Libo

春秋繁露

西汉 · 董仲舒

『春秋繁露』(しゅんじゅうはんろ)

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

春秋繁露

『春秋繁露』(しゅんじゅうはんろ)

巻第一

楚莊王第一

楚荘王第一

“楚莊王殺陳夏徵舒,春秋貶其文,不予專討也;靈王殺齊慶封,而直稱楚子,何也?”曰:“莊王之行賢,而徵舒之罪重,以賢君討重罪,其於人心善,若不貶,庸知其非正經,春秋常於其嫌得者,見其不得也。是故齊桓不予專地而封,晉文不予致王而朝,楚莊弗予專殺而討,三者不得,則諸侯之得,殆此矣,此楚靈之所以稱子而討也。春秋之辭多所況,是文約而法明也。”問者曰:“不予諸侯之專封,復見於陳蔡之滅;不予諸侯之專討,獨不復見慶封之殺,何也?”曰:“春秋之用辭,已明者去之,未明者著之。今諸侯之不得專討,固已明矣,而慶封之罪,未有所見也,故稱楚子,以伯討之,著其罪之宜死,以為天下大禁,曰:人臣之行,貶主之位,亂國之臣,雖不篡殺,其罪皆宜死。比於此,其云爾也。”“春秋曰:‘晉伐鮮虞。’奚惡乎晉,而同夷狄也?”曰:“春秋尊禮而重信,信重於地,禮尊於身。何以知其然也?宋伯姬疑禮而死於火,齊桓公疑信而虧其地,春秋賢而舉之,以為天下法。曰禮而信,禮無不答,施無不報,天之數也。今我君臣同姓適女,女無良心,禮以不答,有恐畏我,何其不夷狄也!公子慶父之亂,魯危殆亡,而齊桓安之,於彼無親,尚來憂我,如何與同姓而殘賊遇我。詩云:‘宛彼鳴鳩,翰飛戾天。我心憂傷,念彼先人。明發不昧,有懷二人。’人皆有此心也。今晉不以同姓憂我,而強大厭我,我心望焉,故言之不好,謂之晉而已,婉辭也。”問者曰:“晉惡而不可親,公往而不敢至,乃人情耳,君子何恥,而稱公有疾也?”曰:“惡無故自來,君子不恥,內省不疚,何憂於志是已矣。今春秋恥之者,昭公有以取之也。臣陵其君,始於文而甚於昭,公受亂陵夷,而無懼惕之心,囂囂然輕計妄討,犯大禮而取同姓,接不義而重自輕也。

「楚荘王が陳の夏征舒を殺した時、『春秋』は文辞を貶めて、彼に専ら討つという名義を与えなかった。霊王が斉の慶封を殺した時は、直接「楚子」と称したのはなぜか。」曰く、「荘王の行いは賢であり、征舒の罪は重い。賢君をもって重罪を討つのは、人心において善である。もし貶めなければ、それが正経でないことをどうして知ることができようか。『春秋』は常に、当たり得るように見える所で、その当たらざることを顕す。それゆえ斉桓には専ら地を封ずる名義を与えず、晋文には天子を致して朝せしめる名義を与えず、楚荘には専ら殺して討つ名義を与えない。この三者が得られなければ、諸侯の得られることはほぼここまでである。これが楚霊が子と称して討った所以である。『春秋』の文辞は比況を多く用い、それゆえ文は約して法は明らかである。」問う者が曰く、「諸侯に専封の名義を与えないことは陳・蔡の滅亡にも見えるが、専討の名義を与えないことが、なぜ独り慶封の殺されに再び見えないのか。」曰く、「『春秋』の用辞は、すでに明らかなものは去り、まだ明らかでないものを顕す。いま諸侯が専ら討てないことはもともと明らかであり、慶封の罪はまだ顕れていなかった。だから楚子と称し、霸主をもって討ち、彼の罪が死に当たることを顕彰して、天下の大禁として曰く、人臣の行いとして主上の位を貶め、国家の臣を乱す者は、たとえ簒殺しなくとも罪は死に当たる、と。これに準じて、ただそれだけである。」「『春秋』に『晋、鮮虞を伐つ』とある。なぜ晋を悪しみ、夷狄と同列に扱ったのか。」曰く、「『春秋』は礼を尊び信を重んじる。信は地より重く、礼は身より尊い。どうしてそうだと知るか。宋の伯姫は礼を疑いながら火に死に、斉桓公は信を疑いながら土地を損なった。『春秋』はこれを賢として挙げ、天下の法とした。礼と信を説くに、礼に答えられぬものはなく、施に報いられぬものはない。これは天の数である。いま我が君臣は同姓としてそちらに赴いたのに、あなたは良心なく、礼に答えず、かえって我を畏れ恐れている。どうして夷狄でなかろう。公子慶父が乱を起こし、魯は危うく滅びそうになったが、斉桓がこれを安んじた。そこに親はなかったのに、なお我を憂い顧みてくれたのに、どうして同姓でありながら残賊をもって我に接することができようか。『詩』に曰く、『宛彼なる鳴鳩、翰飛して天に戾る。我心は憂傷し、彼の先人を念う。明発して昧まず、二人を懐うあり。』人には皆この心がある。いま晋は同姓ゆえに我を憂うことなく、強大に凭って我を圧する。我心に怨望あるがゆえに、言葉を善くせず、ただ『晋』と称するのみである。これは婉辞である。」問う者が曰く、「晋が悪くて近づき難いのに、公が行って到らなかったのは人情に過ぎない。君子に何の恥があって、公に疾ありと称したのか。」曰く、「悪が故なく自ら来ることは、君子は恥としない。内に省みて疚しからざれば、志に何の憂いかあらん。これである。いま『春秋』がこれを恥としたのは、昭公に取るべき道があったからである。臣が君を陵ぐことは文公より始まり、昭公において甚だしい。公は乱と陵夷を受けながら懼惕の心なく、嚣嚣として軽々しく計り、妄りに討伐を加え、大礼を犯して同姓を娶り、不義と交わって自らをますます軽んじた。」

人之言曰:‘國家治則四鄰賀,國家亂則四鄰散。’是故季孫專其位,而大國莫之正,出走八年,死乃得歸,身亡子危,困之至也。君子不恥其困,而恥其所以窮。昭公雖逢此時,苟不取同姓,詎至於是;雖取同姓,能用孔子自輔,亦不至如是。時難而治簡,行枉而無救,是其所以窮也。”

人の言に曰く、「国家治まれば則ち四隣賀し、国家乱れれば則ち四隣散る。」それゆえ季孫がその位を専有しても大国にこれを正す者なく、出走八年、死して乃ち帰ることを得た。身は亡び子は危うく、困の至りである。君子は困を恥とせず、その窮する所以を恥とする。昭公はこの時に逢うも、もし同姓を取らざれば、詎ぞ是に至らん。同姓を取るも、孔子を用いて自輔せしめば、亦是の如くは至らざらん。時難くして治は簡く、行い枉げて救うなし。是れ其の窮する所以なり。

春秋分十二世以為三等:有見、有聞、有傳聞。有見三世,有聞四世,有傳聞五世。故哀、定、昭,君子之所見也,襄、成、文、宣,君子之所聞也,僖、閔、莊、桓、隱,君子之所傳聞也。所見六十一年,所聞八十五年,所傳聞九十六年。於所見,微其辭,於所聞,痛其禍,於傳聞,殺其恩,與情俱也。是故逐季氏,而言又雩,微其辭也;子赤殺,弗忍書日,痛其禍也;子般殺,而書乙未,殺其恩也。屈伸之志,詳略之文,皆應之,吾以其近近而遠遠、親親而疏疏也,亦知其貴貴而賤賤、重重而輕輕也,有知其厚厚而薄薄、善善而惡惡也,有知其陽陽而陰陰、白白而黑黑也。百物皆有合偶,偶之合之,仇之匹之,善矣。詩云:‘威儀抑抑,德音秩秩,無怨無惡,率由仇匹。’此之謂也。然則春秋義之大者也,得一端而博達之,觀其是非,可以得其正法,視其溫辭,可以知其塞怨,是故於外道而不顯,於內諱而不隱,於尊亦然,於賢亦然,此其別內外、差賢不肖、而等尊卑也。義不訕上,智不危身,故遠者以義諱,近者以智畏,畏與義兼,則世逾近,而言逾謹矣,此定、哀之所以微其辭。以故用則天下平,不用則安其身,春秋之道也。

『春秋』は十二世を分かちて三等と為す。見あり、聞あり、伝聞あり、なり。見は三世あり、聞は四世あり、伝聞は五世あり。故に哀・定・昭は君子の見る所、襄・成・文・宣は君子の聞く所、僖・閔・荘・桓・隠は君子の伝聞する所なり。見る所は六十一年、聞く所は八十五年、伝聞する所は九十六年。見る所に於ては其の辞を微かにし、聞く所に於ては其の禍を痛み、伝聞する所に於ては其の恩を殺ぐ。情と倶にあるなり。故に季氏を逐うと言いて「又雩す」と言うは其の辞を微かにするなり。子赤殺さるるに日を書くを忍びざるは其の禍を痛むなり。子般殺さるるに乙未を書くは其の恩を殺ぐなり。屈伸の志、詳略の文は皆これと応ず。吾は其の近近にして遠遠、親親にして疏疏なるに因りて、亦其の貴貴にして賤賤、重重にして軽軽なるを知り、又其の厚厚にして薄薄、善善にして悪悪なるを知り、又其の陽陽にして陰陰、白白にして黒黒なるを知る。百物皆合偶あり、偶い之を合わせ、仇之を匹うは善なり。『詩』に曰く、「威儀抑抑、徳音秩秩、怨無く悪無く、率ゆるは仇匹に由り。」此れを謂うなり。然らば則ち『春秋』の義は大なり。一端を得れば博く通達す。其の是非を観れば正法を得べく、其の温辞を観れば怨を塞ぐを知るべし。故に外に言うて顕れず、内に諱めて隠さず。尊に於ても此くの如く、賢に於ても此くの如し。此れ内外を分別し、賢不肖を等差し、尊卑を等列するなり。義は上を讪わず、智は身を危うくせず。故に遠きは義を以て諱め、近きは智を以て畏る。畏と義と兼ね備われば、則ち世近きほど言愈々謹まる。此れ定・哀の辞微かなる所以なり。故に用いられれば天下平らかに、用いられざれば己の身を安んず。是れ『春秋』の道なり。

春秋之道,奉天而法古。是故雖有巧手,弗修規矩,不能正方圓;雖有察耳,不吹六律,不能定五音;雖有知心,不覽先王,不能平天下;然則先王之遺道,亦天下之規矩六律已!故聖者法天,賢者法聖,此其大數也;得大數而治,失大數而亂,此治亂之分也;所聞天下無二道,故聖人異治同理也,古今通達,故先賢傳其法於後世也。春秋之於世事也,善復古,譏易常,欲其法先王也。然而介以一言曰:“王者必改制。”自僻者得此以為辭,曰:“古苟可循,先王之道,何莫相因。”世迷是聞,以疑正道而信邪言,甚可患也。答之曰:“人有聞諸侯之君射狸首之樂者,於是自斷狸首,縣而射之,曰:‘安在於樂也?’此聞其名,而不知其實者也。今所謂新王必改制者,非改其道,非變其理,受命於天,易姓更王,非繼前王而王也,若一因前制,修故業,而無有所改,是與繼前王而王者無以別。受命之君,天之所大顯也;事父者承意,事君者儀志,事天亦然;今天大顯已,物襲所代,而率與同,則不顯不明,非天志,故必徒居處,更稱號,改正朔,易服色者,無他焉,不敢不順天志,而明自顯也。若夫大綱,人倫道理,政治教化,習俗文義盡如故,亦何改哉!故王者有改制之名,無易道之實。孔子曰:‘無為而治者,其舜乎!’言其王堯之道而已,此非不易之效與!”問者曰:“物改而天授,顯矣,其必更作樂,何也?”曰:“樂異乎是,製為應天改之,樂為應人作之,彼之所受命者,必民之所同樂也。是故大改制於初,所以明天命也;更作樂於終,所以見天功也;緣天下之所新樂,而為之文,且以和政,且以興德,天下未遍合和,王者不虛作樂,樂者,盈於內而動發於外者也,應其治時,制禮作樂以成之,成者本末質文,皆以具矣。是故作樂者,必反天下之所始樂於己以為本。

『春秋』の道は、天を奉じて古を法る。故に巧手ありと雖も、規矩を修めざれば方円を正しくする能わず。察耳ありと雖も、六律を吹かざれば五音を定むる能わず。知心ありと雖も、先王を覧ざれば天下を平らぐ能わず。然らば則ち先王の遺せし道は亦天下の規矩・六律なり。故に聖は天を法り、賢は聖を法る。此れ其の大数なり。大数を得て治まり、大数を失いて乱る。此れ治乱の分なり。聞く所、天下に二道無し。故に聖人は治を異にして理を同じくす。古今通達せり。故に先賢は其の法を後世に伝う。『春秋』の世事に於けるや、復古を善しとし、常を易うるを譏る。其の先王に法らんことを欲すなり。然れども一言を介して曰く、「王者は必ず改制す。」僻の人此れを得て以て藉口と為し曰く、「古循ふべければ、先王の道は何ぞ相因襲せざる。」世人此の伝聞に惑わされ、因りて正道を疑い邪言を信ず。甚だ憂うべきなり。対えて曰く、「或る人諸侯の君の狸首の楽を射るを聞きて、乃ち自ら狸首を斫り、懸けて射て曰く、「何ぞ楽に在らん。」是れ名称を聞きて実を知らざるなり。今の所謂新王必ず改制すとは、其の道を改むるに非ず、其の理を変うるに非ず。命を天に受け、姓を換えて更に王たるは、前王を継ぎて王と称するに非ざるなり。若し一概に前制を因襲し旧業を修めて、改むる所無ければ、則ち前王を継ぎて王と称する者と与に別無し。受命の君は、天の大いに顕す所なり。父に事えるは意を承け、君に事えるは志を法り、天に事えるも亦此くの如し。今天自らを大いに顕すに、事物は代られし所に沿いて、之と一概に同じからば、則ち顕れず明らかならず。天の志に非ざるなり。故に必ず居処を遷徙し、称号を更改し、正朔を改正し、服色を改易す。他無し、敢えて天志に順わずして、自らを顕明にせんとするなり。大綱・人倫の道理・政治の教化・習俗の文義は皆故の如し。又復た何をか改めん。故に王者に改制の名あれども、道を改易するの実無し。孔子曰く、「無為にして治めし者は、其れ舜か。」是れ王たるに堯の道を以てしたのみと言うなり。此れ不易の効験に非ずや。」問う者曰く、「物改まりて天授けば、既に顕明なり。必ず別に楽を作るは何ぞや。」曰く、「楽は此れと与に同じからず。制度は天に応ぜんが為に改め、楽は人に応ぜんが為に作る。其の受くる所の命は、必ず民の共に楽しむ所なり。故に始めに大いに改制し、以て天命を明らかにし、終りに別に楽を作り、以て天功を顕す。天下の新たに楽しむ所に順い、之が為に文を作り、既に以て政を和し、又以て徳を興す。天下未だ遍く和合せざれば、王者虚しく楽を作らず。楽は内に盈ちて外に発動する者なり。其の治に応じ、制礼作楽して以て之を成す。成すとは、本末質文具備することなり。故に楽を作る者は、必ず天下の初めに己に由りて楽しみし所に反り、以て本と為す。」

舜時,民樂其昭堯之業也,故韶,韶者,昭也;禹之時,民樂其三聖相繼,故夏,夏者,大也;湯之時,民樂其救之於患害也,故頀,頀者,救也;文王之時,民樂其興師征伐也,故武,武者,伐也。四者天下同樂之,一也,其所同樂之端,不可一也。作樂之法,必反本之所樂,所樂不同事,樂安得不世異!是故舜作韶而禹作夏,湯作頀而文王作武,四樂殊名,則各順其民始樂於己也,吾見其效矣。詩云:‘文王受命,有此武功;既伐於崇,作邑於豐。’樂之風也。又曰:‘王赫斯怒,爰整其旅。’當是時,紂為無道,諸侯大亂,民樂文王之怒,而歌詠之也。周人德已洽天下,反本以為樂,謂之大武,言民所始樂者,武也云爾。故凡樂者,作之於終,而名之以始,重本之義也。由此觀之,正朔服色之改,受命應天,制禮作樂之異,人心之動也,二者離而複合,所為一也。”

舜の時、民は其の堯の業を昭にするを楽しみ、故に韶と曰う。韶は昭なり。禹の時、民は其の三聖相継ぐを楽しみ、故に夏と曰う。夏は大なり。湯の時、民は其の之を患害に救うを楽しみ、故に頀と曰う。頀は救なり。文王の時、民は其の師を興し征伐するを楽しみ、故に武と曰う。武は伐なり。四者は天下同じく之を楽しむ、一なり。其の同じく楽しむ所の端は、一たるべからざるなり。楽を作るの法は、必ず本の楽しむ所に反る。楽しむ所は事を同じくせざれば、楽安んぞ世々異ならざるを得ん。故に舜は韶を作りて禹は夏を作り、湯は頀を作りて文王は武を作る。四楽名殊なれば、則ち各々其の民の初め己に於て楽しみしに順う。吾其の効を見るなり。『詩』に曰く、「文王命を受け、此の武功あり。既に崇に伐ち、邑を豊に作る。」是れ楽の風化なり。又曰く、「王赫斯として怒り、爰に其の旅を整う。」当に是の時、紂道無く、諸侯大いに乱る。民は文王の怒るを楽しみ、則ち歌詠す。周人の徳既に天下に洽洽たり、本に反りて楽を作り、之を大武と曰う。是れ民の初めに楽しみし所は武なりと謂う、如此而已。故に凡そ楽は終に於て作りて、始を以て名づく。是れ本を重んずるの義なり。此れより観れば、正朔服色の改は、命を受けて天に応うるなり。制礼作楽の異は、人心の発動なり。二者離れて復た会合し、為す所は一なり。

玉杯第二

玉杯第二

春秋譏文公以喪取。難者曰:“喪之法,不過三年,三年之喪,二十五月。今按經:文公乃四十一月方取,取時無喪,出其法也久矣,何以謂之喪取?”曰:“春秋之論事,莫重於志。今取必納幣,納幣之月在喪分,故謂之喪取也。且文公秋祫祭,以冬納幣,皆失於太蚤,春秋不譏其前,而顧譏其後,必以三年之喪,肌膚之情也,雖從俗而不能終,猶宜未平於心,今全無悼遠之志,反思念取事,是春秋之所甚疾也,故譏不出三年,於首而已譏以喪取也,不別先後,賤其無人心也。緣此以論禮,禮之所重者,在其志,志敬而節具,則君子予之知禮;志和而音雅,則君子予之知樂;誌哀而居約,則君子予之知喪。故曰非虛加之,重志之謂也。志為質,物為文,文著於質,質不居文,文安施質;質文兩備,然後其禮成;文質偏行,不得有我爾之名;俱不能備,而偏行之,寧有質而無文,雖弗予能禮,尚少善之,介葛盧來是也;有文無質,非直不予,乃少惡之,謂州公寔來是也。然則春秋之序道也,先質而後文,右志而左物,故曰:‘禮雲禮云,玉帛云乎哉!’推而前之,亦宜曰:朝雲朝云,辭令云乎哉!‘樂雲樂云,鐘鼓云乎哉!’引而後之,亦宜曰:喪雲喪云,衣服云乎哉!是故孔子立新王之道,明其貴志以反和,見其好誠以滅偽,其有繼周之弊,故若此也。

『春秋』は文公が喪中に娶ったことを譏っている。難じる者が曰く、「喪の法は三年を過ぎず、三年の喪は二十五月である。いま経によると、文公は四十一月になってようやく娶った。娶った時は喪がなく、その法を出て久しいのに、なぜ喪娶というのか。」曰く、「『春秋』が事を論ずるに、志より重きものはない。いま娶るには必ず納幣するが、納幣の月はなお喪の分内にある。だから喪娶という。しかも文公は秋に祫祭し、冬に納幣したが、皆早すぎるの失である。『春秋』は前を譏らず却って後を譏るのは、必ず三年の喪が肌膚の情であり、俗に従って終えられなくとも、心はまだ平かでないはずだからである。いま全く遠きを悼む志なく、却って娶ることを思う。これは『春秋』の深く悪む所である。だから三年を出ずに譏り、初めに於て既に喪娶をもって譏る。先後を分たず、彼に人心なきを賤しむのである。これに縁って礼を論ずるに、礼の貴ぶ所は志に在り。志敬みて節備われば、則ち君子は其の礼を知るを許す。志和して音雅なれば、則ち君子は其の楽を知るを許す。志哀しみて居処簡約なれば、則ち君子は其の喪を知るを許す。故に曰う、虚しく加うるに非ずと。是れ志を貴ぶの説なり。志は質、物は文なり。文は質に附着し、質は文に居処せず。文安んぞ質に施かん。質文両備して、然る後に礼成る。文質偏き行われては、我爾の名有る能わず。皆備わる能わずして偏き行わるるは、寧ろ質有りて文無かるべし。其の礼を能くするを許さずと雖も、猶稍々善待す。介葛盧の来たるが是れなり。文有りて質無きは、唯だ許さざるのみならず、猶稍々悪しむ。州公寔来たると曰うが是れなり。然らば則ち『春秋』の道を序次するは、質を先にして文を後にし、志を右として物を左とす。故に曰く、「礼や礼や、玉帛を云わんや。」推して前に当り、亦当に曰うべし、「朝や朝や、辞令を云わんや。」「楽や楽や、鐘鼓を云わんや。」引いて後に当り、亦当に曰うべし、「喪や喪や、衣服を云わんや。」此に因りて孔子は新王の道を立て、志を貴びて和に返るを表明し、誠を好むを顕現して偽を滅ぼす。其れ周を継ぐの弊有るを以てなり。故に此くの如し。」

春秋之法:以人隨君,以君隨天。曰:緣民臣之心,不可一日無君,一日不可無君,而猶三年稱子者,為君心之未當立也,此非以人隨君耶!孝子之心,三年不當,而踰年即位者,與天數俱終始也,此非以君隨天邪!故屈民而伸君,屈君而伸天,春秋之大義也。

『春秋』の法は、人を以て君に随い、君を以て天に随う。曰く、民臣の心に縁りて、一日も君無かるべからずと。一日も君無かるべからざるに、而も三年子と称するは、君の心未だ立つに当らざるが為なり。此れ人を以て君に随うに非ずや。孝子の心は三年当らずと雖も、年を踰えて即位するは、天の数と倶に終始すればなり。此れ君を以て天に随うに非ずや。故に民を屈して君を伸び、君を屈して天を伸ぶ。是れ『春秋』の大義なり。

春秋論十二世之事,人道浹而王道備,法布二百四十二年之中,相為左右,以成文采,其居參錯,非襲古也。是故論春秋者,合而通之,緣而求之,五其比,偶其類,覽其緒,屠其贅,是以人道浹而王法立。以為不然,今夫天子踰年即位,諸侯於封內三年稱子,皆不在經也,而操之與在經無以異,非無其辨也,有所見而經安受其贅也,故能以比貫類,以辨付贅者,大得之矣。

『春秋』は十二世の事を論じ、人道浹洽にして王道備わる。法は二百四十二年の中に布き、相與に左右と為りて、以て文采を成す。其の居処参錯し、古を襲うに非ざるなり。故に『春秋』を論ずる者は、合して之を通じ、縁りて之を求め、其の比を五め、其の類を偶い、其の緒を覧、其の贅を屠る。是の故に人道浹洽にして王法立つ。以て然らざると為す。今夫れ天子は年を踰えて即位し、諸侯は封内に於て三年子と称す。皆経に在らざるも、之を操るに経に在ると与に以て異なる無し。之を辨ずる無きに非ず、見る所有りて経安んぞ其の贅を受けん。故に能く比を以て類を貫き、辨を以て贅に付する者は、大いに之を得たり。

人受命於天,有善善惡惡之性,可養而不可改,可豫而不可去,若形體之可肥轢而不可得革也。是故雖有至賢,能為君親含容其惡,不能為君親令無惡。書曰:“厥闢去厥只”事親亦然,皆忠孝之極也,非至賢安能如是。父不父則子不子,君不君則臣不臣耳。

人命を天に受け、善善悪悪の性有り。養うべくして改むべからず、豫むべくして去るべからず。形体の肥轢すべくして革を得ざるが若し。故に至賢ありと雖も、能く君親の為に其の悪を含容するも、能く君親の為に悪無からしむる能わず。『書』に曰く、「厥の辟、厥の只を去れ。」親に事うるも亦此くの如し。皆忠孝の極みなり。至賢に非ざれば安んぞ能く是くの如くせん。父父ならざれば則ち子子ならず、君君ならざれば則ち臣臣ならざるのみ。

文公不能服喪,不時奉祭,不以三年,又以喪取,取於大夫,以卑宗廟,亂其群祖,以逆先公,小善無一,而大惡四五;故諸侯弗予盟,命大夫弗為使,是惡惡之徵,不臣之效也。出侮於外,入奪於內,無位之君也。孔子曰:“政逮於大夫,四世矣。”蓋自文公以來之謂也。

文公は喪に服する能わず、時に以て祭を奉ぜず、三年を以てせず、又以て喪に娶る。大夫に於て娶り、以て宗廟を卑しめ、群祖を乱し、以て先公に逆う。小善は一も無くして、大悪は四五あり。故に諸侯は盟に与せず、大夫に命じて使を為さしめず。是れ悪悪の徴、不臣の効なり。出でて外に侮られ、入りて内に奪わる。位無きの君なり。孔子曰く、「政は大夫に逮ぶこと四世なり。」蓋し文公より以来を謂うなり。

君子知在位者不能以惡服人也,是故簡六藝以贍養之。詩書序其志,禮樂純其美,易春秋明其知,六學皆大,而各有所長。詩道志,故長於質;禮制節,故長於文;樂詠德,故長於風;書著功,故長於事;易本天地,故長於數;春秋正是非,故長於治人;能兼得其所長,而不能遍舉其詳也。故人主大節則知闇,大博則業厭,二者異失同貶,其傷必至,不可不察也。是故善為師者,既美其道,有慎其行,齊時蚤晚,任多少,適疾徐,造而勿趨,稽而勿苦,省其所為,而成其所湛,故力不勞,而身大成,此之謂聖化,吾取之。

君子は位に在る者の悪を以て人を服する能わざるを知る。故に六芸を簡びて以て之を贍養す。詩書は其の志を序次し、礼楽は其の美を純にし、易春秋は其の知を明らかにす。六学皆大なり、而して各々長ずる所有り。詩は志を道す。故に質に長ず。礼は節を制す。故に文に長ず。楽は徳を詠う。故に風に長ず。書は功を著す。故に事に長ず。易は天地を本とす。故に数に長ず。春秋は是非を正す。故に人を治むるに長ず。能く其の長ずる所を兼ね得るも、能く其の詳を遍く挙ぐる能わず。故に人主大きに節すれば則ち知闇し、大きに博ければ則ち業厭わる。二者は失を異にして貶を同じくす。其の傷は必ず至る。察しざるべからず。故に善く師を為る者は、既に其の道を美しめ、又其の行を慎む。時の早晚を斉え、多少を任用し、疾徐を宜しくし、造就して趨らず、稽考して苦しめず。其の為す所を省察して、其の湛むる所を成就す。故に力労せずして身大いに成る。此れを聖化と謂う。吾此れを取る。

春秋之好微與,其貴志也。春秋修本末之義,達變故之應,通生死之志,遂人道之極者也。是故君殺賊討,則善而書其誅;若莫之討,則君不書葬,而賊不復見矣。不書葬,以為無臣子也;賊不復見,以其宜滅絕也。今趙盾弒君,四年之後,別牘復見,非春秋之常辭也。古今之學者異而問之曰:“是弒君,何以復見?猶曰賊未討,何以書葬?何以書葬者,不宜書葬也而書葬;何以復見者,亦不宜復見也而復見;二者同貫,不得不相若也。盾之復見,直以赴問而辨不親弒,非不當誅也;則亦不得不謂悼公之書葬,直以赴問而辨不成弒,非不當罪也。若是則春秋之說亂矣,豈可法哉!”“故貫比而論,是非雖難悉得,其義一也。今盾誅無傳,弗誅無傳,以比言之,法論也,無比而處之,誣辭也,今視其比,皆不當死,何以誅之。春秋赴問數百,應問數千,同留經中,翻援比類,以發其端,卒無妄言,而得應於傳者;今使外賊不可誅,故皆復見,而問曰:‘此復見,何也?’言莫妄於是,何以得應乎!故吾以其得應,知其問之不妄,以其問之不妄,知盾之獄不可不察也。夫名為弒父,而實免罪者,已有之矣;亦有名為弒君,而罪不誅者,逆而距之,不若徐而味之,且吾語盾有本,詩云:‘他人有心,予忖度之。’此言物莫無鄰,察視其外,可以見其內也。今案盾事,而觀其心,願而不刑,合而信之,非篡弒之鄰也,按盾辭號乎天,苟內不誠,安能如是,是故訓其終始,無弒之志,枸惡謀者,過在不遂去,罪在不討賊而已。臣之宜為君討賊也,猶子之宜為父嘗藥也;子不嘗藥,故加之弒父,臣不討賊,故加之弒君,其義一也。所以示天下廢臣子之節,其惡之大若此也。故盾之不討賊為弒君也,與止之不嘗藥為弒父無以異,盾不宜誅,以此參之。”問者曰:“夫謂之弒,而有不誅,其論難知,非蒙之所能見也。

『春秋』は微を好み、志を貴ぶと与にす。『春秋』は本末の義を修明し、変故の応を通達し、生死の志を遂通し、人道の極を成就する者なり。故に君殺さるるに賊討たれれば、則ち善として其の誅を書す。若し之を討つ莫ければ、則ち君は葬を書さず、而して賊は復た見えず。葬を書さざるは、以て臣子無しと為すなり。賊の復た見えざるは、以て其の滅絶すべきなり。今趙盾は君を弑して四年の後、別牘に復た見ゆ。是れ『春秋』の常辞に非ざるなり。古今の学者異なりて之を問いて曰く、「是れ君を弑す。何ぞ復た見ゆ。猶お曰く賊未だ討たれず。何ぞ葬を書す。何ぞ葬を書するや、葬を書すべからずして書す。何ぞ復た見ゆるや、亦見ゆべからずして復た見ゆ。二者貫通し、相像ざるを得ず。盾の復た見ゆるは、只だ赴問に因りて親弑に非ざるを辨明す、誅すべからざるに非ず。則ち亦悼公の葬を書すを得ざるべからず、只だ赴問に因りて弑を成さざるを辨明す、罪に当らざるに非ず。若し是くの如くならば則ち『春秋』の説乱る。安んぞ取法せん。」故に比を貫きて以て論ずれば、是非難く尽く得ずと雖も、義は一なり。今盾は誅さるるに伝無く、誅されざるに伝無し。比を以て之を言うは法論なり。比無きは誣辞なり。今夫れ其の比を観るに、皆死すべからず。何を以てか誅せん。『春秋』の赴問数百、応答数千、同じく経に留まり、比類を翻援して端を発し、終に妄言無くして、伝に応ずる能し。今外の賊を誅すべからざらしむれば、故に皆復た見ゆ。而るに問いて曰く、「此の復た見ゆるは何ぞ。」言此れより妄なる莫し。安んぞ応答を得ん。故に吾是に因りて応答を得て、問の妄ならざるを知り。問の妄ならざるに因りて、盾の獄の察すべからざるを知る。名は父を弑すとして実は免罪するは、已に之有り。亦名は君を弑すとして罪誅されざる者有り。逆きて之を拒ぐは、徐に味わうに如かず。且つ吾盾に拠有りと曰う。『詩』に曰く、「他人心有り、予忖度之れども。」是れ物の鄰無き無きを謂う。外を察して内を見べし。今盾の事を按じて其の心を観るに、願いとして刑を用いず、合して信ず。簒弑の鄰に非ざるなり。按ずるに盾天に呼号す。若し内誠ならざれば、安んぞ能く是くの如くせん。故に終始を訓釈するに、弑の志無し。悪謀を構ぬる者は、過は遂に即ち離るに在り、罪は賊を討たざるに在るのみ。臣は当に君の為に賊を討つべし。猶お子の当に父の為に薬を嘗むべきが若し。子薬を嘗めざれば、故に弑父を加う。臣賊を討たざれば、故に弑君を加う。義は一なり。以て天下を示すに、臣子の節を廃す。悪大きさ此に至る。故に盾の賊を討たざるは君を弑すなり。止の薬を嘗めざるは父を弑するに異ならざるなり。盾は誅すべからず。此を以て参験す。」問う者曰く、「弑と称して、而も誅せざる有り。此の論知り難し。蒙昧の人の見る所能きに非ざるなり。

故赦止之罪,以傳明之;盾不誅,無傳,何也?”曰:“世亂義廢,背上不臣,篡弒覆君者多,而有明大惡之誅,誰言其誅?故晉趙盾、楚公子比皆不誅之文,而弗為傳,弗欲明之心也。”問者曰:“人弒其君,重卿在而弗能討者,非一國也。靈公弒,趙盾不在,不在之與在,惡有厚薄,春秋責在而不討賊者,弗系臣子爾也;責不在而不討賊者,乃加弒焉,何其責厚惡之薄,薄惡之厚也?”曰:“春秋之道,視人所惑,為立說以大明之。今趙盾賢,而不遂於理,皆見其善,莫見其罪,故因其所賢,而加之大惡,系之重責,使人湛思,而自省悟以反道,曰:‘籲!君臣之大義,父子之道,乃至乎此。’此所由惡薄而責之厚也;他國不討賊者,諸斗筲之民,何足數哉!弗系人數而已,此所由惡厚而責薄也。傳曰:‘輕為重,重為輕。’非是之謂乎!故公子比嫌可以立,趙盾嫌無臣責,許止嫌無子罪,春秋為人不知惡,而恬行不備也,是故重累責之,以繅枉世而直之,繅者不過其正弗能直,知此而義畢矣。”

故に止の罪を赦すは、伝を以て之を明らかにす。盾誅されざるは伝無し。何ぞや。」曰く、「世乱れ義廃れ、上に背き臣ならず、簒弑して君を覆す者多し。而して大悪を明らかにするの誅有り。誰か其の誅を言わん。故に晋の趙盾、楚の公子比は皆誅せざるの文なり。而して伝を為さざるは、明らかにせんと欲せざるの心なり。」問う者曰く、「人其の君を弑して、重卿在りて討つ能わざるは、一国に非ざるなり。霊公弑さるるに、趙盾在らず。在らざると在ると、悪に厚薄有り。『春秋』は在りて賊を討たざるを責むるは、弗く臣子に系るのみ。在らずして賊を討たざるを責むるは、乃ち弑を加う。何ぞ其の責め厚悪の薄く、薄悪の厚きや。」曰く、「『春秋』の道は、人の惑う所を観て、之が為に説を立てて大いに明らかにす。今趙盾は賢なれども、理に遂ぐるなし。皆其の善を見て、其の罪を見ず。故に其の賢なる所に因りて、大悪を加え、重責を系え、人に深く思わしめ、自ら省悟して道に返らしめて曰く、「吁。君臣の大義、父子の道、竟て此の地に至れり。」此れ則ち悪薄くして責め厚きの故なり。他国の賊を討たざるは、皆斗筲の民なり。何ぞ数うるに足らん。人数に系らざるのみ。此れ則ち悪厚くして責め薄きの故なり。『伝』に曰く、「軽きは重と為り、重きは軽と為る。」此れを謂うに非ずや。故に公子比は嫌として立つべきあり、趙盾は嫌として臣の責無きあり、許止は嫌として子の罪無きあり。『春秋』は人の悪を知らざるに因りて、安んじて行い備えず、故に重々疊々責めて、以て枉曲の世を矯めて之を直さしむ。矯むるに正を過ぎざれば直ぐる能わず。此れを知れば、義備わるなり。」

巻第二

竹林第三

竹林第三

春秋之常辭也,不予夷狄,而予中國為禮,至邲之戰,偏然反之,何也?”曰:“春秋無通辭,從變而移,今晉變而為夷狄,楚變而為君子,故移其辭以從其事。夫莊王之舍鄭,有可貴之美,晉人不知其善,而欲擊之,所救已解,如挑與之戰,此無善善之心,而輕救民之意也,是以賤之,而不使得與賢者為禮。秦穆侮蹇叔而大敗,鄭文輕眾而喪師,春秋之敬賢重民如是。是故戰攻侵伐,雖數百起,必一二書,傷其害所重也。”問者曰:“其書戰伐甚謹,其惡戰伐無辭,何也?”曰:“會同之事,大者主小,戰伐之事,後者主先,苟不惡,何為使起之者居下,是其惡戰伐之辭已!且春秋之法,凶年不修舊,意在無苦民爾;苦民尚惡之,況傷民乎!傷民尚痛之,況殺民乎!故曰:凶年修舊則譏,造邑則諱,是害民之小者,惡之小也;害民之大者,惡之大也,今戰伐之於民,其為害幾何!考意而觀指,則春秋之所惡者,不任德而任力,驅民而殘賊之;其所好者,設而勿用,仁義以服之也。詩云:‘弛其文德,洽此四國。’此春秋之所善也。夫德不足以親近,而文不足以來遠,而斷斷以戰伐為之者,此固春秋所甚疾已,皆非義也。”難者曰:“春秋之書戰伐也,有惡有善也,惡軸擊而善偏戰,恥伐喪而榮復讎,奈何以春秋為無義戰而盡惡之也?”曰:“凡春秋之記災異也,雖畝有數莖,猶謂之無麥苗也;今天下之大,三百年之久,戰攻侵伐,不可勝數,而復讎者有二焉,是何以異於無麥苗之有數莖哉!不足以難之,故謂之無義戰也。以無義戰為不可,則無麥苗亦不可也;以無麥苗為可,則無義戰亦可矣。若春秋之於偏戰也,善其偏,不善其戰,有以效其然也。春秋愛人,而戰者殺人,君子奚說善殺其所愛哉!故春秋之於偏戰也,猶其於諸夏也,引之魯,則謂之外,引之夷狄,則謂之內;

「『春秋』の常辞は、夷狄に与せず中国に礼を為すを与するに、邲の戦に至りて、偏きて反るは何ぞや。」曰く、「『春秋』に通辞無し、変に従いて移るなり。今晋は変じて夷狄と為り、楚は変じて君子と為る。故に其の辞を移して事に従うなり。荘王の鄭を舍る、貴ぶべきの美有り。晋人是の善を知らずして、之を撃たんと欲す。救う所既に解かる、而して挑みて与に戦う。此れ善善の心無くして、救民の意を軽んずるなり。是を以て之を賤しめ、賢者と与に礼を為すを得さしめず。秦穆は蹇叔を侮りて大敗し、鄭文は衆を軽んじて師を喪う。『春秋』の賢を敬し民を重んずるや是くの如し。故に戦攻侵伐、数百起ると雖も、必ず一々書す。其の重んずる所を害するを傷むなり。」問う者曰く、「戦伐を書するや甚だ慎めり。戦伐を悪むに辞無きは何ぞや。」曰く、「会同の事は、大は小を主どり、戦伐の事は、後は先を主どる。若し悪まざらば、何ぞ発する者を下に居らしめん。此れ已に戦伐を悪むの辞なり。且つ『春秋』の法は、凶年は旧を修めず。意は民を苦しめざらんと在るのみ。民を苦しむる尚お悪む。況んや民を傷るをや。民を傷る尚お痛しむ。況んや民を殺すをや。故に曰く、凶年に旧を修むれば則ち譏り、邑を造れば則ち諱む、と。民を害する小なれば、悪も亦小なり。民を害する大なれば、悪も亦大なり。今戦伐の民に於ける、其の害何ぞ多きや。意を考えて指を観れば、則ち『春秋』の悪む所は、徳を任ぜずして力を任ず、民を駆使して残賊するなり。好む所は、立てて用いず、仁義を以て人を服するなり。『詩』に曰く、「其の文徳を弛め、此の四国に洽けり。」此れ『春秋』の善とする所なり。徳は親しむに足らず、文は遠人を招くに足らずして、断断然戦伐を以て之を為す。此れ本より『春秋』の深く悪む所にして、皆義に非ざるなり。」難ずる者曰く、「『春秋』の戦伐を書するは、悪有り善有り。詐撃を悪みて偏戦を善とし、喪を伐つを恥じて復讐を栄とす。安んぞ以て『春秋』義戦無くして皆悪むと為さん。」曰く、「凡そ『春秋』の災異を記するは、田畝に幾莖有りと雖も、猶お麦苗無しと曰う。今夫れ天下の大、三百年の久しさ、戦攻侵伐勝げて数うべからず、而して復讐するは二事あり。此れ麦苗無きの中に幾莖有ると何ぞ異ならん。責むるに足らず、故に義戦無しと曰う。義戦無きを以て可ならずと為せば、則ち麦苗無きも亦可ならず。麦苗無きを以て可なりと為せば、則ち義戦無きも亦可なり。『春秋』の偏戦に於けるに至りては、其の偏を善として、其の戦を善とせず。以て験する所有り。『春秋』は人を愛す。而して戦う者は人を殺す。君子安んぞ其の愛する所を殺すを好むと言わん。故に『春秋』の偏戦に於けるは、諸夏に於けるが若し。引きて魯に至れば則ち外と謂い、引きて夷狄に至れば則ち内と謂う。

比之軸戰,則謂之義,比之不戰,則謂之不義;故盟不如不盟,然而有所謂善盟;戰不如不戰,然而有所謂善戰;不義之中有義,義之中有不義;辭不能及,皆在於指,非精心達思者,其庸能知之!詩云:‘棠棣之華,偏其反而;豈不爾思,室是遠而。’孔子曰:‘未之思也!夫何遠之有?’由是觀之,見其指者,不任其辭,不任其辭,然後可與適道矣。”

之を詐戦に比ぶれば則ち義と謂い、之を不戦に比ぶれば則ち不義と謂う。故に盟は不盟に如かず。然れども善盟の謂う所有り。戦は不戦に如かず。然れども善戦の謂う所有り。不義の中に義有り、義の中に不義有り。辞及ぶ能わず、皆指に在り。精心達思の人に非ざれば、其れ庸う知る能わんや。『詩』に曰く、「棠棣の華、偏きて其れ反る。豈に爾を思わざらん、室是れ遠し。」孔子曰く、「未だ之を思わざるなり。夫れ何ぞ遠き之有らん。」是れより観れば、指を見る者は其の辞に任せず。其の辞に任せざれば、然る後に与に道に适くべし。」

“司馬子反為君使,廢君命,與敵情,從其所請,與宋平,是內專政,而外擅名也。專政則輕君,擅名則不臣,而春秋大之,奚由哉?”曰:“為其有慘怛之恩,不忍餓一國之民,使之相食。推恩者遠之為大,為仁者自然為美。今子反出己之心,矜宋之民,無計其閒,故大之也。”難者曰:“春秋之法,卿不憂諸侯,政不在大夫。子反為楚臣,而恤宋民,是憂諸侯也;不復其君,而與敵平,是政在大夫也。湨梁之盟,信在大夫,而春秋刺之,為其奪君尊也;平在大夫,亦奪君尊,而春秋大之,此所閒也。且春秋之義,臣有惡擅名美。故忠臣不顯諫,欲其由君出也。書曰:‘爾有嘉謀嘉猷,入告爾君於內,爾乃順之於外,曰:此謀此猷,惟我君之德。’此為人臣之法也;古之良大夫,其事君皆若是。今子反去君近而不復,莊王可見而不告,皆以其解二國之難,為不得已也,奈其奪君名美何!此所惑也。”曰:“春秋之道,固有常有變,變用於變,常用於常,各止其科,非相妨也。今諸子所稱,皆天下之常,雷同之義也;子反之行,一曲之變,獨修之意也。夫目驚而體失其容,心驚而事有所忘,人之情也;通於驚之情者,取其一美,不盡其失。詩云:‘採葑採菲,無以下體。’此之謂也。今子反往視宋,聞人相食,大驚而哀之,不意之至於此也,是以心駭目動,而違常禮。禮者,庶於仁,文質而成體者也。今使人相食,大失其仁,安著其禮,方救其質,奚恤其文,故曰:‘當仁不讓。’此之謂也。春秋之辭,有所謂賤者,有賤乎賤者,夫有賤乎賤者,則亦有貴乎貴者矣。今讓者,春秋之所貴,雖然,見人相食,驚人相爨,救之忘其讓,君子之道,有貴於讓者也,故說春秋者,無以平定之常義,疑變故之大,則義幾可諭矣。”

「司馬子反は君の為に使いして、君命を廃し、敵に情を与し、其の請う所に従い、宋と平らぐ。是れ内に政を専らにし、外に名を擅にす。政を専らにすれば則ち君を軽んじ、名を擅にすれば則ち臣ならず。而して『春秋』は之を大にす。奚より来たらん。」曰く、「其の惨怛の恩有るを以てなり。一国の民を餓えさせ、之を相食せしむるを忍びず。恩を推す者は遠を以て大と為し、仁を為す者は自然を以て美と為す。今子反は己の心より出でて、宋の民を矜り、其の間を計らず。故に之を大にす。」難ずる者曰く、「『春秋』の法は、卿は諸侯を憂えず、政は大夫に在らず。子反は楚の臣にして、宋民を恤む。是れ諸侯を憂うるなり。其の君に復せずして、敵と平らぐ。是れ政大夫に在り。湨梁の盟は信大夫に在りて、而して『春秋』之を刺す。其の君の尊を奪うを以てなり。平らぐは大夫に在りて、亦君の尊を奪う。而して『春秋』之を大にす。此れ間隙なり。且つ『春秋』の義は、臣に悪有り、名美を擅にす。故に忠臣は諫を顕さず。其の君より出づるを要すなり。『書』に曰く、「爾嘉謀嘉猷有らば、入りて内に爾の君に告げ、爾乃ち外に之に順いて曰く、此の謀此の猷は、惟れ我が君の徳なり、と。」是れ人臣たるの法なり。古の良大夫、君に事うるは皆此くの如し。今子反は君に近くして復せず、荘王は見うべきにして告げず。皆二国の難を解くは已むを得ざるを以てなり。其の君の名美を奪うを以て何ぞせん。此れ惑う所なり。」曰く、「『春秋』の道は、本に常有り変有り。変は変に用い、常は常に用う。各々其の科条に止まり、相妨害するに非ざるなり。今諸子の称する所は、皆天下の常、雷同の義なり。子反の行う所は、一曲の変、独り修めるの意なり。目驚きて身に容儀を失い、心驚きて事忘る所有り。是れ人の情なり。驚の情に通ずる者は、其の一美を取りて、過失を尽く挙げず。『詩』に曰く、「葑を采り菲を采る、下体を以てすること無かれ。」此れを謂うなり。今子反の宋を観るや、人の相食するを聞きて、大いに驚きて哀しみ、此の歩に至るを思わず。故に心駭き目動きて、常礼に背う。礼は仁に比近し、文質して体を成す。今人を相食せしむるは、大いに仁を失う。礼何ぞ附着せん。正に質を救う、何ぞ必ずしも文を恤えん。故に曰く、「仁に当りては譲らず。」此れを謂うなり。『春秋』の辞は、賤と謂う所有り、賤より賤しき有り。賤より賤しき有れば、則ち亦貴より貴き有り。今譲は『春秋』の貴ぶ所なり。然れども人の相食するを見、人の相炊するを驚きて、之を救いて譲を忘る。君子の道は、譲より貴き有り。故に『春秋』を講ずる者は、平定の常義を以て、変故の大を疑う勿れ。則ち義庶幾く曉諭すべし。」

春秋記天下之得失,而見所以然之故,甚幽而明,無傳而著,不可不察也。夫泰山之為大,弗察弗見,而況微眇者乎!故按春秋而適往事,窮其端而視其故,得志之君子、有喜之人,不可不慎也。齊頃公親齊桓公之孫,國固廣大,而地勢便利矣,又得霸主之餘尊,而志加於諸侯,以此之故,難使會同,而易使驕奢,即位九年,末嘗肯一與會同之事,有怒魯衛之志,而不從諸侯於清丘斷道,春往伐魯,入其北郊,顧返伐衛,敗之新築;當是時也,方乘勝而志廣,大國往聘,慢而弗敬其使者,晉魯俱怒,內悉其眾,外得黨與衛曹,四國相輔,大困之?,獲齊頃公,斮逄醜父。深本頃公之所以大辱身,幾亡國,為天下笑,其端乃從懾魯勝衛起;伐魯,魯不敢出;擊衛,大敗之;因得氣而無敵國,以興患也。故曰:得志有喜,不可不戒。此其效也。自是之後,頃公恐懼,不聽聲樂,不飲酒食肉,內愛百姓,問疾弔喪,外敬諸侯,從會與盟,卒終其身,家國安寧。是福之本生於憂,而禍起於喜也。嗚呼!物之所由然,其於人切近,可不省邪!

『春秋』は天下の得失を記して、然る所以の故を見る。甚だ幽にして明、伝無くして著あり。察しざるべからず。泰山の大と為るや、察せずんば見えず。況んや微眇なるをや。故に『春秋』を按じて往事に适き、其の端を窮めて其の故を視る。志を得るの君子、喜ぶ有りの人は、慎まざるべからず。斉頃公は親しく斉桓公の孫なり。国固より広大にして、地勢便利なり。又霸主の余尊を得て、志を諸侯に加う。此の故を以て、会同に使うこと難くして、之を驕奢せしむること易し。即位九年、未だ嘗て一も会同の事に与るを肯ぜず。魯衛に怒るの志有りて、諸侯に清丘断道に従わず。春往きて魯を伐ち、北郊に入り、還りて又衛を伐ち、新築に於て之を敗る。当に是の時、正に勝に乗じて志広し。大国往きて聘す。怠慢にして使を敬せず。晋魯皆怒る。内は其の衆を尽くし、外は衛曹の党を得。四国相輔き、鞍に於て大いに之を困み、斉頃公を擒り、逄丑父を斬る。深く究むれば頃公の大いに身を辱め、幾く国を亡ぼし、天下の笑わるる所と為る所以は、其の端乃ち魯を懾服し衛に勝つより興るなり。魯を伐てば魯敢えて出でず。衛を撃てば大いに之を敗る。因りて気を得て敵国無し。以て患を興すなり。故に曰く、志を得て喜ぶ有り、戒めざるべからず、と。此れ即ち験なり。此より以後、頃公恐懼し、声楽を聴かず、酒を飲み肉を食せず。内は百姓を愛して、疾を問い喪を弔い、外は諸侯を敬して、会と盟に従う。其の身を終えて、家国安寧なり。此れ福の本は憂に生じ、而して禍は喜に起るなり。嗚呼。物の此くの如き所以は、人に於て切近なり。省察せざるべからんや。

“逄醜父殺其身以生其君,何以不得謂知權?醜父欺晉,祭仲許宋,俱枉正以存其君,然而醜父之所為,難於祭仲,祭仲見賢,而醜父猶見非,何也?”曰:“是非難別者在此,此其嫌疑相似,而不同理者,不可不察。夫去位而避兄弟者,君子之所甚貴;獲虜逃遁者,君子之所甚賤。祭仲措其君於人所甚貴,以生其君,故春秋以為知權而賢之;醜父措其君於人所甚賤,以生其君,春秋以為不知權而簡之。其俱枉正以存君,相似也,其使君榮之,與使君辱,不同理。故凡人之有為也,前枉而後義者,謂之中權,雖不能成,春秋善之,魯隱公、鄭祭仲是也;前正而後有枉者,謂之邪道,雖能成之,春秋不愛,齊頃公、逄醜父是也。夫冒大辱以生,其情無樂,故賢人不為也,而眾人疑焉,春秋以為人之不知義而疑也,故示之以義,曰:‘國滅,君死之,正也。’正也者,正於天之為人性命也,天之為人性命,使行仁義而羞可恥,非若鳥獸然,苟為生,苟為利而已。是故春秋推天施而順人理,以至尊為不可以加於至辱大羞,故獲者絕之;以至辱為亦不可以加於至尊大位,故雖失位,弗君也;已反國,復在位矣,而春秋猶有不君之辭,況其溷然方獲而虜邪!其於義也,非君定矣,若非君,則醜父何權矣!故欺三軍,為大罪於晉,其免頃公,為辱宗廟於齊,是以雖難,而春秋不愛。醜父大義,宜言於頃公曰:‘君慢侮而怒諸侯,是失禮大矣;今被大辱而弗能死,是無恥也;而復重罪,請俱死,無辱宗廟,無羞社稷。’如此,雖陷其身,尚有廉名,當此之時,死賢於生,故君子生以辱,不如死以榮,正是之謂也。由法論之,則醜父欺而不中權,忠而不中義,以為不然,復察春秋,春秋之序辭也,置王於春正之間,非曰:上奉天施,而下正人,然後可以為王也云爾!

「逄丑父は其の身を殺して以て其の君を生かす。何ぞ之を知権と謂うを得ざる。丑父は晋を欺き、祭仲は宋を許す。倶に正を枉げて以て其の君を存す。然れども丑父の為す所は、祭仲より難し。祭仲は賢と見え、而して丑父は猶お非と見ゆ。何ぞや。」曰く、「是非の別し難き者は此れ在り。此れ其の嫌疑相似にして理同じからざる者なり。察しざるべからず。位を去りて兄弟を避くるは、君子の甚だ貴ぶ所なり。獲られ逃遁するは、君子の甚だ賤しむ所なり。祭仲は其の君を措きて人の甚だ貴ぶ所にし、以て其の君を生かす。故に『春秋』は以て知権にして之を賢とす。丑父は其の君を措きて人の甚だ賤しむ所にし、以て其の君を生かす。『春秋』は以て権を知らずして之を簡む。倶に正を枉げて以て君を存するは、相似なり。君を栄えしむると君を辱めしむるとは、理同じからず。故に凡そ人の為す所有り、前に枉げて後に義に合するを、中権と謂う。成す能わずと雖も、『春秋』之を善待す。魯隠公・鄭祭仲が是れなり。前に正しくて後に枉げ有るを、邪道と謂う。成す能くと雖も、『春秋』之を愛せず。斉頃公・逄丑父が是れなり。大辱を冒して生くるは、情楽しむ無し。故に賢人は為さずして、衆人是を疑う。『春秋』は人の義を知らずして疑うを以て、故に義を顕して之に示して曰く、「国滅び、君之が為に死すは、正なり。」正とは、天の人に施す所の性命に正しきなり。天の人に施す所の性命は、人をして仁義を行い、以て羞ずべきを恥とせしむ。鳥獣の如く、苟も生を求め、苟も利を求むるのみならざるなり。故に『春秋』は天の施を推して人理に順い、至尊を以て至辱大羞に加うべからず。故に獲られたるは則ち之を絶つ。至辱も亦至尊大位に加うべからず。故に位を失うと雖も、亦以て之を君と為さず。已に国に帰りて、又在位すれば、『春秋』猶お君ならざるの辞有り。況んや溷然として正に獲られて虜と為るをや。義の上に於ては、君に非ざるは已に定まれるなり。若し君に非ざれば、丑父又何ぞ権有らん。故に三軍を欺くは、晋に於て大罪なり。頃公を免れしむるは、斉に於て宗廟を辱むるなり。故に難しと雖も、『春秋』之を愛せず。丑父の大義は、当に頃公に謂うべし、「君は慢侮して諸侯を激怒し、礼を失うこと大なり。今大辱を遭いて死する能わず。是れ無恥なり。又再び重罪を加う。請う倶に死せん。宗廟を辱むる勿れ、社稷を羞る勿れ。」此くの如くなれば、己の身を陷すと雖も、猶お廉の名有らん。当に是の時、死は生より賢し。故に君子生きて辱を受くるは、死して栄えるに如かず。正に此れを謂うなり。法を按じて以て論ずれば、則ち丑父は欺きて中権ならず、忠にして中義ならず。以て然らずと為すは、復た『春秋』を察す。『春秋』の序辞は、王を春・正の間に置く。是れ謂うに非ずや、上は天の施を奉じ、下は人を端正し、然る後に王たるべし。如此而已。」

今善善惡惡,好榮憎辱,非人能自生,此天施之在人者也,君子以天施之在人者聽之,則醜父弗忠也,天施之在人者,使人有廉恥,有廉恥者,不生於大辱,大辱莫甚於去南面之位。而束獲為虜也。曾子曰:‘辱若可避,避之而已;及其不可避,君子視死如歸。’謂如頃公者也。”

今善善悪悪、栄を好み辱を憎むは、人能く自ら生ずるに非ず。此れ天の施して人に在る者なり。君子は天の人に在る所を以て之を聴ずれば、則ち丑父は忠ならず。天の人に在る所は、人をして廉恥有らしむ。廉恥有る者は、大辱に於て生けらず。大辱は南面の位を去り、束ねられ獲られて虜と為るより甚だしき莫し。曽子曰く、「辱若し避くべければ、之を避くる而已。其の避くべからざるに及べば、君子は死を視ること帰るが如し。」是れ頃公の如き者を謂うなり。

“春秋曰:‘鄭伐許。’奚惡於鄭,而夷狄之也?”曰:“衛侯遫卒,鄭師侵之,是伐喪也;鄭與諸侯盟於蜀,以盟而歸諸侯,於是伐許,是叛盟也。伐喪無義,叛盟無信,無信無義,故大惡之。”問者曰:“是君死,其子未踰年,有稱伯不子,法辭其罪何?”曰:“先王之制,有大喪者,三年不呼其門,順其志之不在事也。書曰:‘高宗諒闇,三年不言。’居喪之義也。今縱不能如是,奈何其父卒未踰年,即以喪舉兵也。春秋以薄恩,且施失其子心,故不復得稱子,謂之鄭伯,以辱之也。且其先君襄公,伐喪叛盟,得罪諸侯,諸侯怒之未解,惡之未已,繼其業者,宜務善以覆之,今又重之,無故居喪以伐人;父伐人喪,子以喪伐人;父加不義於人,子施失恩於親,以犯中國;是父負故惡於前,己起大惡於後,諸侯畢怒而憎之,率而俱至,謀共擊之,鄭乃恐懼去楚,而成蟲牢之盟是也。楚與中國,俠而擊之,鄭罷弊危亡,終身愁辜。吾本其端,無義而敗,由輕心然。孔子曰:‘道千乘之國,敬事而信。’知其為得失之大也,故敬而慎之。今鄭伯既無子恩,又不庸計,一舉兵不當,被患不窮,自取之也。是以生不得稱子,去其義也;死不得書葬,見其窮也。曰:有國者視此,行身不放義,興事不審時,其何如此爾。”

「『春秋』に曰く、「鄭、許を伐つ。」何ぞ鄭を悪みて、之を夷狄と為すや。」曰く、「衛侯遫卒し、鄭師之を侵す。是れ喪を伐つなり。鄭は諸侯と蜀に於て盟し、盟に因りて諸侯に帰り、是に於て許を伐つ。是れ盟に叛くなり。喪を伐つは義無く、盟に叛くは信無し。信無く義無し。故に大いに之を悪む。」問う者曰く、「是れ君死し、其の子未だ年を踰えず。伯と称して子と称せざる有り。法辞其の罪何ぞ。」曰く、「先王の制は、大喪有る者は、三年其の門を呼ばず。其の志事に在らざるに順うなり。『書』に曰く、「高宗諒闇、三年言わず。」居喪の義なり。今縦い能く是くの如くせずと雖も、奈何せん其の父卒して、未だ年を踰えずして、喪を帯びて兵を挙ぐる。『春秋』は恩薄く、且つ施して子の心を失うを以て、故に復た子と称する能わず。之を鄭伯と呼び、以て之を辱む。且つ其の先君襄公は、喪を伐ち盟に叛き、諸侯に罪を得る。諸侯の怒未だ解けず、悪未だ止まず。其の業を継ぐは、当に善を務めて以て覆うべし。今又加えて重くし、故なく喪に居りて人を伐つ。父は人の喪を伐ち、子は喪を帯びて人を伐つ。父は不義を人に加え、子は親に施して恩を失い、以て中国を犯す。是れ父は前に於て旧悪を負い、己は後に於て大悪を興す。諸侯皆怒りて之を憎み、率い倶に至り、謀りて倶に之を撃つ。鄭乃ち楚を去るを懼れ、而して虫牢の盟を成す。楚は中国と倶に撃ち、鄭疲弊して危亡す。終身辜を愁う。吾其の端を推原すれば、義無くして敗るは、心を軽んずるに由るなり。孔子曰く、「千乗の国を道くは、事を敬みて信なり。」其の得失の大なるを知れば、故に敬みて慎む。今鄭伯は既に子と為るの恩無く、又庸計せず。一たび兵を挙げて当らざれば、患を遭うこと窮まり無し。是れ自ら取るなり。故に生きて子と称する能わず、其の義を去り、死して葬を書する能わず、其の窮を顕す。曰く、国有る者此れを視よ。身を行うに義に依らず、事を興すに時を審らかにせずんば、安んぞ此の地に至らん、と。」

巻第三

玉英第四

玉英第四

謂一元者,大始也。知元年志者,大人之所重,小人之所輕。是故治國之端在正名,名之正,興五世,五傳之外,美惡乃形,可謂得其真矣,非子路之所能見。惟聖人能屬萬物於一,而系之元也,終不及本所從來而承之,不能遂其功。是以春秋變一謂之元,元猶原也,其義以隨天地終始也。故人唯有終始也,而生不必應四時之變,故元者為萬物之本,而人之元在焉,安在乎?乃在乎天地之前,故人雖生天氣,及奉天氣者,不得與天元、本天元命、而共違其所為也。故春正月者,承天地之所為也,繼天之所為而終之也,其道相與共功持業,安容言乃天地之元?天地之元,奚為於此?惡施於人?大其貫承意之理矣。是故春秋之道,以元之深,正天之端,以天之端,正王之政,以王之政,正諸侯之即位,以諸侯之即位,正竟內之治,五者俱正,而化大行。非其位而即之,雖受之先君,春秋危之,宋繆公是也;非其位不受之先君,而自即之,春秋危之,吳王僚是也;雖然,苟能行善得眾,春秋弗危,衛侯晉以立書葬是也;俱不宜立,而宋繆受之先君而危,衛宣弗受先君而不危,以此見得眾心之為大安也。故齊桓非直弗受之先君也,乃率弗宜為君者而立,罪亦重矣,然而知恐懼,敬舉賢人而以自覆蓋,知不背要盟,以自湔浣也,遂為賢君,而霸諸侯;使齊桓被惡,而無此美,得免殺戮乃幸已,何霸之有!魯桓忘其憂,而禍逮其身;齊桓憂其憂,而立功名。推而散之,凡人有憂而不知憂者,兇,有憂而深憂之者,吉。易曰:‘復自道,何其咎。’此之謂也。匹夫之反道以除咎,尚難,人主之反道以除咎、甚易。詩云:‘德輶如毛。’言其易也。

一元を説くは、大始なり。元年の志を知るは、大人の重んずる所、小人の軽んずる所なり。故に国を治むるの端は名を正すに在り。名正しければ、五世を興し、五伝の外、美悪乃ち形を成す。真を得たりと謂うべし。子路の見る所能きに非ざるなり。惟れ聖人は能く万物を一に属して、之を元に系る。終に本の来たる所に反りて之を承けざれば、功を遂ぐる能わず。故に『春秋』は一を変えて元と謂う。元は猶お原のごとし。其の義は以て天地と終始に随う。故に人は惟れ終始有るのみ。而して生は必ずしも四時の変に応えず。故に元は万物の本にして、而して人の元在焉。安くに在るや。乃ち天地の前に在るなり。故に人は天気に生ぜられ、及び天気を奉ずるも、天元と為す能わず、天元の命に本づきて、而して倶に其の為す所に背うなり。故に春正月は、天地の為す所を承け、天の為す所を継ぎて之を終えるなり。道は相共に倶に功業を持つ。安んぞ乃ち天地の元と謂わん。天地の元は、奚ぞ此れに在るや。何ぞ人に施かん。是れ大いに意を貫き承ける理なり。故に『春秋』の道は、元の深きを以て天の端を正しくし、天の端を以て王の政を正しくし、王の政を以て諸侯の即位を正しくし、諸侯の即位を以て境内の治を正しくす。五者皆正しければ、教化大いに行わる。其の位に非ざるに即けば、先君に於て之を受くと雖も、『春秋』は以て危うしと為す。宋繆公が是れなり。其の位に非ざるにして、先君に於て之を受けずして自ら即くは、『春秋』は以て危うしと為す。呉王僚が是れなり。然りと雖も、若し能く善を行いて衆を得れば、『春秋』は以て危うしと為さず。衛侯晋の因りて立ちて葬を書さるるが是れなり。皆立つべからずと雖も、而して宋繆は先君に於て之を受くるに危うく、衛宣は先君に受けずして危うからず。此に由りて衆心を得るは大安を見るなり。故に斉桓は唯だ先君に於て之を受けざるのみならず、又君と為るべからざるを率いて立つ。罪も亦重し。然れども恐懼することを知り、賢人を敬挙して以て己を覆い、要約の盟に背かざるを知り、以て己を洗濯す。是に於て賢君と為りて、諸侯に覇す。仮令斉桓悪を蒙りて、此の美無くば、能く殺戮を免るれば則ち幸いなり。安んぞ覇有らん。魯桓は其の憂を忘れて、而して禍身に逮ぶ。斉桓は其の憂を憂えて、而して功名を立つ。推して之を散ずれば、凡そ人憂有りて憂を知らざるは凶なり。憂有りて深く之を憂うるは吉なり。『易』に曰く、「道より復れば、何の咎かあらん。」此れを謂うなり。匹夫道に返りて以て咎を除くも、尚お難し。人主道に返りて以て咎を除くは、甚だ易し。『詩』に曰く、「徳は毛の如し。」是れ易きを謂うなり。

“公觀魚於棠,何惡也?”“凡人之性,莫不善義,然而不能義者,利敗之也;故君子終日言不及利,欲以勿言愧之而已,愧之以塞其源也。夫處位動風化者,徒言利之名爾,猶惡之,況求利乎!故天王使人求賻求金,皆為大惡而書。今非直使人也,親自求之,是為甚惡,譏。何故言觀魚?猶言觀社也,皆諱大惡之辭也。”

「公は棠に於て魚を観る。何の悪ぞや。」「凡そ人の性は、善義ならざる莫し。然れども義ならざるは、利之を敗るなり。故に君子は終日言利に及ばず。欲して以て言わずして之を愧らしむるのみ。愧を以て其の源を塞ぐなり。位に処りて風化を動かす者は、徒らに利の名を言うのみならず、猶お之を悪む。況んや利を求むるをや。故に天王は人をして賻を求め金を求めしめば、皆大悪と為りて書す。今直に人を使うのみならず、親しく自ら之を求む。是れ甚だしき悪なり。譏る。何の故ぞ観魚と言う。猶お観社と言うが若し。皆大悪を諱むの辞なり。」

春秋有經禮,有變禮。為如安性平心者、經禮也;至有於性雖不安,於心雖不平,於道無以易之,此變禮也。是故昏禮不稱主人,經禮也;辭窮無稱,稱主人,變禮也。天子三年然後稱王,經禮也;有故,則未三年而稱王,變禮也。婦人無出境之事,經禮也;母為子娶婦,奔喪父母,變禮也。明乎經變之事,然後知輕重之分,可與適權矣。難者曰:“春秋事同者辭同,此四者,俱為變禮,而或達於經,或不達於經,何也?”曰:“春秋理百物,辨品類,別嫌微,修本末者也。是故星墜謂之隕,螽墜謂之雨,其所發之處不同,或降於天,或發於地,其辭不可同也。今四者俱為變禮也同,而其所發亦不同,或發於男,或發於女,其辭不可同也。是或達於常,或達於變也。”

『春秋』に経礼有り、変礼有り。安性の平心なるが如きは、経礼なり。性安らかならず心平らかならざるに至りても、道に於て改易すべき無きは、此れ変礼なり。故に婚礼は主人と称せざるは、経礼なり。辞窮まりて称すべき無きは、主人と称す。是れ変礼なり。天子三年して然る後に王と称するは、経礼なり。故有れば、則ち未だ三年ならずして王と称するは、変礼なり。婦人に出境の事無きは、経礼なり。母は子の為に婦を娶り、父母の為に喪に奔するは、変礼なり。経変の事を明らかにして、然る後に軽重の別を知りて、与に権に适くべし。難ずる者曰く、「『春秋』は事同じきは辞同じき。此の四者は皆変礼なり。而して或いは経に達し、或いは経に達せざるは何ぞや。」曰く、「『春秋』は百物を治め、品類を分別し、嫌疑微細を分かち、本末を修明す。故に星の墜つるを隕と曰い、螽の墜つるを雨と曰う。発する所の処同じからず。或いは天より降り、或いは地より発す。辞同じくすべからず。今四者は皆変礼同じくして、而して発する所も亦同じからず。或いは男に発し、或いは女に発す。辞同じくすべからず。此れ或いは常に達し、或いは変に達するなり。」

桓之志無王,故不書王;其志欲立,故書即位。書即位者,言其弒君兄也;不書王者,以言其背天子。是故隱不言立,桓不言王者,從其志,以見其事也。從賢之志,以達其義;從不肖之志,以著其惡。由此觀之,春秋之所善、善也,所不善、亦不善也,不可不兩省也。

桓の志は王無し。故に王を書さず。其の志は立たんと欲す。故に即位を書す。即位を書するは、其の君兄を弑すと謂うなり。王を書さざるは、其の天子に背くと謂うなり。故に隠は立と言わず、桓は王と言わず。是れ其の志に従いて、以て其の事を顕すなり。賢の志に従いて、以て其の義に通ず。不肖の志に従いて、以て其の悪を彰らかにす。此れより観れば、『春秋』の善とする所は善なり。善とせざる所も亦善ならず。両より省察せざるべからず。

“經曰:宋督弒其君與夷。傳言莊公馮殺之。不可及於經,何也?”曰:“非不可及於經,其及之端眇,不足以類鉤之,故難知也。傳曰:臧孫許與晉卻克同時而聘乎齊,按經無有,豈不微哉!不書其往,而有避也。今此傳而言莊公馮,而於經不書,亦以有避也。是以不書聘乎齊,避所羞也;不書莊公馮殺,避所善也。是故讓者,春秋之所善,宣公不與其子,而與其弟,其弟亦不與子,而反之兄子,雖不中法,皆有讓高,不可棄也,故君子為之諱。不居正之謂避其後也,亂移之宋督,以存善志,此亦春秋之義善無遺也,若直書其篡,則宣繆之高滅,而善之無所見矣。”難者曰:“為賢者諱,皆言之,為宣繆諱,獨弗言,何也?”曰:“不成於賢也,其為善不法,不可取,亦不可棄,棄之則棄善志也,取之則害王法,故不棄亦不載,以意見之而已。苟志於仁,無惡。此之謂也。”

「経に曰く、宋督其の君与夷を弑す、と。伝は荘公馮之を殺すと言う。経に及ぶ能わざるは何ぞや。」曰く、「経に及ぶ能わざるに非ず。其の及ぶの端倪微眇にして、以て類を鉤くるに足らず。故に知り難し。『伝』に曰く、臧孫許と晋の郤克と同時に斉に聘す、と。経を按ずるに無し。豈に微細ならずや。其の往くを書さざるは、避くる所有ればなり。今此の伝は荘公馮と言いて、而して経は書さざるは、亦避くる所有ればなり。故に斉に聘するを書さざるは、羞ずる所を避くるなり。荘公馮の殺すを書さざるは、善とする所を避くるなり。故に譲は『春秋』の善とする所なり。宣公は其の子に与えずして、其の弟に与う。弟も亦其の子に与えずして、返りて兄の子に与う。中法せずと雖も、皆譲の高有り。棄つべからず。故に君子は之が為に諱む。正に居らざるを其の後を避くと謂い、乱を宋督に移して、以て善志を存す。此れ亦『春秋』の義は善遺さざるなり。若し直ちに其の簒を書さば、則ち宣・繆の高は滅して、而して善顕るるに従う無し。」難ずる者曰く、「賢者の為に諱むは、皆曰う。宣・繆の為に諱むに、独り曰わざるは何ぞや。」曰く、「賢に成らざればなり。其の善を為すは法に合せず。取るべからず、亦棄つべからず。棄てば則ち善志を棄て、取れば則ち王法を害す。故に棄てずして亦記さず。意を用いて以て顕すのみ。苟も仁に志さば、悪無し。此れを謂うなり。」

器從名,地從主人之謂制,權之端焉,不可不察也。夫權雖反經,亦必在可以然之域,不在可以然之域,故雖死亡,終弗為也,公子目夷是也。故諸侯父子兄弟,不宜立而立者,春秋視其國,與宜立之君無以異也,此皆在可以然之域也;至於鄫取乎莒,以之為同居,目曰莒人滅鄫,此在不可以然之域也。故諸侯在不可以然之域者,謂之大德,大德無踰閒者,謂正經;諸侯在可以然之域者,謂之小德,小德出入可也;權譎也,尚歸之以奉鉅經耳。故春秋之道,博而要,詳而反一也。公子目夷復其君,終不與國,祭仲已與,後改之,晉荀息死而不聽,衛曼姑拒而弗內,此四臣事異而同心,其義一也。目夷之弗與,重宗廟;祭仲與之,亦重宗廟;荀息死之,貴先君之命;曼姑拒之,亦貴先君之命也。事雖相反,所為同,俱為重宗廟,貴先帝之命耳。難者曰:“公子目夷祭仲之所為者,皆存之事君,善之可矣;荀息曼姑非有此事也,而所欲恃者,皆不宜立者,何以得載乎義。”曰:“春秋之法,君立不宜立,不書;大夫立,則書。書之者,弗予大夫之得立不宜立者也;不書,予君之得立之也。君之立不宜立者,非也;既立之,大夫奉之,是也;荀息曼姑之所得為義也。”

器は名に従い、地は主人に従う。之を制と謂う。権の端倪は、察しざるべからず。権は経に反ると雖も、亦必ず可とする如此の域に在り。可とする如此の域に在らざれば、故に死すると雖も、終に為さず。公子目夷が是れなり。故に諸侯父子兄弟の立つべからずして立つは、『春秋』は其の国を観て、立つべきの君と与に異なる無し。此れ皆可とする如此の域に在り。鄫の莒に於て娶るに至りては、之を以て同居と為し、則ち莒人鄫を滅すと曰う。此れ可とする如此の域に在らざるなり。故に諸侯の可とする如此の域に在らざるは、大徳と謂う。大徳の閑を踰えざるは、正経と謂う。諸侯の可とする如此の域に在るは、小徳と謂う。小徳は出入すべし。権譎は、猶お帰するに大経を奉持するに在るのみ。故に『春秋』の道は、博にして要約、詳にして一に返る。公子目夷は其の君に復して、終に国を与えず。祭仲は已に与えて、後改む。晋の荀息は死して聴かず。衛の曼姑は拒みて納れず。此の四臣は事同じからずして心同じきは、義一なり。目夷の与えざるは、宗廟を重んずるなり。祭仲の与うるは、亦宗廟を重んずるなり。荀息の為に死するは、先君の命を貴ぶなり。曼姑の拒ぐは、亦先君の命を貴ぶなり。事相反ると雖も、為す所は同じきは、皆宗廟を重んじ、先帝の命を貴ぶのみ。難ずる者曰く、「公子目夷・祭仲の為す所は、皆君を存し事うるなり。善待すべし。荀息・曼姑は此の事無くして、而して依恃する所は、皆立つべからざるなり。何を以て能く義に載せん。」曰く、「『春秋』の法は、君が立つべからざるを立つれば、書さず。大夫立てば、則ち書す。書するは、大夫能く立つべからざるを立つるを与えざるなり。書さざるは、君能く立つるを与うるなり。君が立つべからざるを立つるは、是非なり。已に立てば、大夫之を奉持するは、是なり。荀息・曼姑の能く義に合する所以なり。」

難紀季曰:“春秋之法,大夫不得用地。又曰:公子無去國之義。又曰:君子不避外難。紀季犯此三者,何以為賢!賢臣故盜地以下敵,棄君以避難乎!”曰:“賢者不為是。是故托賢於紀季,以見季之弗為也;紀季弗為,而紀侯使之可知矣。春秋之書事,時詭其實,以有避也;其書人,時易其名,以有諱也。故詭晉文得志之實以代諱,避致王也;詭莒子號,謂之人,避隱公也;易慶父之名,謂之仲孫;變盛謂之成,諱大惡也。然則說春秋者,入則詭辭,隨其委曲,而後得之。今紀季受命乎君,而經書專,無善一名,而文見賢,此皆詭辭,不可不察。春秋之於所賢也,固順其志,而一其辭,章其義而褒其美。今紀侯、春秋之所貴也,是以聽其入齊之志,而詭其服罪之辭也,移之紀季。故告糴於齊者,實莊公為之,而春秋詭其辭,以予臧孫辰;以酅入於齊者,實紀侯為之,而春秋詭其辭,以與紀季;所以詭之不同,其實一也。”難者曰:“有國家者,人慾立之,固盡不聽;國滅,君死之,正也;何賢乎紀侯?”曰:“齊將復讎,紀侯自知力不加,而志距之,故謂其弟曰:‘我宗廟之主,不可以不死也,汝以酅往,服罪於齊,請以立五廟,使我先君歲時有所依歸。’率一國之眾,以衛九世之主,襄公逐之不去,求之弗予,上下同心,而俱死之,故謂之大去。春秋賢死義且得眾心也,故為諱滅,以為之諱,見其賢之也,以其賢之也,見其中仁義也。”

紀季を責めて曰く、「『春秋』の法は、大夫は地を専用する能わず。又曰く、公子に国を去るの義無し、と。又曰く、君子は外難を避けず、と。紀季此の三条を犯す。何を以てか賢と為さん。賢臣は此に因りて地を盗みて以て敵に降り、君を棄てて以て難を避くるか。」曰く、「賢の人は此れを為さず。故に賢を紀季に託して、以て季為さざるを顕す。季為さずして、而して紀侯之をして為さしむれば則ち知るべし。『春秋』の事を書するは、時に実を詭変す。避くる所有ればなり。人を書するは、時に名称を改易す。諱む所有ればなり。故に晋文の志を得るの実を詭変して以て諱に代え、天子を招致するを避く。莒子の号を詭変して人と曰い、隠公を避く。慶父の名を改易して仲孫と曰い、盛を変えて成と曰い、大悪を諱む。然らば則ち『春秋』を講ずる者は、入りて則ち詭辞有り。委曲に随いて、然る後に得。今紀季は君に命を受けて、而して経は専と書す。一も善名無くして、而して文賢を顕す。此れ皆詭辞なり。察しざるべからず。『春秋』の賢とする所に於けるは、本より其の志に順いて、而して辞を一にし、義を彰らかにして褒美す。今紀侯は『春秋』の貴ぶ所なり。故に其の斉に入るの志に従い、而して服罪の辞を詭変して、紀季に移す。故に斉に向かい糴を告ぐるは、実は荘公之を為す。而して『春秋』は辞を詭変して、臧孫辰に与う。酅を納れて斉に入るるは、実は紀侯之を為す。而して『春秋』は辞を詭変して、紀季に与う。故に詭変同じからざるも、実は一なり。」難ずる者曰く、「国家有る者は、人之を立てんと欲す、本より皆聴かざるなり。国滅び、君之が為に死すは、正なり。何ぞ紀侯を賢とするや。」曰く、「斉将に復讐せんとす。紀侯自ら力足らざるを知りて、而して志抗拒せんと欲す。故に弟に謂いて曰く、「吾は宗廟の主なり。死せざるべからず。爾は酅を帯びて往き、斉に向かい罪を服して、五廟を立つるを請い、我が先君をして歳時帰依する所有らしめよ。」一国之衆を率いて、以て九世の主を衛護す。襄公之を逐いて離れず、之を求めて与えず。上下同心にして、倶に一死す。故に大去と謂う。『春秋』は義に死して、且つ衆心を得るを賢とす。故に之が為に滅を諱む。之が為に諱むを以て、之を賢とするを顕す。之を賢とするを以て、其の仁義に中るを顕す。」

精華第五

精華第五

春秋慎辭,謹於名倫等物者也。是故小夷言伐而不得言戰,大夷言戰而不得言獲,中國言獲而不得言執,各有辭也。有小夷避大夷而不得言戰,大夷避中國而不得言獲,中國避天子而不得言執,名倫弗予,嫌於相臣之辭也。是故大小不踰等,貴賤如其倫,義之正也。

『春秋』は辞を用うるに謹み、名分倫類・事物を等列するに謹む。故に小夷は伐と曰うべくして戦と曰う能わず、大夷は戦と曰うべくして獲と曰う能わず、中国は獲と曰うべくして執と曰う能わず。各々辞有り。小夷有りて大夷を避けて戦と曰う能わず、大夷有りて中国を避けて獲と曰う能わず、中国有りて天子を避けて執と曰う能わず。名分倫類を与えざるは、相互に臣と称するの辞に嫌むなり。故に大小は等列を踰えず、貴賤は倫類の如し。是れ義の正なり。

大●者何?旱祭也。難者曰:“大旱●祭而請雨,大水鳴鼓而攻社,天地之所為,陰陽之所起也,或請焉、或怒焉者何?”曰:“大旱者,陽滅陰也,陽滅陰者,尊厭卑也,固其義也,雖大甚,拜請之而已,敢有加也。大水者,陰滅陽也,陰滅陽者,卑勝尊也,日食亦然,皆下犯上,以賤傷貴者,逆節也,故鳴鼓而攻之,朱絲而脅之,為其不義也,此亦春秋之不畏強禦也。故變天地之位,正陰陽之序,直行其道,而不忘其難,義之至也。是故脅嚴社而不為不敬靈,出天王而不為不尊上,辭父之命而不為不承親,絕母之屬而不為不孝慈,義矣夫!”

大雩とは何ぞ。旱祭なり。難ずる者曰く、「大旱は雩祭を行いて以て雨を求め、大水は鼓を鳴して社を攻む。天地の為す所、陰陽の起る所、或いは之を請い、或いは之に怒るは何ぞや。」曰く、「大旱は陽の陰を滅ぼすなり。陽の陰を滅ぼすは、尊の卑を圧するなり。本より義に合す。太甚なりと雖も、拝請する而已、敢えて何をか加えん。大水は陰の陽を滅ぼすなり。陰の陽を滅ぼすは、卑の尊に勝つなり。日食も亦此くの如し。皆下の上に犯り、賤を以て貴を傷るなり。是れ逆節なり。故に鼓を鳴して之を攻め、朱絲を以て之を脅す。其の義ならざるを以てなり。此れ亦『春秋』の強御を畏れざるなり。故に天地の位を変じ、陰陽の序を正しくし、其の道を直行して、而して其の難を忘れず。是れ義の至れるなり。故に厳社を脅すと雖も、霊を敬せざると算せず。天王を放ち出すと雖も、上を尊ばざると算せず。父命を辞し推ると雖も、親を承けざると算せず。母属を絶つと雖も、孝慈ならざると算せず。義かな。」

難者曰:“春秋之法,大夫無遂事。又曰:出境有可以安社稷、利國家者,則專之可也。又曰:大夫以君命出,進退在大夫也。又曰:聞喪徐行而不反也。夫既曰無遂事矣,又曰專之可也,既曰進退在大夫矣,又曰徐行而不反也,若相悖然,是何謂也?”曰:“四者各有所處,得其處,則皆是也,失其處,則皆非也。春秋固有常義,又有應變。無遂事者,謂平生安寧也;專之可也者,謂救危除患也;進退在大夫者,謂將率用兵也;徐行不反者,謂不以親害尊,不以私妨公也;此之謂將得其私知其指。故公子結受命,往媵陳人之婦於鄄,道生事,從齊桓盟,春秋弗非,以為救莊公之危。公子遂受命使京師,道生事,之晉,春秋非之,以為是時僖公安寧無危。故有危而不專救,謂之不忠;無危而擅生事,是卑君也。故此二臣俱生事,春秋有是有非,其義然也。”

難ずる者曰く、「『春秋』の法は、大夫に遂事無し。又曰く、境を出でて社稷を安んじ国家を利する可き有れば、則ち専らに行う可し、と。又曰く、大夫は君命を以て行い出で、進退は大夫に在り、と。又曰く、喪を聞きて徐に行きて返らず、と。既に遂事無しと曰いて、又専らに行う可しと曰い、既に進退は大夫に在りと曰いて、又徐に行きて返らずと曰う。相悖るが如し。此れ何を謂うや。」曰く、「四者各々処る所有り。処を得れば則ち皆是なり、処を失えば則ち皆非なり。『春秋』は本に常義有り、又変に応ずる有り。遂事無しとは、平時の安寧を謂うなり。専らに行う可しとは、危を救い患を除くを謂うなり。進退は大夫に在りとは、将帥の兵を用うるを謂うなり。徐に行きて返らずとは、親を以て尊を害せず、私を以て公を妨げざるを謂うなり。此れを將に私を得て指を知ると謂う。故に公子結は命を受け、往きて鄄に於て陳人の婦を媵し、路に於て事を生じ、斉桓に従い盟を結ぶ。『春秋』は非とせず。荘公の危を救うを以てなり。公子遂は命を受けて京師に使いし、路に於て事を生じ、晋に至る。『春秋』は之を非とす。是の時僖公安寧にして危無きを以てなり。故に危有りて専らに救わざるは、忠ならずと謂う。危無くして擅りに事を生ずるは、君を卑しむるなり。故に此の二臣は皆事を生ずるも、『春秋』是有り非有り。義如此而已。」

齊桓挾賢相之能,用大國之資,即位五年,不能致一諸侯,於柯之盟,見其大信,一年,而近國之君畢至,鄄幽之會是也。其後二十年之間,亦久矣,尚未能大合諸侯也,至於救邢衛之事,見存亡繼絕之義,而明年,遠國之君畢至,貫澤、陽穀之會是也。故曰:親近者不以言,召遠者不以使,此其效也。其後矜功,振而自足,而不修德,故楚人滅弦而志弗憂,江黃伐陳而不往救,損人之國,而執其大夫,不救陳之患,而責陳不納,不復安鄭,而必欲迫之以兵,功未良成,而志已滿矣。故曰:管仲之器小哉!此之謂也。自是日衰,九國叛矣。

斉桓は賢相の才を挟み、大国の資を以てす。即位五年、一諸侯を致する能わず。柯の盟に於て、大信を顕す。一年、近国の君皆至る。鄄・幽の会が是れなり。此より後二十年の間、亦久し。猶お能く諸侯を大合せず。邢・衛を救うの事に至りて、存亡継絶の義を顕す。而して明年、遠国の君皆至る。貫沢・陽谷の会が是れなり。故に曰く、近きを親しむるは言を用いず、遠きを召すは使を用いず、此れ即ち験なり、と。此より後功を矜り、奮って自足し、而して徳を修めず。故に楚人弦を滅ぼすも志憂えず、江・黄の陳を伐つも往きて救わず。人の国を損ないて、其の大夫を捉う。陳の患を救わずして、陳を責めて納れずとせり。鄭を復た安んぜずして、必ず兵を以て之を迫らんと欲す。功未だ甚だ成らざるに、志已に満ちたり。故に曰く、管仲の器は小なり、と。此れを謂うなり。此より以て日に衰えて、九国叛去せり。

春秋之聽獄也,必本其事而原其志。志邪者,不待成;首惡者,罪特重;本直者,其論輕。是故逢醜父當斮,而轅濤塗不宜執,魯季子追慶父,而吳季子釋闔廬,此四者,罪同異論,其本殊也。俱欺三軍,或死或不死;俱弒君,或誅或不誅;聽訟折獄,可無審耶!故折獄而是也,理益明,教益行;折獄而非也,闇理迷眾,與教相妨。教,政之本也,獄,政之末也,其事異域,其用一也,不可不以相順,故君子重之也。

『春秋』の獄を聴くや、必ず其の事に因りて其の志を推原す。志邪なる者は、成すを待たず。首として悪を為す者は、罪特に重し。本直なる者は、其の論軽し。故に逢丑父は当に斬るべく、而して轅涛涂は当に捉うべからず。魯の季子は慶父を追い、而して呉の季子は闔廬を釈す。此の四者は、罪同じくして論同じからず。本同じからざればなり。皆三軍を欺くに、或いは死し或いは死せず。皆君を弑すに、或いは誅さる或いは誅されず。訟を聴き獄を折るに、審らかならざるべからんや。故に獄を折りて是なれば、理弥々明らかに、教弥々行わる。獄を折りて非なれば、理を暗まし衆を迷わし、教と相妨ぐ。教は政の本、獄は政の末なり。事は域を異にして、用は一なり。相順わざるべからず。故に君子は之を重んず。

難晉事者曰:“春秋之法,未踰年之君稱子,蓋人心之正也,至裡克殺奚齊,避此正辭,而稱君之子,何也?”曰:“所聞詩無達詁,易無達占,春秋無達辭。從變從義,而一以奉人。仁人錄其同姓之禍,固宜異操。晉,春秋之同姓也,驪姬一謀,而三君死之,天下之所共痛也,本其所為為之者,蔽於所欲得位,而不見其難也;春秋疾其所蔽,故去其正辭,徒言君之子而已。若謂奚齊曰:‘嘻嘻!為大國君之子,富貴足矣,何必以兄之位為欲居之,以至此乎云爾!’錄所痛之辭也。故痛之中有痛,無罪而受其死者,申生、奚齊、卓子是也;惡之中有惡者,己立之,己殺之,不得如他臣之弒君,齊公子商人是也。故晉禍痛而齊禍重,春秋傷痛而敦重,是以奪晉子繼位之辭,與齊子成君之號,詳見之也。”

晋の事を難ずる者曰く、「『春秋』の法は、未だ年を踰えざるの君は子と称す。蓋し人心の正なり。里克の奚斉を殺すに至りて、此の正辞を避けて、而して君の子と称すは何ぞや。」曰く、「聞く所、『詩』に通詁無く、『易』に通占無く、『春秋』に通辞無し。変に従い義に従いて、而して一に奉人す。仁人は同姓の禍を記すに、本より操持同じからざるべし。晋は『春秋』の同姓なり。驪姫一たび謀って、而して三君之が為に死す。是れ天下の共に痛しむ所なり。此れを為す所以の者を推原すれば、得んと欲する所の位に蔽われて、難を見ず。『春秋』は其の蔽わるる所を痛恨す。故に正辞を去りて、只だ君の子と曰う而已。奚斉に対うるが若くして曰く、「嘻嘻。大国の君の子と為るは、富貴足れり。何ぞ必ずしも兄の位を以て居処せんと欲して、此に至るや。如此而已。」是れ痛む所を記するの辞なり。故に痛の中に痛有り。罪無くして死を受くるは、申生・奚斉・卓子が是れなり。悪の中に悪有り。自ら之を立て自ら之を殺し、他の臣の君を弑するに能く似ず。斉公子商人が是れなり。故に晋の禍は痛くして斉の禍は重し。『春秋』は痛み傷みて敦厚に重くす。故に晋子の位を継ぐの辞を奪い、斉子の君を成すの号と、詳細に顕現せり。」

古之人有言曰:“不知來,視諸往。”今春秋之為學也,道往而明來者也,然而其辭體天之微,效難知也,弗能察,寂若無,能察之,無物不在。是故為春秋者,得一端而多連之,見一空而博貫之,則天下盡矣。魯僖公以亂即位,而知親任季子,季子無恙之時,內無臣下之亂,外無諸侯之患,行之二十年,國家安寧;季子卒之後,魯不支鄰國之患,直乞師楚耳;僖公之情,非輒不肖,而國衰益危者,何也?以無季子也。以魯人之若是也,亦知他國之皆若是也,以他國之皆若是,亦知天下之皆若是也,此之謂連而貫之,故天下雖大,古今雖久,以是定矣。以所任賢,謂之主尊國安,所任非其人,謂之主卑國危,萬世必然,無所疑也。其在易曰:“鼎折足,覆公餗。”夫鼎折足者,任非其人也,覆公餗者,國家傾也。是故任非其人,而國家不傾者,自古至今,未嘗聞也。故吾按春秋而觀成敗,乃切悁悁於前世之興亡也,任賢臣者,國家之興也。夫知不足以知賢,無可奈何矣;知之不能任,大者以死亡,小者以亂危,其若是何邪?以莊公不知季子賢邪?安知病將死,召而授以國政;以殤公為不知孔父賢邪?安知孔父死,已必死,趨而救之;二主知皆足以知賢,而不決,不能任,故魯莊以危,宋殤以弒,使莊公早用季子,而宋殤素任孔父,尚將興鄰國,豈直免弒哉!此吾所悁悁而悲者也。

古人言有りて曰く、「来を知らざれば、往を視よ。」今『春秋』の学と為るは、往を説いて以て来を明らかにするなり。然れども其の辞は天の微を体現し、験知り難し。察する能わざれば、寂静として物有るが如からず。察する能くば、物の在らざる無し。故に『春秋』を為る者は、一端を得れば則ち多方に連ね、一空缺を見れば則ち広く之を貫く。則ち天下尽きるなり。魯僖公は乱に因りて即位して、而して季子を親任するを知る。季子恙無きの時、内に臣下の乱無く、外に諸侯の患無し。之を行うこと二十年、国は安寧なり。季子卒しての後、魯は隣国の患を支うるに任えず。只だ楚に向かい師を乞う而已。僖公の情は、一に不肖に非ざるも、而して国益々衰危す。何ぞや。季子無ければなり。魯人此くの如きに因りて、亦他国皆此くの如きを知る。他国皆此くの如きに因りて、亦天下皆此くの如きを知る。此れを連ねて之を貫くと謂う。故に天下大なりと雖も、古今久しきと雖も、此を以て定まるなり。任用する所の賢は、主尊く国安しと謂う。任用する所は其の人に非ざれば、主卑しく国危うしと謂う。万世必ず然り。疑うべき無し。『易』に在りて曰く、「鼎足を折り、公𫗧を覆す。」鼎足を折るとは、任用其の人に非ざるなり。公𫗧を覆すとは、国家の傾覆なり。故に任用其の人に非ずして国家傾かざるは、古より今に未だ嘗て聞かず。故に吾『春秋』を按じて成敗を観れば、則ち前世の興亡に於て切に悁悁たり。賢臣を任用するは、国家の興なり。知は賢を知るに足らざれば、奈何ともする無し。知るも用いる能わざれば、大きくは此に因りて亡び、小さくは此に因りて乱危す。此くの如きは何は何ぞや。荘公は季子の賢を知らざると為すか。何ぞ病将に死せんとするに、之を召して国政を授くるを知らん。殤公は孔父の賢を知らざると為すか。何ぞ孔父の死して己必ず死せんを知りて、之を救いに赴かん。二主の知は皆賢を知るに足れり。而して決断せず、任用する能わず。故に魯荘は此に因りて危うく、宋殤は此に因りて弑さる。仮令荘公早く季子を用い、而して宋殤素より孔父を任用せば、猶お将に隣国をして興らしめん。豈に弑さるるを免るるのみならん。此れ吾の悁悁悲哀する所なり。

巻第四

王道第六

王道第六

春秋何貴乎元而言之?元者,始也,言本正也;道,王道也;王者,人之始也。王正,則元氣和順,風雨時,景星見,黃龍下;王不正,則上變天,賊氣幷見。五帝三王之治天下,不敢有君民之心,什一而稅,教以愛,使以忠,敬長老,親親而尊尊,不奪民時,使民不過歲三日,民家給人足,無怨望忿怒之患、強弱之難,無讒賊妒疾之人,民修德而美好,被髮銜哺而遊,不慕富貴,恥惡不犯,父不哭子,兄不哭弟,毒蟲不螫,猛獸不搏,抵蟲不觸,故天為之下甘露,朱草生,醴泉出,風雨時,嘉禾興,鳳凰麒麟遊於郊,囹圄空虛,畫衣裳而民不犯,四夷傳譯而朝,民情至樸而不文,郊天祀地,秩山川,以時至封於泰山,禪於梁父,立明堂,宗祀先帝,以祖配天,天下諸侯各以其職來祭,貢土地所有,先以入宗廟,端冕盛服,而後見先,德恩之報,奉先之應也。

『春秋』は何を以て元を貴びて說すや。元は始なり。是れ本正を說すなり。道は王道なり。王は人の始なり。王正しければ、則ち元気和順し、風雨時に応じ、景星出で、黄龍下る。王正しからざれば、則ち上は天を変じ、賊気倶に出ず。五帝三王の天下を治むるや、敢えて君臨して民に臨むの心有らず。十分に一を取りて税し、愛を以て教え、忠を以て使い、長老を敬い、親を親しみ尊を尊び、民の時を奪わず、民を使うに一年三日を過ごさず。民は家給し人足り、怨望忿怒の患、強弱の難、讒賊妒疾の人無し。民は徳を修めて美好なり。被髪含哺して游び、富貴を羨まず、悪を為すを恥じて犯さず。父は子を哭せず、兄は弟を哭せず。毒虫螫せず、猛獣搏まず、抵虫触れず。故に天は之が為に甘露を降らし、朱草生じ、醴泉出で、風雨時に応じ、嘉禾興り、鳳凰麒麟は郊に游び、囹圄空虚にして、衣裳を画して民犯さず。四夷は繙訳を重ねて朝に來たる。民情至朴にして文ならず。郊に天を祀り地を祀り、山川を秩次し、時に応じて泰山に封し梁父に禅し、明堂を立て、先帝を宗祀し、祖を以て天に配す。天下の諸侯各々職分を按じて來りて祭り、土地の所有るを貢献し、先ず宗廟に入り、冕を端し盛服して、然る後に先人を見る。是れ徳恩の報、先を奉ずるの応なり。

桀紂皆聖王之後,驕溢妄行,侈宮室,廣苑囿,窮五采之變,極飭材之工,困野獸之足,竭山澤之利,食類惡之獸,奪民財食,高雕文刻鏤之觀,盡金玉骨象之工,盛羽旄之飾,窮白黑之變,深刑妄殺以陵下,聽鄭衛之音,充傾宮之志,靈虎兕文采之獸,以希見之意,賞佞賜讒,以糟為邱,以酒為池,孤貧不養,殺聖賢而剖其心,生燔人,聞其臭,剔孕婦,見其化,斮朝涉之足,察其拇,殺梅伯以為醢,刑鬼侯之女,取其環。誅求無已,天下空虛,群臣畏恐,莫敢盡忠,紂愈自賢,周發兵,不期會於孟津者,八百諸侯,共誅紂,大亡天下,春秋以為戒,曰蒲社災。周衰,天子微弱,諸侯力政,大夫專國,士專邑,不能行度製法文之禮,諸侯背叛,莫修貢聘,奉獻天子,臣弒其君,子弒其父,孽殺其宗,不能統理,更相伐銼以廣地,以強相脅,不能制屬,強奄弱,眾暴寡,富使貧,併兼無已,臣下上僭,不能禁止,日為之食,星霣如雨,雨螽,沙鹿崩,夏大雨水,冬大雨雪,霣石於宋五,六鷁退飛,霣霜不殺草,李梅實,正月不雨,至於秋七月,地震,梁山崩,壅河,三日不流,畫晦,彗星見於東方,孛於大辰,鸛鵒來巢,春秋異之,以此見悖亂之徵。孔子明得失,差貴賤,反王道之本,譏天王以致太平,刺惡譏微,不遺小大,善無細而不舉,惡無細而不去,進善誅惡,絕諸本而已矣。

桀・紂は皆聖王の後なり。驕溢して妄行し、宮室を奢侈にし、苑囿を拡大し、五采の変化を窮め、材を飭るの工を極め、野獣の足を困まし、山沢の利を竭くし、類悪の獣を食らい、民の財食を奪い、雕文刻鏤の観賞を増高し、金玉骨象の工を尽くし、羽旄の飾を盛んにし、白黒の変化を窮め、刑を深くし妄りに殺して以て下を陵ぎ、鄭衛の音を聴き、傾宮の志を充満し、虎兕文采の獣を畜養して、以て少見の意を足らしめ、佞を賞し讒に賜い、糟を以て丘を為し、酒を以て池を為し、孤貧養わず、聖賢を殺して其の心を剖き、人を生きて之を燒き、其の気味を聞き、妊婦を剔開して其の変化を視、朝渉の足を斫りて拇指を察し、梅伯を殺して醢と為し、鬼侯の女を刑して其の環を取る。誅求止境無く、天下空虚にして、群臣畏恐して尽忠する敢えてせず。紂益々自ら以て賢と為す。周兵を発して、期せずして孟津に会するは八百の諸侯、共に紂を誅して、天下を大いに亡ぼす。『春秋』は以て警戒と為し、蒲社の災を說す。周衰えて、天子微弱にして、諸侯は力を以て政を為し、大夫は国を専らにし、士は邑を専らにし、度制法文の礼を行う能わず。諸侯は背叛して、貢聘を修めず、天子に奉献せず。臣は君を弑し、子は父を弑し、孽は宗を殺す。統理する能わず、更に相攻伐して以て土地を拡げ、強を憑じて相脅迫して、属する所を制する能わず。強は弱を呑み、衆は寡を暴め、富は貧を役使し、兼并止境無し。臣下は上に僭越して、禁ずる能わず。日は之が為に食し、星隕ること雨の如く、螽を雨らし、沙鹿崩れ、夏は大水あり、冬は大雨雪あり、宋に石を隕ること五、六鷁退き飛び、霜を隕らして草を殺さず、李梅実を結び、正月雨せずして秋七月に至り、地震し、梁山崩れて河を壅塞して三日流れず、白日昏暗にして、彗星東方に見え、大辰に孛し、鸜鵒來りて巢う。『春秋』は以て異と為す。此に由りて悖乱の徴験を見るなり。孔子は得失を明らかにし、貴賤を等差し、王道の本に返り、天王を譏りて以て太平を致す。悪を刺し微を譏りて、小大を遺さず。善は細にして挙げざる無く、悪は細にして去らざる無し。善を進め悪を誅して、本より絶つ而已。

天王使宰喧來歸惠公仲子之賵,刺不及事也;天王伐鄭,譏親也;會王世子,譏微也;祭公來逆王后,譏失禮也。刺家父求車,武氏毛伯求賻金,王人救衛,王師敗於貿戎,天王不養,出居於鄭,殺母弟,王室亂,不能及外,分為東西周,無以先天下。召衛侯,不能致,遣子突徵衛,不能絕;伐鄭,不能從;無駭滅極,不能從。諸侯得以大亂,篡弒無已,臣下上逼,僭擬天子;諸侯強者行威,小國破滅;晉至三侵周,與天王戰於貿戎,而大敗之;戎執凡伯於楚丘,以歸;諸侯本怨隨惡,發兵相破,夷人宗廟社稷,不能統理;臣子強,至弒其君父;法度廢,而不復用,威武絕,而不復行。故鄭魯易地,晉文再致天子,齊桓會王世子,擅封邢衛杞,橫行中國,意欲王天下,魯舞八佾,北祭泰山,郊天祀地,如天子之為,以此之故,弒君三十二,亡國五十二,細惡不絕之所致也。

天王は宰咺を遣わして來りて恵公仲子の賵を帰る。事に及ばざるを刺すなり。天王鄭を伐つ。親らなるを譏るなり。王世子と会す。微なりを譏るなり。祭公來りて王后を迎う。礼を失えるを譏るなり。家父の車を求むるを刺し、武氏・毛伯の賻金を求むるを刺し、王人の衛を救い、王師の貿戎に於て敗績するを刺し、天王養われずして、鄭に出居し、母弟を殺す。王室乱れて、外に及ぶ能わず、分かれて東西周と為り、天下を率先するに従う無し。衛侯を召するに、致する能わず。子突を遣わして衛を征するに、絶つ能わず。鄭を伐つるに、従う能わず。無駭の極を滅ぼすに、従う能わず。諸侯此に因りて大いに乱れ、簒弑止境無く、臣下は上に逼迫し、天子に僭擬す。諸侯の強きは威を行い、小国破滅す。晋は三たび周を犯すに至り、天王と貿戎に於て戦いて大いに之を敗る。戎は楚丘に於て凡伯を捉えて帰る。諸侯は本より怨み悪に随い、兵を発して相攻破し、人の宗廟社稷を夷平して、統理する能わず。臣子強くして、其の君父を弑するに至る。法度廢れて復た用いられず、威武絶えて復た行われず。故に鄭・魯は土地を交換し、晋文は再び天子を招致し、斉桓は王世子と会し、擅りに邢・衛・杞を封ず。横行して中国にして、心天下に王たらんと欲す。魯は八佾を舞い、北に泰山を祭り、天を郊し地を祀る。天子の為す所の如し。故に君を弑する三十二、国を亡ぼす五十二。是れ細悪絶えざるの致す所なり。

春秋立義,天子祭天地,諸侯祭社稷,諸山川不在封內不祭。有天子在,諸侯不得專地,不得專封,不得專執天子之大夫,不得舞天子之樂,不得致天子之賦,不得適天子之貴。君親無將,將而誅,大夫不得世,大夫不得廢置君命。立適以長不以賢,立子以貴不以長,立夫人以適不以妾,天子不臣母后之黨,親近以來遠,未有不先近而致遠者也。故內其國而外諸夏,內諸夏而外夷狄,言自近者始也。

『春秋』義を立つ。天子は天地を祭り、諸侯は社稷を祭る。諸山川は封内に在らざれば祭らず。天子有るに、諸侯は地を専らにする能わず、封を専らにする能わず、天子の大夫を専らに執る能わず、天子の楽を舞う能わず、天子の賦を致す能わず、天子の貴に敵する能わず。君親に將有らず。將あれば則ち誅す。大夫は世襲する能わず、大夫は君命を廢置する能わず。嫡を立つるは長を按じて賢を按ぜず、子を立つるは貴を按じて長を按ぜず、夫人を立つるは嫡を按じて妾を按ぜず。天子は母后の党を以て臣と為さず。近きを親しみて以て遠きを致す。先ず近きにして遠きを致さざる無し。故に其の国を内として諸夏を外とし、諸夏を内として夷狄を外とす。是れ近きより始まるを謂うなり。

諸侯來朝者得褒,邾婁儀父稱字,滕薛稱侯,荊得人,介葛盧得名;內出言如,諸侯來曰朝,大夫來曰聘,王道之意也。誅惡而不得遺細大,諸侯不得為匹夫興師,不得執天子之大夫,執天子之大夫,與伐國同罪,執凡伯言伐;獻八佾,諱八言六;鄭魯易地,諱易言假;晉文再致天子,諱致言狩;桓公存邢衛杞,不見春秋,內心予之行,法絕而不予,止亂之道也,非諸侯所當為也。春秋之義,臣不討賊,非臣也,子不復儲,非子也;故誅趙盾,賊不討者,不書葬,臣子之誅也;許世子止不嘗藥,而誅為弒父;楚公子比脅而立,而不免於死;齊桓晉文擅封致天子,誅亂,繼絕存亡,侵伐會同,常為本主,曰:桓公救中國,攘夷狄,卒服楚,至為王者事;晉文再致天子,皆止不誅,善其牧諸侯,奉獻天子,而服周室,春秋予之為伯,誅意不誅辭之謂也。

諸侯の來朝するは褒を得。邾婁儀父は字と称し、滕・薛は侯と称し、荊は人と称するを得、介葛盧は名と称するを得。内より出づるを如と曰い、諸侯の來るを朝と曰い、大夫の來るを聘と曰う。是れ王道の意なり。悪を誅して細大を遺漏する能わず。諸侯は匹夫の為に師を興す能わず、天子の大夫を捉う能わず。天子の大夫を捉うるは、国を伐つと罪を同じくす。凡伯を捉うるを伐と曰う。八佾を献ずるは、八を諱みて六と曰う。鄭・魯の土地を交換するは、易を諱みて假と曰う。晋文の再び天子を招致するは、致を諱みて狩と曰う。桓公の邢・衛・杞を存するは、『春秋』に見えず。内は其の行を許すも、法の上は絶して与えず。是れ乱を止むるの道にして、諸侯の当に為すべきに非ざるなり。『春秋』の義は、臣は賊を討たざれば則ち臣ならず、子は讐を復せざれば則ち子ならず。故に趙盾を誅す。賊討たざるは、葬を書さず。是れ臣子の誅なり。許世子止は薬を嘗めずして、而して誅して父を弑すと為す。楚公子比は脅されて立つも、死を免れず。斉桓・晋文は擅りに封じ、天子を招致し、乱を誅し、絶を継ぎ亡を存し、侵伐会同し、常に本主と為る。曰く、桓公は中国を救い、夷狄を攘い、終に楚をして服せしめ、王の事を為すに至る、と。晋文は再び天子を招致す。皆止めて誅せず。其の諸侯を牧養して天子に奉献して周室に服するを善とするなり。『春秋』は之が為に伯と為す。是れ意を誅して辞を誅せざるの說なり。

魯隱之代桓立,祭仲之出忽立突,仇牧、孔父、荀息之死節,公子目夷不與楚國,此皆執權存國,行正世之義,守惓惓之心,春秋嘉氣義焉,故皆見之,復正之謂也。夷狄邾婁人、牟人、葛人,為其天王崩而相朝聘也,此其誅也。殺世子母弟,直稱君,明失親親也。魯季子之免罪,吳季子之讓國,明親親之恩也。閽殺吳子餘祭,見刑人之不可近。鄭伯髡原卒於會,諱弒,痛強臣專君,君不得為善也。衛人殺州籲,齊人殺無知,明君臣之義,守國之正也。衛人立晉,美得眾也。君將不言率師,重君之義也。正月公在楚,臣子思君,無一日無君之意也。誅受令,恩衛葆,以正囹圉之平也。言圍成,甲午祠兵,以別迫脅之罪,誅意之法也。作南門,刻桷丹楹,作雉門及兩觀,築三臺,新延廄,譏驕溢不恤下也。故臧孫辰請糴於齊,孔子曰:“君子為國,必有三年之積,一年不熟,乃請糴,失君之職也。”誅犯始者,省刑絕惡,疾始也。大夫盟於澶淵,刺大夫之專政也。諸侯會同,賢為主,賢賢也。春秋記纖芥之失,反之王道,追古貴信,結言而已,不至用牲盟而後成約,故曰:“齊侯衛侯苟命於蒲。”傳曰:“古者不盟,結言而退。”宋伯姬曰:“婦人夜出,傳母不在,不下堂。”曰:“古者周公東征則西國怨。”桓公曰:“無貯粟,無鄣谷,無易樹子,無以妾為妻。”宋襄公曰:“不鼓不成列,不阨人。”莊王曰:“古者、杅不穿,皮不蠹,則不出。君子篤於禮,薄於利;要其人,不要其土;告從不赦,不祥;強不陵弱。”齊頃公吊死視疾;孔父正色而立於朝,人莫過而致難乎其君;齊國佐不辱君命,而尊齊侯;此春秋之救文以質也。救文以質,見天下諸侯所以失其國者亦有焉,潞子欲閤中國之禮義,離乎夷狄,未合乎中國,所以亡也。

魯隠は桓に代わりて立ち、祭仲は忽を放出して突を立て、仇牧・孔父・荀息は節に死し、公子目夷は楚国を与えずして出さず。此れ皆権を執りて国を存し、正世の義を行い、惓惓の心を守る。『春秋』は其の義を嘉す。故に皆顕る。是れ正に復るの說なり。夷狄の邾婁人・牟人・葛人は、天王崩ずるに以て相朝聘す。此れ之を誅するなり。世子・母弟を殺すに、直ちに君と称す。親親を失えるを表明すなり。魯の季子は罪を免れ、呉の季子は国を譲る。親親の恩を表明すなり。鬩は呉子余祭を殺す。刑人の親近すべからざるを顕現すなり。鄭伯髡原は会に於て卒す。弑を諱む。強臣の君を専らにし、君の善を為す能わざるを痛しむなり。衛人は州吁を殺し、斉人は无知を殺す。君臣の義、国を守るの正を表明すなり。衛人は晋を立つ。衆を得るを賛美すなり。君將は師を率いると曰わざるは、君を重んずるの義なり。正月公は楚に在り。臣子の君を思念し、一日も君無きの意無きなり。令を受くるを誅し、衛葆を恩し、以て囹圄の平を端正す。成を圍むと曰い、甲午に兵を祠る。以て迫脅の罪を分別す。是れ意を誅するの法なり。南門を作り、桷を刻み楹を丹にし、雉門及び両観を作り、三台を築き、延厩を新たにす。驕溢して下を恤えざるを譏るなり。故に臧孫辰の斉に向かい糴を請うや、孔子曰く、「君子国を治むるは、必ず三年の積蓄有り。一年熟せずして糴を請うは、君の職を失うなり。」始より犯すを誅し、刑を省き悪を絶つ。始を痛恨すなり。大夫澶淵に於て盟す。大夫の政を専らにするを刺すなり。諸侯会同するに、賢は主を為す。是れ賢賢なり。『春秋』は纖芥の過を記録し、王道に返り、古を追いて信を貴ぶ。言を結ぶ而已。牲を用いて盟して然る後に約を成すに至らず。故に曰く、「斉侯衛侯蒲に於て胥命す。」『伝』に曰く、「古は盟せず、言を結びて退く。」宋伯姫曰く、「婦人夜に出づるは、傅母在らざれば、堂を下らず。」曰く、「古周公東に征せば則ち西国怨めり。」桓公曰く、「粟を貯むる勿れ、山谷を障塞する勿れ、樹子を改易する勿れ、妾を以て妻と為す勿れ。」宋襄公曰く、「列を成さずんば鼓せず、人を困阨せず。」荘王曰く、「古は杅破れず皮蠹せざれば、則ち出でず。君子は礼に篤く、利に薄し。其の人要らん、其の土要らず。已に告げ従えば再び赦さず。是れ不祥なり。強は弱を陵がず。」斉頃公は死者を弔い病人を視る。孔父は正色して朝に立ち、人経過して其の君に難を興さず。斉国佐は君命を辱めずして、斉侯を尊ぶ。此れ『春秋』の質を以て文を救うなり。質を以て文を救うに、天下の諸侯の国を失う所以を見るも有り。潞子は中国の礼義に会合せんと欲し、夷狄を去る。未だ中国に合せざるに、故に亡ぶ。

吳王夫差行強於越,臣人之主,妾人之妻,卒以自亡,宗廟夷,社稷滅,其可痛也,長王投死,於戲,豈不哀哉!晉靈行無禮,處臺上,彈群臣,枝解宰人而棄之,漏陽處父之謀,使陽處父死,及患趙盾之諫,欲殺之,卒為趙盾所弒。晉獻公行逆理,殺世子申生,以驪姬立奚齊卓子,皆殺死,國大亂,四世乃定,幾為秦所滅,從驪姬起也。楚平王行無度,殺伍子苟父兄,蔡昭公朝之,因請其裘,昭公不與,吳王非之,舉兵加楚,大敗之,君舍乎君室,大夫舍乎大夫室,妻楚王之母,貪暴之所致也。晉厲公行暴道,殺無罪人,一朝而殺大臣三人,明年,臣下畏恐,晉國殺之。陳侯佗淫乎蔡,蔡人殺之。古者,諸侯出疆,必具左右,備一師,以備不虞,今陳侯恣以身出入民間,至死閭里之庸,甚非人君之行也。宋閔公矜婦人而心妒,與大夫萬博,萬譽魯莊公曰:“天下諸侯宜為君者,唯魯侯爾。”閔公妒其言,曰:“此虜也。”“爾虜焉故?魯侯之美惡乎至。”萬怒,搏閔公,絕脰,此以與臣博之過也。古者,人君立於陰,大夫立於陽,所以別位,明貴賤,今與臣相對而博,置婦人在側,此君臣無別也,故使萬稱他國,卑閔公之意,閔公借萬,而身與之博,下君自置,有辱之婦人之房,俱而矜婦人,獨得殺死之道也。春秋傳曰:“大夫不適君”遠此逼也。梁內役民無已,其民不能堪,使民比地為伍,一家亡,五家殺刑,其民曰:“先亡者封,後亡者刑。”君者,將使民以孝於父母,順於長老,守丘墓,承宗廟,世世祀其先,今求財不足,行罰如將不勝,殺戮如屠,仇讎其民,魚爛而亡,國中盡空,春秋曰:“梁亡。”亡者,自亡也,非人亡之也。虞公貪財,不顧其難,快耳悅目,受晉之璧,屈產之乘,假晉師道,還以自滅,宗廟破毀,社稷不祀,身死不葬,貪財之所致也。故春秋以此見物不空來。

呉王夫差は越に強を行い、人の主を以て臣と為し、人の妻を以て妾と為す。終に自ら滅亡し、宗廟夷平され、社稷滅ぼさる。痛むべきかな。長王投げ死す。于戯、豈に悲哀ならずや。晋霊は行い礼無く、台に処り、弾を以て群臣を彈き、宰人を肢解して棄つ。陽処父の謀を漏洩して、陽処父を死せしめ、又趙盾の進諫を患えて、之を殺さんと欲す。終に趙盾の弑する所と為る。晋献公は行い理に逆い、世子申生を殺し、驪姫に因りて奚斉・卓子を立つ。皆殺されて、国大いに乱れ、四世にして乃ち定まる。幾く秦の滅ぼす所と為らんとす。驪姫より興るなり。楚平王は行い度無く、伍子胥の父兄を殺す。蔡昭公之を朝して、因りて其の裘を索む。昭公与えず。呉王非難し、兵を挙げて楚に加え、大いに之を敗る。君は君の室に居り、大夫は大夫の室に居り、楚王の母を以て妻と為す。是れ貪暴の致す所なり。晋厲公は暴道を行い、罪無き人を殺す。一朝に大臣三人を殺す。明年臣下畏恐して、晋国は之を殺す。陳侯佗は蔡に於て淫し、蔡人之を殺す。古は諸侯疆を出づれば、必ず左右を具え、一師を備え、以て不測に備う。今陳侯は恣に身を帯びて民間に出入し、以て閭里の平常の処に於て死するに至る。甚だ人君の行に非ざるなり。宋閔公は婦人に於て矜りて心に妒む。大夫万と博戯す。万は魯荘公を称して曰く、「天下の諸侯、君を為るに宜しきは、唯だ魯侯而已。」閔公其の言に妒みて曰く、「此れ虜なり。」「此の虜何を以て知る。魯侯の美悪何より至る。」万怒りて、閔公を搏撃して、頸項を折る。此れ臣と博戯するの過なり。古は人君は陰に立ち、大夫は陽に立つ。以て位を分別し、貴賤を彰明す。今臣と相対して博戯し、婦人を傍らに置く。此れ君臣分別無し。故に万をして他国を称し、閔公を卑視するの意せしむ。閔公は万に借りて、而して自身之と博戯す。己を下君に置き、婦人の房に辱有り。皆婦人に対して矜る。独り殺せるの道を得たり。『春秋伝』に曰く、「大夫は君に敵せず。」是れ此の逼迫を遠ざくるなり。梁は内民を役使して止境無く、民堪ふる能わず。民をして地に比して伍と為さしめ、一家逃亡すれば、五家殺刑を受く。民曰く、「先に逃ぐるは封、後に逃ぐるは刑。」君は、将に民をして孝を父母にし、長老に順い、丘墓を守り、宗廟を承け、世々先人を祭祀せしめんとす。今財を求めて足らず、罰を行うに将に勝たんとするが如く、殺戮するに屠宰の如く、民を以て仇讐と為す。魚爛れて亡ぶ。国中全く空し。『春秋』に曰く、「梁亡ぶ。」亡とは、自ら亡ぶるなり。人の之を亡ぼすに非ざるなり。虞公は財を貪り、其の難を顧みず。耳を快くし目を悦ばしめて、晋の璧・屈産の乗を受け、晋師に道路を假す。帰りて此に因りて自ら滅亡し、宗廟破毀し、社稷祭祀せず、身死して葬らず。是れ財を貪るの致す所なり。故に『春秋』は此に由りて物の空しく來らざるを見るなり。

寶不虛出,自內出者,無匹不行,自外至者,無主不止,此其應也。楚靈王行強乎陳蔡,意廣以武,不顧其行;慮所美,內罷其眾,乾溪有物女,水盡則女見,水滿則不見,靈王舉發其國而役,三年不罷,楚國大怨;有行暴意,殺無罪臣成然,楚國大懣;公子棄疾卒令靈王父子自殺,而取其國,虞不離津澤,農不去疇土,而民相愛也,此非盈意之過

宝物は空しくして出でず。内より出づるは、匹対無ければ則ち行われず。外より來るは、主無ければ則ち止まらず。此れ則ち応験なり。楚霊王は陳・蔡に強を行い、意広くして武を用い、其の行を顧みず。思慮する所の美は、内其の衆を疲弊せしむ。干溪に物女有り。水尽くれば則ち女出で、水満つれば則ち出でず。霊王は其の国を発動して以て之を役使す。三年罷まず。楚国大いに怨む。又暴意を行い、罪無きの臣成然を殺す。楚国大いに懑る。公子弃疾は終に霊王父子をして自殺せしめて、其の国を取る。虞人は津沢を離れず、農人は疇土を離れず、而して民相愛す。此れ其の意を盈満するの過に非ざらんや。

耶!魯莊公好宮室,一年三起臺,夫人內淫兩弟,弟兄子父相殺,國絕莫繼,為齊所存,夫

魯荘公は宮室を好み、一年に三たび台を築く。夫人は内に於て両弟と淫し、弟兄子父相殺す。国絶えて継嗣無く、斉の存する所と為る。是れ夫

人淫之過也,妃匹貴妾,可不慎邪!此皆內自強,從心之敗已。見自強之敗,尚有正諫而不用,卒皆取亡,曹?諫其君曰:“戎眾以無義,君無自適。”君不聽,果死戎寇。伍子苟諫吳王,以為越不可不取,吳王不聽,至死伍子苟,還九年,越果大滅吳國。秦穆公將襲鄭,百里蹇叔諫曰:“千里而襲人者,未有不亡者也。”穆公不聽,師果大敗殽中,匹馬隻輪無反省。晉假道虞,虞公許之,宮之奇諫曰:“宴亡齒寒,虞虢之相救,非相賜也,君請勿許。”虞公不聽,後虞果亡於晉。春秋明此存亡道可觀也,觀乎蒲社,知驕溢之罰;觀乎許田,知諸侯不得專封;觀乎齊桓、晉文、宋襄、楚莊,知任賢奉上之功;觀乎魯隱、祭仲、叔武、孔父、荀息、仇牧、吳季子、公子目夷,知忠臣之效;觀乎楚公子比,知臣子之道,效死之義;觀乎潞子,知無輔自詛之敗;觀乎公在楚,知臣子之恩;觀乎漏言,知忠道之絕;觀乎獻六羽,知上下之差;觀乎宋伯姬,知貞婦之信;觀乎吳王夫差,知強陵弱;親乎晉獻公,知逆理近色之過;觀乎楚昭王之伐蔡,知無義之反;觀乎晉厲之妄殺無罪,知行暴之報;觀乎陳佗、宋閔,知妒淫之禍;觀乎虞公、梁亡,知貪財枉法之窮;觀乎楚靈,知苦民之壤;觀乎魯莊之起臺,知驕奢淫佚之失;觀乎衛侯朔,知不即召之罪;觀乎執凡伯,知犯上之法;觀乎晉卻缺之伐邾婁,知臣下作福之誅;觀乎公子翬,知臣窺君之意;觀乎世卿,知移權之敗。故明王視於冥冥,聽於無聲,天覆地載,天下萬國莫敢不悉靖其職,受命者不示臣下以知之至也,故道同則不能相先,情同則不能相使,此其教也。由此觀之,未有去人君之權,能制其勢者也;未有貴賤無差,能全其位者也;故君子慎之。

人の淫の過なり。妃匹貴妾は、慎まざるべからんや。此れ皆内裏自ら強を逞しくして、心の欲する所に従うの敗亡而已。己の強を逞しくするの敗を見るに、猶お正諫して用いられず、終に皆滅亡を取る有り。曹劌其の君に諫めて曰く、「戎衆にして義無し。君自ら往く勿れ。」君聴かず。果たして戎寇に死す。伍子胥呉王に諫めて、越は取らざるべからずと為す。呉王聴かず。伍子胥を殺すに至る。過ぎて九年、越果たして呉国を大いに滅ぼす。秦穆公将に鄭を襲わんとす。百里・蹇叔諫めて曰く、「千里往きて人を襲うは、亡びざる無し。」穆公聴かず。師果たして殽の中に於て大敗す。匹馬隻輪返らざる無し。晋は虞に道を假るを請う。虞公許す。宮之奇諫めて曰く、「唇亡びて歯寒し。虞・虢は相救う。相賜うに非ざるなり。君請う許す勿れ。」虞公聴かず。後虞果たして晋に於て亡ぶ。『春秋』は此の等を彰明す。存亡の道は観るべし。蒲社を観れば、驕溢の罰を知る。許田を観れば、諸侯の封を専らにする能わざるを知る。斉桓・晋文・宋襄・楚荘を観れば、賢を任用し上を奉ずるの功を知る。魯隠・祭仲・叔武・孔父・荀息・仇牧・呉季子・公子目夷を観れば、忠臣の効験を知る。楚公子比を観れば、臣子の道・死を効するの義を知る。潞子を観れば、輔助無くして自ら呪うの敗を知る。公の楚に在るを観れば、臣子の恩を知る。漏言を観れば、忠道の絶えるを知る。六羽を献ずるを観れば、上下の差別を知る。宋伯姫を観れば、貞婦の信を知る。呉王夫差を観れば、強の弱を陵ぐを知る。晋献公を観れば、理に逆い色に近づくの過を知る。楚昭王の蔡を伐つを観れば、義無きの回報を知る。晋厲の妄りに無罪を殺すを観れば、暴を行うの報を知る。陳佗・宋閔を観れば、妒淫の禍を知る。虞公・梁亡を観れば、財を貪り法を枉ぐるの窮を知る。楚霊を観れば、民を苦しむるの敗壊を知る。魯荘の台を築くを観れば、驕奢淫佚の失を知る。衛侯朔を観れば、召に即かざるの罪を知る。凡伯を捉うるを観れば、上を犯るの法を知る。晋の郤缺の邾婁を伐つを観れば、臣下の福を作すの誅を知る。公子翬を観れば、臣の君の意を窺視するを知る。世卿を観れば、権を移すの敗を知る。故に明王は冥冥の中に視、無声の中に聴く。天覆い地載せ、天下万国敢えて其の職を静め尽くさざる莫し。命を受くるは、知の至を以て臣下に示さず。故に道同じければ則ち相先んずる能わず、情同じければ則ち相使う能わず。此れ則ち教なり。此れより観れば、人君の権を去りて能く勢を制する無し。貴賤差無くして能く位を保全する無し。故に君子は之を慎む。

巻第五

滅國上第七

滅国上第七

王者,民之所往,君者,不失其群者也;故能使萬民往之,而得天下之群者,無敵於天下。弒君三十六,亡國五十二,小國德薄不朝聘,大國不與諸侯會聚,孤特不相守,獨居不同群,遭難莫之救,所以亡也。非獨公侯大人如此,生天地之間,根本微者,不可遭大風疾雨,立鑠消耗。衛侯朔固事齊襄,而天下患之;虞虢幷力,晉獻難之。晉趙盾,一夫之士也,無尺寸之土,一介之眾也,而靈公據霸主之餘尊,而欲誅之,窮變極軸,軸盡力竭,禍大及身,推盾之心,載小國之位,庸能亡之哉!故伍子苟,一夫之士也,去楚,幹闔廬,遂得意於吳,所託者誠是,何可御邪!楚王髡托其國於子玉得臣,而天下畏之;虞公托其國於宮之奇,晉獻患之;及髡殺得臣,天下輕之;虞公不用宮之奇,晉獻亡之;存亡之端,不可不知也。諸侯見加以兵,逃遁奔走,至於滅亡,而莫之救,平生之素行可見也。隱代桓立,所謂僅存耳,使無駭帥師滅極,內無諫臣,外無諸侯之救,載亦由是也,宋、蔡、衛國伐之,鄭因其力而取之,此無以異於遺重寶於道,而莫之守,見者掇之也。鄧、谷失地,而朝魯桓,鄧、谷失地,不亦宜乎!

王とは、民の往き向かう所なり。君とは、其の群を失わざるなり。故に能く万民をして往き向かわしめて、天下の群を得るは、天下に敵無し。君を弑する三十六、国を亡ぼす五十二。小国は徳薄くして朝聘せず、大国は諸侯と会聚せず。孤特にして相守らず、独居して群を同じくせず。禍難に遭いて救う人無し。故に亡ぶ。唯だ公侯大人此くの如きのみならず。天地の間に生るるも、根本微弱なるは、大風疾雨に遇うべからず。即ち銷鑠消耗す。衛侯朔は固より斉襄に事うるも、而して天下之を患う。虞・虢は力を合わせ、晋献は難と覺す。晋の趙盾は、一夫の士にして、尺寸の土・一介の衆無し。而して霊公は霸主の余尊に凭って之を誅さんと欲す。変化を窮め詐謀を極めて、力尽きて禍大きく身に及ぶ。盾の心を推すに、小国の位を載るに、豈に之を亡ぼさん。故に伍子胥は、一夫の士にして、楚を離れ、闔廬に求め、是に於て呉に於て意を得たり。託する所誠に当れば、何ぞ禦ぐべき之有らん。楚王髡は国を子玉得臣に託して、天下畏懼す。虞公は国を宮之奇に託して、晋献之を患う。髡の得臣を殺すに及びて、天下之を軽んず。虞公の宮之奇を用いざるに、晋献之を亡ぼす。存亡の端倪は、知らざるべからず。諸侯兵を加えらるるを見て、逃遁奔走し、滅亡に至りて救う人無し。平生の素行は見るべし。隠は桓に代わりて立つ。所謂僅かに存する而已。無駭をして師を率いて極を滅ぼさしむ。内に諫臣無く、外に諸侯の救いに來る無し。載るも此に因るなり。宋・蔡・衛は之を伐ち、鄭は其の力を借りて之を取る。此れ重宝を道上に遺落して守る人無く、見る者拾うに与に異ならざるなり。鄧・穀は地を失いて魯桓に朝す。鄧・穀の地を失うは、亦当ならずや。

滅國下第八

滅国下第八

紀侯之所以滅者,乃九世之也,一旦之言,危百世之嗣,故曰大去。衛人侵成,鄭入成,及齊師圍成,三被大兵,終滅,莫之救,所恃者安在?齊桓公欲行霸道,譚遂違命,故滅而奔莒,不事大而事小。曹伯之所以戰死於位,諸侯莫助憂者,幽之會,齊桓數合諸侯,曹小,未嘗來也,魯大國,幽之會,莊公不往,戎人乃窺兵於濟西,由見魯孤獨而莫之救也,此時大夫廢君命,專救危者。魯莊公二十七年,齊桓為幽之會,衛人不來,其明年,桓公怒而大敗之;及伐山戎,張旗陳獲,以驕諸侯;於是魯一年三築臺,亂臣比三起於內,夷狄之兵仍滅於外;衛滅之端,以失幽之會;亂之本,存親內蔽。邢未嘗會齊桓也,附晉又微,晉侯獲於韓而背之,淮之會是也,齊桓卒,豎刁、易牙之亂作,邢與狄伐其同姓,取之,其行如此,雖爾親,庸能親爾乎!是君也,其滅於同姓,衛侯毀滅邢是也。齊桓為幽之會,衛不至,桓怒而伐之,狄滅之,桓憂而立之。魯莊為柯之盟,劫汶陽,魯絕,桓立之。邢杞未嘗朝聘,齊桓見其滅,率諸侯而立之,用心如此,豈不霸哉!故以憂天下與之。

紀侯の滅ぶ所以は、乃ち九世の讐なり。一旦の言に、百世の嗣を危うくす。故に大去と謂う。衛人は成を侵し、鄭は成に入り、斉師と成を圍むに及びて、三たび大兵を遭い、終に滅び、救う人無し。依恃する所は何ぞ在らん。斉桓公は覇道を行わんと欲す。譚・遂は命に違う。故に滅びて莒に奔す。大に事えずして小に事うるなり。曹伯の位に於て戦死する所以は、諸侯の憂を助くる人無し。幽の会に以て、斉桓屢々諸侯を会合す。曹小さく、未だ嘗て來らず。魯は大国なり。幽の会に、荘公往かず。戎人則ち済西に於て兵を窺う。魯の孤獨にして救う人無きを見るに由るなり。是の時大夫は君命を廃して、専らに危を救う。魯荘公二十七年、斉桓は幽の会を舉ぐ。衛人來らず。明年桓公怒りて大いに之を敗る。山戎を伐つに及びて、旗を張り獲を陳列して、以て諸侯に驕る。是に於て魯は一年に三たび台を築き、乱臣は一連して三たび内に興り、夷狄の兵は猶お外に於て人を滅ぼす。衛の滅ぶるの端は、幽の会を失するに以てなり。乱の本は、内を親しむを蔽うに在り。邢は未だ嘗て斉桓に会せず、晋に依附して又微し。晋侯は韓に於て獲られて背叛す。淮の会が是れなり。斉桓卒して、豎刁・易牙の乱興る。邢は狄と其の同姓を伐ちて取る。行い此くの如くなれば、親なりと雖も、豈に爾を親しまん。此の君は、同姓に滅ばさる。衛侯の邢を滅ぼすが是れなり。斉桓は幽の会を舉ぐに、衛至らず。桓怒りて之を伐つ。狄之を滅ぼす。桓之を憂えて之を立つ。魯荘は柯の盟を舉ぐに、汶陽を劫す。魯絶え、桓之を立つ。邢・杞は未だ嘗て朝聘せず、斉桓其の滅ぶを見て、諸侯を率いて之を立つ。心を用うるや此くの如し。豈に覇ならずや。故に天下を憂うるを以て之に与う。

隨本消息第九

随本消息第九

顏淵死,子曰:“天喪予。”子路死,子曰:“天祝予。”西狩獲麟,曰:“吾道窮,吾道窮。”三年,身隨而卒。階此而觀,天命成敗,聖人知之,有所不能救,命矣夫!

顔淵死して、子曰く、「天予を喪せり。」子路死して、子曰く、「天予を祝せり。」西に狩して麟を獲たり。曰く、「吾が道窮まれる、吾が道窮まれる。」三年、身随いて逝く。此れより観れば、天命の成敗は、聖人之れを知る。救う能わざる所有り。是れ命かな。

先晉獻之卒,齊桓為葵丘之會,再致其集;先齊孝未卒一年,魯僖乞師取谷;晉文之威,天子再致,先卒一年,魯僖公之心分而事齊,文公不事晉;先齊侯潘卒一年,文公如晉,衛侯、鄭伯皆不期來,齊侯已卒,諸侯果會晉大夫於新城;魯昭公以事楚之故,晉人不入,楚國強而得意,一年再會諸侯,伐強吳,為齊誅亂臣,遂滅厲,魯得其威以滅鄫,其明年如晉,無河上之難,先晉昭之卒一年無難;楚國內亂,臣弒君,諸侯會於平丘,謀誅楚亂臣,昭公不得與盟,大夫見執,吳大敗楚之黨六國於雞父,公如晉而大辱,春秋為之諱,而言有疾;由此觀之,所行從不足恃所事者,不可不慎,此亦存亡榮辱之要也。先楚莊王卒之三年,晉滅赤狄潞氏及甲氏留籲;先楚子審卒之三年,鄭服蕭魚;晉侯周卒一年,先楚子昭卒之二年,與陳蔡伐鄭而大克,其明年,楚屈建會諸侯,而張中國,卒之三年,諸夏之君朝於楚;楚子卷繼之,四年而卒,其國不為侵奪,而顧隆盛強大中國,不出年餘,何也?楚子昭蓋諸侯可者也,天下之疾其君者,皆赴愬而乘之,兵四五出,常以眾擊少,以專擊散,義之盡也;先卒四五年,中國內乖,齊、晉、魯、衛之兵分守,大國襲小,諸夏再會陳儀,齊不肯往,吳在其南,而二君殺,中國在其北,而齊、衛殺其君,慶封劫君亂國,石惡之徒,聚而成群,衛衎據陳儀而為諼,林父據戚而以畔,宋公殺其世子,魯大飢,中國之行,亡國之跡也,譬如於文、宣之際,中國之君,五年之中,五君殺,以晉靈之行,使一大夫立於斐林,拱揖指撝,諸侯莫敢不出,此猶隰之有泮也。

晋献の卒するの前に在りて、斉桓は葵丘の会を舉ぎ、再び集を招致す。斉孝の未だ卒せざる一年に在りて、魯僖は師を乞い谷を取る。晋文の威は、天子再び招致さる。卒する前の一年、魯僖公の心は分かれて斉に事え、文公は晋に事えず。斉侯潘の卒する前の一年に在りて、文公は晋に至り、衛侯・鄭伯は皆期せずして來る。斉侯已に卒して、諸侯果たして新城に於て晋の大夫に会す。魯昭公は楚に事うるの故を以て、晋人之を納れず。楚国強くして意を得、一年に再び諸侯に会し、強呉を伐ち、斉の為に乱臣を誅し、是に於て厲を滅ぼす。魯は其の威を得て以て鄫を滅ぼす。明年晋に至り、河上の難無し。晋昭の卒する前の一年に在りて難無し。楚国は内乱し、臣は君を弑す。諸侯は平丘に於て相会し、謀りて楚の乱臣を誅せんとす。昭公は盟に与る能わず、大夫執られり。呉は鶏父に於て楚の党六国を大いに敗る。公は晋に至りて大いに辱めらる。『春秋』は之が為に諱めて、而して疾有りと曰う。此れより観れば、行う所若し事うる所を依恃するに足らざれば、慎まざるべからず。此れ亦存亡栄辱の要なり。楚荘王の卒する前の三年に在りて、晋は赤狄潞氏及び甲氏・留吁を滅ぼす。楚子審の卒する前の三年に在りて、鄭は蕭魚に於て服す。晋侯周卒すること一年、楚子昭の卒する前の二年に在りて、陳・蔡と鄭を伐ちて大いに克つ。明年、楚屈建は諸侯に会して中国を張大す。卒して後三年、諸夏の君は楚に朝す。楚子卷は位を継ぎ、四年にして卒す。其の国は侵奪されず、返りて隆盛にして中国を強大にす。年余を出でず。何ぞや。楚子昭は蓋し諸侯の中の可なり。天下其の君を痛恨するは、皆來りて愬に赴きて机に乗ず。兵四五たび出で、常に衆を以て少を撃ち、専を以て散を撃つ。義至れるなり。卒する前の四五年、中国は内に乖れ、斉・晋・魯・衛の兵は分かれて守る。大国は小を襲う。諸夏は再び陳儀に於て会す。斉肯んじて往かず。呉は南に在りて、而して二君殺さる。中国は北に在りて、而して斉・衛は其の君を殺す。慶封は君を劫して国を乱し、石悪の徒は聚りて群を成し、衛衎は陳儀を據りて欺詐し、林父は戚を據りて叛き、宋公は其の世子を殺し、魯大いに饑う。中国の行いは、亡国の迹なり。譬えば文・宣の際に在りて、中国の君は、五年の中に五君殺さる。晋霊の行いに凭りて、一の大夫を斐林に立て、拱揖指麾すれば、諸侯敢えて出でざる無し。此れ猶お隰地に涯岸有るが若し。

盟會要第十

盟会要第十

至意雖難喻,蓋聖人者,貴除天下之患,貴除天下之患,故春秋重而書天下之患遍矣,以為本於見天下之所以致患,其意欲以除天下之患,何謂哉?天下者無患,然後性可善,性可善,然後清廉之化流,清廉之化流,然後王道舉,禮樂興,其心在此矣。傳曰:“諸侯相聚而盟。”君子修國,曰:“此將率為也哉!”是以君子以天下為憂也,患乃至於弒君三十六,亡國五十二,細惡不絕之所致也。辭已喻矣,故曰立義以明尊卑之分,強幹弱枝,以明大小之職;別嫌疑之行,以明正世之義;採摭托意,以繅失禮;善無小而不舉,惡無小而不去,以純其美;別賢不肖,以明其尊;親近以來遠,因其國而容天下,名倫等物,不失其理,公心以是非,賞善誅惡,而王澤洽,始於除患,正一而萬物備,故曰:大矣哉其號,兩言而管天下,此之謂也。

至意は曉諭し難しと雖も、蓋し聖人は天下の患を除くを貴ぶ。天下の患を除くを貴ぶれば、故に『春秋』は之を重んじて天下の患を書きて遍し。本は天下の患を致す所以を見るに在ると為し、其の意は天下の患を除かんと欲す。是れ何を謂うや。天下に患無くして、然る後に性善なるべし。性善なるべくして、然る後に清廉の教化流行す。清廉の教化流行して、然る後に王道挙がり礼楽興る。其の心此れ在り。『伝』に曰く、「諸侯相聚りて盟す。」君子は国を修めて曰く、「此れ将に率いて為さんとす。」故に君子は天下を以て憂と為す。患乃至りて君を弑する三十六、国を亡ぼす五十二。是れ細悪絶えざるの致す所なり。辞已に曉諭せり。故に曰く、義を立てて以て尊卑の別を彰明し、幹を強くし枝を弱くして、以て大小の職を彰明す。嫌疑の行を分別して、以て世を正すの義を彰明す。意を寄托するを採摭して、以て失礼を矯む。善は小にして挙げざる無く、悪は小にして去らざる無し。以て其の美を純化す。賢不肖を分別して、以て尊を彰明す。近きを親しみて以て遠きを致し、国に因りて天下を兼容す。名分倫類・事物を等列して、理を失わず。公心を以て是非とし、善を賞し悪を誅して、而して王沢洽し。患を除くより始めて、一を正して万物備わる。故に曰く、大きなりかな其の名号、両句にして天下を管す、此れを謂うなり、と。

正貫第十一

正貫第十一

春秋,大義之所本耶!六者之科,六者之恉之謂也,然後援天端,布流物,而貫通其理,則事變散其辭矣。故志得失之所從生,而後差貴賤之所始矣;論罪源深淺定法誅,然後絕屬之分別矣;立義定尊卑之序,而後君臣之職明矣;載天下之賢方,表謙義之所在,則見覆正焉耳;幽隱不相踰,而近之則密矣,而後萬變之應無窮者,故可施其用於人,而不悖其倫矣。是以必明其統於施之宜,故知其氣矣,然後能食其志也;知其聲矣,而後能扶其精也;知其行矣,而後能遂其形也;知其物矣,然後能別其情也;故倡而民和之,動而民隨之,是知引其天性所好,而壓其情之所憎者也。如是則言雖約,說必布矣;事雖小,功必大矣;聲響盛化鉉於物,散入於理;德在天地,神明休集,並行而不竭,盈於四海而訟詠。書曰:“八音克諧,無相奪倫,神人以和。”乃是謂也,故明於情性,乃可與論為政,不然,雖勞無功,夙夜是寤,思慮惓心,猶不能睹,故天下有非者。三示當中,孔子之所謂非,尚安知通哉!

『春秋』は、大義の本とする所ならんや。六科とは、六者の旨を謂うなり。然る後に天端を援引し、流を物に分布して、其の理を貫通すれば、則ち事変は辞に散れり。故に得失何れより生ずるを記して、然る後に貴賤の等差何れより始まるを記す。罪源の深浅を論じて以て法誅を定め、然る後に絶属の分別定まる。義を立てて尊卑の序を定め、然る後に君臣の職分明らかなり。天下の賢方を記し、謙義の在る所を表彰すれば、則ち復正を見る而已。幽隠相い逾越せずして、近き就きて密なり。然る後に万変の応は窮まり無く、以て人に施行すべくして、倫に悖らず。故に必ず其の統が施用の宜しきに在るを明かにせよ。故に其の気を知りて、然る後に能く其の志を養う。其の声を知りて、然る後に能く其の精を扶う。其の行を知りて、然る後に能く其の形を成就す。其の物を知りて、然る後に能く其の情を分別す。故に唱道すれば民和応し、発動すれば民随従す。此れ天性の好む所を引きて、情の憎む所を圧するを知ればなり。此くの如くなれば、話は要約と雖も、説は必ず伝布せん。事は小と雖も、功は必ず大ならん。声響の盛化は物に貫き、理に散り入る。徳は天地に在り、神明休集し、並行して竭きず、四海に盈ちて歌誦さる。『書』に曰く、「八音克く諧らい、相い倫を奪うこと無く、神人以て和す。」此れを謂うなり。故に情性に明らかなるは、乃ち以て之と政を為すを論ずべし。然らずんば、勞苦して功無く、夙夜醒寤して、思慮心を倦まさしむと雖も、猶お見る能わざるなり。故に天下に非有り。三たび中を顕す。孔子の所謂非、又焉んぞ通を知らん。

十指第十二

十指第十二

春秋二百四十二年之文,天下之大,事變之博,無不有也,雖然,大略之要,有十指。十指者,事之所繫也,王化之所由得流也。舉事變,見有重焉,一指也;見事變之所至者,一指也;因其所以至者而治之,一指也;強幹弱枝,大本小末,一指也;別嫌疑,異同類,一指也;論賢才之義,別所長之能,一指也;親近來遠,同民所欲,一指也;承周文而反之質,一指也;木生火,火為夏,天之端,一指也;切刺譏之所罰,考變異之所加,天之端,一指也。舉事變,見有重焉,則百姓安矣;見事變之所至者,則得失審矣;因其所以至而治之,則事之本正矣;強幹弱枝,大本小末,則君臣之分明矣;別嫌疑,異同類,則是非著矣;論賢才之義,別所長之能,則百官序矣;承周文而反之質,則化所務立矣;親近來遠,同民所欲,則仁恩達矣;木生火,火為夏,則陰陽四時之理相受而次矣;切刺譏之所罰,考變異之所加,則天所欲為行矣。統此而舉之,仁往而義來,德澤廣大,衍溢於四海,陰陽和調,萬物靡不得其理矣。說春秋凡用是矣,此其法也。

『春秋』二百四十二年の文、天下の大、事変の博、有らざる無し。然りと雖も、大略の要約は十指有り。十指とは、事の繋がる所、王化の由って以て流行する所なり。事変を挙げて、重くする所有るを見るは、一指なり。事変の至る所を見るは、一指なり。至る所以に因りて以て治むるは、一指なり。幹を強くし枝を弱くし、本を大にし末を小にするは、一指なり。嫌疑を分別し、同類を区分するは、一指なり。賢才の義を論じ、長ずる所の能を分別するは、一指なり。近きを親しみ遠きを致し、民の欲する所を一にするは、一指なり。周文を承けて質に返るは、一指なり。木は火を生じ、火は夏を為すは、天の端、一指なり。罰する所を切に刺譏し、異変を加える所を考察するは、天の端、一指なり。事変を挙げて、重くする所有るを見れば、則ち百姓安し。事変の至る所を見れば、則ち得失審らかなり。至る所以に因りて以て治むれば、則ち事の本正し。幹を強くし枝を弱くし、本を大にし末を小にすれば、則ち君臣の分別明らかなり。嫌疑を分別し同類を区分すれば、則ち是非顕著なり。賢才の義を論じ長ずる所の能を分別すれば、則ち百官序有り。周文を承けて質に返れば、則ち教化の務むる所立つ。近きを親しみ遠きを致し民の欲する所を一にすれば、則ち仁恩通達す。木は火を生じ火は夏を為せば、則ち陰陽四時の理は相い授受して次序有り。罰する所を切に刺譏し異変を加える所を考察すれば、則ち天の為さんと欲する所行わる。此れを統べて挙ぐれば、仁往きて義來り、徳沢広大にして、四海に衍溢し、陰陽和調し、万物は其の理を得ざる無し。『春秋』を講るに凡そ此れを用う。此れ法なり。

重政第十三

重政第十三

惟聖人能屬萬物於一,而系之元也,終不及本所從來而承之,不能遂其功,是以春秋變一謂之元,元猶原也,其義以隨天地終始也,故人惟有終始也,而生不必應四時之變,故元者,為萬物之本,而人之元在焉,安在乎,乃在乎天地之前,故人雖在天氣及奉天氣者,不得與天元,本天元命,而共違其所為也。故春正月者,承天地之所為也,繼天之所為而終之也,其道相與共功持業,安容言乃天地之元,天地之元,奚為於此,惡施於人,大其貫承意之理矣。

唯だ聖人のみ能く万物を一に属して、元に繋ぐ。終に本の従來する所に帰りて承くるに返らざれば、能く功を成さず。故に『春秋』は一を改めて元と曰う。元は猶お原のごとく、義は天地の終始に随う。故に人唯有終始有りて、生は必ずしも四時の変に応えず。故に元は万物の本にして、而して人の元は彼に在り。彼とは何ぞや。乃ち天地の前に在り。故に人は天気に及び及び天気を奉ずると雖も、天の元と、天の元の命に本づきて、共同して其の為す所に背く能わず。故に春正月とは、天地の為す所を承受し、天の為す所を継ぎて之を終らしむ。道は相い共同して功業を持守す。怎能に天地之元なりと謂わんや。天地の元は、何ぞ此れ在りて、何ぞ人に施すや。是れ其の貫穿して意を承くるの理を大にするなり。

能說鳥獸之類者,非聖人所欲說也;聖人所欲說,在於說仁義而理之,知其分科條別,貫所附,明其義之所審,勿使嫌疑,是乃聖人所貴而已矣;不然,傳於眾辭,觀於眾物,說不急之言,而以惑後進者,君子之所甚惡也,奚以為哉!聖人思慮,不厭晝日,繼之以夜,然後萬物察者仁義矣,由此言之,尚自為得之哉!故曰:於乎!為人師者,可無慎邪!夫義出於經,經,傳大本也,棄營勞心也,苦志盡情,頭白齒落,尚不合自錄也哉!

能く鳥獣の類を説くは、聖人の説かんと欲する所に非ず。聖人の説かんと欲する所は、仁義を説いて治むるに在り。科条を分かち別を知り、依附する所を貫穿し、義の審察する所を彰明にして、嫌疑ならしめざれ。此れ乃ち聖人の貴ぶ所而已。然らずんば、衆辞を伝述し、衆物を観視し、急ならざるの話を説いて、以て後進を迷惑せしむるは、君子の甚だ悪む所なり。将に何を為さんや。聖人の思慮は、昼に厭かず、之を継ぐに夜を以てす。然る後に万物の察せらるるは仁義なり。此れより言えば、猶お自ら以て得たりと為さんや。故に曰く、於乎、人の師と為るは、慎まざるべからざるか、と。義は経に出づ。経は伝の大本なり。経営を棄てて心を勞し、志を苦しめ情を尽くし、頭白く齒落つるも、猶お自ら檢録せざらんや。

人始生有大命,是其體也,有變命存其間者,其政也,政不齊,則人有忿怒之志,若將施危難之中,而時有隨遭者,神明之所接,絕屬之符也,亦有變其間,使之不齊如此,不可不省之,省之則重政之本矣。

人始めて生るるや大命有り。是れ其の体なり。変命其の間に存する有り。是れ其の政なり。政斉しからざれば、則ち人忿怒の志有り。将に危難の中に施行せんとするが若くして、時に随命・遭命有るは、神明の接し絶属するの符なり。亦変其の間に在りて、之を斉しからずして此くの如くならしむ。省察せざるべからず。省察すれば則ち政の本を重んず。

撮以為一,進義誅惡,絕之本,而以其施,此與湯武同而有異,湯武用之,治往故。春秋明得失,差貴賤,本之天王之所失天下者,使諸侯得以大亂之說,而後引而反之,故曰:博而明,深而切矣。

撮り合わせて一と為し、義を進めて悪を誅し、本上より断絶して、其の施予を用う。此れ湯武と相同じくして又異有り。湯武之を用うるは、以往を治むるの故なり。『春秋』は得失を明らかにし、貴賤を等差し、天王の天下を失う所以に本づき、諸侯をして大乱を得さしむるの説を以てし、然る後に引きて返る。故に曰く、博にして明、深にして切、と。

巻第六

服制像第十四

服制像第十四

天地之生萬物也以養人,故其可適者,以養身體;其可威者,以為容服;禮之所為興也。劍之在左,青龍之象也;刀之在右,白虎之象也;韍之在前,赤鳥之象也;冠之在首,玄武之象也;四者、人之盛飾也。夫能通古今,別然不然,乃能服此也。蓋玄武者,貌之最嚴有威者也,其像在後,其服反居首,武之至而不用矣。聖人之所以超然,雖欲從之,末由也已!夫執介冑而後能拒敵者,故非聖人之所貴也,君子顯之於服,而勇武者消其志於貌也矣。故文德為貴,而威武為下,此天下之所以永全也。於春秋何以言之?孔父義形於色,而奸臣不敢容邪;虞有宮之奇,而獻公為之不寐;晉厲之強,中國以寢屍流血不已。故武王克殷,裨冕而搢笏,虎賁之士說劍,安在勇猛必在武殺然後威,是以君子所服為上矣,故望之儼然者,亦已至矣,豈可不察乎!

天地が万物を生育するは、人を養う為なり。故に口に适うべきは、以て体を養い、威すべきは、以て容服を為す。礼此に因りて興る。剣は左に在るは、青竜の象なり。刀は右に在るは、白虎の象なり。韍は前に在るは、赤鳥の象なり。冠は首に在るは、玄武の象なり。四者は人の盛飾なり。能く古今に通じ、然と不然とを分別するは、乃ち能く此れを服す。蓋し玄武は貌最も厳にして威有り。形象は後に在るに、服は反りて首に居る。是れ武極まりて用いざるなり。聖人の超然たる所以は、従わんと欲するも、為すに従う無きなり。介胄を執着して然る後に能く敵を拒ぐは、本より聖人の貴ぶ所に非ず。君子は服に顕われ、而して勇武の人は貌に於て志を消す。故に文徳を貴と為し、威武を下と為す。此れ天下の永く全き所以なり。『春秋』に於て何に凭りて此く言うや。孔父は義色に形われて、奸臣敢えて邪を容れず。虞に宮之奇有りて、献公此に因りて寐ねず。晋厲の強は、中国此に因りて屍を寝せ血を流して已まず。故に武王殷を克ちて、裨冕して笏を搢すれば、虎賁の士は剣を解く。何ぞ勇猛必ず武殺に在りて然る後に威とせん。故に君子は服する所以上と為す。故に之を望めば儼然たるは、已に至れり。豈に察せざるべけんや。

二端第十五

二端第十五

春秋至意有二端,不本二端之所從起,亦未可與論災異也,小大微著之分也。夫覽求微細於無端之處,誠知小之將為大也,微之將為著也,吉凶未形,聖人所獨立也,雖欲從之,末由也已,此之謂也。故王者受命,改正朔,不順數而往,必迎來而受之者,授受之義也。故聖人能繫心於微,而致之著也。是故春秋之道,以元之深,正天之端,以天之端,正王之政,以王之政,正諸侯之即位,以諸侯之即位,正竟內之治,五者俱正,而化大行。故書日蝕,星隕,有蜮,山崩,地震,夏大雨水,冬大雨雹,隕霜不殺草,自正月不雨,至於秋七月,有鸛鵒來巢,春秋異之,以此見悖亂之徵,是小者不得大,微者不得著,雖甚末,亦一端,孔子以此效之,吾所以貴微重始是也,因惡夫推災異之象於前,然後圖安危禍亂於後者,非春秋之所甚貴也,然而春秋舉之以為一端者,亦欲其省天譴,而畏天威,內動於心志,外見於事情,修身審己,明善心以反道者也,豈非貴微重始、慎終推效者哉!

『春秋』の至意に二端有り。二端の何れより起こるを推原せざれば、亦之と災異を論ずべからず。是れ小大・微著の分別なり。端緒無きの処に於て微細を覽求して、小の将に大と為らんとす、微の将に著と為らんとすを確知す。吉凶未だ形を成さざるに、聖人独り立てり。従わんと欲するも為すに従う無きは、此れを謂うなり。故に王者は命を受けて、正朔を改む。数に順って往かず、必ず迎えて受く。是れ授受の義なり。故に聖人は能く心を微に繋ぎて、著に致す。故に『春秋』の道は、元の深きを以て、天の端を正しくす。天の端を以て、王の政を正しくす。王の政を以て、諸侯の即位を正しくす。諸侯の即位を以て、境内の治を正しくす。五者皆正しければ、教化大いに行わる。故に日蝕・星隕・蜮有り・山崩・地震・夏大雨水・冬大雨雹・隕霜草を殺さず・正月より雨降らずして秋七月に至る・鸜鵒來りて巢すを書きて、『春秋』は以て異と為す。此れに由りて悖乱の徴験を見る。此れ小の大なる能わざる、微の著なる能わざるは、甚だ末と雖も、亦一端なり。孔子此れを以て効験す。我が微を貴び始を重んずる所以は即ち是れ。因りて夫の先に災異の象を推して、然る後に安危禍乱を後に圖謀するを悪むは、『春秋』の甚だ貴ぶ所に非ず。然るに『春秋』の挙げて一端と為すも、亦其の天譴を省察して、天威を畏れ、内に於ては心志発動し、外に於ては事顕現し、身を修め己を審らかにし、善心を明らかにして道に返らんことを欲す。豈に微を貴び始を重んじ、終を慎み效を推するに非ずや。

符瑞第十六

符瑞第十六

有非力之所能致而自至者,西狩獲麟,受命之符是也,然後托乎春秋正不正之間,而明改制之義,一統乎天子,而加憂於天下之憂也,務除天下所患,而欲以上通五帝,下極三王,以通百王之道,而隨天之終始,博得失之效,而考命象之為,極理以盡情性之宜,則天容遂矣。百官同望異路,一之者在主,率之者在相。

事の人力の能く招来する所に非ざるにして、自ら至る者有り。西に狩して麒麟を獲たるは、即ち天命を承受するの符験なり。此れより後に義理を『春秋』の正しき所・正しからざる所の間に寄托して、以て改制の義を彰明にし、天下をして天子に一統せしめ、且つ天下の憂を以て自ら更に重き憂と為し、務めて天下の患う所を除かんとす。又上は五帝に通じ、下は三王を窮めて、以て百王の道を貫通し、天の終始に随い、得失の効験を広博に考求し、命と象の為す所を考察して、理を極処に推して以て性と情の宜しき所を尽くさんとす。此くの如くなれば天の容止順遂ならん。百官同じく仰望すれども路を異にす。能く之を統一するは主に在り、能く之を率いるは相に在り。

俞序第十七

俞序第十七

仲尼之作春秋也,上探正天端,王公之位,萬民之所欲,下明得失,起賢才,以待後聖,故引史記,理往事,正是非,見王公,史記十二公之間,皆衰世之事,故門人惑,孔子曰:“吾因其行事,而加乎王心焉,以為見之空言,不如行事博深切明。”子貢、閔子、公肩子言其切而為國家資也。其為切,而至於殺君亡國,奔走不得保社稷,其所以然,是皆不明於道,不覽於春秋也。故衛子夏言:“有國家者,不可不學春秋,不學春秋,則無以見前後旁側之危,則不知國之大柄,君之重任也。故或脅窮失國,揜殺於位,一朝至爾,苟能述春秋之法,致行其道,豈徒除禍哉!乃堯舜之德也。”故世子曰:“功及子孫,光輝百世,聖人之德,莫美於恕。”故予先言:“春秋詳己而略人,因其國而容天下。”春秋之道,大得之則以王,小得之則以霸。故曾子、子石盛美齊侯,安諸侯,尊天子,霸王之道,皆本於仁,仁,天心,故次之以天心。愛人之大者,莫大於思患而豫防之,故蔡得意於吳,魯得意於齊,而春秋皆不告。故次以言:怨人不可邇,敵國不可狎,攘竊之國不可使久親,皆防患、為民除患之意也。不愛民之漸,乃至於死亡,故言楚靈王、晉厲公生弒於位,不仁之所致也。故善宋襄公不厄人,不由其道而勝,不如由其道而敗,春秋貴之,將以變習俗,而成王化也。故子夏言:“春秋重人,諸譏皆本此,或奢侈使人憤怨,或暴虐賊害人,終皆禍及身。”故子池言:“魯莊築臺,丹楹刻桷;晉厲之刑刻意者;皆不得以壽終。”上奢侈,刑又急,皆不內恕,求備於人。故次以春秋,緣人情,赦小過,而傳明之曰:君子辭也。孔子明得失,見成敗,疾時世之不仁,失王道之體,故緣人情,赦小過,傳又明之曰:君子辭也。孔子曰:“吾因行事,加吾王心焉,假其位號,以正人倫,因其成敗,以明順逆。

仲尼の『春秋』を作るは、上は以て天の端緒・王公の位次・万民の欲求を探求して正しくし、下は得失を彰明にし、賢才を興して、以て後の聖人を待たんとす。故に史書の記載を援引し、往事を整理し、是非を端正して、王公の行事をして顕現せしむ。史記の記す所十二公の間は、皆衰世の事なり。故に門人は之を迷惑す。孔子曰く、「吾は已に行われたる行事に借りて、王者の心を加う。空しく道理を講ずるは、行事に借るに広博・深切・明白なるに如かずと覺ゆるが故なり。」子貢・閔子・公肩子は皆其の切実なるを言い、以て国家の資取する所と為すに足れりとす。其の切実なるは、君を殺し国を亡ぼし、奔走して社稷を保有する能わざるに至れり。此くの如き所以なるは、皆道に明らかならず、『春秋』を覽読せざるに因るなり。故に衛人の子夏曰く、「国を有つ者は、『春秋』を学ばざるべからず。『春秋』を学ばざれば、前後左右の危難を見るに従う無く、国の大権柄・君の重責任を知らず。故に脅迫せられ窮困して国を失い、位に在りて掩殺せらるる者有り。一朝にして至れり。若し能く『春秋』の法を称述し、其の道を力めて行わば、豈に唯だ禍患を除くのみならんや。乃ち堯舜の徳なり。」故に世子曰く、「功業は子孫に延び、光輝は百世に伝わる。聖人の徳は、恕より美しきは莫し。」故に予先に曰く、「『春秋』は己に詳しくして人に略し、一国に借りて天下を兼容す。」『春秋』の道は、大いに之を得れば以て王と称すべく、小さく之を得れば以て覇と称すべし。故に曾子・子石は盛んに斉侯の諸侯を安んじ天子を尊ぶを賛す。覇と王の道は皆仁に本づく。仁は天心なり。故に次いで天心を講ず。人を愛するの大なるは、患難を想いて豫め防ぐより大なるは莫し。故に蔡は呉に於て意を得、魯は斉に於て意を得たれども、『春秋』は皆其の事を以て捷を告ぐと為して書かず。故に次いで又曰く、怨有る者は親しむべからず、敵国は狎昵すべからず、攘窃の国は久しく親附せしむべからず、皆患を防ぎ民の為に患を除くの意なり、と。民を愛せざれば漸く死亡に至る。故に楚霊王・晋厲公の生きて位に於て弑せらるるを講ずるは、不仁の致す所なり。故に宋襄公の人を困境に逼めざるを善と称す。其の道に由らずして勝たんよりは、其の道に由りて敗るるに如かず。『春秋』の之を重んずるは、以て此れを用いて習俗を変え、王の教化を成就せんと欲すればなり。故に子夏曰く、「『春秋』は人を重んず。各条の譏刺は皆此れに本づく。或るは奢侈して人をして憤怨せしめ、或るは暴虐にして人を賊害し、終に禍は皆自らの身に落つ。」故に子池曰く、「魯荘公は台を築き、楹柱を漆りて赤くし、椽子に花文を彫る。晋厲公は刑を用うること刻毒なり。皆能く寿終せず。」上は奢侈し、刑罰又急なり。皆内に恕ならずして、人に完备を求むるなり。故に次いで『春秋』を以て人情に順い小過を赦免す。而して伝文明らかに曰く、「此れ君子の措辞なり。」孔子は得失を彰明にし、成敗を見て、時世の不仁にして王道の体を失えるを痛恨す。故に人情に順い小過を赦免す。伝文又明らかに曰く、「此れ君子の措辞なり。」孔子曰く、「吾は行事に借りて、吾が王心を加え、其の位号に借りて、以て人倫を正しくし、成敗に借りて、以て順逆を彰明にす。」

”故其所善,則桓文行之而遂,其所惡,則亂國行之終以敗。故始言大惡,殺君亡國,終言赦小過,是亦始於麤粗,終於精微,教化流行,德澤大洽,天下之人,人有士君子之行,而少過矣,亦譏二名之意也。

故に其の善と称する所は、桓公・文公之を行えば順遂なり。其の悪む所は、乱国之を行えば終に失敗す。故に始めに大悪・君を殺し国を亡ぼすを講じ、終りに小過を赦免するを講ず。此れ亦粗より始まりて、精微に至りて終るなり。教化流行し、徳沢普く洽合して、天下の人は、人人士君子の品行有りて、過失則ち少なし。此れ亦二名を譏刺するの意なり。

離合根第十八

離合根第十八

天高其位而下其施,藏其形而見其光;高其位,所以為尊也,下其施,所以為仁也,藏其形,所以為神,見其光,所以為明;故位尊而施仁,藏神而見光者,天之行也。故為人主者,法天之行,是故內深藏,所以為神,外博觀,所以為明也,任群賢,所以為受成,乃不自勞於事,所以為尊也,泛愛群生,不以喜怒賞罰,所以為仁也。故為人主者,以無為為道,以不私為寶,立無為之位,而乘備具之官,足不自動,而相者導進,口不自言,而擯者讚辭,心不自慮,而群臣效當,故莫見其為之,而功成矣,此人主所以法天之行也。為人臣者,法地之道,暴其形,出其情,以示人,高下險易,堅耎剛柔,肥轢美惡,累可就財也,故其形宜不宜,可得而財也。為人臣者,比地貴信,而悉見其情於主,主亦得而財之,故王道威而不失,為人臣常竭情悉力,而見其短長,使主上得而器使之,而猶地之竭竟其情也,故其形宜可得而財也。

天は位を抬げて高くし、施与を降して低くし、其の形を隠して、其の光を顕す。其の位を抬ぐは、以て其の尊を成る所以なり。施与を降すは、以て其の仁を成る所以なり。其の形を隠すは、以て其の神を成る所以なり。其の光を顕すは、以て其の明を成る所以なり。故に位尊くして仁を施し、神を蔵して光を見るは、天の運行なり。故に人主と為るは、天の運行に取法す。此れに因りて内に深く蔵すは、以て其の神を成り。外に広く観るは、以て其の明を成り。群賢を任用すは、以て成れる功業を受く。是に於て自ら事に勞せずは、以て其の尊を成り。普く群生を愛護して、自らの喜怒を凭って賞罰せずは、以て其の仁を成る。故に人主と為るは、無為を以て道と為し、不私を以て寶と為し、無為の位に立ちて、配備の齊われる官屬に凭る。足は自ら動かずして、相禮の人引導して進前せしむ。口は自ら言わずして、擯相の人代わりて贊辭せしむ。心は自ら謀慮せずして、群臣当たるの辦法を呈す。故に其の做すを見ずして、功已に成就す。此れ即ち人主の天の運行に取法するの故なり。人臣と為るは、地の道に取法す。自らの形を顯露し、自らの情を拿出して、人に見せる。高下險易・堅軟剛柔・肥瘠美惡は、皆就きて裁斷すべし。故に形の宜しき不宜しきは、得て裁斷すべし。人臣と為るは、地に比照して信を重んじ、自らの情を悉く主に顯現せば、主亦能く之を裁斷す。故に王道は威有りて失わず。人臣は常に情力を竭くして、自らの短長を顯出し、主上をして器物として之を使用せしめんことを得さしむ。猶お地の自らの情を完全に献盡するがごとし。故に其の形の宜しきや否やは、得て裁斷すべし。

立元神第十九

立元神第十九

君人者,國之元,發言動作,萬物之樞機,樞機之發,榮辱之端也,失之豪釐,駟不及追。故為人君者,謹本詳始,敬小慎微,志如死灰,形如委衣,安精養神,寂寞無為,休形無見影,揜聲無出響,虛心下士,觀來察往,謀於眾賢,考求眾人,得其心,遍見其情,察其好惡,以參忠佞,考其往行,驗之於今,計其蓄積,受於先賢,釋其讎怨,視其所爭,差其黨族,所依為臬,據位治人,用何為名,累日積久,何功不成?可以內參外,可以小占大,必知其實,是謂開闔。君人者,國之本也,夫為國,其化莫大於崇本,崇本則君化若神,不崇本則君無以兼人,無以兼人,雖峻刑重誅,而民不從,是所謂驅國而棄之者也,患庸甚焉!何謂本?曰:天地人,萬物之本也,天生之,地養之,人成之;天生之以孝悌,地養之以衣食,人成之以禮樂,三者相為手足,合以成體,不可一無也;無孝悌,則亡其所以生,無衣食,則亡其所以養,無禮樂,則亡其所以成也;三者皆亡,則民如麋鹿,各從其欲,家自為俗,父不能使子,君不能使臣,雖有城郭,名曰虛邑,如此,其君河塊而僵,莫之危而自危,莫之喪而自亡,是謂自然之罰,自然之罰至,裹襲石室,分障險阻,猶不能逃之也。明主賢君,必於其信,是故肅慎三本,郊祀致敬,共事祖禰,舉顯孝悌,表異孝行,所以奉天本也;秉耒躬耕,採桑親蠶,墾草殖穀,開闢以足衣食,所以奉地本也;立辟廱庠序,修孝悌敬讓,明以教化,感以禮樂,所以奉人本也;

人君と為るは、国の元なり。言を發し作を動かすは、万物の樞機なり。樞機一たび發動すれば、即ち榮辱の端緒なり。之を失うこと毫釐、四匹の馬が車を挽くも追い及ばず。故に人君と為るは、根本を謹み起始を詳察し、細小の事にも敬慎す。心志は熄える灰の如く、形軀は委棄の衣の如く、精神を安んじ、寂寞として無為にして、形を休めて影子を現さず、聲音を掩いて回響を發さず。虚心して士人に對待し、將來を觀察し以往を審察し、衆賢と謀劃し、衆人を考求し、其の心を得、普く其の情を見、其の好惡を察して、以て忠と佞とを參驗す。其の以往の行事を考え、今日に於て驗す。蓄積を計算し、先賢の教訓を受け、讐怨を化解し、其の爭う所は何ぞやを看る。其の黨族を等差して、依據する所を以て臬準と為す。位に凭りて人を治むるに、何を以て名號と為すか。日積月累すれば、何の功業か成就せざらん。内を以て外を參驗すべく、小を以て大を占斷すべく、必ず實際を知る。此れを開闔と謂う。人君と為るは、国の根本なり。国を治むるに、教化は根本を崇ぶより大なるは莫し。根本を崇べば、則ち君の教化は神の如し。根本を崇ばざれば、則ち君衆人を兼領するに從う無し。衆人を兼領するに從う無ければ、嚴刑重誅と雖も、民聽從せず。此れ所謂国を驅著して棄てるが如きなり。禍患何ぞ此れより甚だしき有らん。何をか本と謂う。曰く、天・地・人は、万物の本なり。天之を生み、地之を養い、人之を成就す。天は孝悌を以て生み、地は衣食を以て養い、人は禮樂を以て成就す。三者は相い手足と為り、合わさりて一体を成す。一樣を缺くべからず。孝悌無くんば、生ずる所以の依據を失う。衣食無くんば、養う所以の依據を失う。禮樂無くんば、成就する所以の依據を失う。三者皆失えば、則ち民は麋鹿の如く、各々欲望に順い、家家自ら習俗と為り、父は子を使喚する能わず、君主は臣下を使喚する能わず。城郭有ると雖も、唯だ虚邑と名づくる而已。此くの如くなれば、其の君は土塊の如く僵仆して、人之を危害する無くして自ら危うく、人之を喪亡する無くして自ら亡ぶ。此れを自然の罰と謂う。自然の罰至れば、石室に裹り險阻を隔つると雖も、猶お逃脱るる能わず。明主賢君は、必ず信に落實す。故に敬肅謹慎して三本に對待す。郊祀して敬を致し、恭敬して祖禰に事え、孝悌を推擧顯揚し、特異の孝行を表彰して、以て天の一本に奉事す。手に耒耜を持ちて親しく耕種し、桑を採りて親しく蠶を養い、荒草を開墾し穀物を種植し、土地を開闢して以て衣食を充足せしめ、以て地の一本に奉事す。辟雍・庠・序を設立し、孝悌敬讓を修習し、教化を以て人を明白にし、禮樂を以て感化して、以て人の一本に奉事す。

三者皆奉,則民如子弟,不敢自專,邦如父母,不待恩而愛,不須嚴而使,雖野居露宿,厚於宮室,如是者,其君安河而臥,莫之助而自強,莫之綏而自安,是謂自然之賞,自然之賞至,雖退讓委國而去,百姓襁負其子,隨而君之,君亦不得離也,故以德為國者,甘於飴蜜,固於膠漆,是以聖賢勉而崇本,而不敢失也,君人者,國之證也,不可先倡,感而後應,故居倡之位,而不行倡之勢,不居和之職,而以和為德,常盡其下,故能為之上也。

三者皆奉事すれば、則ち民は子弟の如く、敢えて自ら專斷せず。邦は父母の如く、恩惠を施加せずして親愛し、威嚴に靠らずして使喚に聽く。野居露宿すると雖も、宮室に住するに比べて猶お情意深厚なり。此くの如くなれば、其の君は安然に躺臥して、人之を幇助する無くして自ら強盛に、人之を撫慰する無くして自ら安寧なり。此れを自然の賞と謂う。自然の賞至れば、退讓して国を委して離るると雖も、百姓も布兜を以て子を背負いて随從し、之を君と奉ぜん。君亦能く彼等を離るべからず。故に德を以て国を治むるは、飴蜜より甘甜にして、膠漆より牢固なり。故に聖賢は努力して根本を崇びて、敢えて失う有らず。人君と為るは、国の證驗なり。自ら先に倡導すべからず。感應有りて然る後に乃ち響應す。故に倡導の位に居ると雖も、倡導の威勢を行使せず。「和」の職事を擔任せずして、和を以て德と為し、常に其の下屬に盡心す。故に能く其の上と為るなり。

體國之道,在於尊神。尊者,所以奉其政也,神者,所以就其化也,故不尊不畏,不神不化。夫欲為尊者,在於任賢;欲為神者,在於同心;賢者備股肱,則君尊嚴而國安;同心相承,則變化若神;莫見其所為,而功德成,是謂尊神也。天積眾精以自剛,聖人積眾賢以自強;天序日月星辰以自光,聖人序爵祿以自明;天所以剛者,非一精之力,聖人所以強者,非一賢之德也。故天道務盛其精,聖人務眾其賢;盛其精而壹其陽,眾其賢而同其心;壹其陽,然後可以致其神,同其心,然後可以致其功;是以建治之術,貴得賢而同心。為人君者,其要貴神,神者,不可得而視也,不可得而聽也,是故視而不見其形,聽而不聞其聲;聲之不聞,故莫得其響,不見其形,故莫得其影;莫得其影,則無以曲直也,莫得其響,則無以清瘻也;無以曲直,則其功不可得而敗,無以清瘻,則其名不可得而度也。所謂不見其形者,非不見其進止之形也,言其所以進止不可得而見也;所謂不聞其聲者,非不聞其號令之聲也,言其所以號令不可得而聞也;不見不聞,是謂冥昏,能冥則明,能昏則彰,能冥能昏,是謂神。人君貴居冥而明其位,處陰而向陽,惡人見其情,而欲知人之心。是故為人君者,執無源之慮,行無端之事,以不求奪,以不問問;吾以不求奪,則我利矣,彼以不出出,則彼費矣;吾以不問問,則我神矣,彼以不對對,則彼情矣。故終日問之,彼不知其所對,終日奪之,彼不知其所出,吾則以明,而彼不知其所亡。故人臣居陽而為陰,人君居陰而為陽,陰道尚形而露情,陽道無端而貴神。

国家を治理するの道は、尊と神とに在り。尊は、以て其の政を奉持するなり。神は、以て其の教化を成就するなり。故に尊ならざれば畏るる人無く、神ならざれば化する能わず。尊と為らんと欲すれば、賢人を任用するに在り。神と為らんと欲すれば、心を同じくするに在り。賢人股肱として備われば、則ち君は尊嚴にして国安し。心を同じくし相い承接すれば、則ち變化神の如し。其の做す所を見ずして、功德已に成就す。此れを尊神と謂う。天は衆精を積聚して以て自らを剛にし、聖人は衆賢を積聚して以て自らを強にす。天は日月星辰を序次して以て自らを光にし、聖人は爵祿を序次して以て自らを明にす。天の剛なる所以は、一精の力に非ず。聖人の強なる所以は、一賢の德に非ず。故に天道は務めて其の精を盛ならしめ、聖人は務めて其の賢を多くせんことを求む。其の精を盛にして其の陽を專一にし、其の賢を衆にして其の心を同一にす。其の陽を專一にして、然る後に以て其の神を招致すべし。其の心を同一にして、然る後に以て其の功を招致すべし。故に治理の術を建立するに、賢を得て心を同じくするを貴ぶ。人君と為るは、要約は神を貴ぶに在り。神は、得て見るべからず、得て聽くべからず。故に看れども其の形を見ず、聽けども其の聲を聽かず。聲聽こえざれば、回響を得る人無し。形見えざれば、影子を得る人無し。影子を得る人無ければ、曲直を論ずるに從う無し。回響を得る人無ければ、清濁を論ずるに從う無し。曲直を論ずるに從う無ければ、則ち其の功は得て敗壞すべからず。清濁を論ずるに從う無ければ、則ち其の名は得て度量すべからず。所謂其の形を見ずは、進退舉止の形を見ざるに非ず。進退する所以の故は得て見るべからずと謂うなり。所謂其の聲を聽かずは、號令の聲を聽かざるに非ず。號令する所以の故は得て聞くべからずと謂うなり。見ず聽かずは、冥昏と謂う。能く冥なれば能く明なり。能く昏なれば能く彰なり。能く冥能く昏は、之を神と謂う。人君は冥に居して其の位を明らかにし、陰に處して陽に向かうを貴ぶ。人の其の情を見るを惡みて、却りて人の心を知らんとす。故に人君と為るは、源頭無きの思慮を執持し、端緒無きの事を施行し、求めずを以て奪取し、問わずを以て詢問す。我求めずを以て奪取すれば、則ち我利を得。彼拿出せずを以て拿出せば、則ち彼耗費す。我問わずを以て詢問すれば、則ち我神なり。彼對えずを以て對えば、則ち其の情顯現す。故に終日之を問うも、彼如何に對ゆべきを知らず。終日之を奪取するも、彼如何に拿出すべきを知らず。我此に因りて明白にして、彼自ら失う所は何ぞやを知らず。故に人臣は陽に居して陰と表現し、人君は陰に居して陽と表現す。陰道は形を崇して情を顯露し、陽道は端緒無くして神を貴ぶ。

保位權第二十

保位權第二十

民無所好,君無以權也;民無所惡,君無以畏也;無以權,無以畏,則君無以禁制也;無以禁制,則比肩齊勢,而無以為貴矣。故聖人之治國也,因天地之性情、孔竅之所利,以立尊卑之制,以等貴賤之差,設官府爵祿,利五味,盛五色,調五聲,以誘其耳目;自令清瘻昭然殊體,榮辱踔然相駁,以感動其心;務致民令有所好,有所好,然後可得而勸也,故設賞以勸之;有所好,必有所惡,有所惡,然後可得而畏也,故設罰以畏之;既有所勸,又有所畏,然後可得而制;制之者,制其所好,是以勸賞而不得多也;制其所惡,是以畏罰而不可過也;所好多,則作福;所惡多,則作威;作威則君亡權,天下相怨;作福則君亡德,天下相賊。故聖人之制民,使之有欲,不得過節;使之敦樸,不得無慾;無慾有欲,各得以足,而君道得矣。國之所以為國者,德也,君之所以為君者,威也,故德不可共,威不可分,德共則失恩,威分則失權,失權則君賤,失恩則民散,民散則國亂,君賤則臣叛。是故為人君者,固守其德,以附其民,固執其權,以正其臣。聲有順逆,必有清瘻,形有善惡,必有曲直,故聖人聞其聲,則別其清瘻,見其形,則異其曲直,於瘻之中,必知其清,於清之中,必知其瘻,於曲之中,必見其直,於直之中,必見其曲,於聲無小而不取,於形無小而不舉,不以著蔽微,不以眾揜寡,各應其事,以致其報,黑白分明,然後民知所去就,民知所去就,然後可以致治,是為象則。為人君者,居無為之位,行不言之教,寂而無聲,靜而無形,執一無端,為國源泉,因國以為身,因臣以為心,以臣言為聲,以臣事為形,有聲必有響,有形必有影,聲出於內,響報於外,形立於上,影應於下,響有清瘻,影有曲直,響所報,非一聲也,影所應,非一形也。

民に喜好無くんば、君權衡するに從う無し。民に惡厭無くんば、君畏れしむるに從う無し。權衡するに從う無く畏れしむるに從う無ければ、則ち君禁制するに從う無し。禁制するに從う無ければ、則ち彼此比肩齊勢にして、君貴と為るに從う無きなり。故に聖人國を治むるは、天地の性情・孔竅の便利する所に因りて、以て尊卑の制度を建立し、以て貴賤の分別を等差す。官府爵祿を設立して、五味をして利有らしめ、五色をして盛美ならしめ、五聲を調和して、以て耳目を誘導す。清濁をして昭然各々異なる體を成さしめ、榮辱をして顯然相い駁難せしめ、以て其の心を感動す。務めて民をして喜好する所有らしめんことを求む。喜好する所有りて、然る後に得て勸勉すべし。故に賞を設けて以て勸む。喜好する所有れば必ず惡厭する所有り。惡厭する所有りて、然る後に得て畏れしむべし。故に罰を設けて以て畏れしむ。既に勸むる所有り、又畏るる所有りて、然る後に得て制すべし。所謂制とは、其の喜好する所を制す。故に賞を以て勸むれども過多なるべからず。其の惡厭する所を制す。故に罰を以て畏れしむれども過度なるべからず。喜好する所多ければ、福を作さん。惡厭する所多ければ、威を作さん。威を作せば則ち君權を失い、天下相い怨恨す。福を作せば則ち君德を失い、天下相い賊害す。故に聖人は民を制して、欲有らしむれども節度を越越するを得ざらしめ、敦厚樸實ならしむれども毫も欲する無きを得ざらしむ。無欲と有欲と、各々満足を得れば、君道得たり。國の國と為る所以は、德なり。君の君と為る所以は、威なり。故に德は人と共有すべからず、威は分割すべからず。德人と共有すれば恩を失い、威分割せらるれば權を失う。權を失えば則ち君賤しく、恩を失えば則ち民散ず。民散ずれば則ち國亂れ、君賤しければ則ち臣叛く。故に人君と為るは、其の德を固守して以て民を附着せしめ、其の權を固執して以て臣を端正す。聲に順有り逆有り、必ず清有り濁有り。形に善有り惡有り、必ず曲有り直有り。故に聖人は聲を聽けば清濁を分別し、形を見れば曲直を區分す。濁の中に於て必ず清を知り、清の中に於て必ず濁を知り、曲の中に於て必ず直を見、直の中に於て必ず曲を見る。聲に於て小にして取らざる無く、形に於て小にして舉げざる無し。顯著を以て微細を遮蔽せず、多數を以て少數を掩蓋せず。各々事に應じて其の報應を致し、黑白分明にして、然る後に民離るべき所・趨くべき所を知る。民去就を知りて、然る後に治に達すべし。此れ即ち象を取りて則と為すなり。人君と為るは、無為の位に居して、不言の教を施行し、寂静として聲無く、安靜として形無く、一を執持して端緒無く、國の源泉と為る。國を以て自らの身と為し、臣を以て自らの心と為し、臣の言を以て聲と為し、臣の事を以て形と為す。聲有れば必ず回響有り、形有れば必ず影子有り。聲は内裏より發し、回響は外面に於て回報す。形は上に立ち、影子は下に應和す。回響に清有り濁有り、影子に曲有り直有り。回響の回報する所は、一種の聲に非ず。影子の應和する所は、一種の形に非ず。

故為君,虛心靜處,聰聽其響,明視其影,以行賞罰之象,其行賞罰也,響清則生清者榮,響瘻則生瘻者辱,影正則生正者進,影枉則生枉者絀,?名考質,以參其實,賞不空施,罰不虛出,是以群臣分職而治,各敬而事,爭進其功,顯廣其名,而人君得載其中,此自然致力之術也,聖人由之,故功出於臣,名歸於君也。

故に君と為るは虚心靜處して、靈敏に其の回響を聽き、明白に其の影子を看て、以て賞罰の象を取りて行わんとす。賞罰を實行する時は、回響清なれば、清なるをして榮を得しめ、回響濁なれば、濁なるをして辱を受けしめ、影子正なれば、正なるをして進用せしめ、影子歪なれば、歪なるをして貶退せしむ。名に循いて實質を考察して、以て實際を參驗す。賞は空を憑て施與せず、罰は空を憑て虚出せず。故に群臣は職を分かちて治理し、各々敬慎して辦事し、爭いて功勞を進獻し、自らの名を顯揚推廣して、而して人君其の中に承載せんことを得る。此れ自然に力を致すの術なり。聖人此れに由りて行う。故に功は臣より出でて、名は君に歸す。

巻第七

考功名第二十一

考功名第二十一

考績之法,考其所積也。天道積聚眾精以為光;聖人積聚眾善以為功;故日月之明,非一精之光也;聖人致太平,非一善之功也。明所從生,不可為源,善所從出,不可為端,量勢立權,因事制義。故聖人之為天下興利也,其猶春氣之生草也,各因其生小大,而量其多少;其為天下除害也,若川瀆之寫於海也,各順其勢傾側,而制於南北;故異孔而同歸,殊施而鈞德,其趣於興利除害,一也。是以興利之要,在於致之,不在於多少;除害之要,在於去之,不在於南北。考績絀陟,計事除廢,有益者謂之公,無益者謂之煩,?名責實,不得虛言,有功者賞,有罪者罰,功盛者賞顯,罪多者罰重,不能致功,雖有賢名,不予之賞,官職不廢,雖有愚名,不加之罰,賞罰用於實,不用於名,賢愚在於質,不在於文,故是非不能混,喜怒不能傾,奸軌不能弄,萬物各得其冥,則百官勸職,爭進其功。

考績の法は、其の積聚する所を考うるなり。天道は衆精を積聚して以て光と為し、聖人は衆善を積聚して以て功と為す。故に日月の明は、一精の光に非ず。聖人の太平に達致するは、一善の功に非ず。明は何れの処より生ずるや、以て源頭と為すべからず。善は何れの処より出づるや、以て端緒と為すべからず。情勢を度量し權衡を建立して、事に因りて以て義を制定す。故に聖人は天下の為に利を興すこと、猶お春氣の草を生ずるが如く、各々其の生ずる所の小大に因りて、其の多少を量る。天下の為に害を除くこと、川瀆の大海中に瀉入るるが如く、各々地勢の傾側に順いて、南北に於て制約さる。故に孔穴同じからずして歸を同じくし、施与同じからずして德均し。利を興し害を除くに趨向するは一なり。故に利を興すの要約は利を送り到るに在りて、多少に在らず。害を除くの要約は去り到るに在りて、南北に在らず。考績黜陟は、事功を計算して以て廢事を除く。益有るを公と謂い、益無きを煩と謂う。名に循いて實際を責求して、空話を以て搪塞するを得ざらしむ。功有るは賞し、罪有るは罰す。功盛なるは賞顯れ、罪多きは罰重し。功勞を招致する能わざれば、賢名有ると雖も、亦賞を與えず。官職廢弛無ければ、愚名有ると雖も、亦罰を加えず。賞罰は實際に用いて、名に用いず。賢愚は質に在りて、文に在らず。故に是非は混淆する能わず、喜怒は傾側する能わず、奸軌は玩弄する能わず、万物各々其の所を得れば、則ち百官勉力して供職し、爭いて功勞を進獻す。

考試之法:大者緩,小者急;貴者舒,而賤者促。諸侯月試其國,州伯時試其部,四試而一考,天子歲試天下,三試而一考,前後三考而絀陟,命之曰計。

考試の法は、大なるは緩に、小なるは急に、貴なるは舒緩に、賤なるは急促なり。諸侯は每月其の國を考試し、州伯は每季其の部屬を考試し、四たび考試して一たびの考績と算す。天子は每年天下を考試し、三たび考試して一たびの考績と算す。前後三たび考績して然る後に黜陟し、命名して「計」と曰う。

考試之法,合其爵祿,並其秩,積其日,陳其實,計功量罪,以多除少,以名定實,先內弟之,其先比二三分,以為上中下,以考進退,然後外集,通名曰進退,增減多少,有率為弟,九分三三列之,亦有上中下,以一為最,五為中,九為殿,有餘歸之於中,中而上者有得,中而下者有負,得少者,以一益之,至於四,負多者,以四減之,至於一,皆逆行,三四十二,而成於計,得滿計者絀陟之,次次每計,各逐其弟,以通來數,初次再計,次次四計,各不失故弟,而亦滿計絀陟之。

考試の法は、爵祿を會合し、秩次を合并し、時日を積累し、實際を陳列し、功勞を計算し罪過を衡量して、多きを以て少なきを除き、名を以て實を確定す。先に内裏に等第を排し、先に比較して二三分に分けて、上・中・下と為し、以て進退を考う。然る後に外に於て汇总して、進退と通名す。増減多少して、比率有りて等第を為し、九分に分けて三三排列すれば、亦上・中・下有り。一を以て最と為し、五を以て中と為し、九を以て殿と為す。余有るは中に歸す。中以上は得有り、中以下は負有り。得少なきは、一を以て増益し、四に至る。負多きは、四を以て減じ、一に至る。皆等第に逆りて行く。三に四を乘じて十二を得て、「計」に成就す。得數「計」に滿つれば則ち黜陟す。一度毎に計に、各々等第に随いて、以て後來の數目を貫通す。初次の再計は、次に四計に、各々舊等第を失わず、亦「計」に滿つる時に黜陟す。

初次再計,謂上弟二也,次次四計,謂上弟三也,九年為一弟,二得九,幷去其六,為置三弟,六六得等,為置二,幷中者得三,盡去之,並三三計,得六,幷得一計,得六,此為四計也。絀者亦然。

初次再計とは、上等第の二を謂うなり。次の四計とは、上等第の三を謂うなり。九年を以て一等第と算す。二次九を得て、一併して六を去りて、三等第を設置す。六六等を得て、二を設置す。中の合併して三を得るを、全部去る。三三計を合併して六を得、得一計を合併して六を得。此れ即ち四計なり。黜退するも亦此くの如し。

通國身第二十二

通國身第二十二

氣之清者為精,人之清者為賢,治身者以積精為寶,治國者以積賢為道。身以心為本,國以君為主;精積於其本,則血氣相承受;賢積於其主,則上下相制使;血氣相承受,則形體無所苦;上下相制使,則百官各得其所;形體無所苦,然後身可得而安也;百官各得其所,然後國可得而守也。夫欲致精者,必虛靜其形;欲致賢者,必卑謙其身,形靜志虛者,精氣之所趣也;謙尊自卑者,仁賢之所事也。故治身者,務執虛靜以致精;治國者,務盡卑謙以致賢;能致精,則合明而壽;能致賢,則德澤洽而國太平。

氣の清きは精、人の清きは賢なり。身を治むるは精を積むを以て寶と為し、國を治むるは賢を積むを以て道と為す。身は心を以て本と為し、國は君を以て主と為す。精は本に積めば、則ち血氣相い承受す。賢は主に積めば、則ち上下相い制使す。血氣相い承受すれば、則ち形體に苦痛無し。上下相い制使すれば、則ち百官各々其の所を得。形體に苦痛無くして、然る後に身は得て安んずべし。百官各々其の所を得て、然る後に國は得て守るべし。精を致さんと要するは、必ず形を虚靜ならしむ。賢を致さんと要するは、必ず自身を謙卑ならしむ。形靜にして志向虚は、精氣の趨向する所なり。尊きを謙じて自ら卑に處るは、仁賢の事奉する所なり。故に身を治むる人は、務めて虚靜を執持して以て精を致さんと求む。國を治むる人は、務めて其の謙卑を盡くして以て賢を致さんと求む。能く精を致せば、則ち明と相合して長壽す。能く賢を致せば、則ち德澤洽合して國太平なり。

三代改制質文第二十三

三代改制質文第二十三

春秋曰:“王正月。”傳曰:“王者庸謂?謂文王也。曷為先言王而後言正月?王正月也。何以謂之王正月?曰:王者必受命而後王,王者必改正朔,易服色,制禮樂,一統於天下,所以明易姓非繼人,通以己受之於天也。王者受命而王,制此月以應變,故作科以奉天地,故謂之王正月也。王者改制作科奈何?曰:當十二色,歷各法而正色,逆數三而復,絀三之前,曰五帝,帝迭首一色,順數五而相復,禮樂各以其法象其宜,順數四而相復,鹹作國號,頡宮邑,易官名,制禮作樂。故湯受命而王,應天變夏,作殷號,時正白統,親夏、故虞,絀唐,謂之帝堯,以神農為赤帝,作宮邑於下洛之陽,名相官曰尹,作濩樂、制質禮以奉天。文王受命而王,應天變殷,作周號,時正赤統,親殷、故夏,絀虞,謂之帝舜,以軒轅為黃帝,推神農以為九皇,作宮邑於豐,名相官曰宰,作武樂、制文禮以奉天。武王受命,作宮邑於鄗,制爵五等,作象樂,繼文以奉天。周公輔成王受命,作宮邑於洛陽,成文武之制,作汋樂以奉天。殷湯之後稱邑,示天之變反命,故天子命無常,唯命是德慶。故春秋應天作新王之事,時正黑統,王魯,尚黑,絀夏、親周、故宋,樂宜親招武,故以虞錄親,樂制宜商,合伯子男為一等。然則其略說奈何?曰:三正以黑統初,正日月朔於營室,鬥建寅,天統氣始通化物,物見萌達,其色黑,故朝正服黑,首服藻黑,正路輿質黑,馬黑,大節綬幘尚黑,旗黑,大寶玉黑,郊牲黑,犧牲角卵,冠於阼,昏禮逆於庭,喪禮殯於東階之上,祭牲黑牡,薦尚肝,樂器黑質,法不刑有懷任新產,是月不殺,聽朔廢刑發德,具存二王之後也,親赤統,故日分平明,平明朝正。正白統奈何?

『春秋』に曰く、「王正月。」傳曰く、「王とは誰を指すや。文王を指す。何の故に先に王を說き後に正月を說くや。王の正月なればなり。何の故に王正月と謂うや。曰く、王者は必ず先に天命を承受して然る後に乃ち王と為る。王者は必ず正朔を改正し、衣服の顏色を改換し、禮樂を制定して、天下をして一統せしめ、以て姓氏の改換は前の一人を繼承するに非ずして、自ら天より承受して來れるを表明せんとす。王者は命を受けて王と為り、此の月を制定して以て變化に應ず。故に科條を制定して以て天地に奉事す。故に王正月と謂うなり。王者の制度を改め科條を作るは如何。曰く、十二色に對して、各代の歷法各々法を取りて以て正色を確定し、數に逆りて三にして一循環す。三代以前を黜退するを五帝と謂い、五帝更迭して、各々一色を以て首と為し、數に順いて五にして又循環す。禮樂各々其の法を以て象を取りて宜しき處にして、數に順いて四にして又循環す。皆國號を制定し、宮邑を遷徙し、官名を改易し、禮を制し樂を作せよ。故に湯命を受けて王と為り、天に應じて夏を改變し、殷此の國號を作り、時に白統を以て正と為し、夏を親しみ虞を以て故と為し、唐を黜退して、之を帝堯と稱し、神農を以て赤帝と為し、下洛の陽に宮邑を建造し、宰相の官を尹と曰い、『濩』樂を作り質禮を制定して以て天に奉たり。文王命を受けて王と為り、天に應じて殷を改變し、周此の國號を作り、時に赤統を以て正と為し、殷を親しみ夏を以て故と為し、虞を黜退して、之を帝舜と稱し、軒轅を以て黃帝と為し、神農を推して九皇と為し、豐に宮邑を建造し、宰相の官を宰と曰い、『武』樂を作り文禮を制定して以て天に奉たり。武王命を受け、鄗に宮邑を建造し、爵を制定して五等と為し、『象』樂を作り、文王を繼承して以て天に奉たり。周公は成王を輔佐して命を受け、洛陽に宮邑を建造し、文王・武王の制度を成就し、『汋』樂を作りて以て天に奉たり。殷湯の後嗣は邑と稱して、天の改變・天命の反復を表示す。故に天子の命に常規無く、唯だ命を德有りて慶すべきに與える而已。故に『春秋』は天に應じて以て新王の事を做す。時に黑統を以て正と為し、魯を以て王と為し、黑を崇尚し、夏を黜退し、周を親しみ、宋を以て故と為す。樂は『韶』『武』を親しむに宜しく、故に虞を以て錄して親と為す。樂制は商聲を用うに宜しく、伯・子・男を合わせて一等と為す。然らば其の大略は如何。曰く、三正は黑統より始まり、日月の合朔を營室に定め、斗柄は寅に建てり。天統の氣始めて流通して萬物を化生し、物は萌芽を顯して發達す。其の顏色黑なり。故に朝正するに衣服黑を用い、頭上の冠飾藻は黑を用い、正路の車質は黑を用い、馬は黑を用い、大節の綬と帻は黑を崇尚し、旗は黑を用い、大寶玉は黑を用い、郊祭の牲は黑を用い、犧牲の角は卵の如く小なり。冠禮は阼階に於て舉行し、婚禮は庭中に於て迎接し、喪禮は東階の上に殯を停め、祭牲は黑牡を用い、進獻は肝を以て尚と為し、樂器の質は黑を用い。法は身孕む及び新たに產する有るに刑を施さず。此の月は殺さず、朔を聽くに刑罰を廢止して德を發揚し、二王の後嗣を完备に存留す。赤統を親しむに因りて、日の分界は平明に在りて、平明に朝正を舉行す。正白統は又如何。

曰:正白統者,歷正日月朔於虛,鬥建醜,天統氣始蛻化物,物初芽,其色白,故朝正服白,首服藻白,正路輿質白,馬白,大節綬幘尚白,旗白,大寶玉白,郊牲白,犧牲角繭,冠於堂,昏禮逆於堂,喪事殯於楹柱之間,祭牲白牡,薦尚肺,樂器白質,法不刑有身懷任,是月不殺,聽朔廢刑發德,具存二王之後也,親黑統,故日分鳴晨,鳴晨朝正。正赤統奈何?曰:正赤統者,歷正日月朔於牽牛,鬥建子,天統氣始施化物,物始動,其色赤,故朝正服赤,首服藻赤,正路輿質赤,馬赤,大節綬幘尚赤,旗赤,大寶玉赤,郊牲騂,犧牲角栗,冠於房,昏禮逆於戶,喪禮殯於西階之上,祭牲騂牡,薦尚心,樂器赤質,法不刑有身,重懷藏以養微,是月不殺,聽朔廢刑發德,具存二王之後也,親白統,故日分夜半,夜半朝正。改正之義,奉元而起,古之王者受命而王,改制稱號正月,服色定,然後郊告天地及群神,遠追祖禰,然後布天下,諸侯廟受,以告社稷宗廟山川,然後感應一其司,三統之變,近夷遐方無有生煞者,獨中國,然而三代改正,必以三統天下,曰:三統五端,化四方之本也,天始廢始施,地必待中,是故三代必居中國,法天奉本,執端要以統天下,朝諸侯也。是以朝正之義,天子純統色衣,諸侯統衣纏緣紐,大夫士以冠參,近夷以綏,遐方各衣其服而朝,所以明乎天統之義也。其謂統三正者,曰:正者、正也,統致其氣,萬物皆應而正,統正,其餘皆正,凡歲之要,在正月也,法正之道,正本而末應,正內而外應,動作舉錯,靡不變化隨從,可謂法正也,故君子曰:“武王其似正月矣。”春秋曰:“杞伯來朝。”王者之後稱公,杞何以稱伯?春秋上絀夏,下存周,以春秋當新王。春秋當新王者奈何?曰:王者之法必正號,絀王謂之帝,封其後以小國,使奉祀之;

曰く、正白統は、歷法は日月の合朔を虚宿に定め、斗柄は丑に建てり。天統の氣始めて蛻變して萬物を化生し、物は剛く發芽す。其の顏色白なり。故に朝正するに衣服白を用い、頭上の冠飾藻は白を用い、正路の車質は白を用い、馬は白を用い、大節の綬と帻は白を崇尚し、旗は白を用い、大寶玉は白を用い、郊祭の牲は白を用い、犧牲の角は繭の如くなり。冠禮は堂上に於て舉行し、婚禮は堂上に於て迎接し、喪事は楹柱の間に殯を停め、祭牲は白牡を用い、進獻は肺を以て尚と為し、樂器の質は白を用い。法は身孕む有るに刑を施さず。此の月は殺さず、朔を聽くに刑罰を廢止して德を發揚し、二王の後嗣を完备に存留す。黑統を親しむに因りて、日の分界は鷄鳴に在りて、鷄鳴に朝正を舉行す。正赤統は又如何。曰く、正赤統は、歷法は日月の合朔を牽牛に定め、斗柄は子に建てり。天統の氣始めて施布して萬物を化生し、物始めて動く。其の顏色赤なり。故に朝正するに衣服赤を用い、頭上の冠飾藻は赤を用い、正路の車質は赤を用い、馬は赤を用い、大節の綬と帻は赤を崇尚し、旗は赤を用い、大寶玉は赤を用い、郊祭の牲は騂を用い、犧牲の角は栗子の如くなり。冠禮は房中に於て舉行し、婚婚禮は戶に於て迎接し、喪禮は西階の上に殯を停め、祭牲は騂牡を用い、進獻は心を以て尚と為し、樂器の質は赤を用い。法は身有る人に刑を施さず。懷藏を重くして以て微細の生命を養護す。此の月は殺さず、朔を聽くに刑罰を廢止して德を發揚し、二王の後嗣を完备に存留す。白統を親しむに因りて、日の分界は夜半に在りて、夜半に朝正を舉行す。正を改むるの義は、元を奉て以て興る。古の王者は命を受けて王と為り、制度を改め稱號を改め正月を改正し、服色確定して、然る後に郊祭して天地及び群神に稟告し、遠く祖禰を追念して、然る後に天下に頒布す。諸侯は廟中に於て接受し、以て社稷・宗廟・山川に稟告して、然る後に感應し、其の職司を統一す。三統の變化は、近處の夷と遠方と生殺を靠らずして治理する無きは、唯だ中國此くの如し。然るに三代の正を改むるは、必ず三統を以て天下を統す。曰く、三統・五端は、四方を教化するの根本なり。天は始めて廢し始めて施し、地は必ず中に居るを待つ。故に三代は必ず中國に居して、天に取法し本を奉持し、端要を執持して以て天下を統し諸侯に朝見せしむ。故に朝正の義は、天子は純に統色を以て衣服を做り、諸侯は統色の衣に纏繞の緣と紐とを加え、大夫・士は冠を以て參配し、近處の夷は綏を用い、遠方は各々自らの衣服を著て朝し、以て天統の義を彰明す。所謂三正を統ぶとは、曰く、正は即ち端正なり。統其の氣を送り到らしむれば、萬物皆響應して正なり。統正しければ、其の余皆正し。一年の要約は正月に在り。正の道に取法するは、本正しければ末響應し、內正しければ外響應し、動作擧措跟從して變化せざる無し。以て法正と謂うべし。故に君子曰く、「武王は猶お正月のごとしかな。」『春秋』に曰く、「杞伯來朝。」王者の後嗣は公と稱す。杞何の故に伯と稱するや。『春秋』は上は夏を黜退し、下は周を存留し、『春秋』を以て新王と為す。『春秋』を以て新王と為すは如何。曰く、王者の法は必ず名號を端正し、前代の王を黜退して帝と稱し、其の後嗣に小國を封じて、祭祀を奉せしむ。

下存二王之後以大國,使服其服,行其禮樂,稱客而朝;故同時稱帝者五,稱王者三,所以昭五端,通三統也。是故周人之王,尚推神農為九皇,而改號軒轅,謂之黃帝,因存帝顓頊、帝嚳、帝堯之帝號,絀虞,而號舜曰帝舜,錄五帝以小國;下存禹之後於杞,存湯之後於宋,以方百里,爵號公,皆使服其服,行其禮樂,稱先王客而朝。春秋作新王之事,變周之制,當正黑統,而殷周為王者之後,絀夏,改號禹謂之帝,錄其後以小國,故曰:絀夏、存周,以春秋當新王。不以杞侯,弗同王者之後也;稱子又稱伯何?見殊之小國也。黃帝之先諡,四帝之後諡何也?曰:帝號必存五,帝代首天之色,號至五而反,周人之王,軒轅直首天黃號,故曰黃帝雲;帝號尊而諡卑,故四帝后諡也。帝,尊號也,錄以小何?曰:遠者號尊而地小,近者號卑而地大,親疏之義也。故王者有不易者、有再而復者、有三而復者、有四而復者、有五而復者、有九而復者,明此通天地、陰陽、四時、日月、星辰、山川、人倫,德侔天地者,稱皇帝,天佑而子之,號稱天子。故聖王生則稱天子,崩頡則存為三王,絀滅則為五帝,下至附庸,絀為九皇,下極其為民,有一謂之三代,故雖絕地,廟位祝牲,猶列於郊號,宗於代宗,故曰:聲名魂魄施於虛,極壽無疆。何謂再而復,四而復?春秋鄭忽何以名?春秋曰:“伯子男一也,辭無所貶。”何以為一?曰:周爵五等,春秋三等。春秋何三等?曰:王者以制,一商一夏,一質一文,商質者主天,夏文者主地,春秋者主人,故三等也。主天法商而王,其道佚陽,親親而多仁樸;故立嗣予子,篤母弟,妾以子貴;昏冠之禮,字子以父,別眇夫婦,對坐而食;喪禮別葬;祭禮先臊,夫妻昭穆別位;制爵三等,祿士二品;制郊宮,明堂員,其屋高嚴侈員;

下は大國を以て二王の後嗣を存留して、自らの服を服し自らの禮樂を行わしめ、客と稱して朝し來らしむ。故に同時に帝と稱する者五位有り、王と稱する者三位有り、以て五端を昭明にし三統を貫通す。故に周人得て王と為るを以て、上は神農を推して九皇と為し、而して軒轅の名號を改めて、黃帝と稱す。因りて帝顓頊・帝嚳・帝堯の帝號を保存し、虞を黜退して、而して舜を帝舜と稱し、小國を以て五帝を錄存す。下は禹の後嗣を杞に存め、湯の後嗣を宋に存め、地方百里、爵號公と為して、皆自らの服を服し自らの禮樂を行わしめ、先王の客と稱して朝し來らしむ。『春秋』の新王の事を做すは、周の制度を改變して、當に黑統を以て正と為すべく、而して殷・周を王者の後嗣と為し、夏を黜退し、禹の名號を改めて帝と稱し、小國を以て其の後嗣を錄存す。故に曰く、夏を黜退し周を存留し、『春秋』を以て新王と為す、と。杞を侯と為さずは、之を王者の後嗣に等しくせざるなり。子と稱し又伯と稱するは、何の故ぞや。是れ之を區別對待せらるる小國たるを顯出せんと欲すればなり。黃帝の諡は名の前に在り、四帝の諡は名の後に在るは、何の故ぞや。曰く、帝號は必ず五位を存留し、帝は更迭して天の色を以て首と為し、號は五に至りて返回す。周人得て王と為るを以て、軒轅正に天の黃色の首の號に當れり。故に黃帝と稱す。帝號は尊くして諡は卑し。故に四帝は諡を後に置く。帝は尊號なれども、小國を以て錄存するは、何の故ぞや。曰く、遠きは號尊くして地小さく、近きは號卑くして地大なり。此れ親疎の義なり。故に王者に改易すべからざる有り、二次一循環有り、三次一循環有り、四次一循環有り、五次一循環有り、九次一循環有り。此れを明白にすれば天地・陰陽・四時・日月・星辰・山川・人倫を貫通す。德天地と相配するは、皇帝と稱し、天之を保祐して子と為し、號して天子と曰う。故に聖王生きて天子と稱し、崩逝して後に存留して三王と為り、再び黜滅すれば則ち五帝と為り、再び下りて附庸と為り、黜して九皇と為り、再び下りて極盡すれば則ち民と為る。一輩有りて三代と稱す。故に土地斷絶すと雖も、廟位・祝辭・祭牲は、仍お郊の名號の中に列り、岱宗に宗す。故に曰く、聲名魂魄は虚空に施し、壽命に盡頭無し、と。何をか二次一循環・四次一循環と謂う。『春秋』の中鄭忽は何の故に名と稱するや。『春秋』に曰く、「伯・子・男は一等、文辭に貶抑無し。」何の故に一等と算するや。曰く、周の爵は五等、『春秋』は三等なり。『春秋』何の故に三等なるや。曰く、王者の以て制度と為す所は、一は商・一は夏、一は質・一は文なり。商の質は天を主とし、夏の文は地を主とし、『春秋』は人を主とす。故に三等なり。天を主として商に取法して王と為るは、其の道は陽に偏し、親を親しみて仁樸多し。故に後嗣を立てて子に與え、同母弟を厚く待し、妾は子に凭りて貴し。婚禮・冠禮は、子に字を取るに父に依從し、夫婦を分別し、對坐して食す。喪禮は分かちて埋葬す。祭禮は先に腥氣有るの祭品を用い、夫妻は昭穆位を分別す。爵を制定して三等と為し、祿士は二品と為し、郊宮を制定し、明堂は圓形を用い、房屋は高峻侈大にして圓なり。

惟祭器員,玉厚九分,白藻五絲,衣制大上,首服嚴員;鸞輿尊,蓋法天列象,垂四鸞,樂載鼓,用錫舞,舞溢員;先毛血而後用聲;正刑多隱,親戚多諱;封禪於尚位。主地法夏而王,其道進陰,尊尊而多義節,故立嗣與孫,篤世子,妾不以子稱貴號;昏冠之禮,字子以母,別眇夫婦,同坐而食;喪禮合葬;祭禮先亨,婦從夫為昭穆;制爵五等,祿士三品;制郊宮,明堂方,其屋卑汙方,祭器方,玉厚八分,白藻四絲,衣制大下,首服卑退;鸞輿卑,法地周象載,垂二鸞,樂設鼓,用纖施舞,舞溢方;先亨而後用聲;正刑天法;封壇於下位。主天法質而王,其道佚陽,親親而多質愛,故立嗣予子,篤母弟,妾以子貴;昏冠之禮,字子以父,別眇夫婦,對坐而食;喪禮別葬,祭禮先嘉疏,夫婦昭穆別位;制爵三等,祿士二品;制郊宮,明堂內員外橢,其屋如倚靡員橢,祭器橢,玉厚七分,白藻三絲;衣長前衽,首服員轉;鸞輿尊,蓋備天列象,垂四鸞,樂桯鼓,用羽鑰舞,舞溢橢,先用玉聲而後烹;正刑多隱,親戚多赦;封壇於左位。主地法文而王,其道進陰,尊尊而多禮文,故立嗣予孫,篤世子,妾不以子稱貴號;昏冠之禮,字子以母,別眇夫妻,同坐而食;喪禮合葬,祭禮先秬鬯,婦從夫為昭穆;制爵五等,祿士三品;制郊宮,明堂內方外衡,其屋習而衡,祭器衡同,作秩機,玉厚六分,白藻三絲;衣長後衽,首服習而垂流,鸞輿卑,備地周象載,垂二鸞,樂縣鼓,用萬舞,舞溢衡;先烹而後用樂,正刑天法,封壇於左位。

唯だ祭器のみ圓なり、玉厚九分、白藻は五絲を用い、衣服の形制は上寛大にして、頭上の冠服は嚴整にして圓なり。鸞車尊く高く、車蓋は天に取法して星象を羅列し、四の鸞鈴を垂らし、樂は載鼓を用い、錫舞を用い、佾の行列は圓なり。先に毛血を獻じて然る後に樂聲を用う。正刑は隱れて顯われざる多く、親戚に對しては忌避する多し。封禪は上位に在り。地を主として夏に取法して王と為るは、其の道は陰に進み、尊を尊んで義節多し。故に後嗣を立てて孫に與え、世子を厚く待し、妾は子に凭りて貴號を稱せず。婚禮・冠禮は、子に字を取るに母に依從し、夫婦を分別し、同坐して食す。喪禮は合葬す。祭禮は先に烹熟して、婦は夫に從いて昭穆を定む。爵を制定して五等と為し、祿士は三品と為し、郊宮を制定し、明堂は方形を用い、房屋は卑下污濕にして方なり。祭器は方、玉厚八分、白藻は四絲を用い、衣服の形制は下寛大にして、頭上の冠服は卑退なり。鸞車は卑下にして、地に取法し周圍に載に取象し、二の鸞鈴を垂らし、樂は鼓を陳設し、纖施舞を用い、佾の行列は方なり。先に烹熟して然る後に樂聲を用う。正刑は天に取法す。封壇は下位に在り。天を主として質に取法して王と為るは、其の道は陽に偏し、親を親しみて質愛多し。故に後嗣を立てて子に與え、同母弟を厚く待し、妾は子に凭りて貴し。婚禮・冠禮は、子に字を取るに父に依從し、夫婦を分別し、對坐して食す。喪禮は分かちて埋葬し、祭禮は先に嘉疏を用い、夫婦昭穆位を分別す。爵を制定して三等と為し、祿士は二品と為し、郊宮を制定し、明堂は内圓外楕、房屋は倚靡の如く圓にして楕、祭器は楕、玉厚七分、白藻は三絲を用い。衣服の前の襟長く、頭上の冠服は圓轉なり。鸞車尊く高く、車蓋は完备に天に取法し星象を羅列し、四の鸞鈴を垂らし、樂は桯鼓を用い、羽籥舞を用い、佾の行列は楕なり。先に玉聲を用いて然る後に烹熟す。正刑は隱れて顯われざる多く、親戚に對しては赦免する多し。封壇は左位に在り。地を主として文に取法して王と為るは、其の道は陰に進み、尊を尊んで禮文多し。故に後嗣を立てて孫に與え、世子を厚く待し、妾は子に凭りて貴號を稱せず。婚禮・冠禮は、子に字を取るに母に依從し、夫妻を分別し、同坐して食す。喪禮は合葬し、祭禮は先に秬鬯を用い、婦は夫に從いて昭穆を定む。爵を制定して五等と為し、祿士は三品と為し、郊宮を制定し、明堂は内方外衡、房屋は重疊にして衡、祭器も衡なり。秩機を制作し、玉厚六分、白藻は三絲を用い。衣服の後の襟長く、頭上の冠服は重疊にして流苏を垂らす。鸞車は卑下にして、完备に地に取法し周圍に載に取象し、二の鸞鈴を垂らし、樂は懸鼓を用い、萬舞を用い、佾の行列は衡なり。先に烹熟して然る後に樂を用い、正刑は天に取法し、封壇は左位に在り。

四法修於所故,祖於先帝,故四法如四時然,終而復始,窮則反本,四法之天,施符授聖人王法,則性命形乎先祖,大昭乎王君。故天將授舜,主天法商而王,祖錫姓為姚氏,至舜形體,大上而員首,而明有二童子,性長於天文,純乎孝慈。天將授禹,主地法夏而王,祖錫姓為姒氏,至禹生髮於背,形體長,長足肵,疾行先左,隨以右,勞左佚右也,性長於行,習地明水。天將授湯,主天法質而王,祖錫姓為子氏,謂契母吞玄鳥卵生契,契先發於,性長於人倫,至湯體長專小,足左扁而右便,勞右佚左也,性長於天光,質易純仁。天將授文王,主地法文而王,祖錫姓姬氏,謂后稷母姜原,履天之跡,而生后稷,后稷長於邰土,播田五穀,至文王形體博長,有四乳而大足,性長於地文勢。故帝使禹皋論姓,知殷之德,陽德也,故以子為姓;知周之德,陰德也,故以姬為姓;故殷王改文,以男書子,周王以女書姬。故天道各以其類動,非聖人庸能明之!

四法は從來する所の故に於て修習し、先帝を祖述す。故に四法は四時の如く、終わりて復た始まり、窮盡すれば即ち本に返る。四法は天より出づ。天は符を聖人に授けて以て王の法と為す。是に於て性命は先祖に成形し、大大に王君に昭顯さる。故に天將に命を舜に授けんとすれば、之をして天を主とし商に取法して王と為さしめ、祖上に姓を姚氏と賜う。舜に至りては、形體は上寛大にして頭圓く、眼裏に瞳人二つ有り、性は天文に長じ、純粹に孝慈なり。天將に命を禹に授けんとすれば、之をして地を主とし夏に取法して王と為さしめ、祖上に姓を姒氏と賜う。禹に至りては、背部より生出して、形體長く、足の小腿長く、快走すれば先ず左足を邁ぎ、再び右足に随い、左を勞し右を逸す。性は行走に長じ、地を熟習して水に明るし。天將に命を湯に授けんとすれば、之をして天を主とし質に取法して王と為さしめ、祖上に姓を子氏と賜う。曰く契の母は玄鳥の卵を呑みて契を生み、契は先に出現す。性は人倫に長ず。湯に至りては、身體長くして專小、左足扁にして右足便利、右を勞し左を逸す。性は天光に長じ、質地平易にして純粹に仁なり。天將に命を文王に授けんとすれば、之をして地を主とし文に取法して王と為さしめ、祖上に姓を姬氏と賜う。曰く后稷の母姜原、天の足迹を踩みて、后稷を生む。后稷は邰土に於て成長し、田裏に五穀を播種す。文王に至りては、形體寬博にして長く、乳四つ有り足大なり。性は地の文勢に長ず。故に帝は禹・皋陶をして姓を論定せしめ、殷の德は陽德なるを知りて、「子」を以て姓と為し、周の德は陰德なるを知りて、「姬」を以て姓と為す。故に殷王は文字を改め、男旁を用いて「子」を寫し、周王は女旁を用いて「姬」を寫す。故に天道各々其の類に按じて動く。聖人に非ざれば、誰か能く此れを明白にせん。

官制象天第二十四

官制象天第二十四

王者制官:三公、九卿、二十七大夫、八十一元士,凡百二十人,而列臣備矣。吾聞聖王所取,儀金天之大經,三起而成,四轉而終,官制亦然者,此其儀與!三人而為一選,儀於三月而為一時也;四選而止,儀於四時而終也。三公者、王之所以自持也,天以三成之,王以三自持,立成數以為植,而四重之,其可以無失矣,備天數以參事,治謹於道之意也,此百二十臣者,皆先王之所與直道而行也。是故天子自參以三公,三公自參以九卿,九卿自參以三大夫,三大夫自參以三士,三人為選者四重,自三之道以治天下,若天之四重,自三之時以終始歲也,一陽而三春,非自三之時與!而天四重之,其數同矣。天有四時,時三月;王有四選,選三臣;是故有孟、有仲、有季,一時之情也;有上、有下、有中,一選之情也;三臣而為一選,四選而止,人情盡矣。人之材固有四選,如天之時固有四變也;聖人為一選,君子為一選,善人為一選,正人為一選,由此而下者,不足選也;四選之中,各有節也;是故天選四堤,十二而人變盡矣;盡人之變,合之天,唯聖人者能之,所以立王事也。何謂天之大經?三起而成日,三日而成規,三旬而成月,三月而成時,三時而成功;寒暑與和,三而成物;日月與星,三而成光;天地與人,三而成德;由此觀之,三而一成,天之大經也。以此為天制,是故禮三讓而成一節,官三人而成一選,三公為一選,三卿為一選,三大夫為一選,三士為一選,凡四選三臣,應天之制,凡四時之三月也。是故其以三為選。取諸天之經;其以四為制,取諸天之時;其以十二臣為一條,取諸歲之度;其至十條而止,取之天端。何謂天之端?

王者の官職を制定するや、三公・九卿・二十七大夫・八十一元士、合わせて一百二十人、列臣即ち完备なり。我聞く、聖王の取法する所は、儀法は天の大經なり。三たび興して成就し、四たび周轉して終結す。官制も亦此くの如し。此れ即ち其の儀法ならん。三人以て一選を成すは、三ヶ月以て一時を成すに儀法す。四選して止まるは、四時以て終結するに儀法す。三公は、王の自ら持守するに用うるなり。天は三を以て成就し、王は三を以て自ら持守す。成數を立てて植幹と為し、再び四重に重疊すれば、以て過失無からん。天數を完备して以て事を參驗するは、治理の道に謹慎するの意なり。此の一百二十臣は、皆先王の之と直道を行う者なり。故に天子は三公を以て自らを參佐し、三公は九卿を以て自らを參佐し、九卿は三大夫を以て自らを參佐し、三大夫は三士を以て自らを參佐す。三人選を成すの四重に重疊するは、「三」の道に從りて天下を治む。猶お天の四重に重疊して「三」の時に從りて一年を終始するがごとし。一陽にして三春有るは、「三」の時に從るに非ずや。而して天の四重に重疊するは、數目相同じ。天に四時有り、每時三ヶ月。王に四選有り、每選三臣。故に孟有り仲有り季有るは、一時の情實なり。上有り下有り中有るは、一選の情實なり。三臣以て一選を成し、四選して止まれば、人情則ち盡きる。人の材は本より四選有り。猶お天の時本より四變有るがごとし。聖人は一選と為し、君子は一選と為し、善人は一選と為し、正人は一選と為す。此れより以下は、選に入るに足らず。四選の中は、各々節度有り。故に天は四堤を選取して、十二に至りて人の變化盡きる。人の變化を盡くして、之を天に合せば、唯だ聖人のみ能く到る。故に以て王事を建立す。何をか天の大經と謂う。三たび興して以て一日を成し、三日以て一規を成し、三旬以て一月を成し、三月以て一時を成し、三時以て功を成す。寒・暑と和との三者以て物を成し、日・月と星との三者以て光を成し、天・地と人との三者以て德を成す。此れより観れば、三にして一を成就するは、天の大經なり。此れを以て天の制度と為す。故に禮は三たび謙讓して以て一節を成し、官は三人以て一選を成す。三公は一選と為し、三卿は一選と為し、三大夫は一選と為し、三士は一選と為す。合わせて四選、每選三臣、天の制度に應じて、正に四時の三ヶ月なり。故に三を以て選と為すは、之を天の經より取るなり。四を以て制と為すは、之を天の時より取るなり。十二臣を以て一條と為すは、之を歲の度より取るなり。十條に至りて止まるは、之を天の端より取るなり。何をか天の端と謂う。

曰:天有十端,十端而止已,天為一端,地為一端,陰為一端,陽為一端,火為一端,金為一端,木為一端,水為一端,土為一端,人為一端,凡十端而畢,天之數也。天數畢於十,王者受十端於天,而一條之率,每條一端以十二時,如天之每終一歲以十二月也,十者,天之數也,十二者,歲之度也,用歲之度,條天之數,十二而天數畢,是故終十歲而用百二十月,條十端亦用百二十臣,以率被之,皆合於天,其率三臣而成一慎,故八十一元士為二十七慎,以持二十七大夫,二十七大夫為九慎,以持九卿,九卿為三慎,以持三公,三公為一慎,以持天子,天子積四十慎,以為四選,選一慎三臣,皆天數也。是故以四選率之,則選三十人,三四十二,百二十人,亦天數也;以十端四選,十端積四十慎,慎三臣,三四十二,百二十人,亦天數也;以三公之勞率之,則公四十人,三四十二,百二十人,亦天數也。故散而名之,為百二十臣,選而賓之,為十二長,所以名之雖多,莫若謂之四選十二長,然而分別率之,皆有所合,無不中天數者也。求天數之微,莫若於人,人之身有四肢,每肢有三節,三四十二,十二節相持,而形體立矣;天有四時,每一時有三月,三四十二,十二月相受,而歲數終矣;官有四選,每一選有三人,三四十二,十二臣相參,而事治行矣;以此見天之數,人之形,官之制,相參相得也,人之與天多此類者,而皆微忽,不可不察也。天地之理,分一歲之變,以為四時,四時亦天之四選已,是故春者,少陽之選也,夏者,太陽之選也,秋者,少陰之選也,冬者,太陰之選也,四選之中,各有孟仲季,是選之中有選,故一歲之中有四時,一時之中有三長,天之節也。

曰く、天に十端有り、十端して止まる。天は一端と為し、地は一端と為し、陰は一端と為し、陽は一端と為し、火は一端と為し、金は一端と為し、木は一端と為し、水は一端と為し、土は一端と為し、人は一端と為す。合わせて十端して畢わる。是れ天の數なり。天數は十に畢わる。王者は天より十端を接受して、一條の比率に按ず。每條一端は十二時を配す。猶お天の每たび一歲を過るに十二ヶ月を用うるがごとし。十は天の數、十二は歲の度なり。歲の度を以て天の數を條理して、十二に至りて天數畢わる。故に十歲を過るに一百二十ヶ月を用い、十端を條理するも一百二十臣を用う。此の比率を以て覆うれば、皆天に合す。其の比率は三臣以て一慎を成す。故に八十一元士は二十七慎を成して、以て二十七大夫を持守す。二十七大夫は九慎を成して、以て九卿を持守す。九卿は三慎を成して、以て三公を持守す。三公は一慎を成して、以て天子を持守す。天子は四十慎を積聚して、以て四選と為す。每一選は一慎三臣、皆天數なり。故に四選に按じて計算すれば、則ち每選三十人、三に四を乘じて十二を得、一百二十人、亦天數なり。十端四選に按ずれば、十端積成して四十慎、每慎三臣、三に四を乘じて十二を得、一百二十人、亦天數なり。三公の勞績に按じて計算すれば、則ち公此の一級は四十人、三に四を乘じて十二を得、一百二十人、亦天數なり。故に分散して命名すれば、一百二十臣なり。選拔して賓禮すれば、十二長なり。以て命名するは多しと雖も、四選十二長と稱するに如かず。然るに分かちて計算すれば、合する所有り、中天數せざる無し。天數の微細を求むるは、人の身上より求むるより好きは莫し。人の身に四肢有り、每肢に三節有り、三に四を乘じて十二を得、十二節相い持守して、形體則ち立つ。天に四時有り、每一時に三月有り、三に四を乘じて十二を得、十二月相い授受して、歲の數則ち終わる。官に四選有り、每一選に三人有り、三に四を乘じて十二を得、十二臣相い參佐して、事の治理則ち施行さる。此れに由りて天の數・人の形・官の制の相い參驗し相い得宜するを見る。人と天とは此の類の相合する多し。然るに皆微細恍惚にして、審察せざるべからず。天地の理は、一、一歲の變化を分かちて、以て四時と為す。四時は即ち天の四選なり。故に春は少陽の選、夏は太陽の選、秋は少陰の選、冬は太陰の選なり。四選の中は、各々孟・仲・季有り。此れ選の中に又選有り。故に一歲の中に四時有り、一時の中に三長有り。是れ天の節なり。

人生於天,而體天之節,故亦有大小厚薄之變,人之氣也,先王因人之氣,而分其變,以為四選,是故三公之位,聖人之選也,三卿之位,君子之選也,三大夫之位,善人之選也,三士之位,正直之選也,分人之變,以為四選,選立三臣,如天之分歲之變,以為四時,時有三節也;天以四時之選,與十二節相和而成歲,王以四位之選,與十二臣相砥礪而致極,道必極於其所至,然後能得天地之美也。

人は天に生まれて、天の節に取法す。故に亦大小厚薄の變化有り。此れ人の氣なり。先王は人の氣に因りて、其の變化を分かちて、以て四選と為す。故に三公の位は、聖人の選なり。三卿の位は、君子の選なり。三大夫の位は、善人の選なり。三士の位は、正直の選なり。人の變化を分かちて四選と為し、每選に三臣を設立す。猶お天の一歲の變化を分かちて四時と為し、每時に三節有るがごとし。天は四時の選を以て、十二節と相い和して以て一歲を成就す。王は四位の選を以て、十二臣と相い砥礪して極處に達す。道は必ず其の當に到るべき所に極盡して、然る後に能く天地の美を得。

堯舜不擅移湯武不專殺第二十五

堯舜擅り移さず湯武專ら殺さず第二十五

堯舜何緣而得擅移天下哉?孝經之語曰:“事父孝,故事天明。”事天與父同禮也。今父有以重予子,子不敢擅予他人,人心皆然;則王者亦天之子也,天以天下予堯舜,堯舜受命於天而王天下,猶子安敢擅以所重受於天者予他人也,天有不予堯舜漸奪之故,明為子道,則堯舜之不私傳天下而擅移位也,無所疑也。儒者以湯武為至聖大賢也,以為全道究義盡美者,故列之堯舜,謂之聖王,如法則之;今足下以湯武為不義,然則足下之所謂義者,何世之王也?曰:弗知。弗知者,以天下王為無義者耶?其有義者而足下不知耶?則答之以神農。應之曰:神農之為天子,與天地俱起乎?將有所伐乎?神農有所伐,可,湯武有所伐,獨不可,何也?且天之生民,非為王也;而天立王,以為民也。故其德足以安樂民者,天予之,其惡足以賊害民者,天奪之。詩云:“殷士膚敏,祼將於京,侯服於周,天命靡常。”言天之無常予,無常奪也。故封泰山之上,禪梁父之下,易姓而王,德如堯舜者,七十二人,王者,天之所予也,其所伐,皆天之所奪也,今唯以湯武之伐桀紂為不義,則七十二王亦有伐也,推足下之說,將以七十二王為皆不義也。故夏無道而殷伐之,殷無道而周伐之,周無道而秦伐之,秦無道而漢伐之,有道伐無道,此天理也,所從來久矣,寧能至湯武而然耶!夫非湯武之伐桀紂者,亦將非秦之伐周,漢之伐秦,非徒不知天理,又不明人禮,禮,子為父隱惡,今使伐人者,而信不義,當為國諱之,豈宜如誹謗者,此所謂一言而再過者也。君也者,掌令者也,令行而禁止也,今桀紂令天下而不行,禁天下而不止,安在其能臣天下也!果不能臣天下,何謂湯武弒?

堯・舜何に凭りて能く擅りに天下を人に移交さんや。『孝經』の言に曰く、「父に事えて孝なれば、故に天に事えて明なり。」天に事うると父に事うるとは同じきの禮なり。今父は看重する所を子に與え、子は敢えて擅りに人に與えず。人心皆此くの如し。然らば王者も亦天の子なり。天は天下を堯・舜に與え、堯・舜は天より命を受けて天下に王たり。猶お子の何ぞ敢えて天より承受する所の看重するを擅りに人に與えんがごとし。天は堯・舜に與えざる・漸く奪うの故有り。子たるの道を明白にすれば、則ち堯・舜の私に天下を傳授して擅りに位を移さざるは、疑うべき無し。儒者は湯・武を以て至聖大賢と為し、以て道義完备・美極まれる人と為す。故に之を堯・舜と並列して、聖王と稱し、法則の如く效法す。今足下は湯・武を以て不義と為す。然らば足下の言う所の義は、何れの代の王ぞや。曰く、知らず。知らずの意は、以て天下の王皆義無しと為すか。抑も義有るにして足下知らざるか。是に於て神農を以て回答す。之に應對して曰く、神農の天子と為るは、天地と一同に興起するか。抑も征伐する所有るか。神農征伐する所有れば可なり。湯・武征伐する所有れば獨り不可なるは、何の故ぞや。況んや天の民を生ずるは、王の為に非ず。而して天の王を立つるは、民の為なり。故に其の德の足りて民を安樂せしむるは、天之を與え、其の惡の足りて民を賊害するは、天之を奪う。『詩經・大雅・文王』に曰く、「殷の士人は美しき敏捷にして、祼祭を舉行し周京に助祭し、周の諸侯と為りて服事す。天命は常規無し。」是れ固定して誰に與え固定して誰より奪う無しを謂うなり。故に泰山の上に封し梁父の下に禪し、姓氏を改換して王と為り德堯舜の如き者、七十二人有り。王は、天の與える所なり。其の征伐する所は、皆天の奪う所なり。今唯だ湯・武の桀・紂を征伐するを以て不義と為せば、然らば七十二王も亦征伐有り。足下の言を推し開けば、將に七十二王を皆不義と為さんとす。故に夏無道にして殷之を征伐し、殷無道にして周之を征伐し、周無道にして秦之を征伐し、秦無道にして漢之を征伐す。道有るは道無きを征伐す。此れ天理なり。由來已に久し。豈に能く湯・武に至りて乃ち此くの如くならんや。湯・武の桀・紂を征伐するを非議する者は、亦將に秦の周を征伐し漢の秦を征伐するを非議せん。唯だ天理を知らざるのみならず、又人の禮を明白にせず。禮は、子は父の為に惡を隱藏す。今征伐する人をして不義に坐實せしめば、國の為に忌避すべし。怎能に誹謗する者の如く言わんや。此れ即ち所謂一句の言に二層の過錯を犯すなり。君は、號令を掌管する者なり。令行われて禁ず。今桀・紂は天下に下令して通行せず、天下に禁を設けて止住せず。何ぞ能く天下を臣服せん。果たして天下を臣服する能わざれば、何を以て湯・武は君を弑すと言わんや。

服制第二十六

服制第二十六

率得十六萬國,三分之,則各度爵而制服,量祿而用財,飲食有量,衣服有制,宮室有度,畜產人徒有數,舟車甲器有禁;生有軒冕之服位貴祿田宅之分,死有棺槨絞衾壙襲之度。雖有賢才美體,無其爵,不敢服其服;雖有富家多貲,無其祿,不敢用其財。天子服有文章,不得以燕公以朝,將軍大夫不得以燕將軍大夫以朝官吏,命士止於帶緣,散民不敢服雜採,百工商賈不敢服狐貉,刑餘戮民不敢服絲玄纁乘馬,謂之服制。

大约十六万国を得て、三份に分かてば、則ち各々爵を度量して服を制定し、祿を衡量して財を使用す。飲食に量有り、衣服に制有り、宮室に度有り、畜産と随從とに數有り、舟車甲器に禁令有り。生きては軒冕の服位・貴祿・田宅の分限有り、死しては棺槨・絞衾・壙襲の制度有り。賢才美貌有ると雖も、相應の爵無くんば、其の服を服するを敢えてせず。富家資財多きと雖も、相應の祿無くんば、其の財を用うるを敢えてせず。天子の服は花紋文飾有りて、以て燕居するを得ず。公は以て朝見に用う。將軍・大夫は以て燕居するを得ず。將軍・大夫は以て官吏に朝見するに用う。命士は帶と緣とに限るのみ。散民は雜色の彩衣を服するを敢えてせず。百工・商賈は狐貉を服するを敢えてせず。刑を受け戮辱せられたる民は絲・玄纁を服するを敢えてせず、馬に乘るを敢えてせず。此れを服制と謂う。

巻第八

度制第二十七

度制第二十七

孔子曰:“不患貧而患不均。”故有所積重,則有所空虛矣。大富則驕,大貧則憂,憂則為盜,驕則為暴,此眾人之情也。聖者則於眾人之情,見亂之所從生,故其制人道而差上下也,使富者足以示貴而不至於驕,貧者足以養生而不至於憂,以此為度而調均之,是以財不匱而上下相安,故易治也。今世棄其度制,而各從其欲,欲無所窮,而俗得自恣,其勢無極,大人病不足於上,而小民羸瘠於下,則富者愈貪利而不肯為義,貧者日犯禁而不可得止,是世之所以難治也。

孔子曰く、「貧しきを憂えずして、均ならざるを憂う。」故に積聚過重なる所有れば、空虚なる所有り。太だ富めば驕り、太だ貧しければ憂う。憂えば則ち盗を做し、驕れば則ち暴を做す。此れ衆人の情なり。聖人は衆人の情に就きて、乱の何れより生ずるを見る。故に人道を制定して上下を等差し、富む者をして足りて貴を顯出して驕るに至らざらしめ、貧しき者をして足りて生命を養活して憂うるに至らざらしめ、此れを以て度と為して調均す。故に財匱乏せずして上下相い安んず。故に治理し易し。今世は其の度制を拋棄して、各々欲望に順う。欲望窮盡無く、習俗は自ら放縱するを得て、其の勢い極限無し。大人は上に於て不足に苦しみ、小民は下に於て瘦弱枯瘠す。則ち富む者は愈々利を貪りて義を行うを肯んぜず、貧しき者は日々禁令を觸犯して制止すべからず。此れ世の治め難き所以なり。

孔子曰:“君子不盡利以遺民。”詩云:“彼其遺秉,此有不歛穧,伊寡婦之利。”故君子仕則不稼,田則不漁,食時不力珍,大夫不坐羊,士不坐犬。詩曰:“採葑採菲,無以下體,德音莫違,及爾同死。”以此防民,民猶忘義而爭利,以亡其身。天不重與,有角不得有上齒,故已有大者,不得有小者,天數也。夫已有大者,又兼小者,天不能足之,況人乎!故明聖者象天所為為制度,使諸有大奉祿,亦皆不得兼小利、與民爭利業,乃天理也。

孔子曰く、「君子は利を占盡せずして、百姓に留めんと欲す。」『詩經・小雅・大田』に曰く、「彼に掉下せる禾把有り、此に收拾せざる禾穗有り。是れ寡婦の利なり。」故に君子は官を做れば耕稼せず、田を種れば魚を打たず、飯を食うに珍味を力求めず、大夫は坐して羊を殺さず、士は坐して狗を殺さず。『詩經・邶風・谷風』に曰く、「葑を采り菲を采る、根部を要れず。美しき言莫れ違らん、爾と一同に死するまで。」此れを以て民を防范すれども、民猶お義を忘れて利を爭い、亡身に至る。天は重複して與えず。角有るは上の牙齒を再び有るを得ず。故に已に大有るは、小有るを再び得ず。此れ天數なり。已に大有りて、又小を兼有れば、天も能く之を滿足せしめず。況んや人をや。故に明聖の人は天の作為に取象して以て制度を制定し、大俸祿有る者をして、亦小利を兼占し民と產業の利を爭うを得ざらしむ。此れ乃ち天理なり。

凡百亂之源,皆出嫌疑纖微,以漸寖稍長,至於大。聖人章其疑者,別其微者,絕其纖者,不得嫌,以蚤防之。聖人之道,眾堤防之類也,謂之度制,謂之禮節,故貴賤有等,衣服有制,朝廷有位,鄉黨有序,則民有所讓而不敢爭,所以一之也。書曰:“轝服有庸,誰敢弗讓,敢不敬應?”此之謂也。

凡そ百種の乱の根源は、皆嫌疑・纖微より出で、漸く浸漬して稍々長大し、大に至る。聖人は其の疑うべきを表彰し、其の微細なるを分別し、其の纖細なるを杜絶して、嫌疑をして成立せしめず、以て早く防范す。聖人の道は、衆多の堤防の類の如き物なり。之を度制と謂い、之を禮節と謂う。故に貴賤に等第有り、衣服に制度有り、朝廷に位次有り、鄕黨に次序有れば、則ち民謙讓する所有りて爭うを敢えてせず、以て之を統一す。『尚書』に曰く、「車服に常規有り、誰か敢えて讓らざらん、誰か敢えて敬應せざらん。」此れを謂うなり。

凡衣裳之生也,為蓋形暖身也,然而染五采、飾文章者,非以為益冗膚血氣之情也,將以貴貴尊賢,而明別上下之倫,使教前行,使化易成,為治為之也。若去其度制,使人人從其欲,快其意,以逐無窮,是大亂人倫而靡斯財用也,失文采所遂生之意矣。上下之倫不別,其勢不能相治,故苦亂也;嗜慾之物無限,其勢不能相足,故苦貧也。今欲以亂為治,以貧為富,非反之制度不可。古者天子衣文,諸侯不以燕,大夫衣綧,士不以燕,庶人衣縵,此其大略也。

凡そ衣裳の生ずるは、形體を遮蓋し身體を溫暖せんが為なり。然るに五采に染め花紋を裝飾するは、肌膚血氣の情に益有るに因らず。之を用いて貴きを貴び賢人を尊敬せんと欲し、而して上下の倫序を明白に分別し、教化をして前に走らしめ、風化をして成就易からしめんと欲すればなり。是れ治理の為に做すなり。若し其の度制を去りて、人人をして欲望に順い、自らの心意を痛快し、無窮を追逐せしめば、此れ人倫を大乱して且つ此の財用を耗盡し、文采の生ずる所以の本意を失うなり。上下の倫序分別せざれば、其の情勢は相い治理する能わず。故に乱に苦しむ。嗜欲の物に限度無ければ、其の情情勢は相い滿足する能わず。故に貧に苦しむ。今乱を以て治と變え貧を以て富と變えんと欲せば、制度を反せざれば可ならず。古時天子は文飾有るの衣を服し、諸侯は以て燕居せず。大夫は𬘯を服し、士は以て燕居せず。庶人は文飾無きの縵を服す。此れ其の大略なり。

爵國第二十八

爵國第二十八

春秋曰:“會宰周公。”又曰:“公會齊侯、宋公、鄭伯、許男、滕子。”又曰:“初獻六羽。”傳曰:“天子三公稱公,王者之後稱公,其餘大國稱侯,小國稱伯、子、男。”凡五等,故周爵五等,士三品,文多而實少;春秋三等,合伯、子、男為一爵,士二品,文少而實多。春秋曰:“荊。”傳曰:“氏不若人,人不若名,名不若字。”凡四等,命曰附庸,三代共之。然則其地列奈何?曰:天子邦圻千里,公、侯百里,伯七十里,子、男五十里,附庸:字者方三十里,名者方二十里,人氏者方十五里。春秋曰:“宰周公。”傳曰:“天子三公。”“祭伯來。”傳曰:“天子大夫。”“宰渠伯糾。”傳曰:“下大夫。”“石尚。”傳曰:“天子之士也。”“王人。”傳曰:“微者,謂下士也。”凡五等。春秋曰:“作三軍。”傳曰:“何以書?譏,何譏爾?古者、上卿、下卿,上士、下士。”凡四等,小國之大夫與次國下卿同,次國大夫與大國下卿同,大國下大夫與天子下士同,二十四等,祿八差,有大功德者受大爵土,功德小者受小爵土,大材者執大官位,小材者受小官位,如其能宣,治之至也。故萬人者曰英,千人者曰俊,百人者曰傑,十人者曰豪,豪傑俊英不相陵,故治天下如視諸掌上。其數何法以然?曰:天子分左右五等,三百六十三人,法天一歲之數,五時色之象也;通佐十上卿與下卿,而二百二十人,天庭之象也;倍諸侯之數也。諸侯之外佐四等,百二十人,法四時六甲之數也;通佐五與下,而六十人,法日辰之數也。佐之必三三而相復何?曰:時三月而成,大辰三而成象。諸侯之爵或五何?法天地之數也,五官亦然。然則立置有司分指數奈何?曰:諸侯,大國四軍,古之制也,其一軍以奉公家也。凡口軍三者何?曰:大國十六萬口,而立口軍三。何以言之?

『春秋』に曰く、「宰周公に会す。」又曰く、「公は齊侯・宋公・鄭伯・許男・滕子に会す。」又曰く、「初めて六羽を獻ず。」傳曰く、「天子の三公は公と稱し、王者の後嗣は公と稱し、其の余の大國は侯と稱し、小國は伯・子・男と稱す。」合わせて五等。故に周の爵は五等、士は三品、文多くして實少なし。『春秋』は三等、伯・子・男を合わせて一爵と為し、士は二品、文少なくして實多し。『春秋』に曰く、「荊。」傳曰く、「氏と稱するは人と稱するに如かず、人と稱するは名と稱するに如かず、名と稱するは字と稱するに如かず。」合わせて四等、命名して附庸と曰う。三代共同して此くの如し。然らば其の土地の序列は如何。曰く、天子の邦畿は千里、公・侯は百里、伯は七十里、子・男は五十里。附庸は、字と稱するは地方三十里、名と稱するは地方二十里、人・氏と稱するは地方十五里。『春秋』に曰く、「宰周公。」傳曰く、「天子の三公。」「祭伯來。」傳曰く、「天子の大夫。」「宰渠伯糾。」傳曰く、「下大夫。」「石尚。」傳曰く、「天子の士。」「王人。」傳曰く、「微者、下士を指す。」合わせて五等。『春秋』に曰く、「三軍を作る。」傳曰く、「何の故に書すや。是れ譏刺なり。何を譏刺するや。古時上卿・下卿有り、上士・下士有り。」合わせて四等。小國の大夫は次國の下卿と相同じ、次國の大夫は大國の下卿と相同じ、大國の下大夫は天子の下士と相同じ。合わせて二十四等。祿に八等の差別有り。大功德有るは大爵大土を受け、功德小なるは小爵小土を受け、大材は大官位を執掌し、小材は小官位を受く。其の能力の宣達すべき所に如す。此れ治理の極致なり。故に能く萬人に勝るを英と曰い、千人に勝るを俊と曰い、百人に勝るを傑と曰い、十人に勝るを豪と曰う。豪・傑・俊・英は相い陵越せず。故に天下を治むること、自らの手掌の上の物を看るが如し。此の數目は何に取法して此くの如くなるや。曰く、天子は左右を分かちて五等、三百六十三人、天一歲の數目に取法す。是れ五時の色の取象なり。通佐は十上卿と下卿と、合わせて二百二十人、是れ天庭の取象なり。諸侯の數目に比べて加倍す。諸侯の外佐は四等、一百二十人、四時・六甲の數目に取法す。通佐は五と下と、合わせて六十人、日辰の數目に取法す。佐は一定して三三にして循環するは、何の故ぞや。曰く、一時は三ヶ月にして成就し、大辰は三にして象を成す。諸侯の爵或いは五なるは、何の故ぞや。天地の數目に取法す。五官も亦此くの如し。然らば有司を設立し名額を分配するは如何。曰く、諸侯は大國四軍。是れ古時の制度なり。其の中一軍は以て公家に奉事す。凡そ人口に按じて軍を立てて三と為すは、何の故ぞや。曰く、大國十六萬口にして、口軍三を設立す。何に凭りて此く言うや。

曰:以井田準數之,方里而一井,一井而九百畝而立口,方里八家,一家百畝,以食五口,上農夫耕百畝,食九口,次八人,次七人,次六人,次五人,多寡相補,率百畝而三口,方里而二十四口,方里者十,得二百四十口,方十里為方里者百,得二千四百口,方百里為方里者萬,得二十四萬口,法三分而除其一,城池、郭邑、屋室、閭巷、街路市、官府、園囿、萎●、臺沼、椽採,得良田方十里者六十六,與方里六十六,定率得十六萬口,三分之,則各五萬三千三百三十三口,為大國口軍三,此公侯也。天子地方千里,為方百里者百,亦三分除其一,定得田方百里者六十六,與方十里者六十六,定率得千六百萬口,九分之,各得百七十七萬七千七百七十七口,為京口軍九,三京口軍以奉王家。故天子立一後,一世夫人。中左右夫人、四姬、三良人,立一世子、三公、九卿、二十七大夫、八十一元士、二百四十三下士,有七上卿、二十一下卿、六十三元士、百二十九下士。王后置一大傅大母、三伯、三丞、世夫人、四姬、三良人、各有師傅。世子一人太傅三傅、三率三少。士入仕宿衛天子者,比下士,下士者如上士之下數。王后御衛者,上下御各五人,世夫人、中左右夫人、四姬、上下御各五人,三良人各五人,世子妃姬及士衛者,如公侯之制。王后傅、上下史五人,三伯、上下史各五人,少伯、史各五人。世子太傅、上下史各五人,少傅、亦各五人,三率三下率亦各五人。三公、上下史各五人;卿、上下史各五人;大夫、上下史各五人;元士、上下史各五人;上下卿、上下士之史、上下亦各五人;卿、大夫、元士、臣各三人。故公侯方百里,三分除其一,定得田方十里者六十六,與方里六十六,定率得十六萬口,三分之,為大國口軍三,而立大國。

曰く、井田を以て數目を準算す。一方里は一井、一井は九百畝にして戶口を設立す。一方里八家、一家百畝、以て五口を養活す。上等の農夫は百畝を耕して九口を養活し、次等は八人、再次は七人、再次は六人、再次は五人。多少相い補充して、大约百畝は三口を養活し、一方里は二十四口。十の方里は二百四十口を得。十里見方は一百の方里にして、二千四百口を得。百里見方は一萬の方里にして、二十四萬口を得。取法して三分を用いて一分を去る。城池・郭邑・屋室・閭巷・街路市・官府・園囿・萎・台沼・椽采は、良田の十里見方の六十六を得、一方里の六十六を加えて、定率十六萬口を得。三份に分かてば、則ち各々五萬三千三百三十三口。以て大國の口軍三と為す。此れ公侯なり。天子の地方千里は、一百の百里見方なり。亦三分を用いて一分を去り、田の百里見方の六十六を定めて得、十里見方の六十六を加えて、定率一千六百萬口を得。九份に分かち、各々一百七十七萬七千七百七十七口を得。以て京口軍九と為し、三京口軍を用いて王家に奉事す。故に天子は一后・一世夫人・中左右夫人・四姬・三良人を立て、一世子・三公・九卿・二十七大夫・八十一元士・二百四十三下士を立つ。七上卿・二十一下卿・六十三元士・一百二十九下士有り。王后は一大傅大母・三伯・三丞を設置す。世夫人・四姬・三良人は、各々師傅有り。世子一人、太傅・三傅、三率・三少。士の入仕して天子を宿衛するは、下士に比照す。下士は上面の上士以下の數目に如す。王后の御衛は、上下御各々五人。世夫人・中左右夫人・四姬は、上下御各々五人。三良人は各々五人。世子の妃姬及び士衛は、公侯の制度に如す。王后の傅は、上下史五人。三伯は、上下史各々五人。少伯・史は各々五人。世子の太傅は、上下史各々五人。少傅も亦各々五人。三率・三下率も亦各々五人。三公は、上下史各々五人。卿は、上下史各々五人。大夫は、上下史各々五人。元士は、上下史各々五人。上下卿・上下士の史は、上下も亦各々五人。卿・大夫・元士は、臣各々三人。故に公侯の地方百里は、三分を用いて一分を去り、田の十里見方の六十六を定めて得、一方里の六十六を加えて、定率十六萬口を得。三份に分かちて、以て大國口軍三と為して、大國を設立す。

一夫人、一世婦、左右婦、三姬、二良人,立一世子、三卿、九大夫、二十七上士、八十一下士、亦有五通大夫、立上下士。上卿位比天子之元士,今八百石,下卿六百石,上士四百石,下士三百石。夫人一傅母、三伯、三丞、世婦、左右婦、三姬、二良人、各有師保。世子、一上傅丞。士宿衛公者,比公者,比上卿者,有三人,下卿六人,比上下士者,如上下之數。夫人衛御者、上下御各五人,世婦、左右婦、上下御各五人,二卿、御各五人。世子上傅、上下史各五人,丞、史各五人,三卿、九大夫、上士、史各五人,下士、史各五人,通大夫、士、上下史各五人,卿、臣二人,此公侯之制也。公侯賢者為州方伯,錫斧鉞,置虎賁百人,故伯七十里,七十四十九,三分除其一,定得田方十里者二十八,與方十里者六十六,定率得十萬九千二百一十二口,為次國口軍三,而立次國。一夫人、世婦、左右婦、三良人、二孺子;立一世子、三卿、九大夫、二十七上士、八十一下士,與五通大夫、五上士、十五下士;其上卿位比大國之下卿,今六百石,下卿四百石,上士三百石,下士二百石。夫人一傅母、三伯、三丞、世婦、左右婦、三良人、二御人、各有師保。世子、一上下傅,士宿衛公者,比上卿者三人,下卿六人,比上下士,如上下之數。夫人御衛者、上下御各五人,世婦、左右婦、上下御各五人,二御、各五人。世子上傅、上下史各五人,丞、史各五人,三卿、九大夫、上下史各五人,下士、史各五人,通大夫、上下史各五人,卿、臣二人。故子男方五十里,五五二十五,為方十里者六十六,定率得四萬口,為小國口軍三,而立小國。

一夫人・一世婦・左右婦・三姬・二良人。一世子・三卿・九大夫・二十七上士・八十一下士を立て、亦五通大夫有り、上下士を設立す。上卿の位は天子の元士に比照し、今八百石。下卿は六百石、上士は四百石、下士は三百石。夫人は一位の傅母・三伯・三丞。世婦・左右婦・三姬・二良人は、各々師保有り。世子は一位の上傅丞。士の公を宿衛するは、上卿に比照する三人有り、下卿六人、上下士に比照するは、上下の數目に如す。夫人の衛御は、上下御各々五人。世婦・左右婦は、上下御各々五人。二卿は、御各々五人。世子の上傅は、上下史各々五人。丞・史は各々五人。三卿・九大夫・上士は、史各々五人。下士は、史各々五人。通大夫・士は、上下史各々五人。卿は、臣二人。此れ公侯の制度なり。公侯の裏の賢能は州方伯を做し、斧鉞を賜与して、虎賁一百人を設置す。故に伯七十里は、七に七を乘じて四十九を得、三分を用いて一分を去り、田の十里見方の二十八を定めて得、十里見方の六十六を加えて、定率十萬九千二百一十二口を得。以て次國口軍三と為して、次國を設立す。一夫人・世婦・左右婦・三良人・二孺子。一世子・三卿・九大夫・二十七上士・八十一下士を立て、五通大夫・五上士・十五下士と。其の上卿の位は大國の下卿に比照し、今六百石。下卿は四百石、上士は三百石、下士は二百石。夫人は一位の傅母・三伯・三丞。世婦・左右婦・三良人・二御人は、各々師保有り。世子は一位の上下傅。士の公を宿衛するは、上卿に比照する三人、下卿六人、上下士に比照するは、上下の數目に如す。夫人の御衛は、上下御各々五人。世婦・左右婦は、上下御各々五人。二御は各々五人。世子の上傅は、上下史各々五人。丞・史は各々五人。三卿・九大夫は、上下史各々五人。下士は、史各々五人。通大夫は、上下史各々五人。卿は、臣二人。故に子・男の地方五十里は、五に五を乘じて二十五を得、十里見方の六十六を成して、定率四萬口を得。以て小國口軍三と為して、小國を設立す。

夫人、世婦、左右婦、三良人、二孺子,立一世子、三卿、九大夫、二十七上士、八十一下士、與五通大夫、五上士、十五下士,其上卿比次國之下卿,今四百石,下卿三百石,上士二百石,下士百石。夫人一傅母、三伯、三丞、世婦、左右婦、三良人、一御人、各有師保。世子、一上下傅,士宿衛公者、比上卿者三人,下卿六人。夫人御衛者、上下御各五人,世婦、左右婦、上下御各五人,二御人、各五人。世子上傅、上下史各五人,三卿、九大夫、上下史各五人,士、各五人,通大夫、上下史亦各五人,卿、臣二人,此周制也。春秋、合伯子男為一等,故附庸字者、地方三十里,三三而九,三分而除其一,定得田方十里者六,定率得一萬四千四百口,為口師三。而立一宗婦、二妾,一世子、宰丕、丞一、士一、秩士五人。宰視子男下卿,今三百石。宗婦有師保,御者三人,妾各二人。世子一傅,士宿衛君者比上卿,下卿一人,上下各如其數。世子傅、上下史各五人,下良五。稱名善者、地方半字君之地,九半,三分除其一,定得田方十里者三,定率得七千二百口。一世子宰,今二百石,下四半三半二十五。三分除其一,定得田方十里者一,與方里者五,定率得三千六百口,一世子宰,今百石,史五人,宗婦、仕衛、世子臣。

夫人・世婦・左右婦・三良人・二孺子。一世子・三卿・九大夫・二十七上士・八十一下士を立て、五通大夫・五上士・十五下士と。其の上卿は次國の下卿に比照し、今四百石。下卿は三百石、上士は二百石、下士は百石。夫人は一位の傅母・三伯・三丞。世婦・左右婦・三良人・一御人は、各々師保有り。世子は一位の上下傅。士の公を宿衛するは、上卿に比照する三人、下卿六人。夫人の御衛は、上下御各々五人。世婦・左右婦は、上下御各々五人。二御人は各々五人。世子の上傅は、上下史各々五人。三卿・九大夫は、上下史各々五人。士は各々五人。通大夫は、上下史も亦各々五人。卿は、臣二人。此れ周の制度なり。『春秋』は伯・子・男を合わせて一等と為す。故に附庸の字と稱するは、地方三十里、三に三を乘じて九を得、三分を用いて一分を去り、田の十里見方の六を定めて得、定率一萬四千四百口を得。以て口師三と為す。而して一宗婦・二妾、一世子、宰・丕丞一、士一、秩士五人を立つ。宰は子男の下卿に比照し、今三百石。宗婦は師保有り、御者三人、妾各々二人。世子は一位の傅。士の君を宿衛するは上卿に比照し、下卿一人、上下各々其の數に如す。世子の傅は、上下史各々五人、下良五。名と稱して善なるは、地方は字と稱する君の半分、九の半分、三分を用いて一分を去り、田の十里見方の三を定めて得、定率七千二百口を得。一世子・宰は、今二百石。再び下りて、四の半分・三の半分は二十五を得、三分を用いて一分を去り、田の十里見方の一を定めて得、五方里を加えて、定率三千六百口を得。一世子・宰は、今百石、史五人、及び宗婦・仕衛・世子の臣。

仁義法第二十九

仁義法第二十九

春秋之所治,人與我也;所以治人與我者,仁與義也;以仁安人,以義正我;故仁之為言人也,義之為言我也,言名以別矣。仁之於人,義之於我者,不可不察也,眾人不察,乃反以仁自裕,而以義設人,詭其處而逆其理,鮮不亂矣。是故人莫欲亂,而大抵常亂,凡以闇於人我之分,而不省仁義之所在也。是故春秋為仁義法,仁之法在愛人,不在愛我;義之法在正我,不在正人;我不自正,雖能正人,弗予為義;人不被其愛,雖厚自愛,不予為仁。昔者,晉靈公殺膳宰以淑飲食,彈大夫以娛其意,非不厚自愛也,然而不得為淑人者,不愛人也。質於愛民以下,至於鳥獸昆蟲莫不愛,不愛,奚足謂仁!仁者,愛人之名也,嶲傳無大之之辭,自為追,則善其所恤遠也;兵已加焉,乃往救之,則弗美;未至,豫備之,則美之,善其救害之先也。夫救蚤而先之,則害無由起,而天下無害矣。然則觀物之動,而先覺其萌,絕亂塞害於將然而未形之時,春秋之志也,其明至矣,非堯舜之智,知禮之本,庸能當此;故救害而先,知之明也,公之所恤遠,而春秋美之,詳其美恤遠之意,則天地之間,然後快其仁矣,非三王之德,選賢之精,庸能如此。是以知明先,以仁厚遠,遠而愈賢,近而愈不肖者,愛也,故王者愛及四夷,霸者愛及諸侯,安者愛及封內,危者愛及旁側,亡者愛及獨身,獨身者,雖立天子諸侯之位,一夫之人耳,無臣民之用矣,如此者,莫之亡而自亡也。春秋不言伐梁者,而言梁亡,蓋愛獨及其身者也,故曰:仁者愛人,不在愛我,此其法也。義雲者,非謂正人,謂正我,雖有亂世枉上,莫不欲正人,奚謂義!昔者,楚靈王討陳蔡之賊,齊桓公執袁濤塗之罪,非不能正人也,然而春秋弗予,不得為義者,我不正也;闔廬能正楚蔡之難矣,而春秋奪之義辭,以其身不正也;

『春秋』の治理する所は、人と我なり。以て人と我を治むるは、仁と義なり。仁を以て人を安んじ、義を以て我を正しくす。故に仁此の字は人を說き、義此の字は我を說く。名號此れに因りて分別開れるなり。仁の人に對し義の我に對するは、審察せざるべからず。衆人は審察を知らず、反りて仁を以て自らを寬裕にし、義を以て人を要求し、位置を放錯し理を弄反して、乱れざるは鮮し。故に人の乱れんと想う無きも、大抵常に乱るるは、皆人我の分別に暗くして、仁義の在る所を省察せざるに因るなり。故に『春秋』は仁義の法なり。仁の法は人を愛するに在りて、我を愛するに在らず。義の法は我を正しくするに在りて、人を正しくするに在らず。我自ら正しからざれば、能く人を正しくすと雖も、之に「義」の名義を與えず。人は之に愛せられざれば、自ら己を厚愛すと雖も、之に「仁」の名義を與えず。昔、晋霊公は膳宰を殺して以て飲食を改善し、彈弓を以て大夫を打ちて以て心意を娛樂す。己を厚愛せざるに非ざれども、善人と稱するを得ざるは、其の人を愛せざるに因るなり。民を愛する以下より、鳥獸昆虫愛せざる無きに至る。愛せざれば、何ぞ以て仁と謂うに足らん。仁は、人を愛するの名なり。僖公の兵を出すに誇大の文辭無く、自ら往きて追えば、則ち其の恤う所の遠きを善と稱す。兵已に人の身に加えられて、往きて救えば、則ち美と稱せず。未だ至らざるに、豫め防备すれば、則ち之を美と稱す。是れ其の害を救うに先んずるを善と稱するなり。救う早くして做す前頭にあれば、則ち害生ずるに從う無く、天下害無し。然らば事物の發動を觀察して、其の萌芽を豫め覺察し、將に發生せんとして未だ形を成さざるの時に乱を杜絶し害を堵住するは、『春秋』の志向なり。其の光明は極處に至れり。堯舜の智・禮の本を知るに非ざれば、誰か能く此れを擔當せん。故に害を救いて做す前頭に在るは、知之明なり。僖公の恤う所の遠きは、『春秋』之を美と稱す。詳察して其の恤遠を美と稱するの意を觀れば、則ち天地の間、然る後に能く其の仁を痛快す。三王の德・賢人を選拔するの精に非ざれば、誰か能く此くの如くならん。故に智は明に於て先んじ、仁を以て遠きを厚待す。愈々遠ければ愈々賢に、愈々近ければ愈々不肖なり。此れ即ち愛なり。故に王者の愛は四夷に及び、覇者の愛は諸侯に及び、安穩の人の愛は封疆の內に及び、危殆の人の愛は身旁に及び、亡國の人の愛は自己一身に及ぶ。唯だ自己一身を愛するは、天子・諸侯の位に立つと雖も、不過一匹夫にして、臣民用うべき無し。此くの如きの人は、人之を滅亡する無くして自ら滅亡す。『春秋』は梁を伐つと言わずして、梁亡ぶと言う。蓋し愛は自己一身に及ぶのみなり。故に曰く、仁は人を愛するに在りて、我を愛するに在らず。此れ即ち其の法なり。所謂義とは、人を正しくすると謂うに非ず、我を正しくすると謂うなり。乱世・枉曲の君上有ると雖も、人を正しくせんと想わざる無し。然らば何を以て義と謂わん。昔、楚霊王は陳・蔡の賊を討伐し、齊桓公は袁濤涂の罪を執治す。人を正しくする能わざるに非ざれども、『春秋』は之に名義を與えずして、義と稱するを得ざるは、我の自ら正しからざるに因るなり。闔廬は能く楚・蔡の難を平定すれども、『春秋』は其の「義」の文辭を剝奪す。其の自身正しからざるに因るなり。

潞子之於諸侯,無所能正,春秋予之有義,其身正也;趨而利也,故曰:義在正我,不在正人,此其法也。夫我無之而求諸人,我有之而誹諸人,人之所不能受也,其理逆矣,何可謂義!義者,謂宜在我者,宜在我者,而後可以稱義,故言義者,合我與宜以為一言,以此操之,義之為言我也,故曰:有為而得義者,謂之自得,有為而失義者,謂之自失;人好義者,謂之自好,人不好義者,謂之不自好;以此參之,義我也明矣。是義與仁殊,仁謂往,義謂來;仁大遠,義大近;愛在人,謂之仁,義在我,謂之義;仁主人,義主我也;故曰:仁者,人也,義者,我也,此之謂也。君子求仁義之別,以紀人我之間,然後辨乎內外之分,而著於順逆之處也,是故內治反理以正身,據禮以勸福,外治推恩以廣施,寬制以容眾。孔子謂冉子曰:治民者,先富之而後加教。語樊遲曰:治身者,先難後獲。以此之謂治身之與治民所先後者不同焉矣。詩曰:“飲之食之,教之誨之。”先飲食而後教誨,謂治人也;又曰:“坎坎伐輻,彼君子兮,不素餐兮!”先其事,後其食,謂治身也。春秋刺上之過,而矜下之苦;小惡在外弗舉,在我書而誹之;凡此六者,以仁治人,義治我;躬自厚而薄責於外,此之謂也。且論已見之,而人不察,曰:君子攻其惡,不攻人之惡。不攻人之惡,非仁之寬與!自攻其惡,非義之全與!此之謂仁造人,義造我,何以異乎!故自稱其惡,謂之情,稱人之惡,謂之賊;求諸己,謂之厚,求諸人,謂之薄;自責以備,謂之明,責人以備,謂之惑;是故以自治之節治人,是居上不寬也,以治人之度自治,是為禮不敬也;為禮不敬則傷行,而民弗尊,居上不寬則傷厚,而民弗親;弗親則弗信,弗尊則弗敬;二端之政詭於上而僻行之,則誹於下;仁義之處,可無論乎!夫目不視,弗見;心弗論,不得;

潞子は諸侯に對して、誰を正しくする能う無きも、『春秋』は却りて之に義有りと與う。其の自身正しきに因るなり。趨向して利を求む。故に曰く、義は我を正しくするに在りて、人を正しくするに在らず。此れ即ち其の法なり。我自ら無くして、却りて人に向かいて求め、我自ら有りて、却りて人の有るを誹謗するは、人の接受する能わざる所なり。其の理は反る。何を以て義と謂わん。義は、宜しきは我ここに在ると謂うなり。宜しきは我ここに在りて、然る後に以て義と稱すべし。故に義と曰うは、「我」と「宜」とを合わせて一個の字と為すなり。此れを以て檢驗すれば、義此の字は我を說く。故に曰く、作為有りて義を得るを、自得と謂い、作為有りて義を失うを、自失と謂い、人の義を喜好するを、自好と謂い、人の義を喜好せざるを、不自好と謂う。此れを以て參驗すれば、義は我なりと明らかなり。此くの如く義と仁と不同なり。仁は往を說き、義は來を說く。仁の大は遠に在り、義の大は近に在り。愛は人に在れば、之を仁と謂い、義は我に在れば、之を義と謂う。仁は人に主と為り、義は我に主と為す。故に曰く、仁は人、義は我。此れを謂うなり。君子は仁義の分別を求めて、以て人我の間を綱紀し、然る後に內外の分際を辨明し、順逆の處所に顯明す。故に內裏の治理は、理に返回して自身を正しくし、禮に依據して勸めて福を求む。外面の治理は、恩を推廣して廣く施し、制度を放寬して衆人を容納す。孔子は冉子に對して曰く、民を治理する人は、先ず之を富ましめて、然る後に教化を施加す、と。樊遲に對して曰く、自身を治理する人は、先ず難を經歷して、然る後に收獲有り、と。此れを以て明らかにすれば、身を治むると民を治むるとの先む所後む所は同じからず。『詩經・小雅・綿蠻』に曰く、「之に飲ましめ之に食わしめ、之を教え之を誨ゆ。」先に飲食して然る後に教誨するは、人を治むるを謂う。又曰く、「坎坎として輻條を砍る、彼の君子や、白きを食するに非ず。」先に事を做し、後に飯を食うは、身を治むるを謂う。『春秋』は上に在る者の過錯を譏刺して、下に在る者の苦を憐憫す。小惡の外面に在るは擧發せず、我ここに在るは書寫して批評す。凡そ此の六項は、仁を以て人を治め、義を以て我を治め、自らに對して厚く外面に對して薄く責る。此れを謂うなり。況んや道理已に顯現して、而して人審察を知らざるをや。曰く、君子は自らの惡を進攻し、人の惡を進攻せず。人の惡を進攻せずは、仁の寬に非ずや。自ら己の惡を進攻するは、義の全に非ずや。此れ即ち所謂仁は人を成就し義は我を成就す。何の同じからざる有らん。故に自らの惡を稱するを、情實と謂い、人の惡を稱するを、賊害と謂い、之を己に求むるを、厚と謂い、之を人に求むるを、薄と謂い、完備を以て自らを責るを、明と謂い、完備を以て人を責るを、惑と謂う。故に自治の節度を以て人を治むるは、上に居りて寬ならず。人を治むるの法度を以て自治するは、禮を行いて敬ならず。禮を行いて敬ならざれば品行を損傷して、民尊敬せず。上に居りて寬ならざれば厚を損傷して、民親近せず。親近せざれば則ち信せず、尊敬せざれば則ち敬せず。此の二端の政は、上に於て乖違して行為偏邪すれば、下に於て批評さるるに會わん。仁義の處所は、論ずべからざらんや。眼に看ずれば見えず、心に論ぜざれば得られず。

雖有天下之至味,弗嚼,弗知其旨也;雖有聖人之至道,弗論,不知其義也。

天下の最も好きの滋味有ると雖も、咀嚼せざれば、其の美を知らず。聖人の最も好きの道有ると雖も、論究せざれば、其の義を知らず。

必仁且智第三十

必仁且智第三十

莫近於仁,莫急於智。不仁而有勇力材能,則狂而操利兵也;不智而辯慧獧給,則迷而乘良馬也。故不仁不智而有材能,將以其材能,以輔其邪狂之心,而贊其僻違之行,適足以大其非,而甚其惡耳。其強足以覆過,其御足以犯軸,其慧足以惑愚,其辨足以飾非,其堅足以斷闢,其嚴足以拒諫,此非無材能也,其施之不當,而處之不義也。有否心者,不可借便埶,其質愚者,不與利器,論之所謂不知人也者,恐不知別此等也。仁而不智,則愛而不別也;智而不仁,則知而不為也。故仁者所愛人類也,智者所以除其害也。

仁より切近なるは莫く、智より急迫なるは莫し。不仁にして勇力材能有るは、發狂して利兵を持つが如し。不智にして辯慧敏捷なるは、路に迷いて良馬に騎るが如し。故に不仁不智にして材能有れば、將に其の材能を用いて邪狂の心を輔助し、偏邪違理の行為を贊助し、恰好其の錯を擴大し其の惡を加重するに足る而已。其の強は過錯を掩蓋するに足り、其の駕馭は車軸に衝犯するに足り、其の慧は愚人を迷惑するに足り、其の辯は過錯を文飾するに足り、其の堅は法律を專斷するに足り、其の嚴は勸諫を拒絶するに足る。此れ材能無きに非ず。施用の得當ならずして、不義に處ればなり。不善の心有る人は、之に便利の勢を借與すべからず。質性愚なるは、之に利器を與えず。論裏の所謂人を知らずは、恐らく此の類を分別することを知らざるを怕るなり。仁にして智ならざれば、愛して分別せず。智にして仁ならざれば、知りて做さず。故に仁者の愛する所は人類、智者の做す所は其の害を除くなり。

何謂仁?仁者,憯怛愛人,謹翕不爭,好惡敦倫,無傷惡之心,無隱忌之志,無嫉妒之氣,無感愁之慾,無險詖之事,無辟違之行,故其心舒,其志平,其氣和,其欲節,其事易,其行道,故能平易和理而無爭也,如此者,謂之仁。

何をか仁と謂う。仁は、人を愛する痛切にして、和合を謹慎して爭わず、好惡敦厚にして倫に合し、傷害厭惡の心無く、隱忌の志無く、嫉妬の氣無く、感愁の欲無く、險詖の事無く、偏邪違理の行無し。故に其の心は舒展し、其の志は平靜に、其の氣は和に、其の欲は節有り、其の事は簡易に、其の行は道に合す。故に能く平易にして和理にして爭無し。此くの如きを、仁と謂う。

何謂智?先言而後當。凡人慾舍行為,皆以其智,先規而後為之,其規是者,其所為得其所事,當其行,遂其名,榮其身,故利而無患,福及子孫,德加萬民,湯武是也。其規非者,其所為不得其所事,不當其行,不遂其名,辱害及其身,絕世無復,殘類滅宗亡國是也。故曰:莫急於智。智者見禍福遠,其知利害蚤,物動而知其化,事興而知其歸,見始而知其終,言之而無敢譁,立之而不可廢,取之而不可舍,前後不相悖,終始有類,思之而有復,及之而不可厭,其言寡而足,約而喻,簡而達,省而具,少而不可益,多而不可損,其動中倫,其言當務,如是者,謂之智。

何をか智と謂う。先に言い出して後に得當す。凡そ人の捨棄或いは實行するは、皆其の智に凭りて、先に規劃して然る後に做す。規劃對えば、其の做す所は其の事を得其の行に當り、其の名を成就し、榮其の身に及ぶ。故に利有りて患無く、福は子孫に延び、德は萬民に加わる。湯・武は即ち此くの如し。規劃錯れば、其の做す所は其の事を得其の行に當らず、其の名を成就する能わず、辱害は自身に延び、世代を斷絶して再び續く能わず、族類を殘害し宗族と國家とを滅亡す。此くの如し。故に曰く、智より急迫なるは莫し、と。智の人は禍福を見る遠く、利害を知る早く、物一たび動けば其の變化を知り、事一たび興れば其の歸宿を知り、開始を見て即ち終結を知る。言い出して人敢えて喧嘩する無く、立てて廢棄すべからず、取用して捨棄すべからず。前後相い悖乱せず、終始類有り。想了し再び想し、達了して厭棄すべからず。其の言は少なくして充足し、簡約にして能く曉喩し、簡易にして通達し、省減にして具備す。少なければ再び増すべからず、多ければ再び減すべからず。其の擧動は倫に中り、其の言は事務に當る。此くの如きを、智と謂う。

其大略之類,天地之物,有不常之變者,謂之異,小者謂之災,災常先至,而異乃隨之,災者,天之譴也,異者,天之威也,譴之而不知,乃畏之以威,詩云:“畏天之威。”殆此謂也。凡災異之本,盡生於國家之失,國家之失乃始萌芽,而天出災害以譴告之;譴告之,而不知變,乃見怪異以驚駭之;驚駭之,尚不知畏恐,其殃咎乃至。以此見天意之仁,而不欲陷人也。謹案:災異以見天意,天意有欲也、有不欲也,所欲、所不欲者,人內以自省,宜有懲於心,外以觀其事,宜有驗於國,故見天意者之於災異也,畏之而不惡也,以為天欲振吾過,救吾失,故以此報我也。春秋之法,上變古易常,應是而有天災者,謂幸國。孔子曰:“天之所幸有為不善,而屢極。”楚莊王以天不見災,地不見孽,則禱之於山川曰:“天其將亡予邪!不說吾過,極吾罪也。”以此觀之,天災之應過而至也,異之顯明可畏也,此乃天之所欲救也,春秋之所獨幸也,莊王所以禱而請也,聖主賢君尚樂受忠臣之諫,而況受天譴也。

其の大略此の類なり。天地の間の物は、平常ならざるの變有るを異と謂い、小なるを災と謂う。災は常に先に至りて、而して異乃ち跟いて來る。災は天の譴責、異は天の威なり。譴責して猶お知らざれば、乃ち威を以て畏れしむ。『詩經・周頌・我將』に曰く、「天の威を畏懼す。」蓋し此れを謂うなり。凡そ災異の根本は、皆國家の過失に生ず。國家の過失始めて萌芽すれば、天災害を發出して以て譴誡す。譴誡して猶お改變を知らざれば、乃ち怪異を顯現して以て驚駭せしむ。驚駭して猶お畏懼恐慌を知らざれば、其の殃咎乃ち至る。此れに由りて天意の仁なるを見て、人を陷害せんと欲せざるなり。謹んで按ずるに、災異を以て天意を顯現す。天意に欲する所有り、欲せざる所有り。欲する所・欲せざる所は、人は內裏に於て以て自ら省察して、當に心裏に於て懲戒有るべく、外に於て以て事を觀察して、當に國事に於て應驗有るべし。故に天意を見る者の災異に對するや、之を畏れて之を厭惡せず。以て天は我が過錯を振作し我が過失を挽救せんと欲し、故に此れを用いて我に回報すと為すなり。『春秋』の法は、上に在る者古法を改變し常規を改易して、此れに應じて天災有るを、僥倖の國と謂う。孔子曰く、「天の僥倖する所は、人の不善を做して、屢々極點に至る有り。」楚莊王は天災を顯現せず地孽を顯現せざるに因りて、山川に向かいて禱告して曰く、「天將に我を滅亡せんとするか。我が過錯を告げずして、我が罪を極點に至らしむ。」此れより觀れば、天災は過錯に應じて來るなり。異の顯明は畏るべし。此れ乃ち天の救わんと欲する所、『春秋』の獨り以て僥倖と為す所、亦莊王の禱告請求する所以なり。明主賢君は尚お忠臣の勸諫を接受するを樂とす。況んや天の譴責を受くるをや。

巻第九

身之養重於義第三十一

身の養は義より重し第三十一

天之生人也,使人生義與利,利以養其體,義以養其心,心不得義,不能樂,體不得利,不能安,義者、心之養也,利者、體之養也,體莫貴於心,故養莫重於義,義之養生人大於利。奚以知之?今人大有義而甚無利,雖貧與賤,尚榮其行以自好,而樂生,原憲、曾、閔之屬是也;人甚有利而大無義,雖甚富,則羞辱大,惡惡深,禍患重,非立死其罪者,即旋傷殃憂爾,莫能以樂生而終其身,刑戮夭折之民是也。夫人有義者,雖貧能自樂也;而大無義者,雖富莫能自存;吾以此實義之養生人大於利而厚於財也。民不能知,而常反之,皆忘義而殉利,去理而走邪,以賊其身,而禍其家,此非其自為計不忠也,則其知之所不能明也,今握棗與錯金以示嬰兒,嬰兒必取棗而不取金也,握一斤金與千萬之珠以示野人,野人必取金而不取珠也。故物之於人,小者易知也,其於大者難見也,今利之於人小,而義之於人大者,無怪民之皆趨利而不趨義也,固其所闇也,聖人事明義以照耀其所闇,故民不陷。詩云:“示生顯德行。”此之謂也。先王顯德以示民,民樂而歌之以為詩,說而化之以為俗,故不令而自行,不禁而自止,從上之意,不待使之,若自然矣,故曰:聖人天地動、四時化者,非有他也,其見義大,故能動,動故能化,化故能大行,化大行故法不犯,法不犯故刑不用,刑不用則堯舜之功德,此大治之道也,先聖傳授而復也,故孔子曰:“誰能出不由戶,何莫由斯道也!”今不示顯德行,民闇於義不能照,迷於道不能解,固欲大嚴憯以必正之,直殘賊天民,而薄主德耳,其勢不行。仲尼曰:“國有道,雖加刑,無刑也;國無道,雖殺之,不可勝也。”其所謂有道無道者,示之以顯德行與不示爾。

天は人を生じて、人をして義と利と有らしむ。利は以て身身體を養い、義は以て心を養う。心義を得ざれば、樂する能わず。身體利を得ざれば、安んずる能わず。義は心の養、利は身體の養なり。身體は心より貴き無し。故に養は義より重き無し。義の生を養うや、利より大なり。何に凭りて知るや。今人義大有りて利甚だ無しと雖も、貧と賤と雖も、猶お自らの行為を以て榮と為し自ら喜好して、生きるを樂とす。原憲・曾子・閔子此の類即ち是れ。人利甚だ有りて義大に無しと雖も、甚だ富むと雖も、羞辱亦大に、惡惡を厭惡する甚だ深く、禍患甚だ重く、立ちて其の罪に死せざれば、即ち轉眼して殃患を傷う。能く樂しみて一生を活畢する無し。刑を受け戮せられ夭折せる民即ち是れ。人の義有るは、貧しきと雖も亦能く自ら快樂す。義大に無きは、富むと雖も能く自ら存活せず。我此れを以て證實す。義の生を養うや利より大なり、財より猶お厚し。民は知る能わずして、常に之を反して、皆義を忘れて利に殉じ、理を離れて邪に走向して、以て自身を賊害し、禍は他家に及ぶ。此れ其の己の為に謀劃する忠ならざれば、即ち其の知の明白する能わざる所なり。今手裏に棗と錯金とを握りて嬰兒に見せば、嬰兒は必ず棗を取りて金を取らず。一斤の金と價值千萬の珠とを握りて野人に見せば、野人は必ず金を取りて珠を取らず。故に物の人に對するや、小は知り易く大は見え難し。今利の人に對するは小、義の人に對するは大なり。民の皆利に趨向して義に趨向せざるを怪しむ無きは、本より其の暗き所なればなり。聖人は義を彰明するに從事して、以て其の暗き所を照亮す。故に民陷落せず。『詩經』に曰く、「顯明の德行を以て人に指示す。」此れを謂うなり。先王は德を顯揚して以て民に指示せば、民は快樂して之を歌唱して詩と為し、喜悅して之を教化して俗と為す。故に令を下さずして自ら實行し、禁を設けずして自ら停止し、上に在る者の意に順從して、使喚を待たずして、自然の如し。故に曰く、聖人は能く天地を動かし四時を化す。他無きは、其の義の大なるを見て、故に能く打動す。能く打動すれば故に能く化す。能く化すれば故に能く大行す。教化大行すれば故に法觸犯せられず。法觸犯せられざれば故に刑用いられず。刑用いられざれば即ち堯舜の功德なり。此れ大治の道、先聖傳授して恢復する所なり。故に孔子曰く、「誰か能く出でて門を經由せざらん、何の故に人の此の道を走る無きや。」今顯明の德行を以て人に指示せざれば、民は義に暗くして照亮せられず、道に迷いて解開する能わず。是に於て大嚴慘酷を用いて以て必ず之を端正せんと欲す。是れ只だ天民を殘賊して、主の德を薄くする而已。其の情勢は通行せず。仲尼曰く、「國道有れば、刑を施加すと雖も、亦刑無きに等し。國道無ければ、殺すと雖も、殺し盡くせず。」其の所謂有道無道とは、顯明の德行を以て人に指示する與指示せざる而已。

對膠西王越大夫不得為仁第三十二

膠西王越の大夫仁と為るを得ずに對す第三十二

命令相曰:“大夫蠡、大夫種、大夫庸、大夫睪、大夫車成、越王與此五大夫謀伐吳,遂滅之,雪會稽之恥,卒為霸主,范蠡去之,種死之。寡人以此二大夫者為皆賢。孔子曰:‘殷有三仁。’今以越王之賢,與蠡種之能,此三人者,寡人亦以為越有三仁,其於君何如?桓公決疑於管仲,寡人決疑於君。”仲舒伏地再拜,對曰:“仲舒智褊而學淺,不足以決之,雖然,王有問於臣,臣不敢不悉以對,禮也。臣仲舒聞:昔者,魯君問於柳下惠曰:‘我欲攻齊,何如?’柳下惠對曰:‘不可。’退而有憂色,曰:‘吾聞之也:謀伐國者,不問於仁人也,此何為至於我?’但見問而尚羞之,而況乃與為軸以伐吳乎!其不宜明矣。以此觀之,越本無一仁,而安得三仁!仁人者,正其道不謀其利,修其理不急其功,致無為而習俗大化,可謂仁聖矣,三王是也;春秋之義,貴信而賤軸,軸人而勝之,雖有功,君子弗為也,是以仲尼之門,五尺童子言羞稱五伯,為其軸以成功,苟為而已也,故不足稱於大君子之門,五伯者比於他諸侯為賢者,比於仁賢,何賢之有?譬猶?比於美玉也。臣仲舒伏地再拜以聞。”

令を下して相に對して曰く、「大夫蠡・大夫種・大夫庸・大夫皋・大夫車成、越王は此の五位の大夫と謀劃して呉を伐ち、是に於て呉を滅ぼし、會稽の耻辱を洗雪して、終に覇主と為れり。范蠡は離去し、文種は死せり。寡人是の兩位の大夫を以て皆賢と為す。孔子曰く、『殷に三位の仁人有り。』今越王の賢を凭りて、蠡・種の才能と此の三人、寡人亦越に三位の仁人有りと為す。此れ君に對して如何。桓公は疑難有れば管仲に向かいて決斷す。寡人は疑難有れば您に向かいて決斷せん。」仲舒伏地して再拜して、對答して曰く、「仲舒智識褊狹にして學問淺し。以て決斷するに足らず。然りと雖も、王臣に問う有れば、臣敢えて盡く對答せずんばあらず。此れ禮なり。臣仲舒聞く、昔、魯君は柳下惠に問うて曰く、『我齊を攻めんと欲す。如何。』柳下惠對答して曰く、『可ならず。』退きて面に憂色有りて曰く、『我聞く、國を伐たんと謀劃する者は、仁人に問わず。此の事何の故に我に問い來るや。』只だ問わるるを受くる尚且羞愧す。況んや竟に詐謀を參與して呉を伐たんをや。其の宜ならざるは明白なり。此れより觀れば、越は本より一位の仁人無し。又焉んぞ三位の仁人を得ん。仁人は、其の道を端正して利を謀求せず、其の理を修明して功に急がず。無為に達致して習俗大大に化せらる。以て仁聖と稱すべし。三王即ち此くの如し。『春秋』の義は、信を重んじて詐を看輕す。詐を以て人に對して勝を取るは、功有ると雖も、君子做さず。故に仲尼の門下は、五尺の童子口を開きて皆五覇を稱道するを羞とす。其の詐を以て成功して苟且作為するのみ、故に大君子の門下に於て稱道せらるるに足らざるなり。五覇は其の他の諸侯に比ぶれば賢なり。仁賢に比ぶれば、又何の賢か有らん。猶お美玉に比ぶるが如し。臣仲舒伏地して再拜して稟聞す。」

觀德第三十三

觀德第三十三

天地者,萬物之本、先祖之所出也,廣大無極,其德昭明,歷年眾多,永永無疆。天出至明,眾知類也,其伏無不照也;地出至晦,星日為明不敢闇,君臣、父子、夫婦之道取之此。大禮之終也,臣子三年不敢當,雖當之,必稱先君,必稱先人,不敢貪至尊也。百禮之貴,皆編於月,月編於時,時編於君,君編於天,天之所棄,天下弗佑,桀紂是也;天子之所誅絕,臣子弗得立,蔡世子、逢醜父是也;王父父所絕,子孫不得屬,魯莊公之不得念母、衛輒之辭父命是也;故受命而海內順之,猶眾星之共北辰,流水之宗滄海也,況生天地之間,法太祖先人之容貌,則其至德,取象眾名尊貴,是以聖人為貴也。泰伯至德之侔天地也,上帝為之廢適易姓而子之讓,其至德海內懷歸之,泰伯三讓而不敢就位,伯邑考知群心貳,自引而瞠,順神明也。至德以受命,豪英高明之人輻輳歸之,高者列為公侯,下至卿大夫,濟濟乎哉!皆以德序。是故吳魯同姓也,鍾離之會,不得序而稱君,殊魯而會之,為其夷狄之行也;雞父之戰,吳不得與中國為禮;至於伯莒黃池之行,變而反道,乃爵而不殊;召陵之會,魯君在是,而不得為主,避齊桓也;魯桓即位十三年,齊、宋、衛、燕舉師而東,紀、鄭與魯戮力而報之,後其日,以魯不得遍,避紀侯與鄭厲公也。春秋常辭,夷狄不得與中國為禮,至邲之戰,夷狄反道,中國不得與夷狄為禮,避楚莊也;邢、衛、魯之同姓也,狄人滅之,春秋為諱,避齊桓也,當其如此也,惟德是親,其皆先其親。是故周之子孫,其親等也,而文王最先;四時等也,而春最先;十二月等也,而正月最先;德等也,則先親親;魯十二公等也,而定、哀最尊。衛俱諸夏也,善稻之會,獨先內之,為其與我同姓也;吳俱夷狄也,柤之會,獨先外之,為其與我同姓也;滅國十五有餘,獨先諸夏;

天地は、万物の本・先祖の出づる所の處なり。廣大にして極限無く、其の德昭明にして、經歷する年歲衆多にして、永遠に盡頭無し。天は至明を發出して、衆物皆知りて類に從い、其の伏藏する所照らさざる無し。地は至晦を發出して、星と日は此れに因りて明にして敢えて暗からず。君臣・父子・夫婦の道は此れより取法す。大禮終結するの時は、臣子三年敢えて承當せず。承當すると雖も、必ず先君と稱し、必ず先人と稱し、至尊を貪據すること敢えてせず。百禮の貴は、皆月に編列し、月は時に編列し、時は君に編列し、君は天に編列す。天の抛棄する所は、天下之を保祐せず。桀・紂即ち是れ。天子の誅絶する所は、臣子立つるを得ず。蔡世子・逢醜父即ち是れ。王父・父親の絶する所は、子孫相い屬するを得ず。魯莊公の母を思念するを得ざる・衛輒の父命を推辭する即ち是れ。故に天命を承受して海內順從するや、猶お衆星の北極星を環繞し、流水の大海中に歸向するがごとし。況んや天地の間に生まれて、太祖・先人の容貌に取法せんをや。則ち其の至德は、衆多の名號の尊貴に取象す。故に聖人は貴と為る。泰伯の至德は天地と相配して、上帝此れ嫡を廢して姓氏を改易して其の讓を嘉許す。其の至德は海內をして歸を懷かしむ。泰伯三たび辭讓して敢えて位に就かず。伯邑考は群心の貳有るを知りて、自ら引退して目を睜りて遠避す。是れ神明に順從なり。至德を凭りて天命を承受せば、豪英高明の人は輻條の車轂に聚向するが如く之に歸附す。高きは公侯に列し、下りて卿大夫に至る。何ぞ濟濟たるや。皆德に按じて排序す。故に呉と魯と同姓なり。鍾離の會に、呉は序に按じて君と稱するを得ず、魯に區別して會す。其の夷狄の行為有るに因るなり。雞父の戰に、呉は中國と禮を行うを得ず。伯莒・黃池の行に至りて、變改して道に返回して、乃ち爵を與えて再び區別せず。召陵の會に、魯君場に在るも、主人を做るを得ず。是れ齊桓公を避くなり。魯桓公即位十三年、齊・宋・衛・燕は師を興して東に向かい、紀・鄭は魯と力を合わせて報復し、日期を後に寫す。魯は普遍に參與と算するを得ざるに因りて、是れ紀侯と鄭厲公とを避くなり。『春秋』の常辭は、夷狄は中國と禮を行うを得ず。邲の戰に至りて、夷狄は道に返回し、中國は夷狄と禮を行うを得ず。是れ楚莊王を避くなり。邢・衛は魯と同姓なり。狄人之を滅ぼす。『春秋』此れ忌避して、是れ齊桓公を避くなり。其の此くの如きの時に當りて、唯だ德有るを親しみ、皆先ず親しむべき所を親しむ。故に周の子孫は、親等相同じくして、而して文王最先なり。四時相等しくして、而して春最先なり。十二月相等しくして、而して正月最先なり。德相等しければ、則ち先ず親を親しむ。魯十二公相等しくして、而して定公・哀公最も尊し。衛は皆諸夏なり。善稻の會に、獨り先に之を內部に算入す。其の我と同姓に因るなり。呉は皆夷狄なり。柤の會に、獨り先に之を外部に算入す。其の我と同姓に因るなり。國を滅ぼす十五有余、獨り先に諸夏を寫す。

魯、晉俱諸夏也,譏二名獨先及之;盛伯、郜子俱當絕,而獨不名,為其與我同姓兄弟也;外出者眾,以母弟出,獨大惡之,為其亡母背骨肉也;滅人者莫絕,衛侯毀滅同姓獨絕,賤其本祖而忘先也。親等,從近者始;立適以長,母以子貴先。甲戌己丑陳侯鮑卒,書所見也,而不言其闇者;隕石於宋五,六鷁退飛,耳聞而記,目見而書,或徐或察,皆以其先接於我者序之,其於會朝聘之禮亦猶是。諸侯與盟者眾矣,而儀父獨漸進,鄭僖公方來會我,而道殺,春秋致其意,謂之如會;潞子離狄而歸黨,以得亡,春秋謂之子,以領其意;包來、首戴、洮、踐土與操之會:陳、鄭去我,謂之逃歸;鄭處而不來,謂之乞盟:陳侯後至,謂之如會;莒人疑我,貶而稱人;諸侯朝魯者眾矣,而滕、薛獨稱侯;州公化我,奪爵而無號;吳楚國先聘我者見賢,曲棘與鞍之戰,先憂我者見尊。

魯・晋は皆諸夏なり。二名を譏刺するは獨り先に彼等に及ぶ。盛伯・郜子は皆絶す可きも、獨り名を稱せず。其の我と同姓の兄弟に因るなり。外に出づる人多し。母弟に因りて出づるは、獨り大いに厭惡を加う。其の母を失い骨肉を背棄するに因るなり。人を滅ぼすは絶せられざる有り。衛侯の同姓を滅ぼすは獨り絶せらる。是れ其の本祖を賤視して先人を忘るるなり。親の等第は、近きより始まる。嫡を立つるは年長に按じ、母は子に凭りて貴きは先に在り。甲戌・己丑に陳侯鮑卒す。見る所を書寫して、其の暗昧なるを言わず。石は宋に隕る五、六の鷁は倒退して飛ぶ。耳聽けば即ち記し、目見れば即ち書す。或いは徐緩に或いは審察に、皆先に我に接觸するに按じて排序す。會・朝・聘の禮に對しても亦此くの如し。諸侯の盟に參與する多し。而して儀父獨り漸々進升す。鄭僖公將に來りて我と會せんとすれども、路上に於て殺さる。『春秋』は其の心意を達成して、之を「如會」と謂う。潞子は狄を離れて中國此の一黨に歸り、故に滅亡す。『春秋』は之を「子」と稱して、以て其の心意を領受す。包來・首戴・洮・踐土と操の會は、陳・鄭は我を離れて、之を「逃歸」と謂い、鄭は彼の處に於て來らずして、之を「乞盟」と謂い、陳侯は後に至りて、之を「如會」と謂い、莒人は我を疑いて、貶抑して「人」と稱す。諸侯の魯に朝する多し。而して滕・薛獨り侯と稱す。州公は我に對して變化無常にして、爵を剝奪して號無し。呉・楚の國は先に我に聘問するを賢と看作し、曲棘と鞍の戰は、先に我の為に憂うるを尊と看作す。

奉本第三十四

奉本第三十四

禮者,繼天地、體陰陽,而慎主客、序尊卑、貴賤、大小之位,而差外內、遠近、新故之級者也,以德多為象,萬物以廣博眾多歷年久者為象。其在天而象天者,莫大日月,繼天地之光明莫不照也;星莫大於大辰,北斗常星,部星三百,衛星三千,大火二十六星,伐十三星,北斗七星,常星九辭,二十八宿,多者宿二十八九,其猶蓍百莖而共一本,龜千歲而人寶,是以三代傳決疑焉。其得地體者,莫如山阜,人之得天得眾者,莫如受命之天子,下至公侯伯子男,海內之心,懸於天子,疆內之民,統於諸侯,日月食並告兇,不以其行。有星茀於東方,於大辰,入北斗,常星不見,地震,梁山、沙鹿崩,宋、衛、陳、鄭災,王公大夫篡弒者,春秋皆書以為大異,不言眾星之茀入霣雨,原隰之襲崩,一國之小民死亡,不決疑於眾草木也。唯田邑之稱,多著主名;君將不言臣;臣不言師;王夷君獲,不言師敗。孔子曰:“唯天為大,唯堯則之。”則之者,大也。“巍巍乎其有成功也”,言其尊大以成功也。齊桓、晉文不尊周室,不能霸,三代聖人不則天地,不能至王,階此而觀之,可以知天地之貴矣。夫流深者,其水不測,尊至者,其敬無窮,是故天之所加,雖為災害,猶承而大之,其欽無窮,震夷伯之廟是也。天無錯舛之災,地有震動之異,天子所誅絕,所敗師,雖不中道,而春秋者不敢闕,謹之也,故師出者眾矣,莫言還,至師及齊師圍成,成降於齊師,獨言還,其君劫外,不得已,故可直言也,至於他師,皆其君之過也,而曰非師之罪,是臣子不為君父受罪,罪不臣子莫大焉。夫至明者,其照無疆,至晦者,其闇無疆;今春秋緣魯以言王義,殺隱、桓以為遠祖,宗定、哀以為考妣,至尊且高,至顯且明,其基壤之所加,潤澤之所被,條條無疆。前是常數十年,鄰之幽人近其墓而高明。

禮は、天地を繼承し陰陽を體察して、主客を謹慎し尊卑・貴賤・大小の位を序次して、外內・遠近・新故の等級を等差するなり。德多きを以て取象と為し、万物は廣博衆多・經歷年歲久しきを以て取象と為す。天の上に在りて天に取象するは、日月より大なるは莫く、天地の光明を繼承して照らさざる無し。星は大辰より大なるは莫し。北斗常星・部星三百・衛星三千・大火二十六星・伐十三星・北斗七星・常星九辭・二十八宿、多き宿は二十八九。猶お蓍草百莖にして共に一個の本有り、龜は千歲を活きて人に寶と為さるるが如く、故に三代傳來して以て疑難を決斷す。地の體を得るは、山阜より甚だしきは莫し。人の天を得衆を得るは、命を受ける天子より甚だしきは莫し。下りて公・侯・伯・子・男に至り、海內の心は天子に懸繫し、疆內の民は諸侯に統屬す。日食・月食は一併して凶を報告して、其の運行に按じて看ず。星の東方に孛る・大辰に孛る・北斗に入る有り、常星見えず、地震し、梁山・沙鹿崩れ、宋・衛・陳・鄭に火災有り、王公大夫の篡弑するは、『春秋』は皆書して以て大異と為す。衆星の孛入・霣雨・原隰の襲崩・一國小民の死亡を言わず、衆草木に疑難を決斷せず。唯だ田邑の稱呼は、多く主名を寫上す。君自ら兵を將して臣を言わず。臣は師を言わず。王傷つき君擒せらるるも、師敗ると言わず。孔子曰く、「唯だ天を大と為す、唯だ堯之に取法す。」之に取法するは、即ち大なり。「何ぞ高大なるや其の成功」は、其の尊大にして因りて成功するを謂うなり。齊桓・晋文は周室を尊敬せざれば、覇を稱する能わず。三代の聖人は天地に取法せざれば、王に至る能わず。此れより觀れば、以て天地の貴を知るべし。水の深き流るるは、其の水測るべからず。尊の極處に至るは、之に對する敬窮盡無し。故に天の施加する所は、災害と雖も、猶お承受して之を尊大にし、欽敬窮盡無し。夷伯の廟を震うが即ち是れ。天に錯乱の災無く、地に震動の異有り。天子の誅絶する所・敗する所の師は、道に合せずと雖も、『春秋』は敢えて缺漏せず。是れ謹慎なり。故に師を出づる多し、師を還すを言う無し。「師は齊師と成を圍み、成は齊師に降る」に至りて、獨り還すと言うは、其の君外に脅迫せられて、得已ざるに因るなり。故に直に言うべし。其の他の師に至りては、皆其の君の過錯なり。然るに師の罪に非ずと言う。此れ臣子君父の為に罪を受けず。不臣不子の罪は此れより大なる無し。至明なるは、其の照耀に疆界無し。至晦なるは、其の暗に疆界無し。今『春秋』は魯に借りて王の義を講じ、隱公・桓公を以て遠祖と為して抑殺し、定公・哀公を以て考妣と為して尊崇す。至尊にして且つ高く、至顯にして且つ明なり。其の基壤の加うる所・潤澤の被る所は、條々疆界無し。此れ以前常に數十年、鄰國幽暗の人は其の墓に靠近して高明と變る。

大國齊、宋,離不言會,微國之君,卒葬之禮,錄而辭繁;遠夷之君,內而不外。當此之時,魯無鄙強,諸侯之伐哀者皆言我,邾婁庶其、鼻我、邾婁大夫,其於我無以親,以近之故,乃得顯明;隱、桓、親春秋之先人也,益師卒而不日;於稷之會,言其成宋亂,以遠外也;黃池之會,以兩伯之辭,言不以為外,以近內也。

大國齊・宋は、分離して「會」と言わず。微國の君の卒葬の禮は、記錄して文辭繁多なり。遠夷の君は、內部に算入して外部に算入せず。此の時に當りて、魯は邊鄙の強敵無し。諸侯の哀公を伐つは皆「我」と曰う。邾婁庶其・鼻我は、邾婁の大夫なり。彼等は我と親無し。近きの故を以て、乃ち顯明を得たり。隱公・桓公は、『春秋』の親しむ所の先人なり。益師卒すれども日を記さず。于稷の會に、其の宋の乱を成就すと言うは、遠くして外に在るに因るなり。黃池の會に、兩位の覇主の文辭を用いて、之を以て外と為さずと言うは、近くして內に在るに因るなり。

巻第十

深察名號第三十五

深察名號第三十五

治天下之端,在審辨大;辨大之端,在深察名號。名者,大理之首章也,錄其首章之意,以窺其中之事,則是非可知,逆順自著,其幾通於天地矣。是非之正,取之逆順;逆順之正,取之名號;名號之正,取之天地;天地為名號之大義也。古之聖人,謞而效天地,謂之號,鳴而施命,謂之名。名之為言鳴與命也,號之為言謞而效也,謞而效天地者為號,鳴而命者為名,名號異聲而同本,皆鳴號而達天意者也。天不言,使人發其意;弗為,使人行其中;名則聖人所發天意,不可不深觀也。受命之君,天意之所予也。故號為天子者,宣視天為父,事天以孝道也;號為諸侯者,宜謹視所候奉之天子也;號為大夫者,宜厚其忠信,敦其禮義,使善大於匹夫之義,足以化也;士者,事也,民者、瞑也;士不及化,可使守事從上而已。五號自贊,各有分,分中委曲,曲有名,名眾於號,號其大全。名也者,名其別離分散也,號凡而略,名詳而目,目者,遍辨其事也,凡者,獨舉其大也。享鬼神者號一,曰祭;祭之散名:春曰祠,夏曰礿,秋曰嘗,冬曰烝。獵禽獸者號一,曰田;田之散名:春苗、秋搜,冬狩,夏獼;無有不皆中天意者。物莫不有凡號,號莫不有散名如是。是故事各順於名,名各順於天,天人之際,合而為一。同而通理,動而相益,順而相受,謂之德道。詩曰:“維號斯言,有倫有跡。”此之謂也。

天下を治理するの端緒は、大處を審察辨明するに在り。大處を辨明するの端緒は、名號を深察するに在り。名は、大理の首章なり。首章の意を錄下して、以て其の中の事を窺看すれば、則ち是非は知るべく、逆順自ら顯明にして、其の幾微は天地に通ず。是非の正は、之を逆順より取る。逆順の正は、之を名號より取る。名號の正は、之を天地より取る。天地は名號の大義なり。古代の聖人は、大聲呼號して天地に效法するを、號と謂い、聲音を發出して命令を施加するを、名と謂う。名此の字は鳴と命とを說き、號此の字は呼號して效法を說く。呼號して天地に效法するは號、聲音を發出して命名するは名なり。名と號とは聲音同じからずして根本相同じ。皆鳴號して天意に通達す。天は言わずして、人をして其の意を發表せしむ。天は自ら做さずして、人をして其の中に於て實行せしむ。名は即ち聖人の發表する所の天意なり。深深に觀察せざるべからず。命を受ける君は、天意の與える所なり。故に號して天子と為るは、當に天を以て父と看作して、孝道を以て天に事うべし。號して諸侯と為るは、當に候望して奉事する所の天子を謹慎看待すべし。號して大夫と為るは、當に其の忠信を加厚し其の禮義を敦篤にして、善を匹夫の義より大にして、以て教化するに足らしむべし。士は、即ち事なり。民は、即ち瞑なり。士は猶お人を教化するに上らず、之を事を守り上に服從せしむべき而已。五種の號は各々稱說して、各々職分有り。職分の中の委曲は、每一曲に名有り。名は號より多く、號は其の大全なり。名は、其の分別離散する物に起名するなり。號は總括にして簡略、名は詳細にして條目なり。條目は、其の事を普遍に辨別す。總括は、其の大處を單獨に舉出す。鬼神を享祀するの號は一個、之を祭と曰う。祭の散名は、春は祠と曰い、夏は礿と曰い、秋は嘗と曰い、冬は烝と曰う。禽獸を獵取するの號は一個、之を田と曰う。田の散名は、春は苗・秋は搜・冬は狩・夏は獼。天意に中らざる無し。物總號有らざる無く、號散名有らざる無し。此くの如し。故に事各々名に順從し、名各々天に順從して、天と人との交際は、合わさりて一と為る。相同じくして理相通じ、動作して相い増益し、順從して相い授受す。之を德道と謂う。『詩經・小雅・正月』に曰く、「維れ號り斯の言、倫有り序有り。」此れを謂うなり。

深察王號的大意,其中有五科:皇科、方科、匡科、黃科、往科;合此五科以一言,謂之王。王者,皇也,王者,方也,王者,匡也,王者,黃也,王者,往也。是故王意不普大而皇,則道不能正直而方;道不能正直而方,則德不能匡鉉周遍;德不能匡鉉周遍,則美不能黃;美不能黃,則四方不能往;四方不能往,則不全於王。故曰:天覆無外,地載兼愛,風行令而一其威,雨布施而均其德,王術之謂也。

「王」此の號の大意を深察すれば、其の中に五科有り。皇科・方科・匡科・黃科・往科。此の五科を合わせて一句と為して、王と謂う。王は、即ち皇なり。王は、即ち方なり。王は、即ち匡なり。王は、即ち黃なり。王は、即ち往なり。故に王の意普遍廣大にして皇ならざれば、則ち道は正直にして方なる能わず。道正直にして方なる能わざれば、則ち德は匡正周遍する能わず。德匡正周遍する能わざれば、則ち美は黃なる能わず。美黃なる能わざれば、則ち四方は歸往する能わず。四方歸往する能わざれば、則ち王に對して全からざる所有り。故に曰く、天は外無きを覆蓋し、地は兼愛を承載し、風は命令を推行して其の威を統一し、雨は布施して其の德を均平す。王術を謂うなり。

深察君號之大意,其中亦有五科:元科,原科,權科,溫科,群科:合此五科以一言,謂之君。君者,元也,君者,原也,君者,權也,君者,溫也,君者,群也。是故君意不比於元,則動而失本;動而失本,則所為不立;所為不立,則不效於原;不效於原,則自委舍;自委舍,則化不行;用權於變,則失中適之宜;失中適之宜,則道不平、德不溫;道不平、德不溫,則眾不親安;眾不親安,則離散不群;離散不群,則不全於君。

「君」此の號の大意を深察すれば、其の中に亦五科有り。元科・原科・權科・溫科・群科。此の五科を合わせて一句と為して、君と謂う。君は、即ち元なり。君は、即ち原なり。君は、即ち權なり。君は、即ち溫なり。君は、即ち群なり。故に君の意元に比附せざれば、則ち一動して本を失う。一動して本を失えば、則ち做す所は立つる能わず。做す所立つる能わざれば、則ち原に效法せず。原に效法せざれば、則ち自ら委棄して舍去す。自ら委棄して舍去すれば、則ち教化は推行する能わず。權を變に用いれば、則ち中適の宜を失う。中適の宜を失えば、則ち道は平ならず德は溫ならず。道平ならず德溫ならざれば、則ち衆人は親しまず安んぜず。衆人親しまず安んぜざれば、則ち離散して群を成さず。離散して群を成さざれば、則ち君に對して全からざる所有り。

名生於真,非其真弗以為名。名者,聖人之所以真物也,名之為言真也。故凡百譏有黮黮者,各反其真,則黮黮者還昭昭耳。欲審曲直,莫如引繩;欲審是非,莫如引名;名之審於是非也,猶繩之審於曲直也。詰其名實,觀其離合,則是非之情不可以相讕已。今世闇於性,言之者不同,胡不試反性之名?性之名,非生與?如其生之自然之資,謂之性。性者,質也,詰性之質於善之名,能中之與?既不能中矣,而尚謂之質善,何哉?性之名不得離質,離質如毛,則非性已,不可不察也。春秋辨物之理,以正其名,名物如其真,不失秋毫之末,故名霣石,則後其五,言退鷁,則先其六。聖人之謹於正名如此,君子於其言,無所苟而已,五石六鷁之辭是也。●眾惡於內,弗使得發於外者,心也,故心之為名,●也。人之受氣苟無惡者,心何●哉?吾以心之名得人之誠,人之誠有貪有仁,仁貪之氣兩在於身。身之名取諸天,天兩,有陰陽之施,身亦兩,有貪仁之性;天有陰陽禁,身有情慾●,與天道一也。是以陰之行不得幹春夏,而月之魄常厭於日光,占全占傷。天之禁陰如此,安得不損其欲而輟其情以應天?天所禁,而身禁之,故曰身猶天也,禁天所禁,非禁天也。必知天性不乘於教,終不能●。察實以為名,無教之時,性何遽若是?故性比於禾,善比於米;米出禾中,而禾未可全為米也;善出性中,而性未可全為善也。善與米,人之所繼天而成於外,非在天所為之內也。天之所為,有所至而止,止之內謂之天性,止之外謂人事,事在性外,而性不得不成德。民之號,取之瞑也,使性而已善,則何故以瞑為號?以霣者言,弗扶將,則顛陷猖狂,安能善。性有似目,目臥幽而瞑,待覺而後見,當其未覺,可謂有見質,而不可謂見。今萬民之性,有其質而未能覺,譬如瞑者待覺,教之然後善。

名は真に生ず。真に非ざれば則ち之を以て名と為さず。名は、聖人の以て物を真實ならしむる所なり。名此の字は真を說く。故に凡そ百種の譏刺の裏に暗昧有るは、各々其の真に返回せば、則ち暗昧なるも亦昭昭に回到す。曲直を審察せんと要すれば、繩を引くより好きは莫し。是非を審察せんと要すれば、名を引くより好きは莫し。名の是非を審察するや、繩の曲直を審察するが如し。其の名と實とを詰問して、其の離合を觀察すれば、則ち是非の實情は以て相い誣賴するべからず。今世は性に暗く、講ずる者各々相同じからず。何ぞ試みに「性」此の名に返回せざるや。性此の名は、生に非ずや。其の生まれ來る自然の資質の如くを、性と謂う。性は、即ち質なり。「善」此の名を以て性の質を詰問して、能く中ると說かんや。既に中ると說く能わざれば、猶お質は善と說くは、何の故ぞや。性此の名は質を離るるを得ず。質を離るるは毛を離るるが如くなれば、則ち性に非ず。審察せざるべからず。『春秋』は物の理を辨別して、以て其の名を端正し、物に起名して其の真に如して、秋毫の末を失わず。故に「霣石」と稱するは、則ち「五」を後に置き、「退鷁」と說くは、則ち「六」を前に置く。聖人は名を正しくするに謹慎なること此くの如し。君子は自らの言に對して、一點の苟且無き而已。五石・六鷁の文辭即ち是れ。衆惡を內裏にして、之を外面に發せしめざるは、心なり。故に心此の名は、即ち是れ。人氣を受けて若し本より惡無くんば、心何ぞ必せん。我心此の名を凭りて人の誠を得。人の誠に貪有り仁有り、仁と貪との氣兩樣皆身上に在り。身此の名は之を天より取る。天は兩面なり。陰陽の施與有り。身も亦兩面なり。貪と仁との性有り。天は陰陽に對する禁有り、身は情欲に對する有り、天道と一事なり。故に陰の運行は春夏に干預するを得ずして、而して月の魄は常に日光に壓制せられて、暫く全く暫く傷く。天の陰を禁ずるや此くの如し。人怎能に欲望を減損し情を止息して以て天に應天に應ぜざらんや。天の禁ずる所は、身も亦之を禁ず。故に身は猶お天のごとしと曰う。天の禁ずる所を禁ずるは、天を禁ずるに非ず。必ず天性は教化を憑藉せざれば、終に能わざるを知るべし。實際を察して以て起名す。教化無きの時は、性何ぞ即ち此くの如くならんや。故に性は禾に比作し、善は米に比作す。米は禾の中より出でて、而して禾は以て盡く米と為すべからず。善は性の中より出でて、而して性は以て盡く善と為すべからず。善と米とは、人は天を繼承して外面に於て成就するなり。天の做す範範圍の內に非ず。天の做す所は、到達する所有れば則ち停止す。停止以內は天性と謂い、停止以外は人事と謂う。事は性の外に在りて、而して性は德を成就せざるを得ず。民此の號は、之を瞑より取る。假如性已に善なれば、何を以て瞑を用いて號と為すや。將に跌倒せんとする人を以て言わば、之を扶持せざれば、則ち顛陷猖狂せん。怎能に善ならん。性は眼睛に稍く似たる所有り。眼睛は睡るる時幽暗にして瞑し、醒むるを待ちて然る後に能く見る。其の未だ醒めざるに當りて、能く見るの質有りと說くべく、已に見たりと說くべからず。今萬民の性は、其の質有りて未だ醒むる能わず。瞑れる者の醒むるを待つに比す。教化して然る後に乃ち善なり。

當其未覺,可謂有善質,而未可謂善,與目之瞑而覺,一概之比也。靜心徐察之,其言可見矣。性而瞑之未覺,天所為也;效天所為,為之起號,故謂之民。民之為言,固猶瞑也,隨其名號,以入其理,則得之矣。是正名號者於天地,天地之所生,謂之性情,性情相與為一瞑,情亦性也,謂性已善,奈其情何?故聖人莫謂性善,累其名也。身之有性情也,若天之有陰陽也,言人之質而無其情,猶言天之陽而無其陰也,窮論者無時受也。名性不以上,不以下,以其中名之。性如繭、如卵,卵待覆而成雛,繭待繅而為絲,性待教而為善,此之謂真天。天生民性有善質而未能善,於是為之立王以善之,此天意也。民受未能善之性於天,而退受成性之教於王,王承天意以成民之性為任者也;今案其真質而謂民性已善者,是失天意而去王任也。萬民之性苟已善,則王者受命尚何任也?其設名不正,故棄重任而違大命,非法言也。春秋之辭,內事之待外者,從外言之。今萬民之性,待外教然後能善,善當與教,不當與性,與性則多累而不精,自成功而無賢聖,此世長者之所誤出也,非春秋為辭之術也。不法之言,無驗之說,君子之所外,何以為哉!或曰:“性有善端,心有善質,尚安非善?”應之曰:“非也。繭有絲,而繭非絲也;卵有雛,而卵非雛也。比類率然,有何疑焉。”天生民有六經,言性者不當異,然其或曰性也善,或曰性未善,則所謂善者,各異意也。性有善端,動之愛父母,善於禽獸,則謂之善,此孟子之善。循三綱五紀,通八端之理,忠信而博愛,敦厚而好禮,乃可謂善,此聖人之善也。是故孔子曰:“善人,吾不得而見之,得見有常者,斯可矣。”由是觀之,聖人之所謂善,未易當也,非善於禽獸則謂之善也,使動其端善於禽獸則可謂之善,善奚為弗見也?

其の未だ醒めざるに當りて、善の質有りと說くべく、已に善と說くべからず。眼睛の瞑りて再び醒むると、同一類の比方なり。心を靜めて慢慢に審察すれば、其の話は即ち見るべし。性にして瞑れるに似たれば、天の做す所なり。天の做す所に效法して、之に號を起せば、故に民と謂う。民此の字は、本より瞑に似たり。其の名號に順いて其の理に入れば、則ち得たり。此くの如く天地の上に名號を端正す。天地の生ずる所は、性と情と謂う。性と情と合わさりて一の瞑を為し、情も亦性なり。性已に善と說かば、然らば情は如何。故に聖人の性善を說く無きは、此の名を牽累するを怕ればなり。身に性有り情有るは、猶お天に陰有り陽有るがごとし。人の質に情無しと說くは、猶お天の陽有りて陰無しと說くがごとし。論說を窮盡せども接受せらるるの時無し。性に起名するに、上等に按せず下等に按せず、中間に按じて起名す。性は繭の如く卵の如し。卵は覆育を待ちて乃ち雛を成し、繭は繰煮を待ちて乃ち絲を成し、性は教化を待ちて乃ち善を成す。此れを真天と謂う。天は民を生じて、性に善の質有りて未だ善ならず。是に於て之が為に王を立てて以て之を善ならしむ。此れ天意なり。民は天より未だ善ならざるの性を接受して、再び退回して王より性を成就するの教化を接受す。王は天意を承受して、民の性を成就するを以て責任と為す。今其の真實の質に按じて民性已に善と說かば、是れ天意を失いて王の責任を丢棄す。萬民の性若し已に善なれば、則ち王者命を受けて猶お何の責任を擔當せん。其の設立する名正當ならず。故に重任を拋棄して大命に違背す。合法の言論に非ず。『春秋』の文辭は、內部の事は外面を待つれば、則ち外面より說く。今萬民の性は、外面の教化を待ちて然る後に能く善なり。善は當に教に歸すべく、性に歸すべからず。性に歸せば則ち牽累多くして精ならず。自ら成功して賢聖無きに似たり。此れ世上の長者の誤說する所、『春秋』の辭を用うるの方法に非ず。合法ならざるの言論・應驗無きの說は、君子の排斥する所なり。猶お何を為さんや。人の言有りて曰く、「性に善の端緒有り、心に善の質有り。何ぞ猶お善に非ざらん。」之に應對して曰く、「非ず。繭に絲有りて、而して繭は絲に非ず。卵に雛有りて、而して卵は雛に非ず。比類は皆此くの如し。何の疑うべき有らん。」天は民を生じて六經有り。性を講ずるは當に同じからざるべからず。然るに或いは性は善と說き、或いは性は未だ善ならずと說く。則ち所謂善は、各々意同じからず。性に善の端緒有りて、發動して父母を愛して、禽獸より好ければ、則ち之を善と謂う。此れ孟子の善なり。三綱五紀に遵循し、八端の理を貫通し、忠信にして博愛し、敦厚にして禮を喜好せば、乃ち以て善と謂うべし。此れ聖人の善なり。故に孔子曰く、「善人は、我見るを得ず。恒常の人を見るを得ば、亦可なり。」此れより觀れば、聖人の所謂善は、擔當し易からず。禽獸より好しと謂うを以て善と為すに非ず。假如其の端緒を發動して禽獸より好しと謂うを以て善と為すべければ、善何の故に見えざるや。

夫善於禽獸之未得為善也,猶知於草木而不得名知,萬民之性善於禽獸而不得名善,知之名乃取之聖。聖人之所命,天下以為正,正朝夕者視北辰,正嫌疑者視聖人,聖人以為無王之世,不教之民,莫能當善,善之難當如此,而謂萬民之性皆能當之,過矣。質於禽獸之性,則萬民之性善矣;質於人道之善,則民性弗及也。萬民之性善於禽獸者許之,聖人之所謂善者弗許,吾質之命性者,異孟子。孟子下質於禽獸之所為,故曰性已善;吾上質於聖人之所為,故謂性未善,善過性,聖人過善。春秋大元,故謹於正名,名非所始,如之何謂未善已善也。

禽獸より好けれども猶お善と算するを得ず。猶お草木より知有りて知と謂うを得ざるが如し。萬民の性は禽獸より好けれども善と謂うを得ず。知此の名は乃ち之を聖より取る。聖人の命名する所は、天下以て正と為す。朝夕を端正するは北極星を看、嫌疑を端正するは聖人を看る。聖人は王無きの世代・教化を加えざるの民は、善を擔當する能くする無しと為す。善の擔當し難きや此くの如し。然るに萬民の性皆擔當する能しと說くは、過分なり。禽獸の性を以て衡量すれば、則ち萬民の性は善なり。人道の善を以て衡量すれば、則ち民性は上らず。萬民の性禽獸より好しは、此の一點許可す。聖人の所謂善は、許可せず。我が質正して性に命名するは、孟子と同じからず。孟子は下りて禽獸の行為を以て衡量すれば、故に性已に善と說く。我は上りて聖人の行為を以て衡量すれば、故に性未だ善ならずと說く。善は性を超過し、聖人は善を超過す。『春秋』は元を推尊す。故に名を正しくするに謹慎なり。名は彼より始まるに非ざれば、怎能に未善・已善と說かんや。

實性第三十六

實性第三十六

孔子曰:“名不正,則言不順。”今謂性已善,不幾於無教而如其自然,又不順於為政之道矣;且名者性之實,實者性之質,質無教之時,何遽能善。善如米,性如禾,禾雖出米,而禾未可謂米也;性雖出善,而性未可謂善也。米與善,人之繼天而成於外也,非在天所為之內也;天所為,有所至而止,止之內謂之天,止之外謂之王教,王教在性外,而性不得不遂,故曰:性有善質,而未能為善也,豈敢美辭,其實然也。天之所為,止於繭麻與禾,以麻為布,以繭為絲,以米為飯,以性為善,此皆聖人所繼天而進也,非情性質樸之能至也,故不可謂性。正朝夕者視北辰,正嫌疑者視聖人,聖人之所名,天下以為正。今按聖人言中本無性善名,而有善人吾不得見之矣,使萬民之性皆已能善,善人者何為不見也,觀孔子言此之意,以為善甚難當;而孟子以為萬民性皆能當之,過矣。聖人之性,不可以名性,斗筲之性,又不可以名性,名性者,中民之性。中民之性,如繭如卵,卵待覆二十日,而後能為雛;繭待繰以涫湯,而後能為絲;性待漸於教訓,而後能為善;善,教訓之所然也,非質樸之所能至也,故不謂性。性者,宜知名矣,無所待而起生,而所自有也;善所自有,則教訓已非性也。是以米出於粟,而粟不可謂米;玉出於璞,而璞不可謂玉;善出於性,而性不可謂善;其比多在物者為然,在性者以為不然,何不通於類也?卵之性未能作雛也,繭之性未能作絲也,麻之性未能為縷也,粟之性未能為米也。春秋別物之理,以正其名,名物必各因其真,真其義也,真其情也,乃以為名。名霣石,則後其五,退飛,則先其六,此皆其真也。聖人於言,無所苟而已矣。性者,天質之樸也,善者,王教之化也;無其質,則王教不能化,無其王教,則質樸不能善。質而不以善性,其名不正,故不受也。

孔子曰く、「名正當ならざれば、則ち言順ならず。」今性已に善と說くは、教化無くして其自然に聴くに幾ならずして、又政を為すの道に合せず。況んや名は性の實、實は性の質。質の教化無きの時は、何ぞ即ち能く善ならんや。善は米の如く、性は禾の如し。禾は米を出ずと雖も、而して禾は以て米と謂うべからず。性は善を出ずと雖も、而して性は以て善と謂うべからず。米と善とは、人は天を繼承して外面に於て成就するなり。天の做す範圍の內に非ず。天の做す所は、到達する所有れば則ち停止す。停止以內は天と謂い、停止以外は王教と謂う。王教は性の外に在りて、而して性は順遂せざるを得ず。故に曰く、性に善の質有りて、未だ善と為る能わず。豈に敢えて美辭を用いん、其の實際此くの如し。天の做す所は、繭・麻と禾とに停止す。麻を以て布を做し、繭を以て絲を做し、米を以て飯を做し、性を以て善を做す。此の等は皆聖人の天を繼承して推進する所、情性・質樸の能く到達する所に非ず。故に以て性と謂うべからず。朝夕を端正するは北極星を看、嫌疑を端正するは聖人を看る。聖人の命名する所は、天下以て正と為す。今聖人の話の裏に「性善」此の名は本より無きに按ずれば、然るに「善人我見るを得ず」有り。假如萬民の性皆已に能く善なれば、善人何の故に見えざるや。孔子の此の言を說くの意を看れば、以て善の擔當し難しと為す。而して孟子は以て萬民の性皆擔當する能しと為す。過分なり。聖人の性は、以て性に命名すべからず。斗筲の性も、亦以て性に命名すべからず。性に命名するは、中民の性なり。中民の性は、繭の如く卵の如し。卵は覆育二十日を待ちて、然る後に能く雛と為る。繭は沸湯を以て繰るるを待ちて、然る後に能く絲と為る。性は漸々教訓を受くるを待ちて、然る後に能く善と為る。善は、教訓之を此くの如くならしむるなり。質樸の能く到達する所に非ず。故に性と謂わず。性は、當に此の名を知るべし。待つ所無くして興起するは、自ら本來有る所なり。假如善は自ら本來有るとせば、則ち教訓は已に性に非ず。故に米は粟より出でて、而して粟は以て米と謂うべからず。玉は璞より出でて、而して璞は以て玉と謂うべからず。善は性より出でて、而して性は以て善と謂うべからず。此の類の比方は物上に於て皆此くの如しと認められて、性上に於て然らずと認むるは、何の故に類に通ぜざるや。卵の性は未だ雛を做出する能わず、繭の性は未だ絲を做出する能わず、麻の性は未だ縷と為る能わず、粟の性は未だ米と為る能わず。『春秋』は物の理を分別して、以て其の名を端正し、物に起名するに必ず各々其の真に因る。其の義を真にし、其の情を真にして、乃ち以て名と為す。「霣石」と稱するは、則ち「五」を後に置き、「退飛」とは、則ち「六」を前に置く。此の等は皆其の真なり。聖人は話に對して、一點の苟且無き而已。性は、天質の樸なり。善は、王教の化なり。其の質無くんば、則ち王教は化する能わず。其の王教無くんば、則ち質樸は善なる能わず。質有りて善を性に歸せざるは、其の名正當ならず。故に接受せず。

諸侯第三十七

諸侯第三十七

生育養長,成而更生,終而復始其事,所以利活民者無已,天雖不言,其欲贍足之意可見也。古之聖人見天意之厚於人也,故南面而君天下,必以兼利之,為其遠者,目不能見,其隱者,耳不能聞,於是千里之外,割地分民,而建國立君,使為天子視所不見,聽所不聞,朝者召而聞之也,諸侯之為言猶諸候也。

生育養長して、成就して復た更生し、終結して復た開始す。其の事は以て民を養活するに便利して停止無し。天は言わずと雖も、其の贍足せんと欲するの意は見るべし。古代の聖人は天意の人に厚待するを見て、故に南に面して天下に君臨して、必ず兼ねて之を利す。遠きは眼の見る能わざる、隱るるは耳の聽く能わざるに因りて、是に於て千里の外に、地を割り民を分かち、國を建て君を設立して、之を天子に替わりて見る能わざる所を看、聽く能わざる所を聽かしむ。朝し來るは召して聽聞す。諸侯此の詞は、猶お諸候(各方に守候す)のごとし。

五行對第三十八

五行對第三十八

河間獻王問溫城董君曰:“孝經曰:‘夫孝,天之經,地之義。’何謂也?”對曰:“天有五行:木、火、土、金、水是也。木生火,火生土,土生金、金生水。水為冬,金為秋,土為季夏,火為夏,木為春。春主生,夏主長,季夏主養,秋主收,冬主藏,藏,冬之所成也。是故父之所生,其子長之;父之所長,其子養之;父之所養,其子成之。諸父所為,其子皆奉承而續行之,不敢不致如父之意,盡為人之道也。故五行者,五行也。由此觀之,父授之,子受之,乃天之道也。故曰:夫孝者,天之經也。此之謂也。”王曰:“善哉!天經既得聞之矣,願聞地之義。”對曰:“地出雲為雨,起氣為風,風雨者,地之所為,地不敢有其功名,必上之於天,命若從天氣者,故曰天風天雨也,莫曰地風地雨也;勤勞在地,名一歸於天,非至有義,其庸能行此;故下事上,如地事天也,可謂大忠矣。土者,火之子也,五行莫貴於土,土之於四時,無所命者,不與火分功名;木名春,火名夏,金名秋,水名冬,忠臣之義,孝子之行取之土;土者,五行最貴者也,其義不可以加矣。五聲莫貴於宮,五味莫美於甘,五色莫盛於黃,此謂孝者地之義也。”王曰:“善哉!”

河間獻王は温城董君に問うて曰く、「『孝經』に曰く、『孝は、天の經、地の義なり。』是れ何の意ぞや。」對答して曰く、「天に五行有り。木・火・土・金・水即ち是れ。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生ず。水は冬と為り、金は秋と為り、土は季夏と為り、火は夏と為り、木は春と為る。春は生を主とし、夏は長を主とし、季夏は養を主とし、秋は收を主とし、冬は藏を主とす。藏は、冬の成就する所なり。故に父の生ずる所は、子之を長養し、父の長ずる所は、子之を奉養し、父の養う所は、子之を成就す。凡そ父の做す所は、子皆奉承して繼續實行して、敢えて父の意に如く做到せざらず。此れ人と為るの道を盡くすなり。故に五行は、即ち五種の行為なり。此れより觀れば、父は授予し子は接受するは、乃ち天の道なり。故に曰く、孝は、天の經なり。此れを謂うなり。」王曰く、「好し。天經已に聽聞を得たり。願わくば再び地の義を聽かん。」對答して曰く、「地は雲を出でて雨を成し、氣を起して風を成す。風雨は、地の做す所なり。地は敢えて其の功名を據有せず、必ず之を天に上歸す。命令は猶お天氣に順從するが如く、故に天風天雨と曰いて、地風地雨と曰う無きなり。勤勞は地に在りて、名は一概に天に歸す。至り義有るに非ざれば、誰か能く此れを實行せん。故に下に在るは上に事うること、地の天に事うるが如く、以て大忠と稱すべし。土は、火の子なり。五行は土より貴き莫し。土は四時に對して、命名せらるる無く、火と功名を分かたず。木は名づけて春、火は名づけて夏、金は名づけて秋、水は名づけて冬。忠臣の義・孝子の行は、之を土より取る。土は、五行の最も貴き。其の義は再び加うべからず。五聲は宮より貴き無く、五味は甘より美しき無く、五色は黃より盛なる無し。此れ即ち所謂孝は地の義なり。」王曰く、「好し。」

第三十九[亡]

第三十九[亡]

第四十[亡]

第四十[亡]

巻第十一

為人者天第四十一

為人者天第四十一

為生不能為人,為人者,天也,人之人本於天,天亦人之曾祖父也,此人之所以乃上類天也。人之形體,化天數而成;人之血氣,化天志而仁;人之德行,化天理而義;人之好惡,化天之暖清;人之喜怒,化天之寒暑;人之受命,化天之四時;人生有喜怒哀樂之答,春秋冬夏之類也。喜,春之答也,怒,秋之答也,樂,夏之答也,哀,冬之答也,天之副在乎人,人之情性有由天者矣,故曰受,由天之號也。為人主也,道莫明省身之天,如天出之也,使其出也,答天之出四時,而必忠其受也,則堯舜之治無以加,是可生可殺而不可使為亂,故曰:非道不行,非法不言。此之謂也。

生を為すは人を成就するを得ず。人を成就するは、天なり。人の根本は天に在り。天は即ち人の曾祖父なり。此れ人の上りて天に類似する所以の故なり。人の形體は、天數を化して成り、人の血氣は、天志を化して仁と為り、人の德行は、天理を化して義と為り、人の好惡は、天の暖と清とを化し、人の喜怒は、天の寒暑を化し、人の命を受くるは、天の四時を化す。人生に喜怒哀樂の應答有るは、春夏秋冬此の類なり。喜は、春の應答なり。怒は、秋の應答なり。樂は、夏の應答なり。哀は、冬の應答なり。天の副本は人に在り、人の情性は天より來る所有るが故に、「受」と謂う。天より來るの名號なり。人民の君と為るは、道は自ら稟けたる所の天を省察するより明白なる莫し。天の之を發出するが如し。之を發出せしむるに、天の四時を發出するに應答して、而して必ず承受する所に忠實ならば、則ち堯舜の治理は加うる能くする無し。此の人は生かすべく殺すべく、然るに之を作亂せしむべからず。故に曰く、道に非ざれば則ち實行せず、法に非ざれば則ち言わず。此れを謂うなり。

傳曰:唯天子受命於天,天下受命於天子,一國則受命於君。君命順,則民有順命;君命逆,則民有逆命;故曰:一人有慶,兆民賴之。此之謂也。

傳曰く、唯だ天子は天より天命を承受し、天下は天子より命を承受し、一國は則ち君より命を承受す。君の命順なれば、則ち民に順の命有り。君の命逆なれば、則ち民に逆の命有り。故に曰く、一人に善慶有れば、兆民之に依賴す。此れを謂うなり。

傳曰:政有三端:父子不親,則致其愛慈;大臣不和,則敬順其禮;百姓不安,則力其孝弟。孝弟者,所以安百姓也,力者,勉行之,身以化之。天地之數,不能獨以寒暑成歲,必有春夏秋冬;聖人之道,不能獨以威勢成政,必有教化。故曰:先之以博愛,教以仁也;難得者,君子不貴,教以義也;雖天子必有尊也,教以孝也;必有先也,教以弟也。此威勢之不足獨恃,而教化之功不大乎!

傳曰く、政に三端有り。父子親しまざれば、則ち愛慈を致上す。大臣和せざれば、則ち其の禮を敬順す。百姓安んぜざれば、則ち孝悌に致力す。孝悌は、以て百姓を安定するなり。力は、勉力實行して、自身を以て教化す。天地の數は、單に寒暑に靠りて一歲を成就する能わず。必ず春夏秋冬有り。聖人の道は、單に威勢に靠りて政を成就する能わず。必ず教化和有り。故に曰く、先ず博愛を以て誘導するは、之を仁に教うなり。難得の物は君子は看重せざるは、之を義に教うなり。天子と雖も亦必ず尊敬する所有るは、之を孝に教うなり。必ず自らに先んずる者有るは、之を悌に教うなり。此の威勢は獨り倚仗するに足らずして、而して教化の功は大ならざらんや。

傳曰:天生之,地載之,聖人教之。君者,民之心也,民者,君之體也;心之所好,體必安之;君之所好,民必從之。故君民者,貴孝弟而好禮義,重仁廉而輕財利,躬親職此於上而萬民聽,生善於下矣。故曰:先王見教之可以化民也。此之謂也。

傳曰く、天は之を生じ、地は之を承載し、聖人は之を教化す。君は、民の心なり。民は、君の體なり。心の喜好する所は、體必ず之に安んず。君の喜好する所は、民必ず聽從す。故に民に君臨する者は、孝悌を看重して禮義を喜好し、仁廉を看重して財利を看輕し、上に在りて自ら此の等を職守すれば、萬民聽從して、善は則ち下に生まれ出づ。故に曰く、先王は教化の以て民を化すべきを見たり。此れを謂うなり。

衣服容貌者,所以說目也,聲音應對者,所以說耳也,好惡去就者,所以說心也。故君子衣服中而容貌恭,則目說矣;言理應對遜,則耳說矣;好仁厚而惡淺薄,就善人而遠僻鄙,則心說矣。故曰:行思可樂,容止可觀。此之謂也。

衣服容貌は、以て眼を悅ばしむるなり。聲音應對は、以て耳を悅ばしむるなり。好惡去就は、以て心を悅ばしむるなり。故に君子は衣服適中にして容貌恭敬なれば、則ち眼は喜悅す。說話合理にして應對謙遜なれば、則ち耳は喜悅す。仁厚を喜好して淺薄を厭惡し、善人に親近して偏邪鄙陋を遠離せば、則ち心は喜悅す。故に曰く、行事思慮は以て人を樂しましむべく、容止は以て人に觀を供すべし。此れを謂うなり。

五行之義第四十二

五行之義第四十二

天有五行:一曰木,二曰火,三曰土,四曰金,五曰水。木,五行之始也,水,五行之終也,土,五行之中也,此其天次之序也。木生火,火生土,土生金,金生水,水生木,此其父子也。木居左,金居右,火居前,水居後,土居中央,此其父子之序,相受而布。是故木受水而火受木,土受火,金受土,水受金也。諸授之者,皆其父也;受之者,皆其子也;常因其父,以使其子,天之道也。是故木已生而火養之,金已死而水藏之,火樂木而養以陽,水克金而喪以陰,土之事火竭其忠。故五行者,乃孝子忠臣之行也。五行之為言也,猶五行歟?是故以得辭也。聖人知之,故多其愛而少嚴,厚養生而謹送終,就天之制也。以子而迎成養,如火之樂木也;喪父,如水之克金也;事君,若土之敬天也;可謂有行人矣。五行之隨,各如其序;五行之官,各致其能。是故木居東方而主春氣,火居南方而主夏氣,金居西方而主秋氣,水居北方而主冬氣;是故木主生而金主殺,火主暑而水主寒,使人必以其序,官人必以其能,天之數也。土居中央,為之天潤,土者,天之股肱也,其德茂美,不可名以一時之事,故五行而四時者,土兼之也,金木水火雖各職,不因土,方不立,若酸鹹辛苦之不因甘肥不能成味也。甘者,五味之本也,土者,五行之主也,五行之主土氣也,猶五味之有甘肥也,不得不成。是故聖人之行,莫貴於忠,土德之謂也。人官之大者,不名所職,相其是矣;天官之大者,不名所生,土是矣。

天に五行有り。一を木と曰い、二を火と曰い、三を土と曰い、四を金と曰い、五を水と曰う。木は五行の開始、水は五行の終結、土は五行の中央なり。此れ天の排定する次序なり。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。此れ其の父子なり。木は左に居り、金は右に居り、火は前に居り、水は後に居り、土は中央に居る。此れ父子の次序、相い授受して分布す。故に木は水を接受して火は木を接受し、土は火を接受し、金は土を接受し、水は金を接受す。凡そ授予するは、皆父なり。接受するは、皆子なり。常に父に因りて子を使喚するは、天の道なり。故に木已に生出して火は之を養い、金已に死して水は之を藏す。火は木を喜愛して陽を用いて養い、水は金を剋して陰を用いて喪を送り、土は火に事奉して其の忠を竭盡す。故に五行は、乃ち孝子忠臣の行なり。五行此の詞は、五種の行為に似たらずや。故に此の文辭を得。聖人は此れを知りて、故に其の愛を多くして其の嚴を少くし、養生に厚くして終を送るに謹慎なり。是れ天の制度に趨就す。子と為りて迎接・成就・奉養するは、火の木を喜愛するが如し。父に喪するは、水の金を剋するが如し。君に事奉するは、土の天を敬するが如し。以て行有る人と稱すべし。五行の隨從は、各々其の次序に如く、五行の官職は、各々其の才能を盡くす。故に木は東方に居りて春氣を主管し、火は南方に居りて夏氣を主管し、金は西方に居りて秋氣を主管し、水は北方に居りて冬氣を主管す。故に木は生を主管して金は殺を主管し、火は暑を主管して水は寒を主管す。人を必ず其の次序に按し、官を任ずるに必ず其の才能に按ずるは、天の數なり。土は中央に居りて、天の潤澤を為す。土は天の股肱なり。其の德茂美にして、以て一時の事を拿りて命名すべからず。故に五行にして而も四時のみ有るは、土は之を兼有するなり。金・木・水・火は各々職事有ると雖も、土を憑藉せざれば、方位は立つ能わず。猶お酸鹹辛苦は甘肥を憑藉せざれば味道を成就する能わざるが如し。甘は五味の本、土は五行の主なり。五行の主は土氣なり。猶お五味に甘肥有りて、成就せざるを得ざるがごとし。故に聖人の行は、忠より貴き莫し。土德を謂うなり。人官の裏の大なるは、其の職掌する所に專名を與えず。相は即ち此くの如し。天官の裏の大なるは、其の生ずる所に專名を與えず。土は即ち此くの如し。

陽尊陰卑第四十三

陽尊陰卑第四十三

天之大數畢於十旬,旬天地之間,十而畢反,旬生長之功,十而畢成,十者,天數之所止也。古之聖人因天數之所止以為數,紀十如更始,民世世傳之,而不知省其所起;知省其所起,則見天數之所始;見天數之所始,則知貴賤逆順所在;知貴賤逆順所在,則天地之情著,聖人之寶出矣。是故陽氣以正月始出於地,生育長養於上,至其功必成也,而積十月;人亦十月而生,合於天數也。是故天道十月而成,人亦十月而成,合於天道也。故陽氣出於東北,入於西北,於發孟春,畢於孟冬,而物莫不應是;陽始出,物亦始出;陽方盛,物亦方盛;陽初衰,物亦初衰;物隨陽而出入,數隨陽而終始;三王之正,隨陽而更起;以此見之,貴陽而賤陰也。故數日者,據晝而不據夜,數歲者,據陽而不據陰,陰不得達之義。是故春秋之於昏禮也,達宋公而不達紀侯之母,紀侯之母宜稱而不達,宋公不宜稱而達,達陽而不達陰,以天道制之也。丈夫雖賤皆為陽,婦人雖貴皆為陰;陰之中亦相為陰,陽之中亦相為陽,諸在上者皆為其下陽,諸在下者皆為其上陰,陰猶沈也,何名何有?皆幷一於陽,昌力而辭功,故出雲起雨,必令從之下,命之曰天雨,不敢有其所出,上善而下惡,惡者受之,善者不受,土若地,義之至也。是故春秋君不名惡,臣不名善,善皆歸於君,惡皆歸於臣。臣之義比於地,故為人臣者,視地之事天也;為人子者,視土之事火也,雖居中央,亦歲七十二日之王,傅於火,以調和養長,然而弗名者,皆幷功於火,火得以盛,不敢與父分功,美孝之至也。是故孝子之行,忠臣之義,皆法於地也,地事天也,猶下之事上也,地,天之合也,物無合會之義。是故推天地之精,鉉陰陽之類,以別順逆之理,安所加以不在?

天の大數は十旬に完畢す。旬は天地の間に在りて、十に到れば完畢して返回し、旬の生長の功は、十に到れば完畢して成就す。十は、天數の停止する所なり。古代の聖人は天數の停止する所に因りて以て數と為し、紀は十に到るに猶お重新に開始するが如し。民は世世代代傳流して、然るに省察して何より興起するを知らず。省察して何より興起するを知れば、則ち天數の何より始まるを見。天數の何より始まるを見れば、則ち貴賤逆順の所在を知る。貴賤逆順の所在を知れば、則ち天地の情顯明にして、聖人の寶は出づ。故に陽氣は正月に於て地裏より始めて出でて、上に於て生育長養し、其の功一定成就するに到るに、十個月を積滿す。人も亦十月にして生まる。天數に合す。故に天道は十月にして成就し、人も亦十月にして成就す。天道に合す。故に陽氣は東北より出でて、西北に入り、孟春より發端して、孟冬に到りて完畢して、物此れに響應せざる無し。陽始めて出づれば、物も亦始めて出づ。陽正盛なれば、物も亦正盛なり。陽初衰えば、物も亦初衰う。物は陽に隨いて出入し、數は陽に隨いて終始す。三王の正朔は、陽に隨いて更迭して興起す。此れより見れば、陽を貴しとして陰を賤しとす。故に日子を數うるに、晝に依據して夜に依據せず、年歲を數うるに、陽に依據して陰に依據せず。陰は通達するを得ざるの義なり。故に『春秋』は婚禮に對して、宋公を通達して紀侯の母を通達せず。紀侯の母は當に稱說せらるべきに然るに通達せず、宋公は當に稱說せらるべからざるに然るに通達す。是れ陽を通達して陰を通達せず、天道を用いて制約す。丈夫は賤と雖も皆陽、婦人は貴と雖も皆陰。陰の中にも亦相い陰と為り、陽の中にも亦相い陽と為る。凡そ上に在るは、皆其の下の陽なり。凡そ下に在るは、皆其の上の陰なり。陰は沈伏に似たり。何の名有らん、何の功有らん。皆一併して陽に歸して、其の力を昌盛して其の功を辭讓す。故に雲を出し雨を起すに、必ず之を下より來らしめて、天雨と命名して、敢えて出づる所を據有せず。上は善にして下は惡。惡は受けて、善は受けず。土は地に如く、義の極致なり。故に『春秋』は君惡を稱せず、臣善を稱せず。善は皆君に歸し、惡は皆臣に歸す。臣の義は地に比照す。故に人臣と為るは、地の如何に天に事奉するを看、人子と為るは、土の如何に火に事奉するを看る。土は中央に居ると雖も、亦一年七十二日の王を做して、火に附屬して、以て養長を調和す。然れども之に專名を與えずして、皆功を一併にして火に給う。火は此れに因りて盛なるを得て、敢えて父と功を分かたず。是れ美しき孝の極致なり。故に孝子の行・忠臣の義は、皆地に取法す。地の天に事奉するは、猶お下に在るの上に事奉するがごとし。地は天の合なり。物會合するの義無し。故に天地の精を推求し、陰陽此の類を統貫して、以て順逆の理を分別すれば、何處に加え入れて其の中に在らざらん。

在上下,在大小,在強弱,在賢不肖,在善惡,惡之屬盡為陰,善之屬盡為陽,陽為德,陰為刑,刑反德而順於德,亦權之類也,雖曰權,皆在權成。是故陽行於順,陰行於逆;逆行而順,順行而逆者,陰也。是故天以陰為權,以陽為經;陽出而南,陰出而北;經用於盛,權用於末;以此見天之顯經隱權,前德而後刑也。故曰:陽,天之德,陰,天之刑也,陽氣暖而陰氣寒,陽氣予而陰氣奪,陽氣仁而陰氣戾,陽氣寬而陰氣急,陽氣愛而陰氣惡,陽氣生而陰氣殺。是故陽常居實位而行於盛,陰常居空位而行於末,天之好仁而近,惡戾之變而遠,大德而小刑之意也,先經而後權,貴陽而賤陰也。故陰,夏入居下,不得任歲事,冬出居上,置之空處也;養長之時伏於下,遠去之,弗使得為陽也;無事之時,起之空處,使之備次陳守閉塞也;此皆天之近陽而遠陰,大德而小刑也。是故人主近天之所近,遠天之所遠,大天之所大,小天之所小。是故天數右陽而不右陰,務德而不務刑;刑之不可任以成世也,猶陰之不可任以成歲也;為政而任刑,謂之逆天,非王道也。

上下に在り、大小に在り、強弱に在り、賢不肖に在り、善惡に在り。惡此の屬は全て陰、善此の屬は全て陽。陽は德と為り、陰は刑と為る。刑は德に違反して而も德に順從す。亦權此の類なり。權と謂うと雖も、皆權の上に於て成就す。故に陽は順に於て行い、陰は逆に於て行う。逆行して順し、順行して逆するは、陰なり。故に天は陰を以て權と為し、陽を以て經と為す。陽は出でて南に向い、陰は出でて北に向う。經は盛時に用い、權は末時に用う。此れより見れば、天は經を顯揚して權を隱藏して、德を前に放ち刑を後に放つ。故に曰く、陽は天の德、陰は天の刑なり。陽氣は暖にして陰氣は寒、陽氣は與えて陰氣は奪い、陽氣は仁にして陰氣は暴戾、陽氣は寬にして陰氣は急、陽氣は愛にして陰氣は惡、陽氣は生にして陰氣は殺。故に陽は常に實位に居りて盛に於て運行し、陰は常に空位に居りて末に於て運行す。天は仁を喜好して之に親近し、暴戾の變を厭惡して之を疎遠す。是れ大德にして小刑の意なり。先ず經して後に権し、陽を貴しとして陰を賤しとす。故に陰は、夏に於て入りて下に居りて、一歲の事を擔當するを得ず、冬に於て出でて上に居りて、空處に安置せらる。養長の時は下に伏して、遠く之を離れて、之を陽の事を做す能くせしめず。事無きの時は、之を空處より興起して、之を次序に按じて陳列して閉塞を守らしむ。此の等は皆天の陽に親近して陰を疎遠にして、大德にして小刑なり。故に人主は天の親近する所に親近し、天の疎遠する所を疎遠にし、天の大とする所を大とし、天の小とする所を小とす。故に天數は陽を佑助して陰を佑助せず、德を務求して刑を務求せず。刑は以て世代を成就するに擔當すべからず。猶お陰の以て一歲を成就するに擔當すべからざるが如し。政を為して刑を任用するは、天に逆と謂う。王道に非ず。

王道通三第四十四

王道通三第四十四

古之造文者,三畫而連其中,謂之王;三畫者,天地與人也,而連其中者,通其道也,取天地與人之中以為貫,而參通之,非王者庸能當是。是故王者唯天之施,施其時而成之,法其命而循之諸人,法其數而以起事,治其道而以出法,治其志而歸之於仁。仁之美者在於天,天仁也,天覆育萬物,既化而生之,有養而成之,事功無已,終而復始,凡舉歸之以奉人,察於天之意,無窮極之仁也。人之受命於天也,取仁於天而仁也,是故人之受命天之尊,父兄子弟之親,有忠信慈惠之心,有禮義廉讓之行,有是非逆順之治,文理燦然而厚,知廣大有而博,唯人道為可以參天。天常以愛利為意,以養長為事,春秋冬夏皆其用也;王者亦常以愛利天下為意,以安樂一世為事,好惡喜怒而備用也;然而主之好惡喜怒,乃天之春夏秋冬也,其俱暖清寒暑,而以變化成功也;天出此物者,時則歲美,不時則歲惡;人主出此四者,義則世治,不義則世亂,是故治世與美歲同數,亂世與惡歲同數,以此見人理之副天道也。天有寒有暑,夫喜怒哀樂之發,與清暖寒暑其實一貫也,喜氣為暖而當春,怒氣為清而當秋,樂氣為太陽而當夏,哀氣為太陰而當冬,四氣者,天與人所同有也,非人所能蓄也,故可節而不可止也,節之而順,止之而亂。人生於天,而取化於天,喜氣取諸春,樂氣取諸夏,怒氣取諸秋,哀氣取諸冬,四氣之心也。四肢之答各有處,如四時;寒暑不可移,若肢體;肢體移易其處,謂之壬人;寒暑移易其處,謂之敗歲;喜怒移易其處,謂之亂世。明王正喜以當春,正怒以當秋,正樂以當夏,正哀以當冬,上下法此,以取天之道。春氣愛,秋氣嚴,夏氣樂,冬氣哀;愛氣以生物,嚴氣以成功,樂氣以養生,哀氣以喪終,天之志也。

古代字を造る者は、三畫にして其の中間を連ねて、王と謂う。三畫は、天・地と人にして、其の中間を連ねるは、其の道を貫通す。天地と人の中を取りて以て貫穿して、而して參合貫通するは、王者に非ざれば誰か能く此れを擔當せん。故に王者は唯だ天の施與を施行す。其の時を施行して成就し、其の命に取法して人の身に順用し、其の數に取法して事を興起し、其の道を治理して法を制定し、其の志を治理して仁に歸す。仁の美は天に在り。天は即ち仁なり。天は万物を覆育して、既に之を化生して、又之を養育して成就して、事功停止無く、終結して復た開始す。凡そ舉動する所は皆歸來して人に奉給す。天の意を審察するに、窮極無きの仁なり。人は天より命を受け、天より仁を取りて仁と為る。故に人の天に命を受くるの尊に、父兄子弟の親有り、忠信慈惠の心有り、禮義廉讓の行有り、是非逆順の治理有り。文理燦爛にして厚く、知廣大にして博し。唯だ人道は以て天に參配すべし。天は常に愛利を以て意と為し、養長を以て事と為す。春夏秋冬は皆其の用なり。王者も亦常に愛利天下を以て意と為し、安樂一世を以て事と為す。好惡喜怒は皆之を備用す。然れども主の好惡喜怒は、即ち天の春夏秋冬なり。皆暖清寒暑を具備して、而して以て成功を變化す。天は此の物を發出して、時に按ずれば則ち歲美にして、時に按ぜざれば則ち歲惡なり。人主は此の四者を發出して、義に合すれば則ち世治め、義に合せざれば則ち世亂る。故に治世と美歲とは數目相同じく、亂世と惡歲とは數目相同じ。此れより見れば、人理は天道の副本なり。天に寒有り暑有り。喜怒哀樂の發出は、清暖寒暑と其の實一貫なり。喜氣は暖にして春に當り、怒氣は清にして秋に當り、樂氣は太陽にして夏に當り、哀氣は太陰にして冬に當る。四氣は、天と人と共同に有する所、人の蓄積する能くする所に非ず。故に以て節制すべくして止住すべからず。之を節制すれば則ち順し、之を止住すれば則ち亂る。人は天に生まれて、而して天より化を取る。喜氣は之を春より取り、樂氣は之を夏より取り、怒氣は之を秋より取り、哀氣は之を冬より取る。是れ四氣の心なり。四肢の應答は各々處所有り。四時に如し。寒暑は移易すべからず。肢體に如し。肢體處所を移易するは、常を失うの人と謂う。寒暑處所を移易するは、敗歲と謂う。喜怒處所を移易するは、亂世と謂う。明王は喜を端正して春に當て、怒を端正して秋に當て、樂を端正して夏に當て、哀を端正して冬に當て、上下此れに取法して、以て天の道を取る。春氣は愛、秋氣は嚴、夏氣は樂、冬氣は哀。愛氣は以て物を生じ、嚴氣は以て功を成し、樂氣は以て生を養い、哀氣は以て終に喪す。是れ天の志なり。

是故春氣暖者,天之所以愛而生之,秋氣清者,天之所以嚴以成之,夏氣溫者,天之所以樂而養之,冬氣寒者,天之所以哀而藏之;春主生,夏主養,秋主收,冬主藏;生溉其樂以養,死溉其哀以藏,為人子者也。故四時之行,父子之道也;天地之志,君臣之義也;陰陽之理,聖人之法也。陰,刑氣也,陽,德氣也,陰始於秋,陽始於春,春之為言猶偆偆也,秋之為言猶湫湫也,偆偆者,喜樂之貌也,湫湫者,憂悲之狀也。是故春喜、夏樂、秋憂、冬悲,悲死而樂生,以夏養春,以冬藏秋,大人之志也。是故先愛而後嚴,樂生而哀終,天之當也;而人資諸天,天固有此,然而無所之,如其身而已矣。人主立於生殺之位,與天共持變化之勢,物莫不應天化,天地之化如四時,所好之風出,則為暖氣,而有生於俗;所惡之風出,則為清氣,而有殺於俗;喜則為暑氣,而有養長也;怒則為寒氣,而有閉塞也。人主以好惡喜怒變習俗,而天以暖清寒暑化草木,喜怒時而當,則歲美,不時而妄,則歲惡,天地人主一也。然則人主之好惡喜怒,乃天之暖清寒暑也,不可不審其處而出也,當暑而寒,當寒而暑,必為惡歲矣;人主當喜而怒,當怒而喜,必為亂世矣。是故人主之大守在於謹藏而禁內,使好惡喜怒,必當義乃出,若暖清寒暑之必當其時乃發也,人主掌此而無失,使乃好惡喜怒未嘗差也,如春秋冬夏之未嘗過也,可謂參天矣。深藏此四者而勿使妄發,可謂天矣。

故に春氣暖なりは、天の以て愛して生育する所以なり。秋氣清なりは、天の以て嚴にして成就する所以なり。夏氣溫なりは、天の以て樂しんで養育する所以なり。冬氣寒なりは、天の以て哀んで收藏する所以なり。春は生を主とし、夏は養を主とし、秋は收を主とし、冬は藏を主とす。生ずれば則ち其の樂を灌注して養い、死すれば則ち其の哀を灌注して藏す。是れ子と為るなり。故に四時の運行は、父子の道なり。天地の志は、君臣の義なり。陰陽の理は、聖人の法なり。陰は刑氣、陽は德氣なり。陰は秋に始まり、陽は春に始まる。春此の字は猶お「偦偦」、秋此の字は猶お「湫湫」。偦偦は喜は喜樂の樣子、湫湫は憂悲の情狀なり。故に春は喜び、夏は樂しみ、秋は憂い、冬は悲しむ。死の為に悲しみ、生の為に樂しみ、夏を用いて春を養い、冬を用いて秋を藏するは、大人の志なり。故に先ず愛して後に嚴にして、生に樂しんで終に哀むは、天の當にする所、人は天より資を取る。天は固より此の等有れども、然れども別の去處無く、其の自身に如く而已。人主は生殺の位子に立ちて、天と共同して變化の勢を持守す。物天化に響應せざる無し。天地の化は四時に如し。喜好する所の風出づれば、則ち暖氣を成して、習俗の裏に生有り。厭惡する所の風出する所の風出づれば、則ち清氣を成して、習俗の裏に殺有り。喜ぶれば則ち暑氣を成して、養長有り。怒るれば則ち寒氣を成して、閉塞有り。人主は好惡喜怒を以て習俗を改變して、而して天は暖清寒暑を以て草木を化す。喜怒時に按じて得當なれば、則ち歲美にして、時に按ぜず妄發すれば、則ち歲惡なり。天地と人主とは一事なり。然らば則ち人主の好惡喜怒は、即ち天の暖清寒暑なり。處所を審察して再び發出せざるべからず。暑に當るに然るに寒し、寒に當るに然るに暑しは、必ず惡歲を成す。人主の喜ぶに當るに然るに怒り、怒るに當るに然るに喜ぶは、必ず亂世を成す。故に人主の最大の守持は、謹慎して深藏して內裏の妄發を禁止するに在りて、好惡喜怒を必ず義に當りて乃ち發出せしめ、暖清寒暑の必ず時に當りて乃ち發するが如くす。人主此れを執掌して過失無くして、好惡喜怒を未だ差錯せざらしめ、春夏秋冬の未だ越過せざるが如くせば、以て天に參配と稱すべし。深深に此の四者を藏住して妄發せしめざれば、以て天と稱すべし。

天容第四十五

天容第四十五

天之道,有序而時,有度而節,變而有常,反而有相奉,微而至遠,踔而致精,一而少積蓄,廣而實,虛而盈。聖人視天而行,是故其禁而審好惡喜怒之處也,欲合諸天之非其時不出暖清寒暑也;其告之以政令而化風之清微也,欲合諸天之顛倒其一而以成歲也;其羞淺末華虛而貴敦厚忠信也,欲合諸天之默然不言而功德積成也;其不阿黨偏私而美泛愛兼利也,欲合諸天之所以成物者少霜而多露也;其內自省以是而外顯,不可以不時,人主有喜怒,不可以不時,可亦為時,時亦為義,喜怒以類合,其理一也,故義不義者,時之合類也,而喜怒乃寒暑之彆氣也。

天の道は、序有りて時有り、度有りて節有り、變化して常規有り、返回して相い奉持し、微細にして遠に到達し、跨越して精に達致し、專一にして蓄積少く、廣大にして充實し、虛にして盈滿す。聖人は天を看て行動す。故に其の禁制して好惡喜怒の處所を審察するは、天に合せんと欲するなり。其の時に非ざれば則ち暖清寒暑を發出せず。其の政令を以て告諭して風化を清微ならしむるは、天に合せんと欲するなり。其の中の一を顛倒して一歲を成就す。其の淺末華虛を以て羞と為して敦厚忠信を看重するは、天に合せんと欲するなり。默然として言わずして功德積成す。其の阿附偏私せずして泛愛兼利を贊美するは、天の以て物を成就するに合せんと欲するなり。霜少くして露多し。其の內裏自ら省察して此れに因りて外面顯現す。時に按ぜざるべからず。人主に喜怒有れば、時に按ぜざるべからず。可なり即ち時、時なり即ち義なり。喜怒類に按じて相合すれば、其の理は一事なり。故に義と不義とは、時の合類、而して喜怒は乃ち寒暑の別氣なり。

天辨在人第四十六

天辨在人第四十六

難者曰:“陰陽之會,一歲再遇,遇於南方者以中夏,遇於北方者以中冬,冬,喪物之氣也,則其會於是何?”“如金木水火各奉其主,以從陰陽,相與一力而幷功,其實非獨陰陽也,然而陰陽因之以起,助其所主。故少陽因木而起,助春之生也;太陽因火而起,助夏之養也;少陰因金而起,助秋之成也;太陰因水而起,助冬之藏也。陰雖與水幷氣而合冬,其實不同,故水獨有喪而陰不與焉,是以陰陽會於中冬者,非其喪也。春,愛志也,夏,樂志也,秋,嚴志也,冬,哀志也,故愛而有嚴,樂而有哀,四時之則也。喜怒之禍,哀樂之義,不獨在人,亦在於天;而春夏之陽,秋冬之陰,不獨在天,亦在於人。人無春氣,何以博愛而容眾;人無秋氣,何以立嚴而成功;人無夏氣,何以盛養而樂生;人無冬氣,何以哀死而恤喪。天無喜氣,亦何以暖而春生育;天無怒氣,亦何以清而冬殺就;天無樂氣,亦何以疏陽而夏養長;天無哀氣,亦何以瞠陰而冬閉藏。故曰:天乃有喜怒哀樂之行,人亦有春秋冬夏之氣者,合類之謂也。匹夫雖賤,而可以見德刑之用矣。是故陰陽之行,終各六月,遠近同度,而所在異處。陰之行,春居東方,秋居西方,夏居空右,冬居空左,夏居空下,冬居空上,此陰之常處也;陽之行,春居上,冬居下,此陽之常處也。陰終歲四移,而陽常居實,非親陽而疏陰,任德而遠刑與!天之志,常置陰空處,稍取之以為助,故刑者,德之輔,陰者,陽之助也,陽者,歲之主也,天下之昆蟲隨陽而出入,天下之草木隨陽而生落,天下之三王隨陽而改正,天下之尊卑隨陽而序位,幼者居陽之所少,老者居陽之所老,貴者居陽之所盛,賤者居陽之所衰,藏者言其不得當陽,不當陽者,臣子是也,當陽者,君父是也。故人主南面以陽為位也,陽貴而陰賤,天之制也。

問難する人曰く、「陰陽の會合は、一年兩次相遇す。南方に於て相遇るは仲夏に在り、北方に於て相遇るは仲冬に在り。冬は物に喪するの氣なり。然らば則ち彼に於て會合するは何の故ぞや。」金木水火各々其の主を奉持して、以て陰陽に隨從して、相い合力して功を並すが如く、其の實單に陰陽のみに非ず。然れども陰陽は彼等に憑藉して興起して、其の主管する所を輔助す。故に少陽は木に憑藉して興起して、春の生を輔助し、太陽は火に憑藉して興起して、夏の養を輔助し、少陰は金に憑藉して興起して、秋の成を輔助し、太陰は水に憑藉して興起して、冬の藏を輔助す。陰は水と氣を並べて冬に合すると雖も、其の實同じからず。故に水は獨り喪有りて陰は參與せず。故に陰陽は仲冬に會合して、其の喪に非ず。春は愛の志、夏は樂の志、秋は嚴の志、冬は哀の志なり。故に愛して嚴有り、樂しんで哀有るは、四時の法則なり。喜怒の禍・哀樂の義は、單に人に在るのみならず、亦天に在り。而して春夏の陽・秋冬の陰は、單に天に在るのみならず、亦人に在り。人は春氣無くんば、何を憑りて博愛して衆人を容納せん。人は秋氣無くんば、何を憑りて嚴を立てて功を成せん。人は夏氣無くんば、何を憑りて養を盛にして生を樂しまん。人は冬氣無くんば、何を憑りて死を哀んで喪事を體恤せん。天は喜氣無くんば、又何を憑りて暖にして春に生育せん。天は怒氣無くんば、又何を憑りて清にして秋に殺收せん。天は樂氣無くんば、又何を憑りて陽を疏通して夏に養長せん。天は哀氣無くんば、又何を憑りて陰を凝滯せしめて冬に閉藏せん。故に曰く、天は乃ち喜怒哀樂の運行有り、人も亦春秋冬夏の氣有り。合類を謂うなり。匹夫は賤と雖も、亦以て德と刑の用處を見るべし。故に陰陽の運行は、終了各々六個月、遠近度數相同じくして、而して所在處所同じからず。陰の運行は、春は東方に居り、秋は西方に居り、夏は空右に居り、冬は空左に居り、夏は空下に居り、冬は空上に居る。此れ陰の常處なり。陽の運行は、春は上に居り、冬は下に居る。此れ陽の常處なり。陰は整年四次遷移して、而して陽は常に實處に居る。此れ陽に親近して陰を疎遠にして、德を任用して刑に遠離するに非ずや。天の志は、常に陰を空處に安置して、稍く之を取りて以て輔助と為す。故に刑は德の輔助、陰は陽の輔助なり。陽は一歲の主なり。天下の昆蟲は陽に隨いて出入し、天下の草木は陽に隨いて生落し、天下の三王は陽に隨いて正朔を改正し、天下の尊卑は陽に隨いて位を序す。幼は陽の少くする所に居り、老は陽の老とする所に居り、貴は陽の盛とする所に居り、賤は陽の衰とする所に居る。所謂藏は、其の陽に當るを得ざるを說く。陽に當らざるは、臣子なり。陽に當るは、君父なり。故に人主は南に面して、陽を以て位と為す。陽貴して陰賤しは、天の制度なり。

禮之尚右,非尚陰也,敬老陽而尊成功也。

禮の右を崇尚するは、陰を崇尚するに非ず。是れ老陽を敬重して功の成を尊敬するなり。

陰陽位第四十七

陰陽位第四十七

陽氣始出東北而南行,就其位也,西轉而北入,藏其休也;陰氣始出東南而北行,亦就其位也,西轉而南入,屏其伏也。是故陽以南方為位,以北方為休;陰以北方為位,以南方為伏。陽至其位,而大暑熱;陰至其位,而大寒凍;陽至其休,而入化於地;陰至其伏,而避德於下。是故夏出長於上,冬入化於下者,陽也;夏入守虛地於下,冬出守虛位於上者,陰也。陽出實入實,陰出空入空,天之任陽不任陰,好德不好刑如是也,故陰陽終歲各一齣。

陽氣は東北より始めて出でて南に行くは、其の位子に趨就す。西に轉して北に進入するは、其の休息を收藏す。陰氣は東南より始めて出でて北に行くは、亦其の位子に趨就す。西に轉して南に進入するは、其の潛伏を屏退す。故に陽は南方を以て位子と為し、北方を以て休息と為し、陰は北方を以て位子と為し、南方を以て潛伏と為す。陽は其の位子に到達すれば、則ち大いに暑熱し、陰は其の位子に到達すれば、則ち大いに寒凍す。陽は其の休息に到達すれば、則ち入りて地に化し、陰は其の潛伏に到達すれば、則ち下に在りて德に避く。故に夏に出でて上に在りて長養し、冬に入りて下に在りて化生するは、陽なり。夏に入りて下に在りて虛地を守り、冬に出でて上に在りて虛位を守るは、陰なり。陽は實なり。陽は實處より出で實處より入り、陰は空處より出で空處より入る。天の陽を任用して陰を任用せず、德を喜好して刑を喜好せざるは、此くの如し。故に陰陽は整年各々一次出づ。

巻第十二

陰陽終始第四十八

陰陽終始第四十八

天之道,終而復始,故北方者,天之所終始也,陰陽之所合別也。冬至之後,陰俛而西入,陽仰而東出,出入之處,常相反也,多少調和之適,常相順也,有多而無溢,有少而無絕,春夏、陽多而陰少,秋冬、陽少而陰多,多少無常,未嘗不分而相散也,以出入相損益,以多少相溉濟也,多勝少者倍入,入者損一,而出者益二。天所起,一動而再倍,常乘反衡再登之勢,以就同類,與之相報,故其氣相俠,而以變化相輸也。春秋之中,陰陽之氣俱相併也,中春以生,中秋以殺,由此見之,天之所起,其氣積,天之所廢,其氣隨。故至春,少陽東出就木,與之俱生;至夏,太陽南出就火,與之俱暖;此非各就其類,而與之相起與!少陽就木,太陽就火,火木相稱,各就其正,此非正其倫與!至於秋時,少陰興,而不得以秋從金,從金而傷火功,雖不得以從金,亦以秋出於東方,俛其處而適其事,以成歲功,此非權與!陰之行,固常居虛,而不得居實,至於冬,而止空虛,太陽乃得北就其類,而與水起寒,是故天之道,有倫、有經、有權。

天の道は、終結して復た開始す。故に北方は、天の終始する所の地、陰陽の會合・分別する所なり。冬至の後は、陰は身を俯して西に進入し、陽は身を仰して東に出づ。出入の處所常に相反し、多少調和の適宜常に相い順して、多有りて滿溢無く、少有りて斷絶無し。春夏は陽多くして陰少く、秋冬は陽少くして陰多し。多少常規無くして、分別して相い散ずる未だ嘗て有らず。出入を用いて相い損益し、多少を用いて相い灌溉接濟す。多の少に勝るは倍して進入し、進入するは一を減損して、而して出ずるは二を増益す。天の興起する所は、一動して再び加倍して、常に反衡再登の勢に乘りて、以て同類に趨就して、之と相い報ず。故に其の氣相い挾持して、而して變化を用いて相い輸送す。春秋の中に於て、陰陽の氣は皆相い兼併す。仲春は以て生じ、仲秋は以て殺す。此れより見れば、天の興起する所は、其の氣積聚し、天の廢棄する所は、其の氣順隨す。故に春に到れば、少陽は東より出でて木に趨就して、之と一同に生ず。夏に到れば、太陽は南より出でて火に趨就して、之と一同に暖す。此れ各々其の類に趨就して、而して之と相い興起するに非ずや。少陽は木に趨就し、太陽は火に趨就し、火と木とは相い稱して、各々其の正に趨就す。此れ其の倫を端正するに非ずや。秋時に到れば、少陰は興起して、然るに秋に於て金に隨從するを得ず。金に隨從すれば則ち火の功を損傷せん。金に隨從するを得ずと雖も、亦秋に於て東方より出でて、其の處に俯就して其の事に適合して、以て一歲の功を成就す。此れ權に非ずや。陰の運行は、固より常に虛に居りて、實に居るを得ず。冬に到れば、空虛に停止して、太陽は乃ち北に趨就して其の類に適して、而して水と寒を興起するを得。故に天の道は、倫有り、經有り、權有り。

陰陽義第四十九

陰陽義第四十九

天地之常,一陰一陽,陽者,天之德也,陰者,天之刑也,跡陰陽終歲之行,以觀天之所親而任,成天之功,猶謂之空,空者之實也,故清溧之於歲也,若酸鹹之於味也,僅有而已矣,聖人之治,亦從而然;天之少陰用於功,太陰用於空,人之少陰用於嚴,而太陰用於喪,喪亦空,空亦喪也。是故天之道以三時成生,以一時喪死,死之者,謂百物枯落也,喪之者,謂陰氣悲哀也。天亦有喜怒之氣,哀樂之心,與人相副,以類合之,天人一也。春,喜氣也,故生;秋,怒氣也,故殺;夏,樂氣也,故養;冬,哀氣也,故藏;四者,天人同有之,有其理而一用之,與天同者大治,與天異者大亂,故為人主之道,莫明於在身之與天同者而用之,使喜怒必當義而出,如寒暑之必當其時乃發也,使德之厚於刑也,如陽之多於陰也。是故天之行陰氣也,少取以成秋,其餘以歸之冬;聖人之行陰氣也,少取以立嚴,其餘以歸之喪,喪亦人之冬氣。故人之太陰不用於刑而用於喪,天之太陰不用於物而用於空,空亦為喪,喪亦為空,其實一也,皆喪死亡之心也。

天地の常規は、一陰一陽。陽は天の德、陰は天の刑なり。陰陽の整年の運行を追尋して、以て天の親近して任用する所を觀察す。天の功を成就して、猶お空と謂う。空なるは即ち其の實なり。故に清溧は一歲に對して、猶お酸鹹の味道に對して、僅かに一點有る而已。聖人の治理も、亦此れに隨いて此くの如し。天の少陰は功の上に用い、太陰は空の上に用う。人の少。人の少陰は嚴の上に用いて、而して太陰は喪の上に用う。喪は亦即ち空、空は亦即ち喪なり。故に天の道は三個の時を用いて生を成就して、一個の時を用いて死に喪す。所謂死は、百物の枯落を說く。所謂喪は、陰氣の悲哀を說く。天も亦喜怒の氣・哀樂の心有り、人と互いに副本と為る。類に按じて合すれば、天人は一事なり。春は喜氣、故に生ず。秋は怒氣、故に殺す。夏は樂氣、故に養う。冬は哀氣、故に藏す。四者は、天人共同有して、其の理有りて一樣使用す。天と相同じきは大治、天と相異なるは大亂なり。故に人主と為るの道は、自身に於て天と相同じきを找出して之を使用するより明白なる莫し。喜怒を必ず義に當りて乃ち發出せしめ、寒暑の必ず時に當りて乃ち發するが如くし、德を刑より厚くせしめ、陽の陰より多きが如くす。故に天は陰氣を運行して、少く取りて以て秋を成就して、其の餘は冬に歸給す。聖人は陰氣を運行して、少く取りて以て嚴を建立して、其の餘は喪に歸給す。喪は亦即ち人の冬氣なり。故に人の太陰は刑に用いずして喪に用い、天の太陰は物に用いずして空に用う。空は亦即ち喪、喪は亦即ち空なり。其の實は一事にして、皆喪死亡の心なり。

陰陽出入上下第五十

陰陽出入上下第五十

天道大數,相反之物也,不得俱出,陰陽是也。春出陽而入陰,秋出陰而入陽,夏右陽而左陰,冬右陰而左陽:陰出則陽入,陽出則陰入,陰右則陽左,陰左則陽右,是故春俱南,秋俱北,而不同道;夏交於前,冬交於後,而不同理;並行而不相亂,澆滑而各持分,此之謂天之意。而何以從事?天之道,初薄大冬,陰陽各從一方來,而移於後,陰由東方來西,陽由西方來東,至於中冬之月,相遇北方,合而為一,謂之曰至;別而相去,陰適右,陽適左,適左者,其道順,適右者,其道逆,逆氣左上,順氣右下,故下暖而上寒,以此見天之冬右陰而左陽也,上所右而下所左也。各月盡,而陰陽俱南還,陽南還,出於寅,陰南還,入於戌,此陰陽所始出地入地之見處也。至於中春之月,陽在正東,陰在正西,謂之春分,春分者,陰陽相半也,故晝夜均而寒暑平,陰日損而隨陽,陽日益而檻,故為暖熱,初得大夏之月,相遇南方,合而為一,謂之曰至;別而相去,陽適右,陰適左,適左由下,適右由上,上暑而下寒,以此見天之夏右陽而左陰也,上其所右,下其所左。夏月盡,而陰陽俱北還,陽北還而入於申,陰北還而出於辰,此陰陽所始出地入地之見處也。至於中秋之月,陽在正西,陰在正東,謂之秋分,秋分者,陰陽相半也,故晝夜均而寒暑平,陽日損而隨陰,陰日益而檻,故至於季秋而始霜,至於孟冬而始寒,小雪而物鹹成,大寒而物畢藏,天地之功終矣。

天道の大數は、相反する物は同時に出づるを得ず。陰陽即ち是れ。春は陽をして出づらしめて陰をして入らしめ、秋は陰をして出づらしめて陽をして入らしめ、夏は陽を以て右と為して陰を以て左と為し、冬は陰を以て右と為して陽を以て左と為す。陰出づれば則ち陽入り、陽出づれば則ち陰入り、陰右に在れば則ち陽左に在り、陰左に在れば則ち陽右に在る。故に春は皆南に向い、秋は皆北に向いて、而して道路同じからず。夏は前に於て相交り、冬は後に於て相交りて、而して理同じからず。並行して相い乱さず、交混して各々職分を持守す。此れを天の意と謂う。然らば則ち如何に從事せん。天の道は、始めに大冬に迫近し、陰陽各々一方より來りて、而して後に向いて遷移す。陰は東方より來りて西に向い、陽は西方より來りて東に向いて、仲冬の月に到りて、北方に於て相遇りて、合わさりて一と為る。之を至と謂う。分別して離去りて、陰は右に往き、陽は左に往く。左に往くは、其の道順なり。右に往くは、其の道逆なり。逆氣は左の上方に在り、順氣は右の下方に在る。故に下暖にして上寒なり。此れより見れば、天の冬は陰を以て右と為して陽を以て左と為す。上の右とする所・下の左とする所なり。各月過盡して、陰陽皆南に返回す。陽は南に返回して、寅より出づ。陰は南に返回して、戌より入る。此れ陰陽の始めて地を出で地に入るの見るべき處所なり。仲春の月に到れば、陽は正東に在り、陰は正西に在り。之を春分と謂う。春分は、陰陽各半なり。故に晝夜均しくして寒暑平なり。陰は日々減損して陽に隨從し、陽は日々増益して盛なり。故に暖熱と為る。剛に大夏の月に到りて、南方に於て相遇りて、合わさりて一と為る。之を至と謂う。分別して離去りて、陽は右に往き、陰は左に往く。左に往くは下よりし、右に往くは上よりす。上暑にして下寒なり。此れより見れば、天の夏は陽を以て右と為して陰を以て左と為す。上是れ其の右とする所、下是れ其の左とする所なり。夏月過盡して、陰陽皆北に返回す。陽は北に返回して申より入り、陰は北に返回して辰より出づ。此れ陰陽の始めて地を出で地に入るの見るべき處所なり。仲秋の月に到れば、陽は正西に在り、陰は正東に在り。之を秋分と謂う。秋分は、陰陽各半なり。故に晝夜均しくして寒暑平なり。陽は日々減損して陰に隨從し、陰は日々増益して盛なり。故に季秋に到りて始めて霜を下し、孟冬に到りて始めて寒して、小雪にして物皆成就し、大寒にして物全部收藏す。天地の功は終結す。

天道無二第五十一

天道無二第五十一

天之常道,相反之物也,不得兩起,故謂之一;一而不二者,天之行也。陰與陽,相反之物也,故或出或入,或右或左,春俱南,秋俱北,夏交於前,冬交於後,並行而不同路,交會而各代理,此其文與!天之道,有一齣一入,一休一伏,其度一也,然而不同意。陽之出,常縣於前,而任歲事;陰之出,常縣於後,而守空虛;陽之休也,功已成於上,而伏於下;陰之伏也,不得近義,而遠其處也。天之任陽不任陰,好德不好刑,如是。故陽出而前,陰出而後,尊德而卑刑之心見矣。陽出而積於夏,任德以歲事也;陰出而積於冬,錯刑于空處也;必以此察之。天無常於物,而一於時,時之所宜,而一為之。故開一、塞一、起一、廢一,至畢時而止,終有復始於一,一者,一也。是於天凡在陰位者,皆惡亂善,不得主名,天之道也。故常一而不滅,天之道。事無大小,物無難易,反天之道無成者。是以目不能二視,耳不能二聽,手不能二事。一手畫方,一手畫圓,莫能成。人為小易之物,而終不能成,反天之不可行,如是。是故古之人,物而書文,心止於一中者,謂之忠;持二中者,謂之患;患,人之中不一者也,不一者,故患之所由生也,是故君子賤二而貴一。人庸無善,善不一,故不足以立身;治庸無常?常不一,故不足以致功。詩云:“上帝臨汝,無二爾心。”知天道者之言也!

天の常道は、相反する物は兩樣同時に興起するを得ず。故に之を一と謂う。一にして二ならざるは、天の運行なり。陰と陽とは相反する物なり。故に或いは出で或いは入り、或いは右或いは左。春は皆南に向い、秋は皆北に向い、夏は前に於て相交り、冬は後に於て相交りて、並行して路同じからず、交會して各々代理す。此れ即ち其の文なるか。天の道は、一出一入・一休一伏有りて、其の度は一樣なり。然れども意同じからず。陽の出づるは、常に前に懸りて一歲の事を擔任し、陰の出づるは、常に後に懸りて空虛を守る。陽の休息は、功已に上に於て成就して、而して下に伏す。陰の潛伏は、義に靠近するを得ずして、其の處所に遠離す。天の陽を任用して陰を任用せず、德を喜好して刑を喜好せざるは、此くの如し。故に陽は出でて前に在り、陰は出でて後に在る。德を尊として刑を卑とするの心は以て見るべし。陽は出でて夏に積聚するは、德を任用して以て一歲の事を做すなり。陰は出でて冬に積聚するは、刑を空處に安置するなり。必ず此れを以て審察す。天は物に對して常規無くして、時に對しては專一なり。時の宜しき所は、則ち專一して做す。故に一を開き一を塞ぎ、一を起し一を廢して、時に到りて畢るを待ちて乃ち停止し、終して復た一より開始す。一は、即ち專一なり。此くの如く、凡そ陰位に在るは、皆善を擾亂するを厭惡して、主名を為すを得ず。是れ天の道なり。故に常に專一にして滅せざるは、天の道なり。事は大小を論わず、物は難易を論わず、天の道に違反するは成就する能くする無し。故に眼は同時に兩樣を看る能わず、耳は同時に兩樣を聽く能わず、手は同時に兩件事を做す能わず。一隻の手は方を畫き、一隻の手は圓を畫くに、成就する能くする無し。人は小にして易き物を做すに、最終皆成就する能わず。天に違反するは行うべからず、此くの如し。故に古人は物に文字を書して曰く、心の一個の中に停止するを、忠と謂い、兩個の中を持守するを、患と謂う。患は、人の中の專一ならざるなり。專一ならざれば、故に患の生ずる所從なり。故に君子は二を看輕して一を看重す。人何の處か善無からん。善專一ならざれば、故に以て身を立つるに足らず。治理何の處か常規無からん。常規專一ならざれば、故に以て功を招致するに足らず。『詩經・大雅・大明』に曰く、「上帝汝を臨視す、二心有る無かれ。」此れ天道を知る者の話なり。

暖燠常多第五十二

暖燠常多第五十二

天之道,出陽為暖以生之,出陰為清以成之。是故非燻也,不能有育,非溧也,不能有熟,歲之精也。知心而不省燻與溧庸多者,用之必與天戾,與天戾,雖勞不成。是自正月至於十月,而天之功畢,計其間,陰與陽各居幾何?燻與溧其日庸多?距物之初生,至其畢成,露與霜其下庸倍?故從中春至於秋,氣溫柔和調,及季秋九月,陰乃始多於陽,天於是時出溧下霜,出溧下霜,而天降物,固已皆成矣。故九月者,天之功大究於是月也,十月而悉畢,故案其跡,數其實,清溧之日少少耳,功已畢成之後,陰乃大出,天之成功也,少陰與而太陰不與,少陰在內,而太陰在外,故霜加於物,而雪加於空,空者,亶地而已,不逮物也,功已畢成之後,物未復生之前,太陰之所當出也,雖曰陰,亦以太陽資化其位,而不知所受之。故聖王在上位,天覆地載,風令雨施,雨施者,佈德均也,風令者,言令直也。詩云:“不識不知,順帝之則。”言弗能知識,而效天之所為云爾。禹水湯旱,非常經也,適遭世氣之變而陰陽失平,堯視民如子,民視堯如父母,尚書曰:“二十有八載,放勳乃殂落,百姓如喪考妣,四海之內,閼密八音三年。”三年陽氣厭於陰,陰氣大興,此禹所以有水名也。桀,天下之殘賊也,湯,天下之盛德也,天下除殘賊而得盛德大善者,再是重陽也,故湯有旱之名,皆適遭之變,非禹湯之過,毋以適遭之變,疑平生之常,則所守不失,則正道益明。

天の道は、陽を發出して暖を成して生育し、陰を發出して清を成して成就す。故に熏暖に非ざれば、養育有る能わず。清溧に非ざれば、成熟有る能わず。是れ一歲の精なり。心を知りて熏と溧との孰れか多きを省察せざれば、之を用うるに必ず天に乖戾す。天に乖戾すれば、勞苦と雖も亦成就する能わず。正月より十月に至るに、天の功完畢す。其の中間を計算すれば、陰と陽と各々多少を占むるや。熏と溧との日子孰れか多きや。物剛に生するより、其の畢りて成就するに至るに、露と霜と降下する孰れか加倍するや。故に仲春より秋に至るに、氣溫柔和調なり。季秋九月に到れば、陰は乃ち始めて陽より多し。天は此の時に於て清溧を發出して霜を下す。清溧を發出して霜を下せども、而して天の降下する物は、本より皆已に成就せり。故に九月に、天の功は此の月に於て大いに窮盡し、十月に則ち全部完畢す。故に蹤迹に按じて、其の實際を數えれば、清溧の日子は很少き而已。功已に完畢成就したるの後に、陰は乃ち大いに出づ。天の成功は、少陰は參與して太陰は參與せず。少陰は內に在り、太陰は外に在る。故に霜は物の上に加わりて、而して雪は空處に加わる。空は、只だ地而已。物に達せず。功已に完畢成就したるの後・物未だ再生せざるの前は、是れ太陰の當に出づべき所なり。陰と謂うと雖も、亦太陽を用いて其の位子を資助變化して、而して其の接受する所を知らず。故に聖王は上位に在りて、天は覆蓋し地は承載し、風は令を行い雨は布施す。雨の布施するは、德を均平に布くなり。風の令を行うは、命令の正直を說くなり。『詩經・大雅・皇矣』に曰く、「識らず知らず、上帝の法則に順從す。」是れ知識する能わずして、天の做す所に效法するのみを說く。禹に水有り湯に旱有るは、經常の經に非ず。只だ恰好に世運の變に遭遇して陰陽平衡を失うのみなり。堯は民を看待するに兒子に如く、民は堯を看待するに父母に如し。『尚書・舜典』に曰く、「二十八年に、放勳乃ち去世し、百姓は考妣に喪するが如く、四海の內、八音を停止すること三年。」三年に陽氣は陰に壓制せられて、陰氣大いに興起す。此れ即ち禹の水有る所以の名なり。桀は天下の殘賊、湯は天下の盛德なり。天下は殘賊を除去して盛德大善を得。再次此くの如きは重疊の陽なり。故に湯に旱の名有り。皆恰好に遭遇するの變、禹・湯の過錯に非ず。恰好に遭遇するの變を拿りて、平生の常規を懷疑する莫かれ。則ち守持する所は失われざらん。正道は更に明白ならん。

基義第五十三

基義第五十三

凡物必有合;合必有上,必有下,必有左,必有右,必有前,必有後,必有表,必有裡,有美必有惡,有順必有逆,有喜必有怒,有寒必有暑,有晝必有夜,此皆其合也。陰者,陽之合,妻者,夫之合,子者,父之合,臣者,君之合,物莫無合,而合各相陰陽。陽兼於陰,陰兼於陽,夫兼於妻,妻兼於夫,父兼於子,子兼於父,君兼於臣,臣兼於君,君臣、父子、夫婦之義,皆取諸陰陽之道。君為陽,臣為陰,父為陽,子為陰,夫為陽,妻為陰,陰陽無所獨行,其始也不得專起,其終也不得分功,有所兼之義。是故臣兼功於君,子兼功於父,妻兼功於夫,陰兼功於陽,地兼功於天。舉而上者,抑而下也,有屏而左也,有引而右也,有親而任也,有疏而遠也,有欲日益也,有欲日損也,益其用而損其妨,有時損少而益多,有時損多而益少,少而不至絕,多而不至溢。陰陽二物,終歲各壹出,壹其出,遠近同度而不同意,陽之出也,常縣於前而任事,陰之出也,常縣於後而守空處,此見天之親陽而疏陰,任德而不任刑也。是故仁義制度之數,盡取之天,天為君而覆露之,地為臣而持載之,陽為夫而生之,陰為婦而助之,春為父而生之,夏為子而養之,秋為死而棺之,冬為痛而喪之,王道之三綱,可求於天。天出陽為暖以生之,地出陰為清以成之,不暖不生,不清不成,然而計其多少之分,則暖暑居百而清寒居一,德教之與刑罰猶此也。故聖人多其愛而少其嚴,厚其德而簡其刑,以此配天。天之大數,必有十旬,旬天地之數,十而畢反,旬生長之功,十而畢成。天之氣徐,占寒占暑,故寒不凍,暑不暍,以其有餘徐來,不暴卒也。易曰:“履霜堅在,蓋言遜也。

凡そ物必ず合有り。合は必ず上有り、必ず下有り、必ず左有り、必ず右有り、必ず前有り、必ず後有り、必ず表有り、必ず裏有り。美有れば必ず惡有り、順有れば必ず逆有り、喜有れば必ず怒有り、寒有れば必ず暑有り、晝有れば必ず夜有り。此の等は皆其の合なり。陰は陽の合、妻は夫の合、子は父の合、臣は君の合なり。物合無き無く、而して合は各々互いに陰陽と為る。陽は陰を兼有し、陰は陽を兼有す。夫は妻を兼有し、妻は夫を兼有す。父は子を兼有し、子は父を兼有す。君は臣を兼有し、臣は君を兼有す。君臣・父子・夫婦の義は、皆之を陰陽の道より取る。君は陽と為り、臣は陰と為る。父は陽と為り、子は陰と為る。夫は陽と為り、妻は陰と為る。陰陽獨り運行する無し。始めは專起するを得ず、終了は功を分かつを得ず。兼有する所の義なり。故に臣は功を兼ねて君に與え、子は功を兼ねて父に與え、妻は功を兼ねて夫に與え、陰は功を兼ねて陽に與え、地は功を兼ねて天に與う。舉げて上に在るは、則ち抑制せられて下に在る有り。屏退せられて左に在る有り、牽引せられて右に在る有り。親近して任用せらるる有り、疎遠して遠離せらるる有り。日々増益せんと欲する有り、日々減損せんと欲する有り。其の用を増益して其の妨礙を減損す。時に損少にして益多し、時に損多にして益少し。少にして斷絶に至らず、多にして滿溢に至らず。陰陽二物は、整年各々一次出づ。一の出づるや、遠近度數相同じくして意思同じからず。陽の出づるは、常に前に懸りて事を任じ、陰の出づるは、常に後に懸りて空處を守る。此れ天の陽に親近して陰を疎遠にして、德を任用して刑を任用せざるを見るなり。故に仁義制度の數は、皆之を天より取る。天は君と為りて覆蓋潤澤し、地は臣と為りて承載を持守し、陽は夫と為りて生育し、陰は婦と為りて輔助し、春は父と為りて生育し、夏は子と為りて養育し、秋は死と為りて棺に入り、冬は痛と為りて喪を送る。王道の三綱は、以て天に求むべし。天は陽を發出して暖を成して生育し、地は陰を發出して清を成して成就す。暖ならざれば生ぜず、清ならざれば成らず。然れども多少の分を計算すれば、則ち暖暑は一百を占めて清寒は一を占む。德教と刑罰と亦猶お此くの如し。故に聖人は其の愛を多くして其の嚴を少くし、其の德を厚くして其の刑を簡にし、此れを用いて以て天に配す。天の大數は、必ず十旬有り。旬は天地の數、十に到れば完畢して返回す。旬の生長の功は、十に到れば完畢して成就す。天の氣は徐緩にして、暫く寒にして暫く暑し。故に寒は凍に至らず、暑は中暑に至らず。其の餘有りて徐徐に來りて、暴卒せざるに因るなり。『周易・坤卦』に曰く、「霜を履みて、堅冰至る。」(底本は「堅在」と作す。「在」は「冰」の訛なり。)蓋し遜順を說くなり。

”然則上堅不踰等,果是天之所為弗作而成也,人之所為亦當弗作而極也,凡有興者,稍稍上之,以遜順往,使人心說而安之,無使人心恐,故曰:君子以人治人,慬能願。此之謂也。聖人之道,同諸天地,蕩諸四海,變易習俗。

」然らば則ち上の堅は等第を越えず。果たして是れ天の做す所、造作せずして成就す。人の做す所も亦當に造作せずして極處に到達すべし。凡そ興起する有るは、稍稍上向して、遜順を用いて前往して、人心を喜悅安定せしめて、人心を恐懼せしめず。故に曰く、君子は人を用いて人を治理す。僅かに其の願う所に如くのみ。此れを謂うなり。聖人の道は、天地と相同じく、四海に蕩滌して、習俗を變易す。

第五十四[亡]

第五十四[亡]

巻第十三

四時之副第五十五

四時之副第五十五

天之道,春暖以生,夏暑以養,秋清以殺,冬寒以藏,暖暑清寒,異氣而同功,皆天之所以成歲也。聖人副天之所行以為政,故以慶副暖而當春,以賞副暑而當夏,以罰副清而當秋,以刑副寒而當冬,慶賞罰刑,異事而同功,皆王者之所以成德也。慶賞罰刑,與春夏秋冬,以類相應也,如合符,故曰:王者配天,謂其道。天有四時,王有四政,若四時,通類也,天人所同有也。慶為春,賞為夏,罰為秋,刑為冬。慶賞罰刑之不可不具也,如春夏秋冬不可不備也;慶賞罰刑,當其處不可不發,若暖暑清寒,當其時不可不出也;慶賞罰刑各有正處,如春夏秋冬各有時也;四政者不可以相干也,猶四時不可相干也;四政者不可以易處也,猶四時不可易處也。故慶賞罰刑有不行於其正處者,春秋譏也。

天の道は、春暖は以て生じ、夏暑は以て養い、秋清は以て殺し、冬寒は以て藏す。暖暑清寒は、氣同じからずして功相同じ。皆是れ天の以て一歲を成就する所以なり。聖人は天の行う所を取りて以て副本と為して政を為す。故に慶を以て暖に副えて春に當て、賞を以て暑に副えて夏に當て、罰を以て清に副えて秋に當て、刑を以て寒に副えて冬に當てる。慶賞罰刑は、事同じからずして功相同じ。皆是れ王者の以て德を成就する所以なり。慶賞罰刑と春夏秋冬とは、類に按じて相い應じ、符を合わするが如し。故に曰く、王者は天に配す。其の道を謂うなり。天に四時有り、王に四政有るは、四時に如し。是れ通類、天人の共同に有する所なり。慶は春と為り、賞は夏と為り、罰は秋と為り、刑は冬と為る。慶賞罰刑は具備せざるべからず。猶お春夏秋冬の完備せざるべからざるが如し。慶賞罰刑は處所に當りて發せざるべからず。猶お暖暑清寒の時に當りて發出せざるべからざるが如し。慶賞罰刑は各々正當の處所有り。猶お春夏秋冬の各々時有るが如し。四政は以て相い干預すべからず。猶お四時の相い干預すべからざるが如し。四政は以て處所を改易すべからず。猶お四時の處所を改易すべからざるが如し。故に慶賞罰刑に正當の處所に在らずして實行する有るは、『春秋』譏刺す。

人副天數第五十六

人副天數第五十六

天德施,地德化,人德義。天氣上,地氣下,人氣在其間。春生夏長,百物以興,秋殺冬收,百物以藏。故莫精於氣,莫富於地,莫神於天,天地之精所以生物者,莫貴於人。人受命乎天也,故超然有以倚;物?疾莫能為仁義,唯人獨能為仁義;物?疾莫能偶天地,唯人獨能偶天地。人有三百六十節,偶天之數也;形體骨肉,偶地之厚也;上有耳目聰明,日月之象也;體有空竅理脈,川穀之象也;心有哀樂喜怒,神氣之類也;觀人之體,一何高物之甚,而類於天也。物旁折取天之陰陽以生活耳,而人乃爛然有其文理,是故凡物之形,莫不伏從旁折天地而行,人獨題直立端尚正正當之,是故所取天地少者旁折之,所取天地多者正當之,此見人之絕於物而參天地。是故人之身首●而員,象天容也;發象星辰也;耳目戾戾,象日月也;鼻口呼吸,象風氣也;胸中達知,象神明也;腹胞實虛,象百物也;百物者最近地,故要以下地也,天地之象,以要為帶,頸以上者,精神尊嚴,明天類之狀也;頸而下者,豐厚卑辱,土壤之比也;足布而方,地形之象也。是故禮帶置紳,必直其頸,以別心也,帶以上者,盡為陽,帶而下者,盡為陰,各其分,陽,天氣也,陰,地氣也,故陰陽之動使,人足病喉痺起,則地氣上為雲雨,而象亦應之也。天地之符,陰陽之副,常設於身,身猶天也,數與之相參,故命與之相連也。天以終歲之數,成人之身,故小節三百六十六,副日數也;大節十二分,副月數也;內有五臟,副五行數也;外有四肢,副四時數也;占視占瞑,副晝夜也;占剛占柔,副冬夏也;占哀占樂,副陰陽也;心有計慮,副度數也;行有倫理,副天地也;此皆暗膚著身,與人俱生,比而偶之弇合,於其可數也,副數,不可數者,副類,皆當同而副天一也。

天の德は施與、地の德は化、人の德は義なり。天氣は上に在り、地氣は下に在り、人氣は中間に在り。春は生じ夏は長じて、百物此れに因りて興起し、秋は殺し冬は收して、百物此れに因りて收藏す。故に氣より精なる莫く、地より富む莫く、天より神なる莫し。天地の精の以て物を生ずるは、人より貴き莫し。人は天より命を受くれば、故に超然として倚仗する所有り。物は疾にして、能く仁義を做す無く、唯だ人のみ獨り能く仁義を做す。物は疾にして、能く天地に匹配する無く、唯だ人のみ獨り能く天地に匹配す。人に三百六十節有りて、天の數に匹配し、形體骨肉は、地の厚に匹配し、上に耳目聰明有るは、日月の取象なり。身體に孔竅理脈有るは、河川山谷の取象なり。心に哀樂喜怒有るは、神氣此の類なり。人の身體を看るに、何ぞ物より高出して、天に類似するや。物は旁より屈折して天の陰陽を取りて生活するのみ。而して人は却って燦爛として文理有り。故に凡そ物の形は、伏して旁より屈折して天地より行く無き無し。人は獨り額頂直立端正にして之に正當す。故に天地を取る所少きは旁より屈折し、天地を取る所多きは之に正當す。此れ人の物に絕出して天地に參配するを見るなり。故に人の頭は圓く、天の容に取象し、頭髮は星辰に取象し、耳目分明は、日月に取象し、鼻口呼吸は、風氣に取象し、胸中知覺に通達するは、神明に取象し、腹胞或いは實或いは虛なるは、百物に取象す。百物は最も地に近ければ、故に腰以下は地なり。天地の取象は、腰を以て帶子と為す。頸以上は、精神尊嚴、是れ天類の情狀を明かにす。頸以下は、豊厚卑辱、是れ土壤の比況なり。脚鋪きて方なるは、地形の取象なり。故に禮の帶子は紳を設置して、必ず之を頸に對せしめて、以て心を分別す。帶以上は全て陽、帶以下は全て陰にして、各々職分有り。陽は天氣、陰は地氣なり。故に陰陽の發動は、人をして脚病・喉痹を發作せしめば、則ち地氣は上升して雲雨を成して、而して取象も亦之に響應す。天地の符驗・陰陽の副本は、常に身の上に設置せり。身は猶お天のごとく、數は之と相い參じ、故に命は之と相い連る。天は一整年の數を用いて人の身を成就す。故に小節三百六十六は、日數の副本、大節十二分は、月數の副本、內に五藏有るは、五行數の副本、外に四肢有るは、四時數の副本、暫く視て暫く瞑るは、晝夜の副本、暫く剛にして暫く柔なるは、冬夏の副本、暫く哀み暫く樂しむは、陰陽の副本、心に計慮有るは、度數の副本、行に倫理有るは、天地の副本なり。此の等は皆暗暗に身の上に附著して、人と一同に生まれ、比並匹配して弇合す。數うべきに對しては、數を以て副え、數うべからざるに對しては、類を以て副う。皆當に相同じくして天に副うべし。是れ一事なり。

是故陳其有形,以著無形者,拘其可數,以著其不可數者,以此言道之亦宜以類相應,猶其形也,以數相中也。

故に其の形有るを陳列して、以て形無きを顯明し、其の數うべきを拘守して、以て其の數うべからざるを顯明す。此れを用いて說けば、道も亦當に類に按じて相い應ずべし。猶お其の形にして、數を用いて相い中合するが如し。

同類相動第五十七

同類相動第五十七

今平地注水,去燥就溼;均薪施火,去溼就燥;百物去其所與異,而從其所與同。故氣同則會,聲比則應,其驗皦然也。試調琴瑟而錯之,鼓其宮,則他宮應之,鼓其商,而他商應之,五音比而自鳴,非有神,其數然也。美事召美類,惡事召惡類,類之相應而起也,如馬鳴則馬應之,牛鳴則牛應之。帝王之將興也,其美祥亦先見,其將亡也,妖孽亦先見,物故以類相召也,故以龍致雨,以扇逐暑,軍之所處,以棘楚,美惡皆有從來以為命,莫知其處所。天將陰雨,人之病故為之先動,是陰相應而起也;天將欲陰雨,又使人慾睡臥者,陰氣也;有憂,亦使人臥者,是陰相求也;有喜者,使人不欲臥者,是陽相索也;水得夜,益長數分,東風而酒湛溢;病者至夜,而疾益甚;雞至幾明,皆鳴而相薄,其氣益精;故陽益陽,而陰益陰,陰陽之氣因可以類相益損也。天有陰陽,人亦有陰陽,天地之陰氣起,而人之陰氣應之而起,人之陰氣起,天地之陰氣亦宜應之而起,其道一也。明於此者,欲致雨,則動陰以起陰,欲止雨,則動陽以起陽,故致雨,非神也,而疑於神者,其理微妙也。非獨陰陽之氣可以類進退也,雖不祥禍福所從生,亦由是也,無非已先起之,而物以類應之而動者也,故聰明聖神,內視反聽,言為明聖內視反聽,故獨明聖者知其本心皆在此耳。故琴瑟報,彈其宮,他宮自鳴而應之,此物之以類動者也,其動以聲而無形,人不見其動之形,則謂之自鳴也,又相動無形,則謂之自然,其實非自然也,有使之然者矣,物固有實使之,其使之無形,尚書傳言:“周將興之時,有大赤鳥銜谷之種,而集王屋之上者,武王喜,諸大夫皆喜。周公曰:茂哉!茂哉!天之見此以勸之也。”恐恃之。

今平地に水を注せば、水は乾燥を離れて潮濕に趨向す。柴薪を鋪きて均しくして火を點せば、火は潮濕を離れて乾燥に趨向す。百物は自らと相異なるを離れて、自らと相同じきに隨從す。故に氣相同じければ則ち會合し、聲相い比すれば則ち應和す。其の效驗は明白なり。試みに琴瑟を調好して安放して、宮音を彈けば、則ち其の他の宮弦は之に應和し、商音を彈けば、則ち其の他の商弦は之に應和す。五音相い比して自ら鳴響す。神有るに非ず。是れ其の數の然らしむるなり。美事は美此の類を招來し、惡事は惡此の類を招來す。類相い應じて興起するは、猶お馬鳴けば則ち馬應和し、牛鳴けば則ち牛應和するが如し。帝王將に興起せんとすれば、美祥も亦先ず出現し、將に滅亡せんとすれば、妖孽も亦先ず出現す。物は本より類に按じて相い招來す。故に龍を用いて雨を招致し、扇を用いて暑を驅趕す。軍隊の駐る所は荊棘を生ず。美惡皆從來する有りて以て命と為して、處所を知る者無し。天將に陰雨せんとすれば、人の舊病は此れに因りて先ず發動す。是れ陰相い應じて興起す。天將に陰雨せんとすれば、又人をして臥せんと欲せしむ。是れ陰氣なり。憂有るも、亦人をして臥せしむ。是れ陰相い求むなり。喜有るは、人をして臥せんと欲せしめず。是れ陽相い求索するなり。水は夜に至りて、更に幾分漲る。東風來れば則ち酒は更に湛溢す。病人は夜に至りて、疾病更に重し。鷄は將に明けんとするに至りて、皆鳴叫して相い迫近す。其の氣は更に精なり。故に陽は陽を増益し、陰は陰を増益す。陰陽の氣は此れに因りて以て類に按じて相い損益すべし。天に陰陽有り、人も亦陰陽有り。天地の陰氣興起すれば、人の陰氣は之に響應して興起す。人の陰氣興起すれば、天地の陰氣も亦當に之に響應して興起すべし。其の道は一事なり。此れを明白する者は、雨を招致せんと欲すれば、則ち陰を發動して陰を興起し、雨を止住せんと欲すれば、則ち陽を發動して陽を興起す。故に雨を招致するは、神に非ずして、人をして疑心して神とせしむるは、其の理の微妙なるに因るなり。單に陰陽の氣の以て類に按じて進退するのみならず、不祥禍福の生ずる所從と雖も、亦此れに由る。非ずや自ら先ず之を興起して、而して物は類に按じて之に響應して動くのみ。故に聰明聖神は、內に看て反りて聽く。所謂明聖內視反聽は、故に獨り明聖の人は其の本心は皆此に在るを知るのみなり。故に琴瑟は回報す。宮音を彈けば、其の他の宮弦は自ら鳴響して應和す。此れ物の類に按じて動くなり。其の動は聲を用いて形無く、人其の動の形を見るを得ず。則ち之を自鳴と謂う。又相い打動して形無し。則ち之を自然と謂う。其の實自然に非ず。之を此くの如くせしむる有り。物は固より實際之をせしむる有れども、而して之をせしむるは形無し。『尚書』傳曰く、「周將に興起せんとするの時に、大赤鳥の穀種を銜む有りて、王屋の上に停集し、武王は歡喜し、諸大夫は皆歡喜す。周公曰く、勉勵せよ、勉勵せよ、天は此れを顯現して以て勸勉す。」人此れに因りて之に倚仗するを恐る。

五行相生第五十八

五行相生第五十八

天地之氣,合而為一,分為陰陽,判為四時,列為五行。行者,行也,其行不同,故謂之五行。五行者,五官也,比相生而間相勝也,故為治,逆之則亂,順之則治。

天地の氣は、合わさりて一と為り、分かれて陰陽と為り、剖判して四時と為り、陳列して五行と為る。行は、即ち運行なり。其の運行同じからずれば、故に五行と謂う。五行は、即ち五官なり。相鄰するは相い生じ、相間隔るは相い勝つ。故に治理すれば、之に逆すれば則ち亂れ、之に順えば則ち治まる。

東方者木,農之本,司農尚仁,進經術之士,道之以帝王之路,將順其美,匡捄其惡,執規而生,至溫潤下,知地形肥磽美惡,立事生則,因地之宜,召公是也;親入南畝之中,觀民墾草發淄,耕種五穀,積蓄有餘,家給人足,倉庫充實,司馬實谷,司馬,本朝也,本朝者,火也,故曰木生火。

東方は木、農の本なり。司農は仁を崇尚して、經術の士を進用して、帝王の路を用いて誘導して、將に其の美に順い、其の惡を匡正補救して、規を執りて生じ、溫潤にして下向するに至りて、地形の肥瘠美惡を知りて、事の法則を設立して、地の適宜に因る。召公は即ち此くの如し。自ら南畝の中に入りて、民の荒草を開墾し淄地を開發して、五穀を耕種して、積蓄餘有りて、家給し人足り、倉庫充實するを看る。司馬は穀を充實し、司馬は本朝、本朝は火なり。故に木は火を生ずと曰う。

南方者火也,本朝司馬尚智,進賢聖之士,上知天文,其形兆未見,其萌芽未生,昭然獨見存亡之機,得失之要,治亂之源,豫禁未然之前,執矩而長,至忠厚仁,輔翼其君,周公是也;成王幼弱,周公相,誅管叔蔡叔,以定天下,天下既寧以安。君官者,司營也,司營者,土也,故曰火生土。

南方は火、本朝司馬は智を崇尚して、賢聖の士を進用す。上りて天文を知りて、形兆未だ見えず、萌芽未だ生出せざるに、則ち昭然として獨り存亡の幾微・得失の要約・治亂の根源を見て、豫め未然の前に禁して、矩を執りて長じ、忠厚仁に至りて、其の君を輔翼す。周公は即ち此くの如し。成王幼弱にして、周公は相を做して、管叔・蔡叔を誅して、以て天下を安定す。天下已に安寧す。君官は司營、司營は土なり。故に火は土を生ずと曰う。

中央者土,君官也,司營尚信,卑身賤體,夙興夜寐,稱述往古,以厲主意,明見成敗,微諫納善,防滅其惡,絕源塞●,執繩而制四方,至忠厚信,以事其君,據義割恩,太公是也;應天因時之化,威武強御以成。大理者,司徒也,司徒者,金也,故曰土生金。

中央は土、君官なり。司營は信を崇尚して、自身を卑下して形體を賤視して、早く起きて晩く睡り、往古を稱述して、以て主の意を砥礪して、成敗を明白看見して、微言勸諫して善を納容して、其の惡を防止消滅して、源頭を斷絶して底を堵して、繩を執りて四方を制約して、忠厚信に至りて、以て其の君に事奉して、義に依據して恩を割舍す。太公は即ち此くの如し。天に應じて時の化に因りて、威武強禦して以て成就す。大理は司徒、司徒は金なり。故に土は金を生ずと曰う。

西方者金,大理,司徒也,司徒尚義,臣死君,而眾人死父,親有尊卑,位有上下,各死其事,事不踰矩,執權而伐,兵不苟克,取不苟得,義而後行,至廉而威,質直剛毅,子●是也;伐有罪,討不義,是以百姓附親,邊境安寧,寇賊不發,邑無獄訟則親安。執法者,司寇也,司寇者,水也,故曰金生水。

西方は金、大理・司徒なり。司徒は義を崇尚す。臣は君の為に死し、衆人は主父の為に死して、親に尊卑有り、位に上下有りて、各々其の事に死して、事規矩を越えず、權を執りて征伐して、兵苟且に克を求めず、取苟且に得を求めず、義して然る後に實行して、廉潔にして威有るに至りて、質直剛毅なり。子は即ち此くの如し。罪有るを討伐し、不義を征討すれば、故に百姓は親附して、邊境安寧して、寇賊發作せず、城邑に獄訟無ければ則ち親安し。執法は司寇、司寇は水なり。故に金は水を生ずと曰う。

北方者水,執法,司寇也,司寇尚禮,君臣有位,長幼有序,朝廷有爵,鄉黨以齒,升降揖讓,般伏拜謁,折旋中矩,立則罄折,拱則抱鼓,執衡而藏,至清廉平,賂遺不受,請謁不聽,據法聽訟,無有所阿,孔子是也;為魯司寇,斷獄屯屯,與眾共之,不敢自專,是死者不恨,生者不怨,百工維時以成器械,器械既成,以給司農。司農者,田官也,田官者木,故曰水生木。

北方は水、執法・司寇なり。司寇は禮を崇尚す。君臣に位子有り、長幼に次序有り、朝廷に爵有り、鄉黨は年齡に按じて、升降揖讓し、盤伏拜謁して、身を轉ずるに規矩に合し、立つれば則ち磬の如く腰を折り、拱手すれば則ち鼓を抱くが如く、衡を執りて收藏して、清廉公平に至りて、賄賂は接受せず、請托は聽從せず、法に依據して訟を聽して、偏私無し。孔子は即ち此くの如し。魯司寇を做して、獄を斷ずるに誠懇專一にして、衆人と共同して、敢えて自ら專斷せず。故に死する者は恨まず、活くる者は怨まず。百工は時に按じて器械を成就して來り、器械已に成就すれば、以て司農に供給す。司農は田官、田官は木なり。故に水は木を生ずと曰う。

五行相勝第五十九

五行相勝第五十九

木者,司農也,司農為奸,朋黨比周,以蔽主明,退匿賢士,絕滅公卿,教民奢侈,賓客交通,不勸田事,博戲鬥雞,走狗弄馬,長幼無禮,大小相虜,併為寇賊,橫恣絕理,司徒誅之,齊桓是也;行霸任兵,侵蔡,蔡潰,遂伐楚,楚人降伏,以安中國。木者,君之官也,夫木者,農也,農者,民也,不順如叛,則命司徒誅其率、正矣,故曰金勝木。

木は司農なり。司農奸を做して、朋黨比周して、以て主の明を遮蔽して、賢士を斥退藏匿して、公卿を滅絶して、民に奢侈を教えて、賓客交相往來して、田事を勸勉せず、博戲鬭鷄して、狗を跑らせ馬を弄して、長幼禮無く、大小相い虜掠して、一併して寇賊を做して、橫恣絶理すれば、司徒之を誅殺す。齊桓公は即ち此くの如し。覇を行い兵を任用して、蔡を侵して、蔡潰敗し、是に於て楚を伐ちて、楚人降伏して、以て中國を安定す。木は君の官なり。木は即ち農、農は即ち民なり。順わざれば叛に如く、則ち司徒に命じて其の首領を誅殺して、端正す。故に金は木に勝つと曰う。

火者,司馬也,司馬為讒,反言易辭,以譖愬人,內離骨肉之親,外疏忠臣,賢聖旋亡,讒邪日昌,魯上大夫季孫是也;專權擅政,薄國威德,反以怠惡譖愬其賢臣,劫惑其君,孔子為魯司寇,據義行法,季孫自消,墮費郈城,兵甲有差。夫火者,大朝,有邪讒熒惑其君,執法誅之,執法者,水也,故曰水勝火。

火は司馬なり。司馬は讒を進めて、反話巧辭して、以て人を譖愬して、內裏骨肉の親を離散して、外面忠臣を疎遠して、賢聖は眼を轉ずれば滅亡して、讒邪は日々昌盛す。魯の上大夫季孫は即ち此くの如し。權を專にして政を擅にして、國の威德を變薄せしめて、反りて怠惰の惡を用いて賢臣を譖愬して、其の君を脅迫迷惑す。孔子は魯司寇を做して、義に依據して法を實行して、季孫は自ら消縮して、費・郈の城を墮毀して、兵甲に等差有り。火は大朝なり。邪讒有りて其の君を熒惑すれば、執法之を誅殺す。執法は水なり。故に水は火に勝つと曰う。

土者,君之官也,其相司營,司營為神,主所為,皆曰可,主所言,皆曰善,順主指,聽從為比,進主所善,以快主意,導主以邪,陷主不義,大為宮室,多為臺榭,雕文刻鏤,五色成光,賦歛無度,以奪民財,多發繇役,以奪民時,作事無極,以奪民力,百姓愁苦,叛去其國,楚靈王是也;作乾溪之臺,三年不成,百姓罷弊而叛,及其身弒。夫土者,君之官也,君大奢侈,過度失禮,民叛矣,其民叛,其君窮矣,故曰木勝土。

土は君の官、其の相は司營なり。司營は神を裝い鬼を弄して、主の做す所は皆可以なりと言い、主の說く所は皆好しと言い、主の意旨に順順從して、聽從して黨を結び、主の喜好する所を進獻して、以て主の心意を痛快ならしめて、邪を用いて主を誘導して、主を不義に陷入せしむ。大いに宮室を建て、多く臺榭を造り、文を雕り鏤を刻して、五色光を成して、賦斂限度無く、以て民の財を奪取し、多く徭役を發して、以て民の時を奪取し、事を做すに極限無く、以て民の力を奪取して、百姓は愁苦して、其の國に叛離す。楚靈王は即ち此くの如し。乾溪の臺を建造して、三年成らず、百姓は疲弊して叛して、禍は自身に及びて弑せらる。土は君の官なり。君大いに奢侈して、過度にして禮を失えば、民は則ち叛く。民叛けば、君は則ち窮す。故に木は土に勝つと曰う。

金者,司徒也,司徒為賊,內得於君,外驕軍士,專權擅勢,誅殺無罪,侵伐暴虐,攻戰妄取,令不行,禁不止,將率不親,士卒不使,兵弱地削,令君有恥,則司馬誅之,楚殺其司徒得臣是也;得臣數戰破敵,內得於君,驕蹇不恤其下,卒不為使,當敵而弱,以危楚國,司馬誅之。金者,司徒,司徒弱不能使士眾,則司馬誅之,故曰火勝金。

金は司徒なり。司徒は賊害を做す。內裏君の寵を得て、外面軍士に驕慢して、權を專にして勢を擅にして、罪無きの人を誅殺して、侵伐暴虐して、攻戰妄取して、令は行われず、禁は止まらず、將帥親しまず、士卒使喚を聽かず、兵は弱く地は削られて、君をして恥辱有らしめば、則ち司馬之を誅殺す。楚の其の司徒得臣を殺すは即ち是れ。得臣は多次戰して敵を破るも、內裏君を得て、驕蹇にして下屬を體恤せず、士卒使喚を聽かず、敵に面して弱くして、以て楚國を危害すれば、司馬之を誅殺す。金は司徒なり。司徒弱くして士衆を使喚する能わざれば、則ち司馬之を誅殺す。故に火は金に勝つと曰う。

水者,司寇也,司寇為亂,足恭小謹,巧言令色,聽謁受賂,阿黨不平,慢令急誅,誅殺無罪,則司營誅之,營蕩是也;為齊司寇,太公封於齊,問焉以治國之要,營蕩對曰:“任仁義而已。”太公曰:“任仁義奈何?”營蕩對曰:“仁者愛人,義者尊老。”太公曰:“愛人尊老奈何?”營蕩對曰:“愛人者,有子不食其力;尊老者,妻長而夫拜之。”太公曰:“寡人慾以仁義治齊,今子以仁義亂齊,寡人立而誅之,以定齊國。”夫水者,執法司寇也,執法附黨不平,依法刑人,則司營誅之,故曰土勝水。

水は司寇なり。司寇は亂を作して、過度に恭謹瑣細にして、巧言令色して、請托を聽き賄賂を受けて、黨を結んで公平ならず、法令は怠慢にして誅殺は急切にして、罪無きの人を誅殺すれば、則ち司營之を誅殺す。營蕩は即ち此くの如し。齊司寇を做して、太公は齊に封ぜられて、之に向いて治國の要約を詢問すれば、營蕩對答して曰く、「仁義を任用する而已。」太公曰く、「仁義を任用するは如何。」營蕩對答して曰く、「仁は人を愛し、義は老を尊ぶなり。」太公曰く、「人を愛し老を尊ぶは如何。」營蕩對答して曰く、「人を愛するは、子有りて其の力を食わず。老を尊ぶは、妻子年長にして丈夫之を拜す。」太公曰く、「寡人は仁義を用いて齊を治理せんと欲す。今汝は仁義を用いて齊を亂す。寡人は即ち汝を誅殺して、以て齊國を安定せん。」水は執法司寇なり。執法依附して黨を結んで公平ならず、法に依據して人を刑すれば、則ち司營之を誅殺す。故に土は水に勝つと曰う。

五行順逆第六十

五行順逆第六十

木者春,生之性,農之本也。勸農事,無奪民時,使民歲不過三日,行什一之稅,進經術之士,挺群禁,出輕系,去稽留,除桎梏,開門闔,通障塞,恩及草木,則樹木華美,而朱草生,恩及鱗蟲,則魚大為,鱣鯨不見,群龍下。如人君出入不時,走狗試馬,馳騁不反宮室,好淫樂,飲酒沈琨,縱恣不顧政治,事多發役,以奪民時,作謀增稅,以奪民財,民病疥搔溫體,足胻痛,咎及於木,則茂木枯槁,工匠之輪多傷敗,毒水渰群,漉陂如漁,咎及鱗蟲,則魚不為,群龍深藏,鯨出現。

木は春、生の性、農の本なり。農事を勸勉して、民の時を奪取せずして、民をして一年三日の力役を超過せしめずして、十分取一の税を實行して、經術の士を進用して、諸種の禁令を放寬して、輕罪在押のを放出して、稽留を去掉して、桎梏を除去して、門闔を打開して、障塞を打通して、恩は草木に及べば、則ち樹木華美にして、而して朱草生ず。恩は鱗蟲に及べば、則ち魚大いに繁殖して、鱣鯨出現せず、群龍下り來る。若し人君出入時に按ぜずして、狗を跑らせ馬を試して、馳騁して宮室に回らずして、淫樂を喜好して、酒を飲んで沉湎して、放縱して政治を顧みずして、事多くして役を發して、以て民の時を奪取して、謀を作して税を増して、以て民の財を奪取すれば、民は疥搔に病み身體發熱して、小腿痛く、咎は木に及べば、則ち茂木は枯槁して、工匠の輪は多く傷敗して、毒水は群物を淹没して、陂池を排乾して魚を打てば、咎は鱗蟲に及べば、則ち魚繁殖せず、群龍は深く藏れて、鯨出現す。

火者夏,成長,本朝也。舉賢良,進茂才,官得其能,任得其力,賞有功,封有德,出貨財,振睏乏,正封疆,使四方。恩及於火,則火順人,而甘露降;恩及羽蟲,則飛鳥大為,黃鵠出見,鳳凰翔。如人君惑於讒邪,內離骨肉,外疏忠臣,至殺世子,誅殺不辜,逐忠臣,以妾為妻,棄法令,婦妾為政,賜予不當,則民病血,壅腫,目不明。咎及於火,則大旱,必有火災,摘巢探鷇,咎及羽蟲,則飛鳥不為,冬應不來,梟鴟群鳴,鳳凰高翔。

火は夏、成長、本朝なり。賢良を推舉して、茂才を進用して、官は其の才能を得て、任用は其の力を得て、功有るを賞して、德有るを封じて、貨財を拿出して、困乏を賑濟して、封疆を端正して、四方に使出す。恩は火に及べば、則ち火は人に順從して、而して甘露降る。恩は羽蟲に及べば、則ち飛飛鳥大いに繁殖して、黃鵠出現して、鳳凰飛翔す。若し人君讒邪に迷惑せられて、內裏骨肉を離散して、外面忠臣を疎遠して、世子を殺すに至りて、無辜を誅殺して、忠臣を放逐して、妾を以て妻と為して、法令を拋棄して、婦妾政を執りて、賜與不當なれば、則ち民は血に病み・壅腫・眼不明なり。咎は火に及べば、則ち大旱して、必ず火災有り。鳥の巢を掏い幼雛を探取すれば、咎は羽蟲に及べば、則ち飛鳥繁殖せず、冬の應驗來らず、梟鴟群れ成して鳴叫して、鳳凰は高飛遠翔す。

土者夏中,成熟百種,君之官,循宮室之制,謹夫婦之別,加親戚之恩,恩及於土,則五穀成而嘉禾興,恩及?蟲,則百姓親附,城郭充實,賢聖皆頡,仙人降。如人君好淫佚,妻妾過度,犯親戚,侮父兄,欺罔百姓,大為臺榭,五色成光,雕文刻鏤,則民病心腹宛黃,舌爛痛,咎及於土,則五穀不成,暴虐妄誅,咎及?蟲,?蟲不為,百姓叛去,賢聖放亡。

土は夏中、百種を成熟せしむ、君の官なり。宮室の制度に遵循して、夫婦の分別を謹慎して、親戚の恩を加厚す。恩は土に及べば、則ち五穀成就して嘉禾興起す。恩は倮蟲に及べば、則ち百姓親附して、城郭充實して、賢聖皆來り、仙人下降す。若し人君淫佚を喜好して、妻妾過度にして、親戚を冒犯して、父兄を侮慢して、百姓を欺罔して、大いに臺榭を建てて、五色光を成して、文を雕り鏤を刻すれば、則ち民は心腹鬱黃に病み、舌爛れて痛む。咎は土に及べば、則ち五穀成就せず。暴虐して妄りに誅殺すれば、咎は倮蟲に及べば、倮蟲繁殖せず、百姓叛離して、賢聖放逐逃亡す。

金者秋,殺氣之始也。建立旗鼓、杖把旄鉞,以誅賊殘,禁暴虐,安集,故動眾興師,必應義理,出則祠兵,入則振旅,以閒習之,因於搜狩,存不忘亡,安不忘危,修城郭,繕牆垣,審群禁,飭兵甲,警百官,誅不法,恩及於金石,則涼風出,恩及於毛蟲,則走獸大為,麒麟至。如人君好戰,侵陵諸侯,貪城邑之賂,輕百姓之命,則民病喉咳嗽,筋攣,鼻鼽塞,咎及於金,則鑄化凝滯,凍堅不成,四面張罔,焚林而獵,咎及毛蟲,則走獸不為,白虎妄搏,麒麟遠去。

金は秋、殺氣の始めなり。旗鼓を建立して、手に旄鉞を持して、以て賊殘を誅殺して、暴虐を禁止して、聚集を安定す。故に師を興して衆を動かすは、必ず義理に應ずべし。出づれば則ち兵を祠り、入れば則ち旅を整え、以て閑習して、搜狩に借る。存する時は亡を忘れず、安んずる時は危を忘れず、城郭を修して、牆垣を繕して、諸種の禁令を審察して、兵甲を整飭して、百官を警戒して、不法を誅殺す。恩は金石に及べば、則ち涼風出づ。恩は毛蟲に及べば、則ち走獸大いに繁殖して、麒麟至り來る。若し人君戰爭を喜好して、諸侯を侵陵して、城邑の賄賂を貪圖して、百姓の命を看輕すれば、則ち民は喉咳嗽に病み・筋攣・鼻塞なり。咎は金に及べば、則ち鑄化凝滯して、凍堅成らず。四面網を張りて、林を焚きて獵すれば、咎は毛蟲に及べば、則ち走獸繁殖せず、白虎は妄りに搏擊して、麒麟は遠遠に離去る。

水者冬,藏至陰也,宗廟祭祀之始,敬四時之祭,禘祫昭穆之序,天子祭天,諸侯祭土,閉門閭,大搜索,斷刑罰,執當罪,飭關梁,禁外徙,恩及於水,則醴泉出,恩及介蟲,則黿鼉大為,靈龜出。如人君簡宗廟,不禱祀,廢祭祀,執法不順,逆天時,則民病流腫、水張、痿痺、孔竅不通,咎及於水,霧氣冥冥,必有大水,水為民害,咎及介蟲,則龜深藏,黿鼉呴。

水は冬、藏、是れ至陰、宗廟祭祀の始めなり。四時の祭を敬して、禘祫昭穆の次序。天子は天を祭り、諸侯は土を祭る。門閭を關閉して、大いに搜索して、刑罰を決斷して、罪に當るを捉拿して、關梁を整飭して、外に遷徙するを禁止す。恩は水に及べば、則ち醴泉出づ。恩は介蟲に及べば、則ち黿鼉大いに繁殖して、靈龜出現す。若し人君宗廟を簡慢して、禱告祭祀せずして、祭祀を廢棄して、執法順わずして、天時に逆えば、則ち民は流腫・水腫・痿痺・孔竅不通に病む。咎は水に及べば、霧氣冥冥として、必ず大水有りて、水は民の害と為る。咎は介蟲に及べば、則ち龜は深く藏れて、黿鼉鳴叫す。

治水五行第六十一

治水五行第六十一

日冬至七十二日,木用事,其氣燥瘻而青,七十二日,火用事,其氣慘陽而赤;七十二日,土用事,其氣溼瘻而黃;七十二日,金用事,其氣慘淡而白;七十二日,水用事,其氣清寒而黑;七十二日,復得木。木用事,則行柔惠,挺群禁,至於立春,出輕系,去稽留,除桎梏,開門闔,通障塞,存幼孤,矜寡獨,無伐木。火用事,則正封疆,循田疇,至於立夏,舉賢良,封有德,賞有功,出使四方,無縱火。土用事,則養長老,存幼孤,矜寡獨,賜孝弟,施恩澤,無興土功。金用事,則修城郭,繕牆垣,審群禁,飭甲兵,警百官,誅不法,存長老,無焚金石。水用事,則閉門閭,大搜索,斷刑罰,執當罪,飭關梁,禁外徙,無決堤。

冬至より起りて七十二日、木令に當りて、其の氣燥濁にして青し。七十二日、火令に當りて、其の氣慘陽にして赤し。七十二日、土令に當りて、其の氣濕濁にして黃し。七十二日、金令に當りて、其の氣慘淡にして白し。七十二日、水令に當りて、其の氣清寒にして黑し。七十二日、重新に木を得。木令に當れば、則ち柔惠を實行して、諸種の禁令を放寬して、立春に到りて、輕罪在押のを放出して、稽留を去掉して、桎梏を除去して、門闔を打開して、障塞を打通して、幼孤を存恤して、寡獨を憐憫して、樹木を斫伐せず。火令に當れば、則ち封疆を端正して、田疇を巡視して、立夏に到りて、賢良を推舉して、德有るを封じて、功有るを賞して、四方に使出して、火を縱せず。土令に當れば、則ち長老を奉養して、幼孤を存恤して、寡獨を憐憫して、孝悌を賞賜して、恩澤を施加して、土功を興さず。金令に當れば、則ち城郭を修して、牆垣を繕して、諸種の禁令を審察して、甲兵を整飭して、百官を警戒して、不法を誅殺して、長老を存恤して、金石を焚燒せず。水令に當れば、則ち門閭を關閉して、大いに搜索して、刑罰を決いに搜索して、刑罰を決斷して、罪に當るを捉拿して、關梁を整飭して、外に遷徙するを禁止して、堤防を決開せず。

巻第十四

治亂五行第六十二

治亂五行第六十二

火幹木,蟄蟲蚤出,蚿雷蚤行;土幹木,胎夭卵毈,鳥蟲多傷;金幹木,有兵;水乾木,春下霜。

火は木に干預すれば、蟄蟲早く出で、蚯蚓雷聲早く行う。土は木に干預すれば、胎児夭折して、卵孵り出でず、鳥蟲多く傷受く。金は木に干預すれば、兵事有り。水は木に干預すれば、春霜を下す。

土幹火,則多雷;金幹火,草木夷;水乾火,夏雹;木幹火,則地動。

土は火に干預すれば、則ち雷多し。金は火に干預すれば、草木夷傷を受く。水は火に干預すれば、夏雹を下す。木は火に干預すれば、則ち地動す。

金乾土,則五穀傷有殃;水乾土,夏寒雨霜;木乾土,?蟲不為;火乾土,則大旱。

金は土に干預すれば、則ち五穀傷を受けて殃有り。水は土に干預すれば、夏寒して霜を下す。木は土に干預すれば、倮蟲繁殖せず。火は土に干預すれば、則ち大旱す。

水乾金,則魚不為;木幹金,則草木再生;火幹金,則草木秋榮;土幹金,五穀不成。

水は金に干預すれば、則ち魚繁殖せず。木は金に干預すれば、則ち草木再生す。火は金に干預すれば、則ち草木秋に開花す。土は金に干預すれば、五穀成就せず。

木幹水,冬蟄不藏;土幹水,則蟄蟲冬出;火幹水,則星墜;金幹水,則冬大寒。

木は水に干預すれば、冬蟄潛藏せず。土は水に干預すれば、則ち蟄蟲冬天出づ。火は水に干預すれば、則ち星墜落す。金は水に干預すれば、則ち冬天大寒す。

五行變救第六十三

五行變救第六十三

五行變至,當救之以德,施之天下,則咎除;不救以德,不出三年,天當雨石。木有變,春凋秋榮,秋木在,春多雨,此繇役眾,賦歛重,百姓貧窮叛去,道多飢人;救之者,省繇役,薄賦歛,出倉谷,振困窮矣。火有變,冬溫夏寒,此王者不明,善者不賞,惡者不絀,不肖在位,賢者伏匿,則寒暑失序,而民疾疫;救之者,舉賢良,賞有功,封有德。土有變,大風至,五穀傷,此不信仁賢,不敬父兄,淫泆無度,宮室榮;救之者,省宮室,去雕文,舉孝悌,恤黎元。金有變,畢昴為回三覆,有武,多兵,多盜寇,此棄義貪財,輕民命,重貨賂,百姓趣利,多奸軌;救之者,舉廉潔,立正直,隱武行文,束甲械。水有變,冬溼多霧,春夏雨雹,此法令緩,刑罰不行;救之者,憂囹圄,案奸宄,誅有罪,五日。

五行の變至り來れば、當に德を用いて救い、天下に施行すべし。則ち咎除去す。德を用いて救わざれば、三年を出ずして、天は石雨を下さん。木に變有りて、春に凋み秋に榮え、秋に樹木猶お在りて、春に雨多し。此れ徭役多く賦斂重く、百姓貧窮叛離して、路上饑人を多くす。之を救うの法は、徭役を減省して、賦斂を輕減して、倉穀を拿出して、困窮を賑濟す。火に變有りて、冬に溫し夏に寒し。此れ王者明白ならずして、善の賞せざる・惡の黜せざる・不肖の位に在る・賢者の伏匿すれば、則ち寒暑次序を失して、而して民に疾疫有り。之を救うの法は、賢良を推舉して、功有るを賞して、德有るを封ず。土に變有りて、大風至り來りて、五穀傷を受く。此れ仁賢を信任せず、父兄を尊敬せず、淫佚度無く、宮室華美なり。之を救うの法は、宮室を減省して、雕文を去掉して、孝悌を推舉して、黎民を體恤す。金に變有りて、畢宿・昴宿三重回轉して、武事有りて、兵多く、盜寇多し。此れ義を拋棄して財を貪り、民の命を看輕して、貨賂を看重して、百姓は利に趨して、奸軌多し。之を救うの法は、廉潔を推舉して、正直を樹立して、武事を隱して文德を行い、甲械を收束す。水に變有りて、冬に濕多く霧多く、春夏雹を下す。此れ法令緩にして、刑罰實行せざるなり。之を救うの法は、監獄を憂慮して、奸宄を案問して、罪有るを誅殺し、五日を失う。

五行五事第六十四

五行五事第六十四

王者與臣無禮,貌不肅敬,則木不曲直,而夏多暴風,風者,木之氣也,其音角也,故應之以暴風。王者言不從,則金不從革,而秋多霹灤,霹灤者,金氣也,其音商也,故應之以霹灤。王者視不明,則火不炎上,而秋多電,電者,火氣也,其音徵也,故應之以電。王者聽不聰,則水不潤下,而春夏多暴雨,雨者,水氣也,其音羽也,故應之以暴雨。王者心不能容,則稼穡不成,而秋多雷,雷者,土氣也,其音宮也,故應之以雷。

王者と臣と禮無く、容貌肅敬ならざれば、則ち木は曲直する能わずして、而して夏に暴風多し。風は木の氣、其の音は角なり。故に暴風を用いて應ず。王者の話聽從せられざれば、則ち金は變革に從わずして、而して秋に霹靂多し。霹靂は金の氣、其の音は商なり。故に霹靂を用いて應ず。王者看る明白ならざれば、則ち火は上に炎せずして、而して秋に電多し。電は火の氣、其の音は徵なり。故に電を用いて應ず。王者聽く聰ならざれば、則ち水は下に潤せずして、而して春夏に暴雨多し。雨は水の氣、其の音は羽なり。故に暴雨を用いて應ず。王者の心容納する能わざれば、則ち稼穡成就せずして、而して秋に雷多し。雷は土の氣、其の音は宮なり。故に雷を用いて應ず。

五事:一曰貌,二曰言,三曰視,四曰聽,五曰思,何謂也?夫五事者,人之所受命於天也,而王者所修而治民也,故王者為民,治則不可以不明,準繩不可以不正。王者貌曰恭,恭者,敬也;言曰從,從者,可從;視曰明,明者,知賢不肖,分明黑白也;聽曰聰,聰者,能聞事而審其意也;思曰容,容者,言無不容。恭作肅,從作乂,明作哲,聰作謀,容作聖。何謂也?恭作肅,言王者誠能內有恭敬之姿,而天下莫不肅矣。從作乂,言王者言可從,明正從行,而天下治矣。明作哲,哲者,知也,王者明,則賢者進,不肖者退,天下知善而勸之,知惡而恥之矣。聰作謀,謀者,謀事也,王者聰,則聞事與臣下謀之,故事無失謀矣。容作聖,聖者,設也,王者心寬大無不容,則聖能施設,事各得其宜也。

五事は、一を貌と曰い、二を言と曰い、三を視と曰い、四を聽と曰い、五を思と曰う。是れ何の意ぞや。五事は、人の天より命を承受する所、而して王者の修習して以て民を治する所なり。故に王者は民と為りて、治理すれば則ち明白ならざるべからず、準繩は正ならざるべからず。王者の貌は恭と謂い、恭は即ち敬なり。言は從と謂い、從は即ち以て聽從すべし。視は明と謂い、明は即ち賢と不肖とを知りて、黑白を分別す。聽は聰と謂い、聰は即ち能く事を聽見して其の意を審察す。思は容と謂い、容は即ち話容納する能わざる無きなり。恭すれば則ち肅を作成し、從すれば則ち乂を作成し、明なれば則ち哲を作成し、聰なれば則ち謀を作成し、容なれば則ち聖を作成す。是れ何の意ぞや。恭は肅を作成するは、王者確かに內裏恭敬の姿容有れば、天下肅ならざる無きを說く。從は乂を作成するは、王者の話は以て聽從すべく、明白端正にして、隨って實行すれば、天下則ち治まるを說く。明は哲を作成するは、哲は即ち知なり。王者明なれば、則ち賢者進用して、不肖は斥退して、天下は善を知りて勸勉して、惡を知りて羞恥す。聰は謀を作成するは、謀は即ち事を謀劃す。王者聰なれば、則ち事を聽見して臣下と謀劃すれば、故に事失謀無し。容は聖を作成するは、聖は即ち施設なり。王者心寬大にして容納する能わざる無ければ、則ち聖は能く施設して、事各々適宜を得。

王者能敬則肅,肅則春氣得,故肅者主春。春,陽氣微,萬物柔易移,弱可化。於時陰氣為賊,故王者欽欽不以議陰事,然後萬物遂生,而木可曲直也。春行秋政,則草木凋;行冬政,則雪;行夏政,則殺。春失政則。

王者能く敬すれば則ち肅し、肅すれば則ち春氣得。故に肅は春を主管す。春は、陽氣微にして、万物柔軟にして移り易く、弱くして以て化すべし。此の時に於て陰氣賊を做すれば、故に王者欽敬して陰事を以て議論せずして、然る後に万物は順遂生長して、而して木は以て曲直すべし。春は秋の政を實行すれば、則ち草木凋む。冬の政を實行すれば、則ち雪を下す。夏の政を實行すれば、則ち殺す。春は政を失えば則ち——底本此の處疑いて脱文有り。

王者能治則義立,義立則秋氣得,故乂者主秋。秋氣始殺,王者行小刑罰,民不犯則禮義成。於時陽氣為賊,故王者輔以官牧之事,然後萬物成熟,秋,草木不榮華,金從革也。秋行春政,則華;行夏政,則喬;行冬政,則落。秋失政,則春大風不解,雷不發聲。

王者能く治理すれば則ち義立ち、義立てば則ち秋氣得。故に乂は秋を主管す。秋氣は始めて殺して、王者は小刑を實行して、民犯さざれば則ち禮義成就す。此の時に於て陽氣賊を做すれば、故に王者官牧の事を用いて輔助して、然る後に万物成熟す。秋は、草木開花せずして、金は變革に服從す。秋は春の政を實行すれば、則ち開花す。夏の政を實行すれば、則ち高大す。冬の政を實行すれば、則ち零落す。秋は政を失えば、則ち春大風解せず、雷聲を發せず。

王者能知,則知善惡,知善惡,則夏氣得,故哲者主夏。夏,陽氣始盛,萬物兆長,王者不揜明,則道不退塞。而夏至之後,大暑隆,萬物茂育懷任,王者恐明不知賢不肖,分明白黑,於時,寒為賊,故王者輔以賞賜之事,然後夏草木不霜,火炎上也。夏行春政,則風行;秋政,則水行;冬政,則落。夏失政,則冬不凍在,五穀不藏,大寒不解。

王者能く知れば、則ち善惡を知る。善惡を知れば、則ち夏氣得。故に哲は夏を主管す。夏は、陽氣始めて盛にして、万物兆始生長す。王者明を掩蔽せざれば、則ち道は退塞せず。夏至の後は、大暑隆盛にして、万物茂育懷孕す。王者は明にして賢と不肖とを知らず、黑白を分別するを恐る。此の時に於て、寒は賊を做すれば、故に王者賞賜の事を用いて輔助して、然る後に夏の草木霜を下さず、火は上に炎す。夏は春の政を實行すれば、則ち風行す。秋の政を實行すれば、則ち水行す。冬の政を實行すれば、則ち零落す。夏は政を失えば、則ち冬冰を結ばず、五穀收藏せず、大寒解せず。

王者無失謀,然後冬氣得,故謀者主冬。冬,陰氣始盛,草未必死,王者能聞事審謀慮之,則不侵伐,不侵伐且殺,則死者不恨,生者不怨。冬日至之後,大寒降,萬物藏於下,於時,暑為賊,故王者輔之以急斷之事,以水潤下也。冬行春政,則蒸;行夏政,則雷;行秋政,則旱,冬失政,則夏草木不實,霜,五穀疾枯。

王者謀を失わずして、然る後に冬氣得。故に謀は冬を主管す。冬は、陰氣始めて盛にして、草木未だ必ずしも死せず。王者能く事を聽見して謀慮を審察すれば、則ち侵伐せず。侵伐せず且つ殺せば、則ち死する者恨まず、活くる者怨まず。冬至の後は、大寒降臨して、万物は下に藏す。此の時に於て、暑は賊を做すれば、故に王者急斷の事を用いて輔助して、水を用いて下に潤す。冬は春の政を實行すれば、則ち蒸鬱す。夏の政を實行すれば、則ち雷を打つ。秋の政を實行すれば、則ち旱す。冬は政を失えば、則ち夏草木實を結ばず、霜を下し、五穀病害して枯槁す。

郊語第六十五

郊語第六十五

人之言:醞去煙,鴟羽去眯,慈石取鐵,頸金取火,蠶珥絲於室,而弦絕於堂,禾實於野,而粟缺於倉,蕪荑生於燕,橘枳死於荊,此十物者,皆奇而可怪,非人所意也。夫非人所意而然,既已有之矣,或者吉凶禍福、利不利之所從生,無有奇怪,非人所意如是者乎,此等可畏也。孔子曰:“君子有三畏:畏天命,畏大人,畏聖人之言。”彼豈無傷害於人,如孔子徒畏之哉!以此見天之不可不畏敬,猶主上之不可不謹事,不謹事主,其禍來至顯,不畏敬天,其殃來至闇,闇者不見其端,若自然也,故曰:堂堂如天殃。言不必立校,默而無聲,潛而無形也。由是觀之,天殃與主罰所以別者,闇與顯耳,不然其來逮人,殆無以異,孔子同之,俱言可畏也。天地神明之心,與人事成敗之真,固莫之能見也,唯聖人能見之,聖人者,見人之所不見者也,故聖人之言亦可畏也,奈何如廢郊禮?郊禮者,人所最甚重也,廢聖人所最甚重,而吉凶利害在於冥冥不可得見之中,雖已多受其病,何從知之!故曰:問聖人者,問其所為,而無問其所以為也,問其所以為,終弗能見,不如勿問,問為而為之,所不為而勿為,是與聖人同實也,何過之有!詩云:“不騫不忘,率由舊章。”舊章者,先聖人之故文章也,率由各,有修從之也,此言先聖人之故文章者,雖不能深見而詳知其則,猶不知其美譽之功矣。今郊事天之義,此聖人故,故古之聖王,文章之最重者也,前世王莫不從重粟精奉之,以事上天,至於秦,而獨闕然廢之,一何不率由舊章之大甚也。天者,百神之大君也,事天不備,雖百神猶無益也,何以言其然也,祭而地神者,春秋譏之,孔子曰:“獲罪於天,無所禱也。”是其法也。故未見秦國致天福如周國也,詩云:“唯此文王,小心翼翼,昭事上帝,允懷多福。

人の話に曰く、醞は能く烟を去し、鴟羽は能く眼を眯うの塵を去し、磁石は鐵を取り、頸金は火を取り、蠶は室裏に於て絲を吐きて、而して堂上の弦斷絶し、禾は野裏に於て實を結びて、而して倉裏の粟缺少し、蕪荑は燕地に生じて、橘枳は荊地に死す。此の十種の物は、皆奇特にして怪しむべく、人の意料する所に非ず。人の意料に非ざるに然るに此くの如し。既に已有りて、或いは吉凶禍福・利と不利との生ずる所從も、亦奇怪にして人の意料に非ざる此くの如き有らんか。此の類は畏るべきなり。孔子曰く、「君子に三畏有り。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の話を畏る。」彼等豈に人に傷害無くして、孔子の徒然に之を畏れんや。此れより見れば、天は畏敬せざるべからず、猶お主上の謹慎事奉せざるべからざるが如し。主を謹慎事奉せざれば、其の禍の至るや極めて顯著なり。天を畏敬せざれば、其の殃の至るや極めて幽暗なり。幽暗は端緒を見るべからずして、自然に如同じ。故に曰く、堂堂として天殃の如し。是れ必ずしも立ちどころに校驗せず、沉默して聲無く、潛藏して形無きを說く。此れより觀れば、天殃と主罰との分別する所以は、只だ暗と顯とのみ。然らずんば彼等の人の身に來るや、幾ならずして同じからず。孔子は彼等を同じと看て、皆畏るべしと曰う。天地神明の心と、人事成敗の真とは、固より見る能くする人無く、唯だ聖人のみ能く見る。聖人は、人の見る能わざる所を見る者なり。故に聖人の話も亦畏るべし。何を以て郊禮を廢棄せんや。郊禮は、人の最も看重する所なり。聖人の最も看重する所を廢棄して、而して吉凶利害は冥冥として得て見るべからざるの中に在れば、已に多く其の病を受くると雖も、何より知らん。故に曰く、聖人に問うは、其の做す所を問いて、其の做す所以の故を問わず。其の做す所以の故を問えば、終に見る能わず。問わざるに如かず。其の做す所を問いて做せば、做さざる所は則ち做さず。此れ則ち聖人と實質相同じ。何の過錯有らん。『詩經・大雅・假樂』に曰く、「虧損せず遺忘せず、舊き章程に遵循す。」舊章は、先聖人の舊有する文章なり。各自の修習する所有りて隨從すれば遵循す。此れ先聖人の舊有する文章は、深見して其の法則を詳細に知る能わずと雖も、猶お其の美譽の功を知らざるを說くなり。今郊來して天に事奉するの義は、此れ聖人の故實、故に古代聖王の文章の最も重き所なり。前代の王は重んぜざる無く、精粟を用いて奉持して以て上天に事奉せり。秦に至りて、獨り缺然として廢棄す。何ぞ舊章に遵循せざるや極まり。天は、百神の大君なり。天に事奉する完備せざれば、百神と雖も亦益無し。何を以て此くの如く說くや。地神を祭祀するは、『春秋』譏刺す。孔子曰く、「天に罪を獲れば、禱告すべき無し。」此れ即ち其の法なり。故に秦國の天福を招致するを周國の如く見ず。『詩經・大雅・大明』に曰く、「維れ此の文王、小心翼々として、明らかに上帝に事奉して、誠信にして多福を懷來す。」

”多福者,非謂人也,事功也,謂天之所福也,傳曰:周國子多賢蕃殖,至於駢孕男者四,四產而得八男,皆君子俊雄也,此天之所以興周國也,非周國之所能為也。今秦與周俱得為天子,而所以事天者異於周,以郊為百神始,始入歲首,必以正月上辛日先享天,乃敢於地,先貴之義也,夫歲先之,與歲弗行也,相去遠矣。天下福若無可怪者,然所以久弗行者,非灼灼見其當而故弗行也,典禮之官常嫌疑莫能昭昭明其當也,今切以為其當與不當,可內反於心而定也。堯謂舜曰:“天之歷數在爾躬。”言察身以知天也,今身有子,庸不欲其有子禮也!聖人正名,名不虛生,天子者,則天之子也,以身度天,獨何為不欲其子之有子禮也!今為其天子,而闕然無祭於天,天何必善之!所聞曰:天下和平,則災害不生。今災害生,見天下未和平也,天下所未和平者,天子之教化不政也。詩曰:“有覺德行,四國順之。”覺者,著也,王者有明著之德行於世,則四方莫不響應風化,善於彼矣。故曰:悅於慶賞,嚴於刑罰,疾於法令。

」所謂多福は、人を說くに非ず。是れ事功、是れ天の降す所の福を說く。傳曰く、周國の子孫は賢多く蕃殖して、一胎兩男を生ずること四次に至りて、四次生産して八個の男児を得。皆君子俊雄なり。此れ天の周國を興起する所以、周國の能く做す所に非ず。今秦と周と皆天子を做すを得るに、而して天に事奉する所以は周と同じからず。郊を以て百神の開始と為し、剛に歲首に進入すれば、必ず正月上辛日に先ず天を享して、乃ち敢えて地に及ぶ。是れ先貴の義なり。一年先ず此れを做すと、一年做さざるとは、差遠し。天下の福は怪しむべき無きに似たれども、然れども長久做さざる所以は、灼灼として其の當なりを見て故意に做さざるに非ず。是れ典禮の官常に嫌疑して、昭昭として其の當を明白する能わざるなり。今切實に其の當と不當とを認むるは、以て心に返回して確定すべし。堯は舜に對して曰く、「天の歷數は汝の身に在り。」是れ自身を審察して以て天を知るを說く。今自身に兒子有れば、豈に其の子と為るの禮有らんを欲せざらんや。聖人は名を端正す。名は空に生ぜず。天子は、即ち天の子なり。自身を以て天を度量して、獨り何の故に其の子の子と為るの禮有らんを欲せざらんや。今其の天子を做して、缺然として祭天無きは、天何ぞ必ずしも之を善待せんや。聽聞する所は、天下和平なれば、則ち災害生ぜず。今災害生ずれば、天下未だ和平ならざるを見るべし。天下の未だ和平ならざる所以は、天子の教化の端正ならざるなり。『詩經・大雅・抑』に曰く、「正直顯著の德行有れば、四國順從す。」覺は、即ち顯著なり。王者顯著の德行を世に有れば、則ち四方響應せざる無く、彼に於て善に向う。故に曰く、慶賞より喜ばしく、刑罰より嚴しく、法令より急切なり。

巻第十五

郊義第六十六

郊義第六十六

郊義:春秋之法,王者歲一祭天於郊,四祭於宗廟,宗廟因於四時之易,郊因於新歲之初,聖人有以起之,其以祭,不可不親也。天者,百神之君也,王者之所最尊也,以最尊天之故,故易始歲更紀,即以其初郊,郊必以正月上辛者,言以所最尊首一歲之事,每更紀者,以郊郊祭首之,先貴之義,尊天之道也。

郊の義。『春秋』の法は、王者每年郊に於て天を祭ること一次、宗廟に於て祭ること四次なり。宗廟は四時の改易に因りて、郊は新歲の開始に因る。聖人以て之を興起する有りて、以て祭るは、親しからざるべからず。天は百神の君、王者の最も尊ぶ所なり。最も天を尊ぶの故を以て、故に歲首を改易し紀年を更新するに、則ち其の開始を用いて郊す。郊は必ず正月上辛を用う。是れ最も尊ぶ所を用いて一歲の事の開頭を做すを說く。每に紀年を更新するに、郊祭を用いて開頭と為す。是れ先貴の義、天を尊ぶの道なり。

郊祭第六十七

郊祭第六十七

春秋之義,國有大喪者,止宗廟之祭,而不止郊祭,不敢以父母之喪廢事天地之禮也。父母之喪,至哀痛悲苦也,尚不敢廢郊也,庸足以廢郊者,故其在禮亦曰:喪者不祭,唯祭天為越喪而行事。夫古之畏敬天而重天郊如此甚也,今群臣學士不探察曰:“萬民多貧,或頗飢寒,足郊乎!”是何言之誤,天子父母事天,而子孫畜萬民,民未遍飽,無用祭天者,是猶子孫未得食,無用食父母也,言莫逆於是,是其去禮遠也。先貴而後賤,庸貴於天子,天子號天之子也,奈何受為天子之號,而無天子之禮,天子不可不祭天也,無異人之不可以不食父,為人子而不事父者,天下莫能以為可,今為天之子而不事天,何以異是。是故天子每至歲首,必先郊祭以享天,乃敢為地,行子禮也;每將興師,必先郊祭以告天,乃敢征伐,行子道也。文王受命而王天下,先郊乃敢行事,而興師伐崇,其詩曰:“芃芃棫樸,薪之槱之。濟濟闢王,左右趨之。濟濟闢王,左右奉璋。奉璋峨峨,髦士攸宜。”此郊辭也。其下曰:“淠彼涇舟,烝徒橶之。周王於邁,六師及之。”此伐辭也。其下曰:“文王受命,有此武功,既伐於崇,作邑於豐。”以此辭者,見文王受命則郊,郊乃伐崇,伐崇之時,民何處央乎!

『春秋』の義。國に大喪有るは、宗廟の祭を停止して、而して郊祭を停止せず。敢えて父母の喪を用いて天地に事奉するの禮を廢棄せず。父母の喪は、哀痛悲苦の極に至れども、尚且つ敢えて郊を廢せず。猶お何ぞ足りて郊を廢する有らん。故に禮に於ても亦曰く、喪有る者は祭らず、唯だ天を祭るは喪事を越えて擧行すと。古代は天を畏敬して天郊を看重すること此くの如く深し。今群臣學士は探察せずして曰く、「萬民貧多く、或いは頗る飢寒す。猶お郊に及ぶべきか。」是れ何ぞ錯誤の話なるや。天子は天を以て父母と為して事奉して、而して萬民を以て子孫と為して畜養す。民未だ普遍に飽食せざれば、則ち天を祭るを用いず。此れ猶お子孫未だ飯を食わざれば、則ち父母に食を與えざるが如く、話の此れより逆なる無し。此れ禮を離るるや遠し。先貴にして後賤す。猶お天子より貴き有らんや。天子此の號は天の子なり。怎んに天子の號を承受して、而して天子の禮無からん。天子は天を祭るべからず、人の父に食を與えざるべからざるに異無し。子と為りて父に事奉せざるは、天下以て可と為す能くする無し。今天の子と為りて天に事奉せざるは、此れと何の異有らん。故に天子は歲首に到る毎に、必ず先ず郊祭して以て天を享して、乃ち敢えて地と為す。是れ兒子の禮を行うなり。將に師を興さんとする毎に、必ず先ず郊祭して以て天に稟告して、乃ち敢えて征伐す。是れ兒子の道を行うなり。文王は命を受けて天下に王たりて、先ず郊して乃ち敢えて事を行いて、而して師を興して崇を伐つ。其の詩曰く、「棫樸茂盛せり。斫きて之を堆積す。儀容濟濟の君王、左右趨就す。儀容濟濟の君王、左右璋を捧ぐ。璋を捧げて儀態莊嚴、髦士正しく宜し。」此れ郊の文辭なり。其の下曰く、「彼の涇水の上の船漂浮す。衆楫を用いて之を划ぐ。周王出行すれば、六師跟上す。」此れ伐の文辭なり。其の下曰く、「文王命を受け、此の武功有り。已に崇を伐ちて、豐に邑を作す。」此の文辭を用いて、文王の命を受けて則ち郊し、郊して乃ち崇を伐つを見る。崇を伐つの時、民何の央害有らんや。

四祭第六十八

四祭第六十八

古者歲四祭,四祭者,因四時之生庸而祭其先祖父母也。故春曰祠,夏曰礿,秋曰嘗,冬曰蒸,此言不失其時以奉祭先祖也,過時不祭,則失為人子之道也。祠者,以正月始食韭也,礿者,以四月食麥也,嘗者,以七月嘗黍稷也,蒸者,以十月進初稻也,此天之經也,地之義也,孝子孝婦緣天之時,因地之利,地之菜茹瓜果,藝之稻麥黍稷,菜生谷熟,永思吉日,供具祭物,齋戒沐浴,潔清致敬,祀其先祖父母,孝子孝婦不使時過已,處之以愛敬,行之以恭讓,亦殆免於罪矣。

古時は一年祭ること四次なり。四祭は、四時の出産に因りて先祖父母を祭るなり。故に春を祠と曰い、夏を礿と曰い、秋を嘗と曰い、冬を蒸と曰う。此れ時を失わずして以て先祖に奉祭するを說く。時を過ぎて祭らざれば、則ち兒子と為るの道を失う。祠は、正月に韭菜を始めて食らう。礿は、四月に麦を食らう。嘗は、七月に黍稷を嘗す。蒸は、十月に新稻を進獻す。此れ天の經、地の義なり。孝子孝婦は天の時に緣りて、地の利に因る。地の菜茹瓜果・種植する稻麦黍稷は、菜生じ谷熟すれば、永く吉日を念い、祭物を供具して、齋戒沐浴して、潔清して致敬して、先祖父母を祭祀す。孝子孝婦は時を自らの身上より過ぎ去らしめずして、愛敬を用いて相處して、恭讓を用いて實行すれば、亦ほぼ罪を免るべし。

已受命而王,必先祭天,乃行王事,文王之伐崇是也,詩曰:“濟濟闢王,左右奉璋。奉璋峨峨,髦士攸宜。”此文王之郊也。其下之辭曰:“淠彼涇舟,烝徒橶之。周王於邁,六師及之。”此文王之伐崇也。上言奉璋,下言伐崇,以是見文王之先郊而後伐也。文王受命則郊,郊乃伐崇,崇國之民方困於暴亂之君,未得被聖人德澤,而文王已郊矣,安在德澤未洽者不可以郊乎!

已に命を受けて王と為るは、必ず先ず天を祭りて、乃ち王事を擧行す。文王の崇を伐つは即ち是れ。『詩經・大雅・棫樸』に曰く、「儀容濟濟の君王、左右璋を捧ぐ。璋を捧げて儀態莊嚴、髦士正しく宜し。」此れ文王の郊なり。其の下の文辭に曰く、「彼の涇水の上の船漂浮す。衆楫を用いて之を划ぐ。周王出行すれば、六師跟上す。」此れ文王の崇を伐つなり。上は璋を捧ぐと說き、下は崇を伐つと說く。此れより見れば、文王は先ず郊して後に伐つ。文王は命を受けて則ち郊し、郊して乃ち崇を伐つ。崇國の民は正しく暴亂の君に困めりて、未だ聖人の德澤に覆われずして、而して文王は已に郊せり。德澤未だ洽遍せざる者は以て郊すべからずとは、又何の處に在らんや。

郊祀第六十九

郊祀第六十九

周宣王時,天下旱,歲惡甚,王憂之,其詩曰:“倬彼雲漢,昭回於天。王曰:‘嗚呼!何辜今之人!天降喪亂,餓饉荐臻。靡神不舉,靡愛斯牲。圭璧既卒,寧莫我聽!旱既太甚,蘊隆蟲蟲。不殄禋祀,自郊徂宮。上下奠瘞,靡神不宗。后稷不克,上帝不臨,耗射下土,寧刃我躬’”宣王自以為不能乎后稷,不中乎上帝,故有此災,有此災,愈恐懼而謹事天,天若不予是家,是家者安得立為天子,立為天子者,天予是家,天予是家者,天使是家,天使是家者,是家天之所予也,天之所使也,天已予之,天已使之,其間不可以接天,何哉?故春秋凡譏郊,未嘗譏君德不成於郊也,乃不郊而祭山川,失祭之敘,逆於禮,故必譏之,以此觀之,不祭天者,乃不可祭小神也。郊因先卜,不吉,不敢郊;百神之祭不卜,而郊獨卜,郊祭最大也。春秋譏喪祭,不譏喪郊,郊不闢喪,喪尚不闢,況他物。郊祝曰:“皇皇上天,照臨下土,集地之靈,降甘風雨,庶物群生,各得其所,靡今靡古,維予一人某,敬拜皇天之祜。”夫不自為言,而為庶物群生言,以人心庶天無尤焉,天無尤焉,而辭恭順,宜可喜也。右郊祀九句,九句者,陽數也。

周宣王の時、天下旱して、年成は壞るるや甚だしく、王は憂慮す。其の詩曰く、「彼の雲漢は何ぞ明亮なる、光耀天に回轉す。王曰く、嗚呼、今の人何の罪有らん。天は喪亂を降下して、饑饉連續して至り來る。祭祀せざる神無く、此の牲を愛惜せざる無し。圭璧已に用盡きて、豈に我を聽かざらんや。旱已に太甚にして、鬱熱隆盛として蟲の如し。禋祀絶えず、郊より宮に至る。上下奠瘞して、尊ばざる神無し。后稷能わず、上帝降臨せずして、下土を損耗して、豈に我が身に刃及ばんとするや。」宣王は自ら以て后稷に比過する能わずして、上帝に合せずと為し、故に此の災有り。此の災有りて、更に恐懼して天に謹慎事奉す。天若し此の家に與えざれば、此の家怎んに天子と為りて立たんや。天子と為りて立つは、天の此の家に與えるなり。天の此の家に與えるは、天の此の家を使喚するなり。天の此の家を使喚するは、此の家は天の與える所・天の使喚する所なり。天已に與え已に使喚して、中間却って天に接するべからざるは、何の故ぞや。故に『春秋』凡そ郊を譏刺するや、未だ嘗て君德の郊に成就せざるを譏刺せず、乃ち郊せずして山川を祭りて、祭祀の次序を失いて、禮に逆うれば、故に必ず譏刺す。此れより觀れば、天を祭らざるは、乃ち小神を祭るべからざるなり。郊は因りて先ず占卜して、吉ならざれば敢えて郊せず。百神の祭は占卜せずして、而して郊は獨り占卜を占う。是れ郊祭最大なり。『春秋』は喪中の祭祀を譏刺して、喪中の郊を譏刺せず。郊は喪を避けず。喪尚且つ避けざれば、何況んや其の他の事物をや。郊の祝辭に曰く、「皇皇の上天、下土を照臨して、地の靈を集めて、甘風雨を降下して、庶物群生して、各々其の所を得。今古を論わず、唯だ我一人某、皇天の祜を敬拜す。」自らの為に說かずして、庶物群生の為に說きて、人心を以て天に怨尤無きを期望す。天怨尤無くして、而して文辭恭順なれば、當に喜ぶべし。右に郊祀九句。九句は、陽數なり。

順命第七十

順命第七十

父者,子之天也,天者,父之天也,無天而生,未之有也。天者,萬物之祖,萬物非天不生,獨陰不生,獨陽不生,陰陽與天地參然後生,故曰:父之子也可尊,母之子也可卑,尊者取尊號,卑者取卑號,故德侔天地者,皇天右而子之,號稱天子;其次有五等之爵以尊之,皆以國邑為號;其無德於天地之間者,州、國、人、民;甚者不得系國邑,皆絕骨肉之屬,離人倫,謂之閽盜而已,無名姓號氏於天地之間,至賤乎賤者也;其尊至德,巍巍乎不可以加矣,其卑至賤,冥冥其無下矣。春秋列序位,尊卑之陳,累累乎可得而觀也,雖闇至愚,莫不昭然,公子慶父罪亦不當繫於國,以親之故,為之諱,而謂之齊仲孫,去其公子之親也,故有大罪不奉其天命者,皆棄其天倫。人於天也,以道受命,其於人,以言受命;不若於道者,天絕之,不若於言者,人絕之;臣子大受命於君,辭而出疆,唯有社稷國家之危,猶得發辭而專安之盟是也。天子受命於天,諸侯受命於天子,子受命於父,臣妾受命於君,妻受命於夫,諸所受命者,其尊皆天也,雖謂受命於天亦可。天子不能奉天之命,則廢而稱公,王者之後是也;公侯不能奉天子之命,則名絕而不得就位,衛侯朔是也;子不奉父命,則有伯討之罪,衛世子蒯聵是也;臣不奉君命,雖善,以叛言,晉趙鞅入於晉陽以叛是也;妾不奉君之命,則媵女先至者是也;妻不奉夫之命,則絕夫不言及是也;曰不奉順於天者,其罪如此。

父は子の天、天は父の天なり。天無くして生ずるは、未だ嘗て有らず。天は万物の祖、万物は天に非ずれば生生ぜず。獨陰は生ぜず、獨陽は生ぜず、陰陽と天地と參合して然る後に生ず。故に曰く、父の子は尊ぶべく、母の子は卑むべし。尊は尊號を取り、卑は卑號を取る。故に德天地に相配するは、皇天佑助して之を兒子と為して、天子と號稱す。其の次は五等の爵を以て之を尊ぶ。皆國邑を用いて號と為す。其の天地の間に德無きは、州・國・人・民なり。更に甚だしきは國邑に系るるを得ずして、皆骨肉の屬を斷絶して、人倫を離れて、只だ閽盜と稱するのみ。天地の間に名姓號氏無く、是れ賤きの極點に至る賤なり。其の尊きや至德に至りて、巍巍として以て加うべからず。其の卑きや至賤に至りて、冥冥として更に下無し。『春秋』は位子を列序して、尊卑の陳列は、累累として觀るべく、最も愚暗なると雖も、昭然ならざる無し。公子慶父の罪も亦當に國に系るべからずして、親の故を以て、之が為に避諱して、而して齊仲孫と謂い、其の公子の親を去る。故に大罪有りて天命を奉奉ぜざるは、皆其の天倫を拋棄す。人は天に對して道を用いて命を承受し、人に對して言を用いて命を承受す。道に順わざるは、天之を絶つ。言に順わざるは、人之を絶つ。臣子は君より大いに命を受けて、辭別して疆を出づるは、唯だ社稷國家の危は、猶お辭を發して專斷すべし。安之盟即ち是れ。天子は天より命を受け、諸侯は天子より命を受け、子は父より命を受け、臣妾は君より命を受け、妻は夫より命を受く。凡そ承受する所の命は、其の尊は皆天なり。天より命を受くと說いても亦可なり。天子能く天の命を奉ぜざれば、則ち廢して公と稱す。王者の後嗣即ち是れ。公侯能く天子の命を奉ぜざれば、則ち名を稱して絶たれて位に就くを得ず。衛侯朔即ち是れ。子は父命を奉ぜざれば、則ち霸主討伐の罪有り。衛世子蒯聵即ち是れ。臣は君命を奉ぜざれば、善と雖も、亦叛を用いて說く。晋趙鞅の晋陽に入りて叛するは即ち是れ。妾は君の命を奉ぜざれば、則ち媵女先ず至る即ち是れ。妻は夫の命を奉ぜざれば、則ち夫を絶ちて提及せざる即ち是れ。曰く、天に奉順せざるは、其の罪此くの如し。

孔子曰:“畏天命,畏大人,畏聖人之言。”其祭社稷、宗廟、山川、鬼神,不以其道,無災無害;至於祭天不享,其卜不從,使其牛口傷,鼷鼠食其角,或言食牛,或言食而死,或食而生,或不食而自死,或改卜而牛死,或卜而食其角,過有深淺薄厚,而災有簡甚,不可不察也;猶郊之變因其災,而之變應而無為也,見百事之變之所不知而自然者,勝言與!以此見其可畏,專誅絕者,其唯天乎!臣殺君,子殺父,三十有餘,諸其賤者則損,以此觀之,可畏者,其唯天命、大人乎!亡國五十有餘,皆不事畏者也,況不畏大人,大人專誅之,君之滅者,何日之有哉!魯宣違聖人之言,變古易常,而災立至,聖人之言可不慎!此三畏者,異恉而同致,故聖人同之,俱言其可畏也。

孔子曰く、「天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の話を畏る。」社稷・宗廟・山川・鬼神を祭祀して、其の道に按ぜざれば、災無く害無し。天を祭りて享用せられざるに至りては、其の卜順わずして、其の牛口を傷つけ、鼷鼠其の角を食う。或いは牛を食うと說き、或いは食いて死すると說き、或いは食いて活くると說き、或いは食わずして自ら死すると說き、或いは卜を改めて牛死すると說き、或いは卜して其の角を食うと說く。過錯に深淺薄厚有りて、而して災に簡略嚴重有り。審察せざるべからず。猶お郊の變は其の災に因りて、而して其の變の響應は却って無爲なるが如く、百事の變の知らざる所にして自然なるを見るは、說いて說き盡くすべからざるなり。此れより見れば、其れ畏るべし。誅絶を專掌するは、蓋し天のみなるか。臣は君を殺し、子は父を殺すは、三十有餘。其の賤きは則ち減損す。此れより觀れば、畏るべきは、蓋し天命・大人のみなるか。亡國五十有餘は、皆事奉せず畏れざるなり。況んや大人を畏れざれば、大人は專掌して之を誅殺す。君の滅亡は、猶お幾日有らんや。魯宣公は聖人の話に違背して、古法を改變して常規を改易して、而して災は立ちどころに至る。聖人の話は謹慎すべからざらんや。此の三畏は、意旨同じからずして趨向同じ。故に聖人は彼等を同じと看て、皆畏るべしと曰う。

郊事對第七十一

郊事對第七十一

廷尉臣湯昧死言,臣湯承製以郊事問故膠西相仲舒。臣仲舒對曰:“所聞古者天子之禮,莫重於郊,郊常以正月上辛者,所以先百神而最居前,禮三年喪,不祭其先而不敢廢郊,郊重於宗廟,天尊於人也。王制曰:‘祭天地之牛繭栗,宗廟之牛握,賓客之牛尺。’此言德滋美而牲滋微也。春秋曰:‘魯祭周公,用白牡。’色白、貴純也。‘帝牲在滌三月。’牲貴肥潔而不貪其大也。凡養牲之道,務在肥潔而已,駒犢未能勝芻豢之食,莫如令食其母便。”臣湯謹問仲舒:“魯祀周公用白牡,非禮也。”臣仲舒對曰:“禮也。”臣湯問:“周天子用騂犅,群公不毛。周公、諸公也,何以得用純牲?”仲舒對曰:“武王崩,成王立,而在襁褓之中,周公繼文武之業,成二聖之功,德漸天地,澤被四海,故成王賢而貴之,詩云:‘無德不報。’故成王使祭周公以白牡,上不得與天子同色,下有異於諸侯。臣仲舒愚以為報德之禮。”臣湯問仲舒:“天子祭天,諸侯祭土,魯何緣以祭郊?”臣仲舒對曰:“周公傅成王,成王遂及聖,功莫大於此,周公,聖人也,有祭於天道,故成王令魯郊也。”臣湯問仲舒:“魯祭周公用白牡,其郊何用?”臣仲舒對曰:“魯郊用純騂犅,周色上赤,魯以天子命郊,故以騂。”臣湯問仲舒:“祠宗廟或以鳧當鳧,鳧非鳧,可用否?”仲舒對曰:“鶩非鳧,鳧非鶩也。臣聞孔子入太廟,每事問,慎之至也。陛下祭躬親,齋戒沐浴,以承宗廟,甚敬謹,奈何以鳧當鶩,鶩當鳧,名實不相應,以承太廟,不亦不稱乎!臣仲舒愚以為不可。臣犬馬齒衰,賜骸骨,伏陋巷,陛下乃幸使九卿問臣以朝廷之事,臣愚陋,曾不足以承明詔,奉大對。臣仲舒昧死以聞。”

廷尉臣湯昧死して進言す。臣湯は制命を承受して、郊事を以て故膠西相仲舒に問う。臣仲舒對答して曰く、「聽聞する所は、古代天子の禮は、郊より重き莫し。郊は常に正月上辛を用う。是れ以て百神に先んじて最も前に居るなり。禮に、三年の喪は、先人を祭らずして敢えて郊を廢せず。郊は宗廟より重く、天は人より尊し。『王制』に曰く、『天地を祭るの牛は、角は繭栗の如く、宗廟の牛は、角は手握の如く、賓客の牛は、角一尺。』此れ德越えて美なれば牲越えて微なるを說く。『春秋』に曰く、『魯は周公を祭るに、白牡を用う。』色白きは、純を貴ぶなり。『帝牲は滌宮に三個月。』牲は肥潔を貴して其の大を貪らず。凡そ牲を養うの道は、肥潔に在るを務求する而已。駒犢は未だ芻豢の食を勝任する能わず。其の母の奶を食わしむるに如かず便なり。」臣湯は謹みて仲舒に問う、「魯の周公を祀るに白牡を用うるは、禮に非ざるか。」臣仲舒對答して曰く、「是れ禮なり。」臣湯問う、「周天子は騂犅を用い、群公は不純毛を用う。周公は諸公なり。何の故に純牲を用うるを得るや。」仲舒對答して曰く、「武王崩じ、成王立ち、猶お襁褓の中に在りて、周公は文・武の業を繼承して、二聖の功を成就して、德は天地を浸潤して、澤は四海を覆蓋す。故に成王は之を賢とし之を貴ぶ。『詩經』に曰く、『德報うる無き無し。』故に成王は周公を祭るに白牡を用いしむ。上りて天子と色を同じくするを得ず、下りて諸侯と異有り。臣仲舒愚見は以て此れ德を報ずるの禮と爲す。」臣湯は仲舒に問う、「天子は天を祭り、諸侯は土を祭る。魯は何を凭りて郊を祭るや。」臣仲舒對答して曰く、「周公は成王を輔傅して、成王は是に聖に及ぶ。功は此れより大なる無し。周公は聖人にして、天道に祭有り。故に成王は魯に郊せしむ。」臣湯は仲舒に問う、「魯は周公を祭るに白牡を用う。其の郊は何を用うるや。」臣仲舒對答して曰く、「魯の郊は純騂犅を用う。周の色は赤を崇尚す。魯は天子の命を凭りて郊すれば、故に騂を用う。」臣湯は仲舒に問う、「宗廟を祠るに或いは鳧を以て鶩に當つ。鳧は鶩に非ず。以て用うべきか。」仲舒對答して曰く、「鶩は鳧に非ず、鳧は鶩に非ず。臣は孔子の太廟に入りて事每に問うを聞きて、謹慎の極に至れり。陛下は自ら祭祀して、齋戒沐浴して、以て宗廟に承奉して、甚だ敬謹なり。何ぞ鳧を拿りて鶩に當て、鶩を拿りて鳧に當てんや。名實相應せずして、以て太廟に承奉するは、亦相稱せざるに非ずや。臣仲舒愚見は以て可ならずと爲す。臣は犬馬齒衰えて、骸骨を賜還して、陋巷に伏處す。陛下は竟に幸にして九卿をして朝廷の事を以て臣に問わしむ。臣愚陋にして、曾て以て明詔を承受し大對を奉上するに足らず。臣仲舒昧死して稟聞す。」

巻第十六

執贄第七十二

執贄第七十二

凡執贄:天子用暢,公侯用玉,卿用羔,大夫用雁。雁乃有類於長者,長者在民上,必施然有先後之隨,必俶然有行列之治,故大夫以為贄。羔有角而不任,設備而不用,類好仁者;執之不鳴,殺之不諦,類死義者;羔食於其母,必跪而受之,類知禮者;故羊之為言猶祥與,故卿以為贄。玉有似君子。子曰:“人而不曰如之何,如之何者,吾末如之何也矣。”故匿病者,不得良醫,羞問者,聖人去之,以為遠功而近有災,是則不有。玉至清而不蔽其惡,內有瑕穢,必見之於外,故君子不隱其短,不知則問,不能則學,取之玉也。君子比之玉,玉潤而不汙,是仁而至清潔也;廉而不殺,是義而不害也;堅而不硻,過而不濡,視之如庸,展之如石,狀如石,搔而不可從繞,潔白如素而不受汙,玉類備者,故公侯以為贄。暢有似於聖人者,純仁淳粹,而有知之貴也,擇於身者,盡為德音,發於事者,盡為潤澤,積美陽芳香以通之天,暢亦取百香之心獨末之,合之為一,而達其臭氣暢於天,其淳粹無擇,與聖人一也,故天子以為贄,而各以事上也。觀贄之意,可以見其事。

凡そ執贄は、天子は鬯を用い、公侯は玉を用い、卿は羔を用い、大夫は雁を用う。雁は乃ち長者に類似す。長者は民の上に在りて、必ず舒展として先後の隨從有りて、必ず整齊として行列の治理有り。故に大夫は之を用いて贄と為す。羔は角有りて用いず、防備を設置して使用せず。仁を好む人に類似す。之を捉えて叫ばず、之を殺して啼かず。義に死する人に類似す。羔は母に向いて奶を食うに、必ず跪きて接受す。禮を知る人に類似す。故に羊此の字は猶お祥のごとし。故に卿は之を用いて贄と為す。玉は君子に似たる有り。孔子曰く、「人若し如何せん如何せんと說わざれば、我も亦彼に如何ともする無し。」故に病を隱瞞する者は、良醫を得ず。問うを羞とする者は、聖人之を離る。以て功に遠離して災に接近すと為し、此くの如く則ち無し。玉は至清にして其の惡を遮蔽せず。內裏瑕穢有れば、必ず外面に顯現す。故に君子は短を隱藏せず、知らざれば則ち問い、能わざれば則ち學ぶ。是れ之を玉より取るなり。君子は之を玉に比作す。玉は潤にして污れざるは、仁にして至りて清潔なり。棱角有りて傷害せざるは、義にして害無し。堅にして脆ならず、過ぎて軟ならず、看れば平常に如同じく、展開すれば石に如同じく、形狀石に如同じく、之を搔けば隨いて繞るべからず、潔白素に如同じくして污れを受けず。玉此の類完備すれば、故に公侯は之を用いて贄と為す。鬯は聖人に似たる有り。純仁淳粹にして、而して知の貴有り。身の上に選擇するは、皆德音なり。事の上に發出するは、皆潤澤なり。美陽芳香を積聚して以て天に通達す。鬯も亦是れ百香の心を取り、獨り其の末を用いて、合わせて一と為して、其の氣味を天に暢達せしむ。其の淳粹選擇無きは、聖人と一事なり。故に天子は之を用いて贄と為して、而して各々之を用いて上に事奉す。贄の意を觀看すれば、以て其の事を見るべし。

山川頌第七十三

山川頌第七十三

山則巃嵷崔,嶊嵬●巍,久不崩,似仁人志士。孔子曰:“山川神隻立,寶藏殖,器用資,曲直合,大者可以為宮室臺榭,小者可以為舟輿畜灄,大者無不中,小者無不入,持斧則斫,折鐮則艾,生人立,禽獸伏,死人入,多其功而不言,是以君子取譬也。且積土成山,無損也;成其高,無害也;成其大,無虧也;小其上,泰其下,久長安後世,無有去就,儼然獨處,惟山之意。詩云:‘節彼南山,惟石巖巖;赫赫師尹,民具爾瞻。’此之謂也。”

山は則ち巃嵷崔嶊嵬巍として、長久にして崩れず。仁人志士に像たり。孔子曰く、「山川神祇樹立して、寶藏生殖して、器用資取して、曲直皆合す。大は以て宮室臺榭を做すべく、小は以て舟輿畜積を做すべし。大は中る用無くなく、小は入る無く無し。斧を持てば則ち砍り、鐮を折れば則ち割る。活人は其の上に立ち、禽獸は其の中に伏し、死人は其の中に埋まる。功多くして言わず。故に君子は之を取りて比方と作す。況んや土を積んで山を成すに、損無く、其の高を成就するに、害無く、其の大を成就するに、虧無し。上は小にして、下は安泰にして、長久にして後世を安定して、去就無く、儼然として獨り彼處に處す。只だ山の意のみ。『詩經・小雅・節南山』に曰く、『彼の高峻の南山、巖石層層たり。聲勢顯赫の師尹、民皆汝を瞻望す。』此れを謂うなり。」

水則源泉混混澐澐,晝夜不竭,既似力者;盈科後行,既似持平者,循微赴下,不遺小間,既似察者;循溪谷不迷,或奏萬里而必至,既似知者;障防山而能清淨,既似知命者;不清而入,潔清而出,既似善化者;赴千仞之壑,入而不疑,既似勇者;物皆困於火,而水獨勝之,既似武者;鹹得之而生,失之而死,既似有德者。孔子在川上曰:“逝者如斯夫,不捨晝夜。”此之謂也。

水は則ち源泉混混沄沄として、晝夜枯竭せず。已に力有る人に像たり。坑洼を注滿して然る後に前行す。已に持平の人に像たり。微細に順って低下に奔赴して、小間隙を遺漏せず。已に明察の人に像たり。溪谷に順って路を迷わずして、或いは萬里を走りて必ず到達す。已に知有る人に像たり。障防に阻まて山裏に在りて能く清淨す。已に命を知る人に像たり。清ならずして入りて、潔清して出づ。已に教化を善くする人に像たり。千仞の壑に奔赴して、入りて疑惑せず。已に勇の人に像たり。物は皆火に困せられて、而して水は獨り能く之に勝つ。已に武の人に像たり。皆之を得て生じ、之を失いて死す。已に德有る人に像たり。孔子は川の上に在りて曰く、「逝く者は此くの如きか、晝夜停止せず。」此れを謂うなり。

求雨第七十四

求雨第七十四

春旱求雨,令縣邑以水日禱社稷山川,家人祀戶,無伐名木,無斬山林,暴巫,聚尪,八日於邑東門之外,為四通之壇,方八尺,植蒼繒八,其神共工,祭之以生魚八、玄酒、具清酒、膊脯,擇巫之潔清辯利者以為祝,祝齋三日,服蒼衣,先再拜,乃跪陳,陳已,復再拜,乃起。祝曰:“昊天生五穀以養人,今五穀病旱,恐不成實,敬進清酒膊脯,再拜請雨。雨幸大澍,即奉牲禱。”以甲乙日為大蒼龍一,長八丈,居中央,為小龍七,各長四丈,於東方,皆東鄉,其間相去八尺,小童八人,皆齋三日,服青衣而舞之,田嗇夫亦齋三日,服青衣而立之,鑿社,通之於閭外之溝,取五蝦蟆,錯置社之中,池方八尺,深一尺,置水蝦蟆焉,具清酒、膊脯,祝齋三日,服蒼衣,拜跪陳祝如初,取三歲雄雞與三歲豭豬,皆燔之於四通神宇,令民闔邑里南門,置水其外,開邑里北門,具老豭豬一,置之於裡北門之外,市中亦置豭豬一,聞鼓聲,皆燒豭豬尾,取死人骨埋之,開山淵,積薪而燔之,信道橋之壅塞,不行者決瀆之,幸而得雨,報以處一,酒鹽黍財足,以茅為席,毋斷。

春旱すれば雨を求む。縣邑に命じて水日に於て社稷山川に禱告せしめ、家人は戶を祀り、名木を斫伐せず、山林を斬伐せず、巫を暴曬せしめ、尪を聚集して、八日に邑東門の外に於て、四通の壇を做して、八尺見方にして、蒼繒八幅を樹立して、其の神は共工、生魚八條・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。巫の裏の潔清にして口才便利なるを選擇して祝を做す。祝は齋すること三日、蒼衣を穿ちて、先ず再拜して、乃ち跪きて陳說して、陳說畢って、再び再拜して、乃ち起つ。祝辭に曰く、「昊天は五穀を生じて以て人を養う。今五穀は旱に病みて、恐らくは實を成す能わず。敬んで清酒膊脯を進めて、再拜して雨を請う。雨幸に大降すれば、則ち牲を奉りて禱告す。」甲乙の日に於て大蒼龍一條を做して、長さ八丈、中央に居りて、小龍七條を做して、各々長さ四丈、東方に在りて、皆東に面向して、中間相距ること八尺。小童八人は、皆齋すること三日、青衣を穿ちて舞う。田嗇夫も亦齋すること三日、青衣を穿ちて立つ。社を鑿開して、之を閭外の溝に通じて、蝦蟆五隻を取りて、錯雜して社の中に放つ。池八尺見方、深さ一尺にして、水蝦蟆を其の中に放つ。清酒・膊脯を具備す。祝は齋すること三日、蒼衣を穿ちて、拜跪陳祝すること初めの如くす。三歲の雄鷄と三歲の豭豬とを取りて、皆四通神宇に於て燔燒す。民に命じて邑里の南門を關閉して、水を外面に放ちて、邑里の北門を打開して、老豭豬一頭を具備して、里北門の外に放ち、市中にも豭豬一頭を放つ。鼓聲を聽けば、皆豭豬の尾を燒く。死人の骨を取りて埋め、山淵を打開して、薪柴を堆積して燔燒して、道路橋梁の壅塞を打通して、行き通わざるは溝瀆を決開す。幸に雨を得れば、報祭は一頭を用いて、酒鹽黍財用足るを以て、茅を以て席を做して、切斷せざるを要す。

夏求雨,令縣邑以水日,家人祀灶,無舉土功,更火浚井,暴釜於壇,臼杵於術,七日為四通之壇於邑南門之外,方七尺,植赤繒七,其神送尤,祭之以赤雄雞七、玄酒,具清酒、膊脯,祝齋三日,服赤衣,拜跪陳祝如春辭。以丙刃日為大赤龍一,長七丈,居中央,又為小龍六,各長三丈五尺,於南方,皆南鄉,其間相去七尺,壯者七人,皆齋三日,服赤衣而舞,司空嗇夫亦齋三日,服赤衣而立之,鑿社,而通之閭外之溝,取五蝦暮,錯置里社之中,池方七尺,深一尺,具酒脯,祝齋,衣赤衣,拜跪陳祝如初,取三歲雄雞豭豬,燔之四通神宇,開陰閉陽如春也。

夏雨を求む。縣邑に命じて水日に於て、家人は竈を祀り、土功を興さず、火を更換して井を疏浚し、釜を壇の上に暴曬し、臼杵を道路に放つ。七日に邑南門の外に於て四通の壇を做して、七尺見方にして、赤繒七幅を樹立して、其の神は蚩尤、赤雄鷄七隻・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。祝は齋すること三日、赤衣を穿ちて、拜跪陳祝すること春の辭の如し。丙丁の日に於て大赤龍一條を做して、長さ七丈、中央に居りて、又小龍六條を做して、各々長さ三丈五尺、南方に在りて、皆南に面向して、中間相距ること七尺。壯者七人は、皆齋すること三日、赤衣を穿ちて舞う。司空嗇夫も亦齋すること三日、赤衣を穿ちて立つ。社を鑿開して、之を閭外の溝に通じて、蝦蟆五隻を取りて、錯雜して里社の中に放つ。池七尺見方、深さ一尺。酒脯を具備す。祝は齋して、赤衣を穿ちて、拜跪陳祝すること初めの如くす。三歲の雄鷄・豭豬を取りて、四通神宇に於て燔燒す。陰を開き陽を閉ぐこと春の如し。

季夏禱山陵以助之,令縣邑十日壹徙市於邑南門之外,五日禁男子無得行入市,家人祠中溜,無舉土功,聚巫市傍,為之結蓋,為四通之壇於中央,植黃繒五,其神后稷,祭之以母?五、玄酒,具清酒、膊脯,令各為祝齋三日,衣黃衣,皆如春祠。以戊己日為大黃龍一,長五丈,居中央,又為小龍四,各長二丈五尺,於南方,皆南鄉,其間相去五尺,丈夫五人,皆齋三日,服黃衣而舞之,老者五人,亦齋三日,衣黃衣而立之,亦通社中於閭外之溝,蝦蟆,池方五尺,深一尺,他皆如前。

季夏は山陵に禱告して以て輔助す。縣邑に命じて十日に一度市を邑南門の外に遷して、五日男子をして市に進入するを得ざらしむ。家人は中霤を祠り、土功を興さず、巫を市の旁に聚集して、之が為に蓋を結ぶ。中央に於て四通の壇を做して、黃繒五幅を樹立して、其の神は后稷、母五隻・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。各々祝を做らしめて、齋すること三日、黃衣を穿ちて、皆春祠の如し。戊己の日に於て大黃龍一條を做して、長さ五丈、中央に居りて、又小龍四條を做して、各々長さ二丈五尺、南方に在りて、皆南に面向して、中間相距ること五尺。丈夫五人は、皆齋すること三日、黃衣を穿ちて舞う。老者五人も、亦齋すること三日、黃衣を穿ちて立つ。亦社を閭外の溝に通ず。蝦蟆池五尺見方、深さ一尺。其の他皆前の如し。

秋暴巫尪至九日,無舉火事,無煎金器,家人祠門,為四通之壇於邑西門之外,方九尺,植白繒九,其神少昊,祭之以桐木魚九,玄酒,具清酒、膊脯,衣白衣,他如春。以庚辛日為大白龍一,長九丈,居中央,為小龍八,各長四丈五尺,於西方,皆西鄉,其間相去九尺,鰥者九人,皆齋三日,服白衣而舞之,司馬亦齋三日,衣白衣而立之,蝦蟆,池方九尺,深一尺,他皆如前。

秋は巫尪を暴曬して九日に至らしめて、火事を興さず、金器を煎せず、家人は門を祠る。邑西門の外に於て四通の壇を做して、九尺見方にして、白繒九幅を樹立して、其の神は少昊、桐木魚九條・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備して、白衣を穿ちて、其の他春の如し。庚辛の日に於て大白龍一條を做して、長さ九丈、中央に居りて、小龍八條を做して、各々長さ四丈五尺、西方に在りて、皆西に面向して、中間相距ること九尺。鰥者九人は、皆齋すること三日、白衣を穿ちて舞う。司馬も亦齋すること三日、白衣を穿ちて立つ。蝦蟆池九尺見方、深さ一尺。其の他皆前の如し。

冬舞龍六日,禱於名山以助之,家人祠井,無壅水,為四通之壇於邑北門之外,方六尺,植黑繒六,其神玄冥,祭之以黑狗子六、玄酒,具清酒、膊脯,祝齋三日,衣黑衣,祝禮如春。以壬癸日為大黑龍一,長六丈,居中央,又為小龍五,各長三丈,於北方,皆北鄉,其間相去六尺,老者六人,皆齋三日,衣黑衣而舞之,尉亦齋三日,服黑衣而立之,蝦蟆、池,皆如春。

冬は龍を舞うこと六日、名山に禱告して以て輔助す。家人は井を祠り、水を壅塞せず。邑北門の外に於て四通の壇を做して、六尺見方にして、黑繒六幅を樹立して、其の神は玄冥、黑狗子六隻・玄酒を用いて祭り、清酒・膊脯を具備す。祝は齋すること三日、黑衣を穿ちて、祝禮春の如し。壬癸の日に於て大黑龍一條を做して、長さ六丈、中央に居りて、又小龍五條を做して、各々長さ三丈、北方に在りて、皆北に面向して、中間相距ること六尺。老者六人は、皆齋すること三日、黑衣を穿ちて舞う。尉も亦齋すること三日、黑衣を穿ちて立つ。蝦蟆池は皆春の如し。

四時皆以水日,為龍必取潔土為之,結蓋,龍成而發之。四時皆以庚子之日,令吏民夫婦皆偶處。凡求雨之大體,丈夫欲藏匿,女子欲和而樂。

四時皆水日に在り。龍を做るに必ず潔淨の土を取りて以て做り、蓋を結び、龍成れば再び之を打開す。四時皆庚子の日に於て、吏民夫婦をして皆成對にして相處せしむ。凡そ雨を求むの大體は、丈夫は藏匿せよ、女子は和諧して樂しめ。

止雨第七十五

止雨第七十五

雨太多,令縣邑於土日塞水瀆,絕道,蓋井,禁婦人不得行入市,令縣鄉里皆掃社,下縣邑若丞合史嗇夫三人以上,祝一人,鄉嗇夫若吏三人以上,祝一人,里正父老三人以上,祝一人,皆齋三日,各衣時衣,具處一,黍鹽美酒財足祭社,擊鼓三日,而祝先再拜,乃跪陳,陳已,復再拜,乃起。祝曰:“嗟!天生五穀以養人,今淫雨太多,五穀不和,敬進肥牲清酒,以請社靈,幸為止雨,除民所苦,無使陰滅陽,陰滅陽,不順於天,天之常意在於利人,人願止雨,敢告於社。”鼓而無歌,至罷乃止。凡止雨之大體,女子欲其藏而匿也,丈夫欲其和而樂也,開陽而閉陰,闔水而開大,以朱絲縈社十週,衣赤衣赤幘,三日罷。二十一年八月甲申朔丙午,江都相仲舒告內史中尉:陰雨太久,恐傷五穀,趣止雨,止雨之禮,廢陰起陽,書十七縣、八十離鄉,及都官吏千石以下夫婦在官者,鹹遣婦歸,女子不得至市,市無詣井,蓋之,勿令洩,鼓用牲於社。祝之曰:“雨以太多,五穀不和,敬進肥牲,以請社靈,社靈幸為止雨,除民所苦,無使陰滅陽,陰滅陽,不順於天,天意常在於利民,願止雨,敢告。”鼓用牲於社,皆壹以辛亥之日,書到,即起縣社令長若丞尉官長,各城邑社嗇夫裡吏正里人皆出,至於社,下餔而罷,三日而止,未至三日,天?亦止。

雨多し。縣邑に命じて土日に於て水瀆を堵塞して、道路を斷絶して、井を蓋いして、婦人をして市に進入するを得ざらしむ。縣・鄉・里に命じて皆社を清掃せしむ。下りて縣邑に至りては、丞・令史・嗇夫三人以上に祝一人、鄉嗇夫若しくは吏三人以上に祝一人、里正・父老三人以上に祝一人。皆齋すること三日、各々當令の時衣を穿ちて、豬一頭を具備して、黍鹽美酒財用足るを以て社に祭る。鼓を擊つこと三日、祝は先ず再拜して、乃ち跪きて陳說して、陳說畢って、再び再拜して、乃ち起つ。祝辭に曰く、「嗟、天は五穀を生じて以て人を養う。今淫雨多くして、五穀和せず。敬んで肥牲清酒を進めて、以て社靈に請求す。幸に雨を止めて、民の苦しむ所を除去して、陰をして陽を滅せしむる無かれ。陰陽を滅すは、天に順わず。天の常意は人を利するに在り。人雨を止むを願う。敢えて社に稟告す。」鼓を擊ちて歌わず、畢るに至りて乃ち止む。凡そ雨を止むの大體は、女子は藏して匿れ、丈夫は和諧して樂しめ。陽を開啟して陰を關閉し、水を閉合して火を打開す。朱絲を用いて社を縈繞すること十周して、赤衣を穿ち赤幘を戴いて、三日畢る。二十一年八月甲申朔丙午に、江都相仲舒は內史・中尉に告ぐ。陰雨太久きを恐れて五穀を損傷せんとすれば、趕く雨を止めよ。雨を止むの禮は、陰を廢して陽を起す。文書は十七縣・八十離鄉に發到して、以及都官吏千石以下官に在る夫婦に及びて、皆妻子を遣りて回去せしめ、女子は市に到るを得ず、市は井邊に去りて、井を蓋上して、之を泄漏せしめず。鼓を擊ちて牲を社に用う。祝辭に曰く、「雨多きに因りて、五穀和せず。敬んで肥牲を進めて、以て社靈に請求す。社靈幸に雨を止めて、民の苦しむ所を除去して、陰をして陽を滅せしむる無かれ。陰陽を滅すは、天に順わず。天意は常に民を利するに在り。雨を止むを願う。敢えて稟告す。」鼓を擊ちて牲を社に用うるは、皆一律に辛亥の日を用う。文書到達すれば、則ち興起す。縣社令長若しくは丞尉官長・各城邑社嗇夫・里吏・正・里人は皆出でて、社に到りて、下午申時に至りて罷めて、三日にして止む。未だ三日に至らずして、天も亦止めり。

祭義第七十六

祭義第七十六

五穀食物之性也,天之所以為人賜也,宗廟上四時之所成,受賜而薦之宗廟,敬之性也,於祭之而宜矣。宗廟之祭物之厚無上也,春上豆實,夏上尊實,秋上朹實,冬上敦實。豆實,韭也,春之所始生也;尊實,●也,夏之所受初也;朹實,黍也,秋之所先成也;敦實,稻也,冬之所畢熟也。始生故曰祠,善其司也;夏約故曰礿,貴所受初也;先成故曰嘗,嘗言甘也;畢熟故曰蒸,蒸言眾也;奉四時所受於天者而上之,為上祭,貴天賜且尊宗廟也,孔子受君賜則以祭,況受天賜乎!一年之中,天賜四至,至則上之,此宗廟所以歲四祭也。故君子未嘗不食新,新天賜至,必先薦之,乃敢食之,尊天敬宗廟之心也,尊天,美義也,敬宗廟,大禮也,聖人之所謹也,不多而欲潔清,不貪數而欲恭敬。君子之祭也,躬親之,致其中心之誠,盡敬潔之道,以接至尊,故鬼享之,享之如此,乃可謂之能祭。祭者,察也,以善逮鬼神之謂也,善乃逮不可聞見者,故謂之察,吾以名之所享,故祭之不虛,安所可察哉!祭之為言際也與,祭然後能見不見,見不見之見者,然後知天命鬼神,知天命鬼神,然後明祭之意,明祭之意,乃知重祭事,孔子曰:“吾不與祭,如不祭。祭神如神在。”重祭事如事生,故聖人於鬼神也,畏之而不敢欺也,信之而不獨任,事之而不專恃,恃其公,報有德也,幸其不私與人福也,其見於詩曰:“嗟爾君子,毋恆安息,靜共爾位,好是正直,神之聽之,介爾景福。”正直者,得福也,不正者,不得福,此其法也,以詩為天下法矣。何謂不法哉?其辭直而重有再嘆之,欲人省其意也,而人尚不省,何其忘哉!孔子曰:“書之重,辭之復。嗚呼!不可不察也,其中必有美者焉。”此之謂也。

五穀は食物の性、天の以て人に賜與する所なり。宗廟は四時の成就する所を進獻して、賜與を接受して宗廟に薦す。是れ敬の性、祭に對して適宜なり。宗廟の祭は、物の厚は其の上無し。春は豆實を進獻し、夏は尊實を進獻し、秋は籩實を進獻し、冬は敦實を進獻す。豆實は韭、春の始めて生ずる所なり。尊實は、夏の始めて接受する所なり。籩實は黍、秋の先ず成就する所なり。敦實は稻、冬の畢りて成熟する所なり。始めて生ずれば故に祠と謂う。是れ其の司を善とするなり。夏は簡約にして故に礿と謂う。是れ始めて接受する所を貴とするなり。先ず成就すれば故に嘗と謂う。嘗は甘を說く。畢りて成熟すれば故に蒸と謂う。蒸は衆を說く。四時を天より接受する所を奉上して以て上祭と為す。是れ天賜を貴とし且つ宗廟を尊ぶなり。孔子は君賜を接受すれば則ち以て祭る。況んや天賜を接受するをや。一年の中に、天賜四次至り來りて、到れば則ち獻上す。此れ宗廟の一年祭ること四次の所以なり。故に君子は未だ嘗て新を食わざる無し。新の天賜至り來れば、必ず先ず薦して、乃ち敢えて食らう。是れ天を尊び宗廟を敬するの心なり。天を尊ぶは美義、宗廟を敬するは大禮にして、是れ聖人の謹慎する所なり。多を求めずして潔清を想い、次數を貪らずして恭敬を想う。君子の祭は、自ら往いて做して、其の中心の誠を致上して、敬潔の道を盡くして、以て至尊に接すれば、故に鬼享用す。享用到るに此くの如くして、乃ち以て能祭と謂うべし。祭は、即ち察なり。是れ善を用いて鬼神に達するを說く。善は乃ち聞見すべからざるに達すれば、故に察と謂う。我は名に因りて享する所以、故に祭虛ならず。何の處に察すべき有らんや。祭此の字は際を說くか。祭して然る後に見えざるを見るべし。其の見えざるの見を見て、然る後に天命鬼神を知る。天命鬼神を知って、然る後に祭の意を明白す。祭の意を明白して、乃ち祭事を看重するを知る。孔子曰く、「我祭に與らざれば、祭らざるに如同じ。神を祭ること神在るが如くす。」祭事を看重すること生を事奉するに如同じ。故に聖人は鬼神に對して、畏れて敢えて欺かず、信じて獨り任用せず、事奉して專恃せず。恃るは其の公、德有るに回報す。其の私りて人に福を與えざるを慶幸す。此れ『詩經・小雅・小明』に見えて曰く、「嗟爾君子、常安息する無かれ、安靜恭敬せよ爾の位子、此の正直を喜好せよ。神之を聽きて、爾に大福を與う。」正直の福を得て、不正の福を得ざる。此れ即ち其の法、詩を以て天下の法と為す。怎んに取法せざると謂わんや。其の文辭直くして重く、再次感嘆有るは、人をして其の意を省察せしめんと欲す。而して人猶お省察を知らず。何ぞ健忘なるや。孔子曰く、「書の重複、辭の反復。嗚呼、審察せざるべからず。其の中必ず美有り。」此れを謂うなり。

循天之道第七十七

循天之道第七十七

循天之道以養其身,謂之道也。天有兩和,以成二中,歲立其中,用之無窮,是北方之中用合陰,而物始動於下,南方之中用合陽,而養始美於上。其動於下者,不得東方之和不能生,中春是也;其養於上者,不得西方之和不能成,中秋是也。然則天地之美惡在?兩和之處,二中之所來歸,而遂其為也。是故東方生而西方成,東方和生,北方之所起;西方和成,南方之所養長;起之,不至於和之所不能生;養長之,不至於和之所不能成;成於和,生必和也;始於中,止必中也;中者,天地之所終始也,而和者,天地之所生成也。夫德莫大於和,而道莫正於中,中者,天地之美達理也,聖人之所保守也,詩云:“不剛不柔,佈政優優。”此非中和之謂與!是故能以中和理天下者,其德大盛,能以中和養其身者,其壽極命。男女之法,法陰與陽,陽氣起於北方,至南方而盛,盛極而合乎陰;陰氣起乎中夏,至中冬而盛,盛極而合乎陽;不盛不合。是故十月而壹俱盛,終歲而乃再合,天地久節,以此為常,是故先法之內矣,養身以全,使男子不堅牡,不家室,陰不極盛,不相接,是故身精明難衰而堅固,壽考無忒,此天地之道也。天氣先盛牡而後施精,故其精固,地氣盛牝而後化,故其化良。是故陰陽之會,冬合北方,而物動於下,夏合南方,而物動於上,上下之大動,皆在日至之後,為寒,則凝在裂地,為熱,則焦沙爛石,氣之精至於是。故天地之化,春氣生,而百物皆出,夏氣養,而百物皆長,秋氣殺,而百物皆死,冬氣收,而百物皆藏。是故惟天地之氣而精,出入無形,而物莫不應,實之至也。君子法乎其所貴,天地之陰陽當男女,人之男女當陰陽,陰陽亦可以謂男女,男女亦可以謂陰陽。

天の道を遵循して自らを養うを、道と謂う。天に兩和有りて、以て二中を成就す。一歲は其の中に立ちて、之を用うるに窮盡無し。北方の中は陰を用いて合して、而して物は始めて下に於て動く。南方の中は陽を用いて合して、而して養は始めて上に於て美す。其の下に於て動くは、東方の和を得ざれば生ずる能わず。仲春即ち是れ。其の上に於て養うは、西方の和を得ざれば成る能わず。仲秋即ち是れ。然らば則ち天地の美惡は何の處に在らん。兩和の處所・二中の來歸する所に在りて、而して其の做す所に順遂す。故に東方は生じ西方は成る。東方和にして生ずるは、北方の興起する所なり。西方和にして成るは、南方の養長する所なり。之を興起するに、和の處所に到らざれば生ずる能わず。之を養長するに、和の處所に到らざれば成る能わず。和に於て成れば、生は必ず和なり。中に於て始まれば、止は必ず中なり。中は、天地の終始する所なり。和は、天地の生成する所なり。德は和より大なる莫く、道は中より正なる莫し。中は、天地の美の通達する理、聖人の保守する所なり。『詩經・商頌・長發』に曰く、「剛ならず柔ならず、政を布くや寬和なり。」此れ中和の意に非ずや。故に能く中和を用いて天下を治理するは、其の德大いに盛なり。能く中和を用いて自らを養うは、其の壽命應有の年限に達す。男女の法は、陰と陽とに取法す。陽氣は北方より興起して、南方に到りて盛にして、盛の極にして陰に合す。陰氣は仲夏より興起して、仲冬に到りて盛にして、盛の極にして陽に合す。盛ならざれば則ち合せず。故に十月にして一併皆盛にして、整年乃ち再次會合す。天地長久の節は、此れを以て常規と為す。故に先ず內に於て取法す。身を養いて全を求めて、男子をして壯盛ならざる時家室を成立せしめず、極盛ならざれば相い交接せず。故に身の精明は衰え難くして堅固にして、壽考は差錯無し。此れ天地の道なり。天氣は先ず牡を盛にして然る後に精を施す。故に其の精牢固なり。地氣は牝を盛にして然る後に化す。故に其の化良好なり。故に陰陽の會合は、冬は北方に於て合して、而して物は下に於て動く。夏は南方に於て合して、而して物は上に於て動く。上下の大動は、皆日至の後に在り。寒と為れば、則ち凝結して地を裂し、熱と為れば、則ち沙を焦し石を爛す。氣の精は此くの如く至る。故に天地の化は、春氣生じて、而して百物皆出づ。夏氣養いて、而して百物皆長ず。秋氣殺して、而して百物皆死す。冬氣收して、而して百物皆藏す。故に唯だ天地の氣にして精にして、出入形無くして、而して物響應せざる無し。是れ實の極致なり。君子は其の貴ぶ所に取法す。天地の陰陽は男女に當り、人の男女は陰陽に當る。陰陽も亦以て男女と謂うべく、男女も亦以て陰陽と謂うべし。

天地之經,至東方之中,而所生大養,至西方之中,而所養大成,一歲四起,業而必於中,中之所為,而必就於和,故曰和其要也。和者,天之正也,陰陽之平也,其氣最良,物之所生也,誠擇其和者,以為大得天地之奉也。天地之道,雖有不和者,必歸之於和,而所為有功;雖有不中者,必止之於中,而所為不失。是故陽之行,始於北方之中,而止於南方之中;陰之行,始於南方之中,而止於北方之中。陰陽之道不同,至於盛,而皆止於中,其所始起,皆必於中,中者,天地之太極也,日月之所至而卻也,長短之隆,不得過中。天地之制也,兼和與不和,中與不中,而時用之,盡以為功,是故時無不時者,天地之道也。順天之道,節者、天之制也,陽者、天之寬也,陰者、天之急也,中者、天之用也,和者、天之功也,舉天地之道,而美於和,是故物生皆貴氣而迎養之,孟子曰:“我善養吾疾然之氣者也。”謂行必終禮,而心自喜,常以陽得生其意也。公孫之養氣曰:“裡藏泰實則氣不通,泰虛則氣不足,熱勝則氣□,寒勝則氣□,泰勞則氣不入,泰佚則氣宛至,怒則氣高,喜則氣散,憂則氣狂,懼則氣懾,凡此十者,氣之害也,而皆生於不中和。故君子怒則反中,而自說以和;喜則反中,而收之以正;憂則反中,而舒之以意;懼則反中,而實之以精。”夫中和之不可不反如此。故君子道至氣則華而上,凡氣從心,心、氣之君也,何為而氣不隨也,是以天下之道者,皆言內心其本也。故仁人之所以多壽者,外無貪而內清淨,心和平而不失中正,取天地之美,以養其身,是其且多且治。鶴之所以壽者,無宛氣於中,是故食在;猿之所以壽者,好引其末,是故氣四越。天氣常下施於地,是故道者亦引氣於足,天之氣常動而不滯,是故道者亦不宛氣。

天地の經は、東方の中に到れば、生ずる所大いに養わる。西方の中に到れば、養う所大いに成就す。一歲四次興起して、事業は必ず中に在り。中の做す所は、必ず和に趨就す。故に和は要約なりと曰う。和は、天の正、陰陽の平、其の氣最良にして、是れ物の生ずる所なり。確かに其の和を選擇すれば、以て大いに天地の奉養を得ると爲す。天地の道は、不和有ると雖も、必ず和に歸して、而して做す所功有り。不中有ると雖も、必ず中に停止して、而して做す所失わず。故に陽の運行は、北方の中に始まりて、南方の中に停止す。陰の運行は、南方の中に始まりて、北方の中に停止す。陰陽の道同じからずして、盛に到れば、皆中に停止す。其の興起を始める所は、皆必ず中に在り。中は、天地の太極、日月の到りて退却する所なり。長短の隆盛は、中を越え得ず。天地の制度は、和と不和・中と不中とを兼有して、而して時に按じて使用して、皆以て功と為す。故に時不時の無きは、天地の道なり。天の道に順從すれば、節は天の制度、陽は天の寬、陰は天の急、中は天の用、和は天の功なり。天地の道を舉ぐれば、而して美は和に在り。故に物は生ずれば皆氣を貴して迎えて之を養う。孟子曰く、「我は我が浩然の氣を養うを善くす。」是れ行は必ず禮に終りて、而して心は自ら喜悅して、常に陽を用いて其の意を生ずるを得るを說く。公孫の氣を養うに曰く、「裏藏太實なれば則ち氣通せず、太虛なれば則ち氣足らず、熱勝れば則ち氣、寒勝れば則ち氣、太勞なれば則ち氣進入せず、太安逸なれば則ち氣鬱積して至り、怒れば則ち氣高く、喜べば則ち氣散じ、憂えば則ち氣狂し、懼れれば則ち氣懾す。凡そ此の十者は、氣の害、而して皆不中和に生ず。故に君子怒れば則ち中に返回して、自ら和を用いて喜悅し、喜べば則ち中に返回して、正を用いて收し、憂えば則ち中に返回して、意を用いて舒展し、懼れれば則ち中に返回して、精を用いて充實す。」中和は返回せざるべからざるや此くの如し。故に君子の道は氣に到れば則ち華美にして上る。凡そ氣は心に從う。心は氣の君なり。何の故に氣隨從せざらんや。故に天下道を講ずるは、皆內心を本と曰う。故に仁人の多壽する所以は、外面貪無くして內裏清淨にして、心和平均して中正を失わずして、天地の美を取りて以て自らを養う。故に既に多くして且つ治なり。鶴の壽なる所以は、中に鬱氣無くして、故に食在るなり。猿の壽なる所以は、末端を牽引するを喜好して、故に氣四方に超越す。天氣は常に下に於て地に施すれば、故に道有る人も亦氣を足に引導す。天の氣は常に動いて滯らざれば、故に道有る人も亦氣を鬱積せず。

苟不治,雖滿不虛,是故君子養而和之,節而法之,去其群泰,取其眾和,高臺多陽,廣室多陰,遠天地之和也,故聖人弗為,適中而已矣。法人八尺,四尺,其中也,宮者,中央之音也,甘者,中央之味也,四尺者,中央之制也;是故三王之禮,味皆尚甘,聲皆尚和,處其身,所以常自漸於天地之道,其道同類,一氣之辨也,法天者,乃法人之辨。天之道,向秋冬而陰來,向春夏而陰去,是故古之人霜降而迎女,在泮而殺內,與陰俱近,與陽俱遠也。天地之氣,不致盛滿,不交陰陽;是故君子甚愛氣而遊於房,以體天也。氣不傷於以盛通,而傷於不時天幷;不與陰陽俱往來,謂之不時;恣其欲而不顧天數,謂之天幷。君子治身不敢違天,是故新牡十日而一遊於房,中年者倍新牡,始衰者倍中年,

假如治らざれば、滿と雖も亦虛ならず。故に君子は養いて之を和せしめ、節して之に取法して、其の過度を去りて、其の衆多の和を取る。高臺は陽多く、廣室は陰多くして、天地の和に遠離すれば、故に聖人は做さず。適中而已。人に法すれば八尺、四尺は其の中なり。宮は中央の音、甘は中央の味、四尺は中央の制度なり。故に三王の禮は、味道皆甘を崇尚して、聲音皆和を崇尚して、自らを安置して、故に常に自ら天地の道に浸潤す。其の道同類なるは、一氣の辨別なり。天に取法するは、乃ち人の辨別に取法す。天の道は、秋冬に向いて陰來り、春夏に向いて陰去る。故に古人は霜降して女子を迎娶して、冰泮して房事を減省して、陰と皆近く、陽と皆遠し。天地の氣は、盛滿に到達せざれば、陰陽相い交せず。故に君子は甚だ氣を愛して房事の上に優游して、以て天を體す。氣は盛に傷せずして通して、而して不時と天并とに傷す。陰陽と一同に往來せざれば、不時と謂う。欲望を放縱して天數を顧みざれば、天并と謂う。君子は身を治めて敢えて天に違背せず。故に新壯は十日に一次房に游び、中年は新壯に加倍して、始衰は中年に加倍す。

中衰者倍始衰,大衰者以月當新牡之日,而上與天地同節矣,此其大略也。然而其要皆期於不極盛不相遇,疏春而曠夏,謂不遠天地之數,民皆知愛其衣食,而不愛其天氣,天氣之於人,重於衣食,衣食盡,尚猶有閒,氣盡而立終。故養生之大者,乃在愛氣,氣從神而成,神從意而出,心之所之謂意,意勞者神擾,神擾者氣少,氣少者難久矣;故君子閒欲止惡以平意,平意以靜神,靜神以養氣,氣多而治,則養身之大者得矣。古之道士有言曰:“將欲無陵,固守一德。”此言神無離形,而氣多內充,而忍飢寒也。和樂者,生之外泰也,精神者,生之內充也,外泰不若內充,而況外傷乎!忿恤憂恨者,生之傷也,和說勸善者,生之養也,君子慎小物而無大敗也,行中正,聲向榮,氣意和平,居處虞樂,可謂養生矣。凡養生者,莫精於氣,是故春襲葛,夏居密陰,秋避殺風,冬避重漯,就其和也;衣欲常漂,食慾常飢,體欲常勞,而無長佚居多也。凡天地之物,乘於其泰而生,厭於其勝而死,四時之變是也。故冬之水氣,東加於春而木生,乘其泰也;春之生,西至金而死,厭於勝也;生於木者,至金而死,生於金者,至火而死;春之所生,而不得過秋,秋之所生,不得過夏,天之數也。飲食臭味,每至一時,亦有所勝,有所不勝,之理不可不察也。四時不同氣,氣各有所宜,宜之所在,其物代美,視代美而代養之,同時美者雜食之,是皆其所宜也。故薺以冬美,而荼以夏成,此可以見冬夏之所宜服矣。冬,水氣也,薺,甘味也,乘於水氣而美

中衰は始衰に加倍して、大衰は一個月を用いて新壯の一日に當てて、而して上りて天地と節を同じくす。此れ大略なり。然れども要約は皆極盛ならざれば相遇らざるを期望して、春は疏に夏は曠にして、天地の數に遠離せずと謂う。民は皆衣食を愛するを知りて、而して天氣を愛せず。天氣は人に對して、衣食より重し。衣食は盡くるも猶お間隙有り。氣は盡くれば立ちどころに終結す。故に生を養うの大は、乃ち氣を愛するに在り。氣は神に從って成り、神は意より出づ。心の往く所を意と謂う。意勞すれば則ち神擾れ、神擾るれば則ち氣少なく、氣少なければ則ち長久し難し。故に君子は欲望を閑止して惡を止住して以て意を平にし、意を平にして以て神を靜にし、神を靜にして以て氣を養う。氣多くして治なれば、則ち身を養うの大の方面を得たり。古代の道士話有りて曰く、「將に陵越無き、一德を固守す。」此れ神は形を離れずして、而して氣は內に多く充實して、而して能く飢寒を忍受するを說く。和樂は、生の外泰なり。精神は、生の內充なり。外泰は內充に如かず。況んや外傷をや。忿怒憂恨は、生の傷なり。和悅勸善は、生の養なり。君子は小物を謹慎して大敗無し。行は中正、聲は榮に向い、氣意和平、居處安樂して、以て生を養うと謂うべし。凡そ生を養うは、氣より精なる莫し。故に春は葛を穿ち、夏は密陰の處に居り、秋は殺風を避け、冬は重濕を避けて、其の和に趨就す。衣服は常に寬漂たらんと欲し、飲食は常に微飢たらんと欲し、身體は常に勞動たらんと欲して、而して長久安逸して多く坐する要らず。凡そ天地の物は、其の泰に乘りて生じ、其の勝に壓制せられて死す。四時の變即ち是れ。故に冬の水氣は、東に向いて春に加わりて木生ず。是れ其の泰に乘るなり。春の生は、西に向いて金に到りて死す。是れ勝に壓制せらるなり。木に生ずるは、金に到りて死す。金に生ずるは、火に到りて死す。春の生ずる所は、秋を過ぎるを得ず。秋の生ずる所は、夏を過ぎるを得ず。是れ天の數なり。飲食氣味は、一時に到る毎に、亦勝つ所有り勝たれざる所有り。此の理は審察せざるべからず。四時氣同じからずして、氣は各々宜しき所有り。宜しき所在の處は、其の物更迭して美す。更迭の美を看て更迭之を養いて、同時美なるは雜えて之を食らう。此の等は皆宜しき所なり。故に薺は冬に美して、荼は夏に成る。此れより以て冬夏の服用に宜しきを見るべし。冬は水氣、薺は甘味なり。水氣に乘りて美なるは。

者,甘勝寒也,薺之為言濟與,濟,大水也;夏,火氣也,荼,苦味也,乘於火氣而成者,苦勝暑也。天無所言,而意以物,物不與群物同時而生死者,必深察之,是天之所以告人也。故薺成告之甘,荼成告之苦也,君子察物而成告謹,是以至薺不可食之時,而盡遠甘物,至荼成就也。天所獨代之成者,君子獨代之,是冬夏之所宜也。春秋雜物其和,而冬夏代服其宜,則當得天地之美,四時和矣。凡擇美之大體,各因其時之所美,而違天不遠矣。是故當百物大生之時,群物皆生,而此物獨死,可食者,告其味之便於人也,其不可食者,告殺穢除害之不待秋也,當物之大枯之時,群物皆死,如此物獨生,其可食者,益食之,天為之利人,獨代生之,其不可食,益畜之,天愍州華之間,故生宿麥,中歲而熟之,君子察物之異,以求天意,大可見矣。是故男女體其盛,臭味取其勝,居處就其和,勞佚居其中,寒暖無失適,飢飽無過平,欲惡度理,動靜順性,喜怒止於中,憂懼反之正,此中和常在乎其身,謂之得天地泰,得天地泰者,其壽引而長,不得天地泰者,其壽傷而短,短長之質,人之所由受於天也,是故壽有短長,養有得失,及至其末之,大卒而必讎於此,莫之得離,故壽之為言猶讎也,天下之人雖眾,不得不各讎其所生,而壽夭於其所自行,自行可久之道者,其壽讎於久,自行不可久之道者,其壽亦讎於不久,久與不久之情,各讎其生平之所行,今如後至,不可得勝,故曰:壽者,讎也。然則人之所自行,乃與壽夭相益損也;其自行佚,而壽長者,命益之也,其自行端,而壽短者,命損之也,以天命之所損益,疑人之所得失,此大惑也。是故天長之,而人傷之者,其長損;天短之,而人養之者,其短益;夫損益者皆人,人其天之繼歟!出其質而人弗繼,豈獨立哉!

是れ甘は寒に勝つなり。薺此の字は猶お濟、濟は大水なり。夏は火氣、荼は苦味なり。火氣に乘りて成就するは、是れ苦は暑に勝つなり。天は說く所の話無くして、而して意を物の上に用う。物の群物と同時に生死せざるは、必ず深深に審察す。此れ天の以て人に告ぐる所以なり。故に薺は成就して甘を告げ、荼は成就して苦を告ぐ。君子は物を審察して其の告ぐる所の謹慎を成就すれば、故に薺の食うべからざるに到れば、則ち甘物を盡く遠し、荼の成就に到る。天の獨り更迭成就する所は、君子も亦獨り之を更迭す。此れ冬夏の宜しき所なり。春秋は物の和を雜用して、而して冬夏は宜しき所を更迭服用すれば、則ち當に天地の美を得て、四時和すべし。凡そ美を選擇するの大體は、各々其の時の美なる所に因りて、而して天に遠からず。故に百物大生の時に當りて、群物皆生じて、而して此の物は獨り死す。食うべきは、其の味道の人に便なるを告ぐ。食うべからざるは、殺穢除害して秋を待たずを告ぐ。物大枯の時に當りて、群物皆死して、此の物の如く獨り生ず。食うべきは、更に之を食らう。天は人の利を為して、獨り更迭之を生ず。食うべからざるは、更に之を畜養す。天は州華の間を憐憫して、故に宿麦を生じて、中歲にして成熟す。君子は物の異を審察して、以て天意を求むれば、大體以て見るべし。故に男女は其の盛に當りて、氣味は其の勝を取りて、居處は其の和に趨就して、勞逸は其の中に居りて、寒暖は適宜を失わず、飢飽は平を過えず、欲惡は理に度量して、動靜は性に順從して、喜怒は中に停止して、憂懼は正に返回す。此の中和は常に身の上に在るを、天地の泰を得と謂う。天地の泰を得るは、壽命引きて長し。天地の泰を得ざるは、壽命傷して短し。短長の質は、人の天より承受する所なり。故に壽に短長有り、養に得失有りて、末了に到りて、大卒して必ず此に應驗して、離るる能くする無し。故に壽此の字は猶お應驗のごとし。天下の人は多しと雖も、各々其の生ずる所に應驗せざるを得ずして、而して壽夭は其の自ら行う所に在り。自ら長久すべきの道を實行するは、其の壽長久に應驗す。自ら長久すべからざるの道を實行するは、其の壽も亦久からざるに應驗す。長久と不久との實情は、各々其の生平行う所に應驗して、今猶お後到するが如く、勝るを得て得ざらんとする無し。故に曰く、壽は、即ち應驗なり。然らば則ち人の自ら實行する所は、乃ち壽夭と相い損益す。自ら行爲安逸にして壽長きは、是れ命之を増益す。自ら行爲端正にして壽短きは、是れ命之を減損す。天命の損益する所を用いて、人の得失する所を懷疑するは、此れ大惑なり。故に天之を長くして、而して人之を傷害すれば、其の長は減損せらる。天之を短くして、而して人之を養えば、其の短は増益せらる。損益は皆人に在り。人は天の繼續なるか。其の質を拿出して人は繼續せざれば、豈に能く獨立せんや。

巻第十七

天地之行第七十八

天地之行第七十八

天地之行美也,是以天高其位而下其施,藏其形而見其光,序列星而近至精,考陰陽而降霜露。高其位,所以為尊也;下其施,所以為仁也;藏其形,所以為神也;見其光,所以為明也;序列星,所以相承也;近至精,所以為剛也;考陰陽,所以成歲也;降霜露,所以生殺也。為人君者,其法取象於天,故貴爵而臣國,所以為仁也;深居隱處,不見其體,所以為神也;任賢使能,觀聽四方,所以為明也;量能授官,賢愚有差,所以相承也;引賢自近,以備股肱,所以為剛也;考實事功,次序殿最,所以成世也;有功者進,無功者退,所以賞罰也。是故天執其道,為萬物主,君執其常,為一國主;天不可以不剛,主不可以不堅;天不剛,則列星亂其行,主不堅,則邪臣亂其官;星亂則亡其天,臣亂則亡其君;故為天者,務剛其氣,為君者,務堅其政,剛堅然後陽道制命。地卑其位而上其氣,暴其形而著其情,受其死而獻其生,成其事而歸其功。卑其位,所以事天也;上其氣,所以養陽也;暴其形,所以為忠也;著其情,所以為信也;受其死,所以藏終也;獻其生,所以助明也;成其事,所以助化也;歸其功,所以致義也。為人臣者,其法取象於地,故朝夕進退,奉職應對,所以事貴也;供設飲食,候視疢疾,所以致養也;委身致命,事無專制,所以為忠也;竭愚寫情,不飾其過,所以為信也;伏節死難,不惜其命,所以救窮也;推進光榮,褒揚其善,所以助明也;受命宣恩,輔成君子,所以助化也;功成事就,歸德於上,所以致義也。是故地明其理,為萬物母;臣明其職,為一國宰;母不可以不信,宰不可以不忠;母不信,則草木傷其根;宰不忠,則奸臣危其君;根傷則亡其枝葉,君危則亡其國;故為地者,務暴其形;為臣者,務著其情。

天地の運行は美なり。故に天は位を抬高して施與を下向して、形を隱藏して光を顯現して、列星を序次して至精に接近して、陰陽を考求して霜露を降下す。其の位を抬高するは、故に其の尊を成す。下向施與するは、故に其の仁を成す。其の形を隱藏するは、故に其の神を成す。其の光を顯現するは、故に其の明を成す。列星を序次するは、故に相い承接す。至精に接近するは、故に其の剛を成す。陰陽を考求するは、故に一歲を成就す。霜露を降下するは、故に生有り殺有り。人君と為るは、天に取法す。故に爵を貴して其の國を臣服して、以て其の仁を成し、深居隱處して、形形體を顯現せずして、以て其の神を成し、賢能を任用して、四方を觀聽して、以て其の明を成し、才能を量りて官を授けて、賢愚差別有りて、以て相い承接し、賢を引いて自らに靠近して、以て股肱を完備して、以て其の剛を成し、事實事功を考求して、殿最を次序して、以て世代を成就し、功有るを進用して、功無きを斥退して、以て賞罰す。故に天は其の道を執持して、万物の主を做し、君は其の常を執持して、一國の主を做す。天は剛ならざるべからず、主は堅ならざるべからず。天剛ならざれば、則ち列星其の運行を亂し、主堅ならざれば、則ち邪臣其の官を亂す。星亂るれば則ち其の天を失い、臣亂るれば則ち其の君を失う。故に天を做すは、其の氣を剛ならしむるを務求し、君を做すは、其の政を堅ならしむるを務求す。剛堅して然る後に陽道は命令を制約す。地は位を放低して氣を上向して、形を顯露して情を彰明して、死を接受して生を獻上して、事を成就して功を歸還す。其の位を放低するは、故に天に事奉す。其の氣を上向するは、故に陽を養う。其の形を顯露するは、故に其の忠を成す。其の情を彰明するは、故に其の信を成す。死を接受するは、故に終結を藏す。生を獻上するは、故に明を輔助す。事を成就するは、故に化を輔助す。功を歸還するは、故に義に達致す。人臣と為るは、地に取法す。故に朝夕進退して、職を奉り應對して、以て貴に事奉し、飲食を供設して、疾病を候視して、以て養に達致し、身を委ね命を致して、事專制無くして、以て其の忠を成し、愚誠を竭盡して情實を抒發して、過錯を文飾せずして、以て其の信を成し、節に伏して難に死して、生命を吝惜せずして、以て窮を救い、光榮を推進して、其の善を褒揚して、以て明を輔助し、命を受けて恩を宣揚して、君子を輔佐成就して、以て化を輔助し、功成り事就れば、德を上に歸して、以て義に達致す。故に地は其の理を彰明して、万物の母を做し、臣は其の職を彰明して、一國の宰を做す。母は信ならざるべからず、宰は忠ならざるべからず。母信ならざれば、則ち草木其の根を傷り、宰忠ならざれば、則ち奸臣其の君を危害す。根傷れば則ち枝葉を失い、君危ければ則ち其の國を失う。故に地を做すは、其の形を顯露するを務求し、臣を做すは、其の情を彰明するを務求す。

一國之君,其猶一體之心也:隱居深宮,若心之藏於胸;至貴無與敵,若心之神無與雙也;其官人上士,高清明而下重瘻,若身之貴目而賤足也;任群臣無所親,若四肢之各有職也;內有四輔,若心之有肝肺脾腎也;外有百官,若心之有形體孔竅也;親聖近賢,若神明皆聚於心也;上下相承順,若肢體相為使也;布恩施惠,若元氣之流皮毛腠理也;百姓皆得其所,若血氣和平,形體無所苦也;無為致太平,若神氣自通於淵也;致黃龍鳳皇,若神明之致玉女芝英也。君明,臣蒙其功,若心之神,體得以全;臣賢,君蒙其恩,若形體之靜,而心得以安;上亂,下被其患,若耳目不聰明,而手足為傷也;臣不忠,而君滅亡,若形體妄動,而心為之喪。是故君臣之禮,若心之與體;心不可以不堅,君不可以不賢;體不可以不順,臣不可以不忠;心所以全者,體之力也;君所以安者,臣之功也。

一國の君は、一體の心に猶おごとし。深宮に隱居するは、心の胸中に藏まるに如同じく、至貴敵無きは、心の神の成雙無きに如同じ。其の官に任くるに上士を用いて、高き清明にして下き重濁なるは、身の眼を看重して脚を看輕するに如同じ。群臣を任用して私親無きは、四肢各々職事有るに如同じ。內裏に四輔有るは、心に肝肺脾腎有るに如同じ。外面に百官有るは、心に形體孔竅有るに如同じ。聖に親近して賢に接近するは、神明皆心に聚まるに如同じ。上下相い承順するは、肢體相い使喚するに如同じ。恩を布き惠を施すは、元氣の皮毛腠理に流行するに如同じ。百姓皆其の所を得るは、血氣和平にして形體苦痛無きに如同じ。無爲にして太平に達致するは、神氣の自ら深淵に通ずるに如同じ。黃龍鳳凰を招致するは、神明の玉女芝英を招致するに如同じ。君明なれば、臣其の功を蒙受するは、心の神のごとく、身體保全を得る。臣賢なれば、君其の恩を蒙受するは、形體安靜にして、而して心安を得るに如同じ。上亂るれば、下其の患を被るは、耳目聰明ならずして、而して手足傷るるに如同じ。臣忠ならずして、君滅亡するは、形體妄動して、而して心此れに因りて喪亡するに如同じ。故に君臣の禮は、心と體との如し。心は堅ならざるべからず、君は賢ならざるべからず。體は順ならざるべからず、臣は忠ならざるべからず。心の保全する所以は、體の力なり。君の安き所以は、臣の功なり。

威德所生第七十九

威德所生第七十九

天有和、有德、有平、有威、有相受之意、有為政之理,不可不審也。春者,天之和也,夏者,天之德也,秋者,天之平也,冬者,天之威也。天之序,必先和然後發德,必先平然後發威,此可以見不和不可以發慶賞之德,不平不可以發刑罰之威,又可見德生於和,威生於平也,不和無德,不平無威,天之道也,達者以此見之矣。我雖有所愉而喜,必先和心以求其當,然後發慶賞以立其德;雖有所忿而怒,必先平心以求其政,然後發刑罰以立其威,能常若是者,謂之天德,行天德者,謂之聖人。為人主者,居至德之位,操殺生之勢,以變化民,民之從主也,如草木之應四時也,喜怒當寒暑,威德當冬夏,冬夏者,威德之合也,寒暑者,喜怒之偶也,喜怒之有時而當發,寒暑亦有時而當出,其理一也。當喜而不喜,猶當暑而不暑;當怒而不怒,猶當寒而不寒;當德而不德,猶當夏而不夏;當威而不威,猶當冬而不冬也;喜怒威德之不可以不直處而發也,如寒暑冬夏之不可不當其時而出也,故謹善惡之端,何以效其然也?春秋採善不遺小,掇惡不遺大,諱而不隱,罪而不忽,□□以是非,正理以褒貶,喜怒之發,威德之處,無不皆中,其應可以參寒暑冬夏之不失其時已,故曰聖人配天。

天に和有り德有り平有り威有りて、相い授受するの意有り、政を為すの理有りて、審察せざるべからず。春は天の和、夏は天の德、秋は天の平、冬は天の威なり。天の次序は、必ず先ず和して然る後に德を發出し、必ず先ず平して然る後に威を發出す。此れより以て見るべし。和せざれば以て慶賞の德を發出すべからず、平ならざれば以て刑罰の威を發出すべからず。又以て德は和に生じ威は平に生ずるを見るべし。和せざれば則ち德無く、平ならざれば則ち威無し。是れ天の道なり。通達の人是れに因りて見たり。我は悅して喜ぶ所有ると雖も、必ず先ず心を和にして其の當を求めて、然る後に慶賞を發出して以て其の德を立つ。忿て怒る所有ると雖も、必ず先ず心を平にして其の正を求めて、然る後に刑罰を發出して以て其の威を立つ。能く常に此くの如くするを、天德と謂う。天德を實行するを、聖人と謂う。人主と為るは、至德の位子に居りて、殺生の勢を操持して、以て民を變化す。民は主に隨從すること、草木の四時に響應するに如同じ。喜怒は寒暑に當り、威德は冬夏に當る。冬夏は威德の合、寒暑は喜怒の對偶なり。喜怒は時有りて當に發すべく、寒暑も亦時有りて當に出すべし。其の理是一事なり。當に喜べし而して喜ばざるは、當に暑べし而して暑ならざるに猶おごとし。當に怒るべし而して怒らざるは、當に寒べし而して寒ならざるに猶おごとし。當に德べし而して德ならざるは、當に夏べし而して夏ならざるに猶おごとし。當に威べし而して威ならざるは、當に冬べし而して冬ならざるに猶おごとし。喜怒威德は直かに其の處に處りて發せざるべからず。寒暑冬夏の時に當りて出でざるべからざるに如同じ。故に善惡の端緒を謹慎するは、何を凭りて其の此くの如くを效驗せんや。『春秋』は善を採取して小を遺漏せず、惡を拾取して大を遺漏せず、避諱して隱瞞せず、罪を定めて忽略せず、以て是非を為して、正理を用いて褒貶す。喜怒の發出、威德の處所、中らざる無き無し。其の應驗は以て寒暑冬夏の時を失わざると參驗すべし。故に聖人は天に配すと曰う。

如天之為第八十

如天之爲第八十

陰陽之氣在上天亦在人,在人者為好惡喜怒,在天者為暖清寒暑,出入上下,左右前後,平行而不止,未嘗有所稽留滯鬱也,其在人者,亦宜行而無留,若四時之條條然也。夫喜怒哀樂之止動也,此天之所為人性命者,臨其時而欲發,其應亦天應也,與暖清寒暑之至其時而欲發無異,若留德而待春夏,留刑而待秋冬也,此有順四時之名,實逆於天地之經,在人者亦天也,奈何其久留天氣,使之鬱滯,不得以其正周行也,是故天行谷朽寅而秋生麥,告除穢而繼乏也,所以成功繼乏以贍人也。天之生有大經也,而所周行者又,有害功也,除而殺殛者,行急皆不待時也,天之志也。而聖人承之以治,是故春修仁而求善,秋修義而求惡,冬修刑而致清,夏修德而致寬,此所以順天地,體陰陽;然而方求善之時,見惡而不釋,方求惡之時,見善亦立行,方致清之時,見大善亦立舉之,方致寬之時,見大惡亦立去之,以效天地之方生之時有殺也,方殺之時有生也,是故志意隨天地,緩急仿陰陽,然而人事之宜行者,無所鬱滯,且恕於人,順於天,天人之道兼舉,此謂執其中。天非以春生人,以秋殺人也,當生者曰生,當死者曰死,非殺物之義待四時也,而人之所治也,安取久留當行之理而必待四時也,此之謂壅非其中也。人有喜怒哀樂,猶天之有春夏秋冬也,喜怒哀樂之至其時而欲發也,若春夏秋冬之至其時而欲出也,皆天氣之然也,其宜直行而無鬱滯一也,天終歲乃一遍此四者,而人主終日不知過此四之數,其理故不可以相待,且天之慾利人,非直其欲利谷也,除穢不待時,況穢人乎!

陰陽の氣は上天に在りて亦人に在り。人に在るは好惡喜怒、天に在るは暖清寒暑なり。出入上下、左右前後、平行して停止せず、未だ嘗て稽留滯鬱有らず。其の人に在るも、亦當に運行して留滯無く、四時の條暢するが如くすべし。喜怒哀樂の止と動は、此れ天の人性命に做爲する所なり。其の時に臨みて發せんと想うは、其の應も亦天應、暖清寒暑の其の時に到りて發せんと想うと不同ならず。若し德を留下して春夏を待ち、刑を留下して秋冬を待たば、此れ四時に順從の名有るも、實は却って天地の經に逆らう。人に在るも亦是れ天なり。何ぞ能く長久天氣を留下して、之を鬱滯せしめ、正に按じて周行するを得ざらしめんや。故に天は運行して、穀物は寅月に朽敗して秋に麦を生長す。是れ污穢を除去して乏匱を接續せよと告ぐ。故に功を成して乏匱を接續して以て人を贍養す。天は生の大經有りて、而して其の周行する所は又功を害する有り。之を除去して殺殛するは、行動急にして皆時を待たず。是れ天の志なり。而して聖人は之を承受して以て治理す。故に春は仁を修めて善を求め、秋は義を修めて惡を求め、冬は刑を修めて清に達致し、夏は德を修めて寬に達致す。此れ以て天地に順從して陰陽を體察す。然れども正に善を求むの時に、惡を見ても亦放過せず。正に惡を求むの時に、善を見ても亦立ちどころに實行す。正に清に達致の時に、大善を見ても亦立ちどころに推舉す。正に寬に達致の時に、大惡を見ても亦立ちどころに之を去る。以て天地に效法す。正に生の時殺有り、正に殺の時生有り。故に志意は天地に隨いて、緩急は陰陽に仿照す。然れども人事の當に實行すべき所は、鬱滯無くして、且つ人に對して恕して、天に對して順して、天人の道一併擧行す。此れ其の中を執ると謂う。天は春を用いて人を生じ秋を用いて人を殺すに非ず。當に生ずべきは生と謂い、當に死すべきは死と謂う。物を殺すの義は四時を待たず。而して人の治理する所は、何ぞ長久當行の理を留下して必ず四時を待たんや。此れ壅塞と謂う。中に非ず。人に喜怒哀樂有るは、天に春夏秋冬有るに猶おごとし。喜怒哀樂は其の時に到りて發せんと想うこと、春夏秋冬の其の時に到りて出でんと想うに如同じく、皆天氣の然らしむるなり。其れ當に直かに實行して鬱滯無きは一事なり。天は整年才かに一邊此の四者を過し、而して人主は整天知らず覺えず此の四の數を越過す。其の理は本來以て相い等待すべからず。況んや天は人を利せんと想いて、單に穀物を利せんと想うのみならず。穢を除するに時を待たず。況んや穢人をや。

天地陰陽第八十一

天地陰陽第八十一

天、地、陰、陽、木、火、土、金、水、九,與人而十者,天之數畢也,故數者至十而止,書者以十為終,皆取之此。聖人何其貴者,起於天,至於人而畢,畢之外,謂之物,物者,投其所貴之端,而不在其中,以此見人之超然萬物之上,而最為天下貴也。人下長萬物,上參天地,故其治亂之故,動靜順逆之氣,乃損益陰陽之化,而搖盪四海之內,物之難知者若神,不可謂不然也。今投地死傷,而不騰相助,投淖相動而近,投水相動而愈遠,由此觀之,夫物愈淖而愈易變動搖盪也。今氣化之淖,非直水也,而人主以眾動之無已時,是故常以治亂之氣,與天地之化相殽而不治也。世治而民和,志平而氣正,則天地之化精,而萬物之美起;世亂而民乖,志僻而氣逆,則天地之化傷,氣生災害起。是故治世之德潤草木,澤流四海,功過神明;亂世之所起,亦博若是;皆因天地之化,以成敗物,乘陰陽之資,以任其所為,故為惡愆人力,而功傷名自過也。天地之間,有陰陽之氣,常漸人者,若水常漸魚也,所以異於水者,可見與不可見耳,其澹澹也,然則人之居天地之間,其猶魚之離水一也,其無間,若氣而淖於水,水之比於氣也,若泥之比於水也,是天地之間,若虛而實,人常漸是澹澹之中,而以治亂之氣與之流通相殽也,故人氣調和,而天地之化美,殽於惡而味敗,此易之物也,推物之類,以易見難者,其情可得,治亂之氣,邪正之風,是殽天地之化者也,生於化而反殽化,與鉉連也。春秋舉世事之道,夫有書天,之盡與不盡,王者之任也。詩云:“天難諶斯,不易維王。”此之謂也。夫王者不可以不知天,知天,詩人之所難也,天意難見也,其道難理,是故明陽陰入出、實虛之處,所以觀天之志;辨五行之本末、順逆、小大、廣狹,所以觀天道也。

天・地・陰・陽・木・火・土・金・水、九樣にして、人と而して十樣、天の數畢りぬ。故に數は十に至りて止み、書寫は十を以て終と爲す。皆之を此に取る。聖人は何の故に貴きや。天より興起して、人に到りて畢る。畢るの外を物と謂う。物は、貴ぶ所に投向するの端緒にして、而して其の中に在らず。此れに因りて人は超然として万物の上に在りて、最も天下の貴と爲すを見る。人は下に於て万物を長養して、上に於て天地に參配すれば、故に治亂の故、動靜順逆の氣は、乃ち陰陽の化を損益して、而して四海の內を搖蕩す。物は神の如く知り難くして、以て此くの如くならずと說うべからず。今地に投げて死傷するも、而して騰躍して相助けず。泥淖の裏に投げれば相い動いて近し。水の裏に投げれば相い動いて更に遠し。此れに由りて觀れば、物は淖なる越えて變動搖蕩し易し。今氣化の淖は、單に水のみならずして、而して人主は衆人を用いて停まず之を動かす。故に常に治亂の氣を用いて、天地の化と相い混雜して治らず。世治りて民和し、志平にして氣正なれば、則ち天地の化精にして、而して万物の美興起す。世亂れて民乖し、志偏して氣逆なれば、則ち天地の化傷を受けて、氣は災害を生じ興起す。故に治世の德は草木を潤澤して、澤は四海に流れて、功は神明を超過す。亂世の興起する所も、亦廣博此くの如し。皆天地の化に因りて、以て物を成敗して、陰陽の資に乘りて、以て做す所を放任す。故に惡を做すは人の力愆過有りて、而して功傷を受け名自ら過分す。天地の間に陰陽の氣有りて、常に人を浸漬す。水の常に魚を浸漬するに如同じ。故に水と異なるは、只だ見ゆべきと見ゆべからざるとのみ、その澹澹たる樣子。然らば則ち人は天地の間に居處するは、魚の水を離るるに猶お一事なり。其の間隙無きは、氣の如くして水より比して更に淖なり。水は氣に比するは、泥の水に比するに如同じ。此くの如く天地の間は、虛に似て實際實なり。人は常に此の澹澹の中に浸漬して、而して治亂の氣を用いて之と流通して相い混雜す。故に人氣調和して、而して天地の化美なり。惡に混雜して味道敗壞するは、此れ容易の物なり。物の類を推求して、容易を用いて難きを見れば、其の情得るべし。治亂の氣、邪正の風は、是れ天地の化に混雜するにして、化に生じて反りて化を混雜して、統貫と相い連なり。『春秋』は世事の道を擧げて、天を書する有りて、盡くと盡かずとは、是れ王者の責任なり。『詩經・大雅・大明』に曰く、「天は信じ難きか、易ならざるは王と爲るなり。」此れを謂うなり。王者は天を知らざるべからず。天を知るは、詩人の難くする所なり。天意は見え難くして、其の道は治め難し。故に陰陽出入・實虛の處所を明白して、以て天の志を觀察し、五行の本末・順逆・小大・廣狹を辨別して、以て天の道を觀察す。

天志仁,其道也義,為人主者,予奪生殺,各當其義,若四時;列官置吏,必以其能,若五行;好仁惡戾,任德遠刑,若陰陽;此之謂能配天。天者,其道長萬物,而王者長人;人主之大,天地之參也;好惡之分,陰陽之理也;喜怒之發,寒暑之比也;官職之事,五行之義也;以此長天地之間,蕩四海之內,殽陰陽之氣,與天地相雜,是故人言既曰:王者參天地矣,苟參天地,則是化矣,豈獨天地之精哉!王者亦參而殽之,治則以正氣殽天地之化,亂則以邪氣殽天地之化,同者相益,異者相損之數也,無可疑者矣。

天の志は仁、其の道は義なり。人主と為るは、予奪生殺、各々義に當ること、四時の如くし、列官置吏、必ず其の才能に按ずること、五行の如くし、仁を喜好して暴戾を惡み、德を任用して刑を遠離すること、陰陽の如くす。此れ能く天に配すと謂う。天は、其の道万物を長養して、而して王者は人を長養す。人主の大は、天地の參配なり。好惡の分別は、陰陽の理なり。喜怒の發出は、寒暑の比況なり。官職の事は、五行の義なり。此れを用いて天地の間を長養して、四海の內を蕩滌して、陰陽の氣を混雑して、天地と相い雜す。故に人說は已に說けり、王者は天地に參配すと。假如天地に參配すれば、則ち此れ即ち化なり。豈に只だ天地の精のみならんや。王者も亦參配して之を混雜す。治なれば則ち正氣を用いて天地の化を混雑し、亂なれば則ち邪氣を用いて天地の化を混雑す。同なるは相い増益して、異なるは相い減損す。是れ其の數、疑うべき無し。

天道施第八十二

天道施第八十二

天道施,地道化,人道義,聖人見端而知本,精之至也,得一而應萬類之治也。動其本者,不知靜其末,受其始者,不能辭其終,利者,盜之本也,妄者,亂之始也,夫受亂之始,動盜之本,而欲民之靜,不可得也。故君子非禮而不言,非禮而不動;好色而無禮則流,飲食而無禮則爭,流爭則亂。夫禮,體情而防亂者也,民之情不能制其欲,使之度禮,目視正色,耳聽正聲,口食正味,身行正道,非奪之情也,所以安其情也。變謂之情,雖持異物,性亦然者,故曰內也,變變之變,謂之外,故雖以情,然不為性說,故曰外物之動性,若神之不守也,積習漸靡物之微者也,其入人不知,習忘乃為常然若性,不可不察也。純知輕思則慮達,節慾順行則倫得,以諫爭?靜為宅,以禮義為道則文德,是故至誠遺物而不與變,躬寬無爭而不以與俗推,眾強弗能入,蜩蛻瘻穢之中,含得命施之理,與萬物頡徙而不自失者,聖人之心也。

天道は施與、地道は化、人道は義なり。聖人は端緒を見て則ち本を知る。是れ精の極致、一を得て能く萬類の治に應對す。其の本を發動するは、其の末を安靜せしむるを知らず。其の始を接受するは、其の終を推辭する能わず。利は盜の本、妄は亂の始なり。亂の始を接受して、盜の本を發動して、却って民の安靜を想うは、得べからず。故に君子は禮に非ざるの話は說かず、禮に非ざるの事は動かず。色を好みて禮無ければ則ち放流し、飲食して禮無ければ則ち爭い、放流と爭とあれば則ち亂る。禮は、情を體察して亂を防止す。民の情は欲望を制約する能わずして、之を禮を以て度と爲さしむ。眼は正色を看て、耳は正聲を聽き、口は正味を食らい、身は正道を行う。其の情を奪取するに非ず。是れ以て其の情を安定す。變を情と謂う。異物を持持すると雖も、性も亦是れ此くの如し。故に內と說く。變えて又變えるの變を、外と謂う。故に情に因ると雖も、却って性の喜悅する所と爲さず。故に外物は性を打動して、神の舍を守らざるに如同じと說く。積習漸々浸靡するは、物の微細、其れ人に入りて知らずして、習慣忘れて乃ち常然に當作して性に如同じ。審察せざるべからず。純粹の知、輕微の思なれば則ち思慮通達す。欲望を節制して實行に順從すれば則ち倫序を得。靜を以て宅と爲し、禮義を以て道と爲せば則ち文德有り。故に至誠は外物を遺棄して之と變わらず、自身寬にして爭わず、世俗と推移するを拿來せず。衆強も入る能わず。蟬の污穢の中に蜕するが如く、命施を得るの理を含んで、万物と頡頏遷徙して自ら失わず。是れ聖人の心なり。

名者,所以別物也,親者重,疏者輕,尊者文,卑者質,近者詳,遠者略,文辭不隱情,明情不遺文,人心從之而不逆,古今通貫而不亂,名之義也。男女猶道也,人生別言禮義,名號之由,人事起也,不順天道,謂之不義,察天人之分,觀道命之異,可以知禮之說矣。見善者不能無好,見不善者不能無惡,好惡不能堅守,故有人道,人道者,人之所由、樂而不亂、復而不厭者。萬物載名而生,聖人因其象而命之,然而可易也,皆有義從也,故正名以名義也,物也者,洪名也,皆名也,而物有私名,此物也非夫物。故曰:萬物動而不形者,意也,形而不易者,德也,樂而不亂,復而不厭者,道也。

名は、以て物を分別するなり。親は重く、疏は輕く、尊は文有り、卑は質樸、近は詳に、遠は略なり。文辭は情を隱瞞せず、情を彰明して文を遺漏せず。人心は之に隨從して逆らわず、古今は貫通して亂れず。是れ名の義なり。男女は道に猶おごとし。人は生まれて分かちて禮義を講じて、名號の由來、人事興起す。天道に順わざれば、不義と謂う。天人の分際を審察して、道と命との異同を觀察すれば、以て禮の說を知るべし。善を見て喜好無かる能わず、不善を見て厭惡無かる能わず。好惡は堅守する能わずして、故に人道有り。人道は、人の經由する所、樂して亂れず、反復して厭わずのなり。万物は名を承載して生じて、聖人は其の象に因りて以て命名す。然れども以て改易すべくして、皆義從うべき有り。故に名を端正するは、名を用うるの義なり。物は、洪大の名、皆名なり。而して物に私名有れば、即ち此の物は其の物に非ず。故に曰く、万物動いて成形せざるは、是れ意なり。成形して改易せざるは、是れ德なり。樂して亂れず、反復して厭わざるは、是れ道なり。

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