蠶卦內惟憑三四之爻,葉卦中單取妻財之象。旺而生克世,貴若黃金;衰遭世克,傷賤如白土。蠶卦之中,兼推桑葉,卻看三爻與四爻,如臨官鬼,價必勝高,旺相尤貴。三四爻不逢鬼象、或值休囚,此葉必賤。單占桑葉,又不取三四之爻,獨推財象,財旺則價高,財衰則價薄,財空則大賤,財爻持世克世,價必如金。世爻或月建克財,賤如灰土。

本章は「妻財」をもって主と爲し、「福德」子孫をもって憑と爲す。原文に曰く、先ず蠶事の得失を審察し、再び桑葉價格の高低を看る、と。蠶を占うの卦裏は、只だ第三・第四兩爻に憑りて葉價を推す。專ら桑葉を占うの卦裏は、則ち單に妻財の象を取る。財爻旺相にして來り世を生じ世を剋するは、葉價黄金の如く貴し。財爻衰弱にして世爻の剋する所と爲るは、葉價白土の如く賤し。蠶を占うの卦中兼ねて桑葉を推すは、則ち第三爻と第四爻とを看る。此の兩爻もし官鬼に臨まば、葉價一定高く、旺相なれば更に貴し。三・四兩爻もし鬼象に逢わず、あるいは正に休囚に値せば、此の一年の葉價必定便宜なり。單獨に桑葉を占うは、則ち三四兩爻を取らず、只だ財象を推す。財爻旺なれば則ち價高く、財爻衰なれば則ち價薄く、財爻落空せば則ち大いに賤し。財爻持世しあるいは世を剋するは、價必ず金の如し。世爻あるいは月建の往きて財爻を剋するは、則ち賤きこと灰土の如し。

才變兄官子變父,則前重後輕。妻之福德鬼之才,則前輕後重。才如得地,目下價高。變出兄弟、或變官爻、或之墓絕,葉價後不如前。妻才若化子孫、或變長生帝旺,價必日增貴高無比。卦縱無才,若官鬼或子孫化為水者,皆主始賤而終貴也。

原文に曰く、財爻兄弟官鬼を變出し子孫父母を變出するは、葉價前重く後輕し。妻財「福德」子孫を化出し官鬼妻財を化出するは、葉價前輕く後重し、と。財爻もし地を得れば、眼下價便ち高し。但し它もし兄弟を變出し、あるいは官爻を變出し、あるいは墓絶に化入せば、葉價後來便ち先前に如かず。妻財もし子孫を化出し、あるいは長生・帝旺に變入せば、價必定一天天に上漲して、貴きこと比ぶ無し。卦中縱い財爻なくとも、只だ官鬼あるいは子孫の水爻を化成するあれば、も皆起初便宜にして最終昂貴を主す。

用行死財日利必輕微,主到旺生時價還高厚。要知葉價何日貴何日發,專看才爻。如臨死日、敗日、絕日、並兄弟值日,其價必輕。才遇生日、旺日、及子孫值日,此價方高。如占一日內貴賤,卻把增長定之。賣懇子孫專主,買求兄弟當權。賣主來占,還須才旺,才來生旺克世或持世,更逢福德交重,必得重價。買主來占,要逢才弱,兄弟持世、或發動,必當賤賣,其價輕微。內旺外衰,他鄉可置。內衰外旺,本境堪圖。

原文に曰く、用神死地に行き財爻死日に値するは、利を獲る必定微薄なり。主象旺相生扶の時に到れば、葉價便ち高位に回歸す、と。葉價いずれの一天か貴くいずれの一天か漲るを知らんと要するは、專ら財爻を看る。財爻死日・敗日・絶日に臨み、および兄弟日に値するは、價必定低し。財爻生日・旺日に遇い、および子孫日に値するは、價纔めて高し。もし占う所是れ一天の內の貴賤なれば、則ち時辰推移の消長に按じて以て定む。原文に曰く、賣主來り占うは、專ら「子孫」を以て主と爲す。買主來り求むるは、則ち「兄弟」を以て權を當てしむ、と。賣主來り占うは、還お須らく財爻旺なれ。財爻來り世を生じ旺に臨み世を剋しあるいは世を持ち、再び子孫發動交重に逢えば、必定高價に賣るを得ん。買主來り占うは、財爻弱を要す。兄弟持世し、あるいは兄弟發動せば、則ち一定能く賤價に買進し、費やす所多からず。原文又た曰く、內卦旺にして外卦衰なるは、可以他鄕に到りて買うべし。內卦衰にして外卦旺なるは、便ち本地圖謀に在り、と。

內卦與親宮,皆為本處。外象兼他卦,咸作別鄉。若內卦旺、或親宮旺、或才居內卦親宮,本境價高,宜往他境可買。如外卦旺或他宮旺或才居外卦,他宮遠途反貴,本地偏宜。內外俱衰或俱旺,遠近皆同。正卦有才之卦無,買須落後。主卦無才變卦有,賣則宜遲。主卦才爻當道,變卦無才,葉宜早賣,主卦雖無才象,變出才來有,桑必須遲脫。妻值火爻,必致朝增暮長。才居水位,決然日減時衰。葉價取財爻為主,總言應時則貴,背時則賤。賣葉必在四月之間,財宜火地,縱然來年冬月來占,如卜火才,目下雖值休囚,至次年孟夏,此火自然當道,豈不貴乎?此章若得精通,葉價便知貴賤。

內卦と本宮とは、皆本地を代表す。外卦連ねて他宮は、皆別處と作して看る。もし內卦旺、あるいは本宮旺、あるいは財爻內卦本宮に居れば、那れ即ち本地價高く、別處に到りて買うに宜し。もし外卦旺、あるいは他宮旺、あるいは財爻外卦他宮に居れば、那れ即ち遠處反って貴く、本地買進相宜なり。內外皆衰しあるいは皆旺なるは、遠近の價錢一個樣なり。原文に曰く、本卦財爻ありて變卦財なきは、買わば則ち後に拖くべし。本卦財なし而も變卦財有るは、賣らば則ち遲些すべし、と。本卦財爻權を當ちて變卦財なきは、葉子早めに賣出するに宜し。本卦雖に財象なしとも、變卦卻って財を變出するは、桑葉便ち須らく遲些に脱手すべし。原文又た曰く、財爻火に屬するは、葉價必定早上に漲り晚上また漲る。財爻水に屬するは、則ち一定一天天に減り一時時に落つ、と。葉價財爻を以て主と爲し、總じて說く、財爻令を當ち時に合すれば即ち貴く、時に背き令を失えば即ち賤し。桑葉を賣る總じて四月前後に在り、所以財爻火地に居るに宜し。縱い是れ頭一年冬月來り占うとも、只だ火に屬する財爻を卜得せば、眼下雖に休囚に値すとも、第二年の初夏に等到せば、此の火爻自然權を當ち令を得、葉價豈に貴からざるの理あらん。此の一章もし能く精通せば、桑葉の貴賤便ち一たび望めば即ち知るべし。

六畜禽獸章第六十

(以子孫為主,分宮生肖為憑。)一應飛禽,咸喜子孫旺相。諸般走獸,俱宜福德興隆。凡占諸般禽獸,皆看子孫,旺相生扶,定然長養。若值旬空月破,必主虧傷。初雞二犬三豬四羊五牛六馬,鴨同雞位,貓共犬爻。近日眾牲,只取六爻之定位;遠年禽獸,遠憑八卦之分宮,乾馬坤牛震龍坎豕兌羊艮犬離雉巽雞,再加生肖之爻,可決血財之利,又附亥魚酉雞午鹿寅貓。凡推六畜,各有分宮,如初爻為雞為鴨為鵝。二爻為犬為貓。三爻為豬。四爻為羊。五爻為牛。六爻為馬為騾為驢。凡一年半載之禽獸,方看六爻,凡過五歲之眾牲,卻憑八卦。

本章は「子孫」爻をもって主と爲し、六爻分宮と生肖とをもって憑と爲す。原文に曰く、一切の飛禽は、皆子孫旺相を喜ぶ。各種の走獸は、も皆「福德」興隆に宜し、と。凡そ各類の禽獸を占うは、皆子孫爻を看る。子孫旺相にしてまた生扶を得るは、牲畜一定長ること好く養い住ましむ。もし旬空・月破に値せば、必定折損あらんと要す。原文に曰く、初爻是れ鷄、二爻是れ犬、三爻是れ猪、四爻是れ羊、五爻是れ牛、六爻是れ馬。鴨は鷄と位を同じくし、猫は犬と爻を共にす、と。養い得る日子還お短き牲口は、只だ六爻の固定位次を取りて以て斷ず。養うこと多年の禽獸は、則ち八卦分宮に憑りて來り看るを要す。乾馬と爲し、坤牛と爲し、震龍と爲し、坎豕と爲し、兌羊と爲し、艮犬と爲し、離雉と爲し、巽鷄と爲す。再び生肖の爻を加上して一幷に參看せば、則ち能く牲畜財利の多寡を斷定せん。此外還お亥は魚に屬し酉は鷄に屬し午は鹿に屬し寅は猫に屬するの配法を附有す。凡そ六畜を推すは、各々各に分宮あり。初爻是れ鷄・是れ鴨・是れ鵝、二爻是れ犬・是れ猫、三爻是れ猪、四爻是れ羊、五爻是れ牛、六爻是れ馬・是れ騾・是れ驢。凡そ一年半載を養いたるの禽獸は、纔めて六爻定位を看る。凡そ五年を養い過ぐるの牲口は、則ち八卦に憑りて斷ずるを要す。

乾為馬、坤為牛、坎為豬、震馬龍又為兔、兌為羊、艮為犬又為鳥。離為雉,巽為雞,不拘近遠,禽獸不可不看生肖之爻,子鼠、丑牛、寅虎、卯兔、辰龍、巳蛇、午馬、未羊、申猴、酉雞、戌犬、亥豬,細查演禽之法,丁亥為豬、癸亥為魚,故魚附在亥。丁酉為雞、己酉為雞、癸酉為鴉、故鳥附在酉。丙午為馬、戊午為獐、壬午為鹿、故獐鹿附在午。丙寅為虎、壬寅為豹、戊寅為貓、故貓附於寅位也。

八卦の配屬是れ、乾馬と爲し、坤牛と爲し、坎猪と爲し、震馬と爲し龍と爲し又た兎と爲し、兌羊と爲し、艮犬と爲し又た鳥と爲し、離雉と爲し、巽鷄と爲す。養うの時間長短を論ぜず、禽獸皆生肖の爻を看るべからず。子鼠と爲し、丑牛と爲し、寅虎と爲し、卯兎と爲し、辰龍と爲し、巳蛇と爲し、午馬と爲し、未羊と爲し、申猴と爲し、酉鷄と爲し、戌犬と爲し、亥猪と爲す。再び細査す「演禽」の法――演禽是れ六十甲子を配成して禽獸と爲すの一套の推法にして、同一個の地支配する所の天干同じからざるに因りて、所属の動物も亦た同じからず、所以干を連ね支を帶びて合看するを要す――丁亥猪と爲し癸亥魚と爲す、所以魚亥位に附す。丁酉鷄と爲し己酉鷄と爲し癸酉鴉と爲す、所以鳥酉位に附す。丙午馬と爲し戊午獐と爲し壬午鹿と爲す、所以獐鹿午位に附す。丙寅虎と爲し壬寅豹と爲し戊寅猫と爲す、所以猫便ち寅位に附す。

定位與分宮,不陷不沖逢旺吉。本命之生肖,臨兄臨鬼值空凶。分宮之爻,若值旬空、月破、日沖者,皆不為佳。或臨官鬼兄弟必犯災屯。分位如臨財福又得生扶旺相,必然長養成群。本命即生肖之爻,縱值空沖破絕及兄弟之爻,俱各無礙,惟臨官鬼立見傷殘。

原文に曰く、六爻定位と八卦分宮とは、只だ陷空せず沖を受けず、又た旺相に逢えば、即ち吉なり。本命生肖の爻は、もし兄弟に臨み官鬼に臨みあるいは落空せば、即ち凶なり、と。分宮の爻もし旬空・月破・日辰沖に値するは、皆好しと算せず。もし官鬼・兄弟に臨まば、牲畜必定災困に遭わん。分位の爻もし妻財・子孫に臨み、又た生扶旺相を得れば、那れ則ち一定養い成群を得ん。本命に至りては、即ち是れ生肖の所属するあの一爻なり。它縱い空亡に値し沖を被り破に遭い絶に入り、および兄弟爻に臨むとも、皆還お妨礙せず。惟だ獨り官鬼に臨まば、立刻傷殘を見ん。

父作忌神,不動或空為福。財當利息,逢生或旺為佳。兄乃劫財,搖須虧本。鬼為惡煞,動必生災。父母為忌神,最宜安靜。妻財為利息,大要生扶。兄弟為劫財,切嫌發動。官鬼為惡煞,縱不臨分宮本命之鄉,動必為禍。兄鬼為空,始終為吉。

原文に曰く、「父母」是れ忌神、動かずあるいは落空するは反って福なり。「妻財」是れ利息、生に逢いあるいは旺相なる纔めて好し。「兄弟」是れ劫財の神、一たび搖動すれば則ち本を虧く。「官鬼」是れ惡煞、一たび發動すれば必定災を生ず、と。父母是れ忌神、最も安靜に宜し。妻財利息を代表し、最も生扶あるを要す。兄弟是れ劫財の神、切にそれ發動を忌む。官鬼是れ惡煞、縱い分宮の爻と本命生肖の上に臨まずとも、只だ發動すればも必ず禍を成さん。兄弟・官鬼兩爻もし皆落空せば、則ち始終吉と爲す。

貓犬豬羊最嫌白虎,雞鵝牛馬惟喜青龍,雀臨鬼動訟憂生,武帶官爻物恐失。惟有豬羊貓犬四獸,最嫌白虎交重,其餘之獸不忌此星。青龍發動,件件能收。鬼臨朱雀動,易惹官非,鬼臨玄武動,終遭失脫。六合還須養育,六沖切莫收留。要決剛柔,須詳動靜。欲知肥瘠,卻看興衰。六合之爻便宜餵養,六沖之卦豈可留延。合處逢沖,畜之不久,俱看分宮與子孫發動臨惡煞,此畜頑劣,安靜帶吉星,其獸馴良。旺則肥,而衰則瘦也。

原文に曰く、猫・犬・猪・羊最も「白虎」を嫌い、鷄・鵝・牛・馬只だ「青龍」を喜ぶ。「朱雀」鬼爻に臨み發動すれば、官司を生ずるを憂愁す。「玄武」官爻を帶ぶれば、牲口財物恐怕丢失せん、と。惟だ有り猪・羊・猫・犬此の四種は、最も白虎發動交重を嫌う、其餘の牲畜此の顆の星を忌まず。青龍發動するは、樣樣皆養成し收ることを得。鬼爻朱雀に臨み發動するは、容易く官非に惹かれ上らん。鬼爻玄武に臨み發動するは、終究失竊に遭わん。原文に曰く、卦六合に逢えば、還お該當繼續して養い下るべし。卦六沖に逢えば、切に收留するなかれ、と。此の牲口性子の剛柔を判定せんと要するは、須らく爻の動靜を詳審せよ。它肥るか瘦するかを知らんと想えば、則ち爻の興衰を看る。六合の爻は、正に喂養に宜し。六沖の卦は、怎麼して留養すること能くせんや。本是れ六合にして中途沖に逢うは、養うこと長久ならず。總じて分宮の爻と子孫爻とを看るを要す。它ら發動してまた惡煞に臨むは、此の牲口性情頑劣なり。安靜にしてまた吉星を帶ぶるは、此の牲口馴良溫順なり。爻旺なるは即ち肥壯し、爻衰なるは即ち瘦弱す。

憂疑損害章第六十一

(以身世為主,福德為憑。)人無遠慮,倘遭旦夕之憂。易有久靈,能決往來之事。世位臨空,己不受他之阻節。應爻落陷,彼非訴我之情由。官中扳害,外悉克內鬼愁興。私下損傷,應忌伐身兄忌動。預防扳害,當論世應之爻。世若落空,禍殃皆脫。應若落空,他難損我。世應若不空亡,便尋生克,世克應或內克外,不論公私毫無克害。如應克世或外克內,必受其殃咎。若逢鬼動,事到公庭,如見兄搖,財遭破費。

本章は憂懼疑慮と人の損害に遭うの事を占うは、「世爻」と「身爻」とを以て用神の主體と爲し、「子孫」(福德)を以て憑據と爲す。人もし長遠の打算無ければ、則ち朝夕の間突發の憂患に遭遇するを免れず。《周易》靈驗久しく衰えず、能く已往と將來との一切の事情を裁斷す。「世爻」もし「空亡」に落つれば、自己便ち他人の阻撓留難を受けず。「應爻」もし陷地衰絶に落つれば、對方も亦た來りて我の情由を控訴せず。公門裏人に攀扯陷害せらるるは、最も怕る外卦の來り內卦を剋し「官鬼」爻の愁人なる發動。私地下人に損傷せらるるは、則ち最も怕る「應爻」と「忌神」の來り我の身を伐る、「兄弟」爻の搖動して財を破るを。人の攀扯陷害に防預せんと要すれば、應當先ず「世」「應」兩爻を論ずべし。「世爻」もし「空亡」に落つれば、一切の禍殃皆身を脫すること能くす。「應爻」もし「空亡」に落つれば、對方も亦た我を損害するに到ること難し。世應兩爻皆空亡ならざれば、則ち轉じて它らの生剋關係を看る――「世」の「應」を剋し、あるいは內卦の外卦を剋せば、那麼公事を論ぜず私事を論ぜず、皆毫も克害の言あるべからず。反ってもし「應」の「世」を剋し、あるいは外卦の內卦を剋せば、則ち必定要して此の場の災殃咎責を承受せん。此の時もし再び「官鬼」發動に遇上せば、事情必ず公堂に鬧到して對簿せん。もし「兄弟」爻の搖動を看見せば、錢財一定破費に遭わん。

旺相子孫,災訟決其纏染。交重官鬼,禍殃豈不牽連。月將生官,雖往寧家生不測。日辰制鬼,縱陪病體臥無妨。世旺無傷,任好探災問訟,身衰有克,切非送殯亂辭幡。凡去探災、問訟、送殯、辭幡,俯遭妨犯,慮被仇傷,一應憂疑,皆嫌官鬼。若得子孫旺相或發動或持世或臨日月剋制鬼爻,諸般無害。若逢官鬼發動、或旺相或持世或克世或臨日月,皆惹禍殃鬼。若空亡,般般無忌。又看世爻,旺遇合生者嘻,衰逢沖剋者凶。

「子孫」旺相なれば、災禍と官司と皆斷じて自己に纏わらざらん。「官鬼」發動して重爻と爲るは、禍殃豈に牽連せざるの理あらん。「月建」「官鬼」を生扶すれば、即便ち平安無事の人家に往くとも、も意外を生ぜん。「日辰」「官鬼」を制伏すれば、縱い病人に陪りて病榻に臥すとも、も妨礙なし。「世爻」旺相にして剋傷を受けざれば、盡く災病を探視し訟事を過問する可し。「身爻」衰弱にして又た剋制せらるれば、則ち千萬に殯を送り幡を執るに往くなかれ。凡そ病を探り災を問い訴訟を過問し殯を送り幡を執る、あるいは俯身の間沖犯に遭うを怕り仇家の傷る所と爲るを擔心する、此の一類の憂疑の事は、皆最も「官鬼」を忌む。もし「子孫」旺相し、あるいは發動し、あるいは「世爻」に臨み、あるいは「日辰」「月建」の力の來りて「官鬼」を剋制するを得れば、樣樣皆害なし。もし「官鬼」發動し、あるいは旺相し、あるいは「世爻」に臨み、あるいは來りて「世爻」を剋し、あるいは日月の扶助を得れば、皆禍殃を招惹せん。「官鬼」もし「空亡」に落つれば、則ち種種の忌諱皆顧慮するを必とせず。此外還お「世爻」を看るを要す。旺相にして又た合に遇い生に遇うは吉と爲し、衰弱にして又た沖に遭い剋に遭うは凶と爲す。

鬼值六神興,定六般之患難。官臨八卦動,分八向之憂危。朱雀同宮,莫去傳音附信,青龍並位,休來新保為媒。如遇勾陳,拆舊更新當染患。若逢白虎,修棺合槨反招殃。住騰蛇事防連累,居玄武物被侵偷。官鬼之爻看臨何獸發動,便知何事招殃。鬼臨朱雀,事主文書或寄信或喧譁或詞訟。或往火場,恐惹禍端,皆宜速避。青龍鬼動,事主花酒或行善原或往喜慶之家,反招殃禍。勾陳鬼殺、或至征戰之所,禍起難逃。騰蛇鬼動,主妖怪或魔倒或虛驚或因動土而起。玄武鬼動,事主盜賊、或坑廁、或水利、或陰人、或往江湖而染患。

「官鬼」「六神」を配上して發動すれば、可以六種不同の患難を斷定せん。「官鬼」八卦ある宮に落ちて發動すれば、可以八個の方位の憂危を分辨せん。「官鬼」と「朱雀」と同宮なれば、則ち人の爲めに話を傳え信を捎るなかれ。「青龍」と同位なれば、則ち新たに人の爲めに保を作し媒を作すに往くなかれ。もし「勾陳」に遇えば、舊屋を拆き新宅を翻するの一類の事病患に染まん。もし「白虎」に遇えば、棺を修め槨を合するの丧葬の事反って災殃を招來せん。「騰蛇」に落つれば、凡事人に牽連せらるるを防ぐを要す。「玄武」に落つれば、財物偷竊せらるるを防ぐを要す。「官鬼」爻のいずれの一位の神獸に臨みて發動するを看れば、則ち何の事に因りて殃を招くを知ることを得。「官鬼」「朱雀」に臨まば、事情多く文書に關し、あるいは是れ信を寄し、あるいは是れ口角喧嘩し、あるいは是れ詞狀訴訟す。も亦た可能是れ火を失する之處に往きて而も禍端を惹き出す、皆應當趕快回避すべし。「青龍」上の「官鬼」發動は、事情多く酒を飲み花を賞するより起こり、あるいは願を還し善を行いに往き、あるいは喜の事を辦する的人家に前往し、反って災殃を招來す。「勾陳」「官鬼」凶煞を帶ぶるは、あるいは征戰の地に到り、禍事一たび起これば便ち逃脫し難し。「騰蛇」上「官鬼」發動は、妖怪の作祟あるを主し、あるいは魔魘跌仆し、あるいは虛驚一場し、あるいは土を動かし工を興すに因りて起こる。「玄武」上「官鬼」發動は、事情多く盜賊に關し、あるいは坑廁、あるいは水利、あるいは女子、あるいは江湖を往來するに因りて疾患に染まる。

在艮則忌臨東北,不利山林。在坤則弗酶西南,豈宜墳墓。震為東向巽東南,起屋上樑休奉賀。兌乃西方幹西北,看經講道莫登壇。坎嫌北往及江河,離怪南行兼爐冶。

「官鬼」《艮》宮に落つれば、則ち東北方に往くを忌諱し、も亦た山林に進むに宜からず。《坤》宮に落つれば、則ち西南方に走るなかれ、更に墳墓に上るに宜からず。《震》正東を主り《巽》東南を主る、此の兩宮鬼あれば、人家屋を造り梁を上ぐるに道賀に往くなかれ。《兌》正西を主り《乾》西北を主る、此の兩宮鬼あれば、則ち壇に登り經を看し道を講ずるに往くなかれ。《坎》宮鬼あれば、北方および江河水邊に往くを忌む。《離》宮鬼あれば、南方および爐冶窯竈の地に往くを忌む。

艮宮鬼動,禍起東北或山林及骨冢、兼少男並犬畜、或擊石樵柴之類。坤宮鬼動,禍起西南,或墳墓及荒郊兼老嫗,布疋犬興並牛畜,或修砌動土之類。震宮鬼動,禍起正東、或創作或樹木、並舟楫兼長男或木行船枋之類。巽宮鬼動,禍起東南、或興造及風報,兼長女並雞畜或竹蘆花草之類。兌宮鬼動,禍起正西或庵堂或尼姑,及水利酒肆並少女同羊畜並祝巫妾婦。或念佛燒香之類。乾宮鬼動,禍起西北或寺觀釋子、或高樓兼金玉並白翁同騾馬、及城垛或看經講道之類。坎宮鬼動,禍起正北、或江河或盜賊及獄門,並中男兼豚豕、或溝坑池井之類。離宮鬼動,禍起正南或鍋灶並窯爐及術士、兼中女或銳炮流星之類。

《艮》宮「官鬼」發動すれば、禍事東北より起こり、あるいは山林・墳冢に關し、も可能家中の幼子と犬類の牲畜に牽連し、あるいは是れ石を采り柴を打つの一類の事。《坤》宮「官鬼」發動すれば、禍事西南より起こり、あるいは墳墓・荒郊に關し、も可能老婦人・布匹・犬隻と牛畜に牽連し、あるいは是れ墻を砌て土を動かすの一類の事。《震》宮「官鬼」發動すれば、禍事正東より起こり、あるいは工を興し創造し樹木・舟船に關し、も可能家中の長子、あるいは木行・船板の一類の事に牽連す。《巽》宮「官鬼」發動すれば、禍事東南より起こり、あるいは興造・風訊に關し、も可能家中の長女・鷄類の牲畜、あるいは竹葦花草の一類の事に牽連す。《兌》宮「官鬼」發動すれば、禍事正西より起こり、あるいは庵堂・尼姑・水利・酒肆に關し、も可能少女・羊畜・巫祝と妾婦、あるいは佛を念じ香を燒くの一類の事に牽連す。《乾》宮「官鬼」發動すれば、禍事西北より起こり、あるいは寺觀・僧人・高樓に關し、も可能金玉・白髮の老翁・騾馬・城垛、あるいは經を看し道を講ずるの一類の事に牽連す。《坎》宮「官鬼」發動すれば、禍事正北より起こり、あるいは江河・盜賊・牢獄の門に關し、も可能家中の次子・猪豕、あるいは溝渠坑洼・池塘水井の一類の事に牽連す。《離》宮「官鬼」發動すれば、禍事正南より起こり、あるいは鍋竈・窯爐・術士に關し、も可能家中の次女、あるいは砲火流星の一類の事に牽連す。

申酉避凶喪,又避戰征場內。寅卯憂斫伐兼憂造作門中。水愁水路之行,藏火慮火場之來往。辰戌忌山嶺,丑未忌墳塋。鬼屬金爻,忌喪家及征戰並宰殺之類。鬼爻屬木,忌造作並斫伐之類。鬼屬水爻,忌江河並池井及混堂之類。鬼屬火爻,忌火傷及窯爐之類。鬼屬土爻,忌山林及荒郊墳墓之類。不動不必言也,又看鬼值何爻。便斷何方莫去。且如鬼在坤宮,可決西南惹禍,餘皆仿此。

「官鬼」申・酉に在れば、凶事喪家を避開するを要し、も征戰の場合を避開するを要す。寅・卯に在れば、樹木を砍伐するを擔心するを要し、も工を興し造作するの事を擔心するを要す。「官鬼」水に屬するは、愁う所是れ水路を走る。隱伏の火鬼と爲るは、憂う所是れ火を失する之處を往來す。「官鬼」辰・戌に在れば、山に上り嶺を越ゆるを忌む。丑・未に在れば、墳塋墓地に到るを忌む。總じて「官鬼」金爻に屬するは、喪家・征戰と宰殺の一類の事を忌む。木爻に屬するは、興造と砍伐の一類の事を忌む。水爻に屬するは、江河・池井と澡堂の一類の地方を忌む。火爻に屬するは、火の燒傷灼傷と窯爐の一類の地方を忌む。土爻に屬するは、山林・荒郊と墳墓の一類の地方を忌む。「官鬼」もし發動せざれば、此の等則ち皆說くを必とせず。此外還お「官鬼」いずれの一爻・いずれの一宮に落つるを看るを要し、則ちいずれの一方前往すべからずと斷定す。比如「官鬼」《坤》宮に在れば、則ち西南方に往けば禍を惹かんと斷定すべし、其餘各宮皆此に照らして類推す。

動必生殃,縱不克身仍不吉。靜雖尤咎,若然傷世定然凶,隨官入墓,處處屯。助鬼傷身,方方坎坷。凡官鬼之爻,不拘臨在何爻何卦,動必為殃,縱不克世傷身,既動無不作禍。且如否卦四爻火官獨發,前列火傷及窯爐大忌不可,拘疑往北方水路。鬼動亦見凶危,但若官搖,不論東南西北概不為詳。鬼如安靜,永不為殃。倘來沖剋世爻,雖靜亦能為禍。凡世身本命隨官入墓、並助鬼傷身者,一切事情決無佳況。

「官鬼」一たび發動すれば必ず災殃を生ず、即便ち「世爻」「身爻」を剋せずとも、仍お是れ吉兆にあらず。「官鬼」安靜雖に大過なしと說くとも、可是一旦「世爻」を傷及せば、則ち必定凶險なり。もし「官に隨い墓に入る」の局を成せば、處處困頓行難し(此の句底本脱字あり)。もし「鬼を助け身を傷る」の局を成せば、方方面面皆是れ坎坷なり。凡是れ「官鬼」此の一爻、它いずれの一爻・いずれの一卦に落つるを管せず、只だ發動すれば即ち殃を作さん。縱い「世」を剋せず「身」を傷らずとも、既に發動せば、禍を生ぜざる無し。比如《否》卦を占得して、第四爻火性の「官鬼」獨發す、前面の列する所の火傷を忌み窯爐を忌むの話固然要緊なり、卻って拘泥して北に走り水路に往くを連れて疑懼不安なりとすべからず――「官鬼」一たび動けば、本來處處凶危を見る、只だ它搖動すれば、便ち再び東南西北を分ちて細論するを必とせず。「官鬼」もし安靜なれば、永遠に殃を作さず。但しもし來りて「世爻」を沖剋せば、即便ち靜きとも也た一樣に能く禍を生ず。凡そ「世爻」「身爻」あるいは本命の爻の「官に隨い墓に入る」、および「鬼を助け身を傷る」を構成するは、一切の事情断然好き光景なし。

用象化官殃速至,鬼爻變子禍潛消。世上有官,吉曜縱興終有害。卦中無鬼,凶星雖動永無傷。卦中鬼不交重又不克世,本為清吉,豈知用神動化官爻,反遭愆咎。卦內鬼爻雖動變出子孫,定主先凶後吉,禍必潛消。官雖不動若值世爻,縱有天喜貴人,此殃難解,卦中無鬼及落空亡,雖逢朱雀白虎凶星惡煞交重,並無損害。凡卜憂疑,鬼不臨世克世又不發動,子孫旺相又不化出官爻,此等卦爻,決無禍患。人慾趨吉避凶,起未定卦乃決疑解惑,行止能分。心若竭而祈誠,言有叩而必應。

「用神」發動して「官鬼」を化出すれば、災殃甚だ快く到る。「官鬼」發動して卻って「子孫」に變爲れば、禍患暗に消解す。「世爻」上「官鬼」を帶ぶれば、縱い吉星興旺ありとも、終究害あり。卦中根本「官鬼」無ければ、凶星怎麼發動するとも、も永遠に人を傷るに到らず。卦裏「官鬼」既に發動せず、又た「世」を剋せず、本來淸靜吉利なり、誰か知らん「用神」一たび動きて卻って「官鬼」を化出し、反って罪咎に遭う。卦內「官鬼」雖に發動すとも、卻って「子孫」を變出せば、一定是れ先に凶後に吉にして、禍事必然暗自に消散せん。「官鬼」縱使動かずとも、只だ「世爻」上に臨まば、即便ち「天喜」「貴人」此の類の吉神ありとも、此の場の災殃も亦た化解し難し。卦中「官鬼」無く、あるいは「官鬼」「空亡」に落つれば、那麼算めば「朱雀」「白虎」等の凶星惡煞一齊に發動して重爻と爲るとも、も毫も損害なし。凡そ憂疑の事を占うは、「官鬼」既に「世」に臨まず「世」を剋せず、又た發動せず、「子孫」旺相にして而且「官鬼」を化出せざれば、此の樣の卦爻、断然禍患なし。人吉に趨り凶を避けんと想う、卦を起こす事情未定の先に於てするは、正に是れ疑を决し惑を解せんが爲め、好く分辨す該當行くべきか還お該當止むべきかを。心意もし竭誠に祈禱せば、問う所の言一定應驗あらん。

防非避訟章第六十二

(以官鬼為主,朱雀為憑。)時常問卜慮官司,卻要官居空絕時,子動龍搖無橫事,鬼興雀噪定成詞。凡占詞訟有無,須推官鬼,鬼若空亡、或臨絕地、或不上卦,便無官非。縱有官爻,若得子孫發動,或持世上,永不成詞。鬼帶青龍,亦無橫禍;鬼臨朱雀發動,訟必當興;鬼爻若化子孫,見凶得吉。

本章は是れ非を防範し官司を躲避するの事を占うは、「官鬼」を以て用神の主體と爲し、「朱雀」を以て憑據と爲す。平日裏常に來りて卜問し官司に惹かれ上るを擔憂するは、最も要緊なる是れ「官鬼」が「空亡」あるいは「絶地」に處するの時なり。「子孫」發動し「青龍」搖動すれば、則ち意外の事なし。「官鬼」旺盛にして「朱雀」聒噪すれば、則ち必定訟案に鬧成せん。凡そ詞訟の有る無しを占うは、須らく「官鬼」此の一爻を推せ。「官鬼」もし「空亡」に落ち、あるいは「絶地」に臨み、あるいは根本卦に上らざれば、則ち官司是れ非なし。縱い卦中「官鬼」ありとも、只だ「子孫」發動し、あるいは「世爻」上に臨まば、も永遠に訟を成さず。「官鬼」「青龍」を帶ぶれば、同樣意外の禍あらざらん。「官鬼」「朱雀」に臨みて發動すれば、訟事必然興起せん。「官鬼」もし「子孫」を化出せば、則ち是れ凶に遇いて終に吉を得ん。

騰蛇值鬼牽連訟,玄武陰人盜賊知,白虎驗傷分勝負,勾陳爭產辯贏輸。騰蛇鬼動,若不為牽連之訟,定不免光棍之非。玄武鬼動,禍起陰人。或為盜情,或因水利。白虎鬼動,事幹喪服,或主槍傷打傷之累。勾陳鬼動,禍由田產、或為公差之事、亦或因債負之詞。

「騰蛇」上の「官鬼」は、牽連を受けて訟に渉るを主す。「玄武」上の「官鬼」は、禍の女子あるいは盜賊より起こるを知るべし。「白虎」上の「官鬼」は、傷を驗し案を定めて以て勝負を分かつを主す。「勾陳」上の「官鬼」は、田產を爭奪して輸贏を辯ずるを主す。「騰蛇」「官鬼」を帶びて發動するは、もし是れ人に牽連して官司に進むにあらずば、も一定無賴惡棍の糾纏を免れず。「玄武」「官鬼」を帶びて發動するは、禍事女子より起こり、あるいは盜竊の情に因り、あるいは水利を爭うに因りて起こる。「白虎」「官鬼」を帶びて發動するは、事情喪服に關し、あるいは槍刺棒打の類の傷害の累を主す。「勾陳」「官鬼」を帶びて發動するは、禍田產よりして生じ、あるいは是れ官府の差役に關し、も可能是れ債務に因りて起こるの訟狀なり。

又云更推何象之為鬼,便見誰人起訟端。福德變成卑幼起、或因僧道及歌歡。妻財化出陰人僕。或為生涯貨物牽。兄弟動來因手足朋友喧譁、或賭錢。爻逢父母之官者,尊長文書衣產船。官化官爻興舊訟,變為空地不須言。要知何事何人起訟,但看何爻化出官爻。子孫化鬼,事起兒女之輩、或僧道醫樂及善原並禽獸兼酌酒、或歌唱等類之訟。妻財化鬼,事起陰人、或奴僕及買賣並財物兼糧食等類之訟。兄弟化鬼,事起弟兄,或姨妹及朋友並同類兼中保媒妁等類,如加朱雀,便是賭博之訟。父母化鬼,事起尊長等輩、或文書及房屋並舟車兼袍服、或墳墓等類之訟。鬼化鬼,事起舊訟,不然亦主兩情、或三衙門、或結後復告。以上六親縱然此日官鬼化鬼若空,又不依前斷之。

歌訣又た曰く、還おいずれの一類の爻象か變じて「官鬼」と成りしかを推究して、則ち訟端誰より起こるを看出すことを得、と。「子孫」(福德)の「官鬼」を變出するは、是れ晚輩幼小の引起し、あるいは僧道・歌舞宴樂に因りて起こる。「妻財」の「官鬼」を化出するは、女子あるいは奴僕に牽涉し、あるいは生計を經營し貨物賣買に因りて起こる。「兄弟」發動して鬼を化すは、起因手足兄弟・朋友の爭吵に在り、あるいは是れ錢を賭す。爻中「父母」の「官鬼」を化出するは、起因尊長・文書・衣物・田產・舟船に在り。「官鬼」再び「官鬼」を化するは、是れ舊案重提す。もし化する所の爻「空亡」の地に落つれば、則ち再び論ずるを必とせず、と。何の事何の人より訟案を引起すを知らんと要するは、只だいずれの一爻か「官鬼」を化出するを看る。「子孫」「官鬼」を化するは、事兒女輩より起こり、あるいは僧道・醫家・樂人・還願行善・禽獸牲口・飲酒歌唱の一類の訟事。「妻財」「官鬼」を化するは、事女子より起こり、あるいは奴僕・賣買・財物・糧食の一類の訟事。「兄弟」「官鬼」を化するは、事兄弟より起こり、あるいは姨表姊妹・朋友・同行、および中人・保人・媒妁の一類。もし再び「朱雀」を加えれば、即ち是れ賭博の引起する訟事。「父母」「官鬼」を化するは、事尊長輩より起こり、あるいは文書・房屋・舟車・袍服・墳墓の一類の訟事。「官鬼」「官鬼」を化するは、事舊案より起こり、然らずともも兩頭皆情由あるを主し、あるいは三處の衙門に牽涉し、あるいは案子已に結して又た重新に告發せらる。以上六親の推斷は、もし當日「官鬼」の化出する「官鬼」恰好「空」に落つれば、則ち再び前面の說法に照らして斷ずるに往かず。

離中鬼動因中女,艮內官興為少男,以上他宮如此斷,六爻安靜訟無干。離官鬼動,事因中女、或火炮及爐灶並術士兼文墨等類之訟。艮官鬼動,事為少男、或山林及骨冢並犬畜等類之訟。乾宮鬼動,事為老翁,或寺廟及釋子並城垛高樓兼騾馬等類之訟。坎宮鬼動,事為中男、或江河及盜賊並水利兼豬畜等類之訟。震官鬼動,事為長男、或起造及樹木並舟揖等類之訟。巽宮鬼動,事因長女、或花草及竹蘆並使風兼雞畜等類之訟。坤宮鬼動,事因老嫗、或分墳墓及荒郊並牛畜布疋大車等類之訟。兌官鬼動,事因少女、或庵堂及尼姑並水利酒坊兼羊畜等類之訟。凡占訟有無,鬼若休囚安靜,朱雀不搖,便無訟擾。

《離》宮「官鬼」發動すれば、起因次女に在り。《艮》宮「官鬼」興起すれば、起因幼子に在り。其餘各宮皆此の辦法に照らして斷ずるに往く――每一宮既に一類の人を主し、又た一類の物事を主す、人と物とを合看せば、訟端の來由便ち顯れ出づ。六爻安然として動かざれば、則ち訟事と關なし。《離》宮「官鬼」發動すれば、事情次女に因りて起こり、あるい是れ火炮・爐竈・術士・文墨の一類の訟事。《艮》宮「官鬼」發動すれば、事情幼子に關し、あるいは是れ山林・墳冢・犬畜の一類の訟事。《乾》宮「官鬼」發動すれば、事情老年の男子に關し、あるいは是れ寺廟・僧人・城垛高樓・騾馬の一類の訟事。《坎》宮「官鬼」發動すれば、事情次子に關し、あるいは是れ江河・盜賊・水利・猪畜の一類の訟事。《震》宮「官鬼」發動すれば、事情長子に關し、あるいは是れ興造・樹木・舟楫の一類の訟事。《巽》宮「官鬼」發動すれば、事情長女に因りて起こり、あるいは是れ花草・竹葦・行船使風・鷄畜の一類の訟事。《坤》宮「官鬼」發動すれば、事情老婦に因りて起こり、あるいは是れ墳地を分割し・荒郊田野・牛畜・布匹・大車の一類の訟事。《兌》宮「官鬼」發動すれば、事情少女に因りて起こり、あるいは是れ庵堂・尼姑・水利・酒坊・羊畜の一類の訟事。凡そ訟事の有る無しを占うは、「官鬼」もし休囚にして而又た安靜にして、「朱雀」も亦た搖動せざれば、則ち訟事の來り攪擾する無し。歸結し說く、「官鬼」是れ訟事の根、「朱雀」是れ訟事の聲。根動かず聲起こらざれば、詞訟自然發生するに從なし。

防火避焰章第六十三

(吉則用子孫主,凶則用官鬼為主憑。)占火惟憑官鬼尋,交重克世火殃臨,世中遇此興家室,應上逢之起對門。內卦鬼興憂本宅,外爻官動慮鄉鄰。要知何處紅光透,八卦須將八向分,鬼在艮宮東北起,官居離卦正南焚。

本章は火を防ぎ災を避くるを占うは、吉を論ずる時は「子孫」を以て用神と爲し、凶を論ずる時は則ち「官鬼」を以て用神と憑據と爲す。火災を占うは只だ「官鬼」此の一爻に憑りて尋ね往く。「官鬼」發動して重爻と爲り而又た「世」を剋せば、火殃便ち頭に臨まん。「世爻」上它に遇えば、火自家の屋裏より起こる。「應爻」上它に遇えば、火對門の人家より起こる。內卦「官鬼」興起すれば、憂う所是れ本宅。外卦「官鬼」發動すれば、慮る所是れ鄕鄰。火光いずれの處より透出するを知らんと想えば、則ち八卦を用いて八個の方位を分辨するを要す。「官鬼」《艮》宮に在れば、火東北より起こる。「官鬼」《離》卦に在れば、火正南に焚燒す。

占火獨須推官鬼,鬼如發動便有火殃,不克世身並內卦,雖見無妨。動來傷宅或克世爻,難逃回祿。世值鬼搖,本家起火;應臨鬼動,對宅興災。內卦興親官鬼動,禍不離家。他官或外卦官興,火由鄰里。又看鬼動何官,便曰何方火熾。乾宮鬼動,西北興災。鬼在坎宮,殃生正北。官居艮上,東北遭殃。震上鬼臨,正東受患。巽家鬼動,禍及東南。離內鬼興,正南發覺。在坤,西南被害。在兌,正西起殃,卦中縱有鬼,若不動,則不必言。

火災を占うは只だ須らく「官鬼」を推せ。「官鬼」もし發動せば、便ち火殃あり。只だ它「世爻」「身爻」と內卦とを剋せざれば、雖に鬼象ありともも妨げなし。もし發動して來り宅爻を傷及し、あるいは「世爻」を剋せば、則ち難く火災を逃過せん。「世爻」上「官鬼」搖動すれば、是れ自家火を起こす。「應爻」上「官鬼」發動すれば、是れ對門の人家災を起こす。內卦と本宮との「官鬼」發動すれば、禍事自己の家門を離れず。他宮の「官鬼」あるいは外卦の「官鬼」興起すれば、火是れ鄰里より燒き來る。再び「官鬼」いずれの一宮に發動するを看れば、則ちいずれの一方火勢熾烈と說く。《乾》宮「官鬼」發動すれば、西北災を起こす。「官鬼」《坎》宮に在れば、災正北に生ず。「官鬼」《艮》宮に在れば、東北殃に遭う。《震》宮上「官鬼」あれば、正東害を受く。《巽》宮「官鬼」發動すれば、禍東南に及ぶ。《離》宮「官鬼」興起すれば、正南火情を發覺す。《坤》宮に在れば、西南害せらる。《兌》宮に在れば、正西災を起こす。卦中縱い「官鬼」ありとも、只だ它發動せざれば、便ち此の樣に論ずるを必とせず。

或空或絕無回祿,安靜休囚也不侵。子動傷官殃息滅,福臨世上火光沉。鬼爻暗動傷身者,倘中冤仇報復心。卦無官鬼,縱有或值空絕,必無火光。爻如有鬼,若值衰靜不克世爻,亦無害。卦見子動或持世、或陷日月,火必潛消。官雖靜、或被動爻沖官、或日辰沖鬼、鬼與應爻同克世,恐仇人放火,防備須嚴。問火有無,須要官鬼休囚,亦不發動又不克世,便無火殃。

「官鬼」あるいは「空亡」に落ちあるいは「絶地」に臨まば、則ち火災なし。安靜にして而又た休囚氣無ければ、火も亦た侵擾せず。「子孫」發動して往きて「官鬼」を傷れば、災殃隨即熄滅す。「子孫」(福德)「世爻」に臨まば、火光自然に沉息す。もし「官鬼」暗中沖せられて動き、又た來りて「身爻」を傷れば、恐怕當中仇家報復の心を藏せん。卦裏「官鬼」無く、あるいは縱いありとも卻って「空亡」「絶地」に落つれば、必定火光の災あらざらん。爻中もし「官鬼」あれば、只だ它衰弱安靜にして「世爻」を剋せざれば、も害處なし。卦中「子孫」發動を見、あるいは「子孫」「世」に臨み、あるいは「官鬼」日月の剋制の下に陷れば、火患一定暗中消解せん。「官鬼」雖に靜きとも、卻って動爻に沖起せられ、あるいは「日辰」に沖動せられ、而も此の「官鬼」又た「應爻」と一同に來りて「世爻」を剋せば、恐怕是れ仇人の蓄意放火、防備必ず嚴密を要せん。火患の有る無しを問うは、須要「官鬼」休囚氣無く、又た發動せず、又た「世」を剋せざれば、此れ纔めて火殃なし。

提防盜賊章第六十四

(以官鬼為主,玄武為憑。)子旺官空玄武靜,門窗不閉永無憂。玄搖鬼發遠財助,牆壁堅牢也被偷。凡占盜賊有無,卻憑官鬼,鬼在空亡及不上卦,玄武又不發動,必無盜賊來侵,縱有鬼爻,不臨玄武又不交重,亦無賊至。官爻雖動,而玄武不動,子孫況值交重或臨世上,終無失脫。子與鬼爻皆動卻看旺衰,子旺官衰不須疑慮;子衰官旺,賊勢難防。玄武與官鬼二爻皆動,又遇動爻助鬼或日月生官,雖然屋宇堅牢,穿偷難免,鬼如化子縱被侵偷,必然緝獲。

本章は盜賊を提防するを占うは、「官鬼」を以て用神の主體と爲し、「玄武」を以て憑據と爲す。「子孫」旺相・「官鬼」落空・「玄武」安靜なれば、那麼門窗關せずともも永遠に憂なし。「玄武」搖動・「官鬼」發動し、又た遠處の動爻來りて幫扶あれば、縱使墻壁堅固なりとも、も一樣に偷まるるを要せん。凡そ盜賊の有る無しを占うは、全く「官鬼」此の一爻に憑る。「官鬼」「空亡」に落ちあるいは卦に上らず、「玄武」又た發動せざれば、必定盜賊の來り侵す無し。縱い卦中「官鬼」ありとも、只だ它「玄武」に臨まず、又た發動して重爻と爲らざれば、も賊の到るあらざらん。「官鬼」雖に發動すとも、而も「玄武」動かず、何ぞ況んや「子孫」又た發動しあるいは「世爻」に臨まば、終究東西を丢失せざらん。「子孫」と「官鬼」兩爻皆動けば、則ち兩者の旺衰を看るを要す。「子孫」旺にして「官鬼」衰なれば、疑慮するを必とせず。「子孫」衰にして「官鬼」旺なれば、賊勢便ち防備し難し。「玄武」と「官鬼」兩爻皆動き、又た動爻の「官鬼」を生助し、あるいは日月の「官鬼」を生扶するに遇えば、那麼屋宇再び堅牢なりとも、も難く墻を穿ち偷竊せらるるを免れん。「官鬼」もし「子孫」を化出せば、縱い偷まるとも、も一定能く緝獲して追回せん。

那月官臨生旺值,便知此賊至門頭,交重玄武無官鬼,有口無心不必愁,艮家鬼動防東北,坎北離南一理求。要知賊冠何月來侵,便看鬼臨長生帝旺生扶之月,又看臨值何月,便知此賊方來。假如占得明夷卦,四爻土鬼動,土賴火生,先防五月,土生在申,再憂七月。鬼臨丑土,臘月當來,其餘諸卦就此推詳又推。

「官鬼」いずれの月份に於て生旺の地に處するを看れば、則ち盜賊あの月に找み門に上らんを知る。「玄武」雖に發動して重爻と爲るとも、卦中卻って「官鬼」無ければ、那不過是れ口ありて心なく聲勢を虛張する、發愁するを必とせず。《艮》宮「官鬼」發動は東北方を防ぐを要し、《坎》宮は北を防ぎ《離》宮は南を防ぐ、皆是れ同一個の道理なり。賊寇いずれの月に來り侵犯するを知らんと要するは、則ち「官鬼」の「長生」「帝旺」および生扶を得るの月份に處するを看、再び它自身の臨む所の月支を看れば、便ち賊將にいずれの時に來らんとするを知る。譬えば《明夷》卦を占得して、第四爻土性の「官鬼」發動す、土は火に頼りて來り生ぜしむるを要す、所以先ず五月を防ぐ。土の「長生」申に在り、所以又た七月を憂慮す。「官鬼」丑土に臨まば、則ち臘月當に來るべし。其餘各卦皆此の辦法に照らして細推す。

玄武發動鬼值旬空,賊雖起意終不來侵。要知賊在何方,且看鬼居何卦,鬼在乾宮,賊居西北,不來亦在寺觀之中。鬼在坎宮,賊藏水口,不然亦在北方。鬼在艮宮,便言東北、或在山林。震宮鬼動,盜隱正東,若非樹下,定近船坊木行之所。官居巽卦,當日東南,必近竹園或草堆之所。鬼在離宮,南方之賊,若不在窯爐之所,必匿於銀銅鐵匠之家。坤宮鬼動,便斷西南,若不居墳墓之所,必在荒郊曠野之內。鬼入兌宮,賊從西路,或在魚池水閣之傍,或近小廟庵堂之處。

「玄武」已に發動すとも、而も「官鬼」恰も「旬空」に値せば、賊人雖に偷盜の念頭を起こすとも、終究來り侵犯せざらん。賊いずれの一方に藏るを知らんと要するは、則ち「官鬼」いずれの一卦に落つるを看る。「官鬼」《乾》宮に在れば、賊西北に在り、不然とせばも寺觀の中に在り。「官鬼」《坎》宮に在れば、賊水口に藏り、不然とせばも北方に在り。「官鬼」《艮》宮に在れば、便ち東北に在りと說き、あるいは山林裏に在り。《震》宮「官鬼」發動すれば、盜賊正東に隱れ、もし樹下にあらずば、一定船坊あるいは木行に靠近せん。「官鬼」《巽》卦に在れば、當に東南を指し、必定竹園あるいは草垛に靠近せん。「官鬼」《離》宮に在れば、是れ南方の賊、もし窯爐の一帶にあらずば、必定銀匠・銅匠・鐵匠の家中に藏れん。《坤》宮「官鬼」發動すれば、則ち西南に在りと斷じ、もし墳墓の地にあらずば、必ず荒郊曠野の中に在り。「官鬼」《兌》宮に入れば、賊西路より來り、あるいは魚池水閣の旁邊に在り、あるいは小廟庵堂の處に靠近せん。此の一段の要領在り:賊の行迹「官鬼」の居する宮を以て方位を定め、再以て該宮の主する物象を以て藏身の所を定め、方位と物象と兩相印證して、追捕纔めて着落あり。

卦內鬼多不動,玄武朱雀皆興,兄弟化出官爻,必是賭輸而為盜,玄武臨財化鬼,若非妻妾之親,必是奴丁為盜。在內則本家之僕,在外則他姓之奴。玄武子孫化鬼須防子侄,或僧道來偷。玄武父母化鬼,倘遭尊長相侵,或被不就文人作盜。玄武官化官爻,必是遠年績賊。玄武鬼爻白虎,當推戴孝之人。卦內官爻及化出官爻,如臨空陷,皆不可以盜賊言之。

卦裏「官鬼」雖に多しとも卻って皆動かず、而も「玄武」「朱雀」一齊に興起し、又た「兄弟」爻の「官鬼」を化出するあれば、那必是れ錢を賭して輸して而も賊を做り往くの人なり。「玄武」「妻財」に臨みて「官鬼」を化出するは、もし是れ妻妾一邊の親眷にあらずば、必定是れ奴僕家丁の賊を做す。內卦に在るは本家の僕人、外卦に在るは別姓人家の奴僕なり。「玄武」「子孫」に臨みて「官鬼」を化出するは、須らく子侄輩、あるい是れ僧道の來りて偷むを防ぐべし。「玄武」「父母」に臨みて「官鬼」を化出するは、恐怕尊長の侵奪に遭わん、あるい是れ意を得ざる讀書人の盜する所なり。「玄武」上「官鬼」再び「官鬼」を化するは、必是れ多年の慣犯積賊なり。「玄武」の「官鬼」爻又た「白虎」を帶ぶれば、當に孝を戴くの人と推すべし。卦內の「官鬼」および化出の「官鬼」は、もし「空亡」陷地に落つれば、則ち皆盜賊と作して論ずること能くさらなり。

禦避災患章第六十五

(吉則用子孫為主,凶則用官鬼為憑。)防災避患忌官爻,安靜休囚禍不招,遇旺遇生災速起,或無或陷病潛消,不傷身世無魔瘴,如值交重難莫逃,日月制之殃咎散,子孫一動滅邪妖。凡占自身疾病有無,當詳官鬼,鬼逢生旺必見災速。若落空亡或不上卦,永不為殃。鬼如發動豈不生災,不克世身終無疾厄,官爻雖動,若得子孫同發、或子臨日月、或子孫居世,萬禍潛消。無鬼便無災。

本章は災病を抵禦し躲避するを占うは、吉を論ずる時は「子孫」を以て用神の主體と爲し、凶を論ずる時は「官鬼」を以て憑據と爲す。災を防ぎ患を避くる最も忌むは「官鬼」此の一爻。它安靜にして休囚氣無ければ、則ち禍を招かず。它旺に遇い生に遇えば、災禍甚だ快く起こる。它卦に上らずあるいは「空亡」に落陷すれば、病便ち暗中消解す。只だ它「身爻」「世爻」を傷らざれば、則ち病魔瘴氣なし。もし它發動して重爻と爲れば、災便ち逃避し難し。「日辰」「月建」のそれを制伏するを得れば、殃咎自ら會して散去せん。「子孫」一たび發動すれば、邪祟妖氣立刻に撲滅す。凡そ自身疾病の有る無しを占うは、應當「官鬼」を細察すべし。「官鬼」生に逢い旺に逢えば、必定甚だ快く災を見ん。もし「空亡」に落ちあるいは根本卦に上らざれば、則ち永遠に殃を作さず。「官鬼」もし發動せば、豈に災を生ぜざるあらん。可是只だ「世爻」「身爻」を剋せざれば、終究病厄あらざらん。「官鬼」雖に發動すとも、若し能く「子孫」同時發動し、あるいは「子孫」「日辰」「月建」に臨み、あるいは「子孫」「世爻」に居るを得れば、千萬種の禍患皆暗中消解せん。卦中「官鬼」無ければ、も便ち災なし。

誰爻化鬼誰人犯,那命臨官那個遭,更論六親誰受克,可推輕重決分毫。又論合家病疾有無,須尋用象。父爻化鬼災至椿萱。兄象化官禍延手足。子化官爻,殃從兒女。財之用象,病在妻奴。宮化宮爻,令門受患。世化官爻,病臨自己;應之鬼位,妻妾不寧。複查人之本命臨官,必主為災;假令占得某卦,午火臨官便曰屬馬生人受患,餘照其詳。鬼若空亡,不依此斷,更看六親之象,不可受傷。財動則禍憂尊長,鬼興則殃及兄弟,兄搖妻病,父動兒災,妻若來占,子動夫君受患。其餘問卜,子興皆作康寧。問病有無,卦內忌神不動,鬼不交重,用神不值旬空月破,便言平安。

いずれの一爻か「官鬼」を化出するは、即ち是れいずれの一個人か沖犯せらる。誰の本命の支か「官鬼」に臨むは、即ち是れ誰殃に遭う。再び六親の中誰か剋制を受くるを論ぜば、則ち可以病情の輕重深淺を推出せん。全家疾病の有る無しを論ぜんと要するは、須らく先ず各人の「用神」を找准せよ。「父母」爻の「官鬼」を化出するは、災父母雙親に在り。「兄弟」爻の「官鬼」を化出するは、禍兄弟手足に延び。「子孫」の「官鬼」を化出するは、殃兒女に在り。「妻財」用と爲して鬼を化するは、病妻子あるいは奴僕に在り。「官鬼」再び「官鬼」を化するは、一家門戶皆患を受けん。「世爻」の「官鬼」を化出するは、病自己身上に落つ。「應爻」上是れ「官鬼」なれば、妻妾安寧を得ず。還お病人の本命の支「官鬼」に臨むか否を査看するを要し、之に臨まば必定災と爲す。譬えば某卦を占得して、午火上「官鬼」を帶ぶれば、則ち屬馬の人患を受くと說く、其餘生肖此に照らして詳推す。「官鬼」もし「空亡」に落つれば、則ち此の辦法に依りて斷せず。此外還お六親各爻を看るを要し、皆傷を受くべからず。「妻財」發動すれば則ち憂い尊長に在り、「官鬼」興起すれば則ち殃兄弟に及び、「兄弟」搖動すれば則ち妻子病を生じ、「父母」發動すれば則ち兒女災あり。妻子もし來りて占卜せば、「子孫」發動便ち是れ丈夫患を受く。其餘各種の占問は、「子孫」興旺皆安康を主す。疾病の有無を問うは、只だ卦內「忌神」動かず、「官鬼」發動して重爻と爲らず、「用神」又た「旬空」「月破」に落さざれば、則ち平安と斷爲すべし。

何處得病章第六十六

(以官爻為主,動象為憑。)欲知何處起災星,須把交復位向真,爻靜可將外卦取,無官卻在本宮尋,當推官伏何爻下,鬼上飛爻方有因,假令卜得家人卦,鬼伏三爻辛酉金,但看飛神己亥水,便言西北犯靈神,飛官伏鬼皆空者,病體終無邪祟侵。

本章は病いずれの處より得て來るを占うは、「官鬼」爻を以て用神の主體と爲し、動爻を以て憑據と爲す。災星哪裏より昇起するを知らんと想えば、須らく發動の爻の方位を定準せよ。六爻安靜なるは、可以外卦を取りて來り斷ず。卦中「官鬼」なきは、則ち本宮に到りて尋ねよ。「官鬼」いずれの一爻の下に伏藏するを推さんと要するは、它の上頭に壓する「飛神」を看て、纔めて病因の所在を見ることを得。譬えば《家人》卦を卜得して、「官鬼」第三爻辛酉金に伏す、只だ上に壓する「飛神」是れ己亥水を看れば、便ち西北方に於て神靈を沖犯したりと說く。もし「飛神」と伏する所の「官鬼」と皆「空亡」に落つれば、病體終究邪祟の侵擾なし。

凡占何處得災,並看何方犯祟,不論卦中有鬼無鬼,如見動爻,即以動爻取之。火動曰南,水動曰北,如卦安靜亦有官鬼,便取外卦斷之。外巽則東南起禍,外幹則西北招殃。卦若安靜又無鬼者,並不取外卦而推,卻看鬼伏在何爻之下,鬼上飛爻定其方向,假令訟卦安靜,鬼伏三爻午火之下,便云病起南方。又如遁卦三爻六爻動,既有動爻便言動,動申是西南,戌乃西北,病從一處豈有二方?即要二者並看,只曰西方。又如遁卦安靜,卦雖有鬼並無動爻,便將外卦而決,禍從西北而來。又如小畜卦初爻二爻動,官鬼雖無,動爻可取鬼當正北,寅為東北,二象並推總言在北。又如小畜卦初爻二爻動,無官難取外卦,方看鬼伏三爻之下,祟於西北方來,卦如無鬼伏鬼再空,並無神祟。

凡そ病いずれの處より得て來るを占うは、兼ねていずれの一方に於て鬼祟を沖犯したるを看る、卦中「官鬼」有る無しを論ぜず、只だ動爻を見れば、則ち動爻を取りて來り斷ず。火爻動けば便ち南方と說き、水爻動けば便ち北方と說く。もし六爻安靜にして卦中又た「官鬼」あれば、則ち外卦を取りて來り斷ず。外卦是れ《巽》なれば、禍東南より起こる。外卦是れ《乾》なれば、殃西北より招く。卦もし既に安靜また「官鬼」無ければ、那れ則ち外卦を取りて推さず、而も「官鬼」いずれの一爻の下に伏するを看、其の上に壓する「飛神」を用いて方向を定む。譬えば《訟》卦六爻安靜、「官鬼」第三爻午火の下に伏すれば、則ち病南方より起こると說く。又た如し《遯》卦第三爻・第六爻發動す、既然動爻あれば則ち動爻を取りて來り說く。申是れ西南、戌是れ西北、病只だ一處より來る、哪裏か兩個の方位あらん。所以兩者を合看して、只だ西方と總說す。又た如し《遯》卦六爻安靜、卦中雖に「官鬼」ありとも卻って動爻無ければ、便ち外卦を用いて决斷し、禍西北方より來る。又た如し《小畜》卦初爻・二爻發動す、卦中雖に「官鬼」無しとも、動爻卻って取用しうる。子當に正北、寅東北と爲す、兩爻幷せて推し、總じて北方に在りと說く。再如《小畜》卦初爻・二爻發動す、「官鬼」無きに因りて外卦を取ること難し、此れ纔めて「官鬼」第三爻の下に伏するを看、祟西北方より來ると斷ず。卦中もし既に「官鬼」無く、伏する所の「官鬼」又た空に落つれば、那れ則ち幷せて神祟無し。

之一又論八宮鬼動云:坤象鬼興遭墳野,艮家官動起山林,離宮或到窯爐處,乾兌曾沖寺廟門,震巽樹林花草路,坎卦江河池沼村。鬼值本宮非出境,官方惹禍卻評論。

其一、再び八宮「官鬼」發動の斷法を論ず。歌訣に曰く、《坤》宮「官鬼」興起すれば、是れ墳地荒野に於て沖撞したり。《艮》宮「官鬼」發動すれば、病山林より起こる。《離》宮「官鬼」發動すれば、或るい是れ窯爐の處に到りし。《乾》《兌》二宮「官鬼」發動すれば、是れ曾て寺廟の門を沖犯したり。《震》《巽》二宮「官鬼」發動すれば、是れ樹林花草の路上に在りし。《坎》宮「官鬼」發動すれば、是れ江河池沼の村落に在りし、と。「官鬼」もし本宮に落つれば、說明す未だ遠門に出でず。「官鬼」他宮他方に落ちて而も禍を惹けば、纔めて別に作して評斷す。

官若動時,亦不如前所斷。鬼在坤宮,必往西南犯祟、或登墳墓、或田野之間。鬼在艮宮,曾行東北,不然便往山林。鬼在離宮,南方染禍、或往火場、或到窯爐之所。鬼在坤宮,理推西南、或到寺觀之中、或步高樓之上。鬼在兌宮,正西有犯、或往庵堂、或居水口。鬼在震宮,正東惹禍、或往樹林之下、或登船轎之中。巽宮鬼發,曾步東南或到竹園之側、或居柴草之傍。鬼在坎宮,病從北至、或履江湖之口、或逢驟雨淋身。鬼如獨發,又看地支所屬之方,假令賁卦初爻獨發,病起東方,餘皆仿此宮。鬼如不獨發,則不必言也。如爻亂動,照前八卦推之,又看鬼在本宮或在內卦,便言當地之災。鬼在外卦或在他宮動者,當推病起外方,學者自宜通變。

「官鬼」もし是れ發動すれば、斷法便ち前面(靜卦は外卦を取る)と不同ならん。「官鬼」《坤》宮に在れば、必是れ西南に往きて鬼祟を沖犯し、あるいは墳墓に登り、あるいは田野の間に在りし。「官鬼」《艮》宮に在れば、曾て東北方に往き、不然とせば便ち是れ山林に進み入りし。「官鬼」《離》宮に在れば、南方に於て禍患に染上し、あるいは火を失する之處に往き、あるい是れ窯爐の所に到りし。「官鬼」《乾》宮に在れば(底本此の處誤って「坤宮」と作す)、理に按じて西北に推し、あるいは寺觀の中に到り、あるいは高樓の上に登りし。「官鬼」《兌》宮に在れば、正西方沖犯する所有り、あるいは庵堂に往き、あるいは水口に待在りし。「官鬼」《震》宮に在れば、正東方禍を惹き、あるいは樹林の下に到り、あるいは船隻轎子に坐りし。《巽》宮「官鬼」發動すれば、曾て東南方に走動し、あるいは竹園の旁邊に到り、あるいは柴草堆の邊に待在りし。「官鬼」《坎》宮に在れば、病北方より來り、あるいは江湖渡口を走り過ぎ、あるいは曾て驟雨に身を淋されし。「官鬼」もし是れ獨發の爻なれば、還お它地支の所属する方位を看るを要す。譬えば《賁》卦初爻獨發すれば、病東方より起こる、其餘各卦皆此に照らして類推す。「官鬼」もし是れ獨發にあらずば、便ち此の樣に論ずるを必とせず。もし諸爻亂動せば、則ち前面八卦の辦法に照らして推し、再び「官鬼」是れ本宮に在るかあるいは內卦に在るかを看れば、那れ則ち災本地より起こると說く。「官鬼」外卦あるいは他宮に在りて發動すれば、則ち病外方より起こると推すべし。易を學ぶの人自ら當に靈活變通すべし。

之二又論六神值鬼云:青龍鬼動因權悅,或往親朋喜事家,或到樹林芳草處,或叨酌酒及簪花。鬼值青龍,災由喜處、或探親訪友、或酬酒簪花、或去遊山、或居樹下、或謁貴人,以上等方病從此得。朱雀鬼興因惱怒,是非詞訟及文章,看書寫字兼歌唱,皆是生災惹禍方。鬼臨朱雀,災由怒氣,或被閒非詞訟或曾寫書修書或遇喧譁或逢歌耍、或視火場染其災禍。

其二、再び「六神」「官鬼」を配するの斷法を論ず。歌訣に曰く、「青龍」上「官鬼」發動すれば、病因得意歡悅の時に出づ、あるいは親友の喜の事を辦する人家に往き、あるいは樹林芳草の處に到り、あるいは人家の酒席に叨擾し花を簪たり、と。「官鬼」「青龍」を配するは、災喜慶の場合よりして來る、あるい是れ親を探し友を訪い、あるい是れ應酬して酒を飲み花を簪て宴に赴き、あるい是れ門を出でて山を遊び、あるい是れ樹下に歇息し、あるい是れ貴人を拜謁す――病便ち是れ以上此の等の地方より得て來る。歌訣又た曰く、「朱雀」上「官鬼」興起すれば、病因惱怒に出づ、是れ非詞訟・文章書寫に關あり。書を看し字を寫し以て曲を唱するに至るまで、皆是れ災を生じ禍を惹くの所在、と。「官鬼」「朱雀」に臨まば、災怒氣よりして生ず、あるい是れ無端の是れ非・詞狀訟案に身を纏われ、あるい是れ曾て信を寫し書を作し、あるい是れ爭吵喧嘩に遇上し、あるい是れ歌舞戲耍に碰上し、あるい是れ火を失する之處を看て而も災禍に染上せり。

勾陳鬼動病難痊,倘至田傍墓後前,或為他修並自作,莫非禁忌有牽連。鬼值勾陳,災由跌磕、或登墳左墓右、或行地後田前、或曾內外動作,故有災瘴。騰蛇若帶鬼爻興,病為驚惶懼嚇成,或被七情傷氣血,或逢鬼魅作妖精。鬼值騰蛇,災由驚恐或多思慮、或有憂愁、或遇妖邪,故生災瘴。

歌訣に曰く、「勾陳」上「官鬼」發動すれば、病痊愈し難し、或るい是れ田邊・墳前墓後に到り、あるい是れ別人の爲めに修造し又たあるいは自家工を動かし、多半是れ土を動かすの禁忌を觸犯して而も牽連あるに因る、と。「官鬼」「勾陳」を配するは、災跌倒磕碰よりして來る、あるい是れ墳墓の左右に登臨し、あるい是れ田地の前後に行走し、あるい是れ曾て屋內屋外に於て工を興し動作し、此に因りて災病を招來せり。歌訣又た曰く、「騰蛇」もし「官鬼」を帶びて興起せば、病是れ驚嚇恐懼を受けて成る、あるい是れ喜怒憂思悲恐驚七種の情緒に氣血を傷られ、あるい是れ鬼魅妖精の作祟に遇上す、と。「官鬼」「騰蛇」を配するは、災驚恐よりして來る、あるい是れ思慮過多し、あるい是れ憂愁を心懷し、あるい是れ妖邪に遇見し、因りて災病を生出せり。

白虎相臨官鬼興,或聞鄰近有悲聲,或觀撤席行喪過,或視兵戈及宰牲。官臨白虎,禍起哀聲、或鄰里之臨喪、或新朋之撤席、或往孝堂之內、或見刀兵或逢宰殺,如此數般禍從斯出。玄武還從水路來,或貪酒色得其災,或經沐浴兼逢雨,或受寒邪病更乘。玄武臨官,災由酒色、或往江河、或曾冒雨、或經失物、或被盜驚起病之由,細宜斟酌。

歌訣に曰く、「白虎」與「官鬼」と相臨みて興起すれば、あるい是れ鄰近に傳わる哭聲を聽き、あるい是れ席を撤し喪を送るの隊伍の經過を看過し、あるい是れ刀兵および牲口を宰殺するを見たり、と。「官鬼」「白虎」に臨まば、禍哀聲より起こる、あるい是れ鄰里喪事を辦し、あるい是れ新交の朋友家筵席を撤し、あるい是れ靈堂孝棚に進み入り、あるい是れ刀兵を見到し、あるい是れ屠宰に碰上す――此の幾種の情形、禍便ち此の裏より出づ。歌訣又た曰く、「玄武」上の病還お是れ水路より來る、あるい是れ酒色を貪戀して而も災を得、あるい是れ沐浴之の後また雨淋に遭い、あるい是れ寒邪を受けて而も病勢加重せり、と。「玄武」「官鬼」に臨まば、災酒色よりして起こる、あるい是れ江河に往き、あるい是れ曾て雨を冒し、あるい是れ財物を丢失し、あるい是れ盜賊に驚嚇せらる――病を發するの緣由は、皆該當仔細斟酌すべし。

痘疹起回章第六十七

(以官鬼為主,五行六象為憑。)未種花時問種花,卦無官者痘無芽,鬼空鬼絕無斑疹,官動官興有痘瘀。凡占出痘,須看官爻,鬼若空亡及不上卦,決然不出。卦中縱有鬼動亦值休囚、或逢沖散、或遇絕鄉、或化克絕,皆非出也。官如發動不臨死絕刑傷,鬼縱休囚若變為有氣,便種痘花。鬼雖不動或逢旺相之期,亦當起發。卦雖無鬼,倘然本月臨官,反生痘痧。

本章は痘疹の發出と收回とを占うは、「官鬼」を以て用神の主體と爲し、五行と「六神」の象とを以て憑據と爲す。還お痘を出さざるの時來りて痘を出すか否を問うは、卦中もし「官鬼」無ければ、痘便ち萌芽せず。「官鬼」「空」に落ちあるいは「絶」に臨まば、斑疹あらざらん。「官鬼」發動し「官鬼」旺盛すれば、便ち痘瘡あらん。凡そ痘を出すを占うは、須らく「官鬼」爻を看よ。「官鬼」もし「空亡」に落ちおよび卦に上らざれば、断然出ざらん。卦中縱い「官鬼」發動ありとも、但し它又た休囚氣無く、あるいは沖散せられ、あるいは「絶」地に落ち、あるいは它を剋し它を絶する之の爻を化出せば、も皆出ざらん。「官鬼」もし發動して而も死絶刑傷の地に臨まず、あるいは「官鬼」雖に休囚すとも卻って變じて氣有りと爲れば、那れ則ち痘花を種出せん。「官鬼」縱然動かずとも、一旦它旺相の時節に遇上せば、也た照樣發出せんと要す。卦中雖に「官鬼」無しとも、倘若本月の月支正に「官鬼」の臨む所なれば、反って痘痧を生出せん。

年上臨官年出痘,月中值鬼月栽花,鬼休子旺當稀朗,鬼旺福衰稠密加,若見騰蛇臨火發,定主麻痘斷無差。若問何年種豆,便看鬼臨生旺之年,卦若無官,又察何年值鬼。如占何月栽花,便推鬼逢生旺之月;要知何日,亦看鬼旺之期,大同小異一理而推。卦中官鬼休囚子孫旺相、或值世家,縱然出痘,亦主稀疏。官如旺相,子若休囚,痘生時下稠密非常,又論騰蛇臨火發動,鬼雖安靜必發痘疹。

太歲の支上「官鬼」に臨むは、此の一年便ち痘を出さん。月建の支上「官鬼」に値するは、此の月便ち痘を發せん。「官鬼」休囚にして「子孫」旺相なれば、痘必ず稀疏明朗なり。「官鬼」旺相にして「子孫」(福德)衰弱なれば、痘便ち密密麻麻なり。もし「騰蛇」火爻に臨みて發動するを見れば、必定是れ麻疹と痘瘡と幷發す、斷じて差錯なし。もしいずれの一年か痘を出すを問わば、則ち「官鬼」生旺の年份に處するを看よ。卦中もし「官鬼」無ければ、再びいずれの一年かの年支正に「官鬼」なるを察す。もしいずれの一月か痘を發するを占わば、則ち「官鬼」生旺に逢うの月份を推す。いずれの一天を知らんと要すれば、同樣「官鬼」旺盛の日子を看る――道理大同小異、一を以て之を貫く。卦中「官鬼」休囚にして「子孫」旺相、あるいは「子孫」「世爻」の家に臨まば、縱い痘を出すとも、も稀疏を主す。「官鬼」もし旺相、「子孫」又た休囚なれば、痘發出來る當時便ち密なること異常ならん。再び論ず「騰蛇」火爻に臨み發動すれば、「官鬼」縱然安靜すとも、も一定要して痘疹を發せん。

病源眞假章第六十八

(以官鬼為主,旺衰為憑。)凡占疾厄假和真,官鬼交重病必興,旺相亦然遭此患,臨空遇絕是虛名。凡占是病不是病,只論官爻,再無別議。鬼若交重,必成此症。官雖不動,若逢生旺,亦斷此災。卦如無鬼及落空亡、或臨絕處,似是而非病不真也。隨官入墓災非假,助鬼傷身禍必興,日月制官實不實,子孫旺動疾難憑。凡值隨官入墓助鬼傷身,其禍當興,災難,迴避。要知病散,須看子孫。若得子旺官衰、日月及臨福德,卦內子爻或動剋制。

本章は病源の眞假を辨ずるは、「官鬼」を以て用神の主體と爲し、其の旺衰を以て憑據と爲す。凡そ疾病是れ眞か是れ假かを占う。「官鬼」發動して重爻と爲れば、病必定興起せん。「官鬼」旺相なれば、也た照樣此の場の病患に遭わん。「官鬼」「空亡」に落ちあるいは「絶」地に遇えば、那便ち是れ虛に其名あるの假症なり。凡そ究竟是れ眞に病有るか否かを占うは、只だ「官鬼」此の一爻を論じ、再び別の說法無し。「官鬼」もし發動して重爻と爲れば、必然此の症を坐實せん。「官鬼」縱然動かずとも、只だ生に逢い旺に逢えば、も斷じて眞に此の災ありと爲す。卦中もし「官鬼」無く、あるいは「官鬼」「空亡」に落ち、あるいは「絶」地に臨まば、那れ即ち是れ似是而非、病幷せず眞なり。もし「官に隨い墓に入る」の局を成せば、災是れ假にあらず。もし「鬼を助け身を傷る」の局を成せば、禍必定興起せん。「日辰」「月建」「官鬼」を制伏すれば、病便ち實中虛を帶ぶ。「子孫」旺相にして發動すれば、病更に靠るべからず。凡そ「官に隨い墓に入る」「鬼を助け身を傷る」に遇うは、禍端正に盛んにして、災難回避し難し。病いつの時消散するを知らんと要するは、須らく「子孫」を看よ。もし「子孫」旺にして「官鬼」衰、あるいは「日辰」「月建」正に「子孫」(福德)に臨み、あるいは卦內「子孫」爻發動して往きて「官鬼」を剋制するを得れば、病便ち能く散ぜん。

疾病吉凶章第六十九

(以用神為主,元神為憑。)疾病須求用象興,元神旺動定為亨,忌神切莫交重位,日月將來配克生,動看變爻知去就,無尋伏象覺虧盈。

本章は疾病の吉凶を斷ずるは、「用神」を以て主體と爲し、「元神」を以て憑據と爲す。疾病を占うは、須らく「用神」の興旺を求めよ。「元神」旺相にして發動すれば、病情必定順遂通泰なり。最も要緊なる是れ「忌神」切に發動して重爻と爲るべからず、還お須らく「日辰」「月建」を把り來りて配合し、它是れ剋か還お是れ生かを看よ。「用神」もし發動せば、則ち其の化する所の「變爻」を看、以て病勢の去向を知らん。卦中もし「用神」無ければ、則ち其の「伏神」を尋ね、中より盈虧を察覺せん。

凡占疾病專看用爻,卦中若得用爻有氣元神發動、忌神安靜,便主無妨。忌神忌動,如元神同發者,轉助用爻,病反得詳。卦內元神不動,閒神況值休囚,更逢月建或日辰相剋,也主傾危。用象雖臨弱地,如逢日月生扶,決然無咎。用如安靜,不必細詳,用若交重須推變化,變出生扶,則吉;變成墓絕,則凶。卦中如無用象,當察伏神,更推日月,日月又無主象,伏神又被刑傷,再查互卦。互中體用二爻亦無用神者,方言無救。主卦雖無用象,倘然伏出無傷,決難損命。伏出縱遭刑剋,遠查日月並互卦之中有一用爻,亦無害也。又論用爻上卦正值旬空,卻看病之遠近,暴病逢空可救,久病逢空必死。雖值空亡,還分衰旺。空如旺相,縱然久病也無妨。空若休囚,但遇日沖亦不死。倘若立時空又值旬空,不拘遠近之病,無不傾亡。用爻雖不落空,如臨月破必致傷身。

凡そ疾病を占うは專ら「用神」を看る。卦中もし「用神」氣あり「元神」發動し「忌神」安靜すれば、則ち妨礙なきを主す。「忌神」本是れそれ發動を忌む、但しもし「元神」同時發動して、反って「用神」を生助せば、病情反って轉好せん。卦內「元神」動かず、閑雜の爻又た皆休囚し、再び「月建」あるいは「日辰」の來り剋するに遇えば、も危殆を主す。「用神」雖に衰弱の地に落つるとも、もし日月の生扶を得れば、断然過咎なし。「用神」もし安靜なれば、便ち細論するを必とせず。「用神」もし發動して重爻と爲れば、則ち須らく其の變化を推せ。生扶の爻を變出せば則ち吉、變じて「墓」「絶」の地と成れば則ち凶。卦中もし「用神」無ければ、應當「伏神」を察看し、再び日月を推すべし。もし日月の中も亦た「用神」を見ず、「伏神」又た刑傷せられれば、則ち再び「互卦」を査す。「互卦」の體・用二爻中仍お「用神」無ければ、此れ纔めて救無しと說く。本卦雖に「用神」無しとも、倘若「伏神」透出して而も傷を受けざれば、断然命を損ずるに至らず。「伏神」透出縱然刑剋に遭うとも、只だ遠く日月および「互卦」の中を査して還お一個の「用神」あれば、も妨害なし。再び論ず「用神」卦に上りて卻って正に「旬空」に値せば、那れ則ち病の新久を看るを要す。暴發の急病空に逢うは、救治すべし。久しく拖くの舊病空に逢うは、必定死せん。雖に「空亡」に落つるとも、還お得して衰旺を分かつ。空にして旺相なるは、縱い是れ久病なりともも妨げなし。空にして休囚なるは、只だ「日辰」の來り沖するに遇えば、も還お死するに至らず。倘若當時即ち空また「旬空」に逢うの雙重の空象なれば、那麼病の新久を論ぜず、傾覆して命を喪わざる無し。「用神」縱然落空せずとも、もし「月破」に臨まば、も必定要して身命を傷及せん。

用爻有氣元神動,忌神縱發不須驚。主象休囚加克破,體雖無恙也遭傾。用神旺相逢扶助,病縱臨危反主生。占病,得用爻旺相元神又動,日月縱來相傷永不受克,忌神雖發,亦不為殃。主象若值休囚,元神又靜,忌神況值交重、或被月建日辰伐用,身雖小病,後必傷軀。用象如臨旺地又遇生扶,決有起死回生之兆。

「用神」氣ありて「元神」又た發動すれば、「忌神」縱然發動すともも驚慌するを必とせず。「用神」休囚にして、再び剋せられ破せられを加えれば、身體眼下即便ち恙なしとも、日後も亦た傾危せん。「用神」旺相にして又た扶助に逢えば、病即便ち危急の關頭に到るとも、反って活を主す。病を占うの時、もし「用神」旺相にして「元神」又た發動するを得れば、那麼日月縱然來り傷るとも、「用神」も亦た永遠に剋を受けず、「忌神」雖に發動すとも、も殃を作すこと能くさらん。「用神」もし休囚氣無く、「元神」又た靜きて動かず、何ぞ況んや「忌神」還お發動して重爻と爲り、あるいは「月建」「日辰」來りて「用神」を討伐せば、那麼眼下雖に是れ小病なりとも、日後必定身軀を傷及せん。「用神」もし旺地に落ちて又た生扶に遇えば、断然起死回生の兆候あり。

忌變生而用變克,分毫之疾恐傷刑,用之旺者忌之絕,沉重之災即刻輕,如此定之留萬古,何須海外再求明。休把卦名推禍福,莫將神煞決憂禎,空身空命皆非忌,無鬼無財豈足憑。疾病卦中忌神旺動又變生扶,主象衰搖化成死絕,元神又之克破,豈有救哉?用神雖居衰位,化出帝旺長生,又逢扶助忌神雖動而化為克傷死絕之鄉,不能制用,病雖沉重,旦夕可安,如此推之並無差謬。

「忌神」生扶を變出して「用神」剋傷を變出するは、即便ち只だ一點の小病なりとも、も恐怕刑傷に遭わん。「用神」正に旺にして「忌神」「絶」に入れば、再び沉重の災病も亦た立刻に減輕せん。此の辦法に照らして斷定すれば、可以萬世に流傳せん、何必さらに海外に到りて別に高明を求めんや。卦名を拿りて禍福を推すなかれ、も神煞を以て吉凶を决するなかれ。「身爻」落空し本命落空するも皆忌と爲すに足らず、卦中「官鬼」無く「妻財」無きは、又た哪裏か靠得住せんや。疾病を占うの時、卦中「忌神」旺相にして發動し、又た生扶の爻を變出し、「用神」衰弱搖動して卻って死絶に化成し、「元神」再び剋破せられれば、此れ還お甚の救かあらん。反って、「用神」雖に衰位に處すとも、卻って「帝旺」「長生」を化出し、又た別爻の扶助に逢い、而も「忌神」雖に發動すとも、卻って剋傷死絶の鄕に化入して、「用神」を制約すること能くさらば、那麼病雖に沉重なりとも、早晚便ち平安を得ん。此の樣に照らして推斷すれば、絶無差錯ならん。

其中有論卦名者,切不可也。經云易卦淵源論五行陰陽之理,本生生可憐愚昧無知識顛倒陰陽論卦名,今有人論神煞者亦非也。經云易卦陰陽在變通五行生剋妙無窮,時人不辨陰陽理,神煞將來定吉凶。假令子占父病,父爻旺相,墓門煞或大煞又動,用爻有氣,豈能死乎?又如夫占妻病,財爻無氣父兄皆動,縱得月解天醫同發,用既遭傷,豈不死推?故此五行為重,神煞難憑,星家專忌本命空亡,此非正道。且如甲子旬占,空當戌亥,寰中萬萬屬豬屬犬生人,豈皆命絕?

其中卦名を拿りて來り論斷する有り、千萬に此の如くすべからず。前人の口訣に曰く、《易》卦の根源在りて五行陰陽の理を講ずるに在り、本是れ生生不息なり。可嘆愚昧無知の人、陰陽を顛倒して、卻って卦名を論ずるに往く、と。如今又た人專ら神煞を論ずる有り、同樣是れ錯なり。口訣又た曰く、《易》卦の陰陽全く變通に在り、五行の生剋奧妙無窮なり。時人陰陽の理を辨明するに往かず、卻って神煞を搬出して以て吉凶を判定す、と。譬えば兒子父親の病を占うに、「父母」爻旺相なれば、即便ち「墓門煞」あるいは「大煞」又た發動すとも、只だ「用神」氣あれば、怎麼して死せんや。又た如し丈夫妻子の病を占うに、「妻財」爻氣無くして「父母」「兄弟」皆發動せば、縱然「月解」「天醫」等の吉神同時發動すとも、「用神」既に傷に遭う、豈に還お死を斷せざらんや。所以五行生剋纔めて是れ根本、神煞靠不住なり。星命家專ら本命「空亡」に落つるを忌む、此れも亦た正道にあらず。譬えば甲子一旬の中卦を占うに、「空亡」正に當たり戌・亥に在り、天下千千萬萬の屬猪屬狗の人、難道皆命絶せしと成らんや。

前人又言病人無鬼必死,豈無驗乎?天玄賦中雖曰占病無鬼必無叩告之門,乃天年命盡也,其病不瘳。且如兄占弟病,鬼乃忌神,豈宜在卦?又如父占子病,鬼作仇人,焉可用之?若據理上論病只取用爻旺衰生克,便決存亡。凡卦無鬼不過無神祟耳,豈就作天年命盡乎?況今屢試無官之卦,未必死也。又辨無財者理更差誤,財爻雖為飲食,無者不過目今飲食不食,焉能喪命?只有夫占妻、主占僕看,惟忌財空,其餘占者皆不忌。

前人又た病人卦中「官鬼」無ければ必ず死すと說く、難道此の話便ち應驗の時無からんや。《天玄賦》裏雖に占病「官鬼」無ければ便ち神明を叩告する處無く、是れ天年已に盡き其の病愈えずと講ずとも、可是要して情形を分ちて以て看るべし。譬如哥哥弟弟の病を占うに、「官鬼」正に是れ「忌神」、怎麼反って卦中に出現すべきや。又た如し父親兒子の病を占うに、「官鬼」是れ「子孫」を剋するの「仇神」、哪裏か能く拿りて來りて用と當てんや。もし正理に按じて病を論ぜば、只だ「用神」の旺衰生剋を取れば、則ち能く存亡を决斷せん。凡そ卦中「官鬼」無きは、不過是れ神祟の作怪無きを說く罷り、怎麼就ち天年命盡と斷成せんや。何ぞ況んや如今屢次試驗するに、「官鬼」無きの卦未必しも就ち死せず。辨説卦中「妻財」無ければ便ち凶とするに至りては、道理錯ること更に遠し。「妻財」雖に飲食を主るとも、它無きは不過眼下飯を喫し下す能くざる而已、怎麼會此に因りて命を喪わんや。只有丈夫妻子を占い主人僕人を占う此の兩種の情形、纔めて「妻財」の落空を忌み、其餘の占問一概に忌まず。

又云惟有六沖分緩急,病源卻要自斟量,初災遇此當全瘥,久病逢之命必傷,合處逢沖同此意,不憑主象弱和強,更論土爻臨鬼動,爻凶少吉禍難禳。病得六沖化沖、合處逢沖,皆要審其遠近重輕,如暴病來占,朝夕即當痊癒。若久病占之,用象雖然旺相,也主身亡。又論近病逢沖則愈,重病逢沖則死。卦縱不沖,用爻亦旺,凡遇財鬼動者,萬可言死。惟占尊長,鬼為元神,動則祈讓可療。

歌訣又た曰く、只有「六沖」の卦要して病の新舊緩急を分辨し、病源還お得して自己斟酌掂量せしむ、と。初起の病「六沖」に遇上すれば、當に痊愈すべし。久しく拖くの病「六沖」に遇上すれば、性命必定傷せん。「六合」の「六沖」を變出するは、道理此と相同なり、皆「用神」の强弱に憑りて來り論ずるを必とせず。再び論ず土性の爻「官鬼」に臨みて發動するは、卦爻多く凶少なく吉、禍事禳解し難し。病を占うて「六沖」の卦に遇い、合より冲を化し、および「合處逢沖」は、皆須らく病の新久輕重を審察せよ。もし是れ暴發の急病來り占わば、早晚の間便ち能く痊愈せん。もし是れ久病來り占わば、「用神」縱然旺相すとも、も身亡を主す。所以又た近病冲に逢えば則ち愈え、重病冲に逢えば則ち死すと說く。卦縱然是れ「六沖」にあらずとも、「用神」も亦た還お旺相なり、可是凡そ「妻財」「官鬼」の發動に遇うは、多半可以死を斷せん。唯獨尊長の病を占うは、「官鬼」正に是れ「元神」、它發動するは反って是可以祈禳醫治するの好兆なり。

疾病生克論之一:百病重輕,不出五行生死;萬民生死,難逃八卦興衰。且如水為主象,畏土縱金;卦中土靜火興,不須畏忌。爻內火安土動,卻不為祥。怕逢巳午二時喜遇木金二字。又如火土皆動,見木反凶,得酉申而助水疑此病以方痊。假令金藏土下,飛能生伏為佳,如木爻安靜日忌卯寅,若木象交重時憂亥子,正所謂逢金則吉,遇水則凶。復將土作用神,卦見水木火爻三動,不作凶推,當從吉斷。時遇午申,土得生扶則吉,日逢卯巳,土臨死絕則囚。又論火是用爻,獨逢水發日遇戌辰丑未,水遭土克無妨,一見酉申當命盡,但求寅卯必身安。若用居衰木化入金鄉,卦無亥子父興,必難救度,查何日逢金,便決何時作殯。倘若金空亦非此斷,節產亥子,命亦回生,細究何爻動靜,便知那日存亡。其中有貪生忘克,救處遭傷、盈虛卻要精詳,豈可尋常概論?

其一、疾病中の五行生剋を論ず。百病の輕重は、五行の生死を跳び出でず。萬民の存亡は、八卦の興衰を逃れず。譬如水を以て「用神」と爲すに、它土の來り剋するを怕り、卻って金の來り生ずるを喜ぶ。卦中土靜にして火興れば、火往きて土を生ず本當畏るべし、但し土既に動かざれば、便ち忌憚するを必とせず。反って爻中火靜にして土動けば、那れ則ち好事にあらず。此の種の情形巳・午の火旺の時に遇うを怕り、木・金二字に遇うを喜ぶ――木能く水を泄し土を制し、金能く水を生ず。又た如し火・土皆發動すれば、此の時木を見る反って凶(木火を生じ土を助く)、申・酉の金の來りて水を生助するを得て、此の病纔めて痊愈を望むべし。假令金土爻の下に伏藏すれば、「飛神」能く「伏神」を生ずれば便ち佳象なり。もし木爻安靜なれば、則ち寅・卯の日を忌む(木旺なれば則ち土を剋し水を泄す)、もし木爻發動して重爻と爲れば、則ち亥・子の時を憂慮すべし。此れ正に所謂金に遇えば則ち吉、水に遇えば則ち凶の道理なり。再把土を當てて「用神」と作して來り看る。卦中水・木・火三種の爻皆發動するも、も凶斷と作さず、反って當に吉處より論ずべし(火來りて土を生ず)。時午・申に値すれば、土生扶を得て便ち吉。日卯・巳に逢えば、土死絶の地に臨みて便ち困す。又た論ず火を以て「用神」と爲すに、單單水爻の發動に遇上せば、もし日戌・辰・丑・未に値すれば、水土に剋せられ、就ち妨礙なし。一旦申・酉の金の水を生ずるを見到せば、則ち命盡せんと要す。只だ寅・卯の木の來りて火を生ずるを求めれば、身必ず安を得ん。もし「用神」衰木の位に處して而も金鄕に化入せば(金木を剋す)、卦中又た亥・子水と「父母」爻との興起して來り救う無ければ、必定救度し難し、いずれの一天か金に逢うを査すれば、便ちいずれの一天か殯を出すを决斷すべし。倘若那の金「空亡」に落つれば、則ち此の樣に斷ずること能くさらず。再び亥・子水の來りて接續し木を生ずるに逢えば、性命も亦た回生すること能くせん。仔細に推究すいずれの一爻か動きいずれの一爻か靜かを、則ちいずれの一日か是れ存か是れ亡かを知る。其中還お「生を貪り剋を忘る」、救助の爻反って傷損に遭う等の種種の變化あり、盈虛消長必ず精細に體察せよ、怎麼可以尋常に按じて一概に論ぜんや。

占自己病斷之二:自卜身宮疾病臨,先憑世象次憑身,怕逢月破旬空內,喜見生扶拱合親。克世之爻為忌客,來生之象作元神,隨官入墓災難瘥,助鬼傷身命必沉。自占己病,專看世,爻若臨月故不拘新舊之病命亦難全。世若落空當明緩急,急症堪醫,舊病不救。若空中有氣,目下無妨後來難保。世象不臨旬空月破,又看旺衰,世若休囚卻被動爻相剋、或遭日月來傷,或變為死絕,毫無救助之爻,豈不天年命盡?世縱休囚,若得動爻生助,或逢日月扶持、或化為有氣,縱臨危而不死。世若旺相雖無生助之爻,亦無所害。凡克世者名曰忌象,宜靜不宜動,生世者名曰元神,宜旺不宜空。占他人之病,身世隨官入墓,不必忌之,命隨鬼入墓即凶矣!惟獨自占身世,命隨鬼入墓者命不回生,其中助鬼傷身理亦同也。又看卦身,若墓絕子月建或墓絕於變爻,決無救矣!

其二、自己己の病を占う。自ら本身の病有りを卜すは、先ず「世爻」に憑り、其次「身爻」に憑る。怕る所是れ「月破」「旬空」の內に落つる、喜ぶ所是れ生扶拱合の親近の象を見る。來りて「世爻」を剋するを「忌神」と叫び、來りて「世爻」を生ずるを「元神」と算す。もし「官に隨い墓に入る」を成せば、災病愈え難し。もし「鬼を助け身を傷る」を成せば、性命必然沉重にして保ち難し。自ら己の病を占うは、專ら「世爻」を看る。此の一爻もし月建に沖破せられれば、那麼病の新舊を論ぜず、性命皆保全し難し。「世爻」もし「空亡」に落つれば、則ち緩急を分明にするを要す――急症還お醫すべし、舊病則ち救い難し。もし是れ空にして而も其中仍お氣あれば、眼下妨げなく、日後卻って保ち難し。「世爻」「旬空」「月破」に落さざれば、則ち再び其の旺衰を看る。「世爻」もし休囚にして、又た動爻の來り剋するを被り、あるいは日月の來り傷るに遭い、あるいは化變して死絶と爲り、而も卦中毫も救助の爻無ければ、豈に是れ天年命盡にあらずや。「世爻」縱然休囚すとも、只だ動爻の生助を得、あるいは日月の扶持に逢い、あるいは氣有るの爻を化出せば、即便ち病危なりともも死せざらん。「世爻」もし旺相なれば、縱然生助の爻無くとも、も害あらざらん。凡そ「世爻」を剋するを「忌神」と稱し、靜に宜しく動に宜からず。「世爻」を生ずるを「元神」と稱し、旺に宜しく空に宜からず。別人の病を占うは、「身爻」「世爻」の「官鬼」に隨い墓に入るは忌諱するを必とせず、唯有本命の爻の「官鬼」に隨い墓に入る纔めて凶と算す。只有自ら自身を占うは、本命「官鬼」に隨い墓に入るは、性命回生すること能くさらなり。其中「鬼を助け身を傷る」の道理も亦た是れ一樣なり。此外還お「卦身」を看るを要し、もし「卦身」月建の中に於て墓に入り絶に入り、あるいは變爻の上に於て墓に入り絶に入れば、則ち断然救無し。

占他人病斷之三:代問他人看應爻,若臨月破最難逃,遇沖遇克身難救,逢旺逢生病必消,生應元神宜發動,克他忌象怕重交,卦身有氣還須吉,應位逢官禍必招。代卜他人之病,應作用爻,如臨月破旬空其命難保。應如衰弱亦遭動象或日月來傷、或應變為墓絕,便主凶危。應縱休囚,若得變為生旺、或動爻及日月相扶,命還有救。凡生應之爻是元神而宜動,克應之象乃忌客而宜空。鬼臨應上病必難痊。次察卦身,亦不可臨於月破,又不可成墓絕之鄉。卦身或墓、或絕於月建之中,皆為凶兆也。

其三、別人に替わりて病を占う。人に代わりて病を問うは「應爻」を看るを要す。它もし「月破」に臨まば、最も逃過し難し。沖に遇い剋に遇えば、性命救い難し。旺に逢い生に逢えば、病必ず消退せん。「應爻」を生ずるの「元神」發動に宜しく、「應爻」を剋するの「忌神」最も怕る發動して重爻と爲るを。「卦身」氣あれば還お吉利と算し、「應爻」上もし「官鬼」に坐すれば、禍事必定招來せん。人に代わりて病を卜すは、「應爻」を把りて「用神」と當て作す。它もし「月破」「旬空」に臨まば、性命保ち難し。「應爻」もし衰弱にして、又た動爻あるいは日月の來り傷るに遭い、あるいは「應爻」變じて墓絶の地と成れば、則ち凶危を主す。「應爻」縱然休囚すとも、只だ變化の後生旺と爲り、あるいは動爻および日月の來り扶助あれば、性命還お救あり。凡そ「應爻」を生ずる是れ「元神」、發動に宜し。「應爻」を剋する是れ「忌神」、落空に宜し。「官鬼」「應爻」の上に臨まば、病必ず愈え難し。其次「卦身」を察看す、它同樣「月破」に臨むべからず、も墓絶の鄕に落入すべからず。「卦身」月建の中に於て墓に入りあるいは絶に入るは、皆是れ凶兆なり。人に代わりて病を問うに「應爻」を取るの所以は、是れ「世」自己に屬し「應」他人に屬するが爲め、占う所既然自己の身體にあらず、則ち當に「應」を把りて病人の形骸と當て作して來り看るべし、其餘の生剋應期の推法は、自占と並びて二致無し。

占何日病退雲之四:凡卜病人何日瘥,用臨生旺體當安,元神值日災須減,忌象遭傷病必痊,助鬼傷身逢福解,隨官入墓見沖歡,若然主象臨其絕,且待生時免禍愆。占病何日得痊,須推主象。卦中元神旺相,忌客休囚得無用爻者,便取用爻值日而安卦中,如有用爻而衰弱者,方取生旺之期。倘若用爻重重太旺者,反喜入墓之時,如不太旺又取元神值日,忌神若動,須逢沖剋忌神之日,方得安康。若逢助鬼傷身又利子孫值日。隨官入墓,還求沖墓之辰。用象如臨絕地逢生,必主乎寧。

其四、いずれの日か病退くを占う。凡そ病人いずれの一天か痊愈するを卜す。「用神」生旺の日に逢えば、身體當に安んずべし。「元神」日に値せば、災病便ち減ず。「忌神」剋傷に遭えば、病必ず痊愈せん。もし「鬼を助け身を傷る」を成せば、「子孫」(福神)の日に遇えば解すべし。もし「官に隨い墓に入る」を成せば、墓庫を沖開するの日に遇えば便ち喜あり。倘若「用神」正に「絶」地に落つれば、那れ則ち它生に逢うの日子を等して、纔めて禍患を免れん。病いつの時か愈を得るを占うは、須らく「用神」を推せ。卦中「元神」旺相「忌神」休囚にして、而も卦裏偏偏「用神」を見ざるは、則ち「用神」日に値するの那天に取りて安愈せん。卦中雖に「用神」ありとも卻って衰弱なるは、纔めて它生旺の日期を取る。倘若「用神」重疊して而も太過旺盛なれば、反って它墓に入るの時を喜ぶ。もし太旺と算せざれば、則ち另に「元神」日に値するの期を取る。「忌神」もし發動せば、須らく「忌神」を沖剋するの那一日に等到せば、纔めて安康を得ん。もし「鬼を助け身を傷る」に遇えば、又た「子孫」日に値するを以て有利と爲す。もし「官に隨い墓に入る」を成せば、還お墓庫を沖開するの日辰を求むるを要す。「用神」もし「絶」地に落つれば、則ち它生に逢うの日を等し、必ず平安を主せん。

占何日病凶雲之五:病者來占凶日詳,用爻無氣更遭傷,忌爻那日逢生助,便主身危立孝堂。忌神旺動仇人發,用神失位反無妨,變怕日辰臨用地,若還捱過免悽惶,元神被克災加重,忌客逢生定受殃,月破用爻天命止,縱然旺相也須亡。

其五、いずれの日か病情凶に轉ずるを占う。病人來りて凶日を占うは、看るに詳細を得るを要す。「用神」氣無くして而又た剋傷に遭い、「忌神」いずれの一天か生に逢い助に逢う、那天便ち身危を主し家中靈堂を設くるを要せん。もし「忌神」旺相發動し「仇神」も亦た發動し、而も卦中恰恰「用神」を見ざれば、反って暫時妨げなし。只だ怕る日後「日辰」輪に「用神」の臨む所の地に到り、把它引出して剋を受けしめんを、若し能くあの一天を挨過せば、則ち凄惶を免れん。「元神」剋せられれば、災情加重す。「忌神」生に逢えば、必定殃を受けん。「用神」もし「月破」に逢えば、天年此に就いて終止し、縱然它看去旺相とも、も終に須らく身亡せん。

論病何日見凶,不過看用爻生克,用如無氣被日辰克者為凶,忌動用衰甚日再生忌神者死。又論卦中元神不發,忌神興仇神皆動,獨無用爻,日前無事,待後用神值日難以迴避,定入黃泉。倘若忌神仇神興元神同發,亦無主象,候至用爻值日反主無妨,復陳卦內用象既衰,全賴元神相救,能憂忌客來傷,日辰剋制元神,災當沉重。忌象如逢生旺之時定成凶咎。主象如逢月破,不拘衰旺,命必歸陰。

病いずれの一天に凶に轉ずるを論ずるは、不過是れ「用神」の生剋を看る而已。「用神」もし氣無く、又た「日辰」の剋する所と爲れば、即ち是れ凶なり。「忌神」發動して而も「用神」衰弱すれば、再び「忌神」を生扶するの日子に到れば、人便ち死せんと要す。又た論ず卦中「元神」發動せず、「忌神」興旺にして「仇神」も亦た一齊に發動し、偏偏卦裏「用神」無ければ、那麼眼下暫時事無く、日後「用神」日に値し顯露出づるに等到せば、則ち回避し難く、必ず黃泉に入らん。倘若「忌神」「仇神」雖に興なるとも「元神」も亦た同時發動せば、卦中同樣「用神」を見ずとも、那麼「用神」日に値するに等到せば、反って妨げ無きを主す。再び說く卦內「用神」既已衰弱すれば、全く「元神」に靠りて來り救う、本來「忌神」の來り傷るを怕る。此の時「日辰」もし再び「元神」を剋制せば、災情當然沉重なり。「忌神」もし生旺の時節に遇上せば、必ず凶咎を成さん。「用神」もし「月破」に遭えば、它看去衰か或は旺かを論ぜず、性命皆必ず陰間に歸せん。

且如子占父病,五月甲子日,占得觀之益卦,此卦父爻化居旺地,又帶青龍貴人,本為吉象,豈知父臨月破,後至乙亥日,元神絕而忌神生,果然父喪。又如妻占夫病,三月甲子旬丁卯日,卜得渙之垢卦,所嫌仇神忌神皆動,獨無用爻,又鬼伏仇爻之下,又值旬空,毫無救。挨至乙亥日用爻透出,免受忌神來傷,夫果死也。

例を舉げて說く。兒子父親の病を占う、五月甲子日、《觀》の《益》を占得す。此の卦「父母」爻の化する所の爻旺地に居り、又た「青龍」と「貴人」とを帶ぶ、本來是れ吉象なり。誰か知らん「父母」爻正に「月破」を犯す、乙亥日に到りて、「元神」絶に入り而も「忌神」生を得、父親果然去世せり。又た如し妻子丈夫の病を占う、三月甲子旬丁卯日、《渙》の《姤》を卜得す。此の卦嫌うべき是れ「仇神」と「忌神」と皆發動す、偏偏卦中「用神」を見ず。「官鬼」又た「仇神」爻の下に伏し、還お正に「旬空」に値し、毫も救助無し。乙亥日に挨到して「用神」透出す、本以て「忌神」の來り傷るを免るべしと爲せども、丈夫還お是れ死せり。

假令弟占兄病,十月戊辰日,卜得剝初二三爻皆動,卻本卦無兄弟,所喜申金兄弟伏在世爻用爻透出果應病痊。又如父占子病,五月甲午旬癸卯日,占得萃卦上六爻動,此卦子孫太弱,父母相而又動,雖受卯日相傷,又逢月建扶起,父又化為進氣能克用爻,雖有元神暗動又值立時空不能相救,後至丙午日忌象叨生,此男果死。

再如弟弟哥哥の病を占う、十月戊辰日、《剥》卦を卜得し、初爻・二爻・三爻皆發動す、可是本卦中「兄弟」爻無し。所幸申金の「兄弟」「世爻」の下に伏す、後來此の「用神」透出し、果然應驗病愈せり。又た如し父親兒子の病を占う、五月甲午旬癸卯日、《萃》卦上六爻發動を占得す。此の卦「子孫」太も衰弱、「父母」爻既に月令の氣を得て又た發動す。「父母」雖に卯日の傷る所と爲るとも、卻って又た月建に扶起せられ、而且「進氣」に化して、足りて「用神」を剋制す。卦中雖に「元神」暗動ありとも、卻って正に當時の「空亡」に逢い、相救うこと能くさらず。丙午日に到りて「忌神」生を得、此の男孩果然死せり。

又如夫占妻病,三月甲戌旬庚辰日,卜得師卦九二上六爻動,此卦青龍財爻持世,兄弟又不交重,鬼又化出財來,本為佳兆,豈知土官發動,書云更論土爻臨鬼動,多凶少吉禍難讓,果應五月庚申日,官遇長生月建又扶土鬼,此鬼太剛死而可驗。

又た如し丈夫妻子の病を占う、三月甲戌旬庚辰日、《師》卦九二・上六兩爻發動を卜得す。此の卦「青龍」「妻財」を帶びて「世爻」に臨み、「兄弟」又た發動して重爻と爲る無く、「官鬼」還お「妻財」を化出して來る、本來是れ好兆頭なり。誰か知らん發動する是れ土性の「官鬼」、書上說過せり「更に論ず土爻鬼に臨みて動けば、多く凶少なく吉禍讓り難し」と。果然五月庚申日に應ず。「官鬼」「長生」に遇い、月建又た來りて土性の「官鬼」を扶助す、此の「官鬼」太過剛强にして、妻子の死便ち此に由りて驗すべし。

又如父占女久遠病,七月甲寅旬癸亥日,卜得艮卦安靜,此卦用爻臨月建,忌神又不興似無凶兆,豈知卦犯六沖,經云初災遇此當瘵瘥,久病逢之命必傷,果應在子月戊午日,用象死於月建,敗於日辰,其女死也。又母占子病,九月甲子旬辛未日,卜得歸妹卦安靜,此卦六爻無子,雖伏出亥水子孫在四爻之下,又落空亡,世上父母又被日辰沖動本絕卦也,豈知互出水火既濟取互體坎水配成兌卦,子孫此乃無中生有也。惟互出之爻,再不受日月並動爻傷克,此子果應亥月戊子日,用值旺鄉,病全脫體。

又た如し父親女兒の久病を占う、七月甲寅旬癸亥日、《艮》卦六爻安靜を卜得す。此の卦「用神」月建に臨み、「忌神」又た興旺せず、看去似たかく凶兆無し。誰か知らん卦「六沖」を犯す、經訣に說く初起の病それに遇えば當に愈え、久病それに遇えば性命必ず傷すと。果然子月戊午日に應ず。「用神」月建に於て死し日辰に於て敗れ、此の女兒死せり。又た如し母親兒子の病を占う、九月甲子旬辛未日、《歸妹》卦六爻安靜を卜得す。此の卦六爻中「子孫」無し、雖に亥水の「子孫」第四爻の下に伏する有りとも、卻って又た「空亡」に落つ。「世爻」上の「父母」又た「日辰」に沖動せられ、本是れ一個の絶望の卦なり。誰か知らん「互卦」を取りて《水火既濟》を得出す、其の互體の坎水與兑卦と相配し、「子孫」此に於て無中より生有す。凡そ「互卦」中の透出する爻は、再び日月と動爻との傷剋を受けず、此の孩子果然亥月戊子日に應じ、「用神」正に旺鄕に値し、病全く好せり。此の兩例一死一生は、正に見る斷病只看表面すべからざるを。前一例は「用神」令を當ちて而も卦體の「六沖」に毀られ、後一例は六爻「用神」無くして卻って「互卦」に救わる、知るべし取用の路要して層層搜尋し、應期の斷要して「用神」の旺衰生死の上に落つるを。

凡占父母及家主尊長之類,取父母為用神,官鬼為元神,妻財為忌神、子孫為仇神、兄弟為洩氣。凡占兄弟朋友之類,兄弟為用神,父母為元神,官鬼為忌神,妻財為仇神,子孫為洩氣。凡占子孫卑幼之類,子孫為用神,兄弟為元神,父母為忌神,官鬼為仇神,妻財為洩氣。凡占妻妾、弟婦子室奴婢之類,妻財為用神,子孫為元神,兄弟為忌神,父母為仇神,官鬼為洩氣。凡占夫主、官員之類,官鬼為用神,妻財為元神,子孫為忌神,兄弟為仇神,父母為洩氣。占自己取世為用爻,生世者為元神,克世者為忌神。占他人取應為用爻,生應者為元神,克應者為忌神。此法非惟占病,凡看卦,無不用之。

凡そ父母および家主・尊長の一類の人を占うは、「父母」を取りて「用神」と爲し、「官鬼」を「元神」と爲し、「妻財」を「忌神」と爲し、「子孫」を「仇神」と爲し、「兄弟」を泄氣の爻と爲す。凡そ兄弟・朋友の一類の人を占うは、「兄弟」を「用神」と爲し、「父母」を「元神」と爲し、「官鬼」を「忌神」と爲し、「妻財」を「仇神」と爲し、「子孫」を泄氣の爻と爲す。凡そ子孫・晚輩の一類の人を占うは、「子孫」を「用神」と爲し、「兄弟」を「元神」と爲し、「父母」を「忌神」と爲し、「官鬼」を「仇神」と爲し、「妻財」を泄氣の爻と爲す。凡そ妻妾・弟媳・兒媳・奴婢の一類の人を占うは、「妻財」を「用神」と爲し、「子孫」を「元神」と爲し、「兄弟」を「忌神」と爲し、「父母」を「仇神」と爲し、「官鬼」を泄氣の爻と爲す。凡そ丈夫・官員の一類の人を占うは、「官鬼」を「用神」と爲し、「妻財」を「元神」と爲し、「子孫」を「忌神」と爲し、「兄弟」を「仇神」と爲し、「父母」を泄氣の爻と爲す。自己を占うは則ち「世爻」を取りて「用神」と爲し、「世」を生ずる是れ「元神」、「世」を剋する是れ「忌神」。別人を占うは則ち「應爻」を取りて「用神」と爲し、「應」を生ずる是れ「元神」、「應」を剋する是れ「忌神」。此の套の取用の法不只く占病に用う、凡是れ卦を看る、它を用いざる無し。歸納し來れば、此の五個の名目其實即ち是れ「用神」を圍繞して轉る一圈の五行生剋なり。「用神」を生ずるを「元神」と叫び、「用神」を剋するを「忌神」と叫び、「忌神」を生ずるを「仇神」と叫び、「用神」の生ずる所と爲りて而も其の氣を耗泄するを「泄氣」と叫ぶ。此の一圈の關係を認准すれば、甚の事を占うとを論ぜず、皆能く立刻に「用神」を把定し下さん。

災病纏脱章第七十

(以福神為主,用象為憑。)身處災生相貌殘,鬼興鬼動定纏綿,隨官入墓終難脫,助鬼傷身永不痊,世受官傷成痼疾,子孫一動立時安。凡占帶疾不帶疾,最嫌官鬼興隆,官如旺相,病必纏身,縱不旺相,發動亦然。若值隨官入墓、或助鬼傷身,必成痼疾。鬼克世爻亦難脫體。若得子孫旺相、或發動、或持世、或臨日月,病得離身。

本章は災病是れ身に纏わるか還お是れ解脱するかを占うは、「子孫」(福神)を以て主體と爲し、「用神」を以て憑據と爲す。身上災あり、以て相貌殘損を致すは、只だ「官鬼」旺盛發動すれば、病便ち一定纏綿して去らず。もし「官に隨い墓に入る」を成せば、終究擺脱し難し。もし「鬼を助け身を傷る」を成せば、永遠に痊愈せざらん。「世爻」「官鬼」の傷る所と爲れば、則ち頑疾を落下せん。「子孫」一たび發動すれば、立時に便ち安んず。凡そ身上殘疾を帶びるか帶びざるかを占うは、最も忌む「官鬼」の興旺なり。「官鬼」もし旺相なれば、病必ず身に纏わる。縱然旺相ならずとも、只だ發動すれば、也是れ一樣なり。もし「官に隨い墓に入る」に碰上し、あるいは「鬼を助け身を傷る」なれば、必ず痼疾を成さん。「官鬼」「世爻」を剋すれば、病も亦た體を脱するに難し。もし「子孫」旺相し、あるいは發動し、あるいは「世爻」に臨み、あるいは「日辰」「月建」に臨むを得れば、病便ち能く身を離れん。

六沖旦夕災殃散,無鬼終須病不纏,鬼若空亡無疾厄,忌神旺發患多年,鬼化福神他日解,用象興隆禍不幹。六沖之卦,此患易消,合處逢沖後來方解。鬼不上卦及落空亡,永無殃疾。縱有鬼象,若變福神,目下雖凶,後當解脫。雖憑官鬼,亦要看用爻,用值旬空月破,病亦難痊。土象休囚,更被忌神發動,豈不成凶?用爻縱弱,如逢動出元神,雖有此災,決非損壽。用父若得興隆,官鬼又居衰地,始雖見病終不成殃。

「六沖」の卦に遇えば、災殃朝夕の間便ち散ず。卦中「官鬼」無ければ、病終究身に纏わり上らず。「官鬼」もし「空亡」に落つれば、則ち疾厄なし。「忌神」旺相にして發動すれば、病患許の多年に拖り上るを要せん。「官鬼」「子孫」(福神)を化出せば、日後自ら會して化解せん。「用神」興旺なれば、禍便ち干擾するに到らず。「六沖」の卦は、此の類の病患消解し易し。もし是れ「合處逢沖」なれば、則ち後來に到りて纔めて解せん。「官鬼」卦に上らずおよび「空亡」に落つるは、永遠に病災あらざらん。縱然卦中「官鬼」ありとも、只だ它「子孫」を變出せば、眼下雖に凶なりとも、日後當に解脱すること能くすべし。雖に說く主に「官鬼」に憑りて來り斷ずとも、也た還お「用神」を看るを要す。「用神」もし「旬空」「月破」に値せば、病同樣愈え難し。「用神」(土爻を以て用と爲すが如し)休囚にして、再び「忌神」の發動して來り剋するを被れば、豈に能く凶ならざらんや。「用神」縱然衰弱すとも、もし「元神」の發動して出づるに遇到せば、雖に此の場の災ありとも、断然壽命を折損するに至らず。もし「父母」を以て「用神」と爲して而も它興旺し、「官鬼」又た衰地に處せば、那麼起初雖に病を見るとも、終究大殃を成さざらん。

卻避災暑章第七十一

(以用爻為主,福德為憑。)天行酷暑,豈無避暑之方。人染患災,亦有卻災之所。悟道擇清閒之處,修真訪幽僻之居。四者皆宜子動,諸般各忌官興,占己世爻休墓絕,問他用體怕空亡。凡占避暑、養病悟道、修真等事,皆宜福德交重,各忌官爻發動。占自己,以世爻為主,卜他人,以應象為憑。若問親人,當推用象,如臨旺相、或遇生扶,卻災得脫、悟道得成。用神如遇月破旬空、或臨墓絕,不惟無福,反惹非殃。

本章は暑を避け災を躲るの所を占うは、「用神」を以て主體と爲し、「子孫」(福德)を以て憑據と爲す。天時酷暑なれば、豈に能く避暑の去處無からん。人災病に染まれば、も自ら災を退くるの地方あり。大道を參悟するは淸靜閑適の處を選ぶを要し、眞を修め性を養うは幽深僻遠の居を訪うを要す。此の四件の事皆「子孫」の發動に宜しく、も皆「官鬼」の興起を忌む。自己を占うは、「世爻」墓に入り絶に入るべからず。別人を問うは、「用神」怕る「空亡」に落つるを。凡そ避暑・養病・悟道・修眞此の類の事を占うは、皆「子孫」(福德)の發動して重爻と爲るに宜しく、皆「官鬼」爻の發動を忌む。自己を占うは「世爻」を以て主と爲し、他人を占うは「應爻」を以て憑と爲す。もし親人を問わば、則ち該當各自の「用神」を推すべし。「用神」もし旺相、あるいは生扶に遇えば、那麼災を退く能く身を脫し道を悟る能く成就せん。「用神」もし「月破」「旬空」に遇い、あるいは墓絶の地に臨まば、不但福分無く、反って禍殃を惹き出さん。

子孫發動好參禪,修心得道。官鬼交重難避暑,養病反凶。子孫旺相或發動者,參禪打坐無不成功,避暑卻災必如其願。官鬼交重或旺相者,心欲求安,反遭不測。父母扶身宜投書館,福神生世利到僧堂。父母生世,宜往文墨之所及尊長之家。子孫生世,利居僧道之門、並卑幼之處。兄弟生世,宜到弟兄朋友之家,妻財生世,當往妻族友僕隸下人之寓。官鬼生世,偏宜宦宅安身。

「子孫」發動すれば、禪を參ずるに適宜しく、心を修めて以て道を得るべし。「官鬼」發動して重爻と爲れば、暑を避くるも亦た難く、病を養う反って凶に轉ぜん。「子孫」旺相あるいは發動するは、禪を參じ坐を打つ成功せざる無く、暑を避け災を退くるも亦た必定心に稱い願の如くならん。「官鬼」發動して重爻と爲りあるいは旺相なるは、心裏愈々安を求めんと想うに、反って意外に遭遇せん。「父母」爻「身爻」を扶助するは、書館學舍に投奔するに宜し。「子孫」(福神)「世爻」を生ずるは、僧堂寺院に到るに利あり。具體に說き來れば、「父母」の「世」を生ずるは、文墨の地および尊長人家に往くに宜し。「子孫」の「世」を生ずるは、僧道の門および晚輩幼小の處に住するに利あり。「兄弟」の「世」を生ずるは、兄弟朋友の家中に到るに宜し。「妻財」の「世」を生ずるは、當に妻族親戚・友人僕役等の下人の住處に往くべし。「官鬼」の「世」を生ずるは、則ち偏に仕宦人家に到りて身を安んずるに宜し。

一卦皆安,方是修行之路。六爻盡破,豈為養靜之窩?用爻旺者遇青龍,宜行此地。豈象興而加白虎,弗往其家。諸爻俱卜隨寓而安,一卦六沖,往返不定。用爻有氣,更值青龍,利有攸往。忌象交重,又臨白虎,此處休行。

一卦六爻皆安靜なるは、纔めて是れ修行の路數なり。六爻盡く沖破せらるれば、哪裏か養靜の窩巢と算上すること得んや。「用神」旺相にして而又た「青龍」に遇えば、此の個地方に往くに宜し。「忌神」興起して而又た「白虎」を加えれば、則ちあの戸人家に往くなかれ。諸爻皆安靜なれば、處に隨い寄居する皆能く身を安んず。一卦もし是れ「六沖」なれば、往來奔波して去留定まらず。「用神」氣あり、再び「青龍」に値せば、前往必然利あり。「忌神」發動して重爻と爲り、又た「白虎」に臨まば、此の地方則ち往くなかれ。

動見騰蛇,還愁驚恐。交逢驛馬,更慮奔馳。武值鬼爻興,失財欠利。雀臨兄象動,繞舌不寧。騰蛇動,倘遇驚惶。驛馬臨兄鬼動,不利遊行。驛馬動,臨財福,千里皆安。鬼臨玄武交重,必遭失脫。雀值兄爻發動,是非當謹。

動爻上「騰蛇」を見れば、還お驚嚇恐慌を愁うを要す。動爻上「驛馬」に逢えば、更に奔波勞碌を慮るを要す。「玄武」上「官鬼」興起すれば、財を破りて而も利を得ず。「朱雀」「兄弟」爻に臨み發動すれば、口舌の糾纏安寧を得ず。「騰蛇」發動すれば、多半驚慌の事に遇上せん。「驛馬」もし「兄弟」あるいは「官鬼」に臨みて動けば、遠行に出遊するに利あらず。「驛馬」發動して而も「妻財」「子孫」に臨まば、則ち千里の行皆平安なり。「官鬼」「玄武」に臨みて發動して重爻と爲れば、必定丢失に遭遇せん。「朱雀」「兄弟」爻に臨み發動すれば、是れ非口舌に格外謹愼するを要す。

艮卦有官休登山嶺,坎宮見鬼莫往江湖。在震,則正東惹禍,臨幹,則西北招殃。兌中財變官爻,色迷尤忌。巽內兄之鬼象,風患難防。艮宮鬼動,忌行東北,莫往山林。坎卦鬼搖,北方不利,水池非宜。震鬼莫居船內,並忌東行。乾宮西北為凶,莫遊廟宇。兌宮鬼動,必有鬧非。若財變官爻,毋貪美色。巽卦鬼興及兄化鬼者,皆恐冒風。離宮鬼動,慮見火驚。坤卦鬼興,莫居墓側。

《艮》卦上「官鬼」あれば、則ち山に登り嶺を越ゆるなかれ。《坎》宮「官鬼」を見れば、則ち江湖水邊に往くなかれ。「官鬼」《震》に在れば、正東方禍を惹く。《乾》に臨まば、西北方殃を招く。《兌》宮裏「妻財」「官鬼」を變出すれば、尤其女色に沉迷するを忌むを要す。《巽》宮裏「兄弟」「官鬼」を化出すれば、風邪の患防備し難し。《艮》宮「官鬼」發動すれば、東北に往き行くを忌み、山林に進むなかれ。《坎》卦「官鬼」搖動すれば、北方利あらず、水池邊も亦た往くに宜からず。《震》宮「官鬼」あれば、船內に待在るなかれ、幷せて東に行くを忌む。《乾》宮「官鬼」發動すれば、西北凶と爲し、廟宇に遊びに往くなかれ。《兌》宮「官鬼」發動すれば、必ず吵鬧是れ非あり、もし是れ「妻財」の「官鬼」を變出せば、切に美色を貪戀するなかれ。《巽》卦「官鬼」興起および「兄弟」の「官鬼」を化するは、皆恐怕風を受けんと要す。《離》宮「官鬼」發動すれば、火を見て而も驚を受くるを慮るを要す。《坤》卦「官鬼」興起すれば、墳墓の旁邊に住するなかれ。

主合咸池,休貪美色,用沖華蓋、或華蓋克用爻、或鬼臨華蓋動,皆恐僧道之門惹禍,如卻災避暑去,則成凶,惟有悟道修行,反成正果。又看世在內卦興親宮,宜居在邇。世臨他官興外卦,利在遐方。內卦旺,本境如心。外卦旺,他鄉遂意。

「用神」と「咸池」と相合すれば、則ち美色を貪戀するなかれ。「用神」「華蓋」を沖し、あるいは「華蓋」來りて「用神」を剋し、あるいは「官鬼」「華蓋」に臨みて發動するは、皆恐怕僧道の門に於て禍を惹かん――若し是れ災を退け暑を避くるが爲めに往かば、則ち凶を成さん。唯獨道を悟り修行するが爲めに往かば、反って能く正果を修成せん。此外再び「世爻」の位置を看る。「世爻」內卦と本宮に於て興旺なれば、就近に居住するに宜し。「世爻」他宮と外卦に臨まば、則ち遠方に利あり。內卦旺なれば、本鄕本境に於て便ち心に稱う。外卦旺なれば、他鄕外地に到りて纔めて意の如くならん。

求醫療病章第七十二

(以子孫為主,應象為憑。)子為藥劑應為醫,福德交重病必驅,鬼旺福災病不治,官衰子旺患能除,應空只恐人難遇,子陷還愁藥不宜。凡卜求醫,子為用象,子如發動,藥奏神功。其中官鬼太旺,子值休囚此災不愈。官如衰弱福值興隆,更得應克世爻、或外傷內卦,必遇盧醫,災無不瘥。如內克外、及世克應、子孫旺相,還可。子再休囚,藥無效驗,月將傷官鏟有餘。鬼若遇生財或動,子孫縱發作空虛。

本章は病家醫を延き治を求めるを占うは、「子孫」を以て用神の主體と爲し、「應爻」を以て憑據と爲す。「子孫」藥劑を象徴し、「應爻」醫生を象徴す。「子孫」(福德)發動して重爻と爲れば、病必ず驅除せられん。「官鬼」旺にして「子孫」災を受くれば、病治り好さず。「官鬼」衰にして「子孫」旺なれば、病患除くこと能くせん。「應爻」落空すれば、只だ怕る合適の醫生に遇わざらんを。「子孫」落陷すれば、還お藥症に對せざるを愁うを要す。凡そ醫を求むを卜すは、「子孫」を以て「用神」と爲す。「子孫」もし發動せば、藥神效あり。其中もし「官鬼」太旺にして「子孫」休囚なれば、此の病便ち治り好さず。「官鬼」もし衰弱にして「子孫」興旺し、再び「應爻」の「世爻」を剋し、あるいは外卦の內卦を傷るを得れば、必定盧醫扁鵲の樣なる良醫に遇上し、災病愈えざる無し。もし是れ內卦外卦を剋し、あるいは「世爻」「應爻」を剋せば、只だ「子孫」旺相あれば、も還お可以なり。「子孫」再び休囚氣無ければ、藥便ち效驗なし。「月建」もし能く「官鬼」を傷剋せば、力量綽綽餘裕あり。「官鬼」もし「妻財」の來り生ずるに遇い、あるいは「妻財」發動して鬼を生ぜば、那麼「子孫」縱然發動すともも空に落ちたり。

父如發動,藥力全空。父與兄弟同發,子賴兄生,其藥有效。若得月建、或日辰剋制官爻,如逢岐伯。倘或鬼臨日月、或鬼持世卦,雖有子藥亦無功。又如子財併發,官伏財扶,豈能治病?財子縱發,卦無鬼或鬼空,仍復有效。凡論醫藥,若得子孫上卦,官父兩安,應不空亡,方其效也。

「父母」爻もし發動せば、它「子孫」を剋し、藥力便ち全く空に落つ。もし「父母」と「兄弟」と同時發動せば、「子孫」「兄弟」の轉生を得、藥仍お效あり。若し能く「月建」あるいは「日辰」の來りて「官鬼」を剋制するを得れば、便ち岐伯此の樣の名醫に遇上するが如し。倘若「官鬼」「日辰」「月建」に臨み、あるいは「官鬼」「世爻」に臨まば、那麼卦中雖に「子孫」此の劑の藥ありとも、も作用を起こすこと能くさらん。又た如し「子孫」と「妻財」と一齊に發動し、而も「官鬼」「妻財」の下に伏藏して其の生扶を得れば、此の樣怎麼能く病を治し好さんや。但し「妻財」「子孫」縱然一齊に發動すとも、只だ卦中「官鬼」無く、あるいは「官鬼」落空せば、藥仍お效あり。凡そ醫藥を論ずるは、須らく「子孫」卦に上り、「官鬼」與「父母」兩爻皆安靜動かず、「應爻」又た「空亡」に落さざるを得て、此れ纔めて效を見ん。

醫家治病章第七十三

(以子孫為主,世應為憑。)應為病者世為醫,子為藥效鬼為災,鬼強子弱殃難解,福旺官柔病漸衰,應上坐官真疾病,身中帶福妙醫才。醫人來卜,反把應為病體,世乃自身,子為藥效,鬼作災殃,官旺子衰或官搖子靜,病決難醫。子動官靜、或子旺官柔,藥無不效,應若臨官,病真莫療。世如值福,治病能痊。

本章是れ醫家自ら病人を治し得るか否かを占うは、「子孫」を以て用神の主體と爲し、「世」「應」兩爻を以て憑據と爲す。「應爻」病人を代表し、「世爻」醫生を代表す。「子孫」藥效を代表し、「官鬼」災病を代表す。「官鬼」强にして「子孫」弱ければ、病殃解け難し。「子孫」(福德)旺にして「官鬼」柔弱なれば、病勢漸々衰ゆ。「應爻」上「官鬼」に坐するは、是れ眞に疾病あり。「身爻」中「子孫」を帶ぶるは、是れ醫術高妙なり。醫生來りて卦を卜すは、便ち反って「應爻」を以て病人の身體と爲し、「世爻」を自己と爲し、「子孫」を藥效と爲し、「官鬼」を災殃と爲す。「官鬼」旺にして「子孫」衰、あるいは「官鬼」動にして「子孫」靜なれば、此の病断然醫し難し。「子孫」動にして「官鬼」靜、あるいは「子孫」旺にして「官鬼」柔なれば、藥效を見ざる無し。「應爻」もし「官鬼」に臨まば、是れ眞病にして、醫し好し難し。「世爻」もし「子孫」に臨まば、則ち病を治する痊愈すること能くせん。

世如克應災當瘥,應若生身實主諧,子動兄安財靜旺,仙丹妙劑獲多財。應空他不迎吾救,世陷吾非治彼災。世克應爻、或內克外卦,能療其災。應如生世及外生內爻、或卦逢六合,有為而來主賓相得。妻財旺相,子值交重,鬼靜兄安,藥且靈而利倍得。應值空亡,彼必無心就我。世居空地己心悚懶,醫恐不成。

「世爻」もし「應爻」を剋せば、病人の災當に痊愈すること能くすべし。「應爻」もし「世爻」(身)を生ぜば、實に醫患相い諧するを主す。「子孫」發動し「兄弟」安靜にして「妻財」靜にして旺なれば、那便ち是れ仙丹妙藥にして、還お能く豐厚の酬金を得ん。「應爻」落空すれば、是れ對方肯んじて來りて我に醫治を求めず。「世爻」落陷すれば、是れ我自己力なくして他の病を醫治せん。「世爻」「應爻」を剋し、あるいは內卦外卦を剋せば、則ち能く他の災病を治し好さん。「應爻」もし「世爻」を生じ、および外卦內卦を生じ、あるいは卦「六合」に逢えば、那是れ病家誠意有りて來り、醫患雙方彼此投合す。「妻財」旺相にして、「子孫」發動して重爻と爲り、「官鬼」安靜「兄弟」動かざれば、藥既に靈驗にして、酬報も亦た加倍せん。「應爻」もし「空亡」に値せば、對方必定心無くして來りて我を求めず。「世爻」もし空地に居れば、自己心怯く意懶く、此の病恐怕醫成らざらん。

兄動倘遭同輩阻,財空休望謝金來,六沖豈得終其事,官化官憂病復乖,應克世身兄雀動,反遭非訟莫開懷。兄弟發動或克世爻,必被同袍霸佔。木若逢空,藥金莫望。六沖之卦,醫不始終。鬼化鬼爻、或卦有二官皆動,病復變病,豈能治之。應如克世、兄動財空又加雀噪,非惟求謝,反惹閒非。

「兄弟」發動すれば、倘くして同行の阻撓に遭わんと要す。「妻財」落空すれば、則ち謝金を指望するなかれ。卦「六沖」に逢えば、哪裏か能く此の樁の事を到頭に做さんや。「官鬼」「官鬼」を化するは、憂う所是れ病去りて而も復來、反復乖張なり。「應爻」「世爻」「身爻」を剋し、又た「兄弟」「朱雀」發動あれば、反って是れ非訟累を招來せん、高興すること得太早するなかれ。「兄弟」發動しあるいは「世爻」を剋すれば、必定同行の醫家に病人を把りて搶走せられん。「妻財」もし「空亡」に落つれば、藥錢謝禮皆指望するなかれ。「六沖」の卦は、醫治能く始有り終有らざらん。「官鬼」「官鬼」を化出し、あるいは卦中兩個の「官鬼」皆發動するは、那是れ病去りて又た病を生ず、怎麼治し好し得んや。「應爻」もし「世」を剋し、「兄弟」發動して而も「妻財」落空し、再び「朱雀」の聒噪を加えれば、那麼不但謝禮を求め到らず、反って無端の是れ非を惹き出さん。

搜决神鬼章第七十四

(以官鬼動爻為主,五行六獸為憑。)凡論神司,須憑官鬼,不值旬空或旺或衰皆作祟,但臨卦上若動若靜,概為神仙推。鬼值五行,次察官臨六獸,再查病源緩急,便知何祟為殃。若卜神司,當推官鬼,鬼若空亡及不上卦,決無鬼祟,不可妄言。鬼若不空,不拘衰旺動靜,皆作神司。若發動或持世;神力狷狂,犯宜急禱。又看鬼臨何爻何獸,方言何鬼何神,六獸五行開列於後。

本章は作祟する神鬼を搜尋判定するは、「官鬼」動爻を以て主體と爲し、五行と「六神」(六獸)とを以て憑據と爲す。凡そ神靈司命を論ずるは、須らく「官鬼」此の一爻に憑れ。只だ它「旬空」に落さざれば、旺衰を論ぜず、皆作祟と算す。只だ它卦上に出現すれば、動靜を論ぜず、一概に神靈に按じて來り推す。先ず「官鬼」五行の中のいずれの一行に屬するを看、其次に其の臨む所是れ「六神」の中のいずれの一位なるを察し、再び病源の緩急を査せば、則ち能く甚の鬼祟か殃を作るを知ることを得。若し神靈の作祟を卜せば、當に「官鬼」を推すべし。「官鬼」もし「空亡」に落ちおよび卦に上らざれば、断然鬼祟無し、胡說すべからず。「官鬼」もし落空せざれば、衰旺動靜を論ぜず、皆當に神靈と作して來り看るべし。它もし發動しあるいは「世爻」に臨まば、神力便ち格外狂猛にして、沖犯せば應當趕緊祈禱すべし。此外還お「官鬼」いずれの一爻・いずれの一神獸に臨むを看るを要し、纔めて好く甚の鬼か甚の神かを說く。「六神」與五行との配法は、下の面に開列す。

金為刀下之魂,喘敕橫亡之鬼,緩則關公總管,急則喪部傷司,青龍為漢壽亭侯。朱雀乃金都元帥。陳蛇雲七煞,白虎曰喪殃。玄武則曹堂西府。退送,則病體安康。金鬼,土刀槍傷死鬼、喘敕鬼、橫亡鬼,症之緩者,宜禱關爺並總管。病之急者,必酬喪殺並傷神。帶青龍,則云長公之有礙。臨朱雀,相金元七之為災。帶勾陳騰蛇,為七煞土。帶白虎,為喪煞及傷司。帶玄武,為水傷水道之類。

金性の「官鬼」は、刀下に命を喪するの亡魂、および氣喘暴斃・橫死非命の鬼を主す。病勢緩なるは、是れ關公と總管神。病勢急なるは、是れ喪部と傷司の神。「青龍」を帶ぶるは、是れ漢壽亭侯關羽。「朱雀」を帶ぶるは、是れ金都元帥。「勾陳」「騰蛇」を帶ぶるは、是れ七煞。「白虎」を帶ぶるは、是れ喪殃の煞。「玄武」を帶ぶるは、是れ曹堂西府の神。此の等の神祟を將て送走せば、病體便ち安康せん。金性の「官鬼」の主する所は、刀槍に殺傷せられて死するの鬼・氣喘して亡するの鬼・橫死の鬼。症候緩なるは、關帝と總管神とに禱告するに宜し。病勢急なるは、必ず須らく喪煞と傷神とに酬祭せよ。「青龍」を帶ぶるは、是れ關雲長の作梗なり。「朱雀」に臨むは、是れ金元七の災と爲す。「勾陳」「騰蛇」を帶ぶるは、七煞の土に屬す。「白虎」を帶ぶるは、是れ喪煞と傷司。「玄武」を帶ぶるは、是れ水中の溺傷・水道の類の鬼神なり。

木乃杖責之魂,瘋疾懸樑之鬼,緩則山神五聖,急則東兵家堂。白虎同宮,門外謝傷追鑼鼓。青龍共位,堂前酬原品笙蕭。勾陳則九良星煞。騰蛇則樹聖山神。雀武為草野三郎,祭虞必災非統汝。木鬼主刑責加析鬼、瘋疾鬼、縊死鬼、症之緩者必犯山神土地及五聖尊神。症之急者,必幹東嶽並家堂眾神。帶白虎,速酬大小傷司。帶青龍,宜賽枷鎖之原、及禱喜慶之神。帶勾陳有犯九良星。土帶騰蛇,若非山神,必是樹上之神,又為作犯土。帶朱雀或帶玄武,皆為草野三郎。

木性の「官鬼」は、杖責せられて死するの亡魂、および瘋病・上吊自縊の鬼を主す。病勢緩なるは、是れ山神と五聖。病勢急なるは、是れ東嶽と家堂の神。與「白虎」同宮なれば、門外に於て鑼を敲き鼓を打ちて傷神に酬謝するを要す。與「青龍」同位なれば、堂前に於て笙簫を奏して願を還すを要す。「勾陳」を帶ぶる是れ九良星煞、「騰蛇」を帶ぶる是れ樹神と山神、「朱雀」「玄武」を帶ぶる是れ草野三郎。祭祀酬謝の後は、災便ち再び糾纏せず。木性の「官鬼」の主する所は、刑杖責打を受けて死するの鬼・瘋病の鬼・縊死の鬼。症候緩なるは、必是れ山神・土地および五聖尊神を沖犯せり。病勢急なるは、必定東嶽大帝と家堂衆神とに牽連す。「白虎」を帶ぶるは、趕快大小の傷司に酬謝するを要す。「青龍」を帶ぶるは、枷鎖の願を還し、幷せて喜慶の神に祈禱するに宜し。「勾陳」を帶ぶるは、是れ九良星を沖犯せり。「騰蛇」を帶ぶるは、若し是れ山神にあらずば、必是れ樹上の神、も可能是れ土を動かし作犯せり。「朱雀」あるいは「玄武」を帶ぶるは、皆是れ草野三郎なり。

水曰投河奔井之魂、服卣腰疼之鬼,緩則水仙施相,急則河太金龍。陽龍斷雲臺法主、亦犯蕭公。陰龍推南海慈尊、又沖杜氏。玄武為佑聖真君。朱雀恐江河許原。遇陳蛇斷為坑廁。逢白虎論作水傷。水鬼主溺死鬼、腰疼鬼、服卣死鬼。症之緩者,則為火仙五聖及鎮海施相公。症之急者,犯水中河太、或曹三並金龍四大王。陽鬼值青龍,乃三官大帝及五聖之神。陰鬼值青龍,為觀世音及杜氏夫人。鬼帶玄武,為北極真君。帶朱雀,水池上許願心。帶勾陳或騰蛇,便曰水口作犯上。如水鬼化兄、或水兄化鬼又帶陳蛇者,便是坑廁土神。鬼臨白虎,須求水部傷司。

水性の「官鬼」は、河に投げ井に跳びて死するの亡魂、および毒を服し腰痛して亡するの鬼を主す。病勢緩なるは、是れ水仙と施相公。病勢急なるは、是れ河太と金龍大王。陽爻「青龍」を帶ぶるは、雲臺法主と斷じ、も可能蕭公を沖犯せり。陰爻「青龍」を帶ぶるは、南海觀音と推し、又た可能杜氏夫人を沖犯せり。「玄武」を帶ぶる是れ佑聖眞君、「朱雀」を帶ぶる恐怕是れ江河水邊に於て願を許しし、「勾陳」「騰蛇」に遇うは坑廁の神と斷じ、「白虎」に逢うは水中の傷亡と論作す。水性の「官鬼」の主する所は、溺死の鬼・腰痛の鬼・服毒して死するの鬼。症候緩なるは、是れ水仙五聖と鎭海施相公。病勢急なるは、是れ水中の河太を沖犯し、あるいは曹三および金龍四大王なり。陽爻の「官鬼」「青龍」に値するは、是れ三官大帝と五聖の神。陰爻の「官鬼」「青龍」に値するは、是れ觀世音と杜氏夫人。「官鬼」「玄武」を帶ぶるは、是れ北極眞君。「朱雀」を帶ぶるは、是れ水池邊に於て願心を許下せり。「勾陳」あるいは「騰蛇」を帶ぶれば、則ち水口の處に於て土を動かし作犯せりと說く。もし水性の「官鬼」「兄弟」を化出し、あるいは水性の「兄弟」「官鬼」を化出し、又た「勾陳」「騰蛇」を帶ぶれば、便ち是れ坑廁の土神。「官鬼」「白虎」に臨まば、須らく水部の傷司を祈求せよ。

火是毒瘡癆之魂,帶血焚燒之鬼,緩則東廚香願,急則陸相華山。青龍犯五福之星,陳蛇動三煞之土,白虎玄壇加橫鬼。玄武南堂共水神。朱雀華光司命並酬口原方寧。火鬼主瘡毒鬼、癆怯鬼、帶血鬼、燒死鬼、心疼鬼、症之緩者,宜謝灶神並香願。症之急者,亦有輕重之分:輕病宜酬陸引,陸相即是南堂;重病宜拜華山,華山即五福大神。帶青龍亦為五福。帶勾陳或騰蛇皆為三煞土。帶白虎為趙玄壇及痴癲鬼。帶玄武為南堂及水神。帶朱雀為華光,華光乃五顯靈官,又為司命,即是灶神。

火性の「官鬼」は、毒瘡・癆病にして死するの亡魂、および血を帶び・火に燒かれ死するの鬼を主す。病勢緩なるは、是れ竈君と香火の願。病勢急なるは、是れ陸相公と華山大神。「青龍」を帶ぶる是れ五福の星を沖犯せり、「勾陳」「騰蛇」を帶ぶる是れ三煞の土を動かせり、「白虎」を帶ぶる是れ趙玄壇に橫死の鬼を加上せり、「玄武」を帶ぶる是れ南堂と水神、「朱雀」を帶ぶる是れ華光と司命の神、一幷に口願を酬還して纔めて安寧を得。火性の「官鬼」の主する所は、瘡毒の鬼・癆瘵虛弱の鬼・帶血の鬼・燒死の鬼・心疼の鬼。症候緩なるは、竈神に酬謝し幷せて香願を還すに宜し。病勢急なるは、還お輕重を分かつを要す。輕病は陸相公に酬謝するに宜しく、陸相即ち南堂の神。重病は華山に拜するに宜しく、華山即ち五福の大神。「青龍」を帶ぶるも亦た是れ五福。「勾陳」あるいは「騰蛇」を帶ぶる皆は是れ三煞の土。「白虎」を帶ぶる是れ趙玄壇および癡癲の鬼。「玄武」を帶ぶる是れ南堂と水神。「朱雀」を帶ぶる是れ華光、華光就ち是れ五顯靈官、又た司命と稱し、也た即ち是れ竈神なり。

土言瘟疫之魂、膨脹虛黃之鬼,緩則廟神土府,急則賢聖城隍。青龍為素土,勾陳曰土皇,白虎金神忌,玄武坑廁妨,騰蛇當作犯兼求本境之神,朱雀合天曹並謝飛遊之土。土鬼主瘟疫鬼、膨脹鬼、黃病鬼,症之緩者,為廟內之神、大為土神。症之急者,為五方賢聖、又為城隍。帶青龍為正上宜素誥。帶勾陳為土皇,卻宜中奏。帶白虎為金神,即七煞上帶玄武為水口作犯上,若鬼化兄、或兄化鬼,便為坑廁。土帶騰蛇為作犯,土又為騰蛇上亦為當方上殺神祠。帶朱雀為飛土。若在乾兌二卦,便作天曹,縱不在乾兌卦中,如帶天咒或地咒或負結煞亦是天曹土,天咒煞云:正二鼠來三四酉,五六馬頭七猴走八雞九犬,十逢豬子兔丑鼠,為天咒。地咒煞正月從卯上順行十二位,負結煞云:正二豬虧三四牛,五六其星向兔遊,七八蛇宮九十未,十一十二酉中求。

土性の「官鬼」は、瘟疫にして死するの亡魂、および腹脹・虛黃の鬼を主す。病勢緩なるは、是れ廟神と土府。病勢急なるは、是れ五方賢聖と城隍。「青龍」を帶ぶる是れ素淨の土、「勾陳」を帶ぶる是れ土皇、「白虎」を帶ぶるは金神を忌むを要し、「玄武」を帶ぶるは坑廁を防ぐを要し、「騰蛇」を帶ぶる當に是れ土を動かし作犯し幷せて本境の神を祈求するを要し、「朱雀」を帶ぶれば則ち天曹に合し、還お飛游の土に酬謝するを要す。土性の「官鬼」の主する所は、瘟疫の鬼・腹脹の鬼・黃病の鬼。症候緩なるは、是れ廟裏の神、大抵土神に屬す。病勢急なるは、是れ五方賢聖、又た是れ城隍。「青龍」を帶ぶる正土に屬し、素齋誥文を用うるに宜し。「勾陳」を帶ぶる是れ土皇、表章を上りて奏告するに宜し。「白虎」を帶ぶる是れ金神、即ち七煞の土。「玄武」を帶ぶる是れ水口土を動かし作犯せり、もし「官鬼」「兄弟」を化しあるいは「兄弟」「官鬼」を化せば、便ち是れ坑廁の神。土「騰蛇」を帶ぶる是れ土を動かし作犯せり、も亦た是れ當方の殺神祠廟。「朱雀」を帶ぶる是れ飛土、もし又た《乾》《兌》二卦に落つれば、便ち天曹と算す。縱然《乾》《兌》卦中にあらずとも、只だ「天咒」「地咒」あるいは「負結煞」を帶ぶれば、も天曹の土と算す。「天咒煞」の口訣に曰く、正月・二月子に在り、三月・四月酉に在り、五月・六月午に在り、七月申に在り、八月酉に在り、九月戌に在り、十月亥に在り、十一月卯に在り、十二月丑に在り、と。「地咒煞」自ら正月卯位に起こり、順行十二位す。「負結煞」の口訣に曰く、正月・二月亥に在り、三月・四月丑に在り、五月・六月卯に在り、七月・八月巳に在り、九月・十月未に在り、十一月・十二月酉に在り、と。

看鬼臨何卦何爻而發動,知那處犯神犯煞以干連。官居坎位北方侵,或興水口。鬼到離宮南向礙,或動灶前。艮主山林或遭東北。坤成墳墓或值西南。幹為西北,兌為西、或犯天曹修寺觀。巽作東南。震作東,或伐樹林並起造。六鬼必造牆作墓。五官必砌路修街。四象斷門欄、或興工於簷下,三爻推房內、或動犯於橋樑。二乃修廚作灶。初為穿井開溝。在世則本宅興修,在應則對門墾掘。臨門爻,窗開不便。化兄弟,坑造不通。

「官鬼」いずれの一卦・いずれの一爻上に落ちて發動するを看れば、則ち是れ甚の地方に於て神煞を沖犯して而も牽連を受けしを知る。「官鬼」《坎》位に在れば、是れ北方の侵擾、あるいは是れ水口に於て工を動かせり。「官鬼」《離》宮に到れば、是れ南方の礙を受け、あるいは是れ竈前に於て土を動かせり。《艮》に在れば山林を主し、あるいは東北方に於て遭犯せり。《坤》に在れば墳墓を成し、あるいは西南に應ずべし。《乾》に在れば西北と爲し、《兌》に在れば正西と爲し、も可能是れ天曹を沖犯しあるいは寺觀を修造せり。《巽》に在れば東南と爲し、《震》に在れば正東と爲し、あるいは是れ樹林を砍伐しおよび工を興し造を起こせり。第六爻上の「官鬼」は、必是れ墻を造りあるいは墳を修せり。第五爻は、必是れ路を鋪き街を修せり。第四爻は、門欄と斷じ、あるいは屋簷の下に於て工を興せり。第三爻は、房內に推し、あるいは橋梁を動犯せり。第二爻は、是れ廚を修し竈を造せり。初爻は、是れ井を打ち溝を開きし。「官鬼」「世爻」に在れば、是れ自家の宅子の興修。「應爻」に在れば、是れ對門の人家の掘土。門爻に臨むは、是れ窓を開くこと合宜ならず。「兄弟」を化出するは、是れ坑廁造り得て通暢ならざるなり。

以上所言,皆論上鬼逐一開明,不必再注。亥作天門及張壬之擾害。帶青龍之象,宜叩三元。子為北斗兼河伯以為殃。加玄武之爻當酬聖帝。丑言牛觸之魂,寅是虎傷之鬼,卯禳東嶽,辰謝龍王,巳推火德尊星、蛇傷之鬼,午斷金槍教主、馬踏之魂,未曰伽藍,申雲元帥,酉命雌雄二煞,戌逢惡犬傷人亥鬼為張壬,即祠山大帝。外鬼帶青龍,為三官大帝;內鬼帶青龍,為水仙五聖。子鬼為北斗、又為河伯水官,在外帶玄武,為驛帝,在內帶玄武,為水傷。丑鬼為土神,又為土傷之鬼。寅鬼為東嶽、又為虎傷之鬼。卯鬼亦為東嶽,辰鬼土神、又為龍王。巳鬼為火德星君並蠶室、又為蛇傷之鬼。午鬼為金槍教主,即五顯靈官、並馬傷之鬼。未鬼為土神,又為伽藍土地,申鬼為元帥將軍之職並傷司,又有寺觀中所犯之神。酉鬼為佛象並喪煞、又為少女。戌鬼為土神,又為犬傷之鬼。

以上の說く所は、皆就ち土鬼の一類に逐條講明せり、再び注解を加うるを必とせず。下面地支に按じて分論す。亥爻天門と爲し、も亦た張壬(祠山大帝)の擾害を主す、「青龍」の象を帶ぶるは、三元大帝を叩拜するに宜し。子爻北斗と爲し兼ねて河伯の降する所の殃、「玄武」を加うるは眞武聖帝に酬謝するに應當せり。丑爻牛に抵傷せられて死するの亡魂を主す。寅爻是れ虎の傷する所の鬼。卯爻東嶽を禳解するを要す。辰爻龍王に酬謝するを要す。巳爻火德星君および蛇に咬傷せられたるの鬼と推す。午爻金槍教主および馬に踏み死せられたるの亡魂と斷ず。未爻伽藍と爲す。申爻元帥と爲す。酉爻雌雄二煞を主す。戌爻是れ惡犬の人を傷るに遇いし。亥爻の「官鬼」即ち張壬、也た即ち是れ祠山大帝。外卦に在りて「青龍」を帶ぶるは、三官大帝と爲す。內卦に在りて「青龍」を帶ぶるは、水仙五聖と爲す。子爻の「官鬼」北斗と爲し、又た河伯水官と爲す。外卦に在りて「玄武」を帶ぶるは驛帝と爲し、內卦に在りて「玄武」を帶ぶるは水中の傷亡と爲す。丑爻の「官鬼」土神と爲し、又た土傷の鬼と爲す。寅爻の「官鬼」東嶽と爲し、又た虎傷の鬼と爲す。卯爻の「官鬼」も亦た是れ東嶽。辰爻の「官鬼」土神と爲し、又た龍王と爲す。巳爻の「官鬼」火德星君と蠶室の神と爲し、又た蛇傷の鬼と爲す。午爻の「官鬼」金槍教主と爲し、即ち五顯靈官、および馬の傷する所の鬼と爲す。未爻の「官鬼」土神と爲し、又た伽藍土地と爲す。申爻の「官鬼」元帥將軍の職および傷司と爲し、還お寺觀中の沖犯せる神あり。酉爻の「官鬼」佛像と喪煞と爲し、又た少女を主す。戌爻の「官鬼」土神と爲し、又た犬傷の鬼と爲す。

六乃上倉至聖、墳墓之神。五為中界至尊、路途之鬼。四推簷外傷朝門前魍魎。三斷鬼在六爻,為上蒼素原、並墳墓土神、或遠方之鬼。鬼在五爻為中界至尊、即東嶽也,又為欄路五聖、並五路大神、或倒路之鬼。鬼在四爻為大小傷神、並在右儀門將軍、又為門前之鬼。鬼在三爻,為家堂並郡王,即府城隍,又為床婆弟兄鬼,及房內鬼、橋上鬼。鬼在二爻為縣城隍並灶神,又為夫妻等鬼、廚下鬼。鬼在初爻,為土地並井泉童子,並井前之鬼,如無井即土鬼。

再び爻位に按じて分論す。第六爻是れ上蒼至聖と墳墓の神、第五爻是れ中界至尊と路途の鬼、第四爻屋檐外の傷神および門前の魍魎と推し、第三爻另に作して斷法あり。「官鬼」第六爻に在れば、是れ上蒼素願・墳墓土神、あるいは遠方の鬼。第五爻に在れば、是れ中界至尊即ち東嶽大帝、又た是れ路を攔るの五聖と五路の大神、あるいは是れ路旁に倒斃せるの鬼。第四爻に在れば、是れ大小の傷神および左右儀門の將軍、又た是れ門前の鬼。第三爻に在れば、是れ家堂と郡王(即ち府城隍)、又た是れ牀婆・兄弟の鬼、および房內の鬼・橋上の鬼。第二爻に在れば、是れ縣城隍と竈神、又た是れ夫妻の一類の鬼・廚下の鬼。初爻に在れば、是れ土地と井泉童子、および井前の鬼、家中もし井無ければ、則ち土鬼と算す。此の套の爻位神を配するの次序は、是れ上よりして下に、遠よりして近に及ぶ。上爻最も遠く最も尊く、天に屬し墳に屬す。下爻最も近く最も卑く、井に屬し地に屬す。此に據りて推し往けば、神位の高下と禍事の遠近と便ち一目瞭然なり。

官臨世上,注開六象之神。鬼值空中,莫斷片殃之祟。鬼值初爻持世,家堂作禍,鬼值二世,上氣為實、並社壇作祟。鬼值三世,犯橋道中之鬼,若非橋道,即是園中花木之精。鬼值四世,犯五道亦有師王佛實之災。五世無鬼不言。鬼值六世,山神為害,及星宿降災。六爻內鬼雖持世,空則不言。

「官鬼」「世爻」に臨まば、則ち上面六爻の象に照らして逐條いずれの一位の神かを注明す。「官鬼」もし「空亡」に落つれば、則ち一星半點の鬼祟有りと斷ずるなかれ。「官鬼」初爻に在りて而も「世」に臨まば、是れ家堂の禍を作す。二爻に在りて「世」に臨まば、是れ土氣坐實して幷せて社壇の作祟せる。三爻に在りて「世」に臨まば、是れ橋梁道路上の鬼を沖犯せり、もし是れ橋道にあらずば、便ち是れ園中の花木の精と成れる。四爻に在りて「世」に臨まば、是れ五道を沖犯し、も可能師王佛事の災あらん。五爻上「官鬼」無きは便ち說くを必とせず。六爻に在りて「世」に臨まば、是れ山神の害を爲す、以及星宿の災を降す。六爻の內「官鬼」縱然「世」に臨むとも、只だ「空亡」に落つれば、則ち此の論と作さず。

青龍財子化官爻,福神相照。兌雀文書之鬼象,前願相催。青龍若臨財武臨福化出官爻,必是福神見咎。福神者,大則五福及茶延,小則五聖及五路。凡判鬼神,須審病源輕重,重則大神,輕則小祟。復看朱雀臨父母變出鬼爻,必是先年許下之願。若居兌卦,又犯天曹。

「青龍」「妻財」「子孫」に臨みて而も「官鬼」を化出するは、是れ福神の照臨せるなり。《兌》宮「朱雀」「父母」(文書)に臨みて而も「官鬼」を化出するは、是れ從前許下せる願の催討する在り。「青龍」もし「妻財」に臨み、「玄武」もし「子孫」に臨み、而も「官鬼」を化出せば、必定是れ福神の咎責を降下せる。所謂福神は、大なる是れ五福の大神と茶筵の神、小なる是れ五聖と五路の神。凡そ鬼神を判斷するは、須らく先ず病源の輕重を審す。病重なるは是れ大神、病輕なるは是れ小祟。再び「朱雀」「父母」に臨みて而も「官鬼」を變出するを看れば、必是れ往年許下せる願未だ還さず。もし《兌》卦に落つれば、又た是れ天曹を沖犯せり。

父母內興,方斷祠堂之宗相;椿萱外動,可言外族之高親。財動內宮,必妻魂而妾魄;妻搖外卦,非奴僕即情人。兄興為手足之親、相知之輩;福動乃兒孫之鬼,僧道之靈。父在內卦及親宮動者,便曰本宗之尊長。父居外卦及他宮動者,乃言外姓之尊親。財臨內卦或親宮動者,必先亡之妻妾。財值他宮及外卦動者,若非奴僕,必恩愛之情人。兄弟動者,或昆弟或姨妹或朋友之魂。子孫動者,為兒女為侄為婿,又為僧道之魂。

「父母」爻內卦に於て興起するは、纔めて祠堂中の本宗祖先と斷ず。「父母」外卦に於て發動するは、則ち外姓の尊長親戚と說く。「妻財」內宮に於て發動するは、必是れ亡妻亡妾の魂魄。「妻財」外卦に於て搖動するは、是れ奴僕にあらずば、便ち是れ舊日の情人。「兄弟」興起するは、是れ手足至親あるいは相知の朋友。「子孫」(福德)發動するは、是れ兒孫輩の亡魂、あるいは僧道の神靈。「父母」內卦および本宮に於て發動するは、便ち本宗の尊長と說く。「父母」外卦および他宮に於て發動するは、則ち外姓の尊親と說く。「妻財」內卦あるいは本宮に臨みて發動するは、必是れ先亡の妻妾。「妻財」他宮および外卦に於て發動するは、若し是れ奴僕にあらずば、必是れ恩愛し過ぎしの情人。「兄弟」發動するは、是れ兄弟・姨表姊妹あるいは朋友の亡魂。「子孫」發動するは、是れ兒女・侄輩・女婿、又たあるいは是れ僧道の亡魂。

卦有動爻,病有鬼魅。且如三爻動,則三魂,四象興而四鬼。若定陰陽,重單是男交折女。如分方向,卯動東方酉動西。凡推兒官,專看動爻,一爻動則一魂。兩爻動,則兩鬼。欲分男女,須看陰陽。重則為男交則為女。要知鬼食葷素,惟有子孫及青龍爻動者,皆宜素祭,其餘爻動,概合葷素。要知鬼在何方,卻看動臨何象。且如子爻動,正北方之鬼,丑爻動,東北方之鬼,其餘仿此。

卦中動爻あれば、病裏便ち鬼魅あり。譬如三個の爻發動すれば、便ち三個の亡魂あり。四個の爻興起すれば、便ち四個の鬼あり。鬼の男女を定めんと要するは、則ち爻の陰陽を看る。「重」爻と「單」爻と陽に屬し男と爲し、「交」爻と「拆」爻と陰に屬し女と爲す。方位を分かたんと要するは、卯爻動けば是れ東方、酉爻動けば是れ西方。凡そ幾個の鬼かを推すは、專ら動爻を看る。一爻動けば即ち一個の亡魂、兩爻動けば即ち兩個の鬼。男女を分かたんと要するは、須らく陰陽を看よ。「重」爻男と爲し、「交」爻女と爲す。鬼の葷祭を受くるか素祭を受くるかを知らんと要するは、只有「子孫」爻および「青龍」爻發動するは、皆素祭を用うるに宜し。其餘各爻發動するは、葷素皆可以なり。鬼いずれの一方に在るを知らんと要するは、則ち發動の爻甚の地支に屬するを看る。譬如子爻發動すれば、是れ正北方の鬼。丑爻發動すれば、是れ東北方の鬼、其餘此に照らして類推す。

卦靜當尋外象,無官另看伏神。鬼上飛爻,其方又定。卦無動爻,只取外卦。且如外屬乾宮,則病從西北。外臨坤卦,則禍起西南。六爻內有鬼者,如此看之。內外皆無官鬼,又不取外卦為憑,另尋鬼伏何爻之下,鬼上飛神定其所向。假令卜得頤卦安靜,鬼伏三爻之下,便取飛神庚辰上,辰者,東南之向,斷必無差。又如訟卦安靜,鬼亦伏在三爻午火之下,便曰南方,伏鬼再空,莫言禍祟。

卦もし安靜なれば、則ち該當外卦上より尋ねよ。卦中「官鬼」無ければ、則ち另に「伏神」を看よ。「官鬼」の上頭に壓する「飛神」は、方位も亦た就ち定まる。卦中動爻無ければ、只だ外卦を取る。譬如外卦《乾》宮に屬せば、病便ち西北より來る。外卦是れ《坤》卦なれば、禍便ち西南より起こる。此れ是れ六爻の內「官鬼」有るの時の看法なり。もし內外卦皆「官鬼」無ければ、那れ則ち再び外卦を取りて憑と爲さず、另に往きて「官鬼」いずれの一爻の下に伏するを尋ね、其の上に壓する「飛神」を用いて以て方向を定む。譬如《頤》卦を卜得して六爻安靜、「官鬼」第三爻の下に伏すれば、則ち「飛神」庚辰を取りて來り看る。辰東南の向に屬す、此の樣に斷ずれば必ず差錯なし。又た如し《訟》卦安靜、「官鬼」も亦た第三爻午火の下に伏すれば、便ち南方と說く。若し伏する所の「官鬼」再び「空亡」に落つれば、則ち甚の禍祟か有りと說くなかれ。

細查何象臨官,便議何神作祟,請禱則福無不至,祈禳則禍無不消,今作此篇切為卻災而度命,恐人妄斷,恆憂好殺而費財,萬不可輕言,一一還須細論,將六獸端配五行決諸神,終無一誤詳其的確,方判無私。

仔細に査明すいずれの一類の爻象か「官鬼」に臨むを、則ち此に據りていずれの一位の神か作祟するを議定す。誠心に請禱せば、福來らざる無し。虔敬に祈禳せば、禍消えざる無し。如今此の一篇を寫し下すは、懇切なる是れ災を退け命を續ぐが爲め。只怕る人の妄りに斷語を下し、又た常に人家の此に因りて濫りに牲口を殺し白く錢財を費やすを憂慮す、所以千萬に輕率に亂說すべからず、每一条還お須らく細細に推論せよ。「六神」を端端正正に五行に配上して、據りて以て諸神を判定せば、最終一個も亦た錯を弄さざらん。事情を審詳して确切せば、判斷纔めて公正無私と算上すること得ん。

總論八宮値鬼訣之一

鬼發乾宮廟內神,原因西北方來,誤犯寺觀或廟內神司,舊許上蒼素原或天燈、香願、經卷、斗齊之類,已逝椿庭並老故之魂,頭風之鬼。坎宮鬼動北方來,水部神司定作災,溺死耳聾同擾害,中男為耗豈能諧。坎宮鬼動,禍在北方,水路神司並家內中男作耗,亦有耳聾之鬼、瀹死之魂。坎在外三爻又為北斗,又加玄武亦作玄天上帝。

《乾》宮「官鬼」發動すれば、是れ廟裏の神。禍西北方より來り、多半是れ誤って寺觀あるいは廟中の神司を犯し、も可能是れ從前上蒼に向かい許下せる素願・天燈・香願・誦經・拜斗齋醮の一類未曾だ願を還さず。此外還お已故の父親および年老して死せる者の亡魂、および頭風の鬼を主す。《坎》宮「官鬼」發動すれば、禍北方より來り、水部の神司必定災を作す。溺死の鬼と耳聾の鬼と一同に擾害し、家中次子(中男)耗損す、哪裏か能く和順ならんや。《坎》宮「官鬼」發動すれば、禍北方に在り、是れ水路の神司および家內の次子の作耗する在り、も耳聾の鬼・溺死の魂あり。《坎》もし外卦の上三爻に在れば、又た北斗を主す。再び「玄武」を加えれば、も亦た玄天上帝と作して論ずべし。

艮卦官興東北方,山神五聖少男當,地氏土府方隅犯,手指皆為瘡爛鼻亡。艮宮鬼動,東北方來,冒犯土神、五聖並山神、土地為殃,亦有家內少男及臂瘡手折指爛鼻等鬼。震鬼東方犯九天,三茅東嶽樹神幹,杖傷之魂舟中鬼,折足之魂其長男。震宮鬼動,禍在東方,宜叩九天。九天者,雷祀大帝,即王樞經也。又犯三茅真君及東嶽尊神、及樹頭神聖,亦有長男為祟、或天嗔、或責斃兼折足、駕舟等鬼。

《艮》卦「官鬼」興起すれば、東北方に應ず、是れ山神・五聖、および家中の幼子(少男)災を當つ。も可能是れ地祇・土府と某個の方位とを沖犯せり、還お手指瘡を生じ潰爛し・鼻疾にして亡するの類を主す。《艮》宮「官鬼」發動すれば、禍東北方より來り、是れ土神・五聖および山神・土地を冒犯して而も殃を致せり、も家內の幼子および臂上瘡を生じ・手折れ・指爛れ・鼻病等の鬼あり。《震》宮「官鬼」發動すれば、東方に於て九天を沖犯し、三茅眞君・東嶽大帝と樹神とに牽連す。還お杖責せられて死するの亡魂・船上の鬼、および跌折して脚を折りしの亡魂を主し、長子の身上に應ず。《震》宮「官鬼」發動すれば、禍東方に在り、九天を叩拜するに宜し。所謂九天は、即ち雷祀大帝、也た即ち是れ《玉樞經》の奉ずる所の神。此外還お三茅眞君と東嶽尊神、および樹頭の神を沖犯す。も家中長子の作祟あり、あるいは是れ天譴に遭い、あるいは是れ責打せられて死を致し、兼ねて折足の鬼・駕船の鬼あり。

巽主東南施相尊,園林神道亦生嗔,路衝腿折腰跎鬼,縊死麻瘋長女魂。巽宮鬼動,病患東南,有幹鎮海施相公、花園樹木神道、並長女及縊死、瘋疾腿折腰跎等鬼。離家鬼發,起南方火部諸神司命王、目疾焚燒亡二鬼、速酬中女及焚香。離宮鬼動,神撤南方有犯,南斗六司、火德星君、五顯靈官、香頭灶神之類,更有中女並眼盲火燒之類。

《巽》宮東南を主り、奉ずる所是れ施相公。園林中の神道も亦た怒を動かさん。還お路沖に因りて腿折れ腰彎むの鬼、および縊死・麻風にして亡せる長女の魂を主す。《巽》宮「官鬼」發動すれば、病患東南方に在り、鎭海施相公・花園樹木の神道、および長女と縊死・瘋病・腿折・腰駝の一類の鬼に牽連す。《離》宮「官鬼」發動すれば、禍南方より起こり、是れ火部の諸神と司命の王。還お眼疾の鬼と燒死の鬼あり、應に趕緊酬謝し幷せて次女の爲めに香を焚き禱告すべし。《離》宮「官鬼」發動すれば、是れ南方に於て神靈を沖犯し、南斗六司・火德星君・五顯靈官・香頭竈神の一類に牽連し、還お家中の次女および眼盲・火燒の類の鬼あり。

坤鬼西南犯土皇、或因墳墓有相妨。臉黃腹脹身亡鬼老嫗他魂及母娘。坤宮鬼動,西南犯土不寧、或墳墓上並已故萱堂及老陰人、兼虛黃鼓脹之鬼。兌卦西方鬼,缺唇祝巫少女共傷,神佛天口許何曾賽,更中仇家咒咀心。兌宮鬼動,禍染正西,會許佛天之類,亦犯傷神並少女、兼缺唇師巫等鬼。加朱雀動,若非自己罰誓心,是他人咒咀天曹。

《坤》宮「官鬼」西南に於て土皇を沖犯し、あるい是れ墳墓に因りて妨礙する所有り。還お面黃腹脹にして死するの鬼、および老婦の亡魂と已故の母親とを主す。《坤》宮「官鬼」發動すれば、是れ西南に於て土を動かして而も安寧を得ず、あるいは墳墓の上に在りて、已故の母親および年老の婦人に牽連し、兼ねて虛黃・鼓脹の鬼あり。《兌》卦是れ西方の鬼、缺唇の人・巫祝・少女の一同に傷を受くるを主す。曾て神佛に向かい口願を許して而も何ぞ曾て還し過ぐるや。更に可能仇家の咒詛の心を中たりし。《兌》宮「官鬼」發動すれば、禍正西に染み、曾て佛天に向かい願を許ししの類、も傷神と少女とを沖犯し、兼ねて缺唇・師巫等の鬼あり。もし「朱雀」を加えて動けば、若し是れ自己毒誓を發したるにあらずば、便ち是れ他人の天曹に向かい咒詛せるなり。

總論五行値鬼訣之二

金爻值鬼犯西傷,總管喪神七煞妨,張相金罡刀下鬼,葉神鍾師武安王。鬼值金爻為煞,更有西傷,即五道也。葉神即九卓也。鍾師即鍾將軍。武安王即關公。張相即六五相公並金神七煞、金元七總管及寺內金剛、自刎之鬼,鎖條之願。

金爻上「官鬼」を帶ぶるは、是れ西傷の神を沖犯せり、總管・喪神と七煞と皆妨礙するを要す。還お張相公・金罡・刀下の亡魂、以及葉神・鐘師と武安王とに牽連す。「官鬼」金爻に落つる是れ凶煞、更に所謂「西傷」有り、就ち是れ五道の神。葉神即ち九卓、鐘師即ち鐘將軍、武安王即ち關公、張相即ち六五相公。此外還お金神七煞・金元七總管、以及寺內の金剛・自刎して死するの鬼、和び鎖條の願を許しし未だ還さざるあり。

木鬼,茶廷枷鎖當船神、草野及家堂蕭公東嶽、懸樑鬼、樹聖山神共九良。鬼值木爻為茶延、草野家堂、東嶽樹神、山神、舟中神、枷鎖原心九良星煞。蕭公即五聖。懸樑即縊死鬼也。水鬼,觀音興武天龍王,北斗又三元祠山杜氏金龍四河太曹堂並水仙、施相晏公兼宋相落水亡靈坑井泉。鬼值水爻,為觀世音、三官驛帝、北斗龍王、祠山大帝、金龍四大王、水仙五聖、杜氏夫人、河太曹三、施相公、宋相公、晏公坑廁主、井泉童子、徐大將軍、河伯水官並瀹死亡魂。

木爻上の「官鬼」は、茶筵の神・枷鎖の願・船上の神・草野三郎・家堂の神・蕭公・東嶽、および上吊の鬼・樹神・山神と九良星煞を主す。「官鬼」木爻に落つれば、就ち是れ茶筵・草野・家堂・東嶽樹神・山神・舟中の神、および枷鎖の願心を許しし未だ還さずと九良星煞。蕭公即ち五聖、懸梁即ち縊死の鬼。水爻上の「官鬼」は、觀音・眞武・天龍王・北斗・三元・祠山大帝・杜氏夫人・金龍四大王・河太・曹堂、および水仙・施相公・晏公・宋相公を主し、還お落水の亡靈と坑廁井泉の神あり。「官鬼」水爻に落つれば、就ち是れ觀世音・三官驛帝・北斗龍王・祠山大帝・金龍四大王・水仙五聖・杜氏夫人・河太曹三・施相公・宋相公・晏公と坑廁の主・井泉童子・徐大將軍・河伯水官、および溺死の亡魂なり。

火鬼,玄壇五福祠南堂五頭灶、東廚蕭堂香原焚燒鬼,熒惑星君三煞司。鬼值火爻,為趙玄壇、五福大神、五顯靈官、火德星君、銀神三煞、天燈香願,南堂五聖、灶神併火燒鬼。土鬼,城隍社廟神、五方賢聖上皇尊、皮腸大王瘟疫鬼、土地騰蛇太歲君。鬼值土爻,為城隍土殼神祠廟中神道、五方賢聖、土皇土地太歲、騰蛇、皮腸大王並瘟疫鬼。此論五行神所屬,還將六獸入官尋,輕重較量同此看,切莫胡言判鬼神。

火爻上の「官鬼」は、趙玄壇・五福の祠・南堂・五頭竈・東廚竈君・蕭堂・香願を主し、および火に燒かれ死するの鬼、還お熒惑星君と三煞の司あり。「官鬼」火爻に落つれば、就ち是れ趙玄壇・五福大神・五顯靈官・火德星君・銀神三煞・天燈香願・南堂五聖・竈神、および火燒の鬼。土爻上の「官鬼」は、城隍・社廟の神・五方賢聖・土皇至尊・皮腸大王・瘟疫の鬼を主し、以及土地・騰蛇と太歲君。「官鬼」土爻に落つれば、就ち是れ城隍・土地祠廟中の神道・五方賢聖・土皇・土地・太歲・騰蛇・皮腸大王、および瘟疫の鬼。以上是れ五行に按じて神靈の歸屬を論ず、還お要して「六神」を配して「官鬼」裏に進みて尋究せよ。病情の輕重も亦た此の辦法に照らして比較衡量し、切に胡乱に鬼神を判定するべからず。

總論六神値訣之三

青龍東嶽及家堂,五福茶筵花煞妨,蕭公五路花枷原,三官產婦海龍王。鬼值青龍,為東嶽、家堂、茶筵、花煞、五聖、龍王、三官大帝、五路尊神,並枷鎖願心產亡之鬼。朱雀城隍草野求,華光總管廣靈侯,天曹司命囹圄鬼,舊許金錢未答酬。鬼值朱雀,為城隍、草野總管天曹華光即五顯靈官,廣靈侯即南堂陸太君,司令即灶神,並舊欠願心牢中之鬼。

「青龍」上の「官鬼」は、東嶽大帝と家堂の神を主し、五福・茶筵と花煞と皆妨礙するを要す。還お蕭公・五路の神・花願枷願、および三官大帝・產亡の婦と海龍王とに牽連す。「官鬼」「青龍」に値すれば、就ち是れ東嶽・家堂・茶筵・花煞・五聖・龍王・三官大帝・五路尊神、および枷鎖の願心を許しし未だ還さざる者と產亡の鬼。「朱雀」上の「官鬼」は、城隍・草野の神に向かい祈求するを要す。還お華光・總管・廣靈侯、および天曹・司命と牢獄の鬼に牽連し、多半是れ舊日許下せる金錢の願未曾だ酬還せず。「官鬼」「朱雀」に値すれば、就ち是れ城隍・草野三郎・總管・天曹・華光(即ち五顯靈官)・廣靈侯(即ち南堂陸太君)・司命(即ち竈神)、および舊欠の願心未だ還さずと牢獄中の亡鬼。

勾陳值鬼細推詳,必犯承天后土皇,跌死傷亡隨體現,止蒼賢聖降洪殃。鬼值勾陳,為土皇並五方賢聖,跌死之鬼。騰蛇妖怪卻臨門,作犯方隅皇社神,或斷騰蛇墳墓土,產亡縊死二靈魂。鬼值騰蛇為妖怪,並作犯上。又為騰蛇土當方土地里社之神、及產亡、縊死二鬼。

「勾陳」上の「官鬼」は細細に推詳するを要す、必是れ承天后土と土皇とを沖犯せり。跌死・傷亡の鬼之に隨いて顯現し、上蒼と五方賢聖と大殃を降下す。「官鬼」「勾陳」に値すれば、就ち是れ土皇と五方賢聖、および跌死の鬼。「騰蛇」上の「官鬼」は、是れ妖怪門に臨み、あるいは某個の方位に於て土を動かし作犯して而も皇天と社神とを觸怒せり。も斷じて騰蛇の土・墳墓の土と爲すべく、還お產亡と縊死此の兩種の亡魂に牽連す。「官鬼」「騰蛇」に値する是れ妖怪、幷せて土を動かし作犯するを主す。又た騰蛇の土・當方の土地と里社の神、および產亡・縊死兩種の鬼を主す。

白虎西臺大小傷,金神五道葉神堂,雌雄二煞玄壇將,刀劍傷身虎咬亡。鬼值白虎,為傷司五道喪煞。趙玄壇金神即七煞也,葉神即九卓也,並刀傷虎傷之鬼。玄武採山同聖帝,伏尸坑廁井神臺,曹堂杜氏加河太,溺水穿齋二鬼來。鬼值玄武,為聖帝曹三河太伏尸坑廁土井泉童子、杜氏夫人。採山即草野三郎、並瀹死竊盜二鬼。然定六神諸聖位,還須八卦五行排,誰爻臨鬼詳端的,莫累人間虛費財。

「白虎」上の「官鬼」は、西臺の大小傷神・金神・五道・葉神の堂を主し、および雌雄二煞・玄壇將軍、還お刀劍の傷する所・虎に咬み死せられたるの亡魂あり。「官鬼」「白虎」に値すれば、就ち是れ傷司・五道と喪煞。趙玄壇の主する所の金神即ち七煞、葉神即ち九卓、還お刀傷・虎傷の鬼あり。「玄武」上の「官鬼」は、采山の神と眞武聖帝を主し、以及伏尸・坑廁・井神の位。還お曹堂・杜氏夫人と河太とに牽連し、溺水の鬼と穿齋の鬼と一同に前來す。「官鬼」「玄武」に値すれば、就ち是れ眞武聖帝・曹三・河太・伏尸・坑廁の土・井泉童子・杜氏夫人。采山即ち草野三郎、還お溺死と偷竊の兩種の鬼あり。不過「六神」の配する所の諸神の位次を定めんと要するは、還お須らく八卦・五行を用いて排列せよ。究竟いずれの一爻か「官鬼」に臨むは、須らく詳審確鑿せよ、人家を連累して白く錢財を破費せしむるなかれ。

總論星煞値鬼訣之四

凡居卦下論陰陽,定興官爻細審詳,上值青龍天喜位,決然花煞有相妨。凡看神司,須推官鬼,屬陽則男傷,屬陰則女鬼,看臨何星何煞,便知何祟為殃。鬼值青龍天喜,可言花煞之神,天喜起例,正月從戌上順行十二位也。

凡そ卦中に於て論斷するは、先ず爻の陰陽を分ち、再把「官鬼」爻を細細に審詳す。「官鬼」上もし「青龍」と「天喜」とに値せば、那必定是れ花煞の相い妨ぐる在り。凡そ神靈の作祟を看るは、須らく「官鬼」を推せ。它陽爻に屬せば即ち是れ男鬼の傷を作す、陰爻に屬せば即ち是れ女鬼。再び其の臨む是れ哪一顆の星・哪一個の煞を看れば、便ち甚の鬼祟か殃を作るを知る。「官鬼」「青龍」「天喜」に値せば、可以花煞の神と斷ず。「天喜」の起例是れ、正月戌位より起こり、逐月順行十二位す。

如逢白虎喪門照,卦中值此犯喪殃。喪門起例:正月戌、二月未、三月辰、四月丑、五月又到戌,只此四位周而復始。鬼臨白虎喪門者,便言喪煞為殃。天火天燭同朱雀,五顯靈官及灶皇。天火起例,正月子、二月卯、三月午、四月酉,只此四位周而復始。又天燭煞云:天燭正月起蛇宮,蕩蕩順行數至龍,卦內值時逢發動,作福祈禳也大凶。此煞即大朱雀也,如臨官鬼,即犯五顯靈官、灶神為祟。

もし「白虎」と「喪門」との照臨に遇上せば、卦中此に値する即ち是れ喪殃を沖犯せり。「喪門」の起例是れ、正月戌に在り、二月未に在り、三月辰に在り、四月丑に在り、五月又た回りて戌に到る、只だ此の四個の位置周して而も始に復す。「官鬼」「白虎」に臨みて又た「喪門」を帶ぶれば、便ち喪煞の殃を作すと說く。「天火」「天燭」と「朱雀」と同臨すれば、五顯靈官と竈王の作祟を主す。「天火」の起例是れ、正月子に在り、二月卯に在り、三月午に在り、四月酉に在り、も亦た只だ此の四位周して而も始に復す。「天燭煞」の口訣に曰く、天燭正月巳位より起こり、一路順行して辰位に數到る。卦內它に遇上して又た發動に逢えば、即便ち福を作し祈禳すともも大いに凶なり、と。此の煞就ち是れ大朱雀、もし「官鬼」上に臨まば、便ち是れ五顯靈官・竈神を沖犯して而も作祟せるなり。

天賊天盜加玄武,採山草野水三郎。天賊星云:正龍二雞三虎鄉,四羊五鼠六蛇藏,七犬八兔九猴位,十牛子馬丑豬忙。又天盜煞起例:正月亥、二月寅、三月巳、四月申,只此四位,周而復始。玄武官爻臨天賊星或臨天盜煞,便為草野三郎。

「天賊」「天盜」「玄武」を加上すれば、采山の神・草野と水中の三郎を主す。「天賊星」の口訣に曰く、正月辰に在り、二月酉に在り、三月寅に在り、四月未に在り、五月子に在り、六月巳に在り、七月戌に在り、八月卯に在り、九月申に在り、十月丑に在り、十一月午に在り、十二月亥に在り、と。「天盜煞」の起例是れ、正月亥に在り、二月寅に在り、三月巳に在り、四月申に在り、只だ此の四個の位置周して而も始に復す。「玄武」上の「官鬼」爻もし「天賊星」あるいは「天盜煞」に臨まば、便ち草野三郎と斷ず。

喪門弔客陳蛇位,伏尸土禁不為良。喪門開在篇首,弔客起例:正月辰、二月丑、三月戌、四月未,只此四位輪之。勾陳官鬼或騰蛇官鬼,又臨喪門或逢弔客,皆主伏尸土也。沐浴咸池玄武動,杜氏夫人發禍殃。沐浴起例:正月卯、二月子、三月酉、四月午,只此四位輪之,咸池煞:正月卯、二月子、三月酉、四月午,亦此四位輪之。玄武鬼爻如帶咸池沐浴,即為杜氏夫人也。

「喪門」「弔客」「勾陳」「騰蛇」の位に落つれば、伏尸と土禁とを主し、皆好事にあらず。「喪門」の起例已に本篇の前面に列す。「弔客」の起例是れ、正月辰に在り、二月丑に在り、三月戌に在り、四月未に在り、只だ此の四位輪轉す。「勾陳」上の「官鬼」あるいは「騰蛇」上の「官鬼」、又た「喪門」に臨みあるいは「弔客」に逢えば、皆伏尸の土を主す。「沐浴」「咸池」と「玄武」と一同に發動すれば、是れ杜氏夫人の禍殃を降下せる。「沐浴」の起例是れ、正月卯に在り、二月子に在り、三月酉に在り、四月午に在り、只だ此の四位輪轉す。「咸池煞」も亦た是れ正月卯に在り、二月子に在り、三月酉に在り、四月午に在り、同樣此の四位輪轉す。「玄武」上の「官鬼」爻もし「咸池」「沐浴」を帶ぶれば、就ち是れ杜氏夫人なり。

折煞勾陳加驛馬,街妨跌死橫傷亡。折煞起例:正月酉、二月午、三月卯、四月子只此四位周而復始。又驛馬起例:正月申、二月巳、三月寅、四月亥,亦此四位輪之。鬼帶勾陳又臨折煞、並卦內驛馬發動,必犯途中跌死傷亡。

「折煞」と「勾陳」と再び「驛馬」を加えれば、街市上の妨害を主し、跌死あるいは橫に傷亡に遭うの事あり。「折煞」の起例是れ、正月酉に在り、二月午に在り、三月卯に在り、四月子に在り、只だ此の四個の位置周して而も始に復す。「驛馬」の起例是れ、正月申に在り、二月巳に在り、三月寅に在り、四月亥に在り、も亦た是れ此の四位輪轉す。「官鬼」「勾陳」を帶びて又た「折煞」に臨み、幷且卦內「驛馬」發動するは、必定是れ路途中に於て跌死しあるいは傷亡せるの亡魂を沖犯せり。

官臨玄武天河煞,井中溺鬼作災殃。天河煞起例:正月從辰上起,順行十二位。玄武官爻又帶天河煞者,必是井中瀹死之鬼,不然必江河溺死者。朱雀官符為總管,刀砧羊刃是西傷。官符起例:正月從午上起,順行十二位。又刀砧煞起例;正月從午上起,順行十二位。羊刃煞起例:甲日在卯,乙日在辰,丙戊日在午,丁己日在未,庚日在酉,辛日在戌,壬日在子,癸日在丑,鬼臨朱雀更值官符,便言總管作祟,鬼帶刀砧或逢羊刃,即是傷司。

「官鬼」「玄武」に臨みて又た「天河煞」を帶ぶるは、是れ井中の溺死の鬼の災殃を作す在り。「天河煞」の起例是れ、正月辰位より起こり、順行十二位す。「玄武」上の「官鬼」爻又た「天河煞」を帶ぶるは、必是れ井中の淹死の鬼、不然とせば必是れ江河中の溺死の人。「朱雀」「官符」を帶ぶるは總管の神を主し、「刀砧」「羊刃」は則ち是れ西傷。「官符」の起例是れ、正月午位より起こり、順行十二位す。「刀砧煞」の起例も亦た是れ正月午位より起こり、順行十二位す。「羊刃煞」の起例是れ、甲日卯に在り、乙日辰に在り、丙日與戊日午に在り、丁日與己日未に在り、庚日酉に在り、辛日戌に在り、壬日子に在り、癸日丑に在り。「官鬼」「朱雀」に臨みて又た「官符」に値せば、便ち總管の作祟せると說く。「官鬼」「刀砧」を帶びあるいは「羊刃」に逢えば、就ち是れ傷司の神。見るべし同じく是一個の「官鬼」、不同の神煞を配上すれば便ち不同の神祟を指向す。水煞水に歸し、金煞金に歸し、須らく「六神」・五行と星煞三者を合看して、纔めて判じ得て準ならん。

太歲黃旌祈后土,貴人天喜謝蕭堂。太歲者,即年如也。黃旌星起例:正月戌、二月未、三月辰、四月丑,只此四位輪。又天乙貴人云:甲戊庚牛羊,乙己鼠猴鄉,丙丁豬雞位,壬癸蛇兔藏,六辛逢馬虎,此是貴人方。天喜星已列篇前,鬼值太歲若帶黃旌,即為后土。后土者,土皇也。又論官臨貴人或臨天喜,便是蕭堂五聖。

「太歲」「黃旌」を帶ぶれば、后土を祈禱するを要す。「貴人」「天喜」を帶ぶれば、蕭堂に酬謝するを要す。所謂「太歲」は、就ち是れ當年の年支。「黃旌星」の起例是れ、正月戌に在り、二月未に在り、三月辰に在り、四月丑に在り、只だ此の四位輪轉す。「天乙貴人」の口訣に曰く、甲・戊・庚日丑與未に在り、乙・己日子與申に在り、丙・丁日亥與酉に在り、壬・癸日巳與卯に在り、辛日午與寅に在り、此れ即ち貴人の所在する方位なり、と。「天喜星」已に本篇の前面に列す。「官鬼」「太歲」に値して若し又た「黃旌」を帶ぶれば、就ち是れ后土。后土也た即ち是れ土皇。再び論ず「官鬼」「貴人」に臨みあるいは「天喜」に臨まば、便ち是れ蕭堂五聖。

三丘五墓墳前土,暗金羊刃產中亡。三丘五墓煞云:春丑,夏辰,秋即未,三冬逢戍是三丘。卻興五墓對宮取,病人作福也難留。又暗金煞云:寅申巳亥巳來防,子午卯酉酉相妨,辰戌丑未丑位是,暗金產婦最難當,羊刃已其在前。鬼值三丘或臨五墓,便為墳墓。土鬼帶暗金煞或值羊刃星,層口是產亡帶血之鬼也。

「三丘」「五墓」墳前の土を主し、「暗金」「羊刃」產中身亡の鬼を主す。「三丘五墓煞」の口訣に曰く、春季丑に在り、夏季辰に在り、秋季未に在り、冬季戌に逢う、此れ是れ「三丘」。「五墓」は則ち「三丘」の對宮を取る、病人它に遇上せば、即ち是れ福を作し祈禳すともも難く性命を留住せん、と。「暗金煞」の口訣に曰く、寅・申・巳・亥の年月巳を防ぐを要し、子・午・卯・酉は酉を防ぐを要し、辰・戌・丑・未は則ち丑位に在り、と。「暗金」產婦に對して最も抵當し難し。「羊刃」の起例已に前面に列す。「官鬼」「三丘」に値しあるいは「五墓」に臨まば、便ち墳墓の土と斷ず。土性の「官鬼」「暗金煞」を帶びあるいは「羊刃星」に値せば、多半就ち是れ產亡帶血の鬼。

沖對年庚為撞命,流年逢鬼歲君當。撞對者,有天對地沖之辨。天對者,甲庚、乙辛、丙壬、丁癸是也。地沖者,子午、丑未、寅申、卯酉、辰戌、巳亥是也。假如病人丙子生,卦中壬午鬼動,正所謂天對地沖,此乃真撞命上也。又如庚午鬼地沖大不對,乃傍撞命上也,餘偕仿此。設若天對地不沖,非是撞命之淪。如鬼值年建,當言太歲上也。

「官鬼」與病人の年庚と相沖相對するを、「撞命」と叫ぶ。「官鬼」もし流年の支に値せば、則ち該當太歲君と斷ずべし。所謂「撞對」は、天干相對と地支相沖との別あり。天干相對は、是れ甲與庚・乙與辛・丙與壬・丁與癸。地支相沖は、是れ子與午・丑與未・寅與申・卯與酉・辰與戌・巳與亥。譬如病人丙子に生まれ、卦中壬午の「官鬼」發動すれば、正に是れ天干相對・地支相沖、此れ纔めて眞正の「撞命」なり。又た如し是れ庚午の「官鬼」なれば、地支雖に沖すとも而も天干對せず、那只だ算して旁撞の命、其餘此に照らして類推す。假設天干相對して而も地支沖せざれば、則ち「撞命」の論に屬せず。もし「官鬼」正に當年の年支に値せば、則ち該當太歲と斷ずべし。

華蓋僧魂並道者,咸池妓女及邪娘。華蓋起例:正月戌、二月未、三月辰、四月丑,只此四位,周而復始。咸池煞開在前,官臨華蓋乃為僧道之魂。鬼值咸池,即是邪淫之鬼。天刑牢獄中鬼。劫煞刀砧自刎傷。天刑起例:正月從辰上起,逆行十二位。天獄煞云:正月逢亥二月申,三月龍蛇四月寅,五月循環又到亥,周而復始定其神。劫煞興天獄煞同。刀砧煞亦列在前:鬼值天刑煞,必犯責死之鬼,如臨天獄殺,乃牢中之鬼,鬼臨劫殺或刀砧煞,必定自刎而亡。

「華蓋」僧人と道士の亡魂を主し、「咸池」妓女と邪淫の婦を主す。「華蓋」の起例是れ、正月戌に在り、二月未に在り、三月辰に在り、四月丑に在り、只だ此の四位周して而も始に復す。「咸池煞」の起例已に前面に列す。「官鬼」「華蓋」に臨まば、就ち是れ僧道の亡魂。「官鬼」「咸池」に値せば、就ち是れ邪淫の鬼。「天刑」牢獄中の亡鬼を主し、「劫煞」「刀砧」自刎して傷つくを主す。「天刑」の起例是れ、正月辰位より起こり、逆行十二位す。「天獄煞」の口訣に曰く、正月亥に逢い、二月申に在り、三月辰に在り、四月寅に在り、五月循環して又た回りて亥に到る、此の如く周して而も始に復して以て此の一神煞を定む、と。「劫煞」の起法「天獄煞」と相同なり、「刀砧煞」も亦た已に前面に列す。「官鬼」「天刑煞」に値せば、必是れ責打せられて死するの鬼を沖犯せり。もし「天獄煞」に臨まば、便ち是れ牢中の鬼。「官鬼」「劫煞」あるいは「刀砧煞」に臨まば、必定是れ自刎して亡せるの亡魂なり。

此是玄機真妙訣,千金不換亂傳揚。古之正人蓋同天下,今時邪祟各按本方,此章繫苕城新著,其別郡神司不同,凡吳下人,可依此斷,如他方問卜,還宜另詳。

以上此の等是れ玄機中の眞妙の口訣、千金も亦た換えず、隨意に亂傳すべからず。古時候の正神大抵天下相同なり、如今的邪祟卻って各々本地の風俗に按じて而も異なり。此の一章是れ苕城(湖州)に於て新たに寫成せる、別の州郡の奉ずる所の神司幷せて一樣ならず。凡是れ吳地の一帶の人は、可以此に依りて推斷せん。もし是れ別處の人來りて卜を問わば、還お應當別に行きて詳審すべし。

又附解禳通用法之五

凡人疾病占問鬼神,術人妄判神司,病家聽信宰殺,傾有限之家資,病未必愈,造來生之惡業,卜亦難逃。且如瘟疫,繫上帝之了剌降,雖日時行亦不善而降殃,但當合門齊素虔請戒僧持通連經,自得消解。或童男禮拜亦可迪吉。又如虐疾或有鬼邪,依通書之狀式設灶神而可遣。胎產乃九天聖母所持,延道而誦玉樞經可致臨盆之廢。怪病或倚草附木之妖,擇僧而念觀音經,自是弭災之法。冤業相尋,梁皇職可以解,除亡魂出現,地藏經乃能超度。火殃若降,擇火閉日或火收日,延道誦火德經,火乍汝矣!

凡そ人病有りて而も來りて鬼神を占問するに、術士もし胡乱にいずれの一位の神司か作祟すると判定せば、病家聽信して便ち牲口を宰殺し、有限の家產を傾け盡くして、病未必しも治り好さず、反って來生の惡業を造り下す――卜卦する人を連ねても亦た此の份の罪過を逃れ難し。譬如瘟疫は、本是れ上天の降下せる癘氣、雖に說く時令に依りて流行すとも、も亦た人の不善に因りて纔めて殃を降す。只だ全家素を喫し、虔誠に戒を持するの僧人を請い經を誦せしめば、自然能く消解せん、あるいは童男の禮拜に由りて、も亦た吉に趨るべし。又た如し瘧疾は、あるいは是れ鬼邪の身に纏わる有り、通書上の文式に依照して竈神に設祭せば、便ち能く驅遣せん。胎產の事九天聖母の主管に由る、道士を請いて《玉樞經》を誦せしめば、臨盆を順利に阻無からしむべし。怪病あるいは是れ草木精と成りて體に附く、僧人を選請して《觀音經》を念せしめば、自ずから是れ災を消すの法。前世の冤業前に來りて糾纏するは、《梁皇寶懺》の法事以て化解すべし。亡魂顯現して作祟するは、《地藏經》にて纔めて超度すること能くせん。火災の殃若し降臨せんと要せば、「火閉日」あるいは「火收日」に選み、道士を請いて《火德經》を誦せしめば、火患便ち你を離れ去らん。

精魅所臨,大則告天師而請法,小則誦真武經而驅遣。症患膈噎者,惟施食淡口,能超餓鬼。之途屠宰索命者,獨戒殺放生可免,旁生之趣,又若妄罰誓願,忤犯天曹,須設齋祭舊而勾消。若貧難酬願,可將天曹對疏,叩城隍而回繳,或富家向許豬羊牛願後,若貧窮可作粉牲錢馬,到天庫地庫除消亦可。

精怪妖魅身に纏われば、事大なれば則ち天師に上告し法事を延請し、事小なれば則ち《眞武經》を誦して以て驅遣す。噎膈の症を患うるは、只有飲食を布施し淸淡の口味を喫して、纔めて能く餓鬼此の一道の衆生を超度せん。宰殺せられたる牲畜の前に來りて命を索するは、唯有殺を戒め生を放して纔めて畜生道の報を免脱すべし。又た如し胡乱に毒誓願心を發し過ぎ天曹を觸犯せるは、須らく齋祭を設けて舊願を還して纔めて勾銷すること能くせん。若し貧窮に因りて願を酬うに難ければ、可以一の道の天曹に對する疏文を寫し、城隍を叩告して代わりて回繳せしめよ。又たあるいは富貴人家從前猪・羊・牛の牲願を許し過ぎ、後來家道貧窮と成りては、可以改めて麵粉の捏る牲口と紙錢紙馬とを用いて、天庫・地庫の中に送到して銷除せば、も亦た可以なり。

杜絕興工動作告土。須按其方隅設壇,無力粉圓可齋殷太歲。商賈江湖誦三官經,而可保士子功名,持玉皇經而虔祝藥師佛祈當世之延年,金剛經作來生之福利。禱求嗣續,則建梓童清壇保安,嬰幼須念大洞尊經,至如水火不通或拆橋斷路而招譴、左右癱瘓或大秤小斗而生災。士庶覆宗蓋為毀平冢墓軍民絕嗣皆因起滅,社壇非求神而可除,惟改修而可解,若藝侮神明,須皈依三寶或能求散。浸占祠宇惟修復,故剎方得安全,易卦類萬物之情因不悉備卜筮通神明之德,自可參詳。

工を興し土を動かすに因りて招來せる禍患を止住せんと要すれば、則ち得して土神を祭告せよ。須らく犯する所の方位に按じて壇を設け、若し供を辦ずるに力無ければ、麵粉團を用いて充て供品と作して太歲を齋祭するも亦た可以なり。商を行い江湖を走るの人《三官經》を誦すれば平安を保つべし。讀書人功名を求むるは、《玉皇經》を持し幷せて虔誠に祝禱せよ。今生延年を求むれば則ち藥師佛を祈り、來生福報を求むれば則ち《金剛經》を誦せよ。子嗣を祈求するは、則ち梓潼帝君の淸壇を建てて保安せよ。嬰幼を護佑するは、須らく《大洞尊經》を念せよ。水火通ぜず、あるいは橋を拆し路を斷ちて而も天譴を招來し、左右半身癱瘓し、あるいは大秤小斗を用いて人を欺きて而も災を生じ、士人百姓宗族の傾覆する多く人の墳墓を毀平するに因り、軍民子嗣を斷つ多く意を起こして人を害するに因る――此の等皆是れ神を求めれば即ち除去すること能くするにあらず、唯有過を改め善を修めて纔めて化解すべし。若し曾て神明を輕侮せれば、須らく佛法僧三寶に歸依せよ、或るい許か消す散ずるを求得ん。若し曾て祠廟を侵占せれば、唯有舊刹を修復して、纔めて安全を得ん。《周易》卦爻萬物の情を類比す、本來能く條條備擧すること能くさらなり。卜筮能く神明の德に通ず、其の中の道理自ら可く細細に參詳すべし。

僧道賢愚章第七十五

(以應爻為主,福德為憑。)迎僧接道招賢者,卻看何人立應中。人生世間,有念佛行善因果法緣、或祈福壽、或職悔業根,如修齋設法、如鍊度書符,皆欲利益存亡,不無迎接僧道,而僧人有慈惠降龍道士,有法靈伏虎,皆以宣揚梵語,禮誦經文,必能扶綱而植紀,始可入聖以超凡。若請延不善,迎接非賢,則亂壇兆而淆葷壇,瀆醮筵,以親汙積,是無感應,徒設衷誠。占卦但看應爻,便識休咎。

本章は請う所の僧道の賢と不肖とを占うは、「應爻」を以て主體と爲し、「子孫」(福德)を以て憑據と爲す。僧人を迎請し道士を接待し賢者を招延せんと要するは、則ち甚の爻か「應爻」の位に立つを看る。人生在世く、念佛行善し因果法緣を結下する有り、福壽を祈求する有り、業根を懺悔する有り。譬如齋を修し醮を設け、亡魂を鍊度し、符を書し法を請うは、皆是れ生者と亡者とを利益せんと想う、免れず僧道を迎請するを要す。僧人中慈悲有りて能く龍を降す有り、道士中法力有りて能く虎を伏す有り、他ら梵唄を宣揚し經文を禮誦す、必ず能く綱紀を扶持し、人才可以凡より聖に入らん。若し是れ人を請い錯り、接來する并非な賢德の士にあらずば、則ち會して壇場を攪亂し葷素混淆し、醮筵を褻瀆し、反って污穢を積下し、此の樣便ち毫も感應無く、白く一片の誠心を設下す。卦を占うは只だ「應爻」を看れば、則ち能く吉凶を識別せん。

福德在時真戒行,父官居者法精通。謂如子孫在應,決是受戒之善士,有行之真人。父母臨之者,必法術精專。官鬼臨之者,必神鬼欽伏。兄爻值此多奸偽,財象臨渠好利營。供佛,賴僧之慈因以盜助。迎真籍道之法力以贊參。兄弟應值則奸欺而偽妄,多阻誤而廢更。妻財監其人貪婪圖利,好色營財,乃鄙入蠍葷,非通天撤地之流也。

「應爻」上是れ「子孫」(福德)なれば、此の人眞に戒行あり。是れ「父母」あるいは「官鬼」なれば、此の人法術精通す。就ち是れ說く、「子孫」「應爻」に在れば、一定是れ戒を受けしの善士・修行有るの眞人。「父母」「應爻」に臨まば、必定法術精專なり。「官鬼」「應爻」に臨まば、必定神鬼を連れても皆敬服せん。「兄弟」爻「應」に居れば、此の人多く奸詐虛僞なり。「妻財」爻「應」に臨まば、此の人利を謀り營を經るを好む。佛を供するは僧人要す慈悲の心以て助成せんことを。眞を迎うるは道士借る法力を借りて以て禮を贊し參修せんことを。「兄弟」「應爻」に居れば、此の人便ち奸猾欺詐・虛僞妄語、多半會して延搁を耽誤し半途更改せん。「妻財」「應爻」に居れば、則ち此の人貪婪圖利・色を好み財を斂め、是れ鄙陋不堪・葷腥忌まざるの輩、是れ能く天を通じ地を徹するの法師にあらず。

惡輩子孫臨白虎,善人福德帶青龍。子孫乃僧道也,白虎貼守,其心不勝凶險立行匪凡善良。福德即子孫也,青龍衛護,欺人機有慈善,宅心恆存德行。神天不納因官絕,僧道無緣為六沖。道場善事,必一誠感格。如官爻值緣人徒爾叩天而天不受,僧有善緣而凡人因無緣法,蓋緣卦值並沖道多緣法,而齋主為沒因緣良為爻生沖激,故六沖不用也。

「子孫」爻「白虎」に臨む是れ惡輩、「子孫」(福德)「青龍」を帶ぶる是れ善人。「子孫」僧道を代表す。「白虎」に貼けば、其の人心地凶險、行事絶對善良の輩にあらず。「福德」也た即ち是れ「子孫」、「青龍」の衛護有れば、其の人待人心慈善の機を存し、心中常に德行を懷く。神天肯んじて接納せざるは、是れ「官鬼」の「絶」地に入るに因る。僧道と緣分無きは、是れ卦「六沖」に逢うに因る。道場善事を做すは、必ず須らく一片至誠にして纔めて能く感通せん。もし「官鬼」爻絶地に處せば、人便ち白く天を叩くとも而も天受けず。僧人雖に善緣有りとも、凡人卻って法に緣無し。大凡卦沖激に逢えば、道法雖に多しとも而も齋主偏偏緣無し、正に是れ爻位の相沖相激するに因る、所以「六沖」の卦用うべからず。

子破誦經宣若誑,應空禮懺拜如風。子孫用神主我家之事,誦經宣偈全要琳琅諷念,若逢沖破則徒誦之而為誑語矣!僧道應位為占主之用神,金經實偈誠敬宣揚。如遇被沖,則枉念之而成虛文矣!應空則袈裟贍禮何益?無子則鶴憋懺禮徒然。

「子孫」沖破せられれば、經を誦し偈を宣ぶ同じく說謊の如し。「應爻」落空すれば、佛を禮し懺を拜する同じく風に對して頭を叩くの如し。「子孫」此の「用神」主る所是れ我家の事、經を誦し偈を宣ぶ全く要して聲聲琅琅懇切諷誦す。若し沖破に逢えば、即ち是れ白く念じ一場、成りて誑語と爲す。僧道の居する所の「應爻」是れ占卜主家の「用神」、金玉の如き經文偈語要して誠敬宣揚す。もし沖せられに遇上せば、も亦た枉げて念じ一番、成りて空文と爲す。「應爻」落空すれば、那麼僧人袈裟を披りて來り禮拜するも亦た甚の用かあらん。卦中「子孫」無ければ、那麼道士の懺儀禮拜も亦た徒然なり。

鬼空設舊無因果,子旺修齊有大功。官爻主設醮之場,無鬼則無因無果,鬼煞臨齋壇之事。官空,則何德何功。子乘旺,齋壇功德無虧。福德權醮,主功程有力。福化鬼爻官克世,非惟作福反遭凶。設齋修善,福動化鬼,則求親而疏矣!作福祈恩,官來克世,是求榮而反辱矣!諂之而不蒙福媚之而反見遭用人感應,用意昭孚天神,感格天理昭回,豈可褻瀆不加謹慎乎?

「官鬼」落空すれば、設くる所の舊願法事便ち因無く果無し。「子孫」旺相なれば、齋を修し整肅すれば便ち大功あり。「官鬼」爻主る所是れ醮を設くるの壇場。卦中「官鬼」無ければ則ち因無く果無し、鬼神の事正に齋壇の上に落つるに因る。「官鬼」落空すれば、則ち甚の德か甚の功かを說上ること無し。「子孫」旺に乘れば、齋壇の功德便ち虧欠無し。「子孫」(福德)醮事を主持せば、功課自然力あり。「子孫」「官鬼」を化出し、あるいは「官鬼」來りて「世爻」を剋せば、那れ則ち不但福を作すこと成らず、反って凶に遭う。齋を設け善を行いて而も「子孫」發動して卻って「官鬼」に化成すれば、本想神明に親近せんと、反って疏遠せり。福を作し恩を祈る而も「官鬼」來りて「世爻」を剋せば、本想榮を求めんと、反って辱を受く。神明に諂媚して而も福佑を蒙らず、神明を討好して而も反って殃に遭う――人を用うは感應を講ずるを要し、心を用うは昭著誠信を要す、天神の感格自ら天理昭彰あり、怎麼可以輕慢褻瀆して而も謹愼を加えざらんや。

還賽解厄章第七十六

(以福神為主,用象為憑。)因災酬願尋福德,凶吉還須辨用爻。人身五臟,天氣六經調攝者安,違和者病,然染災而星辰不順,則祈禱之。因罹患而祟鬼為殃則酬謝之。許願當還賽神攸利,惟子卦無凶,尋福德占爻則吉。又當辨用爻之失令得令,能俾卜者之鄒眉開眉。

本章は願を還し神を賽し災厄を解除するを占うは、「子孫」(福神)を以て主體と爲し、「用神」を以て憑據と爲す。災に因りて願を酬うは、「子孫」爻を尋ねるを要す。吉凶に至りては、還お須らく「用神」を辨明せよ。人身五臟あり、天時の氣と六經の運行とに感應す。調攝當を得れば安康し、失調なれば則ち病を生ず。災に染むに因りて星辰順ならざるを覺えれば、則ち該當祈禱すべし。患に病むに因りて鬼祟の殃と爲るを知れば、則ち該當酬謝すべし。許下せる願理當歸還すべし、神を賽し福を祈るは自ら利益あり。只だ卦中「子孫」令を當たれば便ち凶險無く、「子孫」(福德)の爻を尋ねて來り占えば便ち吉利なり。此外還お應當「用神」是れ得令か還お是れ失令かを辨明せよ、此れ纔めて能く問卜するの人をして愁眉より轉じて舒眉と爲さしめん。

用弱忌興災未退,忌衰用旺患能消。謂我所占之人為用,而用休囚薄弱,其勢危矣!而所忌之爻為害,而害如動興,作誰抵敵哉?災愆未退,厄患未解也。忌神若衰弱,則病症可消。用爻如旺相,則災疾立愈。父興克子洪恩淺,財動生官邪魅招。父母動能克子,縱有天恩亦薄劣難承。財爻興則生官,豈無鬼邪之張揚作禍?世旺子強官受制,祭神之後別無妖。世為我也,旺則病必安痊。子為福也,強則壓制鬼祟,意謂此強餘必弱,福旺鬼將除,賽神之後保平安,解厄罷時無青咎,禳之則吉請禱無殃。

「用神」衰弱にして「忌神」興旺なれば、災還お未だ退かず。「忌神」衰にして「用神」旺なれば、病患便ち能く消せん。占う所のあの人は「用神」を以て代表と爲す。「用神」休囚薄弱なれば、形勢便ち危險なり。來りて它を剋するの「忌神」正に是れ害を爲すの爻、此の害爻もし又た發動興旺せば、還お誰か能く抵當せんや。那即ち是れ災咎未だ退かず厄患未だ解けず。「忌神」もし衰弱なれば、病症便ち可以消除せん。「用神」もし旺相なれば、災病立刻に痊愈せん。「父母」興起して「子孫」を剋せば、天恩便ち淺薄なり。「妻財」發動して往きて「官鬼」を生ぜば、則ち邪魅を招來せん。「父母」發動能く「子孫」を剋すれば、縱い上天の恩德ありともも微薄にして承受し難し。「妻財」爻興旺なれば則ち「官鬼」を生助す、哪能鬼邪の張揚作禍無からんや。「世爻」旺・「子孫」强にして「官鬼」制を受ければ、神を祭る之後再び妖祟無し。「世爻」我自己を代表す、旺相なれば則ち病必ず痊愈せん。「子孫」福を代表す、强盛なれば則ち能く鬼祟を壓制せん。意思是れ此强ければ則ち彼必ず弱く、「子孫」旺なれば則ち「官鬼」將に除かれんとす、神を賽する之後平安を保つべく、厄を解く之後再び咎無く、禳解すれば便ち吉祈禱すれば便ち殃無し。

奉安神位章第七十七

(以官爻為主,子象為憑。)凡安香火眾神天,侍奉祠堂列祖先。隨身香火,家庭供之以安,治世福神,家堂奉之以位,此生成之,迎賴陰空得護持者,然我生必有治宗祖請之以入家廟,我後必有嗣。祖先安之而居祠堂,子孫承之而春秋祭祀,照穆列而遠近追思,乃誠之至,孝之竭也。

本章は神位を安奉するを占うは、「官鬼」爻を以て主體と爲し、「子孫」の象を以て憑據と爲す。凡是れ香火を安奉し衆天神を供養し、および祠堂裏に於て列祖列宗を侍奉するは、皆此の章に屬す。身に隨い携えるの香火は、家中に供し以て平安を求む。人世を護佑するの福神は、家堂中に神位を安上す。此れ皆是れ天地生成の德を承受し、冥冥之中の護持に仰賴す。人生在世く必ず祖宗あり、他らの神主を請いて家廟に進入せしむるを要す。身後必ず子嗣あり、祖先を祠堂に安放し、子孫の承繼に由りて而も春秋祭祀し、昭穆の次序に按じて排列し、遠近の先人皆追思を得――此れ是れ誠意の極致、も亦た是れ孝道の竭盡なり。

供義高真諸上聖,一應還將官鬼看。上而伸者為神明,下而屈者為陰鬼。上聖高真即是神司,遍曾祖同推官鬼。不絕不空神久在,不沖不動聖常安。官鬼不絕,乃香火不絕。香火不空,則承祀不空。官若不沖,坐永堂而位亦常存。鬼如不動,安神先而祭之如在。

大義の所在を供奉するの高眞上聖は、一概に還お是れ「官鬼」此の一爻を看る。氣上に伸ぶる是れ神明、氣下に屈する是れ陰鬼。上聖高眞就ち是れ神司、歷代の曾祖先人を連同して、皆一同に「官鬼」を以て來り推す。「官鬼」絶に入らず空に落さざれば、神靈便ち長久に位に在り。「官鬼」沖を受けず發動せざれば、神聖便ち常に安寧を保たん。「官鬼」「絶」地に入らざれば、就ち是れ香火絶えず。香火落空せざれば、承繼の祭祀便ち落空せず。「官鬼」若し沖を受けざれば、神位堂上に坐し即ち能く長存せん。「官鬼」若し發動せざれば、神靈と祖先とを安奉し、祭祀の時便ち神靈の上に在るが如し。

在位靜安方是福,神柢不降卦無官。官如靜,則神聖安。鬼若空,則神不在。若夫祈禱神柢而不降臨管攝,因無官鬼主難。若乃叩請神明而不御臨張主,為無官鬼主司。若還福德臨爻上,天賜佳祥永百年。卦爻若得子孫出現旺相,神天必賜祥瑞,是福德加臨而子孫長吉。

神位安處して靜なるは、纔めて是れ福氣なり。神祇肯んじて降臨せざるは、是れ卦中「官鬼」無きに因る。「官鬼」もし安靜なれば、神聖便ち安んず。「官鬼」もし落空すれば、神便ち在らず。祈禱するに而も神祇降臨主管せざるに至りては、正に是れ「官鬼」無くして來り主を作すに因る。叩請する而も神明御臨主持せざるは、も亦た是れ「官鬼」無くして來り司掌するに因る。もし「子孫」(福德)爻上に臨み在れば、上天便ち佳祥を賜下し、可以百年を保せん。卦爻中もし「子孫」の出現して而且旺相を得れば、神天必ず祥瑞を賜し、此れ是れ福德の加臨、子孫長久吉利なり。

子象空無誰獲慶,財爻靜旺進田園。子孫空亡,則阿誰承厭?福神不現,則若為承歡?財爻靜旺則穩主並園。財遇生扶必田連阡陌。兄興妻患傷財物,父動鬼災損畜蠶。兄動而傷克妻財,非病而何?兄興則剝削財物囊匱乏。子當避父之威,父動傷兒,若父爻一怒,則子位受害矣!福乃滋牲,父動主傷六畜。子為春蠶,父興則損三蠶。

「子孫」の象落空せば、誰か來りて此の份の喜慶を承受せん。「妻財」爻安靜にして而も旺なれば、田園便ち進益あり。「子孫」「空亡」に落つれば、那れ則ち香火を承繼するの人無し。「子孫」(福神)出現せざれば、又た誰に靠りて歡を膝下に承えんや。「妻財」爻靜にして而も旺なれば、家宅田園便ち穩當なり。「妻財」再び生扶に遇えば、必定田阡陌に連ならん。「兄弟」興起すれば則ち妻子病ありて財物損を受けん。「父母」發動すれば則ち鬼神災を作し牲畜と蠶桑と損を受けん。「兄弟」發動して往きて「妻財」を傷剋すれば、妻子病を生ぜずば纔めて怪なり。「兄弟」興旺なれば則ち錢財を剥削し、囊中匱乏を弄し得ん。兒子當に父親の威嚴を避くべし、「父母」爻一たび發動すれば即ち「子孫」を傷つく、「父母」一たび怒れば、「子孫」の位便ち害を受けん。「子孫」孳生の牲畜を主り、「父母」發動すれば則ち六畜を傷つく。「子孫」又た春蠶を主り、「父母」興起すれば、一年三季の蠶皆損を受けんと要す。

鬼克世宮殃疊疊,官生身位福綿綿。兄賊陰害世爻而患災不一,官爻護生世位則庸福綿綿。六沖此向安非吉,六合其方奉有緣。六沖者,內外之神安之,豈得為吉?六合者,上下之位奉之,似有宿緣。白虎值官災不淺,青龍坐鬼利無旁。官爻雖是香火,然值白虎則神煞不利,而官亦遂為禍殃矣!鬼位未必災愆,而值青龍則神隨為錫之利益矣!而陰陽之位安如磐石,禍福之效捷丁鼓桴出入賴以扶持,止行仗而保佑。

「官鬼」「世爻」を剋すれば、災殃層層疊疊たり。「官鬼」「身爻」を生ぜば、福氣綿綿として絶えず。「兄弟」暗中「世爻」を殘害すれば、招來するの災患一端に止まらず。「官鬼」護佑して「世爻」を生扶せば、則ち平常の福分綿長なり。卦「六沖」に逢えば、此の個方向に於て神を安ずる吉利と算せず。卦「六合」に逢えば、あの個方位に於て供奉する纔めて似て夙緣有るが如し。「六沖」は、是れ內外の卦互相沖激し、此の樣の卦下に於て神を安ずれば、哪裏か能く吉と算せんや。「六合」は、是れ上下爻位彼此相合し、此の樣の卦下に於て神を奉ずれば、好像本來宿緣有るが如し。「白虎」上「官鬼」を帶ぶれば、災禍淺からず。「青龍」上「官鬼」に坐すれば、利益邊無し。「官鬼」爻雖に香火を代表すとも、可是它「白虎」に値せば、神煞便ち利あらず、「官鬼」も亦た就ち變じて禍殃と成れり。「官鬼」の位本未必しも災咎有らず、一旦「青龍」に値せば、神靈之に隨いて利益を賜下す。此の樣陰陽の神位安穩なること磐石の如く、禍福の應驗快きこと鼓槌の鼓を敲くが如し、出入皆神靈の扶持に仰賴し、行止皆神靈の保佑に倚仗す。

停棺舉殯章第七十八

(以子孫為主,身世為憑。)停棺寄槨兼更座,舉殯除靈事必同,財福二爻宜旺相,兄官兩象怕交重。大雨錢情事申而雨能出殯,人哀愍舟助而可舉棺或停棺,因擇地尋墳、或寄樞在制中贖屋移座,非為貧也。除靈適服關歟,事有數般,疑須一決,且如財爻福爻皆生財獲福,二爻固宜旺相,至若兄象官象咸破耗,官災兩象最怕興隆。

本章は棺を停め殯を舉ぐるの事を占うは、「子孫」を以て主體と爲し、「身爻」「世爻」を以て憑據と爲す。棺を停め棺槨を寄放しおよび靈座を改換し、殯を出し靈位を撤除す、此の幾件の事の斷法皆相同なり。「妻財」「子孫」兩爻旺相に宜しく、「兄弟」「官鬼」兩象發動して重爻と爲るを怕る。大雨の時人情相通ず、雨歇まれば便ち殯を出すべし。衆人哀れみ助けあれば、則ち能く棺を擡き引を發せん。あるいは棺を停むるを要するは、是れ還お地を擇び墳を尋ねるに因在り。あるいは棺柩を守制の期間に寄放するは、あるいは屋を贖い座を移し、幷せず皆家貧に因るが爲めならず。靈座を撤除し喪服を換下する皆相關聯し、事情好幾種あり、疑難皆須らく一卦に靠りて决斷せよ。譬如「妻財」爻と「子孫」爻は、一は財を生ずるを主し一は福を獲るを主す、此の兩爻自然旺相に宜し。至於「兄弟」爻と「官鬼」爻は、一は破耗を主し一は災禍を主す、此の兩象最も怕る興旺なり。

鬼興克世般般惡,官靜生身事事通,復推用象生身吉,倘來克世禍重重。鬼興而能克世,在服孝之中更作凶論,諸事忌之則住,官靜又乃扶身猶遭喪之際還作吉推,百凡行之則吉,用象生身者,行無不善。用來克世者,向無不凶。

「官鬼」興起して而も「世爻」を剋すれば、樣樣皆好からず。「官鬼」安靜にして而も「身爻」を生ぜば、事事皆亨通す。再び「用神」を推す。它「身爻」を生ぜば便ち吉、倘若來りて「世爻」を剋せば、禍事便ち重重疊疊たり。「官鬼」興起して而も能く「世爻」を剋すれば、服喪の期間に在りて更に凶論を作すを要し、諸事皆該當忌諱して而も暫停すべし。「官鬼」安靜にして又た能く「身爻」を扶助せば、即便ち正に喪に遭うの際に當たるとも、仍お可以吉推を作し、凡事往きて做す皆吉利なり。「用神」「身爻」を生ずるは、甚を做すとも皆妥當なり。「用神」來りて「世爻」を剋するは、いずれの方向に往くとも皆凶なり。

安靈寄樞宜相合,微席除旌喜六沖,逢沖不可停喪樞,擇服辭靈庶免凶。如卜設魂靈宜合而靜,占寄棺槨,爻穩乃安六親座旌值卦沖而除之則吉。五服魂席葉爻散而撤之無妨。一切喪事逢沖散而切不可停,大凡孝堂見激剝而斷不可寢。卦動而釋服乃宜,爻交而辭靈則可。雖曰孝無終始,寄棺撤席有不得已而行之,若乃趨吉避凶舉殯停喪,取理長則就之也。至如衰侄染墨,軍旅敢不遵依詔命,套情朝廷豈可違悖?

靈位を安放し棺柩を寄存するは、「六合」を得るに宜し。席を撤し銘旌を除去するは、反って「六沖」を喜ぶ。若し「六沖」に逢えば則ち靈柩を停放すべからず、而も應に日を擇び服を除し靈に辭し、此の樣纔めて能く凶を免れん。靈位を設くるを卜するは、爻象相合して而も安靜に宜し。棺槨を寄放するを占うは、爻位穩當纔めて安寧を得ん。至於六親の靈座と銘旌は、卦沖に逢いて而も撤除すれば便ち吉。五服の喪服と魂席は、爻象離散して而も撤去するも亦た妨げ無し。一切の喪事沖散の象に遇上せば、則ち切に切に再び靈を停むるべからず。大凡孝堂中激剥衝動の象を見れば、断然久しく停むべからず。卦爻發動すれば、正に喪服を脱去するに宜し。爻象變動すれば、就可以靈に辭せん。雖に說く孝心本來始終の限無しとも、棺を寄し席を撤する有時是れ已むを得ずして而も之を爲すなり。若し吉に趨り凶を避くるを論ぜば、殯を出すか還お喪を停むるか、あの道理更に長きを取りて做す去れ便ち是れ。至於服喪の人朝廷に情を奪われ起復せられ墨絰して戎に從うは、軍旅の中怎敢詔命に遵わざらんや。朝廷情を奪うの成例は、又た豈に可以背違せんや。

怪夢感應章第七十九

(以動爻為主,騰蛇官鬼為憑。)怪慮不詳,誰識將來之事故。夢憂不測,難知未兆之情由。欲決否藏,還憑易卦。吉凶未應,朕兆先形。或夜裡有微、呈夢中有見,致心主疑惑,須卦象搜求。吉則因子孫發動,宅靜人安。凶則逢官鬼興隆,殃臻禍至。子孫動,人口平安,家庭寧靜。官鬼發,則宅眷屯,門蘭蕭索。

本章は怪異と夢兆の感應を占うは、動爻を以て主體と爲し、「騰蛇」と「官鬼」とを以て憑據と爲す。怪異を見て而も不祥を憂慮すれば、誰か能く將來の變故を識得せん。夢を做して而も測り難きを擔心すれば、も難く此の尚未顯形の緣由を知らん。吉凶臧否を决斷せんと想えば、還お得して《易》卦に憑れ。吉凶尚未應驗せざる之先、徵兆先ず已に成形す。あるいは夜裏些微の異象あり、あるいは夢中見る所有り、以て心中疑惑を致す、則ち須らく卦象上より搜尋求解せよ。吉なるは、是れ「子孫」發動するに因り、家宅安靜・人口平安なり。凶なるは、是れ「官鬼」興旺に遇上し、災殃禍患接連して至る。「子孫」發動すれば、家中人口平安・家庭寧靜なり。「官鬼」發動すれば、家眷困頓・門庭蕭索なり。

官臨空絕,事假情虛。鬼值交重,怪真夢實。但看誰爻帶鬼,便知何事臨門。官空則無怪,反絕則情虛。鬼動則夢準,官發則怪靈。又如鬼爻帶煞而動,便知何事何方。土父則慮染時災,火象則倘遭回祿,木乃蠶桑之損,水為波浪之驚,刀傷斧割為金神,損畜喪丁因虎獸。土鬼疔染瘟瘴大興,倘逢加祿,木損桑苗,水瀹波險,刀割斧傷憑金神發現,人亡畜損懼白虎咆哮。

「官鬼」「空亡」に落ちあるいは「絶」地に臨まば、怪事是れ假にして情由是れ虛なり。「官鬼」發動して重爻と爲れば、怪異便ち眞にして夢兆便ち實なり。只だいずれの一爻か「官鬼」を帶ぶるを看れば、便ち甚の事か門に臨まんとするを知る。「官鬼」落空すれば就ち怪異無し、「絶」に入れば則ち情由虛妄なり。「官鬼」發動すれば則ち夢兆應驗し、「官鬼」興發すれば則ち怪異靈驗す。再如「官鬼」爻凶煞を帶びて而も發動すれば、則ち能く甚の事か・いずれの方位に在るかを知ることを得。土性の「官鬼」あるいは「父母」は、時疫に染上するを慮るを要す。火象は火災に遭うを慮るを要す。木は蠶桑の損を受くるを主す。水は風波の驚險を主す。刀傷斧割は是れ金神。牲畜を損傷し人丁を喪失するは、是れ虎獸の類に因る。土性の「官鬼」疔瘡と瘟疫瘴氣の大いに起こるを主し、倘若又た生扶に逢い祿を加え更に甚し。木性は桑苗の損を受くるを主す。水性は溺水と風波の險とを主す。刀割斧傷は金神に靠りて顯現す。人亡び畜損すれば、則ち怕る「白虎」の咆哮なり。

逢龍則喜處生悲,遇雀則詩中起訟,武防盜賊及扳陷之情,蛇被虛驚並牽連之事,勾陳之煞忌行動土之方,天喜之星勿往結婚之所。青龍值鬼,必樂極生悲。朱雀臨官,文書涉訟。玄武興防盜情害,及騰蛇主夢怪驚牽。勾陳鬼發,因動土爭田開掘方禁。天喜官加犯喜筵酒肆婚姻事情。

「官鬼」「青龍」に逢えば、是れ喜處に悲を生ず。「朱雀」に遇えば、是れ詩文書信の裏に官司を惹き出す。「玄武」を帶ぶれば盜賊および人に攀扯陷害せらるるを防ぐを要す。「騰蛇」を帶ぶれば虛驚および牽連せらるるの事を防ぐを要す。「勾陳」の煞を帶ぶれば、土を動かすの方位に到るを忌む。「天喜」の星を帶ぶれば、人家の婚事を辦するの地方に往くなかれ。「青龍」上「官鬼」に値せば、必是れ樂極して悲を生ず。「朱雀」上「官鬼」に臨まば、是れ文書に因りて訟に渉る。「玄武」興起すれば盜賊と陷害の情とを防ぐを要す。「騰蛇」は則ち夢に怪異を見・驚を受け牽連せらるるを主す。「勾陳」上「官鬼」發動すれば、是れ土を動かし・田を爭い・開掘するに因りて方位の禁忌を觸犯せり。「天喜」「官鬼」を加えれば、是れ喜筵酒肆と婚姻の一類の事情を沖犯せるなり。

驛馬同宮休出境,咸池共位莫貪花,官傷世體主人災,鬼克應家妻妾患。驛馬勿走跳路途,咸池戒奸貪姿色。世爻為家主,最怕鬼傷應位,是妻孥尤嫌鬼克。復看何爻化鬼方,推那命遭屯。父象化成,椿萱不泰。財爻雙出,眷屬難安。鬼化鬼爻,災未消而訟至。官連妻位禍將滅以財生。官變子孫,始見凶而終見吉。子之官鬼,先招祥以後招殃。

「官鬼」と「驛馬」と同宮なれば、則ち遠門に出るなかれ。「咸池」と同位なれば、則ち女色を貪戀するなかれ。「官鬼」「世爻」を傷れば、主人災あり。「官鬼」「應爻」を剋せば、妻妾病あり。「驛馬」鬼を帶ぶれば、路上に奔走するなかれ。「咸池」鬼を帶ぶれば、貪淫好色を戒除するを要す。「世爻」是れ一家の主、最も怕る「官鬼」の來り傷るを。「應爻」妻兒を代表し、尤も忌む「官鬼」の來り剋するを。再びいずれの一爻か「官鬼」を化出するを看れば、則ちいずれの一位の本命の人か困厄に遭わんを推す。「父母」化成して「官鬼」と爲れば、父母雙親安寧ならず。「妻財」「官鬼」を化出して而も兩重と成れば、家眷安し難し。「官鬼」「官鬼」を化せば、災還お未だ消えずして而も訟事又た到る。「官鬼」接連して「妻財」を化出せば、禍將に消えんとして而も財に因りて生を得ん。「官鬼」「子孫」に變ずれば、先ず凶を見て而も後吉を見ん。「子孫」「官鬼」を化出せば、先ず吉祥を招きて而も後災殃を招かん。

何象化官,知何人受患。何爻變鬼,即知何屬遭殃。父化鬼,主禍在椿萱。官化財,該災當妻僕。鬼化鬼爻,災生而又訟。官之財象,禍退而有財,官變福,初凶後吉。子化鬼先利後殃。世帶福神,能免萬千之咎。卦無鬼煞,並無毫忽之愆。子孫持世,則事事亨通。鬼煞空無,則常常康泰。

いずれの一類の爻象か「官鬼」を化出するを看れば、則ち是れいずれの一個人か患を受くるを知る。いずれの一爻か變じて「官鬼」と成るを看れば、則ちいずれの一屬相の人か殃に遭うを知る。「父母」「官鬼」を化するは、禍雙親に在り。「官鬼」「妻財」を化するは、災妻子と僕人と身上に應ず。「官鬼」「官鬼」を化するは、災生じる之後又た訟事を添う。「官鬼」化成して「妻財」の象と爲るは、是れ禍退きて而も反って財あり。「官鬼」「子孫」(福德)に變ずれば、起初凶にして後來吉。「子孫」「官鬼」を化するは、先得利して而も後殃を招く。「世爻」「子孫」(福神)を帶ぶれば、能く千萬種の咎責を免れん。卦中「官鬼」凶煞無ければ、便ち絲毫の過咎も皆無し。「子孫」「世爻」に臨まば、事事亨通す。鬼煞落空しあるいは卦に上らざれば、則ち長久康泰なり。

青龍父母值身搖,文墨光華之兆。白虎弟兄臨世動,家資破耗之憂。身值父母青龍,文章高顯。世臨白虎兄弟,資耗憂驚。龍居財福有生扶,門添喜氣。貴坐官文無克破,體沐恩光。門欄添喜氣,決是青龍臨財福之爻,更逢生旺,家宅顯榮必有貴居,父母之位不遇刑傷。事有百端,理歸一字。世有萬端事緒,卦憑一理而推。道明法正何慮怪情搜隱索微,難逃毫忽。

「青龍」「父母」を帶びて「身爻」に臨み而も搖動するは、是れ文章翰墨光光耀き顯達するの兆頭なり。「白虎」「兄弟」を帶びて「世爻」に臨み而も發動するは、則ち家產破耗の憂慮あり。「身爻」上是れ「父母」又た「青龍」を帶ぶれば、文章高顯を主す。「世爻」上「白虎」「兄弟」に臨まば、財を耗し驚を受くるを主す。「青龍」「妻財」「子孫」に居りて而も生扶有れば、門庭喜氣を添う。「貴人」「官鬼」「父母」の上に坐して而も剋破を受けざれば、身恩澤榮光を受く。門庭喜氣を添うるは、一定是れ「青龍」「妻財」「子孫」の爻に臨み、再び生旺に逢う。家宅顯榮・必ず貴人の位を得るは、則ち是れ「父母」の位刑傷に遭わず。事情千百端有り、道理歸結して一個の字と爲す。世上事緒萬端、卦只だ一個の理に憑りて往きて推す。道理明白・法度端正なれば、何愁む怪異の情をや。隱微を搜尋すれば、一絲一毫も亦た逃げ掉ること能くさらなり。

報應雪冤章第八十

(以官爻為主,世應為憑。)人遭冤屈訴無門,或失衣資求見明,或請鬼神驗的確,或迎仙道寫真情,皆將官鬼來為用,旺發陰司近日靈。朝中尚有申冤申屈,世上豈無誣馬誣金?或屈而控訴無門,事遭誣而暴白難雪,反神理遁幽微,仙道情涵勾化,莫若卦推鬼用,旺發報應昭彰。

本章は冥冥の報應と冤を雪ぐの事を占うは、「官鬼」爻を以て主體と爲し、「世」「應」兩爻を以て憑據と爲す。人冤屈に遭いて而も申訴する處無く、あるい是れ衣物錢財を丟して個の明白を求めんと想い、あるい是れ鬼神を請いて個の確實を驗せんと、あるい是れ仙道を迎えて來りて眞情を寫明せしめん――此の等皆「官鬼」を以て「用神」と爲す。「官鬼」旺相發動せば、陰司の報應近日便ち靈驗せん。朝廷の中尚且冤を申し屈を訴るの事あり、世間又た豈に能く鹿を指して馬と爲し人を誣えて金を盜むの冤枉無からんや。あるいは屈を含みて而も控訴の門無く、あるいは誣陷に遭いて而も眞相昭雪し難し。神明の理隱遁幽微にして、仙道の情含蓄測り難し、不如就ち卦を用いて「官鬼」此の「用神」を推せ。它旺相にして而も發動せば、報應便ち昭彰せん。

太歲值官年內報,提綱見鬼月中興,世遭鬼克吾遭辱,應受官傷彼受傾,動速靜遲終有應,空官絕鬼永無憑。太歲報應在一年,月建鬼興驗一月。世受鬼克,乃見憂於吾。應被鬼傷,則行誅於彼。有官則有報應,但動在速而靜在遲。無鬼則無準憑,況空無因而絕無據。交重之象明中發,沖擊之爻暗內行。卦見子興空拜聖,爻無鬼在枉投呈。交重明中發作,沖擊暗裡推排,子孫散解,徒磕頭拜跪,無鬼主張,枉申拆投呈。

「太歲」上「官鬼」に値せば、報應一年の內に在り。月建(提綱)上「官鬼」を見れば、報應一月の中に在り。「世爻」「官鬼」の剋する所と爲れば、是れ我羞辱に遭う。「應爻」「官鬼」の傷る所と爲れば、是れ對方傾覆せんと要す。「官鬼」發動すれば應うること快く、安靜なれば應うること慢く、終究應驗有らん。「官鬼」落空し絶に入れば、則ち永遠に靠り住み得ず。「太歲」上の報應此の一年に應じ、月建上「官鬼」興起すれば則ち此の一月に應驗せん。「世爻」「官鬼」の剋を受くるは、是れ憂患我身上に落つ。「應爻」「官鬼」に傷せられれば、是れ誅罰對方に施さる。卦中「官鬼」有れば則ち報應あり、只だ是れ動けば則ち應うること快く靜なれば則ち應うること慢し。卦中「官鬼」無ければ則ち準憑無し、何ぞ況んや落空せば則ち因無く入絶せば則ち據無し。發動して重爻と爲るは、是れ明處に於て發作す。沖激せられて而も暗動するは、是れ暗中に於て推排す。卦中もし「子孫」の興起を見れば、神を拜し告を求むるに往くも亦た是れ白き拜なり。爻中「官鬼」無ければ、狀を投じ官に告ぐるに往くも亦た是れ白き投なり。發動して重爻と爲る是れ明裏發作し、沖激せられれば則ち暗裏推排す。「子孫」鬼神の力を把りて皆散解せば、頭を磕き拜を下すも亦た徒勞なり。「官鬼」無くして主を作さざれば、申訴投呈するも亦た枉然なり。

察人喜怒章第八十一

(以用爻為主,生克為憑。)探人喜怒用爻推,民卜官員鬼上思,若問他人觀應位,子占父母看文書。測人喜怒,憑卦推詳。問官府,在鬼象精思。卜他人,於應位求索。子占父,文書為用。兄占弟,同類為憑,各定用爻,詳其喜惡。

本章は他人の喜怒を察看するを占うは、「用神」を以て主體と爲し、生剋を以て憑據と爲す。人の喜怒を探測するは、「用神」を用いて來り推す。百姓官員を卜問すれば、便ち「官鬼」上に於て思量す。若し問う所是れ相干らざるの旁人なれば、則ち「應爻」を看る。兒子父親を占えば、則ち「父母」(文書)を看る。人の喜怒を測るは、全く卦象に憑りて推詳す。官府を問うは、要して「官鬼」の象上に於て精細思量す。他人を卜するは、要して「應爻」上に於て探求す。兒子父親を占うは、「父母」を以て「用神」と爲す。哥哥弟弟を占うは、「兄弟」(同類)を以て憑據と爲す。各自「用神」を定准し、再び對方の喜惡を詳審す。

用爻生世心懷喜,主象傷身怒可知,但得比和情更美,無憂無喜值空時。用爻生世,則歡喜接談,主象遭傷,則變顏反目。用世比和,心產契合。用如生世,會晤維持。用世相沖,心同吳越,用若空亡或不上卦,乃無憂喜,無損益也。逢六沖永不和諧,處六合終無怨恨辭。白虎在爻憂損害,青龍臨用賴扶持。只沖難見,豈得和諧?六合易求,終無懊悔,處白虎,身憂損害,見青龍尤可親。依明人見顏色而言,智者觀喜怒而進也。

「用神」「世爻」を生ぜば、對方心歡喜を懷く。「用神」「身爻」を傷れば、對方怒を動かす知るべし。若し兩者五行比和すれば、情意更に美なり。「用神」「空亡」に落つる時は、則ち憂も無く喜も無し。「用神」「世爻」を生ぜば、面を見れば便ち歡喜交談す。「用神」「世爻」を傷れば、則ち臉を變じ目を反すること要せん。「用神」與「世爻」と比和すれば、兩心契合す。「用神」「世爻」を生ぜば、會晤の時能く維持照應を得ん。「用神」與「世爻」と相沖せば、兩心便ち吳國與越國の那般に敵對するが如し。「用神」若し「空亡」に落ちあるいは卦に上らざれば、那れ則ち憂無く喜無く、也た損益を談上るに及ばず。「六沖」に逢えば永不和諧、「六合」に處すれば終に怨恨の辭無し。「白虎」爻上に在れば損害を憂うるを要し、「青龍」「用神」に臨まば則ち可以扶持に仰賴せん。彼此相沖すれば、面を見るを連れても難く、哪裏か談得上和諧をや。「六合」なれば則ち容易く成を求め、終究懊悔せざらん。「白虎」に遇えば、自身損害を憂うるを要す。「青龍」を見れば、則ち格外親しむべし。事理を明白するの人人の臉色に依りて言を進め、智慧有るの人人の喜怒を觀て而も後行事す。

探人虛實章第八十二

(以應爻為主,不空不絕為佳。)察人心地應為先,生扶身世兩家歡,旬內值空心不實,月中犯破意非堅。用卦中之應爻,察人身之心地,生扶身世則賓主相投。彼同我心,則世應相洽,用破旬空,心虛不實。應臨月破,意詐非真。

本章は他人の虛實を探測するを占うは、「應爻」を以て主體と爲し、它空に落さず絶に入らざるを以て佳と爲す。人の心地を察看するは、先ず「應爻」を看る。它「身爻」「世爻」を生扶すれば、兩家皆歡喜す。它旬中に於て「空」に落つれば、其心便ち誠實ならず。它月建上に於て沖破せられれば、其意便ち堅定ならず。卦中の「應爻」を用いて、來りて對方の心地を察看す。「應爻」「身爻」「世爻」を生扶すれば、就ち是れ賓主相投なり。對方我と心を同じくすれば、「世」「應」兩爻便ち融洽す。「用神」破せられあるいは「旬空」に落つれば、心裏便ち虛にして而も實ならず。「應爻」「月破」に臨まば、其意詐僞にして而も眞にあらず。

倘來克世沖身命,腹內藏刃性必偏,但卜六沖無信實,凡占三合有忠言,彼同朱雀能言浯,應並騰蛇每變遷。應傷世命,口密腹劍之徒。應沖身世,而是背非之子。三刑六害,必生妄語。三合六合,定出忠言。用值青龍心慈善,應臨白虎主剛強。玄武奸怪肖象。勾陳性身穩重。口嘴喧譁惟因朱雀。腰肢曲折,黴似騰蛇。聽其言也,則捷給絮人。睹其眸子,則傾險莫匿。

倘若「應爻」來りて「世爻」を剋し「身爻」と本命を沖せば、那是れ腹內刀を藏するの人、性情必定偏邪なり。「六沖」の卦を卜得せば、對方誠信無し。「三合」の卦を占得せば、對方說く所是れ忠言。「應爻」「朱雀」を帶ぶれば、此の人能く言をなし善く辯ず。「應爻」「騰蛇」を帶ぶれば、此の人反復多變なり。「應爻」「世爻」と本命を傷れば、是れ口蜜腹劍の徒。「應爻」「身爻」「世爻」を沖すれば、是れ當面奉承し背後毁謗するの人。「三刑」「六害」に逢えば、必ず妄語を出す。「三合」「六合」に逢えば、定めて忠言あり。「用神」「青龍」に値せば、心地慈善なり。「應爻」「白虎」に臨まば、性情剛强なり。「玄武」を帶ぶれば、奸猾詭詐なり。「勾陳」を帶ぶれば、性情穩重なり。口舌喧嘩するは、只だ「朱雀」を帶ぶるに因る。腰肢彎曲正ならざるは、則ち「騰蛇」の象に像る。其の說話を聽けば、則ち他是れ口齿便捷にして而も絮叨か否を知る。其の眼神を看れば、あの份の傾險の心便ち藏るる能くさらなり。

用人藏否章第八十三

(以用爻為主,應象為憑。)凡用他人應上尋,家親各有用爻分,日沖月破空亡者,臨在斯爻永不亨。凡若用人行事、或請人代己之勞、或招人而作生涯、或託付而圖利益,如用他人,以應爻為主。若占親戚,以用象為憑。用爻若遇日辰沖、月建破、或落旬空者,皆主不成,縱成無力又不久遠,切莫用之。

本章は人を用うるの好壞を占うは、「用神」を以て主體と爲し、「應爻」を以て憑據と爲す。凡そ外人を用うれば、便ち「應爻」上に於て尋ねよ。若し用うる所是れ自家の親屬なれば、各々各に「用神」の分あり。「用神」若し「日辰」に沖せられ「月建」に破せられ、あるいは「空亡」に落ち、此の一爻に臨み在れば就ち永遠に亨通せず。凡是れ人を用いて事を辦せしめ、あるいは人を請いて自己に代わりて力を出さしめ、あるいは人を招いて來りて營生を做さしめ、あるいは他人に托付して以て利益を圖る。もし用うる所是れ外人なれば、「應爻」を以て主と爲す。もし占う所是れ親戚なれば、各自の「用神」を以て憑と爲す。「用神」若し「日辰」の相沖に遇い「月建」の沖破し、あるいは「旬空」に落つれば、皆事情辦し成らずを主す。縱然勉强して辦成すとも、も力無くして而も長久ならず、切に此の個人を用うるなかれ。

用遇絕鄉終不美,世遭用克卻無情,六沖反目非賓主,用變刑傷力必輕。倘若用爻臨絕又無生助者,此人定主無能。用來克世者,實懷欺主之心,彼非仗義之人。若卜六沖之卦,終成反目,豈得和諧?卦上用爻雖然有氣,變成剋制之鄉或之墓絕,人必先勤後惰,事當有始無終。

「用神」「絶」地に落つれば、終究好からず。「世爻」「用神」の剋する所と爲れば、對方毫も情義無し。卦「六沖」に逢えば必定要して反目し、賓主相得を談上るに及ばず。「用神」刑傷を變出せば、其の人の能力必定有限なり。倘若「用神」「絶」に臨みて而又た生助の爻無ければ、此の人一定能無し。「用神」來りて「世爻」を剋するは、實に是れ主を欺くの心を懷き、那不是れ仗義の人。若し「六沖」の卦を卜得せば、終究反目せんと要し、哪裏か談得上和諧をや。卦上「用神」雖然氣ありとも、卻って剋制の鄕あるいは墓絶の地に變入すれば、此の人必定先に勤後に惰り、事情始有りて終無し。

以上七般發不犯,方言和悅又多能,若還世得他扶助,必受渠恩事有成。應爻並用爻,不遇日沖、月破、空亡、死絕、又不克世、又不變出沖傷,本卦興之卦皆非六沖便曰賓主相投,用之有力。用爻若來生世合世者,賴以難持,周旋吾事。

以上七種の毛病皆犯さざれば、纔めて可以此の人和悅にして而又た多才と說くべし。もし「世爻」還お能く他の扶助を得れば、必定他の恩惠を受け、事情成すべし。所謂七種の毛病は、是れ說く「應爻」與「用神」と「日辰」の沖に遇わず「月破」に逢わず「空亡」に落さず死絶に入らず、又た「世爻」を剋せず、又た沖傷の爻を變出せず、而且本卦と變卦と皆「六沖」にあらず――此れ纔めて賓主相投と叫び、用い起こして力あり。「用神」若し來りて「世爻」を生じ「世爻」を合せば、則ち可以他を倚仗して局面を支撐し、我に替わりて周旋して事を辦さん。

仗託人力章第八十四

(以應爻為主,不遇絕空沖破為佳。)僉解京差,每有包完糧稅審,當縣役常多代出公庭,或央鄰里之謀為,或浼親朋之所作身,叨彼佑,事賴他成。前列人之事情,皆附卦之應象。糧從產出似有差徭之重,產去糧存尚多力役之徵,或山長水遠之迢遙,或人怯丁單之薄弱,不無親屬之託,須情故舊之央,事有萬殃,卦須一決,諸般仗枉,皆看應爻。

本章は他人の力を仰仗托付するを占うは、「應爻」を以て主體と爲し、它絶・空・沖・破に遇わざるを以て佳と爲す。僉派解運・京に赴きて差を當たるは、常に人の包攬して代わりて糧税を完する有り。縣裏の差役に輪到するも、亦た常に人を請いて自己に代わりて公堂に上らしむ。あるいは鄰里を央求して代わりて謀劃せしめ、あるいは親友を懇請して代わりて事を辦せしめ、自身光を叨りて人の庇佑を受け、事情別人に靠りて辦成するを要す。上面の列する此の等の人事は、皆卦中の「應爻」上に歸りて來り看る。田糧產業中より出づ、似乎差徭の負擔已に甚だ重し。產業賣掉せるも糧税卻って還お名下に掛かり、力役の征派仍舊少からず。有時是れ山長水遠路途迢遥なり、有時是れ人少丁單力量薄弱なり、免れず親屬に托付し故舊を央求するを要す。事情千般の周折有り、一卦便ち要して决斷せよ。種種の仰仗托付は、皆「應爻」を看る。

應動應沖,此客有更有變;應空應破,其人無力無能。最嫌世受應傷,更忌內遭外克。應值交重或逢沖動,仗彼終須改變。應值旬空或臨月破,託人決不始終。若應克世,或外傷內卦,皆主其心不善,不得誤用也。

「應爻」發動しあるいは沖せられれば、此の個人便ち會して卦を變じ主意を改めん。「應爻」落空しあるいは破せられれば、此の人便ち力無くも能無し。最も忌む「世爻」の「應爻」の傷る所と爲るを、更に忌む內卦の外卦の剋に遭うを。「應爻」發動して重爻と爲り、あるいは沖せられて而も動けば、他に仰仗し終究變を生ぜんと要す。「應爻」「旬空」に落ちあるいは「月破」に臨まば、他に托付し一定不能始有り終有らん。もし「應爻」「世爻」を剋し、あるいは外卦內卦を傷れば、皆此の人心地善ならざるを主す、切に誤用するべからず。

財福生身而有益,見官克世以虧財。六沖則意亂無恆,豈諧豈就;六合則心平有信,能始能終。妻財子孫發動,生助世爻,終須有益,若見兄弟官鬼交重克沖世象,豈不遭傷?六沖作事無成,又夫信實。六合所謀遂意,更有始終。但若諸般之重託,惟憑一卦之端詳。百里傾心千金重託,全憑一諾之寄,皆係六爻之定。

「妻財」「子孫」「身爻」を生ぜば則ち益する所有り、「官鬼」「世爻」を剋するを見れば則ち財を虧くを要す。卦「六沖」に逢えば、對方心意散亂にして恒心無く、哪裏か談得上和諧成事をや。卦「六合」に逢えば、對方心平にして而も信を守り、能く始有り終有らん。「妻財」「子孫」發動して「世爻」を生助すれば、終究益あり。若し「兄弟」「官鬼」の發動して重爻と爲り來りて「世爻」を沖剋するを見れば、怎能傷害を受けざらんや。「六沖」は事を辦する成らず、又た信實を失う。「六合」は謀る所遂に意に適い、更に能く始を善くし終を善くす。凡是れ種種の重大の托付は、只だ一卦に憑りて來り端詳す。百里の外に托付して心を傾けて相待ち、千金の重任相い付するは、全く對方の一句の承諾に憑る。而も此の一切は、皆六爻の定斷に係る。

繼身受產章第八十五

(以世應為主,財福為憑。)但將身繼欲受他財,切嫌世應空亡。大喜福財生旺世,陷則吾非受業,應空則彼不相從。以己之身為人之後承繼,即是螟侄出姓,義當承祀繼人之志、述人之事,理當如此。受父之產襲父之陰,古亦有之,在所必然,無足怪者。凡卜續人之後,當看世應之爻,倘若世應逢空,彼此皆成虛望,若得子動財興,後必榮華富貴。世空應不空,但恐身居不久,縱久亦難受業。應空世不空,切慮父心反變,到底不從我意也。

本章は他人に過繼して嗣と爲し產業を承受するを占うは、「世」「應」兩爻を以て主體と爲し、「妻財」「子孫」を以て憑據と爲す。要して自身を以て他家に過繼し人家の財產を承受するは、最も忌む「世」「應」の「空亡」に落つるを。最も喜ぶ「子孫」「妻財」の「世爻」を生旺するを。「世爻」落陷せば、我便ち此の份の家業を承受し得ず。「應爻」落空すれば、對方便ち肯んじて依從せず。自己の身份を以て人家の後嗣と做るは、就ち是れ所謂螟蛉の子・姓を出でて承繼す、義理に按じて該當人家の宗祀を承繼し人家の志業を繼述すべく、本來應に此の如くなるべし。養父の產業を承受し養父の蔭庇を承襲するは、古時も亦た有り、本是れ必然の理、怪を爲すに足らず。凡そ過繼承嗣を卜するは、當に「世」「應」兩爻を看るべし。倘若「世」「應」皆落空せば、雙方皆成りて空の指望と爲す。若し「子孫」の發動し「妻財」の興旺を得ば、日後必定榮華富貴ならん。「世爻」空にして「應爻」空ならざれば、只怕自己あの邊に在りて住して長久ならざるを、縱然住し得て久しきとも、も難く產業を承受せん。「應爻」空にして「世爻」空ならざれば、則ち要して養父の心意の反復し、到底肯んじて我の願を遂げざるを慮れ。

旁動克身,後被族中爭奪。應興伐世,遠遭本主欺凌。旁爻動克世爻,產被族中掠奪。應象動傷世象,遠遭本主欺凌。六沖主西蕩東遊,內愁外怨。六合主朝歡暮悅,老安少懷。雖見和諧財不興而少利,朱雀偏生口舌,鬼不動以無妨。六沖則遊蕩西東,怨生眷尺?六合則歡歌朝暮,老幼安和。縱有青龍而財若休囚受克者,但主和偕終無厚得,雖搖朱雀而鬼不交重空旺者,縱生咭聒而不成詞訟。

旁爻發動して來りて「身爻」を剋せば、日後會して族中の人の產業を爭奪せられん。「應爻」興起して「世爻」を討伐せば、將來會して本家の家主に欺凌に遭わん。旁爻發動して「世爻」を剋せば、產業族中の人に掠奪せられん。「應爻」發動して「世爻」を傷れば、將來本家の家主に欺凌に遭わん。卦「六沖」に逢えば、東游西蕩し家內憂愁にして而外怨言有るを主す。卦「六合」に逢えば、朝歡暮悅し老るる者安適し幼なる者心を歸するを主す。縱然彼此和睦すとも、若し「妻財」興ならざれば、得る所も亦た少なし。「朱雀」偏偏口舌を生ずるを愛すとも、只だ要して「官鬼」動かざれば、も亦た妨礙無し。「六沖」なれば則ち四處游蕩し、家眷の間怨隙を生出す。「六合」なれば則ち朝朝暮暮歡歌し、老幼安和なり。縱然「青龍」有りとも、可是「妻財」若し休囚して剋を受ければ、も亦た只だ相處和睦を主し、終究厚利を得ず。「朱雀」雖然搖動すとも、只だ要して「官鬼」發動して重爻と爲らず又た旺を當たらざれば、縱然些かの口角聒噪有りとも、も鬧りて官司と成るを得ず。

父母勾陳衰敗,產業虛浮。妻財福德興隆,家資穩實。妻弱兄強,必主分財奪祿。兒空鬼動,決然起訟為災。產業凋零,父母勾陳敗。家資穩實,妻財福德興隆,兄強妻必弱,奪祿分財。子空鬼愈狂,災生訟起。財化絕空,有物焉能入手?合逢沖破,無情豈得安身?內處無官,恐難成就,陰陽都動,終見更張。妻財而化之空絕,銀錢那能入手?合處而卻被破沖,蹤跡何處安身?卦內無官,一世事難成就。六爻亂動,一身終見更移。事欲綿長,卦須安靜。欲要攸久事基,六爻不動為妙。

「父母」與「勾陳」と衰敗すれば、產業便ち虛浮にして而も實ならず。「妻財」「子孫」興旺なれば、家產纔めて穩當紮實なり。「妻財」弱くして「兄弟」强ければ、必ず家財を分割し人の祿食を奪うを主す。「子孫」落空して而も「官鬼」發動すれば、断然要して官司を鬧り出して災と成さん。產業凋零するは、是れ「父母」與「勾陳」の衰敗するに因る。家產穩實なるは、是れ「妻財」「子孫」の興旺なるに因る。「兄弟」强ければ則ち「妻財」必ず弱く、則ち要して祿を奪い財を分かつ。「子孫」落空すれば則ち「官鬼」愈發猖狂し、災禍興りて而も訟事起こらん。「妻財」絶地に化入しあるいは落空せば、產業有るも亦た手に拿到せず。相合の處又た沖破に逢えば、彼此情無く、哪裏か安んじて身を下し得んや。卦內「官鬼」無ければ、恐怕難く成就せん。陰陽の諸爻皆發動せば、最終要して別に起きて變更せん。「妻財」化成して空亡絶地と爲れば、銀錢怎能手に入らん。相合の處卻って沖破せられれば、行蹤何處か纔めて能く身を安せん。卦內「官鬼」無ければ、一輩子の事皆難く成就せん。六爻亂動すれば、一身終究要して遷移變動せん。事情長久を想わば、卦便ち須らく安靜せよ。基業久遠を想わば、六爻動かざるを最妙と爲す。

防老膳終章第八十六

(以用爻為主,世應為憑。)鰥寡之徒,仗親朋而養膳;孤寒之輩,叨鄰友以維持。世應用爻空,非綿遠;兄官忌象動,豈安寧?夫婦不幸而自獨孤缺者曰鰥寡,爻空不期而骨肉傷殘者曰獨孤,故西伯有哀子之政,西京有拜老之行,是老需膳而安,幼求撫而長,有仗親戚而矜之以養,或托鄰友而憐之以恩,此皆民惻隱之好生,而窮人之得所也。而今發課何以據憑,可將用爻並推世應。凡占以世為己應為他,如占親戚各分用爻。且如占婿以子孫為主,占弟以兄弟為憑,世應並用皆不宜空,空則靠非攸遠,又不宜兄弟官鬼並忌神發動,動則豈得安寧?

本章は人に託して老を養い終を送るを占うは、「用神」を以て主體と爲し、「世」「應」兩爻を以て憑據と爲す。鳏夫寡婦要して親友に仰仗して膳食を供養せられ、孤苦貧寒の人要して鄰里を叨擾して生計を維持せん。「世爻」「應爻」與「用神」と落空すれば、此の份の倚靠便ち長久ならず。「兄弟」「官鬼」等の「忌神」發動すれば、哪裏か能く安寧ならんや。夫婦の中一方不幸にして亡故して而も獨り伴を缺くを鳏寡と叫び、骨肉意外に傷殘離散して而も依る所無きを孤獨と叫ぶ。所以に周文王(西伯)政を施して先ず哀苦告ぐる無きの人を恤み、漢朝西京に於て老るる者を拜賜するの禮有り――年老いたるは人の膳を供する有りて纔めて安んじ、年幼きは人の撫養する有りて纔めて能く長成せん。あるいは親戚の憐憫に仰仗して而も供養を受け、あるいは鄰友の哀憐に托付して而も恩惠を受く、此れ皆是れ百姓の惻隱好生の心、も亦た是れ貧窮の人の其の安頓の處を得るなり。如今卦を起こすに何を以て憑と爲さん。可く把る「用神」與「世」「應」と一幷に推詳せよ。凡そ占うは「世爻」を以て自己と爲し「應爻」を以て對方と爲す。もし占う所是れ親戚なれば、各々身份に按じて「用神」を分定す。譬如女婿を占うは「子孫」を以て主と爲し、弟弟を占うは「兄弟」を以て憑と爲す。「世」「應」與「用神」と皆落空するに宜しからず、落空せば則ち倚靠する所能く長遠ならず。も亦た「兄弟」「官鬼」等の「忌神」の發動するに宜しからず、一たび動けば還お能く安寧ならんや。

前後六沖不久,福財而旺為佳。主象生身昭彼力,用神克世被他欺。前卦六沖而後卦六沖,足跡豈能長久?福爻旺相而財又旺相,口身永得飽溫。主象生身似旱苗得雨,用神克世如枯草而遭霜。世遭月建相沖,自己將來多染禍;應被變爻而制,他人日後不興家。財無鬼又無,豈能手終侍?世動應亦動,焉得齊心?外卦興隆彼命富,內官旺相我身榮。世臨月破,自防身體弱羸,應變克傷,他必田園漸退。財鬼俱無,老少焉能盡瘁?世應俱動,彼此豈得同心?外卦興隆世又興,斯人富足。內官旺相世又旺,我得安榮。再觀生克,永決親疏。同血脈者,必生生。有瓜葛看,必壘壘。故親則同氣相求而同聲相應,克者不久,沖者益疏,是道不同而不相為謀。

本卦與變卦と皆「六沖」に逢えば、此の份の寄居便ち能く長久ならず。「子孫」(福德)與「妻財」と旺相なる纔めて好し。「用神」「身爻」を生ぜば、可以對方確實に力を出すを見ん。「用神」「世爻」を剋せば、就ち是れ他に欺負せらるるなり。本卦「六沖」・變卦又た「六沖」なれば、足迹哪能久しく一處に留まらん。「子孫」爻旺相にして而も「妻財」又た旺相なれば、衣食便ち永遠に溫飽ならん。「用神」「身爻」を生ずるは、好比旱苗の雨に遇うが如し。「用神」「世爻」を剋するは、好比枯草の霜に遭うが如し。「世爻」「月建」の沖破に遭えば、自己將來多く災禍に染まん。「應爻」化する所の「變爻」に剋制せられれば、對方日後家道興ならず。「妻財」「官鬼」皆卦に上らざれば、怎能人の侍奉して終老するに至る有らん。「世爻」動きて而も「應爻」も亦た動けば、怎能心を同じくせん。外卦興旺なれば、對方命裏富足なり。內卦「官鬼」旺相なれば、我自身榮顯なり。「世爻」「月破」に臨まば、自己要して身體の羸弱を防げ。「應爻」剋傷の爻を化出せば、對方の田園必ず漸漸衰退せん。「妻財」「官鬼」全く無ければ、老少の兩方哪能相い盡力せん。「世」「應」皆發動せば、彼此哪能心を同じくせん。外卦興旺にして而も「世爻」も亦た興なれば、此の人富足なり。內卦「官鬼」旺相にして而も「世爻」も亦た旺なれば、我安榮を得ん。再び彼此の生剋を看れば、則ち能く長久に親疏を判定せん。同一血脈のは、必是れ相生相養なり。只有瓜葛牽連のは、必是れ層層隔閡なり。所以に親近するの同氣相求め同聲相應ず。相剋する能く長久ならず、相沖する越發疎遠なり、那便ち是れ道同じからざれば相い謀るを爲さざるなり。

養親館友章第八十七

(親族以用爻為主,他人以應象為憑。)濟難扶危,卻是留恩於世上;憐貧敬老,豈非積德於陰中。誠恐恩中招怨,還須卦裡求明。奉尊奉長,宜扶我以扶身。撫幼撫卑,忌子孫而伐世。施粥是賑濟留恩,舍資亦憐貧,積德當聞受惠,效勞豈可以怨報德?奉尊長之有德者,父必扶我以生身。養卑幼之無義者,子必忘恩而克世。

本章は親屬を奉養し客を留めて館を設くるを占うは、親族は「用神」を以て主體と爲し、外人は「應爻」を以て憑據と爲す。人の急難を救い人の危困を扶くるは、是れ恩德を把りて人世に留むるなり。貧しき者を憐恤し老いたる者を敬重するは、豈に是れ冥冥中に於て德を積むにあらずや。只怕る恩を施して而も反って怨恨を招く、還お須らく卦裏より個の明白を求めよ。尊長を奉養するは、「父母」爻の我が「身爻」を扶助するに宜し。幼小卑弱を撫育するは、則ち忌む「子孫」爻の反って來りて「世爻」を討伐するを。粥飯を施舍する是れ賑濟して恩を留め、錢財を捐助するも亦た是れ貧を憐む。德を積めば則ち該當惠を受くる者の感念を聽取すべし、人の爲めに效勞する豈に可以反って怨を以て德に報いられんや。德有るの尊長を奉養すれば、「父母」爻必ず來りて我を生ずるの「身爻」を扶助せん。義氣を講ぜざるの卑幼を養育すれば、「子孫」爻必ず恩を忘れて而も反って「世爻」を剋せん。

養族養親,怕見用神來克。膳朋膳友,喜逢應象相生。凶則鬼兄皆動,吉則財子咸強。養吾宗新,忌用之來克。善吾朋友,喜應象之相生。鬼兄動則咸凶,財福興則皆吉。世陷世空,己恐屯難僱彼,應沖應動,他多更變豈酬勞。世應沖非久遠,卦爻合最綿長。世遭死絕或值空亡,日後家業蕭條,恐難僱彼。應若交重或遭沖破,他時彼意變更,必致忘恩,決不酬惠。卦值六沖非久遠,卦爻逢六合最延長。

族人親屬を奉養するは、怕る「用神」の反って來りて我を剋するを見るを。朋友を供養するは、喜ぶ「應爻」の我と相い生ずるを見るを。凶なる是れ「官鬼」「兄弟」皆發動し、吉なる是れ「妻財」「子孫」皆强旺す。本宗の族人を奉養するは、忌む「用神」の來りて剋するを。自己の朋友を善待するは、喜ぶ「應爻」の來りて生ずるを。「官鬼」「兄弟」發動すれば皆凶を主し、「妻財」「子孫」興旺すれば皆吉を主す。「世爻」落陷落空せば、自己恐怕困頓して支え難く他を雇うに起こさざらん。「應爻」沖せられあるいは發動せば、對方多變にして、哪裏か肯んじて來りて勞を酬い力を出さんや。「世」「應」相沖せば、關係能く長久ならず。卦爻相合せば、纔めて最も綿長なり。「世爻」死絶に遭いあるいは「空亡」に落つれば、日後家業蕭條にして、恐怕他を養うに起こさざらん。「應爻」若し發動して重爻と爲りあるいは沖破に遭えば、他日對方心意變更し、必ず恩を忘るるに致り、断然會して恩惠を報答せざらん。卦「六沖」に逢えば能く長久ならず、卦爻「六合」に逢えば纔めて最も長遠なり。

合處變沖,花非結果;凶中化吉,樹必成林。扶人之難,用逢生助可相扶。救客之危,應破克傷須莫救。遭禍遭殃遭損害,應克世爻。得名得利得禎祥,外生內卦。合處變沖,不結子之花豈能結果?凶中化吉,無心處之柳不意成林。用逢生助,斯人有難可扶。應被克傷,厥後縱危莫救。應克世以招殃,外生內而多吉。

相合の處變じて相沖と成れば、就ち空花の果を結ぶこと能くさるが如し。凶象の中吉を化出せば、則ち柳を插して林と成るが如し。別人の患難を扶助せんと要するは、「用神」生助に逢うの纔めて以て扶くべし。客人の危急を救わんと要するは、「應爻」沖破剋傷せらるるの便ち救い往くを必とせず。禍に遭い殃に遭い損害に遭うは、是れ「應爻」の「世爻」を剋する。名を得利を得吉祥を得るは、是れ外卦の內卦を生ずる。相合の處變じて相沖と成れば、子を結ばざるの花哪裏か能く果を結ばんや。凶中吉を化すれば、正に如し心無く插下せるの柳枝竟に意外林と成るが如し。「用神」生助に逢えば、此の人難有りて扶助すべし。「應爻」剋傷せられれば、他日後縱然危急すともも救うを必とせず。「應爻」「世爻」を剋せば則ち殃を招き、外卦內卦を生ぜば則ち吉多し。

龍值福興,行止獲財而進喜。雀臨兄發,始終費本以生非。武鬼克身憂失脫,蛇官傷世慮牽連。進喜得財,子值青龍而發動。生非破鈔,兄臨朱雀以交重。鬼臨玄武,失脫難逃。官遇騰蛇,牽連禍至。念憂恤孤,宇內修心之道,施恩佈德,環中積善之家。然雖整吾雖實意以無私,倘若彼心有害,未知後患,故叩先天。施恩佈德,誠積善之人;恤寡憐貧,乃慈心之玉。吾雖實意以無私,或彼虛心而有害。仰先天之不負,庶終吉之有微,倘凡庶之侮人,豈聖賢之欺我。

「青龍」上「子孫」興起すれば、一擧一動皆財を得て喜を添う。「朱雀」「兄弟」に臨みて發動すれば、頭より尾に至るまで皆本錢を破費して又た是非を生ず。「玄武」上の「官鬼」「身爻」を剋すれば、憂うる所是れ財物を丟失す。「騰蛇」上の「官鬼」「世爻」を傷れば、慮る所是れ人に牽連せらるる。喜を添え財を得るは、是れ「子孫」「青龍」に値して而も發動す。非を生じ鈔を破るは、是れ「兄弟」「朱雀」に臨みて而も發動して重爻と爲す。「官鬼」「玄武」に臨まば、失竊逃れ難し。「官鬼」「騰蛇」に遇えば、牽連の禍便ち到る。憂患を掛念し孤苦を體恤するは、是れ天下の人の心を修むるの正道。恩を施し德を布くは、是れ世間の善を積むの人家。然而我此の邊雖然眞心より出でて毫も私意無しとも、倘若對方心惡意を懷けば、往後の禍患便ち難く預知せん、所以に要して先天の卦象を叩問す。恩を施し德を布くは、確かに是れ善を積むの人。孤寡を體恤し貧窮を憐憫するは、正に是れ慈悲心腸の美質。我雖然眞心私無しとも、或許對方卻って虛情假意にして而も暗に禍害を藏せん。先天の卦象の人を欺かざるに仰賴すれば、庶幾く能く終吉の微兆を看出さん。倘若凡庸の輩の人を欺侮せば、聖賢の道又た豈に會して我を欺騙せんや。

登舟涉水章第八十八

(以父爻為主,世應為憑。)僱船裝載渡長江,問卜須將父母詳,大要合生兼旺相,怕逢空絕及沖傷。凡僱船裝載,須將父母為用爻,如逢旺相又遇日辰動又生合者,一路平安百事和偕。若逢空亡墓絕刑沖剋害月破者,非惟險阻,反有禍患,若凶煞休囚,恐無大利亦無大害。

本章は船に乘り水を渡るを占うは、「父母」爻を以て主體と爲し、「世」「應」兩爻を以て憑據と爲す。船を雇い貨を裝して長江を渡るは、卜を問うに須らく把る「父母」爻を詳審せよ。最も要して它生を得合を得て又た旺相ならんことを、怕る它空に落ち絶に入りおよび沖せられ傷せらるるを。凡そ船を雇い裝載するは、須らく「父母」を以て「用神」と爲せ。它もし旺相にして、又た「日辰」與動爻との來り生じ來り合するに遇えば、則ち一路平安・百事和順なり。若し「空亡」「墓絶」および刑沖剋害・「月破」に逢えば、那れ則ち不只路上險阻なり、反って會して禍患有らん。若し是れあの凶煞皆休囚して氣無ければ、恐怕雖に大利無しとも、も亦た大害無し。

子孫動合方方美,官鬼休囚處處強。子孫乃生財之神,若臨世用發動及生合者,著處大吉,雖不動臨世亦為佳兆。官鬼乃兇惡之流,遇之不利。若得休囚墓絕或受制伏,則不能克沖,不論遠近,隨後方吉。若帶吉神克尤可,若帶煞發動來克,大凶。

「子孫」發動して而も「世爻」と相合すれば、處處皆美なり。「官鬼」休囚して氣無ければ、各處皆强健平安なり。「子孫」是れ財を生ずるの神。若し「世爻」あるいは「用神」に臨みて而も發動し、又た來り生じ來り合せば、那麼到る所の處皆大吉なり。縱然動かずとも、只だ要して「世爻」に臨まば、も亦た是れ好の兆頭。「官鬼」是れ凶惡の類、之に遇上すれば便ち利あらず。若し得て它休囚し墓に入り絶に入り、あるいは制伏せられれば、則ち能く來り剋し來り沖すること能くさらん、那麼路程の遠近を論ぜず、此の後皆吉なり。「官鬼」若し吉神を帶びて來りて剋すれば、還お算して可以なり。若し凶煞を帶びて發動して來りて剋すれば、則ち大凶なり。

世乃己身嫌墓絕,應為船主莫空亡。應克世爻遭損害,應生世者遇賢良。世為僱船之主,應為駕舟之人,俱不宜旬空月破墓絕,最要生合為美。若應爻克世沖世者,必兇頑之漢,件件欺侵。若加朱雀,口多罵詈。加白虎,好勇毆拒。加玄武,明倫暗竅。加兄弟,狡猾誆詐。休囚稍稍,旺動愈凶。若值旬空月破,必然痿弱,或非慣熟,或是災生不測。若應生世合世者,必善良之人,事事可托,和顏承順。若帶吉神扶拱,乃故家子弟出身,一力能扶助,萬里可同行。

「世爻」自己を代表し、忌む它の墓に入り絶に入るを。「應爻」船主を代表し、可ならず「空亡」に落つる。「應爻」「世爻」を剋すれば則ち要して損害に遭い、「應爻」「世爻」を生ぜば則ち賢良の人に遇上せん。「世爻」是れ船を雇うの主顧、「應爻」是れ船を駕するの船家、兩爻皆「旬空」「月破」與墓絶に宜しからず、最も要して彼此生合して纔めて美ならん。若し「應爻」「世」を剋し「世」を沖せば、あの船家必是れ凶頑の徒、事事欺凌して侵奪せん。「朱雀」を加えれば、滿口辱罵す。「白虎」を加えれば、强を逞しゅうして鬪毆す。「玄武」を加えれば、明面理を講じ暗裏手を下す。「兄弟」を加えれば、狡猾誆騙す。此の等若し休囚なれば則ち程度稍く輕く、旺にして發動すれば就更に凶なり。「應爻」若し「旬空」「月破」に値せば、船家必定軟弱無能、あるいは是れ幷せず熟練せず、あるいは是れ會して意外の災を生出さん。若し「應爻」「世」を生じ「世」を合せば、必是れ善良の人、事事可以托付し、和顏悅色にて承應せん。若し再び吉神の扶拱を帶ぶれば、那是れ舊家の子弟の出身、一力能く相い扶助し、萬里同行皆可以なり。

陰卦包陽難渡海,陽包陰卦好飄洋。卦屬陽,乃輕清上浮。卦屬陰,乃重濁下墜,行船重載遠涉江海,只宜輕浮,不可重濁。故陽包陰則吉,陰包陽不利。內外不宜占艮卦,逢之便作覆舟詳。艮卦者,艮覆碗也,但凡舟行必涉長江,大舟豈占翻覆之兆哉?凡遇純艮卦、或居內或居外者,俱作凶斷。

陰爻外に在りて陽爻を包むは、難く海を渡らん。陽爻外に在りて陰爻を包むは、纔めて好く遠航せん。卦爻陽に屬すれば、性質輕淸にして上浮す。卦爻陰に屬すれば、性質重濁にして下沉す。船を行かし重を載せ遠く江海を渉るは、只だ宜しく輕浮にして、可ならず重濁なり、所以に陽陰を包めば便ち吉、陰陽を包めば便ち利あらず。內卦外卦皆《艮》卦を占得するに宜しからず、之に遇上せば則ち船の翻るに照らして來り斷ず。《艮》卦の卦象は、正に如し一隻の倒扣せるの碗。凡是れ船を行く必ず要して長江を渡る、此の樣の大船怎麼可以翻覆の兆を占出せんや。凡そ純《艮》卦に遇い、あるいは《艮》內卦に在りあるいは外卦に在るは、皆凶斷を作す。

父母沖刑兼月破,決然滲漏進滄浪。父母者乃船之用爻,若遇日沖月破刑害者,必定損傷不宏大,看在那爻,便知端的。若在初爻,船稍有損。若在間爻,中艙滲漏。若在上爻,船頭空隙。若值乾宮,上蓋不密。若居坤位,下底疏虞。

「父母」爻沖せられ刑せられ、又た「月破」に逢えば、船必定滲漏して而も江水を灌ぎ入れん。「父母」是れ船只の「用神」、若し「日辰」の沖・「月建」の破および刑害に遇えば、船身一定損傷有り、只だ是れ損壞大と算せず。它いずれの一爻に落つるを看れば、則ち确切の部位を知る。初爻に在れば、船尾略か損壞あり。中間の幾爻に在れば、中艙滲漏す。上爻に在れば、船頭裂縫あり。若し《乾》宮に落つれば、是れ上面の頂篷嚴密ならず。若し《坤》位に落つれば、是れ底艙疏漏あり。

水官克世防波險,火鬼傷身慮火殃,土鬼交重憂湊淺,金鬼還愁石蹦傷,木鬼舟中神祟擾,騰蛇官動主驚惶,玄武賊倫朱雀訟,勾陳阻節路中央,白虎災生謀害起,不臨鬼發定無妨。鬼值五行,不宜克世克身兼克用,官臨六獸切忌傷船傷世及傷身。水鬼動,風波大險。火官發,熒惑飛殃。土臨鬼發,沙浮水耗。金並鬼動,石蹦體傷。木官交和,鬼祟來纏。騰蛇不過驚惶憂慮,勾陳無非遲滯詹延,決無大害。玄武防內外之盜賊,白虎慮大小之災屯,朱雀口舌閒非,盛則以綿綿,大凡不旺不動,稍輕。倘值墓絕,無妨。六爻內外無鬼,乃為大吉利。

水性の「官鬼」「世爻」を剋すれば、風浪の險を防ぐを要す。火性の「官鬼」「身爻」を傷れば、失火の殃を慮るを要す。土性の「官鬼」發動して重爻と爲れば、憂うる所是れ擱淺。金性の「官鬼」は、還お愁う礁石に撞上して傷を受けんことを。木性の「官鬼」は、是れ船中鬼祟の騷擾する有り。「騰蛇」上「官鬼」發動すれば、驚慌を主す。「玄武」は盜賊を主し、「朱雀」は訴訟を主す。「勾陳」は半路の阻を受くるを主す。「白虎」は則ち災を生じて而も謀害より起こる。只だ要して此の等の神獸「官鬼」に臨みて發動せざれば、便ち断然妨げ無し。「官鬼」五行を配するは、皆「世」を剋し「身」を剋しおよび「用神」を剋するに宜しからず。「官鬼」「六神」を配するは、切に忌む船を傷り「世」を傷りおよび「身」を傷るを。水性の「官鬼」發動すれば、風波大いに險し。火性の「官鬼」發動すれば、火星飛び出でて殃と成す。土性の「官鬼」發動すれば、沙洲浮び起こり水淺くして船滯る。金性の「官鬼」發動すれば、石に觸れて而も船體傷を受く。木性の「官鬼」發動すれば、鬼祟前に來りて纏擾す。「騰蛇」不過是れ驚慌憂慮、「勾陳」无非是れ遲滯拖延、皆断然會して大害有らざらん。「玄武」要して內外の盜賊を防ぎ、「白虎」要して大小の災難を慮り、「朱雀」口舌閑非を主す――此の等の凶象若し旺盛なれば則ち綿延して絶えず。大凡它ら既に旺ならず又た動かざれば、害を爲す便ち輕し。倘若墓絶の地に落つれば、就ち妨礙無し。六爻の內外皆「官鬼」無ければ、那纔めて是れ大吉大利なり。

風行順逆章第八十九

(以世爻為主,兄弟日辰為憑。)兄弟日辰同克世,飛沙折木關風張,二神若也來生者,天賜涼風適遠方。兄弟動並日辰同來克世沖世者,必主關風驟發。若在巽宮或加木爻旺動,乃飛沙走石,折木覆舟之險。若兄弟動興日辰來生世合世者,獲片帆時送騰王閣之益。

本章は船を行く風向の順逆を占うは、「世爻」を以て主體と爲し、「兄弟」爻與「日辰」とを以て憑據と爲す。「兄弟」與「日辰」と一同に來りて「世爻」を剋せば、就ち飛沙折木の大風驟起する有り。此の兩者若し反って「世爻」を生ずれば、便ち是れ上天の涼風を賜下し、正好你を送りて遠方に往かん。「兄弟」發動して、「日辰」と一同に來りて「世」を剋し「世」を沖するは、必ず狂風の驟起を主す。若し「兄弟」《巽》宮に在り、あるいは再び木爻の旺相發動を加えれば、那即ち是れ沙を飛ばし石を走らせ・樹木を折斷して以て至りて船只を掀翻するの險象。若し「兄弟」發動して而も「日辰」來りて「世」を生じ「世」を合せば、那即ち如同王勃の滕王閣の會に赴く時神風を得て舟を送られ、一帆便ち到るが如し。

兄生日克風橫順,兄剋日生橫逆詳。兄弟生合世爻日辰克世者,乃橫順之風,勉強可行。若兄弟沖世克世,雖有日辰生者,亦是橫逆之風,不可輕易舉行者也。兄空木絕風當息,水靜官衰浪不狂。兄弟若值旬空月破、水木二爻俱靜,鬼亦休囚,又無風波白浪二煞,決主風恬浪靜,坦前行。如二煞旺動,亦有小咎。風波煞例云:正月從子上順行,白浪煞例云:正月從寅上順行十二位是也。

「兄弟」「世」を生じて而も「日辰」「世」を剋するは、是れ側風の順行。「兄弟」「世」を剋して而も「日辰」「世」を生ずれば、則ち該當側風の逆行と斷ずべし。「兄弟」「世爻」を生合して而も「日辰」「世爻」を剋するは、是れ橫向の順風、勉强還お可以船を行かせん。若し「兄弟」「世」を沖し「世」を剋せば、縱然「日辰」の來り生ずる有りとも、も亦た是れ橫向の逆風、可ならず輕易に船を開かん。「兄弟」落空し木爻絶に入れば、風便ち該當止息すべし。水爻安靜にして「官鬼」衰弱なれば、浪便ち會して洶湧せざらん。「兄弟」若し「旬空」「月破」に値し、水・木兩爻又た皆安靜、「官鬼」も亦た休囚、再び「風波煞」「白浪煞」此の兩個の凶煞無ければ、那れ則ち風平浪靜と斷定し、可以坦然として前行せん。もし此の兩個の凶煞旺相發動せば、も亦た會して小の凶咎有らん。「風波煞」の起例是れ、正月子位より起こり、逐月順行す。「白浪煞」の起例是れ、正月寅位より起こり、順行十二位す。

乘車駕馬章第九十

(占馬以上爻為主,問車以父象為憑。)乘車駕馬遊郊墅,福德爻興穩穩移,官鬼爻重防坎坷,世空來往切非宜。陸行遠道,心仗驚興騾馬,皆得子孫旺發及生扶,則車馬安逸來往無虞。若鬼動克沖或世值空者,必主災非道險。

本章は車に乘り馬を駕するを占うは、馬を占うは上爻(第六爻)を以て主體と爲し、車を問うは「父母」の象を以て憑據と爲す。車に乘り馬に騎りて郊外の別墅に到りて游玩するは、「子孫」(福德)爻興旺なれば、一路平穩なり。「官鬼」爻發動して重爻と爲れば、要して路上の坎坷を防げ。「世爻」落空せば、往來出行皆甚だ宜しからず。陸路の遠行は、全く車馬牲口に靠る。只だ要して「子孫」旺相發動し幷せて生扶を得れば、車馬便ち安穩舒適・往來虞無し。若し「官鬼」發動して來り剋し來り沖し、あるいは「世爻」正に「空亡」に落つれば、必ず災禍あるいは路途險惡有るを主す。

午宮值鬼休乘馬,木象臨官弗受車。午為馬匹之本。禽木屬車輪之用爻,若臨官鬼,各為大忌。應克世爻兄弟動,馬伕車漢恐相欺。世乃占主,應是從夫,若克世爻,又加兄弟凶煞動來沖剋,衰則欺凌,盛則殘害。

午爻上「官鬼」を帶ぶれば、則ち馬に騎るなかれ。木爻上「官鬼」に臨まば、則ち車に乘るなかれ。午十二支の中に在りて本來馬匹を主り、木は則ち車輪の「用神」に屬す。此の兩者若し「官鬼」に臨まば、各自皆是れ大忌なり。「應爻」「世爻」を剋して而も「兄弟」又た發動せば、馬夫車夫恐怕要して人を欺負せん。「世爻」是れ占卜の主人、「應爻」是れ隨行の車馬の夫。「應爻」若し「世爻」を剋し、再び「兄弟」與凶煞と發動して來り沖剋すれば、力量弱き時不過欺凌、力量盛なる時則ち要して殘害せん。

六空騾馬終無力,父旺車輿必整齊。騾馬之位,乃在六爻,車輿之相繫是父母,若逢生旺,則駿馬高車,倘臨休囚,必定羸騾敝輦耳。折煞如興憂跌蹼,勾陳若動路行遲。攀鞍乘轍,謹訪跌蹼,爻有折煞,決罹此危。衰旺則稍稍而已,旺動則大患傷殘。爻有勾陳獨發,路途多阻,滯留遇吉則因喜而阻。逢凶則禍患而稽。折煞例云:正月在酉、二月在未、三月在卯、四月在子,五月又從酉上起,照例而行。

第六爻落空せば、騾馬終究脚力無し。「父母」爻旺相なれば、車輿必定整齊完好なり。騾馬の位置第六爻に在り、車輿の象則ち「父母」爻に係る。若し生旺に逢えば、便ち是れ駿馬高車。倘若休囚なれば、必定是れ瘦騾破車。「折煞」如果興起すれば、要して跌倒摔傷を憂えよ。「勾陳」如果發動すれば、路上行程遲緩なり。鞍を攀じて馬に上り・車に登りて路を行くは、皆要して跌摔を謹防せよ。爻中若し「折煞」有れば、断然要して此の份の危險に遭わん。衰弱の時不過略か小傷を受く、旺にして發動すれば就ち大禍傷殘あり。爻中若し「勾陳」獨發せば、路途多く阻まれ滯留して行き難し。吉神に遇えば則ち是れ喜事に因りて耽擱し、凶神に遇えば則ち是れ禍患に因りて稽留す。「折煞」の起例是れ、正月酉に在り、二月未に在り、三月卯に在り、四月子に在り、五月又た酉位より起こり、此の例に照らして輪行す。

水陸出行章第九十一

(占自己以世爻為主,占他人以用象為憑。)出境須憂官鬼興,官爻靜伏決清寧,龍搖萬里咸和合,子動千鄉永太平。凡人遠行,切忌官鬼發動,若得靜伏或值休絕,亦作清寧之斷,或青龍發動、或子孫發動、或持世,皆主太平之象,順意往返無虞。

本章は水路・陸路の出行を占う。自己を占うには「世爻」を主体とし、他人を占うには「用神」を拠り所とする。遠出で最も憂うべきは「官鬼」の興起にして、「官鬼」が安静または伏蔵すれば、清寧平安と断ずる。「青竜」が搖動すれば万里の行も至る所和合し、「子孫」が發動すれば千鄕萬里に長く太平を保つ。およそ人の遠行に、「官鬼」の發動を忌み、もしそれが安静・伏蔵し、あるいは休囚の絶地に落ちれば、亦た清寧平安と断ず。「青竜」が發動し、あるいは「子孫」が發動し、あるいは「子孫」が「世爻」に臨めば、いずれも太平の象を主じ、往還順遂にして憂いなし。

世值鬼爻兼世墓,皆為阻節去難成,歸魂亦不離鄉井,世落空亡豈得亨。世值官鬼、世入墓鄉、世在歸魂、世落空亡,俱為凶象,終難舉步,縱在勉去,必見災殃。克世之方身莫往,生身之所卻宜行。假如世爻屬土,不可東行,乃能克土之故。若世爻屬水,惟利西方,乃金能生水之益。凡卜自身,以世為主,若占別人,以用而推,不可概論。

「世爻」に「官鬼」を帯び、あるいは「世爻」が墓に入れば、いずれも行程阻まれて往けぬの兆し。卦が「歸魂」ならば、人も鄕井を離れがたく、「世爻」が「空亡」に落ちれば、何ぞ亨ならんや。「世爻」が「官鬼」に値し、「世爻」が墓鄕に入り、「世爻」が「歸魂」卦にあり、「世爻」が「空亡」に落ちる、これらはみな凶象にして、ついに歩を擧げがたく、縱し強いて往くとも、必ず災殃を見る。「世爻」を剋する方位には身を往かせるなかれ、「身爻」を生ずる所は却って行くに宜し。たとえば「世爻」が土に屬せば、東に行くべからず、東方の木のよく土を剋するがゆえに。若し「世爻」が水に屬せば、ただ西方に往くを利とす、西方の金のよく水を生ずるの益ゆえに。およそ自身を卜するは「世爻」を主とし、若し他人を占えばそれぞれの「用神」をもって推す。一概に論ずべからず。

用臨月破災難解,兄鬼加蛇被險驚。若用爻被克被沖、或值旬空月破,去後災危迭至,雖遇吉神,終難解釋。兄弟官鬼若加騰蛇發動,必有虛驚,輕重之辨,休旺而推。又忌明夷節艮坎,四般卦象最無情。出行遠回,不免登山涉水,凡看卦休爻象不可忽類而推。且如明夷者,傷也。節者,止也。艮者,止也又為覆舟。坎者,險陷也,皆係無情,豈為佳兆?官居玄武財當失,朱雀臨時口舌生。官鬼動,不拘生克,皆不吉,臨玄武,途遇強梁。衰則竊,而旺則劫。若臨朱雀,道逢奸狡,衰則唔,而旺則訟。臨白虎有鬥毆之愆。臨咸池有覓水之懼,總非美例,學者詳之。

「用神」が「月破」に臨めば、災禍は解きがたく、「兄弟」「官鬼」にさらに「騰蛇」を加えば、驚きて險に遭う。若し「用神」が剋せられ沖せられ、あるいは「旬空」「月破」に値せば、出でてのち災危相繼ぎ至り、縱し吉神に遭うとも、ついに解釋しがたし。「兄弟」「官鬼」が「騰蛇」を加えて發動せば、必ず虛驚あり。軽重の辨は、その休囚・旺相をもって推すべし。さらに《明夷》《節》《艮》《坎》の四般の卦象を忌む、最も情なし。門を出で遠く行き還るに、登山涉水を免れず。およそ卦を看るに爻象は忽らかに類推すべからず。たとえば《明夷》は傷の義、《節》は止の義、《艮》もまた止にして覆舟を象り、《坎》は險陷の義。いずれも情なきに屬す、豈に佳兆と爲さんや。「官鬼」が「玄武」に居れば錢財當に失るべく、「朱雀」に臨めば口舌の是非を生ず。「官鬼」發動は、生剋を拘わず、いずれも吉ならず。「玄武」に臨めば、途に強梁に遇い、衰えれば竊まれ、旺んば劫さる。若し「朱雀」に臨めば、道に奸狡に逢い、衰えれば罵り合い、旺んば訟となる。「白虎」に臨めば闘毆の愆あり、「咸池」に臨めば水を求め渡を覓るの懼れあり。總べて美例にあらず。學者詳しくせよ。

同行共處章第九十二

(以應爻為主,用象為憑。)同行共處應為尊,切莫沖傷世與身,若見落空並月破,絲毫無力負吾恩,如來生合身和世,永賴維持若至親。同行共處,應為用爻,興世相生相合,必然言聽計從,迤路艋桓親切。若值旬空月破,決主負義忘恩。倘如玄武劫殺之類,或來克世或動沖世,總不為良,衰則嫉妒,旺則相狀。

本章は人と同行共處するを占い、「應爻」を主体とし、「用神」を拠り所とする。同行共處は「應爻」を尊とし、それに「世爻」と「身爻」を沖傷せしめてはならぬ。若しそれが「空亡」に落ち「月破」に逢うを見れば、その人は絲毫も力なく、我が恩に背く。若しそれが來りて「身爻」を生じ「世爻」と合すれば、永く維持に賴りて至親のごとし。同行共處は「應爻」を「用神」とす。それが「世爻」と相生相合せば、必ず言を聽き計に從い、一路親しく相伴う。若し「應爻」が「旬空」「月破」に値せば、決して義を負き恩を忘る。儻しそれが「玄武」「劫殺」の類を帯び、あるいは來りて「世」を剋し、あるいは發動して「世」を沖せば、總じて良伴にあらず。衰えれば嫉妬、旺んば相爭ひて告訴す。

三合一途皆遂意,六沖半路便灰心,起居虧損搖兄鬼,水陸清安動子孫。爻逢三合或六合,萬里同行情最切。卦位六沖或六害,半路拋離心反背。若兄弟官鬼交重行住坐臥條爾生非。子孫吉神若動,陸路水程自然獲福。但卜他人依此斷,凡占親戚用爻尋。若卜閒人,只依此斷。如占親戚,卻看用爻生克而推。

卦に「三合」に逢えば、一路上意に稱い、「六沖」に逢えば、半路にして心灰となる。起居の虧損は「兄弟」「官鬼」の搖動による。水陸清安は「子孫」の發動による。爻が「三合」あるいは「六合」に逢えば、萬里の同行情誼最も切なり。卦位が「六沖」あるいは「六害」に逢えば、半路にして同伴を抛き心背き合う。若し「兄弟」「官鬼」が發動して重爻となれば、行・住・坐・臥の間に條爾と是非を生ず。「子孫」の吉神が若し發動せば、陸路・水程自然に福を獲る。ただ他人を卜するはこの斷に依る。およそ親戚を占わば「用神」を尋ぬ。若し閑雜の人を卜せば、只だこの斷に依れ。親戚を占わば、卻って「用神」の生剋を看て推すべし。

關隘津渡章第九十三

(以福神為主,世象為憑。)人往途中問過關,應來克世卻煩難,官空子旺無盤詰,虎動兄興有阻攔。凡占關隘,以官為把隘之役,兄為阻隔之神,不可動,不可旺,又不宜應來克世,若官動生非,兄興費財,虎動被責,克世皆然無中生有,萬般阻滯,大不吉利。如得子旺官空兄墓絕,查無盤詰巡攔之輩,如入無人之境。

本章は關隘を過ぎ津口を渡るを占い、「子孫」(福神)を主体とし、「世爻」を拠り所とする。人、途中にして關を過ぎ得るやを問うに、「應爻」來りて「世爻」を剋せば煩わし、「官鬼」空に落ち「子孫」旺相ならば盤査する人なし。「白虎」發動し「兄弟」興起せば、攔阻する人あり。およそ關隘を占うに、「官鬼」を關卡を把守する差役とし、「兄弟」を阻隔の神とす。この二爻はいずれも動くべからず、旺むべからず、また「應爻」の來りて「世爻」を剋するを宜しとせず。「官鬼」發動すれば是非を生じ、「兄弟」興起すれば破費あり、「白虎」發動すれば責罰を受く。それら「世爻」を剋する時は、皆無より有を生じて萬般の阻滯を作し、大いに吉ならず。若し「子孫」旺相、「官鬼」落空、「兄弟」入墓入絕を得ば、査すれど盤詰・巡攔の人なく、關を過ぐること無人の境に入るがごとし。

一鬼交重難過關,六爻安靜好通番。官鬼獨發,雖疏林野渡,決難過越。若得六爻安靜,縱漢嶺秦關,任憑來往。旁行小路偷關稅,須要青龍德兼全,朱雀喧爭人毀謗,勾陳阻隔物傷殘。旁途小路私行偷稅者,須要龍德兼全,或動或持世方獲吉利,若值朱雀,口舌嘵嘵。若臨勾陳,阻節淹淹,謾尋沖散之期,免決潛行之路。世旺逢生逢善侶,身衰遇克遇強蠻。世位有相,朋侶忠良。若加動爻或日辰來扶,定仗貴人相契。世爻衰弱,旅伴甲微。又遇凶神來克,決有姦凶來害。要知吉凶,衰旺可推。

ただ一つの「官鬼」が發動して重爻となれば、關は過ぎがたし。六爻安静なれば、よく通行して番を過ぐべし。「官鬼」が獨發する時は、縱し疎林の野渡といえども、斷じて越えがたし。若し六爻安静を得ば、縱し漢中の山嶺・秦地の雄關も、往來を任ぐべし。旁道小路に關税を偷漏せんとするは、「青竜」と「天德」の両全を須ち、あるいは發動し、あるいは「世爻」に臨みて、乃ち吉を得。若し「朱雀」に値せば口舌喧嚷し、「勾陳」に臨めば阻滯して行くに難し。この時妨げず、一の阻礙を沖散する日を尋ねれば、必ずしも潛行の小路を冒險せず。「世爻」旺相にして生に逢えば、遇うは良善の同伴。「身爻」衰弱にして剋せられれば、碰うは強横の徒。「世爻」時を得勢を得ば、同行の朋友は忠厚良善。さらに動爻あるいは「日辰」の來扶を加えば、必ず貴人の相知相契を仰がん。「世爻」衰弱なれば、旅伴は地位低微。さらに凶神の來剋に逢えば、斷じて奸惡の人來りて加害す。吉凶を知らんと欲せば、衰旺より推して可なり。

旅望行人章第九十四

(以用爻為主,月卦為憑。)凡占出路之人,非比還鄉之客,問歸期,而歸魂可到。占往外,而游魂可來。應陷用爻空,還居有內。身興主象動,必往途中。凡占行人,各有不同。且如人在外鄉,又占後人來否,若得游魂,已登途路。若遇歸魂,尚在家庭。應陷用空。留戀家閨難登軔,身興主動,揚鞭策馬已登程。

本章は旅途中に在りて行人の到來を盼望するを占い、「用神」をもって主體とし、「月卦」(卦身)をもって憑據とす。およそ門を出で外に在る人を占うは、鄕に返るの客を占うと同じからず。歸期を問うに、「歸魂」卦を得れば就能く回來す。別人の外出前來するや否やを占うに、「游魂」卦を得て始めて來らん。「應爻」落陷し「用神」落空せば、那人還た家中に留まり在り。「身爻」興旺し「用神」發動せば、那人必ず已に途中に在り。およそ行人を占うに、情形各おの同じからず。譬えば自己の人外鄕に在り、また後面の人の來るや否やを占う。若し「游魂」卦を得れば、那人已に路に上がれり。若し「歸魂」卦に遇えば、那人還た家裡に在り。「應爻」落陷し「用神」落空するは、是れ家室を留戀して啓程しがたし。「身爻」興旺し「用神」發動するは、則ち是れ已に鞭を揚げ馬を策して行程に踏上せるなり。

六沖尚未相逢,六合即當相遇,一卦皆安人未至,六爻亂動客將臨。卦值六沖或六爻安靜,望斷徵鴻無信息,爻逢六合或六爻亂動,立見他鄉遇故知。世去傷他,徒然等候。用來克世,不負邀迎。世克用爻,習定不來,徒然等候無功。若用來克世,不待邀迎,即來會合。此理重要。

卦「六沖」に逢えば、還た遇い著かず。卦「六合」に逢えば、馬上に相遇せん。一卦六爻みな安静なれば、人還た到らず。六爻亂動せば、客則ち將に門に臨まんとす。卦「六沖」に值しあるいは六爻安静なれば、那則ち飛鴻を望み斷るとも音信なし。爻「六合」に逢いあるいは六爻亂動せば、立刻就能く他鄕に故人に遇う。「世爻」往きて對方を傷るは、是れ白く一場を等つなり。「用神」來りて「世爻」を剋せば、始めてこ番の邀請迎候を辜負せず。「世爻」「用神」を剋せば、那人一定來らず、白く等つともまた用なし。若し「用神」來りて「世爻」を剋せば、邀請に往くを用いず、他自己就ち來りて相會す。こ箇の道理甚だ要緊なり。

忌眾交重難會面,元神發動易同言。忌神發動,被人牽羈難行。元神發動,良朋攜挈同來。應及卦身合時可望。日同月將生用方來。卦身或用爻與日時相合,日辰或月將來生用爻者,遙觀車馬填門,停看艤航抵巖岸。用化官爻他被訟,主臨月破彼遭災。用爻若變官鬼,公庭訟累。主家忽臨月破,逆旅災纏。欲決來人遲速,惟憑爻象興衰。

「忌神」衆多にしてまた發動して重爻と爲れば、就中會面しがたし。「元神」發動せば、就中容易に同じく來りて相談せん。「忌神」發動するは、是れ那人別人に牽絆せられて起行しがたし。「元神」發動するは、是れ好朋友の伴を攜えて同じく來るあり。「應爻」與「卦身」と日時と相合せば、則ち指望すべし。「日辰」と「月建」と來りて「用神」を生ぜば、那人始めて來らん。「卦身」あるいは「用神」日時と相合し、「日辰」あるいは「月建」また來りて「用神」を生ずれば、那則ち遙かに車馬門前に塞滿し、船を停め岸に靠るが眼前に在るを見るべし。「用神」「官鬼」を化出するは、是れ那人官司を喫す。「用神」「月破」に臨むは、是れ那人災に遭う。「用神」若し「官鬼」に變成れば、是れ公堂に訟を渉り累を受くるなり。主體と作るの「用神」忽然「月破」に逢うは、是れ彼旅途中に災禍に纏住せられたるなり。來人の遲速を決斷するに、只だ爻象の興旺衰弱に憑るのみ。

行人遠回章第九十五

(以用爻為主,月卦為憑。)世克用爻人未至,用爻克世許他歸。須問占者何人,詳為用爻。若世克用爻,行人尚是逗留,未有歸期。用爻克世,已為輜裝,刻時可到。如臨絕處求生日,凡在空鄉沖必回。用爻逢絕,須看那日來生,乃是輜裝之期。用象若空,必求沖日,方持歸帆,近以日斷,遠以月推。

本章は遠行の人何時にか家に回るを占い、「用神」をもって主體とし、「月卦」(卦身)をもって憑據とす。「世爻」「用神」を剋せば、人還た到らず。「用神」「世爻」を剋せば、則ち彼が回り來るを許せん。先ず須らく占う所の何人たるを問い清め、據りて「用神」を定準すべし。若し「世爻」「用神」を剋せば、行人還た外に逗留して歸期なし。「用神」「世爻」を剋せば、則ち他已に行裝を打點し好けり、頃刻に到らん。「用神」如果「絶」地に落ちれば、則ちそれの生に逢うの日を求めよ。およそ「空亡」の鄕に落つるは、沖に遇えば必ず回らん。「用神」「絶」に逢えば、須らく哪一天に來りてそれを生ずるを看、那便是れ裝を整え身を動かすの期なり。「用神」若し空に落ちれば、必ず沖空の日を求めて、始めて帆を張りて歸來せん。路近きは日に按じて推斷し、路遠きは月に按じて推算す。

若乃卦中無主象,候觀值日散愁眉,卦身合日方言到,用遇生扶可接陪。若卦中內外及互變飛伏俱無用爻,是無主象也,直待日辰透出,乃是歸期。卦身者,即月卦也,與日相合亦作歸程。若干支相合,決到無疑。經云:假令丙子水為身,辛丑日辰以時道。若用爻遇動爻並日辰生扶者,皆是歸來之兆。卦靜應空皆莫望,六合歸魂共舉杯。六爻安靜或值空亡,莫雲倚門凝望。卦逢六合或遇歸魂,即返故園歡會。

倘若卦中に「用神」なければ、則ちそれ日に值るの那天を等ち、愁眉自ら舒展せん。「卦身」日辰と相合せば、始めて家に到ると説き得べし。「用神」生扶に遇えば、則ち風を接し陪するの準備すべし。若し卦中の内外卦および「互卦」「變卦」「飛神」「伏神」裡みな「用神」を見ざれば、那則ち是れ主象なし。只有「日辰」上に「用神」を透出するを等ち、那始めて是れ歸期なり。所謂「卦身」は、則ち是れ「月卦」なり。それ日辰と相合せば、また歸程と斷ずべし。若し天干地支みな相合せば、那則ち斷定して必ず到ること疑いなし。經訣に説く、假如丙子水を「卦身」と爲せば、則ち辛丑こ箇の日辰をもって來りて相合定期すと。「用神」若し動爻および「日辰」の生扶に遇えば、みな是れ歸來の徵兆なり。六爻安静・「應爻」落空せば、みな指望するに及ばず。卦「六合」に逢いあるいは「歸魂」を得れば、就能く同じく杯を擧げて團聚せん。六爻安静あるいは「空亡」に落ちれば、則ち何をか門に倚りて凝望すると説かん。卦「六合」に逢いあるいは「歸魂」に遇えば、人馬上に故園に返回して歡聚せん。

音書遠信章第九十六

(以父母為主,朱雀為憑。)書柬來時父母興,父空雀動口傳音,應爻空絕誰捎寄,妻財持世信水沉。卦中內外父母興隆,千里書文傳至。父母空亡朱雀發動數聲音信傳來。應爻空絕書柬寫成無使雁。財爻持世或發動,當知音信已水沉。

本章は遠方の音信書札を占い、「父母」をもって主體とし、「朱雀」をもって憑據とす。書信來らんと要する時、「父母」爻必ず興旺す。「父母」落空して「朱雀」發動せば、則ち是れ口頭に話を帶ぶるなり。「應爻」落空入絶せば、則ち人のそれに替わりて捎寄するなし。「妻財」「世爻」に臨めば、音信便ち石の大海に沈むがごとし。卦中内外卦の「父母」爻興旺なれば、千里之外の書信文字就將傳到せん。「父母」「空亡」に落ちて「朱雀」發動せば、則ち是れ幾句の口信傳來するあり。「應爻」落空入絶せば、書信雖し已に寫し成すとも書を捎ぶの雁使なし。「妻財」爻「世爻」に臨みあるいは發動せば、則ち當知音信已に沈沒して蹤無きを知るべし。

父帶青龍為喜信,如臨白虎作凶文,須臾得見因朱雀,中途阻隔為勾陳。父母帶青龍,賁來喜慶之書。印綬臨白虎,報傳凶惡之文,加朱雀遍傳迅速,逢勾陳阻滯淹留。印綬化空遺失去,逢沖偷折看虛真。父母化空,中途遺失,決難尋覓。印綬逢沖,被人偷開竅視情由。那日父臨生旺合,決然相遇帶書人。欲覓寄書之人,須看父母之爻,臨生日可見,臨旺日相逢,臨合日會晤耳。

「父母」「青龍」を帶ぶるは是れ喜信にして、若し「白虎」に臨めば則ち是れ凶訊なり。片刻便ち能く收到するは、是れ「朱雀」を帶ぶるに因る。半路阻隔せらるるは、則ち是れ「勾陳」を帶ぶるに因る。「父母」「青龍」を帶ぶれば、捎來するは是れ喜慶の書信なり。「父母」(印綬)「白虎」に臨めば、報來するは是れ凶惡の消息なり。「朱雀」を加えれば則ち傳遞迅速し、「勾陳」に逢えば則ち阻滯淹留す。「父母」空に化せば、信中塗に遺失して、斷じて尋ね回りがたし。「父母」沖に逢えば、是れ人に私自拆き開き内情を偷看せられたるなり。「父母」爻哪一天に生に逢い旺に逢い合に逢うに、那天便ち一定能く信を帶ぶる人に遇う。信を寄する人を尋訪せんと想うに、須らく「父母」爻を看るべし。それ生に逢うの日は見著くべく、旺に逢うの日は相遇すべく、合に逢うの日は便ち會晤し得。見ゆべし音信を問う一事は、「父母」その有無を定め、「六神」その吉凶緩急を定め、生旺合沖の日その應期を定む。三者合わせ看れば、判斷始めて落空せざらん。

覓人訪友章第九十七

(以世爻為主,外卦為憑。)訪友尋人忌六沖,游魂他必往途中,應空應動人非在,實主相逢世不空。爻值六沖,親不見,友難逢。卦是游魂,必在邂逅之間。應爻若空、應爻若動,其人已出外矣,決不在家,幾遍登堂難見面。世位不空、世位不動,不期而會面親歡娛。若覓他人外卦取,如尋親族用爻從,但臨空地終吁嘆,相合相生便得逢。若尋外姓他人,以外卦為用。若尋親戚族人,以六親為用。生若合我,可尋可見。若值旬空、或臨月破,萍蹤浪跡何處追隨。

本章は人を尋ね友を訪うを占い、「世爻」を主体とし、外卦を拠り所とする。友を訪い人を尋ぬるに最も忌むは「六沖」。「遊魂」卦を得ば、その人必ず途中にあり。「應爻」が空に落ちあるいは發動すれば、人は家に在らず。真に相逢うを得るは、「世爻」が空に落ちざるなり。爻が「六沖」に逢えば、親しき人も見えず朋友も遇いがたし。卦が「遊魂」なれば、多くは路上に偶然碰うのみ。「應爻」若し落空し若し發動せば、その人すでに出門して、斷じて家に在らず、幾度足を運ぶとも面を見ず。「世爻」空に落ちず發動せずば、却って期せずして遇い、歡然と相聚うべし。若し外姓の傍人を尋ぬれば、外卦を取りて「用神」とす。若し親戚族人を尋ぬれば、六親によりて「用神」を定む。「用神」若し來りて我を生じ我と合すれば、人は尋ね得見うるを得。若し「旬空」に値しあるいは「月破」に臨まば、その人萍蹤浪跡、いずれの方へ尋ね逐わんや。見るべし、此章の要領は「六沖」と「遊魂」とが見得るや否やを決し、「應爻」の空動が人の在宅・不在を決し、「用神」と我との生合が尋訪の成否を決す。三處相參すれば、登門の先にすでに有無を知るなり。

中途候客章第九十八

(親族以用爻為主,他人以應象為憑。)凡候鄰朋,應位怕臨月破。但迎親戚,用神忌值旬空。如卜官員官莫陷,若占僧道福宜興。凡途中守候之人,各有用爻。若鄰舍鄉里之人,以應為用。族中親眷,以六親取用。有祿之人,以官鬼為用。僧尼巫道,以子孫為用。其用興隆生合者,楚客吳賓終會合。若遇旬空月破者,魚沉雁杳永無音。

本章は半路に客を候ぐを占い、親族は「用神」を主体とし、外人は「應爻」を拠り所とする。およそ鄰里の朋友を候ぐに、「應爻」の「月破」に臨むを怕れ、若し親戚を迎ふれば、「用神」の「旬空」に落つるを忌む。若し卜する所が官員ならば、「官鬼」は落陷すべからず。若し占う所が僧道ならば、「子孫」(福德)は興旺を宜しとす。およそ途中に候ぐ人、各々「用神」あり。鄰舍鄕里の人は「應爻」を「用神」とし、族中の親眷は六親によりて「用神」を取り、官職俸祿ある人は「官鬼」を「用神」とし、僧尼・巫道は「子孫」を「用神」とす。「用神」興旺にしてまた來りて我を生じ我と合するは、楚地の客・呉地の賓ついに會合を得。若し「旬空」「月破」に遇わば、則ち魚沈雁杳、永く音信なし。

游魂但化歸魂,轉回故里。世動再加應動,復往他鄉。游魂變作歸魂,旅商獲利跨鶴還鄉。世動又兼應動,騷人乘興泛棹他邦。騷人,詩人也。世破世沖,自己無心久候。應空應絕,他人無意來迎。世位或沖或陷,自己灰心難等。應爻遇絕遇空,他人事糾難來。

「遊魂」卦が「歸魂」卦に變ずれば、人は轉じて故鄕に歸らんとす。「世爻」發動しさらに「應爻」も發動せば、人はまた他鄕に往かんとす。「遊魂」が「歸魂」に變ずるは、行商利を獲て、鶴に跨るがごとく故里に返るなり。「世爻」動きて「應爻」も動くは、文人雅士興に乘じて船を駕し別處に往きしなり――「騷人」とは即ち詩人の謂なり。「世爻」破られ沖せられれば、自家久しく待つ心なし。「應爻」空に落ち絶に入れば、對方前來相迎の意なし。「世爻」あるいは沖せられ、あるいは落陷すれば、自家灰心して更に待ちがたし。「應爻」絶に遇い空に遇えば、對方は事情糾纏して來ること難し。

世應二爻生合,聲未絕兮相逢。內外兩卦刑沖,眼望穿而未遇。世應相生相合,邂逅三生有幸。六沖之卦,望穿兩眼無蹤。日傷應位,當日難來。時克他爻,過時方至。日來克應,定知當日不來,時來傷用,便待過時可遇。旁爻動合應爻,遇朋留款。彼象化成空象,見路遊行。若見旁爻動合應爻,故友相邀留戀。用爻若成空象,尋花問柳閒行。捕賊捕逃,必要世爻克應。迎待親朋,須得用爻生世,斟酌吉凶稱理,參詳衰旺玄微。

「世」「應」两爻相生相合せば、話音落ちざるに人相逢う。内外两卦互相刑沖せば、眼を望穿ぐとも遇わず。「世」「應」相生相合は、是れ三生の幸ある邂逅なり。「六沖」の卦は、両眼を望穿ぐとも蹤影を見ず。「日辰」が「應爻」を傷れば、當日は來ること能わず。時辰が「用神」を剋せば、この時辰を過ぎて乃ち至る。「日辰」來りて「應爻」を剋せば、彼の當日來らずと斷ず。時辰來りて「用神」を傷れば、その時辰を過ぎて乃ち相遇う。旁爻發動して來りて「應爻」と合するは、彼が朋友に遇いて留められ款待せらるなり。「應爻」空亡の象に化するは、彼が路上に閑遊するなり。若し旁爻發動して「應爻」を合住するを見れば、是れ老朋友の相邀挽留なり。「用神」若し空象に化すれば、是れ彼が花を尋ね柳を問いて四處閑逛するなり。盗賊を緝捕し逃犯を追捕するに至りては、必ず「世爻」が「應爻」を剋して乃ち成る。親友を迎候招待するは、「用神」の來りて「世爻」を生ずるを須ちて乃ちよし。吉凶は斟酌して情理に合せしめ、衰旺は參詳して玄妙精微を出づべし。

招賓接客章第九十九

(以應爻為主,福德為憑。)涉險趨遐攬接貨,財通貿易掃門下榻,惟全信義款佳賓。未議商人之美惡,須憑易卦之精微。月合福生於世象,定接忠良。日沖應克於身爻,必招奸佞。開張行次之得失,招納商賈之往睞,難免奔馳,未知凶吉。若月日生世、子孫生世者,定有忠信之人千里來投,財利豈饒,信義允協。倘日辰沖世應爻克世者,決有奸佞之徒,一朝聚寓非惟無利,抑且有害。

本章は賓客を招徠し商旅を接納するを占い、「應爻」を主体とし、「子孫」(福德)を拠り所とする。險を冒し遠く行きて貨物を攬接し、錢財流通・貿易往來せんとすれば、榻を掃いて賓を迎え、ひとえに信義をもって佳客を款待せざるべからず。往來する商人の善惡を評議せんとすれば、《易》卦の精微に憑れ。「月建」と「用神」と相合し、「子孫」來りて「世爻」を生ずれば、接待するは必ず忠厚良善の人。「日辰」が「世」を沖し、「應爻」が「身爻」を剋せば、招くは必ず奸邪の徒。行棧を開設するの得失、客商を招納するの往來、一番の奔波を免れずといえども、吉凶いかんを知らず。若し「月建」「日辰」が「世爻」を生じ、あるいは「子孫」が「世爻」を生ずれば、必ず忠信の人千里より來投す。財利豐厚なるのみならず、信義も彼此相合す。儻し「日辰」が「世爻」を沖し、「應爻」が「世爻」を剋せば、斷じて奸佞の徒あり。一旦寓所に聚居せば、利なきのみならず、反って害あらん。

六沖乃實主無緣,空來空往。六合乃始終有利,能遇能逢。合處逢沖,縱得來而復去;沖中化合,雖未就以還成。六沖之卦,杳無客至,空在長途等候。六合之爻,定有商臨兼帶豐資到舍。倘遇合處逢沖,車馬臨門而復去。若得沖中化合,或被阻隔畢竟來歸。

「六沖」は主客緣なし、白來白往。「六合」は始終利あり、遇うこと能く逢うこと能し。「合處逢沖」は、客縱し來るともまた去らん。「沖中化合」は、事未だ成らざれどなお能く成らん。「六沖」の卦は、杳として客至らず、徒らに長路に等候す。「六合」の爻は、必ず客商豊厚なる資本を帶びて家に至る。儻し「合處逢沖」に遇わば、是れ車馬すでに門前に至りてまた回頭して去る。若し「沖中化合」を得ば、縱し中途に阻隔せらるとも、畢竟なお來らん。故に沖と合とは客の來否を定むるのみならず、また客の留まるか否かを定む。

應空則賓不能招,縱招不至。世陷則主不能得,縱得難諧。應落空亡,則無客商,縱使接而不來,來而不久。世遭空陷,自無力量,勉強而為,為而不振。克爻合應傷身,同類人唆人去。應動化爻合世,忠心客引客來。妻強子旺,倍得財源。父發兄興,反虧資本。兄弟者,為詐為虛,又為伴侶,若動來合應而傷世者,乃忠良之客。輾轉舉薦必是商賈填門。子財俱旺,財利倍增,父兄併發,本資當失。無福則休迎其客,無財則莫望其資,無鬼則所為不就,無身則所作不成,既明奇偶,便見虧盈。卦無子孫休迎客,爻內無財莫望財,無世無身難成就,無官無鬼主無商,大象盈虧,用心斟酌。

「應爻」空に落ちれば、賓客は招くべからず、縱し招くとも到らず。「世爻」落陷すれば、主人は留めがたし、縱し留むとも和せざらん。「應爻」が「空亡」に落ちれば、客商なし。縱し往きて彼を接するも來らず、來るとも久しからず。「世爻」空に遭い落陷すれば、自家力なし。強いて之を爲すも、爲して振起せず。爻の來りて「世」を剋しまた「應」と合して「身」を傷るは、同行の人が挑唆して客を去らしめしなり。「應爻」發動し、化する所の爻が來りて「世爻」と合するは、忠心の客が別の客を引薦して來るなり。「妻財」強く「子孫」旺んば、財源加倍す。「父母」發動し「兄弟」興起せば、反って本錢を虧折す。「兄弟」の一爻は、詐僞虛假を主じ、また同伴を主ず。それが若し發動して來りて「應爻」と合し「世爻」を傷れば(底本の注文は歌訣の指す所と相反す。當に歌訣の「同類人唆人去」を正とすべし)、輾轉の擧薦の下、商賈自ずから門に填まらん。「子孫」と「妻財」とともに旺んば、財利倍增す。「父母」と「兄弟」と一齊に發動せば、本錢虧失せんとす。總じて言えば、卦中に「子孫」(福德)なければ、客を迎えんこと毋かれ。「妻財」なければ、人の資本を指望するなかれ。「官鬼」なければ、爲す所の事成らず。「卦身」なければ、辦する所の事も成らず。すでに陰陽奇偶の數を明白せば、盈虧得失自ずから見ゆべし。卦中に「子孫」なければ客を迎えんなかれ、爻裡に「妻財」なければ財利を指望するなかれ、「世爻」なく「卦身」なければ成就しがたし、「官鬼」なければ客商なきを主す。整個の卦象の盈虧、みな用心して斟酌すべし。

陪賓優劣章第一百

(以應爻為主,福德為憑。)家延門客號陪賓,應上還須論淺深,不動不沖能久處,不空不絕永歡忻。陪賓者,乃宦豪之幕主也,以應爻為用,但喜不動不沖不空不絕,即攸久相處而無間阻。若得世應相生,彼此和諧之兆。又云:應生世,乃客來求謁於主。世生應,乃主去聘賓耳。

本章は家中に請う所の門客を占い、「應爻」を取りて用神とし、さらに「子孫」(福德)をもって參驗とす。歌訣に曰く、人の家に延納して門下に至る清客を、これを「陪賓」と謂う。賓主交情の深淺は、全て「應爻」上に分辨すべし。この一爻、發動せず沖を受けざれば、賓主長く相處すること能く、旬空に落ちず絶地に臨まざれば、彼此始終歡洽なることを能くす。所謂陪賓とは、官宦豪門の聘い來たる幕客を指す。占斷するに「應爻」を用神とし、只だこの爻が安静不動、日辰・月建の沖擊を受けず、旬空に落ちず、絶鄕に入らざれば、則ち賓主長く相聚うるを主じて中間阻隔なし。若し卦中「世爻」と「應爻」と互相生扶せば、便是れ彼此和睦投契の徵兆なり。前人また曰く、「應爻」が「世爻」を生ずるは、客人自ら登門して主家に見えんと求むるなり。「世爻」が「應爻」を生ずるは、則ち主家出面して賓客を延聘するなり。

應如克世賓欺主,鬼雀兄搖惹禍臨。若應來克世,必定賓欺主人。若帶龍德貴人來克,是逞多能確勢欺壓主人。若帶劫殺凶神,必奸食佞狂妄侮賤而已。若合財爻,興奴僕同欺,加咸池玄武,恐恃淫亂而至此。若得雀虎兄鬼臨克、又或興旺決致禍患不寧。

歌訣に曰く、「應爻」若し來りて「世爻」を剋せば、便是れ賓客の主人を欺凌するなり。さらに「官鬼」「朱雀」「兄弟」の幾爻搖動せば、禍事便ち門に臨まん。卦中「應爻」前來して「世爻」を克制せば、必ず是れ聘う所の賓客が主家を欺壓するなり。若しこの來剋の「應爻」上に「龍德」「貴人」一類の吉神を帶びれば、是れその人自ら恃みて才能出衆、聲勢に倚仗して主人を壓制するなり。若し「劫殺」等の凶神を帶びれば、便是れ奸猾諂佞・狂妄輕慢、ただ主家を侮弄するのみ。若し「應爻」が「妻財」爻と相合せば、是れ彼が家中の奴僕と串通して俱に主を欺くなり。さらに「咸池」「玄武」を加えば、只怕しくはなお男女淫亂の關係に倚仗して乃ちこの地步に鬧至せしなり。若し「朱雀」「白虎」「兄弟」「官鬼」一齊に剋世の爻に臨み、あるいはこれらの凶爻また正に旺相ならば、則ち必ず禍患を招きて、家宅安寧を得ざらん。

福德交重好佞滅,六沖不日兩灰心。子孫發動、或生世或生應,名為解歡之神群好自退。倘值六沖,彼此情疏漸漸分散矣!倘然幕府迎參贊,獨喜官興忌子孫。凡公門將佐、師府參隨之類,最喜官興財動以生扶,惟對子發兄搖而克害。

歌訣に曰く、「子孫」(福德)爻が交爻・重爻の形式をもって發動せば、賓客中の奸佞の輩自ずから消滅す。卦が「六沖」に逢えば、賓主多少の時日を消せずして雙雙灰心せん。「子孫」爻發動し、あるいは往きて「世爻」を生扶し、あるいは往きて「應爻」を生扶すれば、この一爻は嫌隙を化解し歡好を調停する神なり。それあれば、趨附取巧の小人自ずから退去せん。儻し卦が「六沖」に逢えば、賓主の間情分疎遠にして、日子久しきに便ち漸く星散せん。歌訣また曰く、儻し占う所が幕府中に參贊の謀士を延請するならば、則ち單に「官鬼」の興旺を喜び、反って「子孫」を忌諱す。およそ衙門裡の將佐、軍府中の參隨幕僚これ一類の人は、最も「官鬼」旺相、「妻財」發動して來りて官爻を生扶するを喜び、獨り「子孫」發動、「兄弟」搖動を怕る。是れこの二爻まさに官爻を剋傷する者なればなり。

交朋結友章第一百一

(以世應為主,生克為憑。)交友往來如手足,卦中兄弟忌空亡。交友者,各有不同,有同氣連枝,有邂逅鳥合、或同藝業、或同遊俠、或長幼之不同,或貴賤之嫌避。既為朋交,兄弟可推,不宜空絕。

本章は朋友を結び交るを占い、「世爻」「應爻」を取りて主とし、两爻の生剋をもって拠り所とす。歌訣に曰く、朋友往來親密なること手足のごとく、故に卦中の「兄弟」爻は最も「空亡」に落つるを忌む。所謂交友は、情形各々同からず。本是れ同胞骨肉・同氣連枝なるあり、偶然邂逅して鳥群の暫く聚まるがごときあり、一門の手藝行業を同じく操るあり、同じく遊俠豪客を爲すあり、また年紀長幼の懸殊あるあり、また身分貴賤相隔たりて彼此避嫌するあり。すでに朋輩の交を論ずれば、「兄弟」爻を用いて推斷す。この一爻、旬空に落つるを宜しとせず、また絶地に臨むを宜しとせず。

世空我意多遷變,應破他心每改張。相合相生如管鮑,相沖相剋如孫龐,比和彼我無高下,世位卑憂應克傷。世空世動,則我之猶豫未決。應破應虛,乃彼之更變不常。若日世應生合者,情孚契合。世應克者兩必參商。世應生合,必為攸久和同,而無彼此。惟獨應克世爻,占者大忌。

歌訣に曰く、「世爻」空に落ちれば、是れ我が一方の心意反覆不定。「應爻」沖破せられれば、是れ對方の主意時々更改す。两爻相生相合せば、交情は管仲と鮑叔牙のごとく生死不渝。两爻相沖相剋せば、孫臏と龐涓のごとく反目して仇と成る。两爻五行「比和」ならば、則ち彼此平等にして高下の分なし。ただ怕るらくは「世爻」低微にして「應爻」に剋傷せらるるを。「世爻」旬空に落ちあるいは發動すれば、是れ我自己猶豫不決。「應爻」月破せられあるいは虛浮無力なれば、是れ對方變化無常。若し日辰「世」「應」をして相生相合せしめば、便是れ情投意合なり。「世」「應」互相克制せば、双方必ず嫌隙を生ず。「世」「應」生合するは、必ず長久和睦にして彼此を分かたず。獨り「應爻」の來りて「世爻」を剋するは、占卜の人最も忌諱す。

結議官員官鬼淪,相知僧道福神當。男占女色財宜旺,女卜男情鬼要強。又論用爻,假如有緣之人,以官鬼為用,朋友結主之類,以兄弟為用,男占女以財為用,女占男以鬼為用。師巫僧道,以子孫為用,朋友結義之類,以兄弟為用,男占女以財為用,女占男以鬼為用。師巫僧道,以子孫為用,餘皆仿此詳之。

歌訣に曰く、官場中の人と結交るは、「官鬼」爻上に落つ。相知の僧人道士は、當に「子孫」(福德)を取りて用とすべし。男子が女方の情意を占うは、「妻財」爻旺むるを宜しとす。女子が男方の心意を卜するは、「官鬼」爻強きを要す。此處さらに用神の取法を申明す。たとえば交る所が官職の因縁ある人なれば、則ち「官鬼」をもって用神とす。結拜の朋友の類は、「兄弟」をもって用神とす。男が女を占うは「妻財」をもって用神とし、女が男を占うは「官鬼」をもって用神とす。師巫僧道は、「子孫」をもって用神とす。此處の底本文句重出し、反覆して結義は「兄弟」を取り、男の女を占うは「財」を取り、女の男を占うは「鬼」を取り、僧道は「子孫」を取るを申說す。その餘各色の人等、みなこの體例に照らして類推詳斷すべし。

用爻若也傷身世,來往終須反受殃,合世生身終有益,用臨空絕少禎祥。用爻固不可無,如有而來克世者,不惟無益反受其虧,必得生世合世,方好信義益友。用臨空絕之鄉,彼此非美,交朋大忌。

歌訣に曰く、用神爻若し反って卦身と「世爻」を傷剋せば、このごとき朋友は往來久しくして終にその害を受けん。用神が「世」と合し「身」を生ずれば、交往到底益あり。用神が「旬空」に落ち「絶地」に入れば、則ち吉慶少なし。用神爻固より缺くべからざれど、若し卦中にそれ有りてそれ偏に來りて「世爻」を剋せば、則ちこの段の交情は益あるのみならず、反って虧損を蒙受せん。必ず用神が「世爻」を生じ「世爻」と合するを要して、乃ち是れ信義を講り我に助益する良友なり。用神が旬空・絶地に落ちれば、双方ともに美滿ならず。これ交朋結友の占斷中の大忌なり。

雀同鬼發招非訟,合處逢沖豈久長。朱雀招唇吻,白虎作凶強,玄武能奸磅興,同官鬼而動者,乃雞豚狗尋同群奸盜,詐偽靡所不為訟非種種而生,豈可交結乎?又憑合處逢沖交朋合侶若然犯此,聚不多時意冷情寒漸漸而解矣,大意不成,亦從此決。

歌訣に曰く、「朱雀」と「官鬼」と同時に發動せば、必ず是非官司を招く。卦本來相合せどまた沖に逢えば、交情豈に長久ならんや。「朱雀」は口舌の爭端を主じ、「白虎」は凶暴強横を主じ、「玄武」は奸邪暗昧を主ず。これら幾種の神煞、若し「官鬼」と同爻發動せば、交る所は便ち雞鳴狗盜・結黨爲奸の人にして、欺詐虛僞爲すところなからしめ、各樣の是非訟累此より層出して窮まらず。これ如何の人ぞ、豈に結交すべけんや。さらにまた「合處逢沖」を看るべし。交朋結伴若しこの一條に犯れば、聚まること久しからずして意冷め情寒し、慢慢として散ぜん。およそ事の成らざるも、またこれに據りて斷定すべし。

糾合夥伴章第一百二

(以世應為主,生克為憑。)凡去糾人,先究相生相剋;如來合夥,次憑相合相沖。土若生賓,挈人之美。應如扶世,益已之為。凡糾人合夥者,須看卦中生克報合,便見吉凶,若世生應爻或內生外卦,皆主扶人而得成,引入而得進,如應生世或外生內者,必然委之而得力,賴之而有功。

本章は人を招きて合夥するを占い、なお「世爻」「應爻」をもって主とし、生剋をもって憑とす。およそ我が往きて他人を邀約するは、まず两爻の相生相剋を推究し、若し他人前來して我と合夥するは、さらに两爻の相合相沖を看る。「世爻」若し往きて「應爻」を生ずれば、是れ我が他人を提攜するの美。「應爻」若し來りて「世爻」を扶くれば、是れ我が自己に益あり。およそ糾合夥伴を占うは、只だ卦中の生剋刑合を看るを須ち、吉凶便ち自ずから分明なり。若し「世爻」が「應爻」を生じ、あるいは内卦が外卦を生ずれば、みな我が別人を扶助して事を成し、他人を引薦して對方をして進めしむるを主ず。若し「應爻」が「世爻」を生じ、あるいは外卦が内卦を生ずれば、則ち必ず彼に托付して得力、彼に依靠して成功せん。

吾克他爻,久服吾之驅使。彼傷我象,終被彼之侵虧。卦得比和,雖異姓交如骨肉。爻逢沖擊,縱親人一似冤仇。凡占以世為我,應為他,世如克應,彼必心悅誠服,愈久而如堅。若世被應克者,其心不善,定見侵欺。世應若得比和,彼此相得,情同管鮑。卦若六沖,兩心相反,仇若孫龐。本卦雖吉,若變出六沖,或合處逢沖,是皆有始無終之兆也。

我が一方が對方の爻を剋住せば、彼は長久して我が調度に聽憑す。對方が我が一爻を傷剋せば、我は終に彼に侵占虧蝕せられん。卦中两爻五行「比和」なれば、異姓の相交わりといえども、情誼は骨肉のごとく親し。两爻互相沖擊せば、縱し至親なりとも、仇人のごとし。およそ合夥を占うは、「世爻」を我とし、「應爻」を對方とす。「世爻」若し「應爻」を剋せば、對方必ず心說誠服して、相處すること久しきほど牢靠なり。「世爻」若し反って「應爻」の剋する所と為れば、その人存心不良にして、必ず來りて侵吞欺騙せん。「世」「應」两爻若し比和を得れば、彼此相投じて情は管仲・鮑叔のごとし。卦若し「六沖」に逢えば、两下心思相背して、怨を結ぶこと孫臏・龐涓のごとし。本卦縱し吉利なりとも、若し變卦に「六沖」を變出し、あるいは本來相合せど中途沖に遇えば、みな有始無終の徵兆なり。

倘合長親,父宜合世。但糾下輩,子忌沖身。如糾伯叔上人為伴者,父作用爻,官宜旺相,生世合世尤佳。若合子侄下輩同處者,子為主象,大忌空亡,又不宜沖世克成也。共作生涯,財絕兄興皆費本;同行買賣,世空應陷兩無情。凡合夥生意,須要妻財有氣,兄弟休囚,世應不空,方為大吉。倘若財臨空絕,兄又交重,反虧資本。卦內財爻縱旺,倘若世空,則自心疏懶,應空則他意更張。世應俱空,兩無情況,豈成伴侶乎?

儻し合夥する所が尊長の親屬ならば、則ち「父母」爻の來りて「世爻」と合するを要す。若し邀約する所が晩輩ならば、則ち「子孫」爻の卦身を沖剋するを忌む。たとえば伯父・叔父等の長輩を邀えて伴と為せば、便ち「父母」をもって用神とし、「官鬼」は旺相を宜しとし、能く「世」を生じ「世」と合すればなおよし。若し子・姪の晩輩を邀えて事を共にせば、則ち「子孫」をもって主象とし、最もその「空亡」に落つるを忌み、またその「世」を沖し「世」を剋するを宜しとせず。生計を共に經營するに至りては、「妻財」絶に入り「兄弟」旺動せば、みな本錢を折損す。同行して買賣を爲すに、「世爻」空に落ち「應爻」陷空せば、两邊ともに情義なし。およそ合夥して生意を爲すに、須ち「妻財」氣あり、「兄弟」休囚、「世」「應」两爻ともに空に落ちざるを要して、乃ち大吉と算す。儻し「妻財」旬空・絶地に臨み、「兄弟」また重爻發動せば、反って本錢を虧蝕せん。卦中「妻財」縱し旺相なりとも、若し「世爻」空に落ちれば、是れ我自己懶散にして心を用いず。「應爻」空に落ちれば、是れ對方別に打算あり。「世」「應」俱に空なれば、两邊ともに情意なし。豈にさらに夥伴を結ぶべけんや。

問利有無,察財爻之消息。觀人勤惰,憑用象之興衰。問得利之多寡,惟看財爻,旺則多,而衰則少,空則無。財克世則有,世克財則無。要知人之勤惰,當察用爻,旺則勤儉,衰則疏懶,空則無能無力也。最喜財業克我。

この椿の買賣に利息あるや否やを問わば、則ち「妻財」爻の盛衰消長を察せよ。合夥人の勤なりや惰なりやを看んと欲せば、則ち用神爻の興旺衰弱に憑りて判斷せよ。獲利の多少を問うは、只だ「妻財」の一爻を看る。旺相ならば則ち利厚く、衰弱ならば則ち利薄く、落空ならば則ち圖るべき利なし。「妻財」來りて「世爻」を剋せば、錢財自ずから我に歸せん。「世爻」反って往きて「妻財」を剋せば、反って得る所なし。合夥人の勤なりや惰なりやを知らんと欲せば、當に彼を代表する用神爻を察看すべし。旺相は是れ勤謹儉省、衰弱は是れ疎懶怠工、落空は則ち無能無力なり。故に最も喜ぶ所は、財業の爻の來りて我を剋するなり。

投行損益章第一百三

(以應爻為主,官鬼為憑。)賓來投主,難知美惡之心;貨脫求財,未審淺深之利。惟憑神卜,方得忠良。凡占脫貨求財,必托牙行專主。忠信者固有,奸偽者亦多,易觀面貌,難議心田,欲從善美,謾看吉凶。

本章は牙行に投托するの得失を占い、「應爻」をもって主とし、「官鬼」をもって憑とす。客商前來して行主に投奔するに、對方の心地の善惡を看透了かしがたし。貨物を脱手して利を求むるに、またこの一趟の利潤の厚薄を知らず。ただ卜筮に憑りて、乃ち忠厚可靠の人を選ぶを得。およそ貨物を出脱して利息を求取するを占うに、必ず牙行に托付して經手主持せしむるを要す。牙行中に忠實守信なるは固よりあれども、奸詐虛僞なるもまた少なからず。一人の相貌は看るに易く、心地は評斷しがたし。善良可靠なるを挑まんと欲せば、且く卦中の吉凶いかんを看よ。

官若興隆,行主有千觸之力。應如空陷,牙人無毫忽之能。官旺應又旺,主人命亨、心實、行確、言忠,四方信服,千金盡托。應空官又空,其人家發必險力竭瞧喪外張聲勢,內蓄侵欺,不可交遊,遠之遠之。

「官鬼」爻若し興旺ならば、行主便ち極大の辦事能力あり。「應爻」若し落空陷ならば、牙人便ち一點の本事もなし。「官鬼」旺相にして「應爻」また旺んば、この行主は命運亨通・心地實在・行事穏當・言語可信にして、四方の人皆彼を信服す。縱し千金の貨物なりとも盡く托付すべし。若し「應爻」空に落ち「官鬼」また空に落ちれば、この人は家業將に敗れんとして必ず凶險あり、氣力すでに竭きて神色沮喪し、外に虛張聲勢して、心裡には卻って侵吞欺騙の念を存す。絶對に彼と往來すべからず、務めて遠く避くべし。

世被應傷,憂人抖欠。財遭兄克,慮彼侵欺。應克世爻,舊帳且延新帳難清楚。兄克財爻,後貨那償前貨終被侵欺。兄動則貨難脫卸,子興則物易交關。兄弟動,阻隔迭生,貨難盡脫。子孫興,價值屯增,利息培厚。

「世爻」が「應爻」に傷剋せられれば、對方の貨款を拖欠せんことを憂うべし。「妻財」が「兄弟」に克制せられれば、彼の中に侵吞せんことを提防すべし。「應爻」が「世爻」を剋するは、舊帳なお拖欠して新帳また結清しがたきなり。「兄弟」が「妻財」を剋するは、後一批の貨の錢を拿りて前一批の欠款を抵當し、ついに彼に侵占せらるるなり。「兄弟」爻發動せば、貨物便ち脱手しがたし。「子孫」爻興旺なれば、貨物便ち成交しやすし。「兄弟」一動すれば、阻礙相繼ぎて來りて、貨は賣り淨からず。「子孫」一旺んば、價錢節々上漲して、利息もまた厚し。

買物反要財衰,更要身持兄弟。脫貨正宜財旺,兼宜世值官爻。將錢買物,財衰易得,又宜世克財爻。若脫貨求財,妻興可去,偏喜財爻生克世爻。兄雀並搖,難逃口舌,武官同發不免穿偷。朱雀隨兄動時,招咭聒。玄武並官興,每遭盜賊。

貨物を買進するは反って「妻財」の衰弱を要し、また卦身上に「兄弟」爻を帶ぶるを要す。貨物を出脱するは則ち正に「妻財」の旺相を宜しとし、兼ねて「世爻」上に「官鬼」を坐すを宜しとす。錢を拿りて東西を買うは、「妻財」衰弱して乃ち買い易し。また「世爻」の往きて「妻財」を剋するを宜しとす。若し脱貨して利を求むれば、「妻財」興旺して貨便ち出で得べし。殊に「妻財」の來りて「世爻」を生じあるいは「世爻」を剋するを喜ぶ。「兄弟」と「朱雀」と一同に搖動せば、口舌を招惹するを免れず。「玄武」と「官鬼」と一同に發動せば、竊に遭うを免れず。「朱雀」が「兄弟」爻に隨いて發動すれば、則ち吵嚷爭執を招かん。「玄武」が「官鬼」と同時に興起すれば、常に盗賊に遇うべし。

世應對沖行卻改,財官共合主方投,飛伏闡明,行藏自定。世沖應。應沖世,其行或改或移。鬼合妻、妻合鬼、其主堪投堪托。精詳飛伏互變,斷決休咎行藏。

「世」「應」两爻相沖せば、この牙行は則ち別に一家に換うべし。「妻財」と「官鬼」と相合せば、この行主乃ち投靠に値す。「飛神」「伏神」の關係を推究明白せば、去留行止自ずから定まる。「世爻」が「應爻」を沖し、あるいは「應爻」が「世爻」を沖せば、投ずる所の行家は改換するか遷移するかなり。「官鬼」が「妻財」と相合し、あるいは「妻財」が「官鬼」と相合せば、この行主は便ち投奔すべく托付すべし。「飛神」「伏神」と本爻・變爻との間の互相變化を子細に推詳すれば、便ち吉凶禍福と該走・該留とを斷定すること能わり。

求財覓利章第一百四

(將本以財爻為主,福德為憑。空拳以官爻為主,財象為憑。)將財求利,財為用,凡值旬空月破,凶旺相生身兼死世。金銀倍得利無窮,財源增益。搖福德資本虧傷,動弟兄父發助兄能克子,生涯有始定無終。將本求財,以財為用,不可空無,如遇旬空月破,不但無利,本亦虧折。如若旺來克世者,利息津津。生世者,財源滾滾。若得子孫發動,乃生財之神,財如源水流而不竭,故經云:子動會青龍,乃生財之大道,若兄動而子不動者,本利俱無,若父動而兄不動更加白虎,乃在克子孫元神,財無生助,故經云:父興臨白虎,為絕利之根源也。

本章は財を求め利を謀るを占い、両路に分かちて用神を取る。本錢を帶びて買賣を爲すは、「妻財」をもって主とし「子孫」(福德)をもって憑とす。空手にて錢を賺ぐは、「官鬼」をもって主とし「妻財」をもって憑とす。本を帶びて利を求むるに「妻財」をもって用神とす。この爻若し「旬空」「月破」に落ちれば、便是れ凶象なり。「妻財」旺相にして卦身を生じ「世爻」を剋せば、則ち金銀倍收・利息無窮にして、財源不斷に增長す。若し「子孫」搖動せば本來財を生ずべしといえども、「兄弟」發動せば卻って本錢を虧折し、「父母」發動すればさらに「兄弟」を助長して「子孫」を剋傷す。この門の生意は便ち有始無終なり。本錢を帶びて財を求むるに、「妻財」をもって用神とす。この爻は缺くべからず、空なるべからず。若し旬空・月破に遇えば、利息なきのみならず、本錢をも折損せん。若し「妻財」旺相にして前來して「世爻」を剋せば、利息源源たり。若し來りて「世爻」を生ずれば、財源滾滾たり。若し「子孫」發動せば、それは財を生ずる元神にして、財は有源の水のごとく流れて竭きず。故に經文に曰く、「子孫」發動してまた「青竜」に逢うは、正に是れ財を生ずる大道なり。若し「兄弟」動きて「子孫」動かざれば、本錢・利息ともに保ちがたし。若し「父母」動きて「兄弟」動かざれば、さらに「白虎」を加え、是れ專ら「子孫」の生財元神を剋し、「妻財」生助を失う。故に經文に曰く、「父母」旺動してまた「白虎」に臨むは、是れ利路を斷絶するの根源なり。

空拳問利宜官旺,財作元神莫犯空,反怪子興來制鬼,不嫌父母值興隆。空拳問利者,九流之輩。工匠餐食之流,皆名白手求財,以官為主,須要興隆生世合世,又喜財爻興旺而來扶助,此為大吉。犯忌子孫動,動則傷官,而用無用也。父母發動,空拳無害,將本為殃。將本為殃,有資本者遭殃。

空手にて利を求むる人は「官鬼」の旺相を宜しとし、「妻財」をもってその元神と爲して空に落ちざるべからず。反って「子孫」の發動して來りて「官鬼」を克制するを怕れ、卻って「父母」爻の興旺を嫌わず。所謂空手求利とは、九流術業の輩、および手藝をもって飯を討喰する工匠を指し、みな白手にて財を求むと算し、「官鬼」を取りて用神とす。須ちそれが興旺にして「世爻」を生じ「世爻」と合することを要し、また「妻財」旺相にして來りて官爻を扶助するを喜ぶ。これ乃ち大吉の象なり。此類の占は最も「子孫」の發動を忌み、一動すれば則ち「官鬼」を傷り、用神もまた作用を失う。「父母」發動は、空手にて財を求むる人には害なく、帶本經營の人には卻って災殃なり。所謂帶本爲殃とは、資本ある人のみがこの層の損害を遭うを謂うなり。

衙門但怕官傷世,店肆惟愁卦六沖,走水官衰無險厄,祝巫鬼旺有神通。公門之役,官為用爻但不可傷世,若加白虎,必有刑之憂。店肆肄業,切忌六沖,沖則主僱難聚,貨物不豈。若涉江湖而覓利,風波不險全賴官衰。惟有圓光召將、施符設咒太保師巫等類,必仗官興鬼旺,其應如音。經云:請師來巫水祈延術、蓍龜之卜,官旺合真人之應,法必高明。鬼空,無野祟之靈道非通撤。

衙門に差を當るは、只だ「官鬼」の「世爻」を傷剋するを怕る。店を開き營業するは、只だ卦の「六沖」に逢うを愁う。水路を走り行商するは、「官鬼」衰弱して乃ち凶險なし。法事を作る巫祝は、「官鬼」旺盛にして乃ち靈驗を顯す。衙門裡の差役は「官鬼」をもって用神とす、然れどこの一爻は「世爻」を傷剋すべからず。若しさらに「白虎」を加えば、必ず刑刑責の憂あり。店を開きて生意を爲すに、最も「六沖」の卦を忌み、一一沖すれば則ち主顧聚まらず、貨物も發出せず。若し江湖上に船を行きて利を求むれば、風浪の險ならざる所以は、全て「官鬼」の衰弱に賴る。唯だ圓光・請將・畫符・念咒の太保師巫これ一類の人は、必ず「官鬼」の興旺に仰仗して、法術乃ち響のごとく應驗す。經文に曰く、師を請して法を作し、祈禱延生の術、および蓍草・龜甲の卜筮は、「官鬼」旺相にして真人の氣と相合せば、法力必ず高明なり。「官鬼」空に落ちれば、便ち幽冥に通ぜず、道術もまた靈驗ならず。

血財更慮文書發,頓貨財衰利轉濃,脫物用爻宜發動,開張主象莫交重。若是收養六畜,偏怪父母交重而克害子孫者,則畜不長而財利輕。頓貨偏要財爻衰弱而可置。脫貨最宜財旺而動則易洩。開張店業,只要財靜,縱若舉動必定敗移。

牲畜を養いて利を求むるに、最も「父母」爻の發動を怕る。貨物を囤積するに、「妻財」衰弱して反って利厚し。貨物を出脱するに、用神爻は發動を宜しとす。店鋪を新開するに、主象は卻って重爻亂動すべからず。若し六畜を收養すれば、最も「父母」の重爻發動して來りて「子孫」を剋害するを忌む。則ち牲口長養せず、財利もまた單薄なり。貨を囤むには偏に「妻財」の衰弱を要し、價賤ければ乃ち買進によし。貨を脱ぐるに最も「妻財」の旺相にしてまた發動するを宜しとす、貨便ち出手し易し。店業を新開するは只だ「妻財」の安静にして守得住するを要す。一旦妄動せば必ず敗落遷移せん。

梨園不忌官和弟,搏戲猶嫌鬼興兄,屠戶官宜臨白虎,空門子要帶青龍。搬演走戲、傀儡偶兒等類,不是二人所為之事,又要主僱來尋,兄弟為之伴侶,官鬼為用爻,若得兩動,方為全美,故云不怕官興兄發。博弈賭錢關採爭勝,乃係財物往來而決輸贏,兄弟耗財,官鬼剋剝,若值兄隆鬼旺,必致全輸。屠宰之流須見血,必得官騎白虎,空門修道要安然,惟祈子跨青龍者也。

戲班子は「官鬼」と「兄弟」とを忌まず、賭博は卻ってこの两爻の興旺を嫌う。屠戶は「官鬼」の「白虎」に臨むを宜しとし、出家の人は則ち「子孫」の「青竜」を帶ぶるを要す。戲文を搬演し傀儡木偶を耍るこれ一類の營生は、一兩人にて成るべくもあらず、また主顧の上門來請を要す。「兄弟」は正に同班の伙伴を代表し、「官鬼」はこの一行の用神なり。两爻ともに發動して乃ち完美と算す。故に「官鬼」旺んば、「兄弟」動くを怕れずと曰う。錢を賭け彩を博して勝負を爭うは、全て財物往來して輸贏を見る。「兄弟」は錢財を耗散し、「官鬼」は資本を剋剝す。若し「兄弟」旺盛、「官鬼」強健に遇えば、必ず精光に輸せん。屠宰の一行は血光を見るを要し、必ず「官鬼」が「白虎」上に騎るを得べし。出家して道を修め安穏を求むるは、只だ「子孫」が「青竜」を跨ぐを盼す。

抽豐卻喜財官旺,合會須憂世應空,開礦淘沙兼取藏,伏財有氣福駢從。抽豐者,晉眉侯門餐食伊利,以官為用,惟喜官旺官生官合,彼必慨然厚贈,又得財動助鬼,則積心遂意。而回合會者,糾集親朋湊財濟急以世空為主,但得應爻生世合世,乃易成易得,若應空他人見卻,應被日沖月破、或兄弟動沖,皆主被人擾阻不成。若世空,我不能興,雖興物難入手。若世應兩空或值六沖,則彼此灰心難濟其事,地中寶乃藏而不露,但只取伏財為用,須要有氣可獲。沙內之金乃理而禾吐必得。財隱旺土動而變化淘之方,有劈山開曠破石尋珍以此無異,一理同推。

上門して秋風を打つは「妻財」「官鬼」俱に旺なるを喜び、分子を湊り會を集むるは則ち「世」「應」の落空を怕る。礦を開き金を淘き、および埋藏の物を掘取するは、「伏財」氣あるを要して、福分乃ち相繼ぎて來る。所謂抽豐とは、侯門大戶に登りて人の周濟を求むるに、「官鬼」をもって用神とす。只だ官爻旺相にして來りて「世爻」を生じ「世爻」と合するを喜べば、對方便ち慷慨厚贈せん。さらに「妻財」發動して往きて「官鬼」を助けば、さらに心に稱い意に合う。合會に至りては、親友を糾集して錢を湊り急を救うに、「世爻」の空に落ちざるを以て要とす。只だ「應爻」が「世」を生じ「世」と合すれば、錢便ち湊り成りて到手し易し。若し「應爻」空に落ちれば、他人便ち推辭して應ぜず。「應爻」が日辰に沖せられ月建に破せられ、あるいは「兄弟」動きて來りて沖剋すれば、みな人の中より攪擾して成らざるを主ず。若し「世爻」空に落ちれば、是れ我自己張羅し起すこと能わず、縱し強いて張羅すとも、錢もまた到手しがたし。若し「世」「應」两爻俱に空に落ち、あるいは卦に「六沖」に逢えば、則ち彼此灰心して事成りがたし。地下の寶藏は埋れて露れず、只だ伏藏の「妻財」を取りて用神とし、須ちそれ氣あるを要して乃ち取ることを得。沙裡の金子は淘洗して乃ち得べし。「妻財」隱伏して旺んば、土爻發動して變化を生ず、正に是れ下手して淘取すべき方位なり。山を劈き礦を開き、石を破り珍を尋ぬるに至りては、道理これと致す所ならず、一倂に類推すべし。

又云欲知何日得錢財,但逢合處定歡諧。凡一應求財,要知何日到手,但以日辰生合財爻是期矣!經云:財合日辰,方能入手。死絕財爻生日得,太旺財爻死墓來。財爻逢衰絕之地,必得日辰生扶,乃可得之期。若財爻太旺太多,決定墓日免有。故經云:財逢墓庫便可歸還,又云多財反覆,必須墓庫以收藏。卦中有福無財者,財星值日也開懷。六爻無財出現,雖有子孫尚未可獲,必逢財爻值日,物乃歸囊。

前人また曰く、いずれの日にか錢財を得るを知らんと欲せば、只だ「妻財」が合に逢うの日子を看よ。その日必ず歡喜諧美なり。およそ一切の求財、何の日にか手に到るを知らんと欲せば、只だ日辰の生扶しあるいは「妻財」爻を合住するの日をもって期とす。經文に曰く、「妻財」が日辰と相合せば、錢乃ち手に進む。「妻財」死絶するは、それを生扶するの日を待ちて乃ち得べし。「妻財」太旺なるは、反ってそれが死墓に入るの日を待ちて乃ち收めん。「妻財」が衰絶の地に落ちれば、必ず日辰の來生扶を得て、それ一天乃ち財を得るの期なり。若し「妻財」太旺太多なれば、則ち必ず墓に入るの日にして乃ち着落あり。故に經文に曰く、「妻財」墓庫に逢えば便ち收歸すべしと。また曰く、財多ければ則ち反覆不定、必ず墓庫に賴りて收藏すと。卦中に只だ「子孫」ありて「妻財」を見ざるは、「妻財」の當值するの日に至りて乃ち心に稱う。六爻の中に「妻財」出現せざれば、縱し「子孫」財を生ずるありともなお得ることを得ず、必ず「妻財」値日を待ちて、東西乃ち囊中に歸入せん。

開張店肆章第一百五

(將本以財爻為主,福德為憑。空拳以官爻為主,財象為憑。)開張口訣無多語,卦內須求財福全,福德臨門人濟濟,妻財持世利綿綿,空拳財鬼皆宜動,將本財官各要安。開張店業亦有二端:將本求財者,以財為用,須要財子兩全,財興則財源熾盛無窮。子動則主僱絡紜不絕,但不宜兄動又值世克財者,縱是勤謹之人,終無利息。故經云:世克動財若越沙場之馬。空拳問利者,以官為主,必得財鬼並值,財動則助鬼,鬼動則發財。九流之術,無中生有,空手得財,故經云:空拳問利,官爻喜遇興隆。

本章は店鋪を開設するを占い、なお両路に分かつ。帶本經營は「妻財」をもって主とし「子孫」(福德)をもって憑とし、空手にて生を謀るは「官鬼」をもって主とし「妻財」をもって憑とす。開張の口訣は多くの言を用いず、ただ卦裡に「妻財」「子孫」両全するを要す。「子孫」門に臨まば則ち顧客門に盈ち、「妻財」が「世」を持せば則ち利息綿長なり。空手にて利を求むるは「妻財」「官鬼」俱に發動を宜しとし、帶本經營の「妻財」「官鬼」は卻って各々安静を要す。店を開きて生意を爲すにもまた二種の情形あり。帶本にて財を求むるは「妻財」をもって用神とし、須ち「妻財」「子孫」两爻俱全を要す。「妻財」興旺ならば則ち財源熾盛無窮、「子孫」發動ならば則ち主顧絡繹不絶。ただ「兄弟」の發動を宜しとせず、また「世爻」の往きて「妻財」を剋するを宜しとせず。若しこの忌に犯れば、縱し勤謹の人なりとも、ついに利息なし。故に經文に曰く、「世爻」が往きて發動の「妻財」を剋するは、馬を放ちて沙場を過ぐるがごとく、白く一趟を走る。空手にて利を問うは「官鬼」をもって主とし、必ず「妻財」「官鬼」同時に卦に上るを得べし。「妻財」發動すれば則ち官爻を助起し、「官鬼」發動すれば則ち財路を帶來す。九流術業は本是れ無中より有を生じ、空手にて財を得。故に經文に曰く、空手にて利を問うは、「官鬼」最も興隆に遇うを喜ぶと。

若遇六沖兄弟發,定是開張不滿年。卦值六沖,不論將本空拳者,畢竟不成,成來不久,豈有利祿哉?若兄弟獨發,將本猶嫌,空拳無忌。又云世動己心多改易,應空夥伴再宜更。世為自己,豈宜發動,動則心有變多端。應為伴夥,亦宜安靜,動則懷反背之心,空則無能亦不久遠,若動而克世者,尤當欺害而分離。財化鬼兄無結果,財之子象有收成。財為根本,不可更變。若化鬼變兄,則財被耗散,兩途無益,終難結果,若財化子孫,則利祿津津,永久無韁。

若し卦に「六沖」に逢い「兄弟」また發動せば、この店鋪は必ず一年を滿ぜずして開かれざらん。卦が六沖に値するは、帶本と空手とを論ぜず、ついに開き成ること能わず。たとえ開き成るとも維持すること久しからず、何ぞさらに利祿を談ぜんや。若し單に「兄弟」一爻發動のみならば、帶本經營はなおその事を礙ぐるを嫌い、空手にて利を求むるは必ずしも忌諱せず。歌訣また曰く、「世爻」發動は是れ自己の心思屢々改變す、「應爻」落空は是れ夥伴なお別に換うべし。「世爻」は自身を代表す、何ぞ發動を宜しとせんや。一動すれば則ち心意多變す。「應爻」は合夥人を代表す、また安静を宜しとす。一動すれば則ち背離の心を懷き、落空すれば則ち能くすることなく、また長久ならず。若し發動して來りて「世爻」を剋せば、さらに是れ我を欺害してついに夥を拆かんとす。「妻財」が「官鬼」「兄弟」を變出すれば則ち結果なし、「子孫」を變出して乃ち收成あり。「妻財」は是れ買賣の根本にして、更變すべからず。若し「官鬼」あるいは「兄弟」に變ずれば、錢財便ち耗散せられ、两条路ともに益なく、ついに結果を得がたし。若し「妻財」が「子孫」を變出せば、則ち利息源源不絶、長久にして止境なし。

收頓貨物章第一百六

(以妻財為主,衰旺為憑。)凡占頓貨,先訪脫期。有遲速之不同,取旺衰之名異,近買近賣,於本月當旺相而得財。今置後脫,於經年值休囚而有利。置買貨物慾求利息,專看遲速之期,可覓厚薄子財。近買即賣,求目下財旺之日而利入手。今制後脫,待年餘財逢生旺之日而可入囊。

本章は貨物を囤積するを占い、「妻財」をもって主とし、その衰旺をもって憑とす。およそ貨を囤むを占うに、まず脱手の日期を問い清むべし。出手に早遲あれば、「妻財」の旺相・衰弱を取用するもまた同からず。近期に買進し近期に賣出するは、本月の内「妻財」旺相を看て乃ち財を得。現在買進して日後に脱ぐるは、反って「妻財」の眼下休囚を要して、將來乃ち厚利あり。貨物を買進して利息を求めんと欲せば、專ら脱手の遲速の期限を看て、これに據りて所得の財利の厚薄を估量す。近く買い即ち賣るは、眼前「妻財」旺相の日を求めれば、利息便ち手に到る。現在囤いて日後に脱ぐるは、一年有餘を待ちて「妻財」が生旺に逢うの日に、錢乃ち囊に進むべし。

且如冬藏夏貨,宜巳午之財爻。秋放春收,喜卯寅之妻位。夏育冬魚利見水,春培秋果要逢金。假令冬收夏發,乃夏旺於火,在四五巳午之期有財。秋置春賣,乃春旺於木,故正二月卯寅之期大吉。夏養冬魚,乃冬旺於水,是十月十一月亥子節而得利。春種秋收,乃秋旺於金,在七八月申酉之令而財可得。

たとえば冬に囤いて夏に用ゆる貨は、「巳」「午」火の「妻財」爻を取るを宜しとす。秋に買進して春に出手を待つは、「卯」「寅」木の財位を喜ぶ。夏に養いて冬に賣る魚は、利は水を見るに在り。春に栽培して秋に收むる果は、金氣に逢うを要す。たとえば冬に收進して夏に發賣するは、夏の火旺なるをもって、故に四月五月巳午の時にして乃ち財あり。秋に買進して春に賣出するは、春の木旺なるをもって、故に正月二月寅卯の期大吉なり。夏に養いて冬に賣らんとする魚は、冬の水旺なるをもって、故に十月十一月亥子の節にして乃ち利を得。春に下種して秋に收成するは、秋の金旺なるをもって、故に七月八月申酉の令に錢乃ち手に到る。

買時,世克財當賤;賣時,財克世為高。兄臨月將,價不長而宜收。財值提綱,利當興而可脫。但世克財爻、或兄臨月將、或財值休囚,皆係價值賤而貨宜買。若財爻克世或財值月建,皆屬貨價高而利倍增,各趕其時不可挫也。

買進するの時、「世爻」が「妻財」を剋せば、行情必ず賤し。賣出するの時、「妻財」が「世爻」を剋せば、價錢必ず高し。「兄弟」月建に占住せば、價錢漲り上がらず、正に收進を宜しとす。「妻財」月建に占住せば、利頭正に旺んば、脱手すべし。およそ「世爻」が「妻財」を剋し、あるいは「兄弟」が月建に臨み、あるいは「妻財」正に休囚に當るは、みな貨賤くして買うに宜しきの象に屬す。若し「妻財」來りて「世爻」を剋し、あるいは「妻財」正に月建に臨むは、みな貨價高昂・利息倍增の象に屬す。買賣各々この時機に趕りて、錯過すべからず。

內宮為目下之時,外卦乃未來之節。內強外弱,必前重而後輕。內弱外強,必前輕而後重。凡內卦為近時,外卦為遠期,內卦旺相外卦衰,彼決見前貴後賤,外象強盛內象無氣,必然後重前輕。置脫用子孫發動,始終嫌兄弟交重。貴賤趕時,盈虧據卜。大凡脫貨制貨,最宜子動,子動生財,獨忌兄興,興則克財,大概如此據理推詳。

内卦は眼下の行情を代表し、外卦は將來の時節を代表す。内卦強く外卦弱ければ、必ず先に貴にして後に賤し。内卦弱く外卦強ければ、必ず先に賤にして後に貴し。およそ内卦をもって近期とし、外卦をもって遠期とす。内卦旺相にして外卦衰弱なれば、一定眼前價高く日後價落つ。外卦強盛にして内卦氣なければ、一定日後價高く眼前價低し。買進・賣出みな「子孫」の發動を要し、自始至終みな「兄弟」の重爻亂動を嫌う。價錢の高低は時節に趕るを要し、盈虧の多少は卦に憑りて斷定す。大凡脱貨・囤貨は、最も「子孫」の發動を宜しとす、「子孫」は能く「妻財」を生ずればなり。單に「兄弟」の興旺を忌み、一旺んば則ち「妻財」を剋せん。大略このごとく、その餘は理に依りて推詳すべし。

托本求利章第一百七

(以妻財為主,世應內外為憑。)凡將資本借親鄰,房室用車賃與人。凡放債求息並物件與人取利者,或將房船車轎賃與親朋同斷。卦有子孫逢善客,爻逢官鬼遇強賓,妻財最喜臨生旺,兄弟單憂克世身。爻有子孫妻財,或旺相或生世合世克世者,有財有利。若遇官鬼兄弟發動,沖世克世者,多耗多非,若動亦非吉象,切宜忌之。

本章は本錢を放して息を生ぜしむるを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」と内外卦とをもって憑とす。およそ資本を親戚鄰里に借し、あるいは房屋・車輛を人に租賃するもみな内に算す。およそ債を放して息を收め、および物件を人に借して利を取り、あるいは房子・船隻・車轎を親友に租るも、みなこの一章に照らして斷ず。卦中に「子孫」あれば、遇うは本分の好主顧。爻上に「官鬼」を見れば、遇うは強横の客人。「妻財」最も生旺の地に臨むを喜び、只だ「兄弟」の來りて「世爻」と卦身とを剋するを怕る。爻中に「子孫」「妻財」あり、あるいは旺相、あるいは「世」を生じ「世」と合し「世」を剋するは、則ち財あり利あり。若し「官鬼」「兄弟」發動して來りて「世」を沖し「世」を剋するに遇えば、則ち耗費多く是非多し。この两爻一動すれば則ち吉象にあらず、切に忌諱を要す。

世空我必心多變,應陷他須意不真,應克世爻遭虎噬,外傷內卦被鯨吞。世空則我不情原,應空則他必灰心。世應兩空,彼此皆休。若應克世爻,他必狠心欺賴。外傷內卦,亦彼不良,必致忘恩負義。

「世爻」空に落ちれば、是れ我自己心思多變。「應爻」陷空せば、是れ對方心意不誠。「應爻」が「世爻」を剋せば、猛虎の吞噬に遭うがごとし。外卦が内卦を傷れば、巨鯨に吞沒せらるがごとし。「世爻」空に落ちれば、是れ我本來情願ならず。「應爻」空に落ちれば、是れ彼すでに灰心せり。「世」「應」两爻俱に空なれば、双方此に就きて罷む。若し「應爻」來りて「世爻」を剋せば、對方一定狠心して帳を賴む。外卦が内卦を傷剋するも、また是れ對方心術不良にして、必ず恩を忘れ義を負くに至る。

上下彼我無相剋,異姓相交勝嫡親,應生身世外生內,借主常思了債根,貞悔比和世生應,也主和諧無異心。內外比和,世應相合,乃兩我和順,同胞無異。若應生世、外生內,是信義不忘,利資不少。世生應、內生外,或比和,亦主義中取利,兩意綢繆永久耳。六合百年顏帶悅,六沖旬日面生嗔,前合後沖交不久,今人卻要細沉吟。六合之卦,魚水相投。六沖之卦,冰炭不投。前合後沖,聚而不久兩分離。前沖後合,分而再合交還可。

上下两卦・彼我两爻相剋なければ、異姓の相交わりも親兄弟に勝れり。「應爻」が卦身と「世爻」とを生じ、外卦が内卦を生ずれば、錢を借る人常に債根を還清せんことを記掛す。本卦・變卦五行比和にして「世爻」往きて「應爻」を生ずるも、また和諧にして二心なきを主ず。内外卦比和、「世」「應」相合は、是れ双方和順にして、親しきこと同胞のごとし。若し「應爻」が「世爻」を生じ、外卦が内卦を生ずれば、是れ對方信義忘れず、本利みな收めて少なからず。若し「世爻」が「應爻」を生じ、内卦が外卦を生じ、あるいは彼此比和するも、また情義の中に利を取るを主じ、两下纏綿にして長久なり。「六合」の卦に逢えば、百年もみな笑臉相對す。「六沖」の卦に逢えば、十日の内に便ち面を翻す。先に合して後に沖するの交情は長久ならず。今人これに於いてさらに細々と斟酌すべし。「六合」の卦は魚が水を得るがごとく、両情相投ず。「六沖」の卦は氷炭同器のごとく、格格として入らず。先に合して後に沖するは、聚まること多からずして便ち分離せん。先に沖して後に合するは、一たび疎遠せども、交情なお復合すべし。

索取債利章第一百八

(以財爻為主,應象為憑。)索債還從世應尋,應爻生世必歡忻,世臨兄弟財難取,應陷空中物送人。放債本圖利息,日久人心更變。若應爻生世,不負信行遂有償還之意。世臨兄弟,財亦休囚必然被騙。應落空亡,彼非逃故,亦是貧乏無力而還也。

本章は欠債の利息を討取するを占い、「妻財」をもって主とし、「應爻」をもって憑とす。債を討つにまた「世」「應」两爻上より尋ぬべし。「應爻」が「世爻」を生ずれば、討うるに必ず心順ひ歡喜す。「世爻」上に「兄弟」を坐せば、錢は要り囘しがたし。「應爻」空亡に陷入せば、物を白く人に送るに等し。債を放つは本是れ點點の利息を圖るに、日子一久しければ人心便ち變ず。若し「應爻」來りて「世爻」を生ずれば、是れ欠債人信義を負かず、自ら償還の心意あり。若し「世爻」上に「兄弟」を臨み、「妻財」また休囚無氣を加えば、必然人に騙賴せらる。若し「應爻」が「空亡」に落ちれば、那人は債を躲れ逃ぐるか、貧窮にして償還の力なきなり。

應值鬼爻如克世,彼生惡計賴其銀,應逢兄弟傷身命,口是心非定不仁。應值鬼爻克世,應臨兄弟克世者,皆主不良,口吐出穢之言,心存奸險之意,不惟無利,資本亦虧,若加雀虎,反有禍非。縱若鬼兄臨此應,不傷身世靜非嗔。但應爻臨兄、臨鬼、靜不傷世者,雖見遲延,終無抵賴。

「應爻」上に「官鬼」を坐してまた來りて「世爻」を剋せば、對方便ち壞主意を生じてこの筆の銀子を賴去せん。「應爻」上に「兄弟」を臨みて卦身と本命とを傷剋すれば、那是れ口是心非・斷じて仁義を講らざる人なり。「應爻」が「官鬼」に値して「世」を剋し、あるいは「應爻」が「兄弟」に臨みて「世」を剋すれば、みな對方居心不良を主じ、嘴上に汚穢難聽の話を說き出し、心裡に奸險の算計を藏す。利息を收むべきなきのみならず、本錢をも虧損せん。若しさらに「朱雀」「白虎」を加えば、反って禍事是非を惹出せん。ただ縱し「官鬼」「兄弟」が「應爻」上に臨むとも、只だそれが安静にして卦身と「世爻」を傷剋せざれば、必ずしも惱を着くべからず。只だ「應爻」雖も「兄弟」あるいは「官鬼」に臨めども、安静にして來りて「世」を傷らざれば、則ち討債雖も拖延すれど、ついに帳を賴むに至らず。

如帶文書遲可得,應居財福遂吾心,子興財旺兄爻靜,本利無虧倍獲金。如應臨父母不克世者,或加勾陳,不過遲遲而已,終久有財可得。應值財爻或臨福德,縱不生世,財亦如心。若得子興財旺,兄弟或休或靜,本不虧而利倍獲乃上分大吉之卦。兄動財空連本失,鬼化為財須訴論。兄弟動或財空,本利絕望。若鬼化為財,必經官追訴,方可得之。

「應爻」上若し「父母」(文書)を帶びれば、債は要り得べし、只だ遲きのみ。「應爻」上に「妻財」あるいは「子孫」を坐せば、則ち我が心に稱う。「子孫」旺動し「妻財」旺相にして「兄弟」安静ならば、本錢虧からず利息なお加倍を得。若し「應爻」が「父母」に臨みて來りて「世爻」を剋せず、あるいはさらに「勾陳」を加えば、那不過時日を拖延するのみ、錢ついに手に到るを得。「應爻」上に「妻財」を坐しあるいは「子孫」に臨めば、縱し來りて「世爻」を生ぜずとも、錢財願のごとし。若しさらに「子孫」旺動、「妻財」旺相を得、「兄弟」あるいは休囚あるいは安静ならば、則ち本錢虧なくして利息倍收するは、是れ上等大吉の卦なり。「兄弟」發動しあるいは「妻財」空に落ちれば、本錢をも賠進せん。「官鬼」が「妻財」を變出せば、則ち官司を打ちて乃ち追回すべし。「兄弟」一動し、あるいは「妻財」空に落ちれば、本利みな指望なし。若し「官鬼」が「妻財」に化作せば、必ず官に經て狀を告げて追討して、乃ち手に拿ることを得。

借貸財物章第一百九

(以妻財為主,世應為憑。)借求資本要財興,財不空亡無改更,生合日期方可得,六沖爻象定虛名。借本經營,須靠財爻旺相,或不落空或生世克世,決然便得而無阻隔,然待日辰生合財爻之日,方可到手。六沖之卦萬事無成,豈有得財之理者也,休望!休望!

本章は財物を借貸するを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。口を開きて本錢を借るに「妻財」の興旺を要し、この爻「空亡」に落ちざれば、事情中途に變を生ぜず。日辰が「妻財」を生合するの那一天に至りて、錢乃ち手に到る。若し卦に「六沖」に逢えば、說定するもまた是れ一句の空話なり。本錢を借りて買賣を爲すに、全て「妻財」の旺相に賴る。只だそれが旬空に落ちず、あるいは來りて「世爻」を生じ「世爻」を剋せば、錢一定借り得て阻礙なし。ただなお日辰の生扶しあるいは「妻財」を合住するの日子を待ちて、乃ち眞に手に到る。「六沖」の卦に逢えば則ち萬事成らず、何ぞさらに財を得るの理あらん、さらに指望すべからず。

世應不空兄不動,無財有鬼也須成,後查何日財爻值,便是人間交兌情。世應俱不落空,兄弟又不發動,乃無阻隔之神,雖無財爻上卦而有鬼爻出見,必主得財,要知何日得財,財值之期是也。凡若間爻空與絕,其間中保定無能。一卦之中兩間爻,係為中作保之人,但得旺相生合,決然扶助,若遇空遇絕,乃無力無能不能贊囊耳。若動來克世者,反生嫉妒阻撓。

「世」「應」俱に空に落ちず、「兄弟」また發動せざれば、卦中縱し「妻財」を見ずして只だ「官鬼」出現すれども、この筆の借貸もなお照樣辦り成る。此後只だ「妻財」の當值するの日子を推算せば、那便是れ双方銀錢を交割するの時なり。「世」「應」两爻俱に空に落ちず、「兄弟」また發動せざれば、則ち中より阻礙する凶神なし。縱し「妻財」卦に上らずとも、只だ「官鬼」出現あれば、また必ず財を得。いずれの日にか手を得るを知らんと欲せば、則ち「妻財」値日の期を看よ。およそ两个の「間爻」が空に落ちあるいは絶地に臨まば、居間に作保する人一定能耐なし。一卦の中「世」「應」の當中に夾むる两爻は、居間に說合し作保する人を代表す。只だそれらが旺相にして并せて來生合せば、一定肯んじて力を出し扶助せん。若し旬空あるいは絶地に遇えば、便是れ無力無能にして、幫しがたし。若しこの两爻發動して來りて「世爻」を剋せば、反って嫉妬を生じて、中より阻撓せん。

日辰沖應遭人破,月建扶財囊可盈。日辰沖應或加朱雀交重,必被饞言破阻,日月生用或加青龍福德同宮,決然財盈囊門耳。借貸衣舟尋父母,那移禽獸子孫憑。凡借貸之物,各取其用,冠服文書舟車器血之類,父母為用。飛禽走獸鱗介生氣之物,子孫為用。興隆大吉,空絕大凶。

日辰が「應爻」を沖剋するは、是れ人に中より破壞せらるるを要す。月建が「妻財」を扶助すれば、則ち錢囊滿装すべし。日辰が「應爻」を沖し、あるいは「應爻」上にさらに「朱雀」重爻發動を加えば、必ず讒言に攪壞せらる。日辰・月建が用神を生扶し、あるいは「青竜」が「子孫」と同一爻に在れば、則ち一定財行囊に滿つ。衣物・舟車を借用するは「父母」爻を看るべし、禽畜牲口を挪借するは則ち「子孫」爻に憑れ。およそ借貸する所の東西、各々用神あり。衣冠・文書・舟車・器皿これ一類は、「父母」をもって用神とす。飛禽走獸・魚鼈蟲介等生氣ある物は、「子孫」をもって用神とす。用神興旺ならば則ち大吉、落空・入絶ならば則ち大凶。

搖會得失章第一百十

(以財爻主為,世象為憑。)搖會求財忌六沖,財官不失便亨通,世無空破財不絕,管取其銀入手中。搖會者乃實銀赴會,祈而得之,最忌六沖,沖者散也,豈能成會而得財乎?惟要財官並見,生合世爻者必得自然之利。財世兩爻值空值破值絕,此乃用爻被害乃無用也,會豈得成,而銀豈得濟哉?

本章は搖會の得失を占い、「妻財」をもって主とし、「世爻」をもって憑とす。搖會して財を求むるに最も「六沖」を忌み、只だ「妻財」「官鬼」两爻失われざれば、事情便ち亨通す。「世爻」空に落ちず破に遇わず、「妻財」また絶地に臨まざれば、この筆の銀子は管取して手に到らしめん。所謂搖會とは、各人實銀を出して會に赴き、鬮を抓り彩を搖して錢を得るを謂う。最も「六沖」を忌む――沖とは則ち離散なり。會すでに散じて、何ぞさらに錢を得ることを能わんや。只だ「妻財」「官鬼」同時に出現し、また來りて「世」を生じ「世」と合すれば、自然に利を獲ん。若し「妻財」と「世爻」の两爻が旬空に落ち、月破に遭い、絶地に臨まば、那是れ用神害を受けて形同虛設なり。會すでに辦り成らず、銀子またどうして週轉し得よう。

兄爻持世兄爻動,世或空亡財或空。兄弟者,乃阻耗之神,豈宜持世?又或發動卦中大忌。世為主者,財為用爻,安可落空?爻中值此定是會不財不得。無鬼無財皆不實,定然空去費心功。卦內無財則無財利,卦中無鬼則無張主,皆不成事,則枉費心機,徒然一番話柄耳。

「兄弟」爻が「世」上に坐し、あるいは「兄弟」爻發動し、あるいはまた「世爻」空に落ち「妻財」空に落つれば、これら幾種の情形はみな利ならず。「兄弟」は是れ阻隔耗財の凶神にして、何ぞ「世」を持するを宜しとせんや。それ若しさらに發動せば、さらに是れ卦中の大忌なり。「世爻」は是れ占者自身の主位にして、「妻財」は是れ本章の用神なり。この两爻何ぞ空に落ちることを得んや。爻中一旦犯上せば、必定是れ會既に搖り成らず、錢もまた拿らず。卦中既に「官鬼」なくまた「妻財」なければ、事情みな落實せず、注定して白く一趟を跑り、空しく心力を費やす。卦内に「妻財」なければ則ち財利言うべきなし、卦中に「官鬼」なければ則ち出面して主持する人なし。两樣ともに事を辦り成らず、白く心を勞し神を費やして、最後は只だ一場の空話を落とすのみ。

變產求財章第一百十一

(以應爻為主,財象為憑。)要知產業何時脫,財值提綱便可拋,世應相沖多退悔,勾陳持世永堅牢。變賣產業,但看財爻生旺月日,便可賣去,財爻衰弱終難交易。世應相沖,彼此退悔兩不成交。勾陳者,乃職專田主,又為遲滯之神,若持世或動者,決難更變,永久無移,經云:勾陳職專田土,凡事終見遲留。

本章は産業を變賣して財を求むるを占い、「應爻」をもって主とし、「妻財」をもって憑とす。田産房業いずれの時にか脱手するを知らんと欲せば、「妻財」が月建(提綱)に占住する時便ち拋售すべし。「世」「應」相沖すれば則ち双方多く反悔し、「勾陳」が「世」上に坐せば則ち産業牢牢に守住して賣れず。産業を變賣するは只だ「妻財」が生旺に逢うの月份・日子を看る。彼時便ち賣出すことを得。「妻財」衰弱なれば、ついに成交しがたし。「世」「應」两爻相沖するは、是れ彼此俱に反悔せんとして、買賣爲り成らず。「勾陳」のこ神は專ら田土を管し、また是れ遲滯の神なり。若しそれ「世」を持しあるいは發動せば、産業斷じて更易しがたく、長久にしても轉じ出づべからず。經文に曰く、「勾陳」は專ら田土を司り、凡事ついに遲延拖沓すと。

應居空破誰人買,卦乏官爻孰與交,應生合世妻財旺,爭奪相求價必高。應爻為承買之人,若落空亡乃無力成交。日辰沖破,被人撓阻。用戶內外無官,亦難成事。應爻生世合世,又或財旺來生合,紛紛爭奪產價頓增。兄動財安難脫卸,鬼加雀動訟非招。兄弟若興,財爻安靜,又或空衰,決然難脫,不必多疑,若鬼鼓雀噪,必有訟累非招,牽纏不泰。

「應爻」若し空に落ち破に遭えば、則ち來りて買う人なし。卦中「官鬼」缺くれば、また人に汝と成交するなし。「應爻」來りて「世」を生じ「世」と合し「妻財」また旺んば、則ち買主爭い相い求購し、價錢必定擡高す。「應爻」は承買の人を代表す。若しそれ「空亡」に落ちれば、便ち成交する力なし。若し日辰に沖破せられれば、是れ人の中より阻撓するあり。内外卦ともに「官鬼」を見ざれば、こ椿の買賣もまた辦り成りがたし。若し「應爻」が「世」を生じ「世」と合し、またあるいは「妻財」旺相にして來りて「世爻」を生合せば、則ち買主紛紛として爭奪し、産價立刻上漲す。「兄弟」發動して「妻財」安静なれば、産業脱手しがたし。「官鬼」さらに「朱雀」を加えて發動すれば、なお官司を招惹せん。「兄弟」若し旺んば而も「妻財」安静、あるいは落空・衰弱なれば、那是れ斷じて賣り切れぬなり、さらに猶疑するに及ばず。若し「官鬼」鼓噪し「朱雀」聒噪せば、必定訟累・是非を招きて、糾纏して清まらず。

博戲求財章第一百十二

(以財福為主,世應為憑。)呼盧博戲忌兄興,子絕財空賭不亨。賭錢博奕之事,若兄弟興隆,必被抽籌竅碼,明取暗耗色不順而心不快,財物當輸。若子財不空不絕稍稍而已。一逢空,縱有萬貫囊資,渾如片雪投湯。

本章は賭博して財を求むるを占い、「妻財」「子孫」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。骰を擲ち錢を賭するに最も「兄弟」の興旺を忌み、「子孫」絶に入り「妻財」空に落つれば、こ一場の賭局は則ち順ならず。錢を賭し棋を下すこれ類の事は、若し「兄弟」爻旺盛ならば、必定人に抽頭・扣碼せられ、明に抽せられ暗に耗せられて、骰色順ならずして心裡痛快ならず。錢財注定して輸せん。若し「子孫」「妻財」空に落ちずまた絶に臨まざれば、不過小さく輸贏あるのみ。一旦落空すれば、縱し萬貫の家資を身上に帶ぶるありとも、一片の雪を滾湯に投ずるがごとく、轉眼に化け盡くさん。

世克應爻我已勝,應來傷世被他贏。世為自己應作他人,倘不傷克,彼我無異。克有數端;旺相能克休囚,休囚不能克旺相。安靜者,受克。發動者,難傷。故經云:靜休當受克,興旺決難傷。世克應爻者,我當全勝必滿心積意而返。應傷世象者,我必大敗,盡囊倒盧而歸。若旺世而生休應,若帶財子亦當大勝。不帶財子,稍得數文而已。旺應而生衰世,則彼來隨我,無不吉利。世應比和相生,彼此謙讓勝負無偏。

「世爻」が「應爻」を剋するは是れ我が嬴るなり、「應爻」が「世爻」を傷るは是れ他が嬴るなり。「世爻」は自己を代表し、「應爻」は對家を代表す。両邊若し互相傷剋せざれば、勝負は上下を分かたず。相剋また幾種の情形に分かつ。旺相の爻は能く休囚の爻を剋し、休囚の爻は旺相の爻を剋し得ず。安静の爻は剋を捱り、發動の爻は傷を被りがたし。故に經文に曰く、安静休囚のは當に剋を受くべく、興旺發動のは傷を受けがたしと。「世爻」が「應爻」を剋するは、我必ず大勝して、滿心得意して回らん。「應爻」が「世爻」を傷るは、我必ず大敗して、囊中を傾け盡くして歸らん。若し「世爻」旺にして往きて休囚の「應爻」を生ずれば、只だ「世爻」が「妻財」「子孫」を帶びれば、なお是大勝なり。財子を帶びざれば、只だ幾文の小錢を嬴るのみ。若し「應爻」旺にして來りて衰弱の「世爻」を生ずれば、那是れ對方我に就くにして、吉利ならざるなし。「世」「應」比和にしてまた相生すれば、則ち彼此謙讓して、勝負一方に偏せず。

應空難遇輸錢客,世陷還遭資本傾。若應值空絕,場中寂寞而無對手。世當沖陷,袖裡空虛惟剩空拳。鬼靜兄衰財福旺,君回定唱凱歌聲。或遇官鬼安靜,兄弟衰絕,財爻旺相,子象興隆,乃獲大利,爽心遂意,復遊笑樂而歸矣。

「應爻」空に落ちれば、賭場上に肯んじて錢を輸する對家に遇わず。「世爻」陷空せば、自己の本錢をも輸光せん。若し「應爻」旬空に落ちあるいは絶地に臨まば、賭場冷清にして對賭する人なし。若し「世爻」沖せられ、空に落ちれば、那是れ袖中空空にして、只だ両空拳を剩すのみ。「官鬼」安静、「兄弟」衰弱、「妻財」「子孫」旺盛ならば、汝回る時は必ず凱歌を唱せんとす。若し「官鬼」安静、「兄弟」衰敗して絶に入り、「妻財」旺相、「子孫」興隆に遇えば、則ち大いにその利を獲て、心に稱い意に快く、興を盡くして嬉遊し、說笑して家に歸らん。

捕獵畋漁章第一百十三

(以妻財為主,世應內外為憑。)漁獵皆宜財旺相,爻中無鬼莫興張,財官兩備方能獲,一象逢空便不昌。凡漁翁獵戶來占,惟取財官為用,卦中缺一便不為美,必得財旺官隆並見,乃漁得巨鱗獵擒大獸。若財鬼二爻一值空亡,則鵝飛戾天魚躍於淵,空張戈矢而不能御。

本章は魚を打ち獵を行うを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」と内外卦とをもって憑とす。漁獵みな「妻財」旺相を宜しとし、卦中若し「官鬼」を見ざれば出動するなかれ。「妻財」「官鬼」两爻俱全して乃ち收獲あり、その中一爻空に落ちれば便ち吉利ならず。およそ漁翁・獵戶來りて占うは、只だ「妻財」「官鬼」を取りて用神とす。卦中その一を缺けば便ち美滿ならず。必ず「妻財」旺相・「官鬼」興隆の两爻并見を得て、乃ち能く大魚を漁り大獸を獵せん。若し「妻財」「官鬼」两爻の中に一爻「空亡」に落ちれば、則ち飛鳥天に高翔し遊魚淵に深潛す。白く弓箭・羅網を張るとも攔み得ざらん。

世克應爻內克外,管教年得利非常,外爻克內應傷世,枉費心機空自忙。世為人應為物,內為人外為物。若我克物,漁獵盡善俱獲大利。若物傷我,縱有強弓硬弩密網張戈,決難捕捉。世落旬空兄弟動,縱然有物不收藏。若世值旬空月破,乃自無良技奇能,或有兄弟發動,定是靈禽異獸怪鱗智介,畢竟高飛遠遁而難收捕。

「世爻」が「應爻」を剋し、内卦が外卦を剋せば、管取この一年利を獲ること非常ならしめん。外卦が内卦を剋し、「應爻」が「世爻」を傷れば、則ち白く心機を費やし、空しく忙ばん。「世爻」は獵人を代表し、「應爻」は獵物を代表す。内卦は人を代表し、外卦は物を代表す。若し我がこちら物を剋住すれば、漁獵順遂ならざるなく、みな大いに所獲あらん。若し物反って我を傷れば、縱し強弓硬弩・密網利戈あれども、斷じて捕捉し得ざらん。「世爻」旬空に落ちて「兄弟」また發動せば、縱し獵物を見るとも網裡に收め得ざらん。若し「世爻」旬空に落ち月破に遭えば、是れ自己好本事・奇技なきなり。さらに「兄弟」發動を加えれば、それらの鳥獸魚鼈もみな靈異機警にして、ついに高飛遠遁して捕獲しがたし。

安寄財物章第一百十四

(以妻財為主,世應為憑。)物寄他家宜財靜,官衰子旺,無妨貨藏彼處。畏兄興世破應空有失。如占寄他家宜財靜,官衰子旺,無妨貨藏彼處。畏兄興世破應空有失。如占寄頓財貨於他家,須要財爻安靜,官鬼不動子孫旺相為最,兄弟發動不美。世爻被沖應落空亡,畢竟消耗財物,伏托豈為美哉?

本章は財物を別家に寄放するを占い、「妻財」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。東西を別人家に寄放するに、「妻財」の安静を宜しとし、「官鬼」衰弱にして「子孫」旺相ならば、貨物彼邊に藏れども妨なし。只だ「兄弟」旺動、「世爻」破に遭い、「應爻」空に落つるを怕れれば、則ち損失あらん。此處底本文句重出し、再び申すに寄物は財静・官衰・子旺を宜しとし、兄興・世破・應空を怕る。およそ財貨を別人家中に寄頓するを占うに、須ち「妻財」爻安静、「官鬼」動かずして「子孫」旺相なるを要す。これ最もよき格局なり。「兄弟」發動すれば則ち美ならず。若し「世爻」沖せられ「應爻」空亡に落ちれば、ついに財物を耗損せん。こごとき托付は豈に妥當と算すべけんや。

應傷衰世他非善,世隨鬼墓我非祥。世為我應為彼,而世不可空,若被旺應傷克衰世,他必非是善良之輩。或世隨官鬼入墓,而財為主象,忌入空亡,靜無後患之辭,動有變爻之論。貨物悉以財爻為主,當形象於六爻,切忌空亡無氣。財明沉靜,則久久無損。興發則有變動之機兆也。

「應爻」が衰弱の「世爻」を傷剋せば、寄放する那家人は善類にあらず。「世爻」が「官鬼」に隨いて墓に入れば、我がこちらもまた吉祥ならず。「世爻」は我を代表し、「應爻」は對方を代表す。「世爻」は空に落つべからず。若し旺相の「應爻」來りて衰弱の「世爻」を傷剋せば、那家人必定善良の輩にあらず。あるいは「世爻」が「官鬼」に隨いて一同に墓に入れば、また是れ凶象なり。「妻財」に至りては是れ本章の主象にして、「空亡」に落つるを忌む。それ安静なれば後患あるべきなし、一發動すれば則ち變爻に按じて斷ずべし。寄存の貨物全て「妻財」爻をもって主とし、要は六爻の中にその形貌を看清せよ。切に落空・無氣を忌む。「妻財」爻明朗にして沈靜なれば、貨物便ち長久に損なし。一旦興動發揚すれば、變故の出づるの苗頭あり。

化絕化空,終遭虧損。化兄化鬼,豈不成傷。動者化機括,化者動之變遷,如財爻一至於化絕則絕,無可生之理;或財爻一至於化空則空,寧有盈實之肘,故日終遭虧損。兄弟乃克財之神,化兄則財遭剝伐,鬼爻為洩氣之輩,化鬼則財被侵謀,故日豈不侵傷者也。

「妻財」が絶地を變出し空亡を變出せば、ついに虧損を遭わん。「兄弟」を變出し「官鬼」を變出せば、何ぞ損傷を受けざらんや。發動は是れ變化の機關にして、變爻は則ち發動之後の轉折なり。「妻財」一旦絶地に變ずれば則ち眞に絶えて、さらに生發の道理なし。「妻財」一旦空亡に變ずれば則ち眞に空し、何ぞさらに盈實言うべきあらん。故に曰く、ついに虧損を遭わんと。「兄弟」は是れ「妻財」を剋する凶神にして、「妻財」が「兄弟」を變出せば、財便ち剝奪せらる。「官鬼」は是れ「妻財」の氣を泄るの爻にして、「妻財」が「官鬼」を變出せば、財便ち人に算計侵吞せらる。故に曰く、何ぞ侵損を受けざらんやと。

化子化財咸吉慶,化生化旺永平寧。子孫是福神,生財之母也。財爻為主宰,安寄之司也。咸皆吉慶,是為至理。財化生源,物化旺相,永獲平寧,而豈妄焉。化水防上下之玄冥,亥子父動皆然。玄冥,水神也。財化水爻,或卦申水火發動,恐遭上漏下溼而致腐爛也。化火防內外之祝融,巳午鬼興同意。祝融,火神也。財如化火,或爻中火鬼交重,應慮內失外延焚如之慘。

「妻財」が「子孫」を變出し「妻財」を變出するは、みな是れ吉慶なり。長生の地を變出し旺相の鄕を變出せば、則ち長久平安なり。「子孫」は是れ福德の神にして、また是れ財を生ずるの母氣なり。「妻財」は是れ本章の主宰にして、寄存の事を掌管する用神なり。この两樣みな是れ吉慶の象にして、乃ち至當の道理なり。「妻財」生地を變出し、貨物變りて旺相なれば、自然長く平安を保つ、決して虛言にあらず。「妻財」が水爻に變ずれば、「玄冥」の水神の作祟を防ぐを要す。「亥」「子」水爻上の「父母」發動もまた同じくなり。玄冥則ち是れ水神なり。「妻財」が水爻に變じ、あるいは卦中水爻・火爻發動せば、只だ上頭漏雨・下頭返潮して、貨物を泡爛せしめんことを怕る。「妻財」火爻に變ずれば、「祝融」の火神の作祟を防ぐを要す。「巳」「午」火上の「官鬼」旺動もまた同一の意なり。祝融則ち是れ火神なり。「妻財」若し火爻に變じ、あるいは爻中火性の「官鬼」重爻發動せば、則ち屋內失火・延燒屋外の慘禍に慮を及ばすべし。

遇玄武,恆憂偷盜。逢朱雀,每恐生非。玄武是賊人,恆者常也,常常憂盜賊侵偷子財。朱雀唇吻也,每亦常也,每每恐怕激生口舌。六合最宜寄頓,六沖豈可安藏。六合之爻或日辰合世應,大官寄財頓物因其彼此心口投機。六沖之爻,或日沖主用,不得安貨藏財為其付託,後有更變也。後之學者宜細參詳。總言受讀之者,更宜參酌推詳,不可以其易而忽諸。

卦中「玄武」に遇えば、常に偷盗を防ぐを要す。「朱雀」に逢えば、常に是非を惹くを怕るべし。「玄武」は賊人を代表し、「恒」は則ち常常なり。故に時時に盗賊の來りて寄存の財物を偷竊せんことを憂慮を要す。「朱雀」は口舌の爭端を主じ、「每」もまた是れ常常なり。故に處處に口角を激出せんことを提防を要す。卦に「六合」に逢うは最も東西を寄放するに適す。卦に「六沖」に逢えば、何ぞ安心して存藏せんや。「六合」の卦に逢い、あるいは日辰が「世」「應」と相合せば、最も財を寄し物を頓くるに宜し、双方心口相投ずればなり。「六沖」の卦に逢い、あるいは日辰が主要の用神を沖剋せば、則ち貨財を彼處に存放すること能わず、托付の後必ず變故を生ずればなり。後來この道を學ぶ人は當に細々と參詳すべし。總じて言えば、こ章を讀む人は、さらに該當反覆して斟酌推求し、その文字の淺近なるをもって軽忽するなかれ。

取贖人產章第一百十五

(以世爻為主,用象為憑。)收回人畜產和書,贖取衣衾實其珠,俱怕六沖兄獨發,還嫌世位值空時。但凡回贖男女、離獸、房產、車船、書籍、衣飾珍寶之類,皆忌六沖之卦。兄弟為阻節之神,不宜獨發。世象乃贖物之主,最怕空亡。

本章は當に出したる人口・産業を贖回するを占い、「世爻」をもって主とし、各物の用神をもって憑とす。人口・牲畜・田産・文書を收回し、衣被および珠寶の類を贖取するは、みな卦に「六沖」と「兄弟」の獨自發動とに逢うを怕れ、また「世爻」正に旬空に落つるを嫌う。およそ男女人口・牲口・房産・車船・書籍・衣飾珍寶これ一類の東西を回贖するは、みな「六沖」の卦を忌む。「兄弟」は是れ阻隔留難の凶神にして、單獨に發動を宜しとせず。「世爻」は是れ物を贖う人の主位にして、最も「空亡」に落つるを怕る。

更愁日月來沖世,合處加沖變定知,應克世爻難合就,用空鬼失嘆虛辭。凡占以世為自己,最嫌日月來沖,又怕應爻來克。世應雖逢相合,若被日主或變象沖開當允諧後必悔更。世象縱無沖破,鞝若用值旬空或卦無鬼,豈得如心,決難回贖。

さらに愁うるは日辰・月建が前來して「世爻」を沖剋するなり。本來相合するにまた一沖を添えば、事情必ず變卦を生ず。「應爻」來りて「世爻」を剋すれば、双方談かれ合わず。用神空に落ち、卦中「官鬼」を失えば、説き定めたる好話も空談と成る。およそ占うに「世爻」をもって自己と爲すに、最も日辰・月建の來りて沖するを嫌い、また「應爻」の來りて剋するを怕る。「世」「應」两爻相合すと雖も、若し日辰あるいは變爻に沖開せられば、當時は爽快に應諾すと雖も、事後必ず翻悔せん。「世爻」縱し沖破なくとも、倘し用神旬空に落ち、あるいは卦中に「官鬼」無ければ、また稱心しがたく、こ産業は斷じて贖い回らざらん。

諸般不犯方為得,見一一徒勞意相痴,再問所求何物件,用爻入卦原能知。但占回贖貨物,所忌六沖兄動,世空世破,合處逢沖用象落空,六爻無鬼,以上數端毫無所犯者,事必勝心,物能返璧。如犯忌爻,終當絕望,細查所贖何物,方定用爻。問妻僕、而看財爻,占書籍而觀父母,占禽獸而推福德,贖田地而察勾陳,若得用爻上卦,不值旬空便能如原。

以上の各條、一つも犯さざるを得てこそ贖回し得べし。其中の一條を犯せば便ち白く心を操り、空しく痴想するなり。所贖の果たして何物なるやに至りては、用神の上卦するや否やを看れば便ち明白なり。およそ貨物を回贖するを占うに、忌諱する所は卦に「六沖」に逢う、「兄弟」發動、「世爻」落空あるいは破に遭う、本合して中途沖に逢う、用神落空、六爻に「官鬼」を見ざるなり。以上の幾項一條も犯さざれば、事情必ず稱心して、東西能く完璧に歸還せん。若し忌爻を犯せば、終に絶望あるのみ。さらに細かに所贖の何物たるを察して、乃ち用神を定むべし。妻妾奴僕を贖うは「妻財」を看、書籍を贖うは「父母」を看、禽獸を贖うは「子孫」(福德)を推し、田地を贖うは則ち「勾陳」を察す。只だ用神上卦して旬空に落ちざれば、便ち願いのごとく收回し得べし。

探物真僞章第一百十六

(以用爻為主,不空不絕為佳。)物之真偽卻難憑,爻察虛盈必有因,僧道獸禽憑福德,神仙妖怪鬼為尊,珍珠古物財中取,印信文書父上尋,蘆藤竹木查寅卯,玉石鋼銅辨酉申,綾羅絹緞須從火,如此將來定用神。探辨物之真假,由加意而窺測難信虛浮遽為實切,必察物之虧盈,庶免彼之悔弄,緇流羽上子孫上究。飛禽走獸,福德中求。鬼是神仙妖怪,財乃玩器珠珍,父母尋印信文書,寅卯作蘆藤竹木,金銀銅鐵玉石莫逃於申酉,綾羅一疋絹絲,可索於南離,如斯剖決用神也。

本章は物件の真假を辨別するを占い、用神をもって主とし、用神の空に落ちず絶に入らざるをもって佳とす。東西の是れ真なるや假なるやは、單に眼力に憑りて斷定しがたく、爻上よりその虛實を察看すれば必ず縁由あり。僧道および飛禽走獸は「子孫」(福德)に憑り、神仙妖怪は「官鬼」をもって主とし、珍珠古玩は「妻財」上より取り、官印文書は「父母」上に往きて尋ね、蘆葦藤條竹木は「寅」「卯」を査し、玉石鋼銅は「酉」「申」に辨じ、綾羅絹緞は須らく火爻上より看るべし。こ樣に照らせば便ち用神を定め下し得。物件の真僞を探辨するに、留心して窺測し、輕しく浮華の外表を信じて真品と當るべからず。必ずその虧損と完好とを察看して、始めて人に愚弄せらるるを免れん。僧人道士は「子孫」爻上より推究し、飛禽走獸もまた「子孫」(福德)中に求め、「官鬼」は神仙妖怪を主じ、「妻財」は玩器珠寶を主じ、「父母」上に官印文書を尋ね、「寅」「卯」木爻は蘆藤竹木を代表し、金銀銅鐵玉石は「申」「酉」金爻を逃れ出づべからず。綾羅絹絲の一類は則ち南方離火中に向かいて找るべし。こ樣のごとくすれば便ち用神を剖判し出づべし。

遇空絕推為假,逢旺逢生斷作真,受克受沖物必損,有扶有合價如金。用若空亡死絕,定為假物。用如旺相長生,非是贗品,為被克被沖,物身瑕玷有損,逢扶逢合,價值高貴不低。若伏生中宜用負,如居克下不須擒。設若伏處遇生,買之得當。倘伏制於克下,卻為非宜。世克用爻能易得,用爻克世最難求。易得易求之物,定是世克用爻。難求難取之珍,斷然用爻克世。物理隱蘊於幽微,人心旁搜於洞察。

用神旬空に遇い絶地に入れば、贗品と推斷す。旺相に逢い生扶を得れば、真貨と斷定す。用神剋を受け沖を受ければ、物件必ず損傷あり。扶あり合あれば、價錢黄金のごとく貴し。用神若し「空亡」に落ちあるいは死絶せば、一定假東西なり。用神若し旺相あるいは長生に坐せば、便ち贗品にあらず。若し剋せられ沖せられば、こ件の東西身上に瑕疵破損あり。若し生扶に逢い合に逢えば、價値必定高昂す。用神伏藏して生扶を得るは買い下ぐるに宜しく、伏藏して剋神の下に壓せらるれば則ち取りに行くに及ばず。假に伏神の所在の處生に遇わば、買い進めるに正に合適す。倘若伏神上面の飛神に剋制せられば、反って下手するに宜しからず。「世爻」用神を剋すれば則ち得手しやすく、用神「世爻」を剋すれば則ち求取最も難し。到手しやすく求得しやすき東西は、一定是れ「世爻」用神を剋すなり。求めがたく取りがたき珍品は、斷じて用神「世爻」を剋すなり。物中の道理は幽微の處に隱れて、人心は卻って旁より多方に搜求して、始めて看るに透徹す。

臥牀趨避章第一百十七

(以三爻為主,鬼靜為憑。)凡人問卜置眠床,卻把三爻作用詳。寢室為歇息之所,眠床乃寢臥之區,置之迪吉,居之定安,百姓下以否藏三爻用為判斷,忌值鬼爻多病疾,宜加財福永安康。用爻若逢官鬼,名曰忌神管攝,便有疾病生焉。如遇財福是為吉象,豈不安寧?

本章は臥牀を安置するの宜忌を占い、第三爻をもって主とし、「官鬼」の安静をもって憑とす。およそ人の來りて眠牀の安置を占うは、便ち第三爻を把りて用神と當り細推す。寢室は歇息の所在にして、眠牀は睡臥の處なり。安置吉利なるを得て、住みて始めて安穩なり。百姓家中の安藏するや否やは、みな第三爻をもって用神と爲して判斷す。こ一爻は「官鬼」に坐するを忌諱し、かくのごとくすれば多く病痛を生ず。「妻財」「子孫」を加うるに宜しくして、始めて長久安康なり。用神爻若し「官鬼」に遇わば、那は則ち忌神に管住せらると叫作して、疾病便ちこより生ず。若し「妻財」「子孫」に遇わば、便ち吉象にして、怎んぞ安寧ならざらんや。

但逢兄弟妻當厄,僧道占之反吉祥。財為妻室,兄爻鬼之定主荊人有厄,兄是比和,孤獨見之,即為同伴何妨。床爻克世身遭患,如臨父母損兒郎。凡是我御之者,得之安,則世世安然。凡克世爻者遭之否,則常常染患。父母為傷兒之殺,不可親臨。

牀爻若し「兄弟」に坐せば、妻子災厄に遭うべし。但だ僧人道士の占い得るは反って吉祥なり。「妻財」は妻室を代表し、「兄弟」は「妻財」を剋するの爻なり。牀上に「兄弟」を見れば、一定家中の妻室に難あるを主す。不過「兄弟」は我と同類比和の爻にして、孤身獨處の出家人それを見れば、只だ同伴の相陪するに當るのみ、竝びに妨礙なし。牀爻若し「世爻」を剋せば、自身病患に染まるべし。牀爻若し「父母」に臨まば、則ち兒女を損傷す。およそ我の駕馭し得る爻は、それを得れば便ち安穩にして、一世みな平安なり。およそ「世爻」を剋する爻は、それに遇えば便ち不利にして、常常病むべし。「父母」は子孫を傷剋するの凶煞にして、牀爻上に臨むべからざるなり。

推官不獨三爻上,凡鬼交重便作殃。官若作殃,不獨三爻而見,鬼能為禍,寧辭六位而推。六沖非是安身,所用神不可犯空亡。床欲安身,沖並難能寧諡,三為床體,空亡豈得安祥?屋猶榻定夫婦之居,床即房為蕃息之處,事非小可,樂莫大焉。

「官鬼」を推斷するに第三爻に限らず。六爻中およそ「官鬼」交爻・重爻をもって發動せば、みな作祟せん。「官鬼」の作祟は竝びに第三爻上に出現するのみならず。それ能く爲禍するは、六箇の爻位みな一竝に推詳すべし。卦「六沖」に逢えば便ち安身の象にあらず。所取の用神もまた「空亡」を犯すべからず。牀は用いて安身する所にして、卦沖擊に逢えば安寧を得がたし。第三爻は正に牀身にして、一旦落空せば、那裏にかさらに安穩あらん。屋子は譬えば一張の榻のごとく、定まるは夫婦同居の所なり。牀の所在の房は、正に子嗣を生養するの地方なり。こ件事は竝びに小可にあらず。安頓し好ければ、人生の快樂こより大なるはなし。

壽木喜忌章第一百十八

(以用爻為主,福德為憑。)修合壽木用爻求,安靜興隆百載留。人以百歲為期,棺以七寸普厚,為親而充虞敦匠,因子而顏路請車治造,或吉歲而閏年停閣,原千秋而萬紀,取舍憑占,喜忌愛卜。用爻安靜綿遠淹留,主象旺興延長永久。

本章は棺木を預造するの宜忌を占い、用神をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。壽材を修造するは用神上に求むべし。用神安静して興旺なれば、棺木便ち存放して百年べし。人は百歲をもって壽限と爲し、棺木は七寸の厚さをもって常制と爲す。孟子かつて充虞を遣わして棺椁を督造せしめて母を葬り、顏路もまたかつて子顏回の喪事のために車を賣り椁を買わんことを請う。あるいは好年成・閏年に趁りて先に備えて停放する。本意みなそれ千秋萬世壞れざるを求むるなり。做るや做らざるやは全く占卜に憑り、喜忌何處に在るやもまた卦に問うべし。用神安静なれば、棺木便ち存放して長久なり。主象旺相興隆なれば、また延年して久遠を主す。

如陷如無延數日,逢生逢旺度千秋。用若原無或傾陷,止活數日而已。用如長生或旺相,壽享長一。化空化鬼身難久,無破無傷壽未休。主爻化空化鬼,其身難久不損,無沖厥壽靡竅。

用神若し陷空しあるいは上卦せざれば、壽命只だ幾日の間に在り。用神若し生に逢い旺に逢えば、則ち長く千秋を享くべし。用神元本上卦せず、あるいは落空傾陷せば、那は則ち只だ再び幾日を活くるのみ。用神若し長生に坐しあるいは旺相に當れば、壽元便ち長久なり。用神空亡を變出し「官鬼」を變出せば、身體久持しがたし。破に遭わず傷を受けざれば、壽數便ちさらに到頭せず。主爻空に變じ鬼に變ずれば、こ人の身子和えて多久を撑えず。反って若し損せず沖せざれば、その壽命もまた窮盡なし。

鬼動忌興休合槨,龍搖子發任興修。鬼爻為凶惡之神,忌神乃克用之煞,故不宜動,動則不可做材。龍福乃禎之兆,青龍為喜慶之星,興搖允宜合木。鬼克世身終害己,隨官入墓即丁憂。應克世身者,鬼也。忌興而反來克害於我,亦何益矣!葬埋棺槨者,墳也。忌鬼而反去,隨官入墓,豈不憂哉?

「官鬼」發動し忌神旺起せば、則ち手を動かして棺椁を合造するなかれ。「青龍」搖動し「子孫」發動せば、則ち盡く放手して興修すべし。「官鬼」は是れ凶惡の神にして、忌神は是れ用神を剋制するの煞なり。故にみな發動を宜しとせず、一動すれば便ち材を做るべからず。「青龍」と「子孫」は是れ祥瑞の兆にして、「青龍」さらに是れ喜慶の星なり。それ一發動すれば、正に木を合わせ棺を造るに宜し。「官鬼」「世爻」と卦身とを剋すれば、終に自己に害を及ぼす。「世爻」「官鬼」に隨いて墓に入れば、則ち喪事に遭遇せん。來りて「世爻」と卦身とを剋するは、正に是れ「官鬼」なり。本來すでにそれの旺起を忌むに、それ卻って反って來りて我を剋害す。こ何の好處かあらん。棺椁埋め下ぐる所歸の處は便ち墳墓なり。本來すでに「官鬼」を忌むに、「世爻」卻って反ってそれに隨いて一同に墓に入れば、怎んぞ人をして憂懼せしめざらんや。

凡遇間爻傷世者,尤防工匠起奸謀。匠人在間爻上看,不發動傷世,工師不謀損於吾。若發動克身,匠作必肆奸害於我。倘然驚倒尋官鬼,縱動無官莫慮愁。又有一等木匠不存恆心主人家,或有怠慢,則魔禳陰害,但官鬼不作,萬無妨己,縱然別爻發動,不繫官鬼,亦何愁慮之有?

およそ「間爻」の「世爻」を傷剋するに遇えば、尤も工匠の壞心を起すを提防すべし。匠人は「間爻」上に看るべし。こ爻發動せず「世」を傷らざれば、工匠師傅便ち我を算計せざらん。若しそれ發動して來りて卦身を剋せば、匠人一定要して奸を施し壞を使いて我を害せん。倘若人に暗算せられんことを擔心せば、便ち往きて「官鬼」を査せよ。縱し爻發動するありて「官鬼」にあらざるとも、また憂愁するに及ばず。さらに一等の木匠は主家に對して長久の心を存せず。主人些か怠慢あれば、他便ち厭勝の法を用いて暗中に加害す。但だ「官鬼」發動せざれば、萬萬自己を傷るに及ばず。縱し別の爻發動すとも、只だ「官鬼」に屬せざれば、また何の憂慮すべきかあらん。

妻僕去留章第一百十九

(以財爻為主,應象為憑。)留妻留僕財為用,逢旺逢生必遂機,應帶煞神沖剋世,陰謀誠恐害身軀。男女原有室家,夫得婦以陪衾枕,無今人不成君子主得僕以當侯門屙,或去或留決同人之美惡,宜取宜舍,究藏獲之吉凶。妻房以妻財為主,童僕以財象為憑,旺相而妻女在心,生扶而廝養得力,應帶官鬼大煞而沖剋於世,我後被設陰險之謀。用坐煞害而刑傷於我,世被彼生奸宄之驗。

本章は妻妾奴僕の去留を占い、「妻財」をもって主とし、「應爻」をもって憑とす。妻室僕役を留下せんと欲するは、みな「妻財」をもって用神と爲す。こ爻旺に逢い生に逢えば、必定稱心せん。「應爻」凶煞を帶びて「世爻」を沖剋せば、只だそれ暗中に計を設けて本人を傷害せんことを怕る。男女本來各おの家室あるべく、丈夫たるは妻子を得て共に枕し同じ衾し、主人たるは僕役を得て門戶を看守す。去留取舍は、全くこらの人の品性の好壞を看、留むべく遣わすべく、みな奴婢僕從の吉凶を推究すべし。妻室は「妻財」をもって主と爲し、童僕もまた「妻財」をもって憑と爲す。こ爻旺相なるは、是れ妻女一心にして家裡に向かうなり。こ爻生扶を得るは、是れ僕役力を出し上ぐるを得るなり。若し「應爻」が「官鬼」大煞を帶びて前來して「世爻」を沖剋せば、日後我必ずそれ陰險の道に著かん。若し用神凶煞に坐して我を刑傷せば、また是れ「世爻」それに奸邪の心を生ぜしめらるの應驗なり。

應空身在心不在,財破情虛命又虛,應不空亡財不破,妻無他意僕無欺。應空則身浮心詐,財破則壽夭情虛,若得應不空亡,雖荊布而同心力,則無破損不欺主而赤膽忠心。財安子動留還吉,鬼發兄興去速宜,六合始終無變易,六沖朝夕應分離。凡留妻僕,最宜財安子旺相。招養屬,不宜鬼發兄興,六合則有始有終,永無更變。六沖則難防不測,早晚分離。

「應爻」落空せば、こ人は是れ身子こ處に在りて心早く已に在らず。「妻財」破に遭えば、是れ情意虛假にして壽命もまた長くがたし。「應爻」落空せず、「妻財」破に遭わざれば、妻子便ち二心なく僕人もまた主を欺かず。「應爻」落空するは、是れ人浮きて心詐なるなり。「妻財」破に遭うは、是れ壽短く情虛なるなり。若し「應爻」空亡に落ちざれば、妻室縱し荆釵布裙なりとも肯んじて我と同心協力せん。「妻財」破損を受けざれば、僕役便ち主を欺かずして赤膽忠心なり。「妻財」安静、「子孫」發動せば、留下するは是れ吉なり。「官鬼」發動、「兄弟」旺起せば、則ち早々に打發して去らしむるに宜し。卦「六合」に逢えば、始終變ずることなし。卦「六沖」に逢えば、早晚分離せん。およそ妻妾僕役を留住せんと欲するに、最も「妻財」安静にして「子孫」旺相なるを宜しとす。招收收養こ一類は、「官鬼」發動、「兄弟」興旺を宜しとせず。「六合」に逢えば則ち始あり終あり、永く更改なし。「六沖」に逢えば則ち意外を防ぎがたく、遲早離散せん。

如留子侄兒憂絕,若用他人應莫虛,手足卻嫌兄弟陷,各分用象決高低。如留子孫,取子孫為主,留他人,取應象為憑。留手足,觀乎兄弟。留尊長,察其文書,各定用爻,莫臨空絕。凡用爻生世合世則吉,沖世克世則凶。用應有拱向之理,世我大要生扶,若也無情而不如始不相識,如臨有益而門祚到底竟克合終。

若し子侄輩を留下せんと欲すれば、只だ「子孫」爻の絶に入るを怕る。若し外人を留用せんと欲すれば、「應爻」虛空なるべからず。若し留むるは兄弟手足なれば、便ち「兄弟」爻の陷空を嫌う。各おの身位に按じて用神を分定して、始めて去留の高下を判じ出づべし。子侄を留むるは、「子孫」を取りて主と爲す。外人を留むるは、「應爻」を取りて憑と爲す。兄弟を留むるは、便ち「兄弟」爻を看。尊長を留むるは、便ち「父母」(文書)爻を察す。各おの用神を定準して、みな旬空に落ち絶地に臨むべからず。およそ用神「世」を生じ「世」と合すれば便ち吉、「世」を沖し「世」を剋すれば便ち凶。用神と「應爻」は本來拱護相向の道理あり、「世爻」に對しても大いに生扶を要す。若し彼此情なければ、當初根本相識らざりしに如かず。若し相扶有益なるを得ば、こ一門の福祚は始より終に至りて克に諧和圓滿せん。

鬭毆爭競章第一百二十

(以世應為主,生克為憑。)彼我相爭世應尋,忌沖忌克喜相生。凡占爭鬥,只把世應分為兩我,若世應行合,彼此並無大忿,亦無大損大益,倘遇克害刑沖,則爭長競短,各用機謀,故經云:欲分勝負,先將世應推詳。

本章は鬭毆爭競を占い、「世」「應」をもって主とし、两爻の生剋をもって憑とす。彼我相爭うは、便ち「世」「應」两爻上に消息を尋ね、相沖するを忌み相剋するを忌み、彼此相生するを喜ぶ。およそ爭鬭を占うに、只だ「世」「應」を把りて两方と分作す。两爻若し相合せば、双方竝びに大なる忿爭なく、また大損大益を談ずるに及ばず。倘若剋害刑沖に遇えば、那は則ち長を爭い短を論じ、各おの機謀を出さん。故に經文に曰く、勝負を分かたんと欲せば、先ず「世」「應」を推究明白にせよと。

日月沖身我受辱,交重克應彼遭刑。世乃我之用爻,豈可傷克?若日辰月建沖剋世者,我必被辱。若內外動爻克應者,彼必受虧。應爻克世他當勝,世爻克應我當贏。應爻為彼,若克我世者,我必有虧。彼旺克我,世又衰微大受損傷。若帶官兄雀虎劫煞等神來克者,小則受辱破財,大則經官被責,莫可輕視。倘或應雖伐世,彼當衰絕之鄉,或被日辰月將沖應克世者,名曰自己受制無能害人,我雖被克決無大害,空則亦然。若世旺克應或世動克應、日辰生我克應、或動爻助我克應者,則不費心力理直勢順,大獲全功。

日辰・月建が卦身を沖剋せば、我がこちら屈辱を受くべし。動爻が「應爻」を剋せば、對方損を吃すべし。「世爻」は我の用神にして、怎んぞ傷剋せらるるを得んや。若し日辰・月建が「世爻」を沖剋せば、我必ず欺辱を受く。若し内外卦の動爻が「應爻」を剋せば、對方必定損を吃す。「應爻」が「世爻」を剋するは、是れ彼が嬴たんとするなり。「世爻」が「應爻」を剋するは、是れ我が勝たんとするなり。「應爻」は對方を代表し、それ若し我が「世爻」を剋せば、我必ず損失あり。況んや彼旺にして我衰うるに、「世爻」さらに大いに損傷を受けん。若し來りて剋するの爻上にさらに「官鬼」「兄弟」「朱雀」「白虎」「劫煞」等の凶神を帶びれば、輕ければ辱められ財を破り、重ければ官司を打ち責罰を挨りて、軽視すべからず。倘若「應爻」雖し來りて「世爻」を伐つとも、自ら正に衰絶の地に處し、あるいは日辰・月將に沖住せられれば、雖し「世爻」を剋するとも無力なり。こを彼自身先に制を受けて人を害し得ずと叫作し、我縱し剋せらるとも大礙なし。「應爻」が落空するもまた同じ道理なり。若し「世爻」旺にして「應」を剋し、あるいは「世爻」發動して「應」を剋し、あるいは日辰我を生じて「應」を剋し、あるいは動爻あって我を助けて往きて「應」を剋せば、那は則ち何の氣力をも費やさず、理直にして勢順に、大いに全勝を獲るべし。

世空自退無相敵,應空彼避不相徵。如世爻逢旬空,乃自己理屈心辰有始無終而已,但得天乙青龍天喜吉神動扶,當有維持之力,若值兄鬼兩動,必要破財。應爻落空,乃虎頭蛇尾之事,彼必漸退,訟無了結。世應兩空,則彼此甘休,官父並衰,乃公私盡釋。

「世爻」落空せば、是れ我自己退讓して敵に對する心なし。「應爻」落空せば、是れ彼が躲避して來りて相爭わず。「世爻」若し旬空に逢えば、是れ自己理虧して心虛に、事情始ありて終なし。不過若し「天乙」「青龍」「天喜」等の吉神發動して來りて扶るを得れば、さらに人中より維持するあり。若し「兄弟」「官鬼」两爻俱に動くに碰上れば、那は則ち必定財を破らん。「應爻」落空せば、事情是れ虎頭蛇尾にして、對方漸漸退讓し、官司もまた了とせずして了せん。「世」「應」两爻俱に落空せば、則ち双方甘心して罷休す。「官鬼」「父母」两爻同じく衰うれば、則ち公事私怨みな一竝に了結せん。

興詞舉訟章第一百二十一

(以官鬼為主,父母為憑。)文詞相訴至公庭,須要官爻父母興。凡占造狀訴詞,父母為之狀詞文移。官鬼乃官府作主之人,須要二爻上卦為吉。父陷休來投此狀,官空莫去訴其情,爻中無父誰簽押,卦內無官訟不成。如父母空亡墓絕、或無父母上卦,雖有詞無處告理,雖造也不准。若官鬼逢空或絕、或無官上卦乃無貴主張,決難舉訟,縱舉不結。

本章は狀を具え訟を興すを占い、「官鬼」をもって主とし、「父母」をもって憑とす。狀子を寫して公堂に告ぐるに、須らく「官鬼」と「父母」の两爻俱に興旺なるを要す。およそ狀を造り詞を寫すを占うに、「父母」は狀紙文書を代表し、「官鬼」は衙門裡の主を做る官長を代表す。こ两爻みな上卦して始めて吉利なり。「父母」陷空せば別してこ張の狀子を投ぐるなかれ、「官鬼」落空せばまた往きて冤情を申訴するなかれ。爻中に「父母」なければ、誰か批簽畫押せん。卦内に「官鬼」なければ、官司根本打ち成さず。若し「父母」が空亡に落ち墓絶に入り、あるいは「父母」上卦せざれば、縱し狀詞あるとも告げ遞る處なく、就中寫し成すとも准理せざらん。若し「官鬼」が空に逢いあるいは絶に入り、あるいは「官鬼」上卦せざれば、便ち官長の汝に替わりて主を做るなく、斷じて興訟しがたく、縱し告ぐとも案を結び得ざらん。

父鬼兩全方准理,福財不動定標名。但得父官旺相、或動而生世持世者,則狀有理,告必準行,官能做主,訟必全勝。其中更忌妻財子孫發動,動則徒費乎心。故經云:財動文書空費力,子動傷官事不亨,凡占居訟卦中,若得父官有氣,財子俱安,詞能准理哉?

「父母」「官鬼」两爻俱全して、狀子始めて受理を准さる。「子孫」「妻財」两爻安静にして動かざれば、始めて榜上に名を標き告げ嬴るを得。只だ「父母」「官鬼」旺相、あるいは發動して來りて「世爻」を生じ、「世爻」上に坐すれば、那麼狀詞理あり、告げ上ぐれば必ず准行せられ、官長能く汝に替わりて主を做り、こ場の官司必定全勝す。其中さらに「妻財」「子孫」の發動を忌む。一動すれば便ち白く心思を費やす。故に經文に曰く、「妻財」發動すれば則ち文書白く遞され、「子孫」發動すれば則ち「官鬼」を傷りて事情順ならずと。およそ詞訟の卦を占うに、若し能く「父母」「官鬼」氣あり、「妻財」「子孫」みな安静なれば、狀子那の准理せられざるの道理かあらん。

訟師美惡章第一百二十二

(以文書為主,應象為憑。)舉訴還須擇訟師,輸贏勝負仗文書,臨空值破難舉訟,遇動逢生易起詞。凡人興訟,必仗訟師之忠厚、刀筆之利修,方可獲勝。故以文書為主,若父母興隆生合我者,則狀易準而事亦勝。若日辰沖剋父母、或臨旬空月破、化財等類,則外有虛名,內無實學,不惟無益,抑且有害,在意難以興舉耳。妻體動來終不准,夫身空去亦非宜。文書為之用爻,若逢財動乃傷用象決非美辭難以聳聽。夫身者,即官鬼也,若值空亡,乃無貴主張,決不准理。卦爻之內此為大忌也。

本章は所請の訟師の好壞を占い、「父母」(文書)をもって主とし、「應爻」をもって憑とす。官司を打たんと欲すれば還た先ず好き訟師を挑むを要し、輸嬴勝負全くそれが一枝の筆に仗る。「父母」爻落空遭破すれば則ち狀子遞りがたく、「父母」爻發動逢生すれば則ち詞狀容易に遞り上ぐ。およそ人訟を興すに、必ず訟師の爲人忠厚・刀筆精熟なるに倚仗することを得て、始めて獲勝し得。故に本章は「父母」をもって主とす。若し「父母」興旺にしてまた來りて「世」を生じ「世」と合すれば、狀子容易に准理して、官司もまた能く打嬴るを得。若し日辰「父母」を沖剋し、あるいは「父母」旬空に落ち、月破に遭い、「妻財」こ一類を變出せば、那訟师徒に虛名ありて眞本事なく、不但幇助し得ず、反って事を壞さん。こ種の情形實に興訟しがたし。「妻財」發動すれば則ち狀子終に准ぜられず、「官鬼」落空するもまた同じく不利なり。「父母」は是れ本章の用神にして、若し「妻財」發動に遇えば、正に用神を傷り、寫し出す狀詞決して動聽せず、官長を打動し得ず。所謂夫身とは、指す所は則ち「官鬼」なり。「官鬼」若し「空亡」に落ちれば、便ち官長の主持なく、狀子斷じて准理せざらん。こ卦爻中の大忌なり。

應如克世遭欺詐,鬼若傷身反被輸,應落空亡無彼方,世逢沖破有人欺。一卦之中,勝負全在世應之生克,如應多克世、或是鬼克世者,必然彼行欺詐之心,無益於我,反遭刑辱。應若空絕,決無奇策良詞。世逢日沖月破,須防奸人有嫉妒暗傷之禍。

「應爻」若し來りて「世爻」を剋せば、是れ訟師の欺騙に遭わんとす。「官鬼」若し卦身を傷剋せば、反って官司を輸せんとす。「應爻」「空亡」に落つれば、對方那邊落著なし。「世爻」沖せられ破せられれば、則ち人の旁より欺凌するあり。一卦の中、勝負全く「世」「應」两爻の生剋を看。若し「應爻」屢々「世爻」を剋し、あるいは「官鬼」「世爻」を剋せば、那必ず是れ對方欺詐の心を存し、我に於いて益なく、反って刑辱を招かん。「應爻」若し落空入絶せば、訟師斷じて高明の謀略と詞章とを拿出し得ざらん。「世爻」若し日辰に沖せられ月建に破せられれば、則ち奸人の嫉妬を懷き暗中に加害するを防ぐべし。

交重坐印行行美,日月生文字字奇。舉訟者,先憑文書為主,若父母發動戊日辰月建生用合用者,則積金美玉之辭,運籌帷幄之計。若父母逢空被克者,不過是孤陋寡聞,浮言淺見耳,豈堪大用哉!

「父母」交爻・重爻をもって發動して印綬の位に坐せば、狀子便ち字字行行みな寫し得て漂亮なり。日辰・月建また來りて文書を生扶せば、那はさらに字字出奇なり。訟を興すに先ず「父母」(文書)をもって主とす。若し「父母」發動し、また日辰・月建の用神を生扶し用神を合住するを得れば、寫し出すは便ち字字金玉のごとき好狀詞にして、謀劃もまた運籌帷幄のごとく周密ならん。若し「父母」落空してまた剋せられば、那訟師不過孤陋寡聞の輩にして、説く所みな浮淺の言にして、那の大用に堪えんや。

保人强弱章第一百二十三

(占訟以間爻為主,問保以應象為憑。)欲成詞訟先尋保,曲直妍強論應爻。被訟正庭必覓保歇,欲識善美用在應列。若旺若生宜結識,如空如絕莫相交。如應旺相,生世合世者,乃志誠忠直之人,有益於我,事可燼托。若逢旬空、月破、墓絕者,乃係卑賤薄悻之流,難旋大事,不可相交耳。

本章は保人の强弱を占う。若し詞訟卦中に兼ねて看れば、「間爻」をもって主とす。若し專ら保人を問えば、則ち「應爻」をもって憑とす。官司を打たんと欲すれば先ず保を做る人を得ることを要し、こ人の是れ曲なるや直なるや、是れ能干なるや軟弱なるや、みな「應爻」上に論斷す。人に公堂に告げられんには、必ず保歇の家を尋ねるを要す。こ人の好きや否やを知らんと要せば、用神便ち「應爻」上に落つ。「應爻」旺相あるいは生扶を得るは與に結交するに宜しく、落空入絶のは往來するなかれ。若し「應爻」旺相にして、また來りて「世」を生じ「世」と合すれば、那是れ心志誠懇にして爲人忠直の人にして、我に益あり、事情盡く托付すべし。若し「應爻」旬空・月破・墓絶に逢えば、那是れ卑下輕薄の流にして、大事を辦じ得ず、それと相交わるべからず。

生我比和叨大力,不來傷世斷為高。保歇之人,以應為用,如生世或合世合比和者,乃得渠竭力扶助公私協濟。若不空不克世者,也得一力,亦以為妙。官傷世體還須忌,六象皆沖不必勞。但凡官鬼傷克世爻者,最為大忌。卦值六沖者,並無斡旋之力,皆不可用也。

「應爻」我を生じあるいは我と比和せば、便ちそれが大力の相助を得べし。便ち我を生ぜずとも、只だ來りて「世爻」を傷らざれば、また上等と算す。保歇の人は「應爻」をもって用神とす。若しそれ「世爻」を生じ、あるいは「世爻」と相合し五行比和せば、能くこ人の竭力扶助を得て、公事私事みな汝に替わりて張羅せん。若しそれ雖し我を生ぜずとも、卻ってまた落空せず「世爻」を剋せざれば、同じく一分の力を出し上げ、仍お不錯と算す。「官鬼」「世爻」を傷剋するは還た是れ忌むべく、卦中六爻みな相沖せば則ち白く氣力を費やすに及ばず。およそ「官鬼」「世爻」を傷剋するは、最も是れ大忌なり。卦「六沖」に逢うは、保人毫も斡旋の力なく、みな任用に堪えず。

公私見證章第一百二十四

(占訟以間爻為主,問中以應象為憑。)問訟全憑見證人,卦中應位察虛真。凡臨庭聽訟理之曲直,全在中證之口,故占之吉凶,但取應爻為用神,可推忠佞之心,則理不辨而自明矣!

本章は見證人の公私向背を占う。詞訟卦中に在りては「間爻」をもって主とし、專ら中人を問えば則ち「應爻」をもって憑とす。官司を打つは全く見證人に仗り、卦中「應爻」の虛實真假は仔細に察看を要す。およそ堂に上りて審を聽き曲直を判斷するに、關鍵全く中證の一張の嘴に在り。故にそれが吉凶を占うに、只だ「應爻」を取りて用神と爲す。こより以てこ人の是れ忠なるや佞なるやを推し出し得て、道理爭辯せずして自然分明なり。

不空不絕無他意,居動居沖有變心,若克世爻遭彼害,如生身世賴其思。以應為之用爻,不逢空、不逢絕、不旺相而生我合世者,乃竭力盡忠公私協護。若逢日辰沖動,面允心非冷聲暗語之人。若值發動,主世有益。克世,乃反而無情兇惡之輩。若帶蛇虎兄鬼,必蓄奸諂挾騙之心。倘得休衰或不克於我猶可知,逢旺相情勢越熾。若來克世者,必被諧言功計以直作曲,種種制陷不可勝言。

「應爻」落空せず絶に入らざれば、こ人便ち別の心思なし。それ一發動しあるいは沖せられれば、則ち變卦せん。それ若し「世爻」を剋せば、我それが陷害に遭わん。それ若し卦身と「世爻」とを生ぜば、我便ちそれが照應を得ん。「應爻」は是れ本章の用神なり。それ落空せず絶に入らず、雖し旺相ならずとも來りて我を生じ「世爻」と合せば、那は則ち竭力盡忠して公私みな我に替わりて回護する人なり。若しそれ日辰に沖動せられれば、便ち當面答應して背後變卦し、冷言冷語の那種の人なり。それ發動して「世」を生ずれば、我に於いて益あり。發動して「世」を剋せば、則ち翻臉無情の凶惡の輩なり。若しそれ上面に「騰蛇」「白虎」「兄弟」「官鬼」を帶びれば、必定奸諂訛詐の心思を藏せん。倘若それ休囚衰弱、あるいは來りて我を剋せざれば、還た算して可なり。一旦旺相せば、氣焰さらに盛んなり。若しそれ來りて「世爻」を剋せば、必ずそれが花言巧語・暗中計を使いに、直きを説きて曲と爲し、種種構陷して説き盡くしがたし。

爻爻沖擊多更改,無鬼誰官問此人。爻爻沖聲者,即六沖卦也。此人翻雲覆雨,情性不常。內外無官鬼,則臨庭不問,此人徒投聲勢耳。故經云:官鬼空亡墓絕,須知無貴張主。中證受刑官克應,主人被責鬼傷身。應為中見之人,必得興隆而生合世者,極為有力之人,忽被官鬼克害刑沖應者,輕為話不投機,重則鞭林罪戾。若鬼來克世者,我亦受累害非小可。

六爻處處相沖せば、見證人の話便ち反覆更改す。卦中に「官鬼」なければ、また官長のこ人を傳問するなし。所謂爻爻沖擊とは、則ち「六沖」の卦なり。こ樣の證人は雲を翻し雨を覆して、性情反覆定まらず。内外卦みな「官鬼」を見ざれば、堂に上る時官長根本それを傳問せず、こ人不過白く虛張聲勢するのみ。故に經文に曰く、「官鬼」空亡に落ち墓絶に入れば、那是れ官長の主を做るなきを知るべしと。「官鬼」「應爻」を剋するは、是れ見證人自ら刑を受くべし。「官鬼」卦身を傷剋するは、是れ當事の主人責を挨ぐべし。「應爻」は中に居りて證を做る人を代表し、必ずそれが興旺してまた「世」を生じ「世」と合することを得て、始めて極めて得力の人なり。若しそれ忽然「官鬼」に剋害刑沖せられば、輕ければ則ち話投機せず、重ければ則ち鞭笞を挨ぎ罪を判られん。若し「官鬼」轉じて來りて「世爻」を剋せば、我自己受くる連累もまた小ならず。

如占訟內推中見,棄應還從間位論,二間卻分原被證。方知意向那旁存,近世之爻吾訴有,近他之象彼家親。獨占中證,取應為用。詞訟卦中看者,應為被告,豈用中人?故論間爻方為中,見近應看,為彼之證,鄰世者,作我之中。二間之爻母論彼此,生我者忠誠直斡,我生者,下氣相求。合我者,自然和助。克我者,有損無益。故經云:間爻傷世,須防硬證同謀。

若し是れ詞訟卦中に兼ねて見證を推するは、則ち「應爻」を撇開して改めて「間爻」上より論ずべし。两个の「間爻」は分かちて原告一方と被告一方との證人を代表す。こ樣にして始めて各おの心意の偏向する那一邊を知る――「世爻」に靠近する那一爻は是れ我がこちらの證人にして、「應爻」に靠近する那一爻は是れ對方の親信なり。單に見證人を占う時は、「應爻」を取りて用神と爲す。但し詞訟卦中に看るに、「應爻」已經被告を代表す、怎んぞ還たそれを拿りて中人と當るを得ん。故に「間爻」を論ずるを要し、始めて中に居りて證を做るの位置なり。「應爻」に靠近するは、是れ對方の證人なり。「世爻」に緊鄰するは、是れ我がこちらの中人なり。こ两个の「間爻」は那一方に屬するを論ぜず、およそ我を生ずるはみな忠誠にして肯んじて我に替わりて周旋し、我が往きてそれを生ずるは則ちそれが低聲下氣して來りて我を求め、我と相合するは自然旁より幇襯し、來りて我を剋するは則ち損ありて益なし。故に經文に曰く、「間爻」「世爻」を傷剋せば、則ち對方の硬證を買通してそれと同謀するを提防すべしと。

官司勝負章第一百二十五

(以官鬼為主,世應為憑。)問訟須將官鬼憑,扶身扶世永無刑。凡占訟事,惟以官鬼為憑。若生世,必是理順人情卻無刑險。若帶貴吉之神合世者,乃有不意中之人扶持,故言聽計從大獲全勝。縱成索而亦無損益,吉則無喜,凶則無憂。故經云:卦中無鬼休謀事,官爻不見事空虛。

本章は官司の勝負を占い、「官鬼」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。官司を問うは須らく「官鬼」爻に憑るべし。それ卦身を扶助し「世爻」を扶助せば、則ち永遠に刑責を受けず。およそ訟事を占うに、只だ「官鬼」をもって憑と爲す。それ若し「世爻」を生ぜば、必ず是れ自己理直にして人情また順に、刑險なし。それ若し貴人吉神を帶びて來りて「世爻」と合せば、那是れ意想不到の人出面して扶持するに、因りて言聽計從して大いに全勝を獲ん。縱し事情拖れて僵局と成るとも、また損益する所なく、吉は喜あるに至らず、凶もまた憂あるに至らず。故に經文に曰く、卦中に「官鬼」を見ざれば別して事を謀るなかれ、官爻出現せざれば、事情終に一場の空に歸せんと。

旺生之日公堂發,墓絕之時紙筆停。如官鬼逢臨官帝旺之日、或生扶官鬼之日,乃是臨庭決斷之期矣。故經云:官旺日則面拆庭諍。如逢墓絕,筆竟淹留阻滯。若帶青龍貴人,必因美之事停留。若滯白虎劫煞凶神,必有奸人索詐停住,未得決斷。要知何日問理,卻看官爻衰旺,不可一見而言。官如旺相,反尋墓絕之期。鬼若休囚,問在旺生之日。官居庫內,沖庫方興。鬼入空中,沖空免發。六爻無鬼,須求鬼值日時,此論斷訟之期,不可輕視。

「官鬼」旺相受生の日子に逢えば、公堂上便ち審を開かん。「官鬼」墓に入り絶に臨むの時候は、案卷紙筆便ち擱下せん。若し「官鬼」の臨官帝旺の日に碰上り、あるいは「官鬼」を生扶するの日子なれば、那是れ則ち堂に上りて判決するの時候なり。故に經文に曰く、官爻旺なるの日は則ち當庭に對質爭辯すべしと。若し「官鬼」墓絶に逢えば、案子便ち一直に拖延阻滯す。若しこ時「青龍」「貴人」を帶びれば、多半是れ喜慶の事あるに因りて擱下す。若し「白虎」「劫煞」等の凶神を帶びれば、必是れ奸人の中より索詐するありて停住し、遲遲として判決を得ず。那一天に審理するを知らんと要せば、還た官爻の衰旺を看るべし、一概に論ずべからず。官爻若し旺相なれば、反ってそれが墓に入り絶に入るの日期を找るべし。官爻若し休囚なれば、則ちそれが旺相受生の日に問うべし。官爻墓庫裡に藏れれば、沖開の那天を等ちて始めて動かん。官爻旬空の中に落ちれば、沖空の日を等ちて始めて發せん。六爻若しみな「官鬼」を見ざれば、則ち「官鬼」日に值るの時辰を求むべし。こ是れ審訟の日期を推斷するの方法にして、軽忽すべからず。

若臨身世沖剋世,縱勝還當擬罪名,日月制官生合世,理虧也主稱心情。如官爻持世沖世克世、臨卦身者,大主有罪,若加白虎有杖責。加勾陳騰蛇,主有牽連罪責者,日辰月將制服官爻,而生世合世者,縱然理折情曲,反得回凶作吉。經云:有人制鬼,鬼動何妨?

「官鬼」若し卦身に臨み、また「世爻」を沖剋せば、縱し官司打嬴るとも、自己もまた罪名を擔うを要す。若し日辰・月建「官鬼」を制住してまた「世」を生じ「世」と合せば、縱し理虧するとも照樣稱心す。若し官爻「世」上に坐し、あるいは「世」を沖し「世」を剋し、あるいは卦身に臨めば、大都自身罪あるを主す。さらに「白虎」を加えれば、還た杖責を挨ぐべし。「勾陳」「騰蛇」を加えれば、則ち牽連の罪責あらん。但し日辰・月將官爻を制服して、竝びに「世」を生じ「世」と合せば、那麼縱し理短く情曲なるとも、反って能く凶を轉じて吉と爲さん。經文に曰く、人の「官鬼」を制住し得るありて、「官鬼」發動するもまた何の妨礙かあらんと。

鬼臨空地無官斷,雖問無祥無險驚。如官鬼值旬空月破或不上卦,決是無官問斷,枉自奔波,雖然勉強求問,問而不成案卷。官化子兮詞漸解,子化官兮訟復興。鬼為問斷之官,若化子孫,乃變解和之神。此事日漸月消,終外有人和釋矣。子孫本和和允之神,驚變官鬼此乃吉變凶爻,本主自當解散復又興舉。若化鬼克世者,大不吉之兆耳。

「官鬼」空地に落つれば、則ち官長の審斷するなく、縱し問いに往くとも吉なく凶なく、一場を驚擾するのみ。若し「官鬼」旬空・月破に逢い、あるいは上卦せざれば、那一定是れ官長の受理するなくして、白く奔走す。就中勉强人を求めて過問せしむとも、問うとも案卷を立てず。「官鬼」「子孫」を變出せば、詞訟漸漸化解せん。「子孫」「官鬼」を變出せば、官司また重ねて起こらん。「官鬼」是れ主審の官長にして、それ若し「子孫」に變作すれば、則ち調解の神に變成りて、こ樁の案子便ち一天一天消解して、終に外人出面して説和するあり。「子孫」は本來是れ和順允諧の神にして、忽然「官鬼」に變作するは、那是れ吉爻凶爻に變成るにして、本來已に了結すべきの事また重ねて鬧り起こらんとす。若し變出の「官鬼」還た來りて「世爻」を剋せば、さらに是れ大不吉の兆なり。

世空自懈宜和息,應空彼到沒期程。世爻值旬空者,乃自意懶心灰無能聽理,甘自求和,應值空亡者,彼亦退訟。世被應爻兄動克,常多私下受期凌。若應爻臨兄動,或加白虎同來克世,不時防私下逞兇捉打。應若旺相剋世者,種種欺凌可可朋言。

「世爻」落空せば、是れ自己懈怠にして、講和して事を了するに宜し。「應爻」落空せば、是れ對方案に到るを得ず、確定の日期なし。「世爻」若し旬空に逢えば、便ち自己心灰意懶にして、力なくしてこ場の官司を打ち、甘愿和を求めん。「應爻」若し「空亡」に落ちれば、則ち對方もまた自ら訟を退かん。「世爻」「應爻」上の「兄弟」發動して來りて剋せらるれば、則ち常常私下人の欺凌を受く。若し「應爻」「兄弟」に臨みて發動し、あるいは再加「白虎」與に一同に來りて「世爻」を剋せば、則ち時時對方の私下逞凶動手するを提防を要す。若し「應爻」旺相にして來りて「世爻」を剋せば、種種の欺壓さらに難く一一説き盡くさん。

要知何日參官勝,應遭沖剋世逢生,且如寅日來占遁,生我沖他理必贏。若問吉日決斷,但逢日辰生合世爻,而沖剋應爻之日,乃為大吉之期。後而甲寅日占得天山遁卦,世居二爻丙午賴寅日而生,午火乃生我之日,五爻應坐壬申被寅日相沖,乃沖彼之日矣。是為生我沖彼,大獲全勝之日矣!

哪一天に堂に上りて能く嬴るを知らんと要せば、則ち「應爻」の沖剋を受けて「世爻」が生扶を得るの日子を取れ。譬えば寅日に《遁》卦を占い得ば、寅木我を生じてまた彼を沖す。こ官司必定嬴たん。若し哪一天判決吉利を問わば、只だ日辰「世爻」を生扶しあるいは「世爻」を合住し、同時にまた「應爻」を沖剋する的那一天を取れ。那便是れ大吉の期なり。例を擧ぐるに、甲寅日天山《遁》卦を占うに、「世爻」第二爻丙午火上に在り、全く寅木に靠りて來りて生ず。午火正に是れ我を生ずるの爻なり。第五爻「應爻」壬申金に坐して、恰も寅木に相沖せらる。こ則ち彼を沖するの日子なり。こ樣に我を生じてまた彼を沖するは、正に大いに全勝を獲るの日期なり。

憂監慮禁章第一百二十六

(以官爻為主,世象為憑。)問禁單愁宮鬼搖,傷身克世禍當招。鎖獄禁監,惟忌官興殺動。殺者,即天獄煞也。若官鬼動或天獄殺動、或鬼來克世者,當犯囹圄之禍,故經云:天獄殺動此身須入牢房。

本章は牢獄監禁の憂を占い、「官鬼」をもって主とし、「世爻」をもって憑とす。拘禁せらるるや否やを問うに、只だ「官鬼」の搖動を愁う。それ卦身と「世爻」とを傷剋せば、禍事則ち門に招き上がらん。およそ獄に下り監禁せらるるを問うに、只だ「官鬼」旺動と凶煞發動とを忌む。此處説く所の煞とは、則ち是れ「天獄煞」なり。若し「官鬼」發動し、あるいは「天獄煞」發動し、あるいは「官鬼」前來して「世爻」を剋せば、那則ち牢獄の禍に遭わん。故に經文に曰く、「天獄煞」一動すれば、こ人則ち班房に進み入るべしと。

鬼如空絕無監獄,子若交重免禁牢。但得官鬼逢空、或逢絕、或卦中無鬼,乃無力興禍,則無監禁之憂。若子孫發動必制官爻,有何關鎖之慮哉?日月世身臨福德,縱然有罪出潛消。子孫為解神,若值日辰、或臨月建、或持世上、或在卦身、或逢發動,皆能制鬼,焉有牢獄鎖禁哉?

「官鬼」若し落空入絶せば、則ち牢獄の災なし。「子孫」若し交爻・重爻をもって發動せば、また獄に下るを免れん。只だ「官鬼」旬空に逢い、あるいは絶地に臨み、あるいは卦中根本に「官鬼」なければ、それ便ち力なくして禍を興さず、則ち監禁の憂なし。若し「子孫」發動せば、一定能く官爻を制住して、那に還た關押せらるるの顧慮かあらん。日辰・月建・「世爻」・卦身上但だ「子孫」(福德)に臨むあれば、縱し身上罪あるともまた暗暗に消去せん。「子孫」是れ厄を解するの神にして、それあるいは日辰に值り、あるいは月建に臨み、あるいは「世爻」に坐し、あるいは卦身に在り、あるいは本身發動するも、みな能く「官鬼」を制伏して、那に還た牢獄枷鎖かあらん。

那日見官無禁擊,鬼逢剋制便為高,世臨墓日休投到,身遇生時罪可逃。如占何日見官可免,凶禁者須逢克鬼之日,乃是吉期,可以臨庭聽斷。又得日辰月建生扶世爻者,不惟免禁脫罪,反有謀成訟勝。若世值死絕墓庫之日,乃身無依靠之時,切莫去參官投到告保催提等事,如若勉施為,反遭一場刑辰耳。

哪一天に官に見えて扣押せられざるを得ん。「官鬼」剋制に逢うの那天最も好し。「世爻」墓に入るの日子は往きて投案するなかれ。卦身生を得るの時候は罪責躲過すべし。若し哪一天官に見えて拘禁を免るるを占わば、須らく「官鬼」を剋制するの日子を選び、那始めて是れ吉期にして、能く堂に上りて審を聽くべし。若し再び日辰・月建の「世爻」を生扶するを得ば、不但關押を免れ罪名を脱するのみならず、反って能くその事を謀り成して官司を打嬴らん。若し正に「世爻」死絶入墓の日子に當れば、那是れ自身倚靠する所なきの時にして、切に官長に參見し、投案自首し、告保催提こ一類の事に往くなかれ。如果勉强して往きて辦せば、反って白く一場の刑責を挨がん。

離枷出獄章第一百二十七

(以世爻為主,官鬼為憑。)人問離監出獄門,去枷脫鎖肘同尋,用逢生旺離災厄,官鬼交重獄久存。若人被禁監牢、或枷鎖鎖肘無山解脫,須占之易象。如用爻逢生逢旺之日,即可離監釋禍矣!若用爻雖逢生旺,官鬼發動者,亦未得脫監卸枷。若鬼克世者,反要嚴刑,無山解脫?

本章は監を離れ獄を出づるを占い、「世爻」をもって主とし、「官鬼」をもって憑とす。人來りて何時にか能く監牢を出づるを問うは、枷鎖鐐銬を卸き去るもまたこ一章に照りて斷を尋ねよ。用神生に逢い旺に逢えば便ち災厄を脱離せん。「官鬼」交爻・重爻をもって發動すれば則ち牢獄長久にして出難し。若し人の囚はれて監牢に在り、あるいは枷鎖身に加わり鐐銬肘を鎖して解脱に從わずあれば、則ち當に卦象を占問すべし。若し用神の生を受け當旺の日子に逢えば、便ち監を出で禍を釋すべし。若し用神雖し生旺に逢うとも、「官鬼」正に發動すれば、また還た監を脱がれず枷を卸下げ得ざらん。若し「官鬼」前來して「世爻」を剋せば、反って刑罰を加重せんとし、さらに解脱に從わざらん。

合處逢沖憂變喜,墓中遇破鎖離身,假令戌日占觀卦,辰日推開喜氣臨。六爻之內,凡有逢沖必散,但得合處逢沖墓中被破。假如戌日占得風地觀卦,二爻巳火官爻身位臨之,詩云:身隨鬼入墓,候逢辰日沖開戌墓,則憂容變喜,禍罪消釋矣!

本來相合するに中途沖に逢えば、憂愁則ち轉じて喜事と成る。墓に入るの爻沖破に遇えば、枷鎖便ち身を離れん。譬えば戌日に《觀》卦を占い得ば、辰日に到りて戌墓を沖開すれば、喜氣便ち門に臨めり。六爻の内、およそ沖に逢えば必ず離散を主す。囚繫の事正に「合處逢沖」・墓庫の沖破せらるるを要して始めて好し。比如戌日風地《觀》卦を占い得るに、第二爻巳火是れ「官鬼」にして、卦身また正にこ一爻上に落つ。前人詩中の所謂「身隨鬼入墓」は則ちこ象なり。辰日に等ちて戌土の墓庫を沖開せば、愁容便ち轉じて笑臉と爲し、禍事罪名もまた消解せん。

世值子孫殃易散,用爻化鬼反加屯,子空財動官爻旺,還守囹圄度歲旬。子孫為解散之神,若持世上,事當解散矣!如用化官鬼,乃是吉變凶神,必有禍患。若子孫值空,則官鬼無制,財爻一動反助官爻旺相,旺反生災禍,則監牢難脫,枷鎖難疏。卦內無官誰釋放,細查鬼值那良辰,方言脫獄兼開肘,鬼絕逢生加此云。六爻無鬼、或鬼空亡,乃無官做主,難以疏脫。鬼若絕處逢生,方是疏枷離獄之良辰也。

「世爻」上に「子孫」に坐せば、災殃消散しやすし。用神「官鬼」を變出せば、反ってさらに困厄を添えん。「子孫」落空して「妻財」發動し「官鬼」正に旺んば、那則ち還た牢裡に在りて幾許の時日を熬ぐべし。「子孫」是れ災厄を解散するの神にして、それ若し「世」上に坐せば、事情自ら當に消解すべし。若し用神「官鬼」に變作するは、是れ吉爻凶神に變成るにして、必ず禍患あらん。若し「子孫」落空せば、「官鬼」便ち制伏する人なし。「妻財」一動すれば、反って往きて官爻を助長してそれをさらに旺ならしめ、旺なれば則ち災禍を生出して、於是監牢出がたく枷鎖開きがたし。卦裡「官鬼」なければ、誰か來りて令を下して釋放せん。則ち「官鬼」哪一箇の吉日に值るを細査して、那始めて獄を出で鎖を開くを談じ得べし。「官鬼」絶地に在りてまた生に逢うの時候も、またこ箇の説法に照りて推斷せよ。六爻中に「官鬼」なく、あるいは「官鬼」空亡に落ちれば、便ち官長の主を做るなくして、開脱しがたし。「官鬼」若し絶處生に逢うの處に在れば、那始めて是れ枷を卸き獄を離るるの好日子なり。

關提人卷章第一百二十八

(吊卷以文書為主,關人以世應為憑。)若請卷宗,卦內父官宜旺相;欲提人犯,爻中彼應怕空亡。凡吊卷提人,須得官鬼興隆,文書興旺,又要應爻生合世爻,倘世應值空值絕,人犯難拘文書不發。

本章は文を行い卷を調し人犯を提拿するを占う。卷宗を調取するは「父母」(文書)をもって主とし、人犯を關提するは「世」「應」をもって憑とす。若し卷宗を調請せんと要せば、卦内「父母」「官鬼」みな旺相を宜しとす。若し人犯を提拿せんと要せば、爻中對方を代表するの「應爻」最も「空亡」に落つるを怕る。およそ卷を調し人を提するに、須らく「官鬼」興隆・「父母」旺盛、還た「應爻」來りて「世」を生じ「世」と合するを要す。倘若「世」「應」两爻落空しあるいは絶地に臨めば、人犯則ち拘い到らず、公文もまた發し出さざらん。

世空則我不擒他,應陷則彼非在舍。但凡拘攝人犯先須自壯,方可提獲。若世值旬空月破者,乃自無主意,焉得人來會面?應落空亡,則彼己先逃,空自往返。無父,必此關無力,卷吊難來。無官,必其事無成,人提不至。父母為文書之用,凡關吊卷宗,須得父爻旺相而生合世爻,即今文案而回。若父落空亡墓絕、或無父爻上卦,筆竟更移抽滅遣失弊隱難以發行。官吏以鬼為用,若卜提人,須得鬼爻有氣,則易以捉獲。鬼逢空墓或鬼不上卦,則無官主張,縱然拘攝豈得提人至哉?

「世爻」落空せば、是れ我がこちら彼を拿り住むべからず。「應爻」陷空せば、是れ那人家中に在らず。およそ人犯を拘拿するに、先ず自己こちら氣勢壮實なるを要して、始めて人を提え得べし。若し「世爻」旬空に逢い月破に遭えば、是れ自己主意を拿定せず、那に還た能く人を叫び來りて見面せしめんや。若し「應爻」「空亡」に落ちれば、那人早已先に逃げて、白く一趟を跑る。卦中「父母」なければ、こ道の關文一定效力なく、卷宗調び來らず。「官鬼」なければ、こ件の事一定辦じ成らず、人もまた提え到らず。「父母」是れ文書の用神にして、およそ關を行い卷を調するに、須らく「父母」爻旺相にして竝びに「世」を生じ「世」と合するを要し、當即就能く案卷を取り回らん。若し「父母」空亡に落ち墓絶に入り、あるいは「父母」上卦せざれば、文書終に人に挪移抽換せられ、遺失隱匿せられて、發行し下ぐること難し。官吏は「官鬼」をもって用神と爲し、若し人犯を提拿せんを卜せば、須らく「官鬼」氣あるを要し、人始めて捉えやすし。「官鬼」若し落空入墓し、あるいは上卦せざれば、便ち官長の主を做るなく、縱し往きて拘拿すとも、また怎んぞ能く人を提え來らんや。

相合之爻,無心可見。相沖之卦,對面難從。如六爻相生相合,猶如夙緣不期而會,財清和順,若逢暗動六沖,卻似捕風捉影,何處追尋?玄武伐身,書吏起奸心之弊。勾陳克應,捕差全弩力之功。玄武乃奸狡之神,若持世克世者,必然是猾吏權書隱情作弊索詐錢財而已。勾陳乃拘攝之役,若克應者,則當事者,有操謀努力得獲全功矣!

爻與爻相合するは、無意の中に能く碰见す。卦相沖に逢うは、面對面しても彼を留め住むべからず。若し六爻互いに生扶し互いに和合せば、就く宿世緣ありて約せずして會するがごとく、事情清爽順當なり。若し暗動あるいは「六沖」に遇えば、那就く風を捕え影を捉うるがごとく、追尋する處なし。「玄武」卦身を傷剋するは、是れ書吏壞心を起して中より舞弊するなり。「勾陳」「應爻」を剋住するは、是れ捕役肯んじて全力を出して能く功を建つなり。「玄武」是れ奸猾狡詐の神にして、若しそれ「世」を持しあるいは「世」を剋せば、必定是れ刁猾の吏員・權を弄ぶの書辦實情を隱瞞し、中より作弊して、一味錢財を索詐せん。「勾陳」は拘捕の役を主じ、若しそれ「應爻」を剋せば、那麼こ件の差事を辦ずるの人自ら謀劃あり、肯んじて氣力を下して、終に能く大いに成功を獲ん。

官傷應兮世傷他,網中之物。動克身而應克世,野外之禽。世為我,應為彼,勾攝公事,又以官為捕役,應為彼人,若卦中鬼克應,如釜中之肉、網中之魚,手到拿來。倘逢動克世應克世者,如窮巖猛獸,喬木流鵝射獵未得、及防拒捕也。但決從違,惟憑生克。但看卦中旺衰生克而行,我強他弱,畢竟相從如過。應旺世衰,公然違拒,難以了結。

「官鬼」「應爻」を傷り、「世爻」もまた彼を傷れば、那人則ち是れ網裡の獵物なり。反って動爻卦身を剋し「應爻」「世爻」を剋せば、那人則ち野外の飛禽と成らん。「世爻」は我を代表し、「應爻」は對方を代表す。勾提公事を辦ずるの時は、また「官鬼」をもって捕役を代表し「應爻」をもって所拿の人を代表す。若し卦中「官鬼」「應爻」を剋せば、那便ち鍋裡の肉・網中の魚のごとく、手を伸べれば則ち拿り得べし。倘若動爻「世」を剋し「應爻」「世」を剋することに遇上れば、那就く深岩裡の猛獸・高樹上の飛禽のごとく、射獵し著かず、還た彼の拒捕するを提防を要す。至りて對方の是れ順從なるや是れ違抗なるやは、只だ生剋に憑りて判斷す。卦中の旺衰生剋を看て事を行えば、我強く彼弱くば、終に乖乖として跟從り來らん。「應爻」旺にして「世爻」衰うれば、彼則ち公然抗拒して、こ案子結了しがたし。

回關塌訟章第一百二十九

(以子孫為主,身世為憑。)滅號回關,最喜文書陷絕。停詞塌訟,大宜福德興隆。父母職專文書,凡欲停詞歇案,獨要父母空絕,則可以寢閣矣!子孫能以制鬼,若旺相發動,則官無力在意謀為停塌也。

本章は關を撤し訟を息むを占い、「子孫」をもって主とし、卦身と「世爻」とをもって憑とす。案號を銷き去り關文を撤回するに、最も「父母」(文書)の落空入絶を喜ぶ。狀詞を停下し官司を壓下するに、則ち大いに「子孫」(福德)の興旺を宜しとす。「父母」は專ら文書を管し、およそ詞を停め案を歇めんと想うに、只だ「父母」落空臨絶せば、案子則ち擱置し起きるべし。「子孫」能く「官鬼」を制伏し、それ若し旺相發動せば、官長便ち力を使い上ぐるべからず。正好從容に謀劃して案子を壓し下ぐべし。

鬼動文搖,訟息有重興之日。官動則事多變更,父發則文牒紛紜,官父並興,詞案雖在隱息,不久重新興發。官空父絕,關回無再舉之時。官空無主,父絕無文。官父兩空或絕,則上下無力一應文書,皆以休息矣!

「官鬼」發動し「父母」搖動せば、官司雖し暫時平息すとも、還た重ねて鬧り起こるの一天あり。「官鬼」一動すれば、事情便ち多く變ず。「父母」一發すれば、文書公牘便ち紛紛として來る。两爻同時に興旺すれば、案子雖し眼下按下して提せずとも、不久還た重ねて發作せん。「官鬼」落空し「父母」絶に入れば、關文撤回の後則ち再び擧げず。「官鬼」落空すれば便ち官長の主を做るなく、「父母」絶に入れば便ち文書の憑據なし。こ两爻みな落空しあるいはみな絶に入れば、那麼上下みな力なくして再び辦じ得ず、一應の文書もまたこに就きて停歇せん。

日克官爻,此非易解。鬼傷世象,其禍難推。若日辰克鬼,乃是凶爻受制,百凡事務,則冰消瓦解矣!若鬼爻克世者,此為官來伐我,必有刑傷大禍,忌之!兄興生子斷為祥,無子有財遭破費。子孫為和解之神,又得兄弟無神發而生助,此為轉禍為福,習無大害。若卦無子孫,是無勸解之人,反有財爻出見,兄必克財,必然事事諮趄破財費力耳。

日辰「官鬼」を剋住すれば、こ官司本來解しがたくともまた能く解けん。「官鬼」「世爻」を傷剋せば、那禍事は就中估量しがたし。若し日辰「官鬼」を剋せば、便ち凶爻制伏を受けて、種種の糾纏みな氷消瓦解せん。若し「官鬼」爻反って來りて「世爻」を剋せば、こ是れ官府來りて我を伐つにして、必ず刑傷の大禍あり、務めて忌諱を要す。「兄弟」旺起して往きて「子孫」を生ぜば、吉祥と斷ず。卦中「子孫」なくして只だ「妻財」あれば、則ち錢財を破費せん。「子孫」は是れ調和解紛の神にして、また「兄弟」發動して來りてそれを生助するを得ば、こ則ち禍を轉じて福と爲すにして、向來大害あるべからず。若し卦中に「子孫」なければ、便ち出面して勸解する人なし。反って「妻財」の出現を見れば、「兄弟」必ず來りて財を剋し、那則ち事事遲疑して行われがたく、白く財を破り力を費やせん。

財動助官推作禍,無官有父反消除。占詞最忌者,官興財動。六爻之內官爻雖靜,若逢財動,必然助鬼興災倡禍靡所不至。官鬼縱絕,財爻一動,名曰絕處逢生,為非不小。卦中無鬼、或鬼空有父爻,財能剋制,則文書妥貼禍患消除矣!子動清安,變出官爻詞不息。官興撩亂,化成福德訟能消。子動是為吉兆,若化官爻,則私慾求安而官不允諾,乃側欲靜而風不寧,正此之謂也。若官鬼發本為不吉,化作子孫,是為轉禍為祥,災禍自然消釋矣!

「妻財」發動して往きて「官鬼」を助ければ、便ち禍事を推し出し來らん。卦中「官鬼」なくして「父母」あれば、反って禍患消除せん。詞訟を占うに最も忌む所は則ち「官鬼」旺・「妻財」動なり。六爻の内官爻雖し安静なりとも、若し「妻財」發動に逢えば、必定「官鬼」を助長して災を興し禍を作し、至らざる所なし。「官鬼」縱し絶に臨むとも、「妻財」一動すれば便ち「絶處逢生」と叫作して、鬧り出す亂子もまた小ならず。若し卦中に「官鬼」なく、あるいは「官鬼」落空して別に「父母」爻あれば、「妻財」の力量便ち「父母」に牽制せられ、於是文書妥當にして禍患消除せん。「子孫」發動は本來清静平安を主るも、但だ若しそれ「官鬼」を變出せば、詞訟便ち止みがたし。「官鬼」旺動は本來撩亂を主るも、但だ若しそれ「子孫」(福德)に化成せば、官司反って能く消解せん。「子孫」發動は是れ吉兆にして、若し官爻に變作すれば、那是れ則ち自己一心安を求むるも官府偏えに答應せず、正に所謂樹靜まらんと欲すれども風止まずなり。若し「官鬼」發動本來不吉と爲すも、卻って「子孫」に變作すれば、那是れ則ち禍を轉じて祥と爲すにして、災禍自然に消釋せん。

但占何日關來,便察父臨旺處。凡卜何折訟發,還尋鬼值生方。欲識文書可到,但看父臨生旺之日是也。如卦無父母,又看父爻值日,關來要占訟禍之發,惟查鬼值生旺為期,遠推年月近看日時方不誤。動及兄官,公私未請。空臨世應,原被無辭。如鬼動、兄動、雀動、虎動,官非冗冗接踵而生。那有休文柱卷之時?但得世空、應空、官空,雀空漸漸消薊訟息心安矣!一見六沖,訟當回繳。但逢六合,事反留連。凡卜回關及回呈者,最喜六沖不喜六合。沖則益消訟散,合則事阻文羈。欲推動止之良方,不出陰陽之妙斷。

關文那一天に送到するを占わんと要せば、則ち「父母」爻の旺相に逢うの時候を察せよ。官司那一天に發作するを卜せんと要せば、則ち「官鬼」爻の生を受くるの方位を尋ねよ。文書の能く送達するや否やを知らんと欲せば、只だ「父母」生旺の日に臨むを看れば便ち是なり。若し卦中に「父母」なければ、則ち「父母」日に值るの期を看、那天關文便ち到らん。訟禍何時に發作するを占わんと要せば、只だ「官鬼」生旺に逢うの日子を査しもって期と爲す。日子遠ければ則ち年月を推し、日子近ければ則ち日時を看、こ樣にして始めて推錯らざらん。「兄弟」「官鬼」發動せば、公事私事みな還た了結し得ず。「世」「應」落空せば、原告被告みな話す可きなし。若し「官鬼」動き「兄弟」動き「朱雀」動き「白虎」動かば、官非便ち接二連三として生じ出でて、那に停歇文書・封存案卷の時候かあらん。只だ「世爻」落空し「應爻」落空し「官鬼」落空し「朱雀」落空せば、訟事便ち漸漸消散して、人心もまた安まらん。「六沖」を一見せば、官司當に撤回すべし。若し「六合」に逢えば、事情反って拖延せん。およそ關文を撤回し呈狀を繳銷するを卜するに、最も「六沖」を喜びて「六合」を喜ばず。沖は則ち爭端消散し、合は則ち事情受阻して文書羈留せらるればなり。該動該止の良方を推究するに、總じて陰陽生剋の巧妙の判斷を出でざるなり。

公私和息章第一百三十

(以了孫為主,世應為憑。)息爭處訟宜安靜,子旺官衰禍必無。凡公私之事,俱求六爻安靜,則彼此允和而無相拒之心矣!若得子孫旺相,官鬼衰休,則官災橫禍盡皆消釋矣!世應相生奸計少,主實相剋變心多。如我世彼應相生相合,則兩相和順,是非潛解。若世應相剋者,則彼此奸猾多生機竅禍,豈易寧乎?

本章は公私の和解を占い、「子孫」をもって主とし、「世」「應」をもって憑とす。爭端を平息して官司を了結するに、六爻安静を宜しとす。「子孫」旺にして「官鬼」衰うれば、禍事必定なし。およそ公家私家の糾紛は、みな六爻安静を求む。こ樣なれば双方始めて講和を肯んじて相抗の心なし。若し能く「子孫」旺相にして「官鬼」休衰なれば、官災橫禍統べて消解せん。「世」「應」相生すれば則ち彼此奸計を用いること少く、两爻相剋すれば則ち各おの變心を生ずること多し。若し我がこちらの「世爻」と對方の「應爻」と相生相合せば、双方便ち和順にして、是非暗中に就きて化解せん。若し「世」「應」互相剋制せば、那則ち彼此奸猾にして、多く機心と禍端とを生じ、那の安寧を得易からんや。

六沖之卦詞難息,六合之爻訟易和。凡推求息之卦,但要相合相生,則兩情允協,業冤已釋矣!若事欲求息反得六沖之卦、或鬼暗動者,乃是興發之氣象,焉能寧息哉?鬼發父興多咭聒,世空應陷永無幸。若值官鬼發動,父母兄弟興隆,乃為官府搔擾文牒催搖,倘得世應俱空,則彼此於休公私復矣!

「六沖」の卦に逢えば、詞訟平息しがたし。「六合」の爻に逢えば、官司講和しやすし。およそ求和の卦を推斷するに、只だ两爻相合相生して双方情意投合せば、舊怨こに就きて消釋せん。若し正に求和せんと想うに卻って「六沖」の卦を得、あるいは「官鬼」暗動せば、那是れ事端正に發作せんとするの氣象にして、怎んぞ能く安寧し下ぐるを得んや。「官鬼」發動し「父母」興旺せば、則ち多く吵鬧糾纏せん。「世爻」落空し「應爻」陷空せば、反って永遠に是非なし。若し「官鬼」發動に遇い、「父母」「兄弟」またみな興旺せば、那便是れ官府の搔擾・公文の催逼なり。倘若「世」「應」两爻みな落空せば、双方もまたこに就きて罷手して、公事私事みな平復せん。

間如發動傍人阻,兄若交重物費多。卦中兩間爻,乃為中證之人,若是發動,必然搖惑阻撓其事。加朱雀,則挑斗是非。加兄弟則詐騙財物。若兄弟不在間爻而發動,亦要破財費力耳。福化鬼爻憂再舉,鬼之子象漸消磨。子變為官,事恐復發。鬼化作子,訟以全消。

「間爻」若し發動せば、是れ旁人の中より阻撓するなり。「兄弟」若し交爻・重爻をもって發動せば、錢財則ち多く花費せん。卦中两个の「間爻」は中に居りて證を做すの人を代表し、それら一旦發動すれば、必定要して人心を動搖しその事を阻撓せん。若しさらに「朱雀」を加えれば、則ち是非を挑撥せん。「兄弟」を加えれば、則ち錢財を詐騙せん。若し「兄弟」「間爻」上に在らずして發動せば、同じく財を破り力を費やすを要せん。「子孫」(福德)「官鬼」を變出せば、官司の再起を憂うるを要す。「官鬼」「子孫」を變出せば、訟事便ち漸々消磨せん。「子孫」官爻に變爲すれば、事情恐らく還た復發せん。「官鬼」「子孫」に化作せば、官司便ち完全に消解せん。

申詳允駁章第一百三十一

(解審以官鬼為主,招詳以父母為憑。)但問招詳,須看文書強與弱。如占解審,定推官鬼克和生。若問解審招詳之事,專以父作文移官為用象,參推旺衰可知允駁。細察克生,便知凶吉。

本章は上級批文の准駁を占う。解送審訊を占うは「官鬼」をもって主とし、招供申詳を占うは「父母」をもって憑とす。およそ招詳の事を問うに、須らく「父母」(文書)の强弱を看るべし。若し解審の事を占わば、則ち「官鬼」の是れ剋を被るや受生するやを推詳すべし。およそ解送審問・招供申詳こ一類の事を問うに、專ら「父母」をもって申詳の文移を代表し、「官鬼」をもって用神と爲し、その旺衰を參看すれば、便ち上頭の是れ准なるや駁なるやを知る。さらに細かに生剋を察せば、吉凶もまた明白なり。

鬼爻不動不空,上合下心依此斷。父象不沖不發,官同民意照其詳。官爻安靜又不落空,則官體民情民依官斷。若文書不遇日沖月破旬空,又得安靜,則招安供明上憐下順。內外六沖,決然駁問。父官兩動,必不允情。卦值六沖,諸事難成,豈得公文俯就,故曰決然駁問。父母為文書,官鬼為問官,欠動則移文改稿,官興則訊鞫施為。

「官鬼」爻既に發動せずまた落空せざれば、上司の意思と下面の民情と相合して、則ち原議に照りて判定せん。「父母」爻既に沖を受けずまた發動せざれば、官府と百姓の意願と一致して、則ち所申の詳文に照りて批准せん。官爻安静にしてまた落空せざれば、那則ち官體民情两下相安して、百姓もまた官斷に服從せん。若し文書日辰沖・月建破・旬空に遇わず、また能く安静なれば、那麼招供明白・上頭體恤・下面順從せん。内外卦「六沖」に逢えば、一定要して駁回重問せられん。「父母」「官鬼」两爻みな發動せば、また一定照准せられざらん。卦「六沖」に值れば則ち諸事成りがたく、公文那に肯んじて照准せんや。故に説く、一定駁問すと。「父母」は文書を代表し、「官鬼」は案を問うの官長を代表す。文書一動すれば則ち文を移し稿を改めんとし、官爻一旺すれば則ち審を提げ刑を用いんとす。

六爻皆靜當依凝,世應同搖定改更,父值青龍,詳言有美。文臨白虎,批語加刑。但得六爻不動不沖,凡事妥當文書依允矣!若世應同發,彼此皆有更變之心,故經云:世應俱發動必然有改張。文書若遇青龍,招詳中此有美慰之旬。若值白虎,駁示內多加險惡之言。

六爻みな安静なれば、案子便ち原樣に照りて定下せん。「世」「應」一同に搖動せば、判詞必定要して更改せん。「父母」上に「青龍」を帶びれば、申詳の文書裡に嘉許の語あり。「父母」上に「白虎」に臨めば、批語中に便ち刑責を添えん。只だ六爻動かず沖せざれば、凡事みな妥當にして、文書照准せん。若し「世」「應」同時に發動せば、是れ双方みな變卦の心あるなり。故に經文に曰く、「世」「應」みな發動せば、必然主意を改めんと。文書若し「青龍」に遇えば、申詳の批文裡に便ち安慰嘉勉の話あり。若し「白虎」に遇えば、駁回の批示中に則ち多く嚴厲險惡の詞あり。

解審何愁鬼動,招詳能忌官興。解審者,當廳鞫問,正宜官興,但喜生我合我,便是我勝。招詳者,只是文案申呈,不可鬼發,發則有變改駁。問駁無官終不駁,問詳無鬼必難詳。占駁無官須知無貴主張,豈得駁乎?占詳無鬼,定是缺官批允,寧得詳乎?鬼克世家批我重,官生應位駁他輕。官爻克世,駁批我重。生世合世者,駁批我輕。若官爻克應,駁批他重,生應合應駁批彼輕。

解送審訊を占うに、「官鬼」發動を愁うるに及ばず。申詳招供を占うに、反って「官鬼」の興旺を忌む。所謂解審とは、堂上に解きて當面審問するにして、正に官爻旺動を宜しとし、只だそれ我を生じ我と合せば、便ち我が勝なり。所謂招詳とは、不過案卷文書を把りて申報し上ぐるにして、則ち「官鬼」發動すべからず。一動すれば便ち改批駁回の虞あり。駁回せらるるや否やを問うに、卦中「官鬼」なければ則ち終に駁し得ず。詳文の能く批准せらるるや否やを問うに、卦中「官鬼」なくしてもまた必ず批し下ぐること難し。駁を占うに「官鬼」を見ざれば、須知是れ官長の主を做るなきにして、那に駁し成さるるを得んや。詳を占うに「官鬼」を見ざれば、一定是れ批准の官長を缺きて、また怎んぞ能く詳し下ぐるを得ん。「官鬼」「世爻」を剋すれば、我を批するの處分便ち重し。「官鬼」「應爻」を生ぜば、彼を駁するの處分便ち輕し。官爻「世爻」を剋せば、我に駁批するは重し。官爻「世」を生じ「世」と合せば、我に駁批するは輕し。若し官爻「應爻」を剋せば、彼に駁批するは重し。「應」を生じ「應」と合せば、彼に駁批するは輕し。

若要解神,為求福德。在世,則吾身有慶,此訟蠲消。在應,則彼處無疑,其詞息滅。如占訟事,但要子孫為解神,名曰福德神。持世,則吾獲吉慶。臨應,則彼叨喜美。官府自能俯恤,事訟亦易消釋矣!應帶父爻克世身,慮彼隨招再訴。世逢鬼動沖傷應,己心訟後興詞。父母為文書,若臨應克世,彼必隨招越訴。官鬼為凶神,若動持沖剋應者,雖然訟事杜結,我心不服,畢竟再舉興詞。如世動應休,決難克我。世衰應旺,豈可傷伊?若得世應父官得遇空絕人衰,則公私訟息萬事情寧永賴平安矣!一得此章,萬無其懼。

若し厄を解するの神を找らんと要せば、則ち「子孫」(福德)を求めよ。それ「世爻」に在れば、我がこちら喜慶ありて、官司之に隨いて免除せん。それ「應爻」に在れば、對方那邊事なくして、狀詞もまた消滅せん。およそ訟事を占うに、只だ「子孫」解神と作さば、こ一爻また福德神と叫ばる。それ「世」を持せば、我吉慶を獲ん。それ「應」に臨めば、對方福を得ん。官府自ら體恤して、訟事もまた容易に消解せん。「應爻」「父母」爻を帶びて來りて「世爻」と卦身とを剋せば、則ち對方の案に隨いて級を越えて再び告ぐるを慮るを要す。「世爻」上「官鬼」發動して「應爻」を沖傷せば、則ち是れ我自己案結の後還た重ねて訟を興さんとす。「父母」は文書を代表し、それ若し「應爻」に臨みて「世爻」を剋せば、對方必定招供に跟いて越訴せん。「官鬼」は是れ凶神にして、それ若し發動しあるいは「世」を持して「應爻」を沖剋せば、雖し訟事已經了結すとも、我心裡仍お服せず、終に再び狀を具えん。若し「世爻」發動して「應爻」休囚せば、彼斷じて我を剋し得ざらん。若し「世爻」衰えて「應爻」旺んば、我また怎んぞ能く彼を傷るを得ん。若し能く「世」「應」「父母」「官鬼」みな空に遇い絶に入り、諸爻衰弱なれば、那則ち公私の訟事全く息み、萬事安寧にして、長久平安なり。こ一章を讀み通せば、則ち萬事さらに懼るるに及ばず。

營爲囑託章第一百三十二

(以官鬼為主,不遇絕空沖破為佳。)營為囑吒至官中,貞悔爻辭忌六沖。囑吒之事凡有數之,有解我之憂,有制彼之罪,有睹面免托,有發柬移文,惟喜生合,最怪六沖。六沖者,反背無情之象,焉用囑吒之謀?

本章は人に託して官府に情を説くを占い、「官鬼」をもって主とし、用神絶に遇わず空に落ちず沖破せられざるをもって佳とす。官府に到りて營謀囑託するに、本卦變卦の爻辭みな「六沖」を忌む。囑託の事に好幾種あり。有りて自己の憂患を解脱するに替わり、有りて對方の罪名を治めんと要し、有りて當面情を求め、また有りて書を投じ帖を遞り文を行う。こ類の事只だ爻位の相生相合を喜びて、最も「六沖」を怕る。「六沖」は是れ彼此反目して全く情面なきの象にして、それに遇えば、囑託の謀劃さらに何の用かあらん。

所喜鬼爻無克破,官來傷世反成凶,鬼生鬼合專心聽,官絕官空詐耳聾,若挽他人來囑咐,應爻切怪落其空。官鬼作謀斡之人,又為官府,所喜生合世爻,不落空亡,則言聽計從,方可成其大事。如值空亡,乃無權勢不能動人。若來克世者,不惟有力反有大害。如央人轉求請吒,以應為用,生世合世,積心遂意十事九成。若遇空遇絕,枉費機關萬無一就耳。

所喜は是れ「官鬼」爻剋を受けず破を被らざるなり。但だ官爻若し來りて「世爻」を傷れば反って凶象と成る。「官鬼」「世」を生じ「世」と合せば、對方便ち一心に聽從す。「官鬼」絶に入り空に落つれば、對方便ち耳聾を假裝して理せず。若し是れ別人を請いて代わりて轉託せしむれば、最も「應爻」の落空を忌む。「官鬼」は既に中に居りて斡旋するの人を代表し、また官府を代表す。それが「世」を生じ「世」と合して「空亡」に落ちざるを喜べば、那則ち言聽計從して大事成すべし。若しそれ空亡に落ちれば、便ち權勢なくして、人を打動し得ず。若しそれ反って來りて「世爻」を剋せば、那則ち不但幇助し得ず、反って大害あり。若し人に央めて轉じて關説を求めしむれば、則ち「應爻」をもって用神とす。それ「世」を生じ「世」と合せば、事情稱心如意にして、十件能く九件を成す。若しそれ空に逢い絶に臨めば、一切の機謀みな白費にして、萬に一つも成らず。

欲要興詞兼得勝,皆宜官鬼值興隆。凡欲曹托舉訟包準贏,獨要官鬼旺相發動,生合世爻方獲大吉。若值青龍旺動,大張聲勢使人畏懼。如臨玄武休興,則卑諂陰唆,決非顯揚全勝。如求脫罪並歸息,子孫持世永亨通。凡營斡脫罪求息等事,須依子孫旺相、或發動持世值自昔為大吉。如子孫落空,則禍難解脫。

訟を興してしかも打嬴らんと想うは、みな「官鬼」爻正に興旺に當るを宜しとす。およそ人に託して訟を擧げ、准告勝訴を包管せんと想うに、只だ「官鬼」旺相發動して、また來りて「世」を生じ「世」と合せば、方に能く大吉なり。若し「官鬼」「青龍」を帶びて旺動せば、那是れ大いに聲勢を張りて、人をして畏服せしむ。若し「玄武」を帶びて氣勢振わざれば、那則ち低聲下氣にして暗中唆使し、絶對堂堂正正の全勝にあらず。若し罪を脱しあるいは和息を求むれば、則ち「子孫」の「世」を持する始めて長久亨通す。およそ營謀脱罪・求和了事こ類の事は、須らく「子孫」旺相、あるいはそれ發動・持世・當值に靠るべし。みな是れ大吉の象なり。若し「子孫」落空せば、禍事就中解脱しがたし。

修書發帖憂財動,印綬交重定有功。如卜書移文之屬,以父為用。若值旺相發動生合世者,乃文移得力柬帖中機大有功力。忽逢財爻獨發,則父爻受克,書無懇切之句,文多泛泛之言,是為虛套耳。

信を寫し帖を投ずるに只だ「妻財」發動を怕れ、「父母」(印綬)交爻・重爻をもって發動すれば便ち一定功效あり。若し信を寫し文を行うこ一類の事を卜すれば、「父母」をもって用神とす。それ若し旺相發動して「世」を生じ「世」と合せば、那麼公文得力にして書帖機宜に切中し、甚だ分量あり。若し忽然「妻財」の單獨發動に遇えば、「父母」便ちそれに剋傷せられ、信裡懇切の話を寫し出さず、文中盡く泛泛の詞にして、不過一套の虛文のみ。

送物受返章第一百三十三

(以應爻為主,財象為憑。)應空不遇休來往,縱遇終遭侮慢聲。饋送財物,專在世應而斷,若應值旬空月破,乃是無緣之故,其人不在,徒自咎來,縱然相遇,定非優禮尊崇。財化退神物必返,若變空亡定納情。以應為彼,以財為值,若財變退神,決是相如完璧。財如空絕,范增碎斗無疑。

本章は禮物を饋送するの是れ收するや是れ退くるやを占い、「應爻」をもって主とし、「妻財」をもって憑とす。「應爻」落空せば、人に見るを得ず、則ち別して白く一趟を跑るなかれ。縱し見著くとも、終に一頓の冷言慢待を受けん。財物を饋送するは專ら「世」「應」两爻上に判斷す。若し「應爻」旬空に落ち月破に遭えば、是れ彼此緣なく、那人は家に在らず、白く跑りて自ら沒趣を討う。就中碰上るとも、決して禮をもって相待せざらん。「妻財」退神を變出せば、禮物必ず退回せらる。「妻財」空亡に變成れば、那はさらに斷じて肯んじて收せず。「應爻」をもって對方を代表し、「妻財」をもって禮物を代表す。「妻財」若し退神に變作すれば、藺相如のごとく完璧に趙に歸して、東西照樣退りて回らん。「妻財」若し落空入絶せば、范增が玉斗を受けて反って擊碎せしがごとく、禮の拒收せらるること疑いなし。

應克世身兄象發,本資虧折莫登程。以禮饋送本為情義,若應克世者,反有間別,兄弟乃劫財之神,又在卦中發動,中間必有讒侮,情疏禮薄淡淡而已。應爻生世財爻旺,一倍還加數倍盈。若得應來生世,乃彼有情義之誼,又得財爻旺相,必得情投義重禮儀豐贈。六沖不可扳親友,有物曾如且歇停。六沖者,乃反背無情之象,卜值此爻,豈可交遊?徒以禮饋於人,競以無情流水,暫且消停勿興此念。

「應爻」「世爻」と卦身とを剋し、「兄弟」また發動せば、本錢折損せんとし、こ趟は則ち上路するに及ばず。禮をもって相贈るは本來是れ情義を講ずるにして、若し「應爻」來りて「世爻」を剋せば、反って嫌隙を生ぜん。「兄弟」是れ錢財を劫奪するの神にして、また卦中に發動せば、中間必ず讒言侮慢ありて、情分疏遠・禮數輕薄にして、只だ淡淡と應付するのみ。「應爻」「世爻」を生じて「妻財」旺相なれば、一分を送り出して數倍を得回るを得。若し「應爻」來りて「世爻」を生ぜば、是れ對方有情有義なり。再び「妻財」旺相を得れば、必定情投意合して、回贈の禮物もまた豐厚ならん。卦「六沖」に逢えば則ち親友に攀附するに往くなかれ。縱し禮物あるとも且く先ず擱下せよ。「六沖」は是れ彼此反目無情の象にして、こ樣の爻を卜得て、怎んぞ還た能くそれと交往せんや。白く禮物を把りて人に送るは、只だ流水のごとく無情に落つるを落とすのみ。暫く手を停めて、こ念頭を動かすなかれ。

昧情隱事章第一百三十四

(吉則用子孫為主,凶則用官鬼為憑。)蟎昧他人隱事情,噬嗑明夷革訟臨,大壯八純兼無妄,卦占此象必知因。占隱情事,乃闇昧之心,陰私之事不可明顯,只宜幽靜,如噬喧者,乃曉蹀之象,明夷者,傷栽之卦。革者,鼎新革故。訟者,文詞訐朔。地澤臨卦,寂有六口之形,難免路上有碑之頌。壯妄八純,皆係六沖之爻,反背無情,豈堪六耳司謀?

本章は實情を隱瞞して暗中行事するを占う。吉を論ずるは「子孫」をもって主とし、凶を論ずるは「官鬼」をもって憑とす。人に瞞して隱秘の事を做さんと想うに、若し《噬嗑》《明夷》《革》《訟》《臨》および《大壯》《无妄》と八純卦とを占い得ば、當に其中の緣由を知るべし。隱情の事を占うは、本來是れ暗昧の心・私下の謀にして、張揚を宜しとせず、只だ幽静を宜しとす。《噬嗑》是れ咬嚙明辨の象にして、《明夷》是れ傷せられ害せらるるの卦にして、《革》は舊を除き新を布くを主じ、《訟》は文書訐告を主じ、地澤《臨》卦は衆口喧騰の形ありて、難き路人碑を立てて評説するを落とすを免れず。《大壯》《无妄》と八純卦とはみな「六沖」の爻に屬して、彼此反目無情にして、こ種の局面那に幾人の同謀密議を容るるを得んや。

應空官絕無人覺,鬼雀兄搖難昧心。應落空亡,官逢絕地,繫是外人不知不覺,凡事無礙。朱雀為口舌之祟,兄弟是奸滑之神,又同鬼發,則搖唇鼓舌,伊讒他唆是非,胸胸焉得瞞我哉?日月不宜沖破世者,必被外人暗曉,人難隱蔽,事漸發揚,子孫是解和之神,若得動臨世象反凶為吉,顯而復隱矣!

「應爻」落空し「官鬼」絶に入れば、則ち人の察覺するなし。「官鬼」「朱雀」「兄弟」一齊に搖動せば、心事便ち瞞り住まらず。「應爻」「空亡」に落ちて「官鬼」絶地に逢えば、外人便ち毫も知情なく、何の事を辦ずとも妨礙なし。「朱雀」は口舌の祟を主じ、「兄弟」是れ奸猾の神にして、それら再び「官鬼」と同じく發動せば、則ち脣を搖り舌を鼓して、汝讒し我唆し、是非洶洶として、那に還た瞞り住するを得んや。日辰・月建もまた「世爻」を沖破するを宜しとせず。一沖破すれば則ち必ず外人に暗中に知覺せられて、人藏れず、事情漸々張揚せん。「子孫」是れ調停化解の神にして、若しそれ發動してまた「世爻」に臨めば、反って能く凶を轉じて吉と爲し、本來已に露出せし行跡を重ねて掩い住せん。

動爻克世傍人報,合處逢沖後見真。動者,發揚之象,若來初返必遭傍人知覺,謗毀其事,合者,和合也,此占最宜六合,若被日沖合處,是名合處逢沖,吉化為凶,故經云事將成而復散,禍將滅而復萌,正此之謂也。福德化官憂禍起,世爻變鬼慮殃侵。世為占者之身,子孫為和解之神,二者大宜旺相生扶,安靜亦可。若動化官鬼,事多顛覆隱者露而安靜起禍患,纏延不泰矣!

動爻ありて來りて「世爻」を剋せば、是れ旁人の往きて告發するなり。本來相合するに卻って中途沖に逢えば、事後真相則ち敗露せん。發動は則ち張揚の象にして、動爻若し反って我を剋せば、必ず旁人に察覺せられてこ事を張揚毀謗せん。合は則ち和合にして、こ一類の占は最も「六合」を宜しとす。若し日辰に相合の處を沖開せられれば、則ち「合處逢沖」と叫作して、吉便ち凶と化せん。故に經文に曰く、事情將に成らんとすれば又忽然散じ、禍患將に滅せんとすれば又重ねて萌生すと、正にこ種の情形を指すなり。「子孫」(福德)「官鬼」を變出せば、禍事の興起するを憂慮を要す。「世爻」「官鬼」に變成れば、災殃の身に侵るを提防を要す。「世爻」是れ占卜人自身にして、「子孫」是れ調解の神にして、こ两爻みな大いに旺相受生を宜しとし、安静不動もまた可なり。若しそれら發動して「官鬼」を變出せば、事情則ち多く顚覆せん。本來藏るるは敗露し出で、本來安穩なるは禍患を生じ、糾纏して清まらずして安寧を得ざらん。

遺迷失物章第一百三十五

(以妻財為主,福德為憑。)遺失衣資獸與禽,財安鬼靜卻宜尋。凡遺失物件各有屬用,爻之中皆宜安靜,不可發動,動則人移物變矣!子孫獨發須臾見,玄武空變賊不真。子孫為捕捉之人,又能生財制鬼,若在卦中興發,所失之物必能尋獲。玄武乃奸滑之流,又作盜賊,若值空亡,決非此輩,枉自猜疑。

本章は物件を遺失するを占い、「妻財」をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。衣物錢財あるいは禽畜牲口を丟うに、只だ「妻財」安静、「官鬼」動かざれば、則ち尋ねに往くに宜し。およそ遺失の東西各おの所屬の用神あり、こらの爻みな安静を宜しとして、發動すべからず。一動すれば則ち人已に挪走し物已に轉手す。「子孫」單獨發動せば、片刻の間に就能く找著せん。「玄武」落空しあるいは變動せば、所疑の賊則ち那箇の人にあらず。「子孫」は捕捉の人を代表し、また能く「妻財」を生じ「官鬼」を制す。それ若し卦中に發動せば、丟失の東西必ず能く尋獲せん。「玄武」是れ奸猾の輩にして、また盗賊を代表す。それ若し「空亡」に落ちれば、那則ち斷じて汝が心裡疑う那夥の人にあらず、白く猜錯りたるなり。

鬼動兄興財又陷,決然盜去永無因。鬼動則行竊,兄發必騙耗,縱有堅牆固壁,必被穿窬竊去。若財爻又落空亡,失物以經變化矣,何從追捕哉?衣服舟車憑父母,走獸飛禽用福神。所失之物各有用爻,如衣服舟車之類以父為用,金銀珍寶之物以財為用,禽獸生氣之畜以子為用,強竊拐騙之賊以鬼為用,各以生克衰旺參酌,方可追尋捕訪根因,用若空亡不可尋覓。

「官鬼」發動し「兄弟」旺起して「妻財」また陷空せば、那一定是れ人に偷走せられて、再び來由を追い著くるを得ざらん。「官鬼」一動すれば則ち人の行竊するあり、「兄弟」一發すれば必ず騙せられ耗せらる。縱し堅牆厚壁あるとも、また人に洞を挖ち牆を翻して偷去せられん。若し「妻財」爻また「空亡」に落ちれば、失物早已轉手變賣して、從れどの處より追捕せんや。衣服舟車は「父母」爻に憑り、走獸飛禽は「子孫」爻を用う。所失の物各おの各おの用神あり。衣服舟車こ一類は「父母」をもって用と爲し、金銀珍寶は「妻財」をもって用と爲し、禽獸等の生氣ある牲畜は「子孫」をもって用と爲し、強搶拐騙の賊人は「官鬼」をもって用と爲す。各おの生剋衰旺に按じて參酌推詳して、始めて根由を追尋査訪し出づるを得。用神若し「空亡」に落ちれば、則ち尋ね著くるなし。

捕捉逃亡章第一百三十六

(以用神為主,應爻外卦為憑。)失主獲逃,能喜世興伐應。公差捕賊,惟宜子旺傷官。叛逆之人,以應為用,占問之主,以世為用,若得世克應者,以主執奴有同難哉。強竊之賊,以鬼為用。捕捉之役,以子為用,若子旺子動,賊必就擒。故經云:子動傷官日,卜須當捉獲。

本章は逃亡を捕捉するを占い、各人の所屬の用神をもって主とし、「應爻」と外卦とをもって憑とす。失主逃走の人を追捕するに、「世爻」旺盛にして往きて「應爻」を剋伐するを喜ぶ。公差盗賊を緝捕するに、則ち「子孫」旺盛にして往きて「官鬼」を傷剋するを宜しとす。叛逃の人は「應爻」をもって用神と爲し、來りて占問するの主家は「世爻」をもって用神と爲す。若し「世爻」「應爻」を剋せば、那便ち主人奴僕を拿住するがごとく、竝びに困難ならず。強盜竊賊は「官鬼」をもって用神と爲し、捕役差人は「子孫」をもって用神と爲す。「子孫」旺相あるいは發動せば、賊人必ず擒獲せらる。故に經文に曰く、「子孫」發動して「官鬼」を傷剋するの日子は、占卜の時便ち當に人を捉うべしと。

應克世爻,潛蹤滅跡。內傷外卦,易獲能擒。世為我應為彼,又以內為我外為彼,捕捉逃亡我本捕彼,反被應克世爻或外克內卦,則彼有機謀潛藏秘密似難尋獲。若世克應或內克外者,則賊以失機易以就擒。如世應或內外比和,終須易見。若得世應相合,必然相會有期。

「應爻」「世爻」を剋せば、逃者便ち蹤を藏め跡を匿まん。内卦外卦を傷剋せば、則ち擒獲しやすし。「世爻」は我を代表し、「應爻」は對方を代表す。また内卦をもって我と爲し、外卦をもって對方と爲す。逃亡を捕捉するは本來我が往きて彼を捉うに、若し反って「應爻」に「世爻」を剋せられ、あるいは外卦に内卦を剋せられれば、那則ち對方心機ありて藏るること隱秘にして、似乎找著しがたし。若し「世爻」「應爻」を剋し、あるいは内卦外卦を剋せば、那賊已に先機を失いて、容易に就擒せん。若し「世」「應」あるいは内外两卦五行比和せば、終に見著くること容易なり。若し「世」「應」相合せば、必定會面の日期あらん。

世傷伏下之爻,逃無去路。應值旬空之象,豈有形蹤。又論世卜伏神為逃者,若受世克,則賊投擒局難以逃遁。假如天風姤卦,初爻世值辛丑土,能克伏神甲子水是也。如應值旬空,被遁遠方,無從捉捕。

「世爻」それが下面の伏神を傷剋せば、逃者便ち走るべき路なし。「應爻」旬空の中に落ちれば、那則ち尋ね求むべき形跡なし。此處また論じて「世爻」之下の伏神を把りて逃亡者と當りて看る。伏神若し「世爻」の剋制を受ければ、賊人便ち自ら羅網に投じて、逃遁しがたし。譬えば天風《姤》卦は、初爻是れ「世爻」にして、辛丑土に值りて、正に能く下に伏藏する甲子水を剋住す。便ちこ例なり。若し「應爻」旬空に落ちれば、那人已に遠く他方に遁れて、捉拿するに從うなし。

或占逃往何方,必詳外卦。凡占逃者在以何處,專以外卦推詳。如乾住西北僻,巽遁東南隅,震藏東,而兌隱西,離南、坎北無疑,艮為東北方,坤是西南地,度其出入參究玄微。止問匿居此地,當察應爻,若動若沖非在其方,隱遁不空不陷,定居此處潛藏。專問逃人在此處否,以應為用,若不空亡又不發動,必匿此家,更逢日克世克,決難躲避,一力可擒。若應落空,不由此地別處遁亡。應若發動,來而又去復往他鄉。日辰沖應,晚去晚來,或露或藏。

若し逃げて何の方向に到るを占わば、必ず外卦を細看すべし。およそ逃者の身何處に在るを占うに、專ら外卦をもって推詳す。《乾》は西北僻遠の地に在り、《巽》は東南の一隅に遁れ往き、《震》は東方に藏れ、《兌》は西方に隱れ、《離》は南に屬し《坎》は北に屬すは疑うべからざるなり。《艮》は東北方と爲し、《坤》是れ西南地なり。こに據りてその出入を估量し、其中の微妙を參究せよ。若し只だそれが是れ本地に躲れ在るや否やを問わば、則ち「應爻」を察看すべし。こ爻若し發動しあるいは沖せられれば、人則ちこ處に在らず。若し既に落空せずまた陷空せずして安静隱伏せば、則ち一定こ裡に藏れ在り。專ら逃人こ處に在るや否やを問うに、「應爻」をもって用神とす。それ若し空亡に落ちずまた發動せざれば、必定便ちこ家に藏れ在り。再び日辰あるいは「世爻」にそれを剋するを逢えば、那はさらに躲れ掉げず、一擧して擒うべし。若し「應爻」落空せば、人はこ裡に在らず、已に別處に逃れ往けり。若し「應爻」發動せば、是れ來りてまた去り、另た他鄕に投ず。若し日辰「應爻」を沖せば、則ち忽ち去り忽ち來り、時に露面し時に躲藏す。

世空應不空,彼雖在而不獲,鬼動子不動,人縱見以難擒。世值空亡日先懦怯,彼雖見在此處,無能尋捉。官鬼為彼逃奴,子孫為之捕役,官鬼發動子反安靜,似無人制服,縱然睹面也難擒獲。六沖當路而行,把眼細觀能撞彼。六合閉門而匿,用心密訪卻知情。卦值六沖,乃是無情之兆,彼在攔街當路獨步散行可以撞面。爻逢六合,是名和同之象,彼雖深閨秘室匿跡斂形,自有情由透露,必用密緝方知。

「世爻」落空して「應爻」空ならざれば、那人雖し眼前に在るとも捉え住るべからず。「官鬼」發動して「子孫」動かざれば、縱し面に見著くともまた擒獲しがたし。「世爻」「空亡」に落つるは、是れ自己先に怯懦無力にして、那人雖し明明こ裡に在るとも、また從りて手を下し捉うべくなし。「官鬼」は逃走の奴僕を代表し、「子孫」は捕拿の差役を代表す。「官鬼」發動して「子孫」反って安静なれば、就く人のそれを制住し得るなきがごとく、縱し當面碰上るとも擒え下ぐることなし。卦「六沖」に逢えば、那人還た當街に在りて行走し、只だ留心細看すれば便ち撞見し得。卦「六合」に逢えば、那人門を閉じて躲藏し、須らく用心して暗訪して始めて實情を探り出すべし。卦「六沖」に值るは是れ無情離散の兆にして、彼便ち街頭路上に在りて獨自閒行し、能く迎面して撞上るべし。爻「六合」に逢うは是れ和同相親の象にして、彼雖し深房密室裡に躲れて跡を斂め形を藏むとも、自然また蛛絲馬跡透露し出づるあり。只だ必ず暗中緝訪して始めて査し到るべし。

如問親人,當推用象。若占親友,詳分六親所屬為用,如占公祖父母伯叔母舅姨姑姆嬸尊長之類,以父母為用。若卜占兄弟姐妹表兄弟結義合夥朋友、郎舅連襟同窗同輩之流,以兄弟為用。卜妻妾奴婢寵嬖情人之屬,以財為用。如子侄甥婿售兒生徒卑幼子孫,以子為用。如非親非友不族不識遠親故舊難以列親者,俱以應爻為用,詳者深玩其理,不可錯紊而誤。

若し問う所の親人出走なるは、則ち身分に按じて用神を推定すべし。およそ親友を占うに、須らく「六親」所屬に按じて分かちて取用すべし。祖父母・父母・伯叔・舅父・姨母・姑母・嬸母等の尊長こ一類を占うは、「父母」をもって用神と爲す。兄弟姐妹・表兄弟・結義兄弟・合夥朋友・郎舅連襟・同窗同輩こ一流を占うは、「兄弟」をもって用神と爲す。妻妾・婢女・寵愛の姬人情人の屬を占うは、「妻財」をもって用神と爲す。子侄・外甥・女婿・雇い來る僮兒・門下學生等の卑幼晚輩を占うは、「子孫」をもって用神と爲す。非親非友・同族ならずまた相識らず・遠親舊交の六親に歸入しがたきに至りては、一概に「應爻」をもって用神と爲す。推詳する人は須らくこ層の道理を深く玩味して、取用を弄錯りて誤斷するべからず。

旺相合身,縱不尋而自至。空亡沖世,雖去覓以難逢。如用爻旺相而合身合世者,身雖遠去不久當歸。用值空亡或沖世克世者,身未出行必先反背,飄然長往,覓之不見,召之不來。在內立本宮,逃非出境,臨外居他卦,身至遠途。用爻若在本宮內卦者,潛匿於切鄰近裡,帶青龍貴人,則樵雲釣月益友交遊。加玄武咸池,則私歸情竇花酒留連。臨白虎凶殺,則好勇鬥狠夜出曉歸。若居他宮或外象者,逃竄於異國他鄉。遇青龍天喜,則詩酒娛情邀遊於吳山越水。逢玄武桃花,則尋花問柳醉眠於楚館秦樓。兼白虎大殺,則張威耀武猖獗於綠林海島。

用神旺相にして卦身を合住せば、縱し找りに往かずとも、人もまた自ら回來せん。用神空亡に落ちてまた「世爻」を沖剋せば、縱し找りに往くともまた碰見しがたし。若し用神旺相にしてまた卦身と合し「世爻」と合せば、那人雖し走ること遠くとも、不久また回り來らん。若し用神「空亡」に落ち、あるいは「世」を沖し「世」を剋せば、那是れ彼還た門を出ざるに已に背離の心を存し、一走れば便ち飄然として遠去して、找るとも找著かず、叫ぶとも叫び回らず。用神本宫内卦に落つれば、人出境せず。外卦別宮に落つれば、人已に遠方に走到せり。用神若し本宫内卦に在れば、是れ近鄰鄉里に躲れ在るなり。「青龍」「貴人」を帶びれば、是れ良朋好友と與に樵採垂釣し、游玩して日を度るなり。「玄武」「咸池」を加えれば、是れ私下情人を勾搭し、酒色に流連す。「白虎」凶煞に臨めば、是れ強を逞し鬭を好み、夜出で晨歸るなり。若し用神別宮あるいは外卦に落ちれば、那是れ異國他鄕に逃到せるなり。「青龍」「天喜」に遇えば、是れ詩酒をもって自娛し、吳越の山水の間に遨游す。「玄武」「桃花」に逢えば、是れ花を尋ね柳を問い、秦樓楚館に醉臥す。兼ねて「白虎」大煞なれば、則ち是れ武を耀い威を揚げ、綠林海島の中に橫行す。

游魂路上偏遊蕩,歸魂不久定歸宗,游魂而化歸魂,人在途中自後迴歸原籍。歸魂而化游魂,身居舍內將來遍往他鄉。占得游魂之卦,不居旅邸常於路上閒行流蕩忘返耳。若得歸魂之象,觸景懷思故里不久已到家庭矣!游魂若化歸魂,身居逆旅心戀家鄉,但遲弦朔畢竟歸宗。歸魂若變游魂,縱然在舍夢魂已係他鄉。但看何爻發動,便知隱在誰家。要察逃者在何處,將內外卦中發動之爻,並用臨之象細推可知。

「遊魂」卦を占い得れば、人偏えに路上に在りて四處游荡す。「歸魂」卦を占い得れば、不久必定本家に回歸せん。「遊魂」變作して「歸魂」となれば、是れ人還た途中に在りて、日後自ら原籍に回らん。「歸魂」變作して「遊魂」となれば、是れ人雖し家中に在るとも、將來還た他鄕を走り遍かん。遊魂の卦を占い得るは、那人客店にも住まず、常に路上に在りて閒走流蕩して回るを忘るるなり。若し歸魂の象を得れば、那人景に觸れ情を生じ故里を懷念して、不久已に家に到れり。「遊魂」若し「歸魂」に化せば、是れ身旅舍に在りて心家鄕に戀して、半月一月に遲るとも、終に本宗に回るを要す。「歸魂」若し「遊魂」に變ずれば、縱し人家裡に在るとも、夢魂早已他鄕に係れり。至りて哪一爻發動するを看んと要すれば、便ち彼が誰家に躲れ在るを知る。逃者の身何處に在るを察せんと要せば、内外卦中發動の爻を把りて、用神の所臨の神煞卦象と連ねて一竝に細推せば、便ち知るべし。

青龍齋戒及文儒,喜慶門中可訪。卦值青龍發動,青龍者,擅諸喜事,遇之無不吉。逃亡值此或寄於修行慈善之家,或集於誦經念佛之儔,或投於期文儒雅之門,或躲於婚姻喜慶之場,用情詢訪必有佳音。白虎軍兵並屠戶,哀喪之所宜尋。爻逢白虎興隆,白虎者,能持凶惡,臨之無不為害,推遁者,此乃入於將師軍旅之隊,或習於宰牲屠戮之業,或藏於軍兵操演之營,或遁於哀喪舉柩之前,留心密緝可得相逢。

用神「青龍」を帶びれば、逃者多く持齋修行あるいは讀書文雅の家に在りて、喜慶門戶裡に訪ね得べし。卦中「青龍」發動せば、こ一神各樣の喜事を主管して、それに遇えば吉利ならざるなし。逃亡の人若しこ神に臨めば、あるいは修行行善の家に寄身し、あるいは誦經念佛の人群裡に混じり、あるいは文墨を講究する儒雅門第に投奔し、あるいは婚事喜慶を辦ずる場合に躲れ、用心して打聽すれば必ず好消息あらん。用神「白虎」を帶びれば、逃者多く軍營兵伍あるいは屠戶の家に在りて、喪事を辦ずる地方もまた往きて尋ぬるに宜し。爻上「白虎」旺盛に遇えば、こ一神凶惡を主じ、何處に臨めば何處の害を受く。それに據りて逃者の去向を推斷すれば、多半是れ將帥軍旅の隊伍に投入し、あるいは宰殺屠戮の行當に學び、あるいは軍兵操演の營盤に藏れ、あるいは喪を辦し殯を出すの行列の前に混ず。留心して暗訪せば、就能く碰上らん。

雀遇史興從博戲,逢兌卦而習黎園。朱雀為口舌之神,若然發動,則嘵嘵而已。帶兄弟,必隨賭錢博奕之流。如父母,則投富室庸書教讀。加妻財,財流手花酒淫慾之情窩。臨兌卦,則演於戲樂之黎園。武臨鬼發作穿窬,化財爻而貪美色。玄武乃陰私之屬,倘若發動,豈堂堂乎哉?如官鬼,必作穿牆剜壁之主涯。化妻財,決逞攜章挈妓之風流,楊花性態逐處悠悠。

「朱雀」若し「兄弟」と一同に興動せば、逃者賭博の徒に跟從す。若し《兌》卦に落ちれば、則ち戲班裡に在りて戲を學ばん。「朱雀」是れ口舌を主る神にして、それ一發動すれば、非ず則ち爭吵休まず。それ「兄弟」を帶びれば、那人必定賭錢下棋の一夥裡に混ず。「父母」を帶びれば、則ち富家に投じて代わりて文書を寫しあるいは館に坐して書を教う。「妻財」を帶びれば、便ち花酒淫樂の窩裡に流落す。若し《兌》卦に臨めば、則ち梨園戲班中に在りて戲を演じて生と爲さん。「玄武」「官鬼」に臨みて發動するは、牆を穿ち壁を挖るの盗賊を做りに往く。「妻財」を變出するは、則ち女色を貪戀す。「玄武」陰私の一路に屬し、それ若し發動せば、行事那に還た能く光明正大ならんや。それ「官鬼」を帶びれば、那人必ず牆を穿ち壁を剜るをもって營生と爲す。「妻財」を變出せば、則ち一定妓を挾し娼を攜え、風流を放縱して、性情楊花のごとく、處に隨いて飄蕩せん。

勾陳同泥土匠師,帶殺則公差阻滯。勾陳職專田土,又為阻滯之神,慣隱叛亡,若值發動乃是鋤泥漏土之作家、或椿牆造室之師流、或帶曾鬼則公門之役拘留。騰蛇共閒遊光棍,遇子則僧道牽連。騰蛇本主牽連,善為羈絆,若加發動,必主勾引乃結遊手好閒之輩,又同調歌喧樂之朋。若逢子孫,則羅齊於古剎或煉藥于丹丘逢場作戲走馬秋遷,非僧非俗假道假仙。

「勾陳」發動するは、逃者泥水匠作の中に混ず。さらに凶煞を帶びれば、便ち是れ公差に拘住せられて耽擱せられたるなり。「勾陳」は專ら田土を管し、また是れ阻滯の神にして、最も能く逃亡の人を藏め起く。それ若し發動せば、那人便ち泥を鋤り土を挑ぐの匠作、あるいは牆を築き屋を蓋うの師傅なり。若しさらに「官鬼」を帶びれば、那は則ち衙門差役に拘留せられたるなり。「騰蛇」發動するは、逃者游手好閒の光棍と伍を爲す。若しさらに「子孫」に遇えば、便ち僧道と牽連あらん。「騰蛇」は本來牽連を主じ、最も善く人を羈絆す。それ若し發動せば、必定人に勾引せられ、游手好閒の徒と結交し、また曲を唱え樂を取るの朋輩の中に混ず。若し「子孫」に逢えば、那則ち古剎裡に聚まり、あるいは丹丘に藥を煉り、場に逢い戲を作し馬を走らせ集に趕き、僧ならず俗ならず、假りに道士神仙を充つなり。

乾為寺觀馬坊城子及高樓。用在乾宮,乃削髮於上方古剎、或禱祈於社廟淫祠、或藏馬廄之中、或遊騾營之側、或揚鞭策馬、或題腳隨騾、或高樓邃開以盤桓、或城垣臺堡以棲遲,如斯之地宜捕宜尋。兌作庵堂酒肆魚池兼水閣。用臨兌澤,乃為近澗近水之幽居,半村半滸之人家,躲避於茅庵草舍之中,逃窩於魚池會釁之傍,茶肆中洗盞烹茶酒樓上當爐遞酒銅雀臺前問信,滕王閣上尋蹤,如此之所可緝可擒。

用神《乾》宮に落つれば、逃者は寺觀・馬坊・城堡あるいは高樓に在り。用神《乾》宮に在るは、あるいは髮を削り家を出でて山上の古剎にあり、あるいは社廟野祠裡に在りて禱告し、あるいは馬廐の中に藏れ、あるいは騾馬營の邊に游荡し、あるいは鞭を揚げ馬に騎り、あるいは騾子を牽きて脚夫と爲り、あるいは深邃の高樓上に盤桓し、あるいは城牆臺堡裡に棲身す。こらの地方みな往きて搜捕尋訪するに宜し。用神《兌》宮に落つれば、逃者は庵堂・酒肆・魚池と水閣の一帶に在り。用神《兌》澤に臨むは、多く是れ溪に靠り水に近きの幽僻の居處にして、半ば是れ鄉村半ば水邊に臨むの人家なり。あるいは茅庵草舍の中に躲れ、あるいは魚池水邊に藏れ、あるいは茶館裡に在りて盞を涮ぎ茶を烹じ、あるいは酒樓上に在りて壚に當り酒を遞る。彷彿として銅雀臺前に消息を打聽し、滕王閣上に蹤跡を尋訪するがごとし。こ一類の地方みな緝捕擒獲すべし。

坎隱江湖之口。坎宮居水,逃者必隱江漢之間,或之舟於洞庭,或乘槎於震澤,或飄於大海,或滯於長江,清泉洗耳濯足,長流渺渺茫茫逐處堪留。巽藏草竹之間。巽宮屬木,遁者必匿於丹丘之下或結爐於蒼松喬木之中,或駐節於茂林修竹之間,攀蘿蓋體積草藏身密密森森隨方可寓。離當術士之門或逃爐冶。離本南方赤焰之火,乃託身於絲蘿之店,寄跡於醫卜之門,燒窯陶鑄之爐冶文章纏緯之方家。

用神《坎》宮に落つれば、逃者江湖水口に藏れ在り。《坎》宮水に屬し、逃者必定長江漢水の間に隱匿せん。あるいは舟を駕りて洞庭湖上に停まり、あるいは木筏に乘りて太湖(震澤)に漂い、あるいは大海に漂泊し、あるいは長江に滯留す。清泉を用いて耳を洗い足を濯ぎ、無邊無際の長流に順いて、處處みな身を留むべし。用神《巽》宮に落つれば、逃者草木竹林の間に藏れ在り。《巽》宮木に屬し、逃者必定山丘林下に躲れ、あるいは蒼松喬木の中に爐竈を支え、あるいは茂林修竹の間に脚を歇む。藤蘿を攀じて身を遮り、野草を積みて形を藏め、それらの密密森森たる去處、處に隨いて棲身すべし。用神《離》宮に落つれば、逃者は術士の門に在り、あるいは窯冶爐竈に投奔す。《離》は本來南方赤焰の火にして、逃者便ち絲蘿雜貨の店に身を托し、醫卜術士の門に跡を寄せ、あるいは窯を燒き陶鑄するの爐冶の中に在り、あるいは文章圖讖を講ずるの方家門下に在るなり。

震乃船枋之所,或躲木行。震屬東方,本旺之卿船舫安置巨船盤桓,棲身於木牌之上,閃跡於林樹之中,假扮撐船渡子借形釣艇漁翁。艮往山林,或與少男共往。艮為峻聳之危峰,巍峨之門壑探仙株避於幽谷,攜少子棲於深林,沿山密緝必得其蹤。坤行墳地,或隨老嫗同居。坤為重地廣大無窮,高陵古蹟埋名僻壟荒塋避難。伴老婦於故里住寡嫗之寒廬牛欄之內,宜搜墳墓之中可獲。農夫問信,牧子傳音。細觀動靜,便見行藏,既仗卦爻,何愁逃失?

用神《震》宮に落つれば、逃者は船坊碼頭に在り、あるいは木行裡に躲れ在り。《震》東方に屬し、正にそれが當旺の地なり。那人あるいは船塢大船上に盤桓し、あるいは木排之上に身を棲め、あるいは樹林の中に跡を隱し、あるいは假扮して船を撑ぐるの渡子と爲り、あるいは裝いて垂釣の漁翁と作す。用神《艮》宮に落つれば、逃者山林に進み入り、あるいは少年男子と與に同行す。《艮》是れ高聳の險峰・巍峨の山門溝壑なり。那人あるいは幽谷に入りて仙を尋ね藥を採り、あるいは少年を攜えて深林に棲身す。山に沿いて暗訪せば、必ず蹤跡を找著せん。用神《坤》宮に落つれば、逃者墳地に走向し、あるいは老婦に跟いて同住す。《坤》是れ厚重廣大無邊の土地なり。那人あるいは高陵古跡の間に姓を隱し名を埋め、あるいは偏僻の荒墳野冢裡に難を避け、あるいは故鄕に在りて老婦人に陪り、寡婦の寒舍あるいは牛欄裡に住す。墳墓の間に搜尋すれば便ち尋獲し得べし。農夫に向かいて打聽し、牧童に請いて話を傳えしむるも、また是れ辦法なり。細かに六爻の動静を看れば、則ち行蹤去向を看み出すべし。既に卦爻憑る可きあれば、還た人の逃げ掉ぐるを愁うや。

潛身避難章第一百三十七

(以福神為主,用象為憑。)人逢離亂避凶方,或為官災去躲藏,用旺子興無患難,世空身陷永平康。遭逢離亂之世,致罹兵火之危,欲遠官非或卻沉痾卜幽隱遁,須得用爻旺相,子孫發動,乃為吉慶,駢臻移避安穩,又得世空身空則不受克,乃僑居巍座遠禍康寧矣!

本章は難を避け身を藏るるを占い、「子孫」(福神)をもって主とし、各人の用神をもって憑とす。人亂世に遇上りて凶險の方位を躲開し、あるいは是れ官司災禍に因りて往きて身を藏る。用神旺相・「子孫」興動なれば則ち患難なく、「世爻」落空・卦身陷空すれば反って長く平安を保つ。亂離の世に遭逢し、兵火の危に遇上り、官非を躲開せんと欲し、あるいは重病を避けて隱居の處を卜問するに、須らく用神旺相・「子孫」發動を得べし。那始めて是れ吉慶にして、各樣の好處一齊に來り、遷移躲避みな安穩なり。さらに若し「世爻」と卦身とみな落空せば、反って剋傷を受けず、那便是れ高處に僑居し、禍患に遠離して康寧を得るなり。

六爻安靜官無氣,任爾行藏盡不妨,鬼縱不搖來克世,難逃坎坷未為昌。避難之人不宜動擾,所忌者官鬼也,但得官衰卦靜,則心安禍免矣!若官鬼雖然不動而來克世者,乃餘禍未除,終有累害,防之防之!用投墓庫難離脫,主變生扶往必良。墓庫者乃禍祟之門也,若用爻變入此門,如投羅網災禍難脫,但得用爻化出生扶,急遷別地遠避其危耳。

六爻安静にして「官鬼」氣なければ、汝走らんと欲するも留まらんと欲するも妨礙なし。「官鬼」縱し發動せずとも、只だそれ來りて「世爻」を剋せば、就舊として坎坷を躲開しがたく、亨通と算すべからず。難を避くるの人は卦爻の動擾を宜しとせず、所忌諱の正に是れ「官鬼」なり。只だ官爻衰弱・六爻安静なれば、則ち心安くして禍を免れん。若し「官鬼」雖し發動せざるあれども、卻って來りて「世爻」を剋せば、那是れ殘餘の禍患未だ除かれず、終に還た連累あらん。務めて提防すべし。用神墓庫に落入れば、就中脱げ出ること難し。用神生扶を變出せば、別處に遷往して必定順利なり。墓庫是れ禍祟聚集の門にして、用神若しこ門に變入れば、就く自ら羅網に投ずるがごとく、災禍脱しがたし。只だ用神生扶の爻を變出せば、則ち當に趕緊別地に遷往して、遠くこ場の危難を躲開すべし。

助鬼傷身風助浪。官鬼能興禍患,加財動來助,如虎添翼,又來克世者,決有大禍,譬如舟車行於湖海之中,只求安靜,豈當風隨浪湧浪隨風威危險於頃刻之間,斟酌斟酌!隨官入墓雪加霜。墓者墓庫也,身世入墓乃為不吉,若又隨鬼入墓,大有凶禍,譬之嚴冬草木既經霜伐,又加雪壓,人本避難,爭奈禍患接踵而來,慎之!慎之!

「妻財」發動して往きて「官鬼」を助けて卦身を傷剋するは、那是れ風浪勢を助くるなり。「官鬼」本來能く禍患を興起し、さらに「妻財」發動して來りてそれを助ければ、虎に翼を添えたるがごとし。それ若しまた來りて「世爻」を剋せば、必定大禍あらん。譬えば舟車湖海の中に行くに、本來只だ平穩を求むるに、那に禁え得んや風浪に隨いて起こり浪風に隨いて高く、頃刻の間に便ち傾覆の險あらん。務めて斟酌再三を須とす。「世爻」「官鬼」に隨いて一同に墓に入るは、那是れ雪上霜を加うるなり。墓は則ち墓庫にして、卦身と「世爻」の墓に入るは本來已に不吉、若しさらに「官鬼」に隨いて一同に墓に入れば、則ち大いに凶禍あり。譬えば嚴冬の草木先に霜に打たれ、また雪に壓せらるがごとし。人本來是れ出でて難を避くるに、無奈何禍患偏偏として踵を接して至る。慎まざるべからず。

混占去向何方吉,福德臨之便曰祥,官入木中東有禍,子居水上北無殃。若問四隅之內,吉者何所,切忌官鬼興附之方,如木鬼要忌東方,火鬼莫去南鄉之類。最喜子孫生旺之地,如子屬金宜往西邊,子臨水必去北疆,餘皆仿此。

若し泛泛と何の方向に往けば吉なるを占わば、只だ「子孫」(福德)哪一爻に臨むを看、那箇の方位便ち吉祥なり。「官鬼」木に屬するの東方に禍あり、「子孫」水に屬するの北方に災なし。若し四方の内哪一處吉利を問わば、切に「官鬼」旺盛の所附の方位に往くを忌む。譬えば「官鬼」木に屬すれば則ち東方を忌み、「官鬼」火に屬すれば則ち南方に往くなかれ。その餘推して類すべし。最も喜ぶは是れ「子孫」生旺の方位なり。譬えば「子孫」金に屬すれば則ち西邊に往くに宜しく、「子孫」水に屬すれば則ち北方に往くべし。その餘みなこ箇の辦法に照りて推斷せよ。

鬻身投主章第一百三十八

(以世應為主,父母為憑。)命運乖違,必致鬻身延歲月。年時饑饉,還須投主度晨昏。要決平生之事,當尋持世之爻。不破不沖,百年可輔。落空落陷,一載難從。鬻身者,出乎不得已,須擇良善之生,若得世爻旺相生扶,可以聊生,若世落空亡或值日沖月破,雖是暫時安置,畢竟終身落寞,縱然勉強,終是不久者耳。

本章は身を賣りて主家に投靠するを占い、「世」「應」をもって主とし、「父母」をもって憑とす。命運順ならざれば、則ち好くのみ身を賣りて活命を求む。年成饑荒なれば、また只だ主家に投靠して口飯を混ぜ得るのみ。こ一生の歸宿を斷ぜんと要せば、當に「世」を持する那一爻を看るべし。それ破に遭わず沖を受けざれば、能く主家を輔佐して一輩子すべし。それ落空陷空せば、一年も待ち住むべからず。身を賣るは本來不得已に出づ。須らく善良の人家を挑選して身を安んずべし。若し「世爻」旺相にしてまた生扶を得れば、還た能く勉强して日を度るべし。若し「世爻」「空亡」に落ち、あるいは日辰に沖せられ月建に破せられれば、雖し暫時安頓し下ぐるとも、終身還た是れ潦倒落寞にして、縱し勉强留下すとも、待つこと長久ならざらん。

鬼立世中,殃有纏身之擾。空臨應上,主無顧己之情。為禍為災,無非官鬼,若來持世,則災生禍擾。應為主象,若值空絕,只可苟延歲月,是無作養厚情。父母生身,蒙上輩維持之寵。弟兄克世,被同人謗陷之憂。父母乃是主家長上之尊,若生身生世者,常垂青目之盼。兄弟乃同輩之儔,倘來克世,則彼肆嫉妨之謀。

「官鬼」「世爻」上に坐せば、災殃便ち身に纏いて去らず。「應爻」落空せば、主人自己に對して情分なし。禍を作し災を生ずるは非ず則ち「官鬼」なり。それ若し「世」を持せば、災禍則ち身に隨いて生ず。「應爻」は主家を代表し、それ若し落空臨絶せば、自己只だ苟且して日を度るのみにして、主家栽培體恤の厚意なし。「父母」卦身を生扶するは、是れ長輩の照顧恩寵を蒙るなり。「兄弟」「世爻」を剋するは、是れ同輩の毀謗陷害を受くべし。「父母」は主家の長上尊親を代表し、それ若し卦身を生じ「世爻」を生ぜば、主人便ち常常另眼相看せん。「兄弟」は同輩の人を代表し、それ若し來りて「世爻」を剋せば、それらの人則ち手を放手して嫉妒妨害の手段を施展せんとす。

世沖父位,主僕無緣。財合身官,起居有利。父為主世為我,不可相戕,若值沖剋,似為無緣不合難以相利。財為衣祿,若得生合世爻,則衣祿無虧利資有望。子旺財明多積蓄,史興鬼發染災非。子動生財,財因子助,乃積蓄豐餘津津不竭。鬼同兄發鬼耗官災,乃災生財散,件件不實耳。

「世爻」「父母」の位を沖剋せば、主僕の間緣分なし。「妻財」卦身・「官鬼」と相合すれば、衣食起居便ち著落あらん。「父母」は主家を代表し、「世爻」は自身を代表す。两者互いに殘害すべからず。若し彼此沖剋せば、便ち無緣不合にして、互いにその利を得ること難し。「妻財」は衣食俸祿を代表し、それ若し「世」を生じ「世」と合せば、衣祿則ち虧欠せず、還た能く錢を攢え下ぐるを指望すべし。「子孫」旺にして「妻財」明朗なれば、積蓄便ち多し。「兄弟」旺にして「官鬼」動けば、則ち災禍是非に沾染せん。「子孫」發動すれば能く「妻財」を生じ、「妻財」「子孫」の相助を得れば、積蓄便ち豐厚にして竭きず。「官鬼」と「兄弟」と一同に發動せば、「兄弟」財を耗し「官鬼」災を招きて、於是災禍一生じ錢財一散じ、樣樣みな實處に落ち得ざらん。

鬼動並日辰傷世身,受天殃。父興同應位合財室,遭主玷。卦中最忌者,官鬼也。若發動又同日辰克世者,須防不測之災。財者,妻也。若父爻並應爻合財者,則主婢淫混。多是多非,蓋為動爻臨朱雀。常來常往,皆因主象值游魂。朱雀主口舌,若值動爻,則終朝咭聒寢食不寧。游魂為遊蕩,若卜此卦,乃流蕩忘返萍蹤浪跡之徒耳。再推之卦之合沖,方決始終之遐邇。之卦者,變卦也。細辨其中之沖合,可斷終身之吉凶耳。

「官鬼」發動してまた日辰と連ねて一同に「世爻」と卦身とを傷剋せば、則ち天降の殃に遭わん。「父母」興動して「應爻」と與に一同に「妻財」を合住せば、家中の妻室則ち主人の玷汙を受けん。卦中最も忌諱するは是れ「官鬼」なり。それ若し發動し、また日辰と與に一同に「世爻」を剋せば、則ち意外の災を防ぐを要す。「妻財」は此處妻室を代表す。若し「父母」爻「應爻」と連ねて一同に來りて「妻財」を合せば、那則ち家中の婢妾人と淫亂混雜するを主す。是非特別に多きは、是れ動爻上に「朱雀」に臨むが爲なり。主人家裡の人來人往定まらざるは、是れ主象「遊魂」卦上に落つるが爲なり。「朱雀」は口舌を主じ、それ若し動爻に臨めば、則ち整天吵嚷して休まず、睡覺喫飯に至るまで安寧ならず。「遊魂」は游荡を主じ、若しこ樣の卦を卜得れば、那家主人便ち流蕩忘返・萍蹤浪跡の輩なり。此外還た變卦中の沖合を推詳して、始めて一生の遠近始終を斷定すべし。所謂之卦は則ち是れ變卦にして、細かに其中の沖合を辨じれば、便ちこ一生の吉凶を斷ずべし。

投充兵卒章第一百三十九

(以世身為主,財福為憑。)投兵須把世爻詳,逢旺逢生去必昌,若遇旬空無對敵,如逢月破喪他鄉。凡占投充兵者,世以為用,但得日辰生世或世旺相,則功成利厚力加體康,若德旬空,則無人對敵。若逢月破,則大有刑傷,大不吉利。

本章は軍に投じ兵を當るを占い、「世爻」と卦身とをもって主とし、「妻財」「子孫」をもって憑とす。軍に投ずるに須らく「世爻」を把りて推詳すべし。それ旺に逢い生に逢えば、こ去必定順遂せん。それ旬空に落つれば、便ち人の汝と對陣するなし。それ月破に遭えば、則ち客死他鄕せん。およそ兵卒に投充するを占うに、「世爻」をもって用神と爲す。只だ日辰「世爻」を生じ、あるいは「世爻」本身旺相せば、就能く功を立て利を得て、氣力體魄みな强健ならん。若し「世爻」旬空に落ちれば、便ち人の汝と交鋒するなし。若し月破に遭えば、則ち大いに刑傷ありて、極めて吉利ならず。

隨官入墓身遭厄,助鬼傷身命受殃。隨軍出戰,所忌者官也。若臨世臨身臨命而入墓者,名曰隨鬼入墓,必有喪亡之凶難。鬼宜安靜,若逢財動能助鬼興,又傷身世者,名曰助鬼傷身,決主身陷命傾,難歸鄉井。官鬼若還沖克世,曾如不去反為良。軍旅之忌,惟以官鬼,若來沖世,不過被彼克伐,未決輸贏。若來克世,大有刑傷,乃未沾利祿,選遭戕戮。不如安分,且守故鄉。

「世爻」「官鬼」に隨いて墓に入れば、自身厄難に遭わん。「妻財」「官鬼」を助けて來りて卦身を傷れば、性命災殃を受けん。軍に隨いて出征するの所忌諱は正に是れ「官鬼」なり。それ若し「世爻」に臨み、卦身に臨み、本命に臨みてまた墓に入れば、則ち「隨鬼入墓」と叫作して、必ず喪亡の凶險あらん。「官鬼」安静を宜しとす。若し「妻財」發動して往きて官爻を助長し、また來りて卦身と「世爻」とを傷剋するに遇えば、則ち「助鬼傷身」と叫作して、必定身陣中に陷り性命傾覆して、家鄕に回ることを得ざらん。「官鬼」若し還た「世爻」を沖剋せば、那則ち往かざるに如かず。行伍中所忌は只だ「官鬼」なり。それ若し來りて「世爻」を沖せば、不過對方に壓制せらるるにして、勝負還た未だ定まらず。それ若し來りて「世爻」を剋せば、則ち大いに刑傷ありて、功名利祿一点も沾著せず、反って先に殺身の禍に遭わん。倒不如安分守己して、故鄕に留まるなり。

土官克世遭坑陷,金鬼沖身刀箭傷,水鬼定然逢波險,火官必主犯紅光,木爻值鬼多刑責,福德交重最吉祥。克世之官,大凶之象,須分五屬可以拒避,如鬼屬土,防彼掘陷坑入,又防疾病。金鬼忌伊利鋒刀箭,及防跌蹼。水鬼必設背水之略,又被風波險阻。火鬼唯逃火患,又慮燒屯之劫。木鬼是有鞭樸之刑。子孫為和解之神,須得一發,則萬禍自消矣!

「官鬼」土に屬して來りて「世爻」を剋せば、陷坑に落ち入るを防ぐを要す。金に屬して卦身を沖剋せば、刀箭の傷を防ぐを要す。水に屬せば必ず風波の險に遇わん。火に屬せば必ず血光の災を犯さん。木に屬せば則ち多く鞭責の刑を受けん。唯だ「子孫」(福德)の交爻・重爻をもって發動する有りて、始めて最も吉祥なり。來りて「世爻」を剋するの「官鬼」是れ大凶の象にして、須らくその五行屬性を分かち清めて始めて躲避し得べし。「官鬼」土に屬すれば、敵人の陷坑を挖ちて人をして跌入せしむるを防ぎ、また疾病を防ぐを要す。金に屬すれば、それが鋒利の刀劍箭鏃を忌み、竝びに跌扑摔傷を防ぐを要す。水に屬すれば、敵人必ず背水の計を用いて、自己また風浪阻險に遭わん。火に屬すれば、只だ火攻を躲避し得、還た營屯を焚燒するの劫難に慮及を要す。木に屬すれば、則ち是れ鞭笞杖責の刑あらん。「子孫」是れ化解の神にして、只だそれ一發動せば、萬般の禍患自然消除せん。

世去克他宜出戰,應來克我莫登場。世為我,應為彼,若世克應爻,則戰必勝彼。應若克世,彼必多能。財旺餉資加倍得,兄興誠恐滅兵糧。財乃口糧,旺相則豐餘,休囚則不敷,兄為耗祟,安靜則可。發動,則有扣除之患。官爻持世無沖剋,必作先鋒佐帝皇。官爻最宜持世,又宜安靜旺相,則有奇能美爵。若值沖剋,必有奸佞竊奪功權之禍。

「世爻」往きて對方を剋せば則ち出戰に宜しく、「應爻」來りて我を剋せば則ち上陣するなかれ。「世爻」は我を代表し、「應爻」は敵方を代表す。「世爻」「應爻」を剋せば、交戰必定彼に勝たん。「應爻」若し來りて「世爻」を剋せば、那是れ敵人本領さらに強し。「妻財」旺相なれば、軍餉加倍して領到し得。「兄弟」興旺なれば、只だ糧草を斷たれんことを怕る。「妻財」は口糧を代表す。旺相なれば則ち豐足有餘にして、休囚なれば則ち接濟上がらず。「兄弟」是れ耗散の祟にして、それ安静なれば還た好し、一旦發動すれば、糧餉則ち剋扣せらるるの隱憂あらん。「官鬼」爻「世」を持して沖剋を受けざれば、必ず能く先鋒を當りて、帝王を輔佐せん。官爻最も「世」を持するを宜しとし、また安静旺相を宜しとす。那則ち人に過ぎたる本領と美好の爵祿とあらん。若しそれ沖せられ剋せられれば、必ず奸佞の徒の自己の功勞と權位とを竊奪するあらん。

出家修行章第一百四十

(以身世為主,金木為憑。)羽士全真,跨鶴乘牛而脫俗;緇流守戒,明心見性以離塵。本官寅卯,允宜道院仙家;金卦酉申,尤利空門佛子。世靜善能和眾,身安但可隨緣。道士宮觀羽衣蹁躚、釋子寺庵緇衣守或脫俗離塵入虛空境界也。木主發生,乃仙家鉛汞丹鼎鍊度之處,是以青陽寅卯離得,生生不己。金位梵宇西方正釋氏慈悲,方便超度之門,故金天酉申水賴化化無窮,又得子孫世靜利於十方供養,本身寧諡尤便隨處結緣也。

本章は家を出でて修行するを占い、卦身と「世爻」とをもって主とし、金木両行をもって憑とす。道士全真は鶴を跨り牛に騎りて世俗を超脱し、僧人は戒を持し心を明め性を見て紅塵に遠離す。卦宮木に屬し爻「寅」「卯」に值るは、道院に入りて仙家と爲るに宜し。卦宮金に屬し爻「酉」「申」に值るは、尤も佛門に入りて釋子と爲るに宜し。「世爻」安静なれば便ち善く衆人と相處し、卦身安穩なれば便ち緣に隨いて日を度るべし。道士の宮觀裡に住んで羽衣飄擧し、僧人の寺庵中に住んで緇衣持戒するは、みな是れ俗を脱し塵を離れて、空寂の境界に進み入る人なり。木は生發を主じ、正に是れ仙家の鉛汞丹鼎をもって煉度するの所なり。故に東方寅卯木その位を得れば、便ち生生して已まず。金位西方に在り、正に是れ佛門梵宇の慈悲方便・衆生を超度するの門なり。故に「酉」「申」金爻その所を得れば、便ち化化として窮まらず。再び「子孫」爻在りて「世爻」安静を得れば、十方の供養を受くるに便利にして、本身安寧なれば、さらに便りに處に隨いて人と緣を結ぶべし。

既旺既相,宜中之士綏禎。升陰昇陽,物外之人迪吉。華蓋臨身應為僧道,孤辰值卦當作虛無。出家身世旺相,是寰宇中真正之善士,而又值升進少陽少陰太初之若誠為方外之吉人。華蓋者,卦中正月戌、二月未、三月辰、四月丑、五月又行未占只此四位輪之。孤辰者,春巳、夏申、秋亥、冬寅,凡占出家,如值身,當為僧道,設若俗人得之,畢竟難為子息也。

卦身と「世爻」と既に旺かつ相なるは、是れ世間眞に道行あるの善士なり。爻象上昇して陰陽位を得るは、是れ方外の人の吉兆なり。「華蓋」卦身に臨めば、こ人當に家を出でて僧道を做すべし。「孤辰」卦中に落つれば、こ人當に虛無の門に歸すべし。出家人卦身「世爻」旺相を占い得れば、便ち天下間の眞正の善士なり。再び爻象上昇し、少陽少陰太初の位に歸するに逢えば、確かに是れ方外の吉人なり。所謂「華蓋」は、卦中の排法は正月戌に在り、二月未に在り、三月辰に在り、四月丑に在り、五月また輪回して未に在り、只だこ四箇の地支上に循環す。所謂「孤辰」は、春天巳に在り、夏天申に在り、秋天亥に在り、冬天寅に在り。およそ出家を占うに、「孤辰」若し卦身に臨めば、こ人當に僧道と爲るべし。假使是れ俗人占い得れば、那終に子嗣を得難し。

身爻克世,出家守正如心。世應比和,行止謀為稱意。世雲克身,道境僧堂宜斂足,財來伐世,檀那施主盡孚誠。如卦身克世,乃守身正行出家焚修,無不遂心。而卦中世應一體不犯侵奪,比並安和,則所作所為悉皆如願也。至如世爻克害身爻,僧道則宜守規養靜,不得野走閒行,慎之有益。如財爻克我世爻,則十方施主善人都得開心見誠,盡來舍施,雖動何妨。

卦身「世爻」を剋すれば、家を出でて正道を守持すれば便ち稱心なり。「世」「應」比和せば、行止謀劃みな如意なり。「世爻」反って往きて卦身を剋せば、道觀僧堂裡に在りて則ち當に脚步を收斂すべし。「妻財」來りて「世爻」を剋せば、則ち施主檀越みな誠をもって相待す。若し卦身「世爻」を剋せば、那是れ能く身を守り行を正して、出家焚修の人にして、心に遂わざるなし。卦中「世」「應」渾然一體にして、彼此相侵奪せず、和順相安なれば、那麼所作所爲みな願いのごとくなるを得。至りて「世爻」反って卦身を剋害せば、僧道則ち當に清規を守り靜定を養い、四處閒游亂走すべからず。謹慎して始めて益あらん。若し「妻財」爻來りて我が「世爻」を剋せば、那麼十方の施主善人みな開誠相待して、紛紛として前來布施せん。こ一爻縱し發動すとも妨なし。

一位父重,變遷事務。六爻安靜,納福清規。財旺逢生,廣收貯福田之利益。鬼興帶貴,好參謁祿位之官員。卦爻不妄動,一交一重即有變更遷易,庶務顯著昭告之機,若究六爻安然不動,則禪關道範享福無涯也。論財為養命之源,如得旺相,又敵逢生大宜福田廣種,倉庫充盈。若見官爻帶貴及青龍而動,尤利於參貴,謂官大有攸往之象。

卦中一位の「父母」爻重疊發動あれば、事務則ち變動遷移せん。六爻安静して、始めて能く清規裡に福分を安享せん。「妻財」旺相にしてまた生に逢えば、便ち福田の利益を廣收せん。「官鬼」興旺にしてまた貴人を帶びれば、正好祿位あるの官員に參謁すべし。卦爻本來妄動すべからざるにして、一交一重の間に便ち變更遷移ありて、各樣の事務みな此處に端倪を顯す。若し細かに六爻安然として動かざるを究めば、那麼禪門道觀中に福を享くること邊なし。「妻財」是れ命を養うの根源にして、若し旺相を得、また生扶に逢えば、則ち大いに福田を廣種するに宜しく、倉庫充盈せん。若し官爻の貴人および「青龍」を帶びて發動するを見れば、尤も貴人に參謁するに利あり。こ是れ官爻大いに爲す有り、前往に宜しきの象なり。

勾陳持世俗緣纏,白虎加身官訟擾。父母合身,蒙師接引;青龍附體,仗貴周全。勾陳持世,繫根生土養之處,故主俗家塵事牽纏,白虎臨身,則驚動官訟擾害。設若父母合身合世,有承蒙師相接引之兆。果如青龍持世,則全仗貴人雜持斡旋之徵矣!財之官鬼,被賊被冤。煞並勾陳,遭磨遭障。陳臨兄動,主法卷意外之勾連。空值父爻,定經文破遺之阻節。財爻之化官鬼,被惹賊子或遭冤抑之情狀。煞爻並值勾陳,於犯殃魔或業障之欺凌也。勾陳臨於兄動,內主勾連經典之事緒。父若落空,有破阻文書之遺失。

「勾陳」「世」を持するは、是れ俗家の因緣身に纏うなり。「白虎」卦身に臨むは、是れ官司訟累相擾するなり。「父母」卦身に合するは、是れ師父の接引を蒙るなり。「青龍」身に附するは、是れ貴人の周全に仗るなり。「勾陳」「世」を持するは、根生土養の位置に屬す。故に俗家の塵事の牽纏清からざるを主す。「白虎」身に臨めば、則ち官司を驚動し騷擾を遭受せん。若し「父母」卦身と合し「世爻」と合せば、便ち師長の接引を承蒙するの徵兆あらん。若し眞に是れ「青龍」「世」を持せば、那則ち全く貴人の中より扶持斡旋するに仗らん。「妻財」變作して「官鬼」となれば、賊に遭い冤を受くべし。凶煞「勾陳」と同位なれば、魔難に遭い業障を受くべし。「勾陳」「兄弟」に臨みて發動せば、法事經卷上に意外の牽連あるを主す。「父母」爻落空せば、則ち經文文書必ず破損遺失の阻隔あらん。「妻財」爻「官鬼」に變成るは、是れ盗賊に惹著しあるいは冤抑を蒙るの情形なり。凶煞「勾陳」と同臨するは、是れ災魔に觸犯し業障に欺かるるなり。「勾陳」「兄弟」に臨みて發動するは、内裡經典法事上の糾纏を主す。「父母」若し落空せば、則ち文書の毀せられ阻せられ、經卷遺失の事あらん。

父母貴交,則父師通聖。子孫龍並,則徒弟齊賢。二父克身,心被俗家之絆重。官傷世體,遭枕蓆之災。印綬為出家人之父祖,天貴同宮則靈通神聖。福德為虛無子之後嗣,青龍其位,則智慧賢能。重重父母克世爻,方寸被俗家之羈絆。疊疊官爻傷世象,四體有采薪之憂煩。

「父母」爻上に貴人を帶びて發動すれば、師父便ち靈に通じ聖に入らん。「子孫」爻上に「青龍」を竝べれば、徒弟便ち箇箇賢能ならん。两重の「父母」卦身を剋せば、心思俗家に牽絆せらるること重し。「官鬼」「世爻」を傷剋せば、則ち臥病枕席の災あらん。「父母」(印綬)は出家人の師父祖師を代表し、若し天乙貴人と同宮なれば、師父便ち靈通神聖なり。「子孫」(福德)は出家人の徒弟後輩を代表し、若し「青龍」こ一爻上に在れば、徒弟便ち智慧賢能なり。重重疊疊の「父母」爻「世爻」を剋するは、是れ心裡俗家事務に羈絆せらるるなり。層層疊疊の官爻「世爻」を傷剋するは、則ち身體疾病の憂煩あらん。

財陷則枉開疏簿,鬼空則徒費謀為。純陽易於修煉與參玄,亂動難為坐禪而入定。寺院募緣,全憑註疏題名財將則寫之無益。釋道謀作必得動止合規。鬼空,則設亦徒勞。艮坤利巖谷中棲身隱跡,離巽堪城市裡養性修真。煞值游魂,休遊雲水居衰絕,莫置田園。艮山坤土,深巖隱而吸月食霞。離雜巽卑,鬧市居而閉開卜跡。煞值游魂,不利天涯海角。世居衰絕,何須阡陌田莊。

「妻財」陷空せば、白く化緣簿を攤開するも人の寫くなし。「官鬼」落空せば、一切の謀劃みな白費なり。卦純陽を得れば、修煉參玄しやすし。六爻亂動せば、就中坐禪入定しがたし。寺院の緣金を募化するは全く疏簿上に名を題して捐を認むるに憑り、「妻財」若し陷空せば、簿子寫くともまた用なし。僧道事を謀るに、必ず行止みな規矩に合乎るを得べし。「官鬼」落空せば、縱し法を設けて安排するも亦是れ徒勞なり。用神《艮》《坤》に落つれば、岩谷の中に棲身隱跡するに宜し。《離》《巽》に落つれば、則ち城市裡に在りて性を養い真を修すべし。凶煞「遊魂」卦上に落つれば、則ち再び四方を雲游するなかれ。「世爻」衰絶の地に落つれば、則ち田産を置辦するなかれ。《艮》是れ山と爲し《坤》是れ土と爲す。深岩の中に隱れて月を吸い霞を食うに宜し。《離》文明に屬し《巽》性は卑順なり。鬧市中に居住して門を閉じ跡を斂むべし。凶煞「遊魂」に值れば、則ち天涯海角に浪跡するに利あらず。「世爻」衰絶の鄕に處せば、また何必田莊阡陌を經營せんや。

世空身旺,此是地行之仙。子動妻搖,斯為還俗之漢。寶剎無塵緣身空之不動,琳官獨盛取應旺之來生。世空身旺相,地行之仙,與子動顯妻財,還俗之漢也。業林金璧輝煌,為身空不動。道境琳琅隆盛,緣應旺生身。世奇應偶身靜神清,合世生身壽高德邵。兄動則業根難嚴滅,身興則俗債未完。世居陽,應居陰,神宇清,而身官靜世得生身得合,德業大而年壽高。兄動則慾火方熾,身興則俗緣未除。

「世爻」落空して卦身旺相なれば、こ是れ人間を行走するの地仙なり。「子孫」發動して「妻財」搖動せば、那是れ還俗せんとする人なり。寶剎清净無塵なるは、是れ卦身空にして動かざるが爲なり。道觀興盛華美なるは、是れ「應爻」旺にして來りて生ずるが爲なり。「世爻」落空・卦身旺相なれば、便ち地行の仙なり。「子孫」發動してまた「妻財」を顯出せば、便ち還俗せんとする漢子なり。叢林寺院金碧輝煌なるは、卦身空にして動かざるに緣る。道觀樓宇琳琅隆盛なるは、「應爻」旺相にして卦身を生ずるに緣る。「世爻」奇(陽)に居り「應爻」偶(陰)に居れば、卦身安静にして神志清明なり。用神「世」と合し身を生ぜば、便ち壽高くして德望隆ならん。「兄弟」發動すれば則ち業根滅盡しがたく、卦身旺動すれば則ち俗債未だ償い盡くさず。「世爻」陽位に在り、「應爻」陰位に在り、廟宇清幽にして、卦身と官爻と安静に、「世爻」また生を得合を得れば、那則ち德業深厚にして年壽高長ならん。「兄弟」發動するは、是れ欲火正に熾んなり。卦身旺動するは、是れ塵緣未だ斷たざるなり。

世應不和身妄動,衛匪大神授受之,正傳歲君交作父加臨身,獲大君寵恩之上錫。試觀大易六爻,妙在玄機一洩。佛老在世應比和,和則有緣有法,今乃世應相剋而身又妄動,此僧此道,決非天神正之妙。太歲若動又在父母之位,則師公父祖必受至尊恩寵之頒錫也。試考周易經書全有六爻判斷,若於虛無事蹟,還憑一理而推味之哉!

「世」「應」不和にして卦身妄動せば、所の受くるは便ち正大神明の真傳にあらず。「太歲」交爻・重爻をもって發動して「父母」の位に落ちまた卦身に加臨せば、則ち君王の恩賞を得るを得べし。試みに《周易》の六爻を看よ、妙處便ちこれらの玄機を一一泄露し出すに在り。佛道两家みな「世」「應」比和をもって吉と爲し、和すれば則ち緣分あり法脈あり。如今「世」「應」相剋して卦身また妄動せば、こ樣の僧人道士の所得は、決して天神正法の妙諦にあらず。「太歲」若し發動し、また正に「父母」爻位上に在れば、那麼それが師公祖師必定至尊君王の恩寵頒賜を受くべし。試みに《周易》一书を考うるに、凡事みな六爻を用いて判斷すべし。至りてこれらの虛無縹緲の方外の事は、還た是れ同一の道理に憑りて推尋玩味せん。

修真煉性章第一百四十一

(修釋以全為主,修道以大為憑。)離官修定瞿曇之佛能成,坎府求玄蓬島之仙可作。人慾超凡入聖,須世旺身安。靈臺修持出塵入定,西方佛子證果皆成,腎水得堅,東來紫氣青牛獨跨超然入關,卦須世旺,又在身安。

本章は真を修め性を煉るを占う。佛を學ぶは金をもって主とし、道を學ぶは木をもって憑とす。《離》宮に在りて定を修すれば、能く釋迦のごときの佛果を成就せん。《坎》府に在りて玄を求めれば、蓬萊仙島上の神仙と作すべし。人凡を超え聖に入らんと想うに、須らく「世爻」旺相・卦身安穩を得べし。心地(靈臺)に用功修持して、塵を出で定に入れば、西方の佛弟子みな果を證し得べし。腎水凝固して泄れざれば、便ち老子の紫氣東來して、獨り青牛を跨り超然として關を出づるがごとし。こ两條みな須らく卦中「世爻」旺相、還た卦身安穩を要す。

無身則聖岸難登,空世則天書不絕,陰陽安伏,心清意靜好修真。內外交重,情亂性剛難學道。若或無身,則彼岸難登。如其空世,則天書不錄。陰陽得位安然不動,是乃心清意靜,真修之善士,若果內外交重,此乃情亂性剛,非為學道之高人。六爻不興,收六賊寧靖,六賊者,眼耳鼻舌身意也。五行恆逆,則五類真全,五行者,心肝脾肺腎也。六賊不興,必心有主宰,固宜修養。五行恆逆,則戕坎填離金丹可就。無合無沖,事無阻隔節得。不空不動,身如磐石之無改移也。

卦中身なければ、則ち聖境の彼岸に登上るべからず。「世爻」落空せば、仙班の名錄上に便ち汝の名字なし。陰陽各おのその位に安んじて潛伏不動なるは、始めて是れ心清意靜にして好く真を修るの人なり。内外卦交重亂動せば、便ち是れ情亂れ性剛にして、道を學ぶこと難し。倘若卦中卦身を見ざれば、彼岸就中登りがたし。倘若「世爻」落空せば、天上の名冊便ち汝を錄せず。陰陽各おのその位を得て安然として動かざるは、こ始めて是れ心清意靜・眞心修行の善士なり。若し内外卦交爻重爻亂動せば、那便是れ情思紛亂・性情剛躁にして、道を學ぶの高人にあらず。六爻妄動せざれば、六賊則ち收伏安寧す。所謂六賊は、是れ眼・耳・鼻・舌・身・意なり。五行常常逆行せば、五藏の真氣就中完全なり。所謂五行は、是れ心・肝・脾・肺・腎なり。六賊起こらざれば、必是れ心中有主宰ありて、正に靜養を宜しとす。五行逆行せば、便能く坎を取りて離を填め、金丹成すべし。卦合なくまた沖なければ、事情就中阻隔なくして節制すべからず。用神落空せずまた發動せざれば、こ身便ち磐石のごとく一般にして移改せざらん。

燒丹養火,喜龍虎之交蟠,面壁坐禪,得坎離之交姤。卦屬金宮,釋門可入;世臨本地,道教宜從。龍虎交蟠者,日青龍與月白虎。或月青龍與日白虎同臨身世即是,降龍伏虎再加財福兩旺,是煉丹得道而成。坎離交媾者,卦值內火外水、或下火上水既濟卦是也,此乃火降水升,禪林上之士,內官秀實之人也。卦居乾兌或居酉申,大利空門之子。世值卯寅或卦臨震巽,誠為道教之徒。

丹を燒き火を養うに、「青龍」「白虎」の交り盤繞するを喜ぶ。壁に面して禪に坐するに、《坎》《離》水火の交媾を得るを要す。卦金宮に屬するは佛門に入るべく、「世爻」本命の地に落つるは道教に從うに宜し。所謂龍虎交蟠とは、是れ日辰上の「青龍」と月建上の「白虎」、あるいは月建上の「青龍」と日辰上の「白虎」、一同に卦身と「世爻」上に臨むにして、則ち降龍伏虎の象なり。さらに「妻財」「子孫」两旺を加えれば、那便是れ丹を煉り道を得て成るなり。所謂坎離交媾とは、是れ卦中内卦火と爲し外卦水と爲し、あるいは下卦火・上卦水の《既濟》卦なり。こ是れ火降り水升るの象にして、こ人を禪林中の上等人物、内裡秀實と主す。卦《乾》《兌》に落ち、あるいは爻「酉」「申」に值れば、大いに佛門弟子を做るに利あり。「世爻」「卯」「寅」に值し、あるいは卦《震》《巽》に臨めば、那眞に是れ道教中の人なり。

世值升爻,漸往天堂之境。身居降位,難逃地獄之途。鬼旺福柔,預布英雄之智量。子強官弱,夙培良善之根核。世值昇陽,天堂堪往。身居降位,地獄難逃。官父旺福神柔,英雄之酌量預逞。子孫強鬼象弱,良善之根芽宿培。官化子孫,先作後修成正道。子之官鬼,始修終作豈昇天?一字精微,萬無漏洩。官化子孫,先作後修而成功不小,有始有卒者能之。子之官鬼,始修終作而結果無真,此先貞後黷者之為也。卦理字字究入精微,易象文爻豈容漏洩。

「世爻」上昇の位に落つれば、便ち漸々天堂の境に走向せん。卦身下降の位に落つれば、則ち地獄の途を逃れがたし。「官鬼」旺にして「子孫」弱ければ、是れ先に英雄の智量を顯出す。「子孫」強くして「官鬼」弱ければ、是れ宿世培い下げし良善の根柢なり。「世爻」上昇の陽位に值せば、天堂往くべし。卦身下降の位に處せば、地獄逃れがたし。「官鬼」「父母」旺にして「子孫」柔弱なれば、是れ英雄の氣度先行顯露す。「子孫」強くして官爻弱ければ、是れ良善の根芽前世に就已に培植せられたるなり。「官鬼」「子孫」を變出するは、是れ先に業を造り後に修行して終に正道を成ず。「子孫」「官鬼」を變出するは、是れ起初修行して終に業を造り、怎んぞ能く天に升るを得ん。こ裡頭一字一句みな極めて精微にして、切に輕易に泄露すべからず。「官鬼」「子孫」に化するは、先に作し後に修めて、成就小ならず。こ是れ始あり終ありの人才だに做し得る所なり。「子孫」「官鬼」に化するは、開頭修行して末了業を造りて、結果竝びに真實ならず。こ是れ先に貞潔にして後に污濁の人の作爲なり。卦理字字みな精微の處に推究し到り、易象爻辭那に半點の疏漏を容得んや。

坐關不語章第一百四十二

(以世爻為主,福德為憑。)閉關不語修心行,打坐參神蓮氣同,一應最宜爻靜合,諸般卻忌世逢沖。閉關者,鎖住心猿意馬。不語者,禁止妄語狂言。打坐者,運轉性真元氣。參禪者,懇求秘旨玄機,諸般功果一切事宜,六爻皆當安靜,身世最忌克沖,凡欲修真須明此理。

本章は關を閉じて静修するを占い、「世爻」をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。關を閉じて語らざるは是れ心を修るの功夫にして、坐を打ち禪を參ずると氣を養うとは同じく一路なり。こ一類の事最も爻位の安静相合を宜しとし、最も「世爻」の沖せらるるを忌む。所謂閉關とは、是れ心猿意馬を鎖住するなり。所謂不語とは、是れ妄言狂語を禁絶するなり。所謂打坐とは、是れ本性の真元の氣を運轉するなり。所謂參禪とは、是れ佛法の秘旨玄機を懇求するなり。これらの功課と一切の相關事宜とは、みな六爻安静を要し、卦身と「世爻」最も剋せられ沖せらるるを忌む。およそ真を修めんと想う人は、必ず先ずこ箇の道理を明白にすべし。

世空自不專誠守,應陷難招施主從。世為一身之主,如遇空絕,畢竟難守空門戒行。應任十方施主,若逢絕時,誰趨法座皈從。身動必然心變革,齊糧缺乏犯財空。心為一身之主,世爻若動,心必變更。財為日用之需,財若空亡,齊糧絕望。

「世爻」落空せば、自己則ち能く專心誠意に守持すること能わず。「應爻」陷空せば、また施主の前來皈依するを招き得ず。「世爻」是れ自身の主位にして、若し空亡入絶に遇えば、終に空門の戒行を守り住むべからず。「應爻」は十方施主を代表し、若しそれ絶地に逢えば、誰か還た肯んじて門に上り法座前に到りて皈依せんや。卦身發動せば、心念必然改變せん。「妻財」落空せば、齋糧則ち短缺せん。心是れ一身の主にして、「世爻」若し發動せば、心思必定更改せん。「妻財」是れ日用の所需にして、「妻財」若し「空亡」に落ちれば、齋糧便ち指望なからん。

多災多訟因官動,無始無終為六沖,化出沖時難結果,六爻亂動改西東。官鬼能與災禍,修道之人逢官發動,雖不克世,自然有災有訟,若來克世,其禍不小。但凡求道之占,不宜沖剋,若卦值六沖或化沖擊、或六爻亂動,皆係變遷之象,豈得守真志滿,必然逐物意移。

多災多訟は是れ「官鬼」發動に因り、有頭無尾は是れ卦「六沖」に逢うに因る。變出の爻また相沖せば、事情結果有りがたし。六爻亂動せば、心思則ち忽ち東し忽ち西せん。「官鬼」能く災禍を招致し、道を修るの人若し官爻發動に逢えば、縱しそれ「世爻」を剋せずとも、また自然災あり訟あり。若しそれ來りて「世爻」を剋せば、禍事就中少なからず。およそ道を求むるの占は、みな沖剋を宜しとせず。若し卦「六沖」に逢い、あるいは變爻相沖し、あるいは六爻亂動せば、みな是れ變遷の象にして、那に還た能く真心を守り志念圓滿せんや。必定外物に隨いて心意游移せんとす。

卦無福德空修煉,世值兒孫得大功,父與上爻生合世,天人庇佑福無窮。卦內子孫為福德,若占修道,全賴此神,須要生扶拱合,大則功成行滿白日飛昇,小則還元固本益壽長年。倘落空亡或不上卦,則心無誠敬身有更張,祥關冷落丹室荒蕪,當為畫虎不成之誚耳,如父母並弟六爻生世合身者,天從人願得福無邊。

卦中「子孫」(福德)なければ、修煉便ち落空せん。「世爻」上に「子孫」に坐せば、便能く大功を成就せん。「父母」と上爻と來りて「世」を生じ「世」と合せば、則ち天人庇佑して福分無窮なり。卦内の「子孫」則ち是れ福德の神にして、道を修るを占うは全くこ一爻に靠り、須らくそれ來りて生扶拱合するを要す。大は則ち功行圓滿して白日飛升し、小は則ち精を還し本を固めて延年益壽せん。倘若それ「空亡」に落ちあるいは上卦せざれば、那則ち是れ心中誠敬を缺き身上別に打算ありて、關房冷落し丹室荒蕪して、終に虎を畫きて成らざるの譏笑を落とせん。若し「父母」「兄弟」等の六爻と連ねてみな來りて「世」を生じ身に合せば、那便是れ天人の願に從いて、福を得ること邊なし。

持齋受戒章第一百四十三

(以官爻為主,福德為憑。)心欲皈依五戒專,用爻得地好參神,元神上卦天常佑,忌象臨爻病久纏。凡占參禪修道,須得用爻有氣,元神上卦。用爻有氣,則道心堅固,元神扶助則法力彌高。所忌者,沖用克用之爻,用遭沖剋,病禍易生道心易退。

本章は齋を持ち戒を受くるを占い、「官鬼」をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。心裡皈依せんと想い專ら五戒を守するに、用神地を得て始めて好く神明を參拜す。元神上卦せば、上天常に庇佑を加えん。忌神爻に臨めば、疾病則ち長久身に纏わん。およそ禪を參じ道を修るを占うに、須らく用神氣あり元神上卦するを得べし。用神氣あれば則ち道心堅固にして、元神扶助すれば則ち法力さらに高し。所忌諱は是れ用神を沖し用神を剋するのそれらの爻なり。用神一たび沖剋に遭えば、病禍容易に發生し、道心もまた退失しやすし。

自己奉齋身作主,他人受戒應為先,落空值破遭磨折,遇旺逢生有善緣。有為自己占,或為他人卜,己卜以世為用,他占以應為用,用值旬空月破者,雖則心懷善願,又遭病入膏肓。若得用爻逢生逢旺而發動者,乃宿有善緣終成正果也。

自己齋を奉ずるは「世爻」(自身)をもって主とし、別人に替わりて受戒を問えば則ち「應爻」をもって先とす。用神落空遭破せば、則ち磨難を經受せん。用神旺に遇い生に逢えば、便ち是れ善緣ありなり。占卜に自己のために占うあり、また別人に替わりて卜するあり。自己占うは「世爻」をもって用神と爲し、人に替わりて占うは「應爻」をもって用神と爲す。用神若し旬空に落ち月破に遭えば、那人雖し心懷に善願あれども、卻ってまた病膏肓に入るの苦に遭わん。若し用神生に逢い旺に當りてまた發動せば、那便是れ宿世善緣ありて、終に能く正果を修成せん。

虎雀爻興心不盡,游魂卦發意多遷,子孫旺相根栽善,官鬼交重孽未完。爻逢雀虎,卦值游魂者,中多事故,雀動有口舌,虎動多禍擾。游魂之卦,遷移不定,僧道遠比,方可修行。若遇諸凶迭發,則素心奢侈賦性狂。惟有子孫為之福德,旺相興隆,前世植有善種,愈久愈堅。獨怪官鬼為之孽冤,乃前生所造未得頓除。

「白虎」「朱雀」旺動せば、心願便ち到り盡くし得ず發さん。「遊魂」卦發動せば、心意則ち多く遷移せん。「子孫」旺相なれば、是れ善根栽えられて深し。「官鬼」交爻・重爻をもって發動せば、是れ宿孽還た了結せざるなり。爻上「朱雀」「白虎」に遇い、卦また「遊魂」に值するは、中間多く變故あり。「朱雀」動けば則ち口舌あり、「白虎」動けば則ち禍擾多し。「遊魂」の卦は遷移定まらざるを主じ、僧道の人只だ原處に遠離して、始めて好く修行す。若し諸般の凶神接續して發動せば、那便是れ本心奢侈にして天性狂放なり。唯だ「子孫」是れ福德の神にして、それ旺相興隆なるは、前世善種を種え、久しければ越すほど堅固なるを説明す。單に「官鬼」は是れ宿孽冤業にして、那是れ前生の所造にして、一時還た消除し掉ぐるを得ざるを怕る。

用與六爻生合者,天從人願永長年,六沖早晚開齋戒,內外相生道必全。持齋受戒欲求功成,須得內外相生六爻相合,乃道念和同義情寧靜永久無更,苦值六沖道不成而齋必破,心不安而行己虧,凡事無成矣!空淡戒鹹求卻病,守箴絕欲保身安,印經塑像皆祈福,一應修行共此篇。凡修行之人,有戒鹹食淡者,乃以六根之穢守箴。絕欲者,乃蘊五內之玄,誦讀祖師之經懺繪塑神聖之儀容,延生延福消罪消災,諸般戒行一體推詳。

用神と六爻と互いに生合するは、天人の願に從い長く遐齡を享くるなり。卦「六沖」に逢うは、早晚戒を開き齋を破らんとす。内外卦互いに生扶するは、道行必定圓滿せん。齋を持ち戒を受けて功行成就を求めんと想うに、須らく内外卦相生・六爻相合を得べし。那始めて是れ道念和同・情義安寧にして長久變わらず。若し不幸「六沖」に逢えば、道修め成らずして齋戒必ず破れ、心安まらず修行もまた虧欠ありて、一事成ることなし。淡を喫し鹹を戒むるは是れ病を卻くるが爲にして、箴戒を守持し情欲を斷絶するは是れ身を保ち平安なるが爲なり。經を印し像を塑るはみな福を祈るが爲にして、一切の修行みなこ一章裡に推斷す。およそ修行の人、鹹を戒め淡を喫するあり、是れ清淡を用いて六根の污穢を洗滌するなり。情欲を斷絶するあり、是れ五藏の内の玄機を蘊養せんと要するなり。至りて祖師の經懴を誦讀し、神聖の儀容を繪塑するは、みな是れ壽を延べ福を延び、罪を消し災を消さんが爲なり。各樣の戒行、みなこ一套の道理に照りて一竝に推詳せよ。

開齋破戒章第一百四十四

(以用爻為主,福德為憑。)開齋開戒還宜福,鬼若交重禍便生,急要元神居旺地,不宜忌象值的興。凡占開齋破戒,須以子孫為用神,若得旺相或發動,去後平安。若子孫衰靜,官鬼興隆,乃無人制服多生災禍來侵。又宜元神旺相生助,助則有益,不堪忌神發動,動則生殃。用爻若也空而絕,必犯災危捐壽齡,助鬼傷隨鬼墓,逢之多病豈康寧。用爻若值空亡或逢墓絕,破齋破戒之後,多災之禍損壽損元。或助鬼傷身、或隨官入墓,皆係不祥之兆。

本章は齋を開き戒を破るを占い、用神をもって主とし、「子孫」(福德)をもって憑とす。齋を開き戒を破らんと要するに還た「子孫」に靠るを得べし。「官鬼」若し交爻・重爻をもって發動せば、禍事就ち來らん。緊要は是れ元神旺地に落つるにして、忌神正に興旺に當るを宜しとせず。およそ齋を開き戒を破るを占うに、須らく「子孫」をもって用神と爲すべし。それ若し旺相あるいは發動せば、戒を破るの後仍お平安なり。若し「子孫」衰弱安静にして「官鬼」興隆なれば、便ち人の官爻を制伏するなく、則ち多く災禍の來侵せん。さらに元神旺相にして來りて生助するを宜しとし、生助あれば便ち益あり。最も怕るは忌神發動にして、一動すれば則ち災殃を生ぜん。用神若しまた落空しまた絶に入れば、必定要して災に遭い險に遇い、壽數を折損せん。若し「妻財」「官鬼」を助けて卦身を傷剋し、あるいは「世爻」「官鬼」に隨いて墓に入れば、こらに遇上れば多く病み、那に還た康寧を談ずるを得んや。用神若し「空亡」に落ちあるいは墓絶に逢えば、那麼齋を破り戒を破るの後、災多く禍多く、壽を損し元を折らん。あるいは「妻財」鬼を助け身を傷り、あるいは「官鬼」に隨いて墓に入るは、みな是れ不祥の兆なり。

歸宗還俗章第一百四十五

(以世身為主,財福為憑。)僧道今占還俗宗,世人復祖概相同,皆宜財福興而旺,各忌兄官交與重。凡僧道若占還俗與贅繼歸宗同論,惟喜妻財若旺,則歸宗足有衣祿之用,子孫旺動,則家室安寧,獨怪官興兄發,官興則是非接踵災病纏綿,兄動則財源耗散,藝業蕭條。

本章は俗に還り宗に歸るを占い、「世爻」と卦身とをもって主とし、「妻財」「子孫」をもって憑とす。僧道の俗に還り宗に歸るを占うは、俗人の祖を認め宗に歸るの斷法と大體相同なり。みな「妻財」「子孫」の興旺を宜しとし、みな「兄弟」「官鬼」の交爻・重爻をもって發動するを忌む。およそ僧道の還俗を占うに、入贅・過繼の後宗に歸ると同論す。只だ「妻財」旺相を喜べば、那麼宗に歸るの後衣食祿用充足せん。「子孫」旺動せば、則ち家室安寧なり。單に「官鬼」興旺・「兄弟」發動を怕る。官爻一旺すれば、是非踵を接して來り災病身に纏わん。「兄弟」一動すれば、財源耗散し手藝行業蕭條せん。

世上有空誰曰吉,身中無破那雲凶,八純未可歸宗族,卦得歸魂返舍榮。世是平生之本,只宜旺相興隆,豈可空破?一值空沖其身無倚,焉得亨通?八純者皆係六沖,沖者散也,乃是無情之象,占者遇此百無一就,寧得遂其為乎?倘卜歸魂之卦或化歸魂,方可歸宗。故經云:游魂化入歸魂返舍回來大吉。

「世爻」上に空亡を帶ぶれば、誰か能く是れ吉と説かん。卦身破損なければ、また那に凶を談ずるを得んや。八純卦を占い得るも還た宗に歸るべからず、歸魂卦を占い得て始めて是れ家に回りて榮あらん。「世爻」是れ一生の根本にして、只だ旺相興隆を宜しとし、怎んぞ落空遭破すべけんや。一旦空に逢い沖に遇えば、こ身倚靠する所なく、那に還た能く亨通せんや。八純卦みな「六沖」に屬し、沖は則ち離散にして、是れ無情の象なり。占卜の人それに遇上れば百事成ることなく、怎んぞ能く稱心如意せんや。倘若「歸魂」の卦を卜得し、あるいは變卦化成して「歸魂」となれば、那始めて能く宗に歸るべし。故に經文に曰く、「遊魂」「歸魂」に化入れば、家に回り舍に返りて、大吉なりと。

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