周易正义
《周易正義》(魏・王弼等注 唐・孔穎達疏)
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
《周易正義》(魏・王弼等注 唐・孔穎達疏)
上経乾伝巻一
乾卦
乾下乾上。乾:元、亨、利、貞。
経文はまず卦体を示し、次に卦辞を出す。「乾下乾上」とは、この卦の下体と上体がともに乾を取り、六爻がすべて陽爻で、純陽にして陰がないということである。卦辞は「元・亨・利・貞」の四字のみで、後の人はこれを「乾の四徳」と呼ぶ。「元」は万物を創始する徳、「亨」は通達して滞りがないこと、「利」は万物をそれぞれ宜しきに得させること、「貞」は正固を守り終わりを全うできることである。
[疏]正義曰:“乾”者,此卦之名。謂之卦者,《易緯》云:“卦者掛也,言縣掛物象,以示於人,故謂之卦。”但二畫之體,雖象陰陽之氣,未成萬物之象,未得成卦,必三畫以象三才,寫天、地、雷、風、水、火、山、澤之象,乃謂之卦也。故繫辭云“八卦成列,象在其中矣”是也。但初有三畫,雖有萬物之象,於萬物變通之理,猶有未盡,故更重之而有六畫,備萬物之形象,窮天下之能事,故六畫成卦也。此乾卦本以象天,天乃積諸陽氣而成天,故此卦六爻皆陽畫成卦也。
孔穎達は疏を作るにあたり、まず「卦」と「乾」の名義を解く。彼は言う。「乾」はこの卦の名称である。なぜ「卦」と呼ぶのかについて、《易緯》は「卦とは掛である。物象を懸けて人に示すから、卦と呼ぶ」と説明する。ただし二画だけの形は、陰陽二気を象徴しうるものの、まだ万物の形像を成さず、成卦とは言えない。必ず三画をもって天・地・人の「三才」を象り、天・地・雷・風・水・火・山・沢の八つの物象を写し取ってこそ卦と言える。《繋辞》に「八卦成列、象在其中矣」とあるのは、まさにこの理を言うものである。しかし最初の三画の単卦は、万物の象を備えてはいても、万物の変化会通の理をなお尽くしていない。そこで単卦を重ねて六画とし、万物の形象がこれで備わり、天下の事理がこれで窮まるので、六画をもって成卦とする。この乾卦はもともと天に象を取るが、天は衆多の陽気が積み集まって成るものだから、この卦は六爻すべて陽画で構成されている。
此既象天,何不謂之天,而謂之“乾”者?天者定體之名,“乾”者體用之稱。故《說卦》云:“乾,健也”。言天之體,以健為用。聖人作《易》本以教人,欲使人法天之用,不法天之體,故名“乾”,不名天也。天以健為用者,運行不息,應化無窮,此天之自然之理,故聖人當法此自然之象而施人事,亦當應物成務,云為不已,“終日乾乾”,無時懈倦,所以因天象以教人事。於物象言之,則純陽也,天也。於人事言之,則君也。父也。以其居尊,故在諸卦之首,為《易》理之初。
孔穎達は続けて自ら問答を設ける。この卦は天に象を取るのだから、なぜそのまま「天」とせず「乾」と呼ぶのか。彼の説明では、「天」は固定した形体について立てた名、「乾」はその形体が発する作用について立てた呼称である。だから《説卦》に「乾は健なり」とあるのは、天という形体が剛健をその作用とすることを言うのである。聖人が《周易》を作った本意は人々を教化することにあり、人に天の作用を法とさせたいのであって天の形体を法とさせたいのではない。ゆえに名を「乾」とし、「天」と名付けない。天が剛健を用とするとは、運行して休まず、変化に応じて窮まりがないということで、これは天の自然の理である。聖人はこの自然の象を法として人事を施すべく、また物に応じて事務を成し、言動をやめず、「終日乾乾」として片時も懈怠しない――これが天象を借りて人事を教える所以である。物象について言えば、乾は純陽であり、天である。人事について言えば、乾は君であり、父である。至尊の位に居るがゆえに諸卦の首に置かれ、《周易》の義理の初めとなる。
但聖人名卦,體例不同,或則以物象而為卦名者,若否、泰、剝、頤、鼎之屬是也,或以象之所用而為卦名者,即乾、坤之屬是也。如此之類多矣。雖取物象,乃以人事而為卦名者,即家人、歸妹、謙、履之屬是也。所以如此不同者,但物有萬象,人有萬事,若執一事,不可包萬物之象;若限局一象,不可總萬有之事,故名有隱顯,辭有踳駁,不可一例求之,不可一類取之。故《繫辭》云:“上下無常,剛柔相易,不可為典要。”韓康伯注云“不可立定準”是也。
孔穎達はさらに申し述べる。聖人が卦に名を付ける体例は一様ではない。あるものは物象をそのまま卦名とする、《否》《泰》《剥》《頤》《鼎》の類がこれである。あるものは物象が発する作用を卦名とする、《乾》《坤》の類がこれで、この二つの場合はどちらも多い。また物象に取りながら人事にしたがって名付けるものもある、《家人》《帰妹》《謙》《履》の類がこれである。このように参差しているのは、物には万象があり人には万事があるからである。もし一事に固守すれば万物の象を概括できず、一象に限定すれば万有の事を総括できない。だから卦名には隠顕があり、卦爻辞にも駁雑不斉のところがあり、同一の格式をもって求めることはできず、同一の類別によって義を取ることもできない。《繋辞》に「上下常なく、剛柔相易、為典要とすべからず」とあり、韓康伯が「定準を立つべからず」と注するのは、まさにこの意味である。
“元、亨、利、貞”者,是乾之四德也。子夏傳云:“元,始也。亨,通也。利,和也。貞,正也。”言此卦之德,有純陽之性,自然能以陽氣始生萬物而得元始亨通,能使物性和諧,各有其利,又能使物堅固貞正得終。此卦自然令物有此四種使得其所,故謂之四德:言聖人亦當法此卦而行善道,以長萬物,物得生存而為“元”也。又當以嘉美之事,會合萬物,令使開通而為“亨”也。又當以義協和萬物,使物各得其理而為“利”也。又當以貞固幹事,使物各得其正而為“貞”也。是以聖人法乾而行此四德,故曰“元、亨、利、貞”。其委曲條例,備在《文言》。
孔穎達は次に卦辞の四字を疏解する。「元・亨・利・貞」は乾卦の四つの徳性である。《子夏伝》の訓釈では、「元」は始め、「亨」は通達、「利」は和諧、「貞」は中正である。これは乾卦の徳が純陽の性質を持ち、自然に陽気をもって発動し万物を始生させ、創始と亨通を得ることを言う。万物の性情をそれぞれ和諧させて各々その利を得させ、また万物を堅固に正しく守らせて善い終わりを得させる。この卦は自然に万物をしてこの四つを具え各々其の所を得させるので、「四徳」と称する。人事に就いて言えば、聖人もまたこの卦を法として善道を推し行い、万物を長養して生存を得させるべきで、これが「元」である。美善の事をもって万物を会聚し通暢して阻ませないのが「亨」である。義理をもって万物を協調させ各々その理を得させるのが「利」である。貞固の心をもって事務を主張し万物を各々その正を得させるのが「貞」である。だから聖人は乾を法としてこの四徳を施し、卦辞が「元・亨・利・貞」と言うのである。その曲折詳密な条例は、《文言》の一篇にすべて備えて説かれている。
初九:潛龍勿用。《文言》備矣。
経文は乾卦の最下爻の爻辞「潜龍勿用」――龍がなお下に潜伏しており、作用を施展してはならない。爻辞の下の「《文言》備矣」の四字は王弼の注で、彼はここで別に解説せず、この一爻の義理が《文言》の篇ですでに十分に説かれていることを指摘するのみである。
[疏]正義曰:居第一之位,故稱“初”;以其陽爻,故稱“九”。潛者,隱伏之名;龍者,變化之物。言天之自然之氣起於建子之月,陰氣始盛,陽氣潛在地下,故言“初九潛龍”也。此自然之象,聖人作法,言於此潛龍之時,小人道盛,聖人雖有龍德,於此時唯宜潛藏,勿可施用,故言“勿用”。張氏云:“以道未可行,故稱‘勿用’以誡之。”於此小人道盛之時,若其施用,則為小人所害。寡不敵眾,弱不勝強,禍害斯及,故誡“勿用”。若漢高祖生於暴秦之世,唯隱居為泗水亭長,是勿用也。諸儒皆以為舜始漁於雷澤。舜之時,當堯之世,堯君在上,不得為小人道盛。此“潛龍”始起,在建子之月,於義恐非也。
孔穎達はこの爻辞の字面と取象を疏解する。彼は言う。この一爻は第一位に処するので「初」と称し、陽爻であるので「九」と称する。「潜」は隠伏の意で、「龍」はよく変化する動物である。これは天地自然の気が建子の月、すなわち旧暦十一月に起こることを言い、その時陰気が盛んで陽気は地下に潜蔵するので「初九潜龍」と言う。これは自然の象である。聖人はこれに基づいて法を立て、潜龍のような時には小人の勢力が盛んで、聖人は龍のような徳があってもこの時はただ潜蔵すべきで施展してはならない、ゆえに「勿用」と言う。張氏は「道がなお行えないので『勿用』で戒める」と言う。小人が勢いを得た時にみだりに施展すれば、小人に害される。人少なければ人多きに敵せず、力弱ければ力強きに勝てず、禍患はこれに随うので「勿用」と戒める。たとえば漢高祖は暴秦の世に生まれ、泗水亭長になって隠居するほかなかった、これが「勿用」である。諸儒はみな虞舜が初め雷沢で漁をしたことに比附するが、舜の時代は唐堯が在位する時にあたり、堯という明君が上にいる以上、小人得勢とは言えない。しかもこの「潜龍」は建子の月に端を発するので、舜に比附するのは義理の上で恐らく適切ではない。
第一位言“初”,第六位當言“終”;第六位言“上”,第一位當言“下”。所以文不同者,莊氏云:“下言初則上有末義。”故《大過·彖》云:“棟橈,本末弱。”是上有末義“六”言“上”,則“初”當言“下”。故《小象》云:“潛龍勿用,陽在下也。”則是初有下義,互文相通,義或然也。且第一言“初”者,欲明萬物積漸,從無入有,所以言初不言一與下也。六言“上”者,欲見位居卦上,故不言六與末也。
孔穎達は続けて爻位の称名を弁析する。対称の言い方をすれば、第一位が「初」と称される以上、第六位は「終」と称すべきであり、第六位が「上」と称される以上、第一位は「下」と称すべきである。用語が対称でない理由を、荘氏は「下に『初』と言えば、上に『末』の意を含む」と説明する。だから《大過・彖》に「棟撓み、本末弱し」とあり、上位に本来「末」の義が含まれることが分かる。同様に第六位が「上」と称される以上、「初」にも「下」の義が含まれるはずで、だから《小象》に「潜龍勿用、陽在下也」とあり、初位に本来「下」の義が含まれることが分かる。これは上下互文して義が相貫通するもので、道理は恐らくこのようであろう。さらに第一位を「初」と称するのは、万物が漸により積み、無から有へ至る過程を顕明にするためで、「一」とも「下」とも言わず「初」と言う。第六位を「上」と称するのは、一卦の最上に位することを顕示するためで、「六」とも「末」とも言わない。
此初九之等,是乾之六爻之辭,但乾卦是陽生之世,故六爻所述,皆以聖人出處託之,其餘卦六爻,各因象明義,隨義而發,不必皆論聖人。他皆仿此。謂之“爻”者,《繫辭》云:“爻也者,效此者也。”聖人畫爻,以仿效萬物之象。先儒云,後代聖人以《易》占事之時,先用蓍以求數,得數以定爻,累爻而成卦,因卦以生辭,則蓍為爻卦之本,爻卦為蓍之末。今案:《說卦》云:“聖人之作《易》也,幽贊於神明而生蓍,三天兩地而倚數,觀變於陰陽而立卦,發揮於剛柔而生爻。”《繫辭》云:“成天下之亹亹者,莫大乎蓍龜。是故天生神物,聖人則之。”又《易乾鑿度》云:“垂皇策者犧。”據此諸文,皆是用蓍以求卦。先儒之說,理當然矣。
孔穎達はまた乾卦六爻の取譬の特殊性を説明し、「爻」の字を解釈する。初九の類はみな乾卦六爻の爻辞で、乾卦が当たるのは陽気始生の世であるから、六爻の説くところは、一律に聖人の出仕と退隠に借りて託する。他の各卦の六爻は、それぞれ取る象に依って義理を闡明し、義に随って発し、必ずしも聖人を論じるとは限らない。他の各卦もこれに倣って類推できる。なぜ「爻」と呼ぶかについて、《繋辞》は「爻也者、效此者也」と言い、聖人が爻を画くのは万物の象を倣うためである。前世の儒者は、後代の聖人が《周易》で事を占う時、まず蓍草で数を求め、数を得てから爻を定め、爻を積んで卦を成し、卦に依って卦爻辞が生じると言った。そうなれば蓍草は爻と卦の根本で、爻と卦は蓍草の末流である。今按ずるに《説卦》は「聖人の易を作るや、幽く神明を賛して蓍を生じ、三天両地にして数を倚り、変を陰陽に観て卦を立て、剛柔に発揮して爻を生ず」と言う。《繋辞》は「天下の亹亹を成す者、蓍亀より大なるは莫し。是の故に天神物を生じ、聖人これを則る」と言う。《易乾鑿度》もまた「皇策を垂れしは犠なり」と言う。これらの文献によれば、いずれも先に蓍草を用いて後に卦を求めており、前世の儒者の説は道理の上で立つことが分かる。
然陽爻稱“九”,陰爻稱“六”,其說有二:一者《乾》體有三畫,《坤》體有六畫,陽得兼陰,故其數九,陰不得兼陽,故其數六。二者老陽數九,老陰數六,老陰老陽皆變,《周易》以變者為占,故杜元凱注襄九年《傳》遇《艮》之八,及鄭康成注《易》,皆稱《周易》以變者為占,故稱九、稱六。所以老陽數九,老陰數六者,以揲蓍之數,九遇揲則得老陽,六遇揲則得老陰,其少陽稱七,少陰稱八,義亦準此。張氏以為陽數有七有九,陰數有八有六,但七為少陽,八為少陰,質而不變,為爻之本體。九為老陽,六為老陰,文而從變,故為爻之別名。且七既為陽爻,其畫已長。今有九之老陽,不可復畫為陽,所以重錢,避少陽七數,故稱九也。八為陰數而畫陰爻,今六為老陰,不可復畫陰爻。故交其錢,避八而稱六。但《易》含萬象,所託多塗,義或然也。
孔穎達はさらに陽爻がなぜ「九」と称し陰爻がなぜ「六」と称するかを解釈し、二説を挙げる。第一の説では、乾の単体は三画、坤の単体は六画(坤の三爻が断ち分かれて六段となる)で、陽は陰を兼ね含むことができるので数を九とし(三加六)、陰は陽を兼ね含むことができないので数を六とする。第二の説では、老陽の数は九、老陰の数は六で、老陰老陽はいずれも変動し、《周易》は変動する爻をもって占を定める。だから杜元凱の《左伝》襄公九年「艮之八に遇う」の注、および鄭康成の《易》注は、いずれも《周易》が変爻をもって占とすると言い、ゆえに「九」「六」と称する。老陽がなぜ九で老陰がなぜ六かは、揲蓍して得る数について言うので、揲蓍して九を得れば老陽、六を得れば老陰である。少陽を七とし少陰を八とするのも、理はこれに準じて推す。張氏は陽数に七と九があり、陰数に八と六があると考える。七は少陽、八は少陰で、質朴にして変動せず、爻の本体である。九は老陽、六は老陰で、文飾にして変動に随うので爻の別名である。しかも七がすでに陽爻である以上、その画は本来長画であり、今九という老陽に遇っても、別の陽画を画くことはできないので、銭の上に重ねて記を作り、少陽の七を避けて「九」と称する。八は陰数で画は陰爻を作るが、今六が老陰で、別の陰爻を画くことができないので、銭を交差させて記とし、八を避けて「六」と称する。ただし《周易》は万象を包含し、託する道筋が多いので、これらの説はいずれも成立しうるであろう。
九二:見龍在田,利見大人。出潛離隱,故曰“見龍”,處於地上,故曰“在田”。德施周普,居中不偏,雖非君位,君之德也。初則不彰,三則“乾乾”,四則“或躍”,上則過亢。“利見大人”,唯二、五焉。
経文は第二爻の爻辞「見龍在田、利見大人」――龍がすでに田野に現れ、大人が現れるに利あり。その下は王弼の注で、龍がすでに潜伏を脱し隠匿を離れたので「見龍」と言い、地面の上に処するので「在田」と言う。九二は徳沢が施布して周遍し、また下卦の中に居て偏らない。なお君位にはないが、すでに人君の徳を具えている。六爻を比較すると、初九は隠れて顕れず、九三はただ「終日乾乾」、九四はなお「或いは躍り淵に在り」、上九はすでに亢極に過ぎる。だから乾卦で「利見大人」に当たるのは、九二と九五の二爻のみである。
[疏]“九二”至“利見大人”。○正義曰:陽處二位,故曰“九二”。陽氣發見,故曰“見龍”。田是地上可營為有益之處,陽氣發在地上,故曰“在田”。且一之與二,俱為地道,二在一上,所以稱“田”。“見龍在田”,是自然之象。“利見大人”,以人事託之,言龍見在田之時,猶似聖人久潛稍出,雖非君位而有君德,故天下眾庶利見九二之“大人”。故先儒云:若夫子教於洙泗,利益天下,有人君之德,故稱“大人”。
以下は孔穎達が経文の「九二」から「利見大人」までの一段を疏解するものである。彼は言う。陽爻が第二位に処するので「九二」と称し、陽気がすでに顕露したので「見龍」と称する。「田」は地面上で経営でき収益のある場所で、陽気がすでに地面上に発露したので「在田」と言う。しかも初位と二位はともに地道に属し、二位は初位の上にあるので、「田」と称する。「見龍在田」は自然の象を言うのであり、「利見大人」は人事に借りて託するもので、龍が田野に現れる時は、聖人が久しく潜隠に処して次第に世に出るに譬え、なお君位にはないがすでに人君の徳を有するので、天下の百姓はいずれも九二という「大人」を見るに利がある。だから前世の儒者は、たとえば孔夫子が洙水・泗水の間で教えを設け、天下に恵み及ぼし、人君の徳を具えたので「大人」と称すると言う。
案:《文言》云:“九二德博而化。”又云:“君德也。”王輔嗣注云:“雖非君位,君之德也。”是九二有人君之德,所以稱“大人”也。輔嗣又云:“利見大人,唯二五焉。”是二之與五,俱是“大人”,為天下所“利見”也。而褚氏、張氏同鄭康成之說,皆以為九二利見九五之大人,其義非也。且“大人”之云,不專在九五與九二,故《訟卦》云:“利見大人。”又《蹇卦》:“利見大人。”此“大人”之文,施處廣矣,故輔嗣注謂九二也。是“大人”非專九五。
孔穎達はまた旧説を引証し駁正する。彼は言う。《文言》に「九二徳博にして化す」とあり、また「君徳也」と言う。王弼(字は輔嗣)の注も「君位に非ざるも、君の徳也」と言う。九二が人君の徳を具えるので「大人」と称することが分かる。王弼はまた「利見大人、唯二五焉」と言い、九二と九五がともに「大人」で、ともに天下の百姓が「利見」する対象であることが分かる。しかるに褚氏・張氏は鄭康成の説に沿い、いずれも九二が九五の大人に見るに利ありと解するが、この解釈は正しくない。しかも「大人」という言い方は九五と九二に専ら指すものではない。だから《訟卦》に「利見大人」と言い、《蹇卦》にも「利見大人」と言うのであり、「大人」二字の使用範囲が広いことが分かる。正にこのゆえに、王弼がここで注するのは九二を指し、「大人」が九五に専有ではないと知るべきである。
○注“處於地上”至“唯二五焉”。○正義曰:“處於地上,故曰在田”者,先儒以為重卦之時,重於上下兩體,故初與四相應,二與五相應,三與上相應。是上下兩體,論天地人各別,但《易》含萬象,為例非一。及其六位,則一、二為地道,三、四為人道,五、上為天道。二在一上,是九二處其地上,所田食之處,唯在地上,所以稱“田”也。觀輔嗣之注意,唯取地上稱田,諸儒更廣而稱之,言田之耕稼利益,及於萬物,盈滿有益於人,猶若聖人益於萬物,故稱“田”也。
以下の一節は、孔穎達が王弼注の「處於地上」から「唯二五焉」までの一段を疏解するものである。まず「處於地上、故曰在田」の一句。前世の儒者は、重卦の時は上下二つの単体を重ねるので、初と四が相応し、二と五が相応し、三と上が相応すると考える。上下両体に就いて言えば、天・地・人の三才にそれぞれ分属するが、《周易》は万象を包含し、体例は一種に止まらない。六爻の位に就いて言えば、初位・二位は地道に属し、三位・四位は人道に属し、五位・上位は天道に属する。二位は初位の上にあり、すなわち九二が地面の上に処する。しかも耕作して食を取るべき田地は地面の上にのみあるので、「田」と称する。王弼注の用意を見ると、ただ「地面の上に在り」という一点を取って「田」と称するのであって、後の諸儒はこれをより広く説き、田地が耕して生ずる利益は万物に及び、物産が豊盈して人に益する、聖人が万物に益するに正しく譬えるので「田」と称すると言う。
“德施周普”者,下《小象》文,謂周而普遍。“居中不偏”者,九二居在下卦之中,而於上於下,其心一等,是“居中不偏”也。不偏則周普也。“雖非君位”者,二為大人,己居二位,是非君位也。“君之德”者,以德施周普也。《文言》云:“德博而化。”又云:“君德也。”是九二有人君之德也。“初則不彰”者,謂潛隱不彰顯也。“三則乾乾”者,危懼不安也。“四則或躍”者,謂進退懷疑也。“上則過亢”,過謂過甚,亢謂亢極。“利見大人,唯二五焉”者,言範模乾之一卦,故云“唯二五焉”。於別卦言之,非唯二五而己。故訟卦、蹇卦並云“利見大人”,所以施處廣,非唯二五也。
孔穎達は王弼注の用語を逐句疏解する。「徳施周普」は下文の《小象》に出て、徳沢が周遍して普及することを指す。「居中不偏」は九二が下卦の中位に居し、上に対し下に対し心を同じくするので「居中不偏」と言い、偏らなければ自然に周遍する。「雖非君位」は九二が大人であるが、自ら第二位に身を処し、ついに君位ではないことを言う。「君之徳」はその徳沢が周遍普及するについて言い、《文言》に「徳博而化」とあり、また「君徳也」と言うので、九二に人君の徳があることが分かる。「初則不彰」は初九が潜隠して顕露しないことを指す。「三則乾乾」は九三が危惧不安の地に処することを指す。「四則或躍」は九四が進退の間で心に疑慮を抱くことを指す。「上則過亢」の「過」は過分、「亢」は亢極である。「利見大人、唯二五焉」の一句に至っては、乾という一卦について範を立て則を取るに就いて言うので、「二・五の両爻のみ」と言う。他の卦に就いて言えば二・五の両爻に止まらないので、《訟卦》《蹇卦》とも「利見大人」を説き、この説法の適用する所が広く二・五に限らないことが分かる。
諸儒以為九二當太蔟之月,陽氣發見,則九三為建辰之月,九四為建午之月,九五為建申之月,為陰氣始殺,不宜稱“飛龍在天”。上九為建戌之月,群陰既盛,上九不得言“與時偕極”。於此時陽氣僅存,何極之有?諸儒此說,於理稍乖。此乾之陽氣漸生,似聖人漸出,宜據十一月之後。至建巳之月已來,此九二當據建丑、建寅之間,於時地之萌牙初有出者,即是陽氣發見之義。乾卦之象,其應然也。
孔穎達はここで諸儒が月份を六爻に配した旧説を駁正する。諸儒は九二を太蔟の月すなわち正月に相当し、陽気が発露すると考えた。これを推せば、九三は建辰の月すなわち三月、九四は建午の月すなわち五月、九五は建申の月すなわち七月である。しかし七月は陰気がすでに粛殺を始め、「飛龍在天」と言うべきではない。上九は建戌の月すなわち九月で、群陰がすでに盛んで、上九も「與時偕極」とは言えない――その時陽気は一点の残余のみで、何の「極」を言うか。諸儒のこの配法は道理の上でやや乖違がある。孔穎達自身の見方は、乾卦は陽気が次第に生長することを言い、聖人が次第に世に出るに譬えるので、十一月以後から起算し、建巳の月すなわち四月までとすべきである。そうすれば九二は建丑の月と建寅の月の間、すなわち十二月から正月に当たり、その時地中の萌芽がちょうど芽吹き出て、「陽気発見」の意に正しく合し、乾卦の象もこれに応じる、本来こうあるべきである。
但陰陽二氣,共成歲功,故陰興之時,仍有陽在,陽生之月,尚有陰存。所以六律六呂,陰陽相間,取象論義,與此不殊。乾之初九,則與復卦不殊。乾之九二,又與臨卦無別。何以復、臨二卦與此不同者,但《易》論象,復、臨二卦,既有群陰見象於上,即須論卦之象義,各自為文。此乾卦初九、九二,只論居位一爻,無群陰見象,故但自明當爻之地,為此與臨、復不同。
孔穎達は陰陽并存の理を補充説明し、乾爻と復・臨二卦の異同を解釈する。陰陽二気は共同して一年の功用を成就するもので、陰気が盛んな時にもなお陽気があり、陽気が始生する月にもなお陰気が存留する。六律六呂が陰陽相間して排列する所以は、その取象論義がこれと二致しない。爻位の当たる月份に就いて言えば、乾卦の初九は《復》卦と異ならず、乾卦の九二も《臨》卦と区別がない。では《復》《臨》二卦がなぜ説き方をこれと異にするのか。《周易》は象に就いて論を立てるから、《復》《臨》二卦は上に一群の陰爻が顕現して象を成すので、必ず卦の象と義を併せて論説し、それぞれ別に文辞を立てなければならない。一方乾卦の初九・九二はただ居するこの一爻に就いて論を立て、上に群陰の顕象がないので、ただ本爻の処する地位を説明すれば足りる――これが《臨》《復》と異なる所以である。
九三:君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎。處下體之極,居上體之下,在不中之位,履重剛之險。上不在天,未可以安其尊也。下不在田,未可以寧其居也。純脩下道,則居上之德廢;純脩上道,則處下之禮曠。故“終日乾乾”,至於夕惕猶若厲也。居上不驕,在下不憂,因時而惕,不失其幾,雖危而勞,可以“無咎”。處下卦之極,愈於上九之亢,故竭知力而後免於咎也。乾三以處下卦之上,故免亢龍之悔。坤三以處下卦之上,故免龍戰之災。
経文は第三爻の爻辞「君子終日乾乾、夕惕若厲、无咎」――君子は一日中勤勉して懈らず、夕方になってもなお警惕を懐き、危険に臨むようであれば、こうしてこそ過ちがない。王弼注はこの一爻の処境を解釈する。九三は下卦の頂点に居り、また上卦の下縁に貼り付き、中に居らない位置に処し、足下は上下とも陽の重剛の険を踏んでいる。上は天位にあらず安んじて尊貴を享けることができず、下は田位にあらず居処を安頓することができない。ひたすら下位の道を修めれば、上位に居るべき徳が荒廃し、ひたすら上位の道を修めれば、下位に処するべき礼が空缺する。だから「終日乾乾」で、傍晚に至ってもなお危境に臨むようである。上位に居ても驕慢せず、下位に処しても憂懼せず、時に警惕を保ち、事機を錯失せず、処境が危険で劳苦であっても「過ちがない」ことができる。これは下卦の極点に処し、上九の亢極に比べればまだよいので、才智気力を竭くした後に過ちを免れることができる。乾卦の九三は下卦の上に処するので亢龍の悔恨を免れ、坤卦の六三も同じく下卦の上に処するので龍が野に戦う災を免れる。
[疏]“九三君子”至“夕惕若厲無咎”。○正義曰:以陽居三位,故稱“九三”;以居不得中,故不稱“大人”;陽而得位,故稱君子。在憂危之地,故“終日乾乾”,言每恆終竟此日,健健自強,勉力不有止息。“夕惕”者,謂終竟此日後,至向夕之時,猶懷憂惕。“若厲”者,若,如也;厲,危也。言尋常憂懼,恆如傾危,乃得無咎。謂既能如此戒慎,則無罪咎,如其不然,則有咎。故《繫辭》云:“無咎者,善補過也。”此一爻,因陽居九三之位,皆以人事明其象。
以下は孔穎達が経文の「九三君子」から「夕惕若厲无咎」までの一段を疏解するものである。彼は言う。陽爻が第三位に居するので「九三」と称し、居る所が中位を得ないので「大人」と称せず、また陽爻が陽位に居して正位を得るので「君子」と称する。九三は憂危の地に身を処するので「終日乾乾」といい、毎日朝から晩まで剛健自強し、勉力して停歇しないことを意味する。「夕惕」はこの一日を過ごし傍晚の時分に至っても、心に憂懼警惕を懐くことを言う。「若厲」の二字は、「若」は如同、「厲」は危険で、平常に憂懼を懐き、つねに身が傾危の中にあるようであってこそ、過ちがないことができる。すなわち、このように戒惧謹慎できれば罪過がなく、できなければ過ちがある。だから《繋辞》に「无咎者、善く過を補う也」と言う。この一爻は陽爻が九三の位に居するので、通篇すべて人事に借りてその象を闡明する。
○注“處下體之極”至“免龍戰之災”。○正義曰:“處下體之極”者,極,終也。三是上卦之下,下體之極,故云“極”也。又云:“居上體之下”者,四、五與上是上體,三居四下,未入上體,但居上體之下,四則已入上體,但居其上體之下,故九四注云“居上體之下”,與此別也。云“履重剛之險”者,上下皆有陽爻,剛強好為險難,故云“履重剛之險”。云“上不在天,未可以安其尊”者,若在天位,其尊自然安處,在上卦之下,雖在下卦之上,其尊未安,故云“未可以安其尊”也。“下不在田,未可以寧其居”者,田是所居之處,又是中和之所,既不在田,故不得安其居。“純脩下道,則居上之德廢”者,言若純脩下道以事上卦,則己居下卦之上,其德廢壞,言其太卑柔也。“純脩上道,則處下之禮曠”者,曠謂空曠,言已純脩居下卦之上道以自驕矜,則處上卦之下,其禮終竟空曠。
以下の一節は、孔穎達が王弼注の「處下體之極」から「免龍戦之災」までの一段を疏解するものである。「處下體之極」の「極」は終点で、三爻が上卦の下に緊接し、正に下体の尽頭であるので「極」と言う。注はまた「居上體之下」と言う。四・五・上の三爻は上体で、三爻は四爻の下にあり、まだ上体に入らず、ただ上体の下に緊靠するのみである。四爻はすでに上体に入り、ただ上体の最下位に居る――だから九四の注も「居上體之下」と言うが、こことは含義が別である。注の「履重剛之険」は、三爻の上下がともに陽爻で、剛強にして険難を生じ好むので、重剛の険を踏むと言う。注の「上不在天、未可以安其尊」は、もし真に天位にあればその尊貴は自然に安穏であるが、今は上卦の下に身を処し、また下卦の上にあっても、尊位はいまだ安穏でないので「未可以安其尊」と言う。「下不在田、未可以寧其居」は、田が安身の処でありまた中和の所であるので、田位にあらなければその居処を安んずることができない。「純脩下道、則居上之徳廃」は、ひたすら下位の道を修治して上卦に事奉すれば、自己が下卦の上に居るべき徳が敗壊する、すなわち卑弱柔順に過ぎることである。「純脩上道、則處下之礼曠」の「曠」は空缺で、ひたすら下卦の上に居る高位の道を修治して自ら驕矜すれば、上卦の下に身を処して尽くすべき礼数がついに落空することを言う。
“夕惕猶若厲也”者,言雖至於夕,恆懷惕懼,猶如未夕之前,當若厲也。案:此卦九三所居之處,實有危厲。又《文言》云:“雖危無咎。”是實有危也。據其上下文勢,“若”字宜為語辭,但諸儒並以“若”為“如”,如似有厲,是實無厲也,理恐未盡。今且依“如”解之。“因時而惕,不失其幾”者,“因時”謂因可憂之時,故《文言》云“因時而惕”,又云“知至至之,可與幾也”。是“因時而惕,不失其幾”也。“雖危而勞”者,“若厲”是“雖危”,“終日乾乾”是“而勞”也。“故竭知力而後免於咎”者,王以九三與上九相併,九三處下卦之極,其位猶卑,故竭知力而得免咎也。上九在上卦之上其位極尊,雖竭知力,不免亢極,言下勝於上,卑勝於尊。
孔穎達は引き続き王注を疏解し、「若」の字について自己の見方を提出する。「夕惕猶若厲也」は、傍晚に至ってもなおつねに警惕を懐き、天が晩くならない以前と同じく、いずれも危境に臨む如くあるべきことを言う。この卦の九三の処する地位には、確かに危厲が存在する。《文言》もまた「雖危无咎」と言うので、危険が真実であることが分かる。上下文の語勢に就いて見れば、「若」の字は句中の語助詞であるべきである。ただ諸儒は皆「若」を「如」と訓し、危厲があるようで実は危厲がないと説くが、これは道理の上で恐らく未尽妥當である。今は姑らくなお「如」の字に依って解説する。注中の「因時而惕、不失其幾」の「因時」は、憂うべき時に乗じることを指し、だから《文言》に「因時而惕」と言い、また「知至至之、可与幾也」と言うのは、正に「因時而惕、不失其幾」の意である。注の「雖危而勞」は、「若厲」が「雖危」に対応し、「終日乾乾」が「而勞」に対応する。注の「故竭知力而後免於咎」は、王弼が九三と上九を併挙するもので、九三は下卦の頂点に処し地位がなお卑下なので、才智気力を竭くせば過ちを免れることができる。上九は上卦の上に位し地位が極めて尊貴で、たとい才智気力を竭くしても亢極の患を免れない。これは下位が上位に勝り、卑位が尊位に勝ることを言う。
九四:或躍在淵,無咎。去下體之極,居上體之下,乾道革之時也。上不在天,下不在田,中不在人,履重剛之險,而無定位所處,斯誠進退無常之時也。近乎尊位,欲進其道,迫乎在下,非躍所及。欲靜其居,居非所安,持疑猶豫未敢決志。用心存公,進不在私,疑以為慮,不謬於果,故“無咎”也。
経文は第四爻の爻辞「或躍在淵、无咎」――あるいは騰躍して起こり、あるいはなお深淵に留まり、いずれも過ちがない。王弼注の解説では、九四はすでに下体の頂点を離れ、上体の最下位に入り、正に乾道が変革する時に当たる。上は天位にあらず、下は田位にあらず、中はまた人位に当たらず、足下になお重剛の険を踏み、しかも定まった処する位置がない。これは実に進退無常の時機である。君位に逼近して、己の道を推し行おうと欲するが、また下の形勢に迫られ、一躍で達しうるものではない。安居して動かないことを欲するが、処する所は安居すべき地ではなく、そこで心に遅疑を存し猶豫不定で、心志を決断することを敢えてしない。しかしその心を用いる所は公義に存し、進を求めるのは私利のためではない。疑慮があるがゆえに反復思量し、果決に行事する上で誤るに至らないので「過ちがない」のである。
[疏]“九四:或躍在淵,無咎”。○正義曰:“或,疑也。躍,跳躍也。言九四陽氣漸進,似若龍體欲飛,猶“疑或”也。躍於在淵,未即飛也。此自然之象,猶若聖人位漸尊高欲進於王位,猶豫鷃疑,在於故位,未即進也。云:“無咎”者,以其鷃疑進退,不即果敢以取尊位,故“無咎”也。若其貪利務進,時未可行而行,則物所不與,故有咎也。若周西伯內執王心,外率諸侯以事紂也。
以下は孔穎達が経文「九四:或躍在淵、无咎」の一条を疏解するものである。彼は言う。「或」は疑って未だ定まらず、「躍」は跳躍である。これは九四の陽気が次第に上進し、龍の身体が飛び起こらんとするようで、なお遅疑の中に処することを言う。躍動してもなお深淵に在り、すぐには飛騰しない。これは自然の象である。人事に就いて言えば、聖人の地位が次第に尊高となり将に王位に進まんとして、猶豫狐疑し、なお元の位置に留まり、すぐに前進しないに譬える。爻辞が「无咎」と言うのは、進退の間で狐疑審慎で、急いで果決に尊位を取らないので、過ちがないのである。もし利益を貪ってひたすら進を求め、時機がなお行うべきでないのに強いて行えば、衆人に認められず、それは過ちがある。たとえば周文王(西伯)が内心にすでに王者の志を存しながら、表面上はなお諸侯を率いて商紂に事奉したのが、この情況である。
○注“去下體之極”至“無咎也”。○正義曰:“去下體之極”者,離下體入上體,但在下體之上,故云“去下體之極”。注九三云“處下體之極”,彼仍處九三,與此別也。云“乾道革之時”者,革,變也。九四去下體入上體,是乾道革之時。云“上不在天,下不在田,中不在人”者,《易》之為體,三與四為人道,人近在下不,近於上,故九四云“中不在人”,異於九三也。云“而無定位所處”者,九四以陽居陰上,既不在於天,下復不在於地,中又不當於人,上下皆無定位所處也。“斯誠進退無常之時”者,《文言》云“上下無常”、“進退無恆”是也。
以下の一節は、孔穎達が王弼注の「去下體之極」から「无咎也」までの一段を疏解するものである。「去下體之極」は、九四がすでに下体を離れて上体に入り、ただ下体の上に緊接するので「去下體之極」と言う。九三の注が「處下體之極」と作るのは、九三がなお下体の内に留まるからで、こことは含義が異なる。注の「乾道革之時」の「革」は変革で、九四が下体を離れ上体に入るのは、正に乾道が変革を生ずる時である。注の「上不在天、下不在田、中不在人」は、《周易》の体例が三・四の両爻を人道とし、人道は下位に偏近して上位に近づかないので、九四は「中不在人」と言い、九三と区別がある。注の「而无定位所處」は、九四が陽爻をもって陰位の上に居し、上は天にあらず、下はまた地にあらず、中も人位に当たらず、上下とも確定の位置がなく安んずるべきがない。注の「斯誠進退無常之時」は、正に《文言》の「上下無常」「進退無恒」と合する。
“欲進其道,迫乎在下,非躍所及”者,謂欲進已聖道而居王位,但逼迫於下,群眾未許,非己獨躍所能進及也。“欲靜其居,居非所安,持疑猶豫,未敢決志”者,謂志欲靜其居處,百姓既未離禍患,須當拯救,所以不得安居,故遲疑猶豫,未敢決斷其志而苟進也。“用心存公,進不在私”者,本為救亂除患,不為於己,是進不在私也。“疑以為慮,不謬於果”者,謬謂謬錯,果謂果敢;若不思慮,苟欲求進,當錯謬於果敢之事,而致敗亡;若疑惑以為思慮,則不錯謬於果敢之事。其錯謬者,若宋襄公與楚人戰而致敗亡是也。
孔穎達は引き続き王注を逐句疏解する。「欲進其道、迫乎在下、非躍所及」は、九四が自己の聖人の道を推行して王位に登ろうと欲するが、下の形勢に制せられ、衆人がまだ心を帰さないので、自己独自の一躍で達しうるものではないことを言う。「欲静其居、居非所安、持疑猶豫、未敢決志」は、本来静かに元の処にいたいと欲するが、百姓がまだ禍患を脱せず正に拯救を必要とするので、安居できない。そこで遅疑猶豫して、みだりに心志を決断して苟且に進を求めることを敢えてしない。「用心存公、進不在私」は、その本意が乱を救い患を除くことにあり、自己のためではないので、進を求めるのは私心に出ないことを言う。「疑以為慮、不謬於果」の「謬」は錯謬、「果」は果敢である。もし思慮を加えずただひたすら前進を求めれば、果敢に行事する上で錯謬が現れ敗亡を招く。もし疑惑を化して深慮熟考とすれば、果敢に行事する上で誤らない。所謂誤った例は、宋襄公が楚国人と交戦してついに敗亡したようなものである。
九五:飛龍在天,利見大人。不行不躍而在乎天,非飛而何?故曰“飛龍”也。龍德在天,則大人之路亨也。夫位以德興,德以位敘,以至德而處盛位,萬物之睹,不亦宜乎?
経文は第五爻の爻辞「飛龍在天、利見大人」――龍が天に飛騰し、大人が現れるに利あり。王弼注の解説では、地上を行くのでもなく、躍って未だ起たないのでもなく、すでに身が天上に在る、これが飛でなくて何か。だから「飛龍」と言う。龍のような徳がすでに天位に居れば、大人の前行する道路は通達する。地位は徳によって興り、徳は地位によって初めて展げられる。最高の徳をもって隆盛の高位に居れば、天下万物がみな来たり瞻仰する、理の当然ではないか。
[疏]“九五”至“利見大人”。○正義曰:言九五陽氣盛至於天,故云“飛龍在天”。此自然之象,猶若聖人有龍德飛騰而居天位,德備天下,為萬物所瞻睹,故天下利見此居王位之大人。○注“龍德在天”。○正義曰:“龍德在天,則大人之路亨”,謂若聖人有龍德居在天位,則大人道路得亨通。猶若文王拘在羑里,是大人道路未亨也。“夫位以德興”者,位謂王位,以聖德之人能興王位也。“德以位敘”者,謂有聖德之人,得居王位,乃能敘其聖德。若孔子雖有聖德,而無其位,是德不能以位敘也。
以下は孔穎達が経文の「九五」から「利見大人」までの一段を疏解するものである。彼は言う。これは九五の陽気の興盛がすでに天に達したことを言うので「飛龍在天」と言う。これは自然の象である。人事に就いて言えば、聖人が龍のような徳を具えて、飛騰して天子の位に居り、徳沢が天下に遍く及び、万物に瞻仰されるに譬えるので、天下人は皆この王位に居る大人を見るに利がある。次の一節は王弼注の「龍徳在天」の一句を疏解するものである。孔穎達は言う。「龍徳在天、則大人之路亨」は、もし聖人が龍徳を具えまた身に天位を居すれば、大人の行う道路が亨通を得ることを言う。反対に、周文王が羑里に囚禁されていた時は、大人の道路がまだ亨通しない例である。「夫位以徳興」の「位」は王位を指し、聖徳のある人のみが王位を興すことができることを言う。「徳以位叙」は、聖徳のある人が王位に居ることを得て初めて、その聖徳を展げ広げることができることを言う。孔子は聖徳はあっても相当の地位がなかったのが、徳行が地位に借りて展げられない例である。
上九:亢龍有悔。
経文は乾卦の最上爻の爻辞「亢龍有悔」――龍が高く飛び過ぎて亢極に至れば、悔恨がある。この爻の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]正義曰:上九亢陽之至,大而極盛,故曰“亢龍”。此自然之象,以人事言之,似聖人有龍德,上居天位,久而亢極,物極則反,故“有悔”也。純陽雖極,未至大凶,但有悔吝而己。《繫辭》云:“悔吝者,言乎其小疵也。”故鄭引堯之末年,四凶在朝,是以有悔未大凶也。凡悔之為文,既是小疵,不單稱悔也。必以餘字配之。其悔若在,則言“有悔”,謂當有此悔,則此經是也。其悔若無,則言“悔亡”,言其悔已亡也,若《恆卦·九二》“悔亡”是也。其悔雖亡,或是更取他文結之,若《復卦·初九》“不遠復無祗悔”之類是也。但聖人至極,終始無虧,故《文言》云:“知進退存亡而不失其正者,其唯聖人乎?”是知大聖之人,本無此悔。但九五天位,有大聖而居者,亦有非大聖而居者,不能不有驕亢,故聖人設法以戒之也。
孔穎達は「亢龍有悔」を疏解する。彼は言う。上九は亢盛の陽が極点に至り、盛大にして極盛に至るので「亢龍」と称する。これは自然の象である。人事に就いて言えば、聖人が龍徳を具えて上に天子の位に居り、日が久しくなると亢極に至り、事物は極点に至れば反対面に転向するので「悔恨有り」である。純陽が極点に至っても、大凶に至らず、ただ悔恨と小さな憾惜があるのみである。《繋辞》に「悔吝者、其の小疵を言う也」とある。だから鄭玄は唐堯の末年に四凶がなお朝中にいた例を挙げて、ただ「有悔」で大凶に至らなかったことを説明する。およそ「悔」の字の用法は、小さな瑕疵を指す以上、単に「悔」の一字だけでは言わず、必ず他の字を配する。この悔がなお存在すれば「有悔」と言い、この悔恨があるべきを指し、本爻は正にこれである。この悔がすでに消失すれば「悔亡」と言い、悔恨がすでに消解したを指し、《恒卦》九二の「悔亡」の類がこれである。時に悔がすでに消失しても、別の文辞を取って収束することがあり、《復卦》初九の「不遠復、无祗悔」の類がこれである。ただし聖人の徳行は至極で、始めから終わりまで亏缺がないので、《文言》に「進退存亡を知りて其の正を失わざる者、其れ唯だ聖人か」と言う。これにより大聖の人は本来この悔恨がないことが分かる。ただ九五という天子の位は、大聖が居る者もあり、大聖でなくて居る者もあり、後者は驕慢亢極を免れないので、聖人がこの爻辞を立てて彼らを戒めるのである。
用九:見群龍,無首,吉。九,天之德也。能用天德,乃見“群龍”之義焉。夫以剛健而居人之首,則物之所不與也。以柔順而為不正,則佞邪之道也。故《乾》吉在“無首”,《坤》利在“永貞”。
経文は乾卦特有の「用九」の一条「見群龍、无首、吉」――一群の龍が現れ、いずれも首となるを争わず、吉祥。王弼注の解説では、「九」は天の徳性であり、天徳を運用できて初めて「群龍」の意義を体会できる。剛健の姿をもって衆人の首に居るを先んずるのは、衆人が擁戴しようとしないところである。もしひたすら柔順でありながら正道を守らなければ、それは諂佞邪僻の路数となる。だから《乾》卦の吉は「首とならない」にあり、《坤》卦の利は「永く正固を守る」にある。
[疏]“用九:見群龍,無首,吉”。○正義曰:“用九見群龍”者,此一句說“乾元”能用天德也。九,天德也。若體“乾元”,聖人能用天德,則見“群龍”之義。“群龍”之義,以無首為吉,故曰“用九,見群龍,無首,吉”也。○注“九,天之德”。○正義曰:“九,天之德”者,言六爻俱九,乃共成天德,非是一爻之九,則為天德也。
以下は孔穎達が経文「用九:見群龍、无首、吉」の一条を疏解するものである。彼は言う。「用九見群龍」の一句は「乾元」が天徳を運用できることを言う。「九」はすなわち天徳である。もし「乾元」を体現できれば、聖人は天徳を運用でき、「群龍」の意義を領会することもできる。「群龍」の意義は、正に首となるを争わないでこそ吉祥にあるので、「用九、見群龍、无首、吉」と言う。次の一節は王弼注の「九、天之徳」の一句を疏解するものである。孔穎達は言う。所謂「九、天之徳」は、六爻がすべて九であって、合わせて初めて共同して天徳を構成するのであって、どれか一爻の九が即ち天徳というのではない。
乾卦・《彖》伝
《彖》曰:大哉乾元!萬物資始,乃統天。雲行雨施,品物流形,大明終始,六位時成,時乘六龍,以御天。乾道變化,各正性命。天也者,形之名也。健也者,用形者也。夫形也者,物之累也。有天之形而能永保無虧,為物之首,統之者豈非至健哉!大明乎終始之道,故六位不失其時而成,升降無常,隨時而用,處則乘潛龍,出則乘飛龍,故曰“時乘六龍”也。乘變化而御大器,靜專動直,不失大和,豈非正性命之情者邪?
経文のこの段は《彖》伝である。偉大なり乾の創始の徳!万物はすべてそれに依って初めて始まり、それは天を統領する。雲気が流行し雨沢が施布し、各類の事物が流布して形を成す。終始の道を洞明し、六つの爻位が時に依って成り、時に按じて六条の龍を駕御し、もって上天を統御する。乾道が運行変化し、万物をして各々その性と命を端正せしめる。以下は王弼の注である。「天」は形体に就いて立てた名で、「健」はこの形体を運用する機能である。およそ形ある物は、形体が本来一種の累である。しかし天は形体がありながら永く損なうことなしを保ち、万物の首となるならば、それを統御する者は、極致の剛健でなくして何か。正に終始の道を洞明するがゆえに、六爻の位は時に合わないものなく成る。陽気の升降が定まらず、時に随って作用を発する。静処の時は潜龍に乗り、出顕の時は飛龍に乗るので「時乘六龍」と言う。変化に乗じて「大器」すなわち上天を駕御し、静には専一、動には剛直で、太和の気を失わない、これは万物の性命之情を端正することでなくして何か。
[疏]“彖曰大哉乾元”至“各正性命”。○正義曰:夫子所作《彖》辭,統論一卦之義,或說其卦之德,或說其卦之義,或說其卦之名,故《略例》云:“彖者何也?統論一卦之體,明其所由之主。”案:褚氏、莊氏並云:“彖,斷也,斷定一卦之義,所以名為彖也。”但此《彖》釋乾與元、亨、利、貞之德。但諸儒所說此《彖》分解四德,意各不同。今案:莊氏之說,於理稍密,依而用之。
以下は孔穎達が経文の《彖》伝「大哉乾元」から「各正性命」までの一段を疏解するものである。彼はまず《彖》の性質を説明する。孔夫子の作った《彖》辞は一卦の義旨を総論するもので、あるものはこの卦の徳を言い、あるものはこの卦の義を言い、あるものはこの卦の名を言う。だから王弼の《周易略例》に「彖とは何か。一卦の体を統論し、その由る所の主を明らかにする」とある。また褚氏・荘氏ともに「『彖』は断である。一卦の義旨を断定するので『彖』と名付ける」と言う。この一段の《彖》辞は、正に乾と元・亨・利・貞の四徳を解釈するものである。ただし諸儒がこの四徳を分解する説は、各家の用意が異なる。今按ずるに荘氏の説が道理の上で比較的周密なので、彼の説法に依って解釈する。
“大哉乾元,萬物資始,乃統天”者,此三句裛釋乾與元也。“乾”是卦名,“元”是乾德之首,故以元德配乾釋之。“大哉乾元”者,陽氣昊大,乾體廣遠,又以元大始生萬物,故曰“大哉乾元”。“萬物資始”者,釋其“乾元”稱“大”之義,以萬象之物,皆資取“乾元”,而各得始生,不失其宜,所以稱“大”也。“乃統天”者,以其至健而為物始,以此乃能統領於天,天是有形之物,以其至健,能總統有形,是“乾元”之德也。
孔穎達は《彖》辞を逐句疏解する。「大哉乾元、万物资始、乃統天」の三句は、合わせて「乾」と「元」を解釈するものである。「乾」は卦名で、「元」は乾徳の中で首に居る一項なので、「元」という徳を「乾」に配して解説する。所謂「大哉乾元」は、陽気が浩大で、乾の形体が広遠で、また創始の大をもって万物を生成するので「大哉乾元」と讃嘆する。所謂「万物资始」は、「乾元」がなぜ「大」と称しうるかを解釈する。万象の物がみな「乾元」に取資して各々始生を得、一つとして其の宜を失わないので「大」と称する。所謂「乃統天」は、乾元が極致の剛健をもって万物の開端とするので、上天を統領できる。天は本是有形の物で、乾元はその極健に憑って一切有形の物を総攬できる、これが「乾元」の徳性である。
“雲行雨施,品物流形”者,此二句釋“亨”之德也,言乾能用天之德,使雲氣流行,雨澤施布,故品類之物,流佈成形,各得亨通,無所壅蔽,是其“亨”也。“大明終始,六位時成”者,此二句總結乾卦之德也。以乾之為德,大明曉乎萬物終始之道,始則潛伏,終則飛躍,可潛則潛,可飛則飛,是明達乎始終之道,故六爻之位,依時而成。若其不明終始之道,應潛而飛,應飛而潛,應生而殺,應殺而生,六位不以時而成也。
孔穎達は続けて言う。「雲行雨施、品物流形」の二句は「亨」という徳を解釈するものである。乾は天の徳性を運用でき、雲気を流行させ雨沢を施布させるので、各類の事物が流布して形を成し、各々通達順暢で壅塞遮蔽がない、これがその「亨」である。「大明終始、六位時成」の二句は、乾卦の徳を総結するものである。乾の徳性が万物の終始の道を洞明できるので、始めには潜伏し、終には飛躍でき、潜蔵すべき時に潜蔵し、飛騰すべき時に飛騰する、これが正に終始の道を通達するもので、だから六爻の位が皆時に依って成る。もし終始の道を明らかにしなければ、潜蔵すべき時に飛騰し、飛騰すべき時に潜蔵し、生養すべき時に粛殺し、粛殺すべき時に生養するならば、六爻の位はその時に按じて成就できない。
“時乘六龍,以御天”者,此二句申明“乾元”“乃統天”之義,言乾之為德,以依時乘駕六爻之陽氣,以控御於天體。六龍,即六位之龍也。以所居上下言之,謂之六位也;陽氣升降,謂之六龍也。上文以至健元始總明乾德,故云“乃統天”也。此名乘駕六龍,各分其事,故云“以御天”也。“乾道變化,各正性命”者,此二句更申明乾元資始之義。道體無形,自然使物開通,謂之為“道”。言乾卦之德,自然通物,故云“乾道”也。“變”謂後來改前,以漸移改,謂之變也。“化”謂一有一無,忽然而改,謂之為化。言乾之為道,使物漸變者,使物卒化者,各能正定物之性命。性者天生之質,若剛柔遲速之別;命者人所稟受,若貴賤夭壽之屬是也。
孔穎達はさらに申し述べる。「時乘六龍、以御天」の二句は「乾元」「乃統天」の意を重申するもので、乾の徳性が時に依って六爻の陽気を乗駕し、もって天体を控御することを指す。所謂「六龍」は六つの爻位の龍である。居る位置の上下に就いて言えば「六位」と呼び、陽気の升降に就いて言えば「六龍」と呼ぶ。上文は極健と創始をもって乾徳を総説したので「乃統天」と言い、あれは乾元が一切有形の物を総攬するに就いて言う。ここは六龍を乗駕し六爻が各々その事を司るので「以御天」と言い、これは分職して天体を駕御するに就いて言う。二句の用意に各々側重がある。「乾道変化、各正性命」の二句は、乾元が万物を創始する意を再度申明するものである。道の本体は形状がなく、自然に万物を開通せしめるので「道」と称する。乾卦の徳は自然に万物を通達させるので「乾道」と称する。「変」は後の者が先の者を改換し、漸々移易することを変と言い、「化」は忽ち有り忽ち無し、驟然改換することを化と言う。これは乾が道として、万物を漸々変させるにも、万物を驟然化させるにも、いずれも各々万物の性と命を端正安定させることができることを言う。「性」は天生の資質で、剛柔遅速の分別のごとき。「命」は人が禀受する分限で、貴賤夭寿の類である。
○注“天也者形之名也”至“豈非正性命之情者邪”。○正義曰:夫形也者,物之累也。凡有形之物,以形為累,是含生之屬,各憂性命。而天地雖復有形,常能永保無虧,為物之首,豈非統用之者至極健哉!若非至健,何能使天形無累?見其無累,則知“至健”也。“乘變化而御大器”者,乘變化,則乘潛龍,飛龍之屬是也。“而御大器”,大器謂天也。乘此潛龍、飛龍而控御天體,所以運動不息,故云“而御大器”也。“靜專動直,不失大和”者,謂乾之為體,其靜住之時,則專一不轉移也,其運動之時,正直不傾邪也。故《上繫辭》云:“夫乾,其靜也專,其動也直,是以大生焉。”韓康伯注云:“專,專一也。直,剛正也。”“不失大和”,則下文“保合大和”是也。
以下の一節は、孔穎達が王弼注の「天也者形之名也」から「豈非正性命之情者邪」までの一段を疏解するものである。彼は言う。形体は本来事物の累であり、およそ形ある物はみな形体を累贅とするので、生を含む族類はそれぞれ自己の性命を憂慮する。しかし天地は形体がありながら、長く保全して損なうことがなく、万物の首となる――ではそれを統攝運用する者は、極致の剛健でなくして何か。極健でなければ、どうして天の形体をして累を受けないことができようか。それが累を受けないのを見れば、「至健」であることが分かる。注の「乗変化而御大器」は、所謂乗変化とは潜龍に乗り飛龍に乗る類であり、所謂「而御大器」の「大器」は天を指し、潜龍・飛龍に乗って天体を控御するので運転して息まず、ゆえに「而御大器」と言う。注の「静専動直、不失大和」は、乾の本体が静止不動の時は専一にして移易せず、運行発動の時は正直にして偏斜しないことを言う。だから《繋辞上》に「夫れ乾は、其の静なるや専、其の動くや直、是を以て大生なり」とある。韓康伯は「専は専一なり。直は剛正なり」と注解する。「不失大和」に至っては、すなわち下文の「保合大和」である。
“豈非正性命之情者邪”,以乾能正定物之性命,故云“豈非正性命之情者邪”,謂物之性命各有情,非天之情也。天本無情,何情之有?而物之性命,各有情也。所稟生者謂之性,隨時念慮謂之情,無識無情,今據有識而言,故稱曰“情”也。夫子為《彖》之體,斷明一卦之義,體例不同。莊氏以為凡有一十二體,今則略舉大綱,不可事事繁說。莊氏云“《彖》者發首則嘆美卦”者,則此《乾·彖》云“大哉乾元”,《坤卦·彖》云“至哉坤元”。以乾、坤德大,故先嘆美之,乃後詳說其義。或有先疊文解義而後嘆者,則《豫卦·彖》云:“《豫》之時義大矣哉”之類是也。
孔穎達は注文の末句を解説し、《彖》辞の体例に転じる。注の「豈非正性命之情者邪」は、乾が万物の性と命を端正安定させることができるので、このように問い発する。ここで言うのは万物の性命に各々その情があることで、天に情があるのではない。天は本无情で、情があろうか。しかるに万物の性命は各々その情を有する。禀受して生ずるを「性」と言い、時に随って興る念慮を「情」と言う。知覚なき物は情を言い得ないが、ここは知覚ある者に就いて言を立てるので「情」と称する。続けて孔穎達は言う。孔夫子の作った《彖》辞の体式は、一卦の義旨を断定闡明するもので、体例は一様ではない。荘氏は都合十二種の体式があると考えるが、ここでは大綱を略挙するに止め、一々繁説できない。荘氏は「《彖》辞に開頭からこの卦を讃嘆するものがある」と言い、ここの《乾・彖》の「大哉乾元」、《坤卦・彖》の「至哉坤元」がこれで、乾・坤二卦は徳性が広大なので、先に讃嘆を加え、それから詳しくその義を説く。先に卦辞を重述し義理を解説して後に讃嘆するものもあり、《豫卦・彖》の「豫之時義大矣哉」の類がこれである。
或有先釋卦名之義,後以卦名結之者,則《同人·彖》云“柔得位得中而應乎《乾》,曰同人”,《大有·彖》云:“柔得尊位大中而上下應之曰:“大有之例是也。或有特疊卦名而稱其卦者,則同人彖云:“《同人》曰:同人于野,亨。”注云:“‘同人于野,亨,利涉大川’,非二之所能也。是乾之所行,故特曰‘同人曰’。”此等之屬,為文不同,唯《同人》之《彖》特稱“同人曰”,注又別釋。其餘諸卦之《彖》,或詳或略,或先或後,故上下參差,體例不同,或難其解,或易略解。若一一比並,曲生節例,非聖人之本趣,恐學者之徒勞,心不曉也。今皆略而不言,必有其義,於卦下而具說。
孔穎達は引き続き《彖》辞の体例を列挙する。先に卦名の含義を解釈し、最後に再び卦名をもって収束するものもあり、《同人・彖》の「柔得位得中而応乎乾、曰同人」、《大有・彖》の「柔得尊位大中而上下応之、曰大有」はいずれもこの例に属する。また特に卦名を重ねてその卦を称説するものもあり、《同人・彖》の「同人曰、同人於野、亨」がこれである。王弼注は「『同人於野、亨、利渉大川』は六二一爻の能くするところではなく、乾の施し行うところである。ゆえに特に『同人曰』と書く」と言う。これらの類は行文が各々同じでなく、その中で《同人》の《彖》辞のみが特に「同人曰」と称し、注文もまた別に解説する。その余の各卦の《彖》辞は、あるいは詳しくあるいは略し、あるいは前にありあるいは後にあり、ゆえに上下参差して体例が一つでなく、あるいは解説し難く、あるいは容易にして簡に従う。もし一条ずつ比対排列して、強いて多くの節例を生み出すことは、聖人の本意ではなく、恐らく学者の気力を徒に費やさせ心になお明らかならざるのみであろう。ゆえに今は一概に略して言わず、確かに闡発を要する義理があれば、各卦の下に置いて詳しく解説する。
保合大和,乃利貞。不和而剛暴。
経文は《彖》伝の下文に続く。太和の気を保全会合して、利しあり正しきを守る。其の下の「不和而剛暴」の五字は王弼の注で、反面を指摘する。もし和順ならなければ、剛強暴戻が残るのみである。
[疏]正義曰:此二句釋“利貞”也。純陽剛暴,若無和順,則物不得利,又失其正。以能保安合會大利之道,乃能利貞於萬物,言萬物得利而貞正也。
孔穎達の疏は言う。この二句は「利」と「貞」の両徳を解釈するものである。純陽の気は剛強暴烈で、もし和順が加えて調剤しなければ、万物は利益を得られず、中正をも失う。正に乾が保全安定し、万物をして大いに利を得せしめる理を会合することができるので、万物に対して利しありかつ正しきを守ることができ、すなわち万物が利益を得て貞正に帰するのである。
首出庶物,萬國咸寧。萬國所以寧,各以有君也。
経文は《彖》伝の収尾である。聖人の徳行が衆物の上に冠出して、天下万国がこれにより安寧する。其の下は王弼の注である。万国が安寧できる所以は、各々君長を有するようになったからである。
[疏]正義曰:自上已來,皆論乾德自然養萬物之道。此二句論聖人上法乾德,生養萬物,言聖人為君在眾物之上,最尊高於物,以頭首出於眾物之上,各置君長以領萬國,故萬國皆得寧也。人君位實尊高,故於此云首出於庶物者也。志須卑下,故前經云“無首,吉”也。但前文說乾用天德,其事既詳,故此文聖人以人事象乾,於文略也。以此言之,聖人亦當令萬物資始,統領於天位,而“雲行雨施”,佈散恩澤,使兆庶眾物,各流佈其形,又大明乎盛衰終始之道,使天地四時貴賤高下,各以時而成。又任用群賢,以奉行聖化,使物各正性命。此聖人所以象乾而立化。
孔穎達の疏は言う。上文以来、説くところは皆乾徳が自然に万物を養育する道理であり、この二句は転じて聖人が上にあって乾徳を效法し、万物を生養することを言う。これは聖人が君主として身をもって衆物の上に居り、万物より皆尊貴崇高で、頭首の姿態をもって衆物の上に現れ、また君長を分置して万国を統領させるので、万国がみな安寧を得るのである。人君の地位は確かに尊高なので、ここに「首出乎庶物」と言う。しかるに人君の心志は謙卑にして下に居ることを須いるので、前の「用九」の経文は「无首、吉」と言う。ただ前文が乾の天徳運用を説いてすでに甚だ詳しいので、ここで聖人が人事をもって乾に象を取ることを説く行文は簡に従う。これに拠って推衍すれば、聖人もまた万物をして彼により始生せしめ、天子の位に統領すべく、「雲行雨施」のように恩沢を布散して、億万の百姓と衆物とを各々流布成形せしめ、また盛衰終始の道を洞明して、天地四時・貴賤高下を皆その時に按じて成就せしめ、さらに衆多の賢才を任用して聖人の教化を奉行させ、万物を各々性命を端正せしめる。これが聖人が乾道を取法して教化を建立する途である。
乾卦・《象》伝
《象》曰:天行健,君子以自強不息。
経文は《大象》伝である。天体の運行は剛健にして息まず、君子はこれに取法して、自ら勉励し永く停歇しない。この条の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]“《象》曰天行健”至“自強不息”。○正義曰:此《大象》也。《十翼》之中第三翼,總象一卦,故謂之“大象”。但萬物之體,自然各有形象,聖人設卦以寫萬物之象。今夫子釋此卦之所象,故言“《象》曰”。天有純剛,故有健用。今畫純陽之卦以比擬之,故謂之《象》。《象》在《彖》後者,《彖》詳而《象》略也。是以過半之義,思在《彖》而不在《象》,有由而然也。
以下は孔穎達が経文の《象》伝の「天行健」から「自强不息」までの一段を疏解したものである。彼は言う。これは《大象》で、《十翼》の中の第三翼に属し、一卦の象を総括する。ゆえに「大象」と呼ぶ。万物の形体は自然に各々その象有り。聖人は卦画を設立して万物の象を摹写す。今孔夫子がこの一卦の取る所の象を解釈する。ゆえに「《象》曰」と言う。天は純粹の剛健を具え、よって剛健の功用有り。ここにおよそ純陽の卦を画出してそれに比擬す。ゆえに《象》と称す。《象》辞を《彖》辞の後に排するは、《彖》は詳にして《象》は略なるによる。正にこのため、一卦の大半の義旨を理解するは《彖》に靠りて《象》に靠らず。これは縁故有るなり。
“天行健”者,行者,運動之稱,健者強壯之名,“乾”是眾健之訓。今《大象》不取餘健為釋,偏說“天”者,萬物壯健,皆有衰怠,唯天運動日過一度,蓋運轉混沒,未曾休息,故云“天行健”。健是“乾”之訓也。順者“坤”之訓也。《坤》則云“地勢坤”。此不言“天行乾”而言“健”者,劉表云:“詳其名也。”然則“天”是體名,“乾”則用名,“健”是其訓,三者並見,最為詳悉,所以尊乾異於他卦。
孔穎達は「天行健」の三字を解釈する。「行」は運動の称呼で、「健」は強壮の名目であり、「乾」は正に各種の剛健の義の訓釈である。今《大象》が他の剛健の物を取って解釈とせず、偏偏と「天」のみを言うのは、万物がたとい壮健であっても、総じて衰竭懈怠の時があり、ただ天の運行のみが毎日一度多く進み、運転隠顕して周流息まず、かつて停歇したことがないので、「天行健」と言う。「健」は「乾」の訓義で、「順」は「坤」の訓義である。ゆえに《坤卦・大象》は「地勢坤」と言う。ここで「天行乾」と言わず「天行健」と言うのは、劉表が「その名義を詳備に講じようとするもの」と解釈する。こう見ると、「天」は形体の名、「乾」は功用の名、「健」は訓釈の義で、三者が並び出て、最も詳備周悉で、正に乾卦を尊崇して他の各卦に別たらしめる所である。
凡六十四卦,說象不同:或總舉象之所由,不論象之實體,又總包六爻,不顯上體下體,則乾、坤二卦是也。或直舉上下二體者,若“雲雷,屯”,也。“天地交,泰”也。“天地不交,否”也。“雷電,噬嗑”也,“雷風,恆”也,“雷雨作,解”也,“風雷,益”也,“雷電皆至,豐”也,“洊雷,震”也,“隨風,巽”也,“習坎,坎”也,“明兩作,離”也,“兼山,艮”也,“麗澤,兌”也。凡此一十四卦,皆裛舉兩體而結義也。取兩體俱成,或有直舉兩體上下相對者,“天與水違行,訟”也,“上天下澤,履”也,“天與火同,人”也,“上火下澤,睽”也,凡此四卦,或取兩體相違,或取兩體相合,或取兩體上下相承而為卦也,故兩體相對而俱言也。
孔穎達はここで六十四卦《大象》の立辞の各種体例を総結する。第一種はただ取象の由来を総提し、象の実体を言わず、また六爻を総括して上体下体を分別標出しない、《乾》《坤》二卦がすなわちこれである。《乾》はただ「天行健」と言い、《坤》はただ「地勢坤」と言い、いずれも上下二つの単卦を点出しない。第二種は直接に上下二つの卦体を挙げるもので、「雲雷、屯」の如く――屯卦は震下坎上で、雲と雷の両象を並列する――このほか「天地交、泰」「天地不交、否」「雷電、噬嗑」「雷風、恒」「雷雨作、解」「風雷、益」「雷電皆至、豊」「洊雷、震」「随風、巽」「習坎、坎」「明両作、離」「兼山、艮」「麗沢、兌」の、都合この十四卦は、いずれも両体を合挙して卦義を収束し出すもので、両体を並べて卦を成すことを取る。また直接に両体を挙げて上下相対するものもあり、「天与水違行、訟」「上天下沢、履」「天与火同、人」「上火下沢、睽」の、都合この四卦は、あるいは両体の相違背を取り、あるいは両体の相契合を取り、あるいは両体の上下相承接して卦を成すを取るので、両体を対挙して並説する。
雖上下二體,共成一卦,或直指上體而為文者,若“雲上於天,需”也,“風行天上,小畜”也,“火在天上,大有”也,“雷出地奮,豫”也,“風行地上,觀”也,“山附於地,剝”也,“澤滅木,大過”也,“雷在天上,大壯”也,“明出地上,晉”也,“風自火出,家人”也,“澤上於天,夬”也,“澤上於地,萃”也。“風行水上,渙”也,“水在火上,既濟”也,“火在水上,未濟”也。凡此十五卦,皆先舉上象而連於下,亦意取上象以立卦名也。
孔穎達は続けて第三種の体例を言う。上下両体が共同して卦を成すが、《象》辞は直接に上体を指して措辞するものがある。この類の書き方はつねに上体の象する物を前に据え、それから下体に対するその位置を点明する。例えば「雲上於天、需」は、需卦が坎上乾下で、坎を雲、乾を天とし、正に雲が天上に懸かるである。同類には「風行天上、小畜」「火在天上、大有」「雷出地奮、豫」「風行地上、観」「山附於地、剥」「沢滅木、大過」「雷在天上、大壮」「明出地上、晋」「風自火出、家人」「沢上於天、夬」「沢上於地、萃」「風行水上、渙」「水在火上、既済」「火在水上、未済」がある。都合この十五卦は、いずれも先に上体の象を挙げて再び下体に連及し、用意もまた上体の象を取って卦名を確立するにある。
亦有雖意在上象,而先舉下象,以出上象者,“地上有水,比”也,“澤上有地,臨”也,“山上有澤,咸”也,“山上有火,旅”也,“木上有水,井”也,“木上有火,鼎”也,“山上有木,漸”也,“澤上有雷,歸妹”也,“山上有水,蹇”也,“澤上有水,節”也,“澤上有風,中孚”也,“山上有雷,小過”也。凡此十二卦,皆先舉下象以出上象,亦意取上象,共下象而成卦也。
孔穎達は再び第四種の体例を言う。用意は本在上体の象にありながら、措辞は先に下体の象を挙げ、それにより上体の象を引き出すものもある。この類の句式は「某上有某」と作り、先に言う字は下体を指し、後に言う字が上体である。例えば「地上有水、比」は、比卦が坤下坎上で、先に下体の地を点出し、再び上体の水を帯出する。同類には「沢上有地、臨」「山上有沢、咸」「山上有火、旅」「木上有水、井」「木上有火、鼎」「山上有木、漸」「沢上有雷、帰妹」「山上有水、蹇」「沢上有水、節」「沢上有風、中孚」「山上有雷、小過」がある。都合この十二卦は、いずれも先に下体の象を挙げて上体の象を帯出し、用意はなお上体の象を取るにあり、下体の象と合わせて卦を成す。
或先舉上象而出下象,義取下象以成卦義者,“山下出泉,蒙”也,“地中有水,師”也,“山下有風,蠱”也,“山下有火,賁”也,“天下雷行,無妄”也,“山下有雷,頤”也,“天下有山,遯”也,“山下有澤,損”也,“天下有風,姤”也,“地中有山,謙”也,“澤中有雷,隨”也,“地中生木,升也”,“澤中有火,革”也。凡此十三卦,皆先舉上體,後明下體也。其上體是天,天與山則稱“下”也。若上體是地,地與澤則稱“中”也。或有雖先舉下象,稱在上象之下者,若“雷在地中,復”也,“天在山中,大畜”也,“明入地中,明夷”也,“澤無水,困”也。是先舉下象而稱在上象之下,亦義取下象以立卦也。所論之例者,皆大判而言之,其間委曲,各於卦下別更詳之。
孔穎達は再び第五種の体例を説く。すなわち先ず上体の象を挙げて下体の象を引出し、併せて下体の象に義を取りて以て卦義を成就するも有り。たとえば「山下出泉、蒙」は、蒙卦は坎下艮上で、先ず上体の山を説き、再び下体の泉水を点出す。同類はまた「地中有水、師」「山下有風、蠱」「山下有火、賁」「天下雷行、无妄」「山下有雷、頤」「天下有山、遯」「山下有沢、損」「天下有風、姤」「地中有山、謙」「沢中有雷、随」「地中生木、升」「沢中有火、革」。共にこの十三卦は、皆先ず上体を挙げて後に下体を明らかにす。その中の上体がもし天なれば、あれば天と山のこの類は「下」の字を用い。上体がもし地なれば、あれば地と沢のこの類は「中」の字を用い。また先ず下体の象を挙げると雖も、却ってそれが上体の象の以下に在ると説くは、「雷在地中、復」「天在山中、大畜」「明入地中、明夷」「沢无水、困」の如き。これは先ず下象を挙げてそれが上象の下に在ると称し、義を取るは同様に下体の象に在りて以て卦を立つ。以上の論ずる所の体例は、皆大体の劃分に就いて言う。その中の細密曲折の処は、別に各卦の下に於て再び詳説を作す。
先儒所云此等象辭,或有實象,或有假象。實象者,若“地上有水,比”也,“地中生木,升”也,皆非虛,故言實也。假象者,若“天在山中”,“風自火出”,如此之類,實無此象,假而為義,故謂之假也。雖有實象、假象,皆以義示人,總謂之“象”也。
孔穎達はまた前世の儒者の分類を引く。この類の《象》辞は、あるものは「実象」に属し、あるものは「假象」に属する。所謂実象は、「地上有水、比」「地中生木、升」の如く、いずれも実にその事があって虚設ではないので、実象と呼ぶ。所謂假象は、「天在山中」「風自火出」の類の如く、現実にはこのような景象がなく、ただ仮借して義理を表するので、假象と呼ぶ。ただし実象であれ假象であれ、いずれも人に義理を昭示するためのものなので、一概に総じて「象」と称する。
“天行健”者,謂天體之行,晝夜不息,周而復始,無時虧退,故云“天行健”。此謂天之自然之象。“君子以自強不息”,此以人事法天所行,言君子之人,用此卦象,自彊勉力,不有止息。言“君子”者,謂君臨上位,子愛下民,通天子諸侯,兼公卿大夫有地者。凡言“君子”,義皆然也。但位尊者象卦之義多也,位卑者象卦之義少也。但須量力而行,各法其卦也,所以諸卦並稱“君子”。
孔穎達は本卦の《象》辞に戻って逐句解説する。「天行健」は、天体の運行が昼夜停まらず、周して始まりに復し、いかなる時も亏损退縮しないので、「天行健」と言う。これは天の自然の象を講ずるものである。「君子以自彊不息」は、人事が天の行う所を效法するに就いて言うので、君子がこの一卦の象を取用し、自ら勉励用力して、かつて停歇しないことを言う。「君子」という語に至っては、君道をもって上位に臨み、父母の心をもって下民を愛護する人を指し、上は天子諸侯に通じ、下は封地ある公卿大夫を兼ねる。およそ「君子」と講ずるのは、含義が皆このようである。ただ地位の尊高な人は、卦義を取法できる所が多く、地位の卑下な人は、卦義を取法できる所が少ない。要するに力を量って行い、各々その卦を效法するので、各卦の《象》辞は多く「君子」と称する。
若卦體之義,唯施於天子,不兼包在下者,則言“先王”也。若《比卦》稱“先王以建萬國”,《豫卦》稱“先王以作樂崇德”,《觀卦》稱“先王以省方觀民設教”,《噬嗑》稱“先王以明罰敕法”,《復卦》稱“先王以至日閉關”,《無妄》稱“先王以茂對時育萬物”,《渙卦》稱“先王以享于帝立廟”,《泰卦》稱“后以財成天地之道”,《姤卦》稱“后以施命誥四方”。稱“後”兼諸侯也,自外卦並稱“君子”。
孔穎達は最後に称谓の分別を補説する。もし一卦の卦体の義旨が天子にのみ適用でき、下位の人を兼包できなければ、《象》辞は改称して「先王」とする。例えば《比卦》は「先王以建万国」、《豫卦》は「先王以作楽崇徳」、《観卦》は「先王以省方観民設教」、《噬嗑》は「先王以明罰敕法」、《復卦》は「先王以至日閉関」、《无妄》は「先王以茂対時育万物」、《渙卦》は「先王以享于帝立廟」と言う。一方《泰卦》は「后以財成天地之道」、《姤卦》は「后以施命誥四方」と言い、「后」の字を用いれば諸侯をもその内に包む。これらを除く以外、その余の各卦は一律に「君子」と称する。
“潛龍勿用”,陽在下也。“見龍在田”,德施普也。“終日乾乾”,反復道也。以上言之則不驕,以下言之則不憂,反覆皆道也。
経文は各爻を解釈する《小象》に転じる。「潜龍勿用」は、陽気がまだ下にあるからである。「見龍在田」は、徳沢の施布が普遍だからである。「終日乾乾」は、往復して事を行うことが皆道に合うからである。其の下の「以上言之則不驕、以下言之則不憂、反覆皆道也」は王弼の注である。九三が下卦の上に居ることから言えば驕慢せず、それがなお上卦の下に処することから言えば憂懼せず――反回であれ覆下であれ、皆道に合する。
[疏]“潛龍勿用”至“反復道也”。正義曰:自此以下至“盈不可久”,是夫子釋六爻之《象》辭,謂之“小象”。以初九陽潛地中,故云“陽在下也”。經言“龍”而《象》言“陽”者,明經之稱“龍”,則陽氣也。此一爻之象,專明天之自然之氣也。“見龍在田,德施普”者,此以人事言之,用龍德在田,似聖人己出在世,道德恩施,能普遍也。《比》“初九勿用”,是其周普也。若《比》九五,則猶狹也。“終日乾乾,反復道”者,此亦以人事言之。君子“終日乾乾”,自彊不息,故反之與覆,皆合其道。反謂進反在上也,處下卦之上,能不驕逸,是反能合道也。覆謂從上倒覆而下,居上卦之下,能不憂懼,是覆能合道也。
以下は孔穎達が「潜龍勿用」から「反覆道也」までの一段を疏解するものである。彼は言う。ここから下り「盈不可久」まで、皆孔夫子が六爻を解釈する《象》辞で、「小象」と称する。初九の陽気が地中に潜蔵するので「陽在下也」と言う。経文は「龍」と言い《象》辞は「陽」と言うので、経文の称する「龍」が指すのは陽気であることを正に表明する。この一爻の象は、専ら天の自然の気を闡明する。「見龍在田、徳施普」は、人事に就いて説を立てる。龍徳を田野に施用することは、聖人がすでに世に出て、道徳恩沢が普遍して施及できるに譬える。初九の「勿用」に比べれば、これこそ周遍と言え、それを九五と比べれば、またなお狭小に見える。「終日乾乾、反覆道」もまた人事に就いて説を立てる。君子が終日勤勉して懈らず、自彊して息まないので、「反」であれ「覆」であれ皆道に合する。「反」は上に向かい返回することを指し、九三が下卦の上に処して驕縦逸楽しないのが、すなわち反して道に合する。「覆」は上から倒転して下ることを指し、九三がまた上卦の下に居して憂懼しないのが、すなわち覆して道に合する。
“或躍在淵”,進無咎也。“飛龍在天”,大人造也。“亢龍有悔”,盈不可久也。
経文は続けて《小象》である。「或躍在淵」は、このように進んでも過ちがないことを言う。「飛龍在天」は、大人が作為あることを言う。「亢龍有悔」は、盈満の状態が長く持たないことを言う。この三条の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]“或躍在淵”至“盈不可久也”。○正義曰:“或躍在淵,進無咎”者,此亦人事言之。進則跳躍在上,退在潛處在淵,猶聖人疑或,而在於貴位也。心所欲進,意在於公,非是為私,故“進無咎”也。“飛龍在天,大人造”者,此亦人事言之。“飛龍在天”,猶聖人之在王位。造,為也。唯大人能為之而成就也。姚信、陸績之屬,皆以“造”為造至之“造”。今案:《象》辭皆上下為韻,則姚信之義,其讀非也。“亢龍有悔,盈不可久”者,此亦人事言之。九五是盈也,盈而不已則至上九,地致亢極,有悔恨也。故云“盈不可久也”。但此六爻《象》辭,第一爻言“陽在下”,是舉自然之象,明其餘五爻皆有自然之象,舉初以見未。五爻並論人事,則知初爻亦有人事,互文相通也。
以下は孔穎達が「或躍在淵」から「盈不可久也」までの一段を疏解するものである。彼は言う。「或躍在淵、進无咎」もまた人事に就いて説を立てる。進めば跳躍して上に居り、退けば深淵に潜処するので、聖人が心に疑慮を存して身に貴位に処するに譬える。心の中では前進を欲するが、その用意は公義にあって私利のためではないので、「前進しても過ちがない」となる。「飛龍在天、大人造」も同じく人事に就いて説を立てる。「飛龍在天」は聖人が身に王位に居するに譬え、「造」は作為の意で、大人のみが作為あって大業を成就できる。姚信・陸績の一派はいずれも「造」を「造至」の「造」すなわち到達と読むが、今按ずるに《象》辞は従来上下で韻を押るので、姚信のこの読み方は正しくないことが分かる。「亢龍有悔、盈不可久」もまた人事に就いて説を立てる。九五はすでに盈満で、盈満して止まることを知らなければ上九に至り、位置が亢極に至り、そこで悔恨があるので「盈不可久也」と言う。また、この六爻の《象》辞は、第一爻が「陽在下」と言い、自然の象を挙げて、残り五爻も皆自然の象を有することを表明するので、初爻を挙げてその余を見せるものである。後の五爻は皆人事を談論するならば、初爻も同じく人事を含むと知るべきである――これは上下互文して義理が相通ずるものである。
用九,天德不可為首也。
経文は「用九」の一条の《小象》である。天の徳性は衆人の首に居るを争うべからず。この条の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]正義曰:此一節釋經之“用九”之《象》辭。經稱“用九”,故《象》更疊云“用九”。云“天德不可為首”者,此夫子釋辭也。九是天之德也,天德剛健,當以柔和接待於下,不可更懷尊剛為物之首,故云“天德不可為首也”。
孔穎達の疏は言う。この一節は経文「用九」の《象》辞を解釈するものである。経文がすでに「用九」と称するので、《象》辞もまた「用九」の二字を重ねて標出する。「天徳不可為首」の一句に至っては、孔夫子が爻辞を解釈する言葉である。「九」は天の徳性で、天徳は剛健であり、本当に柔和の態度をもって下に在る人に対すべきで、更に自ら尊貴剛強を恃んで万物の首を先んじて作るべきではない。ゆえに「天徳不可為首也」と言う。
乾卦・《文言》
《文言》曰:元者善之長也,亨者嘉之會也,利者義之和也,貞者事之幹也。君子體仁足以長人,嘉會足以合禮,利物足以和義,貞固足以幹事。君子行此四德者,故曰:“乾,元、亨、利、貞。”
経文は《文言》に入る。「元」は衆善の首、「亨」は美好事物の会聚、「利」は義理の諧和、「貞」は成事の骨幹である。君子は仁を体として、衆人の尊長たるに足り、美善を会聚して礼に合するに足り、万物を利して義に諧和するに足り、正固を堅守して事務を主持するに足る。君子はこの四つの徳性を施行するので、「乾、元・亨・利・貞」と言う。この一段の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]“《文言》曰”至“乾元亨利貞”。○正義曰:《文言》者,是夫子第七翼也。以乾、坤其《易》之門戶邪,其餘諸卦及爻,皆從乾、坤而出,義理深奧,故特作《文言》以開釋之。莊氏云:“文謂文飾,以乾、坤德大,故特文飾,以為《文言》。”今謂夫子但贊明易道,申說義理,非是文飾華彩,當謂釋二卦之經文,故稱《文言》。從此至“元亨利貞”,明乾之四德,為第一節;從“初九曰潛龍勿用”至“動而有悔”,明六爻之義,為第二節;自“潛龍勿用”下至“天下治也”,論六爻之人事,為第三節;自“潛龍勿用,陽氣潛藏”至“乃見天則”,論六爻自然之氣,為第四節;自“乾元者”至“天下平也”,此一節復說“乾元”之“四德”之義,為第五節;自“君子以成德為行”至“其唯聖人乎”,此一節更廣明六爻之義,為第六節。今各依文解之。此第一節論乾之四德也。
以下は孔穎達が「《文言》曰」から「乾元亨利貞」までの一段を疏解するものである。彼はまず《文言》の来歴を説明する。《文言》は孔夫子の作った《十翼》の中の第七翼である。乾・坤両卦は《周易》の門戸で、その余の各卦と各爻は皆乾・坤から生出し、義理が深奥なので、特に《文言》を作って開示解説する。荘氏は「『文』はすなわち文飾で、乾・坤の徳性が広大なので、特に文飾を加えて《文言》と称する」と言う。孔穎達の考えでは、夫子はただ《易》道を賛明し義理を申説するのであって、華彩の文飾を作ろうとするのではなく、乾・坤両卦の経文を解釈すると理解すべきで、ゆえに《文言》と称する。続けて彼は章節を划分する。ここから「元亨利貞」までは乾の四徳を闡明する、これが第一節。「初九曰潜龍勿用」から「動而有悔」までは六爻の義理を闡明する、これが第二節。「潜龍勿用」以下から「天下治也」までは六爻の対応する人事を論ずる、これが第三節。「潜龍勿用、陽気潜蔵」から「乃見天則」までは六爻の対応する自然の気を論ずる、これが第四節。「乾元者」から「天下平也」まではこの節が再び「乾元」の四徳の意義を説く、これが第五節。「君子以成徳為行」から「其唯聖人乎」まではこの節が更に広く六爻の義を闡明する、これが第六節。以下は文に依って逐節解説する。目下のこの第一節は乾の四徳を講ずるものである。
“元者善之長也”,此巳下論乾之“四德”,但乾之為體,是天之用。凡天地運化,自然而爾,因無而生有也,無為而自為。天本無心,豈造“元亨利貞”之德也?天本無名,豈造“元亨利貞”之名也?但聖人以人事託之,謂此自然之功,為天之四德,垂教於下,使後代聖人法天之所為,故立天“四德”以設教也。
孔穎達はまず根本から四徳の名の来歴を説明する。「元者善之長也」以下は皆乾の四徳を論ずるが、乾という本体は正に天の功用である。およそ天地の運行造化は皆自然而然的で、無の中から有を生出し、作為することなく自然に成る所がある。天は本来意志がなく、どうして「元亨利貞」という四種の徳を制造しようか。天は本来名号がなく、どうして「元亨利貞」という四つの名を制造しようか。ただ聖人が人事に借りて託し、この自然而然の功効を天の四徳と称し、教化を下に垂示して、後代の聖人をして天の為す所を效法せしめんとするのみで、だからこそ天の「四徳」を立てて教化を設立したのである。
莊氏云:“第一節‘元者善之長’者,謂天之體性,生養萬物,善之大者,莫善施生,元為施生之宗,故言‘元者善之長’也。‘亨者嘉之會’者,嘉,美也。言天能通暢萬物,使物嘉美之會聚,故云‘嘉之會’也。‘利者義之和’者,言天能利益庶物,使物各得其宜而和同也。‘貞者事之幹’者,言天能以中正之氣,成就萬物,使物皆得幹濟。”莊氏之意,以此四句明天之德也,而配四時。“元”是物始,於時配春,春為發生,故下云“體仁”,仁則春也。“亨”是通暢萬物,於時配夏,故下云“合禮”,禮則夏也。“利”為和義,於時配秋,秋既物成,各合其宜。“貞”為事幹,於時配冬,冬既收藏,事皆幹了也。於五行之氣,唯少土也。土則分王四季,四氣之行,非土不載,故不言也。
孔穎達は荘氏の説を引いて逐句四徳を解釈する。荘氏は言う。「第一節の『元者善之長』は、天の体性が万物を生養することを講じる。諸善の中で最大なるは生機を施予するに過ぎず、『元』は正に施生の本源なので、『元者善之長』と言う。『亨者嘉之会』の『嘉』は美好で、天が万物を通暢させ美善の事を会聚せしめることを言うので『嘉之会』と言う。『利者義之和』は、天が衆物に利を施して、万物を各々其の宜を得て彼此和同せしめることを言う。『貞者事之幹』は、天が中正の気をもって万物を成就し、万物を皆事を成し得せしめることを言う。」荘氏の意は、この四句をもって天の徳性を闡明し、併せて四時に配するものである。「元」は万物の開端で、時令上は春に配する。春は発生を主るので、下文は「体仁」と言う――仁はすなわち春である。「亨」は万物を通暢させるので、時令上は夏に配し、下文は「合礼」と言う――礼はすなわち夏である。「利」は義に諧和するので、時令上は秋に配する。秋は万物が成熟し各々其の宜を得る。「貞」は成事の骨幹で、時令上は冬に配する。冬は収蔵して諸事が皆办结する。このように配すれば、五行の気の中でただ土のみが欠ける。土は四季に分王するので、四時の気の運行は土がなければ承載する所がない、ゆえに単独でそれを挙げない。
“君子體仁足以長人”者,自此巳下,明人法天之行此“四德”,言君子之人,體包仁道,泛愛施生,足以尊長於人也。仁則善也,謂行仁德,法天之“元”德也。“嘉會足以合禮”者,言君子能使萬物嘉美集會,足以配合於禮,謂法天之“亨”也。“利物足以和義”者,言君子利益萬物,使物各得其宜,足以和合於義,法天之“利”也。“貞固足以幹事”者,言君子能堅固貞正,令物得成,使事皆幹濟,此法天之“貞”也。施於王事言之,元則仁也,亨則禮也,利則義也,貞則信也。不論智者,行此四事,並須資於知。且《乾鑿度》云:“水土二行,兼信與知也。”故略而不言也。
孔穎達は続けて人がいかにして天の四徳を效法するかを解説する。「君子体仁足以長人」以下は、人が天を效法してこの四徳を施行することを講ずる。君子は仁道を体として、衆生を博愛し生機を施予して、衆人の尊長たるに足る。仁はすなわち善で、仁徳を施行することを指し、これは天の「元」の徳を效法する。「嘉会足以合礼」は、君子が万物を美善に会聚せしめることができ、礼に相配するに足ることを言い、これは天の「亨」を效法する。「利物足以和義」は、君子が万物に利を施して、万物を各々其の宜を得せしめ、義に相諧するに足ることを言い、これは天の「利」を效法する。「貞固足以幹事」は、君子が堅定に正を守り、万物を成就を得せしめ、諸事を皆成し得せしめることを言い、これは天の「貞」を效法する。もし王者の事に施用して言えば、「元」は仁に相当し、「亨」は礼に相当し、「利」は義に相当し、「貞」は信に相当する。ここで「智」を挙げないのは、この四つの事を施行するに皆智に依拠しなければならないからである。しかも《乾鑿度》は「水・土の両行は信と智を兼ね含む」と言うので、略して単説しない。
“君子行此四德者,故曰:乾,元亨利貞”,以君子之人,當行此四種之德。是以文王作《易》,稱“元亨利貞”之德,欲使君子法之。但行此“四德”,則與天同功,非聖人不可。唯云“君子”者,但易之為道。廣為垂法。若限尚聖人,恐不逮餘下。故總云“君子”,使諸侯公卿之等,悉皆行之。但聖人行此“四德”,能盡其極也。君子行此“四德”,各量力而為,多少各有其分。但乾卦象天,故以此“四德”皆為天德。但陰陽合會,二象相成,皆能有德,非獨乾之一卦。
孔穎達は末句を解説し「君子」の用意を申論する。「君子行此四徳者、故曰、乾元亨利貞」は、君子がこの四種の徳を施行すべきことを言う。ゆえに周文王が《易》を作り、「元亨利貞」の徳を標挙したのは、君子に效法せしめんとするためである。ただし真にこの四徳を行い満たすことは、天と功を同じくするので、聖人でなければ能わない。ここでただ「君子」と言うのは、《易》の立てる道が広く法則を垂示しようとするので、もし標準を聖人に限定すれば、下に在る人が届かない恐れがある、ゆえに総じて「君子」と称し、諸侯・公卿の人が皆奉行できるようにする。ただ聖人がこの四徳を施行すればその極致を窮めることができ、君子がこの四徳を施行すれば各々力を量って為し、多少に各々分限がある。また乾卦が天に象を取るので、この四徳を一概に天徳と称する。しかし陰陽が交会し、両種の物象が相成相助するので、各卦とも徳を有しうるのであり、乾の一卦のみが有するのではない。
是以諸卦之中亦有“四德”,但餘卦“四德”有劣於乾故乾。卦直云“四德”。更無所言,欲見乾之“四德”,無所不包。其餘卦“四德”之下,則更有餘事,以“四德”狹劣,故以餘事繫之,即《坤卦》之類是也。亦有“四德”之上,即論餘事,若《革卦》云“巳日乃孚,元亨利貞,悔亡”也。由“乃孚”之後有“元亨利貞”,乃得“悔亡”也。有“四德”者,即乾、坤、屯、臨、隨、無妄、革七卦是也。亦有其卦非善,而有“四德”者,以其卦凶,故有“四德”乃可也。故《隨卦》有“元亨利貞”,乃得無咎”是也。“四德”具者,其卦未必善也。
孔穎達はここにより各卦の具える所の徳を比較す。正に諸卦の中にも「四徳」有るも、ただその余の各卦の四徳は乾卦に比べて遜色有るによる。ゆえに乾卦の卦辞はただ四徳を標出して、別の話は一句も説かず。乾の四徳が包まざるなしを顕示せんと為すなり。その余の各卦は四徳の下にまた別の事項を接がねばならず。正にその四徳が狭小遜色なるによるに、別の事項を用いてそれに系属す。《坤卦》は即ちこの一類に属す。また四徳の前に先ず別の事を説くも有り。《革卦》の「巳日乃孚、元亨利貞、悔亡」の如きは、「乃孚」の後に再び「元亨利貞」有りて初めて「悔亡」しうるを要す。卦辞が四徳を具備するは、共に乾・坤・屯・臨・随・无妄・革の七卦。また卦の本身が並びに吉善ならずして四徳を具備するも有り。正にあの一卦に凶険有るによるに、必ず四徳を具備して初めて行得通りうる。ゆえに《随卦》は「元亨利貞」有りて初めて「過咎なし」を要す。四徳斉備の卦は、必ずしも即ち吉善の卦ならざるが見える。
亦有三德者,即離、咸、萃、兌、渙、小過。凡六卦就三德之中,為文不一,或總稱三德於上,更別陳餘事於下,若離、咸之屬是也。就三德之中,上下不一,《離》則云“利貞亨”。由利貞乃得亨也。亦有先云“亨”,更陳餘事,乃始云“利貞”者,以有餘事,乃得利貞故也。有二德者,大有、蠱、漸、大畜、升、困、中孚凡七卦。此二德或在事上言之,或在事後言之由後有事,乃致此二德故也。亦有一德者,若蒙、師、小、畜、履、泰、謙、噬嗑、賁、復、大過、震、豐、節、既濟、未濟、凡十五卦,皆一德也,並是“亨”也。或多在事上言之,或在事後言。《履卦》云:“履虎尾,不咥人,亨。”由有事乃得亨。
孔穎達は続けて徳の多少によって分類する。三徳を具えるものは、離・咸・萃・兌・渙・小過の都合六卦で、この六卦は三徳の書き方が一致しない。あるものは先に三徳を総標し、再び別に他の事項を後に陳述し、離・咸がこの類に属する。三徳の内の次序も一致せず、《離卦》はすなわち「利貞亨」と書き、先に利・先に貞あって初めて亨を得る意である。また先に「亨」を言い、再び別の事項を陳述し、最後に「利貞」を言うものもあり、先にそれらの事項があって初めて利と貞を得るからである。二徳を具えるものは、大有・蠱・漸・大畜・升・困・中孚の都合七卦で、この二徳はあるいは事項の前に書き、あるいは事項の後に書く。後者は先にそれらの事があって、初めてこの二徳を招致するからである。一徳のみを具えるものは、蒙・師・小畜・履・泰・謙・噬嗑・賁・復・大過・震・豊・節・既済・未済の都合十五卦で、皆一徳のみ、しかも皆「亨」である。この一徳は多くは事項の前に書くが、事項の後に書くものもあり、《履卦》の「履虎尾、不咥人、亨」の如く、すなわち先にその事があって亨通を得る。
以前所論德者,皆於經文挺然特明德者乃言之也。其有因事相連而言德者,則不數之也。若《需卦》云:“需,有孚,光亨貞吉。”雖有亨、貞二德,連事起文,故不數也。《遯卦》云:“亨,小利貞。”雖有三德,亦不數也。《旅卦》云:“旅,小亨。旅,貞吉。”雖有亨、貞二德,亦連他事,不數也。《比卦》云:“原筮,元永貞,無咎。”《否卦》云:“否之匪人,不利君子貞。”雖有“貞”字,亦連他文言之,又非本卦德,亦不數之。《同人》云:“同人于野,亨。”《坎卦》云:“有孚,維心亨。”《損卦》云:“無咎可貞。”此等雖有一德,皆連事而言之,故亦不數,所以然者,但易含萬象,事義非一,隨時曲變,不可為典要故也。其有意義,各於卦下詳之。
孔穎達は上記の統計の標準を説明する。以上論じた「徳」は、皆経文の中で卓然として独立し、専門に徳性を標挙するもののみを数に算入する。およそある事に連なって徳の字を順帯で挙げたものは、計入しない。譬えば《需卦》は「需、有孚、光亨貞吉」と言い、亨・貞の二つの徳の字はあるが、事に連なって文を起こすので計入しない。《遯卦》は「亨、小利貞」と言い、三徳あるかに似えるが、計入しない。《旅卦》は「旅、小亨。旅、貞吉」と言い、亨・貞の両徳はあるが、やはり別の事に連なるので計入しない。《比卦》は「原筮、元永貞、无咎」、《否卦》は「否之匪人、不利君子貞」と言い、「貞」の字が現れても、やはり別の文句に連なって言うのであり、しかも本卦の徳ではないので、同じく計入しない。《同人》は「同人於野、亨」、《坎卦》は「有孚、維心亨」、《損卦》は「无咎可貞」と言い、これらは各々一つの徳の字はあるが、皆事に連なって言うので、やはり計入しない。このようにする所以は、《周易》が万象を包含し、事と義が一端に止まらず、時に随い曲折変化するので、固定的準則として立てることができないからである。その中の各自の義理は、各卦の下で詳説する。
亦有卦善而德少者,若泰與謙、復之類,雖善,唯一德也。亦有全無德者,若豫、觀、剝、晉、蹇、解、夬、姤、井、艮、歸妹、凡十一卦也。大略唯有凶卦無德者,若剝、蹇、夬、姤之屬是也。亦有卦善而無德者,晉、解之屬是也。各於卦下詳之。凡“四德”者,亨之與貞,其德特行,若元之與利,則配連他事。其意以元配亨,以利配貞,雖配他事為文,元是元大也,始首也;利是利益也,合和也。以當分言之,各是其一德也。唯配亨、貞,俱為四德。元雖配亨,亦配他事,故比卦云“元永貞”,《坤·六五》“黃裳元吉”是也。利亦非獨利貞,亦所利餘事多矣,若“利涉大川”,“利建侯”,“利見大人”,“利君子貞”。如此之屬,是利字所施處廣,故諸卦謂他事之利,不數以為德也。此“四德”非唯卦下有之,亦於爻下有之,但爻下其事稍少。故“黃裳元吉”及“何天之衢亨,小貞吉,大貞凶”,此皆於爻下言之,其利則諸爻皆有。
孔穎達は最後に幾種かの情形を補足し、四徳相互の配合を弁析する。卦義が吉善でありながら徳数の少ないものもあり、泰・謙・復の類の如く、吉善でありながら一徳のみである。全く徳なきものもあり、豫・観・剥・晋・蹇・解・夬・姤・井・艮・帰妹の都合十一卦である。大体に言えば、徳なきものは多くは凶卦で、剥・蹇・夬・姤の類である。しかし卦義が吉善でありながら徳なきものもあり、晋・解の類で、各々卦の下で詳説する。四徳に至っては、「亨」と「貞」の両徳は単独で成立しえ、「元」と「利」は往々にして別の事項に配連する。その通例は「元」を「亨」に配し、「利」を「貞」に配する。それらも別の事項に配して行文するが、「元」は本来宏大・開端居首であり、「利」は本来利益・和合である。各々本分に就いて言えば、一々が自ら一徳を成し、それらが亨・貞と相配する時にのみ、合わせて所謂「四徳」を成す。「元」は多く「亨」に配するが、別の事にも配するので、《比卦》は「元永貞」、《坤卦》六五は「黄裳元吉」と言う。「利」もまた「貞」と連なるのみではなく、その利の及ぶ別の事項が甚だ多く、「利渉大川」「利建侯」「利見大人」「利君子貞」の類で、「利」の字の使用範囲が甚だ広いことが見える。ゆえに各卦で別の事項の利を指すものは、皆徳とは算えない。またこの四徳は卦辞の下に出るのみではなく、爻辞の下にもあるが、ただ爻辞の中ではこの類の情形がやや少ない。ゆえに「黄裳元吉」及び「何天之衢亨、小貞吉、大貞凶」は、いずれも爻辞の中に現れるもので、「利」の字に至っては各爻に普遍して有する。
初九曰“潛龍勿用”,何謂也?子曰:“龍德而隱者也。不易乎世,不為世俗所移易也。
経文は《文言》の第二節に入る。初九の爻辞に「潜龍勿用」とあるが、これはどういう意味か。孔子が答えて言う。「これは龍徳を具えて隠居する人である。彼は世俗によって自己を改変しない。」其の下の「不為世俗所移易也」の八字は王弼の注で、「不易乎世」を解釈して、世俗の風気に移易されないこととする。
[疏]“初九曰”至“不易乎世”。○正義曰:此第二節釋初九爻辭也。“初九曰潛龍勿用,何謂也”者,此夫子疊經初九爻辭,故言“初九曰”。方釋其義,假設問辭,故言“潛龍勿用何謂也”。“子曰龍德而隱者也”,此夫子以人事釋“潛龍”之義,聖人有龍德隱居者也。“不易乎世”者,不移易其心在於世俗,雖逢險難,不易本志也。
以下は孔穎達が「初九曰」から「不易乎世」までの一段を疏解するものである。彼は言う。これは《文言》の第二節で、初九の爻辞を解釈する。所謂「初九曰潜龍勿用、何谓也」は、孔夫子が経文の初九の爻辞を重述するもので、ゆえに「初九曰」と標出する。将にその義理を解説しようとするので、一句の問いを仮設し、ゆえに「潜龍勿用何谓也」と言う。「子曰、龍徳而隠者也」は、孔夫子が人事をもって「潜龍」の意義を解釈するもので、聖人が龍徳を具えて隠居して出ないことを指す。「不易乎世」に至っては、彼が心を世俗に移易せず、たとい険難に遭遇しても、本来の志向を改変しないことを言う。
不成乎名,遁世無悶,不見是而無悶,樂則行之,憂則違之,確乎其不可拔,‘潛龍’也。”
経文は孔子の言葉に続く。彼は名声を成し遂げることを求めず、世を避け隠居して煩悶せず、人に称許されなくても煩悶しない。心に楽しいと思うことは行い、心に憂うべきと思うことは避ける。意志は堅定にして抜き動かすことができない――これが「潜龍」である。この一段の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]“不成乎名”至“潛龍也”。○正義曰:“不成乎名”者,言自隱默,不成就於令名,使人知也。“遁世無悶”者,謂逃遁避世,雖逢無道,心無所悶。“不見是而無悶”者,言舉世皆非,雖不見善,而心亦無悶。上云“遁世無悶”,心處僻陋,不見是而無悶,此因見世俗行惡,是亦“無悶”,故再起“無悶”之文。“樂則行之,憂則違之”者,心以為樂,已則行之,心以為憂,已則違之。“確乎其不可拔”者,身雖逐物推移,隱潛避世,心志守道,確乎堅實其不可拔,此是“潛龍”之義也。
以下は孔穎達が「不成乎名」から「潜龍也」までの一段を疏解するものである。彼は言う。「不成乎名」は、彼が自ら隠黙に甘んじて、美好な名声を成就して人に知られようとしないことを講ずる。「遯世无悶」は、彼が逃遁して世を避け、たとい无道の世に遇っても、心に煩悶しないことを講ずる。「不見是而无悶」は、挙世が皆彼を非議し、人の称許を得られなくても、心に同じく煩悶しないことを講ずる。上文の「遯世无悶」は、身が僻陋に処するに就いて言い、ここで「不見是而无悶」と言うのは、世俗が悪を行うのを見てなお煩悶しないためで、ゆえに再度「无悶」の字様が現れる。「楽則行之、憂則違之」は、心に楽しむべきと認めることは、自らがこれを行い、心に憂うべきと認めることは、自らがこれを避けることを言う。「確乎其不可抜」は、彼の身体は外物に随って迁移し、隠潜して世を避けるが、心志は正道を堅守して、確かに堅固にして動揺させることができない――これが「潜龍」の含義である。
九二曰:“見龍在田,利見大人”,何謂也?子曰:“龍德而正中者也。庸言之信,庸行之謹,閒邪存其誠,善世而不伐,德博而化。《易》曰:‘見龍在田,利見大人。’君德也。”
経文は続けて九二を問う。爻辞に「見龍在田、利見大人」とあるが、これはどういう意味か。孔子が答えて言う。「これは龍徳を具えて位を中正に処する人である。彼は日常の言語に信を守り、日常の行事に謹を慎み、邪悪を防閑して内心の誠実を保存し、世に善を為して自己の功労を誇耀せず、徳行が広博にして人を感化できる。《周易》の『見龍在田、利見大人』は、人君の徳を講ずるものである。」この一段の下に王弼は別に注文を作らない。
[疏]“九二曰”至“君德也”。○正義曰:此釋九二爻辭。“子曰:龍德而正中”者,九二居中不偏,然不如九五居尊得位,故但云“龍德而正中者也”。“庸言之信,庸行之謹”者,庸謂中庸,庸,常也。從始至末,常言之信實,常行之謹慎。“閒邪存其誠”者,言防閒邪惡,當自存其誠實也。“善世而不伐”者,謂為善於世,而不自伐其功。“德博而化”者,言德能廣博,而變化於世俗。初爻則全隱遁避世,二爻則漸見德行以化於俗也。若舜漁於雷澤,陶於河濱,以器不窳,民漸化之是也。“《易》曰:見龍在田,利見大人。君德”者,以其異於諸爻,故特稱“《易》曰”。“見龍在田”,未是君位,但云“君德”也。
以下は孔穎達が「九二曰」から「君徳也」までの一段を疏解するものである。彼は言う。これは九二の爻辞を解釈するものである。「子曰、龍徳而正中」は、九二が下卦の中に居て偏らないが、九五のように身に尊位に居りまたその正位を得るには似ず、ゆえにただ「龍徳而正中者也」と言う。「庸言之信、庸行之謹」の「庸」はすなわち中庸、すなわち平常で、彼が始めから終わりまで日常の言語は皆信実であり、日常の行事は皆謹慎であることを指す。「閑邪存其誠」は、邪悪を防范杜絶して、自ら内心の誠実を保存すべきことを言う。「善世而不伐」は、世に善を行って自ら功労を誇らないことを言う。「徳博而化」は、徳行が広博であることができ、もって世俗の風気を転化させることを言う。初爻は完全に隠遁して世を避け、二爻は次第に徳行を顕露して世俗を化導する。譬えば虞舜が雷沢で漁をし、黄河の辺で陶を造り、器物が粗劣でなかったため、百姓が次第に彼に感化されたのが、このようである。「《易》曰、見龍在田、利見大人。君徳」の一句に至っては、この一爻が他の爻と異なるので、特に「《易》曰」と標出する。しかも「見龍在田」はまだ君位ではないので、ただ「君徳」と言うのみである。
九三曰“君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎”,何謂也?子曰:“君子進德脩業。忠信所以進德也。脩辭立其誠,所以居業也。知至至之,可與幾也。知終終之,可與存義也。處一體之極,是“至”也。居一卦之盡,是“終”也。處事之至而不犯咎,“知至”者也。故可與成務矣。處終而能全其終,“知終”者也。夫進物之速者,義不若利,存物之終者,利不及義。故“靡不有初,鮮克有終”。夫“可與存義”者,其唯“知終”者乎?
経文は続けて九三を問う。爻辞に「君子終日乾乾、夕惕若厲、无咎」とあるが、これはどういう意味か。孔子が答えて言う。「君子は徳行を増進し、功業を修治する。忠と信は徳行を増進するために用いるものであり、言辞を修飭し誠実を樹立するのは、功業に安居するために用いるものである。いつ至るかを予知して果たして到達すれば、彼とともに幾微を論じることができる。いつ終わるべきかを予知して果たしてその終を守り全うすれば、彼とともに義理を保存することができる。」以下は王弼の注である。一つの卦体の頂点に処するのが「至」であり、一卦の末尾に居するのが「終」である。事が将至の際に処して過ちを犯さないのは「知至」の人で、ゆえに彼とともに事務を成就できる。終末に処してその終を保全できるのは「知終」の人である。事物を迅速に前進せしめるには、義は利に如かない。事物の終局を保全するには、利は義に及ばない。だから《詩経》に「初ならざるは莫し、終わること克く鮮し」と言う。然るに彼とともに義理を保存できる者は、殆ど「知終」の人のみであろうか。
[疏]“九三曰”至“可與存義也”。○正義曰:此釋九三爻辭也。“子曰:君子進德脩業”者,德謂德行,業謂功業。九三所以“終日乾乾”者,欲進益道德,脩營功業,故“終日乾乾”匪懈也。“進德”則“知至”,將進也;“脩業”則“知終”,存義也。“忠信所以進德”者,復解進德之事,推忠於人,以信待物,人則親而尊之,其德日進,是“進德”也。“修辭立其誠,所以居業”者,辭謂文教,誠謂誠實也。外則脩理文教,內則立其誠實,內外相成,則有功業可居,故云“居業”也。上云“進德”,下復云“進德”;上云“脩業”,下變云“居業”者,以其間有脩辭之文,故避其脩文而云“居業”。且功業宜云“居”也。
以下は孔穎達が「九三曰」から「可与存義也」までの一段を疏解するものである。彼は言う。これは九三の爻辞を解釈するものである。「子曰、君子進徳脩業」のうち、「徳」は徳行を指し、「業」は功業を指す。九三が「終日乾乾」である所以は、正に道徳を増進し功業を修治しようと欲するからで、ゆえに終日勤勉して懈らない。その中で「進徳」は「知至」に対応し、将に前進せんとすることであり、「脩業」は「知終」に対応し、義理を保存することである。「忠信所以進徳」の一句は、徳行を増進する事を再び解釈するもので、忠心をもって他人に推及し、信実をもって事物に対すれば、人々は彼に親しみ尊敬し、彼の徳行は日々に増進する、これが「進徳」である。「脩辞立其誠、所以居業」のうち、「辞」は文治教化を指し、「誠」は誠実を指す。外に文教を修治し、内に誠実を樹立して、内外が相輔相成すれば、安居すべき功業がある、ゆえに「居業」と言う。上文は「進徳」と言い、下文もなお「進徳」と言う。上文は「脩業」と言い、下文は改めて「居業」と言うのは、中間に「脩辞」の一句があるため、重複する「脩」の字を避けて「居業」と言うのであり、しかも功業は本来「居」の字を用いるに宜しい。
“知至至之,可與幾”者,九三處一體之極,方至上卦之下,是“至”也。既居上卦之下,而不凶咎,是“知至”也。既能知是將至,則是識幾知理,可與共論幾事。幾者,去無入有,有理而未形之時。此九三既知時節將至,知理欲到,可與共營幾也。“知終終之,可與存義”者,居一體之盡,而全其終竟,是“知終”也。既能知此終竟,是終盡之時,可與保存其義。義者宜也,保全其位,不有失喪,於事得宜。九三既能知其自全,故可存義。然九三唯是一爻,或使之慾進知幾也,或使之慾退存義也。一進一退,其意不同,以九三處進退之時,若可進則進,可退則退,兩意並行。
孔穎達は引き続き疏解する。「知至至之、可与幾」は、九三が下卦という一体の頂点に処し、正に上卦の下縁に到達しようとするので、これが「至」である。すでに身に上卦の下にあって凶険過錯がないのが、これが「知至」である。すでに自己が将至であることを知れば、幾微を識り事理に通暁したことになり、彼とともに幾微の事を討論できる。所謂「幾」は、無から有に入り、道理すでに具わりて形跡いまだ顕れざる一刻である。九三がすでに時節が将に至り事理が将に至ることを知れば、彼とともに幾微を経営することができる。「知終終之、可与存義」は、彼が一体の尽頭に居してその終局を保全できることを言い、これが「知終」である。すでにこれが終結の時であることを知れば、彼とともに義理を保存できる。「義」はすなわち適宜で、自己の位置を保全して失落せず、事に処して恰も其の宜を得る。九三はすでに自我保全を懂るので、義を存することができる。ただし九三はただの一爻で、ある時はそれに前進を欲して幾を識らせ、ある時はそれに後退を欲して義を存せしめる。一進一退で用意が異なるのは、九三が正に進むべく退くべくの時機に処するので、前進可ならば前進し、後退可ならば後退し、両種の用意が並行して悖らない。
○注“處一體之極”至“其唯知終者乎”。○正義曰:“處一體之極,是至也”者,莊氏云:“極即至也。三在下卦之上,是至極。”褚氏云:“一體之極是至者,是下卦巳極,將至上卦之下,至謂至上卦也。”下云“在下位而不憂”,注云“知夫至至,故不憂”,此以人事言之。既云“下位”,明知在上卦之下,欲至上卦,故不憂,是知將至上卦。若莊氏之說,直云“下卦”上極是至極,儻無上卦之體,何可至也?何須與幾也?是知至者,據上卦為文。莊說非也。“處事之至而不犯咎”,是“知至”者,謂三近上卦,事之將至,能以禮知屈,而不觸犯上卦之咎,則是知事之將至。“故可與成務”者,務謂事務。既識事之先幾,可與以成其事務。“與”猶許也,言可許之事,不謂此人共彼相與也。“進物之速者,義不若利”者,利則隨幾而發,見利則行也。義者依分而動,不妄求進。故進物速疾,義不如利,由義靜而利動故也。“存物之終者,利不及義”者,保全巳成之物,不妄興動,故“利不及義”也。“故靡不有初,鮮克有終”者,見利則行,不顧在後,是“靡不有初”;不能守成其業,是“鮮克有終”。
以下の一節は、孔穎達が王弼注の「處一體之極」から「其唯知終者乎」までの一段を疏解するものである。「處一體之極、是至也」について、荘氏は「極はすなわち至で、三爻は下卦の上にあり、極点に到った」と言う。褚氏は「一体の極を『至』と呼ぶのは、下卦がすでに尽頭に到り、将に上卦の下縁に進まんとするを指し、『至』は上卦に到るを指す」と言う。孔穎達は褚氏の説を取る。理由は、下文に「在下位而不憂」とあり、王注が「知夫至至、故不憂」と解するのは、人事に就いて説を立てたものである。すでに「下位」と言う以上、身が上卦の下にあり、将に上卦に入らんとして憂えないことを知るべく、これは正に「至」が上卦に将至を指すことを表明する。もし荘氏の講法のように、ただ下卦の上端が至極であると言うならば、仮に上卦という卦体がなければ、どこに向かって「至」りえようか。又何の「与幾」を談ずる必要があろうか。これにより「知至」は上卦に就いて文を立てたものと見え、荘氏の説は正しくない。注の「處事之至而不犯咎」が「知至」であるのは、九三が上卦に迫近し、事情が将至で、礼に依って己を屈するを懂り、上卦のもたらす過ちを触犯しない、これが事情将至を知ることである。注の「故可与成務」の「務」は事務を指す。すでに事情の先兆を識れば、彼にその事務を成就させることができる。ここの「与」は「許可」に相当し、これは彼に許して為さしむべき事を言うのであって、此人と彼人とが相交往することを指すのではない。注の「進物之速者、義不若利」は、「利」が幾微に随って発動し、利あるを見て行動するのに対し、「義」は本分に依って動き、妄りに進を求めないので、事物を迅速に前進せしめようとすれば、義は利に如かない――これは義が静を主とし利が動を主とするによる。注の「存物之終者、利不及義」は、すでに成就した事物を保全するには、軽挙妄動すべからず、ゆえに利は義に及ばない。注の引く「故靡不有初、鮮克有終」は、利を見て行して後果を顧みないのは正に「靡不有初」に合し、自己の功業を守成できないのは正に「鮮克有終」に合する。
是故居上位而不驕,在下位而不憂。居下體之上,在上體之下,明夫終敝,故“不驕”也。知夫至至,故“不憂”也。
経文は孔子の九三を論ずる言葉に続く。かようなるが故に彼は上位に居て驕慢せず、下位に処して憂懼せず。其の下は王弼の注である。九三は下体の上に居り、また上体の下に在る。終局に衰敝あることを明白に知るので「驕慢せず」、自己が将に上卦に到らんとすることを知るので「憂懼せず」。
[疏]“是故居上位而不驕,在下位而不憂”。○正義曰:“是故居上位而不驕”者,謂居下體之上位而不驕也,以其“知終”,故不敢懷驕慢。“在下位而不憂”者,處上卦之下,故稱“下位”,以其知事將至,務幾欲進,故不可憂也。○注“明夫終敝故不驕也”至“故不憂也”。○正義曰:“明夫終敝,故不驕”者,解“知終”也。“知夫至至,故不憂”者,解“知至”也。前經“知至”在前,“知終”在後,此經先解“知終”,後解“知至”者,隨文便而言之也。
以下は孔穎達が経文「是故居上位而不驕、在下位而不憂」の一句を疏解するものである。彼は言う。「是故居上位而不驕」は、九三が下体の上位に居て驕慢しないことを指し、それが「知終」するので、心に驕慢を懐くことを敢えてしない。「在下位而不憂」は、それが上卦の下に処するので「下位」と称する。それが事情の将至を知り、正に幾微を把握して進あらんと欲し勉力するので、憂懼に至らない。次の一節は王弼注の「明夫終敝故不驕也」から「故不憂也」までの一段を疏解するものである。孔穎達は言う。注文の「明夫終敝、故不驕」は「知終」を解釈し、「知夫至至、故不憂」は「知至」を解釈する。前の経文は「知至」が前で「知終」が後であるが、ここの経文は先に「知終」を解し後に「知至」を解く。それはただ行文の方便に順ってこのように言うのみである。
故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。惕,怵惕之謂也。處事之極,失時則廢,懈怠則曠,故“因其時而惕,雖危無咎”。[疏]“故乾乾”至“無咎矣”。○正義曰:九三以此之故,恆“乾乾”也。因其巳終、巳至之時,而心懷惕懼,雖危不寧,以其知終、知至,故“無咎”。○注“處事之極”至“解怠則曠”。○正義曰:“處事之極,失時則廢”者,謂三在下卦之上體,是處事之極至也。至失時不進,則幾務廢闕,所以“乾乾”須進也。“懈怠則曠”者,既處事極,極則終也,當保守巳終之業;若懈怠驕逸,則功業空曠,所以“乾乾”也。“失時則廢”,解“知至”也。“懈怠則曠”,解“知終”也。
経文は続けて言う。かようなるが故に九三は終日勤勉して懈らず、処する時勢に順って心に戒惧を懐く。こうして身は危地に居るが、過ちはない。王弼注の解釈。「惕」はすなわち「怵惕」で、心中に驚懼警戒することを指す。九三は事を弁ずる極点に処し、一旦時機を錯失すれば事業は前功を尽く棄て、一旦松懈怠惰すれば功業は荒廃落空する。ゆえに《文言》は「時勢に順って戒惧すれば、危険ありと雖も過ちなし」と言う。孔穎達の疏は「故乾乾」から「无咎矣」までの一段を解説する。○正義は言う。九三が正に知終・知至の縁故により、長く勤勉不懈を保持できる。彼は事情が将に終結し目標が将に達する時に乗じて、心に戒惧を懐き、処境は危険で安寧を得ないが、事情の帰宿を知りまた達すべき目標を知るので、「過ちがない」。○以下は王弼注の「處事之極」から「解怠則曠」までの一段を解説する。○正義は言う。王弼の講ずる「處事之極、失時則廃」は、九三の位が下卦三爻の最上位に居り、正に事を弁ずる極点である。この地位に至って時機を錯失して前進しなければ、緊要の事務は廃弛缺失する。ゆえに必ず勤勉不懈にして向前せねばならない。王弼の講ずる「懈怠則曠」は、すでに身に事情の極点に処し、極点はすなわち終結をも意味するので、理の当にすでに成就した功業を守住すべきである。もし懈怠驕縦して安逸を貪れば、功業は落空する。ゆえに「乾乾」として自勉しなければならない。これにより王弼は「失時則廃」をもって経文の「知至」を解釈し、「懈怠則曠」をもって経文の「知終」を解釈したことが分かる。
九四曰“或躍在淵,無咎”,何謂也?子曰:“上下無常,非為邪也。進退無恆,非離群也。君子進德脩業,欲及時也,故無咎。”[疏]“九四曰”至“故無咎”。○正義曰:此明九四爻辭也。“子曰:“上下無常,非為邪”者,上而欲躍,下而欲退,是無常也。意在於公,非是為邪也。“進退無恆,非離群”者,何氏云:“所以‘進退無恆’者,時使之然,非苟欲離群也。”何氏又云:“言上下者,據位也。進退者,據爻也。”所謂“非離群”者,言雖“進退無恆”,猶依群眾而行,和光俯仰,並同於眾,非是卓絕獨離群也。“君子進德脩業,欲及時”者,“進德”則欲上、欲進也。“脩業”則欲下、欲退也。進者棄位欲躍,是“進德”之謂也。退者仍退在淵,是“脩業”之謂也。其意與九三同,但九四欲前進多於九三,故云“欲及時”也。九三則不云“及時”,但“可與言幾”而巳。
経文は言う。九四の爻辞が「或躍在淵、无咎」と講ずるのは、どういう意味か。孔子は言う。「時に上に向かい時に下に向かい、固定した去向なく、邪僻の事を為そうとするのではない。時に前進し時に後退し、一定の常規なく、同類を離れようとするのではない。君子は徳性を増進し功業を修治するのは、時機に及ばんと欲するからで、ゆえに過ちがない。」孔穎達の疏は「九四曰」から「故无咎」までの一段を解説する。○正義は言う。ここは九四の爻辞を闡明する。孔子の言う「上下無常、非為邪」は、九四が上に向かえば騰躍を欲し、下に向かえば退回を欲し、これが「無常」である。しかしその用心は公義に出て、邪僻の事を為そうとするのではない。孔子の言う「進退無恒、非離群」は、何氏の解釈では「進退に常規がない所以は、時勢が逼ってこのようになすのであり、苟且に同類を離れようとするのではない」。何氏はまた「『上下』と講ずるは爻位に就いて言い、『進退』と講ずるは爻の動向に就いて言う」と言う。所謂「非離群」は、九四が進退無常であっても、なお衆人に依傍して行い、鋒芒を収斂して俗に随い俯仰し、衆人と一致を保ち、孤高自異にして独自に群体を脱離するのではない。孔子の言う「君子進徳脩業、欲及時」は、「進徳」は上に向かい前進せんと欲することに対応し、「脩業」は下に向かい後退せんと欲することに対応する。前進はすなわち現有の位を捨てて騰躍せんと欲することで、これを「進徳」と呼ぶ。後退はすなわちなお深淵に退処することで、これを「脩業」と呼ぶ。その意は九三と同じであるが、ただ九四は前進せんと欲する心が九三より更に迫切なので、「時機に及ばんと欲す」と言う。九三の所では「及時」と言わず、ただ「彼とともに幾微を論じうる」と言うのみである。
九五曰“飛龍在天,利見大人”,何謂也?子曰:“同聲相應,同氣相求。水流溼,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物睹,本乎天者親上,本乎地者親下,則各從其類也。”[疏]“九五曰”至“各從其類也”。○正義曰:此明九五爻之義。“飛龍在天”者,言天能廣感眾物,眾物應之,所以“利見大人”。因大人與眾物感應,故廣陳眾物相感應,以明聖人之作而萬物瞻睹以結之也。“同聲相應”者,若彈宮而宮應,彈角而角動是也。“同氣相求”者,若天欲雨而柱礎潤是也。此二者聲氣相感也。“水流溼,火就燥”者,此二者以形象相感,水流於地,先就溼處;火焚其薪,先就燥處。此同氣水火,皆無識而相感,先明自然之物,故發初言之也。
経文は言う。九五の爻辞が「飛龍在天、利見大人」と講ずるのは、どういう意味か。孔子は言う。「同類の声は互いに応和し、同類の気は互いに相求める。水は低湿の処に流れ、火は乾燥の処に向かって焼き、雲は龍に随って生起し、風は虎に随って鼓動し、聖人が世に興起すれば万物は皆仰望瞻視する。本源が天に出る者は上方に親しみ、本源が地に出る者は下方に親しみ、万物は各々自己と同じ類に跟従する。」孔穎達の疏は「九五曰」から「各従其類也」までの一段を解説する。○正義は言う。ここは九五一爻の義理を闡明する。所謂「飛龍在天」は、上天が広く万物を感動しえ、万物も皆それに回応するので、「利見大人」となることを言う。正に大人と万物の間に感応あるがゆえに、《文言》は多くの物類相感の例を鋪陳して、もって「聖人興起して万物瞻仰」という結論を引出する。所謂「同声相応」は、譬えば宮調を弾けば、別処の宮絃が随って響き、角調を弾けば、別処の角絃が随って動くようなものである。所謂「同気相求」は、譬えば天が雨を降らさんとすれば、屋柱下の礎石が先に潤湿するようなものである。この二句は声と気の互相感応を講ずる。所謂「水流湿、火就燥」の二句は、形体物象の互相感応を講ずる。水が地上を流れるとき、先に低湿の処に流れ向かい、火が柴薪を焼くとき、先に乾燥の処に焼き向かう。水火は同じく无知无識の物に属しながら彼此相感しえる。これは先に自然の物を例として挙げたもので、ゆえに開頭に置いて言う。
“雲從龍,風從虎”者,龍是水畜,雲是水氣。故龍吟則景雲出,是“雲從龍”也。虎是威猛之獸,風是震動之氣,此亦是同類相感。故虎嘯則谷風生,是“風從虎”也。此二句明有識之物感無識,故以次言之,漸就有識而言也。“聖人作而萬物睹”者,此二句正釋“飛龍在天,利見大人”之義。“聖人作”則“飛龍在天”也,“萬物睹”則“利見大人”也。陳上數事之名,本明於此,是有識感有識也。此亦同類相感,聖人有生養之德,萬物有生養之情,故相感應也。
孔穎達は続けて申説する。所謂「雲従龍」「風従虎」は、龍は水中の物で、雲は水気の凝するところなので、龍が一たび長吟すれば慶雲が出現する。これが「雲従龍」である。虎は威猛の獣で、風は震盪鼓動の気で、これも同類相感に属するので、虎が一たび長嘯すれば山谷の風が生起する。これが「風従虎」である。この二句は、知覚ある動物が知覚なき雲と風を感動することを言うので、声気相感の後に排せられ、逐歩无知から有知に説き進める。所謂「聖人作而万物睹」の二句は、正面から「飛龍在天、利見大人」の意を解釈する。「聖人興起」は「飛龍在天」に対応し、「万物瞻睹」は「利見大人」に対応する。上文が多くの事例の名目を鋪陳した本意は、正にこの一句を説明するにあり、これは知覚ある者が知覚ある者を感動することである。これも同じく同類相感に属する――聖人は万物を生養する徳性を有し、万物は生養される情実を有するので、彼此感応する。
“本乎天者親上,本乎地者親下”者,在上雖陳感應,唯明數事而巳。此則廣解天地之閒共相感應之義。莊氏云:“天地絪縕,和合二氣,共生萬物。”然萬物之體,有感於天氣偏多者,有感於地氣偏多者,故《周禮·大宗伯》有“天產”、“地產”《大司徒》云“動物”、“植物”,本受氣於天者,是動物含靈之屬,天體運動,含靈之物亦運動,是親附於上也。本受氣於地者,是植物無識之屬,地體凝滯,植物亦不移動,是親附於下也。
孔穎達はまた申説する。所謂「本乎天者親上、本乎地者親下」は、上文はすでに感応を陳説したが、ただ幾つかの事を挙げたのみである。ここでは広く天地之間の万物が共に相感応する道理を解釈する。荘氏は言う。「天地二気は交融纏綿し、和合して一つとなり、共同して万物を生出する。」しかるに万物の形体は、あるものは偏って多く天気を禀受し、あるものは偏って多く地気を禀受する。ゆえに《周礼・大宗伯》に「天産」「地産」の分別があり、《周礼・大司徒》に「動物」「植物」の分別がある。本来気を天に禀ける者は、霊性を含む動物の類である。天体は運転して停まらず、含霊の物もまたこれに随って運動する、これが上に親附することである。本来気を地に禀ける者は、无知无覚の植物の類である。地体は凝定して移らず、植物もまた遷動しない、これが下に親附することである。
“則各從其類者”,言天地之間,共相感應,各從其氣類。此類因聖人感萬物以同類,故以同類言之。其造化之性,陶甄之器,非唯同類相感,亦有異類相感者。若磁石引針,琥珀拾芥,蠶吐絲而商弦絕,銅山崩而洛鍾應,其類煩多,難一一言也。皆冥理自然,不知其所以然也。感者動也,應者報也。皆先者為感,後者為應,非唯近事則相感,亦有遠事遙相感者。若周時獲麟,乃為漢高之應;漢時黃星,後為曹公之兆。感應之事廣,非片言可悉,今意在釋理,故略舉大綱而巳。
孔穎達は最後に総説する。所謂「則各従其類」は、天地之間の万物が共に相感応し、各々自己と気類の同じ一方に跟従することを講ずる。ここで専ら「類」を説く所以は、聖人が万物を感動するのは同類相感に属するので、同類をもって論を立てるのである。実は造化の本性・万物を陶鋳する功能は、同類相感のみではなく、異類相感もある。磁石が鉄針を吸引でき、琥珀が芥草を拾い上げえ、春蚕が糸を吐くとき琴上の商絃が崩断し、銅山が崩塌すれば洛陽宮中の鐘が自ら鳴る、この類の事は繁多で一々に挙げ尽くし難い。それらは皆幽深自然の理に出て、なぜこのようになるかを知る人はいない。「感」は発動で、「応」は回報で、総じて在先の一方を感とし、在後の一方を応とする。感応は時間の近い事情の間にのみ起こるのではなく、相隔たること久しくして遥かに相感応するものもある。周代に麒麟を猟獲したことが、竟に漢高祖興起の応験となり、漢代に天上に黄星が現れたことが、後に曹操が権力を握る先兆となった。感応の事の範囲は極めて広く、三言両語で説き尽くせるものではない。今の用意はただ義理を解釈するに在るので、大綱を略挙するのみである。
上九曰“亢龍有悔”,何謂也?子曰:“貴而無位,高而無民。”下無陰也。[疏]正義曰:此明上九爻辭也。“子曰貴而無位”者,以上九非位而上九居之,是無位也。“高而無民”者,六爻皆無陰,是無民也。賢人在下位而無輔,賢人雖在下而當位,不為之助。[疏]正義曰:賢人雖在下位,不為之輔助也。
経文は言う。上九の爻辞が「亢龍有悔」と講ずるのは、どういう意味か。孔子は言う。「地位は尊貴だが実位がなく、処境は崇高だが百姓がいない。」王弼注の解釈。これは上九の下に陰爻がないからである。孔穎達の疏、正義は言う。ここは上九の爻辞を闡明する。所謂「子曰貴而无位」は、上九は本来人君の正位ではないのに、上九が偏偏とそこに居するので「无位」と呼ぶ。所謂「高而无民」は、乾卦の六爻がすべて陽爻で、一つの陰爻もなく、陰は百姓を象徴するので「无民」と呼ぶ。経文は続けて言う。賢人は下位に在るが、来たって彼を輔佐しない。王弼注の解釈。賢人は身に下位に処しまた各々位に当たっているが、上九のために力を出すことを肯んじない。孔穎達の疏、正義は言う。賢人は身に下位に居るが、上九の輔佐とならない。
是以動而有悔也。處上卦之極而不當位,故盡陳其闕也。獨立而動物莫之與矣。《乾·文言》首不論“乾”而先說“元”,下乃曰“乾”,何也?夫“乾”者統行四事者也。君子以自強不息,行此四者,故首不論“乾”而下曰“乾、元、亨、利、貞”。餘爻皆說龍,至於九三獨以“君子”為目,何也?夫易者象也。象之所生,生於義也。有斯義,然後明之以其物,故以龍敘“乾”,以馬明“坤”,隨其事義而取象焉。是故初九、九二,龍德皆應其義,故可論龍以明之也。至於九三“乾乾夕惕”,非龍德也,明以君子當其象矣。統而舉之,“乾”體皆龍,別而敘之,各隨其義。
経文は言う。かようなるが故に上九は一たび挙動あれば悔恨を招致する。王弼注の解釈。上九は上卦の頂点に処してまた君位に当たらないので、《文言》はその缺失を悉く陳説する――それは孤立して援なしで、一旦発動すれば、万物に附応しようとする者はいない。王弼は続けて自ら問答を設ける。《乾・文言》は開頭に先ず「乾」を講ぜず先ず「元」を講じ、下文に至って初めて「乾」に説き及ぶ、これは何のためか。なぜなら「乾」は元・亨・利・貞の四つの事を総管統攝するもので、君子は自彊不息をもってこの四徳を践行する。ゆえに開頭には「乾」を論ぜず、下文に至って「乾、元、亨、利、貞」を言うのである。王弼はまた問う。その余の各爻は皆龍をもって象を立てるのに、ただ九三のみが「君子」をもって目を立てるのは、これは何のためか。《易》は本来象を取る書で、象は義理から生出する。先にこの層の義理があり、然る後に或る物象をもってそれを顕明にする。だから龍をもって「乾」を叙説し、馬をもって「坤」を説明するのは、皆各々の事理に随って象を取るのである。ゆえに初九・九二の龍徳は皆爻義に合し、龍を論じて闡明できる。九三の「終日乾乾、夕惕若厲」に至っては、あれはもはや龍の徳性ではないので、改めて君子をもってその物象に充てる。総じて言えば、「乾」の整体は皆龍であり、分けて言えば、各々その義理に随って象を取る。
[疏]“是以動而有悔也”。○正義曰:聖人設戒,居此之時不可動作也。○注“夫乾者統行四事者也”。○正義曰:“夫乾者統行四事者也,君子以自強不息,行此四者”,注意以“乾”為四德之主,《文言》之首,不先說“乾”而先說四德者,故自發問而釋之,以“乾”體當分無功,唯統行此四德之事。行此四德,乃是“乾”之功。故《文言》先說君子以自強不息行此四德者,故先言之,發首不論“乾”也。但能四德既備,“乾”功自成,故下始云“乾元亨利貞”。
孔穎達の疏は「是以動而有悔也」の一句を解説する。○正義は言う。これは聖人の設立した誡辞で、上九という時位に処して、挙動あるべからずの意である。○以下は王弼注の「夫乾者統行四事者也」の一段を解説する。○正義は言う。王弼の講ずる「乾は四つの事を総管統攝するもので、君子は自彊不息をもってこの四徳を践行する」は、「乾」を元・亨・利・貞の四徳の主宰と見る用意である。《文言》の開篇が先ず「乾」を説かず先ず四徳を説くのを、王弼はこれにより自ら発問し再び解答を作る。なぜなら「乾」体は単に本分に就いて言えば併せて功用なく、それはただこの四徳の事を総管統攝するのみである。この四徳を践行し出すことが、初めて「乾」の功用である。だから《文言》は先に君子が自彊不息をもってこの四徳を践行することを説き、先にこの一層を説明白にして、開頭には「乾」を論じない。四徳が斉備すれば、「乾」の功用は自然に成就する。ゆえに下文に至って初めて「乾、元、亨、利、貞」を言うのである。
“潛龍勿用”,下也。“見龍在田”,時舍也。“終日乾乾”,行事也。“或躍在淵”,自試也。“飛龍在天”,上治也。“亢龍有悔”,窮之災也。乾元“用九”,天下治也。此一章全以人事明之也。九,陽也。陽,剛直之物也。夫能全用剛直,放遠善柔,非天下至理,未之能也。故“乾元用九”,則“天下治”也。夫識物之動,則其所以然之理,皆可知也。龍之為德,不為妄者也。潛而勿用,何乎?必窮處於下也。見而在田,必以時之通舍也。以爻為人,以位為時,人不妄動,則時皆可知也。文王明夷,則主可知矣。仲尼旅人,則國可知矣。
経文は言う。「潜龍勿用」は、それが最下位に居するからである。「見龍在田」は、時勢がすでに通達したからである。「終日乾乾」は、事を行うに勤しいことを言う。「或躍在淵」は、自ら試みて前進することを言う。「飛龍在天」は、上位に居して天下を治理することを言う。「亢龍有悔」は、位が尽頭に至って招来する災患を言う。「乾元用九」は、天下が大治を得ることを言う。王弼注の解釈。この一章は完全に人事の角度から六爻を説明する。九は陽数で、陽は剛強正直の物である。完全に剛直を任用し、善く柔媚する者を疎遠擯斥できたのは、天下最高明の道理でなければ能わざる所で、ゆえに「乾元用九」して初めて「天下治」となりうる。王弼はまた言う。事物の活動の規律を認識すれば、その所以然の道理は皆明白に知ることができる。龍の徳性は妄動しないことである。それが潜伏して施用しないのは、なぜか。必ずや最下位に困処しているからである。それが出現して田野に在るのは、必ずや時勢がすでに開通しているからである。爻を人と看做し、位を時勢と看做せば、人はすでに妄動しないので、時勢の好悪は皆推知できる。周文王が《明夷》のような処境に遭遇したとき、当時の君主が如何なる者かは想知できる。孔子が外に羈旅漂泊したとき、魯国が如何なる国かは想知できる。
[疏]“潛龍勿用”至“天下治也”。○正義曰:“此一節是《文言》第三節,說六爻人事所治之義。“潛龍勿用,下也”者,言聖人於此潛龍之時,在卑下也。”見龍在田,時舍”者,舍謂通舍。九二以見龍在田,是時之通舍也。“終日乾乾,行事”者,言行此知至、知終之事也。“或躍在淵,自試”者,言聖人逼近五位,不敢果決而進,唯漸漸自試,意欲前進,遲疑不定,故云“自試”也。“飛龍在天,上治”者,言聖人居上位而治理也。“亢龍有悔,窮之災”者,言位窮而致災,災則悔也,非為大禍災也。“乾元用九,天下治”者,《易經》上稱“用九”,“用九”之文,總是“乾”德。又“乾”字不可獨言,故舉“元”德以配“乾”也。言此“乾元”用九德而天下治。九五止是一爻,觀見事狹,但云“上治”。“乾元”裛包六爻,觀見事闊,故云“天下治”也。
孔穎達の疏は「潜龍勿用」から「天下治也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は《文言》の第三節で、六爻が人事上に処し治める所の義理を講ずる。所謂「潜龍勿用、下也」は、聖人が潜龍というこの時に処して、身に卑下の位に居することを言う。所謂「見龍在田、時舎」の「舎」は通達の義で、九二に見龍在田の象あるは、正に時勢が通達する時である。所謂「終日乾乾、行事」は、前に講じた知至・知終のこれらの事を践行することを言う。所謂「或躍在淵、自試」は、聖人がすでに九五の位に逼近しながら、決然と前進するを敢えてせず、ただ漸々自我を試探し、心の中では前に往かんと思いながら遅疑不定なので、「自試」と呼ぶ。所謂「飛龍在天、上治」は、聖人が上位に居して天下を治理することを言う。所謂「亢龍有悔、窮之災」は、位置が尽頭に至って災患を招致し、災患あれば悔恨あることを言い、何かの大禍大難を言うのではない。所謂「乾元用九、天下治」は、《易経》上で「用九」と称するので、「用九」というこの套の文辞は総じて「乾」の徳性に帰する。しかし「乾」の字はまた孤零零に単説することができないので、「元」の徳を挙げて「乾」に配する。その意はこの「乾元」が九徳を施用して天下が大治することを言う。九五はただの一爻で、観照する事情の面が窄いので、ただ「上治」と言う。「乾元」は六爻を総括し、観照する事情の面が広いので、「天下治」と言う。
○注“此一章全以人事”至“國可知矣”。○正義曰:“此一章全以人事明之”者,下云“陽氣潛藏”,又云“乃位乎天德”,又云“乃見天則”此一章,但云“天下治”,是皆以人事說之也。“夫能全用剛直,放遠善柔,非天下至理,未之能也”者,以”乾元用九”,六爻皆陽,是“全用剛直”。“放遠善柔”,謂放棄善柔之人。善能柔諂,貌恭心狠,使人不知其惡,識之為難。此用九純陽者,是全用剛直,更無餘陰。柔善之人,堯尚病之,故云:“非天下之至理,未之能也”。
○以下は王弼注の「此一章全以人事」から「国可知矣」までの一段を解説する。○正義は言う。王弼の講ずる「この一章は完全に人事をもって説明する」は、次の一章で初めて「陽気潜蔵」「乃位乎天徳」「乃見天則」を説くのに対し、この一章はただ「天下治」を説くので、通篇が皆人事に就いて論を立てることが分かる。王弼がまた講ずる「完全に剛直を任用し善柔の人を疎遠擯斥できるのは、天下最高明の道理でなければ能わない」は、「乾元用九」の時に六爻が皆陽爻で、正に「全用剛直」だからである。所謂「放遠善柔」は、善く柔媚する人を擯棄することを言う。この種の人は柔順諂媚に慣れ、外貌は恭順でありながら内心は狠戻で、人にその邪悪を見抜かせず、最も識別し難い。ここで用九は純粋に陽爻で、すなわち完全に剛直を任用し、更に一点の陰柔の夾雑もない。柔媚の人は帝堯でさえもこれを難としたので、王弼は「天下最高明の道理でなければ、能わない」と言ったのである。
“夫識物之動,則其所以然之理,皆可知”者,此欲明在下龍潛見之義。故張氏云:“識物之動,謂龍之動也。則其所以然之理,皆可知者,謂識龍之所以潛所以見,然此之理皆可知也。”“龍之為德,不為妄者”,言龍靈異於他獸,不妄舉動,可潛則潛,可見則見,是不虛妄也。“見而在田,必以時之通舍”者,經唯云“時舍”也。注云“必以時之通舍”者,則輔嗣以通解舍,“舍”是通義也。初九潛藏不見,九二既見而在田,是時之通舍之義也。“以爻為人,以位為時”者,爻居其位,猶若人遇其時,故“文王明夷,則主可知矣”。主則時也,謂當時無道,故明傷也。“仲尼旅人,則國可知矣”,國亦時也,若見仲尼羈旅於人,則知國君無道,令其羈旅出外。引文王、仲尼者,明龍潛、龍見之義。
孔穎達は引き続き王注を解説する。王弼の講ずる「事物活動の規律を認識すれば、その所以然の道理は皆明白に知ることができる」は、龍の潜・現の義理を闡明しようとするものである。ゆえに張氏は「『識物之動』が指すのは龍の動静であり、『其所以然之理皆可知』は、龍がなぜ潜蔵しなぜ顕現するかを認識すれば、これらの道理は皆明白に知ることができると言う」と言う。王弼の講ずる「龍之為徳、不為妄者」は、龍は他の獣類より霊異で、軽挙妄動せず、潜すべきは潜し、現すべきは現し、絶対に虚妄しないことを言う。王弼の講ずる「見而在田、必以時之通舎」は、経文はただ「時舎」と言うのみだが、注は「必以時之通舎」と説き成す。これにより王弼は「通」の字をもって「舎」の字を解することが分かる。「舎」はすなわち通達の義である。初九は潜蔵して露さず、九二はすでに田野に出現しているので、正に時勢通達の意に合する。王弼の講ずる「以爻為人、以位為時」は、爻が或る位に居することは、人が或る時勢に遇うに譬える、ゆえに「文王明夷、則主可知矣」と言う――「主」はすなわち時勢で、当時の君主が昏暗无道であったので、文王の光明が損傷を受けたことを指す。「仲尼旅人、則国可知矣」と言うのは――「国」もまたすなわち時勢で、孔子が外に寄居漂泊するのを見れば、その国の君主が无道で、彼を羈旅出走に逼ったことが分かる。文王・孔子を引いて例とするのは、正に龍潜・龍現の義理を闡明するためである。
“潛龍勿用”,陽氣潛藏。“見龍在田”,天下文明。“終日乾乾”,與時偕行。與天時俱不息。[疏]“潛龍勿用”至“與時偕行”。○正義曰:此一節是《文言》第四節,明六爻天氣之義。“天下文明”者,陽氣在田,始生萬物,故天下有文章而光明也。“與時偕行”者,此以天道釋爻象也。所以九三乾乾不息,終日自戒者,同於天時,生物不息,言“與時偕行”也。偕,俱也。諸儒以為建辰之月,萬物生長,不有止息,與天時而俱行。若以不息言之,是建寅之月,三陽用事,三當生物之初,生物不息。同於天時生物不息,故言“與時偕行”也。
経文は言う。「潜龍勿用」は、陽気が潜伏隠蔵する時である。「見龍在田」は、天下が文采光明を呈する時である。「終日乾乾」は、天時とともに運行する時である。王弼注の解釈。これは天時と同じく永く停歇しないことである。孔穎達の疏は「潜龍勿用」から「与時偕行」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は《文言》の第四節で、六爻が天時の気に象を取る義理を闡明する。所謂「天下文明」は、陽気が田野の上に昇って、万物を生育し始めるので、天下に文采あって光明煥発することを言う。所謂「与時偕行」は、天道をもって爻象を解釈するもので、九三が勤勉不息し終日自我を警戒する所以は、正に天時が万物を生養して永く停歇しないを效法するので、「与時偕行」と言う。「偕」はすなわち一同・一起である。諸家の儒者はこれを夏暦三月と考え、万物が生長して停まらず、天時とともに運行するという。もし単に「不息」に就いて論を立てれば、夏暦正月を指し、三陽が当令して事を用い、九三は正に生物の初めに当たり、万物を生養して止まず、天時が生物して息まぬと同じなので、「与時偕行」と言う。
“或躍在淵”,乾道乃革。“飛龍在天”,乃位乎天德。“亢龍有悔”,與時偕極。與時運俱終極。[疏]“或躍在淵”至“與時偕極”。○正義曰:“乾道乃革”者,去下體,入上體,故云“乃革”也。“乃位乎天德”者,位當天德之位,言九五陽居於天,照臨廣大,故云“天德”也。“乾元用九”,乃見天則。此一章全說天氣以明之也。九,剛直之物,唯“乾”體能用之,用純剛以觀天,天則可見矣。[疏]正義曰:“乃見天則”者,陽是剛亢之物,能用此純剛,唯天乃然,故云“乃見天則”。
経文は言う。「或躍在淵」は、乾道がここに至って変革することである。「飛龍在天」は、天徳に合する位置に居することである。「亢龍有悔」は、時運とともに尽頭に走り至ることである。王弼注の解釈。これは時運に随ってともに終結窮極することである。孔穎達の疏は「或躍在淵」から「与時偕極」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「乾道乃革」は、九四が下卦を離れ上卦に入るので「乃革」と言う。所謂「乃位乎天徳」は、居する位が正に天徳の位に当たることを言う。九五は陽爻をもって天位に居し、照臨が広大なので、「天徳」と称する。経文はまた言う。「乾元用九」は、そこに上天の法則を顕現する。王弼注の解釈。この一章は完全に天気に就いて六爻を説明する。九は剛強正直の物で、「乾」体のみがこれを施用しうる。純剛の道をもって上天を観察すれば、天の法則は顕見しうる。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「乃見天則」は、陽は剛強高亢の物で、この種の純剛の道を施用できるのは、ただ上天のみが能くする所である。ゆえに「乃見天則」と言う。
“乾元”者,始而亨者也。“利貞”者,性情也。不為“乾元”,何能通物之始?無不性其情,何能久行其正?是故“始而亨者”,必“乾元”也。利而正者,必“性情”也。[疏]“乾元者”至“性情也”。○正義曰:“此一節是第五節,復明上初章及“乾”四德之義也。“乾元者,始而亨者也”,以“乾”非自當分有德,以元、亨、利、貞為德。“元”是四德之首,故夫子恆以“元”配“乾”而言之,欲見乾、元、相將之義也。以有“乾”之元德,故能為物之始而亨通也。此解元、亨二德也。“利貞者,性情也”者,所以能利益於物而得正者,由性制於情也。
経文は言う。所謂「乾元」は、万物の始めを開創しまたこれを亨通せしめる者であり、所謂「利貞」は、本性と情欲の関係を講ずるものである。王弼注の解釈。もし「乾元」でなければ、どうして万物の開端を通達できようか。もし情を本性に合わせることができなければ、どうして長く正道を守ることができようか。ゆえに「開創してまた亨通する」は、必ず「乾元」であり、「利を得てまた端正する」は、必ず本性に依って情欲を制約する。孔穎達の疏は「乾元者」から「性情也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は《文言》の第五節で、再度前文の開頭の一章及び「乾」の四徳の義理を申明する。所謂「乾元者、始而亨者也」は、「乾」が単に自身の本分に就いて言えば併せて別の徳性なく、元・亨・利・貞をもって徳とするからである。「元」は四徳の首なので、孔子はつねに「元」と「乾」を配して言い、乾と元が互相扶持依存する意を顕出しようとする。正に「乾」の元徳あるがゆえに、万物の開端となってこれを亨通せしめることができる。これは元・亨の両徳を解釈する。所謂「利貞者、性情也」は、万物を利益しえまた各々その正を得せしめる所以が、本性をもって情欲を節制するによることを言う。
○注“不為乾元”至“必性情也”。○正義曰:“乾”之元氣,其德廣大,故能遍通諸物之始。若餘卦元德,雖能始生萬物,德不周普,故云“不為乾元,何能通物之始”?其實“坤元”亦能通諸物之始,以此《文言》論“乾元”之德,故注連言“乾元”也。“不性其情,何能久行其正”者,性者天生之質,正而不邪;情者性之慾也。言若不能以性制情,使其情如性,則不能久行其正。
○以下は王弼注の「不為乾元」から「必性情也」までの一段を解説する。○正義は言う。「乾」の元気徳性は広大なので、一切の事物の開端を普遍して通達できる。その余の各卦の元徳に至っては、万物を始めて生育することもできるが、徳性は周遍普及するに足らない。ゆえに王弼は「乾元でなければ、どうして万物の開端を通達できようか」と言う。実は「坤元」もまた衆物の始を通達できるが、ただここの《文言》が「乾元」の徳を論ずるので、注文が連ねて「乾元」と言うのである。王弼の言う「不性其情、何能久行其正」は――「性」は天生の本質で、端正にして邪僻せず、「情」は本性が発出する欲望である。その意は、もし本性をもって情欲を節制し情を本性に復帰せしめることができなければ、長く正道を守住できないことを言う。
其六爻發揮之義,案:《略例》云“爻者,言乎變者也”。故合散屈伸,與體相乖,形躁好靜,質柔愛剛,體與情反,質與原違。是爻者所以明情,故六爻發散,旁通萬物之情。輔嗣之意,以初為無用之地,上為盡末之境。其居位者唯二、三、四、五,故《繫辭》唯論此四爻。初、上雖無正位,統而論之,爻亦始末之位,故《乾·彖》云“六位時成”。二、四為陰位,陰居為得位,陽居為失位;三、五為陽位,陽居為得位,陰居為失位。《略例》云:“陽之所求者陰也,陰之所求者陽也”。一與四,二與五,三與上,若一陰一陽為有應,若俱陰俱陽為無應。此其六爻之大略,其義具於《繫辭》,於此略言之。
孔穎達は続けて六爻の発揮する義理を申論する。王弼の《周易略例》に「爻は変動を講ずる」とあるので、爻には聚合あり離散あり、屈縮あり伸展あり、往々にして卦体の性質と相違背する。形体が躁動する者は反って安静を喜び、禀質が柔弱な者は反って剛強を愛慕し、爻体と爻情が相反し、形質と本原が相違う。これにより爻は正に情実を顕明するために用いられることが分かる。ゆえに六爻が発散すれば、旁通して万物の情に通ずる。王弼の意は、初爻を施用する所なき地と看做し、上爻を窮尽末梢の境と看做し、真に位次を拠有するのは二・三・四・五の四爻のみなので、《繋辞》はただこの四爻を論ずる。初爻と上爻は正位がないが、通盤に論ずれば、それらもまた起始と終末の位次と算えられる。ゆえに《乾・彖》は「六位時成」と言う。二・四は陰位で、陰爻がこれに居れば得位、陽爻がこれに居れば失位である。三・五は陽位で、陽爻がこれに居れば得位、陰爻がこれに居れば失位である。《略例》は言う。「陽の求める所は陰で、陰の求める所は陽である。」初と四、二と五、三と上は両両相対し、もし一方が陰で一方が陽ならば「有応」と呼び、もし両方とも陰あるいは両方とも陽ならば「無応」と呼ぶ。これが六爻の大概で、詳細の義理は皆《繋辞》に具わり、ここではただ略提するのみである。
乾始,能以美利利天下,不言所利,大矣哉!大哉乾乎,剛健中正,純粹精也!六爻發揮,旁通情也。“時乘六龍”,以御天也。“雲行雨施”,天下平也。[疏]“乾始,能以美利”至“天下平也”。○正義曰:“乾始,能以美利利天下,不言所利,大矣哉”者,此復說始而亨、利、貞之義。“乾始”,謂乾能始生萬物,解“元”也。“能以美利利天下”,解“利”也。謂能以生長美善之道,利益天下也。不復說亨、貞者,前文“亨”既連始,“貞”又連利,舉始舉利,則通包亨、貞也。“不言所利,大矣哉”者,若《坤卦》云“利牝馬之貞”,及“利建侯”,“利涉大川”,皆言所利之事。此直云“利貞”,不言所利之事,欲見無不利也。
経文は言う。乾道は万物を開創し、美好の利益をもって天下を利益しえ、しかもその利する所のいずれの一事かを指明しない。これは真に偉大である。偉大なり乾道は、剛強勁健にして中に居り正を得、純粋にして精妙である。六爻が発越揮散して、旁通して万物の情に通ず。「時に按じて六条の龍を駕御する」は、もって上天を統御するためである。「雲気流行、雨沢施布」は、天下がこれにより太平均一する。孔穎達の疏は「乾始、能以美利」から「天下平也」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「乾始、能以美利利天下、不言所利、大矣哉」は、再度「始而亨」と「利貞」の義理を申説するものである。「乾始」は乾が万物を始めて生育しうるを指し、「元」を解釈する。「能以美利利天下」は「利」を解釈し、それが生長美善の道をもって天下を利益しうると言う。更に「亨」と「貞」を別説しないのは、前文が「亨」をすでに「始」に連ねて講じ、「貞」もまた「利」に連ねて講じたので、「始」と「利」を挙げれば、「亨」「貞」を併せてその内に包含するからである。所謂「不言所利、大矣哉」は、《坤卦》の「利牝馬之貞」および「利建侯」「利渉大川」の如く、皆利する所の具体的事を点明する。ここではただ「利貞」と言い、利する所の何事を言わないのは、正にその利せざる所なきを顕出するためである。
非唯止一事而已,故云:“不言所利,大矣哉”。其實此利為無所不利,此貞亦無所不貞,是乾德大也。“大哉乾乎,剛健中正,純粹精”者,此正論乾德,不兼通“元”也。故直云“大哉乾乎,剛健中正”。謂純陽剛健,其性剛強,其行勁健。“中”謂二與五也,“正”謂五與二也,故云“剛健中正”。六爻俱陽,是純粹也。純粹不雜,是精靈,故云“純粹精也”。“六爻發揮,旁通情”者,發謂發越也,揮謂揮散也,言六爻發越揮散,旁通萬物之情也。“時乘六龍,以御天”者,重取《乾·彖》之文,以讚美此乾之義。“雲行雨施,天下平”者,言天下普得其利而均平不偏陂。
孔穎達は続けて言う。乾の利する所は或る一事に限らないので、《文言》は「不言所利、大矣哉」と言う。実はこの「利」は利せざる所なく、この「貞」もまた正しくせざる所なく、正に乾徳の大を見る。所謂「大哉乾乎、剛健中正、純粋精」は、これは単に乾徳に就いて論を立て、更に「元」を兼帯して説かないので、ただ「大哉乾乎、剛健中正」と言う。これは乾が純粋に陽爻で、性情が剛強にして行事が勁健であることを講ずる。「中」は九二と九五が上下卦の中に居るを指し、「正」は九五と九二が各々その位に当たるを指す。ゆえに「剛健中正」と言う。六爻がすべて陽で、これがすなわち「純粋」である。純粋にして夾雑なければ、すなわち精霊にして昧さず、ゆえに「純粋精也」と言う。所謂「六爻発揮、旁通情」は、「発」は発越で、「揮」は揮散で、六爻が発越揮散して旁通して万物の情に通ずることを言う。所謂「時乗六龍、以御天」は、《乾・彖》の中の言葉を重新取用して、もって乾道の義を讃美する。所謂「雲行雨施、天下平」は、天下が普遍して乾の利沢を得て、均平にして周遍であり、偏斜して到らざる所なきことを言う。
君子以成德為行,日可見之行也。潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。[疏]“君子以成德為行”至“君子弗用也”。○正義曰:此一節是《文言》第六節,更復明六爻之義。此節明初九爻辭。周氏云:“上第六節‘乾元者始而亨者也’,是廣明‘乾’與‘四德’之義,此‘君子以成德為行’,亦是第六節,明六爻之義,總屬第六節,不更為第七節。”義或當然也。“君子以成德為行”者,明初九“潛龍”之義,故先開此語也。言君子之人,當以成就道德為行,令其德行彰顯,使人日可見其德行之事,此君子之常也,不應潛隱。所以今日潛者,以時未可見,故須潛也。
経文は言う。君子は道徳を成就することを自己の行事とする。この行事は人に日々見えるようにせねばならない。「潜」という字に至っては、徳がなお幽隠にして未だ顕現せず、事功もまだ成就していないので、君子はしばらく施用しない。孔穎達の疏は「君子以成徳為行」から「君子弗用也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は《文言》の第六節で、再度六爻の義理を申明する。本節が講ずるのは初九の爻辞である。周氏は言う。「上の第六節『乾元者、始而亨者也』は、広く『乾』と四徳の義理を闡明する。ここの『君子以成徳為行』もまた第六節に属し、六爻の義を講じ、皆第六節に帰入して、別に第七節を立てない。」この説は恐らく正しい。所謂「君子以成徳為行」は、初九「潜龍」の意を闡明しようとするので、先にこの一句を説いて引子とする。君子の人たるは、道徳を成就することを自己の行事とすべきで、徳行を昭彰顕著にして、人をして日々その徳行の事を見えるようにせねばならない。これこそ君子の常態で、本来潜蔵隠匿すべきではない。今潜蔵する所以は、時機がまだ顕現を容さないからで、ゆえに必ず潜蔵せねばならない。
“潛之為言也,隱而未見,行而未成”,此夫子解“潛龍”之義。此經中“潛龍”之言,是德之幽隱而未宣見,所行之行未可成就。“是以君子弗用”者,德既幽隱,行又未成,是君子於時不用,以逢眾陰,未可用也。周氏云:“德出於己,在身內之物,故云:‘成’;行被於人,在外之事,故云為‘行’。”下又即云“行而未成”,是行亦稱成。周氏之說,恐義非也。“成德為行”者,言君子成就道德以為其行。其“成德為行”,未必文相對。
孔穎達は続けて言う。「潜之為言也、隠而未見、行而未成」は、これは孔子が「潜龍」の意を解釈するものである。経文の言う「潜龍」は、徳がなお幽深に隠匿して未だ宣露顕現せず、為す所の事もまだ成就しえないことを指す。所謂「是以君子弗用」は、徳がすでに幽隠で、事もまた未成なので、君子はこの時に任用されない。その上に遇う所は皆衆多の陰爻で、まだ用うべきの時でない。周氏は言う。「徳は自身から発し、身内の物なので『成』と言い、行は他人に施加し、身外の事なので『行』と呼ぶ。」しかし下文は緊接してまた「行而未成」と言うので、「行」もまた「成」と称しうることが分かる。周氏の説法は恐らく本義に合わない。所謂「成徳為行」は、君子が道徳を成就し、それを自己の行事とすることを言う。この「成徳」と「為行」は、必ずしも文字上工致に相対する二項ではない。
君子學以聚之,問以辯之,以君德而處下體,資納於物者也。[疏]正義曰:此復明九二之德。“君子學以聚之”者,九二從微而進,未在君位,故且習學以畜其德。“問以辯之”者,學有未了,更詳問其事,以辯決於疑也。
経文は言う。君子は学習によって学識を積聚し、請教によって疑難を弁析する。王弼注の解釈。九二はすでに人君の徳を具えながら身に下卦に処し、正に虚心して資を取り衆を納れる時である。孔穎達の疏、正義は言う。ここは再度九二の徳性を申明する。所謂「君子学以聚之」は、九二が微賤の中から逐歩上進し、まだ君位に登らないので、姑らく学習に勤め、自己の徳性を蓄積する。所謂「問以弁之」は、学習の中に明白でない所があれば、更に進んでその中の事理を詳しく請教し、疑惑を弁別決断して清楚にすることを言う。
寬以居之,仁以行之。《易》曰“見龍在田,利見大人”,君德也。[疏]正義曰:“寬以居之”者,當用寬裕之道,居處其位也。“仁以行之”者,以仁恩之心,行之被物。“《易》曰‘見龍在田,利見大人’,君德”者,既陳其德於上,然後引《易》本文以結之。《易》之所云是君德,“寬以居之,仁以行之”是也。但有君德,未是君位。
経文は言う。寛厚の道をもって自ら処し、仁愛の心をもって事を行う。《周易》に「見龍在田、利見大人」とあるのは、講ずる所は正に人君の徳である。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「寛以居之」は、寛和裕如の態度をもってその位置に居処すべきことを言う。所謂「仁以行之」は、仁厚恩惠の心をもって人に施行することを言う。所謂「《易》曰『見龍在田、利見大人』、君徳也」は、先に上文に九二の徳性を陳述し、それから《周易》の本文を引いて総結を作るものである。《易》の言う所は正に人君の徳で、すなわち「寛以居之、仁以行之」の二句である。ただし九二はただ人君の徳を具えるのみで、まだ人君の位に登っていない。
九三,重剛而不中,上不在天,下不在田。故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。[疏]“九三”至“無咎矣”。○正義曰:此明九三爻辭。上之初九、九二皆豫陳其德於上,不發首雲初九、九二,此九三、九四,則發首先言九三、九四;其九五全不引《易》文,上九則發首云“亢之為言”也。上下不為例者,夫子意在釋經,義便則言,以潛見須言其始,故豫張本於上。三、四俱言“重剛不中”,恐其義同,故並先雲爻位並重剛不中之事。九五前章已備,故不復引《易》,但云“大人”也。上九亦前章備顯,故此直言“亢之為言”也。案:初九云“潛之為言”,上爻云“亢之為言”,獨二爻云“言”者,褚氏以初、上居無位之地,故稱言也;其餘四爻是有位,故不云“言”,義或然也。
経文は言う。九三は陽爻をもって陽位に居り両剛が相畳み、また中位に居らず、上に向かっては天位に及ばず、下に向かってはすでに田位を離れている。ゆえに終日勤勉して懈らず、時に順って戒惧し、危境に処すると雖も過ちはない。孔穎達の疏は「九三」から「无咎矣」までの一段を解説する。○正義は言う。ここは九三の爻辞を闡明する。上文が初九・九二を講ずる時は、皆予めその徳性を前に陳述して、開頭には「初九」「九二」を標出しない。ここに至って九三・九四を講ずる時は、開頭に先ず「九三」「九四」を標出する。九五の一段は全く《易》の爻辞を引かず、上九の一段は開頭に「亢之為言」と言う。前後の体例が一律でないのは、孔子の意が経義を解釈するに在るので、どのように便利なればどのように言う。即ち「潜」と「見」を講ずるには必ず先ずその開端を説かねばならないので、予め上文に張本する。三・四の両爻は皆「重剛而不中」と言うが、人をして二者の義理が相同と誤認せしめるを畏れるので、皆先ず爻位及び重剛不中の情形を標出する。九五は前の一章で説くことすでに完備なので、更に《易》文を引かず、ただ「大人」を言うのみである。上九もまた前章で説明が明白なので、ここでは径直に「亢之為言」と言う。また按ずるに、初九は「潜之為言」と言い、上九は「亢之為言」と言い、ただこの二爻のみが「言」の字を用いる。褚氏は初・上の両爻が正位なき地に処するので「言」と称し、その余の四爻は皆位あるので「言」と言わないと考える――この解釈は恐らく正しい。
“重剛”者,上下俱陽,故“重剛”也。“不中”者,不在二、五之位,故“不中”也。“上不在天”,謂非五位;“下不在田”,謂非二位也。“故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣”者,居危之地,以“乾乾夕惕”,戒懼不息,得“無咎”也。
孔穎達は続けて逐句爻辞を解く。所謂「重剛」は、九三の上下両爻が皆陽なので「重剛」と呼ぶ。所謂「不中」は、それが二・五という居中的位にあらないので「不中」と呼ぶ。所謂「上不在天」は、それが第五爻の天位ではないを指す。「下不在田」は、それが第二爻の田位ではないを指す。所謂「故乾乾因其時而惕、雖危无咎矣」は、九三が危険の地に身を処して、「終日乾乾、夕惕若厲」をもって戒惧して息まぬゆえに、過ちがないことを言う。
九四,重剛而不中,上不在天,下不在田,中不在人,故或之。或之者,疑之也,故無咎。[疏]“九四”至“故無咎”。正義曰:此明九四爻辭也。其“重剛不中,上不在天,下不在田”,並與九三同也。“中不在人”者,三之與四,俱為人道。但人道之中,人下近於地,上遠於天,九三近二,是下近於地,正是人道,故九三不云“中不在人”。九四則上近於天,下遠於地,非人所處,故特云“中不在人”。“故或之”者,以其上下無定,故心或之也。“或之者,疑之也”者,此夫子釋經“或”字。經稱“或”是疑惑之辭,欲進欲退,猶豫不定,故疑之也。九三中雖在人,但位卑近下,向上為難,故危惕,其憂深也。九四則陽德漸盛,去五彌近,前進稍易,故但疑惑,憂則淺也。
経文は言う。九四も同じく両剛が相畳み中位に居らず、上に向かっては天位に及ばず、下に向かっては田位を離れ、中に居ってはまた人位にあらない。ゆえに「或」と言う。所謂「或」はすなわち疑惑不定で、ただその疑いて慎重なるがゆえに、過ちがない。孔穎達の疏は「九四」から「故无咎」までの一段を解説する。正義は言う。ここは九四の爻辞を闡明する。その「重剛不中、上不在天、下不在田」は、皆九三と同じである。所謂「中不在人」は、三爻と四爻は同じく人道に属するが、人道の中で、人は下に向かっては地に近づき、上に向かっては天に遠ざかる。九三は九二に挨り、正に下に向かって地に近づくので、恰も人道に合する。ゆえに九三の所では「中不在人」を言わない。九四は上に向かっては天位に挨近し、下に向かっては地位に遠離するので、人の居処する地ではない。ゆえに特に「中不在人」と言う。所謂「故或之」は、それが上下に定まる所なく、心が游移不定だからである。所謂「或之者、疑之也」は、これは孔子が経文の中の「或」の字を解釈するものである。経文の言う「或」は疑惑を表す詞で、進まんと欲しまた退かんと欲して猶豫不決なので、「疑」と呼ぶ。九三は中に居って人道に在るが、位次が卑下して底層に近づき、上に向かって走ること甚だ難いので、危惧警惕して憂慮が甚だ深い。九四は陽徳が漸々旺盛で、九五に離れること愈々近く、前進が稍微容易なので、ただ疑惑するのみで、憂慮はやや浅い。
夫大人者,與天地合其德,與日月合其明,與四時合其序,與鬼神合其吉凶。先天而天弗違,後天而奉天時。天且弗違,而況於人乎?況於鬼神乎?[疏]“夫大人者”至“況於鬼神乎”。○正義曰:此明九五爻辭。但上節明大人與萬物相感,此論大人之德,無所不合,廣言所合之事。“與天地合其德”者,莊氏云:“謂覆載也”。“與日月合其明”者,謂照臨也。“與四時合其序”者,若賞以春夏,刑以秋冬之類也。“與鬼神合其吉凶”者,若福善禍淫也。“先天而天弗違”者,若在天時之先行事,天乃在後不違,是天合大人也。“後天而奉天時”者,若在天時之後行事,能奉順上天,是大人合天也。“天且弗違,而況於人乎,況於鬼神乎”者,夫子以天且不違,遂明大人之德,言尊而遠者尚不違,況小而近者可有違乎?況於人乎?況於鬼神乎?
経文は言う。所謂大人は、その徳性は天地と合し、その光明は日月と合し、その施政の次序は四時と合し、その判定する吉凶は鬼神と合する。彼が天時に先んじて事を行えば上天も彼に違わず、天時に後れて事を行えば彼は天道を奉行できる。上天なおかつ彼に違わないのだから、況んや人に於いてをや、況んや鬼神に於いてをや。孔穎達の疏は「夫大人者」から「況於鬼神乎」までの一段を解説する。○正義は言う。ここは九五の爻辞を闡明する。上の一節が講ずるのは大人と万物が互相感応することで、この一節は大人の徳が合せざる所なきを論じ、広くその契合する事を列挙する。所謂「与天地合其徳」は、荘氏が「天覆地載の徳性を指す」と言う。所謂「与日月合其明」は、普遍して照臨することを指す。所謂「与四時合其序」は、春夏に賞を行い秋冬に刑を用いる類のごときである。所謂「与鬼神合其吉凶」は、善人に福を降し淫邪の人に禍を降す類のごときである。所謂「先天而天弗違」は、彼が天時の前に事を行い、上天が後に随って違わないことを言い、これは天が来て大人に合することである。所謂「後天而奉天時」は、彼が天時の後に事を行い、上天を奉順しえることを言い、これは大人が往きて天に合することである。所謂「天且弗違、而況於人乎、況於鬼神乎」は、孔子が上天なおかつ違わないこの一点から、進んで大人の徳性を闡明するものである。尊貴にして疏遠なる上天なおかつ彼に違わないのだから、況んやあの卑小にして切近なる者をや。況んや人をや。況んや鬼神をや。
“亢”之為言也,知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知喪。其唯聖人乎!知進退存亡,而不失其正者,其唯聖人乎![疏]“亢之為言也”至“其唯聖人乎”。○正義曰:此明上九之義也。“知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知喪”者,言此上九所以亢極有悔者,正由有此三事。若能三事備知,雖居上位,不至於“亢”也。此設誡辭。莊氏云:“進退據心,存亡據身,得喪據位。”“其唯聖人乎,知進退存亡”者,言唯聖人乃能“知進退存亡”也。何不云得喪者,得喪輕於存亡,舉重略輕也。“而不失其正者,其唯聖人乎”者,聖人非但只知進退存亡,又能不失其正道,其唯聖人乎!此經再稱“其唯聖人乎”者,上稱“聖人”為“知進退存亡”發文,下稱“其唯聖人乎”者,為“不失其正”發文,言“聖人”非但“知進退存亡”,又能“不失其正”,故再發“聖人”之文也。
経文は言う。「亢」という字は、ただ前進を知って後退を知らず、ただ生存を知って滅亡を知らず、ただ獲得を知って喪失を知らぬことを言う。これを免れる者は、殆ど聖人のみであろうか。進退存亡の道理を懂って、またその正道を失わざる者は、殆ど聖人のみであろうか。孔穎達の疏は「亢之為言也」から「其唯聖人乎」までの一段を解説する。○正義は言う。ここは上九の義理を闡明する。所謂「知進而不知退、知存而不知亡、知得而不知喪」は、上九が高亢極点に至って悔恨を生ずる所以が、正にこの三条を犯したによる。もしこの三条を皆懂れば、身に上位に居ると雖も、「亢」に至らない。これは設立した誡辞である。荘氏は言う。「進退は心意に就いて言い、存亡は自身に就いて言い、得喪は位置に就いて言う。」所謂「其唯聖人乎、知進退存亡」は、聖人のみが進退存亡を懂ることができるを言う。なぜ「得喪」を挙げないか。得喪は存亡より分量が軽いので、重きを挙げれば軽きを省略するからである。所謂「而不失其正者、其唯聖人乎」は、聖人はただ進退存亡を懂るのみならず、また正道を失わないことができる。これは殆ど聖人のみが能くする所であろう。経文は二度「其唯聖人乎」と言う。上の句は「知進退存亡」を承けて発し、下の句は「不失其正」を承けて発する。その意は聖人がただ進退存亡を懂るのみならず、更にその正を失わないので、二度「聖人」を点出する。
坤卦
坤下坤上。坤:元、亨,利牝馬之貞。坤,貞之所利,利於牝馬也。馬在下而行者也,而又牝焉,順之至也。至順而後乃“亨”,故唯利於“牝馬之貞”。[疏]“坤:元、亨,利牝馬之貞”。○正義曰:此一節是文王於坤卦之下陳坤德之辭。但乾、坤合體之物,故乾後次坤,言地之為體,亦能始生萬物,各得亨通,故云“元亨”與乾同也。“利牝馬之貞”者,此與乾異。乾之所貞,利於萬事為貞,此唯云“利牝馬之貞”,“坤”是陰道,當以柔順為貞正,借柔順之象,以明柔順之德也。牝對牝為柔,馬對龍為順,還藉此柔順以明柔道,故云“利牝馬之貞”。“牝馬”,外物自然之象,此亦聖人因“坤元亨,利牝馬之貞”自然之德以垂教也。不云牛而云馬者,牛雖柔順,不能行地無疆,以見“坤”廣生之德,馬雖比龍為劣,所而亦能廣遠,象地之廣育。
経文は言う。坤卦は下体が坤で上体も坤である。坤は元始し、亨通し、母馬のような貞正に利あり。王弼注の解釈。坤が貞守して利を得る所は、母馬に在る。馬は地上を行く牲畜で、また母で、柔順の極である。至って柔順ならば然る後に亨通しうるので、ただ「母馬の貞正」に利あり。孔穎達の疏は「坤、元、亨、利牝馬之貞」の一句を解説する。○正義は言う。この一節は周文王が坤卦の下に坤徳を陳説する辞句である。乾と坤は本来一体を合成する一対なので、乾卦の後に緊接して坤卦がくる。大地は形体として、万物を始めて生育し、それらを各々亨通せしめることができる。ゆえに「元亨」と言い、乾卦と同じである。所謂「利牝馬之貞」は、この点が乾卦と異なる。乾の貞守する所は万事に利して正となるが、ここではただ「利牝馬之貞」と言う。それは「坤」が陰道に属し、柔順をもって貞正とすべきので、柔順の物象を借りて柔順の徳を闡明する。牝は牡に対して柔であり、馬は龍に対して順である。正にこの柔順を借りて柔道を闡明するので、「利牝馬之貞」と言う。「牝馬」は外界事物の自然の象で、これもまた聖人が「坤元亨、利牝馬之貞」という自然の徳に依拠して教化を設立するものである。牛と言わず馬と言うのは、牛は柔順だが、遠きに届かざるなきほど大地を行走することができないので、「坤」の広く万物を生ずる徳を顕出するに足らない。馬は龍に比べればやや遜るが、行くこともまた広遠で、正に大地が広く万物を育てるを象徴できる。
○注“至順而後乃亨”至“唯利於牝馬之貞”。○正義曰:“至順而後乃亨,故唯利於牝馬之貞”者,案:牝馬是至順,“牝馬”在“元亨”之下,在“貞”之上,應雲至順而後乃貞。今云“至順而後乃亨”,倒取上文者,輔嗣之意,下句既云“牝馬之貞”,避此“貞”文,故云“乃亨”。但亨、貞相將之物,故云至順之“貞”,亦是至順之“亨”。此“坤”德以牝馬至順乃得貞也。下文又云“東北喪朋”,去陰就陽,乃得貞吉。上下義反者,但易含萬象,一屈一伸。此句與“乾”相對,不可純剛敵“乾”,故“利牝馬”。下句論凡所交接,不可純陰,當須剛柔交錯,故“喪朋吉”也。
○以下は王弼注の「至順而後乃亨」から「唯利於牝馬之貞」までの一段を解説する。○正義は言う。王弼の講ずる「至って柔順ならば然る後に亨通するので、ただ母馬の貞正に利あり」――按ずるに、母馬は至順を代表し、しかも「牝馬」の二字は「元亨」の下「貞」の上に在るので、文序に照らせば本来「至順而後乃貞」と言うべきである。今はかえって「至順而後乃亨」と言うのは、倒れて上文を承けるので、これは王弼の用意である。下句がすでに「牝馬之貞」と言うので、この「貞」の字の重出を避けるため、改めて「乃亨」と言う。しかし亨と貞は本来互いに帯挈する一対なので、至順の「貞」と言えば、すなわち至順の「亨」でもある。これは「坤」徳が母馬のような至順に頼って初めて貞を得ることを講ずる。下文はまた「東北喪朋」と言う。これは陰を離れて陽に趨就して、初めて貞正吉祥を得る。上下両処の義理は看て相反するようだが、それは《易》が万象を包含し、屈あり伸ありだからである。この一句は「乾」と相対して言うもので、坤は純剛をもって「乾」と抗衡してはならない。ゆえに「利牝馬」と言う。下の一句は外物と交接する道を論ずるもので、純陰では不可で、必ず剛柔が交錯せねばならない。ゆえに「喪朋」を吉とする。
君子有攸往,先迷後得,主利。西南得朋,東北喪朋,安貞吉。西南致養之地,與“坤”同道者也,故曰“得朋”。東北反西南者也,故曰“喪朋”。陰之為物,必離其黨,之於反類,而後獲安貞吉。[疏]“君子有攸往”至“安貞吉”。○正義曰:“君子有攸往”者,以其柔順利貞,故君子利有所往。“先迷後得,主利”者,以其至柔,當待唱而後和。凡有所為,若在物之先即迷惑,若在物之後即得主利,以陰不可先唱,猶臣不可先君,卑不可先尊故也。“西南得朋”者,此假象以明人事。西南坤位,是陰也,今以陰詣陰乃得朋,俱是陰類,不獲吉也。猶人既懷陰柔之行,又向陰柔之方,是純陰柔弱,故非吉也。
経文は言う。君子が往く所有れば、前頭に抢せば道に迷い、後に跟従すれば得る所有り、利を得るに主る。西南に往けば朋類を得、東北に往けば朋類を喪う。貞正に安んずれば吉祥。王弼注の解釈。西南は生養を招致する方位で、「坤」と同道なので「得朋」と言う。東北は西南と相反するので「喪朋」と言う。陰という物は、必ず自己の党類を離れ、自己と相反する類に向かって然る後に安貞の吉を獲得できる。孔穎達の疏は「君子有攸往」から「安貞吉」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「君子有攸往」は、坤が柔順にして貞正に利するので、君子は往く所有るに利する。所謂「先迷後得、主利」は、坤が至って柔弱なので、相手が倡導して然る後に応和すべきである。およそ作為あるは、もし他人の前頭に抢せば迷惑し、もし他人の後頭に跟従すれば主導の利を得る。これは陰は先行して倡導すべからずで、臣子が君主の先に抢すべからず、卑者が尊者の先に抢すべからざるに譬える。所謂「西南得朋」は、これは卦象を借りて人事を説明するものである。西南は坤の方位で、陰に属する。今陰をもって陰に往赴するは、朋類を得ると雖も、同じく陰類で、吉祥を獲得しえない。譬えば一人が本来陰柔の品行を懐いて、また陰柔の方位に向かって走れば、純粋に陰柔怯弱で、ゆえに不吉である。
“東北喪朋,安貞吉”者,西南既為陰,東北反西南,即為陽也。以柔順之道,往詣於陽,是喪失陰朋,故得安靜貞正之吉,以陰而兼有陽故也。若以人事言之,象人臣離其黨而入君之朝,女子離其家而入夫之室。莊氏云:“‘先迷後得主利’者,唯據臣事君也。得朋、喪朋,唯據婦適夫也”。其褊狹,非復弘通之道。
孔穎達は続けて言う。所謂「東北喪朋、安貞吉」は、西南はすでに陰に属し、東北は西南と相反するので、陽に属する。柔順の道をもって往きて陽剛に趨就するのは、これは陰の朋類を喪失するので、安静貞正の吉祥を得ることができる。正に身が陰でありながらまた陽を兼ねる縁故である。もし人事をもって比方すれば、人臣が自己の私党を脱して君主の朝廷に入り、女子が自己の娘家を離れて夫の居室に入るようなものである。荘氏は言う。「『先迷後得主利』はただ臣下が君主に事奉するに就いて言い、『得朋』『喪朋』はただ婦人が夫に嫁ぐに就いて言う。」この講法はあまりに狭隘で、通達周遍の道理ではない。
○注“西南致養之地”至“後獲安貞吉”。○正義曰:坤位居西南。《說卦》云:“坤也者,地也,萬物皆致養焉。”“坤”既養物,若向西南,“與坤同道”也。“陰之為物,必離其黨,之於反類,而後獲安貞吉”者,若二女同居,其志不同,必之於陽,是之於反類,乃得吉也。凡言朋者,非唯人為其黨,性行相同,亦為其黨。假令人是陰柔而之剛正,亦是離其黨。
○以下は王弼注の「西南致養之地」から「後獲安貞吉」までの一段を解説する。○正義は言う。坤の方位は西南にある。《説卦》は言う。「坤はすなわち地で、万物は皆ここで養育を得る。」「坤」はすでに万物を養育するので、西南に向かって走ることは、すなわち「坤と同道」である。王弼の講ずる「陰という物は、必ず自己の党類を離れ、自己と相反する類に向かって然る後に安貞の吉を獲得できる」は、譬えば二人の女子が一処に同住しても、心志が各々同じでなく、必ず陽剛に向かって初めて相反する類に向かうので、そこに吉を得るようなものである。およそ「朋」と言うのは、人のみが党類と算えられるのではなく、凡そ性情品行が相同しい者も皆党類と算える。仮に一人が本来陰柔でありながら剛正に転向すれば、それもすなわち自己の党類を離れたことになる。
《彖》曰:至哉坤元!萬物資生,乃順承天,坤厚載物,德合無疆。含弘光大,品物咸亨,牝馬地類,行地無疆。地之所以得“無疆”者,以卑順行之故也。乾以龍御天,坤以馬行地。[疏]“《彖》曰”至“行合無疆”。○正義曰:“至哉坤元”至“德合無疆”,此五句總明坤義及二德之首也。但“元”是坤德之首,故連言之,猶乾之“元”德,與乾相通共文也。“至哉坤元”者,嘆美坤德,故云“至哉”。“至”謂至極也,言地能生養至極,與天同也。但天亦至極,包籠於地,非但至極,又大於地。故《乾》言“大哉”,《坤》言“至哉”。
経文は言う。《彖伝》が講ずる。極まりたるかな坤元。万物はそれに依拠して生成し、それは上天に順承する。大地は深厚にして万物を承載し、徳性は無辺無際に契合する。それは博厚を包含し、光輝盛大で、各類の事物は皆これにより亨通する。母馬は地類に属し、大地を行走して疆界がない。王弼注の解釈。大地が「无疆」でありうる所以は、それが卑下柔順の方式で運行するからである。乾は龍をもって上天を統御し、坤は馬をもって大地を行走する。孔穎達の疏は「《彖》曰」から「行地无疆」までの一段を解説する。○正義は言う。「至哉坤元」から「徳合无疆」までのこの五句は、総じて坤の義理及び元・亨の二徳の首を闡明する。「元」は坤徳の首なので、連ねてともに言う。乾の「元」の徳が乾と相通じ一段の文字を共用するに同じである。所謂「至哉坤元」は、坤徳を讃嘆するので「至哉」と言う。「至」は極至の意で、大地が生養して極点に至り、天と同じことを言う。しかし天もまた極至で、しかも地を籠罩包容し、ただ極至のみならず、また地よりも大きい。ゆえに《乾卦》は「大哉」と言い、《坤卦》は「至哉」と言う。
“萬物資生”者,言萬物資地而生。初稟其氣謂之始,成形謂之生。“乾”本氣初,故云“資始”,“坤”據成形,故云“資生”。“乃順承天”者,“乾”是剛健能統領於天,“坤”是陰柔以和順承平於天。“坤厚載物,德合無疆”者,以其廣厚,故能載物,有此生長之德,合會無疆。凡言“無疆”者,其有二義,一是廣傳無疆,二是長久無疆也。自此已上,論“坤元”之氣也。
孔穎達は続けて言う。所謂「万物资生」は、万物が大地に依拠して生成することを言う。最初に気を禀受するを「始」と言い、凝って形体を成すを「生」と言う。「乾」は気の初起に着眼するので「资始」と言い、「坤」は形体の成就に着眼するので「资生」と言う。所謂「乃順承天」は、「乾」は剛強勁健で、上天を統領でき、「坤」は陰柔和順で、天に承奉平順する。所謂「坤厚載物、徳合无疆」は、大地が広博深厚なので、万物を承載しうる。このような生長の徳があれば、正に無辺無際に契合する。およそ「无疆」と言うのは、二層の意思を含む。一は広遠にして辺際なく、二は長久にして窮尽しない。以上のこれらは、皆「坤元」の気を講ずるものである。
“含弘光大,品物咸亨”者,包含以厚,光著盛大,故品類之物,皆得亨通。但“坤”比“元”,即不得大名,若比眾物,其實大也,故曰“含弘光大”者也。此二句釋“亨”也。“牝馬地類,行地無疆”者,以其柔順,故云“地類”,以柔順為體,終無禍患,故“行地無疆”不復窮已。此二句釋“利貞”也。故上文云“利牝馬之貞”是也。
孔穎達は続けて言う。所謂「含弘光大、品物咸亨」は、大地が博厚を包容し、光輝が顕著盛大なので、各類の事物が皆亨通しうることを言う。「坤」はもし「元」と比べれば、「大」の字に及ばない。しかし衆物と比べれば、それは実に大きい。ゆえに「含弘光大」と言う。この二句は「亨」を解釈する。所謂「牝馬地類、行地无疆」は、母馬が柔順なので、それが地類に属すると言う。柔順を本体として、終に禍患がないので、「行地无疆」を能くし、永く窮尽しない。この二句は「利貞」を解釈し、すなわち上文の言う「利牝馬之貞」である。
柔順利貞,君子攸行,先迷失道,後順得常。“西南得朋”,乃與類行。“東北喪朋”,乃終有慶。“安貞”之吉,應地無疆。地也者,形之名也。“坤”也者,用地者也。夫用雄必爭,二主必危,有地之形,與剛健為耦,而以永保無疆,用之者不亦至順乎?若夫行之不以“牝馬”,利之不以“永貞”,方而又剛,柔而又圓,求安難矣。
経文は言う。柔順にして貞正に利あり、これは君子の奉行すべき所である。前頭に抢せば正道を迷い、後に随順すれば常理を得る。「西南得朋」は、同類と一道に前行することである。「東北喪朋」は、最終的に福慶あることである。「安貞」の吉祥は、正に大地の無辺無際に応合する。王弼注の解釈。「地」は形体に就いて言う名称で、「坤」は大地を運用するあの徳性である。およそ強を逞しくし雄を称すれば必ず争闘を招致し、二つの主宰が並立すれば必ず危険を招致する。大地のような形体があり、剛健の天と一対を配成し、よって永く无疆を保つことができる。このように大地を運用するのは、至って柔順な者でなくして何か。行事にもし「牝馬」の柔順を用いず、利を取るにもし「永貞」の剛正に依らなければ、それは形体が方正でありながら性情がまた剛強となり、あるいは性情が柔順でありながら形体がまた円滑となる。安寧を求めようとしても難しい。
[疏]“柔順利貞”至“應地無疆”。○正義曰:“柔順利貞,君子攸行”者,重釋“利貞”之義,是君子之所行,兼釋前文“君子有攸往”。“先迷失道”者,以陰在是之先,失其為陰之道。“後順得常”者,以陰在物之後,陽唱而陰和,人得“主利”,是“後順得常”。“西南得朋,乃與類行”者,以陰而造坤位,是乃與類俱行。“東北喪朋,乃終有慶”者,以陰而詣陽,初雖離群,乃終久有慶善也。“安貞之吉,應地無疆”者,安謂安靜,貞謂貞正,地體安靜而貞正,人若得靜而能正,即得其吉,應合地之無疆,是慶善之事也。
孔穎達の疏は「柔順利貞」から「応地无疆」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「柔順利貞、君子攸行」は、「利貞」の義理を重新解釈し、これが君子の奉行すべき所であると言い、同時に前文の「君子有攸往」をも解釈した。所謂「先迷失道」は、陰が事情の先に抢するので、陰としての本分を失う。所謂「後順得常」は、陰が事物の後に処し、陽が倡導して陰が応和するので、人はこれにより「主利」を得る。これが「後順得常」である。所謂「西南得朋、乃与類行」は、陰の身分をもって坤位に向かって走るので、正に同類と一道に前行する。所謂「東北喪朋、乃終有慶」は、陰の身分をもって陽に向かって走り、起初は同群を離れたが、最終的に長く福慶がある。所謂「安貞之吉、応地无疆」は、「安」は安静で、「貞」は貞正である。大地の体は安静にして貞正で、人がもし安静にして正を守ることができれば、吉祥を得ることができる。正に大地の無辺無際に応合し、これは福慶ある事である。
○注“行之不以牝馬”至“求安難矣”。○正義曰:“行之不以牝馬”,牝馬謂柔順也。“利之不以永貞”,永貞謂貞固剛正也,言坤既至柔順,而利之即不兼剛正也。“方而又剛”者,言體既方正,而性又剛強,即太剛也。所以須“牝馬”也。“柔而又圓”者,謂性既柔順,體又圓曲,謂太柔也,故須“永貞”也。若其坤無牝馬,又無永貞,求安難矣。云“永貞”者,是下“用六”爻辭也。“東北喪朋”,去陰就陽,是利之永貞。
○以下は王弼注の「行之不以牝馬」から「求安難矣」までの一段を解説する。○正義は言う。王弼の言う「行之不以牝馬」の「牝馬」は柔順を指す。「利之不以永貞」と言うのは、「永貞」は貞固剛正を指す。その意は、坤はすでに至って柔順なので、それが利を取るには同時に剛正を兼ねることができない。所謂「方而又剛」は、形体がすでに方正でありながら性情がまた剛強であれば、それは剛に過ぎる。ゆえに必ず「牝馬」の柔順をもって調剤せねばならない。所謂「柔而又円」は、性情がすでに柔順でありながら形体がまた円転委曲であれば、それは柔に過ぎる。ゆえに必ず「永貞」の剛正をもって支撑せねばならない。もし坤が牝馬の柔もなく、また永貞の正もなければ、安寧を求めようとしても難しい。ここで言う「永貞」は、すなわち下文の「用六」の爻辞である。所謂「東北喪朋」は、陰を離れて陽に趨就し、正に「利之永貞」である。
《象》曰:地勢坤。地形不順,其勢順。[疏]正義曰:地勢方直,是不順也。其勢承天,是其順也。君子以厚德載物。[疏]正義曰:君子用此地之厚德容載萬物。言“君子”者,亦包公卿諸侯之等,但“厚德載物”,隨分多少,非如至聖載物之極也。
経文は言う。《象伝》が講ずる。大地の形勢は坤の柔順を体現する。王弼注の解釈。大地の形体は自体は柔順ではないが、その態勢は柔順である。孔穎達の疏、正義は言う。大地の形体は方正平直で、この一点に就いて言えば順ではない。しかしその態勢は上天を承奉するので、この一点に就いて初めて順である。経文は続けて言う。君子はそれを效法して、深厚の徳性をもって万物を承載する。孔穎達の疏、正義は言う。君子は大地のこの種の深厚の徳を取用して、万物を容納承載する。ここで「君子」と言うのは、公卿諸侯のこれらの人をもその内に包む。ただし彼らの「厚徳載物」は各々分位に随って多少があり、至聖の人のように万物を承載して極致に達するようではない。
初六:履霜,堅冰至。始於履霜,至於堅冰,所謂至柔而動也剛。陰之為道,本於卑弱而後積著者也,故取“履霜”以明其始。陽之為物,非基於始以至於著者也,故以出處明之,則以初為潛。[疏]“初六:履霜,堅冰至”。○正義曰:初六陰氣之微,似若初寒之始,但履踐其霜,微而積漸,故堅冰乃至。義所謂陰道,初雖柔順,漸漸積著,乃至堅剛。凡易者象也,以物象而明人事,若《詩》之比喻也。
経文は言う。初六の爻辞。霜を踏めば、堅氷が将に至る。王弼注の解釈。霜を踏むことから始まり、堅氷に結ぶに至るまで、これが所謂至って柔順でありながら一旦発動すれば剛硬に変わることである。陰の規律は、本来卑微柔弱から起こり、此の後に逐漸積累して顕著となる。ゆえに「履霜」を取ってその開端を表明する。陽という物は、起初から一歩ずつ累積して顕著に至るのではないので、出仕と退隠をもってそれを説明し、よって初爻を「潜」と呼ぶ。孔穎達の疏は「初六、履霜、堅氷至」の一句を解説する。○正義は言う。初六の陰気はなお微弱で、寒気が剛く起頭するに似て、ただ霜を踏んだに過ぎない。しかし微弱の中に逐漸積累し、堅氷がついに到来する。ここで講ずるのは正に陰の規律である。起初は柔順だが、逐漸積累して顕著となれば、堅硬剛強に変わる。大凡《易》は皆象を取り、物象をもって人事を説明し、《詩経》の中の比喻に同じである。
或取天地陰陽之象以明義者,若《乾》之“潛龍”,“見龍”,《坤》之“履霜堅冰”,“龍戰”之屬是也。或取萬物雜象以明義者,若《屯》之六三“即鹿無虞”,六四“乘馬班如”之屬是也。如此之類,《易》中多矣。或直以人事,不取物象以明義者,若《乾》之九三“君子終日乾乾”,《坤》之六三“含章可貞”之例是也。聖人之意,可以取象者則取象也,可以取人事者則取人事也。故《文言》注云:“至於九三,獨以君子為目者何也?”“乾乾夕惕,非龍德也”。故以人事明之,是其義也。
孔穎達は続けて取象の幾種類かを分説する。あるものは天地陰陽の物象を取って義理を説明し、《乾卦》の「潜龍」「見龍」、《坤卦》の「履霜堅氷」「龍戦」の類の如きである。あるものは万物の雑象を取って義理を説明し、《屯卦》六三の「即鹿无虞」、六四の「乗馬班如」の類の如きで、このような例は《易》の中に甚だ多い。また直接に人事に就いて論を立て、物象を取らずに義理を説明するものもあり、《乾卦》九三の「君子終日乾乾」、《坤卦》六三の「含章可貞」がすなわちこれである。聖人の用意は、物象を取りうるところは物象を取り、人事を取りうるところは人事を取る。ゆえに《乾・文言》の王弼注は「九三に至って、なぜ独り君子をもって目を立てるか」と言い、また「『乾乾夕惕』はすでに龍の徳性ではない」と言う。これにより人事を改めて用いて説明するのは、正にこの道理である。
《象》曰:“履霜堅冰”,陰始凝也。馴致其道,至“堅冰”也。[疏]“《象》曰履霜堅冰”至“至堅冰也”。○正義曰:夫子所作《象》辭,元在六爻經辭之後,以自卑退,不敢於亂先聖正經之辭。及至輔嗣之意,以為“象”者本釋經文,宜相附近,其義易了,故分爻之《象》辭,各附其當爻下言之,猶如元凱注《左傳》分經之年,與傳相附。“陰始疑也”者,釋“履霜”之義,言陰氣始凝,結而為霜也。“馴致其道,至堅冰也”者,馴猶狎順也。若鳥獸馴狎然。言順其陰柔之道,習而不已,乃至“堅冰”也。褚氏云:“履霜者,從初六至六三。堅冰者,從六四至上六。”陰陽之氣無為,故積馴履霜,必至於堅冰。以明人事有為,不可不制其節度,故於履霜而逆以堅冰為戒,所以防漸慮微,慎終於始也。
経文は言う。《象伝》が講ずる。「履霜堅氷」は、陰気が始めて凝結することである。この道に順って一歩ずつ走り下れば、「堅氷」に到達する。孔穎達の疏は「《象》曰履霜堅氷」から「至堅氷也」までの一段を解説する。○正義は言う。孔子の作った《象辞》は、本来六爻の経辞の後ろに排されていた。これは孔子が自ら卑退に居り、敢えて先聖の正経の文字を搀乱しなかったからである。王弼に至って、《象》は本来経文を解釈するもので、彼此が相靠近して初めて義理が明白し易いと考え、ゆえに各爻の《象辞》を分けて、各々相応する爻の下に附して講じた。杜元凱が《左伝》に注する時に経文を年によって分けて伝文と相附させたに同じである。所謂「陰始凝也」は、「履霜」の意を解釈し、陰気が始めて凝聚して霜に結成したことを言う。所謂「馴致其道、至堅氷也」の「馴」は、すなわち狎習柔順で、鳥獣が馴服され親狎するに譬える。その意は陰柔の道に順って、習染し下って止まることを肯んぜず、ついに「堅氷」に至った。褚氏は言う。「履霜は初六から六三までを指し、堅氷は六四から上六までを指す。」陰陽の気は本来自然無為なので、霜を踏むことから一路積習し下れば、必ず堅氷に到達する。これにより人事は作為あるもので、節制約束を加えないわけにはいかないと見える。ゆえに履霜の時に予め堅氷をもって警戒を作り、その用意は微を防ぎ漸を杜し、開頭から結局を慎重に対待するに在る。
六二:直方大,不習無不利。居中得正,極於地質,任其自然而物自生,不假修營而功自成,故“不習”焉而“無不利”。[疏]“六二”至“無不利”。正義曰:《文言》云:“直其正也”。二得其位,極地之質,故亦同地也。俱包三德,生物不邪,謂之直也。地體安靜,是其方也。無物不載,是其大也。既有三德極地之美,自然而生,不假修營,故云“不習無不利”。物皆自成,無所不利,以此爻居中得位,極於地體故,盡極地之義。此因自然之性,以明人事,居在此位,亦當如地之所為。注“居中得正”。○正義曰:“居中得正,極於地質”者,質謂形質,地之形質直方又大,此六二“居中得正”,是盡極地之體質也。所以“直”者,言氣至即生物,由是體正直之性。其運動生物之時,又能任其質性,直而且方,故《象》云:“六二之動,直以方也”。
経文は言う。六二の爻辞。正直・方正・博大で、刻意して修習しなくとも利せざる所なし。王弼注の解釈。六二は中に居して正位を得、大地の本質を極点まで発揮し、自然に任せて万物は自ら生長し、刻意して経営しなくとも功效は自ら成就する。ゆえに「修習せずとも」「利せざる所なし」。孔穎達の疏は「六二」から「无不利」までの一段を解説する。正義は言う。《坤・文言》は「直其正也」と言う。六二はその正位を得て、大地の本質を窮め尽くすので、大地と相同じく、同じく三種の徳性を兼具する。万物を生育して邪僻せざるを「直」と言い、地体が安静にして動かざるが「方」であり、承載できない物がないが「大」である。すでにこの三徳があれば、大地の美を極点まで発揮し、万物は自然に生長し、刻意して経営するを須いない。ゆえに「不習无不利」と言う。万物が皆自行して成就し、利せざる所なきは、この一爻が中に居して位を得、大地の形体を窮め尽くしたので、地道の義を尽頭まで発揮したのである。これは自然の本性に就いて人事を説明する。人がこの位置に処しても、また大地のように行事すべきである。王弼注は「居中得正」と言う。○正義は言う。所謂「居中得正、極於地質」の「質」は形質を指し、大地の形質は正直・方正にしてまた博大である。六二の「居中得正」は、正に大地の体質を極点まで発揮したのである。その「直」なる所以は、地気が一至すれば万物を生育することを言い、これにより正直の本性を体現する。しかも運転して万物を生育する時に、またその質性に任せ、直でありかつ方である。ゆえに《象伝》は「六二之動、直以方也」と言う。
《象》曰:六二之動,直以方也。動而直方,任其質也。[疏]“《象》曰”至“直以方也”。○正義曰:言六二之體,所有興動,任其自然之性,故云“直以方”也。○注“動而直方”。正義曰:是質以直方,動又直方,是質之與行,內外相副。物有內外不相副者,故《略例》云“形躁好靜,質柔愛剛”,此之類是也。不習無不利,地道光也。[疏]正義曰:言所以不假修習,物無不利,猶地道光大故也。
経文は言う。《象伝》が講ずる。六二の挙動は、直でありかつ方である。王弼注の解釈。一たび動けば直にして方なのは、その本質がこのようであるに任せるからである。孔穎達の疏は「《象》曰」から「直以方也」までの一段を解説する。○正義は言う。これは六二の形体が、およそ興作挙動あるは、皆その自然の本性に任せることを言う。ゆえに「直以方」と言う。○以下は王弼注の「動而直方」を解説する。正義は言う。本質が直にして方であれば、挙動もまた直にして方である。本質と行為が内外相称することが見える。世の中に内外相称せざる物があるので、《周易略例》は「形体が躁動する者は反って安静を喜び、禀質が柔弱な者は反って剛強を愛慕する」と言い、指す所はこの類である。経文はまた言う。刻意して修習せずとも利せざる所なきは、地道が光明広大だからである。孔穎達の疏、正義は言う。これは刻意して修習することを須いずして万物に利せざる所なき所以が、正に地道が光明広大なる縁故によることを言う。
六三:含章可貞,或從王事,無成有終。三處下卦之極,而不疑於陽,應斯義者也。不為事始,須唱乃應,待命乃發,含美而可正者也,故曰“含章可貞”也。有事則從,不敢為首,故曰“或從王事”也。不為事主,順命而終,故曰“無成有終”也。[疏]“六三”至“無成有終”。○正義曰:“含章可貞”者,六三處下卦之極,而能不被疑於陽。章,美也。既居陰極,能自降退,不為事始,唯內含章美之道,待命乃行,可以得正,故曰“含章可貞”。“或從王事,無成有終”者,言六三為臣,或順從於王事,故不敢為事之首,主成於物,故云“無成”。唯上唱下和,奉行其終,故云“有終”。○注“三處下卦之極”。○正義曰:“三處下卦之極”者,欲見三雖陰爻,其位尊也。“不疑於陽”者,陰之尊極,將與陽敵,體必被陽所忌。今不被疑於陽言陽,不害也。“應斯義”者,斯,此也,若能應此義,唯行“含章可貞”已下之事,乃應斯義。此爻全以人事明之。
経文は言う。六三の爻辞。内に章美を含んで正を守るべく、あるいは君王の事務に跟従し、その成功に居らずして能く好き結末ある。王弼注の解釈。六三は下卦の頂点に処して、しかも陽爻に猜忌されない。正にこの層の義理と相応する。それは率先して事情を発動せず、必ず人の倡導を待って然る後に応和し、命令の下達を待って然る後に行動し、内に美德を含んで能く正を守る。ゆえに「含章可貞」と言う。事あれば跟従し、帯頭の人を為ることを敢えてしない。ゆえに「或従王事」と言う。事情の主宰を為さず、命令を順承して善始善終する。ゆえに「无成有終」と言う。孔穎達の疏は「六三」から「无成有終」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「含章可貞」は、六三が下卦の頂点に処しながら、陽爻に猜忌されないことができる。「章」はすなわち美である。それはすでに陰の極位に居り、自我を降抑謙譲でき、率先して事情を発動せず、ただ内里に章美の道を含藴し、命令が下るを待って然る後に行動し、よって正を得ることができる。ゆえに「含章可貞」と言う。所謂「或従王事、无成有終」は、六三が身に臣子として、あるいは君王の事務に順従し、よって事情の帯頭人を為ることを敢えてせず、万物を成就することを以て自ら居ることを敢えてしない。ゆえに「无成」と言う。ただ上が倡導し下が応和し、命令を奉じて事情を底まで為す。ゆえに「有終」と言う。○以下は王弼注の「三處下卦之極」を解説する。○正義は言う。所謂「三處下卦之極」は、六三が陰爻でありながら位次は尊高であることを顕出しようとする。所謂「不疑於陽」は、陰が尊貴の極に至れば、将に陽と分庭抗礼せんとし、理に照らせば必ず陽に猜忌される。今それが陽に猜忌されないと言うのは、陽がそれに加害しないことを言う。所謂「応斯義」は、「斯」はすなわち「此」で、もしこの層の義理に応合しうるならば、ただ「含章可貞」以下のこれらの事を奉行してこそ、初めてこの層の義理と相応すると算える。この一爻は完全に人事に就いて闡明する。
《象》曰:“含章可貞”,以時發也,“或從王事”,知光大也。知慮光大,故不擅其美。[疏]“《象》曰”至“知光大也”。○正義曰:“含章可貞,以時發”者,夫子釋“含章”之義,以身居陰極,不敢為物之首,但內含章美之道,待時而發,是“以時發也”。“或從王事,知光大”者,釋“無成有終”也。既隨從王事,不敢主成物始,但奉終而行,是知慮光大,不自擅其美,唯奉於上。
経文は言う。《象伝》が講ずる。「含章可貞」は、時機を待って初めて発揮することである。「或従王事」は、智慮が光明宏大であることである。王弼注の解釈。正に智慮が光明宏大なので、美名を独占して自己の身上に居らない。孔穎達の疏は「《象》曰」から「知光大也」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「含章可貞、以時発」は、これは孔子が「含章」の意を解釈するものである。六三は身に陰の極位に居り、衆人の帯頭者を為ることを敢えてせず、ただ内里に章美の道を含藴し、時機が成熟するを待って初めて発揮し出す。これが「以時発也」である。所謂「或従王事、知光大」は、「无成有終」を解釈する。それはすでに君王の事務に跟従するので、万物を開創成就することを以て自ら居ることを敢えてせず、ただ命令を奉じて事情を底まで為す。これは正に智慮が光明宏大で、美名を己有とせず、一切を在上の君主に奉献する。
六四:括囊,無咎地譽。處陰之卦,以陰居陰,履非中位,無“直方”之質,不造陽事,無“含章”之美,括結否閉,賢人乃隱。施慎則可,非泰之道。[疏]“六四”至“無譽”。○正義曰:括,結也。囊所以貯物,以譬心藏知也。閉其知而不用,故曰“括囊”。功不顯物,故曰“無譽”。不與物忤,故曰“無咎”。○注“不造陽事”至“非泰之道”。○正義曰:“不造陽事,無含章之美”者,六三以陰居陽位,是造為陽事,但不為事始,待唱乃行,是陽事猶在,故云“含章”,章即陽之美也。今六四以陰處陰,內無陽事,是“不造陽事,無含章之美”,當“括結否閉”之時,是“賢人乃隱”,唯施謹慎則可,非通泰之道也。
経文は言う。六四の爻辞。袋を括り結ぶ。過ちはなく、また称誉もない。(底本は此の句を「无咎地誉」と作り、「地」の字は当に「无」の字の訛とすべく、下文の孔疏は正に「无誉」と作る。)王弼注の解釈。六四は純陰の卦に処し、陰爻をもって陰位に居り、踏む所もまた居中の位ではない。六二の「直方」の資質もなく、また陽剛の事務に参与せず、六三の「含章」の美德もない。正に括り収束し閉塞して通ぜざる時で、賢人はここに隠退する。この時はただ謹慎自守を施行しうるのみで、通達安泰の道ではない。孔穎達の疏は「六四」から「无誉」までの一段を解説する。○正義は言う。「括」はすなわち括り結ぶことである。袋は物を盛るために用いられ、ここでは心中に智慧を蔵することに比喩する。智慧を閉蔵して施用しないので「括嚢」と言う。功業が衆人の面前に顕露しないので「无誉」と言い、外物と抵触衝突しないので「无咎」と言う。○以下は王弼注の「不造陽事」から「非泰之道」までの一段を解説する。○正義は言う。王弼の講ずる「不造陽事、无含章之美」は、六三が陰爻をもって陽位に居すれば、それは陽剛の事務に参与したのであり、ただ率先して発動せず人の倡導を待って行動したに過ぎないが、陽事は畢竟なお在るので、それを「含章」と言う――「章」はすなわち陽の美質である。今六四は陰爻をもって陰位に居し、内里に全く陽事がなく、正に「陽剛の事に参与せず、含章の美なし」である。正に「括り収束し閉塞して通ぜず」の時に当たり、すなわち「賢人隠退」の時で、ただ謹慎自守を施行しうるのみで、通達安泰の道ではない。
《象》曰:“括囊無咎”,慎不害也。[疏]正義曰:“慎不害”者,釋所以“括囊無咎”之義。曰其謹慎,不與物競,故不被害也。六五:黃裳元吉。黃,中之色也,裳,下之飾也。“坤”為臣道,美盡於下。夫體無剛健而能極物之情,通理者也。以柔順之德,處於盛位,任夫文理者也。垂黃裳以獲元吉,非用武者也。極陰之盛,不至疑陽,以“文在中”,美之至也。
経文は言う。《象伝》が講ずる。「括嚢无咎」は、謹慎なればこそ傷害を受けない。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「慎不害」は、「括嚢无咎」の道理を解釈する。それが謹慎自守して、外物と争競しないので、傷害を受けないと言う。経文は続けて言う。六五の爻辞。黄色の下裳、大吉。王弼注の解釈。黄は居中の色で、裳は下身の服飾である。「坤」は臣道を代表し、その美は尽く居下のこの一点に在る。本体は剛健でないが、事物の情実を窮め尽くすことができる。これは事理に通達した人である。柔順の徳をもって盛大の位置上に処する。正に文治条理を担当する人である。黄裳を垂れて大吉を獲得するのは、威武に憑って勝を取るのではないことが見える。陰気が極点まで盛んで、陽と相敵するに至らないのは、「文采が内に在る」からで、美の極である。
[疏]“六五黃裳元吉”。○正義曰:黃是中之色,裳是下之飾,“坤”為臣道,五居君位,是臣之極貴者也。能以中和通於物理,居於臣職,故云“黃裳元吉”。元大也。以其德能如此,故得大吉也。○注“黃中之色”。○正義曰:“黃,中之色,裳,下之飾”者,《左氏·昭十二年傳》文也。裳,下之飾,則上衣比君,下裳法臣也。“垂黃裳以獲元吉,非用武”者,以體無剛健,是非用威武也。以內有文德,通達物理,故象云“文在中”也。《象》曰:“黃裳元吉”,文在中也。用黃裳而獲元吉,以“文在中也”。[疏]正義曰:釋所以“黃裳元吉”之義,以其文德在中故也。既有中和,又奉臣職,通達文理,故云文在其中,言不用威武也。
孔穎達の疏は「六五黄裳元吉」の一句を解説する。○正義は言う。黄は居中の色で、裳は下身の服飾である。「坤」は臣道を代表し、しかも六五はまた君位に居る。これは臣子の中で尊貴極点に至ったものである。それは中和の徳をもって事理に通達でき、なお安んじて臣子の職分に処する。ゆえに「黄裳元吉」と言う。「元」はすなわち大で、その徳性が能くこのようであるので、大吉を獲得する。○以下は王弼注の「黄、中之色也」を解説する。○正義は言う。「黄は居中の色で、裳は下身の服飾である」、この二句は《左伝・昭公十二年》の原文である。裳はすでに下身の服飾なので、上衣は君主に比擬し、下裳は臣子に取法する。王弼の言う「黄裳を垂れて大吉を獲得するのは、威武に憑るのではない」は、それの本体が剛健でないので、威武を動用したのではないことが見える。それが内里に文徳があり、事理に通達するので、《象伝》は「文在中」と言う。経文は言う。《象伝》が講ずる。「黄裳元吉」は、文徳が内に藴含するからである。王弼注の解釈。黄裳を穿用して大吉を獲得するのは、正に「文在中」による。孔穎達の疏、正義は言う。これは「黄裳元吉」の道理を解釈し、それが文徳が内に藴含する縁故によると言う。それはすでに中和の徳があり、また臣子の職分を恪守し、文治条理に通達するので、文徳がその心中にあると言い、その意は威武を動用しないことである。
上六:龍戰于野,其血玄黃。陰之為道,卑順不盈,乃全其美。盛而不已,固陽之地,陽所不堪,故“戰于野”。[疏]“上六”至“其血玄黃”。○正義曰:以陽謂之龍,上六是陰之至極,陰盛似陽,故稱“龍”焉。“盛而不已,固陽之地,陽所不堪”,故陽氣之龍與之交戰,即《說卦》云“戰乎乾”是也。戰於卦外,故曰“于野”。陰陽相傷,故“其血玄黃”。○注“盛而不已”。○正義曰:“盛而不己,固陽之地”者,固為占固,陰去則陽來,陰乃盛而不去,占固此陽所生之地,故陽氣之龍與之交戰。
経文は言う。上六の爻辞。龍が郊野の上で交戦し、青黒と黄色の血を流出する。王弼注の解釈。陰の規律は、卑下柔順にして自ら満盈せざるに在り、こうしてこそその美を保全できる。今陰が盛んにして止まることを肯んぜず、本当に陽に属する地盤を占拠したので、陽は忍容できない。ゆえに「戦于野」。孔穎達の疏は「上六」から「其血玄黄」までの一段を解説する。○正義は言う。本来は「龍」をもって陽を称呼するのに、上六は陰が最極点に至り、陰の盛んなるが陽の如きなので、それをも「龍」と称する。正に「陰盛んにして止まず、陽の地盤を占住して、陽の忍容しえざる所」なので、陽気の龍がそれと交戦する。すなわち《説卦》の言う「戦乎乾」である。この戦は卦体の外で発生したので「于野」と言い、陰陽が彼此損傷したので「其血玄黄」。○以下は王弼注の「盛而不已」を解説する。○正義は言う。王弼の言う「盛而不已、固陽之地」の「固」は、拠守占定の意である。陰が退去して初めて陽が到来しうるのに、今陰が盛んで退去することを肯んぜず、この本来陽を生ずべき地盤を占定したので、陽気の龍がそれと交戦するのである。
《象》曰:“龍戰于野”,其道窮也。用六:利永貞。用六之利,“利永貞”也。[疏]正義曰:“用六,利永貞”者,此坤之六爻裛辭也。言坤之所用,用此眾爻之六,六是柔順,不可純柔,故利在永貞。永,長也。貞,正也。言長能貞正也。《象》曰:用六,“永貞”,以大終也。能以永貞大終者也。[疏]正義曰:“以大終”者,釋“永貞”之義,既能用此柔順,長守貞正,所以廣大而終也。若不用永貞,則是柔而又圓,即前注云“求安難”矣。此“永貞”即坤卦之下“安貞吉”是也。
経文は言う。《象伝》が講ずる。「龍戦于野」は、陰道がすでに尽頭に走り至ったからである。経文は続けて言う。用六。長く正を守るに利あり。王弼注の解釈。用六の得る利は、「利永貞」に在る。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「用六、利永貞」は、これは坤卦六爻を統攝する総辞である。その意は、坤の施用する所は、正にこれらの爻の六の数である。六は柔順を代表するが、純粋に柔順に任せてはならない。ゆえに利の所は長く正を守るに在る。「永」は長久で、「貞」は端正である。長く貞正を保持しうることを言う。経文は言う。《象伝》が講ずる。用六が「永貞」と言うのは、広大をもって収結しようとする。王弼注の解釈。これは長久貞正に憑って広大に収結しうる意である。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「以大終」は、「永貞」の義理を解釈する。すでにこの柔順を施用しえ、また長く貞正を守住するので、広大にして善終しうる。もし「永貞」を用いなければ、それは柔順にしてまた円滑となり、正に前の王弼注の言う「安寧を求めんとして難し」である。ここの「永貞」は、すなわち坤卦の卦辞の下の言う「安貞吉」である。
《文言》曰:坤至柔而動也剛,至靜而德方。動之方直,不為邪也。柔而又圓,消之道也。其德至靜,德必方也。[疏]正義曰:此一節是第一節,明坤之德也。自“積善之家”以下是第二節也,分釋六爻之義。“坤至柔而動也剛”者,六爻皆陰,是至柔也。體雖至柔而運動也剛,柔而積漸,乃至堅剛,則上云“履霜堅冰”是也。又地能生物,初雖柔弱,後至堅剛而成就。“至靜而德方”者,地體不動,是“至靜”。生物不邪,是德能方正。
経文は言う。《坤・文言》が講ずる。坤は至って柔順でありながら一たび動けば剛勁を顕し、至って安静でありながら徳性は方正である。王弼注の解釈。それが一たび動けば方正端直で、邪僻の事を為さない。もし柔順の外にまた円滑を加えれば、それは消亡の道に向かって走る。その徳性は至って安静なので、徳は必ず方正である。孔穎達の疏、正義は言う。この一節は《坤・文言》の第一節で、坤の徳性を闡明する。「積善之家」以下は第二節で、分かれて六爻の義理を解釈する。所謂「坤至柔而動也剛」は、坤卦の六爻がすべて陰爻で、これが至って柔順である。本体は至柔でありながら運動すれば剛勁で、柔弱が逐漸積累して、ついに堅硬剛強に変わる。すなわち上文の言う「履霜堅氷」である。さらに大地は万物を生育でき、起初は柔弱だが、後に長じて堅実剛強となって成就する。所謂「至静而徳方」は、大地の形体が動かない、これが「至静」である。万物を生育して邪僻せず、これが徳性が方正しうるである。
後得主而有常,含萬物而化光。“坤”道其順乎?承天而時行![疏]正義曰:“後得主而有常”者,陰主卑退,若在事之後,不為物先,即“得主”也。此陰之恆理,故云“有常”。“含萬物而化光”者,自明《彖》辭含弘光大,言含養萬物而德化光大也。“坤道其順乎,承天而時行”者,言“坤”道柔順,承奉於天,以量時而行,即不敢為物之先,恆相時而動。
経文は言う。後に跟従して初めて主導の利を得て常理に合し、万物を包容して徳化が光大する。坤道は殆ど「順」であろうか。それは上天を承奉して時に按じて運行する。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「後得主而有常」は、陰は卑下退譲を本分とし、もし事情の後に処して衆人の先に抢せざれば、「得主」を能くする。これは陰の恒常の理なので「有常」と言う。所謂「含万物而化光」は、これは自ら《彖伝》の中の「含弘光大」の一語を申明するもので、坤が万物を包容養育して徳化が広大光明であると言う。所謂「坤道其順乎、承天而時行」は、坤道が柔順で、上天を承奉し、時機を估量して然る後に行動し、すなわち衆人の先に抢することを敢えてせず、つねに時勢を察看して然る後に動くことを言う。
積善之家,必有餘慶。積不善之家,必有餘殃。臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辯之不早辯也。《易》曰:“履霜堅冰至”,蓋言順也。[疏]“積善之家”至“蓋言順也”。○正義曰:此一節明初六爻辭也。“積善之家,必有餘慶,積不善之家,必有餘殃”者,欲明初六其惡有漸,故先明其所行善惡事,由久而積漸,故致後之吉凶。“其所由來者漸矣”者,言弒君弒父,非一朝一夕率然而起,其禍患所從來者積漸久遠矣。“由辯之不早辯”者,臣子所以久包禍心,由君父欲辯明之事,不早分辯故也。此戒君父防臣子之惡。
経文は言う。善行を積累する家は、必ず余留の福慶がある。悪行を積累する家は、必ず余留の禍殃がある。臣子が君主を殺害し、兒子が父親を殺害するのは、皆一朝一夕に突然発生したのではなく、その由来は一歩ずつ積累して成ったもので、原因は辨明すべき事を及早く辨明しなかったに在る。《易》の言う「履霜堅氷至」は、大概正にこの種の一歩ずつ順習し下る道理を講ずるものである。孔穎達の疏は「積善之家」から「蓋言順也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は初六の爻辞を闡明する。所謂「積善之家、必有餘慶、積不善之家、必有餘殃」は、初六の悪が逐漸形成されたことを説明しようとするので、先に人の為す善事悪事が皆長久の積累によって成り、よって後来の吉凶を招致することを講明する。所謂「其所由来者漸矣」は、弑君弑父は一朝一夕に軽率に爆発したのではなく、あの禍患の由来は長期の積漸によって成ったことを言う。所謂「由弁之不早弁」は、臣子が長久に禍心を懐く所以が、正に君父が本当に辨明すべき事情を及早く分辨清楚にしなかったにある。これは君父に臣子の悪念を防范するよう告誡するものである。
“蓋言順”者,言此“履霜堅冰至”,蓋言順習陰惡之道,積微而不已,乃致此弒害。稱“蓋”者是疑之辭。凡萬事之起,皆從小至大,從微至著,故上文善惡並言,今獨言弒君弒父有漸者,以陰主柔順,積柔不已,乃終至禍亂,故特於坤之初六言之,欲戒其防柔弱之初,又陰為弒害,故寄此以明義。
孔穎達は続けて言う。所謂「蓋言順」は、この句の「履霜堅氷至」が講ずる所は、大概陰悪の道に順って習染し下り、微小の処が不断に累積して止まることを肯んぜず、ついに弑君弑父のような禍害を招来することを言う。「蓋」の字を用いるのは、十分に肯定することを敢えてしない語気を表す。大凡万事の興起は、皆小から大へ、隠微から顕著へと至るので、上文は善と悪を併挙した。しかるにここでは単に弑君弑父の逐漸形成を講ずるのは、陰が柔順を主とし、柔順が不断に積累し下れば、最終的に禍乱を醸成するので、特に坤卦の初六のここに点出した。その用意は人に柔弱の開端に於いて防範を加えるよう告誡するに在る。また陰が弑害を代表するので、この一爻を借りてこの層の義理を闡明する。
直其正也,方其義也。君子敬以直內,義以方外,敬義立而德不孤。“直方大,不習無不利”,則不疑其所行也。[疏]“直其正也”至“所行也”。○正義曰:此一節釋六二爻辭。“直其正”者,經稱直是其正也。“方其義”者,經稱方是其義也。義者,宜也,於事得宜,故曰義。“君子敬以直內”者,覆釋“直其正”也。言君子用敬以直內,內謂心也,用此恭敬以直內理。“義以方外”者,用此義事,以方正外物,言君子法地正直而生萬物,皆得所宜,各以方正,然即前云“直其正也,方其義也”。下云“義以方外”,即此應云“正以直內”。改云“敬以直內”者,欲見正則能敬,故變“正”為“敬”也。“敬義立而德不孤”者,身有敬義,以接於人,則人亦敬,義以應之,是德不孤也。直則不邪,正則謙恭,義則與物無競,方則凝重不躁,既“不習無不利”,則所行不須疑慮,故曰“不疑其所行”。
経文は言う。「直」が講ずるのはその正で、「方」が講ずるのはその宜である。君子は恭敬をもって内心を端正し、合宜をもって外物を方正する。敬と義が一旦確立すれば、徳は孤单しない。爻辞に「直方大、不習无不利」とあるならば、自己の行う所の事に疑慮を須いない。孔穎達の疏は「直其正也」から「所行也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は六二の爻辞を解釈する。所謂「直其正」は、爻辞の中の「直」はすなわちその正であると言う。所謂「方其義」は、爻辞の中の「方」はすなわちその宜であると言う。「義」はすなわち「宜」で、事に処して得当にして合宜なので「義」と呼ぶ。所謂「君子敬以直内」は、反転して「直其正」を解釈する。君子は恭敬をもって内心を端正し、「内」が指すのは心で、この恭敬をもって内在の条理を摆正する。所謂「義以方外」は、この合宜の挙をもって外物を方正する。これは君子が大地の正直を效法して万物を生育し、万物を各々其の宜を得せしめ、各々方正に帰せしめると言う。前文の「直其正也、方其義也」の対挙に照らせば、下文はすでに「義以方外」と言うので、ここは本来「正以直内」と言うべきであるが、今は改めて「敬以直内」と言う。これは能く正しければ能く敬することを顕出しようとするので、「正」の字を「敬」の字に換えた。所謂「敬義立而徳不孤」は、自身が敬と義を具えて人を待ち物に接すれば、他人もまた敬と義をもって回応する。これが徳が孤单しないである。直なれば邪僻せず、正なれば謙恭し、義なれば人と争わず、方なれば凝重にして浮躁せず。すでに「不習无不利」なれば、為す所の事は疑慮を須いない。ゆえに「不疑其所行」と言う。
陰雖有美,含之以從王事,弗敢成也。地道也,妻道也,臣道也。地道無成,而代有終也。[疏]“陰雖有美”至“有終也”。○正義曰:此一節明六三爻辭,言“陰雖有美,含之以從王事”者,釋“含章可貞”之義也。言六三之陰,雖有美道包含之德,苟或從王事,不敢為主先成之也。“地道也,妻道也,臣道也”者,欲明“坤”道處卑,待唱乃和,故歷言此三事,皆卑應於尊,下順於上也。“地道無成,而代有終”者,其地道卑柔,無敢先唱成物,必待陽始先唱,而後代陽有終也。
経文は言う。陰は美德を具えるが、それを含蓄して君王の事務に跟従し、成功に自ら居ることを敢えてしない。これが地道・妻道・臣道である。地道は成功に居らず、天に代わって終結を完成する。孔穎達の疏は「陰雖有美」から「有終也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は六三の爻辞を闡明する。所謂「陰雖有美、含之以従王事」は、「含章可貞」の義理を解釈する。六三というこの陰爻は、美德を含蓄する徳性があるが、一旦君王の事務に跟従すれば、主宰を為ることも敢えてせず、先んじてそれを成就することも敢えてしない。所謂「地道也、妻道也、臣道也」は、「坤」道が卑下の地位に処して、相手が倡導するを待って然る後に応和することを説明しようとするので、一連にこの三つの事を挙げた。皆卑者が尊者に応和し、下位が上位に順従する。所謂「地道无成、而代有終」は、地道が卑下柔順で、率先して倡導して万物を成就することを敢えてせず、必ず陽が先行して倡導するを待ち、然る後に陽に代わって事情を底まで為し尽くすことを言う。
天地變化,草木蕃,天地閉,賢人隱。《易》曰“括囊無咎無譽”,蓋言謹也。[疏]“天地變化”至“蓋言謹也”。○正義曰:此一節明六四爻辭。“天地變化”,謂二氣交通,生養萬物,故草木蕃滋。“天地閉,賢人隱”者,謂二氣不相交通,天地否閉,賢人潛隱。天地通則草木蕃,明天地閉草木不蕃;“天地閉,賢人隱”,明天地通則賢人出,互而相通,此乃“括囊無咎”,故賢人隱屬天地閉也。“蓋言謹”者,謹謂謹慎,蓋言賢人君子於此之時須謹慎也。
経文は言う。天地が交感変化すれば、草木は繁茂する。天地が閉塞して通ぜざれば、賢人は隠退する。《易》の言う「括嚢无咎无誉」は、大概正に謹慎を講ずるものである。孔穎達の疏は「天地変化」から「蓋言謹也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は六四の爻辞を闡明する。所謂「天地変化」は、陰陽二気が交流貫通し、万物を生養するので、草木が繁盛滋長することを指す。所謂「天地閉、賢人隠」は、陰陽二気が相交通せず、天地が閉塞して、賢人が潜蔵隠退することを指す。天地通すれば草木が繁茂すると言うのは、反顕して天地閉塞すれば草木が茂らないを示す。天地閉すれば賢人が隠退すると言うのは、反顕して天地通暢すれば賢人が出仕するを示す。二句が互相補足し彼此貫通する。しかして六四は正に「括嚢无咎」の時に当たるので、「賢人隠」は天地閉塞のこの面に配属する。所謂「蓋言謹」は、「謹」はすなわち謹慎で、大概賢人君子がこの種の時に必ず謹慎自守せねばならぬを言う。
君子黃中通理,正位居體,美在其中,而暢於四支,發於事業,美之至也。[疏]“君子”至“美之至也”。○正義曰:此一節明六五爻辭也。“黃中通理”者,以黃居中,兼四方之色,奉承臣職,是通曉物理也。“正位居體”者,居中得正,是正位也;處上體之中,是居體也。黃中通理,是“美在其中”。有美在於中,必通暢於外,故云“暢於四支”。四支猶人手足,比於四方物務也。外內俱善,能宣發於事業。所營謂之事,事成謂之業,美莫過之,故云“美之至”也。
経文は言う。君子は中に居して事理に通達し、その位を端正してその体に安処し、美が心中に藴含し、四肢に暢達し、事業上に発揮する。これは美の極である。孔穎達の疏は「君子」から「美之至也」までの一段を解説する。○正義は言う。この一節は六五の爻辞を闡明する。所謂「黄中通理」は、黄は居中の色で、四方の各色を兼摂する。六五はこれをもって臣子の職分を奉守し、正に事理に通暁する。所謂「正位居体」は、中に居して正を得るが「正位」で、上卦三爻の中間に処するが「居体」である。「黄中通理」はすなわち「美在其中」である。美はすでに内に在れば、必ず外に暢達する。ゆえに「暢於四支」と言う。四肢は人の手足に譬え、もって四方の政務に比擬する。内外ともに好ければ、事業上に宣発しえる。経営する所を「事」と言い、事情が成し遂げられたを「業」と言う。美好でこれを過ぎるものはない。ゆえに「美之至」と言う。
陰疑於陽必戰。辯之不早,疑盛乃動,故“必戰”。[疏]正義曰:此一節明上六爻辭。“陰疑於陽,必戰”者,陰盛為陽所疑,陽乃發動,欲除去此陰,陰既強盛,不肯退避,故“必戰”也。為其嫌於無陽也,為其嫌於非陽而戰。故稱“龍”焉。[疏]正義曰:上六陰盛,似陽,為嫌純陰非陽,故稱“龍”以明之。
経文は言う。陰と陽が相猜疑してこの地步に至れば、必ず交戦する。王弼注の解釈。辨明すべきものを及早く辨明しなかったので、猜疑が極盛に積み至って初めて発動する。ゆえに「必戦」。孔穎達の疏、正義は言う。この一節は上六の爻辞を闡明する。所謂「陰疑於陽、必戦」は、陰気が盛んに過ぎて陽に猜忌され、陽はそこに発動して、この陰を除掉しようと欲する。陰はすでに強盛で、退譲避開することを肯んぜない。ゆえに「必戦」。経文は続けて言う。人がここに陽なしと疑心するを畏れるがゆえに。王弼注の解釈。正に人が交戦の一方が陽ではないと疑心するを畏れる。経文は言う。ゆえにそれを「龍」と称する。孔穎達の疏、正義は言う。上六は陰が盛んで陽の如きなので、人がそれが純粋に陰で陽ではないと疑心するを畏れ、ゆえにそれを「龍」と称してこの層を点明する。
猶未離其類也,猶未失其陰類,為陽所滅。故稱“血”焉。猶與陽戰而相傷,故稱血。[疏]正義曰:言上六雖陰盛似陽,然猶未能離其陽類,故為陽所傷而見成也。夫玄黃者天地之雜也,天玄而地黃。[疏]正義曰:釋“其血玄黃”之義。莊氏云:“上六之爻,兼有天地雜氣,所以上六被傷,‘其血玄黃’也。天色玄,地色黃,故血有天地之色。”今輔嗣注云“猶與陽戰而相傷”,是言陰陽俱傷也。恐莊氏之言,非王之本意,今所不取也。
経文は言う。それは畢竟まだ自己の類を脱離していない。王弼注の解釈。これはそれが終に陰の類属を失わず、よって陽に消滅されるを言う。経文は言う。ゆえにそれを「血」と称する。王弼注の解釈。これはそれが陽と交戦して彼此損傷したので「血」と称することを言う。孔穎達の疏、正義は言う。これは上六が陰盛んにして陽の如きと雖も、終に陽と対立するこの類を脱離できないので、陽に傷つけられて顕現することを言う。経文は言う。所謂「玄黄」は、天地の色が混雑したもので、天色は玄青で地色は黄である。孔穎達の疏、正義は言う。これは「其血玄黄」の意を解釈する。荘氏は言う。「上六のこの一爻は天地混雑の気を兼有するので、上六が傷を受ける時『其血玄黄』となる。天の色は玄で、地の色は黄なので、血は天地両種の色を帯びる。」今王弼注は「それが陽と交戦して彼此損傷した」と言い、講ずる所は陰陽双方とも傷を受けたことである。荘氏の説法は恐らく王弼の本意ではない。ここでは採用しない。
屯卦
震下坎上。屯:元、亨、利、貞。剛柔始交,是以“屯”也。不交則否,故屯乃大亨也。大亨則無險,故“利貞”。[疏]正義曰:屯,難也。剛柔始交而難生,初相逢遇,故云“屯,難也”。以陰陽始交而為難,因難物始大通,故“元亨”也。萬物大亨,乃得利益而貞正,故“利貞”也。但“屯”之四德,劣於“乾”之四德,故屯乃元亨,亨乃利貞。“乾”之四德,無所不包。此即“勿用有攸往”,又別言“利建侯”,不如乾之無所不利。此已上說“屯”之自然之四德,聖人當法之。勿用有攸往,往,益“屯”也。利建侯。得王則定。[疏]正義曰:“勿用有攸往,利建侯”者,以其屯難之世,世道初創,其物未寧,故宜“利建侯”以寧之。此二句釋人事也。
経文は言う。屯卦は下体が震で上体が坎である。屯は元始し、亨通し、貞正に利あり。王弼注の解釈。剛と柔が剛く交接し始めるので「屯」と言う。交接しなければ閉塞して通ぜず、正に交わって難を生ずるので、屯は終に大いに亨通しうる。大いに亨通すれば更に険阻がない。ゆえに「利貞」。孔穎達の疏、正義は言う。「屯」はすなわち艱難である。剛柔が剛く交接し始めて艱難がこれに随って生ずる。これは二者の初次の相遇なので「屯、難也」と言う。陰陽が初交して艱難を生出し、また艱難により万物が始めて大いに通達するので「元亨」と言う。万物が大いに通達して、初めて利益を得て貞正に帰しうるので「利貞」と言う。ただし「屯」の四徳は「乾」の四徳に及ばないので、屯は先に元ありて後に亨あり、先に亨ありて後に利貞がある。「乾」の四徳は包含せざる所がない。屯卦はここで既に「勿用有攸往」と言い、また別に「利建侯」と言うので、乾のように利せざる所なきではないことが見える。以上が講ずるのは「屯」が自然に具える四徳で、聖人はそれを效法すべきである。経文は続けて言う。往く所有るに宜しからず。王弼注の解釈。往けば「屯」の艱難を加重するのみである。経文は言う。諸侯を建立するに利あり。王弼注の解釈。君王あってこそ天下が安定しうる。孔穎達の疏、正義は言う。所謂「勿用有攸往、利建侯」は、正に屯難の世に当たり、世道が剛く草創し、万物がまだ安寧していないので、「諸侯を建立」してそれを安定するに宜しい。この二句は人事に就いて卦辞を解釈する。
《彖》曰:屯,剛柔始交而難生,動乎險中,大亨貞。始於險難,至於大亨,而後全正,故曰“屯,元亨利貞”。[疏]“彖曰”至“大亨貞”。○正義曰:“屯,剛柔始交而難生”者,此一句釋屯之名,以剛柔二氣始欲相交,未相通感,情意未得,故“難生”也。若剛柔已交之後,物皆通泰,非復難也。唯初始交時而有難,故云“剛柔始交而難生”。“動乎險中,大亨貞”者,此釋四德也。坎為險,震為動,震在坎下,是動於險中。初動險中,故屯難動而不已;將出於險,故得“大亨貞”也。大亨即元亨也,不言“利”者,利屬於貞,故直言“大亨貞”。
経文は言う。《彖伝》が講ずる。屯は、剛柔が初次交接して艱難が生じ、険阻の中で奮動し、大いに亨通して貞正である。王弼注の解釈。険難から始まり、大いに亨通に達し、然る後に完全に正道に帰する。ゆえに「屯、元亨利貞」と言う。孔穎達の疏は「彖曰」から「大亨貞」までの一段を解説する。○正義は言う。所謂「屯、剛柔始交而難生」のこの一句は「屯」という卦名を解釈する。剛柔二気が剛く相交わらんとして、まだ互相通感せず、情意が未だ相得ないので、艱難が生ずる。剛柔の交接が完成するを待てば、万物が皆通達安泰で、更に艱難ではない。ただ剛く交接し始める時のみ艱難がある。ゆえに「剛柔始交而難生」と言う。所謂「動乎険中、大亨貞」は、これは屯の四徳を解釈する。坎は険を象徴し、震は動を象徴する。震が坎の下に在るは、すなわち険の中で奮動する。起初に険中で奮動するので、屯難の中で行動して止まらない。将に険境を脱出せんとするので、「大亨貞」を得うる。「大亨」はすなわち「元亨」で、「利」を言わないのは、利が貞に附属するので、直接に「大亨貞」と言う。
雷雨之動滿盈。雷雨之動,乃得滿盈,皆剛柔始交之所為。[疏]“雷雨之動滿盈”。○正義曰:周氏云:“此一句覆釋亨也”。但屯有二義,一難也,一盈也。上既以剛柔始交釋屯難也,此又以雷雨二象解盈也。言雷雨二氣,初相交動,以生養萬物,故得滿盈,即是亨之義也。覆釋“亨”者,以屯難之世不宜亨通,恐亨義難曉,故特釋之。此己下說屯之自然之象也。○注“雷雨之動乃得滿盈”。○正義曰:“雷雨之動,乃得滿盈”者,周氏、褚氏云:“釋亨也,萬物盈滿則亨通也”。“皆剛柔始交之所為”者,雷雨之動,亦陰陽始交也。萬物盈滿,亦陰陽而致之,故云“皆剛柔始交之所為”也。若取屯難,則坎為險,則上云“動乎險中”是也。若取亨通,則坎為雨,震為動,此云“雷雨之動”是也。隨義而取象,其義不一。
経文は言う。雷と雨が一たび発動すれば、万物は充満盈溢する。王弼注の解釈。雷雨が発動して、万物は初めて充満盈溢しえる。これは皆剛柔初交の造成する所である。孔穎達の疏は「雷雨之動満盈」の一句を解説する。○正義は言う。周氏は言う。「この一句は反転して再び『亨』を解釈する。」按ずるに「屯」には二層の意思があり、一は艱難で、一は盈満である。上文はすでに剛柔始交をもって屯の艱難を解釈した。ここではまた雷・雨の二つの物象をもって盈満を解釈する。雷雨二気が最初に交相鼓動して、もって万物を生養するので、万物が充満盈溢を得る。これが正に「亨」の意である。回頭して再び「亨」を釈する所以は、屯難の世は理に照らせば亨通すべきでなく、「亨」の義理が明白にし難い恐れがあるので、特に解釈を加える。ここから以下は、屯卦の自然界の物象を講ずる。○以下は王弼注の「雷雨之動、乃得満盈」を解説する。○正義は言う。王弼の言う「雷雨之動、乃得満盈」は、周氏・褚氏が皆「これは『亨』を解釈し、万物が盈満するがすなわち亨通である」と言う。王弼の言う「皆剛柔始交之所為」は、雷雨の発動もまた正に陰陽の初交で、万物の盈満もまた陰陽の促成する所なので、「皆剛柔初交の造成する所」と言う。もし屯の艱難の義を取れば、坎は険を象徴し、すなわち上文の言う「動乎険中」である。もし亨通の義を取れば、坎は雨を象徴し震は動を象徴し、すなわちここに言う「雷雨之動」である。異なる義理に随って異なる象を取り、その義は一途ではない。
天造草昧,宜建侯而不寧。“屯”體不寧,故利“建侯”也。“屯”者,天地造始之時也,造物之始,始於冥昧,故曰“草昧”也。處造始之時,所宜之善,莫善“建侯”也。[疏]“天造草昧至不寧”。○正義曰:釋“利建侯”也。草謂草創,昧謂冥昧,言天造萬物於草創之始,如在冥昧之時也。於此草昧之時,王者當法此屯卦,宜建立諸侯以撫卹萬方之物,而不得安居於事。此二句以人事釋“屯”之義。○注“屯體不寧”。○正義曰:“屯體不寧”者,以此屯邅險難,其體不寧,故“宜建侯”也。“造物之始,始於冥昧”者,“造物之始”,即天造草昧也。草謂草創初始之義,“始於冥昧”者,言物之初造,其形未著,其體未彰,故在幽冥闇昧也。
経文は言う。上天が万物を創造するに当たり草創幽昧の際に在り、諸侯を建立するに宜しく安んじ居るべからず。王弼注の解釈。「屯」の本体は不安寧なので、「諸侯を建立」するに利する。「屯」は天地が開創起始する時で、万物を創造する開端は幽暗蒙昧から起こるので「草昧」と言う。開創の初めに処して、最も合宜の善挙は、「諸侯を建立」するより好きはない。孔穎達の疏は「天造草昧」から「不寧」までの一段を解説する。○正義は言う。これは「利建侯」を解釈する。「草」は草創で、「昧」は幽暗である。その意は上天が万物を創造するに正に草創の初めに当たり、幽暗蒙昧の中に処するに如く。この草創幽昧の時に、君王は屯卦を效法して、諸侯を建立して四方万物を安撫体恤するに宜しく、安坐して事なきことはできない。この二句は人事に就いて「屯」の義理を解釈する。○以下は王弼注の「屯体不寧」を解説する。○正義は言う。所謂「屯体不寧」は、屯卦が艱難迍邅で、その本体が安寧を得ないので「宜建侯」。王弼の言う「造物之始、始於冥昧」は、「造物之始」はすなわち経文の「天造草昧」である。「草」は草創初起の義を取り、「始於冥昧」は万物が剛く造出された時、形状がまだ顕現せず、形体がまだ彰明でないので、幽深昏暗の中に処することを言う。
《象》曰:雲雷屯,君子以經綸。君子經綸之時。[疏]正義曰:“經”謂經緯,“綸”謂綱綸,言君子法此屯象有為之時,以經綸天下,約束於物,故云“君子以經綸”也。姚信云:“綸謂綱也,以織綜經緯。”此君子之事,非其義也。劉表、鄭玄云“以綸為淪字”,非王本意也。
経文は言う。《象伝》が講ずる。雲が上にあり雷が下にある、これが屯卦の象である。君子はそれに取法して天下を経綸する。王弼注の解釈。これは正に君子が経綸を施展する時である。孔穎達の疏、正義は言う。「経」は織物の経緯を指し、「綸」は糸線の綱繩を指す。その意は君子が屯卦という作為ある時機を效法して、天下を経緯治理し、万物を整飭約束する。ゆえに「君子以経綸」と言う。姚信は言う。「『綸』はすなわち綱で、もって経緯を織成する。」これはただ織事を講じたのみで、ここの君子の事の本義に合わない。劉表・鄭玄は「綸」を「淪」の字と読むが、また王弼の本意でもない。
初九:磐桓,利居貞,利建侯。處屯之初,動則難生,不可以進,故“磐桓”也。處此時也,其利安在?不唯居貞建侯乎?夫息亂以靜,守靜以侯,安民在正,弘正在謙。屯難之世,陰求於陽,弱求於強,民思其主之時也。初處其首而又下焉。爻備斯義,宜其得民也。
経文は言う。初九の爻辞。徘徊盤旋し、安居して正を守るに利あり、諸侯を建立するに利あり。王弼注の解釈。初九は屯卦の開端に処し、一たび動けば艱難を生出するので、贸然と前進すべからず。ゆえに「磐桓」と徘徊する。この時に処して、その利の所はどこに在るか。豈に安居して正を守り、諸侯を建立するに在らずや。禍乱を平息するには安静に頼り、安静を守住するには諸侯に頼る。百姓を安定するには正を守るに在り、正道を推広するには謙下に在る。屯難の世は、陰が陽の庇護を求め、弱が強の依托を求める。正に百姓が明主を思念する時である。初九は一卦の首に処してまた最下位に居る。この一爻は上述のこれらの義理を兼備する。それが民心を得るは無怪もない。
屯卦・爻辞(続)
[疏]“初九”至“利建侯”。○正義曰:磐桓,不進之貌。處屯之初,動即難生,故“磐桓”也。不可進,唯宜利居處貞正,亦宜建立諸侯。○注“息亂以靜”至“得民也”。○正義曰:“息亂以靜”者,解“利居貞”也。“守靜以侯”者,解“利建侯”也。“安民在正”者,解“貞”也。“弘正在謙”者,取象其“以貴下賤”也。言弘大此屯,正在於謙也。“陰求於陽,弱求於強”者,解“大得民”也。
以下は孔穎達の経文「初九」から「利建侯」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。「磐桓」は徘徊して前進しない様子である。初九は《屯》卦の開端に処し、屯難が剛く興起したばかりで、一たび挙動あれば険艱を生出するので、「磐桓」の象を取る。すでに前進しえないので、ただ安居して正道を守持するに宜しく、また分封して諸侯を建立するに宜しい。以下は再び王弼注の「息乱以静」から「得民也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「息乱以静」は、爻辞の「利居貞」を解釈し、「守静以侯」は「利建侯」を解釈し、「安民在正」は「貞」の字を解釈し、「弘正在謙」は、初九が陽をもって衆陰の下に居る「以貴下賤」の卦象に取りて説を立て、その意はこの屯難の世を拡充光大しようとするに、関鍵は正に謙退に在ることを言う。「陰求於陽、弱求於強」の一句に至っては、《象伝》の「大得民」を解釈するものである。
《象》曰:雖“磐桓”,志行正也。不可以進,故“磐桓”也。非為宴安棄成務也,故“雖磐桓,志行正也”。[疏]“《象》曰”至“志行正也”。○正義曰:言初九雖磐桓不進,非苟求宴安,志欲以靜息亂,故居處貞也。非是苟貪逸樂,唯志行守正也。○注“非為宴安棄成務”。○正義曰:“非為宴安棄成務”者,言巳止為前進有難,故磐桓且住,非是苟求宴安,棄此所成之務而不為也。言身雖住,但欲以靜息亂也。以貴下賤,大得民也。陽貴而陰賤也。[疏]正義曰:貴謂陽也,賤謂陰也。言初九之陽在三陰之下,是“以貴下賤”。屯難之世,民思其主之時,既能“以貴下賤”,所以大得民心也。
《象伝》は言う。初九は「磐桓」と徘徊するが、心志の行う所は端正である。王弼注の解釈。前進すべからざるがゆえに徘徊するので、これは安逸を貪って完成すべき事業を棄てたのではない。ゆえに「雖磐桓、志行正也」と言う。以下は孔穎達の《象伝》の「《象》曰」から「志行正也」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。初九は徘徊して進まないが、苟且に安逸を貪求するのではなく、意を用いて鎮静をもって禍乱を止息しようとするので、安居して正を守るのである。逸楽を貪恋するのではなく、ただ心志の行う所が正を守るに在るのみである。以下は王弼注の「非為宴安棄成務」の一句を疏解する。《正義》は言う。王弼がこの句を講ずるのは、初九がただ前進に難あるがゆえに、徘徊して暫く住するのであって、苟も安逸を求めて、すでに成った業を投げ棄てて為すことを肯んぜないのではないことを言う。その意は、身は停住したが、用意はなお静をもって乱を止むに在る。《象伝》は続けて言う。尊貴の身をもって卑賤の下に屈居し、よって大いに民心を得る。王弼注。陽を貴とし、陰を賤とす。孔穎達の疏の解説。「貴」は陽爻を指し、「賤」は陰爻を指す。初九の一陽爻が三陰爻の下に居り、正に「以貴下賤」である。屯難の世に当たり、百姓が明主を思念する時、初九は能く貴をもって下に屈すので、大いに民心を得うる。
六二:屯如邅如,乘馬班如,匪寇婚媾。女子貞不字,十年乃字。志在乎“五”,不從於初。屯難之時,正道未行,與初相近而不相得,困於侵害,故屯邅。“屯”時方屯難,正道未通,涉遠而行,難可以進,故曰:“乘馬班如”也。寇謂初也。無“初”之難,則與“五”婚矣,故曰“匪寇婚媾”也。“志在於五”,不從於初,故曰“女子貞不字”也。屯難之世,勢不過十年者也。十年則反常,反常則本志斯獲矣。故曰“十年乃字”。
経文は言う。六二の爻。屯難に徘徊し、馬に乗りて盤旋して前行せず。来る者は強寇ではなく、求婚の人である。女子は貞を守りて許嫁することを肯んぜず、十年に至って初めて許嫁する。王弼注の解釈。六二の心志は九五に上応するに在り、初九に順従することを肯んぜない。屯難の時は、正道がまだ通行せず、六二と初九は位置が相隣しながら彼此投合せず、侵擾に困えられる。ゆえに「屯如邅如」。所謂「屯」は、正に屯難の際に当たり、正道が未だ通ぜず、遠を渉りて行かんとして、推進し難いを言う。ゆえに「乗馬班如」。爻辞の中の「寇」は初九を指す。もし初九の造成する阻難がなければ、六二はとうに九五と成婚したであろう。ゆえに「匪寇婚媾」。正に心志が九五に在りて、初九に順従しないので、「女子貞不字」と言う。屯難の世は、その勢いは十年を過ぎることはない。十年に満てば常道に回帰し、常道に回帰すれば、六二の本願もまた実現する。ゆえに「十年乃字」。
[疏]“六二”至“十年乃字”。○正義曰:“屯如邅如”者,屯是屯難,邅是邅回,如是語辭也。言六二欲應於九五,即畏初九逼之,不敢前進,故“屯如邅如”也。“乘馬班如”者,《子夏傳》云:“班如者,謂相牽不進也。”馬季長云:“班,班旋不進也。”言二欲乘馬往適於五,正道未通,故班旋而不進也。“匪寇婚媾”者,寇謂初也,言二非有初九與巳作寇害,則得其五為婚媾矣。馬季長云:“重婚曰媾。”鄭玄云:“媾猶會也。”“女子貞不字”者,貞,正也,女子,謂六二也,女子以守貞正,不受初九之愛,“字”訓愛也。“十年乃字”者,十年難息之後,即初不害巳也。乃得往適於五,受五之字愛。十者數之極,數極則變,故云“十年”也。
以下は孔穎達の経文「六二」から「十年乃字」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「屯如邅如」は、「屯」は屯難で、「邅」は徘徊転回で、「如」は語助詞である。その意は六二が九五に上応しようとして、初九が下に在りて相逼することを畏れ、前進することを敢えてしない。ゆえに「屯如邅如」。所謂「乗馬班如」は、《子夏易伝》は言う。「班如」は彼此が牽制して前進しえない。馬融(字季長)は言う。「班」は盤旋して進まない。これは六二が馬に乗りて九五に往かんと欲するが、正道が未だ通ぜず、ゆえにただ盤旋して前進しないことを言う。所謂「匪寇婚媾」は、「寇」は初九を指し、六二はただ初九の自己に対する寇害がなければ、九五と婚媾を結成しうることを言う。馬融は言う。再度結婚するを「媾」と言う。鄭玄は言う。「媾」はすなわち会合である。所謂「女子貞不字」は、「貞」は正で、「女子」は六二を指す。女子が貞正を守持するので、初九の求愛を接受することを肯んぜず、「字」はここで愛に訓する。所謂「十年乃字」は、十年の後に屯難が止息し、初九がもはや自己を侵害せず、六二はこれにより初めて九五に往き、九五の愛慕を接受しうることを言う。十は数の極限で、数が極処に至れば変化する。ゆえに「十年」と言う。
《象》曰:六二之難,乘剛也。十年乃字,反常也。[疏]正義曰:“六二之難,乘剛也”者,釋所以“屯如邅如”也。有畏難者,以其乘陵初剛,不肯從之,故有難也。“十年乃字,反常”者,謂十年之後,屯難止息,得“反常”者,謂反常道,即二適於五,是其得常也。巳前有難,不得行常,十年難息,得反歸於常以適五也。此爻因六二之象,以明女子婚媾之事,即其餘人事,亦當法此。猶如有人逼近於強,雖遠有外應,未敢苟進,被近者所陵,經夕之後,乃得與應相合。是知萬事皆象於此,非唯男女而巳。諸爻所云陰陽、男女之象,義皆仿於此。
《象伝》は言う。六二の艱難は、それが剛爻の上に凌駕するからである。「十年乃字」は、常道に回帰することである。孔穎達の疏の解説。「六二之難、乗剛也」の一句は、なぜ「屯如邅如」であるかを解釈する――六二が難を畏れる所以は、それが下の剛爻初九の上に凌駕し、またそれに順従することを肯んぜないので、難がある。「十年乃字、反常」の一句は、十年の後に屯難が止息して、六二が「反常」を得る、すなわち常道に回帰して、往きて九五に応合することを言う。これにより初めて正常に走ったと算える。此の前は屯難の阻隔があり、常道を行うことができなかった。十年の後に災難が平息して、初めて常道に回帰して九五に応合しうる。この一爻は六二の象を借りて女子の婚嫁の事を説明する。その余の人事も皆当にこの道理を效法すべきである。譬えば或る人が強勢の者に緊隣し、遠処に相応の援手があっても、贸然と往くことを敢えてせず、反って近処の強者に欺凌されて、時過境遷するを待って、初めて遠方の応援と会合しうる。これにより万事が皆これを象としうることを知り、ただ男女の事に限るのではない。各爻の言う陰陽・男女の象は、義理は皆この一条に仿照して理解すべきである。
六三:即鹿無虞,惟入于林中。君子幾,不如舍,往吝。三既近五而無寇難,四雖比五,其志在初,不妨已路,可以進而無屯邅也。見路之易,不揆其志,五應在二,往必不納,何異無虞以從禽乎?雖見其禽而無其虞,徒入于林中,其可獲乎?幾,辭也。夫君子之動,豈取恨辱哉!故不如舍,“往吝,窮也”。
経文は言う。六三の爻。山鹿を追逐するも山林を掌る虞人の引導がなく、ただ空しく樹林の中に闖入するのみである。君子はここに於いて、捨てて追わない如きはなく、往けば必ず悔吝ある。王弼注の解釈。六三はすでに九五に近く、また強寇の為難もない。六四は九五に緊隣するが、心志は初九に在りて、六三の去路を妨げない。ゆえに六三は本来前進しえて徘徊することを須いない。しかしそれはただ道路の平坦を見て、相手の心意を揣度しない――九五の応する所は六二で、六三が往けば必ず接納されない。これは虞人に引路させずして禽獣を追逐するのと何の異なることがあろうか。禽獣を望見したが虞人なく、空しく林中に闖入すれば、どうして猟獲することができようか。「幾」はここで語助詞である。君子は挙動あるに、豈に自ら怨恨と屈辱を取るを肯んずや。ゆえに捨てるに如かず。正に《象伝》の言う「往吝、窮也」に合する。
[疏]“六三”至“舍往吝”。○正義曰:“即鹿無虞”者,即,就也。虞謂虞官,如人之田獵,欲從就於鹿,當有虞官助已,商度形勢可否,乃始得鹿,若無虞官,即虛入於林木之中,必不得虞,故云“唯入于林中”。此是假物為喻。今六三欲往從五,如就鹿也。五自應二,今乃不自揆度彼五之情納已以否,是“無虞”也。即徒往向五,五所不納,是徒入于林中。“君子幾,不如舍”者,幾,辭也。夫君子之動,自知可否,豈取恨辱哉!見此形勢,即不如休舍也。言六三不如舍此求五之心勿往也。“往吝”者,若往求五,即有悔吝也。
以下は孔穎達の経文「六三」から「舍往吝」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「即鹿无虞」は、「即」は就であり靠近である。「虞」は虞官を指し、すなわち山沢を掌る官吏である。人が打猟に行き、山鹿に靠近しようと欲するは、必ず虞官が旁から協助して、彼のために地形形勢の可行か否かを斟酌して、初めて鹿を猟する可能性がある。もし虞官がなければ、ただ空空として樹林に闖入して、必ず一獲もない。ゆえに「唯入于林中」。これは外物を借りて比方する。今六三が往きて九五に依従しようと欲するは、正に猟人が鹿を逐うに如きである。しかし九五が本来応する所は六二で、六三は先に九五が自己を接納するか否かを揣度しない。これが「无虞」である。そこに空しく一趟走って九五に向かうも、九五は並びに接納しない。これは空しく林中に闖入するに等しい。所謂「君子幾、不如舍」は、「幾」は語助詞である。君子は挙動あるに、自己の心の中で可行か否かを明白に知る。豈に自ら怨恨屈辱を取るを肯んずや。この種の形勢を看清すれば、動かずして止まるに如かず。すなわち六三は九五を求合する念頭を放下して、往かないに如かず。所謂「往吝」は、もし往きて九五を求合すれば、悔恨と麻煩を招来することを言う。
○注“見路之易,不揆其志”。○正義曰:“見路之易,不揆其志”者,三雖比四,四不害已,身夫屯邅,是路之平易,即意欲向五而不預先揆度五之情意納已以否,是“無虞”也。獵人先遣虞官商度鹿之所有,猶若三欲適五,先遣人測度五之情意。幾為語辭,不為義也。知此“幾”不為事之幾微,凡“幾微”者,乃從無向有,其事未見,乃為“幾”也。今“即鹿無虞”,是巳成之事,事巳顯者,故不得為幾微之義。
以下は王弼注の「見路之易、不揆其志」の一句を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「見路之易、不揆其志」は、六三が六四と相隣して、六四がそれに加害せず、自身もまた屯難の阻隔がない、これが道路の平坦であることを指す。しかしそれは一心に九五に投向しようとしながら、予め九五が究竟自己を接納するか否かを揣度しない。これがすなわち「无虞」である。猟人が予め虞官を派して鹿の何処に在るかを察看させるは、六三が往きて九五に応合しようと欲するに、また先に人を遣って九五の心意を探測すべきに如きである。「幾」はここではただ語助詞で、自体に実義はない。この「幾」が「事之幾微」として講じられないと断定しうる。凡そ「幾微」と言うのは、皆無から有へ、事情がまだ顕露しない時に初めて「幾」と呼ぶ。しかるに今「即鹿无虞」はすでに既成の事で、事態はすでに明らかに摆れているので、「幾微」によって解釈するわけにはいかない。
《象》曰:“即鹿無虞”,以從禽也。君子舍之,“往吝”窮也。[疏]正義曰:“即鹿無虞,以從禽”者,言即鹿當有虞官,即有鹿也,若無虞官,以從逐於禽,亦不可得也。“君子舍之,往吝窮”者,君子見此之時,當舍而不往。若往則有悔吝窮苦也。
《象伝》は言う。「即鹿无虞」は、人の引導なくして禽獣を追逐するを言う。君子が捨てて追わないのは、「往吝」にして困窮に陥るからである。孔穎達の疏の解説。「即鹿无虞、以従禽」は、その意は鹿を追うに本当に虞官の相助があるべきで、虞官あってこそ鹿を得うる。もし虞官なくして径自に禽獣を追逐すれば、また追い至ることはできない。「君子舍之、往吝窮」は、君子がこの種の局面を見て、即ち捨てて往かずべきであることを言う。もし執意して往けば、悔吝と困頓を招来する。
六四:乘馬班如,求婚媾,往吉,無不利。二雖比初,執貞不從,不害巳志者也。求與合好,往必見納矣。故曰“往吉,無不利”。[疏]正義曰:六四應初,故“乘馬”也。慮二妨巳路,故初時班如旋也。二既不從於初,故四求之為婚,必得媾合,所以“往吉,無不利”。《象》曰:求而往,明也。見彼之情狀也。[疏]正義曰:言求初而往婚媾,明識初與二之情狀,知初納巳,知二不害巳志,是其明矣。
経文は言う。六四の爻。馬に乗りて盤旋し、前に往きて婚配を求め、往けば吉を得、利せざる所なし。王弼注の解釈。六二は初九と相隣するが、貞を守りて初九に従わず、六四の心願を妨げない。六四が往きて初九と結好を求めれば、往けば必ず接納される。ゆえに「往吉、无不利」。孔穎達の疏の解説。六四は初九と相応するので「乗馬」と称す。ただ六四が六二に自己の去路を遮られはせぬかと顧慮して、起初に盤旋して進まない。六二はすでに初九に順従せず、六四が初九に向かって求婚すれば、必ず婚配を成就しうる。ゆえに「往吉、无不利」。《象伝》は言う。先に審察清楚にして然る後に往くは、明智である。王弼注。それが相手の実情を看清したからである。孔穎達の疏の解説。六四が初九を求合して往きて成婚するのは、それが初九と六二の各自の情形を清楚に看明して、初九が自己を接納することを知り、また六二が自己の心願を妨げないことを知ったからである。これがその明智の所である。
九五:屯其膏,小貞吉,大貞凶。處屯難之時,居尊位之上,不能恢弘博施,無物不與,拯濟微滯,亨於群小,而繫應在二,屯難其膏,非能光其施者也。固志同好,不容他間,小貞之吉,大貞之凶。[疏]“九五屯其膏”至“大貞凶”。○正義曰:“屯其膏”者,“膏”謂膏澤恩惠之類,言九五既居尊位,當恢弘博施,唯繫應在二,而所施者褊狹,是“屯難其膏”。“小貞吉,大貞凶”者,貞,正也。出納之吝謂之有司,是小正為吉。若大人不能恢弘博施,是大正為凶。○注“固志同好,不容他間”。○正義曰:“固志同好,不容他間”者,間者,廁也。五應在二,是堅固其志,在於同好,不容他人間廁其間也。《象》曰:“屯其膏”,施未光也。
経文は言う。九五爻は、膏沢を屯積して施下し難し。小さき正道を守れば吉を獲るも、大きき正道を守れば即ち凶有らん。王弼注の解釈。九五は身に屯難の時に処し、至尊の位に居り、本来当に恩沢を広布して与えざるなく、微弱滞塞の人を救助して、群下をして皆亨通を得せしむべし。しかしそれは心を相応の六二に繋えて、膏沢を屯積して下施し難く、自己の施予を光大しえず。それは心志を固守して好む所に専らにして、別人をして其間に插足せしめず。ゆえに小を守れば即ち吉、大を守れば即ち凶。以下は孔穎達が経文の「九五屯其膏」から「大貞凶」までの一段の疏解である。《正義》は言う。所謂「屯其膏」は、「膏」は膏沢恩惠の類を指す。九五はすでに尊位に居り、本当に広く施し博く済すべきに、却ってただ六二に系応して、施す所の範囲は狭隘なり。これがすなわち膏沢を屯積する。所謂「小貞吉、大貞凶」は、「貞」は正である。《論語・尭曰》の言う所の「出納之吝謂之有司」は、ただ收支の細務を管する小吏を指す。この種の「小正」はなお吉と為しうる。もし身に大人と為りて恩沢を広施しえなければ、あればこの種の「大正」は即ち凶なり。以下は王弼注の「固志同好、不容他間」の一句を疏解す。《正義》は言う。「間」は挿入の意。九五の相応する所は六二に在りて、心志を堅定し同好に専らにして、別人をしてその中に插足せしめず。《象伝》は言う。「屯其膏」は、恩施がまだ光大しえざるを言う。
上六:乘馬班如,泣血漣如。處險難之極,下無應援,進無所適,雖比於五,五屯其膏,不與相得,居不獲安,行無所適,窮困闉厄,無所委仰,故“泣血漣如”。[疏]正義曰:處險難之極,而下無應援,若欲前進,即無所之適,故“乘馬班如”,“窮困闉厄,無所委仰”,故“泣血漣如”。《象》曰:“泣血漣如”,何可長也?[疏]正義曰:“何可長”者,言窮困泣血,何可久長也?
経文は言う。上六の爻。馬に乗りて盤旋して前進せず、泣血して止まず、涙流れて漣々たり。王弼注の解釈。上六は険難の頂点に処し、下に相応の援助なく、前進しても往くべき所がない。九五に緊隣するが、九五は正に膏沢を屯積して、それと並びに投合しない。居りて安寧を得ず、行きてまた路なく、困頓阻塞して、依托仰頼する所なし。ゆえに「泣血漣如」。孔穎達の疏の解説。上六は険難の極に処し、下に応援なく、前進しようとして往くべき所がない。ゆえに「乗馬班如」。正に王弼の言う「窮困闉厄、无所委仰」に如く、ゆえに「泣血漣如」。《象伝》は言う。泣血漣々、この境地はどうして長久しえようか。孔穎達の疏の解説。所謂「何可長」は、困頓して泣血の地步に至れば、どこで長久を維持しえようかを言う。
蒙卦
坎下艮上。蒙:亨。匪我求童蒙,童蒙求我。初筮告,再、三瀆,瀆則不告。“筮”,筮者決疑之物也。童蒙之來求我,欲決所惑也。決之不一,不知所從,則復惑也。故初筮則告,再、三則瀆。瀆,蒙也。能為初筮,其唯二乎?以剛處中,能斷夫疑者也。
《蒙》卦は下卦が坎で上卦が艮である。卦辞は言う。蒙は亨通す。我が蒙昧の童子を求めるにあらず、蒙昧の童子が我を求める。初次占問すればそれを告げ、再三追問すればすなわち褻瀆で、褻瀆すればもはや相告げない。王弼注の解釈。所謂「筮」は、疑惑を決断する手段である。蒙昧の童子が我に求教するは、心中の困惑を解開するためである。もし解答が専一でなければ、それは反ってどの一説を聴くべきかを知らず、ここにおよそ一層困惑する。ゆえに初次占問すれば明白に相告げ、再三追問すれば褻瀆となる。褻瀆は、正に蒙昧の表現である。全卦の中で「初筮」の任を担当しうるのは、殆ど九二のみであろうか。それは剛健の徳をもって下卦の中に居り、正に人に替わって疑惑を決断しうる人である。
[疏]“蒙亨”至“瀆則不告”。○正義曰:蒙者,微昧闇弱之名。物皆蒙昧,唯原亨通,故云“蒙、亨”。“匪我求童蒙,童蒙求我”者,物既闇弱而意原亨通,即明者不求於闇,即匪我師德之高明往求童蒙之闇,但闇者求明,明者不諮於闇,故云“童蒙求我”也。“初筮告”者,初者,發始之辭;筮者,決疑之物。童蒙既來求我,我當以初始一理剖決告之。“再三瀆,瀆則不告”者,師若遲疑不定,或再或三,是褻瀆,瀆則不告。童蒙來問,本為決疑,師若以廣深二義再三之言告之,則童蒙聞之,轉亦瀆亂,故不如不告也。自此以上,解“蒙亨”之義。順此上事,乃得“亨”也。故“亨”文在此事之上也。不云“元”者,謂時當蒙弱,未有元也。
以下は孔穎達の卦辞「蒙亨」から「瀆則不告」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。「蒙」は幽微昏昧、暗弱無知の称呼である。万物が皆なお蒙昧で、ただ亨通しうることを盼望する。ゆえに「蒙、亨」。所謂「匪我求童蒙、童蒙求我」は、万物がすでに暗弱で、心はまた亨通を願求するならば、明白の一方は昏昧の一方に求教しないことを言う――我という徳行高明の師長が蒙昧の童子を求めるのではなく、昏昧の者が明白の者に来り求める。明白の者は昏昧の者に請教しない。ゆえに「童蒙求我」。所謂「初筮告」は、「初」は発端起始の辞で、「筮」は疑惑を決断する手段である。童蒙はすでに来り求教するので、我は当に最初に認定したあの一つの道理をもって、それのために剖断明説すべきである。所謂「再三瀆、瀆則不告」は、師たる者がもし遅疑不決で、一説を再説し、説いてまた説けば、それは褻瀆となる。褻瀆すればもはや相告げない。童蒙が来り問うは、本来疑惑を解くためである。老師がもし寛泛と深奥の両層の意思を反復してそれに講じ聴かせれば、童蒙は聴いて反って一層混乱する。あれは説かない如きである。以上は皆「蒙亨」の含意を解釈する。上面のこれらの道理に順って為せば、亨通を得うる。ゆえに卦辞は「亨」の字をこれらの言葉の前頭に置く。卦辞が「元」を言わないのは、時が蒙昧幼弱に当たり、まだ「元」を談ずるに及ばないからである。
○注“初筮告”。○正義曰:“初筮則告”者,童蒙既來求我,我當以初心所念所筮之義,一理而剖告之。“再三則瀆,瀆,蒙也”者,若以棄此初本之意,而猶豫遲疑,岐頭別說,則童蒙之人,聞之褻瀆而煩亂也。故“再三則瀆,瀆,蒙也”。“能為初筮,其唯二乎”者,以《彖》云“初筮告,以剛中”者,剛而得中故知是二也。
以下は王弼注の「初筮告」の一節を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「初筮則告」は、童蒙がすでに来り我に求教するので、我は当に最初に心中に想い占得したあの一層の義理を取りて、一説に専主してそれのために剖断相告すべきであることを言う。「再三則瀆、瀆、蒙也」と講ずるのは、もし最初の本意を丢開して、猶豫遅疑して、別に頭緒を起こして別作一番の説法をすれば、童蒙は聴いてただ軽慢煩乱と覚えるのみである。ゆえに「再三則瀆、瀆、蒙也」。「能為初筮、其唯二乎」と講ずるのは、《彖伝》が「初筮告、以剛中也」と言うからである――すでに剛健でありかつ中位を得れば、指す所が正に九二であることを知る。
利貞。“蒙”之所利,乃利正也。夫明莫若聖,昧莫若蒙。蒙以養正乃聖功也。然則養正以明,失其道矣。[疏]“利貞”。○正義曰:貞,正也。言蒙之為義,利以養正,故《彖》云“蒙以養正”,乃“聖功也”。若養正以明,即失其道也。○注“然則養正以明失其道”。○正義曰:“然則養正以明,失其道”者,言人雖懷聖德,若隱默不言,人則莫測其淺深,不知其大小,所以聖德彌遠而難測矣。若彰顯其德,苟自發明,即人知其所為,識其淺深。故《明夷》注云“明夷蒞眾,顯明於外,巧所避”是也。此卦,《繫辭》皆以人事明之。
卦辞はまた言う。利貞。王弼注の解釈。《蒙》卦の利する所は、正を守るに利在る。明白を講ずれば、聖人より明白なるはなく、昏昧を講ずれば、童蒙より昏昧なるはない。蒙昧含蔵の状態をもって正道を涵養するは、正に聖徳を成就する功夫である。反って、もし聡明を彰顕に頼って正道を涵養すれば、それはその門径を失う。以下は孔穎達の「利貞」の二字に対する疏解である。《正義》は言う。「貞」は正である。《蒙》卦の義理は、正道を涵養するに利在り、ゆえに《彖伝》は「蒙以養正」と言い、あれこそ「聖功」である。もし聡明を顕露する弁法をもって正を養えば、正道に背離する。以下は王弼注の「然則養正以明失其道」の一句を疏解する。《正義》は言う。王弼がこの句を講ずるのは、人は縦に聖人の徳行を懐いても、ただ沈黙して露わさざれば、他人はその深浅を測れず、その大小を看られず、聖徳はこれにより愈々深遠にして測り難くなる。もし徳行を張揚して、随意に自我表白すれば、他人は彼の為す所を知り、その深浅を看られる。ゆえに王弼は《明夷》卦の注で「明夷莅衆、顕明於外、巧所避」と言い、講ずる所は正にこの道理である。この一卦は、《繋辞》が一概に人事に就いて闡明する。
《彖》曰:蒙,山下有險,險而止,蒙。退則困險,進則閡山,不知所適,蒙之義也。[疏]正義曰:“山下有險”者,坎在艮下,是山下有險。艮為止,坎上遇止,是險而止也。恐進退不可,故蒙昧也。此釋蒙卦之名。“蒙,亨”,以亨行,時中也。時之所願,惟願“亨”也。以亨行之,得“時中”也。[疏]正義曰:疊“蒙亨”之義,言居“蒙”之時,人皆願“亨”。若以亨道行之於時,則得中也。故云“時中”也。
《彖伝》は言う。蒙卦は、山下に険あり、険に遇いて停止して前進せず、これが「蒙」である。王弼注の解釈。後に退けば険に陥り、前に進めば山に阻まる。何処に往くべきかを知らず、これが正に「蒙」の含意である。孔穎達の疏の解説。所謂「山下有険」は、坎卦が艮卦の下に在るからである。坎を険とし艮を山とし、正に山下に険あり。艮の卦徳は止で、坎は上に於いて止に遇い、すなわち「険而止」である。すでに進むも能わず退くも能わざるを怕れるので、蒙昧に陥る。この一段は《蒙》卦が名を得る由来を解釈する。《彖伝》はまた言う。「蒙、亨」は、亨通の道に依りて行けば、当時の中道に合するからである。王弼注の解釈。この時の人心の願う所は、唯だ「亨」に在るのみ。亨通の道に依りて行けば、「時中」を得着する。孔穎達の疏の解説。これは卦辞の「蒙亨」を重畳出して解釈を加え、その意は身に蒙昧の時に処して、人々は皆亨通を盼望し、もしこの時に亨通の道に依りて行えば、中道に合する。ゆえに「時中」と言う。
“匪我求童蒙,童蒙求我”,志應也。“我”謂非“童蒙”者也。非“童蒙”者,即陽也。凡不識者求問識者,識者不求所告;闇者求明,明者不諮於闇。故《蒙》之為義,“匪我求童蒙,童蒙求我”也。童蒙之來求我,志應故也。[疏]正義曰:以童蒙闇昧之志,而求應會明者,故云“志應”也。
《彖伝》は言う。「匪我求童蒙、童蒙求我」は、双方の心志が相応するからである。王弼注の解釈。ここの「我」は、「童蒙」に属しない一方を指し、すなわち陽爻である。およそ懂らない人が懂る人に求教すれば、懂る人は反って求めて他人に告げには行かない。昏昧の者が明白の者に求教し、明白の者は昏昧の者に請教しない。ゆえに《蒙》卦の義理はすなわち「匪我求童蒙、童蒙求我」。童蒙が来り我を求めるは、正に彼此の心志が相応するからである。孔穎達の疏の解説。童蒙はその昏昧の志をもって、明白の者と相応会合することを求め得る。ゆえに《彖伝》は「志応」と言う。
初筮告,以剛中也。謂二也。二為眾陰之主也,無剛失中,何由得初筮之告乎?再、三瀆,瀆則不告。瀆,蒙也。蒙以養正,聖功也。[疏]正義曰:“再三瀆,瀆則不告。瀆,蒙”者,所以再三不告,恐瀆亂蒙者。自此以上,《彖》辭總釋“蒙亨”之義。“蒙以養正,聖功也”者,能以蒙昧隱默自養正道,乃成至聖之功。此一句釋經之“利貞”。
《彖伝》は言う。初次占問すればそれを告げるは、九二が剛健にして中を得るからである。王弼注の解釈。ここで言うのは九二である。九二は衆陰の爻の帰向する主爻である。もしそれが剛健でなく、また中に居らなければ、何を憑って「初筮」の相告の責を担当しえようか。《彖伝》は続けて言う。再三追問すればすなわち褻瀆で、褻瀆すればもはや相告げない。褻瀆は、すなわち蒙昧である。蒙昧含蔵をもって正道を涵養するは、聖徳を成就する功業である。孔穎達の疏の解説。所謂「再三瀆、瀆則不告。瀆、蒙」は、再三追問すればもはや相告げない所以は、恐れて反ってこの蒙昧の人を攪して一層混乱せしめるからである。以上のこれらは、皆《彖伝》が総じて「蒙亨」の含意を解釈する。所謂「蒙以養正、聖功也」は、能く蒙昧沈黙の中に自ら正道を涵養して、初めて至聖の功業を成就するを言う。この一句は卦辞の中の「利貞」を解釈する。
《彖》曰:山下出泉,蒙。山下出泉,未知所適,蒙之象也。[疏]正義曰:山下出泉,未有所適之處,是險而止,故蒙昧之象也。君子以果行育德。“果行”者,初筮之義也。“育德”者,養正之功也。[疏]正義曰:君子當發此蒙道,以果決其行,告示蒙者,則“初筮之義”。“育德”謂隱默懷藏,不自彰顯,以育養其德。“果行”、“育德”者,自相違錯,若童蒙來問,則果行也,尋常處眾則育德,是不相須也。
ここの底本は「《彖》曰」と作るも、文例に按ずれば実は《象伝》の大象の辞である。《象伝》は言う。山下より泉水湧出す、これが《蒙》卦の象である。王弼注の解釈。山下より泉出るも、泉水はまだ何処に流向すべきかを知らず、正に蒙昧の象である。孔穎達の疏の解説。山下より泉出で、まだ去るべき所なく、正に「険而止」の卦徳に合し、ゆえに蒙昧の象である。《象伝》は続けて言う。君子はこれにより果決の行動をもって、自己の徳性を涵育す。王弼注の解釈。所謂「果行」は、「初筮」の明断相告の義理である。所謂「育徳」は、正道を涵養する功夫である。孔穎達の疏の解説。君子は当にこの蒙昧の道を開啓し、果決に行動に付し、明白に蒙昧の人に告示すべきである。これが「初筮」の義である。「育徳」は沈黙含蔵して、自我張揚せず、もって自己の徳行を涵養することを指す。「果行」と「育徳」の両者は見れば彼此相違するが如きである。童蒙が来り求問する時は即ち果決に行い、平日に衆人と相処する時は即ち徳を涵して露わさず、二者は並びに同時に併用することを須いない。
初六:發蒙,利用刑人,用說桎梏,以往吝。處蒙之初,二照其上,故蒙發也。蒙發疑明,刑說當也。“以往吝”,刑不可長。[疏]“初六”至“以往吝”。正義曰:“發蒙”者,以初近於九二,二以陽處中,而明能照闇,故初六以能發去其蒙也。“利用刑人,用說桎梏”者,蒙既發去,無所疑滯,故利用刑戮於人,又利用說去罪人桎梏,以蒙既發去,疑事顯明,刑人說桎梏皆得當。在足曰桎,在手曰梏。《小雅》云:“杻謂之梏,械謂之桎。”“以往吝”者,若以正道而往,即其事益善矣;若以刑人之道出往,往之即有鄙吝。
経文は言う。初六の爻。蒙昧を啓発し、人に用刑するに宜しく、その桎梏を解脱するに宜し。もし一味にこのようにして往けば悔吝ある。王弼注の解釈。初六は蒙昧の初めに処し、九二がその上に在りて照臨するので、蒙昧が啓発を得る。蒙昧が一開し疑惑が一明すれば、用刑も解脱も皆处置が当を得る。「以往吝」に至っては、刑罰は長久に施行すべからざるを言う。以下は孔穎達の経文「初六」から「以往吝」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「発蒙」は、初六が九二に緊隣して、九二が陽剛をもって中に居り、その明は昏暗を照見するに足りるので、初六はそれを借りて啓発され、自己の蒙昧を除去する。所謂「利用刑人、用説桎梏」は、蒙昧がすでに除去され、心中に再び疑滞なく、よって人に刑罰を施行するに宜しく、また罪人の桎梏を解开するに宜しい。正に蒙昧が去り疑難が分明なので、用刑も釈放も皆当を得る。脚上に戴くを「桎」と呼び、手上に戴くを「梏」と呼ぶ。《小爾雅》は言う。手械を「梏」と呼び、足械を「桎」と呼ぶ。所謂「以往吝」は、もし正道に循りて行けば、事情は愈々善く弁成する。もし一味に刑人の手段を沿用して行けば、鄙吝を招致する。
《象》曰:“利用刑人”,以正法也。刑人之道,道所惡也。以正法制,故刑人也。[疏]正義曰:且刑人之道乃賊害於物,是道之所惡,以利用刑人者,以正其法制,不可不刑矣。故刑罰不可不施於國,鞭撲不可不施於家。案:此經刑人、說人二事,《象》直云“利用刑人”一者,但舉刑重故也。
《象伝》は言う。「利用刑人」は、法度を端正するためである。王弼注の解釈。人に用刑するは本来人を傷害する做法で、道の悪む所である。ただ法度を端正しようとする所以に、刑を用いざるを得ない。孔穎達の疏の解説。人に用刑するは畢竟は生民を残傷する事で、正道の悪む所である。「利用刑人」と言う所以は、法度を整粛しようとして、刑に非ざれば不可だからである。ゆえに刑罰は国に施行せざるを得ず、鞭笞責罰も家に施行せざるを得ない。按ずるに。この一爻の経文は本当に「刑人」と「説人」の二件の事を講じたが、《象伝》はただ「利用刑人」の一件を挙ぐるのみである。あれはただ其中の分量の較えて重い一項を挙げたのみである。
九二:包蒙吉,納婦吉,子克家。以剛居中,童蒙所歸,包而不距則遠近咸至,故“包蒙吉”也。婦者,配巳而成德者也。體陽而能包蒙,以剛而能居中,以此納配物莫不應,故“納婦吉”也。處於卦內,以剛接柔,親而得中,能幹其任,施之於子,克家之義。[疏]“九二”至“子克家”。正義曰:“包”謂包含,九二以剛居中,童蒙悉來歸己,九二能含容而不距,皆與之決疑,故得吉也。九二以剛居中,陰來應之。“婦”謂配也,故納此匹配而得吉也。此爻在下體之中,能包蒙納婦,任內理中,幹了其任,即是子孫能克荷家事,故云“子克家”也。○注“親而得中”。○正義曰:“親而得中”者,言九二居下卦之中央,上下俱陰,以己之兩陽迎接上下二陰,陰陽相親,故云“親而得中”也。“能幹其任”者,既能包蒙,又能納匹,是能幹其任。
経文は言う。九二の爻。蒙昧を包容すれば吉、妻室を娶納すれば吉、子弟は家業を担当しうる。王弼注の解釈。九二は陽剛をもって中位に居り、童蒙たちの帰向する対象である。それは包容して拒斥せず、ここにおよそ遠近の人が皆来り帰附する。ゆえに「包蒙吉」。所謂「婦」は、自己と相配して共にその徳を成す人である。九二は本体が陽に属して蒙昧を包容し、剛健を秉りて中位に居うる。このような徳行をもって配偶を接納すれば、万物は応ぜざるなし。ゆえに「納婦吉」。それは下卦の中に処し、剛をもって柔に接し、親和して中道を得、其職に勝任しうる。この層の意を子弟の身上に落せば、すなわち家業を担当しうる含意である。以下は孔穎達の経文「九二」から「子克家」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。「包」は包含である。九二は陽剛をもって中に居り、童蒙たちが皆来り帰附するので、九二は能く容納して拒絶せず、一々彼らのために疑難を決断する。ゆえに吉を得る。九二は陽剛をもって中に居り、陰爻が前来してそれと相応する。「婦」はすなわち配偶で、ゆえにこの配偶を接納して吉を得る。この爻は下卦の中に居り、すでに蒙昧を包容し、また配偶を接納し、内事を主持して中道を料理し、職分を妥帖に弁うる。これはすなわち子孫が家事を担い上げうるに如同じ。ゆえに「子克家」と言う。以下は王弼注の「親而得中」の一句を疏解する。《正義》は言う。所謂「親而得中」は、九二が下卦の正中に居り、上下が皆陰爻で、それは自身の陽剛をもって上下二つの陰爻を迎接し、陰陽が相親する。ゆえに「親而得中」。所謂「能幹其任」は、それがすでに蒙昧を包容し、また配偶を接納しうる、正に其職に勝任しうることを言う。
《象》曰:“子克家”,剛柔節也。[疏]正義曰:以陽居於卦內,接待群陰,是剛柔相接,故克幹家事也。六三:勿用取女。見金夫,不有躬,無攸利。童蒙之時,陰求於陽,晦求於明,各求發其昧者也。六三在下卦之上,上九在上卦之上,男女之義也。上不求三而三求上,女先求男者也。女之為體,正行以待命者也。見剛夫而求之,故曰“不有躬”也。施之於女,行在不順,故“勿用取女”,而“無攸利”。
《象伝》は言う。「子克家」は、剛と柔が互相調節するからである。孔穎達の疏の解説。九二は陽爻をもって卦体の内に居り、衆陰爻を接待するは、正に剛柔相接する。ゆえに家事を担い上げうる。経文はまた言う。六三の爻。この女子を娶るなかれ。彼女は一たび銭財権勢ある男子を見れば身を失いて相従し、利益の言うべきはない。王弼注の解釈。童蒙の時に当たり、陰は陽に助を求め、暗は明に助を求め、各々皆自己の蒙昧を啓発しようと欲する。六三は下卦の上に居り、上九は上卦の上に居り、両者は男女相配の意味がある。しかし上九は来りて六三を求めず、反って六三が上九を求めに往く。これは女子が先に男子を求めるとなる。女子の常道は、本来端正に自守して、相手の来聘を待つべきである。今は一たび剛強の男子を見れば主動して追求する。ゆえに彼女を「不有躬」と言い、自身を保有しえない。女子の身上に落せば、行事はすでに順道に合せず。ゆえに「勿用取女」、しかも「无攸利」。
[疏]“六三”至“無攸利”。○正義曰:“勿用取女”者,女謂六三,言勿用取此六三之女。所以不須者,此童蒙之世,陰求於陽,是女求男之時也。“見金夫”者,謂上九以其剛陽,故稱“金夫”。此六三之女,自往求見“金夫”。女之為禮,正行以待命而嫁。今先求於夫,是為女不能自保其躬,固守貞信,乃非禮而動,行既不順,若欲取之,無所利益,故云“不有躬,無攸利”也。《象》曰:“勿用取女”,行不順也。[疏]正義曰:釋“勿用取女”之義。所以勿用取此女者,以女行不順故也。
以下は孔穎達の経文「六三」から「无攸利」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「勿用取女」は、「女」は六三を指し、六三というこの女子を娶るなかれを言う。娶るべからざる所以は、正に童蒙の世に当たり、陰が陽に助を求め、すなわち女子が男子を求める時だからである。所謂「見金夫」は、上九がその陽剛の質をもってするので「金夫」と称され、六三というこの女子は竟に自ら前に往きて「金夫」を求見する。按ずるに女子の応に守るべき礼節は、本来端正に自持して、相手が下聘するを待って然る後に出嫁すべきである。今は却って先に抢して男子を求める。これがすなわち身に女子として自身を保守し貞信を固守しえず、行動が礼に合せない。行事はすでに順せず、もし彼女を娶らんとすれば、毫も益の得るべきなし。ゆえに「不有躬、无攸利」。《象伝》は言う。「勿用取女」は、彼女の行為が順道に合せざるからである。孔穎達の疏の解説。これは「勿用取女」の含意を解釈する――この女子を娶らざる所以は、正に彼女の行為が礼に順せざるからである。
六四:困蒙,吝。獨遠於陽,處兩陰之中,闇莫之發,故曰“困蒙”也。困於蒙昧,不能比賢以發其志,亦以鄙矣,故曰“吝”也。[疏]正義曰:此釋六四爻辭也。六四在兩陰之中,去九二既遠,無人發去其童蒙,故曰困於蒙昧而有鄙吝。《象》曰:“困蒙”之吝,獨遠實也。陽稱實也。[疏]“《象》曰”至“獨遠實也”。○正義曰:“獨遠實”者,實謂九二之陽也。九二以陽,故稱實也。六三近九二,六五近上九,又應九二,唯此六四既不近二,又不近上,故云“獨遠實也”。○注“陽實也”。○正義曰:陽主生息,故稱實。陰主消損,故不得言實。
経文は言う。六四爻は、蒙昧に困しみて、悔吝有らん。王弼注の解釈。六四は単に陽爻を離るること最も遠く、また両個の陰爻の中間に挟まり、暗昧にして人のそれがために開啓する者なし。ゆえに「困蒙」。蒙昧に困せられ、また能く賢者に親近して以て心志を啓発しえず。これもまた鄙陋に足る。ゆえに「吝」。孔穎達の疏解。これは六四の爻辞を解釈す。六四は両個の陰爻の當中に挟まり、九二を離るること甚だ遠く、人の来りてその童蒙を除去する者なし。ゆえにそれが蒙昧に困しみて鄙吝有りと言う。《象伝》は言う。「困蒙」に悔吝有る所以は、それが単に充実の爻を遠離るるによる。王弼注。陽爻は「実」と称す。以下は孔穎達が《象伝》の「《象》曰」から「独遠実也」までの一段の疏解である。《正義》は言う。所謂「独遠実」は、「実」は九二のこの陽爻を指す。九二は陽なので、「実」と称す。六三は九二に緊隣し、六五は上九に緊隣してまた九二と相応じ、唯だ六四のみは九二に挨らず、また上九に挨らず。ゆえに「独遠実也」。以下は王弼注の「陽実也」の一句を疏解す。《正義》は言う。陽は生長増益を主る。ゆえに「実」と称す。陰は消減虧損を主る。ゆえに「実」と呼びえず。
六五:童蒙吉。以夫陰質居於尊位,不自任察而委於二,付物以能,不勞聰明,功斯克矣,故曰“童蒙吉”。[疏]正義曰:言六五以陰居於尊位,其應在二,二剛而得中,五則以事委任於二,不勞巳之聰明,猶若童稚蒙昧之人,故所以得吉也。《象》曰:“童蒙”之吉,順以巽也。委物以能,不先不為,“順以巽也”。[疏]“《象》曰”至“順以巽也”。正義曰:“順以巽也”,釋童蒙之吉,巽以順也,猶委物於二。順謂心順,巽謂貌順。故褚氏云:“順者,心不違也。巽者,外跡相卑下也。”○注“委物以能”至“順以巽也”。○正義曰:“委物以能”,謂委付事物與有能之人,謂委二也。“不先不為”者,五雖居尊位,而專委任於二,不在二先而首唱,是順於二也。“不為”者,謂不自造為,是委任二也。不先於二,是心順也;不自造為,是貌順也。
経文は言う。六五の爻。童蒙の如し、吉。王弼注の解釈。六五は柔弱の陰質をもって尊位に居り、自ら明察を逞しくせず、事情を九二に托付して、有能力の人に弁わせ、自己は労費聡明せず、功業は反って成就を得る。ゆえに「童蒙吉」。孔穎達の疏の解説。六五は陰爻をもって尊位に居り、応する所は九二で、九二は剛健にして中位を得る。ここにおよそ六五は政事を九二に托付し、自己の聡明を労費せず、稚気蒙昧の孩子に如きである。よって吉を得る。《象伝》は言う。「童蒙」が吉なる所以は、それが心順いで貌恭なるからである。王弼注の解釈。事情を才能ある人に托付し、前頭に抢せず、また自作主張しない。これが「順以巽也」。以下は孔穎達の《象伝》の「《象》曰」から「順以巽也」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。「順以巽也」は童蒙が吉を得る縁由を解釈する――「巽」はすなわち恭順で、事情を九二に托付するに如同じ。「順」は内心が順従することを指し、「巽」は外貌が謙恭することを指す。ゆえに褚仲都は言う。「順」は心の中で違逆せざること、「巽」は外在の挙止が人に対して卑下すること。以下は王弼注の「委物以能」から「順以巽也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。所謂「委物以能」は、事情を有才能の人に交付し、すなわち九二に交付する。所謂「不先不為」は、六五が尊位に居るが、一意に九二に托付して、九二の前頭に抢して其の事を首倡しない。これはすなわち九二に順従することである。「不為」は自作主張せざるを言い、なお九二に托付するの意である。九二の先に抢せざるは、内心の順であり、自作主張せざるは、外貌の恭である。
上九:擊蒙,不利為寇,利禦寇。處蒙之終,以剛居上,能擊去童蒙,以發其昧者也,故曰“擊蒙”也。童蒙原發而已能擊去之,合上下之願,故莫不順也。為之捍禦,則物咸附之。若欲取之,則物咸叛矣,故“不利為寇,利禦寇”也。[疏]正義曰:處蒙之終,以剛居上,能擊去眾陰之蒙,合上下之願,故莫不順從也。若因物之來即欲取之而為寇害,物皆叛矣,故“不利為寇”也。若物從外來,為之捍禦,則物咸附之,故“利用禦寇”也。《象》曰:利用禦寇,上下順也。[疏]正義曰:所宜利為物禦寇者,由上下順從故也。言此爻既能發去眾蒙,以合上下之願,又能為之禦寇,故上下彌更順從也。
経文は言う。上九の爻。蒙昧を撃破す。侵奪の強寇を為るに宜からず、人に替わって強寇を抵御するに宜し。王弼注の解釈。上九は《蒙》卦の終点に処し、陽剛をもって上位に居り、童蒙を撃去して彼らの昏昧を啓発しうる。ゆえに「撃蒙」。童蒙は本来開啓されるを盼望しており、上九は正に彼らのために蒙昧を撃去して、上下の心願に合する。ゆえに順従せざるなし。上九がもし衆人に替わって外侮を抵御すれば、衆人は皆来り帰附する。もし反って彼らを侵奪せんとすれば、衆人は皆背叛せんとする。ゆえに「不利為寇、利御寇」。孔穎達の疏の解説。上九は蒙の終に処し、陽剛をもって上位に居り、衆陰爻の蒙昧を撃去しえて、上下の心願に合する。ゆえに順従せざるなし。もし衆人の来帰するに趁りて己有とし侵害を加えんと欲すれば、衆人は皆背叛する。ゆえに「不利為寇」。もし外来の勢力が侵擾すれば、上九は衆人に替わって抵挡し、衆人は皆それに帰附する。ゆえに「利用御寇」。《象伝》は言う。外寇を抵御するに宜しきは、上下が皆順従するからである。孔穎達の疏の解説。上九が衆人に替わって外寇を抵御するに宜しき所以は、正に上下が順従する縁故による。これはこの爻が衆人の蒙昧を除去して上下の心願に合し、また彼らに替わって外侮を抵御しうるので、上下が一層順従することを言う。
上経需伝巻二・需卦
乾下坎上。需:有孚,光亨貞吉,利涉大川。[疏]正義曰:此需卦繫辭也。“需”者,待也。物初蒙稚,待養而成,無信即不立,所待唯信也,故云“需有孚”,言《需》之為體,唯有信也。“光亨貞吉”者,若能有信,即需道光明物得亨通,於正則吉,故云“光亨貞吉”也。“利涉大川”者,以剛健而進,即不患於險,乾德乃亨,故云“利涉大川”。《彖》曰:需,須也,險在前也。剛健而不陷,其義不困窮矣。“需有孚,光亨貞吉”,位乎天位,以正中也。謂五也,位乎天位,用其中正,以此待物,需道畢矣,故“光亨貞吉”。
《需》卦は下卦が乾で上卦が坎である。卦辞は言う。需は、誠信を心に懐き、光明亨通して正を守れば吉を得、大河を渡越するに宜し。孔穎達の疏の解説。これは《需》卦の卦辞である。「需」は等待である。万物は初生蒙稚で、養育を待って初めて成就しうる。誠信なければ立てず、待つ所は正に一個の「信」の字である。ゆえに「需有孚」。その意は《需》卦の本体が、全て一個の「信」の上に在る。所謂「光亨貞吉」は、もし信有ること能わば、等待の道は光明で、万物は亨通を得、正道に守れば吉。ゆえに「光亨貞吉」。所謂「利渉大川」は、剛健の徳をもって前進すれば、険阻を怕れず、乾徳はこれにより亨通する。ゆえに「利渉大川」。《彖伝》は言う。需はすなわち等待で、険阻が前に横たわるからである。剛健にして陥落せず、その義理は困窮に至らない。「需有孚、光亨貞吉」は、天位に居りて、また正を持ち中を守れるからである。王弼注の解釈。言う所は正に九五である。それは天子の位に居り、中正の徳を運用して、これをもって外物に対待する。等待の道はここに於て完備す。ゆえに「光亨貞吉」。
[疏]“彖曰需須也”至“以正中也”。○正義曰:此釋需卦繫辭。需,須也。“險在前”者,釋需卦之名也,是需待之義,故云“需,須也”。“險在前”,釋所以需待由險難在前,故有待乃進也。“剛健而不陷,其義不困窮矣”者,解需道所以得亨,由乾之剛健,前雖遇險而不被陷滯,是其需待之義,不有困窮矣,故得“光亨貞吉”,由乾之德也。“需有孚,光亨貞吉,位乎天位以正中”者,此疊出需卦繫辭,然後釋之也。言此需體非但得乾之剛彊而不陷,又由中正之力也。以九五居乎天子之位,又以陽居陽,正而得中,故能有信,光明亨通而貞吉也。剛健而不陷,只由二象之德,位乎天位以正中,是九五之德也。凡卦之為體,或直取象而為卦德者,或直取爻而為卦德者,或以兼象兼爻而為卦德者,此卦之例是也。
以下は孔穎達の《彖伝》の「彖曰需須也」から「以正中也」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。この一段は《需》卦の卦辞を解釈する。「需」はすなわち等待である。所謂「険在前」は、《需》卦が名を得る由来を解釈する――正に険難が当前に在るので等待を須う。ゆえに「需、須也」。「険在前」の一句は、等待を須う所以は、険難が前頭に横たわり、時機を待って初めて前進すべきを説明する。所謂「剛健而不陥、其義不困窮矣」は、等待の道がなぜ亨通しうるかを解釈する――下卦乾の剛健により、前は険阻に遇うも陥り留まることなく、これが正に「需待」の意義の在る所で、よって困窮に至らず、ゆえに「光亨貞吉」を得うる。これは乾徳の帯来する所である。所謂「需有孚、光亨貞吉、位乎天位以正中」は、先に卦辞を重畳引き出して、然る後に解釈を加える。この《需》卦の体はただ乾の剛強を得て陥落せざるのみならず、また中正の徳に得力する。九五は天子の位に居り、また陽爻をもって陽位に居り、正であってまた中を得る。ゆえに誠信有ること能くし、光明亨通して正を守れば吉。「剛健而不陥」はただ上下二卦の象の徳性を取り、「位乎天位以正中」は九五一爻の徳性を取る。大凡一卦の卦体は、あるものは直接に卦象を取りて卦徳を立て、あるものは直接に某爻を取りて卦徳を立て、あるものは兼ねて卦象と爻位を取りて卦徳を立てる――《需》卦は正に兼取の例である。
○注“謂五也”至“光亨貞吉”。○正義曰:“需道畢矣”者,凡需待之義先須於信,後乃光明亨通於物而貞吉,能備此事,是須道終畢。五即居於天位,以陽居尊,中則不偏,正則無邪。以此待物,則所為皆成,故“需道畢矣”。
以下は王弼注の「謂五也」から「光亨貞吉」までの一段を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「需道畢矣」は、凡そ等待の義は、先に誠信有ることを要して、然る後に初めて万物に光明亨通して正を守れば吉を得うる。この幾層が皆具備して、等待の道が初めて完満と算える。九五はすでに天子の位に居り、陽爻をもって尊位に居り、中に居れば偏頗なく、正を得れば邪曲なし。このような徳行をもって外物に対待すれば、為す所の事は成せざるなし。ゆえに「需道畢矣」。
利涉大川,往有功也。乾德獲進,往輒亨也。[疏]“利涉大川往有功也”。○正義曰:釋“利涉大川”之義,以乾剛健,故行險有功也。○注“乾德”至“亨也”。○正義曰:前云“剛健而不陷”,此云“往有功”,剛健即“乾”也。故“乾”德獲進,往而有功,即是往輒亨通也。此雖釋“利涉大川”,兼釋上“光亨”之義,由是“光亨”乃得“利涉大川”,故於利涉大川乃明亨也。
《彖伝》は言う。「利渉大川」は、往けば必ず功效有るを言う。王弼注の解釈。乾徳が推進を得れば、一たび往けば即ち亨通す。以下は孔穎達が「利渉大川往有功也」の一句の疏解である。《正義》は言う。これは「利渉大川」の含意を解釈する――下卦の乾が剛健有力なるによるに、険を渉りて能く功を建つ。以下は王弼注の「乾徳」から「亨也」までの一段を疏解す。《正義》は言う。前面の《彖伝》は「剛健而不陥」と講じ、ここは「往有功」と講ずる。所謂剛健は即ち乾なり。ゆえに乾徳が推進を得れば、前往すれば即ち功效有り。即ち一たび往けば便ち亨通す。この一句は「利渉大川」を解釈するなりと雖も、同時にまた兼ねて上文の「光亨」の義を釈す。正に「光亨」なるがゆえに、初めて能く「利渉大川」しうる。ゆえに「利渉大川」の処に於て順帯して「亨」の道理を点明す。
《象》曰:雲上於天,需,君子以飲食宴樂。童蒙已發,盛德光亨,飲食宴樂,其在茲乎![疏]“《象》曰”至“飲食宴樂”。○正義曰:坎既為險,又為雨,今不言險雨者,此象不取險難之義也。故不云“險”也。雨是巳下之物,不是須待之義,故不云“雨”也。不言天上有云,而言“雲上於天”者,若是天上有云,無以見欲雨之義,故云“雲上於天”。若言“雲上於天”,是天之慾雨,待時而落,所以明“需”大惠將施而盛德又亨,故君子於此之時“以飲食宴樂”。
《象伝》は言う。雲気が天上に昇騰す、これが《需》卦である。君子はこれにより飲食宴楽の中に従容として時を待つ。王弼注の解釈。童蒙はすでに啓発され、盛徳は光明亨通し、飲食宴楽の楽しみは、殆どこの時に在るか。以下は孔穎達の《象伝》の「《象》曰」から「飲食宴楽」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。坎卦は象を険に取ることも、象を雨に取ることもできる。ここで「険」と言わず「雨」とも言わないのは、この象は険難の義を取らないので「険」と称せず、また雨はすでに落下した物で「等待」の意に合せないので「雨」とも称さない。「天上有雲」と言わずに「雲上於天」と言うのは、もし天上有雲と言えば、将に雨を降らんとする意を看られず、「雲上於天」と言い成せば、初めて天が将に降雨してただ時機を待って落るを見える。もって《需》卦の大恩沢が将に施行せんとし、盛徳がまた亨通を得ることを表明する。ゆえに君子はこの時に「以飲食宴楽」して、従容として等待する。
初九:需于郊,利用恆,無咎。居需之時,最遠於難,能抑其進以遠險待時,雖不應幾,可以保常也。[疏]正義曰:但難在於坎,初九去難既遠,故待時在於郊。郊者是境上之地,亦去水遠也。“利用恆,無咎”者,恆,常也,遠難待時以避其害,故宜利保守其常,所以無咎,猶不能見幾速進,但得無咎而已。《象》曰:“需于郊”,不犯難行也。“利用恆無咎”,未失常也。[疏]正義曰:“不犯難行”者,去難既遠,故不犯難而行,“未失常”者,不敢速進,遠難待時,是未失常也。
経文は言う。初九の爻。郊野に於て待ち、常を守りて変わらざるに宜しく、過ちはない。王弼注の解釈。初九は等待の時に処し、険難に最も遠く離れ、自己を抑制して軽進せず、遠く険阻を避けて静に時機を待つ。それは機に応じて動くこと能わざると雖も、常道を保住しうる。孔穎達の疏の解説。険難は上卦坎に在り、初九は険難に離れて最も遠い。ゆえに郊野に於て時を待つ。「郊」は国境の辺上の地で、同じく水に離れて甚だ遠い。所謂「利用恒、无咎」は、「恒」は常である。険難に遠く離れ、時機を等待して禍害を躲る。ゆえに常道を保守するに宜しく、よって過ちなし――それが機を見て速進することはできないと雖も、総じて過ちを免れうるのみ。《象伝》は言う。「需于郊」は、険難を冒して行かず。「利用恒无咎」は、常道を失わないことである。孔穎達の疏の解説。所謂「不犯難行」は、険難に離れてすでに遠いので、険を冒して行かない。所謂「未失常」は、それが急進することを敢えてせず、険難を遠避して時機を等待し、これが常道を失わないである。
九二:需于沙,小有言,終吉。將近於難,故曰“需于沙”也。不至致寇,故曰“小有言”也。近不逼難,遠不後時,履健居中,以待其會,雖“小有言”,以吉終也。[疏]正義曰:沙是水傍之地,去水漸近,待時於沙,故難稍近。雖未致寇,而“小有言”以相責讓。“近不逼難,遠不後時”,但“履健居中,以待要會”,雖小有責讓之言,而終得其吉也。《象》曰:“需于沙”,衍在中也。雖“小有言”,以終吉也。[疏]正義曰:“需于沙衍在中”者,衍謂寬衍,去難雖近,猶未逼於難,而寬衍在其中也,故“雖小有言,以吉終也”。
経文は言う。九二の爻。沙灘の上に於て待ち、略かに言語の責難あり、最終的に吉を得る。王弼注の解釈。九二は漸く険難に靠近する。ゆえに「需於沙」。まだ強寇を招来するに至らないので、ただ「小有言」と言うのみ。それは近くて険難に迫近するに至らず、遠くて時機を錯過するに至らず、剛健を秉持して中位に居り、もって時機の会合を待つ。「小有言」と雖も、終竟は吉をもって収場する。孔穎達の疏の解説。沙は水辺の地帯で、水に離れて漸く近い。沙の上に於て時を待てば、険難が稍稍逼近する。まだ寇敵を招来するに至らないが、すでに小小の言語責備がある。正に王弼の言う「近不逼難、遠不後時」に如く、ただ「履健居中、以待要会」なので、少許の責備の言があっても、最終的になお吉を得る。《象伝》は言う。「需于沙」は、寛綽の地がその中に在るからである。「小有言」と雖も、終竟吉を得る。孔穎達の疏の解説。所謂「需于沙衍在中」は、「衍」は寛綽である。険難に離れて近いと雖も、まだ険難に逼られておらず、なお一段の寛綽の余地がその中に在る。ゆえに「雖小有言、以吉終也」。
九三:需于泥,致寇至。以剛逼難,欲進其道,所以招寇而致敵也。猶有須焉,不陷其剛。寇之來也,自我所招,敬慎防備,可以不敗。[疏]正義曰:泥者,水傍之地,泥溺之處,逼近於難,欲進其道,難必害已。故致寇至,猶且遲疑而需待時,雖即有寇至,亦未為禍敗也。
経文は言う。九三の爻。泥濘の中に於て待ち、強寇の到来を招致す。王弼注の解釈。九三は陽剛をもって険難に逼近し、自己の主張を推行しようと欲し、よって強寇と敵手を招来した。しかしそれは到頭なお等待しえて、自己の剛徳を陥没せしめるに至らない。強寇の来る所以は、自己の招来する所である。ただ恭敬謹慎して厳に防備を加えれば、失敗に至らぬことできる。孔穎達の疏の解説。「泥」は水辺の地帯で、陥溺の処である。九三は険難に逼近して、また自己の主張を推進しようと欲すれば、険難は必ず自己を傷害する。ゆえに強寇の到来を招得する。しかしそれはなお遅疑して進まず時機を等待するので、縦に強寇の来臨があっても、また禍敗を醸成するに至らない。
《象》曰:“需于泥”,災在外也。白我致寇,敬慎不敗也。[疏]正義曰:“災在外”者,釋“需于泥”之義,言為“需”雖復在泥,泥猶居水之外,即災在身外之義,未陷其剛之義,故可用“需”以免。“自我致寇,敬慎不敗”者,自,由也,由我欲進而致寇來,已若敬慎,則不有禍敗也。
《象伝》は言う。「需于泥」は、災禍がなお身外に在るを言う。ここの底本の「白我致寇」の「白」は当に疏文に依りて「自」と読むべし。すなわち災禍は自己より招来する。ただ恭敬謹慎すれば失敗しない。孔穎達の疏の解説。所謂「災在外」は、「需于泥」の含意を解釈する――身は泥中に在ると雖も、泥は畢竟なお水の外面に在る、すなわち災禍はなお自身の外に在りて、まだその剛徳を陥没せしめていない。ゆえになお「等待」の弁法をもって禍を免れうる。所謂「自我致寇、敬慎不敗」は、「自」は由である。我が前進しようと欲するにより強寇を招来する。自己はただ恭敬謹慎すれば、禍に遭い失敗することはない。
六四:需于血,出自穴。凡稱血者,陰陽相傷者也。陰陽相近而不相得,陽欲進而陰塞之,則相害也。穴者,陰之路也,處坎之始,居穴者也。九三剛進,四不能距,見侵則闢,順以聽命者也,故曰“需于血,出自穴”也。[疏]“六四需于血出自穴”。○正義曰:“需于血”者,謂陰陽相傷,故有血也。九三之陽而欲上進,此六四之陰而塞其路,兩相妨害,故稱“血”。言待時於血,猶待時於難中也。“出自穴”者,穴即陰之路也,而處坎之始,是居穴者也。三來逼己,四不能距,故出此所居之穴以避之,但順以聽命而得免咎也,故《象》云“需于血,順以聽命”也。
経文は言う。六四の爻。流血の中に於て待ち、穴の中より退出す。王弼注の解釈。凡そ「血」を言い及ぶは、皆陰陽の相傷を指す。陰陽が彼此挨近しながら相投合せず、陽が前進しようとして陰がそれを挡えば、即ち互相傷害する。「穴」は陰の通路である。六四は坎卦の開端に処し、正に穴の中に居る人である。九三は剛強をもって上進し、六四はそれを挡きえず、一たび侵逼を見れば退避し、順従して聴命する。ゆえに「需于血、出自穴」。以下は孔穎達の「六四需于血出自穴」の一句に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「需于血」は、陰陽相傷して、よって血を見るを指す。九三の陽は上進しようと欲し、六四の陰はその去路を堵え、両相妨害する。ゆえに「血」と称す。血の中に於て時を待つと言うは、すなわち険難の中に於て時を待つに等しい。所謂「出自穴」は、「穴」はすなわち陰の通路である。六四は坎卦の始めに処し、正に穴に居る人である。九三が来りて相逼すれば、六四は抵挡しえない。ゆえに居る所の穴を退出してそれを躲避し、ただ順従して聴命し、よって咎を免れうる。ゆえに《象伝》は「需于血、順以聴命」と言う。
○注“凡稱血者”至“出自穴也”。○正義曰:“凡稱血”者,陰陽相傷者也,即坤之上六“其血玄黃”是也。“穴者陰之路也”者,凡孔穴穿道,皆是幽隱,故云“陰之路也”。“處坎之始,居穴”者,坎是坎險,若處坎之上,即是出穴者也,處坎之始,是居穴者也。但易含萬象,此六四一爻,若以戰鬥言之,其出則為血也;若以居處言之,其處則為穴也。穴之與血,各隨事義也。
以下は王弼注の「凡称血者」から「出自穴也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「凡称血」は陰陽相傷を指し、例証はすなわち《坤》卦の上六爻辞の「其血玄黄」である。「穴者陰之路也」と講ずるのは、凡そ孔穴通道に属するは、皆幽深隠蔽の処に属するので、「陰之路」と言う。「処坎之始、居穴」と講ずるのは、坎はすなわち坎険である。もし坎の上位に処すれば、すでに穴を出た人と算え、坎の開端に処すれば、なお穴の中に居る人である。ただし《周易》は万象を包含する。六四のこの一爻に就いて言えば、もし争闘の角度から言えば、その挙動は即ち「血」を呈現し、もし居処の角度から言えば、その処する所は即ち「穴」を呈現する。「穴」と「血」の両種の取象は、各々論ずる所の事に随って定まる。
《象》曰:“需于血”,順以聽也。九五:需于酒食,貞吉。“需”之所須,以待達也。已得天位,暢其中正,無所復須,故酒食而已獲“貞吉”也。[疏]正義曰:“需于酒食貞吉”者,五既為需之主,已得天位,無所復需,但以需待酒食以遞相宴樂而得貞吉。《象》曰:“酒食貞吉”,以中正也。[疏]正義曰:釋“酒食貞吉”之義,言九五居中得正,“需”道亨通,上下無事也。
《象伝》は言う。「需于血」は、順従して聴命することである。経文はまた言う。九五の爻。酒食の中に於て待ち、正を守れば吉を得る。王弼注の解釈。等待が等待する所以は、通達の時を待つためである。九五はすでに天子の位を得て、中正の徳はすでに舒展し、更に待つべきものがない。ゆえにただ酒食の間に従容として日を度れば、「貞吉」を獲得する。孔穎達の疏の解説。所謂「需于酒食貞吉」は、九五はすでに《需》卦の主爻であり、すでに天子の位に居り、更に等待する所なく、ただ酒食宴楽の中に従容とするのみで、よって「貞吉」を得る。《象伝》は言う。「酒食貞吉」は、それが中に居して正を得るからである。孔穎達の疏の解説。これは「酒食貞吉」の含意を解釈する――九五は中に居して正位を得、等待の道はすでに亨通し、上下が皆平安無事である。
上六:入于穴,有不速之客三人來,敬之,終吉。六四所以“出自穴”者,以不與三相得而塞其路,不闢則害,故不得不“出自穴”而闢之也。至於上六,處卦之終,非塞路者也。與三為應,三來之已,乃為己援,故無畏害之闢,而乃有入穴之固也。三陽所以不敢進者,須難之終也。難終則至,不待召也。己居難終,故自來也。處無位之地,以一陰而為三陽之主,故必敬之而後終吉。
経文は言う。上六の爻。穴の中に入る。請わずして自ら来る三人の客人が訪到し、恭敬をもって彼らに対待すれば、最終的に吉を得る。王弼注の解釈。六四が「出自穴」せねばならなかった所以は、それが九三と相投合せず、九三の去路を挡いて、躲けなければ害を受けるので、穴を出て避讓せざるを得なかった。上六に至っては、全卦の終点に処し、路を挡う人ではない。それは九三と相応し、九三の前来は正に自己に援助を作すので、害を受けるを怕れて躲避することを須いず、反って安んじて穴中に居りてその牢固を得る。下卦の三つの陽爻が前進することを敢えてしなかった所以は、険難の終結を待っていたからである。険難が一たび了れば彼らは到り、召喚を用いない。上六は正に険難終結の処に居るので、三陽は自ら来た。上六は職位なき処に処して、一つの陰爻をもって三つの陽爻の主人を為すので、必ず恭敬にこれを待して、然る後に終に吉祥を獲うる。
[疏]“上六”至“敬之終吉”。○正義曰:“上六入于穴”者,上六陰爻,故亦稱“穴”也。上六與三相應,三來之已,不為禍害,乃得為已援助,故上六無所畏忌,乃“入于穴”而居也。“有不速之客三人來”者,速,召也,不須召喚之客有三人自來。三人謂“初九”、“九二”、“九三”。此三陽務欲前進,但畏於險難,不能前進。其難既通,三陽務欲上升,不須召喚而自來,故云“有不速之客三人來”也。“敬之終吉”者,上六居無位之地,以一陰而為三陽之主,不可怠慢,故須恭敬此三陽,乃得終吉。
以下は孔穎達の経文「上六」から「敬之終吉」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「上六入于穴」は、上六は陰爻なので、また「穴」をもってそれを称す。上六は九三と相応し、九三の前来は禍害を構成せず、反って自己に援助を作しうる。ゆえに上六は畏忌する所なく、径自に「入于穴」して安居する。所謂「有不速之客三人来」は、「速」は召請である。召請することを必せずして自ら来る客人が三位あり、この三位は初九・九二・九三を指す。この三つの陽爻は本来一心に前進しようと欲したが、ただ険難を怕れて推進しえなかった。険難が一旦通解するを待てば、三陽は皆上に向かい、召喚を用いずして自ら来る。ゆえに「有不速之客三人来」。所謂「敬之終吉」は、上六は職位なき地位に処しながら、一陰をもって三陽の主人を為すので、怠慢すべからず。ゆえに必ずこの三つの陽爻を恭敬に対待して、初めて終に吉祥を獲うる。
《象》曰:不速之客來,“敬之終吉”,雖不當位,未大失也。處無位之地,不當位者也。敬之則得終吉,故雖不當位,未大失也。[疏]正義曰:“雖不當位未大失”者,釋“敬之終吉”之義。言已雖不當位,而以一陰為三陽之主,若不敬之,則有凶害。今由己能敬之,雖不當位,亦未有大失,言初時雖有小失,終久乃獲吉,故云“未大失”也。且《需》之一卦,須待難通,其於六爻,皆假他物之象以明人事,待通而亨,須待之義。且凡人萬事,或有去難遠近,須出須處,法此六爻,即萬事盡矣,不可皆以人事曲細比之。《易》之諸爻之例,並皆放此。
《象伝》は言う。請わずして自ら来る客人が到り、「敬之終吉」。処する所の位は当たらないと雖も、大きな過失はない。王弼注の解釈。上六は職位なき処に処し、すなわち「不当位」である。能く恭敬に客を待てば終吉を得るので、位に当たらないと雖も、大きな閃失はない。孔穎達の疏の解説。所謂「雖不当位未大失」は、「敬之終吉」の含意を解釈する――上六は自身が位に当たらないと雖も、一つの陰爻をもって三つの陽爻の主人を為す。もし恭敬に対待しなければ、凶害がある。今正に自己が恭敬しうるので、位に当たらないと雖も、大きな過失はない。その意は起初に小さな閃失があっても、最終的になお吉祥を得る。ゆえに「未大失」。さらに言えば《需》卦は通篇が険難の通解を待つを講じ、六爻が皆外物の象を借りて人事を説明する。通解するを待てば亨通し、これが正に「須待」の義理である。凡そ人間の万事は、あるものは険難に遠く、あるものは険難に近く、あるものは出ずべく、あるものは処すべし。この六爻を效法すれば、万事の道理もまたその中に尽くる。每一爻を皆人事の瑣細に一々比附することを須いない。《周易》の各爻の通例は、一概にこのように仿照して理解すべきである。
訟卦
坎下乾上。訟:有孚,窒惕,中吉,窒謂窒塞也。皆惕,然後可以獲中吉。[疏]正義曰:窒,塞也。惕,懼也。凡訟者,物有不和,情相乖爭而致其訟。凡訟之體,不可妄興,必有信實,被物止塞,而能惕懼,中道而止,乃得吉也。
《訟》卦は下卦が坎で上卦が乾である。卦辞は言う。訟は、誠信を心に懐きて壅塞に遭い、能く戒懼し、中途に止まれば吉。王弼注の解釈。「窒」は壅塞の意である。必ず皆戒懼の心を存して、然る後に「中吉」を獲得しうる。孔穎達の疏の解説。「窒」は堵塞で、「愓」は恐懼である。凡そ争訟は、皆彼此不和で情理が相違相争して官司を鬧起するからである。争訟というこの事の本体は、随意に挑起しえない。必ず自己が確かに誠信あり、また対方に阻塞されて、なお心に戒懼を存し、半途に走りて打住して、これにより初めて吉を得うる。
終凶。利見大人,不利涉大川。[疏]正義曰:“終凶”者,訟不可長,若終竟訟事,雖復窒惕,亦有凶也。“利見大人”者,物既有訟,須大人決之,故“利見大人”也。“不利涉大川”者,以訟不可長,若以訟而往涉危難,必有禍患,故“不利涉大川”。
卦辞は続けて言う。一直に訟を底まで打てば凶。大人を見るに宜しく、大河を渡越するに宜からず。孔穎達の疏の解説。所謂「終凶」は、争訟は長久すべからざるを言う。もし官司を終局に打ち至れば、縦に本来誠信あり、また戒懼を知っても、なお凶険がある。所謂「利見大人」は、すでに争訟が発生すれば、必ず大人の裁断を須うる。ゆえに「利見大人」。所謂「不利渉大川」は、争訟は久しく拖すべからざるので、もし訟事を帯びて危難を渉越すれば、必ず禍患を招来する。ゆえに「不利渉大川」。
《彖》曰:訟,上剛下險,險而健,訟。“訟有孚,窒惕中吉”,剛來而得中也。“終凶”,訟不可成也。“利見大人”,尚中正也。“不利涉大川”,入于淵也。凡不和而訟,無施而可,涉難特甚焉。唯有信而見塞懼者,乃可以得吉也。猶復不可終,中乃吉也。不閉其源使訟不至,雖每不枉而訟至終竟,此亦凶矣。故雖復有信,而見塞懼,猶不可以為終也。故曰“訟有孚,窒惕中吉,終凶”也。無善聽者,雖有其實,何由得明?而令有信塞懼者得其“中吉”,必有善聽之主焉,其在二乎?以剛而來正夫群小,斷不失中,應斯任也。
《彖伝》は言う。訟卦は、上卦が剛健で下卦が険陥で、内心は険悪にして外表は剛強なので、訟を成す。「訟有孚、窒愓中吉」は、剛爻が下りて中位に居るからである。「終凶」は、争訟を底まで打つべからざるを言う。「利見大人」は、中に居り正を守る裁断者を崇尚する。「不利渉大川」は、あのようであれば深淵に墜入するを言う。王弼注の解釈。凡そ不和により争訟する人は、どう為しても行き通らず、取りて険を渉れば殊更に不可である。ただ自己に誠信あり、また人に阻塞されて戒懼を存する人のみが、吉を得ることができる。縦にこのようであっても底まで打つべからず、中途に止まって初めて吉である。もし争訟の源頭を堵えず、訟事を根本に起こらざらしめなければ、たとえ毎回の申訴が皆理に在り、他人を冤枉しなくとも、官司を一直に終局に打ち至れば、なおそれは凶である。ゆえに縦に誠信あり、阻塞されて戒懼しても、なお官司を底まで打つべからず。ゆえに卦辞は「訟有孚、窒愓中吉、終凶」と言う。もし聴訟を善くする人なければ、縦に自己に確かに実情あっても、何を憑って辨明しえようか。しかるに誠信あり、阻塞を受けて戒懼する人に「中吉」を得せしめようとすれば、必ず聴断を善くする主人あらねばならぬ。この人は殆ど九二であろうか。それは陽剛をもって下りて衆小人を匡正し、裁断して中道を失わず、正にこの職任に相称する。
[疏]“《彖》曰訟上剛下險”至“入于淵也”。正義曰:此釋繇辭之義。“訟,上剛下險,險而健,訟”者,上剛即乾也,下險即坎也,猶人意懷險惡,性又剛健,所以訟也。此二句因卦之象以顯有訟之所由。案:上“需”,須也,以釋卦之名。此《訟卦》不釋“訟”名者,“訟”義可知,故不釋也。諸卦其名難者則釋之,其名易者則不釋之,他皆仿此。“訟有孚,窒惕中吉,剛來而得中”者,先疊出訟之繇辭,以“剛來而得中”者,釋所以訟得其“有孚,窒惕中吉”者,言中九二之剛,來向下體而處下卦之中,為訟之主,而聽斷獄訟,故訟者得其“有孚,窒惕中吉”也。“終凶,訟不可成”者,釋“終凶”之義,以爭訟之事,不可使成,故“終凶”也。“利見大人,尚中正”者,釋“利見大人”之義。所以於訟之時,利見此大人者,以時方鬥爭,貴尚居中得正之主而聽斷之。“不利涉大川,入於淵”者,釋“不利涉大川”之義。若以訟事往涉於川,即必墜於深淵而陷於難也。
以下は孔穎達の《彖伝》の「《彖》曰訟上剛下険」から「入于淵也」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。この一段は卦辞の含意を解釈する。所謂「訟、上剛下険、険而健、訟」は、上の剛はすなわち乾卦で、下の険はすなわち坎卦で、人が心の中に険悪を懐き、性情がまた剛強なので、これにより官司を鬧出するに如きである。この二句は卦象に就いて争訟の発生する縁由を揭示する。按ずるに。上の一卦《需》は、《彖伝》が「須也」をもって卦名を解釈した。ここの《訟》卦が「訟」という名称を解釈しないのは、「訟」の意が一望すれば知れるので、解釈することを須いないからである。凡そ卦名が懂え難いものは解釈し、懂え易いものは解釈しない。その余の各卦は皆このように仿照する。所謂「訟有孚、窒愓中吉、剛来而得中」は、先に《訟》卦の卦辞を重畳引き出し、再び「剛来而得中」をもって争訟がなぜ「有孚、窒愓中吉」しうるかを解釈する。その意は九二というこの剛爻が下卦に下り、下卦の中に居りて、聴訟の主として獄訟を裁断するので、官司を打つ人が初めて「有孚、窒愓中吉」を得うる。所謂「終凶、訟不可成」は、「終凶」の含意を解釈する――争訟というこの種の事はそれを成局せしめてはならない。ゆえに「終凶」。所謂「利見大人、尚中正」は、「利見大人」の含意を解釈する――争訟の時に大人を見るに宜しき所以は、この時は正に争闘に当たり、中に居り正を守る主人が聴断することを貴ぶからである。所謂「不利渉大川、入于淵」は、「不利渉大川」の含意を解釈する――もし訟事を帯びて大川を渉れば、必ず深淵に墜入して危難に陥る。
○注“凡不和而訟”至“應斯任也”。○正義曰:“無施而可”者,言若性好不和,又與人鬥訟,即無處施設而可也。言所往之處皆不可也。“涉難特甚焉”者,言好訟之人,習常施為,己且不可,若更以訟涉難,其不可特甚焉,故云“涉難特甚焉”。“中乃吉”者,謂此訟事以中途而止,乃得吉也。前注云“可以獲中吉”。謂獲中止之吉。“不閉其源,使訟不至”者,若能謙虛退讓,與物不競,即此是閉塞訟之根源,使訟不至也。今不能如此,是不閉塞訟源,使訟得至也。“雖每不枉而訟至終竟”者,謂雖每訴訟陳其道理,不有枉曲,而訟至終竟,此亦凶矣。
以下は王弼注の「凡不和而訟」から「応斯任也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「无施而可」は、一人がもし生性として不和を好み、また人と官司を打てば、措置が当を得る一処もない、その意は彼が何処に往こうとも行き通らないことを言う。「渉難特甚焉」と講ずるのは、訟を好む人は、平常の行事がすでに不妥で、もし更に訟事を帯びて険難を渉れば、それは格外に不妥である。ゆえに「渉難特甚焉」。「中乃吉」と講ずるのは、この一桩の訟事が中途で停まって、初めて吉を得うることを言う。前の注の中に言う「可以獲中吉」は、指す所は中途に止まるの吉を獲得するである。「不閉其源、使訟不至」と講ずるのは、もし謙虚退譲して人と争わなければ、これが争訟の根源を堵えて、訟事を根本に発生せしめない。今はこの一歩を為しえず、訟源を堵えないので、訟事を門上に找来せしめた。「雖毎不枉而訟至終竟」と講ずるのは、縦に毎回の申訴が皆道理を陳説し、他人を冤屈しなくとも、官司を一直に終局に打ち至れば、あれはなおそれは凶である。
《象》曰:天與水違行,訟。君子以作事謀始。“聽訟,吾猶人也。必也使無訟乎?”無訟在於謀始,謀始在於作制。契之不明,訟之所以生也。物有其分,職不相濫,爭何由興?訟之所以起,契之過也。故有德司契而不責於人。
《象伝》は言う。天は西に転じ、水は東に流る、二者は道に背きて行う、これが《訟》卦である。君子はこれにより事情を興弁する時に先に開端を謀画する。王弼注は《論語・顔淵》の孔子の言を引く。「聴訟、吾猶人也。必也使无訟乎。」――案件を審理するは我は他人と同じ。必ず不同があると言うなら、それは訴訟を根本に発生せしめないことである。无訟を為すには、開端を謀画するに在り。開端を謀画するには、制度を訂立するに在る。契約条欵が分明でないは、正に争訟の発生する根由である。もし人人が各々本分あり、職守が互いに逾越しなければ、争端は何処から生起しようか。争訟の興起する所以は、契約を訂めたのが不好いの過である。ゆえに《老子》は徳ある人が契約を掌管して、人に責求せざるを言う。
[疏]“天與水違行訟”至“作事謀始”。○正義曰:天道西轉,水流東注,是天與水相違而行,相違而行,象人彼此兩相乖戾,故致訟也。不云“水與天違行”者,凡訟之所起,必剛健在先,以為訟始,故云“天與水違行”也。“君子以作事謀始”者,物既有訟,言君子當防此訟源。凡欲興作其事,先須謀慮其始。若初始分職分明,不相干涉,即終無所訟也。○注“聽訟”至“不責於人”。○正義曰:“訟之所以起,契之過”者,凡鬥訟之起,只由初時契要之過,謂作契要不分明。“有德司契”者,言上之有德司主契要,而能使分明以斷於下,亦不須責在下之人有爭訟也。“有德司契”之文,出《老子》經也。
以下は孔穎達の《象伝》の「天与水違行訟」から「作事謀始」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。天道は西に旋転し、水流は東に奔注する。これがすなわち天と水が彼此背向して行うことである。背向して行うは、人と人が両相乖違することを象徴し、よって争訟を招致する。「水与天違行」と言わずして「天与水違行」と言うのは、凡そ争訟の興起は、必ず剛強の一方が先に動手して訟端を成すので、「天」を前に摆く。所謂「君子以作事謀始」は、すでに人間に争訟があれば、君子は当に争訟の源頭を防堵すべきである。凡そ一件事を興弁しようとすれば、先にその開端を籌画し得好し。もし一開始に職分が分明に划けられ、彼此が互いに干渉しなければ、到頭に争うべきものはない。以下は王弼注の「聴訟」から「不責於人」までの一段を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「訟之所以起、契之過」は、凡そ争訟の発生は、ただ当初に契約条欵を訂立する時に差錯が出たから、すなわち契約を訂めるのが分明でなかった。講ずる「有徳司契」は、上位に在る有徳の人が契約を掌管して、条欵を分明に訂め、それに拠って下の事を裁断すれば、下の人に争訟するなかれと責求するを須いない。「有徳司契」のこの句は、《老子》に出ず。
初六:不永所事,小有言,終吉。處訟之始,訟不可終,故“不永所事”,然後乃吉。凡陽唱而陰和,陰非先唱者也。四召而應,見犯乃訟。處訟之始,不為訟先,雖不能不訟,而了訟必辯明矣。[疏]“初六”至“小有言終吉”。○正義曰:“不永所事”者,永,長也,不可長久為鬥訟之事,以“訟不可終”也。“小有言,終吉”者,言“終吉”者,言初六應於九四。然九四剛陽,先來非理犯己,初六陰柔,見犯乃訟,雖不能不訟,是不獲己而訟也,故“小有言”;以處訟之始,不為訟先,故“終吉”。○注“處訟之始”至“必辯明也”。○正義曰:“處訟之始”者,始入訟境,言訟事尚微,故云“處訟之始”也。“不為訟先”者,言己是陰柔,待唱乃和,故云“不為訟先也”。
経文は言う。初六の爻。訟事を長く拖せず、略かに言語の争執あり、最終的に吉を得る。王弼注の解釈。初六は争訟の開端に処し、争訟は底まで打つべからざるので「不永所事」。このようであれば吉である。凡そ陽が先に倡して陰が相和し、陰は率先して難を発する一方ではない。九四が召喚して初六が初めて応じ、侵犯されて初めて訟を興す。それは訟事の初めに処し、争訟を挑起する先手を為さない。訟せざるを得ないと雖も、訟が畢った後は是非が必ず分明に辨れる。以下は孔穎達の経文「初六」から「小有言終吉」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「不永所事」は、「永」は長久である。争訟の事に長久に糾纏すべからず。「訟不可終」だからである。所謂「小有言、終吉」は、初六が九四と相応することを言う。しかし九四は剛陽で、先に来りて理なく自己を侵犯し、初六は陰柔で、侵犯されて初めて訟を起こす。訟せざるを得ないと雖も、已むを得ずして訟するので、ただ「小有言」である。またそれが身に訟事の初めに処して、争訟を挑起する先手を為さないので「終吉」。以下は王弼注の「処訟之始」から「必辯明也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。「処訟之始」と講ずるのは、剛く訟境に踏入して、訟事がなお甚だ軽微である。ゆえに「処訟之始」。「不為訟先」と講ずるのは、自己が陰柔の質で、対方が先に倡するを待って初めて相応和する。ゆえに「不為訟先」。
《象》曰:“不永所事”,訟不可長也。雖“小有言”,其辯明也。[疏]正義曰:“訟不可長”者,釋“不永所事”,以訟不可長,故不長此鬥爭之事。“其辯明”者,釋“小有言”,以訟必辯析分明。四雖初時犯己,己能辯訟,道理分明,故初時“小有言”也。
《象伝》は言う。「不永所事」は、争訟が長久に拖延すべからざるからである。「小有言」と雖も、是非は分明に辨れる。孔穎達の疏の解説。「訟不可長」は「不永所事」を解釈する――正に争訟が長久すべからざるので、この場の争闘を拖し下げない。「其辯明」は「小有言」を解釈する――すでに訟を興せば、必ず是非を分辨清楚にせねばならない。九四は起初に自己を侵犯したが、自己は能く理に拠って力争し、道理が分明に辨れる。ゆえに起初はただ「小有言」である。
九二:不克訟,歸而逋其邑。人三百戶,無眚。以剛處訟,不能下物,自下訟上,宜其不克。若能以懼歸竄其邑,乃可以免災。邑過三百,非為竄也。竄而據強,災未免也。
経文は言う。九二の爻。官司を打って打ち勝たず、逃げ帰りて自己の封邑に躲蔵する。封邑はただ三百戸人家のみで、災殃なし。王弼注の解釈。九二は陽剛の質をもって争訟の中に処し、人の下に屈居することを肯んぜず、また下位者をもって上位者を控告するので、理に当たり打ち勝たず。もしそれが心に畏懼を懐き、逃げ帰りて自己の封邑に躲蔵すれば、災禍を免れうる。しかし封邑がもし三百戸を超えれば、それは躲蔵と算えない――逃げ帰ってなお強大の地盤を拠守すれば、災禍はなお免れえない。
[疏]“九二”至“三百戶無眚”。○正義曰:“不克訟”者,克,勝也;以剛處訟,不能下物,自下訟上,與五相敵,不勝其訟,言訟不得勝也。“歸而逋其邑”者,訟既不勝,怖懼還歸,逋竄其邑。若其邑強大,則大都偶國,非逋竄之道。“人三百戶,無眚”者,若其邑狹少,唯三百戶乃可也。“三百戶”者,鄭注《禮記》云:“小國下大夫之制。”又鄭注《周禮·小司徒》云:方十里為成,九百夫之地,溝渠、城郭、道路三分去其一,餘六百夫。又以田有不易,有一易,有再易,定受田三百家。即此“三百戶”者,一成之地也。鄭注云:不易之田,歲種之;一易之田,休一歲乃種;再易之地,休二歲乃種。言至薄也。苟自藏隱,不敢與五相敵,則無眚災。○注“以剛處訟”至“災未免也”。○正義曰:“若能以懼歸竄其邑,乃可免災”者,如此注意,則經稱“其邑”二字連上為句,“人三百戶”合下為句。
以下は孔穎達の経文「九二」から「三百戸无眚」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「不克訟」は、「克」は勝である。九二は剛強をもって争訟に処し、人の下に屈居することを肯んぜず、また下位をもって上位を控告し、九五と敵を為す。よってこの場の官司を打ち勝たず。これは訟事が取勝しえないを言う。所謂「帰而逋其邑」は、官司がすでに打ち勝たざれば、惶恐して帰りて、自己の封邑の中に躲蔵するを言う。もしこの封邑が強大なれば、すなわち「大都偶国」となる――都邑が大きくて国と相抗するに足れば、それは躲蔵の道ではない。所謂「人三百戸、无眚」は、封邑が狭小して、ただ三百戸のみであってこそ可であるを言う。「三百戸」に関して、鄭玄は《礼記》に注して、これは小国の下大夫の規制であると言う。鄭玄は《周礼・小司徒》に注してまた言う。方十里を一「成」と為し、これは九百夫の地で、溝渠・城郭・道路の占め去る三分の一を扣去して、なお六百夫を余す。また田地に休耕せざるを須いぬもの、一年一休のもの、二年一休のものがあり、折算すれば実際に三百家に田を授ける。ここで言う「三百戸」は、正に一「成」の地である。鄭玄の注の中に言う。休耕せざるを須いぬ田は、年々種を播きうる。一年一休の田は、一年歇いて初めて種を播く。二年一休の地は、二年歇いて初めて種を播く――地力が極めて瘠薄なるが見える。九二はただ自ら藏匿して、九五と抗衡することを敢えてしなければ、災殃はない。以下は王弼注の「以剛処訟」から「災未免也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。王弼の講ずる「若能以懼帰竄其邑、乃可免災」は、注文のこの層の意に按ずれば、経文の「其邑」の二字は当に上句に連して「帰而逋其邑」と読み、また「人三百戸」は即ち下文と連読して「人三百戸、无眚」と作すべし。
《象》曰:“不克訟”,歸逋竄也。自下訟上,患至掇也。[疏]正義曰:“歸逋竄”者,釋歸而逋邑,以訟之不勝,故退歸逋竄也。“患至掇”者,掇猶拾掇也。自下訟上,悖逆之道,故禍患來至,若手自拾掇其物,言患必來也。故王肅云:“若手拾掇物然。”
《象伝》は言う。「不克訟」は、逃げ帰りて躲蔵することである。下位をもって上位を控告すれば、禍患の来るは手を伸べて拾取するに如し。孔穎達の疏の解説。「帰逋竄」は「帰而逋其邑」を解釈する――官司が打ち勝たないので、退き帰りて躲蔵する。「患至掇」の「掇」はすなわち拾取である。下位をもって上位を控告するは、本来悖逆の道なので、禍患が門に找り来るは、自己が手を伸べて物を拾い起こすに如し。その意は禍患が必ず来らんとする。ゆえに王粛は言う。まさに手を親しみて物を拾い起こす一般の如し。
六三:食舊德,貞厲,終吉。或從王事無成。體夫柔弱以順於上,不為九二自下訟上,不見侵奪,保全其有,故得食其舊德而不失也。居爭訟之時,處兩剛之閒,而皆近不相得,故曰“貞厲”。柔體不爭,繫應在上,眾莫能傾,故曰“終吉”。上壯爭勝,難可忤也,故或從王事,不敢成也。[疏]“六三,食舊德”至“王事無成”。正義曰:“食舊德”者,六三以陰柔順從上九,不為上九侵奪,故保全己之所有,故食其舊日之德祿位。“貞厲”者,貞,正也;厲,危也。居爭訟之時,處兩剛之閒,故須貞正自危厲,故曰“貞厲”。然六三柔體不爭,繫應在上,眾莫能傾,故“終吉”也。“或從王事無成”者,三應於上,上則壯而又勝,故六三或從上九之王事,不敢觸忤,無敢先成,故云“無成”。
経文は言う。六三の爻。旧有の俸禄徳沢を享用し、正を守りて自ら危懼を知り、最終的に吉を得る。あるいは君王の事に従事するも、その成に居らず。王弼注の解釈。六三は体質が柔弱にして上位に順従し、九二のように下をもって上を訟するに似ず、よって侵奪されず、自己の所有を保全する。ゆえに旧有の徳禄を享用して失わない。それは身に争訟の時に処し、また九二・九四の二つの剛爻の間に挟まれ、両辺に挨りて近いが皆投合せず。ゆえに「貞厲」。しかしそれは柔順にして争わず、繋応する所は上九に在り、衆人はそれを傾覆しえない。ゆえに「終吉」。上九は強壮にして勝を好み、違逆し難いので、六三はたとえ往きて君王の事に従事しても、功に居りて事を成すことを敢えてしない。以下は孔穎達の経文「六三、食旧徳」から「王事无成」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「食旧徳」は、六三が陰柔をもって上九に順従し、上九に侵奪されず、よって自己の所有を保全して、旧日の徳沢禄位を享用しうる。所謂「貞厲」は、「貞」は正で、「厲」は危である。身に争訟の時に処し、また二つの剛爻の中間に挟まれるので、必ず正を守りて自らその危を警せねばならぬ。ゆえに「貞厲」と曰う。しかし六三は柔順にして争わず、繋応する者は上九に在り、衆人はそれを傾覆しえない。ゆえに「終吉」。所謂「或従王事无成」は、六三は上九と相応し、上九は強壮にしてまた勝を好むので、六三は縦に往きて上九の主持する王事に参与しても、触犯違逆することを敢えてせず、先に抢して功に居ることを敢えてしない。ゆえに「无成」。
《象》曰:“食舊德”,從上吉也。[疏]正義曰:“從上吉”者,釋所以食舊德以順從上九,故得其吉食舊德也。九四:不克訟。初辯明也。[疏]正義曰:九四既非理陵犯於初,初能分辯道理,故九四訟不勝也。復即命渝,安貞吉。處上訟下,可以改變者也,故其咎不大。若能反從本理,變前之命,安貞不犯,不失其道,“為仁猶已”,故吉從之。
《象伝》は言う。「食旧徳」は、上位に順従して吉を得るからである。孔穎達の疏の解説。「従上吉」は六三が旧徳を享用しうる所以を解釈する――それが上九に順従するので、吉を得て旧有の徳禄を享用しうる。経文はまた言う。九四の爻。官司を打って打ち勝たず。王弼注の解釈。初六が道理を辨明したからである。孔穎達の疏の解説。九四は本来理なく初六を欺凌したが、初六は能く道理を分辨清楚にしえた。ゆえに九四の官司は打ち勝たない。経文は続けて言う。回頭して正理に依従し、先前の成命を改変して、守正に安んずれば吉。王弼注の解釈。九四は上位をもって下位を控告するので、事情はなお挽回しうる。ゆえに過失は大きいと算えない。もし回頭して本来の道理に依従し、先前の成命を改掉し、正道を安守して更に他人を侵犯しなければ、正道を失わない。正に《論語》の言う「為仁由己」に如く、吉もまたこれに随って来る。
[疏]“復即命渝安貞吉”。○正義曰:“復即命渝”者,復,反也;即,就也。九四訟既不勝,若能反就本理,變前與初爭訟之命,能自渝變休息,不與初訟,故云“復即命渝”。“安貞吉”者,既能反從本理,渝變往前爭訟之命,即得安居貞吉。○注“處上訟下”至“故吉從之”。○正義曰:“若能反從本理”者,釋“復即”之義。復,反也;即,從也。本理謂原本不與初訟之理。當反從此原本不爭之理,故云“反從本理”。“變前之命”者,解“命渝”也。渝,變也。但倒經“渝”字在“命”上,故云“變前之命”。“前命”者,謂往前共初相訟之命也,今乃變之也。“安貞不犯”者,謂四安居貞正,不復犯初,故云“安貞不犯”。“為仁由己,故吉從之”者,“為仁由己”,《論語》文。初不犯己,己莫陵於初,是為仁義之道,自由於己,故云“為仁由己”。
以下は孔穎達の経文「復即命渝安貞吉」の一句に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「復即命渝」は、「復」は返回で、「即」は趨就である。九四は官司を打ってすでに打ち勝たず、もし頭を回して本来の道理に趨就し、先前に初六と争訟せんとした成命を改掉し、自己が変わり来りて手を罷め、更に初六と相争わなければ、ゆえに「復即命渝」。所謂「安貞吉」は、すでに回頭して本理に依従し、此前の争訟の成命を改掉しえれば、安んじ居りて正を守りて吉を得うるを言う。以下は王弼注の「処上訟下」から「故吉従之」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「若能反従本理」は、「復即」の二字を解釈する。「復」は返で、「即」は従である。「本理」は元来初六と争訟すべからざる道理を指し、当に頭を回してこの元来争わざる道理に依従すべきである。ゆえに「反従本理」。注の中の「変前之命」は、「命渝」の二字を解釈する。「渝」は改変である。ただ経文の中の「渝」の字を倒して「命」の字の前に放したので、「変前之命」と言い成す。所謂「前命」は、此前に初六と相訟せんとした成命を指し、今はそれを改掉した。注の中の「安貞不犯」は、九四が貞正に安んじ居りて、更に初六を侵犯しない。ゆえに「安貞不犯」。注の中の「為仁由己、故吉従之」は、「為仁由己」は《論語》の成語である。初六は本来自己を侵犯しなかったので、自己もまた初六を欺凌せず。これが正に仁義の道で、全て自身が為しうるか否かに在る。ゆえに「為仁由己」。
《象》曰:“復即命渝”,安貞不失也。[疏]正義曰:“安貞不失”者,釋“復即命渝”之義,以其反理變命,故得安貞之吉,不失其道。九五:訟元吉。處得尊位,為訟之主,用其中正以斷枉直,中則不過,正則不邪,剛無所溺,公無所偏,故訟“元吉”。
《象伝》は言う。「復即命渝」は、正道を安守して正理を失わないことである。孔穎達の疏の解説。「安貞不失」は「復即命渝」の含意を解釈する――九四が回頭して理に依り、成命を改掉するので、安貞の吉を得て、その道を失わない。経文はまた言う。九五の爻。訴訟を聴断する、大吉。王弼注の解釈。九五は尊位を得て居り、聴訟の主人で、中正の徳を運用して曲直を裁断する。中に居れば過分にならず、正を得れば偏邪せず、剛健なので私情に沉溺せず、公道なので一方を偏袒しない。ゆえに聴訟して「元吉」を得うる。
[疏]“九五訟元吉”。○正義曰:處得尊位,中而且正,以斷獄訟,故得“元吉”也。○注“處得尊位”至“故訟元吉”。○正義曰:“處得尊位為訟之主”者,居九五之位,當爭訟之時,是主斷獄訟者也。然此卦之內,斷獄訟之人,凡有二主。案上注云“善聽之主,其在二乎”?是二為主也。此注又云“為訟之主,用其中正以斷枉直”,是五又為主也。一卦兩主者,凡諸卦之內,如此者多矣。五是其卦尊位之主,餘爻是其卦為義之主,猶若復卦初九是復卦之主,“復”義在於初九也。六五亦居復之尊位,為復卦尊位之主,如此之例,非一卦也。所以然者,五居尊位,猶若天子總統萬機,與萬物為主,故諸卦皆五居尊位。諸爻則偏主一事,猶若六卿春官主禮,秋官主刑之類偏主一事,則其餘諸爻各主一事也。即六卿總歸於天子,諸卦之爻,皆以九五為尊位也。若卦由五位,五又居尊,正為一主也,若比之九五之類是也。今此訟卦二既為主,五又為主,皆有斷獄之德,其五與二爻,其義同然也,故俱以為主也。
以下は孔穎達の経文「九五訟元吉」の一句に対する疏解である。《正義》は言う。九五は尊位を得て居り、すでに中でありかつ正で、これをもって獄訟を裁断する。ゆえに「元吉」を獲得する。以下は王弼注の「処得尊位」から「故訟元吉」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「処得尊位為訟之主」は、それが九五の位に居り、正に争訟の時に当たり、すなわち獄訟を裁断するを主持する人である。しかし本卦の内に、獄訟を裁断する人は共に二位の主あり。前の《彖伝》の注は「善聴之主、其在二乎」と言い、九二が主であるが見える。ここの注はまた「為訟之主、用其中正以断枉直」と言い、九五もまた主であるが見える。一卦に二つの主あるは、各卦の中にこのような例は甚だ多い。九五は一卦の中の尊位の主で、その余の各爻は一卦の中に於て義理に就いて説を立てる主である。譬えば《復》卦の初九は《復》卦の主で、「復」の義理が初九に在るからである。しかして六五は同じく《復》卦の尊位に居り、《復》卦の尊位の主である――この類の例は一卦に止まらない。このようである所以は、五が尊位に居り、天子が万機を総攬して万物の主を為すに譬えるので、各卦は皆第五爻をもって尊位とする。その余の各爻は各自に一事を専主し、六卿の中に春官が礼を主管し秋官が刑を主管して各々一事を専らにするに譬え、その余の諸爻もまた各々一事を主とする。六卿は最終的に天子に統帰し、各卦の爻も皆九五をもって尊位とする。もし某卦の義理が正に第五爻により立てられ、五がまた尊位に居れば、即ちただ一つの主のみあり、《比》卦の九五の如きである。今《訟》卦は九二がすでに主であり、九五もまた主で、両爻が皆獄訟を裁断する徳を具備し、五と二がこの一点上で義理が相同じい。ゆえに並び立てて主とする。
案:上《彖》辭“剛來而得中”,今九五《象》辭云“訟元吉,以中正”也,知《彖》辭“剛來得中”,非據九五也。輔嗣必以為九二者,凡上下二象在於下象者,則稱“來”。故《賁卦》云“柔來而文剛”,是離下艮上而稱“柔來”。今此云“剛來而得中”,故知九二也。且凡云“來”者,皆據異類而來。九二在二陰之中故稱“來”;九五在外卦,又三爻俱陽,不得稱“來”。若於爻辭之中,亦有從下卦向上卦稱“來”也。故需上六“有不速之客三人來”,謂下卦三陽來。然需上六陰爻,陽來詣之,亦是往非類而稱“來”也。“以斷枉直”者,枉,曲也。凡二人來訟,必一曲一直,此九五聽訟能斷定曲直者,故云“以斷枉直”。
孔穎達は続けて考辨して言う。上の《彖伝》は「剛来而得中」と講じ、今九五の《象伝》は却って「訟元吉、以中正也」と言う。《彖伝》の所謂「剛来得中」は九五を指すのではないが見える。王弼(字輔嗣)がそれを九二と断定した所以は、凡そ一卦の上下二つの卦象の中で、下卦に居る一方のみが「来」と称されるからである。ゆえに《賁》卦の《彖伝》は「柔来而文剛」と言う。正にそれが離を下に艮を上とするので、初めて「柔来」と称す。ここで「剛来而得中」と言うので、指す所が九二であることを知る。さらに凡そ「来」と称するは、皆異類の中に来り至るに就いて言う。九二は二つの陰爻の当中に挟まれるので「来」と称し、九五は外卦に在りて、しかも外卦の三爻が全て陽なので、「来」と称しえない。爻辞の中に至っても、また下卦から上卦に走向して「来」と称するものがある。《需》卦の上六の言う「有不速之客三人来」の如きで、指す所は下卦の三つの陽爻が上に来る。しかし《需》卦の上六は陰爻で、陽爻がそれのここに来り至るは、同じく異類の中に往き赴くので、また「来」と称す。注の中の「以断枉直」は、「枉」は曲である。凡そ両人が来りて官司を打てば、必ず一方が曲で一方が直である。九五は聴訟して誰が曲で誰が直かを判定しうる。ゆえに「以断枉直」。
《象》曰:“訟元吉”,以中正也。[疏]正義曰:“以中正也”者,釋“元吉”之義。所以訟得大吉者,以九五處中而得正位,中則不有過差,正則不有邪曲,中正為德,故“元吉”。上九:或錫之鞶帶,終朝三褫之。處訟之極,以剛居上,訟而得勝者也。以訟受錫,榮何可保?故終朝之閒,褫帶者三也。
《象伝》は言う。「訟元吉」は、中に居して正を得るからである。孔穎達の疏の解説。「以中正也」は「元吉」の含意を解釈する――聴訟が大吉を得うる所以は、九五が中に居りてまた正位を得るからである。中に居れば過差なく、正を得れば邪曲なく、中正を徳とするので「元吉」。経文はまた言う。上九の爻。或いは一条の大帯を賞賜されるも、一個の朝の内に三度剥奪される。王弼注の解釈。上九は争訟の頂点に処し、陽剛をもって上位に居り、官司に打ち勝った人である。官司を打って換えた賞賜は、あの栄寵はどうして保住しえようか。ゆえに一個の朝の間に、あの帯子は三回剥去される。
[疏]正義曰:“或錫之鞶帶”者,上九以剛居上,是訟而得勝者也。若以謙讓蒙錫,則可長保有。若因訟而得勝,雖或錫與鞶帶,不可長久,終一朝之閒三被褫脫,故云“終朝三褫之”。《象》曰:以訟受服,亦不足敬也。[疏]正義曰:釋“終朝三褫”之義。以其因訟得勝,受此錫服,非德而受,亦不足可敬,故終朝之間,三被褫脫也。凡言“或”者,或之言“有”也。言或有如此,故言“或”。則上云“或從王事無成”,及《坤》之六三“或從王事無成”之類是也。鞶帶謂大帶也。故杜元凱桓二年《傳》“鞶厲旒纓”注云:“盤,大帶也。”此訟一卦及爻辭並以人事明之,唯“不利涉大川”,假外物之象以喻人事。
孔穎達の疏の解説。所謂「或錫之鞶帯」は、上九は陽剛をもって上位に居り、官司に打ち勝った人である。もし謙譲に憑って賞賜を蒙受すれば、あれはなお長久に保有しうる。もし官司に打ち勝つに頼って得れば、あれは縦に彼に一条の大帯を賞しても、長久を保てず、一個の朝の内に三度剥去される。ゆえに「終朝三褫之」。《象伝》は言う。官司を打って換えた服飾は、また他人の敬重に値しない。孔穎達の疏の解説。これは「終朝三褫」の含意を解釈する――彼が争訟に取勝して初めてこの賜服を受けたので、徳行に憑って得たのではない。ゆえに敬重に値せず、よって一個の朝の内に三度剥奪される。凡そ「或」と言うのは、「或」はすなわち「有」の意で、時にこのようであることを言う。ゆえに「或」の字を用いる。上文の《訟》卦の六三の言う「或従王事无成」、および《坤》卦の六三の「或従王事无成」の類は、皆この用法である。「鞶帯」はすなわち大帯で、ゆえに杜預(字元凱)は《左伝》桓公二年の「鞶厲旒纓」の句の下に注して言う。鞶はすなわち大帯。《訟》のこの一卦及び各爻の爻辞は、一概に人事に就いて闡明し、唯「不利渉大川」の一句のみが、外物の象を借りて人事を比喩する。
師卦
坎下坤上。師:貞,丈人吉,無咎。丈人,嚴莊之稱也。為師之正,丈人乃吉也。興役動眾無功,罪也,故吉乃無咎也。[疏]“師:貞,丈人吉,無咎”。○正義曰:“師”,眾也。貞,正也。丈人謂嚴莊尊重之人,言為師之正,唯得嚴莊丈人監臨主領,乃得“吉無咎”。若不得丈人監臨之,無不畏懼,不能齊眾,必有咎害。○注“丈人嚴戒之稱也”至“乃無咎也”。○正義曰:“興役動眾無功,罪”者,監臨師旅,當以威嚴,則有功勞,乃得無咎;若其不以威嚴,師必無功而獲其罪,故云“興役動眾無功,罪”也。
《師》卦は下卦が坎で上卦が坤である。卦辞は言う。師は、正を守る。老成持重の長者が統領すれば吉で、過ちなし。王弼注の解釈。「丈人」は威厳荘重の人に対する称呼である。興師の道を端正せしめんとすれば、必ずこのような長者が主持して初めて吉となる。徭役を興動して民衆を調発して毫も戦功なきは、あれは罪過である。ゆえに必ず吉を得て初めて无咎を談じうる。以下は孔穎達の卦辞「師、貞、丈人吉、无咎」の疏解である。《正義》は言う。「師」は衆で、「貞」は正である。「丈人」は威厳荘重にして人の尊とする所を指す。その意は用兵の道を端正せんと欲すれば、ただ威厳ある長者を得て監臨統領せしめてこそ、「吉无咎」を能くする。もしこのような長者の監臨なければ、人人が皆敬畏を知らず、部衆を整粛する法なく、必ず禍害を招来する。以下は王弼注の「丈人厳荘之称也」から「乃无咎也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「興役動衆无功、罪」は、軍旅を統領するは当に威厳を用いるべし。威厳あって初めて功を建てうる。これにより初めて无咎としうる。もし威厳を用いなければ、軍隊は必ず労して功なく、反って罪を獲る。ゆえに「興役動衆无功、罪」。
《彖》曰:師,眾也。貞,正也。能以眾正,可以王矣。剛中而應,行險而順,以此毒天下而民從之,吉又何咎矣?毒猶役也。[疏]“彖曰”至“又何咎矣”。○正義曰:“師,眾也。貞,正也。能以眾正,可以王矣”者,此釋師卦之名,並明用師有功之義。但師訓既多,或訓為法,或訓為長,恐此師名取法之與長,故特明之師訓為眾也。貞為正也。貞之為正,其義已見於此,復云“貞,正”者,欲見齊眾必須以正,故訓貞為正也。與下文為首引之勢,故云“能以眾正,可以王矣”。“剛中而應”者,“剛中”謂九二,而“應”謂六五。“行險而順”者,“行險”謂下體坎也,而“順”謂上體坤也。若剛中而無應,或有應而不剛中,或行險而不柔順,皆不可行師得吉也。“以此毒天下而民從之,吉又何咎矣”者,毒猶役也,若用此諸德使役天下之眾,人必從之以得其吉,又何無功而咎責乎?自“剛中”以下釋“丈人吉,無咎”也,言丈人能備此諸德也。
《彖伝》は言う。師はすなわち衆で、貞はすなわち正である。能く衆人を率領して正道に走上せしめれば、王と称しうる。剛爻が中に居して上に応あり、険境を行って能く柔順し、このような方式をもって天下を役使して百姓がなお順従し、吉を得て、また何の過咎あらんか。王弼注。「毒」は役使に如し。以下は孔穎達の《彖伝》の「彖曰」から「又何咎矣」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。「師、衆也。貞、正也。能以衆正、可以王矣」のこの幾句は、すでに《師》卦の名義を解釈し、また用兵建功の道理を闡明する。「師」の字は訓義が甚だ多く、「法」と訓するものあり、「長」と訓するものあり。ここの卦名が「法」や「長」に当てられはせぬかを恐れて、特に「師」を「衆」と訓すると点明する。「貞」を「正」と訓するは、この層の意は本来すでに明白である。更に一句「貞、正」と言う所以は、部衆を整粛するには必ず正道に依憑せねばならぬを顕出せんと欲するので、「貞」を「正」と訓し、これを借りて下文を引起す。ここにおよそ「能以衆正、可以王矣」と言う。所謂「剛中而応」は、「剛中」は九二を指し、「応」はそれと相応する六五を指す。所謂「行険而順」は、「行険」は下卦の坎を指し、「順」は上卦の坤を指す。もし剛爻が中に居りて上に応する所なく、あるいは応する所あっても剛中でなく、あるいは険境を行って能く柔順せざれば、皆用兵して吉を得ることはできない。所謂「以此毒天下而民従之、吉又何咎矣」は、「毒」は役使に如し。もしこの幾種の徳行に憑って天下の衆を役使すれば、人々は必ず順従して吉を得、また労して功なく責罰を招来する事あらんや。「剛中」以下は、皆卦辞の「丈人吉、无咎」を解釈するもので、その意はあの長者がこの幾種の徳行を兼備しうるである。
《象》曰:地中有水,師。君子以容民畜眾。[疏]正義曰:“君子以容民畜眾”者,言君子法此師卦,容納其民,畜養其眾。若為人除害,使眾得寧,此則“容民畜眾”也。又為師之主,雖尚威嚴,當赦其小過,不可純用威猛於軍師之中,亦是容民畜眾之義。所以《象》稱“地中有水”,欲見地能包水,水又眾大,是容民畜眾之象。若其不然,或當云“地在水上”,或云“上地下水”,或云“水上有地”。今云“地中有水”,蓋取容、畜之義也。
《象伝》は言う。地の中に水を含む、これが《師》卦である。君子はこれにより百姓を容納し民衆を畜養す。孔穎達の疏の解説。所謂「君子以容民畜衆」は、君子が《師》卦を效法して、自己の百姓を容納し、自己の民衆を畜養するを言う。もし百姓のために害を除き、衆人を安寧せしめうれば、これが「容民畜衆」である。さらに身に軍を統べる主として、威厳を崇尚するが、また部下の小過失を赦免して、軍中に一味に威猛を用いるべからず。これも同じく「容民畜衆」の意である。《象伝》が「地中有水」と言う所以は、大地が能く水を包容し、水がまた浩大衆多で、正に容民畜衆の象であるを顕出せんとする。もしこの層の意を取らなければ、当に「地在水上」と言い、あるいは「上地下水」と言い、あるいは「水上有地」と言うべきである。今「地中有水」と言うは、正に容納・畜養の義理を取る。
初六:師出以律,否臧凶。為師之始,齊師者也。齊眾以律,失律則散。故師出以律,律不可失。失律而臧,何異於否?失令有功,法所不赦。故師出不以律,否臧皆凶。[疏]“初六師出”至“否臧凶”。○正義曰:“初六師出以律”者,律,法也。初六為師之始,是整齊師眾者也。既齊整師眾,使師出之時,當須以其法制整齊之,故云“師出以律”也。“否臧凶”者,若其失律行師,無問否之與臧,皆為凶也。“否”謂破敗,“臧”謂有功。然“否”為破敗,即是凶也。何須更云“否臧凶”者,本意所明,雖臧亦凶。“臧”文既單,故以“否”配之,欲盛言臧凶,不可單言,故云否之與臧,皆為凶也。
経文は言う。初六の爻。兵を出すは軍法号令に依るべし。然らざれば、敗れても勝っても凶。王弼注の解釈。初六は興師の開端で、部衆を整粛するを負責する。部衆を整粛するは軍法に頼り、軍法を失えば隊伍は渙散する。ゆえに兵を出すには必ず律に依り、軍法は丢失すべからず。軍法を丟して戦勝を打てば、敗戦を打つと何の異なることがあろうか。号令に違背して功を立てても、軍法は寛赦せず。ゆえに兵を出すにもし軍法に依らなければ、敗れても勝っても、皆凶である。以下は孔穎達の経文「初六師出」から「否臧凶」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「初六師出以律」は、「律」は法度である。初六は興師の開端で、部衆を整粛するを負責する。すでに部衆を整粛せんとすれば、兵を出す時に当に法度をもって彼らを約束すべきである。ゆえに「師出以律」。所謂「否臧凶」は、もし軍法を丟いて行軍すれば、敗であれ勝であれ、皆凶に属するを言う。「否」は敗績を指し、「臧」は功あるを指す。しかし「否」はすでに敗績で、本来すでに凶である。何の必要あって更に「否臧凶」と言わんや。その本意が説明せんと欲するのは正に、たとえ戦勝を打っても照様に凶である。ただ単に一個の「臧」の字を言えば余りに孤なるので、「否」を取りてそれに配する。着重点明せんと欲するは「臧」もまた凶だが、しかしこの言葉はまた単提しえないので、合して言う。敗であれ勝であれ、皆凶である。
○注“為師之始”至“否臧皆凶”。○正義曰:“為師之始,齊師者也”者,以師之初爻,故云“為師之始”。在師之首,先唱發始,是齊整師眾者也。“失律而臧,何異於否”者,若棄失法律,不奉法而行,雖有功而臧,何異於否也?“失令有功,法所不赦”者,解“何異於否”之義。令則法律也。若失此法令,雖有功勞,軍法所不容赦,故云“何異於否”。然閫外之事,將軍所載,臨事制宜,不必皆依君命,何得有功“法所不赦”者:凡為師之體,理非一端,量事制宜,隨時進退,此則將軍所制,隨時施行。若苟順私情,故違君命,犯律觸法,則事不可赦耳。
以下は王弼注の「為師之始」から「否臧皆凶」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「為師之始、斉師者也」は、初六が《師》卦の第一爻なので「為師之始」と称する。軍旅の首に処して、率先して倡動するは、正に部衆を整粛する人である。注の中の「失律而臧、何異於否」は、もし法度を丟棄して軍法を奉じずして行けば、縦に功を立てて勝を獲ても、敗績と何の両様あろうかを言う。注の中の「失令有功、法所不赦」は、「何異於否」の含意を解釈する。「令」はすなわち法律である。もしこの法令に違失すれば、縦に功労あっても、軍法は寛赦を容れない。ゆえに「何異於否」。ただし国門以外の軍務は、本来将軍が承担し、事に臨んで斟酌处置しうる。事事に皆君命に依ることを必せず。あればどうして功ありて「法所不赦」あらんや。軍を統べる道は、その理は一端に止まらないことを知るべし。形勢を権衡して随機応変し、あるいは進みあるいは退くは、これは将軍が裁断しうる、臨時に施行する範囲に属する。もしただ私情に徇順して、故意に君命に違抗し軍律に触犯すれば、あれは赦免すべからずである。
《象》曰:“師出以律”,失律凶也。[疏]正義曰:“失律凶”者,釋“師出以律”之義。言所以必須以律者,以其失律則凶。反經之文,以明經義。九二:在師中,吉,無咎,王三錫命。以剛居中,而應於上,在師而得其中者也。承上之寵,為師之主,任大役重,無功則凶,故吉乃無咎也。行師得吉,莫善懷邦,邦懷眾服,錫莫重焉,故乃得成命。
《象伝》は言う。「師出以律」は、軍法を失えば凶なるからである。孔穎達の疏の解説。「失律凶」は「師出以律」の含意を解釈する――必ず軍法に依らねばならぬ所以は、正に軍法を失えば凶険あるからである。これは経文を反って言って、もって経文の本義を闡明する。経文はまた言う。九二の爻。軍中に在りて中道を得、吉で過ちなし。君王は三度賞命を頒下す。王弼注の解釈。九二は陽剛をもって中位に居り、また上に六五に応ず。身に軍旅に在りて能く中道を得る人である。それは君上の恩寵を承受して、軍を統べる主を充当し、責任は大きく労役は重い。もし戦功なければ凶。ゆえに必ず吉を得て初めて无咎を談じうる。兵を用いて吉を得るは、邦国を帰心せしめるより好きはない。邦国が帰心し衆人が悦服すれば、賞賜はこれより重きはない。ゆえに完備の册命を得うる。
[疏]“九二”至“王三錫命”。○正義曰:“在師中吉”者,以剛居中而應於五,是“在師中吉”也。“無咎”者,承上之寵,為師之主,任大役重,無功則凶,故吉乃無咎。“王三錫命”者,以其有功,故王三加錫命。○注“以剛居中”至“故乃得成命”。○正義曰:“在師而得中”者,觀注之意,以“在師中”為句,其“吉”字屬下;觀《象》之文,“在師中吉,承天寵”者,則似“吉”字屬上。此“吉”之一字上下兼該,故註文屬下,《象》文屬上,但《象》略其“無咎”之字,故“吉”屬“師中”也。“故乃得成命”者,案《曲禮》云:“三賜不及車馬。”一命受爵,再命受服,三命受車馬。三賜三命,而尊之得成,故“乃得成命”也。
以下は孔穎達の経文「九二」から「王三錫命」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「在師中吉」は、九二が陽剛をもって中位に居りて上に六五に応ずるので「在師中吉」。所謂「无咎」は、それが君上の恩寵を承受して、軍を統べる主を充当し、責任は大きく労役は重く、功なければ凶。ゆえに必ず吉を得て初めて无咎。所謂「王三錫命」は、それに戦功あるので、君王が三度賞命を加える。以下は王弼注の「以剛居中」から「故乃得成命」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「在師而得中」は、注文の意に照らせば、「在師中」を一句に断じ、「吉」の字は下句に属する。しかし《象伝》の文字「在師中吉、承天寵也」を見れば、また「吉」の字が上句に属するに似たり。この「吉」の字は上下を兼管する。ゆえに注文はそれを下に属させ、《象伝》はそれを上に属させる。ただ《象伝》が「无咎」の二字を省略したので、「吉」は即ち「師中」の後に接する。注の中の「故乃得成命」は、《礼記・曲礼》に按ずれば「三賜不及車馬」と言う。命を受ける次第は、一命で爵位を受け、再命で服飾を受け、三命で車馬を受ける。三度賞賜し三度册命して、尊崇の礼が初めて完成する。ゆえに「乃得成命」。
《象》曰:“在師中吉”,承天寵也。“王三錫命”,懷萬邦也。[疏]正義曰:“承天寵”者,釋“在師中吉”之義也。正謂承受五之恩寵,故“中吉”也。“懷萬邦也”者,以其有功,能招懷萬邦,故被“王三錫命”也。六三:師或輿尸,凶。以陰處陽,以柔乘剛,進則無應,退無所守,以此用師,宜獲“輿尸”之凶。
《象伝》は言う。「在師中吉」は、君王の恩寵を承受したからである。「王三錫命」は、それが万邦を帰心せしめたからである。孔穎達の疏の解説。「承天寵」は「在師中吉」の含意を解釈する――正に九二が六五の恩寵を承受したので「中吉」を言う。「懐万邦也」は、それに戦功ありて、万邦を招徠安撫しうるので、「王三錫命」を蒙受することを言う。経文はまた言う。六三の爻。師を出して或いは車をもって屍体を載運して帰る。凶。王弼注の解釈。六三は陰爻をもって陽位に居り、また柔をもって下の剛爻に乗凌し、前に相応の援手なく、後にまた拠守すべきなし。このような条件をもって用兵すれば、理に当たり「輿尸」の凶険を招来する。
[疏]“六三師或輿尸凶”。○正義曰:以陰處陽,以柔乘剛,進無所應,退無所守,以此用師,或有輿尸之凶。○注“以陰處陽”至“輿尸之凶”。○正義曰:“退無所守”者,倒退而下,乘二之剛,已又以陰居陽,是“退無所守”。《象》曰:“師或輿尸”,大無功也。[疏]正義曰:“大無功也”者,釋“輿尸”之義,以其輿尸,則大無功也。
以下は孔穎達の経文「六三師或輿尸凶」の一句に対する疏解である。《正義》は言う。六三は陰爻をもって陽位に居り、柔をもって剛爻に乗凌し、前進に相応の援助なく、後退にまた拠守すべきなし。このような条件に憑って用兵すれば、車に屍を載して帰るの凶険ありうる。以下は王弼注の「以陰処陽」から「輿尸之凶」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「退无所守」は、それが退いて下に帰れば、即ち九二の剛爻の上に騎り、自身もまた陰爻をもって陽位に居るので、「退无所守」と呼ぶ。《象伝》は言う。「師或輿尸」は、大いに戦功なきことである。孔穎達の疏の解説。「大无功也」は「輿尸」の含意を解釈する――すでに車をもって屍を載して帰る要あれば、あれはすなわち大いに无功である。
六四:師左次,無咎。得位而無應,無應不可以行,得位則可以處,故左次之,而無咎也。行師之法,欲右背高,故左次之。[疏]“六四,師左次,無咎”。○正義曰:六四得位而無應,無應不可以行,得位則可以處,故云“師左次,無咎”。故師在高險之左,以次止則無凶咎也。○注“行師之法”至“故左次之”。○正義曰:“行師之法,欲右背高”者,此兵法也。故《漢書》韓信云:“兵法欲右背山陵,前左水澤。”《象》曰:“左次無咎”,未失常也。雖不能有獲,足以不失其常也。[疏]正義曰:“未失常”者,釋“無咎”之義,以其雖未有功,未失常道。
経文は言う。六四の爻。軍隊は左方に駐扎し、過ちなし。王弼注の解釈。六四はその正位を得たが相応の援手なし。応なければ即ち進兵すべからず、位を得れば即ち駐守しうる。ゆえに退きて左方に居りて駐扎して无咎。行軍の法は右辺が高地に背くを講究する。ゆえに軍隊は左方に駐在する。以下は孔穎達の経文「六四、師左次、无咎」の疏解である。《正義》は言う。六四は位を得て応なし。応なければ即ち進兵すべからず、位を得れば即ち駐守しうる。ゆえに「師左次、无咎」――軍隊は高険の地の左側に駐在し、地に就きて営を扎して停駐すれば、凶咎なし。以下は王弼注の「行師之法」から「故左次之」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「行師之法、欲右背高」は、兵法を講ずる。ゆえに《漢書》は韓信の言を記する。兵法は右辺と背後が山陵に靠り、前面と左辺が水沢に臨むを講究する。《象伝》は言う。「左次无咎」は、常道を失わないことである。王弼注。それは斬獲あること能わざると雖も、常道を失わざるに足る。孔穎達の疏の解説。「未失常」は「无咎」の含意を解釈する――六四はまだ戦功ないと雖も、常道に背離しなかったからである。
六五:田有禽,利執言,無咎。長子帥師,弟子輿尸,貞凶。處師之時,柔得尊位,陰不先唱,柔不犯物,犯而後應,往必得直,故“田有禽”也。物先犯己,故可以執言而無咎也。柔非軍帥,陰非剛武,故不躬行,必以授也。授不得王,則眾不從,故“長子帥師”可也。弟子之凶,故其宜也。
経文は言う。六五の爻。田里に禽獣が来りて禾苗を踏躪す。理に拠って声討するに宜しく、過ちなし。年長の兒子に軍隊を統率せしめ、もし年少の子弟を遣れば、車に屍を載して帰り、これを守れば凶。王弼注の解釈。六五は用兵の時に処し、柔をもって尊位に居る。陰は率先して難を発せず、柔は他人を侵犯せず、人に侵犯されて然る後に応戦する。よって兵を出せば必ず理直を占む。ゆえに「田有禽」。対方が先に来りて自己を侵犯したので、理に拠って声討して无咎としうる。柔弱は統帥を当るに宜からず、陰質もまた剛武に足らず。ゆえに六五は親自出征せず、必ず兵権を他人に授予せねばならぬ。しかして授権がもしその人を得ざれば、衆人は聴従することを肯んぜない。ゆえに「長子帥師」にして初めて行き通る。年少子弟に兵を帯びさせて凶を招来するに至っては、あれもまた理の当然の所である。
[疏]“六五田有禽”至“輿尸貞凶”。○正義曰:“田有禽,利執言”者,柔得尊位,陰不先唱,柔不犯物,犯而後應,往必得直,故往即有功。猶如田中有禽而來犯苗,若往獵之,則無咎過也。人之修田,非禽之所犯。王者守國,非叛者所亂。禽之犯苗,則可獵取。叛人亂國,則可誅之。此假他象以喻人事,故“利執言,無咎”,已不直則有咎。己今得直,故可以執此言往問之而無咎也。“長子帥師,弟子輿尸,貞凶”者,以已是柔,不可為軍帥。已又是陰,身非剛武,不可以親行,故須役任長子、弟子之等。若任役長子,則可以帥師。若任用弟子,則軍必破敗而輿尸,是為正之凶。莊氏云:“‘長子’謂九二,德長於人。‘弟子’謂六三,德劣於物。”今案:《象》辭云“長子帥師,以中行也”,是九二居中也。“弟子輿尸,使不當也”,謂六三失位也。○注至“往必得直”。○正義曰:“往必得直”者,見犯乃得欲往征之,則於理正直,故云“往必得直”。
以下は孔穎達の経文「六五田有禽」から「輿尸貞凶」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「田有禽、利執言」は、六五が柔をもって尊位に居り、陰は率先して難を発せず、柔は他人を侵犯せず、侵犯されて然る後に回応する。よって兵を出せば必然に理直で、一往すれば即ち建功しうる。これはちょうど田里に禽獣が来りて禾苗を糟蹋するに、前に往きてそれを猟取すれば、即ち過ちなきに如し。人が田地を耕治するは、本来禽獣に侵害されるべからず。王者が邦国を守衛するは、本来叛乱者に攪擾されるべからず。禽獣が禾苗を糟蹋すれば猟取しうる。叛人が邦国を扰乱すれば誅討しうる。これは外物の象を借りて人事を比喩する。ゆえに「利執言、无咎」――自己がもし理に虧ければ咎あるが、今自己は理に占むるので、あの説辞を持して前に往きて罪を問うて无咎としうる。所謂「長子帥師、弟子輿尸、貞凶」は、六五が自身柔弱で、統帥を充当すべからず。また陰質に属して、本来剛武の人ではなく、親自出征すべからず。ゆえに必ず長子・弟子のこの類の人を差任せねばならぬ。もし長子を差任すれば、軍隊を統率しうる。もし年少子弟を任用すれば、軍隊は必ず潰敗して車に屍を載して帰る。これがすなわちこれを守って正として反って凶を致す。荘氏は言う。「長子」は九二を指し、徳行が他人に長じる。「弟子」は六三を指し、徳行が常人に劣る。今按ずるに《象伝》は「長子帥師、以中行也」と言い、正に九二が中に居るを指す。「弟子輿尸、使不当也」は、即ち六三が位を失うを言う。以下は王弼注を「往必得直」の一句まで疏解する。《正義》は言う。注の中の「往必得直」は、人に侵犯されて然る後に往きて征討すれば、理に於て便ちに正直である。ゆえに「往必得直」。
《象》曰:“長子帥師”,以中行也。“弟子輿尸”,使不當也。上六:大君有命,開國承家,小人勿用。處師之極,師之終也。大君之命,不失功也。開國承家,以寧邦也。小人勿用,非其道也。[疏]“上六大君有命”至“小人勿用”。○正義曰:“大君有命”者,上六處師之極,是師之終竟也。“大君”謂天子也,言天子爵命此上六,若其功大,使之開國為諸侯;若其功小,使之承家為卿大夫。“小人勿用”者,言開國承家,須用君子,勿用小人也。《象》曰:“大君有命”,以正功也。“小人勿用”,必亂邦也。[疏]正義曰:“大君有命,以正功也”者,正此上六之功也。“小人勿用,必亂邦也”者,若用小人,必亂邦國,故不得用小人也。
《象伝》は言う。「長子帥師」は、九二が中道に依りて行うからである。「弟子輿尸」は、差使が恰当でないからである。経文はまた言う。上六の爻。天子が册命を頒下し、あるいは分封建国し、あるいは卿大夫の家を継承せしむ。しかし小人を任用すべからず。王弼注の解釈。上六は《師》卦の頂端に処し、用兵の終局である。天子の册命は、如何なる功労をも漏らさない。分封建国して家邑を承継するは、邦国を安定するためである。小人を任用すべからざるは、それが正道に合せざるからである。以下は孔穎達の経文「上六大君有命」から「小人勿用」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「大君有命」は、上六は《師》卦の極に処し、用兵の収尾である。「大君」は天子を指し、その意は天子が功に按じて上六に爵を授け命を頒する。功労の大きいものは、彼に国を開かせて諸侯と為し、功労の小さいものは、彼に家を承がせて卿大夫と為す。所謂「小人勿用」は、国を開くも家を承ぐも、皆必ず君子を任用し、小人を任用すべからざるを言う。《象伝》は言う。「大君有命」は、功労を論定するためである。「小人勿用」は、小人を任用すれば必ず邦国を禍乱するからである。孔穎達の疏の解説。「大君有命、以正功也」は、上六の功労を論定せんと欲するを言う。「小人勿用、必乱邦也」は、もし小人を任用すれば、必ず邦国を大乱せしめるので、小人を任用しえないを言う。
比卦
坤下坎上。比:吉,原筮,元永貞,無咎。不寧方來,後夫凶。[疏]正義曰:“比吉”者,謂能相親比而得具吉。“原筮,元永貞,無咎”者,欲相親比,必能原窮其情,筮決其意,唯有元大永長貞正,乃得無咎。“元永貞”者,謂兩相親比,皆須“永貞”。“不寧方來”者,此是寧樂之時,若能與人親比,則不寧之方,皆悉歸來。“後夫凶”者,夫,語辭也。親比貴速,若及早而來,人皆親已故在先者吉。若在後而至者,人或疏己,親比不成,故“後夫凶”。或以“夫”為丈夫,謂後來之人也。
《比》卦は下卦が坤で上卦が坎である。卦辞は言う。比は吉。本情を推原し、卜筮して疑を決し、ただ能く大にして長久に正を守れば、過ちはない。安寧ならざる四方の国が皆来りて帰附し、来ること遅きあの一つは即ち凶。孔穎達の疏の解説。所謂「比吉」は、人が能く彼此親近輔助して、よって様々に吉を得ることを言う。所謂「原筮、元永貞、无咎」は、彼此親附せんと欲すれば、必ず相手の本情に推究しえ、卜筮をもってその心意を決断せねばならぬ。ただ大にして長久にしてまた貞正を為しえて、初めて過咎なきことを能くする。所謂「元永貞」は、両相亲附する双方が、皆「永貞」を為しえねばならぬを言う。所謂「不寧方来」は、この時は本来安寧歓楽の時で、もし人と親附しえれば、あの本当に安寧を得ざる邦国が即ち全て帰来する。所謂「後夫凶」は、「夫」は語助詞である。親附は速きを貴び、もし及早に前来すれば、人人が皆自己に親近するので、先に在る者は吉を得る。もし後頭に落ちて初めて到れば、別人は或いはすでに自己を疏逺し、親附は便ち結成しない。ゆえに「後夫凶」。また「夫」を丈夫と解して、後に来るあの人を指す者もある。
《彖》曰:比,吉也。比,輔也,下順從也。“原筮,元永貞,無咎”,以剛中也。處比之時,將原筮以求無咎,其唯元永貞乎?夫群黨相比,而不以“元永貞”,則凶邪之道也。若不遇其主,則雖永貞而猶未足免於咎也。使永貞而無咎者,其唯九五乎?[疏]“彖曰”至“以剛中也”。○正義曰:“比,吉也”者,釋親比為善,言相親比而得吉也。“比,輔也”者,釋“比”所以得吉,由“比”者人來相輔助也,“下順從”者,在下之人,順從於上,是相輔助也,謂眾陰順從九五也。自此以上,釋比名為吉之義。“原筮,元永貞,無咎,以剛中”者,釋“原筮,元永貞,無咎”之義,所以得如此者,以九五剛而處中,故使“比”者皆得“原筮,元永貞,無咎”也。
《彖伝》は言う。比は、吉なるものである。比はすなわち輔助で、下に在る者が上に順従する。「原筮、元永貞、无咎」は、九五が剛健にして中に居るからである。王弼注の解釈。身に親附の時に処して、推原卜筮に頼って无咎を求めるは、頼る所は殆ど「元永貞」だけであろうか。もし党を結びて相亲しながら「元永貞」に本づかなければ、あれはすなわち凶邪の道である。もし英明の主に遇わなければ、あれば永貞の徳ありと雖も、なお過咎を免るるに足らず。人をして永貞を守りて无咎ならしめうる者は、殆ど九五のみであろうか。以下は孔穎達の《彖伝》の「彖曰」から「以剛中也」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。「比、吉也」は親附を善とすることを解釈し、その意は彼此が親附すれば便ち吉を得うる。「比、輔也」は「比」がなぜ吉を得るかを解釈する――相亲附する人が前来して自己を輔助するからである。「下順従」は下に在る人が上に在る者に順従するを言い、これが正に輔助で、すなわち衆陰爻が九五に順従する。以上は皆《比》卦の名がなぜ吉と為るかを解釈する。「原筮、元永貞、无咎、以剛中」は「原筮、元永貞、无咎」の含意を解釈する――能くこのようでありうる所以は、九五が剛健にして中位に居り、よって来り親附する人を皆「原筮、元永貞、无咎」を得せしめるからである。
○注“處比之時”至“其唯九五乎”?○正義曰:“將原筮以求無咎,其唯元永貞乎”者,原謂原窮比者根本,筮謂筮決求比之情,以求久長無咎。“其唯元永貞乎”,元,大也;永,長也。為已有大長貞正,乃能原筮相親比之情,得久長而無咎,謂彼此相親比也。“若不遇其主,則雖永貞而猶未足免於咎”者,若不逢遇明主,則彼此相求,“比”者雖各懷永貞,而猶未足免離於咎。雖有永貞,而無明主照察,不被上知,相親涉於明黨,故不免咎也。“使永貞而無咎者,其唯九五乎”者,使“比”者得免咎,保永貞,久而無咎,其唯九五乎?以九五為比之主,剛而處中,能識“比”者之情意,故使“比”者得保永貞,無內咎也。
以下は王弼注の「処比之時」から「其唯九五乎」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「将原筮以求无咎、其唯元永貞乎」は、「原」は親附する者の根本を推究し、「筮」は卜筮をもって親附を求める者の実情を決断し、長久无咎を求め得るためである。所謂「其唯元永貞乎」は、「元」は大で、「永」は長である。自己に先に博大長久の貞正の徳があって、初めて彼此親附の真情を推原し卜決し、これにより長久にして无咎としうる。言う所は正に双方の相互親附である。注の中の「若不遇其主、則雖永貞而猶未足免於咎」は、もし英明の主に遇わなければ、あれば彼此が互相追求して、来り親附する人が縦に各々永貞の心を懐いても、なお過咎を脱開するに足らない――永貞ありと雖も、明主の照察なく、上に在る者に知られず、相亲相近するは結党に近い。ゆえに過咎を免れえない。注の中の「使永貞而无咎者、其唯九五乎」は、能く親附する者を過咎を免れ、永貞を保住し、久しくして无咎ならしめうる者は、殆ど九五のみであろうかを言う。九五は《比》卦の主で、剛健にして中位に居り、親附する者の真実の心意を看清しうるので、親附する者に永貞を保住せしめ、内里に過咎なからしめうるからである。
“不寧方來”,上下應也。上下無陽以分其民,五獨處尊,莫不歸之,上下應之,既親且安,安則不安者託焉,故不寧方所以來,“上下應”故也。夫無者求有,有者不求所與,危者求安,安者不求所保。火有其炎,寒者附之。故已苟安焉,則不寧方來矣。[疏]正義曰:釋“不寧方來”之義,以九五處中,故上下群陰皆來應之。於此之時,陰往比陽,群陰未得其所,皆未寧也。
《彖伝》は言う。「不寧方来」は、上下が皆来りて相応ずるからである。王弼注の解釈。上下の諸爻の中に更に別の陽爻なくてその民衆を分走するがなく、独り九五のみ尊位に居り、衆人はそれに帰向せざるなし。上下が皆来りて呼応するので、ここにおよそ相亲してまた安を得る。自己が安定すれば、あの安定せざる人は便ち来りて身を托する。ゆえに安寧ならざる四方の国の前来する所以は、正に「上下応」の縁故による。大凡无き者は有る者を求取し、有る者は人に求めて与えられしめることを須いない。危に処する者は安を求め、安穏の者は人に求めて保護されしめることを須いない。火は自らその熱焔があり、寒を怕れる人は自ら来りて靠近する。ゆえに自己はただ安定しさえすれば、不寧の邦国は即ち来る。孔穎達の疏の解説。これは「不寧方来」の含意を解釈する――九五が中位に居るので、上下の衆陰爻が皆来りてそれに呼応する。この時に於て、陰爻が往きて陽爻に親附し、衆陰はまだ各々その処を得ず、皆不安の中に在る。
“後夫凶”,其道窮也。將合和親而獨在後,親成則誅,是以凶也。[疏]“後夫凶,其道窮也”。○正義曰:釋“後夫凶”。他悉親比,己獨後來,比道窮困,無人與親,故其凶也。此謂上六也。○注“將合和親”至“是以凶也”。○正義曰:“親成則誅”者,彼此相比,皆速來為親;親道已成,已獨在後而來,眾則嫌其離貳,所以被誅而凶也。
《彖伝》は言う。「後夫凶」は、それの路が尽頭に走り至ったからである。王弼注の解釈。衆人は正に会合親附せんとして、独りそれのみ後に落ちる。親附の局がすでに成るを待てば、それは将に討伐されんとす。ゆえに凶。以下は孔穎達の「後夫凶、其道窮也」の一句に対する疏解である。《正義》は言う。これは「後夫凶」を解釈する――別人は皆すでに彼此親附し、独り自己のみ遅遅として初めて来る。親附の道が窮途に走り至り、それと相亲せんと肯ずる人なし。ゆえに凶。これは上六を指す。以下は王弼注の「将合和親」から「是以凶也」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「親成則誅」は、彼此が結交親附して、人人が皆早く赶て来る。親附の局がすでに形成したを待てば、自己は却って独自に落後して初めて到るので、衆人は便ちそれに離心二意あるを疑心し、これにより討伐に遭って凶となる。
《象》曰:地上有水,比。先王以建萬國,親諸侯。萬國以“比”建,諸侯以“比”親。[疏]正義曰:“建萬國親諸侯”,非諸侯以下之所為,故特云“先王”也。“建萬國”謂割土而封建之。“親諸侯”謂爵賞恩澤而親友之。萬國據其境域,故曰“建”也。“諸侯”謂其君身,故云“親”也。地上有水,猶域中有萬國,使之各相親比,猶地上有水,流通相潤及物,故云“地上有水,比”也。
《象伝》は言う。地上に水あり、これが《比》卦である。先王はこれにより万国を分封し、諸侯を親近す。王弼注の解釈。万国は「比」により建立され、諸侯は「比」により親附す。孔穎達の疏の解説。万国を分封し諸侯を親近するは、諸侯以下の人の為しうる所ではないので、特に「先王」と称す。「建万国」は土地を划分して之を封建するを指し、「親諸侯」は爵位の賞賜・恩沢の施与をもって彼らと親友を結ぶを指す。「万国」は疆域土地に着眼するので「建」の字を用い、「諸侯」は指す所が国君本人なので「親」の字を用いる。地上に水あるは、域内に万国あるに如く、それらを彼此親附せしむるは、正に地上に水ありて流通滋潤して万物に遍く及ぶに如し。ゆえに「地上有水、比」と言う。
初六:有孚比之,無咎。有孚盈缶,終來有它吉。處比之始,為比之首者也。夫以不信為比之首,則禍莫大焉,故必“有孚盈缶”,然後乃得免比之咎,故曰“有孚比之,無咎”也。處比之首,應不在一,心無私吝,則莫不比之。著信立誠,盈溢乎質素之器,則物終來無衰竭也。親乎天下,著信盈缶,應者豈一道而來?故必“有他吉”也。
経文は言う。初六の爻。誠信を懐いて親附に往けば、過ちなし。誠信が充満して瓦缶に装満する如く、終竟に別の人が前来して、意外の吉を帯来するあらん。王弼注の解釈。初六は親附の道の開端に処し、率先して人と相亲する人である。もし信用を講らざるをもって親附の開頭とせば、禍患はこれより大ききはない。ゆえに必ず「有孚盈缶」して、然る後に初めて親附上の過咎を免れうる。ゆえに「有孚比之、无咎」と言う。それは親附の首に処し、応する所は某一爻に限らず、心中に偏私吝惜なく、ここにおよそ人人が皆それと相亲せんと願う。信実を彰明し誠意を樹立して、朴素無華の器皿に充満せしめば、外物は終に源源として来りて枯竭しない。すでに天下を親附しえ、また信を彰して缶に盈たれば、来りて呼応する人は豈に一条の路から来るのみならんや。ゆえに必ず「有他吉」ある。
[疏]“初六有孚”至“有他吉”。○正義曰:“有孚比之無咎”者,處比之始,為比之首,若無誠信,禍莫大焉。必有誠信而相親比,終始如一,為之誠信,乃得無咎。“有孚盈缶,終來有他吉”者,身處比之首,應不在一,心無私吝,莫不比之。有此孚信盈溢質素之缶,以此待物,物皆歸向,從始至終,尋常恆來,非唯一人而已,更有他人並來而得吉,故云“終來有他吉”也。此假外象喻人事也。○注“應不在一,心無私吝”。○正義曰:“應不在一”者,初六無應,是“應不在一”,故“心無私吝”也。若心有偏應,即私有愛吝也,以“應不在一”,故“心無私吝”也。
以下は孔穎達の経文「初六有孚」から「有他吉」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「有孚比之无咎」は、初六が親附の初めに処し、親附の首に居るを言う。もし誠信なければ、禍患はこれより大ききはない。必ず誠信を懐いて人と相亲に往き、始終一として人を誠をもって待ちて、初めて過咎なきことを能くする。所謂「有孚盈缶、終来有他吉」は、自身が親附の首に処し、応する所は某一爻に限らず、心中に偏私吝惜なく、ここにおよそ人人が皆それと相亲せんと願うことを言う。このような朴素の瓦缶に充溢する誠信があり、これをもって人を待ち物に接すれば、衆人は皆来りて帰向し、頭から尾まで、尋常に総じて来る人あり、しかも一人に止まらず、更に別の人が一同に前来して吉を得る。ゆえに「終来有他吉」。これは外物の象を借りて人事を比喩する。以下は王弼注の「応不在一、心无私吝」の一句を疏解する。《正義》は言う。所謂「応不在一」は、初六が本来相応の爻がないので、これが「応不在一」で、ゆえに「心无私吝」。もし心の中に偏重する対応の対象があれば、私に偏愛吝惜する所がある。正に「応不在一」なればこそ、「心无私吝」を能くする。
《象》曰:比之初六,“有它吉”也。六二:比之自內,貞吉。處比之時,居中得位,而繫應在五,不能來它,故得其自內貞吉而已。[疏]正義曰:“比之自內,貞吉”者,居中得位,繫應在五,不能使它悉來,唯親比之道,自在其內,獨與五應,但“貞吉”而已,不如初六“有它吉”也。
《象伝》は言う。《比》卦の初六は、意外の吉有るべし。経文はまた言う。六二の爻。内部から親附して、正を守れば吉を得る。王弼注の解釈。六二は親附の時に処し、中に居してまた正位を得るが、それの繋応する所はただ九五の一爻のみで、別の人を招来しえない。ゆえにただ内部から発した守正の吉を得るのみである。孔穎達の疏の解説。所謂「比之自内、貞吉」は、六二が中に居して位を得て、繋応する所は九五に在り、別人を皆来りて帰附せしむること能わず。その親附の道はただ内卦の中に在り、単独に九五と相応する。よってただ「貞吉」のみで、初六のなお「有它吉」あるに及ばない。
《象》曰:“比之自內”,不自失也。[疏]正義曰:“不自失”者,釋“比之自內”之義,不自失其所應之偶,故云“比之自內,不自失”也。六三:比之匪人。四自外比,二為五貞,近不相得,遠則無應,所與比者,皆非巳親,故曰“比之匪人”。《象》曰:“比之匪人”,不亦傷乎![疏]正義曰:“比之匪人不亦傷乎”者,言六三所比,皆非己親之人。四自外比,二為五貞,近不相得,遠又無應,是所欲親比,皆非其親,是以悲傷也。
《象伝》は言う。「比之自内」は、自己を失わないことである。孔穎達の疏の解説。「不自失」は「比之自内」の含意を解釈する――六二は自己の応ずべき配偶を失わない。ゆえに「比之自内、不自失」。経文はまた言う。六三の爻。親附する所は皆合适の人ではない。王弼注の解釈。六四は自ら外の九五と親附に往き、六二は専ら九五のために貞を守り、両辺に挨りて近いが六三と投合せず、遠処にまた相応の爻なし。それが親附しうる所は、皆自己の親人ではない。ゆえに「比之匪人」。《象伝》は言う。「比之匪人」は、また甚だ悲しむべきではないか。孔穎達の疏の解説。所謂「比之匪人不亦傷乎」は、六三の親附する所が、皆自己と親近する人ではないを言う。六四は自ら外面と親附に往き、六二は九五のために貞を守り、近処の両爻はそれと合せず、遠処にまた応爻なし。それが親附せんと欲する所は皆自己の親人ではない。よって悲しむべきである。
六四:外比之,貞吉。外比於五,復得其位,比不失賢,處不失位,故“貞吉”也。[疏]正義曰:六四上比於五,欲外比也。居得其位,比不失賢,所以貞吉。凡下體為內,上體為外,六四比五,故云“外比”也。《象》曰:外比於賢,以從上也。[疏]正義曰:九五,居中得位,故稱“賢”也。五在四上,四往比之,是“以從上”也。
経文は言う。六四の爻。外に向かって親附して、正を守れば吉を得る。王弼注の解釈。六四は上に向かって九五に親附し、自身もまた其の位を得て居る。親附する所は賢者を失わず、自己の処する所もまたその位を失わない。ゆえに「貞吉」。孔穎達の疏の解説。六四が上に向かって九五に親附するは、外に向かって親附せんと欲する。それは其の正位を得て居り、親附する所はまた賢者を失わない。ゆえに貞吉。大凡下卦を「内」と称し、上卦を「外」と称す。六四が往きて九五に親附するので「外比」と言う。《象伝》は言う。外に向かって賢者に親附するは、上位に在る人に順従することである。孔穎達の疏の解説。九五は中に居して正位を得るので、それを「賢」と称す。九五は六四の上に在り、六四は前に往きてそれに親附する。これがすなわち「以従上」。
九五:顯比。王用三驅,失前禽。邑人不誡,吉。為比之主而有應在二,“顯比”者也。比而顯之,則所親者狹矣。夫無私於物,唯賢是與,則去之與來,皆無失也。夫三驅之禮,禽逆來趣已則舍之,背已而走則射之,愛於來而惡於去也,故其所施,常“失前禽”也。以“顯比”而居王位,用三驅之道者也,故曰“王用三驅,失前禽也”。用其中正,征討有常,伐不加邑,動必討叛,邑人無虞,故“不誡”也,雖不得乎大人之吉,是“顯比”之吉也。此可以為上之使,非為上道也。
経文は言う。九五の爻。顕明に親附す。君王は三面駆赶の猟法を用い、迎面して来る禽獣を放走し、封邑の人は戒備を須いず、吉。王弼注の解釈。九五は身に《比》卦の主と為るも、また専応が六二に在る。これが「顕比」――親附の対象を顕豁に摆出すれば、親する所の範囲は即ち窄い。もし万物に対して皆偏私せず、唯だ賢を親とすれば、あれば己に背きて去る者と己に向かって来る者は、皆失うことなからん。三駆の礼に至っては、禽獣が迎面して自己に向かって奔来すればそれを放ち、自己に背きて逃走するを初めてそれを射る。これは来るを偏愛し去るを悪むので、行猟の結果は常々「失前禽」である。九五は「顕比」の道をもって王位に居り、正に三駆の法を用いる人である。ゆえに「王用三駆、失前禽也」。それは中正の徳を運用して、征討に常規あり、討伐を自己の封邑に加えず、一たび動けば必ず叛逆を討伐するので、封邑の人は憂慮を須いない。ゆえに「不誡」。これは大人のあの弘闊の吉と算えるには足らないが、しかしまた「顕比」の能く得る所の吉である。このような人は在上者の使者を充当しうるが、上を為る者の応有の正道ではない。
[疏]“九五顯比”至“邑人不誡吉”。○正義曰:五應於二,顯明比道,不能普遍相親,是比道狹也。“王用三驅失前禽”者,此假田獵之道,以喻“顯比”之事。凡三驅之禮,禽向已者則舍之,背已者則射之,是失於“前禽”也。“顯比”之道,與己相應者則親之,與己不相應者則疏之,與三驅田獵,愛來惡去相似,故云“王用三驅,失前禽”也。言“顯比”之道,似於此也。“邑人不誡吉”者,雖不能廣普親比於自己相親之處,不妄加討罰,所以己邑之人,不須防誡而有吉也。至於“邑人不誡”而“為吉”,非是大人弘闊之道,不可為大人之道,但可為大人之使。
以下は孔穎達の経文「九五顕比」から「邑人不誡吉」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。九五は専ら六二に応じ、親附の道を顕豁に摆出したので、普遍に人と相亲しえず。その親附の道が偏狭なるが見える。所謂「王用三駆失前禽」は、これは田猟の法を借りて「顕比」の事を比喩する。凡そ三駆の礼は、禽獣が自己に朝して来るは即ち放走し、自己に背きて逃ぐるを初めて射取する。これがすなわち「前禽」を放失する。「顕比」の道もまた同じく、自己と相応するは即ち親近し、自己と相応せざるは即ち疏逺し、正に三駆田猟の来るを愛し去るを悪むに相似する。ゆえに「王用三駆、失前禽」。その意は「顕比」の道が即ちこれに類似することを言う。所謂「邑人不誡吉」は、九五は普遍に衆人を親附しえないと雖も、しかし自己の親近する所に於て乱に討伐責罰を加えないので、本邑の人は設防戒備を須いずして吉を得る。「邑人不誡」を以て「吉」と算えるに至っては、あれは大人の寛宏博大の正道ではない。この種の做法は大人の道と当作るべからず、ただ大人の使者の才と当作りうるのみ。
○注“為比之主”至“非為上之道”。○正義曰:“去之與來皆無失”者,若“比”道弘闊,不偏私於物,唯賢是親,則背己去者與來向己者,皆悉親附無所失也;言去亦不失,來亦不失。夫三驅之禮者,先儒皆云“三度驅禽而射之也”。三度則已,今亦從之,去則射之。褚氏諸儒皆以“為三面著人驅禽”,必知“三面”者,禽唯有背己、向己、趣己,故左右及於後皆有驅之。“愛於來而惡於去”者,來則舍之,是愛於來也;去則射之,是惡於去也。“故其所施常失前禽”者,言獨“比”所應,則所比為失。如三驅所施,愛來憎去,則失在前禽也。
以下は王弼注の「為比之主」から「非為上之道」までの一段を疏解する。《正義》は言う。注の中の「去之与来皆无失」は、もし親附の道が寛宏博大で、人に偏私せず、唯だ賢を親とすれば、あれば自己に背きて離去する者と自己に迎向して来る者は、皆親附帰順して一も失わざらん。その意は去るも失わず、来るも失わない。三駆の礼に関して、先儒は皆「三度禽獣を駆赶して射る」と言い、三度赶え満じて即ち手を罷める。今もまたこの説に依従し、逃ぐるを初めてそれを射る。褚仲都等の諸家の学者は即ち皆「三面に人手を布置して禽獣を駆赶する」と主張する。「三面」と断定する所以は、禽獣はただ自己に背く、自己に朝する、自己に奔向するのこの幾種の走向のみあるので、左右両側および後方を連ねて皆人を設けて駆赶せねばならぬ。注の中の「愛於来而悪於去」は、来るは即ちそれを放つ、これは来るを偏愛する。去るは即ちそれを射る、これは去るを悪む。注の中の「故其所施常失前禽」は、ただ自己と相応する一方を親附すれば、あれば親附上に失う所有り、正に三駆の法の行う所の如く、来る者を偏愛し去る者を憎悪して、損失は即ち前面のあの禽獣の身上に落る。
“用其中正,征討有常,伐不加邑,動必討叛”者,此九五居中得正,故云“用其中正”也。心既中正,不妄喜怒,故征伐有常也。所伐之事,不加親己之邑;興師動眾,必欲討其叛逆。五以其“顯比”,親者伐所不加也,叛者,必欲征伐也。云“雖不得乎大人之吉,是顯比之吉”者,以《象》云“顯比之吉”,其比狹也。若“大人之吉”,則“比”道弘通也。“可以為上之使,非為上之道”者,九五居上之位,若為行如此,身雖為王,止可為上使之人,非是為王之道,故云“非為上之道”。
続けて注の中の「用其中正、征討有常、伐不加邑、動必討叛」の幾句を疏解する。これは九五が中に居して正を得るので、「用其中正」と言う。心がすでに中正なれば、随意に喜怒せず、よって征伐に常規ある。討伐する所の対象は、自己に親附する封邑に加えず、一たび師を興し衆を動かせば、必ず叛逆を討伐せんとする。九五は「顕比」の道を行うので、己に親む一方に征伐を加えず、叛離する一方には即ち必ず征討する。注の中の言う「雖不得乎大人之吉、是顕比之吉」は、《象伝》がただ「顕比之吉」と言うのみで、その親附の範囲が偏狭なるが見える。もし「大人之吉」ならば、あれば親附の道は寛宏通達する。注の中の「可以為上之使、非為上之道」は、九五は上位に居ると雖も、もし行事がこの様子の如くなれば、自身は縦に君王を為しても、ただ上に在る者の差遣する人に配するのみで、君を為るの道ではない。ゆえに「非為上之道」。
《象》曰:“顯比”之吉,位正中也。舍逆取順,“失前禽”也。“邑人不誡”,上使中也。[疏]“顯比之吉”至“上使中也”。○正義曰:“顯比之吉,位正中”者,所以“顯比”得吉者,以所居之位正而且中,故云“顯比之吉”。“舍逆取順失前禽也”者,禽逆來向己者,則舍之而不害,禽順去背己而走者,則射而取之,是“失前禽”也。“邑人不誡上使中也”者,釋“邑人不誡”之義,所以己邑之人,不須防誡,止由在上九五之使得其中正之人,伐不加邑,動必討叛,不橫加無罪,止由在上使中也。“中”謂九五也。此九五雖不得為王者之身,堪為王者之使,以居中位,故云“上使中”也。
《象伝》は言う。「顕比」が吉なる所以は、居る所の位がすでに正にしてまた中だからである。迎面して来るを放走し、背身して去るを猟取するので「失前禽」。「邑人不誡」は、上に在る者の差遣する所がその人中正を得るからである。以下は孔穎達の《象伝》の「顕比之吉」から「上使中也」までの一段に対する疏解である。《正義》は言う。所謂「顕比之吉、位正中」は、「顕比」が吉を得る所以は、それの居る所の位がすでに正でありまた中だからである。ゆえに「顕比之吉」。所謂「舍逆取順失前禽也」は、迎面して自己に朝して来る禽獣は即ちそれを放過して傷害を加えず、勢いに順い自己に背きて逃ぐる禽獣は即ちそれを射取する。これが便ちに「失前禽」である。所謂「邑人不誡上使中也」は、「邑人不誡」の含意を解釈する――本邑の人が設防戒備を須いぬ所以は、ただ上に在る者九五の任使する所が中正の人で、討伐を本邑に加えず、兵を出せば必ず叛逆を討伐して、無辜に故なく罪を加えない。全て上に在る者の任使が中を得るに在る。ここの「中」は九五を指す。九五は王者その人を当ること能わざると雖も、王者の使者を堪うる。それが中位に居るからである。ゆえに「上使中」。
上六:比之無首,凶。無首,後已,處卦之終,是後夫也。親道已成,無所與終,為時所棄,宜其凶也。[疏]正義曰:“無首凶”者,謂無能為頭首。它人皆“比”,己獨在後,是親比於人,無能為頭首也。它人皆“比”,親道已成,己獨在後,眾人所棄,宜其凶也。
経文は言う。上六の爻。親附するも帯頭の人を為し得ず、凶。王弼注の解釈。「无首」はすなわち人の後に落ちることである。上六は全卦の終点に処し、正に卦辞の言う「後夫」である。親附の局がすでに形成され、それは却ってそれと善終する人なく、時勢に拋棄され、理に当たり凶あるべし。孔穎達の疏の解説。所謂「无首凶」は、それが帯頭の人を為しえないを言う。別人は皆すでに彼此親附し、独り自己のみ後に落ちる。その親附に往きて別人に親附すると雖も、領頭を当ること能わざるが見える。別人は皆すでに親附し、親附の道はすでに完成した。独り自己のみ落後して、衆人に拋棄され、理に当たり凶あるべし。
《象》曰:“比之無首”,無所終也。[疏]正義曰:“無所終”者,釋“比之無首”,既不能為比之初首,被人所棄,故無能與之共終也。
《象伝》は言う。上六の爻辞が講ずる「比之无首」は、このような人は善終有ることなからんを言う。孔穎達の疏の解釈。所謂「无所終」は、「比之无首」の一句を解釈する――上六はすでに衆人の相亲相輔の初めに於て先んじて帰附しえず、親比の開端を為し得ないので、別人に拋棄される。すでに人に拋棄されれば、即ち彼と相亲して底までし、共に善終せんと肯ずる者もない。
小畜卦
乾下巽上。小畜:亨。不能畜大,止健剛志,故行是以亨。[疏]正義曰:但小有所畜,唯“畜”九三而已。初九、九二,猶剛健得行,是以剛志上得亨通,故云“小畜亨”也。若大畜、乾在於下,艮在於上,艮是陽卦,又能止物,能止此乾之剛健,所畜者大,故稱“大畜”。此卦則巽在於上,乾在於下,巽是陰,柔性,又和順,不能止畜在下之乾,唯能畜止九三,所畜狹小,故名“小畜”。
《小畜》卦の卦体は下卦が「乾」で上卦が「巽」である。経文の卦辞は言う。「小畜、亨。」王弼注の解釈。上体の陰柔は下体の全部の剛健を畜止しえず、ただ九三のこの一爻の剛強意志を拦え得るのみで、その余の陽爻はなお旧に上行する。ゆえに卦辞は「亨」と称す。孔穎達はさらに申説する。この卦の畜止する所の範囲は甚だ小さく、ただ九三の一爻を畜住したのみである。初九・九二は依然として剛健にして上行しうるので、剛健の志が上に向かって亨通を得る。ゆえに卦辞は初めて「小畜、亨」と言う。もし《大畜》を取りて比較すれば、《大畜》は「乾」が下にあり「艮」が上にあり、「艮」は陽卦で、また物を止むるの能あり、全個の「乾」の剛健を止住しうる。畜止する対象が大きいので「大畜」と呼ぶ。本卦は却って「巽」が上にあり「乾」が下にあり、「巽」は陰に属し、性情は柔順和婉で、下に在る「乾」を圧えられず、ただ九三の一爻を畜止しうるのみで、畜する所の範囲が狭小である。ゆえに名を取りて「小畜」と呼ぶ。
密雲不雨,自我西郊。[疏]正義曰:“密雲不雨”者,若陽之上升,陰能畜止,兩氣相薄則為雨也。今唯能畜止九三,其氣被畜,但為密雲,初九、九二,猶自上通,所以不能為雨也。“自我西郊”者,所聚密雲,由在我之西郊,去我既遠,潤澤不能行也,但聚在西郊而已。
経文の卦辞は続けて言う。「密雲不雨、自我西郊。」孔穎達の疏の解釈。所謂「密雲不雨」は、陽気が上昇する時にもし陰気がそれを畜止住しえれば、両種の気が相迫相薄して、即ち凝結して雨を成す。今上体の陰柔はただ九三の一爻を畜住したのみで、畜住されたあの点の陽気は濃雲を聚成するに僅かに足るのみで、初九・九二は依然として自ら上通し、陰陽が相交迫しないので、下りて雨を成さない。所謂「自我西郊」は、聚起した濃雲がただ我の西辺の郊野に堆積し、我の居処に離れてすでに遠く、潤沢の気は施行し開くこと能わず、ただ白白として西郊に聚るのみである。
《彖》曰:小畜,柔得位而上下應之,曰“小畜”。謂六四也,成卦之義,在此爻也。體無二陰,以分其應故上下應之也。既得其位,而上下應之,三不能陵,小畜之義。[疏]正義曰:“柔得位”,謂六四也。以陰居陰,故稱得位。此卦唯有一陰,上下諸陽皆來應之,故曰“小畜”。此釋小畜卦名也。言此卦之畜,六四唯畜其下九三,初九、九二猶不能擁畜,而云“上下應之”者,若細別而言,小畜之義,唯當畜止在下。三陽猶不能畜盡,但畜九三而已。若大判而言之,上下五陽總應六四,故云“上下應之”。其四雖應何妨,總不能畜止剛健也。
《彖伝》は言う。「小畜、柔得位而上下応之、曰『小畜』。」王弼注の解釈。ここの「柔」は六四を指し、全卦が成立を得る関鍵は即ちこの一爻に在る。卦の中に第二の陰爻なくて衆陽の感応を分走するがないので、上下の五つの陽爻が皆それに帰向する。六四はすでに其の正位を得て居り、また上下に応和されるので、九三は便ちその上に凌駕しえない。これがすなわち「小畜」の含意である。孔穎達はさらに申説する。「柔得位」が言う所は正に六四で、それは陰爻をもって陰位に居るので「得位」と呼ぶ。この卦はただこの一個の陰爻のみあり、上下の衆陽が皆来りてそれと相応するので、「小畜」と称す。この一句は「小畜」という卦名を解釈する。本卦の畜止を言うに、六四は実はただ下の九三を畜住したのみで、初九・九二は並びに拦えられなかったが、しかし《彖伝》は却って「上下応之」と言う。これは、細分して論ずれば、「小畜」の意はただ下に在る陽を畜止するのみで、三つの陽爻は並びに全部畜尽しえず、畜住したのはただ九三の一爻のみである。籠統して論ずれば、上下の五つの陽爻が皆六四に帰応する。ゆえに「上下応之」。六四は衆陽に応せられるも事実に妨げなし――それは終竟乾体の剛健を畜止しえない。
健而巽,剛中而志行,乃亨。“密雲不雨”,尚往也;“自我西郊”,施未行也。小畜之勢,足作密雲,乃“自我西郊”,未足以為雨也。何由知未能為雨?夫能為雨者,陽上薄陰,陰能固之,然後烝而為雨。今不能制初九之“復道”,固九二之“牽復”,九三更以不能復為劣也。下方尚往,施豈得行?故密雲而不能為雨,尚往故也。何以明之?去陰能固之,然後乃雨乎。上九獨能固九三之路,故九三不可以進而“輿說輻”也。能固其路而安於上,故得“既雨既處”。若四、五皆能若上九之善畜,則能雨明矣。故舉一卦而論之,能為小畜密雲而已。陰苟不足以固陽,則雖復至盛,密雲自我西郊,故不能雨也。雨之未下,即施之未行也。《彖》至論一卦之體,故曰“密雲不雨”。《象》各言一爻之德,故曰“既雨既處”也。
《彖伝》は続けて言う。「健而巽、剛中而志行、乃亨。『密雲不雨』、尚往也。『自我西郊』、施未行也。」王弼注の解釈。「小畜」のこの点の力量は、濃雲を聚成するに足り、また雲を「我之西郊」に停まらしめるに足るのみで、まだ雨に化成するに足らない。何を憑ってそれが雨を成しえないと断定するか。大凡能く雨を成すは、必ず陽気が上に迫りて陰気を迫り、陰気がまたそれを固結しえて、然る後に蒸騰鬱積して降りて雨と為す。今上体の陰はすでに初九の「復自道」の回帰を管えられず、また九二の「牽復」の上行を固えられず、ただ九三のみ自ら回復しえないによりて最も弱と顕れる。下体の陽気は正に一路向上して、潤沢の施与はどうして施行し出せようか。ゆえに濃雲が密布して雨を成さないのは、正に陽気がなお上行するからである。さらに何を取りて印証するか。ただ陰が能く陽を固結して、然る後に初めて雨を下す。全卦の中に独り上九のみが能く九三の去路を堵えるので、九三は前進しえず、初めて「輿説輻」の爻辞がある。上九はすでにその去路を堵えて上位に安居しうるので、上九は初めて「既雨既処」の象がある。もし六四・九五が皆上九のように畜止を善くせば、全卦が雨を下しうるは即ち明らかに摆れる事である。ゆえに整卦に就いて論ずれば、それの為しうる所は過ぎず「小畜」の濃雲のみである。陰がもし陽を固むるに足らなければ、あれば縦に雲気が極盛でも、ただ「密雲自我西郊」で、終竟雨を下しえない。雨がまだ落下せず、すなわち潤沢の施与がまだ施行していない。《彖伝》は整卦の体に就いて論を立てるので「密雲不雨」と言い、《象伝》は即ち各々一爻の徳に就いて論を立てるので、上九は初めて「既雨既処」と言う。
[疏]“健而巽”至“施未行也”。○正義曰:“健而巽,剛中而志行,乃亨”者,內既剛健而外逢柔順,剛發於外,不被摧抑,而志意得行。以此言之,故剛健之志,乃得亨通,此釋“亨”也。“密雲不雨,尚往”者,所以密雲不雨者,不能畜止諸陽,初九、九二,猶得上進,陰陽氣通,所以不雨,釋“密雲不雨”也。“自我西郊施未行”者,釋“自我西郊”之義。所以密雲不雨,從我西郊而積聚者,猶所施潤澤,未得流行周遍,故不覆國都,但遠聚西郊也。然雲在國都而不雨,亦是施未行也。必雲在西郊者,若在國都,雨雖未落,猶有覆蔭之施,不得云“施未行”,今言在西郊,去施遠也。
孔穎達の疏、以下は《彖伝》の「健而巽」から「施未行也」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「健而巽、剛中而志行、乃亨」は、内卦が剛健にして外卦が柔順で、剛気が外に発露して圧抑摧折されず、心志が施行を得るを言う。これにより言えば、剛健の志向は便ち亨通しうる。この一句は卦辞の中の「亨」の字を解釈する。所謂「密雲不雨、尚往」は、濃雲が雨せざる所以は、正に上体が衆陽を畜止住しえず、初九・九二が依然として上進しえ、陰陽二気が相通じて相薄らないので、雨を下さない。この一句は「密雲不雨」を解釈する。所謂「自我西郊、施未行」は、「自我西郊」の意を解釈する。濃雲が雨せずしてただ我の西郊から積聚するは、施与せんと欲する潤沢がまだ流布周遍しえないに譬え、よって雲気は国都に覆い及ばず、ただ遠く西郊に聚る。当然、雲が国都の上空に停まりて雨を下さないも、同じく「施未行」に属する。ここで必ず西郊に在ると言うのは、雲がもし国都に在れば、雨は未だ落ちないが、畢竟なお一層の遮蔭の施与があって、「施未行」と言い好しせざれば。今それが西郊に在ると言うは、施与に離れてなお甚だ遠きを表示する。
○注“小畜之勢”至“既雨既處也”。○正義曰:“九三更以不能復為劣”者,初九既得“復道”,九二可“牽”以獲“復”,皆得剛健上通,則是陰不能固陽,而九三劣弱,又不能自復,則是陽不薄陰,是以皆不雨也。且小畜之義,貴於上往,而九三不能自復,更為劣弱,故言“九三更不能復為劣”也。“能固其路而安於上”者,謂上九能閉固九三之道路,不被九三所陵,得安於上,所以“既雨既處”也,故舉一卦而論之。“能為小畜密雲而已”者,此明卦之與爻,其義別也。但卦總二象,明上體不能閉固下體,所以密雲不能為雨。爻則止明一爻之事,上九能固九三,所以上九而有雨也。所以卦與爻其義異也。諸卦多然。若《比卦》云“比吉”,上六則云“比之無首凶”也;《復卦》云“復亨”,上六云“迷復凶”也。此皆卦之與爻,義相違反,它皆仿此。
以下は王弼注の中の「小畜之势」から「既雨既処也」までの一段を解説する。孔穎達の正義は言う。王注の講ずる「九三更以不能復為劣」は、その意は初九はすでに「復自道」しえ、九二もまた牽引されて「復」を獲得しえ、両爻が皆剛健にして上通するので、陰柔が陽剛を固えられないが見える。しかして九三はすでに劣弱で、また自ら回復しえないので、陽剛もまた陰柔を上迫していないが見える――両頭が皆成らないので、皆雨を下しえない。況んや「小畜」の一卦は上に向かって行くを貴とするに、九三は偏偏自復しえず、更に劣弱と顕れる。ゆえに「九三更不能復為劣」。王注の講ずる「能固其路而安於上」は、上九が能く九三の去路を封じて、九三に凌犯されず、上位に安居を得る。よって上九の爻辞に初めて「既雨既処」ある。王弼が「挙一卦而論之」して、「能為小畜密雲而已」と言う所以は、整卦と単爻の取義が不同なるを点明せんと欲する。卦に就いて言えば、上下二体を総合して見て、上体が下体を畜止住しえないので、濃雲のみ有りて雨なし。爻に就いて言えば、ただ一爻の自身の事を講ずるのみで、上九はすでに九三を固えうるので、上九に至れば即ち雨ある。卦義と爻義は相異なり、各卦は大抵皆この如し。譬えば《比》卦の卦辞は「比吉」と言い、しかして上六の爻辞は「比之无首、凶」と言う。《復》卦の卦辞は「復亨」と言い、しかして上六の爻辞は「迷復、凶」と言う。これらは皆卦と爻の取義が相反する例で、その余はこれに照らして類推しうる。
《象》曰:風行天上,小畜。君子以懿文德。未能行其施者,故可以懿文德而已。[疏]正義曰:“君子以懿文德”者,懿,美也。以於其時施末得行,喻君子之人但修美文德,待時而發。風為號令,若“風行天下”,則施附於物,不得云“施未行”也。今風在天上,去物既遠,無所施及,故曰“風行天上”。凡大象,君子所取之義,或取二卦之象而法之者,若“地中有水,師,君子以容民畜眾”,取卦象包容之義;若《履卦·象》云“上天下澤,履,君子以辯上下”,取上下尊卑之義。如此之類,皆取二象,君子法以為行也。或直取卦名,因其卦義所有,君子法之,須合卦義行事者。若《訟卦》云“君子以作事謀始”,防其所訟之源,不取“天與水違行”之象;若《小畜》“君子以懿文德”,不取“風行天上”之象。餘皆仿此。
《象伝》は言う。「風行天上、小畜。君子以懿文徳。」王弼注の解釈。この時の君子はまだ恩沢を施行し出すこと能わず、ゆえにただ先に自己の文章徳業を美好に修養するのみである。孔穎達はさらに申説する。所謂「君子以懿文徳」は、「懿」は美好・修美の意である。この時に於て施与がなお行い出せないので、即ち君子がただ自己の文徳を修美して、時機を待って再び発用するに譬喻する。風は本来号令の象徴で、もし「風行天下」と言えば、あれは号令が即ち万物の身上に落到し、即ち「施未行」と言いえない。今風が天上に在り、万物に離れてすでに遠く、施及する所なし。ゆえに《象伝》は「風行天上」と言う。凡そ《大象伝》は、君子の取法する義理に両類あり。一類は上下二卦の象を取りてそれを效法する。《師》卦の《象伝》の言う「地中有水、師、君子以容民畜衆」の如きで、取る所は卦象の包容の意である。《履》卦の《象伝》の言う「上天下沢、履、君子以辯上下」の如きで、取る所は上下尊卑の意である――この一類は皆二体の象を取り、君子はそれに照りて行事する。もう一類は即ち径に卦名を取り、卦名の本有の意義に就着いて效法し、行事はただ卦義に合乎することを須う。《訟》卦の《象伝》の言う「君子以作事謀始」の如きで、講ずる所は源頭から争訟を防止するので、並びに「天与水違行」の象を取らない。また《小畜》の言う「君子以懿文徳」の如きで、また「風行天上」の象を取らない。その余の各卦は皆これに照らして類推しうる。
初九:復自道,何其咎?吉。處乾之始,以升巽初,四為已應,不距已者也。以陽升陰,復自其道,順而無違,何所犯咎,得義之吉。[疏]正義曰:處乾之始以升巽,初四為已應,以陽升陰,反覆於上,自用已道,四則順而無違,於已無咎,故云“復自道,何其咎?吉”。《象》曰:“復自道”,其義吉也。[疏]正義曰:“其義吉”者,以陽升陰,以剛應柔,其義於理吉也。
経文の初九爻辞は言う。「復自道、何其咎。吉。」王弼注の解釈。初九は「乾」体の開端に処し、上に向かって「巽」体の初めに升往し、六四は正にその正応で、それを拒斥しない。陽爻をもって上昇して陰爻に応ずるは、自己の本来の道路に循りて回返し、順遂にして違逆する所なし。どうして何かの過咎を触犯しようか。義理上に自然に吉を得る。孔穎達はさらに申説する。初九は「乾」体の始めに居りて「巽」に上昇し、初九と六四は互いに応爻を為し、陽をもって陰に升り、上に向かって回返し、走る所は全て自己の応に走るべき路で、六四は即ち順従して違逆せず、自己に対して過咎の言うべきなし。ゆえに爻辞は「復自道、何其咎。吉」と言う。《象伝》は言う。「『復自道』、其義吉也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「其義吉」は、陽をもって陰に升り、剛をもって柔に応ずるは、道理上に講ずれば本来すなわち吉である。
九二:牽復吉。處乾之中,以升巽五,五非畜極,非固已者也。雖不能若陰之不違,可牽以獲復,是以吉也。[疏]正義曰:“牽”謂牽連,“復”謂反覆,二欲往五,五非止畜之極,不閉固於已,可自牽連反覆於上而得吉也。《象》曰:“牽復”在中,亦不自失也。[疏]正義曰:既彊牽連,而復在下卦之中,以其得中,不被閉固,亦於已不自有失,解“牽復吉”也。
経文の九二爻辞は言う。「牽復、吉。」王弼注の解釈。九二は「乾」体の中に処し、上に向かって「巽」体の九五に升往し、九五は並びに畜止の極点ではなく、来りて自己を固閉しない。それは六四のように陰柔をもって全く違逆せざること能わざると雖も、しかし九二はなお牽引されて回返を獲得しうる。ゆえに吉である。孔穎達はさらに申説する。「牽」は牽連の意で、「復」は往返回復の意である。九二は上に九五に往かんと欲し、九五は畜止の極に非ず、自己を封閉固結しない。九二は便ち自ら牽連相引して、往返上行して吉を得うる。《象伝》は言う。「『牽復』在中、亦不自失也。」孔穎達の疏の解釈。九二はすでに勉力して牽連して上り、また下卦の中位に居る。「中」を得るので、封固されず、自己に対しても何の損失もない。これは爻辞の「牽復吉」を解説する。
九三:輿說輻。夫妻反目。上為畜盛,不可牽徵,以斯而進,故必“說輻”也。已為陽極,上為陰長,畜於陰長,不能自復,方之“夫妻反目”之義也。[疏]正義曰:九三欲復而進,上九固而止之,不可以行,故車輿說其輻。“夫妻反目”者,上九體巽為長女之陰,今九三之陽,被長女閉固,不能自復,夫妻乖戾,故反目相視。《象》曰:“夫妻反目”,不能正室也。[疏]正義曰:“不能正室”者,釋“夫妻反目”之義。以九三之夫不能正上九之室,故“反目”也。此假象以喻人事也。
経文の九三爻辞は言う。「輿説輻、夫妻反目。」王弼注の解釈。上九の畜止の力が正に盛んで、九三はそれを牽いて一同に前行しうることは不可能で、硬くこのように上進せんとすれば、車子は必然に「説輻」――車輪の輻条が脱落する。九三は自己が陽剛の極で、上九は即ち陰柔の長で、陰柔の長に畜止されて自ら回返しえない。正に「夫妻反目」の意に比しうる。孔穎達はさらに申説する。九三は回返上進せんと欲するも、上九は却ってそれを封固してそれを止住し、行い成さない。ゆえに車輿の輻条が脱落した。所謂「夫妻反目」は、上九が「巽」体に属し、「巽」は八卦の中に於て長女で、陰である。今九三の陽が長女に封固されて、自ら回復しえず、夫妻の間が乖違不和なので、彼此が眼を翻して相視する。《象伝》は言う。「『夫妻反目』、不能正室也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「不能正室」は、「夫妻反目」の縁由を解釈する――九三というこの丈夫は上九というこの家室を管正しえないので、初めて「反目」。これは物象を借取して人事を比喩する。
六四:有孚,血去惕出,無咎。夫言“血”者,陽犯陰也。四乘於三,近不相得,三務於進,而已隔之,將懼侵克者也。上亦惡三而能制焉,志與上合,共同斯誠,三雖逼己,而不能犯,故得血去懼除,保無咎也。[疏]“六四”至“無咎”。○正義曰:六四居九三之上,乘陵於三,三既務進,而已固之,懼三害己,故有“血”也。畏三侵陵,故惕懼也。但上九亦憎惡九三,六四與上九同志,共惡於三三不害己,己故得其血去除,其惕出散,信能血去懼除,乃得無咎。○注“夫言血者”至“無咎也”。○正義曰:“夫言血者陽犯陰也”者,謂此卦言“血”,陽犯陰也。“夫”者,發語之端,非是總凡之辭。故《需》六四云“需于血”,《注》云:“凡稱血者,陰陽相傷也”。則稱血者,非唯陽犯陰也。《象》曰:有孚惕出,上合志也。[疏]正義曰:釋“惕出”之意。所以“惕出”者,由己與上九同合其志,共惡於三也。
経文の六四爻辞は言う。「有孚、血去愓出、无咎。」王弼注の解釈。ここで「血」と言うのは、陽が来りて陰を侵犯するを指す。六四は九三の上に凌乗し、両爻が切近して相得ず、九三は一心に上進せんと欲し、六四は却って中間に挡いて、本来それに侵害されるを担心すべきであった。しかし上九もまた九三を厭悪して能くそれを制服するので、六四の心志は上九と相合し、双方が同じくこの一份の誠信を守り、九三は自己に逼近するも自己を犯すに及ばない。ゆえに流血の患は消除を得、恐懼は解脱を得て、過咎なきを保つ。孔穎達の疏、以下は爻辞の「六四」から「无咎」までの一段を解説する。正義は言う。六四は九三の上に居りて九三に凌乗し、九三はすでに一意に上進し、六四はまたそれを固閉するので、九三が自己を傷害するを怕れ、ゆえに「血」ある。九三の侵陵を畏懼するので、心に愓懼を懐く。しかし上九も同じく九三を憎悪し、六四は上九と同心で、一起に九三を厭悪し、九三は便ち自己を傷えられない。よって流血の患は除去を得、愓懼の心は散開を得る。果して血が去り懼が除かれれば、過咎なし。以下は王弼注の中の「夫言血者」から「无咎也」までの一段を解説する。正義は言う。王注の講ずる「夫言血者、陽犯陰也」は、ただ本卦の言う所の「血」は陽が陰を侵犯するを言うのみである。句首の「夫」の字は過ぎず発語の辞で、通例を概括する説法ではない。ゆえに《需》卦の六四爻辞は「需于血」と言い、王弼《注》は言う。「凡そ血と称する者は、陰陽相傷也。」血と称するのは、陽が陰を犯すの一種の情形に限らないが見える。《象伝》は言う。「有孚愓出、上合志也。」孔穎達の疏の解釈。これは「愓出」の用意を解説する――愓懼の中から解脱しえた所以は、自己が上九と心志相合して、一同に九三を厭悪することによる。
九五:有孚攣如,富以其鄰。處得尊位,不疑於二,來而不距。二牽已攣,不為專固,“有孚攣如”之謂也。以陽居陽,處實者也。居盛處實而不專固,富以其鄰者也。[疏]正義曰:“有孚攣如”者,五居尊位,不疑於二,來而不距。二既牽挽而來,已又攀攣而迎接,志意合同,不有專固相逼,是有信而相牽攣也。“如”,語辭,非義類。“富以其鄰”者,五是陽爻,即必富實。心不專固,故能用富以與其鄰。“鄰”謂二也。《象》曰:“有孚攣如”,不獨富也。[疏]正義曰:“不獨富也”者,釋“攣如”之義。所以攀攣於二者,以其不獨自專固於富,欲分與二也。
経文の九五爻辞は言う。「有孚攣如、富以其隣。」王弼注の解釈。九五は身に尊位に居り、九二に対して猜疑せず、九二が上に来ても拒斥を加えない。九二が牽引すれば、自己は便ちそれと挽結し、独断専固することを肯んぜない。これが「有孚攣如」の意である。九五は陽爻をもって陽位に居り、充実の地に処する。盛位に居りて充実に処してまた専固自守せざるは、正に「富以其隣」。孔穎達はさらに申説する。所謂「有孚攣如」は、九五が尊位に居りて九二を猜疑せず、九二が前来しても拒絶しないを言う。九二がすでに牽挽して来り、自己又攀挽して相迎え、两下の心志が相合し、専固自守・彼此相逼する事なし。これがすなわち誠信ありて相牽挽する。「如」の字は語助詞で、別に義類を含まない。所謂「富以其隣」は、九五が陽爻なれば、必ず富実なり。心に専固吝守せざるので、能く自己の富有を取りて隣近の爻に分与す。「隣」が指す所は即ち九二。《象伝》は言う。「『有孚攣如』、不独富也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「不独富也」は、「攣如」の含意を解釈する――九五が九二を攀挽する所以は、正にそれが独自に富有を専守することを肯んぜず、一些を九二に分与せんと欲するからである。
上九:既雨既處,尚德載,婦貞厲,月幾望,君子征凶。處小畜之極,能畜者也。陽不獲亨,故“既雨”也。剛不能侵,故“既處”也。體《巽》處上,剛不敢犯,“尚德”者也。為陰之長,能畜剛健,德積載者也。婦制其夫,臣制其君,雖貞近危,故曰“婦貞厲”也。陰之盈盛莫盛於此,故曰“月幾望”也。滿而又進,必失其道,陰疑於陽,必見戰伐,雖復君子,以征必凶,故曰“君子征凶”。
経文の上九爻辞は言う。「既雨既処、尚徳載、婦貞厲、月幾望、君子征凶。」王弼注の解釈。上九は《小畜》の頂点に処し、真に能く他人を畜止する一爻である。陽気が亨通上達を得ず、鬱して雨を成す。ゆえに「既雨」。剛爻がそれを侵犯しえず、それは安処を得る。ゆえに「既処」。上九は「巽」体をもって上位に居り、剛爻は来犯することを敢えてしない。これが「尚徳」――その徳が人に崇尚せられる。それは身に衆陰の長として、能く剛健を畜止し、徳行の積聚にして物を載せうる。しかし婦人が丈夫を制服し、臣下が君主を制服するは、縦に守る所が本来正しくとも、すでに危険に逼近する。ゆえに「婦貞厲」。陰気の盈満昌盛はこれより甚だしきはない。ゆえに「月幾望」――月亮は将に満ちんとす。満ちてなお更に前進せんとすれば、必ずその常道を失う。陰が盛んに陽と相擬して彼此猜疑するの地步に至れば、必然に征戦討伐を招来する。あの時は縦に君子であっても、出でて征行すれば必ず凶険。ゆえに「君子征凶」。
[疏]“上九,既雨既處”至“君子征凶”。○正義曰:“既雨既處”者,九三欲進,已能固之,陰陽不通,故已得其雨也。“既處”者,三不能侵,不憂危害,故已得其處也。“尚德載”者,體《巽》處上,剛不敢犯,為陰之長,能畜正剛健,慕尚此德之積聚而運載也,故云“尚德載”也。言慕尚此道德之積載也。“婦貞厲”者,上九制九三,是婦制其夫,臣制其君,雖復貞正,而近危厲也。“月幾望”者,婦人之制夫,猶如月在望時盛極以敵日也。“幾”,辭也,已從上釋,故於此不復言也。“君子征凶”者,陰疑於陽,必見戰伐,雖復君子之行而亦凶也。○注“處小畜之極”至“君子征凶”。○正義曰:“處小畜之極,能畜者也”者。已處小畜盛極,是閉畜者也。“陽不獲亨,故既雨也”者,陽若亨通則不雨也。所以卦繫辭云:“小畜,亨,密雲不雨。”今九三之陽,被上九所固,不獲亨通,故“既雨”也。
孔穎達の疏、以下は上九爻辞の「既雨既処」から「君子征凶」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「既雨既処」は、九三が上進せんと欲して上九が能くそれを固え、陰陽の気が通ぜず、鬱結するので、上九は自己が雨を得た。所謂「既処」は、九三がそれを侵犯しえないので、それは危害を憂慮することを須いず、自己が安処を得る。所謂「尚徳載」は、上九が「巽」体をもって上に居り、剛爻が来犯することを敢えてせず、それが身に衆陰の長として、能く剛健を畜止し、人々がそのこの徳行の積聚と承載を仰慕崇尚する。ゆえに「尚徳載」。その意は即ちこの道徳の積聚承載を仰慕崇尚する。所謂「婦貞厲」は、上九が九三を制服するは、婦人が丈夫を制服し、臣下が君主を制服するに等しい。縦に自身が貞正でも、すでに危厲に迫近する。所謂「月幾望」は、婦人が丈夫を制服するは、月亮が望日に到りて盛極して太陽と相敵するに如し。「幾」の字は語辞で、前面ですでに解釈したので、ここでは重複しない。所謂「君子征凶」は、陰が盛んに陽と相疑するの地步に至れば、必定に征戦討伐を引き来す。あの時は縦に君子の行事でも、出征は一様に凶険。以下は王弼注の中の「処小畜之極」から「君子征凶」までの一段を解説する。正義は言う。王注の講ずる「処小畜之極、能畜者也」は、上九が《小畜》の最も盛んの頂点に処し、正にあの封閉して他人を畜止する一爻である。王注の講ずる「陽不獲亨、故既雨也」は、陽気がもし亨通上達すれば雨を下さない。ゆえに卦辞は初めて「小畜、亨、密雲不雨」と言う。しかして今九三の陽が上九に固えられて、亨通を得ず、鬱して雨を成す。ゆえに「既雨」。
《象》曰:“既雨既處”,德積載也。“君子征凶”,有所疑也。夫處下可以征而無咎者,唯泰也則然。坤本體下,又順而弱,不能敵剛,故可以全其類,征而吉也。自此以往,則其進各有難矣。夫巽雖不能若艮之善畜,猶不肯為坤之順從也,故可得少進,不可盡陵也。是以初九、九二,其復則可,至於九三,則“輿說輻”也。夫大畜者,畜之極也。畜而不已,畜極則通,是以其畜之盛在於四、五,至於上九,道乃大行。小畜積極而後乃能畜,是以四、五可以進,而上九說征之輻。
《象伝》は言う。「『既雨既処』、徳積載也。『君子征凶』、有所疑也。」王弼注の解釈。凡そ下位に居りて出征しうるも過咎なき者は、ただ《泰》卦のみがこの如し――《泰》卦の「坤」は本来即ち下に在るべきで、性もまた柔順にして弱く、剛陽に敵せず。ゆえに下体の三陽は同類を保全して、出征して吉を得うる。《泰》を除いては、陽爻が上に往きて進まんとすれば各々その難あり。「巽」は「艮」のように畜止を善くするに及ばないと雖も、しかしまた「坤」のように一味に順従することを肯んぜない。ゆえに下体の陽爻は稍々上進しうるも、一路に凌駕して底まですること能わない。これにより初九・九二はなお回返上行しえ、九三に至れば、即ち「輿説輻」に落る。《大畜》に至っては、あれは畜止が極処に至ったものである。畜して停まらず、畜して極点に至れば反って通達する。ゆえにそれの畜止の最も盛んなるは六四・六五の両爻に在り、上九に至れば、その道は便ち大いに通行する。《小畜》は却って極点に積んで然る後に初めて畜えうる。ゆえに六四・九五は拦えずして陽爻は上進しえ、上九に至るまで、初めて九三の征行の車の輻条を卸下した。
[疏]“《象》曰既雨既處”至“有所疑也”。○正義曰:“既雨既處,德積載”者,釋“既雨既處”之義。言所以得“既雨既處”者,以上九道德積聚,可以運載,使人慕尚,故云“既雨既處”也。“君子征凶有所疑”者,釋“君子征凶”之義,言所以“征凶”者,陰氣盛滿,被陽有所疑忌,必見戰伐,故“征凶”也。
孔穎達の疏、以下は《象伝》の「既雨既処」から「有所疑也」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「既雨既処、徳積載」は、「既雨既処」の含意を解釈し、上九が「既雨既処」しえた所以は、それが道徳を積聚して承載するに足り、人をして仰慕崇尚せしめるにあるを言う。ゆえに《象伝》はこのように言う。所謂「君子征凶、有所疑」は、「君子征凶」の含意を解釈し、出征して凶ある所以は、陰気が盛満して、陽に猜忌され、必定に征戦討伐を招来する。ゆえに「征凶」。
○注“夫處下”至“說征之輻”。○正義曰:“夫巽雖不能若艮之善畜”者,謂雖不能如大畜艮卦在上,善畜下之乾也。“巽雖不能如艮之善畜”,故其畜小也。“猶不肯為坤之順從”者,謂猶不肯如泰卦、坤在於上順從乾也。“故可得少進”者,謂初九、九二得前進也。“不可盡陵”者,九三欲陵上九,被上九所固,是不可得“盡陵”也。“畜而不已,畜極則通,是以其畜之盛在於四五,至於上九,道乃大行”者,此論大畜義也。大畜畜而不已,謂之“大畜”。四爻、五爻是畜之盛極,而不休已,畜極則通。四、五畜道既極,至於上九,無可所畜,故上九道乃大行,無所畜也。“小畜積極而後乃能畜”者,小畜之道既微,積其終極,至於上九,乃能畜也,謂“畜”九三也。“是以四、五可以進”者,四雖畜初,五雖畜二,畜道既弱,故九二可以進。“上九說征之輻”者,上九畜之“積極”,故能說此九三征行之輻。案:九三但有“說輻”,無“徵”之文。而王氏言上九“說征之輻”者,輿之有輻,可以征行。九三爻有“徵”義,今輿輻既說,則是說征之輻,因上九“征凶”之文,征則行也。文雖不言,於義必有言“輻”者,鄭《注》云“謂輿下縛木,與軸相連,鉤心之木”是也。《子夏傳》云:“輻,車劇也。”
以下は王弼注の中の「夫処下」から「説征之輻」までの一段を解説する。孔穎達の正義は言う。王注の講ずる「夫巽雖不能若艮之善畜」は、「巽」が《大畜》卦の裡の「艮」が上位に居りて下の「乾」を善く畜止するに及ばないを言う。正に「艮」のように善く畜するに及ばないので、それの畜止は初めて小。王注の講ずる「猶不肯為坤之順従」は、「巽」もまた《泰》卦のように「坤」を上に居らせて「乾」に順従せしめることを肯んぜないを言う。王注の講ずる「故可得少進」は、指す所は初九・九二が前進しうる。王注の講ずる「不可尽陵」は、九三が上九を凌駕せんと欲して、却って上九に固えられ、一路に凌駕して底までしえないが見えるを言う。王注の講ずる「畜而不已、畜極則通、是以其畜之盛在于四五、至于上九、道乃大行」は、これは《大畜》の義理を論ずる。《大畜》は畜止して停まらないので「大畜」と呼び、六四・六五の両爻が畜止の最も盛んの処で、畜して止まらず、畜して極点に至れば便ち通達に転ず。四・五の畜道がすでに頂に到れば、上九に至っては再び畜すべきなし。ゆえに上九はその道が大いに行われて、更に畜止する所なし。王注の講ずる「小畜積極而后乃能畜」は、《小畜》の畜道は本来微弱で、最後まで積累して、上九に至るまで初めて畜え、畜えたのは即ち九三。王注の講ずる「是以四、五可以進」は、六四は初九を畜すと雖も、九五は九二を畜すと雖も、畜止の道は畢竟弱いので、九二は依然として上進しうる。王注の講ずる「上九説征之輻」は、上九の畜止が極点に積んだので、能く九三の征行の車の輻条を卸下する。按ずるに。九三の爻辞はただ「説輻」と言うのみで、並びに「征」の字なし。王弼は却って上九が「説征之輻」と言う。これは車輿に輻あって初めて征行しえ、九三のこの一爻に本来「征」の意を含むからである。今車輻がすでに脱落せば、すなわち征行の輻を卸き去ったに等しく、さらに上九爻辞に「征凶」の文あるを加えれば、「征」はすなわち行走である。経文は未だ明言しないと雖も、義理上は必定この如し。「輻」の字に至っては、鄭玄《注》はそれを「車輿の底下に縛る所の木条で、車軸と相連なり、車心を钩住するあの木」と言い、講ずる所は即ちそれである。《子夏伝》は則ち言う。「輻は、すなわち車劇。」
履卦
兌下乾上。履:虎尾,不咥人,亨。[疏]正義曰:《履卦》之義,以六三為主。六三以陰柔履踐九二之剛,履危者也,猶如履虎尾,為危之甚。“不咥人亨”者,以六三在兌體,兌為和說,而應乾剛,雖履其危,而不見害,故得亨通,猶若履虎尾不見咥齧於人。此假物之象以喻人事。
《履》卦の卦体は下卦が「兌」で上卦が「乾」である。経文の卦辞は言う。「履虎尾、不咥人、亨。」孔穎達の疏の解釈。《履》卦の取義は六三を主爻とする。六三は陰柔の質をもって九二の陽剛の上に踩踏するは、身に危険の践履に処して、老虎の尾を踏むに如く、危険は極点に到る。所謂「不咥人、亨」は、六三が「兌」体の中に処し、「兌」の性情は和悦で、しかもそれは上に「乾」の剛健に応ず。危地に踏むと雖も、傷害を受けず、よって亨通しうる。虎尾を踏みて老虎が却って頭を回して人を咬まないに譬える。これは物象を借りて人事を比喩する。
《彖》曰:履,柔履剛也。說而應乎乾,是以“履虎尾,不咥人亨”。凡“彖”者,言乎一卦之所以為主也,成卦之體在六三也。“履虎尾”者,言其危也。三為履主,以柔履剛,履危者也。“履虎尾”,有“不見咥”者,以其說而應乎乾也。乾,剛正之德者也。不以說行夫佞邪,而以說應乎《乾》,宜其“履虎尾”,不見咥而亨。[疏]“《彖》曰履柔履剛也”至“不咥人亨”。○正義曰:“履,柔履剛”者,言履卦之義,是柔之履剛。六三陰爻,在九二陽爻之上,故云“柔履剛”也。“履”謂履踐也。此釋履卦之義。“說而應乎乾,是以履虎尾,不咥人亨”者,釋“不咥人亨”之義。六三在兌體,兌為和說,應於上九,上九在乾體。兌自和說,應乎乾剛,以說應剛,無所見害。是以履踐虎尾,不咥害於人,而得亨通也。若以和說之行,而應於陰柔,則是邪佞之道,由以說應於剛,故得吉也。
《彖伝》は言う。「履、柔履剛也。説而応乎乾、是以『履虎尾、不咥人、亨』。」王弼注の解釈。凡そ《彖伝》は、皆一卦がその主爻を有する所以を説明するので、本卦の成卦の体は即ち六三に在る。所謂「履虎尾」は、それの危険を講ずる。六三はすでに《履》卦の主で、陰柔をもって陽剛の上に踩むは、正に危地に踏む人である。虎尾を踏みて「見咥」せざるは、それが和悦にして上に「乾」に応ずるからである。「乾」は剛健中正の徳である。六三は和悦を拿りて諂佞邪僻の事を行うのではなく、和悦を拿りて「乾」の剛正に応合する。あればそれが虎尾を踏みて咬まれず、反って亨通を得るも、また理の当然である。孔穎達の疏、以下は《彖伝》の「履、柔履剛也」から「不咥人亨」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「履、柔履剛」は、《履》卦の意義は陰柔が陽剛を踩踏するに在るを言う――六三は陰爻で、九二というこの陽爻の上に居る。ゆえに「柔履剛」。「履」はすなわち践踏の意である。この一句は《履》卦の卦義を解釈する。所謂「説而応乎乾、是以履虎尾、不咥人亨」は、「不咥人亨」の縁由を解釈する。六三は「兌」体に処し、「兌」の性は和悦で、それは上に上九に応じ、而上九は「乾」体の中に処する。「兌」は自身が和悦で、往きて「乾」の剛健に応合し、和悦をもって剛正に応ずれば、害を受けない。ゆえに虎尾を踏むと雖も、老虎は人を咬まず、よって亨通を得る。もしこの份の和悦を拿りて陰柔に応合せば、あれば即ち邪佞の道と成る。正に和悦をもって剛正に応ずるので、初めて吉を得る。
剛中正,履帝位而不疚,光明也。言五之德。[疏]正義曰:“剛中正履帝位”者,謂九五也。以剛處中,得其正位,居九五之尊,是“剛中正履帝位”也。“而不疚光明”者,能以剛中而居帝位,不有疚病,由德之光明故也。此一句贊明履卦德養之美,於經無所釋也。
《彖伝》は続けて言う。「剛中正、履帝位而不疚、光明也。」王弼注はただ一句を点明する。これは九五の徳を講ずる。孔穎達はさらに申説する。所謂「剛中正、履帝位」は、指す所は正に九五――それは陽剛をもって上卦の中に居り、またその正位を得て、九五の至尊の位に処する。これがすなわち「剛中正、履帝位」。所謂「而不疚、光明也」は、能く剛健中正の身をもって帝位に居りて毛病缺失を留めないは、徳行の光明に頼るを言う。この一句はただ《履》卦の徳性涵養の美を賛美するのみで、卦爻辞に対しては何の解釈をも作さなかった。
《象》曰:上天下澤,履。君子以辯上下、定民志。[疏]正義曰:天尊在上,澤卑處下,君子法此履卦之象,以分辯上下尊卑,以定正民之志意,使尊卑有序也。但此履卦名合二義,若以爻言之,則在上履踐於下,六三“履”九二也。若以二卦上下之象言之,則“履”,禮也,在下以禮承事於上。此象之所言,取上下二卦卑承尊之義,故云“上天下澤,履”。但易合萬象,反覆取義,不可定為一體故也。
《象伝》は言う。「上天下沢、履。君子以辯上下、定民志。」孔穎達の疏の解釈。天は尊貴にして上に居り、沢は卑下にして下に処す。君子は《履》卦のこの卦象を取法して、もって上下尊卑の名分を分辨し、百姓の心志を安定端正し、尊卑を各々次序あらしめる。ただし「履」のこの卦名は両層の意を兼含する。爻に就いて言えば、上に在る者が下に在る者を踩踏する、すなわち六三が九二の上に踩む。上下二体の象に就いて言えば、「履」はすなわち「礼」で、下に在る者が礼をもって上に在る者を承奉する。ここで《象伝》の講ずる所は、取る所は上下両卦の卑をもって尊に承くの意である。ゆえに「上天下沢、履」と言う。《周易》は万象を包羅し、同一の卦は反覆して義を取りうることを知るべし。死して一種の解法を認定してはならない。
初九:素履往,無咎。處履之初,為履之始,履道惡華,故素乃無咎。處履以素,何往不從?必獨行其願,物無犯也。[疏]正義曰:處履之始,而用質素,故往而無咎。若不以質素,則有咎也。《象》曰:素履之往,獨行原也。[疏]正義曰:“獨行願”者,釋“素履”之往,它人尚華,己獨質素,則何咎也?故獨行所願,則物無犯也。
経文の初九爻辞は言う。「素履往、无咎。」王弼注の解釈。初九は《履》卦の開頭に処し、践履の道の起点で、しかして践履の道は浮華を最も忌む。ゆえに素朴を保持して初めて過咎なし。践履の時に処して素朴を守れば、何処に往いても人の順従を得られぬことがあろうか。ただ独自に往きて自己の心願を実行すれば、外物は自然に来りて侵犯しない。孔穎達はさらに申説する。践履の開始段階に処して質朴素浄の道を用いるので、前往して過咎なし。もし質素を守らなければ、過咎有らん。《象伝》は言う。「素履之往、独行原也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「独行願」は、「素履」にして往く縁故を解釈する――別人は皆浮華を崇尚し、独り自己のみ質素を保持すれば、なお何の過咎有らん。ゆえにただ独自に自己の心願を実行すれば、外物は来りて侵犯しない。
九二:履道坦坦,幽人貞吉。履道尚謙,不喜處盈,務在致誠,惡夫外飾者也。而二以陽處陰,履於謙也。居內履中,隱顯同也。履道之美,於斯為盛。故“履道坦坦”,無險厄也。在幽而貞,宜其吉。[疏]“九二”至“幽人貞吉”。○正義曰:“履道坦坦”者,坦坦,平易之貌。九二以陽處陰,履於謙退,已能謙退,故“履道坦坦”者,易無險難也。“幽人貞吉”者,既無險難,故在幽隱之人,守正得吉。○注“履道尚謙”至“宜其吉”。○正義曰:“履道尚謙”者,言履踐之道,貴尚謙退,然後乃能踐物。“履”又為禮,故“尚謙”也。“居內履中,隱顯同”者,“履道尚謙”,不喜處盈,然以陽處陰,尚於謙德。“居內履中”,以信為道,不以居外為榮,處內為屈。若居在外,亦能履中謙退,隱之與顯,在心齊等,故曰“隱顯同”也。“在幽而貞,宜其吉”者,以其在內卦之中,故云“在幽”也。謙而得中,是貞正也。“在幽”能行此正,故曰“宜其吉”。
経文の九二爻辞は言う。「履道坦坦、幽人貞吉。」王弼注の解釈。践履の道は謙退を尚とし、盈満の位に処することを好まず、専らその誠意を致すを務め、あの外表の文飾を厭悪す。九二は陽爻をもって陰位に居り、正に謙退を践行する。それは内卦に居りて中道を得るので、隠没にしても顕達にしても一様である。践履の道の美好は、ここに至って最も興盛である。ゆえに「履道坦坦」――一路平坦にして険厄なし。身に幽隠の中に在りて能く正を守れば、吉を得るはまた当然である。孔穎達の疏、以下は爻辞の「九二」から「幽人貞吉」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「履道坦坦」は、「坦坦」は平坦にして行き易きの様子である。九二は陽爻をもって陰位に居り、践行する所は謙退の徳で、自己がすでに能く謙退するので「履道坦坦」、平易にして険難なし。所謂「幽人貞吉」は、すでに険難なければ、あれば幽隠の中に処する人はただ正を守れば便ち吉を得うるを言う。以下は王弼注の中の「履道尚謙」から「宜其吉」までの一段を解説する。正義は言う。王注の講ずる「履道尚謙」は、践履の道は謙退を貴び、然る後に初めて物に践行するを談じうる。「履」はまた「礼」と訓す。ゆえに謙を尚とする。王注の講ずる「居内履中、隠顕同」は、践履の道は謙退を崇尚して盈満に処することを喜ばず、しかして九二は陽をもって陰に居り、正に謙徳を尚とする。それは内卦に居りて中道を践行し、誠信を本と為し、外に居るを以て栄耀と為さず、内に処るを以て委屈と為さない。もしそれが身に外卦に在りても、同様に能く中を守り謙退する――隠没と顕達は、心の裡に於て一視同仁である。ゆえに「隠顕同」。王注の講ずる「在幽而貞、宜其吉」は、九二が内卦の中に在るので「在幽」と言う。能く謙退してまた中を得るは、即ち貞正である。身に幽隠に在りてなおこの貞正を行いうる。ゆえに「宜其吉」。
《象》曰:“幽人貞吉”,中不自亂也。[疏]正義曰:“中不自亂”者,釋“幽人貞吉”,以其居中,不以危險而自亂也。既能謙退幽居,何有危險自亂之事?
《象伝》は言う。「『幽人貞吉』、中不自乱也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「中不自乱」は、「幽人貞吉」を解釈する――九二が下卦の中位に居るので、危険に擾されて自ら陣脚を乱すことはない。すでに能く謙退にして幽靜自処しえれば、どうしてなお険に遇い自乱する事有らんか。
六三:眇能視,跛能履。履虎尾,咥人凶。武人為于大君。居“履”之時,以陽處陽,猶曰不謙,而況以陰居陽,以柔乘剛者乎?故以此為明眇目者也,以此為行跛足者也,以此履危見咥者也。志在剛健,不修所履,欲以陵武於人,“為于大君”,行未能免於凶,而志存於五,頑之甚也。[疏]“六三眇能視”至“武人為于大君”。○正義曰:“眇能視,跛能履”者,居“履”之時,當須謙退。今六三以陰居陽,而又失其位,以此視物,猶如眇目自為能視,不足為明也;以此履踐,猶如跛足自為能履,不足與之行也。“履虎尾咥人凶”者,以此履虎尾,咥齧於人,所以凶也。“武人為于大君”者,行此威武加陵於人,欲自“為于大君”,以六三之微,欲行九五之志,頑愚之甚。
経文の六三爻辞は言う。「眇能視、跛能履。履虎尾、咥人、凶。武人為于大君。」王弼注の解釈。《履》卦のこの謙退を講究する時に処して、たとえ陽爻をもって陽位に居るもなおそれが謙退に足らざるを言うべし。況んや六三は陰爻をもって陽位に占拠し、柔弱をもって剛強に凌乗するをや。ゆえにこのような資質を拿りて物を看れば、即ち一目の瞎えた人と成る。それを拿りて行走すれば、即ち腿の瘸えた人と成る。それを拿りて危地を踏履すれば、即ち老虎に咬まれるに落る。それは心志が一味に剛強で、自己の修治すべき路を肯んじて修せず、武力に憑りて別人を欺凌せんと欲し、妄自に「為于大君」する。行事は凶険を免れざると雖も、なお一心に九五の尊位を想う。愚頑は極点に至る。孔穎達の疏、以下は爻辞の「六三眇能視」から「武人為于大君」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「眇能視、跛能履」は、《履》卦の時に処して本来謙退すべきに、今六三は陰爻をもって陽位に居り、またその正位を失うを言う。この副の様子を拿りて事物を看れば、隻眼の瞎えた人が自ら以て能く視ると為して、実は明と算うるに足らずに如し。この副の様子を拿りて践履すれば、腿の瘸えた人が自ら以て能く走ると為して、実は人と同行するに配せずに如し。所謂「履虎尾、咥人、凶」は、このような資質をもって虎尾を踩めば、老虎は便ち頭を回して人を咬む。ゆえに凶険。所謂「武人為于大君」は、それが威を逞くし武を使い、人に凌加して、自ら「為于大君」を立てんと欲するを言う。六三のこのような微弱の身分をもって、却って九五の君の志愿を施行せんと欲するは、愚頑なること太だ過分である。
《象》曰:“眇能視”,不足以有明也。“跛能履”,不足以與行也。咥人之凶,位不當也。“武人為于大君”,志剛也。[疏]“《象》曰眇能視”至“武人為于大君志剛也”。○正義曰:“不足以有明”者,釋“眇能視物”。目既隆眇,假使能視,無多明也。“不足以與行”者,解“跛能履”。足既蹇跛,假使能履,行不能遠,故云“不足以與行”也。“位不當”者,釋“咥人之凶”。所以被咥見凶者,緣居位不當,為以陰處陽也。“志剛”者,釋“武人為于大君”。所以陵武加人,欲為大君,以其志意剛猛,以陰而處陽,是志意剛也。
《象伝》は言う。「『眇能視』、不足以有明也。『跛能履』、不足以与行也。咥人之凶、位不当也。『武人為于大君』、志剛也。」孔穎達の疏、以下は《象伝》の「眇能視」から「武人為于大君、志剛也」までの一段を解説す。正義は言う。所謂「不足以有明」は、「眇能視物」を解釈す――眼目はすでに一只瞎えり、縦いなお見え得ると雖も、多くの明察の言うべきなし。所謂「不足以与行」は、「跛能履」を解説す――脚はすでに瘸えり、縦いなお歩み得ると雖も、また遠く行きえず。ゆえに「不足以与行」。所謂「位不当」は、「咥人之凶」を解釈す――咬まれて凶を遭う所以は、居る所の位が恰当ならざるによる。六三は陰爻を以て陽位の上に処す。所謂「志剛」は、「武人為于大君」を解釈す――それが武を逞しくして人に凌ぎ大君を為さんと想う所以は、正に心志が剛猛なるによる。陰柔の質を以て陽剛の位を占拠す、これがすなわち心志剛猛の表現なり。
九四:履虎尾,愬愬,終吉。逼近至尊,以陽承陽,處多懼之地,故曰:“履虎尾,愬愬”也。然以陽居陰,以謙為本,雖處危懼,終獲其志,故“終吉”也。[疏]正義曰:“履虎尾愬愬”者,逼近五之尊位,是“履虎尾”近其危也。以陽承陽,處嫌隙之地,故“愬愬”危懼也。“終吉”者,以陽居陰,意能謙退,故終得其吉也。《象》曰:“愬愬終吉”,志行也。[疏]正義曰:“志行”者,釋“愬愬終吉”。初雖“愬愬”,終得其吉,以謙志得行,故“終吉”也。
経文の九四爻辞は言う。「履虎尾、愬愬、終吉。」王弼注の解釈。九四は九五というこの至尊の位に緊逼し、また陽爻をもって陽爻を承接し、最も疑懼多き処に処する。ゆえに「履虎尾、愬愬」――「愬愬」は戒懼不安の様子である。しかしそれは陽爻をもって陰位に居り、謙退を以て立身の本と為すので、身に危懼に処すると雖も、終竟に自己の心志を実現しうる。ゆえに「終吉」。孔穎達はさらに申説する。所謂「履虎尾、愬愬」は、九四が九五の尊位に逼近するを言う。正に虎尾を踏みて危険に臨近するに如し。陽をもって陽を承くは、嫌隙を生じ易き地位に処する。ゆえに「愬愬」にして心に危懼を懐く。所謂「終吉」は、それが陽爻をもって陰位に居り、心意が能く謙退するので、終竟に吉を得るを言う。《象伝》は言う。「『愬愬終吉』、志行也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「志行」は、「愬愬終吉」を解釈する――起初は戒懼不安なりと雖も、最終にはなおその吉を得るは、謙退の志が施行を得たからである。ゆえに「終吉」。
九五:夬履,貞厲。得位處尊,以剛決正,故曰“夬履貞厲”也。履道惡盈而五處尊,是以危。[疏]正義曰:“夬履”者,夬者,決也。得位處尊,以剛決正,履道行正,故夬履也。“貞厲”者,厲,危也。履道惡盈,而五以陽居尊,故危厲也。《象》曰:“夬履,貞厲”,位正當也。[疏]正義曰:“位正當”者,釋“夬履貞厲”之義。所以“夬履貞厲”者,以其位正,當處在九五之位,不得不決斷其理,不得不有其貞厲,以位居此地故也。
経文の九五爻辞は言う。「夬履、貞厲。」王弼注の解釈。九五はその正位を得て尊位に居り、剛健決断をもって正道に行う。ゆえに「夬履貞厲」。しかし践履の道は盈満を最も忌み、九五は偏偏最も尊の位に処する。これにより危あり。孔穎達はさらに申説する。所謂「夬履」は、「夬」はすなわち決断である。九五は位を得て尊に居り、剛健決断をもって行い、践履して正を得る。ゆえに「夬履」と呼ぶ。所謂「貞厲」は、「厲」は危険である。践履の道は盈満を厭悪し、しかして九五は陽爻をもって尊位に居る。ゆえに正なりと雖も危に近し。《象伝》は言う。「『夬履、貞厲』、位正当也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「位正当」は、「夬履貞厲」の含意を解釈する――「夬履」にしてまた「貞厲」なる所以は、それが位置端正で、正に九五の位に当たるからである。この位置に処すれば、事理を決断せざるを得ず、即ちこの份の貞正にして危に近きの処境を帯びざるを得ない。
上九:視履考祥,其旋元吉。禍福之祥,生乎無所履,處履之極,履道成矣,故可“視履”而“考祥”也。居極應說,高而不危,是其旋也。履道大成,故“元吉”也。[疏]正義曰:“視履考祥”者,祥謂徵祥。上九處履之極,履道已成,故視其所履之行;善惡得失,考其禍福之徵祥。“其旋元吉”者,旋謂旋反也。上九處履之極,下應兌說,高而不危,是其不墜於“履”,而能旋反行之,履道大成,故“元吉”也。《象》曰:“元吉”,在上大有慶也。[疏]正義曰:“大有慶”者,解“元吉”在上之義。既以“元吉”而在上九,是大有福慶也,以有福慶,故在上元吉也。
経文の上九爻辞は言う。「視履考祥、其旋元吉。」王弼注の解釈。禍福の徴兆は、本来人の践履する行為に生ず。上九は《履》卦の終極に処し、践履の道はすでに完成した。ゆえに走り来った路を回看してその吉凶徴兆を稽考しうる。それは極位に居りて下に「兌」の和悦に応じ、位は高きと雖も危ならず。これがすなわち「旋」――能く回旋反顧する。践履の道は大功告成した。ゆえに「元吉」。孔穎達はさらに申説する。所謂「視履考祥」は、「祥」は徴兆を指す。上九は《履》卦の極に処し、践履の道はすでに成った。ゆえに自己の践履の行事を回看して、その中の善悪得失に就いて禍福の徴兆を稽考せねばならぬ。所謂「其旋元吉」は、「旋」は回旋返顧である。上九は極位に処して下に「兌」体の和悦に応じ、高くして危ならず。その践履上に失足なきが見え、なお頭を回して再びその道を行いうる。践履の道は大成した。ゆえに「元吉」。《象伝》は言う。「『元吉』、在上大有慶也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「大有慶」は、「元吉」が上位に出現する道理を解説する――「元吉」がすでに上九に落るは、福慶が甚だ大きいを説明する。正にこのような福慶あるので、上位に居りて「元吉」を得る。
泰卦
乾下坤上。泰:小往大來,吉亨。[疏]正義曰:陰去故“小往”,陽長故“大來”,以此吉而亨通。此卦亨通之極,而四德不具者,物既太通,多失其節,故不得以為元始而利貞也。所以《象》云“財成”、“輔相”,故四德不具。
《泰》卦の卦体は下卦が「乾」で上卦が「坤」である。経文の卦辞は言う。「泰、小往大来、吉亨。」孔穎達の疏の解釈。陰気が退去するので「小往」と言い、陽気が生長するので「大来」と言う。よって吉を得て亨通す。この卦は亨通が極処に至るも、卦辞は「元、亨、利、貞」の四徳を具備しない。万物がすでに過分に通泰すれば、多半は節度を失うので、「元始」にして「利貞」と算えないからである。正にこのため、《象伝》は初めて君子が「財成」天地之道し「輔相」天地之宜するを言う。四徳がここでは並びに斉備しないが見える。
《彖》曰:“泰,小往大來,吉亨”,則是天地交而萬物通也,上下交而其志同也。內陽而外陰,內健而外順,內君子而外小人。君子道長,小人道消也。[疏]“《彖》曰泰小往大來”至“小人道消也”。○正義曰:“泰,小往大來,吉亨,則是天地交而萬物通”者,釋此卦“小往大來吉亨”名為“泰”也。所以得名為“泰”者,止由天地氣交而生養萬物,物得大通,故云“泰”也。“上下交而其志同”者,此以人事象天地之交。上謂君也。下謂臣也,君臣交好,故志意和同。“內陽而外陰,內健而外順”,內健則內陽,外順則外陰。內陽外陰據其象,內健外順明其性,此說泰卦之德也。陰陽言爻,健順言卦。此就卦爻釋“小往大來吉亨”也。“內君子而外小人,君子道長,小人道消”者,更就人事之中,釋“小往大來吉亨”也。
《彖伝》は言う。「『泰、小往大来、吉亨』、則是天地交而万物通也、上下交而其志同也。内陽而外陰、内健而外順、内君子而外小人。君子道長、小人道消也。」孔穎達の疏、以下は《彖伝》の「泰、小往大来」から「小人道消也」までの一段を解説す。正義は言う。所謂「泰、小往大来、吉亨、則是天地交而万物通」は、この卦がなぜ「小往大来吉亨」を以て名を「泰」と為すを得たかを解釈す――それが「泰」と呼ぶ所以は、ただ天地二気が交感して万物を生養し、万物が大いに通達を得るによる。所謂「上下交而其志同」は、人事を拿りて天地の交感に比象す。「上」は君を指し、「下」は臣を指す。君臣が交好すれば、ゆえに心志は和同す。所謂「内陽而外陰、内健而外順」は、内卦が剛健なるは即ち内に陽を含み、外卦が柔順なるは即ち外が陰と為る。「内陽外陰」と言うは爻象に就いて講じ、「内健外順」と言うは性情に就いて講ず。これは《泰》卦の徳を講ずる。「陰陽」は爻に就いて言い、「健順」は卦に就いて言う。この一層は卦体爻象の上より「小往大来吉亨」を解釈す。所謂「内君子而外小人、君子道長、小人道消」は、則ち再び人事の上より「小往大来吉亨」を解釈す。
《象》曰:天地交,泰。后以財成天地之道,輔相天地之宜,以左右民。泰者,物大通之時也。上下大通,則物失其節,故財成而輔相,以左右民也。
《象伝》は言う。「天地交、泰。后以財成天地之道、輔相天地之宜、以左右民。」王弼注の解釈。「泰」は万物が大いに通達する時である。上下が一味に大通すれば、万物は反ってその節度を失う。ゆえに君を為る者は裁節成就を加え、輔助配合して、もって百姓を匡助養育せねばならぬ。
[疏]“《象》曰天地交泰”至“以左右民”。○正義曰:“后以財成天地之道”者,由物皆通泰,則上下失節。後,君也。於此之時,君當翦財,成就天地之道。“輔相天地之宜”者,相,助也。當輔助天地所生之宜。“以左右民”者,左右,助也,以助養其人也。“天地之道”者,謂四時也,冬寒、夏暑、春生、秋殺之道。若氣相交通,則物失其節。物失其節,則冬溫、夏寒、秋生、春殺。君當財節成就,使寒暑得其常,生殺依其節,此天地自然之氣,故云“天地之道”也。“天地之宜”者,謂天地所生之物各有其宜。若《大司徒》云“其動物植物”,及《職方》云楊州其貢宜稻麥,雍州其貢宜黍稷。若天氣大同,則所宜相反。故人君輔助天地所宜之物,各安其性,得其宜,據物言之,故稱“宜”也。此卦言“後”者,以不兼公卿大夫,故不云君子也。兼通諸侯,故不得直言先王,欲見天子諸侯,俱是南面之君,故特言“後”也。
孔穎達の疏、以下は《象伝》の「天地交、泰」から「以左右民」までの一段を解説す。正義は言う。所謂「后以財成天地之道」は、万物が皆通泰阻なしの時に、上下は反って節度を失うによる。「后」はすなわち君主で、この時に於て、君主は当に裁剪節制を加えて、以て天地の道を成就すべし。所謂「輔相天地之宜」は、「相」は幇助で、君主は当に天地の生ずる所の物を輔助して各々その宜を得せしむべし。所謂「以左右民」は、「左右」もまた幇助で、即ち百姓を養育するを幇助す。ここの言う所の「天地之道」は、四時を指す――冬寒・夏暑・春生・秋殺の常道である。もし陰陽の気が一味に交通して節制を加えざれば、万物は即ちその節度を失い、一たび節度を失えば便ち冬天は暖に転じ、夏天は寒に転じ、秋天は反って生じ、春天は反って殺さん。君主は当に裁節成就を加えて、寒暑をして各々その常を守り、生殺をして各々その節に依らしむべし。これは天地自然の気なり。ゆえに「天地之道」と称す。所謂「天地之宜」は、天地の生ずる所の物類が各々にその適宜有るを指す。譬えば《周礼・大司徒》は各地の「動物植物」を講じ、《周礼・職方氏》は揚州が進貢するは稲麦に宜しく雍州が進貢するは黍稷に宜しきを講ず。仮使天下の気候が完全に一様ならば、各地の宜する所は即ち相互に抵触せん。ゆえに人君は天地の宜する所の物を輔助して、彼らをして各々その性に安んじ各々その宜を得せしむ。これは物に就いて言う。ゆえに「宜」と称す。この卦は「后」と称すは、「后」は兼ねて公卿大夫を指さざるによる。ゆえに「君子」と言わず。また兼ねて諸侯を指さんと要す。ゆえに径く「先王」と説きえず。天子と諸侯とが同様に南面して民に臨むの君なるを表明せんと為すなり。よって特に「后」の字を用い。
初九:拔茅茹,以其匯,征吉。茅之為物,拔其根而相牽引者也。“茹”,相牽引之貌也。三陽同志,俱志在外,初為類首,已舉則從,若“茅茹”也。上順而應,不為違距,進皆得志,故以其類“征吉”。[疏]正義曰:“拔茅茹”者,初九欲往於上,九二、九三,皆欲上行,已去則從,而似拔茅舉其根相牽茹也。“以其匯”者,匯,類也,以類相從。“征吉”者,徵,行也。上坤而順下,應於乾,己去則納,故征行而吉。《象》曰:“拔茅”、“征吉”,志在外也。[疏]正義曰:“志在外”者,釋“拔茅征吉”之義。以其三陽志意皆在於外,己行則從,而似“拔茅征行”而得吉。此假外物以明義也。
経文の初九爻辞は言う。「拔茅茹、以其彙、征吉。」王弼注の解釈。茅草のこの種の物は、一根を拔き起こせば、根鬚が相連なりて便ち一片を牽動する。「茹」は正に相互牽引の様子である。《泰》卦の下体の三つの陽爻は志向が相同じく、皆外に往きて上行せんと欲す。初九は同類の首で、それが一たび動けば、その余は便ち跟って走る。茅を拔く時の根鬚の相牽するに如し。上体は柔順にしてそれと相応じ、違逆阻拒を加えない。三陽の上進は皆志を遂げうる。ゆえに同類を帯びて「征吉」。孔穎達はさらに申説する。所謂「拔茅茹」は、初九が上に往きて走らんと欲し、九二・九三も皆上行せんと欲すを言う。自己が一たび去れば、それらは便ち跟随する。茅草を拔き起こして相連なりの根鬚を帯起するに好似る。所謂「以其彙」は、「彙」は類で、即ち同類を以て相従する。所謂「征吉」は、「征」はすなわち行である。上卦は「坤」にして下に順従し、「乾」と相応ず。自己が去ればそれは便ち接納する。ゆえに行いて吉を得る。《象伝》は言う。「『拔茅』『征吉』、志在外也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「志在外」は、「拔茅征吉」の含意を解釈する――三つの陽爻の心志が皆外卦に在るので、自己が一たび行けば、同類は便ち跟従する。茅を拔いて征行するに如し。よって吉を得る。これは外物を借りて義理を説明する。
九二:包荒,用馮河,不遐遺,朋亡。得尚于中行。體健居中而用乎“泰”,能包含荒穢,受納“馮河”者也。用心弘大,無所遐棄,故曰“不遐遺”也。無私無偏,存乎光大,故曰“朋亡”也。如此乃可以“得尚于中行”。尚,尤配也。“中行”,謂五。[疏]正義曰:“包荒用馮河”者,體健居中,而用乎“泰”,能包含荒穢之物,故云“包荒”也。“用馮河”者,無舟渡水,馮陵於河,是頑愚之人,此九二能包含容受,故曰“用馮河”也。“不遐遺”者,遐,遠也。遺,棄也。用心弘大,無所疏遠棄遺於物。“朋亡”者,得中無偏,所在皆納,無私於朋黨之事,“亡,無也”,故云“朋亡”也。“得尚于中行”者,“中行”謂六五也,處中而行,以九二所為如此。尚,配也,得配六五之中也。《象》曰:“包荒”,“得尚于中行”,以光大也。[疏]正義曰:釋“得尚中行”之義。所以包荒、得配此六五之中者,以無私無偏,存乎光大之道,故此包荒。皆假外物以明義也。
経文の九二爻辞は言う。「包荒、用馮河、不遐遺、朋亡、得尚于中行。」王弼注の解釈。九二は剛健の体をもって下卦の中に居り、正に通泰の世に当たる。ゆえに荒穢を包容し、あの「馮河」の莽夫を接納しうる。それは用心が弘大で、疏逺の人を一辺に抛くことをせず。ゆえに「不遐遺」。无私无偏で、一心に光明博大に存す。ゆえに「朋亡」。このようを為しえて、初めて「得尚于中行」しうる。「尚」はすなわち配で、「中行」が指す所は六五である。孔穎達はさらに申説する。所謂「包荒、用馮河」は、九二が剛健の体をもって中に居り、通泰の時に当たり、能く荒穢の物を包容するので「包荒」と呼ぶ。「用馮河」に至っては、「馮河」は船なきにして徒歩で水を渉り、硬く大河を闖るので、この類の人は愚頑魯莽なるも、九二は能く包容接納する。ゆえに「用馮河」。所謂「不遐遺」は、「遐」は逺で、「遺」は棄である。即ち用心が弘大で、関係の疏逺なるにより人を遺棄しない。所謂「朋亡」は、それが中を得て偏私する所なく、誰が来ても皆接納しえ、結党営私の事を搞さないを言う。「亡」はここでは即ち「无」である。ゆえに「朋亡」。所謂「得尚于中行」は、「中行」は六五を指し、六五は中に居りて行う。九二の作為がすでにこの如しなれば、「尚」はすなわち配で、すなわち能く六五の中道と相匹配する。《象伝》は言う。「『包荒』『得尚于中行』、以光大也。」孔穎達の疏の解釈。これは「得尚中行」の含意を解釈する――九二が荒穢を包容しえ、六五の中道と相匹配しえた所以は、正にそれが无私无偏で、心に光明博大の道を存するからである。ゆえに初めてこの份の「包荒」の気量ある。これらは皆外物を借りて義理を説明する。
九三:無平不陂,無往不復。艱貞無咎。勿恤其孚,于食有福。乾本上也,坤本下也,而得泰者,降與升也。而三處天地之際,將復其所處。復其所處,則上守其尊,下守其卑,是故無往而不復也,無平而不陂也。處天地之將閉,平路之將陂,時將大變,世將大革,而居不失其正,動不失其應,艱而能貞,不失其義,故“無咎”也。信義誠著,故不恤其孚而自明也,故曰“勿恤其孚,于食有福”也。
経文の九三爻辞は言う。「无平不陂、无往不復。艱貞无咎。勿恤其孚、于食有福。」王弼注の解釈。「乾」は本来当に上に在るべく、「坤」は本来当に下に在るべし。今能く「泰」を成すは、天が降りて地が升り、上下が交感するによる。九三は正に天地交界の処に在り、両体は将に各々本位に回帰せんとす。一たび各々本位に帰すれば、上に在る者はその尊を守り、下に在る者はその卑を守る。ゆえに往きて返らざるなく、また平にして傾斜せざるなしと言う。それは身に天地の将に閉塞せんとし、平路の将に傾陂せんとする際に処し、時勢は将に大変有らんとし、世道は将に大改有らんとするに、居処はその正を失わず、行動はその応を失わず、艱難の中になお能く正を守り、その応有の義理を失わない。ゆえに「无咎」。それの信義はすでに早く誠実彰明し、別人が自己を信ずるや否やを擔憂するを須いず、自然に明白せん。ゆえに「勿恤其孚、于食有福」。
[疏]“九三無平不陂”至“于食有福”。○正義曰:“無平不陂”者,九三處天地相交之際,將各分復其所處。乾體初雖在下,今將復歸於上,坤體初雖在上,今欲復歸於下,是初始平者,必將有險陂也。初始往者,必將有反覆也。無有平而不陂,無有往而不復者,猶若元在下者而不在上,元在下者而不歸下也。“艱貞無咎”者,已居變革之世,應有危殆,只為己居得其正,動有其應,艱難貞正,乃得“無咎”。“勿恤其孚,于食有福”者,恤,憂也;孚,信也。信義先以誠著,故不須憂其孚信也。信義自明,故於食祿之道,自有福慶也。
孔穎達の疏、以下は九三爻辞の「无平不陂」から「于食有福」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「无平不陂」は、九三が天地相交の処に処し、上下二体が将に各々本位に回復せんとするを言う――「乾」体は当初は下に在りと雖も、今は将に上位に帰回せんとす。「坤」体は当初は上に在りと雖も、今は将に下位に帰回せんとす。ここにおよそ当初平坦なりしは、必ず将に険陂出現せんとし、当初往き出たるは、必ず将に回返あらんとす。所謂平にして傾かざるなく、往きて返らざるなしは、譬えば本来下に在る者は一直に上がらざることなく、本来上に在る者もまた一直に下に回到らざることなきに如し(この句の底本文字に訛あり、両処の「元在下者」は当に一処を「元在上者」と作すべし)。所謂「艱貞无咎」は、九三はすでに身に変革の世に処し、本来危殆あるべきも、ただそれが居る所得正し、動く所有応し、能く艱難の中にその貞正を守るによりて、初めて「无咎」を得。所謂「勿恤其孚、于食有福」は、「恤」は憂慮で、「孚」は誠信である。信義がすでに早く誠実を以て外に彰顕するので、別人が自己を信ずるや否やを憂慮することを必せず。信義がすでに言わずして自明なれば、あれば食禄を享受するの事上に於て、自然に福慶有らん。
○注“將復其所處”至“于食有福也”。○正義曰:“將復其所處”者,以泰卦“乾體”在下,此九三將棄三而向四,是將復其乾之上體所處也。泰卦“坤體”在上,此六四今將去四而歸向初,復其“坤體”所處也。“處天地之將閉,平路之將陂”者,天將處上,地將處下,閉而不通,是“天地之將閉”也。所以往前通泰,路無險難,自今巳後,時既否閉,路有傾危,是“平路之將陂”也。此因三之向四,是下欲上也。則上六將歸於下,是上欲下也,故云“復其所處”也。“信義誠著”者,以九三居不失正,動不失應,是信義誠著也。“故不恤其孚而自明”者,解“于食有福”,以信義自明,故飲食有福。
以下は王弼注の中の「将復其所処」から「于食有福也」までの一段を解説する。孔穎達の正義は言う。王注の講ずる「将復其所処」は、《泰》卦の「乾」体は本来下に在り、今九三は将に三位を離れて四位に趨向せんとす。これがすなわち「乾」の本来上に居るべき位置に回復せんとする。《泰》卦の「坤」体は本来上に在り、今六四は将に四位を離れて初位に帰向せんとす。これがすなわち「坤」の本来下に居るべき位置に回復する。王注の講ずる「処天地之将閉、平路之将陂」は、天が将に上面に回到し、地が将に下面に回到して、彼此が閉塞不通する。これがすなわち「天地之将閉」。此前は一路通泰して、道路に険難なりしが、従此以後は時運がすでに否閉して、路上は便ち傾危ある。これがすなわち「平路之将陂」。ここは九三が四位に趨向するに就いて言うので、あれは下に在る者が上がらんと欲する。相応じて上六は将に下位に帰せんとし、あれは上に在る者が下りんと欲する。ゆえに「復其所処」。王注の講ずる「信義誠著」は、九三が居処にしてその正を失わず、行動にしてその応を失わないによる。これがすなわち信義誠実彰明。王注の講ずる「故不恤其孚而自明」は、「于食有福」を解釈する――信義がすでに自然に彰明するので、飲食食禄の事は便ち福慶ある。
《象》曰:“無往不復”,天地際也。天地將各分復之際。[疏]正義曰:“天地際”者,釋“無往不復”之義。而三處天地交際之處,天體將上,地體將下,故往者將復,平者將陂。
《象伝》は言う。「『无往不復』、天地際也。」王弼注の解釈。これは天地が将に各々分開して各々本位に帰せんとする交界の時刻である。孔穎達はさらに申説する。所謂「天地際」は、「无往不復」の含意を解釈する――九三は正に天地交接の処に在り、天体は将に上昇せんとし、地体は将に下降せんとす。ゆえに出で去る者は将に回返し、平坦の者は将に傾陂せんとす。
六四:翩翩,不富以其鄰。不戒以孚。乾樂上復,坤樂下復,四處坤首,不固所居,見命則退,故曰“翩翩”也。坤爻皆樂下,已退則從,故不待富而用其鄰也。莫不與已同其志願,故不待戒而自孚也。[疏]正義曰:“六四翩翩”者,四主坤首,而欲下復,見命則退,故翩翩而下也。“不富以其鄰”者,以,用也。“鄰”謂五與上也。今己下復,眾陰悉皆從之,故不待財富而用其鄰。“不戒以孚”者,鄰皆從己,共同志願,不待戒告而自孚信以從已也。《象》曰:“翩翩不富”,皆失實也。“不戒以孚”,中心願也。[疏]正義曰:“皆失實”者,解“翩翩不富”之義,猶眾陰皆失其本實所居之處,今既見命,翩翩樂動,不待財富,並悉從之,故云“皆失實”也。“不戒以孚中心願”者,解“不戒以孚”之義,所以不待六四之戒告,而六五、上六,皆以孚信者,由中心皆願下復,故不待戒而自孚也。
経文の六四爻辞は言う。「翩翩、不富以其隣、不戒以孚。」王弼注の解釈。「乾」は上位に回到するを楽しみ、「坤」は下位に回到するを楽しむ。六四は「坤」体の頭一爻で、並びに現居の地を固守せず、一命有るを見れば即ち退下す。ゆえに「翩翩」――軽快に下飛する様子。「坤」体の各爻は皆下行を楽しみ、自己が一たび退けば、それらは便ち跟従する。ゆえに財富に倚仗せずして隣近の爻を帯動しうる。衆爻は自己と志愿の相同じからざるなし。ゆえに告誡を須いずして自然に相信ず。孔穎達はさらに申説する。所謂「六四翩翩」は、六四が「坤」体の首と為りて下に本位に返らんと欲するを言う。一命有るを見れば便ち退く。ゆえに翩然として下る。所謂「不富以其隣」は、「以」は用で、「隣」は六五と上六を指す。今自己が下に返れば、衆陰爻は全て跟随する。ゆえに財富に頼らずして隣爻を帯動しうる。所謂「不戒以孚」は、隣爻が皆自己に跟従して、共同一個の志愿なので、告誡を用いず、それらは自然に誠信相従するを言う。《象伝》は言う。「『翩翩不富』、皆失実也。『不戒以孚』、中心願也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「皆失実」は、「翩翩不富」の含意を解説する。衆陰爻が皆自己の本来実居の位置を離去するに如し。今すでに命有るを見れば、便ち翩然として行動を楽しみ、財富を用いて招引せず、一斉に跟従する。ゆえに「皆失実」。所謂「不戒以孚、中心願」は、「不戒以孚」の含意を解説する――六四の来りて告誡するを待つを必せずして、六五・上六が即ち皆誠信を以て相従する所以は、それらが心の裡に本来下返せんと願うにある。ゆえに告誡を待たずして自然に相信ず。
六五:帝乙歸妹,以祉元吉。婦人謂嫁曰“歸”。“泰”者,陰陽交通之時也。女處尊位,履中居順,降身應二,感以相與,用中行願,不失其禮。“帝乙歸妹”,誠合斯義。履順居中,行原以祉,盡夫陰陽交配之宜,故“元吉”也。[疏]“六五”至“以祉元吉”。○正義曰:“帝乙歸妹”者,女處尊位,履中居順,降身應二,感以相與,用其中情,行其志願,不失於禮。爻備斯義者,唯帝乙歸嫁於妹而能然也。故作《易》者,引此“帝乙歸妹”以明之也。“以祉元吉”者,履順居中,得行志願,以獲祉福,盡夫陰陽交配之道,故大吉也。○注“婦人謂嫁曰歸”。○正義曰:“婦人謂嫁曰歸”,隱二年《公羊傳》文也。《象》曰:“以祉元吉”,中以行願也。[疏]正義曰:“中以行願”者,釋“以祉元吉”之義,正由中順,行其志願,故得福而元吉也。
経文の六五爻辞は言う。「帝乙帰妹、以祉元吉。」王弼注の解釈。婦人が嫁ぐを「帰」と呼ぶ。「泰」は陰陽交感通達の時で、六五というこの陰爻は尊位に居り、中道を践行して柔順に処し、身分を降して九二に応合することを肯んず。両情が相感じて相与し、中正の心を本づきて自己の志愿を実行し、礼数を失わない。商王「帝乙帰妹」のこの件の史事は、確かにこの層の意に合乎する。六五は順に履りて中に居り、志愿に依りて行いて福を獲、陰陽交配の合宜の道を尽処に致した。ゆえに「元吉」。孔穎達の疏、以下は爻辞の「六五」から「以祉元吉」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「帝乙帰妹」は、女子が尊位に居り、中を践んで順に処し、身を降して九二に下応し、両情が相感じて相与し、その 中正の情を用いて、その心中の願う所を行い、礼に失わざるを言う。爻義の中にこの一層を具備しうるは、ただ帝乙が妹妹を嫁がせたこの件のみが為しえる。ゆえに《易》を作る人は「帝乙帰妹」を引きてそれを説明する。所謂「以祉元吉」は、六五が順に履りて中に居り、自己の志愿を施行して福祉を獲得しえ、陰陽交配の道を尽処に致したを言う。ゆえに大吉。以下は王弼注の「婦人謂嫁曰帰」の一句を解説する。正義は言う。「婦人謂嫁曰帰」のこの句は、《春秋公羊伝》隠公二年の伝文に出ず。《象伝》は言う。「『以祉元吉』、中以行願也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「中以行願」は、「以祉元吉」の含意を解釈する――正にそれが中を守りて柔順で、能く自己の志愿を実行するので、福を得て大吉する。
上六:城復于隍,勿用師。自邑告命,貞吝。居泰上極,各反所應,泰道將滅,上下不交,卑不上承,尊不下施,是故“城復子隍”,卑道崩也。“勿用師”,不煩攻也。“自邑告命,貞吝”,否道已成,命不行也。[疏]“上六城復于隍”至“自邑告命貞吝”。○正義曰:“城復于隍”者,居泰上極,各反所應,泰道將滅,上下不交,卑不上承,尊不下施,猶若“城復于隍”也。《子夏傳》云:“隍是城下池也”。城之為體,由基土陪扶,乃得為城。今下不陪扶,城則隕壞,以此崩倒,反覆於隍,猶君之為體,由臣之輔翼。今上下不交,臣不扶君。君道傾危,故云“城復于隍”。此假外象以喻人事。“勿用師”者,謂君道已傾,不煩用師也。“自邑告命貞吝”者,否道己成,物不順從,唯於自已之邑而施告命,下既不從,故“貞吝”。○注“卑道崩也”。○正義曰:“卑道崩也”者,卑道向下,不與上交,故卑之道崩壞,不承事於上也。
経文の上六爻辞は言う。「城復于隍、勿用師。自邑告命、貞吝。」王弼注の解釈。上六は《泰》卦の最上極に居り、各爻が皆本応に処すべき位に返回し、通泰の道は将に消滅せんとし、上下は再び交感せず。下に在る者は上に承奉せず、上に在る者は下に施与しない。ゆえに「城復于隍」――城牆は城下の干壕の裡に塌回する。これは下に在る根基が崩壊する。言う「勿用師」は、再び師を勞し衆を動かして攻討することを須いない。言う「自邑告命、貞吝」は、否閉の道がすでに形成して、政令が行い出せない。孔穎達の疏、以下は爻辞の「上六城復于隍」から「自邑告命貞吝」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「城復于隍」は、上六が泰の極に居り、各爻が本位に返帰し、泰道は将に滅せんとし、上下は交せず、卑者は上に承えず、尊者は下に施さない。城牆が城下の壕溝に塌回するに好似る。《子夏伝》は言う。「隍はすなわち城下の護城池。」城牆のこの物は、全く基土の培護堆積に頼って初めて其の城と為りえる。今下面は再び培護しないので、城は即ち崩壊し、倒塌し下って壕溝の裡に回到する。これは正に君主のこの主体が全く臣下の輔佐扶持に頼るに如し。今上下が交せず、臣は君を扶せず、君道は傾危する。ゆえに「城復于隍」。これは外在物象を借りて人事を比喩する。所謂「勿用師」は、君道がすでに傾頹して、再び軍隊を動用することを用いないを言う。所謂「自邑告命、貞吝」は、否閉の道がすでに成り、衆物が皆順従しないので、ただ自己の封邑の内に於て告命を発布しうるのみ。下面がすでに聴従しないので、正なりと雖も憾惜ある。以下は王弼注の「卑道崩也」の一句を解説する。正義は言う。所謂「卑道崩也」は、下に居る者が只下に向かうを顧みて、上に在る者と交接せざるを言う。よって下に在りて事を承うるこの条の道理が崩壊して、再び上に在る君主に承奉しない。
《象》曰:“城復于隍”,其命亂也。[疏]正義曰:“其命亂”者,釋“城復于隍”之義。若教命不亂,臣當輔君,猶土當扶城。由其命錯亂,下不奉上,猶上不陪城,使復于隍,故云“其命亂”也。
《象伝》は言う。「『城復于隍』、其命乱也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「其命乱」は、「城復于隍」の含意を解釈する――もし政教号令が乱れざれば、臣下は自ら当に君主を輔佐し、基土が自ら当に城牆を托扶するに如し。正に号令が錯乱して、下に在る者は上に在る者を奉承せず、培土が再び城牆を托住せざるに譬えて、初めて城牆を壕溝に塌回せしめた。ゆえに「其命乱」。
否卦
坤下乾上。否之匪人,不利君子貞。大往小來。[疏]正義曰:“否之匪人”者,言否閉之世,非是人道交通之時,故云“匪人”。“不利君子貞”者,由小人道長,君子道消,故不利君子為正也。陽氣往而陰氣來,故云“大往小來”。陽主生息,故稱“大”;陰主消耗,故稱“小”。
《否》卦の卦体は下卦が「坤」で上卦が「乾」である。経文の卦辞は言う。「否之匪人、不利君子貞。大往小来。」孔穎達の疏の解釈。所謂「否之匪人」は、閉塞不通の世道は、人倫の道が能く交往通達する時ではない。ゆえに「匪人」。所謂「不利君子貞」は、小人の道が正に增長し、君子の道が正に消退するので、君子が正道を守持するに利ならず。陽気は外に往きて陰気が进来する。ゆえに「大往小来」。陽は生長滋息を主るので「大」と称し、陰は消損耗減を主るので「小」と称す。
《彖》曰:“否之匪人,不利君子貞,大往小來”,則是天地不交,而萬物不通也;上下不交,而天下無邦也。內陰而外陽,內柔而外剛,內小人而外君子,小人道長,君子道消也。[疏]正義曰:“上下不交而天下無邦”者,與泰卦反也。《泰卦》云“上下交而其志同”,此應云“上下不交則其志不同”也。非但其志不同,上下乖隔,則邦國滅亡,故變云“天下無邦”也。“內柔而外剛”者,欲取否塞之義,故內至柔弱,外御剛彊,所以否閉。若欲取“通泰”之義,則云“內健”“外順”。各隨義為文,故此云“剛柔”,不云:“健順”。
《彖伝》は言う。「『否之匪人、不利君子貞、大往小来』、則是天地不交、而万物不通也。上下不交、而天下无邦也。内陰而外陽、内柔而外剛、内小人而外君子、小人道長、君子道消也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「上下不交而天下无邦」は、《泰》卦と正に相反する。《泰》卦の《彖伝》は「上下交而其志同」と言う。理に照らせばここは当に「上下不交則其志不同」と言うべきに、然而し心志が不同なるのみならず、上下が乖離阻隔し下れば、邦国は将に滅亡せんとす。ゆえに説法を変換して「天下无邦」と作す。所謂「内柔而外剛」は、閉塞の義を取らんと欲するので、内里が極めて柔弱にして、外面はまた剛強を以て相拒するを言う。よって閉塞不通。もし「通泰」の義を取らんと欲せば、当に「内健」「外順」と言うべし。文辞は各々取る所の義に随って変わる。ゆえにここは「剛柔」と言い、「健順」と言わない。
《象》曰:天地不交,否。君子以儉德辟難,不可榮以祿。[疏]正義曰:“君子以儉德辟難”者,言君子於此否塞之時,以節儉為德,闢其危難,不可榮華其身,以居祿位。此若據諸侯公卿言之,闢其群小之難,不可重受官賞;若據王者言之,謂節儉為德,闢其陰陽已運之難,不可重自榮華而驕逸也。
《象伝》は言う。「天地不交、否。君子以倹徳辟難、不可榮以禄。」孔穎達の疏の解釈。所謂「君子以倹徳辟難」は、君子がこの閉塞不通の時に於て、節倹を以て徳行と為し、もって危難を避開し、自身を栄華顕赫せしめ、禄位に安坐せしめてはならぬを言う。この言はもし諸侯公卿に就いて言えば、群小の造成する禍難を躲开し、再び官爵賞賜を接受すべからざるを要す。もし君王に就いて言えば、則ち節倹を以て徳と為し、陰陽気運のすでに造成した災難を避開し、再び自ら栄華を求めて驕縦逸楽すべからざるである。
初六:拔茅茹,以其匯,貞,吉亨。居否之初,處順之始,為類之首者也。順非健也,何可以徵?居否之時,動則入邪,三陰同道,皆不可進。故“茅茹”以類,貞而不諂,則“吉亨”。[疏]正義曰:“拔茅茹”者,以居否之初,處順之始,未可以動,動則入邪,不敢前進。三陰皆然,猶若拔茅牽連其根相茹也。己若不進,餘皆從之,故云“拔茅茹”也。“以其匯”者,以其同類,共皆如此。“貞吉亨”者,守正而居志在於君,乃得吉而亨通。《象》曰:拔茅貞吉,志在君也。志在於君,故不苟進。[疏]正義曰:“志在君”者,釋“拔茅貞吉”之義。所以居而守正者,以其志意在君,不敢懷諂苟進,故得“吉亨”也。此假外物以明人事。
経文の初六爻辞は言う。「拔茅茹、以其彙、貞、吉亨。」王弼注の解釈。初六は《否》卦の初めに居り、「坤」体柔順の開端に処し、同類の頭一爻である。柔順は剛健と不同なり。どうして出でて征行しえようか。否閉の時に処して、一たび動けば即ち邪路に落入せんとす。三つの陰爻は同属一道で、皆上進すべからず。ゆえに茅草のように根鬚が相連なり、類を以て相牽して、正を守りて諂媚せざれば、即ち「吉亨」を能くする。孔穎達はさらに申説する。所謂「拔茅茹」は、初六が否の初めに居り、順の始めに処し、まだ妄動すべからず、一たび動けば即ち邪路に入る。よって前進を敢えてしない。三つの陰爻は皆この如く、茅草を拔き起こして根鬚が相牽連するに如し。自己がもし上進しなければ、その余の両爻も皆跟って動かない。ゆえに「拔茅茹」。所謂「以其彙」は、同類の関係に憑って、大家が一同にこの如くなるを言う。所謂「貞吉亨」は、安んじ居りて正を守りて心志が君上に在りて、初めて吉を得て亨通するを言う。《象伝》は言う。「拔茅貞吉、志在君也。」王弼注の解釈。心志が君上に在るので、苟且に進を求めることを肯んぜない。孔穎達はさらに申説する。所謂「志在君」は、「拔茅貞吉」の含意を解釈する――安んじ居りて正を守る所以は、正に心志が君上に繋在し、諂媚の心を懐いて苟且上進することを敢えてしないので、吉亨を得る。これは外物を借りて人事を説明する。
六二:包承,小人吉,大人否,亨。居“否”之世,而得其位,用其至順,包承於上,小人路通,內柔外剛,大人“否”之,其道乃“亨”。[疏]正義曰:“包承”者,居“否”之世而得其位,用其志順,包承於上。“小人吉”者,否閉之時,小人路通,故於小人為吉也。“大人否亨”者,若大人用此“包承”之德,能否閉小人之“吉”,其道乃亨。《象》曰:“大人否亨”,不亂群也。[疏]正義曰:此釋所以大人“否亨”之意,良由否閉小人,防之以得其道,小人雖盛,不敢亂群,故言“不亂群”也。
経文の六二爻辞は言う。「包承、小人吉、大人否、亨。」王弼注の解釈。六二は身に否閉の世に処して其の正位を得、極めて柔順の性情に憑って、一味に包容して上に在る者を承奉す。この時は小人の門路が暢通し、しかして卦体は内柔外剛で、大人がもしこの種の局面を否絶しえれば、その道は初めて亨通する。孔穎達はさらに申説する。所謂「包承」は、六二が否閉の世に処して其の位を得、その柔順の志を用いて、包容して上に在る人を承奉するを言う。所謂「小人吉」は、否閉の時は小人の路子が走り通ずるので、小人に対して言えば即ち吉である。所謂「大人否亨」は、大人がもしこの「包承」の徳を用いて、能く小人のあの份の「吉」を閉塞しえれば、他自己の道は初めて亨通を得るを言う。《象伝》は言う。「『大人否亨』、不乱群也。」孔穎達の疏の解釈。これは大人がなぜ能く「否亨」するかを解釈する――正にそれが小人を閉塞して、防範が法を得るので、小人は縦に勢が盛んでも、衆人を扰乱することを敢えてしない。ゆえに「不乱群」。
六三:包羞。俱用小道以承其上,而但不當,所以“包羞”也。《象》曰:“包羞”,位不當也。[疏]正義曰:“包羞”者,言群陰俱用小人之道包承於上,以失位不當,所包承之事,唯羞辱己。
経文の六三爻辞は言う。「包羞。」王弼注の解釈。三つの陰爻は皆小人の一套を用いて上に在る者を承奉する。ただ六三の居る所の位が当たらないので、「包羞」に落る――包容承奉する所は尽く羞辱の事である。《象伝》は言う。「『包羞』、位不当也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「包羞」は、衆陰爻が一同に小人の道を用いて上の面を包容承奉するに、六三は位を失って不当なので、それが包承するあの事は、ただ自己に羞辱を招来しうるのみを言う。
九四:有命無咎。疇離祉。夫處“否”而不可以有命者,以所應者小人也。有命於小人,則消君子之道者也。今初志在君,處乎窮下,故可以有命無咎而疇麗福也。疇謂初也。[疏]正義曰:“有命無咎”者,九四處否之時,其陰爻皆是小人。若有命於小人,則君子道消也。今初六志在於君,守正不進,處於窮下。今九四有命命之,故“無咎”。“疇離祉”者,疇謂疇匹,謂初六也。離,麗也。麗謂附著也。言九四命初,身既無咎,初既被命,附依祉福,言初六得福也。《象》曰:“有命無咎”,志行也。[疏]正義曰:釋“有命無咎”之義,所以九四有命,得無咎者,由初六志意得行,守正而應於上,故九四之命得無咎。
経文の九四爻辞は言う。「有命无咎、疇離祉。」王弼注の解釈。大凡身に否閉の世に処して号施令を発すべからざる者は、自己と相応するが皆小人だからである。政命を小人に交わすは、即ち君子の道を消滅するに在る。今初六は心志が君上に在り、窮困の下位に安処する。ゆえに九四は命令を発出して過咎なく、同類の爻もまた福に附着しうる。「疇」が指す所は即ち初六である。孔穎達はさらに申説する。所謂「有命无咎」は、九四が否閉の時に処し、卦の中の陰爻が皆小人に属するを言う。もし政命を小人に交わせば、君子の道は即ち消亡する。今初六は心志が君に在り、正を守りて妄進せず、窮下の位に安処する。九四はそれに対して命令を発出する。ゆえに「无咎」。所謂「疇離祉」は、「疇」は同類匹配で、初六を指す。「離」はすなわち「麗」で、「麗」は附着依托である。これは九四が初六に命令して、自身はすでに過咎なく、初六はすでに命を受けて、また福祉に附依するを言う。すなわち初六が福を得る。《象伝》は言う。「『有命无咎』、志行也。」孔穎達の疏の解釈。これは「有命无咎」の含意を解釈する――九四が命令を発出して能く无咎なる所以は、初六の心志が施行を得たによる。それが正を守りて上に応ずるので、九四の命令は過咎なし。
九五:休否,大人吉。其亡其亡,繫于苞桑。居尊得位,能休否道者也。施否於小人,否之休也。唯大人而後能然,故曰“大人吉”也。處君子道消之時,已居尊位,何可以安?故心存將危,乃得固也。[疏]“九五休否”至“繫于苞桑”。○正義曰:“休否”者,休,美也。謂能行休美之事於否塞之時,能施此否閉之道,遏絕小人,則是“否”之休美者也,故云“休否”。“大人吉”者,唯大人乃能如此而得吉也,若其凡人,則不能。“其亡其亡,繫于苞桑”者,在道消之世,居於尊位而遏小人,必近危難,須恆自戒慎其意,常懼其危亡,言丁寧戒慎如此也。“繫于苞桑”者,苞,本也。凡物繫於桑之苞本則牢固也。若能“其亡其亡”,以自戒慎,則有“繫于苞桑”之固,無傾危也。○注“心存將危”。○正義曰:“心存將危”,解“其亡其亡”之義。身雖安靜,心意常存將有危難,但念“其亡其亡”,乃得固者,即“繫于苞桑”也。必云“苞桑”者;取會韻之義。又桑之為物,其根眾也。眾,則牢固之義。
経文の九五爻辞は言う。「休否、大人吉。其亡其亡、繫于苞桑。」王弼注の解釈。九五は尊位に居りてその正を得、否閉の世を美善に転向しうる一爻である。否閉を小人の身上に施加するは、正に「否」の中の美善の処である。ただ大人のみこの歩に到りうる。ゆえに「大人吉」。身に君子の道の消退する時に処して、自己はまた尊位に居り、どうして安然自得しえようか。ゆえに心の裡に常に将に危険あらんの念を存して、地位は初めて牢固を得。孔穎達の疏、以下は爻辞の「九五休否」から「繫于苞桑」までの一段を解説す。正義は言う。所謂「休否」は、「休」は美善で、否塞の時に於て美善の事を做しうるを言う。この否閉の手段を施用し出して、小人を遏止断絶す、これがすなわち「否」の中の美善で、ゆえに「休否」と呼ぶ。所謂「大人吉」は、ただ大人のみ能くこの如くして吉を得、もし常人なれば即ち到りえざるを言う。所謂「其亡其亡、繫于苞桑」は、君子道消の世道の裡に於て、尊位に居りて小人を遏止すれば、必定に危難に逼近し、時時に自我を戒懼して、常に自己の危亡を怕れ、反覆して叮嚀戒慎してこの地步に到るを須うを言う。所謂「繫于苞桑」は、「苞」は根本である。凡そ物を桑樹の根本に繋えば即ち牢固なり。もし能く常に「其亡其亡」を念じて自我を戒慎せば、即ち「繫于苞桑」のあのように穏固有るが如く、傾覆せざらん。以下は王弼注の「心存将危」の一句を解説す。正義は言う。「心存将危」は「其亡其亡」の含意を解釈するに在り。身子は安静なりと雖も、心の裡は却って常に将に危難あらんの念頭を存す。ただ「其亡其亡」を念ぜば便ち牢固を能くす、あれは即ち「繫于苞桑」なり。必ず「苞桑」と言うは、一つは協韻の義を取り、二つは桑樹のこの物は根系が衆多にして、根多ければ即ち牢固の意を含むによる。
《象》曰:大人之吉,位正當也。[疏]正義曰:釋“大人吉”之義,言九五居尊得位,正所以當遏絕小人得其吉。
《象伝》は言う。「大人之吉、位正当也。」孔穎達の疏の解釈。これは「大人吉」の含意を解釈する――九五は尊位に居りてまたその正位を得る。正にこの位置上に処するので、小人を遏止断絶しに往くべく、よって吉祥を獲得する。
上九:傾否,先否後喜。先傾後通,故“後喜”也。始以傾為“否”,後得通乃喜。[疏]正義曰:處否之極,否道已終,此上九能傾毀其否,故曰“傾否”也。“先否後喜”者,否道未傾之時,是“先否”之道;否道巳傾之後,其事得通,故曰“後有喜”也。《象》曰:否終則傾,何可長也?[疏]正義曰:釋“傾否”之義。否道巳終,通道將至。故“否”之終極,則傾損其否,何得長久?故云“何可長也”。
経文の上九爻辞は言う。「傾否、先否後喜。」王弼注の解釈。先に否閉の局を傾覆し掉して、然る後に初めて通達する。ゆえに「後喜」。起初は正に傾覆して「否」の中に処し、後來は通達を得て初めて喜有り。孔穎達はさらに申説する。上九は《否》卦の終極に処し、否閉の道はすでに尽頭に到る。この爻は能く否局を傾覆毀する。ゆえに「傾否」。所謂「先否後喜」は、否道がまだ傾覆せざる時は、正に「先否」の段階である。否道がすでに傾覆した後は、事情が通達を得る。ゆえに「後有喜」。《象伝》は言う。「否終則傾、何可長也。」孔穎達の疏の解釈。これは「傾否」の含意を解釈する――否閉の道がすでに終結し、通達の道が将に到來せんとす。ゆえに「否」の終極に到れば、即ちこの否局を傾覆する。それはどうして長久しえようか。ゆえに「何可長也」。
同人卦
離下乾上。同人于野,亨,利涉大川,利君子貞。[疏]正義曰:“同人”,謂和同於人。“於野,亨”者,野是廣遠之處,借其野名,喻其廣遠,言和同於人,必須寬廣,無所不同。用心無私,處非近狹,遠至於野,乃得亨進,故云“同人于野亨”。與人同心,足以涉難,故曰“利涉大川”也。與人和同,義涉邪僻,故“利君子貞”也。此“利涉大川”,假物象以明人事。
《同人》卦の卦体は下卦が「離」で上卦が「乾」である。経文の卦辞は言う。「同人于野、亨、利渉大川、利君子貞。」孔穎達の疏の解釈。「同人」は人と和同するの意である。所謂「于野、亨」は、「野」は広遠の地で、「野」のこの名目を借用して胸襟の広遠を比喩する。人と和同するは必ず広寛で、それと相同ずること能わざる者なしを要す。用心は无私で、処する所は局促狭隘でなく、郊野の外に遠く及ぶを以て、初めて亨通前進しうる。ゆえに「同人于野、亨」。人と同心すれば、即ち艱難を渡過するに足る。ゆえに「利渉大川」。人と和同するは、その義はまた邪僻の一路に牽扯し易い。ゆえに「利君子貞」――君子のように正を守りて初めて利あるを要す。ここの「利渉大川」は、物象を借りて人事を説明する。
《彖》曰:同人,柔得位得中而應乎乾,曰“同人”。二為同人之主。[疏]正義曰:此釋所以能同於人之義。“柔得位得中”者,謂六二也,上應九五,是“應於乾”也。
《彖伝》は言う。「同人、柔得位得中而応乎乾、曰『同人』。」王弼注はただ一句を点明する。六二は《同人》卦の主爻である。孔穎達はさらに申説する。この一句はこの卦がなぜ人と和同しうるかを解釈する。所謂「柔得位得中」は、指す所は六二――それは陰爻をもって陰位に居りてまた下卦の中に処し、上に向かって九五に応合し、九五は「乾」体の中に在る。ゆえに「応乎乾」。
《同人》曰:“同人于野,亨,利涉大川。”乾,行也。所以乃能“同人于野,亨,利涉大川”,非二之所能也,是乾之所行,故特曰“同人曰”。[疏]“同人曰”至“乾行也”。○正義曰:釋“同人于野,亨,利涉大川”之義。所以能如此者,由乾之所行也。言乾能行此德,非六二之所能也,故特云“同人曰”,乃云“同人于野,亨”,與諸卦別也。○注“故特曰同人曰”。○正義曰:“故特曰同人曰”者,謂卦之《彖》辭,發首即疊卦名,以釋其義,則以例言之,此發首應云“同人于野亨”,今此“同人于野亨”之上別云“同人曰”者,是其義有異。此同人卦名,以六二為主,故同人卦名繫屬六二,故稱“同人曰”,猶言“同人卦曰”也。“同人于野,亨,利涉大川”,雖是《同人》卦下之辭,不關六二之義,故更疊“同人于野亨”之文,乃是乾之所行也。
《彖伝》は続けて言う。「《同人》曰、『同人于野、亨、利渉大川。』乾、行也。」王弼注の解釈。「同人于野、亨、利渉大川」を為しえた所以は、並びに六二の一爻の弁じえた所ではなく、「乾」の施行する所である。ゆえに《彖伝》は特に「同人曰」の三字を加上す。孔穎達の疏、以下は《彖伝》の「同人曰」から「乾行也」までの一段を解説する。正義は言う。これは「同人于野、亨、利渉大川」の含意を解釈する――能くこの如くするは、「乾」の施行による。その意は能くこの徳を行うは「乾」で、六二の能くする所ではない。ゆえに特に「同人曰」と言い、然る後に初めて「同人于野、亨」と言う。写法は別の卦と不同なる。以下は王弼注の「故特曰同人曰」の一句を解説する。正義は言う。所謂「故特曰同人曰」は、各卦の《彖伝》は、開頭に皆卦名を重畳して以て卦義を解釈する。こ の通例に按ずれば、ここは開頭に本来径に「同人于野亨」と言うべきに、今「同人于野亨」の上に別に「同人曰」の三字を加える。その中に義の分別あるが見える。「同人」のこの卦名は六二を主爻とし、卦名は便ち六二に係属する。ゆえに「同人曰」と称し、「《同人》卦の説く」と言うに等しい。しかして「同人于野、亨、利渉大川」は《同人》卦の下の卦辞なりと雖も、六二の義と無関なる。ゆえに別に「同人于野亨」のこの句を重畳して、あれが「乾」の施行する所なるを説明せねばならぬ。
文明以健,中正而應,君子正也。行健不以武,而以文明用之,相應不以邪,而以中正應之,君子正也,故曰“利君子貞”。[疏]正義曰:此釋“君子貞”也。此以二象明之,故云“文明以健”。“中正而應”,謂六二、九五,皆居中得正,而又相應,是君子之正道也,故云“君子正”也。若以威武而為健,邪僻而相應,則非君子之正也。
《彖伝》は続けて言う。「文明以健、中正而応、君子正也。」王弼注の解釈。その剛健を行いて威武に訴えず、却って文明の徳を以てそれを運用し、彼此相応じて邪路に走らず、却って中正の道を以て応合する。これがすなわち君子の正道である。ゆえに卦辞は「利君子貞」と言う。孔穎達はさらに申説する。この一句は卦辞の裡の「君子貞」を解釈する。それは上下二体の象に就いて説明する。ゆえに「文明以健」――下体の「離」は文明と為し、上体の「乾」は剛健と為す。所謂「中正而応」は、六二と九五が皆中に居りて正を得てまた互いに応合するを指す。これが正に君子の正道である。ゆえに「君子正」。もし剛健を威武に使い、相応を邪僻に変えて結び合せば、あれはすなわち君子の正ではない。
唯君子為能通天下之志。君子以文明為德。[疏]“唯君子為能通天下之志”。○正義曰:此更贊明君子貞正之義。唯君子之人於“同人”之時,能以正道通達天下之志,故利君子之貞。○注“君子以文明為德”。○正義曰:若非君子,則用威武。今卦之下體為離,故《彖》云“文明”,又云“唯君子能通天下之志”,是君子用文明為德也。謂文理通明也。
《彖伝》は最後に言う。「唯君子為能通天下之志。」王弼注の解釈。君子は文明を以てその徳性と為す。孔穎達の疏、以下は《彖伝》の「唯君子為能通天下之志」の一句を解説する。正義は言う。これは再び君子の貞正の意義を賛美申明する――ただ君子のような人のみが、「同人」の時に処して、能く正道を用いて天下人の心志を通達しうる。ゆえに卦辞は君子が正を守るに利ありと言う。以下は王弼注の「君子以文明為徳」の一句を解説する。正義は言う。もし君子でなければ、威武を動用する。今本卦の下体は「離」なので、《彖伝》は「文明」と言い、また「唯君子能通天下之志」と言う。君子が文明を以て徳と為すが見える。所謂文明は、すなわち文理が通達明白なる。
《象》曰:天與火,同人。天體在上,而火炎上,同人之義也。[疏]正義曰:天體在上,火又炎上,取其性同,故云“天與火,同人”。君子以類族辨物。君子小人,各得所同。[疏]正義曰:族,聚也。言君子法此同人,以類而聚也。“辨物”謂分辨事物,各同其黨,使自相同,不間雜也。
《象伝》は言う。「天与火、同人。」王弼注の解釈。天体は上に居り、火性もまた上に向かって燃焼し、二者の趨向が相同じい。これがすなわち「同人」の意である。孔穎達はさらに申説する。天体は上位に在り、火焔もまた上に向かって升騰し、それらの性質が相同なるを取る。ゆえに「天与火、同人」。《象伝》は続けて言う。「君子以類族辨物。」王弼注の解釈。君子と小人を各自にその同類と相聚せしめる。孔穎達の疏の解釈。「族」は聚集で、君子がこの《同人》の象を取法して、類別に按じて聚合するを言う。所謂「辨物」は、事物を分辨して、それらを各々其の同党に帰せしめ、各々同類と相合して、混雑相間するに至らしめぬ。
初九:同人于門,無咎。居同人之始,為同人之首者也。無應於上,心無繫吝,通夫大同,出門皆同。故曰“同人于門”也。出門同人,誰與為咎?[疏]正義曰:“同人于門”者,居同人之首,無應於上,心無繫吝,含弘光大,和同於人,在於門外,出門皆同,故云“無咎”也。《象》曰:出門同人,又誰咎也?[疏]正義曰:“又誰咎”者,釋“出門同人無咎”之義。言既心無繫吝,出門逢人皆同,則誰與為過咎?
経文の初九爻辞は言う。「同人于門、无咎。」王弼注の解釈。初九は《同人》の始めに居り、人と和同するの頭一爻である。それは上面に正応なく、心の中に牽掛偏私なく、あの広大の和同を通達しえ、一たび門を出れば便ち人人と相同ず。ゆえに「同人于門」。門を出れば即ち人と和同しえ、誰がそれと怨を結んで過咎と為さん。孔穎達はさらに申説する。所謂「同人于門」は、初九が《同人》の首に居り、上面に応爻なく、心中に牽繫偏吝なく、気度は含容弘大光明で、人と和同するは即ち門外に在り、一たび門を出れば便ち同ずべからざる人なし。ゆえに「无咎」。《象伝》は言う。「出門同人、又誰咎也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「又誰咎」は、「出門同人、无咎」の含意を解釈する――すでに心の中に牽繫偏吝なければ、門を出て誰に遇っても皆和同しえ、あればなお誰がそれと過咎を結成せんか。
六二:同人于宗,吝。應在乎五,唯同於主,過主則否。用心扁狹,鄙吝之道。[疏]正義曰:繫應在五,而和同於人在於宗族,不能弘闊,是鄙吝之道,故《象》云“吝道”也。《象》曰:“同人于宗”,吝道也。
経文の六二爻辞は言う。「同人于宗、吝。」王弼注の解釈。六二の正応は九五に在り、それはただ自己の繋するこの位の主爻と相同ずるのみで、この位の主爻を出れば即ち再び和同しない。用心が偏狭で、これは鄙陋吝嗇の路数である。孔穎達はさらに申説する。六二の繋する応爻は九五に在り、それが人と和同するはただ自家宗族の内に限り、寛弘開闊しえない。正に鄙吝の道である。ゆえに《象伝》はこれを「吝道」と言う。《象伝》は言う。「『同人于宗』、吝道也。」
九三:伏戎于莽,升其高陵,三歲不興。居同人之際,履下卦之極,不能包弘上下,通夫大同;物黨相分,欲乖其道,貧於所比,據上之應;其敵剛健,非力所當,故“伏戎于莽”,不敢顯亢也。“升其高陵”,望不敢進,量斯勢也,三歲不能興者也。三歲不能興,則五道亦以成矣,安所行焉?
経文の九三爻辞は言う。「伏戎于莽、升其高陵、三歳不興。」王弼注の解釈。九三は人と和同する時に処して、却って下卦の頂端に踩み、上下を包容弘大し、あの広大の和同を通達しえない。それは衆人を党類に分かち、和同の道を乖違せんと欲し、自己と切近なる六二を貪り、九五の正応を覇占せんとす。しかしその敵手九五は剛健強盛で、その力量の抵擋しうる所ではない。ゆえにただ「伏戎于莽」――兵を草莽の裡に埋伏して、公然と対抗することを敢えてせず、また「升其高陵」――高丘に登りて张望するも前進を敢えてしない。このような形勢を估量すれば、三年も発動し起こせない。三年発動し起こせなければ、九五の道もまたすでに成就した。それはなお何の作為有らんか。
[疏]“九三伏戎于莽”至“三歲不興”。○正義曰:“伏戎于莽”者,九三處下卦之極,不能包弘上下,通夫大同,欲下據六二,上與九五相爭也。但九五剛健,九三力不能敵,故伏潛兵戎於草莽之中,升其高陵。“三歲不興”者,唯升高陵以望前敵,量斯勢也,縱令更經三歲,亦不能興起也。○注“不能包弘上下”至“安所行焉”。○正義曰:“不能包弘上下,通夫大同”者,初九出門皆同,無所繫著,是包弘上下,通夫大同。今九三欲下據六二,奪上之應,是不能包弘也。“物黨相分”者,謂同人之時,物各有黨類而相分別也;二則與五相親,與三相分別也。“欲乖其道,貪於所比,據上之應”者,言此九三欲乖其同人之道,不以類相從,不知二之從五,直以苟貪,與二之比近而欲取之,據上九五之應也。
孔穎達の疏、以下は九三爻辞の「伏戎于莽」から「三歳不興」までの一段を解説する。正義は言う。所謂「伏戎于莽」は、九三が下卦の頂端に処し、上下を包容弘大し、広大の和同を通達しえず、下に六二を覇占し、上に九五と相争せんと欲するを言う。しかし九五は剛健で、九三の力量は敵過がたい。ゆえに兵衆を草莽の中に埋伏し、また高丘に登りて张望する。所謂「三歳不興」は、それがただ高丘に登りて前面の敵手を遠望するのみで、このような形勢を估量すれば、縦に再び三年を過ごしても、発動し起こせないを言う。以下は王弼注の中の「不能包弘上下」から「安所行焉」までの一段を解説する。正義は言う。王注の講ずる「不能包弘上下、通夫大同」は、初九を拿りて対照と為す――初九は門を出れば便ち人人と相同じ、牽繫執着する所なし。あれが初めて上下を包容弘大し、広大の和同を通達する。今九三は下に六二を覇占し、九五の正応を奪い去らんと欲するは、即ち包容弘大しえない。王注の講ずる「物党相分」は、和同の時に、衆人は各々その党類ありて彼此分別する。六二は九五と相亲するので、即ち九三と界限を分けた。王注の講ずる「欲乖其道、貪於所比、拠上之応」は、九三が和同の道を乖違せんと欲し、同類を以て相従することを肯んぜず、六二が本来九五に従うべきを管せず、ただ苟且に六二が自己と相隣切近するを貪りて、即ちそれを取り来らんと欲し、九五の正応を覇占する。
《象》曰:“伏戎于莽”,敵剛也。“三歲不興”,安行也。安,辭也。[疏]正義曰:“伏戎于莽敵剛”者,釋“伏戎于莽”之義。以其當九五之剛,不敢顯亢,故“伏戎于莽”,“三歲不興”,“安行”者,釋“三歲不興”之義,雖經三歲,猶不能興起也。安,語辭也,猶言何也。既三歲不興,五道亦已成矣,何可行也?故云“安行也”。此假外物以明人事。
《象伝》は言う。「『伏戎于莽』、敵剛也。『三歳不興』、安行也。」王弼注はただ一句を点明する。「安」は語辞である。孔穎達はさらに申説する。所謂「伏戎于莽、敵剛」は、「伏戎于莽」の含意を解釈する――九三が面する所は九五の剛強で、公然と対抗することを敢えてしないので、兵を草莽の裡に伏す。所謂「三歳不興、安行」は、「三歳不興」の含意を解釈する――縦に三年を過ごしても、依然として発動し起こせない。「安」は語助詞で、「何」と言うに等しい。すでに三年も発動し起こせなければ、九五の道もまたすでに成就した。それはなお何処に向かって行動しえようか。ゆえに「安行也」。これは外物を借りて人事を説明する。
九四:乘其墉,弗克攻,吉。處上攻下,力能乘墉者也。履非其位,以與人爭,二自五應,三非犯己,攻三求二,尢而效之,違義傷理,無所不與,故雖乘墉而不克也。不克則反,反則得吉也。不克乃反,其所以得吉,“困而反則”者也。[疏]正義曰:“乘其墉”者,履非其位,與人鬥爭,與三爭二,欲攻於三。既是上體,力能顯亢,故乘上高墉,欲攻三也。“弗克攻吉”者,三欲求二,其事已非。四又效之,以求其二,違義傷理,無所不與,雖復乘墉,不能攻三也。“吉”者,既不能攻三,能反自思愆,以從法則,故得吉也。此爻亦假物象也。《象》曰:“乘其墉”,義弗克也。其吉,則困而反則也。[疏]正義曰:“乘其墉義弗克也”者,釋不克之義。所以乘墉攻三不能克者,以其違義,眾所不從,故云“義不克”也。“其吉則困而反則”者,釋“其吉”之義。所以得“其吉”者,九四則以不克,困苦而反歸其法則,故得吉也。
経文の九四爻辞は言う。「乗其墉、弗克攻、吉。」王弼注の解釈。九四は上位に居りて下面を攻打し、力量は城牆に登上するに足る。しかしその処する位が当たらず、却って人と争奪する。六二は本来自ら九五と相応し、九三も並びに自己を侵犯していないに、それは却って九三を攻め、六二を抢う。別人に過あるを明知してなおそれを效法し、道義に違背し事理を傷害するので、それと親附せんと肯ずる人なし。ゆえに城牆に登上すると雖も攻め下せない。攻め下せなければ便ち回頭し、回頭すれば吉を得る。攻め下せなくて初めて回頭するは、それの吉を得る所以は、正に「困而反則」――困を受けて後に法則に回到する。孔穎達はさらに申説する。所謂「乗其墉」は、九四の居る所の位が当たらず、却って人と争闘し、九三と六二を争奪して、九三を攻打せんと欲するを言う。それはすでに上体に在り、力量は公然と対抗するに足る。ゆえに高牆に登上して、九三を攻めんと欲す。所謂「弗克攻、吉」は、九三が往きて六二を求めるは、この事は本来対らず、九四はまた往きてそれを效法して、同様に来りて六二を抢う。道義に違背し事理を傷害するので、親附せんと肯ずる者なし。ゆえに縦に城牆に登上しても、九三を攻め下せない。「吉」と言うに至っては、すでに九三を攻め下せなければ、便ち回頭して過失を自省し、法度を遵従しうるので、吉を得る。この一爻は同じく物象を借りて義を取る。《象伝》は言う。「『乗其墉』、義弗克也。其吉、則困而反則也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「乗其墉、義弗克也」は、攻め下せぬ縁由を解釈する――牆に登りて三を攻めて取勝しえぬ所以は、それが道義に違背して、衆人が皆跟従することを肯んぜないからである。ゆえに「義不克」。所謂「其吉、則困而反則」は、「其吉」の含意を解釈する――それの吉を得る所以は、九四がすでに攻め下せず、困苦の中に法則に回帰するので、吉を得る。
九五:同人先號咷,而後笑,大師克相遇。《彖》曰:“柔得位得中,而應乎乾,曰同人。”然則體柔居中,眾之所與;執剛用直,無所未從,故近隔乎二剛,未獲厥志,是以“先號咷”也。居中處尊,戰必克勝,故“後笑”也。不能使物自歸而用其強直,故必須大師克之,然後相遇也。[疏]正義曰:“同人先號咷”者,五與二應,用其剛直,無所未從,故九五共二,欲相和同,九三、九四,與之競二也。五未得二,故志未和同於二,故“先號咷”也。“而後笑”者,處得尊位,戰必克勝,故“後笑”也。“大師克相遇”者,不能使物自歸己,用其剛直,必以大師與三、四戰克,乃得與二相遇。此爻假物象以明人事。
経文の九五爻辞は言う。「同人先号咷而後笑、大師克相遇。」王弼注の解釈。《彖伝》は「柔得位得中、而応乎乾、曰同人」と言う。柔順の体を以て中に居る六二が、衆爻の帰附する所なるが見える。しかして九五は剛強を自持して、径に直道を用い、それに服従せざる者なし。ただ近旁に九三・九四の二つの剛爻を隔てるによりて、その心志は一時に実現しえない。ゆえに「先号咷」――先に声を放ちて痛哭す。それは中に居りて尊位に処し、交戦すれば必ず勝を取りうる。ゆえに「後笑」。それは人心を自然に帰附せしめること能わず、ただ自己の剛強正直を用いるのみ。ゆえに必ず大軍を動用して対手に戦勝して、然る後に初めて六二と相遇しうる。孔穎達はさらに申説する。所謂「同人先号咷」は、九五と六二とが正応と為り、それがその剛強正直を用いれば、本来人の服せざるなきを言う。ゆえに九五は六二と和同せんと要す。無奈や九三・九四もまた六二を争奪し、九五は一時に六二を得られず、心志はそれと和同しえない。ゆえに「先号咷」。所謂「而後笑」は、それが尊位を得て居り、交戦すれば必ず勝つので、後來は転じて歓笑と為る。所謂「大師克相遇」は、それが人を自動に自己に帰附せしめること能わず、ただ剛強正直に憑り、必ず大軍を用いて九三・九四と交戦取勝して、初めて六二と相遇しうるを言う。この一爻は物象を借りて人事を説明する。
《象》曰:同人之先,以中直也。大師相遇,言相剋也。[疏]正義曰:“同人之先以中直”者,解“先號咷”之意,以其用中正剛直之道,物所未從,故“先號咷”也。但《象》略“號咷”之字,故直云“同人之先以中直”也。“大師相遇言相剋”者,釋“相遇”之義,所以必用大師,乃能相遇也。以其用大師與三四相伐而得克勝,乃與二相遇,故言“相剋”也。
《象伝》は言う。「同人之先、以中直也。大師相遇、言相克也。」孔穎達の疏の解釈。所謂「同人之先、以中直」は、「先号咷」の縁由を解説する――九五の用いる所は中正剛直の道で、衆人は一時に帰従することを肯んぜない。ゆえに先に声を放ちて痛哭す。《象伝》はここで「号咷」の两字を省去した。ゆえにただ「同人之先、以中直」と言う。所謂「大師相遇、言相克」は、「相遇」の含意を解釈する――必ず大軍を動用して初めて相遇しうる所以は、大軍を用いて九三・九四を討伐し併せて勝を取りて、初めて六二と相会しうるからである。ゆえに「相克」。
上九:同人于郊,無悔。郊者,外之極也。處“同人”之時,最在於外,不獲同志,而遠於內爭,故雖無悔吝,亦未得其志。[疏]“上九同人于郊無悔”。○正義曰:“同人于郊”者,處同人之極,最在於外,雖欲“同人”,人必疏己,不獲所同,其志未得。然雖陽在於外,遠於內之爭訟,故無悔吝也。○注“不獲同志”至“未得其志”。○正義曰:“不獲同志”者,若彼此在內相同,則獲其同志意也。若已為郊境之人,而與相同,人未親己,是“不獲同志”也。“遠於內爭”者,以外而同,不於室家之內,是遠於內爭也。以遠內爭,故無悔吝。以在外郊,故未得志也。
経文の上九爻辞は言う。「同人于郊、无悔。」王弼注の解釈。「郊」は外囲の尽頭である。上九は人と和同する時に処し、位置は最も外に靠り、同心の人を得ず、然るも内部の争奪を遠離れり。ゆえに悔恨なしと雖も、また自己の心志を実現しえず。孔穎達の疏、以下は「上九、同人于郊、无悔」のこの一句を解説す。正義は言う。所謂「同人于郊」は、上九が《同人》の極に処し、位置は最も外囲に在るを言う。それは人と和同せんと想うと雖も、人家は却って必定に自己を疎遠し、所要の和同の対象を得ず、心志は実現しえず。ただしそれは陽爻なりと雖も外に居りて、畢竟に内部の争訟を遠離れた。ゆえに悔恨憾惜なし。以下は王弼注の中の「不獲同志」から「未得其志」までの一段を解説す。正義は言う。王注の講ずる「不獲同志」は、もし彼此が皆内に在りて相同和すれば、初めて同心同願の人を得うるを言う。今自己はすでに郊野辺地の人と為りて、再び往きて人と相同ずれば、人家は並びに自己を親近せず。これがすなわち「不獲同志」。王注の講ずる「遠于内争」は、それが外囲に於て人と相同じて、室家の内に在らざるを言う。ゆえに内部の争鬥を遠離れた。正に内争を遠離るるによりて、悔吝なし。また正に身に外郊に在るによりて、心志は実現を得ず。
《象》曰:“同人于郊”,志未得也。凡處同人而不泰焉,則必用師矣。不能大通,則各私其黨而求利焉。楚人亡弓,不能亡楚。愛國愈甚,益為它災。是以同人不弘剛健之爻,皆至用師也。[疏]“《象》曰同人于郊志未得也”。正義曰:釋“同人于郊”之義。同人在郊境遠處,與人疏遠,和同之志,猶未得也。
《象伝》は言う。「『同人于郊』、志未得也。」王弼注の解釈。凡そ人と和同する時に処して寛舒通泰しえざる者は、最後には必然に軍隊を動用せねばならぬ。広大通達しえなければ、各人は便ち自己の党羽を偏私して各々その利を求む。楚人が弓を失いて、ただ弓がなお楚国に在ると肯じて言い、「楚」のこの界限を忘却することを肯んぜない。愛国の心が愈切なれば、反って愈々別の禍患と為る。ゆえに《同人》卦の中のあの弘大しえざる剛健の爻は、皆軍隊を動用するの地步に落る。孔穎達の疏、以下は《象伝》の「同人于郊、志未得也」の一句を解説する。正義は言う。これは「同人于郊」の含意を解釈する――人と和同するも遠く郊野辺境に在り、人と疏逺して、和同の心志は依然として実現していない。
○注“凡處同人”至“用師也”。○正義曰:“凡處同人而不泰焉則必用師矣”者,王氏注意非止上九一爻,乃總論同人一卦之義。去初上而言,二有同宗之吝,三有“伏戎”之禍,四有不克之困,五有“大師”之患,是處“同人”之世,無大通之志,則必用師矣。“楚人亡弓,不能亡楚。愛國愈甚,益為它災”者,案《孔子家語·弟子好生篇》云:“楚昭王出遊,亡烏號之弓,左右請求之。王曰:‘楚人亡弓,楚得之,又何求焉。’孔子聞之曰:‘惜乎!其志不大也。不曰人亡弓,人得之,何必楚也。’”昭王名軫,哀六年,吳伐陳,楚救陳,在城父卒。此愛國而致它災也。引此者,證同人不弘皆至用師矣。
以下は王弼注の中の「凡処同人」から「用師也」までの一段を解説する。孔穎達の正義は言う。王注の講ずる「凡処同人而不泰焉、則必用師矣」は、その用意はただ上九の一爻に対するのみならず、《同人》全卦の義理を総論する。初九と上九を除きて算えざれば、六二は「同人于宗」の鄙吝あり、九三は「伏戎于莽」の禍患あり、九四は攻めて克たざるの困窘あり、九五は「大師」を動用するの憂患あり。人と和同する世道の裡に処して、もし広寛通達の心志なければ、最終に必定に軍隊を動用せんとす。王注の講ずる「楚人亡弓、不能亡楚。愛国愈甚、益為它災」は、《孔子家語・弟子好生篇》に按ずるに記する。楚昭王が外出游猟して、あの「烏号」と名づくる弓を失い、左右の人が尋找せんと請えば、昭王は言う。「楚国人が弓を失うは、なお楚国人が拾得する。又何ぞ必ず往きて找けん。」孔子は聞きて後に言う。「惜しむべし、彼の胸襟はまだ大ならざるが足りぬ――何ぞ『人が弓を失い、人がそれを拾得する』と言わざるか、何ぞ必ず楚国と言わんや。」楚昭王は名を軫と言い、魯哀公六年に、呉国が陈国を討伐し、楚国は兵を出して陈を救い、昭王は城父に死す。これがすなわち国を愛するによりて別の禍患を招来する。孔穎達がこの段の故事を引くは、《同人》の世に凡そ弘大しえざる者は、皆軍隊を動用するの地步に走り至るを証明せんと欲する。
大有卦
乾下離上。大有:元亨。不大通,何由得“大有”乎?“大有”則必元亨矣。[疏]正義曰:柔處尊位,陽並應,大能所有,故稱“大有”。既能“大有”,則其物大得亨通,故云“大有元亨”。
《大有》卦の卦体は下卦が「乾」で上卦が「離」である。経文の卦辞は言う。「大有、元亨。」王弼注の解釈。大いに通達しえなければ、何を憑って能く「大有」せんや。すでに「大有」なれば、必定「元亨」。孔穎達はさらに申説する。柔爻六五が尊位に居り、衆陽爻が皆来りてそれに応ず。所有する所は極めて大なり。ゆえに「大有」と称す。すでに能く「大有」なれば、あれば万物は大いに亨通す。ゆえに「大有、元亨」。
《彖》曰:大有,柔得尊位大中,而上下應之,曰“大有”。處尊以柔,居中以大,體無二陰以分其應,上下應之,靡所不納,大有之義也。[疏]正義曰:釋此卦稱“大有”之義。“大中”者,謂六五處大以中,柔處尊位,是其大也。居上卦之內,是其中也。
《彖伝》は卦名を解釈して言う。大有卦が「大有」と呼ばれる所以は、六五というこの柔爻が尊貴の君位を取得して、また「大中」の地に居り、上下の諸爻が皆来りてそれに応ずるからである。ゆえに「大有」と称作す。王弼注の解釈。六五は陰柔の質をもって尊位に居る。これは「処尊以柔」。陽大の道をもって中位に居る。これは「居中以大」。全卦は六五を除きて再び第二の陰爻なくて衆陽の呼応を分割しない。よって上下が一斉に帰附して、それに容納されざるなし。これが正に「大有」――広く所有を有する――の含意である。孔穎達の疏はさらに申説する。この一段は本卦が「大有」と称する縁由を解釈する。所謂「大中」は、六五が陽大の道をもって中を守るを言う。それは柔爻をもって尊位の上に処する、これは「大」。また上卦の離体の内に居る、これは「中」。
其德剛健而文明,應乎天而時行,是以“元亨”。德應於天,則行不失時矣。剛健不滯,文明不犯,應天則大,時行無違,是以“元亨”。[疏]“其德剛健”至“是以元亨”。○正義曰:釋“元亨”之義。“剛健”謂乾也。“文明”謂離也。“應乎天而時行”者,褚氏、莊氏云:“六五應《乾》九二。”亦與五為體,故云“應乎天”也。德應於天,則行不失時,與時無違,雖萬物皆得亨通,故云“是以元亨”。注“剛健不滯”至“是以元亨”。○正義曰:“剛健不滯”者,剛健則物不擁滯也。“文明不犯”者,文則明粲而不犯於物也。“應天則大”者,能應於天則盛大也。“時行無違”者,以時而行,物無違也。以有此諸事,故大通而“元亨”也。
《彖伝》は続けて言う。大有卦の徳性は剛強勁健にしてまた文采光明で、能く天道に順応して時に按じて施行す。ゆえに卦辞は「元亨」と称す。王弼注の解釈。徳行がすでに天と相応ずれば、行事は時機を錯らない。剛健なれば便ち壅塞停滞せず、文明なれば便ち外物を侵犯せず、能く天に応ずれば気象は盛大、時に依りて行えば違逆する所なし。よって「元亨」と言う。孔穎達の疏は「其徳剛健」から「是以元亨」の一段を申説する。これは「元亨」の含意を解釈する。「剛健」は下卦の乾を指し、「文明」は上卦の離を指す。「応乎天而時行」に至っては、褚仲都・荘氏の両家は言う。「六五は《乾》体の九二と相応ず。」九二はすでに六五と相応じ、また同一の卦体に属す。ゆえに「応乎天」。徳行が天と相応ずれば、行事は便ち時機を失わず、天時と違背なく、万物はこれにより皆通達しうる。ゆえに「是以元亨」。孔穎達はまた王弼注の「剛健不滞」から「是以元亨」までを疏解する。所謂「剛健不滞」は、剛健なれば万物は壅塞阻滯されざるを言う。「文明不犯」は、文采あれば明亮燦然として外物を侵犯せざるを言う。「応天則大」は、能く天と相応ずれば便ち盛大を言う。「時行无違」は、時に依りて動けば、万物は皆違逆せざるを言う。正にこの幾層を兼有するので、大いに通達して「元亨」と称す。
《象》曰:火在天上,“大有”。君子以遏惡揚善,順天休命。《大有》,包容之象也。故遏惡揚善,成物之性,順天休命,順物之命。[疏]正義曰:“君子以遏惡揚善”者,“大有”包容之義,故君子象之,亦當包含遏匿其惡,褒揚其善,順奉天德,休美物之性命,巽順含容之義也。不云天在火下而云“火在天上”者,天體高明,火性炎上,是照耀之物而在於天上,是光明之甚,無所不照,亦是包含之義,又為揚善之理也。
《象伝》は言う。火が天の上方に在る、これが大有卦の象である。君子はそれを取法して、邪悪を遏止し善行を表彰し、天道に順承して万物の性命を美善す。王弼注の解釈。《大有》は包容の象なので、「遏悪揚善」は万物の本性を成全し、「順天休命」は万物の性命に順遂する。孔穎達の疏の申説。「君子以遏悪揚善」と言うのは、「大有」が包容の義を含有するので、君子はここに象を取りて、また当に包容含蓄して、悪を隠遏し下し、善を褒揚し出し、上天の徳に順承して、万物の性命を美善すべきである。これがすなわち謙順含容の道理である。なぜ「天在火下」と言わずして「火在天上」と言うかに至っては、天体は高遠光明で、火性は上に向かって燃焼し、火は本来照耀の物で、今また天上に居りて、光明は極点に達して照らさざるなし。これはすでに包容の意であり、また正に「揚善」の道理である。
初九:無交害。匪咎,艱則無咎。以夫剛健為大有之始,不能履中,滿而不溢,術斯以往,後害必至。其欲匪咎,“艱則無咎也”。[疏]“初九”至“艱則無咎”。○正義曰:以夫剛健為大有之始,不能履中謙退,雖無交切之害,久必有凶。其欲“匪咎”,能自艱難其志,則得“無咎”,故云“無交害,匪咎,艱則無咎”也。○注“不能履中”至“無咎也”。○正義曰:“不能履中,滿而不溢”者,初不在二位,是不能履中。在大有之初,是盈滿,身行剛健,是溢也,故云“不能履中滿而不溢”也。《象》曰:大有初九,無交害也。
経文の初九爻辞は言う。相交じて来る禍害なし。過咎を免れんとすれば、自ら艱難を持守することを知らねばならぬ。このようであれば過咎なからん。王弼注の解釈。初九は剛健の質をもって大有の世の開端に処し、中を守りて自処し、盈満にして外溢せざること能わず。このように照りて行い下れば、日後に必定に禍害を招来す。それが「匪咎」せんと欲すれば、即ち「艱則无咎」――自ら艱難に処して、初めて過咎なからん。孔穎達の疏は「初九」から「艱則无咎」までを申説する。初九は剛健の質をもって大有の起始を為し、中を守りて謙退する能わず。眼下は切身の相交する禍害なきと雖も、久しければ必ず凶険ある。それが過咎を免れんと要すれば、ただ自己で心志を艱難の上に放りて、初めて過咎なきこと能くする。ゆえに爻辞は「无交害、匪咎、艱則无咎」と言う。孔穎達はまた王弼注の「不能履中」から「无咎也」までを疏解する。所謂「不能履中、満而不溢」は、初九が二爻の中位に在らざるので「不能履中」。身に大有の初めに処して、本すでに盈満で、また剛健の事を行うは、即ち「溢」である。ゆえに「不能履中満而不溢」。《象伝》は言う。大有卦の初九は、相交じて来る禍害なきことである。
九二:大車以載,任重而不危。[疏]“九二大車以載”。○正義曰:“大車以載”者,體是剛健,而又居中,身被委任,其任重也。能堪受其任,不有傾危,猶若大車以載物也。此假外象以喻人事。○注“任重而不危”。○正義曰:釋“大車以載”之意。大車謂牛車也。載物既多,故云“任重”。車材彊壯,故不有傾危也。
経文の九二爻辞は言う。大車が重物を裝載するに如し。王弼注はただ一句を以て解釈す。擔子は重きと雖も傾覆せざるなり。孔穎達の疏の申説「九二大車以載」。所謂「大車以載」は、九二の本体が剛健で、また下卦の中に居り、一身に人の委任を受けて、担う所の責任が甚だ重いによる。それはこの份の重任を承受して傾覆に致らざること能く、大車が重物を裝載するに好似る。これは外物の象を借りて人事を比喩する。孔穎達はまた王弼注の「任重而不危」を疏解する。これは「大車以載」の意を解釈する。「大車」は牛車を指し、載する所の物はすでに多し。ゆえに「任重」。車の材質は堅固強壮なので、傾覆しない。
有攸往,無咎。健不違中,為五所任,任重不危,致遠不泥,故可以往而“無咎”也。[疏]正義曰:堪當重任,故有所往無咎者,以居失其位,嫌有凶咎,故云“無咎”也。《象》曰:“大車以載”,積中不敗也。[疏]正義曰:“積中不敗”者,釋“大車以載”之義。物既積聚,身有中和,堪受所積之聚在身上,上不至於敗也。
経文は続けて言う。往く所有れば、過咎なからん。王弼注の解釈。九二は剛健にして中道に違背せず、六五に信任せられ、擔子は重くして傾覆せず、行きて遠くして陥滞せず。ゆえに前往して「无咎」しうる。孔穎達の疏の申説。正にそれが重任を担当しうるので、往く所有りて過咎なし。ただ九二は陽爻をもって陰位に居り、位置は本来当たらず、人に凶咎有らんと疑心せしめ易い。ゆえに特に「无咎」を点明す。《象伝》は言う。「大車以載」は、中に積載して敗壊に至らざること。孔穎達の疏の申説。所謂「積中不敗」は、「大車以載」の含意を解釈する――貨物がすでに積聚して、しかして九二は自身が中に居り、中和の徳有りて、身上に積圧する重負を承受しえ、よって敗壊に至らざる。
九三:公用亨于天子,小人弗克。處“大有”之時,居下體之極,乘剛健之上,而履得其位,與五同功,威權之盛,莫此過焉。公用斯位,乃得通乎天子之道也。小人不克,害可待也。[疏]“九三”至“小人弗克”。○正義曰:“公用亨于天子”者,九三處“大有”之時,居下體之極,乘剛健之上,履得其位,與五同功。五為王位,三既與之同功,則威權之盛,莫盛於此,乃得通乎天子之道,故云“公用亨于天子”。“小人弗克”者,小人德劣,不能勝其位,必致禍害,故云“小人不克”也。○注“與五同功”至“莫此過焉”。○正義曰:“與五同功”者,《繫辭》云:“三與五同功”。此云“與五同功”,謂五為王位,三既能與五之同功,則威權與五相似,故云“威權之盛,莫此過焉”。《象》曰:“公用亨于天子”,小人害也。
経文の九三爻辞は言う。公侯は以て天子に向かってその道を通達しうるも、小人は却って担当し起こせない。王弼注の解釈。九三は大有の世に処し、下卦の最上位に居り、剛健の諸爻の上に乗駕し、処する所はまたその正位を得て、六五と同功し、威権の盛はそれを過ぐるものなし。公侯がこのような位置に居りて、初めて天子の道と相通じうる。小人は担当し起こせず、禍害は即ち眼前に在る。孔穎達の疏は「九三」から「小人弗克」までを申説する。所謂「公用亨于天子」は、九三が大有の時に処し、下体の極に居り、剛健の上に乗り、位を履んで正を得て、六五と同功するを言う。六五は王位で、九三はすでにそれと同功すれば、威権の盛は以て復加するものなし。よって天子の道に通じうる。ゆえに「公用亨于天子」。所謂「小人弗克」は、小人は徳行が低劣で、この位置を勝任しえず、必定に禍害を招来す。ゆえに「小人不克」。孔穎達はまた王弼注の「与五同功」から「莫此過焉」までを疏解する。「与五同功」と言うは、《繋辞伝》の「三与五同功」と講ずるによる。ここで「与五同功」と言うは、指す所は六五が王位で、九三はすでに能く五と同功すれば、威権は即ち五と相近く。ゆえに「威権之盛、莫此過焉」。《象伝》は言う。「公用亨于天子」は、小人に対して言えば却って禍害である。
九四:匪其彭,無咎。既失其位,而上近至尊之威,下比分權之臣,其為懼也,可謂危矣。唯夫有聖知者,乃能免斯咎也。三雖至盛,五不可舍,能辯斯數,專心承五,常匪其旁,則“無咎”矣。旁謂三也。[疏]“九四匪其彭無咎”。○正義曰:“匪其彭無咎”者,匪,非也。彭,旁也。謂九三在九四之旁,九四若能專心承五,非取其旁,言不用三也。如此乃得“無咎”也。既失其位,上近至尊之威,下比分權之臣,可謂危矣。能棄三歸五,得“無咎”也。《象》曰:“匪其彭,無咎”,明辯晢也。明猶才也。[疏]正義曰:“明辯晢也”者,釋“匪其彭無咎”之義。明猶才也。九四所以能去其旁之九三者,由九四才性辯而晢知,能斟酌事宜,故云“明辯晢”也。
経文の九四爻辞は言う。その旁のあの一爻に親附せざれば、過咎なし。王弼注の解釈。九四は陽爻をもって陰位に居り、本すでに位を失い、上に向かって至尊六五の威勢に迫近し、下に向かってまた権柄を分掌する九三に緊隣し、処境は人を畏懼せしめ、甚だ危険と言いうる。ただ聖明智慧を具備する人のみが、この份の咎害を免れうる。九三は極盛なりと雖も、六五は舍弃すべからざるもの。能くこの層の道理を辨明して、一心に六五を承奉し、始終に旁の九三に親附せざれば、即ち「无咎」――「旁」が指す所は即ち九三。孔穎達の疏の申説「九四匪其彭无咎」。「匪」はすなわち「非」で、「彭」はすなわち「旁」で、九三が九四の旁辺に在るを指す。九四はもし能く専心に六五を承奉して、旁辺の一爻を攀取せざれば、すなわち九三を任用せざれば、このようにして初めて過咎なからん。それはすでに位を失い、上に至尊の威に近く、下に権を分かつ臣に隣し、処境は危険と謂いうる。能く九三を舍弃して六五に帰向すれば、即ち「无咎」を得る。《象伝》は言う。「匪其彭、无咎」は、能く明察辨别し事を見ること清楚なるによる。王弼注。「明」はここでは猶お「才」と言うに如し。孔穎達の疏の申説。所謂「明辯晢也」は、「匪其彭无咎」の含意を解釈す。「明」は「才」に猶おし、九四が旁の九三を舍去しえた所以は、それが才性明辯にして識見通達し、事情の軽重を斟酌しえたによる。ゆえに「明辯晢」。
六五:厥孚交如,威如,吉。君尊以柔,處大以中,無私於物,上下應之,信以發志,故其孚交如也。夫不私於物,物亦公焉。不疑於物,物亦誠焉。既公且信,何難何備?不言而教行,何為而不威如?為“大有”之主,而不以此道,吉可得乎?[疏]正義曰:“六五,厥孚交如”者,“厥”,其也。“孚”,信也。“交”謂交接也。“如”,語辭也。六五居尊以柔,處大以中,無私於物,上下應之,故其誠信,物來交接,故云“厥孚交如”也。“威如吉”者,威,畏也。既誠且信,不言而教行,所為之處,人皆畏敬,故云“威如”。以用此道,故得吉也。
経文の六五爻辞は言う。その誠信は人と交相感通し、また自ら威厳有りて、吉祥。王弼注の解釈。六五は柔順をもって君位の尊に居り、陽大の道を以て中を守り、万物に対して偏私なし。上下が皆来りて呼応し、誠信を以て衆人の心志を啓発す。ゆえに「其孚交如」。人に対して私心を存せざれば、人もまた公心を以て相待つ。人に対して疑忌を生ぜざれば、人もまた誠を以て相待つ。すでに公正にしてまた守信なれば、なお何の為難し、何の防備すべき有らん。号施令を発することを須いずして教化は自ら行わる。どうして「威如」ならざることがあらん。身に大有の世の君主と為りて、もしこの弁法を用いなければ、なお吉を得えようか。孔穎達の疏の申説。「六五、厥孚交如」の中に、「厥」は「其」で、「孚」は「信」で、「交」は交接往来を指し、「如」は語助詞である。六五は柔をもって尊に居り、大をもって中に処し、物に対して无私で、上下が呼応する。ゆえにその誠信は能く万物を前来交接せしむ。よって「厥孚交如」。「威如吉」に至っては、「威」は人を畏敬せしめるの意である。すでに誠かつ信にして、言語を待たずして教化が推行し、凡そ作為する所有れば人人が皆それを敬畏す。ゆえに「威如」。このような方式を以て行事するので、吉を得る。
《象》曰:“厥孚交如”,信以發志也。“威如”之吉,易而無備也。[疏]正義曰:“信以發志”者,釋“厥孚交如”之義。由巳誠信,發起其志,故上下應之,與之交接也。“威如之吉,易而無備”者,釋“威如之吉”之義。所以威如得吉者,以已不私於物,唯行簡易,無所防備,物自畏之,故云“易而無備”也。
《象伝》は言う。「厥孚交如」は、誠信を以て衆人の心志を啓発す。「威如」の吉なる所以は、平易簡省にして防備する所なきによる。孔穎達の疏の申説。所謂「信以発志」は、「厥孚交如」の含意を解釈す――自己が誠信なるに由りて、衆人の心志を激発し起こし、ゆえに上下は皆来りて応じ、彼と交接往来す。所謂「威如之吉、易而无備」は、「威如之吉」の含意を解釈す。六五が威有りて吉を得る所以は、それが人に対して偏私する所なく、ただ平易簡省の道を行い、何の防備も設けず、衆人は自然にそれを敬畏す。ゆえに「易而无備」。
上九:自天祐之,吉無不利。“大有”,豐富之世也。處“大有”之上而不累於位,志尚乎賢者也。餘爻皆乘剛,而巳獨乘柔順也。五為信德,而巳履焉,履信之謂也。雖不能體柔,而以剛乘柔,思順之義也。居豐有之世,而不以物累其心,高尚其志,尚賢者也。爻有三德,盡夫助道,故《繫辭》具焉。
経文の上九爻辞は言う。上天から保祐が降下し、吉祥にして利ならざるなし。王弼注の解釈。「大有」は豊饒富足の時世である。上九は大有の最上位に処して職位に牽累されず、心志が賢徳を崇尚する人である。その余の各爻は皆陽剛の上に乗駕し、独りそれの乗ずる所は柔順の六五である。六五は誠信の徳を具備し、上九は親身にその上に踏む。これがすなわち「履信」と呼ぶ。上九は本身が柔体ではないと雖も、剛爻をもって柔爻に乗ずれば、「思順」の意を含む。身に豊饒富有の世に処して外物を心に牽累せしめず、心志を高遠に放つ。これがすなわち「尚賢」。この一爻は履信・思順・尚賢の三種の徳行を兼有して、上天が人を助くるの道を説尽した。ゆえに《繋辞伝》の裡にそれに対して完整の論述あり。
[疏]“上九”至“無不利”。○正義曰:釋所以“大有”。上九而得吉者,以有三德,從天巳下,悉皆祐之,故云“自天祐之”。○注“不累於位”至“盡夫助道”。○正義曰:“不累於位,志尚乎賢”者,既居豐富之時,應須以富有為累也。既居無位之地,不以富有縈心,是不繫累於位。既能清靜高絜,是慕尚賢人行也。“爻有三德”者,“五為信德,而巳履焉,履信之謂”,是一也。“以剛乘柔,思順之義”,是二也。“不以物累於心,高尚其志,尚賢者”,是三也。“爻有三德,盡夫助道”者,天尚祐之,則無物不祐,故云“盡夫助道”也。《象》曰:大有上吉,自天祐也。
孔穎達の疏は「上九」から「无不利」までを申説する。これは大有卦の上九がなぜ吉を得えるかを解釈する――それが三種の徳行を兼有するので、上天以下は、それを保祐せざるなし。ゆえに「自天祐之」。孔穎達はまた王弼注の「不累於位」から「尽夫助道」までを疏解する。所謂「不累於位、志尚乎賢」は、人の身に豊饒富有の時に処すれば、本来当に富有に牽累せらるべきに、上九は却って无位の地に居り、富有を心の上に挂けない。これがすなわち職位に牽累されざる。すでに能く清靜高潔なれば、便ち賢人の操行を仰慕崇尚する。所謂「爻有三徳」。其の一は「五為信徳、而巳履焉、履信之謂」。其の二は「以剛乗柔、思順之義」。其の三は「不以物累於心、高尚其志、尚賢者」。「爻有三徳、尽夫助道」に至っては、上天までもがそれを保祐すれば、あればそれを保祐せざるなきなしを言う。ゆえに「尽夫助道」。《象伝》は言う。大有卦の上爻の吉なる所以は、上天の保祐による。
謙卦
艮下坤上。謙:亨。君子有終。[疏]正義曰:“謙”者,屈躬下物,先人後己,以此待物,則所在皆通,故曰“亨”也。小人行謙則不能長久,唯“君子有終”也。然案謙卦之象,“謙”為諸行之善,是善之最極,而不言元與利貞及吉者,元是物首也,利、貞是幹正也。於人既為謙退,何可為之首也?以謙下人,何以幹正於物?故不云元與利、貞也。
卦象は艮が下にあり、坤が上にある。経文の卦辞は言う。謙卦は、亨通す。君子は底まで保持しうる。孔穎達の疏の申説。所謂「謙」は、己の身を屈して人の下に居り、先に別人のために打算して、自己を後に放く。このような態度をもって人を待ち物に接すれば、何処に走りても行き通る。ゆえに「亨」。小人は偶に謙を行うも長久すること能わず。唯だ君子のみが能く「有終」す。ただし謙卦の卦象を考察すれば、「謙」は各種の徳行の中の善で、しかも善の極点に至るが、しかし卦辞は却って「元」と「利貞」を言わず、また「吉」をも言わない。これは「元」が万物の首で、「利」「貞」は主幹と端正だからである。人に就いて言えば、すでに謙退を以て自処すれば、どうして衆人の首を為しえようか。すでに謙下の心を以て人に対せば、またどうして外物を主宰匡正しえようか。ゆえに「元」と「利」「貞」を言わない。
謙必獲吉,其吉可知,故不言之。況《易經》之體有吉理可知而不言吉者,即此《謙卦》之繇及《乾》之九五“利見大人”,是吉理分明,故不云“吉”也。諸卦言“吉”者,其義有嫌者,爻兼善惡也。若行事有善,則吉乃隨之。若行事有惡,則不得其吉。諸稱“吉”者,嫌其不言,故稱“吉”也。若坤之六五,及泰之六五,並以陰居尊位,若不行此事,則無吉,若行此事,則得其吉,故並稱“元吉”。其餘皆言吉,事亦仿此。亦有大人為吉,於小人為凶,若《否》之九五云:“休否,大人吉”是也。或有於小人為吉,大人為凶,若屯之九五“小貞吉,大貞凶”,及《否》之六三“包承,小人吉”之類是也。亦有其吉灼然而稱“吉”者,若《大有》上九“自天祐之,吉無不利”之類是也。
孔穎達は続けて申説する。謙を行えば必定に吉を得る。この吉は言わずして喻るが明らかなので、卦辞は言わない。況んや《易経》の体例は、本来すなわち吉の理が明白に知りうるにして「吉」の字を写さざるあり。たとえばここの《謙卦》の卦辞、および《乾卦》九五の「利見大人」は、吉の道理が皆甚だ清楚なので、「吉」と言わない。各卦が「吉」を写す所以は、その中の含意が人に疑惑せしめ易く、同一の爻が善くも悪くもなりうるにある。行事が善を得れば、吉は初めて之に随って来る。行事が悪有れば、即ち吉を得られない。凡そ「吉」と称するは、皆写さざれば疑惑を引起すを怕れるによる。ゆえに初めて写し出す。《坤卦》の六五と《泰卦》の六五の如きは、皆陰爻をもって尊位に居り、爻辞の言う所に照りて做さねば吉なく、照りて做して初めて吉を得る。ゆえに皆「元吉」と称す。その余に凡そ「吉」と言うは、情形もまたこのように仿照する。また大人に対して吉にして小人に対して凶なるもあり、《否卦》九五の言う「休否、大人吉」の如きが即ち是なり。また小人に対して吉にして大人に対して凶なるもあり、《屯卦》九五の「小貞吉、大貞凶」、および《否卦》六三の「包承、小人吉」の類の如き。さらに吉象が十分に顕明にして依然として「吉」の字を写し出すもあり、《大有》上九の「自天祐之、吉无不利」の類の如き。
但《易》之為體,不可以一為例。今各隨文解之,義具諸卦之下。今《謙卦》之繇,其吉可知也。既不云“吉”,何故初六、六二及九三並云“吉”者?《謙卦》是總諸六爻,其善既大,故不須云“吉”也。六爻各明其義,其義有優劣,其德既不嫌其不吉,故須“吉”以明之也。
孔穎達は最後に申説する。ただし《周易》の体例は一条の規矩を拿りて套すること能わず。今はただ処処に随りて文に従い解釈し、各自の義理は皆諸卦の下に具備す。本卦に就いて論ずれば、《謙卦》の卦辞の吉は推知しうる。すでに卦辞が「吉」を写さざれば、あればなぜ初六・六二と九三がまた皆「吉」を写したか。これは《謙卦》の卦辞が六爻を総括して、含む所の善はすでに甚だ大きいので、再び「吉」を写すを必せず。しかして六爻は各自に自己の義理を申明し、義理の間に高下優劣ありて、各爻の徳行に就いて言えば人にそれが吉を得るや否やを疑心せしめざるを免れないので、一個の「吉」の字を以て点明することを須う。
《彖》曰:謙,亨,天道下濟而光明,地道卑而上行。天道虧盈而益謙,地道變盈而流謙,鬼神害盈而福謙,人道惡盈而好謙。謙尊而光,卑而不可逾,君子之終也。[疏]“彖曰”至“君子之終也”。○正義曰:“謙亨,天道下濟而光明,地道卑而上行”者,釋“亨”義也。欲明天地上下交通,坤體在上,故言“地道卑而上行”也。其地道既上行,天地相對,則“天道下濟”也。且艮為陽卦,又為山。天之高明,今在下體,亦是天道下濟之義也。“下濟”者,謂降下濟生萬物也。而“光明”者,謂三光垂耀而顯明也。“地道卑而上行”者,地體卑柔而氣上行,交通於天以生萬物也。
《彖伝》は言う。謙卦は亨通し、天道は下に向かって万物を済助してその徳は光明、地道は卑下にしてその気は上に向かって運行す。天道は盈満を亏損して謙退を増益し、地道は盈満を改変して謙下に流注し、鬼神は盈満を加害して謙退に福を賜い、人情は盈は盈満を厭悪して謙遜を喜好す。謙する者は尊位に居りて徳は愈々光大し、卑位に処して人に逾越せらるべからず。これがすなわち君子が底まで保持しうる縁故である。孔穎達の疏は「彖曰」から「君子之終也」までを申説する。「謙亨、天道下済而光明、地道卑而上行」は「亨」の含意を解釈する。これは天地上下の交相通達を説明せんと要す。坤体は上に在るので「地道卑而上行」と言う。地道がすでに上行せば、天地が相対して言えば、天道は自然に下に向かって済助する。況んや艮は陽卦で、また山を象徴し、天は本来高遠光明なるに、今は却って下卦に処する。これもまた天道が下済するの意である。所謂「下済」は、降り来りて万物を生養済助するを指す。所謂「光明」は、日月星の三光が垂照して顕耀するを指す。所謂「地道卑而上行」は、地体が卑下柔順にしてその気が上昇して、天と交通して以て万物を化生するを言う。
“天道虧盈而益謙”者,從此巳下,廣說謙德之美,以結君子能終之義也。“虧”謂減損,減損盈滿而增益謙退。若日中則昃,月盈則食,是虧減其盈。盈者虧減,則謙者受益也。“地道變盈而流謙”者,丘陵川谷之屬,高者漸下,下者益高,是改變“盈”者,流佈“謙”者也。“鬼神害盈而福謙”者,驕盈者被害,謙退者受福,是“害盈而福謙”也。“人道惡盈而好謙”者,盈溢驕慢,皆以惡之;謙退恭巽,悉皆好之。“謙尊而光,卑而不可逾”者,尊者有謙而更光明盛大,卑謙而不可逾越,是君子之所終也。言君子能終其謙之善事,又獲謙之終福,故云“君子之終”也。
孔穎達は続けて申説する。「天道亏盈而益謙」以下は、謙徳の美を広く舗陳して、もって君子が善終しうるの意を収結す。「亏」は減損で、即ち盈満を減損して謙退を増益す。太陽は正午に至れば便ち偏斜し、月亮は円満すれば便ち亏食す。これがすなわち盈満を亏減する。盈満の一方が亏減せられれば、謙退の一方は即ち受益す。所謂「地道変盈而流謙」は、丘陵川谷の類の如く、高きは漸々に低く下がり、低きは漸々に高く起る。これがすなわち「盈」を改変して「謙」に流注す。所謂「鬼神害盈而福謙」は、驕矜自満する者は損害を遭受し、謙虚退譲する者は福佑を得到するを言う。所謂「人道悪盈而好謙」は、驕慢自満する者は、人人が皆厭悪し、謙退恭順する者は、人人が皆喜愛するを言う。所謂「謙尊而光、卑而不可逾」は、尊貴の人が謙徳有れば反って愈々光明盛大し、卑下にして能く謙譲する人は反って人に超越せらるべからず。これがすなわち君子の有終たる所以である。すなわち君子はすでに能く謙徳の善行を底まで堅持しえ、また謙徳の帯来する終身の福を獲得す。ゆえに「君子之終」。
《象》曰:地中有山,謙。君子以裒多益寡,稱物平施。多者用謙以為裒,少者用謙以為益,隨物而與,施不失平也。[疏]“《象》曰”至“稱物平施”。正義曰:“裒多”者,君子若能用此謙道,則裒益其多,言多者得謙,物更裒聚,彌益多也。故云“裒多”,即謙尊而光也,是尊者得謙而光大也。“益寡”者,謂寡者得謙而更進益,即卑而不可逾也。是卑者得謙而更增益,不可逾越也。“稱物平施”者,稱此物之多少,均平而施,物之先多者而得其施也,物之先寡者,而亦得其施也。故云“稱物平施”也。此謙卦之象,以山為主,是於山為謙,於地為不謙,應言“山在地中”。今乃云“地中有山”者,意取多之與少皆得其益,似“地中有山”,以包取其物以與於人,故變其文也。
《象伝》は言う。地中に山あり、これが謙卦の象である。君子はそれを取法して、多きを減取し少なきを増益し、事物の多寡を権衡して公平に施予す。王弼注の解釈。多きの一方は謙道を用いて以て聚集し、少なきの一方は謙道を用いて以て増益し、対象の不同に随って給与し、施予する時に公平を失わざる。孔穎達の疏は「《象》曰」から「称物平施」までを申説する。所謂「裒多」は、君子がもし能くこの条の謙道を用いれば、多きを愈々聚集せしめうる――多きの一方が謙徳を得れば、衆物は更に彼に聚攏して、よって愈々増多す。ゆえに「裒多」。これがすなわち「謙尊而光」で、尊貴の者は謙を得て愈々光大す。所謂「益寡」は、少なきの一方が謙徳を得て更に長進あるを言う。すなわち「卑而不可逾」で、卑下の者は謙を得て愈々増益して、人に逾越せらるべからず。所謂「称物平施」は、事物の多少を権衡して均平に施予す。原本多きはその施予を得え、原本少なきも同様にその施予を得う。ゆえに「称物平施」。この一卦の卦象は山を主とし、山に就いて言えば謙で、地に就いて言えば並びに謙ならず。本来当に「山在地中」と言うべきに、今は却って「地中有山」と言う。その意は多きの一方と少なきの一方とが皆得益しうるを取らんとするに在り。地が山を中間に包容して、万物を含取して再び拿りて人に与えるに好似る。ゆえに文句の説法を変換した。
○注“多者用謙”至“不失平也”。正義曰:“多者用謙以為裒”者,《爾雅·釋詁》云:“裒,聚也”。於先多者,其物雖多,未得積聚,以謙故益其物更多而積聚,故云“多者用謙以為裒”也。“少者用謙以為益”者,其物先少,今既用謙而更增益,故云“用謙以為益”也。“隨物而與”者,多少俱與,隨多隨少,而皆與也。“施不失平”者,多者亦得施恩,少者亦得施恩,是“施不失平”也。言君子於下若有謙者,官之先高,則增之榮秩,位之先卑,亦加以爵祿,隨其官之高下,考其謙之多少,皆因其多少而施與之也。
孔穎達は王弼注の「多者用謙」から「不失平也」までを疏解す。所謂「多者用謙以為裒」は、《爾雅・釈詁》は「裒は、すなわち聚」と言う。原本多きの一方に対して言えば、物は多しと雖もまだ聚攏し来らず、謙を行うによりて、反って彼の物をして更に多くして聚集せしむ。ゆえに「多者用謙以為裒」。所謂「少者用謙以為益」は、彼が原本物少なきを言い、今すでに謙道を用いれば、便ち更に増益有り。ゆえに「用謙以為益」。所謂「随物而与」は、多きも少なきも一概に給与して、彼の多きに随い、彼の少なきに随い、皆給うを言う。所謂「施不失平」は、多きもまた恩施を得、少なきもまた恩施を得るを言う。これがすなわち施与して公平を失わざるなり。これは君子が下属に対して、もし謙徳有るは、本来官位高きは、即ち彼に栄銜品秩を増加し、本来地位卑下なるも、また爵位俸禄を加給すを言う。官位の高低に按じ、謙徳の多少を考察して、皆この多少に依りて施与す。
初六:謙謙君子,用涉大川,吉。處謙之下,謙之謙者也。能體“謙謙”,其唯君子。用涉大難,物無害也。[疏]正義曰:“謙謙君子”者,能體謙謙,唯君子者能之。以此涉難,其吉宜也。“用涉大川”,假象言也。《象》曰:“謙謙君子”,卑以自牧也。牧,養也。[疏]正義曰:“卑以自牧”者,牧,養也,解“謙謙君子”之義,恆以謙卑自養其德也。
経文の初六爻辞は言う。謙にしてまた謙なる君子は、これに憑りて大川を渡りて、吉祥。王弼注の解釈。初六は謙卦の最下位に処し、謙の中の謙である。「謙謙」を体現しうるは、ただ君子のみである。このような態度を以て大きな艱難を渡越すれば、外物は皆彼を傷害しない。孔穎達の疏の申説。所謂「謙謙君子」は、能く謙にしてまた謙を体現するは、ただ君子のみが為しえるを言う。このような徳行を用いて険を渉れば、吉を得るは理の当然の所である。「用渉大川」は外物の象を借りて言う。《象伝》は言う。「謙謙君子」は、卑下の態度を以て自我を養育す。王弼注。「牧」はすなわち「養」。孔穎達の疏の申説。所謂「卑以自牧」は、「牧」は養で、これは「謙謙君子」の含意を解釈し、即ち常に謙卑の心を以て自己の徳行を涵養する。
六二:鳴謙,貞吉。鳴者,聲名聞之謂也。得位居中,謙而正焉。[疏]正義曰:“鳴謙”者,謂聲名也。處正得中,行謙廣遠,故曰“鳴謙”,正而得吉也。《象》曰:“鳴謙貞吉”,中心得也。[疏]正義曰:“中心得”者,鳴聲中吉,以中和為心,而得其所,鳴謙得中吉也。
経文の六二爻辞は言う。謙徳は声名を遠く播き、正を守りて吉を得る。王弼注の解釈。「鳴」は声名が人に聞かるを指す。六二はすでに正位を得てまた下卦の中に居り、謙遜にしてしかも端正。孔穎達の疏の申説。所謂「鳴謙」は、声名に就いて言う。六二は位に処して正を得てまた中に居り、行う所の謙徳は流布広遠す。ゆえに「鳴謙」。端正なのでよって吉を得る。《象伝》は言う。「鳴謙貞吉」は、内心に得る所有るによる。孔穎達の疏の申説。所謂「中心得」は、鳴謙の声が中道に合乎して吉を得るを言う――それは中和の徳を以て心と為し、よって各々その処を得、謙名は遠播してまた中を守りうる。ゆえに吉。
九三:勞謙,君子有終吉。處下體之極,履得其位,上下無陽以分其民,眾陰所宗,尊莫先焉。居謙之世,何可安尊?上承下接,勞謙匪解,是以吉也。[疏]正義曰:“勞謙君子”者,處下體之極,履得其位,上下無陽以分其民,上承下接,勞倦於謙也。唯君子能終而得吉也。《象》曰:“勞謙君子”,萬民服也。[疏]正義曰:“萬民服”者,釋所以勞謙之義。以上下群陰,象萬民皆來歸服,事須引接,故疲勞也。
経文の九三爻辞は言う。勤労にして謙遜なる君子は、底まで保持しうる、吉祥。王弼注の解釈。九三は下卦の最上位に処し、居る所はまたその正位を得て、上下に更に別の陽爻なくてその民衆を分領しない。衆多の陰爻は皆それを以て宗主と為し、尊貴はそれより前なるなし。しかし身に謙遜の世に処して、どうして安んじて尊位を享えようか。ここにおよそ上に君主を承奉し、下に衆爻を接応し、勤労して謙を行いて懈怠せざる。よって吉を得る。孔穎達の疏の申説。所謂「労謙君子」は、九三が下体の極に居り、位を履んで正を得て、上下に別の陽爻なくてその民衆を分領せず、すでに上に承えまた下に接して、謙を行うために労苦す。唯だ君子のみが能く堅持到底して吉を得る。《象伝》は言う。「労謙君子」は、万民が皆彼に帰服す。孔穎達の疏の申説。所謂「万民服」は、それがなぜ「労謙」なるかを解釈する――上下の衆多の陰爻は、万民が皆来りて帰附順服するを象徴し、事事に皆接引応付を要する。ゆえに疲労す。
六四:無不利,捴謙。處三之上,而用謙焉,則是自上下下之義也。承五而用謙順,則是上行之道也。盡乎奉上下下之道,故“無不利”。“指捴”皆謙,不違則也。[疏]正義曰:“無不利”者,處三之上而用謙焉,則是自上下下之義。承五而用謙順,則是上行之道。盡乎奉上下下之道,故無所不利也。《象》曰:“無不利,捴謙”,不違則也。[疏]正義曰:“指捴皆謙不違則”者,釋“無不利捴謙”之義。所以“指捴皆謙”者,以不違法則,動合於理,故無所不利也。
経文の六四爻辞は言う。利ならざるなし、手を挙げ足を投ず一概に謙遜す。王弼注の解釈。六四は九三の上に処して謙を行うを肯んず、これがすなわち上より下へ、尊を屈して下に居るの道理である。上に六五を承奉して謙順を行う、これまた上に向かって奉事するの正道である。上に奉じ下に屈する両方面の道理を皆做し尽せば、ゆえに「无不利」。一挙一動に謙遜せざるなく、法則に違背せず。孔穎達の疏の申説。所謂「无不利」は、六四が九三の上に処して能く謙を用いるは、正に上より下への意なるによる。六五を承奉して謙順を用いるは、正に上行して君に奉ずるの道なり。上に奉じ下に屈する両道を皆尽し到れば、利ならざるなし。《象伝》は言う。「无不利、撝謙」は、法則に違背せざるによる。孔穎達の疏の申説。所謂「指撝皆謙不違則」は、「无不利撝謙」の含意を解釈す――それが手指を挙げ指点し、一挙一動が皆謙に合乎する所以は、法則に違背せず、行動が皆事理に合乎するによる。ゆえに利ならざるなし。
六五:不富以其鄰,利用侵伐,無不利。居於尊位,用謙與順,故能不富而用其鄰也。以謙順而侵伐,所伐皆驕逆也。[疏]正義曰:“不富以其鄰”者,以,用也。凡人必將財物周贍鄰里,乃能用之。六五居於尊位,用謙與順,鄰自歸之,故不待豐富能用其鄰也。“利用侵伐無不利”者,居謙履順,必不濫罰無罪。若有驕逆不服,則須伐之,以謙得眾,故“利用侵伐,無不利”者也。《象》曰:“利用侵伐”,征不服也。
経文の六五爻辞は言う。財富に頼らずして隣近の人を役使しえ、兵を興して征討するに宜しく、利ならざるなし。王弼注の解釈。六五は尊位に居りて謙と順を行う。ゆえに財富に憑らずしてその隣近の者を役使しうる。謙順の徳を以て往きて征伐すれば、討伐する所は皆驕横悖逆の人である。孔穎達の疏の申説。所謂「不富以其隣」は、「以」は「用」の意である。一般人は総じて財物を用いて隣里を周済して、初めて彼らを役使しうる。六五は尊位に居りて謙を用い順を用いるので、隣近の人は自然に帰附す。ゆえに富足するを待たずして彼らを役使しうる。所謂「利用侵伐无不利」は、六五が謙に居りて順に履れば、絶対に罪なきの人を濫罰しない。もし驕横悖逆にして服せざる有れば、必ず討伐せねばならぬ。謙を行いて衆心を得るので、「利用侵伐、无不利」。《象伝》は言う。「利用侵伐」は、帰服することを肯んぜざる人を討伐する。
上六:鳴謙。利用行師征邑國。最處於外,不與內政,故有名而巳,志功未得也。處外而履謙順,可以邑一國而巳。[疏]正義曰:“鳴謙”者,上六最處於外,不與內政,不能於實事而謙,但有虛名聲聞之謙,故云“鳴謙”。志欲立功,未能遂事,其志未得。既在外而行謙順,唯利用行師征伐外旁國邑而巳,不能立功在內也。
経文の上六爻辞は言う。謙の名は遠く播き、兵を出して邑国を征討するに宜し。王弼注の解釈。上六は最も外の位に処し、内部の政事に参与しない。ゆえにただ名声を落とし得るのみで、志向と功業は都ていまだ実現していない。身に外に在りて謙順を履行しうるも、ただ一邑一国を治理しうるのみである。孔穎達の疏の申説。所謂「鳴謙」は、上六が最も外に処し、内政に参与せず、実際の事務上に謙を行うこと能わず、虚名伝聞上の謙あるのみ。ゆえに「鳴謙」。それは心の裡に功を立てんと想うも、事情を弁成しえず、志向は実現していない。すでに身に外に在りて謙順を行えば、あればただ兵を出して外囲旁辺の邑国を征討するに宜しいのみで、内部に於て功業を建立する能わざり。
《象》曰:“鳴謙”,志未得也。可用行師,“征邑國”也。夫吉凶悔吝,生乎動者也。動之所起,興於利者也。故飲食必有訟,訟必有眾起,末有居眾人之所惡而為動者所害,處不競之地而為爭者所奪,是以六爻雖有失位,無應乘剛,而皆無凶咎悔吝者,以謙為主也。“謙尊而光,卑而不可逾”,信矣哉!
《象伝》は言う。「鳴謙」は、志向がまだ実現していない。兵を出しうるは、邑国を征討しに往く。王弼はここで全卦のために総論を為して言う。吉凶悔吝は皆「動」の上から生ずる所で、しかして動の興起する所以は、また「利」に引発せらる。ゆえに飲食の利有れば必ず争訟を生じ、争訟有れば必然に衆を聚めて起る。従来して誰か衆人の厭悪する所の卑下の地に処して、反って好動の者に傷害せられし者あらん。また誰か人と争わざるの位置上に站りて、反って争奪の者に掠取せられし者あらん。これによりて謙卦の六爻は失位する有り、応なき有り、剛に乗る有りと雖も、却って皆凶咎悔吝なし。正に全卦が「謙」を以て主と為すによる。《彖伝》は「謙尊而光、卑而不可逾」と言う。確かに信すべきかな。
[疏]“《象》曰鳴謙”至“征邑國也”。○正義曰:“志未得”者,釋“鳴謙”之義也。所以但有聲鳴之謙,不能實爭立功者,以其居在於外,其內立功之志,猶未得也。“可用行師征邑國”者,釋“行師征邑國”之意。《經》言“利用”,《象》改“利”為“可”者,言內志雖未得,猶可在外興行軍師征邑國也。○注“動之所起興於利者也”。○正義曰:“動之所起興於利”者,凡人若不見利,則心無所動。今動之所以起者,見利乃動,故云“興於利”也。“飲食必有訟,訟必有眾起”者,欲明為利乃有動,動而致訟,訟則起兵。故《序卦》“需”為飲食,飲食必有訟,故需卦之後次訟卦也。爭訟必興兵,故訟卦之後次師卦也。
孔穎達の疏は「《象》曰鳴謙」から「征邑国也」までを申説する。所謂「志未得」は、「鳴謙」の含意を解釈する――上六が声名上の謙あるのみで、実実在在に争い取りて功を建てること能わざる所以は、それが卦外に居るがため、内裏に功を建てんとする志向がまだ実現していない。所謂「可用行師征邑国」は、「行師征邑国」の意を解釈する。爻辞の原文は「利用」を用い、《象伝》は「利」を「可」に改めた。これは内裏の志向は未だ実現せざるも、依然として外に於て兵を興して邑国を征討しうるを言う。孔穎達はまた王弼注の「動之所起興於利者也」を疏解する。所謂「動之所起興於利」は、人はもし利を見ざれば、心の裡は動かざるを言う。今動の興起する所以は、正に利を見て初めて動く。ゆえに「興於利」。所謂「飲食必有訟、訟必有衆起」は、利のために初めて動有り、動けば即ち争訟を招致し、争訟すれば即ち用兵を引起すを説明せんと要す。ゆえに《序卦伝》は《需》を以て飲食の卦と為し、飲食は必然に争訟を生出す。よって《需卦》の後に《訟卦》を接ぐ。争訟は必然に兵を興す。よって《訟卦》の後に《師卦》を接ぐ。
豫卦
坤下震上。豫:利建侯行師。[疏]正義曰:謂之豫者,取逸豫之義,以和順而動,動不違眾,眾皆說豫,故謂之豫也。動而眾說,故可利建侯也。以順而動,不加無罪,故可以行師也。無四德者,以逸豫之事不可以常行,時有所為也。縱恣寬暇之事不可長行以經邦訓俗,故無元亨也。逸豫非幹正之道,故不云“利貞”也。莊氏云:“建侯,即元亨也。行師,即利貞也。”案:《屯卦》“元亨利貞”之後,別云“利建侯”,則“建侯”非“元亨”也。恐莊氏說非也。
卦象は坤が下にあり、震が上にある。経文の卦辞は言う。豫卦は、諸侯を封建し兵を出し師を行うに宜し。孔穎達の疏の申説。この一卦は「豫」と呼ぶは、安逸和楽の意を取る。和順の態度を以て行動し、行動が衆人に違背せず、衆人は皆歓欣和楽す。ゆえに「豫」と呼ぶ。行動して衆人が歓悦するので、諸侯を封建するに宜し。依順して動いて、無辜に罪を加えないので、兵を出しうる。この一卦は「元亨利貞」の四徳なし。安逸和楽の事は長く行い輟めざるべからず、ただ時に因りて為すのみ可なりによる。放縦寛舒の事は長久に邦国を治理し風俗を教化するに用いえないので、「元亨」なし。安逸和楽もまた主幹端正の道ではないので、「利貞」を言わない。荘氏は言う。「建侯はすなわち元亨で、行師はすなわち利貞。」按ずるに。《屯卦》は「元亨利貞」の後に別に「利建侯」を言う。「建侯」は並びに「元亨」に等しからざるが見え、恐らく荘氏の説法は対らざらん。
《彖》曰:豫,剛應而志行,順以動,豫。豫順以動,故天地如之,而況“建侯行師”乎?天地以順動,故日月不過,而四時不忒,聖人以順動,則刑罰清而民服。豫之時義大矣哉![疏]“《彖》曰豫剛應而志行”至“大矣哉”。○正義曰:“豫,剛應而志行,順以動,豫”者,“剛”謂九四也;“應”謂初六也。既陰陽相應,故“志行”也。此就爻明豫義。順以動,坤在下,是順也。震在上,是動也。以順而動,故豫也。此以上下二象明豫義也。自此巳上,釋豫卦之理也。
《彖伝》は言う。豫卦は、陽剛の爻が応を得て心志が施行を得、順に依りて動く。これがすなわち「豫」。豫卦は順に依りて動き、天地をもってしてもこの如し。況んや諸侯を封建し兵を出し師を行うをや。天地は順に依りて動くので、日月の運行は差錯を出さず、四時の更替は変乱を生ぜず。聖人は順に依りて動けば、刑罰は即ち清簡にして百姓は帰服す。豫卦が時に因りて立つ意義は真に大なるかな。孔穎達の疏は「《彖》曰豫剛応而志行」から「大矣哉」までを申説する。所謂「豫、剛応而志行、順以動、豫」は、その中の「剛」は九四を指し、「応」は初六を指す。陰陽がすでに相応ずれば、「志行」と言う。これは爻位に就いて豫の含意を闡明す。「順以動」に至っては、坤は下卦に在るは「順」、震は上卦に在るは「動」。順に依りて動くので、豫と為る。これは上下両卦の象を用いて豫の含意を闡明す。ここより往上して、皆豫卦の義理を解釈する。
“豫順以動,故天地如之,而況建侯行師乎?”者,此釋“利建侯行師”也。若聖人和順而動,合天地之德,故天地亦如聖人而為之也。天地尊大而遠,神之難者猶尚如之,況於封建諸侯、行師征伐乎?難者既從,易者可知。若“建侯”能順動,則人從之。“行師”能順動,則眾從之。天地以順動,故日月不過而四時不忒。自此以下,廣明天地聖人順動之功也。若天地以順而動,則日月不有過差,依其晷度,四時不有忒變,寒暑以時。“聖人以順動,則刑罰清而民服”者,聖人能以理順而動,則不赦有罪,不濫無辜,故“刑罰清”也。刑罰當理,故人服也。
孔穎達は続けて申説する。所謂「豫順以動、故天地如之、而況建侯行師乎」は、これは「利建侯行師」を解釈する。もし聖人が和順にして動けば、即ち天地の徳に合乎す。ゆえに天地もまた聖人のあのように運行せん。天地は尊大にして高遠で、神明の中の最も感格し難きも、なおかつこの如し。況んや諸侯を封建し兵を出し征伐するの類の事をや。難きはすでに順従すれば、易きは知るべきなり。侯を封ずるはもし能く時に順い動けば、人は便ち彼に跟従す。師を行うはもし能く時に順い動けば、衆人は便ち彼に跟従す。「天地以順動、故日月不過而四时不忒」に至っては、ここより往下して、天地と聖人の順動の効を広く闡明す。天地はすでに順に依りて動けば、日月の運行は便ち偏差なく、各々その晷度に依り、四時の更替は便ち変乱を生ぜず、寒暑は各々その時に按ず。所謂「聖人以順動、則刑罰清而民服」は、聖人が能く理に依り順いて動けば、罪有る人を赦免せず、また無辜の人を冤枉せざるを言う。ゆえに「刑罰清」。刑罰が事理に合乎すれば、百姓は帰服す。
“豫之時義大矣哉”者,嘆美為豫之善,言於逸豫之時,其義大矣。此嘆卦也。凡言不盡意者,不可煩文其說,且嘆之以示情,使後生思其餘蘊,得意而忘言也。然嘆卦有三體:一直嘆時,如“大過之時大矣哉”之例是也;二嘆時並用,如“險之時用大矣哉”之例是也;三嘆時並義,“豫之時義大矣哉”之例是也。夫立卦之體,各象其時,時有屯夷,事非一揆,故爻來適時,有凶有吉。人之生世,亦復如斯,或逢治世,或遇亂時,出處存身,此道豈小?故曰“大矣哉”也。然時運雖多,大體不出四種者:一者治時,“頤養”之世是也;二者亂時,“大過”之世是也;三者離散之時,“解緩”之世是也;四者改易之時,“革變”之世是也。故舉此四卦之時為嘆,餘皆可知。
孔穎達は続けて申説する。所謂「豫之時義大矣哉」は、豫の為ることの善を賛美して、安逸和楽の時に在りて、その中の意義は十分に重大なるを言う。これは卦に対する讃嘆である。凡そ言語が意思を説尽しえざるは、繁瑣の文字に憑りて講じること能わず、姑く一句の讃嘆を用いて情意を表露し、後來の人をしてその中の未盡の蘊涵を体味せしめ、意思を領会すれば便ち言辞を忘掉しうる。ただし卦を讃嘆するは三種の体式有り。一つは単に「時」を嘆ず、たとえば「大過之時大矣哉」のこの類。二つは「時」を嘆じて併せて「用」に及ぶ、たとえば「険之時用大矣哉」のこの類。三つは「時」を嘆じて併せて「義」に及ぶ、「豫之時義大矣哉」は即ちこの一類である。大凡そ卦を立つの体例は、各自に一種の時勢を象徴し、時勢は艱難有り平順有りて、事情は一個の尺度ではない。ゆえに爻は時に応じて来りて、凶有り吉有り。人生の世に在るもまたこの如し。或いは治世に趕遇し、或いは乱世に遇い、出仕退隠して自身を保全す。この道理は豈に小事ならんや。ゆえに「大矣哉」と言う。しかして時運は多しと雖も、大体は四種を出ず。一つは治世の時で、《頤》卦の頤養の時世が即ち是。二つは乱世の時で、《大過》の時世が即ち是。三つは離散の時で、《解》卦の解緩の時世が即ち是。四つは変革の時で、《革》卦の改易の時世が即ち是。ゆえにこの四卦の「時」を挙げて讃嘆すれば、その余は即ち推知しうる。
言“用”者,謂適時之用也。雖知居時之難,此事不小,而未知以何而用之耳。故坎、睽、蹇之時宜用君子,小人勿用。用險取濟,不可為常,斟酌得宜,是用時之大略。舉險難等三卦,餘從可知矣。又言“義”者,《姤卦》注云:“凡言義者,不盡於所見,中有意謂”者也。是其時皆有義也。略明佚樂之世,相隨相遇之日,隱遯羈旅之時,凡五卦,其義不小,則餘卦亦可知也。今所嘆者十二卦,足以發明大義,恢弘妙理者也。
孔穎達は続けて申説する。「用」を言うは、指す所は時宜に切合する用法である。すでにあの種の時勢の裡の艱難を知り、この事が小ならざるを知ると雖も、なお何の弁法を拿りてそれに応付すべきを知らず。ゆえに《坎》《睽》《蹇》のこの幾卦の時勢は君子を任用するに宜しく、小人を任用すべからず。険を冒して以て難を済せんと求むるは、常法と為すこと能わず。斟酌して当を得る、これがすなわち「用時」の大要である。険難のこの三卦を挙げて例と為せば、その余は即ち推知しうる。また「義」を言うは、《姤卦》の注は言う。「凡そ『義』と言うは、皆言の外になお未盡の処あり、中間に別に深意を含む。」あの時勢の裡に皆別に意味あるが見える。大略に言えば、安逸享楽の世、相随相遇の日、隠遯覊旅の時、共に五卦で、それらの意義は皆小ならず。その余の各卦もまた推知しうる。今《彖伝》の讃嘆する所は一共に十二卦で、以て大義を闡発し妙理を恢廓するに足る。
凡於《彖》之末嘆云“大哉”者,凡一十二卦。若《豫》、《旅》、《遯》、《姤》凡四卦,皆云“時義”。案:《姤卦》注云:“凡言義者,不盡於所見,中有意謂。”以此言之,則四卦卦各未盡其理,其中更有餘意,不可盡申,故總云“義”也。《隨》之一卦亦言“義”,但與四卦其文稍別。四卦皆云“時義”,《隨卦》則“隨時之義”者,非但其中別有義意,又取隨逐其時,故變云“隨時之義大矣哉”!
孔穎達は続けて申説する。凡そ《彖伝》の末尾に「大矣哉」と讃嘆するは、一共に十二卦。その中《豫》《旅》《遯》《姤》の四卦は、皆「時義」と言う。《姤卦》の注に按ずるに言う。「凡そ『義』と言うは、皆言の外になお未盡の処あり、中間に別に深意を含む。」このように照らして言えば、この四卦の各自の義理は皆説尽しなく、その中に別に余意ありて、一一に申述する法なし。ゆえに総じて一個の「義」の字を以て概括す。《随卦》もまた「義」と言うも、ただ文句はあの四卦と略々分別有り。あの四卦は皆「時義」と言い、《随卦》は却って「随時之義」と言う。これはただその中に別に意味あるによるのみならず、また「その時に随逐する」の意を取る。ゆえに文句を変換して「随時之義大矣哉」と作す。
《睽》、《蹇》、《坎》此三卦皆云“時用”。案:《睽卦》注云:“睽離之時,非小人之所能用。”《蹇卦》亦云“非小人之所能用”。此二卦言“大矣哉”者,則是大人能用,故云:“大矣哉”!其中更無餘義,唯大人能用,故云“用”不云“義”也。《坎卦》“時用”,則與《睽》、《蹇》稍別,故注云“非用之常,用有時也”。謂《坎》險之事,時之須用,利益乃大,與《睽》、《蹇》“時用”文同而義異也。
孔穎達は続けて申説する。《睽》《蹇》《坎》のこの三卦は皆「時用」と言う。《睽卦》の注に按ずるに言う。「乖離の時勢は、小人の運用しうる所ではない。」《蹇卦》の注もまた「非小人之所能用」と言う。この両卦が「大矣哉」と言うは、意は唯だ大人のみ能く運用す。ゆえに「大矣哉」と讃嘆す。その中に並びに別の余義なく、ただ唯だ大人のみ能く用いるによる。ゆえに「用」と言いて「義」と言わざるなり。《坎卦》の「時用」は、則ち《睽》《蹇》と略々分別有り。ゆえに注の中に「常用の法ではなく、用はその時有り」と言う――意は《坎》の講ずる所の険を渉るの事は、時勢が須要する時に初めて動用し、あの時に用い起こして初めて利益が大なるを言う。《睽》《蹇》の「時用」と文字は相同じくして含意は不同なる。
《解》之“時”,《革》之“時”,《頤》之“時”,《大過》之“時”,此四卦直云“時”,不云“義”與“用”也。案:《解卦》注難解之時,非治難時,故不言“用”。體盡於《解》之名,無有幽隱,故不曰“義”,以此注言之,直云“時”者,尋卦之名則其意具盡,中間更無餘義,故不言“義”,其卦名之事,事巳行了,不須別有所用,故《解》、《革》及《頤》事巳行了,不須言“用”。唯《大過》稱“時”,注云:“君子有為之時。”與《解》、《革》、《頤》其理稍別。《大過》是有用之時,亦直稱“時”者,取“大過”之名,其意即盡,更無餘意,故直稱“時”,不云“義”,又略不云“用”也。
孔穎達は最後に申説する。《解》の「時」、《革》の「時」、《頤》の「時」、《大過》の「時」、この四卦はただ「時」のみ言いて、「義」をも言わず「用」をも言わざるなり。《解卦》の注に按ずるに講ずる所は患難すでに解けた時で、正に難を治する時ではない。ゆえに「用」を言わざるなり。卦体の意は「解」のこの卦名の裡にすでに説尽して、隠晦不明の処なし。ゆえに「義」を言わざるなり。この注の意に照りて看れば、凡そただ「時」のみ言うは、卦名の意思に尋ねれば即ち完全に具備して、中間に再び余義なし。ゆえに「義」を言わざるなり。しかして卦名の指す所の事情はすでに弁じ了りて、別に用いる所有るを須要せず。ゆえに《解》《革》《頤》は皆是れ事すでに弁じ了りて、「用」を言うを必とせざるなり。唯だ《大過》は「時」と称す。注の中に「これは君子が作為有るの時」と言う。道理は《解》《革》《頤》と略々不同なり。《大過》は本来用有るの時なりと雖も、却ってまたただ「時」と称する。あれは「大過」のこの卦名を取れば、意思は即ち已に説尽し、再び余意なしによる。ゆえにただ「時」と称し、「義」を言わず、即ち省略して「用」を言わざるなり。
《象》曰:雷出地奮,豫。先王以作樂崇德。殷薦之上帝,以配祖考。[疏]正義曰:案諸卦之象,或云“雲上於天”,或云“風行天上”,以類言之,今此應云“雷出地上”,乃云“雷出地奮豫”者,雷是陽氣之聲,奮是震動之狀。雷既出地,震動萬物,被陽氣而生,各皆逸豫,故曰“雷出地奮,豫”也。“先王以作樂崇德”者,雷是鼓動,故先王法此鼓動而作樂,崇盛德業,樂以發揚盛德故也。“殷薦之上帝”者,用此殷盛之樂,薦祭上帝也,象雷出地而向天也。“以配祖考”者,謂以祖考配上帝。用祖用考,若周夏正郊天配靈威仰,以祖后稷配也;配祀明堂五方之帝,以考文王也,故云:“以配祖考”也。
《象伝》は言う。雷が地の裡から発出して万物が振奮す、これが豫卦である。先王はそれを取法して、音楽を制作し徳業を推崇し、盛大の楽章を以て上帝に祭献し、併せて祖先を以て配享す。孔穎達の疏の申説。各卦の象辞を考察すれば、或いは「雲上于天」と言い、或いは「風行天上」と言う。この体例に照らせば、此処は本来当に「雷出地上」と言うべきに、今は却って「雷出地奮豫」と言う。「雷」は陽気の発出する声で、「奮」は震動の様子による。雷はすでに地の裡から発出し、万物を震動し、万物は陽気を承受して生長し、各各に安逸和楽す。ゆえに「雷出地奮、豫」。所謂「先王以作楽崇徳」は、雷に鼓動の義有るので、先王はこの種の鼓動を取法して音楽を制作し、盛大の徳業を推崇す――音楽は正に盛徳を発揚するに用いる。所謂「殷薦之上帝」は、このような盛大の楽章を用いて上帝に祭献し、雷が地中から発出して上に天に達するを象徴す。所謂「以配祖考」は、祖と考を拿りて上帝に配享するを言う。或いは祖を用い、或いは考を用い。たとえば周代は夏正に按じて郊外に於て天を祭り、配する所は霊威仰で、始祖の后稷を以て相配し、明堂に於て五方の帝を配祀すれば、則ち父考の文王を以て相配す。ゆえに「以配祖考」。
初六:鳴豫,凶。處豫之初,而特得志於上,樂過則淫,志窮則凶,豫何可鳴?[疏]正義曰:“鳴豫”者,處豫之初,而獨得應於四,逸豫之甚,是聲鳴於豫。但逸樂之極,過則淫荒。獨得於樂,所以“凶”也。《象》曰:“初六鳴豫”,志窮凶也。[疏]正義曰:釋“鳴豫”之義。而初時鳴豫,後則樂志窮盡,故為“凶”也。
経文の初六爻辞は言う。安楽を張揚して声に出せば、凶険。王弼注の解釈。初六は豫卦の開端に処して、却って独り独り上面に於て呼応を得る。快楽が頭を過ごせば即ち放蕩に流れ、心志が尽頭に至れば即ち凶険を招致す。安楽はどうして張揚して声に出しえようか。孔穎達の疏の申説。所謂「鳴豫」は、初六が豫の初めに処し、唯我独りそれが九四と相応じて、安逸享楽が極点に到り、ここにおよそこの份の安楽を鳴叫し出すを言う。しかし逸楽が頂点に到れば、過分すれば即ち荒淫す。独自に快楽の裡に沈溺す。ゆえに「凶」。《象伝》は言う。「初六鳴豫」は、心志が窮尽して凶を致す。孔穎達の疏の申説。これは「鳴豫」の含意を解釈する――起初にその楽を張揚し、後來に到れば快楽の心志は便ち窮尽す。ゆえに「凶」と為る。
六二:介于石,不終日,貞吉。處豫之時,得位履中,安夫貞正,不求苟“豫”者也。順不苟從,豫不違中,是以上交不諂,下交不瀆。明禍福之所生,故不苟說;辯必然之理,故不改其操介如石焉。“不終日”明矣。[疏]正義曰:“介于石”者,得位履中,安夫貞正,不苟求逸豫,上交不諂,下交不瀆,知幾事之初始,明禍福之所生,不苟求逸豫,守志耿介似於石。然見幾之速,不待終竟一日,去惡修善,相守正得吉也。《象》曰:“不終日貞吉”,以中正也。[疏]正義曰:釋“貞吉”之義,所以見其惡事,即能離去,不待終日守正吉者,以比六二居中守正,順不苟從,豫不違中,故不須待其一日終守貞吉也。
経文の六二爻辞は言う。耿介なること石头の如く、一日が過ごるを待たずして決断し、正を守りて吉を得る。王弼注の解釈。六二は豫卦の時に処し、正位を得てまた中に居り、貞正の道に安んじて、苟且に楽を求めることを肯んぜず。それは順従するも盲従せず、楽に処して中道に違背せず。よって上に交わりて諂媚せず、下に交わりて軽慢せず。禍福が何処から生出するを明白に知る。ゆえに随便に人に取悦しない。事理の必然を辨え清楚に知る。ゆえに自己の操守を改変せず、堅介なること石の如し。「不終日」の道理もまた即ち清楚なり。孔穎達の疏の申説。所謂「介于石」は、六二が位を得て中に居り、貞正に安んじて、苟も安逸享楽を求めず、上に交わりて諂媚せず、下に交わりて軽慢せず、能く事情の初起の幾微を知り、禍福が何に由りて生ずるを明白にし、よって苟も逸楽を求めず、志を守りて耿介なること石头の一般なるを言う。しかしてそれの幾を見るの快は、一整天の過ごるを待つを用いず、即ち悪を去り善を修めうる。彼此正を守りて吉を得る。《象伝》は言う。「不終日貞吉」は、それが中に居りて正を得るによる。孔穎達の疏の申説。これは「貞吉」の含意を解釈する――それが一たび悪事を見れば即ち能く立即に離去し、一日の過ごるを待つを須いずして正を守りて吉を得る所以は、六二が中に居りて正を守り、順従して盲従せず、楽に処して中道に違背せざるによる。ゆえに一日に満つを待つを須せずして貞正を守持して吉を得うる。
六三:盱豫悔,遲有悔。居下體之極,處兩卦之際,履非其位,承“動豫”之主。若其睢盱而豫,悔亦生焉。遲而不從,豫之所疾,位非所據,而以從豫進退,離悔宜其然矣。[疏]正義曰“盱豫悔”者,六三履非其位,上承“動豫”之主。“盱”謂睢盱。睢盱者,喜說之貌。若睢盱之求豫,則悔吝也。“遲有悔”者,居豫之時,若遲停不求於豫,亦有悔也。《象》曰:盱豫有悔,位不當也。[疏]正義曰:解其“盱豫有悔”之義,以六三居不當位,進退不得其所,故“盱豫有悔”。但《象》載經文,多從省略。經有“盱豫有悔”、“遲有悔”,兩文具載,《象》唯云“盱豫有悔”,不言“遲”者,略其文也。故直云“盱豫”。舉其欲進,略云“有悔”,舉其遲也。
経文の六三爻辞は言う。眼を大きく睜きて享楽を巴望すれば、悔恨有らん。遅疑して前進せざれば、また悔恨有らん。王弼注の解釈。六三は下卦の最上位に居り、上下両卦の交接の際に処し、居る所はまたその在るべき正位ではなく、しかして上に向かって「動豫」を主管する九四を承奉す。それはもし眼を睜き巴望して楽を求めんか、悔恨は即ち生出す。もし遅疑して跟従せざれば、また豫卦の忌恨する所である。位置は本来それが占むべからざるに、却って享楽に跟従する上に於て進退去取せねばならぬ。悔恨を招来するもまた理の当然の所である。孔穎達の疏の申説。所謂「盱豫悔」は、六三の履む所は其の正位に非ざりて、上に向かって動を主り楽を主る九四を承奉するを言う。「盱」はすなわち「睢盱」で、睢盱は喜悅张望の様子である。もし眼を睜き巴望して楽を求めれば、即ち悔吝有らん。所謂「遅有悔」は、身に豫卦の時に処して、もし遅疑停頓して楽を求めに往かざれば、同様に悔恨有らんを言う。《象伝》は言う。眼を睜きて楽を求めて悔恨有るは、位置が当たらざるによる。孔穎達の疏の申説。これは「盱豫有悔」の含意を解釈する――六三の居る所の位が当たらず、進むも是ならず、退くも是ならざるによる。ゆえに「盱豫有悔」。ただし《象伝》が経文を引載するは、多く省略有り。爻辞の裡の「盱豫有悔」と「遅有悔」の両句は皆写し全し、《象伝》は却ってただ「盱豫有悔」のみ言いて、「遅」を提せざるは、あれは文字を省略したるなり。ゆえにただ「盱豫」のみ言う。「盱豫」を挙ぐるはそれが進まんと欲するに就いて言い、籠統に「有悔」と言えば、則ちそれの遅疑の一面をも連ねて併せて概括し入れたり。
九四:由豫,大有得。勿疑,朋盍簪。處豫之時,居動之始,獨體陽爻,眾陰所從,莫不由之以得其豫,故曰“由豫,大有得”也。夫不信於物,物亦疑焉,故勿疑則朋合疾也。盍,合也。簪,疾也。[疏]正義曰:“由豫大有得”者,處豫之時,居動之始,獨體陽爻,為眾陰之所從,莫不由之以得其豫,故云“由豫”也。“大有得”者,眾陰皆歸,是大有所得。“勿疑朋盍簪”者,盍,合也。簪,疾也。若能不疑於物,以信待之,則眾陰群朋合聚而疾來也。《象》曰:“由豫,大有得”,志大行也。[疏]正義曰:“釋由豫大有”之意。眾陰既由之而豫,大有所得,是志意大同也。
経文の九四爻辞は言う。衆人は彼に由りて安楽を得、大いに得る所有り。猜疑せざれば、朋友は便ち迅速に会聚せん。王弼注の解釈。九四は豫卦の時に処し、また震動の始めに居り、全卦の中に唯我独りそれが陽爻で、衆陰は皆それに跟従し、それに由りて初めて安楽を得ざる者なし。ゆえに「由豫、大有得」。凡そ自己が人に対して信用を講ぜざれば、人もまた彼を猜疑す。ゆえにただ猜疑せざれば、朋友は即ち迅速に合聚せん。「盍」は「合」で、「簪」は「疾」で、即ち迅速。孔穎達の疏の申説。所謂「由豫大有得」は、九四が豫の時に処し、動の始めに居り、唯我独りそれが陽爻で、衆陰に跟従せられ、それに由りて安楽を得ざる者なきを言う。ゆえに「由豫」。「大有得」と言うは、衆陰が皆来りて帰附し、よって大いに得る所有り。所謂「勿疑朋盍簪」は、「盍」は合で、「簪」は快である。もし能く別人を猜疑せず、誠信を以て人を待てば、あれば衆陰のこの群の朋類は即ち会聚して迅速に前来せん。《象伝》は言う。「由豫、大有得」は、心志が大いに施行を得る。孔穎達の疏の申説。これは「由豫大有得」の意を解釈する――衆陰がすでにそれに由りて安楽を得れば、それは便ち大いに得る所有り。これが正に心志が衆人と大同する。
六五:貞疾,恆不死。四以剛動為豫之主,專權執制,非巳所乘,故不敢與四爭權,而又居中處尊,未可得亡,是以必常至於“貞疾,恆不死”而巳。[疏]正義曰:四以剛動為豫之主,專權執制,非已所乘,故不敢與四專權。而又居中處尊,未可得亡滅之,是以必常至於貞疾,恆得不死而巳。《象》曰:六五,“貞疾”,乘剛也。“恆不死”,中未亡也。[疏]正義曰:“六五貞疾乘剛”者,解“貞疾”之義。以乘九四之剛,故正得其疾,恆不死也。“中未亡”者,以其居中處尊,未可亡滅之也。
経文の六五爻辞は言う。長久に病有りて、然るも始終に死せず。王弼注の解釈。九四は剛爻を以て動を主り、豫卦の主と為り、権柄を独攬し裁断を把持す。六五の乗駕しうる所ではない。ゆえに六五は九四と権を争うことを敢えてしない。しかしそれはまた中に居りて尊位に処し、まだ滅せられざるに至らず。よって必然に長久に「貞疾、恒不死」のこの種の状態に停留するのみ。孔穎達の疏の申説。九四は剛動を以て豫の主と為り、権を専らにし断を執るは、六五の凌駕しうる所ではない。ゆえに六五は九四と権柄を争奪することを敢えてしない。しかして六五は中に居り尊に処して、別人もまたそれを滅しうる能わず。よって必然に長久に病有りて始終に死せざるの境地に処す。《象伝》は言う。六五の「貞疾」は、陽剛の上に乗るによる。「恒不死」は、居中の位がまだ喪失していないによる。孔穎達の疏の申説。所謂「六五貞疾乗剛」は、「貞疾」の含意を解釈する――九四の陽剛の上に乗るので、正好くこの病を得て、却又一直に死せざるなり。所謂「中未亡」は、それが中に居り尊に処して、まだ滅せらるべからざるを言う。
上六,冥豫成,有渝無咎。處“動豫”之極,極豫盡樂,故至於“冥豫成”也。過豫不巳,何可長乎?故必渝變然後無咎。[疏]正義曰:“處動豫之極,極豫盡樂”,乃至於冥昧之豫而成就也。如俾晝作夜,不能休巳,滅亡在近。“有渝無咎”者,渝,變也。若能自思改變,不為“冥豫”,乃得“無咎”也。《象》曰:“冥豫”在上,何可長也?
経文の上六爻辞は言う。享楽に昏昧して積重なり返り難し。もし改変しえれば過咎なし。王弼注の解釈。上六は震動逸楽の頂端に処し、享楽は極点に到り快楽は尽頭に到る。ゆえに「冥豫成」の地步に落る。過分に享楽して停止せざれば、どうして長久しえようか。ゆえに必ず改変して初めて過咎なからん。孔穎達の疏の申説。所謂「処動豫之極、極豫尽楽」は、それが一直に昏昧不明の地步に楽みて併せて習慣を積成し、白天を以て黒夜と為して享楽するに如く、停歇することを肯んぜざれば、滅亡もまた遠からざるなりを言う。所謂「有渝无咎」は、「渝」は改変である。もし能く自ら反省して改変し、再び昏昧の享楽に沈溺せざれば、初めて過咎なきこと能くす。《象伝》は言う。享楽に昏昧して上位に居るは、これどうして長久しえんや。
上経随伝巻三
随卦
震下兌上。隨:元亨,利貞,無咎。[疏]“隨元亨利貞無咎”。○正義曰:“元亨”者,於相隨之世,必大得亨通。若其不大亨通,則無以相隨,逆於時也。“利貞”者,相隨之體,須利在得正。隨而不正,則邪僻之道,必須利貞也。“無咎”者,有此四德、乃無咎。以苟相從,涉於朋黨,故必須四德乃無咎也。
卦象は震が下にあり、兌が上にある。経文の卦辞は言う。随卦は、大いに亨通し、正を守るに宜しく、過咎なし。孔穎達の疏の申説「随元亨利貞无咎」。所謂「元亨」は、相随の時世の裡に於て、必定に大いに亨通を得るを言う。もし大いに亨通しえなければ、即ち相随するに由無し。あれは時勢に違逆す。所謂「利貞」は、相随の本体は、好処は須く端正を持守するに在るを言う。相随して端正せざれば、即ち邪僻の道と成る。ゆえに必ず「利貞」せねばならぬ。所謂「无咎」は、この四種の徳行を具備して初めて過咎なからんを言う――苟且に相従すれば即ち結党営私に牽渉するによる。ゆえに必ず四徳を斉備して初めて過咎なし。
凡卦有四德者,或其卦當時之義,即有四德,如乾、坤、屯、臨、無妄,此五卦之時,即能四德備具。其隨卦以惡相隨,則不可也。有此四德乃無咎,無此四德則有咎也。與前五卦其義稍別。其《革卦》“巳日乃孚有四德”,若不“巳日乃孚”,則無四德,與乾、坤、屯、臨、無妄、隨其義又別。若當卦之時,其卦雖美,未有四德。若行此美,方得在後始致四德者,於卦則不言其德也。若謙、泰及復之等,德義既美,行之不巳,久必致此四德。但當初之時,其德未具,故卦不顯四德也。其諸卦之三德巳下,其義大略亦然也。
孔穎達は続けて申説する。凡そ四徳を具備する卦は、或るものは即ち該卦の当時の意義が本身すでに四徳を含む。たとえば《乾》《坤》《屯》《臨》《无妄》の、この五卦の当る所の時勢は、四徳は即ち斉備する。随卦に至っては、もし悪を以て相随せば即ち行かざるなり。この四徳を具備して初めて過咎なく、四徳を具備せざれば即ち過咎有り。この一点は前面の五卦の情形と略々分別有り。また《革卦》の如きは「已日乃孚」を要して初めて四徳有り。もし「已日乃孚」を為しえなければ、即ち四徳なし。これは《乾》《坤》《屯》《臨》《无妄》《随》の情形とまた分別有り。また一種の情况有り。即ち該卦の当時に就いて言えば、卦は美善なりと雖も、なおまだ四徳有らず。この份の美善を実行し下って、日後に初めて逐漸に四徳に達す。この類の卦は即ちその徳を標出しない。《謙》《泰》および《復》の類の如きは、徳義は本来美善で、之を行いて止まざれば、久しければ必定にこの四徳に達す。ただ当初の時は徳がまだ斉備せざるによる。ゆえに卦辞は四徳を顕出しない。その余の各卦が三徳以下を標挙するは、道理は大体もまたこの如し。
《彖》曰:隨,剛來而下柔,動而說,隨。大亨貞無咎,而天下隨時。隨時之義大矣哉!震剛而兌柔也,以剛下柔動而之說,乃得隨也。為隨而不大通,逆於時也。相隨而不為利,正災之道也。故大通利貞,乃得無咎也。為隨而令大通利貞,得於時也。得時則天下隨之矣。隨之所施,唯在於時也。時異而不隨,否之道也,故“隨時之義大矣哉”!
《彖伝》は言う。随卦は、陽剛の体が前来して陰柔の下に居り、震動して喜悦す。これがすなわち「随」。大いに亨通し正を守りて過咎なく、ここにおよそ天下は皆時に随いて動く。時に随うの意義は真に大なるかな。王弼注の解釈。震は剛で兌は柔で、剛を以て柔の下に居り、一たび動けば即ち喜悦に走向す。これで初めて人の追随を得うる。「随」を為して大いに通達しえざれば、即ち時勢に違逆す。彼此相随するも相手方に利益を帯来せざれば、反って災を招くの道である。ゆえに必ず大いに通達して正を守るに利して、初めて過咎なきこと能くす。「随」を為して能く天下を大通利貞せしめば、即ち時に合乎す。時に合乎せば、天下は即ち来りて追随す。「随」の施行は、関鍵はただ一個の「時」の字に在る。時勢が変わりて之に随いて変わることを肯んぜざれば、あれは閉塞の道である。ゆえに「随時之義大矣哉」。
[疏]“彖曰”至“大矣哉”。○正義曰:“隨剛來而下柔,動而說,隨”者,此釋隨卦之義。所以致此隨者,由剛來而下柔。“剛”謂震也,柔謂兌也。震處兌下,是剛來下柔。震動而兌說,既能下人,動則喜說,所以物皆隨從也。“大亨貞無咎而天下隨時”者,以有大亨貞正,無有咎害,而天下隨之,以正道相隨,故隨之者廣。若不以“大亨貞無咎”,而以邪僻相隨,則天下不從也。“隨時之義大矣哉”,若以“元亨利貞”,則天下隨從,即隨之義意廣大矣哉,謂隨之初始,其道未弘,終久義意而美大者。特云“隨時”者,謂隨其時節之義,謂此時宜行“元亨利貞”,故云“隨時”也。
孔穎達の疏は「彖曰」から「大矣哉」までを申説する。所謂「随剛来而下柔、動而説、随」は、これは随卦の含意を解釈する――能く「随」と為りえる所以は、陽剛が前来して陰柔の下に居るによる。「剛」は震を指し、「柔」は兌を指す。震は兌の下面に在るは、即ち剛が来りて柔に下る。震は震動を主り兌は喜悦を主る。すでに能く己を屈して人の下に居り、一たび動けばまた人を喜悦せしむ。ゆえに万物は皆来りて随従す。所謂「大亨貞无咎而天下随時」は、大いに亨通し貞正无害のこの幾層有るので、天下は初めて来りて随従す。正道を以て相随するので、追随する人は初めて多し。もし「大亨貞无咎」に靠らずして、邪僻を以て相随せば、天下は即ち跟従せざらん。「随時之義大矣哉」に至っては、もし「元亨利貞」を為しえれば、天下は即ち来りて随従し、あれば「随」の意義は即ち広大ならんを言う。これは相随の初めは、その道はまだ宏大ならず、最後に長久に到って、その意義は初めて美大に起来を言う。特に「随時」と言うは、時節に随順するの意義を指し、即ちこの時候に正に「元亨利貞」を施行するに宜しき。ゆえに「随時」。
○注“震剛而兌”至“大矣哉”!○正義曰:為隨而不大通,逆於時也。物既相隨之時,若王者不以廣大開通,使物閉塞,是違逆於隨從之時也。“相隨而不為利,正災之道”者,凡物之相隨,多曲相朋附,不能利益於物,守其正直,此則小人之道長,災禍及之,故云“災之道”也。“隨之所施,唯在於時”者,釋“隨時”之義,言隨時施設,唯在於得時。若能大通利貞,是得時也。若不能大通利貞,是失時也。“時異而不隨,否之道”者,凡所遇之時,體無恆定,或值不動之時,或值相隨之時,舊來恆往,今須隨從。時既殊異於前,而不使物相隨,則是否塞之道,當須可隨則隨,逐時而用,所利則大,故云“隨時之義大矣哉”!
孔穎達は王弼注の「震剛而兌」から「大矣哉」までを疏解する。所謂「為随而不大通、逆於時也」は、万物がすでに相随の時候に到れば、もし王を為る者が広大開通の道を用いず、反って万物を閉塞せしめば、あれは即ち相随の時に違逆したるを言う。所謂「相随而不為利、正災之道」は、凡そ人の相随するは、多半は意を曲げて党を結び依附し、すでに別人に利益を帯来しえず、また自己の正直を守住しえず。こうなれば小人の道は即ち滋長して、災禍は之に随いて至る。ゆえに災を招くの道と言う。所謂「随之所施、唯在於時」は、「随時」の含意を解釈し、時に随いて施設するは、関鍵はただ時に合乎しうるや否やに在るを言う。能く大通利貞を為しえれば、即ち時を得。能く大通利貞を為しえなければ、即ち時を失う。所謂「時異而不随、否之道」は、人の遇う所の時勢は一定なく、或る時は動くべからざる時に碰上し、或る時は相随すべき時に碰上す。従前は一向にあのように行事したるに、今は却って之に随いて変わるを須う。時勢がすでに従前と同じからざるに、却って万物を相随せしめざれば、あれは即ち閉塞の道である。当に随うべければ即ち随い、時勢に依りて用い、得到する好処は初めて大なり。ゆえに「随時之義大矣哉」。
《象》曰:澤中有雷,隨,君子以鄉晦入宴息。澤中有雷,“動說”之象也。物皆說隨,可以無為,不勞明鑑。故君子“嚮晦入宴息”也。[疏]“象曰”至“宴息”。○正義曰:《說卦》云:“動萬物者莫疾乎雷,……說萬物者莫說乎澤。”故《注》云:“澤中有雷,動說之象也。”“君子以鄉晦入宴息”者,明物皆說豫相隨,不勞明鑑,故君子象之。鄭玄云:“晦,宴也。猶人君既夕之後,入於宴寢而止息。”
《象伝》は言う。沢の中に雷有り、これが随卦である。君子はそれを取法して、天色が向晚に到れば内に入りて安寝休息す。王弼注の解釈。沢の中に雷有るは、「動而喜悦」の象である。万物が皆欣悦相随すれば、即ち無為にして治めうる。神明を労して察するを必せず。ゆえに君子は「向晦入宴息」。孔穎達の疏は「象曰」から「宴息」までを申説する。《説卦伝》は「万物を鼓動するは雷より迅疾なるなし……万物を欣悦せしむるは沢より能く取悦するなし」と言う。ゆえに王弼注は「沢中有雷、動説之象也」と言う。所謂「君子以郷晦入宴息」は、万物が皆欣悦相随して、神明を労して察するを必せざるを表明す。ゆえに君子はここに象を取る。鄭玄は言う。「晦はすなわち宴。譬えば国君が日暮の後に到り、寝室に入りて安歇休息するが如し。」
初九:官有渝,貞吉。出門交有功。居隨之始,上無其應,無所偏繫,動能隨時,意無所主者也。隨不以欲,以欲隨宜者也。故官有渝變,隨不失正也。出門無違,何所失哉![疏]“初九”至“有功”。○正義曰:“官有渝”者,官謂執掌之職。人心執掌,與官同稱,故人心所主,謂之“官渝變”也。此初九既無其應,無所偏繫,可隨則隨,是所執之志有能渝變也。唯正是從,故“貞吉”也。“出門交有功”者,所隨不以私慾,故見善則往隨之,以此出門,交獲其功。○注“居隨之始”至“何所失哉”。○正義曰:言“隨不以欲,以欲隨宜”者,若有其應,則有私慾,以無偏應,是所隨之事不以私慾,有正則從,是以欲隨其所宜也。
経文の初九爻辞は言う。執守する所に変動有れば、正を守れば即ち吉。門を出でて行きて人と交往すれば、能く功效有らん。王弼注の解釈。初九は随卦の始めに居り、上面にそれと相応する爻なく、よって偏私の牽繫なく、行動は能く時に随いて変わり、心の裡に主见を預設しない。それの相随するは私欲に出でずして、宜する所に按じて自己の意愿を安放す。ゆえに執守する所に変動有ると雖も、相随してその正を失わず。門を出でて人と交往して違逆なければ、なお何の損失有らん。孔穎達の疏は「初九」から「有功」までを申説する。所謂「官有渝」は、「官」は執掌する所の職分を指す。人心の執守と「官」は同一個の称呼なので、人心の主する所の物が変化を発生すれば、即ち「官渝変」と呼ぶ。初九はすでに相応の爻なく、偏私牽繫なければ、随うべければ即ち随う。これがすなわち執守する志向が能く変動する。それはただ正道に跟従する。ゆえに「貞吉」。所謂「出門交有功」は、それの随従する所は私欲に出でざるので、善を見れば即ち前に往きて随従し、このような態度を以て門を出れば、交往すれば即ち功效を収得しうるを言う。孔穎達はまた王弼注の「居随之始」から「何所失哉」までを疏解する。所謂「随不以欲、以欲随宜」は、もし相応の爻有れば即ち私欲有らんを言う。それは偏私の相応なきので、随う所の事は私欲に出でず、正道に遇えば即ち跟従す。これが正に自己の意愿をして宜する所に随いて定めしむる。
《象》曰:“官有渝”,從正吉也。“出門交有功”,不失也。[疏]正義曰:“官有渝從正吉”者,釋“官有渝”之義。所執官守正,能隨時渝變,以見貞正則往隨從,故云“從正吉”。“出門交有功不失”者,釋“交有功”之義。以所隨之處,不失正道,故出門即有功也。
《象伝》は言う。「官有渝」は、正道に跟従して初めて吉。「出門交有功」は、失う所有らざるなり。孔穎達の疏の申説。所謂「官有渝従正吉」は、「官有渝」の含意を解釈する――執守する所の職分が正を守住して、また能く時機に随いて変動し、貞正の者を見れば即ち前に往きて随従す。ゆえに「従正吉」。所謂「出門交有功不失」は、「交有功」の含意を解釈する――それの随従する所の処は正道を失わざるので、一たび門を出れば即ち功效有る。
六二:係小子,失丈夫。陰之為物,以處隨世,不能獨立,必有繫也。居隨之時,體於柔弱,而以乘夫剛動,豈能秉志違於所近?隨此失彼,弗能兼與。五處已上,初處已下,故曰“係小子,失丈夫”也。[疏]“六二”至“失丈夫”。○正義曰:“小子”謂初九也。“丈夫”謂九五也。初九處卑,故稱“小子”。五居尊位,故稱“丈夫”。六二既是陰柔,不能獨立所處,必近繫屬初九,故云“係小子”。既屬初九,則不得往應於五,故云“失丈夫”也。《象》曰:“係小子”,弗兼與也。[疏]正義曰:釋“係小子”之意。既隨此初九,則失彼九五丈夫,是不能兩處兼有,故云“弗兼與”也。
経文の六二爻辞は言う。小子に牽繫すれば、丈夫を失う。王弼注の解釈。陰柔の物は相随の時世に処して、自立しえず、必定に牽繫する所有らねばならぬ。六二は身に随卦の時に処し、本体は柔弱で、また剛動の初九の上に乗る。どうして心志を堅守して身辺の最近のあの一爻に違背しえようか。こ の一個に随えば即ちあの一個を丢き、両辺を兼顧しえず。九五はそれの上に在り、初九はそれの下に在る。ゆえに「繋小子、失丈夫」。孔穎達の疏は「六二」から「失丈夫」までを申説する。「小子」は初九を指し、「丈夫」は九五を指す。初九は位に処して卑下なので「小子」と称し、九五は尊位に居るので「丈夫」と称す。六二はすでに陰柔で、独立自処しえず、必然に近く就きて初九に牽繫依属す。ゆえに「繋小子」。すでに初九に依属せば、即ち上がりて九五と相応ずること能わず。ゆえに「失丈夫」。《象伝》は言う。「繋小子」は、両辺を兼顧しえざるなり。孔穎達の疏の申説。これは「繋小子」の意を解釈する――すでにこっち辺の初九に随従せば、即ちあっち辺の九五のこの丈夫を失い、両処は同時に占有しえざる。ゆえに「弗兼与」。
六三:係丈夫,失小子。隨有求得,利居貞。陰之為物,以處隨世,不能獨立,必有繫也。雖體下卦,二巳據初,將何所附?故舍初繫四,志在“丈夫”。四俱無應,亦欲於巳隨之,則得其所求矣,故曰“隨有求得”也。應非其正,以繫於人,何可以妄曰“利居貞”也?初處己下,四處已上,故曰“係丈夫,失小子”也。
経文の六三爻辞は言う。丈夫に牽繫すれば、小子を失う。随従して求むる所有れば便ち得う。安処して正を守るに宜し。王弼注の解釈。陰柔の物は相随の時世に処して、自立しえず、必定に牽繫する所有らねばならぬ。六三は身に下卦に在ると雖も、しかし六二はすでに初九を占拠した。それはなお誰に依附しえようか。ゆえに初九を舍弃して九四に牽繫し、心志を「丈夫」の身上に放く。九四も同様に相応の爻なく、また六三を来りて自己に随従せしめんと欲す。あれば六三は即ちその求むる所を得。ゆえに「随有求得」。ただこの種の相応は本来正応ではなく、また人に依繫せねばならず。どうして軽率妄動しえようか。ゆえに「利居貞」。初九はそれの下に在り、九四はそれの上に在る。ゆえに「繋丈夫、失小子」。
[疏]“六三係丈夫”至“利居貞”。○正義曰:六三陰柔,近於九四,是繫於“丈夫”也。初九既被六二之所據,六三不可復往從之,是“失小子”也。“隨有求得”者,三從往隨於四,四亦更無他應。己往隨於四,四不能逆己,是三之所隨,有求而皆得也。“利居貞”者,己非其正,以繫於人,不可妄動,唯利在俱處守正,故云“利居貞也”。○注“四俱無應”至“小子也”。○正義曰:“四俱無應”者,三既無應,四亦無應,是四與三俱無應也。此六二、六三因陰陽之象,假丈夫、小子以明人事,餘無義也。《象》曰:“係丈夫”,志舍下也。“下”謂初也。[疏]正義曰:釋“係丈夫”之義。六三既繫九四之“丈夫”,志意則舍下之初九也。
孔穎達の疏は「六三繋丈夫」から「利居貞」までを申説する。六三は陰柔の爻で、九四に靠近す。これがすなわち「丈夫」に牽繫する。初九はすでに六二に占住せられ、六三は再び往きてそれに随従する能わず。これがすなわち「失小子」。所謂「随有求得」は、六三が前に往きて九四に随従し、九四もまた別に他の相応の爻なし。自己が往きて九四に随従すれば、九四は自己を拒絶せざらん。ゆえに六三の随う所は、求むれば皆得。所謂「利居貞」は、自己の処する所は本来正ならず、また人に依繫せねばならず、軽挙妄動すべからず。好処はただ双方が皆安処して正を守るに在る。ゆえに「利居貞」。孔穎達はまた王弼注の「四俱无応」から「小子也」までを疏解する。所謂「四俱无応」は、六三に相応の爻なく、九四にも相応の爻なきを言う。よって九四と六三と皆応なし。ここで六二・六三は陰陽の象を借りて、「丈夫」「小子」を仮托して人事を説明し、これ以外に並びに別の意なし。《象伝》は言う。「繋丈夫」は、心志が下面のあの一爻を舍弃した。王弼注。「下」が指す所は初九。孔穎達の疏の申説。これは「繋丈夫」の含意を解釈する――六三はすでに九四のこの位の「丈夫」に牽繫せば、心意もまた下面の初九を舍弃したり。
九四:隨有獲,貞凶。有孚在道以明,何咎?處說之初,下據二陰,三求繫己,不距則獲,故曰“隨有獲”也。居於臣地,履非其位,以擅其民,失於臣道,違正者也,故曰“貞凶”。體剛居說而得民心,能幹其事,而成其功者也。雖為常義,志在濟物,心有公誠,著信在道以明其功,何咎之有?[疏]“九四”至“餌咎”。○正義曰:“隨有獲”者,處說之初,下據二陰,三求繫己,不距則獲,故曰“隨有獲”也。“貞凶”者,居於臣地,履非其位,以擅其民,失其臣道,違其正理,故“貞凶”也。“有孚在道以明,何咎”者,體剛居說而得民心,雖違常義,志在濟物,心存公誠,著信在於正道,有功以明,更有何咎?故云“有孚在道以明,何咎”也。
経文の九四爻辞は言う。随従して獲る所有れば、常を守れば即ち凶。ただ心に誠信を存し行事が正道に合乎してまた明察なれば、なお何の過咎有らん。王弼注の解釈。九四は兌悦の開端に処し、下に向かって両個の陰爻を占拠し、六三はまた来りて自己に依繫せんと求む。それが拒絶を加えざれば即ち獲る所有り。ゆえに「随有獲」。しかしそれは身に臣位に居り、履む所はまた其の位に当たらず、却って擅自に君主の民衆を据有す。これが即ち臣と為るの道を失掉し、正理に違背す。ゆえに「貞凶」。それは本体が剛強にして悦体に居り、民心を得え、事情を弁成し功業を成就しうる。常理に按ずればこの如しなりと雖も、しかしそれは志に万物を救助するに在り、心に公正誠実を存し、信実を正道の上に顕明してその功を彰明せば、あれはなお何の過咎有らん。孔穎達の疏は「九四」から「何咎」までを申説する。所謂「随有獲」は、九四が兌悦の初めに処し、下に向かって両個の陰爻を拠有し、六三が自己に依繫せんと求めて、拒絶せざれば便ち獲る所有るを言う。ゆえに「随有獲」。所謂「貞凶」は、それが身に臣位に居り、履む所は其の正位に非ざるに、却って擅自に民衆を据有して、臣道を失い、正理に違背す。ゆえに「貞凶」。所謂「有孚在道以明、何咎」は、それが本体剛強にして悦体に居り、民心を得え、通常の臣義に違背すると雖も、しかし志に万物を救済するに在り、心に公誠を存し、信実を正道の上に立て、功業有りて以て彰明を加えれば、なお何の過咎有らん。ゆえに「有孚在道以明、何咎」。
《象》曰:“隨有獲”,其義凶也。“有孚在道”,明功也。[疏]正義曰:“隨有獲其義凶”者,釋“隨有獲貞凶”之意。九四既有六三、六二,獲得九五之民,為臣而擅君之民,失於臣義,是以宜其凶也。“有孚在道明功”者,釋“以明何咎”之義。既能著信在於正道,是明立其功,故無咎也。九五:孚于嘉,吉。履正居中,而處隨世,盡“隨時”之宜,得物之誠,故“嘉吉”也。[疏]正義曰:嘉,善也。履中居正,而處隨世,盡隨時之義,得物之誠信,故獲美善之吉也。《象》曰:“孚于嘉,吉”,位正中也。
《象伝》は言う。「随有獲」は、その義理に就いて言えば凶なり。「有孚在道」は、功業を彰明す。孔穎達の疏の申説。所謂「随有獲其義凶」は、「随有獲貞凶」の意を解釈する――九四はすでに六三・六二を擁有し、本属九五の民衆を取得するに等し。身と為りて臣子にして擅に君主の民を据するは、臣と為るの義理に失う。ゆえに理の当に凶と為すべし。所謂「有孚在道明功」は、「以明何咎」の含意を解釈する――すでに能く信実を正道の上に立てれば、即ち明白に功業を建立した。ゆえに過咎なし。経文の九五爻辞は言う。誠信を以て美善に施す、吉祥。王弼注の解釈。九五は位を履んで正を得てまた中に居り、身に相随の世に処して、「随時」の合宜の処を極致に致し、万物の誠心を得た。ゆえに美善にして吉。孔穎達の疏の申説。「嘉」は善の意である。九五は中を履み正に居り、身に随の世に処して、随時の義理を尽し到り、万物の誠信を得た。ゆえに美善の吉を獲得す。《象伝》は言う。「孚于嘉、吉」は、それが位置端正にして中に居るによる。
上六:拘係之乃從。維之。王用亨于西山。隨之為體,陰順陽者也。最處上極,不從者也。隨道巳成,而特不從,故“拘係之乃從”也。“率土之濱,莫非王臣”,而為不從,王之所討也,故“維之王用亨于西山”也。兌為西方,山者,途之險隔也。處西方而為不從,故王用通於西山。[疏]“《象》曰”至“於西山”。○正義曰:最處上極,是不隨從者也。隨道巳成而特不從,故須拘係之,乃始從也。“維之王用亨于西山”者,若欲維繫此上六,王者必須用兵,通於西山險難之處,乃得拘繫也。山謂險阻,兌處西方,故謂“西山”。令有不從,必須維繫,此乃王者必須用兵通於險阻之道,非是意在好刑,故曰:“王用亨于西山。”《象》曰:“拘係之”,上窮也。處於上極,故窮也。[疏]正義曰:釋“拘繫”之義。所以須拘繫者,以其在上而窮極,不肯隨從故也。
経文の上六爻辞は言う。彼を拘拿捆縛して、彼は初めて随従することを肯んず。さらに維繫を加える。君王はここにおよそ西山の路を打通して祭亨す。王弼注の解釈。随卦の本体は、陰が陽に順従する。上六は最上の極に処して、随従することを肯んぜざるあの一個である。相随の道はすでに完成して、唯我独りそれが跟従することを肯んぜず。ゆえに「拘繋之」して初めて随従す。《詩経・小雅・北山》は「普天の下の土地は、一処の人にして王臣ならざるなし」と言う。今は却って随従することを肯んぜざる人有れば、あれは即ち王者の討伐すべき対象である。ゆえに「維之、王用亨于西山」。兌は方位の上に於て西方に属し、山は則ち道路上の険阻隔絶である。上六は西方に処して随従することを肯んぜざる。ゆえに君王は西山の路を打通せねばならぬ。孔穎達の疏は「《象》曰」から「于西山」までを申説する。上六は最上の極に処して、随従することを肯んぜざる。相随の道はすでに完成してそれは偏に跟従せざる。ゆえに必ず拘拿捆縛して、それは初めて服従せん。所謂「維之王用亨于西山」は、もしこの上六を維繫住せんと要せば、王者は必ず兵力を動用して、西山のような険難の地方を打通して、初めてそれを拘繫住しうるを言う。「山」は険阻を指し、兌は西方に居る。ゆえに「西山」と称す。すでに随従することを肯んぜざる人有れば、必ず維繫を加えねばならず。これが初めて王者が兵を用いて険阻を打通せねばならぬ道理で、並びに有意に刑罰を好むにあらず。ゆえに「王用亨于西山」。《象伝》は言う。「拘繋之」は、それが上位に在りて窮極するによる。王弼注。最上の極に処する。ゆえに窮す。孔穎達の疏の申説。これは「拘繋」の含意を解釈する――必ず拘拿捆縛せねばならぬ所以は、それが上位に居りて窮極し、随従することを肯んぜざる縁故である。
蠱卦
巽下艮上。蠱:元亨,利涉大川。先甲三日,後甲三日。[疏]“蠱元亨”至“後甲三日”。○正義曰:蠱者事也。有事營為,則大得亨通。有為之時,利在拯難,故“利涉大川”也。“先甲三日,後甲三日”者,甲者創制之令,既在有為之時,不可因仍舊令。今用創制之令以治於人,人若犯者,未可即加刑罰,以民未習,故先此宣令之前三日,殷勤而語之,又如此宣令之後三日,更丁寧而語之,其人不從,乃加刑罰也。其褚氏、何氏、周氏等並同鄭義,以為“甲”者造作新令之日,甲前三日,取改過自新,故用辛也。甲後三日,取丁寧之義,故用丁也。今案輔嗣《注》,“甲者,創制之令”,不云創制之日。又《巽卦》九五“先庚三日,後庚三日”,輔嗣《注》:“申命令謂之庚”。輔嗣又云:“甲、庚皆申命之謂”。則輔嗣不以甲為創制之日,而諸儒不顧輔嗣《注》旨,妄作異端,非也。
卦象は巽が下にあり、艮が上にある。経文の卦辞は言う。蠱卦は、大いに亨通し、大河を渡渉するに宜しく、新令を頒布するの前三日と後三日に反覆して申告す。孔穎達の疏は「蠱元亨」から「後甲三日」までを申説する。「蠱」はすなわち「事」。事情有りて往きて経営作為すれば、大いに亨通を得。作為有るの時に於て、好処は危難を拯救するに在る。ゆえに「利渉大川」。所謂「先甲三日、後甲三日」は、「甲」は新に創制する政令を指す。すでに有為の時に処すれば、旧令を沿用しえず。今新制の政令を用いて百姓を治理すれば、百姓はもし触犯有らば、まだ即座に刑罰を加えうる能わず。民衆がまだ熟習せざるによる。ゆえに政令を頒布する前の三天の裡に懇切に彼らを曉諭し、政令を頒布した後の三天の裡に再び丁寧に彼らを告誡して、あの人々が依然として聴従せざれば、初めて刑罰を施加す。褚仲都・何氏・周氏の等人は皆鄭玄の説法に同意して、「甲」は新令を制作するあの日と為す。甲の前三日は改過自新の義を取る。ゆえに「辛」の日を用い。甲の後三日は丁寧の義を取る。ゆえに「丁」の日を用い。今王輔嗣の注を考察すれば、「甲者、創制之令」と言い、並びに創制の日子とは言わざるなり。また《巽卦》九五は「先庚三日、後庚三日」と言い、輔嗣の注は「命令を重申するを庚と呼ぶ」と言い、輔嗣はなおかつ言う。「甲・庚は皆命令を重申するの意。」輔嗣は並びに「甲」を創制の日と為さざるが見え、しかして諸家の儒者は輔嗣注の本旨を顧みず、妄りに異説を立つるは、是ならざるなり。
《彖》曰:蠱,剛上而柔下,上剛可以斷制,下柔可以施令。巽而止。蠱。既巽又止,不競爭也。有事而無競爭之患,故可以有為也。[疏]“《彖》曰”至“止蠱”。○正義曰:“剛上而柔下,巽而止蠱”者,此釋蠱卦之名,並明稱蠱之義也。以上剛能制斷,下柔能施令,巽順止靜,故可以有為也。褚氏云:“蠱者惑也。物既惑亂,終致損壞,當須有事也,有為治理也。故《序卦》云:‘蠱者事也。’”謂物蠱必有事,非謂訓蠱為事義當然也。
《彖伝》は言う。蠱卦は、陽剛が上に在りて陰柔が下に在る。王弼注の解釈。上面が剛強なれば即ち決断裁制しえ、下面が柔順なれば即ち政令を推行しうる。《彖伝》は続けて言う。巽順にして止を知る、これがすなわち蠱。王弼注の解釈。すでに能く巽順にしてまた能く止息すれば、即ち争競せざらん。弁ずべき事有りて争競の患なければ、作為有るべし。孔穎達の疏は「《彖》曰」から「止蠱」までを申説する。所謂「剛上而柔下、巽而止蠱」は、これは蠱卦の卦名を解釈し、併せてそれを「蠱」と称するの道理を闡明す――上面が剛強にして能く裁断し、下面が柔順にして能く政令を施行し、また能く巽順静止すれば、作為有るべし。褚仲都は言う。「蠱はすなわち惑。事物がすでに惑乱せば、終究に敗壊せんと要し、即ち整治する所有らねばならず。すなわち作為有りて以て治理する。ゆえに《序卦伝》は言う。『蠱者事也。』」これは事物が敗壊すれば必然に弁ずべき事有るを言うので、並びに「蠱」を直接「事」と訓釈するが字義の上に於て本来合適とは言わざるなり。
蠱,元亨而天下治也。有為而大亨,非天下治而何也?[疏]正義曰:釋“元亨”之義。以有為而得“元亨”,是天下治理也。“利涉大川”,往有事也。“先甲三日,後甲三日”,終則有始,天行也。蠱者有事而待能之時也。可以有為,其在此時矣。物巳說隨,則待夫作制以定其事也。進德修業,往則亨矣。故“元亨,利涉大川”也。甲者,創制之令也。創制不可責之以舊,故先之三日,後之三日,使令治而後乃誅也。因事申令,終則復始,若天之行用四時也。
《彖伝》は続けて言う。蠱卦は大いに亨通し、よって天下は治理を得る。王弼注の解釈。作為有りて大いに亨通するは、天下の大治ならずして又是れ何ぞや。孔穎達の疏の申説。これは「元亨」の含意を解釈する――作為有るによりて「元亨」を得るは、正に天下が治理を得たを表明す。《彖伝》はまた言う。「利渉大川」は、往きて事を弁ずるなり。「先甲三日、後甲三日」は、終結の後にまた開始有り。これは天道の運行である。王弼注の解釈。蠱は弁ずべき事有りて賢能の人を待つ時候で、作為有るべし。正にこの時に在り。万物はすでに欣悦相随せば、即ち制度を訂立して各項の事務を安定する人有らんを待つ。徳行を増進し功業を修治して、往けば即ち亨通す。ゆえに「元亨、利渉大川」。「甲」は新に創制する政令を指す。新制の法令は旧法を拿りて以て百姓を責求しえず。ゆえに前三日・後三日に反覆して申告して、政令を通行して後に初めて懲治を加えしむ。事に因りて政令を反覆申明し、一輪が了ればまた頭より開始す。上天が運行して更迭に四時を使用するに如し。
[疏]正義曰:“利涉大川,往有事也”者,釋“利涉大川”也。蠱者有為之時,拔拯危難,往當有事,故“利涉大川”。此則假外象以喻危難也。“先甲三日,後甲三日,終則有始天行”者,釋“先甲三日,後甲三日”之義也。民之犯令,告之巳終,更復從始,告之殷勤不巳,若天之行,四時既終,更復從春為始,象天之行,故云“天行也”。○注“蠱者”至“四時也”。○正義曰:“蠱者有事待能之時”者,物既蠱壞,須有事營為,所作之事,非賢能不可。故《經》云“幹父之蠱”,幹則能也。“甲者創制之令”者。甲為十日之首,創造之令為在後諸令之首,故以創造之令謂之為甲。故漢時謂令之重者謂之“甲令”,則此義也。“創制不可責之以舊”者,以人有犯令而致罪者,不可責之舊法,有犯則刑。故須先後三日,殷勤語之,使曉知新令,而後乃誅,誅謂兼通責讓之罪,非專謂誅殺也。
孔穎達の疏の申説。所謂「利渉大川、往有事也」は、「利渉大川」を解釈する――蠱は作為有るの時候で、危難を拔救して、往けば即ち事を弁ずべし。ゆえに「利渉大川」。これは外物の象を借りて危難を比喩す。所謂「先甲三日、後甲三日、終則有始天行」は、「先甲三日、後甲三日」の含意を解釈する――百姓が法令に触犯すれば、彼らを告誡するの一輪が了れば、また頭より開始して、懇切に告誡して停止せざるは、上天の運行に如く、四時が一輪を走完すれば、また春天より重新に開始して、天の運行に象を取る。ゆえに「天行也」。孔穎達はまた王弼注の「蠱者」から「四時也」までを疏解する。所謂「蠱者有事待能之時」は、事物がすでに敗壊せば、即ち往きて経営する事有るを須し、しかして弁ぜんと要する所の事は、賢能の人ならずして弁じえず。ゆえに爻辞は「幹父之蠱」と言い、「幹」はすなわち能干。所謂「甲者創制之令」は、甲が十天干の首なるによる。新に創制する政令もまた此後の各項政令の首なので、新創の政令を「甲」と呼ぶ。漢代は重要の法令を「甲令」と称するは、即ちこの意である。所謂「創制不可責之以旧」は、人有りて法令に触犯して罪を獲れば、旧法を拿りて彼を責求し、一たび犯せば即ち刑を用いること能わざるを言う。ゆえに前後各三日の裡に於て懇切に彼に告げて、彼をして新令を明白せしめて、而る後に初めて懲治を加える。ここの「誅」は兼ねて責備譴譲の類の処分を指して、専ら誅殺を指さざるなり。
《象》曰:山下有風,蠱。君子以振民育德。蠱者,有事而待能之時也,故君子以濟民養德也。[疏]正義曰:必云“山下有風”者,風能搖動,散佈潤澤。今“山下有風”,取君子能以恩澤下振於民,育養以德。“振民”,象“山下有風”;“育德”象山在上也。
《象伝》は言う。山の下に風有り、これが蠱卦である。君子はそれを取法して、百姓を振済し徳行を培育す。王弼注の解釈。蠱は弁ずべき事有りて賢能の人を待つ時候なので、君子はこれに拠りて百姓を救済し徳行を涵養す。孔穎達の疏の申説。「山下有風」と言う所以は、風は能く万物を揺動し潤沢を散布するによる。今「山下有風」は、君子が能く恩沢を以て下に向かって百姓を振済し、徳を以て彼らを涵育するの意を取る。「振民」は「山下有風」に象を取り、「育徳」は則ち山が高く上に踞るに象を取る。
初六:幹父之蠱,有子,考無咎,厲終吉。處事之首,始見任者也。以柔巽之質,幹父之事,能承先軌,堪其任者也,故曰“有子”也。任為事首,能堪其事,“考”乃無咎也,故曰“有子考無咎”也。當事之首,是以危也。能堪其事,故“終吉”。[疏]“初六”至“厲終吉”。○正義曰:“幹父之蠱”者,處事之首,以柔巽之質幹父之事,堪其任也。“有子考無咎”者,有子既能堪任父事,“考”乃“無咎”也。以其處事之初,若不堪父事,則“考”有咎也。“厲終吉”者,厲,危也。既為事初,所以危也。能堪其事,所以“終吉”也。
経文の初六爻辞は言う。父の遺した積弊を整治すれば、このような兒子あって、先父は過咎なし。危厲有ると雖も、終竟は吉祥。王弼注の解釈。初六は事を弁ずるの開頭に処し、剛く任用せられ始めた人である。それは柔順謙遜の資質を以て父の事業を承弁し、能く先人の規矩を継承し、この份の責任を担当し起こせる。ゆえに「有子」。事情の開端を担任して能くその事を勝任すれば、「考」――すなわち父――は初めて過咎なし。ゆえに「有子考无咎」。身に事の起頭に当たる。よって危険有り。能くその事を勝任す。ゆえに「終吉」。孔穎達の疏は「初六」から「厲終吉」までを申説する。所謂「幹父之蠱」は、初六が事を弁ずるの首に処し、柔順謙遜の資質を以て父の事を弁じ、能くこの份の責任を担当するを言う。所謂「有子考无咎」は、このような兒子有れば、すでに能く父の事業を担い起こせば、先父は初めて過咎なきを得るを言う。それが事を弁ずるの開端に処するので、もし父の事を担い起こせなければ、先父は即ち過咎有らん。所謂「厲終吉」は、「厲」は危険である。すでに身に事の開頭に在るので、危険なり。能くその事を勝任す。ゆえに「終吉」。
《象》曰:“幹父之蠱”,意承“考”也。幹事之首,時有損益,不可盡承,故意承而已。[疏]正義曰:釋“幹父之蠱”義。凡堪幹父事,不可小大損益一依父命,當量事制宜以意承考而巳。對文父沒稱“考”,若散而言之,生亦稱“考”。若《康誥》云:“大傷厥考心。”是父在稱考。此避幹父之文,故變云“考也”。
《象伝》は言う。「幹父之蠱」は、意旨の上に於て父を承継す。王弼注の解釈。事を弁ずるの初めに、時勢に随いて減損増益有るべく、一概に照搬承襲する能わず。ゆえにただ意旨の上に於て承継するのみ。孔穎達の疏の申説。これは「幹父之蠱」の含意を解釈する――凡そ能く父の事業を承弁する人は、事の大小、増減するや否やを問わず一律に皆父の吩咐に照りて做すべからず。当に事情を衡量し宜しき所を裁定して、意旨の上に於て父を承継するのみ可なり。対挙して文を成す時は、父が去世して初めて「考」と称す。もし分けて泛く言えば、父が在世でもまた「考」と称しうる。たとえば《尚書・康誥》は「大傷厥考心」と言う。あれは即ち父が在世にして「考」と称する。此処は上文の「幹父」の「父」の字を避けんとするので、変換して「考」と言う。
九二:幹母之蠱,不可貞。居於內中,宜幹母事,故曰“幹母之蠱”也。婦人之性難可全正,宜屈已剛。既幹且順,故曰“不可貞”也。幹不失中,得中道也。[疏]正義曰:居內處中,是幹母事也。“不可貞”者,婦人之性難可全正,宜屈己剛,不可固守貞正,故云“不可貞”也。《象》曰:“幹母之蠱”,得中道也。[疏]正義曰:“得中道”者,釋“幹母之蠱”義。雖不能全正,猶不失在中之道,故云“得中道”也。
経文の九二爻辞は言う。母の遺した積弊を整治す、固く正を守り執るべからず。王弼注の解釈。九二は内卦の中に居り、母の一方の事を承弁するに宜し。ゆえに「幹母之蠱」。婦人の性情は事事に皆正に合乎すること難し。兒子と為る者は当に自己の剛強を屈抑すべし。すでに事を弁成せねばならず、また母に順わねばならず。ゆえに「不可貞」。このように弁事して中道を失わざれば、即ち中道を得。孔穎達の疏の申説。九二は内卦に居りて中位に処し、正に母の事を承弁する。所謂「不可貞」は、婦人の性情は完全に端正なること難く、当に自己の剛性を委屈し、固執して貞正を死守すべからずを言う。ゆえに「不可貞」。《象伝》は言う。「幹母之蠱」は、中道を得。孔穎達の疏の申説。所謂「得中道」は、「幹母之蠱」の含意を解釈する――事事に完全に正に合乎しえずと雖も、依然として居中の道を失わず。ゆえに「得中道」。
九三:幹父之蠱,小有悔,無大咎。以剛幹事,而無其應,故“有悔”也。履得其位,以正幹父,雖“小有悔”,終無大咎。[疏]正義曰:“幹父之蠱小有悔”者,以剛幹事而無其應,故“小有悔”也。“無大咎”者,履得其位,故終無大咎也。《象》曰:“幹父之蠱”,終無咎也。
経文の九三爻辞は言う。父の遺した積弊を整治すれば、稍々悔恨有るも、大きな過咎はなし。王弼注の解釈。九三は剛強の質を以て事を弁ずるも、相応の爻なし。ゆえに「有悔」。ただしその居る所は正位を得て、端正の道を以て父の事業を承弁す。小さく悔有りと雖も、終竟に大きな過咎なし。孔穎達の疏の申説。所謂「幹父之蠱小有悔」は、剛強を以て弁事して相応の爻なきによる。ゆえに稍々悔恨有り。所謂「无大咎」は、それが位を履んで正を得るので、終竟に大きな過咎なし。《象伝》は言う。「幹父之蠱」は、終竟に過咎なし。
六四:裕父之蠱,往見吝。體柔當位,幹不以剛而以柔和,能裕先事者也。然無其應,往必不合,故曰“往見吝”。[疏]“《象》曰”至“見吝”。○正義曰:“裕父之蠱”者,體柔當位,幹不以剛,而以柔和能容裕父之事也。“往見吝”者,以其無應,所往之處,見其鄙吝,故“往未得”也。《象》曰:“裕父之蠱”,往未得也。
経文の六四爻辞は言う。寛緩を以て父の遺した積弊に対待すれば、往けば憾惜に遇わん。王弼注の解釈。六四は本体が柔順にして居る所は当を得、弁事は剛強を用いずして柔和を用い、能く寛緩に先人の遺留した事務を処理す。ただそれは相応の爻なく、往けば必定に合わざるなり。ゆえに「往見吝」。孔穎達の疏は「《象》曰」から「見吝」までを申説する。所謂「裕父之蠱」は、それが体質柔順で位置当を得て、弁事は剛強に靠らず、柔和の道を以て寛緩に父の事業を容受するを言う。所謂「往見吝」は、それに相応の爻なく、往く所の処はただ鄙陋憾惜に碰上するのみ。ゆえに「往未得」。《象伝》は言う。「裕父之蠱」は、往けばなお得る所有る能わざるなり。
六五:幹父之蠱,用譽。以柔處尊,用中而應,承先以斯,用譽之道也。[疏]“《象》曰”至“用譽”。○正義曰:“幹父之蠱用譽”者,以柔處尊,用中而應,以此承父,用有聲譽。《象》曰:“幹父用譽”,承以德也。以柔處中,不任威力也。[疏]正義曰:釋“幹父用譽”之義。奉承父事,唯以中和之德,不以威力,故云“承以德”也。
経文の六五爻辞は言う。父の遺した積弊を整治して、よって美誉を獲得す。王弼注の解釈。六五は柔順を以て尊位に居り、中道を用いて下と相応じ、このような態度を以て先人の事業を承継す、正に美誉を獲得するの道である。孔穎達の疏は「《象》曰」から「用誉」までを申説する。所謂「幹父之蠱用誉」は、それが柔を以て尊に居り、中道を用いて相応有りて、このような方式を以て父の事業を承弁して、よって声誉有るを言う。《象伝》は言う。「幹父用誉」は、徳行を以て承継す。王弼注の解釈。柔順を以て中位に居り、威勢武力に倚仗せざるなり。孔穎達の疏の申説。これは「幹父用誉」の含意を解釈する――父の事業を奉承するは、ただ中和の徳を用い、威勢武力を用いず。ゆえに「承以徳」。
上九:不事王侯,高尚其事。最處事上而不累於位,“不事王侯,高尚其事”也。[疏]正義曰:最處事上,不復以世事為心,不繫累於職位,故不承事王侯,但自尊高慕尚其清虛之事,故云“高尚其事”也。《象》曰:“不事王侯”,志可則也。[疏]正義曰:釋“不事王侯”之義。身既不事王侯,志則清虛高尚,可法則也。
経文の上九爻辞は言う。王侯に事えず、自己の操守を高遠に視る。王弼注の解釈。上九は諸事の最も上に処して職位に牽累されず。ゆえに「不事王侯、高尚其事」。孔穎達の疏の申説。それは諸事の最上位に処し、再び世俗の事務を心の上に置かず、職位に牽累せられざる。ゆえに往きて王侯に事えず、ただ自尊自高して清虚恬淡の事を仰慕崇尚す。ゆえに「高尚其事」。《象伝》は言う。「不事王侯」は、その志向は以て法則と為りうる。孔穎達の疏の申説。これは「不事王侯」の含意を解釈する――彼はすでに王侯に事えざれば、心志は便ち清虚高尚で、人に取りて法則と為さしめうる。
臨卦
兌下坤上。臨:元亨利貞。至于八月有凶。[疏]“臨元亨”至“有凶”。○正義曰:案《序卦》云:“臨,大也。”以陽之浸長,其德壯大,可以監臨於下。故曰“臨”也。剛既浸長,說而且順,又以剛居中,有應於外大,得亨通而利正也,故曰“元亨利貞”也。“至于八月有凶”者,以物盛必衰,陰長陽退,臨為建丑之月,從建丑至於七月建申之時,三陰既盛,三陽方退,小人道長,君子道消,故八月有凶也。以盛不可終保,聖人作《易》以戒之也。
卦象は兌が下にあり、坤が上にある。経文の卦辞は言う。臨卦は、大いに亨通し、正を守るに宜しく、第八個月に到れば凶険有らん。孔穎達の疏は「臨元亨」から「有凶」までを申説する。《序卦伝》に按ずるに「臨は、すなわち大」という。陽気が漸々に生長して、その徳は壮大にして、高きに居りて下に臨んで下民を監臨しうるによる。ゆえに「臨」と呼ぶ。陽剛がすでに漸長し、卦徳は喜悦にしてまた和順で、また陽剛を以て中位に居り、外卦に於て感応する所有り。よって大いに亨通を得て正を守るに宜し。ゆえに「元亨利貞」。所謂「至于八月有凶」は、事物が盛極すれば必ず衰え、陰気が生長して陽気が退避するによる。臨卦の配する所は建丑の月で、建丑より往下して第七個月の建申の時に数え至れば、三陰はすでに盛大、三陽は正に消退し、小人の道は滋長し、君子の道は消亡す。ゆえに第八個月に凶有り。盛極して最後まで保つ能わざるは、聖人が《周易》を作るは即ちこの個を拿りて以て世人を告誡せんと要するなり。
《彖》曰:臨,剛浸而長,說而順,剛中而應,大亨以正,天之道也。陽轉進長,陰道日消,君子日長,小人日憂,“大亨以正”之義。[疏]“《彖》曰”至“天之道也”。○正義曰:“臨剛浸而長說而順”者,此釋卦義也。凡諸卦之例,說而順之,下應以“臨”字結之。此無“臨”字者,以其剛中而應,亦是“臨”義,故不得於剛中之上而加“臨”也。“剛中而應,大亨以正,天之道”者,天道以剛居中而下,與地相應,使物大得亨通而利正,故《乾卦》“元、亨、利、貞”。今此《臨》卦,其義亦然,故云“天之道也”。
《彖伝》は言う。臨卦は、陽剛が漸々に生長し、喜悦にして和順で、陽剛が中に居りて上下相応じ、大いに亨通してまた能く正を守る。これがすなわち天の法則である。王弼注の解釈。陽気は転じて前進生長し、陰気の道は日漸に消退し、君子は一天天に壮大し、小人は一天天に憂懼す。これがすなわち「大亨以正」の含意。孔穎達の疏は「《彖》曰」から「天之道也」までを申説する。所謂「臨剛浸而長、説而順」は、これは卦義を解釈す。各卦の通例に按ずれば、「説而順」の下は当に一個の「臨」の字を用いて以て収結すべし。ここに「臨」の字なきは、下文の「剛中而応」もまた同様に「臨」の意なるによる。ゆえに「剛中」の上に再び「臨」の字を加ええず。所謂「剛中而応、大亨以正、天之道」は、天道が陽剛を以て中に居りて下降して、地と相応じ、万物をして大いに亨通を得て正を守るに宜からしむるを言う。ゆえに《乾卦》は「元、亨、利、貞」を具備す。今この《臨》卦は、道理もまた一様なり。ゆえに「天之道也」。
至于八月有凶,消不久也。八月陽衰而陰長,小人道長,君子道消也,故曰“有凶”。[疏]“至于八月”至“久也”。○正義曰:證“有凶”之義,以其陽道既消,不可常久,故“有凶”也。但復卦一陽始復,剛性尚微,又不得其中,故未有“元亨利貞”。泰卦三陽之時,三陽在下,而成乾體,乾下坤上,象天降下,地升上,上下通泰,物通則失正,故不具四德。唯此卦二陽浸長,陽浸壯大,特得稱臨,所以四德具也。然陽長之卦,每卦皆應“八月有凶”。但此卦名臨,是盛大之義,故於此卦特戒之耳。若以類言之,則陽長之卦,至其終末皆有凶也。○注“八月”至“有凶”。○正義曰:云“八月”者,何氏云:“從建子陽生至建未為八月。”褚氏云:“自建寅至建酉為八月。”今案:此注云“小人道長,君子道消”,宜據否卦之時,故以臨卦建丑,而至否卦建申為八月也。
《彖伝》は続けて言う。「至于八月有凶」は、陽道の消退が期に遠からざるを言う。王弼注の解釈。八月の裡に陽気は衰微して陰気が生長し、小人の道は滋長し、君子の道は消亡す。ゆえに「有凶」。孔穎達の疏は「至于八月」から「久也」までを申説する。これは「有凶」の含意を印証す――陽道がすでに消退して、長久に保持しえざるによる。ゆえに「有凶」。ただし《復卦》はただ一陽が剛く回復したのみで、剛性はなお甚だ微弱にして、また中に居らず。ゆえにまだ「元亨利貞」を談ずるに及ばず。《泰卦》は三陽の時で、三陽は下に在りて乾体を成し、乾下坤上は、天気が下降し地気が上昇して、上下通泰するを象徴す。然るも万物が通泰すれば即ち端正に失し易い。ゆえにまた四徳を具せず。唯だ臨卦は二陽が漸長し、陽気が漸々に壮大に趨し、特に「臨」と称しうる。ゆえに四徳を斉備す。然るも凡そ陽気生長の卦は、每一卦が皆同様に「八月有凶」を適用す。ただこの一卦の名が「臨」で、盛大の義を含むによる。ゆえに特にこの一卦の裡に於て告誡を加えるのみ。もし類推に按じて言えば、陽長の卦は終末に到れば皆凶有らん。孔穎達はまた王弼注の「八月」から「有凶」までを疏解する。「八月」に説到れば、何氏は言う。「建子の陽気初生より建未に数え至るは、八個月。」褚仲都は言う。「建寅より建酉に数え至るは、八個月。」今考察すれば、此の注は「小人道長、君子道消」と言う。当に《否卦》の時に依拠すべし。ゆえに臨卦の配する所の建丑の月より、否卦の配する所の建申の月に数え至りて、八個月と算えす。
《象》曰:澤上有地,臨。君子以教思無窮,容保民無疆。相臨之道,莫若說順也。不恃威制,得物之誠,故物無違也。是以“君子教思無窮,容保民無疆”也。[疏]“《象》曰”至“無疆”。○正義曰:“澤上有地”者,欲見地臨於澤,在上臨下之義,故云“澤上有地”也。“君子以教思無窮”者,君子於此臨卦之時,其下莫不喜說和順,在上但須教化,思念無窮巳也,欲使教恆不絕也。“容保民無疆”者,容謂容受也。保安其民,無有疆境,象地之闊遠,故云“無疆”也。
《象伝》は言う。沢の上に地有り、これが臨卦である。君子はそれを取法して、百姓を教誨する心は窮尽なく、容納して百姓を安保するは辺界なし。王弼注の解釈。彼此相臨の道は、喜悦和順より善きはなし。威勢に倚仗して圧制せずして、万物の誠心を取得す。ゆえに万物は違逆せず。よって「君子教思无窮、容保民无疆」と言う。孔穎達の疏は「《象》曰」から「无疆」までを申説する。所謂「沢上有地」は、地が沢に臨み上に居りて下に臨むの意を顕出せんと要す。ゆえに「沢上有地」。所謂「君子以教思无窮」は、君子が臨卦のこのような時に於て、下面の人は歓悦和順せざるなく、上位に居る者はただ教化を施行して、心の裡に挂念して已まざるを須し、教化を永逺に断絶せしめざらんと要するを言う。所謂「容保民无疆」は、「容」は容納接受の意である。その百姓を安保して疆界の限制なし。大地の遼闊広遠に象を取る。ゆえに「无疆」。
初九:咸臨,貞吉。“咸”感也。感,應也。有應於四,感以臨者也。四履正位,而已應焉,志行正者也。以剛感順,志行其正,以斯臨物,正而獲吉也。[疏]正義曰:咸,感也。有應於四,感之而臨,志行得正,故“貞吉”也。《象》曰:“咸臨貞吉”,志行正也。[疏]正義曰:“咸臨貞吉,志行正”者,釋“咸臨貞吉”之義。四既履得正位,己往與之相應,是己之志意行而歸正也。
経文の初九爻辞は言う。感応の心を以て上に居りて下に臨み、正を守りて吉を得る。王弼注の解釈。「咸」はすなわち「感」で、「感」はすなわち相応。初九は六四と相応じ、感応の方式を以て下に臨む。六四の居る所は正位で、しかして自己がそれと相応ず。心志の行う所が端正なるが見える。陽剛を以て往きて柔順を感動し、心志は正道を走る。このような態度を以て万物に臨御すれば、端正なのでよって吉を獲る。孔穎達の疏の申説。「咸」は感の意。初九は六四と相応じ、感応に因りて下に臨み、心志の行う所は正を得る。ゆえに「貞吉」。《象伝》は言う。「咸臨貞吉」は、心志の行う所が端正。孔穎達の疏の申説。所謂「咸臨貞吉、志行正」は、「咸臨貞吉」の含意を解釈する――六四がすでに正位を履得し、自己が前に往きてそれと相応ずる、これがすなわち自己の心意の行う所が端正に帰する。
九二:咸臨,吉,無不利。有應在五,感以臨者也。剛勝則柔危,而五體柔,非能同斯志者也。若順於五,則剛德不長,何由得“吉無不利”乎?全與相違,則失於感應,其得“咸臨,吉無不利”,必未順命也。[疏]正義曰:“咸臨吉”者,咸,感也。有應於五,是感以臨而得其吉也。“無不利”者,二雖與五相應,二體是剛,五體是柔,兩雖相感,其志不同。若純用剛往,則五所不從,若純用柔往,又損已剛性,必須商量事宜,有從有否,乃得“無不利”也。
経文の九二爻辞は言う。感応の心を以て上に居りて下に臨めば、吉祥、利ならざるなし。王弼注の解釈。九二は六五と相応じ、感応の方式を以て下に臨む。剛強が上風を占めれば、柔弱は即ち危険なり。しかして六五は本体柔弱で、並びに九二と同一心志能くする者ではない。もし一味に六五に順従せば、あれば剛健の徳は即ち生長するに従無く、また何を憑りて「吉无不利」を得んか。しかし完全にそれと相違背すれば、また感応の義を失掉す。それが「咸臨、吉无不利」を得えた所以は、必定に一味に六五の命に順従しなかった。孔穎達の疏の申説。所謂「咸臨吉」は、「咸」は感である。九二は六五と相応ず。これは感応を以て下に臨みて吉を得る。所謂「无不利」は、九二は六五と相応ずると雖も、しかし九二は本体剛強で六五は本体柔弱で、両者は相感ずると雖も、心志は却って相同じからざるを言う。もし一味に剛強を用いて往かば、六五は即ち聴従することを肯んぜざらん。もし一味に柔順を用いて往かば、また自己の剛性を損傷す。必ず事情の軽重を斟酌して、聴従する有り、聴従せざる有りて、初めて「无不利」を能くす。
《象》曰:“咸臨,吉,無不利”,未順命也。[疏]正義曰:“未順命”者,釋“無不利”之義。未可盡順五命,須斟酌事宜,有從有否,故得“無不利”也。則君臣上下獻可替否之義也。
《象伝》は臨卦の九二の爻辞を解釈して言う。爻辞の講ずる「咸臨、吉、无不利」は、九二が君上の命に対して並びに一味の順従に非ざるによる。孔穎達の疏の申説。所謂「未順命」は、「无不利」のこの三個の字の道理を解釈す。九二は上に六五の君に応ずると雖も、六五の命令を全部に照単接受すべからず。必ず事情が合宜するや否やを斟酌して、聴従すべきは聴従し、聴従すべからざるは即ち否決して、このようにして初めて処処に「无不利」。これが正に君臣上下の間の「献可替否」の道理を体現す――可行の主張を進献し、不可行の做法を廃止す。
六三:甘臨,無攸利。既憂之,無咎。甘者,佞邪說媚不正之名也。履非其位,居剛長之世,而以邪說臨物,宜其“無攸利”也。若能盡憂其危,改脩其道,剛不害正,故“咎不長”。[疏]正義曰:“甘臨”者,謂甘美諂佞也。履非其位,居剛長之世,而以邪說臨物,故“無攸利”也。“既憂之無咎”者,既,盡也。若能盡憂其危,則剛不害正,故“無咎”也。《象》曰:“甘臨”,位不當也。“既憂之”,咎不長也。[疏]正義曰:“既憂之,咎不長”者,能盡憂其事,改過自脩,其咎則止,不復長久,故“無咎”也。
経文の臨卦六三爻辞は言う。「甘臨、无攸利。既憂之、无咎。」甜言蜜語を用いて下民に臨御すれば、好処する所なし。もし能く徹底にこの処境を憂懼すれば、便ち過咎なからん。王弼注の解釈。「甘」は奸佞邪僻にして、諂媚討好して行為不正なるの名目である。六三は陰柔を以て陽位に居り、処する所の爻位は本来当たらず、また正に初九・九二の両個の剛爻が生長する世に当たり、却って邪僻の説を用いて万物に臨御す。当然「无攸利」。もし能く危険を徹底に憂慮し一遍して、過を改め正して自己の路数を修すれば、剛陽は即ち正道を傷害せざらん。ゆえに《象伝》は「咎不長」と言う。孔穎達はさらに申説する。所謂「甘臨」は、即ち甘美諂佞の話を用いて人に臨む。六三の居る所の位は当たらず、また剛爻の生長する時勢の裡に処して、邪説を以て物に臨む。ゆえに「无攸利」。「既憂之、无咎」に至っては、「既」は「尽」の意である。能く危険を憂慮して極処に到れば、剛陽は便ち正道を傷害するに至らず。よって過咎有らざらん。《象伝》は言う。「甘臨」は六三の爻位が恰当ならざるによる。「既憂之」なれば、過咎は長久せざらん。孔穎達は再び申説する。能くこの件の事を憂慮周全して、過失を改正し自我を修治せば、過咎は即ち此に就きて止住し、再び延続長久せず。ゆえに「无咎」。
六四:至臨,無咎。處順應陽,不忌剛長,而乃應之,履得其位,盡其至者也。剛勝則柔危,柔不失正,乃得“無咎”也。[疏]正義曰:履順應陽,不畏剛長,而巳應之,履得其位,能盡其至極之善而為臨,故云“至臨”。以柔不失正,故“無咎”也。《象》曰:“至臨,無咎”,位當也。[疏]正義曰:釋“無咎”之義。以六四以陰所居得正,柔不為邪,位當其處,故無咎也。
経文の臨卦六四爻辞は言う。「至臨、无咎。」最も切近の方式を以て下民に臨御すれば、過咎なからん。王弼注の解釈。六四は身に坤体の柔順の中に処して下に初九の陽に応じ、剛爻の生長を忌憚せず、反って之と相応ず。それは陰爻を以て陰位に居りて位置当を得るは、「臨」を極致に致した一爻である。一般に言えば剛強が勢を得れば柔弱は即ち危険なりと雖も、しかし六四は柔順にして正道を失わず。ゆえに能く无咎。孔穎達はさらに申説する。六四は柔順の道を踏みて陽爻に応和し、剛爻の上長を畏懼せず、しかして自己は初九と相応じ、居る所の位はまた正しく、能く臨御の善を極処に致しうる。ゆえに爻辞はそれを「至臨」と称す。それが柔順にして正道を失わざるので、過咎有らざらん。《象伝》は言う。「至臨、无咎」は、六四の居る所の爻位が恰当なるによる。孔穎達の申説。これは「无咎」の道理を解釈する――六四は陰爻を以て陰位に居りてその正を得て、柔順にして邪僻に流れず、位置と身分が相称す。ゆえに過咎なし。
六五:知臨,大君之宜,吉。處於尊位,履得其中,能納剛以禮,用建其正,不忌剛長而能任之,委物以能而不犯焉,則聰明者竭其視聽,知力者盡其謀能,不為而成,不行而至矣。“大君之宜”,如此而已,故曰“知臨大君之宜吉”也。[疏]正義曰:“處於尊位,履得其中,能納剛以禮,用建其正,不忌剛長而能任之”,故“聰明者竭其視聽,知力者盡其謀能”,是知為臨之道,大君之所宜以吉也。《象》曰:“大君之宜”,行中之謂也。[疏]正義曰:釋“大君之宜”,所以得宜者,止由六五處中,行此中和之行,致得“大君之宜”,故言“行中之謂也”。
経文の臨卦六五爻辞は言う。「知臨、大君之宜、吉。」明智を以て天下に臨御す、これは大君の応有の做法で、吉祥。王弼注の解釈。六五は尊貴の位に処し、居る所はまた上卦の中を得て、能く礼を以て剛陽の才を接納し、彼らを用いて正道を樹立す。剛爻の生長を忌憚せずして能く彼らを任用し、才能に按じて事情を委託し下して自己は往きて干与侵奪せず。こうなれば、耳目の聡明なる者は即ち視聴の能を用尽し、智謀才力有る者は即ち謀劃の力を用尽し、君主は親身に做るを必せずして事情は自成し、親身に行うを必せずして目的は自達す。所謂「大君之宜」は、過ぎず如此而已。ゆえに爻辞は「知臨、大君之宜、吉」と言う。孔穎達はさらに申説する。正に「処於尊位、履得其中、能納剛以礼、用建其正、不忌剛長而能任之」あるがゆえに、初めて「聡明者竭其視聴、知力者尽其謀能」の局面有り。これがすなわち明智を以て臨御の道と為し、大君の適宜採用して吉を得るの做法である。《象伝》は言う。「大君之宜」は、説く所は中道を施行する。孔穎達の申説。これは「大君之宜」を解釈する――六五がその宜しきを得た所以は、ただそれが上卦の中に居りて、この種の中和の徳行を施行し、よって「大君之宜」に配得上するによる。ゆえに《象伝》は「行中之謂也」と言う。
上六:敦臨,吉,無咎。處坤之極,以敦而臨者也。志在助賢,以敦為德,雖在剛長,剛不害厚,故“無咎”也。[疏]正義曰:敦,厚也。上六處坤之上,敦厚而為臨,志在助賢,以敦為德,故云“敦臨,吉”。雖在剛長,而志行敦厚,剛所以不害,故“無咎”也。象曰:“敦臨”之吉,志在內也。[疏]正義曰:釋“敦臨吉”之義。雖在上卦之極,志意恆在於內之二陽,意在助賢,故得吉也。
経文の臨卦上六爻辞は言う。「敦臨、吉、无咎。」敦厚の徳を以て下民に臨御す、吉祥、過咎なからん。王弼注の解釈。上六は坤卦の最上端に処し、敦厚を用いて臨御する一爻である。それは心志に賢者を輔助するに在り、敦厚を以て自己の徳行と為す。身に剛爻の生長する世に処すると雖も、剛強は却ってこの份の厚徳を傷害しえず。ゆえに无咎。孔穎達はさらに申説する。「敦」はすなわち厚。上六は坤体の上に居り、敦厚の心を以て人に臨み、志に賢者を輔助するに在り、敦厚を以て徳行と為す。ゆえに爻辞は「敦臨、吉」と言う。正当に二陽の生長する時に当たると雖も、しかしそれの心志と行為は皆敦厚で、剛爻はこれによりそれを傷害せざらん。ゆえに過咎有らざらん。《象伝》は言う。「敦臨」の吉なる所以は、それの心志が内卦に在るによる。孔穎達の申説。これは「敦臨吉」の道理を解釈する――上六は身に上卦の極位に在ると雖も、心意は始終に内卦の初九・九二の両個の陽爻に繋於り、一心に賢者を輔助せんと要す。ゆえに能く吉を得る。
観卦
坤下巽上。觀:盥而不薦,有孚顒若。王道之可觀者,莫盛乎宗廟。宗廟之可觀者,莫盛於盥也。至薦簡略,不足復觀,故觀盥而不觀薦也。孔子曰:“禘自既灌而往者,吾不欲觀之矣。”盡夫觀盛,則“下觀而化”矣。故觀至盥則“有孚顒若”也。
観卦の卦体は坤が下にあり、巽が上にある。経文の卦辞は言う。「観、盥而不薦、有孚顒若。」宗廟の祭を観仰して、「盥」――鬱鬯を以て地に灌ぎて神を降すこの一節を見るだけで足りて、後の祭品を進献する儀節を再び見るを必せず、下民は自ら心に誠信を懐き容貌肅然とせん。王弼注の解釈。王道の中の最も観仰に値するは、宗廟の祭を過ぐるなし。宗廟の祭の中の最も観仰に値するは、また「盥」のこの一節を過ぐるなし。「薦」に到れば、すなわち籩豆を陳設して祭品を献上する時は、礼儀は転じて簡略と為り、再び見るに値せず。ゆえにただその盥を観てその薦を観ず。《論語・八佾》は孔子の言を記す。「禘は既灌より往く者は、吾は之を観るを欲せず」――禘祭は地に灌ぎて神を降して後の部分は、我は見るを欲しない。最も盛大の一節を観仰し尽せば、下に在る人は便ち「下観而化」し、観仰に因りて感化を受ける。ゆえに「盥」のこの一節を観るだけで即ち「有孚顒若」しうる。
[疏]“觀盥而”至“顒若”。○正義曰:“觀”者,王者道德之美而可觀也,故謂之觀。“觀盥而不薦”者,可觀之事,莫過宗廟之祭盥,其禮盛也。薦者,謂既灌之後,陳薦籩豆之事,故云“觀盥而不薦”也。“有孚顒若”者,孚,信也。但下觀此盛禮,莫不皆化,悉有孚信而顒然,故云“有孚顒若”。○注“王道之可觀”至“有孚顒若也”。○正義曰:“盡夫觀盛則下觀而化”者,“觀盛”謂觀盥禮盛則休而止,是觀其大,不觀其細,此是下之效上,因“觀”而皆化之矣。故“觀至盥則有孚顒若”者,顒是嚴正之貌,“若”為語辭,言“下觀而化”,皆孚信容貌儼然也。
孔穎達は経文の「観盥而」より「顒若」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「観」は、君王の道徳の美が人に観仰せしむるに足るを指す。よってこの一卦は名を「観」と為す。所謂「観盥而不薦」は、観仰に値する事は、宗廟祭祀の中の「盥」のこの一節を過ぐるなく、その礼は最も隆盛なるを言う。「薦」は、地に灌ぎて神を降した後に籩豆を陳設し祭品を進献する儀節を指す。ゆえに卦辞は「観盥而不薦」と言う。所謂「有孚顒若」は、「孚」は誠信である。下に在る人がこの場の盛礼を観仰すれば、感化を受けざるなく、人人は心に誠信を存して容色荘敬す。ゆえに「有孚顒若」。以下は王弼注の「王道之可観」より「有孚顒若也」に至る一段を疏解す。正義は言う。注文の講ずる「尽夫観盛則下観而化」は、その中の「観盛」は盥礼のこの最盛の節を観て便ち停住するを言う。これがすなわちただそれの大処を看て、それの細処を看ざるなり。これは下に在る者が上に在る者を效法して、この一の「観」に因りて全て感化を受けた。注文はまた言う「観至盥則有孚顒若」。「顒」は厳正の容貌で、「若」は語助の辞で、意は下に在る人が観仰に因りて化を受け、個個に心に誠信を懐き儀容儼然たる。
《彖》曰:大觀在上,下賤而上貴也。[疏]正義曰:謂大為在下,所觀唯在於上,由在上既貴,故在下大觀。今大觀在於上。順而巽,中正以觀天下,觀。“盥而不薦,有孚顒若”,下觀而化也。觀天之神道,而四時不忒。聖人以神道設教,而天下服矣。統說觀之為道,不以刑制使物,而以觀感化物者也。神則無形者也。不見天之使四時,“而四時不忒”,不見聖人使百姓,而百姓自服也。
《彖伝》は言う。「大観在上、下賤而上貴也。」偉大の観仰対象は高く上位に居り、下に在る者は卑賤にして上に在る者は尊貴。孔穎達の疏の申説。これは「大」の一方が下に在りて、観仰する所の対象はただ上に在るを講ずる。上に在る者がすでに尊貴なるによるに、下に在る者は初めて盛大の観仰有り。今この以て大観するに足る対象は正に上位に処す。《彖伝》は続けて言う。「順而巽、中正以観天下、観。『盥而不薦、有孚顒若』、下観而化也。観天之神道、而四时不忒。聖人以神道設教、而天下服矣。」坤は順にして巽入し、中正の徳を以て天下に観示す。これがすなわち観卦。「盥而不薦、有孚顒若」は、下に在る者が観仰に因りて化を受ける。上天の神妙の道を観察すれば、四季の運行は毫も差錯なし。聖人はこの神妙の道を取法して以て教化を設立すれば、天下は即ち自然に帰服す。王弼注の解釈。これは「観」を一種の治道として総説して、刑罰を用いて万物を強制せず、観仰を以て万物を感化す。「神」はすなわち無形の物である。人は上天が四時を駆使するを見えず、しかして「四时不忒」。聖人が百姓を駆使するを見えず、しかして百姓は自然に帰服す。
[疏]“順而巽”至“天下服矣”。○正義曰:順而和巽,居中得正,以觀於天下,謂之“觀”也。此釋觀卦之名。“觀盥而不薦,有孚顒若,下觀而化”者,釋“有孚顒若”之義,本由在下,觀效在上而變化,故“有孚顒若”也。“觀天之神道而四時不忒”者,此盛名觀卦之美,言“觀盥”與天之神道相合,觀此天之神道而四時不有差忒。“神道”者,微妙無方,理不可知,目不可見,不知所以然而然,謂之“神道”,而四時之節氣見矣。豈見天之所為,不知從何而來邪?蓋四時流行,不有差忒,故云“觀天之神道而四時不忒”也。“聖人以神道設教,而天下服矣”者,此明聖人用此天之神道,以“觀”設教而天下服矣。天既不言而行,不為而成,聖人法則天之神道,本身自行善,垂化於人,不假言語教戒,不須威刑恐逼,在下自然觀化服從,故云“天下服矣”。
孔穎達は《彖伝》の「順而巽」より「天下服矣」に至る一段を疏解す。正義は言う。柔順にしてまた和巽で、中に居りてその正を得、このような徳行を以て天下に観示すを、「観」と呼作す。この一句は観卦の卦名を解釈す。《彖伝》の言う「観盥而不薦、有孚顒若、下観而化」は、卦辞の「有孚顒若」の道理を解釈す。根本は下に居る人が観仰し上に在る者を效法して変化を発生するに在る。ゆえに初めて「有孚顒若」。《彖伝》の言う「観天之神道而四时不忒」は、極力に観卦の善を称美する。意は卦辞の言う所の「観盥」と上天の神妙の道が正に相契合する。あの上天の神道を観仰すれば、四季は便ち差錯なし。所謂「神道」は、微妙にして定方なく、その理は推知すべからず、その形は目見すべからず。なぜこのようかを説出しえずして自然にこのよう。よって「神道」と呼作し、しかして四時の節気は即ちその中に於て顕現し出ず。誰かまた上天が具体に何を做したかを見たことがあらん。誰かまた四時が何処より来るを知らん。ただ四時が依次に流行して、従来差錯せざるのみ。ゆえに「観天之神道而四时不忒」。《彖伝》の言う「聖人以神道設教、而天下服矣」は、聖人が上天のこの種の神妙の道を取用して、「観」の方式を以て教化を設立すれば、天下は便ち皆帰服するを表明す。上天は一言を発せずして運行不息し、有意に造作せずして万物は自成す。聖人は上天の神道を效法し、先ず自身より善を行うより做起して、教化を百姓に垂示し、言語訓誡に借助するを必せず、また威刑を用いて恐嚇逼迫するをも必せず。下に在る人は自然に観仰し化を受け、順従帰服す。ゆえに「天下服矣」。
《象》曰:風行地上,觀。先王以省方觀民設教。[疏]正義曰:“風行地上”者,風主號令行於地上,猶如先王設教在於民上,故云“風行地上觀”也。“先王以省方觀民設教”者,以省視萬方,觀看民之風俗,以設於教,非諸侯以下之所為,故云“先王”也。
《象伝》は言う。「風行地上、観。先王以省方観民設教。」風が大地の上に吹行す、これが観卦の象である。先王はそれを取法して、四方を巡視し民情を観察して以て教化を設立す。孔穎達の疏の申説。所謂「風行地上」は、風は号令を主り、大地の上を行走す。先王が教化を万民の上に施行するに好似る。ゆえに「風行地上観」。所謂「先王以省方観民設教」は、万方を巡省し、民間の風俗を観看し、これに拠りて教化を設立するを言う。これは諸侯以下の人の為しうる所の事ではない。ゆえに《象伝》は特に「先王」と称す。
初六:童觀,小人無咎,君子吝。處於觀時,而最遠朝美,體於陰柔,不能自進,無所鑑見,故曰“童觀”。巽順而巳,無所能為,小人之道也,故曰“小人無咎”。君子處大觀之時而為“童觀”,不亦鄙乎?[疏]正義曰:“童觀”者,處於觀時而最遠朝廷之美觀,是柔弱不能自進,無所鑑見,唯如童稚之子而觀之。為“小人無咎君子吝”者,為此觀看,趣在順從而巳,無所能為,於小人行之,才得無咎,若君子行之,則鄙吝也。象曰:“初六童觀”,小人道也。
経文の観卦初六爻辞は言う。「童観、小人无咎、君子吝。」孩童のように张望すれば、小人がこのようにするは過咎なく、君子がこのようにすれば即ち鄙吝を免れざらん。王弼注の解釈。初六は観卦の時に処し、朝廷の盛美を離るること最も遥遠にして、本体はまた陰柔に属し、自己で上進しえず、鑑識に供すべきなし。ゆえに「童観」。それはただ柔巽順従而已で、作為する所なし。これは小人の道である。ゆえに「小人无咎」。君子は身に大観の時に処して却ってただ「童観」を為すは、太だ鄙陋ならざらんや。孔穎達はさらに申説する。所謂「童観」は、初六が観卦の時に処して朝廷の盛美を離るること最も遠く、柔弱にして自進しえず、鑑識する所なく、ただ小孩子のように张望しうるのみを言う。「小人无咎、君子吝」に至っては、このような観看は、旨趣はただ順従に在る而已で、作為する所なしを言う。小人がこのように行事すれば、勉强して過咎なしと算えうるも、君子がもしこのように行事せば、あれは即ち鄙陋して吝すべし。《象伝》は言う。「初六童観」は、これは小人の道。
六二:闚觀,利女貞。處在於內,無所鑑見。體性柔弱,從順而巳。猶有應焉,不為全蒙,所見者狹,故曰“闚觀”。居觀得位,柔順寡見,故曰“利女貞”,婦人之道也。處“大觀”之時,居中得位,不能大觀廣鑑,闚觀而巳,誠“可丑”也。[疏]“象曰”至“利女貞”。○正義曰:“闚觀利女貞”者,既是陰爻,又處在卦內,性又柔弱,唯闚竊而觀。如此之事,唯利女之所貞,非丈夫所為之事也。注“處在於內”至“誠可醜也”。○正義曰:“猶有應焉,不為全蒙”者,六二以柔弱在內,猶有九五剛陽與之為應,則為有闚竊,不為全蒙。童蒙如初六也,故能闚而外觀。此童“觀”、闚“觀”,皆讀為去聲也。《象》曰:“闚觀,女貞”,亦可醜也。
経文の観卦六二爻辞は言う。「闚観、利女貞。」門の縫裡より窺看すれば、女子が正を守るに利。王弼注の解釈。六二は内卦の中に処し、開闊の見識なく、本体の性情は柔弱で、ただ順従するを知る而已。ただしそれは上に九五の相応有りて、まだ完全に蒙昧と算えず、ただ見る所は狭小なり。ゆえに「闚観」。それは観卦に居りてその正位を得て、柔順にして寡見なり。ゆえに「利女貞」。これは婦人の道である。身に「大観」の時に処し、中に居りて位を得ながら、大いに眼界を開き広く鑑察しえず、ただ縫隙の裡より窺看する而已。実に「可丑」なる。孔穎達は経文の「象曰」より「利女貞」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「闚観、利女貞」は、六二はすでに陰爻で、また内卦の中に処し、性情柔弱で、ただ偸偸に窺看しうるのみ。このような行事は、ただ女子の守る所の正に利して、男子漢の為すべき事ではない。以下は王弼注の「処在於内」より「誠可丑也」に至る一段を疏解す。正義は言う。注文の講ずる「猶有応焉、不為全蒙」は、六二が柔弱の質を以て内に居るも、しかしなお九五の剛陽がそれと相応ずる有り。ゆえになお偸偸に窺看しえ、完全に蒙昧と算えずを言う。完全の童蒙は初六のあのようにするが如く、六二は則ち能く縫隙の裡より外に向かって観看す。ここの童「観」・闚「観」の両個の「観」の字は、皆去声に読む。《象伝》は言う。「闚観、女貞」もまた羞すべきなり。
六三:觀我生進退。居下體之極,處二卦之際,近不比尊,遠不“童觀”,觀風者也。居此時也,可以“觀我生進退”也。[疏]“象曰”至“進退”。○正義曰:“觀我生進退”者,“我生”,我身所動出。三居下體之極,是有可進之時;又居上體之下,復是可退之地。遠則不為童觀,近則未為觀國,居在進退之處,可以自觀我之動出也。故時可則進,時不可則退,觀風相幾,未失其道,故曰“觀我生進退”也。道得名“生”者,道是開通生利萬物。故《繫辭》云“生生之謂易”,是道為“生”也。《象》曰:“觀我生進退”,未失道也。處進退之時,以觀進退之幾,“未失道”也。
経文の観卦六三爻辞は言う。「観我生進退。」自己の挙動を観察して以て進退を決定す。王弼注の解釈。六三は下卦の頂端に居り、上下両卦の交接の際に処す。近処に就いて言えば、それは尊位の九五と親比せず、遠処に就いて言えば、それはまた初六のような「童観」に似ず。風向を観察する人である。このような時位に処して、正に「観我生進退」しうる。孔穎達は「象曰」より「進退」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「観我生進退」は、「我生」は即ち我が自身の発動し表現し出でた所の行事である。六三は下卦の極に居り、上進しうる機会有るの時位である。同時にまた上卦の下に在りて、またなお退守しうるの地位である。遠く言えば童観に淪為するに至らず、近く言えばまたなお「観国之光」に够上せず。正に進むべく退くべくの位置に処す。よって自己で自己の挙動を観察しうる。時機が允許せば即ち進み、時機が允許せざれば即ち退き、風向を観察し幾微を審度して、その道を失わず。ゆえに「観我生進退」。道の「生」と称しうる所以は、道は能く生化を開通し万物に利益するによる。ゆえに《繋辞》は「生生之謂易」と言う。「道」は即ち「生」なるが見える。《象伝》は言う。「観我生進退」は、正道を失わざるなり。王弼注の解釈。進むべく退くべくの時に処し、進退の幾微を観察するに憑りて去就を決定す。ゆえに「未失道」。
六四:觀國之光,利用賓于王。居觀之時,最近至尊,“觀國之光”者也。居近得位,明習國儀者也,故曰“利用賓于王”也。[疏]正義曰:最近至尊,是“觀國之光”。“利用賓于王”者,居在親近而得其位,明習國之禮儀,故曰利用賓于王庭也。《象》曰:“觀國之光”,尚賓也。[疏]正義曰:釋“觀國之光”義。以居近至尊之道,志意慕尚為王賓也。
経文の観卦六四爻辞は言う。「観国之光、利用賓于王。」一国の光華を観仰し、君王の上賓を作るに宜し。王弼注の解釈。六四は観卦の時に処し、至尊の九五に最も接近す。正に「観国之光」の一爻である。それは位に居りて切近にしてまたその正位を得て、国家の礼儀に熟䛛す。ゆえに「利用賓于王」。孔穎達はさらに申説する。六四は至尊に最も接近す。これがすなわち「観国之光」。所謂「利用賓于王」は、それが居処親近にしてまたその位を得て、国家の礼儀に熟習すを言う。ゆえに王庭の上に於て賓を作るに宜し。《象伝》は言う。「観国之光」は、王の賓を作るを崇尚す。孔穎達の申説。これは「観国之光」の意を解釈する――六四の居る所は正に至尊に接近するの道なるによる。その心意は君王の上賓を為るを仰慕崇尚す。
九五:觀我生,君子無咎。居於尊位,為觀之主,宣弘大化,光於四表,觀之極者也。上之化下,猶風之靡草,故觀民之俗,以察己道,百姓有罪,在於一人。君子風著,己乃“無咎”。上為觀主,將欲自觀乃觀民也。[疏]正義曰:九五居尊,為觀之主。四海之內,由我而觀,而教化善,則天下有君子之風;教化不善,則天下著小人之俗,故則民以察我道,有君子之風著,則無咎也。故曰:“觀我生,君子無咎”也。《象》曰:“觀我生”,觀民也。[疏]正義曰:謂觀民以觀我,故觀我即觀民也。
経文の観卦九五爻辞は言う。「観我生、君子无咎。」自己の施為を観察すれば、君子がこのようにするは過咎なからん。王弼注の解釈。九五は尊位に居り、全卦の観仰する主体で、弘大の教化を宣揚し、光輝は四方の外に照及すは、「観」の極致である。上に在る者が下に在る者を感化するは、風が草を吹倒するに如し。ゆえに民間の風俗を観察して、以て自己の治道を省察せねばならぬ。正に《尚書・湯誥》の言う所の如く、万方の百姓に罪有れば、責任は皆君主の一人の身上に在り。ただ君子の風が顕著して初めて、自己は能く无咎ならん。九五は身に観の主体と為りて、自己を観察せんと欲すれば、即ち先ず百姓を観察せねばならぬ。孔穎達はさらに申説する。九五は尊位に居り、観卦の主である。四海の内は皆我に由りて観仰す。もし教化が良善なれば、天下は即ち君子の風有らん。教化が不善なれば、天下は即ち小人の習俗を顕出せん。ゆえに民風を取りて以て我が自身の治道を省察せねばならぬ。君子の風が顕著すれば即ち過咎なし。よって爻辞は「観我生、君子无咎」と言う。《象伝》は言う。「観我生」は、即ち百姓を観察す。孔穎達の申説。これは百姓を観察するを通して自己を観察するを言う。ゆえに我を観るは即ち民を観るなり。
上九:觀其生,君子無咎。“觀我生”,自觀其道也。“觀其生”,為民所觀者也。不在於位,最處上極,高尚其志,為天下所觀者也。處天下所觀之地,可不慎乎?故君子德見,乃得“無咎”。“生”,猶動出也。[疏]“上九”至“無咎”。○正義曰:“觀其生”者,最處上極,高尚其志,生亦道也。為天下觀其巳之道,故云“觀其生”也。“君子無咎”者,既居天下可觀之地,可不慎乎?故居子謹慎,乃得“無咎”也。注“觀我生”至“動出也”。○正義曰:“生猶勸出”者,或動、或出,是生長之義。故云“生猶動出”。六三、九五皆云“觀我生”,上九云“觀其生”,此等云“生”皆為“動出”,故於卦末,《注》總明之也。
経文の観卦上九爻辞は言う。「観其生、君子无咎。」彼の自身の施為を観察すれば、君子がこのようにするは過咎なからん。王弼注の解釈。九五の「観我生」は、自己で自己の治道を観察す。上九の「観其生」は、則ち百姓に観仰せらる。上九は職位の上に在らず、全卦の最高の処に処して、自己の志節を甚だ高く視るは、天下人の観仰する対象である。身に天下人の観仰する地位に処して、能く謹慎せざらんや。ゆえに君子の徳行が彰顕し出でて、初めて无咎を能くす。「生」は、即ち挙動・発用の意である。孔穎達は「上九」より「无咎」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「観其生」は、上九は最高の位に処して志節高尚なり。ここの「生」もまた即ち道である。天下人は皆彼の自身の行う所の道を看る。ゆえに「観其生」。所謂「君子无咎」は、すでに身に天下人の観仰しうる地位に居れば、能く謹慎せざらんや。ゆえに君子は謹慎して初めて无咎を能くす(底本は此処「居子」は「君子」の訛)。以下は王弼注の「観我生」より「動出也」に至る一段を疏解す。正義は言う。注文の講ずる「生猶動出」(底本は誤って「勧出」と作る)は、或いは発動、或いは顕出、皆生長の意である。ゆえに「生猶動出」。六三・九五は皆「観我生」と言い、上九は「観其生」と言う。これらの「生」の字は皆「動出」と講ずべし。ゆえに王弼は一卦の末に於て総括的に説明を加えたり。
《象》曰:“觀其生”,志未平也。將處異地,為眾所觀,不為平易,和光流通,“志未平”也。[疏]正義曰:釋“觀其生”之義。以特處異地,為無所觀,不為平易。和光流通,志未與世俗均平。世無危懼之憂,我有符同之慮,故曰“志未平”也。
《象伝》は言う。「観其生」は、心志がまだ平順せざるなり。王弼注の解釈。上九は将に人と同じからざる地位に処せんとして、衆人に観仰せられ、俗に随いて平易しえず。光華を含斂して物と流通すると雖も、心志は却ってまだ世俗と斉平せず。ゆえに「志未平」。孔穎達の疏の申説。これは「観其生」の道理を解釈す。上九が特に人と同じからざる地位に処して、衆人に観仰せられ、俗に随いて平易しえざるによる。それは光華を含斂して物と流通するも、心志はまだ世俗と拉平せず。世人は危懼の憂慮なく、我は却って之と同患の思慮有り。ゆえに「志未平」。
噬嗑卦
震下離上。噬嗑:亨。利用獄。噬,齧也;嗑,合也。凡物之不親,由有間也。物之不齊,由有過也。有間與過,齧而合之,所以通也。刑剋以通,獄之利也。[疏]正義曰:“噬嗑亨”者,噬,齧也;嗑,合也。物在於口,則隔其上下,若齧去其物,上下乃合而得“亨”也。此卦之名,假借口象以為義,以喻刑法也。凡上下之間,有物間隔,當須用刑法去之,乃得亨通,故云“噬嗑亨”也。“利用獄”者,以刑除間隔之物,故“利用獄”也。
噬嗑卦の卦体は震が下にあり、離が上にある。経文の卦辞は言う。「噬嗑、亨。利用獄。」咬み合わせて通ず、亨通す、刑を用いて獄を断ずるに宜し。王弼注の解釈。「噬」は咬で、「嗑」は合である。凡そ物と物とが相亲しえざるは、中間に阻隔有るによる。万物が斉一しえざるは、過失有るによる。阻隔有り過失有りて、それを咬み砕いて弥合せしむるは、正に通を求むる弁法である。刑罰を用いて制克して以て通を求むるは、即ち「用獄」の利である。孔穎達はさらに申説する。所謂「噬嗑亨」は、「噬」は咬で、「嗑」は合である。物が口の中に梗れば、即ち上下を隔開す。もしこの物を咬み掉せば、上下は初めて合攏して「亨」を得。この一卦の卦名は、口歯の象を借口りて義を立て、以て刑法を比喩す。凡そ上下の間に物が梗阻有れば、必ず刑法を用いてそれを除掉して、初めて亨通しうる。ゆえに「噬嗑亨」。所謂「利用獄」は、刑罰を以て梗阻の物を除去す。ゆえに「利用獄」。
《彖》曰:頤中有物,曰“噬嗑”。頤中有物,齧而合之,“噬嗑”之義也。[疏]正義曰:此釋“噬嗑”名也。案:諸卦之《彖》,先標卦名,乃復言曰某卦、曰同人、曰大有、曰小畜之類是也。此發首不疊卦名者,若義幽隱者,先出卦名,後更以卦名結之,若具義顯露,則不先出卦名,則此“頤中有物曰噬嗑”之類,其事可知,故不先出卦名。此乃夫子因義理文勢,隨義而發,不為例也。噬嗑而亨。有物有間,不齧不合,無由“亨”也。[疏]正義曰:釋“亨”義,由“噬嗑”而得“亨”也。
《彖伝》は言う。「頤中有物、曰『噬嗑』。」口腮の中に物有れば、即ち「噬嗑」と呼ぶ。王弼注の解釈。口の中に物有りて、それを咬み砕いて上下を弥合せしむる、これがすなわち「噬嗑」の意である。孔穎達の疏の申説。これは「噬嗑」の卦名を解釈す。按ずるに。其他の各卦の《彖伝》は、多くは先ず卦名を標出して、然る後に再び「曰某卦」と言う。「曰同人」「曰大有」「曰小畜」の類の如きが即ち是なり。ここは開頭に卦名を重畳せざるは、凡そ意義が幽深隠晦なるは、即ち先ず卦名を出して、末了に再び卦名を以て収結し、意義が顕豁なるは、即ち先ず卦名を出さざるによる。ここの「頤中有物曰噬嗑」の如きは、事理は一見して即ち知るべし。ゆえに先ず卦名を出さず。これは孔子が義理と文勢に依りて、言うべき所に随いて発するなり。並びに固定の体例にあらず。《彖伝》は続けて言う。「噬嗑而亨。」王弼注の解釈。物が其間に梗阻せば、咬まざれば即ち合攏せず、即ち「亨」するに従無し。孔穎達の申説。これは「亨」の意を解釈する――「噬嗑」に由りて亨通を得到す。
剛柔分動而明,雷電合而章。剛柔分動,不溷乃明,雷電併合,不亂乃章,皆“利用獄”之義。[疏]“剛柔分動”至“合而章”。正義曰:釋“利用獄”之義。剛柔既分,不相溷雜,故動而顯明也。雷電既合,而不錯亂,故事得彰著,明而且著,可以斷獄。剛柔分謂震剛在下,離柔在上。“剛柔”云“分”,“雷電”云“合”者,欲見“明”之與“動”,各是一事,故“剛柔”云“分”也。明、動雖各一事,相須而用,故“雷電”云“合”。但易之為體,取象既多。若取分義,則云“震下離上”。若取合義,則云離、震合體,共成一卦也。此釋二象“利用獄”之義也。○注“剛柔分動”至“用獄之義”。○正義曰:“雷電併合,不亂乃章”者,《彖》文唯云“雷電合”,注云“不亂乃章”者,不亂之文,以其上云“剛柔分”。“剛柔分”則是不亂,故云“雷電併合,不亂乃章”也。
《彖伝》は言う。「剛柔分動而明、雷電合而章。」剛と柔とが上下に分処して、動いて明を生ず。雷と電とが相合して彰顕す。王弼注の解釈。剛柔は分開して動いて、相混雜せざれば初めて明ならん。雷電は並合して、錯乱せざれば初めて彰著しうる。これは皆「利用獄」の道理である。孔穎達は「剛柔分動」より「合而章」に至る一段を疏解す。正義は言う。これは「利用獄」の義を解釈す。剛柔はすでに分開して、相混雜せず。ゆえに一たび動けば即ち明白を顯す。雷電はすでに相合して錯乱せず。ゆえに事理は彰著を得う。すでに明白にしてまた彰著なれば、即ち以て獄を断じうる。「剛柔分」は震の剛が下に在り離の柔が上に在るを言う。剛柔は「分」と言いて雷電は「合」と言うは、「明」と「動」とが各々一事なるを顕出せんと要するによる。ゆえに剛柔は「分」と言う。明と動とは各々一事なりと雖も、却って相待して後に用有るを須う。ゆえに雷電は「合」と言う。ただ《易》の体例は、象を取るは本来多し。もし分の一面を取れば、即ち「震下離上」と言う。もし合の一面を取れば、即ち離・震が合体して、共同に一卦を構成すと言う。これは上下二象の「利用獄」の道理を解釈す。以下は王弼注の「剛柔分動」より「用獄之義」に至る一段を疏解す。正義は言う。注文の講ずる「雷電并合、不乱乃章」は、《彖伝》の原文はただ「雷電合」と言うのみに、注の裡は却って「不乱乃章」を添出す。これの「不乱」の二字の来歴は、上文が「剛柔分」と言ったによる。「剛柔分」もまた即ち不乱なり。ゆえに「雷電并合、不乱乃章」。
柔得中而上行,雖不當位,“利用獄”也。謂五也。能為齧合而通,必有其主,五則是也。“上行”謂所之在進也。凡言“上行”,皆所之在貴也。雖不當位,不害用獄也。[疏]“柔得中”至“用獄也”。○正義曰:此釋爻有“利用獄”之義。陰居五位,是“柔得中”也。而“上行”者既居上卦,意在向進,故云“上行”。其德如此,雖不當位者,所居陰位,猶“利用獄”也。○注“謂五也”至“不害用獄也”。正義曰:凡言“上行”,皆所之在貴者,輔嗣此注,恐畏之適五位則是上行,故於此明之。凡言“上行”,但所之在進,皆曰“上行”,不是唯向五位,乃稱“上行”也。故《謙卦》序《彖》云:“地道卑而上行”,坤道體在上,故總云“上行”,不止也。又《損卦·彖》云:“損下益上曰上行。”是減下卦益上卦,謂之“上行”,是亦不據五也。然則此云“上行”,及《晉卦·彖》云“上行”,既在五位而又稱上行,則似若王者,雖見在尊位,猶意在欲進,仰慕三皇五帝可貴之道,故稱“上行”者也。
《彖伝》は言う。「柔得中而上行、雖不当位、『利用獄』也。」柔爻が中を得て上に向かって行き、居る所の位は当たらずと雖も、依然として刑を用いて獄を断ずるに宜し。王弼注の解釈。これは六五を指す。能く咬合して通を致さんと要すれば、必定に事を主る者有らねばならず、六五が即ち是なり。「上行」はその去向が前に向かって進取するに在るを言う。凡そ「上行」と言うは、皆去向が尊貴の処に在るを指す。位当たらずと雖も、却って刑を用いて獄を断ずるを妨害せず。孔穎達は「柔得中」より「用獄也」に至る一段を疏解す。正義は言う。これは爻位の上の「利用獄」の道理を解釈す。陰爻が第五位に居るは、即ち「柔得中」。それを「上行」と言うは、それがすでに上卦に居りて、心意は依然として前に向かって進取する在るによる。ゆえに「上行」。その徳はこの如し。雖は「不当位」と言うも――居る所は陰爻の陽位に処する――依然として「利用獄」。以下は王弼注の「謂五也」より「不害用獄也」に至る一段を疏解す。正義は言う。注文の講ずる「凡言上行、皆所之在貴」は、王輔嗣(王弼)が読者をして「上行」をただ第五位に走り到って初めて算えると理解せしめんことを擔心するによる。ゆえにここで特別に説明す。凡そ「上行」と言うは、ただ去向が進取に在りさえすれば、皆「上行」と呼びうる。並びにただ五位に趨向するのみが「上行」と称するにあらず。ゆえに《謙卦》の《彖伝》は「地道卑而上行」と言い、坤道の体は上に在るので、総じて「上行」と言いて、並びに限定せざるなり。また《損卦・彖伝》は「損下益上曰上行」と言い、これは下卦を減損し上卦を増益して「上行」と呼ぶは、また五位に就いて言うにあらざるなり。あればここの言う所の「上行」、および《晋卦・彖伝》の言う「上行」は、すでに五位に在りてなお「上行」と称するは、譬えば君王は現に尊位に居ると雖も、心意は却ってなお上進せんと欲して、三皇五帝のあの可貴の道を仰慕するに好似る。ゆえに「上行」と称す。
《象》曰:“雷電”“噬嗑”,先王以明罰敕法。[疏]正義曰:“雷電噬嗑”者,但噬嗑之象,其象在口。雷電非噬嗑之體,但“噬嗑”象外物,既有雷電之體,則雷電欲取明罰敕法,可畏之義,故連云“雷電”也。
《象伝》は言う。「『雷電』『噬嗑』、先王以明罰敕法。」雷と電とが噬嗑の象を構成す。先王はそれを取法して、刑罰を申明し法令を整饬す。孔穎達の疏の申説。所謂「雷電噬嗑」は、噬嗑の本身の象は口歯の間に在りて、雷電は並びに噬嗑の本体ではない。ただ「噬嗑」の取る所は身外の物を以て象と為すので、卦の中にすでに雷電の体有れば、即ち雷電を借りて刑罰を申明し法令を整饬するのあの人を畏懼せしめる意味を表達す。ゆえに連帯して「雷電」と言う。
初九:屨校滅趾,無咎。居無位之地以處刑初,受刑而非治刑者也。凡過之所始,必始於微,而後至於著。罰之所始,必始於薄,而後至於誅。過輕戮薄,故“屨校滅趾”,桎其行也。足懲而巳,故不重也。過而不改,乃謂之過。小懲大誡,乃得其福,故“無咎”也。“校”者,以木絞校者也,即械也,校者取其通名也。[疏]“初九”至“無咎”。○正義曰:“屨校滅趾”者,屨謂著而履踐也,校謂所施之械也。處刑之初,居無位之地,是“受刑”之人,“非治刑”之主。“凡過之所始,必始於微”,積而不已,遂至於著。“罰之所始”,必始於薄刑。薄刑之不巳,遂至於誅。在刑之初,過輕戮薄,必校之在足,足為懲誡,故不復重犯。故校之在足,巳沒其趾,桎其小過,誡其大惡,過而能改,乃是其福。雖復“滅趾”,可謂“無咎”,故言“屨校滅趾無咎”也。
経文の噬嗑卦初九爻辞は言う。「屨校滅趾、无咎。」脚上に木枷を戴き、脚趾を遮没す、過咎なからん。王弼注の解釈。初九は无位の地に居りて用刑の始めに処し、刑を受くる人で、刑を治する人ではない。凡そ過失の開端は、必定に細微に起りて、然る後に初めて顕著に発展す。刑罰の開端も、また必定に軽薄に起りて、然る後に初めて誅戮に到る。過失は軽く刑戮は薄し。ゆえにただ「屨校滅趾」で、その行動を束縛住する而已。以て懲戒するに足れば即ち足る。ゆえに重刑を加えず。過失有りて改むることを肯んぜざるを、初めて過と呼作す。小小に懲戒し一下して、彼をして大きな警誡を受けしめば、反って福を得る。ゆえに无咎。所謂「校」は、木料を以て絞束して制成する刑具で、即ち械である。「校」はその通称を取る。孔穎達は「初九」より「无咎」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「屨校滅趾」は、「屨」は穿戴して踩踏するの意で、「校」は施加する所の木械である。初九は用刑の初めに処して无位の地に居り、「受刑」の人で、「治刑」の主事者ではない。「凡過之所始、必始於微」は、積累して止まざれば即ち顕著の地步に到る。「罰之所始」は、必定に軽刑より開始して、軽刑を用いて止まざれば即ち誅戮の地步に到る。用刑の初めに於て、過失は軽く刑戮は薄く、必定に木械を脚上に加えて、脚上が懲戒を受ければ、即ち再び犯さざらん。木械を脚上に加うるは、すでに脚趾を遮没して、その小過を束縛住し、彼をして大悪を醸成せざらんと警誡す。過失有りて能く改正するは、正に彼の福分なり。ゆえに「滅趾」すると雖も、なお无咎と言いうる。よって爻辞は「屨校滅趾无咎」と言う。
《象》曰:“屨校滅趾”,不行也。過止於此。[疏]正義曰:釋“屨校滅趾”之義,猶著校滅沒其趾也。小懲大誡,故罪過止息不行也。六二:噬膚滅鼻,無咎。噬,齧也。齧者,刑剋之謂也。處中得位,所刑者當,故曰“噬膚”也。乘剛而刑,未盡順道,噬過其分,故“滅鼻”也。刑得所疾,故雖“滅鼻”而“無咎”也。“膚”者,柔脆之物也。[疏]正義曰:六二處中得位,是用刑者。所刑中當,故曰“噬膚”。膚是柔脆之物,以喻服罪受刑之人也。“乘剛而刑,未盡順道,噬過其分”,故至“滅鼻”,言用刑大深也。“無咎”者,用刑得其所疾,謂刑中其理,故“無咎”也。
《象伝》は言う。「『屨校滅趾』、不行也。」王弼注の解釈。過失はここに到りて止る。孔穎達の疏の申説。これは「屨校滅趾」の意を解釈する――木械を戴きて脚趾を皆遮没すれば、小さく懲らしめて大いに戒める。ゆえに罪過は即ち此に就きて止息し、再び続き行かざるなり。経文の噬嗑卦六二爻辞は言う。「噬膚滅鼻、无咎。」柔嫩の肌膚を咬み、深くして鼻を没し、過咎なからん。王弼注の解釈。「噬」は咬で、咬むは即ち刑罰制克の意である。六二は中に居りて正位を得て、刑せらるる人は正にその罪に当たる。ゆえに「噬膚」。ただしそれは初九の剛爻の上に凌乗して刑を用い、まだ完全に正道に順わず、咬むこと本分に過ぐる。ゆえに「滅鼻」。刑を用いて正に相手方の病痛を打中すれば、すなわち「滅鼻」すると雖も依然として无咎。所謂「膚」は、柔軟脆嫩の物である。孔穎達はさらに申説する。六二は中に居りて位を得るは、刑を用いる一方で、刑せらるる人は恰当にその罪に当たる。ゆえに「噬膚」。「膚」は柔脆の物で、以て罪に服して刑を受くる人を比喩す。「乗剛而刑、未盡順道、噬過其分」なれば、ゆえに「滅鼻」の地步に到る。これは刑を用いること過深なるを言う。无咎に至っては、刑を用いること正に相手方の痛処を撃中するによる。即ち刑罰が事理に合乎す。ゆえに過咎なし。
《象》曰:“噬膚滅鼻”,乘剛也。[疏]正義曰:“乘剛”者,釋“噬膚滅鼻”之義,以其乘剛,故用刑深也。六三:噬臘肉,遇毒,小吝無咎。處下體之極,而履非其位,以斯食物,其物必堅。豈唯堅乎?將遇其毒。“噬”以喻刑人,“臘”以喻不服,“毒”以喻怨生。然承於四而不乘剛,雖失其正,刑不侵順,故雖“遇毒,小吝無咎”。[疏]正義曰:“噬臘肉”者,“臘”是堅剛之肉也。“毒”者,苦惡之物也。三處下體之上,失政刑人,刑人不服。若齧其“臘肉”,非但難齧,亦更生怨咎,猶噬臘而難入,復遇其毒味然也。三以柔不乘剛,刑不侵順道,雖有遇毒之吝,於德亦無大咎,故曰:“噬臘肉遇毒,小吝無咎”也。
《象伝》は言う。「『噬膚滅鼻』、乗剛也。」孔穎達の疏の申説。所謂「乗剛」は、「噬膚滅鼻」の道理を解釈す――六二が剛爻の上に凌乗するによるに、刑を用いること深重なり。経文の噬嗑卦六三爻辞は言う。「噬腊肉、遇毒、小吝无咎。」乾硬の腊肉を咬みて、その毒味に碰上す、稍々鄙吝有るも過咎なからん。王弼注の解釈。六三は下卦の極位に処して居る所の位は当たらず、このような身分を以て物を食すれば、あの物は必定に堅硬ならん。豈に堅硬なるのみならんや、またその毒味に碰上せん。「噬」は人に刑を施すを比喩し、「腊」は刑を受くる者が服せざるを比喩し、「毒」はこれに由りて怨恨を生出すを比喩す。ただし六三は上に九四を承奉して並びに剛爻を凌乗せず。失位すると雖も、刑を用いて順道を侵犯せざるなり。ゆえに「遇毒」すと雖も、依然として「小吝无咎」。孔穎達はさらに申説する。所謂「噬腊肉」は、「腊」は堅硬の乾肉である。「毒」は苦悪の物である。六三は下卦の上に処して、政理に失いて往きて人を刑すれば、刑を受くる人は服せず。あの乾硬の腊肉を咬むに好似て、咬み難きのみならず、また怨咎を招来す。正に腊肉を咬みて下口し難く、また苦毒の味に碰上するが如し。六三は柔爻を以て剛爻を凌乗せず、刑を用いて順道を侵犯せざるなり。遇毒の吝有りと雖も、徳行の上に於ても大きな過咎なし。ゆえに「噬腊肉遇毒、小吝无咎」。
《象》曰:“遇毒”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,謂處位不當也。九四:噬乾胏,得金矢。利艱貞吉。雖體陽爻,為陰之主,履不獲中,而居其非位,以斯噬物,物亦不服,故曰“噬乾胏”也。金,剛也,矢,直也。“噬乾胏”而得剛直,可以利於艱貞之吉,未足以盡通理之道也。[疏]正義曰:“噬乾胏”者,乾胏是臠肉之乾者,履不獲中,居其非位,以斯治物,物亦不服,猶如“噬乾胏”然也。“得金矢”者,金,剛也。矢,直也。雖刑不能服物,而能得其剛直也。“利艱貞吉”者,既得剛直,利益艱難,守貞正之吉,猶未能光大通理之道,故《象》云“未光”也。
《象伝》は言う。「『遇毒』、位不当也。」孔穎達の疏の申説。所謂「位不当」は、六三の処する所の爻位が恰当ならざるを言う。経文の噬嗑卦九四爻辞は言う。「噬乾胏、得金矢。利艱貞吉。」骨を帯びた乾肉を咬みて、金と箭とを得る。艱難の中に正を守りて吉を獲るに宜し。王弼注の解釈。九四は本身は陽爻なりと雖も、却って群陰の主と為り、居る所は中位を得ず、また当たらざる位置に処す。このような身分を以て往きて物を咬めば、物もまた服せざらん。ゆえに「噬乾胏」。「金」はその剛を取り、「矢」はその直を取る。乾胏を咬みて剛直を得るは、以て艱難の中に正を守るの吉に利するも、なお事理に通達するの道を尽すに足らざるなり。孔穎達はさらに申説する。所謂「噬乾胏」は、「乾胏」は塊に切成して曬乾した肉である。九四の居る所はその中を得ず、また其の位に非ざるに処す。このような身分を以て万物を治理すれば、万物もまた服せず。乾胏を咬むに好似る。所謂「得金矢」は、「金」は剛で、「矢」は直である。刑を用いて人を服せしめえずと雖も、却って剛直の徳を得う。所謂「利艱貞吉」は、すでに剛直を得れば、便ち艱難の中に於て貞正を守持して吉を獲るに利有り。ただまだ通达の道を光大しえず。ゆえに《象伝》は「未光」と言う。
《象》曰:“利艱貞吉”,未光也。六五:噬乾肉,得黃金,貞厲無咎。乾肉,堅也。黃,中也。金,剛也。以陰處陽,以柔乘剛,以噬於物,物亦不服,故曰:“噬乾肉”也。然處得尊位,以柔乘剛而居於中,能行其戮者也。履不正而能行其戮,剛勝者也。噬雖不服,得中而勝,故曰“噬乾肉得黃金”也。己雖不正,而刑戮得當,故雖“貞厲”而“無咎”也。[疏]“《象》曰”至“貞厲無咎”。○正義曰:“噬乾肉”者,乾肉,堅也。以陰處陽,以柔乘剛,以此治罪於人,人亦不服,如似“噬乾肉”也。“得黃金”者,黃,中也。金,剛也。以居於中是黃也,“以柔乘剛”是金也。既中而行剛,“能行其戮,剛勝者”也。故曰“得黃金”也。“貞厲無咎”者,巳雖不正,刑戮得當,故雖貞正自危而無咎害。位雖不當,而用刑得當,故《象》云“得當”也。
《象伝》は言う。「『利艱貞吉』、未光也。」経文の噬嗑卦六五爻辞は言う。「噬乾肉、得黄金、貞厲无咎。」乾肉を咬みて、黄金を得、正を守りて心に危懼を存せば、過咎なからん。王弼注の解釈。「乾肉」はその堅を取り、「黄」はその中を取り、「金」はその剛を取る。六五は陰爻を以て陽位に処し、柔爻を以て剛爻に凌乗す。このような身分を以て往きて物を咬めば、物もまた服せざらん。ゆえに「噬乾肉」。然るもそれは尊位に処し、柔を以て剛に乗りて上卦の中に居るは、能く刑戮を施行する一爻である。居る所は正ならずして能く刑戮を行うは、剛強が勝を得るの縁故である。咬むと雖も服せざるも、却って中を得るに因りて勝を制す。ゆえに「噬乾肉得黄金」。自己は位に当たらずと雖も、しかして刑戮は施して恰当なり。ゆえに「貞厲」すと雖も依然として无咎。孔穎達は「《象》曰」より「貞厲无咎」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「噬乾肉」は、乾肉は堅硬なり。六五は陰を以て陽に処し、柔を以て剛に乗り、このような身分を以て人の罪を治すれば、人もまた服せず。乾肉を咬むに好似る。所謂「得黄金」は、「黄」は中で、「金」は剛である。上卦の中に居れば即ち「黄」、「以柔乗剛」は即ち「金」。すでに中に居りてまた剛を行うは、正に「能行其戮、剛勝者」なり。ゆえに「得黄金」。所謂「貞厲无咎」は、自己は位に当たらずと雖も、刑戮は却って施して恰当なり。ゆえに正を守りて自ら危懼を感ずと雖も、また咎害を招来せざらん。位次は当たらずと雖も、刑を用いるは却って当を得る。ゆえに《象伝》は「得当」と言う。
《象》曰:“貞厲無咎”,得當也。上九:何校滅耳,凶。處罰之極,惡積不改者也。罪非所懲,故刑及其首,至於“滅耳”,及首非誡,“滅耳”非懲,凶莫甚焉。[疏]“《象》曰”至“滅耳凶”。正義曰:“何校滅耳凶”者,“何”謂簷何,處罰之極,惡積不改,故罪及其首,何簷枷械,滅沒於耳,以至誥沒。以其聰之不明,積惡致此,故《象》云“聰不明”也。○注“處罰之極”至“凶莫甚焉”。○正義曰:“罪非所懲”者,言其惡積既深,尋常刑罪,非能懲誡,故云“罪非所懲”也。“及首非誡,滅耳非懲”者,若罪未及首,猶可誡懼歸善也。罪巳“及首”,性命將盡,非復可誡,故云“及首非誡”也。校既“滅耳”,將欲刑殺,非可懲改,故云“滅耳非懲”也。《象》曰:“何校滅耳”,聰不明也,聰不明,故不慮惡積,至於不可解也。
《象伝》は言う。「『貞厲无咎』、得当也。」経文の噬嗑卦上九爻辞は言う。「何校滅耳、凶。」肩上に木枷を扛え、耳を遮没す、凶険。王弼注の解釈。上九は刑罰の極処に処し、悪を積みて改むることを肯んぜざる人である。尋常の刑罰はすでに以て彼を懲戒するに足らず。ゆえに刑具は頭上に加えられて、耳を遮没するに至る。刑が頭首に及べば即ち再び警誡ではなく、枷が耳を没すもまた再び懲戒ではない。凶険はこれより甚だしきはなし。孔穎達は「《象》曰」より「滅耳凶」に至る一段を疏解す。正義は言う。所謂「何校滅耳凶」は、「何」は即ち肩擔・扛負である。上九は刑罰の極処に処し、悪を積みて改めざる。ゆえに罪罰は頭上に加えられ、肩に枷械を扛えて、耳を皆遮没して、身首を保たざるに至る。それが聴聞不明なるにより、悪を積むことこの地步に到る。ゆえに《象伝》は「聡不明」と言う。以下は王弼注の「処罰之極」より「凶莫甚焉」に至る一段を疏解す。正義は言う。注文の講ずる「罪非所懲」は、彼が悪を積むことすでに深く、尋常の刑罪は以て彼を懲戒するに足らざるを言う。ゆえに「罪非所懲」。注文の講ずる「及首非誡、滅耳非懲」は、もし罪罰がまだ頭上に加えられざれば、彼はなお畏懼に因りて善に帰りうるを言う。一たび罪罰が「及首」すれば、性命は将に尽きんとして、即ち再び告誡の言うべきなし。ゆえに「及首非誡」。枷械はすでに耳を遮没して、眼看に刑を行い死を処せんとすれば、また懲戒改過を談ずるに及ばず。ゆえに「滅耳非懲」。《象伝》は言う。「何校滅耳」は、聴聞不明なり。王弼注の解釈。正に聴聞不明なるによりて、初めて悪行の積累を顧慮せず、以て解救しえざるの地步に到る。
賁卦
離下艮上。賁:亨。小利有攸往。[疏]正義曰:“賁”飾也。以剛柔二象交相文飾也。“賁亨”者,以柔來文剛而得亨通,故曰“賁亨”也。“小利有攸往”者,以剛上文柔,不得中正,故不能大有所往,故云“小利有攸往”也。《彖》曰:賁“亨”,柔來而文剛,故“亨”。分剛上而文柔,故“小利有攸往”。剛柔不分,文何由生?故坤之上六來居二位,“柔來文剛”之義也。柔來文剛,居位得中,是以“亨”。乾之九二,分居上位,分剛上而文柔之義也。剛上文柔,不得中位,不若柔來文剛,故“小利有攸往”。
賁卦の卦体は離が下、艮が上である。経文の卦辞に「賁:亨。小利有攸往」とある。文飾であり、亨通し、往くところあれば小さな利益がある。孔頴達の疏が伸べて言う:「賁」とは文飾のことで、剛柔の二象が交互に修飾し合うものである。「賁亨」というのは、柔爻が来て剛爻を文飾して亨通を得るゆえ、「賁亨」と言う。「小利有攸往」というのは、剛爻が上に行って柔爻を文飾するが中正の位を得られず、大きく往くことができないゆえ、「小利有攸往」と言う。《彖伝》に「賁『亨』、柔来て剛を文る、故に『亨』。剛を分かち上がりて柔を文る、故に『小利有攸往』」とある。王弼の注が解釈して言う:剛柔が分かれなければ、文采はどこから生まれようか。ゆえに坤卦の上六が来て第二位に居る、これが「柔来て剛を文る」の意である。柔が来て剛を文り、居るところがまた中位を得るゆえ「亨」となる。乾卦の九二が分かれ出て上位に居る、これが「剛を分かち上がりて柔を文る」の意である。剛が上がって柔を文るが中位を得ず、柔が来て剛を文るには及ばないゆえ、ただ「小利有攸往」となるのである。
[疏]“《彖》曰”至“有攸往”。○正義曰:“賁亨柔來而文剛故亨”者,此釋“賁亨”之義。不直言“賁”連云“賁亨”者,由“賁”而致亨,事義相連也,若“大哉乾元”以“元”連“乾”者也。“柔來而文剛,故亨”,柔來文剛,以文相飾,是賁義也。相飾即有為亨,故云“賁亨”。“亨”之下不重,以“賁”字結之者,以“亨”之與“賁”相連而釋,所以“亨”下不得重結“賁”字。分剛上而文柔,故“小利有攸往”者,釋“小利有攸往”義。乾體在下,今分乾之九二,上向文飾坤之上六,是“分剛上而文柔”也。棄此九二之中,往居無立之地,棄善從惡,往無大利,故“小利有攸往”也。
孔頴達が《彖伝》の「《彖》曰」から「有攸往」までの一段を疏解する。正義に言う:《彖伝》が「賁亨・柔来て剛を文る故に亨」と言うのは、卦辞「賁亨」の意を釈するものである。単に「賁」の一字だけを言わず「賁亨」と連ねて言うのは、「賁」によって亨通を招くゆえに、二つの事が義理の上で連なっているからで、《乾卦・彖伝》が「大なる哉乾元」と言い、「元」を「乾」に連ねて言うのと同じである。「柔来て剛を文る、故に亨」とは、柔爻が来て剛爻を文飾し、互いに文采をもって修飾し合う、これがまさに「賁」の意であり、相互に修飾すればおのずと亨通があるゆえ「賁亨」と言う。「亨」の字の下に再び「賁」の字を重ねて結ばないのは、「亨」と「賁」は連ねて解されるゆえ、「亨」の後にさらに「賁」の字を重ねて結ぶことができないのである。「剛を分かち上がりて柔を文る、故に小利有攸往」に至っては、「小利有攸往」の意を釈するものである。乾体はもと下にあり、今乾の九二を分かち出して、上に向かって坤の上六を文飾する、これが「剛を分かち上がりて柔を文る」である。九二の居中の位を捨てて、依り立つところのない所に往って居る、これは善を棄てて悪に従うもので、往って大きな利益はないゆえ、「小利有攸往」と言うのである。
○注“剛柔不分”至“小利有攸往”。○正義曰:坤之上六,何以來居二位不居於初三,乾之九二,何以分居上位不居於五者,乾性剛亢,故以巳九二居坤極;坤性柔順,不為物首,故以巳上六下居乾之二位也。且若柔不分居乾二,剛不分居坤極,則不得文明以止故也。又陽本在上,陰本在下,應分剛而下,分柔而上,何因分剛向上,分柔向下者,今謂此本泰卦故也。若天地交泰,則剛柔得交。若乾上坤下,則是天地否閉,剛柔不得交,故分剛而上,分柔而下也。
以下は王弼の注の「剛柔不分」から「小利有攸往」までの一段を疏解する。正義に言う:ある人が問うて言う、坤の上六はなぜ第二位に来て居り、初位・三位に居らないのか。乾の九二はなぜ分かれて上位に居り、第五位に居らないのか。これは乾の性が剛強で高亢なゆえ、自らの九二を坤体の極位に居らせ、坤の性は柔順で万物の首となることを肯んじないゆえ、自らの上六を下って乾体の第二位に居らせるのである。また、柔が乾の第二位に分かれ居らず、剛が坤の極位に分かれ居らなければ、「文明以て止る」の卦象を成さない。ある人がまた問う:陽はもと上にあり、陰はもと下にある、理の当然として剛は分かれて下り、柔は分かれて上がるべきなのに、なぜここでは剛を分かって上がらせ、柔を分かって下らせるのか。答えて曰く:今賁卦はもと泰卦より来ると言う。天地が交泰してこそ剛柔が相交ることができる。もし乾が上、坤が下ならば、これは天地否閉となり剛柔は相交ることを得ない。ゆえに剛を分かって上がらせ、柔を分かって下らせるのである。
剛柔交錯,天文也。剛柔交錯而成文焉,天之文也。[疏]正義曰:天之為體,二象剛柔,剛柔交錯成文,是天文也。文明以止,人文也。止物不以威武而以文明,人之文也。[疏]正義曰:文明,離也;以止,艮也。用此文明之道,裁止於人,是人之文德之教,此賁卦之象。既有天文、人文,欲廣美天文、人文之義,聖人用之以治於物也。
《彖伝》に「剛柔交錯す、天文なり」とある。王弼の注が解釈して言う:剛柔が交互に錯雑して文采を成す、これは天の文采である。孔頴達の疏が伸べて言う:天は一つの全体として剛柔二象を含み、剛柔が交錯して文を成す、これが天文である。《彖伝》がまた「文明以て止る、人文なり」と言う。王弼の注が解釈して言う:万物を束ねるに威武を用いず文明を用いる、これは人の文采である。孔頴達が伸べて言う:「文明」は下卦の離を指し、「以て止る」は上卦の艮を指す。この文明の道をもって人を裁制し束ねることが、すなわち人の文德教化であり、これがまさに賁卦の象である。天文があり、また人文があるゆえ、《彖伝》は天文・人文の意義を推し広めて賛美し、聖人がこれをもって万物を治めることを説くのである。
觀乎“天文”,以察時變;觀乎“人文”,以化成天下。觀天之文,則時變可知也;觀人之文,則化成可為也。[疏]正義曰:“觀乎天文,以察時變”者,言聖人當觀視天文,剛柔交錯,相飾成文,以察四時變化。若四月純陽用事,陰在其中,靡草死也。十月純陰用事,陽在其中,齊麥生也。是觀剛柔而察時變也。“觀乎人文以化成天下”者,言聖人觀察人文,則《詩》、《書》、《禮》、《樂》之謂,當法此教而“化成天下”也。
《彖伝》に「『天文』を観て、以て時の変を察し、『人文』を観て、以て天下を化成す」とある。王弼の注が解釈して言う:天の文采を観れば、四時の変化は知ることができる。人の文采を観れば、教化の成就は実現できる。孔頴達の疏が伸べて言う:「天文を観て以て時の変を察す」とは、聖人は天文を観て、剛柔が交錯し互いに修飾して文采を成すのを見て、これによって四時の変化を考察することを言う。たとえば四月に純陽が当令すれば陰気はすでにその中に含まれ、靡草がこれによって枯死し、十月に純陰が当令すれば陽気はすでにその中に含まれ、薺麦がこれによって萌え出る。これが剛柔を観て時序の変化を考察するということである。「人文を観て以て天下を化成す」とは、聖人が人文を観るというのは、《詩》《書》《礼》《楽》これらの教化を指し、これらに倣って「天下を化成」すべきである。
《象》曰:山下有火,賁。君子以明庶政,無敢折獄。處賁之時,止物以文明,不可以威刑,故“君子以明庶政”,而“無敢折獄”。[疏]正義曰:“山下有火賁”者,欲見火上照山,有光明文飾也。又取山含火之光明,象君子內含文明,以理庶政,故云“山有火賁”也。“以明庶政”者,用此文章明達以治理庶政也。“無敢折獄”者,勿得直用果敢,折斷訟獄。
《象伝》に「山下に火あり、賁。君子以て庶政を明らかにし、敢えて獄を折らざるなり」とある。山下に火がある、これが賁卦の象である。君子はこれに倣い、文明をもって諸々の政務を治め、これをもって訴訟獄事を断決することを敢えてしない。王弼の注が解釈して言う:賁卦の時に処して、万物を束ねるには文明を用い、威刑を用いてはならない。ゆえに「君子以て庶政を明らかにし」て「敢えて獄を折らざる」である。孔頴達の疏が伸べて言う:「山下に火あり賁」とは、火光が上に向かって山体を照らし、光明の文飾の象を顕そうとするもので、また山の中に火の光明を含むことを取り、君子が内に文明の徳を含むことを象徴し、これをもって諸々の政務を治めるゆえ、「山に火あり賁」と言う。「以て庶政を明らかにす」とは、この文采明達をもって多くの政事を治めることである。「敢えて獄を折らざる」とは、ひたすら果決の気に任せて訴訟獄事を断決してはならないことを言う。
初九:賁其趾,舍車而徒。在賁之始,以剛處下,居於無位,棄於不義,安夫徒步以從其志者也。故飾其趾,舍車而徒,義弗乘之謂也。[疏]正義曰:在《賁》之始,以剛處下,居於無位之地,乃棄於不義之車,而從有義之徒步,故云“舍車而徒”。以其志行高絜,不苟就輿乘,是以義不肯乘,故《象》云“義弗乘”也。《象》曰:“舍車而徒”,義弗乘也。
経文の賁卦初九の爻辞に「其の趾を賁る、車を舍てて徒る」とある。彼の足指を文飾し、車を捨てて徒歩する。王弼の注が解釈して言う:初九は賁卦の始めに処り、剛爻をもって下に居り、職位なきの地に居る。義に合わないものを捨てることを寧々とし、徒歩に安んじて自らの心志に従う。ゆえにその足指を文飾して車を捨て徒行する、これはまさに道義上乗るべきではないという意である。孔頴達の疏が伸べて言う:初九は《賁》卦の始めに処り、剛爻をもって下に居り、位なきの地に居る。そこで義に合わない車を捨てて、義に合う徒歩を選ぶ、ゆえに「車を舍てて徒る」と言う。その志行が高潔で、苟も車に乗ることを肯んじないのは、道義より出て乗ることを肯んじないゆえ、《象伝》は「義は乗らざるなり」と言う。《象伝》の「車を舍てて徒る」とは、道義上乗るべきではないということである。
六二:賁其須。得其位而無應,三亦無應,俱無應而比焉,近而相得者也。“須”之為物,上附者也。循其所履以附於上,故曰“賁其須”也。[疏]正義曰:“賁其須”者,須是上須於面,六二常上附於三,若似賁飾其須也。循其所履,以附於上,與上同為興起,故《象》云“與上興”也。《象》曰:“賁其須”,與上興也。
経文の賁卦六二の爻辞に「其の須を賁る」とある。彼の髭を文飾する。王弼の注が解釈して言う:六二は正位を得ながら相応する爻がなく、九三も相応する爻がない。両者とも応なく互いに隣り合い、近く寄って相得る関係である。「須」というものは上に付着するものである。六二は自己の処する位に順い上の九三に依附する、ゆえに「其の須を賁る」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「其の須を賁る」とは、髭は面に生えて上に向かうもので、六二は常に上に向かって九三に依附する、あたかもその髭を文飾するようである。自己の踏む位に順って上に依附し、上とともに興るゆえ、《象伝》は「上と与に興る」と言う。《象伝》の「其の須を賁る」とは、上とともに興るということである。
九三:賁如濡如,永貞吉。處下體之極,居得其位,與二相比,俱履其正,和合相潤,以成其文者也。既得其飾,又得其潤,故曰“賁如濡如”也。永保其貞,物莫之陵,故曰“永貞吉”也。[疏]正義曰:“賁如濡如”者,賁如,華飾之貌。濡如,潤澤之理。居得其位,與二相比,和合文飾,而有潤澤,故曰:“賁如濡如”。其美如此,長保貞吉,物莫之陵,故《象》云:“永貞之吉,終莫之陵”也。《象》曰:“永貞”之“吉”,終莫之陵也。
経文の賁卦九三の爻辞に「賁如濡如、永貞吉」とある。文飾が加わり潤沢が加わる、永く正を守れば吉。王弼の注が解釈して言う:九三は下卦の極位に処り、居るところがまたその正を得、六二と隣り合い、両爻とも正位を踏み、和合して相互に潤沢し、因って文采を成就する。文飾を得、また潤沢を得るゆえ、「賁如濡如」と言う。永く貞正を保つことができれば、外物はそれを欺凌することができないゆえ、「永貞吉」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「賁如濡如」とは、「賁如」は華美に修飾するさま、「濡如」は潤沢のさまである。九三は居位が正を得、六二と隣り合い、和合して相文飾し、また潤沢があるゆえ、「賁如濡如」と言う。その美がかくのごとく、永く貞正の吉を保てば、外物は欺凌のしようがないゆえ、《象伝》は「永貞の吉、終に之を陵ぐ莫し」と言う。《象伝》の「永貞」の「吉」とは、終にこれを陵ぐ者なきということである。
六四:賁如皤如,白馬翰如。匪寇,婚媾。有應在初而閡於三,為己寇難,二志相感,不獲通亨,欲靜則疑初之應,欲進則懼三之難,故或飾或素,內懷疑懼也。鮮絜其馬,“翰如”以待,雖履正位,未敢果其志也。三為剛猛,未可輕犯,匪寇乃婚,終無尤也。[疏]“《象》曰永貞之吉”至“匪寇婚媾”。正義曰:“賁如皤如”者,皤是素白之色。六四有應在初,欲往從之,三為已難,故已猶豫。或以文絜,故“賁如”也;或守質素,故“皤如”也。“白馬翰如”者,但鮮絜其馬,其色“翰如”,徘徊待之,未敢輒進也。“匪寇婚媾”者,若非九三為已寇害,乃得與初為婚媾也。
経文の賁卦六四の爻辞に「賁如皤如、白馬翰如。寇に非ず、婚媾なり」とある。あるいは文飾しあるいは素白、白馬は鮮潔、来る者は強寇ではなく婚を求める人である。王弼の注が解釈して言う:六四は初九と相応するが九三に阻隔され、九三が自己の寇難となる。両方の心志は相感じながら通達することができない。静まろうとすれば初九の相応に牵挂し、進もうとすれば九三の阻難を恐れるゆえ、時に文飾し時に素朴にし、内心に疑懼を懐く。馬を鮮潔に養い、「翰如」と待つ、正位に居りながらなお敢えて自心の志を軽々しく遂げようとしない。九三は剛猛で軽々しく犯すべからず、来る者が寇ではなく婚媾であるのを待てば、終に過失はない。孔頴達が「《象》曰永貞之吉」から「匪寇婚媾」までの一段を疏解する。正義に言う:「賁如皤如」とは、「皤」は素白の色である。六四は初九がこれと相応するのを有し、往って従おうとするが、九三が自己の阻難となるゆえ、自己は猶豫決せず、時に文采を講じ潔美しゆえ「賁如」、時に質朴素白を守持しゆえ「皤如」である。「白馬翰如」とは、ただ馬を鮮潔に養い、毛色「翰如」として徘徊して待ち、敢えて軽々しく進まないことを言う。「匪寇婚媾」とは、もし九三が自己の寇害とならなければ、初九と婚媾を結ぶことができるということである。
《象》曰:六四當位,疑也。“匪寇,婚媾”,終無尢也。[疏]正義曰:“六四當位疑”者,以其當位,得與初為應,但礙於三,故遲疑也。若不當位,則與初非應,何須欲往而致遲疑也?“匪寇婚媾,終無尢”者,釋“匪寇婚媾”之義。若待匪有寇難乃為婚媾,則終無尢過。若犯寇難而為婚媾,則終有尢也。
《象伝》に「六四位に当たる、疑うなり。『匪寇婚媾』、終に尤なきなり」とある。孔頴達の疏が伸べて言う:「六四位に当たり疑う」とは、まさにその居位が当たっているがゆえに初九と正応を結ぶことができるのに、ただ九三に阻害されるゆえ、遅疑して決しない。もしそれが位に当たらなければ、初九ともともと相応ではなく、何のため往こうとして遅疑を生じようか。「匪寇婚媾、終に尤なき」とは、「匪寇婚媾」の理を釈するもので、もし寇難のなくなるのを待って婚媾を成就すれば、終に過失はない。もし寇難を冒して婚媾を成就すれば、終に過失がある。
六五:賁于丘園,束帛戔戔。吝,終吉。處得尊位,為飾之主,飾之盛者也。施飾於物,其道害也。施飾丘園,盛莫大焉,故賁於束帛,丘園乃落,賁于丘園帛,乃“戔戔”。用莫過儉,泰而能約,故必“吝”焉乃得終吉也。[疏]“六五,賁于丘園”至“終吉”。○正義曰:“賁于丘園”者,丘園是質素之處。六五“處得尊位,為飾之主”。若能施飾在於質素之處,不華侈費用,則所束之帛,“戔戔”眾多也。“吝終吉”者,初時儉約,故是其“吝”也。必儉約之“吝”,乃得“終吉”,而有喜也,故《象》云“六五之吉,有喜”也。
経文の賁卦六五の爻辞に「丘園に賁る、束帛戔戔。吝なれど終に吉」とある。文飾を丘墟園圃という質朴な所に施し、束ねた帛は積もって众多となる。初めは鄙吝に見えるが終に吉を得る。王弼の注が解釈して言う:六五は尊位に居り、文飾の主体であり、文飾の盛んなことはこれに過ぎるものはない。文飾を器物の上に加えれば、かえって道を害する。文飾を丘園のような質素の所に加えれば、盛美はこれより大きいものはない。ゆえに、文飾を束帛珍宝の上に用いれば丘園の質は隕落し、文飾を丘園の上に用いれば束帛はかえって「戔戔」と众多となる。用度は倹約に過ぎるものはなく、豊泰の中に処りながら自ら約することができるゆえ、必ずこの一点の「吝」があってこそ、終に吉を獲得できるのである。孔頴達が「六五、賁于丘園」から「終吉」までの一段を疏解する。正義に言う:「賁于丘園」とは、丘園は質朴素浄の地である。六五は「尊位に処り得て、飾の主となる」、もし文飾を質素の所に施して奢華浪費しなければ、収束する帛は「戔戔」と众多となるであろう。「吝終に吉」とは、初め倹省約束するゆえそれが「吝」である。まさにこの倹約の「吝」があるがゆえに、「終吉」を得て喜慶があるゆえ、《象伝》は「六五之吉、有喜」と言う。
○注“處得尊位”至“乃得終吉也”。○正義曰:“為飾之主,飾之盛者”,若宮室輿服之屬,五為飾主。若施設華飾在於輿服宮館之物,則大道損害也。“施飾丘園盛莫大焉”者,丘謂丘墟,園謂園圃。唯草木所生,是質素之處,非華美之所。若能施飾,每事質素,與丘園相似,“盛莫大焉”。故“賁於束帛,丘園乃落”者,束帛,財物也。舉束帛言之,則金銀珠玉之等皆是也。若賁飾於此束帛,珍寶則素質之道乃隕落,故云“丘園乃落”也。“賁于丘園,帛乃戔戔”者,設飾在於丘園質素之所,則不靡費財物,束帛乃“戔戔”眾多也。諸儒以為若賁飾束帛,不用聘士,則丘園之上乃落也。若賁飾丘園之士與之,故束帛乃“戔戔”也。諸家注《易》,多為此解。但今案:輔嗣之《注》全無聘賢之意,且爻之與《象》,亦無待士之文。輔嗣云:“用莫過儉,泰而能約,故必吝焉,乃得終吉。”此則普論為國之道,不尚華侈,而貴儉約也。若從先師,唯用束帛招聘丘園,以儉約待賢,豈其義也?所以漢聘隱士,或乃用羔雁玄纁,蒲輪駟馬,豈止“束帛”之間,而云儉約之事?今觀《注》意,故為此解耳。
以下は王弼の注の「処得尊位」から「乃得終吉也」までの一段を疏解する。正義に言う:注文の「飾の主となる、飾の盛なる者」とは、宮室・車馬・服飾の類を指し、六五はこれらの文飾の主である。もし華美の装飾を車馬服飾・宮室館舎これらの器物に加えれば、大道は損害を受ける。注文の「丘園に飾を施せば盛莫大なり」とは、「丘」は丘墟、「園」は園圃で、そこにはただ草木が生えるのみ、質朴素浄の処であって華美の所ではない。もし文飾を加えて事事皆質素を保ち、丘園に相似れば、すなわち「盛莫大なり」である。注文の「束帛に賁れば、丘園乃ち落つ」とは、「束帛」は財物で、束帛を例に挙げれば金銀珠玉の類も皆その中に含まれる。もし文飾をこれら束帛珍宝の上に用いれば、素質の道は隕落するゆえ、「丘園乃ち落つ」と言う。注文の「丘園に賁れば、帛乃ち戔戔」とは、文飾を丘園のような質素の所に置けば、財物を靡費することがなく、束帛はおのずと「戔戔」众多となることを言う。諸先儒はこう考える:もし束帛を文飾に用いて賢士を招聘するのに用いなければ、丘園の上の隠士は零落する。もし丘園の士を文飾するのに用い、束帛を彼らに送れば、束帛はこそ「戔戔」众多となる。各家の《易》注は多くこの種の解釈をなす。しかるに今王輔嗣の《注》を考察するに、まったく賢人を聘請する意はなく、しかも爻辞と《象伝》にもいずれも賢士を礼待する文句はない。輔嗣は「用は倹に過ぎることなく、泰にして能く約す、故に必ず吝ありて、乃ち終吉を得」と言う、これは治国の道を泛論し、華侈を尚ばず倹約を重んずるものである。もし先師の説に従い、束帛をただ丘園の隠士の招聘に用いて、倹約をもって賢に待すると算せば、どうして言い得ようか。漢代に隠士を徴聘するに、あるいは羔羊・大雁・黒色と浅紅の束帛を用い、蒲輪の安車・四馬の乗をもって迎えた、「束帛」の一点に止まるどころではない、どうして倹約の事と言えようか。今《注》の本意に依り、ゆえに上のような解釈をなすのである。
《象》曰:六五之“吉”,有喜也。上九:白賁,無咎。處飾之終,飾終反素,故在其質素,不勞文飾而“無咎”也。以白為飾,而無患憂,得志者也。[疏]正義曰:“白賁無咎”者,“處飾之終”,飾終則反素,故在其質素,不勞文飾,故曰:“白賁無咎”也。守志任真,得其本性,故《象》云“上得志”也。言居上得志也。《象》曰:“白賁無咎”,上得志也。
《象伝》に言う:六五の「吉」は、喜慶があるということである。経文の賁卦上九の爻辞に「白賁、咎なし」とある。素白をもって飾とすれば、過ちはない。王弼の注が解釈して言う:上九は文飾の終点に処り、文飾が尽きれば素朴に返帰する。ゆえにその身の質素に安処し、文飾を労費せずして過ちなく、白色をもって飾として憂患なきは、その志を得遂げる者である。孔頴達の疏が伸べて言う:「白賁咎なし」とは、「飾の終に処り」、文飾が尽きれば素朴に返帰するゆえ、質素に安処し文飾を労費しない、ゆえに「白賁咎なし」と言う。心志を守り本真に任せ、自己の本性を得るゆえ、《象伝》は「上にして志を得たり」と言い、上位に居りてその志を遂ぐの意である。《象伝》の「白賁咎なし」とは、上位にありて志を得遂ぐということである。
剥卦
坤下艮上。剝:不利有攸往。[疏]正義曰:“剝”者,剝落也。今陰長變剛,剛陽剝落,故稱“剝”也。小人既長,故“不利有攸往”也。《彖》曰:剝,剝也,柔變剛也。“不利有攸往”,小人長也。順而止之,觀象也。君子尚消息盈虛,天行也。“坤”順而“艮”止也。所以“順而止之”,不敢以剛止者,以觀其形象也。強亢激拂,觸忤以隕身,身既傾焉。功又不就,非君子之所尚也。
剥卦の卦体は坤が下、艮が上である。経文の卦辞に「剥:利有攸往ならず」とある。剥落の時、往くところあるに宜しくない。孔頴達の疏が伸べて言う:「剥」とは剥落である。この時陰気が生長して剛爻を変え、剛陽が剥落されるゆえ、「剥」と称する。小人がすでに滋長したゆえ、「利有攸往ならず」である。《彖伝》に「剥とは剥なり、柔剛を変ずるなり。『利有攸往ならず』、小人長ずるなり。順にして之を止む、象を観るなり。君子は消息盈虚を尚ぶ、天の行なり」とある。王弼の注が解釈して言う:下卦「坤」は順、上卦「艮」は止である。「順にして之を止む」とする所以は、剛強をもって制止することを敢えてせず、相手の形色気象を観察しようとするからである。もし強を逞しゅうし高亢し、激烈に違拗して君上に抵触し身を喪うに至れば、身はすでに傾覆し功業も成らず、これは君子の尚ぶところではない。
[疏]“彖曰”至“天行也”。○正義曰:“剝,剝也”者,釋剝卦名為“剝”,不知何以稱“剝”,故釋云“剝”者解“剝”之義,是陰長解剝於陽也。“柔變剛”者,釋所以此卦名剝之意也。“不利有攸往,小人道長”者,此釋“不利有攸往”之義。小人道長,世既闇亂,何由可進?往則遇災,故“不利有攸往”也。“順而止之觀象”者,明在剝之時,世既無道,君子行之,不敢顯其剛直,但以柔順止約其上,唯望君上形象,量其顏色而止也。“君子尚消息盈虛天行”者,解所以在剝之時,順而止之。觀其顏色形象者,須量時制變,隨物而動。君子通達物理,貴尚消息盈虛,道消之時,行消道也,道息之時,行息道也;在盈之時,行盈道也;在虛之時,行虛道也。若值消虛之時,存身避害,“危行言遜”也。若值盈息之時,極言正諫,建事立功也。“天行”謂逐時消息盈虛,乃天道之所行也。春夏始生之時,天氣盛大,秋冬嚴殺之時,天氣消滅,故云“天行”也。
孔頴達が《彖伝》の「彖曰」から「天行也」までの一段を疏解する。正義に言う:「剥とは剥なり」とは、剥卦がなぜ「剥」と名づけられるかを釈するものである。読者はなぜ「剥」と称するかを知らないゆえ、《彖伝》は「剥」が剥落の義であることを申明し、陰気が生長して陽爻を剥落することを指す。「柔剛を変ず」は、この卦が「剥」と名づく所以の縁由を釈するものである。「利有攸往ならず、小人の道長ず」とは、「利有攸往ならず」の意を釈するものである。小人の道がまさに滋長し、世道はすでに昏乱している、君子はどこから進取することができようか。往けば災に遭うゆえ、「利有攸往ならず」である。「順にして之を止み象を観る」とは、剥落の時に処し、世道はすでに道なく、君子は事を行うに自らの剛直を顕露することを敢えてせず、ただ柔順をもって上に在る者を阻止し約束し、君上の神情気象を見て、その顔色を測りて適可に止まることを表明する。「君子は消息盈虚を尚ぶ天行」とは、なぜ剥の時に順にして之を止み、相手の顔色形象を観察するのかを釈するものである――必ず時勢を量度して変通を制立し、事物の情形に随って行動しなければならない。君子は事物の理に通達し、消・息・盈・虚の道理を重んずる。道が消する時には消のやり方を行い、道が息する時には息のやり方を行う。盈満の時に処れば盈満の道を行い、虚損の時に処れば虚損の道を行う。もし消退虚損の時に遇えば、己身を保全し禍害を避ける、まさに《論語・憲問》の言う「危行言遜」――行いは端正にして言語は謙退するである。もし盈満生息の時に遇えば、言を尽くし直諫し功業を建てる。「天行」とは時序に随って消息盈虚があることを言い、これがまさに天道の運行である。春夏に万物が初生する時は天気が盛大で、秋冬に粛殺する時は天気が消減する、ゆえに「天行」と言う。
○注“坤順而艮止也”至“君子之所尚也”。○正義曰:“非君子之所尚”者,不逐時消息盈虛,於無道之時,剛亢激拂,觸忤以隕身;身既傾隕,功又不就,“非君子之所尚也”。《象》曰:山附於地,剝。上以厚下安宅。“厚下”者,無不見剝也。“安宅”者,物不失處也。“厚下安宅”,治“剝”之道也。[疏]正義曰:“山附於地剝”者,山本高峻,今附於地,即是剝落之象,故云“山附於地剝”也。“上以厚下安宅”者,剝之為義,從下而起,故在上之人,當須豐厚於下,安物之居,以防於剝也。
以下は王弼の注の「坤順にして艮止なり」から「君子の尚ぶ所なり」までの一段を疏解する。正義に言う:注文の「君子の尚ぶ所に非ず」とは、時勢に随って行わず消息盈虚せず、道なきの時に強を逞しゅうし高亢し、激烈に違拗して君上に抵触し身を喪うに至ることである。身はすでに傾覆し功業も成らず、これがすなわち「君子の尚ぶ所に非ざるなり」である。《象伝》に「山地に附く、剥。上以て下を厚くし宅を安んず」とある。山が地に依附する、これが剥卦の象である。上に在る者はこれに倣い、下民を厚くし居所を安んずる。王弼の注が解釈して言う:「下を厚くす」とは、再び剥落される者なからしめることである。「宅を安んず」とは、万物にその安処の所を失わせないことである。「下を厚くし宅を安んず」は、まさに剥落の世を治める方法である。孔頴達の疏が伸べて言う:「山地に附き剥」とは、山はもと高峻であるが、今は地に依附する、これが剥落の象であるゆえ、「山地に附き剥」と言う。「上以て下を厚くし宅を安んず」とは、剥落の道理は下から発生するものゆえ、上位に居る人は下に在る民を厚くし、万物の居処を安んじ、これをもって剥落を防ぐべきである。
初六:剝床以足,蔑貞凶。床者,人之所以安也。“剝床以足”,猶云剝床之足也。“蔑”猶削也。剝床之足,滅下之道也。下道始滅,剛隕柔長,則正削而凶來也。[疏]正義曰:“剝床以足”者,床者人之所以安處也。在剝之初,剝道從下而起,剝床之足,言床足已“剝”也。下道始滅也。“蔑貞凶”者,蔑,削也。貞,正也。下道既蔑,則以侵削其貞正,所以“凶”也。《象》曰:“剝床以足”,以滅下也。[疏]正義曰:“釋剝床以足”之義。床在人下,足又在床下。今剝床之足,是盡滅於下也。
経文の剥卦初六の爻辞に「牀を剥すに足を以てす、貞を蔑るに凶」とある。牀を剥落するに牀の足から始まり、正道を削損して凶。王弼の注が解釈して言う:牀は人が身を安んずるのに用いるものである。「牀を剥すに足を以てす」とは、牀の足を剥落するということである。「蔑」は「削」に如し。牀の足を剥落するのは、下部を滅除する始めである。下部の根基が滅され始めれば、剛爻は隕落し柔爻は生長し、正道は削損されて凶が到来する。孔頴達の疏が伸べて言う:「牀を剥すに足を以てす」とは、牀は人が身を安んずるのに用いるところである。剥卦の初めにおいて、剥落の道は下から興り、牀の足を剥落するとは、牀足がすでに剥され下部が滅損し始めることを言う。「貞を蔑るに凶」とは、「蔑」は削、「貞」は正である。下部がすでに削滅されれば、進んであの貞正の道を侵削するゆえ「凶」である。《象伝》に「牀を剥すに足を以てす」とは、下部を滅除することである。孔頴達が伸べて言う:これは「牀を剥すに足を以てす」の意を釈するものである。牀は人の下にあり、牀足はまた牀の下にある。今牀の足を剥落するのは、まさに下部を徹底的に滅し尽くすことである。
六二,剝床以辨,蔑貞凶。“蔑”猶甚極之辭也。辨者,足之上也。剝道浸長,故“剝”其辨也。稍近於“床”,轉欲滅物之所處,長柔而削正。以斯為德,物所棄也。[疏]“六二”至“蔑貞凶”。○正義曰:“剝床以辨”者,辨,謂床身之下,無足之上,足與床身分辨之處也。今剝落侵上,乃至於“辨”,是漸近人身,故云“剝床以辨”也。“蔑貞凶”者,蔑,削也。削除中正之道,故“凶”也。初六“蔑貞”,但小削而已,六二“蔑貞”,是削之甚極,故更云“蔑貞凶”也。長此陰柔,削其正道,以此為德,則物之所棄。故《象》云“未有與”也。言無人與助之也。
経文の剥卦六二の爻辞に「牀を剥すに辨を以てす、貞を蔑るに凶」とある。牀を剥落し、牀身と牀足の交接するところまで剥がれ、正道を削損して凶。王弼の注が解釈して言う:「蔑」は極甚を表す辞である。「辨」は牀足の上の部位である。剥落の道は次第に生長するゆえ「辨」まで剥する。すでにやや牀身に逼近し、転じて人の安処する所を滅さんとする。陰柔を滋長させ貞正を削損し、これを自己の徳行とするのは、万物に棄てられることである。孔頴達が「六二」から「蔑貞凶」までの一段を疏解する。正義に言う:「牀を剥すに辨を以てす」とは、「辨」は牀身の下・牀足の上、牀足と牀身の分界する所を指す。今剥落は上に向かって侵蝕し、すでに「辨」に至り、次第に人身に逼近するゆえ、「牀を剥すに辨を以てす」と言う。「貞を蔑るに凶」とは、「蔑」は削であり、中正の道を削除するゆえ「凶」である。初六が「貞を蔑る」と言うのは、ただ小さく削損するのみ、六二が「貞を蔑る」と言うのは、削損が極点に至るゆえ、再び「貞を蔑るに凶」と言う。このような陰柔を滋長させ、その正道を削損し、これを徳行とすれば、万物に棄てられるゆえ、《象伝》は「未だ与るもの有らざるなり」と言い、これを助けようとする人がいないの意である。
○注“蔑猶甚極”至“物所棄也”。○正義曰:“蔑猶甚極之辭”者,初既稱“蔑”,二又稱“蔑”,“蔑”上覆“蔑”,此為蔑甚極,故云“蔑猶甚極之辭”也。“蔑”謂微蔑,物之見削,則微蔑也,故以“蔑”為“削”。“稍近於床轉欲蔑物之處”者,物之所處謂床也。今剝道既至於辨,在床體下畔之間,是將欲滅床,故云“轉欲滅物之所處”也。《象》曰:“剝床以辨”,未有與也。
以下は王弼の注の「蔑猶甚極」から「物の棄つる所なり」までの一段を疏解する。正義に言う:注文の「蔑は猶甚極の辞」とは、初六がすでに「蔑」と称し、六二がまた「蔑」と称し、「蔑」の上にさらに「蔑」を加える、これが蔑の極に至ることゆえ、「蔑は猶甚極の辞」と言う。「蔑」は微小衰減の義で、物が削損されれば微小となるゆえ、「蔑」を「削」と解する。注文の「稍牀に近づき、転じて物を蔑らんとする処」とは、人の安処する所とは牀である。今剥落の道はすでに「辨」に至り、まさに牀体の下沿の間にあり、眼前にもう全牀を滅さんとするゆえ、「転じて物の処る所を滅さんと欲す」と言う。《象伝》に「牀を剥すに辨を以てす」とは、まだ相助ける人がいないことである。
六三:剝之,無咎。與上為應,群陰剝陽,我獨協焉,雖處於剝,可以“無咎”。[疏]正義曰:六三與上九為應,雖在剝陽之時,獨能與陽相應,雖失位處剝而“無咎”也。《象》曰:“剝之,無咎”,失上下也。三上下各有二陰,而二獨應於陽,則“失上下”也。[疏]正義曰:釋所以無咎之義。上下群陰皆悉剝陽也,己獨能違失上下之情而往應之,所以“無咎”也。
経文の剥卦六三の爻辞に「之を剥す、咎なし」とある。剥落の中に身を処しながら、過ちはない。王弼の注が解釈して言う:六三は上九と相応し、衆陰は皆陽爻を剥落するが、独り我のみ陽と相協するゆえ、剥落の時に身を処しながらも、なお咎なしとすることができる。孔頴達の疏が伸べて言う:六三は上九と正応を結び、群陰が陽を剥する時に当たりながら、独りこれのみ陽爻と相応することができるゆえ、位を失いまた剥落の中に処りながらも、なお過ちはない。《象伝》に「之を剥す、咎なし」とは、上下の衆陰に背離するがゆえである。王弼の注が解釈して言う:六三の上下に各二つの陰爻があり、この一爻が独り往って陽爻に応和する、これが「上下を失う」である。孔頴達が伸べて言う:これはその咎なき所以の理を釈するものである。上下の衆陰は皆陽爻を剥落するが、独り己のみ上下衆陰の心意に背いて往って陽爻に応和することができるゆえ「咎なし」である。
六四:剝床以膚,凶。初二剝床,民所以安,未剝其身也。至四剝道浸長,床既剝盡,以及人身,小人遂盛,物將失身,豈唯削正,靡所不凶。[疏]正義曰:四道浸長,剝床已盡,乃至人之膚體,物皆失身,所以凶也。《象》曰:“剝床以膚”,切近災也。[疏]正義曰:“切近災”者,其災已至,故云“切近災”也。
経文の剥卦六四の爻辞に「牀を剥すに膚を以てす、凶」とある。剥落はすでに肌膚に及ぶ、凶。王弼の注が解釈して言う:初六・六二が剥するのは牀で、牀は百姓が身を安んずるのに用いるもので、まだ人の身に剥がれ及んではいない。六四に至って剥落の道は次第に滋長し、牀はすでに剥がれ尽き、人の身体に及ぼうとする。小人はここに至って強盛となり、万物はその身を失わんとする。豈に貞正を削損するのみならんや、凶ならざるところなし。孔頴達の疏が伸べて言う:六四の時に至って剥落の道は次第に生長し、牀はすでに剥がれ尽き、ここに人の肌膚形体に波及し、万物は皆その身を保つことができないゆえ凶である。《象伝》に「牀を剥すに膚を以てす」とは、災禍がすでに切近していることである。孔頴達が伸べて言う:「災に切近し」とは、災禍がすでに頭上に臨んでいることを言うゆえ、「災に切近し」と言う。
六五:貫魚,以宮人寵,無不利。處剝之時,居得尊位,為“剝”之主者也。“剝”之為害,小人得寵,以消君子者也。若能施寵小人,於宮人而己,不害於正,則所寵雖眾,終無尤也。“貫魚”謂此眾陰也,駢頭相次,似“貫魚”也。[疏]正義曰:“貫魚以宮人寵”者,處得尊位,“為剝之主”,剝之為害,小人得寵以消君子。“貫魚”者,謂眾陰也。駢頭相次,似若貫穿之魚。此六五若能處待眾陰,但以宮人之寵相似。宮人被寵,不害正事,則終無尤過,無所不利,故云“無不利”。故《象》云“終無尤也”。《象》曰:“以宮人寵”,終無尤也。
経文の剥卦六五の爻辞に「魚を貫く、宮人を以て寵す、利ならざるなし」とある。一串の魚のように順次排列し、寵幸を宮人の類に限れば、利ならざることなし。王弼の注が解釈して言う:六五は剥落の時に処り、尊位に居り、「剥」卦の主爻である。「剥」の害処は、小人が寵を得て君子を消損することにある。もし小人に与える寵愛を宮人に対するがごとき範囲に限定し、正道を傷つけなければ、寵する人は多くとも終に過失はない。「貫魚」とはこれらの陰爻を指し、頭尾相次いで排列し、あたかも貫かれた魚のようである。孔頴達の疏が伸べて言う:「魚を貫き宮人を以て寵す」とは、六五は尊位に処り、「剥の主となる」。剥の害処は小人が寵を得て君子を消損することにある。「貫魚」は衆陰爻を指し、頭を並べて相次ぎ、あたかも縄で貫かれた魚のようである。ここで六五がもしこのように衆陰に対し、ただ宮人のような寵愛のみを与えることができれば――宮人が寵を受けても朝廷の正事を妨げない――ならば終に過失なく、往って利ならざることなし、ゆえに「利ならざるなし」と言い、これによって《象伝》は「終に尤なきなり」と言う。《象伝》の「宮人を以て寵す」とは、終に過失なきということである。
上九:碩果不食,君子得輿,小人剝廬。處卦之終,獨全不落,故果至於碩而不見食也。君子居之,則為民覆蔭;小人用之,則剝下所庇也。[疏]正義曰:“碩果不食”者,處卦之終,獨得完全,不被剝落,猶如碩大之果,不為人食也。“君子得輿”者,若君子而居此位,能覆蔭於下,使得全安,是君子居之,則得車輿也。若小人居之,下無庇廕,在下之人,被剝徹廬舍也。《象》曰:“君子得輿”,民所載也。“小人剝廬”,終不可用也。[疏]正義曰:“君子得輿民所載”者,釋“得輿”之義。若君,剝徹民之廬舍,此小人終不可用為君也。
経文の剥卦上九の爻辞に「碩果食われず、君子は輿を得、小人は廬を剥す」とある。大きな果実は食べられなかった。君子がこの位に居れば車輿を得、小人がこの位に居れば屋舎まで剥ぎ去られる。王弼の注が解釈して言う:上九は全卦の終点に処り、独り保全されて剥落されないゆえ、果実は碩大に成長して食べられなかった。君子がこの位に居れば百姓を庇蔭することができる。小人がこの位を占めれば、下に在る者が頼って遮蔽するものを剥奪する。孔頴達の疏が伸べて言う:「碩果食われず」とは、上九は全卦の終に処り、独り完全を得て剥落されず、あたかも碩大な果が人に食べられなかったようである。「君子輿を得」とは、もし君子がこの位に居れば、下民を庇蔭して保全安寧ならしめることができるならば、君子が之に居れば車輿の承載を得る。もし小人がこの位に居れば、下に在る人は庇蔭を得られず、房屋までも拆毀剥去される。《象伝》に「君子輿を得」とは、百姓に承載されることであり、「小人廬を剥す」とは、小人は終に任用すべからざることを説明する。孔頴達が伸べて言う:「君子輿を得るは民の載する所なり」とは、「輿を得」の理を釈するものである。ここで底本に脱文があり、下文は接して言う:もし小人が位に居れば、百姓の房舎を拆毀し、このような小人は終に君主たるに用いるべからず。
復卦
震下坤上。復:亨。出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復,利有攸往。[疏]正義曰:“復亨”者,陽氣反覆而得亨通,故云“復亨”也。“出入無疾”者,出則剛長,入則陽反,理會其時,故無疾病也。“朋來無咎”者,朋謂陽也。反覆眾陽,朋聚而來,則“無咎”也。若非陽眾來,則有咎,以其眾陽之來,故“無咎”也。“反復其道,七日來復”者,欲速反之與復而得其道,不可過遠。唯七日則來復,乃合於道也。“利有攸往”者,以陽氣方長,往則小人道消,故“利有攸往”也。
復卦の卦体は震が下、坤が上である。経文の卦辞に「復:亨。出入疾なし、朋来咎なし。反覆其の道、七日にして来復す、利有攸往」とある。陽気が回復して亨通し、出も入も妨害なく、同類が来て過ちなく、往反してその道を循行し、七日にして回復し、往くところあるに宜しい。孔頴達の疏が伸べて言う:「復亨」とは、陽気が回復して亨通を得るゆえ、「復亨」と言う。「出入疾なし」とは、出れば剛爻が生長し、入れば陽気が返帰し、いずれも応有の時序に合するゆえ、病害はない。「朋来咎なし」とは、「朋」は陽爻を指す。陽気が往復し、衆陽が朋類のごとく聚集して来れば過ちはない。もし衆陽が前来しなければ過咎がある、まさに衆陽が前来するゆえ「咎なし」である。「反覆其の道、七日にして来復す」とは、速やかに返り速やかに復し而も常道に合しようとすれば、間隔は遠すぎてはならず、ただ七日にして回復してこそ道に合することを言う。「利有攸往」とは、陽気がまさに生長するゆえ、往けば小人の道は消退するゆえ、「利有攸往」である。
《彖》曰:“復,亨”,剛反動而以順行,是以“出入無疾”,入則為反,出則剛長,故“無疾”。疾猶病也。“朋來無咎”,“朋”謂陽也。[疏]“彖曰”至“無咎”。○正義曰:“復亨”者,以陽復則亨,故以亨連復而釋之也。“剛反動而以順行”者,既上釋“復亨”之義,又下釋“出入無疾朋來無咎”之理,故云“是以出入無疾朋來無咎”也。“反復其道,七日來復”陽氣始剝盡至來復時,凡七日。
《彖伝》に「『復、亨』、剛反りて動き順を以て行る、是を以て『出入疾なし』」とある。陽剛が返回し震動して坤順に依って行うゆえ、「出入疾なし」。王弼の注が解釈して言う:入とは返であり、出とは剛爻が生長することで、ゆえに病害はない。「疾」とは病である。《彖伝》は接して「『朋来咎なし』」と言う。王弼の注が解釈して言う:「朋」は陽爻を指す。孔頴達が「彖曰」から「無咎」までの一段を疏解する。正義に言う:「復亨」とは、陽気が回復すれば亨通するゆえ、「亨」を「復」に連ねてともに釈する。「剛反りて動き順を以て行る」とは、すでに上文で「復亨」の意を釈し、また下文で「出入疾なし朋来咎なし」の理を釈するものゆえ、《彖伝》は「是を以て出入疾なし朋来咎なし」と言う。《彖伝》がまた卦辞「反覆其の道、七日にして来復す」を引く。王弼の注が解釈して言う:陽気が剥され尽くし始めてから、陽気が改めて回復する時まで、一共七日である。
[疏]正義曰:“陽氣始剝盡”,謂陽氣始於剝盡之後,至陽氣來復時,凡經七日。觀《注》之意,陽氣從剝盡之後,至於反覆,凡經七日。其《注》分明。如褚氏、莊氏並云“五月一陰生,至十一月一陽生”,凡七月。而云“七日”,不云“月”者,欲見陽長須速,故變月言日。今輔嗣云“剝盡”至“來復”,是從盡至來復,經七日也。若從五月言之,何得云“始盡”也?又臨卦亦是陽長而言八月,今《復卦》亦是陽長,何以獨變月而稱七日?觀《注》之意,必謂不然,亦用《易緯》六日七分之義,同鄭康成之說。但於文省略,不復具言。案《易緯稽覽圖》云:“卦氣起中孚。”故離、坎、震、兌,各主其一方,其餘六十卦,卦有六爻,爻別主一日,凡主三百六十日。餘有五日四分日之一者,每日分為八十分,五日分為四百分四分日之一又為二十分,是四百二十分。六十卦分之,六七四十二卦,別各得七分,是每卦得六日七分也。剝卦陽氣之盡在於九月之末,十月當純坤用事。坤卦有六日七分。坤卦之盡,則復卦陽來,是從剝盡至陽氣來復,隔坤之一卦六日七分,舉成數言之,故輔嗣言“凡七日”也。“反覆”者,則出入之義。反謂入而倒反覆謂既反,之後復而向上也。
孔頴達の疏が伸べて言う:王弼の注のいわゆる「陽気始めて剥尽」とは、陽気が剥され尽きた後から算し起し、陽気が回復する時まで、一共七日を経ることを言う。《注》の意を見れば、陽気が剥尽した後から改めて返復するまで、共に七日を経ると注文は明らかに言う。褚仲都・荘氏の如きは皆「五月に一陰生じ、十一月に至って一陽生ず」と言い、一共七ヶ月とする。彼らは経文が「七日」と言って「月」と言わないのは、陽気の生長は速やかを要することを顕さんとするゆえ、「月」を改めて「日」と説くと考える。今輔嗣の言うのは「剥尽」から「来復」までで、剥尽から算して来復に至り、七日を経る。もし五月から算し起せば、どうして「始めて尽き」と言えようか。さらに臨卦もまた陽気が生長して卦辞に「八月」と称す。今《復卦》も同じく陽長なのに、なぜ偏偏「月」を改めて「七日」と称するのか。《注》の意を見れば、必ずあの説を取らず、同じく《易緯》の「六日七分」の義を採用し、鄭康成(鄭玄)の説と同じくするもので、ただ文字を省略して詳説しないのみである。按ずるに《易緯稽覧図》に「卦気は中孚に起る」と言う。ゆえに離・坎・震・兌の四正の卦は各東南西北の一方を主り、分配の数に入らない。その余の六十卦は、每卦六爻、每爻が分かちて一日を主り、共に三百六十日を主る。一年は三百六十五又四分の一日で、これら三百六十日を除けば、五又四分の一日が残る。一日を八十分に分かてば五日は四百分、四分の一日はまた二十分、合計四百二十分。六十卦をもって分攤すれば、六七四十二、每卦各七分を得、ゆえに每卦実は六日七分を得る。剥卦の陽気は九月の末に至って尽き、十月は純坤が用事すべく、坤卦は六日七分を占める。坤卦の数が走り尽きれば、復卦の陽気が来る。則ち剥尽から陽気来復まで、中間に坤の一卦の六日七分を隔てる、成数を挙げて言うゆえ、輔嗣は「凡そ七日」と言う。「反覆」に至っては、すなわち「出入」の意である。「反」は入りて倒転して帰ること、「復」はすでに返回した後再び上に向かって行くことである。
天行也。以天之行,反覆不過七日,復之不可遠也。[疏]正義曰:“反復其道,七日來復。天行”者,以天行釋“反復其道七日來復”之義。言反之與復得合其道。唯七日而來復,不可久遠也。此是天之所行也。天之陽氣絕滅之後,不過七日,陽氣復生,此乃天之自然之理,故曰“天行”也。
《彖伝》に「天の行なり」とある。王弼の注が解釈して言う:上天の運行に按ずれば、往反は七日を過ぎず、回復の期は遠く延ばすべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:「反覆其の道、七日にして来復す。天の行」とは、天道の運行をもって「反覆其の道、七日にして来復す」の意を釈するものである。返と復は常道に合すべく、ただ七日にして回復を来たし、久遠すべからず、これがまさに上天の運行する規律である。天の陽気が断絶した後、七日を過ぎずして陽気は改めて萌生する、これは天然自成の理であるゆえ、「天行」と言う。
“利有攸往”,剛長也。往則小人道消也。[疏]正義曰:“以剛長”釋“利有攸往”之義也。復,其見天地之心乎。復者,反本之謂也,天地以本為心者也。凡動息則靜,靜非對動者也。語息則默,默非對語者也。然則天地雖大,富有萬物,雷動風行,運化萬變,寂然至無,是其本矣。故動息地中,乃天地之心見也。若其以有為心,則異類未獲具存矣。
《彖伝》に「『利有攸往』、剛長ずるなり」とある。王弼の注が解釈して言う:往けば小人の道は消退する。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「剛長」をもって「利有攸往」の意を釈するものである。《彖伝》がまた「復、其れ天地の心を見るか」と言う。復卦からおおよそ天地の本心を見ることができるであろう。王弼の注が解釈して言う:「復」とは本に返帰するの謂で、天地は「本」をもって心とする。凡そ動が止息すれば静に帰するが、静は動と相対して生ずるのではない。言語が止息すれば黙に帰するが、黙も語と相対して生ずるのではない。こう見れば、天地は大なりと雖も、万物を富み有し、雷動風行し、運化して千変万化を出すが、あの寂然として至無の境地こそその根本である。ゆえに動が地中に止息する時に当たり、天地の心は顕現する。もし天地が「有」をもって心とすれば、それと異類の万物は一併に保全を得られない。
[疏]“復見天地之心乎”。○正義曰:“復其見天地之心乎”者,此贊明覆卦之義。天地養萬物,以靜為心,不為而物自為,不生而物自生,寂然不動,此天地之心也。此復卦之象,“動”息地中,雷在地下,息而不動,靜寂之義,與天地之心相似。觀此復象,乃“見天地之心”也。天地非有主宰,何得有心?以人事之心,託天地以示法爾。
孔頴達が「復は天地の心を見るか」の一句を疏解する。正義に言う:「復其れ天地の心を見るか」とは、これは復卦の意義を賛美し闡明するものである。天地は万物を養育し、静をもって心とする。意をもって造作せずして万物はおのずと造作し、意をもって化生せずして万物はおのずと化生し、寂然として動かず、これがすなわち天地の心である。復卦の卦象は、「動」が地中に止息し、雷が地下に蔵して休息して動かず、まさに静寂の義で、天地の心と相似る。この復卦の象を観れば、「天地の心を見る」ことができる。天地はもと主宰なく、どうして真に心があろうか。ただ人事上の「心」を借りて天地の身に寄託し、もって法則を昭示するのみである。
○注“復者反本之謂也”至“未獲具存矣”。○正義曰:“復者反本之謂也”者,往前離本處而去,今更反於本處,是“反本”之謂也。“天地以本為心”者,“本”謂靜也。言天地寂然不動,是“以本為心”者也。凡動息則靜,靜非對動者也。天地之動,靜為其本,動為其末,言靜時多也,動時少也。若暫時而動,止息則歸靜,是靜非對動,言靜之為本,自然而有,非對動而生靜,故曰“靜非對動”者也。“語息則默,默非對語”者,語則聲之動,默則口之靜,是不語之時,恆常默也。非是對語有默以動靜語默,而地別體,故云“非對”也。云“天地雖大,富有萬物,雷動風行,運化萬變”者,此言天地之動也。言“寂然至無是其本矣”者,凡有二義:一者萬物雖運動於外,而天地寂然至於其內也。外是其末,內是其本,言天地無心也。二者雖雷動風行,千化萬變,若其雷風止息,運化停住之後,亦寂然至無也。“若其以有為心,則異類未獲具存”者,凡以無為心,則物我齊致,親疏一等,則不害異類,彼此獲寧。若其以有為心,則我之自我,不能普及於物,物之自物,不能普賴於我,物則被害,故“未獲具存”也。
以下は王弼の注の「復とは本に反るの謂なり」から「未だ具存を獲ず」までの一段を疏解する。正義に言う:注文の「復とは本に反るの謂なり」とは、先前に本処を離れて去り、今また本処に返回する、これを「本に反る」と言う。注文の「天地は本を以て心とす」とは、「本」は静を指す。天地は寂然として動かず、すなわち「本を以て心とす」である。注文の「凡そ動息すれば静、静は動に対する者に非ず」とは、天地の運動は、静を本とし動を末とし、静の時が多く動の時が少ないことを言う。もし暫時的に動くだけなら、一旦止息すれば静に帰する、静は動と相対して立つのではないことが見える――静の本たるは自然に有るもので、動あるがゆえに静を生ずるのではないゆえ、「静は動に対せず」と言う。注文の「語息すれば黙、黙は語に対せず」とは、話すことは声音の動、沈黙は口舌の静である。話さない時は恒常的に黙の状態に処り、語あるがゆえに黙有るのではない。動と静、語と黙は、各々の本体がもと同じからず、ゆえに「対せず」と言う。注文の「天地大なりと雖も、万物を富み有し、雷動風行し、運化万変す」とは、これは天地の動を言う。注文の「寂然至無は是れ其の本なり」とは、二層の意を含む。その一、万物は外で運動して息まずと雖も、天地の内は寂然として無為である――外は末、内は本、天地に心なきを言う。その二、雷動風行・千変万化有りと雖も、一旦雷風が止息し運化が停まれば、すなわち寂然至無に帰する。注文の「若し其有を以て心とせば、則ち異類は未だ具存を獲ず」とは、凡そ「無」を以て心とする者は、物と我一律に斉同にし、親と疎を等同に見て、己と異類のものを傷害せず、彼此ともに安寧を得る。もし「有」を以て心とすれば、我はただ我のみ、普く万物に及ぶことができず、物はただ物のみ、普く我に仰賴することができず、万物は害を受けるゆえ、一併に保全することができない。
《象》曰:雷在地中,復。先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。方,事也。冬至,陰之復也。夏至,陽之復也。故為復則至於寂然大靜,先王則天地而行者也。動復則靜,行復則止,事復則無事也。[疏]“《象》曰”至“后不省方”。○正義曰:“雷在地中復”者,雷是動物,復卦以動息為主,故曰“雷在地中”。“先王以至日閉關”者,先王象此復卦,以二至之日閉塞其關,使商旅不行於道路也。“后不省方”者,方,事也。后不省視其方事也。以地掩閉於雷,故關門掩閉,商旅不行。君后掩閉於事,皆取“動息”之義。
《象伝》に「雷地中に在り、復。先王至日を以て関を閉ざし、商旅行わず、后は方を省みず」とある。雷が地中に蔵するは復卦の象である。先王はこれに倣い、冬至夏至の日に関口を閉鎖し、商旅は出行せず、君主も政事を巡視しない。王弼の注が解釈して言う:「方」は「事」である。冬至は陰気の返復、夏至は陽気の返復である。ゆえに「復」に言及すれば、寂然大静に帰し、先王はまさに天地に効法して事を行う。動が尽きれば静に返帰し、行が尽きれば止に返帰し、事有るが尽きれば事なきに返帰する。孔頴達が「《象》曰」から「后不省方」までの一段を疏解する。正義に言う:「雷地中に在り復」とは、雷は善く動く物であり、復卦は動の止息を主とするゆえ、「雷地中に在り」と言う。「先王至日を以て関を閉ざす」とは、先王はこの復卦に倣い、冬至・夏至の二つの日に関口を閉鎖し、商旅をして道路上を通行せしめない。「后は方を省みず」とは、「方」は事で、君主はその政事を省視しない。大地が雷を掩閉して下に在すゆえ、関門もこれに随い閉合し商旅は行わず、君主は政事を掩閉する、取るところは皆「動息」の意である。
○注“方事也”至“事復則無事也”。○正義曰:“方,事”者,恐“方”是四方境域,故以“方”為事也。言至日不但不可出行,亦不可省視事也。“冬至陰之復,夏至陽之復”者,復謂反本,靜為動本。冬至一陽生,是陽動用而陰復於靜也。夏至一陰生,是陰動用而陽復於靜也。“動復則靜,行復則止,事復則無事”者,動而反覆則歸靜,行而反覆則歸止,事而反覆則歸於無事也。
以下は王弼の注の「方は事なり」から「事復すれば事なきなり」までの一段を疏解する。正義に言う:注文が「方」を「事」と解するのは、読者が「方」を四方の境域と看做すことを憂慮し、ゆえに特に「方」を「事」と訓し、冬至夏至の二日は出行すべからざるのみならず、政事を省視すべからざる意である。注文の「冬至は陰の復、夏至は陽の復」とは、「復」は本に返帰することであり、静は動の本である。冬至に一陽始生するは、陽が始めて動用し陰が静に返帰すること。夏至に一陰始生するは、陰が始めて動用し陽が静に返帰することである。注文の「動復すれば静、行復すれば止、事復すれば事なし」とは、動が返復の処に至れば静に帰し、行が返復の処に至れば止に帰し、事有るが返復の処に至れば事なきに帰することを言う。
初九:不遠復,無祗悔,元吉。最處復初,始復者也。復之不速,遂至迷凶,不遠而復,幾悔而反,以此修身,患難遠矣。錯之於事,其始庶幾乎?故“元吉”也。[疏]正義曰:“不遠復”者,最處復初,是始復者也。既在陽復,即能從而復之,是迷而不遠,即能復也。“無祗悔元吉”者,韓氏云:“祗,大也。”既能速復,是無大悔,所以大吉。《象》曰:“不遠”之復,以脩身也。[疏]正義曰:“釋不遠之復”也。所以不遠速復者,以能脩正其身,有過則改故也。
経文の復卦初九の爻辞に「遠からずして復る、祗の悔なし、元吉」とある。遠く行かずして返回する、大きな悔恨なく、大いに吉祥。王弼の注が解釈して言う:初九は復卦の最初に処り、最も先に返復する一爻である。返復が速やかでなければ、迷失して凶を致す。遠く行かずして返回し、悔いを生ぜんとする時にすなわち回头する、この態度をもって身を修めれば、禍患災難はおのずと遠離する。この道理を事を行うに用いれば、その開端は道に近いと言えようか。ゆえに「元吉」。孔頴達の疏が伸べて言う:「遠からずして復る」とは、初九は復卦の最初に処り、返復を始める一爻である。すでに身が陽気回復の時に在れば、これに随いて返復することができる、これは迷失有りと雖も行くこと遠からず、即ち返回し得ることである。「祗の悔なし元吉」とは、韓康伯が言う:「祗は大なり」。すでに速やかに返復し得れば、大きな悔恨はないゆえ大吉である。《象伝》に「遠からざる」にして復るとは、身を修養するを以てす。孔頴達が伸べて言う:これは「遠からざるの復」を釈するものである。遠く行かずして速やかに返回し得る所以は、自身を修正して過失あれば改めるがゆえである。
六二:休復,吉。得位處中,最比於初。上無陽爻以疑其親,陽為仁行,在初之上而附順之,下仁之謂也。既處中位,親仁善鄰,復之休也。[疏]正義曰:得位處中,最比於初,陽為仁行,已在其上,附而順之,是降下於仁,是休美之復,故云“休復吉”也。以其下仁,所以“吉”也。故《象》云“休復之吉,以下仁也”。《象》曰:“休復”之吉,以下仁也。
経文の復卦六二の爻辞に「休復、吉」とある。美善なる返復、吉祥。王弼の注が解釈して言う:六二はその正位を得てまた中に居り、初九と最も切近する。その上に別の陽爻なくしてこの親近に疑を生ぜしめない。陽は仁徳の行を代表し、六二は初九の上に在りて依附順従する、これがいわゆる「下仁」――身を降して仁者の下に居ることである。すでに中位に処り、また仁者に親近し隣と善くする、返復の中の美善なる者である。孔頴達の疏が伸べて言う:六二は位を得て中に居り、初九と最も切近する。陽は仁徳の行で、己はその上に在りながら依附し順従する、これがすなわち身を仁に降し、美善の返復であるゆえ「休復吉」と言う。仁者の下に屈居し得るがゆえに「吉」、これによって《象伝》は「休復之吉、以下仁也」と言う。《象伝》の「休復」の吉祥は、仁者の下に屈居するがゆえである。
六三:頻復,厲無咎。頻,頻蹙之貌也。處下體之終,雖愈於上六之迷,巳失復遠矣,是以蹙也。蹙而求復,未至於迷,故雖危無咎也。復道宜速,蹙而乃復,義雖無咎,它來難保。[疏]“《象》曰休復之吉”至“無咎”。○正義曰:“頻復”者,頻謂頻蹙。六三處下體之上,去復稍遠,雖勝於上六迷復,猶頻蹙而復,復道宜速,謂蹙而求復也。去復猶近,雖有危厲,於義無咎。故《象》云“義無咎”也。注“頻蹙之貌”至“它來難保”。○正義曰:“義雖無咎,它來難保”者,去復未甚大遠,於義雖復無咎,謂以道自守,得“無咎”也。若自守之外,更有他事而來,則難可保此無咎之吉也。所以《象》云“義無咎”,守常之義得無咎也。《象》曰:“頻復”之厲,義無咎也。
経文の復卦六三の爻辞に「頻復、厲なれど咎なし」とある。眉を顰めて返復する、危険有りと雖も過ちはない。王弼の注が解釈して言う:「頻」は愁眉皱額のさまである。六三は下卦の末端に処り、上六の迷って復らざるに勝ると雖も、返復の処を離れることすでに遠いゆえ、眉を顰めて憂愁する。眉を顰めて返復を求めるも、なお迷失に至らず、ゆえに危険有りと雖も過ちはない。返復の道は快速を貴ぶ、眉を顰めてこそ返回する、道義上は咎なきと雖も、別の事が来れば無虞を保ち難い。孔頴達が「《象》曰休復之吉」から「無咎」までの一段を疏解する。正義に言う:「頻復」とは、「頻」はすなわち愁蹙である。六三は下卦の上に処り、返復の処を離れることやや遠く、上六の迷復に勝ると雖も、なお眉を顰めてこそ返復する。返復の道は快速を貴ぶゆえ、これを愁蹙して返復を求むと言う。返復の処を離れること畢竟なお近く、危厲有りと雖も、義理上過ちなきゆえ、《象伝》は「義に咎なし」と言う。以下は王弼の注の「頻蹙之貌」から「它来たれば保ち難し」までの一段を疏解する。正義に言う:注文の「義は咎なきと雖も、它来たれば保ち難し」とは、六三は返復の処を離れてなお遠からずと言うので、義理に就いて言えば咎なきと雖も、正道を以て自守して「咎なし」を得ることを指す。もし自守の外に別に他の事が訪れて来れば、この咎なきの吉は保ち難い。ゆえに《象伝》は「義に咎なし」と言うのは、常道を守持する这一層の義理に就いて言う過ちなしである。《象伝》の「頻復」の危厲は、義理に就いて言えば過ちなし。
六四:中行獨復。四上下各有二陰而處厥中,履得其位而應於初,獨得所復,順道而反,物莫之犯,故曰“中行獨復”也。[疏]“《象》曰”至“中行獨復”。○正義曰:“中行獨復”者,處於上卦之下,上下各有二陰,巳獨應初,居在眾陰之中,故云“中行”。獨自應初,故云“獨復”。從道而歸,故《象》云“以從道也”。《象》曰:“中行獨復”,以從道也。
経文の復卦六四の爻辞に「中に行りて独り復る」とある。衆陰の中を行りて独り返復する。王弼の注が解釈して言う:六四の上下に各二つの陰爻があり、それは正に中に処る。居る所の位は正を得てまた初九と相応し、独りそれのみ返復の所を得、正道に順って返り、外物は侵犯することができないゆえ、「中に行りて独り復る」と言う。孔頴達が「《象》曰」から「中行独復」までの一段を疏解する。正義に言う:「中に行りて独り復る」とは、六四は上卦の最下に処り、上下に各二つの陰爻があり、独り己のみ初九と相応し、身は衆陰の中に居るゆえ、「中に行る」と言う。独り初九に応和するゆえ、「独り復る」と言う。正道に順従して帰るゆえ、《象伝》は「以て道に従うなり」と言う。《象伝》の「中に行りて独り復る」とは、正道に順従するがゆえである。
六五:敦復,無悔。居厚而履中,居厚則無怨,履中則可以自考,雖不足以及“休復”之吉,守厚以復,悔可免也。[疏]正義曰:“敦復無悔”者,處坤之中,是敦厚於復,故云“敦復”。既能履中,又能自考成其行。既居敦厚物,無所怨,雖不及六二之“休復”,猶得免於悔吝,故云“無悔”也。《象》曰:“敦復,無悔”,中以自考也。[疏]正義曰:釋“無悔”之義。以其處中,能自考其身,故“無悔”也。
経文の復卦六五の爻辞に「敦復、悔なし」とある。敦厚の道を以て返復する、悔恨なし。王弼の注が解釈して言う:六五は厚徳の地に居りまた中位を踏む。厚に居れば怨恨を招かず、中を履めば自ら省察し得る。六二の「休復」のような吉には及ばないと雖も、厚道を守って返復すれば、悔恨は免除し得る。孔頴達の疏が伸べて言う:「敦復悔なし」とは、六五は坤体の中に処り、返復の上において敦厚を致すゆえ、「敦復」と言う。すでに中位を踏み得、また自ら省察してその徳行を成就し得る。すでに敦厚に処身すれば、万物はこれに怨恨なし。六二の「休復」に及ばないと雖も、なお悔恨と鄙吝を免れるゆえ、「悔なし」と言う。《象伝》に「敦復、悔なし」とは、中に居りて自ら省察し得るがゆえである。孔頴達が伸べて言う:これは「悔なし」の理を釈するものである。六五は中に居り、自ら省察してその身を見ることができるゆえ「悔なし」である。
上六:迷復,凶,有災眚。用行師,終有大敗。以其國君凶,至于十年不克征。最處復後,是迷者也。以迷求復,故曰“迷復”也。用之行師,難用有克也,終必大敗。用之於國,則反乎君道也。大敗乃復量斯勢也。雖復十年修之,猶未能征也。[疏]“上六迷復凶”至“不克征”。○正義曰:“迷復凶”者,最處復後,是迷闇於復。“以迷求復”,所以“凶”也。“有災眚”者,闇於復道,必無福慶,唯有災眚也。“用行師終有大敗”者,所為既凶,故用之行師,必無克勝,唯“終有大敗”也。“以其國君凶”者,以,用也。用此迷復於其國內,則反違君道,所以凶也。“至于十年不克征”者,師敗國凶,量斯形勢,雖至十年猶不能征伐。以其迷闇不復,而反違於君道,故《象》云“迷復之凶,反君道也”。《象》曰:“迷復”之凶,反君道也。
経文の復卦上六の爻辞に「迷復、凶、災眚有り。以て師を行わんに、終に大敗有り。其の国君を以てすれば凶、十年に至っても征すること克たず」とある。迷失して返復を知らず、凶、天灾人禍があろう。これを用いて出兵打仗すれば、終に大敗する。治国に用いれば国君も凶、十年の内に出征することができないに至る。王弼の注が解釈して言う:上六は復卦の最後に処り、迷失の一爻である。迷失を帯びて返復を求めるゆえ、「迷復」と言う。この態度を行軍作戦に用いれば、勝ち難く、終に必ず大敗を致す。治国に用いれば、為君の道に違反する。大敗の後改めてこの形勢を估量すれば、すなわち十年を用いて整頓しても、なお出征することができない。孔頴達が「上六迷復凶」から「不克征」までの一段を疏解する。正義に言う:「迷復凶」とは、上六は復卦の最後に処り、返復の道に昏迷不明である。「迷を以て復を求む」ゆえ「凶」。「災眚有り」とは、返復の道に昏昧なれば、必ず福慶なく、ただ天灾人禍のみあろう。「以て師を行わんに終に大敗有り」とは、所作所為がすでに凶険であれば、これを用いて行軍作戦すれば必ず勝つことができず、ただ「終に大敗有り」のみである。「其の国君を以てすれば凶」とは、「以」は「用」である。この迷復のやり方を国内に用いれば、為君の道に違反するゆえ凶。「十年に至っても征すること克たず」とは、軍隊が敗れ国家が凶であれば、この形勢を估量するに、すなわち十年に至るもなお兵を出して征伐することができない。昏迷不明にして返復を知らず、かえって為君の道に違背するゆえ、《象伝》は「迷復之凶、反君道也」と言う。《象伝》の「迷復」の凶険は、為君の道に違反したのである。
无妄卦
震下乾上。無妄:元、亨、利、貞。其匪正有眚,不利有攸往。[疏]正義曰:無妄者,以剛為內主,動而能健,以此臨下,物皆無敢詐偽虛妄,俱行實理,所以大得亨通,利於貞正,故曰“元亨利貞”也。“其匪正有眚不利有攸往”者,物既無妄,當以正道行之。若其匪依正道,則有眚災,不利有所往也。
无妄卦の卦体は震が下、乾が上である。経文の卦辞に「无妄:元・亨・利・貞。其れ正に匪ければ眚有り、利有攸往ならず」とある。《无妄》の時、大いに亨通し正を守るに利あり。もし正道に依らなければ、災眚があり、往くところあるに宜しくない。孔頴達の疏が伸べて言う:「无妄」とは、剛爻を以て内卦の主となし、動きて能く剛健なり、このような姿態をもって下に在る者を臨御すれば、万物は敢えて欺詐虚偽・妄作妄為せず、一斉に真実の理に依って行うゆえ、大いに亨通を得、貞正に利あり、ゆえに「元亨利貞」と言う。「其れ正に匪ければ眚有り、利有攸往ならず」とは、万物がすでに妄ならざれば、正道に依って行うべし。もし正道に依らなければ、災眚があり、往くところあるに宜しくない。
《彖》曰:無妄,剛自外來而為主於內。謂震也。動而健,震動而乾健也。[疏]正義曰:以此卦象釋能致無妄之義。以震之剛從外而來,為主於內,震動而乾健,故能使物“無妄”也。剛中而應。謂五也。[疏]正義曰:明爻義能致無妄。九五以剛處中,六二應之,是“剛中而應”。剛中則能制斷虛實,有應則物所順從,不敢虛妄也。
《彖伝》に「无妄、剛自外より来りて内に主となる」とある。王弼の注が解釈して言う:これは下卦の震を指す。《彖伝》がまた「動きて健なり」と言う。王弼の注が解釈して言う:震は動となし乾は健となる。孔頴達の疏が伸べて言う:これは卦象をもって「无妄」を招来し得る理を釈するものである。震の剛爻が外より自ら来りて内卦の主となり、震動して乾健なりゆえ、万物をして敢えて虚妄せしめざるを得しむ。《彖伝》がまた「剛中にして応ず」と言う。王弼の注が解釈して言う:これは九五を指す。孔頴達が伸べて言う:これは爻位の義もまた无妄を招来し得ることを表明する。九五は剛爻を以て上卦の中に処り、六二がこれと相応ずれば、すなわち「剛中にして応ず」。剛にして中を得れば、虚と実を裁断し得、上下応有れば、万物は順従し敢えて虚妄しない。
大亨以正,天之命也。剛自外來,而為主於內,動而愈健。“剛中而應”,威剛方正,私慾不行,何可以妄?使有妄之道滅,無妄之道成,非大亨利貞而何?剛自外來,而為主於內,則柔邪之道消矣。動而愈健,則剛直之道通矣。“剛中而應”,則齊明之德著矣。故“大亨以正”也。天之教命,何可犯乎?何可妄乎?是以匪正則有眚,而“不利有攸往”也。[疏]“大亨以正,天之命也”。○正義曰:釋“元亨利貞”之義。威剛方正,私慾不行,何可以妄?此天之教命也。天道純陽,剛而能健,是乾德相似,故云“天之命”也。既是天命,豈可犯乎?○注“剛自外來”至“不利有攸往”也。○正義曰:云“使有妄之道滅,無妄之道成”者,妄,謂虛妄矯詐,不循正理。若無剛中之主,柔弱邪僻,則物皆詐妄,是有妄之道興也。今遇剛中之主,威嚴剛正,在下畏威,不敢詐妄,是有妄之道滅,無妄之道成。
《彖伝》に「大亨以て正なり、天の命なり」とある。王弼の注が解釈して言う:剛爻が外より自ら来り、内卦の主となり、動けばますます剛健となる。さらに「剛中にして応ず」を加えれば、威厳剛正、私欲は通行せず、なんぞ妄為し得んや。これは「有妄」の道を消滅せしめ、「无妄」の道を成就する、「大亨利貞」でなくしてなんであろう。剛が外より自ら来りて内に主となれば、柔弱邪僻の道は消退する。動きて愈々健なれば、剛直の道は通行する。「剛中にして応ず」れば、整粛明察の徳は彰顕する、ゆえに「大亨以て正」と言う。上天の教命、どうして触犯し得ようか。どうして妄為し得ようか。ゆえに正道を守らなければ災眚があり、而も「利有攸往ならず」。孔頴達が「大亨以て正、天の命なり」の一句を疏解する。正義に言う:これは卦辞「元亨利貞」の意を釈するものである。威厳剛正、私欲は通行し得ず、なんぞ妄為し得んや。これがすなわち上天の教命である。天道は純陽、剛強にしてまた能く健行す、乾卦の徳と相似るゆえ、「天の命」と言う。すでに天命なれば、どうして触犯し得ようか。以下は王弼の注の「剛自外より来り」から「利有攸往ならず」までの一段を疏解する。正義に言う:注文の「有妄の道を滅ぼし、无妄の道を成す」とは、「妄」は虚妄矯飾欺詐・正理に遵循せざるを指す。もし剛中の主なく、上下柔弱邪僻なれば、万物は皆欺詐妄為し、これは「有妄」の道の興起である。今剛中の主に遇い、威厳剛正、下に在る者はその威を畏れ、敢えて欺詐妄為せず、これがすなわち「有妄」の道の消滅・「无妄」の道の成就である。
“其匪正有眚,不利有攸往”。無妄之往,何之矣?天命不祐,行矣哉!匪正有眚,不求改以從正,而欲有所往,居不可以妄之時,而欲以不正有所往,將欲何之天命之所不祐,竟矣哉![疏]“其匪正有眚”至“天命不祐行矣哉”。○正義曰:“其匪正有眚,不利有攸往,無妄之往何之矣”者,此釋“匪正有眚不利有攸往”之義也。“無妄之往何之矣”,上“之”是語辭,下“之”是適也。身既非正,在“無妄”之世,欲有所往,何所之適矣?故云“無妄之往何之矣”。“天命不祐行矣哉”者,身既非正,欲有所往,犯違天命,則天命不祐助也。必竟行矣哉!言終竟行此不祐之事也。○注“匪正有眚”至“不祐竟矣哉”。○正義曰:“竟矣哉”者,竟謂終竟,言天所不祐,終竟行矣哉!
《彖伝》に「『其れ正に匪ければ眚有り、利有攸往ならず』。无妄の往、何れに之かん。天命祐めず、行かん哉」とある。王弼の注が解釈して言う:正道を守らなければ災眚があり、然るに改過して正に帰ることを求めず、かえって往くところあらんと欲する。妄為すべからざるの時に身を処しながら、不正の身をもって往くところあらんと欲す、究竟どこに往かんとするのか。これは天命の祐助せざるところ、竟然として一意に行き去らんとする。孔頴達が「其匪正有眚」から「天命不祐行矣哉」までの一段を疏解する。正義に言う:「其れ正に匪ければ眚有り、利有攸往ならず、无妄の往何れに之かん」とは、卦辞「匪正有眚、利有攸往ならず」の意を釈するものである。「无妄の往何れに之かん」の一句の中、上の「之」は語助の辞、下の「之」は「往く・至る」の意である。自身がすでに正ならず、《无妄》の世に処してなお往くところあらんと欲すれば、どこに往き得ようか。ゆえに「无妄の往何れに之かん」と言う。「天命祐めず行かん哉」とは、自身がすでに正ならず、なお往くところあらんと欲するは、すなわち天命に触犯違背するもので、天命は彼を祐助せず、彼は竟然として一直に行き去らんとする、彼が終にこの祐助を得られざる事を為さんとすることを言う。以下は王弼の注の「匪正有眚」から「不祐竟矣哉」までの一段を疏解する。正義に言う:「竟矣哉」とは、「竟」は終竟・到底の意で、上天の祐助せざる事を、彼は到底なお行き続けんとするのである。
《象》曰:天下雷行,物與無妄。與,辭也,猶皆也。天下雷行,物皆不可以妄也。[疏]正義曰:“天下雷行”者,雷是威恐之聲。今天下雷行,震動萬物,物皆驚肅,無敢虛妄,故云“天下雷行”,物皆“無妄”也。先王以茂對時育萬物。茂,盛也。物皆不敢妄,然後萬物乃得各全其性,對時育物,莫盛於斯也。[疏]正義曰:茂,盛也。對,當也。言先王以此無妄盛事,當其無妄之時,育養萬物也。此唯王者其德乃耳,非諸侯已下所能,故不云君子,而言“先王”也。案:諸卦之《象》,直言兩象,即以卦名結之,若“雷在地中,復”。今《無妄》應云:“天下雷行,無妄。”今云“物與無妄”者,欲見萬物皆無妄,故加“物與”二字也。其餘諸卦,未必萬物皆與卦名同義,故直顯象,以卦結之。至如復卦,唯陽氣復,非是萬物皆復。舉復一卦,餘可知矣。
経文の《大象伝》に言う:雷声が天下を运行し、万物は皆これに随いて《无妄》の境地に入る。王弼の注が解釈して言う:「与」は語助詞で、「皆」に相当する。雷声が天下を行れば、万物は皆虚妄すべからず。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「天下雷行」とは、雷は威厳可畏の声で、今雷が天下を行り、万物を震動させれば、万物は驚懼粛然たらざるなく、敢えて虚妄する者なきゆえ、「天下雷行」と言い、万物は皆《无妄》に帰する。経文は接して言う:先王はこれによって盛徳を奮発し、天時に順応して万物を養育す。王弼の注が解釈して言う:「茂」は盛大である。万物が皆敢えて妄為せず、然る後各自その本性を保全し得、時令に順応して万物を養育する、これより盛大なるはなし。孔頴達の疏がまた伸べて言う:「茂」は盛、「対」は当である。先王が《无妄》の这一盛大な事業を凭じて、无妄の時に当たって万物を養育することを言う。これはただ天下に王たる者の徳のみ承当し得るもので、諸侯以下の能くする所ではないゆえ、《象伝》は「君子」と言わず「先王」と言う。孔氏がまた考按する:他の各卦の《象伝》は皆ただ上下二つの卦象を挙げ、即ち卦名を以て收結する、「雷地中に在り、復」の如き。この体例に照らせば、《无妄》は本来「天下雷行、无妄」と言うべきだが、今「物与无妄」と言うのは、万物が一概に无妄であることを顕明せんとするゆえ、「物与」の二字を添えたのである。その余の各卦は必ずしも万物が皆卦名と同義ではないゆえ、ただ卦象を顕し、卦名を以て收結する。《復》卦の如きはただ陽気回復のみで、万物が皆回復するのではない。《復》の一卦を例に挙げれば、その余は類推し得る。
初九:無妄往,吉。體剛處下,以貴下賤,行不犯妄,故往得其志。[疏]正義曰:體剛居下,以貴下賤,所行教化,不為妄動,故“往吉”而得志也。《象》曰:“無妄”之往,得志也。六二:不耕穫,不菑畬,則利有攸往。不耕而獲,不菑而畬,代終已成而不造也。不擅其美,乃盡臣道,故“利有攸往”。[疏]“《象》曰”至“利有攸往”。○正義曰:“不耕穫不菑畬”者,六二處中得位,盡於臣道,不敢創首,唯守其終,猶若田農不敢發首而耕,唯在後獲刈而已。不敢菑發新田,唯治其菑熟之地,皆是不為其始而成其末,猶若為臣之道,不為事始而代君有終也。則“利有攸往”者,為臣如此,則利有攸往,若不如此,則往而無利也。
経文に言う:初九、无妄にして前往すれば、吉。王弼の注が解釈して言う:初九は体質が剛健にして全卦の最下に居り、尊貴の身を以て卑下に屈居し、事を行うに虚妄を触犯せず、ゆえに前往すれば志向を実現し得る。孔頴達の疏が伸べて言う:剛を体して下位に居り、貴を以て賤に下り、推し行う教化は妄動せず、ゆえに「往けば吉」にしてその志を得遂ぐ。《小象伝》に言う:《无妄》の前往とは、志向を実現し得ることである。経文がまた言う:六二、自ら耕さずして収穫有り、自ら生田を開墾せずして熟田を享用す、これ往くところ有るに利あり。王弼の注が解釈して言う:耕さずして獲り、菑せずして畬すとは、君主のためにすでに開創した事業を完成して自ら創始しないことである。事功の美を占拠せず、こそ為臣の道を尽くしたと算し、ゆえに「利有攸往」。孔頴達の疏が《象》から「利有攸往」までの一節に就き伸べて言う:「不耕獲、不菑畬」とは、六二は下卦の中に居りて正位を得、為臣の道を尽くし、端緒を開創することを敢えてせず、ただその終成を守る。あたかも農夫が率先して耕を開くことを敢えてせず、ただ後ろで收割し、初闢の生田を開墾することを敢えてせず、ただすでに耕し熟した田地を整治する如し。これは皆その始めを為さずしてその末を成す、まさに為臣の道の如く、其事を首創せずして君主に代わって完成する。「則ち利有攸往」とは、為臣が能くかくあればこそ往くところ有るに利あり。もしかくあらざれば、往いて利を得ることなし。
《象》曰:“不耕穫”,未富也。[疏]正義曰:釋“不耕而獲”之義。不敢前耕,但守後獲者,未敢以耕耕之與獲,俱為己事。唯為後獲,不敢先耕事。既闕初,不擅其美,故云“未富也”。
《小象伝》に「耕さず獲る」とは、まだ功利を己有と為さざるなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「耕さずして獲る」の義理を釈するものである。先んじて耕を開くことを敢えてせず、ただ後ろで収穫するを守るのは、耕種と収穫の二事を併せて自己の事業とすることを敢えてしないがゆえである。ただ後ろの収穫を為し、先頭の開耕を為すことを敢えてしない。すでに開端の処で欠譲有れば、事功の美を独り占めにしないゆえ、「未だ富まざるなり」と言う。
六三:無妄之災,或繫之牛。行人之得,邑人之災。以陰居陽,行違謙順,是“無妄”之所以為災也。牛者稼穡之資也。二以不耕而獲,“利有攸往”,而三為不順之行,故“或繫之牛”,是有司之所以為獲,彼人之所以為災也,故曰“行人之得,邑人之災”也。[疏]“六三”至“人之災”。○正義曰:“無妄”之世,邪道不行。六三陰居陽位,失其正道,行違謙順而乖臣範,故“無妄”之所以為災矣。牛者稼穡之資。六三僣為耕事,行唱始之道,而為不順王事之行,故有司或繫其牛,制之使不妄造,故曰“或繫之牛”也。“行人”者,有司之義也。有司繫得其牛,是“行人”制之得功,故曰“行人之得”。彼居三者,是處邑之人僣為耕事,受其災罰,故曰:“行人之得,邑人之災”也。
経文に言う:六三、无妄より来るの災禍、ある人その牛を繋ぎ去る。これは過路の行人の得る所にして、邑中の人の災禍なり。王弼の注が解釈して言う:六三は陰爻を以て陽位に居り、行いは謙順に背離す、これがまさに《无妄》の世に身を処してかえって災を招く縁由である。牛は耕作稼穡の憑藉とする所である。六二は耕さずして獲るゆえ「利有攸往」、六三は却って順ならざるの行を為すゆえ、「或いは之が牛を繋ぐ」――牛が繋ぎ去られ、執法者の得る所となり、あの人の災禍となる、ゆえに「行人の得、邑人の災」と言う。孔頴達の疏が六三から「人之災」までの一節に就き伸べて言う:《无妄》の世、邪僻の道は行われず。六三は陰を以て陽位に居り、その正道を失い、行いは謙順に背離し為臣の規範に乖違すゆえ、无妄の時に処してかえって災となる。牛は稼穡の資で、六三は分を越えて開耕の事を為し、首倡創始の道を行い、王事に順従せざるの行為となるゆえ、官吏はすなわちその牛を繋ぎ去り、約束を加えて妄自に興作せしめず、ゆえに「或いは之が牛を繋ぐ」と言う。「行人」とは、すなわち官吏の意である。官吏がその牛を繋ぎ得るは、行人が制裁して手に入れ功有るゆえ、「行人の得」と言う。三位に処するは、邑中の人が分を越えて耕作し、災罰を受けるゆえ、「行人の得、邑人の災」と言う。
《象》曰:“行人”得牛,“邑人”災也。[疏]正義曰:釋“行人之得”義也。以行人所得,謂得牛也。此則得牛,彼則為災,故云“邑人災”也。九四:可貞,無咎。處“無妄”之時,以陽居陰,以剛乘柔,履於謙順,比近至尊,故可以任正,固有所守而“無咎”也。[疏]正義曰:以陽居陰,以剛乘柔,履於謙順,上近至尊,可以任正,固有所守而無咎,故曰“可貞無咎”也。《象》曰:“可貞,無咎”,固有之也。[疏]正義曰:釋“可貞無咎”之義。所以可執貞正,言堅固有所執守,故曰“無咎”也。
《小象伝》に言う:行人が牛を得るは、まさに邑人の災禍である。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「行人の得」の義理を釈するものである――行人の得る所は、すなわちあの頭の牛である。こちらが牛を得れば、あちらは災となるゆえ、「邑人災なり」と言う。経文がまた言う:九四、正を守るべし、過ちはあらじ。王弼の注が解釈して言う:《无妄》の時に処して、九四は陽爻を以て陰位に居り、剛爻を以て柔爻の上に乗り、謙順を踐行し、また至尊の九五に切近すゆえ、正道を担当し、守る所を堅守して過ちなからしめ得る。孔頴達の疏が伸べて言う:陽を以て陰に居り、剛を以て柔に乗り、謙順を踐履し、上に至尊の位に鄰すれば、正道を担当し、守る所を堅守して災咎なきゆえ、「貞むべし咎なし」と言う。《小象伝》に「貞むべし、咎なし」とは、堅固に執守する所有るがゆえである。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「貞むべし咎なし」の義理を釈するものである――貞正を執守し得る所以は、彼が堅固に執守する所有ることを言うゆえ、「咎なし」と言う。
九五:無妄之疾,勿藥有喜。居得尊位,為無妄之主者也。下皆“無妄”,害非所致而取藥焉,疾之甚也。非妄之災,勿治自復,非妄而藥之則凶,故曰“勿藥有喜”。[疏]正義曰:“無妄之疾”者,凡禍疾所起,由有妄而來。今九五居得尊位,為無妄之主,下皆“無妄”,而偶然有此疾害,故云“無妄之疾”也。“勿藥有喜”者,若疾自己招,或寒暑飲食所致,當須治療。若其自然之疾,非己所致,疾當自損,勿須藥療而“有喜”也。此假病象以喻人事,猶若人主而剛正自修,身無虛妄,下亦無虛妄,而遇逢凶禍,若堯、湯之厄,災非己招,但順時修德,勿須治理,必欲除去,不勞煩天下,是“有喜”也。然堯遭洪水,使鯀、禹治之者,雖知災未可息,必須順民之心。鯀之不成,以災未息也。禹能治救,災欲盡也,是亦自然之災,“勿藥有喜”之義也。
経文に言う:九五、无妄より来るの疾病、薬を服せずして自ら喜慶有り。王弼の注が解釈して言う:九五は尊位に居り、《无妄》一卦の主爻である。下の各爻は皆无妄で、禍害はもと自己の招来する所に非ず、然るに服薬せんとするは、乃ち病の甚だしきを言う。妄為に由らず招来せる災患は、医治せずして自ら平復す。もと妄為に非ずして強いて薬石を加えればかえって凶を致すゆえ、「薬勿れ喜有り」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「无妄の疾」とは、凡そ禍患疾病の興起は、皆虚妄より来る。今九五は尊位に居り得、无妄の主となり、下の各爻はまた皆无妄であるのに、偶然この疾害に遭うゆえ、「无妄の疾」と言う。「薬勿れ喜有り」とは、もし疾病が自己の招来する所、あるいは寒暑失調・飲食不当に致らば、医治すべし。もし自然に生じて自己の招致に非ざるの病ならば、病勢は自ら減退し、服薬せずして喜慶有り。これは疾病の象を借りて人事を譬喩するものである。あたかも君主が剛正に自修し、自身虚妄なく、臣下もまた虚妄なきに、凶禍に遭遇するが如し、唐尭・商湯の遇いし厄運の如く、災禍は自己の招来する所に非ず、ただ時勢に順応して徳を修養すればよく、刻意して整治するを要せず。もし必ず強いて除去せんとすれば、かえって天下を労擾し、天下を労擾せざるこそ「喜有り」である。唐尭が洪水に遭遇し、なお鯀と禹を遣わして治理せしめたに至っては、あれは水患が一時止息し得ざるを明知しながらも、民心に順応せざるを得なかったのである。鯀が治水成らざるは、災患が未だ止息の時に至らざればなり。禹の能く治理救助せしは、災患がまさに窮尽せんとすればなり――これもまた自然の災に属し、正に「薬勿れ喜有り」の意に合する。
《象》曰:無妄之藥,不可試也。藥攻有妄者也,而反攻“無妄”,故不可試也。[疏]正義曰:解“勿藥有喜”之義。若有妄致疾,其藥可用。若身既“無妄”,自然致疾,其藥不可試也。若其試之,恐更益疾也。言非妄有災不可治也,若必欲治之,則勞煩於下,害更甚也。此非直施於人主,至於凡人之事,亦皆然也。若己之無罪,忽逢禍患,此乃自然之理,不須憂勞救護,亦恐反傷其性。
《小象伝》に言う:无妄の疾を治するの薬は、試用すべからざるなり。王弼の注が解釈して言う:薬は有妄の疾を攻治するのに用いるもので、今かえって《无妄》を攻治すれば、ゆえに試用すべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「薬勿れ喜有り」の義理を釈するものである。もし虚妄に因って病を致さば、あの薬は用い得べし。もし自身がもとすでに无妄にして、疾病が自然より来れば、あの薬は試用すべからず、一旦試用せば、恐怕かえって病情を加重せん。これは妄為に由らず招来せる災患は強治すべからずを言うので、もし必ず治せんとすれば、下民を労擾し、為害はなお甚だしい。この道理はただ君主に施用するのみならず、常人の事も亦皆この如し。もし自己に罪過なく、忽然として禍患に遭逢せば、これは乃ち自然の理で、憂労して救護するを要せず、勉強して救護すれば恐怕かえって本性を傷つけん。
上九:無妄行,有眚,無攸利。處不可妄之極,唯宜靜保其身而已,故不可以行也。[疏]正義曰:處不可妄之極,唯宜靜保其身。若動行,必有災眚,無所利也。位處窮極,動則致災。故《象》云:“無妄之行,窮之災也。”《象》曰:“無妄”之行,窮之災也。
経文に言う:上九、无妄の時にして妄動前行すれば、災眚有り、利益あることなし。王弼の注が解釈して言う:上九は妄動すべからざるの極点に処り、ただ安静に己身を保全すべく、ゆえに行動有るべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:妄動すべからざるの極点に処れば、ただ安静に身を保つべし。もし挙動有れば、必ず災眚を招来し、利益あることなし。爻位がすでに窮極の処に至れば、一動すれば災を招くゆえ、《小象伝》は「无妄之行、窮之災也」と言う。《小象伝》に言う:《无妄》の時にして妄行するは、処境窮極の招来する災禍である。
大畜卦
乾下艮上。大畜:利貞。不家食,吉。利涉大川。[疏]正義曰:謂之“大畜”者,乾健上進,艮止在上,止而畜之,能畜止剛健,故曰“大畜”。《彖》云:“能止健,大正”也。是能止健,故為大畜也。小畜則巽在乾上,以其巽順,不能畜止乾之剛,故云小畜也。此則艮能止之,故為大畜也。“利貞”者,人能止健,非正不可,故“利貞”也。“不家食吉”者,己有大畜之資,當須養順賢人,不使賢人在家自食,如此乃吉也。“利涉大川”者,豐則養賢,應於天道,不憂險難,故“利涉大川”。
経文:《大畜》卦の下卦は乾、上卦は艮。卦辞に言う:正を守るに利あり、賢者は家中に在りて衣食を自ら謀らず、吉、大河を渡渉するに利あり。孔頴達の疏が伸べて言う:これを「大畜」と称する所以は、乾健が上に向かって進取し、艮止が上位に居り、止めて蓄聚し、剛健を畜止し得るゆえ、「大畜」と言う。《彖伝》に「能く健を止む、大正なり」と言う、まさに剛健を止め得るがゆえに、その大畜を成す。《小畜》に至っては、巽が乾の上にあり、巽順の徳を凭じて乾の剛強を畜止し得ないゆえ、小畜と言う。この卦は艮が能くそれを止めるゆえ、大畜となる。「利貞」とは、人が能く剛健を止めんとすれば、正道を行うに非ざれば不可なり、ゆえに「利貞」と言う。「家に食わず吉」とは、自己にすでに大畜の資財有れば、順服する賢人を奉養し、賢人をして家に在りて飲食を自ら謀らしめず、かくのごとき乃ち吉である。「利渉大川」とは、財用が豊厚なれば賢才を奉養し得、上に天道に応じ、険難を憂えず、ゆえに「利渉大川」。
《彖》曰:《大畜》,剛健篤實,輝光日新其德。凡牧既厭而退者,弱也;既榮而隕者,薄也。夫能“輝光日新其德”者,唯“剛健篤實”也。[疏]正義曰:言“大畜剛健篤實”者,此釋大畜之義,“剛健”謂乾也。乾體剛性健,故言“剛健”也。“篤實”,謂艮也。艮體靜止,故稱“篤實”也。“輝光日新其德”者,以其剛健篤實之故,故能輝耀光榮,日日增新其德。若無剛健,則劣弱也,必既厭而退。若無篤實,則虛薄也,必既榮而隕,何能久有輝光,日新其德乎?○注“凡物既厭”至“剛健篤實也”。○正義曰:“凡物既厭而退者,弱也”者,釋《經》“剛健”也。若不剛健,則見厭被退。能剛健,則所為日進,不被厭退也。“既榮而隕者薄也”者,釋《經》“篤實”也。凡物暫時榮華而即損落者,由體質虛薄也。若能篤厚充實,則恆保榮美,不有損落也。
経文の《彖伝》に言う:《大畜》は剛健篤実、光輝煥発して日々その徳を更新す。王弼の注が解釈して言う:凡そすでに厭棄されて退下するは、柔弱なるがゆえなり。すでに栄盛してまた凋落するは、浅薄なるがゆえなり。能く「輝光日に其の徳を新たにす」るは、「剛健篤実」のみ。孔頴達の疏が伸べて言う:「大畜剛健篤実」とは、これは大畜の義理を釈するものである。「剛健」は乾を指し、乾の卦体は剛強、性情は健行すゆえ、「剛健」と言う。「篤実」は艮を指し、艮の卦体は安静止定すゆえ、「篤実」と称す。「輝光日に其の徳を新たにす」とは、まさに剛健篤実の縁故あればこそ、光輝照耀して一天天にその徳を増新し得る。もし剛健なければ、劣弱に流れ、必ず人に厭棄されて退下す。もし篤実なければ、虚薄に流れ、必ず栄盛の後即ち凋落し、なんぞ長く光輝を保有し徳を日新し得んや。孔氏がまた王注の「凡物既厭」から「剛健篤実也」までの一節を釈す。王注の「凡そ物すでに厭われて退くは、弱なり」とは、経文の「剛健」を釈するものである――剛健ならざれば厭棄されて退き、能く剛健なれば所作所為は日に進境有り、厭棄退下を致さず。王注の「すでに栄えて隕るは薄なり」とは、経文の「篤実」を釈するものである――凡そ物が一時栄華して即ち凋落するは、体質の虚薄に由る。もし篤厚充実し得れば、長く栄美を保って凋落し得る。
剛上而尚賢,謂上九也。處上而大通,剛來而不距,“尚賢”之謂也。[疏]“剛上而尚賢”。○正義曰:“剛上”謂上九也。乾剛向上,上九不距,是貴尚賢也。○注“謂上九”至“尚賢之謂也”。○正義曰:“謂上九也”者,言上九之德,見乾之上進而不距逆,是貴“尚賢”也。“處上而大通”者,釋上九“何天之衢亨”,是處上通也。既處於上,下應於天,有大通之德也。“剛來而不距”者,以有大通,既見乾來而不距逆,是“尚賢”之義也。能止健,大正也。健莫過乾而能止之,非夫“大正”,未之能也。[疏]正義曰:釋“利貞”義。所以艮能止乾之健者,德能大正,故“能止健”也。
経文の《彖伝》に言う:剛爻が上居して賢人を尊尚す。王弼の注が解釈して言う:これは上九を指す――それは卦の上位に処りて大いに通達し、乾の剛徳が上に来りてそれは拒斥せず、これを「尚賢」と言う。孔頴達が「剛上にして賢を尚ぶ」の一句を疏解して言う:「剛上」とは上九を指し、乾の剛健が上に向かって進取し、上九は拒斥を加えず、これがすなわち賢人を貴重尊尚することである。孔氏がまた王注の「謂上九」から「尚賢之謂也」までを釈す。王注の「謂上九也」とは、上九の徳行を言い、乾の上進を見て拒逆を加えず、これがすなわち「尚賢」を貴重することである。「処上而大通」と言うのは、上九爻辞の「何天之衢亨」を釈するもので、上位に処りて通達し、すでに上位に居り、下に天に応じれば、大いに通達の徳有り。「剛来りて距まず」と言う、まさに大通の徳有るがゆえに、乾剛の上来るを見て拒逆せず、これが「尚賢」の意である。経文の《彖伝》がまた言う:能く剛健を止むるは、大いに中正なり。王弼の注が解釈して言う:剛健は乾に過ぎるなく、艮は能くそれを止める、もし「大正」に非ざれば、これを為すこと能わず。孔頴達の疏が伸べて言う:これは卦辞「利貞」の義理を釈するものである――艮の能く乾の剛健を止むる所以は、その徳の大いに中正なり得るによるゆえ、「能く健を止む」と言う。
“不家食吉”,養賢也。“利涉大川”,應乎天也。有大畜之實,以之養賢,令賢者不家食,乃吉也。“尚賢”制健,“大正”應天,不憂險難,故“利涉大川”也。[疏]“不家食吉”至“應乎天也”。○正義曰:“不家食吉,養賢”者,釋“不家食吉”,所以不使賢者在家自食而獲吉也。以在上有“大畜”之實,養此賢人,故不使賢者在家自食也。“利涉大川應乎天”者,以貴尚賢人,大正應天,可逾越險難,故“利涉大川”也。
経文の《彖伝》に「家に食わず吉」とは賢人を養うなり、「利渉大川」とは上に天に応ずるなりとある。王弼の注が解釈して言う:大畜の実力有り、これを以て賢人を奉養し、賢者をして家に在りて衣食を自ら謀るを要せしめず、こそ吉である。「尚賢」を以て剛健を制約し、「大正」を以て上に天道に応じ、険難を憂えず、ゆえに「利渉大川」。孔頴達の疏が「不家食吉」から「応乎天也」までの一節に就き伸べて言う:「家に食わず吉、賢を養う」とは、「家に食わず吉」を釈し、なぜ賢者をして家に在りて衣食を自ら謀らしめずして吉を獲得し得るかを説明する――上の位に在る者に《大畜》の実力有り、これら賢人を奉養するゆえ、賢者をして家に在りて食を自らせしめない。「利渉大川天に応ず」とは、賢人を貴重尊尚し、大いに中正にして上に天道に応じ、険難を越え得るゆえ、「利渉大川」。
○注“有大畜之實”至“利涉大川也”。○正義曰:“尚賢制健”者,謂上九剛來不距,“尚賢”之謂也。艮能畜剛,“制健”之謂也。故上《經》云:“剛上而尚賢”。王《注》云:“謂上九也。”又云:“能止健,大正也。”王《注》云:“健莫過乾,而能止之,非夫大正,未之能也。”則是全論艮體。“明知尚賢”,謂上九也。“制健”謂艮體也。“大正應天”者,謂艮也。故前文云:“能止健,大正也。”止健是艮也,應天者,上體之艮,應下體之乾,故稱“應天”也。此取上卦、下卦而相應,非謂一陰一陽而相應也。
孔頴達の疏がまた王注の「有大畜之実」から「利渉大川也」までの一節を釈す。「尚賢制健」とは、「尚賢」は上九が乾剛の上来るを見て拒斥せざるを指し、「制健」は艮が剛健を畜止し得るを指す。ゆえに上文の《彖伝》に「剛上にして賢を尚ぶ」と言い、王弼の《注》に「謂上九也」と言う。《彖伝》がまた「能く健を止む、大正也」と言い、王弼の《注》に「健は乾に過ぎるなく、而能く之を止む、夫の大正に非ざれば、未だ之を能くせざるなり」と言う、これは完全に艮の卦体を論ずるものである。これより明白に知るべし、「尚賢」は上九を指し、「制健」は艮体を指す。「大正応天」に至ってもまた艮に就いて言うもので、ゆえに前文に「能く健を止む、大正也」と言う――健を止めるは正に艮である。いわゆる応天とは、上体の艮が上に下体の乾に応ずるを言うゆえ、「応天」と称す。ここで取るのは上卦と下卦の整体が相応ずることで、一陰一陽両爻の相応を言うのではない。
《象》曰:天在山中,大畜。君子以多識前言往行,以畜其德。物之可畜於懷,令德不散,盡於此也。[疏]“《象》曰”至“以畜其德”。○正義曰:“天在山中”者,欲取德積於身中,故云“天在山中”也。“君子以多識前言,往行以畜其德”者,君子則此“大畜”,物既“大畜”,德亦“大畜”,故多記識前代之言,往賢之行,使多聞多見,以畜積己德,故云“以畜其德”也。○注“物之可畜”至“盡於此也”。○正義曰:物之可畜於懷,令其道德不有棄散者,唯貯藏“前言往行”於懷,可以令德不散也。唯此而已,故云“盡於此也”。
経文の《大象伝》に言う:天が山中に在るは《大畜》の象である。君子はこれによって多く前代の嘉言と往賢の懿行を記取し、以て自己の徳行を蓄養す。王弼の注が解釈して言う:懐抱に蓄蔵し得て徳行を散失せしめざるは、全くここに在り。孔頴達の疏が《象》から「以畜其徳」までの一節に就き伸べて言う:「天山の中に在り」とは、徳行が自身の中に積蓄するの意を取らんとするゆえ、「天山の中に在り」と言う。「君子以て多く前言往行を識りて以て其の徳を畜う」とは、君子はこの「大畜」の象に効法し、外物がすでに大いに蓄聚せば、徳行もまた大いに蓄聚すべく、ゆえに多く前代の言論・往賢の行事を記取し、自己をして多聞多見ならしめ、以て自己の徳行を積蓄するゆえ、「以て其の徳を畜う」と言う。孔氏がまた王注の「物之可畜」から「尽於此也」までを釈す:懐抱の中に蓄蔵し得て自己の道徳を拋棄散失せしめざるは、ただ「前言往行」を胸中に貯蔵してこそ、徳行を散らさざるを得。ただこの一条の路のみ、ゆえに「尽く此に在り」と言う。
初九:有厲利巳。四乃畜巳,未可犯也。故進則有厲,已則利也。[疏]正義曰:初九雖有應於四,四乃抑畜於己。己今若往,則有危厲。唯利休巳,不須前進,則不犯禍凶也。故《象》云:“不犯災也。”《象》曰:“有厲利巳”,不犯災也。處健之始,未果其健者,故能利巳。
経文に言う:初九、危険有り、停止するに利あり。王弼の注が解釈して言う:六四がまさに自己を畜止し、冒犯すべからず、ゆえに前進すれば危厲有り、止まればこそ利有り。孔頴達の疏が伸べて言う:初九は六四と正応有ると雖も、六四は自己を圧制・畜止する。自己が今前往せば、すなわち危厲有り、ただ止まって休止するに利あり、前進するを要せず、禍凶を触犯せざるゆえ、《小象伝》は「災を犯さざるなり」と言う。《小象伝》に「厲有り巳に利し」とは、災禍を触犯せざるなり。王弼の注が解釈して言う:初九は乾健の始めに処り、未だ軽々しくその剛健を遂行し得ず、ゆえに停止に利有り得る。
九二:輿說輹。五處畜盛,未可犯也。遇斯而進,故“輿說輹”也。居得其中,能以其中不為馮河,死而無悔,遇難能止,故“無尤”也。[疏]正義曰:九二雖與六五相應,“五處畜盛,未可犯也”。若遇斯而進,則輿說其輹,車破敗也。以其居中,能遇難而止,則無尤過,故《象》云“中無尤”也。以其居中能自止息,故“無尤”也。此“輿說輹”,亦假象以明人事也。《象》曰:“輿說輹”,中無尤也。
経文に言う:九二、車がその車輹を脱落した。王弼の注が解釈して言う:六五の処する畜止の勢いはまさに盛んで、冒犯すべからず。この形勢に遇ってなお前進すれば、ゆえに「輿輹を説く」。九二は下卦の中位に居り、その中道を凭じて事を行い得、徒歩で河を渉り死して悔いざるがごとき蛮勇を為さず、難に遇って能く止まるゆえ、「尤なし」。孔頴達の疏が伸べて言う:九二は六五と相応すると雖も、「五は畜盛に処り、未だ犯すべからず」。もしこの形勢に遇ってなお前進せんとすれば、車は車輹を脱落し車身は破敗する。その中に居るに因り、能く難に遇いて止まり、過失なきゆえ、《小象伝》は「中にして尤なきなり」と言う。その中に居りて能く自ら止息し得るに因り、「尤なし」。ここの「輿輹を説く」もまた物象を借りて人事を説明するものである。《小象伝》に言う:「輿輹を説く」とは、中に居りて過失なきことである。
九三:良馬逐,利艱貞。曰:閒輿衛,利有攸往。凡物極則反,故畜極則通。初二之進,值於畜盛,故不可以升。至於九三,升於上九,而上九處天衢之亨,途徑大通,進無違距,可以馳騁,故曰“良馬逐”也。履當其位,進得其時,在乎通路,不憂險厄,故“利艱貞”也。閒,閡也。衛,護也。進得其時,雖涉艱難而無患也,輿雖遇閒而故衛也。與上合志,故“利有攸往”也。[疏]正義曰:“九三良馬逐”者,“初二之進,值於畜盛”,不可以升。“至於九三,升於上九,而上九處天衢之亨,途徑大通,進無違距”,故九三可以良馬馳逐也。“利艱貞”者,“履當其位,進得其時,在乎通路,不憂險厄”,故宜利艱難而貞正也。若不值此時,雖平易守正而尚不可,況艱難而欲行正乎?“曰閒輿衛”者,進得其時,涉難無患,雖曰有人慾閒閡車輿,乃是防衛見護也,故云“曰閒輿衛”也。“利有攸往”者,與上合志,利有所往,故《象》曰“上合志”也。
経文に言う:九三、良馬の奔逐するが如し、艱難の中に正を守るに利あり。車輿を阻攔する者あると言うと雖も、実は防衛護持するもので、往くところ有るに利あり。王弼の注が解釈して言う:凡そ事は極点に至れば反転するゆえ、畜止が極点に至れば通達する。初九・九二が上進せんと欲する時、まさに畜止の勢いの極盛に遇い、ゆえに上升し得ず。九三に至れば、上九に升ることができ、而上九は天衢の亨通の地に処り、道路は大いに通暢し、進んで阻拒なく、馬を縦めて馳騁し得るゆえ、「良馬逐」と言う。九三の履むところはまさにその位に当たり、前進してまたその時を得、通達の路に処り、険厄を憂えざるゆえ、「利艱貞」。「閑」は阻隔、「衛」は護衛である。前進がその時を得れば、艱難を渉ると雖も禍患なく、車輿は阻隔に遇うと雖も、実は護衛を受ける。上九と志向が相合するゆえ、「利有攸往」。孔頴達の疏が伸べて言う:「九三良馬逐」とは、王注に「初二の進、畜盛に値う」と言い、上升し得ず。又「九三に至りては、上九に升り、而上九は天衢之亨に処り、途径大いに通じ、進みて違距なし」と言うゆえ、九三は良馬のごとく馳逐し得る。「利艱貞」とは、王注に「履めば其の位に当たり、進めば其の時を得、通路に在りて、険厄を憂えず」と言うゆえ、艱難の中に在りて貞正を守持して利を得るに宜し。もしこのような時機に逢わざれば、たとえ平易の世に処して正を守るもなお不可なり、況んや身が艱難に当たりて正道を行わんと欲するをや。「曰く閑輿衛」とは、前進がその時を得、難を渉りて患なし、人に車輿を阻隔せんと欲する者有りと言うと雖も、実はまさに防衛護持なりゆえ、「曰く閑輿衛」と言う。「利有攸往」とは、上九と志同道を合わせ、往くところ有るに利ありゆえ、《小象伝》は「上と志を合わするなり」と言う。
《象》曰:“利有攸往”,上合志也。六四:童牛之牿,元吉。處艮之始,履得其位,能止健初,距不以角,柔以止剛,剛不敢犯。抑銳之始,以息強爭,豈唯獨利?乃將“有喜”也。[疏]正義曰:“童牛之牿”者,處艮之始,履得其位,能抑止剛健之初。距此初九,不須用角,故用童牛牿止其初也。“元吉”者,柔以止剛,剛不敢犯,以息彊爭所以大吉而有喜也,故《象》云“元吉,有喜也。”《象》曰:六四“元吉”,有喜也。
《小象伝》に言う:「利有攸往」とは、上九と志向を合わすことである。経文がまた言う:六四、小牛に横木を加えれば、大吉。王弼の注が解釈して言う:六四は艮卦の始めに処り、履む所がその正位を得、乾健の初めの初九を止め得る。それに抗拒するに牛角を用いず、柔をもって剛を止め、剛強なる者をして冒犯せしめず敢えてせしめず。鋭気が剛に起こる時にこれを抑制し、以て強争を止息する、豈に利あるのみならんや、更に「喜有らん」。孔頴達の疏が伸べて言う:「童牛之牿」とは、六四は艮の始めに処り、位を履めて得、剛健の初めを抑止し得る――この初九に抗拒するに牛角を動かすを須みず、ゆえに小牛の横木をもってそれを止める。「元吉」とは、柔をもって剛を止め、剛強なる者は冒犯を敢えてせず、以て強争を止息するゆえ、大吉にして喜慶有り、ゆえに《小象伝》は「元吉、喜有るなり」と言う。《小象伝》に言う:六四の「元吉」たる所以は、喜慶有ればなり。
六五:豶豕之牙,吉。豕牙橫猾,剛暴難制之物,謂二也。五處得尊位,為畜之主。二剛而進,能豶其牙,柔能制健,禁暴抑盛,豈唯能固其位,乃將“有慶”也![疏]“《象》曰”至“豶豕之牙吉”。○正義曰:“豶豕之牙”者,豕牙謂九二也。二既剛陽,似豕牙之橫猾。九二欲進,此六五處得尊位,能豶損其牙,故云“豶豕之牙”。柔能制剛,禁暴抑盛,所以“吉”也。非唯獨吉,乃終久有慶。故《象》云“六五之吉,有慶也”。○注“豕牙橫猾”至“將有慶”。○正義曰:“能豶其牙”者,觀注意,則豶是禁制損去之名。褚氏云:“豶,除也,除其牙也。”然豶之為除,《爾雅》無訓。案《爾雅》云:“墳,大防。”則墳是隄防之義。此“豶其牙”,謂防止其牙。古字假借,雖豕傍土邊之異,其義亦通。“豶其牙”,謂止其牙也。《象》曰:六五之“吉”,有慶也。
経文に言う:六五、野豕の利牙を制すれば、吉。王弼の注が解釈して言う:豕牙は横行狡猾にして、剛暴にして制し難き物で、ここでは九二を指す。六五は尊位に処り、畜止の主である。九二は剛強の勢いをもって上進するが、六五は能く「豮」してその牙を損じ、柔をもって健を制し、暴戾を禁止し強盛を抑制する、豈にその位を固守し得るのみならんや、更に「慶有らん」。孔頴達の疏が《象》から「豮豕之牙吉」までの一節に就き伸べて言う:「豮豕之牙」とは、豕牙は九二を指す。九二はすでに剛陽の爻なれば、豕牙のごとく横行狡猾なり。九二は上進せんと欲するが、六五は尊位に処り得、能くその牙を豮損するゆえ、「豮豕之牙」と言う。柔をもって剛を制し、暴を禁じ盛を抑ゆるゆえ「吉」。ただ一時の吉のみならず、更に長く福慶有るゆえ、《小象伝》は「六五之吉、有慶也」と言う。孔氏がまた王注の「豕牙横猾」から「将有慶」までの一節を釈す:「能く其の牙を豮す」とは、王注の意を見れば、「豮」は禁制損去の名目である。褚氏が言う:「豮とはすなわち除なり、その牙を除去する」と。しかるに「豮」を「除」と訓するは、《爾雅》にこの訓なし。今《爾雅》に「墳は大防」と言うを考えれば、「墳」は堤防の義と知るべし。ここの「其の牙を豮す」とは、その牙を防止するを言う。古字は通假し、豕旁と土旁の別有りと雖も、意もまた相通ずべし。ゆえに「其の牙を豮す」とはすなわちその牙を止めることである。《小象伝》に言う:六五の「吉」は、福慶有ればなり。
上九:何天之衢,亨。處畜之極,畜極則通,大畜以至於大亨之時。何,辭也,猶云何畜,乃天之衢亨也。[疏]正義曰:“何天之衢亨”者,何謂語辭,猶云“何畜”也。處畜極之時,更何所畜?乃天之衢亨,無所不通也。故《象》云:“何天之衢,道大行也”。何氏云:“天衢既通,道乃大亨。”《象》曰:“何天之衢”,道大行也。
経文に言う:上九、天上の大道は通暢し、亨通す。王弼の注が解釈して言う:上九は畜止の極点に処り、畜止が極点に至れば通達す、《大畜》はここに至ってすでに大いに亨通の時となり。「何」は語助詞で、あたかも「なにをか尚畜止せん」と言うがごとく、ここに天衢亨通す。孔頴達の疏が伸べて言う:「何天之衢亨」とは、「何」は語辞で、あたかも「何畜」と言うがごとし。畜止すでに極まるの時に処り、なにをか尚畜止すべきものあらんや。ここに天上の大道は亨通し、通ぜざる所なきゆえ、《小象伝》は「何天之衢、道大行也」と言う。何氏が言う:「天衢すでに通ずれば、道乃ち大亨」。《小象伝》に言う:「何天之衢」とは、大道の暢行するなり。
頤卦
震下艮上。頤:貞吉。觀頤,自求口實。[疏]正義曰:“頤貞吉”者,於頤養之世,養此貞正,則得吉也。“觀頤”者,頤,養也,觀此聖人所養物也。“自求口實”者,觀其自養,求其口中之實也。《彖》曰:頤“貞吉”,養正則吉也。“觀頤”,觀其所養也。“自求口實”,觀其自養也。天地養萬物,聖人養賢以及萬民,頤之時太矣哉!
経文:《頤》卦の下卦は震、上卦は艮。卦辞に言う:正を守れば吉、頤養を観察し、自ら口中の食物を求取せよ。孔頴達の疏が伸べて言う:「頤貞吉」とは、頤養の世に処り、この貞正を涵養すれば、吉を得ることができる。「観頤」とは、「頤」はすなわち養であり、聖人の養うところが何であるかを観察する。「自ら口実を求む」とは、彼がいかに自養するかを観察し、自己の口中の実物を求取する。経文の《彖伝》に言う:《頤》の「貞吉」とは、養うところが正を得れば吉。「観頤」とは、彼の養う対象を観察すること。「自ら口実を求む」とは、彼がいかに自養するかを観察すること。天地は万物を養育し、聖人は賢才を奉養して万民に推し及ぼす――《頤》卦の当たる時は実に偉大である。
[疏]“《彖》曰”至“大矣哉”。○正義曰:“頤貞吉,養正則吉”者,釋“頤貞吉”之義。頤,養也。貞,正也。所養得正,則有吉也。其養正之言,乃兼二義:一者養此賢人,是其“養正”,故下云“聖人養賢以及萬民”。二者謂養身得正,故《象》云“慎言語,節飲食”。以此言之,則“養正”之文,兼養賢及自養之義也。“觀頤觀其所養也”者,釋“觀頤”之義也。言在下觀視在上頤養所養何人,故云“觀頤,觀其所養也”。“自求口實,觀其自養”者,釋“自求口實”之義也。謂在下之人,觀此在上自求口中之實,是觀其自養,則是在下觀上,乃有二義:若所養是賢,及自養有節,則是其德盛也;若所養非賢,及自養乖度,則其德惡也。此卦之意,欲使所養得也,不欲所養失也。“天地養萬物”者,自此已下,廣言《頤卦》所養事大,故云“天地養萬物”也。“聖人養賢以及萬民”者,先須養賢,乃得養民,故云“養賢以及萬民”也。聖人但養賢人使治眾,眾皆獲安,有如虞舜五人,周武十人,漢帝張良,齊君管仲,此皆養得賢人以為輔佐,政治世康,兆庶咸說,此則“聖人養賢以及萬民”之養也。“頤之時大矣哉”者,以《彖》釋“頤”義於理既盡,更無餘意,故不云義,所以直言“頤之時大矣哉”。以所養得廣,故云“大矣哉”。
孔頴達の疏が《彖》から「大矣哉」までの一節に就き伸べて言う:「頤貞吉、養正則吉」は卦辞「頤貞吉」の義理を釈するもの――「頤」は養、「貞」は正、養うところが正を得れば吉有り。この「養正」の二字は兼ねて二層の意を含む。一は賢人を奉養すること、これがすなわち「養正」ゆえ、下文に「聖人養賢以及万民」と言う。二は身を養ってその正を得ることゆえ、《大象伝》に「言語を慎み、飲食を節す」と言う。これより言えば、「養正」の一語は兼ねて養賢と自養の両義を有す。「観頤、観其所養也」は「観頤」を釈し、下位に居る人が上位に在る者の頤養するが何人であるかを観看することを言うゆえ、「観頤、観其所養也」と言う。「自求口実、観其自養」は「自求口実」を釈し、下位に居る人が上位に在る者のいかに自ら口中の実を求めるかを観看し、これがすなわちその自養を観ることである。則ち下に在りて上を観るに二層の分別有ることが見える:もし養うところが賢才であり、しかも自養に節度有れば、それは彼の徳行の盛美である。もし養うところが賢才に非ず、しかも自養が法度に乖違すれば、それは彼の徳行の邪悪である。この卦の用意は、養うところを得当ならしめんと欲し、養うところの失当を願わざるにある。「天地養万物」は、ここより以下は広く《頤》卦の養う事の宏大を論ずるゆえ、「天地養万物」と言う。「聖人養賢以及万民」は、まず賢才を奉養してこそ、民を養うを論じ得るゆえ、「養賢以及万民」と言う――聖人はただ賢人を養い保ち、彼らをして衆人を治理せしめれば、衆人は皆安寧を獲得する。虞舜に五位の賢臣有り、周武王に十位の治乱の臣有り、漢高帝に張良有り、斉桓公に管仲有りの如きは、皆賢人を養い得て輔佐と為し、政治清明・世道安康・億兆の百姓悦服せざるなし、これがすなわち「聖人養賢以及万民」の頤養である。「頤之時大矣哉」は、《彖伝》が「頤」の義を釈するに道理上すでに言い尽くし、別に余意なきゆえ、「義」を言わず、径直に「頤之時大矣哉」と言う。その養うところが広大なるに因り、ゆえに「大矣哉」と言う。
《象》曰:山下有雷,頤。君子以慎言語,節飲食。言語、飲食猶慎而節之,而況其餘乎?[疏]正義曰:山止於上,雷動於下。頤之為用,下動上止,故曰“山下有雷,頤。”人之開發言語、咀嚼、飲食,皆動頤之事,故君子觀此頤象,以謹慎言語,裁節飲食。先儒云:“禍從口出,患從口入。”故於頤養而慎節也。
経文の《大象伝》に言う:山下に雷有りは《頤》の象。君子はこれによって言語を謹慎し、飲食を節制す。王弼の注が解釈して言う:言語・飲食すら尚謹慎節制せねばならず、況んやその余の事をや。孔頴達の疏が伸べて言う:艮山は上に止まり、震雷は下に動く。頤口の功用は下顎が動き上顎が止まるゆえ、「山下有雷、頤」と言う。人が口を張って言語し、咀嚼して食を進めるは、皆腮頤を牽動する事ゆえ、君子はこの頤養の象を観て、以て言語を謹慎し飲食を裁節する。先儒が言う:「禍は口より出、患は口より入」。ゆえに頤養の道の上において必ず謹慎節制せねばならない。
初九:舍爾靈龜,觀我朵頤,凶。“朵頤”者,嚼也。以陽處下而為動始,不能令物由己養,動而求養者也。夫安身莫若不競,修己莫若自保。守道則福至,求祿則辱來。居養賢之世,不能貞其所履以全其德,而舍其靈龜之明兆,羨我朵頤而躁求,離其致養之至道,闚我寵祿而競進,凶莫甚焉。[疏]“初九”至“觀我朵頤凶”。○正義曰:“靈龜”謂神靈明鑑之龜。“兆”以喻己之明德也。“朵頤”謂朵動之頤以嚼物,喻貪婪以求食也。初九“以陽處下而為動始”,不能使物賴已而養,而更自動求養,是舍其靈龜之明兆,觀我朵頤而躁求。是損己廉靜之德,行其貪竊之情,所以“凶”也。不足可貴,故《象》云“亦不足貴”也。
経文に言う:初九、汝自身の霊亀のごとき明徳を捨てて、却って我が腮を鼓して咀嚼するを観る、凶。王弼の注が解釈して言う:「朶頤」とはすなわち咀嚼である。初九は陽爻をもって下位に居り震動の始めに処り、万物をして自己に依頼して養を得せしめる能わず、かえって妄動して人を求めて己を養わんとす。身を安んずるは不争に過ぎるなく、己を修めるは自保に過ぎるなし。道を守れば福来り、禄を求めれば辱至る。身は賢才を奉養するの世に処りながら、正を守り践履して徳行を保全する能わず、かえって自身の霊亀のごとき明兆を捨て、他人の腮を鼓して食を進めるを羨慕して躁急に求取し、招来奉養の至道に背離し、寵禄を窺伺して争進す、凶険これより甚だしきはなし。孔頴達の疏が初九から「観我朶頤凶」までの一節に就き伸べて言う:「霊亀」は神霊明鑑の亀を指し、亀甲の兆紋をもって自己の明徳に譬喩す。「朶頤」は腮頤を鼓動して食物を咀嚼するを指し、貪婪に食を求めるに譬喩す。初九は「陽を以て下に処りて動の始めと為り」、万物をして己に頼りて養を得せしめる能わず、かえって自己が妄動して養を求む、これがすなわち自己の霊亀のごとき明兆を捨て、他人の腮を鼓して食を進めるを見て躁急に求取するものである。これは自己の廉潔清浄の徳を損傷し、その貪求の情を逞しゅうするゆえ「凶」。称貴に値せざるゆえ、《小象伝》は「亦足りて貴ぶべからざるなり」と言う。
注“朵頤者嚼也”至“凶莫甚焉”。○正義曰:“朵頤者嚼也”者,朵是動義,如手之捉物謂之朵也。今動其頤,故知嚼也。“不能令物猶己養”者,若道德弘大,則己能養物,是物由己養。今身處無位之地,又居震動之始,是動而自求養也。“離其致養之至道,闚我寵祿而競進”者,若能自守廉靜,保其明德,則能致君上所養。今不能守廉靜,是“離其致養之至道”,反以求其寵祿而競進也。《象》曰:“觀我朵頤”,亦不足貴也。
孔頴達の疏がまた王注の「朶頤者嚼也」から「凶莫甚焉」までの一節を釈す:王注の「朶頤者嚼也」とは、「朶」は動の意で、手が物を抓取するを「朶」と言うがごとし。今その腮頤を動かすは、すなわち咀嚼と知るべし。王注の「不能令物由己養」は、もし道徳弘大なれば、自己はすなわち万物を養育し得て、あれは万物が自己によりて養を得るなり。今初九は位なきの地に身を処し、また震動の始めに居るゆえ、ただ自己が妄動して人の養を求むのみ。王注の「離其致養之至道、闚我寵禄而競進」は、もし自ら廉潔清浄を守り、自己の明徳を保全し得れば、すなわち君上の奉養を招来し得る。今は廉静を守る能わず、これがすなわち「離其致養之至道」、かえって寵禄を求取して争進する。《小象伝》に言う:「我が朶頤を観る」とも、また称貴に足らざるなり。
六二:顛頤,拂經於丘。頤,征凶。養下曰顛。拂,違也。經猶義也。丘,所履之常也。處下體之中,無應於上,反而養初居下,不奉上而反養下,故曰“顛頤拂經於丘也”。以此而養,未見其福也;以此而行,未見有與,故曰“頤貞凶”。[疏]正義曰:顛,倒也。拂,違也。經,義也。丘,所履之常處也。六二處下體之中,無應於上,反倒下養初,故曰“顛頤”。下當奉上,是義之常處也。今不奉於上,而反養於下,是違此經義於常之處,故云“拂經於丘”也。“頤征凶”者,徵,行也。若以此而養,所行皆凶,故曰“頤征凶”也。《象》曰:六二,“征凶”,行失類也。類皆上養,而二處下養初。[疏]正義曰:頤養之體,類皆養上也。今此獨養下,是所行失類也。
経文に言う:六二、顛倒して下に養を求め、常道を丘に於いて背く。このように頤養して行えば、凶。王弼の注が解釈して言う:下位の者を養うを「顛」と言い、「拂」は違背、「経」はあたかも義理を言うがごとく、「丘」は践履する所の常道を指す。六二は下卦の中に処り、上に正応なく、かえって下に居る初九を養い、上位に奉事せずしてかえって下位を養うゆえ、「顛頤経を丘に於いて拂う」と言う。このような方式をもって頤養すれば、福分を見ることなかれ。このような方式をもって事を行えば、相助ける人あるを見ることなかれ。ゆえに「頤貞凶」。孔頴達の疏が伸べて言う:「顛」は倒、「拂」は違、「経」は義、「丘」は践履する所の常処である。六二は下卦の中に処り、上に応なく、かえって下に向かって初九を奉養するゆえ、「顛頤」と言う。下に在る者はもと上に在る者に奉事すべく、これこそ義理の常処なり。今は上に奉せずしてかえって下を養う、まさに常処の上に於いてこの経義に違背すゆえ、「経を丘に於いて拂う」と言う。「頤征凶」とは、「征」は行である。もしこのように頤養せば、行うところ皆凶なりゆえ、「頤征凶」と言う。《小象伝》に言う:六二の「征凶」は、行いその同類を失えばなり。王弼の注が解釈して言う:同類は皆上に向かって奉養するのに、六二は却って下に居りて初九を養う。孔頴達の疏が伸べて言う:頤養の体は、同類は皆上位を養うものである。今独り六二のみ下位を養う、これがすなわち行うところその同類を失えるなり。
六三:拂頤,貞凶。十年勿用,無攸利。履夫不正,以養於上,納上以諂者也。拂養正之義,故曰“拂頤貞凶”也。處頤而為此行,十年見棄者也。立行於斯,無施而利。[疏]正義曰:“拂頤貞凶”者,拂,違也。履夫不正,以養上九,是自納於上以諂媚者也。違養正之義,故曰拂頤貞而有凶也。為行如此,雖至十年,猶勿用而見棄也,故曰“十年勿用”。立行於此,故無所利也。《象》曰:“十年勿用”,道大悖也。[疏]正義曰:釋“十年勿用”之義。以其養上以諂媚,則於正道大悖亂,解“十年勿用”見棄也。
経文に言う:六三、頤養の道に背き、これを守れば凶。十年の久しきも任用されず、利益あることなし。王弼の注が解釈して言う:六三の履む所は正ならざるに、上位を奉養せんとするは、諂媚をもって上の人を讨好するなり。これは養正の義理に違背すゆえ、「頤を拂い貞なれば凶」と言う。頤養の世に身を処してこのような行径を為せば、十年の内は皆人に厭棄されん。身を立て事を行うことかくのごとく、なにを為すも利を得ることなし。孔頴達の疏が伸べて言う:「頤を拂い貞なれば凶」とは、「拂」は違背である。履む所正ならざるに、上九を奉養せんとするは、自己が上に向かって献媚するなり。養正の義理に違背すゆえ、頤養の道に違背しこれを守りて凶有りと言う。行為このようであれば、たとえ十年に至るも、なお棄置され用いられず、ゆえに「十年用うる勿れ」と言う。身を立て事を行うことかくのごとく、ゆえに利ある所なし。《小象伝》に言う:「十年用うる勿れ」とは、その道が大いに悖乱すればなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「十年用うる勿れ」の義理を釈するものである――彼が諂媚をもって上位を奉養するがゆえに、正道と大いに相悖乱し、これにより「十年用うる勿れ」は厭棄せられる縁故であると説明する。
六四:顛頤,吉。虎視耽耽,其欲逐逐,無咎。體屬上體,居得其位,而應於初,以上養下,得頤之義,故曰“顛頤吉”也。下交不可以瀆,故“虎視耽耽”,威而不猛,不惡而嚴。養德施賢,何可有利?故“其欲逐逐”,尚敦實也。修此二者,然後乃得全其吉而“無咎”。觀其自養則履正,察其所養則養陽,頤爻之貴,斯為盛矣。[疏]“六四,顛頤吉”至“無咎”。○正義曰:“顛頤吉”者,“體屬上體,居得其位,而應於初,以上養下”,得養之宜,所以吉也。“虎視耽耽”者,以上養下,不可褻瀆,恆如虎視耽耽,然威而不猛也。“其欲逐逐”者,既養於下,不可有求,其情之所欲逐逐然,尚於敦實也。“無咎”者,若能“虎視耽耽,其欲逐逐”,雖復“顛頤”養下,則得吉而“無咎”也。○注“體屬上體”至“斯為盛矣”。○正義曰:“觀其自養則履正”者,以陰處陰,四自處其身,是觀其自養,則能履正道也。“察其所養則養陽”者,六四下養於初,是觀其所養。初是陽爻,則能養陽也。
経文に言う:六四、顛倒して下に養を施す、吉。老虎のごとく注視し、神態威重、欲求は敦厚にして迫らず、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:六四の卦体は上卦に属し、居位が正を得、また初九と相応す、これは上位に居りて下位を養い、頤養の義に合すゆえ、「顛頤吉」と言う。下位と交接するに軽慢すべからずゆえ、「虎視耽耽」、威厳にして凶猛ならず、厳厲を顕さずして自ら威儀有り。徳行を培養し賢才に恵を施すに、豈に私利を夾帯せんや。ゆえに「其の欲逐逐」、崇尚するは敦厚篤実である。この両項を修好して、然る後その吉を保全して過ちなからしめ得る。彼のいかに自養するかを観れば、則ち正道を践履す。彼の養うところが誰かを観れば、則ち陽爻を奉養す――《頤》卦六爻の中において、この一爻の貴ぶべきはまさに最盛と謂うべし。孔頴達の疏が六四「顛頤吉」から「無咎」までの一節に就き伸べて言う:「顛頤吉」とは、王注に「体は上体に属し、居りて其の位を得、而も初に応じ、上を以て下を養う」と言い、頤養の宜しきを得るゆえ吉。「虎視耽耽」とは、上を以て下を養うは軽慢褻瀆すべからず、須く常に猛虎の凝視のごとくあるべし、威厳にして凶暴ならず。「其の欲逐逐」とは、すでに下に養を施すは、すなわち求取する所有るべからず、その心中の欲する所は敦厚従容、篤実を崇尚す。「無咎」とは、もし「虎視耽耽、其の欲逐逐」を為し得れば、すなわち「顛頤」にして下に養を施すと雖も、吉を得て過ちなからしめ得る。孔氏がまた王注の「体属上体」から「斯為盛矣」までを釈す:「其の自養を観れば則ち正を履む」とは、六四は陰爻を以て陰位に居り、自己その身に処るを得当とす、これがすなわちその自養を観る、能く正道を践履す。「其の養う所を察すれば則ち陽を養う」とは、六四は下に向かって初九を奉養し、これがその養う所を観る、初九は陽爻なれば、ゆえに能く陽を養うと言う。
《象》曰:“顛頤”之吉,上施光也。[疏]正義曰:釋“顛頤吉”之義。“上”謂四也。下養於初,是上施也。能威而不猛,如虎視耽耽,又寡慾少求,其欲逐逐,能為此二者,是上之所施有光明也。然六二“顛頤”則為凶,六四“顛頤”得為吉者,六二身處下體而又下養,所以凶也;六四身處上體,又應於初,陰而應陽,又能威嚴寡慾,所以吉也。
《小象伝》に言う:「顛頤」の吉たる所以は、上に在る者の施与に光輝有ればなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「顛頤吉」の義理を釈するものである。「上」は六四を指す。下に向かって初九を奉養するは、すなわち上より施与するなり。能く威厳にして凶猛ならず、猛虎の凝視のごとく、また寡欲少求にして、欲望は敦厚従容たり。この両点を為し得れば、すなわち上に在る者の施与に光明有るなり。同じ「顛頤」に就いては、六二が凶にして六四が吉なる縁故は、六二は自身下卦に処り、また下に向かって奉養するゆえ凶。六四は自身上卦に処り、また初九と相応し、陰を以て陽に応じ、なお威厳寡欲たり得るゆえ吉。
六五:拂經,居貞,吉。不可涉大川。以陰居陽,“拂頤”之義也。行則失類,故宜“居貞”也。無應於下而比於上,故可守貞從上,得頤之吉,雖得居貞之吉,處頤違謙,難未可涉也。[疏]正義曰:拂,違也。經,義也。以陰居陽,不有謙退,乖違於“頤養”之義,故言“拂經”也。“居貞吉”者,行則失類,“居貞吉”也。“不可涉大川”者,處頤違謙,患難未解,故“不可涉大川”,故“居貞吉”也。《象》曰:“居貞”之吉,順以從上也。[疏]正義曰:釋“居貞”之義。以五近上九,以陰順陽,親從於上,故得“居貞吉”也。
経文に言う:六五、常道に背く、安居して正を守れば吉、大河を渡渉すべからず。王弼の注が解釈して言う:六五は陰爻を以て陽位に居り、まさに「頤を拂う」の意である。もし行動する所有ればその同類を失うゆえ、「居貞」に宜し。それは下に正応なく、然れど上九と相隣るゆえ、正を守りて上九に順従し、頤養の吉を得ること可なり。安居して正を守るの吉を得ると雖も、頤養の時に身を処して謙退に背き、険難未だ消えず、なお渉越すべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:「拂」は違背、「経」は義理である。陰を以て陽に居り、謙退する能わず、「頤養」の義理に乖違すゆえ、「経を拂う」と言う。「居貞吉」とは、一たび行動あればすなわちその同類を失うゆえ、安居して正を守ればこそ吉。「大川を渉るべからず」とは、頤養の時に身を処して謙退に背き、患難未だ解除せざるゆえ、「大川を渉るべからず」、まさにこのがゆえにこそ「居貞吉」と言う。《小象伝》に言う:「居貞」の吉たる所以は、柔順にして上位に随従すればなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「居貞」の義理を釈するものである――六五は上九に切近し、陰柔を以て陽剛に順従し、親附して上位に随従するゆえ、「居貞吉」を得る能うなり。
上九:由頤,厲吉,利涉大川。以陽處上而履四陰,陰不能獨為主,必宗於陽也。故莫不由之以得其養,故曰“由頤”。為眾陰之主,不可瀆也,故厲乃吉。有似《家人》“悔厲”之義,貴而無位,是以厲也。高而有民,是以吉也。為養之主,物莫之違,故“利涉大川”也。[疏]正義曰:“由頤”者,以陽處上而履四陰,陰不能獨為其主,必宗事於陽也。眾陰莫不由之以得其養,故曰“由頤”也。“厲吉”者,為眾陰之主,不可褻瀆,嚴厲乃吉,故曰“厲吉”也。“利涉大川”者,為養之主,無所不為,故“利涉大川”而有慶也。故《象》云“大有慶也”。《象》曰:“由頤厲吉”,大有慶也。
経文に言う:上九、天下は彼によりて養を得、厲厲を保てば吉、大河を渡渉するに利あり。王弼の注が解釈して言う:上九は陽爻を以て上位に居り四つの陰爻の上に凌駕す、陰は独りで主となる能わず、必ず陽剛を尊奉すゆえ、衆爻は彼によりて奉養を獲得せざるなし、ゆえに「由頤」と言う。彼はすでに衆陰の主なれば、軽慢せらるべからず、ゆえに厲厲なるを要して吉。これはやや《家人》卦「悔厲」の意に似たり:身分は尊貴にして実位なく、ゆえに厲厲を要す。地位高くして百姓を擁すゆえ、吉を獲得し得る。彼は頤養の主、万物は彼に違逆する者なきゆえ、「利渉大川」。孔頴達の疏が伸べて言う:「由頤」とは、上九は陽を以て上に居り四陰に凌駕し、陰は独りで主となる能わず、必ず陽に尊奉侍事す、衆陰は彼によりて養を得ざるなきゆえ、「由頤」と言う。「厲吉」とは、身は衆陰の主として褻慢せらるべからず、荘厳峻厲を保ってこそ吉、ゆえに「厲吉」と言う。「利渉大川」とは、身は頤養の主として為すべからざる所なきゆえ、「利渉大川」にして福慶有り、ゆえに《小象伝》は「大有慶也」と言う。《小象伝》に言う:「由頤厲吉」とは、大いに福慶有るなり。
大過卦
巽下兌上。大過:音相過之過。[疏]“大過”。○正義曰:“過”謂過越之“過”,非經過之“過”。此衰難之世,唯陽爻,乃大能過越常理以拯患難也。故曰“大過”。以人事言之,猶若聖人過越常理以拯患難也。○注“音相過之過”。○正義曰:“相過”者,謂相過越之甚也,非謂相過從之“過”,故《象》云“澤滅木”。是過越之甚也。四陽在中,二陰在外,以陽之過越之甚也。
経文:《大過》卦の下卦は巽、上卦は兌。王弼の注が解釈して言う:卦名の「過」は彼此相過越の「過」と読む。孔頴達が「大過」の二字を疏解して言う:「過」は超越の「過」で、経過の「過」ではない。この衰乱危難の時世にあっては、ただ陽爻のみが大いに常理を超越して患難を拯救し得るゆえ、「大過」と言う。人事をもって言えば、聖人が常理を超越して患難を拯救するがごとし。孔氏がまた王注の「音相過之过」を釈す:「相過」とは、彼此が過越すること甚だしきを言い、「相過従」の往来の「過」ではないゆえ、《大象伝》に「沢滅木」と言うは、まさに過越太甚である。この卦は四つの陽爻が中に居り、二つの陰爻が外にあり、正に陽の過越太甚を見る。
棟撓,利有攸往,亨。[疏]正義曰:“棟撓”者,謂屋棟也。本之與末俱撓弱,以言衰亂之世,始終皆弱也。“利有攸往亨”者,既遭衰難,聖人“利有攸往”,以拯患難,乃得亨通,故云“利有攸往亨”也。《彖》曰:大過,大者過也。大者乃能過也。[疏]正義曰:釋大過之義也。“大者過”,謂盛大者乃能過其分理以拯難也。故於二爻陽處陰位,乃能拯難也,亦是過甚之義。
経文の卦辞に言う:棟梁が弯曲し、往くところ有るに利あり、亨通す。孔頴達の疏が伸べて言う:「棟撓」とは、屋の棟梁を指す。根本と末梢が皆弯曲柔弱なのは、衰乱の世の首尾が皆疲弱するに譬喩す。「利有攸往亨」とは、すでに衰乱危難に遭逢すれば、聖人はすなわち「利有攸往」、以て患難を拯救し、ここに亨通を得るを得るゆえ、「利有攸往亨」と言う。経文の《彖伝》に言う:《大過》とは、陽大なる者が常分を超越するなり。王弼の注が解釈して言う:ただ盛大なる者のみが常分を超越し得る。孔頴達の疏が伸べて言う:これは大過の義理を釈するものである。「大者過」とは、盛大なる者のみがその本分の理を超過して危難を拯救し得るを言う。ゆえに九二の一爻に在りては、陽爻が陰位に居り、こそ危難を拯救し得る、これもまた過越太甚の意である。
“棟撓”,本末弱也。初為本,而上為末也。[疏]正義曰:釋“棟撓”義。以大過本末俱弱,故屋棟撓弱也,似若衰難之時始終弱。剛過而中,謂二也。居陰,“過”也;處二,“中”也。拯弱興衰,不失其中也。巽而說行,“巽而說行”,以此救難,難乃濟也。“利有攸往”,乃亨。危而弗持,則將安用?故往乃亨。[疏]正義曰:“剛過而中巽而說行利有攸往乃亨”者,此釋“利有攸往乃亨”義。“剛過而中”謂二也。以陽處陰,是剛之過極之甚,則陽來拯此陰難,是過極之甚也。“巽而說行”者,既以巽順和說而行,難乃得濟,故“利有攸往得亨”也。故云“乃亨”。
経文の《彖伝》に言う:「棟撓」とは、根本と末梢が皆柔弱なり。王弼の注が解釈して言う:初六は根本、上六は末梢である。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「棟撓」の義理を釈するものである――《大過》の首尾両爻が皆柔弱なるがゆえに、屋棟は弯曲して力なく、衰乱危難の時に終始疲弱するがごとし。《彖伝》がまた言う:剛爻が過越して中に居る。王弼の注が解釈して言う:これは九二を指す――陽が陰位に居るは「過」なり、第二爻に処るは「中」なり、柔弱を扶助し衰敗を振興して、その中道を失わず。《彖伝》がまた言う:巽順にして和悦をもって行る。王弼の注が解釈して言う:「巽にして説びて行る」、この方式をもって難を救えば、危難こそ渡過し得る。《彖伝》がまた言う:「利有攸往」、ここに亨通す。王弼の注が解釈して言う:危難を見て扶持せざれば、なんの用かあらん。ゆえに前往してこそ亨通を得る。孔頴達の疏が伸べて言う:「剛過而中、巽而説行、利有攸往、乃亨」の数句は、「利有攸往乃亨」の義理を釈するものである。「剛過而中」は九二を指し、陽爻を以て陰位に処るは剛強の過極太甚、ここに陽が来てこの陰柔の危難を拯救する、まさに過極太甚である。「巽而説行」とは、すでに謙遜和悦の態度をもって事を行い得れば、危難こそ救済を得るゆえ、「利有攸往」にして亨通を得、これによって「乃亨」と言う。
大過之時大矣哉!是君子有為之時也。[疏]正義曰:此廣說大過之美。言當此大過之時,唯君子有為拯難,其功甚大,故曰“大矣哉”也。象曰:澤滅木,大過。君子以獨立不懼,遁世無悶。此所以為“大過”,非凡所及也。[疏]正義曰:“澤滅木”者,澤體處下,木體處上,澤無滅木之理。今云“澤滅木”者,乃是澤之甚極而至滅木,是極大過越之義。其大過之卦有二義也:一者物之自然大相過越常分,即此“澤滅木”是也。二者大人大過越常分以拯患難,則九二“枯楊生稊,老夫得其女妻”是也。“君子以獨立不懼,遁世無悶”者,明君子於衰難之時,卓爾獨立,不有畏懼,隱遁於世而無憂悶,欲有遁難之心,其操不改。凡人遇此則不能,然唯君子獨能如此,是其過越之義。
経文の《彖伝》に言う:《大過》の当たる時は太いに偉大なり。王弼の注が解釈して言う:これはまさに君子が大いに作為有るの時である。孔頴達の疏が伸べて言う:これは広く大過の美を論ずるもので、この大過の時に正当たりては、ただ君子のみ能く作為有りて危難を拯救し、その功業は極めて大なりゆえ、「大矣哉」と言う。経文の《大象伝》に言う:大沢が樹木を淹没するは《大過》の象。君子はこれによって卓然として独立して畏懼せず、世を避けて隠遁して煩悶せず。王弼の注が解釈して言う:これがまさにその「大過」たる所以で、常人の企及し得る所ではない。孔頴達の疏が伸べて言う:「沢滅木」とは、沢体は下に、木体は上にあり、もと沢が木を淹没するの理なし。今「沢滅木」と言うは、沢水が極盛にして樹木を淹没するに至る、まさに極めて過越の義である。《大過》卦は二層の意を含む。一は事物が自然に大いに常分を超越する、「沢滅木」がそれ。二は大人が常分を超越して患難を拯救する、九二爻の「枯楊生稊、老夫得其女妻」がそれ。「君子以独立不懼、遁世无悶」とは、君子が衰乱危難の時に処り、卓然として独立して畏懼する所なく、世に隠遁して憂愁煩悶せず、たとえ難を避くるの心存すとも、操守は改変せざることを表明す。常人はこれに遇えば為す能わず、ただ君子のみ能くかくのごとくす、これがまさにその常人を超越する処である。
初六:藉用白茅,無咎。以柔處下,過而可以“無咎”,其唯慎乎![疏]正義曰:以柔處下,心能謹慎,薦藉於物,用絜白之茅,言以絜素之道奉事於上也。“無咎”者,既能謹慎如此,雖遇大過之難,而“無咎”也。以柔道在下,所以免害。故《象》云“柔在下也”。《象》曰:“藉用白茅”,柔在下也。
経文に言う:初六、潔白の茅草を用いて襯墊と為す、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:初六は柔爻を以て下位に居り、過越の時に処りて過ちなからしめ得るは、ほぼただ一つの「慎」の字にあるのみか。孔頴達の疏が伸べて言う:柔を以て下に居り、心は謹慎し得、器物を襯墊するに潔白の茅草を用いるは、潔浄素朴の道を以て上位に奉事するを言う。「無咎」とは、すでにこのように謹慎し得れば、たとえ大過の難に遭逢すとも、過ちあることなからん。その柔順の道を以て下に居るに因り、禍害を免れ得るゆえ、《小象伝》は「柔在下也」と言う。《小象伝》に言う:「白茅を藉用す」とは、柔順なる者の下位に居るなり。
九二:枯楊生稊,老夫得其女妻,無不利。“稊”者,楊之秀也。以陽處陰,能過其本而救其弱者也。上無其應,心無持吝處過以此,無衰不濟也。故能令枯楊更生稊,老夫更得少妻,拯弱興衰,莫盛斯爻,故“無不利”也。老過則枯,少過則稚。以老分少,則稚者長;以稚分老,則枯者榮,過以相與之謂也。大過至衰而已至壯,以至壯輔至衰,應斯義也。[疏]“《象》曰藉用白茅”至“無不利”。○正義曰:“枯楊生稊”者,“枯”謂枯稿,“稊”謂“楊之秀”者。九二以陽處陰,能過其本分,而救其衰弱。上無其應,心無特吝,處大過之時,能行此道,無有衰者不被拯濟。故衰者更盛,猶若枯槁之楊,更生少壯之稊;枯老之夫,得其少女為妻也。“無不利”者,謂拯弱興衰,莫盛於此。以斯而行,無有不利也。
経文に言う:九二、枯萎の楊樹が新芽を生じ、年老いた男子が年少の妻を娶り得る、利ならざるなし。王弼の注が解釈して言う:「稊」は楊樹の抽出する嫩穂である。九二は陽爻を以て陰位に居り、自己の本分を超越して柔弱者を救助し得る。上に正応なく、心中もまた吝惜する所なし。このような姿態を以て過越の時に処れば、衰敗する者で救済せられざるなきゆえ、枯楊をして重ねて芽を抽たせ、老夫をして重ねて少妻を娶らしめ得る。弱を扶け衰を興すは、この一爻より盛なるはなきゆえ、「利ならざるなし」。老は過ぎれば枯槁し、少は過ぎれば稚弱する。老を以て少に分かてば、稚弱なる者は成長を得。稚を以て老に分かてば、枯槁なる者は栄発を得――これがすなわち「過以相与」の意である。《大過》の世は、相手は極衰にして自己は極壮、極壮を以て極衰を輔助するは、正にこの義に合す。孔頴達の疏が《象》の「藉用白茅」から「無不利」までの一節に就き伸べて言う:「枯楊生稊」とは、「枯」は枯槁を指し、「稊」は楊樹の嫩穂を指す。九二は陽を以て陰に処り、本分を超越して衰弱を救助し得る。上に正応なく、心中もまた吝惜する所なし。大過の時に処りてこの道を行い得れば、衰敗する者で拯救せられざるなきゆえ、衰える者は重ねて興盛す、あたかも枯槁の楊樹が重ねて少壮の嫩芽を長出し、枯老の男子が少女を娶りて妻と為すがごとし。「無不利」とは、弱を扶け衰を興すにこれより盛なるなく、このように行えば、利ならざる所なしを言う。
○注“稊者楊之秀也”至“應斯義也”。○正義曰:“稊”者楊柳之穗,故云“楊之秀也”。“以陽處陰,能過其本而救其弱”者,若以陽處陽,是依其本分。今以陽處陰,是過越本分,拯救陰弱也。“老過則枯,少過則稚”者,老之太過則枯槁,少之太過則幼稚也。“以老分少則稚者長也”,謂老夫減老而與女妻,女妻得之而更益長,故云“以老分少則稚者長也”。“以稚分老則枯者榮”者,謂女妻減少而與老夫,老夫得之,似若槁者而更得生稊,故云“則枯者榮也。”云“大過至衰而已至壯,以至壯輔至衰,應斯義”者,此大過之卦,本明至壯輔至衰,不論至衰減至壯。故輔嗣此《注》特云“以至壯輔至衰也”。“《象》曰過以相與”者,因至壯而輔至衰,似女妻而助老夫,遂因雲老夫減老而與少,猶若至衰減衰而與壯也。其實不然也。
孔頴達の疏がまた王注の「稊者楊之秀也」から「応斯義也」までの一節を釈す:いわゆる「稊」とは、楊柳の花穂で、ゆえに「楊之秀也」と言う。王注の「以陽処陰、能過其本而救其弱」は、もし陽爻を以て陽位に居れば、あれは本分に安んずるなり。今陽を以て陰に居れば、すなわち本分を超越して陰柔の衰弱を拯救するなり。王注の「老過則枯、少過則稚」は、老が過ぎればすなわち枯槁し、少が過ぎればすなわち幼稚するを言う。王注の「以老分少則稚者長也」は、老夫が自己の老を減損して少妻に分かてば、少妻はそれを得てますます成長すゆえ、「以老分少則稚者長」と言う。王注の「以稚分老則枯者栄」は、少妻が自己の少を減損して老夫に分かてば、老夫はそれを得て、あたかも枯槁の木が重ねて嫩芽を抽出するがごとく、ゆえに「則枯者栄」と言う。王注の「大過至衰而己至壮、以至壮輔至衰、応斯義」は、《大過》の一卦はもと極壮を以て極衰を輔助するを講じ、極衰が極壮を減損するを講ぜざるがゆえに、王輔嗣この《注》は特に「以至壮輔至衰」と言う。《小象伝》の「過以相与」に至っては、極壮を以て極衰を輔助し、あたかも少妻が老夫を助益するに就いて言い、ここに老夫がその老を減損して少者に分かつを順帯に説き、あたかも極衰なる者がその衰を減損して極壮なる者に分かつがごとくす――実はそうではない。
《象》曰“老夫女妻”,過以相與也。[疏]正義曰:釋“老夫女妻”之義。若老夫而有老妻,是依分相對。今老夫而得女妻,是過分相與也。老夫得女妻,是女妻以少而與老夫。老夫得少而更壯,是女妻過分而與夫也。女妻而得少夫,是依分相對。今女妻得老夫,是老夫減老而與少。女妻既得其老則益長,是老夫過分而與妻也,故云“過以相與”。《象》直云“老夫”、“女妻”,不云“枯楊生稊”者,“枯楊”則是老夫也,“生稊”則女妻也。其意相似,故《象》略而不言。
《小象伝》に言う:「老夫女妻」とは、常分を超越して彼此相与するなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「老夫女妻」の義理を釈するものである。もし老夫が老妻に配すれば、あれは各々の分位に按じて相匹配するなり。今老夫が少妻を娶り得れば、すなわち常分を超越して相与するなり。老夫が少妻を得るは、少妻が自己の年少を老夫に分かち、老夫はその少を得て重ねて壮健となる、これは少妻が分を越えて丈夫に給与するなり。少妻が少夫に嫁せば、あれは分位に按じて相匹配するなり。今少妻が老夫に嫁ぐは、老夫がその老を減損して年少なる者に分かち、少妻はすでにその老成を得て、すなわち更に増長成る、これは老夫が分を越えて妻子に給与するなり、ゆえに「過以相与」と言う。《小象伝》はただ「老夫」「女妻」を言い、「枯楊生稊」を言わざるは、「枯楊」はすなわち老夫、「生稊」はすなわち少妻、両者の意思は相似るがゆえ、《小象伝》は従略して重複せざるなり。
九三:棟橈,凶。居大過之時,處下體之極,不能救危拯弱,以隆其棟,而以陽處陽,自守所居,又應於上,繫心在一,宜其淹弱而凶衰也。[疏]正義曰:居大過之時,處下體之極,以陽居陽,不能救危拯弱,唯自守而已。獨應於上,繫心在一,所以“凶”也。心既褊狹,不可以輔救衰難,故《象》云“不可以有輔也”。《象》曰:“棟橈”之凶,不可以有輔也。
経文に言う:九三、棟梁が弯曲す、凶。王弼の注が解釈して言う:九三は大過の時に身を処し、下卦の極に居り、危を救い弱を扶けて棟梁を隆起せしめる能わず。また陽爻を以て陽位に居り、ただ自己の居る所を固守し、かつ専ら上六に応じ、一心は一処に繋がる、その久しく柔弱に滞り凶険衰敗するも怪しむに足らず。孔頴達の疏が伸べて言う:大過の時に身を処し、下卦の極に居り、陽を以て陽に居り、危を救い弱を扶くる能わず、ただ自守を知るのみ。また単々と上六と相応じ、心思は一処に繋がるゆえ「凶」。心量がすでに狭隘なれば、衰乱危難を輔助救済する能わざるゆえ、《小象伝》は「不可以有輔也」と言う。《小象伝》に言う:「棟橈」の凶たる所以は、輔助有るべからざればなり。
九四:棟隆,吉。有它吝。體屬上體,以陽處陰,能拯其弱,不為下所橈者也,故“棟隆”吉也。而應在初,用心不弘,故“有它吝”也。[疏]正義曰:“棟隆吉”者,體居上體,以陽處陰,能拯救其弱,不為下所橈,故得棟隆起而獲吉也。“有它吝”者,以有應在初,心不弘闊,故“有它吝”也。《象》曰:“棟隆”之吉,不橈乎下也。
経文に言う:九四、棟梁が隆起す、吉。別に他の憾惜有り。王弼の注が解釈して言う:九四の卦体は上卦に属し、陽爻を以て陰位に居り、柔弱を救助し得、下に圧弯せられざるゆえ、「棟隆」にして吉。然れどそれは初六に応有り、用心は宏大ならずゆえ、「有它吝」。孔頴達の疏が伸べて言う:「棟隆吉」とは、卦体は上卦に居り、陽を以て陰に処り、衰弱を救助し得、下に圧弯せられざるゆえ、棟梁を隆起せしめて吉を獲得し得る。「有它吝」とは、それが初六に正応有り、心量が宏闊ならざるゆえ、「有它吝」。《小象伝》に言う:「棟隆」の吉たる所以は、下に圧弯せられざればなり。
[疏]正義曰:釋“棟隆之吉”,以其能拯於難,不被橈乎在下,故得“棟隆吉”。九四應初,行又謙順,能拯於難,然唯只拯初,初謂下也。下得其拯,猶若所居屋棟隆起,下必不橈。若何得之,不被橈乎在下。但《經》文云“棟橈”,《彖》釋“棟橈”者,本末弱也。以屋棟橈弱而偏,則屋下榱柱亦先弱。柱為本,棟為末,觀此《彖》辭,是足見其義。故子產云:“棟折榱崩,僑將壓焉。”以屋棟橈折,則榱柱亦同崩,此則義也。
孔頴達の疏が伸べて言う:これは「棟隆之吉」を釈するものである――九四は能く危難を拯救し、下に在る者に圧弯せられざるがゆえに、「棟隆吉」を得る能うなり。九四は初六と相応し、事を行うも謙遜柔順にして、能く危難を拯救す、然れど拯救する所はただ初六のみ、初六はすなわち下に在る者を指す。下が救助を得れば、あたかも自己の居る屋棟が隆起するがごとく、下は必ずもはや圧弯せず。どうやってそうしたかを問わば、まさに下に在る者に圧弯せられざるに因る。ただ経文は「棟橈」と言い、《彖伝》は「棟橈」を釈して「本末弱也」と言う、屋棟が弯曲傾斜すれば、則ち屋下の椽柱もまた先にすでに疲弱せるを見るべし。柱は根本、棟は末梢、この段の《彖》辞を見れば、すなわちその義理を見るに足る。ゆえに鄭国の子産が言う:「棟折れ榱崩れ、僑将に圧されんとす」。屋棟が一旦弯折すれば、椽柱もまたこれに随いて崩塌す、言うところはまさにこの道理である。
九五:枯楊生華,老婦得其士夫,無咎無譽。處得尊位,而以陽處陽,未能拯危。處得尊位,亦未有橈,故能生華,不能生稊;能得夫,不能得妻。處“棟橈”之世,而為“無咎無譽”,何可長哉!故生華不可久,士夫誠可醜也。[疏]“九五枯楊生華”至“無咎無譽”。正義曰:“枯楊生華”者,處得尊位而以陽居陽,未能拯危,不如九二“枯楊生稊”。但以處在尊位,唯得“枯楊生華”而巳。言其衰老,雖被拯救,其益少也。又似年老之婦,得其彊壯士夫,婦已衰老,夫又彊大,亦是其益少也。所拯難處少,才得無咎而已,何有聲譽之美?故“無咎無譽”也。
経文に言う:九五、枯萎の楊樹が花を開き、年老いた婦人が強壮の男子に嫁ぐ、過ちなく称誉もなし。王弼の注が解釈して言う:九五は尊位に処るも、陽爻を以て陽位に居り、未だ危難を拯救し得ず。尊位に処るに因り、また未だ圧弯せられず、ゆえに花を開く能うも芽を抽つ能わず、丈夫を得る能うも少妻を得る能わず。「棟橈」の世に身を処してただ「無咎無誉」に落着するのみ、なんぞ長久せんや。ゆえに花を開くも持久する能わず、老婦が士夫を得るは実に羞ずべし。孔頴達の疏が九五「枯楊生華」から「無咎無誉」までの一節に就き伸べて言う:「枯楊生華」とは、九五は尊位に処り得るも陽を以て陽に居り、未だ危難を拯救し得ず、九二の「枯楊生稊」に如かず。ただ身が尊位に在るに因りて、強いて「枯楊生華」を得るのみ。これはそれが衰老しながら救助せられ、収効は甚だ小さいを言う。またあたかも年老いた婦人が強壮男子に嫁ぐがごとく、婦人はすでに衰老し、丈夫はまた正に強壮、同じく得る所の益処は甚だ小さい。拯救する危難は有限にして、わずかに過ちを免れ得るのみ、何の声誉の美かあらん。ゆえに「無咎無誉」と言う。
○注“處得尊位”至“誠可醜也”。○正義曰:“處得尊位,亦未有橈”者,以九三不得尊位,故有棟橈。今九五雖與九三同以陽居陽,但九五處得尊位,功雖未廣,亦未有橈弱。若其橈弱,不能拯難,不能使“枯楊生華”也。以在尊位,微有拯難,但其功狹少,但使“枯楊生華”而已,“不能生稊”也。“能得夫,不能得妻”者,若拯難功闊,則“老夫得其女妻”,是得少之甚也。今既拯難功狹,但能使老婦得士夫而已,不能使女妻,言老婦所得利益薄少,皆為拯難功薄,故所益少也。
孔頴達の疏がまた王注の「処得尊位」から「誠可丑也」までの一節を釈す:王注の「処得尊位、亦未有橈」は、九三は尊位に居らざるがゆえに、「棟橈」の象有り。今九五は九三と同様に陽を以て陽に居ると雖も、九五は尊位に処り得、功業は未だ広大ならずと雖も、また未だ弯曲疲弱せず。仮にそれが弯曲疲弱せば、危難を拯救する能わず、また「枯楊生華」せしめる能わず。まさに身が尊位に在るに因り、略々能く難を拯い、ただ功效は狭小にして、わずかに「枯楊生華」せしめ得るのみ、「生稊」せしめる能わず。王注の「能得夫、不能得妻」は、もし難を拯うの功宏闊なれば、すなわちあれは「老夫得其女妻」、少を得るの効は極めて顕著なり。今難を拯うの功狭小にして、ただ老婦に強壮男子を得せしめるのみ、人に少妻を得せしめる能わず。これは老婦の得る所の利益は単薄稀少にして、皆難を拯うの功が浅薄なるに因り、ゆえに収効こそ小なりを言う。
《象》曰:“枯楊生華”,何可久也?老婦士夫,亦可醜也。[疏]正義曰:“枯楊生華,何可久”者,枯稿之楊,被拯才得生華,何可長久?尋當衰落也。“老婦士夫,亦可醜也”者,婦當少稚於夫,今年老之婦,而得彊壯士夫,亦可丑辱也。此言九五不能廣拯衰難,但使“枯楊生華”而已,但使“老婦得其士夫”而已。拯難狹劣,故不得長久,誠可丑辱,言不如九二也。
《小象伝》に言う:「枯楊生華」、なんぞ長久せんや。老婦が壮夫に嫁ぐも、また羞ずべきなり。孔頴達の疏が伸べて言う:「枯楊生華、何可久」とは、枯槁の楊樹が救助を受けてこそ強いて花を開く、なんぞ長久せんや。間もなく凋落せん。「老婦士夫、亦可丑也」とは、妻子はもと丈夫より年少なるべきに、如今年老いた婦人が却って強壮男子に嫁ぐ、実に羞ずべく辱ずべし。これは九五が広く衰乱危難を拯救する能わず、ただ「枯楊生華」せしめ得るのみ、ただ「老婦得其士夫」せしめ得るのみを言う。難を拯うの功效は狭窄低劣にして、ゆえに長久する能わず、確かに羞ずべし、その意はそれが九二に如かざるなり。
上六:過涉滅頂,凶,無咎。處太過之極,過之甚也。涉難過甚,故至於“滅頂凶”。志在救時,故不可咎也。[疏]正義曰:處大過之極,是過越之甚也。以此涉危難,乃至於滅頂,言涉難深也。既滅其頂,所以“凶”也。“無咎”者,所以涉難滅頂,至於凶亡,本欲濟時拯難,意善功惡,無可咎責。此猶龍逄、比干,憂時危亂,不懼誅殺,直言深諫,以忤無道之主,遂至滅亡。其意則善,而功不成,復有何咎責?此亦“過涉滅頂凶無咎”之象,故《象》云“不可咎”,言不可害於義理也。《象》曰:“過涉”之凶,不可咎也。雖凶無咎,不害義也。
経文に言う:上六、渉水が深過ぎて頭頂を淹没するに至り、凶、然れど責怪すべき過錯なし。王弼の注が解釈して言う:上六は大過の極点に処り、これは過越太甚なり。険を渉ること甚だしきゆえ、「滅頂凶」に至る。然れどその心志は時局を拯救するに在りゆえ、彼に帰咎すべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:大過の極に処るは、すなわち過越太甚なり。これを以て危難を渉越せんとし、竟に頭頂を淹没するに至るは、難を渉ること深過ぐるを言う。頭頂すでに淹没せられゆえ「凶」。「無咎」とは、その難を渉り頂を滅して凶亡に至る所以は、本意は世を済い難を拯わんと欲するに在り、用心は良善にして功效成らざる、責備すべき所なし。これはあたかも夏代の関龍逄、商代の比干のごとく、時局の危乱を憂慮し、誅殺せらるるを怕れず、直言極諫して、因って無道の君に触忤し、終に身死に至る。彼らの用心は善きなり、ただ事功成らざるのみ、なんの責怪する所かあらん。これもまたまさに「過渉滅頂凶無咎」の象徴なりゆえ、《小象伝》は「不可咎」と言い、それを以て義理を傷害すべからざるを言う。《小象伝》に言う:「過渉」の凶は、責怪すべからざるなり。王弼の注が解釈して言う:凶険なりと雖も過錯なし、義理に損なきがゆえなり。
習坎卦
坎下坎上。習坎:“坎”,險陷之名也。“習”謂便習之。[疏]正義曰:“坎”是險陷之名。“習”者,便習之義。險難之事,非經便習,不可以行。故須便習於坎,事乃得用,故云“習坎”也。案:諸卦之名,皆於卦上不加其字。此坎卦之名特加“習”者,以坎為險難,故特加“習”名。“習”有二義:一者習重也,謂上下俱坎,是重疊有險,險之重疊,乃成險之用也。二者人之行險,先須使習其事,乃可得通,故云“習”也。
経文:《習坎》卦の下卦は坎、上卦もまた坎。王弼の注が解釈して言う:「坎」は険阻陥落の名称、「習」はそれに熟習するの意である。孔頴達の疏が伸べて言う:「坎」は険陥の名、「習」は熟習の義。険難の事は、反復熟習を経なければ施行し得ず、ゆえに必ず坎に熟習してこそ、事は奏效を得る、これによって「習坎」と言う。又按ずるに:他の各卦の卦名は、皆卦名の上に字を加えず、独り坎卦のみ特に一つの「習」の字を加えるは、坎が険難を代表するがゆえに、特に「習」の名を加える。「習」は二層の意有り:一は重畳で、上下ともに坎なるを指し、険難が重重に畳加し、険の重畳してこそ険の功用を成就す。二は人が険境を行かんとすれば、まず彼にこの事を熟習せしめてこそ、通行し得るを要すゆえ、「習」と言う。
有孚,維心亨,剛正在內,“有孚”者也。陽不外發而在乎內,“心亨”者也。[疏]“有孚維心亨”。○正義曰:“有孚”者,亨,信也,由剛正在內,故有信也。“維心亨”者,陽不發外而在於內,是“維心亨”,言心得通也。○注“剛正在內”至“心亨者也”。○正義曰:“剛正在內”者,謂陽在中也。因心剛正,則能有誠信,故云“剛正在內有孚者也,陽不外發而在乎內,心亨者也”。若外陽內陰,則內心柔弱,故不得亨通。今以陽在於內,陽能開通,故維其在心之亨也。
経文の卦辞に言う:誠信を懐き、ただ内心の亨通あるのみ。王弼の注が解釈して言う:剛正の徳が内に居る、これがすなわち「有孚」。陽気が外に向かって発散せず内に藴在す、これがすなわち「心亨」。孔頴達が「有孚維心亨」の一句を疏解して言う:「有孚」とは、「孚」はすなわち誠信、剛正の徳が内に在るに由り、ゆえに誠信有り。「維心亨」とは、陽気が外に向かって発散せず内に存す、これがすなわち「維心亨」、内心が通達を得るを言う。孔氏がまた王注の「剛正在内」から「心亨者也」までを釈す:「剛正在内」とは、陽爻が上下卦の中位に居るを指す。内心が剛正に因り、すなわち誠信有り得るゆえ、王注は「剛正在内有孚者也、陽不外発而在乎内、心亨者也」と言う。もし外陽内陰ならば、則ち内心は柔弱にして、亨通する能わず。今陽が内に居り、陽性は開通し得るゆえ、ただ内心の亨通あるのみ。
行有尚。內亨外闇,內剛外順,以此行險,“行有尚”也。[疏]“行有尚”。○正義曰:內亨外闇,內剛外柔,以此行險,事可尊尚,故云“行有尚”也。○注“內亨外闇”至“行有尚也”。○正義曰:“內亨外闇”者,內陽故內亨,外陰故外闇。以亨通之性,而往謂陰闇之所,能通於險,故行可貴尚也。
経文の卦辞に言う:行動すれば嘉尚を受けん。王弼の注が解釈して言う:内裏は亨通して外表は晦暗、内心は剛強して外貌は柔順、この姿態を以て険境を行けば、行動は嘉尚し得べし。孔頴達が「行有尚」の一句を疏解して言う:内は亨して外は暗く、内は剛にして外は柔、これを以て険難を行れば、行う所の事は尊崇を受け得べしゆえ、「行有尚」と言う。孔氏がまた王注の「内亨外闇」から「行有尚也」までを釈す:「内亨外闇」とは、内卦は陽なれば内裏亨通し、外卦は陰なれば外表晦暗なり。亨通の性を凭じてあの陰暗の処に往けば、険境の中を通行し得べしゆえ、その行為は貴ぶべく尚ぶべし。
《彖》曰:“習坎”,重險也。坎以險為用,故特名曰“重險”,言“習坎”者,習重乎險也。[疏]“《彖》曰:習坎重險也”。○正義曰:釋“習坎”之義。言“習坎”者,習行重險。險,難也。若險難不重,不為至險,不須便習,亦可濟也。今險難既重,是險之甚者,若不便習,不可濟也,故注云“習坎者習重險也”。注“坎以險為用”至“習乎重險也”。○正義曰:言“習坎者,習乎重險也”者,言人便習於“坎”,止是便習重險。便習之語以釋“習”名。兩“坎”相重,謂之“重險”,又當“習”義,是一“習”之名,有此兩義。
経文の《彖伝》に言う:《習坎》とは、重重の険難なり。王弼の注が解釈して言う:坎は険を以て功用と為すゆえ、特に「重険」と称す。「習坎」と言うは、すなわち重畳の険に熟習するなり。孔頴達が《彖》の「習坎重険也」の一句を疏解して言う:これは「習坎」の義理を釈するものである――「習坎」とは、重重の険難に熟習しこれを行うなり。「険」はすなわち難である。仮に険難が重畳せざれば、極険と算せず、熟習を須みずして渡過し得る。今険難すでに重畳すれば、険中の甚だしきなり、もし熟習せざれば渡過し得ず、ゆえに王注は「習坎者、習重険也」と言う。孔氏がまた王注の「坎以険為用」から「習乎重険也」までを釈す:王注の「習坎者、習乎重険也」は、人が「坎」に熟習するは、すなわち重畳の険に熟習するを言う。「便習」の一語を以て「習」の名目を釈し、而も二つの「坎」が相重畳するをまた「重険」と言うも、正に「習」の含義に合す――同じ一つの「習」の字が、兼ねてこの二層の意を有するを見るべし。
水流而不盈,行險而不失其信。險峭之極,故水流而不能盈也。處至險而不失剛中,“行險而不失其信”者,“習坎”之謂也。[疏]“水流而不盈”至“不失其信”。○正義曰:此釋“重險”“習坎”之義。“水流而不盈”,謂險陷既極,坑阱特深,水雖流注,不能盈滿,言險之甚也,釋“重險”之義也。“行險而不失其信”,謂行此至險。能守其剛中,不失其信也。此釋“習坎”及“有孚”之義也。以能便習於險,故守剛中,“不失其信”也。○注“險穭之極”至“習坎之謂也”。○正義曰:“險峭之極,故水流而不能盈”者,若淺岸平谷,則水流有可盈滿。若其崖岸險峻,澗谷洩漏,是水流不可盈滿,是險難之極也。
経文の《彖伝》に言う:水はその中に流注しても填満する能わず、険境を行りてもその誠信を失わず。王弼の注が解釈して言う:険峻すでに極まるに因り、ゆえに水は流注すと雖も填満し得ず。極険の地に身を処して剛中の徳を失わず、「行険而不失其信」とは、まさに「習坎」の意である。孔頴達の疏が「水流而不盈」から「不失其信」までの一節に就き伸べて言う:これは「重険」と「習坎」の義理を釈するものである。「水流而不盈」とは、険陥すでに極まり坑穴は特に深く、水は断えず流注すと雖も盈満し得ざるを言い、険の甚だしきを形容す、これは「重険」の義理を釈するなり。「行険而不失其信」とは、このような極険の中を行走して、能く剛中の徳を守りて誠信を失わざるを言い、これは「習坎」および卦辞「有孚」の義理を釈するなり――能く険に熟習するがゆえに、剛中を守り得て「不失其信」。孔氏がまた王注の「険峭之極」から「習坎之謂也」までを釈す:王注の「険峭之極、故水流而不能盈」は、もし浅岸平谷ならば、水流はなお盈満の可能有り。もし崖岸険峻・澗谷渗漏なれば、水流は盈満の可能なし、これがすなわち険難の極点に到るなり。
“維心亨”,乃以剛中也。“行有尚”,往有功也。便習於“坎”而之“坎”地,盡坎之宜,故往必有功也。[疏]正義曰:“維心亨乃以剛中也”者,釋“維心亨”義也。以剛在於中,故維得心亨也。“行有尚,往有功”者,此釋“行有尚”也。既便習於坎而往之險地,必有其功,故云“行有尚,往有功也”。
経文の《彖伝》に言う:「維心亨」とは、陽剛が中に居るがゆえなり。「行有尚」とは、前往すれば必ず功效有るなり。王弼の注が解釈して言う:すでに坎に熟習し、また坎険の地に前往して、能く坎に処るの機宜に尽合すゆえ、前往すれば必ず功有り。孔頴達の疏が伸べて言う:「維心亨乃以剛中也」とは、「維心亨」の義理を釈するものである――陽剛が中位に居るがゆえに、ただ内心のみ通達を得。「行有尚、往有功」とは、これは「行有尚」を釈する――すでに坎に熟習し、再び険地に前往せば、必ず功效有りゆえ、「行有尚、往有功也」と言う。
天險不可升也,不可得升,故得保其威尊。[疏]正義曰:此已下廣明險之用也。言天之為險,懸邈高遠,不可升上,此天之險也。若其可升,不得保其威尊,故以“不可升”為“險”也。地險山川丘陵也,有山川丘陵,故物得以保全也。[疏]正義曰:言地以山川丘陵而為險也,故使地之所載之物保守其全。若無山川丘陵,則地之所載之物失其性也。故地以山川丘陵而為險也。
経文の《彖伝》に言う:天の険は、攀升すべからざるなり。王弼の注が解釈して言う:まさに攀登し上る能わざるに因り、天はこそその威厳尊崇を保ち得る。孔頴達の疏が伸べて言う:ここより以下は広く険の功用を論ずる。天の険たる所以は、懸隔高遠にして攀升すべからざるに在り、これがすなわち天の険なり。仮に攀升し得れば、その威尊を保つ能わざるゆえ、「不可升」を以て「険」と為す。経文の《彖伝》がまた言う:地の険は、山川丘陵なり。王弼の注が解釈して言う:山川丘陵有ってこそ、万物は保全を得る。孔頴達の疏が伸べて言う:大地は山川丘陵を以て険と為し、因って地上の承載する万物をしてその完整を保守せしめ得るを言う。仮に山川丘陵なければ、地上の承載する万物は本性を喪失せん、ゆえに大地は山川丘陵を以て険と為すと言う。
王公設險以守其國。國之為衛,恃於險也。言自天地以下莫不須險也。[疏]正義曰:言王公法象天地,固其城池,嚴其法令,以保其國也。險之時用大矣哉!非用之常,用有時也。[疏]正義曰:言天地已下,莫不須險,險雖有時而用,故其功盛大矣哉!○注“非國之常,用有時也”。○正義曰:若“天險”“地險”不可暫無,此謂人之設險,用有時也。若化洽平治,內外輯睦,非用險也。若家國有虞,須設險防難,是“用有時”也。
経文の《彖伝》に言う:王公は険阻を設置してその邦国を守衛す。王弼の注が解釈して言う:邦国が防衛を得るは、頼る所は正に険阻なり。これは天地より以下、険を須要せざるなきを言う。孔頴達の疏が伸べて言う:王公は天地の象に効法し、自己の城池を加固し、自己の法令を厳明にし、以て邦国を保守するを言う。経文の《彖伝》に言う:険の当たる時と用は太いに偉大なり。王弼の注が解釈して言う:これは常に動用を要するではなく、これを用いるに时有るなり。孔頴達の疏が伸べて言う:天地より以下は険を須要せざるなきを言い、険は時に因って用いると雖も、その功效はなお盛大なり。孔氏がまた王注の「非用之常、用有時也」を釈す:「天険」「地険」の如きは片刻も缺少すべからざるなり、ここに言う所は人為的に設置する険で、こそ用いるに时有るなり。もし教化普及し天下太平にして内外和睦せば、険阻を動用せず。もし家国に変有れば、険を設けて難を防がんを須す――これがすなわち「用有時」。
《象》曰:水洊至,“習坎”。重險懸絕,故“水洊至”也。不以“坎”為隔絕,相仍而至,習乎“坎”也。[疏]正義曰:重險懸絕,其水不以險之懸絕,水亦相仿而至,故謂為“習坎”也。以人之便習於“坎”,猶若水之洊至,水不以險為難也。君子以常德行,習教事。至險未夷,教不可廢,故以常德行而習教事也。“習於坎”,然後乃能不以險難為困,而德行不失常也。故則夫“習坎”,以常德行而習教事也。[疏]正義曰:言君子當法此,便習於坎,不以險難為困,當守德行而習其政教之事。若能習其教事,則可便習於險也。
経文の《大象伝》に言う:水が相继いで至るは《習坎》の象。王弼の注が解釈して言う:重重の険阻が懸隔断絶すゆえ、「水洊至」と言う。水は「坎」を以て隔絶と為さず、依然として接続断えず流れ来る、これがすなわち「坎」に熟習するなり。孔頴達の疏が伸べて言う:険阻は重畳懸絶し、而も水は険の懸絶に因って歩を止めず、依然として一波接一波に涌到すゆえ、「習坎」と称す。人が「坎」に熟習するは、あたかも水の接連して至るがごとく、水はかつて険を以て難処と為さざるなり。経文の《大象伝》がまた言う:君子はこれによって徳行を常たらしめ、政教の事を反復演習す。王弼の注が解釈して言う:極険の世は未だ平定せざれば、教化は廃棄すべからざるゆえ、徳行を常たらしめて教化の事を演習せんを要す。坎に熟習して、然る後険難に困まれざるを得、徳行もまたその常を失わず。ゆえにこの「習坎」の象に効法せば、すなわち徳行を以て常と為し、政教の事を演習せん。孔頴達の疏が伸べて言う:君子はこの象に効法すべく、坎に熟習し、険難に困まれず、徳行を守りて政教の事を演習すべしを言う。もし能く教化の事に熟習せば、すなわち能く険に熟習すなり。
初六:“習坎”,入于坎窞,凶。“習坎”者,習為險難之事也。最處坎底,入坎窞者也。處重險而復入坎底,其道“凶”也。行險而不能自濟,“習坎”而入坎窞,失道而窮在坎底,上無應援可以自濟,是以“凶”也。[疏]正義曰:既處坎底,上無應援,是習為險難之事。無人應援,故入于坎窞而至凶也。以其失道,不能自濟,故《象》云“失道凶”也。《象》曰:“習坎”入“坎”,失道凶也。
経文に言う:初六、重重険陥の中、また坑底の小穴に墜ち入る、凶。王弼の注が解釈して言う:「習坎」とは、反復して険難の事を経歴するなり。初六は坎の最底下に処り、坑穴に墜ち入る人なり。重重の険に身を処してまた坑底に落つ、その路数は「凶」なり。険境を行りて自ら救う能わず、坎に熟習して坑穴に落入し、正道を迷失して坎底に困窮し、上にまた応援なくして自ら救う可からず、ゆえに「凶」。孔頴達の疏が伸べて言う:すでに坎底に処り、上にまた応援なし、これはまさに反復して険難の事を経歴するなり。応接支援する人なく、ゆえに坑穴に落入して凶険を招来す。その正道を迷失し、自ら救う能わざるに因り、《小象伝》は「失道凶也」と言う。《小象伝》に言う:坎に熟習してまた坎穴に落入するは、正道を迷失して凶を致すなり。
九二:坎有險,求小得。履失其位,故曰“坎”。上無應援,故曰“有險”。坎而有險,未能出險之中也。處中而與初三相得,故可以“求小得”也。初三未足以為援,故曰“小得”也。[疏]正義曰:“坎有險”者,履失其位,故曰“坎”也。上無應援,故曰“有險”。既在坎難而又遇險,未得出險之中,故《象》云“未出中”也。“求小得”者,以陽處中,初三來附,故可以“求小得”也。初三柔弱,未足以為大援,故云“求小得”也。《象》曰:“求小得”,未出中也。
経文に言う:九二、身は坎中に在りてまた険有り、求むる所はただ小さき得あるのみ。王弼の注が解釈して言う:九二の履む所はその正位を失うゆえ、「坎」と言う。上に応援なきゆえ、「有険」と言う。すでに坎中に在りてまた険に遇い、未だ険の当中を走出する能わず。それは中位に処りて初六・六三と互相に親合すゆえ、「小さきを求めて得」可なり。初六・六三はなお強援に充当するに足らずゆえ、ただ「小得」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「坎有険」とは、履む所その正位を失うゆえ、「坎」と言う。上に応援なきゆえ、「有険」と言う。すでに坎難の中に在りてまた険阻に遭遇し、未だ険の中間を脱出する能わざるゆえ、《小象伝》は「未出中也」と言う。「求小得」とは、九二は陽爻を以て中位に居り、初六と六三とが前来して依附すゆえ、「小さきを求めて得」可なり。初六・六三は柔弱にして、強大の援助となるに足らずゆえ、「求小得」と言う。《小象伝》に言う:「求小得」とは、未だ険の当中を走出せざるなり。
六三:來之坎坎,險且枕,“入于坎窞”,勿用。既履非其位,而又處兩“坎”之間,出則之“坎”,居則亦“坎”,故曰“來之坎坎”也。“枕”者,枕枝而不安之謂也。出則無之,處則無安,故曰“險且枕”也。來之皆“坎”,無所用之,徒勞而已。[疏]正義曰:“來之坎坎”者,履非其位而處“兩坎”之閒,出之與居,皆在於“坎”,故云“來之坎坎”也。“險且枕”者,“枕”,枝而不安之謂也。出則無應,所以險處則不安,故“且枕”也。“入于坎窞”者,出入皆難,故“入于坎窞”也。“勿用”者,不可出行。若其出行,終必無功,徒勞而已,故《象》云“終無功”也。《象》曰:“來之坎坎”,終無功也。
経文に言う:六三、来るも往くも坎なり、既に険にしてまた倚枕して安んじ難し、坑底の小穴に墜ち入る、施為する所有るべからず。王弼の注が解釈して言う:六三の履む所はその位に当たらず、また上下二つの「坎」の間に処り、出れば「坎」、居留すればなお「坎」なりゆえ、「来之坎坎」と言う。「枕」とは、支撑倚靠して安穏を得ざるの意である。出て往くべき所なく、居留して安寧を得ずゆえ、「険且枕」と言う。来るも往くも坎なり、施用すべき処なく、気力を白費するのみ。孔頴達の疏が伸べて言う:「来之坎坎」とは、六三の履む所はその位に当たらずして両坎の間に処り、出ると居留するを問わず、皆坎中に在りゆえ、「来之坎坎」と言う。「険且枕」とは、「枕」は支撑倚靠して安穏ならざるの意である。出て正応なきゆえ危険にして、居処してまた安寧を得ざるゆえ、「且枕」と言う。「入于坎窞」とは、出入ともに難きゆえ、坑底小穴に落つ。「勿用」とは、出行すべからざるなり。もし必ず出行せんとすれば、最終に必ず功效なく、気力を白費すゆえ、《小象伝》は「終无功也」と言う。《小象伝》に言う:「来之坎坎」とは、終に功效有らざるなり。
六四:樽酒簋貳,用缶,納約自牖,終無咎。處重險而履正,以柔居柔,履得其位,以承於五,五亦得位,剛柔各得其所,不相犯位,皆無餘應以相承比,明信顯著,不存外飾,處“坎”以斯,雖復一樽之酒,二簋之食,瓦缶之器,納此至約,自進於牖,乃可羞之於王公,薦之於宗廟,故“終無咎”也。[疏]“《象》曰”至“自牖終無咎”。○正義曰:“樽酒簋貳”者,處重險而履得其位,以承於五,五亦得位,剛柔各得其所,皆無餘應,以相承比,明信顯著,不假外飾。處“坎”以此,雖復一樽之酒,二簋之食,故云“樽酒簋貳”也。“用缶”者,既有“樽酒簋貳”,又用瓦缶之器,故云“用缶”也。“納約自牖終無咎”者,納此儉約之物,從牖而薦之,可羞於王公,可薦於宗廟,故云“終無咎”也。
経文に言う:六四、一樽の酒・二簋の飯、瓦缶を用いて盛り、窓口よりこの倹薄の礼を送り入る、終に過ちなし。王弼の注が解釈して言う:六四は重険に身を処して履む所は正を得、柔爻を以て柔位に居り、位を履めて得当、以て九五を奉承す。九五もまた正位に居り、剛と柔は各々その所を得、互いに位次を侵犯せず、両爻また皆別の正応なくして相承接親比し、因って誠信昭著にして、外表の修飾に頼らず。このような姿態を以て坎中に処れば、たとえただ一樽の酒・二簋の飯・瓦缶の器のみ、これほど極めて倹約の物を献上し、窓口より進奉すとも、王公に進献し宗廟に薦享し得べしゆえ、「終無咎」。孔頴達の疏が《象》から「自牖終無咎」までの一節に就き伸べて言う:「樽酒簋貳」とは、六四は重険に処りて履む所位を得、以て九五を奉承し、九五もまた正位を得、剛柔各々その所を得、皆別の正応なく、彼此承接親比して、誠信昭著にして、外表の修飾を仮借せず。これを以て坎に処れば、たとえただ一樽の酒・二簋の飯のみなりとも、ゆえに「樽酒簋貳」と言う。「用缶」とは、すでに「樽酒簋貳」有りて、また瓦缶の器を用いるゆえ、「用缶」と言う。「納約自牖終無咎」とは、これら倹約の物を献上し、窓口より進奉し、王公に進献し得、宗廟に薦享し得べしゆえ、「終無咎」と言う。
《象》曰:“樽酒簋貳”,剛柔際也。剛柔相比而相親焉,“際”之謂也。[疏]正義曰:釋“樽酒簋貳”義。所以一樽之酒、貳簋之食得進獻者,以六四之柔與九五之剛兩相交際而相親,故得以此儉約而為禮也。九五:坎不盈,祗既平,無咎。為坎之主而無應輔可以自佐,未能盈坎者也。坎之不盈,則險不盡矣。祗,辭也。為坎之主,盡平乃無咎,故曰“祗既平無咎”也。說既平乃無咎,明九五未免於咎也。[疏]正義曰:“坎不盈”者,為坎之主而無應輔可以自佐,險難未能盈坎,猶險難未盡也。故云“坎不盈”也。“祗既平無咎”者,祗,辭也,謂險難既得盈滿而平,乃得“無咎”。若坎未盈平,仍有咎也。《象》曰:“坎不盈”,中未大也。[疏]正義曰:釋“坎不盈”之義,雖復居中而無其應,未得光大,所以坎不盈滿也。
《小象伝》に言う:「樽酒簋貳」とは、剛柔両爻の交接するなり。王弼の注が解釈して言う:剛と柔が相隣りて彼此親附す、これを「際」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「樽酒簋貳」の義理を釈するものである――一樽の酒・二簋の飯の進献し得る所以は、六四の柔と九五の剛とが両相交接して彼此親附するがゆえに、これほど倹約の物を以て礼を行い得るなり。経文に言う:九五、坎穴は未だ填満せず、坎険が填平するを待ちて、こそ過ちなし。王弼の注が解釈して言う:九五は身は坎の主爻たるも、正応なくして自己を輔佐する可からず、ゆえに未だ坎穴を填満し得ず。坎穴満たざれば、険難は窮尽せざるなり。「祗」は語助詞。身は坎の主たるは、険難が全て填平せられてこそ過ちなきゆえ、「祗既平無咎」と言う。填平してこそ過ちなしと言うは、正に九五が眼下未だ過ちを免れざるを表明す。孔頴達の疏が伸べて言う:「坎不盈」とは、九五は身は坎の主たるも正応なくして輔佐する可からず、険難は未だ坎を填満し得ず、すなわち険難は未だ窮尽せざるゆえ、「坎不盈」と言う。「祗既平無咎」とは、「祗」は語辞で、険難がすでに填満して変じて平となるを言い、こそ「無咎」を得。もし坎が未だ填満して平とならざれば、依然として過錯有り。《小象伝》に言う:「坎不盈」とは、居中の徳が未だ光大せざるなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「坎不盈」の義理を釈するものである――九五は中位に居ると雖も正応なく、未だ光大し得ず、ゆえに坎は填満し得ず。
上六:係用徽纆,置于叢棘,三歲不得,凶。險峭之極,不可升也。嚴法峻整,難可犯也。宜其囚執寘于思過之地。三歲,險道之夷也。險終乃反,故三歲不得自脩,三歲乃可以求復,故曰“三歲不得凶”也。[疏]正義曰:“係用徽纆置于叢棘”者,險峭之極,不可升上。嚴法峻整,難可犯觸。上六居此險峭之處,犯其峻整之威,所以被繫用其徽纆之繩。“置于叢棘”,謂囚執之處,以棘叢而禁之也。“三歲不得凶”者,謂險道未終,三歲已來,不得其吉,而有凶也。險終乃反,若能自修,三歲後可以求復自新,故《象》云“上六,失道凶,三歲也”。言失道之凶,唯三歲之後可以免也。《象》曰:上六,失道凶,三歲也。
経文に言う:上六、繩索を用いて捆绑し、荆棘叢の中に関入れて、三年脱することを得ず、凶。王弼の注が解釈して言う:険峻すでに極まり、攀升すべからず。法度は森厳整粛にして、触犯し難し。このような人は囚禁せらるべく合し、思過の地に安置す。三年は、険道が走り尽くるの期限なり。険は尽きれば反転すゆえ、三年の内は自ら修治する能わず、三年の後こそ回復を求め得べし、これによって「三歳不得凶」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「係用徽纆置于叢棘」とは、険峻すでに極まり、攀登し上る法なし。法度は森厳整粛にして、触犯冒犯し難し。上六はこのような険峻の処に居り、あの森厳の威権を触犯し、ゆえに繩索にて捆绑せらる。「置於叢棘」とは、囚禁の所を指し、荆棘叢を以て囲繞して禁锢を加える。「三歳不得凶」とは、険道が未だ走り尽くさざるを言い、三年以来吉を得ず、かえって凶有り。険は尽きれば反転し、もし自ら修省し得れば、三年の後回復自新を求め得べしゆえ、《小象伝》は「上六、失道凶、三歳也」と言う――その意は失道の凶は、ただ三年を過ぎてこそ免除し得べし。《小象伝》に言う:上六は正道を迷失して凶を致し、三年を経歴せんを要す。
離卦
離下離上。離:利貞,亨。離之為卦,以柔為正,故必貞而後乃亨,故曰“利貞亨”也。[疏]“離利貞亨”。○正義曰:離,麗也。麗謂附著也。言萬物各得其所附著處,故謂之“離”也。“利貞亨”者,離卦之體,陰柔為主,柔則近於不正,不正則不亨通,故利在行正,乃得亨通。以此故“亨”在“利貞”之下,故云“利貞亨”。○注“離之為卦”至“利貞亨也”。○正義曰:“離之為卦,以柔為正”者,二與五俱是陰爻,處於上下兩卦之中,是以柔為正。
経文:《離》卦の下卦は離、上卦もまた離。卦辞に言う:正を守るに利あり、亨通す。王弼の注が解釈して言う:《離》の一卦は柔順を以て正と為すゆえ、必ずまず正を守りて而後亨通を得、これによって「利貞亨」と言う。孔頴達が「離利貞亨」の一句を疏解して言う:「離」はすなわち「麗」、「麗」は附著の意で、万物が各々その附著する所を得るを言うゆえ、「離」と言う。「利貞亨」とは、離卦の卦体は陰柔を主と為し、柔はすなわち不正に近く、不正なれば亨通する能わず、ゆえに正道を行るに利ありて、こそ亨通を得。まさにこのがゆえに、「亨」の字こそ「利貞」の後に排すゆえ、「利貞亨」と言う。孔氏がまた王注の「離之為卦」から「利貞亨也」までを釈す:王注の「離之為卦、以柔為正」は、六二と六五が皆陰爻にして、分かちて上下両卦の中位に居るに因り、これがすなわち柔を以て正と為すなり。
畜牝牛,吉。柔處於內而履正中,牝之善也。外強而內順,牛之善也。離之為體,以柔順為主者也。故不可以畜剛猛之物,而“吉”於“畜牝牛”也。[疏]“畜牝牛吉”。正義曰:柔處於內而履正中,是牝之善者,外強內順,是牛之善者也。離之為體,以柔順為主,故畜養牝牛,乃得其吉。若畜養剛健,則不可也。此云“畜牝牛”,假象以明人事也。言離之為德,須內順外強,而行此德則得吉也。若內剛外順,則反離之道也。
経文の卦辞に言う:母牛を畜養すれば、吉。王弼の注が解釈して言う:柔順が内に居りて中正の位を践履す、これは雌性の美徳なり。外表は強健にして内裏は柔順、これは牛の美徳なり。《離》の卦体は柔順を主と為すゆえ、剛猛の物を畜養すべからずして、「吉」は「牝牛を畜う」に在り。孔頴達が「畜牝牛吉」の一句を疏解して言う:柔順が内に処りて中を履めて正を得、まさに雌性の美なり。外強にして内順、まさに牛の美なり。《離》の卦体は柔順を主と為すゆえ、母牛を畜養してこそ吉を獲得し得。もし剛健の物を畜養せば、すなわち不可なり。ここに「牝牛を畜う」と言うは、物象を借りて人事を説明するもので、《離》の徳性は須く内順にして外強ならしめ、能くこの徳を行えばすなわち吉を得。もし内剛にして外順なれば、すなわち《離》の道に違反す。
○注“柔處於內”至“畜牝牛也”。○正義曰:“柔處於內而履正中牝之善也”者,若柔不處於內,似婦人而預外事;若柔而不履正中,則邪僻之行,皆非牝之善也。若柔能處中,行能履正,是為“牝之善”也。云“外強而內順牛之善”者,若內外俱強,則失於猛害;若外內俱順,則失於劣弱。唯外強內順,於用為善,故云“外強內順牛之善也”。“離之為體,以柔順為主,故不可以畜剛猛之物”者,既以柔順為主,若畜剛猛之物,則反其德,故不可畜剛猛而“畜牝牛”也。
孔頴達の疏がまた王注の「柔处于内」から「畜牝牛也」までの一節を釈す:王注の「柔処於内而履正中、牝之善也」は、もし柔が内に処らざれば、あたかも婦人が却って外面の事に干預するがごとし。もし柔順なりと雖も中を履めて正を得ざれば、則ち邪僻の行に流る――この二種は皆雌性の美に非ず。ただ柔にして能く中に居り、行い能く正を守ってこそ、「牝之善」と算す。王注の「外強而内順、牛之善」は、もし内外ともに強なれば、凶猛傷害に失し。もし内外ともに順なれば、また疲弱無力に失す。ただ外強にして内順、用いればこそ良しゆえ、「外強内順牛之善也」と言う。王注の「離之為体、以柔順為主、故不可以畜剛猛之物」は、すでに柔順を主と為すは、もし剛猛の物を畜養せばその徳性と相反すゆえ、剛猛を畜養すべからずして、「牝牛を畜う」べし。
《彖》曰:離,麗也。麗猶著也。各得所著之宜。[疏]正義曰:釋離卦之名。麗謂附著也。以陰柔之質,附著中正之位,得所著之宜,故云“麗”也。日月麗乎天,百穀草木麗乎土。重明以麗乎正,乃化成天下。柔麗乎中正,故亨。是以“畜牝牛,吉”也。柔著於中正,乃得通也。柔通之吉,極於“畜牝牛”,不能及剛猛也。
経文の《彖伝》に言う:離とは、すなわち附麗なり。王弼の注が解釈して言う:「麗」はあたかも附著を言うがごとく、各々その附著する恰当の処所を得。孔頴達の疏が伸べて言う:これは《離》卦の卦名を釈するものである――「麗」は附著の意で、陰柔の質を以て中正の位に附著し、その附くる所の宜しきを得るゆえ、「麗」と言う。経文の《彖伝》が接して言う:日月は天に附麗し、百穀草木は地に附麗す。重畳の光明は正道に附麗し、ここに化育成就して天下す。柔順は中正に附麗すゆえ亨通す、これによって「牝牛を畜えば吉」。王弼の注が解釈して言う:柔順なる者が中正の位に附著して、こそ通達を得。このような柔順通達の吉は、最高も「牝牛を畜う」に過ぎず、剛猛なる者の成就し得る所には比ばざるなり。
[疏]“日月麗乎天”至“是以畜牝牛吉也”。○正義曰:“日月麗乎天,百穀草木麗乎土”者,此廣明附著之義。以柔附著中正,是附得宜,故廣言所附得宜之事也。“重明以麗乎正,乃化成天下”者,此以卦象,說離之功德也,並明“利貞”之義也。“重明”,謂上下俱離。“麗乎正”者,謂兩陰在內,既有重明之德,又附於正道,所以“化成天下”也。然陰居二位,可謂為正。若陰居五位,非其正位,而云“重明麗乎正”者,以五處於中正,又居尊位,雖非陰陽之正,乃是事理之正,故總云“麗於正”也。“柔麗乎中正,故亨。是以牝牛吉”者,釋《經》“亨”義也,又總釋“畜牝牛吉”也。“柔麗於中正”,謂六五、六二之柔,皆麗於中,中則不偏,故云“中正”。以中正為德,故萬事亨。以中正得通,故畜養牝牛而得吉也。以牝牛有中正故也。案諸卦之《彖》,釋卦名之下,乃釋卦下之義,於後乃嘆而美之。此《彖》既釋卦名,即廣嘆為卦之美,乃釋卦下之義。與諸卦不例者,此乃夫子隨義則言,因文之便也。比既釋“離”名麗,因廣說日月草木所麗之事,然後卻明卦下之義,更無義例。
孔頴達の疏が「日月麗乎天」から「是以畜牝牛吉也」までの一節に就き伸べて言う:「日月麗乎天、百穀草木麗乎土」とは、これは広く附著の義理を論ずる――柔順を以て中正に附著するは、附けてその宜しきを得るゆえ、広く附けてその宜しきを得る種種の事例を挙ぐ。「重明以麗乎正、乃化成天下」とは、これは卦象を以て《離》の功徳を言い、同時に卦辞「利貞」の義理を闡明す。「重明」は上下両体が皆離なるを指す。「麗乎正」は二つの陰爻が上下卦の中に居るを指し、すでに重明の徳有りて、また正道に附著すゆえ、「化成天下」し得る。ただ陰爻が第二位に居れば正と算し得べきも、もし陰爻が第五位に居ればすなわちその正位に非ず、而も《彖伝》はなお「重明麗乎正」と言うは、六五は中正の地に処り、また尊位に居り、陰陽爻位の正には合せざると雖も、事理上の正なりゆえ、総べて「麗於正」と言う。「柔麗乎中正、故亨、是以畜牝牛吉」とは、これは経文「亨」の義理を釈し、同時に総括して「畜牝牛吉」を釈するなり。「柔麗於中正」とは、六五・六二の二つの柔爻が皆中位に附麗するを指し、中に居れば偏らざるゆえ、「中正」と言う。中正を以て徳と為すゆえ、万事亨通し、中正に因って通達を得るゆえ、母牛を畜養して吉を獲得す、まさに母牛が中正の性を具有するに因る。又按ずるに:他の各卦の《彖伝》は、卦名を釈し終えて後卦辞の義を釈し、最後にこそその美を讚嘆す。この卦の《彖伝》は卦名を釈し終えた後、即ち広くこの卦の美を讚嘆し、然る後こそ卦辞の義を釈す。別卦と体例同じからざるは、これは孔子が文義に随いて発し、行文の方便に順うものである。ここですでに「離」を「麗」と訓せば、勢いに順って広く日月草木の附麗する所の事を説き、然る後回頭して卦辞の義を闡明す、別の義例の言うべき有るなし。
《象》曰:明兩作,離。大人以繼明照于四方。“繼”謂不絕也,明照相繼,不絕曠也。[疏]正義曰:“明兩作離”者,離為日,日為明。今有上下二體,故云“明兩作,離”也。案:八純之卦,論象不同,各因卦體事義,隨文而發。乾、坤不論上下之體,直總云“天行健”、“地勢坤”,以天地之大,故總稱上下二體也。雷是連續之至,水為流注不已,義皆取連續相因,故震云“洊雷”,坎云“洊至”也。風是搖動相隨之物,故云“隨風巽”也。山澤各自為體,非相入之物,故云“兼山艮”,“麗澤兌”,是兩物各行也。今明之為體,前後各照,故云“明兩作,離”,是積聚兩明,乃作於離。若一明暫絕,其離未久,必取兩明前後相續,乃得作離卦之美,故云“大人以繼明照于四方”,是繼續其明,乃照于四方。若明不繼續,則不得久為照臨,所以特云“明兩作,離”,取不絕之義也。
経文の《大象伝》に言う:光明が両度升起するは《離》の象。大人はこれによって光明を相继がしめて四方に照臨す。王弼の注が解釈して言う:「継」は断絶せざるなり、光明の照耀は前後相接して、中断空缺を致さず。孔頴達の疏が伸べて言う:「明両作、離」とは、離は太陽と為し、太陽はすなわち光明なり。今上下二つの離体有るゆえ、「明両作、離」と言う。又按ずるに:八つの純卦の象を論ずるは各々相同じからず、皆各々の卦体の事理に依り、文に随いて説を立つ。乾・坤は上下の体を分論せず、径直に総べて「天行健」「地勢坤」と言う、天地は宏大なるに因り、ゆえに上下両体を総称す。雷は連続して来るもの、水は流注して停まらざるもの、義を取るは皆連続相因に在りゆえ、《震》は「洊雷」と言い、《坎》は「洊至」と言う。風は揺動して彼此相随う物なれば、「随風、巽」と言う。山と沢は各々体を成し、彼此相入る物に非ざれば、「兼山、艮」「麗沢、兌」と言い、両物が各々並行するなり。今光明のこの一体は前後各々照耀すれば、「明両作、離」と言い、両重の光明を積聚してこそ《離》を成就す。もし一重の光明が暫時断絶せば、あの離は持久する能わず、必ず両重の光明の前後相続くを取らねばならず、こそ離卦の美を成就す、ゆえに「大人以継明照於四方」と言う――まさにその光明を相继がしめて、こそ四方に照臨す。もし光明が相继ぐ能わざれば、長く照臨する能わざるゆえ、特に「明両作、離」と言うは、断絶せざるの意を取るなり。
初九:履錯然,敬之,無咎。“錯然”者,警慎之貌也。處離之始,將進而盛,未在既濟,故宜慎其所履,以敬為務,闢其咎也。[疏]“初九,履錯然,敬之無咎”。○正義曰:“履錯然”者,身處離初,將欲前進,其道未濟,故其所履踐,恆錯然敬慎不敢自寧,故云“履錯然敬之無咎”。若能如此恭敬,則得避其禍而“無咎”,故《象》云:“履錯之敬,以避咎也”。○注“錯然者警慎之貌也”至“闢其咎也”。○正義曰:“錯然者警慎之貌”者,是警懼之狀,其心未寧故“錯然”也。言“處離之始,將進而盛,未在既濟”者,“將進而盛”,謂將欲前進而向盛也。若位在於三,則得“既濟”。今位在於初,是未在“既濟”。謂功業未大,故宜慎其所履,恆須錯然避咎也。
経文に言う:初九、歩を挙げて錯雑安んぜず、敬を持し得れば、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:「錯然」は警覚謹慎のさまである。初九は《離》の開端に処り、将に前進して盛大に趨かんとして、未だ成功完備の時に至らざるゆえ、自己の挙止を謹慎し、敬を持するを要務と為し、以て過錯を避くるべし。孔頴達が初九「履錯然、敬之無咎」を疏解して言う:「履錯然」とは、自身は離卦の初めに処り、将に前進せんとしてその道未だ成就せざるゆえ、歩を挙ぐるの間常に錯雑安んぜず、恭敬謹慎にして敢えて自ら安んぜざる、これによって「履錯然敬之無咎」と言う。もし能くこのように恭敬せば、禍患を避けて過ちなからしめ得べしゆえ、《小象伝》は「履錯之敬、以避咎也」と言う。孔氏がまた王注の「錯然者警慎之貌也」から「辟其咎也」までを釈す:王注の「錯然者、警慎之貌」は、警覚戒懼の神態を指し、内心未だ安寧せざるゆえ、「錯然」。王注の「処離之始、将進而盛、未在既濟」は、「将進而盛」は将に前進して盛大に趨かんとするを言う。もし爻位が第三に在れば、「既濟」と算す、今爻位は初に在りて、未だ「既濟」に至らざるなり、その意は功業未だ広大ならざるゆえ、自己の挙止を謹慎すべく、常に警惕して安んぜざるを須みて過錯を避くるべし。
《象》曰:“履錯”之敬,以辟咎也。六二:黃離,元吉。居中得位,以柔處柔,履文明之盛而得其中,故曰“黃離元吉”也。[疏]正義曰:黃者中色,“離”者文明。居中得位而處於文明,故“元吉”也。故《象》云“得中道”,以其得中央黃色之道也。《象》曰:“黃離元吉”,得中道也。
《象伝》が初九を釈して言う:「履錯」の恭敬謹慎を要する所以は、災禍を避けんがためなり。接いて経文の六二に言う:黄色が中位に附麗す、大いに吉祥。王弼の注が解釈して言う:六二は下卦の中位に居りまた陰位に当たり、柔順の質を以て柔順の地に処り、正に「文明」の最盛の処を踏んでまた中道を守り得るゆえ、爻辞は「黄離元吉」と言う。孔頴達がさらに伸べて言う:「黄」は五方色の中に於いて中央に属する正色なり、「離」の卦徳は文明なり。六二はすでに中に居りてまた位を得、かつ身は文明の体に処るゆえ、「元吉」なり。まさにこのがゆえに、《象伝》はこそそれを「得中道」と言う、それが中央黄色の象徴する中正の道を得たを指す。《象伝》に言う:「黄離元吉」とは、六二が中道を得ればなり。
九三:日昃之離,不鼓缶而歌,則大耋之嗟,凶。嗟,憂嘆之辭也。處下離之終,明在將沒,故曰“日昃之離”也。明在將終,若不委之於人,養志無為,則至於耋老有嗟,凶矣,故曰“不鼓缶而歌,則大耋之嗟凶”也。[疏]正義曰:“日昃之離”者,處下離之終,其明將沒,故云“日昃之離”也。“不鼓缶而歌,大耋之嗟凶”者,時既老耄,當須委事任人,自取逸樂。若不委之於人,則是不鼓擊其缶而為歌,則至於大耋老耄而諮嗟,何可久長?所以凶也。故《象》云:“日昃之離,何可久也?”《象》曰:“日昃之離”,何可久也?
経文の九三に言う:太陽が西に偏する時の附麗、もし瓦缶を敲いて歌い自楽せざれば、年老いて尽きんとする嗟嘆を発し、凶険有り。王弼の注が解釈して言う:「嗟」は憂愁嘆息の言い方である。九三は下卦離体の末尾に処り、光明は将に沈没せんとすゆえ、爻辞は「日昃之離」と言う。光明将に尽きんとするの時、もし事を他人に托付して自ら心志を涵養して作為なからざれば、年老いて空しく嗟嘆するの地步に落ちん、すなわち凶なりゆえ、「缶を鼓して歌わざれば、則ち大耋の嗟にして凶」と言う。孔頴達がさらに伸べて言う:「日昃之離」とは、九三が下離の終点に処り、その光明は将に沈没せんとするがゆえなり。「不鼓缶而歌、大耋之嗟凶」とは、人はすでに年邁れば、事務を他人に交托して自ら安逸快楽を求むべし。もし人に托付することを肯んぜざれば、すなわち瓦缶を敲いて歌を作り自娯せざるに等しく、終に耄耋の年に至って徒らに咨嗟せん、かくまたなんぞ長久せんや。ゆえに凶なり。これによって《象伝》はこそ「日昃之離、何可久也」と言う。《象伝》に言う:「日昃之離」、この局面はなんぞ長久を得んや。
九四:突如其來如,焚如,死如,棄如。處於明道始變之際,昏而始曉,沒而始出,故曰“突如其來如”。其明始進,其炎始盛,故曰“焚如”。逼近至尊,履非其位,欲進其盛,以炎其上,命必不終,故曰“死如”。違“離”之義,無應無承,無所不容,故曰“棄如”也。
経文の九四に言う:突然として冒出し、火の焚くが如く、死亡するが如く、拋棄せらるるが如し。王弼の注が解釈して言う:九四は正に光明の道の転換を始めるの時に処り、天色は昏より暁に転じ、日輪は沈没より初出に転ずゆえ、爻辞は「突如其来如」と言う。その光明は剛に上進し、火勢は剛に旺盛なりゆえ、「焚如」と言う。それは至尊の九五の位に逼近し、踏む所はまた自己の応有の位置に非ず、なお旺盛の勢いを凭じて上に在る者を炎灼せんと欲す、性命は必ず善終を得ざるゆえ、「死如」と言う。それは「離」卦の相互附麗の意義に違背し、上に正応なく下に承接なく、容身し得る処なきゆえ、「棄如」と言う。
[疏]“九四,突如其來如,焚如,死如,棄如”。○正義曰:“突如其來如”者,四處始變之際,三為始昏,四為始曉。三為已沒,四為始出,突然而至,忽然而來,故曰“突如其來如”也。“焚如”者,逼近至尊,履非其位,欲進其盛,以焚炎其上,故云“焚如”也。死如者,既焚其上,命必不全,故云“死如”也。“棄如”者,違於離道,無應無承,眾所不容,故云“棄如”。是以《象》云:“無所容也。”《象》曰:“突如其來如”,無所容也。
孔頴達が九四の整条爻辞に疏を為し、伸べて言う:「突如其来如」とは、九四が明暗交替の際に処るに因り、九三は天色初めて昏なるを代表し九四は天色初めて暁なるを代表し、九三は日すでに沈没するを代表し九四は日まさに初出するを代表す、光明は突然として至り忽然として来るゆえ、「突如其来如」と言う。「焚如」とは、九四が九五至尊に逼近し、居る所はまた自己の居るべき位置に非ざるに、旺盛の勢いを以て上に在る者を焚灼せんと欲するに因るゆえ、「焚如」と言う。「死如」とは、すでに君上を焚灼すれば、性命は必ず保たざるに因るゆえ、「死如」と言う。「棄如」とは、それが離卦の相互附麗の道に違背し、上に承ぐ所なく下に応ずる所なく、衆人は皆それを容納することを肯んぜざるに因るゆえ、「棄如」と言う。まさにこのがゆえに、《象伝》はこそ「無所容也」と言う。《象伝》に言う:「突如其来如」とは、九四は容身する処なきを言う。
六五:出涕沱若,戚嗟若,吉。履非其位,不勝所履。以柔乘剛,不能制下,下剛而進,將來害已,憂傷之深,至於沱嗟也。然所麗在尊,四為逆首,憂傷至深,眾之所助,故乃沱嗟而獲吉也。[疏]正義曰:“出涕沱若”者,履非其位,不勝其任,以柔乘剛,不能制下,下剛而進,將來害已,憂傷之深,所以出涕滂沱,憂戚而諮嗟也。“若”是語辭也。“吉”者,以所居在尊位,四為逆首,已能憂傷悲嗟,眾之所助,所以“吉”也。
経文の六五に言う:眼涙が雨の降るがごとく流れ、憂戚して嗟嘆す、吉。王弼の注が解釈して言う:六五は陰柔を以て陽位を踏み、処する所の重任を担い得ず。それは柔爻を以て九四剛爻の上に凌駕し、下を制服し得ず、而も下の剛爻はなお上進して将に己に加害せんとす、憂傷は極めて深く、涕涙滂沱・悲声嗟嘆に至る。然れどその附麗する所は尊貴の君位なり、乱を為すの祸首は九四に在り、それがこの般の地步にまで憂傷せば、衆人は皆それを助けに来るゆえ、涕泣嗟嘆すと雖もなお吉祥を獲得し得る。孔頴達がさらに伸べて言う:「出涕沱若」とは、まさに六五の履む所は位に非ず、その任に勝えず、柔を以て剛に乗じて下位を制服する能わず、下の剛爻は歩歩進逼して将に己を害せんとす、憂傷深過ぐるに因り、これによって涕涙注ぐが如く憂戚咨嗟す。句末の「若」は語助詞なり。「吉」とは、六五の居る所は乃ち尊位にして、悖逆の元凶は九四に在り、而もそれは自己が憂傷悲嘆し得て警惕する所有り、ここに衆人の輔助を得るゆえ、「吉」と言う。
《象》曰:六五之“吉”,離王公也。[疏]正義曰:此釋“六五吉”義也。所以終得吉者,以其所居在五,離附於王公之位,被眾所助,故得吉也。五為王位,而言公者,此連王而言公,取其便文以會韻也。
《象伝》に言う:六五の吉たる所以は、それが王公の位に附麗するがゆえなり。孔頴達が伸べて言う:これは「六五吉」の道理を釈するものである。六五が終に吉を得る能うは、その居る所が第五爻にして、王公のごとき尊位に附著し、衆人の扶助を得る能うがゆえに、吉を獲す。第五爻はもと王者の位なり、《象伝》は却って連帯して「公」を言うは、これは「王」「公」を連文併称し、行文の方便を取りかつ句末を協韻せしむるのみ。
上九:王用出征,有嘉折首,獲匪其醜,無咎。“離”,麗也,各得安其所麗謂之“離”。處離之極,離道已成,則除其非類以去民害,“王用出征”之時也。故必“有嘉折首,獲匪其醜”,乃得“無咎”也。
経文の上九に言う:君王が兵を出して征伐し、嘉美の功有り、首悪を斬り、俘獲する所は自己の同類ではない、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:「離」とはすなわち附麗で、人人が皆自己の依附する所に安んじ得て、これこそ「離」と言う。上九は離卦の極位に処り、附麗の道はすでに成就し、まさにあの同類に属さざる邪悪の徒を清除し、百姓のために害を除くべく、これがまさに「王以て出征する」の時機である。ゆえに必ず「有嘉折首、獲匪其丑」を為し得てこそ、過ちなからしめ得る。
[疏]正義曰:“王用出征”者,處離之極,離道既成,物皆親附,當除去其非類,以去民害,故“王用出征”也。“有嘉折首,獲匪其醜”者,以出征罪人,事必克獲,故有嘉美之功,折斷罪人之首,獲得匪其醜類,乃得“無咎”也。若不出征除害,居在終極之地,則有咎也。《象》曰:“王用出征”,以正邦也。[疏]正義曰:釋“出征”之義。言所出征者,除去民害,以正邦國故也。
孔頴達が伸べて言う:「王用出征」とは、上九が離卦の頂点に処り、附麗の道がすでに完成し、万物が皆来て親近し帰附し、この時こそあの異類を剪除し、百姓のために禍害を除くべきに因るゆえ、「王用出征」と言う。「有嘉折首、獲匪其丑」とは、兵を出して有罪の人を討伐せば、必ず勝ち獲ること能く、因って嘉美の功を建立し、罪魁の首級を斬り、擒獲する所はまた自己の同類ではない、かくのごとくしてこそ過ちなからしめ得る。反対に言えば、もし兵を出して害を除かざれば、終極の地に身を処して作為なく、かえって災咎有るべし。《象伝》に言う:「王用出征」とは、邦国を匡正せんがためなり。孔頴達が伸べて言う:これは「出征」の用意を釈し、兵を出す所以は、民を害する人を除去し、以て国家を端正せんがためであると説明する。
下経咸伝巻四
咸卦
艮下兌上。咸:亨,利貞,取女吉。[疏]“咸亨”至“取女吉”。○正義曰:先儒以《易》之舊題,分自此以上三十卦為《上經》,已下三十四卦為《下經》,《序卦》至此又別起端首。先儒皆以《上經》明天道,《下經》明人事,然韓康伯注《序卦》破此義云:“夫《易》,六畫成卦,三才必備,錯綜天人,以效變化,豈有天道、人事偏於上下哉!”
咸卦の卦体は下艮上兌。経文に言う:咸卦は亨通し、正固を守持するに利あり、妻を娶れば吉祥を獲得すべし。孔頴達が「咸亨」から「取女吉」までのこの段に疏を為し、伸べて言う:先儒は《周易》旧有の篇題に依拠し、これより以前の三十卦を《上経》に划し、以下の三十四卦を《下経》に划し、而も《序卦伝》がここに講ずるに至ってもまた別に頭緒を起こす。先儒は皆《上経》は天道を講じ《下経》は人事を講ずと為す、然れど韓康伯が《序卦伝》に注する時この説を駁斥して言う:「《周易》は六画を以て卦を成し、天・地・人の三才は必ず斉備し、交錯綜合して天道人事を以て変化を模擬す、なんぞ天道・人事が分かちて偏って上下両篇に在るの理あらんや!」
案:《上經》之內,明飲食必有訟,訟必有眾起,是兼於人事,不專天道。既不專天道,則《下經》不專人事,理則然矣。但孔子《序卦》不以咸繫離。《繫辭》云“二篇之策”,則是六十四卦舊分上下,乾、坤象天地,咸、恆明夫婦。乾坤乃造化之本,夫婦實人倫之原,因而擬之,何為不可?天地各卦,夫婦共卦者,周氏云:“尊天地之道,略於人事,猶如三才,天地為二,人止為一也。”此必不然。竊謂乾、坤明天地初闢,至屯乃剛柔始交。故以純陽象天,純陰象地,則咸以明人事。人物既生,共相感應。若二氣不交,則不成於相感,自然天地各一,夫婦共卦。此不言可悉,豈宜妄為異端!
孔頴達が按語して言う:《上経》の裏面は飲食有れば必ず争訟を引き起こし、争訟あれば必ず衆人の興起を引き起こすと講じ、これはすでに兼ねて人事に渉り、専ら天道を講ぜず。すでに《上経》が専ら天道を講ぜざれば、則ち《下経》もまた専ら人事を講ぜず、道理はもとかくのごとし。ただ孔子が《序卦伝》を作る時《咸》卦を直ちに《離》卦の下に接せず、《繋辞伝》がまた「二篇之策」と言う、六十四卦は旧来確かに上下の分有るを見るべし:《乾》《坤》は天地を象徴し、《咸》《恒》は夫婦を表明す。乾坤は造化の根本、夫婦は人倫の開端、これに拠りて篇を分かち比擬す、なんの不可かあらん。天地が各々一卦を占め夫婦が合わせて一卦を占めるの縁故に至っては、周氏が言う:「これは天地の道を尊崇して人事を簡略するなり、あたかも三才の中に天地が両位を占め人はただ一位を占めるがごとし」。これは必ず正しからず。私は私かりに、《乾》《坤》は天地の初めて開けるを表明し、《屯》卦に至ってこそ剛柔の初めて交わる有りゆえ、純陽を以て天を象り純陰を以て地を象る。而も《咸》卦は則ち以て人事を表明するに用いるなり。人と物はすでに生成すれば、すなわち彼此感応す。もし陰陽二気が交わらざれば、すなわち互相感応を構成し得ず、ここに自然と天地は各々一卦を成し、而も夫婦は合わせて一卦を成す。これは多く説くを待たずして明白なるもので、なんぞ随意に異説を標立せんや!
“咸亨利貞取女吉”者,“咸”感也。此卦明人倫之始,夫婦之義,必須男女共相感應,方成夫婦。既相感應,乃得亨通。若以邪道相通,則凶害斯及,故利在貞正。既感通以正,即是婚媾之善,故云“咸亨利貞取女吉”也。
孔頴達が続けて卦辞の本身を釈して言う:「咸亨利貞取女吉」とは、「咸」はすなわち感応である。この卦は人倫の開端・夫婦の義理を表明す――必ず男女が彼此感応してこそ、夫婦を結成し得る。すでに相互に感応してこそ、亨通を得るを得る。倘若も邪僻の道を以て相通ぜば、凶禍災害は直ちに到来せん、ゆえに貞正を守持するに利あり。感通してまた正道に出づれば、あれはすなわち美好の婚配なり、ゆえに卦辞は「咸亨利貞取女吉」と言う。
《彖》曰:咸,感也。柔上而剛下,二氣感應以相與。是以亨也。[疏]正義曰:“柔上而剛下,二氣感應以相與”者,此因上下二體,釋“咸亨”之義也。艮剛而兌柔,若剛自在上,柔自在下,則不相交感,無由得通。今兌柔在上而艮剛在下,是二氣感應以相授與,所以為“咸亨”也。
《彖伝》に言う:「咸」はすなわち感応。柔爻は上行し剛爻は下に居り、陰陽二気は互相に感応して彼此親与す。王弼の注に言う:このがゆえにこそ亨通を得る。孔頴達が伸べて言う:「柔上而剛下、二気感応以相与」とは、上下二つの卦体に就いて「咸亨」の意義を釈するなり。艮は剛、兌は柔で、仮に剛がもと上に在り柔がもと下に在れば、両者は交感せず、すなわち亨通に由無し。今兌柔は上に居り艮剛は下に居るは、正に陰陽二気が感応して互相に授与するゆえ、「咸亨」と称す。
止而說,故“利貞”也。[疏]正義曰:此因二卦之義釋“利貞”也。艮止而兌,說也。能自靜止則不隨動欲,以上行說,則不為邪諂。不失其正,所以“利貞”也。
《彖伝》が続けて言う:艮は止まり兌は悦ぶ。王弼の注に言う:ゆえに「利貞」。孔頴達が伸べて言う:これは上下両卦の卦徳に就いて「利貞」を釈するなり。艮の卦徳は静止、兌の卦徳は喜悦である。能く自ら静止すれば、躁動の欲望に随うことなく。喜悦の心を以て上に在る者に対せば、邪佞諂媚に流れず。正を失わざるゆえ、「利貞」と言う。
男下女,“取女吉”也。[疏]正義曰:此因二卦之象釋“取女吉”之義。艮為少男而居於下,兌為少女而處於上,是男下於女也。婚姻之義,男先求女,親迎之禮,御輪三周,皆男先下於女,然後女應於男,所以取女得吉者也。
《彖伝》に言う:男子は女子の下に屈居す。王弼の注に言う:ゆえに「取女吉」。孔頴達が伸べて言う:これは上下両卦の取る物象に就いて「取女吉」を釈するなり。艮は少男にして下卦に居り、兌は少女にして上卦に処り、正に男子が己を屈して女子の下となるなり。婚姻の義理は、もと男方が先ず女方を求む。親迎の礼節の中に、新郎は自ら車を駕して輪を三周推すは、皆男が先ず女の下となり、然る後に女子こそ男子に応和す、ゆえに妻を娶れば吉を獲る能うなり。
是以“亨,利貞”,“取女吉”也。天地感而萬物化生,二氣相與,乃“化生”也。[疏]“是以”至“化生”。○正義曰:“是以亨利貞取女吉”者,次第釋訖,總舉《繇》辭以結之。“天地感而萬物化生”者,以下廣明感之義也。天地二氣,若不感應相與,則萬物無由得應化而生。
《彖伝》に言う:ゆえに「亨、利貞」「取女吉」。天地は互相に感応して万物は化育生長す。王弼の注に言う:陰陽二気が彼此親与してこそ、「化生」有り。孔頴達が「是以」から「化生」までのこの段に疏を為し、伸べて言う:「是以亨利貞取女吉」とは、上文を逐項釈し終えた後、総括して卦辞(《繇》辞)を以て収束を為すなり。「天地感而万物化生」とは、則ちこれより以下に推広して「感」の道理を説明す――天地陰陽二気がもし感応親与せざれば、万物は応化して生ずるに由無し。
聖人感人心而天下和平。觀其所感,而天地萬物之情可見矣。天地萬物之情,見於所感也。凡感之為道,不能感非類者也,故引取女以明同類之義也。同類而不相感應,以其各亢所處也,故女雖應男之物,必下之而後取女乃吉也。[疏]“聖人”至“可見矣”。○正義曰:“聖人感人心而天下和平”者,聖人設教,感動人心,使變惡從善,然後天下和平。“觀其所感而天地萬物之情可見矣”者,結嘆咸道之廣,大則包天地,小則該萬物。感物而動,謂之情也。天地萬物皆以氣類共相感應,故“觀其所感,而天地萬物之情可見矣”。
《彖伝》に言う:聖人は人心を感化して天下は和睦太平す。それらの感応する所の情形を観察せば、天地万物の実情はすなわち見るべし。王弼の注に言う:天地万物の実情は、正に感応する所に顕現す。大凡そ感応の道は、異類を感応する能わざるゆえ、《彖伝》は妻を娶るの一事を援引して同類相感の道理を説明す。同類の間もし相感応し得ざれば、それは各々高亢自守するがゆえなり、ゆえに女子は男子に応和する物なりと雖も、必ず男方が先ず身を屈して之を下にして、然る後に女を娶ればこそ吉なり。孔頴達が「聖人」から「可見矣」までのこの段に疏を為し、伸べて言う:「聖人感人心而天下和平」とは、聖人が教化を設立し、人心を感動し、人をして悪を改め善に従わしめ、然る後に天下こそ和睦太平するを言う。「観其所感而天地万物之情可見矣」とは、咸卦の感応の道の広大を讚嘆する――大なるは天地を包挙し、小なるは万物を囊括す。外物に感じて触動する所有れば、すなわち「情」と言う。天地万物は皆気類を凭じて互相感応すゆえ、「観其所感、而天地万物之情可見矣」と言う。
《象》曰:山上有澤,咸。君子以虛受人。以虛受人,物乃感應。[疏]“《象》曰”至“虛受人”。○正義曰:“山上有澤,咸”,澤性下流,能潤於下;山體上承,能受其潤。以山感澤,所以為“咸”。“君子以虛受人”者,君子法此咸卦,下山上澤,故能空虛其懷,不自有實,受納於物,無所棄遺,以此感人,莫不皆應。
《象伝》に言う:山上に沢有りは、これすなわち咸卦。君子はこの象を取法して、虚懐を以て他人を接纳す。王弼の注に言う:虚懐を以て他人を接纳してこそ、万物こそ感応せん。孔頴達が「《象》曰」から「虚受人」までのこの段に疏を為し、伸べて言う:「山上有沢、咸」とは、沢水の本性は下に向かって流注し、能く下面を潤沢するに因り、山体は下に在りて承接し、能くこの潤沢を承受す。山を以て沢に感応すゆえ、「咸」と言う。「君子以虚受人」とは、君子が咸卦の下山と上沢の象に効法し、因って能く自己の胸怀を虚空にし、自ら充実と為さず、広く外物を纳れて遺棄する所なく、この態度を以て別人を感動するに、来て応響せざるなし。
初六:咸其拇。處咸之初,為感之始,所感在末,故有志而已。如其本實,未至傷靜。[疏]“初六咸其拇”。○正義曰:“咸其拇”者,拇是足大指也,體之最末。初應在四,俱處卦始,為感淺末,取譬一身,在於足指而已,故曰“咸其拇”也。○注“處咸”至“傷靜”。○正義曰:六二《咸》道轉進,所感在腓。腓體動躁,則成往而行。今初六所感淺末,則譬如拇指,指雖小動,未移其足,以喻人心初感,始有其志。志雖小動,未甚躁求。凡吉凶悔吝,生乎動者也。以其本實未傷於靜,故無吉凶悔吝之辭。
経文の初六に言う:感応して足の大拇指に至る。王弼の注が解釈して言う:初六は咸卦の最初に処り、感応の開端で、感応する所の部位は最末端に在るゆえ、ただ心中に志向有るのみに過ぎず。その本質に就いて言えば、未だ静定を傷るに至らず。孔頴達がまず爻辞に疏し、伸べて言う:「咸其拇」とは、「拇」は足の大拇指で、身体の最末端なり。初六は九四と相応し、両爻とも各々の卦体の起始に処り、感応はなお甚だ浅く末なり、もし全身を取りて譬喩と為せば、すなわち足指に至るまでに止まるゆえ、「咸其拇」と言う。続けて彼は王弼の「処咸」から「傷静」までの注文を疏解し、伸べて言う:六二に至れば、咸卦の感応の道は前に向かって一歩推進し、感じる所は小腿肚に在り。小腿肚は一たび動けば躁急にして、すなわち真に身を起こして行かん。今初六の感ずる所は浅末なれば、あたかも足の大拇指のごとく、指头は略有動作するも、なお整只の脚を挪動するに至らず、以て人心の剛に感動し始めて志向を生ずるに譬喩す。志向は微動すと雖も、未だ躁急妄求に至らず。大凡そ吉・凶・悔・吝は皆「動」の上より生ずるなり、初六は本質上未だ静定を損傷せざるゆえ、爻辞の裏に吉凶悔吝の辞なし。
《象》曰:“咸其拇”,志在外也。四屬外也。[疏]正義曰:“志在外”者,外謂四也。與四相應,所感在外,處於感初,有志而已,故云“志在外也”。
《象伝》に言う:「咸其拇」とは、心志が外に在るを言う。王弼の注に言う:ここの「外」は九四を指す。孔頴達が伸べて言う:「志在外」とは、「外」とはすなわち九四を指す。初六は九四と相応し、感応する所の対象は外卦に在り、而もそれ自身はまた感応の起始階段に処り、ただ心中にこの志向有るのみゆえ、《象伝》は「志在外也」と言う。
六二:咸其腓,凶。居吉。咸道轉進,離拇升腓,腓體動躁者也。感物以躁,凶之道也。由躁故凶,居則吉矣。處不乘剛,故可以居而獲吉。[疏]“六二”至“居吉”。○正義曰:腓,足之腓腸也。六二應在九五,咸道轉進,離拇升腓,腓體動躁,躁以相感,凶之道也。由躁故凶,靜居則吉,故曰“咸其腓凶居吉”。以不乘剛,故可以居而獲吉。○注“腓體動躁”。○正義曰:王廙云:動於腓腸,斯則行矣。故言“腓體動躁”也。
経文の六二に言う:感応して小腿肚に至る、凶険有り。安居して動かざれば吉。王弼の注が解釈して言う:咸卦の感応の道はまた一層推進し、脚拇指を離れて小腿肚に上升す、小腿肚のこの部位は動を好み躁急なり。躁急を以て外物を感応するは、正に凶を招くの道なり。躁急に因りて凶を致し、安居して動かざればすなわち吉なり。六二は剛爻の上に凌駕せざるゆえ、安居して吉を獲る能うなり。孔頴達が「六二」から「居吉」までに疏を為し、伸べて言う:「腓」とはすなわち小腿肚である。六二は九五と相応し、咸道は前に向かって推進し、脚拇指より小腿肚に升る。小腿肚は性は動を好みて躁急、躁急を以て相感するは、凶を招くの道なり。躁急に因りて凶、静守すればすなわち吉、ゆえに爻辞は「咸其腓凶居吉」と言う。六二は剛爻に乘凌せざるに因り、安居して吉を獲る能うなり。彼はまた王弼の「腓体動躁」の一句に疏し、伸べて言う:王廙が言うに、小腿肚は一たび動けば、人はすなわち歩き起こるゆえ、王弼は「腓体動躁」と言う。
《象》曰:雖凶居吉,順不害也。陰而為居,順之道也。不躁而居,順不害也。[疏]正義曰:“雖”者,與奪之辭。若既凶矣,何由得居而獲吉?良由陰性本靜。今能不躁而居,順其本性,則不有災害,免凶而獲吉也。
《象伝》に言う:凶険有ると雖も安居すれば吉を獲る可きは、その本性に順えば害を受けざるがゆえなり。王弼の注に言う:陰柔の質を以て安居して動かざるは、正に柔順の道なり。躁動せずして安居し、その本性に順えば害を受けざるなり。孔頴達が伸べて言う:「雖」の字はまた予めまた奪うの措辞である。すでに凶と断じたれば、なんぞまた安居して吉を獲る能うや。実は陰の本性はもと静を主とするがゆえなり。今六二は能く躁動せずして安居し、自己の本性に順って事を行う、すなわち災害有ることなく、従って凶を免れて吉を得る。
九三:咸其股,執其隨,往吝。股之為物,隨足者也。進不能制動,退不能靜處,所感在股,“志在隨人”者也。“志在隨人”,所執亦以賤矣。用斯以往,吝其宜也。《象》曰:“咸其股”,亦不處也。志在隨人,所執下也。[疏]正義曰:“咸其股亦不處也”者,非但進不能制動,退亦不能靜處也。“所執下”者,既“志在隨人”,是其志意所執下賤也。
経文の九三に言う:感応して大腿に至る、執守する所はただ人に随いて動くのみ、かくのごとく前往せば吝惜有らん。王弼の注が解釈して言う:大腿のこの部位は、脚に随いて移動するなり。九三は進みても躁動を制止する能わず、退きても安靜に自処する能わず、感ずる所は大腿に在り、正に「志在人に随う」のさまなり。心志がすでにただ別人に跟従するのみなれば、それの執守する物もまた卑下なり。かくのごとく事を行えば、吝惜に遭うもまた応然なり。《象伝》に言う:「咸其股」とも、また安処する能わざるの意なり。心志はただ人に随うに在り、執守する所は太いに卑下なり。孔頴達が伸べて言う:「咸其股亦不処也」とは、九三は不但に前進する時躁動を制止する能わざるのみならず、後退する時も安靜に自処する能わざるを言う。「所執下」とは、それがすでに「志在人に随う」なれば、その心志の執守する物の十分に卑下なるを見るべし。
九四:貞吉,悔亡。憧憧往來,朋從爾思。處上卦之初,應下卦之始,居體之中,在股之上,二體始相交感,以通其志,心神始感者也。凡物始感而不以之於正,則至於害,故必貞然後乃吉,吉然後乃得亡其悔也。始在於感,未盡感極,不能至於無思以得其黨,故有“憧憧往來”,然後“朋從其思”也。
経文の九四に言う:正を守れば吉、悔恨は消失す。心思は往来不定にして、朋友はただ汝の思念する所に順従す。王弼の注が解釈して言う:九四は上卦の開端に処り、下卦の初六と相応し、位は全卦之体の中間に在り、大腿以上にして、正に上下両体が始めて交相に感応し、以て心志を溝通するの処で、心神が初めて感ずるの階段に属す。大凡そ事物が剛に感応し始めて正道に引き致さざれば、禍害を招致せん、ゆえに必ず正を守ってこそ吉、吉を得た後にこそ悔恨を消亡せしめ得る。九四はなお感応の初期に処り、感応の極致に達せず、無思無慮にして自然に同類を獲得するを為し得ず、ゆえに「憧憧往来」の状態有りて、然る後に朋友はその思念に順従す。
[疏]正義曰:“貞吉悔亡”者,九四居“上卦之初,應下卦之始,居體之中,在股之上,二體始相交感,以通其志,心神始感者也。凡物始感而不以之於正”,則害之將及矣。“故必貞然後乃吉,吉然後乃得亡其悔也”。故曰“貞吉悔亡”也。“憧憧往來,朋從爾思”者,“始在於感,未盡感極”,惟欲思運動以求相應,未能忘懷息照,任夫自然,故有“憧憧往來”,然後朋從爾之所思也。
孔頴達が伸べて言う:「貞吉悔亡」とは、九四は正に王弼の注の言うがごとく、上卦の初めに居り、下卦の始めと相応し、位は全卦之体の中間・大腿の上に在り、上下両体が始めて交感して以て心志を溝通し、心神の初感の階段に属す。凡そ事物が剛に感応して之を正に導かざれば、禍害はすなわち頭に臨まん、ゆえに必ず正を守りて然る後にこそ吉、吉を得て然る後にこそ悔恨を消去し得べし、これによって爻辞は「貞吉悔亡」と言う。「憧憧往来、朋従爾思」とは、それがなお感応の初めに処りて感応の極を尽くさざるがゆえに、一心にただ慮を運作して以て相手方の応響を求め得んと欲し、なお懐慮を忘れ智照を息めて一任の自然に至る能わざるゆえ、心思の往来不定のさま有りて、然る後に朋友はただその心裏の思念する所の那一部分に順従す。
《象》曰:“貞吉,悔亡”,未感害也。未感於害,故可正之,得“悔亡”也。[疏]正義曰:“未感害”者,心神始感,未至於害,故不可不正,正而故得“悔亡”也。“憧憧往來”,未光大也。[疏]正義曰:“未光大”者,非感之極,不能無思無慾,故未光大也。
《象伝》に言う:「貞吉、悔亡」とは、未だ禍害に感応せざるがゆえなり。王弼の注に言う:すでに禍害に感染せざれば、ゆえに時に及んで之を正に導き得べし、従って「悔亡」を得。孔頴達が伸べて言う:「未感害」とは、九四の心神が剛に感応し始めて、未だ害を受くるの地步に至らざるを言うゆえ、匡正を加えざるべからず、正しければこそ「悔亡」を得。《象伝》がまた言う:「憧憧往来」とは、それがなお光大ならざるを説明す。孔頴達が伸べて言う:「未光大」とは、九四は感応の極致に非ず、無思無欲を為し得ざるがゆえに、ゆえになお光明盛大と言うに足らず。
九五:咸其脢,無悔。“脢”者,心之上,口之下,進不能大感,退亦不為無志,其志淺末,故“無悔”而已。[疏]“九五”至“無悔”。○正義曰:“咸其脢無悔”者,“脢”者心之上,口之下也。四已居體之中,為心神所感,五進在於四上,故所感在脢,脢已過心,故“進不能大感”,由在心上,“退亦不能無志”,志在淺末,故“無悔”而已,故曰:“咸其脢無悔”也。
経文の九五に言う:感応して脊背の肉に至る、悔恨なし。王弼の注が解釈して言う:「脢」のこの部位は心の上・口の下に在り。この位に処る人は、前進すれば大なる感動有りと言うに足らず、後退すればまた全く心志なしと言う能わず、その志向は浅薄末微なれば、ただ「無悔」を為し得るのみ。孔頴達が「九五」から「無悔」までに疏を為し、伸べて言う:「咸其脢無悔」とは、「脢」はすなわち心以上・口以下の部位である。九四はすでに全卦之体の中間に居り、心神の感ずる所なり。九五はまた九四の上に進むゆえ、感ずる所は「脢」に在り。脢はすでに心を越過したれば、ゆえに「進みては大感する能わず」と言う。またそれが心の上に在るに因り、ゆえに「退きてもまた無志する能わず」と言う。心志がすでに浅末の処に在れば、ゆえにただ「無悔」のみ、これによって爻辞は「咸其脢無悔」と言う。
○注“脢者心之上口之下”。○正義曰:“脢者心之上口之下”者,子夏《易傳》曰:“在脊曰脢。”馬融云:“脢,背也。”鄭玄云:“脢,脊肉也”。王肅云:“脢在背而夾脊。”《說文》云:“脢,背肉也。”雖諸說不同,大體皆在心上。輔嗣以四為心神,上為輔頰,五在上四之間,故直云“心之上口之下”也。明其淺於心神,厚於言語。《象》曰:“咸其脢”,志末也。[疏]正義曰:“志末也”者,末猶淺也,感以心為深,過心則謂之淺末矣。
孔頴達が続けて王弼の「脢者心之上口之下」の一句に疏し、伸べて言う:「脢」の位置に関しては、子夏《易伝》は「脊背の処に在るを脢と言う」と言い、馬融は「脢はすなわち背」と言い、鄭玄は「脢は脊上の肉」と言い、王肅は「脢は背部に在りて脊骨を夾む」と言い、《説文解字》は「脢は背上の肉」と言う。諸家の説法は同じからずと雖も、大体皆心以上の部位を指す。王弼(字は輔嗣)は九四を以て心神と為し上六を以て面頬口舌と為し、九五は上六と九四の間に夾まるゆえ、径直にそれを「心之上・口之下」に在りと言い、以て九五の感が心神よりは浅く、言語よりは厚実なるを表明す。《象伝》に言う:「咸其脢」とは、その心志が末微の処に在るを言う。孔頴達が伸べて言う:「志末也」とは、「末」はすなわち浅の意。感応は心の内より発するを以て深と為し、心を越過すれば、すなわち浅末と言う。
上六:咸其輔、頰、舌。咸道轉末,故在口舌言語而已。[疏]正義曰:“咸其輔頰舌”者,馬融云:“輔,上頷也。”“輔、頰、舌”者,言語之具。咸道轉末,在於口舌言語而已,故云“咸其輔頰舌”也。
経文の上六に言う:感応して牙牀・面頬と舌に至る。王弼の注が解釈して言う:咸卦の感応の道はここに至ってすでに最末端に転じたれば、ゆえにただ口舌言語の上に落つるのみ。孔頴達が伸べて言う:「咸其輔頬舌」とは、馬融は「輔」を釈して上牙牀と為す。「輔・頬・舌」は皆説話の器官なり。咸道は上六に至って末流に転入し、ただ口頭言語を余すのみゆえ、「咸其輔頬舌」と言う。
《象》曰:“咸其輔、頰、舌”,滕口說也。“輔、頰、舌”者,所以為語之具也。“咸其輔頰舌”,則“滕口說”也。“憧憧往來”,猶未光大,況在滕口,薄可知也。[疏]正義曰:“滕口說也”者,舊說字作“滕”,徒登反。滕,競與也。所競者口,無復心實,故云“滕口說”也。鄭玄又作“媵”。媵,送也。《咸》道極薄,徒送口舌言語相感而已,不復有志於其閒。王《注》義得兩通,未知誰同其旨也。
《象伝》に言う:「咸其輔、頬、舌」とは、ただ口頭上の争説のみ。王弼の注に言う:「輔・頬・舌」は説話の器官なれば、「咸其輔頬舌」はすなわち「滕口説」に等し。九四のごとき「憧憧往来」すら尚光明盛大と算せず、況んやただ口頭上に逞説するのみをや、その浅薄は想い知るべし。孔頴達が伸べて言う:「滕口説也」とは、旧本この字は「滕」と写し、読音は「徒登反」、「滕」は争相に給与するの意。争う所はただ一张の嘴に在りて、内心に実感なく、ゆえに「滕口説」と言う。鄭玄本はまた「媵」と写し、「媵」は伝送の意で、《咸》卦の道がここに至って極めて浅薄にして、ただ口舌言語を送り出して以て相感するのみ、心中はもはや何の志意か存せざるを指す。王弼の注文はこの両種の解釈の下において皆講じ通じ、彼が究竟どの一家の意旨に同じするかを知らず。
恒卦
巽下震上。恆:亨,無咎,利貞。恆而亨,以濟三事也。恆之為道,亨乃“無咎”也。恆通無咎,乃利正也。[疏]“恆亨”至“利貞”。○正義曰:恆,久也。恆久之道,所貴變通。必須變通隨時,方可長久。能久能通,乃“無咎”也。恆通無咎,然後利以行正,故曰“恆亨無咎利貞”也。
恒卦の卦体は下巽上震。経文に言う:恒卦は亨通し、過ちなく、正固を守持するに利あり。王弼の注が解釈して言う:能く恒久にしてまた亨通してこそ、下面の三事を成就すべし。恒久の道は必ず亨通して、然る後にこそ「無咎」し得べし。恒久亨通して無咎なれば、然る後にこそ正を守るに利あり。孔頴達が「恒亨」から「利貞」までに疏を為し、伸べて言う:「恒」はすなわち長久である。恒久の道の最も看重するは変通で、必ず時勢に随って変通してこそ、長久の可能あらん。能く長久にしてまた通達し得れば、こそ過ちなし。恒久通達して過ちなければ、然る後にこそ正道を推行するに利あり、ゆえに卦辞は「恒亨無咎利貞」と言う。
○注“三事”。○正義曰:褚氏云:“三事,謂無咎、利貞、利有攸往。”莊氏云:“三事者,無咎一也,利二也,貞三也。”周氏云:“三事者,一亨也,二無咎也,三利貞也。”《注》不明數,故先儒各以意說。
孔頴達が続けて王弼の注中の「三事」の二字に疏し、伸べて言う:褚氏は三事は「無咎」「利貞」「利有攸往」を指すと認め、荘氏は三事は「無咎」を一と為し「利」を二と為し「貞」を三と為すと認め、周氏は則ち三事は「亨」を一と為し「無咎」を二と為し「利貞」を三と為すと認めたり。王弼の注文はこの三件事を一々点明せざるゆえ、先儒は各々己意を凭じて解説したり。
竊謂《注》云“恆而亨以濟三事”者,明用此恆亨,濟彼三事,無疑“亨”字在三事之外,而此《注》云“恆字為道,亨乃無咎。恆通無咎,乃利正也”。又注《彖》曰:“道得所久,則常通無咎而利正也”。此解皆以利正相將為一事,分以為二,恐非《注》旨。驗此《注》云“恆之為道,亨乃無咎”,此以“恆亨”濟“無咎”也。又云:“恆通無咎,乃利正也。”此以“恆亨”濟“利貞”也。下注“利有攸往”云:“各得所恆,修其常道,終則有始,往而無違,故‘利有攸往’。”此以“恆亨”濟“利有攸往”也。觀文驗《注》,褚氏為長。
孔頴達が続けて自己の判断を提出して言う:私は私かりに、王弼の注は「恒而亨以済三事」と言うは、用いて「恒亨」を以てあの三件事を成就するを表明す、可見「亨」の字本身は三事の外に在り、三事の裏に数え入れらるべからず。而もこの注はまた「恒字為道、亨乃無咎;恒通無咎、乃利正也」と言い、彼が《彖伝》に注する時もまた「道得所久、則常通無咎而利正也」と言う。この両処は皆「利」と「正」とを連帯して一件事と為して看るゆえ、もし荘氏のごとくそれを二件に拆かば、おそらく注文の本意に合せざらん。再び逐条に核験す:この注は「恒之為道、亨乃無咎」と言うは、これは「恒亨」を以て「無咎」を成就するなり。又「恒通無咎、乃利正也」と言うは、これは「恒亨」を以て「利貞」を成就するなり。下文の「利有攸往」に注して「各得所恒、修其常道、終則有始、往而無違、故『利有攸往』」と言うは、これは「恒亨」を以て「利有攸往」を成就するなり。三条の注文は正好して一々「無咎」「利貞」「利有攸往」のこの三件事に対応す。行文を観察し注語を核対すれば、なお褚氏の説法が最も妥当なり。
利有攸往。各得所恆,修其常道,終則有始,往而無違,故“利有攸往”也。[疏]正義曰:得其常道,何往不利,故曰“利有攸往”也。《彖》曰:恆,久也。剛上而柔下,剛尊柔卑,得其序也。
卦辞が続けて言う:往くところ有るに利あり。王弼の注が解釈して言う:万物は各々自己の応に恒守すべき常態を得、その恒常の道を修治し、一つの終点はすなわち一つの起点、前往して時勢に違逆せざるゆえ、「利有攸往」と言う。孔頴達が伸べて言う:すでに恒常の道を得たれば、どこへ往かば順利ならざらんや。ゆえに「利有攸往」と言う。《彖伝》に言う:「恒」はすなわち長久。剛爻は上に在り柔爻は下に在り。王弼の注に言う:剛は尊、柔は卑、正に尊卑の次序に合す。
[疏]“《彖》曰”至“柔下”。○正義曰:“恆久也”者,釋訓卦名也。恆之為名,以長久為義。“剛上而柔下”者,既訓“恆”為久,因名此卦得其《恆》名,所以釋可久之意。此就二體以釋恆也。震剛而巽柔,震則剛尊在上,巽則柔卑在下,得其順序,所以為恆也。○注“剛尊柔卑得其序也”。○正義曰:咸明感應,故柔上而剛下,取二氣相交也。恆明長久,故剛上而柔下,取尊卑得序也。
孔頴達が「《彖》曰」から「柔下」までに疏を為し、伸べて言う:「恒久也」とは、卦名の訓義を釈する――「恒」のこの名称は長久を取りて義と為す。「剛上而柔下」とは、すでに「恒」を久と訓せば、便ち勢いに順ってこの卦が何を以て《恒》と名付くるかを説明し、すなわちそれが長久し得べきの縁由を釈する、これは上下二つの卦体に就いて「恒」を釈するなり。震は剛、巽は柔で、震は則ち剛尊の体が上に在り、巽は則ち柔卑の体が下に在り、尊卑の順序に合すゆえ、それが恒を成すなり。彼はまた王弼の「剛尊柔卑得其序也」の一句に疏し、伸べて言う:《咸》卦の講ずるは感応なれば、ゆえに柔は上に在り剛は下に在り、陰陽二気の交相往来の義を取る。《恒》卦の講ずるは長久なれば、ゆえに剛は上に在り柔は下に在り、尊卑が各々その序を得るの義を取る。
雷風相與,長陽長陰,能相成也。[疏]“雷風相與”。○正義曰:此就二象釋恆也。雷之與風,陰陽交感,二氣相與,更互而相成,故得恆久也。○注“長陽長陰能相成也”。○正義曰:震為長男,故曰“長陽”。巽為長女,故曰“長陰”。《彖》曰:“雷風相與”,雷之與風,共相助成之義。故褚氏云“雷資風而益遠,風假雷而增威”是也。今言“長陽長陰,能相成”者,因震為長男,巽為長女,遂以“長陽長陰”而名之,作文之體也。又此卦明夫婦可久之道,故以二長相成,如雷風之義也。
《彖伝》に言う:雷と風は互相に親与す。王弼の注に言う:長陽と長陰は能く互相に成就す。孔頴達が「雷風相与」に疏を為し、伸べて言う:これは震・巽両卦の取る物象に就いて「恒」を釈するなり。雷と風は、正に陰陽交感・二気相与にして、彼此交替して互相に成就すゆえ、恒久し得るなり。彼はまた王弼の「長陽長陰能相成也」の一句に疏し、伸べて言う:震は長男なれば、「長陽」と称し。巽は長女なれば、「長陰」と称す。《彖伝》の「雷風相与」は、すなわち雷と風が共同に助成するの意なりゆえ、褚氏は「雷は風を凭借して伝わること更に遠く、風は雷を借助して威勢を増添す」と言うは、正にこの意なり。今王弼が「長陽長陰、能相成」と言うは、震は長男・巽は長女と為すに因り、ここに「長陽」「長陰」を以てそれらを称呼す、これは行文の体例なり。再びこの卦は夫婦の長久し得べきの道を闡明すゆえ、長男長女の両者が相互に成就するを以て説を立つ、あたかも雷風の相成の意のごとし。
巽而動。動無違也。[疏]正義曰:此就二卦之義,因釋恆名。震動而巽順,無有違逆,所以可恆也。剛柔皆應,不孤媲也。[疏]“剛柔皆應”。○正義曰:此就六爻釋《恆》。此卦六爻剛柔皆相應和,無孤媲者,故可長久也。○注“不孤媲也”。○正義曰:媲,配也。
《彖伝》に言う:巽順して而後震動す。王弼の注に言う:かくのごとく行動すれば違逆有ることなからん。孔頴達が伸べて言う:これは上下両卦の卦徳に就いて「恒」の名義を釈する――震は動を主とし巽は順を主とし、行動に違逆なく、ゆえに恒久し得るなり。《彖伝》がまた言う:剛爻柔爻ともに皆彼此相応ず。王弼の注に言う:孤单にして配無きが無きに因る。孔頴達が「剛柔皆応」に疏を為し、伸べて言う:これは六爻の関係に就いて《恒》卦を釈するなり。この卦の六爻は剛柔ともに両々相応和して、孤立して偶無きなく、ゆえに長久し得るなり。彼はまた王弼の「不孤媲也」の一句に疏し、伸べて言う:「媲」はすなわち配偶の意である。
恆。皆可久之道。[疏]正義曰:歷就四義釋恆名訖,故更舉卦名以結之也。明上四事“皆可久之道”,故名此卦為“恆”。恆“亨,無咎,利貞”,久於其道也。道德所久,則常通無咎而利正也。[疏]正義曰:此就名釋卦之德,言所以得“亨無咎利貞”者,更無別義,正以得其恆久之道,故言“久於其道也”。
《彖伝》は一つの「恒」の字を以て収束す。王弼の注に言う:以上の挙げる所は皆長久し得べきの道なり。孔頴達が伸べて言う:《彖伝》は逐一に四層の意思より卦名を釈し終えた後、重ねて卦名を標出して総結を為し、上述の四件事が「皆長久し得べきの道」であるを表明すゆえ、この卦に「恒」と名付くるを取る。《彖伝》が続けて言う:恒卦の「亨、無咎、利貞」は、能く長久にその正道を保持するがゆえなり。王弼の注に言う:道徳の長久に保持する所は、すなわち常通無咎にして正を守るに利あり。孔頴達が伸べて言う:これは卦名に就いて卦徳を釈し、それが「亨無咎利貞」を得る能う所以は、別の道理有るに非ず、正に恒久の道を得るがゆえなり、ゆえに「久於其道也」と言う。
天地之道,恆久而不巳也。得其所久,故不巳也。[疏]正義曰:將釋“利有攸往”,先舉天地以為證喻,言天地得其恆久之道,故久而不己也。“利有攸往”,終則有始也。得其常道,故終則復始,往無窮極。[疏]正義曰:舉《經》以結成也。人用恆久之道,會於變通,故終則復始,往無窮極,同於天地之不已,所以為利也。
《彖伝》に言う:天地運行の道は、恒久にして停息せず。王弼の注に言う:それが応に恒守すべき常道を得るに因り、ゆえに止息せざるなり。孔頴達が伸べて言う:《彖伝》は将に「利有攸往」を釈さんとして、まず天地を挙げて例証比喩と為し、天地が恒久の道を得、ゆえに長久に運行して停止せざるを言う。《彖伝》がまた言う:「利有攸往」とは、一つの終点は便ち一つの開端なればなり。王弼の注に言う:恒常の道を得、ゆえに終わりて復た始まり、前往して窮尽なし。孔頴達が伸べて言う:これは経文を挙出して以て結びと為すなり。人はもし恒久の道を運用し、また変通を領会し得れば、すなわち終わりて復た始まり前行して窮極なく、天地の運行して息まざると相同じゆえ、これを利有りと言うなり。
日月得天而能久照,四時變化而能久成,聖人久於其道而天下化成。言各得其“所恆”,故皆能長久。[疏]“日月得天而能久照”至“天下化成”。○正義曰:“日月得天而能久照”者,以下廣明恆義。上言天地之道,恆久而不巳也,故日月得天,所以亦能久照。“四時變化而能久成”者,四時更代,寒暑相變,所以能久主成萬物。“聖人久於其道而天下化成”者,聖人應變隨時,得其長久之道,所以能“光宅天下”,使萬物從化而成也。
《彖伝》に言う:日月は天道に依循して運行すゆえ、能く長久に照耀し得。四時は逓相に変化すゆえ、能く長久に万物を成就し得。聖人は長久にその道を堅守せば、天下は便ちこれに随いて教化して成らん。王弼の注に言う:これは各々が自己の「応に恒守すべき」常道を得たるを講ず、ゆえに皆能く長久す。孔頴達が「日月得天而能久照」から「天下化成」までに疏を為し、伸べて言う:「日月得天而能久照」とは、これより以下に推広して「恒」の意義を説明す。上文は天地の道は恒久にして息まずと言うゆえ、日月は天道に依循し、すなわち能く長久に照耀し得るなり。「四時変化而能久成」とは、春夏秋冬が更迭交替し寒暑が相互に推移し、因って能く長久に万物の生成を主持するを言う。「聖人久於其道而天下化成」とは、聖人が時勢に随って応変し、長久の道を得たるを言うゆえ、「光宅天下」し得て、万物をして教化に順従して各々その成を遂げしめ得るなり。
觀其所恆,而天地萬物之情可見矣。天地萬物之情,見於“所恆”也。[疏]正義曰:總結恆義也。《象》曰:雷風,恆。長陽長陰,合而相與,可久之道也。[疏]正義曰:雷風相與為“恆”,巳如彖釋。君子以立不易方。得其所久,故“不易”也。[疏]正義曰:君子立身得其恆久之道,故不改易其方。方猶道也。
《彖伝》が最後に言う:それらの恒守する所を観察せば、天地万物の実情はすなわち見るべし。王弼の注に言う:天地万物の実情は、正にそれらの「恒守する所」のものの上に顕現す。孔頴達が伸べて言う:この一句は「恒」の意義を総結するなり。《象伝》に言う:雷と風が相随うは、これすなわち恒卦。王弼の注に言う:長陽と長陰が会合して互相に親与すは、正に長久し得べきの道なり。孔頴達が伸べて言う:雷風が互相に親与して「恒」と成るは、すでに《彖伝》の釈するがごとし。《象伝》が続けて言う:君子はこの象を取法して、立身処世して自己の方向を改変せず。王弼の注に言う:自己の応に恒守すべき常道を得たれば、ゆえに「不易」。孔頴達が伸べて言う:君子が立身して恒久の道を得る能うゆえ、その「方」を改換せず。「方」はすなわち道に等し。
初六:浚恆,貞凶,無攸利。處恆之初,最處卦底,始求深者也。求深窮底,令物無餘縕,漸以至此,物猶不堪,而況始求深者乎?以此為恆,凶正害德,無施而利也。[疏]“初六,浚恆,貞凶。無攸利”。○正義曰:浚,深也。最處卦底,故曰“深”也。深恆者,以深為恆是也。施之於仁義,即不厭深,施之於正,即求物之情過深,是凶正害德,無施而利,故曰“浚恆貞凶,無攸利”也。○注“此恆之初”至“害德無施而利也”。○正義曰:處卦之初,故言始也。最在於下,故言深也。所以致凶,謂在於始而求深者也。
経文の初六に言う:一味に深く求めて以て恒常と為し、固守すれば凶、利益あることなし。王弼の注が解釈して言う:初六は恒卦の最初に処り、また全卦の最下の一爻で、一開始より求めること深過ぐる人なり。求めること深過ぎ窮究して底に至り、別人の心裏に再び一点の隠蔵もなからしめんとす、たとえ循序漸進してこの歩に至るも、別人は尚且つ受けず、況んや一上來より深く求めるをや。この做法を以て恒常と為せば、則ち凶険は足りて正を守るの徳を妨害し、なにを為すも利あらざらん。孔頴達が初六の爻辞に疏を為し、伸べて言う:「浚」はすなわち深である。初六は全卦の最底部に処るゆえ、「深」と言う。「深恒」とは、深く求めるを以て恒常と為すなり。この態度をもし仁義に用いれば、倒ってその深きを嫌わず。もし他人に督責して正を守らしむるに用いれば、すなわち別人の隠情を探求すること過分に深切と成り、ここに凶険は正徳を妨害し、なにを為すも利する所なしゆえ、「浚恒貞凶、無攸利」と言う。彼はまた王弼の「此恒之初」から「害徳無施而利也」までの注文に疏し、伸べて言う:初六は一卦の初めに処るゆえ、注文は「始」と言う。それはまた最も下位に在るゆえ、注文は「深」と言う。凶険を招致する所以は、正にそれが一開始より求めること深過ぐるを指す。
《象》曰:“浚恆”之凶,始求深也。九二:悔亡。雖失其位,恆位於中,可以消悔也。[疏]正義曰:失位故稱“悔”,居中故“悔亡”也。《象》曰:九二“悔亡”,能久中也。[疏]正義曰:“能久中”者,處恆故能久,位在於中,所以消侮也。
《象伝》に言う:「浚恒」の凶たる所以は、一開始より求めること深過ぐればなり。経文の九二に言う:悔恨は消失す。王弼の注が解釈して言う:九二は陽爻を以て陰位に居りて位を失うと雖も、能く恒久に下卦の中位に守る能うゆえ、悔恨を消去し得べし。孔頴達が伸べて言う:位を失うはゆえにもと「悔」有るべし、中に居るはゆえに能く「悔亡」し得べし。《象伝》に言う:九二の「悔亡」は、能く長久に中を守ればなり。孔頴達が伸べて言う:「能久中」とは、それが身は恒卦に処るゆえ能く長久にして、位置はまた中位に在り、これによって悔恨を消去し得るを言う。
九三:不恆其德,或承之羞,貞吝。處三陽之中,居下體之上,處上體之下,上不至尊,下不至卑,中不在體,體在乎恆,而分無所定,無恆者也。德行無恆,自相違錯,不可致詰,故“或承之羞”也。施德於斯,物莫之納,鄙賤甚矣,故曰“貞吝”也。
経文の九三に言う:自己の徳行を恒守する能わざれば、或る人は羞辱を以て彼の身に加えん、固守し続ければ吝惜有らん。王弼の注が解釈して言う:九三は三つの陽爻の中間に処り、下卦の上・上卦の下に居り、上に向かっては至尊の位に及ばず、下に向かっても最卑の地に落ちず、中に居るも真に或る卦体の中位に処らず。この卦は恒久を以て体と為すのに、而もその名分は安んずる所なし、正に恒常なきの人なり。徳行はすでに恒常なければ、前後は自ら相違背錯乱し、追問詰責するに由無しゆえ、「或承之羞」と言う。このような品行を以て人に施せば、誰も肯んじて接纳せず、鄙陋卑賤極点に至るゆえ、「貞吝」と言う。
[疏]“九三,不恆其德,或承之羞,貞吝”。○正義曰:“不恆其德,或承之羞,貞吝”者,九三居下體之上,處上體之下,雖處三陽之中,又在不中之位,上不全尊,下不全卑,執心不定,德行無恆,故曰“不恆其德”。德既無恆,自相違錯,則為羞辱承之,所羞非一,故曰“或承之羞”也。處久如斯,正之所賤,故曰“貞吝”也。○注“處三陽之中”至“故曰貞吝也”。○正義曰:雖在三陽之中,非一體之中也。“不可致詰”者,詰,問也。違錯處多,不足問其事理,所以明其羞辱之深,如《論語》云“於予與何誅”。
孔頴達が九三の爻辞に疏を為し、伸べて言う:「不恒其徳、或承之羞、貞吝」とは、九三が下卦の上・上卦の下に居り、三つの陽爻の中間に在ると雖も、処る所は当中の位に非ざるがゆえなり。上に向かっては完全に尊貴と算せず、下に向かっても完全に卑下と算せず、心を持して定まらず、徳行に恒常なきゆえ、「不恒其徳」と言う。徳行はすでに恒常なければ、前後は自ら相違背錯乱し、すなわち羞辱の身に加わる者有らん、しかも受くる所の羞辱は一端に止まらざるゆえ、「或承之羞」と言う。長久にこのようになれば、正を守る士は皆彼を看起せざるゆえ、「貞吝」と言う。彼はまた王弼の「処三陽之中」から「故曰貞吝也」までの注文に疏し、伸べて言う:九三は三陽の中に在ると雖も、或る卦体の中位ではない。「不可致詰」とは、「詰」はすなわち追問である。彼の違背錯乱する所は太多にして、再びその中の道理を追問するに値せず、正に用いて彼の受くる羞辱の深きを表明するなり、あたかも《論語》の裏に孔子が宰予に「於予与何誅」と言うがごとし。
《象》曰:“不恆其德”,無所容也。[疏]正義曰:“無所容”者,謂不恆之人,所往之處,皆不納之,故“無所容”也。九四:田,無禽。恆於非位,雖勞無獲也。[疏]正義曰:田者,田獵也,以譬有事也。“無禽”者,田獵不獲,以喻有事無功也。“恆於非位”,故勞而無功也。《象》曰:久非其位,安得禽也?[疏]正義曰:有恆而失位,是“久非其位”。田獵而無所獲,是“安得禽也”。
《象伝》に言う:「不恒其徳」、ゆえに容身する処なし。孔頴達が伸べて言う:「無所容」とは、恒徳なきの人は、どこへ行っても人家は肯んじて接纳せざるを言うゆえ、容身する処なし。経文の九四に言う:田獵しても、禽獣を打獲らず。王弼の注が解釈して言う:長久に処るべからざる位置上に停留せば、たとえ労苦するも獲る所なし。孔頴達が伸べて言う:「田」はすなわち田獵で、以て事を為すに譬喩す。「無禽」は打獵して獲る所なきで、以て事を為して功效なきに譬喩す。九四は「恒於非位」なれば、労苦して功なし。《象伝》に言う:長久に待つべからざる位置に待在れば、なんぞ禽獣を獵得せんや。孔頴達が伸べて言う:恒久の意有りてまた位を失うは、すなわち「久非其位」なり。田獵して一獲する所なきは、すなわち「安得禽也」なり。
六五:恆其德,貞。婦人吉,夫子凶。居得尊位,為恆之主,不能“制義”,而繫應在二,用心專貞,從唱而已。婦人之吉,夫子之凶也。[疏]正義曰:“恆其德貞”者,六五繫應在二,不能傍及他人,是恆常貞一其德,故曰“恆其德貞”也。“婦人吉”者,用心專貞,從唱而巳,是婦人之吉也。“夫子凶”者,夫子須制斷事宜,不可專貞從唱,故曰“夫子凶”也。
経文の六五に言う:恒久にその徳行を保持して正を守る。婦人に対しては吉、男子に対しては却って凶。王弼の注が解釈して言う:六五は尊位に居り、全卦の恒久の道の主爻なり、然れど「制義」――事理を裁断する能わず、かえって心を下の九二に繋げてこれと相応し、用心は専一貞固にして、ただ人の倡導に随いて附和するのみ。これは婦人の吉にして、却って男子の凶なり。孔頴達が伸べて言う:「恒其徳貞」とは、六五が相応する九二に繋念し、他人に旁及する能わざるに因り、正に恒久にして貞一にその徳なるゆえ、「恒其徳貞」と言う。「婦人吉」とは、それの用心は専一貞固にして、夫の倡導に随いて附和するを言い、これは婦人に対しては吉なり。「夫子凶」とは、男子は必ず事宜を裁断すべく、ただ専一貞固を知りて一味に人の倡導に随うべからずを言うゆえ、「夫子凶」と言う。
《象》曰:婦人貞吉,從一而終也。夫子制義,從婦凶也。[疏]正義曰:“從一而終”者,謂用心貞一,從其貞一而自終也。“從婦凶”者,五與二相應,五居尊位,在震為夫,二處下體,在《巽》為婦。五繫於二,故曰“從婦凶”也。
《象伝》に言う:婦人は正を守りて吉を獲るは、一より終るに因ればなり。男子は事理を裁断すべく、もし一味に婦人に順従せば則ち凶なり。孔頴達が伸べて言う:「従一而終」とは、用心が貞固専一にして、この貞一に順って最後まで走到するを指す。「従婦凶」とは、六五が九二と相応するに因る。六五は尊位に居り、震体に処り、夫の一方に属す。九二は下卦に処り、《巽》体に居り、婦の一方に属す。六五はかえって九二に繋念すゆえ、「従婦凶」と言う。
上六:振恆,凶。夫靜為躁君,安為動主。故安者上之所處也,靜者可久之道也。處卦之上,居動之極,以此為恆,無施而得也。[疏]正義曰:“振恆凶”者,振,動也。凡處於上者,當守靜以制動。今上六居恆之上,處動之極,以振為恆,所以“凶”也。《象》曰:“振恆”在上,大無功也。正義曰:“大無功”者,居上而以振動為恆,無施而得,故曰“大無功也”。
経文の上六に言う:振動を以て恒常と為す、凶。王弼の注が解釈して言う:清靜は躁動の主宰、安定は変動の主人なり。ゆえに安定は正に上位に居る者の処るべき状態、清靜こそ長久し得べきの道なり。上六は全卦の最上に処り、また震動の体の頂点に在り、振動を以て恒常と為せば、なにを為すも得る所有らざらん。孔頴達が伸べて言う:「振恒凶」とは、「振」はすなわち動である。凡そ上位に居る人は、皆静を守りて以て躁動を制服すべし。今上六は恒卦の上に居りて震動の極に処り、かえって振動を以て恒常と為すゆえ、「凶」なり。《象伝》に言う:振動を以て恒と為してまた上位に居るは、大いに功無し。孔頴達が伸べて言う:「大無功」とは、身は上位に居りて振動を以て恒常と為せば、なにを為すも得る所有らざるを言うゆえ、「大無功也」と言う。
遯卦
艮下乾上。遯:亨,小利貞。[疏]正義曰:“遯”亨者,遯者,隱退逃避之名。陰長之卦,小人方用,君子日消。君子當此之時,若不隱遯避世,即受其害。須遯而後得通,故曰“遯亨”。“小利貞”者,陰道初始浸長,正道亦未全滅,故曰“小利貞”。
遯卦の卦体は下艮上乾。経文に言う:遯卦は亨通し、小さく正を守るに利あり。孔頴達が伸べて言う:「遯亨」とは、「遯」は隠退逃避の名称である。これは陰気が漸長する卦で、小人はまさに勢を得て、君子は日に消退す。君子がこのような時に処して、もし隠退して世を避けざれば、傷害を受けん、必ず退避して然る後にこそ通達し得べしゆえ、「遯亨」と言う。「小利貞」とは、陰柔の道が剛に逐漸生長し始めて、正道は未だ完全に消滅せざるがゆえに、「小利貞」と言う。
《彖》曰:“遯亨”,遯而亨也。遯之為義,遯乃通也。[疏]正義曰:“遯而亨”者,此釋遯之所以得亨通之義。小人之道方長,君子非遯不通,故曰:“遯而亨也”。
《彖伝》に言う:「遯亨」とは、退避して然る後にこそ亨通するを言う。王弼の注に言う:「遯」の意義はすなわち、退避してこそ通達し得るに在り。孔頴達が伸べて言う:「遯而亨」とは、遯卦が亨通を得る能う所以を釈する――小人の道はまさに滋長し、君子は退避せざれば通達する法なきゆえ、「遯而亨也」と言う。
剛當位而應,與時行也。謂五也。“剛當位而應”,非否亢也。遯不否亢,能“與時行也”。[疏]正義曰:舉九五之爻,釋所以能遯而致亨之由,良由九五以剛而當其位,有應於二,非為否亢。遯不否亢,即是相時而動,所以遯而得亨,故云“剛當位而應,與時行也”。
《彖伝》に言う:剛爻は当位に居りてまた応有り、能く時勢に随いて行る。王弼の注に言う:これは九五を指す。「剛当位而応」とは、それが閉塞高亢に非ざるを説明す。退避して閉塞高亢ならざれば、こそ「与時行也」し得。孔頴達が伸べて言う:《彖伝》は九五のこの一爻を挙出し、能く退避して亨通を致すの縁由を釈す。実は九五が陽剛を以て正当の位に居り、また六二と相応し、閉塞高亢に非ざるに因る。退避して閉塞高亢ならざるは、すなわち時勢を審察して而後行動するゆえ、退避して能く亨を得、これによって「剛当位而応、与時行也」と言う。
“小利貞”,浸而長也。陰道欲浸而長,正道亦未全滅,故“小利貞”也。[疏]正義曰:釋“小利貞”之義。浸者漸進之名。若陰德暴進,即消正道。良由二陰漸長而正道亦未即全滅,故云“小利貞”也。
《彖伝》に言う:「小利貞」とは、陰気がまさに逐漸生長するがゆえなり。王弼の注に言う:陰柔の道は将に逐漸生長せんとし、而も正道は未だ完全に消滅せざるゆえ、「小利貞」。孔頴達が伸べて言う:これは「小利貞」の意思を釈するなり。「浸」は漸々前進するの意である。もし陰の勢力が暴長猛進せば、すなわち直ちに正道を消滅せん。まさに下の二つの陰爻がただ慢々と生長するのみにして、正道は未だすぐさま全部消滅せざるがゆえに、「小利貞」と言う。
遯之時義大矣哉![疏]正義曰:嘆美遯德。相時度宜,避世而遯,自非大人照幾不能如此,其義甚大,故云“大矣哉”。《象》曰:天下有山,遯。天下有山,陰長之象。[疏]“《象》曰:天下有山,遯”。○正義曰:“天下有山,遯”者,山者陰類,進在天下,即是山勢欲上逼於天,天性高遠,不受於逼,是遯避之象,故曰“天下有山,遯”。○注“天下有山”至“之象”。○正義曰:積陽為天,積陰為地。山者,地之高峻,今上逼於天,是陰長之象。
《彖伝》が讚嘆して言う:遯卦の体現する時勢と義理は真に重大なるかな!孔頴達が伸べて言う:これは退避の徳を讚美するなり。時機を審察し所宜を揣度し、濁世を避けて隠退するは、もし幾微を洞察する大人物に非ざれば為し得ず、その中の義理は十分に重大なりゆえ、「大矣哉」と言う。《象伝》に言う:天の下に山有りは、これすなわち遯卦。王弼の注に言う:天下に山有りは、正に陰気生長の象なり。孔頴達が《象伝》の「天下有山、遯」に疏を為し、伸べて言う:山は陰類に属し、それが天の下に挺立するは、すなわち山勢が上に向かって天に逼近せんと欲するなり。天性は高遠にして、この逼迫を接受せず、ここに退避の象と成るゆえ、「天下有山、遯」と言う。彼はまた王弼の「天下有山」から「之象」までの注文に疏し、伸べて言う:陽気は積聚して天を成し、陰気は積聚して地を成す。山は大地の高峻の処で、今上に向かって天に逼近するは、正に陰気生長の象なり。
君子以遠小人,不惡而嚴。[疏]正義曰:君子當此遯避之時,小人進長,理須遠避,力不能討,故不可為惡,復不可與之褻瀆,故曰“不惡而嚴”。
《象伝》に言う:君子はこの象を取法して、小人を疏远し、疾言厲色を用いずして自ら威厳有り。孔頴達が伸べて言う:君子はこの退避の時に処り、小人はまさに進逼滋長し、理に按じて必ず遠く避け去るべし。自己の力量は彼らを討伐するに足らざるゆえ、疾言厲色を以て彼らと悪を為すべからず、同時にまた彼らと狎昵親近すべからず、ゆえに「不悪而厳」と言う。
初六:遯尾,厲,勿用有攸往。“遯”之為義,闢內而之外者也。“尾”之為物,最在體後者也。處遯之時,不往何災,而為“遯尾”,禍所及也。危至而後行,難可免乎?厲則“勿用有攸往”也。[疏]正義曰:“遯尾厲”者,為遯之尾,最在後遯者也。小人長於內,應出外以避之,而最在卦內,是遯之為後也。逃遯之世,宜速遠而居先,而為“遯尾”,禍所及也,故曰“遯尾厲”也。“勿用有攸往”者,危厲既至,則當“固窮”,“危行言遜”,勿用更有所往,故曰“勿用有攸往”。
経文の初六に言う:退避が最後に落つる、危険有り、往くところ有るに宜しからず。王弼の注が解釈して言う:「遯」の意義は内卦を避けて外卦に走向することに在り。「尾」のこの物は、躯体の最後の部分に処るなり。退避の時に処り、前に往かざればもと災禍なきに、而もそれは偏偏と「遯尾」を為したれば、禍患は波及せん。危険が頭に臨んでこそ行動せば、災難はなんぞ躲れ得んや。すでに危険有れば、すなわち「勿用有攸往」。孔頴達が伸べて言う:「遯尾厲」とは、それが退避隊伍の尾巴と成り、退避するに最も遅きの一個なり。小人は内卦に滋長し、もと外卦に走出して躲避すべきに、而もそれは卦の最裏面に処り、正に退避が最後に落つるなり。この逃遯の時世の裏において、もと速やかに遠離し搶先して退走すべきに、今却って「遯尾」を為したれば、禍患は自然に波及せんゆえ、「遯尾厲」と言う。「勿用有攸往」とは、危厲すでに到来せば、すなわち《論語》の言う所の「君子固窮」「危行言遜」のごとくあるべく、再び往くところ有るを為さざるゆえ、「勿用有攸往」と言う。
《象》曰:“遯尾”之厲,不往何災也。[疏]正義曰:“不往何災”者,《象》釋當遯之時,宜須出避。而“勿用有攸往”者,既為“遯尾”,出必見執,不如不往,不往即無災害。“何災”者,猶言無災也。與何傷、何咎之義同也。
《象伝》に言う:「遯尾」の危険は、往かざればこそなんの災禍かあらん。孔頴達が伸べて言う:「不往何災」とは、《象伝》は釈せんと欲す:退避すべきの時に処り、もと出て行って躲避すべきに、而も爻辞は却って「勿用有攸往」と言う、これは初六がすでに「遯尾」を為したれば、出て行けば必ず人に拘執せられ、去らざるに如かざるがゆえなり。去らざればすなわち災害もなし。「何災」は災禍なしと言うに等しく、《周易》の他処の「何傷」「何咎」の用法と相同じ。
六二:執之用黃牛之革,莫之勝說。居內處中,為遯之主,物皆遯巳,何以固之?若能執乎理中厚順之道以固之也,則莫之勝解。[疏]正義曰:“執之用黃牛之革莫之勝說”者,逃遯之世,避內出外,二既處中居內,即非遯之人也。既非遯之人,便為所遯之主,物皆棄巳而遯,何以執固留之?惟有中和厚順之道可以固而安之也。能用此道,則不能勝巳解脫而去也。黃中之色,以譬中和。牛性順從,皮體堅厚,牛革以譬厚順也。六三居中得位,亦是能用中和厚順之道,故曰“執之用黃牛之革莫之勝說”也。
経文の六二に言う:黄牛の皮の作る繩索を用いて彼を捆绑せば、誰も解脱し得開く者なし。王弼の注が解釈して言う:六二は内卦に居りて中位に処り、衆人の避け去らんと欲する対象で、別人は皆自己を離れて去らんとす、なにを恃みて彼らを留住せんや。もし能く中道に合乎し寛厚柔順の道理を執守して以て彼らを穏固せば、すなわち掙脱し開く者なからん。孔頴達が伸べて言う:「執之用黄牛之革莫之勝説」とは、この逃遯の世において、人々は皆内卦を避けて外卦に出走せんと欲す。六二はすでに中に処り内に居れば、すなわち退避せんと欲する人ではない。すでに自己は退避せざれば、すなわち別人の避け去らんと欲する対象と成り、衆人は皆自己を抛下して去る、なにを以て強行に彼らを留住せんや。ただ中和寛厚柔順の道のみこそ彼らを穏固にして安定せしめ得べし。能くこの道を用いれば、別人は自己を掙脱して去る能わず。黄は五色の中の中央に属する色で、以て中和に譬喩す。牛の性情は順従にして、皮革はまた堅韌厚実、牛皮を用いて寛厚柔順に譬喩す。この爻は中に居りて位を得るも、また正に能く中和厚順の道を運用するゆえ、「執之用黄牛之革莫之勝説」と言う。
《象》曰:執用黃牛,固志也。[疏]正義曰:“固志”者,堅固遯者之志,使不去已也。九三:係遯,有疾厲,畜臣妾,吉。在內近二,以陽附陰,宜遯而繫,故曰“係遯”。“遯”之為義,宜遠小人,以陽附陰,繫於所在,不能遠害,亦巳憊矣,宜其屈辱而危厲也。繫於所在,“畜臣妾”可也。施於大事,凶之道也。
《象伝》に言う:黄牛の皮を以て捆绑するは、心志を穏固にせんがためなり。孔頴達が伸べて言う:「固志」とは、あの退避せんと欲する者の心志を穏固にし、彼らをして自己を離れざらしむるなり。経文の九三に言う:牽係する所有るの退避は、疾患危厲有り。以て奴僕婢妾を畜養すれば、則ち吉。王弼の注が解釈して言う:九三は内卦に在りて六二に緊隣し、陽爻を以て陰爻に依附し、もと退避すべきに却って牽係せられゆえ、「係遯」と言う。「遯」の意義はもと小人を遠離すべきに、今九三は陽を以て陰に附し、処る所の地に牽係せられ、禍害を遠離する能わず、すなわち困頓疲憊すること甚だし、屈辱を遭い危厲に陷入するも怪しむに足らず。すでに処る所の地に牽係せられ、かくのごとき態度を以て奴僕婢妾を畜養するはなお可なり。もし国家大事に施用せば、すなわち凶を招くの道なり。
[疏]正義曰:“係遯”者,九三無應於上,與二相比,以陽附陰,繫意在二,處遯之世,而意有所繫,故曰“係遯”。“有疾厲”者,“遯”之為義,宜遠小人。既繫於陰,即是“有疾憊”而致危厲,故曰“有疾厲”也。“畜臣妾吉”者,親於所近,繫在於下,施之於人,畜養臣妾則可矣,大事則凶,故曰:“畜臣妾吉。”
孔頴達が伸べて言う:「係遯」とは、九三が上に正応なく、而も六二と相隣り、陽爻を以て陰爻に依附し、心意は六二の身上に牽係するがゆえなり。退避の世に身を処して心に繋がる所有れば、ゆえに「係遯」と言う。「有疾厲」とは、「遯」の意義はもと小人を遠離すべきに、九三はすでに陰爻に牽係せられれば、あれはすなわち「有疾憊」にして危厲を招致すゆえ、「有疾厲」と言う。「畜臣妾吉」とは、それが身旁の人に親近し下位に牽係するを言い、この態度を以て待人に用いれば、奴僕婢妾を畜養するはなお行き通るべし、軍国大事に用いれば則ち凶なりゆえ、「畜臣妾吉」と言う。
《象》曰:“係遯”之厲,有疾憊也。“畜臣妾,吉”,不可大事也。[疏]正義曰:“不可大事”者,釋此“係遯”之人,以“畜臣妾吉”,明其不可為大事也。九四:好遯,君子吉,小人否。處於外而有應於內,君子“好遯”,故能舍之,小人繫戀,是以“否”也。[疏]正義曰:九四處在於外,而有應於內。處外即意欲遠遯,應內則未能棄舍。若好遯君子,超然不顧,所以得吉。小人有所繫戀,即不能遯,故曰“小人否”也。
《象伝》に言う:「係遯」の危厲は、疾患困頓有るがゆえなり。「畜臣妾、吉」とは、大事を担当すべからざるを説明す。孔頴達が伸べて言う:「不可大事」とは、この牽係せられて退避する能わざる人は、ただ「畜臣妾吉」に宜しきを釈し、彼が大事を為し行くべからざるを表明す。経文の九四に言う:退避を喜好する、君子は吉、小人は則ち能わず。王弼の注が解釈して言う:九四は外卦に身を処するも内卦の初六と相応す。君子は「好遯」なれば、能くこの牽連を舍弃す。小人は却って繋念恋棧し、これによって「否」なり。孔頴達が伸べて言う:九四は外卦に身を処するも、また内卦と応有り。外に処ればすなわち遠く退避せんと欲する心有り、内に応ずればまた放下を舎て得ず。もし退避を喜好する君子なれば、便ち超然として去りて回顧するを毫もせず、ゆえに吉を獲。小人は心に繋恋する所有れば、退避を為し成さずゆえ、「小人否」と言う。
《象》曰:君子“好遯”,“小人否”也。音臧否之否。[疏]正義曰:嫌讀為“圯”,故音之也。九五:嘉遯,貞吉。遯而得正,反制於內。小人應命,率正其志,“不惡而嚴”,得正之吉,遯之嘉也。[疏]正義曰:“嘉遯貞吉”者,嘉,美也。五居於外,得位居中,是“遯而得正”。二為已應,不敢違拒,從五之命,率正其志,“遯而得正,反制於內”,“不惡而嚴,得正之吉”,為遯之美,故曰“嘉遯貞吉”也。
《象伝》に言う:君子は「好遯」、小人は則ち「否」。王弼が「否」の字に注音して言う:「臧否」の「否」と読むべし。孔頴達が伸べて言う:これは人が誤りて「圯」の字と読むを怕れ、ゆえに特に読音を注出す。経文の九五に言う:嘉美の退避、正を守りて吉を獲。王弼の注が解釈して言う:退避して能く正を得れば、反ってなお内卦の小人を制約し得。小人は命を聴きて応響し、引導せられて心志を端正す、正に《象伝》の「不悪而厳」の意に合す、これは正を得るの吉にして、また退避の中の最も美好の一種なり。孔頴達が伸べて言う:「嘉遯貞吉」とは、「嘉」は美好である。九五は外卦に居り、すでに位に当たりまた中に居り、正に「遯而得正」なり。六二はその正応で、違抗を敢えてせず、九五の命令に服従し、引導せられて心志を端正す、これがすなわち注文の言う所の「遯而得正、反制於内」「不悪而厳、得正之吉」、退避の中の美事と成るゆえ、「嘉遯貞吉」と言う。
《象》曰:“嘉遯,貞吉”,以正志也。[疏]正義曰:“以正志”者,小人應命,不敢為邪,是五能正二之志,故成遯之美也。上九:肥遯,無不利。最處外極,無應於內,超然絕志,心無疑顧,憂患不能累,矰繳不能及,是以“肥遯無不利”也。
《象伝》に言う:「嘉遯、貞吉」とは、能く心志を端正すればなり。孔頴達が伸べて言う:「以正志」とは、小人が命を聴きて応響し、為非作歹を敢えてせざるを言い、可見九五は能く六二の心志を端正し、因って退避の美善を成就す。経文の上九に言う:寛綽従容に退避す、不利なきことなし。王弼の注が解釈して言う:上九は外卦の最上端に処り、内卦と相応する爻なく、超然として牽掛を断絶し、心中に遅疑顧恋を毫もなし、憂患はそれを拖累する能わず、鳥を射るの糸繳の箭もまたそれに及ぶ能わず、ゆえに「肥遯無不利」と言う。
[疏]“上九,肥遯無不利”。○正義曰:《子夏傳》曰:“肥,饒裕也。”四、五雖在於外,皆在內有應,猶有反顧之心。惟上九最在外極,無應於內,心無疑顧,是遯之最優,故曰“肥遯”。遯而得肥,無所不利,故云“無不利”也。注“最處外極”至“無不利也”。○正義曰:矰,矢名也。鄭注《周禮》:“結繳於矢謂之矰。”繳,《字林》及《說文》云:“繳,生絲縷也。”《象》曰:“肥遯,無不利”,無所疑也。
孔頴達が上九の爻辞に疏を為し、伸べて言う:《子夏易伝》に言う:「肥はすなわち寛饒富裕」。九四・九五は皆外卦に在ると雖も、皆内卦に応爻有りて、なお回頭して顧念するの心を帯ぶ。独り上九のみ外卦の最極端に処り、内卦に応なく、心中に遅疑顧恋なく、退避するに最上乘なるゆえ、「肥遯」と言う。退避して能く寛綽従容なれば、すなわち利ならざる所なしゆえ、「無不利」と言う。彼はまた王弼の「最処外極」から「無不利也」までの注文に疏し、伸べて言う:「矰」は一種の箭の名称で、鄭玄が《周礼》に注して「箭の上に糸繩を係くるを矰と言う」と言い、「繳」は《字林》と《説文解字》ともに「繳は生糸の作る線」と言う。《象伝》に言う:「肥遯、無不利」とは、心中に遅疑する所なきがゆえなり。
大壮卦
乾下震上。大壯:利貞。[疏]正義曰:大壯,卦名也。壯者,強盛之名。以陽稱大,陽長既多,是大者盛壯,故曰“大壯”。“利貞”者,卦德也。群陽盛大,小道將滅,大者獲正,故曰“利貞”也。
大壮卦の卦体は下乾上震。経文に言う:大壮は、正を守るに利あり。孔頴達が伸べて言う:「大壮」は卦名。「壮」は強健盛大の意である。《周易》は陽爻を以て「大」と称し、この卦は陽爻の生長すでに多く、正に「大者」の強盛なれば、「大壮」と言う。「利貞」とは、この卦の卦徳である。衆多の陽爻は盛大にして、陰柔小人の道は将に消滅せんとし、「大者」は正道を得たりゆえ、「利貞」と言う。
《彖》曰:“大壯”,大者壯也。大者謂陽爻,小道將滅,大者獲正,故“利貞”也。[疏]“《彖》曰”至“壯也”。○正義曰:“大者壯也”者,就爻釋卦名。陽爻浸長,巳至於四,是大者盛壯,故曰“大者壯也”。○注“大者謂陽爻”至“利貞也”。○正義曰:釋名之下,剩解利貞,成“大者”之義也。
《彖伝》に言う:「大壮」とは、大者の強盛するを言う。王弼の注に言う:「大者」は陽爻を指す。陰柔小人の道は将に消滅せんとし、大者は正道を獲得すゆえ、「利貞」。孔頴達が「《彖》曰」から「壮也」までに疏を為し、伸べて言う:「大者壮也」とは、爻象に就いて卦名を釈する――陽爻は逐漸生長し、すでに第四爻に長じ至る、正に「大者」の強盛なれば、「大者壮也」と言う。彼はまた王弼の「大者謂陽爻」から「利貞也」までの注文に疏し、伸べて言う:王弼は卦名を釈する外、また附帯して「利貞」を釈し、以て「大者」の意義を補足す。
剛以動,故壯。“《大壯》,利貞”,大者正也,正大而天地之情可見矣。天地之情,正大而巳矣。弘正極大,則天地之情可見矣。[疏]正義曰:“剛以動故壯”者,就二體釋卦名。乾剛而震動,柔弱而動,即有退弱;剛強以動,所以成壯。“大壯利貞大者正也”者,就爻釋卦德。大者獲正,故得“利貞”。“正大而天地之情可見矣”者,因大獲正,遂廣美正人之義。天地之道,弘正極大,故正大則見天地之情。不言萬物者,壯大之名,義歸天極,故不與咸、恆同也。
《彖伝》に言う:陽剛を以て震動すゆえ強壮。「《大壮》、利貞」とは、大者が正に帰るを言う。能く正にしてかつ大なれば、天地の実情はすなわち見るべし。王弼の注に言う:天地の実情は、「正大」の二字に過ぎず。正道を弘揚して極めて広大に至れば、天地之情は便ち見るべし。孔頴達が伸べて言う:「剛以動故壮」とは、上下両卦体に就いて卦名を釈する――乾は剛健、震は振動。もし柔弱の質を以て動かば、退縮懦弱有るべし。ただ剛強の質を以て動きてこそ、強壮と成る。「大壮利貞大者正也」とは、爻象に就いて卦徳を釈する――「大者」が正を得るゆえ、能く「利貞」し得。「正大而天地之情可見矣」とは、「大者」が正を得るに因り、進んで正人君子の意義を推広讚美す。天地の道は正に正道を弘揚し広大無極するに在り、ゆえに正にしてかつ大を為し得れば、すなわち天地之情を見る能うなり。ここに万物を提げざるは、「壮大」のこの名称は、その義が天之極に帰属するがゆえに、ゆえに《咸》《恒》両卦の万物を兼挙する説法と同じからざるなり。
《象》曰:雷在天上,大壯。剛以動也。[疏]正義曰:震雷為威動,乾天主剛健,雷在天上,是“剛以動”,所以為“大壯”。君子以非禮弗履。壯而違禮則凶,凶則失壯也。故君子以“大壯”而順體也。[疏]正義曰:盛極之時,好生驕溢,故於“大壯”誠以非禮勿履也。
《象伝》に言う:雷は天上に在りは、これすなわち大壮卦。王弼の注に言う:これは正に陽剛を以て震動するなり。孔頴達が伸べて言う:震は雷と為し、威厳震動を主とす。乾は天と為し、剛健を主とす。雷が天の上に響くは、正に「剛以動」なれば、「大壮」と成る。《象伝》が続けて言う:君子はこの象を取法して、礼に合せざる事は絶対に為さず。王弼の注に言う:強壮にして礼法に違背すればすなわち凶を招き、凶を招けばすなわち強壮を失う、ゆえに君子は「大壮」の象を借りて自身を礼に順わしむ。孔頴達が伸べて言う:勢力が極盛の時は、最も驕縦放肆を滋生し易しゆえ、「大壮」の時において人々に礼に合せざる事を為さざれと告誡す。
初九:壯于趾,征凶有孚。夫得“大壯”者,必能自終成也。未有陵犯於物而得終其壯者。在下而壯,故曰“壯于趾”也。居下而用剛壯,以斯而進,窮凶可必也,故曰“征凶有孚”。[疏]正義曰:“壯于趾征凶有孚”者,趾,足也。初在體下,有如趾足之象,故曰“壯于趾”也。施之於人,即是在下而用壯也。在下用壯,陵犯於物,以斯而行,凶其信矣。故曰“征凶有孚”。
経文の初九に言う:強壮は脚趾に表れ、前往して征行せば凶有り、この事は確かに信ずべし。王弼の注が解釈して言う:凡そ真に「大壮」を得た人は、必ず能く自始から終に至りてその壮を成就す。かつて他人を欺凌侵犯して能くその壮を保全した者なし。初九は下位に在りて強を逞しゅうすゆえ、「壮于趾」と言う。下位に処りて剛強壮盛の勢を使用す、かくのごとく前進せば、窮困凶険は必然なりゆえ、「征凶有孚」と言う。孔頴達が伸べて言う:「壮于趾征凶有孚」とは、「趾」はすなわち脚。初九は卦体の最下に在り、脚趾の象のごとしゆえ、「壮于趾」と言う。もし人事に施用せば、すなわち身は下位に居りて強を逞しゅうす。下位に在りて強を逞しゅうせば、必ず他人を欺凌侵犯し、かくのごとく事を行えば、凶を招くは確かに信ずべしゆえ、「征凶有孚」と言う。
《象》曰:“壯于趾”,其孚窮也。言其信窮。[疏]正義曰:“其孚窮”者,釋“壯于趾”者,其人信其窮凶也。九二:貞吉。居得中位,以陽居陰,履謙不亢,是以“貞吉”。《象》曰:“九二貞吉”,以中也。[疏]正義曰:以其居中履謙,行不違禮,故得正而吉也。
《象伝》に言う:「壮于趾」、その応験はすなわち窮困なり。王弼の注に言う:これはその応験が窮に在るを講ず。孔頴達が伸べて言う:「其孚窮」とは、「壮於趾」の人は、その窮困凶険が確かに信ずべきを釈するなり。経文の九二に言う:正を守りて吉を獲。王弼の注が解釈して言う:九二は下卦の中位に居り、また陽爻を以て陰位に処り、謙退を践行して高亢せざるゆえ、「貞吉」。《象伝》に言う:「九二貞吉」とは、それが中を得ればなり。孔頴達が伸べて言う:九二は中に居りて能く謙退し、事を行って礼法に違背せざるがゆえに、正を得て吉を獲るなり。
九三:小人用壯,君子用罔,貞厲。羝羊觸藩,羸其角。處健之極,以陽處陽,用其壯者也。故小人用之以為壯,君子用之以為羅己者也。貞厲以壯,雖復羝羊,以之觸藩,能無羸乎?
経文の九三に言う:小人は強壮を凭恃し、君子は却ってそれを羅網と看做す、固守すれば危し。公羊は籬笆を抵撞して、角は纏住せられたり。王弼の注が解釈して言う:九三は乾体の剛健の頂点に処り、また陽爻を以て陽位に居り、正にその強壮の勢を使用する人なり。ゆえに同様の処境にあって、小人はそれを取りて強を逞しゅうする資本と為し、君子は却ってそれを取りて自己を罩住する羅網と為す。もし壮を逞しゅうするを以て正と為さば、すなわち危険なり。たとえ公羊といえども、この蛮劲を用いて籬笆を撞かば、なんぞ角を纏住せざるを得んや。
[疏]“九三小人用”至“羸其角”。○正義曰:罔,羅罔也。羝羊,羖羊也。藩,藩籬也。羸,拘累纏繞也。九三處《乾》之上,是“健之極”也。又“以陽居陽”,是健而不謙也。健而不謙,必用其壯也。小人當此,不知恐懼,即用以為壯盛,故曰“小人用壯”。君子當此即慮危難,用之以為羅罔於巳,故曰“君子用罔”。以壯為正,其正必危,故云“貞厲”也。以此為正,狀似“羝羊觸藩”也。必拘羸其角矣。
孔頴達が九三の「小人用」から「羸其角」までに疏を為し、伸べて言う:「罔」はすなわち羅網、「羝羊」は公羊、「藩」は籬笆、「羸」は拘係纏繞である。九三は《乾》卦の最上に処り、正に「健之極」。また「以陽居陽」は、剛健にして謙退せざるなり。剛健にして謙退せざれば、必ずその強壮の勢を使用せん。小人がこの処境に碰当たれば、戒懼を知らず、それを壮盛と為して使用すゆえ、「小人用壮」と言う。君子がこの処境に碰当たればすなわち危難を顧慮し、それを自己を罩住する羅網と看做すゆえ、「君子用罔」と言う。壮を逞しゅうするを以て正道と為す、この「正」は必ず危険を招致すゆえ、「貞厲」と言う。この態度を用いて正道と為すは、さまはあたかも「羝羊触藩」のごとく、必ず角を纏住せんとす。
《象》曰:“小人用壯”,君子罔也。[疏]正義曰:言小人用以為壯者,即是君子所以為羅罔也。九四:貞吉,悔亡。藩決不羸。壯于大輿之輹。下剛而進,將有憂虞。而以陽處陰,行不違謙,不失其壯,故得“貞吉”而“悔亡”也。巳得其壯,而上陰不罔巳路,故“藩決不決”也。“壯于大輿之輹”,無有能說其輹者,可以“往”也。
《象伝》に言う:「小人用壮」は、君子の看るに却って羅網なり。孔頴達が伸べて言う:これは小人が取りて強を逞しゅうする物は、正に君子が用いて自警する羅網であるを言う。経文の九四に言う:正を守りて吉を獲、悔恨は消失す。籬笆は冲開して、角はもはや纏住せられず。強壮は大車の車輹に表れ。王弼の注が解釈して言う:下の陽剛は歩歩上進し、もと将に憂慮有らんとす。然れど九四は陽爻を以て陰位に処り、事を行って謙退に違わず、同時にまたその強壮を失わざるゆえ、「貞吉」にして「悔亡」を得る能うなり。自己はすでにその壮を得、上の陰爻もまた自己の去路を羅罩せざるゆえ、「藩决不羸」と言う。「壮于大輿之輹」とは、誰もそれの車下の伏兎を脱掉する能わざるを言い、因って前往し得べし。
[疏]正義曰:“大輿”者,大車也。“下剛而進,將有憂虞”。而九四“以陽處陰,行不違謙”,居謙即“不失其壯”,故得正吉,而“悔亡”也。故云“貞吉悔亡”。九三以壯健不謙,即被“羸其角”。九四以謙而進,謂之上行。陰爻“不罔巳路,故藩決不羸也”。“壯于大輿之輹”者,言四乘車而進,其輹壯大無有能脫之者,故曰“藩決不羸,壯于大輿之輹”也。
孔頴達が伸べて言う:「大輿」とはすなわち大車である。正に王弼の注の言うがごとき「下剛而進、將有憂虞」――下の陽剛は歩歩逼進し、もとは憂患を生ぜんとするなり。而も九四は「以陽処陰、行不違謙」、能く謙退に居り、すなわち「不失其壮」、ゆえに正を得て吉、悔恨は消失し、これによって爻辞は「貞吉悔亡」と言う。九三は剛健にして謙退を肯んぜざるに因り、すなわち「羸其角」の下場に落つ。九四は則ち謙退の姿を以て前進し、これを向上して行くと言い、上の陰爻は「不罔巳路、故藩決不羸也」、来てその去路を羅罩せず。「壮于大輿之輹」とは、「輹」は車廂の底下に車軸を鈎住する伏兎である。これは九四が車に乘って前進し、車下の伏兎は壮実牢固にして、誰もそれを脱掉する能わざるを言うゆえ、「藩決不羸、壮于大輿之輹」と言う。
《象》曰:“藩決不羸”,尚往也。[疏]正義曰:“尚往”者,尚,庶幾也。言已不失其壯,庶幾可以往也。六五:喪羊于易,無悔。居於大壯,以陽處陽,猶不免咎,而況以陰處陽,以柔乘剛者乎?羊,壯也。必喪其羊,失其所居也。能喪壯於易,不於險難,故得“無悔”。二履貞吉,能幹其任,而已委焉,則得“無悔”。委之則難不至,居之則敵寇來,故曰“喪羊于易”。
《象伝》に言う:「藩決不羸」、なお前往し得べし。孔頴達が伸べて言う:「尚往」とは、「尚」は庶幾・差不多可なるの意で、九四がすでにその強壮を失わず、差不多前行し得べしを言う。経文の六五に言う:平易の地に於て羊を喪失す、悔恨なし。王弼の注が解釈して言う:大壮の時に身を処すれば、たとえ陽爻を以て陽位に居るも尚且つ災咎を免れ難し、況んや陰爻を以て陽位に居り柔を以て剛に乘ずるをや。「羊」は強壮を象徴し、六五は必ずその羊を喪失し、そのもと拠る所の位置を失わん。能く平易の時に於て強壮を舍去して、険難の際に及ぶを待たず、ゆえに能く「無悔」し得。九二は「貞吉」を践行し、能くその事に勝任す、六五は事をそれに托付すれば、すなわち「無悔」を得。托付し去れば則ち禍難は来らず、自己が占拠して放さざれば則ち敵寇はすなわち到来せん、ゆえに「喪羊于易」と言う。
[疏]“六五,喪羊于易,無悔”。○正義曰:“喪羊于易無悔”者,羊,壯也。居大壯之時,“以陽處陽,猶不免咎,而況以陰處陽,以柔乘剛者乎”?違謙越禮,必喪其壯。群陽方進,勢不可止。若於平易之時,逆舍其壯,委身任二,不為違拒,亦剛所不害,不害即無悔矣,故曰“喪羊于易無悔”也。
孔頴達が六五の爻辞に疏を為し、伸べて言う:「喪羊于易無悔」とは、「羊」は強壮を象徴す。大壮の時に処るは、正に王弼の言うがごとき「以陽処陽、猶不免咎、而況以陰処陽、以柔乗剛者乎」。謙退に違背し礼法を逾越せば、必ずその強壮を喪失せん。衆陽爻はまさに上進し、勢頭は阻挡する法なし。もし平易無事の時に趁りて、預め自己の強壮を舍弃し、身を九二に委ね信任して、違抗拒絶し去らざれば、剛爻もまたそれに加害せざらん。害を受けざれば、すなわち悔恨もなしゆえ、「喪羊于易無悔」と言う。
○注“居於大壯”至“喪羊于易”。○正義曰:羊,剛狠之物,故以譬壯。云“必喪其羊失其所居”者,言違謙越禮,理勢必然。云“能喪壯於易不於險難”者,二雖應已,剛長則侵,陰為已寇難,必喪其壯,當在於平易寇難未來之時,勿於險難敵寇既來之日。良由居之有必喪之理,故戒其預防。而莊氏云:“《經》止一言喪羊,而《注》為兩處分用。初雲‘必喪其羊,失其所居’,是自然應失。後雲‘能喪壯於易,不於險難’,故得無咎。自能喪其羊,二理自為矛盾。”竊謂莊氏此言,全不識《注》意。
孔頴達が続けて王弼の「居於大壮」から「喪羊于易」までの注文に疏し、伸べて言う:羊は剛強凶狠の動物なれば、以て強壮に譬喩す。注文の「必喪其羊失其所居」は、六五が謙退に違背し礼法を逾越せば、理に按じ勢いに按じて必然にかくのごとしを講ず。注文の「能喪壮于易不於険難」は、九二はその応爻なりと雖も、陽剛は一旦生長すればすなわち侵逼し、陰爻はかえって自己の寇難と成り、これによってそれは必ず強壮を喪失せん。而も強壮を舍弃するは応に平易無事・寇難未だ至らざるの時に在りて、険難が頭に当たり敵寇すでに至るの日に拖くべからず。まさに占拠して放さざれば必ず喪失の理有るがゆえに、注文は預め防備せよと告誡す。荘氏は却って言う:「経文はただ一次「喪羊」を説き、王弼の注は却って両処に分かちて用いる。前面の『必喪其羊、失其所居』は、自然而然に応に喪失すべし。後面の『能喪壮於易、不於険難』は、能く主動して舍弃してこそ無咎を得。すでに自己はその羊を舍弃し得れば、両種の説法は自ら相矛盾す」。私は私かりに、荘氏のこの番の話は全く注文の用意を懂せざるなり。
《象》曰:“喪羊于易”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,正由處不當位,故須舍其壯也。上六:羝羊觸藩,不能退,不能遂。無攸利,艱則吉。有應於三,故“不能退”。懼於剛長,故“不能遂”。持疑猶豫,志無所定,以斯決事,未見所利。雖處剛長,剛不害正。苟定其分,固志在一,以斯自處,則憂患消亡,故曰“艱則吉”也。
《象伝》に言う:「喪羊于易」とは、六五の処する位置が当たらざるがゆえなり。孔頴達が伸べて言う:「位不当」とは、正にそれが陰を以て陽に居り処る所が位に当たらざるがゆえに、必ず自己の強壮を舍弃せねばならざるを言う。経文の上六に言う:公羊が籬笆を抵撞して、退きて帰る能わず、また進みて上る能わず。利益あることなし、処境が艱難なればかえって吉を得べし。王弼の注が解釈して言う:上六は九三と相応すゆえ、「不能退」。また陽剛の断えず生長するを畏懼すゆえ、「不能遂」。遅疑猶豫して、心志は安んずる所なし、この態度を以て事を決断するに、なんの利益有るかを見ず。ただそれは陽剛生長の世に処ると雖も、陽剛は正を守る人を妨害せず。もし能く自己の名分を安定し心志を堅固にして専一不二なれば、この態度を以て自処し、憂患はすなわち消散せんゆえ、「艱則吉」と言う。
[疏]“上六羝羊觸藩”至“艱則吉”。○正義曰:“退”謂退避。“遂”謂進往。有應於三,疑之不巳,故不能退避。然懼於剛長,故不能遂往,故云“羝羊觸藩不能退不能遂”也。“無攸利”者,持疑猶豫,不能自決,以此處事,未見其利,故曰“無攸利”也。“艱則吉”者,雖處剛長,剛不害正。但艱固其志,不舍於三,即得吉,故曰“艱則吉”也。
孔頴達が上六の「羝羊触藩」から「艱則吉」までに疏を為し、伸べて言う:「退」は退避を指し、「遂」は前進を指す。上六は九三と相応し、それに対して遅疑して断ぜざるゆえ、退避する能わず。然れどまた陽剛の生長を畏懼するゆえ、前進する能わず、これによって「羝羊触藩不能退不能遂」と言う。「無攸利」とは、それが遅疑猶豫して自ら決断する能わざるを言い、この態度を以て事に処するに、なんの好処有るかを見ずゆえ、「無攸利」と言う。「艱則吉」とは、それが陽剛生長の世に処ると雖も、陽剛は正を守る人を妨害せざるを言う。ただ能く艱難の中に於て自己の心志を堅固にし、九三との相応を舍弃せざれば、すなわち吉を獲得し得ゆえ、「艱則吉」と言う。
《象》曰:“不能退,不能遂”,不詳也。“艱則吉”,咎不長也。[疏]正義曰:“不詳也”者,祥者善也。進退不定,非為善也,故云“不祥也”。“咎不長也”者,能艱固其志,即憂患消亡,其咎不長,釋所以得吉也。
《象伝》に言う:「不能退、不能遂」とは、善ならざるなり。「艱則吉」とは、災咎が長久ならざるを言う。孔頴達が伸べて言う:「不詳也」とは、「詳」はここに於て「祥」に通じ、「祥」はすなわち善である。上六は進退両難にして心志は定まらず、善事と算すべからずゆえ、《象伝》は「不祥也」と言う。「咎不長也」とは、それがただ能く艱難の中に於て自己の心志を堅固にし、再び猶疑せざれば、憂患は自然に消散し、災咎もまた長く拖ることなからんを言う。この一句は正に上六が何を以て終に吉を得る能うかを釈するなり。
晋卦
坤下離上。晉:康侯用錫馬蕃庶,晝日三接。[疏]正義曰:“晉”者,卦名也。“晉”之為義,進長之名。此卦明臣之昇進,故謂之“晉”。“康”者,美之名也。“侯”謂昇進之臣也。臣既柔進,天子美之,賜以車馬,蕃多而眾庶,故曰“康侯用錫馬蕃庶”也。“晝日三接”者,言非惟蒙賜蕃多,又被親寵頻數,一晝之間,三度接見也。
晋卦の卦体は下坤上離。経文に言う:晋卦は、美善の諸侯は衆多の車馬を賜与せられ、一日の内に三次接見を受く。孔頴達が伸べて言う:「晋」は卦名で、その含義はすなわち前進滋長である。この卦の闡明するは臣子の升遷進用なれば、「晋」と言う。「康」は美好の称呼、「侯」は升進を獲得する臣子を指し、「錫」はすなわち賞賜である。臣子はすでに柔順の道を以て上進すれば、天子は便ち彼を嘉美し、彼に車馬を賞賜し、数量は繁多なりゆえ、「康侯用錫馬蕃庶」と言う。「昼日三接」とは、彼が不但に豊厚の賞賜を蒙るのみならず、また屢々親近寵信を獲得し、一日の内に竟に三次天子に接見せらるるを言う。
《彖》曰:晉,進也。明出地上,順而麗乎大明,柔進而上行。凡言“上行”者,所以在貴也。[疏]“《彖》曰晉進也”至“進而上行”。○正義曰:“晉,進也”者,以今釋古,古之“晉”字,即以進長為義,恐後世不曉,故以“進”釋之。“明出地上”者,此就二體釋得“晉”名。離上坤下,故言“明出地上”。明既出地,漸就進長,所以為“晉”。“順而麗乎大明柔進而上行”者,此就二體之義及六五之爻,釋“康侯用錫馬”巳下也。“坤”,順也;“離”,麗也。又為明坤能順從而麗著於大明,六五以柔而進,上行貴位,順而著明臣之美道也。“柔進而上行”,君上所與也,故得厚賜而被親寵也。
《彖伝》に言う:「晋」はすなわち前進。光明は地面より升出し、柔順にして大明に附麗し、柔爻は上進して上位に居る。王弼の注に言う:凡そ「上行」を講ずるは、皆尊貴の位に処るに因る。孔頴達が「《彖》曰晋進也」から「進而上行」までに疏を為し、伸べて言う:「晋、進也」とは、今義を用いて古字を釈する――古代の「晋」の字はもと前進滋長の義を取り、後世の人が明白せざるを怕るゆえ、「進」を用いてそれを釈す。「明出地上」とは、上下両卦体に就いて「晋」のこの卦名を釈する。離は上に在り坤は下に在りゆえ、「明出地上」と言う。光明はすでに地に出でれば、便ち漸々前に向かって滋長すゆえ、「晋」と言う。「順而麗乎大明柔進而上行」とは、両卦の卦徳と六五のこの一爻に就いて「康侯用錫馬」以下の卦辞を釈する。「坤」の卦徳は順、「離」の卦徳は麗にしてまた光明なり。坤は能く順従して大明に附著し、六五は柔順の質を以て上進し、行りて尊貴の位に至り、柔順にして光明を彰顕す、正に人臣の美徳なり。「柔進而上行」は、これが君上の讚許する所なるを説明すゆえ、厚賞を得て親近寵信を受くる能うなり。
是以“康侯用錫馬蕃庶,晝日三接”也。康,美之名也。順以著明,臣之道也。“柔進而上行”,物所與也。故得錫馬而蕃庶。以“訟受服”,則“終朝三褫”。柔進受寵,則“一晝三接”也。[疏]“是以康侯”至“三接也”。○正義曰:釋訖舉《經》以結君寵之意也。○注“康美之名也”至“一晝三接也”。○正義曰:舉此對釋者,蓋訟言終朝,晉言一晝,俱不盡一日,明黜陟之速,所以示懲勸也。
《彖伝》が最後に言う:ゆえに「康侯用錫馬蕃庶、昼日三接」。王弼の注に言う:「康」は美好の称呼。柔順にして光明を彰顕するは、正に臣を為るの道なり。「柔進而上行」は、衆人の讚許する所なれば、衆多の車馬を賜与せられ得べし。相形すれば、《訟》卦は争訟に因りて得る所の官服は「終朝三褫」にして、一個の早上に三次剥奪せらる。此の卦は柔順にして上進して寵を受くれば、則ち「一昼三接」なり。孔頴達が「是以康侯」から「三接也」までに疏を為し、伸べて言う:これは釈し終えた後に経文を挙出して以て収束し、君主の寵遇の意を表明す。彼はまた王弼の「康美之名也」から「一昼三接也」までの注文に疏し、伸べて言う:王弼が《訟》卦を挙げて対照釈するは、ほぼ《訟》が「終朝」と言い《晋》が「一昼」と言い、皆一整天に満たざるがゆえに、以て黜退と升進がともに極めて迅速なるを表明し、借此に懲戒と勧勉の意を顕示す。
《象》曰:“明出地上”,晉。君子以自昭明德。以順著明,自顯之道。[疏]“《象》曰”至“以昭明德”。○正義曰:“自昭明德”者,昭亦明也,謂自顯明其德也。周氏等為“照”以為自照己身。《老子》曰:“自知者明。”用明以自照為明德。案:王《注》此云:“以順著明自顯之道。”又此卦與明夷正反。《明夷·象》云:“君子以蒞眾用晦而明。”王注彼云:“蒞眾顯明,蔽偽百姓。”“藏明於內,乃得明也。”準此二注,明王之《注》意以此為自顯明德。昭字宜為昭,之遙反。周氏等為照,之召反,非《注》旨也。
《象伝》に言う:「明出地上」、これすなわち晋卦。君子はこの象を取法して、自ら自己の美徳を彰明す。王弼の注に言う:柔順を以て光明を彰顕するは、正に自ら顕揚するの道なり。孔頴達が「《象》曰」から「以昭明徳」までに疏を為し、伸べて言う:「自昭明徳」とは、「昭」はすなわち明なり、自己が自己の徳行を顕明するを指す。周氏らは「昭」を「照」と読み、自ら己身を照察するを為し、並びに《老子》の「自知者明」を引き、明智を用いて自ら照察するを以て明徳と為す。按ずるに:王弼のここの注は「以順著明自顕之道」と言う。再びこの卦は《明夷》卦と正好して相反し、《明夷・象伝》は「君子以莅衆用晦而明」と言い、王弼はあそこに注して「莅衆顕明、蔽偽百姓」「蔵明於内、乃得明也」と言う。这两条の注文に依拠すれば、王弼の注意はここを自ら明徳を顕揚するに解すを知るべし。ゆえに「昭」の字は応に就いて「昭」と読み、音は「之遥反」。周氏らは「照」と読み、音は「之召反」は、注文の本旨に合せず。
初六:晉如、摧如,貞吉。罔孚,裕,無咎。處順之初,應明之始,明順之德,於斯將隆。進明退順,不失其正,故曰“晉如、摧如、貞吉”也。處卦之始,功業未著,物未之信,故曰“罔孚”。方踐卦始,未至履位,以此為足,自喪其長者也。故必“裕”之,然後“無咎”。
経文の初六に言う:或る時は上進し、或る時は退却し、正を守りて吉を獲。なお信任を得ず、ただ寛裕に自処すれば、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:初六は坤順の体の開端に処り、また離明の体の起始と相応し、光明と柔順の両種の徳性はここに至って将に隆盛ならんとす。前進すれば則ち光明に趨向し、後退すれば則ち柔順に安んず、皆その正を失わざるゆえ、「晋如、摧如、貞吉」と言う。それは一卦の起始に処り、功業は未だ顕著ならず、別人は未だそれを信服せざるゆえ、「罔孚」と言う。それは才刚に卦の開端を踏上して、未だ応有の職位に到達せず、もしこれに就いて自ら満足と為さば、あれは自己が自己の成長を断送するゆえ、必ず寛裕に自己を培養して、然る後にこそ「無咎」なり。
[疏]“初六晉如摧如”至“無咎”。○正義曰:“晉如摧如貞吉”者,何氏云:“摧,退也。裕,寬也。如,辭也。”初六處順之初,“應明之始,明順之德,於斯將隆”,進則之明,退則居順,進之與退,不失其正,故曰“晉如摧如貞吉”也。“罔孚”者,處卦之始,功業未著,未為人所信服,故曰“罔孚”。“裕無咎”者,裕,寬也。“方踐卦始,未至履位”,不可自以為足也,若以此為足,是“自喪其長”也。故必宜寬裕其德,使功業弘廣,然後“無咎”,故曰“裕無咎”也。
孔頴達が初六の「晋如摧如」から「無咎」までに疏を為し、伸べて言う:「晋如摧如貞吉」とは、何氏が釈して「摧はすなわち退、裕はすなわち寛、如は句末の語助詞」と言う。初六は坤順の体の開端に処り、また王弼の言うがごとき「応明之始、明順之徳、於斯将隆」――それは上に離明の体の起始に応じ、光明と柔順の両種の徳性はここに至って正に隆盛ならんとす。これによってそれは前進すればすなわち光明に趨向し、後退すればすなわち柔順に安んじ、進退を問わずその正を失わざるゆえ、「晋如摧如貞吉」と言う。「罔孚」とは、それが一卦の起始に処り、功業は未だ顕著ならず、未だ人に信服せられざるがゆえに、「罔孚」と言う。「裕無咎」とは、「裕」は寛の意である。それは「方踐卦始、未至履位」、才刚にこの卦の開端を踏上して未だ応有の職位に登上せざれば、自ら満足と為すべからず。もしこれを以て自満せば、便ち「自喪其長」、自己の長進を断送するに等し。ゆえに必ず寛裕に自己の徳行を涵養し、功業を弘大広遠ならしめて、然る後にこそ過ちなからしめ得、これによって「裕無咎」と言う。
《象》曰:“晉如摧如”,獨行正也。“裕無咎”,未受命也。未得履位,“未受命也”。[疏]“《象》曰“至”未受命也”。○正義曰:“獨行正”者,獨猶專也,言進與退,專行其正也。“裕無咎未受命也”者,進之初,未得履位,未受錫命,故宜寬裕進德,乃得“無咎”。
《象伝》に言う:「晋如摧如」とは、専一に正道を推行するなり。「裕無咎」とは、未だ任命を接受せざるがゆえなり。王弼の注に言う:初六は未だ応有の職位を得ざるゆえ、「未受命也」と言う。孔頴達がこの段の《象伝》に疏を為し、伸べて言う:「独行正」とは、「独」は専に等しく、前進するも後退するも、皆専一に正道を施行するを言う。「裕無咎未受命也」とは、それが上進の開端に在りて、未だ職位を得ず任命を接受せざるを言うゆえ、寛裕に徳行を増進してこそ、「無咎」を得べし。
六二:晉如,愁如,貞吉。受茲介福,于其王母。進而無應,其德不昭,故曰“晉如愁如”。居中得位,履順而正,不以無應而回其志,處晦能致其誠者也。脩德以斯,聞乎幽昧,得正之吉也,故曰“貞吉”。“母”者,處內而成德者也。“鳴鶴在陰”,則“其子和”,之立誠於闇,闇亦應之,故其初“愁如”。履貞不回,則乃受茲大福于其王母也。
経文の六二に言う:上進して憂愁し、正を守りて吉を獲。王母よりこの大福を承受す。王弼の注が解釈して言う:六二は上進するも応爻なく、その徳行は顕揚し得ざるゆえ、「晋如愁如」と言う。然れどそれは中に居りて位を得、柔順を践行して正を守り、無応に因りて自己の心志を改変せざるは、身は晦暗に処りてなお誠意を竭くす能う人なり。このように徳行を修養せば、その声名は幽暗の処にも聴聞し得べし、正に正を守るの吉なりゆえ、「貞吉」と言う。「母」とは、内位に処りて徳行を成就する人を指す。あたかも《中孚》の九二爻辞の言うがごとき「鳴鶴在陰、其子和之」――暗中に於て誠心を立定せば、暗中にも自然に応響有り、ゆえに起初は「愁如」なりと雖も。ただ貞正を践行して改易せざれば、すなわち王母よりこの大福を承受し得べし。
[疏]“六二晉如愁如”至“于其王母”。○正義曰:“晉如愁如”者,六二進而無應於上,其德不見昭明,故曰“進如愁如”,憂其不昭也。“貞吉”者,然履順居於中正,不以無應而不脩其德,正而獲吉,故曰“貞吉”也。“受茲介福于其王母”者,介者,大也。母者,處內而成德者也。初雖“愁如”,但守正不改,終能受此大福於其所脩,故曰“受茲介福于其王母”。○注“進而無應”至“于其王母也”。○正義曰:“鳴鶴在陰”,則“其子和之”者,此王用《中孚》九二爻辭也。
孔頴達が六二の「晋如愁如」から「于其王母」までに疏を為し、伸べて言う:「晋如愁如」とは、六二が上進して上卦に応爻なく、その徳行は顕耀し得ざるがゆえに、「進如愁如」、自己が彰明を得ざるを憂愁す。「貞吉」とは、それが無応なりと雖も、柔順を践行し中正に居り、無応に因りて徳を修むるを荒廃せず、正を守るに因りて吉を獲るを言うゆえ、「貞吉」と言う。「受茲介福于其王母」とは、「介」は大、「母」は内位に処りて徳行を成就する人を指す。起初は「愁如」なりと雖も、ただ正を守りて改せざれば、終に自己の修むる所の徳に因りてこの大福を承受し得べしゆえ、「受茲介福於其王母」と言う。彼はまた王弼の「進而無応」から「于其王母也」までの注文に疏し、伸べて言う:注中の「鳴鶴在陰、其子和之」の一句は、王弼が《中孚》卦の九二の爻辞を引用するなり。
《象》曰:“受茲介福”,以中正也。六三:眾允,悔亡。處非其位,悔也。志在上行,與眾同信,順而麗明,故得“悔亡”也。[疏]正義曰:六三處非其位,有悔也。“志在上行,與眾同信,順而麗明,故得其悔亡”。《象》曰:“眾允”之,志上行也。[疏]正義曰:居晉之時,眾皆欲進,巳應於上,志在上行,故能與眾同信也。
《象伝》に言う:「受茲介福」とは、六二が中に居りて正を得ればなり。経文の六三に言う:衆人は信従し、悔恨は消失す。王弼の注が解釈して言う:六三は陰を以て陽に居り処る所は位に当たらず、もと悔有るべし。然れどそれは心志を上に向かって行かせ、衆人と同心に相信じ、柔順にして光明に附麗すゆえ、能く「悔亡」し得るなり。孔頴達が伸べて言う:六三は処る所が位に当たらず、因って悔有り。正に注文の言うがごとき「志在上行、与衆同信、順而麗明、故得其悔亡」なり。《象伝》に言う:衆人がそれを信従するは、その心志が上に向かって行くがゆえなり。孔頴達が伸べて言う:晋卦の上進の時に処り、衆人は皆前進せんと欲し、而も六三は上位と応有りて、心志は上に向かって行くに在るゆえ、衆人と同心に相信じ得るなり。
九四:晉如鼫鼠,貞厲。履非其位,上承於五,下據三陰,履非其位。又負且乘,無業可安,志無所據,以斯為進,正之危也。進如鼫鼠,無所守也。[疏]“九四晉如鼫鼠,貞厲”。○正義曰:“晉如鼫鼠”者,鼫鼠有五能而不成伎之蟲也。九四履非其位,上承於五,下據三陰,上不許其承,下不許其據,以斯為進,無業可安,無據可守,事同鼫鼠,無所成功也。以斯為進,正之危也,故曰“晉如鼫鼠,貞厲”也。
経文の九四に言う:上進のさまは鼫鼠の如し、固守すれば危し。王弼の注が解釈して言う:九四の踏む所は自己の応有の位置に非ず、上に向かって六五を承奉し、下に向かって三つの陰爻を拠有し、処る所はすでに位に当たらず、また《繋辞伝》の言う所の「負且乗」のごとき身分錯乱なり。安身すべき事業なく、心志にも凭据すべき処なし。この状態を以て上進するは、すなわち正を守りて危険有り。「進如鼫鼠」とは、それが一も守る所なきを言う。孔頴達が九四の爻辞に疏を為し、伸べて言う:「晋如鼫鼠」とは、鼫鼠は一種の五種の本领有りて様様精ならざる動物なり。九四は履む所位に非ず、上に向かって六五を承奉し、下に向かって三陰を拠有す、然れど上はそれに承奉を許さず、下はそれに拠守を許さず。この状態を以て上進するに、安身すべき事業なく、守持すべき凭据なく、情形は正に鼫鼠と相同じく、なにを為すも成功する能わず。この状態を以て上進するは、正を守りて危険有るなれば、「晋如鼫鼠、貞厲」と言う。
○注“履非其位”至“無所守也”。○正義曰:“晉如鼫鼠無所守也”者,蔡邕《勸學篇》云:“鼫鼠五能不成一伎術。”《注》曰:“能飛不能過屋,能綠不能窮木,能遊不能度谷,能穴不能掩身,能走不能先人。”《本草經》云:“螻蛄一名鼫鼠”,謂此也。鄭引《詩》云:“碩鼠碩鼠,無食我黍。”謂大鼠也。陸機以為“雀鼠”。案:王以為“無所守”,蓋五伎者當之。
孔頴達が続けて王弼の「履非其位」から「無所守也」までの注文に疏し、伸べて言う:「晋如鼫鼠無所守也」に関しては、蔡邕《勧学篇》に言う「鼫鼠は五種の本领有り、然れど一様の技芸を練成せるなし」、その注文は列挙して言う:「能く飛ぶも屋頂を飛び過ぐる能わず、能く攀縁するも樹梢に爬り至る能わず、能く游水するも山谷を渡過する能わず、能く洞を打つも身を蔵るる能わず、能く奔跑するも人に跑り過ぐる能わず」。《本草経》に言う「螻蛄はまた鼫鼠と叫ぶ」、指す所はこの種の物なり。鄭玄は則ち《詩経・魏風・碩鼠》の「碩鼠碩鼠、無食我黍」を引き、大老鼠と認め。陸機は則ち「雀鼠」と為す。按ずるに:王弼はそれを「無所守」と解す、ほぼ五技にして一成なきのあの説法を取るなり。
《象》曰:“鼫鼠貞厲”,位不當也。六五:悔亡。失得勿恤,往,吉,無不利。柔得尊位,陰為明主,能不用察,不代下任也。故雖不當位,能消其悔。“失得勿恤”,各有其司,術斯以往,“無不利”也。
《象伝》に言う:「鼫鼠貞厲」とは、九四の処する位置が当たらざるがゆえなり。経文の六五に言う:悔恨は消失す。得失に対して憂慮を須みず、前往すれば則ち吉、不利なきことなし。王弼の注が解釈して言う:六五は柔爻を以て尊位を得、陰柔の質を以て光明の主と為り、能く自己の察察の明を逞しゅうせず、下属に代わって職任を承担せざるゆえ、位は当たらずと雖も、悔恨を消去し得るなり。「失得勿恤」とは、各々その職司有るを言う。この路子に依循して前行せば、すなわち「無不利」なり。
[疏]“《象》曰鼫鼠”至“無不利”。○正義曰:“悔亡失得勿恤往吉無不利”者,居不當位,悔也。“柔得尊位,陰為明主”,能不自用其明,以事委任於下,故得“悔亡”。既以事任下,委物責成,失之與得,不須憂恤,故曰“失得勿恤”也。能用此道,所往皆吉而無不利,故曰“往吉無不利”也。
孔頴達が《象伝》の「鼫鼠」から「無不利」までのこの段に疏を為し、伸べて言う:「悔亡失得勿恤往吉無不利」とは、六五の居る所は位に当たらず、もと悔有るべし。然れどそれは「柔得尊位、陰為明主」、能く自己の明察を独りで逞しゅうせず、政事を下属に委任すゆえ、能く「悔亡」し得るなり。すでに事を下面に交げて弁らせ、他人に委托して成效を責求せば、則ち得るも失うも、皆憂慮を須みずゆえ、「失得勿恤」と言う。能くこの路子を運用せば、至る所皆吉利にして宜しからざるなきゆえ、「往吉無不利」と言う。
《象》曰“失得勿恤”,往有慶也。[疏]正義曰:“有慶”者,委任得人,非惟自得無憂,亦將人所慶說,故曰“有慶”也。上九:晉其角,維用伐邑。厲吉無咎,貞吝。處進之極,過明之中,明將夷焉,巳在乎角,在猶進之,非亢如何?失夫道化無為之事,必須攻伐,然後服邑,危乃得吉,吉乃無咎。用斯為正,亦以賤矣。
《象伝》に言う:「失得勿恤」、前往すれば喜慶有らん。孔頴達が伸べて言う:「有慶」とは、委任が人を得れば、不但に自己は能く無憂なるのみならず、また将に衆人のために慶賀喜悅せられんを言うゆえ、「有慶」と言う。経文の上九に言う:上進して獣角の位置に至る、ただ用いて自己の封邑を討伐すべし。危厲有りて而後吉を得、過ちなく、これを以て正と為せば則ち吝惜有り。王弼の注が解釈して言う:上九は上進の頂点に処り、光明の中位を越過し、光明は将に傷を受けんとす。自己はすでに角の位置に至り、この歩に至ってなお前進せんと欲す、高亢と言わずしてなんと言わん。それは道徳を以て教化し無為にして治めるの做法を失い、必ず攻伐を動用して、然る後に封邑をして帰服せしめ得。危険を経歴してこそ吉を得、吉を得てこそ過ちなし。この做法を以て正道と為すは、すなわち卑下を免れざるなり。
[疏]“上九,晉其角”至“貞吝”。○正義曰:“晉其角”者,西南隅也。上九處晉之極,過明之中,其猶日過於中,巳在於角而猶進之,故曰“進其角”也。“維用伐邑”者,在角猶進,過亢不巳,不能端拱無為,使物自服,必須攻伐其邑,然後服之,故云“維用伐邑”也。“厲吉無咎貞吝”者,兵者凶器,伐而服之,是危乃得吉,吉乃無咎,故曰“厲吉無咎”。以此為正,亦以賤矣,故曰“貞吝”也。《象》曰:“維用伐邑”,道未光也。[疏]正義曰:“道未光也”者,用伐乃服,雖得之,其道未光大也。
孔頴達が上九の「晋其角」から「貞吝」までに疏を為し、伸べて言う:「晋其角」とは、「角」は屋宇の西南角落を指す。上九は晋卦の頂点に処り、光明の中位を越過し、あたかも太陽がすでに中天を偏過するがごとし。それはすでに角の位置に至ってなお前に向かわんと欲すゆえ、「進其角」と言う。「維用伐邑」とは、身は角位に在りてなお前進せんと欲し、過分に高亢にして停止せず、すでに端拱無為にして万物をして自動に帰服せしむる能わず、必ず自己の封邑を攻伐して、然る後にそれを服従せしめ得べしゆえ、「維用伐邑」と言う。「厲吉無咎貞吝」とは、兵器は凶険の物で、討伐に頼ってこそ人をして帰服せしむ、これは先に危険有りてこそ吉を得、吉を得てこそ過ちなきゆえ、「厲吉無咎」と言う。この做法を以て正道と為すは、すなわち卑下を免れざるゆえ、「貞吝」と言う。《象伝》に言う:「維用伐邑」とは、その道がなお光大ならざるを言う。孔頴達が伸べて言う:「道未光也」とは、討伐に頼ってこそ人をして帰服せしむ、目的に到達したりと雖も、然れどこの路子は終に光明盛大ならざるを言う。
明夷卦
離下坤上。明夷:利艱貞。[疏]正義曰:“明夷”,卦名。夷者,傷也。此卦日入地中,明夷之象。施之於人事,闇主在上,明臣在下,不敢顯其明智,亦明夷之義也。時雖至闇,不可隨世傾邪,故宜艱難堅固,守其貞正之德。故明夷之世,利在艱貞。
明夷卦の卦体は下離上坤。経文に言う:明夷は、艱難の中に正を守るに利あり。孔頴達が伸べて言う:「明夷」は卦名、「夷」はすなわち損傷である。この卦は太陽が地下に落入するの象で、正に「明夷」に合す。もし人事に施用せば、すなわち昏暗の君主が上に在り賢明の臣子が下に在り、臣子は敢えて自己の聡明智慧を顕露せず、これもまた「明夷」の意義なり。時世は極めて昏暗なりと雖も、また波に随い流に逐って邪路に走上すべからず、ゆえに応に艱難の中に於て堅定不移にして、自己の貞正の品德を守住すべし。これによって明夷の世に於ては、利は「艱貞」に在り。
《彖》曰:明入地中,明夷。內文明而外柔順,以蒙大難,文王以之,“利艱貞”,晦其明也。內難而能正其志,箕子以之。[疏]“《彖》曰明入地中”至“箕子以之”。正義曰:“明入地中明夷”者,此就二象以釋卦名,故此及《晉卦》皆《彖》、《象》同辭也。“內文明而外柔順,以蒙大難,文王以之”者,既釋明夷之義,又須出能用“明夷”之人,內懷文明之德,撫教六州,外執柔順之能,三分事紂,以此蒙犯大難,身得保全,惟文王能用之,故云“文王以之”。
《彖伝》に言う:光明は地中に入る、これすなわち明夷。内に文明の徳を懐きて外表は柔順、因って大難を蒙る、周文王はかくのごとく為したり。「利艱貞」とは、自己の光明を韬晦せんを言う。身は内部の危難に処りて能く心志を端正す、箕子はかくのごとく為したり。孔頴達が「《彖》曰明入地中」から「箕子以之」までに疏を為し、伸べて言う:「明入地中明夷」とは、上下両卦の物象に就いて卦名を釈するゆえ、この一卦と《晋》卦はともに《彖伝》と《象伝》が同様の辞句を用いるなり。「内文明而外柔順、以蒙大難、文王以之」とは、すでに明夷の意義を釈し、また必ず能く「明夷」の道を運用する人を挙出せんことを要す。文王は内に文明の徳を懐き、六州の諸侯を安撫教化し、外に柔順の能を守り、三分天下に其二を有するの実力を以てなお商紂に事奉す。このような態度を凭じて身は大難を犯して能く自身を保全するは、ただ文王のみ為し得、ゆえに「文王以之」と言う。
“利艱貞晦其明也”者,此又就二體釋卦之德。明在地中,是“晦其明”也。既處“明夷”之世,外晦其明,恐陷於邪道,故利在艱固其貞,不失其正,言所以“利艱貞”者,用“晦其明”也。“內難而能正其志箕子以之”者,既“釋艱貞”之義,又須出能用艱貞之人,內有險難,殷祚將傾,而能自正其志,不為而邪乾,惟箕子能用之,故云:“箕子以之”。
孔頴達が続けて伸べて言う:「利艱貞晦其明也」とは、これはまた上下両卦体に就いてこの卦の卦徳を釈する――光明は地中に蔵れ、正に「晦其明」なり。すでに「明夷」の世に身を処せば、外に対して自己の光明を韬晦し、またこれに因りて邪道に陷入するを怕るゆえ、艱難の中に貞固を堅守してその正を失わざるに利あり。これが言う所は、「利艱貞」の所以は、正に「晦其明」の弁法を運用せんがためなり。「内難而能正其志箕子以之」とは、すでに「艱貞」の意義を釈し、また必ず能く艱貞の道を運用する人を挙出せんことを要す。箕子は内部の険難の中に身を処し、殷商の国祚は将に傾覆せんとするに、而も彼は能く自ら心志を端正し、邪僻の事に干擾せられず、ただ箕子のみ為し得、ゆえに「箕子以之」と言う。
《象》曰:“明入地中,明夷”,君子以蒞眾,蒞眾顯明,蔽偽百姓者也。故以蒙養正,以“明夷”蒞眾。[疏]“《象》曰”至“君子以蒞眾”。正義曰:“蒞眾顯明,蔽偽百姓者也”。所以君子能用此“明夷”之道,以臨於眾,冕旒垂目,黈纊塞耳,無為清靜,民化不欺。若運其聰明,顯其智慧,民即逃其密網,奸詐愈生,豈非藏明用晦,反得其明也?故曰“君子以蒞眾,用晦而明”也。用晦而明。藏明於內,乃得明也。顯明於外,巧所辟也。
《象伝》に言う:「明入地中、明夷」、君子はこの象を取法して以て民衆を治理す。王弼の注に言う:民衆を治理するにもし一味に明察を顕露せば、百姓はすなわち虚偽を用いて遮掩せん、ゆえに《蒙》卦のごとく蒙昧を以て正道を涵養し、「明夷」の道を用いて民衆を治理すべし。孔頴達が「《象》曰」から「君子以莅衆」までに疏を為し、伸べて言う:まさに「莅衆顕明、蔽偽百姓」なるがゆえに、君子は能くこの「明夷」の道を運用して衆人に臨御す――冕旒は眼前に垂れ、黈纊は耳辺に塞ぎ、無為にして清靜、百姓は自然に感化を受けて欺瞞せず。倘若も一味に聡明を施展し智慧を炫耀せば、百姓はすなわち方法を想い設けてあの細密の法網を逃避せんとし、奸詐の事はかえってますます滋生せん。これは豈に正に光明を蔵起しその晦昧を用いるが、かえって真の明察を得るを説明するに非ずや。ゆえに「君子以莅衆、用晦而明」と言う。《象伝》が続けて言う:晦昧の方式を用いてかえって明察を得。王弼の注に言う:光明を内裏に蔵するは、こそ真にその明を得。光明を外表に顕露するは、正に巧詐の徒の躲避利用せんと欲する所なり。
初九:明夷于飛,垂其翼。君子子行,三日不食。有攸往,主人有言。明夷之主,在於上六。上六為至闇者也。初處卦之始,最遠於難也。遠難過甚,“明夷”遠遯,絕跡匿形,不由軌路,故曰“明夷于飛”。懷懼而行,行不敢顯,故曰“垂其翼”也。尚義而行,故曰“君子于行”也。志急於行,飢不遑食,故曰“三日不食”也。殊類過甚,以斯適人,人心疑之,故曰“有攸往,主人有言”。
経文の初九に言う:明夷の時は鳥の高飛するが如く、その翅膀を垂下す。君子は路上を奔走し、三日食を飯まず。往くところ有れば、主人は閑話を言わん。王弼の注が解釈して言う:明夷卦の主爻は上六に在り、上六は最も昏暗の一方なり。初九は一卦の開端に処り、禍難を離るること最も遠し。難を避くること太いに徹底なるに因り、「明夷」の世に於て遠く逃遯し、蹤跡を断絶し形貌を隠匿し、正常の道路を走らざるゆえ、「明夷于飛」と言う。畏懼を懐きて行き、行走する時張揚を敢えてせざるゆえ、「垂其翼」と言う。それは義理を崇尚して出走するゆえ、「君子于行」と言う。心志は路を趕るに急にして、餓えても食を飯むに遑あらざるゆえ、「三日不食」と言う。それは衆人とかくのごとく不同にして行為は過分に特異、かくのごときさまを帯びて別人に投奔せば、人家は心裏に疑惑すゆえ、「有攸往、主人有言」と言う。
[疏]“初九明夷于飛”至“主人有言”。○正義曰:“明夷于飛”者,明夷是至闇之卦。上六既居上極,為明夷之主。云“飛”者,借飛鳥為喻,如鳥飛翔也。初九處於卦始,去上六最遠,是最遠於難。“遠難過甚,明夷遠遯,絕跡匿形,不由軌路”,高飛而去,故曰“明夷于飛”也。“垂其翼”者,飛不敢顯,故曰“垂其翼”也。“君子于行三日不食”者,“尚義而行”,故云“君子于行”。“志急於行,飢不遑食”,故曰“三日不食”。“有攸往,主人有言”者,“殊類過甚,以此適人”,人必疑怪而有言,故曰“有攸往,主人有言”。
孔頴達が初九の「明夷于飛」から「主人有言」までに疏を為し、伸べて言う:「明夷于飛」とは、明夷はもと極めて昏暗の卦で、上六はすでに全卦の最上に居れば、すなわち明夷の主爻、すなわちあの最も昏暗の君主なり。爻辞に「飛」と言うは、飛鳥を借りて譬喩を為し、あたかも鳥児が翅を振って飛翔するがごとし。初九は一卦の起始に処り、上六を離るること最も遠く、正に禍難を離るること最も遠きの一爻なり。それが「遠難過甚、明夷遠遯、絶跡匿形、不由軌路」、躲避するが太いに徹底にして高く飛び遠く去るに因るゆえ、「明夷于飛」と言う。「垂其翼」とは、それが飛ぶ時張揚顕露を敢えてせざるを言うゆえ、「垂其翼」と言う。「君子于行三日不食」とは、それが「尚義而行」、義理を守住するがために出走するに因るゆえ、「君子于行」と言う。また「志急於行、飢不遑食」、路を趕るの心が切にして食を飯むに顧みる遑なきに因るゆえ、「三日不食」と言う。「有攸往、主人有言」とは、それが「殊類過甚、以此適人」、行跡が常人と相去ること太いに遠く、かくのごときさまを帯びて人家に投奔せば、人家は必ず疑怪して閑話を言わんゆえ、「有攸往、主人有言」と言う。
《象》曰:“君子于行”,義不食也。[疏]正義曰:“義不食也”者,君子逃難惟速,故義不求食也。六二:明夷,夷于左股,用拯馬壯,吉。“夷于左股”,是行不能壯也。以柔居中,用夷其明,進不殊類,退不近難,不見疑憚,“順以則”也,故可用拯馬而壯吉也。不垂其翼,然後乃免也。
《象伝》に言う:「君子于行」とは、義理に按じては食を飯むに顧みざるなり。孔頴達が伸べて言う:「義不食也」とは、君子が難を逃るるは快を以て要と為すを言うゆえ、義理に按じて食を求めに行かざるなり。経文の六二に言う:明夷の時、左腿に傷を受く。用いて救助する馬は強壮、吉。王弼の注が解釈して言う:「夷于左股」とは、行走が強健有力たる能わざるを言う。六二は柔爻を以て中位に居り、韬晦の弁法を用いて自己の光明を減損し、前進する時は衆人と過分に不同せず、後退する時もまた禍難に逼近せず、因って猜忌畏憚せられず、正に《象伝》の言う所の「順以則」なれば、強壮の馬を借りて以て自ら救い吉を獲る能うなり。それは初九のごとく「垂其翼」して逃亡するを須みず、然る後にこそ禍患を免れん。
[疏]正義曰:“明夷夷于左股”者,左股被傷,行不能壯。六二“以柔居中,用夷其明”,不行剛壯之事者也,故曰“明夷夷于左股”。莊氏云:“言左者,取其傷小。”則比夷右未為切也。“夷于左股”,明避難不壯,不為闇主所疑,猶得處位,不至懷懼而行,然後徐徐用馬,以自拯濟而獲其壯吉也,故曰“用拯馬壯吉”也。
孔頴達が伸べて言う:「明夷夷于左股」とは、左腿が傷を受け、路を歩き行けばすなわち強健たる能わず。六二は「以柔居中、用夷其明」、剛強壮猛の事を為さざる人なれば、「明夷夷于左股」と言う。荘氏が言う:「『左』を説くは、それの傷の比較的軽きを取るなり」。このように看れば、右腿に傷するに比べて、なお切近要害と算せず。「夷于左股」は、それが難を避くるに強を逞しゅうせざるを表明し、因って昏暗の君主に猜疑せられず、なお自己の位置を保住し得、初九のごとく恐懼を懐きて倉皇に出走するに至らず。然る後に従容として馬を用いて自ら救済し、従って強壮の吉を獲得すゆえ、「用拯馬壮吉」と言う。
《象》曰:六二之“吉”,順以則也。順之以則,故不見疑。[疏]正義曰:“順以則也”者,言順闇主之則,不同初九,殊類過甚,故不為闇主所疑,故得拯馬之吉也。
《象伝》に言う:六二の吉たる所以は、柔順にして法則に合乎すればなり。王弼の注に言う:順従して法度に合乎すゆえ、猜疑せられず。孔頴達が伸べて言う:「順以則也」とは、六二が昏暗の君主の立てる所の法則に順従し、初九のごとく衆人と過分に不同にして行為特異ならざるを言うゆえ、昏君に猜疑せられず、因って「拯馬」の吉を得るなり。
九三:明夷于南狩,得其大首,不可疾貞。處下體之上,居文明之極,上為至晦,入地之物也。故夷其明,以獲南狩,得大首也。“南狩”者,發其明也。既誅其主,將正其民。民之迷也,其日固巳久矣。化宜以漸,不可速正,故曰“不可疾貞”。
経文の九三に言う:明夷の時に南方に向かって出獵し、あの首悪を擒獲す、然れど急いで正を求むべからず。王弼の注が解釈して言う:九三は下卦の最上に処り、離体文明の頂点に居る。上六は最も晦暗の一方で、正に地下に沈入する物なり。ゆえに九三はまず自己の光明を韬晦し、南に向かって出獵するを借りて首悪を擒獲す。「南狩」とは、すなわち自己の光明を発揮し出すなり。すでにあの昏君を誅除せば、続いてその百姓を匡正せんことを要す。而も百姓は迷惑して道を失い、日子はもとすでに久しく、教化は応に循序漸進すべく、急いで正を求むべからざるゆえ、「不可疾貞」と言う。
[疏]“九三明夷于南狩”至“不可疾貞”。○正義曰:南方,文明之所。狩者,征伐之類。“大首”謂闇君。“明夷于南狩得其大首”者,初藏明而往,託狩而行,至南方而發其明也。九三應於上六,是明夷之臣發明以徵闇君,而得其“大首”,故曰“明夷于南狩得其大首”也。“不可疾貞”者,既誅其主,將正其民,民迷日久,不可卒正,宜化之以漸,故曰“不可疾貞”。
孔頴達が九三の「明夷于南狩」から「不可疾貞」までに疏を為し、伸べて言う:南方は文明の在る所の方位、「狩」は征伐の一類の事に属し、「大首」は昏暗の君主を指す。「明夷于南狩得其大首」とは、九三が起初は光明を蔵起して出発し、出獵と托称して行軍し、南方に至ってこそ自己の光明を発揮し出すを言う。九三は上六と相応し、正に明夷の世の賢臣がその明智を発揮して昏君を征討し、従ってあの「大首」を擒獲するゆえ、「明夷于南狩得其大首」と言う。「不可疾貞」とは、すでに昏君を誅除せば、続いてその百姓を匡正せんことを要す。百姓は迷惑すでに久しく、倉卒の間に糾正し得る可能なし、応に逐漸に教化を加うべしゆえ、「不可疾貞」と言う。
《象》曰:“南狩”之志,乃得大也。去闇主也。[疏]正義曰:志欲除闇,乃得“大首”,是其志大得也。
《象伝》に言う:九三の「南に向かって巡狩する」の心志は、正にこれに因りて大いに得る所有り。王弼の注が解釈して言う:九三の除去せんと欲する所は、正にあの昏暗の君主なり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:九三の心志はもと昏暗を鏟除するに在り、今果たして「大首」(元兇首悪)を擒獲せり、可見その志向は極大の実現を獲得したり。
六四:入于左腹,獲明夷之心,于出門庭。左者,取其順也。入于左腹,得其心意,故雖近不危。隨時闢難,門庭而巳,能不逆忤也。[疏]正義曰:“入于左腹獲明夷之心”者,凡右為用事也。從其左不從其右,是卑順不逆也。“腹”者,事情之地。六四體柔處坤,與上六相近,是能執卑順“入于左腹”,獲明夷之心意也。“于出門庭”者,既得其意,雖近不危,隨時避難,門庭而巳,故曰“于出門庭”。《象》曰:“入于左腹”,獲心意也。[疏]正義曰:“獲心意”者,心有所存,既不逆忤,能順其正,故曰“獲心意”也。
経文の六四の爻辞に言う:左腹に入りて、明夷の主の心意を探得し、ここに門庭の中より走出す。王弼の注が解釈して言う:「左」を取るはその柔順の意を取るなり。左腹に入れば便ち相手方の心意を摸清すゆえ、近側に身を処すと雖も危険を致さず。時勢に随いて禍難を避くるは、門庭の間に過ぎず、彼が能く上意に違逆せざるを為し得るに因るなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「入于左腹、獲明夷之心」とは、凡そ「右」は皆当権任事を表示し、六四はその左に順従してその右に趨らず、正に卑下柔順にして違逆を加えず。「腹」は事の内情の在る所の処なり。六四は柔爻を以て坤体に居り、上六の昏君と相隣り、正に能く卑順を守りて「入于左腹」、因って明夷の主の心意を探得したり。「于出門庭」とは、すでにその心意を摸透せば、昏君に隣近すと雖も危険ならず、ただ時に随いて難を避け、門庭の間に進退すれば足るを言うゆえ、「于出門庭」と言う。《象伝》に言う:「入于左腹」とは、六四が昏君の心意を探得したるを言う。孔頴達の疏に言う:「獲心意」とは、六四は心中に自ら守る所有り、昏君に違逆せずして、また能く自身の正道を順守すゆえ、「獲心意」と言う。
六五:箕子之明夷,利貞。最近於晦,與難為比,險莫如茲。而在斯中,猶闇不能沒,明不可息,正不憂危,故“利貞”也。[疏]正義曰:“箕子之明夷”者,六五最比闇君,似箕子之近殷紂,故曰“箕子之明夷”也。“利貞”者,箕子執志不回,“闇不能沒,明不可息,正不憂危”,故曰“利貞”。《象》曰:箕子之貞,明不可息也。[疏]正義曰:“明不可息也”者,息,滅也。《象》稱“明不可滅”者,明箕子能保其貞,卒以全身,為武王師也。
経文の六五の爻辞に言う:箕子のごとく光明の傷つく世に於て自らその明を晦まし、正を守るに宜し。王弼の注が解釈して言う:六五は最も昏暗の上六に靠近し、禍難と隣を為す、凶険これより甚だしきはなし。然れど身はその中に在りて、昏暗はなお彼を淹没する能わず、光明はなお止息せず、正を守ればすなわち危亡を憂懼するを須みずゆえ、「利貞」と言う。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「箕子之明夷」とは、六五が最も昏君に貼近し、あたかも箕子が殷紂王の側に身を処するがごとしゆえ、「箕子之明夷」と言う。「利貞」とは、箕子が心志を持守して絶対に回転せざるを言い、正に王弼の言うがごとき「昏暗は彼を淹没する能わず、光明は止息せず、正を守れば便ち危亡を憂えず」ゆえ、「利貞」と言う。《象伝》に言う:箕子の正を守るは、彼の内在の光明が熄滅すべからざるを説明す。孔頴達の疏に言う:「明不可息」とは、「息」はすなわち熄滅である。《象伝》が「光明は熄滅すべからず」と称するは、箕子が能く自己の貞正を保全し、最終に全身して退くを得て、後にまた周武王の老師と為りたるを表明す。
上六:不明晦,初登于天,後入于地。處明夷之極,是至晦者也。本其初也,在乎光照,轉至於晦,遂入於地。[疏]正義曰:“不明晦”者,上六居明夷之極,是至闇之主,故曰“不明而晦”,“本其初也”。其意在於光照四國,其後由乎無不明,“遂入於地”,謂見誅滅也。《象》曰:“初登于天”,照四國也。後入于地,失則也。[疏]正義曰:“失則”者,由失法則,故誅滅也。
経文の上六の爻辞に言う:光明を発せずして一味に昏暗、起初は天空に升上し、最後は地下に墮入す。王弼の注が解釈して言う:上六は明夷卦の極点に処り、最も昏暗の一位なり。それの起初を推究すれば、もとはなお光明を放射し、後に昏暗に転向し、終に堕落して地に入る。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「不明晦」とは、上六が明夷の極に居り、正に極端に昏暗の君主なれば、「光明を発せずして昏暗に帰す」と言う。「それの起初を推究す」は、本意もまた四方の国を光照するに在り、後に却って再び光明の言うべきなくなり、「終に地下に墮入す」、指す所は誅滅せらるるなり。《象伝》に言う:「起初は天空に升上す」とは、かつて四方の国を照耀したるを言う。「最後は地下に墮入す」とは、君を為るの法度を喪失したるを言う。孔頴達の疏に言う:「失則」とは、法度を喪失したるに由り、ゆえに誅滅に遭うなり。
家人卦
離下巽上。家人:利女貞。家人之義,各自脩一家之道,不能知家外他人之事也。統而論之,非元亨利君子之貞,故“利女貞”。其正在家內而巳。[疏]正義曰:“家人”者,卦名也。明家內之道,正一家之人,故謂之“家人”。“利女貞”者,既修家內之道,不能知家外他人之事。統而論之,非君子丈夫之正,故但言“利女貞”。
《家人》卦の下体は離、上体は巽。卦辞に言う:家人は、女子が正を守るに宜し。王弼の注が解釈して言う:「家人」の含義は、各々が自己の一家の道を修治し、家門以外の別人の事を管及せざるなり。総べて言えば、それは「元亨利」のあの君子の貞に属せず、ゆえにただ「利女貞」と言う、その正道はただ家門の内に限るのみ。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「家人」は卦名、この卦は家を治めるの道・一家の人を端正するを闡明すゆえ、「家人」と称す。「利女貞」とは、すでに修むる所はただ家内の道なれば、家門以外の別人の事を管及せず、総べて言えば君子丈夫の外に在る正道に非ざるゆえ、ただ「利女貞」と言う。
《彖》曰:家人,女正位乎內,謂二也。男正位乎外。謂五也。家人之義,以內為本,故先說女也。[疏]“《彖》曰”至“男正位乎外”。○正義曰:此因二、五得正以釋“家人”之義,並明女貞之旨。家人之道,必須女主於內,男主於外,然後家道乃立。今此卦六二柔而得位,是女正位乎內也。九五剛而得位,是男正位乎外也。家人“以內為本,故先說女也”。
《彖伝》に言う:家人卦は、女子は内に於て位置を摆正す――王弼の注が解釈して言う:これは六二爻を指す。《彖伝》がまた言う:男子は外に於て位置を摆正す――王弼の注が解釈して言う:これは九五爻を指す。家を治めるの義理は家内を以て根本と為すゆえ、まず女子を説く。孔頴達の疏が《彖伝》の「家人」から「男正位乎外」までの一節に就き伸べて言う:これは六二・九五の両爻が各々その正を得るを借りて「家人」の含義を釈し、並びに「利女貞」の旨意を闡明す。家を治めるの道は、必ず女子が家内を主持し男子が家外を主持して、然る後に家道こそ建立し得。この卦の六二は柔爻を以て陰位に居りて正を得、正に「女正位乎内」。九五は剛爻を以て陽位に居りて正を得、正に「男正位乎外」。家人の道は「家内を以て根本と為すゆえ、まず女子を説く」。
男女正,天地之大義也。家人有嚴君焉。父母之謂也。父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦而家道正,正家而天下定矣。[疏]“男女正”至“天下定矣”。○正義曰:“男女正天地之大義也”者,因正位之言,廣明家人之義乃道均二儀,故曰“天地之大義也”。“家人有嚴君焉父母之謂”者,上明義均天地,此又言道齊邦國。父母一家之主,家人尊事,同於國有嚴君,故曰“家人有嚴君焉父母之謂”也。“父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦而家道正,正家而天下定矣”者,此嘆美正家之功,可以定於天下,申成道齊邦國。既家有嚴君,即父不失父道,乃至婦不失婦道,尊卑有序,上下不失,而後為家道之正。各正其家,無家不正,即天下之治定矣。
《彖伝》が続けて言う:男女は各々その正を得、これは天地の間の大義なり。家中に厳正の君長有り――王弼の注が解釈して言う:指す所は父母なり。《彖伝》がまた言う:父は父の道を尽くし子は子の道を尽くし兄は兄の道を尽くし弟は弟の道を尽くし夫は夫の道を尽くし婦は婦の道を尽くせば、家道はすなわち端正なり。家家が端正なれば、天下もまた安定せん。孔頴達の疏が「男女正」から「天下定矣」までの一節に就き伸べて言う:「男女正、天地之大義也」とは、上文の「正位」の説に承接し、推広して家人の義は天地二儀と相并び得るを闡明すゆえ、「天地之大義」と言う。「家人有厳君焉、父母之謂」とは、上文は家道の義が天地に等同すると言い、ここはまた家道が邦国と相斉しくし得るを言う。父母は一家の主で、全家は尊奉侍事し、あたかも一国の中に厳正の君主有るがごとしゆえ、「家人有厳君焉、父母之謂」と言う。「父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦而家道正、正家而天下定矣」とは、これは家庭を端正するの功が天下を安定し得るを讚嘆し、「家道は邦国と相斉しくし得る」の意を申足す。すでに家中に厳君有れば、則ち父親は父の道を失わず、婦人は婦の道を失わざるに至るまで、尊卑に次序有り上下各々その職を失わずして、然る後にこそ家道端正と算す。家家が皆自己を端正して、一家も正ならざるなければ、天下の治理もまた安定せん。
《象》曰:風自火出,家人。由內以相成熾也。[疏]正義曰:巽在離外,是風從火出。火出之初,因風方熾。火既炎盛,還復生風。內外相成,有似家人之義。故曰“風自火出家人”也。
《大象伝》に言う:風は火の中より生出す、これは家人卦の象なり。王弼の注が解釈して言う:これは内部より相互に助成して熾盛するに由る。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:巽風は離火の外に在り、正に風が火の中より生出すなり。火は剛に燃え起こる時風に頼ってこそ旺盛なり、火はすでに熾烈なればまた反って風を生出す、内外は互相に成就し、甚だ家人の彼此相成するの道理に似たりゆえ、「風自火出、家人」と言う。
君子以言有物而行有恆。家人之道,脩於近小而不妄也。故君子以言必有物而口無擇言,行必有恆而身無擇行。[疏]正義曰:物,事也。言必有事,即口無擇言。行必有常,即身無擇行。正家之義,修於近小。言之與行,君子樞機。出身加人,發邇化遠,故舉言行以為之誡。言既稱物,而行稱“恆”者,發言立行,皆須合於可常之事,互而相足也。
《大象伝》が続けて言う:君子はこれにより言語に実際の内容有らしめ行為に常久の則有らしむ。王弼の注が解釈して言う:家を治めるの道は身辺の細小の処より修め起こして妄為を敢えてせず、ゆえに君子は説話に必ず実事有りて、口中は便ち揀擇挑剔を須要する話なし。行事に必ず常則有りて、身上は便ち揀擇挑剔を須要する挙動なし。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「物」はすなわち事である。説話に必ず実事有るは、すなわち「口無擇言」。行事に必ず常則有るは、すなわち「身無擇行」。家庭を端正するの義理は身辺の細小の処より修め起こすべく、而も言語と行為は君子の枢紐機関で、自身より推して他人に及び、近処より発動して遠方を感化すゆえ、言・行の両項を挙出して以て告誡と為す。言語の一边は「有物」と言い行為の一边は「有恒」と言う、実は発言するも立行するも、必ず長久に遵行し得べきの事に合乎せねばならず、両辺は互文にして彼此補足す。
初九:閒有家,悔亡。凡教在初而法在始,家瀆而後嚴之,志變而後治之,則“悔”矣。處家人之初,為家人之始,故宜必以“閒有家”,然後“悔亡”也。[疏]正義曰:治家之道,在初即須嚴正,立法防閒。若黷亂之後,方始治之,即有悔矣。初九處家人之初,能防閒有家,乃得“悔亡”,故曰“閒有家,悔亡”也。《象》曰:“閒有家”,志未變也。[疏]正義曰:“志未變也”者,釋在初防閒之義。所以在初防閒其家者,家人志未變黷也。
経文の初九の爻辞に言う:一開始より家のために防範を立てれば、悔恨は便ち消失せん。王弼の注が解釈して言う:凡そ教を施すは皆起初に在り法を立つるは皆開端に在り、家中がすでに軽慢混乱してこそ厳に約束を加え、人心がすでに変じてこそ整治に行かば、すなわち悔恨有らん。初九は家人卦の開頭に処り、家を治めるの起始なれば、必ず「閑有家」の弁法を用いて、然る後にこそ「悔亡」し得。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:家を治めるの道は、起初に於てすなわち厳正なるべく、規矩を訂立して防範を加うべし。もし褻慢混乱の後に至ってこそ整治を開始せば、すなわち悔恨有らん。初九は家人卦の初めに処り、能く家のために防を設け、こそ「悔亡」を得ゆえ、「閑有家、悔亡」と言う。《象伝》に言う:「閑有家」とは、家人の心志が未だ変壊せざるがゆえなり。孔頴達の疏に言う:「志未変也」とは、起初に於てすなわち防を設くるの道理を釈する。開頭に於て家人を防範せんと欲する所以は、正に家人の心志が未だ軽慢淫黷に変ぜざるがゆえなり。
六二:無攸遂,在中饋,貞吉。居內處中,履得其位,以陰應陽,盡婦人之正,義無所必,遂職乎“中饋”,巽順而巳,是以“貞吉”也。[疏]正義曰:六二履中居位,以陰應陽,盡婦人之義也。婦人之道,巽順為常,無所必遂。其所職主,在於家中饋食供祭而已,得婦人之正吉,故曰“無攸遂在中饋貞吉”也。《象》曰:六二之“吉”,順以巽也。[疏]正義曰:舉爻位也。言“吉”者,明其以柔居中而得正位,故能順以巽而獲吉也。
経文の六二の爻辞に言う:自ら主張して成就せんと欲する事なく、ただ家中に於て飲食祭祀を操弁し、正を守れば便ち吉祥。王弼の注が解釈して言う:六二は内卦に居りて中位に処り、踏む所は正にその位に当たり、陰柔を以て上に九五の陽に応じ、婦人の正道を尽くしたり。道義の上に非要して自己が実現せんと欲する事なく、ただ「中饋」に職を尽くし、柔巽順従するのみ、これによって「貞吉」。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:六二は中位を踏み当位の処に居り、陰を以て陽に応じ、婦人を為るの義理を尽くしたり。婦人の道は柔巽順従を以て常と為し、必ず独断して成就すべき事なし。彼女の主管する所はただ家中に於て飲食を弁理し祭祀を供奉するのみ、これはすなわち婦人の正を得て吉を獲るなりゆえ、「無攸遂、在中饋、貞吉」と言う。《象伝》に言う:六二の吉祥たる所以は、柔順にしてまた謙巽なればなり。孔頴達の疏に言う:ここにまず爻位を挙出す。「吉」と言うは、六二が柔爻を以て中に居りてまたその正位を得、ゆえに能く柔順謙巽にして吉祥を獲得すを表明す。
九三:家人嗃嗃,悔厲,吉。婦子嘻嘻,終吝。以陽處陽,剛嚴者也。處下體之極,為一家之長者也。行與其慢,寧過乎恭;家與其瀆,寧過乎嚴。是以家人雖“嗃嗃悔厲”,猶得其道。“婦子嘻嘻”,乃失其節也。[疏]正義曰:“嗃嗃”,嚴酷之意也。“嘻嘻”,喜笑之貌也。九三處下體之上,為一家之主,以陽處陽,行剛嚴之政,故“家人嗃嗃”。雖復嗃嗃傷猛,悔其酷厲,猶保其吉,故曰“悔厲吉”。若縱其婦子慢黷嘻嘻,喜笑而無節,則終有恨辱,故曰“婦子嘻嘻終吝”也。《象》曰:“家人嗃嗃”,未失也。“婦子嘻嘻”,失家節也。[疏]正義曰:“未失也”者,初雖悔厲,似失於猛,終無慢黷,故曰:“未失也”。“失家節”者,若縱其嘻嘻,初雖歡樂,終失家節也。
経文の九三の爻辞に言う:家を治めること過分に厳厲なれば、家人は愁苦怨嘆し、悔恨危厲有ると雖もなお吉祥を得。もし婦人孩子をして嘻嘻嬉笑して節制なからしめば、終に憾惜有らん。王弼の注が解釈して言う:九三は陽爻を以て陽位に居り、剛強厳厲の一爻なり。下体の頂端に処り、一家の長なり。行為は怠慢に失するよりも、寧ろ恭敬に過ぎるを可とす。家を治めるは褻慢に失するよりも、寧ろ厳厲に過ぎるを可とす。これによって家人は「嗃嗃」と愁怨し悔有り厲有ると雖も、なお正道を失わず。「婦子嘻嘻」は、あれはこそ法度を喪失するなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「嗃嗃」は厳酷の意、「嘻嘻」は嬉笑のさまである。九三は下体の上に処り、一家の主で、陽を以て陽に居り、剛厳の政を推行すゆえ、「家人嗃嗃」。厳厲なること猛を傷るに近きと雖も、その酷厲のために悔ゆるも、なお吉祥を保住し得ゆえ、「悔厲吉」と言う。もし婦人孩子を放縦して怠慢褻狎・嘻嘻嬉笑して節制を毫もなからしめば、終に悔恨羞辱を招来せんゆえ、「婦子嘻嘻終吝」と言う。《象伝》に言う:「家人嗃嗃」は、未だ家を治めるの道を失わざるなり。「婦子嘻嘻」は、則ち家中の法度を喪失す。孔頴達の疏に言う:「未失也」とは、起初は悔厲有りて猛に過ぐるに失するがごとく見ゆるも、最終には怠慢褻狎せざるを言うゆえ、「未失也」と言う。「失家節」とは、もしあの嬉笑を放縦せば、起初は歓楽なりと雖も、最終には家中の節度を喪失するを言う。
六四:富家,大吉。能以其富順而處位,故“大吉”也。若但能富其家,何足為大吉無體柔居巽,履得其位,明於家道,以近至尊,能富其家也。[疏]正義曰:富謂祿位昌盛也。六四體柔處巽,得位承五,能富其家者也。由其體巽承尊,長保祿位,吉之大者也,故曰“富家大吉”。《象》曰:“富家,大吉”,順在位也。[疏]正義曰:“順在位”者,所以致大吉,由順承於君而在臣位,故不見黜奪也。
経文の六四の爻辞に言う:家道を富足ならしむ、大いに吉祥。王弼の注が解釈して言う:六四は能く富足を凭じて柔順にその位に安処すゆえ、「大吉」。もしただ家中を富有ならしめ得るのみならば、なんぞ大吉に够及せんや(ここに底本の文字は訛脱有り)。六四は体質は柔順にして巽体に居り、処る所は正にその位に当たり、家を治めるの道を明白にし、また至尊の九五に貼近すゆえ、能く一家を富足ならしむ。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「富」は俸禄爵位の昌盛を指す。六四は体は柔にして巽に処り、位を得て上に九五を承け、家道を富足ならしめ得るの一爻なり。それの体性が謙巽にして尊者を承奉するに由り、能く長久に禄位を保住し、これは吉祥の中の大者なれば、「富家大吉」と言う。《象伝》に言う:「富家、大吉」とは、柔順にしてまた当位に居ればなり。孔頴達の疏に言う:「順在位」とは、大吉を招致し得る所以は、順従して君上を承奉して自己は臣位に安処するに由るゆえ、罷黜奪権せられざるなり。
九五:王假有家,勿恤,吉。假,至也。履正而應,處尊體巽,王至斯道,以有其家者也。居於尊位,而明於家道,則下莫不化矣。父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦,六親和睦交相愛樂而家道正,“正家而天下定矣”。故“王假有家”,則勿恤而吉。[疏]正義曰:“王假有家”者,假,至也。九五履正而應,處尊體巽,是能以尊貴巽接於物,王至此道,以有其家,故曰“王假有家”也。“勿恤吉”者,居於尊位而明於家道,則在下莫不化之矣,不須憂恤而得吉也,故曰“勿恤吉”也。《象》曰:“王假有家”,交相愛也。[疏]正義曰:“交相愛也”者,王既明於家道,天下化之,“六親和睦,交相愛樂”也。
経文の九五の爻辞に言う:君王はこの道を以てその家を保有す、憂慮を須みず、吉祥。王弼の注が解釈して言う:「假」は達到の意である。九五の踏む所は正位にして六二と相応し、尊位に処りまた巽体に属し、君王はこの家を治めるの道に達到して因ってその家を保有す。身は尊位に居りてまた家を治めるの道を明白にせば、下面は感化せられざるなし。父は父の道を尽くし子は子の道を尽くし兄は兄の道を尽くし弟は弟の道を尽くし夫は夫の道を尽くし婦は婦の道を尽くし、六親は和睦して彼此相親し相楽しみ、家道はすなわち端正なり、正に《彖伝》の言う所の「正家而天下定矣」のごとしゆえ、「王假有家」は便ち憂慮を須みずして吉を獲るべし。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「王假有家」とは、「假」は達到である。九五の踏む所は正を得て下と相応し、尊位に処りて巽体に属し、能く尊貴の身を以て謙巽の道を用いて衆人を接待するなり、君王はこの道に達到して因ってその家を保有すゆえ、「王假有家」と言う。「勿恤吉」とは、尊位に居りて家道に明らかなれば、下に在る者はその感化を受けざるなし、憂慮を用いずして吉を獲得し得べしゆえ、「勿恤吉」と言う。《象伝》に言う:「王假有家」とは、上下が彼此相愛するを言う。孔頴達の疏に言う:「交相愛也」とは、君王はすでに家を治めるの道に明らかなれば、天下は皆感化せられ、ここに「六親和睦、交相愛楽」なり。
上九:有孚,威如,終吉。處家人之終,居家道之成,“刑于寡妻”,以著於外者也,故曰“有孚”。凡物以猛為本者則患在寡恩,以愛為本者則患在寡威,故家人之道尚威嚴也。家道可終,唯信與威。身得威敬,人亦如之。反之於身,則知施於人也。[疏]正義曰:上九處家人之終,家道大成,“刑于寡妻”,以著於外,信行天下,故曰“有孚”也。威被海內,故曰“威如”。威、信並立,上得終於家道,而吉從之,故曰“有孚威如終吉”也。《象》曰:“威如”之吉,反身之謂也。[疏]正義曰:“反身之謂”者,身得人敬則敬於人,明知身敬於人人亦敬已,反之於身則知施之於人,故曰“反身之謂”也。
経文の上九の爻辞に言う:誠信を懐き、また威厳を保持し、最終に吉祥。王弼の注が解釈して言う:上九は家人卦の最後に処り、正に家道成就の時に当たり、能く《詩経・大雅・思斉》の言う所の「刑于寡妻」のごとくまず妻子のために榜様を作出し、再び推広顕揚して家外に及ぼすゆえ、「有孚」と言う。凡そ事は剛猛を以て本と為すは、毛病は恩情の不足に在り。慈愛を以て本と為すは、毛病は威厳の不足に在り。ゆえに家を治めるの道は威厳を崇尚すべし。家道が能く善終するは、頼る所はただ誠信と威厳のみ。自身は他人の敬畏を得れば、また同様に他人を敬畏すべく、自己に反求すればすなわちどのように別人に施すべきかを懂得す。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:上九は家人卦の終に処り、家道は大いに成就し、まず妻子のために典範を樹立して外に顕揚し、誠信は天下に通行すゆえ、「有孚」。威厳は四海の内に覆被すゆえ、「威如」。威と信は一並びに樹立し、上九は家道に於て善終を得て、吉祥は随いて来るゆえ、「有孚、威如、終吉」と言う。《象伝》に言う:「威如」の吉祥たる所以は、自身に反求するを言うなり。孔頴達の疏に言う:「反身之謂」とは、自身が別人の敬重を得ればすなわち別人を敬重すべし。自己が別人を敬重すれば別人もまた自己を敬重するを明白にし、反って之を己身に求めれば、すなわちどのように他人に施行すべきかを知るゆえ、「反身之謂」と言う。
睽卦
兌下離上。睽:小事吉,[疏]正義曰:“睽”者,乖異之名,物情乖異,不可大事。大事謂與役動眾,必須大同之世,方可為之。小事謂飲食衣服,不待眾力,雖乖而可,故曰“小事吉”也。
《睽》卦の下体は兌、上体は離。卦辞に言う:睽は、小事を為せば吉祥。孔頴達の疏が伸べて言う:「睽」は乖背離異の名称である。人情物理が彼此乖離すれば、すなわち大事を弁る能わず。大事とは、労役を興発し民衆を調動するを指し、必ず上下大同の時代に於てこそ為し得べし。小事とは、飲食衣服の一類を指し、衆人の合力を須要せず、たとえ彼此乖離すとも弁り成すを得ゆえ、「小事吉」と言う。
《彖》曰:睽,火動而上,澤動而下。二女同居,其志不同行。說而麗乎明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以“小事吉”。事皆相違,害之道也,何由得小事吉?以有此三德也。[疏]“《彖》曰睽動而上”至“小事吉”。○正義曰:“睽,火動而上,澤動而下,二女同居,其志不同行”者,此就二體釋卦名為“睽”之義,同而異者也。水火二物,共成烹飪,理應相濟。今火在上而炎上,澤居下而潤下,無相成之道,所以為乖。中少二女共居一家,理應同志,各自出適,志不同行,所以為異也。“說而麗乎明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以小事吉”者,此就二體及六五有應,釋所以小事得吉。“說而麗乎明”,不為邪僻。“柔進而上行”,所之在貴。“得中而應乎剛”,非為全弱。雖在乖違之時,卦爻有此三德,故可以行小事而獲吉也。
《彖伝》に言う:睽卦は、火は動きて上に向かって炎し、沢は動きて下に向かって流る。二つの女子は一家に同住して、心志は同行せず。喜悦を以て光明に附麗し、柔爻は上進して升行し、中位に居りて上に剛爻に応ず、これによって「小事吉」。王弼の注が解釈して言う:諸事は皆彼此相違し、もと害を致すの道なり、なにを凭じてなお小事に吉を獲る能うや。卦中に上述の三種の徳性有るを凭じるなり。孔頴達の疏が《彖伝》の「睽、火動而上」から「小事吉」までの一節に就き伸べて言う:「睽、火動而上、沢動而下、二女同居、其志不同行」とは、これは上下両体に就いて卦名の「睽」たるの含義を釈する、同じ一卦に処りて彼此相異するなり。水火両物はもと共同に烹饪を成就し得べく、理に按じて応に相済すべし。今火は上に在りて上に向かって燃え、沢は下に在りて下に向かって潤し、相互に成就するの途径なく、ゆえに乖と言う。中女の離と少女の兌は一家に同住し、理に按じて志向は相同じくすべきに、却って各々出嫁して、心志は同行せず、ゆえに異と言う。「説而麗乎明、柔進而上行、得中而応乎剛、是以小事吉」とは、これは上下両体および六五の応有るに就いて小事の吉を得る所以を釈する。「喜悦を以て光明に附麗す」ればすなわち邪僻に流れず。「柔爻の上進して升行す」は往く所は尊貴の位に在り。「中に居りて上に剛爻に応ず」ればすなわち全然柔弱と算せず。身は乖違の時に処ると雖も、卦爻はこの三種の徳性を具備すゆえ、小事を弁じて吉祥を獲得し得べし。
天地睽而其事同也,男女睽而其志通也,萬物睽而其事類也。睽之時用大矣哉!睽離之時,非小人之所能用也。[疏]“天地睽而其事同也”至“時用大矣哉!”○正義曰:“天地睽而其事同”,此以下歷就天地男女萬物,廣明睽義體乖而用合也。天高地卑,其體懸隔,是“天地睽”也。而生成品物,其事則同也。“男女睽而其志通”者,男外女內,分位有別,是男女睽也。而成家理事,其志則通也。萬物殊形,各自為象,是“萬物睽”也。而均於生長,其事即類,故曰“天地睽而其事同也。”男女睽而其志通也,萬物睽而其事類也。睽之時用大矣哉!”既明睽理合同之大,又嘆能用睽之人,其德不小,睽離之時,能建其用使合其通理,非大德之人,則不可也,故曰“睽之時用大矣哉”也。
《彖伝》が続けて言う:天と地は相乖離するも、それらの万物を化育する事業は同じくす。男と女は相乖離するも、それらの心志は相通ず。万物は形態各々異なり相乖離するも、それらの生長するの事理は同類なり。睽卦の処する時の功用は真に偉大なるかな。王弼の注が解釈して言う:乖離睽違の時の功用は、小人の施展し得る所に非ず。孔頴達の疏が「天地睽而其事同也」から「時用大矣哉」までの一節に就き伸べて言う:「天地睽而其事同」とは、ここより以下逐次に天地・男女・万物に就きて、広く「睽」の義理が形体は乖離して功用は相合することを闡明す。天は高く地は卑く、形体は懸隔す、これは「天地睽」。而も万物を生成するの事業は則ち同じ。「男女睽而其志通」とは、男は外を主り女は内を主りて、名分職位に別有り、これは「男女睽」。而も家庭を成就し家事を料理するは、心志は則ち相通ず。万物は形狀各々異なり各々その象を成す、これは「万物睽」。而も同じく生長に帰すれば、その事はすなわち同類に属す。ゆえに「天地睽而其事同也、男女睽而其志通也、万物睽而其事類也。睽之時用大矣哉」と言う。すでに睽の中に合同の理を含むことの宏大を闡明し、また能く睽道を運用する人の徳行が小ならざるを讚嘆す。乖離の時に能く功用を建立しそれを相通ずるの理に合せしむるは、大徳の人に非ざれば便ち做し得ずゆえ、「睽之時用大矣哉」と言う。
《象》曰:上火下澤,睽。君子以同而異。同於通理,異於職事。[疏]正義曰:“上火下澤睽”者,動而相背,所以為“睽”也。“君子以同而異”者,佐王治民,其意則同;各有司存,職掌則異,故曰“君子以同而異”也。
《大象伝》に言う:上は火、下は沢、これすなわち睽卦。君子はこれにより大なる処に於て同じくして小なる処に於て異を存す。王弼の注が解釈して言う:相同ずるは共通の道理、相異なるは各々の職事なり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「上火下沢睽」とは、火と沢は一動すればすなわち彼此背離すゆえ、「睽」と成る。「君子以同而異」とは、君王を輔佐して百姓を治理するは、用意は相同ずるなり。各々専司の職守有りて、掌管する事務は則ち不同なりゆえ、「君子以同而異」と言う。
初九:悔亡。喪馬,勿逐,自復。見惡人,無咎。處睽之初,居下體之下,無應獨立,悔也。與四合志,故得“悔亡”。馬者,必顯之物。處物之始,乖而喪其馬,物莫能同,其私必相顯也,故“勿逐”而“自復”也。時方乖離,而位乎窮下,上無應可援,下無權可恃,顯德自異,為惡所害,故“見惡人”乃得免咎也。
経文の初九の爻辞に言う:悔恨は消失す。馬を失うとも逐うを須みず、それは自ら回来せん。悪人に見ゆるも、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:初九は睽卦の初めに処り、下体の最下位に居りて、上に応爻なく孤立無援、もと悔有るべし。然れどそれは九四と心志相合すゆえ、「悔亡」を得るを得たり。馬は必ず形跡を顕露する物である。事物の開端に処りて、乖離に因りて馬を丟失せば、衆人はすでに彼此相同ずる能わざるゆえ、各々の私有の物は必ず互相に顕露し、ゆえに「逐うを須みず」て「自ら回来」す。この乖離の時に当たり、初九はまた最下の位に居り、上に相応する者なく援引すべからず、下に権勢なく凭恃すべからず。もし徳行を標顯し自ら衆と不同を命ぜば、すなわち悪人に害せられん、ゆえに「悪人に見ゆ」(謙遜にそれと相接する)してこそ過ちを免れ得べし。
[疏]“初九,悔亡,喪馬勿逐自復,見惡人無咎”。○正義曰:“悔亡”者,初九處睽離之初,“居下體之下,無應獨立”,所以悔也。四亦處下,無應獨立,不乖於己,與己合志,故得“悔亡”。“喪馬勿逐自復”者,時方睽離,觸目乖阻。馬之為物,難可隱藏,時或失之,不相容隱,不須尋求,勢必“自復”,故曰“喪馬勿逐自復”也。“見惡人無咎”者,處於窮下,上無其應,無應則無以為援,窮下則無權可恃。若標顯自異,不能和光同塵,則必為惡人所害,故曰“見惡人無咎”。“見”,謂遜接之也。
孔頴達の疏が初九の爻辞「悔亡、喪馬勿逐自復、見悪人無咎」に就き伸べて言う:「悔亡」とは、初九は睽離の初めに処り、「下体の最下位に居り、応なく孤立す」ゆえ、もと悔恨有り。九四もまた下卦の上に処りて応なく孤立す、初九と相乖せず、かえって初九と心志相合すゆえ、「悔亡」を得るを得たり。「喪馬勿逐自復」とは、当時正に睽離に値い、触目する所は皆乖背阻隔なり。馬のこの物は藏匿し難く、偶々走失すとも、別人も収容隠藏する法なく、尋ね求むるを用いず、勢い必ず自ら回来せんゆえ、「喪馬勿逐自復」と言う。「見悪人無咎」とは、初九は窮困の下位に処り、上面に応爻なく、応なければすなわち援助を為し得べき人なく、下に居ればすなわち凭恃すべき権勢なし。もし標榜顕揚して自ら衆と不同を命じ、光芒を斂蔵して世と相諧る能わざれば、必ず悪人に害せられんゆえ、「見悪人無咎」と言う。ここの「見」は、謙遜に彼と相待接するを指す。
《象》曰:“見惡人”,以辟咎也。[疏]“《象》曰見惡人以辟咎也”。○正義曰:“以辟咎也”者,惡人不應與之相見,而遜接之者,以“闢咎”也。
《象伝》に言う:「見悪人」とは、禍患を避けるを以てするためなり。孔頴達の疏が《象伝》の「見悪人、以辟咎也」に就き伸べて言う:「以辟咎也」とは、悪人はもとそれと相見るべからず、初九は却って謙遜に彼を接待す、正に禍患を避けるを以てせんがためなり。
九二:遇主于巷,無咎。處睽失位,將無所安。然五亦失位,俱求其黨,出門同趣,不期而遇,故曰“遇主于巷”也。處睽得援,雖失其位,未失道也。[疏]“九二,遇主于巷,無咎”。○正義曰:九二處睽之時而失其位,將無所安。五亦失位,與己同黨,同趣相求,不假遠涉而自相遇,適在於巷。言遇之不遠,故曰:“遇主于巷”。“主”謂五也。處睽得援,咎悔可亡,故“無咎”也。《象》曰:“遇主于巷”,未失道也。[疏]正義曰:“未失道”者,既遇其主,雖失其位,亦“未失道也”。
経文の九二の爻辞に言う:巷子の裏に於て自己の君主に遇う、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:九二は睽時に処りて居位当たらず、もと身を安んずる処なからんとす。然れど六五も同様に位を失い、双方とも同類を尋求し、一たび門を出れば便ち相同ずるに趨向し、未曾て約定せずして相遇うゆえ、「遇主于巷」と言う。睽離に処りて援助を得れば、位置は当たらずと雖も、正道を喪失せず。孔頴達の疏が「九二、遇主于巷、無咎」に就き伸べて言う:九二は睽の時に処りてその正位を失い、もと身を安んずる処なからんとす。六五もまた位を失い、自己と同類にして、趣向相同じく彼此尋求し、遠行するを須みずして自然相遇い、恰好して巷の中に在り。これは相遇う処が決して遥遠ならざるを言うゆえ、「遇主于巷」と言う。「主」は六五を指す。睽離に処りて援助を獲得せば、災咎悔恨は皆消除し得べしゆえ、「無咎」。《象伝》に言う:「遇主于巷」とは、未だ正道を喪失せざるを言う。孔頴達の疏に言う:「未失道」とは、すでに自己の君主に遇えば、位置は当たらずと雖も、なお仍旧として正道を喪失せざるなり。
六三:見輿曳,其牛掣。其人天且劓,無初有終。凡物近而不相得,則凶。處睽之時,履非其位,以陰居陽,以柔乘剛,志在於上,而不和於四,二應於五,則近而不相比,故“見輿曳”。“輿曳”者,履非其位,失所載也。“其牛掣”者,滯隔所在,不獲進也。“其人天且劓”者,四從上取,二從下取,而應在上九,執志不回。初雖受困,終獲剛助。
経文の六三の爻辞に言う:車が後ろに拖曳せられ、車を牽く牛が牽掣せられるを見る。車を駕る人は黥額・割鼻の刑を受く、起初は順ならずして終に好結局有り。王弼の注が解釈して言う:凡そ相隣して彼此相投合せざれば則ち凶険なり。六三は睽の時に処り、踏む所は応有の位に非ず、陰爻を以て陽位に居り、柔爻を以て剛爻を凌乘し、心志は上九に係るも、却って九四と不和なり。九二はまた上に六五に応じ、ここに貼近すと雖も相亲比せざるゆえ、「見輿曳」。「輿曳」とは、居る所位に非ずして承載の所を失うに因る。「其牛掣」とは、阻滞隔礙せられて原地に在りて前進する能わざるなり。「其人天且劓」とは、九四が上辺より刑を加え九二が下辺より刑を加うるなり。然れど六三の応ずる所は上九にして、心志を持守して絶対に回転せず、起初は困を受くと雖も、最終にはなお剛爻の援助を獲得し得べし。
[疏]“六三見輿曳其牛”至“無初有終”。○正義曰:“見輿曳其牛掣”者,處睽之時,履非其位,以陰居陽,以柔乘剛,志在上九,不與四合。二自應五,又與巳乖。欲載,其輿被曳,失巳所載也。欲進,其牛被牽,滯隔所在,不能得進也。故曰“見輿曳其牛掣”也。“其人天且劓,無初有終”者,黥額為天,截鼻為劓。既處二四之間,皆不相得,其為人也,四從上刑之,故黥其額,二從下刑之,又截其鼻,故曰“其人天且劓”。“而應在上九,執志不回,初雖受困,終獲剛助”,故曰“無初有終”。
孔頴達の疏が「六三:見輿曳、其牛掣」から「無初有終」までの一節に就き伸べて言う:「見輿曳、其牛掣」とは、六三は睽の時に処り、踏む所は応有の位に非ず、陰爻を以て陽位に居り柔を以て剛に乘じ、心志は上九に係りて九四と相合せず。九二は自ら往きて六五に応じ、また自己と相乖す。物を載せんと欲すれば、車は却って後ろに拖曳せられ、承載する所の物を失う。前進せんと欲すれば、牛は却って牽制せられ、阻滞隔礙せられて原地に在りて前行する能わずゆえ、「見輿曳、其牛掣」と言う。「其人天且劓、無初有終」とは、額の上に墨を刺すを「天」と言い、鼻子を割き去るを「劓」と言う。六三は九二と九四の間に夾処し、両辺とも投合せず、その人を為るに就きて言えば、九四は上辺より刑を施すゆえ、その額を黥し。九二は下辺より刑を施し、またその鼻を割くゆえ、「其人天且劓」と言う。而もそれは「応ずる所は上九にして、心志を持守して回転せず、起初は困を受くと雖も、最終には剛爻の援助を獲得す」ゆえ、「無初有終」と言う。
《象》曰:“見輿曳”,位不當也。“無初有終”,遇剛也。[疏]“《象》曰”至“有終遇剛也”。○正義曰:“位不當”者,由位不當,故輿被曳。“遇剛”者,由遇上九之剛,所以“有終”也。
《象伝》に言う:「見輿曳」とは、位置の当たらざるがゆえなり。「無初有終」とは、剛爻に遇えればなり。孔頴達の疏が《象伝》の一節から「有終、遇剛也」までに就き伸べて言う:「位不当」とは、六三の居位が当たらざるに由りて、ゆえに車は拖曳せらる。「遇剛」とは、上九のこの剛爻に遇うに由りて、ゆえに能く「有終」し得。
九四:睽孤,遇元夫。交孚,厲,無咎。無應獨處,五自應二,三與己睽,故曰“睽孤”也。初亦無應特立。處睽之時,俱在獨立,同處體下,同志者也。而巳失位,比於三五,皆與巳乖,處無所安,故求其疇類而自託焉,故曰“遇元夫”也。同志相得而無疑焉,故曰“交孚”也。雖在乖隔,志故得行,故雖危無咎。[疏]“九四”至“交孚厲無咎”。○正義曰:“元夫”謂初九也。處於卦始,故云“元”也。初、四俱陽而言“夫”者,蓋是丈夫之夫,非夫婦之夫也。《象》曰:“交孚”、“無咎”,志行也。
経文の九四の爻辞に言う:睽離の中に孤立し、「元夫」初九に遇い、彼此交わりて誠信し、危厲有ると雖も過ちなし。王弼の注が解釈して言う:九四は応爻なくして独処し、六五は自ら往きて九二に応じ、六三はまた自己と乖離すゆえ、「睽孤」と言う。初九も同様に応なく孤立し、両爻は皆睽時の孤立の中に処り、また同じく各々の体位の下に居る、志同道合の一対なり。九四は自ら居位当たらず、六三・六五と相隣するも皆自己と乖背し、身を安んずる処なく、ゆえに往きて同類を尋求してそれに托身すゆえ、「遇元夫」と言う。同志相投じて彼此猜疑せざるゆえ、「交孚」。身は乖離阻隔の中に処ると雖も、心志はなお施行し得べしゆえ、危険有ると雖も過ちなし。孔頴達の疏が九四の爻辞から「交孚、厲、無咎」までに就き伸べて言う:「元夫」は初九を指し、それは一卦の開始に処るゆえ、「元」と称す。初九と九四は皆陽爻にして「夫」と称するは、これはほぼ「丈夫」の夫にして、「夫婦」の夫に非ず。《象伝》に言う:「交孚」「無咎」とは、心志が施行を得るを言う。
六五:悔亡。厥宗噬膚,往,何咎?非位,悔也,有應故悔亡。“厥宗”,謂二也。“噬膚”者,齧柔也。三雖比二,二之所噬,非妨巳應者也。以斯而往,何咎之有?往必合也。[疏]“六五悔亡”至“往何咎”。○正義曰:“悔亡”者,失位,悔也,“有應故悔亡”也。“厥宗噬膚,往何咎”者,宗,主也,謂二也。“噬膚”謂噬三也。三雖隔二,二之所噬,故曰“厥宗噬膚”也。三是陰爻,故以“膚”為譬,言柔脆也。二既噬三即五,可以往而“無咎”矣,故曰“往無咎”。
経文の六五の爻辞に言う:悔恨は消失す。自己の宗主は柔脆の肌肤を啃咬す、前往してなんの過ち有らんや。王弼の注が解釈して言う:六五は居位当たらず、もと悔有るべし。下に九二の相応有るに因りて、「悔亡」。「厥宗」は九二を指し、「噬膚」は柔軟の物を啃咬するなり。六三は紧邻して九二に在ると雖も、正に九二の啃咬する所の対象にして、六五と九二の相応を妨礙し得ず。かくのごときを凭じて前往せば、なんの過ち有らん。前往すれば必ず能く九二と会合せん。孔頴達の疏が「六五:悔亡」から「往、何咎」までに就き伸べて言う:「悔亡」とは、六五は位を失いてもと悔有るべきに、「応爻有るに因りて悔亡」。「厥宗噬膚、往何咎」とは、「宗」は主にして九二を指し、「噬膚」は六三を啃咬するを言う。六三は九二と六五の間に阻隔すと雖も、正に九二の啃咬する所なれば、「厥宗噬膚」と言う。六三は陰爻なれば、「膚」を用いて譬喩を為し、その柔軟脆弱を言う。九二はすでに六三を咬み開きて六五に接近せば、六五は便ち前往して「無咎」し得べしゆえ、「往無咎」と言う。
《象》曰“厥宗噬膚”,往有慶也。[疏]“《象》曰”至“往有慶也”。○正義曰:“往有慶也”者,有慶之言,善功被物,為物所賴也。五雖居尊而不當位,與二合德,乃為物所賴,故曰“往有慶也”。
《象伝》に言う:「厥宗噬膚」、前往すれば喜慶有らん。孔頴達の疏が《象伝》の一節から「往有慶也」までに就き伸べて言う:「往有慶也」とは、「有慶」と言うは、美善の功業が万物に覆被して万物の倚頼する所と為るを指す。六五は尊位に居ると雖も位に当たらず、能く九二と徳を合するに因りて、こそ万物の倚頼する所と為るゆえ、「往有慶也」と言う。
上九:睽孤。見豕負塗,載鬼一車,先張之弧,後說之弧。匪寇婚媾,往,遇雨則吉。處睽之極,睽道未通,故曰“睽孤”。巳居炎極,三處澤盛,睽之極也。以文明之極,而觀至穢之物,“睽”之甚也。豕失負塗,穢莫過焉。至“睽”將合,至殊將通,恢詭譎怪,道將為一。未至於洽,先見殊怪,故“見豕負塗”,甚可穢也。見鬼盈車,籲可怪也。“先張之弧”,將攻害也。“後說之弧”,睽怪通也。四剠其應,故為寇也。“睽”志將通,“匪寇婚媾”,往不失時,睽疑亡也。貴於遇雨,和陰陽也。陰陽既和,“群疑亡”也。
経文の上九の爻辞に言う:睽離の中に孤立す。猪の背上に污泥満つるを見、また一車に鬼を装満するを見る。先に弓を張りて射んと欲し、後にまた弓を放下す。来るは強寇に非ずして求婚の人なり、前往して雨に遇えばすなわち吉祥。王弼の注が解釈して言う:上九は睽の極点に処り、睽離の道は未だ通達せずゆえ、「睽孤」と言う。自己は離火の炎上の極処に居り、六三は兌沢の盛処に処る、これは睽の極致なり。最も文明の体を以て最も汚穢の物を看るは、正に「睽」の極点に至るなり。猪の身上に污泥沾満す、汚穢これより甚だしきはなし。極端の睽離は将に弥合せんとし、極端の殊異は将に相通ぜんとし、あの千奇百怪の物はその道理は終に一に帰せん。然れど未だ融洽の時に至らずして先に種種の怪異を見るゆえ、「見豕負塗」は実に厭うべく、「見鬼満車」は実に怪しむべし。「先張之弧」は攻撃加害せんと欲し、「後説之弧」は睽離怪異がすでに相通ぜるなり。九四は上九の応ずる所の六三を侵奪せり、ゆえに強寇と看做さる。睽離の心志は将に相通ぜんとし、「匪寇婚媾」、前往してその時機を失わざれば、睽離の疑慮はすなわち消失せん。貴ぶべきは雨に遇うは、あれは陰陽調和なり。陰陽すでに調和せば、種種の疑慮もまた消失せん。
[疏]“上九睽孤見豕”至“遇雨則吉”。正義曰:“睽孤”者,處睽之極,“睽”道未通,故曰“睽孤”也。“見豕負塗”者,火動而上,澤動而下,“已居炎極,三處澤盛,睽之極也”。離為文明,澤是卑穢,以文明之極而觀至穢之物,事同豕而負塗泥,穢莫斯甚矣,故曰“見豕負塗”。
孔頴達の疏が「上九:睽孤、見豕負塗」から「往遇雨則吉」までの一節に就き伸べて言う:「睽孤」とは、上九は睽の極点に処り、睽離の道は未だ通達せずゆえ、「睽孤」と言う。「見豕負塗」とは、火は動きて上に向かい沢は動きて下に向かう、正に王弼の言う所の「上九は炎上の極に居り、六三は沢の盛処に処る、これは睽の極致」なり。離は文明と為し、沢は卑下汚穢と為す。最も文明の体を以て最も汚穢の物を看るは、情形はあたかも猪の身上に污泥を背負えるがごとく、汚穢これより甚だしきはなしゆえ、「見豕負塗」と言う。
“載鬼一車,先張之弧,後說之弧”者,鬼魅盈車,怪異之甚也。至“睽”將合,至殊將通,未至於治,先見殊怪,故又見“載鬼一車”。載鬼不言“見”者,為豕上有“見”字也。見怪若斯,懼來害己,故“先張之弧”,將攻害也。物極則反,“睽”極則通,故“後說之弧”,不復攻也。“匪寇婚媾”者,“四剠其應”,故謂四為寇。“睽”志既通,匪能為寇,乃得與二為婚媾矣,故曰“匪寇婚媾”也。“往遇雨則吉”者,雨者,陰陽交和之道也。眾異並消,無復疑阻,往得和合,則吉從之,故曰“往遇雨則吉”。
孔頴達の疏が続けて言う:「載鬼一車、先張之弧、後説之弧」とは、鬼魅は一車に装満す、怪異の極点に至るなり。極端の睽離は将に弥合せんとし極端の殊異は将に相通ぜんとし、未だ融洽の時に至らずして先に種種の怪異を見るゆえ、また「載鬼一車」を見る。「載鬼」の前面に再び「見」の字を写さざるは、上文の「豕」の字の前面にすでに「見」の字有るに因る。このごとき怪異を見て、それの来て自己を害するを怕るゆえ、「先張之弧」、攻撃加害せんと欲す。然れど物は極まれば必ず反し睽は極点に至ればすなわち通ずゆえ、「後説之弧」、もはや進攻せず。「匪寇婚媾」とは、「九四が上九の応ずる所の六三を侵奪せり」に因るゆえ、九四を把って強寇と叫ぶ。睽離の心志すでに相通ぜば、九四は便ち寇を為す能わず、上九はここに六三と婚姻を結ぶを得(底本はここに「二」と作す)ゆえ、「匪寇婚媾」と言う。「往遇雨則吉」とは、「雨」は陰陽交合調和の道なり。種種の怪異は一並びに消解し、もはや猜疑阻隔なく、前往して和合を得れば、吉祥は便ち随いて来るゆえ、「往遇雨則吉」と言う。
○注“處睽之極”至“群疑亡也”。○正義曰:“恢詭譎怪道將為一”者,《莊子內篇·齊物論》曰:“無物不然,無物不可。故為舉筳與楹,厲與西施,恢詭譎怪,道通為一。”郭象注云:“夫筳橫而楹縱,厲丑而西施好,所謂齊者,豈必齊形狀,同規矩哉!舉縱橫好丑,恢詭譎怪,各然其所然,各可其所可,即形雖萬殊,而性本得同,故曰‘道通為一’也。”莊子所言以明齊物,故舉恢詭譎怪至異之物,道通為一,得性則同。王輔嗣用此文而改“通”為“將”字者,明物極則反,睽極則通,有似引詩斷章,不必與本義同也。
孔頴達の疏がまた王弼の注「処睽之極」から「群疑亡也」までの一段に就き伸べて言う:王注の言う所の「恢詭譎怪、道將為一」は、《荘子・内篇・斉物論》に出ず:「一物としてこれならざるなく、一物として肯定すべからざるなし。ゆえに細小の草莖と高大の屋柱、丑陋の病人と美麗の西施を挙出し、一切の奇奇怪怪の事物は、道より之を見れば皆通じて一と為す」。郭象の注に言う:「草莖は横、屋柱は縦、病者は醜にして西施は美なり、言う所の『斉』は、豈に必ず形状が斉整し規矩が相同ずるを要せんや。挙凡そ縦と横・美と丑のあの奇詭怪異の物は、各々自己の是とする所を肯定し各々自己の可とする所を認可せば、則ち形体は千差万別と雖も、本性は本来相同ず、ゆえに『道通為一』と言う」。荘子がこの番の話を説くは斉物の旨を闡明せんがためなれば、千奇百怪・最も殊異の物を挙出して、それらが道より之を見れば通じて一と為し本性に就きて言えば則ち相同ずるを言う。王弼(字は輔嗣)はこの段の文字を借用して「通」の字を「将」の字に改成すは、物極まれば必ず反し睽は極点に至ればすなわち相通ずるを表明せんと欲するなり、あたかも詩を賦して断章取義するがごとく、必ずしも原文の本意と相同ずるを須みず。
《象》曰:“遇雨”之吉,群疑亡也。[疏]正義曰:“群疑亡也”者,往與三合,如雨之和。向之見豕、見鬼、張弧之疑並消釋矣,故曰“群疑亡也”。
《象伝》に言う:「遇雨」の吉祥たる所以は、種種の疑慮が皆消失すればなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「群疑亡也」とは、上九は前往して六三と会合し、あたかも陰陽交合して雨と成るがごとき和洽なり。先前の猪背の污泥を見、満車の鬼魅を見、弓を張りて射んと欲したあの疑懼は、皆一並びに消釋したりゆえ、「群疑亡也」と言う。
蹇卦
艮下坎上。蹇:利西南,不利東北。西南,地也,東北,山也。以難之平則難解,以難之山則道窮。[疏]正義曰:“蹇”,難也。有險在前,畏而不進,故稱為“蹇”。西南險位,平易之方。東北險位,阻礙之所。世道多難,率物以適平易,則蹇難可解。若入於險阻,則彌加擁塞。去就之宜,理須如此,故曰“蹇,利西南不利東北”也。
《蹇》卦の下体は艮、上体は坎。卦辞に言う:蹇は、西南に宜しく、東北に宜しからず。王弼の注が解釈して言う:西南は地、東北は山なり。艱難を帯びて平地に走向すれば、艱難は便ち化解し得べし。艱難を帯びて山中に走り入れば、道路は便ち窮尽せん。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「蹇」はすなわち艱難である。前面に険有りて、畏懼して前進を敢えてせず、ゆえに「蹇」と称す。西南は険難の中に於て平坦易行の方位に属し、東北は険難の中に於て阻碍難行の所在に属す。世道は多難にして、衆人を率領して平易の処に走向すれば、蹇難は便ち解除し得べし。もし険阻に走り入れば、ただいよいよ壅塞するのみ。取捨去就の適宜の道は、理に按じて必ずかくのごとくすべしゆえ、「蹇、利西南、不利東北」と言う。
利見大人。往則濟也。[疏]正義曰:能濟眾難,惟有大德之人,故曰“利見大人”,貞吉。爻皆當位,各履其正,居難履正,正邦之道也。正道未否,難由正濟,故“貞吉”也。遇難失正,吉可得乎?[疏]正義曰:居難之時,若不守正而行其邪道,雖見大人,亦不得吉,故曰“貞吉”也。
卦辞が続けて言う:大人に見ゆるに宜し。王弼の注が解釈して言う:前往して求見すればすなわち難を済す能う。孔頴達の疏が伸べて言う:能く衆人の患難を救済するはただ大徳の人のみゆえ、「利見大人」と言う。卦辞がまた言う:正を守れば吉祥。王弼の注が解釈して言う:この卦の諸爻は皆各々その位に当たり、各々正位の上に踏む。身は艱難に処りて行う所皆正なるは、これは邦国を端正するの道なり。正道は未だ閉塞せず、艱難は正を守るを以て化解を要すゆえ、「貞吉」。艱難に遇いて正道を喪失せば、なお吉祥を得る能わんや。孔頴達の疏が伸べて言う:身は艱難の時に処りて、もし正を守らずして邪路に走上せば、たとえ大人に見ゆとも吉祥を得ずゆえ、「貞吉」と言う。
《彖》曰:蹇,難也,險在前也。見險而能止,知矣哉!蹇“利西南”,往得中也。“不利東北”,其道窮也。“利見大人”,往有功也。當位“貞吉”,以正邦也。《蹇》之時用大矣哉!蹇難之時,非小人之所能用也。
《彖伝》に言う:蹇とは、すなわち艱難、険陷は前に横たわる。険陷を見て能く止まるは、真に明智なるかな。蹇卦の「利西南」は、前往すれば中道を得るを以てす。「不利東北」は、あの道は窮尽に走り至るを以てす。「利見大人」は、前往して功業を建立し得るを以てす。諸爻は位に当たりて「貞吉」は、以て邦国を端正するに用いる。《蹇》卦の処する時の功用は真に偉大なるかな。王弼の注が解釈して言う:蹇難の時の功用は、小人の施展し得る所に非ず。
[疏]“《彖》曰”至“大矣哉”。○正義曰:“蹇,難也,險在前也。見險而能止,知矣哉”者,釋卦名也。蹇者,有難而不進,能止而不犯,故就二體,有險有止,以釋蹇名。坎在其外,是“險在前也”。有險在前,所以為難。若冒險而行,或罹其害。艮居其內,止而不往,相時而動,非知不能,故曰“見險而能止,知矣哉”也。
孔頴達の疏が《彖伝》の一節から「大矣哉」までに就き伸べて言う:「蹇、難也、険在前也。見険而能止、知矣哉」とは、これは卦名を釈す。「蹇」は艱難有りて前進せず、能く止まり住みて触犯しに行かざるなれば、上下両体の「有険」「有止」に就いて「蹇」のこの名称を釈す。坎卦は外に在り、正に「険在前」。前面に険有れば艱難と成るゆえ、もし険を冒して行かば便ち禍害を遭受し得べし。艮卦は内に居り、止まりて往かず、時機を観察して再行動す、明智の人に非ざれば做し得ずゆえ、「見険而能止、知矣哉」と言う。
“蹇利西南往得中也”者,之於平易,救難之理,故云“往得中”也。“不利東北其道窮”者,之於險阻,更益其難,其道彌窮,故曰“其道窮”也。“利見大人往有功也”者,往見大人必能除難,故曰“往有功”也。“當位貞吉,以正邦也”者,二、三、四、五爻皆當位,所以得正而吉,故曰“當位貞吉”也。“以正邦也”者,居難守正,正邦之道,故曰“以正邦”也。“蹇之時用大矣哉”者,能於蹇難之時建立其功,用以濟世者,非小人之所能,故曰“蹇之時用大矣哉”也。
孔頴達の疏が続けて言う:「蹇利西南、往得中也」とは、平坦易行の処に走向するは正に難を救うの理に合すゆえ、「往得中」と言う。「不利東北、其道窮」とは、険阻に走向すればただ艱難を加重し、道路はいよいよ窮尽すゆえ、「其道窮」と言う。「利見大人、往有功也」とは、前往して大徳の人に求見すれば必ず能く艱難を除去せんゆえ、「往有功」と言う。「当位貞吉、以正邦也」とは、六二・九三・六四・九五の諸爻は皆各々その位に当たるゆえ、能く正を得て吉を得ゆえ、「当位貞吉」と言う。「以正邦也」とは、身は艱難に処りて正道を持守するは正に邦国を端正するの道なれば、「以正邦」と言う。「蹇之時用大矣哉」とは、能く蹇難の時に功業を建立し以て世人を救済するは、小人の做し得る所に非ずゆえ、「蹇之時用大矣哉」と言う。
《象》曰:山上有水,蹇。山上有水,蹇難之象。[疏]正義曰:山者是巖險,水是阻難。水積山上,彌益危難,故曰“山上有水蹇”。君子以反身修德。除難莫若反身脩德。[疏]正義曰:蹇難之時,未可以進,惟宜反求諸身,自脩其德,道成德立,方能濟險,故曰“君子以反身修德”也。陸績曰:“水在山上,失流通之性,故曰蹇。”通水流下,今在山上,不得下流,蹇之象。陸績又曰:“水本應山下,今在山上,終應反下,故曰反身。”處難之世,不可以行,只可反省察,脩已德用乃除難。君子通達道暢之時,並濟天下,處窮之時則獨善其身也。
《大象伝》に言う:山の上に水有り、これは蹇卦。王弼の注が解釈して言う:山の上に水有るは、正に蹇難の象なり。孔頴達の疏が伸べて言う:山は岩石険峻の処、水は阻隔艱難の物なり。水は山上に積り、いよいよ危難を增添すゆえ、「山上有水、蹇」と言う。《大象伝》が続けて言う:君子はこれにより自身に反求して徳行を修養す。王弼の注が解釈して言う:艱難を消除するは自身に反求し徳行を修養するより好き弁法なし。孔頴達の疏が伸べて言う:蹇難の時は前進すべからず、ただ宜しく反って之を自身に求め、自ら徳行を修養して、道成り徳立ってこそ険難を済度し得べしゆえ、「君子以反身修徳」と言う。三国呉人の陸績が言う:「水は山上に在り、流通の本性を失うゆえ、蹇と言う」。通常水は下に向かって流る、今山上に在りて下流を得ざるは、正に蹇の象なり。陸績がまた言う:「水はもと応に山下に在るべきに、今却って山上に在り、終に応に下方に返回すべしゆえ、『反身』と言う」。艱難の世に処りて行動有るべからず、ただ反省自察し自己の徳行を修養して、然る後にこそ難を除き得べし。君子は道路の通達順暢の時はすなわち一並びに天下を救済し、窮困の時に処ればすなわち独りその身を善くす。
初六:往蹇,來譽。處難之始,居止之初,獨見前識,睹險而止,以待其時,知矣哉!故往則遇蹇,來則得譽。[疏]正義曰:初六處蹇之初,往則遇難,來則得譽。初居艮始,是能見險而止。見險不往,則是來而得譽,故曰“往蹇來譽”。《象》曰:“往蹇來譽”,宜待也。[疏]正義曰:“宜待”者,既“往則遇蹇”,宜止以待時也。
経文の初六の爻辞に言う:前往すれば艱難に遇い、退き回来れば則ち声誉を獲得せん。王弼の注が解釈して言う:初六は艱難の開始・艮止の起初に処り、独り先見の明を具え、険陷を見ればすなわち停住して、以て時機を待つ、真に明智なるかな。ゆえに前往すればすなわち蹇難に遇上し、退回すればすなわち声誉を獲得す。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:初六は蹇卦の初めに処り、前往すればすなわち難に遇い、退回すればすなわち誉を得。初六は艮卦の起始に居り、正に能く「険を見て止まる」。険陷を見て前往せざれば、すなわち退回して声誉を獲得するなりゆえ、「往蹇来誉」と言う。《象伝》に言う:「往蹇来誉」とは、応に待つべきなり。孔頴達の疏に言う:「宜待」とは、すでに「前往すれば蹇難に遇う」なれば、応に止まりて時機を等待すべし。
六二:王臣蹇蹇,匪躬之故。處難之時,履當其位,居不失中,以應於五。不以五在難中,私身遠害,執心不回,志匡王室者也。故曰:“王臣蹇蹇,匪躬之故”。履中行義,以存其上,處蹇以比,未見其尢也。[疏]正義曰:“王”謂五也。“臣”謂二也。九五居於王位而在難中,六二是五之臣,往應於五,履正居中,志匡王室,能涉蹇難,而往濟蹇,故曰“王臣蹇蹇”也。盡忠於君,匪以私身之故而不往濟君,故曰“匪躬之故”。《象》曰:“王臣蹇蹇”,終無尢也。[疏]正義曰:“終無尤”者,處難以斯,豈有過尤也?
経文の六二の爻辞に言う:君王の臣子は艱難の中に奔走蹇滞す、自身の故を為すに非ず。王弼の注が解釈して言う:六二は艱難の時に処り、踏む所は正にその位に当たり、中に居りて中道を失わず、上に向かって九五に応ず。それは九五が身は難中に陥るに因りて自身を顧惜し禍害を遠離せず、而も心志を持守して絶対に回転せず、立志して王室を匡救せんとすゆえ、「王臣蹇蹇、匪躬之故」と言う。中道を踏み道義を行って以てその君上を保存し、蹇難に処りてかくのごとく亲比せば、なんの過失有るかを見ず。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「王」は九五を指し、「臣」は六二を指す。九五は王位に居りて身は難中に在り、六二は九五の臣子にして、前往して九五に応合し、踏む所は正を得居る所は中を得、立志して王室を匡救し、能く蹇難を渉歴して前往して難を救うゆえ、「王臣蹇蹇」と言う。それは君主に忠を尽くし、自身を顧惜するの故に因りて往きて君を救わざらざるゆえ、「匪躬之故」と言う。《象伝》に言う:「王臣蹇蹇」、終に過失なし。孔頴達の疏に言う:「終無尤」とは、艱難の中に処りて能くかくのごとく為せば、なんぞ過失有らんや。
九三:往蹇,來反。進則入險,來則得位,故曰“往蹇來反”。為下卦之主,是內之所恃也。[疏]正義曰:九三與《坎》為鄰,進則入險,故曰“往蹇”。來則得位,故曰“來反”。《象》曰:“往蹇來反”,內喜之也。[疏]正義曰:“內喜之”者,內卦三爻,惟九三一陽居二陰之上,是內之所恃,故云“內喜之”也。
経文の九三の爻辞に言う:前往すれば艱難に遇い、退き回来れば則ち本位に返帰せん。王弼の注が解釈して言う:前進すればすなわち険中に入り、退回すればすなわちその本位を得ゆえ、「往蹇来反」と言う。九三は下卦の主にして、内卦の倚恃する所の一爻なり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:九三は《坎》卦と相隣り、前進すればすなわち険中に入るゆえ、「往蹇」。退回すればすなわちその正位を得ゆえ、「来反」。《象伝》に言う:「往蹇来反」とは、内卦がそれを喜べばなり。孔頴達の疏に言う:「内喜之」とは、内卦三爻の中ただ九三のこの一陽爻が両陰の上に居り、内卦の倚恃する所なれば、「内喜之」と言う。
六四:往蹇,來連。往則無應,來則乘剛,往來皆難,故曰“往蹇來連”。得位履正,當其本實,雖遇於難,非妄所招也。[疏]正義曰:馬云“連亦難”也。鄭云“遲久之意”。六四往則無應,來則乘剛,往來皆難,故曰“往蹇來連”也。《象》曰:“往蹇來連”,當位實也。[疏]正義曰:“當位實”者,明六四當位履正,當其本實。而往來遇難者,乃數之所招,非邪妄之所致也,故曰“當位實”也。
経文の六四の爻辞に言う:前往すれば艱難に遇い、退き回来るもまた牽連受阻せん。王弼の注が解釈して言う:前往すれば則ち上に応爻なく、退回すれば則ち九三の剛を凌乘す、往来ともに艱難なりゆえ、「往蹇来連」と言う。然れど六四は位を得て踏む所は正を得、それの本来の実情に符合し、艱難に遭遇すと雖も、自己の妄行の招来する所に非ず。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:馬融は「連もまた難の意」と言い、鄭玄は「連は遅緩久滞の意」と言う。六四は前往すれば則ち応なく、退回すれば則ち剛に乘ず、往来ともに艱難なりゆえ、「往蹇来連」と言う。《象伝》に言う:「往蹇来連」とは、居位が当を得てその実に合乎すればなり。孔頴達の疏に言う:「当位実」とは、六四が位に当たりて踏む所は正を得、その本来の実情に符合するを表明す。それが往来ともに難に遇うは、乃ち命数の招致する所にして、邪僻妄行の導致する所に非ずゆえ、「当位実」と言う。
九五:大蹇,朋來。處難之時,獨在險中,難之大者也,故曰“大蹇”。然居不失正,履不失中,執德之長,不改其節,如此則同志者集而至矣,故曰“朋來”也。[疏]“九五,大蹇朋來”。○正義曰:九五處難之時,獨在險中,難之大者也,故曰“大蹇”。然得位履正,不改其節,如此則同志者自遠而來,故曰“朋來”。○注“處難之時”至“朋來也”。○正義曰:“同志者集而至矣”者,此以“同志”釋“朋來”之義。鄭注《論語》云:“同門曰朋,同志曰友。”此對友也。通而言之,同志亦是朋黨也。《象》曰:“大蹇朋來”,以中節也。[疏]正義曰:“以中節”者,得位居中,不易其節,故致“朋來”,故云“以中節”也。
経文の九五の爻辞に言う:大なる蹇難の中に処り、朋友は前来して相助く。王弼の注が解釈して言う:九五は艱難の時に処り、独り身は険中に陥る、艱難の中の大者なりゆえ、「大蹇」。然れどそれは居る所はその正を失わず踏む所は中道を失わず、徳行の長を秉持して自己の節操を改変せず、このように志同道合の人は便ち聚集して来るゆえ、「朋来」と言う。孔頴達の疏が「九五:大蹇、朋来」に就き伸べて言う:九五は艱難の時に処り、独り身は険中に陥る、艱難の中の大者なりゆえ、「大蹇」。然れどそれは位を得て踏む所は正を得、節操を改変せず、このように志同道合の人は便ち遠方より赶来すゆえ、「朋来」と言う。孔頴達の疏がまた王弼の注「処難之時」から「朋来也」までに就き伸べて言う:王注の言う所の「同志者集而至矣」は、「同志」を用いて「朋来」の含義を釈するなり。鄭玄が《論語》に注して言う:「同一の師門を朋と言い、志向相同ずるを友と言う」。あれは「朋」と「友」が相対して言うなり。もし通泛に言えば、志向相同ずる人もすなわち朋党なり。《象伝》に言う:「大蹇朋来」とは、九五が中に居りて節操を持守すればなり。孔頴達の疏に言う:「以中節」とは、位を得て中に居り、自己の節操を改易せざるゆえ、「朋来」を招致す、故に「以中節」と言う。
上六:往蹇來碩,吉。利見大人。往則長難,來則難終,難終則眾難皆濟,志大得矣,故曰“往蹇來碩吉”。險夷難解,大道可興,故曰“利見大人”也。[疏]正義曰:碩,大也。上六難終之地,不宜更有所往,往則長難,故曰“往蹇”也。“來則難終,難終則眾難皆濟,志大得矣”,故曰“碩吉”也。險夷難解,大道可興,宜見大人以弘道化,故曰“利見大人”也。
経文の上六の爻辞に言う:前往すれば難に遇い、退き回来れば則ち碩大を収獲し、吉祥。大人に見ゆるに宜し。王弼の注が解釈して言う:前往すればすなわち艱難を助長し、退回すれば則ち艱難は告終す。艱難が告終すれば、衆多の難は皆済度を得、心志は便ち大いに得る所有るゆえ、「往蹇来碩、吉」と言う。険阻は平復し艱難は化解せば、大道は便ち興起し得べしゆえ、「利見大人」と言う。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「碩」は大なり。上六は艱難終結の地に処り、宜しく再び前往有るべからず、前往すればすなわち艱難を助長せんゆえ、「往蹇」。「退回すれば則ち艱難は告終し、艱難が告終すれば則ち衆難は皆済度を得、心志は大いに得る所有る」ゆえ、「碩吉」と言う。険阻は平復し艱難は化解せば、大道は興起し得べく、応に大徳の人に見ゆて以て道化を弘揚すべしゆえ、「利見大人」と言う。
《象》曰:“往蹇來碩”,志在內也。有應在內,往則失之。來則志獲,“志在內也”。[疏]正義曰:“志在內也”者,有應在三,是“志在內也”。應既在內,往則失之,來則得之,所以往則有蹇,來則碩吉也。“利見大人”,以從貴也。[疏]正義曰:貴謂陽也。以從陽,故云“以從貴”也。
《象伝》に言う:「往蹇来碩」とは、上六の心志が内卦に在ればなり。王弼の注が解釈して言う:上六の応爻は内卦に在り、前往すればすなわちそれを失い、退回すれば則ち心志は獲る所有るゆえ、「志在内也」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「志在内也」とは、上六の応爻は九三に在り、正に「志在内」なり。応爻すでに内卦に在れば、前往すればすなわちそれを失い退回すればすなわちそれを得、ゆえに前往すれば蹇難有りて退回すれば則ち碩大にして吉。《象伝》が続けて言う:「利見大人」とは、尊貴者に順従するを以てす。孔頴達の疏に言う:「貴」は陽爻を指す。上六は九三の陽に順従すゆえ、「以従貴」と言う。
解卦
坎下震上。解:利西南。西南,眾也。解難濟險,利施於眾。遇難不困於東北,故不言不利東北也。[疏]正義曰:“解”者,卦名也。然解有兩音,一音古買反,一音胡買反,“解”謂解難之初,“解”謂既解之後。《彖》稱“動而免乎險”,明解眾難之時,故先儒皆讀為“解”。《序卦》云:“物不可以終難,故受之以解。解者,緩也。”然則“解”者,險難解,釋物情舒緩,故為“解”也。“解利西南”者,西南坤位,坤是眾也。施解於眾,則所濟者弘,故曰“解利西南”也。
《解》卦の下体は坎、上体は震。卦辞に言う:解は、西南に宜し。王弼の注が解釈して言う:西南は衆庶を代表す。艱難を解除し険陷を済度するは、利は衆人に施及するに在り。艱難に遭遇して困を受けるに至らざるは東北に在り、ゆえに卦辞は「不利東北」と言わず。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「解」は卦名。ただ「解」に両個の読音有り、一は「古買反」と読み、一は「胡買反」と読む。前者は難を解くの開始を指し、後者はすでに解开し了えた後を指す。《彖伝》が「動而免乎険」と称するは、これが衆難を解除するの時なるを説明すゆえ、先儒は皆難を解くの「解」と読む。《序卦伝》に言う:「事物は永遠に艱難の中に処る能わず、ゆえに《蹇》卦の後に接ぐるは《解》卦なり。解とは、すなわち舒缓なり」。このように看れば、「解」はすなわち険難が解开し物情が舒缓すゆえ、「解」と言う。「解利西南」とは、西南は坤の方位にして、坤は衆庶を代表す。難を解くの恵を衆人に施及せば、救済する所の面は広しゆえ、「解利西南」と言う。
無所往,其來復,吉。有攸往,夙吉。未有善於解難而迷於處安也。解之為義,解難而濟厄者也。無難可往,以解來復則不失中。有難而往,則以速為吉者,無難則能復其中,有難則能濟其厄也。[疏]正義曰:“無所往”者,上言“解難濟險,利施於眾”。此下明救難之時,誡其可否。若無難可往,則以來復為吉。若有難可往,則以速赴為善,故云“無所往,其來復吉,有攸往夙吉”。設此誡者,褚氏云:“世有無事求功,故誡以無難宜靜,亦有待敗乃救,故誡以有難須速也。”
卦辞が続けて言う:往くべき処なければすなわち返り回来りて吉、往くべき処有ればすなわち及早に前往して吉。王弼の注が解釈して言う:難を解くに善くして安処の道に昧きはなし。「解」の含義は艱難を解除し困厄を済度す。解くべき難なければ、すなわち難を解くの後に返回して中を守りて中道を失わず。難有りて前往せば、則ち迅速を以て吉と為す。難なき時は能くその中道に回復し、難有る時は能くその困厄を済度す。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「無所往」とは、上文は「艱難を解除し険陷を済度するは、利は衆人に施及するに在り」と言い、これ以下は則ち難を救うの時の為すべきと為すべからざるの告誡を説明す。もし往くべき難なければ、すなわち返回するを以て吉と為す。もし往くべき難有れば、すなわち迅速に赶赴するを以て善と為すゆえ、「無所往、其来復吉。有攸往、夙吉」と言う。この告誡を設下する所以は、褚氏が言う:「世上に事なくして強いて事功を求むる人有り、ゆえに彼に難なき時は宜しく静守すべしと告誡す。また事の敗壊に至ってこそ救いに行く人有り、ゆえに彼に難有る時は必ず迅速なるべしと告誡す」。
《彖》曰:解,險以動,動而免乎險,解。動乎險外,故謂之“免”。免險則解,故謂之“解”。[疏]正義曰:此就二體以釋卦名。遇險不動,無由解難。動在險中,亦未能免咎。今動於險外,即見免脫於險,所以為“解”也。
《彖伝》に言う:解卦は、険に遇いて而後動き、一動すれば便ち険を脱離す、これすなわち解。王弼の注が解釈して言う:険の外面に在りて動くゆえ、「免」と言う。険を脱離すればすなわち解なれば、「解」と言う。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:これは上下両体に就いて卦名を釈す。険陷に遇いて行動せざれば、すなわち難を解く由なし。険中に在りて行動するも、なお災咎を免る能わず。今は険の外面に在りて行動すれば、便ちその険を脱免するを見るゆえ、「解」と称す。
“解,利西南”,往得眾也,“其來復吉”,乃得中也。“有攸往,夙吉”,往有功也。天地解而雷雨作,雷雨作而百果草木皆甲圻。天地否結則雷雨不作,交通感散,雷雨乃作也。雷雨之作,則險厄者亨,否結者散,故“百果草木皆甲圻”也。
《彖伝》が続けて言う:「解、利西南」は、前往すれば衆人を得るを以てす。「其来復吉」は、かくのごとくしてこそ中道に合乎するを以てす。「有攸往、夙吉」は、前往して功業を建立し得るを以てす。天地の気は解开して雷雨は興作し、雷雨興作して各種の果樹草木は皆萌芽破殼す。王弼の注が解釈して言う:天地閉塞鬱結の時は雷雨は興作せず、交通感応して鬱気は発散して、雷雨こそ興作す。雷雨一たび興作すれば、険厄の者は便ち亨通し閉塞の者は便ち消散すゆえ、「百果草木皆甲坼」。
[疏]“解利西南”至“百果草木皆甲坼”。○正義曰:“解利西南往得眾”者,“解”之為義,兼濟為美。往之西南得施解於眾,所以為利也。“其來復吉乃得中也”者,無難可解,退守靜默,得理之中,故云“乃得中”也。“有攸往,夙吉,往有功也”者,解難能速,則不失其幾,故“往有功也”。“天地解而雷雨作雷雨作,而百果草木皆甲圻”者,此因震、坎有雷雨之象,以廣明“解”義。天地解緩,雷雨乃作。雷雨既作,百果草木皆孚甲開坼,莫不解散也。
孔頴達の疏が《彖伝》の「解利西南」から「百果草木皆甲坼」までの一節に就き伸べて言う:「解利西南、往得衆」とは、「解」の含義は兼ねて衆人を済するを以て美と為し、前往して西南すれば難を解くの恵を衆人に施及し得べしゆえ、利と為る。「其来復吉、乃得中也」とは、解くべき難なき時は退き回来りて静守沈黙すれば、正に事理の中道に合すゆえ、「乃得中」と言う。「有攸往、夙吉、往有功也」とは、難を解くこと能く迅速なればすなわち時機を錯失せずゆえ、「往有功」。「天地解而雷雨作、雷雨作而百果草木皆甲坼」とは、これは震雷・坎雨の象に就いて「解」の義理を推広闡明す。天地の気は舒解して、雷雨こそ興作す。雷雨すでに興作せば、各種の果樹草木の種殼は皆裂開萌発して、解散せざるなし。
解之時大矣哉!無圻而不釋也。難解之時,非治難時,故不言用。體盡於解之名,無有幽隱,故不曰義。[疏]正義曰:結嘆解之大也。自天地至於草木,無不有“解”,豈非大哉!
《彖伝》が最後に言う:解卦の処する時は真に偉大なるかな。王弼の注が解釈して言う:裂開して消釋せざるものなし。難を解くの時は難を治めるの時と不同なれば、《彖伝》は「時用」と言わず。卦体はすでに「解」のこの名称の裏に説尽し、幽隠難明の処なく、ゆえにまた「時義」と言わず。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:これは総結讚嘆して「解」の宏大を言う。天地より直に草木に至るまで、「解」有らざるなし、豈に偉大ならずや。
《象》曰:雷雨作,解。君子以赦過宥罪。[疏]正義曰:赦謂放免,過謂誤失,宥謂寬宥,罪謂故犯,過輕則赦,罪重則宥,皆解緩之義也。
《大象伝》に言う:雷雨興作す、これは解卦。君子はこれにより過失を赦免し罪行を寛宥す。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「赦」は放免、「過」は無心の失誤。「宥」は寛減、「罪」は有意の触犯。過失は軽ければ赦免し、罪行は重ければ寛宥す、皆「解」の含む舒缓の義に合乎す。
初六:無咎“解”者,解也。屯難盤結,於是乎解也。處蹇難始解之初,在剛柔始散之際,將赦罪厄,以夷其險。處此之時,不煩於位而“無咎”也。[疏]正義曰:夫險難未夷,則賤弱者受害,然則蹇難未解之時,柔弱者不能無咎,否結既釋之後,剛強者不復陵暴。初六,“處蹇難始解之初,在剛柔始散之際”,雖以柔弱處無位之地,逢此之時,不慮有咎,故曰“初六無咎”也。《象》曰:剛柔之際,義無咎也。或有過咎,非其理也。“義”猶理也。[疏]正義曰:“義無咎”者,“義”猶理也,剛柔既散,理必無咎,或有過咎,非理之當也,故曰“義無咎”也。○注“有過咎”至“義猶理也”。○正義曰:“或有過咎,非其理也”者,或本無此八字。
経文の初六の爻辞に言う:過ちなし。王弼の注が解釈して言う:「解」はすなわち解开なり。屯聚の艱難は盤結して一たに在り、ここに至れば便ち解开す。初六は蹇難の剛剛解开するの初めに処り、正に剛柔の离散し始むるの際に当たり、将に罪厄を赦免して以て険阻を平復せんとす。この時に処れば、爵位の事に操心するを須みずして便ち「無咎」し得べし。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:険難未だ平らざる時は、卑賤柔弱の人は害を受く、則ち蹇難未だ解开せざるの時は、柔弱の者は過咎なからしめず。閉塞鬱結すでに消釋した後に至れば、剛強の者もまた欺凌暴虐せず。初六は「蹇難の剛剛解开するの初めに処り、正に剛柔の离散し始むるの際に当たり」、柔弱の身を以て爵位なきの地に処ると雖も、この時に遇上せば憂慮して咎有るを須みずゆえ、「初六、無咎」と言う。《象伝》に言う:剛柔交接の際は、理に按じて過ち有るべからず。王弼の注が解釈して言う:もしなお過咎有らば、すなわち常理に合せず。「義」はすなわち「理」に等し。孔頴達の疏に言う:「義無咎」とは、「義」はすなわち理なり。剛柔すでに离散せば、理に按じて必ず無咎、もし竟に過咎有らば、すなわち理の当然の応に有るに非ずゆえ、「義無咎」と言う。孔頴達の疏がまた王注の「或有過咎」から「義猶理也」までに就き伸べて言う:王注の「或有過咎、非其理也」のこの八个字は、有る本子に無し。
九二:田獲三狐,得黃矢,貞吉。狐者,隱伏之物也。剛中而應,為五所任,處於險中,知險之情,以斯解物,能獲隱伏也,故曰:“田獲三狐”也。黃,理中之稱也。矢,直也。田而獲三狐,得乎理中之道,不失枉直之實,能全其正者也,故曰“田獲三狐,得黃矢,貞吉”也。[疏]正義曰:“田獲三狐”者,狐是隱伏之物,三為成數,舉三言之,搜獲歡盡。九二以剛居中而應於五,為五所任,處於險中,知險之情,以斯解險,無險不濟,能獲隱伏,如似田獵而獲窟中之狐,故曰“田獲三狐”。“得黃矢,貞吉”者,黃,中之稱。矢,直也。田而獲三狐,得乎無理中之道,不失枉直之實,能全其正者也,故曰“得黃矢貞吉”也。
経文の九二の爻辞に言う:田獵して三只の狐狸を獵獲し、黄色の箭を得、正を守れば吉祥。王弼の注が解釈して言う:狐は隠伏藏匿の物なり。九二は剛健にして中に居りて六五と相応し、六五に信任せられ、身は険中に処りて深く険情を知る、このごとき条件を用いて人のために難を解けば、能く隠伏の物を搜獲せんゆえ、「田獲三狐」と言う。「黄」は中道に合乎するの称谓、「矢」は正直なり。田獵して三狐を獵獲するは、中道に合乎するの方法を得て、曲直の実情を失わず、能くその正を保全すゆえ、「田獲三狐、得黄矢、貞吉」と言う。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「田獲三狐」とは、狐は隠伏の物、「三」は成数、「三」を挙げて言うは、搜捕繳獲すること乾乾淨淨たるを表示す。九二は剛爻を以て中に居りて上に六五に応じ、六五に任用せられ、身は険中に処りて深く険情を知る、これらを凭じて以て険難を解除せば、済度し得ざるの険なく、能く隠伏の物を搜獲す、あたかも田獵して洞中の狐狸を捕獲するがごとしゆえ、「田獲三狐」と言う。「得黄矢、貞吉」とは、「黄」は中の称谓、「矢」は正直。田獵して三狐を獵獲するは、中道に合乎するの法を得て(底本は「得乎無理中之道」、『無』は衍字)、曲直の実情を失わず、能くその正を保全すゆえ、「得黄矢、貞吉」と言う。
《象》曰:九二,“貞吉”,得中道也。[疏]正義曰:“得中道也”者,明九二位既不當,所以得“貞吉”者,由處於中,得乎理中之道故也。
《象伝》に言う:九二の「貞吉」は、中道を得ればなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「得中道也」とは、九二の居位はもと当たらず、能く「貞吉」を得る所以は、それが中位に処り中道に合乎するの缘故に由るを表明す。
六三:負且乘,致寇至,貞吝。處非其位,履非其正,以附於四,用夫柔邪以自媚者也。乘二負四,以容其身。寇之來也,自已所致,雖幸而免,正之所賤也。[疏]正義曰:“負且乘致寇至”者,六三,矢正無應,下乘於二,上附於四,即是用夫邪佞以自說媚者也。乘者,君子之器也。負者,小人之事也。施之於人,即在車騎之上,而負於物也。故寇盜知其非巳所有,於是競欲奪之,故曰“負且乘致寇至”也。“貞吝”者,負乘之人,正其所鄙,故曰“貞吝”也。
経文の六三の爻辞に言う:物を背負いてまた車の上に坐り、強寇を招来す、正を守るもまた憾惜有らん。王弼の注が解釈して言う:六三の処する所は応有の位に非ず、踏む所もまた正ならず、九四に攀附するを頼る、これは柔媚邪佞を用いて上位に討好するなり。それは下に九二に乘り上に九四に附してこれを以て身を容る、強寇の来るは自己の招致する所にして、たとえ僥倖に禍を免るとも、正道の鄙賤する所と為る。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「負且乗、致寇至」とは、六三は正を失いてまた応なく(底本の「矢」は「失」と作るべし)、下に向かって九二を凌乘し上に向かって九四に攀附す、正に邪佞を用いて自ら取悦討好する人なり。車に乘るは君子の器用、背負するは小人の活計なり。一人の身上に落てば、すなわち車馬の上に坐りて却又物を背負うと成る。ゆえに盗寇はあの車馬がもと彼の応有に非ざるを知り、ここに争うて来て奪取せんと欲すゆえ、「負且乗、致寇至」と言う。「貞吝」とは、また背負いまた乘るこの種の人は正に正道の鄙薄する所なれば、「貞吝」と言う。
《象》曰:負且乘,亦可醜也。自我致戎,又誰咎也?[疏]正義曰:“亦可醜也”者,天下之丑多矣,此是其一,故曰“亦可醜也”。“自我致戎,又誰咎也”者,言此寇雖由已之招,非是他人致此過咎,故曰“又誰咎也”。
《象伝》に言う:また背負いまた乘るは、また真に可恥なるかな。兵戎は我自己より致す、また誰を咎めんや。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「亦可醜也」とは、天下の可恥の事は甚だ多く、これは不過その中の一件なりゆえ、「也真是可恥」と言う。「自我致戎、又誰咎也」とは、これらの寇盗は自己より招来すると雖も、別人がこの場の禍咎を造成するに非ざるを言うゆえ、「又能怪誰呢」と言う。
九四:解而拇,朋至斯孚。失位不正,而比於三,故三得附之為其拇也。三為之拇,則失初之應,故“解其拇”,然後朋至而信矣。[疏]正義曰:而,汝也。拇,足大指也。履於不正,與三相比,三從下來附之,如指之附足,四有應在初。若三為之拇,則失初之應,故必“解其拇”,然後朋至而信,故曰“解而拇,朋至斯孚”。《象》曰:“解而拇”,未當位也。[疏]正義曰:“未當位”者,四若當位履正,即三為邪媚之身,不得附之也。既三不得附四,則無所解。今須解拇,由不當位也。
経文の九四の爻辞に言う:あなたの脚上の大拇指を解开せよ、朋友到來してこそ誠信有らん。王弼の注が解釈して言う:九四は位を失いて正ならず、また六三と相隣すゆえ、六三は攀附し上りてその脚拇指と成るを得たり。六三がその拇指を為せば、それはすなわち初六との相応を失うゆえ、「その拇指を解开」せんことを要し、然る後に朋友到來してこそ誠信有らん。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「而」はすなわち「あなた」、「拇」は脚の大拇指。九四の踏む所は正ならず、六三と相隣り、六三は下面より来てそれに依附す、あたかも脚趾の脚上に附着するがごとし。而も九四の応爻は初六に在り。もし六三をしてその拇指を為さしめば、すなわち初六との相応を失うゆえ、必ず「この拇指を解开」して、然る後に朋友到來してこそ誠信有らん、ゆえに「解而拇、朋至斯孚」と言う。《象伝》に言う:「解而拇」とは、九四の居位が当たらざるがゆえなり。孔頴達の疏に言う:「未当位」とは、九四はもし居位当を得踏む所正を得らば、則ち六三のこの邪媚の身は依附する由なし。六三はすでに九四に依附する法なく、すなわち解くべきもなし。今必ず拇指を解开せんことを要するは、正に九四の居位が当たらざるに由る。
六五:君子維有解,吉。有孚于小人。居尊履中而應乎剛,可以有解而獲吉矣。以君子之道解難釋險,小人雖間,猶知服之而無怨矣。故曰“有孚于小人”也。[疏]正義曰:“君子維有解吉”者,六五,居尊履中而應於剛,是有君子之德。君子當此之時,可以解於險難。維,辭也。有解於難,所以獲吉,故曰“君子維有解吉”也。“有孚于小人”者,以君子之道解難,則小人皆信服之,故曰“有孚于小人”也。《象》曰:君子有解,小人退也。[疏]正義曰:小人謂作難者,信君子之德,故退而畏服之。
経文の六五の爻辞に言う:君子は能く解除有るを得、吉祥。小人に対しても誠信の感化有り。王弼の注が解釈して言う:六五は尊位に居り中道を踏みて下に九二の剛に応ず、解除有るを得て吉祥を獲得し得べし。君子の道を用いて艱難を解除し険阻を消釋せば、小人はたとえその中より離間すとも、なお服従を知りて怨言なからんゆえ、「有孚于小人」と言う。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「君子維有解、吉」とは、六五は尊位に居り中位に踏みて下に剛爻に応ず、これは君子の徳を具備す。君子はこの時に当たりて険難を解除し得べし。「維」は語助詞。能く艱難を解除すればゆえに吉を獲ゆえ、「君子維有解、吉」と言う。「有孚于小人」とは、君子の道を用いて難を解けば、小人は皆信服せんゆえ、「有孚于小人」と言う。《象伝》に言う:君子が解除有れば、小人は便ち退避す。孔頴達の疏に言う:「小人」は禍難を製造する人を指す。彼らは君子の徳行を相信ずゆえ、退避して畏服す。
上六:公用射隼于高墉之上,獲之,無不利。初為四應,二為五應,三不應上,失位負乘,處下體之上,故曰“高墉”。墉非隼之所處,高非三之所履,上六居動之上,為解之極,將解荒悖而除穢亂者也。故用射之,極則後動,成而後舉,故必“獲之”,而“無不利”也。
経文の上六の爻辞に言う:王公は高墻の上に於てあの隼鳥を射て、射中してそれを擒獲す、不利なきことなし。王弼の注が解釈して言う:初六は九四の応爻、九二は六五の応爻、六三は上六と相応せず。六三は位を失いてまた背負乗車し、下体の頂端に処るゆえ、それを「高墉」と称す。高墻はもと隼の棲息すべき所に非ず、高位もまた六三の踏上すべき位置に非ず。上六は震動の体の上端に居り、解卦の極点に処り、将に荒乱悖逆を解除し汚穢禍乱を清除せんとすゆえ、射るの弁法を用いてそれに対付す。極点に至りて而後にこそ動き、条件成熟して而後にこそ発すゆえ、必ず「射中擒獲」して「無不利」なり。
[疏]“上六”至“無不利”。○正義曰:隼者,貪殘之鳥,鸇鷂之屬。墉,牆也。六三失位負乘,不應於上,即是罪釁之人,故以譬於集。此借飛鳥為喻,而居下體之上,其猶隼處高墉。隼之為鳥,宜在山林,集於人家“高墉”,必為人所繳射,以譬六三處於高位,必當被人所誅討。上六居動之上,為解之極,將解之荒悖而除穢亂,故用射之也。“極而後動,成而後舉,故必獲之,而無不利”,故曰“公用射隼于高墉之上,獲之無不利”也。公宅臣之極。上六以陰居上,故謂之“公”也。
孔頴達の疏が上六の爻辞から「無不利」までに就き伸べて言う:「隼」は貪婪凶残の鳥にして、鸇・鷂の一類に属す。「墉」はすなわち墻。六三は位を失いてまた背負乗車し、上六と相応せず、正に罪衅有る人なれば、隼を拿って以てそれに譬喩す(底本の「集」は「隼」と作るべし)。ここに飛鳥を借りて喩を設く、六三は下体の上に居り、あたかも隼が高墻の上に停まるがごとし。隼のこの種の鳥はもと応に山林に待るべきに、却って人家の「高墻」の上に棲集す、必ず人に縄帯びの箭を以て射ち落されん。これを以て六三が高位に処るを譬喩せば、必ず人に誅討せられん。上六は震動の体の上端に居り、解卦の極点に処り、将に荒乱悖逆を解除し汚穢禍乱を清除せんとすゆえ、射るの弁法を用いてそれに対付す。正に王弼の注の言う所のごとき「極点に至りて而後にこそ動き、条件成熟して而後にこそ発すゆえ、必ず射獲して無不利」ゆえ、「公用射隼于高墉之上、獲之、無不利」と言う。「公」は人臣の中の最高の一級(底本の「宅」は「者」と作るべし)。上六は陰爻を以て上位に居るゆえ、それを「公」と称す。
《象》曰:“公用射隼”,以解悖也。[疏]正義曰:“解悖也”者,悖,逆也。六三失位負乘,不應於上,是悖逆之人也。上六居動之上,能除解六三之荒悖,故云“以解悖也”。
《象伝》に言う:「公用射隼」とは、悖逆を解除するを以てす。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「解悖也」とは、「悖」はすなわち叛逆なり。六三は位を失いて背負乗車し、また上六と相応せず、是れ悖逆の人なり。上六は震動の体の上端に居り、能く六三の荒乱悖逆を除解すゆえ、「以解悖也」と言う。
損卦
兌下艮上。損:有孚,元吉,無咎可貞,利有攸往。曷之用?二簋可用享。[疏]“損有孚”至“可用享”。○正義曰:“損”者,減損之名,此卦明損下益上,故謂之“損”。“損”之為義,“損下益上”,損剛益柔。損下益上,非補不足者也。損剛益柔,非長君子之道者也。若不以誠信,則涉諂諛而有過咎,故必“有孚”,然後大吉,無咎可正,而“利有攸往”矣,故曰“損有孚,元吉,無咎可貞,利有攸往”也。
《損》卦の下体は兌、上体は艮。卦辞に言う:損は、誠信を懐き、大いに吉祥、過ちなくして正を守るべく、前往有るに宜し。なにを用いて奉献せんや。両簋の薄食は便ち用いて祭享し得べし。孔頴達の疏が卦辞の「損有孚」から「可用享」までに就き伸べて言う:「損」は減損の名称、この卦は下方を減損して以て上方を増益するを闡明すゆえ、「損」と言う。「損」の含義は「損下益上」「損剛益柔」。損下益上は有餘を拿って以て不足を補うに非ず、損剛益柔もまた君子の道を助長するに非ず。これによってもし誠信を凭じて為さざれば、すなわち諂媚阿諛に流れて過咎有らんゆえ、必ず「有孚」して、然る後にこそ大いに吉祥・無咎にして正を守るべく・「利有攸往」なりゆえ、「損、有孚、元吉、無咎可貞、利有攸往」と言う。
先儒皆以無咎、可貞,各自為義,言既吉而無咎,則可以為正。準下王注《彖》辭云:“損下而不為邪,益上而不為諂,則何咎而可正。”然則王意以無咎、可貞共成一義,故莊氏云:“若行損有咎,則須補過以正其失。”今行損用信,則是無咎可正,故云“無咎可貞”。竊謂莊氏之言得正旨矣。“曷之用,二簋可用享”者,明行損之禮,貴夫誠信,不在於豐。既行損以信,何用豐為?二簋至約,可用享祭矣,故曰“曷之用,二簋可用享”也。
孔頴達の疏が続けて辨析す:先儒は皆「無咎」と「可貞」を以て各々独立の両義と為し、すでに吉にして無咎なれば便ち正と算し得べしと言う。然れど下文の王弼が《彖伝》に注する所に依れば「在下者を減損して邪に流れず、在上者を増益して諂に流れざれば、あれはなんの咎有らん、なんぞ正にすべからざる有らん」、可見王弼の意思は「無咎」「可貞」を一義に合成するなれば、荘氏が言う:「もし減損を施行して咎有らば、必ず過失を補救して以てその差錯を匡正せんことを要す」。今減損を施行して誠信を用いれば、あれはすなわち無咎にして正すべしゆえ、「無咎可貞」と言う。私は私かりに荘氏の説法こそ正旨に合乎すと為す。「曷之用、二簋可用享」とは、減損の礼を施行するの貴ぶべきは誠信に在りて豊厚に在らざるを表明す。すでに誠信を以て減損を行えば、なんぞ豊厚を求めんや。両簋の薄食は極めて倹約、また以て祭享し得べしゆえ、「曷之用。二簋可用享」と言う。
《彖》曰:損,損下益上,其道上行。艮為陽,兌為陰。凡陰順於陽者也。陽止於上,陰說而順,損下益上,上行之義也。[疏]正義曰:此就二體釋卦名之義,艮,陽卦,為止。兌,陰卦,為說。陽止於上,陰說而順之,是下自減損以奉於上,“上行”之謂也。
《彖伝》に言う:損卦は、下方を減損して上方を増益し、その道は上に向かって運行す。王弼の注が解釈して言う:艮は陽卦、兌は陰卦。凡そ陰は皆陽に順従す。陽は上に止まり、陰は悦びて順従し、下方を減損して来て上方を増益す、これすなわち「上行」の含義なり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:これは上下両体に就いて卦名の義を釈す。艮は陽卦にして、その性は止。兌は陰卦にして、その性は悦。陽は上に止まり、陰は悦びてそれに順従す、これすなわち在下者が自ら減損して以て在上者に奉事するなり、すなわち言う所の「上行」。
損而有孚,元吉,無咎可貞,利有攸往。損之為道,“損下益上”,損剛益柔也。損下益上,非補不足也。損剛益柔,非長君子之道也。為損而可以獲吉,其唯有孚乎?“損而有孚”,則“元吉”,“無咎”而可正,“利有攸往”矣。“損剛益柔”,不以消剛。“損柔益上”,不以盈上,損剛而不為邪,益上而不為諂,則何咎而可正?雖不能拯濟大難,以斯有往,物無距也。[疏]正義曰:卦有“元吉”已下等事,由於“有孚”,故加一“而”字,則其義可見矣。
《彖伝》が続けて言う:減損して誠信を懐けば、大いに吉祥、過ちなくして正を守るべく、前往有るに宜し。王弼の注が解釈して言う:「損」のこの条の道は「損下益上」「損剛益柔」。損下益上は有餘を拿って不足を補うに非ず、損剛益柔もまた君子の道を助長するに非ず。減損を施行してなお吉を獲る能うは、頼る所はほぼただ誠信のみか。「減損して誠信有れば」すなわち能く「元吉」、「無咎」にして正を守るべく、「利有攸往」なり。「損剛益柔」は剛を消滅せんと欲するに非ず、「損柔益上」は上方を盈満ならしめんと欲するに非ず。在下者を減損して邪に流れず、在上者を増益して諂に流れざれば、あれはなんの咎有らん、なんぞ正にすべからざる有らんや。大難を拯救し得ずと雖も、かくのごときを凭じて行動せば、万物もまた抗拒せざらん。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:卦辞の裏の「元吉」以下のこれらの話は皆「有孚」より来るゆえ、《彖伝》は一個の「而」の字を加上し、その中の道理は便ち看清楚すべし。
“曷之用”?曷,辭也。“曷之用”,言何以豐為也。“二簋可用享。”二簋,質薄之器也。行損以信,雖二簋而可用享。[疏]正義曰:“曷之用二簋可用享”者,舉《經》明之,皆為損而有孚,故得如此。
《彖伝》が卦辞を引きて言う:「曷之用」。王弼の注が解釈して言う:「曷」は疑問語詞、「曷之用」はなんぞ豊厚を求めんを須むやを言う。《彖伝》がまた引きて言う:「二簋可用享」。王弼の注が解釈して言う:両簋は質地菲薄の器皿。誠信を以て減損を施行せば、たとえ両簋のみ有るともまた用いて祭享し得べし。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「曷之用、二簋可用享」とは、経文を挙出して以て説明す、これらは皆減損にして誠信有るに因るゆえ、こそかくのごとく能うなり。
二簋應有時,至約之道,不可常也。[疏]正義曰:申明二簋之禮,不可為常。二簋至約,惟在損時應時行之,非時不可也。損剛益柔有時。下不敢剛,貴於上行,“損剛益柔”之謂也。剛為德長,損之不可以為常也。[疏]正義曰:明“損下益上”之道,亦不可為常。損之所以能“損下益上”者,以下不敢剛亢,貴於奉上,則是損於剛亢而益柔順也。“損剛”者,謂損兌之陽爻也。“益柔”者,謂益艮之陰爻也。人之為德,須備剛柔,就剛柔之中,剛為德長。既為德長,不可恆減,故損之“有時”。
《彖伝》が続けて言う:「二簋」の用は応に時に合乎すべし。王弼の注が解釈して言う:極めて倹約の做法は以て常法と為すべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:これは両簋を用いて祭享するの礼は常制と為るべからざるを申明す。両簋は極めて倹約にして、ただ当損の時に在りて時に因りて行うのみ、あの時に非ざればすなわち不可なり。《彖伝》がまた言う:剛を減損して柔を増益するもまた応に時に合乎すべし。王弼の注が解釈して言う:在下者は敢えて剛亢せず、奉事して上に在るを貴と為す、これすなわち「損剛益柔」。剛は徳行の中の首要、それを減損するは以て常法と為すべからず。孔頴達の疏が伸べて言う:これは「損下益上」の道もまた以て常法と為すべからざるを表明す。減損の能く「損下益上」する所以は、在下者が敢えて剛強亢直せず奉事して上方を貴と為すを以てす、あれはすなわち剛亢を減損して柔順を増益す。「損剛」は兌体の陽爻を減損するを指し、「益柔」は艮体の陰爻を増益するを指す。人が徳行を培養するは必ず剛柔兼備せねばならず、而も剛柔の中に於て、剛は徳行の首要。すでに首要なれば、常常にそれを減損すべからずゆえ、それを減損するは「有時」を要す。
損益盈虛,與時偕行。自然之質,各定其分,短者不為不足,長者不為有餘,損益將何加焉?非道之常,故必“與時偕行”也。[疏]正義曰:“盈虛”者,鳧足短而任性,鶴脛長而自然。此又云“與時偕行”者,上既言“損剛益柔”,不可常用,此又汎明損益之事,體非恆理,自然之質,各定其分。鳧足非短,鶴脛非長,何須損我以益人。虛此以盈彼,但有時宜用,故應時而行,故曰“損益盈虛,與時偕行”也。
《彖伝》が続けて言う:減損と増益・盈満と虧虛は、皆時勢に随いて一同に施行すべし。王弼の注が解釈して言う:万物の自然の禀質は各々その定分有り、短きは不足と算せず長きは有餘と算せず、減損と増益はまたそれになんを加上し得んや。これは恒常の道に非ずゆえ、必ず「与時偕行」せんことを要す。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「盈虛」とは、あたかも《荘子・駢拇》の言うがごとき野鴨の腿は短きはそれの本性、鶴の脛は長きはそれの自然なり。ここにまた「与時偕行」と言うは、上文すでに「損剛益柔」は常用すべからずと言えば、ここにまた泛く減損増益の事を論ず、その本体は恒常の理に非ず。万物の自然の禀質は各々定分有り、野鴨の腿は短しと算せず、鶴の脛もまた長しと算せず、なんぞ必ず我を減損して別人を増益し、この一頭を掏空してあの一頭を填満せんや。ただ時に確かにかくのごとく為すに適宜有るのみ、ゆえに時勢に因応して行う、故に「損益盈虛、与時偕行」と言う。
《象》曰:山下有澤,損。山下有澤,損之象也。[疏]正義曰:澤在山下,澤卑山高,似澤之自損,以崇山之象也。君子以懲忿窒欲。可損之善,莫善忿欲也。[疏]正義曰:君子以法此損道,以懲止忿怒,窒塞情慾。夫人之情也,感物而動,境有順逆,故情有忿欲。懲者息其既往,窒者閉其將來。忿欲皆有往來,懲窒互文而相足也。
《大象伝》に言う:山の下に沢有り、これは損卦。王弼の注が解釈して言う:山の下に沢有るは、正に「損」の象なり。孔頴達の疏が伸べて言う:沢は山下に在り、沢は低く山は高く、あたかも沢が自ら減損して以て山を抬高するのさま。《大象伝》が続けて言う:君子はこれにより忿怒を懲戒し嗜欲を窒塞す。王弼の注が解釈して言う:減損し得べき物の中に於て、忿怒と嗜欲より更に減損すべきはなし。孔頴達の疏が伸べて言う:君子はこの一の「損」の道を效法し、それを用いて忿怒を懲止し情欲を堵塞す。人の性情は外物に感じて動を生じ、外境に順有り逆有りゆえ、情感の上に於てすなわち忿有り欲有り。「懲」はすでに発生せるを止息し、「窒」は将に到来せんとするを閉堵す。忿と欲は皆已往と将来の両面有り、「懲」「窒」の二字は互文にして彼此補足す。
初九:巳事遄往,無咎,酌損之。損之為道,“損下益上”,損剛益柔,以應其時者也。居於下極,損剛奉柔,則不可以逸。處損之始,則不可以盈,事已則往,不敢宴安,乃獲“無咎”也。剛以奉柔,雖免乎無咎,猶未親也。故既獲無咎,復自“酌損”,乃得“合志”也。遄,速也。[疏]正義曰:“巳事遄往無咎”者,巳,竟也。遄,速也。損之為道,“損下益上”,如人臣欲自損己奉上。然各有所掌,若廢事而往,咎莫大焉。若事已不往,則為傲慢。竟事速往,乃得無咎,故曰“巳事遄往無咎也”。“酌損之”者,剛勝則柔危,以剛奉柔,初未見親也。故須酌而減損之,乃得“合志”,故曰“酌損之”。
経文の初九の爻辞に言う:自己の分内の事を弁了すればすなわち趕快に前往し、過ちなく、なお斟酌して自己を減損すべし。王弼の注が解釈して言う:「損」のこの条の道は「損下益上」「損剛益柔」にして、以てその時に順応す。初九は下体の最下位に居り、自己の剛を減損して以て上に在る柔に奉事せんと欲せば、安逸すべからず。損卦の開始に処れば、自満すべからず。事を弁了すればすなわち動身前往し、安適を貪図を敢えてせずして、こそ「無咎」を獲得し得べし。剛を以て柔に奉事するは、過咎を免ると雖も、なお親近せられずゆえ、無咎を獲得した後に於て、なお再び自ら「斟酌減損」して、こそ上方と「合志」し得べし。「遄」は快速なり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「巳事遄往、無咎」とは、「巳」は完畢、「遄」は快速。「損」のこの条の道は「損下益上」にして、あたかも人臣が自らを減損して以て君上に奉事せんと欲するがごとし。然れど各人は皆分内の職掌有り、もし本職を丟下して奉上に跑去せば、過咎これより大なるはなし。もし事を弁了して却って去らざれば、また傲慢と成る。本職の事を弁了して趕快に前往して、こそ無咎なりゆえ、「巳事遄往、無咎」と言う。「酌損之」とは、剛は過盛なれば則ち柔は危殆、剛を以て柔に奉事するは、起初は未だ親近せられざるゆえ、必ず斟酌して自己を減損して、こそ上方と「合志」し得べし、故に「酌損之」と言う。
《象》曰:“巳事遄往”,尚合志也。尚合於志,欲速往也。[疏]正義曰:“尚合志”者,尚,庶幾也。所以竟事速往,庶幾與上合志也。
《象伝》に言う:「巳事遄往」とは、上方と心志相合せんを希望するなり。王弼の注が解釈して言う:上方の心志に合せんを希望すゆえ、迅速に前往せんと欲す。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「尚合志」とは、「尚」は庶幾・希望の意。本職の事を弁了すればすなわち迅速に前往する所以は、上方と心志相合せんを希望するなり。
九二:利貞,征凶。弗損,益之。柔下可全益,剛不可全削,下不可以無正。初九巳損剛以順柔,九二履中,而復損已以益柔,則剝道成焉,故不可遄往而“利貞”也。進之於柔,則凶矣,故曰“征凶”也。故九二不損而務益,以中為志也。[疏]正義曰:柔不可以全益,剛不可以全削,下不可以無正。初九已損剛以益柔,為順六四為初六,九二復損已以益六五為六二,則成剝卦矣。故九二利以居而守正,進之於柔則凶,故曰“利貞,征凶”也。既征凶,故九二不損已而務益,故曰“不損益之”也。
経文の九二の爻辞に言う:正を守るに宜しく、前往して征行せば則ち凶。自己を減損せずして、かえって能く上方を増益せん。王弼の注が解釈して言う:在下の柔は一味に増益すべからず、剛もまた完全に削去すべからず、在下者は正無かるべからず。初九はすでに自己の剛を減損して柔に順従し去り、九二はまた中位を踏む、もし再び自己を減損して柔を増益せば、あれはすなわち《剥》卦の道を形成せんゆえ、九二は初九のごとく急着に前往すべからずして、応に「利貞」すべし。もし前進して柔に附就せば凶険なりゆえ、「征凶」と言う。これによって九二は往きて自己を減損せずして務めて上方を増益を求むは、以て中を守るを心志と為すなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:柔は一味に増益すべからず、剛は完全に削去すべからず、在下者は正無かるべからず。初九はすでに自己の剛を減損して柔を増益して順従の勢と成り(底本の此句の文字は訛脱有り)。九二はもし再び自己を減損して六五を増益せば、あれはすなわち《剥》卦と変成せん。ゆえに九二は宜しく安居して正を守り、前進して柔に附就せば凶、故に「利貞、征凶」と言う。すでに前往して征行せば凶有れば、ゆえに九二は自己を減損せずして務めて上方を増益を求む、故に「弗損、益之」と言う。
《象》曰:“九二利貞”,中以為志也。[疏]正義曰:“中以為志”者,言九二所以能居而守貞,不損益之,良由居中,以中為志,故損益得其節適也。
《象伝》に言う:「九二利貞」とは、それが中を守るを以て心志と為せばなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「中以為志」とは、九二の能く安居して正を守り自己を減損せずして上方を増益する所以は、実はそれが中位に居りて中道を以て心志と為すに由るゆえ、減損と増益の間に於て恰当の分寸を得る能うなり。
六三:三人行則損一人,一人行則得其友。損之為道,“損下益上,其道上行”。三人,謂自六三巳上三陰也。三陰並行,以承於上,則上失其友,內無其主,名之曰“益”,其實乃“損”。故天地相應,乃得化醇;男女匹配,乃得化生。陰陽不對,生可得乎?故六三獨行,乃得其友。二陰俱行,則必疑矣。
経文の六三の爻辞に言う:三個の人が一同に前行すればすなわち一人を減損し、一個の人が独行すればかえってその伴侣を得ん。王弼の注が解釈して言う:「損」のこの条の道は「損下益上、其道上行」。「三人」とは、六三より上に向かって数うるの三個の陰爻を指す。三個の陰爻は一斉に上行して上九を承奉せば、上九はすなわちその専一の伴侣を失い、内裏に主属なく、名義の上は「増益」と言うも、実際は却って「減損」なり。ゆえに天地は必ず両両相応してこそ化育醇厚を能くし、男女は必ず一一匹配してこそ後代を化生を能くす。陰陽もし一一相対し得ざれば、生育はなお実現し得べしや。ゆえに六三は独自前行してこそその伴侣を得、もし両個の陰爻が一同に前往せば必ず猜疑を招来せん。
[疏]“六三”至“得其友”。○正義曰:六三處損之時,居於下體。損之為義,“其道上行”。“三人,謂自六三巳上三陰”。上一人,謂上九也。下一人,謂六三也。夫陰陽相應,萬物化醇,男女匹配故能生育,六三應於上九,上有二陰,六四、六五也。損道上行,有相從之義。若與二陰並己俱行,雖欲益上九一人,更使上九懷疑,疑則失其適匹之義也。名之曰“益”,即不是減損,其實損之也,故曰“三人行則損一人”。若六三一人獨行,則上九納己無疑,則得其友矣,故曰:“一人行則得其友”也。《象》曰:“一人行”,三則疑也。[疏]正義曰:“三則疑”者,言一人則可,三人疑加疑惑也。
孔頴達の疏が六三の爻辞から「得其友」までに就き伸べて言う:六三は損卦の時に処り、下体に居る。「損」の含義は「其道上行」。王注は「三人、六三より上の三つの陰爻を指す」と言い、「上一人」は上九を指し、「下一人」は六三を指す。陰陽は彼此相応して、万物こそ化育醇厚を得。男女は一一匹配して、こそ生育し得。六三は上に上九に応ずるも、その上面にまた六四・六五の両個の陰爻有り。損道は上に向かって運行し、それらは皆相随して上るの趨勢有り。もしこの両個の陰爻が自己とともに上行せば、本意は上九一人を増益せんと欲するも、かえって上九に心に疑慮を生ぜしむ。一起疑えば、すなわち一一匹配の意義を失う。名義の上は「増益」と言い、見るに減損に似ず、実際は正に減損なりゆえ、「三人行則損一人」と言う。もし六三一人が独自前行せば、上九は自己を接納するに疑なからん、あれはすなわち伴侣を得るゆえ、「一人行則得其友」と言う。《象伝》に言う:「一人行」はこそ善く、三人同行すればすなわち猜疑を引起せん。孔頴達の疏に言う:「三則疑」とは、一人前往すればすなわち可、三人同往すれば則ち疑惑を增添するを言う。
六四:損其疾,使遄有喜,無咎。履得其位,以柔納剛,能損其疾也。疾何可久?故速乃有喜。損疾以離其咎,有喜乃免,故使速乃有喜,有喜乃“無咎”也。[疏]“六四”至“無咎”。○正義曰:“疾”者相思之疾也。初九自損巳遄往,已以正道速納,陰陽相會,同志斯來,無復企子之疾,故曰“損其疾”。疾何可久,速乃有喜,有喜乃無咎,故曰“使遄有喜,無咎”。○注“履得其位”至“有喜乃無咎也”。○正義曰:“速乃有喜,有喜乃無咎”者,相感而久不相會,則有勤望之憂,故“速乃有喜”。初九自損以益四,四不速納,則有失益之咎也,故曰“有喜乃無咎”也。
経文の六四の爻辞に言う:その疾患を減損し、相手方をして趕快に前来せしめればすなわち喜慶有り、過ちなし。王弼の注が解釈して言う:六四の踏む所はその正位を得、柔順を以て剛爻を接納し、能く自己の疾患を減損し得。疾患はなんぞ持久し得んや。ゆえに迅速にしてこそ喜慶有り。疾患を減損して以て過咎を脱離し、喜慶有りてこそ免除を得ゆえ、相手方をして迅速に前来せしめてこそ喜慶有り、喜慶有りてこそ「無咎」なり。孔頴達の疏が六四の爻辞から「無咎」までに就き伸べて言う:ここの「疾」は彼此思念盼望の苦なり。初九は自ら減損して迅速に前往し、六四は自ら正道を以て迅速に接納し、陰陽は交會し、志同の者は到來すれば、すなわちもはや頸を引き企望するの苦楚なくゆえ、「損其疾」と言う。疾患はなんぞ持久し得んや、迅速にしてこそ喜慶有り、喜慶有りてこそ無咎なりゆえ、「使遄有喜、無咎」と言う。孔頴達の疏がまた王弼の注「履得其位」から「有喜乃無咎也」までに就き伸べて言う:王注の言う所の「速乃有喜、有喜乃無咎」は、両情相感して久しく相会せざればすなわち殷切盼望の憂愁有るゆえ、「迅速にしてこそ喜慶有り」。初九は自ら減損して来て六四を増益す、六四はもし迅速に接納せざれば、すなわちこの份の増益に辜負するの過咎有りゆえ、「有喜乃無咎」と言う。
《象》曰:“損其疾”,亦可喜也。[疏]正義曰:“亦可喜”者,《詩》曰:“亦既見止”,“我心則降”。不亦有喜乎?
《象伝》に言う:「損其疾」は、また喜ぶに足るなり。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「亦可喜」とは、《詩経・召南・草蟲》に言う「一旦彼に見えば」「わが心安まらん」、これは豈に正に喜慶有るに非ずや。
六五:或益之,十朋之龜,弗克違,元吉。以柔居尊而為損道,江海處下,百穀歸之,履尊以損,則或益之矣。朋,黨也。龜者,決疑之物也。陰非先唱,柔非自任,尊以自居,損以守之。故人用其力,事順其功。智者慮能,明者慮策,弗能違也,則眾才之用事矣,獲益而得“十朋之龜”,足以盡天人之助也。
経文の六五の爻辞に言う:人来りて彼を増益す、價値十朋の大龜は、その占断もまた違背する能わず、大いに吉祥。王弼の注が解釈して言う:六五は柔爻を以て尊位に居りて減損の道を奉行す。江海は低下の処に処りて、百川の水は便ち皆それに歸向す。尊位に居りて能く自ら減損せば、すなわち人来りて彼を増益せん。「朋」は黨類、「龜」は疑難を決断する物なり。陰は率先して倡導せず、柔は自らその能を逞しゅうせず、尊貴を以て自処して減損を以て守持せば、ゆえに衆人は肯んじて彼のために力を出し、事は順遂して功有り。智慧の人は彼のために才能を謀慮し、明察の人は彼のために策略を謀劃し、大龜の占断に至るまで違背する能わざれば、あれはすなわち衆多の人才が皆彼のために任事するなり。増益を獲得して「十朋之龜」を得るは、上天と衆人の相助を窮尽するに足る。
[疏]“六五”至“元吉”。○正義曰:六五居尊以柔而在乎損,而能自抑損者也。居尊而能自抑損,則天下莫不歸而益之,故曰“或益之”也。或者,言有也,言其不自益之,有人來益之也。朋者,黨也。龜者,決疑之物也。陰不先唱,柔不自任,“尊以自居,損以守之”,則人用其力,事竭其功,“智者慮能,明者慮策”,而不能違也。朋至不違,則群才之用盡矣,故曰“十朋之龜,弗克違”也。群才畢用,自尊委人,天人並助,故曰“元吉”。
孔頴達の疏が六五の爻辞から「元吉」までに就き伸べて言う:六五は柔爻を以て尊位に居りて損卦の中に処る、是れ能く自ら抑損するの一爻なり。尊位に居りて能く自ら抑損せば、天下に来りて彼に歸附増益せざるなしゆえ、「或益之」と言う。「或」はすなわち「有」にして、彼が自ら増益するに非ず、人前に来りて彼を増益するを言う。「朋」は黨類、「龜」は疑難を決断する物なり。陰は率先して倡導せず、柔は自らその能を逞しゅうせず、「尊貴を以て自処して減損を以て守持せば」、則ち衆人は肯んじて彼のために力を出し事を辦してその功を竭くし、「智慧の人は彼のために才能を謀慮し、明察の人は彼のために策略を謀劃し」、龜卜に連なりても違背する能わず。朋類は到來して違背せざれば、すなわち衆多の人才の作用が皆發揮し盡くすなりゆえ、「十朋之龜、弗克違」と言う。群才は全部その用に為され、尊貴の身を以て他人に委任し、天助人助は一並びに到來すゆえ、「元吉」と言う。
○注“以柔居尊”至“天人之助也”。○正義曰:“朋,黨也”者,馬、鄭皆案《爾雅》云:“十朋之龜者,一曰神龜,二曰靈龜,三曰攝龜,四曰寶龜,五曰文龜,六曰筮龜,七曰山龜,八曰澤龜,九曰水龜,十曰火龜。”《象》曰:六五,“元吉”,自上祐也。[疏]正義曰:“自上祐”者,上謂天也,故與“自天祐之,吉無不利”義同也。
孔頴達の疏がまた王弼の注「以柔居尊」から「天人之助也」までに就き伸べて言う:王注の言う所の「朋、黨也」は、馬融・鄭玄は皆《爾雅》に依拠して言う:「言う所の十朋之龜は、一は神龜と言い、二は靈龜と言い、三は攝龜と言い、四は寶龜と言い、五は文龜と言い、六は筮龜と言い、七は山龜と言い、八は澤龜と言い、九は水龜と言い、十は火龜と言う」。《象伝》に言う:六五の「元吉」たる所以は、上天より保祐を得るなり。孔頴達の疏に言う:「自上祐」とは、「上」は上天を指すゆえ、《大有》の上九の「自天祐之、吉無不利」の意思と相同ず。
上九:弗損,益之,無咎,貞吉,利有攸往。得臣無家。處損之終,上無所奉,損終反益。剛德不損,乃反益之,而不憂於咎。用正而吉,不制於柔,剛德遂長,故曰“弗損,益之,無咎,貞吉,利有攸往”也。居上乘柔,處損之極,尚夫剛德,為物所歸,故曰“得臣”。得臣則天下為一,故“無家”也。
経文の上九の爻辞に言う:減損せずして、かえって増益す、過ちなく、正を守れば吉祥、前往有るに宜し。臣民を得てもはや一家の私有らず。王弼の注が解釈して言う:上九は損卦の終點に処り、上面にはすでに奉事すべき對象なく、減損は盡頭に到れば便ち轉回して増益と為る。剛健の徳はもはや減損せられず、かえって増益を獲得し、因って過咎を憂慮するを須みず。正道を用いて吉を獲、柔爻の牽制を受けず、剛徳はここに滋長すゆえ、「弗損、益之、無咎、貞吉、利有攸往」と言う。上九は上位に居りて柔爻を凌乘し、損卦の極點に処り、剛健の徳を崇尚して、萬物の歸附する所と為るゆえ、「得臣」と言う。臣民を得れば、天下は便ち合して一體と為るゆえ、「無家」と言う。
[疏]“上九”至“得臣無家”。○正義曰:“弗損益之,無咎,貞吉”者,損之為義,“損下益上”。上九處損之極,上無所奉,損終反益,故曰“弗損益之”也。既“剛德不損,乃反益之”,則不憂於咎,“用正而吉”,故曰“無咎,貞吉”也。“利有攸往”者,不利於柔,不使三陰俱進,不疑其志,“剛德遂長”,故曰“利有攸往”也。又能自守剛陽,不為柔之所制,豈惟“無咎、貞吉”而已,所往亦無不利,故曰“利有攸往”,義兩存也。“得臣無家”者,居上乘柔,處損之極尊。夫剛德“為物所歸”,故曰“得臣”。“得臣則以天下為一”,故曰“無家”。“無家”者,光宅天下,無適一家也。《象》曰:“弗損益之”,大得志也。[疏]正義曰:“大得志”者,剛德不損,“為物所歸”,故“大得志也”。
孔頴達の疏が上九の爻辞から「得臣無家」までに就き伸べて言う:「弗損益之、無咎、貞吉」とは、「損」の含義は「損下益上」。上九は損卦の極點に処り、上面に奉事すべき對象なく、減損は盡頭に到れば便ち轉回して増益と為るゆえ、「弗損益之」と言う。すでに「剛健の徳は減損せられず、かえって増益を獲得す」れば、過咎を憂慮するを須みず、「正道を用いて吉を獲」ゆえ、「無咎、貞吉」と言う。「利有攸往」とは、柔に利あらず、三個の陰爻をして一齊に上進せしめず、すなわち上九をしてそれらに對する心志の疑を起さしめず、「剛徳はここに滋長す」ゆえ、「利有攸往」と言う。もう一層の意思は上九はまた能く自ら剛陽を守りて柔爻に牽制せられず、豈にただ「無咎、貞吉」のみならんや、往く所もまた不利なきゆえ、「利有攸往」と言う――この両層の意思は並存す。「得臣無家」とは、上九は上位に居りて柔爻を凌乘し、損卦の極點の尊崇の地に処る。剛健の徳を崇尚して「萬物の歸附する所と為る」ゆえ、「得臣」と言う。「臣民を得ればすなわち天下を以て一體と為す」ゆえ、「無家」と言う。「無家」とは、光大地に天下を占有し、ある一家に專屬せざるなり。《象伝》に言う:「弗損益之」とは、心志が大いに得る所有るなり。孔頴達の疏に言う:「大得志」とは、剛健の徳は減損せられず「萬物の歸附する所と為る」ゆえ、「大得志」なり。
益卦
震下巽上。益:利有攸往,利涉大川。[疏]正義曰:“益”者,增足之名,損上益下,故謂之益。下巳有矣,而上更益之,明聖人利物之無巳也。損卦則損下益上,益卦則損上益下,得名皆就下而不據上者,向秀云:“明王之道,志在惠下,故取下謂之損,與下謂之益。”既上行惠下之道,利益萬物,動而無違,何往不利,故曰“利有攸往”。以益涉難,理絕險阻,故曰“利涉大川”。
《益》卦の下体は震、上体は巽。卦辞に言う:益は、前往有るに宜しく、大河を渡渉するに宜し。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「益」は增添して之を充足せしむるの名称。この卦は上方を減損して来て下方を増益すゆえ、「益」と言う。下方はもとすでに之有りて、上方はなお再びそれに增添を要す、可見聖人は萬物を利益するに止境なし。《損》卦は損下益上、《益》卦は損上益下、兩卦の名を得るは皆「下」に着眼して「上」に依拠せず。向秀が言う:「英明君王の道は、用心は下に施惠するに在るゆえ、下面より取用するを『損』と言い、下面に給與するを『益』と言う」。すでに在上者が下に施惠するの道を推行して萬物を利益せば、一擧一動皆違逆なく、則ち何れの処に往きて不利有らんやゆえ、「利有攸往」と言う。この份の増益を帶びて艱難を渉歴せば、道理の上に於て険阻を斷絶するに足るゆえ、「利渉大川」と言う。
《彖》曰:益,損上益下,民說無疆。震,陽也。巽,陰也。巽非違震者也。處上而巽,不違於下,“損上益下”之謂也。[疏]正義曰:此就二體釋卦名之義。柔損在上,剛動在下,上巽不違於下,“損上益下”之義也。既居上者能自損以益下,則下民歡說,無復疆限。益卦所以名益者,正以“損上益下,民說無疆”者也。
《彖伝》に言う:益卦は、上方を減損して下方を増益し、百姓は喜悅して邊際なし。王弼の注が解釈して言う:震は陽、巽は陰。巽は並びに震を違逆せず。上位に処りて能く謙巽にして下方を違逆せざるは、これすなわち言う所の「損上益下」。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:これは上下兩體に就いて卦名の義を釋す。柔順自損の巽は上に在り、剛健奮動の震は下に在り、上體は謙巽にして下體を違逆せず、正に「損上益下」の含義なり。すでに上位に居る者が能く自ら減損して下方を増益せば、則ち下面の百姓は歡喜快樂して邊際なし。《益》卦の名づけて「益」とする所以は、正に「損上益下、民說無疆」なり。
自上下下,其道大光。“利有攸往”,中正有慶。五處中正,“自上下下”,故“有慶”也。以中正有慶之德,有攸往也,何適而不利哉![疏]正義曰:此就九五之爻,釋“利有攸往,中正有慶”也。五處中正,能“自上下下”,則其道光大,為天下之所慶順也。“以中正有慶之德”,故所往無不利焉。益之所以“利有攸往”者,正謂中正有慶故也。
《彖伝》が續けて言う:上位より己を屈して下民に就けば、その道はすなわち大いに光明を放つ。「利有攸往」は、中に居りて正を得て喜慶有るを以てす。王弼の注が解釈して言う:九五は中正の位に處り、能く「上位より己を屈して下民に就く」ゆえ、「有慶」。中正を憑じて喜慶有るの徳行を以て前往有れば、何れに至りて不利ならんや。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:これは九五一爻に就いて「利有攸往、中正有慶」を釋す。九五は中に處りて正を得、能く「上位より己を屈して下民に就く」れば、則ちその道は光明廣大にして天下の慶幸順從する所と爲る。「中正を憑じて喜慶有るの徳行」ゆえ、往く所順利ならざるなし。《益》卦の「利有攸往」たる所以は、正に中に居りて正を得て喜慶有るの緣故なり。
利涉大川,木道乃行。木者,以涉大川為常而不溺者也。以益涉難,同乎“木”也。[疏]正義曰:此取譬以釋“利涉大川”也。木體輕浮,以涉大川為常而不溺也。以益涉難,如木道之涉川。涉川無害,方見益之為利,故云“利涉大川,木道乃行”也。
《彖伝》が續けて言う:「利渉大川」は、木船の道が通行を得るを以てす。王弼の注が解釈して言う:木のこの物は大河を渡渉するを以て常事と爲して沉溺せず。増益の道を帶びて艱難を渉歴するは、正に「木」と相同ず。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:これは譬喩を取りて「利渉大川」を釋す。木體は輕くして能く浮き、大河を渡渉するを以て常事と爲して沉溺せず。増益の道を帶びて艱難を渉歴するは、あたかも木船の河を渡るがごとし。河を渡りて害なきは、こそ「益」の利と爲る所以を見出すゆえ、「利渉大川、木道乃行」と言う。
益動而巽,日進無疆。天施地生,其益無方。損下益下。[疏]正義曰:“益動而巽,日進無疆”者,自此已下,廣明益義。前則就二體明損上益下以釋卦名,以下有動求,上能巽接,是“損上益下”之義。今執二體更明得益之方也。若動而驕盈,則彼損無已。若動而卑巽,則進益無疆,故曰“益動而巽,日進無疆”。“天施地生,其益無方”者,此就天地廣明益之大義也。天施氣於地,地受氣而化生,亦是“損上益下”義也。其施化之益,無有方所,故曰“天施地生,其益無方”。
《彖伝》が續けて言う:益卦は震動して謙巽し、日々に增進して邊際なし。上天は氣を施し大地は化生し、その増益は固定の方所なし。王弼の注が解釈して言う:これすなわち上方を減損して以て下方を増益す(底本は「損下益下」と作す、前の一の「下」は「上」の訛と爲るべし)。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:「益動而巽、日進無疆」とは、ここより以下は廣く「益」の義理を闡明す。前面は上下兩體に就きて「損上益下」を闡明して卦名を釋したり、すなわち下面に動き求むる所有り上面は能く謙巽にして接納す、これすなわち「損上益下」の含義なり。今再び上下兩體に就きて増益を獲得するの門徑を闡明す。もし行動し起して驕矜自滿せば、則ち相手方の損耗は止境なく。もし行動して能く卑下謙巽せば、則ち增進は邊際なからんゆえ、「益動而巽、日進無疆」と言う。「天施地生、其益無方」とは、これは天地に就いて廣く「益」の大義を闡明す。上天は氣を大地に施與し、大地は氣を承受して萬物を化生す、これもまた「損上益下」の含義なり。この種の施化の増益は固定の處所なしゆえ、「天施地生、其益無方」と言う。
凡益之道,與時偕行。益之為用,施未足也。滿而益之,害之道也。故“凡益之道,與時偕行”也。[疏]正義曰:雖施益無方,不可恆用,當應時行之,故舉“凡益”總結之,故曰“凡益之道,與時偕行也”。
《彖伝》が最後に言う:凡そ増益の道は、皆時勢に隨いて一同に施行すべし。王弼の注が解釈して言う:「益」の功用は不足の處に施與するに在り。もしすでに滿盈してなおそれを増益せば、あれはすなわち害を致すの道なりゆえ、「凡益之道、與時偕行」と言う。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:施益は固定の方所なしと雖も、恆常に施用すべからず、應に時勢に因應して行うべしゆえ、「凡益」の二字を擧出して以て總結と爲す、故に「凡益之道、與時偕行」と言う。
《象》曰:風雷,益。君子以見善則遷,有過則改。遷善改過,益莫大焉。[疏]正義曰:《子夏傳》云:“雷以動之,風以散之,萬物皆盈。”孟僖亦與此同其意。言必須雷動於前,風散於後,然後萬物皆益。如二月啟蟄之後,風以長物八月收聲之後,風以殘物。風之為益,其在雷後,故曰“風雷,益”也。遷謂遷徙慕尚,改謂改更懲止,遷善改過,益莫大焉,故君子求益,以“見善則遷,有過則改”也。六子之中,並有益物,猶取雷風者,何晏云:“取其最長可久之義也。”
《大象傳》に言う:風と雷、これは益卦。君子はこれにより善行を見ればすなわち遷りて之に從い、過失有ればすなわち之を改正す。王弼の注が解釋して言う:善行に遷向し過失を改掉するは、増益これより大なるはなし。孔頴達の疏がさらに伸べて言う:《子夏易傳》に言う:「雷は以て萬物を震動し、風は以て萬物を吹散し、萬物はここに皆盈滿す」。孟僖の意見もまたこれと相同ず。これは必ず先に雷の震動有り後に風の吹散有りて、然る後に萬物こそ皆増益を獲得するを言う。譬へば二月驚蟄の後、風は能く萬物を助長す。八月雷が聲を收むるの後、風はすなわち萬物を摧殘す。風の能く増益と爲る所以は、それが雷の後面に跟隨するに在るゆえ、「風雷、益」と言う。「遷」は遷移趨向して心慕して效法す、「改」は改換更正して懲戒止息す。善行に遷向し過失を改掉するは、増益これより大なるはなしゆえ、君子は増益を求めれば、すなわち「見善則遷、有過則改」すべし。震・巽・坎・離・艮・兌のこの六個の子卦は皆能く萬物を増益す、ここに偏偏として雷と風を取るは、何晏が言う:「是れそれらの最も長久にして持守し得べきの含義を取るなり」。
初九:利用為大作,元吉,無咎。處益之初,居動之始。體夫剛德,以蒞其事而之乎巽,以斯大作,必獲大功。夫居下非“厚事”之地,在卑非任重之處,大作非小功所濟,故“元吉”,乃得“無咎”也。[疏]正義曰:“大作”謂興作大事也。初九處益之初,居動之始,有興作大事之端,又體剛能幹,應巽不違,有堪建大功之德,故曰“利用為大作”也。然有其才而無其位,得其時而無其處,雖有殊功,人不與也。時人不與,則咎過生焉。故必“元吉”,乃得“無咎”,故曰“元吉,無咎”。《象》曰:“元吉,無咎”,下不厚事也。時可以大作,而下不可以厚事,得其時而無其處,故“元吉”,乃得“無咎”也。[疏]正義曰:“下不厚事”者,厚事猶大事也。
経文の《益》卦初九の爻辭に言う:大事業を興辦するに宜しく、大いに吉祥、こそ過ち有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:初九は《益》卦の初・下卦「震」の動の始めに處り、本身は剛健の徳を具備し、これを以て事務を主持して上に「巽」に應ず、このごとき條件を憑じて大擧興作せば、必ず大功を獲せん。然れど下位に居るは「厚事」(重任)を承擔するの地位に非ず、卑位に處るは重責を擔荷するの所在に非ず、大事業もまた小功勞の辦成し得る所に非ずゆえ、必ず「元吉」を得て、こそ「過ち有ることなし」し得べし。孔頴達がさらに伸べて言う:「大作」はすなわち大事を興辦す。初九は大事を興辦するの開端有り、また剛健能幹にして「巽」に應じて違逆せず、大功を建立するの徳性を具備すゆえ、「利用爲大作」と言う。然れどそれは才有りて位なく、その時を得てその處なし、縱使特殊の功勞有るとも、當時の人も未だ必ずしも認同せず。時人が認同せざれば、過錯は便ちこれより生ず。ゆえに必ず「元吉」を做到して、こそ「過ち有ることなし」し得べし、これによって爻辭は「元吉、無咎」と言う。《象傳》に言う:「元吉、無咎」とは、下位に在る者は宜しく重大事務を承擔すべからざるがゆえなり。王弼の注が申明す:時勢は大擧興作すべく、而も下位に處る人は重任を擔當すべからず、その時を得てその位なきゆえ、必ず「元吉」を得て、こそ「過ち有ることなし」し得べし。孔頴達の疏に言う:「厚事」はすなわち「大事」に等し。
六二:或益之十朋之龜,弗克違,永貞吉。王用享于帝,吉。以柔居中,而得其位。處內履中,居益以沖。益自外來,不召自至,不先不違,則朋龜獻策,同於損卦六五之位,位不當尊故吉在“永貞”也。帝者,生物之主,興益之宗,出震而齊巽者也。六二居益之中,體柔當位,而應於巽,享帝之美,在此時也。[疏]“六二”至“王用享于帝吉”。○正義曰:六二體柔居中,當位應巽,是居益而能用謙沖者也。居益用謙,則物“自外來”,朋龜獻策,弗能違也。同於損卦六五之位,故曰“或益之十朋之龜,弗克違”也。然位不當尊,故永貞乃吉,故曰“永貞吉”。帝,天也。王用此時,以享祭於帝,明靈降福,故曰“王用享于帝吉”也。《象》曰:“或益之”,自外來也。[疏]正義曰:“自外來”者,明益之者從外自來,不召而至也。
経文の六二の爻辭に言う:人は價値十朋の大龜を送りて以て彼に増益す、これは推辭する能わざるなり。長久に正道を守持すればすなわち吉祥。君王はこの時に於て上帝を祭享するも、また吉祥。王弼の注が解釋して言う:六二は陰柔を以て下卦の中位に居りてまた位に當たりて正を得。身は內卦に處り中道を踐行し、増益の世に處りて態度は謙沖なり。増益は外面より來る、召喚を須みずして自ら到來し、既に搶先せずまた違逆せず、ここに寶龜は獻上して決策す、情形は《損》卦の六五と相同ず。ただ居る所は尊位に非ざるに因りて、吉祥は「永貞」の上に落つ。「帝」は萬物を生養するの主宰・興發増益の宗主、すなわち《說卦》の言う所の「震」より出發し「巽」に於て整齊するあの天帝なり。六二は《益》卦の中に居り、體は柔にして位に當たり、また上に「巽」に應ず、上帝を祭享するの美事は、正にこの時に在り。孔頴達がさらに伸べて言う:六二は體質は柔順にして中に居り位に當たりて「巽」に應ず、是れ身は増益の世に處りて謙虛を保持し得るの一爻なり。増益に處りて謙を用いれば、外物はすなわち「自外來」し、寶龜は策を獻じ、違拒する能わず、《損》卦の六五の情形と相同ずゆえ、「或益之十朋之龜、弗克違」と言う。然れどそれは位次は尊位に當たらざるゆえ、長久に正を守りてこそ吉なり、これによって「永貞吉」と言う。「帝」はすなわち天なり。君王はこの時機に趁りて上帝を祭享せば、神明は福祐を降下すゆえ、「王用享于帝吉」と言う。《象傳》に言う:「或益之」とは、増益は外部より來るなり。孔頴達の疏に言う:「自外來」とは、増益を施與する人は外面より自ら前來し、召喚を待たずして至るを表明す。
六三:益之,用凶事,無咎。有孚中行,告公用圭。以陰居陽,求益者也。故曰“益之”。益不外來,己自為之,物所不與,故在謙則戮,救凶則免。以陰居陽,處下卦之上,壯之甚也。用救衰危,物所恃也,故“用凶事”,乃得“無咎”也。若能益不為私,志在救難,壯不至亢,不失中行,以此告公,國主所任也;用圭之禮,備此道矣,故曰“有孚,中行,告公用圭”也。公者,臣之極也。凡事足以施天下,則稱王,次天下之大者,則稱公。六三之才,不足以告王,足以告公,而得用圭也。故曰“中行告公用圭”也。
経文の六三の爻辭に言う:自己を増益す、凶を救い難を濟するの事に用いれば、過ち有ることなからん。誠信を心懐き行爲は中を守り、王公に陳告する時は圭を執りて信と爲す。王弼の注が解釋して言う:六三は陰柔を以て陽位に居り、是れ主動して増益を求取するの一爻なりゆえ、「益之」と言う。それの増益は外來に非ずして、自己が自己のために謀取するにして、衆人は並びに認同せず。もし謙退の道に按じて責求せば、理に按じて誅戮を受くべし。もし凶險を救助するより體諒せば、便ち罪を免れ得べし。陰を以て陽に居り下卦の最上位に處るは、剛壯が頭を過ぐるの表現なり。この份の強壯を把って以て衰敗危難を救助すれば、すなわち衆人の憑恃する所と成るゆえ、「用凶事」してこそ「過ち有ることなし」し得べし。倘若も増益を求むるに私己の爲めせず、志は難を救うに在り、強を逞しゅうして亢極に至らず、中正の行を失わざれば、このごとき態度を拿って以て王公に向かって陳告すれば、正に國君の委任を願う人なり。圭を執りて信と爲すの禮節は、恰好して完備にこの層の道理を體現すゆえ、「有孚、中行、告公用圭」と言う。「公」は人臣の最高の一級にして、凡そ事功が天下に施行するに足るを「王」と言い、天下の大に次ぐを「公」と言う。六三の才具は王に向かって陳告するに足らざるも、公に向かって陳告するに足る、因って圭の禮を行用し得べしゆえ、「中行告公用圭」と言う。
[疏]“六三”至“告公用圭”。○正義曰:六三以陰居陽,不能謙退,是求益者也,故曰“益之”。“益不外來,已自為之,物所不與”。若以謙道責之,則理合誅戮。若以救凶原之,則情在可恕。然此六三,“以陰居陽,處下卦之上,壯之甚也”。用此以救衰危,則物之所恃,所以“用凶事”而得免咎,故曰“益之,用凶事,無咎”。若能求益不為私己,志在救難,為壯不至亢極,能適於時,是有信實而得中行,故曰“有孚中行”也。用此“有孚中行”之德,執圭以告於公,公必任之以救衰危之事,故曰“告公用圭”。○注“以陰居陽”至“告公用圭也”。○正義曰:告王者宜以文德燮理,使天下人寧,不當恆以救凶,用志褊狹也。《象》曰:益“用凶事”,固有之也。用施凶事,乃得固有之也。[疏]正義曰:“固有之”者,明其為救凶,則不可求益;施之凶事,乃得固有其功也。
孔頴達の疏が「六三」から「告公用圭」までのこの段を解釋す:六三は陰柔を以て陽位に居り、謙退自守する能わず、是れ主動して益を求むる人なりゆえ、「益之」と言う。それの増益は外より來らず、自己が自己のために謀取するにして、衆人は並びに認同せず。もし謙退の道を用いてそれを責備せば、理に按じて誅戮を受くべし。もし凶險を救助するの角度よりそれを體諒せば、情理の上に於てまた寬恕し得べし。而も六三は陰を以て陽に居り下卦の頂端に處り、剛壯なること頭を過ぎたり。この份の強壯を用いて衰危を救助し去れば、すなわち衆人の憑恃する所と成るゆえ、「用凶事」して能く過咎を免れ、これによって「益之、用凶事、無咎」と言う。倘若も増益を求むるに私己の爲めせず、志は難を救うに在り、強を逞しゅうして亢極に至らず、能く時勢に順應せば、これすなわち誠信を心懐きて行爲は中を守るなりゆえ、「有孚中行」と言う。この份の「有孚中行」の徳行を憑じて、圭を執りて去りて王公に陳告せば、王公は必ず彼を委任して去りて衰危を救助するの事を辦さしめんゆえ、「告公用圭」と言う。孔頴達がまた王弼の注の「以陰居陽」から「告公用圭也」までの一段に疏して言う:天子に向かって陳告するは、應に文德を用いて陰陽を調理し天下を安寧ならしめ、總して凶を救うの事を拿って説くべからず、あのようにすれば用心は太いに狹隘なり。《象傳》に言う:《益》卦の言う所の「用凶事」は、功業を牢固に自己の有に據するを要するなり。王弼の注に言う:力量を凶を救うの事に施用して、こそ牢固にそれを擁有し得。孔頴達の疏に言う:「固有之」は表明す、すでに凶を救うの爲めなれば、すなわち更に益を求むるの心を存すべからず。凶を救うの事に施用して、こそ穩固にこの份の功勞を保有し得べし。
六四:中行,告公從,利用為依遷國。居益之時,處巽之始,體柔當位,在上應下。卑不窮下,高不處亢,位雖不中,用“中行”者也。以斯告公,何有不從?以斯“依遷”,誰有不納也?[疏]正義曰:六四:“居益之時,處巽之始,體柔當位,在上應下,卑不窮下,高不處亢,位雖不中,用中行者也”,故曰“中行”也。以此中行之德,有事以告於公,公必從之,故曰“告公從”也。用此道以依人而遷國者,人無不納,故曰“利用為依遷國”也。遷國,國之大事,明以中行,雖有大事,而無不利,如“周之東遷晉鄭焉依”之義也。《象》曰:“告公從”,以益志也。志得益也。[疏]正義曰:“以益志”者,既為公所從,其志得益也。
経文の六四の爻辭に言う:行爲は中を守り、王公に陳告すれば聽從を得、宜しく他人の力量を憑依して國都を遷移すべし。王弼の注が解釋して言う:六四は身は増益の世に處り、また上卦「巽」の開始に居り、體質は柔順にして位に當たりて正を得、上位に居りて下に初九に應ず。卑に處りて最下に淪落するに至らず、高に居りて亢極に至らず、位次は中に居らずと雖も、行事は却って「中行」に合乎す。このごとき態度を用いて去りて王公に陳告せば、なんぞ聽從せられざる有らんや。このごとき態度を用いて去りて他人に依託して都を遷せば、誰か接納せざる有らん。孔頴達がさらに伸べて言う:六四は正に王弼の講ずるがごとく、増益の時に處り巽の始めに居り、體は柔にして位に當たり、上に在りて下に應じ、卑は窮に至らず高は亢に至らず、位は中ならずと雖も能く中道を行うゆえ、爻辭は「中行」と言う。この份の中行の徳を憑じて、事有りて去りて王公に稟告せば、王公は必ず聽從せんゆえ、「告公從」と言う。この路數を用いて他人を依靠して國都を遷移せば、人々に接納せざるなきゆえ、「利用爲依遷國」と言う。都を遷すは國家の大事、ここにただ中道を秉持すれば、たとえ大事に遇上するとも不利なきを表明す、正に《左傳》の記する所の周室が東遷して晉・鄭を依靠したの道理のごとし。《象傳》に言う:「告公從」とは、心志が増益を得ればなり。王弼の注に言う:これは志向が益を獲るなり。孔頴達の疏に言う:「以益志」とは、すでに王公に聽從せられれば、彼の志向はすなわち増益を獲得したるなり。
九五:有孚惠心,勿問元吉。有孚,惠我德。得位履尊,為益之主者也。為益之大,莫大於信。為惠之大,莫大於心。因民所利而利之焉,惠而不費,惠心者也。信以惠心,盡物之願,固不待問而“元吉有孚惠我德”也。以誠惠物,物亦應之,故曰“有孚惠我德”也。[疏]正義曰:九五得位處尊,為益之主,兼張德義,以益物者也。“為益之大,莫大於信,為惠之大,莫大於心。因民所利而利之焉,惠而不費,惠心者也”。有惠有信,盡物之願,必獲元吉,不待疑問,故曰“有孚惠心,勿問元吉”。我既以信,惠被於物,物亦以信,惠歸於我,故曰“有孚,惠我德”也。《象》曰:“有孚惠心”,勿問之矣。“惠我德”,大得志也。[疏]正義曰:“大得志”者,天下皆以信惠歸我,則可以得志於天下,故曰“大得志”也。
経文の九五の爻辭に言う:誠信を懷きて施惠の心を存すれば、占問を須みずして大いに吉祥なるを知るべし。心に誠信を存せば、天下もまた恩惠を把って我が徳行の上に回報せん。王弼の注が解釋して言う:九五は既に位に當たりまた尊に居る、《益》卦の主爻なり。益を施すの道の最大者は「信」より過ぐるなく、惠を施すの道の最大者は「心」より發するより過ぐるなし。百姓の本來利を得る處に順って彼らをして利を得せしむるは、惠を施して自己は耗費せず、これすなわち「惠心」。誠信を以て惠心を行い、萬物の願望を滿足せば、本來すなわち占問を須みずして「元吉、有孚惠我德」を斷定し得べし。誠意を以て人に惠を施せば、人もまた誠意を以て回應すゆえ、「有孚惠我德」と言う。孔頴達がさらに伸べて言う:九五は位に當たりて尊に處り、《益》卦の主と爲り、徳と義を兼具し、以て萬物を増益す。誠に王弼の言うがごとく、益を施すは信より大なるなく、惠を施すは心より大なるなく、民の利とする所に順いて之を利するは、人に惠して破費せず、これこそ「惠心」と言う。既に惠有りまた信有りて、萬物の願望を滿足せば、必ず大吉を得、疑問占卜を用いずゆえ、「有孚惠心、勿問元吉」と言う。我は既に誠信を以て恩惠を人に施せば、人もまた誠信を以て恩惠を我に歸還すゆえ、「有孚、惠我德」と言う。《象傳》に言う:「有孚惠心」、更に問うを須みず。「惠我德」とは、大いに心志を實現するなり。孔頴達の疏に言う:「大得志」とは、天下人が皆誠信と恩惠を以て我に歸向すれば、あれはすなわち天下に於て自己の志向を實現し得べし。
上九:莫益之,或擊之,立心勿恆,凶。處益之極,過盈者也。求益無巳,心無恆者也。無厭之求,人弗與也。獨唱莫和,是“偏辭也”。人道惡盈,怨者非一,故曰“或擊之”也。[疏]正義曰:上九處益之極,益之過甚者也。求益無厭,怨者非一,故曰“莫益之,或擊之”也。勿猶無也,求益無己,是“立心無恆”者也。無恆之人,必凶咎之所集,故曰“立心勿恆,凶”。《象》曰:“莫益之”,偏辭也。“或擊之”,自外來也。[疏]正義曰:“偏辭”者,此有求而彼不應,是“偏辭也”。“自外來”者,怨者非一,不待召也,故曰“自外來也”。
経文の上九の爻辭に言う:人の來りて彼を増益するなく、倒れて人の來りて彼を攻擊する有り。身を立つるの心は能く常道を持守せず、凶險。王弼の注が解釋して言う:上九は《益》卦の極點に處り、是れ過分に盈滿の一爻なり。増益を求取して休止なく、すなわち心に恆常なきの人なり。貪求して厭まざれば、別人は肯んじて給與せず。一個人が獨自唱いて應和する人なく、これすなわち《象傳》の言う所の「偏辭」。人情の道は盈滿を厭惡し、彼を怨恨するは一人に止まらずゆえ、「或擊之」と言う。孔頴達がさらに伸べて言う:上九は増益の頂點に處り、是れ益を受くること頭を過ぎたの一爻なり。益を求めて滿足を知らざれば、招來する怨恨は一處に止まらずゆえ、「莫益之、或擊之」と言う。「勿」はすなわち「無」、益を求むること沒完沒了なるは、正に「立心無恆」の人なり。心に恆常なき人は、必ず凶險と過咎の聚集する處なりゆえ、「立心勿恆、凶」と言う。《象傳》に言う:「莫益之」は、一頭熱の偏枯の辭なり。「或擊之」は、打擊は外面より來るなり。孔頴達の疏に言う:「偏辭」とは、こちら邊に求むる所有りてあちら邊は響應せず、單方面の話頭と成れるなり。「自外來」とは、彼を怨恨する人は一個に止まらず、召喚を用いずして自ら到來するなり。
下經夬傳卷五
夬卦
乾下兌上。夬:揚于王庭,孚號有厲。告自邑,不利即戎。利有攸往。夬與剝反者也。剝以柔變剛,至於剛幾盡。夬以剛決柔,如剝之消剛。剛隕則君子道消,柔消則小人道隕。君子道消,則剛正之德不可得直道而用,刑罰之威不可得坦然而行。“揚于王庭”,其道公也。
《夬》卦の下卦は「乾」、上卦は「兌」。經文の卦辭に言う:君王の朝廷の上に於て公然と小人之罪を宣揚し、誠信を以て衆人に號令す、なお危厲有り。まず自己の城邑より政令を發布し、立刻に武力を動用するに宜しからず。前往有るに宜し。王弼の注が解釋して言う:《夬》と《剥》は正相反の兩卦なり。《剥》は陰柔を以て陽剛を改變し、直に剥して陽剛のほぼ消盡するに至る。《夬》は陽剛を以て陰柔を決除し、あたかも《剥》が陽剛を消蝕するがごとし。陽剛は隕落せば、君子の道はすなわち衰亡す。陰柔は消退せば、小人の道はすなわち隕滅す。君子の道の衰亡する時は、剛正の徳行は正道を循って施行する能わず、刑罰の威嚴もまた坦然として推行する能わず。「揚于王庭」とは、正に決断の道は公心に出るを言うなり。
[疏]“夬揚于王庭”至“利有攸往”。○正義曰:夬,決也。此陰消陽息之卦也。陽長至五,五陽共決一陰,故名為“夬”也。“揚于王庭”者,明行決斷之法,夬以剛決柔,施之於人,則是君子決小人也。王庭是百官所在之處,以君子決小人,故可以顯然發揚決斷之事於王者之庭,示公正而無私隱也,故曰“揚于王庭”也。“孚號有厲”者,號,號令也。行決之法,先須號令。夬以剛決柔,則是用明信之法而宣其號令,如此即柔邪者危,故曰“孚號有厲”也。以剛制斷,行令於邑可也。若用剛即戎,尚力取勝,為物所疾,以此用師,必有不利,故曰“告自邑,不利即戎”。雖“不利即戎”,然剛德不長,則柔邪不消。故陽爻宜有所往,夬道乃成,故曰“利有攸往”也。
孔頴達の疏が「夬揚于王庭」から「利有攸往」までのこの段を解釋す:「夬」はすなわち決断・決除なり。これは陰氣が消退し陽氣が生長するの卦なり。陽爻は第五位に長じ至り、五個の陽爻は共同に一個の陰爻を決除すゆえ、名を取りて「夬」と爲す。「揚于王庭」とは、決断を施行するの方法を講ず。《夬》は陽剛を以て陰柔を決除し、人事に用いれば、すなわち君子が小人を清除す。王庭は百官聚集の處にして、君子を以て小人を清除すれば、これによって決断の事を公然と君王朝廷の上に張揚して、以て公正を示して私下隱匿なくせんゆえ、「揚于王庭」と言う。「孚號有厲」とは、「號」はすなわち號令。決断を施行するはまず號令有るを要す。《夬》は剛を以て柔を決す、すなわち光明誠信の辦法を用いて號令を宣布す、かくのごとくすれば陰柔邪僻の一方はすなわち危險なりゆえ、「孚號有厲」と言う。剛斷を以て節制し、政令を自己の城邑に施行するは可なり。もし一味に剛を用いて立刻に武を動かし、武力を崇尚して勝を取らば、すなわち衆人に厭惡せられ、このごとき辦法を用いて兵を出せば必ず不利なりゆえ、「告自邑、不利即戎」と言う。「不利即戎」と言うと雖も、然れど陽剛の徳は增長せざれば、陰柔邪僻は消退せざらんゆえ、陽爻は應に前進有るべく、決除の道はこそ完成し得、これによって「利有攸往」と言う。
《彖》曰:夬,決也,剛決柔也。健而說,決而和。“健而說”,則“決而和”矣。[疏]“《彖》曰”至“決而和”。○正義曰:夬,決也。“剛決柔”者,此就爻釋卦名也。“健而說,決而和”者,此就二體之義,明決而能和,乾健而兌說,健則能決,說則能和,故曰“決而和”也。
經文の《彖傳》に言う:「夬」はすなわち決除、是れ陽剛が陰柔を決除す。剛健にしてまた和悅、ゆえに決除の中に於て和順を保持し得。王弼の注が解釋して言う:正に「健而說」なるがゆえに、こそ「決而和」を做し得。孔頴達がさらに伸べて言う:「夬」は決除の意思なり。「剛決柔」とは、爻の構成に就いて卦名を釋す。「健而說、決而和」とは、上下兩個の卦體の意義に就いて講じ、決除して能く和順するを說明す――下卦「乾」の性は剛健、上卦「兌」の性は和悅、剛健なればすなわち能く果決し、和悅なればすなわち能く和順すゆえ、「決而和」と言う。
“揚于王庭”,柔乘五剛也。剛德齊長,一柔為逆,眾所同誅,而無忌者也。故可“揚于王庭”。[疏]正義曰:此因一陰而居五陽之上,釋行決之法。以剛德齊長,一柔為逆,無所同誅,誅而無忌也,故曰“揚于王庭”。言所以得顯然“揚于王庭”者,只謂柔乘五剛也。
經文の《彖傳》が續けて言う:能く「揚于王庭」する所以は、一個の陰爻が五個の陽爻の上に淩駕すればなり。王弼の注が解釋して言う:陽剛の徳は齊頭並進に增長し、唯獨一個の陰爻は悖逆して、是れ衆人の共同に討伐せんと欲する對象にして、それを討伐するは顧忌を須みずゆえ、「揚于王庭」し得べし。孔頴達がさらに伸べて言う:これは一個の陰爻が五個の陽爻の上に居るの卦象に就いて、決断を施行するの方法を釋す。陽剛の徳は齊長し、一個の陰爻は悖逆し、同じく聲討せざるなく、それを討伐するは毫も顧忌なくゆえ、「揚于王庭」と言う。これは能く公然と「揚于王庭」する所以は、ただ陰柔が五個の陽剛の上に淩駕するに因るを講ず。
“孚號有厲”,其危乃光也。剛正明信以宣其令,則柔邪者危,故曰“其危乃光也”。[疏]正義曰:以明信而宣號令,即柔邪者危厲,危厲之理,分明可見,故曰“其危乃光也”。“告自邑,不利即戎”,所尚乃窮也。以剛斷制,告令可也。“告自邑”,謂行令於邑也。用剛即戎,尚力取勝也。尚力取勝,物所同疾也。[疏]正義曰:剛克之道,不可常行。若專用威猛,以此即戎,則便為尚力取勝,即是決而不和,其道窮矣。行決所以惟“告自邑,不利即戎”者,只謂所尚乃窮故也。“利有攸往”,剛長乃終也。剛德愈長,柔邪愈消,故“利有攸往”,道乃成也。[疏]正義曰:終成也,剛長柔消,夬道乃成也。
經文の《彖傳》に言う:「孚號有厲」、あの份の危懼はかえって決断の道を光大せしむ。王弼の注が解釋して言う:剛正・光明・誠信を以て號令を宣布せば、陰柔邪僻の一方はすなわち危險なりゆえ、「其危乃光也」と言う。孔頴達の疏に言う:光明誠信を用いて號令を宣布せば、陰柔邪僻の者は便ち危厲の中に處り、この層の危厲の道理は清清楚楚に見るべしゆえ、「其危乃光也」と言う。經文の《彖傳》がまた言う:「告自邑、不利即戎」とは、一味に武力を崇尚すればすなわち窮途に走り至るを以てす。王弼の注が解釋して言う:剛斷を以て節制し、政令を發布するは可なり。「告自邑」はすなわち政令を自己の封邑に施行す。剛を用いて立刻に武を動かすは、武力を崇尚して勝を求むるなり。武力を崇尚して勝を求むるは、衆人の共同に厭惡する所なり。孔頴達の疏に言う:剛強制勝の路數は長久に施行すべからず。もし專ら威猛を用い、これを憑じて武を動かせば、あれはすなわち武力を崇尚して取勝し、すなわちただ決除を知りて能く和順せざるなり、この路は便ち頭に走り盡くす。決断を施行するのただ「告自邑、不利即戎」に宜しき所以は、ただ崇尚する所の武力は終に窮盡するに因る。經文の《彖傳》がまた言う:「利有攸往」は、陽剛が增長してこそ終に成就し得るを以てす。王弼の注が解釋して言う:陽剛の徳はいよいよ增長し、陰柔邪僻はいよいよ消退すゆえ、「利有攸往」、決除の道はこれにより完成す。孔頴達の疏に言う:「終」はすなわち成就。陽剛は增長し陰柔は消退し、《夬》の道はここに完成す。
《象》曰:澤上於天,夬。君子以施祿及下,居德則忌。“澤上於天”,夬之象也。“澤上於天”,必來下潤,“施祿及下”之義也。《夬》者,明法而決斷之象也。忌止也。法明斷嚴,不以慢,故“居德”以明禁也。施而能嚴,嚴而能施,健而能說,決而能和,美之道也。[疏]“《象》曰”至“居德則忌”。○正義曰:“澤上於天,夬”者,澤性潤下,雖復“澤上於天”,決來下潤,此事必然,故是“夬”之象也。“君子以施祿及下,居德則忌”者,忌,禁也。“決”有二義,《象》則澤來潤下,《彖》則明法決斷,所以君子法此夬義。威惠兼施,雖復施祿及下,其在身居德,復須明其禁令,合於健而能說,決而能和,故曰“君子以施祿及下,居德則忌”也。
經文の《大象傳》に言う:澤水は天上に升る、これは《夬》卦の象。君子はこれにより領悟して俸祿恩澤を下屬に施及し、而も自身が徳を守る時はまた禁令を明立せんことを要す。王弼の注が解釋して言う:「澤上于天」はすなわち《夬》の卦象。澤水は天上に升れば、必ず落下して來て萬物を滋潤せん、これは正に「施祿及下」の意思なり。《夬》はまた法度を彰明して決断を施行するの象なり。「忌」は禁止。法度は分明し決断は嚴正、怠慢を以て事に從せずゆえ、「居徳」は禁令を明立するを以て體現を要す。惠を施して能く嚴明、嚴明にして能く惠を施し、剛健にして能く和悅、果決にして能く和順、これは最も美好の道理なり。孔頴達の疏が「《象》曰」から「居徳則忌」までを解釋す:「澤上于天、夬」とは、澤水の本性は下に向かって滋潤し、たとえ天上に升るとも、また必ず潰決下落して來て萬物を潤澤せん、これは必然の事なれば、《夬》の卦象と爲す。「君子以施祿及下、居徳則忌」とは、「忌」はすなわち禁令。「決」に兩層の含義有り。《大象》は澤水の下潤するの決を取り、《彖傳》は法度を彰明して決斷するの決を取る、ゆえに君子は《夬》のこの層の意義を效法して、威嚴と恩惠を並び施す――俸祿を下屬に施及すると雖も、然れど自身が徳を守る時はなお禁令を申明せんことを要し、これこそ剛健にして能く和悅・果決にして能く和順の道理に合乎すゆえ、「君子以施祿及下、居徳則忌」と言う。
初九:壯于前趾,往不勝,為咎。居健之初,為決之始,宜審其策,以行其事。壯其前趾,往而不勝,宜其咎也。[疏]正義曰:初九居夬之初,當須審其籌策,然後乃往。而體健處下,徒欲果決壯健,前進其趾,以此而往,必不克勝,非決之謀,所以“為咎”,故曰“初九,壯于前趾,往不勝,為咎”也。《象》曰:不勝而往,咎也。不勝之理,在往前也。[疏]正義曰:《經》稱“往不勝。為咎”,象云“不勝而往,咎”翻其文者,蓋暴虎馮河,孔子所忌,謬於用壯,必無勝理。孰知不勝,果決而往,所以致於咎過。故注云“不勝之理,在往前”也。
經文の初九の爻辭に言う:脚趾は搶先して強を逞しゅうし、前往して取勝する能わず、これによって過錯を招致す。王弼の注が解釋して言う:初九は剛健の卦の開頭・決除の事の起始に處り、本應に審愼に籌劃して再び事を行くべし。今却って前面の脚趾をして強を逞しゅうせしめ、前往して取勝する能わず、過咎を招來するは應當なり。孔頴達がさらに伸べて言う:初九は《夬》卦の初に處り、應當に先に籌策を審定し、然る後に再び前往すべし。然れどそれは體質は剛健にしてまた下位に居り、ただ果決して強を逞しゅうせんと想い、脚趾を前に向かって一邁し、かくのごとく貿然として前往せば、必ず取勝する能わず、これは決断の有るべき謀劃に非ずゆえ、「爲咎」、これによって「初九、壯于前趾、往不勝、爲咎」と言う。《象傳》に言う:取勝する能わざるを明知してなお前往せんと欲すは、これすなわち過錯なり。王弼の注が解釋して言う:取勝する能わざるの道理は、先んじて前往するに在るを就くなり。孔頴達の疏に言う:經文は「往不勝、爲咎」と作すも、《象傳》は却って「不勝而往、咎」と作して、語序を顛倒せるは、ほぼ空手で虎を搏ち徒歩で河を渉るのごとき蠻勇は孔子の忌諱する所に因る。錯は強壯を濫用するに在りて、必ず取勝の理なし。取勝する能わざるを明知して、なお果決に前往せんと欲し、これによって過咎を招致すゆえ、王弼の注は「不勝之理、在往前」と言う。
九二:惕號,莫夜有戎,勿恤。居健履中,以斯決事,能審已度而不疑者也。故雖有惕懼號呼,莫夜有戎,不憂不惑,故“勿恤”也。[疏]正義曰:九二體健居中,能決其事,而無疑惑者也。雖復有人惕懼號呼,語之雲莫夜必有戎卒來害已,能番已度,不惑不憂,故“勿恤”也。《象》曰:“有戎勿恤”,得中道也。[疏]正義曰:“得中道”者,決事而得中道,故不以有戎為憂,故云“得中道”也。
經文の九二の爻辭に言う:警惕呼號す、たとえ傍晚に兵戎の來襲有るとも、憂慮を須みず。王弼の注が解釋して言う:九二は身は剛健の卦に處りて中道を行い、この種の態度を以て事を決断すれば、能く自己の能力分寸を審察して疑惑を生ぜず。ゆえに縱使驚懼呼號する人有りて、傍晚に兵戎の來犯有らんと言うとも、それは憂えず惑わず、これによって「勿恤」。孔頴達がさらに伸べて言う:九二は體質は剛健にして中位に居り、能くその事を決断して疑惑する所なし。たとえ驚懼呼喊する人有りて、それに傍晚に必ず兵卒前來して自己を加害せんと告ぐとも、それもまた能く自己の分寸を審度し、迷惑せず憂愁せずゆえ、「勿恤」。《象傳》に言う:「有戎勿恤」とは、中正の道を得ればなり。孔頴達の疏に言う:「得中道」とは、事を決断して中道に合乎すを言うゆえ、兵戎有るを以て憂患と爲さず、これによって「得中道」と言う。
九三:壯于頄,有凶。君子夬夬,獨行,遇雨若濡。而慍,無咎。頄,面權也,謂上六也。最處體上,故曰“權”也。剝之六三,以應陽為善。夫剛長則君子道興,陰盛則小人道長。然則處陰長而助陽則善,處剛長而助柔則凶矣。夬為剛長,而三獨應上六,助於小人,是以凶也。君子處之,必能棄夫情累,決之不疑,故曰“夬夬”也。若不與眾陽為群,而獨行殊志,應於小人,則受其困焉。“遇雨若濡”,有恨而無所咎也。
經文の九三の爻辭に言う:顴骨の部位に強を逞しゅうす、凶險有り。君子は果決にまた果決にして、獨自前行し、雨水に遇いて沾濕せられ、因って心に慍怒を生ずも、過ち有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:「頄」はすなわち面頰の上の顴骨にして、上六を指す。上六は整個の卦體の最上端に處るゆえ、「權」と稱す。《剥》卦の六三は、上に陽爻に應ずるに因りて善と算す。陽剛が增長する時は君子の道は興起し、陰氣が盛大の時は小人の道は滋長す。則ち陰長の世に處りて陽剛を扶助すればすなわち善く、剛長の世に處りて陰柔を扶助すればすなわち凶。《夬》は正に陽剛增長の卦にして、而も九三は偏偏として獨自上六に應和し、去りて小人を扶助すゆえ、凶有り。君子はこの位置に處りて、必ず能く情感の牽累を舍棄し、決断して遲疑せずゆえ、「夬夬」と言う。倘若も衆陽と同群せずして、獨自前行して心志は相異にして、去りて小人に應和せば、すなわちそれの困擾を受けん。「遇雨若濡」とは、ただ心に怨恨を懷くも、歸咎すべき別人なし。
[疏]“九三壯于頄”至“無咎”。○正義曰:“壯于頄,有凶”者,頄,面權也,謂上六也。言九三處夬之時,獨應上六,助於小人,是以凶也。若剝之六三,處陰長之時而應上,是助陽為善。今九三處剛長之時,獨助陰為凶也。“君子夬夬”者,君子之人,若於此時,能棄其情累,不受於應,在於決斷而無滯,是“夬夬”也。“獨行,遇雨若濡,有慍無咎”者,若不能決斷,殊於眾陽,應於小人,則受濡溼其衣,自為怨恨,無咎責於人,故曰“有慍無咎”也。《象》曰:“君子夬夬”,終無咎也。[疏]正義曰:眾陽決陰,獨與上六相應,是有咎也。若能“夬夬”,決之不疑,則“終無咎”矣。然則象云“無咎”,自釋“君子夬夬”,非經之“無咎”也。
孔頴達の疏が「九三壯于頄」から「無咎」までのこの段を解釋す:「壯于頄、有凶」とは、「頄」は面頰の上の顴骨にして、上六を指す。是れ九三が《夬》卦の時に處りて、唯獨上六と相應し、去りて小人を扶助すゆえ、凶有るを言う。《剥》卦の六三のごときは、陰氣增長の時に處りて上に陽爻に應ず、あれは陽剛を扶助して善と算す。今九三は陽剛增長の時に處りて、却って獨自往きて陰柔を扶助し、因って凶と爲る。「君子夬夬」とは、君子がこの種の時に於て、能く自己の情感牽累を舍棄し、上六との相應關係を接受せず、一心に決断して毫も遲滯せざるを言う、これすなわち「夬夬」。「獨行、遇雨若濡、有慍無咎」とは、もし決断する能わざれば、衆陽と分道揚鑣して、反って往きて小人に應和せば、すなわち雨水に衣裳を打濕せられたるがごとく、ただ自己が自己を怨恨するのみ、別人の頭上に怪す可からずゆえ、「有慍無咎」と言う。《象傳》に言う:「君子夬夬」、終に過錯有ることなからん。孔頴達の疏に言う:衆陽は共同に陰爻を決除す、九三は却って獨自上六と相應す、本來は過錯有るなり。もし能く「夬夬」を做し、決断して遲疑せざれば、すなわち「終無咎」なり。このように看れば、《象傳》の言う所の「無咎」は、專ら「君子夬夬」を解釋するために發するにして、經文の爻辭の裏のあの「無咎」を解釋するに非ず。
九四:臀無膚,其行次且。牽羊悔亡,聞言不信。不剛而進,非已所據,必見侵傷,失其所安,故“臀無膚,其行次且”也。羊者,抵狠難移之物,謂五也。五為夬主,非下所侵。若牽於五,則可得“悔亡”而已。剛亢不能納言,自任所處,聞言不信以斯而行,凶可知矣。[疏]“九四臀無膚”至“聞言不信”。○正義曰:“臀無膚,其行次且”者,九四據下三陽,位又不正,下剛而進,必見侵傷侵傷,則居不得安,若“臀無膚”矣。次且行不前進也。臀之無膚,居既失安,行亦不進,故曰“臀無膚,其行次且”也。“牽羊悔亡,聞言不信”者,羊者,抵狠難移之物,謂五也。居尊當位,為夬之主,下不敢侵。若牽於五,則可得悔亡,故曰“牽羊悔亡”。然四亦是剛陽,各亢所處,雖復聞牽羊之言,不肯信服事於五,故曰“聞言不信也”。
經文の九四の爻辭に言う:臀部に皮肉なく、行走は躊躇して進み難し。羊を牽いて行けばすなわち悔恨を消失せしめ得、可惜し忠言を聞きて信ずるを肯んぜず。王弼の注が解釋して言う:九四は剛正たらずして往きて前進す、踞る所の位置はもと自己に屬せず、必ず侵害傷損に遭い、身を安んずる所を失うゆえ、「臀無膚、其行次且」。「羊」は抵觸執拗にして挪動し難きの物にして、九五を指す。九五是《夬》卦の主にして、下位者の侵犯し得る所に非ず、九四もし肯んじて九五に牽引せられば、ただ「悔亡」を做し得るのみ。それは剛強亢直にして、勸告を聞き入れず、一味に自らその位を任じ、忠言を聞きても信ぜず、かくのごとく事を行えば、凶險は想い知るべし。孔頴達の疏が「九四臀無膚」から「聞言不信」までを解釋す:「臀無膚、其行次且」とは、九四が下面の三個の陽爻の上に踞りて、位次はまた正ならず、下面の陽剛は一路上進し、それは必ず侵傷に遭遇せん。既に侵傷を受ければ、居處はすなわち安寧を得ず、あたかも「臀無膚」のごとし。「次且」は行走遲疑して前進する能わざるなり。臀部に皮肉なく、居處は既に安穩を失い、行走もまた前進する能わずゆえ、「臀無膚、其行次且」と言う。「牽羊悔亡、聞言不信」とは、「羊」は抵觸執拗にして移動し難きの物にして、九五を指す。それは尊位に居りて位に當たり、《夬》卦の主にして、下位者は侵犯を敢えてせず。九四もし肯んじて九五の牽引を受けば、能く悔恨を消失せしめ得べしゆえ、「牽羊悔亡」と言う。然れど九四もまた陽剛にして、各々亢して自己の位置を守り、縱使牽羊の勸告を聞くとも、心悅誠服して九五に聽命することを肯んぜずゆえ、「聞言不信」と言う。
《象》曰:“其行次且”,位不當也。“聞言不信”,聰不明也。同於噬嗑滅耳之“凶”。[疏]“無不明也”。○正義曰:“聰不明”者,聰,聽也。良由聽之不明,故聞言不信也。○注“同於噬嗑滅耳之凶”。○正義曰:四既聞言不信,不肯牽繫於五,則必被侵克致凶。而《經》無凶文,《象》稱“聰不明”者,與《噬嗑》上九辭同,彼以不明釋凶,知此亦為凶也。
經文の《象傳》に言う:「其行次且」とは、位次の當たらざるがゆえなり。「聞言不信」とは、聽覺が靈ならず聞きて明白ならざるがゆえなり。王弼の注が解釋して言う:これは《噬嗑》卦の上九の「何校滅耳」の指す所の凶險と同一回事なり。孔頴達の疏(ここに標目は「無不明也」と作す、當に「聰不明也」の訛ならん)が伸べて言う:「聰不明」とは、「聰」はすなわち聽なり。正に聞きて明白ならざるがゆえに、忠言を聞きても信ずるを肯んぜず。孔頴達がまた王弼の注「同于噬嗑滅耳之凶」の一句に疏して言う:九四は既に忠言を聞きて信ぜず、九五に牽係することを肯んぜざれば、必ず侵奪攻克せられて凶險を招致せん。然れど經文の爻辭の裏には「凶」の字なし、《象傳》は却って「聰不明」と言う、これは《噬嗑》卦の上九の辭句と相同ず。あそこは「聰不明」を用いて「凶」を解釋するなり、これによりここもまた凶なるを知るべし。
九五:莧陸夬夬,中行無咎。莧陸,草之柔脆者也。決之至易,故曰“夬夬”也。夬之為義,以剛決柔,以君子除小人者也。而五處尊位,最比小人,躬自決者也。以至尊而敵至賤,雖其克勝,未足多也。處中而行,足以免咎而已,未足光也。
經文の九五の爻辭に言う:莧陸を鏟除するがごとく果決にまた果決にして、中道を秉持して行えばすなわち過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:「莧陸」は一種の柔嫩脆弱の草にして、それを鏟除するは極めて容易なりゆえ、「夬夬」と言う。《夬》卦の意義は、陽剛を以て陰柔を決除し君子を以て小人を清除す。而も九五は身は尊位に居り、また最も上六のこの小人に貼近す、是れ自ら手を動かして去りて決除せんと欲するなり。最も尊貴の身份を以て最も卑賤の對手に對付するは、たとえ取勝するとも、稱許するに足らず。それは中道を秉持して行い、ただ過錯を免るるに够ぐるのみ、なお光大と談ずるに足らず。
[疏]“九五”至“無咎”。○正義曰:“莧陸,草之柔脆者也。夬之為義,以剛決柔,以君子除小人者也。”五處尊位,為夬之主,親決上六,決之至易也,如決莧草然,故曰“莧陸夬夬”也。但以至尊而敵於至賤,雖其克勝,不足貴也。特以中行之故,才得無咎,故曰“中行無咎”。○注“莧陸,草之柔脆者”。○正義曰:“莧陸,草之柔脆”者,子夏《傳》云:“莧陸,木根,草莖,剛下柔上也。”馬融、鄭玄、王肅皆云“莧陸,一名商陸”,皆以莧陸為一。黃遇云:“莧,人莧也。陸,商陸也。”以莧陸為二。案:《注》直云“草之柔脆”者,亦以為一同於子夏等也。《象》曰:“中行無咎”,中未光也。[疏]正義曰:“中未光”者,雖復居中而行,以其親決上六,以尊敵卑,未足以為光大也。
孔頴達の疏が「九五」から「無咎」までのこの段を解釋す:正に王弼の言う所のごとく、「莧陸」は柔嫩脆弱の草、《夬》卦の義は陽剛を以て陰柔を決除し君子を以て小人を清除す。九五は尊位に居り、《夬》卦の主にして、親自に上六を決除す、決除し起來は極めて容易にして、あたかも莧陸の草を鏟除するがごとしゆえ、「莧陸夬夬」と言う。ただ至尊の身を以て去りて至賤の者と較量するは、たとえ取勝するとも貴び爲すに足らず。單にそれが能く中道を秉持するを憑じて、こそ勉强して過錯有ることなしと做し得ゆえ、「中行無咎」と言う。孔頴達がまた王弼の注「莧陸、草之柔脆者」の一句に疏して言う:「莧陸」に關しては、子夏《易傳》はそれを「木根、草莖、下剛而上柔」と言い。馬融・鄭玄・王肅は皆「莧陸はまた商陸と名づく」と言い、皆「莧陸」を把って一物と爲す。黃遇は則ち「莧は人莧、陸は商陸」と言い、それを把って兩物と爲す。按ずるに:王弼の注はただ「草之柔脆」と言うのみ、またそれを把って一物と爲す、子夏らの說法と相同ず。《象傳》に言う:「中行無咎」とは、中に居るの徳は未だ光大ならざるを言う。孔頴達の疏に言う:「中未光」とは、能く中に居りて行うと雖も、親自に去りて上六を決除し、尊貴の身份を以て卑賤の對手に對付するに因りて、なお光大と稱するに足らず。
上六:無號,終有凶。處夬之極,小人在上,君子道長,無所共棄,故非號咷所能延也。[疏]正義曰:上六,居夬之極,以小人而居群陽之上,眾共棄也。君子道長,小人必凶。非號咷所免,故禁其號咷,曰“無號終有凶”也。《象》曰:“無號”之“凶”,終不可長也。[疏]正義曰:“終不可長”者,長,延也。凶危若此,非號咷所能延,故曰“終不可長也”。
經文の上六の爻辭に言う:哭號するを須みず、終にやはり凶險有り。王弼の注が解釋して言う:上六は《夬》卦の極點に處り、是れ小人が上位に居るなり。君子の道はまさに增長し、それは已に衆人に一同に拋棄せられたり、ゆえに哭號の拖延し得る所に非ず。孔頴達がさらに伸べて言う:上六は《夬》卦の極に居り、小人の身份を以て群陽の上に高踞し、衆人は共同にそれを摒棄す。君子の道は增長し、小人は必ず凶に遭う。これは哭號の免除し得る所に非ずゆえ、それが哭號するを禁止して、「無號終有凶」と言う。《象傳》に言う:「無號」の「凶」有る所以は、終に拖延し去る能わざるがゆえなり。孔頴達の疏に言う:「終不可長」とは、「長」は拖延の意思。凶險危亡はこの地步に到れば、哭號の拖延し得る所に非ずゆえ、「終不可長也」と言う。
姤卦
巽下乾上。姤:女壯,勿用取女。[疏]正義曰:“姤,遇也。”此卦一柔而遇五剛,故名為“姤”。施之於人,則是一女而遇五男,為壯至甚,故戒之曰“此女壯甚,勿用取此女”也。《彖》曰:姤,遇也。柔遇剛也。施之於人,即女遇男也。一女而遇五男,為壯至甚,故不可取也。[疏]正義曰:此就爻釋卦名,以初六一柔而上遇五剛,所以名“遇”,而用釋卦辭“女壯,勿用取女”之義也。
《姤》卦の下卦は「巽」、上卦は「乾」。經文の卦辭に言う:女子は過分に強壯、このごとき女子を娶るなかれ。孔頴達の疏が解釋す:「姤」はすなわち相遇。この卦は一個の陰爻が五個の陽爻と相遇すゆえ、名を取りて「姤」と爲す。人事に用いれば、すなわち一個の女子が五個の男子に遇上し、強橫極點に到るゆえ、告誡して「この女子は太いに強壯、彼女を娶るなかれ」と言う。經文の《彖傳》に言う:「姤」は相遇、是れ陰柔が陽剛に遇上す。王弼の注が解釋して言う:人事に用いれば、すなわち女子が男子に遇上す。一個の女子にして五個の男子に遇えば、強橫極致ゆえ、娶るべからず。孔頴達がさらに伸べて言う:これは爻の構成に就いて卦名を釋す――初六の一個の陰爻を以て上に向かって五個の陽爻と相遇すゆえ、名を取りて「遇」と爲し、並びに借此に卦辭の「女壯、勿用取女」の意思を解釋す。
“勿用取女”,不可與長也。天地相遇,品物咸章也。正乃功成也。[疏]“勿用取女”至“品物咸章也”。○正義曰:“勿用取女,不可與長”者,女之為體,婉娩貞順,方可期之偕老。淫壯若此,不可與之長久,故“勿用取女”。“天地相遇,品物咸章”者,已下廣明遇義。卦得遇名,本由一柔與五剛相遇,故遇辭非美,就卦而取,遂言遇不可用,是“勿用取女”也。故孔子更就天地嘆美“遇”之為義不可廢也。天地若各亢所處,不相交遇,則萬品庶物,無由彰顯,必須二氣相遇,乃得化生,故曰:“天地相遇,品物咸章”。
經文の《彖傳》に言う:「勿用取女」する所以は、彼女と長久に相處する能わざるを以てす。天地は互相に交遇して、萬物こそ皆彰顯光大す。王弼の注が解釋して言う:唯獨各々その正を得て、功業こそ成就し得。孔頴達の疏が「勿用取女」から「品物咸章也」までを解釋す:「勿用取女、不可與長」とは、女子の品性は温婉柔順・貞靜守正要して、こそ白頭偕老を指望し得べし。このごとき淫佚強橫は、彼女と長久に相處する能わずゆえ、「勿用取女」。「天地相遇、品物咸章」とは、以下は廣く「遇」の意義を闡明す。この卦の名を「遇」と得たるは、本來は一個の陰爻が五個の陽爻と相遇するに因るゆえ、「遇」は卦辭の裏に於て美事に非ず。單に本卦に就きて義を取れば、便ちこの種の相遇は採用すべからずと言い、すなわち「勿用取女」なり。これによって孔子は別に天地に就きて「遇」のこの層の意義は廢棄すべからざるを讚嘆す。天地もし各々亢して自己の位置を守りて、相交遇せざれば、則ち萬類庶物は彰顯する由なし。必ず陰陽二氣が相遇して、こそ化育生成し得べしゆえ、「天地相遇、品物咸章」と言う。
剛遇中正,天下大行也。化乃大行也。[疏]正義曰:莊氏云:“一女而遇五男,既不可取,天地匹配,則能成品物。”由是言之,若剛遇中正之柔,男得幽貞之女,則天下人倫之化,乃得大行也。《姤》之時義大矣哉!凡言義者,不盡於所見,中有意謂者也。[疏]“姤之時義大矣哉”!正義曰:上既博美,此又結嘆,欲就卦而取義。但是一女而遇五男,不足稱美,博論“天地相遇”,乃致“品物咸章”,然後“姤之時義大矣哉”!○注“凡言義者”至“有意謂者也”。○正義曰:《注》總為稱義發例,故曰“凡言”也。就卦以驗名義,只是女遇於男,博尋遇之深旨,乃至道該天地,故云“不盡於所見,中有意謂”者也。《象》曰:天下有風,姤。后以施命誥四方。[疏]正義曰:風行天下,則無物不遇,故為遇象。“后以施命誥四方”者,風行草偃,天之威令,故人君法此,以施教命,誥於四方也。
經文の《彖傳》に言う:陽剛は中正の徳に遇上せば、天下の道はすなわち廣行し得べし。王弼の注が解釋して言う:教化はここに大大に推行せん。孔頴達の疏に言う:莊氏は講じて「一個の女子が五個の男子に遇うは、既に娶るべからず。天地は匹配當を得れば、すなわち萬物を生成し得」と言う。これより言えば、もし陽剛が中正の陰柔に遇上せば、男子は幽靜貞潔の女子を娶得して、則ち天下の人倫の教化は廣泛に推行し得べし。經文の《彖傳》が讚嘆して言う:《姤》卦の處する時勢の意義は、真に重大なるかな。王弼の注が解釋して言う:凡そ「義」と稱する處は、皆眼前に見る所に止まらず、その中に別に深意有り。孔頴達の疏が「姤之時義大矣哉」を解釋す:上文は已に廣く讚美し、ここに再び總結慨嘆を作す、本意は本卦に就きて義を取らんと欲するなり。然れど單に一個の女子が五個の男子に遇うを看れば、並びに稱美するに足らず。ただ廣く「天地相遇」に論及して、從って「品物咸章」を帶來して、然る後にこそ「姤之時義大矣哉」と談ずるに及ぶ。孔頴達がまた王弼の注の「凡言義者」から「有意謂者也」までの一段に疏して言う:王弼の注は總じて「稱義」のために體例を立下すゆえ、「凡言」と言う。本卦に就きて名義を驗看すれば、不過女子が男に遇うのみ。而も廣く「遇」の深意を推尋すれば、竟に天地の道に通貫し得べしゆえ、「不盡于所見、中有意謂」と言う。經文の《大象傳》に言う:天下に風の吹拂有り、これは《姤》卦の象。君主はこれにより領悟して政令を發布し四方に告諭せんことを要す。孔頴達の疏に言う:風は天下に行き、すなわち一物としてそれと相遇せざるなきゆえ、「遇」の象と爲す。「后以施命誥四方」とは、風は一吹き過ぎれば草木は便ち之に隨いて偃伏し、あたかも上天の威令のごとしゆえ、人君はこの象を效法して、教令を施行し四方に告諭す。
初六:繫于金柅,貞吉。有攸往,見凶。羸豕孚蹢躅。金者,堅剛之物。尼者,制動之主,謂九四也。初六處遇之始,以一柔而承五剛,體夫躁質,得遇而通,散而無主,自縱者也。柔之為物,不可以不牽。臣妾之道,不可以不貞,故必繫於正應,乃得“貞吉”也。若不牽於一,而有攸往行,則唯凶是見矣。羸豕,謂牝豕也。群豕之中,豭強而牝弱,故謂之“羸豕”也。孚,猶務躁也。夫陰質而躁恣者,羸豕特甚焉,言以不貞之陰,失其所牽,其為淫醜,若羸豕之孚務蹢躅也。
經文の初六の爻辭に言う:金屬の車閘に拴繫せられ、正を守れば則ち吉。もし前往有らば、すなわち凶險を見ん。瘦弱の母豬のごとく躁動不安にして來回踯躅す。王弼の注が解釋して言う:「金」は堅硬剛強の物、「柅」は車輪の轉動を制止するの關鍵にして、九四を指す。初六は相遇の世の開端に處り、一個の陰爻を以て五個の陽爻を承奉し、本性は躁動にして、一たび相遇を得ればすなわちそれと相通じ、散漫にして歸屬なく、是れ自己を放縱するの一爻なり。陰柔のこの類の物は牽繫を加えざるべからず、臣妾の道は貞正を守らざるべからず、ゆえに必ず自己と正應する九四の身上に拴繫して、こそ「貞吉」を得べし。もし專一に牽繫を受けずして前往有らんと欲せば、あれはただ凶險を見るのみ。「羸豕」は母豬を指す。一群の豬の當中に公豬は強にして母豬は弱しゆえ、母豬を「羸豕」と稱す。「孚」はあたかも一味に躁動すると言うがごとし。陰柔の質にして躁動放縱するは、母豬が最も突出す。これは不貞の陰柔を以て牽繫を失い、あの份の淫亂丑態は、あたかも瘦母豬が一味に躁動して往來踯躅するがごとしを言うなり。
[疏]“初六繫于金柅”至“羸豕孚蹢躅”。○正義曰:“繫于金柅,貞吉”者,金者,堅剛之物。柅者,制動之主,謂九四也。初六陰質,若繫於正,應以從於四,則貞而吉矣,故曰“繫于金柅,貞吉”也。“有攸往,見凶”者,若不牽於一,而有所行往,則惟凶是見矣,故曰“有攸往,見凶”。“羸豕孚蹢躅”者,初六處遇之初,以一柔而承五剛,是不繫金柅,有所往者也。不繫而往,則如羸豕之務躁而蹢躅然也,故曰:“羸豕孚蹢躅”。羸豕謂牝豕也。群豕之中,豭強而牝弱也,故謂牝豕為羸豕。陰質而淫躁,牝豕特甚焉,故取以為喻。○注“柅者,制動之主”。○正義曰:“柅者,制動之主”。柅之為物,眾說不同。王肅之徒皆為織績之器,婦人所用。惟馬云:“柅者,在車之下,所以止輪令不動者也。”王注云:“柅,制動之主。”蓋與馬同。《象》曰:“繫于金柅”,柔道牽也。[疏]正義曰:“柔道牽”者,陰柔之道,必須有所牽繫也。
孔頴達の疏が「初六繫于金柅」から「羸豕孚蹢躅」までのこの段を解釋す:「繫于金柅、貞吉」とは、「金」は堅硬剛強の物、「柅」は轉動を制止するの關鍵にして、九四を指す。初六は本は陰柔の質にして、もし能く正應に拴繫して九四に順從せば、すなわち貞正にして吉祥なりゆえ、「繫于金柅、貞吉」と言う。「有攸往、見凶」とは、もし專一に牽繫を受けずして出行せんと欲せば、あれはただ凶險を見るのみなれば、「有攸往、見凶」と言う。「羸豕孚蹢躅」とは、初六が相遇の世の開頭に處りて、一個の陰爻を以て五個の陽爻を承奉するを言う、正に金柅に拴繫することを肯んぜずして前往有らんと欲するの樣子なり。牽繫を受けずして妄行すれば、あたかも瘦母豬が一味に躁動して來回踯躅するがごとしゆえ、「羸豕孚蹢躅」と言う。「羸豕」は母豬を指す。群豬の當中に公豬は強く母豬は弱しゆえ、母豬を把って「羸豕」と叫ぶ。陰柔の質にして淫佚躁動するは、母豬が最も突出し、これによって取りて譬喩を作す。孔頴達がまた王弼の注「柅者、制動之主」の一句に疏して言う:「柅」は究竟なんの物なるや、衆家の說法は一ならず。王肅の一派は皆紡織用の器具・婦人の用うる所と認め。唯獨馬融は「柅は車下に在り、是れ車輪を止住して轉動せしめざる物」と言う。王弼の注は「柅、制動之主」と言う、ほぼ馬融の說法と相同ず。《象傳》に言う:「繫于金柅」とは、陰柔の道は牽繫有るを須要すればなり。孔頴達の疏に言う:「柔道牽」とは、陰柔の道は必ず拴繫依附有るべからざるなり。
九二:包有魚,無咎,不利賓。初陰而窮下,故稱“魚”。不正之陰,處遇之始,不能逆近者也。初自樂來應已之廚,非為犯奪,故“無咎”也。擅人之物,以為已惠,義所不為,故“不利賓”也。[疏]正義曰:“庖有魚、無咎”者,初六以陰而處下,故稱魚也。以不正之陰,處遇之始,不能逆於所近,故舍九四之正應,樂充九二之庖廚,故曰“九二、庖有魚”。初自樂來,為已之廚,非為犯奪,故得“無咎”也。“不利賓者”,夫擅人之物,以為己惠,義所不為,故“不利賓”也。
經文の九二の爻辭に言う:廚房の裏に魚有り、過ち有ることなからん、然れど賓客を宴請するに用いるに宜しからず。王弼の注が解釋して言う:初六は陰爻にして最下位に處るゆえ、「魚」と稱す。この位に當たらざる陰爻は相遇の世の開端に處り、それを離れて最近き九二に違逆する能わず。初六は自ら樂意に前來して九二の廚中の物を充當するにして、九二が強行に侵奪するに非ずゆえ、「過ち有ることなし」。然れど別人の物を把って己の有に據し、拿り去りて自己の人情を做すは、道義の上に於てかくのごとく爲すべからずゆえ、「不利賓」。孔頴達がさらに伸べて言う:「庖有魚、無咎」とは、初六が陰柔を以て下位に居るを言う、これによって「魚」と稱す。それは不正の陰を以て相遇の初めに處り、最も親近の一爻に違逆する能わずゆえ、自己と正應する九四を舍棄して、甘んじて九二の廚房を充實せんとす、これによって「九二庖有魚」と言う。初六は自願にて前來して九二の廚中の物を充當するにして、九二が冒犯搶奪するに非ずゆえ、「過ち有ることなし」を得るを得たり。「不利賓」とは、他人の物を擅取して拿り來て自己の恩惠を做すは、道義の上に於て爲すべからずを言う、これによって「不利賓」。
《象》曰:“包有魚”,義不及賓也。[疏]正義曰:“義不及賓”者,言有他人之物,於義不可及賓也。
經文の《小象傳》に言う:「包有魚」とは、理に按じてそれを把って客を待つべからざるを言う。孔頴達の疏が解說す:「義不及賓」とは、この條の魚は本は別人の物なりを言う――初六は本應に九四に應ずべきに、九二はただ順手にそれを自己の廚中に包むのみ――別人の物を拿り來て賓客を款待するは、道義の上に於て説が過ぎずゆえ、爻辭は「不利賓」と言う。
九三:臀無膚,其行次且,厲,無大咎。處下體之極,而二據於初,不為已乘,居不獲安,行為其應,不能牽據,以固所處,故曰“臀無膚,其行次且”也。然履得其位,非為妄處,不遇其時,故使危厲。災非已招,是以“無大咎”也。[疏]正義曰:陽之所據者,陰也。九三處下體之上,為內卦之主,以乘於二,無陰可據,居不獲安,上又無應,不能牽據以固所處,同於夬卦九四之失據,故曰“臀無膚,其行次且”也。然復得其位,非為妄處,特以不遇其時,故致此危厲,災非已招,故無大咎,故曰“厲無大咎”。《象》曰:“其行次且”,行未牽也。[疏]正義曰:“行未牽”者,未能牽據,故“其行次且”,是“行未牽也”。
經文の九三の爻辭に言う:臀部に皮肉なく、行走は躊躇して進み難し、危厲有るも、大なる過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:九三は下卦の頂端に處り、而も九二は已に初六を占據せり、初六は自己に乘凌せしめるを肯んぜず、これによって居處は安寧を得ず。行動せんと欲すればまた應爻の臉色を看るを要し、既に牽繫し上がる能わずまた據守する能わず、自己の處境を鞏固する能わずゆえ、「臀無膚、其行次且」と言う。不過それの處する位次は本來正にして、胡亂に位を占めるに非ず、ただ好時候に趕上せざるのみ、こそこの份の危厲を招來せり。災禍は自己の招來する所に非ずゆえ、「無大咎」。孔頴達がさらに伸べて言う:陽爻の據守せんと欲する所は陰爻なり。九三は下卦の上に處り、是れ內卦の主にして、然れどそれは上に九二を承ぐも陰に據すべきなく、居處は安寧を得ず。上面にまた相應の爻なく、既に牽繫する能わずまた據守して處境を穩固する能わず、情形は《夬》卦の九四の憑據を失えると相同ずゆえ、「臀無膚、其行次且」と言う。然れどそれは畢竟位を得て、妄りにその位に處るに非ず、ただその時に遇わざるに因りてこそこの份の危厲を招致せり。災禍は自己の招來する所に非ず、ゆえに大なる過錯なく、これによって「厲無大咎」と言う。《象傳》に言う:「其行次且」とは、行動の上に於て未だ牽繫ならざるなり。孔頴達の疏に言う:「行未牽」とは、それが未だ牽繫據守する能わざれば、ゆえに行走は躊躇して前に進まず、これすなわち「行未牽」。
九四:包無魚,起凶。二有其魚,故失之也。無民而動,失應而作,是以“凶”也。[疏]正義曰:“庖無魚”者,二擅其應,故曰“庖無魚”也。庖之無魚,則是無民之義也。“起凶”者,起,動也。“無民而動,失應而作,是以凶也。”《象》曰:“無魚”之凶,遠民也。[疏]正義曰:“遠民”者,陰為陽之民,為二所據,故曰“遠民”也。
經文の九四の爻辭に言う:廚房の裏に魚なく、一たび擧動有ればすなわち凶險有り。王弼の注が解釋して言う:初六のこの條の「魚」は已に九二に占有せられ、ゆえに九四はそれを失えり。依靠すべき百姓なくして行動せんと欲し、應爻を失掉して作爲有らんと欲す、これによって「凶」。孔頴達がさらに伸べて言う:「庖無魚」とは、九二が獨自に九四の正應を占めたるを言うゆえ、「庖無魚」。廚房の裏に魚なきは、すなわち百姓なきの意思なり。「起凶」とは、「起」はすなわち發動。正に王弼の言う所のごとく、百姓なくして妄動し應爻を失いて妄作すれば、ゆえに凶有り。《象傳》に言う:「無魚」の凶たる所以は、百姓を疏遠せればなり。孔頴達の疏に言う:「遠民」とは、陰爻はあたかも陽爻の百姓に好し、今初六は九二に占據せられたりゆえ、「遠民」と言う。
九五:以杞包瓜,含章,有隕自天。杞之為物,生於肥地者也。包瓜為物,繫而不食者也。九五履得尊位,而不遇其應,得地而不食,含章而未發,不遇其應,命未流行。然處得其所,體剛居中,志不舍命,不可傾隕,故曰“有隕自天”也。
經文の九五の爻辭に言う:杞樹の枝葉を以て瓜を遮護し、內に美質を含み、何者か天より降隕せん。王弼の注が解釋して言う:杞は肥沃の土地に長ずるの樹木。包裹せられたる瓜は、係掛してあそこに在りて人の取食せられざる物なり。九五は尊位を踏上すと雖も、却って自己と相應する爻に遇わず、あたかも沃土を得て享用人なきがごとく、美質を懷藏して未だ發露する能わず。相應する者なきに因りて、政令はなお流布施行する能わず。然れどそれの處する位置は本來當を得て、體質は剛強にして中位に居り、心志は天命を舍棄するを肯んぜず、それを傾覆隕落せしめ得べき物なしゆえ、「有隕自天」と言う。
[疏]“九五以杞包瓜”至“有隕自天”。○正義曰:“以杞匏瓜”者,杞之為物,生於肥地;匏瓜為物,繫而不食,九五處得尊位而不遇,其應是得地而不食,故曰“以杞匏瓜”也。“含章,有隕自天”者,不遇其應,命未流行,無物發起其美,故曰“含章”。然體剛居中,雖復當位,命未流行,而不能改其操,無能傾隕之者,故曰:“有隕自天”,蓋言惟天能隕之耳。○注“杞之為物,生於肥地者也”。○正義曰:“杞之為物,生於肥地者也”,先儒說杞,亦有不同。馬云:“杞,大木也。”《左傳》云“杞梓皮革自楚”,注則為杞梓之杞。子夏《傳》曰:“作杞匏瓜。”薛虞《記》云:“杞,杞柳也。杞性柔刃,宜屈橈,似匏瓜。”又為杞柳之杞。案:王氏云“生於肥地”,蓋以杞為今之枸杞也。
孔頴達の疏が「九五以杞包瓜」から「有隕自天」までのこの段を解釋す:「以杞匏瓜」とは、杞樹は肥沃の地に生長し、匏瓜は則ち係掛してあそこに在りて人の取食するなし。九五は尊位を占得するも相應の爻に遇わず、正に沃土を得て享用人なきがごとしゆえ、「以杞匏瓜」と言う。「含章、有隕自天」とは、應爻に遇わざるに因りて、政令は未だ流布せず、來てその美質を發揚する者なくゆえ、「含章」と言う。然れどそれの體質は剛強にして中位に居り、位に當たると雖も政令は未だ行われず、然れど自己の節操を改變することを肯んぜず、それを傾覆隕落せしめ得べき者なくゆえ、「有隕自天」と言う、意思はほぼただ上天のみがそれを隕落せしめ得るのみ。「孔頴達がまた王弼の注「杞之爲物、生于肥地者也」の一句に疏して言う:前代の學者は「杞」を解說するもまた各々相同せず。馬融は「杞は高大の樹木」と言い。《左傳》に「杞梓皮革自楚往」の語有り、注家は以てあれは杞梓の杞と爲す。子夏《易傳》は則ち「杞匏瓜」と寫作す。薛虞《記》は「杞はすなわち杞柳、杞の質性は柔韌にして彎曲に宜しく、形狀は匏瓜に象る」と言う、これはまた杞柳の杞なり。按ずるに:王弼はそれを「生于肥地」と言う、ほぼ「杞」を把って今の枸杞と爲すなり。
《象》曰:九五“含章”,中正也。“有隕自天”,志不舍命也。[疏]正義曰:“中正”者,中正故有美,無應故“含章”,而不發。若非九五中正,則無美可含,故舉爻位而言“中正”也。“志不舍命”者,雖命未流行,而居尊當位,“志不舍命”,故曰“不可傾隕”也。
經文の《象傳》に言う:九五の「含章」たる所以は、それが中正なればなり。「有隕自天」は、それの心志が天命を舍棄するを肯んぜざるがゆえなり。孔頴達がさらに伸べて言う:「中正」とは、九五は既に中にして且つ正なれば、美質を懷有す。相應の爻なきに因りて、ただ「含章」し得るのみにして發露する能わず。倘若も九五のごとき中正の位に非ざれば、根本として含むべき美質なしゆえ、《象傳》は特に爻位を擧出して「中正」と言う。「志不舍命」とは、政令はなお流布する能わずと雖も、然れどそれは尊位に居りて位に當たり、心志は終始として天命を舍棄せずゆえ、王弼はそれを「不可傾隕」と言う。
上九:姤其角,吝,無咎。進之於極,無所復遇,遇角而已,故曰“姤其角”也。進而無遇,獨恨而已,不與物爭,其道不害,故無凶咎也。[疏]正義曰:“姤其角”者,角者,最處體上,上九進之於極,無所復遇,遇角而已,故曰“姤其角”也。“吝無咎”者,角非所安,與無遇等,故獨恨而鄙吝也。然不與物爭,其道不害,故無凶咎,故曰“無咎”也。《象》曰:“姤其角”,上窮吝也。[疏]正義曰:“上窮吝”者,處於上窮,所以遇角而吝也。
經文の上九の爻辭に言う:遇う所はただ角のみ、些かの遺憾有るも、過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:上九は前進して極點に到り、再び遇うべき物なく、遇う所は不過「角」のみゆえ、「姤其角」と言う。前進して遇う所なく、ただ獨自懊恨するのみ、然れどそれは人と相爭わず、行う所の道は損を招かざるゆえ、凶險と過咎なし。孔頴達がさらに伸べて言う:「姤其角」とは、「角」は整個の卦體の最上端に處り、上九は上進して極處に到り、再び遇うべき物なく、遇う所はただ角のみゆえ、「姤其角」と言う。「吝無咎」とは、角は本は身を安んずる處に非ず、遇うことなきと同じく、ゆえにただ獨自懊恨して鄙吝を顯すのみ。然れどそれは人と爭わず、行う所の道は損害を受けずゆえ、凶咎なく、これによって「過錯有ることなし」と言う。《象傳》に言う:「姤其角」とは、上位に居りて窮盡に走り至ればなり、故に遺憾なり。孔頴達の疏に言う:「上窮吝」とは、身は上位の窮極の地に處り、ゆえにただ角に遇うのみにして遺憾を感ず。
萃卦
坤下兌上。萃:亨。聚乃通也。[疏]正義曰:“萃”,卦名也,又萃聚也,聚集之義也。能招民聚物,使物歸而聚已,故名為“萃”也。亨者,通也。擁隔不通,無由得聚,聚之為事,其道必通,故云“萃亨”。王假有廟。假,至也,王以聚至有廟也。[疏]正義曰:假,至也。天下崩離,則民怨神怒,雖復享祀,與無廟同。王至大聚之時,孝德乃昭,始可謂之“有廟”矣,故曰“王假有廟”。
《萃》卦の下卦は「坤」、上卦は「兌」。經文の卦辭に言う:萃は、亨通。王弼の注が解釋して言う:聚集してこそ通達し得。孔頴達がさらに伸べて言う:「萃」は卦名にして、また會萃・聚集の意思有り。能く百姓を招徠し萬物を聚攏して、衆物をして歸附して自己のここに匯聚せしめ得べしゆえ、名を取りて「萃」と爲す。「亨」はすなわち通。阻隔して通ぜざればすなわち聚集する由なし、聚集のこの事は、その道理は必ず通達せんことを要すゆえ、「萃亨」と言う。經文の卦辭がまた言う:君王は宗廟の裏に到る。王弼の注が解釋して言う:「假」は到達の意思、君王は聚合の功を憑じて宗廟に到りて致祭す。孔頴達の疏に言う:「假」はすなわち至。天下分崩離析の時は、百姓は怨恨し神明は震怒し、たとえ照常に祭祀するとも、宗廟なきと同様なり。君王は大聚合の時に到りて、孝徳はこそ昭明を得、これこそ真に「有廟」と談ずるに及ぶゆえ、「王假有廟」と言う。
利見大人,亨,利貞。聚得大人,乃得通而利正也。[疏]正義曰:聚而無主,不散則亂。惟有大德之人,能弘正道,乃得常通而利正,故曰“利見大人,亨,利貞”也。用大牲,吉。全乎聚道,“用大牲乃吉”也。聚道不全,而用大牲,神不福也。[疏]正義曰:大人為王,聚道乃全,以此而用大牲,神明降福。故曰“用大牲,吉也”。利有攸往。[疏]正義曰:人聚神祐,何往不利?故曰“利有攸往”也。
經文の卦辭に言う:大徳の人の出現に宜しく、亨通、正を守るに宜し。王弼の注が解釋して言う:聚合の中に大徳の人を得て、こそ通達して正を守るに宜しきを得。孔頴達の疏に言う:聚集して主導者なければ、潰散せざればすなわち混亂なり。ただ大徳の人のみ能く正道を弘揚して、こそ長久に通達して正を守るに宜しきを得ゆえ、「利見大人、亨、利貞」と言う。經文の卦辭がまた言う:大牲を用いて獻祭すれば、吉祥。王弼の注が解釋して言う:聚合の道が完備して、「用大牲」してこそ吉。聚合の道は完備せずして大牲を用いれば、神明は賜福せざるなり。孔頴達の疏に言う:大徳の人が君王と爲りて、聚合の道はこそ完備と算す。この前提の下に於て大牲を用いて獻祭せば、神明はすなわち福祐を降下すゆえ、「用大牲、吉」と言う。經文の卦辭がまた言う:前往有るに宜し。孔頴達の疏に言う:人心は聚合し神明は保祐す、何れに往きて順利ならざる有らんや。ゆえに「利有攸往」と言う。
《彖》曰:萃,聚也。順以說,剛中而應,故“聚”也。但“順而說”,則邪佞之道也。剛而違於中應,則強亢之德也。何由得聚?順說而以剛為主,主剛而履中,履中以應,故得聚也。[疏]“《彖》曰”至“故聚也”。○正義曰:萃,聚者,訓,“萃”名也。“順以說,剛中而應,故聚”者,此就二體及九五之爻釋所以能聚也。若全用順說,則邪佞之道興;全用剛陽,而違於中應,則強亢之德著,何由得聚?今“順以說”,而剛為主,則非邪佞也。應不失中,則非偏亢也。如此方能聚物,故曰“順以說,剛中而應,故聚也”。
經文の《彖傳》に言う:「萃」はすなわち聚集。柔順にして和悅、陽剛は中に居りて上下相應す、ゆえに能く聚集す。王弼の注が解釋して言う:もし一味に柔順和悅せば、あれはすなわち邪僻諂媚の道と成る。もし一味に剛強にして居中相應の原則に違背せば、あれはすなわち強橫亢直の徳と成る――この兩樣は皆聚集する由なし。唯獨既に柔順和悅にしてまた陽剛を以て主導と爲し、剛に主としてまた能く中道を行い、中道を行いてまた能く人と相應すれば、ゆえにこそ聚集し得べし。孔頴達の疏が「《彖》曰」から「故聚也」までを解釋す:「萃」を「聚」と訓ずるは、卦名を解釋す。「順以說、剛中而應、故聚」とは、上下兩個の卦體と九五のこの一爻に就きて、何を以て聚集し得るかを解釋す。もし完全に柔順和悅を用いれば、邪僻諂媚の道はすなわち興起せん。完全に剛陽を用いて居中相應に違背せば、強橫亢直の徳はすなわち顯露せん、かくのごとくしてなんぞ聚集し得んや。今既に「順以說」にして、また陽剛を以て主と爲せば、すなわち邪佞に非ず。相應して中道を失わざれば、すなわち偏執亢強に非ず。かくのごとくしてこそ萬物を聚攏し得べしゆえ、「順以說、剛中而應、故聚也」と言う。
“王假有廟”,致孝享也。全聚乃得致孝之享也。[疏]正義曰:享,獻也。聚道既全,可以至於“有廟”,設祭祀而“致孝享”也。“利見大人,亨”,聚以正也。大人,體中正者也。通眾以正,聚乃得全也。[疏]正義曰:釋聚所以利見大人,乃得通而利正者,良由大人有中正之德,能以正道通而化之,然後聚道得全,故曰“聚以正也”。
經文の《彖傳》に言う:「王假有廟」とは、孝敬の祭享を獻上せんと欲するなり。王弼の注が解釋して言う:聚合の道が完備して、こそこの份の孝敬の祭を獻上し得べし。孔頴達の疏に言う:「享」は進獻。聚合の道は既に完備せば、便ち「有廟」を做し得て、祭祀を設立して「致孝享」し得べし。經文の《彖傳》がまた言う:「利見大人、亨」とは、聚合は正道を以て準と爲すを以てす。王弼の注が解釋して言う:言う所の大人は、身に中正の徳を具える人なり。正道を用いて衆人を通達せば、聚合はこそ完備し得。孔頴達の疏に言う:これは聚合の「利見大人」し、從って通達して正を守るに宜しきを得るの緣故を解釋す――正に大人に中正の徳有りて、能く正道を用いて衆人を貫通感化して、然る後に聚合の道はこそ完備を得ゆえ、「聚以正也」と言う。
用大牲,吉,利有攸往,順天命也。“順以說”而不損剛,“順天命”者也。天德剛而不違中,順天則說,而以剛為主也。[疏]正義曰:天之為德,剛不違中,今“順以說”,而以剛為主,是“順天命”也。動順天命,可以享於神明,無往不利,所以得用大牲,吉。“利有攸往”者,只為“順天命”也。
經文の《彖傳》に言う:「用大牲、吉、利有攸往」とは、天命に順應したればなり。王弼の注が解釋して言う:既に「順以說」にしてまた陽剛を折損せず、これすなわち「順天命」。上天の徳は剛健にして中道に違背せず、上天に順應すればすなわち和悅して、同時に陽剛を以て主導と爲す。孔頴達がさらに伸べて言う:上天の徳性は剛健にして中道に違せず。今《萃》卦は「順以說」にして陽剛を以て主と爲すは、正に「順天命」なり。擧動が天命に順應すれば、便ち神明を祭享して、往きて利ならざるなし、これによって能く大牲を用いて獻祭して吉を得べし。「利有攸往」もまた、ただそれが天命に順應したるに因るのみ。
觀其所聚,而天地萬物之情可見矣。“方以類聚,物以群分”,情同而後乃聚,氣合而後乃群。[疏]正義曰:此廣明萃義而嘆美之也。凡物所以得聚者,由情同也。情志若乖,無由得聚,故“觀其所聚,則天地萬物之情可見矣”。《象》曰:澤上於地,萃。君子以除戎器,戒不虞。聚而無防,則眾心生。[疏]正義曰:澤上於地,則水潦聚,故曰“澤上於地,萃”也。除者,治也。人既聚會,不可無防備。故君子於此之時,脩治戎器以戒備不虞也。
經文の《彖傳》に言う:萬物の聚合するの緣由を觀察せば、天地萬物の實情は便ち看清すべし。王弼の注が解釋して言う:《繫辭》に講じて「方以類聚、物以群分」、情性は相同じくして然る後にこそ聚合し、氣類は相合して然る後にこそ群を成す。孔頴達の疏に言う:これは廣く《萃》の意義を闡明して並びに讚嘆す。凡そ物の能く聚合する所以は、皆情性相同ずるに由る。情志もし相違背せば、すなわち聚集する由なしゆえ、「觀其所聚、則天地萬物之情可見矣」と言う。經文の《大象傳》に言う:水澤は地面に高出す、これは《萃》卦の象。君子はこれにより領悟して兵器を修治し意外の變に戒備せんことを要す。王弼の注が解釋して言う:聚集して防備なければ、衆人の異心は便ち滋生せん(底本のここの注文は脱漏有るに似て、語意未完)。孔頴達の疏に言う:水澤は地上に積れば、雨水は便ち匯聚すゆえ、「澤上于地、萃」と言う。「除」は修治の意思。人は既に聚集會合せば、防備なかるべからず、ゆえに君子はこの時に於て兵器を修治して、以て意外の變に戒備す。
初六:有孚不終,乃亂乃萃。若號,一握為笑,勿恤,往無咎。有應在四而三承之,心懷嫌疑,故“有孚不終”也。不能守道,以結至好,迷務競爭,故“乃亂乃萃”也。一握者,小之貌也。為笑者,懦劣之貌也。已為正配,三以近寵,若安夫卑退,謙以自牧,則“勿恤”而“往無咎”也。[疏]“初六有孚”至“往無咎”。○正義曰:“有孚不終,乃亂乃萃”者,初六有應在四,而三承之,萃聚之時,貴於近合,見三承四,疑四與三,始以中應相信,末以他意相阻,故曰“有孚不終”也。既心懷嫌疑,則情意迷亂,奔馳而行,萃不以禮,故曰“乃亂乃萃”。一握者,小之貌也,自比一握之問,言至小也。為笑者,非嚴毅之容,言懦劣也。已為正配,三以近寵。若自號比為一握之小,執其謙退之容,不與物爭,則不憂於三,往必得合而“無咎”矣,故曰“若號一握為笑,勿恤,往無咎”也。《象》曰:“乃亂乃萃”,其志亂也。[疏]正義曰:“其志亂”者,只為疑四與三,故志意迷亂也。
經文の初六の爻辭に言う:誠信を心懐くも堅持して終りに到る能わず、ここに心緒は迷亂して聚合は失序す。もし能く自ら稱して渺小にして一握のごとく、柔弱の笑容を帶びれば、すなわち憂慮を須みず、前往して過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:初六の正應は九四に在り、而も六三はまた緊く九四を承ぐ、初六は心の裏に猜疑を生出すゆえ、「有孚不終」。それは能く正道を守りて去りて最好の交誼を締結せず、爭奪に迷惑すゆえ、「乃亂乃萃」。「一握」は渺小の樣子、「爲笑」は懦弱柔順の樣子なり。初六は本は九四の正配にして、六三は不過位置相近きを憑じて寵を得るのみ。初六もし能く卑下退讓に安んじて、謙遜を用いて自己を約束せば、能く「勿恤」にして「往無咎」し得べし。孔頴達の疏が「初六有孚」から「往無咎」までのこの段を解釋す:「有孚不終、乃亂乃萃」とは、初六の應爻は九四に在り、而も六三は九四を承奉す。聚合の時は就近して結合するを以て貴と爲し、初六は六三が九四を承奉するを見て、便ち九四が六三と親近するを懷疑し、起初は正應の誼を憑じて彼此信任し、末了は別の念頭に因りて隔閡を生ずゆえ、「有孚不終」と言う。既に心に猜疑を懷けば、情意はすなわち迷亂し、奔走行事し、聚集して禮に合乎せずゆえ、「乃亂乃萃」と言う。「一握」は渺小の樣子にして、自己を一握の間に比作するは、極めて微小を言う。「爲笑」は嚴厲剛毅の面容に非ずして、柔弱謙下を言う。初六は本は九四の正配にして、六三は鄰近を憑じて寵を得。初六もし自ら稱して渺小にして一握のごとく、謙退の姿態を保持し、人と爭わざれば、すなわち六三を憂慮するを須みず、前往すれば必ず能く九四と會合して「過錯有ることなし」ならんゆえ、「若號一握爲笑、勿恤、往無咎」と言う。《象傳》に言う:「乃亂乃萃」とは、それの心志が迷亂せるなり。孔頴達の疏に言う:「其志亂」とは、ただ九四が六三と親近するを猜疑するに因るのみ、ゆえに意念は迷亂す。
六二:引吉無咎,孚乃利用禴。居萃之時,體柔當位,處坤之中,己獨處正,與眾相殊,異操而聚,民之多僻,獨正者危。未能變體以遠於害,故必見引,然後乃“吉”而“無咎”也。禴,殷者祭名也,四時祭之省者也。居聚之時,處於中正,而行以忠信致之。以省薄薦於鬼神也。[疏]“六二”至“利用禴”。○正義曰:“引吉無咎”者,萃之為體,貴相從就,聚道乃成。今六二以陰居陰,復在坤體,志於靜退,則是守中未變,不欲相從者也。乖眾違時則致危害,故須牽引乃得“吉”而“無咎”也,故曰“引吉無咎”。“孚乃利用禴”者,禴,殷春祭之名也。四時之祭最薄者也。雖乖於眾,志須牽引。然居中得正,忠信而行,故可以省薄祭於鬼神也,故曰“孚乃利用禴”。《象》曰:“引吉無咎”,中未變也。[疏]正義曰:“中未變也”者,釋其所以須引乃吉,良由居中未變。
經文の六二の爻辭に言う:牽引せられて上れば則ち吉祥、過錯有ることなからん。誠信を心懐けば、すなわち薄祭の「禴」を用いて祭祀するに宜し。王弼の注が解釋して言う:六二は聚合の世に處り、體質は柔順にして位に當たり、下卦「坤」の中位に居り、唯獨自己は正道を守りて、衆人と不同なり。操守は相異なるもまた同じく聚合の中に處り、而も民間は多く邪僻有り、獨自正道を守る人はかえって危險なり。それはなお自身を改變して以て禍害を遠離する能わず、ゆえに必ず人に牽引せられて、然る後にこそ「吉」にして「過錯有ることなし」し得べし。「禴」は殷代の一種の祭名にして、四時の祭の中の最も簡省の一種なり。聚合の時に處り、中正の位に居り、忠信を憑じて行事して以て衆人を招致せば、ゆえに簡薄の祭品を以て鬼神に獻じ得べし。孔頴達の疏が「六二」から「利用禴」までのこの段を解釋す:「引吉無咎」とは、《萃》のこの一卦體は彼此相從趨就するを貴として、聚合の道はこそ成立し得。今六二は陰爻を以て陰位に居り、また「坤」體の中に在り、志は安靜退守に在り、是れ中道を守りて變動することを肯んぜず主動に趨從することを願わざるの一爻なり。衆人に違背し時勢に違背せばすなわち危害を招致せん、ゆえに必ず人に牽引せられてこそ「吉」にして「過錯有ることなし」を得、これによって「引吉無咎」と言う。「孚乃利用禴」とは、「禴」は殷代の春祭の名稱にして、四時の祭の中の最も微薄の一種なり。六二は衆人と合せず心志は人の牽引を須要すと雖も、然れどそれは中に居りて正を得、忠信を憑じて行事すゆえ、簡薄の祭品を用いて鬼神を祭獻し得べし、これによって「孚乃利用禴」と言う。《象傳》に言う:「引吉無咎」とは、それが中に居りて正を守りて改變なきがゆえなり。孔頴達の疏に言う:「中未變也」とは、それが何を以て牽引を頼ってこそ吉なるかを解釋す――正に中に居りて未曾て節を變ぜざるに由る。
六三:萃如,嗟如,無攸利。往無咎,小吝。履非其位,以比於四,四亦失位。不正相聚,相聚不正,患所生也。乾人之應,害所起也,故“萃如嗟如,無攸利”也。上六亦無應而獨立,處極而憂危,思援而求朋,巽以待物者也。與其萃於不正,不若之於同志,故可以往而無咎也。二陰相合,猶不若一陰一陽之應,故有“小吝”也。[疏]“六三萃如嗟如”至“小吝”。○正義曰:居萃之時,“履非其位,以比於四,四亦失位。不正相聚,相聚不正,患所生也。乾人之應,害所起也”,故曰“萃如,嗟如,無攸利”也。“往無咎,小吝”者,“上六亦無應而獨立,處極而憂危,思援而求朋,巽以待物者也。與其萃於不正,不若之於同志,故可往而無咎”。但以上六是陰,已又是陰,以“二陰相合,猶不若一陰一陽之應,故有小吝也”。《象》曰:“往無咎”,上巽也。[疏]正義曰:以上體柔巽,以求其朋,故三可以往而無咎也。
經文の六三の爻辭に言う:聚合せんと欲するも嗟嘆するのみ、何の利益もなし。前往すれば則ち過錯有ることなからん、ただ略々遺憾有るのみ。王弼の注が解釋して言う:六三の處する位次は正ならず、また九四と親比し、而も九四は同じく位を失う。不正の身を以て相聚まり、相聚まりてまた正に合せず、禍患は便ちこれにより生ず。況んやそれが去りて別人の正應關係を干犯すれば、禍害は正にここより生起すゆえ、「萃如嗟如、無攸利」。上六もまた應なくして孤立し、卦極に處りて憂懼危殆し、援手を找め朋友を求得せんと欲す、是れ謙遜の態度を以て外物に對待するの一爻なり。不正の對象と聚合するより、むしろ去りて志同道合の人に投奔するに如かずゆえ、六三は前往して過錯有ることなしとし得べし。不過兩個の陰爻が相合す、終竟は一陰一陽の正應に如かず、これによって「小吝」有り。孔頴達の疏が「六三萃如嗟如」から「小吝」までのこの段を解釋す:六三は聚合の世に處り、正に王弼の言う所のごとく、處する位次は正ならずして九四と親比し、九四もまた同樣に位を失う。不正を以て相聚まり相聚まりてまた不正なれば、禍患はこれにより生じ、他人の應爻を干犯すれば、禍害はこれにより起るゆえ、「萃如、嗟如、無攸利」と言う。「往無咎、小吝」とは、上六もまた應なくして孤立し、卦極に處りて憂危し、援助と朋友を尋求せんと欲し、謙遜の態を以て外物を待つ。不正の人に聚まるより、志同の者に投向するに如かざるゆえ、前往して過錯有ることなしとし得べし。ただ上六は陰爻にして自己もまた陰爻、兩個の陰爻が相合す、終竟は一陰一陽の正應に如かざるゆえ、「小吝」有り。《象傳》に言う:「往無咎」とは、上面の上六が柔順謙遜なればなり。孔頴達の疏に言う:上體が柔順謙遜なるに因りて、六三が往きてそれを求めて朋友と作すゆえ、六三は前往して過錯有ることなしとし得べし。
九四:大吉,無咎。履非其位而下據三陰,得其所據,失其所處。處聚之時,不正而據,故必“大吉”,立夫大功,然後“無咎”也。[疏]正義曰:以陽處陰,明履非其位,又不據三陰,得其所據,失其所處。處聚之時,不正而據,是其凶也。若以萃之時,立夫大功,獲其大吉乃得無咎,故曰“大吉,無咎”。《象》曰:“大吉無咎”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,謂以陽居陰也。
經文の九四の爻辭に言う:大いに吉祥、こそ過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:九四の處する位次は正ならず、却って下面に三個の陰爻を據有す。據する所の對象を得たると雖も、却って應有の位置を失えり。聚合の世に處り、位は正ならずして衆陰を據有すゆえ、必ず「大吉」を做到し大功を建立して、然る後にこそ「過錯有ることなし」し得べし。孔頴達がさらに伸べて言う:陽爻を以て陰位に居るは、それの處する位次が正ならざるを表明す。それはまた下面の三個の陰爻を據有し、その據を得てその處を失う。聚合の時に處り、不正にして衆陰を據有するは、これは本來は凶なり。もし能く聚合の世に趁りて大功を建立し大吉を獲得せば、こそ過錯有ることなしとし得べしゆえ、「大吉、無咎」と言う。《象傳》に言う:「大吉」を要してこそ「無咎」なるは、位次の當たらざるがゆえなり。孔頴達の疏に言う:「位不當」とは、陽爻を以て陰位に居るを指す。
九五:萃有位,無咎,匪孚。元永貞,悔亡。處聚之時,最得盛位,故曰“萃有位”也。四專而據,己德不行,自守而己,故曰“無咎匪孚”。夫脩仁守正,久必悔消,故曰“元永貞,悔亡”。[疏]“九五”至“悔亡”。○正義曰:九五處聚之時,最得盛位,故曰“萃有位”也。既得盛位,所以“無咎”。“匪孚”者,良由四專而據,已德化不行,信不孚物,自守而已,故曰“無咎,匪孚”。若能修夫大德,久行其正,則其悔可消,故曰“元永貞,悔亡”。《象》曰:“萃有位”,志未光也。[疏]正義曰:“志未光也”者,雖有盛位,然德未行,久乃悔亡。今時志意未光大也。
經文の九五の爻辭に言う:聚合の世にして尊位を居有すれば、過錯有ることなからん、ただ誠信はなお衆人に孚及する能わず。もし能く長久に大正の道を守持せば、悔恨はすなわち消失せん。王弼の注が解釋して言う:九五は聚合の時に處り、最も隆盛の位置を占據したりゆえ、「萃有位」と言う。然れど九四は專擅して三陰を據有し、九五は自己の徳教を推行し開く能わず、ただ自守するのみなれば、「無咎匪孚」と言う。仁徳を修養し正道を堅守すれば、日久に必ず能く悔恨を消去せんゆえ、「元永貞、悔亡」と言う。孔頴達の疏が「九五」から「悔亡」までのこの段を解釋す:九五は聚合の世に處り、最も隆盛の位置を得たりゆえ、「萃有位」と言う。既に盛位を得れば、これによって「過錯有ることなし」。「匪孚」とは、正に九四が專擅して衆陰を據有し、九五の徳化は推行し開く能わず、誠信は衆人に取信する能わず、只好く自守するのみゆえ、「無咎、匪孚」と言う。倘若も能く大徳を修養し長久に正道を施行せば、あの份の悔恨は消除し得べしゆえ、「元永貞、悔亡」と言う。《象傳》に言う:「萃有位」とは、心志が未だ光大ならざるを言う。孔頴達の疏に言う:「志未光也」とは、隆盛の位有ると雖も、徳教は未だ推行する能わず、長久を經過せんことを要してこそ悔恨の消失し得べし。眼前に就いて言えば、志意はなお光大と談ずるに足らず。
上六:齎諮涕洟,無咎。處聚之時,居於上極,五非所乘,內無應援。處上獨立,近遠無助,危莫甚焉。齎諮,嗟嘆之辭也。若能知危之至,懼禍之深,憂病之甚,至於涕洟,不敢自安,亦無所不害,故得“無咎”也。[疏]正義曰:“齎諮”者,居萃之時,最處上極,五非所乘,內又無應,處上獨立,無其援助,危亡之甚,居不獲安,故“齎諮”而嗟嘆也。若能知有危亡,懼害之深,憂危之甚,至於涕洟滂沱,如此居不獲安,方得無所不害,故“無咎”矣。自目出曰涕,自鼻出曰洟。《象》曰:“齎諮涕洟”,未安上也。[疏]正義曰:“未安上”者,未敢安居其上所乘也。
經文の上六の爻辭に言う:嗟嘆して已まず涕淚は交流す、こそ過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:上六は聚合の世に處り、全卦の最上端に居り、九五はそれの乘凌し得る所に非ず、內部にまた相應の援手なく。高く處りて孤立し、遠近皆相助する人なく、危險これより甚だしきはなし。「賚咨」は嗟嘆の辭なり。倘若もそれが能く危險の已に至るを明白し深く禍患を畏懼し、憂慮極點に到りて、涕淚俱に下るに至り、自ら安んずるを敢えてせざれば、もはやそれを傷害し得べき物なしゆえ、「過錯有ることなし」し得べし。孔頴達がさらに伸べて言う:「賚咨」とは、上六が聚合の時に處り、最上の極に居り、九五はそれの乘凌し得る所に非ず、內裏にまた應爻なく、孤身にして上に在り、援助なく、危亡の勢は極めて重く、居處は安寧を得ず、ゆえにただ「賚咨」して嗟嘆するのみ。倘若もそれが能く自ら危亡の憂有るを知り深く禍害を懼れ、極めて憂危して、涕淚滂沱に至れば、かくのごとく居りて自ら安んずるを敢えてせずして、こそそれを傷害し得べき物なし、これによって「過錯有ることなし」。眼の中より流出するを「涕」と言い、鼻の中より流出するを「洟」と言う。《象傳》に言う:「賚咨涕洟」とは、それが上位に在りて自ら安んずるを敢えてせざるがゆえなり。孔頴達の疏に言う:「未安上」とは、安然としてそれが乘凌する所の九五の上に居ることを敢えてせざるなり。
升卦
巽下坤上。升:元亨,用見大人,勿恤。巽順可以升,陽爻不當尊位,無嚴剛之正,則未免於憂,故用見大人,乃“勿恤”也。[疏]正義曰:“升,元亨”者,“升”,卦名也。升者,登上之義,升而得大通,故曰“升,元亨”也。“用見大人,勿恤”者,升者,登也。陽爻不當尊位,無剛嚴之正,則未免於憂,故用見大德之人,然後乃得無憂恤,故曰“用見大人,勿恤”。
《升》卦の下卦は「巽」、上卦は「坤」。經文の卦辭に言う:升は、大いに亨通。大徳の人を見に行くに宜しく、憂慮を須みず。王弼の注が解釋して言う:謙遜柔順なればすなわち上昇し得べし。然れど卦中の陽爻は尊位に居らず、嚴正剛強の品格を缺少すれば、すなわち憂患を免れずゆえ、去りて大人を見て、こそ「勿恤」し得べし。孔頴達がさらに伸べて言う:「升、元亨」とは、「升」は卦名にして、意思は高きに登り上に行くなり。上昇して大通を得たりゆえ、「升、元亨」と言う。「用見大人、勿恤」とは、「升」はすなわち登なり。陽爻は尊位に居らず、剛正嚴明の品格を缺少すれば、すなわち憂患を免れ難しゆえ、去りて大徳有る人を見て、然る後にこそ憂慮なきを得、これによって「用見大人、勿恤」と言う。
南征吉。以柔之南,則麗乎大明也。[疏]正義曰:非直須見大德之人,復宜適明陽之地。若以陰之陰,彌足其闇也。南是明陽之方,故云“南征吉”也。《彖》曰:柔以時升。柔以其時,乃得升也。[疏]正義曰:“升”之為義,自下升高,故就六五居尊,以釋名“升”之意。六五以陰柔乏質,起升貴位,若不得時,則不能升耳,故曰“柔以時升”也。
經文の卦辭に言う:南に向かって進發すれば吉祥。王弼の注が解釋して言う:陰柔の質を以て南方に走向すれば、すなわち光明に依附し上がる。孔頴達の疏に言う:ただ大徳の人を見に行くのみならず、なお應當に光明陽盛の地に前往すべし。もし陰柔を以て陰暗に投奔せば、ただいよいよその昏暗を增すのみ。南方は光明陽盛の方位なれば、「南征吉」と言う。經文の《彖傳》に言う:陰柔は時機に順應して上昇す。王弼の注が解釋して言う:陰柔はその時機に順って、こそ上昇し得。孔頴達がさらに伸べて言う:「升」の意思は低處より高處に升到するを言うゆえ、六五が尊位に居るのこの點に就きて、卦名「升」の含義を釋す。六五は陰柔匱弱の質を以て、起りて尊貴の位に升居す、もしその時を得ざれば、すなわち升り上る能わずゆえ、「柔以時升」と言う。
巽而順,剛中而應,是以大亨。純柔則不能自升,剛亢則物不從。既以時升,又“巽而順,剛中而應”,以此而升,故得“大亨”。[疏]正義曰:此就二體及九二之爻,釋“元亨”之德也。“純柔則不能自升,剛亢則物所不從”。卦體既巽且順,爻又剛中而應於五,有此眾德,故得“元亨”。“用見大人,勿恤”,有慶也。“南征吉”,志行也。巽順以升,至於大明,“志行”之謂也。[疏]正義曰:“用見大人,勿恤有慶”者,以大通之德,“用見大人”,不憂否塞,必致慶善,故曰“有慶也”。“南征吉,志行”者,之於闇昧,則非其本志。今以柔順而升大明,其志得行也。
經文の《彖傳》に言う:謙遜にして柔順、陽剛は中に居りて上に相應有り、ゆえに大いに亨通す。王弼の注が解釋して言う:純に陰柔を用いればすなわち自己上昇する能わず、剛強亢直なればまた人をして順從せしめる能わず。既に時に順いて升り、また能く「巽而順、剛中而應」すれば、これらの條件を憑じて上昇すゆえ、「大亨」を得るを得たり。孔頴達がさらに伸べて言う:これは上下兩個の卦體と九二のこの一爻に就きて、「元亨」の徳を釋す。正に王弼の言う所のごとく、純是柔弱なれば便ち自升する法なく、一味に剛亢なれば則ち衆人は肯んじて順從せず。而も《升》卦の卦體は既に謙遜にしてまた柔順、九二の一爻はまた剛健にして中に居りて上に六五に應ず、かくのごとき許多の徳性を具備すゆえ、「元亨」を得るを得たり。經文の《彖傳》がまた言う:「用見大人、勿恤」とは、福慶有らんとす。「南征吉」は、心志が施行を得るなり。王弼の注が解釋して言う:謙遜柔順を以て上昇し、直に大いに光明を放つの地に升り至る、これを「志行」と叫ぶ。孔頴達の疏に言う:「用見大人、勿恤有慶」とは、大通の徳を憑じて去りて大人を見れば、閉塞不通を憂慮するを須みず、必ず吉慶善果を招來せんゆえ、「有慶也」と言う。「南征吉、志行」とは、もし昏暗に走向せば、すなわちそれの本來の心志に非ず。今柔順の質を以て光明に升向すれば、それの志向はすなわち施行を得るを得たり。
《象》曰:地中生木,升。君子以順德,積小以高大。[疏]正義曰:“地中生木,升”者,“地中生木”,始於細微,以至高大,故為升象也。“君子以順德,積小以高大”者,地中生木,始於毫末,終至合抱。君子象之,以順行其德,積其小善,以成大名,故《繫辭》云:“善不積不足以成名”,是也。
經文の《大象傳》に言う:地中に樹木を生長す、これは《升》卦の象。君子はこれにより領悟して徳性に順循し、細小を積累して以て高大を成就せんことを要す。孔頴達がさらに伸べて言う:「地中生木、升」とは、地の裏に樹木を長出し、細微の處より開始して、直に高大に長じ至るゆえ、「升」の象と爲す。「君子以順德、積小以高大」とは、地中に木を生ずるは毫末に起りて、終に合抱の材と長成す。君子はこの象を取法して、本性に順って徳行を施行し、點滴の善擧を積累して、從って大名を成就すゆえ、《繫辭傳》に「善は積まざれば以て名を成すに足らず」と言うは、講ずる所は正にこの道理なり。
初六:允升,大吉。允,當也。巽卦三爻,皆升者也。雖無其應,處《升》之初,與九二、九三合志俱升。當升之時,升必大得,是以“大吉”也。[疏]正義曰:允,當也。巽卦三爻,皆應升上,而二、三有應於五、六,升之不疑。惟初無應於上,恐不得升。當二、三升時,與之俱升,必大得矣,故曰“允升,大吉”也。《象》曰:“允升大吉”,上合志也。[疏]正義曰:上謂二、三也,與之合志俱升,乃得“大吉”也。
經文の初六の爻辭に言う:順當に上昇す、大いに吉祥。王弼の注が解釋して言う:「允」は恰當・相合の意思。下卦「巽」の三個の爻は皆上昇せんと欲するなり。初六は相應の爻なきと雖も、然れど《升》卦の開頭に處り、九二・九三と心志相合して一同に上昇す。正に上昇の時に當たり、升り上れば必ず大なる收穫有りゆえ、「大吉」。孔頴達がさらに伸べて言う:「允」は恰當。巽卦の三爻は皆當に上昇すべく、その中の九二・九三は分別に六五・上六と應有り、上昇し起來は毫も遲疑せず。唯獨初六は上に應爻なく、升り上る能わざらんことを恐る。九二・九三の上昇するの時に等到し、それは兩爻と一同に上昇し、必ず大いに得る所有らんゆえ、「允升、大吉」と言う。《象傳》に言う:「允升大吉」とは、上面の爻と心志相合するなり。孔頴達の疏に言う:「上」は九二・九三を指す。それらと心志相合して一同に上昇して、こそ「大吉」を得べし。
九二:孚乃利用禴,無咎。與五為應,往必見任。體夫剛德,進不求寵,閒邪存誠,志在大業,故乃利用納約於神明矣。[疏]正義曰:九二與五為應,往升於五,必見信任,故曰“孚”。二體剛德,而履乎中,進不求寵,志在大業,用心如此,乃可薦其省約於神明而無咎也,故曰“孚乃利用禴,無咎”。《象》曰:九二之孚,有喜也。[疏]正義曰:“有喜也”者,上升則為君所任,薦約則為神所享。斯之為喜,不亦宜乎?
經文の九二の爻辭に言う:誠信を心懐けば、すなわち薄祭の「禴」を用いて祭祀するに宜しく、過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:九二は六五と相應し、前往すれば必ず信任を被る。それは剛健の品德を具備し、上進して寵幸を謀求せず、邪念を防閑して誠意を存養し、志向は大事業に在るゆえ、簡約の祭品を以て神明に獻納するに適宜なり。孔頴達がさらに伸べて言う:九二は六五と正應と爲り、前往して上昇して六五のあそこに到れば、必ず信任を獲得せんゆえ、「孚」と言う。九二は體質は剛健にして中道に行い、上進して寵幸を求めず、志は大業に在る。このごとき用心なれば、こそ儉省の祭品を以て神明に進獻して過錯有ることなしとし得べしゆえ、「孚乃利用禴、無咎」と言う。《象傳》に言う:九二の誠信は、喜慶を帶來せん。孔頴達の疏に言う:「有喜也」とは、上昇すればすなわち君主に任用せられ、薄祭を獻上すればすなわち神明に歆享せられん。このごとき事を把って喜と稱するは、また應當ならずや。
九三:升虛邑。履得其位,以陽升陰,以斯而舉,莫之違距,故若“升虛邑”也。[疏]正義曰:九三履得其位,升於上六,上六體是陰柔,不距於己,若升空虛之邑也。《象》曰:“升虛邑”,無所疑也。往必得邑。[疏]正義曰:“無所疑”者,往必得邑,何所疑乎?
經文の九三の爻辭に言う:一座の空城に入るがごとく上昇す。王弼の注が解釋して言う:九三の居る位次は正を得て、陽爻を以て上昇して陰爻の位に到る。かくのごとく行動せば、違逆阻攔する者なしゆえ、「升虛邑」のごとし。孔頴達がさらに伸べて言う:九三は位に居りて正を得、上昇して上六のあそこに到る。上六は體質は陰柔にして、自己を抗拒せざらん、あたかも一座の空虛無人の城邑に升入るがごとし。《象傳》に言う:「升虛邑」とは、疑慮すべき所なきなり。王弼の注が解釋して言う:前往すれば必ず能くあの座の城邑を取得せん。孔頴達の疏に言う:「無所疑」とは、前往すれば必ず能く邑を得、なんの疑慮すべき有らんや。
六四:王用亨于岐山,吉,無咎。處升之際,下升而進,可納而不可距也。距下之進,攘來自專,則殃咎至焉。若能不距而納,順物之情,以通庶志,則得“吉”而“無咎”矣。岐山之會,順事之情,無不納也。[疏]正義曰:“王用亨于岐山”者,六四處升之際,下體二爻,皆來上升,可納而不可距,事同文王岐山之會,故曰“王用亨于岐山也”。“吉無咎”者,若能納而不距,順物之情,則得吉而無咎,故曰“吉無咎也”。《象》曰:“王用亨于岐山”,順事也。[疏]正義曰:“順事”者,順物之情,而立功立事,故曰“順事”也。
經文の六四の爻辭に言う:君王は岐山に於て祭享を擧行す、吉祥、過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:六四は上昇の際に處り、下面の爻は正に一路升進し、それらに對してはただ接納して阻拒すべからず。もし下面の進取を阻擋し、來者を排斥して獨斷專行せば、災殃過咎はすなわち到來せん。もし能く阻拒せずして之を接納し、衆人の情實に順應して、從って衆人の心志を貫通せば、能く「吉」を得て「過錯有ることなし」し得べし。當年の岐山の會は、正に事情の實に順應して納れざるなきの典範なり。孔頴達がさらに伸べて言う:「王用亨于岐山」とは、六四が上昇の際に處り、下卦の兩個の陽爻が皆上り來て升進し、ただ接納して阻拒すべからざるを言う、情形は周文王が岐山に於て諸侯を會合したの事と相同ずゆえ、「王用亨于岐山」と言う。「吉無咎」とは、もし能く接納して阻拒せず、衆人の情實に順應せば、能く吉を得て過錯有ることなしとし得べしゆえ、「吉無咎」と言う。《象傳》に言う:「王用亨于岐山」とは、事理に順應すればなり。孔頴達の疏に言う:「順事」とは、衆人の情實に順應して功業を建立するを言うゆえ、「順事」と言う。
六五:貞吉,升階。升得尊位,體柔而應,納而不距,任而不專,故得“貞吉,升階”而尊也。[疏]正義曰:“貞吉,升階”者,六五以柔居尊位,納於九二,不自專權,故得“貞吉,升階”。保是尊貴而踐阼矣,故曰“貞吉,升階”也。《象》曰:“貞吉,升階”,大得志也。[疏]正義曰:“大得志”者,居中而得其“貞吉”,處尊而保其“升階”,志大得矣,故曰“大得志”也。
經文の六五の爻辭に言う:正を守れば則ち吉、階梯に登るがごとく歩歩に上昇す。王弼の注が解釋して言う:六五は尊位に升り到り、體質は柔順にして九二と相應し、賢者を接納して阻拒を加えず、賢者を委任して大權を獨攬せずゆえ、能く「貞吉、升階」して尊位に居るを得たり。孔頴達がさらに伸べて言う:「貞吉、升階」とは、六五が陰柔の質を以て尊位に居り、九二を接納して自ら權柄を專らにせず、ゆえに能く「貞吉、升階」を得、尊貴の位を保有して君位に登臨す、これによって「貞吉、升階」と言う。《象傳》に言う:「貞吉、升階」とは、大いに心志を實現するなり。孔頴達の疏に言う:「大得志」とは、中に居りて「貞吉」を得、尊に處りて「升階」を保住し、心志は大いに願を遂ぐゆえ、「大得志」と言う。
上六:冥升,利于不息之貞。處貞之極,進而不息者也。進而不息,故雖冥猶升也。故施於不息之正則可,用於為物之主則喪矣。終於不息,消之道也。[疏]正義曰:“冥升”者,冥猶暗也。處升之上,進而不已,則是雖冥猶升也,故曰“冥升”。“利于不息之貞”者,若宴升在上,陵物為主,則喪亡斯及;若潔已脩身,施於為政,則以不息為美,故曰“利于不息之貞”。《象》曰:“冥升”在上,消不富也。勞不可久也。[疏]正義曰:“消不富”者,雖為政不息,交免危咎,然勞不可久,終致消衰,故曰“消不富”也。
經文の上六の爻辭に言う:昏暗の中に於てなお上昇し、自強不息の正を守るの事に用いるに宜し。王弼の注が解釋して言う:上六は《升》卦の正を守るの極點に處り、是れ一味に前進して停歇せざるの一爻なり。前進して止まざれば、ゆえに雖も身は昏暗に處るともなお上に向かって攀升す。これによってこの股の勁頭を自強不息の正道に用いるは可なり、もし用いて萬物を統御するの主宰と爲さば、すなわち敗亡せん。一味に息まず到底するは、正に消損の道に走向するなり。孔頴達がさらに伸べて言う:「冥升」とは、「冥」はあたかも昏暗を言うがごとし。上六は《升》卦の最上端に處り、前進して已まず、すなわち雖も昏暗に處るともなお上昇するなりゆえ、「冥升」と言う。「利于不息之貞」とは、もし高位に安居して衆人を凌駕し自ら主と居れば、喪亡はすなわち隨いて來らん。もし身を潔くし己を修めて、この份の不息の心を爲政の上に用いれば、則ち停歇せざるはすなわち美徳と成るゆえ、「利于不息之貞」と言う。《象傳》に言う:「冥升」して上位に居るは、消損の中に在りて富盛する能わざるなり。王弼の注が解釋して言う:勞苦は長久し得べきに非ざるなり。孔頴達の疏に言う:「消不富」とは、爲政して息まず暫時は危咎を免るると雖も、然れど勞苦は長久する能わず、終竟は消損衰敗を招致せんゆえ、「消不富」と言う。
困卦
坎下兌上。困:亨。困必通也。處窮而不能自通者,小人也。[疏]正義曰:“困”者,窮厄委頓之名,道窮力竭,不能自濟,故名為“困”。亨者,卦德也。小人遭困,則“窮斯濫矣”。君子遇之,則不改其操。君子處困而不失,其自通之道,故曰“困,亨”也。
《困》卦の下卦は「坎」、上卦は「兌」。經文の卦辭に言う:困は、亨通。王弼の注が解釋して言う:困は極處に到れば必ず能く通達す。身は窮困に處りて自ら通達を求める能わざるは、あれは小人なり。孔頴達がさらに伸べて言う:「困」は窮厄困頓の名稱にして、道路は窮盡し氣力は枯竭し、自ら救う能わずゆえ、「困」と叫作す。「亨」はこの一卦の徳性なり。小人は困厄に遭遇すれば、すなわち《論語》の言う所の「窮すれば則ち濫る」のごとく、一たび窮すればすなわち胡來す。君子は困厄に遇到しても、却って自己の操守を改變せず。君子は身は困厄に處りて自ら通達を求むるの道を失掉せずゆえ、「困、亨」と言う。
貞,大人吉,無咎。處困而得“無咎”,吉乃免也。[疏]正義曰:處困而能自通,必是履正體大之人,能濟於困,然後得吉而“無咎”,故曰:“貞,大人吉,無咎”也。有言不信。[疏]正義曰:處困求濟,在於正身脩德。若巧言能辭,人所不信,則其道彌窮,故誡之以“有言不信”也。
經文の卦辭に言う:正を守り、大徳の人は吉祥、過錯有ることなからん。王弼の注が解釋して言う:身は困厄に處りて「過錯有ることなし」を做到し得るは、吉祥を憑じてこそ幸免を得たり。孔頴達の疏に言う:困厄の中に處りてなお自ら通達を求め得るは、必ず行事は正を守り器局は宏大の人なり。能く困厄を渡過して、然る後にこそ吉を得て「過錯有ることなし」し得べしゆえ、「貞、大人吉、無咎」と言う。經文の卦辭がまた言う:話有りて説き出すも人の信ずるなし。孔頴達の疏に言う:身は困厄に處りて解脱を求むるは、關鍵は自身を端正し徳行を修養するに在り。倘若もただ花言巧語して能く説き能く道ぶるのみならば、別人はかえって信ぜず、あの條の路はいよいよ走りて狹まるゆえ、「有言不信」を用いて告誡と爲す。
《彖》曰:困,剛揜也。剛則揜於柔也。[疏]正義曰:此就二體以釋卦名,兌陰卦為柔,坎陽卦為剛,坎在兌下,是“剛見揜於柔也”。剛應升進,今被柔揜,施之於人,其猶君子為小人所蔽以為困窮矣。險以說,困而不失其所亨。處險而不改其說,“困而不失其所亨”也。[疏]正義曰:此又就二體名訓以釋亨德也。坎險而兌說,所以困而能亨者,良由君子遇困,安其所遇,雖居險困之世,不失暢說之心,故曰“險以說,困而不失其所亨”也。
經文の《彖傳》に言う:「困」とは、陽剛が遮蔽せられるなり。王弼の注が解釋して言う:陽剛は陰柔に遮掩せられたり。孔頴達の疏に言う:これは上下兩個の卦體に就きて卦名を釋す――「兌」は陰卦にして柔に屬し、「坎」は陽卦にして剛に屬す。坎は兌の下に在り、正に「陽剛が陰柔に遮蔽せられ」るなり。陽剛は本應に上昇前進すべし、今陰柔に遮掩せられ。人事に用いれば、あたかも君子が小人に蒙蔽せられて困窮に陷入するがごとし。經文の《彖傳》がまた言う:險境に處りてなお能く和悅し、困厄の中に其所の亨通を失わず。王弼の注が解釋して言う:身は險境に處りて和悅の心を改變せざるは、これすなわち「困而不失其所亨」。孔頴達の疏に言う:これはまた兩個の卦體の名義訓釋に就きて「亨」のこの徳性を釋す。「坎」は險と爲り「兌」は悅と爲り、困厄の中に能くなお亨通する所以は、正に君子が困厄に遇いて能くその遇う所に安んじ、雖も身は險難困頓の世に處るとも、暢達和悅の心境を失掉せざるに因るゆえ、「險以說、困而不失其所亨」と言う。
其唯君子乎?貞,大人吉,以剛中也。處困而用剛,不失其中,履正而能體大者也。能正而不能大博,未能說困者也,故曰“貞,大人吉”也。[疏]正義曰:“其唯君子乎”者,結嘆處困能通,非小人之事,唯君子能然也。“貞,大人吉,以剛中”者,此就二五之爻,釋“貞,大人”之義。剛則正直,所以為貞,中而不偏,所以能大。若正而不大,未能濟困,處困能濟,濟乃得吉而無咎也,故曰“貞,大人吉,以剛中”也。
經文の《彖傳》に言う:能くこの一點を做到するは、ほぼ君子のみ有らんか。「貞、大人吉」は、陽剛が中に居ればなり。王弼の注が解釋して言う:身は困厄に處りて剛徳を運用し、また中道を失わざるは、これすなわち行事は正を守りて器局は宏大の人なり。ただ正を守る能くして博大する能わざるは、なお困厄の中より解脱するに足らずゆえ、「貞、大人吉」と言う。孔頴達がさらに伸べて言う:「其唯君子乎」とは、總結して讚嘆す。困に處りて能く通達するは、小人の做し得べき事に非ず、唯獨君子のみ能くかくのごとし。「貞、大人吉、以剛中」とは、これは九二・九五の兩爻に就きて「貞、大人」の含義を釋す。剛強なればすなわち正直なりゆえ、「貞」と稱す。中に居りて偏頗ならざれば、ゆえに能く博大す。倘若もただ正を守りて博大せざれば、すなわち困厄を渡過する能わず。困に處りて能く自濟し、能く自濟してこそ吉を得て過錯有ることなしゆえ、「貞、大人吉、以剛中」と言う。
有言不信,尚口乃窮也。處困而言,不見信之時也。非行言之時,而欲用言以免,必窮宅也。其吉在於“貞、大人”,口何為乎?[疏]正義曰:處困求通,在於修德,非用言以免困。徒尚口說,更致困窮,故曰“尚口乃窮”也。《象》曰:澤無水,困。君子以致命遂志。澤無水,則水在澤下,水在澤下,困之象也。處困而屈其志者,小人也。“君子固窮”,道可忘乎?[疏]正義曰:“澤無水,困”者,謂水在澤下,則澤上枯槁,萬物皆困,故曰“澤無水困”也。“君子以致命遂志”者,君子之人,守道而死,雖遭困厄之世,期於致命喪身,必當遂其高志,不屈撓而移改也,故曰“致命遂志”也。
經文の《彖傳》に言う:「有言不信」とは、一味に口舌を逞しゅうすればすなわち窮途に走り至るを以てす。王弼の注が解釋して言う:身は困厄に處りて發言するは、正に人に信ぜられざるの時なり。言辭を以て事を行うべきの時に非ずして、却って説話を靠って身を脱さんと欲せば、必ず窮途に困守せん。それの吉祥は「貞」と「大人」の上に落つ、口舌を逞しゅうしてまた何の用有らん。孔頴達の疏に言う:困に處りて通達を求むるは、徳行を修養するに在りて、説話を靠って困境を擺脱するに非ず。ただ口舌の辯を崇尚するを知るのみなれば、かえっていよいよ深き困窮を招來すゆえ、「尚口乃窮」と言う。經文の《大象傳》に言う:澤の中に水なく、これは《困》卦の象。君子はこれにより領悟して性命を舍棄することを惜しまずして自己の志向を實現せんことを要す。王弼の注が解釋して言う:澤の中に水なきは、水が澤の下面に漏り至ったに因る。水は澤の下に在り、正に困厄の象なり。困厄に處りてすなわち自己の志向を屈折するは、あれは小人なり。孔子は「君子は窮に固し」と言い、君子は窮困の中に於てなお能く堅守す、道は豈に忘掉し得べきものならんや。孔頴達の疏に言う:「澤無水、困」とは、水が澤の底の下に滲り至り、澤の上は便ち干枯して、萬物は皆困厄に陷入するを講ずゆえ、「澤無水困」と言う。「君子以致命遂志」とは、君子は道義を守りて死に至るまで、雖も困厄の世に遭逢するも、たとえ生命を付出せんことを預期するとも、必ず自己の高遠の志向を實現して、屈服せず改變せずゆえ、「致命遂志」と言う。
初六:臀困于株木,入于幽谷,三歲不覿。最處底下,沈滯卑困,居無所安,故曰“臀困于株木”也。欲之其應,二隔其路,居則困于株木,進不獲拯,必隱遯者也,故曰:“入于幽谷”也。困之為道,不過數歲者也。以困而藏,困解乃出,故曰“三歲不覿”也。[疏]“初六臀困于株”至“三歲不覿”。○正義曰:“臀困于株木”者,初六處困之時,以陰爻最居窮下,沈滯卑困,居不獲安,若臀之困于株木,故曰“臀困于株木”也。“入于幽谷”者,有應在四,而二隔之,居則困株,進不獲拯,勢必隱遯者也,故曰“入于幽谷也”。“三歲不覿”者,困之為道,不過數歲,困窮乃出,故曰“三歲不覿”也。《象》曰:“入于幽谷”,幽不明也。言幽者,不明之辭也。入於不明,以自藏也。[疏]正義曰:“幽不明”者,《象》辭惟釋幽字,言幽者,正是不明之辭,所以入不明,以自藏而避困也。釋株者,初不謂之株也。
經文の初六の爻辭に言う:臀部は枯樹の切株に困せられ、退き入りて幽深の山谷に、三年にして人を見ず。王弼の注が解釋して言う:初六は全卦の最下端に處り、沈滯卑微にして困頓し、居處は安寧を得ずゆえ、「臀困于株木」と言う。それは去りて自己の應爻の九四に投奔せんと欲するも、九二は却って去路を隔斷し、原地に留まればすなわち樹株に困せられ、前進すればまた救援を得ず、勢いは必ず隱遁躲藏するのみなれば、「入于幽谷」と言う。困厄のこの回事は、不過數年を持續するのみ。困厄に因りて隱藏し、困厄が解除してこそ出來すゆえ、「三歲不覿」と言う。孔頴達の疏が「初六臀困于株」から「三歲不覿」までのこの段を解釋す:「臀困于株木」とは、初六が困厄の時に處り、陰爻を以て最下の窮困の地に居り、沈滯して卑困し、居處は安ならず、あたかも臀部が樹株の上に困せられたるがごとしゆえ、「臀困于株木」と言う。「入于幽谷」とは、それの應爻は九四に在り、而も九二が中より阻隔す。留まればすなわち樹株に困せられ、前進すればまた救援を得ず、勢いは必ず隱遁すゆえ、「入于幽谷」と言う。「三歲不覿」とは、困厄の道は不過數年、困窮は頭に到ればすなわち出來すゆえ、「三歲不覿」と言う。《象傳》に言う:「入于幽谷」、「幽」はすなわち不明なり。王弼の注が解釋して言う:「幽」と言うは、不明を表示するの措辭なり。不明の處に進入するは、自己を隱藏せんがためなり。孔頴達の疏に言う:「幽不明」とは、《象傳》はただ「幽」の字を解釋したるのみ。「幽」と言うは正に不明の措辭なれば、不明の處に進入して、以て自己を隱藏して困厄を躲避せんとす。何を以て「株」の字を解釋せざるやは、《象傳》が起初に「株」に提到せざればなり。
九二:困于酒食,朱紱方來,利用享祀。征凶,無咎。以陽居陰,尚謙者也。居困之時,處得其中。體夫剛質,而用中履謙,應不在一,心無所私,盛莫先焉。夫謙以待物,物之所歸;剛以處險,難之所濟。履中則不失其宜,無應則心無私恃,以斯處困,物莫不至,不勝豐衍,故曰“困于酒食”,美之至矣。坎,北方之卦也。朱紱,南方之物也。處困以斯,能招異方者也,故曰“朱紱方來”也。豐衍盈盛,故“利用享祀”。盈而又進,傾之道也。以此而征,凶誰咎乎?故曰“征凶無咎”。
經文の九二の爻辭に言う:酒食の過盛に困せられ、朱紅色の蔽膝は正に遠方より送り來る、祭祀を擧行するに宜し。此の時出征すれば則ち凶、然れど別人を怪すべからず。王弼の注が解釋して言う:九二は陽爻を以て陰位に居り、是れ謙遜を崇尚するの一爻なり。それは困厄の世に處りて中位に居得、體質は剛強にして却って中道を行い謙遜を守り、應ずる所はある一爻に限らず、心中に偏私なく、その盛美は人の先んずる能くするなし。謙遜にして人を待てば、衆人はすなわち歸附す。剛強にして險境に處れば、患難はすなわち渡過し得べし。中に居ればすなわちその分寸を失わず、固定の應爻なければすなわち心中に私自倚仗するなく。このごとき態度を以て困に處れば、衆人に來り歸らざるなく、豐足富饒して承受し下げ得ざるに至るゆえ、「困于酒食」と言う、これは實は美の極點なり。「坎」は北方の卦、「朱紱」は南方の物。困に處りて能くかくのごとくするは、能く異方の人を招來し得べきなりゆえ、「朱紱方來」と言う。物產は豐饒充盈すゆえ、「利用享祀」。已に盈滿してなお再び進まんと欲するは、あれは傾覆の道なり。かくのごとく出征せば、凶險を招來してまた誰を怪さんやゆえ、「征凶無咎」と言う。
[疏]“九二困于酒食”至“無咎”。○正義曰:“困于酒食”者,九二體剛居陰,處中無應。體剛則健,能濟險也。居陰則謙,物所歸也。處中則不失其宜,無應則心無私黨。處困以斯,物莫不至,不勝豐衍,故曰“困于酒食”也。“朱紱方來,利用享祀”者,紱,祭服也。坎,北方之卦也。紱,南方之物。處困用謙,能招異方者也。故曰“朱紱方來”也。舉異方者,明物無不至,酒食豐盈,異方歸向,祭則受福,故曰“利用享祀”。“征凶無咎”者,盈而又進,傾敗之道,以征必凶,故曰“征凶”。自進致凶,無所怨咎,故曰“無咎”也。《象》曰:“困于酒食”,中有慶也。[疏]正義曰:“中有慶”者,言二以中德被物,物之所賴,故曰“有慶”也。
孔頴達の疏が「九二困于酒食」から「無咎」までのこの段を解釋す:「困于酒食」とは、九二が體質は剛強にして陰位に居り、中位に處りてまた固定の應爻なきを言う。體剛なればすなわち強健にして、能く險難を渡過し得べし。陰に居ればすなわち謙遜にして、衆人の歸附する所と爲る。中に處ればすなわち分寸を失わず。應なければ則ち心中に私黨なし。このごとき條件を以て困に處れば、衆人に來り歸らざるなく、豐足して承受し下げ得ざるに至るゆえ、「困于酒食」と言う。「朱紱方來、利用享祀」とは、「紱」は祭祀の穿する所の禮服。「坎」は北方の卦にして、而も「紱」は南方の物。困に處りて能く謙を用いれば、すなわち能く異方の人を招來し得べしゆえ、「朱紱方來」と言う。特に異方を擧出するは、萬物の來り歸らざるなきを表明す。酒食は豐盈し、遠方の人は歸向し、祭祀はすなわち福を受け得べしゆえ、「利用享祀」と言う。「征凶無咎」とは、已に盈滿してなお再び進まんと欲するは、正に傾覆敗亡の道にして、これを憑じて去りて出征せば必ず凶を招くゆえ、「征凶」と言う。凶險は自己の前進の招來する所にして、別人を怨むるを得ずゆえ、「無咎」と言う。《象傳》に言う:「困于酒食」とは、中に居るの徳が吉慶を帶來するなり。孔頴達の疏に言う:「中有慶」とは、九二が中正の徳を以て衆人に惠及し、衆人の依靠と成るを講ずゆえ、「有慶」と言う。
六三:困于石,據于蒺藜,入于其宮,不見其妻,凶。石之為物,堅而不納者也,謂四也。三以陰居陽,志武者也。四自納初,不受已者。二非所據,剛非所乘。上比困石,下據蒺藜,無應而入,焉得配偶?在困處斯,凶其宜也。[疏]“六三困于石”至“不見其妻凶”。○正義曰:“困于石,據于蒺藜”者,石之為物,堅剛而不可入也。蒺藜之草,有剌而不可踐也。六三以陰居陽,志懷剛武,己又無應,欲上附於四,四自納於初,不受己者也,故曰“困于石”也。下欲比二,二又剛陽,非己所據,故曰“據于蒺藜”也。“入于其宮,不見其妻凶”者,無應而入,難得配偶,譬於入宮,不見其妻,處困以斯,凶其宜也,故曰“入于其宮,不見其妻,凶”也。《象》曰:“據于蒺藜”,乘剛也。“入于其宮,不見其妻”,不祥也。[疏]正義曰:“乘剛”者,明二為蒺藜也。“不祥也”者,祥,善也、吉也。不吉,必有凶也。
經文の六三の爻辭に言う:石頭に困せられ、また蒺藜の上に踏み、自家の屋裏に囘るも、却って妻子を見ず、凶險。王弼の注が解釋して言う:石頭のこの物は堅硬にして人をして進入せしめず、九四を指す。六三は陰爻を以て陽位に居り、是れ心志が強を逞しゅうして武を好むの一爻なり。九四は自ら去りて初六を接納し、並びに六三を接受せず、九二もまたそれの據有し得べき所に非ず、陽剛もまたそれの乘凌し得べき所に非ず。上に向かって親比せばすなわち頑石に困せられ、下に向かって據守せばまた蒺藜の上に踏み、應爻なくして却って強いて屋に入れば、何れの處に配偶を找求せんや。困厄の世に處りてこのごとき地步に落着すれば、凶に遭うは應當なり。孔頴達の疏が「六三困于石」から「不見其妻凶」までのこの段を解釋す:「困于石、據于蒺藜」とは、石頭は堅硬剛強にして進入する法なく、蒺藜のこの種の草は刺を長じて踩踏する能わざるなり。六三は陰爻を以て陽位に居り、心に剛強して武を好むを懷き、自己にまた應爻なく、上に向かって九四に依附せんと欲するも、而も九四は自ら去りて初六を接納し、並びにそれを接受せずゆえ、「困于石」と言う。下に向かって九二に親比せんと欲するも、九二はまた陽剛にして、それの據有し得べき所に非ずゆえ、「據于蒺藜」と言う。「入于其宮、不見其妻凶」とは、應爻なくして強いて進入するは、配偶を求得し難く、譬へば自家の屋子に走り入りて却って妻子を見ざるがごとし。困に處りてかくのごとくに落着するは、凶に遭うは應當なりゆえ、「入于其宮、不見其妻、凶」と言う。《象傳》に言う:「據于蒺藜」とは、陽剛の上に乘凌すればなり。「入于其宮、不見其妻」とは、不吉利なり。孔頴達の疏に言う:「乘剛」とは、九二がすなわちあの叢の蒺藜なるを表明す。「不祥也」とは、「祥」は善・是れ吉にして、不吉なればすなわち必ず凶有り。
九四:來徐徐,困于金車。吝,有終。“金車”,謂二也。二剛以載者也,故謂之金車。“徐徐”者,疑懼之辭也。志在於初而隔於二,履不當位,威令不行。棄之則不能,欲往則畏二,故曰“來徐徐,困于金車”也。有應而不能濟之,故曰“吝”也。然以陽居陰,履謙之道,量力而處,不與二爭,雖不當位,物終與之,故曰“有終”也。[疏]“九四來徐徐”至“有終”。○正義曰:何氏云:“九二以剛德勝,故曰‘金車’也。”“徐徐”者,疑懼之辭。九四有應於初而礙於九二,故曰“困于金車”。欲棄之,惜其配偶疑懼,而行不敢疾速,故“來徐徐”也。有應而不敢往,可恥可恨,故曰“吝”也。以陽居陰,不失謙道,為物之所與,故曰“有終”也。
經文の九四の爻辭に言う:來ること遲遲疑疑として、一輛の金車に困せられ。遺憾有るも、終に好結果有らん。王弼の注が解釋して言う:「金車」は九二を指す。九二は剛強にして能く承載すゆえ、それを「金車」と稱す。「徐徐」は遲疑畏懼の措辭なり。九四の心志は初六の身上に係りて、却って九二に阻隔せられ。それの居る位次は當たらず、威令は推行し開く能わず。初六を放棄せんと欲すればまた做到する能わず、前往せんと欲すればまた九二を畏懼すゆえ、「來徐徐、困于金車」と言う。應爻有りて去りてそれを成全する能わざれば、「吝」と言う。然れどそれは陽爻を以て陰位に居り、謙遜の道を奉行し、力を量りて處り、九二と爭鋒せず。雖も位次は當たらずとも、衆人は終竟それに親附すゆえ、「有終」と言う。孔頴達の疏が「九四來徐徐」から「有終」までのこの段を解釋す:何氏が言う「九二は剛健の徳を憑じて勝を取るゆえ、『金車』と稱作す」。「徐徐」は遲疑畏懼の措辭。九四は初六と應有りて、却って九二に阻礙せられゆえ、「困于金車」と言う。初六を放棄せんと欲すれば、またこの個の配偶に舍て得ず、因って心に疑懼を存し、行動は快速を敢えてせずゆえ、「來徐徐」。應爻有りて前往するを敢えてせざるは、既に可恥にしてまた可恨なりゆえ、「吝」と言う。それは陽爻を以て陰位に居り、謙遜の道を失わず、衆人の親附する所と爲るゆえ、「有終」と言う。
《象》曰:“來徐徐”,志在下也。下謂初也。雖不當位,有與也。[疏]正義曰“有與”者,位雖不當,執謙之故,物所與也。
經文の《小象傳》に言う:「來徐徐」とは、心志が下方に係ればなり。王弼の注が解釋して言う:ここの「下」が指す所は初六なり。經文が續けて言う:雖も居る所の位は當たらずとも、なお相助する人有り。孔頴達の疏が解說す:「有與」とは、九四が陽爻を以て陰位に居るを言う、本來位は當たらず、然れど正にそれが謙退の道を守りて九二と相爭わざるに因りて、衆物はかえって歸附して相助することを願うなり。
九五:劓刖,困于赤紱,乃徐有說,利用祭祀。以陽居陽,任其壯者也。不能以謙致物,物則不附。忿物不附而用其壯猛,行其威刑,異方愈乖,遐邇愈叛。刑之慾以得,乃益所以失也,故曰“劓刖,困于赤紱”也。二以謙得之,五以剛失之,體在中直,能不遂迷困而徐能用其道者也。致物之功,不在於暴,故曰“徐”也。困而後乃徐,徐則有說矣,故曰“困于赤紱,乃徐有說”也。祭祀,所以受福也。履夫尊位,困而能改,不遂其迷,以斯祭祀,必得福焉,故曰“利用祭祀”也。
經文の九五の爻辭に言う:劓・刖の刑を施用し、紅色の蔽膝に困せられ。慢慢として來てこそ喜悅有らん、祭祀を擧行するに宜し。王弼の注が解釋して言う:九五は陽爻を以て陽位に居り、是れ一味にその強壯を逞しゅうするの一爻なり。それは能く謙遜を用いて衆人を招來する能わざれば、衆人は便ち歸附せず、衆人の附せざるに惱恨していよいよその強猛を逞しゅうし、威刑を施行すれば、結果は遠方の人はいよいよ離心し、遠近は皆いよいよ叛離す。本は刑罰を用いて歸附を求得せんと欲するも、かえっていよいよ失去を造成すゆえ、「劓刖、困于赤紱」と言う。九二は謙遜を靠って衆人を得、九五は剛猛に因りて衆人を失う。然れどそれは本體は中に居りて直を守り、能く一味に困境に執迷せずして、慢慢と改めて正道を用いるを得たり。衆人を招致するの功效は暴烈に在らずゆえ、「徐」と言う。困厄の後に轉じて舒緩と爲り、舒緩なればすなわち喜悅有りゆえ、「困于赤紱、乃徐有說」と言う。祭祀は以て福祐を承受するに用いるなり。身は尊位に居り、困厄の中に能く悔改し、一味に執迷して悟らざらず、このごとき心を用いて祭祀せば、必ず福祐を獲得せんゆえ、「利用祭祀」と言う。
[疏]“九五”至“利用祭祀”。○正義曰:九五以陽居陽,用其剛壯,物不歸已。見物不歸,而用威刑,行其“劓刖”之事。既行其威刑,則“異方愈乖,遐邇愈叛”。兌為西方之卦,赤紱南方之物,故曰“劓刖,困于赤紱”也。此卦九二為以陽居陰,用其謙退,能招異方之物也。此言九五剛猛,不能感異方之物也。若但用其中正之德,招致於物,不在速暴而徐徐,則物歸之而有說矣,故曰“乃徐有說”也。居得尊位,困而能反,不執其迷,用其祭祀,則受福也。
孔頴達の疏が「九五」から「利用祭祀」までのこの段を解釋す:九五は陽爻を以て陽位に居り、一味に剛強を使用し、衆人は肯んじて自己に歸附せず。衆人の歸附せざるを見て、便ち威刑を動用し、「劓刖」のこの類の刑罰を施行す。既に威刑を施行せば、すなわち王弼の言う所のごとく「遠方の人はいよいよ乖離し、遠近は皆いよいよ叛去す」。「兌」は西方の卦、「赤紱」は南方の物なれば、「劓刖、困于赤紱」と言う。この一卦の九二は陽爻を以て陰位に居り、能く謙退の道を用いて遠方の人を招來す。ここに九五の剛猛を講ずるは、かえって遠方の人を感召する能わず。倘若もただそれの中正の徳性を用いて去りて衆人を招徠し、急速暴烈を求めずして從容緩行せば、則ち衆人はすなわち歸附して喜悅有らんゆえ、「乃徐有說」と言う。それは身は尊位に居り、困厄の中に能く回頭し、迷誤に固執せず、このごとき心を用いて祭祀を擧行せば、能く福祐を承受し得べし。
《象》曰:“劓刖”,志未得也。“乃徐有說”,以中直也。“利用祭祀”,受福也。[疏]正義曰:“志未得也”者,由物不附己,己德未得,故曰“志未得”也。“乃徐有說,以中直也”者,居中得直,不貪不暴,終得其應,乃寬緩修其道德,則得喜說,故云“乃徐有說,以中直也”。“利用祭祀,受福”者,若能不遂迷志,用其中正,則異方所歸,祭則受福,故曰“利用祭祀,受福”也。
經文の《象傳》に言う:「劓刖」とは、心志が未だ實現せざるなり。「乃徐有說」は、中に居りて正直なればなり。「利用祭祀」は、能く福祐を承受するなり。孔頴達がさらに伸べて言う:「志未得也」とは、衆人が自己に歸附せず、自己の徳行はなお未だ施行する能わざるに由るゆえ、「志未得」と言う。「乃徐有說、以中直也」とは、九五が中に居りて正直を守り、貪求せず暴烈せず、終に應和を贏得したるを言う。從容寬緩に自己の道德を修養すれば、すなわち喜悅を獲得すゆえ、「乃徐有說、以中直也」と言う。「利用祭祀、受福」とは、倘若も能く一味に執迷せず、それの中正の徳性を用いれば、則ち遠方の人は皆來り歸附し、祭祀はすなわち福を受け得べしゆえ、「利用祭祀、受福」と言う。
上六:困于葛藟,于臲卼,曰動悔、有悔,征吉。居困之極,而乘於剛,下無其應,行則愈繞者也。行則纏繞,居不獲安,故曰“困于葛藟于臲卼”也。下句無困,因於上也。處困之極,行無通路,居無所安,困之至也。凡物窮則思變,困則謀通,處至困之地,用謀之時也。“曰”者,思謀之辭也。謀之所行,有隙則獲,言將何以通至困乎?“曰動悔”,令生有悔,以征則濟矣,故曰“動悔有悔,征吉”也。
經文の上六の爻辭に言う:葛藤に纏困せられ、動搖不安の中に處す。心の裏に「一たび動けばすなわち悔いん」と言い、ここに真に悔改の心を生出し、出征すれば則ち吉。王弼の注が解釋して言う:上六は困厄の極點に居り、また陽剛の上に乘凌し、下面に相應の爻なく、一たび動けばすなわち纏まれていよいよ緊し。走動すれば便ち纏繞せられ、安居すればまた安寧を得ずゆえ、「困于葛藟于臲卼」と言う。下の一句は「困」の字を省去せり、是れ上句に承りて言うなり。困厄の頂點に處り、走れば通路なく、居れば安處なく、困は極點に到れり。凡そ物は窮極すればすなわち變を思い、困厄なればすなわち通達を謀求す。身は極困の地に處るは、正に謀略を運用するの時なり。「曰」は思慮謀劃の措辭なり。謀略の施行は、縫隙有りて乘ずべければすなわち成功し得――これは將に何の辦法を以てこの極困の局を打通せんとするを言うなり。「曰動悔」は、自己をして悔改の心を生出せしめ、これを憑じて去りて出征すればすなわち困境を渡過し得べしゆえ、「動悔有悔、征吉」と言う。
[疏]“上六困于葛藟”至“征吉”。○正義曰:葛藟,引蔓纏繞之草,臲卼,動搖不安之辭。上六處困之極,極困者也。而乘於剛,下又無應,行則纏繞,居不得安,故院“困于葛藟于臲卼”也。應亦言“困于臲卼”,“困”因於上,省文也。“凡物窮則思變,困則謀通,處至困之地”,是用謀策之時也。“曰”者,思謀之辭也。謀之所行,有隙則獲,言將何以通至困乎?為之謀曰:必須發動其可悔之事,令其有悔可知,然後處困求通,可以行而獲吉,故曰“動悔,有悔,征吉”。
孔頴達の疏が《困》卦の上六の一爻を解說し、經文の「上六困于葛藟」より一直に「征吉」まで講じ到る。○正義に曰く:「葛藟」は藤蔓を牽引して纏繞して開かざる野草なり。「臲卼」は動搖不定にして安穩を得ざるを形容するの字眼なり。上六は《困》卦の最上位に居り、困厄の頂點に處り、是れ困の極處に到れる人なり。それはまた下面の陽剛の上に凌駕し、下方にも相應の爻なくして呼應し得べきなく、ゆえに前に往きて走ればすなわち藤蔓に纏住せられ、停まり住まればまた安寧を得ず、これによって爻辭は「困于葛藟、于臲卼」と言う。下の一句は本來もまた「困于臲卼」と言うべきに、「困」の字は上文に承接して省略して寫かざりき、これは行文に字を省くの寫法なり。王弼の注が言う「凡そ物は窮すれば則ち變を思い、困すれば則ち通を謀り、至困の地に處る」――事物は盡頭に走り到ればすなわち變通を想着せんと要し、困境に陷入すればすなわち出路を謀求せんと要し、人は困の極點に到れる境地に處るは、正に謀略を動用すべきの時なり。爻辭の裏の「曰」の字は、すなわち思量籌劃する時に口を開くの語氣なり。謀劃は一旦施行せば、ただ一線の縫隙有ればすなわち得手し得べし。則ち問うを要す:何を靠ってこそ極困の中より通り出づるを得んや。上六のために籌劃するの答覆は:必ずそれらの將來悔恨を招致せんの事を先に發動し出して、人をして明明白白に確に悔ゆべき處有るを見せしめ、然る後に身は困境に處りて通達を求めれば、すなわち行動して吉利を獲得し得べし、ゆえに爻辭は「動悔、有悔、征吉」と言う。
《象》曰:“困于葛藟”,未當也。所處未當,故致此困也。[疏]正義曰:“未當也”者,處於困極,而又乘剛,所處不當,故致此困也。“動悔,有悔”,吉行也。[疏]正義曰:“吉行”者,知悔而征,行必獲吉也。
《象傳》に言う:「困于葛藟」とは、上六の處する位置が不恰當なるを以てす。王弼の注が解釋して言う:それの居る地位は本來合宜に合せず、こそこのごとき困厄を招來せり。孔頴達の疏が伸べて言う:「未當也」とは、上六が身は困厄の極點に處り、また陽剛の上に凌駕し、居る所の位は當たらず、これによってこそこの場の困厄を招致せるを言う。《象傳》がまた言う:「動悔、有悔」、これは吉利の行動なり。孔頴達の疏が伸べて言う:「吉行」とは、上六が悔ゆべき處を明白して而後に前行するを言う、かくのごとく行動すれば必ず吉利を獲得せん。
井卦
巽下坎上。井:改邑不改井,井,以不變為德者也。[疏]正義曰:“井”者,物象之名也。古者穿地取水,以瓶引汲,謂之為井。此卦明君子脩德養民,有常不變,終始無改,養物不窮,莫過乎井,故以修德之卦取譬名之“井”焉。“改邑不改井”者,以下明“井”有常德,此明“井”體有常,邑雖遷移而“井體”無改,故云“改邑不改井”也。
《井》卦の卦體は巽は下に在り、坎は上に在り。經文の卦辭に言う:「改邑不改井」――城邑は遷移改換し得べし、水井は却って改換に跟隨せず。王弼の注が解釋して言う:井は「不變」を把って自己の徳性と爲すの物なり。孔頴達の疏が伸べて言う:「井」は原本は一件の實物の名稱にして、古人は地面を鑿開して水を取り、瓶罐を用いて繩を繫きて垂れ下して汲取す、これをすなわち井と叫作す。この一卦が講ずる所は君子が徳行を修養し百姓を養育するは、常道有りて改變せず、自始至終に生じて更易せず、萬物を養育して窮盡なきを要す。この層の意思は水井より貼切なるはなしゆえ、徳を修めるの卦を借りて井を取りて喩と爲し、命名して「井」と爲す。「改邑不改井」の一句に至るは、下文は井に恆常の徳有るを講じ、ここは則ち井の形體に常有るを講ず。城邑は雖も搬遷挪移すとも、井の本體は却って毫も更改なくゆえ、「改邑不改井」と言う。
無喪無得,德有常也。[疏]正義曰:此明井用有常德,終日引汲,未嘗言損;終日泉注,未嘗言益,故曰“無喪無得”也。往來井井。不渝變也。[疏]正義曰:此明性常。“井井”,絜靜之貌也。往者來者,皆使潔靜,不以人有往來,改其洗濯之性,故曰“往來井井”也。
卦辭が續けて言う:「無喪無得」。王弼の注が解釋して言う:これは井の徳性の常有るを言う。孔頴達の疏が伸べて言う:この一句は井の功用に恆常の徳有るを點明す――整日人の水を汲む有るも、井水は却って從來減損を見ず。整日泉水の注入有るも、井水もまた從來增益を見ずゆえ、「無喪無得」と言う。卦辭がまた言う:「往來井井」。王弼の注が解釋して言う:井の性質は變改せざるなり。孔頴達の疏が伸べて言う:この一句は井の性情の恆常なるを點明す。「井井」は潔淨清爽の樣子なり。水を汲みに來る・水を打ちに行く、井は皆一樣にそれらをして洗滌して潔淨ならしめ、並びに人の往來有るに因りて自己が萬物を洗濯するの本性を改變せずゆえ、「往來井井」と言う。
汔至亦未繘井,巳來至而未出井也。羸其瓶,凶。井道以巳出為功也。幾至而覆,與未汲同也。[疏]正義曰:此下明井誡,言井功難成也。汔,幾也。幾,近也。繘,綆也。雖汲水以至井上,然綆出猶未離井口,而鉤羸其瓶而覆之也。棄其方成之功,雖有出井之勞,而與未汲不異,喻今人行常德,須善始令終。若有初無終,則必致凶咎,故曰“汔至亦未繘井,羸其瓶,凶”。言“亦”者,不必之辭,言不必有如此不克終者。計獲一瓶之水,何足言凶?以喻人之修德不成,又云但取喻人之德行不恆,不能慎終如始,故就人言凶也。
卦辭がまた言う:「汔至亦未繘井」。王弼の注が解釋して言う:水桶は已に井口に提げ到るも、却って未だ真に井を出ず。卦辭が續けて言う:「羸其瓶、凶」。王弼の注が解釋して言う:井の功用は水が已に井口を打出してこそ成功と算す。差一點にして手に到らんとして却って翻覆すれば、根本として水を汲まざると一樣なり。孔頴達の疏が伸べて言う:ここより以下は井卦の告誡の辭にして、説く所は井の功用の成就し難きなり。「汔」はすなわち幾乎、「幾」はすなわち接近。「繘」はすなわち水を汲むの繩索なり。雖も水を井口の上に汲み到るも、然れど繩子を提出し來る時に水瓶は未だ井沿を離れず、すなわち鉤掛せられて瓶子を翻倒せしむ。これは眼看に成らんと欲するの功勞を丢掉するに等し。雖も一趟の水を汲むの力氣を出すも、結果は却って汲まざると同じくなれり。これは今人が恆常の徳を踐行するは、必ず好き開頭有りまた好き收尾有るを要するを譬喩す。もし始有りて終なければ、必ず凶險と過失を招來せんゆえ、「汔至亦未繘井、羸其瓶、凶」と言う。文中に一個の「亦」の字を説くは、不肯定の語氣にして、意思は必ずしも皆この種の善終する能わざるの情形を出現するを見ず。もしただ實事に就きて計較せば、不過一瓶の水を損失するのみ、何れの談ずるに凶に及ばんや。凶と言う所以は、それを用いて人が徳を修めて半途にして廢するを譬喩すればなり。換言すれば、これはただ取り來て人の徳行が持久する能わず、開頭のごとく慎重に收尾する能わざるを譬喩するのみゆえ、人事に就きてその凶を言うなり。
《彖》曰:巽乎水而上水,井。音舉上之上。[疏]“《彖》曰”至“水井”。○正義曰:此就二體釋“井”之名義。此卦坎為水在上,巽為木在下,又巽為入,以木入於水而又上水,井之象也。○注“音舉上之上”。○正義曰:嫌讀為去聲,故音之也。
《彖傳》に言う:「巽乎水而上水、井」――木器は水中に伸入して水を提げ上ぐ、これすなわち井なり。王弼の注はここに一條の讀音を加ふ:「上水」の「上」は、「擧上」の「上」と讀作す。孔頴達の疏が《彖傳》のこの一句から「水井」の二字までを解說す:○正義に曰く:これは上下兩個の卦體に就きて「井」の名義を釋す。この卦は坎は水と爲りて上に居り、巽は木と爲りて下に居り、巽はまた「入」の意思有り。木器を用いて水中に伸入し、再び水を提げ上ぐれば、正に井の形象なり。○下面は王弼の注「音擧上之上」の一句を解釋す:○正義に曰く:注家は讀者がこの「上」を去聲に讀み方位と當たらんことを怕れゆえ、特にそれのために音を注して、向上に提擧するの動詞と讀作すべきを指明す。
井養而不窮也,“改邑不改井”,乃以剛中也。以剛處中,故能定居其所而不變也。[疏]正義曰:“井養而不窮”者,嘆美井德,愈汲愈生,給養於人,無有窮巳也。“改邑不改井,乃以剛中也”者,此釋井體有常,由於二五也。二五以剛居中,故能定居其所而不改變也。不釋“往來”二德者,無喪無得,“往來井井”,皆由此剛居中,更無他義,故不具舉《經》文也。
《彖傳》が續けて言う:「井は養いて窮まらず、『改邑不改井』は、乃ち剛中を以てす」。王弼の注が解釋して言う:陽剛の爻は中位に居るゆえ、井は能く原處に安定して改變せざるを得たり。孔頴達の疏が伸べて言う:「井養而不窮」とは、井の徳性を讚嘆す。汲取すればするほど泉水はいよいよ涌生し、世人を供養して窮盡なし。「改邑不改井、乃以剛中也」とは、井の本體の常有る所以を解釋して、根源は九二と九五の兩爻に在るを言う。この兩爻は皆陽剛の質を以て上下卦の中位に居るゆえ、能く自己の位置上に安定して改易せざるを得たり。《彖傳》は再び「無喪無得」「往來井井」のこの兩項の徳性を解釋せず、是れそれらが同じく陽剛居中のこの一條に出るに因りて、別に其他の道理なしゆえ、必ず經文を一句句皆擧出するを須みず。
“汔至亦未繘井”,未有功也。井以巳成為功。[疏]正義曰:水未及用,則井功未成,其猶人德事被物,亦是功德未就也。“羸其瓶”,是以凶也。[疏]正義曰:汲水未出而覆,喻脩德未成而止,所以致凶也。
《彖傳》に言う:「『汔至亦未繘井』、未有功也」。王弼の注が解釋して言う:井は事情の已に完成するを以てこそ功有りと算す。孔頴達の疏が伸べて言う:水は未だ用い得べきの地步に到らざれば、井の功效はすなわち成就ならず。これはあたかも人の徳行が未だ真に外物に施及せざるがごとく、同じく功德は未成なり。《彖傳》がまた言う:「『羸其瓶』、是以凶也」。孔頴達の疏が伸べて言う:水を汲みて未だ井口を提出せずして翻覆するは、徳を修めて未だ成就せずして中途に停下するを譬喩すゆえ、凶險を招致す。
《象》曰:木上有水,井,君子以勞民勸相。“木上有水”,井之象也。上水以養,養而不窮者也。相猶助也。可以勞民勸助,莫若養而不窮也。[疏]正義曰:“木上有水”,則是上水之象,所以為井。“君子以勞民勸相”者,勞謂勞賚,相猶助也。井之為義,汲養而不窮,君子以勞來之恩,勤恤民隱,勸助百姓,使有成功,則此養而不窮也。
《象傳》に言う:「木上有水、井、君子以勞民勸相」。王弼の注が解釋して言う:「木上有水」は正に井の卦象なり。水を提げ上げて來て世人を供養するは、養育して窮盡なきなり。「相」はすなわち幫助。百姓を慰勞し彼らを勉勵扶助するは、この種の養いて窮まらざるの做法より合適なるはなし。孔頴達の疏が伸べて言う:「木上有水」はすなわち水を向上に提擧するの形象にして、これによって井卦と成る。「君子以勞民勸相」とは、「勞」は慰勞賞賜、「相」は輔助。井の意義は汲取して供養して窮盡なきに在り、君子はそれを效法して、慰勞招徠の恩惠を用いて百姓の疾苦を體恤し、百姓を勉勵扶助して、彼らをして各々成就有らしめ、これすなわち養育して窮盡なきなり。
初六:井泥不食,舊井無禽。最在井底,上又無應,沈滯滓穢,故曰“井泥不食”也。井泥而不可食,則是久井不見渫治者也。久井不見渫治,禽所不向,而況人乎?一時所共棄舍也。井者不變之物,居德之地,恆德至賤,物無取也。
經文の初六の爻辭に言う:「井泥不食、舊井無禽」――井底は盡く污泥にして、水は飲む能わず。このごとき舊井は禽鳥に連なりても來らず。王弼の注が解釋して言う:初六は井の最底層に處り、上面にまた相應の爻なく、泥渣穢物はここに沉積滯留すゆえ、「井泥不食」と言う。井の裏に污泥滿ちて飲用する能わざれば、あれはすなわち一口の長久に淘洗整治せられざるの井なり。長久に淘治を加えざるの井は、禽鳥に連なりても肯んじて飛來せず、況んや人をや。これは一時の間に衆人に一齊に拋棄せらるるなり。井は本是不變の物にして、徳性を安放するの地方なり。然れど恆常の徳は一旦最も卑下の位置に淪落すれば、すなわち再び來りて取用する者なし。
[疏]“初六並泥”至“無禽”。○正義曰:初六“最處井底,上又無應,沈滯滓穢”,即是井之下泥汙,不堪食也,故曰“井泥不食”也。井泥而不可食,即是“久井不見渫治,禽所不向,而況人乎?故曰“舊井無禽”也。○注“井者不變之物”。○正義曰:“井者不變之物,居德之地”者,《繇》辭稱“改邑不改井”,故曰“井者,不變之物,居德”者,《繫辭》又云:“井,德之地”,故曰“居德之地”也。《注》言此者,明井既有不變,即是有恆,既居德地,即是用德也。今居窮下,即是恆德至賤,故物無取也,禽之與人,皆共棄舍也。
孔頴達の疏が「初六井泥」から「無禽」までの一段を解說す:○正義に曰く:初六は「最も井底に處り、上にまた應なく、沈滯滓穢」、すなわち井下の泥污にして、飲用に堪えずゆえ、「井泥不食」と言う。井中の泥污は飲用する能わざれば、すなわち「久井は渫治を見ず、禽の向かう所に非ず、而況んや人をや」――長期に人の淘洗なく、鳥に連なりても飛來せず、況んや人をやゆえ、「舊井無禽」と言う。○下面は王弼の注「井者不變之物」の一句を解釋す:○正義に曰く:注文は「井者不變之物、居德之地」と講ず、前半句は卦辭(《繇》辭)が「改邑不改井」と稱するに因りて、ゆえに井は不變の物と言う。後半句は《繫辭傳》がまた「井、德之地」と言うに因りて、ゆえにそれを「居德之地」と言う。王弼の注は特にこの兩層を點出するは、説明せんと欲するは:井は既に不變の性質有れば、すなわち恆有り。既に徳性を安放するの地位に處れば、すなわち徳行を施用するに在るなり。今初六は却って窮盡の最下位に居り、あれはすなわち恆常の徳が最も卑賤の處に淪落するなり、これによって外物は取用する所なく、禽鳥と人は皆一同にそれを丢開す。
《象》曰:“井泥不食”,下也。“舊井無禽”,時舍也。[疏]正義曰:“下也”者,以其最在井下,故為井泥也。“時舍也”者,以既非食,禽又不向,即是一時共棄舍也。
《象傳》に言う:「『井泥不食』、下也。『舊井無禽』、時舍也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「下也」とは、初六が井の最下層に處るに因るゆえ、井底の污泥と成れり。「時舍也」とは、この井水は既に飲用する能わず、禽鳥もまた肯んじて飛來せざれば、あれはすなわち當時に人と物に一齊に棄置して顧みられざるを言う。
九二:井谷射鮒,甕敝漏。谿谷出水,從上注下,水常射焉。井之為道,以下給上者也。而無應於上,反下與初,故曰“井谷射鮒”。鮒,謂初也。失井之道,水不上出,而反下注,故曰“甕敝漏”也。夫處上宜下,處下宜上,井巳下矣,而復下注,其道不交,則莫之與也。[疏]正義曰:“井谷射鮒”者,井之為德,以下汲上。九二上無其應,反下比初,施之於事,正似谷中之水,下注敝鮒,井而似谷,故曰“井谷射鮒”也。鮒謂初也。子夏《傳》云:“井中蝦<蟲麻>,呼為鮒魚也。”“甕敝漏”者,井而下注,失井之道,有似甕敝漏水,水漏下流,故曰“甕敝漏”也。
經文の九二の爻辭に言う:「井谷射鮒、瓮敝漏」――井水は山谷の水のごとく下に向かって小魚の身上に澆り、あたかも瓦瓮が破れて下に向かって漏るがごとし。王弼の注が解釋して言う:山谷の裏に水を出ずるは、高處より低處に向かって灌ぎ、水は總して下に向かって噴射す。井の常道は本來下面より水を上面に供給するなり。九二は上面に相應の爻なく、反って下に向かって初六と親比すゆえ、「井谷射鮒」と言う。「鮒」が指す所はすなわち初六なり。井の常道を失い、水は上に出でずして反って下に向かって灌注すゆえ、「瓮敝漏」と言う。大凡上位に居るは應當に下面を照顧し、下位に居るは應當に上面を奉養すべし。井は已に下に在るも、却又た下に向かって灌注すれば、上下の道は相交通せず、すなわち來りてそれに親附する者なし。孔頴達の疏が伸べて言う:「井谷射鮒」とは、井の徳性は下より上に向かって汲送す。九二は上方に相應の爻なく、反って下に向かって初六と相親し、事情に落とせば、正に山谷中の水が下に向かって小魚の身上に澆注するがごとし――本は井にして却って山谷に像たりゆえ、「井谷射鮒」と言う。「鮒」は初六を指す。子夏《傳》に言う:「井中の蝦蟆、これを鮒魚と叫作す」。「瓮敝漏」とは、井水は反って下に向かって灌注し、井の常道を失掉せるは、あたかも瓦瓮が破損して水を漏し、水は底下より流れ走るがごとしゆえ、「瓮敝漏」と言う。
《象》曰:“井谷射鮒”,無與也。[疏]正義曰:“無與也”者,井既處下,宜應汲上。今反養下,則不與上交,物莫之與,故曰“無與也”。
《象傳》に言う:「『井谷射鮒』、無與也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「無與也」とは、井は既に下面に處れば、理當に水を上面に汲送して去るべし。今九二は反って去りて下面の初六を養えば、すなわち上位と相交往せず、外物もまた來りてそれに親附する者なしゆえ、「無與也」と言う。
九三:井渫不食,為我心惻,可用汲。王明,並受其福。渫,不停汙之謂也。處下卦之上,復得其位,而應於上,得井之義也。當井之義而不見食,脩巳全潔而不見用,故“為我心惻”也。為,猶使也。不下注而應上,故“可用汲”也。王明則見照明,既嘉其行,又欽其用,故曰“王明,並受其福”也。
經文の九三の爻辭に言う:「井渫不食、爲我心惻、可用汲。王明、並受其福」――井は已に淘洗して乾淨なるも人の來りて飲むなく、我が心をして惻然たらしむ。この水は汲用し得べきなり。君王もし明察ならば、上下は皆同じくその福を受けん。王弼の注が解釋して言う:「渫」は污穢をして停積せしめざるの意思なり。九三は下卦の最上位に居り、また陽爻を以て陽位に居りて正を得、また上六と相應して、井の意義に合乎す。既に井の意義に合するも飲用せられざれば、あたかも一個の人が自身を修養し潔淨を保全するも任用を得ざるがごとしゆえ、「爲我心惻」と言う。「爲」はここに於て「使」に等し。九三は下に向かって灌注せずして上と相應すゆえ、「可用汲」と言う。君王は明察なれば、九三はすなわち照見せられん。君王は既に彼の徳行を嘉許し、また彼の才用を敬重せんゆえ、「王明、並受其福」と言う。
[疏]“九三井渫不食”至“王明並受其福”。○正義曰:“井渫不食”者,渫,治去穢汙之名也。井被渫治,則清潔可食。九三處下卦之上,異初六“井泥”之時,得位而有應於上,非“射鮒”之象。但井以上出為用,猶在下體,未有成功。功既未成,井雖渫治,未食也。故曰“井渫不食”也。“為我心惻”者,為,猶使也。井渫而不見食,猶人脩巳全潔而不見用,使我心中惻愴,故曰“為我心惻”也。“可用汲,王明,並受其福”者,不同九二下注而不可汲也,有應於上,是可汲也。井之可汲,猶人可用。若不遇明王,則滯其才用。若遭遇賢主,則申其行能賢主既嘉其行,又欽其用,故曰“可用汲,王明,並受其福”也。《象》曰:“井渫不食”,行惻也。行感於誠,故曰“惻也”。求“王明”,受福也。
孔頴達の疏が「九三井渫不食」から「王明並受其福」までの一段を解說す:○正義に曰く:「井渫不食」とは、「渫」は污穢を淘去するの名稱にして、井は淘洗を經て、水はすなわち清潔にして飲むべし。九三は下卦の頂端に處り、初六のあの種の「井泥」の時候と同じからず。それは既に位に當たり、また上六と相應し、また九二の「射鮒」の形象に非ず。ただ井は水を井口より提出してこそ功用を發揮すると算し、九三はなお下卦の中に在りて、功效は未だ成就せず。功效は既に未成なれば、井は雖も已に淘淨するも、また未だ來りて飲用する人なくゆえ、「井渫不食」と言う。「爲我心惻」とは、「爲」は「使」に等し。井は已に淘淨するも人の取飲するを見ず、あたかも人が自身を修養し潔行を保全するも任用せられざるがごとく、我が心中をして惻然と悲傷せしむゆえ、「爲我心惻」と言う。「可用汲、王明、並受其福」とは、九三は九二のごとく下に向かって灌注して汲取する能わざるに似ず、それは上に相應の爻有りゆえ、是れ汲取し得べきなり。井は汲取し得べければ、すなわち人は任用し得べきが同じ。もし明察の君王に碰上せざれば、才幹はすなわち埋没せん。もし賢明の君主に遇到せば、すなわち能く自己の徳行才能を施展せん。賢明の君主は既に彼の品行を嘉許し、また彼の才用を敬重すゆえ、「可用汲、王明、並受其福」と言う。《象傳》に言う:「『井渫不食』、行惻也」。王弼の注が解釋して言う:九三の徳行は至誠を以て人を感人すゆえ、「惻」と言う。《象傳》が續けて言う:「王明」を求むるは、上下が同じくその福を受けんがためなり。
六四:井甃,無咎。得位而無應,白守而不能給上,可以修井之壞,補過而巳。[疏]正義曰:“六四,井甃無咎”者,案:子夏《傳》曰:“甃亦治也,以磚壘井,脩井之壞,謂之為甃。”六四得位而無應,自守而巳,不能給上,可以脩井崩壞。施之於人,可以脩德補過,故曰“井甃無咎”也。《象》曰:“井甃無咎”,脩井也。[疏]正義曰:“脩井”者,但可脩井之壞,未可上給養人也。
經文の六四の爻辭に言う:「井甃、無咎」――磚石を用いて井壁を修砌す、過錯なし。王弼の注が解釋して言う:六四は位に當たるも相應の爻なく、ただ自己を守住して能く水を上面に供給する能わず、能く爲す所は井の破損を修補し過失を彌補するのみ。孔頴達の疏が伸べて言う:「六四、井甃無咎」に關して、按ずるに子夏《傳》に言う:「甃もまた修治の意思にして、磚を用いて井壁を砌壘し井の破損を修補するを、すなわち甃と叫作す」。六四は位に當たりて應なく、ただ自守し得るのみ、上位を供養する能わず、能く爲す所は井の崩壞を修治するなり。人事に落とせば、すなわち徳行を修養し過失を彌補すゆえ、「井甃無咎」と言う。《象傳》に言う:「『井甃無咎』、脩井也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「脩井」とは、六四がただ井の破損を修補し得るのみ、未だ水を上に送りて人を養う能わざるを言う。
九五:井洌寒泉,食。洌,絜也。居中得正,體剛不撓,不食不義,中正高絜,故“井洌寒泉”,然後乃“食”也。[疏]正義曰:餘爻不當貴位,但脩德以待用。九五為卦之主,擇人而用之。洌,絜也。九五居中得正,而體剛直。既體剛直,則不食汙穢,必須井絜而寒泉,然後乃食。以言剛正之主,不納非賢,必須行絜才高,而後乃用,故曰“井洌寒泉,食”也。
經文の九五の爻辭に言う:「井洌寒泉、食」――井水は清澈にして、是れ清涼の泉水にして、飲用し得べし。王弼の注が解釋して言う:「洌」は潔淨の意思なり。九五は中に居りて正位に當たり、體質は剛健にして屈せず、不義の物を吃せず。中正にしてまた高潔なるに因りて、井水は清澈・泉水は清涼を要して、然る後にこそ飲用す。孔頴達の疏が伸べて言う:其餘の各爻は皆尊貴の位に處らず、ただ徳行を修養して任用せられんを待つのみ。九五は全卦の主にして、是れあの人才を挑選して之を任用する人なり。「洌」はすなわち潔淨。九五は中に居りて正を得、秉性は剛直なり。既に剛直なれば、すなわち污穢の物を吃することを肯んぜず、必ず井水は潔淨・泉水は清涼を得て、然る後にこそ飲用することを肯んず。これは剛正の君主は不賢の人を接納することを肯んぜず、必ず品行は潔淨・才幹は高明にして、然る後に之を任用するを言うゆえ、「井洌寒泉、食」と言う。
《象》曰:“寒泉”之食,中正也。[疏]正義曰:以“中正”者,若非居中得正,則任用非賢,不能要待寒泉,然後乃食也。必言“寒泉”者,清而冷者,水之本性,遇物然後濁而溫,故言寒泉以表絜也。
《象傳》に言う:「『寒泉』之食、中正也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「中正」の二字に歸結する所以は、倘若も中に居りて正を得ざれば、すなわち不賢の人を任用して、もはや必ずしも清涼の泉水を等到してこそ飲用することを肯んぜざらんに因るなり。爻辭は必ず「寒泉」と言うを要するは、清澈にして冷冽なるは本來水の本來性質にして、水は外物に碰到して後に渾濁にして溫熱と變ずるに因るゆえ、「寒泉」を用いてそれの潔淨を表明す。
上九:井收。勿幕有孚,元吉。處井上極,水巳出井,井功大成,在此爻矣,故曰“井收”也。群下仰之以濟,淵泉由之以通者也。幕猶覆也。不擅其有,不私其利,則物歸之,往無窮矣,故曰“勿幕有孚,元吉”也。
經文の上九の爻辭に言う:「井收。勿幕有孚、元吉」――水を汲むの功夫は收成せり。井口を蓋住するなかれ、誠信を心存せば、大いに吉利。王弼の注が解釋して言う:上九は井の最上端に處り、水は已に井口を打出し、井の功效は大功告成して、正にこの一爻の上に在るゆえ、「井收」と言う。下面の衆人は皆それを仰仗して以て渇を解き事を濟し、深處の泉水もまたそれを經由して流通す。「幕」はすなわち遮蓋。獨自に所有を占めず、その利を私吞せざれば、則ち萬物は皆來り歸附し、往後はすなわち窮盡なからんゆえ、「勿幕有孚、元吉」と言う。
[疏]正義曰:收,式胄反。凡物可收成者,則謂之收,如五穀之有收也。上六,處井之極,“水巳出井,井功大成”者也,故曰“井收”也。“勿幕有孚,元吉”者,幕,覆也。井功巳成,若能不擅其美,不專其利,不自掩覆,與眾共之,則為物所歸,信能致其大功,而獲元吉,故曰“勿幕有孚,元吉”也。《象》曰:“元吉”在上,大成也。[疏]正義曰:上六所以能獲“元吉”者,只為居“井”之上,並功大成者也。
孔頴達の疏が伸べて言う:「收」の字は「式胄反」と讀作す。凡そ收成し得べきの物をすなわち收と叫作す、あたかも五穀に收穫有るがごとし。この爻は井卦の頂端に處り、正に「水已に井を出で、井功大成」の時候なれば、「井收」と言う。「勿幕有孚、元吉」とは、「幕」は遮蓋なり。井の功效は已に成就せり、もし能くこの份の美名を獨攬せず、この份の利益を專占せず、井口を自ら掩盖するに行かずして、衆人と共同に享用せば、すなわち萬物の歸向する所と爲り、確かに能くそれの大功を成就して大吉を獲得せんゆえ、「勿幕有孚、元吉」と言う。《象傳》に言う:「『元吉』在上、大成也」。孔頴達の疏が伸べて言う:この爻の能く「元吉」を獲得する所以は、ただそれが井卦の最上位に居り、是れ井の功效の大功告成の處なるに因るのみ。(疏文の兩處は「上六」と寫作す、當に經文に依りて「上九」と作すべし。)
革卦
離下兌上。革:巳日乃孚,元亨利貞,悔亡。夫民可與習常,難與適變;可與樂成,難與慮始。故革之為道,即日不孚,“巳日乃孚”也。孚,然後乃得“元亨利貞,悔亡”也。巳日而不孚,革不當也。悔吝之所生,生乎變動者也。革而當,其悔乃亡也。
《革》卦の卦體は離は下に在り、兌は上に在り。經文の卦辭に言う:「巳日乃孚、元亨利貞、悔亡」――變革の日を過ぎてこそ信任を取得す、大いに亨通、正を守るに利あり、悔恨は消失す。王弼の注が解釋して言う:百姓は彼らとともに常規を遵行することは可なり、却って彼らとともに變動に適應するは難し。彼らとともに成果を享受するは可なり、却って彼らとともに開端を謀劃するは難し。ゆえに變革の道は、手を動かすの當日に於てなお信任を得ず、「巳日乃孚」して、この一日を過ぎてこそ信從せられん。信任を取得して、然る後にこそ「元亨利貞、悔亡」を獲得し得べし。もしこの一日を過ぎてなお信從せられざれば、すなわち變革の做し方が不恰當なり。悔恨と遺憾の產生は、皆變動に生ず。變革もし恰當を做せば、あの份の悔恨はもはや消失せん。
[疏]正義曰:“革”者,改變之名也。此卦明改制革命,故名“革”也。“巳日乃孚”者,夫民情“可與習常,難與適變,可與樂成,難與慮始”。故革命之初,人未信服,所以“即日不孚,巳日乃孚”也。“元亨利貞悔亡”者,為革而民信之,然後乃得大通而利正也。悔吝之所生,生乎變動,革之為義,變動者也。革若不當,則悔吝交及,如能大通利貞,則革道當矣。為革而當,乃得亡其悔吝,故曰“元亨,利貞,悔亡”。
孔頴達の疏が伸べて言う:「革」は改變の名稱なり。この一卦が講ずる所は制度を更改し天命を變革すゆえ、名を取りて「革」と爲す。「巳日乃孚」とは、人情は本來「與に習常すべく、與に適變し難く、與に樂成すべく、與に慮始し難し」――ともに舊を守るは能くしてともに變に應ずるは難く、ともに成果を分享するは能くしてともに開創を謀劃するは難しゆえ、天命を變革するの起初は、人心はなお信服せず、これによって「即日不孚、巳日乃孚」なり。「元亨利貞悔亡」とは、變革を施行して百姓が信服して、然る後にこそ大いに通達して正を守るに利ありとし得べしを言う。悔恨遺憾の產生する所以は、皆變動に生じ、而も「革」の意義は正に變動なり。變革もし恰當ならざれば、悔と吝はすなわち一齊に上門に找來せん。もし大いに通達し正を守るに利ありを做到し得れば、變革の道はすなわち得當と算す。變革して得當を得て、こそあの份の悔吝を消去し得べしゆえ、「元亨、利貞、悔亡」と言う。
《彖》曰:革,水火相息,二女同居,其志不相得,曰“革”。凡不合,然後乃變生,變之所生,生於不合者也。故取不合之象以為“革”也。“息”者,生變之謂也,火欲上而澤欲下,水火相戰,而後生變者也。“二女同居”,而有水火之性,近而不相得也。
《彖傳》に言う:「革、水火相息、二女同居、其志不相得、曰『革』」。王弼の注が解釋して言う:凡そ彼此相合せざれば、然る後にこそ變化を產生す。變化の產生は皆不相合に出ずゆえ、「不相合」の卦象を取りて以て「革」と稱す。「息」はすなわち變化を產生するの意思なり。火は上に向かって升らんと要し、澤水は下に向かって流れんと要し、水と火は互相に爭鬪して、然る後に變化はすなわち發生せり。「二女同居」は離は中女と爲り兌は少女と爲り、兩個の女子は同じく一卦に處り、而も彼女らは水火のごとき相克するの性情を帶び、靠れるは近きと雖も彼此合せざるを言う。
[疏]“《彖》曰”至“其志不相得曰革”。○正義曰:此就二體釋卦名也。水火相息,先就二象明《革》。息,生也。火本乾燥,澤本潤溼,燥溼殊性,不可共處。若其共處,必相侵克。既相侵克,其變乃生,變生則本性改矣。水熱而成湯,火滅而氣冷,是謂“革”也。“二女同居”者,此就人事明“革”也。中、少二女而成一卦,此雖形同而志革也。一男一女,乃相感應,二女雖復同居,其志終不相得。志不相得,則變必生矣,所以為“革”。
孔頴達の疏が《彖傳》のこの一句から「其志不相得曰革」までを解說す:○正義に曰く:これは上下兩個の卦體に就きて卦名を釋す。「水火相息」は先に兩個の卦象に就きて《革》を闡明す。「息」はすなわち生なり。火の本性は乾燥、澤の本性は潤濕、乾と濕は性質は相同せず、一處に共處する能わず。もし勉强して共處せば、必ず互相に侵犯克制せん。既に互相に侵克せば、變化はすなわち產生せり。變化は一たび產生すれば、本來の性質はすなわち改變せり。水は熱を受けて熱湯と成り、火は澆滅せられて氣息は冷に轉ず、これをすなわち「革」と叫作す。「二女同居」は、則ち人事に就きて「革」を闡明す。中女と少女の兩個の女子は合成して一卦と爲り、彼女らは形體は雖も同類なるも、心志は却って相違背す。一男一女なればこそ互相に感應せん。兩個の女子は雖も同じく一處に住すとも、心志は終竟合せざるなり。心志は合せざれば、變故は必ず發生せんゆえ、「革」と稱す。
“巳曰乃孚”,革而信之。文明以說,大亨以正,革而當,其悔乃亡。夫所以得革而信者,“文明以說”也。“文明以說”,履正而行,以斯為革,應天順民,大亨以正者也。革而大亨以正,非當如何?
《彖傳》が續けて言う:「『巳曰乃孚』、革而信之。文明以說、大亨以正、革而當、其悔乃亡」。王弼の注が解釋して言う:變革の能く信任を取得する所以は、「文明以說」を靠るに在る――下卦の離は文明と爲り、上卦の兌は喜悅と爲り、文明の徳を以て人をして心悅誠服せしむ。文明を以て人をして悅服せしめ、また正道の上に踏みて事を行い、この種の方式を用いて變革を推行せば、能く上は天命に應じ下は民心に順い、大いに通達して正道に合乎せん。變革は大通して正を守るを做到せば、「得當」と叫ばずしてなんと叫ばんや。
[疏]“巳日乃孚”至“其悔乃亡”。○正義曰:“巳日乃孚,革而信”者,釋“革”之為義,革初未孚,巳日乃信也。“文明以說”者,此舉二體上釋“革而信”,下釋四德也。能思文明之德以說於人,所以革命而為民所信也。“大亨以正”者,民既說文明之德而從之,所以大通而利正也。“革而當,其悔乃亡”者,為革若合於大通而利正,可謂當矣。革而當理,其悔乃亡消也。天地革而四時成,湯武革命,順乎天而應乎人,革之時大矣哉!
孔頴達の疏が「巳日乃孚」から「其悔乃亡」までを解說す:○正義に曰く:「巳日乃孚、革而信」とは、「革」の意義を解釋す。變革の初はなお信任を得ず、この一日を過ぎてこそ信從せられん。「文明以說」とは、上下兩個の卦體を擧出して、上は承接して「革而信」を釋し、下はまた用いて元・亨・利・貞の四徳を釋す。能く文明の徳を存想して人心をして悅せしめば、ゆえに天命を變革するこそ百姓に信從せられん。「大亨以正」とは、百姓は既に文明の徳に喜悅して追隨すれば、これによって大いに通達して正を守るに利ありを得るを言う。「革而當、其悔乃亡」とは、變革を推行してもし大通に合して正を守れば、すなわち得當と稱し得べしを言う。變革して正理に合乎せば、あの份の悔恨はもはや消散せん。《彖傳》が最後に言う:「天地革而四時成、湯武革命、順乎天而應乎人、革之時大矣哉」――天地は更革して四季は生成し、商湯・周武は天命を變革し、上は天意に順い下は人心に應ず、變革の時の意義は真に偉大なるかな。
[疏]“天地革而四時成”至“大矣哉”。○正義曰:“天地革而四時成”者,以下廣明《革》義,此先明“天地革”者,天地之道,陰陽升降,溫暑涼寒,迭相變革,然後四時之序皆有成也。“湯武革命,順乎天而應乎人”者,以明人革也。夏桀、殷紂,凶狂無度,天既震怒,人亦叛亡。殷湯、周武,聰明睿智,上順天命,下應人心,放桀鳴條,誅紂牧野,革其王命,改其惡俗,故曰“湯武革命,順乎天而應乎人”。計王者相承,改正易服,皆有變革,而獨舉湯、武者,蓋舜、禹禪讓,猶或因循,湯、武干戈,極其損益,故取相變甚者,以明人革也。“革之時大矣哉”者,備論革道之廣訖,總結嘆其大,故曰“大矣哉”也。
孔頴達の疏が「天地革而四時成」から「大矣哉」までを解說す:○正義に曰く:「天地革而四時成」とは、以下は廣く《革》卦の意義を闡明し、ここに先に天地の革を講ず。天地の運行の道は、陰氣陽氣は一升一降し、溫・暑・涼・寒は輪流に更替變革して、然る後に春夏秋冬の四時の次序はこそ各々生成せん。「湯武革命、順乎天而應乎人」とは、以て人事の革を闡明するに用いるなり。夏桀と商紂は凶暴狂悖にして節度なく、上天は既に震怒し、百姓もまた紛紛として叛離逃亡す。商湯と周武は聰明睿智にして、上は天命に順い、下は人心に應じ、夏桀を鳴條に放逐し、牧野に於て商紂を誅滅し、彼らの王命を變革し、彼らの惡俗を改掉せりゆえ、「湯武革命、順乎天而應乎人」と言う。細かに歴代の帝王の前後相承するを想うに、正朔を改め服色を易うるは、皆變革に屬す。ここに却って單に商湯・周武を擧ぐるは、ほぼ虞舜・夏禹は禪讓を以て相傳して、なお多少の因循有るに因る。商湯・周武は干戈を動用して、增損改易を極處に做し到れりゆえ、變動の最も劇烈の例子を取りて以て人事の革を闡明す。「革之時大矣哉」とは、變革の道の廣大を論述し盡くしたる後に、總結し起こしてそれの偉大を讚嘆するなりゆえ、「大矣哉」と言う。
《象》曰:澤中有火,革。君子以治明時。曆數時會,存乎變也。[疏]正義曰:“澤中有火,革”者,火在澤中,二性相違,必相改變,故為革象也。“君子以治曆明時”者,天時變改,故須曆數,所以君子觀茲革象,脩治曆數,以明天時也。
《象傳》に言う:「澤中有火、革。君子以治明時」。按ずるに下文の疏の引く所に依れば、この句は應に「君子以治曆明時」と作すべく、ここに底本は一個の「曆」の字を脱せり。王弼の注が解釋して言う:曆法の推算・時令の會合は、その關鍵は皆「變」に在るなり。孔頴達の疏が伸べて言う:「澤中有火、革」とは、火は沼澤の中に處り、水火の兩種の性質は彼此相違背し、必ず互相に改變せんゆえ、變革の象と成る。「君子以治曆明時」とは、天時は斷えず變改すれば、ゆえに曆法の推算を須要し、これによって君子はこの一の變革の象を觀察して、すなわち曆法を整治して、用いて天時を明確にす。
初九:鞏用黃牛之革。在革之始,革道未成,固夫常中,未能應變者也。此可以守成,不可以有為也。鞏,固也。黃,中也。牛之革,堅仞不可變也。固之所用常中,堅仞不肯變也。[疏]正義曰:鞏,固也。黃,中也。牛革,牛皮也。“革”之為義,變改之名,而名皮為革者,以禽獸之皮,皆可“從革”,故以喻焉。皮雖從革之物,然牛皮堅仞難變。初九在革之始,革道未成,守夫常中,未能應變,施之於事,有似用牛皮以自固,未肯造次以從變者也,故曰“鞏用黃牛之革”也。
經文の初九の爻辭に言う:「鞏用黃牛之革」――黃牛の皮を用いて自己を捆緊す。王弼の注が解釋して言う:初九は變革の開端に處り、變革の道は未だ成形せず、それは常規と中道を固守して、未だ變化に順應する能わず。この種の態度は守成し得べくして、作爲有る能わず。「鞏」は捆緊・固守、「黃」は中なり。牛皮は堅韌にして、改變し難し。それの固守する所は常規中道にして、堅韌にして變動することを肯んぜず。孔頴達の疏が伸べて言う:「鞏」は固、「黃」は中、「牛革」はすなわち牛皮なり。「革」のこの個の字の意義は本來は改變にして、而も獸皮を把ってもまた「革」と叫作すは、禽獸の皮は皆鞣製を經て形狀を改變し得べきに因るゆえ、それを借りて譬喩を作す。皮は雖も改造し得べきの物なるも、然れど牛皮は堅韌にして變じ難し。初九は變革の起始に處り、變革の道は未だ成就せず、ただ常規中道を守るのみ、未だ變に應ずる能わず。事情に落とせば、あたかも牛皮を用いて自己を牢牢と捆住して、輕率に變動に跟隨することを肯んぜざるがごとしゆえ、「鞏用黃牛之革」と言う。
《象》曰:“鞏用黃牛”,不可以有為也。[疏]正義曰:“不可以有為”者,“有為”謂適時之變,有所云為也。既堅忍自固,可以守常,“不可以有為也”。
《象傳》に言う:「『鞏用黃牛』、不可以有爲也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「不可以有爲」とは、「有爲」は時勢の變化に順應して擧動有るを指す。初九は既に堅忍に自己を固守するれば、あれはただ常規を守住し得るのみ、「不可以有爲」なり。
六二:巳日乃革之,征吉,無咎。陰之為物,不能先唱,順從者也。不能自革,革巳乃能從之,故曰“巳日乃革之”也。二與五雖有水火殊體之異,同處厥中,陰陽相應,往必合志不憂咎也,是以征吉而無咎。[疏]“六二巳日”至“無咎”。○正義曰:“巳日乃革之”者,陰道柔弱,每事順從,不能自革,革巳日乃能從之,故曰“巳日乃革之”。“征吉,無咎”者,與五相應,“同處厥中,陰陽相應,往必合志,不憂咎也”,故曰“征吉,無咎”。二五雖是相應,而水火殊體,嫌有相剋之過。故曰“無咎”。《象》曰:“巳日革之”,行有嘉也。[疏]正義曰:“行有嘉”者,往應見納,故行有嘉慶也。
經文の六二の爻辭に言う:「巳日乃革之、征吉、無咎」――あの一日に到ってこそ手を動かして變革す、前往は吉利、過錯なし。王弼の注が解釋して言う:陰柔の物は率先して倡導する能わず、ただ順從するのみ。六二は自己に變革を發動する能わず、變革の已に開始するを等してこそ跟隨して行くゆえ、「巳日乃革之」と言う。六二と九五は雖も水火の兩種の不同なる卦體に分屬するも、却って同じく上下卦の中位に處り、一陰一陽は彼此相應し、前往すれば必ず志同道合して、過失を憂慮するを須みず、これによって前往は吉利にして過錯なし。孔頴達の疏が「六二巳日」から「無咎」までを解說す:○正義に曰く:「巳日乃革之」とは、陰柔の道は柔弱にして事事順從し、自己に變革を發動する能わず、變革の已に開始するを等してこそ跟隨して行くゆえ、「巳日乃革之」と言う。「征吉、無咎」とは、六二が九五と相應し、「同じく厥の中に處り、陰陽相應し、往けば必ず志を合し、咎を憂えざる」に因るゆえ、「征吉、無咎」と言う。二と五は雖も相應するも、然れど水火は分屬して不同の體性と爲り、人をしてそれらに相克の過失有りと疑心せしめ易しゆえ、特に「無咎」と説明す。《象傳》に言う:「『巳日革之』、行有嘉也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「行有嘉」とは、六二が前往して九五に應合して接納せられるを言うゆえ、この行は嘉美の喜慶有り。
九三:征凶,貞厲。革言三就,有孚。巳處火極,上卦三爻,雖體水性,皆“從革”者也。自四至上,從命而變,不敢自違,故曰“革言三就”。其言實誠,故曰“有孚”。“革言三就有孚”而猶征之,凶其宜也。[疏]正義曰:九三陽爻剛壯,又居火極,火性炎上,處革之時,欲征之使革。征之非道,則正之危也,故曰“征凶,貞厲”。所以征凶致危者,正以水火相息之物,既處於火極上之三爻,水在火上,皆“從革”者也。“自四至上,從命而變”,不敢有違,則“從革”之言三爻併成就不虛,故曰“革言三就”,其言實誠,故曰“有孚”也。既“革言三就有孚”,“從革”巳矣,而猶征之,則凶,所以“征凶”而“厲貞”。
經文の九三の爻辭に言う:「征凶、貞厲。革言三就、有孚」――出征すれば凶險有り、固守しても危厲なり。變革の議は三處に已に成就し、是れ誠信有り。王弼の注が解釋して言う:九三は已に離火の頂端に處り、上卦の三個の爻は雖も水に屬するも、却って皆變革に順從す。九四より上六に到るまで、皆命令に依從して變動し、自行に違背するを敢えてせずゆえ、「革言三就」と言う。彼らの話は真實誠懇なれば、「有孚」と言う。變革の言は三處に已に落實しまた誠信有るも、なお兵を出して去りて征討せんと欲せば、凶險の出現するもまた應當なり。孔頴達の疏が伸べて言う:九三は陽爻にして、剛健強壯、また離火の頂端に居り、火性は上に向かって燃燒し、變革の時に處れば、すなわち出征して人を逼りて變革せしめんと欲す。然れどかくのごとき出征は正道に合せざれば、則ち堅持して去るもまた危險有らんゆえ、「征凶、貞厲」と言う。出征して凶を致し危險を招來する所以は、正に水火は本來互相に變を生ずるの物にして、九三は既に火の極上の位に處り、上面の三爻は水の火の上に在りて、皆變革に順從するに因る。「四より上に至るまで、命に從いて變ず」、違抗有るを敢えてせざれば、則ち「從革」の表態は三爻に皆一一に落實して、虛言に非ずゆえ、「革言三就」と言う。彼らの話は真實誠懇なれば、「有孚」と言う。既に變革の言は三處に落實しまた誠信有り、變革に順從するの事は已に完成せるも、却ってなお兵を出して征討せんと欲せば、あれは則ち凶險なりゆえ、「征凶」にして「貞厲」と爲す。
《象》曰:“革言三就”,又何之矣。[疏]正義曰:“又何之矣”者,征之本為不從,既“革言三就”,更又何往征伐矣。
《象傳》に言う:「『革言三就』、又何之矣」。孔頴達の疏が伸べて言う:「又何之矣」とは、兵を出して征討するは本來は肯んじて順從せざる人を對付するためなり。今變革の言は三處に皆已に落實せり、なお再び何れの處に往きて征伐せんと欲するや。
九四:悔亡,有孚改命,吉。初九處下卦之下,九四處上卦之下,故能變也。無應,悔也。與水火相比,能變者也,是以“悔亡”。處水火之際,居會變之始,能不固吝,不疑於下,信志改命,不失時願,是以“吉”也。有孚則見信矣。見信以改命,則物安而無違,故曰“悔亡,有孚改命,吉”也。處上體之下,始宣命也。[疏]正義曰:九四與初,同處卦下。初九處下卦之下,革道未成,故未能變。九四處上卦之下,所以能變也。無應,悔也,能變,故“悔亡”也。處水火之際,“居會變之始,能不固吝,不疑於下”,信彼改命之志,而能從之,合於時願,所以得吉,故曰“有孚改命,吉”也。
經文の九四の爻辭に言う:「悔亡、有孚改命、吉」――悔恨は消失し、誠信を懷きて去りて天命を更改す、吉利。王弼の注が解釋して言う:初九は下卦の最下位に處り、九四は上卦の最下位に處るゆえ、九四は能く變動し得べし。それは相應の爻なく、本來は悔ゆべきなり。然れどそれは水火の兩體と相鄰接して、是れ能く變動し得べきなり、これによって「悔亡」。九四は水火の交接の處に處り、正に會合して變を生ずるの開端に當たり、能く固執吝惜せず、下面に對して猜疑を心存せず、誠信に立志して天命を更改し、時勢の願う所を錯過せずゆえ、吉利なり。誠信を心懐けばすなわち人に信任せられ、人に信任せられて去りて天命を更改せば、萬物はすなわち安定して違抗する人なしゆえ、「悔亡、有孚改命、吉」と言う。それは上卦の最下位に處り、正に新命を宣布し始むるの位置なり。孔頴達の疏が伸べて言う:九四は初九と同じく各々その卦體の最下位に處す。初九は下卦の下に在りて、變革の道は未だ成就せずゆえ、なお變する能わず。九四は上卦の下に在り、これによって能く變動し得べし。相應の爻なきは、本是悔ゆべきなり、然れどそれは能く變ずゆえ、「悔亡」。それは水火の交界の處に處り、「會變の始めに居り、能く固吝せず、下に疑わず」、あの天命を更改するの志向を相信して能くそれに追隨し、時勢の願望に合乎すゆえ、吉利を獲得し、これによって「有孚改命、吉」と言う。
《象》曰:“改命”之吉,信志也。“信志”而行。[疏]正義曰:“信志”者,信下之志而行其命也。
《象傳》に言う:「『改命』之吉、信志也」。王弼の注が解釋して言う:これは人心の志に取信して而後に施行するなり。孔頴達の疏が伸べて言う:「信志」とは、九四が下面の衆人の心志を相信し、此に據りて去りて命を改むるの事を推行するを言う。
九五:大人虎變,未占有孚。“未占而孚”,合時心也。[疏]正義曰:九五居中處尊,以大人之德為革之主,損益前王,創制立法,有文章之美,煥然可觀,有似“虎變”,其文彪炳。則是湯、武革命,廣大應人,不勞占決,信德自著,故曰“大人虎變,未占有孚”也。《象》曰:“大人虎變”,其文炳也。[疏]正義曰:“其文炳”者,義取文章炳著也。
經文の九五の爻辭に言う:「大人虎變、未占有孚」――偉大の人物は虎皮の毛を換ゆるがごとく煥然として一新し、未だ占卜せざるに已に人の信從有り。王弼の注が解釋して言う:「未占而孚」は、それが當時の人心に合乎すればなり。孔頴達の疏が伸べて言う:九五は中に居りて尊位に處り、大人の徳行を以て變革の主と爲し、前代の帝王の制度に對して减損增益有り、制度を創立し法度を訂立し、文采の美を具有して、煥然として觀るべし、あたかも老虎が毛を換え斑紋は燦爛として目を奪うがごとし。これは正に商湯・周武が天命を變革して、規模は廣大にして人心に順應し、占卜して疑を決するを用いず、誠信の徳は自然に彰顯すゆえ、「大人虎變、未占有孚」と言う。《象傳》に言う:「『大人虎變』、其文炳也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「其文炳」とは、文采の光明顯著なるの意思を取るなり。
上六:君子豹變,小人革面。居變之終,變道巳成,君子處之,能成其文。小人樂成,則變面以順上也。[疏]正義曰:上六居革之終,變道巳成,君子處之,雖不能同九五革命創制,如虎文之彪炳,然亦潤色鴻業,如豹文之蔚縟,故曰“君子豹變”也。“小人革面”者,小人處之,但能變其顏面,容色順上而巳,故曰“小人革面”也。
經文の上六の爻辭に言う:「君子豹變、小人革面」――君子は豹皮の毛を換ゆるがごとく文采は煥然とし、小人は則ちただ臉色を改換す。王弼の注が解釋して言う:上六は變革の終點に居り、變革の道は已に完成せり。君子はこの位置に處りて、能くその文采を成就し得べし。小人は樂んで坐して成果を享すれば、すなわち面色を改換して以て上面に順從す。孔頴達の疏が伸べて言う:上六は《革》卦の末尾に處り、變革の道は已に成就せり。君子はこの位置に處りて、雖も九五のごとく天命を變革し制度を創立し斑紋は虎皮のごとく燦爛たる能わずと雖も、然れどもまた宏大の功業のために文飾を增添し得べし、あたかも豹皮の花紋の細密華美なるがごとしゆえ、「君子豹變」と言う。「小人革面」とは、小人はこの位置に處りて、ただ自己の顔面を改換し、順從の神色を用いて上面を迎合するのみゆえ、「小人革面」と言う。
征凶,居貞吉。改命創制,變道巳成,功成則事損,事損則無為。故居則得正而吉,征則躁擾而凶也。[疏]正義曰:革道巳成,宜安靜守正,更有所征則凶,居而守正則吉,故曰“征凶,居貞吉”也。
爻辭が續けて言う:「征凶、居貞吉」――出征すれば凶險有り、安居して正を守ればこそ吉利。王弼の注が解釋して言う:天命を更改し制度を創立し、變革の道は已に完成せり。功業は成就すれば則ち事務は减省し、事務は减省すればすなわち作爲なきに應當す。ゆえに安居して動かざれば便ち正道に合乎して吉利にして、兵を出して往けばすなわち躁動擾攘して凶險なり。孔頴達の疏が伸べて言う:變革の道は既に成就せれば、すなわち應當に安靜にして正を守るべし。再び征伐有らんと要せばすなわち凶險にして、安居して正を守ればすなわち吉利なりゆえ、「征凶、居貞吉」と言う。
《象》曰:“君子豹變”,其文蔚也。“小人革面”,順以從君也。[疏]正義曰:“其文蔚”者,明其不能大變,故文炳而相映蔚也。“順以從君”者,明其不能潤色立制,但順而從君也。
《象傳》に言う:「『君子豹變』、其文蔚也。『小人革面』、順以從君也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「其文蔚」とは、上六が九五のごとく大なる變革を作す能わざるを表明し、ゆえにそれの文采はただ斑斕に相映じ細密華美なるのみ。「順以從君」とは、小人は大業のために色を增し制度を創立する能わず、ただ順從して君上に追隨するのみを表明す。
鼎卦
巽下離上。鼎:元吉,亨。革去故而鼎取新,取新而當其人,易故而法制齊明,吉然後乃亨,故先“元吉”而後“亨”也。鼎者,成變之卦也。革既變矣,則制器立法以成之焉。變而無制,亂可待也。法制應時,然後乃吉;賢愚有別,尊卑有序,然後乃亨,故先“元吉”而後乃“亨”。
《鼎》卦の卦體は巽は下に在り、離は上に在り。經文の卦辭に言う:「元吉、亨」――大いに吉利、亨通。王弼の注が解釋して言う:《革》卦は舊きを去り、《鼎》卦は新しきを取用す。新しきを取用して用うる所の人は得當にして、舊きを更換して法度制度は整齊清明なり。先に吉を得て、然る後にこそ通達すゆえ、卦辭は先に「元吉」を説きて後に「亨」を説く。鼎は變革を成就するの卦なり。變革は既に發生せば、すなわち器物を制作し法度を訂立して以てそれを完成せんと要す。ただ變して制度なければ、動亂は預期し得べきなり。法度は時宜に合して、然る後にこそ吉利なり。賢者と愚者に分別有り、尊者と卑者に次序有りて、然る後にこそ亨通すゆえ、先に「元吉」を説きて後に「亨」を説く。
[疏]正義曰:鼎者,器之名也。自火化之後鑄金,而為此器以供烹飪之用,謂之為鼎。亨飪成新,能成新法。然則鼎之為器,且有二義:一有亨飪之用,二有物象之法,故《彖》曰“鼎,象也,明其有法象也”。《雜卦》曰“革去故”而“鼎取新”,明其亨飪有成新之用。此卦明聖人革命,示物法象,惟新其制,有“鼎”之義,“以木巽火”,有“鼎”之象,故名為《鼎》焉。變故成新,必須當理,故先元吉而後乃亨,故曰“鼎,元吉,亨”也。
孔頴達の疏が伸べて言う:「鼎」は一種の器物の名稱なり。人類が火を用いて食を熟すを懂得して以來、金屬を冶鑄してこの種の器物を做成し、烹煮飲食の用に供す、すなわち鼎と叫作す。生食を烹煮してそれを新熟の物と爲すは、もはや能く新しき法度を成就するなり。このように看れば、鼎は器物として兩層の意義を含有す。一は烹煮の功用有ること、二は象を取りて法を立つるの意思有ることなりゆえ、《彖傳》に「鼎、象也」と言うは、正にそれが法象を含有するを表明す。《雜卦傳》に「革は故を去り」て「鼎は新を取る」と言うは、則ちそれの烹煮に新物を成就するの功用有るを表明す。この一卦は聖人が天命を變革し、天下に向かって法象を昭示し、その制度を一新すを闡明し、「鼎」の意義を含有す。「以木巽火」、木は火の中に入るは、「鼎」の形象を含有すゆえ、命名して《鼎》と爲す。舊きを改變し新しきを成就するは、必ず正理に合乎するを須みずゆえ、先に「元吉」を説きて而後にこそ「亨」を説き、これによって卦辭は「鼎、元吉、亨」と作す。
《彖》曰:鼎,象也。法象也。[疏]正義曰:明鼎有亨飪成新之法象也。以木巽火,亨飪也。“亨飪”,鼎之用也。[疏]正義曰:此明上下二象有亨飪之用,此就用釋卦名也。
《彖傳》に言う:「鼎、象也」。王弼の注が解釋して言う:これは鼎が法を取るの象を含有するを言うなり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは鼎が烹煮して新を成すの法象を具有するを表明す。《彖傳》が續けて言う:「以木巽火、亨飪也」――木柴を火の中に送入するは、すなわち烹煮なり。王弼の注が解釋して言う:「亨飪」は正に鼎の功用なり。孔頴達の疏が伸べて言う:これは上下兩個の卦象が合して烹煮の功用有るを表明し、是れ功用の角度より卦名を釋す。
聖人亨,以享上帝,而大亨以養聖賢。亨者,鼎之所為也。“革去故”而鼎成新,故為亨飪調和之器也。去故取新,聖賢不可失也。飪,孰也。天下莫不用之,而聖人用之,乃上以享上帝,而下以“大亨”養聖賢也。[疏]正義曰:此明鼎用之美。亨飪所須,不出二種,一供祭祀,二當賓客。若祭祀則天神為大,賓客則聖賢為重,故舉其重大,則輕小可知。享帝直言“亨”,養人則言“大亨”者,享帝尚質,特性而已,故直言“亨”。聖賢既多,養須飽飫,故“亨”上加“大”字也。
《彖傳》に言う:「聖人亨、以享上帝、而大亨以養聖賢」――聖人は祭品を烹煮して用いて上帝を祭祀し、また大規模に烹煮して用いて聖賢を供養す。王弼の注が解釋して言う:烹煮は正に鼎の爲す所の事なり。《革》卦は舊きを去り、《鼎》卦は新しきを成就すゆえ、鼎は烹煮調和の器具なり。舊を去り新を取るの際は、聖賢は失掉すべからざるなり。「飪」はすなわち熟せしむるなり。天下に鼎を用いざるなく、而も聖人がそれを用いるは、上は以て上帝を祭享し、下は以て「大亨」して聖賢を供養す。孔頴達の疏が伸べて言う:これは鼎の功用の美を闡明す。烹煮の應付せんと要するの場合は兩種より外ならず。一は祭祀に供え、二は賓客を待つなり。祭祀の中は天神を以て最大と爲し、賓客の中は聖賢を以て最重と爲すゆえ、最も重大なるを擧出せば、則ち輕小なるは自然に推知し得べし。上帝を祭享するはただ一個の「亨」の字を説くのみ、賢人を供養するは却って「大亨」と説くは、上帝を祭享するは質樸を崇尚して一頭の牲畜を用いて足るに因るゆえ、ただ「亨」と説くのみ。聖賢は人數衆多にして、供養は彼らをして飽き足りて食足らしめんことを要するに因るゆえ、「亨」の字の上頭に一個の「大」の字を加ふ。
巽而耳目聰明。聖賢獲養,則巳不為而成矣,故“巽而耳目聰明”也。[疏]正義曰:此明鼎用之益。言聖人既能謙巽大養聖賢,聖賢獲養,則憂其事而助於巳,明目達聰,不勞己之聰明,則“不為而成矣”。
《彖傳》が續けて言う:「巽而耳目聰明」――謙順にして耳は聰く目は明らかなり。王弼の注が解釋して言う:聖賢は供養を獲得せば、則ち自己は必ずしも親自に手を動かすを須みず、事情もまた辦成せりゆえ、「巽而耳目聰明」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:これは鼎の功用の帶來する所の好處を闡明す。意思は言うに、聖人は既に能く謙遜柔順に大力に聖賢を供養し、聖賢は供養を得れば、すなわち彼に替わりて政事を操心し旁より輔助して、君主をして耳目は通達聰明ならしめ、自己一人の聰明を勞動するを須みず、ここに「爲せずして成る」、親自に手を動かすを須みずして事情は自然に成就す。
柔進而上行,得中而應乎剛,是以元亨。謂五也。有斯二德,故能成新,而獲“大亨”也。[疏]正義曰:此就六五釋“元吉亨”,以柔進上行,體巳獲通,得中應剛,所通者大,故能制法成新,而獲“大亨”也。
《彖傳》がまた言う:「柔進而上行、得中而應乎剛、是以元亨」――柔爻は上行し、中に居りて陽剛と相應す、ゆえに大いに亨通す。王弼の注が解釋して言う:ここに説く所は六五のこの一爻なり。それは「得中」と「應剛」の兩種の徳性を兼有すゆえ、能く新局を成就して「大亨」を獲得し得べし。孔頴達の疏が伸べて言う:これは六五の一爻に就きて卦辭の「元吉亨」を釋す。柔順の質を以て上に向かって行進し、自身は已に通達を取得し、また中位に居りて陽剛と相應し、通達する所の範圍は廣大なりゆえ、能く法度を訂立し新局を成就して「大亨」を獲得し得べし。
《象》曰木上有火,鼎。君子以正位凝命。凝者,嚴整之貌也。鼎者,取新成變者也。“革去故”而鼎成新。“正位”者,明尊卑之序也。“凝命”者,以成教命之嚴也。[疏]正義曰:“木上有火”,即是“以木巽火”,有亨飪之象,所以為鼎也。“君子以正位凝命”者,凝者,嚴整之貌也。鼎既成新,即須制法。制法之美,莫若上下有序,正尊卑之位,輕而難犯,布嚴凝之命,故君子象此以“正位凝命”也。
《象傳》に言う:「木上有火、鼎。君子以正位凝命」――木の上に火有り、是れ鼎の卦象なり。君子はこれにより位分を端正し政令を嚴肅にす。王弼の注が解釋して言う:「凝」は嚴整の樣子なり。鼎は新を取り變を成すの卦にして、《革》は舊きを去掉し、鼎は新しきを成就す。「正位」は尊卑の次序を明確にせんと要し、「凝命」は教令の森嚴を造成せんと要す。孔頴達の疏が伸べて言う:「木上有火」はもはや《彖傳》の言う所の「以木巽火」にして、烹煮の形象有りゆえ、鼎卦と成る。「君子以正位凝命」とは、「凝」は嚴整の樣子。鼎は既に新局を成就せば、すなわち法度を訂立せんことを須みず。法度を訂立するの美は、上下有序より更要緊なるはなし。尊卑の位分を端正して、それをして雖も寬緩なるも冒犯すべからざらしめ、嚴整の政令を頒布すゆえ、君子は此に取法して「正位凝命」す。
初六:鼎顛趾,利出否,得妾以其子,無咎。凡陽為實而陰為虛,鼎之為物,下實而上虛。而今陰在下,則是為覆鼎也,鼎覆則趾倒矣。否謂不善之物也。取妾以為室主,亦“顛趾”之義也。處鼎之初,將在納新,施顛以出穢,得妾以為子,故“無咎”也。
經文の初六の爻辭に言う:「鼎顛趾、利出否、得妾以其子、無咎」――鼎の足は翻倒し過ぎ來り、污穢の物を倒出するに利あり。妾を娶りてまた彼女に因りて兒子を生せり、過錯なし。王弼の注が解釋して言う:大凡陽は實・陰は虛、鼎のこの件の器物の形制は下面は實・上面は虛なり。今陰爻は却って下面に在れば、あれはすなわち倒扣の鼎と成り、鼎は一たび倒扣すれば、鼎足はすなわち上に向かって翻る。「否」が指す所は不好の物なり。妾を娶りて來りて正室の主を充當するは、同じく「顛趾」のこの種の本末倒置の意思なり。初六は鼎卦の開頭に處り、將に新物を接納せんとす、先に鼎を翻し過ぎて污穢を倒掉し、また妾の生せし兒子を得るに因りて彼女を立てて繼室と爲すゆえ、「無咎」。
[疏]正義曰:“鼎顛趾”,趾,足也。凡陽為實而陰為虛,鼎之為物,下實而上虛。初六居鼎之始,以陰處下,則是下虛上實,而鼎足倒矣,故曰“鼎顛趾”也。“利出否”者,否者不善之物,鼎之倒趾,失其所利,鼎覆而不失其利,在於寫出否穢之物也,故曰“利出否也”。“得妾以其子,無咎”者,妾者側媵,非正室也。施之於人,正室雖亡,妾猶不得為室主。妾為室主,亦猶鼎之顛趾,而有咎過。妾若有賢子,則母以子貴,以之繼室,則得“無咎”,故曰“得妾以其子,無咎”也。
孔頴達の疏が伸べて言う:「鼎顛趾」とは、「趾」はすなわち足なり。大凡陽は實・陰は虛、鼎のこの件の器物は下は實にして上は虛なり。初六は鼎卦の起始に居り、陰爻を以て最下に處れば、あれはすなわち下は虛にして上は實、鼎足はここに翻倒し過ぎ來るゆえ、「鼎顛趾」と言う。「利出否」とは、「否」は不好の物。鼎足は翻倒して、本已にそれの便利を失えり、然れど鼎は雖も翻覆するもなお可取の利有りて、能く污穢の物を傾倒し出すに在るゆえ、「利出否」と言う。「得妾以其子、無咎」とは、妾は陪嫁の側室にして、正妻に非ず。人事に落とせば、正妻は雖も亡故するも、妾もなお一家の主と爲る能わず。妾は一家の主を做せば、もはや鼎足の翻倒するがごとく、是れ過失有るなり。然れど妾もし賢能の兒子を生有せば、母と爲るは兒子に因りて尊貴と爲り、彼女を扶正して繼室と爲せば、便ち「無咎」し得べしゆえ、「得妾以其子、無咎」と言う。
《象》曰:“鼎顛趾”,未悖也。倒以寫否,故未悖也。[疏]正義曰:“未悖也”者,倒趾以出否,未為悖逆也。“利出否”,以從貴也。棄穢以納新也。[疏]正義曰:“以從貴”者,舊,穢也。新,貴也。棄穢納新,所以“從貴”也。然是去妾之賤名而為室主,亦從子貴也。
《象傳》に言う:「『鼎顛趾』、未悖也」。王弼の注が解釋して言う:鼎を倒し過ぐるは污穢を傾出せんがためなれば、並びに違逆せず。孔頴達の疏が伸べて言う:「未悖也」とは、鼎足を翻轉して穢物を倒出するは、悖逆と算せずを言う。《象傳》がまた言う:「『利出否』、以從貴也」。王弼の注が解釋して言う:これは污穢を丟棄して以て新物を接納するなり。孔頴達の疏が伸べて言う:「以從貴」とは、舊きはすなわち污穢にして、新しきはこそ貴重なり。污穢を丟棄し新物を接納すゆえ、「從貴」と叫作す。而も人事の上は、これもはや妾のこの個の卑賤の名分を去掉して一家の主と成るにして、同じく兒子に隨いて尊貴と變ずるなり。
九二:鼎有實,我仇有疾,不我能即,吉。以陽之質,處鼎之中,有實者也。有實之物,不可復加,益之則溢,反傷其實。“我仇”,謂五也。困於乘剛之疾不能就我,則我不溢,得全其吉也。[疏]正義曰:實謂陽也。仇是匹也。即,就也。九二以陽之質,居鼎之中,“有實”者也,故曰“鼎有實”也。有實之物,不可復加也。加之則溢,而傷其實矣。六五我之仇匹,欲來應我,“困於乘剛之疾不能就我,則我不溢”而“全其吉”也,故曰“我仇有疾,不我能即,吉”。
經文の九二の爻辭に言う:「鼎有實、我仇有疾、不我能即、吉」――鼎の中に物を盛滿ちたり、我が配偶は病有りて、我に靠近する能わず、吉利。王弼の注が解釋して言う:九二は陽剛の質を以て鼎の中間に處り、是れ「有實」なり。已に裝滿せる物は再び上に添ふる能わず、添ふればすなわち溢出して、反って原有の實物を損傷す。「我仇」が指す所は六五なり。六五は陽剛の上に凌駕するの毛病に困せられて、靠拢して來る能わず、則ち我のこの一鼎は滿溢に至らずして、その吉利を保全することを得たり。孔頴達の疏が伸べて言う:「實」は陽爻を指し、「仇」は配偶匹對、「即」は靠近なり。九二は陽剛の質を以て鼎の中位に居り、是れ「有實」なれば、「鼎有實」と言う。已に裝實せる物は再び添ふる能わず、添ふればすなわち滿溢して原有の實を損傷す。六五は我が配偶にして、本來前來して我と相應せんと欲するも、却って「乘剛の疾に困して我に就能わず、則ち我は溢れず」して「その吉を全くす」ゆえ、「我仇有疾、不我能即、吉」と言う。
《象》曰:“鼎有實”,慎所之也。有實之鼎,不可復有所取。才任巳極,不可復有所加。[疏]正義曰:“慎所之”者,之,往也。自此巳往,所宜慎之也。“我仇有疾”,終無尤也。[疏]正義曰:“終無尤也”者,五既有乘剛之疾,不能加我,則我“終無尤也”。
《象傳》に言う:「『鼎有實』、愼所之也」。王弼の注が解釋して言う:已に盛滿ちたる鼎は、再び裏に添取すべからず。才具と擔當は已に極限に到れば、すなわち再び上に加ふる能わず。孔頴達の疏が伸べて言う:「愼所之」とは、「之」はすなわち往なり。此より以後前往有る所は、皆應當に謹愼すべし。《象傳》がまた言う:「『我仇有疾』、終無尤也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「終無尤也」とは、六五は既に陽剛を凌駕するの毛病有りて、我が身の上に加はる能わざれば、則ち我は「終無尤也」、始終過失なきなり。
九三:鼎耳革,其行塞,雉膏不食。方雨虧悔,終吉。“鼎”之為義,虛中以待物者也。而三處下體之上,以陽居陽,守實無應,無所納受。耳宜空以待鉉,而反全其實塞,故曰“鼎耳革,其行塞”,雖有雉膏,而終不能食也。雨者,陰陽交和,不偏亢者也,雖體陽爻,而統屬陰卦。若不全任剛亢,務在和通,“方雨”則悔虧,終則吉也。
經文の九三の爻辭に言う:「鼎耳革、其行塞、雉膏不食。方雨虧悔、終吉」――鼎耳は樣を變へ、鼎の搬運は阻塞し、肥美の野鷄肉は食するを得ず。將に雨の降らんとする時は悔恨は减輕し、最終に吉利。王弼の注が解釋して言う:「鼎」の意義は中間を空虛にして以て外物を容納するを待つに在り。然れど九三は下卦の頂端に處り、陽爻を以て陽位に居り、自己の充實を固守してまた相應の爻なく、外物を接納する所なし。鼎耳は本應に中空にして以て鼎を擧ぐるの橫杠を貫入するに便す、今反って完全に實塞すゆえ、「鼎耳革、其行塞」と言う――雖も鼎の裏に肥美の野鷄肉有るも、終竟食するを得る人なし。「雨」は陰陽の交合調和して一方の亢盛に偏せざるの象徵なり。九三は雖も本身是陽爻なるも、却って陰卦に統屬す。もし完全に剛強亢進に任せずして、調和通達に着意せば、則ち「方雨」の將に雨の降らんとする時は悔恨はすなわち减損して、最後に吉利を獲得せん。
[疏]“九三鼎耳革”至“終吉”。○正義曰:“鼎耳革其行塞”者,“鼎”之為義,下實上虛,是空以待物者也。“鼎耳”之用,亦宜空以待鉉。今九三處下體之上,當此鼎之耳,宜居空之地,而以陽居陽,是以實處實者也。既實而不虛,則變革鼎耳之常義也。常所納物受鉉之處,今則塞矣,故曰“鼎耳革,其行塞”也。“雉膏不食”者,非有體實不受,又上九不應於己,亦無所納,雖有其器,而無所用,雖有雉膏,而不能見食也,故曰:“雉膏不食。”
孔頴達の疏が「九三鼎耳革」から「終吉」までを解說す:○正義に曰く:「鼎耳革、其行塞」とは、「鼎」の意義は下面は充實・上面は空虛にして、正に地方を空けて以て外物を容納するを待つなり。「鼎耳」の功用も、また應當に中空にして以て橫杠を貫入するに便すべし。今九三は下卦の頂端に處り、正に鼎耳の位置に當たり、本應に空虛の地に居るべきに、却って陽爻を以て陽位に居り、是れ實在の質を以て實在の位に處るなり。既に實にして虛ならざれば、すなわち鼎耳の應有の常理を更改せり。原本外物を納れ橫杠を承受するの用の地方は、今阻塞せられたりゆえ、「鼎耳革、其行塞」と言う。「雉膏不食」とは、ただ自身が實塞して接納する能わざるのみならず、上九もまたそれと相應せず、同じく容納する所なし。雖もこの件の器物有るも用に派せず、雖も肥美の野鷄肉有るも食するを得る人なしゆえ、「雉膏不食」と言う。
“方雨虧悔,終吉”者,“雨者,陰陽交和,不偏亢者也。雖體陽爻,而統屬陰卦。若不全任剛亢,務在和通”,方欲為此和通,則悔虧而終獲吉,故曰“方雨虧悔,終吉”也。
疏文が續けて「方雨虧悔、終吉」を釋す:ここに王弼の注を引く「雨は、陰陽交和して、偏亢せざるなり。雖も體は陽爻なるも、而も陰卦に統屬す。若し全く剛亢に任せずして、務めて和通せば」――雨は陰陽の交合調和して亢盛に偏せざるの象徵なり。九三は雖も本身是陽爻なるも、却って陰卦に統屬す。もし一味に剛強亢進に任せずして、調和通達に致力せば、則ち正にかくのごとく和通せんと要するの時に當たり、悔恨はすなわち减損して最終に吉利を獲得せんゆえ、「方雨虧悔、終吉」と言う。
《象》曰:“鼎耳革”,失其義也。[疏]正義曰:“失其義也”者,失其虛中納受之義也。
《象傳》に言う:「『鼎耳革』、失其義也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「失其義也」とは、九三が鼎耳の中間空虛にして以て容納承受するの本義を失掉せるを言う。
九四:鼎折足,覆公餗,其形渥,凶。處上體之下而又應初,既承且施,非巳所堪,故曰“鼎折足”也。初已“出否”,至四所盛,則巳絜矣,故曰“覆公餗”也。渥,沾濡之貌也。既“覆公餗”,體為渥沾,知小謀大,不堪其任,受其至辱,災及其身,故曰“其形渥,凶”也。
經文の九四の爻辭に言う:「鼎折足、覆公餗、其形渥、凶」――鼎足は折斷し、君公の美食を傾覆し、身上は湯汁に沾濕せられ、凶險。王弼の注が解釋して言う:九四は上卦の最下位に處り、また初六と相應し、既に上面を承受しまた下面に施惠せんと要す、是れ自己の承擔し得起るに非ずゆえ、「鼎折足」と言う。初六のあそこは已に「出否」して污穢を倒掉せり、九四に到れば鼎の裏の盛る所は已に潔淨なりゆえ、「覆公餗」と言う。「渥」は沾濕の樣子なり。既に君公の美食を傾覆せれば、身上は便ち湯汁に沾濕せられん。智慧は短小にして却って大事を圖謀し、この份の責任を擔當する能わず、極大の羞辱を蒙受し、災禍は自身に波及すゆえ、「其形渥、凶」と言う。
[疏]“九四鼎折足”至“其形渥凶“。○正義曰:“鼎折足,覆公餗”者,餗,糝也。八珍之膳,鼎之實也。初以“出否”,至四所盛,故當馨絜矣,故以“餗”言之。初處下體之下,九四處上體之下,上有所承而又應初,下有所施,既承且施,非己所堪,故曰“鼎折足”。鼎足既折,則“覆公餗”也。“渥,沾濡之貌也。既覆公餗”,體則渥霑也。施之於人,知小而謀大,力薄而任重,如此必受其至辱,災及其身也,故曰“其形渥,凶”。
孔頴達の疏が「九四鼎折足」から「其形渥凶」までを解說す:○正義に曰く:「鼎折足、覆公餗」とは、「餗」はすなわち米と肉を用いて調和せる稠羹にして、八種の珍饈の類の美食に屬し、もはや鼎の中の盛る所の物なり。初六の時は已に「出否」して污穢を倒掉せり、九四に到れば鼎の中の盛る所は應當に已に芳香潔淨なるべしゆえ、「餗」の字を用いてそれを稱呼す。初六は下卦の最下位に處り、九四は上卦の最下位に處り、上面に承奉する所有りてまた初六と相應し、下面に施與する所有り。既に承奉しまた施與せんと要するは、自己の承擔し得るに非ずゆえ、「鼎折足」と言う。鼎足は既に折斷せば、すなわち「覆公餗」、美食を傾覆せり。「渥は、沾濡の貌なり。既に公餗を覆せば」、身上は便ち湯汁に沾濕せられん。人事に落とせば、すなわち智慧は短小にして却って大事を圖謀し、力量は單薄にして擔子は沉重なり。かくのごときは必ず極大の羞辱を蒙受し、災禍は自身に波及せんゆえ、「其形渥、凶」と言う。
《象》曰:“覆公餗”,信如何也。不量其力,果致凶災,信之如何?[疏]正義曰:“信如何也”者,言不能治之於未亂,既敗之後,乃責之云:不量其力,果致凶災,災既及矣,信如之何也?言信有此不可如何之事也。
《象傳》に言う:「『覆公餗』、信如何也」。王弼の注が解釋して言う:自己の力量を衡量せずして、果して凶災を招來せり、事已に此に至りては真に奈何ともすべきなし。孔頴達の疏が伸べて言う:「信如何也」とは、九四が能く禍亂の未だ起らざるの時に於て整治を加えず、事情の敗壞したる後に至りて、こそ彼を責備して曰く:自己の力量を衡量せずして、果して凶災を招致せり。災禍は既に頭に臨み、實にそれを如何ともすべきや。意思は確かにこの種の奈何ともすべからざるの事有るを言う。
六五:鼎黃耳金鉉,利貞。居中以柔,能以通理,納乎剛正,故曰“黃耳金鉉,利貞”也。耳黃,則能納剛正以自舉也。[疏]正義曰:黃,中也。金,剛也。鉉所以貫鼎而舉之也。五為中位,故曰“黃耳”。應在九二,以柔納剛,故曰“金鉉”。所納剛正,故曰“利貞”也。
經文の六五の爻辭に言う:「鼎黃耳金鉉、利貞」――鼎に黃色の耳・金屬の橫杠有り、正を守るに利あり。王弼の注が解釋して言う:六五は柔順の質を以て中位に居り、能く事理を通達し、剛健中正の一方を接納すゆえ、「黃耳金鉉、利貞」と言う。鼎耳は黃色なれば、すなわち能く剛正の物を接納して來りて自己を擧起せしめ得べし。孔頴達の疏が伸べて言う:「黃」は中、「金」は剛、「鉉」は鼎耳に穿過して鼎を擡起するの橫杠なり。六五は上卦の中位に處るゆえ、「黃耳」と言う。それの應ずる所は九二にして、柔順を以て陽剛を接納すゆえ、「金鉉」と言う。接納する所は剛健中正の爻なれば、「利貞」と言う。
《象》曰:“鼎黃耳”,中以為實也。以中為實,所受不妄也。[疏]正義曰:“中為實也”者,言六五“以中為實,所受不妄也”。
《象傳》に言う:「『鼎黃耳』、中以爲實也」。王弼の注が解釋して言う:中道を以て自己の實質と爲せば、接受する所の物は荒謬妄亂ならざらん。孔頴達の疏が伸べて言う:「中爲實也」とは、六五が「中を以て實と爲し、受くる所は妄ならず」――中道を把って自己の充實の內容と當て、これによってそれの接納する所は皆虛妄ならざるを言う。
上九:鼎玉鉉,大吉,無不利。處鼎之終,鼎道之成也。居鼎之成,體剛履柔,用勁施鉉,以斯處上,高不誡亢,得夫剛柔之節,能舉其任者也。應不在一,則應所不舉,故曰“大吉,無不利”也。[疏]正義曰:“鼎玉鉉”者,玉者,堅剛而有潤者也。上九居鼎之終,鼎道之成,體剛處柔,則是用玉鉉以自舉者也,故曰“鼎玉鉉”也。“大吉,無不利”者,應不在一,即靡所不舉,故得“大吉”而“無不利”。
經文の上九の爻辭に言う:「鼎玉鉉、大吉、無不利」――鼎は玉制の橫杠を配し、大いに吉利、利ならざるなし。王弼の注が解釋して言う:上九は鼎卦の終點に處り、正に鼎道の成就するの時なり。鼎道の已に成れる處に居り、本體は陽剛にして履む所は柔位と爲し、堅勁の質を用いて橫杠を充當す。このごとき姿態を憑じて上位に居れば、雖も高きも亢極に至らず、剛と柔の分寸を獲得せり、是れこの份の重任を擔當し得起るなり。それの相應は某一爻に限らずゆえ、凡そ應ずる所有れば擧げられざるなし、これによって「大吉、無不利」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「鼎玉鉉」とは、玉は堅硬剛強にしてまた溫潤の物なり。上九は鼎卦の末位に處り、鼎道は已に成り、本體は剛強にして居る所は柔位と爲す、あれはすなわち玉制の橫杠を用いて來りて自己を擡擧するなれば、「鼎玉鉉」と言う。「大吉、無不利」とは、それの相應は一爻に限らず、もはや擧げ起こし得ざるなきなれば、能く「大吉」を得て「無不利」たり。
《象》曰:玉鉉在上,剛柔節也。[疏]正義曰“剛柔節”者,以剛履柔,雖復在上,不為《乾》之“亢龍”,故曰“剛柔節”也。
《象傳》に言う:「玉鉉在上、剛柔節也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「剛柔節」とは、上九が陽剛の質を以て柔位の上に踏むを言う、雖も身は最上に處るも、却って《乾》卦の上九のごとき「亢龍」と成るに至らずゆえ、「剛柔節」と言う、剛と柔は各々節度有り。
震卦
震下震上。震:亨。懼以成,則是以亨。[疏]正義曰:震,動也。此,由懼而獲通,所以震有亨德,故曰“震亨”也。
《震》卦の卦體は震は下に在り、震は上に在り、兩雷は相重ねり。經文の卦辭に言う:「震:亨」――震動して亨通。王弼の注が解釋して言う:戒懼に因りて成就有れば、能く亨通し得べし。孔頴達の疏が伸べて言う:「震」は動の意思なり。この一卦は戒懼に由りて通達を獲得するに因るゆえ、《震》卦は亨通の徳を具有し、これによって「震亨」と言う。
震來虩虩,笑言啞啞。震之為義,威至而後乃懼也,故曰“震來虩虩”,恐懼之貌也。震者,驚駭怠惰以肅解慢者也,故“震來虩虩,恐致福也。笑言啞啞,後有則也”。[疏]正義曰:“虩虩”,恐懼之貌也。“啞啞”,笑語之聲也。“震”之為用,天之威怒,所以肅整怠慢,故迅雷風烈,君子為之變容,施之於人事,則是威嚴之教行於天下也。故震之來也,莫不恐懼,故曰“震來虩虩”也。物既恐懼,不敢為非,保安其福,遂至笑語之盛,故曰“笑言啞啞”也。
卦辭が續けて言う:「震來虩虩、笑言啞啞」――雷震の來る時は人人驚懼し、過ぎ後はまた談笑自如なり。王弼の注が解釋して言う:「震」の意義は威勢の降臨したる後に人はこそ畏懼を生出すゆえ、「震來虩虩」と言う、「虩虩」は恐懼の樣子なり。震は驚駭を用いて懈怠を警醒し、肅殺を用いて散漫を整治するなれば、《彖傳》に「震來虩虩、恐致福也。笑言啞啞、後有則也」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「虩虩」は恐懼の樣子、「啞啞」は笑談の聲音なり。「震」の作用は上天の威怒にして、用いて懈怠傲慢を整肅すゆえ、迅疾の雷・猛烈の風に遇うに及んでは、君子もまたそれのために容を改め色を失う。人事に落とせば、すなわち威嚴の教令が天下に通行するなり。ゆえに震威は一たび來れば、恐懼せざるなく、これによって「震來虩虩」と言う。衆人は既に恐懼せば、すなわち非分の事を做すを敢えてせず、從って安んじて自己の福分を享受し保全して、終に談笑歡洽の地步に到るゆえ、「笑言啞啞」と言う。
震驚百里,不喪匕鬯。威震驚乎百里,則是可以不喪七鬯矣。匕,所以載鼎實;鬯,香酒,奉宗廟之盛也。
卦辭がまた言う:「震驚百里、不喪匕鬯」――雷威は百里の遠に震動す、而も主祭者の手中の匕と鬯酒は皆失落せず。王弼の注が解釋して言う:威勢は百里の外に震動し得べきは、則ち匕と鬯を失落せざるを做到し得べし。「匕」は鼎の中の祭肉を舀出して盛放するの器具、「鬯」は芬芳の香酒にして、皆宗廟に供奉するの盛大の祭品なり。
[疏]“震驚百里,不喪七鬯”。○正義曰:匕,所以載鼎實;鬯,香酒也。奉宗廟之盛者也。震卦施之於人,又為長子,長子則正體於上,將所傳重,出則撫軍,守則監國,威震驚於百里,可以奉承宗廟,彝器粢盛,守而不失也,故曰“震驚百里,不喪七鬯”。○注“威震驚乎百里”至“宗廟之盛也”。○正義曰:先儒皆云:雷之發聲,聞乎百里。故古帝王制國,公侯地方百里,故以象焉。竊謂天之震雷,不應止聞百里,蓋以古之啟土,百里為極。文王作《繇》在殷時,明長子威震於一國,故以“百里”言之也。
孔頴達の疏が「震驚百里、不喪匕鬯」の一句を解說す:○正義に曰く:「匕」は鼎の中の祭肉を舀出し盛放するの器具、「鬯」は香酒にして、皆宗廟に供奉するの盛大の祭品なり。《震》卦は人事に落とせば、また長子を象徵す。長子は上に在りて正統の體を繼承し、將に宗廟傳重の責任を承擔せんとし、國君は出行すれば則ち彼に由りて軍隊を統率し、國君は留守すれば則ち彼に由りて代理して監國す。彼の威勢は百里の遠に震動せば、すなわち能く宗廟を承奉し、彝器と祭品を守護して失落せしめずゆえ、「震驚百里、不喪匕鬯」と言う。○下面は王弼の注の「威震は百里に驚かす」から「宗廟の盛なり」までの一段を釋す:○正義に曰く:前代の學者は皆言う、雷聲は發出して百里の外に傳到し得べしゆえ、古代の帝王が封國を劃分するに、公侯の領地は方圓百里、すなわち此に取象せり。我が私に以爲すらく、上天の震雷は應にただ百里に傳るのみならざるべし、ほぼ古時は疆土を開闢するに百里を以て極限と爲したるに因る。周文王が卦爻辭を作るは殷商の時に在りて、長子の威勢が一國に震動するを表明せんがためのなれば、「百里」を用いて言うなり。
“匕所以載鼎實,鬯香酒”者,陸績云:“匕者棘匕,橈鼎之器。”先儒皆云:匕形似畢,但不兩岐耳。以棘木為之,長三尺,刊柄與末。《詩》云“有捄棘匕”是也。用棘者,取其赤心之義。祭祀之禮,先烹牢於鑊,既納諸鼎而加冪焉。將薦乃舉冪,而以匕出之,升於俎上,故曰“匕所以載鼎實”也。鬯者,鄭玄之義,則為秬黍之酒,其氣調暢,故謂之“鬯”。《詩傳》則為鬯是香草。案:王度《記》云:“天子鬯,諸侯薰,大夫蘭。”以例而言之,則鬯是草明矣。今特言“匕鬯”者,鄭玄云:“人君於祭祀之禮,尚牲薦鬯而巳,其餘不足觀也。”
疏文が續けて注文「匕は鼎實を載する所以なり、鬯は香酒」を釋す:陸績が言う:「匕はすなわち棘匕にして、鼎の中の物を攪動するの器具なり」。前代の學者は皆言う、匕の形狀は「畢」のこの種の叉形器具に像たり、ただ末端は兩叉に分れざるのみ。棘木を用いて制成し、長さ三尺、柄と末端は皆削治を加ふ。《詩經》の裏に説く「有捄棘匕」、あの彎長の棘木の匕は、指す所はそれなり。棘木を用いる所以は、棘木の心材は色は赤く赤誠の心を象徵するの意思を取ればなり。祭祀の禮節は:先に大鑊の裏に牲體を煮熟し、然る後に鼎の中に盛入して覆巾を蓋す。將に進獻せんとする時にこそ覆巾を揭開し、匕を用いて牲體を取出し、俎の上に擺るゆえ、「匕は鼎實を載する所以なり」と言う。「鬯」に至るは、鄭玄の解釋に按ずれば、黑黍を用いて釀成せる酒にして、氣味は調和舒暢すゆえ、「鬯」と叫作す。《詩傳》は則ち鬯は一種の香草と認む。王度《記》を査するに言う:「天子は鬯を用い、諸侯は薰を用い、大夫は蘭を用う」。この體例に按ずれば、鬯は草たるは甚だ明白なり。ここに單に「匕鬯」を擧出するは、鄭玄が説くに因る:「君主は祭祀の禮儀の中に、重んずる所は不過獻牲・進鬯のみ、其餘は皆特に稱道するに足らず」。
《彖》曰:“《震》,亨。”“震來虩虩”,恐致福也。“笑言啞啞”,後有則也。“震驚百里”,驚遠而懼邇也。威靈驚乎百里,則惰者懼於近也。
《彖傳》に言う:「《震》、亨。『震來虩虩』、恐致福也。『笑言啞啞』、後有則也。『震驚百里』、驚遠而懼邇也」――震動して亨通。雷の來る時は人人驚懼す、正に恐懼に因りて福分を招來す。過ぎ後は談笑自如なり、是れ此より後に行事に法則有ればなり。震威は百里に驚動す、是れ遠處の人をして驚かしめ近處の人をして畏懼せしむるなり。王弼の注が解釋して言う:威靈は百里の外に震驚すれば、則ち懈怠の人は近處に於ていよいよ畏懼す。
[疏]“《彖》曰震亨”至“懼邇也”。○正義曰:“震亨”者,卦之名德。但舉《經》而不釋名德所由者,正明由懼得通,故曰“震亨”,更無他義。或本無此二字。“震來虩虩,恐致福也”者,威震之來,初雖恐懼,能因懼自修,所以致福也。”笑言啞啞,後有則也”者,因前恐懼自修,未敢寬逸,致福之後,方有“笑言”。以曾經戒懼,不敢失則,必時然後言,樂然後笑,故曰“笑言啞啞,後有則也”。“震驚百里,驚遠而懼邇”者,言威震驚於百里之遠,則惰者恐懼於近也。
孔頴達の疏が《彖傳》の「震亨」から「懼邇也」までを解說す:○正義に曰く:「震亨」は卦の名稱と徳性なり。《彖傳》はただ經文を擧出してこの名德の由來を解釋せず、正にそれが單に戒懼に由りて通達を得るを表明せんと要すゆえ、「震亨」と言う、別に其他の意思なし。有る本子の上は「震亨」の兩字なし。「震來虩虩、恐致福也」とは、威震の來臨の初は雖も恐懼するも、却って恐懼に因りて自我修省し得べきを言うゆえ、福分を招來す。「笑言啞啞、後有則也」とは、先前恐懼自修して放寬松懈するを敢えてせざるに由りて、福分を招來したる後に至りて、こそ説笑有るを言う。曾て戒懼したること有るに因りて、法度を失掉するを敢えてせず、必ず説話すべきに到りてこそ説き、歡樂すべきに到りてこそ笑うゆえ、「笑言啞啞、後有則也」と言う。「震驚百里、驚遠而懼邇」とは、威震は能く百里の遠に驚動すれば、則ち懈怠の人は近處に於て自然に恐懼するを言う。
出,可以守宗廟社稷,以為祭主也。明所以堪長子之義也。“不喪匕鬯”,則巳“出可以守宗廟”。[疏]“出可以守宗廟”至“為祭主也”。○正義曰:釋“不喪匕鬯”之義也。出,謂君出巡狩等事也。君出,則長子留守宗廟社稷,攝祭主之禮事也。○注“巳出”。○正義曰:“巳出”謂君也。
《彖傳》が續けて言う:「出、可以守宗廟社稷、以爲祭主也」――國君は外出するの時、長子は能く宗廟社稷を守護し、主祭の人を充當し得べし。王弼の注が解釋して言う:これは長子が何を以て繼承の重任を擔當し得べきの道理を表明す。既に能く「不喪匕鬯」なれば、則ち國君は一旦外出せば、彼は「可以守宗廟」なり。孔頴達の疏が「出可以守宗廟」から「爲祭主也」までを解說す:○正義に曰く:これは「不喪匕鬯」の意思を釋す。「出」は國君の外出して巡狩するの類の事を指す。國君は外出せば、長子はすなわち留下して宗廟社稷を守護し、代行して主祭の禮儀職事を行う。○下面は注文の中の「巳出」の二字を釋す:○正義に曰く:「巳出」の「巳」が指す所は國君なり。
《象》曰:洊雷,震。君子以恐懼脩省。[疏]正義曰:洊者,重也,因仍也。雷相因仍,乃為威震也。此是重震之卦,故曰“洊雷震”也。“君子以恐懼修省”者,君子恆自戰戰兢兢,不敢懈惰,今見天之怒,畏雷之威,彌自脩身省察己過,故曰“君子以恐懼脩省”也。
《象傳》に言う:「洊雷、震。君子以恐懼脩省」――雷聲は接連不斷、これすなわち震なり。君子はこれにより心に恐懼を懷き身を修め省みる。孔頴達の疏が伸べて言う:「洊」は重疊・相因相繼の意思にして、雷聲は一個接一個に相繼して來りて、こそ威震と成る。此の卦は兩個の震卦の相重なれば、「洊雷震」と言う。「君子以恐懼修省」とは、君子は平素より戰戰兢兢として懈怠懶惰するを敢えてせず。今上天の怒るを見、雷霆の威勢を畏懼して、いよいよ自身を修養し自己の過失を省察すゆえ、「君子以恐懼脩省」と言う。
初九:“震來虩虩”,後“笑言啞啞”,吉。體夫剛德,為卦之先,能以恐懼脩其德也。[疏]正義曰:初九剛陽之德,為一卦之先,剛則不闇於幾,先則能有前識。故處震驚之始,能以恐懼自脩,而獲其吉,故曰“震來虩虩,後笑言啞啞,吉”。此爻辭兩句,既與卦同,《象》辭釋之,又與《彖》不異者,蓋卦主威震之功,令物恐懼致福,爻論遇震而懼、脩省致福之人,卦則自震言人,爻則據人威震,所說雖殊,其事一也。所以爻卦二辭,本未俱等,其猶《屯卦》初九,與卦俱稱“利建侯”。然卦則凡舉屯時,宜其有所封建,爻則“以貴下賤”,則是堪建之人,此《震》之初九,亦其類也。
經文の初九の爻辭に言う:「『震來虩虩』、後『笑言啞啞』、吉」。王弼の注が解釋して言う:初九は陽剛の徳を秉有し、全卦の首に居り、能く戒懼を憑じて來りて自己の徳行を修養し得べし。孔頴達の疏が伸べて言う:初九は剛健陽明の徳を具有し、一卦の最前に處す。剛健なればすなわち事情の苗头に對して懵然として知らざるなく、先に居ればすなわち豫先の見識有るを得べし。ゆえにそれは震驚の開端に處りて、能く恐懼を憑じて自我修養し、因而して吉利を獲得すゆえ、「震來虩虩、後笑言啞啞、吉」と言う。この條の爻辭の兩句は既に卦辭と相同じく、《象傳》のそれに對する解釋はまた《彖傳》と分別なし。あれは因るに:卦辭は威震の功效に着眼して、萬物をして恐懼して福分を招來せしめんとす。爻辭は則ちあの震動に遇いて畏懼を生じ身を修め過を省みて福を得るの人を論述す。卦は「震」のこの一邊より人を説き、爻は人のこの一邊に就きて威震を承受す、説く所の角度は雖も不同なるも、講ずる所は却って同じ一件の事なれば、爻辭と卦辭の兩處の措辭は、本末は完全に相當す。これは好比《屯》卦の初九と卦辭が同じく「利建侯」と稱するがごとし。卦辭は籠統に屯難の時に應當に諸侯を分封するを擧出し、爻辭は則ち初九が能く「以貴下賤」するを説きて、正に受封を堪當するの人なり。《震》卦の初九もまたこの一類に屬す。
《象》曰:“震來虩虩,恐致福也。笑言啞啞,後有則也。”六二:震來厲,億喪貝。躋于九陵,勿逐,七日得。“震”之為義,威駭怠懈,肅整惰慢者也。初幹其任而二乘之,“震來”則危,喪其資貨,亡其所處矣,故曰“震來厲,億喪貝”。億,辭也。貝,資貨、糧用之屬也。犯逆受戮,無應而行,行無所舍。威嚴大行,物莫之納,無糧而走。雖復超越陵險,必困於窮匱,不過七日,故曰“勿逐,七日得”也。
《象傳》に言う:「『震來虩虩』、恐致福也。『笑言啞啞』、後有則也」。文字は《彖傳》と相同じ。經文の六二の爻辭に言う:「震來厲、億喪貝。躋于九陵、勿逐、七日得」――雷震の來る時は危險有り、錢財を喪失せり。高高の山陵に登上せよ、追い去るを須みず、七日の內に自ら尋囘せん。王弼の注が解釋して言う:「震」の意義は威勢を用いて懈怠の人を驚駭し懶散の輩を整肅するなり。初九は震動の職任を擔當し、六二は却ってそれの上面に凌駕す、震威は一たび來ればすなわち危險有りて、自己の財貨を喪失し、もはや安身の處を失掉せりゆえ、「震來厲、億喪貝」と言う。「億」は語助の辭、「貝」は財貨・糧食用度の一類の物なり。六二は冒犯忤逆して懲處を遭受し、相應の爻なくして却って出行せんと要し、行走する時は止宿する處なし。威嚴は大いに施行され、外物はそれを收容するを肯んずるなく、糧食なくしてまた奔逃せんと要し、雖も山陵險阻を翻越するも、必ず窮乏の中に困して、七日を撑過する能わざらんゆえ、「勿逐、七日得」と言う。
[疏]“六二震來厲億”至“勿逐七日得”。○正義曰:“震來厲,億喪貝”者,“億,辭也。貝,資貨糧用之屬”。震之為用,本威惰慢者也。初九以剛處下,聞震而懼,恐而致福,即是有德之人。六二以陰賤之體,不能敬於剛陽,尊其有得,而反乘之,是傲尊陵貴,為天所誅。震來則有危亡,喪其資貨,故曰“震來厲,億喪貝”也。“躋于九陵,勿逐,七日得”者,躋,升也。“犯逆受戮,無應而行,行無所舍。威嚴大行,物莫之納”。既喪資貨,“無糧而走,雖復超越陵險,必困於窮匱,不過七日”,為有司所獲矣,故曰“躋于九陵,勿逐,七日得”。
孔頴達の疏が「六二震來厲億」から「勿逐七日得」までを解說す:○正義に曰く:「震來厲、億喪貝」とは、「億は、辭なり。貝は、資貨糧用の屬」――「億」は語氣詞、「貝」は財貨糧用の類を指す。震の作用は本來威勢を用いて懈怠傲慢の人に對付するなり。初九は陽剛を以て下位に居り、雷震を聞けばすなわち戒懼し、恐懼に因りて福分を招來す、正に徳有るの人なり。六二は陰柔卑賤の質を以て、能く陽剛を敬重し徳有る人を尊崇せず、反ってそれの頭の上に騎る、これすなわち傲慢に尊貴を欺凌し、上天の誅罰を被らんと要するなり。震威は一たび來ればすなわち危亡有りて、自己の財貨を喪失すゆえ、「震來厲、億喪貝」と言う。「躋于九陵、勿逐、七日得」とは、「躋」は登上なり。「犯逆して戮を受け、應なくして行けば、行けども舍る所なし。威嚴大行して、物はそれを納るること莫し」――冒犯忤逆して刑戮を受け、應なくして出行すれば、走りて何れの處に到るも止宿する處なし、威嚴は大いに世に行われ、それを收留するを肯んずるなし。既に財貨を喪失せり、「糧なくして走り、雖も復た陵險を超越するも、必ず窮匱に困し、七日を過ぎず」、すなわち主管の官吏に抓獲せられんゆえ、「躋於九陵、勿逐、七日得」と言う。
《象》曰:“震來厲”,乘剛也。[疏]正義曰:“乘剛也”者,只為乘於剛陽,所以犯逆受戮也。
《象傳》に言う:「『震來厲』、乘剛也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「乘剛也」とは、ただ六二が陽剛の爻の上頭に騎るに因るのみ、こそ冒犯忤逆・刑戮を遭受するの地步に落着せり。
六三:震蘇蘇,震行無眚。不當其位,位非所處,故懼“蘇蘇”也。而無乘剛之逆,故可以懼行而“無眚”也。[疏]“六三震蘇蘇,震行無眚”。○正義曰:蘇蘇,畏懼不安之貌。六三居不當位,故震懼而“蘇蘇”然也。雖不當位,而無乘剛之逆,故可以懼行而無災眚也。故曰“震蘇蘇,震行無眚”也。○注“故懼”。○正義曰:驗《注》以訓震為懼,蓋懼不自為懼,由震故懼也。自下爻辭,皆以震言懼也。
經文の六三の爻辭に言う:「震蘇蘇、震行無眚」――震動の下に心神安寧ならず、震懼の中に行動して却って災禍なし。王弼の注が解釋して言う:六三は陰爻を以て陽位に居りて位に當たらず、處する所はそれの待つべきの地方に非ずゆえ、畏懼して「蘇蘇」として安んぜず。然れどそれは陽剛を凌駕するの忤逆の擧なく、ゆえに能く戒懼を懷きて行動し、因而して「無眚」。孔頴達の疏が「六三震蘇蘇、震行無眚」を解說す:○正義に曰く:「蘇蘇」は畏懼不安の樣子なり。六三の居る所の位は當たらずゆえ、震懼して「蘇蘇」の態を顯出す。雖も位に當たらざるも、却って陽剛を乘凌するの忤逆なく、ゆえに能く戒懼を懷きて行動して、災禍有るまじきなれば、「震蘇蘇、震行無眚」と言う。○下面は注文の中の「故懼」の二字を釋す:○正義に曰く:王弼の注を核對するに、是れ「震」を「懼」と訓釋せり。ほぼ畏懼は端なく自ら生ずるに非ずして、震動有るに因りてこそ畏懼を生ず。この一爻より以下の爻辭は、皆「震」の字を用いて「懼」を言うなり。
《象》曰:“震蘇蘇”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,其猶竊位者,遇威嚴之世,不能自安也。
《象傳》に言う:「『震蘇蘇』、位不當也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「位不當」とは、好比不該占の位置を竊據したる人、威嚴の時世に碰上して、自然に安心して自處する能わざるがごとし。
九四:震遂泥。處四陰之中,居恐懼之時,為眾陰之主,宜勇其身,以安於眾。若其震也。遂困難矣。履夫不正不能除恐,使物安已,德未光也。[疏]正義曰:九四處四陰之中,“為眾陰之主”,當恐懼之時,“宜勇其身,以安於眾”。若其自懷震懼,則遂滯溺而困難矣,故曰“震遂泥”也。然四失位違中,則是有罪自懼,遂沈泥者也。
經文の九四の爻辭に言う:「震遂泥」――震動の中に終に泥淖に陷入す。王弼の注が解釋して言う:九四は四個の陰爻の中に處り、正に人人恐懼するの時に當たり、身は衆陰の主と爲り、本應に自身を振作して以て衆人を安定すべし。もしそれ自身すらも震恐すれば、すなわち困境に陷入せんと要す。それの處する位は正ならず、人のために恐懼を消除し衆物を自己に安定せしむる能わず、ゆえに徳行はなお光大する能わず。孔頴達の疏が伸べて言う:九四は四個の陰爻の當中に處り、「衆陰の主と爲る」、正に恐懼の時に當たり、「その身を勇めて、以て衆に安んずるに宜し」、應當に勇氣を鼓起して衆人を安定すべし。もしそれ自身すらも心に震懼を懐けば、すなわち滯陷沉溺して困境に陷入せんゆえ、「震遂泥」と言う。而も九四は位を失いまた中に居らざれば、あれはすなわち自身に過失有りて自ら畏懼を生じ、ここに泥の中に沉陷するの人なり。
《象》曰:“震遂泥”未光也。[疏]正義曰:“未光也”者,身既不正,不能除恐,使物安己,是道德未能光大也。
《象傳》に言う:「『震遂泥』、未光也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「未光也」とは、九四が自身は既に端正ならざれば、すなわち人のために恐懼を消除し衆物を自己に安定せしむる能わざるを言う、これすなわち道德はなお光大する能わざるなり。
六五:震往來厲,意無喪,有事。往則無應,來則乘剛,恐而往來,不免於危。夫處震之時,而得尊位,斯乃有事之機也。而懼往來,將喪其事,故曰“億無喪,有事也”。[疏]正義曰:“震往來厲”者,六五“往則無應,來則乘剛,恐而往來,不免於咎”,故曰“震往來厲”也。“億無喪有事”者,“夫處震之時,而得尊位,斯乃有事之機”,而懼以往來,“將喪其事”,故戒之曰“億無喪,有事”也。
經文の六五の爻辭に言う:「震往來厲、意無喪、有事」――震動の中に前往・退來は皆危險有り。自己の辦ずべきの事を喪失するなかれ。經文の「意」の字は、王弼の注と孔の疏は皆「億」と寫作す、是れ句中の語助の辭なり。王弼の注が解釋して言う:六五は前往すれば則ち相應の爻なく、退來すれば則ち陽剛の上に騎り、恐懼を懷きて來囘奔走し、危險を免れず。震動の時に處りて尊位を占據す、これは正に作爲有るべきの關鍵の時機なり。もし一味に畏懼往來するに顧みれば、すなわち彼の辦ずべきの事を喪失せんゆえ、「億無喪、有事也」と言う。孔頴達の疏が伸べて言う:「震往來厲」とは、六五は「往けば則ち應なく、來れば則ち剛に乘り、恐れて往來し、咎を免れず」ゆえ、「震往來厲」と言う。「億無喪有事」とは、「夫れ震の時に處りて、尊位を得る、斯れ乃ち事有るの機なり」――震動の時に處りて尊位に居るは、正に作爲有るべきの時機なり、却って畏懼に因りて往來奔走し、「將にその事を喪わんとす」、すなわち辦ずべきの事を丢掉せんと要すゆえ、彼を告誡して「億無喪、有事」と言う。
《象》曰:“震往來厲”,危行也。其事在中,大無喪也。大則無喪,往來乃危也。[疏]正義曰:“危行也”者,懷懼往來,是致危之行。“其事在中,大無喪也”者,六五居尊,當有其事,在於中位,得建大功。若守中建大,則“無喪有事”。若恐懼往來,則致危無功也。
《象傳》に言う:「『震往來厲』、危行也。其事在中、大無喪也」。王弼の注が解釋して言う:能く宏大の道を守住せばすなわち喪失有るまじく、一味に往來奔走するに顧みてこそ危險有らん。孔頴達の疏が伸べて言う:「危行也」とは、畏懼を懷きて來囘奔走するを言う、これは危險を招致するの行爲なり。「其事在中、大無喪也」とは、六五は身は尊位に居り、本來作爲有るべし、また上卦の中位に處り、能く大なる功業を建立し得べし。もし中道を守住して大業を建立せば、すなわち「無喪有事」、その事を失わざるなり。もし一味に恐懼して往來奔走するのみなれば、すなわち危險を招來して功效なし。
上六:震索索,視矍矍,征凶。震不于其躬,于其鄰,無咎。婚媾有言。處震之極,極震者也。居震之極,求中未得,故懼而“索索”,視而“矍矍”,無所安親也。已處動極而復征焉,凶其宜也。若恐非已造,彼動故懼,懼鄰而戒,合於備預,故“無咎”也。極懼相疑,故雖“婚媾”而“有言”也。
經文の上六の爻辭に言う:「震索索、視矍矍、征凶。震不于其躬、于其鄰、無咎。婚媾有言」――震動の下に心神瑟縮し、目光は驚惶して四顧し、出行すれば凶有り。震動は自己の身上に落ちずして鄰人の身上に落ちれば、因而して過錯なし。不過婚姻親家の間に連なりても閒話を免れず。王弼の注が解釋して言う:上六は《震》卦の頂點に處り、是れ震の極處に到れる人なり。震動の極端に居りて、中道を求得せんと欲するも得る能わずゆえ、恐懼して「索索」と瑟縮し、張望して「矍矍」と驚惶し、安身親附すべきの地方なし。自己は已に動の極點に處りて却ってなお出行せんと要せば、凶險の出現するもまた應當なり。もしあの恐懼は自己の招來するに非ずして、別人の動作が先んじてこそ自己をして畏懼せしめ、鄰人の震を受くるに因りて自我戒備するは、正に事先防備の道理に合乎すゆえ、「無咎」。畏懼は極點に到ればすなわち彼此猜疑すゆえ、雖も婚姻親家の間と雖も、些の閒話を免れざらん。
[疏]“上六震索索”至“婚媾有言”。○正義曰:“震索索,視矍矍”者,索索,心不安之貌,矍矍,視不專之容。上六處震之極,極震者也。既居震位,欲求中理以自安而未能得,“故懼而索索,視而矍矍,無所安親”。“征凶”者,夫“處動懼之極而復征焉,凶其宜也”,故曰“征凶”也。“震不于其躬,于其鄰,無咎”者,若恐非己造,彼動故懼,懼鄰而戒,合於備豫,則得無咎,故曰“震不于其躬,于其鄰,無咎”也。“婚媾有言”者,居極懼之地,雖復婚媾相結,亦不能無相疑之言,故曰“婚媾有言”也。
孔頴達の疏が「上六震索索」から「婚媾有言」までを解說す:○正義に曰く:「震索索、視矍矍」とは、「索索」は心中不安の樣子、「矍矍」は眼神の游移不定の神態なり。上六は《震》卦の頂端に處り、是れ震の極處に到れる人なり。それは既に震動の位に居りて、中正の理を求得して自己を安頓せんと欲するも做到する能わず、「故に懼れて索索、視て矍矍、安んじ親しむ所なし」、因而して恐懼瑟縮し張望驚惶し、安身親附する處なし。「征凶」とは、「動懼の極に處りて復た征せん、凶それ宜し」――動と懼の極點に處りてなお出行せんと要せば、凶險は理の當然なりゆえ、「征凶」と言う。「震不于其躬、于其鄰、無咎」とは、もしあの恐懼は自己の造成するに非ずして、別人が先に動いてこそ自己をして害怕せしめ、鄰人の震を受くるに因りて自我戒備するは、豫先防範の道理に合乎せば、能く過錯なきを得ゆえ、「震不于其躬、于其鄰、無咎」と言う。「婚媾有言」とは、身は極度の恐懼の地に處れば、雖も婚姻を結ぶの親家と雖も、互相猜疑の言語なき能わずゆえ、「婚媾有言」と言う。
《象》曰:“震索索”中未得也。雖凶無咎,畏鄰戒也。[疏]正義曰:“中未得也”者,猶言未得中也。“畏鄰戒也”者,畏鄰之動,懼而自戒,乃得“無咎”。
《象傳》に言う:「『震索索』、中未得也。雖凶無咎、畏鄰戒也」。孔頴達の疏が伸べて言う:「中未得也」とは、等しく言えばなお中道を求得する能わざるなり。「畏鄰戒也」とは、鄰人の受くる所の震動を畏懼するに因りて、心に戒懼を生じて自我警戒すを言う、これによってこそ「無咎」を得べし。
艮卦
艮下艮上。艮:其背,目無患也。[疏]正義曰:目者,能見之物,施止於面,則抑割所見,強隔其欲,是目見之所患。今施止於背,則“目無患也”。
《艮》卦の卦体は艮が下にあり艮が上にある、二つの山が重なった形である。経文の卦辞は「艮其背」——背に止まる、という。王弼の注は、背に止まれば目に患いがないと解く。孔穎達の疏がさらに説く:目は物を見ることのできる器官であり、「止」を顔面に施せば、見るところの一切を抑え切り捨て、心中の欲望を強引に隔てることになる。これがまさに目が外物を見ることによって招く患いである。いま「止」を背に施せば、背は物の見えないところだから、「目无患也」——目はこの患いを招かないのである。
不獲其身,所止在後,故不得其身也。行其庭,不見其人,相背故也。無咎。凡物對面而不相通,“否”之道也。艮者,止而不相交通之卦也。各止而不相與,何得無咎?唯不相見乃可也。施止於背,不隔物慾,得其所止也。背者,無見之物也。無見則自然靜止,靜止而無見,則“不獲其身”矣。“相背”者,雖近而不相見,故“行其庭,不見其人”也。夫施止不於無見,令物自然而止,而強止之,則奸邪並興,近而不相得則凶。其得“無咎”,“艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人”故也。
卦辞は続けて「不获其身」——自分の身を得ない、という。王弼の注は、止まるところが背後にあるから自分の身が見えないと解く。卦辞はまた「行其庭,不見其人」という。王弼の注は、互いに背き合っているためだと解く。卦辞は最後に「无咎」という。王弼の注は、およそ向かい合って互いに通じないのは《否》卦の閉塞の道であり、艮は止まって互いに交通しない卦だと解く。それぞれが止まって互いに親しみ与らないのに、どうして咎がないことがあろうか。互いに見えないことによってのみ可能なのである。「止」を背に施せば物我の欲を隔てず、当たるべき止まり所を得る。背は物の見えない部位であり、見えなければ自然に静かに止まり、静かに止まって見るものがなければ「不獲其身」となる。いわゆる「相背」は、近くにいながら互いに見えないことだから、「行其庭,不見其人」という。もし「止」を見るもののないところに施さず、万物を自然に止めさせるのでなければ、強引に制止して奸邪がいっせいに興り、近くにいて互いに得がたければ凶となる。この卦が「无咎」を得るのは、まさに「艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人」によるのである。
[疏]“艮其背不獲其身”至“無咎”。○正義曰:“艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人,無咎”者,“艮,止也”,靜止之義,此是象山之卦,其以“艮”為名。施之於人,則是止物之情,防其動欲,故謂之止。“艮其背”者,此明施止之所也。施止得所,則其道易成,施止不得其所,則其功難成,故《老子》曰:“不見可欲,使心不亂也。”“背者,無見之物也。”夫“無見則自然靜止”。夫欲防止之法,宜防其未兆。既兆而止,則傷物情,故施止於無見之所,則不隔物慾,得其所止也。
孔穎達の疏は「艮其背,不獲其身」から「无咎」までの一段を説く。○正義曰く:「艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人,无咎」について、「艮,止也」は安静に停息する義を取る。これは山に象を取る卦だから「艮」で名づける。人事に落とせば、外物に引き動かされる情を制止し、内に萌え動く欲を防ぐことだから、止と呼ぶ。「艮其背」は、止を施す部位を明示したものである。止を施すところを得れば止の道は成りやすく、当を得なければ功は成りがたい。だから《老子》に「不見可欲,使心不乱」——欲を起こさせるものを見せなければ、心は乱れない、という。「背者,无見之物也」——背は物の見えない部位であり、「无見則自然静止」——見えなければ自然に静かに停息する。およそ防ぐ法は、事がまだ兆していない先に防ぐべきである。すでに兆してから止めれば人情を傷つける。だから「止」を見えないところに施せば、物我の欲を強引に隔てることなく、当たるべき止まり所を得るのである。
若“施止於面”,則“對面而不相通”,強止其情,則“奸邪並興”,而有凶咎。止而無見,則所止在後,不與而相對。言有物對面而來,則情慾有私於己。既止在後,則是施止無見。所止無見,何見其身,故“不獲其身”。既“不獲其身”,則相背矣。相背者,雖近而不相見,故“行其庭,不見其人”。如此乃得“無咎”,故曰“艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人,無咎”也。又若能止於未兆,則是治之於未萌,若對面不相交通,則是“否”之道也。但止其背,可得“無咎”也。
もし「施止於面」——止を顔面に施せば、それは「対面而不相通」、向かい合いながら互いに通じないことになり、人の性情を強く抑えれば「奸邪并興」——奸邪がともに興って、凶咎を招く。止まって見るものがなければ、止まるところは背後にあり、物と相対して与らない。これは言う:外物が向かって来れば情欲は己に私するものがあり、止が後にあれば、見えないところに止を施したことになる。止まるところが見えなければ、どうしてその身を見ることがあろうか。だから「不獲其身」という。すでに「不獲其身」ならば、すなわち相背である。相背とは、近くにいながら互いに見えないことだから「行其庭,不見其人」という。このようにして初めて「无咎」を得る。だから「艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人,无咎」という。また、もし兆さぬうちに止められれば、それは未萌のうちに治めることであり、向かい合って交通しなければ《否》の道である。ただその背に止めれば、「无咎」を得られるのである。
《彖》曰:艮,止也。時止則止,時行則行,動靜不失其時,其道光明。正道不可常用,必施於不可以行。適於其時,道乃光明也。[疏]“《彖》曰艮止也”至“其道光明”。○正義曰:“艮,止也”者,訓其名也。“時止則止,時行則行,動靜不失其時,其道光明”者,將釋施止有所光明,施止有時,凡物之動息,自各有時運。用止之法,不可為常,必須應時行止,然後其道乃得光明也。
《彖伝》曰く:「艮,止也。時止則止,時行則行,動静不失其時,其道光明。」——艮とは止である。止まるべき時に止まり、行くべき時に行き、動静がその時を失わなければ、その道は光明である。王弼の注は、止の道は常法として一味に用いるべきではなく、行くべからざる場に施すべきだと解く。その時に適ってこそ道は光明となる。孔穎達の疏は《彖伝》の「艮止也」から「其道光明」までを説く。○正義曰く:「艮,止也」は卦名を訓釈したものである。「時止則止,時行則行,動静不失其時,其道光明」は、止を施すことがなぜ光明をもたらすかを釈明しようとするものである。止の施用は時を見るべく、およそ物の動静にはそれぞれ時運がある。「止」の運用は一つに定めるべからず、必ず時勢に応じて行止を決し、そうしてこそその道が光明を得るのである。
艮其止,止其所也。易背曰止,以明背即止也。施止不可於面,施背乃可也。施止於止,不施止於行,得其所矣,故曰“艮其止,止其所”也。[疏]正義曰:此釋施止之所也。“艮其止”者,疊《經》文“艮其背”也。“易背曰止,以明背”者,無見之物,即是可止之所也。既時止即宜止,時行則行,所以施止須是所。“艮”既訓止,今言“艮其止”,是止其所止也,故曰“艮其止,止其所”也。
《彖伝》は続けて曰く:「艮其止,止其所也。」——止まるべきところに止まるとは、その止まるべき場所に止まることである。王弼の注は、《彖伝》が経文の「背」の字を「止」に換えたのは、「背」がすなわち「止」であることを明らかにするためであり、止は顔面に施すべからず、背に施してこそ可なりと解く。止を止むべきところに施し、行くべきところに施さなければ、その所を得たことになる。だから「艮其止,止其所」という。孔穎達の疏がさらに説く:これは止を施す処所を解したものである。「艮其止」は経文の「艮其背」を重ねて述べたものである。「易背曰止,以明背」——「背」を「止」に言い換えたのは、背が物の見えない部位、すなわち止まるべき処所であることを示すためである。止まるべき時に止まり、行くべき時に行くのだから、止の施用は必ずその所を得なければならない。「艮」はすでに「止」と訓じられているから、いま「艮其止」と言うのは、その止まるべき所に止まることであり、だから「艮其止,止其所」という。
上下敵應,不相與也。是以不獲其身。“行其庭,不見其人,無咎”也。[疏]正義曰:“上下敵應,不相與也”者,此就六爻皆不相應,釋艮卦之名,又釋“不獲其身”以下之義。凡應者,一陰一陽,二體不敵。今上下之位,雖復相當,而爻皆峙敵,不相交與,故曰“上下敵應,不相與”也。然八純之卦皆六爻不應,何獨於此言之者,謂此卦既止而不加交,又峙而不應,與“止”義相協,故兼此以明之也。是以“不獲其身,行其庭,不見其人,無咎也”者,此舉《經》文以結之,明相與而止之,則“無咎”也。
《彖伝》はまた曰く:「上下敵應,不相與也。是以不獲其身。『行其庭,不見其人,无咎』也。」——上下の各爻が互いに敵対して応じず、互いに親しみ与らない。それゆえその身を得ず、「その庭を行きてその人を見ず、咎なし」となる。孔穎達の疏がさらに説く:「上下敵應,不相與也」は、六爻が互いに応じないことによって《艮》卦の卦名を解し、同時に「不獲其身」以下の意をも解く。およそ相応とは必ず一陰一陽であって、両爻の体性が敵対しないものである。いま上下の位は互いに相当するが、各爻はすべて同性で相峙し互いに敵対し、交わり親しみ与らない。だから「上下敵應,不相與」という。ただし八つの純卦はいずれも六爻が応じないのに、なぜここでだけ言うのか。それはこの卦が止まって交わらず、かつ相峙して応じないことで、「止」の義に合致するから、連ねて挙げて説明したのである。「是以不獲其身,行其庭,不見其人,无咎也」は、経文を引いて結びとし、上下が互いに対してそれぞれ止まれば「无咎」となることを示したものである。
《象》曰:兼山,艮,君子以思,不出其位。各止其所,不侵官也。[疏]正義曰:“兼山艮”者,兩山義重,謂之“兼山”也,直置一山,巳能鎮止。今兩山重疊,止義彌大,故曰“兼山艮”也。“君子以思,不出其位”者,止之為義,各止其所。故君子於此之時,思慮所及,不出其已位也。
《象伝》曰く:「兼山,艮,君子以思,不出其位。」——二つの山が重なるのが艮であり、君子はこれにより、思慮がその位を出ないようにする。王弼の注は、それぞれがその止まるべきところに止まり、他人の職権を侵さないと解く。孔穎達の疏がさらに説く:「兼山艮」とは、二つの山の義が重なったもので「兼山」と称する。一山だけでもすでに鎮めて人を止めさせるのに、いま二つの山が重なれば止の意味はいっそう深い。だから「兼山艮」という。「君子以思,不出其位」とは、「止」の義がそれぞれ自分の位置に止まることだから、君子はこの時にあって思慮の及ぶところも自分の職位を出ないのである。
初六:艮其趾,無咎,利永貞。處止之初,行無所之,故止其趾,乃得“無咎”;至靜而定,故利永貞。[疏]正義曰:“艮其趾,無咎”者,趾,足也,初處體下,故謂之足。居止之初,行無所適,止其足而不行,乃得無咎。故曰“艮其趾,無咎”也。“利永貞”者,靜止之初,不可以躁動,故利在“永貞”也。
経文の初六爻辞曰く:「艮其趾,无咎,利永貞。」——足指を止めて動かさなければ咎なく、永く正を守るに利あり。王弼の注は、初六は止の初めにあって、進んでも往くところがないから、足指を止めてこそ「无咎」であり、極めて安静にして定まるから、永く正を守るに利ありと解く。孔穎達の疏がさらに説く:「艮其趾,无咎」について、「趾」とは足であり、初六は卦体の最下位にあるから足と称する。止の初めに居り、出て行っても往くところがないから、足を止めて進まずしてこそ咎がない。だから「艮其趾,无咎」という。「利永貞」は、安静に止まる初めは躁動すべからず、だから利は「永貞」——永く正道を守持することにある。
《象》曰:“艮其趾”,未失正也。[疏]正義曰:“未失正也”者,行則有咎,止則不失其正,釋所以“利永貞”。
《象伝》曰く:「『艮其趾』,未失正也。」孔穎達の疏がさらに説く:「未失正也」とは、初六は動けば咎があるが、止まれば自らの正道を失わないということであり、爻辞がなぜ「利永貞」と言うかを解したものである。
六二:艮其腓,不拯其隨,其心不快。隨謂趾也。止其腓,故其趾不拯也。腓體躁而處止,而不得拯其隨,又不能退聽安靜,故“其心不快”也。[疏]正義曰:“艮其腓,不拯其隨”者,腓,腸也。在足之上。腓體或屈或伸,躁動之物,腓動則足隨之,故謂足為隨。拯,舉也,今既施止於腓,腓不得動,則足無拯舉,故曰“艮其腓,不拯其隨”也。“其心不快”者,腓是躁動之物,而強心之,貪進而不得動,則情與質乖也,故曰“其心不快”。此爻明施止不得其所也。
経文の六二爻辞曰く:「艮其腓,不拯其随,其心不快。」——ふくらはぎを止めれば、それに随う足を挙げることができず、心が快くない。王弼の注は、「随」とは足指を指し、ふくらはぎを止めたから足指が挙がらないのだと解く。ふくらはぎはもともと動きやすい部位なのに無理に止められ、随う足を挙げることもできず、退いて静かに命に聴くこともできないから「其心不快」となる。孔穎達の疏がさらに説く:「艮其腓,不拯其随」について、「腓」はふくらはぎの肉で、位は足の上にある。ふくらはぎは時に屈し時に伸ばす、動きを好む物であり、ふくらはぎが動けば足がそれに随うから、足を「随」と称する。「拯」は挙げることである。いま止をふくらはぎに施したから、ふくらはぎが動けず足も挙げようがない。だから「艮其腓,不拯其随」という。「其心不快」とは、ふくらはぎは本来躁動する物なのに無理に止められ、前に行こうとする一心が動くことを得ず、性と本質とが背き合うから「其心不快」という。この爻は、止を施す場所を得なかったことを示す。
《象》曰:“不拯其隨”,未退聽也。[疏]正義曰:“未退聽也”者,聽,從也,既不能拯動,又不能靜退聽從其見止之命,所以“其心不快”矣。
《象伝》曰く:「『不拯其随』,未退聴也。」孔穎達の疏がさらに説く:「未退聴也」の「聴」は聴き従うの意である。六二は足を挙げてそれを動かすことができず、また退いて静かにこの止めよという命令に聴くこともできないから「其心不快」、心が快くないのである。
九三:艮其限,列其夤,厲薰心。限,身之中也。三當兩象之中,故曰“艮其限”。夤,當中脊之肉也。止加其身,中體而分,故“列其夤”而憂危薰心也。“艮”之為義,各止於其所,上下不相與,至中則列矣。列加其夤,危莫甚焉。危亡之憂,乃薰灼其心也。施止體中,其體分焉。體分兩主,大器喪矣。
経文の九三爻辞曰く:「艮其限,列其夤,厲薰心。」——腰のあたりに止まれば、背骨の両側の肉が裂け、危厲は火のように心を燻灼する。王弼の注は、「限」は身体の中段であり、九三は上下二つの卦象の中間に当たるから「艮其限」というと解く。「夤」は脊梁の正中両側の肉である。止を身体の中段に加えれば、身体全体が中から分かれるから「列其夤」して憂危が心を燻く。「艮」の義はそれぞれその位に止まり、上下が互いに親しみ与らないことである。身体の正中にまで隔てれば分裂する。分裂がまた夾脊の肉に加われば、危険はこれに過ぎるものはなく、危亡の憂懼がその心を燻灼する。止を身体の中段に施せばこの身は分裂し、一つの身に二人の主が属するなら、国と身という大器も失われる。
[疏]“九三艮其限”至“厲薰心”。○正義曰:限,身之中,人帶之處,言三當兩象之中,故謂之限。施止於限,故曰“艮其限”也。夤,當中脊之肉也。薰,燒灼也。既止加其身之中,則上下不通之義也,是分列其夤。夤既分列,身將喪亡,故憂危之切,薰灼其心矣。然則君臣共治,大體若身,大體不通,則君臣不接,君臣不接,則上下離心,列夤則身亡,離心則國喪,故曰“列其夤,厲薰心”。○注“體分兩主,大器喪矣”。○正義曰:“體分兩主大器喪矣”者,大器謂國與身也。此爻亦明施止不得其所也。
孔穎達の疏は「九三艮其限」から「厲薰心」までを説く。○正義曰く:「限」は身体の中段、人が帯を結ぶ部位であり、九三が上下二つの卦象の中間に当たるから「限」と称する。止を腰のあたりに施すから「艮其限」という。「夤」は脊梁の正中両側の肉、「薰」は焼くことである。止を身体の正中に加えれば、上下が通じない意であり、すなわち夾脊の肉を分裂させることになる。夾脊の肉がひとたび裂ければ身は死ぬから、憂懼危亡の情が深く、火のように心を燻灼する。これで見れば、君臣がともに国を治める大きな全体は一つの身体のようなもので、大きな全体が通じなければ君臣は相接することができず、君臣が相接しなければ上下は心が離れる。夾脊の肉が裂ければ身は死に、上下が心を離れれば国は亡ぶ。だから「列其夤,厲薰心」という。○以下は王弼の注「体分両主,大器喪矣」の一句を釈する。○正義曰く:「体分両主,大器喪矣」の「大器」は国家と身体を指す。この爻もまた、止を施す場所を得なかったことを示す。
《象》曰:“艮其限”,危薰心也。六四:艮其身,無咎。中上稱身,履得其位,止求諸身,得其所處,故不陷於咎也。[疏]“六四,艮其身,無咎”。○正義曰:“艮其身,無咎”者,“中上稱身”。六四居止之時,已入上體,履得其位,止求諸身,不陷於咎,故曰“艮其身,無咎”也。求,責也。諸,之也。
《象伝》曰く:「『艮其限』,危薰心也。」経文の六四爻辞曰く:「艮其身,无咎。」——身全体に止まれば咎なし。王弼の注は、身体の中段より上を通して「身」と称し、六四は陰爻が陰位に居る当位の爻で、止を自らの身に求め返して当たるべき処を得たから咎に陥らないと解く。孔穎達の疏は「六四,艮其身,无咎」を説く。○正義曰く:「艮其身,无咎」について、注に「中上称身」とあるのは、中段以上を身と称することである。六四は止の時にあってすでに上卦の体に入り、居る位もまた当たっているから、止を自らの身に求め返して咎に陥らない。だから「艮其身,无咎」という。ここで「求」は責め求めるの意で、「諸」は「之于」に等しい。
《象》曰:“艮其身”,止諸躬也。自止其躬不分全體[疏]“《象》曰”至“止諸躬也”。○正義曰:“止諸躬也”者,躬猶身也,明能靜止其身,不為躁動也。○注“自止其躬不分全體”。○正義曰:艮卦總其兩體以為二身,兩體不分,乃謂之全,全乃謂之身。以九三居兩體之際,在於身中,未入上體,則是止於下體,不與上交,所以體分夤列。六四巳入上體,則非上下不接,故能總止其身不分全體。然則身是總名,而言“中上稱身”者何也?蓋至中則體分而身喪,入上體則不分而身全。九三施止於分體,故謂之“限”,六四施止於全體,故謂之“身”。非中上獨是其身,而中下非身也。
《象伝》曰く:「『艮其身』,止諸躬也。」王弼の注は、自らその躬を止めて身体全体を分裂させないと解く。孔穎達の疏は《象伝》のこの句から「止諸躬也」までを説く。○正義曰く:「止諸躬也」の「躬」は身であり、六四が静かに自らの身を止めて躁動しないことを示す。○以下は注文「自止其躬不分全体」を釈する。○正義曰く:《艮》卦は上下二つの卦体を合わせて二つの身と見る。両体が分裂してはじめて「全」と呼ばれず、分裂しなければ「全」であり、全なればこそ「身」である。九三は上下両体が交接する際にあって身の正中に位し、まだ上体に入っていないから、それは下体に止まって上と交わらず、だから身体が分裂し夾脊の肉が裂ける。六四はすでに上体に入っているから、上下相接しない場合に属さず、だから全体を止めて全を分裂させない。さりとて、「身」は本来全体の通称であるのに、なぜ注はまた「中上称身」と言うのか。おそらく、正中まで止まれば身体が分裂して「身」もまた失われ、上体に入れば分裂せず「身」が保たれるからである。九三は止をすでに裂けた躯体に施したから「限」と称し、六四は止を完全な躯体に施したから「身」と称する。中段以上のみが身で中段以下は身でないというのではない。
六五:艮其輔,言有序,悔亡。施止於輔,以處於中,故口無擇言,能亡其悔也。[疏]正義曰:輔,頰車也,能止於輔頰也。以處其中,故“口無擇言”也。言有倫序,能亡其悔,故曰“艮其輔,言有序,悔亡”。
経文の六五爻辞曰く:「艮其輔,言有序,悔亡。」——顎床に止まれば、言葉に秩序があり悔恨が亡びる。王弼の注は、止を顎床に施して上卦の中位に居るから、口から出る言葉に択ぶべきものなく、悔恨を消せると解く。孔穎達の疏がさらに説く:「輔」は顎の骨であり、六五は止を顎床・両頬に施せる。中位に居るから「口無択言」、口を開けばすべて分寸にかない、言葉に条り順序があって悔恨を消せる。だから「艮其輔,言有序,悔亡」という。
《象》曰:“艮其輔”,以中正也。能用中正,故“言有序”也。[疏]正義曰:“以中正”者,位雖不正,以居得其中,故不失其正,故“言有序”也。
《象伝》曰く:「『艮其輔』,以中正也。」王弼の注は、中正の道を用いうるから「言有序」となると解く。孔穎達の疏がさらに説く:「以中正」とは、六五は陰爻が陽位に居り位は正しくないが、上卦の中位に居るから正を失わず、それゆえ「言有序」なのである。
上九:敦艮,吉。居止之極,極止者也。敦重在上,不陷非妄,宜其“吉”也。[疏]正義曰:敦,厚也。上九居艮之極,極止者也。在上能用敦厚以自止,不陷非妄,宜其吉也,故曰“敦艮吉”也。
経文の上九爻辞曰く:「敦艮,吉。」——敦厚の道をもって止まれば吉。王弼の注は、上九は止の極点に居る、極まって止まる者であり、敦厚に持重して上位に居り非分妄為に陥らないから、理として吉と解く。孔穎達の疏がさらに説く:「敦」とは厚である。上九は《艮》卦の極位にあって極まって止まる者であり、上位に居りながら敦厚の道を用いて自らを止め、非分妄為に陥らないから理として吉である。だから「敦艮吉」という。
《象》曰:“敦艮”之吉,以厚終也。[疏]正義曰:“以厚終”者,言上九能以敦厚自終,所以獲“吉”也。
《象伝》曰く:「『敦艮』之吉,以厚終也。」孔穎達の疏がさらに説く:「以厚終」とは、上九が敦厚の道をもってその止の道を善く終えるから吉を得るということである。
漸卦
艮下巽上。漸:女歸吉,利貞。漸者,漸進之卦也。“止而巽”,以斯適進,漸進者也。以止巽為進,故“女歸吉”也。進而用正,故“利貞”也。[疏]正義曰:“漸”者,不速之名也。凡物有變移,徐而不速,謂之漸也。“女歸吉”者,歸嫁也。女人生有外成之義,以夫為家,故謂嫁曰“歸”也。婦人之嫁,備禮乃動,故漸之所施,吉在女嫁,故曰“女歸吉”也。“利貞”者,女歸有漸,得禮之正,故曰“利貞”也。
《漸》卦の卦体は艮が下にあり巽が上にある。経文の卦辞曰く:「女帰吉,利貞。」——女子が嫁ぐは吉、正を守るに利あり。王弼の注は、《漸》は漸次に進むことを言う卦で、下卦の艮は止、上卦の巽は順であり、「止而巽」——この姿をもって進むのが順序だって進むことだと解く。静止と謙順をもって進めば「女帰吉」となり、進みて正道を用いるから「利貞」となる。孔穎達の疏がさらに説く:「漸」は速やかでないの意であり、およそ事物が変動・遷移するとき緩やかで促さないのを漸と呼ぶ。「女帰吉」について、「帰」とは嫁ぐことであり、女子は生まれながらに他家に往き家を成す義があり、夫の家を己の家とするから、嫁ぐことを「帰」と称する。婦人の嫁ぎは礼節が備わってから身を発するので、「漸」の道理を施せば、吉なること女子の嫁ぐに過ぎるものはない。だから「女帰吉」という。「利貞」は、女子の嫁ぎが順序に従い礼法の正道に合うから「利貞」という。
《彖》曰:漸,之進也。之於進也。[疏]正義曰:釋卦名也。漸是徐動之名,不當進退,但卦所名“漸”,是“之於進”也。
《彖伝》曰く:「漸,之進也。」王弼の注は、「之進」とは進に趨ることだと解く。孔穎達の疏がさらに説く:これは卦名を解したものである。「漸」はもともと緩やかに動く名称で、それ自体は進退のいずれをも専指しないが、この卦は「漸」を名とする以上、「之於進」——進に赴くという意味を取るのである。
“女歸吉”也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位,剛得中也。以漸進得位也。[疏]“女歸吉也”至“得中也”。○正義曰:“女歸吉也”者,漸漸而進之,施於人事,是女歸之吉也。“進得位,往有功也,進以正,可以正邦也”者,此就九五得位剛中釋“利貞”也。言進而得於貴位,是“往而有功”也。以六二適九五,是進而以正。身既得正,“可以正邦”也。“其位剛得中”者,此卦爻皆得位,上言進得位,嫌是兼二、三、四等,故特言“剛得中”,以明得位言,言唯是九五也。
《彖伝》は続けて曰く:「『女帰吉』也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位,剛得中也。」——女子の嫁ぎが吉なのは、進んでその位を得、往けば功があるからであり、進みて正を以てすれば邦を正しくできるからである。「其位」とは陽剛の爻が中位を得たことである。王弼の注は、漸次の進によって応有の位を得るのだと解く。孔穎達の疏は「女帰吉也」から「得中也」までを説く。○正義曰く:「女帰吉也」とは、一歩一歩前に進めば、人事に落として女子の嫁ぐの吉である。「進得位,往有功也,進以正,可以正邦也」は、九五が位に当たり陽剛が中に居ることによって卦辞の「利貞」を解くものである。進んで尊貴の位を得れば「往而有功」であり、六二が往きて九五に応ずれば進みて正に由ることになり、自らすでに正しければ「可以正邦」となる。「其位剛得中」は、この卦の各爻がみな位に当たるが、上文に「進得位」とあって六二・九三・六四などの爻を兼ね指すと誤解されぬよう、あえて「剛得中」と言い、「得位」とはただ九五一爻を指すことを明らかにしたのである。
止而巽,動不窮也。[疏]正義曰:此就二體廣明漸進之美也。止不為暴,巽能用謙,以斯適進,物無違拒,故能漸而動,進不有困窮也。
《彖伝》はまた曰く:「止而巽,動不窮也。」——静止して謙順だから、動いても窮することはない。孔穎達の疏がさらに説く:これは上下二つの卦体によって漸進の美を広く明らかにするものである。静止すれば暴躁に流れず、謙順すれば謙退を保てる。この姿をもって前に進めば、外物に違逆・抗拒する者なく、だから順序だって行動し、進んで困窮に陥らないのである。
《象》曰:山上有木,漸,君子以居賢德善俗。賢德以止巽則居,風俗以止巽乃善。
《象伝》曰く:「山上有木,漸,君子以居賢徳善俗。」——山上に木があり日々高くなる、これが漸である。君子はこれに法り、賢徳を居せ風俗を善くする。王弼の注は、賢徳は静止と謙順によって蓄え安んじ、風俗は静止と謙順によって美しくなると解く。
漸卦
[疏]正義曰:“山上有木,漸”者,木生山上,因山而高,非是從下忽高,故是漸義也。“君子以居賢德善俗”者,夫止而巽者,漸之美也。君子求賢得使居位,化風俗使清善,皆須文德謙下,漸以進之。若以卒暴威刑,物不從矣。
孔穎達の疏は《象伝》を解して曰く:「山上有木,漸」とは、樹木が山上に生えて山勢に憑って高く見えるのであり、平地から忽然と抜き出たのではないから、「漸」すなわち順序だって進む義を取るのである。「君子以居賢徳善俗」とは、下卦の「艮」は止、上卦の「巽」は順であり、能く止まり能く順なのが漸進の道の貴ばれるところである。君子が賢才を求めてそれぞれその位に安んじさせ、風俗を教化して清明淳善にするには、いずれも文徳と謙卑退譲の姿に憑って一歩一歩進めるべきであり、もし倉猝暴烈の威勢刑罰を動かせば、人も物も従わない。
初六:鴻漸于干,小子厲,有言,無咎。鴻,水鳥也。適進之義,始於下而升者也,故以鴻為喻之。又皆以進而履之為義焉,始進而位乎窮下,又無其應。若履於乾,危不可以安也。始進而未得其位,則困於小子,窮於謗言,故曰“小子厲有言”也。困於小子讒諛之言,未傷君子之義,故曰“無咎”也。
経文に曰く:初六、鴻雁が漸進して水辺の高岸に至る。年少の小子が危難に遭い非議を招くが、咎には至らない。王弼の注は、「鴻」は水鳥であり、漸卦は往きて進取する義を言い、最下より起こり層々に昇るから鴻雁をもって喩えとする。各爻はまたみな「漸進して後に踏实して居る」ことを以て義とする。初六は進み始めたばかりで最下の困窮の位に居り、上に応ずる爻もなく、鴻雁が水岸に落ちるしかないごとく、危険で安穏を得ない。起步してまだ応有の位を得ていなければ、小子に困まれ誹謗の言に窘められるから、爻辞は「小子厲有言」と言う。しかし小子の讒媚の言に困まれても君子の道義を損なわないから「无咎」——咎には至らない、という。
[疏]“初六鴻漸”至“無咎”。正義曰:“鴻漸于干”者,鴻,水鳥也。乾,水涯也。漸進之道,自下升高,故取譬。鴻飛,自下而上也。初之始進,未得祿位,上無應援,體又窮下,若鴻之進於河之幹,不得安寧也,故曰“鴻漸于干”也。“小子厲有言,無咎”者,始進末得顯位,易致陵辱,則是危於小子,而被毀於謗言,故曰“小子厲有言”。小人之言,“未傷君子之義”,故曰“無咎”也。
孔穎達の疏は「初六鴻漸」から「无咎」までの一節を解して曰く:「鴻漸于干」の「鴻」は水鳥、「干」は水辺の高い岸である。漸進の道は下より昇るから、鴻雁を喩えに取る——鴻雁の飛ぶのもまた低きより高きに向かう。初六は進み始めたばかりで、まだ俸禄・官位を得ておらず、上に応援の爻もなく、卦体では最下の困窮の位に居るから、鴻雁が河岸に進むにとどまって安んじないようなものだ。だから「鴻漸于干」という。「小子厲有言,无咎」とは、始まったばかりでまだ顕位を得ていないから、欺凌・侮辱を招きやすく、すなわち小子に危められ謗言に毀られる。だから「小子厲有言」という。小人の言葉は君子の道義を損なわないから「无咎」、咎には至らない。
《象》曰:“小子”之厲,義無咎也。[疏]正義曰:“義無咎”者,備如《經》釋。
《象伝》曰く:「小子」の遭う危難は、道義において咎なし。孔穎達の疏が解いて曰く:「義无咎」の説明は前の爻辞《経》文への疏釈にすでに詳しいから、ここでは繰り返さない。
六二:鴻漸于磐,飲食衎衎,吉。磐,山石之安者少。進而得位,居中而應,本無祿養,進而得之,其為歡樂,願莫先焉。[疏]“六二鴻漸”至“衎衎吉”。○正義曰:磐,山石之安者也。衎衎,樂也。六二“進而得位,居中而應”,得河安之地,故曰“鴻漸于磐”。既得可安之地,所以“飲食衎衎”然,樂而獲吉福也,故曰“鴻漸于磐,飲食衎衎吉”也。
経文に曰く:六二、鴻雁が漸進して磐石の上に至り、飲食が和楽で吉である。王弼の注は、「磐」は山石の安らかなところ(底本は「者少」と作るが「者也」の誤りであろう)と解く。六二は進んで正位を得、下卦の中に居り九五に応じる。もとより俸禄の養いがなかったが、進んで後それを得、その歓楽はこれに先立つものがない。孔穎達の疏は「六二鴻漸」から「衎衎吉」の一節を解して曰く:「磐」は山石の安らかな所在で、「衎衎」は和楽のさまである。六二は「進而得位,居中而応」し、身を安んずべき地を得たから「鴻漸于磐」といい、すでに安んずべき地を得たから「飲食衎衎」、歓楽して吉福を得る。だから「鴻漸于磐,飲食衎衎吉」という。
○注“磐,山石之安者也”。○正義曰:馬季良云:“山中石磐紆,故稱磐也”。鴻是水鳥,非是集於山石陵陸之禽,而爻辭以此言“鴻漸”者,蓋漸之為義,漸漸之於高,故取山石陵陸,以應漸高之義,不復繫水鳥也。《象》曰:“飲食衎衎”,不素飽也。[疏]正義曰:“不素飽”者,素,故也,故無祿養,今日得之,故“願莫先焉”。
孔穎達はまた王弼の注「磐,山石之安者也」の一句を解して曰く:馬季良(すなわち後漢の馬融、字は季長であろう)が言う、「山の石が盤曲して回るから磐と呼ぶ」と。鴻雁はもともと水鳥で、山石の高地に棲集する禽ではないのに、爻辞がそれを用いて「鴻漸」を言うのは、「漸」の義が一層ずつ高く進むことにあるから、山石の高地を象に取り、次第に昇る義に合わせたのであり、水鳥であることに拘泥しない。《象伝》曰く:「飲食衎衎」——これは空しく飽食するのではない。孔穎達の疏が解いて曰く:「不素飽」の「素」は「往昔・従前」の意で、従前は俸禄の養いがなく今日初めて得たから、「願莫先焉」——これに先立つ願いはない、という。
九三:鴻漸于陸。夫征不復,婦孕不育,凶。利禦寇。陸,高之頂也。進而之陸,與四相得,不能復反者也。“夫征不復”,樂於邪配,則婦亦不能執貞矣。非夫而孕,故不育也。三本艮體而棄乎??丑,與四相得,遂乃不反,至使婦孕不育,見利忘義,貪進忘舊,凶之道也。異體合好,順而相保,物莫能間,故“利禦寇”也。
経文に曰く:九三、鴻雁が漸進して高く平らな陸地に至る。夫が征って帰らず、婦は孕んでも育てず、凶。ただし外寇を御ぐに利あり。王弼の注は、「陸」は高地の頂きと解く。九三は進んで高陸に登り、六四と情意が投合して、もはや振り返らない。「夫征不复」とは、夫が正ならざる配偶に恋いこがれば、婦もまた貞節を守れず、己の夫の骨肉ならずして孕むから、生んでも育たない。九三は本来下卦「艮」体に属するのに、その同類を捨て去り(底本ここに欠字あり、「??」と作る)、六四と情意が投合して、ついに去って返らず、婦の孕みて育たぬに至る——利を見て義を忘れ、新進を貪って旧好を棄てる、これが凶を招く道である。ただし三・四は上下両体に分属して結好し、和順にして互いに保ち合うから、外物は離間する術がない。だから「利御寇」という。
[疏]“九三鴻漸于陸”至“利禦寇”。○正義曰:“鴻漸于陸,夫征不復,婦孕不育,凶”者,陸,高之頂也。九三居下體之上,是進而得高之象,故曰“鴻漸于陸”也。進而之陸,無應於上,與四相比,四亦無應,近而相得。三本是艮體,與初二相同一家,棄其群類,而與四合,好即是夫征而不反覆也。夫既樂於邪配,妻亦不能保其貞。非夫而孕,故“不育”也。“見利忘義,貪進忘舊,凶之道也”,故曰“夫征不復,婦孕不育,凶”也。“利禦寇”者,異體合好,恐有寇難離間之者,然和比相順,其相保安,物莫能間,故曰“利用禦寇”也。○注“陸,高之頂也”。○正義曰:“陸,高之頂也”者,《爾雅》云“高平曰陸”,故曰“高之頂”也。
孔穎達の疏は「九三鴻漸于陸」から「利御寇」までの一節を解して曰く:「鴻漸于陸,夫征不复,婦孕不育,凶」について、「陸」は高地の頂きであり、九三は下卦の最上位に居り、まさに進んで高きに登る象だから「鴻漸于陸」という。進んで陸に登った後、上に応ずる爻がなく、ただ六四と相隣り、六四もまた正応がなく、両爻は相近くして情意が投合する。九三はもともと「艮」体に属し、初六・六二と同じ一家であるのに、いま自らの同類を捨てて六四と結びつく——これが夫の征って返らないことである。夫がすでに正ならざる配偶に恋いこがれば、妻もまた貞節を保てず、己の夫の骨肉ならずして孕むから「不育」である。まさに王弼の言う「見利忘義,貪進忘旧,凶之道也」だから、爻辞は「夫征不复,婦孕不育,凶」という。「利御寇」とは、三・四が上下両体に分属して結好すれば、本来寇難が来て離間する虞があるが、互いに和洽し相親しみ、順い相安らぐから、外物は入り込む術がない。だから「利用御寇」という。孔穎達はまた王弼の注「陸,高之頂也」の一句を解して曰く:《爾雅》に「高平曰陸」とあるから、王弼はこれを「高之頂」と言うのである。
《象》曰:“夫征不復”,離群醜也。“婦孕不育”,失其道也。“利用禦寇”,順相保也。[疏]正義曰:“離群醜”者,丑,類也。言三與初二,雖有陰陽之殊,同體《艮卦》,故謂之“群丑”也。“失其道也”者,非夫而孕,孕而不育,失道故也。“順相保也”者,謂四以陰乘陽,嫌其非順,然好合相得,和比相安,故曰“順相保也”。
《象伝》曰く:「夫征不复」は自らの同類を離棄したこと、「婦孕不育」は正道を失ったこと、「利用御寇」は和順にして互いに保ち合うことである。孔穎達の疏が解して曰く:「離群丑」の「丑」は「同類」の意——九三と初六・六二は陰陽の別はあるが同じく《艮卦》一体に属するから「群丑」と称する。「失其道也」とは、己の夫の骨肉ならずして孕み、孕んでも育てられない、これが正道を失うことである。「順相保也」とは、六四が陰爻をもって九三の陽爻の上に凌駕するのは本来順の義に合わないように見えるが、両爻が結好して投合し、和洽して相親しみて各々その安を得るから「順相保也」という。
六四:鴻漸于木。或得其桷,無咎。鳥而之木,得其宜也。“或得其桷”,遇安棲也。雖乘於剛,志相得也。[疏]正義曰:“鴻漸于木”者,“鳥而之木,得其宜也”。六四進而得位,故曰“鴻漸于木”也。“或得其桷無咎”者,桷,榱也。之木而遇堪為桷之枝,取其易直可安也。六四與二相得,順而相保,故曰“或得其桷”。既與相得,無乘剛之咎,故曰“無咎”。《象》曰:“或得其桷”,順以巽也。[疏]正義曰:“順以巽也”者,言四雖乘三體,巽而附下,三雖被乘,上順而相保,所以六四得其安棲,猶“順以巽也”。
経文に曰く:六四、鴻雁が漸進して樹上に至り、あるいは角の正しい桷のごとき枝を得るかもしれず、咎なし。王弼の注は、鳥が樹に至るはその宜を得ることであり、「或得其桷」は安く棲むべきところに遇うことであり、六四は陰柔をもって九三の陽剛の上に凌駕するが、両者の心志は投合すると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「鴻漸于木」とは、まさに王弼の言う「鳥而之木,得其宜也」である。六四は進んで正位を得たから「鴻漸于木」という。「或得其桷无咎」について、「桷」はすなわち「榱」、方形の屋椽である。樹に飛び至って椽とすべき枝に遇うのは、その平かに直く身を安んじやすい義を取る。六四と「二」(文義によれば九三を指すべし)とが情意投合し、和順にして互いに保ち合うから「或得其桷」といい、すでに互いに投合すれば柔をもって剛に乗る過ちもないから「无咎」という。《象伝》曰く:「或得其桷」は柔順にして謙巽なるがゆえである。孔穎達の疏が解いて曰く:「順以巽也」とは、六四は九三の上に凌駕するが、謙巽にして下に附し、九三は凌駕されるが上に順承して互いに保ち合うから、六四は安らかな棲処を得る。これがすなわち「順以巽也」である。
九五:鴻漸于陵。婦三歲不孕,終莫之勝,吉。陵,次陸者也。進得中位,而膈乎三四,不得與其應合,故“婦三歲不孕”也。各履正而居中,三四不能久塞其塗者也。不過三歲,必得所願矣。進以正邦,三年有成,成則道濟,故不過三歲也。
経文に曰く:九五、鴻雁が漸進して丘陵に至る。婦は三年孕まず、しかし終にこれに勝る者なく吉。王弼の注は、「陵」は高陸に次ぐ丘陵と解く。九五は進んで上卦の中位を得たが、六三・九四に隔てられ、その正応たる六二と会することができないから「婦三歳不孕」という。二・五はそれぞれ正に居り中に処るから、三・四はその通路を永く塞ぐこと能わず、三年を過ぎずして必ずその願いを遂げる。九五は正道をもって邦国を治めるから、三年にして成すことがあり、成れば大道が通済する。だから三年を過ぎない。
[疏]“九五鴻漸于陵”至“終莫之勝吉”。○正義曰:“鴻漸于陵”者,陵,次陸者也。九五進於中位,處於尊高,故曰“鴻漸于陵”。“婦三歲不孕”者,有應在二而隔乎三、四,不得與其應合,是二、五情意,徒相感說,而隔礙不交,故曰“婦三歲不孕”也。“終莫之勝,吉”者,然二與五合,各履正而居中,三、四不能久塞其路,終得遂其所懷,故曰“終莫之勝,吉”也。○注“進以正邦”至“不過三歲”。○正義曰:“進以正邦,三年有成”者,九五居尊得位,故曰“進以正邦”也。三年有成,則三、四不敢塞其路,故曰“不過三歲”也。
孔穎達の疏は「九五鴻漸于陵」から「終莫之勝吉」までの一節を解して曰く:「鴻漸于陵」について、「陵」は高陸に次ぐ丘陵であり、九五は進んで上卦の中位に至り、尊貴高顕の所に居るから「鴻漸于陵」という。「婦三歳不孕」とは、九五に正応が六二にあるのに、六三・九四に隔てられて正応と会することができない——二・五の両爻は情意相通じ互いに感悦するが、阻隔されて交合できない。だから「婦三歳不孕」という。「終莫之勝,吉」とは、六二と九五は本来結合すべく、それぞれ正に居り中に処るから、三・四はその通路を永く塞げず、終にその心願を遂げる。だから「終莫之勝,吉」という。孔穎達はまた王弼の注の「進以正邦」から「不過三歳」までの一段を解して曰く:「進以正邦,三年有成」とは、九五が尊位に居り当位だから「進以正邦」といい、三年にして政教に成すあれば、三・四も敢えてその路を塞がない。だから「不過三歳」という。
《象》曰:“終莫之勝,吉”,得所願也。[疏]正義曰:“得所願也”者,所願在於與三合好,既各履中正,無能勝之,故終得其所願也。
《象伝》曰く:「終莫之勝,吉」はその願うところを得るがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「得所願也」とは、九五の心願はその正応と結好することにあり(底本は「与三合好」と作るが、文義によれば六二を指すべし)、二・五がすでにそれぞれ中に居り正を守れば、これに勝る者はなく、だから終に願いを遂げるのである。
上九:鴻漸于陸。其羽可用為儀,吉。進處高絜,不累於位,無物可以屈其心而亂其志。峨峨清遠,儀可貴也,故曰“其羽可用為儀,吉”。
経文に曰く:上九、鴻雁が漸進して高陸に至る。その羽毛はもって儀飾の典範とすべく、吉。王弼の注は、上九は進んで高潔の地に至り、爵位に累わされず、屈折しうる外物なくその心、乱しうるものなくその志。高く聳え立ち清遠にして俗を脱し、その儀態は貴ぶべきだから「其羽可用為儀,吉」というと解く。
[疏]正義曰:“鴻漸于陸”者,上九與三皆處卦上,故並稱“陸”。上九最居上極,是“進處高潔”,故曰“鴻漸于陸”也。“其羽可用為儀,吉”者,然居無位之地,是“不累於位”者也。處高而能不以位自累,則其羽可用為物之儀表,可貴可法也,故曰“其羽可用為儀,吉也”。必言“羽”者,既以鴻明漸,故用羽表儀也。《象》曰:“其羽可用為儀,吉”,不可亂也。[疏]正義曰:“不可亂也”者,“進處高潔,不累於位”,無物可以亂其志也。
孔穎達の疏が解して曰く:「鴻漸于陸」とは、上九と九三がともに各々一卦の上に居るから、ともに「陸」と称する。上九は全卦の最上極に居り、まさに王弼の言う「進処高潔」だから「鴻漸于陸」という。「其羽可用為儀,吉」とは、上九が爵位なき位に居り、すなわち「不累於位」であり、高顕に身を処しながら爵位に累わされないなら、その羽毛は万物の儀表とすべく、貴ぶべく法るべきものとなる。だから「其羽可用為儀,吉也」という。必ず「羽」と言うのは、全卦がすでに鴻雁をもって漸進の義を明らかにするから、勢いに随って鴻羽をもって儀則を表したのである。《象伝》曰く:「其羽可用為儀,吉」はその心志が乱されえないがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「不可乱也」とは、すなわち「進処高潔,不累於位」であり、その志を乱しうる外物がないことである。
帰妹卦
兌下震上。歸妹:征凶,無攸利。妹者,少女之稱也。兌為少陰,震為長陽,少陰而乘長陽,說以動,嫁妹之象也。[疏]正義曰:歸妹者,卦名也。婦人謂嫁曰歸,“歸妹”猶言嫁妹也。然《易》論歸妹得名不同,《泰卦》六五云:“帝乙歸妹。”彼據兄嫁妹謂之“歸妹”。此卦名歸妹,以妹從娣而嫁,謂之“歸妹”。故初九爻辭云“歸妹以娣是”也。上咸卦明二少相感,恆卦明二長相承,今此卦以少承長,非是匹敵,明是妹從娣嫁,故謂之歸妹焉。
卦体は下「兌」上「震」。卦辞曰く:帰妹、往けば凶、利あるところなし。王弼の注は、「妹」は少女の称であり、「兌」は少陰、「震」は長陽で、少陰が長陽の上に凌駕し、喜悦の心をもって動く、これが少女を嫁がせる卦象だと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「帰妹」は卦名である。婦人の嫁ぐを「帰」と言い、「帰妹」はすなわち妹を嫁がせることに等しい。ただし《周易》に「帰妹」と言うのも、その名の得たゆえんは同じではない。《泰卦》六五爻辞の「帝乙帰妹」は兄が妹を嫁がせることについて言い、本卦の名づくる「帰妹」は妹が腰嫁の「娣」として随嫁するを指し、それゆえ「帰妹」と称する。だから初九爻辞に「帰妹以娣」とある。前の《咸卦》は少男少女の両少の相感を言い、《恒卦》は長男長女の両長の相承を言った。いま本卦は少女をもって長男に承事せしめ、門当戸対の匹敵ではないから、妹が「娣」の身をもって随嫁するのであり、だから「帰妹」と呼ぶのである。
古者諸侯一取九女,嫡夫人及左右媵皆以侄娣從,故以此卦當之矣。不言歸侄者,女娣是兄弟之行,亦舉尊以包之也。“征凶,無攸利”者,歸妹之戒也。徵謂進有所往也。妹從娣嫁,本非正匹,唯須自守卑退以事元妃。若妾進求寵,則有並後凶咎之敗,故曰“征凶,無攸利”。
孔穎達は続けて言う:古代の諸侯は一度に九人の女子を娶り、正夫人および左右の陪嫁の媵妾は、いずれも姪と妹を随えて行かせたから、この卦をもってこの礼制に当てた。「帰姪」と言わず「帰妹」とだけ言うのは、「娣」が正夫人と同輩の姉妹の行であるからで、尊い方を挙げれば卑い方も併せて含まれる。「征凶,无攸利」は「帰妹」への戒めである。「征」とは前進して往くこと。妹が「娣」の身をもって随嫁するのはもともと正式の匹配ではなく、ただ自ら卑下退譲の本分を守って元妃に仕えるべきである。もし妾媵でありながら進み出て寵を争えば、正后と並ぶ凶咎の害を招く。だから「征凶,无攸利」という。
《彖》曰:歸妹,天地之大義也。天地不交,而萬物不興。歸妹,人之終始也。陰陽既合,長少又交,“天地之大義”,人倫之終始。[疏]正義曰:“歸妹,天地之大義也。天地不交,而萬物不興”者,此舉天地交合,然後萬物蕃興,證美歸妹之義。所以未及釋卦名,先引證者,以歸妹之義,非人情所欲,且違於匹對之理。蓋以聖人制禮,令侄娣從其姑娣而充妾媵者,所以廣其繼嗣,以象天地以少陰少陽、長陰長陽之氣共相交接,所以蕃興萬物也。“歸妹,人之終始也”者,上既引天地交合為證,此又舉人事“歸妹”結合其義也。天地以陰陽相合而得生物不已,人倫以長少相交而得繼嗣不絕,歸妹豈非“天地之大義,人倫之終始”也?
《彖伝》曰く:帰妹は天地の大義である。天地の気が交合しなければ万物は興起しない。帰妹は人倫の終始に関わる。王弼の注は、陰陽がすでに交合し、長と少がまた相交接する、これがまさに「天地之大義」であり、人倫の終始のあるところだと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「帰妹,天地之大義也。天地不交,而万物不興」とは、天地が交合して後に万物が繁盛し興起することを挙げて、「帰妹」の義を印証し称美したものである。卦名を解する前に先に引証したのは、「帰妹」は人情の好むところではなく、匹配対等の常理にも背くからである。おそらく聖人が礼法を制して、姪と妹を姑・姉に随えて妾媵とさせたのは、後嗣の繁衍を広げるためで、天地間の少陰少陽の気と長陰長陽の気とがともに交接して万物を繁育する象に取ったのである。「帰妹,人之終始也」とは、上文がすでに天地交合を引いて証としたのに続き、ここでは人事の「帰妹」を挙げてその義を結ぶ。天地は陰陽相合によって万物を生育して止まず、人倫は長少相交によって後嗣が綿々と絶えない。帰妹はまさに「天地之大義,人倫之終始」ではないか。
說以動,所歸妹也。少女而與長男交,少女所不樂也。而今“說以動”,所歸必妹也。雖與長男交,嫁而繫娣,是以“說”也。[疏]正義曰:此就二體釋歸妹之義。少女而與長男交,少女所不樂也。而今“說以動”所歸必妹也,雖與長男交,嫁而繫於娣,是以說也。繫娣所以說者,既繫娣為媵,不得別適,若其不以備數,更有動望之憂,故繫娣而行合禮,“說以動”也。
《彖伝》は続けて曰く:喜悦の心をもって動く、嫁がせる所は少女である。王弼の注は、少女が長男に配するのは本来少女の楽しまぬところであるが、いま「説以動」できるのは、嫁ぐ者が必ず「娣」の身をもって随行する妹だからで、長男に配するが嫁ぐときは正夫人に附属する「娣」だからこそ喜悦するのだと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは上下両体によって「帰妹」の義を解するものである。少女が長男に配するのは本来少女の願いではないが、いま「説以動」であるから、嫁ぐのは必ず妹であり、長男に配しても出嫁は「娣」の名分に附属するから喜悦する。附属して「娣」となることが喜悦しうるのは、すでに附属して媵妾となれば、別に婚配を求めずに済み、もしこれによって九女の数を満たさなければ、かえって非分の企望の患いが生じるからである。だから「娣」に附して行くことが礼にかなう。これが「説以動」である。
“征凶”,位不當也。履於,皆不當位,釋“征凶”之義。位既不當,明非正嫡,因說動而更求進,妖邪之道也,所戒其“征凶”也。“無攸利”,柔乘剛也。以征則有不正之凶,以處則有乘剛之逆。
《彖伝》曰く:「征凶」は爻位が当たらぬがゆえである。王弼の注は、諸爻の処するところ(底本ここに脱文あり)はいずれも位に当たらず、これが「征凶」の意を解するものである。爻位がすでに当たらなければ、正妻・嫡配ではないことが見えるのに、喜悦して躁動し、さらに進寵を求める、これは妖邪の道である。だから「征凶」と戒める。《彖伝》はまた曰く:「无攸利」は柔爻が剛爻の上に凌駕するがゆえである。王弼の注は、往きて進を求めれば位不正の凶があり、安処して動かなければ柔をもって剛に乗る悖逆があると解く。
[疏]“無攸利,柔乘剛也”。○正義曰:此因六三、六五乘剛,釋“無攸利”之義。夫陽貴而陰賤,以妾媵之賤,進求殊寵,即是以賤陵貴,故無施而利也。○注“以征則”至“有乘剛之逆也”。○正義曰:《彖》以失位釋“征凶”,乘剛釋“無攸利”,而《注》連引言之者,《略例》云:“去初、上而論位分,則三、五各在一卦之上,何得不謂之陽?三、四各在一卦之下,何得不謂之陰?然則二、四陰位也,三、五陽位也。”陽應在上,陰應在下,今二、三、四、五,並皆失位,其勢自然柔皆乘剛,其猶妾媵求寵,其勢自然以賤陵貴,以明柔之乘剛,緣於失正而進也。
孔穎達の疏は「无攸利,柔乗剛也」の一句を解して曰く:これは六三・六五が陽剛の上に凌駕することによって「无攸利」の意を解するものである。陽は貴く陰は賤しい。妾媵の卑賤の身をもって上に進み特別の寵を争うのは、卑賤をもって尊貴に凌駕することだから、どう為しても利はない。孔穎達はまた王弼の注の「以征則」から「有乗剛之逆也」までの一段を解して曰く:《彖伝》は本来「失位」をもって「征凶」を解し、「乗剛」をもって「无攸利」を解するが、王弼の注は二句を連ねて言う。これは王弼の《周易略例》に「初爻と上爻を除いて位分を論ずれば、三・五は各々一卦の上に処り、どうして陽位と称せざるをえよう。三・四は各々一卦の下に処り、どうして陰位と称せざるをえよう。かくのごとくなれば二・四は陰位、三・五は陽位である」と言うからである。陽爻は上に居るべく、陰爻は下に居るべきである。いま二・三・四・五の各爻がすべて位を失えば、その勢いは自然に柔爻がいずれも剛爻の上に凌駕し、妾媵が寵を争うがごとく、その勢いは自然に卑賤をもって尊貴に凌駕する。これによって柔の剛に乗るは、まさに正を失って妄進することに由ることを明らかにするのである。
《象》曰:澤上有雷,歸妹。君子以求終知敝。歸妹,相終始之道也,故以“永終知敝”。[疏]正義曰:“澤上有雷”,“說以動”也。故曰“歸妹君子以永終知敝”者,“歸妹相終始之道也”,故君子象此以永長其終,知應有不終之敝故也。
《象伝》曰く:沢上に雷が響く、これが帰妹である。君子はこれによりその終りを永く保ち、弊を予知する。(底本の《象》文は「君子以求終知敝」と作るが、王弼注・孔疏とも「永終知敝」と作るから「永」の字を是とすべきである。)王弼の注は、帰妹は互いに終始する道だから「永終知敝」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「沢上有雷」はまさに「説以動」の象である。「帰妹,君子以永終知敝」というのは、「帰妹」が相互に終始する道だから、君子はこれに象を取り、その終局を長く保とうと力めるとともに、その中にもとより善く終れない弊のあることを知るのである。
初九:歸妹以娣,跛能履,征吉。少女而與長男為耦,非敵之謂,是娣從之義也。妹,少女之稱也。少女之行,善莫若娣。夫承嗣以君之子,雖幼而不妄行,少女以娣,雖“跛能履”,斯乃恆久之義,吉而相承之道也。以斯而進,吉其宜也。
経文に曰く:初九、妹を嫁がせて陪嫁の「娣」の身をもって行き、跛の人がなお行いうるがごとく、往けば吉。王弼の注は、少女が長男に配するのは勢均力敵の匹配とは言えず、これがまさに「娣」をもって相従う義だと解く。「妹」は少女の称であり、少女の出嫁の行事として、「娣」となるほど善いものはない。宗嗣を承継するには国君の嫡子を用い、年幼でも立てれば妄挙ではない。少女が「娣」の身をもって嫁ぐのは、「跛能履」のごとく周全ではないが、まさに恒久の義であり、吉祥にして彼此相承の道である。この身をもって往けば、吉祥を得るは当然である。
[疏]“初九”至“貞吉”。○正義曰:“歸妹以娣”者,少女謂之妹,從娣而行謂之歸。初九以兌適震,非夫婦匹敵,是從娣之義也,故曰“歸妹以娣”也。“跛能履”者,妹而繼姊為娣,雖非正配,不失常道,譬猶跛人之足然。雖不正,不廢能履,故曰“跛能履”也。“征吉”者,少長非偶,為妻而行則凶焉,為娣而行則吉,故曰“征吉”也。○注“夫承嗣以君之子”至“吉其宜也”。○正義曰:“夫承嗣以君之子,雖幼而不妄行”者,此為少女作此例也。言君之子宜為嗣承,以類妃之妹應為娣也。立嗣宜取長,然君之子雖幼而立之,不為妄也。以言行嫁宜匹敵。然妃之妹雖至少,而為娣則可行也。
孔穎達の疏は「初九」から「貞吉」までの一節を解して曰く:「帰妹以娣」とは、少女を「妹」と称し、正夫人に従って「娣」となって行くを「帰」と言う。初九は下卦「兌」をもって上卦「震」に配し、夫婦対等の匹配ではなく、まさに「娣」に従う義だから「帰妹以娣」という。「跛能履」とは、妹が姉に接続して「娣」となるのは、正式の配偶ではないが常道を失わず、跛人の足のごとく正しくはないが歩行を妨げない。だから「跛能履」という。「征吉」とは、年少と年長はもとより佳偶ではなく、正妻の身をもって嫁げば凶、「娣」の身をもって嫁げば吉である。だから「征吉」という。孔穎達はまた王弼の注の「夫承嗣以君之子」から「吉其宜也」までの一段を解して曰く:「夫承嗣以君之子,雖幼而不妄行」とは、これは少女の事のために設けた比喩である。国君の子が宗嗣を承継すべきは、ちょうど正妃の妹が「娣」となるべきに等しい。常理では嗣を立つべきは年長者を取るが、国君の子は年幼であっても立てれば妄挙ではない。同様に、出嫁は本来門当戸対であるべきだが、正妃の妹は年が極めて少なくとも、「娣」として嫁ぐのは行いうるのである。
《象》曰:“歸妹以娣”,以恆也。“跛能履”,吉相承也。[疏]正義曰:“以恆也”者,妹而為娣,恆久之道也。“吉相承也”者,行得其宜,是相承之道也。
《象伝》曰く:「帰妹以娣」はその恒久を取ることであり、「跛能履」の吉は彼此相承にある。孔穎達の疏が解して曰く:「以恒也」とは、妹が「娣」となるは、まさに恒久に維持しうる道である。「吉相承也」とは、行事がその宜に合う、これが彼此に承接し相助ける道である。
九二:眇能視,利幽人之貞。雖失其位,而居內處中,眇猶能視,足以保常也。在內履中,而能守其常,故“利幽人之貞”也。[疏]正義曰:九二不云歸妹者,既在歸妹之卦,歸妹可知,故無不言也。然九二雖失其位,不廢居內處中。以言歸妹,雖非正配,不失交合之道,猶如眇目之人,視雖不正,不廢能視耳,故曰“眇能視”也。“利幽人之貞”者,居內處中,能守其常,施之於人,是處幽而不失其貞正也。故曰“利幽人之貞也”。《象》曰“利幽人之貞”,未變常也。[疏]正義曰:“未變常也”者,貞正者人之常也,九三失位,嫌其變常不貞也,能以履中不偏,故云“未變常”也。
経文に曰く:九二、目が偏盲だがなお見え、幽居守静の人が正固を守るに利あり。王弼の注は、九二は陽爻が陰位に居り位を失するが、内卦に身を処し中位に居り、偏盲の人がなお物を見るがごとく、常道を保守するに足る。内卦に身を処して中道を践み、また常道を守れるから「利幽人之貞」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:九二が「帰妹」の二字を挙げないのは、すでに帰妹の一卦の中に居るから、帰妹の事は推して知るべく、逐爻に言う必要がない。九二は位を失するが、内卦に身を処し中に居ることを妨げない。帰妹について言えば、正式の配偶ではないが交合の道を失わない、ちょうど目の偏盲の人が視力は正しくないが見ることを妨げないごとし。だから「眇能視」という。「利幽人之貞」とは、内卦に身を処し中に居って常道を守れるから、人事に落とせば、幽隠に身を処しながらその貞正を失わない。だから「利幽人之貞也」という。《象伝》曰く:「利幽人之貞」は常道を変えざるがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「未変常也」とは、貞正は人の守るべき常道であり、九三(底本かくのごとし、文義によれば九二と作るべし)が位を失せば、常道を変えて貞ならぬと疑われるが、中道を践みて偏らず倚らないから「未変常」という。
六三:歸妹以須,反歸以娣。室主猶存,而求進焉。進未值時,故有須也。不可以進,故“反歸”待時,“以娣”乃行也。[疏]正義曰:“歸妹以須”者,六三在“歸妹”之時,處下體之上,有欲求為室主之象,而居不當位,則是室主獨存,室主既存,而欲求進,為末值其時也。未當其時,則宜有待,故曰“歸妹以須也”。“反歸以娣”者,既而有須,不可以進,宜反歸待時,以娣乃行,故曰“反歸以娣”。《象》曰:“歸妹以須”,未當也。[疏]正義曰:“未當也”者,未當其時,故宜有待也。
経文に曰く:六三、妹を嫁がせるが須待し、返りて後「娣」の身をもって行く。王弼の注は、正室の女主がなお在るのに、彼女は進みて争おうとする。前進の時機はまだ至らないから、待つべきところがある。進むべからざれば、「反帰」して時機を待ち、「娣」となってこそ出行できると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「帰妹以須」とは、六三は「帰妹」の時にあって下卦の最上位に居り、正室の女主を争おうとする気配があるが、その居位は当たらず、すなわち正室の女主はなお位にある。女主がすでにあって進みて争わんとするは、まだ時機に及ばないことである。いまだその時に逢わざれば、待つべきである。だから「帰妹以須也」という。「反帰以娣」とは、待つべきであるから進み出るべからず、返って時機を待ち、「娣」となってこそ出行しうる。だから「反帰以娣」という。《象伝》曰く:「帰妹以須」は時機が当たらぬがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「未当也」とは、まだ適当な時機に及ばないから待つべきである。
九四:歸妹愆期,遲歸有時。夫以不正無應而適人也,必須彼道窮盡,無所與交,然後乃可以往,故“愆期遲歸”,以待時也。[疏]正義曰:九四居下得位,又無其應,以斯適人,“必待彼道窮盡,無所與交,然後乃可以往”,故曰“愆期遲歸有時”也。《象》曰:“愆期”之志,有待而行也。[疏]正義曰:嫁宜及時。今乃過期而遲歸者,此嫁者之志,正欲有所待而後乃行也。
経文に曰く:九四、妹を嫁がせて婚期を過ぎ、遅れて嫁ぐにはおのずからその時機がある。王弼の注は、位正しからず正応なき身をもって嫁ぐには、必ず彼の道が窮尽し、婚配すべき対象がなくなって後、初めて往くべきであるから、「愆期遅帰」は時機を待つためであると解く。孔穎達の疏が解して曰く:九四の処する位(底本は「居下得位」と作る)はまた応ずる爻なく、このような处境をもって嫁ぐは、まさに王弼の言う「必待彼道窮尽,无所与交,然後乃可以往」である。だから「愆期遅帰有時」という。《象伝》曰く:婚期を過ぐる心意は、待つべきところあって後に出行せんとする。孔穎達の疏が解して曰く:出嫁は本来時に及ぶべきに、いま期限を過ぎて遅々として嫁ぐは、出嫁する者本人の心意で、まさに待つべきところあって後に出行せんとするものである。
六五:帝乙歸妹,其君之袂,不如其娣之袂良。月幾望,吉。歸妹之中,獨處貴位,故謂之“帝乙歸妹”也。袂,衣袖,所以為禮容者也。“其君之袂”,為帝乙所寵也,即五也。為帝乙所崇飾,故謂之“其君之袂”也。配在九二,兌少震長,以長從少,不若以少從長之為美也,故曰“不若其娣之袂良”也。位在乎中,以貴而行,極陰之盛,以斯適配,雖不若少,往亦必合,故曰“月幾望,吉”也。
経文に曰く:六五、帝乙が妹を嫁がせる。その君女の衣袖は、その陪嫁の「娣」の衣袖の華美に如かず。月は満ちんとして未だ満ちず、吉。王弼の注は、六五は帰妹の一卦の中にあって独り尊貴の位に居るから「帝乙帰妹」と称すると解く。「袂」は衣袖で、礼儀容止を表すために用いる。「其君之袂」とは帝乙に寵愛されるお方を指し、すなわち六五である。帝乙に隆重に装飾されるから、その衣袖を「其君之袂」と称する。その配偶は九二にあり、「兌」は少、「震」は長である。年長者をもって年少者に従うは、年少者をもって年長者に従うに如かない。だから「不若其娣之袂良」という。しかし上卦の中に位し、尊貴の身をもって行き、陰気極盛の時に処る。この身をもって婚配すれば、年少者の相宜に如かないが、往けば必ず会合しうる。だから「月幾望,吉」という。
[疏]“六五帝乙”至“幾望吉”。○正義曰:“帝乙歸妹”者,六五居歸妹之中,“獨處貴位”,是帝王之所嫁妹也,故曰“帝乙歸妹”。“其君之袂,不如其娣之袂良”者,六五雖處貴位,卦是長陽之卦,若以爻為人,即是婦人之道,故為帝乙之妹。既居長卦,乃是長女之象,其君即五也。袂,衣袖也,所舉斂以為禮容,帝王嫁妹,為之崇飾,故曰“其君之袂”也。“配在九二,兌少震長,以長從少”者,可以從少,雖有其君崇飾之袂,猶不若以少從長之為美,故曰“不如其娣之袂良”也。“月幾望吉”者,陰而貴盛,如月之近望,以斯適配,雖不如以少從長,然以貴而行,往必合志,故得吉也,故曰“月幾望,吉”也。
孔穎達の疏は「六五帝乙」から「幾望吉」までの一節を解して曰く:「帝乙帰妹」とは、六五が帰妹の一卦の中にあって「独処貴位」し、まさに帝王の嫁がせる妹だから「帝乙帰妹」という。「其君之袂,不如其娣之袂良」とは、六五は貴位に居るが、上卦「震」は長陽の卦であり、爻位を人に比すれば婦人の道だから、彼女を帝乙の妹と指す。すでに長男の卦に処れば長女の象であり、「其君」とは六五この一爻を指す。「袂」は衣袖で、手を挙げ容を斂めて礼を行うとき儀容を示すために用いる。帝王が妹を嫁がせるに、特に彼女のために隆重に装飾するから「其君之袂」という。「配在九二,兌少震長,以長従少」とは、彼女は本来年少の九二に従いうるが、たとい帝王の盛飾する衣袖があっても、年少をもって年長に従うに如かない。だから「不如其娣之袂良」という。「月幾望吉」の「望」は旧暦十五日月輪盈満の日で、「幾望」は満ちんとして未だ全く満ちないことである。彼女は陰柔の身にして尊貴隆盛で、月の満望に近きがごとし。この身をもって婚配すれば、少をもって長に従うに如かないが、尊貴の身をもって行けば、往きて必ず心志が契合し、だから吉を得る。だから「月幾望,吉」という。
《象》曰:“帝乙歸妹,不如其娣之袂良”也。其位在中,以貴行也。[疏]“象曰”至“以貴行也”。○正義曰:“帝乙歸妹,不如其娣之袂良”者,釋其六五雖所居貴位,言長不如少也,言不必少女,而從於長男也。“其位在中,以貴行也”者,釋“月幾望,吉”也。既以長適少,非歸妹之美而得吉者,其位在五之中,以貴盛而行,所往必得合,而獲吉也。
《象伝》曰く:「帝乙帰妹,不如其娣之袂良」は、六五の位が中に居り、尊貴の身をもって行くがゆえである。孔穎達の疏は「象曰」から「以貴行也」までの一節を解して曰く:「帝乙帰妹,不如其娣之袂良」とは、六五が貴位に身を居すが、配对について言えば年長は年少に如かないことを解する。すなわちここは少女が長男に従うのではなく、まさにその逆である。「其位在中,以貴行也」は「月幾望,吉」を解する。すでに年長者をもって年少者に嫁ぐのは、本来帰妹の美善の象ではないが、なお吉を得るのは、その位が第五爻の中位に居り、尊貴隆盛の身をもって行くから、往く所は必ず会合し、それによって吉祥を得るのである。
上六:女承筐,無實,士刲羊,無血,無攸利。羊謂三也。處卦之窮,仰無所承,下又無應,為女而承命,則筐虛而莫之與。為士而下命,則“刲羊”而“無血”。“刲血”而“無血”,不應所命也。進退莫與,故曰“無攸利”也。[疏]“上六”至“無攸利”。○正義曰:女之為行,以上有承順為美;士之為功,以下有應命為貴,上六處卦之窮,仰則無所承受,故為女承筐,則虛而無實。又下無其應,下命則無應之者,故為“士刲羊”則乾而“無和”,故曰“女承筐,無實,士刲羊無血。”則進退莫與,故無所利。
経文に曰く:上六、女子が竹筐を捧ぐが中に一物もなく、男子が羊牲を宰割するが血が流れない。利あるところなし。王弼の注は、「羊」は六三を指す。上六は全卦の窮極の位に居り、上には承奉すべき対象がなく、下には正応の爻もない。女子として上の命令を承ければ、その竹筐は空しく、物を入れてくれる者がいない。男子として下に命令を発すれば、「刲羊」して「无血」——羊を宰っても血が見えないのは、その命令に応える者がないからである。進退ともに相与する者がいないから「无攸利」という。孔穎達の疏は「上六」から「无攸利」までの一節を解して曰く:女子の行事は上に承順すべき対象があることを美とし、男子の功業は下に命令に応える者があることを貴ぶ。上六は全卦の窮極の位に居り、上に承受すべき対象がないから、女子が筐を捧げれば空虚にして実物なく、下に応ずる爻がなく、令を発しても応える者なし。だから「士刲羊」すなわち乾枯して「无血」(底本は「无和」と作る)。だから「女承筐,无実,士刲羊无血」という。かくのごとく進退ともに相与する者なし。だから利が全くない。
《象》曰:上六“無實”,承虛筐也。[疏]正義曰:“承虛筐”者,筐本盛幣,以幣為實。今之“無實”,正是承捧虛筐,空無所有也。
《象伝》曰く:上六の「无実」とは、空の筐を捧げることである。孔穎達の疏が解して曰く:「承虚筐」とは、竹筐はもともと幣帛を盛るもので、幣帛をもってその中の実とする。いま「无実」と言うは、まさに空の筐を捧げて中に一物もないことを指す。
下経豊伝巻六
豊卦
離下震上。豐:亨,王假之。大而亨者,王之所至。[疏]正義曰:“豐,亨”者,“豐”,卦名也,《彖》及《序卦》皆以“大”訓“豐”也,然則豐者,多大之名,盈足之義,財多德大,故謂之為豐。德大則無所不容,財多則無所不齊。無所擁礙謂之為“亨”,故曰“豐,亨”。“王假之”者,假,至也,豐亨之道,王之所尚,非有王者之德,不能至之,故曰“王假之”也。
卦体は下「離」上「震」。卦辞曰く:豊、亨通り、王はこれに到る。王弼の注は、盛大にして亨通る、これは君王だからこそ到りうると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「豊,亨」の「豊」は卦名で、《彖伝》と《序卦伝》はともに「大」をもって「豊」を訓釈する。これで見れば、「豊」は多くして盛大の名、充盈して富足の義——財貨が多く徳業が大きいから「豊」と言う。徳業が大きければ包み容れられぬものなく、財貨が多ければ備えられぬものない。少しも壅塞・阻碍がないのを「亨」と言う。だから「豊,亨」という。「王假之」の「假」は「至、到達」の意:豊大亨通の道は君王の尚ぶところであり、王者の徳なくして到達しえない。だから「王假之」という。
勿憂,宜日中。豐之為義,闡弘微細,通夫隱滯者也,為天下之主,而令微隱者不亨,憂未巳也,故至“豐亨”,乃得勿憂也。用夫豐亨不憂之德,宜處天中,以偏照者也,故曰“宜日中”也。[疏]正義曰:勿,無也。王能至於豐亨,乃得無復憂慮,故曰“勿憂也”。用夫豐亨無憂之德,然後可以君臨萬國,遍照四方,如日中之時,遍照天下,故曰“宜日中”也。
卦辞は続けて曰く:憂うことなかれ、日中のごときに宜し。王弼の注は、「豊」の義は細微なる物を闡揚弘大し、隠伏郁滞の情を疏通することにある。天下の主たる身が、細微にして隠伏なる者を亨通せしめられなければ、憂いは止まない。だから「豊亨」の境に至ればこそ憂うなかれといえる。この豊亨にして憂なき徳に憑って、まさに日の中天に居るがごとく万方を普照すべきである。だから「宜日中」という。孔穎達の疏が解して曰く:「勿」は「无、するなかれ」である。君王が豊大亨通に到りうればこそ、もはや憂いなく、だから「勿憂」という。この豊亨にして憂なき徳に憑って、後に万国に君臨し四方を遍く照らすことができ、正午の日が天下を普照するがごとし。だから「宜日中」という。
《彖》曰:豐,大也。音闡大之大也。[疏]“彖曰:豐,大也”。○正義曰:“豐,大也”者,釋卦名,正是弘大之義也。○注“音闡大之大也”。○正義曰:闡者,弘廣之言,凡物之大,其有二種,一者自然之大,一者由人之闡弘使大。“豐”之為義,既闡弘微細,則豐之稱大,乃闡大之大,非自然之大,故音之也。
《彖伝》曰く:豊とは大である。王弼の注は、この「大」は「闡大」の「大」と読むと解く。孔穎達の疏は「彖曰:豊,大也」を解して曰く:「豊,大也」とは卦名を解するもので、まさに弘大の義である。孔穎達はまた王弼の注「音闡大之大也」を解して曰く:「闡」は弘揚して拡めるの意である。およそ物が大と称されるには二種ある。一つは自然にもとから大きいこと、一つは人によって闡揚弘大されて大となることである。「豊」の義はすでに細微なる物を闡揚弘大することにあるから、「豊」の称する「大」は「闡大」の大であって、自然本来の大ではない。だから王弼は特に音を注して区別を示したのである。
明以動,故豐。王假之,尚大也。大者王之所尚,故至之也。[疏]正義曰:“動故豐”者,此就二體,釋卦得名,為豐之意,動而不明,未能光大,資明以動,乃能致豐,故曰“明以動故豐”也。“王假之,尚大也”者,豐大之道,王所崇尚,所以王能至之,以能尚大故也。
《彖伝》曰く:明をもって後に動く、だから豊大なりうる。「王假之」は盛大を尚ぶことである。王弼の注は、盛大は君王の尚ぶところだから到りうると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「動故豊」とは、これは上下両体によってこの卦が「豊」と名づく意を解するものである——下卦「離」は明、上卦「震」は動である。ただ動いて明察しなければ光大しえず、必ず明察に憑って後に動いてこそ豊大を招きうる。だから「明以動故豊」という。「王假之,尚大也」とは、豊大の道が君王に尚ばれるから君王はこれに到りうるのであり、まさに盛大を尚ぶがゆえである。
“勿憂,宜日中”,宜照天下也。以勿憂之德,故宜照天下也。[疏]正義曰:日中之時,遍照天下,王無憂慮,德乃光被,同於日中之盈,故曰“勿憂,宜日中,宜照天下也”。
《彖伝》曰く:「勿憂,宜日中」は天下を遍く照らすべしということである。王弼の注は、この憂うなかれの徳に憑って、天下を遍く照らすべきだと解く。孔穎達の疏が解して曰く:正午の時、日の光は天下に遍く照る。君王に憂いがなければ、徳沢は四方に広く及び、正午の日光の充盈と同じである。だから「勿憂,宜日中,宜照天下也」という。
日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎?況於鬼神乎?豐之為用,困於昃食者也。施於未足則尚豐,施於巳盈則方溢,不可以為常,故具陳消息之道者也。[疏]正義曰:此孔子因豐設戒,以上言王者以豐大之德,照臨天下,同於日中。然盛必有衰,自然常理。日中至盛,過中則昃;月滿則盈,過盈則食。天之寒暑往來,地之陵谷遷貿,盈則與時而息,虛則與時而消。天地日月,尚不能久,況於人與鬼神,而能長保其盈盛乎?勉令及時脩德,仍戒居存慮亡也。
《彖伝》曰く:日は正午に至れば西に傾き、月は満ちれば欠ける。天地の盈満と空虚は、みな時序に随って消し生ず。いわんや人をや、いわんや鬼神をや。王弼の注は、「豊」の用は日傾き月欠けるの規律に制せられる——未だ充足せざるところに用いれば豊と称しうるが、すでに盈満したところに用いれば漫溢し、常態とすべからず。だから《彖伝》は消長の道を詳しく陳べたと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは孔子が「豊」卦に借りて戒めを設けたものである。上文は君王が豊大の徳をもって天下を照臨し、正午の日のごとしと言う。しかし興盛には必ず衰落がある、これは自然の常理である。日は正午に最も盛んで、午を過ぎれば西に傾き、月は十五に最も円え、盈満を過ぎれば欠ける。天には寒来暑往あり、地には陵谷の変遷あり、盈満の時は時序に随って生じ、空虚の時は時序に随って消える。天地日月なお久しく保てず、いわんや人と鬼神、どうしてその盈満興盛を長く保てよう。これは人に時に及んで徳を修めることを励まし、同時に安存の時に身を処して危亡を慮ることを戒めるのである。
此辭先陳天地,後言人、鬼、神者,欲以輕譬重,亦先尊後卑也。而日月先天地者,承上“宜日中”之下,遂言其昃食,因舉日月以對之,然後並陳天地,作文之體也。《象》曰:雷電皆至,豐。君子以折獄致刑。文明以動,不失情理也。
孔穎達は続けて言う:この段は先に天地を陳べ、後に人と鬼神を言うのは、分量の軽いものをもって重いものに比するためであり、同時に先尊後卑の順序でもある。そして先に日月を言い後に天地を言うのは、上文の「宜日中」に承接するからであり、勢いに随って日傾き月欠けるに及び、日月を両両対させて後に併せて天地を陳べる——これは行文の体例である。《象伝》曰く:雷と電がともに至る、これが豊である。君子はこれにより訟獄を折決し刑罰を致す。王弼の注は、文采光を明らかにして後に動けば、案情と事理に違失しないと解く。
[疏]正義曰:“雷電皆至,豐”者,雷者,天之威動,電者,天之光耀。雷電俱至,則威明備,足以為豐也。“君子以折獄致刑”者,君子法象天威而用刑罰,亦當文明以動,折獄斷決也。斷決獄訟,須得虛實之情;致用刑罰,必得輕重之中。若動而不明,則淫濫斯及,故君子象於此卦而折獄致刑。
孔穎達の疏が解して曰く:「雷電皆至,豊」とは、雷は上天の威厳の震動で、電は上天の光明の照曜である。雷と電がともに至れば、威厳と明察がともに備わり、「豊」を構成するに足る。「君子以折獄致刑」とは、君子が上天の威厳に法って刑罰を施すにも、文采の光明の下で動き、それによって訟獄を判決すべきだということである。訟獄の断決には、必ず虚実の実情を察明せねばならず、刑罰の施用には、必ず軽重の適中を得ねばならない。もし動いて明察なければ、濫刑が随って来る。だから君子はこの卦に象を取って訟獄を判決し刑罰を施すのである。
初九:遇其配主,雖旬無咎,往有尚。處豐之初,其配在四,以陽適陽,以明之動,能相光大者也。旬,均也。雖均無咎,往有尚也。初、四俱陽爻,故曰“均”也。[疏]正義曰:“遇其配主”者,豐者,文明必動,尚乎光大者也。初配在四,俱是陽爻,以陽適陽,以明之動,能相光大者也。故曰“遇其配主”也。“雖旬無咎,往有尚”者,旬,均也,俱是陽爻,謂之為均,非是陰陽相應,嫌其有咎,以其能相光大,故雖均,可以無咎,而往有嘉尚也,故曰“雖均無咎,往有尚”也。
経文に曰く:初九、自らに配する主爻に遇う。彼此均しいが咎なく、往けば嘉尚を受ける。王弼の注は、初九は豊卦の初めに居り、それに配するは九四であり、陽爻をもって陽爻に就き、光明に憑って動けば、両者は互いに光大しうる。「旬」は「均等」の意:均等でありながら咎なく、往けば嘉尚を受ける——初九と九四はともに陽爻だから「均」という。孔穎達の疏が解して曰く:「遇其配主」とは、豊卦は文采光明にして必ず動きあり、光大を尚ぶことを言う。初九の配するは九四であり、両者とも陽爻で、陽をもって陽に就き光明に憑って動けば、互いに光大しうる。だから「遇其配主」という。「雖旬无咎,往有尚」について、「旬」はすなわち均等である。両者とも陽爻でこれを「均」と称し、陰陽の相応ではないから咎ありと疑われるが、互いに光大しうるから、均等といえども咎なく、往けば嘉尚を得られる。だから「雖均无咎,往有尚」という。
《象》曰:“雖旬無咎”,過旬災也。過均則爭,交斯叛也。[疏]“象曰”至“災也”。○正義曰:“過旬災光”者,言勢若不均,則相傾奪。既相傾奪,則爭競乃興,而相違背,災咎至焉,故曰“過旬災也”。○注“過均”至“叛也”。○正義曰:初,四應配,謂之為交,勢若不均,則初、四之相交,於斯乖叛矣。
《象伝》曰く:「雖旬无咎」、均しきを過を過ぎれば災いあり。王弼の注は、均しきを過ぎれば相争い、相交する両方はこれに背離すると解く。孔穎達の疏は「象曰」から「災也」までの一節を解して曰く:「過旬災」(底本は「災光」と作るが「災也」と作るべし)とは、双方の勢力が均しくなければ互いに傾軋し奪い合い、既に傾奪し合えば争競が興り彼此相背し、災禍・咎害が随って至る。だから「過旬災也」という。孔穎達はまた王弼の注の「過均」から「叛也」までの一段を解して曰く:初九と九四は本来相応相配で、これを「交」と称す。双方の勢力が均しくなければ、初・四の間の交好はこれにより乖離し背反するのである。
六二:豐其蔀,日中見斗。往得疑疾,有孚發若,吉。蔀,覆曖,鄣光明之物也。處明動之時,不能自豐以光大之德,既處乎內,而又以陰居陰,所豐在蔀,幽而無睹者也,故曰“豐其蔀,日中見斗”也。日中者,明之盛也;斗見者,闇之極也。處盛明而豐其蔀,故曰“日中見斗”。不能自發,故往得疑疾。然履中當位,處闇不邪,有孚者也。若,辭也。有孚可以發其志,不困於闇,故獲吉也。
経文に曰く:六二、遮蔽する物を極めて厚く加え、正午にしてかえって北斗星を見る。往けば猜疑の病いを招くが、誠信あってその心志を感発せば吉。王弼の注は、「蔀」は覆い遮蔽し光明を阻ぐ物と解く。六二は光明にして動く時に身を処すが、豊大光明の徳によって自らを盛大にできない。内卦に処り、かつ陰爻が陰位に居るから、豊かにするのはあえて遮蔽の物であり、幽暗にして見えるものなし。だから「豊其蔀,日中見斗」という。正午は光明最盛の時であり、北斗を見るは昏暗極まることである。極盛の光明に身を処して遮蔽を厚く増すから「日中見斗」という。自ら奮発することができないから、往けば猜疑の病いを招く。しかし中道を践み居位が当たるから、昏暗に処しながら邪路に走らず、誠信がある。「若」は語助詞である。誠信あればその心志を感発でき、昏暗に困られず、だから吉祥を得る。
[疏]“六二豐其蔀”至“有孚發若吉”。○正義曰:“豐其蔀”者,二以陰居遙又處於內,幽闇無所睹見,所豐在於覆蔽,故曰“豐其蔀”也。蔀者,覆曖,障光明之物也。“日中見斗”者,二居離卦之中,如日正中,則至極盛者也。處日中盛明之時,而斗星顯見,是二之至闇,使斗星見明者也。處光大之世,而為極闇之行,譬日中而斗星見,故曰“日中見斗”也。二、五俱陰,二巳見斗之闇,不能自發,以自求於五,往則得見疑之疾,故曰“往得疑疾”也。然居中履正,處闇不邪,是有信者也。有信以自發其志,不困於闇,故獲吉也。故曰“有孚發若,吉”也。《象》曰:“有孚發若”,信以發志也。[疏]正義曰:信以發志者,雖處幽闇而不為邪,是有信以發其豐大之志,故得吉也。
孔穎達の疏は「六二豊其蔀」から「有孚発若吉」までの一節を解して曰く:「豊其蔀」とは、六二は陰爻が陰位に居り(底本は「居遥」と作るが「居陰」と作るべし)、また内卦に処し、幽暗にして何も見えず、豊かにするはまさに覆い遮蔽の物である。だから「豊其蔀」という。「蔀」はすなわち覆い遮蔽して光明を阻ぐ物である。「日中見斗」とは、六二は《離》卦の中に居り、日のまさに中天に当たるがごとく、光明極盛の時である。正午盛明の際に斗星が現れるのを見るは、六二の昏暗が極まって斗星を顕出せしめたものである。光大の時世に身を処しながら極昏暗の行事をなすは、正午にして斗星の見えるがごとし。だから「日中見斗」という。六二と六五はともに陰爻であり、六二はすでに斗を見るごとき昏暗に陷り、自ら奮発して六五に援を求めることができず、往けば猜疑の病いを招く。だから「往得疑疾」という。しかし中に居り正を守り、昏暗に処して邪路に走らず、誠信あり。誠信をもってその心志を感発して昏暗に困られず、だから吉祥を得る。だから「有孚発若,吉」という。《象伝》曰く:「有孚発若」は誠信をもって心志を感発することである。孔穎達の疏が解して曰く:「信以発志」とは、六二が幽暗に身を処しながら邪僻の事を為さない、これが誠信をもってその豊大の志を感発するのであり、だから吉を得る。
九三:豐其沛,日中見沬。折其右肱,無咎。沛,幡幔,所以御盛光也。沬,微昧之明也。應在上六,志在乎陰,雖愈乎以陰處陰,亦未足以免於闇也。所豐在沛,日中則見沬之謂也。施明,則見沬而巳,施用,則折其右肱,故可以自守而巳,未足用也。[疏]正義曰:“豐其沛,日中見沬”者,沛,幡幔,所以御盛光也。沬,微昧之明也,以九三應在上六,志在乎陰,雖愈於六二以陰處陰,亦未見免於闇也,是所以“豐在沛,日中見沬”。夫處光大之時,而豐沛見沬,雖愈於豐蔀見斗,然施於大事,終不可用。假如折其右肱,自守而巳,乃得無咎,故曰“折其右肱,無咎”。
経文に曰く:九三、遮光の帷幔を厚く張り、正午にして微弱の星光のみを見る。自らの右肱を折るが咎なし。王弼の注は、「沛」は幡幔のごとき帷帳で、強盛の日光を遮るに用い、「沬」は微弱昏昧の光亮と解く。九三の正応は上六にあり、心志が陰柔に係るから、六二の陰爻居陰位よりは強いが、なお昏暗を免れるに足らない。その豊かにするは帷幔であり、これが正午にして微光のみを見るの意である。これを照明に施しても微光を見るに過ぎず、事に任ぜられれば右肱を折るに等しいから、ただ自守するのみで、任用に足らない。孔穎達の疏が解して曰く:「豊其沛,日中見沬」の「沛」は幡幔で、強盛の日光を遮るに用い、「沬」は微弱昏昧の光亮である。九三の正応が上六にあり、心志が陰柔に係るから、六二の陰居陰よりは好いが、なお昏暗を免れない。これが「豊在沛,日中見沬」である。光大の時に身を処しながら帷幔厚くして微光のみを見るは、六二の「豊蔀見斗」よりやや勝るが、大事に用いれば終に任用に堪えない。ちょうど自らの右肱を折るがごとく、自守するのみで、かくてこそ咎なし。だから「折其右肱,无咎」という。
《象》曰:豐其沛,不可大事也。明不足也。[疏]正義曰:“不可大事”者,當光大之時,可為大事,明不足,故不可為大事也。折其右肱,終不可用也。雖有左在,不足用也。[疏]正義曰:“終不可用”者,凡用事在右肱,右肱既折,雖有左在,終不可用也。
《象伝》曰く:「豊其沛」は大事を為すべからずということである。王弼の注は、明察足らざるがゆえと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「不可大事」とは、光大の時に身を処すれば本来大事を為しうるが、ただ明察足らざるがゆえに大事を為すべからず。《象伝》はまた曰く:「折其右肱」は終に任用に堪えぬということである。王弼の注は、なお左肱あれども任用に足らぬと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「終不可用」とは、およそ事を為すは右肱に頼るもので、右肱すでに折れれば、たとい左肱あれども終に任用に堪えない。
九四:豐其蔀,日中見斗。遇其夷主,吉。以陽居陰,豐其蔀也。得初以發,夷主吉也。[疏]正義曰:“豐其蔀”者,九四以陽居陰,闇同於六二,故曰“豐其蔀”也。“日中見斗,遇其夷主,吉”者,夷,平也。四應在初,而同是陽爻,能相顯發,而得其吉,故曰“遇其夷主,吉”也。言四之與初交相為主者,若賓主之義也。若據初適四,則以四為主,故曰“遇其配主”。自四之初,則以初為主,故曰“遇其夷主”也。二陽體敵,兩主均平,故初謂四為“旬”,而四謂初為“夷”也。
経文に曰く:九四、遮蔽の物を極めて厚く加え、正午にして北斗星を見る。自らと均平の主爻に遇い、吉。王弼の注は、九四は陽爻が陰位に居るから「豊其蔀」であり、初九を得て自らを感発せしめる、これが「夷主吉」と解く。孔穎達の疏が解して曰く:「豊其蔀」とは、九四は陽爻が陰位に居り、昏暗は六二と同じだから「豊其蔀」という。「日中見斗,遇其夷主,吉」の「夷」は「平等」の意。九四の応ずる爻は初九にあり、両者とも陽爻で互いに彰顕・感発しうるから吉を得る。だから「遇其夷主,吉」という。九四と初九が交互に主となるのは、賓と主の関係のごとし:初九より九四に往くに就いて見れば九四を主とするから、初九爻辞は「遇其配主」と言い、九四より初九に回りて見れば初九を主とするから、九四爻辞は「遇其夷主」という。二つの陽爻は体勢相当し、両主は彼此均平であるから、初九は九四を「旬」と称し、九四は初九を「夷」と称す。
《象》曰:“豐其蔀”,位不當也。“日中見斗”,幽不明也。“遇其夷主”,吉行也。[疏]正義曰:“位不當”者,止謂以陽居陰,而位不當,所以豐蔀而闇者也。“幽不明也”者,日中盛則反而見斗,以譬當光大而居陰,是應明而幽闇不明也。“吉行也”者,處於陰位,為闇巳甚,更應於陰,無由獲吉,猶與陽相遇,故得吉行也。
《象伝》曰く:「豊其蔀」は爻位当たらざるがゆえであり、「日中見斗」は幽暗にして明ならざるであり、「遇其夷主」は吉祥の行である。孔穎達の疏が解して曰く:「位不当」とは、ただ九四が陽爻をもって陰位に居り位置当たらず、だから遮蔽を厚く増して昏暗に陷ることを言う。「幽不明也」とは、正午はもともと最盛の時であるのにかえって斗星を見る、これは本来光大すべきなのに陰位に身を居するを比喩し、明るいはずなのにかえって幽暗不明である。「吉行也」とは、九四は陰位に処して昏暗すでに深く、もしさらに陰爻と相応せば吉祥を得る由なし。幸いにその応ずるはなお陽爻の初九だから、吉祥の行をなしうるのである。
六五:來章有慶譽,吉。以陰之質,來適尊陽之位,能自光大,章顯其德,獲慶譽也。[疏]正義曰:六五處豐大之世,以陰柔之質,來適尊陽之位,能自光大,章顯其德,而獲慶善也。故曰“來章有慶譽,吉”也。《象》曰:六五之吉,有慶也。[疏]正義曰:“有慶也”者,言六五以柔處尊,履得其中,故致慶譽也。
経文に曰く:六五、文采光華を招来し、福慶と美誉あり、吉。王弼の注は、六五は陰柔の資質をもって、来て尊貴の陽位に居り、自ら光大してその徳を彰顕しうるから、福慶と誉れを得ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:六五は豊大の時世に処し、陰柔の資質をもって来て尊貴の陽位に居り、自ら光大してその徳を彰顕しうるから、福慶美善を得る。だから「来章有慶誉,吉」という。《象伝》曰く:六五の吉は福慶あるがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「有慶也」とは、六五が陰柔の質をもって尊位に居り、践んで中道を得るから、福慶・美誉を招致するのである。
上六:豐其屋,蔀其家,闚其戶,闃其無人。三歲不覿,凶。屋,藏蔭之物,以陰處極而最在外,不履於位,深自幽隱,絕跡深藏者也。既豐其屋,又蔀其家,屋厚家覆,闇之甚也。雖闚其戶,闃其無人,棄其所處,而自深藏也。處於明動尚大之,時而深自幽隱,以高其行;大道既濟,而猶不見,隱不為賢,更為反道,凶其宜也。三年,豐道之成。治道未濟,隱猶可也;既濟而隱,是以治為亂者也。
経文に曰く:上六、房屋を高く大きく造り、居室を遮蔽し、門の隙間より窺えば寂として人なし。三年も彼を見ず、凶。王弼の注は、「屋」は身を蔵し遮蔽するに用いる物と解く。上六は陰爻をもって最上極に処し最外に位し、職位を担わず、深く己を幽隠に蔵し、絶跡して深藏する。すでに房屋を高く造り、また居室を遮蔽すれば、屋厚く家掩れて昏暗極まる。門の隙間より窺うも寂として人なし。それは彼が処すべき位置を棄てて自ら深蔵したからである。光明にして動き盛大を尚ぶ時世に身を処しながら、深く自ら幽隠し、もって自らの品行を高くする。大道すでに通済するも彼はなお露面せず——このとき隠居は賢とは言えず、かえって常道に背くこととなり、凶は当然である。「三年」は豊大の道が成る期限である。治世の道が未だ成らざるときは隠居もまた可なり。すでに成ってなお隠居するは、すなわち已治の世を乱世と為すことである。
[疏]“上六豐其屋”至“不覿”。○正義曰:屋者,藏蔭隱蔽之物也。上六,以陰處陰,極以處外,不履於位,是深自幽隱,絕跡深藏也。事同豐厚於屋者也。既豐厚其屋,而又覆鄣其家,屋厚家闇,蔽鄣之甚也。雖闚視其戶,而闃寂無人,棄其所處,而自深藏也。處於豐大之世,隱不為賢。治道未濟,隱猶可也;三年豐道巳成,而猶不見,所以為凶,故曰“豐其屋,蔀其家,闚其戶,闃其無人,三歲不覿,凶”。
孔穎達の疏は「上六豊其屋」から「不覿」までの一節を解して曰く:「屋」は身を蔵し遮蔽する物である。上六は陰爻をもって陰位に居り、最上極に処して最外にあって職位を担わず、これが深く自ら幽隠して絶跡深蔵することで、その事はちょうど房屋を高く厚く造るがごとし。すでに房屋を高く厚く造り、また居室を覆い遮れば、屋厚く家暗く、遮蔽極まる。門の隙間より窺うも寂として人を見ず、それは彼が処すべき位置を棄てて自ら深蔵したからである。豊大の時世に身を処して隠居するは賢徳と言えない。治世の道が未だ成らざるときは隠居はまだ言い訳が立つが、いま三年にして豊大の道すでに成るも彼はなお露面せず。だから凶とする。だから「豊其屋,蔀其家,闚其戸,闃其无人,三歳不覿,凶」という。
《象》曰:“豐其屋”,天際翔也。翳光最甚者也。[疏]正義曰:“天祭翔也”者,如鳥之飛翔於天際,言隱翳之深也。“闚其戶,闃其無人”,自藏也。可以出而不出,自藏之謂也,非有為而藏。不出戶庭,失時致凶,況自藏乎?凶其宜也。[疏]正義曰:“自藏也”者,言非有為而當自藏,可以出而不出,無事自為隱藏也。
《象伝》曰く:「豊其屋」は天辺に翱翔するがごとし。王弼の注は、これは光明を遮蔽すること最も甚だしき情形と解く。孔穎達の疏が解して曰く:「天際翔也」(底本は「際」を「祭」と訛る)は、鳥の天辺に飛翔するがごとく、その隠蔽の極めて深きを形容する。《象伝》はまた曰く:「闚其戸,闃其无人」は自ら蔵れたることである。王弼の注は、出でて事を為すべきに出でず、これを自蔵と言い、有所為あるがゆえに隠るるにあらずと解く。戸庭の内に滞留して出でざるすら、なお時機を失して凶を招く、いわんや自ら深蔵するをや。凶は当然である。孔穎達の疏が解して曰く:「自蔵也」とは、彼が有所為あるがゆえに隠るべきにあらずして、出でて事を為しうるに出でず、故なく自ら蔵匿することを言う。
旅卦
艮下離上。旅:小亨,旅貞吉。不足全夫貞吉之道,唯足以為旅之貞吉,故特重曰“旅,貞吉”也。[疏]正義曰:旅者,客寄之名,羈旅之稱,失其本居,而寄他方,謂之為旅。既為羈旅,苟求僅存,雖得自通,非甚光大,故《旅》之為義,小亨而巳,故曰“旅,小亨”。羈旅而獲小亨,是旅之正吉,故曰“旅,貞吉”也。
卦体は下「艮」上「離」。卦辞曰く:旅、小さく亨、旅貞すれば吉。王弼の注は、これはなお完満の貞吉の道を成すに足らず、ただ旅居の中の貞吉と称するに足るのみ。だから特に「旅」の字を重ねて「旅,貞吉」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「旅」は寄居して客となる名目、羈旅して外にあるの称——本来の居所を失いて他郷に身を寄するを「旅」という。すでに羈旅の身となれば、ただ強いて身を存するを求め、自ら通達を求めえども十分に光大とは言えない。だから《旅》卦の義は小さく亨に過ぎない。だから「旅,小亨」という。羈旅の身にして小亨を得るは、これが旅居の中の正にして吉である。だから「旅,貞吉」という。
《彖》曰:“旅,小亨”,柔得中乎外,而順乎剛,止而麗乎明,是以“小亨,旅貞吉”也。夫物失其主則散,柔乘於剛則乖。既乖且散,物皆羈旅,何由得小亨而吉乎?夫陽為物長,而陰皆順陽。唯六五乘剛,而復得中乎外,以承於上,陰凶順陽,不為乖逆。止而麗明,動不履妄,雖不及剛得尊位,恢弘大通,是以小亨。令附旅者,不失其正,得其所安也。
《彖伝》曰く:「旅,小亨」は柔爻が外卦にて中位を得て剛爻に順い、静止して光明に麗するがゆえに「小亨,旅貞吉」である。王弼の注は、万物は主宰を失えば離散し、柔爻が剛爻の上に凌駕すれば乖違する。乖違してまた離散せば、人人みな羈旅の客となり、何をもって小亨して吉を得ようか。陽は万物の首長で、衆陰はみな陽に順うべきである。この卦はただ六五が剛爻の上に凌駕するが、それも外卦にて中位を得、上九を承奉し、陰柔にて陽剛に順う(底本「陰凶」は「陰以」と作るべし)から、乖違悖逆とは言えない。静止して光明に麗し、行動は虚妄に渉らず。陽剛の尊位に居るがごとき恢弘大通には及ばないが、これによって小亨を得て、依附して旅する者がその正を失わず各々その安を得させる。
[疏]“《彖》曰”至“貞吉也”。○正義曰:“旅,小亨”者,舉《經》文也。柔得中乎外而順乎剛,止而麗乎明,是以“小亨”。“旅貞吉”者,此就六五及二體,釋旅得亨貞之義,柔處於外,弱而為客之象,若所託不得其主,得主而不能順從,則乖逆而離散,何由得自通而貞吉乎?今柔雖處外而得中順陽,則是得其所託,而順從於主。又止而麗明,動不履妄,故能於寄旅之時,得通而正,不失所安也。
孔穎達の疏は「《彖》曰」から「貞吉也」までの一節を解して曰く:「旅,小亨」はまず卦辞《経》文を挙げたもの。「柔得中乎外而順乎剛,止而麗乎明,是以小亨」および「旅貞吉」これらの言葉は、六五の一爻および上下両卦の体によって、旅卦の亨通守正しうる道理を解するものである。柔爻が外卦に処るは、まさに柔弱にして他郷に客となる象である。もし依托する所が頼れる主人でなければ、あるいは主人あれども順う能わざれば、乖違悖逆して離散し、何をもって自ら通達を求め貞吉を得ようか。いま柔爻は外に処すが、中に居り陽剛に順う。これが依托すべき対象を得て主人に順うことであり、また静止して光明に麗し、行動は虚妄に渉らない。だから寄旅の時にあって通達しつつ端正で、その安身の所を失わないのである。
旅之時義大矣哉!旅者大散,物皆失其所居之時也。咸失其居,物願所附,豈非知者有為之時?[疏]正義曰:此嘆美寄旅之時,物皆失其所居。若能與物為附,使旅者獲安,非小才可濟,惟大智能然。故曰“旅之時義大矣哉”。
《彖伝》曰く:旅卦の時に順じて処るの義は実に大きいかな!王弼の注は、「旅」とは大規模の離散で、万物がことごとくその居所を失う時である。人人みな居所を失いて、みな依附する所を望む。これはまさに智慧ある人の有所為たりうる時機ではないかと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは寄旅の時の重大を讃歎するものである——万物がことごとくその居所を失い、もし衆人に依附する所を得させ、羈旅の人に安頓を得させることができれば、これは小才の能くするところではなく、ただ大智慧のみが能くする。だから「旅之時義大矣哉」という。
《象》曰:山上有火,旅。君子以明,慎用刑而不留獄。止以明之,刑戮詳也。[疏]正義曰:火在山上,逐草而行,勢不久留,故為旅象。又上下二體,艮止離明,故君子象此,以靜止明察,審慎用刑,而不稽留獄訟。
《象伝》曰く:山上に火あり、これが旅である。君子はこれにより明察にして刑を慎み用い、訟案を稽留せず。王弼の注は、静止の徳に明察を加えれば、刑罰殺戮が周詳にして茍ならずと解く。孔穎達の疏が解して曰く:火が山上にあって草木を追って蔓延すれば、勢い久しく一処に留まれないから、「旅」の卦象となる。また上下両体は、下卦「艮」は止、上卦「離」は明である。だから君子はこれに象を取り、沈静にして止定の態度をもって案情を明察し、刑罰を慎み用い、訟案を稽留せしめないのである。
初六:旅瑣瑣,斯其所取災。最處下極,寄旅不得所安,而為斯賤之役,所取致災,志窮且困。[疏]正義曰:“旅瑣瑣,斯其所取災”者,瑣瑣者,細小卑賤之貌也。初六當旅之時,最處下極,是寄旅不得所安,而為斯卑賤之役。然則為斯卑賤勞役,由其處於窮下,故致此災,故曰“旅瑣瑣斯其所取災”也。《象》曰:“旅瑣瑣”,志窮災也。[疏]正義曰:“志窮災”,志意窮困,自取此災也。
経文に曰く:初六、旅居して瑣屑卑微、これまさに彼の自ら招く災いのゆえんである。王弼の注は、初六は全卦最下の窮極の位に居り、寄旅して安頓を得ず、ただこの卑賤の差役を為すのみで、ゆえに自ら災いを取り、心志は窮しまた困むと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「旅瑣瑣,斯其所取災」の「瑣瑣」は細小卑賤のさまである。初六はまさに旅居の時に当たり、最下の窮極の位に処る。これは寄旅して安頓を得ず、ただこの卑賤の差役を担うのみである。すでにこの卑賤の労役を為すは、まさにそれが窮困の最下位に居るがゆえにこの災いを招く。だから「旅瑣瑣,斯其所取災」という。《象伝》曰く:「旅瑣瑣」は心志窮困して災いを招くことである。孔穎達の疏が解して曰く:「志窮災」とは、心志が窮困し、自らこの災いを招来したことである。
六二:旅即次,懷其資,得童僕貞。次者,可以安行旅之地也。懷,來也。得位居中,體柔奉上,以此寄旅,必獲次舍。懷來資貨,得童僕之所正也。旅不可以處盛,故其美盡於童僕之正也。過斯以往,則見害矣。童僕之正,義足而巳。[疏]正義曰:“旅即次,懷其資,得童僕貞”者,得位居中,體柔承上,以此而為寄旅,必為主君所安,旅得次舍,懷來資貨,又得童僕之正,不同初六賤役,故曰“旅即次,懷其資,得童僕貞”。《象》曰:“得童僕貞”,終無尤也。[疏]正義曰:“終無尤”者,旅不可以處盛,盛則為物所害。今惟正於童僕,則終保無咎也。
経文に曰く:六二、旅居して旅舍に入り、資財を携え、また忠正の童僕を得る。王弼の注は、「次」は旅人を安頓しうる処所、「懐」は招来すると解く。六二は位を得て中に居り、体質は柔順にして上に奉事する。この態度をもって外に寄居すれば、必ず旅舎を得て身を安んじ、資財貨物を招来し、また童僕の忠正を得る。旅居の人は過盛の位に処すべからず。だからその美好はただ「童僕之貞」に止まり、この一歩を越えて前に進めば害に遭う——童僕の忠正は、道義においてすでに足る。孔穎達の疏が解して曰く:「旅即次,懐其資,得童僕貞」とは、六二が位を得て中に居り、体質は柔順にして上に承奉する。この態度をもって外に寄居すれば、必ずその地の主人に安置され、旅中に住処を得、資財貨物を招来し、また童僕の忠正を得る。初六の卑賤の労役を為すに止まるに似ず。だから「旅即次,懐其資,得童僕貞」という。《象伝》曰く:「得童僕貞」は終に過失なきことである。孔穎達の疏が解して曰く:「終无尤」とは、旅居の人は過盛の位に処すべからず、太く盛んなれば外物に害される。いまただ童僕の忠正を求めて止まれば、始終咎なきを保ちうる。
九三:旅焚其次,喪其童僕,貞厲。居下體之上,與二相得,以寄旅之身而為施下之道,與萌侵權,主之所疑也,故次焚僕喪,而身危也。[疏]“九三旅焚其次”至“貞厲”。○正義曰:“旅焚其次,喪其童僕,貞厲”者,九三居下體之上,下據於二,上無其應,與二相得,是欲自尊而惠施於下也。以羈旅之身而為惠下之道,是與萌侵權,為主君之所疑也。為君主所疑,則被黜而見害,故焚其次舍,喪其童僕之正而身危也。○注“與萌”至“所疑也”。正義曰:“與萌侵權”者,言與得政事之萌,漸侵奪主君之權勢,若齊之田氏,故為主所疑也。
経文に曰く:九三、旅居して自らの旅舍を焼き、童僕を喪う。貞を守るも危険あり。王弼の注は、九三は下卦の最上位に居り、六二と情意投合し、寄旅の身にして下に恵を施す行いを為し、萌しつつある政事に介入して権柄を侵奪する。これは主人の猜疑するところだから、旅舍は焚かれ童僕は喪われ、身もまた危険に陥ると解く。孔穎達の疏は「九三旅焚其次」から「貞厲」までの一節を解して曰く:「旅焚其次,喪其童僕,貞厲」とは、九三は下卦の最上位に居り、下には六二を圧し、上には正応なく、六二と情意投合する。これは自ら尊大に居して下に恩を施さんとするものである。羈旅の身にして下に恩を施す行いを為すは、すなわち政事の萌芽に介入して権柄を侵奪することであり、ゆえにその地の主君に猜疑される。主君に猜疑されれば黜退せられ害を受ける。だから旅舎は焚かれ、童僕の忠正を喪い、自身もまた危険に陥る。孔穎達はまた王弼の注の「与萌」から「所疑也」までの一段を解して曰く:「与萌侵権」とは、政事の萌芽に参与掌握して、漸く主君の権勢を侵奪することで、斉国の田氏の専権のごとし。だから主人に猜疑される。
《象》曰:“旅焚其次”,亦以傷矣。以旅與下,其義喪也。[疏]正義曰:“亦以傷矣”者,言失其所安,亦可悲傷也。“其義喪”者,言以旅與下,理是喪亡也。
《象伝》曰く:「旅焚其次」はまた傷ましきかな。羈旅の身をもって下属に結び付くは、理において喪亡すべきである。孔穎達の疏が解して曰く:「亦以傷矣」とは、彼が安身の所を失い、実に悲しむべく傷ましきことを言う。「其義喪」とは、羈旅の身をもって下属に結び付けば、情理において喪亡すべきことを言う。
九四:旅于處,得其資斧,我心不快。斧所以斫除荊棘,以安其舍者也。雖處上體之下,不先於物,然而不得其位,不獲平坦之地,客於所處,不得其次,而得其資斧之地,故其心不快也。[疏]正義曰:“旅于處,得其資斧,我心不快”者,九四處上體之下,不同九三之自尊,然不得其位,猶寄旅之人,求其次舍,不獲平坦之所,而得用斧之地。言用斧除荊棘,然後乃處,故曰“旅于處,得其資斧”也。求安處而得資斧之地,所以其心不快也。《象》曰:“旅于處”,未得位也。“得其資斧”,心未快也。
経文に曰く:九四、旅して暫く棲身の処を得、利斧を得るが、我心快からず。王弼の注は、斧は荆棘を砍除して住処を安頓するに用いると解く。九四は上卦の最下位に処し、他人に先んじて争わないが、しかし位に当たらず、平坦の地を得ない。処する地に客として、正式の旅舍を見つけられず、ただ斧を動かして砍伐すべき地を見つけるのみ。だから心快からず。孔穎達の疏が解して曰く:「旅于処,得其資斧,我心不快」とは、九四は上卦の最下位に処り、九三のごとく自ら尊大に居さないが、しかし位に当たらず、寄旅の人の住処を求めて平坦の地を得ず、ただ斧を動かすべき地を得るに似る——意はまず斧をもって荆棘を砍除して後、身を安んじうる。だから「旅于処,得其資斧」という。もともと安身の処を求めたのに、得たのは斧を動かして開闢すべき地である。だから彼の心は快からない。《象伝》曰く:「旅于処」はまだ応有の位置を得ざるがゆえであり、「得其資斧」は心未だ快からざることである。
六五:射雉一矢,亡。終以譽命。射雉以一矢,而復亡之,明雖有雉,終不可得矣。寄旅而進,雖處於文明之中,居於貴位,此位終不可有也。以其能知禍福之萌,不安其處以乘其下,而上承於上,故終以譽而見命也。[疏]“六五射雉”至“以譽命”。○正義曰:“射雉一矢亡,終以譽命”者,羈旅不可以處盛位,六五以羈旅之身,進居貴位,其位終不可保,譬之射雉,惟有一矢,射之而復亡失其矢,其雉終不可得,故曰“射雉一矢亡”也。然處文明之內,能照禍福之幾,不乘下以侵權,而承上以自保,故得終以美譽而見爵命,故曰“終以譽命”也。
経文に曰く:六五、雉を射るに一矢のみ、矢はまた亡くす。しかし終に美誉をもって爵命を受く。王弼の注は、雉を射るに一矢のみ、射てまたこれを亡くすは、たとい雉あれども終に得られないを明らかにす。寄旅の身をもって上進し、文采光明の中に身を処し貴位に居るも、この位は終に長く占められない。それが福禍の萌芽を予知しえて、その位に安坐して下の爻に凌駕せず、上九を承奉するから、終に美誉をもって冊命を受ける。孔穎達の疏は「六五射雉」から「以誉命」までの一節を解して曰く:「射雉一矢亡,終以誉命」とは、羈旅の人は盛位に居るべからず。六五は羈旅の身をもって上進して貴位に居るが、この位は終に保てず、雉を射るに一矢のみ、射てまた矢を亡くせば、その雉は終に得られないがごとし。だから「射雉一矢亡」という。しかしそれは文明の内に身を処し、福禍の先兆を洞察しえて、下爻に凌駕して権柄を侵奪せず、上位を承奉して自らを保つ。だから終に美好の声誉をもって爵命を得る。だから「終以誉命」という。
《象》曰:“終以譽命”,上逮也。[疏]正義曰:“上逮”者,逮,及也,以能承及於上,故得“終以譽命”也。上九:鳥焚其巢,旅人先笑後號咷。喪牛于易,凶。居高危而以為宅,巢之謂也。客旅得上位,故先笑也。以旅而處於上極,眾之所嫉也。以不親之身而當被害之地,必凶之道也,故曰“後號咷”。牛者,稼穡之資。以旅處上,無所同嫉,故“喪牛于易”,不在於難。物莫之與,危而不扶,喪牛于易,終莫之聞。莫之聞,則傷之者至矣。
《象伝》曰く:「終以誉命」は上に承え接する能くするがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「上逮」の「逮」は「及、接」の意——上九に上って承接しうるから、「終以誉命」しうるのである。経文はまた曰く:上九、鳥の巣が焚かれ、旅人は初め笑い後に号咷する。易々として牛を喪い、凶。王弼の注は、高く危険な所に住んで住宅と為す、これを「巣」と言うと解く。客として旅居して最高の位を得たから初めは笑い、羈旅の身をもって最上極に処すは衆人の忌恨するところであり、人の親しむ者なき身をもってまさに害される地に当たれば、これは必ず凶を招く道だから「後号咷」という。「牛」は耕種収穫の倚仗とする資本である。羈旅の身をもって上位に居れば、彼と同心の者なく人人みな彼を悪む。だから「喪牛于易」——易々として失うのであり、艱難険阻の中に失うのではない。衆人みな親附しようとせず、彼の危険を見ても扶持せず。牛はこのように易々として失い、彼は終に告知する者なし。告知する者なければ、彼を害する者至る。
[疏]正義曰:“鳥焚其巢,旅人先笑後號咷,喪牛于易,凶”者,最居於上,如鳥之巢,以旅處上,必見傾奪,如鳥巢之被焚,故曰“鳥焚其巢”也。客得上位,所以“先笑”。凶害必至,故“後號咷”。無所同嫉,喪其稼穡之資,理在不難,故曰“喪牛于易”。物莫之與,則傷之者至矣,故曰“凶”也。《象》曰:以旅在上,其義焚也。“喪牛于易”,終莫之聞也。[疏]正義曰:“終莫之聞也”者,眾所同疾,危而不扶,至於喪牛于易,終無以一言告之,使聞而悟也。
孔穎達の疏が解して曰く:「鳥焚其巣,旅人先笑後号咷,喪牛于易,凶」とは、上九は全卦の最上に居り、鳥の巣のごとし。羈旅の身をもって上位に居れば、必ず人の傾軋奪取せられ、鳥の巣の焚かれるがごとし。だから「鳥焚其巣」という。客たる者が上位を得たから「先笑」、凶禍傷害は必ず至るから「後号咷」。彼と同心する者なく、耕種収穫の倚仗とする資本を喪えば、情理において費やす力なしに失う。だから「喪牛于易」という。衆人みな親附しようとせず、彼を害する者至る。だから「凶」という。《象伝》曰く:羈旅の身をもって上位に居れば、理において焚かるべし。「喪牛于易」は終始告知する者なかりしことである。孔穎達の疏が解して曰く:「終莫之聞也」とは、衆人みなことごとく彼を悪み、彼の危険を見ても扶持せず、易々として牛を失うに至り、なお終始一人も肯んじて一言も彼に告げて聞かせ悟らせる者なきことを言う。
巽卦
巽下巽上。巽:小亨。全以巽為德,是以小亨也。上下皆巽,不違其令,命乃行也。故申命行事之時,上下不可以不巽也。[疏]正義曰:巽者,卑順之名。《說卦》云:“巽,入也。”蓋以巽是象風之卦,風行無所不入,故以“入”為訓。若施之於人事,能自卑巽者,亦無所不容。然巽之為義,以卑順為體,以容入為用,故受“巽”名矣。上下皆巽,不為違逆,君唱臣和,教令乃行,故於重巽之卦,以明申命之理。雖上下皆巽,命令可行,然全用卑巽,則所通非大,故曰“小亨”。
卦体は下「巽」上「巽」。卦辞曰く:巽、小さく亨。王弼の注は、全く以て謙遜卑順を徳とすれば、小さく亨に過ぎないと解く。上下ともに謙順なれば号令に違わず、政令は行なわれうる。だから反復して命令を申明し政事を推行する時、上下ともに謙順ならざるべからず。孔穎達の疏が解して曰く:「巽」は卑下順従の名称である。《説卦伝》に「巽,入也」と言う。おそらく「巽」は風に象を取る卦で、風の至る所は孔を穿たずして入らざるなく、だから「入」をもってこれを訓釈する。人事に落とせば、自ら卑下謙遜に居れる人は、相容れぬものなし。ただし「巽」の義は、卑順をもって本体とし、容受して深く入るをもって功用とする。だから「巽」の名称を受けた。上下ともに謙順なれば違逆なく、君主が倡導して臣下が応和して、教化政令こそ行なわれうる。だからこの両「巽」相重なる卦において、反復して申命する道理を闡明する。上下ともに謙順にして命令行なわれうるといえども、一味に卑順のみを用いれば、その通達は広大ならず。だから「小亨」という。
利有攸往。巽悌以行,物無距也。[疏]正義曰:巽悌以行,物無違距,故曰“利有攸往”。利見大人。大人用之,道愈隆。[疏]正義曰:但能用巽者,皆無往不利,然大人用巽,其道愈隆,故曰“利見大人”,明上下皆須用巽也。
卦辞は続けて曰く:往く所あるに利あり。王弼の注は、謙順和易の態度をもって事を行えば、万物みな抗拒せずと解く。孔穎達の疏が解して曰く:謙順和易の態度をもって事を行えば、万物みな違逆抗拒せず。だから「利有攸往」という。卦辞はまた曰く:大人を見るに利あり。王弼の注は、大人が謙遜の道を運用すれば、その道はいっそう隆盛になると解く。孔穎達の疏が解して曰く:およそ謙順の道を運用しうる人は、往きて利ならざるなし。しかし大人が謙順を運用すれば、その道はいっそう隆盛である。だから「利見大人」という。これは上下ともに謙順を運用するを要とすることを表明する。
《彖》曰:重巽以申命。命乃行也。未有不巽而命行也。[疏]正義曰:此卦以卑巽為名,以申命為義。故就二體上下皆巽,以明可以申命也。上巽能接於下,下巽能奉於上,上下皆巽,命乃得行,故曰“重巽以申命也”。
《彖伝》曰く:両「巽」相重なるは、もって命令を反復申明する。王弼の注は、かくてこそ命令は行なわれうる——いまだかつて謙順ならずして命令の行なわれたることあらずと解く。孔穎達の疏が解して曰く:この卦は卑下謙順をもって名とし、反復申命をもって義とすれば、上下両体ともに「巽」なる这一点に就き、それが反復申命しうることを明らかにする。上にある者が謙順なれば下を納容し、下にある者が謙順なれば上を奉行し、上下ともに謙順なれば命令こそ行なわれうる。だから「重巽以申命也」という。
剛巽乎中正而志行。以剛而能用巽,處乎中正,物所與也。[疏]正義曰:“剛巽乎中正而志行”者,雖上下皆巽,若命不可從,則物所不與也。故又因二五之爻,剛而能巽,不失其中,所以志意得行,申其命令也。
《彖伝》曰く:剛爻が謙順にして中正の位に居り、ゆえに心志は行なわれることを得る。王弼の注は、陽剛の質をもって謙順を運用しえて、また中正の位に居るは、万物の楽しみ親附するところであると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「剛巽乎中正而志行」とは、上下ともに謙順なりといえども、もし命令そのものが遵るに足らざれば、衆人はなお親附しない。だから《彖伝》はまた九二・九五の両爻に就き立説する。それらは陽剛にして謙順を能くし、また中道を失わないから、心志は行なわれることを得、その命令を反復申明しうるのである。
柔皆順乎剛。明無違逆,故得小亨。[疏]“柔皆順乎剛”。○正義曰:“柔皆順乎剛”者,剛雖巽為中正,柔若不順乎剛,何所申其命乎?故又就初、九各處卦下,柔皆順剛,無有違逆,所以教命得申,成小亨以下之義也。○注“明無違”至“得小亨”。○正義曰:案《彖》並舉“小亨,利有攸往,利見大人”以結之,則柔皆順剛之意,不事釋“小亨”二字,而《注》獨言“明無違逆,故得小亨”者,褚氏云:“夫獻可替否,其道乃弘:柔皆順剛,非大通之道,所以文王繫‘小亨’之辭,孔子致‘皆順’之釋。”案:王註上下卦之體,皆以巽言之,柔不違剛,正是巽義,故知“皆順”之言,通釋諸辭也。
《彖伝》曰く:柔爻はことごとく剛爻に順う。王弼の注は、これは違逆なきを表明し、だから小亨しうると解く。孔穎達の疏は「柔皆順乎剛」を解して曰く:剛爻は謙順にして中正に居るといえども、柔爻が剛爻に順わざれば、また誰に向かって命令を申明せん。だから《彖伝》はまた初六・六四(底本は「初、九」と作る)の各々上下両卦の最下位に処るに就き立説する。柔爻はことごとく剛爻に順い、違逆なく、ゆえに教令は申明せられ、「小亨」以下の数句の意を成就する。孔穎達はまた王弼の注の「明无違」から「得小亨」までの一段を解して曰く:《彖伝》を考察するに、それは「小亨,利有攸往,利見大人」の三句を併せ挙げて收結とする。されば「柔皆順剛」の一層の意は、専ら「小亨」の二字を解するのではない。しかるに王弼の注は単に「明无違逆,故得小亨」と言う。これに就いて褚氏曰く:「臣下が可行の策を進献し不可の事を廃止しえれば、君たるの道こそ弘大なれ。柔爻が一味に剛爻に順うは、大通の道にあらず。だから文王は『小亨』の卦辞を係え、孔子は『皆順』の解釈を作した。」按して曰く:王弼が上下両卦の体を注解するに、みな「巽」をもって明らかにし、柔爻が剛爻に違わざるはまさに「巽」の義である。これにより「皆順」のこの言は、上面の数句の卦辞を貫通して解するものと知るべし。
是以“小亨,利有攸往,利見大人”。[疏]正義曰:“是以小亨”以下,釋《經》結也。《象》曰:隨風,巽。君子以申命行事。[疏]正義曰:“隨風,巽”者,兩風相隨,故曰“隨風”,風既相隨,物無不順,故曰“隨風,巽”。“君子以申命行事”者,風之隨至,非是令初,故君子訓之以申命行事也。
《彖伝》は最後に曰く:それゆえに「小亨,利有攸往,利見大人」。孔穎達の疏が解して曰く:「是以小亨」以下の数句は、卦辞《経》文を解釈し收結を為す。《象伝》曰く:風と風と相随う、これが巽である。君子はこれにより命令を反復申明し政事を推行す。孔穎達の疏が解して曰く:「随風,巽」とは、二陣の風が前後相随うから「随風」といい、風すでに相随いて来れば、万物に順わざるなく、だから「随風,巽」という。「君子以申命行事」とは、風が一陣接一陣に至れば、すでに最初の一回の号令にあらず。だから君子はこの意を取り、命令を反復申明し政事を推行するのである。
初六:進退,利武人之貞。處令之初,未能服令者也。故進退也。成命齊邪,莫善武人,故“利武人之貞”以整之。[疏]正義曰:初六,處令之初,法未宣著,體於柔巽,不能自決,心懷進退,未能從令者也。成命齊邪,莫善威武,既未能從令,則宜用武人之正,以整齊之,故曰“進退,利武人之貞”也。
経文に曰く:初六、進退は猶疑し、武人のごとく正固を守るに利あり。王弼の注は、初六は号令が下りたばかりの時に居り、まだ命令に服することができないから進退定まらずと解く。命令を成就し邪僻を整粛するには武人ほど有効なものはない。だから「利武人之貞」といい、彼によって整飭する。孔穎達の疏が解して曰く:初六は号令が下りたばかりの時に居り、法令はまだ宣示して明らかでなく、それ自身また体質柔順にして自ら決断できず、心に進退両難で、まだ命令に服することができない。命令を成就し邪僻を整粛するには威武ほど有効なものはない。それは命令に服することができないから、武人の剛正をもって整飭すべきである。だから「進退,利武人之貞」という。
《象》曰:“進退”,志疑也。巽順之志,進退疑懼。[疏]正義曰:“志疑”者,欲從之,則未明其令;欲不從,則懼罪及巳,志意懷疑,所以進退也。“利武人之貞”,志治也。[疏]正義曰:“志治也”者,武非行令所宜,而言利武人者,志在使人從治,故曰:“利武人”。其猶《蒙卦》初六《象》曰“利用刑人,以正法也”。
《象伝》曰く:「進退」は心志が疑惑して定まらぬことである。王弼の注は、謙順者の心志は進退の間にて疑懼して決せざると解く。孔穎達の疏が解して曰く:「志疑」とは、服従しようとすれば号令の内容をまだ知らず、服従しまいとすれば罪責が己に及ぶを恐れ、心に疑惑して、それゆえ進退定まらない。《象伝》はまた曰く:「利武人之貞」は志が人を治理に帰せしめんとすることである。孔穎達の疏が解して曰く:「志治也」とは、武を動かすはもともと政令を推行するのに適した手段ではないが、ここで「利武人」というのは、その用心が人を治理に服従せしめるにあるからである。だから「利武人」という。これはちょうど《蒙卦》初六の《象伝》が「利用刑人,以正法也」と言うごとく、刑を用いるもまた法度を端正するためである。
九二:巽在床下,用史巫紛若,吉,無咎。處巽之中,既在下位,而復以陽居陰,卑巽之甚,故曰:“巽在床下”也。卑甚失正,則入於咎過矣。能以居中而施至卑於神祗,而不用之於威勢,則乃至於紛若之吉,而亡其過矣。故曰“用史巫紛若,吉,無咎”也。[疏]正義曰:“巽在床下”者,九二處巽下體,而復以陽居陰,卑巽之甚,故曰“巽在床下”。“用史巫紛若,吉,無咎”者,史謂祝史,巫謂巫覡,並是接事鬼神之人也。紛若者,盛多之貌。卑甚失正,則入於過咎。人有威勢,易為行恭;神道無形,多生怠慢。若能用居中之德,行至卑之道,用之於神祗,不行之於威勢,則能致之於盛多之吉,而無咎過,故曰“用史巫紛若,吉,無咎”也。
経文に曰く:九二、謙卑にして床の下に伏す。祝史と巫覡を任用すること紛として盛んなり、吉にして咎なし。王弼の注は、九二は下卦の中に居り、すでに下位に居し、また陽爻をもって陰位に居り、謙卑が頭を過ぎた。だから「巽在床下」というと解く。謙卑あまりに過ぎれば中正を失い、咎過に陥る。しかし居中の徳に憑って、この極度の卑下を神祇に施して威勢権位に施さなければ、「紛若」のごとき吉祥に到って過失を免れる。だから「用史巫紛若,吉,无咎」という。孔穎達の疏が解して曰く:「巽在床下」とは、九二は下卦「巽」体に居り、また陽爻をもって陰位に居るから、謙卑極まる。だから「巽在床下」という。「用史巫紛若,吉,无咎」の「史」は祝史を指し、「巫」は巫覡を指し、いずれも鬼神に承事する者である。「紛若」は盛多のさま。謙卑あまりに過ぎて中正を失えば過咎に陥る。人は威勢あれば恭敬を為しやすいが、神道は形相なく、人はかえって怠慢を生ずることが多い。もし居中の徳を運用し、極度の卑下の道を践みて、これを神祇に用い威勢権位に用いざれば、あの盛多の吉祥を招致して過咎なからしむ。だから「用史巫紛若,吉,无咎」という。
《象》曰:“紛若”之“吉”,得中也。[疏]正義曰:“得中”者,用卑巽於神祗,是行得其中,故能致紛若之吉也。九三:頻巽,吝。頻,頻蹙,不樂而窮,不得巳之謂也。以其剛正而為四所乘,志窮而巽,是以吝也。[疏]正義曰:“頻巽,吝”者,頻者,頻蹙憂戚之容也,九三體剛居正,為四所乘,是志意窮屈,不得申遂也。既處巽時,只得受其屈辱也,頻蹙而巽,鄙吝之道,故曰“頻巽,吝”也。《象》曰:“頻巽”之“吝”,志窮也。[疏]正義曰:“志窮”者,志意窮屈,所以為吝也。
《象伝》曰く:「紛若」の吉は、九二が中を得るにある。孔穎達の疏が解して曰く:「得中」とは、卑下謙順を神祇に用いるは行事が中道に合うから、「紛若」のごとき吉祥を招致しうる。経文はまた曰く:九三、眉を顰めて強いて謙順す、憾惜あり。王弼の注は、「頻」とはすなわち眉を顰め額を蹙めること、心に楽しまず处境窘困にして已むを得ざるを指す。九三はもと剛正の爻であるが、六四に凌駕せられ、心志窮困して謙順せざるを得ないから憾惜ありと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「頻巽,吝」の「頻」は眉を顰める憂愁の神色である。九三は体質剛健にして正位に居るが、六四に凌駕せられ、これは心志窮屈にして展げて願いのごとくならざることである。すでに「巽」の時勢に身を処せば、この屈辱を忍んで眉を顰めて強いて謙順するほかない。これは鄙しむべく惜しむべき道である。だから「頻巽,吝」という。《象伝》曰く:「頻巽」の憾惜は心志窮困するがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「志窮」とは心志窮屈して、だから憾惜となったのである。
六四:悔亡,田獲三品。乘剛,悔也,然得位承五,卑得所奉。雖以柔乘剛,而依尊履正,以斯行命,必能獲強暴,遠不仁者也。獲而有益,莫善三品,故曰“悔亡,田獲三品”。一曰乾豆,二曰賓客,三曰充君之庖。[疏]正義曰:“悔亡,田獲三品”者,六四有乘剛之悔,然得位承尊,得其所奉,雖以柔乘剛,而依尊履正,以斯行命,必能有功,取譬田獵,能獲而有益,莫善三品,所以得悔亡。故曰“悔亡,田獲三品”也。三品者,一曰乾豆,二曰賓客,三曰充君之庖廚也。《象》曰:田獲三品,有功也。[疏]正義曰:“有功”者,田獵有獲,以喻行命有功也。
経文に曰く:六四、悔恨亡び、田猟にて三類の獲物を得る。王弼の注は、柔をもって剛に乗るは本来悔恨あるべきだが、六四は位を得て上に九五を承奉し、卑下なる者が奉事すべき対象を得た。柔をもって剛に乗るといえども、尊位に依傍して正道を践み、この態度をもって命令を推行すれば、必ず強暴を制伏し不仁の人を疏逖しうる。獲るところありてまた益あるは、「三品」に勝るものなし。だから「悔亡,田獲三品」という。三品とは:一には干肉を製して豆器に盛り祭祀に供し、二にはもって賓客を款待し、三には国君の庖厨を充実する。孔穎達の疏が解して曰く:「悔亡,田獲三品」とは、六四はもと柔をもって剛に乗る悔恨あるも、位を得て尊者を承奉し、奉事すべき対象を得た。柔をもって剛に乗るといえども、尊位に依傍して正道を践み、この態度をもって命令を推行すれば、必ず功效を樹立しうる。田猟を取りて喩とすれば、獲るところありてまた益あるは「三品」に勝るものなし。それゆえ悔恨は亡ぶ。だから「悔亡,田獲三品」という。いわゆる三品は、一は干肉を盛豆して祭祀に用い、二は賓客を款待し、三は国君の庖厨を充実する。《象伝》曰く:田猟にて三品を獲るは功有ることである。孔穎達の疏が解して曰く:「有功」とは、田猟に収獲あるは、命令を推行して功効あるを喩う。
九五:貞吉,悔亡,無不利。無初有終。先庚三日,後庚三日,吉。以陽居陽,損於謙巽。然秉乎中正以宣其令,物莫之違,故曰“貞吉,悔亡,無不利”也。化不以漸,卒以剛直用加於物,故初皆不說也。終於中正,邪道以消,故有終也。申命令謂之庚。夫以正齊物,不可卒也;民迷固久,直不可肆也,故先申三日,令著之後,復申三日,然後誅而無咎怨矣。甲、庚,皆申命之謂也。
経文に曰く:九五、正を守れば吉、悔恨亡び、利ならざるなし。初め順ならず終に成る。「庚」の日の前の三日に申令し、「庚」の日の後の三日に再び申令すれば吉。王弼の注は、九五は陽爻をもって陽位に居り、謙遜において欠缺あるも、中正を秉持して号令を宣布すれば、衆人違背する由なし。だから「貞吉,悔亡,无不利」という。教化に循序漸進なく、猝然として剛直を衆人に加えれば、初めは人人みな悦服せず、これが「无初」である。しかし終に中正に帰して、邪僻の道はこれに随いて消退す、だから「有終」という。反復して命令を申明するを「庚」と言う。正道をもって衆人を斉うるは操之も急なるべからず。民衆の迷惑すでに久しく、一味の剛直は放任すべからず。だから先に三日申令し、号令昭著なりし後、再び三日申令し、然る後に懲処を加えれば、咎害怨恨なからん。「甲」と「庚」とは、ともに反復申命のことを言う。
[疏]正義曰:九五以陽居陽,違於謙巽,是悔也。然執乎中正,以宣其令,物莫之違,是由貞正獲吉,故得悔亡而無不利,故曰“貞吉,悔亡,無不利”也。“無初有終”者,若卒用剛直,化不以漸,物皆不說,故曰“無初”也。終於中正,物服其化,故曰“有終”也。“先庚三日,後庚三日,吉”者,申命令謂之庚,民迷固久,申不可卒,故先申之三日,令著之後,復申之三日,然後誅之,民服其罪,無怨而獲吉矣,故曰“先庚三日,後庚三日,吉”也。《象》曰:“九五”之“吉”,位正中也。[疏]正義曰:“位正中”者,若不以九居五位,則不能以中正齊物,物之不齊,無由致吉,致吉是由九居五位,故舉爻位言之。
孔穎達の疏が解して曰く:九五は陽爻をもって陽位に居り、謙遜の道に違するは、もともと悔恨の在るところである。しかし中正を執守して号令を宣布すれば、衆人違背する由なく、これは貞正に憑って吉を得ることである。だから悔恨は亡び利ならざるなし。だから「貞吉,悔亡,无不利」という。「无初有終」とは、もし猝然として剛直を施し教化に循序漸進なくば、衆人みな悦服せず、だから「无初」といい、しかし終に中正に帰して衆人その教化に服するから「有終」という。「先庚三日,後庚三日,吉」とは、反復して命令を申明するを「庚」と言う。民衆の迷惑すでに久しく、申令は倉促なるべからず。だから先に三日申令し、号令昭著なりし後、再び三日申令し、然る後に懲処を加えれば、民衆はその罪罰に服して怨恨なく、吉祥を得る。だから「先庚三日,後庚三日,吉」という。《象伝》曰く:九五の吉はその位が正中に居るがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「位正中」とは、もし陽爻九をもって第五位に居らざれば、中正の道をもって衆人を斉える能わず。衆人斉わざれば、吉祥を招致する由なし。吉祥を招致しうるはまさに陽爻が第五位に居るがゆえに、だから《象伝》は特に爻位を挙げて言うのである。
上九:巽在床下,喪其資斧,貞凶。處巽之極,極巽過甚,故曰:“巽在床下”也。斧所以斷者也,過巽失正,喪所以斷,故曰“喪其資斧,貞凶”也。[疏]正義曰:“巽在床下”者,上九處巽之極,巽之過甚,故曰“巽在床下”。“喪其資斧”者,斧能斬決,以喻威斷也,巽過則不能行威命。命之不行,是喪其所用之斧,故曰“喪其資斧”也。“貞凶”者,失其威斷,是正之凶,故曰“貞凶”也。
経文に曰く:上九、謙卑にして床の下に伏し、その利斧を喪う。貞を守るも凶。王弼の注は、上九は「巽」卦の最上極に居り、謙卑頭を過ぎた。だから「巽在床下」というと解く。斧は決断するに用いる物である。謙卑度を過ぎれば中正を失い、すなわち決断するに用いる憑藉を喪う。だから「喪其資斧,貞凶」という。孔穎達の疏が解して曰く:「巽在床下」とは、上九は「巽」卦の極位に居り、謙卑太く過分なり、だから「巽在床下」という。「喪其資斧」とは、斧は砍削決断しうるをもって威厳果断を喩う。謙卑度を過ぎれば威厳ある命令を推行する能わず、命令推行しえざれば、その用いるところの斧を喪うに等しい。だから「喪其資斧」という。「貞凶」とは、威厳果断を喪うは、まさに正を守りてかえって凶を致すことである。だから「貞凶」という。
《象》曰“巽在床下”,上窮也。“喪其資斧”,正乎凶也。[疏]正義曰:“上窮”者,處上窮巽,故過在床下也。“正乎凶”者,正理須當威斷,而喪之,是“正乎凶”也。
《象伝》曰く:「巽在床下」は上位に居りて謙順を窮極に推したるがゆえであり、「喪其資斧」は正道においてまさに凶なることである。孔穎達の疏が解して曰く:「上窮」とは、上九が最上に処りて謙順すでに窮尽に至り、だから過分に至りて床の下に伏すことを言う。「正乎凶」とは、正理において本来威厳果断を保有すべきに、いまかえってこれを喪えば、これが「正乎凶」である。
兌卦
兌下兌上。兌:亨,利貞。[疏]正義曰:兌,說也。《說卦》曰:“說萬物者莫說乎澤。”以兌是象澤之卦,故以“兌”為名。澤以潤生萬物,所以萬物皆說:施於人事,猶人君以恩惠養民,民無不說也。惠施民說,所以為亨。以說說物,恐陷諂邪,其利在於貞正。故曰“兌,亨利貞”。
卦体は下「兌」上「兌」。卦辞曰く:兌、亨なり、貞に利あり。孔穎達の疏が解して曰く:「兌」とはすなわち「説」、喜悦である。《説卦伝》に「説万物者莫説乎沢」と言う。「兌」は沼沢に象を取る卦だから「兌」を取って卦名とする。沼沢は水をもって潤沢して万物を生養するから万物みな歓悦する。人事に落とせば、君主が恩惠をもって百姓を養育すれば、百姓に歓悦せざるなきがごとし。恩惠施行して民衆歓悦すれば、それゆえ亨通る。ただし喜悦をもって人に取悦るは、諂媚邪佞に陥るを恐る。だからその利は貞正にある。だから「兌,亨利貞」という。
《彖》曰:兌,說也。剛中而柔外,說以利貞,說而違剛則諂,剛而違說則暴。剛中而柔外,所以說以利貞也。剛中,故利貞,柔外,故說亨。[疏]正義曰:“兌,說也”者,訓卦名也。“剛中而柔外,說以利貞”者,此就二、五以剛居中,上六、六三以柔處外,釋“兌亨利貞”之義也。外雖柔說,而內德剛正,則不畏邪諂。內雖剛正,而外跡柔說,則不憂侵暴。只為剛中而柔外,中外相濟,故得說亨而利貞也。
《彖伝》曰く:兌とは喜悦である。陽剛が中に居り陰柔が外にあれば、喜悦にして貞に利あり。王弼の注は、喜悦のみにして剛正に背けば諂媚に流れ、剛正のみにして喜悦に背けば暴戻に流れると解く。陽剛が中に居り陰柔が外にあれば、喜悦にしてまた貞に利あり。剛が中にあれば貞に利あり、柔が外にあれば喜悦にして亨通る。孔穎達の疏が解して曰く:「兌,説也」は卦名を訓釈する。「剛中而柔外,説以利貞」は、九二・九五の陽剛が中位に居り、上六・六三の陰柔が外位に処することに就き、「兌亨利貞」の意を解する。外表は柔和喜悦なれども、内在の徳性は剛強端正なれば、邪僻諂媚に陥るを患えず。内在は剛強端正なれども、外在の形跡は柔和喜悦なれば、侵凌暴戻に流るるを憂えず。まさに剛は内にあり柔は外にあり、内外互相に成済するから、喜悦亨通にしてまた貞を利するを得るのである。
是以順乎天而應乎人。天剛而不失說者也。[疏]正義曰:廣明說義,合於天人。天為剛德而有柔克,是剛而不失其說也。今說以利貞,是上順乎天也。人心說於惠澤,能以惠澤說人,是下應乎人也。
《彖伝》曰く:それゆえ上には天道に順い下には人心に応ず。王弼の注は、上天は剛健の徳を体現してまたその和悦を失わずと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これはさらに喜悦の義を闡明して、上に天道に合し下に人情に合すと言う。上天は剛健の徳にして柔和の一面を兼ねる。ちょうど《尚書・洪範》の三徳の言う「柔克」のごとく、これが剛健にしてその和悦を失わざることである。いま「説以利貞」は、これが上に天道に順応する。人心は恩惠潤沢を喜び、恩惠潤沢をもって人を喜悦せしめるは、これが下に人心に応ずることである。
說以先民,民忘其勞;說以犯難,民忘其死。說之大,民勸矣哉![疏]正義曰:“說以先民,民忘其勞”,以下嘆美說之所致,亦申明應人之法,先以說豫撫民,然後使之從事,則民皆竭力忘其從事之勞,故曰“說以先民,民忘其勞”也。“說以犯難,民忘其死”者,先以說豫勞民,然後使之犯難,則民皆授命,忘其犯難之死,故曰“說以犯難,民忘其死”也。施說於人,所致如此,豈非說義之大,能使民勸勉矣哉!故曰“說之大,民勸矣哉”。
《彖伝》曰く:喜悦の道をもって率先して百姓を率いれば、百姓はその労苦を忘る。喜悦の道をもって百姓を難に赴かしめれば、百姓はその死を忘る。喜悦の道かくのごとく重大なれば、百姓はこれにより自ら奮勉するかな!孔穎達の疏が解して曰く:「説以先民,民忘其労」以下の数句は、喜悦の道の達しうる成效を讃歎し、同時に「応乎人」の具体の做法を申明する。まず喜悦安楽をもって百姓を安撫し、然る後に彼らを駆使して事を為さしめれば、百姓みな力を竭くして事の労苦を忘る。だから「説以先民,民忘其労」という。「説以犯難,民忘其死」とは、まず喜悦安楽をもって百姓を慰労し、然る後に彼らをして冒険して難に赴かしめれば、百姓みな性命を献ずるを肯んじ、難に赴くの死を忘る。だから「説以犯難,民忘其死」という。喜悦の道を人に施加して、達する成效かくのごとし。これはまさに喜悦の義の重大にして、百姓をして自ら奮勉せしむるではないか。だから「説之大,民勧矣哉」という。
《象》曰:麗澤,兌。君子以朋友講習。麗,猶連也。施說之盛,莫盛於此。[疏]正義曰:“麗澤兌”者,麗,猶連也,兩澤相連,潤說之盛,故曰“麗澤,兌”也。“君子以朋友講習”者,同門曰朋,同志曰友,朋友聚居,講習道義,相說之盛,莫過於此也。故君子象之以朋友講習也。
《象伝》曰く:両沢相連なる、これが兌である。君子はこれにより朋友とともに講論研習す。王弼の注は、「麗」とはすなわち相連で、喜悦の道を施行するの盛况は、これより盛んなるものなしと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「麗沢兌」の「麗」はすなわち相連で、二つの沼沢が彼此相連なれば、滋潤と喜悦は極めて豊盛なり。だから「麗沢,兌」という。「君子以朋友講習」とは、同一師門を「朋」と言い、志趣相同なるを「友」と言う。朋友が一処に聚居して道義を講論研習すれば、彼此喜悦の盛况はこれに過ぐるものなし。だから君子はこれに象を取りて朋友と講習するのである。
初九:和兌,吉。居兌之初,應不在一,無所黨繫,和兌之謂也。說不在諂,履斯而行,未見有疑之者,吉其宜矣。[疏]正義曰:初九居兌之初,應不在一,無所私說,說之和也,說物以和,何往不吉,故曰“和兌,吉”也。《象》曰:“和兌”之“吉”,行未疑也。[疏]正義曰:“行未疑”者,說不為諂,履斯而行,未見疑之者也,所以得吉也。
経文に曰く:初九、和順の心をもって喜悦すれば吉祥なり。王弼の注は、初九は兌卦の始めに居り、応和するところは専ら某一爻に係らず、偏私結党の牽係なし、これを「和兌」と言うと解く。その喜悦は諂媚に渉らず、この路を踏んで行けば、それを猜疑する人なし、吉祥を得るは理の当然である。孔穎達の疏が解して曰く:初九は兌卦の最初に居り、応和するところは専ら某一爻に係らず、偏私の取悦なし、これは喜悦中の和順である。和順をもって人を喜悦せしめるに、往けばいずこへか吉祥ならざらん。だから「和兌,吉」という。《象伝》曰く:「和兌」の吉祥はその行事が猜疑を受けぬがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「行未疑」とは、その喜悦は諂媚に流れず、この路を踏んで行けば、それを猜疑する者あるを見ず、それゆえ吉を得るを得る。
九二:孚兌,吉,悔亡。說不失中,有孚者也。失位而說,孚吉,乃悔亡也。[疏]正義曰:九二說不失中,有信者也。說而有信,則吉從之,故曰“孚兌,吉”也。然履失其位,有信而吉,乃得亡悔,故曰“孚兌,吉,悔亡”也。《象》曰:“孚兌”之“吉”,信志也。其志信也。[疏]正義曰:“信志也”者,失位而得吉,是其志信也。
経文に曰く:九二、誠信をもって喜悦すれば吉祥、悔恨亡ぶ。王弼の注は、喜悦にして中道を失わぬは、これすなわち誠信あることである。位を失うも喜悦は、誠信あるにより吉を得て、悔恨初めて亡びるを得ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:九二は喜悦にして中道を失わぬは、誠信あるなり。喜悦にしてまた誠信あれば、吉祥はこれに随いて至る。だから「孚兌,吉」という。しかるにその居る位は当たらず、誠信あるに倚りて吉を得る、しかるがゆえに悔恨を消去する能く。だから「孚兌,吉,悔亡」という。《象伝》曰く:「孚兌」の吉祥はその心志が誠信なるにある。王弼の注は、すなわちその心志が真誠にして信ずべきと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「信志也」とは、それは位を失うも吉を得る能くは、まさにその心志が誠信なるがゆえである。
六三:來兌,凶。以陰柔之質,履非其位,來求說者也。非正而求說,邪佞者也。[疏]正義曰:三為陽位,陰來居之,是進來求說,故言“來兌”;而以不正來說,佞邪之道,故曰:“來兌,凶”也。《象》曰:“來兌”之“凶”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,由位不當,所以致凶也。
経文に曰く:六三、来たりて喜悦を求る、凶なり。王弼の注は、それは陰柔の資質をもって、居るところの位は相称せず、自ら来たりて取悦を求める者である。位に居りて正ならずして取悦を求るは、これすなわち邪僻諂佞と解く。孔穎達の疏が解して曰く:第三爻はもと陽位であるが、陰爻却って来たりてこれを占據す、これは上り来たりて取悦を求ることである。だから「来兌」という。正当ならざる身をもって来たりて取悦するは諂佞邪僻の道である。だから「来兌,凶」という。《象伝》曰く:「来兌」の凶は爻位が当たらぬがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「位不当」とは、まさにその位に居りて当たらぬにより、だから凶を招致したのである。
九四:商兌未寧,介疾有喜。商,商量裁制之謂也。介,隔也。三為佞說,將近至尊。故四以剛德,裁而隔之,匡內制外,是以未寧也。處於幾近,閒邪介疾,宜其有喜也。[疏]正義曰:“商兌未寧”者,商,商量裁制之謂也。夫佞邪之人,國之疾也。三為佞說,將近至尊。故四以剛德,裁而隔之,使三不得進,匡內制外,未遑寧處,故曰“商兌未寧”。居近至尊,防邪隔疾,宜其有喜,故曰“介疾有喜”。
経文に曰く:九四、喜悦すべきかを反復斟酌して安寧を得ざれども、病害を隔絶すればすなわち喜慶あり。王弼の注は、「商」は商量裁断の意、「介」は隔絶と解く。六三は諂佞取悦の人で、まさに至尊の九五に接近せんとす。だから九四は陽剛の徳をもって裁抑隔絶を加え、内に匡正し外に制約し、それゆえ安寧を得ず。それは君位に緊隣する処に居り、邪佞を防閑し病害を隔絶するは、理の上で喜慶あるべし。孔穎達の疏が解して曰く:「商兌未寧」の「商」は商量裁断の意である。諂佞邪僻の人は国家の疾病である。六三は諂佞取悦の人で、まさに至尊に接近せんとす。だから九四は陽剛の徳をもって裁抑隔絶を加え、六三をして上進する能わざらしめ、内に匡正し外に制約し、安居する暇なし。だから「商兌未寧」という。それは身に至尊の近側に居り、邪佞を防範し病害を隔絶するは、理の上で喜慶あるべし。だから「介疾有喜」という。
《象》曰:“九四”之“喜”,有慶也。[疏]正義曰:“有慶”者,四能匡內制外,介疾除邪,此之為喜,乃為至尊所善,天下蒙賴,故言“有慶”也。九五:孚于剝,有厲。比於上六,而與相得,處尊正之位,不說信乎陽,而說信乎陰,“孚于剝”之義也。“剝”之為義,小人道長之謂。[疏]正義曰:“剝”者,小人道長,消君子之正,故謂小人為剝也。九五,處尊正之位,下無其應,比於上六,與之相得,是說信於小人,故曰“孚于剝”。信而成剝,危之道也,故曰“有厲”。
《象伝》曰く:九四の喜慶は福慶あるがゆえである。孔穎達の疏が解して曰く:「有慶」とは、九四は能く内に匡正し外に制約し、病害を隔絶し邪佞を除去す、この喜慶は至尊に嘉許せられ、天下みなその恵を蒙る。だから「有慶」という。経文はまた曰く:九五、誠信を正道を剥蝕する小人の身に寄托す、危険あり。王弼の注は、九五は上六と相隣りて情意相投ず。それは尊貴中正の位に身を処し、陽剛を信頼親悦せず、かえって陰柔を信頼親悦す、これが「孚于剥」の意である。「剥」の含義は小人の道が滋長するを指すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「剥」はすなわち小人の道が滋長し君子の正道を消蝕する。だから小人を「剥」と称す。九五は尊貴中正の位に身を処し、下に相応の爻なく、しかも上六と相隣りて情意相投ず、これは誠信を小人に交付することである。だから「孚于剥」という。小人を信頼して剥蝕を促成するは危険の道である。だから「有厲」という。
《象》曰:“孚于剝”,位正當也。以正當之位,信於小人而疏君子,故曰“位正當”也。[疏]正義曰:“位正當”者,以正當之位,宜在君子,而信小人,故以當位責之也。
《象伝》曰く:「孚于剥」はその居る位が正当なるがゆえである。王弼の注は、身は正当の尊位にありながら、小人を信頼して君子を疏遠す。だから「位正当」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「位正当」とは、このごとき正当の尊位に処するは、本来信頼を君子の身に置くべきに、いま却って小人を信頼す。だから《象伝》は「当位」の一点を取りてそれを責めたのである。
上六:引兌。以夫陰質,最處說後,靜退者也。故必見引,然後乃說也。[疏]正義曰:上六以陰柔之質,最在兌後,是自靜退,不同六三自進求說,必須他人見引,然後乃說,故曰“引兌”也。《象》曰:“上六,引兌”,未光也。[疏]正義曰:“未光也”者,雖免躁求之凶,亦有後時之失,所以《經》無“吉”文,以其道未光故也。
経文に曰く:上六、人に牽引せられて然る後に喜悦す。王弼の注は、上六は陰柔の資質に憑り、喜悦の卦の最後に居るは、沈静退譲の類である。だから必ず人に牽引せられて然る後に喜悦すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:上六は陰柔の資質をもって、兌卦の最末に居るは、これは自ら沈静退譲に甘んじ、六三のごとく自ら前に出て取悦を求るに似ず。それは必ず他の来たりて牽引するを待ちて然る後に喜悦す。だから「引兌」という。《象伝》曰く:上六の「引兌」はその道がいまだ光大ならざることである。孔穎達の疏が解して曰く:「未光也」とは、それは躁進して寵を求るがごとき凶は免れたれども、時機に後れるの過失あり。だから爻辞《経》文に「吉」の字なきは、まさにその道がいまだ光大ならざるがゆえである。
渙卦
坎下巽上。渙:亨。王假有廟,利涉大川,利貞。[疏]正義曰:“渙,亨”者,“渙”,卦名也。《序卦》曰:“說而後散之,故受之以渙。”然則“渙”者,散釋之名。《雜卦》曰:“渙,離也。”此又“渙”是離散之號也。蓋“渙”之為義,小人遭難,離散奔迸而逃避也。大德之人,能於此時建功立德,散難釋險,故謂之為渙;能釋險難,所以為亨:故曰“渙,亨”。“王假有廟”者,王能渙難而亨,可以至於建立宗廟,故曰“王假有廟”也。“利涉大川”者,德洽神人,可濟大難,故曰“利涉大川”。“利貞”者,大難既散,宜以正道而柔集之,故曰“利貞”。
卦体は下「坎」上「巽」。卦辞曰く:渙、亨なり。君王は宗廟に至り、大河を渡るに利あり、貞に利あり。孔穎達の疏が解して曰く:「渙,亨」の「渙」は卦名である。《序卦伝》に「説而後散之,故受之以渙」と言う、これより見れば「渙」は消散・解除の名目である。《雑卦伝》に「渙,離也」と言う、これはまた「渙」が離散の称号なるを説明す。大概「渙」の含意は:小人は危難に遭遇すれば、すなわち離散奔逃して避く。しかし徳行盛大なる人は、能くこの時に功業徳行を建立し、危難を駆散し険阻を解除す。だからこれを「渙」と称す。険難を解除しうれば、それゆえ亨通る。だから「渙,亨」という。「王假有廟」とは、君王はすでに危難を渙散して亨通を致さば、進んで宗廟を建立すべし。だから「王假有廟」という。「利渉大川」とは、徳沢は神明と人衆に遍洽して、大難を渡越しうる。だから「利渉大川」という。「利貞」とは、大難すでに消散せば、すなわち正道をもって柔和に人心を収聚すべし。だから「利貞」という。
《彖》曰:“渙,亨”,剛來而不窮,柔得位乎外而上同。二以剛來居內,而不窮於險。四以柔得位乎外,而與上同。內剛而無險困之難,外順而無違逆之乖,是以亨,利涉大川,利貞也。凡剛得暢而無忌回之累,柔履正而同志乎剛,則皆亨,利涉大川,利貞也。
経文《彖伝》曰く:渙卦の「亨通」たるゆえんは、剛爻が来たりて困窮せず、柔爻が外卦にて正位を得てまた上りて君位と同心なるによる。王弼の注は、九二は剛健の徳をもって来たりて内卦に居り、身は坎険の中にあれども険難に困らず。六四は柔順の徳をもって外卦にて正位を得て、また九五と同心すと解く。内卦に剛徳あれば、険難に陥るの困厄なく、外卦柔順なれば、違抗忤逆の乖戻なし。まさにこれにより、渙卦は初めて「亨通」し、「大河を渡るに利」あり、「貞に利」あるを得る。王弼はまた総じて曰く:およそ剛爻が舒展暢達して猜忌邪曲の牽累なく、柔爻が正位上に踏みまた剛爻と同心ならば、「亨」「利渉大川」「利貞」の諸好は便ち一併に得られるのである。
[疏]“《彖》曰渙亨”至“上同”。○正義曰:“渙,亨”者,疊《經》文,略舉名德也。“剛來而不窮,柔得位乎外而上同”者,此就九二剛德居險,六四得位從上,釋所以能散釋險難而致亨通,乃至“利涉大川、利貞”等也。二以剛德來居險中,而不窮於險,四以柔順得位於外,而上與五同。內剛無險困之難,外柔無違逆之乖,所以得散釋險難而通亨,建立宗廟而祭亨,利涉大川而克濟,利以正道而鳩民也。
孔穎達の疏は「《彖》曰渙亨」より「上同」までの一段を解す。正義に曰く:《彖伝》はまず「渙,亨」の二字を重複す、これは《経》文を再び畳述して、簡要に卦名と卦徳を標挙す。「剛来而不窮,柔得位乎外而上同」に至っては、すなわち九二が剛徳をもって坎険の中に居り、六四が正位を得て上位に順従するこの二点に就き、渙卦が何によらんか険難を渙散消解して亨通に達し、乃至「利渉大川」「利貞」等の好を獲得するを解す。九二は剛徳をもって来たりて険中に居るも、険難に困られず。六四は柔順の徳をもって外卦にて正位を得て、また上りて九五と同心す。内卦に剛徳あれば、険難に陥るの困厄なく、外卦柔順なれば、違抗忤逆の乖戻なし。ゆえに能く険難を渙散して通達亨順し、能く宗廟を建立して祭祀して神を享け、能く大河を渡越して功を成して険を済し、能く正道に依循して百姓を聚合安頓す。
○注“凡剛得暢”至“利貞也”。○正義曰:“凡剛得暢而無忌回之累”者,此還言九二居險不窮,是剛得暢遂,剛既得暢,無復畏忌回邪之累也。“柔履正而同志乎剛”者,此還言六四得位履正,同志乎五也。剛德不暢,柔不同剛,何由得亨通而濟難,利貞而不邪乎?故言“則皆亨,利涉大川,利貞”也。注於此言“皆”者,凡有二意,一則《彖》雖疊“渙亨”二字,即以“剛來而不窮,柔得位乎外而上同”釋之,下別言“王假有廟,王乃在中,利涉大川,乘木有功”,恐剛來之言,惟釋亨德,不通在下;二則先儒有以剛來不窮釋亨德,柔得位乎外釋利貞,故言“皆”以通之。明剛柔皆釋“亨”以下至於“利貞”也。
孔穎達は続けて王弼の注の「凡剛得暢」より「利貞也」に至る一句を疏す。正義に曰く:王弼のいわゆる「凡剛得暢而无忌回之累」は、仍うして九二が険中に居りて困られざるに就きて言う、これがすなわち剛徳が舒展して通暢するを得ることである。剛徳すでに通暢せば、便ちもはや畏懼猜忌・邪僻曲折の牽累なし。「柔履正而同志乎剛」とは、仍うして六四が正位を得て、正道上に踏みて九五と同心するに就きて言う。仮令剛徳が舒展する能わず、柔爻また剛爻と同心せざれば、何をもってか亨通して険難を済渡し、正を守りて邪路に落ちざるを得ん。だから王弼は「則皆亨,利渉大川,利貞」と曰う。王弼はここに特に「皆」の一字を用うるに、二層の用意あり:その一、《彖伝》は「渙亨」の二字を重畳するも、随いて「剛来而不窮,柔得位乎外而上同」をもって解し、下文はまた別に「王假有廟,王乃在中,利渉大川,乘木有功」と説く、読者が誤って「剛来」の一句はただ「亨」の一徳を解するのみにして、下文と貫通せざると誤認せんことを恐る。其二、先儒中に「剛来不窮」をもって専ら「亨」を解し、「柔得位乎外」をもって専ら「利貞」を解する者あり。だから王弼は「皆」の字をもって両説を打通し、剛と柔の両方面はいずれも「亨」より下りて「利貞」に至る全部の卦徳を解するを表明す。
“王假有廟”,王乃在中也。王乃在乎渙然之中,故至有廟也。[疏]正義曰:此重明渙時;可以有廟之義。險難未夷,方勞經略;今在渙然之中,故至於有廟也。“利涉大川”,乘木有功也。乘木即涉難也。木者專所以涉川也。涉難而常用渙道,必有功也。[疏]“利涉”至“有功也”。○正義曰:重明用渙可以濟難之事。乘木涉川,必不沈溺;以渙濟難,必有成功,故曰“乘木有功”也。○注“乘木”至“有功也”。○正義曰:先儒皆以此卦坎下巽上,以為乘木水上,涉川之象,故言乘木有功,王不用象,直取況喻之義,故言此以序之也。
経文《彖伝》曰く:「王假有廟」は、君王がまさに渙散の時局中に居るがゆえである。王弼の注は、君王は渙然消散の時勢に身を処す、だから宗廟の中に至りて人心を聚合すと解く。孔穎達の疏が曰く:これは再び渙卦の時に立廟すべきの道理を申明す——険難いまだ平定せず、まさに辛苦して経営謀画せり。いまやすでに渙然消散の時勢に処す、だから宗廟に至りて致祭する能く。経文《彖伝》はまた曰く:「利渉大川」は、木に乗りて舟を行ずればこそ功効あるがゆえである。王弼の注は、木に乗るはすなわち険難を渡越す、木はまさに専ら河を渡るに用うる物である。険難を渡越する時、終始渙散険阻の道を施行せば、必ず能く成功せんと解く。孔穎達の疏は「利渉」より「有功也」までを解して曰く:これは再び渙散の道を用いて険難を済渡すべきを申明す。木に乗りて河を渡れば、必ず沉溺せず。渙散の道を用いて険難を消解せば、必ず成效あり。だから「乘木有功」という。孔穎達はまた王弼の注の「乘木」より「有功也」までを疏して曰く:先儒はみな此卦の坎が下にあり巽が上にあるに因り、巽は木と為し坎は水と為して、これを木に乗りて水上に浮びて河を渡るの卦象と看作す。それゆえ「乘木有功」と曰う。王弼は象の説を採らず、ただ直に譬喩の意義を取る。だから注中にこのごとく叙述す。
《象》曰:風行水上,“渙”,先王以享于帝,立廟。[疏]正義曰:“風行水上,渙”者,風行水上,激動波濤,散釋之象,故曰“風行水上,渙”。“先王以享于帝立廟”者,先王以渙然無難之時,享於上帝,以告太平,建立宗廟,以祭祖考,故曰“先王以享于帝,立廟”也。
経文《象伝》曰く:風は水面上に吹行す、これが渙卦である。先王はこれに取法して、上帝を祭享し、宗廟を建立す。孔穎達の疏が曰く:「風行水上,渙」とは、風が水面を掠めて、波涛を激起して四散せしむる、まさに渙散消解の物象である。だから「風行水上,渙」という。「先王以享于帝立廟」とは、先王は険難が渙然消散し天下無事の時に乗じて、上帝に献祭して、もって太平を禀告す。また宗廟を建立して、もって先祖を祭祀す。だから「先王以享于帝,立廟」という。
初六:用拯馬壯,吉。渙,散也。處散之初,乖散未甚,故可以遊行,得其志而違於難也,不在危劇而後乃逃竄,故曰“用拯馬壯,吉”。[疏]正義曰:初六處散之初,乖散未甚,可用馬以自拯拔,而得壯吉也,故曰“用拯馬壯,吉”。《象》曰:“初六”之“吉”,順也。觀難而行,不與險爭,故曰“順也”。[疏]正義曰:觀難而行,不與險爭,故曰“順也”。
経文の初六爻辞に曰く:健壯の馬を借助して自己を救助すれば吉祥なり。王弼の注は、「渙」とはすなわち離散である。初六は離散の始めに居り、乖違渙散はいまだ甚だしくない。だからなお能く従容として行走し、自己の心願を実現して険難を避く。危急劇烈の時を待たずして倉皇逃竄するを要せず。だから爻辞に「用拯馬壮,吉」と曰うと解く。孔穎達の疏が曰く:初六は離散の初めに居り、乖違渙散いまだ甚だしくない。馬力を借助して自ら拯拔脱身すべし。それにより馬壮の吉を得る。だから「用拯馬壮,吉」という。経文《象伝》曰く:初六の吉祥たるゆえんは柔順なるによる。王弼の注は、険難の形勢を看清して然る後に行動し、険難と正面に相争わず。だから「順也」というと解く。孔穎達の疏が曰く:険難を観察して然る後に行動し、険難と争闘せず。だから《象伝》はこれを「順」と称す。
九二:渙奔其機,悔亡。機,承物者也,謂初也。二俱無應,與初相得,而初得散道,離散而奔,得其所安,故“悔亡”也。[疏]正義曰:“渙奔其機”者,機,承物者也,初承於二,謂初為機,二俱無應,與初相得,而初得遠難之道,今二散奔歸初,故曰“渙奔其機”也。“悔亡”者,初得散道而二往歸之,得其所安,故悔亡也。《象》曰:“渙奔其機”,得願也。[疏]正義曰:“得願”者,違難奔散,願得所安;奔初獲安,是得其願也。
経文の九二爻辞に曰く:渙散の時に憑靠すべき几案に奔る、悔恨亡ぶ。王弼の注は、「机」とはすなわち几案で、器物を承托する物であり、ここでは初六を指す。九二と初六はそれぞれ皆正応の爻なく、両者はかえって彼此相得る。初六はすでに渙散して難を避けるの道を掌握し、九二は便ち離散の中にこれに奔り、安身の処を得る。だから「悔亡」というと解く。孔穎達の疏が曰く:「渙奔其机」の「机」は器物を承托する几案で、初六は下にて九二を承托する。だから初六を几案に比す。九二と初六は皆相応の爻なく、両爻はかえって相得る。初六はすでに険難を遠離するの門径を見出し、いま九二は渙散の中に奔りて初六に帰附す。だから「渙奔其机」という。「悔亡」とは、初六は渙散の道を掌握し九二は前往して帰附し、安頓の所を得た、それゆえ悔恨は亡ぶ。経文《象伝》曰く:「渙奔其机」は願いを得たるを言う。孔穎達の疏が曰く:「得願」とは、険難を躲避して奔走離散するは、本願はまさに安身の処を求めるに在り。初六に奔りて安頓を獲得するは、まさにその心願を実現したものである。
六三:渙其躬,無悔。渙之為義,內險而外安者也。散躬志外,不固所守,與剛合志,故得無悔也。[疏]正義曰:“渙其躬,無悔”者,渙之為義,內險外安,六三內不比二,而外應上九,是不固所守,能散其躬,故得無悔。故曰“渙其躬,無悔”。《象》曰:“渙其躬”,志在外也。[疏]正義曰:“志在外”者,釋六三所以能渙其躬者,正為身在於內,而應在上九,是志意在外也。
経文の六三爻辞に曰く:自身の私執を渙散せば悔恨なし。王弼の注は、渙卦の取義は内卦に険あり外卦に安稳あることである。六三は一己の私を散去して心志は外に向かい、自己の一辺を固守せず、上に在る剛爻と志を同じくし道を合す。だから能く悔恨なからしむと解く。孔穎達の疏が曰く:「渙其躬,无悔」とは、渙卦の義は内険外安に在り。六三は内卦に在りて九二に親比せず、却って外に向かい上九と相応す、これはすなわち己身を固守せず、能く自身の私執を渙散することである。だから能く悔恨なからしむ。それゆえ爻辞に「渙其躬,无悔」と曰う。経文《象伝》曰く:「渙其躬」は心志が外にあるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「志在外」とは、六三が何によらんか己身の私を散去しうるを解する——まさにそれは身は内卦に処すれども、応ずるところの爻は上九に在れば、その心志は外に向かうを見るべし。
六四:渙其群,元吉。渙有丘,匪夷所思。逾乎險難,得位體巽,與五合志,內掌機密,外宣化命者也,故能散群之險,以光其道。然處於卑順,不可自專,而為散之任,猶有丘虛匪夷之慮,雖得元吉,所思不可忘也。[疏]正義曰:“渙其群”者,六四出在坎上,巳逾於險,得位體巽,與五合志,內掌機密,外宣化命者也。能為群物散其險害,故曰“渙其群”也。“元吉,渙有丘,匪夷所思者,能散群險,則有大功,故曰“元吉”。然處上體之下,不可自專,而得位承尊,憂責復重,雖獲元吉,猶宜於散難之中,有丘墟未平之慮,為其所思,故曰“渙有丘,匪夷所思”也。《象》曰:“渙其群,元吉”,光大也。[疏]正義曰:“光大也”者,能散群險而獲元吉,是其道光大也。
経文の六四爻辞に曰く:衆人のために険難を渙散す、大いに吉祥なり。渙散の中に仍お丘陵のごとき未平の隠患あるは、これ尋常の人の思慮しうるにあらず。王弼の注は、六四はすでに険難を越え、正位を得て身は巽体に居り、九五と同心し、内には機要を掌管し、外には教化政令を宣布す。だから能く衆人に代わりて険害を散去し、自己の行う道を光明ならしむ。しかしそれは卑下柔順の位に処り、自ら主張を作すべからず。渙散険難の重任を担負するといえども、仍お丘陵荒墟のいまだ夷平せざるの憂慮あり、たとい「元吉」を得るも、この憂思は忘るべからずと解く。孔穎達の疏が曰く:「渙其群」とは、六四はすでに坎険の上に出でて、険難を越え、正位を得て体は巽に属し、九五と同心し、内には機密を掌握し外には教令を宣達し、能く衆人に代わりて険害を散去す。だから「渙其群」という。「元吉,渙有丘,匪夷所思」とは、それは能く衆人の険難を散去せば、すなわち大功あり、だから「元吉」と称す。しかしそれは上体の最下位に処り、独断専行する能わず、また正を得るの位をもって尊者を承奉し、憂慮と責任は格外に沈重なり、「元吉」を獲るといえども、仍お散難の時に丘墟未平の顧慮を存し、この一層を心上に置くべし。だから「渙有丘,匪夷所思」という。経文《象伝》曰く:「渙其群,元吉」はその道が光明盛大なるを言う。孔穎達の疏が曰く:「光大也」とは、能く衆人の険難を散去して大吉を獲るを指す、その行うところの道が光明盛大なるを見るべし。
九五:渙汗其大號。渙,王居無咎。處尊履正,居巽之中,散汗大號,以蕩險阨者也。為渙之主,唯王居之,乃得無咎也。[疏]正義曰:“渙汗其大號”者,人遇險阨,驚怖而勞,則汗從體出,故以汗喻險阨也;九五處尊履正,在號令之中,能行號令,以散險阨者也,故曰“渙汗其大號”也。“渙,王居無咎”者,為渙之主,名位不可假人,惟王居之,乃得無咎,故曰“渙,王居無咎”。《象》曰:“王居無咎”,正位也。正位不可以假人。[疏]正義曰:“正位”者,釋“王居無咎”之義,以九五是王之正位,若非王居之,則有咎矣。
経文の九五爻辞に曰く:汗を発するがごとく険厄を散去し、重大号令を頒布す。渙散の時に処るに、ただ君王この位に居るのみ過なし。王弼の注は、九五は尊位に処り正道に履み、巽体の中に居り、発汗するがごとき大号令をもって険阻困厄を滌蕩す。それは渙散の道を主持する主爻で、ただ君王この位を拠有するのみ、能く過なからしむと解く。孔穎達の疏が曰く:「渙汗其大号」とは、人は険阻困厄に遇上し、驚懼労苦すれば、汗は便ち身上より冒出す。だから汗をもって険厄に喩う。九五は尊位に処り正道を履み、まさに号令を発施するの地に当たり、能く号令を推行して険厄を散去す。だから「渙汗其大号」という。「渙,王居无咎」とは、身は渙散の主と為り、名分と地位は他人に借与すべからず、ただ君王この位に居るのみ過なからしむ。だから「渙,王居无咎」という。経文《象伝》曰く:「王居无咎」はこれ君王の正位なるがゆえである。王弼の注は、正位は他人に假借すべからざるものと解く。孔穎達の疏が曰く:「正位」とは「王居无咎」の含義を解する——九五はすなわち君王の正位で、もし君王これに居らざれば、便ち過あり。
上九:渙其血,去逖出,無咎。逖,遠也。最遠於害,不近侵害,散其憂傷,遠出者也。散患於遠害之地,誰將咎之哉![疏]正義曰:“渙其血,去逖出”者,血,傷也。逖,遠也。上九處於卦上,最遠於險,不近侵害,是能散其憂傷,去而逖出者也。故曰“渙其血,去逖出”也。“無咎”者,散患於遠害之地,誰將咎之矣,故曰“無咎”。《象》曰:“渙其血”,遠害也。[疏]正義曰:“遠害”者,釋“渙其血”也。是居遠害之地故也。
経文の上九爻辞に曰く:傷害と憂懼を散去し、遠く離れ去る、過なし。王弼の注は、「逖」は遠の意。上九は禍害より離るること最も遠く、侵害に接近せず、能く自己の憂傷を散去し、遥かに走出去る。禍害を遠離するの地に在りて禍患を消解せば、誰か復た来たりてこれを責めんと解く。孔穎達の疏が曰く:「渙其血,去逖出」の「血」は傷害を指し、「逖」は遠である。上九は一卦の最上位に処り、険難より離るること最も遠く、侵害と相接せず、まさに能く憂傷を散去し離去して遥かに走出る人である。だから「渙其血,去逖出」という。「无咎」とは、禍害を遠離するの地に在りて禍患を消解せば、誰か復たこれを怪罪せん。だから「无咎」という。経文《象伝》曰く:「渙其血」は禍害を遠離するを言う。孔穎達の疏が曰く:「遠害」とは「渙其血」の一句を解する、まさに上九は禍害を遠離するの地に居るがゆえである。
節卦
兌下坎上。節:亨,苦節不可貞。[疏]正義曰:“節”,卦名也。《彖》曰:“節以制度。”《雜卦》云:“節,止也。”然則節者制度之名。節,止之義,制事有節,其道乃亨,故曰“節,亨”。節須得中,為節過苦,傷於刻薄,物所不堪,不可復正,故曰“苦節不可貞”也。
経文に曰く:節卦は下体を兌と為し上体を坎と為す。節卦:亨通す。あまりに苦渋なる節制は固持して常道と為すべからず。孔穎達の疏が曰く:「節」は卦名である。《彖伝》に「節以制度」と講じ、《雑卦伝》に「節,止也」と講ず、これより見れば「節」はすなわち制度の名称にして、また節止の義を含む。事を処理するに節度あれば、その道初めて亨通す。だから「節,亨」という。ただし節制は必ず適中せざるべからず、もし節制をあまりに苦渋にせば、刻薄に傷り、衆人は忍受する能わず、便ちもはやこれを正道と為して固守する能わず。だから「苦節不可貞」という。
《彖》曰:“節,亨”,剛柔分而剛得中。坎陽而兌陰也。陽上而陰下,剛柔分也。剛柔分而不亂,剛得中而為制主,節之義也。節之大者,莫若剛柔分,男女別也。[疏]正義曰:此就上下二體居二、五剛中,釋所以為節得亨之義也。坎剛居上,兌柔處下,是剛柔分也。剛柔分,男女別,節之大義也。二、五以剛居中,為制之主,所以得節,節不違中,所以得亨,故曰“節,亨,剛柔分而剛得中”也。
経文《彖伝》曰く:節卦の亨通たるゆえんは、剛柔各々分限ありて剛爻が中位に居るを得るによる。王弼の注は、坎は陽と為り兌は陰と為り、陽は上に在り陰は下に在る、これがすなわち剛柔分限分明なり。剛柔分限分明にして秩序乱れず、剛爻が中に居りて節制の主宰と為る、これがまさに「節」の意義である。節制中の最も重大なるは、剛柔に分あり男女に別あるに過ぎずと解く。孔穎達の疏が曰く:これは上下両体および九二・九五の剛をもって中に居るに就き、節卦が何によらんか亨通しうるを解す。坎の剛爻は上に居り兌の柔爻は下に処る、これがすなわち剛柔分限である。剛柔に分あり男女に別あるは、まさに節制の大義である。九二・九五は剛爻をもって中位に居り、節制の主宰と為る。だから能く節度あり。節制して中道に違背せず、だから能く亨通す。それゆえ《彖伝》に「節,亨,剛柔分而剛得中」と曰う。
“苦節不可貞”,其道窮也。為節過苦,則物所不能堪也。物不能堪,則不可復正也。[疏]正義曰:為節過苦,不可為正。若以苦節為正,則其道困窮,故曰“苦節不可貞,其道窮”也。說以行險,當位以節,中正以通。然後及亨也。無說而行險,過中而為節,則道窮也。[疏]正義曰:上言“苦節不可貞,其道窮”者,正由為節不中,則物所不說,不可復正,其道困窮,故更就二體及四、五當位,重釋行節得亨之義,以明苦節之窮也。“行險以說”,則為節得中。“當位以節”,則可以為正。良由中而能正,所以得通,故曰:“中正以通”,此其所以為亨也。
経文《彖伝》曰く:「苦節不可貞」はその路が尽頭に至るがゆえである。王弼の注は、節制があまりに苦渋なれば、衆人便ち承受する能わず。衆人承受する能わざれば、便ちもはやこれを正道と為す能わずと解く。孔穎達の疏が曰く:節制苦しきに過ぐるは、正道と奉じる能わず。もし強いて苦節を正道と為さば、すなわちこの路は困窘して通ぜず。だから「苦節不可貞,其道窮」という。経文《彖伝》はまた曰く:和悦の心をもって険難に行い、当位に居りて節制を施行し、中を守り正を持してしかるがゆえに通達す。王弼の注は、これらの条件を具備して、然る後に初めて亨通を談ずべし。もし和悦の心なくして険を渉り、中道に超えて節制を行わば、すなわちその道は窮尽すと解く。孔穎達の疏が曰く:上文の講ずる「苦節不可貞,其道窮」は、まさに節制が中道に合せざれば、衆人は便ち喜悦せず、便ちもはや正道と奉じる能わず、その道は困窮す。だから《彖伝》はまた上下両体および六四・九五の各々その位に当たるに就き、重ねて節制を施行して亨通を得るの道理を解して、もって苦節の何によらんか窮尽するを顕明す。「行険以説」せば、節制は便ち中道に合する能く。「当位以節」せば、便ち正と称すべし。まさに既に中にして且つ正なるにより、だから能く通達す。だから「中正以通」という。これがすなわち節卦の亨通たる所以の縁由である。
天地節而四時成,節以制度,不傷財,不害民。[疏]正義曰:“天地節而四時成”者,此下就天地與人廣明節義。天地以氣序為節,使寒暑往來,各以其序,則四時功成之也。王者以制度為節,使用之有道,役之有時,則不傷財,不害民也。《象》曰:澤上有水,節。君子以制數度,議德行。[疏]正義曰:“澤上有水,節”者,水在澤中,乃得其節,故曰“澤上有水,節”也。“君子以制數度,議德行”者,數度,謂尊卑禮命之多少。德行,謂人才堪任之優劣。君子象節以制其禮數等差,皆使有度,議人之德行任用,皆使得宜。
経文《彖伝》曰く:天地に節度あり、ここにおいて四季は成るを得る。典章制度をもって節度と為せば、財貨を損耗せず、百姓を侵害せず。孔穎達の疏が曰く:「天地節而四時成」とは、ここより起りて天地と人の両方面に就き広く節制の義を申明す。天地は節気の次序をもって節度と為し、寒来暑往を各々次第に按せしめ、四季の功用は便ち完成を告ぐ。君王は典章制度をもって節度と為し、用度に法あり役使に時あらしめば、財貨を損耗せず百姓を侵害せず。経文《象伝》曰く:湖沢の上に水あり、これが節卦である。君子はこれに取法して、礼数法度を制定し、人の徳行を評議す。孔穎達の疏が曰く:「沢上有水,節」とは、水は沢中に蓄えられて初めて約束限量ある所以である。だから「沢上有水,節」という。「君子以制数度,議徳行」の「数度」は尊卑礼制爵命の多寡を指し、「徳行」は人才の能否勝任の優劣を指す。君子は節卦に取法して、礼数の等級差別を制定し、これをして皆一定の限度あらしめ、人の徳行を評議して任用を安排し、これをして皆各々その宜しきを得しむ。
初九:不出戶庭,無咎。為節之初,將整離散而立制度者也,故明於通塞,慮於險為,不出戶庭,慎密不失,然後事濟而無咎也。[疏]“初九”至“無咎”。○正義曰:初九處節之初,將立制度,宜其慎密,不出戶庭,若不慎而洩,則民情奸險,應之以偽,故慎密不失,然後事濟而無咎,故曰“不出戶庭,無咎”。○注“將整離散而立制度者也”。○正義曰:《序卦》云:“物不可以終離,故受之以節。”此卦承《渙》之後,初九居節之初,故曰“將整離散而立法度”也。《象》曰:“不出戶庭”,知通塞也。[疏]正義曰:“知通塞”者,識時通塞,所以不出也。
経文の初九爻辞に曰く:内室の門庭を走出さず、過なし。王弼の注は、初九は節卦の始めに居り、まさに渙散の局面を整頓して制度を建立せんとす。だから必ず時勢の通と塞を洞明し、険阻の作為を顧慮し、軽々しく戸庭を出ず、謹慎周密にして泄漏せず、然る後に事初めて成さるる能くして過なからしむと解く。孔穎達の疏は「初九」より「无咎」までを解して曰く:初九は節卦の開頭に処り、まさに制度を建立せんとす、理の上で謹慎周密にして戸庭を出ざるべし。もし謹慎ならずして機密外泄せば、民情は奸猾険詐にして、便ち虚偽をもって応付せん。だから必ず慎密にして失わず、然る後に事成りて過なからしむ。それゆえ「不出戸庭,无咎」と曰う。孔穎達はまた王弼の注の「将整離散而立制度者也」を疏して曰く:《序卦伝》に「物不可以終離,故受之以節」と講ず、節卦は《渙》卦を承接して来たり、初九はまた節卦の初めに居る。だから王弼はそれを「将整離散而立法度」と曰う。経文《象伝》曰く:「不出戸庭」は通塞の理を知るがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「知通塞」とは、能く時勢の通暢と阻塞を識別する、だから初めて軽々しく門を出ざる。
九二:不出門庭,凶。初已造之,至二宜宣其制矣,而故匿之,失時之極,則遂廢矣。故不出門庭,則凶也。[疏]正義曰:初巳制法,至二宜宣。若猶匿之,則失時之極,可施之事,則遂廢矣。不出門庭,所以致凶,故曰“不出門庭,凶”。《象》曰:“不出門庭,凶”,失時極也。[疏]正義曰:“失時極”者,極,中也。應出不出,失時之中,所以為凶。
経文の九二爻辞に曰く:大門の庭院を走出さず、凶あり。王弼の注は、初九はすでに法度を創立し、九二に至りてはすなわち制度を宣布し去るべきに、仍お意に隠匿して発せざれば、すなわち徹底して時機を錯過し、可行の事もまたこれにより荒廃す。だから門庭を出ず、かえって凶を招くと解く。孔穎達の疏が曰く:初九はすでに法度を制定し、九二に至りてはまさに宣布施行すべし。もし更に隠匿せんと欲せば、便ち完全に時機を錯失し、もともと推行すべき事は便ち廃棄す。門庭を出ざるはまさに凶を招致するの縁由である。だから「不出門庭,凶」という。経文《象伝》曰く:「不出門庭,凶」は時機の中節を錯失したるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「失時極」の「極」はすなわち中の意。出ずべきにして出ず、時機の適中の点を錯過す、だから凶あり。
六三:不節若,則嗟若,無咎。若,辭也。以陰處陽,以柔乘剛,違節之道,以至哀嗟。自巳所致,無所怨咎,故曰“無咎”也。[疏]正義曰:節者,制度之卦,處節之時,位不可失,六三以陰處陽,以柔乘剛,失位驕逆,違節之道,禍將及己,以至哀嗟,故曰“不節苦,則嗟若”也。禍自已致,無所怨咎,故曰“無咎”。《象》曰:“不節”之“嗟”,又誰“咎”也。[疏]正義曰:“又誰咎”者,由己不節,自致禍災,又欲怨咎誰乎?
経文の六三爻辞に曰く:節制を加えざれば、嗟嘆せん。帰咎すべき人なし。王弼の注は、「若」は語助詞と解く。六三は陰爻をもって陽位に処り、柔爻をもって剛爻を凌駕し、節制の道に違背して、哀傷嘆息に至る。これは自ら招きたるにして、他人に怨恨帰咎する由なし。だから「无咎」という。孔穎達の疏が曰く:節卦は制度を講ずる卦で、節制の時に処るは、爻位は失当すべからず。六三は陰爻をもって陽位に居り、柔をもって剛に乗り、位を失いて驕縦違逆し、節制の道に背離す、災禍まさに身に及ばんとし、哀傷嗟嘆に至る。だから「不節苦,則嗟若」という。禍患は自ら招きたるにして、別人に怨咎する由なし。だから「无咎」という。経文《象伝》曰く:節制を加えざるにより致るの嗟嘆は、また誰にか帰咎せん。孔穎達の疏が曰く:「又誰咎」とは、自ら能く節制せず、自ら災禍を招き、まだ往きて誰かを怨恨帰咎せんと欲するかによる。
六四:安節,亨。得位而順,不改其節,而能亨者也。承上以斯,得其道也。[疏]正義曰:六四得位,而上順於五,是得節之道。但能安行此節而不改變,則何往不通,故曰“安節亨”,明六三以失位乘剛,則失節而招咎,六四以得位承陽,故安節而致亨。《象》曰:“安節”之“亨”,承上道也。[疏]正義曰:承上道者,以能承於上,故不失其道也。
経文の六四爻辞に曰く:安然としてその節度を守る、亨通す。王弼の注は、六四は正位を得て居り性情柔順にして、自己の節度を改変せず、それにより能く亨通す。この態度をもって上位を承事するは、まさにその正道を得ると解く。孔穎達の疏が曰く:六四は正位を得て、また上りて九五に順従す、これはすなわち節制の道を得たり。ただ能く安然としてこの節度を奉行して改変せざれば、すなわち去りて何れの処へも行通らん。だから「安節亨」という。これはまた表明す:六三は位を失いまた剛爻を凌駕するに因り、ここにおいて節を失いて咎を招く。六四は位を得て陽爻を承奉するに因り、だから能く節度に安んじて亨通を致す。経文《象伝》曰く:「安節」の「亨」たる所以は能く上位の道を承奉するがゆえである。孔穎達の疏が曰く:いわゆる承上の道とは、能く上に在る者を承奉するに因りて、だからその正道を失わずを言う。
九五:甘節,吉。往有尚。當位居中,為節之主不失其中,不傷財,不害民之謂也。為節之不苦,非甘而何?術斯以往,往有尚也。[疏]正義曰:“甘”者,不苦之名也。九五居於尊位,得正履中,能以中正為節之主,則當《彖》曰:“節以制度,不傷財,不害民”之謂也。為節而無傷害,則是不苦而甘,所以得吉,故曰“甘節,吉”。以此而行,所往皆有嘉尚,故曰“往有尚”也。象曰:“甘節”之“吉”,居位中也。[疏]正義曰:“居位中”者,以居尊位而得中,故致甘節之吉也。
経文の九五爻辞に曰く:甘美適度の節制は吉祥なり。往くところあれば嘉許を受けん。王弼の注は、九五は位に居りて当を得てまた中位に処り、節制の主宰と為りて中道を失わず、まさに《彖伝》の言うところの財貨を損耗せず百姓を侵害せずである。このごとき節制は決して苦渋ならず、「甘」と呼ばずして何をか呼ばん。この路に依りて走下去れば、前往すれば嘉尚を受けんと解く。孔穎達の疏が曰く:「甘」は苦ならざるの称呼である。九五は尊位に居り、正を得てまた中を履み、能く中正の徳をもって節制の主を作す、まさに《彖伝》の言う「節以制度,不傷財,不害民」に合す。節制して傷害を帯びざるは、すなわち苦ならずして甘美なり。だから吉祥を獲得す。だから「甘節,吉」という。これに依りて行えば、至るところ皆嘉許を受けん。だから「往有尚」という。経文《象伝》曰く:「甘節」の「吉」たる所以は位に居りて中を得るがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「居位中」とは、それは尊位に居りてまた能く中を守るに因りて、だから甘節の吉を招致す。
上六:苦節,貞凶,悔亡。過節之中,以致亢極,苦節者也。以斯施人,物所不堪,正之凶也。以斯脩身,行在無妄,故得悔亡。[疏]正義曰:上六處節之極,過節之中,節不能甘,以至於苦,故曰“苦節”也。為節過苦,物所不堪,不可復正,正之凶也,故曰“貞凶”。若以苦節施人,則是正道之凶。若以苦節脩身,則儉約無妄,可得亡悔,故曰“悔亡”也。《象》曰:“苦節,貞凶”,其道窮也。
経文の上六爻辞に曰く:苦渋の節制は、固持し下れば凶あり、されど悔恨は消失しうる。王弼の注は、上六は節制の中道を超過して亢極に至る、これが「苦節」である。この一套をもって人に施加すれば、衆人は忍受する能わず、これを正道と為して守れば凶ある。しかしこれをもって自身を修養すれば、行為は虚妄ならざる境地に処す。だから能く悔恨を消除すと解く。孔穎達の疏が曰く:上六は節卦の頂点に処り、節制の中道を超過し、節制は甘美なる能わずして苦渋と変ず。だから「苦節」と称す。節制が苦しきに過ぐれば、衆人は忍受する能わず、便ちもはや正道と奉じる能わず、これを正道と為して固守せば便ち凶あり。だから「貞凶」という。もし苦節をもって人に施加せば、すなわちこれは正道を奉行してかえって凶を招く。もし苦節をもって自身を修養せば、すなわちこれは倹約にして虚妄ならず、悔恨を消除すべし。だから「悔亡」という。経文《象伝》曰く:「苦節,貞凶」はこの路すでに尽頭に走到せるがゆえである。
中孚卦
兌下巽上。中孚:豚魚吉。利涉大川,利貞。[疏]正義曰:“中孚,豚魚吉”者,“中孚”,卦名也。信發於中,謂之中孚。魚者,蟲之幽隱。豚者,獸之微賤。人主內有誠信,則雖微隱之物,信皆及矣。莫不得所而獲吉,故曰“豚魚吉”也。“利涉大川,利貞”者,微隱獲吉,顯者可知。既有誠信,光被萬物,萬物得宜,以斯涉難,何往不通?故曰“利涉大川”。信而不正,凶邪之道,故利在貞也。
経文に曰く:中孚卦は下体を兌と為し上体を巽と為す。中孚:誠信は小猪と魚に及ぶ、吉祥なり。大河を渡るに利あり、貞に利あり。孔穎達の疏が曰く:「中孚,豚魚吉」の「中孚」は卦名である。誠信は内心より発出すれば、便ち「中孚」と言う。魚は水中の幽隠なる動物、小猪は牲畜中の微賤なる一類である。君主が内心に誠信を懐抱せば、すなわち幽微隠蔽の生物と雖も、誠信は同じく能く遍く及び、各々その所を得て吉を獲らざるなし。だから「豚魚吉」という。「利渉大川,利貞」とは、幽微の物さえ能く吉を獲れば、顕著なる者は自然に更に言を俟たず。すでに誠信あれば、光輝は便ち普く万物に被り、万物各々その宜しきを得る。このごとき徳行に憑りて険難を渡越せば、何れの処へか通達せざらん。だから「利渉大川」という。ただしもし信を講ずるのみにして正に合せざれば、便ちこれは凶険邪僻の道である。だから好処は仍お守正に在り。
《彖》曰:中孚,柔在內而剛得中,說而巽,孚,有上四德,然後乃孚。[疏]正義曰:此就三、四陰柔並在兩體之內,二、五剛德各處一卦之中,及上下二體說而以巽,釋此卦名為“中孚”之義也。柔內剛中,各當其所,說而以巽,乖爭不作,所以信發於內,謂之“中孚”,故曰“柔在內而剛得中,說而巽,孚”也。
経文《彖伝》曰く:中孚卦は、柔爻が内部に居りて剛爻が中位に居るを得、和悦にしてまた謙遜、しかるがゆえに誠信あり。王弼の注は、上述の四項の徳性を具備して、然る後に初めて「孚」を談ずべしと解く。孔穎達の疏が曰く:これは六三・六四の両陰柔の爻が皆上下両体の内側に在り、九二・九五の剛徳が各々一体の中に処し、および上下二体が和悦にしてまた謙順なるこの諸点に就き、此卦を「中孚」と命名するの道理を解す。柔爻は内にあり剛爻は中に居り、各々皆その位に当たり、和悦にしてまた謙遜なれば、乖違争闘は便ち発生せず。だから誠信は内心より生発す、これを「中孚」と称す。それゆえ《彖伝》に「柔在内而剛得中,説而巽,孚」と曰う。
乃化邦也。信立而後邦乃化也。柔在內而剛得中,各當其所也。剛得中,則直而正;柔在內,則靜而順;說而以巽,則乖爭不作。如此,則物無巧競,敦實之行著,而篤信發乎其中矣。[疏]正義曰:誠信發於內,則邦國化於外,故曰“乃化邦也”。
経文《彖伝》は続けて曰く:ここにおいて能く邦国を教化す。王弼の注は、誠信が確立したる後、邦国は初めて教化せらる。柔爻は内にありて剛爻は中に居り、各々皆その位に当たる:剛爻が中に居れば、便ち正直にして端正なり。柔爻が内にあれば、便ち寧静にして柔順なり。和悦にしてまた謙遜なれば、乖違争闘は興起せず。この歩を致せば、人々は便ちもはや機巧相争わず、敦厚朴実の品行は顕著となり、篤実の誠信もまた内心より生発し出ずると解く。孔穎達の疏が曰く:誠信は内心より発出し、邦国は便ち外にて感化せらる。だから《彖伝》に「乃化邦也」と曰う。
“豚魚吉”,信及豚魚也。魚者,蟲之隱者也。豚者,獸之微賤者也。爭競之道不興,中信之德淳著,則雖微隱之物,信皆及之。[疏]正義曰:釋所以得吉,由信及豚魚故也。“利涉大川”,乘木舟虛也。乘木於川舟之虛,則終已無溺也。用中孚以涉難,若乘木舟虛也。[疏]正義曰:釋此涉川所以得利,以中信而濟難,若乘虛舟以涉川也。
経文《彖伝》曰く:「豚魚吉」は誠信が小猪と魚に及ぶがゆえである。王弼の注は、魚は水族中の隠蔽なる一類、小猪は牲畜中の微賤なる一類である。争競の風興起せず、内心の誠信の徳は淳厚顕著なれば、すなわち幽微隠蔽の生物と雖も、誠信は皆能く彼らに及ぶと解く。孔穎達の疏が曰く:これは何によらんか吉を得るを得るを解する、まさに誠信が豚魚に及ぶの縁故による。経文《彖伝》はまた曰く:「利渉大川」は中空の木舟に乗るによる。王弼の注は、中空の木舟に乗りて河を渡れば、終始沉溺せず。中孚の徳をもって険難を渡越するは、中空の舟に乗りて河を渡るに如しと解く。孔穎達の疏が曰く:これは河を渡るの何によらんか利あるを解す——内心の誠信に憑りて険難を済渡するは、空虚にして重きを載せざる木舟に乗りて河を渡るに如し。
中孚以“利貞”,乃應乎天也。盛之至也。[疏]正義曰:釋中孚所以利貞者,天德剛正而氣序不差,是正而信也。今信不失正,乃得應於天,是中孚之盛故須濟以利貞也。《象》曰:澤上有風,中孚。君子以議獄緩死。信發於中,雖過可亮。[疏]正義曰:“澤上有風,中孚”者,風行澤上,無所不周,其猶信之被物,無所不至,故曰“澤上有風,中孚”。“君子以議獄緩死”者,中信之世,必非故犯過失為辜,情在可恕,故君子以議其過失之獄,緩舍當死之刑也。
経文《彖伝》曰く:中孚の徳に「利貞」を加えれば、すなわち天道と相応ず。王弼の注は、これは誠信が極盛の境地に到達するを言うと解く。孔穎達の疏が曰く:これは中孚が何によらんか「利貞」あるを解す——上天の徳は剛健方正にして、節気次序は毫厘も差えず、これがまさにまた正にしてまた信である。いま人の誠信がその正を失わざれば、初めて能く天道と相応ず。中孚の盛は必ず守正をもって成全せざるべからざるを見るべし。経文《象伝》曰く:湖沢の上に風あり、これが中孚卦である。君子はこれに取法して、訟獄を審議し死刑を寛緩す。王弼の注は、誠信は内心より発す、たとい過失あるも体諒すべしと解く。孔穎達の疏が曰く:「沢上有風,中孚」とは、風は沢面上に吹行し、到らざる処なし、誠信が万物を覆被して至らざる所なきに如し。だから「沢上有風,中孚」という。「君子以議獄緩死」とは、人人みな内に誠信を懐くの時代に処せば、犯罪は必ず意あるの悪を為すにあらず、多くは過失に属し、情理の上で寛恕すべし。だから君子はこの類の過失により成れる案件を審議し、あの本当に処死すべき刑罰を寛緩す。
初九:虞吉,有它不燕。虞猶專也。為信之始,而應在四,得乎專吉者也,志未能變,繫心於一,故“有它不燕”也。[疏]正義曰:虞猶專也。燕,安也。初為信始,應在於四,得其專一之吉,故曰“虞吉”。既繫心於一,故更有他求,不能與之共相燕安也,故曰“有它不燕”也。《象》曰:“初九,虞吉”,志未變也。[疏]正義曰:“志未變”者,所以得專一之吉,以志未改變,不更親於他也。
経文の初九爻辞に曰く:専一にして信を守れば則ち吉、別に他求あれば便ち安寧を得ず。王弼の注は、「虞」は猶お専一のごとし。初九は誠信の開端に居り、応ずるところの爻は六四に在り、能く専一の吉を得る。心志いまだ改変せず、係念は一処に専注す。だから「有它不燕」というと解く。孔穎達の疏が曰く:「虞」は猶お専一のごとく、「燕」は安寧である。初九は誠信の起点で、応ずるところの爻は六四に在り、専一の吉祥を得る。だから「虞吉」という。すでに心を一処に係すれば、すなわちもし別に更に求むるところあらば、相手とともに安寧の中に共処する能わず。だから「有它不燕」という。経文《象伝》曰く:初九の「虞吉」たる所以は心志の改変せざるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「志未変」とは、それの能く専一の吉を得る所以は、まさに心志が終始変わらず、往きて別に他人に親附せざるがゆえである。
九二:鶴鳴在陰,其子和之。我有好爵,吾與爾靡之。處內而居重陰之下,而履不失中,不徇於外,任其真者也。立誠篤至,雖在闇昧,物亦應焉,故曰“鳴鶴在陰,其子和之”也。不私權利,唯德是與,誠之至也,故曰我有好爵,與物散之。
経文の九二爻辞に曰く:白鶴は幽暗の処にて鳴き、その幼雛は声に応じて相和す。我に美好の爵位あり、願わくは汝とともに分ち享けん。王弼の注は、九二は内卦に居りて両陰爻の下に処すれども、行事は中道を失わず、外に逐求せず、ただその本真に任す。それは心を立てるに誠篤極処に至り、たとい身は幽暗の中に在るも、外物は来たりて応ず。だから「鳴鶴在陰,其子和之」という。それは権勢利禄を私有と為さず、ただ徳行を取与の標準と為す、これは誠信の極致である。だから「我有好爵」と曰い、願わくは他人と分ちてこれを共にせんとすと解く。
[疏]正義曰:“鳴鶴在陰,其子和之”者,九二體剛,處於卦內,又在三四重陰之下,而履不失中,是不徇於外,自任其真者也。處於幽昧,而行不失信,則聲聞於外,為同類之所應焉。如鶴之鳴於幽遠,則為其子所和,故曰“鳴鶴在陰,其子和之”也。“我有好爵,吾與爾靡之”者,靡,散也,又無偏應,是不私權利,惟德是與。若我有好爵,吾原與爾賢者分散而共之,故曰“我有好爵,吾與爾靡之。”《象》曰:“其子和之”,中心願也。[疏]正義曰:“中心願”者,誠信之人,願與同類相應,得誠信而應之,是中心願也。
孔穎達の疏が曰く:「鳴鶴在陰,其子和之」とは、九二は本体は剛に属し、内卦に処り、また六三・六四の両層の陰爻の下に居るも、行事は中道を失わず、それは外物を追逐せず、ただ自己の本真を守持するを見るべし。身は幽暗の地に処して行為は誠信を失わざれば、声名人は自然に外に伝わり、同類の応ずるところと為る。白鶴が幽遠の処にて鳴けば、その幼雛は便ち声に応じて相和するに譬えたり。だから「鳴鶴在陰,其子和之」という。「我有好爵,吾与爾靡之」の「靡」は分散共享の意である。九二はまた偏私の応爻なく、それは権勢利禄を己有と為さず、ただ徳行を取与の準則と為すを見るべし。髣髴として曰わく:我もし美好の爵位あらば、願わくは汝のごとき賢者と分ちてこれを共にせん。だから「我有好爵,吾与爾靡之」という。経文《象伝》曰く:「其子和之」は内心の意願に出づ。孔穎達の疏が曰く:「中心願」とは、誠信の人はもとより同類と相応せんことを願う、いま誠信を得てこれと呼応するは、まさに内心より発するの意願である。
六三:得敵,或鼓或罷,或泣或歌。三居少陰之上,四居長陰之下,對而不相比,敵之謂也。以陰居陽,欲進者也。欲進而閡敵,故或鼓也。四履正而承五,非己所克,故或罷也。不勝而退,懼見侵陵,故或泣而憂悲也。四履於順。不與物校,退而不見害,故或歌也。不量其力,進退無恆,憊可知也。
経文の六三爻辞に曰く:対手に遇う、時に鼓を撃ちて進攻し、時に疲憊して退却し、時に哭泣し、時に歌唱す。王弼の注は、六三は少陰の上に居り、六四は長陰の下に居り、両爻は相対して相親比せず、これを「敵」と言う。六三は陰爻をもって陽位に居るは、上進せんと欲する者である。上進せんと欲するも対手に阻隔せられ、だから或る時は鼓を撃ちて進攻す。六四は正位に踏みてまた九五を承奉す、六三の戦勝しうるにあらず。だから或る時は罷兵せざるを得ず。打ち勝てずして退回れば、また侵凌に遭うを恐る、だから或る時は哭泣憂傷す。六四は身を立てるに柔順にして、人と計較せず、六三は退りても損害を受けず、だから或る時はまた歌唱す。自己の力量を衡量せず、進退に常度なし、その疲憊困頓は想知すべしと解く。
[疏]正義曰:六三與四,俱是陰爻,相與為類。然三居少陰之桑四居長陰之下,各自有應對,而不相比,敵之謂也。故曰“得敵欲進”。礙四,恐其害己,故或鼓而攻之,而四履正承尊,非己所勝,故或罷而退敗也。不勝而退,懼見侵陵,故或泣而憂悲也。四履於順,不與物校,退不見害,故或歌而歡樂也,故曰“或鼓或罷,或泣或歌”也。《象》曰:“或鼓或罷”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,所以或鼓或罷,進退無恆者,止為不當其位,妄進故也。
孔穎達の疏が曰く:六三と六四は皆陰爻にして、もとより同類と算すべし。しかし六三は少陰の上に居り、六四は長陰の下に居り、各々別に相応の爻ありて、彼此相親比せず、これを「得敵」と言う。だから爻辞に「得敵」と曰う。六三は上進せんと欲するも六四に阻礙せられ、また六四の自己を加害せんを恐る、それゆえ或る時は鼓を撃ちて進攻す。しかし六四は正位を踏みて尊者を承奉す、六三の取勝しうるにあらず、それゆえ或る時は罷兵退敗す。打ち勝てずして撤退し、また侵凌を遭受するを害怕す、それゆえ或る時は哭泣憂傷す。六四は身を立てるに柔順にして人と計較せず、六三は退下するも損害を受けず、それゆえ或る時はまた歓歌作楽す。だから爻辞に「或鼓或罷,或泣或歌」と曰う。経文《象伝》曰く:「或鼓或罷」は爻位の当たらざるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「位不当」とは、六三の忽ち鼓を撃ち忽ち罷兵し進退に常度なき所以は、ただその居るところの位が当たらず、妄りに進を求るの縁故によるを言う。
六四:月幾望,馬匹亡,無咎。居中孚之時,處巽之始,應說之初,居正履順,以承於五,內毗無首,外宣德化者也。充乎陰德之盛,故曰:“月幾望”。“馬匹亡”者,棄群類也。若夫居盛德之位,而與物校其競爭,則失其所盛矣,故曰絕類而上,履正承尊,不與三爭,乃得無咎也。
経文の六四爻辞に曰く:月まさに円満せんとし、馬は配偶を失う、過なし。王弼の注は、六四は中孚の時に処り、巽体の起始に居り、兌悦の体の初爻と相応し、正位に居りて柔順の道を行い、もって九五を承奉す。内には元首を輔佐し、外には徳化を宣布す。それは陰柔の徳を充実して極盛に至らしむ、だから「月幾望」という。「馬匹亡」とは、同類を舎棄するを指す。仮令身は盛徳の位に居るも、人と較量争勝せんと欲せば、すなわち自己の盛美を喪失せん。だからそれは同類を断絶して上りて承奉し、正位を踏み尊者を奉り、六三と相争わず、ここにおいて能く過なからしむと解く。
[疏]正義曰:“月幾望”者,六四居中孚之時,處巽應說,得位履順,上承於五,內毗元首,外宣德化,充乎陰德之盛,如月之近望,故曰“月幾望”也。“馬匹亡,無咎”者,三與己敵,進來攻己,己若與三校戰,則失其所盛,故棄三之類,如馬之亡匹;上承其五,不與三爭,乃得無咎,故曰“馬匹亡,無咎”也。《象》曰:“馬匹亡”,絕類上也。類謂三,俱陰爻,故曰“類”也。[疏]正義曰:“絕類上”者,絕三之類,不與二爭,而上承於五也。
孔穎達の疏が曰く:「月幾望」とは、六四は中孚の時に処り、身は巽体に在りて兌悦と相応し、正位を得て柔順を行い、上りて九五を承奉し、内には元首を輔佐し外には徳化を宣布し、陰柔の徳を充実して極盛に至らしむ、月が円満に接近するに如し。だから「月幾望」という。「馬匹亡,无咎」とは、六三は自己と敵を為し、来たりて自己を攻撃す。自己もし六三と較量交戦せば、便ち具うところの盛美を喪失せん。それゆえ六三のこの同類を舎棄す、馬が配偶を失うに譬えたり。それは上りて九五を承奉して、六三と争闘せず、ここにおいて能く過なからしむ。だから「馬匹亡,无咎」という。経文《象伝》曰く:「馬匹亡」は同類を断絶して上りて承奉す。王弼の注は、「類」は六三を指す、それは六四と同じく陰爻なれば、だから「類」と称すと解く。孔穎達の疏が曰く:「絶類上」とは、六三のこの同類との牽連を断絶し、これと争闘せず、しかして上りて九五を承奉す。
九五:有孚攣如,無咎。“攣如”者,繫其信之辭也。處中誠以相交之時,居尊位以為群物之主,信何可舍?故“有孚攣如”,乃得“無咎”也。[疏]正義曰:“有孚攣如,無咎”者,攣如者,相牽繫不絕之名也。五在信時,處於尊位,為群物之主,恆須以中誠交物,孚信何可暫舍,故曰“有孚攣如”。繫信不絕,乃得無咎,故曰“有孚攣如,無咎”也。《象》曰:“有孚攣如”,位正當也。[疏]正義曰:“位正當”者,以其正當尊位,故戒以繫信,乃得無咎。若真以陽得正位,而無有繫信,則招有咎之嫌也。
経文の九五爻辞に曰く:誠信を懐きて牽係して断絶せず、過なし。王弼の注は、「攣如」は誠信を牢牢に繋住するを形容するの説法である。九五は人人みな中心の誠をもって相交往するの時代に処り、また尊位に居りて衆人の主宰と為る、誠信は何ぞ放棄すべからん。だから必ず「有孚攣如」せざれば、「无咎」する能わずと解く。孔穎達の疏が曰く:「有孚攣如,无咎」の「攣如」は彼此牽係して断絶せざるの称呼である。九五は誠信を講ずるの時代に処り、身は尊位に居り、衆人の主宰を作り、時々刻々内心の誠意をもって人と交往せざるべからず、誠信はあに片刻も放下すべからん。だから「有孚攣如」という。誠信を牽係して中断せしめざれば、初めて能く過なからしむ。だから「有孚攣如,无咎」という。経文《象伝》曰く:「有孚攣如」は爻位が端正相当なるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「位正当」とは、九五はまさに尊位に当たるに因りて、だから特にこれを誡めて誠信を牽係せしめ、初めて能く過なからしむ。仮令ただ陽爻に憑りて正位を得るも、誠信を牽係することなければ、便ち責めを受くるの嫌疑を招かん。
上九:翰音登于天,貞凶。翰,高飛也。飛音者,音飛而實不從之謂也。居卦之上,處信之終,信終則衰,忠篤內喪,華美外揚,故曰“翰音登于天”也。翰音登天,正亦滅矣。[疏]正義曰:翰,高飛也。飛音者,音飛而實不從之謂也。上九處信之終信終則衰也。信衰則詐起,而忠篤內喪,華美外揚,若鳥於翰音登于天,虛聲遠聞也,故曰“翰音登于天”。虛聲無實,正之凶也,故曰“貞凶”。《象》曰:“翰音登于天”,何可長也。[疏]正義曰:“何可長也”者,虛聲無實,何可久長。
経文の上九爻辞に曰く:高く飛ぶ声音は直に雲天に上る、固持し下れば凶あり。王弼の注は、「翰」は高飛である。いわゆる飛揚の音とは、声音は飛揚しても実質はこれに随いて至らざるを指す。上九は一卦の上に居り、誠信の終点に処す。誠信は尽頭に到れば便ち衰敗す。忠厚篤実は内裏に喪失し、華美の虚飾は外面に張揚す。だから「翰音登于天」という。声音は高飛して天に入り、正道もまたこれに随いて泯滅すと解く。孔穎達の疏が曰く:「翰」は高飛で、いわゆる飛揚の音とは声音は飛揚して実質はこれに随いて来たらざることである。上九は誠信の終点に処り、誠信は到頭すれば便ち衰落す。誠信衰落すれば則ち詐偽興起し、忠厚篤実は内裏に喪失し、華美虚飾は外面に張揚す、鳥の鳴声が高飛して天に上り、ただ虚名のみ遥かに播るに似たり。だから「翰音登于天」という。虚名にして実質なく、これを正道と為して固守すれば便ち凶なり。だから「貞凶」という。経文《象伝》曰く:「翰音登于天」、どうして能く長久ならんや。孔穎達の疏が曰く:「何可長也」とは、虚名に実質なければ、何ぞ能く長久に維持せん。
小過卦
艮下震上。小過:亨,利貞。可小事,不可大事。飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉。飛鳥遺其音聲,哀以求處,上愈無所適,下則得安。愈上則愈窮,莫若飛鳥也。
経文に曰く:小過卦は下体を艮と為し上体を震と為す。小過:亨通し、貞に利あり。小事を為すべく、大事を為すべからず。飛鳥は哀鳴の声を遺す、上るに宜からず、下るに宜し、大いに吉祥なり。王弼の注は、飛鳥は自己の鳴声を遺落し、哀切に栖止の処を尋求す。越えて上に飛べば越えて往くべき処なく、下れば則ち安頓を得る能く。越えて向上すれば越えて窮困す、飛鳥より能くこの道理を説明するものなしと解く。
[疏]“小過亨”至“大吉”。○正義曰:“小過,亨”者,“小過”,卦名也。王於《大過》卦下注云:“音相過之過”。恐人作罪過之義,故以音之。然則“小過”之義,亦與彼同也。過之小事,謂之小過,即“行過乎恭,喪過乎哀”之謂是也。褚氏云:“謂小人之行,小有過差,君子為過厚之行以矯之也,如晏子狐裘之比也。”此因小人有過差,故君子為過厚之行,非即以過差釋卦名。《彖》曰“小過,小者過而亨”,言因過得亨,明非罪過,故王於大過音之,明雖義兼罪過得名,上在君子為過行也。而周氏等不悟此理,兼以罪過釋卦名,失之遠矣。過為小事,道乃可通,故曰“小過,亨”也。“利貞”者,矯世勵俗,利在歸正,故曰“利貞”也。“可小事,不可大事”者,時也。小有過差,惟可矯以小事,不可正以大事,故曰“可小事,不可大事”也。“飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉”者,借喻以明過厚之行,有吉有凶。飛鳥遺其音聲,哀以求處。過上則愈無所適,過下則不失其安,以譬君子處過差之時,為過厚之行,順而立之則吉,逆而忤鱗則凶,故曰:“飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉”。順則執卑守下,逆則犯君陵上,故以臣之逆順,類鳥之上下也。
孔穎達の疏は「小過亨」より「大吉」に至るこの一段を解す。正義に曰く:「小過,亨」の「小過」は卦名である。王弼は《大過》卦下に「相過之过と読む」と注明す、これは人々が誤りて罪過の「過」と為すを恐れ、だから特に注音す。然れば「小過」の取義もまた《大過》と相同じ。小事の上にて超過あるを、「小過」と言う。すなわち《象伝》の言う「行過乎恭,喪過乎哀」のあの一類である。褚氏曰く:これは小人の行為にやや偏差あるを指し、君子は便ち過分に厚重の挙動をもってこれを矯正す、晏子が狐裘を著て三十年のごとき例である。これは小人に偏差あるに因りて、君子は初めて過分厚重の行為を做出するにして、直ちに「過差」をもって卦名を解するにあらず。《彖伝》に「小過,小者過而亨」と曰うは、超過あるに因りてかえって亨通を得るを講ず、その「過」は決して罪過にあらざるを見るべし。だから王弼は《大過》卦下に特に注音して、此字は罪過の一義を兼ねるといえども、ここで言うところは君子の常度に超乎る行為なるを表明す。周氏等はこの道理を明白せず、一併に罪過をもって卦名を解す、差錯ること甚だ遠し。小事の上にて超過あれば、その道初めて行通るを得る。だから「小過,亨」という。「利貞」とは、世風を矯正し習俗を砥礪するは、好処は正道に帰るに在り。だから「利貞」という。「可小事,不可大事」とは、これは時勢に就きて言う:小さく偏差あるは、ただ小事をもって矯正するのみ、大事をもって糾正すべからず。だから「可小事,不可大事」という。「飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉」とは、譬喩を借りて過分厚重の行為に吉あり凶あるを説明す。飛鳥は鳴声を遺落して、哀切に栖止の処を尋求す。過分に向上すれば越えて益々往くべき処なく、過分に向下すればかえって安稳を失わず。これをもって君子が世人やや偏差あるの時代に処り、過厚の行為を做出するを喩う、勢いに順いて立てば吉、勢いに逆いて尊上に触犯すれば凶。だから「飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉」という。順とはすなわち卑下の本分を持守する、逆とはすなわち君上を冒犯し尊者を凌駕す、だから臣下の順と逆をもって、飛鳥の向下と向上に比擬す。
○注“飛鳥”至“求處”。○正義曰:“飛鳥遺其音聲,哀以求處”者,遺,失也。鳥之失聲,必是窮迫,未得安處。《論語》曰:“鳥之將死,其鳴也哀。”故知遺音即哀聲也。《彖》曰:小過,小者過而亨也。小者謂凡諸小事也,過於小事而通者也。[疏]正義曰:此釋小過之名也。並明小過有亨德之義,過行小事謂之小過,順時矯俗,雖過而通,故曰“小者過而亨”也。
孔穎達はまた王弼の注の「飛鳥」より「求処」に至る一句を疏す。正義に曰く:「飛鳥遺其音声,哀以求処」の「遺」は失落である。鳥が声を失いて哀鳴するは、必ず处境窘迫にして、いまだ安身の処を見出さざるなり。《論語》に曽子の話を記して「鳥之将死,其鳴也哀」と曰う、これにより所谓「遺音」はすなわち哀切の叫声なるを知るべし。経文《彖伝》曰く:小過卦は小事の上にて超過あって亨通を得るなり。王弼の注は、「小者」は諸々の小事を指し、小事の上にて超過あるにより通達すと解く。孔穎達の疏が曰く:これは「小過」のこの卦名を解し、同時に小過が亨通の徳を含むを説明す。小事の上にて常度に超乎りて行うを、「小過」と言う。時勢に順応し習俗を矯正すれば、超過あるといえども能く通達す。だから「小者過而亨」という。
過以“利貞”,與時行也。過而得以利貞,應時宜也。施過於恭儉,利貞者也。[疏]正義曰:此釋利貞之德,由為過行而得利貞。然矯枉過正,應時所宜,不可常也,故曰“與時行”也。柔得中,是以“小事”吉也;剛失位而不中,是以“不可大事”也。成大事者,必在剛也。柔而浸大,剝之道也。[疏]正義曰:此就六二、六五以柔居中,九四失位不中,九三得位不中,釋“可小事,不可大事”之義。柔順之人,惟能行小事,柔而得中,是行小中時,故曰“小事吉”也。剛健之人,乃能行大事,失位不中,是行大不中時,故曰“不可大事”也。
経文《彖伝》曰く:超過あるも仍お「利貞」なるは、時勢と相配合して行うがゆえである。王弼の注は、常度を超過するもなお能く正を守りて利を得るは、まさに時勢の需要に順応せり。この超過を恭敬倹朴の上に施用せば、すなわち「利貞」なりと解く。孔穎達の疏が曰く:これは「利貞」の徳を解し、それは常度に超乎る行為によりて得来するを説明す。ただし枉を矯めて正に過ぐるはただ一時の宜しきに順応するのみ、常法と為すべからず。だから「与時行」という。経文《彖伝》はまた曰く:柔爻が中位に居るを得、だから小事を為すは吉祥なり。剛爻は位を失いまた中に居らず、だから大事を為すべからず。王弼の注は、大事を成就するは必ず剛徳に倚らざるべからず。柔爻もし漸々に坐大せば、すなわちあれは《剥》卦の路数なりと解く。孔穎達の疏が曰く:これは六二・六五の柔をもって中に居り、九四は位を失いまた中に居らず、九三は位を得て中に居らざるに就き、「可小事,不可大事」の意を解す。柔順の人はただ小事を辦するのみ、柔にして能く中を守るは、まさに小事を辦してその中節を得るの時である。だから「小事吉」という。剛健の人は初めて能く大事を辦す。いま剛爻は位を失いまた中に居らず、まさに大事を辦して中節を得ざるの時である。だから「不可大事」という。
有“飛鳥”之象焉。不宜上,宜下,即飛鳥之象。[疏]正義曰:釋不取餘物為況,惟取“飛鳥”者,以不宜上,宜下,有飛鳥之象故也。“飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉”,上逆而下順也。上則乘剛,逆也;下則承陽,順也。施過於不順,凶莫大焉;施過於順,過更變而為吉也。[疏]正義曰:此就六五乘九四之剛,六二承九三之陽,釋所以“不宜上,宜下,大吉”之義也。上則乘剛而逆,下則承陽而順,故曰“不宜上,宜下,大吉”,以上逆而下順也。
経文《彖伝》曰く:卦中に「飛鳥」の象を含む。王弼の注は、上るに宜からず下るに宜しきは、これがすなわち飛鳥の象なりと解く。孔穎達の疏が曰く:これは何を解するか——別の物を取りて比方と為さず、偏に「飛鳥」を取るは、「不宜上,宜下」がまさに飛鳥の形象に合するがゆえ。経文《彖伝》はまた曰く:「飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉」は、上れば便ち逆、下れば便ち順なるがゆえである。王弼の注は、上るはすなわち剛爻を凌駕す、逆に属す。下るはすなわち陽爻を承奉す、順に属す。常度に超乎る挙動を不順の方向上に施用すれば、凶険これに過ぐるものなし。順の方向上に施用せば、則ち超過はかえって吉と転化すと解く。孔穎達の疏が曰く:これは六五が九四の剛を凌駕し、六二が九三の陽を承奉するに就き、「不宜上,宜下,大吉」の道理を解す。上るはすなわち剛に乗りて違逆し、下るはすなわち陽を承りて柔順す。だから「不宜上,宜下,大吉」という、まさに向上して違逆し向下して柔順なるがゆえ。
《象》曰:山上有雷,小過。君子以行過乎恭,喪過乎哀,用過乎儉。[疏]正義曰:雷之所出,不出於地。今出山上,過其本所,故曰“小過”。小人過差,失在慢易奢侈,故君子矯之,以行過乎恭,喪過乎哀,用過平儉也。
経文《象伝》曰く:山上に雷声響く、これが小過卦である。君子はこれに取法して、挙止の上にて常度に超乎りて恭敬し、居喪の時に常度に超乎りて哀戚し、用度の上にて常度に超乎りて倹省す。孔穎達の疏が曰く:雷はもとより地下より発出するもの、いま却って山上に出現す、それはその本来の位置を超過せり。だから「小過」と称す。小人の偏差は、毛病は軽慢放肆と奢侈に出づ。だから君子は相反する一端を用いてこれを矯正す:挙止は恭敬に過ぎ、居喪は哀戚に過ぎ、用度は倹省に過ぐ。
初六:飛鳥以凶。小過,上逆下順,而應在上卦,進而之逆,無所錯足,飛鳥之凶也。[疏]正義曰:小過之義,上逆下順,而初應在上卦,進而之逆,同於飛鳥,無所錯足,故曰“飛鳥以凶”也。《象》曰:“飛鳥以凶”,不可如何也?[疏]正義曰:“不可如何也”者,進而之逆,孰知不可自取凶咎,欲如何乎?
経文の初六爻辞に曰く:飛鳥のごとく一味に上飛し、それにより凶を招く。王弼の注は、小過の時は、向上を逆と為し向下を順と為す。しかして初六の応ずるところの爻は上卦に在り、前進すればすなわち違逆の一端に走向し、落脚すべき処なし、これがまさに飛鳥の凶を招くの情形なりと解く。孔穎達の疏が曰く:小過の取義は上逆下順なり。しかして初六の応爻は上卦に在り、前進すればすなわち違逆に走向し、飛鳥と同じく落脚する処なし。だから「飛鳥以凶」という。経文《象伝》曰く:「飛鳥以凶」、また能くこれを如何せん。孔穎達の疏が曰く:「不可如何也」とは、前進すればすなわち違逆に走向するを明知しながら、仍お自ら凶咎を取るは、また能くこれを如何せんを言う。
六二:過其祖,遇其妣,不及其君。遇其臣,無咎。過而得之謂之遇,在小過而當位,過而得之之謂也。祖,始也,謂初也。妣者,居內履中而正者也。過初而履二位,故曰“過其祖”而“遇其妣”,過而不至於僣,盡於臣位而已,故曰“不及其君,遇其臣,無咎”。[疏]正義曰:過而得之謂之遇,六二在小過而當位,是過而得之也。祖,始也,謂初也。妣者,母之稱。六二居內,履中而正,固謂之妣。巳過於初,故曰“過其祖”也。履得中正,故曰“遇其妣”也。過不至於僣,盡於臣位而已,故曰“不及其君,遇其臣,無咎”。《象》曰:“不及其君”,臣不可過也。[疏]正義曰:“臣不可過”者,臣不可自過其位也。
経文の六二爻辞に曰く:祖父を越過して祖母に遇い、君主に及ばざれども臣位に遇う、過なし。王弼の注は、一步を超過して仍お得るところあるを、「遇」と言う。六二は身は小過の時に在りて爻位は当を得る、まさに一步を超過して仍お得るところあるなり。「祖」は起始で初六を指し、「妣」は内卦に居り中を履みて正を得るこの一位を指す。六二は初六を越えて第二爻の位置上に踏む、だから「過其祖」にして「遇其妣」といい、超過あるといえども僭越に至らず、ただ臣子の本分を尽くして止む、だから「不及其君,遇其臣,无咎」というと解く。孔穎達の疏が曰く:一步を超過して仍お得るところあるを「遇」と言う、六二は小過の時に在りて爻位は当を得る、まさに超過して得るところあるなり。「祖」は起始で初六を指し、「妣」は母輩に対する称呼である。六二は内卦に居り、中を履みて正を得る、もとより「妣」と称すべし。それはすでに初六を越えたり、だから「過其祖」といい、それは中正の位上に踏む、だから「遇其妣」という。超過して僭越に至らず、ただ臣子の職分を尽くすのみ。だから「不及其君,遇其臣,无咎」という。経文《象伝》曰く:「不及其君」は臣子は本位を越過すべからざるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「臣不可過」とは、臣子は自ら自己の位分を超越すべからざるを言う。
九三:弗過防之,從或戕之,凶。小過之世,大者不立,故令小者得過也。居下體之上,以陽當位,而不能先過防之,至令小者或過,而復應而從焉。其從之也,則戕之凶至矣。故曰“弗過防之,從或戕之,凶”也。
経文の九三爻辞に曰く:能く予め常度に超乎りて防範を加えざれば、小人に随従して戕害に遭うことあらん、凶あり。王弼の注は、小過の時代は、大徳の人は確立する能わず、それゆえ小人をして常度を逾越せしむ。九三は下体の最上位に居り、陽爻をもって当位に居るも、能く事先に常度に超乎りて設防せず、小人をして逾越する所有らしむに至り、かえってまた上六と相応してこれに随従す。一旦これに随従せば、戕害せらるるの凶禍は便ち到る。だから爻辞に「弗過防之,従或戕之,凶」と曰うと解く。
[疏]正義曰:“弗過防之”者,小過之世,大者不能立德,故令小者得過,九三居下體之上,以陽當位,不能先過為防,至令小者或過。上六小人最居高顯,而復應而從焉。其從之也,則有殘害之凶至矣,故曰“弗過防之”。“從或戕之,凶”者,《春秋傳》曰:“在內曰弒,在外曰戕。”然則戕者皆殺害之謂也。言“或”者,不必之辭也。謂為此行者,有幸而免也。《象》曰:“從或戕之”,“凶”如何也?[疏]正義曰:“凶如何”者,從於小人,果致凶禍,將如何乎?言不可如何也。
孔穎達の疏が曰く:「弗過防之」とは、小過の時代は、大徳の人は徳業を樹立する能わず、それにより小人をして常度を逾越せしむ。九三は下体の最上位に居り、陽爻をもって当位に処すも、能く事先に常度に超乎りて設防せず、小人に逾越あるに至らしむ。上六は小人にして最高顕の位置に居り、九三はかえってこれと相応しかつこれに随従す。一旦随従せば、残害の凶禍は便ち来たる。だから「弗過防之」という。「従或戕之,凶」とは、《春秋左氏伝》に「在内曰弑,在外曰戕」と曰う、これにより「戕」は皆殺害の意なるを見るべし。爻辞に一個の「或」の字を用うるは、一定ならざるの語気を表示す、意はこの種の事を為すの人も、また僥倖して禍を免るる者あるを言う。経文《象伝》曰く:「従或戕之」、この凶はまた如何せん。孔穎達の疏が曰く:「凶如何」とは、小人に随従して、果して凶禍を招来せば、すなわちまた能く如何せん——意は無可奈何を言う。
九四:無咎,弗過遇之,往厲必戒,勿用永貞。雖體陽爻,而不居其位,不為責主,故得無咎也。失位在下不能過者也。以其不能過,故得合於免咎之宜,故曰“弗過遇之”。夫宴安酖毒,不可懷也,處於小過不寧之時,而以陽居陰,不能有所為者也。以此自守,免咎可也;以斯攸往,危之道也。不交於物,物亦弗與,無援之助,故危則必戒而已,無所告救也。沈沒怯弱,自守而已,以斯而處於群小之中,未足任者也,故曰“勿用永貞”,言不足用之於永貞。
経文の九四爻辞に曰く:過なし。能く常度に超乎らずして恰好相遇う、前往すれば危険あり必ず戒懼せざるべからず、長くこれを用いて正を守るべからず。王弼の注は、九四は本体は陽爻なれども、陽位に居らず、責任を担負するの主人にあらず。だから能く過なからしむ。それは位を失いて上体の下方に処るは、逾越ある能わざるなり。まさに逾越する能わざるに因りて、かえって恰好咎責を免除するの分寸に合す。だから「弗過遇之」という。安逸享楽は毒酒に如し、貪恋すべからず。九四は小過のごとき不安寧の時に処り、また陽爻をもって陰位に居るは、作為する所なきなり。この態度をもって自守せば、咎を免るるはまだ可なり。この態度をもって往くところあらば、すなわち危を招くの道なり。それは外物と交結せず、外物もまたこれに親附せず、援助なく、だから危に遇う時はただ自ら戒懼するのみ、求救する処なし。それは沈滞怯弱にして、ただ自守するのみ。こうの人を用いて一群の小人の中に処らしむるは、委任するに足らず。だから「勿用永貞」という、意はこれを用いて長く正道を推行するに足らざるを言う。
[疏]“九四無咎”至“永貞”。○正義曰:居小過之世,小人有過差之行,須大德之人,防使無過。今九四雖體陽爻而不居其位,不防之責,責不在己,故得無咎。所以無其咎者,以其失位在下,不能為過厚之行,故得遇於無咎之宜,故曰“無咎,弗過遇之”也。既能無為自守,則無咎,有往則危厲,故曰“往厲”。不交於物,物亦不與,無援之助,故危則必自戒慎而已,無所告救,故曰“必戒”。以斯而處於群小之中,未足委任,不可用之以長行其正也,故曰“勿用永貞”也。○注“夫宴安”至“懷也”。○正義曰:“夫宴安酖毒,不可懷也”者,此《春秋》狄伐邢,管仲勸齊侯救邢,為此辭,言宴安不救邢,即酖鳥之毒,不可懷而安之也。
孔穎達の疏は「九四无咎」より「永貞」に至るこの一段を解す。正義に曰く:小過の時代に処るは、小人に常度に超乎る偏差の行あり、大徳の人が防範を加えて、これをして出格に至らざらしむるを須要す。いま九四は本体は陽爻なれども、陽位に居らず、設防せざるの責任はその身上に落ちず。だから能く過なからしむ。その无咎たる所以は、位を失いて上体の下に処り、過分厚重の挙動を做出する能わず、かえって恰好咎を免るるの分寸に合す。だから「无咎,弗過遇之」という。すでに能く作為なくして自守せば、便ち過なし。一旦往くところあらば便ち危険なり。だから「往厲」という。それは外物と交結せず、外物もまたこれに親附せず、援助の力なく、だから危に遇う時はただ自己戒慎するのみ、求救する処なし。それゆえ「必戒」と曰う。こうの人を用いて一群の小人の中に処らしむるは、これに重任を委するに足らず、これに倚りて長く正道を推行する能わず。だから「勿用永貞」という。孔穎達はまた王弼の注の「夫宴安」より「懐也」に至るを疏して曰く:「夫宴安酖毒,不可懐也」とは、この話は《春秋左氏伝》の記するところの狄人が邢国を攻打し、管仲が斉桓公に勧めて出兵して邢を救わしめし時の言うところに出づ、意は安逸を貪りて邢を救わざれば、すなわち毒鳥の毒に等しく、安享に留恋すべからざるを言う。
《象》曰:“弗過遇之”,位不當也。“往厲必戒”,終不可長也。[疏]正義曰:“位不當”者,釋所以弗過而遇,得免於咎者,以其位不當故也。“終不可長”者,自身有危,無所告救,豈可任之長,以為正也。
経文《象伝》曰く:「弗過遇之」は爻位の当たらざるがゆえであり、「往厲必戒」は終に長くすべからざるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「位不当」とは、九四が何によらんか逾越する能わずして恰好相遇い、それにより咎責を免るるを解す——まさにその居るところの位が当たらざるがゆえ。「終不可長」とは、それ自身は尚かつ危険ありて、また求救する処なし、何ぞ能くこれを任用して長く正道を推行せしめんやを言う。
六五:密雲不雨,自我西郊,公弋取彼在穴。小過,小者過於大也。六得五位,陰之盛也。故密雲不雨,至於西郊也。夫雨者,陰在於上,而陽薄之而不得通,則烝而為雨。今艮止於下而不交焉,故不雨也。是故小畜尚往而亨,則不雨也;小過陽不上交,亦不雨也。雖陰盛於上,未能行其施也。公者,臣之極也,五極陰盛,故稱公也。弋,射也。在穴者,隱伏之物也。“小過”者,過小而難未大作,猶在隱伏者也。以陰質治小過,能獲小過者也,故曰“公弋取彼在穴”也。除過之道,不在取之,是乃密雲未能雨也。
経文の六五爻辞に曰く:濃雲密布するも雨降らず、雲気は我が西辺の郊野より飄来す。王公は純つきの箭を帯びてあの洞穴の裡に蔵伏する獲物を射取る。王弼の注は、小過とは、小者が大者を超過する。陰爻が第五位を占據す、これは陰気極盛なり。だから濃雲雨降らず、直ちに西郊に至るまで布く。降雨の道理は:陰気は上にあり、陽気はこれに逼近して通達する能わず、ここにおいて蒸騰して雨と成る。いま艮卦は下にて止まりて上と相交らず、だから雨降らず。それゆえ《小畜》卦は陽気仍お上行して亨通するも、また雨降らず。《小過》卦は陽気は上向して相交らず、同じく雨降らず。陰気は上に極盛なれども、仍お能く恩沢を施布せず。「公」は臣子中の最高の一級である。六五は陰盛極点に至る、だから「公」と称す。「弋」は射である。「在穴」は隠伏の動物を指す。いわゆる「小過」とは、過失は仍お小さく、禍難はいまだ大規模に発作せず、仍お隠伏の中に居る。陰柔の資質を用いて小の過失を治理すれば、能くこれらの小過失を擒獲す。だから「公弋取彼在穴」という。しかし過失を消除するの正道は武力を用いて猟取するに在らず、だからこれは仍お濃雲にして雨と成る能わざるなりと解く。
[疏]“六五密雲”至“在穴”。○正義曰:“密雲不雨,自我西郊”者,小過者,小者過於大也。六得五位,是小過於大,陰之盛也。陰盛於上,而艮止之,九三陽止於下,是陰陽不交,雖復至盛,密雲至於西郊,而不能為雨也。施之於人,是柔得過而處尊,未能行其恩施,廣其風化也,故曰“密雲不雨,自我西郊”也。“公弋取彼在穴”者,公者臣之極,五極陰盛,故稱公也。小過之時,為過猶小,而難未大作,猶在隱伏。以小過之才,治小過之失,能獲小過在隱伏者,有如公之弋獵,取得在穴隱伏之獸也。故曰“公弋取彼在穴”也。
孔穎達の疏は「六五密雲」より「在穴」に至るこの一段を解す。正義に曰く:「密雲不雨,自我西郊」とは、小過はすなわち小者が大者を超過することである。陰爻が第五位を取得す、まさに小者が大者を超過して、陰気極盛なり。陰気は上に極盛なれども、艮卦はこれを止住し、九三の陽気はまた下に止まる、陰陽はそれゆえ交合する能わず。たとい陰気極盛にして、濃雲直ちに西郊に至るまで布くも、雨と化成する能わず。人事に落とせば、すなわち柔弱者が常分を逾越して尊位に居り、仍お能く恩沢を施行し教化を広布せず。だから「密雲不雨,自我西郊」という。「公弋取彼在穴」の「公」は臣子中の最高の一級で、六五は陰盛極点に到る、だから「公」と称す。小過の時は、過失は仍お小さく、禍難はいまだ大規模に発作せず、また隠伏の中に蔵る。小過の時の才具を用いて、小の過失を整治すれば、能くあの隠伏する小過失を擒獲す、王公が射猟して、洞穴中に隠伏する野獣を猟取するに如し。だから「公弋取彼在穴」という。
○注“除過”至“能雨也”。○正義曰:“除過”至“能雨也”者,雨者,以喻德之惠化也。除過差之道,在於文德,懷之,使其自服,弋而取之,是尚威武,尚威武即“密雲不雨”之義也。《象》曰:“密雲不雨”,已上也。陽巳上,故止也。[疏]正義曰:“巳上”者,釋所以“密雲不雨”也。以艮之陽爻,巳上於一卦之上而成止,故不上交而為雨也。
孔穎達はまた王弼の注の「除過」より「能雨也」に至る一句を疏す。正義に曰く:ここの「雨」は徳教の恩沢感化を喩うに用いる。過失偏差を消除するの正道は文徳に在り——徳行を用いて彼らを安撫し、彼らをして自然に帰服せしむ。いま却って純つきの箭を用いて猟取するは、あれは威武を崇尚す、威武を崇尚するはまさに「密雲不雨」の表明せんとする所の意である。経文《象伝》曰く:「密雲不雨」は陽気すでに上り去りたるがゆえである。王弼の注は、陽爻すでに上行せり、だから停止して動かずと解く。孔穎達の疏が曰く:「巳上」とは、何によらんか「密雲不雨」なるを解す——艮卦の陽爻すでに上昇して一卦の上位に至りて静止を形成す、だからもはや上向して交合して雨と成らず。
上六:弗遇過之,飛鳥離之,凶,是謂災眚。小人之過,遂至上極,過而不知限,至於亢也。過至於亢,將何所遇?飛而不已,將何所託?災自己致,復何言哉![疏]正義曰:上六處小過之極,是小人之過,遂至上極,過而不知限,至於亢者也。過至於亢,無所復遇,故曰“弗遇過之”也。以小人之身,過而弗遇,必遭羅網,其猶飛鳥,飛而無託,必離矰繳,故曰“飛鳥離之,凶”也。過亢離凶,是謂自災而致眚,復何言哉!故曰“是謂災眚”也。《象》曰:“弗遇過之”,已亢也。[疏]正義曰:“已亢”者,釋所以“弗遇過之”,以其已在亢極之地故也。
経文の上六爻辞に曰く:遇合する所なくして一味に逾越す、飛鳥は羅網に遭う、凶なり、これを災禍と言う。王弼の注は、小人の過失は一直に最上端に発展し、逾越して節限を知らず、亢極の地步に到達せり。逾越して亢極に到れば、また何をか遇う能く。一直に上りて飛びて停まらず、また何れの処に寄托せん。災禍は自ら招きたるにして、また何か言うべきと解く。孔穎達の疏が曰く:上六は小過の頂点に処り、まさに小人の過失が一直に最上端に発展し、逾越して節限を知らず、亢極に到達せり。逾越して亢極に到れば、便ち再び遇合する所なし。だから「弗遇過之」という。小人の身をもって、逾越して遇合する所なければ、必然に羅網に撞上す、飛鳥が飛びて栖托する処なく、必ず弋射の糸縄に網住せらるるに譬えたり。だから「飛鳥離之,凶」という。逾越亢極して凶険に遭遇す、これを自招災殃と言う、また何か言うべき。だから「是謂災眚」という。経文《象伝》曰く:「弗遇過之」はすでに亢極なるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「已亢」とは、何によらんか「弗遇過之」なるを解す——それはすでに身は亢極の地に在るの縁故による。
既済卦
離下坎上。既濟:亨小,利貞,初吉終亂。[疏]正義曰:“既濟,亨小,利貞,初吉終亂”者,濟者,濟渡之名,既者,皆盡之稱,萬事皆濟,故以“既濟”為名。既萬事皆濟,若小者不通,則有所未濟,故曰“既濟,亨小”也。小者尚亨,何況於大?則大小剛柔,各當其位,皆得其所。當此之時,非正不利,故曰“利貞”也。但人皆不能居安思危,慎終如始,故戒以今日。既濟之初,雖皆獲吉,若不進德脩業至於終極,則危亂及之,故曰“初吉終亂”也。
経文に曰く:既済卦は下体を離と為し上体を坎と為す。既済:細小の方面に至りて亨通す、貞に利あり、初めは吉祥にして終に乱を生ず。孔穎達の疏が曰く:「既済,亨小,利貞,初吉終乱」の「済」は渡過の名称、「既」は全都完成の説法である。万事すでに成就せり、だから「既済」と取名す。すでに万事皆成就せり、もし細小の一面なお通暢せざれば、すなわちいまだ成就せざるの処あり。だから「既済,亨小」という。小さきさえ亨通す、何を況んや大なるを。大小剛柔各々その位に当たり、皆適当の安頓を得るを見るべし。こうの時に処るは、正を守らざれば好処なし。だから「利貞」という。ただし人々は往々にして能く安に居りて危を思い、謹慎して底を尽くし開頭に如くする能わず、だから《経》文はここにて誡告を加う:既済の初は皆吉を獲るといえども、もし徳行を増進し事業を修治して最後に至る能わざれば、危乱は便ち到来せん。だから「初吉終乱」という。
《彖》曰:“既濟,亨”,小者亨也。既濟者,以皆濟為義者也。小者不遺,乃為皆濟,故舉小者,以明既濟也。[疏]正義曰:此釋卦名德,既濟之亨,必小者皆亨也,但舉小者,則大者可知,所以為既濟也。具足為文,當更有一“小”字,但既疊《經》文,略足以見,故從省也。“利貞”,剛柔正而位當也。剛柔正而位當,則邪不可以行矣,故唯正乃利貞也。[疏]正義曰:此就二、三、四、五並皆得正,以釋“利貞”也。剛柔皆正,則邪不可行,故惟正乃利貞也。
経文《彖伝》曰く:「既済,亨」は細小の方面に至りて亨通するを言う。王弼の注は、既済は「全都成就」をもって取義と為す。細小の一面も遺漏せざれば、初めて全都成就と算す。だから特に「小」を挙げて「既済」を顕明すと解く。孔穎達の疏が曰く:これは卦名と卦徳を解す——既済の亨通は、必ず細小なる者も一併に亨通せざるべからず。ただ小を挙出せば、大は自然に知るべし、これがすなわちいわゆる「既済」である。もし文句を写し足さば、本来更に一個の「小」の字を多くすべし。ただ《彖伝》は《経》文を畳述するに在り、簡略もまた以て意を見るに足る、だから省に従う。経文《彖伝》はまた曰く:「利貞」は剛柔各々その正を得て爻位が相当なるがゆえである。王弼の注は、剛柔各正・爻位相当なれば、邪僻は施行する由なし。だからただ正を守るのみ「利貞」を談ずべしと解く。孔穎達の疏が曰く:これは九二・九三・六四・九五の皆各々その正を得るに就き、「利貞」を解す。剛柔皆端正なれば、邪僻は便ち施行する由なし。だからただ正を守るのみ利あり。
“初吉”,柔得中也。“終”止則“亂”,其道窮也。柔得中,則小者亨也。柔不得中,則小者未亨。小者未亨,雖剛得正,則為未既濟也。故既濟之要,在柔得中也。以既濟為安者,道極無進,終唯有亂,故曰:“初吉終亂。”終亂不為自亂,由止故亂,故曰“終止則亂”也。[疏]正義曰:“初吉,柔得中”者,此就六二以柔居中,釋“初吉”也。以柔小尚得其中,則剛大之理,皆獲其濟。物無不濟,所以為吉,故曰“初吉”也。終止則亂,其道窮者,此正釋戒。若能進脩不止,則既濟無終。既濟終亂,由止故亂。終止而亂,則既濟之道窮矣,故曰“終止則亂,其道窮”也。
経文《彖伝》曰く:「初吉」は柔爻が中位に居るを得るがゆえである。終了に至りて停滞し下れば便ち乱を生ず、あれはその道が尽頭に走到せるなり。王弼の注は、柔爻は中を得れば、細小の一面は便ち亨通す。柔爻は中を得ざれば、細小の一面は便ち亨通せず。細小の亨通せざれば、たとい剛爻は正を得るも、あれは既済と算上するに足らず。だから既済の関鍵は柔爻の中を得るに在り。もし既済を安享すべきの境地と当成せば、道路は極点に到りて更に前進せず、最後には便ちただ乱のみ残る。だから「初吉終乱」という。終了の乱は自ら端無く乱を生ずるにあらず、停滞によりて初めて乱を生ず。だから「終止則乱」というと解く。孔穎達の疏が曰く:「初吉,柔得中」とは、これは六二の柔をもって中に居るに就きて「初吉」を解す。柔小の一面は尚かつその中道を得る能く、すなわち剛大の一面は自然に皆成就す。万物に成就せざるなし、だから吉祥なり。だから「初吉」という。「終止則乱,其道窮」とは、これがまさに上文の誡告を解す:もし能く停まらずして徳を進め業を修めば、既済は終結なし。既済の終了して乱を生ずる所以は、停滞によりて初めて乱を生ずるによる。終了停滞して乱を致せば、既済の道もまた窮尽す。だから「終止則乱,其道窮」という。
《象》曰:水在火上,既濟。君子以思患而豫防之。存不忘亡,既濟不忘未濟也。[疏]正義曰:水在火上,炊爨之象,飲食以之而成,性命以之而濟,故曰“水在火上,既濟”也。但既濟之道,初吉終亂,故君子思其後患,而豫防之。
経文《象伝》曰く:水は火の上に在り、これが既済卦である。君子はこれに取法して、禍患を予想して事先に防備す。王弼の注は、生存の時に覆亡を忘れず、既済の時に処りて未済の日を忘れずと解く。孔穎達の疏が曰く:水は火上に在るは、火を焼きて飯を煮るの物象で、飲食はこれに倚りて作り成さる、性命はこれに倚りて養うを得る。だから「水在火上,既済」という。ただし既済の道は初めは吉祥にして終に乱を生ず、だから君子は日後の禍患を予想して、事先に防備を加う。
初九:曳其輪,濡其尾,無咎。最處既濟之初,始濟者也。始濟未涉於燥,故輪曳而尾濡也。雖未造易,心無顧戀,志棄難者也。其為義也,無所咎也。[疏]正義曰:初九處既濟之初,體剛居中,是始欲濟渡也。始濟未涉於燥,故輪曳而尾濡,故云“曳其輪,濡其尾”也。但志在棄難,雖復曳輪濡尾,其義不有咎,故云“無咎”。《象》曰:“曳其輪”,義無咎也。
経文の初九爻辞に曰く:車輪を拖住し、尾巴を沾湿せるも、過なし。王弼の注は、初九は既済の最開頭に処り、剛に水を渡る人である。剛に水を渡る時はいまだ乾地に走上せず、だから車輪は拖曳し尾巴は沾湿す。いまだ平易の地に到達せざるといえども、心裏は却って毫も留恋なく、これは決意して険難を拋開する人である。この層の意に就きて言えば、責怪すべきことなしと解く。孔穎達の疏が曰く:初九は既済の初めに処り、本体剛健にして下体の中に居るは、剛に水を渡らんとするの時である。剛に水を渡る時はいまだ乾処に踏上せず、だから車輪は拖曳し尾巴は沾湿す、それゆえ「曳其輪,濡其尾」と曰う。しかしその心志は険難を拋開するに在り、たとい車輪を拖き尾巴を沾湿すとも、道理に就きて言えば咎責なし。だから「无咎」という。経文《象伝》曰く:「曳其輪」は道理に就きて言えば過なし。
六二:婦喪其茀,勿逐,七日得。居中履正,處文明之盛,而應乎五,陰之光盛者也。然居初、三之間,而近不相得,上不承三,下不比初。夫以光盛之陰,處於二陽之間,近而不相得,能無見侵乎?故曰“喪其茀”也。稱“婦”者,以明自有夫,而它人侵之也。茀,首飾也。夫以中道執乎貞正,而見侵者,眾之所助也。處既濟之時,不容邪道者也。時既明峻,眾又助之,竊之者逃竄而莫之歸矣。量斯勢也,不過七日,不須已逐,而自得也。
経文の六二爻辞に曰く:婦人はその首飾を丟失す、追尋するを要せず、七天の後自ら失われて復た得られん。王弼の注は、六二は中に居りて正を履み、文明の徳の隆盛の中に処り、また九五と相応す、陰爻中の光華最盛なり。しかしそれは初九と九三の間に夾まれ、相隣の爻とは相得ず——上りて九三を承奉せず、下りて初九に親比せず。こうの光華隆盛の陰爻をもって、両陽爻の間に処り、靠りて近きにして彼此相得ず、能く侵奪に遭わざらんや。だから「喪其茀」という。これを「婦」と称するは、彼女は自ら丈夫あるを表明せんと欲し、しかして別人の来たりて侵奪す。「茀」は婦人の首飾である。およそ中道をもって貞正を持守して侵奪を遭受する者は、衆人皆来たりてこれを帮助す。何を況んや既済の時に処り、もとより邪僻の道を容許せず。時世すでに清明厳峻にして、衆人また来たりて相助け、偸窃の人はただ逃匿して帰身する処なきのみ。この形勢を估量すれば、七天を出でず、自ら追尋するを用いずして失われて復た得られんと解く。
[疏]“六二”至“七日得”。○正義曰:“婦喪其茀,勿逐,七日得”者,茀者,婦人之首飾也。六二居中履正,處文明之盛,而應乎五,陰之光盛者也,然居初、三之間,而近不相得。夫以光盛之陰,處於二陽之間,近而不相得,能無見侵乎?故曰“婦喪其茀”。稱“婦”者,以明自有夫,而他人侵之也。夫以中道執乎貞正,而見侵者,物之所助也。處既濟之時,不容邪道者也。時既明峻,眾又助之,竊之者逃竄而莫之歸矣。量斯勢也,不過七日,不須已逐而自得,故曰:“勿逐,七日得”。《象》曰:“七日得”,以中道也。[疏]正義曰:“以中道”者,釋不須追逐而自得者,以執守中道故也。
孔穎達の疏は「六二」より「七日得」に至るこの一段を解す。正義に曰く:「婦喪其茀,勿逐,七日得」の「茀」は婦人の首飾である。六二は中に居りて正を履み、文明の徳の隆盛の中に処り、また九五と相応す、陰爻中の光華最盛なり。しかしそれは初九と九三の間に夾まれ、相隣の爻とは相得ず。こうの光華隆盛の陰爻をもって、両陽爻の中間に処り、靠りて近きにして互相に相得ず、能く侵奪に遭わざらんや。だから「婦喪其茀」という。これを「婦」と称するは、彼女は自ら丈夫ありて他人に侵奪せらるるを表明せんと欲す。およそ中道をもって貞正を持守して侵奪を遭る者は、衆人皆来たりて援助す。何を況んや既済の時に処り、もとより邪僻の道を容さず。時世すでに清明厳峻にして、衆人また来たりて相助け、偸窃者はただ逃匿して帰身する処なきのみ。この形勢を估量すれば、七天を出でず、自ら追尋するを用いずして失われて復た得られん。だから「勿逐,七日得」という。経文《象伝》曰く:「七日得」は中道を持守するがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「以中道」とは、何によらんか追尋を要せずして自然に復得するを解す——六二の能く中道を執守するの縁故による。
九三:高宗伐鬼方,三年克之,小人勿用。處既濟之時,居文明之終,履得其位,是居衰末而能濟者,“高宗伐鬼方,三年乃克”也。君子處之,故能興也,小人居之,遂喪邦也。[疏]正義曰:“高宗伐鬼方,三年克之”者,高宗者,殷王武丁之號也,九三處既濟之時,居文明之終,履得其位,是居衰末,而能濟者也。高宗伐鬼方,以中興殷道,事同此爻,故取譬焉。高宗德實文明,而勢甚衰憊,不能即勝,三年乃克,故曰“高宗伐鬼方,三年克之”也。“小人勿用”者,勢既衰弱,君子處之,能建功立德,故興而復之,小人居之,日就危亂,必喪邦也,故曰“小人勿用”。《象》曰:“三年克之”,憊也。[疏]正義曰:“憊也”者,以衰憊之故,故三年乃克之。
経文の九三爻辞に曰く:殷の高宗は鬼方を討伐し、三年を用いて初めて攻克す、小人を任用すべからず。王弼の注は、九三は既済の時に処り、離体文明の徳の末尾に居り、居るところの位またその正を得る、まさに身は衰敗の末に処りて仍お能く成就ある人である、「高宗伐鬼方,三年乃克」のごとし。この位置は君子の居るによりて、だから能く振興す。小人の居るによりては、便ち亡国せんと解く。孔穎達の疏が曰く:「高宗伐鬼方,三年克之」の「高宗」は殷王武丁の廟号である。九三は既済の時に処り、文明の徳の末尾に居り、居るところは位を得る、まさに身は衰末に処りて能く成ある人である。高宗の鬼方を討伐して、それにより殷商の道を中興せしは、事は此爻と相同じ。だから取りて比と作す。高宗の徳行は確かに文明なれども、国勢は十分に衰敗疲憊して、立刻に取勝する能わず、三年を打ちて初めて攻克す。だから「高宗伐鬼方,三年克之」という。「小人勿用」とは、国勢すでに衰弱せば、君子この位置に処れば、能く功を建て徳を立て、だから能く国家をして振興恢復せしむ。小人この位置に処れば、便ち一天天として危乱に走向し、必ず亡国す。だから「小人勿用」という。経文《象伝》曰く:「三年克之」は疲憊なるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「憊也」とは、まさに国力衰敗疲憊するに因りて、だから三年を打つを要して初めて攻克しうる。
六四:繻有衣袽,終日戒。繻宜曰濡,衣袽,所以塞舟漏也。履得其正,而近不與三、五相得。夫有隙之棄舟,而得濟者,有衣袽也。鄰於不親,而得全者,終日戒也。[疏]正義曰:“繻有衣袽,終日戒”者,王注云“繻,宜曰濡,衣袽,所以塞舟漏”者也。六四處既濟之時,履得其位,而近不與三五相得,如在舟而漏矣。而舟漏則濡溼,所以得濟者,有衣袽也。鄰於不親,而得全者,終日戒也,故曰“繻有衣袽,終日戒”也。《象》曰:“終日戒”,有所疑也。[疏]正義曰:“有所疑”者,釋所以“終日戒”,以不與三、五相得,懼其侵克,有所疑故也。
経文の六四爻辞に曰く:船は漏りて水入る時に旧布碎絮を備有し、整天戒備を保持す。王弼の注は、「繻」はまさに「濡」と読むべし、「衣袽」は船漏を堵塞するに用いるの破布旧絮である。六四の居るところは正を得るも、隣近の九三・九五と皆相得ず。裂縫あるの破船は仍お能く河を渡り去るは、頼るところは堵漏の破絮あるなり。隣爻と相親しまざれども仍お能く保全するは、頼るところは整天戒備するなりと解く。孔穎達の疏が曰く:「繻有衣袽,終日戒」とは、王弼の注は「繻」は「濡」と読むべしと解し、「衣袽」は船漏を堵塞するの旧絮である。六四は既済の時に処り、居るところは位を得るも、隣近の九三・九五と相得ず、船に乗りて船すでに水漏るるに譬えたり。船漏れば便ち浸湿せん、仍お能く渡り去る所以は、堵漏の破絮を備有するがゆえ。隣爻と相親しまざれども能く保全するは、整天戒備するがゆえ。だから「繻有衣袽,終日戒」という。経文《象伝》曰く:「終日戒」は心に疑慮あるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「有所疑」とは、何によらんか「終日戒」なるを解す——それは九三・九五と皆相得ず、侵犯に遭うを害怕し、心裏に疑慮を存するの縁故による。
九五:東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,實受其福。牛,祭之盛者也。禴,祭之薄者也。居既濟之時,而處尊位,物皆盛矣,將何為焉?其所務者,祭祀而已。祭祀之盛,莫盛脩德,故沼沚之毛,蘋蘩之菜,可羞於鬼神,故“黍稷非馨,明德惟馨”,是以“東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,實受其福”也。
経文の九五爻辞に曰く:東辺の隣国は牛を宰して盛祭するも、西辺の隣国の薄祭の禴祀を挙行するに如かず、かえって真に神明の福佑を承受す。王弼の注は、牛は祭品中の最も豊盛なる、禴は祭礼中の最も微薄なる。九五は既済の時に処りて尊位に居り、万物すでに皆豊盛完備す、また能く何をか為さん。それの致力せんとする所は、ただ祭祀のみあり。しかして祭祀の隆盛は、徳行を修養するより隆盛なるなし。だから《左伝》に池沼水辺の野草・蘋蘩の類の菜蔬は、皆鬼神に進献すべしと曰い、《尚書》もまた黍稷の香気は真香と算せず、光明の徳行は初めて真の芬芳なりと曰う。それゆえ「東隣殺牛,不如西隣之禴祭,実受其福」と曰うと解く。
[疏]“九五東鄰”至“受其福”。○正義曰:牛,祭之盛者也。禴,殷春祭之名,祭之薄者也。九五居既濟之時,而處尊位,物既濟矣,將何為焉?其所務者,祭祀而已。祭祀之盛,莫盛脩德。九五履正居中,動不為妄,脩德者也。苟能脩德,雖薄可饗。假有東鄰不能脩德,雖復殺牛至盛,不為鬼神歆饗;不如我西鄰禴祭雖薄,能脩其德,故神明降福,故曰“東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,實受其福”也。○注“沼沚之毛”至“鬼神”。○正義曰:“沼沚之毛,蘋蘩之菜,可羞於鬼神”者,並略《左傳》之文也。
孔穎達の疏は「九五東隣」より「受其福」に至るこの一段を解す。正義に曰く:牛は祭品中の最も豊盛なる、そして「禴」は殷代の春祭の名称にして、微薄の祭礼に属す。九五は既済の時に処りて尊位に居り、万事すでに皆成就せり、また能く何をか為さん。致力せんとする所はただ祭祀のみあり。しかして祭祀の隆盛は、徳行を修養するより隆盛なるなし。九五は正を履み中に居り、一挙一動皆虚妄ならず、まさに能く徳を修むる人である。ただ能く徳を修めば、祭品は薄きといえども神霊に歆享せられん。仮令東辺の隣国は能く徳を修めざれば、たとい牛を宰して盛祭を極点に致すとも、鬼神は来たりて享用せず。かえって我が西辺の隣国の禴祭は微薄なれども、能く徳行を修養するに如かず、だから神明は福佑を降下す。それゆえ「東隣殺牛,不如西隣之禴祭,実受其福」と曰う。孔穎達はまた王弼の注の「沼沚之毛」より「鬼神」に至るを疏して曰く:「沼沚之毛,蘋蘩之菜,可羞於鬼神」とは、皆《左伝》裡の文句を節略して来りたるなり。
《象》曰:東鄰殺牛,不如西鄰之時也。在於合時,不在於豐也。[疏]正義曰:“不如西鄰之時”者,神明饗德,能脩德致敬,合於祭祀之時雖薄降福,故曰時也。○注“在於合時”。○正義曰:“在於合時”者,《詩》云:“威儀孔時”。言周王廟中,群臣助祭,並皆威儀肅敬,甚得其時。此合時之義,亦當如彼也。“實受其福”,吉大來也。[疏]正義曰:“吉大來”者,非惟當身,福流後世。
経文《象伝》曰く:東隣は牛を宰して盛祭するも、西隣の能く祭祀の時に合するに如かず。王弼の注は、緊要なるは時宜に合するに在り、祭品の豊厚に在らずと解く。孔穎達の疏が曰く:「不如西隣之時」とは、神明はただ徳行を歆享するのみ。能く徳行を修養し恭敬に致祭し、祭祀の時に合せば、祭品は薄きといえども照様に福を降す。だから《象伝》は一個の「時」の字を説く。孔穎達はまた王弼の注の「在於合時」を疏して曰く:《詩経》裡に「威儀孔時」と曰うは、周王の宗廟の中にて群臣が助祭し、個個威儀粛穆恭敬にして、甚だその時に合するを講ず。ここの「合時」の意思も、まさに《詩経》のあの句と同じくすべし。経文《象伝》はまた曰く:「実受其福」は吉慶が大いに到来するを言う。孔穎達の疏が曰く:「吉大来」とは、福沢はただ本身に及ぶにあらず、また後世に流伝せんと欲するを言う。
上六:濡其首,厲。處既濟之極,既濟道窮,則之於未濟,之於未濟,則首先犯焉。過惟不巳,則遇於難,故濡其首也。將沒不久,危莫先焉。[疏]正義曰:上六處既濟之極,則反於未濟。若反於未濟,則首先犯焉。若進而不已,必遇於難,故濡其首也。既被濡首,將沒不久,危莫先焉,故曰:“濡其首,厲”也。《象》曰:“濡其首,厲”,何可久也?[疏]正義曰:“何可久”者,首既被濡,身將陷沒,何可久長者也。
経文の上六爻辞に曰く:頭までも水に浸湿せられ、危険なり。王弼の注は、上六は既済の頂点に処り、既済の道は尽頭に走到せば、便ち未済に転向せんとす。一たび未済に転向せば、頭部は首先に冲犯を受く。過度にして停止せざれば、便ち険難に遭遇せん、だから頭は浸湿せらる。こうして淹沒より離るることすでに遠からず、これより更に危険なるなしと解く。孔穎達の疏が曰く:上六は既済の極点に処り、便ち未済に返回せんとす。一旦未済に返回せば、頭部は首先に冲犯を受く。もし一味に前進して止まざれば、必ず険難に遭遇す、だから頭は浸湿せらる。頭すでに浸湿せれば、淹沒より離るること便ち久しからず、これより更に危険なるなし。だから「濡其首,厲」という。経文《象伝》曰く:「濡其首,厲」、どうして能く長久ならんや。孔穎達の疏が曰く:「何可久」とは、頭すでに水に浸湿せられれば、身子は便ち陷没し下らん、何れの処にか仍お能く長久ならん。
未済卦
坎下離上。未濟:亨,小狐汔濟,濡其尾,無攸利。[疏]正義曰:“未濟,亨”者,“未濟”者,未能濟渡之名也。未濟之時,小才居位,不能建功立德,拔難濟險。若能執柔用中,委任賢哲,則未濟有可濟之理,所以得通,故曰“未濟,亨”。“小狐汔濟,濡其尾,無攸利”者,汔者,將盡之名。小才不能濟難,事同小狐雖難渡水,而無餘力,必須水汔,方可涉川。未及登岸,而濡其尾,濟不免濡,豈有所利?故曰“小狐汔濟,濡其尾,無攸利”也。
経文に曰く:未済卦は下体を坎と為し上体を離と為す。未済:亨通す。小狐狸は河水まさに乾きなんとする時に乗じて渡河するも、却って尾巴を沾湿せり、何の好処もなし。孔穎達の疏が曰く:「未済,亨」の「未済」はいまだ能く渡過せざるの名称である。未済の時に処るは、才具短小の人が高位を占據し、能く功業徳行を建立せず、禍難を拔除し険艱を済渡する能わず。しかしもし能く柔順を持守し中道を施用して、事を賢能明哲の士に托付せば、すなわち未済の中に成就すべきの道理を含む、それにより能く通達す。だから「未済,亨」という。「小狐汔済,濡其尾,无攸利」の「汔」はまさに乾尽せんとするの意である。才具短小の人は禍難を済渡する能わず、情形は便ち小狐狸と同じく、水を渡らんと欲するといえども、多餘の気力なく、必ず河水のまさに乾きなんとするを待ちて初めて敢えて河を過ぐ。結果はいまだ岸に登らざるに、尾巴すでに沾湿し、渡河は終に湿身を免れず、何の好処をか談ぜん。だから「小狐汔済,濡其尾,无攸利」という。
《彖》曰:“未濟,亨”,柔得中也。以柔處中,不違剛也。能納剛健,故得亨也。[疏]正義曰:此就六五以柔居中,下應九二,釋“未濟”所以得“亨”,柔而得中,不違剛也。與二相應,納剛自輔,故於未濟之世,終得亨通也。“小狐汔濟”,未出中也。小狐不能涉大川,須汔然後乃能濟。處未濟之時,必剛健拔難,然後乃能濟,汔乃能濟,未能出險之中。[疏]正義曰:“小狐汔濟,未出中也”者,釋小狐涉川,所以必須水汔乃濟,以其力薄,未能出險之中故也。
経文《彖伝》曰く:「未済,亨」は柔爻が中位に居るを得るがゆえである。王弼の注は、柔順の徳をもって中位に居り、剛健の爻に違逆せず、能く剛健者を接納す、だから亨通を得ると解く。孔穎達の疏が曰く:これは六五の柔をもって中に居り、下りて九二と相応ずるに就き、「未済」が何によらんか「亨」しうるを解す——柔順にして中を得て、剛爻と相違せず。また九二と相応して、剛爻を接納して自己を輔助せしむ。だから未済の時代に在りて、最終に仍お能く亨通す。経文《彖伝》はまた曰く:「小狐汔済」はいまだ険中を走出せざるを言う。王弼の注は、小狐狸は大河を渡る能わず、必ず水のまさに乾きなんとするを待ちて初めて過ぐる能く。未済の時に処るは、一定に剛健の力に倚りて禍難を拔除し、然る後に初めて能く成就す。いま水の乾くを待ちて初めて勉强して渡るを得るは、いまだ険難の中を走出せざるを見るべしと解く。孔穎達の疏が曰く:「小狐汔済,未出中也」とは、小狐の河を渡るの何によらんか必ず水のまさに乾きなんとするを待ちて敢えて過ぐるを解す——それは気力単薄にして、仍お能く険難の中を走出せざるがゆえ。
“濡其尾,無攸利”,不續終也。小狐雖能渡而無餘力。將濟而濡其尾,力竭於斯,不能續終。險難猶未足以濟也。濟未濟者,必有餘力也。[疏]正義曰:濡尾力竭,不能相續而終,至於登岸,所以無攸利也。雖不當位,剛柔應也。位不當,故未濟。剛柔應,故可濟。[疏]正義曰:“雖不當位,剛柔應”者,重釋未濟之義,凡言未者,今日雖未濟,復有可濟之理。以其不當其位,故即時未濟;剛柔皆應,是得相拯,是有可濟之理。故稱“未濟”,不言“不濟”也。
経文《彖伝》曰く:「濡其尾,无攸利」は気力が終点に接続するに及ばざるがゆえである。王弼の注は、小狐狸は能く渡るといえども、多餘の気力なし。まさに岸辺に渡り到らんとして却って尾巴を沾湿す、気力は便ちここにて用尽し、最後に接続する能わず。険難は畢竟仍おこれに渡られしむるに足らず——能く未済の局を済渡する人は、必ず餘力を留有せざるべからずと解く。孔穎達の疏が曰く:尾巴沾湿して気力用尽し、能く底まで接続せず一直に岸に登上する能わず、だから何の好処もなし。経文《彖伝》はまた曰く:爻位は当たらざるといえども、剛柔は却って彼此相応ず。王弼の注は、爻位当たらざれば、だから未済なり。剛柔相応ずれば、だから仍お成就の可能ありと解く。孔穎達の疏が曰く:「雖不当位,剛柔応」とは、再び「未済」の含義を解す:およそ「未」と曰う者は、皆今日はいまだ成就せざるも、日後に仍お成就すべきの道理あるを表示す。爻位当たらざるに因りて、だらく当下はいまだ成就せず。しかして剛柔各爻皆相応ずれば、便ち能く互相に拯救す、これ便ち成就すべきの道理あり。だから「未済」と称して「不済」と曰わず。
《象》曰:火在水上,未濟。君子以慎辨物居方。辨物居方,令物各當其所也。[疏]正義曰:“火在水上未濟”者,火在水上,不成烹飪,未能濟物。故曰“火在水上,未濟”。“君子以慎辨物居方”者,君子見未濟之時,剛柔失正,故用慎為德,辨別眾物,各居其方,使皆得安其所,所以濟也。
経文《象伝》曰く:火は水の上に在り、これが未済卦である。君子はこれに取法して、謹慎に事物を辨別しそれら各自の方位を安置す。王弼の注は、事物を辨別し方位を安置するは、毎一様の物をして皆その所を得しむるに就くと解く。孔穎達の疏が曰く:「火在水上未済」とは、火は水の上に在り、食物を煮熟する能わず、万物を済成するの功を成す能わず。だから「火在水上,未済」という。「君子以慎辨物居方」とは、君子は未済の時に剛柔各々その正を失うを見て、だから謹慎をもって徳行と為し、衆物を辨別し、それらをして各々その位に居らしめ、皆その所在に安んずる能く、こうして初めて未済より成就に走向する能く。
初六:濡其尾,吝。處未濟之初,最居險下,不可以濟者也。而欲之其應,進則溺身。未濟之始,始於既濟之上六也。濡其首猶不反,至於濡其尾,不知紀極者也。然以陰處下,非為進亢,遂其志者也。困則能反,故不曰凶。事在已量,而必困乃反,頑亦甚矣,故曰“吝”也。
経文の初六爻辞に曰く:尾巴を沾湿せり、憾惜あり。王弼の注は、初六は未済の開頭に処り、険体の最下方に居るは、渡り去る能わざるなり。しかして往きて自己の応爻に依就せんと欲す、一たび前進せば便ち己身を淹没せん。未済の開端は、まさに既済卦の上六を接続して来たる。既済の上六はすでに「濡其首」にして尚お回頭を知らず、いま「濡其尾」の地步に到る、いわば限度を知らずと言うべし。ただしそれは陰爻をもって下位に居り、決して一味に亢進してその私志を遂げんとする人にあらず、困住せば仍お能く回頭す、だから爻辞は「凶」と曰わず。事はもとより自己の估量すべきの範囲内に在るも、却って必ず困住するを待ちて初めて回頭せんとす、未免あまりに愚頑なり。だから「吝」というと解く。
[疏]“初六”至“吝”。○正義曰:初六處未濟之初,最居險下,而欲上之其應,進則溺身,如小狐之渡川,濡其尾也。未濟之始,始於既濟之上六也。既濟上六,但云“濡其首”,言始入於難,未沒其身。此言“濡其尾”者,進不知極,巳沒其身也。然以陰處下,非為進亢,遂其志者也。困則能反,故不曰凶。不能豫昭事之幾萌,困而後反,頑亦甚矣,故曰“吝”也。○注“不知紀極”。○正義曰:“不知紀極”者,《春秋傳》曰“聚斂積實,不知紀極,謂之饕餮”,言無休已也。《象》曰:“濡其尾”,亦不知極也。[疏]正義曰:“亦不知極”者,未濟之初,始於既濟之上六,濡首而不知,遂濡其尾,故曰“不知極”也。
孔穎達の疏は「初六」より「吝」に至るこの一段を解す。正義に曰く:初六は未済の初めに処り、険体の最下方に居るも、却って上りて往きて応爻に依就せんと欲す。一たび前進せば便ち己身を淹没せん、小狐が河を渡りて尾巴を沾湿せるに似たり。未済の開端は、まさに既済卦の上六を接続して来たる。既済の上六はただ「濡其首」と曰うは、剛に険難に陷入して、身子はいまだ淹没せざるを言う。ここに「濡其尾」と曰うは、則ち前進して限度を知らず、身子すでに淹没せり。ただしそれは陰爻をもって下位に居り、一味に亢進してその私志を遂げんとする人に非ず、困住せば仍お能く回頭す、だから「凶」と曰わず。ただし能く予め事の苗头を察見せず、必ず困住したる後に初めて回頭せんとす、未免あまりに愚頑なり。だから「吝」という。孔穎達はまた王弼の注の「不知紀極」を疏して曰く:「不知紀極」とは、《春秋左氏伝》に「聚斂積実,不知紀極,謂之饕餮」と講ず、意は貪求して休止なきを言う。経文《象伝》曰く:「濡其尾」もまた限度を知らざるなり。孔穎達の疏が曰く:「亦不知極」とは、未済の開頭は既済の上六を接続して来たり、上六は頭を浸湿して尚お覚悟せず、ここにおいて又尾巴を浸湿す、だから「不知極」という。
九二:曳其輪,貞吉。體剛履中,而應於五,五體陰柔,應與而不自任者也。居未濟之時,處險難之中,體剛中之質,而見任與,拯救危難,經綸屯蹇者也。用健拯難,靖難在正,而不違中,故“曳其輪,貞吉”也。[疏]正義曰:“曳其輪,貞吉”者,九二居未濟之時,處險難之內,體剛中之質,以應於五。五體陰柔,委任於二,令其濟難者也。經綸屯蹇,任重憂深,故曰“曳其輪”。“曳其輪”者,言其勞也。靖難在正,然後得吉,故曰“曳其輪,貞吉”也。《象》曰:“九二”“貞吉”,中以行正也。位雖不正,中以行正也。[疏]正義曰:“中以行正”者,釋九二失位而稱貞吉者,位雖不正,以其居中,故能行正也。
経文の九二爻辞に曰く:沈重の車輪を拖着して前行す、正を守れば吉。王弼の注は、九二は本体剛健にして中位に居り、六五と相応す。六五は本体陰柔にして、ただ応和授任するを肯んじて自己担負せず。九二は未済の時に処り、身は険難の中に在り、剛健守中の資質を具備して委任を受け、往きて危難を拯救し、艱屯困頓の局面を経営治理す。剛健の力を用いて禍難を拯救するに、しかして禍難を平定するの関鍵は正を守るに在り、また中道に違背せず。だから「曳其輪,貞吉」というと解く。孔穎達の疏が曰く:「曳其輪,貞吉」とは、九二は未済の時に処り、身は険難の内に在り、剛健守中の資質を具備し、上りて六五と相応す。六五は本体陰柔にして、事を九二に委託して、これをして禍難を済渡せしむ。艱屯困頓の局面を経営治理するは、責任重大にして憂慮深遠なり。だから「曳其輪」という——「曳其輪」はまさにその労苦を形容す。禍難を平定するは正を守るに倚りて、然る後に初めて能く吉を得る。だから「曳其輪,貞吉」という。経文《象伝》曰く:九二の「貞吉」たる所以は、中に居りて能く正を行うがゆえである。王弼の注は、爻位は正ならざるといえども、中に居るに因りて能く正を行うと解く。孔穎達の疏が曰く:「中以行正」とは、九二が明明位を失うも「貞吉」と称するを解す——爻位は端正ならざるといえども、それは中位に居るに因りて、だから能く正道を行う。
六三:未濟,征凶。利涉大川。以陰之質,失位居險,不能自濟者也。以不正之身,力不能自濟,而求進焉,喪其身也。故曰“征凶”也。二能拯難,而已比之,棄已委二,載二而行,溺可得乎?何憂未濟,故曰“利涉大川”。[疏]正義曰:“未濟征凶”者,六三以陰柔之質,失位居險,不能自濟者也。身既不能自濟,而欲自進求濟,必喪其身。故曰“未濟,征凶”也。“利涉大川”者,二能拯難,而已比之,若能棄已委二,則沒溺可免,故曰“利涉大川”。《象》曰:“未濟,征凶”,位不當也。[疏]正義曰:“位不當”者,以不當其位故有征則凶。
経文の六三爻辞に曰く:未済の中に処る、出征すれば凶あり。大河を渡るに利あり。王弼の注は、六三は陰柔の資質をもって、位を失いて身は険体に処す、能く自ら成就するにあらず。正ならざるの身をもって、力量は自ら救うに足らず、しかして仍お進を求るを要す、必ず身を喪わん。だから「征凶」という。しかし九二は能く禍難を拯救し、しかして六三はこれと相隣親比す。ただ自己を放下して九二に托付し、九二をして自己を載せて前行せしめば、また淹渕せんや。すなわち成就せざるを憂慮するを要せず。だから「利渉大川」というと解く。孔穎達の疏が曰く:「未済征凶」とは、六三は陰柔の資質をもって、位を失いて険中に居り、能く自ら成就せず。自身すでに能く自ら救わざるに、却って独り前進して成を求めんと欲す、必ず身を喪わん。だから「未済,征凶」という。「利渉大川」とは、九二は能く禍難を拯救し、しかして六三はこれと親比す。もし能く自己を放下して九二に托付せば、便ち沉溺を免るるを得る。だから「利渉大川」という。経文《象伝》曰く:「未済,征凶」は爻位の当たらざるがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「位不当」とは、まさにその居るところの位が当たらざるに因りて、だから一たび出征あらば便ち凶なり。
九四:貞吉,悔亡。震用伐鬼方,三年有賞于大國。處未濟之時,而出險難之上,居文明之初,體乎剛質,以近至尊。雖履非其位,志在乎正,則吉而悔亡矣。其志得行,靡禁其威,故曰“震用伐鬼方”也。“伐鬼方”者,興衰之征也。故每至興衰而取義焉。處文明之初,始出於難,其德未盛,故曰“三年”也。五居尊以柔,體乎文明之盛,不奪物功者也,故以大國賞之也。
経文の九四爻辞に曰く:正を守れば吉、悔恨亡ぶ。威勢を奮起して鬼方を討伐し、三年の後大國の封賞を受く。王弼の注は、九四は未済の時に処り、すでに険難の上を走出し、離体文明の徳の開端に居り、本体は剛健の質にして、また至尊の位に逼近す。それは居るところは応有の正位にあらざるといえども、心志は正を守るに在り、ここにおいて吉祥にして悔恨亡ぶ。その心志は施行するを得、威勢は阻拦すべきなし。だから「震用伐鬼方」という。「伐鬼方」とは、国運が衰より興に転ずるの徴象で、だから興衰の際に逢う毎にこの事を取りて義を立つ。九四は文明の徳の開端に処り、剛々に険難を脱出せり、徳業はいまだ隆盛ならず、だから「三年」を要して初めて能く取勝す。六五は柔順の徳をもって尊位に居り、文明の徳の隆盛を体現し、他人の功労を掠夺せず、だから大國をもって九四に賞賜すと解く。
[疏]正義曰:居未濟之時,履失其位,所以為悔。但出險難之外,居文明之初,以剛健之質,接近至尊,志行其正,正則貞吉而悔亡,故曰貞吉、悔亡。正志既行,靡禁其威,故震發威怒,用伐鬼方也。然處文明之初,始出於險,其德未盛,不能即勝,故曰“三年”也。五以順柔文明而居尊位,不奪物功。九四既克而還,必得百里大國之賞,故曰“有賞于大國”也。《象》曰:“貞吉,悔亡”,志行也。[疏]正義曰:“志行”者,釋九四失位而得“貞吉悔亡”者也。以其正志得行,而終吉故也。
孔穎達の疏が曰く:九四は未済の時に処り、居るところはその正位を失う、それゆえ本来悔あるべし。しかしそれはすでに険難の外を走出し、文明の徳の開端に居り、剛健の資質をもって至尊の位に接近し、心志は正道を推行するに在り。すでに正を守れば、便ち貞吉にして悔恨亡ぶ。だから爻辞に「貞吉」「悔亡」と曰う。正当の志向すでに施行せられれば、威勢は便ち阻拦すべきなし。だから威怒を奮発し、兵を用いて鬼方を討伐す。しかしそれは文明の徳の開端に処り、剛々に険境を脱出せり、徳業はいまだ隆盛ならず、能く立刻に取勝する能わず。だから「三年」という。六五は柔順文明の徳をもって尊位に居り、他人の功労を掠夺せず。九四が得勝して帰来せば、必ず方円百里の大國の賞を得る。だから「有賞於大國」という。経文《象伝》曰く:「貞吉,悔亡」は心志が施行するを得るがゆえである。孔穎達の疏が曰く:「志行」とは、九四が位を失うも能く「貞吉悔亡」を獲得するを解す——その端正の志向が施行するを得るに因りて、だから終に能く吉を獲る。
六五:貞吉,無悔。君子之光,有孚,吉。以柔居尊,處文明之盛,為未濟之主,故必正然後乃吉,吉乃得無悔也。夫以柔順文明之質,居於尊位,付與於能,而不自役,使武以文,御剛以柔,斯誠君子之光也。付物以能,而不疑也,物則竭力,功斯克矣,故曰:“有孚,吉。”
経文の六五爻辞に曰く:正を守れば吉、悔恨なし。これは君子の光輝にして、誠信を懐き、吉祥なり。王弼の注は、六五は柔爻をもって尊位に居り、文明の徳の隆盛の中に処るは、未済の卦の主爻なり。だから必ず正を守りて然る後に初めて吉、吉して初めて能く悔恨なからしむ。柔順文明の資質をもって尊位に居り、事を才能ある人に交付して自ら労役せず、文徳を用いて武力を駕馭し、柔順を用いて剛強を統御す、これは実に君子の光輝なり。事を才能に按じて交付し去りて毫も猜疑せざれば、臣下は便ち力を竭くし、功業はここにおいて告成す。だから「有孚,吉」というと解く。
[疏]正義曰:“貞吉,無悔”者,六五以柔居尊,處文明之盛,為未濟之主,故必正然後乃吉,吉乃得無悔,故曰“貞吉,無悔”也。“君子之光”者,以柔順文明之質,居於尊位,有應於二,是能付物以能,而不自役,有君子之光華矣,故曰“君子之光”也。“有孚,吉”者,付物以能而無疑焉,則物竭其誠,功斯克矣,故曰“有孚,吉”也。《象》曰:“君子之光”,其暉吉也。[疏]正義曰:“其暉吉”者,言君子之德,光暉著見,然後乃得吉也。
孔穎達の疏が曰く:「貞吉,无悔」とは、六五は柔爻をもって尊位に居り、文明の徳の隆盛の中に処るは、未済卦の主爻なり。だから必ず正を守りて然る後に初めて吉、吉して初めて能く悔恨なからしむ。それゆえ「貞吉,无悔」と曰う。「君子之光」とは、それは柔順文明の資質をもって尊位に居り、また九二と相応し、能く才能に按じて事を別人に交付して自ら労役せず、君子の光華を具備す。だから「君子之光」という。「有孚,吉」とは、事を才能に按じて交付し去りて毫も猜疑なければ、臣下は便ち誠意を竭くし、功業はここにおいて告成す。だから「有孚,吉」という。経文《象伝》曰く:「君子之光」はその光輝が吉祥を帯ぶるを言う。孔穎達の疏が曰く:「其暉吉」とは、君子の徳行は光輝顕耀して外に及び、然る後に初めて能く吉を得るを言う。
上九:有孚于飲酒,無咎。濡其首,有孚,失是。未濟之極,則反於既濟。既濟之道,所任者當也。所任者當,則可信之無疑,而已逸焉。故曰“有孚于飲酒,無咎”也。以其能信於物,故得逸豫而不憂於事之廢。苟不憂於事之廢,而耽於樂之甚,則至於失節矣。由於有孚,失於是矣,故曰“濡其首,有孚,失是”也。
経文の上九爻辞に曰く:誠信を懐きて安然として飲酒す、過なし。ただしもし沈湎して頭頂を浸湿するに至らば、すなわちたとい誠信あるも、この一点に在りて失当す。王弼の注は、未済は頂点に到れば、便ち既済に転回せんとす。既済の道は、任用する所の人が得当なるに在り。任用する所の人が得当なれば、便ち彼を信任して再び猜疑せず、自己もまた安逸して下る。だから「有孚于飲酒,无咎」という。まさにそれは能く人に取信するに因りて、だから能く安閑享楽して事の荒廃を担心せず。しかしもし一味に事の荒廃を担心せずして、享楽に沈溺するに太過ぎれば、便ち節度を失わん。「有孚」より来たりて、却ってこの一点に在りて失当す。だから「濡其首,有孚,失是」というと解く。
[疏]正義曰:“有孚于飲酒,無咎”者,上九居未濟之極,則反於既濟。既濟之道,則所任者當也。所任者當,則信之無疑,故得自逸飲酒而已,故曰“有孚于飲酒,無咎”。“濡其首”者,既得自逸飲酒,而不知其節,則濡首之難,還復及之,故曰“濡其首”也。“有孚,失是”者,言所以濡首之難及之者,良由信任得人,不憂事廢,故失於是矣。故曰“有孚,失是”也。《象》曰:“飲酒”“濡首”,亦不知節也。[疏]正義曰:“亦不知節”者,釋飲酒所以致濡首之難,以其不知止節故也。
孔穎達の疏が曰く:「有孚于飲酒,无咎」とは、上九は未済の頂点に居り、便ち既済に転回せんとす。既済の道は、任用する所の人が得当なるに在り。任用する所の人が得当なれば、便ち能く信任して猜疑せず、自己はこれにより安閑に飲酒するを得るのみ。だから「有孚于飲酒,无咎」という。「濡其首」とは、すでに安閑に飲酒するも、節制を知らざれば、すなわち頭頂を浸湿するの禍難はまた己身に臨まん。だから「濡其首」という。「有孚,失是」とは、頭頂を浸湿するの禍難が身に臨む所以は、まさに信任人を得て、再び事の荒廃を憂慮せざるに由りて、ここにおいてこの一点に在りて失当したるを言う。だから「有孚,失是」という。経文《象伝》曰く:飲酒して頭頂を浸湿するに至るも、また節制を知らざるなり。孔穎達の疏が曰く:「亦不知節」とは、飲酒が何によらんか頭頂を浸湿するの禍難を招致するを解す——適可に止まるを知らざるの縁故による。
巻七・周易繋辞上第七
[疏]正義曰:謂之“繫辭”者,凡有二義,論字取繫屬之義。聖人繫屬此辭於爻卦之下,故此篇第六章云:“繫辭焉以斷其吉凶。”第十二章云:“繫辭焉以盡其言。”是繫屬其辭於爻卦之下,則上下二篇《經》辭是也。文取繫屬之義,故字體從“毄”。又音為繫者,取剛繫之義。卦之與爻,各有其辭以釋其義,則卦之與爻,各有剛繫,所以音謂之繫也。夫子本作《十翼》,申說上下二篇《經》文,《繫辭》條貫義理,別自為卷,總曰《繫辭》。
孔穎達の疏が曰く:「繋辞」と称する所以は、共に両層の意思あり。字義に就きて論ずれば、取るところは「系属」の義である:聖人はこれらの文辞を爻辞卦辞の下に系属せしむ。だから本篇の第六章に「繋辞焉以断其吉凶」と曰い、第十二章に「繋辞焉以尽其言」と曰う、これはすなわち文辞を爻卦の下に系属するにして、指すところはまさに《周易》の上下二篇の《経》辞である。字形上は系属の義を取る、だから「繋」の字は「毄」に従う。別に「系」の音に読まれるものは、取るところは牢牢の維係の義である:卦と爻は各々自己の文辞ありてその義理を解釈す、然れば卦と爻もまた各々牢固の維係あり、だから読音の上で「系」と称す。孔子はもとより《十翼》を作りて、もって《周易》上下二篇の《経》文を申説す。その中の《繋辞》の一篇は条理は全書の義理を貫通し、別に単独に巻を成し、総名を《繋辞》と曰う。
分為上下二篇者,何氏云:上篇明無,故曰“易有太極”,太極即無也。又云“聖人以此洗心,退藏於密”,是其無也。下篇明幾,從無入有,故云“知幾其神乎”。今謂分為上下,更無異義,有以簡編重大,是以分之。或以上篇論易之大理,下篇論易之小理者,事必不通。何則?案上《繫》云:“君子出其言善,則千里之外應之。出其言不善,則千里之外違之。”又云:“藉用白茅,無咎。”皆人言語小事,及小慎之行,豈為易之大理?又下《繫》云:“天地之道,貞觀者也。日月之道,貞明者也。”豈復易之小事乎?明以大小分之,義必不可。故知聖人既無其意,若欲強釋,理必不通。
孔穎達は続けて曰く:《繋辞》が何を以てか上下両篇に分かれるに至りては、何氏の説法は:上篇は「无」を闡明す、だから「易有太極」と講じ、太極はすなわち无なり。又「聖人以此洗心,退蔵於密」と講ず、講ずる所もまた无なり。下篇は「幾」を闡明す、これは无より有に入る、だから「知幾其神乎」と講ず。いま我は思うに、上下に分かるは別に義理上の分別なく、ただ竹簡の篇幅が太大なるに因りて、だから分開せり。或る人は上篇は《易》の大道理を討論し下篇は《易》の小道理を討論すと為す、この説法は一定に講通らざるべし。何を以てか。《繋辞上》を考察するに「君子出其言善,則千里之外応之。出其言不善,則千里之外違之」と曰い、又「藉用白茅,无咎」と曰う、講ずる所は皆人の言語上の小事と細小謹慎の行為である、何ぞ《易》の大道理と算せんや。再び《繋辞下》を看るに「天地之道,貞観者也。日月之道,貞明者也」と曰う、あにまた《易》の小事ならんや。これより見れば大小を按じて上下篇を劃分するは、義理上は必ず行通らざるべし。これにより知るべし、聖人はもとよりこの用意なきを、もし強いてこう解釈せんと欲せば、道理は必然に通ぜず。
諸儒所釋上篇,所以分段次下,凡有一十二章。周氏云:“天尊地卑”為第一章,“聖人設卦觀象”為第二章,“彖者言乎象者”為第三章,“精氣為物”為第四章,“顯諸仁藏諸用”為第五章,“聖人有以見天下之賾”為第六章,“初六藉用白茅”為第七章,“大衍之數”為第八章,“子曰知變化之道”為第九章,“天一地二”為第十章,“是故易有太極”為第十一章,“子曰書不盡言”為第十二章。
孔穎達は続けて諸家の分章の説を叙述す:各位の儒者が《繋辞上》を解釈する時に劃分せる段落の次第は、共に十二章あり。周氏の分法は:「天尊地卑」より起りて第一章と為し、「聖人設卦観象」より起りて第二章と為し、「彖者言乎象者」より起りて第三章と為し、「精気為物」より起りて第四章と為し、「顕諸仁蔵諸用」より起りて第五章と為し、「聖人有以見天下之賾」より起りて第六章と為し、「初六藉用白茅」より起りて第七章と為し、「大衍之数」より起りて第八章と為し、「子曰知変化之道」より起りて第九章と為し、「天一地二」より起りて第十章と為し、「是故易有太極」より起りて第十一章と為し、「子曰書不尽言」より起りて第十二章と為す。
馬季長、荀爽、姚信等又分“白茅”章後,取“負且乘”更為別章,成十三章。案“白茅”以下,歷序諸卦,獨分“負且乘”以為別章,義無所取也。虞翻分為十一章,合“大衍之數”並“知變化之道”,共為一章,案“大衍”一章,總明揲蓍策數,及十有八變之事,首尾相連。其“知變化之道”己下,別明“知神”及“唯幾”之事,全與“大衍”章義不類,何得合為一章?今從先儒以十二章為定。
孔穎達は続けて辨析す:馬融(字は季長)・荀爽・姚信らはまた「白茅」章の後に再び切分を作し、「負且乘」の一段を別に一章を立つ、ここにおいて十三章と成る。按ずるに「白茅」以下は逐条に各卦の爻辞を列叙す、単に「負且乘」を分け出して別に一章と成すは、義理上は依据なし。虞翻は則ち十一章に分かち、「大衍之数」と「知変化之道」を合併して一章と為す。按ずるに「大衍」のこの一章は、総じて揲蓍して策数を求めおよび「十有八変而成卦」の事を説明し、首尾は相连貫す。しかして「知変化之道」以下は、別に「知神」と「唯幾」の事を説明す、「大衍」の一章の意旨と全然類せず、何ぞ能く一章に合成せんや。いま仍お先儒に依従し、十二章をもって定説と為す。
繋辞上・第一章
[疏]正義曰:“天尊地卑”至“其中矣”,此第一章,明天尊地卑,及貴賤之位,剛柔動靜寒暑往來,廣明乾坤簡易之德。聖人法之,能見天下之理。
孔穎達の疏文はまず本章の大意を総括す:「天尊地卑」の一句より起りて、「成位乎其中矣」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第一章である。この一章は天は上に在りて尊く地は下に在りて卑しの定位、およびこれにより万物の貴賤の等次に推及するを闡明す。また剛柔の分判・動静の常度・寒暑の往来を講じ、進んで広く《乾》《坤》両卦の「易簡」の徳性を闡発す。聖人はこの易簡の徳に取法すれば、便ち能く天下の万事万物の道理を洞見す。
天尊地卑,乾坤定矣。乾坤其易之門戶,先明天尊地卑,以定乾坤之體。[疏]“天尊”至“定矣”。○正義曰:天以剛陽而尊,地以柔陰而卑,則乾坤之體安定矣。乾健與天陽同,坤順與地陰同,故得乾坤定矣。若天不剛陽,地不柔陰,是乾坤之體不得定也。此《經》明天地之德也。○注“先明”至“之體”。○正義曰:云:“先明天尊地卑,以定乾坤之體”者,易含萬象,天地最大。若天尊地卑,各得其所,則乾坤之義得定矣。若天之不尊,降在滯溺;地之不卑,進在剛盛,則乾坤之體,何由定矣?案乾坤是天地之用,非天地之體,今雲乾坤之體者,是所用之體,乾以健為體,坤以順為體,故云“乾坤之體”。
経文に曰く:天は上に在りて尊貴、地は下に在りて卑下なり、《乾》《坤》両卦の体性は便ちこれにより確定す。韓康伯の注は:《乾》《坤》は《周易》の門戸なり、だからまず天尊地卑を点明し、もって乾坤の体性を確定すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:天は剛健をもって陽に属して尊に居り、地は柔順をもって陰に属して卑に居れば、乾坤の体性は便ち安定す。《乾》の剛健は天の陽と同類、《坤》の柔順は地の陰と同類なり。だから「乾坤定矣」という。仮令天が剛健して陽に属せず、地が柔順して陰に属せざれば、乾坤の体性は確定する能わざる法なし。この一節の経文が講ずるは天地の徳性である。孔穎達はまた韓注を疏して曰く:韓康伯の講ずる「先明天尊地卑,以定乾坤之体」は、《周易》は万象を包含し、しかして万象の中は天地が最大なるに因りて。天尊地卑は各々その位に安んずれば、乾坤の意義は初めて能く確定す。もし天が尊に居らずして下りて沈淪滞し、地が卑に居らずして上進して剛盛ならば、乾坤の体性は何に憑りてか確定せん。按ずるに乾坤はもとより天地の功用にして、天地の形体にあらず、いま「乾坤之体」と曰うは、指すは所用の体である——《乾》は剛健をもって体と為し、《坤》は柔順をもって体と為す。だから「乾坤之体」と称作す。
卑高以陳,貴賤位矣。天尊地卑之義既列,則涉乎萬物,貴賤之位明矣。[疏]“卑高”至“位矣”。○正義曰:卑,謂地體卑下;高,謂天體高上。卑高既以陳列,則物之貴賤,得其位矣。若卑不處卑,謂地在上,高不處高,謂天在下。上下既亂,則萬物貴賤則不得其位矣。此《經》明天地之體,此雖明天地之體,亦涉乎萬物之形。此“貴賤”總兼萬物,不唯天地而已,先云“卑”者,使文爾。案前《經》云“天尊地卑”,“天地”別陳。此“卑高以陳”,不更別陳。總云“卑高”者,上文詳,於此略也。○注“天尊”至“明矣”。○正義曰:“天尊地卑之義既列”,解《經》“卑高以陳”也。云“則涉乎萬物貴賤之位明矣”,解《經》“貴賤位矣”。上《經》既云“天尊地卑”,此《經》又云“貴賤”者,則貴非唯天地,是兼萬物之貴賤。
経文に曰く:卑下と高上すでに陈列分明なれば、貴賤の位次もまた確定す。韓康伯の注は:天尊地卑の意義すでに列出せられ、万物の身に推及すれば、貴賤の位次は自然に分明なりと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:「卑」は地体の卑下に処るを指し、「高」は天体の高上に処るを指す。卑高すでに陈列せられば、万物の貴賤は便ち各々その位を得る。仮令卑なる者が卑位に居らざれば、すなわちこれは地が却って上に在る。高なる者が高位に居らざれば、すなわちこれは天が却って下に在る。上下一旦錯乱せば、万物の貴賤は応有の位次を得ず。この一節の経文が講ずるは天地の形体にして、天地の体を講ずるといえども、また万物の形質に渉る。ここの「貴賤」は万物を総括し、ただ天地に限らず。まず「卑」を説き後に「高」を説くは、ただ行文上の方便のみ。按ずるに前一節の経文は「天尊地卑」と曰いて、「天」「地」を分かちて陈述せり。この一節の「卑高以陳」は再び分かちて陈述せず、ただ総じて「卑高」と曰うは、上文すでに詳しく説きたるに因りて、此処は略に従う。孔穎達はまた韓注を疏して曰く:韓注の「天尊地卑之義既列」は、経文の「卑高以陳」を解す。「則渉乎万物貴賤之位明矣」は、経文の「貴賤位矣」を解す。上一節の経文すでに「天尊地卑」と曰い、この一節また「貴賤」と曰う、これより見れば貴賤はただ天地に属するにあらず、しかして兼ねて万物の貴賤を指す。
動靜有常,剛柔斷矣。剛動而柔止也。動止得其常體,則剛柔之分著矣。[疏]正義曰:天陽為動,地陰為靜,各有常度,則剛柔斷定矣。動而有常則成剛,靜而有常則成柔,所以剛柔可斷定矣。若動而無常,則剛道不成;靜而無常,則柔道不立。是剛柔雜亂,動靜無常,則剛柔不可斷定也。此《經》論天地之性也。此雖天地動靜,亦裛兼萬物也。萬物稟於陽氣多而為動也,稟於陰氣多而為靜也。
経文に曰く:動と静は各々常度あり、剛と柔の分際は便ち判定せらる。韓康伯の注は:剛は動を主とし柔は止を主とし、動と止は各々その恒常の体态を得れば、剛柔の区分は便ち顕著なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:天は陽に属し、その性は動と為す。地は陰に属し、その性は静と為す。各々恒常の法度あれば、剛柔はここにおいて判定すべし。動にして常あれば剛と為り成し、静にして常あれば柔と為り成す。だから剛柔は能く判定す。仮令動にして常なければ、剛の道理は成立する能わず。静にして常なければ、柔の道理は確立する能わず。便ちあれは剛柔雑乱・動静无常にして、剛柔もまた判定する由なし。この一節の経文が論ずるは天地の性情である。説く所は天地の動静といえども、実は兼ねて万物を包む:万物は陽気を禀受すること多きは便ち動に偏し、陰気を禀受すること多きは便ち静に偏す。
方以類聚,物以群分,吉凶生矣。方有類,物有群,則有同有異,有聚有分也。順其所同,則吉;乖其所趣,則凶,故吉凶生矣。[疏]“方以類聚”至“生矣”。○正義曰:方,謂法術性行,以類共聚,固方者則同聚也。物,謂物色群黨,共在一處,而與他物相分別。若順其所同,則吉也;若乖其所趣,則凶也,故曰“吉凶生矣”。此《經》雖因天地之性,亦廣包萬物之情也。○注“方有類”。○正義曰:云“方有類”者,方,謂法術情性趣舍,故《春秋》云“教子以義方”,《注》云:“方,道也。”是方謂性行法術也。言方雖以類而聚,亦有非類而聚者。若陰之所求者陽,陽之所求者陰,是非類聚也。若以人比禽獸,即是非類,雖男女不同,俱是人例,亦是以類聚也。故云“順所同則吉,乖所趣則凶”。
経文に曰く:事理は類別に依りて聚合し、物類は群体に依りて区分せられ、吉凶は便ちこれにより産生す。韓康伯の注は:「方」に類別あり、「物」に群党あり、ここにおいて同あり異あり・聚あり分あり。それらの相同なる一面に順えば則ち吉、それらの趣向に違背せば則ち凶、だから吉凶産生すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:「方」は法術性行を指し、同類は便ち共に一処に聚る、趣向相同なる人は自然に同聚す。「物」は物色群党を指し、共に一処に処りて別の物類と分別す。同じ所に順えば則ち吉、趣く所に乖けば則ち凶。だから「吉凶生矣」という。この一節の経文は天地の性情を承接して来るといえども、また広く万物の情状を包挙す。孔穎達はまた韓注の「方有類」を疏して曰く:「方」は法術・情性与取舍を指す。だから《春秋左伝・隠公三年》に「教子以義方」の話あり、その《注》は「方,道也」と解作す、これにより「方」は性行法術を説くを見るべし。ただし「方」は類に依りて相聚るといえども、また同類に非ずして相聚る者あり:陰の求むる所は陽にして、陽の求むる所は陰なり、これはすなわち同類相聚にあらず。人を禽獣と相比すれば、あれは異類なり。しかして男女は相同ならざるといえども、同じく人のこの一類に属し、仍お類を以て相聚と算す。だから韓注に「順所同則吉,乖所趣則凶」と曰う。
在天成象,在地成形,變化見矣。象況日月星辰,形況山川草木也。懸象運轉以成昏明,山澤通氣而云行雨施,故變化見矣。[疏]正義曰:“象”謂懸象,日月星辰也。“形”謂山川草木也。懸象運轉而成昏明,山澤通氣而云行雨施,故變化是也。
経文に曰く:天上に在りて種種の垂象を形成し、地上に在りて種種の形質を形成し、変化は便ち顕現し出づ。韓康伯の注は:「象」は日月星辰を比況し、「形」は山川草木を比況す。天空に懸かる日月星辰は運転して息まずして昏晓明暗と成り、山と沢は気息相通じて雲行し雨降す。だから変化顕現すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「象」は天上に懸掛する物象を指す、すなわち日月星辰なり。「形」は地上の山川草木を指す。懸象は運転して昏晓明暗を形成し、山沢は気を通じて雲行し雨降す、これがすなわちいわゆる変化である。
是故剛柔相摩,相切摩也,言陰陽之交感也。[疏]正義曰:以變化形見,即陽極變為陰,陰極變為陽,陽剛而陰柔,故剛柔共相切摩,更遞變化也。八卦相蕩。相推蕩也,言運化之推移。[疏]正義曰:剛則陽爻也。柔則陰爻也。剛柔兩體,是陰陽二爻,相雜而成八卦,遞相推蕩。若十一月一陽生而推去一陰,五月一陰生而推去一陽。雖諸卦遞相推移,本從八卦而來,故云“八卦相蕩也”。
経文に曰く:ここにおいて剛と柔は互相に切摩す。韓康伯の注は:これは彼此切磨するにして、講ずるは陰陽二気の交相感応であると解く。孔穎達の疏が解して曰く:変化すでに形体上に顕現せるに由りて、陽は極点に到れば則ち陰と変じ、陰は極点に到れば則ち陽と変ず。陽性は剛にして陰性は柔なり。だから剛柔は共に相切摩し、交替して変化す。経文は続けて曰く:八卦は互相に推蕩す。韓康伯の注は:これは互相に推移蕩動するにして、講ずるは運化の推移であると解く。孔穎達の疏が解して曰く:剛はすなわち陽爻、柔はすなわち陰爻なり。剛柔両体はすなわち陰陽二爻にして、彼此錯雑して八卦を組成し、更に逓相に推蕩す。譬えば十一月は一陽初生して一分の陰を推し去り、五月は一陰初生して一分の陽を推し去るがごとし。各卦は逓相推移するといえども、根本は皆八卦より来たる。だから「八卦相蕩」という。
鼓之以雷霆,潤之以風雨。日月運行,一寒一暑。乾道成男,坤道成女。乾知大始,坤作成物。乾以易知,坤以簡能。天地之道,不為而善始,不勞而善成,故曰易簡。[疏]“鼓之以雷霆”至“簡能”。○正義曰:“鼓之以雷霆,潤之以風雨,日月運行,一寒一暑”者,重明上《經》“變化見矣”及“剛柔相摩,八卦相蕩”之事。八卦既相推蕩,各有功之所用也。又鼓動之以震雷離電,滋潤之以巽風坎雨,或離日坎月,運動而行,一節為寒,一節為暑,直云震、巽、離、坎,不云乾、坤、艮、兌者,乾、坤上下備言,艮、兌非鼓動運行之物,故不言之,其實亦一焉。雷電風雨,亦出山澤也。
経文に曰く:雷霆をもって万物を鼓動し、風雨をもって万物を滋潤す。日月は運行して息まず、寒暑は交替して往来す。《乾》道は男性を成就し、《坤》道は女性を成就す。《乾》は万物の開端を主宰し、《坤》は造作して万物を成就す。《乾》は平易をもって知と為し、《坤》は簡約をもって能と為す。韓康伯の注は:天地の道は、刻意して有為せずして善く始め、労費してその力せずして善く成す。だから「易簡」と言うと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:「鼓之以雷霆,潤之以風雨,日月運行,一寒一暑」の几句は、再び上文の「変化見矣」および「剛柔相摩,八卦相蕩」の事を申明す。八卦すでに互相に推蕩せば、各自皆施すべきの功用あり:《震》の雷・《離》の電をもって万物を鼓動し、《巽》の風・《坎》の雨をもって万物を滋潤し、或は《離》をもって日と為し《坎》をもって月と為して運行して息まず、一段の時節を寒と為し、一段の時節を暑と為す。ここにただ震・巽・離・坎を挙げて乾・坤・艮・兌を挙げざるは、乾・坤は上下文の中ですでに説きて完備し、艮・兌はまた鼓動運行の物にあらざるに因りて、だから提せず、その実道理は同一なり——雷電風雨もまた山沢の中より生出す。
“乾道成男,坤道成女”者,道謂自然而生,故乾得自然而為男,坤得自然而成女。必雲成者有故,以乾因陰而得成男,坤因陽而得成女,故云成也。“乾知太始”者,以乾是天陽之氣,萬物皆始在於氣,故云知其大始也。“坤作成物”者,坤是地陰之形,坤能造作以成物也。初始無形,未有營作,故但云知也。巳成之物,事可營為,故云作也。“乾以易知”者,易謂易略,無所造為,以此為知,故曰“乾以易知”也。“坤以簡能”者,簡謂簡省凝靜,不須繁勞,以此為能,故曰“坤以簡能”也。若於物艱難,則不可以知,故以易而得知也。若於事繁勞,則不可能也。必簡省而後可能也。
孔穎達は続けて疏解す:「乾道成男,坤道成女」の一句裡の「道」は自然而然に生成するを指す。だから《乾》は自然而然に男と為り、《坤》は自然而然に女と為る。必ず「成」の字を用いるは縁故あり:《乾》は陰に因りて初めて能く男と成り、《坤》は陽に因りて初めて能く女と成る。だから「成」と曰う。「乾知太始」は《乾》が天陽の気と為りて、万物は皆気に於て発端すを言う。だからそれは万物の開端を主宰すと曰う。「坤作成物」は《坤》が地陰の形と為りて、能く造作して万物を成就すを言う。万物の初始の時は尚お形体なく、営為を談ずべからず、だからただ「知」と曰う。すでに成形したる物は、事上は営作すべし、だから「作」と曰う。「乾以易知」の「易」は平易簡略にして造作する所なし、これをもって知と為す。だから《乾》は平易をもって知と為す。「坤以簡能」の「簡」は簡省凝静にして繁労を須とせず、これをもって能と為す。だから《坤》は簡約をもって能と為す。もし事物に対して艱難を覚えば、便ち知を談ずべからず、ただその平易なるのみ初めて能く知す。もし事を作すに繁労なれば、便ち能を談ずべからず、必ず簡省せりて然る後に能く。
○注“天地之道”至“易簡”。○正義曰:云:“天地之道,不為而善始”者,釋《經》之“乾以易知”。“不勞而善成”者,釋《經》“坤以簡能”也。案《經》乾易坤簡,各自別言,而《注》合雲天地者,若以坤對乾,乾為易也,坤為簡也。《經》之所云者是也。若據乾坤相合皆無為,自然養物之始也,是自然成物之終也。是乾亦有簡,坤亦有易,故《注》合而言之也。用使聖人俱行易簡,法無為之化。
孔穎達は再び韓康伯の注の「天地之道」より「易簡」に至るこの一段を疏す:韓注の「天地之道,不為而善始」は、経文の「乾以易知」を解す。「不労而善成」と曰うは、経文の「坤以簡能」を解す。按ずるに経文は《乾》の易と《坤》の簡を各自分かちて講ず、韓注は却って合わせて「天地」と称す、その中の道理は:もし《坤》を《乾》と相対せば、すなわち《乾》は易と為り《坤》は簡と為る、まさに経文の言うがごとし。もし乾坤相合するに就きて言えば、両者は皆无為にして、自然に万物を開啓養育するの始を成し、また自然に万物の終を成就す。こうなれば則ち《乾》の裡にもまた簡あり《坤》の裡にもまた易あり、だから韓注は合わせて説く。これは聖人をして「易」と「簡」を一併に施行せしめ、无為の教化を效法せしめんと欲するなり。
易則易知,簡則易從。易知則有親,易從則有功。順萬物之情,故曰有親。通天下之志,故曰有功。[疏]正義曰:“易則易知”者,此覆說上“乾以易知”也。乾德既能說易,若求而行之,則易可知也。“簡則易從”者,覆說上“坤以簡能”也。於事簡省,若求而行之,則易可從也。上“乾以易知,坤以簡能”,論乾坤之體性也。“易則易知,簡則易從”者,此論乾坤既有此性,人則易可仿效也。“易知則有親”者,性意易知,心無險難,則相和親,故云“易知則有親”也。“易從則有功”者,於事易從,不有繁勞,其功易就,故曰“易從則有功”。此二句,論聖人法此乾坤易簡,則有所益也。
経文に曰く:平易なれば容易に知られ、簡約なれば容易に従わる。容易に知られれば人の親附あり、容易に従われれば能く功業を成就す。韓康伯の注は:万物の情性に順応すれば、だから「有親」といい、天下人の心志を貫通せば、だから「有功」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「易則易知」は回頭して上文の「乾以易知」を申説す——《乾》徳すでに平易なれば、人もし求めてこれを行わば、便ち容易に知暁す。「簡則易従」は上文の「坤以簡能」を申説す——事を処るに簡省なれば、人もし求めてこれを行わば、便ち容易に遵従す。上文の「乾以易知,坤以簡能」は、乾坤自身の体性を論ず。「易則易知,簡則易従」は、乾坤すでにこのごとき体性あれば、人は便ち容易に仿效するを論ず。「易知則有親」は性情心意が平易にして知るべく、胸中に険陂艱難なければ、人は便ち彼と和睦親近すを言う。「易従則有功」は事を作すに遵従し易く、繁労を生ぜず、功業は成就し易きを言う。この両句が論ずるは聖人が乾坤の易簡を效法すれば、便ち能く増益する所有るを言う。
有親則可久,有功則可大。有易簡之德,則能成可久可大之功。[疏]正義曰:“有親則可久”者,物既和親,無相殘害,故可久也。“有功則可大”者,事業有功,則積漸可大。此二句,論人法乾坤,久而益大。可久則賢人之德,可大則賢人之業。天地易簡,萬物各載其形。聖人不為,群方各遂其業。德業既成,則入於形器,故以賢人目其德業。
経文に曰く:親附する人あれば能く長久なり、功業あれば能く広大なり。韓康伯の注は:易簡の徳を具備せば、便ち能く可久可大の功業を成就すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「有親則可久」は万物すでに和睦親近して、彼此相残害せざるに因りて、だから能く長久なり。「有功則可大」は事業成功ありて、積累漸進すれば便ち能く広大なり。この両句が論ずるは人が乾坤を效法すれば、愈々久しくして愈々広大を見るを言う。経文は続けて曰く:可久は便ち賢人の徳、可大は便ち賢人の業なり。韓康伯の注は:天地は易簡にして、万物は各自その形体を承載す。聖人は造作する所なく、万方は各自その事業を遂成す。徳と業すでに成就せば、便ち有形の器の境域に落入す、だから「賢人」を用いてこの徳と業を称谓すと解く。
[疏]“可久”至“之業”。○正義曰:“可久則賢人之德”者,使物長久,是賢人之德,能養萬物,故云“可久則賢人之德”也。“可大則賢人之業”者,功勞既大,則是賢人事業。行天地之道,總天地之功,唯聖人能。然今雲賢人者,聖人則隱跡藏用,事在無境。今云“可久”“可大”,則是離無入有,賢人則事在有境。故“可久”“可大”,以賢人目之也。○注“聖人”至“其業”。○正義曰:云:“聖人不為,群方各遂其業”者,聖人顯仁藏用,唯見生養之功,不見其何以生養,猶若日月見其照臨之力,不知何以照臨,是聖人用無為以及天下,是聖人不為也。云“德業既成,則入於形器”者,初行德業未成之時,不見其所為,是在於虛無。若德業既成,復被於物,在於有境,是入於形器也。賢人之分,則見其所為,見其成功始末,皆有德之與業,是所有形器,故以賢人目其德業。然則本其虛無玄象謂之聖,據其成功事業謂之賢也。
孔穎達の疏は経文の「可久則賢人之徳,可大則賢人之業」を解して曰く:能く万物を長久せしむるは、これは賢人の徳なり、それは能く万物を養育するに因りて、だから「可久則賢人之徳」という。功労すでに広大なれば、すなわちあれは賢人の事業なり。天地の道を推行し天地の功を総攬するは、本来ただ聖人のみ致し得る。いま却って「賢人」と称するは、聖人は蹤跡を隠去し功用を深蔵して、その事は「无」の境界に在るに因りて。しかして一たび「可久」「可大」と説けば、便ちすでに「无」を離れて「有」に入る、賢人の事はまさに「有」の境界に在り、だから「可久」「可大」は賢人を用いて称谓す。孔穎達はまた韓注の「聖人不為,群方各遂其業」を疏して曰く:聖人は仁愛を顕現して功用を深蔵す、人々はただ生養の功效を見て、彼が何に憑りてか生養するを見出さず、日月に如し、人はただその照臨の力を見て、それが何に憑りてか照臨するを知らず、これがすなわち聖人が无為の方式をもって天下に施及するにして、すなわちいわゆる「聖人不為」である。韓注の「徳業既成,則入於形器」と曰うは、徳業が初行にしていまだ成らざる時は、彼の作為を見ることなく、仍お虚無の中に処るを指す。徳業すでに成りて、また万物に覆被して、「有」の境界に落つるを待つは、これがすなわち有形の器に進入す。賢人のこの分位に至りては、人は彼の作為を見る能く、彼の成功の始末を見る能く、徳と業は皆形跡尋ねるべく、有形の器に属す。だから賢人を用いて徳業を称谓す。これにより見れば、虚無玄妙の気象に本着して説くを「聖」と言い、成功事業に拠着して説くを「賢」と言う。
易簡而天下之理得矣。天下之理,莫不由於易簡而各得順其分位也。[疏]“易簡”至“得矣”。○正義曰:此則贊明聖人能行天地易簡之化,則天下萬事之理,並得其宜矣。○注“易簡”。○正義曰:若能行說易簡靜,任物自生,則物得其性矣。故《列子》云:“不生而物自生,不化而物自化。”若不行易簡,法令茲章,則物失其性也。《老子》云:“水至清則無魚,人至察則無徒”。又莊云:“馬翦剔羈絆,所傷多矣。”是天下之理未得也。
経文に曰く:易簡の道は一旦施行せられれば、天下の道理は便ち皆把握する能く。韓康伯の注は:天下の道理は、易簡より来たらざるなく、従りて各自その分位に順応すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:これは聖人が能く天地易簡の教化を推行し、天下万事の道理が便ち皆各々その宜しきを得るを讃美す。孔穎達はまた韓注を疏して曰く:もし能く平易簡静の道を推行して、万物の自然生長に任せば、万物は便ち各々その本性を得る。だから《列子》に曰く:「不生而物自生,不化而物自化。」もし易簡を行わず、かえって法令は繁密苛細なれば、万物は便ち本性を喪失す。《老子》に曰く:「水至清則无魚,人至察則无徒。」《庄子》はまた馬が剪毛去蹄を遭い、羈絆を加上せられれば、その受くるところの傷害は便ち多しと曰う。およそこれ皆天下の理を把握する能わざるの例子である。
天下之理得,而成位乎其中矣。成位至立象也。極易簡則能通天下之理,通天下之理,故能成象,並乎天地言其中,則並明天地也。[疏]正義曰:成位況立象,言聖人極易簡之善,則能通天下之理,故能成立卦象於天地之中,言並天地也。
経文に曰く:天下の道理すでに把握せられれば、聖人は便ち天地の中に在りてその位を成就す。韓康伯の注は:ここの「成位」は説くところはすなわち「立象」である。易簡を極尽せば便ち能く天下の理に通達し、天下の理に通達せば便ち能く卦象を成就す。天地と并列して「其中」と説くは、まさに天地を一併に点明するなりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「成位」は「立象」を比況す、聖人が易簡の善を極尽すれば、便ち能く天下の道理に通達し、それにより能く天地の中に在りて卦象を成立す、すなわちこれは天地と并列して三と為るを言う。
繋辞上・第二章
[疏]正義曰:“聖人設卦”至“不利”,此第二章也。前章言天地成象成形,簡易之德,明乾坤之大旨。此章明聖人設卦觀象,爻辭吉凶,悔吝之細別。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「聖人設卦観象」の一句より起りて、「吉无不利」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第二章である。前一章は天地の成象成形および易簡の徳を講じ、《乾》《坤》の大旨を闡明せり。この一章は則ち聖人が卦画を設置し物象を観察し、および爻辞の示すところの吉凶・悔吝の細密の分別を闡明す。
聖人設卦觀象,此總言也。[疏]“聖人”至“觀象”。○正義曰:謂聖人設畫其卦之時,莫不瞻觀物象,法其物象,然後設之,卦象則有吉有凶,故下文云“吉凶者,失得之象也。悔吝者,憂虞之象。變化者,進退之象。剛柔者,晝夜之象”。是施設其卦,有此諸象也。○注“此總言也”。○正義曰:此設卦觀象,總為下而言,故云“此總言也”。
経文に曰く:聖人は卦画を設置し物象を観察す。韓康伯の注は:これは総括の辞なりと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:聖人が卦爻を設画する時は、瞻望して物象を観察し物象に取法せざるなく、然る後に初めて卦画を設立す。卦象の裡に吉あり凶あるに因りて、だから下文に「吉凶者,失得之象也。悔吝者,憂虞之象。変化者,進退之象。剛柔者,昼夜之象」と曰う、これにより施設する所の卦がこれらの物象を具備するを見るべし。孔穎達はまた韓注を疏して曰く:ここの「設卦観象」は総じて下文のために発す、だから韓康伯は「此総言也」と曰う。
繫辭焉而明吉凶,剛柔相推而生變化。繫辭所以明吉凶,剛柔相推所以明變化也。吉凶者,存乎人事也。變化者,存乎運行也。[疏]正義曰:“繫辭焉而明吉凶”者,卦象爻象,有吉有凶。若不繫辭,其理未顯。故繫屬吉凶之文辭於卦爻之下,而顯明此卦爻吉凶也。案吉凶之外,猶有悔吝憂虞,直云而明吉凶者,悔吝憂虞,是凶中之小,別舉吉凶,則包之可知也。“剛柔相推而生變化”者,八純之卦,卦之與爻,其象既定,變化猶少;若剛柔二氣相推,陰爻陽爻交變,分為六十四卦,有三百八十四爻,委曲變化,事非一體,是“而生變化”也。繫辭而明吉凶,明繫辭之意;剛柔相推而生變化,明其推引而生雜卦之意也。
経文に曰く:文辞を繋えて吉凶を闡明し、剛柔は互相に推移して変化を産生す。韓康伯の注は:繋辞は吉凶を闡明するに用い、剛柔相推は変化を闡明するに用いる。吉凶は人事に存在し、変化は運行に存在すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「繋辞焉而明吉凶」は、卦象と爻象はもとより吉あり凶あるも、もし文辞を繋えざれば、その中の道理は顕明する由なし。だから吉凶を断定するの文辞を卦爻の下に系属して、もってこの一卦一爻の吉凶を彰顯す。按ずるに吉凶の外にまた悔吝憂虞あり、ここにただ「明吉凶」と説くは、悔吝憂虞は凶中の較小なる一等に属するに因りて、単に吉凶を挙げればすでにそれらを包括する内に在り。「剛柔相推而生変化」は、八個の純卦に於て、卦と爻の物象すでに定下せり、変化は仍お少なし。一旦剛柔二気が互相に推移し陰爻陽爻が交互変動せば、便ち分衍して六十四卦・三百八十四爻と為り、曲折変化して形態不一なり、これがすなわち「而生変化」である。「繋辞而明吉凶」が講ずるは繋辞の用意にして、「剛柔相推而生変化」が講ずるは推衍して雑卦を生出するの用意である。
是故吉凶者,失得之象也。由有失得,故吉凶生。[疏]正義曰:此下四句《經》,總明諸象不同之事,辭之吉者是得之象;辭之凶者是失之象,故曰“吉凶者,是失得之象也”。初時於事有失有得,積漸成著,乃為吉凶也。然《易》之諸卦及爻不言吉凶者,義有數等。或吉凶據文可知,不須明言吉凶者。若《乾》“元亨利貞”及“九五,飛龍在天,利見大人”之屬,尋文考義,是吉可知,故不須云吉也。若其《剝》“不利有攸往”,《離》之九四“突如其來如,焚如,死如,棄如”之屬,據其文辭,其凶可見,故不言凶也。亦有爻處吉凶之際,吉凶未定,行善則吉,行惡則凶。是吉凶未定,亦不言吉凶,若《乾》之九三“君子終日乾乾,夕惕若,厲無咎”,若《屯》之六二“屯如邅如,乘馬班如,匪寇,婚媾,女子貞不字,十年乃字”,是吉凶未定,亦不言吉凶也。
経文に曰く:それゆえ吉凶は「失」と「得」の象なり。韓康伯の注は:失あり得あるに因りて、吉凶は初めて産生すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:以下の四句の経文は総じて各種の象の不同を説く:辞の吉に属するは「得」の象、辞の凶に属するは「失」の象なり。だから「吉凶者,失得之象也」という。起初に事を辦すに失あり得あり、逐漸積累して顕著と為りて、初めて吉凶と成る。ただし《周易》の諸卦および爻にもまた吉凶を説かざる者あり、情形は好幾類に分かる。或るは吉凶は文に拠りて即ち知暁すべく、明説するを要せず、《乾》卦の「元亨利貞」および九五の「飛龍在天,利見大人」の類のごとく、文辞を尋繹し義理を考究せば、吉なるは知るべし、だから「吉」の字を写すを要せず。或るは《剥》卦の「不利有攸往」、《離》卦九四の「突如其来如,焚如,死如,棄如」の類のごとく、その文辞に拠りてすでにその凶を見る、だから「凶」の字を写さず。もありて爻はまさに吉凶の交界の際に処り、吉凶いまだ定まらず、善を行えば則ち吉、悪を行えば則ち凶、吉凶いまだ定まらざるに因りて、また吉凶を説かず、《乾》卦九三の「君子終日乾乾,夕惕若,厲无咎」、《屯》卦六二の「屯如邅如,乘馬班如,匪寇,婚媾,女子貞不字,十年乃字」のごとく、皆吉凶いまだ定まらずして吉凶を言わざるに属す。
又諸稱無咎者,若不有善應則有咎,若有善應則無咎,此亦不定言吉凶也。諸稱吉凶者,皆嫌其吉凶不明,故言吉凶以正之,若《坤》之六五“黃裳元吉”,以陰居尊位,嫌其不吉,故言吉以明之。推此餘可知也。亦有於事無嫌,吉凶灼然可知,而更明言吉凶者,若《剝》之初六“剝床以足,蔑貞凶”、六二“剝床以辨,蔑貞凶”者,此皆凶狀灼然,而言凶也。或有一卦之內,或一爻之中,得失相形,須言吉凶。若《大過》九三“棟橈凶”、九四“棟隆吉”,是一卦相形也;《屯》卦九五“屯其膏,小貞吉,大貞凶”,是一爻相形也。亦有一事相形,終始有異。若《訟》卦“有孚窒惕,中吉,終凶”之類是也。大略如此。原夫《易》之為書,曲明萬象,苟在釋辭,明其意,達其理,不可以一爻為例,義有變通也。
孔穎達は続けて曰く:およそ「无咎」と称する者は、もし善の応合なければ便ち過錯あり、善の応合あれば初めて過錯なし、これもまた吉凶不定にして明説せざるの一類に属す。およそ吉凶を明写する者は、皆吉凶の顕豁たるに足らざるを怕れ、だから吉凶を標出してこれを正定す、例えば《坤》卦六五の「黄裳元吉」、陰爻をもって尊位に居り、人は容易にその不吉を疑心す、だから一個の「吉」の字を標して点明す。これに依りて類推すれば、その余は知るべし。もありて事上はもとより疑うべきなく吉凶明明白白なれども、却って仍お吉凶を明写する者、例えば《剥》卦初六の「剥床以足,蔑貞凶」、六二の「剥床以辨,蔑貞凶」、凶の情状は十分に顕豁にして、仍お「凶」の字を写出す。もありては一卦の内或は一爻の中に於て、得と失が彼此対照し、吉凶を説かざるべからざる:《大過》九三の「棟橈凶」、九四の「棟隆吉」は、一卦の内の彼此対照なり。《屯》卦九五の「屯其膏,小貞吉,大貞凶」は、一爻の中の彼此対照なり。もありて同一の事が前後対照して始末不同なる、《訟》卦の卦辞「有孚窒惕,中吉,終凶」の類のごとし。大略かくのごとし。《周易》のこの書を推究するに、曲折に万象を闡明し、文辞を解釈しその意を点明しその理を通達するに重んず、某一爻を取りて通例と為すべからず、義理は変通あるなり。
悔吝者,憂虞之象也。失得之微者,足以致憂虞而巳,故曰悔吝。[疏]正義曰:《經》稱悔吝者,是得失微小,初時憂念虞度之形象也。以憂虞不巳,未是大凶,終致悔吝。悔者,其事巳過,意有追悔之也。吝者,當事之時,可輕鄙恥,故云吝也。吝既是小凶,則《易》之為書亦有小吉,則無咎之屬善補過是也。此亦小吉,而不言者,下《經》備陳之也,故於此不言。其餘元亨利貞,則是吉象之境,有四德別言,故於此不言也。其以祉有慶有福之屬,各於爻卦別言,故不在此而說。且《易》者戒人為惡,故於惡事備言也。
経文に曰く:悔と吝は憂愁疑慮の象なり。韓康伯の注は:得失の軽微なるは、ただ憂愁疑慮を招致するに足るのみ、だから「悔吝」と言うと解く。孔穎達の疏が解して曰く:経文の称する「悔吝」は、得失微小にして、起初に心中に憂念揣度するの形象である。憂慮已まず、まだ大凶と算上するに足らざるといえども、終竟は悔と吝に落下せん。「悔」は事情すでに過去して、心裏に追悔の意ある。「吝」はまさにその事に当たる時に、行為は軽鄙すべく人をして羞恥せしむ、だから「吝」と言う。「吝」はすでに小凶なれば、すなわち《周易》のこの書もまた小吉あるべし、「无咎」の一類は善く過失を補救するはすなわち小吉なり。ここに提げざる所以は、下文の経文が詳細に陳説するに因りて、だから此処は説かず。その余「元亨利貞」のごときは、吉象の範囲に属し、四徳は別に専門の論述あり、だから此処もまた説かず。「有祉」「有慶」「有福」の一類に至りては、各々相応の卦辞爻辞の裡に分かちて講じたり、だからここに於て説かず。況んや《周易》は意は人に悪を為さざらしめんと誡告するに在り、だから凶悪の事に対して講ずる所は格外に周備なり。
變化者,進退之象也。往復相推,迭進退也。[疏]正義曰:萬物之象,皆有陰陽之爻,或從始而上進,或居終而倒退,以其往復相推,或漸變而頓化,故云“進退之象也”。剛柔者,晝夜之象也。晝則陽剛,夜則陰柔,始總言吉凶變化,而下別明悔吝、晝夜者,悔吝則吉凶之類,晝夜亦變化之道,吉凶之類,則同因繫辭而明;變化之道,則俱由剛柔而著,故始總言之,下則明失得之輕重,辨變化之小大,故別序其義也。
経文に曰く:変と化は進と退の象なり。韓康伯の注は:往と復は互相に推移し、交替して進退を呈現すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:万物の物象は皆陰陽の爻に由りて構成す、或るは起始の処より上に前進し、或るは終位に居りて後に倒退す。往復相推するに因りて、或る時は漸々として変じ或る時は頓然として化す、だから「進退之象」という。経文は続けて曰く:剛と柔は昼と夜の象なり。韓康伯の注は:白昼は陽に属して剛、黒夜は陰に属して柔と解く。開頭は総じて吉凶と変化を説き、下文は却って分かちて悔吝と昼夜を講ずるは、悔吝はもとより吉凶の一類に属し、昼夜もまた変化の道に属するに因りて。吉凶の一類は同じく繋辞に憑りて彰明し、変化の道は皆剛柔に由りて顕著す、だから開頭は総説し、下文は則ち得失の軽重・変化の大小を辨明す、それゆえ別行に分別してその義を叙述す。
[疏]“剛柔”至“象也”。○正義曰:晝則陽日照臨,萬物生而堅剛,是晝之象也。夜則陰潤浸被,萬物而皆柔弱,是夜之象也。○注“始總”至“變化”。○正義曰:云:“始總言吉凶變化”者,謂上文云“繫辭焉而明吉凶,剛柔相推而生變化”,是始總言吉凶變化也。云“而下別明悔吝晝夜”者,謂次文云“悔吝者,憂虞之象”,“剛柔者,晝夜之象”,是別明悔吝晝夜也。
孔穎達の疏は経文の「剛柔者,昼夜之象也」を解して曰く:白昼は陽に属する太陽が照臨し、万物は生長して堅強剛勁なり、これは白昼の象である。黒夜は陰に属する潤気が浸潤覆被して、万物は皆柔弱を顕す、これは黒夜の象である。孔穎達はまた韓注の「始総」より「変化」に至る一段を疏して曰く:韓注の講ずる「始総言吉凶変化」は、指すところは上文の「繋辞焉而明吉凶,剛柔相推而生変化」、あれは開頭に総じて吉凶と変化を説く。「而下別明悔吝昼夜」と講ずるは、指すところは続く「悔吝者,憂虞之象」「剛柔者,昼夜之象」、あれは分かちて悔吝と昼夜を闡明す。
言“悔吝則吉凶之類”者,案上文繫辭而明吉凶,次又別序云:“吉凶者,失得之象。”“悔吝者,憂虞之象。”是吉凶之外,別生悔吝,是悔吝亦吉凶之類。大略總言吉凶,是細別之,吉凶之外,別有悔吝也,故云“悔吝則吉凶之類”。云“晝夜亦變化之道”者,案上文云“剛柔相推而生變化”,次文別云“變化者,進退之象”,“剛柔者,晝夜之象”,變化之外,別雲晝夜,總言之則變化晝夜是一,分之則變化晝夜是殊,故云“晝夜亦變化之道”也。
韓注の「悔吝則吉凶之類」と曰うは、上文は繋辞をもって吉凶を闡明し、続いて分別して「吉凶者,失得之象」「悔吝者,憂虞之象」を叙述するに因りて、これにより見れば吉凶の外に別に悔吝を生出し、悔吝もまた吉凶の一類に属す。粗略に総説せばただ吉凶を講ずるのみ、細分せば、吉凶の外に別に悔吝あり。だから「悔吝則吉凶之類」という。韓注の「昼夜亦変化之道」と曰うは、上文は「剛柔相推而生変化」を講じ、下文はまた分かちて「変化者,進退之象」「剛柔者,昼夜之象」を講ずるに因りて、変化の外に別に昼夜を提ぐ。合わせて説けば、変化と昼夜は一回事なり。分かちて説けば、変化と昼夜はまた差別あり。だから「昼夜亦変化之道」という。
云“吉凶之類,則同因繫辭而明”者,案上文云“繫辭焉而明吉凶”,次文別序云“吉凶”“悔吝”,兩事同因上繫辭而明之也,故云“吉凶之類,則同因《繫辭》而明”也。云“變化之道,則俱由剛柔而著”者,上文“剛柔相推而生變化”,次文別序云:“變化者,進退之象。剛柔者,晝夜之象。”上文則變化剛柔合為一,次文則別序變化剛柔分為二。合之則同,分之則異,是變化從剛柔而生,故云“變化之道,俱由剛柔而著”也。
韓注の「吉凶之類,則同因繋辞而明」と曰うは、上文は「繋辞焉而明吉凶」を講じ、下文はまた分別して「吉凶」と「悔吝」を叙述す、この両件事は同じく上文の繋辞に憑りて彰明を得るに因りて、だから吉凶の一類は皆《繋辞》に由りて明なりと曰う。韓注の「変化之道,則倶由剛柔而著」と曰うは、上文は「剛柔相推而生変化」を講じ、下文はまた分別して「変化者,進退之象。剛柔者,昼夜之象」を叙述す。上文は変化と剛柔を合わせて一事と為し、下文は則ち変化と剛柔を分かちて両事と為す。合わせて説けば同一回事なり、分かちて説けば初めて差異あり、これにより変化は剛柔より生ずるを見るべし。だから「変化之道,倶由剛柔而著」という。
云“故始總言之”也。上文“繫辭焉而明吉凶”,不云悔吝,是總言之也。又上文“剛柔相推而生變化”,不云晝夜,是總變化言之也。云“下則明失得之輕重,辨變化之小大,故別序其義”者,案次文別序云:“吉凶者,失得之象。”是失得重也;“悔吝者,憂虞之象”。是失得輕也。又次《經》云:“變化者,進退之象。”是變化大也;“剛柔者,晝夜之象”。是變化小也。兩事並言,失得別明輕重,變化別明小大,是別序其義。
韓注の「故始総言之」と曰うは、上文の「繋辞焉而明吉凶」は悔吝を提げず、あれは総説なり。上文の「剛柔相推而生変化」は昼夜を提げず、あれは変化に就きて総説す。韓注の「下則明失得之軽重,辨変化之小大,故別序其義」と曰うは、下文は分別して「吉凶者,失得之象」を叙述す、あれは失得の較重なる一面なり。「悔吝者,憂虞之象」は、あれは失得の較軽なる一面なり。更に下面の経文は「変化者,進退之象」と曰う、あれは変化の較大なる一面なり。「剛柔者,昼夜之象」は、あれは変化の較小なる一面なり。両事は併挙して、失得は分別して軽重を点明し、変化は分別して大小を点明す、これがすなわち分別してその義を叙述するなり。
六爻之動,三極之道也。三極,三材也。兼三材之道,故能見吉凶,成變化也。[疏]正義曰:此覆明變化進退之義,言六爻遞相推動而生變化,是天地人三才至極之道,以其事兼三才,故能見吉凶而成變化也。
経文に曰く:六爻の変動は、「三極」の道を体現す。韓康伯の注は:「三極」はすなわち「三材」にして、天・地・人の三材の道を兼備す、だから能く吉凶を顕現し変化を成就すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは再び変化進退の意義を申明す——六爻は逓相推動して変化を産生す、まさに天・地・人の三才の至極の道理である。それは三才を兼摂するに因りて、だから能く吉凶を顕現して変化を成就す。
是故君子所居而安者,易之序也。序,易象之次序。[疏]正義曰:以其在上,吉凶顯其得失,變化明其進退,以此之故,君子觀象知其所處,故可居治之位,而安靜居之,是易位之次序也。若居在乾之初九,而安在勿用,若居在乾之九三,而安在乾乾,是以所居而安者,由觀易之位次序也。
経文に曰く:それゆえ君子の居処して能く安然たるは、《周易》の示すところの次序なり。韓康伯の注は:「序」は《周易》の卦爻の象の次第を指すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:上文すでに吉凶は得失を顕示し変化は進退を顕示すると講明せるに因りて、君子はこれに拠りて象を観て自己の処する地位を知り、ここにおいて能く事を治すべきの位次を占踞し、安静地にその中に居守す、これがすなわち《周易》の爻位の次序である。譬えば身は《乾》卦初九に処せば、便ち「潜龍勿用」に安んじ、身は《乾》卦九三に処せば、便ち「終日乾乾」に安んずるがごとし。これにより居りて安んずる能くする所以は、まさに《周易》の爻位の次序を観察するに由るを見るべし。
所樂而玩者,爻之辭也。是故君子居則觀其象而玩其辭,動則觀其變而玩其占。是以自天祐之,吉無不利。[疏]“所樂”至“無不利”。○正義曰:“所樂而玩者,爻之辭也”者,言君子愛樂而習翫者,是六爻之辭也。辭有吉凶悔吝,見善則思齊其事,見惡則懼而自改,所以愛樂而耽玩也。卦之與爻,皆有其辭,但爻有變化,取象既多,以知得失。故君子尢所愛樂,所以特云“爻之辭”也。“是故君子居則觀其象而玩其辭”者,以易象則明其善惡,辭則示其吉凶,故君子自居處其身,觀看其象,以知身之善惡,而習翫其辭,以曉事之吉凶。
経文に曰く:君子の喜愛して反復玩味する所は、爻辞なり。だから君子は平居する時は便ち卦爻の象を観てその辞を玩味し、行動する所有る時は便ち爻の変動を観てその占を玩味す。それゆえ上天は彼を佑助して、吉祥にして利ならざるなし。孔穎達の疏が解して曰く:「所楽而玩者,爻之辞也」は、君子の喜愛して反復研習玩味するは、まさに六爻の文辞なり。爻辞の裡に吉あり・凶あり・悔あり・吝あり、善を見れば便ちそれに斉しからんことを想い、悪を見れば便ち警懼して自己改正す、だから喜愛して沈玩して已まず。卦と爻は皆各々その辞あるも、ただ爻に変動あり、取るところの物象すでに多く、これに拠りて得失を知る、だから君子は格外に喜愛し、それにより特に「爻之辞」と説く。「是故君子居則観其象而玩其辞」は、卦象は能く善悪を顕明し文辞は能く吉凶を昭示すれば、だから君子は居処安身の時に、卦爻の象を観看して自身の善悪を了解し、その辞を研習玩味して事情の吉凶を通暁すを言う。
“動則觀其變而玩其占”者,言君子出行興動之時,則觀其爻之變化,而習翫其占之吉凶。若《乾》之九四“或躍在淵”,是動則觀其變也。《春秋傳》云:“先王卜征五年。”又云:“卜以決疑。”是動玩其占也。“是以自天祐之,吉無不利”者,君子既能奉遵易象,以居處其身,無有凶害,是以從天以下,悉皆祐之,吉無不利。此《大有》上九爻辭。
孔穎達は続けて疏解す:「動則観其変而玩其占」は、君子が出行して事を挙げる時に、便ち爻の変動を観察し、占う所の吉凶を研習玩味すを言う。《乾》卦九四の「或躍在淵」のごときは、まさに行動の時にその変を観察す。《春秋左氏伝》の記する「先王卜征五年」、また「卜以決疑」を記すは、これがすなわち行動の時にその占を玩味す。「是以自天祐之,吉无不利」は、君子すでに能く《周易》の象を奉行遵守して安身处世して、凶害を招致せざれば、それゆえ上天より以下は、彼を佑助せざるなし、吉祥にして利ならざるなし。この両句はもとより《大有》卦上九の爻辞なり。
繋辞上・第三章
[疏]正義曰:“彖者言乎”至“生之說”,此第三章也。上章明吉凶悔吝繫辭之義,而細意未盡,故此章更委曲說卦爻吉凶之事。是以義理深奧,能彌綸天地之道,仰觀俯察,知死生之說。彖者,言乎象者也。彖總一卦之義也。[疏]正義曰:《彖》謂卦下之辭,言說乎一卦之象也。爻者,言乎變者也。爻各言其變也。[疏]正義曰:謂爻下之辭,言說此爻之象改變也。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「彖者,言乎象者也」の一句より起りて、「知死生之説」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第三章である。上一章は吉凶悔吝と繋辞の意義を闡明して、しかして細微の処はいまだ説き尽くさず、だからこの一章は再び曲折詳説して卦爻の吉凶の事を説く。それにより義理深奥にして、能く天地の道を包羅弥合し、仰いで天文を観て俯して地理を察し、生死の道理を通暁す。経文に曰く:彖辞は卦象を説明するなり。韓康伯の注は:彖辞は一卦の意義を総括すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「彖」は卦下に繋がる文辞を指し、もってこの一卦の物象を説明す。経文はまた曰く:爻辞は変動を説明するなり。韓康伯の注は:毎一爻は各自その変動を説明すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは爻下に繋がる文辞を指し、もってこの一爻の物象の発生したる改変を説明す。
吉凶者,言乎其失得也。悔吝者,言乎其小疵也。無咎者,善補過也。是故列貴賤者存乎位,爻之所處曰位,六位有貴賤也。[疏]正義曰:“吉凶者,言乎其失得也”者,謂爻卦下辭也。著其吉凶者,言論其卦爻失之與得之義也。前章言據其卦爻之象,故云“吉凶者,失得之象”。此章據其卦爻之辭,故云“吉凶者,言乎其失得”也。“悔吝者,言乎其小疵也”者,辭著悔吝者,言說此卦爻有小疵病也。有小疵病,必預有憂虞,故前章云:“悔吝者,憂虞之象。”但前章據其象,此章論其辭也。
経文に曰く:「吉」「凶」は得失に就きて言うなり。「悔」「吝」は小の瑕疵に就きて言うなり。「无咎」は善く過失を補救するなり。だから貴賤を陈列するは爻位に在り。韓康伯の注は:爻の処する所を「位」と言う、六個の爻位に貴あり賤ありと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「吉凶者,言乎其失得也」が講ずるは卦下爻下に繋がる文辞——文辞は吉凶を標明すれば、すなわちこの一卦一爻が失なるか得なるかを論説す。前一章は卦爻の象に就きて講ずれば、だから「吉凶者,失得之象」と曰い、この一章は卦爻の辞に就きて講ずれば、だから「吉凶者,言乎其失得」という。「悔吝者,言乎其小疵也」は、文辞が悔吝を標出すれば、すなわちこの一卦一爻に小の毛病あるを説く。小の毛病あれば、必ず予め憂愁疑慮を生出す、だから前一章に「悔吝者,憂虞之象」と曰う。ただし前一章の依拠する所は象にして、この一章の論説する所は辞なり。
“無咎者,善補過也”者,辭稱無咎者,即此卦爻能補其過。若不能補過,則有咎也。案《略例》:無咎有二,一者善能補過,故無咎。二者其禍自已招,無所怨咎,故《節》之六三:“不節之嗟,又誰咎也?”但如此者少,此據多者言之,故云“善補過也”。前章舉其大略,故不細言無咎之事,此章備論也。“是故列貴賤者存乎位”者,以爻者言乎變,以此之故,陳列物之貴賤者在存乎六爻之位,皆上貴而下賤也。
孔穎達は続けて疏解す:「无咎者,善補過也」は、文辞の「无咎」と称するは、すなわちこの一卦一爻が能く自己の過失を補救するを言う。もし能く補救せざれば、便ち過錯あらん。按ずるに王弼の《周易略例》の言う所は、「无咎」に両種あり:一種は善く過失を補救して、それにより過錯なし。別の一種は禍患は自ら招きて来たり、別人を怨むべからず、だから《節》卦六三に「不節之嗟,又誰咎也」と曰う。ただし後の一種の情形は甚少なり、ここは多数の情形に就きて説を立つ、だから「善補過也」という。前一章はただその大略を挙げ、それにより「无咎」の事を細講せず、この一章は初めて詳しく論説を加う。「是故列貴賤者存乎位」は、爻は変動を講ずれば、まさにこれに因りて、事物の貴賤を陈列するの関鍵は六爻の位次に在り、一概に上位を貴と為し下位を賤と為す。
齊小大者存乎卦,卦有小大也,齊猶言辨也,即彖者言乎象也。[疏]正義曰:以彖者言乎象,象有小大,故齊辨物之小大者存乎卦也。猶若《泰》則“小往大來,吉亨”,《否》則“大往小來”之類是也。
経文に曰く:小と大を斉一区分するは卦に在り。韓康伯の注は:卦に小あり大あり、「斉」は猶お「辨別」と曰うがごとく、すなわち上文の「彖者言乎象」の意と解く。孔穎達の疏が解して曰く:彖辞は卦象を説明するに因りて、しかして卦象に小あり大あるに因りて、だから事物の小大を辨別するの関鍵は卦に在り。譬えば《泰》卦に「小往大来,吉亨」と曰い、《否》卦に「大往小来」と曰うは、便ちこの一類に属す。
辯吉凶者存乎辭,辭,爻辭也,即“爻者言乎變”也。言象所以明小大,言變所以明吉凶。故小大之義存乎卦,吉凶之狀見乎爻。至於悔吝無咎,其例一也。吉凶悔吝小疵無咎,皆主乎變,事有小大,故下歷言五者之差也。[疏]“辯吉”至“乎辭”。○正義曰:謂辯明卦之與爻之吉凶,存乎卦爻下之言辭是也。○注“辭爻”至“差也”。○正義曰:云:“辭,爻辭也”者,其實卦之與爻,皆有其辭。知是爻辭者,但卦辭變化少,爻辭變化多,此《經》“辯吉凶者存乎辭”,與“齊小大者存乎卦”,二文相對,上既云卦,故此辭為爻辭也。云“言象所以明小大”者,即“齊小大者存乎卦”是也。云“言變化所以明吉凶”者,則“辯吉凶者存乎辭”是也。云“故小大之義存乎卦”者,覆說“言象所以明小大”也。云“吉凶之狀見乎爻”者,覆說“言變所以明吉凶”也。
経文に曰く:吉凶を辨別するは文辞に在り。韓康伯の注は:ここの「辞」は爻辞を指し、すなわち上文の「爻者言乎変」の意なり。「象」を講ずるは小大を闡明するに用い、「変」を講ずるは吉凶を闡明するに用いる。だから小大の意義は卦に存し、吉凶の情状は爻に見る。悔吝と无咎に至りては、体例は一様なり。吉凶・悔吝のごとき小疵および无咎は、皆「変」を主と為す。事情に小あり大あるに因りて、だから下文は逐一にこの五者の差別を説出すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:一卦と一爻の吉凶を辨明するの関鍵は、卦爻の下に繋がる文辞に在り。孔穎達はまた韓注の「辞,爻辞也」より「五者之差」に至る一段を疏して曰く:韓注の講ずる「辞,爻辞也」は、その実卦と爻は皆各々その辞あるも、ここに専ら爻辞を指すを知る所以は、卦辞の変化は少なく爻辞の変化は多く、しかしてこの句の経文「辯吉凶者存乎辞」は上句の「斉小大者存乎卦」と両両相対し、上句すでに「卦」を説きたれば、此処の「辞」は自然に爻辞なり。韓注の講ずる「言象所以明小大」は、指すところはすなわち「斉小大者存乎卦」なり。講ずる「言変化所以明吉凶」は、指すところはすなわち「辯吉凶者存乎辞」なり。講ずる「故小大之義存乎卦」は、回頭して「言象所以明小大」を申説す。講ずる「吉凶之状見乎爻」は、回頭して「言変所以明吉凶」を申説す。
云“悔吝無咎,其例一也”者,謂悔吝無咎,體例與吉凶一也,皆是存乎辭。云“悔吝小疵無咎,皆生乎變”者,謂皆生於爻也。言乎變者,謂皆從爻變而來。云“事有小大”者,大則為吉凶,小則為悔吝無咎也。云“故下歷言五者之差”者,謂於吉凶下歷次言五者之差別,數五者,謂吉一,凶二,悔三,吝四,無咎五。“然諸儒以為五者,皆數列貴賤者存乎位,”是其一也。“齊小大者存乎卦”,是其二也。“辯吉凶者存乎辭”,是其三也。“憂悔吝者存乎介”,是其四也。“震無咎者存乎無悔”,是其五也。於《經》數之為便,但於《注》理則乖,今並存焉,任後賢所釋。
韓注の「悔吝无咎,其例一也」と曰うは、悔吝と无咎の体例は吉凶と同じく、皆文辞に存るを指す。韓注の悔吝のごとき小疵と无咎の「皆生乎変」と曰うは、それらが皆爻より生ずるを指す。いわゆる「言乎変」は、皆爻の変動より来たるを説く。韓注の「事有小大」と曰うは、大なるは便ち吉凶と成り、小なるは便ち悔吝・无咎と成るを指す。韓注の「故下歴言五者之差」と曰うは、吉凶の下に於て順次に五者の差別を説出すを指す。数える所の五者は、吉を一と為し、凶を二と為し、悔を三と為し、吝を四と為し、无咎を五と為す。しかるに諸家の学者はこの五者は応に別の一種の数法あるべしと為す:「列貴賤者存乎位」を第一と為し、「斉小大者存乎卦」を第二と為し、「辯吉凶者存乎辞」を第三と為し、「憂悔吝者存乎介」を第四と為し、「震无咎者存乎无悔」を第五と為す。経文に照らして数うるは固然に方便なるも、韓注の義理に相違す。いま両説を併存し、後来の賢者の解釈を留待す。
憂悔吝者存乎介,介,纖介也。王弼曰:憂悔吝之時,其介不可慢也。即“悔吝者言乎小疵也”。[疏]正義曰:介謂纖介,謂小小疵病。能預憂虞悔吝者,存於細小之疵病也。震無咎者存乎無悔。無咎者,善補過也。震,動也。故動而無咎,存乎無悔過也。[疏]正義曰:震,動也。動而無咎者,存乎能自悔過也。
経文に曰く:悔吝を憂慮するは「介」に在り。韓康伯の注は:「介」は細微の意なり。王弼の説に、まさに悔吝を憂慮する時に当たりて、あの細微の処は軽忽すべからず、すなわち上文の「悔吝者言乎小疵也」の意なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「介」は纎細微小を指し、すなわち小小の毛病なり。能く予め悔吝を憂慮する人は、着眼する所はまさにこれらの細小の毛病の上に在り。経文は続けて曰く:動にして无咎なるは、能く悔恨なからしむるに在り。韓康伯の注は:「无咎」はすなわち善く過失を補救するなり。「震」は動の意なり、だから行動して過錯を致さざるは、関鍵は能く悔恨を遺さざるに在りと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「震」は動なり、行動して過錯なからんは、能く自己の過失を悔改するに在り。
是故卦有小大,辭有險易。其道光明曰大,君子道消曰小;之泰則其辭易,之否則其辭險。[疏]正義曰:其道光明謂之大,其道消散謂之小。若之適通泰,其辭則說易,若之適否塞,其辭則難險也。辭也者,各指其所之。《易》與天地準,作《易》以準天地。
経文に曰く:それゆえ卦に小あり大あり、辞に険あり易あり。韓康伯の注は:その道の光明なるを「大」と言い、君子の道の消退するを「小」と言う。通泰に趨向するは、その文辞は便ち平易なり。否塞に趨向するは、その文辞は便ち険難なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:その道光明なれば便ち大と称し、その道消散すれば便ち小と称す。もし通達安泰に走向せば、文辞は便ち和悦平易なり。もし閉塞不通に走向せば、文辞は便ち艱難険峻なり。経文は続けて曰く:文辞は各自その趨向する所の方向を指示す。《周易》は天地と斉準す。韓康伯の注は:《周易》を作すはまさにもって天地に比準するなりと解く。
[疏]正義曰:“辭也者,各指其所之”者,謂爻卦之辭,各斥其爻卦之之適也。若之適於善,則其辭善。若之適於惡,則其辭惡也。“《易》與天地準”者,自此已上,論卦爻辭理之義;自此已下,廣明《易》道之美。言聖人作《易》,與天地相準。謂準擬天地,則乾健以法天,坤順以法地之類是也。
孔穎達の疏が解して曰く:「辞也者,各指其所之」は、卦辞と爻辞は各自その卦その爻の趨向を指明すを言う:善に趨向せば、文辞は便ち善なり。悪に趨向せば、文辞は便ち悪なり。「《易》与天地準」の一句に至りては、この句より以上は、卦爻文辞の義理の問題を論ず。この句より以下は、則ち広く《周易》の道の美善を闡明す。これは聖人が《周易》を作して天地と斉準するを説くにして、すなわちこれは天地に比擬す——《乾》は剛健をもって天に取法し、《坤》は柔順をもって地に取法す、便ちこの一類に属す。
故能彌綸天地之道,仰以觀於天文,俯以察於地理,是故知幽明之故。原始反終,故知死生之說。幽明者,有形無形之象。死生者,終始之數也。[疏]正義曰:“故能彌綸天地之道”者,以《易》與天地相準,為此之故聖人用易,能彌綸天地之道,彌謂彌縫補合,綸謂經綸牽引,能補合牽引天地之道,用此易道也。““仰以觀於天文,俯以察於地理”者,天有懸象而成文章,故稱文也。地有山川原隰,各有條理,故稱理也。“是故知幽明之故”者,故謂事也。故以用易道,仰觀俯察,知無形之幽,有形之明,義理事故也。“原始反終,故知生死之說”者,言用易理,原窮事物之初始,反覆事物之終末,始終吉凶,皆悉包羅,以此之故,知死生之數也。正謂用易道參其逆順,則禍福可知;用蓍策求其吉凶,則死生可識也。
経文に曰く:それゆえ《周易》は能く天地の道を包羅弥合す。頭を仰ぎて天上の文象を観察し、身を俯して地上の理則を審察すれば、それゆえ幽隠と顕明の縁故を通暁す。事物の開端を推原し、事物の終結を反求すれば、それゆえ生と死の道理を通暁す。韓康伯の注は:「幽明」は有形と无形の象を指し、「死生」は終と始の気数を指すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「故能弥綸天地之道」は《周易》が天地と斉準するに因りて、だから聖人は《周易》を運用して能く天地の道を弥綸す。「弥」は弥縫補合にして、「綸」は経綸牽引なり、能く天地の道を補合牽引するは、倚る所はまさにこの易道なり。「仰以観於天文,俯以察於地理」は、天上に懸垂の物象ありて文采と成れば、だから「文」と称し、地上に山川原野と低湿の地ありて、各々条理あれば、だから「理」と称す。「是故知幽明之故」の「故」は事を指す。易道を運用して仰観俯察せば、便ち能く无形の幽・有形の明、およびその中の義理と事情を知る。「原始反終,故知生死之説」は、易理を運用して、事物の最初に推究し、反復して事物の終末に推尋せば、始終吉凶は包羅せざるなく、それゆえ能く生死の気数を知るを言う。これはまさに説く:易道を用いて事情の逆順を参験せば、禍福は便ち能く予知す。蓍草策数を用いて吉凶を推求せば、生死は便ち能く辨識す。
繋辞上・第四章
[疏]正義曰:“精氣為物”至“鮮矣”,此第四章也。上章明卦爻之義,其事類稍盡,但卦爻未明鬼神情狀。此章說物之改變而為鬼神,易能通鬼神之變化,故於此章明之。精氣為物,游魂為變,精氣煙熅,聚而成物。聚極則散,而游魂為變也。游魂,言其遊散也。[疏]正義曰:云:“精氣為物”者,謂陰陽精靈之氣,氤氳積聚而為萬物也。“游魂為變”者,物既積聚,極則分散,將散之時,浮游精魂,去離物形,而為改變,則生變為死,成變為敗,或未死之間,變為異類也。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「精気為物」の一句より起りて、「故君子之道鮮矣」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第四章である。上一章は卦爻の意義を闡明して、事類大略すでに尽く、ただいまだ鬼神の情状を講明せず。この一章は事物が改変して鬼神と為り、《周易》は能く鬼神の変化を貫通すを説く、だから本章に於て闡明を加う。経文に曰く:精気は凝聚して物と為り、魂気は游散して変を形成す。韓康伯の注は:精気は氤氳して、聚合して物と成る。聚ること極点に到れば便ち離散せん、ここにおいて魂気は游散して変を形成す——「游魂」は説くところはまさにそれが游蕩離散するなりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「精気為物」は、陰陽の精霊の気が氤氳積聚して万物と為るを指す。「游魂為変」は、万物すでに積聚して、極点に到れば便ち分散せんと欲し、まさに散ずる時に、浮游の精魂は物の形体を脱離して改変を発生す——生は変じて死と為り、成は変じて敗と為り、或はいまだ死亡せざるの際に、変じて別の種類と為る。
是故知鬼神之情狀。盡聚散之理,則能知變化之道,無幽而不通也。[疏]“是故”至“情狀”。○正義曰:能窮易理,盡生死變化,以此之故,能知鬼神之內外情狀也。物既以聚而生,以散而死,皆是鬼神所為,但極聚散之理,則知鬼神之情狀也。言聖人以易之理面能然也。○注“知變化之道”。○正義曰:案下云“神無方”,韓氏云自此以上皆言神之所為。則此《經》“情狀”是虛地之神。聖人極虛無之神,如變化之道,幽冥悉通,故能知鬼神之情狀。
経文に曰く:それゆえ能く鬼神の情状を知る。韓康伯の注は:聚と散の道理を窮尽せば、便ち能く変化の道を懂得し、更に幽隠なるも通達せざるなしと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:能く易理を窮究し、生死変化を尽知せば、それゆえ能く鬼神の内外の情状を知る。事物すでに聚に因りて生じ散に因りて死するは、皆鬼神の作為なり、ただ聚散の理を窮尽せば、便ち鬼神の情状を知る。これは聖人が《周易》の義理に憑りて初めて能くこうあるを説く。孔穎達はまた韓注の「知変化之道」を疏して曰く:按ずるに下文に「神无方」の一句あり、韓康伯の講ずる彼処より往上は皆「神」の作為を説く、すなわちこの句の経文の説く「情状」は、指すところは虚位に処する神なり。聖人は虚無の神を窮極すること、変化の道を窮極するに如同しく、幽冥の事は貫通せざるなし、だから能く鬼神の情状を知る。
與天地相似,故不違。德合天地,故曰相似。[疏]正義曰:天地能知鬼神,任其變化。聖人亦窮神盡性,能知鬼神,是與天地相似,所為所作,故不違於天地,能與天地合也。知周乎萬物,而道濟天下,故不過。知周萬物,則能以道濟天下也。[疏]正義曰:“知周乎萬物,而道濟天下”者,聖人無物不知,是知周於萬物。天下皆養,是道濟天下也。“故不過”者,所為皆得其宜,不有愆過,使物失分也。
経文に曰く:聖人は天地と相似たり、だから天地に違背せず。韓康伯の注は:彼の徳は天地と相合すれば、だから「相似」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:天地は能く鬼神を知り、それの変化に任す。聖人もまた神妙を窮究し物性を尽知して、能く鬼神を知る、これは便ち天地と相似たり、それゆえ彼の一切の作為は皆天地に違背せず、能く天地と相合する能く。経文は続けて曰く:智慧は万物に遍及して、しかもその道をもって天下を救助す、だから過失なし。韓康伯の注は:智慧は万物に周遍すれば、便ち能くその道を用いて天下を救助すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「知周乎万物,而道済天下」は、聖人は知らざる所なきを言う、これがすなわち智慧は万物に周遍す。天下は皆その養育を受く、これがすなわち道をもって天下を救助す。「故不過」は、その作為する所は皆各々その宜しきを得て、差錯を生ぜず、万物をして応有の本分を失わしめざるを言う。
旁行而不流,應變旁通,而不流淫也。[疏]正義曰:言聖人之德,應變旁行,無不被及,而不有流移淫過。若不應變化,非理而動,則為流淫也。樂天知命,故不憂。順天之化,故曰樂也。[疏]正義曰:順天施化,是歡樂於天;識物始終,是自知性命。順天道之常數,知性命之始終,任自然之理,故不憂也。
経文に曰く:四方に旁通して流蕩放縦せず。韓康伯の注は:変化に随応して四方に旁通すれども、放縦過度に流れざると解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人の徳は変化に随応して四方に旁行し、施及せざる所なし、しかして流移放縦の過失なし。仮令能く変化に随応せず、常理に違背して妄動せば、すなわちあれは流蕩放縦と成る。経文は続けて曰く:天を楽しみ命を知れば、だから憂愁せず。韓康伯の注は:上天の化育に順応すれば、だから「楽」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:上天の化育を施行するに順応するは、これは天をもって楽と為す。万物の始終を識得するは、これは自ら性命を知るなり。天道の恒常の規律に順い、性命の始終を通暁し、一任して自然の理なれば、だから憂愁せず。
安土敦乎仁,故能愛。安土敦仁者,萬物之情也。物順其情,則仁功贍矣。[疏]正義曰:言萬物之性,皆欲安靜於土,敦厚於仁。聖人能行此安土敦仁之化,故能愛養萬物也。範圍天地之化而不過。範圍者,擬範天地,而周備其理也。[疏]正義曰:範謂模範,圍謂周圍,言聖人所為所作,模範周圍天地之化養,言法則天地以施其化,而不有過失違天地者也。
経文に曰く:処する所の土地に安んじて仁に敦厚なれば、だから能く人を愛し物を愛す。韓康伯の注は:安土敦仁は、もとより万物の情性なり。万物はその情に順遂せば、仁の功效は便ち周贍なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:万物の本性は皆安静に土地上に処り敦厚に仁を守らんと欲す。聖人は能くこの種の「安土敦仁」の教化を推行すれば、だから能く万物を愛護養育す。経文は続けて曰く:天地の化育を模擬規範して過差せず。韓康伯の注は:いわゆる「範囲」は、天地を模擬規範し、その中の道理を周遍に涵盖するなりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「範」は模範にして、「囲」は周围なり。説く所は聖人の一切の作為は、天地の化育を模擬規範し周遍涵盖す、すなわちこれは天地を效法して教化を施行す、過失あって天地に違背せざるなり。
曲成萬物而不遺。曲成者,乘變以應物,不繫一方者也,則物宜得矣。[疏]正義曰:言聖人隨變而應,屈曲委細,成就萬物,而不有遺棄細小而不成也。通乎晝夜之道而知。通幽明之故,則無不知也。[疏]正義曰:言聖人通曉於晝夜之道,晝則明也,夜則幽也,言通曉於幽明之道,而無事不知也。自此以上,皆神之所為,聖人能極神之幽隱之德也。
経文に曰く:曲尽委細に万物を成就して遺漏なし。韓康伯の注は:いわゆる「曲成」は、変化に乗じて万物に応接し、某一方に拘執せず、こうすれば万物は便ち各々その宜しきを得ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は変化に随って応接して、曲折委細に万物を成就し、細小の物を遺棄してそれを成就せざらんことなし。経文は続けて曰く:昼夜の道を通暁して知らざる所なし。韓康伯の注は:幽隠顕明の縁由を通達せば、便ち知らざる所有らずと解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は昼夜の道を通暁す——白昼は明にして、黒夜は幽なり、すなわちこれは幽明の道を通暁す、それにより知らざる事なし。ここより往上は、講ずる所は皆「神」の作為なり、聖人は能く神の幽深隠微の徳を窮極す。
故神無方,而易無體。自此以上,皆言神之所為也。方、體者,皆繫於形器者也。神則陰陽不測,易則唯變所適,不可以一方、一體明。[疏]“故神”至“無體”。○正義曰:神則寂然虛無,陰陽深遠,不可求難,是無一方可明也。易則隨物改變,應變而往,無一體可定也。○注“自此以上”。○正義曰:自此以上,皆言神之所為者,謂從“神無方”以上,至“精氣為物”以下,《經》之所云,皆言神所施為。神者,微妙玄通,不可測量,故能知鬼神之情狀,與天地相似。知周萬物,樂天知命,安土敦仁,範圍天地,曲成萬物,通乎晝夜,此皆神之功用也。作《易》者因自然之神以垂教,欲使聖人用此神道以被天下,雖是神之所為,亦是聖人所為。
経文に曰く:それゆえ「神」に固定の方所なく、《易》に固定の形体なし。韓康伯の注は:この句より往上は、講ずる所は皆神の作為なり。「方」と「体」は皆有形の器に系属す。神は則ち陰陽変化にして測度すべからず、《易》は則ちただ変化に随って往くのみ、皆某の一個の方所・某の一種の形体をもって説明する能わずと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:神は寂然として虚無にして、陰陽は幽深遥遠にして、尋求し難し、だから一個の方所ありて指明すべからず。《易》は事物に随って改変し、変化に応じて推移す、だから一種の形体ありて固定すべからず。孔穎達はまた韓注の「自此以上」を疏して曰く:いわゆる此より往上は皆神の作為を講ずとは、指すところは「神无方」より向上して「精気為物」に至るこの一整段、経文の説く所は皆神の施為なり。神は微妙玄通にして、測量すべからず、だから能く鬼神の情状を知り、天地と相似たり。智慧は万物に周遍し・楽天知命・安土敦仁・範囲天地・曲成万物・通乎昼夜するは、これらは皆神の功用なり。《周易》を作す者は自然の神に依りて教化を垂示し、聖人をしてこの神道を運用して天下に覆被せしめんと欲す。これらは神の作為なるといえども、同時にまたすなわち聖人の作為なり。
云“方體者,皆繫於形器”者,方是處所之名,體是形質之稱。凡處所形質,非是虛無,皆繫著於器物,故云“皆繫於形器”也。云“神則陰陽不測”者,既幽微不可測度,不可測,則何有處所,是“神無方”也。云“易則唯變所適”者,既是變易,唯變之適,不有定往,何可有體,是“易無體”也。云“不可以一方一體明”者,解“無方”“無體”也。凡“無方”“無體”,各有二義。一者神則不見其處所云為,是無方也;二則周遊運動,不常在一處,亦是無方也。無體者,一是自然而變,而不知變之所由,是無形體也;二則隨變而往,無定在一體,亦是無體也。
孔穎達の疏は韓注の「方体者,皆系於形器」を解して曰く:「方」は処所の名称にして、「体」は形質の称谓なり。およそ処所と形質は皆虚無に属せず、皆器物に系着す、だから「皆系於形器」という。韓注の「神則陰陽不測」と曰うは、神はすでに幽微にして測度すべからざるに因りて、測度すべからざれば便ち処所の謂なく、これがすなわち「神无方」なり。韓注の「易則唯変所適」と曰うは、《易》はすでに変易なるに因りて、ただ変化に随って往くのみ、固定の去向なく、何れの処にか形体あらん、これがすなわち「易无体」なり。韓注の「不可以一方一体明」と曰うは、「无方」と「无体」を解釈するに在り。およそ「无方」「无体」と説くは、各々両層の意思あり:「无方」に就きて説けば、一は神はその処所と挙動を顕現せず、二はそれは周游運動して常に一処に在らず。「无体」に就きて説けば、一は自然而変ずるも、変の何より来たるを知らず、それにより形体なし、二は変に随って往きて、某の一形体上に固定せず、もまた形体なし。
一陰一陽之謂道,道者何?無之稱也,無不通也,無不由也,況之曰道。寂然天體,不可為象。必有之用極,而無之功顯,故至乎“神無方,而易無體”,而道可見矣。故窮變以盡神,因神以明道,陰陽雖殊,無一以待之。在陰為無陰,陰以之生;在陽為無陽,陽以之成,故曰“一陰一陽”也。
経文に曰く:一陰一陽の交替して運行するを「道」と言う。韓康伯の注は:「道」とは何ぞや。これは「无」の称谓なり。それは通せざる所なく、由らざる所なし、姑らく比況してこれを「道」と称す。それは寂然沈静にして形体なく(注文は「寂然天体」と作るも、「天」は応に「无」の字の訛なり)、形象をもって描摹する能わず。必ず「有」の功用の極処に発揮するを待ちて、「无」の功效は初めて顕現す。だから「神无方,而易无体」のこの層に到りて、「道」は初めて見るべし。それゆえ変化を窮究して神の妙を尽くし、神に憑りて道を闡明す。陰と陽は相同ならざるといえども、皆「无」のこの「一」を用いてそれらを対待す:陰の中に在りて却って陰の謂なく、陰はそれに由りて生ず。陽の中に在りて却って陽の謂なく、陽はそれに由りて成る。だから「一陰一陽」というと解く。
[疏]“一陰”至“謂道”。○正義曰:一謂無也,無陰無陽,乃謂之道。一得為無者,無是虛無,虛無是大虛,不可分別,唯一而已,故以一為無也。若其有境,則彼此相形,有二有不得為一。故在陰之時,而不見為陰之功;在陽之時,而不見為陽之力,自然而有陰陽,自然無所營為,此則道之謂也。故以言之為道,以數言之謂之一,以體言之謂之無,以物得開通謂之道,以微妙不測謂之神,以應機變化謂之易,總而言之,皆虛無之謂也。聖人以人事名之,隨其義理,立其稱號。
孔穎達の疏は経文の「一陰一陽之謂道」を解して曰く:ここの「一」は「无」を指す——すでに陰の謂なく、また陽の謂なく、初めてこれを「道」と言う。「一」の解作して「无」と為る能くする所以は、「无」はすなわち虚無にして、虚無はすなわち太虚にして、分別すべからず、ただ一の已るのみ、だから「一」をもって「无」と為す。もし「有」の境域に落ちれば、便ち彼此互相に対形して、二あるを有し「有」あるを有し、便ち「一」と称する能わず。だから陰に在る時は、それの陰と為すの功用を見ず。陽に在る時は、それの陽と為すの力量を見ず。陰陽は自然にして有り、自然にして営為する所なし、これを「道」と言う。それゆえ、言説の上に於ては「道」と言い、数目の上に於ては「一」と言い、体性の上に於ては「无」と言い、万物がそれに由りて開通するの上に於ては「道」と言い、微妙にして測度すべからざるの上に於ては「神」と言い、機に応じて変化するの上に於ては「易」と言う。総じて言えば、皆虚無の称谓なり。聖人は人事に依りて命名し、その義理に随ってこれらの称号を立下せり。
○注“道者”至“一陽也”。○正義曰:云:“道者何?無之稱”者,此韓氏自問其道而釋之也。道是虛無之稱,以虛無能開通於物,故稱之曰道。云“無不通,無不由”者,若處於有,有則為物礙難,不可當通。道既虛無為體,則不為礙難,故曰“無不通”也。“無不由”者,言萬物皆因之而通,由之而有。云“況之曰道”者,比況道路以為稱也。“寂然無體,不可為象”者,謂寂然幽靜而無體,不可以形象求,是不可為象。至如天覆地載,日照月臨,冬寒夏暑,春生秋殺,萬物運動,皆由道而然,豈見其所營,知其所為?是“寂然無體,不可為象”也。
孔穎達の疏は韓注の「道者何」より「故曰一陰一陽也」に至る一段を解して曰く:韓注の講ずる「道者何?无之称」は、これは韓康伯が自ら問答を設けて「道」を解釈す——道は虚無の称谓にして、虚無は能く万物を開通せしむるに因りて、だからそれを「道」と称す。韓注の講ずる「无不通,无不由」は、もし「有」の一辺に処せば、「有」は便ち別の物に阻碍困難せられ、処々通達を談ずべからず。道はすでに虚無をもって体と為せば、阻碍を受けず、だから「无不通」という。いわゆる「无不由」は、万物は皆それに因りて通じそれに由りて有るを説く。韓注の講ずる「況之曰道」は、道路に比擬して名を立つ。韓注の講ずる「寂然无体,不可為象」は、それは寂然幽静にして形体なく、形象に憑りて尋求する能わざるを説く。天の覆盖・地の承載、日の照耀・月の臨照、冬寒夏暑、春生秋殺、万物の運行して息まざることのごとき、皆道に由りてこうあれども、誰かその経営を見、またその作為を知らんや。これがすなわち「寂然无体,不可為象」である。
云“必有之用,極而無之功顯”者,猶若風雨是有之所用,當用之時,以無為心,風雨既極之後,萬物賴此風雨而得生育,是生育之功,由風雨無心而成。是“有之用極,而無之功顯”,是神之發作動用,以生萬物,其功成就,乃在於無形。應機變化,雖有功用,本其用之所以,亦在於無也。故至乎“神無方,而《易》無體”,自然無為之道,可顯見矣。當其有用之時,道未見也。
孔穎達の疏は韓注の「必有之用,極而无之功顕」を解して曰く:譬えば風雨は「有」の功用に属し、それが施用する際に当たりては、「无心」をもって心と為す。風雨の止息する後を待ちて、万物はこの風雨に倚りて生育を得、この生育の功はまさに風雨の无心に由りて成就せらる。これがすなわち「有之用極,而无之功顕」——神は発動施用して万物を生養するも、しかしてその功業の成就は、却って无形の処に落つ。機に応じて変化するは功用あるといえども、この功用の所以然を推究するも、また仍お「无」に在り。だから「神无方,而《易》无体」のこの層に到りて、自然无為の道は初めて顕現す。それがまさに施用する時に当たりては、道は見るべからざるなり。
云“故窮變以盡神”者,神則杳然不測,千變萬化。聖人則窮此千變萬化,以盡神之妙理,故云窮變化以盡神。云“因神以明道”者,謂盡神之理,唯在虛無,因此虛無之神,以明道之所在,道亦虛無,故云“因神以明道”也。“陰陽雖殊,無一以待之”者,言陰之與陽,雖有兩氣,恆用虛無之一,以擬待之。言在陽之時,亦以為虛無,無此陽也。在陰之時,亦以為虛無,無此陰也。
孔穎達の疏は韓注の「故窮変以尽神」を解して曰く:神は杳然として測度すべからず、千変万化す。聖人はこの千変万化を窮究して、神の妙理を尽くすをもってす、だから変化を窮究して神を尽くすと曰う。韓注の講ずる「因神以明道」は、神の理を尽くすはただ虚無に在り、この虚無の神に憑りて道の所在を闡明す——道もまた虚無なり、だから「因神以明道」という。韓注の講ずる「陰陽雖殊,无一以待之」は、陰と陽は両種の気なるといえども、始終虚無のこの「一」を用いてそれらを比擬対待すを説く:陽に在る時もまた、それを虚無と看作して、この陽ありとせず。陰に在る時もまた、それを虚無と看作して、この陰ありとせず。
云“在陰為無陰,陰以之生”者,謂道雖在於陰,而無於陰,言道所生皆無陰也。雖無於陰,陰終由道而生,故言“陰以之生”也。“在陽為無陽,陽以之成”者,謂道雖在陽,陽中必無道也。雖無於陽,陽必由道而成,故言“陽以成之”也。道雖無於陰陽,然亦不離於陰陽,陰陽雖由道成,即陰陽亦非道,故曰“一陰一陽”也。
孔穎達の疏は韓注の「在陰為无陰,陰以之生」を解して曰く:道はすなわち陰の中に在るといえども、却って陰の謂なく、意は道の生ずる所の一切は皆陰相を着けず。陰相を着けざるといえども、陰は終竟道に由りて生ず、だから「陰以之生」という。韓注の講ずる「在陽為无陽,陽以之成」は、道はすなわち陽の中に在るといえども、陽の裡は却って道あるを見ず。陽相を着けざるといえども、陽は必定道に由りて成る、だから「陽以成之」という。道は陰陽に着けざるといえども、また陰陽を離れず。陰陽は道に由りて成るといえども、陰陽の本身は却ってすなわち道にあらず、だから「一陰一陽之謂道」という。
繼之者善也,成之者性也。仁者見之謂之仁,知者見之謂之知,仁者資道以見其仁,知者資道以見其知,各盡其分。[疏]正義曰:“繼之者善也”者,道是生物開通,善是順理養物,故繼道之功者,唯善行也。“成之者性也”者,若能成就此道者,是人之本性。若性仁者成就此道為仁性,知者成就此道為知也。故云“仁者見之謂之仁,知者見之謂之知”。是仁之與知,皆資道而得成仁知也。
経文に曰く:それを承継するは善にして、それを成就するは性なり。仁者はそれを見て便ち仁と称し、智者はそれを見て便ち智と称す。韓康伯の注は:仁者は道に凭藉してその仁を顕現し、智者は道に凭藉してその智を顕現し、各自その本分を尽くすと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「継之者善也」——道の作用は万物を生養し万物を開通し、善の作用は理に順って万物を養育す、だから能く道の功を承継するは、ただ善の徳行のみ。「成之者性也」——能くこの道を成就するは、まさに人の本性なり。本性が仁に属するは、この道を成就して便ち仁の性と為り、本性が智に属するは、この道を成就して便ち智と為る。だから「仁者見之謂之仁,知者見之謂之知」という、これにより仁と智は皆道に凭藉して初めてその仁・その智を成就するを得るを見るべし。
百姓日用而不知,故君子之道鮮矣。君子體道以為用也。仁知則滯於所見,百姓則日用而不知。體斯道者,不亦鮮矣?故“常無慾,以觀其妙”,始可以語至而言極也。[疏]“百姓”至“鮮矣”。○正義曰:“百姓日用而不知”者,言萬方百姓,恆日日賴用此道而得生,而不知道之功力也。言道冥昧不以功為功,故百姓日用而不能知也。“故君子之道鮮矣”者,君子謂聖人也。仁知則各滯於所見,百姓則日用不知,明體道君子,不亦少乎?
経文に曰く:百姓は日々それを用いて自ら知らず、だから能く道を体する君子は便ち稀少なり。韓康伯の注は:君子は道を体察してこれに運用を加うる人なり。仁者と智者は各自自己の見る所の一偏に滞碍し、百姓は則ち日々それを用いて自ら知らず、能くこの道を体察するは、あに少なからずや。だから《老子》に「常无欲,以観其妙」と曰う、こうして初めて能く至理を談論し極処に説及すべしと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:「百姓日用而不知」は、四方の百姓は日々この道に倚頼して初めて生存するを得るも、しかしてその功力の所在を知らざるを説く。道は幽隠昏昧にして、自らの功労をもって功労と為さざるに因りて、だから百姓は日々それを用いて能く知らず。「故君子之道鮮矣」——ここの「君子」は聖人を指す。仁者智者は各自見る所の一偏に滞碍し、百姓はまた日用して知らず、これにより能く道を体する君子は実に太少なりを見るべし。
○注“君子體道”至“極也”。○正義曰:“君子體道以為用”者,謂聖人為君子,體履於至道,法道而施政,則《老子》云“為而不宰,功成不居”是也。云“仁知則滯於所見”者,言仁知雖賢猶有偏,見仁者觀道謂道為仁,知者觀道謂道為知,不能遍曉,是滯於所見也。是道既以無為用,若以仁以知,則滯所見也。至於百姓,但日用通生之道,又不知通生由道而來,故云“百姓日用而不知”也。
孔穎達の疏は韓注の「君子体道以為用」より「而言極也」に至る一段を解して曰く:いわゆる「君子体道以為用」は、聖人を君子と称作し、彼は至道を身体力行し、道を效法して政教を施行す、すなわちこれは《老子》の説く「為而不宰,功成不居」なり。韓注の「仁知則滞於所見」と曰うは、仁者智者は賢明なるといえども、仍お偏あるを免れず:仁者は道を観れば便ち道を仁と説き、智者は道を観れば便ち道を智と説く、能く周遍通暁せず、これがすなわち自己の見る所に滞碍するなり。道はすでに「无」をもって用と為せば、もし仁を拿り智を拿りてそれを看れば、便ち偏見の裡に落つ。百姓に至りては、ただ日々この万物を通生するの道を用いるのみ、またこの通生はまさに道より来たるを知らず、だから「百姓日用而不知」という。
云“體斯道者,不亦鮮矣”者,是聖人君子獨能悟道,故云“不亦鮮矣”。云“故常無慾以觀其妙”者,引《老子·道經》之文,以結成此義。“無慾”謂無心,若能寂然無心無慾,觀其道之妙趣,謂不為所為,得道之妙理也。云“始可以語至而言極也”者,若能無慾觀此道之妙理,無事無為,如此,可以語說其至理,而言其極趣也。若不如此,不可語至而言極也。
孔穎達は続けて疏解す:韓注の「体斯道者,不亦鮮矣」と曰うは、ただ聖人君子のみ能く道を悟るに因りて、だから「あに少なからずや」と曰う。韓注の「故常无欲以観其妙」と曰うは、《老子・道経》の文句を引いてこの層の意思を収結す:「无欲」はすなわち无心なり、もし能く寂然として无心无欲にして、道の微妙の旨趣を観照せば、すなわちあれは刻意して作為する所なくして道の妙理を得るなり。韓注の「始可以語至而言極也」と曰うは、もし能く无欲の心をもって道の妙理を観照して、无事无為なれば、こうして初めて能く道の至理を談論しその極致に説及すべし。もしこの点を作る能わざれば、便ち至理を説き極致を論ずるに談ずべからず。
繋辞上・第五章
[疏]正義曰:“顯諸仁”至“之門”,此第五章也。上章論神之所為,此章廣明易道之大,與神功不異也。顯諸仁,藏諸用,衣被萬物,故曰“顯諸仁”。日用而不知,故曰“藏諸用”。[疏]正義曰:“顯諸仁”者,言道之為體,顯見仁功,衣被萬物,是“顯諸仁”也。“藏諸用”者,謂潛藏功用,不使物知,是“藏諸用”也。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「顕諸仁」の一句より起りて、「道義之門」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第五章である。上一章は「神」の作為を論じ、この一章は則ち広く易道の宏大を闡明して、神の功用と並びて二致なし。経文に曰く:道は仁に顕現し、用に隠蔵す。韓康伯の注は:それは万物に覆被すれば、だから「顕諸仁」といい、百姓は日々それを用いて自ら知らざれば、だから「蔵諸用」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「顕諸仁」は、道は本体と為して、仁愛の功效を顕現して、万物に覆被すを説く。「蔵諸用」は、それは功用を潜蔵して、万物に察覚せしめざるを説く。
鼓萬物而不與聖人同憂,萬物由之以化,故曰“鼓萬物”也。聖人雖體道以為用,未能全無以為體,故順通天下,則有經營之跡也。[疏]“鼓萬物”至“同憂”。○正義曰:言道之功用,能鼓動萬物,使之化育,故云“鼓萬物”。聖人化物,不能全無以為體,猶有經營之憂;道則虛無為用,無事無為,不與聖人同用,有經營之憂也。○注“聖人雖體以為用”。○正義曰:云“聖人雖體道以為用”者,言聖人不能無憂之事。道則無心無跡,聖人則亦無心有跡,聖人能體附於道,其跡以有為用。云“未能全無以為體”者,道則心跡俱無,是其全無以為體;聖人則無心有跡,是跡有而心無,是不能全無以為體。云“故順通天下,則有經營之跡”者,言聖人順通天下之理,內則雖是無心,外則有經營之跡,則有憂也。道則心跡俱無,無憂無患,故云“不與聖人同憂”也。
経文に曰く:道は万物を鼓動するも、聖人のごとく憂慮を懐抱することなし。韓康伯の注は:万物はそれに由りて化育を得れば、だから「鼓万物」といい、聖人は道を体察してこれに運用を加うるといえども、尚お能く完全に「无」をもって本体と為す能わず、それゆえ天下に順通する時に当たりて、仍お経営の痕跡を留有すと解く。孔穎達の疏は経文を解して曰く:道の功用は能く万物を鼓動して、それらをして化生長養せしむ、だから「鼓万物」という。聖人は万物を化育するに、能く完全に「无」をもって体と為す能わず、尚お経営の憂労を帯ぶ。道は則ち虚無をもって用と為して、无事无為にして、聖人の用心と同じからず、経営の憂労なし。孔穎達はまた韓注の「聖人雖体道以為用」を疏して曰く:これは聖人は全然憂なしと致す能わざるを講ず。道は无心にしてまた无跡なり、聖人は則ち无心にして有跡なり。聖人は能く道に体察依附するも、その形跡の上は仍お「有」をもって用と為す。韓注の「未能全无以為体」と曰うは、道の心と跡は皆无に帰するに因りて、あれこそ完全に「无」をもって体と為すを言う。聖人は則ち无心にして有跡あり、跡は有にして心は无なり、だから能く完全に「无」をもって体と為す能わず。韓注の「故順通天下,則有経営之跡」と曰うは、聖人は天下の理に順応貫通して、内裡は无心なるといえども、外面は経営の形跡あり、ここにおいて便ち憂労あらん。道は則ち心と跡が倶に无にして、憂患なし、だから「不与聖人同憂」という。
盛德大業,至矣哉!夫物之所以通,事之所以理,莫不由乎道也。聖人功用之母,體同乎道,盛德大業,所以能至。[疏]正義曰:聖人為功用之母,體同於道,萬物由之而通,眾事以之而理,是聖人極盛之德,廣大之業,至極矣哉!於行謂之德,於事謂之業。富有之謂大業,廣大悉備,故曰“富有”。[疏]正義曰:自此已下,覆說“大業”“盛德”,因廣明易與乾坤,及其占之與事,並明神之體,以廣大悉備,萬事富有,所以謂之“大業”。
経文に曰く:盛大の徳・広大の業、真に極処に到りたるか。韓康伯の注は:万物の通達する所以・万事の条理ある所以は、道に由らざるなし。聖人は一切の功用の根源にして、その体は道と相同なれば、だから盛徳大業は能く極至に臻ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は功用の根源にして、体性は道と相同なり、万物は彼に由りて通達し、衆事は彼に由りて条理あり、これがすなわち聖人の極めて盛大の徳・極めて広大の業にして、真に至極なり。徳行の上に落つるを「徳」と言い、事功の上に落つるを「業」と言う。経文は続けて曰く:富有を「大業」と言う。韓康伯の注は:広大にして備わらざる所なければ、だから「富有」と言うと解く。孔穎達の疏が解して曰く:ここより往下は、回頭して「大業」と「盛徳」を申説し、併せてこれに借りて広く《周易》と《乾》《坤》・占筮と事務を闡明し、一併に「神」の体性を説明す。広大にして備わらざる所なく・万事有らざる所なきに因りて、だから「大業」と言う。
日新之謂盛德。體化合變,故曰“日新”。[疏]正義曰:聖人以能變通體化,合變其德,日日增新,是德之盛極,故謂之盛德也。生生之謂易,陰陽轉易,以成化生。[疏]正義曰:生生,不絕之辭。陰陽變轉,後生次於前生,是萬物恆生,謂之易也。前後之生,變化改易。生必有死,易主勸戒,獎人為善,故云生不云死也。
経文に曰く:日々更新するを「盛徳」と言う。韓康伯の注は:化育を体察し変動に契合せば、だから「日新」と言うと解く。孔穎達の疏が解して曰く:聖人は能く変通して化育を体察し、変動に契合して自己の徳をして日々増新せしむ、これは徳の極盛にして、だから「盛徳」と言う。経文は続けて曰く:生生して已まざるを「易」と言う。韓康伯の注は:陰陽は輾転変易して、従りて化生を成就すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「生生」は断絶せざるの説法なり。陰陽は変転して、後一代の生は前一代の生を接続し、万物は恒久に生じて下る、これを「易」と言う。前後相生するは、皆変化改易の中に在り。生あれば必ず死あるも、しかして《周易》は勧勉誡告・人を奨掖して善に向わしむるに主とせば、だからただ「生」を説きて「死」を説かず。
成象之謂乾,擬乾之象。[疏]正義曰:謂畫卦成乾之象,擬乾之健,故謂卦為乾也。效法之謂坤,效坤之法。[疏]正義曰:謂畫卦效坤之法,擬坤之順,故謂之坤也。極數知來之謂占,通變之謂事,物窮則變,變而通之,事之所由生也。[疏]正義曰:“極數知來之謂占”者,謂窮極蓍策之數,豫知來事,占問吉凶,故云“謂之占”也。“通變之謂事”者,物之窮極,欲使開通,須知其變化,乃得通也。凡天下之事,窮則須變,萬事乃生,故云“通變之謂事”。
経文に曰く:物象を成就するを「乾」と言う。韓康伯の注は:これは《乾》の象に比擬すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:卦を画いて《乾》の物象を成就し、《乾》の剛健に比擬すれば、だからこの一卦を《乾》と言う。経文は続けて曰く:典則を效法するを「坤」と言う。韓康伯の注は:これは《坤》の法則を效法すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:卦を画いて《坤》の法則を效法し、《坤》の柔順に比擬すれば、だからこの一卦を《坤》と言う。経文は続けて曰く:蓍数を窮極して未来を予知するを「占」と言い、変化に通達するを「事」と言う。韓康伯の注は:事物は窮尽の処に到れば便ち変ぜんと欲し、変じてそれを通達せしむ、これはまさに事情の産生する由来なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「極数知来之謂占」は、蓍草策数を窮尽して、将来の事を予め知り、吉凶を占問す、だから「占」と称作す。「通変之謂事」は、事物が窮極の時に、それを開通せしめんと欲せば、必ずその変化を懂得して初めて能く通達す。およそ天下の事は、窮尽せば便ち変通を須要し、万事は初めてこれに由りて産生す、だから「通変之謂事」という。
陰陽不測之謂神。神也者,變化之極,妙萬物而為言,不可以形詰者也,故曰“陰陽不測”。嘗試論之曰:原夫兩儀之運,萬物之動,豈有使之然哉!莫不獨化於大虛,欻爾而自造矣。造之非我,理自玄應;化之無主,數自冥運,故不知所以然,而況之神。是以明兩儀以太極為始,言變化而稱極乎神也。夫唯知天之所為者,窮理體化,坐忘遺照。至虛而善應,則以道為稱。不思而玄覽,則以神為名。蓋資道而同乎道,由神而冥於神也。
経文に曰く:陰陽変化して測度すべからざるを「神」と言う。韓康伯の注は:いわゆる「神」は、変化の極致にして、その万物に於ける微妙に就きて言を立つ、形跡をもって追問する能わず、だから「陰陽不測」というと解く。妨げず試みに申論し一番せよ:天地両儀の運行・万物の活動を推究するに、あに誰か有りてそれらを支使するか。有らざるは皆太虚の中に於て独り化生し、倏然として自ら成る。造化は決して「我」より出づるにあらず、その理は自然に玄妙に相応ず。化育は主宰あることなく、その数は自然に冥然として運行す。まさにそれが何によらんかこうなるを知らざるに因りて、初めて比況してこれを「神」と称す。だから両儀を闡明するは「太極」をもって開端と為し、変化を談論するは則ち「神」に帰極す。ただ上天の為す所を懂得する人のみ、初めて能く物理を窮究し変化を体認し、静坐して忘怀して外照を遺棄す。至りて虚静にして善く物に応ずれば、便ち「道」をもって相称し、思慮を加えずして玄然洞覧すれば、便ち「神」をもって名と為す。大抵は道に凭藉して道と相同じ、神に由って神と冥合す。
[疏]“陰陽”至“謂神”。○正義曰:天下萬物,皆由陰陽,或生或成,本其所由之理,不可測量之謂神也,故云“陰陽不測之謂神”。○注“神也者”至“神也”。○正義曰:云“神也者,變化之極”者,言神之施為,自將變化之極以為名也。云“妙萬物而為言”者,妙謂微妙也。萬物之體,有變象可尋,神則微妙於萬物而為言也,謂不可尋求也。云“不可以形詰”者,杳寂不測,無形無體,不可以物之形容所求而窮語也。
孔穎達の疏は経文の「陰陽不測之謂神」を解して曰く:天下の万物は皆陰陽に由りて生じて成る、それらの由る所の道理を推本するに、測量すべからざるを便ち「神」と言う、だから「陰陽不測之謂神」という。孔穎達はまた韓注の「神也者」より「由神而冥於神也」に至る一段を疏して曰く:韓注の講ずる「神也者,変化之極」は、神の施為は、もとより変化の極致を取りて命名すを説く。韓注の講ずる「妙万物而為言」の「妙」は微妙の意なり:万物の形体は皆尋繹すべきの変化の象あり、神は却って万物の上に於て微妙として言を立つ、すなわちこれは尋求する由なきなり。韓注の講ずる「不可以形詰」は、それは杳冥寂静にして測度すべからず、形体なく、事物の形貌を拿りて追問窮究する能わざるを説く。
云“造之非我,理自玄應”者,此言神力也。我,謂宰主之名也。言物之造作,非由我之宰主所為,其造化之理,自然玄空相應,而自然造作也。云“是以明兩儀以太極為始”者,言欲明兩儀天地之體,必以太極虛無為初始,不知所以然,將何為始也?云“言變化而稱極乎神”者,欲言論變化之理,不知涯際,唯“稱極乎神”,神則不可知也。
孔穎達の疏は韓注の「造之非我,理自玄応」を解して曰く:これは神の力量を講ず。「我」は主宰者の名称なり。万物の造作は一個の主宰の「我」の為す所にあらず、それは造化の道理が自然に玄妙虚空に互相感应して、自然而然に造作す。韓注の講ずる「是以明両儀以太極為始」は、天地両儀の本体を闡明せんと欲せば、必定太極の虚無をもって最初の開端と為す——すでにそれが何によらんかこうなるを知らざれば、また何を拿りて開端を作さんや。韓注の講ずる「言変化而称極乎神」は、変化の道理を論説せんと欲するも、却ってその辺際を尋ね得ず、ただ「神」に帰極すと説くのみ能く、しかして神は知暁する由なきなり。
云“夫唯知天之所為者,窮理體化,坐忘遺照”者,言若能知天之所造為者,會能窮其物理,體其變化,靜坐而忘其事,及遺棄所照之物,任其自然之理,不以他事繫心,端然玄寂,如此者,乃能知天之所為也。言天之道亦如此也。“坐忘遺照”之言,事出《莊子·大宗師》篇也。云“至虛而善應,則以道為稱”者,此解道之目也。言至極空虛而善應於物,則乃目之為道,故云“則以道為稱”。
孔穎達の疏は韓注の「夫唯知天之所為者,窮理体化,坐忘遺照」を解して曰く:もし能く上天の造作作為を知らば、便ち一定能く万物の理を窮究しそれらの変化を体認し、静坐して世事を忘却し、観照する所の外物を遺棄し、一任して自然の理にして、別の事を心上に掛けず、端然として玄寂たる。このごとき人のみ初めて能く天の作為を知り、しかして天道の本身もまたまさにこうなり。「坐忘遺照」のこの説法は、《荘子・大宗師》篇より出づ。韓注の講ずる「至虚而善応,則以道為称」は、これは「道」のこの名目を解釈するに在り:極致空虚にしてまた善く万物に応接せば、便ちそれを「道」と称作す、だから「以道為称」という。
云“不思而玄覽,則以神為名”者,謂不可思量而玄遠,覽見者乃目之為神,故云“則以神為名”也。云“蓋資道而同乎道”者,此謂聖人設教,資取乎道,行無為之化,積久而遂同於道,內外皆無也。云“由神而冥於神也”者,言聖人設教,法此神之不測,無體無方,以垂於教,久能積漸,而冥合於神,不可測也。此皆謂聖人初時雖法道法神以為無,體未能全無,但行之不已,遂至全無不測,故云“資道而同於道,由神而冥於神也”。
孔穎達の疏は韓注の「不思而玄覧,則以神為名」を解して曰く:思量を須とせずして能く玄遠に洞覧するは、便ちそれを「神」と称作す、だから「以神為名」という。韓注の講ずる「蓋資道而同乎道」は、聖人は教化を設立し、道に凭藉取法して、无為の教化を推行して、積久して便ち道と相同じ、内外は皆「无」に帰す。韓注の講ずる「由神而冥於神也」は、聖人は教化を設立し、この神の測度すべからざる・无体无方を效法して、もって教化を垂示し、日久漸積して、便ち神と冥然として契合し、同じく測度すべからず。これは皆聖人が起初は道を效法し神を效法して「无」をもって自処するといえども、その本体は尚お能く完全に无に帰する能わざるも、ただこれを行いて已まざれば、終に全然の「无」に達到して測度すべからざるを言う。だから「資道而同於道,由神而冥於神也」という。
夫易,廣矣大矣,以言乎遠則不御;窮幽極深,無所止也。[疏]正義曰:“夫易廣矣,大矣”者,此贊明易理之大,易之變化,極於四遠,是廣矣,窮於上天是大矣,故下云“廣大配天地”也。“以言乎遠則不御”者,御,止也。言乎易之變化,窮極幽深之遠,則不有御止也。謂無所止息也。以言乎邇則靜而正;則近而當。[疏]正義曰:邇,近也。言易之變化,在於邇近之處,則寧靜而得正。謂變化之道,於其近處,物各靜而得正,不煩亂邪僻也。遠尚不御,近則不御可知;近既靜正,則遠亦靜正,互文也。
経文に曰く:《周易》は真に広大なるか。それを遠処に就きて言えば、それは止境なし。韓康伯の注は:幽隠を窮究し深奥を極尽して、停止の地方なしと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「夫易広矣,大矣」は易理の宏大を讃美す——《易》の変化は四方の遠に極まれば、だから「広」といい、上天に窮極すれば、だから「大」といい、それゆえ下文に「広大配天地」と曰う。「以言乎遠則不御」の「御」は止の意なり:《易》の変化は幽深遥遠の処に窮極するも、またそれを阻止する能くするものなし、すなわちこれは止息する所なし。経文は続けて曰く:それを近処に就きて言えば、それは寧静にして端正なり。韓康伯の注は:近処に就きて説けば便ち貼切恰当なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「邇」はすなわち近なり。《易》の変化は近処に落つれば、便ち寧静にしてその正を得、すなわちこれは変化の道が近処に於て万物をして各自安静にして正を得て、煩乱邪僻を致さざるを言う。遠処は尚お阻止する所なく、近処は阻止を受けざるは想い知るべし。近処すでに能く静正なれば、遠処も同じく静正なり——これは互文見義の写法なり。
以言乎天地之間,則備矣。夫乾,其靜也專,其動也直,是以大生焉。專,專一也。直,剛正也。[疏]正義曰:“以言乎天地之間,則備矣”者,變通之道,遍滿天地之內,是則備矣。“夫乾其靜也專,其動也直,是以大生焉”者,上《經》既論易道資陰陽而成,故此《經》明乾,復兼明坤也。乾是純陽,德能普備,無所偏主,唯專一而已。若氣不發動,則靜而專一,故云“其靜也專”。若其運轉,則四時不忒,寒暑無差,則而得正,故云“其動也直”。以其動靜如此,故能大生焉。
経文に曰く:天地の間に就きて言えば、それは備わらざる所なし。また曰く:《乾》は静止の時は専一にして、運動の時は剛直なり、それゆえ能く広大に生養す。韓康伯の注は:「専」は専一にして、「直」は剛正なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「以言乎天地之間,則備矣」は、変通の道は天地の内に遍満すれば、だから備わらざる所なきを説く。「夫乾其静也専,其動也直,是以大生焉」——上文の経文すでに《易》道は陰陽に凭藉して成るを論じたれば、だからここに《乾》を闡明し、続いて兼ねて《坤》に及ぶ。《乾》は純陽にして、徳性は普遍完備して、某一方に偏主せず、ただ専一なるのみ。気もし発動せざれば、便ち静にして専一なり、だから「其静也専」という。それが運転し起るを待ちて、四時はその序を失わず、寒暑は差錯なく、取法に則ありてその正を得、だから「其動也直」という。その動静がこうなるに因りて、だから能く広大に万物を生養す。
夫坤,其靜也翕,其動也闢,是以廣生焉。翕,斂也。止則翕斂其氣,動則關開以生物也。乾統天首物,為變化之元,通乎形外者也。坤則順以承陽,功盡於已,用止乎形者也。故乾以專直言乎其材,坤以翕闢言乎其形。[疏]正義曰:此《經》明坤之德也。坤是陰柔,閉藏翕斂,故“其靜也翕”;動則開生萬物,故“其動也闢”。以其如此,故能廣生於物焉。天體高遠,故乾云“大生”;地體廣博,故坤云“廣生”。對則乾為物始,坤為物生,散則始亦為生,故總云生也。
経文に曰く:《坤》は静止の時は収斂し、運動の時は開辟す、それゆえ能く広大に生養す。韓康伯の注は:「翕」は収斂なり。静止すれば便ちその気を収斂し、運動すれば便ち門戸を開啓して万物を生養す。《乾》は天道を統摂し万物の首に居るは、変化の本元にして、有形の外に貫通す。《坤》は則ち柔順に陽気を承接して、功用は自身に尽く、作用は有形の内に止まる。だから《乾》は「専」「直」を用いてその材質を説き、《坤》は「翕」「辟」を用いてその形態を説くと解く。孔穎達の疏が解して曰く:この一節の経文は《坤》の徳性を闡明す。《坤》は陰柔に属して、閉蔵収斂す、だから「其静也翕」といい、一たび動けば便ち開啓して万物を生養す、だから「其動也辟」という。まさにこれに因りて、だから能く広大に万物を生養す。天体は高遠なれば、だから《乾》は「大生」と説き、地体は広博なれば、だから《坤》は「広生」と説く。相対して説けば、《乾》は万物の始にして、《坤》は万物の生なり。分散して説けば、「始」もまたすなわち「生」なり、だから総称して「生」と為す。
廣大配天地,變通配四時,陰陽之義配日月,易簡之善配至德。《易》之所載配此四義。[疏]正義曰:“廣大配天地”者,此《經》申明易之德,以易道廣大,配合天地,大以配天,廣以配地。“變通配四時”者,四時變通,易理亦能變通,故云“變通配四時”也。“陰陽之義配日月,易簡之善配至德”者,案初章論乾坤易簡,可久可大,配至極微妙之德也。然《易》初章易為賢人之德,簡為賢人之業,今總云“至德”者,對則德業別,散則業由德而來,俱為德也。
経文に曰く:《易》の広大は天地と相配し、変通は四時と相配し、陰陽の意義は日月と相配し、易簡の善は至極の徳と相配す。韓康伯の注は:《周易》の記載する所の内容はまさにこの四項と相配すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「広大配天地」は、この一節の経文が《易》の徳性を申明す——易道は広大にして、天地と相配し、「大」は天に配し、「広」は地に配す。「変通配四時」は、四時は能く変通し、易理もまた能く変通すれば、だから変通は四時と相配すと説く。「陰陽之義配日月,易簡之善配至徳」に至りては、按ずるに第一章は《乾》《坤》の易簡を論じて、それが可久可大を説くは、まさに至極微妙の徳と相配す。ただし第一章は「易」は賢人の徳・「簡」は賢人の業と説き、ここは却って総称して「至徳」と為すは、相対して説けば徳と業に別あるに因りて、分散して説けば業は徳に由りて生じ、皆「徳」に帰入すべし。
子曰:“易其至矣乎?夫易,聖人所以崇德而廣業也。窮理入神,其德崇也。兼濟萬物,其業廣也。[疏]正義曰:“子曰易其至矣乎”者,更美易之至極,是語之別端,故言“子曰”。“夫易,聖人所以崇德而廣業”者,言易道至極,聖人用之,增崇其德,廣大其業,故云“崇德而廣業也”。知崇禮卑,知以崇為貴,禮以卑為用。[疏]正義曰:易兼知之與禮,故此明知禮之用。知者通利萬物,象天陽無不覆,以崇為貴也。禮者卑敬於物象,地柔而在下,故以卑為用也。
経文に曰く:孔子の曰く:「《易》は大概極処に到れるか。《易》は聖人がもって徳行を推崇し事業を広大する所なり。」韓康伯の注は:物理を窮究して神妙に深入せば、その徳は便ち崇高なり。万物を兼済せば、その業は便ち広大なりと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「子曰易其至矣乎」は再び《易》の至極を讃美す、別に一段の話頭を起すに因りて、だから「子曰」を標出す。「夫易,聖人所以崇徳而広業」は、易道は至極にして、聖人はそれを運用して、自己の徳を増崇し自己の業を広大す、だから「崇徳而広業」という。経文は続けて曰く:智慧は崇高を要し、礼節は卑下を要す。韓康伯の注は:智は崇高をもって貴と為し、礼は卑下をもって用と為すと解く。孔穎達の疏が解して曰く:《易》は兼ねて「知」と「礼」を含むれば、だからここに知と礼の功用を闡明す。智は能く万物を通利して、天陽の覆わざるなきに象を取れば、だから崇高をもって貴と為す。礼は万物に対して卑下恭敬して、地の柔順にして下に居るに象を取れば、だから卑下をもって用と為す。
崇效天,卑法地。極知之崇,象天高而統物;備禮之用,象地廣而載物也。[疏]正義曰:知既崇高,故效天;禮以卑退,故法地也。天地設位,而易行乎其中矣。天地者,易之門戶,而易之為義,兼周萬物,故曰“行乎其中矣”。[疏]正義曰:天地陳設於位,謂知之與禮,而效法天地也。“而易行乎其中矣”者,變易之道,行乎知禮之中。言知禮與易而並行也。若以實象言之,天在上,地在下,是天地設位;天地之間,萬物變化,是易行乎天地之中也。
経文に曰く:崇高は天を效法し、卑下は地を效法す。韓康伯の注は:「知」の崇高を極処に推して、天の高くして万物を統摂するに象を取り、「礼」の功用を備至せしめて、地の広くして万物を承載するに象を取ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:智すでに崇高なれば、だから天を效法し、礼は卑下退譲を取れば、だから地を效法す。経文は続けて曰く:天地は各自の位置を設定して、しかして《易》は便ちその中に在りて運行す。韓康伯の注は:天地は《易》の門戸にして、しかして《易》の意義は万物を兼摂周遍すれば、だから「行乎其中矣」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:天地が位に陈设するは、指すところは「知」と「礼」の天地を效法するなり。「而易行乎其中矣」は、変易の道は便ち知と礼の中に運行すを説く、すなわちこれは知・礼と《易》とが并行して悖らざるなり。もし実際の物象に就きて説けば、天は上に在り地は下に在るは、これは天地の位を設くるなり。天地の間に万物の変化して已まざるは、これがすなわち《易》が天地の中に運行するなり。
成性存存,道義之門。物之存成,由乎道義也。[疏]正義曰:此明易道既在天地之中,能成其萬物之性,使物生不失其性,存其萬物之存,使物得其存成也。性,謂稟其始也。存,謂保其終也。道,謂開通也。義,謂得其宜也。既能成性存存,則物之開通,物之得宜,從此易而來,故云“道義之門”,謂易與道義為門戶也。
経文に曰く:万物の本性を成就し、既存の者をして長存せしむ、これは便ち道義の門戸なり。韓康伯の注は:万物の能く存し能く成る所以は、皆道義に由ると解く。孔穎達の疏が解して曰く:これは易道すでに天地の中に運行すれば、便ち能く万物の本性を成就し、万物をして生長してその性を失わざらしむるを闡明す。また能く万物の存する所を保存して、万物をして存続成全を得しむ。「性」は最初に禀受するを指し、「存」は終了に保全するを指す。「道」は開通を指し、「義」は各々その宜しきを得るを指す。すでに能く本性を成就し存する者をして長存せしめば、すなわち万物の開通・万物の各々その宜しきを得るは、皆この《易》より来たる、だから「道義之門」という、意は《易》は乃ち道と義の門戸なり。
繋辞上・第六章
[疏]正義曰:“聖人有以”至“如蘭”,此第六章也。上章既明易道變化,神理不測,聖人法之,所以配於天地,道義從易而生;此章又明聖人擬議易象,以贊成變化。又明人擬議之事,先慎其身,在於慎言語,同心行,動舉措,守謙退,勿驕盈,保靜密,勿貪非位,凡有七事。是行之於急者,故引七卦之議,以證成之。
孔穎達の疏文は本章を総述す:「聖人有以見天下之賾」の一句より起りて、「其臭如蘭」の一句に至りて止む、これは《繋辞上》の第六章である。上一章すでに易道の変化・神理の測度すべからざる、および聖人がそれに取法してそれにより天地と相配し道義が《易》に由りて生ずるを闡明せり。この一章は則ち進んで聖人が易象を擬度議論して、もって万物の変化を赞助成就するを闡明す。また人は擬度議論の事の上に於て、まず自身を謹慎するを要し、具体に説けば言語を慎重し・同心して行い・挙動を審慎し・謙退を守持し・驕盈せず・静密を保持し・非分の位置を貪求せざるに在り、共に七件の事なり。これらは皆急ぎ践行を須とするに因りて、だから七個の卦の議論を援引してこれに印証を加う。
聖人有以見天下之賾,而擬諸其形容,象其物宜,乾剛坤柔,各有其體,故曰“擬諸形容”。[疏]正義曰:“聖人有以見天下之賾”者,賾謂幽深難見,聖人有其神妙,以能見天下深賾之至理也。“而擬諸其形容”者,以此深賾之理,擬度諸物形容也。見此剛理,則擬諸乾之形容;見此柔理,則擬諸坤之形容也。“象其物宜”者,聖人又法象其物之所宜。若象陽物,宜於剛也;若象陰物,宜於柔也,是各象其物之所宜。六十四卦,皆擬諸形容,象其物宜也。若泰卦比擬泰之形容,象其泰之物宜;若否卦則比擬否之形容,象其否之物宜也。舉此而言,諸卦可知也。
経文に曰く:聖人は能く天下の幽深にして見難きの至理を見て、ここにおいてそれらの形貌容状を比擬し、事物の各自の宜しき所に象を取る。韓康伯の注は:《乾》は剛にして《坤》は柔なり、各々自己の体性あり、だから「擬諸形容」というと解く。孔穎達の疏が解して曰く:「聖人有以見天下之賾」——「賾」は幽深にして見難きを指し、聖人は神妙の洞察力を具備せば、だから能く天下の幽深の至理を見る。「而擬諸其形容」は、この幽深の理を拿りて各物の形貌容状を比擬す:剛の理を見れば、便ち《乾》の形貌を比擬し、柔の理を見れば、便ち《坤》の形貌を比擬す。「象其物宜」は、聖人はまた物象の各自の宜しき所を取法す:陽物に象を取れば、便ち剛をもって宜と為し、陰物に象を取れば、便ち柔をもって宜と為す、これがすなわち各自その物の宜しき所に象を取るなり。六十四卦は皆形貌を比擬し宜しき所に象を取るなり、譬えば《泰》卦は便ち通泰の形貌を比擬し通泰の物の宜しき所に象を取り、《否》卦は便ち否塞の形貌を比擬し否塞の物の宜しき所に象を取る。この両卦を例に挙ぐれば、その余の各卦は類推すべし。
繋辞上・第六章(前に承く)
是故謂之象。聖人有以見天下之動,而觀其會通,以行其典禮。典禮,適時之所用。[疏]正義曰:“是故謂之象”者,以是之故,謂之象也,謂六十四卦是也,故前章云卦者言乎象者也。此以上結成卦象之義也。“聖人有以見天下之動”者,謂聖人有其微妙,以見天下萬物之動也。“而觀其會通,以行其典禮”者,既知萬物以此變動,觀看其物之會合變通,當此會通之時,以施行其典法禮儀也。
経文は上文に承けて曰く:この縁故を以て、それを「象」と称す。聖人は能く天下万物の運動変化を洞見し、それらの会合貫通の関通の関節を観察し、従りて相応の典章礼法を推行す。韓康伯の注は:いわゆる「典礼」は、当時の情勢に切合して施用すべきの制度なりと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故謂之象」は、上述の縁故有るに因りて初めてそれを「象」と言うを説くにして、指すところはすなわち六十四卦なり、だから前一章に「卦は物象に就きて言を立つるなり」と曰う。以上は卦象の意義を総結す。いわゆる「聖人有以見天下之動」は、聖人は幽微精妙の識見を具備して、能く天下万物の運動を看透すを説く。いわゆる「而観其会通,以行其典礼」は、すでに万物がこれに依りて変動するを知りて、便ち万物の会合変通の情状を観察し、この会通の際に当たりて、相応の典章法度と礼儀を施行すを説く。
繫辭焉以斷其吉凶,是故謂之爻。言天下之至賾而不可惡也。言天下之至動而不可亂也。《易》之為書,不可遠也。惡之則逆於順,錯之則乖於理。[疏]正義曰:“繫辭焉以斷其吉凶”者,既觀其會通而行其典禮,以定爻之通變,而有三百八十四爻。於此爻下繫屬文辭,以斷定其吉凶。若會通典禮得則為吉,若會通典禮失則為凶也。“是故謂之爻”者,以是之故,議此會通之事而為爻也。夫爻者效也,效諸物之通變,故上章云“爻者,言乎變者也”。自此巳上,結爻義也。
経文に曰く:毎一爻の下に文辞を繋えて吉凶を判断し、それゆえそれを「爻」と称す。また曰く:天下の最も幽深繁雑の道理は軽慢厭棄すべからず、天下の最も紛紜不息の変動は錯乱して看待すべからず。韓康伯の注は:《周易》のこの書は疎遠すべからざるなり、それを厭棄すれば便ち順理に違逆し、措置錯乱せば便ち正理に乖違すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「繋辞焉以断其吉凶」は、すでに万物の会合変通を観察して典礼を推行せば、便ちこれに拠りて爻の通変を確定し、ここにおいて三百八十四爻あり。毎一爻の下に文辞を系属して、もって吉凶を断定す——もし会通と典礼が得当なれば便ち吉、もし会通と典礼が失当なれば便ち凶。いわゆる「是故謂之爻」は、この縁故有るに因りて、この会通の事を商議して「爻」と為立すを説く。「爻」の意思はすなわち「效」にして、万物の通変を效法す、だから上一章に「爻は変化に就きて言を立つるなり」と曰う。ここより往上は、「爻」の意義を総結す。
“言天下之至賾,而不可惡也”者,此覆說前文“見天下之賾”,卦象義也。謂聖人於天下至賾之理,必重慎明之,不可鄙賤輕惡也。若鄙賤輕惡,不存意明之,則逆於順道也。“言天下之至動,而不可亂”者,覆說上聖人“見天下之至動”,爻之義也。謂天下至賾變動之理,論說之時,明不可錯亂也。若錯亂,則乖違正理也。若以文勢上下言之,宜云“至動而不可亂也”。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「言天下之至賾,而不可悪也」は、回頭して前文の「見天下之賾」を重申す、講ずる所は卦象の意義なり。意は聖人は天下の最も幽深繁雑の道理に対して、必定に鄭重審慎にこれを闡明し、鄙薄軽慢すべからず。もし鄙薄軽慢して肯んじて心を用いて闡明せざれば、便ち順理の道に違逆す。いわゆる「言天下之至動,而不可乱」は、回頭して上文の聖人の「見天下之至動」を重申す、講ずる所は爻の意義なり。意は天下の極めて幽深の変動の理は、論説する時に当たりて、必ずそれは錯乱すべからざるを明白にせん。一旦錯乱せば、便ち正理に乖違す。もし上下文の語勢に依りて見れば、この一句は応に「至動而不可乱也」と作すれば初めて順なり。
擬之而後言,議之而後動,擬議以成其變化。擬議以動,則盡變化之道。[疏]正義曰:“擬之而後言”者,覆說上“天下之至賾不可惡也”,聖人慾言之時,必擬度之而後言也。“議之而後動”者,覆說上“天下之至動不可亂也”,謂欲動之時,必議論之而後動也。“擬議以成其變化”者,言則先擬也,動則先議也,則能成盡其變化之道也。
経文に曰く:まず揣度比擬して然る後に口を開き、まず商議斟酌して然る後に行動す、このごときの擬議に憑りて事物の変化を成就す。韓康伯の注は:およそ挙動あれば皆まず擬議を経て、便ち能く変化の道を窮尽すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「擬之而后言」は、回頭して上文の「天下之至賾不可悪也」を重申す、聖人が口を開きて説話せんと欲する時は、必ずまず揣度比擬して然る後に初めて説く。いわゆる「議之而后動」は、上文の「天下之至動不可乱也」を重申す、行動する所有らんと欲する時は、必ずまず商議斟酌して然る後に動く。いわゆる「擬議以成其変化」は、発言はまず擬度し行動はまず商議せば、こうすれば便ち能く変化の道を成就し窮尽すを説く。
“鳴鶴在陰,其子和之;我有好爵,吾與爾靡之”。鶴鳴則子和,脩誠則物應,我有好爵,與物散之,物亦以善應也。明擬議之道,繼以斯義者,誠以吉凶失得存乎無所動。同乎道者,道亦得之;同乎失者,失亦違之。莫不以同相順,以類相應。動之斯來,緩之斯至。鶴鳴於陰,氣同則和。出言戶庭,千里或應。出言猶然,況其大者乎;千里或應,況其邇者乎。故夫憂悔吝者,存乎纖介;定失得者,慎於樞機。是以君子擬議以動,慎其微也。
経文は《中孚》九二の爻辞を引いて曰く:「鳴叫の鶴は背陰の処に在り、その幼雛は声に応じて相和す。我に好酒好爵あり、願くは汝と共同に分享せん。」韓康伯の注は:鶴は一たび鳴叫すれば幼雛は便ち相和し、人は誠信を修養すれば外物は便ち回応す。我に美好の爵禄あり、肯んじて人と分享すれば、外物もまた善をもって回応す。経文は擬議の道を講明したる後に続いてこの層の意思を挙出す、実は吉凶得失は皆人の一挙一動に系るに因りて。「道」と相同なれば、道もまた彼を成全し、「失」と相同なれば、失もまた彼に背離す。相同をもって相順い同類をもって相応せざるはなし:これを招けば則ち来たり、これを緩くすも亦至らん。鶴は背陰の処に在りて鳴叫するも、気類相同なれば便ち能く相和す。戸庭の内に在りて言を出せば、千里の外もまた回応するを得べし。言を出すは尚おしかなり、況んや更に重大の挙動をや。千里の外は尚お回応す、況んや近旁の人をや。だから憂慮悔恨吝惜は、極細微の処に起り、得失を決定するは、門枢弩牙のごとき関鍵の上に謹慎す。それゆえ君子はまず擬議して然る後に行動し、細微の際に謹慎すと解す。
[疏]正義曰:“鳴鶴在陰”者,上既明擬議而動,若擬議於善,則善來應之;若擬於惡,則惡亦隨之。故引鳴鶴在陰,取同類相應以證之。此引《中孚》九二爻辭也。鳴鶴在幽陰之處,雖在幽陰而鳴,其子則在遠而和之,以其同類相感召故也。“我有好爵”者,言我有美好之爵,而在我身。“吾與爾靡之”者,言我雖有好爵,不自獨有,吾與汝外物共靡散之。謂我既有好爵,能靡散以施於物,物則有感我之恩,亦來歸從於我。是善往則善者來,皆證明擬議之事。我擬議於善以及物,物亦以善而應我也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「鳴鶴在陰」は、上文すでに擬議して然る後に行動するを講明せれば、すなわち善を擬議せば、善は便ち来たりて相応じ、悪を擬議せば、悪もまた随って来たる、だから「鳴鶴在陰」を引くは、同類相応の義を取りて印証を加うるなり。これは《中孚》卦九二の爻辞を引く。鶴は幽暗背陰の処に在りて鳴叫す、幽陰に処るに鳴くといえども、その幼雛は却って遠処に在りて声に応じて相和す、これは同類の間は能く互相感召するの縁故による。いわゆる「我有好爵」は、我に美好の爵禄ありて、便ち我が自身の上に在るを説く。いわゆる「吾与爾靡之」は、我は好爵あるといえども、独り占有せず、願くは汝の外人と共同に分享散施するを説く。意は我すでに好爵あり、能く他人に散施せば、他人は便ち我が恩惠を感念して、も来たりて我に帰附隨従す。これがすなわち善行は出去して善報は回来して、皆擬議の事を証明するに在り:我は善意をもって擬議して外物に施及せば、外物もまた善をもって我に回応す。
子曰:“君子居其室,出其言善,則千里之外應之,況其邇者乎;居其室,出其言不善,則千里之外違之,況其邇者乎。言出乎身,加乎民;行發乎邇,見乎遠。言行,君子之樞機。樞機,制動之主。[疏]“子曰君子”至“樞機”。正義曰:“子曰君子居其室”者,既引《易》辭,前語巳絕,故言“子曰”。“況其邇者乎”者,出其言善遠尚應之,則近應可知,故曰“況其邇者乎”。此證明擬議而動之事。言身有善惡,無問遠近皆應之也。“言行,君子之樞機”者,樞謂戶樞,機謂弩牙。言戶樞之轉,或明或闇;弩牙之發,或中或否,猶言行之動,從身而發,以及於物,或是或非也。
経文に曰く:孔子の曰く:「君子は自己の室中に居処して、説出する話が善なれば、千里之外の人も皆来たりて回応す、況んや近旁の人をや。自己の室中に居処して、説出する話が不善なれば、千里之外の人も皆背離せん、況んや近旁の人をや。言語は自身より出でて、影響は百姓に及ぶ。行為は近処より発して、顕現は遠方に在り。言と行は、君子の門枢と弩牙なり。」韓康伯の注は:門枢弩牙は、発動を控制するの関鍵なりと解す。孔穎達の疏は「子曰君子」より「枢機」に至る一段を解して曰く:いわゆる「子曰君子居其室」は、前面すでに《周易》の爻辞を引きたれば、あの段の話はすでに説き尽くせり、だからここに別に「子曰」を標す。いわゆる「況其邇者乎」は、出言の善なるは遠方さえ尚お回応せば、すなわち近処の回応は想い知るべし、だから「何ぞ近旁の人をや」という。これは擬議して然る後に行動するの事を印証して、人の自身に善あり悪あり、遠近を論わず皆相応ずるを説く。いわゆる「言行,君子之枢機」の「枢」は門軸を指し、「機」は弩牙を指す:門軸は一たび転ぜば、或は明処に向かい或は暗処に向かう。弩牙は一たび発せば、或は射中し或は射中せず——まさに言行の発動は、自身より出でて、外物に影響して、或は是なり或は非なりのごとし。
樞機之發,榮辱之主也。言行,君子之所以動天地也,可不慎乎?”“同人先號咷而後笑”。子曰:“君子之道,或出或處,或默或語,二人同心,其利斷金。”同人終獲後笑者,以有同心之應也。夫所況同者,豈繫乎一方哉!君子出處默語,不違其中,則其跡雖異,道同則應。
経文は続けて曰く:門枢弩牙は一たび発動せば、便ち栄辱の主宰なり。言と行は、君子がもって天地を感動するの憑借なり、何ぞ謹慎せざるべけんや。経文はまた《同人》九五の爻辞「同人先号咷而後笑」を引きて、併せて曰く:孔子の曰く:「君子の処世の道は、或は出仕し或は退処し、或は沈黙し或は言談す。両人はただ同心なれば、その鋒利は金属を斩断するに足る。」韓康伯の注は:《同人》は最終に後笑を得るは、同心者の相応ずるあるに因りて。いわゆる「同」は、あにただ某の一種の方式に限定せんや。君子は出仕退処・沈黙言談を論わず、ただ中道に違背せざれば、すなわち行跡は相同ならざるといえども、道は相同なれば便ち能く感应すと解す。
[疏]正義曰:“言行,君子之所以動天地”者,言行雖初在於身,其善惡積而不已,所感動天地,豈可不慎乎?“同人先號咷而後笑”者,證擬議而動,則同類相應。以同人初未和同,故先號咷;後得同類,故後笑也。“子曰君子之道”者,各引《易》之後,其文勢已絕,故言“子曰”。“或出或處,或默或語”者,言同類相應,本在於心,不必共同一事。或此物而出,或彼物而處;或此物而默,或彼物而語,出處默語,其時雖異,其感應之事,其意則同,或處應於出,或默應於語。“二人同心,其利斷金”者,二人若同齊其心,其纖利能斷截於金。金是堅剛之物,能斷而截之,盛言利之甚也。此謂二人心行同也。同心之言,其臭如蘭。[疏]正義曰:言二人同齊其心,吐發言語,氤氳臭氣,香馥如蘭也。此謂二人言同也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「言行,君子之所以動天地」は、言行は起初はただ自身に在るといえども、善悪は積累して止まざれば、感ずる所は便ち能く天地を動かす、何ぞ謹慎せざるべけんや。いわゆる「同人先号咷而後笑」は、擬議して然る後に行動せば則ち同類相応するを印証す:《同人》は起初はいまだ和同する能わざるに因りて、だからまず号咷す。後来に同類を得れば、だから後に歓笑す。いわゆる「子曰君子之道」は、毎回《周易》を援引したる後は文勢すでに断たれば、だから別に「子曰」を標す。いわゆる「或出或処,或黙或語」は、同類相応するは、根本は内心に在り、必ずしも同一の事を作さざるを説く:この人を出仕せしめかの人を退処せしむべく、この人を沈黙せしめかの人を言談せしむべし。出処黙語の時機は相同ならざるといえども、感应の事の用意は相同なり、或は退処をもって出仕に応和し、或は沈黙をもって言談に応和す。いわゆる「二人同心,其利断金」は、両人もし同心一致せば、その鋒利は能く金属を斩断す。金は堅剛の物にして、尚お能く截断せらる、これは極言してその鋒利の盛なるなり。この一句が講ずるは両人の心跡行事の相同なるなり。経文は続けて曰く:同心の人の説出する言語は、気味芬芳して蘭のごとし。孔穎達は申説す:これは両人の同心一致を講じて、吐露し出ずる言語は氤氳芬芳して、香気は蘭のごとし。この一句が講ずるは両人の言語の相同なるなり。
繋辞上・第七章
[疏]正義曰:“初六藉用”至“盜之招也”,此第七章也。此章欲求外物來應,必須擬議謹慎,則外物來應之。故引“藉用白茅無咎”之事,以證謹慎之理。“初六:藉用白茅,無咎”。子曰:“苟錯諸地而可矣,藉之用茅,何咎之有?慎之至也。夫茅之為物薄,而用可重也。慎斯術也以往,其無所失矣。”[疏]正義曰:此“藉用白茅”,《大過》初六爻辭也。“子曰:苟錯諸地而可矣”者,苟,且也;錯,置也。凡薦獻之物,且置於地,其理可矣。言今乃謹慎,薦藉此物而用絜白之茅,可置於地。“藉之用茅,何咎之有”者,何愆咎之有,是謹慎之至也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「初六藉用」より「盗之招也」に至るは、《繋辞上》の第七章なり。本章の意は:外物の来たりて相応ずるを求めんと欲せば、必ず擬議謹慎せば、外物は初めて回応す、だから「藉用白茅无咎」の一事を引いて謹慎の理を印証す。経文は《大過》初六の爻辞を引いて曰く:「初六:墊鋪に潔白の茅草を用いる、過なし。」孔子の曰く:「姑らく祭品を地上に放置するもまた可なり、況んやまた茅草を墊くをや、何の過錯かあらん。これは謹慎の極点に到れるなり。茅草のこの物は本身は甚だ微薄なれども、しかしてその用处は却って重きを致すべし。能くこの種の謹慎の法に依りて事を行わば、便ち閃失あるべからず。」孔穎達は進んで申説す:ここの「藉用白茅」は、《大過》卦初六の爻辞なり。いわゆる「子曰:苟錯諸地而可矣」の「苟」は姑らくにして、「錯」は放置なり:およそ進献の物は、姑らく地上に放置するも、理に於ても説き過ぐべし。説く所はいま却ってこのごとく謹慎にして、祭品を潔白の茅草の上に墊くるは、本来は直ちに地上に放置するもまた未だ嘗て可ならざらざるなり。いわゆる「藉之用茅,何咎之有」は、何れの処にか仍お愆咎あらん、これはまさに謹慎の極致なり。
“勞謙,君子有終,吉。”子曰:“勞而不伐,有功而不德,厚之至也。語以其功下人者也。[疏]正義曰:“勞謙君子有終吉”者,欲求外物來應,非唯謹慎,又須謙以下人。故引《謙》卦九三爻辭以證之也。“子曰勞而不伐”者,以引卦之後,故言“子曰”。“勞而不伐”者,雖謙退疲勞,而不自伐其善也。“有功而不德,厚之至”者,雖有其功,而不自以為恩德,是篤厚之至極。“語以其功下人”者,言《易》之所言者,語說其《謙》卦九三,能以其有功卑下於人者也。
経文は《謙》卦九三の爻辞を引いて曰く:「勤労にして謙退なれば、君子は能く善始善終して、吉祥なり。」孔子の曰く:「勤労にして誇耀せず、功ありて自己の徳に居らず、これは篤厚の極点に到れるなり。これは彼が自己の功労をもって人下に甘居するを説くなり。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「労謙君子有終吉」は、外物の来たりて相応ずるを求めんと欲せば、ただ謹慎なるのみならず、また謙虚にして人下に甘居するを須とす、だから《謙》卦九三の爻辞を引いて印証を加う。いわゆる「子曰労而不伐」は、卦爻辞を援引したる後に在るに因りて、だから別に「子曰」を標す。いわゆる「労而不伐」は、謙退辛労なるといえども、自らその善を誇耀せざるを説く。いわゆる「有功而不徳,厚之至」は、功労あるといえども、自ら以て人に恩徳ありと為さず、これは篤厚の極致なり。いわゆる「語以其功下人」は、《周易》の講ずる所は、まさに《謙》卦九三が能く自己の功労に憑りて人に卑下するを説くなり。
德言盛,禮言恭。謙也者,致恭以存其位者也。”[疏]正義曰:“德言盛,禮言恭”者,謂德以盛為本,禮以恭為主:德貴盛新,禮尚恭敬,故曰“德言盛,禮言恭”。“謙也者,致恭以存其位”者,言謙退致其恭敬,以存其位者也。言由恭德,保其祿位也。
経文は続けて曰く:徳を論ずるは盛大をもって本と為し、礼を論ずるは恭敬をもって主と為す。いわゆる「謙」は、すなわち恭敬を極尽して自己の位置を保住するなり。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「徳言盛,礼言恭」は、徳は盛大をもって根本と為し、礼は恭敬をもって主導と為すを説く:徳は日盛日新を貴び、礼は恭謹敬慎を崇尚す、だから「徳言盛,礼言恭」という。いわゆる「謙也者,致恭以存其位」は、謙退の人はその恭敬を極尽して、それにより自己の位置を保住す。意は恭敬の徳に憑藉して禄位を保全す。
“亢龍有悔。”子曰:“貴而無位,高而無民,賢人在下,位而無輔,是以動而有悔也。”[疏]正義曰:“亢龍有悔”者,上既以謙德保位,此明無謙則有悔。故引《乾》之上九“亢龍有悔”,證驕亢不謙也。
経文は《乾》卦上九の爻辞を引いて曰く:「龍は高く飛び過ぎれば、悔恨あらん。」孔子の曰く:「身分は尊貴なるも実位なく、高亢に居処するも民衆なく、賢人は皆下位に在りて来たりて輔佐せず、このごときの位置に処りて相助する人なし、だから一たび挙動あれば便ち悔恨を招致す。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「亢龍有悔」は、上文すでに謙徳をもって禄位を保住するを講じたれば、ここに謙ならざれば便ち悔あるを説明す、だから《乾》卦上九の「亢龍有悔」を引いて、もって驕亢不謙の害処を印証す。
“不出戶庭,無咎”子曰:“亂之所生也,則言語以為階。”[疏]正義曰:“不出戶庭,無咎”者,又明擬議之道,非但謙而不驕,又當謹慎周密,故引《節》之初九周密之事以明之。“子曰:亂之所生,則言語以為階”者,階謂梯也。言亂之所生,則由言語以為亂之階梯也。
経文は《節》卦初九の爻辞を引いて曰く:「門庭より出ず、過なし。」孔子の曰く:「禍乱の産生する所以は、言語をもって階梯と為したるなり。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「不出戸庭,无咎」は、また擬議の道はただ謙にして驕らざるのみならず、また応に謹慎周密なるべきを説明す、だから《節》卦初九の周密を講ずる爻辞を引いて闡明す。いわゆる「子曰:乱之所生,則言語以為階」の「階」はすなわち梯子にして、禍乱の産生する所以は、言語が致乱の階梯を充当したるに由るを説く。
君不密則失臣,臣不密則失身,幾事不密則害成。是以君子慎密而不出也。[疏]正義曰:“君不密則失臣”者,臣既盡忠,不避危難,為君謀事,君不慎密乃彰露臣之所為,使在下聞之,眾共嫉怒,害此臣而殺之,是失臣也。“臣不密則失身”者,言臣之言行,既有虧失,則失身也。“幾事不密則害成”者,幾謂幾微之事,當須密慎,預防禍害。若其不密而漏洩,禍害交起,是害成也。“是以君子慎密而不出”者,於易言之,是身慎密不出戶庭,於此義言之,亦謂不妄出言語也。
経文に曰く:君主は周密ならざれば便ち臣子を失い、臣子は周密ならざれば便ち自身を喪い、機微の事は周密ならざれば便ち禍害を醸成す。だから君子は周密を謹守して軽易に言を出さず。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「君不密則失臣」は、臣子すでに忠誠を竭尽し危難を避けずして君主のために謀劃するも、君主は却って慎密ならず、かえって臣子の作為を張揚して、下面の人に聞かしめ、衆人は共同に嫉恨憤怒して、この臣子を加害してこれを殺す、これがすなわち臣子を失うなり。いわゆる「臣不密則失身」は、臣子の言行すでに亏失泄漏あれば、便ち自身を喪失す。いわゆる「幾事不密則害成」の「幾」は幾微の事を指し、応に周密審慎にして予め禍害を防范すべし。もし周密ならずして泄漏し出去せば、禍害は交相に起る、これがすなわち禍害を醸成す。いわゆる「是以君子慎密而不出」は、《節》卦の爻辞に就きて説けば、自身を謹慎周密にして門庭より出ざるなり。この一層の義理に就きて説けば、もまた随分に言を出さざるを指す。
子曰:“作《易》者,其知盜乎?言盜亦乘釁而至也。[疏]正義曰:此結上不密失身之事,事若不密,人則乘此機危而害之,猶若財之不密,盜則乘此機危而竊之。易者,愛惡相攻,遠近相取,盛衰相變,若此爻有釁隙衰弱,則彼爻乘變而奪之。故云:“作《易》者,其知盜乎?”
経文に曰く:孔子の曰く:「《周易》を作す者は、大概盗賊の道理を懂得せるか。」韓康伯の注は:これは盗賊もまた人の空隙に乗じて来たるを説くと解す。孔穎達は進んで申説す:これは上文の「不密則失身」の事を総結す——事情もし周密ならざれば、別人は便ちこの乗ずべきの機に乗じて来たりて加害す。まさに財物が蔵を加えざれば、盗賊は便ちこの乗ずべきの機に乗じて来たりて偷窃するがごとし。《周易》の道理は:愛と悪は互相に攻取し、遠と近は互相に取用し、盛と衰は互相に転変す。もしこの爻に空隙出現して衰弱に趨向せば、すなわちあの爻は便ち変化に乗じて来たりてこれを奪取す。だから「作《易》者,其知盗乎」という。
《易》曰:‘負且乘,致寇至。’負也者,小人之事也。乘也者,君子之器也。小人而乘君子之器,盜思奪之矣。上慢下暴,盜思伐之矣。慢藏誨盜,冶容誨淫。[疏]“《易》曰”至“誨淫”。○正義曰:“《易》曰:負且乘,致寇至”者,此又明擬議之道,當量身而行,不可以小處大,以賤貪貴,故引《解》卦六三以明之也。“負也者,小人之事也”,負者,擔負於物,合是小人所為也。“乘也者,君子之器”者,言乘車者,君子之器物。言君子合乘車。今應負之人而乘車,是小人乘君子之器也,則盜竊之人,思欲奪之矣。
経文に曰く:《周易》に曰く:「物を背負して却って車に乘る、強盗を招来す。」物を背負するは、小人の干る所の事なり。車乘は、君子の使用する器具なり。小人は却って君子の器具に乘坐すれば、盗賊は便ち来たりて彼を奪搶せんと着想す。上位に在る者は傲慢にして、下に対してまた暴虐なれば、盗賊は便ち来たりて彼を討伐せんと着想す。財物を収蔵するに馬虎なれば、偷盗を教唆するに等しく、容貌打扮を妖冶なれば、淫邪を招引するに等し。孔穎達の疏は「《易》曰」より「誨淫」に至る一段を解して曰く:いわゆる「《易》曰:負且乘,致寇至」は、これはまた擬議の道は応に力を量りて行うべく、卑小の身をもって高大の位に処り、低賤の身をもって尊貴を貪求すべからずを説明す、だから《解》卦六三の爻辞を引いて闡明す。「負也者,小人之事也」の「負」は肩を用いて物件を背負す、本は小人の為すべき所の事なり。いわゆる「乘也者,君子之器」は、車に乘るは君子の使用する器物にして、君子のみ車に乘るに合す。いま本は物を背負すべきの人が却って車に乘れば、これはすなわち小人が君子の器具に乘坐す、すなわち盗窃の人は便ち来たりて奪取せんと着想す。
“上慢下暴,盜思伐之矣”者,小人居上位必驕慢,而在下必暴虐。為政如此,大盜思欲伐之矣。“慢藏誨盜,冶容誨淫”者,若慢藏財物,守掌不謹,則教誨於盜者,使來取此物;女子妖冶其容,身不精愨,是教誨淫者,使來淫巳也。以此小人而居貴位,驕矜而不謹慎,而致寇至也。《易》曰:‘負且乘,致寇至’,盜之招也。[疏]正義曰:又引《易》之所云,是盜之招來也,言自招來於盜。以慎重其事,故首尾皆稱“《易》曰”,而載《易》之爻辭也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「上慢下暴,盗思伐之矣」は、小人は上位に居れば必定驕横傲慢にして、下面に処せば必定暴虐なり。政を為すにこうなれば、大盗は便ち来たりて彼を討伐せんと着想す。いわゆる「慢蔵誨盗,冶容誨淫」は、もし財物を収蔵するに馬虎にして看守謹まざれば、盗賊を教唆するに等しく、彼をしてこれらの財物を取走らしむ。女子が容貌を打扮するに妖冶として、自身は専誠謹慎ならざれば、淫邪の人を教唆するに等しく、彼をして来たりて自己を淫犯せしむ。このごときの小人に憑りて尊貴の位に占踞し、驕矜にして謹慎ならざれば、ここにおいて強盗を招来す。経文は最後に重申す:《周易》に曰く「物を背負して却って車に乘る、強盗を招来す」、これは自己が盗賊を招来するなり。孔穎達は申説す:これは再び《周易》の説く所を援引して、これは盗賊が招引せられて来たるを指出す、意は自己が盗賊を招来するなり。鄭重に事を致さんと欲するに因りて、だから首尾は皆「《易》曰」と称して、両度《周易》の爻辞を載録す。
繋辞上・第八章
[疏]正義曰:“大衍之數”至“祐神矣”,此第八章,明占筮之法、揲蓍之體,顯天地之數,定乾坤之策,以為六十四卦,而生三百八十四爻。大衍之數五十,其用四十有九。王弼曰:演天地之數,所賴者五十也。其用四十有九,則其一不用也。不用而用以之通,非數而數以之成,斯易之太極也。四十有九,數之極也。夫無不可以無明,必因於有,故常於有物之極,而必明其所由之宗也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「大衍之数」より「祐神矣」に至るは、《繋辞上》の第八章にして、占筮の方法・揲蓍の体例を闡明し、天地の数を顕示し、乾坤両卦の策数を確定し、これに由りて六十四卦を形成し、しかして三百八十四爻を生出す。経文に曰く:大衍の数は五十にして、実際に使用するは四十九なり。韓康伯の注は王弼の話を引きて解して曰く:天地の数を推演するに、憑借する所は五十なり。実際に四十九を使用せば、すなわちその中の一根は用いざるなり。用いずして用いる所の数はそれに因りて貫通を得、本身は数にあらずして諸数はそれに因りて生成を得、これがすなわち《周易》の「太極」なり。四十九は、数の極致なり。「无」は「无」の本身をもって闡明すべからず、必定「有」に憑借して、だから常に有形の物の極致の処に於て、それらの由来する所の宗本を闡明す。
[疏]“大衍”至“有九”。○正義曰:京房云:“五十者,謂十日、十二辰、二十八宿也,凡五十。其一不用者,天之生氣,將欲以虛來實,故用四十九焉。”馬季長云:“易有太極,謂北辰也。太極生兩儀,兩儀生日月,日月生四時,四時生五行,五行生十二月,十二月生二十四氣。北辰居位不動,其餘四十九轉運而用也。”荀爽云:“卦各有六爻,六八四十八,加乾、坤二用,凡有五十。《乾》初九‘潛龍勿用’,故用四十九也。”鄭康成云:“天地之數五十有五,以五行氣通。凡五行減五,大衍又減一,故四十九也。”姚信、董遇云:“天地之數五十有五者,其六以象六畫之數,故減之而用四十九。”
孔穎達の疏は「大衍」より「有九」に至る一段を解して、まず前代諸家の解説を列挙す。京房の説に:「いわゆる五十は、十天干・十二地支・二十八宿を指し、共計五十なり。その中の一根を用いざるは、天の生気はまさに虚をもって実を納れんとするに因りて、だから四十九を用う。」馬融(字は季長)の説に:「《易》に太極あるは、北極星を指す。太極は両儀を生じ、両儀は日月を生じ、日月は四時を生じ、四時は五行を生じ、五行は十二月を生じ、十二月は二十四節気を生ず。北極星は位に居りて動かず、その余の四十九は旋転運行して使用せらる。」荀爽の説に:「八卦は各々六爻あり、六に八を乘じて四十八を得、乾・坤両卦の『用九』『用六』を加上せば、共有五十なり。《乾》卦初九に『潜龍勿用』と曰えば、だからただ四十九を用う。」鄭玄(字は康成)の説に:「天地の数は五十五にして、五行の気は相通ずるに因りて、およそ五行は五を減じ、大衍はまた一を減ず、だから四十九なり。」姚信・董遇の説に:「天地の数は五十五にして、その中の六はもって一卦六画の数を象徴す、だから六を減じて四十九を用う。」
但五十之數,義有多家,各有其說,未知孰是。今案王弼云“演天地之數,所賴者五十”,據王弼此說,其意皆與諸儒不同。萬物之策,凡有萬一千五百二十。其用此策推演天地之數,唯用五十策也。一謂自然所須策者唯用五十,就五十策中,其所用揲蓍者,唯用四十有九。其一不用,以其虛無,非所用也,故不數之。顧歡同王弼此說。故顧歡云:“立此五十數,以數神,神雖非數,因數而顯。故虛其一數,以明不可言之義。”只如此意,則別無所以,自然而有此五十也。今依用之。
孔穎達は評断して曰く:ただし「五十」のこの数目は、義解は好幾家ありて、各々各々の説法あり、何れの一家を是と為すを知らず。いま王弼の説く「天地の数を推演するに、憑借する所は五十なり」を考察するに、王弼のこの一説に依れば、その用意は諸家の儒者と皆相同ならず。万物の総策数は共に一万一千五百二十あり、これらの策を用いて天地の数を推演するに、ただ五十策を取る。いわゆる「一」は、自然の須要する策はただ五十を用うを説く。この五十策の中に於て、真正に揲蓍に用いるはただ四十九根なり。その中の一根を用いざるは、それは虚無に属して使用の列に在らざるに因りて、だからその中に計入せず。顧歓は王弼の此説と相同じ、だから顧歓の説に:「この五十の数を立下するは、もって『神』を測度す。神は数にあらざるといえども、却って数に借着して顕現す、だからその中の一数を虚置して、もってあの言説すべからざるの義理を表明す。」この意思に照らせば、便ち別の縁由なく、五十の数は自然而然にこうあるなり。今日は便ちこの一説に依従す。
○注“王弼”至“宗也”。○正義曰:“王弼云:演天地之數,所賴者五十”者,韓氏親受業於王弼,承王弼之旨,故引王弼云以證成其義。“演天地之數,所賴者五十,”謂萬物籌,策雖萬有一千五百二十,若用之推演天地之數,所賴者唯賴五十,其餘不賴也。但賴五十者,自然如此,不知其所以然。云“則其一不用”者,《經》既云“五十”,又云“其用四十九”也。既稱其“用”,明知五十之內,其一是不用者也。言不用而用以之通者,若全不用,理應不賴。此既當論用,所以並言不用為用。五十者,雖是不用,其有用從不用而來,以不用而得用也。故云“不用而用以之通”。所用者則四十九蓍也。蓍所以堪用者,從造化虛無而生也。若無造化之生,此蓍何由得用也?
孔穎達は再び韓康伯の注の「王弼」より「宗也」に至る一段を疏して曰く:いわゆる「王弼云:演天地之数,所頼者五十」は、韓康伯が親しく王弼に受業して、王弼の宗旨を承接せるに因りて、だから王弼の話を引いてその義を証成す。「天地の数を推演するに、憑借する所は五十なり」は、万物の籌策は一万一千五百二十あるといえども、もしこれを用いて天地の数を推演せば、憑借する所はただ五十のみ、その余は皆憑借せず。しかしてただ五十を憑借するは、自然にこうあれども、その所以然を説出する能わず。注中の「則其一不用」と曰うは、経文すでに「五十」を説き、また「其用四十有九」と曰うに因りて。すでに一個の「用」の字を称せば、五十の内に一根の用いざるあるを知るべし。いわゆる「不用而用以之通」は、もし全然用いざれば、理に按じて応にそれを憑借すべからざるを説く。ここにすでに「用」に就きて論を立つれば、だから用いざるをも一併に説きて用と為す。この五十の中のあの一根は用いざるといえども、ただし用ある者はまさに不用より来たりて、不用に憑借して初めて有用を得、だから「不用而用以之通」という。真正に用いる所はすなわち四十九根の蓍草なり。しかして蓍草の堪えて用ある所以は、造化の虚無の中より生出して来たる——もし造化の化生なければ、これらの蓍草は何に憑りてか使用せられるを得ん。
言“非數而數以之成”者,太一虛無,無形無數,是非可數也。然有形之數,由非數而得成也。即四十九是有形之數,原從非數而來,故將非數之一,總為五十。故云“非數而數以之成也”。言“斯易之太極”者,斯,此也。言此其一不用者,是易之太極之虛無也。無形,即無數也。凡有皆從無而來,故易從太一為始也。言“夫無不可以無明,必因於有”者,言虛無之體,處處皆虛,何可以無說之,明其虛無也。若欲明虛無之理,必因於有物之境,可以無本虛無。猶若春生秋殺之事,於虛無之時,不見生殺之象,是不可以無明也。就有境之中,見其生殺,卻推於無,始知無中有生殺之理,是明無必因於有也。
孔穎達は続けて申説す:注中の「非数而数以之成」と曰うは、「太一」は虚無にして、形なきも数なき、もとより計数すべからざるを指す。しかるに有形の数は、まさにこの計数すべからざる者に由りて生成を得。四十九は有形の数にして、もとより非数より来たる、だからあの非数に属する一根を合入して、総じて五十と成す、それゆえ「非数而数以之成」という。注中の「斯易之太極」と曰うの「斯」はすなわち「此」なり、説く所はこの不用の一根は、すなわち《周易》の太極の虚無なり。无形はすなわちまた无数なり。およそ「有」は皆「无」より来たる、だから《周易》は太一をもって開端と為す。注中の「夫无不可以无明,必因於有」と曰うは、虚無の体は処々皆虚にして、何ぞ能く「无」の本身をもってそれを解説しその虚無を闡明せんや。もし虚無の理を闡明せんと欲せば、必定有形の物の境域に憑借して、初めて能くこれに由りてあの本然の虚無に上溯すべし。譬えば春生秋殺の事は、虚無の状態の中に於て生殺の形象を見ず、これがすなわち「无」をもって闡明すべからざるなり。有形の境域の中に到りて生殺の実を見、再び回頭して「无」に推及せば、初めて「无」の中に生殺の理を含有するを知る——これがすなわち「无」を闡明するに必ず「有」に憑借す。
言“故常於有物之極,而必明其所由之宗”者,言欲明於無,常須因有物至極之處,而明其所由宗。若易由太,有由於無,變化由於神,皆是所由之宗也。言有且何因如此,皆由於虛無自然而來也。
孔穎達は最後に申説す:注中の「故常於有物之極,而必明其所由之宗」と曰うは、「无」を闡明せんと欲せば、常に有形の物に憑借して極致の処に達到して、もってそれらの由来する所の宗本を闡明するを須とす。譬えば《易》は太極に由りて来たり、「有」は「无」に由りて来たり、変化は「神」に由りて来たるがごとく、これらは皆由来する所の宗本なり。「有」が究竟何に因りて能くこうなるに至りて説けば、答えは皆虚無自然に由りて来たるなり。
分而為二以象兩,掛一以象三,揲之以四,以象四時,歸奇於扐以象閏。五歲再閏,故再扐而後掛。奇,況四揲之餘,不足復揲者也。分而為二,既揲之餘,合掛於一,故曰“再扐而後掛”。凡閏,十九年七閏為一章,五歲再閏者二,故略舉其凡也。
経文に曰く:蓍草を随意に両份に分けて、もって天地両儀を象徴す。その中より一根を取出して掛けて、もって天地人の三才を象徴す。再び四根毎を一組として分数し、もって四時を象徴す。四四分数したる後に余る零頭を指間に夾扐して、もって閏月を象徴す。五年の中に両個の閏月あれば、だから両度夾扐したる後に再び挂を行う。韓康伯の注は:「奇」は、四四分数したる後に余る所の余数を比況し、すなわち再び一組の四数を湊成するに足らざるの部分なり。蓍草を両份に分けたる後、両辺の分数する所余は、皆合併して掛起したるあの一根に帰挂す、だから「再扐而后挂」という。およそ閏を置くの法は、十九年に七個の閏月を設けて一「章」と為し、その中の「五歳再閏」の情形は両度あり、だから経文はただその大略を挙げて言うと解す。
[疏]正義曰:“分而為二以象兩”者,五十之內,去其一,餘有四十九,合同未分,是象太一也。今以四十九分而為二,以象兩儀也。“掛一以象三”者,就兩儀之間,於天數之中,分掛其一,而配兩儀,以象三才也。“揲之以四,以象四時”者,分揲其蓍,皆以四四為數,以象四時。“歸奇於扐以象閏”者,奇謂四揲之餘,歸此殘奇於所扐之策而成數,以法象天道。歸殘聚餘,分而成閏也。“五歲再閏”者,凡前閏後閏,相去大略三十二月,在五歲之中,故五歲再閏。“再扐而後掛”者,既分天地,天於左手,地於右手,乃四四揲天之數,最末之餘,歸之合於扐掛之一處,是一揲也。又以四四揲地之數,最末之餘,又合於前所歸之扐而裛掛之,是再扐而後掛也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「分而為二以象両」は、五十根の中に於て一根を除去し、余下の四十九根は、一処に合して未だ分かたざるは、これは「太一」を象徴す。いまこの四十九根を両份に分かつは、もって両儀を象徴す。いわゆる「挂一以象三」は、両儀の間に於て、天に属する一份の中より、一根を分け出して掛けて、両儀と相配して、もって三才を象徴す。いわゆる「揲之以四,以象四時」は、蓍草を分数する時は皆四根を一組として計数して、もって四時を象徴す。いわゆる「帰奇於扐以象閏」の「奇」は四四分数したる後の余数を指し、この残余の零頭を夾扐する所の策に帰併して数を成すは、もって天道に取法す:残余を帰聚して、分け出せば便ち閏月と為る。いわゆる「五歳再閏」は、前の一個の閏月と後の一個の閏月とは相関隔して大約三十二個月にして、五年の内に落つ、だから五年両閏という。いわゆる「再扐而后挂」は、すでに天地両份を分け出せば、天の一份は左手に在り、地の一份は右手に在り、まず四四に天の一份を分数し、最後に余る所の数は、掛くる所のあの一処に帰併す、これは第一次の揲なり。再び四四に地の一份を分数し、最後に余る所の数は、また前面に帰する所の扐に合して一併に掛起す、これがすなわち「再扐而后挂」なり。
天數五。五,奇也。[疏]正義曰:謂一、三、五、七、九也。地數五。五,耦也。[疏]正義曰:謂二、四、六、八、十也。五位相得而各有合,天地之數各五,五數相配,以合成金、木、水、火、土。[疏]正義曰:若天一與地六相得,合為水,地二與天七相得,合為火,天三與地八相得,合為木,地四與天九相得合為金,天五與地十相得,合為土也。
経文に曰く:天数は五個あり。韓康伯の注は:この五個は皆奇数なりと解す。孔穎達は申説す:指すところは一・三・五・七・九なり。経文に曰く:地数は五個あり。韓康伯の注は:この五個は皆偶数なりと解す。孔穎達は申説す:指すところは二・四・六・八・十なり。経文に曰く:五個の方位上の天数と地数は各自相配して各々会合あり。韓康伯の注は:天数地数は各々五個あり、五組の数は両両相配して、会合して金・木・水・火・土を生成すと解す。孔穎達は申説す:例えば天一は地六と相配して、会合して水と為り、地二は天七と相配して会合して火と為り、天三は地八と相配して会合して木と為り、地四は天九と相配して会合して金と為り、天五は地十と相配して会合して土と為るがごとし。
天數二十有五,五奇合為二十五。[疏]正義曰:總合五奇之數。地數三十。五耦合為三十。[疏]正義曰:總合五耦之類也。凡天地之數五十有五。此所以成變化而行鬼神也。變化以此成,鬼神以此行。[疏]正義曰:“凡天地之數五十有五”者,是天地二數相合為五十五,此乃天地陰陽奇耦之數,非是上文演天地之策也。“此所以成變化而行鬼神”者,言此陽奇陰耦之數,成就其變化。言變化以此陰陽而成,故云“成變化”也。而宣行鬼神之用,言鬼神以此陰陽而得宣行,故云“而行鬼神也”。
経文に曰く:天数は総計二十五なり。韓康伯の注は:五個の奇数を相加して合わせて二十五と為すと解す。孔穎達は申説す:これは五個の奇数を総合するなり。経文に曰く:地数は総計三十なり。韓康伯の注は:五個の偶数を相加して合わせて三十と為すと解す。孔穎達は申説す:これは五個の偶数を総合するなり。経文に曰く:天地の数は合計五十五にして、まさにこれに倚りて変化を成就し鬼神を通行す。韓康伯の注は:変化はこれに由りて成り、鬼神はこれに由りて行わると解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「凡天地之数五十有五」は、天数と地数が相合して五十五と為る、これは乃ち天地陰陽の奇偶の数にして、上文の天地の数を推演するに用いたるあれらの策にあらず。いわゆる「此所以成変化而行鬼神」は、この陽奇陰偶の数は万物の変化を成就す——変化はこの陰陽に由りて成れば、だから「成変化」といい、また鬼神の功用を宣行す——鬼神はこの陰陽に由りて宣行を得れば、だから「而行鬼神」という。
《乾》之策二百一十有六,陽爻六,一爻三十六策,六爻二百一十六策。[疏]正義曰:以乾老陽,一爻有三十六策,六爻凡有二百一十六策也。乾之少陽,一爻有二十八策,六爻則有一百六十八策,此《經》據老陽之策也。坤之策百四十有四,陰爻六,一爻二十四策,六爻百四十四策。[疏]正義曰:坤之老陰,一爻有二十四策,六爻故一百四十有四策也。若坤之少陰,一爻有三十二,六爻則有一百九十二。此《經》據坤之老陰,故百四十有四也。
経文に曰く:《乾》卦の策数は二百一十六なり。韓康伯の注は:《乾》は六個の陽爻あり、一爻は三十六策、六爻は共に二百一十六策なりと解す。孔穎達は申説す:《乾》は老陽に属するに因りて、一爻に三十六策あり、六爻は共に二百一十六策あり。もし《乾》の少陽なれば、一爻はただ二十八策のみ、六爻は便ち一百六十八策なり——ここに経文の依拠する所は老陽の策なり。経文に曰く:《坤》卦の策数は一百四十四なり。韓康伯の注は:《坤》は六個の陰爻あり、一爻は二十四策、六爻は共に一百四十四策なりと解す。孔穎達は申説す:《坤》の老陰は一爻に二十四策あり、だから六爻は共に一百四十四策なり。もし《坤》の少陰なれば、一爻に三十二策あり、六爻は便ち一百九十二なり——ここに経文の依拠する所は《坤》の老陰なり、だから一百四十四なり。
凡三百有六十,當期之日。二篇之策,萬有一千五百二十,當萬物之數也。二篇三百八十四爻,陰陽各半,合萬一千五百二十策。[疏]正義曰:“凡三百有六十,當期之日”者,舉合乾、坤兩策,有三百有六十,當期之數。三百六十日,舉其大略,不數五日四分日之一也。“二篇之策,萬有一千五百二十,當萬物之數”者,二篇之爻,總有三百八十四爻,陰陽各半,陽爻一百九十二爻,爻別三十六,總有六千九百一十二也。陰爻亦一百九十二爻,爻別二十四,總有四千六百八也。陰陽總合,萬有一千五百二十,當萬物之數也。
経文に曰く:乾坤両卦の策数を合わせて共に三百六十にして、まさに一周年の日数に相当す。上下両篇の総策数は一万一千五百二十にして、まさに万物の数目に相当す。韓康伯の注は:上下両篇は共に三百八十四爻あり、陰陽は各々半分を占め、合計一万一千五百二十策なりと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「凡三百有六十,当期之日」は、乾・坤両卦の策数を合わせて共に三百六十にして、一周年の数に相当す。三百六十日と説くは、ただその大略を挙げるにして、多出する五および四分の一日を計算の内に入れざるなり。いわゆる「二篇之策,万有一千五百二十,当万物之数」は、上下両篇の爻は共有三百八十四にして、陰陽は各々半分を占むるを説く:陽爻は一百九十二にして、毎爻三十六策、共計六千九百一十二。陰爻もまた一百九十二にして、毎爻二十四策、共計四千六百八。陰陽を合わせればまさに一万一千五百二十にして、万物の数に相当す。
是故四營而成易,分而為二,以象兩,一營也。掛一以象三,二營也。揲之以四,三營也。歸奇於扐,四營也。[疏]正義曰:營謂經營,謂四度經營蓍策,乃成易之一變也。十有八變而成卦,八卦而小成。引而伸之。伸之六十四卦。
経文に曰く:それゆえ四度の営求を経て初めて《易》の一変を成就す。韓康伯の注は:分かちて二と為しもって両儀を象るは、第一営なり。一根を挂出してもって三才を象るは、第二営なり。四四分数するは、第三営なり。余数を扐に帰夾するは、第四営なりと解す。孔穎達は申説す:「営」はすなわち経営にして、四度蓍策を経営して、初めて《易》の一変を完成すを説く。経文は続けて曰く:十八次の変を経て初めて一卦と成り、八卦はただ初步の小成なり。再びこれに引申拡充を加う。韓康伯の注は:いわゆる引申は、八卦を推衍して六十四卦と為すなりと解す。
[疏]正義曰:“十有八變而成卦”者,每一爻有三變,謂初一揲,不五則九,是一變也。第二揲,不四則八,是二變也。第三揲,亦不四則八,是三變也。若三者俱多為老陰,謂初得九,第二、第三俱得八也。若三者俱少為老陽,謂初得五,第二第三,俱得四也。若兩少一多為少陰,謂初與二、三之間,或有四或有五而有八也。或有二個四而有一個九,此為兩少一多也。其兩多一少為少陽者,謂三揲之間,或有一個九,有一個八而有一個四,或有二個八,而有一個五,此為兩多一少也。如此三變既畢,乃定一爻。六爻則十有八變,乃始成卦也。
孔穎達は進んで申説す:いわゆる「十有八変而成卦」は、毎一爻は三変を経るを須とす——第一次の揲蓍の得る所は、五ならざれば則ち九、これは第一変なり。第二次の揲蓍の得る所は、四ならざれば則ち八、これは第二変なり。第三次の揲蓍の得る所は、もまた四ならざれば八、これは第三変なり。もし三次の得る所が皆多数に属せば、便ち老陰なり、すなわち第一次に九を得、第二第三次に皆八を得る。もし三次の得る所が皆少数に属せば、便ち老陽なり、すなわち第一次に五を得、第二第三次に皆四を得る。もし両少一多なれば、便ち少陰なり、すなわち第一次と第二・第三次の間に、或は四あるいは五ありてまた一個の八あり。も可能なりて両個の四ありて一個の九あるは、これは皆両少一多と算す。両多一少を少陽と為るに至りては、三次の揲蓍の間に、或は一個の九・一個の八ありて一個の四あり、或は両個の八ありて一個の五ありを説く、これがすなわち両多一少なり。こうして三変完畢して、初めて一爻を定下す。六爻は便ち十八変を要して、初めて成卦と算す。
“八卦而小成”者,象天地雷風日月山澤,於大象略盡,是易道小成。“引而伸之”者,謂引長八卦而伸盡之,謂引之為六十四卦也。觸類而長之,天下之能事畢矣。[疏]正義曰:“觸類而長之”者,謂觸逢事類而增長之,若觸剛之事類,以次增長於剛。若觸柔之事類,以次增長於柔。“天下之能事畢矣”者,天下萬事,皆如此例,各以類增長,則天下所能之事,法象皆盡,故曰“天下之能事畢矣”也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「八卦而小成」は、八卦は分別して天・地・雷・風・日・月・山・沢を象徴して、大なる物象に対してすでに大致に囊括す、これがすなわち《易》道の初步の完成なり。いわゆる「引而伸之」は、八卦を引長して充分に展開す、すなわちこれは六十四卦に推衍す。経文は続けて曰く:再び類に遇て推広して増益せば、天下の能く有る所の事は便ち皆包羅して遺さず。孔穎達は申説す:いわゆる「触類而長之」は、某の一類の事に遇えば便ちそれに順って推広増益す——剛に属する一類の事に遇えば、便ち依次に剛の方面に向けて推広し、柔に属する一類の事に遇えば、便ち依次に柔の方面に向けて推広す。いわゆる「天下之能事畢矣」は、天下の万事は皆この体例に照らして、各々その類に依りて推広せば、すなわち天下の能く有る所の事は、その法則物象は便ち全く窮尽す、だから「天下之能事畢矣」という。
顯道,顯,明也。神德行。由神以成其用。[疏]正義曰:言易理備盡天下之能事,故可以顯明無為之道,而神靈其德行之事。言大虛以養萬物為德行,今易道以其神靈助太虛而養物,是神其德行也。
経文に曰く:《易》は能く「道」を顕明し、能く「徳行」を神化す。韓康伯の注は:「顕」はすなわち彰明なり。いわゆる神化徳行は、「神」に憑借してその功用を成就すと解す。孔穎達は進んで申説す:これは《易》理はすでに天下の能く有る所の事を完備窮尽せれば、だから能くあの无為の道を彰明し、併せて徳行の事を神妙霊通せしむるを説く。太虚は万物を養育するをもってその徳行と為す、いま《易》道はその神霊の用に憑りて太虚を協助して万物を養育す、これがすなわち徳行を神妙ならしむるなり。
是故可與酬酢,可與祐神矣。可以應對萬物之求助,成神化之功也。酬酢,猶應對也。[疏]正義曰:“是故可與酬酢”者,酬酢,謂應對報答,言易道如此。若萬物有所求為,此易道可與應答,萬物有求則報,故曰“可與酬酢也”。“可與祐神矣”者,祐,助也。易道弘大,可與助成神化之功也。
経文に曰く:それゆえ《易》はもって酬答応対するべく、もって神化を輔助するべし。韓康伯の注は:それは能く万物の求助に応対し、神化の功を成就す。「酬酢」は便ち応対に相当すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故可与酬酢」の「酬酢」は応対報答の意にして、《易》道はまさにこうなるを説く——万物もし求め为す所有れば、この《易》道は皆能く応答を給与し、およそ求むる所有れば便ち回報する所有り、だから「可与酬酢」という。いわゆる「可与祐神矣」の「祐」はすなわち輔助にして、《易》道は弘大にして、能く神化の功を輔助成就するべしを説く。
繋辞上・第九章
[疏]正義曰:“子曰知變化”至“此之謂也”。此第九章也。上章既明大衍之數,極盡蓍策之名數,可與助成神化之功。此又廣明易道深遠,聖人之道有四,又明易之深遠,窮極幾神也。子曰:“知變化之道者,其知神之所為乎?夫變化之道,不為而自然。故知變化者,則知神之所為。[疏]正義曰:言易既知變化之道理,不為而自然也。則能知神化之所為,言神化亦不為而自然也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「子曰知変化」より「此之謂也」に至るは、《繋辞上》の第九章なり。上一章すでに大衍の数を闡明し、蓍策の名目数量を窮尽し、それが能く神化の功を輔助成就するを指出せり。この一章はまた広く《易》道の深遠を闡明して、聖人の道に四項ありと説き、併せて進んで《易》の深遠を説明して、能く幾微と神妙を窮究す。経文に曰く:孔子の曰く:「変化の道を懂得する人は、大概『神』の作為を懂得せるか。」韓康伯の注は:変化の道は、造作を加えずして自然にこうなるなり、だから変化を懂得する人は、便ち神の作為を懂得すと解す。孔穎達は申説す:これは《易》はすでに変化の道理は造作を加えずして自然にこうなるを明白にせれば、便ち能く神化の作為を明白にす、神化も同じく造作を加えずして自然にこうなるに因りて。
《易》有聖人之道四焉:以言者尚其辭,以動者尚其變,以制器者尚其象,以卜筮者尚其占。”此四者存乎器象,可得而用也。[疏]“《易》有”至“其占”。○正義曰:“《易》有聖人之道四焉”者,言《易》之為書,有聖人所用之道者凡有四事焉。“以言者尚其辭”者,謂聖人發言而施政教者,貴尚其爻卦之辭,發其言辭,出言而施政教也。“以動者尚其變”者,謂聖人有所興動營為,故法其陰陽變化。變有吉凶,聖人之動,取吉不取凶也。“以制器者尚其象”者,謂造制形器,法其爻卦之象。若造弧矢,法睽之象,若造杵臼,法小過之象也。“以卜筮者尚其占”者,策是筮之所用,並言卜者,卜雖龜之見兆,亦有陰陽三行變動之狀。故卜之與筮,尚其爻卦變動之占也。
経文に曰く:《周易》の中に聖人の道の四項を含有す:もって言を立つるは、その卦爻辞を看重し、もって行動するは、その変化を看重し、もって器物を制作するは、その物象を看重し、もって卜筮するは、その占断を看重す。韓康伯の注は:この四項は皆器と象の上に寄托すれば、だから取りてこれを用うべしと解す。孔穎達の疏は「《易》有」より「其占」に至る一段を解して曰く:いわゆる「《易》有聖人之道四焉」は、《周易》のこの書は、その中に聖人の使用する所の道を含有して共に四事あり。いわゆる「以言者尚其辞」は、聖人が発言して政教を施行する時に、卦爻の文辞を看重し、これに拠りて言辞を発し出言して政教を施行す。いわゆる「以動者尚其変」は、聖人が興挙営為する所有る時に、陰陽の変化を效法す。変化に吉あり凶ありて、聖人の挙動は吉を取りて凶を取らず。いわゆる「以制器者尚其象」は、器物を創制する時に卦爻の象を效法す、例えば弓箭を製造して《睽》卦の象を效法し、杵臼を製造して《小過》卦の象を效法す。いわゆる「以卜筮者尚其占」は、蓍策はもとより筮法の用いる所にして、ここに「卜」を一併に提及するは、亀卜は顕現する所は灼兆なるといえども、その中にもまた陰陽変動の状あり、だから亀卜と蓍筮は皆卦爻変動の占断を看重す。
○注“器象”。○正義曰:“辭”是爻辭,爻辭是器象也。“變”是變化,見其來去,亦是器象也。“象”是形象,“占”是占其形狀,並是有體之物。有體則是物之可用,故云“可得而用者也”。
孔穎達の疏は韓康伯の注中の「器象」の二字を解して曰く:いわゆる「辞」はすなわち爻辞にして、爻辞は器と象に属す。いわゆる「変」はすなわち変化にして、その往来を見る能く、もまた器と象に属す。いわゆる「象」はすなわち形象にして、いわゆる「占」はすなわちその形状を占断す——これらは皆形体あるの物なり。すでに形体あれば、便ち取用すべきの物なり、だから韓注に「可得而用者也」と曰う。
是以君子將有為也,將有行也,問焉而以言。其受命也如響,無有遠近幽深,遂知來物。非天下之至精,其孰能與於此?[疏]正義曰:“是以君子將有為也,將有行也,問焉而以言”者,既易道有四,是以君子將欲有所施為,將欲有所行,往占問其吉凶,而以言命蓍也。“其受命也如響”者,謂蓍受人命,報人吉凶,如響之應聲也。“無有遠近幽深”者,言易之告人吉凶,無問遠之與近,及幽遂深遠之處,悉皆告之也。“遂知來物”者,物,事也。然易以萬事告人,人因此遂知將來之事也。“非天下之至精,其孰能與於此”者,言易之功深如此,若非天下萬事之內,至極精妙,誰能參與於此,與易道同也。此已上論易道功深,告人吉凶,使豫知來事,故以此結之也。
経文に曰く:それゆえ君子はまさに作為する所有らんとし、まさに行動する所有らんとする時に、便ち蓍占に発問して言辞をもって相命す。蓍占は問う所を接受して、回声のごとくに回応す。遠近幽深を論わず、皆能くこれに由りて未来の事を知暁す。もし天下の最も精微なる者にあらざれば、誰か能く此に参与せんや。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是以君子将有為也,将有行也,問焉而以言」は、《易》道はすでに上述の四項あれば、それゆえ君子はまさに施為する所有らんとし、まさに行動する所有らんとする時に、便ち往きて吉凶を占問し、言辞を用いて蓍草に命告す。いわゆる「其受命也如響」は、蓍草は人の命告を接受して、人に吉凶を回報して、まさに回声の声音に応和するがごとし。いわゆる「无有遠近幽深」は、《易》は人に吉凶を告ぐるに、遠近を論わず、また幽隠深遠の処を論わず、全く告知す。いわゆる「遂知来物」の「物」はすなわち事にして、《易》は万事をもって人に告げ、人はこれに因りて便ち将来の事を知暁す。いわゆる「非天下之至精,其孰能与於此」は、《易》の功用は深妙にしてこうなれば、もし天下万事の中の至りて精妙なる者にあらざれば、誰か能く此に参与して《易》道と相等同せんや。以上は《易》道の功用の深を論じて、能く人に吉凶を告げ、人をして将来の事を予知せしむれば、だからこの句を用いて結を作す。
參伍以變,錯綜其數,通其變,遂成天下之文;極其數,遂定天下之象。非天下之至變,其孰能與於此?[疏]正義曰:“參伍以變”者,參,三也。伍,五也。或三或五,以相參合,以相改變。略舉三五,諸數皆然也。“錯綜其數”者,錯謂交錯,綜謂總聚,交錯裛聚其陰陽之數也。“通其變”者,由交錯總聚,通極其陰陽相變也。“遂成天地之文”者,以其相變,故能遂成就天地之文。若青赤相雜,故稱文也。
経文に曰く:三三五五に交互変化し、それらの数を交錯綜合し、その変化を貫通せば、ここにおいて天下の文采を成就す。その数を窮尽せば、ここにおいて天下の物象を確定す。もし天下の最も善変なる者にあらざれば、誰か能く此に参与せんや。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「参伍以変」の「参」は三にして、「伍」は五なり、或は三或は五にして互相に参合し互相に変易す。ここはただ三と五を挙げて例と為すのみ、その余の各数もまた皆しかなり。いわゆる「錯綜其数」の「錯」は交錯にして、「綜」は総聚なり、すなわち陰陽の数を交錯聚合す。いわゆる「通其変」は、交錯総聚するに由りて、それにより陰陽の互変を貫通窮尽すを説く。いわゆる「遂成天地之文」は、陰陽互変するに因りて、だから能く天地の文采を成就す——青色と赤色が相間雑して「文」と称するがごとし。
“極其數,遂定天下之象”者,謂窮極其陰陽之數,以定天下萬物之象。猶若極二百一十六策,以定乾之老陽之象,窮一百四十四策,以定坤之老陰之象,舉此餘可知也。“非天下之至變,其孰能與於此”者,言此易之理,若非天下萬事至極之變化,誰能與於此者,言皆不能也。此結成易之變化之道,故更言“與於此”也。前《經》論易理深,故云“非天下之至精”。此《經》論極數變通,故云“非天下之至變”也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「極其数,遂定天下之象」は、陰陽の数を窮尽して、もって天下万物の物象を確定すを説く。譬えば二百一十六策を窮尽して、もって《乾》卦老陽の象を確定し、一百四十四策を窮尽して、もって《坤》卦老陰の象を確定す——この二例を挙げれば、その余は類推すべし。いわゆる「非天下之至変,其孰能与於此」は、この《易》の道理は、もし天下万事の至極の変化にあらざれば、誰か能くその中に参与せんや、意は皆能わざるを説く。これは《易》の変化の道を総結すれば、だから再び一句の「与於此」を説く。前一節の経文は《易》理の深を論ぜれば、だから「非天下之至精」と曰い、この一節の経文はその数を窮極し変じて能く通ずるを論ぜれば、だから「非天下之至変」という。
易無思也,無為也,寂然不動,感而遂通天下之故,非天下之至神,其孰能與於此?夫非忘象者,則無以制象。非遺數者,無以極數。至精者,無籌策而不可亂。至變者,體一而無不周。至神者,寂然而無不應。斯蓋功用之母,象數所由立,故曰非至精至變至神,則不得與於斯也。
経文に曰く:《易》は思慮する所なく、造作する所なく、寂然として動かず、一たび感触あれば便ち天下の事故に貫通す。もし天下の最も神妙なる者にあらざれば、誰か能く此に参与せんや。韓康伯の注は:自身の形象を忘却する能わざる者は、便ち万物の象を裁制する由なし。数の名目を遺棄する能わざる者は、便ち数を窮尽する由なし。至精なる者は心中通透にして、籌策を用いずとも錯乱せず。至変なる者は純一の理を体認して、それにより周遍せざるなし。至神なる者は寂然として動かざれども、応ぜざる所なし。この三者はまさに一切の功用の母体にして、物象と数はこれに由りて立つ、だから至精・至変・至神にあらざれば、便ち能く此に参与する能わずと解す。
[疏]“易無思”至“於此”。○正義曰:“易無思也,無為也”者,任運自然,不關心慮,是無思也;任運自動,不須營造,是無為也。“寂然不動,感而遂通天下之故”者,既無思無為,故“寂然不動”。有感必應,萬事皆通,是“感而遂通天下之故”也。故謂事故,言通天下萬事也。“非天下之至神,其孰能與於此”者,言易理神功不測,非天下萬事之中,至極神妙,其孰能與於此也。此《經》明易理神妙不測,故云“非天下之至神”,若非天下之至神,誰能與於此也。
孔穎達の疏は「易无思」より「於此」に至る一段を解して曰く:いわゆる「易无思也,无為也」は、一任して自然に運行して、心思考慮を動用するを須とせず、これがすなわち「无思」なり。一任して自然に発動して、刻意して経営造作するを須とせず、これがすなわち「无為」なり。いわゆる「寂然不動,感而遂通天下之故」は、すでに无思无為なれば、だから「寂然不動」なり。しかして一たび感触あれば必ず回応して、万事は貫通せざるなし、これがすなわち「感而遂通天下之故」なり。「故」は事故を指し、すなわち天下万事に貫通す。いわゆる「非天下之至神,其孰能与於此」は、《易》理の神妙の功用は測度すべからざれば、もし天下万事の中の至りて神妙なる者にあらざれば、誰か能く此に参与せんや。この一節の経文は《易》理の神妙にして測度すべからざるを闡明せば、だから「非天下之至神」という。もし天下の至神にあらざれば、また誰か能く此に参与せんや。
○注“非忘象”。○正義曰:云“夫非忘象者,則無以制象”者,凡自有形象者,不可以制他物之形象,猶若海不能制山之形象,山不能制海之形象。遺忘巳象者,乃能制眾物之形象也。“非遺數者,無以極數”者,若以數數物,則不能極其物數。猶若以萬而數,則不能苞億,以一億而數,則不能苞千億萬億。遺去數名者,則無所不苞。是非遺去其數,無以極盡於數也。
孔穎達の疏は韓康伯の注の「非忘象」の一句を解して曰く:注中の「夫非忘象者,則无以制象」と曰うは、およそ自身にすでに固定の形象ある者は、便ち別物の形象を裁制する能わざるに因りて——海は山の形象を裁制する能わず、山もまた海の形象を裁制する能わざるがごとし。ただ自身の象を遺忘したる者のみ、初めて能く衆物の形象を裁制す。注中の「非遺数者,无以極数」と曰うは、もし某の具体の数を用いて万物を計量せば、便ち能く万物の数を窮尽する能わず——「万」を単位として計数すれば、便ち「億」を包住せず。「一億」を単位として計数すれば、便ち千億万億を包住せざるがごとし。ただ数の名目を遺棄したれば、初めて能く包まざる所なし。これはすなわち説く、具体の数を遺棄せざれば、便ち数を窮尽する由なきなり。
言“至精者,無籌策而不可亂”者,以其心之至精,理在玄通,無不記億,雖無籌策,而不可亂也。言“至變者,體一而無不周”者,言至極曉達變理者,能體於淳一之理,其變通無不周遍。言雖萬類之變,同歸於一變也。“斯蓋功用之母,象數所由立”者,言至精、至變、至神,三者是物之功用之母。物之功用,象之與數,由此至精、至變、至神所由來,故云“象數所由立”也。言象之所以立有象者,豈由象而來,由太虛自然而有象也;數之所以有數者,豈由數而來,由太虛自然而有數也;是太虛之象,太虛之數,是其至精至變也。由其至精,故能制數;由其至變,故能制象。若非至精、至變、至神,則不得參與妙極之玄理也。
孔穎達は続けて申説す:注中の「至精者,无籌策而不可乱」と曰うは、彼の心は至りて精微にして、義理すでに玄妙貫通して、心中に牢記せざるなきに因りて、だからたとい籌策を用いずとも、錯乱せざらん。注中の「至変者,体一而无不周」と曰うは、徹底して変化の理を通暁する人は、能くあの純一の理を体認して、それにより変通して周遍せざる所なし。意は万類の変化は多しといえども、同じく一個の「変」に帰す。注中の「斯蓋功用之母,象数所由立」と曰うは、至精・至変・至神の三者は、万物の功用の母体なり。万物の功用および象と数は、皆この至精・至変・至神より来たる、だから「象数所由立」という。象の立つ能くして象ある所以を説かんと欲せば、あに象の自身に由りて来たらんや。これは太虚が自然にして象あるに由る。数の能く数ある所以は、あに数の自身に由りて来たらんや。これは太虚が自然にして数あるに由る。この太虚の象・太虚の数は、まさにそれの至精と至変なり。至精なるに由りて、だから能く数を裁制す。至変なるに由りて、だから能く象を裁制す。もし至精・至変・至神にあらざれば、便ち能くあの妙極の玄理に参与する能わず。
夫易,聖人之所以極深而研幾也。唯深也,故能通天下之志。唯幾也,故能成天下之務。極未形之理則曰深,適動微之會則曰幾。[疏]正義曰:“夫易聖人之所以極深而研幾也”者,言易道弘大,故聖人用之,所以窮極幽深,而研核幾微也。“極深”者,則前《經》初一節云:“君子將有為,將有行,問焉而以言,其受命如響,無有遠近幽深”,是極深也。“研幾”者,上《經》次節云“參伍以變,錯綜其數,通其變,遂成天地之文;極其數,以定天下之象”,是研幾也。
経文に曰く:《周易》は、聖人がもって幽深を窮極し幾微を研究するの憑借なり。ただその深なるに因りて、だから能く天下人の心志に貫通す。ただその能く幾微を察するに因りて、だから能く天下の事務を成就す。韓康伯の注は:いまだ成形せざるの理を窮究するを「深」と言い、動の初萌の関節に切合するを「幾」と言うと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「夫易聖人之所以極深而研幾也」は、《易》道は弘大にして、だから聖人はそれを運用して幽深を窮極し幾微を研核す。いわゆる「極深」は、すなわち前面の経文の第一節の説く「君子将有為,将有行,問焉而以言,其受命如響,无有遠近幽深」、これがすなわち極深なり。いわゆる「研幾」は、すなわち上面の経文の第二節の説く「参伍以変,錯綜其数,通其変,遂成天地之文;極其数,以定天下之象」、これがすなわち研幾なり。
“唯深也,故能通天下之務”者,聖人用易道以極深,故聖人德深也,故能通天下之志意,即是前《經》上節“問焉而以言,其受命如響”,“遂知來物”,是通天下之志也。“唯幾也,故能成天下之務”者,聖人用易道以研幾,故聖人知事之幾微,是前《經》次節“參伍以變,錯綜其數,通其變,遂成天地之文”是也。幾者離無入有,是有初之微。以能知有初之微。則能興行其事,故能成天下之事務也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「唯深也,故能通天下之志」(疏文は此処に「之務」と引作すも、応に伝写の誤なり)は、聖人は《易》道を運用して幽深を窮極すれば、だから聖徳は深厚にして、それにより能く天下人の心志意向に貫通す、すなわちこれは前面の経文の上一節の説く「問焉而以言,其受命如響」「遂知来物」、これがすなわち天下人の心志に貫通するなり。いわゆる「唯幾也,故能成天下之務」は、聖人は《易》道を運用して幾微を研究すれば、だから能く事情の幾微の征兆を知暁す、すなわちこれは前面の経文の第二節の説く「参伍以変,錯綜其数,通其変,遂成天地之文」なり。「幾」は「无」を脱離して「有」に進入するの一刹那にして、「有」のまさに開始せんとする時の細微の征兆なり。能くこの「有」の初の細微の征兆を知暁するに因りて、便ち能くその事を興挙施行する、だから能く天下の事務を成就す。
唯神也,故不疾而速,不行而至。子曰:“易有聖人之道四焉”者,此之謂也。四者由聖道以成,故曰“聖人之道”。[疏]正義曰:“唯神也,故不疾而速,不行而至”者,此覆說上《經》下節易之神功也。以無思無為,寂然不動,感而遂通,故不須急疾,而事速成;不須行動,而理自至也。案下節云“唯深也”言“通天下之志”,“唯幾也”言“成天下之務”。今“唯神也”直云“不疾而速,不行而至”,不言“通天下”者,神則至理微妙,不可測知。無象無功,於天下之事,理絕名言,不可論也。故不云“成天下之功”也。
経文に曰く:ただその神妙なるに因りて、だから急促せずして自然に迅速にして、移動せずして自然に到達す。孔子の「《易》に聖人の道の四項あり」と曰うは、講ずる所はまさにこの意思なり。韓康伯の注は:この四項は皆聖人の道に憑りて初めて能く成就すれば、だから「聖人之道」と称作すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「唯神也,故不疾而速,不行而至」は、これは回頭して上面の経文の末の末節の講ずる《易》の神妙の功用を重申す:无思无為にして寂然不動にして一感すれば即ち通ずるに因りて、だから急促するを必とせず、事情は自然に迅速に辦成し、行動する所有るを必とせず、義理は自然に到達す。前一節の「唯深也」と説きて「通天下之志」を系え、「唯幾也」と説きて「成天下之務」を系うるを考察す。いま「唯神也」と説きて却ってただ「不疾而速,不行而至」を説き、「通天下」いかんを説かざるは、「神」は乃ち至理微妙にして測知すべからず、見るべきの象なく指すべきの功なく、天下の事に対して、その理は名言の外に超出して論説する由なきに因りて、だから「成天下之功」を説かず。
子曰:“易有聖人之道四焉者,此之謂也”者,章首論聖人之道四焉,章中歷陳其三事,章末結而成之,故曰“聖人之道四焉”是此之謂也。章首“聖人之道有四”者,韓氏注云“此四者存乎器象,可得而用者”,則辭也,變也,象也,占也。是有形之物,形器可知也。若章中所陳則有三事,一是至精,精則唯深也。二是至變,變則唯幾也。三是至神,神則微妙無形,是其無也。神既無形,則章中三事,不得配章首四事。韓氏云“四者存乎器象”,故知章中三事,不得配章首四事者也。但行此四者,即能致章中三事。故章中歷陳三事,下總以“聖人之道四焉”結之也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「子曰:易有聖人之道四焉者,此之謂也」は、本章の開頭は聖人の道に四項あるを論じ、章中は依次に三件事を陳述し、章末は総結を加えて完成す、だから「聖人之道四焉」はまさにこの個を指す。章首の説く「聖人之道有四」の、韓康伯の注の「此四者存乎器象,可得而用者」は、すなわち辞・変・象・占なり。これらは皆有形の物にして、形器の上より便ち知暁すべし。章中の陳述する所は則ち三件事なり:一は至精にして、精は便ち「唯深」なり。二は至変にして、変は便ち「唯幾」なり。三は至神にして、神は則ち微妙无形にして、「无」の一面に属す。神すでに无形なれば、すなわち章中の三事は能く章首の四事と一一相配する能わず。韓康伯の「四者存乎器象」と曰うは、これにより章中の三事は能く章首の四事に配する能わざるを知るべし。ただしこの四項を施行せば、便ち章中の三事を招致する能く、だから章中は依次に三事を陳述して、その下に総じて「聖人之道四焉」をもって結を作す。
繋辞上・第十章
[疏]正義曰:“天一地二”至“謂之神”,此第十章也。前章論《易》有聖人之道四焉,以卜筮尚其占。此章明卜筮蓍龜所用,能通神知也。天一,地二;天三,地四;天五,地六;天七,地八;天九,地十。易以極數通神明之德,故明易之道,先舉天地之數也。[疏]“天一”至“地十”。○正義曰:此言天地陰陽自然奇偶之數也。○注“易以極”至“數也”。○正義曰:“易以極數通神明之德”者,謂易之為道,先由窮極其數,乃以通神明之德也。“故明易之道,先舉天地之數”者,此章欲明神之德,先由天地之數而成,故云“故明易之道,先舉天地之數”也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「天一地二」より「謂之神」に至るは、《繋辞上》の第十章なり。前一章は《周易》は聖人の道の四項を含有するを論じて、その中は卜筮する者はその占断を看重せり。この一章は則ち卜筮の用いる所の蓍草と亀甲が、能く神妙の知見に貫通するを闡明す。経文に曰く:天一、地二。天三、地四。天五、地六。天七、地八。天九、地十。韓康伯の注は:《易》はその数を窮極するに倚りて神明の徳に貫通するなり、だから《易》道を闡明せんと欲せば、まず天地の数を挙出するを要すと解す。孔穎達の疏は「天一」より「地十」に至るを解して曰く:これは天地陰陽の自然而然の奇数と偶数を講ず。彼はまた韓注の「易以極」より「数也」に至るを疏して曰く:いわゆる「易以極数通神明之徳」は、《易》は一種の道と為して、まずその数を窮極して、然る後に初めて能く神明の徳に貫通す。いわゆる「故明易之道,先挙天地之数」は、本章は「神」の徳性を闡明せんと欲し、しかして神徳はまず天地の数に由りて成れば、だから「《易》道を闡明せんと欲せば、まず天地の数を挙出す」という。
子曰:“夫易,何為者也?夫易,開物成務,冒天下之道,如斯而已者也。”冒,覆也。言易通萬物之志,成天下之務,其道可以覆冒天下也。[疏]正義曰:“子曰夫易何為”者,言易之功用,其體何為,是問其功用之意。“夫易開物成務,冒天下之道,如斯而已”者,此夫子還自釋易之體,用之狀言易能開通萬物之志,成就天下之務,有覆冒天下之道。斯,此也,易之體用如此而已。
経文に曰く:孔子の曰く:「《周易》は何を為す者なりや。《周易》は万物を開通し事務を成就し、天下の一切の道理を覆蓋す、かくのごとくの已るのみ。」韓康伯の注は:「冒」はすなわち覆蓋にして、《易》は万物の心志に貫通し、天下の事務を成就し、その道は能く天下を覆蓋すを説くと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「子曰夫易何為」は、《易》の功用・その本体は究竟何を為すを問うにして、すなわちこれはその功用の意を発問す。いわゆる「夫易開物成務,冒天下之道,如斯而已」は、これは孔子が自ら回復して《易》の体と用の状を解釈す:《易》は能く万物の心志を開通し、天下の事務を成就し、天下を覆蓋するの道あるを説く。「斯」はすなわち「此」にして、《易》の体用はかくのごとくの已るに過ぎざるを説く。
是故聖人以通天下之志,以定天下之業,以斷天下之疑。是故蓍之德圓而神,卦之德方以知,圓者運而不窮,方者止而有分。言蓍以圓象神,卦以方象知也。唯變所適,無數不周,故曰圓。卦列爻分,各有其體,故曰方也。
経文に曰く:それゆえ聖人はこれを用いて天下人の心志に貫通し、これを用いて天下の事業を奠定し、これを用いて天下の疑難を決断す。それゆえ蓍草の徳性は円通にして神妙にして、卦の徳性は方正にして智明なり。韓康伯の注は:円なる物は旋転して窮尽なきにして、方なる物は静止して分限あるを説く。これは蓍は「円」をもって「神」を象徴し、卦は「方」をもって「知」を象徴すを説く:蓍は変化する所に随って往きて、任何の数も周遍せざるなし、だから円と言う。卦は爻位排列ありて各爻はその位に分居して、各々定体あり、だから方と言うと解す。
[疏]“是故聖人”至“以知”。正義曰:“是故聖人以通天下之志”者,言易道如此,是故聖人以其易道通達天下之志,極其幽深也。“以定天下之業”者,以此易道定天下之業,由能研幾成務,故定天下之業也。“以斷天下之疑”者,以此易道決斷天下之疑,用其蓍龜占卜,定天下疑危也。“是故蓍之德圓而神,卦之德方以知”者,神以知來,是來無方也;知以藏往,是往有常也。物既有常,猶方之有止;數無恆體,猶圓之不窮。故蓍之變通則無窮,神之象也;卦列爻分有定體,知之象也。知可以識前言往行,神可以逆知將來之事,故蓍以圓象神,卦以方象知也。
孔穎達の疏は「是故聖人」より「以知」に至る一段を解して曰く:いわゆる「是故聖人以通天下之志」は、《易》道はすでにこうなれば、だから聖人はこの《易》道に憑りて天下人の心志に通達して、その幽深を窮極す。いわゆる「以定天下之業」は、この《易》道に憑りて天下の事業を奠定すを説く、能く幾微を研核して事務を成就するに因りて、だから能く天下の事業を奠定す。いわゆる「以断天下之疑」は、この《易》道に憑りて天下の疑難を決断し、蓍亀を運用して占卜して、天下の疑慮危難を安定す。いわゆる「是故蓍之徳円而神,卦之徳方以知」は、「神」はもって将来を予知するに用い、将来は定向なきを説く。「知」はもって既往を含蔵するに用い、既往は常規あるなり。事物すでに常規あれば、便ち方形の物に止定あるに比す。数は恒定の形体なければ、便ち円形の物の旋転して窮なきに比す。だから蓍草の変通は窮尽なく、これは「神」の象徴なり。卦は爻位排列ありて各爻は分位して定体あるは、これは「知」の象徴なり。「知」は能く前人の言語と既往の行事を認識し、「神」は能く将来の事を逆料す、だから蓍は円をもって神を象徴し、卦は方をもって知を象徴す。
注“圓者”至“方也”。○正義曰:“圓者運而不窮”者,謂團圓之物,運轉無窮已,猶阪上走丸也。蓍亦運動不已,故稱圓也。言“方者止而有分”者,方謂處所,既有處所,則是止而有分。且物方者,著地則安,其卦既成,更不移動,亦是止而有分,故卦稱方也。
孔穎達の疏は韓康伯の注の「円者」より「方也」に至る一段を解して曰く:いわゆる「円者運而不窮」は、団円の物は旋転して停まず、まさに斜坡上に滾動する弾丸に似たり。蓍草の運動もまた停止せず、だから「円」と称す。いわゆる「方者止而有分」の「方」は処所を指し、すでに固定の処所あれば、便ち静止して分限あり。況んや方形の物は地に著けば便ち安穏にして、卦はすでに成就せば便ち再び移動せず、もまた静止して分限あり、だから卦は「方」と称す。
六爻之義易以貢。貢,告也。六爻變易,以告吉凶。[疏]正義曰:貢,告也。六爻有吉凶之義,變易以告人也。聖人以此洗心,洗濯萬物之心。[疏]正義曰:聖人以此易之卜筮,洗盪萬物之心。萬物有疑則卜之,是蕩其疑心;行善得吉,行惡遇凶,是蕩其噁心也。
経文に曰く:六爻の意義は変易に借着して人に告ぐ。韓康伯の注は:「貢」はすなわち告知にして、六爻は変化更易して、もって吉凶を告知すと解す。孔穎達は申説す:「貢」はすなわち告知にして、六爻は吉凶の義を含有して、変易を通じて人に告知す。経文に曰く:聖人はこれに憑りて内心を洗滌す。韓康伯の注は:すなわち万物の心を洗滌すと解す。孔穎達は申説す:聖人はこの《易》の卜筮を用いて万物の心を洗蕩す——万物に疑難あれば便ちそのために卜問す、これはその疑心を洗蕩す。善を行えば吉を得、悪を行えば凶に遇うは、これはその悪心を洗蕩す。
退藏於密。言其道深微,萬物日用而不能知其原,故曰“退藏於密”,猶藏諸用也。[疏]正義曰:言易道進則蕩除萬物之心,退則不知其所以然,萬物日用而不知,有功用藏於密也。吉凶與民同患。表吉凶之象,以同民所憂患之事,故曰“吉凶與民同患也”。[疏]正義曰:易道以示人吉凶,民則亦憂患其吉凶,是與民同其所憂患也。凶者民之所憂也,上並言吉凶,此獨言同患者,凶雖民之所患,吉亦民之所患也。既得其吉,又患其失。故《老子》云“寵辱若驚”也。
経文に曰く:退きては便ち幽密の中に隠蔵す。韓康伯の注は:これは《易》道は深邃微妙にして、万物は天天それを用いるもその本原を知る能わずを説く、だから「退蔵於密」といい、すなわちこれは功用を隠蔵すと解す。孔穎達は申説す:《易》道は進めば則ち万物の心を蕩除し、退けば則ち人をしてその所以然を知らしめず、万物は天天それを用いて自ら知らず、功用は幽密の中に隠蔵すを説く。経文に曰く:吉凶は百姓と共同に憂患す。韓康伯の注は:《易》は吉凶の象を標示して、これをもって百姓とその憂患する所の事を同憂す、だから「吉凶与民同患」というと解す。孔穎達は申説す:《易》道は人に向いて吉凶を顕示せば、百姓もまた吉凶のために憂患す、これがすなわち百姓とその憂患を同じくす。凶は固より百姓の憂うる所なるも、上文は吉凶を併挙して、ここに却ってただ「同患」と説くは、凶は百姓の憂患する所なるといえども、吉もまた同じく百姓の憂患する所なるに因りて——すでに吉を得て、またそれを失うを憂慮す、だから《老子》に「寵辱若驚」と曰う。
神以知來,知以藏往。明蓍卦之用,同神知也。蓍定數於始,於卦為來。卦成象於終,於蓍為往。往來之用相成,猶神知也。[疏]正義曰:此明蓍卦德同神知,知來藏往也。蓍定數於始,於卦為來。卦成象於終,於蓍為往。以蓍望卦,則是知卦象將來之事,故言“神以知來”。以卦望蓍,則是聚於蓍象往去之事,故言“知以藏往”也。
経文に曰く:「神」をもって将来を預知し、「知」をもって既往を含蔵す。韓康伯の注は:これは蓍と卦の功用は神と知に等同なるを闡明す——蓍は起初に於て数を確定し、卦に対して説けば「来」に属す。卦は最終に於て象を成就し、蓍に対して説けば「往」に属す。往と来の功用は互相に成就す、まさに神と知のごとしと解す。孔穎達は進んで申説す:これは蓍と卦の徳性は神と知に等同なるを闡明して、能く来を知り能く往を蔵す。蓍は起初に於て数を確定し、卦に対して説けば「来」に属す。卦は最終に於て象を成就し、蓍に対して説けば「往」に属す。蓍のこの一頭より卦に望向せば、便ち卦象の示す所の将来の事を知暁す、だから「神以知来」という。卦のこの一頭より蓍に回望せば、便ち蓍の象徴する所の已往の事を聚合す、だから「知以蔵往」という。
其孰能與此哉!古之聰明叡知神武而不殺者夫!服萬物而不以威形也。[疏]正義曰:“其孰能與此哉”者,言誰能同此也,蓋是古之聰明叡知神武而不殺者夫。易道深遠,以吉凶禍福,威服萬物。故古之聰明叡知神武之君,謂伏犧等,用此易道,能威服天下,而不用刑殺而畏服之也。
経文に曰く:誰か能くこのごときの境地に達到せんや。大概古代のあの聡明叡智・神武にして殺伐を用いざるの人ならん。韓康伯の注は:彼は万物を帰服せしむれども、威勢と刑罰に憑借せずと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「其孰能与於此哉」は、誰か能く此と相同せんや、大概は古代の聡明叡智・神武にして殺伐を用いざるの人なり。《易》道は深遠にして、吉凶禍福に憑りて万物を威服せしむれば、だから古代のあれらの聡明叡智神武の君主、伏羲のこの一類を指す、この《易》道を運用して、能く天下を威服せしめて、刑殺を動用するを必とせずして人をして畏服せしむ。
是以明於天之道,而察於民之故,是興神物以前民用。定吉凶於始也。[疏]正義曰:“是以明於天之道”者,言聖人能明天道也。“而察於民之故”者,故,事也。易窮變化而察知民之事也。“是興神物以前民用”者,謂易道興起神理事物,豫為法象,以示於人,以前民之所用。定吉凶於前,民乃法之所用,故云“以前民用”也。
経文に曰く:それゆえ聖人は天の道理を明白にし、また民衆の事情を体察し、ここにおいて神妙の物を興起して民衆の日用を先导す。韓康伯の注は:すなわち事情の初に於て便ち吉凶を確定すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是以明於天之道」は、聖人は能く天道を明白にすを説く。いわゆる「而察於民之故」の「故」はすなわち事にして、《易》は変化を窮究してそれにより民衆の事を察知す。いわゆる「是興神物以前民用」は、《易》道は神妙の事理と事物を興起して、予め法象と為して人に昭示して、民衆の日用の前を走る。事の前に於て吉凶を定下して、民衆は初めて效法取用する所有り、だから「以前民用」という。
聖人以此齊戒,洗心曰齊,防患曰戒。[疏]正義曰:聖人以“易”道自齊自戒,謂照了吉凶,齊戒其身。洗心曰齊,防患曰戒。以神明其德夫。是故闔戶謂之坤。坤道包物。[疏]正義曰:以“神明其德夫”者,言聖人既以易道自齊戒,又以易道神明其已之德化也。“是故闔戶謂之坤”者,聖人既用此易道以化天下,此以下又廣明易道之大。易從乾坤而來,故更明乾坤也。凡物先藏而後出,故先言坤而後言乾。闔戶,謂閉藏。萬物若室之閉闔其戶,故云“闔戶謂之坤”也。
経文に曰く:聖人はこの《易》道に憑りて斎戒す。韓康伯の注は:内心を洗滌するを「斉」と言い、禍患を預防するを「戒」と言うと解す。孔穎達は申説す:聖人は《易》道をもって自ら斎し自ら戒むるは、すなわち吉凶を照察明了してその身を斎戒す。心を洗うを斉と言い、患を防ぐを戒と言う。経文に曰く:併せてこれをもって自己の徳を神妙顕明せしむ。それゆえ門戸を閉合するを「坤」と言う。韓康伯の注は:坤道は能く万物を包蔵すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「以神明其徳夫」は、聖人すでに《易》道を用いて自我に斎戒せば、また《易》道を用いて自己の徳化を神妙顕明せしむ。いわゆる「是故闔戸謂之坤」は、聖人すでにこの《易》道を運用して天下を教化せば、ここより以下はまた広く《易》道の大を闡明す。《易》は乾坤に由りて来たれば、だから再び乾坤を闡明す。およそ物は皆まず収蔵して然る後に生出す、だからまず坤を説きて然る後に乾を説く。「闔戸」はすなわち閉蔵にして、万物は房室が門戸を閉関するがごとし、だから「闔戸謂之坤」という。
闢戶謂之乾。乾道施生。[疏]正義曰:闢戶,謂吐生萬物也;若室之開闢其戶,故云“闢戶謂之乾”也。一闔一闢謂之變,往來不窮謂之通。見乃謂之象。兆見曰象。[疏]正義曰:“一闔一闢謂之變”者,開閉相循,陰陽遞至,或陽變為陰,或開而更閉,或陰變為陽,或閉而還開,是謂之變也。“往來不窮謂之通”者,須往則變來為往,須來則變往為來,隨須改變,不有窮已,恆得通流,是“謂之通”也。“見乃謂之象”者,前往來不窮,據其氣也。氣漸積聚,露見萌兆,乃謂之象,言物體尚微也。
経文に曰く:門戸を開啓するを「乾」と言う。韓康伯の注は:乾道は施化して万物を生養すと解す。孔穎達は申説す:「闢戸」は万物を吐生するを説く、房室が門戸を開啓するがごとし、だから「闢戸謂之乾」という。経文に曰く:一閉一開するを「変」と言い、往来して窮まざるを「通」と言い、顕現し出ずるを便ち「象」と言う。韓康伯の注は:征兆が顕現するを象と言うと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「一闔一闢謂之変」は、開と閉は互相に循環し、陰と陽は交替して至るを説く:或は陽が変じて陰と為り、或は開きてまた閉ぢ、或は陰が変じて陽と為り、或は閉ぢてまた開く——これがすなわち変と言うなり。いわゆる「往来不窮謂之通」は、「往」を須要する時は便ち来を変じて往と為し、「来」を須要する時は便ち往を変じて来と為し、須要する所に随って改変して、窮尽なく、恒常に流通す、これがすなわち通と言うなり。いわゆる「見乃謂之象」は、前面の往来不窮を講ずるは、「気」に就きて言うなり。気は漸々積聚して、萌芽の征兆を顕露して、初めて象と言う、意はこの時の物の形体は仍お甚だ微弱なるなり。
形乃謂之器。成形曰器。[疏]正義曰:體質成器,是謂器物。故曰“形乃謂之器”,言其著也。制而用之謂之法。利用出入,民咸用之謂之神。[疏]正義曰:“制而用之謂之法”者,言聖人裁制其物而施用之,垂為模範,故云“謂之法”。“利用出入,民咸用之謂之神”者,言聖人以利而用,或出或入,使民咸用之,是聖德微妙,故云“謂之神”。
経文に曰く:形体と成るを便ち「器」と言う。韓康伯の注は:形体を成就するを器と言うと解す。孔穎達は申説す:形體質地は器物に凝成せば、便ち器物と言う、だから「形乃謂之器」といい、それはすでに顕著して見るべしを説く。経文に曰く:これを裁制して施用するを「法」と言い。便利に取用して出入して碍なきにして百姓皆それを用いるを、「神」と言う。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「制而用之謂之法」は、聖人は万物を裁制して施用を加えて、垂示して規範模式と為す、だから「謂之法」という。いわゆる「利用出入,民咸用之謂之神」は、聖人は有利の方式をもって施用して、或は出或は入して、百姓をして皆取用する能わしむ、これは聖徳の微妙の処なり、だから「謂之神」という。
繋辞上・第十一章
[疏]正義曰:“是故易有”至“無不利也”。此第十一章也。前章既明蓍卦有神明之用,聖人則而象之,成其神化。此又明易道之大,法於天地,明象日月,能定天下之吉凶,成天下之亹亹也。是故易有太極,是生兩儀。夫有必始於無,故太極生兩儀也。太極者,無稱之稱,不可得而名,取有之所極,況之太極者也。[疏]正義曰:太極謂天地未分之前,元氣混而為一,即是太初、太一也。故《老子》云:“道生一。”即此太極是也。又謂混元既分,即有天地,故曰“太極生兩儀”,即《老子》云:“一生二”也。不言天地而言兩儀者,指其物體,下與四象相對,故曰兩儀,謂兩體容儀也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:「是故易有」より「无不利也」に至るは、《繋辞上》の第十一章なり。前一章はすでに蓍と卦に神明の用あるを闡明し、聖人はそれに取法しそれを效象して、自己の神化を成就せり。この一章はまた《易》道の大を闡明す——天地に取法し、日月に於て象を顕し、能く天下の吉凶を判定し、天下の勉力して倦まざるの事業を成就す。経文に曰く:それゆえ《易》に「太極」あり、太極は「両儀」を生出す。韓康伯の注は:「有」は必ず「无」に始まる、だから太極は両儀を生ずという。いわゆる太極は、名状すべからざる者の一個の称呼にして、本來はそれに命名する能わず、ただ「有」の極至の処を取りて、比況してそれを太極と称すと解す。孔穎達は進んで申説す:太極は天地がいまだ分判せざるの前に、元気は渾然として一と為るを指し、すなわちこれは「太初」「太一」なり、だから《老子》に「道生一」と曰えるは、講ずる所はまさにこの太極なり。又曰く渾元すでに分判せば、便ち天地あり、だから「太極生両儀」といい、すなわち《老子》の説く所の「一生二」なり。天地と説かずして両儀と説くは、それらの物体に著眼して、併せて下文の「四象」と相対して言うなり、だから両儀と称す、意は両個の形体容儀なり。
兩儀生四象,四象生八卦。卦以象之。[疏]正義曰:“兩儀生四象”者,謂金木水火,稟天地而有,故云:“兩儀生四象”,土則分王四季,又地中之別,故唯雲四象也。“四象生八卦”者,若謂震木、離火、兌金、坎水,各主一時,又巽同震木,乾同兌金,加以坤、艮之土為八卦也。
経文に曰く:両儀は四象を生出し、四象は八卦を生出す。韓康伯の注は:卦はもってそれらを象徴するなりと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「両儀生四象」は、金・木・水・火の四者は天地の気を秉受して有を指す、だから「両儀生四象」という。土は則ち分別して四季の末に旺して、もまた地中の別体なり、だからここにただ四象を説く。いわゆる「四象生八卦」は、震は木に属し離は火に属し兌は金に属し坎は水に属し、各々一個の時令を主る。巽は震と同じく木に属し、乾は兌と同じく金に属し、再び坤・艮の土に属する両個を加えて、合わせて八卦と成す。
八卦定吉凶。八卦既立,則吉凶可定。[疏]正義曰:八卦既立,爻象變而相推,有吉有凶,故八卦定吉凶也。吉凶生大業。既定吉凶,則廣大悉備。[疏]正義曰:萬事各有吉凶,廣大悉備,故能王天下大事業也。
経文に曰く:八卦は吉凶を確定す。韓康伯の注は:八卦すでに建立せば、吉凶は便ち判定すべしと解す。孔穎達は申説す:八卦すでに建立せば、爻象は変動して互相に推移して、ここにおいて吉あり凶あり、だから八卦は吉凶を確定すという。経文に曰く:吉凶は偉大の事業を生出す。韓康伯の注は:すでに吉凶を判定せば、広大の事は便ち完備せざるなしと解す。孔穎達は申説す:万事は各々吉凶ありて、広大の事は完備せざるなし、だから能く天下を統治するの大事業を成就す。
是故法象莫大乎天地,變通莫大乎四時,縣象著明莫大乎日月,崇高莫大乎富貴。位所以一天下之動,而濟萬物。[疏]正義曰:“是故法象莫大乎天地”者,言天地最大也。“變通莫大乎四時”者,謂四時以變得通,是變中最大也。“縣象著明莫大乎日月”者,謂日月中時,遍照天下,無幽不燭,故云“著明莫大乎日月”也。“崇高莫大乎富貴”者,以王者居九五富貴之位,力能齊一天下之動,而道濟萬物,是崇高之極,故云“莫大乎富貴”。
経文に曰く:それゆえ取法すべきの物象は天地より大なるはなく、変通は四時より大なるはなく、天空に懸掛して顕明なるは日月より大なるはなく、崇高は富貴より大なるはなし。韓康伯の注は:これは君位は能く天下の行動を統一して、しかして万物を普済するを説くと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故法象莫大乎天地」は、天地は最も広大なるを説く。いわゆる「変通莫大乎四時」は、四時は変化に倚りて貫通を得るは、変化の中の最大なるを説く。いわゆる「県象著明莫大乎日月」は、日月は中天に当たるの時、遍く天下を照らし、再び幽暗の処も照らさざるなし、だから「著明莫大乎日月」という。いわゆる「崇高莫大乎富貴」は、帝王は九五の富貴の位に居りて、その力量は能く天下の行動を統一して、道をもって万物を普済す、これは崇高の極致なり、だから「莫大乎富貴」という。
備物致用,立成器以為天下利,莫大乎聖人。[疏]正義曰:謂備天下之物,招致天下所用,建立成就天下之器,以為天下之利,唯聖人能然,故云“莫大乎聖人也”。探賾索隱,鉤深致遠,以定天下之吉凶,成天下之亹亹者,莫大乎蓍龜。
経文に曰く:万物を備弁してもってその用を尽くし、成器を創制してもって天下に造福す、聖人より大なるはなし。孔穎達は申説す:これは天下の物を備弁して、天下の須要する用を招致して、天下の器具を建立成就して、もって天下に造福すを説く——ただ聖人のみ能く到致すれば、だから「莫大乎聖人」という。経文は続けて曰く:幽賾を探究し隠微を搜索し、深処の物を鈎取し遠方の物を招致して、もって天下の吉凶を判定し、天下の勉力して倦まざるの事業を成就するに、蓍草と亀甲より大なるはなし。
[疏]正義曰:探,謂闚探求取。賾,謂幽深難見。卜筮則能闚探幽昧之理,故云探賾也。索,謂求索。隱,謂隱藏。卜筮能求索隱藏之處,故云索隱也。物在深處,能鉤取之;物在遠方,能招致之,卜筮能然,故云“鉤深致遠”也。以此諸事,正定天下之吉凶,成就天下之亹亹者,唯卜筮能然,故云“莫大乎蓍龜”也。案《釋詁》云:“亹亹,勉也。”言天下萬事,悉動而好生,皆勉勉營為,此蓍龜知其好惡得失,人則棄其得而取其好,背其失而求其得,是成天下之亹亹也。
孔穎達は進んで申説す:「探」は窺探求取にして、「賾」は幽深にして見難きの物を指す。卜筮は能く幽昧の理を窺探すれば、だから「探賾」という。「索」は尋求探索にして、「隠」は隠蔵の物を指す。卜筮は能く隠蔵の処を尋求すれば、だから「索隠」という。物は深処に在りて能く鈎取上げて、物は遠方に在りて能く招致して来たる、卜筮は能く到致するを為れば、だから「鈎深致遠」という。この幾件の事に憑りて、天下の吉凶を正定し、天下の勉力して倦まざるの事業を成就するに、ただ卜筮のみ能く到致すれば、だから「莫大乎蓍亀」という。《爾雅・釈詁》に曰えるを考察す:「亹亹は、すなわち勉力して倦まざるなり。」これは天下の万事は皆活動して生存を喜好し、人人は皆勉力して経営すを説く。この蓍亀は能くその中の好悪得失を知れば、人は便ちこれに拠りて取舍す——その欲せざる所を舎ててその好む所を取り、その失う所を避けてその得る所を求む、これがすなわち天下の勉勉として倦まざるの事業を成就す。
是故天生神物,聖人則之。天地變化,聖人效之。天垂象,見吉凶,聖人象之。河出圖,洛出書,聖人則之。[疏]正義曰:“是故天生神物,聖人則之”者,謂天生蓍龜,聖人法則之以為卜筮也。“天地變化,聖人效之”者,行四時生殺,賞以春夏,刑以秋冬,是聖人效之。“天垂象,見吉凶,聖人象之”者,若璿璣玉衡,以齊七政,是聖人象之也。“河出圖,洛出書,聖人則之”者,如鄭康成之義,則《春秋緯》云:河以通乾出天苞,洛以流坤吐地符。河龍圖發,洛龜書感。《河圖》有九篇,《洛書》有六篇。孔安國以為《河圖》則八卦是也,《洛書》則九疇是也。輔嗣之義,未知何從。
経文に曰く:それゆえ上天は神妙の物を生出し、聖人は取りてもって法則と為す。天地に変化あれば、聖人はこれを效法に加う。上天は物象を垂示して吉凶を顕現せば、聖人はこれに拠りて象を取る。黄河は図を出現し、洛水は書を出現せば、聖人は取りてもって法則と為す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故天生神物,聖人則之」は、上天は蓍草と亀甲を生出して、聖人はそれらを取法して卜筮を制為すを説く。いわゆる「天地変化,聖人效之」は、天地は四時の生長粛殺を施行して、聖人は便ち春夏に於て賞を行い秋冬に於て刑を用う、これがすなわち天地を效法するなり。いわゆる「天垂象,見吉凶,聖人象之」は、例えば璿璣玉衡を制作してもって七政を整斉するがごとく、これがすなわち聖人は天に於て象を取るなり。いわゆる「河出図,洛出書,聖人則之」は、鄭玄の説法に依れば、《春秋緯》の講ずる所は:黄河は乾道に通じて天苞を出し、洛水は坤道に流れて地符を吐す。河中に龍は図を負して出で、洛中に亀は書を負して応ず。《河図》に九篇あり、《洛書》に六篇あり。孔安国は則ち《河図》はすなわち八卦と為し、《洛書》はすなわち《洪範》の九疇と為す。王弼(字は輔嗣)の意思が究竟何れの一家に依従するに至りては、便ち知る能わず。
易有四象,所以示也。繫辭焉,所以告也。定之以吉凶,所以斷也。[疏]正義曰:“易有四象,所以示”者,莊氏云:四象,謂六十四卦之中,有實象,有假象,有義象,有用象,為四象也。今於釋卦之處,已破之矣。何氏以為四象,謂“天生神物,聖人則之”一也。“天地變化,聖人效之”,二也。“天垂象,見吉凶,聖人象之”,三也。“河出圖,洛出書,聖人則之”,四也。
経文に曰く:《易》に四象あり、もって顕示す。文辞を繋えて、もって告知す。吉凶を用いて判定を加えて、もって決断す。孔穎達は進んで申説す:「易有四象,所以示」に関しては、荘氏は為す:四象は六十四卦の中に実象あり・假象あり・義象あり・用象ありを指し、合わせて四象と為す——この一説は卦爻を解釈する所に於てすでに駁斥せり。何氏は則ち四象は:「天生神物,聖人則之」を第一と為し、「天地変化,聖人效之」を第二と為し、「天垂象,見吉凶,聖人象之」を第三と為し、「河出図,洛出書,聖人則之」を第四と為す。
今謂此等四事,乃是聖人易外別有其功,非專易內之物,何得稱“易有四象”?且又云“易有四象,所以示也”。繫辭焉,所以告也。然則象之與辭,相對之物。辭既爻卦之下辭,則象為爻卦之象也。則上兩儀生四象,七八九六之謂也。故諸儒有為七八九六,今則從以為義。“繫辭焉,所以告”者,繫辭於象卦下,所以告其得失也。“定之以吉凶,所以斷”者,謂於繫辭之中,定其行事吉凶,所以斷其行事得失。
孔穎達は己意を断じて曰く:いま見れば、この四件の事は乃ち聖人の《易》の外に別あるの功業にして、専ら《易》の内の物に属するにあらず、何ぞ能く「易有四象」と称作せんや。況んや経文は「易有四象,所以示也」と説きて、続きてまた「繋辞焉,所以告也」と曰う。すなわち「象」と「辞」は相対して言う所の物なり。「辞」すでに卦爻の下に繋える所の文辞なれば、「象」は便ち応に卦爻の象たるべし。このように見れば、上文の「両儀生四象」の四象は、指すところはすなわち七・八・九・六なり。だから前代諸儒に四象はすなわち七八九六と主張する者あるは、いま便ちこの一説に依従して義を立つ。いわゆる「繋辞焉,所以告」は、卦象卦爻の下に文辞を繋えて、もってその得失を告知すを説く。いわゆる「定之以吉凶,所以断」は、繋える所の文辞の中に於て行事の吉凶を判定して、もって行事の得失を決断すを説く。
《易》曰:“自天祐之,吉無不利。”子曰:“祐者,助也。天之所助者,順也;人之所助者,信也。履信思乎順,又以尚賢也。是以自天祐之,吉無不利也。”[疏]正義曰:“《易》曰:自天祐之,吉無不利”者,言人於此易之四象所以示,繫辭所以告,吉凶告所斷而行之,行則鬼神無不祐助,無所不利,故引《易》之《大有》上九爻辭以證之。“子曰:祐者助也”者,上既引《易》文,下又釋其易理,故云“子曰:祐者助也”。“天之所助者,順也;人之所助者,信也。履信思乎順”者,人之所助,唯在於信,此上九能履踐於信也;天之所助,唯在於順,此上九恆思於順;既有信思順,又能尊尚賢人,是以從天已下,皆祐助之,而得其吉,無所不利也。
経文に曰く:《周易》に曰く:「上天より彼を保佑し、吉祥にして利ならざるなし。」孔子の曰く:「『祐』はすなわち幇助なり。上天の幇助する所は、天道に順従する人なり。衆人の幇助する所は、誠信を講究する人なり。誠信を践行して順従を心念し、また能く賢人を崇尚すれば、だから上天は彼を保佑して、吉祥にして利ならざるなし。」孔穎達は進んで申説す:いわゆる「《易》曰:自天祐之,吉无不利」は、人が《易》の四象の顕示する所・繋辞の告知する所に対して、およそ吉凶の断ずる所に依りて事を行えば、行事する時に鬼神は保佑幇助せざるなく、利ならざるなし、だから《周易》《大有》卦上九の爻辞を引いて印証を加う。いわゆる「子曰:祐者助也」は、上文すでに《周易》の原文を引きたるに因りて、下面はまたその中の易理を解釈すれば、だから「子曰:祐者助也」という。いわゆる「天之所助者,順也;人之所助者,信也。履信思乎順」は、衆人の幇助する所はただ誠信に在り、この上九は能く誠信を践行す。上天の幇助する所はただ順従に在り、この上九は常に順従を心念す。すでに誠信ありてまた順従を思い、また能く賢人を尊崇せば、それゆえ上天より以下皆来たりて彼を保佑幇助して、従りてその吉祥を得て、利ならざるなし。
繋辞上・第十二章
[疏]正義曰:子曰:“書不盡言”至“乎德行”,此第十二章也。此章言立象盡意,繫辭盡言。易之興廢,存乎其人事也。子曰:“書不盡言,言不盡意。”然則聖人之意,其不可見乎?[疏]正義曰:此一節夫子自發其問,謂聖人之意難見也。所以難見者,書所以記言,言有煩碎,或楚夏不同,有言無字,雖欲書錄,不可盡竭於其言,故云“書不盡言”也。“言不盡意”者,意有深邃委曲,非言可寫,是言不盡意也。聖人之意,意又深遠。若言之不能盡聖人之意,書之又不能盡聖人之言,是聖人之意,其不可見也。故云:“然則聖人之意,其不可見乎?”疑而問之,故稱“乎”也。
孔穎達は章旨を標明して曰く:孔子の「書不尽言」より「乎徳行」に至るは、《繋辞上》の第十二章なり。本章は卦象を設立して心意を窮尽し、文辞を繋えて言語を窮尽するを講ず。《易》の興起と廃棄は、人事に取決す。経文に曰く:孔子の曰く:「文字は言語を写尽する能わず、言語は心意を表達尽する能わず。」すでにこうなれば、すなわち聖人の心意はあに見る法なからんや。孔穎達は進んで申説す:この一節は孔子が自ら疑問を提出して、聖人の心意は見難しと説く。見難きの所以は、文字は言語を記録するに用い、しかして言語は繁多瑣碎にして、もまた楚地と中原の方音の不同あり、或は音ありて字なし、書写記録せんと欲するといえども、言語を完全に傾尽する能わず、だから「書不尽言」という。いわゆる「言不尽意」は、心意に深邃曲折の処ありて、言語の描摹する所能にあらずを説く、これがすなわち言語は能く心意を窮尽せず。聖人の心意は更に深遠なり。もし言語は能く聖人の心意を窮尽せず、文字はまた能く聖人の言語を窮尽せざれば、すなわち聖人の心意は便ち見る法なし、だから「然則聖人之意,其不可見乎」という。これは疑を存して発問せば、だから一個の「乎」の字を用う。
子曰:聖人立象以盡意,設卦以盡情偽,繫辭焉以盡其言,變而通之以盡利,極變通之數,則盡利也。故曰“易窮則變,變則通,通則久。”[疏]正義曰:“子曰聖人立象以盡意”巳下,至“幾乎息矣”,此一節是夫子還自釋聖人之意,有可見之理也。“聖人立象以盡意”者,雖言不盡意,立象可以盡之也。“設卦以盡情偽”者,非唯立象以盡聖人之意,又設卦以盡百姓之情偽也。“繫辭焉以盡其言”者,雖書不盡言,繫辭可以盡其言也。“變而通之以盡利”者,變,謂化而裁之,通,謂推而行之,故能盡物之利也。
経文に曰く:孔子の曰く:聖人は卦象を設立してもって心意を窮尽し、卦体を設置してもって真情と虚偽を窮尽し、文辞を繋えてもって説かんと欲する所の話を窮尽し、それを変通してもって利益を窮尽す。韓康伯の注は:変通の数を窮極せば、便ち能く利益を窮尽す、だから「《易》窮則変,変則通,通則久」というと解す。孔穎達は進んで申説す:「子曰聖人立象以尽意」より以下、「幾乎息矣」に至るまで、この一節は孔子が回りて自ら解釈す:聖人の心意は実は見るべきの理あり。いわゆる「聖人立象以尽意」は、言語は能く心意を窮尽せざるといえども、卦象を設立せば却って能くそれを窮尽するを説く。いわゆる「設卦以尽情偽」は、ただ卦象を設立して聖人の心意を窮尽するのみならず、また卦体を設置して百姓の真情と虚偽を窮尽す。いわゆる「繋辞焉以尽其言」は、文字は能く言語を写尽せざるといえども、文辞を繋えば却って能く説かんと欲する所の話を窮尽す。いわゆる「変而通之以尽利」の「変」は転化して裁節を加うるを指し、「通」は推衍して施行を加うるを指す、だから能く事物の利を窮尽す。
鼓之舞之以盡神。乾坤其易之縕邪?縕淵奧也。[疏]正義曰:“鼓之舞之以盡神”者,此一句總結立象盡意,繫辭盡言之美。聖人立象以盡其意,《繫辭》則盡其言,可以說化百姓之心,百姓之心自然樂順,若鼓舞然,而天下從之,非盡神,其孰能與於此?故曰“鼓之舞之以盡神也”。“乾坤其易之縕邪”者,上明盡言盡意,皆由於易道,此明易之所立,本乎乾坤。若乾坤不存,則易道無由興起,故乾坤是易道之所縕積之根源也。是與易川府奧藏。故云“乾坤其易之縕邪”。
経文に曰く:これを鼓動しこれを舞蹈して、もって神妙を窮尽す。乾坤は大概《易》の蘊蔵する所ならんか。韓康伯の注は:「縕」は深奥淵府の意なりと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「鼓之舞之以尽神」のこの一句は、象を立てて意を尽くし辞を繋えて言を尽くすの美善を総結す:聖人は卦象を設立してその心意を窮尽し、《繋辞》は則ちその言語を窮尽して、能く百姓の心を感化し、百姓の心は自然に順従を楽しみて、まさに鼓舞を受くるがごとく、天下は皆これに随って行う。もし神妙を窮尽せざれば、誰か能くこの歩みに達せんや。だから「鼓之舞之以尽神」という。いわゆる「乾坤其易之縕邪」は、上文は言を尽くし意を尽くすは皆《易》道より出ずるを闡明せり、ここに則ち《易》の成立する所以は、本源は乾坤に在るを闡明す:もし乾坤存在せざれば、《易》道は便ち興起する由なし、だから乾坤は《易》道の蘊積する所の根源にして、《易》の淵府の深蔵なり、それゆえ「乾坤其易之縕邪」という。
乾坤成列,而易立乎其中矣。乾坤毀,則元以見易。易不可見,則乾坤或幾乎息矣。[疏]正義曰:“乾坤成列,而易立乎其中矣”者,夫易者,陰陽變化之謂。陰陽變化,立爻以效之,皆從乾坤而來。故乾生三男,坤生三女而為八卦,變而相重,而有六十四卦,三百八十四爻,本之根源,從乾坤而來。故乾坤既成列位,而易道變化建立乎乾坤之中矣。
経文に曰く:乾坤は行列に排成せば、《易》は便ちその中に建立せり。乾坤もし毀壊せば、便ち《易》を見る由なし。《易》は見るべからざれば、すなわち乾坤は大概もまた止息に接近せらん。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「乾坤成列,而易立乎其中矣」は、いわゆる《易》は、講ずる所はすなわち陰陽変化なり。陰陽変化は、爻を設立してもってそれを仿傚して、しかしてこの一切は皆乾坤より来たる。だから乾は三個の男卦を生出し、坤は三個の女卦を生出して八卦と成り、八卦は変化重畳して、ここにおいて六十四卦・三百八十四爻あり。その根源を追究すれば、皆乾坤より来たる。だから乾坤すでに位次に排成せば、《易》道の変化は便ち乾坤の中に建立せり。
“乾坤毀,則無以見易”者,易既從乾坤而來,乾坤若缺毀,則易道損壞,故云“無以見易”也。“易不可見,則乾坤或幾乎息矣”,若易道毀壞,不可見其變化之理,則乾坤亦壞,或其近乎止息矣。幾,近也。猶若樹之枝幹生乎根株,根株毀,則枝條不茂。若枝幹已枯死,其根株雖未全死,僅有微生,將死不久。根株譬乾坤也,易譬枝幹也。故云:“易不可見,則乾坤或幾乎息矣”。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「乾坤毀,則无以見易」は、《易》すでに乾坤より来たれば、乾坤もし残缺陷毀あれば、《易》道は便ちこれに随って損壊す、だから「无以見易」という。いわゆる「易不可見,則乾坤或幾乎息矣」は、《易》道もし毀壊せば、その変化の理を見るに及ばず、すなわち乾坤もまたこれに随って敗壊し、或は止息に接近すと説く。「幾」はすなわち接近なり。これは樹木の枝幹は根株より生ずるに比す、根株は毀壊せば、枝條は便ち再び繁茂せず。もし枝幹すでに枯死せば、あの根株はいまだ完全に死去せざるといえども、も微弱の生機を残すのみ、死を去ること遠からず。根株は乾坤に比喻し、枝幹は《易》に比喻す、だから「易不可見,則乾坤或幾乎息矣」という。
是故形而上者謂之道,形而下者謂之器。化而裁之謂之變,因而制其會通,適變之道也。[疏]正義曰:“是故形而上者謂之道,形而下者謂之器”者,道是無體之名,形是有質之稱。凡有從無而生,形由道而立,是先道而後形,是道在形之上,形在道之下。故自形外已上者謂之道也,自形內而下者謂之器也。形雖處道器兩畔之際,形在器,不在道也。既有形質,可為器用,故云“形而下者謂之器”也。
経文に曰く:それゆえ形の上に在るを「道」と言い、形の下に在るを「器」と言い、転化して裁節を加うるを「変」と言う。韓康伯の注は:事物に順ってその会合貫通の処を裁制す、これがすなわち変化の道に切合すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「是故形而上者謂之道,形而下者謂之器」の「道」は形体なき者の名称にして、「形」は質地ある者の称謂なり。およそ「有」は皆「无」より生じ、「形」は「道」に由りて立つ、見ればまず道ありて然る後に形あり、それにより道は形の上に在り、形は道の下に在る。だから形以外より上に向くを道と言い、形以内より下に向くを器と言う。形は道と器の両辺の交界の処に処るといえども、ただし形は器に帰属して、道に帰属せず:すでに形体質地あれば、便ち器物の用を充当すべし、だから「形而下者謂之器」という。
“化而裁之謂之變”者,陰陽變化而相裁節之,謂之變也。是得以理之變也。猶若陽氣之化不可久長,而裁節之以陰雨也,是得理之變也。陰陽之化,自然相裁,聖人亦法此而裁節也。推而行之謂之通。乘變而往者,無不通也。[疏]正義曰:因推此以可變而施行之,謂之通也。猶若亢陽之後變為陰雨,因陰雨而行之,物得開通,聖人亦當然也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「化而裁之謂之変」は、陰陽は転化して互相に裁節す、これがすなわち変と言う、義理に合するの変なり。譬えば陽気の化育は能く長久に息まざるべからざれば、便ち陰雨を用いて裁節を加う、これがすなわち義理に合するの変なり。陰陽の化育は自然而然に互相に裁節し、聖人もまたこの点を效法して裁節を行う。経文に曰く:それを推衍して施行するを「通」と言う。韓康伯の注は:変化に乘じて前行するは、通暢せざるなしと解す。孔穎達は申説す:この可変の勢に順って推衍施行せば、便ち通と言う。譬えば亢旱の烈の烈陽の後に陰雨に転じて、便ち陰雨に順って施行せば、万物はこれに由りて開通を得、聖人の作為もまた応にこうあるべし。
舉而錯之天下之民,謂之事業。事業所以濟物,故舉而錯之於民。[疏]正義曰:謂舉此理以為變化,而錯置於天下之民。凡民得以營為事業,故云“謂之事業”也。此乃自然以變化錯置於民也,聖人亦當法此錯置變化於萬民,使成其事業也。凡《繫辭》之說,皆說易道,以為聖人德化,欲使聖人法易道以化成天下,是故易與聖人,恆相將也。以作易者,本為立教故也,非是空說易道,不關人事也。
経文に曰く:この一套の変化の道を提挙し出して、天下の百姓に安放施行す、これを便ち「事業」と言う。韓康伯の注は:事業の意義は万物を救済するに在り、だからそれを提挙し出して百姓の身に安放するを要すと解す。孔穎達は進んで申説す:いわゆる「挙而錯之」は、易道のこの道理を提起して変化の準則と為して、天下の百姓の中間に安置す。百姓はそれに依りて経営操作して、ここにおいて各々各々の事業あり、だから《繋辞》に「謂之事業」という。これは本は天道が自然に変化を百姓に安置するにして、聖人もまた応にこの種の做法を效法して、変化を万民の身に安置して、彼らをして各自に事業を成就せしむべし。およそ《繋辞》の講ずる所は、皆易道を講ずるに在りて、しかして聖人の徳化の上に帰結して、聖人に易道を效法して天下を化育せしめんと欲す、だから《周易》と聖人は終始相輔相随す。作《易》の人の本意はまさに教化を立下せんと欲するに在りて、併せて易理を空談して人事と関渉なきにあらざるに因るなり。
是故夫象,聖人有以見天下之賾,而擬諸其形容,象其物宜,是故謂之象。聖人有以見天下之動,而觀其會通,以行其典禮,繫辭焉以斷其吉凶,是故謂之爻。[疏]正義曰:“是故夫象聖人有以見天下之賾”至“是故謂之爻”者,於第六章已具其文,今於此更復言者何也?為下云“極天下之賾存乎卦,鼓天下之動存乎辭”,為此故更引其文也。且巳下又云“存乎變”“存乎通”“存乎其人”,廣陳所存之事,所以須重論也。
経文に曰く:それゆえ「象」を講ずるは、聖人が天下の幽深にして見難きの道理を見て、便ちその形態容貌を比擬して、卦象を用いてその物の性質の宜しき所を象徴して、それゆえこれを「象」と称す。聖人が天下万物の運動を見て、便ちそれらの会合貫通の処を観察し、これに拠りて典章礼制を推行し、また文辞を繋えてもって吉凶を断定して、それゆえこれを「爻」と称す。孔穎達の疏に曰く:「是故夫象聖人有以見天下之賾」より「是故謂之爻」に至るこの一段は、《繋辞上》第六章に於てすでに原文出現せり、いまここに重複して引出すは何の縁故なりや。下文は「極天下之賾存乎卦,鼓天下之動存乎辞」を講ぜんとするに因りて、この両句を引出せんがために、だから上文を再び一遍抄す。しかして再び下ってまた「存乎変」「存乎通」「存乎其人」と説きて、広く所存の種種の事項を鋪陳すれば、だから必ず重新に一回論述するを須とす。
極天下之賾者存乎卦,鼓天下之動者存乎辭。辭,爻辭也。爻以鼓動,效天下之動也。[疏]正義曰:“極天下之賾存乎卦”者,言窮極天下深賾之處存乎卦,言觀卦以知賾也。“鼓天下之動存乎辭”者,鼓,謂發揚天下之動。動有得失,存乎爻卦之辭,謂觀辭以知得失也。
経文に曰く:天下の幽深にして見難きの理を窮尽するは、全く卦象の裏に在り。天下万物の運動を鼓動するは、全く文辞の裏に在り。韓康伯の注は:ここの「辞」は爻辞を指す。爻は能く鼓蕩発動するは、まさに天下万物の運動を效法するなりと解す。孔穎達の疏に曰く:いわゆる「極天下之賾存乎卦」は、天下の最も幽深にして測れ難きの処を窮究せんと欲せば、便ち卦象の上に落つ、すなわち卦象を観察せば便ち能く幽賾の理を了解す。いわゆる「鼓天下之動存乎辞」の「鼓」は発揚鼓動して天下を運動するの意思なり。運動の中に得あり失ありて、この得失は便ち爻辞卦辞の中に保存す、すなわち文辞を観察せば便ち能く得失を了解す。
化而裁之存乎變,推而行之存乎通,神而明之存乎其人。體神而明之,不假於象,故存乎其人。[疏]正義曰:“化而裁之存乎變”者,謂覆說上文“化而裁之謂之變”也。“推而行之存乎通”者,覆說上文“推而行之謂之通”也。“神而明之存乎其人”者,言人能神此易道而顯明之者,存在於其人。若其人聖,則能神而明之;若其人愚,則不能神而明之;故存於其人,不在易象也。
経文に曰く:化育して裁制を加うるは、関鍵は「変」に在り。推衍して施行に付すは、関鍵は「通」に在り。神妙に体会して易道を彰明するは、関鍵は人の本身に在り。韓康伯の注は:能くあの神妙の理を亲身体会してそれを彰明せしむる人は、すでに再び卦象を借助するを必とせず、だから関鍵は人の本身に在るというと解す。孔穎達の疏に曰く:「化而裁之存乎変」は上文の「化而裁之謂之変」を重複申説す。「推而行之存乎通」は上文の「推而行之謂之通」を重複申説す。「神而明之存乎其人」は、能く易道を運用して神妙にして併せて顕揚するを加うるは、あの人に取決るを説く:あの人もし聖者なれば、便ち能く神妙にしてそれを彰明す。あの人もし愚者なれば、便ち能く神妙にしてそれを彰明する能わず。だから関鍵は人に在りて、易象の本身に在らず。
默而成之,不言而信,存乎德行。德行,賢人之德行也。順足於內,故默而成之也。體與理會,故不言而信也。[疏]正義曰:若能順理足於內,默然而成就之,闇與理會,不須言而自信也。“存乎德行”者,若有德行,則得默而成就之,不言而信也。若無德行則不能然。此言德行,據賢人之德行也。前《經》“神而明之,存乎其人”,謂聖人也。
経文に曰く:黙然として語らずして事已に成就し、口を開くを必とせずして人自ら信服す、関鍵は徳行に在り。韓康伯の注は:ここの「徳行」は賢人の徳行を指す。内心は理に順って自足せば、だから能く黙然として成就す。本体は至理と相契合せば、だから言説を必とせずして人自ら信ずと解す。孔穎達の疏に曰く:もし能く事理に順応して内心充足せば、便ち黙黙として事情を成就し起して、暗黙に理と相合し、説話を用いずして別人は自然に信服すべし。いわゆる「存乎徳行」は、徳行ある人は初めて能く黙然として事を成し言わずして信ずるを説く。徳行なき人は便ち到致する能わず。ここに説く徳行は、賢人の徳行に就きて言うなり。前面の経文の「神而明之,存乎其人」の講ずるは則ち聖人なり。
繋辞下・巻八
[疏]正義曰:此篇章數,諸儒不同,劉瓛為十二章,以對上《繫》十二章也。周氏、莊氏併為九章,今從九章為說也。第一起“八卦成列”至“非曰義”,第二起“古者包犧”至“蓋取諸夬”,第三起“易者象也”至“德之盛”,第四起“困于石”至“勿恆凶”,第五起“乾坤其易之門”至“失得之報”,第六起“《易》之興”至“巽以行權”,第七起“《易》之為書”至“思過半矣”,第八起“二與四”至“謂易之道”,第九起“夫乾天下”至“其辭屈”。
孔穎達の疏に曰く:《繋辞下》の応に分章する多少は、各家の説法は一ならず。劉瓛は十二章に分かちて、もって《繋辞上》の十二章と相対応せしむ。周氏(周弘正)・荘氏は皆九章に分かつ、いま九章の説に依従す。第一章は「八卦成列」より起りて、「非曰義」に止まる。第二章は「古者包犠」より起りて、「蓋取諸夬」に止まる。第三章は「易者象也」より起りて、「徳之盛」に止まる。第四章は「困于石」より起りて、「勿恒凶」に止まる。第五章は「乾坤其易之門」より起りて、「失得之報」に止まる。第六章は「《易》之興」より起りて、「巽以行権」に止まる。第七章は「《易》之為書」より起りて、「思過半矣」に止まる。第八章は「二与四」より起りて、「謂易之道」に止まる。第九章は「夫乾天下」より起りて、「其辞屈」に止まる。
繋辞下・第一章
[疏]正義曰:“八卦成列”至“非曰義”,此第一章。覆釋上繫第二章象爻剛柔吉凶悔吝之事,更具而詳之。八卦成列,象在其中矣。備天下之象也。[疏]正義曰:言八卦各成列位,萬物之象,在其八卦之中也。因而重之,爻在其中矣。夫八卦備天下之理,而未極其變,故因而重之以象其動用,擬諸形容以明治亂之宜,觀其所應以著適時之功,則爻卦之義,所存各異,故爻在其中矣。
孔穎達の疏に曰く:「八卦成列」より「非曰義」に至るは第一章にして、もって《繋辞上》第二章の講ずる所の卦象・爻位・剛柔・吉凶・悔吝の諸事を重新に解釈して、講ずる所は更に完備更に詳細なり。経文に曰く:八卦は各自に行列に排成せば、万物の象は便ちその裏に包含せり。韓康伯の注は:八卦はすでに天下の一切の物象を具備せるに因りてと解す。孔穎達の疏に曰く:これは八卦は各自に自己の位次を形成して、万物の形象は便ちこの八個の卦の裏に在るを講ず。経文はまた曰く:八卦を両両相重ねて六十四卦と為せば、爻は便ちその裏に包含せり。韓康伯の注は:八卦は天下の理を具備すといえども、却っていまだその変化を窮尽せず、だから相重畳してもって事物の動用を象徴するを要す。その形態容貌を比擬して、もって治世と乱世の各自の宜しき所を顕明し、その相応の関係を観察して、もって時に因りて宜を制するの功效を彰顕す。こうすれば、爻の意義と卦の意義は各々主る所有り、だから爻は便ちその中に在るというと解す。
[疏]“因而”至“中矣”。○正義曰:謂因此八卦之象,而更重之,萬物之爻,在其所重之中矣。然象亦有爻,爻亦有象,所以象獨在卦,爻獨在重者,卦則爻少而象多,重則爻多而象少,故在卦舉象,在重論爻也。○注“夫八卦”至“其中矣”。○正義曰:“夫八卦備天下理”者,前注云“備天下之象”,據其體;此云“備天下之理”,據其用也。言八卦大略有八,以備天下大象大理,大者既備,則小者亦備矣。直是不變之備,未是變之備也,故云“未極其變,故因而重之,以象其動用”也。云“則爻卦之義,所存各異”者,謂爻之所存,存乎巳變之義,“因而重之,爻在其中”是也。卦之所存,存於未變之義,“八卦成列,象在其中”是也。
孔穎達の疏は経文の「因而重之,爻在其中矣」を解して曰く:これは八卦の卦象に依りて再び重畳を加えれば、万物の爻は便ち重成する所の卦の裏に在るを講ず。其実は卦象の裏にも爻ありて、爻の裏にも象あり。講ずる時の「象」は単に八卦を説き「爻」を講ずる時は単に重卦を説く所以は、八卦は爻少なくして象多く、重卦は爻多くして象少なきに因りて、だから八卦の処に於て象を挙出して、重卦の処に於て爻を討論す。孔穎達はまた韓康伯の注の「夫八卦備天下之理」の一段を疏して曰く:韓注の前面の「備天下之象」を講ずるは、八卦の本体に就きて説くなり。ここの「備天下之理」を講ずるは、八卦の功用に就きて説くなり。八卦は大略ただ八個のみなるも、すでに天下の大象大理を具備す。大なる既に具備せば、小なるもまた自然に具備す。ただしこれはただいまだ変化を起さざる時の具備にして、仍お変化したる後の具備にあらず、だから韓注に「未極其変,故因而重之,以象其動用」という。韓注の「則爻卦之義,所存各異」と曰うに至りては、爻の主る所はすでに変化したるの意義にして、すなわち「因而重之,爻在其中」なり。卦の主る所はいまだ変化せざるの意義にして、すなわち「八卦成列,象在其中」なりを指す。
剛柔相推,變在其中矣。[疏]正義曰:則上《繫》第二章云“剛柔相推而生變化”,是變化之道,在剛柔相推之中。剛柔即陰陽也。論其氣即謂之陰陽,語其體即謂之剛柔也。繫辭焉而命之,動在其中矣。剛柔相推,況八卦相蕩,或否或泰,繫辭焉而斷其吉凶,況之六爻,動以適時者也。立卦之義,則見於《彖》、《象》,適時之功,見存之爻辭。王氏之例詳矣。
経文に曰く:剛爻と柔爻は互相に推移せば、変化は便ちその裏に包含せり。孔穎達の疏に曰く:これはまさに《繋辞上》第二章の講ずる所の「剛柔相推而生変化」に合す、見れば変化の道は便ち剛柔の互相推移の中に在る。剛柔はすなわちもまた陰陽なり:気より講じては陰陽と言い、体より講じては剛柔と言う。経文はまた曰く:卦爻の下に文辞を繋えてそれに対して命断を加えれば、運動は便ちその裏に包含せり。韓康伯の注は:「剛柔相推」の比況する所は八卦の互相激盪にして、ここにおいて或は《否》と成り或は《泰》と成る。「繋辞焉而断其吉凶」の比況する所は六爻にして、時に随って変動してもって時宜に適応す。一卦の大義を確立するの話頭は《彖伝》《象伝》に見ゆ、時に因りて宜を制するの功效は則ち爻辞の裏に保存す、王弼の《周易略例》は此に対して論述して甚だ詳尽なりと解す。
[疏]“繫辭”至“中矣”。○正義曰:謂繫辭於爻卦之下,而呼命其卦爻得失吉凶,則適時變動好惡,故在其繫辭之中矣。○注“立卦”至“詳矣”。○正義曰:云“立卦之義,則見於《彖》、《象》”者,《彖》、《象》,謂卦下之辭,說其卦之義也。“適時之功,則存於爻辭”者,卦者時也,六爻在一卦之中,各以適當時之所宜以立功也。欲知適時之功用,觀於爻辭也。
孔穎達の疏は経文の「繋辞焉而命之,動在其中矣」を解して曰く:これは卦爻の下に文辞を繋えて、もって該卦該爻の得失吉凶を称説命断するを講ず。すでに得失吉凶あれば、便ち時に随って変動するの好悪取舍あり、だから運動は便ち繋える所の文辞の中に在るという。孔穎達はまた韓康伯の注の「立卦之義……王氏之例詳矣」を疏して曰く:韓注の講ずる「立卦之義,則見於《彖》《象》」の《彖》《象》は、卦の下に繋える文辞を指して、もって一卦の大義を説明す。「適時之功,則存於爻辞」を講ずるは、一卦は一個の「時」を代表して、六爻は一卦の中に処りて、各自に当時の宜しき所に依りて功業を建立すに因りて。時に因りて宜を制するの功用を知らんと欲せば、便ち爻辞を看るを要す。
云“王氏之例詳矣”者,案《略例·論彖》云:“《彖》者何也?統論一卦之體,明其所由之主者也。夫眾不能治眾,治眾者,至寡者也。論卦體皆以一為主,是卦之大略也。”又《論爻》云:“爻者何也?言乎其變者也。變者何也?情偽之所為也。夫情偽之動,非數之所求也。故合散屈伸,與體相乖。形躁好靜,質柔愛剛。體與情反,質與原違。是故情偽相感,遠近相追,愛惡相攻,屈伸相推。見情者獲,直往則違。此是爻之大略也。”其義既廣,不能備載,是王氏之例詳矣。
孔穎達は続けて曰く:韓注の講ずる「王氏之例詳矣」は、王弼の《周易略例・論彖》に曰えるを査す:《彖》とは何ぞ。これは一卦の体を総論して、この一卦の由る所の主爻を指明するなり。衆多は能く衆多を治理せず、能く衆多を治理するは必ず最も少なきのあの一個なり。一卦の体を論ずるは皆一爻をもって主と為す、これがすなわち卦の大要なり。《略例・論爻》にまた曰く:爻とは何ぞ。これは変化を講ずるなり。変化とはまた何ぞ。これは真情と虚偽の造成する所なり。真情虚偽の発動は、数目推算の求むる所能に凭らず、だから聚散屈伸は常に卦体と相違背す:形体は躁動するも却って静を喜び、性質は柔弱なるも却って剛を愛し、体と情は相反し、質と本原は相違す。それゆえ真情虚偽は彼此に相感し、遠近は彼此に相追い、愛憎は彼此に相攻し、屈伸は彼此に相推す。能く真情を看透するは便ち獲得する所有り、径直に妄進するは便ち違失せらる——これがすなわち爻の大要なり。王弼の論ずる所は意涵は広博にして、ここに全く載録する能わず、彼の体例の講ずる所は甚だ詳尽なるを見るべし。
吉凶悔吝者,生乎動者也。有變動而後有吉凶。[疏]正義曰:上既云動在繫辭之中,動則有吉凶悔吝,所以悔吝生在乎無所動之中也。剛柔者,立本者也。變通者,趣時者也。立本況卦,趣時況爻。[疏]正義曰:“剛柔者,立本者也”,言剛柔之象,立在其卦之根本者也。言卦之根本,皆由剛柔陰陽往來。“變通者,趣時者也”,其剛柔之氣,所以改變會通,趣向於時也。若乾之初九,趣向勿用之時,乾之上九,趣向亢極之時。是諸爻之變,皆臻趣於時也。
経文に曰く:吉・凶・悔・吝は皆「動」の上より産生す。韓康伯の注は:変動ありて、然る後に初めて吉凶ありと解す。孔穎達の疏に曰く:上文すでに運動は便ち繋える所の文辞の中に在るを講じたれば、一たび運動あれば便ち吉凶悔吝あり、だから悔吝はまさにこの「動」の過程の中に産生す(この句の底本は「无所動」と作るも、文字に訛脱あるを疑う)。経文はまた曰く:剛柔は根本を確立する者にして、変通は時宜に趨赴する者なり。韓康伯の注は:「立本」の比況する所は卦にして、「趣時」の比況する所は爻なりと解す。孔穎達の疏に曰く:「剛柔者,立本者也」は、剛柔の象は一卦の根本の上に立つを講ず。一卦の根本は、皆剛柔陰陽の往来に由りて構成す。「変通者,趣時者也」は、剛柔の二気が改変会通する所以は、まさに当時の宜に趨赴せんがためのためなり:譬えば《乾》卦初九の趨赴する所は「潜龍勿用」の時にして、《乾》卦上九の趨赴する所は「亢龍有悔」の時なり、見れば各爻の変動は皆「時」に帰趨す。
其剛柔立本者,若剛定體為乾,若柔定體為坤,陽卦兩陰而一陽,陰卦兩陽而一陰,是立其卦本而不易也。則上“八卦成列,象在其中矣”是也。卦既與爻為本,又是總主其時,故《略例》云“卦者,時也;變通者,趣時者也”。則上“因而重之,爻在其中矣”是也。卦既總主一時,爻則就一時之中,各趣其所宜之時,故《略例》云“爻者,趣時者也”。
孔穎達は続けて曰く:剛柔の立本に至りては、譬えば純剛はその体を定めて《乾》と為し、純柔はその体を定めて《坤》と為す。陽卦は両陰一陽にして、陰卦は両陽一陰なり、これがすなわち一卦の根本を確立して再び改易せず、すなわち上文の説く所の「八卦成列,象在其中矣」なり。卦はすでに爻の根本にして、また一卦の時を総管すれば、だから王弼の《周易略例》に「卦者,時也;変通者,趣時者也」と曰う、すなわち上文の説く所の「因而重之,爻在其中矣」なり。卦すでに一時を総管せば、爻は便ちこの一時の中に於て各自に自己の宜しき所の時に趨赴す、だから《略例》にまた「爻者,趣時者也」と曰う。
吉凶者,貞勝者也。貞者,正也,一也。夫有動則未免乎累,殉吉則未離乎凶。盡會通之變,而不累於吉凶者,其唯貞者乎?《老子》曰:“王侯得一,以為天下貞。”萬變雖殊,可以執一御也。[疏]“吉凶”至“者也”。○正義曰:貞,正也。言吉之與凶,皆由所動不能守一而生吉凶,唯守一貞正,而能克勝此吉凶。謂但能貞正,則免此吉凶之累也。
経文に曰く:吉と凶は、「貞」に倚りて制勝する所なり。韓康伯の注は:「貞」はすなわち正にして、すなわちもまた一なり。およそ動する所有れば便ち牽累を免れず、一味に吉を追逐すれば便ち凶を脱離するなし。能く会合変通の理を窮尽して吉凶に牽累せられざるは、大概ただ貞を守り一を守るの人ならんか。《老子》に曰く:「王侯は一を得て、もって天下の貞と為す。」万般の変化は千差万別なるといえども、却って一個の「一」を執守してもってそれらを駕馭すべしと解す。孔穎達の疏は「吉凶者,貞勝者也」を解して曰く:「貞」はすなわち正なり。吉と凶は皆行動する時に能くあの「一」を守住せざるに由りて初めて産生し、ただ純一貞正を守住してのみ、初めて能くこの吉凶を克制戦勝す。すなわちこれはただ能く貞正自守せば、便ち吉凶の牽累を免除すを説く。
○注“貞者”至“御也”。○正義曰:“貞者,正也,一也”者,言貞之為訓,訓正訓一,正者體傾邪,一者情無差二,寂然無慮,任運而行者也。凡吉凶者,由動而來,若守貞靜寂,何吉何凶之有?是貞正能勝其吉凶也。云“夫有動則未能免乎累”者,寂然不動,則無所可累。若動有營求,則恥累將來,故云動則未免於累也。云“殉吉則未離乎凶”者,殉,求也。若不求其吉,無慮無思,凶禍何因而至?由其求吉,有所貪慾,則凶亦將來,故云殉吉未離乎凶也。云“盡會通之變,而不累於吉凶者,其唯貞者乎”,言若能窮盡萬物會通改變之理,而不繫累於吉凶之事者,唯貞一者乃能然也。猶若少必有老,老必有死,能知此理,是盡會通之變。既知老必將死,是運之自然,何須憂累於死,是不累乎吉凶。唯守貞一,任其自然,故云“其唯貞者乎”。
孔穎達の疏は韓康伯の注の「貞者,正也,一也」以下の諸句を解して曰く:韓注の講ずる「貞」のこの字は「正」と訓すべく、もまた「一」と訓すべし。「正」は本体に傾側邪僻なきを説き、「一」は心志に二三分歧なく寂然として思慮する所なく、一任して自然に行うを説く。およそ吉凶は皆行動に由りて来たる、もし能く貞正静寂を守住せば、何れの処にか仍お何の吉・何の凶あらん。見れば貞正は能く吉凶に勝過す。韓注の講ずる「夫有動則未能免乎累」は、寂然不動せば便ち牽累する所なし。一旦行動して営求の心を生ぜば、恥ずべきの牽累は便ち随って来たる、だから動すれば便ち牽累を免れずという。韓注の講ずる「殉吉則未離乎凶」の「殉」は求の意思なり:もし吉を求めに往かざれば、思うなく慮るなく、凶禍は何処よりか来たらん。まさに吉を求めて貪欲を起したるに因りて、凶もまた随って来たる、だから吉を追逐するは併せて凶を脱離せざるなり。韓注の講ずる「尽会通之変,而不累於吉凶者,其唯貞者乎」は、能く万物の会合変通の理を窮尽して吉凶の事に系累せられざるは、ただ貞を守り一を守るの人のみ初めて到致し得べし。譬えば年少は必ず衰老し、年老は必ず死亡す、この道理を懂得せば便ち会通の変を窮尽せり。すでに老いれば必定死すべしを知れば、あれは自然の運なり、何ぞ必ず死のために憂愁牽掛せんや、これがすなわち吉凶に牽累せられず。ただ貞一を守住して、一任して自然にせば、だから「其唯貞者乎」という。
云“《老子》曰,王侯得一,以為天下貞”者,王侯若不得一,二三其德,則不能治正天下。若得純粹無二無邪,則能為天下貞也。謂可以貞正天下也。云“萬變雖殊,可以執一御也”者,猶若寒變為暑,暑變為寒,少變為壯,壯變為老,老變為死,禍變為福,盛變為衰,變改不同,是萬變殊也。其變雖異,皆自然而有,若能知其自然,不造不為,無喜無戚,而乘御於此,是可以執一御也。
孔穎達は続けて疏に曰く:韓注の《老子》を引く「王侯得一,以為天下貞」の意思は、王侯もしあの「一」を得ざれば、徳行は三心二意にして、能く天下を整治匡正する能わず。もし純粹に二なく邪曲なきの「一」を得れば、便ち能く天下の貞正の主と為り、すなわちこれは能く天下を貞正すべし。韓注はまた「万変雖殊,可以執一御也」と講ずるは、譬えば寒は変じて暑と為り暑は変じて寒と為り、年少は変じて壮年と為り壮年は変じて衰老と為り衰老は変じて死亡と為り、禍は変じて福と為り盛は変じて衰と為りて、変化の樣子は各々相同ならず、これがすなわち「万変殊」なり。これらの変化は互相に異るといえども、却って皆自然而然に産生するなり。もし能くそれは自然より出ずるを明白にして、造作せず妄為せず、欣喜する所なく悲戚する所なくして、こうしてそれに乘じてそれを駕馭せば、これを便ち「執一以御万変」と言う。
天地之道,貞觀者也。明夫天地萬物,莫不保其貞,以全其用也。[疏]正義曰:謂天覆地載之道,以貞正得一,故其功可為物之所觀也。日月之道,貞明者也。天下之動,貞夫一者也。夫乾,確然示人易矣。夫坤,隤然示人簡矣。確,剛貌也。隤,柔貌也。乾坤皆恆一其德,物由以成,故簡易也。
経文に曰く:天地の道は、貞正に倚りて瞻観に供すべし。韓康伯の注は:これは天地万物はその貞正を保守せざるなきにして、もって自身の功用を成全するを表明すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは天覆地載の道を講ず、貞正に因りて「一」を得れば、だからその功效は万物に瞻仰観看せらるべし。経文はまた曰く:日月の道は、貞正に倚りて光明なり。天下万物の運動は、皆あの「一」に帰正す。《乾》は確然として剛健にして、平易を人に昭示す。《坤》は隤然として柔順にして、簡約を人に昭示す。韓康伯の注は:「確」は剛健の様子にして、「隤」は柔順の様子なり。乾坤は皆恒久にその徳を専一して、万物はこれに由りて生成す、だからそれらは平易簡約なりというと解す。
[疏]正義曰:“日月之道,貞明者也”,言日月照臨之道,以貞正得一而為明也。若天覆地載,不以貞正而有二心,則天不能普覆,地不能兼載,則不可以觀。由貞乃得觀見也。日月照臨,若不以貞正,有二之心,則照不普及,不為明也,故以貞而為明也。“天下之動,貞夫一者也”,言天地日月之外,天下萬事之動,皆正乎純一也。若得於純一,則所動遂其性;若失於純一,則所動乖其理。是天下之動,得正在一也。“夫乾,確然示人易矣”者,此明天之得一之道,剛質確然,示人以和易,由其得一無為,物由以生,是示人易也。“夫坤,隤然示人簡矣”者,此明地之得一,以其得一,故坤隤然而柔,自然無為,以成萬物,是示人簡矣。若乾不得一,或有隤然,則不能示人易矣。若坤不隤然,或有確然,則不能示人簡矣。
孔穎達の疏に曰く:「日月之道,貞明者也」は、日月の照臨する道を講じて、貞正に因りて「一」を得て初めてその光明を成す。まさに天覆地載のごとく、もし能く貞正ならずして二心を懐けば、天は能く普遍に覆蓋せず、地は能く兼容承載せず、便ち人に瞻観に供する由なし。まさに貞正なるに因りて、初めて能く人に看見せらる。日月の照臨はもし貞正ならずして二心有れば、光は周遍に照らす能わず、便ちその明と為るにあらず、だから貞正に倚りて光明なりという。「天下之動,貞夫一者也」は、天地日月の外に於て、天下万事の運動は皆純一をもって正と為すを講ず:純一に合せば、動く所は便ちその本性に順遂し、純一を失えば、動く所は便ちその常理に違背す。見れば天下の運動は、その正を得るは便ち「一」に在り。「夫乾,確然示人易矣」は、これは天の「一」を得るの道を説明す:剛健の本質は確然として移らずして、和順平易を人に昭示す。それが「一」を得て造作する所なきに因りて、万物はそれに因りて生ず、これがすなわち「示人易」なり。「夫坤,隤然示人簡矣」は、これは地の「一」を得るを説明す:「一」を得るに因りて、だから坤は柔順隤然として、自然无為にして万物を成就す、これがすなわち「示人簡」なり。仮令《乾》は「一」を得ずして時に或は隤然柔弱なれば、便ち能く平易を人に昭示する能わず。仮令《坤》は能く隤然ならずして時に或は確然剛硬なれば、便ち能く簡約を人に昭示する能わず。
爻也者,效此者也。象也者,像此者也。爻象動乎內,兆數見於卦也。[疏]正義曰:“爻也者,效此者也”,此釋爻之名也。言爻者,效此物之變動也。“象也者,像此者”也。言象此物之形狀也。“爻象動乎內”者,言爻之與象,發動於卦之內也。
経文に曰く:爻は、このを效法する者なり。象は、このを取像する者なり。爻と象は卦体の内に於て発動す。韓康伯の注は:吉凶の征兆と数理は、皆卦の上に顕現すと解す。孔穎達の疏に曰く:「爻也者,效此者也」は「爻」のこの名称を解釈して、意は爻は此物の変動を效法す。「象也者,像此者也」は象は此物の形状を取像すを説く。「爻象動乎内」は、爻と象は皆一卦の内に於て発動すを説く。
吉凶見乎外,失得驗於事也。[疏]正義曰:其爻象吉凶見於卦外,在事物之上也。功業見乎變,功業由變以興,故見乎變也。[疏]正義曰:言功勞事業,由變乃興,故功業見於變也。聖人之情見乎辭。辭也者,各指其所之,故曰情也。[疏]正義曰:辭則言其聖人所用之情,故觀其辭而知其情也。是聖人之情,見乎爻象之辭也。若《乾》之初九,其辭云:“潛龍勿用。”則聖人勿用之情見於初九爻辭也。他皆放此。
経文に曰く:吉凶は卦体の外に於て顕現す。韓康伯の注は:得失は具体の事情の上に於て応験を得るを須とすと解す。孔穎達の疏に曰く:爻象の含有する吉凶は卦外に顕現して、事物の上面に落実す。経文はまた曰く:功業は変化の上に於て顕現す。韓康伯の注は:功業は変化に由りて興起すれば、だから変化の上に於て顕現すと解す。孔穎達の疏に曰く:功労事業は変化に倚りて初めて興起するを須とす、だから功業は変に見ゆという。経文はまた曰く:聖人の心意は文辞の上に於て顕現す。韓康伯の注は:文辞は各自にその趨向する所の処を指明せば、だからこれを「情」と称すと解す。孔穎達の疏に曰く:文辞の講ずる所は聖人の懐抱する心意なれば、だからその文辞を看れば便ちその心意を知る能く、見れば聖人の情は爻象の文辞の裏に顕現す。譬えば《乾》卦初九の爻辞に「潜龍勿用」と曰えるは、聖人の暫く施用せざるを主張する心意は便ち初九の爻辞の上に顕現す。その余の各爻は皆この類に仿って類推す。
天地之大德曰生,施生而不為,故能常生,故曰大德也。[疏]正義曰:自此己下,欲明聖人同天地之德,廣生萬物之意也。言天地之盛德,在乎無常生,故言曰生。若不常生,則德之不大。以其常生萬物,故云大德也。
経文に曰く:天地の最大の徳は「生」と言う。韓康伯の注は:天地は生機を施与して刻意造作せざれば、だから能く永遠に生生して息まず、それゆえ大徳と称すと解す。孔穎達の疏に曰く:ここより以下は、聖人は天地と同徳にして広く万物を生育するの意思を説明せんと欲す。経文の講ずる天地の盛徳は恒常に生育するに在れば、だからただ一個の「生」の字を説く。もし能く恒常に生ずる能わざれば、徳は便ち大と算するに足らず、まさにそれは恒常に万物を生育するに因りて、だから大徳と称す。(「在乎无常生」の句は、底本は疑うらく応に「在乎恒常生」と作るべし。)
聖人之大寶曰位。夫無用則無所寶,有用則有所寶也。無用而常足者,莫妙乎道,有用而弘道者,莫大乎位,故曰“聖人之大寶曰位”。[疏]正義曰:言聖人大可寶愛者在於位耳,位是有用之地,寶是有用之物。若以居盛位,能廣用無疆,故稱大寶也。
経文に曰く:聖人の最も宝貴すべきの物は「位」と言う。韓康伯の注は:功用なくんば便ち宝貴と謂うなし、功用あれば初めて宝貴と談ずべし。功用を假らずして恒常に自足するは、「道」より精妙なるはなし。功用ありて能く大道を弘揚するは、「位」より重大なるはなし、だから「聖人之大宝曰位」というと解す。孔穎達の疏に曰く:これは聖人の最も珍視愛惜すべきは便ちあの位置に在るを講ず。位は能く功用を発揮するの地位にして、宝は能く功用を発揮するの物事なり。もし崇高の位置に居れば、便ち能く広く無窮の功用を施す、だから大宝と称す。
何以守位?曰仁。何以聚人?曰財。財所以資物生也。[疏]正義曰:“何以守位曰仁”者,言聖人何以保守其位,必信仁愛,故言“曰仁”也。“何以聚人曰財”者,言何以聚集人眾,必須財物,故言“曰財”也。理財正辭,禁民為非曰義。[疏]正義曰:言聖人治理其財,用之有節,正定號令之辭,出之以理,禁約其民為非僻之事,勿使行惡,是謂之義。義,宜也。言以此行之,而得其宜也。
経文に曰く:何に倚りてこの位を守住せんや。仁に倚る。何に倚りて人衆を聚集せんや。財に倚る。韓康伯の注は:財貨はもって万物の生長を資助するに用うと解す。孔穎達の疏に曰く:「何以守位曰仁」は、聖人は何に憑りて自己の位を保守するを講ず、必定に仁愛を篤行するを須とす、だから「曰仁」という。「何以聚人曰財」は、何に憑りて衆人を聚集するを講ず、必ず財物あるを須とす、だから「曰財」という。経文はまた曰く:財貨を治理し、号令の辞を端正し、百姓の悪事を為すを禁止す、これを「義」と言う。孔穎達の疏に曰く:これは聖人は財貨を治理して使用に節あり、号令の文辞を端正確定して発布するに理を得、百姓を約束して邪僻の事を為さしめず彼らをして悪を為さしめず、これを便ち義と言う。「義」はすなわち宜にして、このごとくに照らして為せば便ち各々その宜を得るを説く。
繋辞下・第二章
[疏]正義曰:“古者包犧”至“取諸夬”,此第二章。明聖人法自然之理而作《易》,象《易》以制器而利天下。此一章其義既廣,今各隨文釋之。古者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文,與地之宜,聖人之作《易》,無大不極,無微不究。大則取象天地,細則觀鳥獸之文,與地之宜也。
孔穎達の疏に曰く:「古者包犠」より「取諸夬」に至るは第二章にして、聖人は自然の理を取法して《周易》を作り、また《周易》の卦象に依りて器物を制造してもって天下を利益するを説明す。この一章は意涵は広博にして、下面は便ち経文に随って逐句解釈す。経文に曰く:上古の包犠氏が天下を統治するの時に、頭を擡げれば便ち天上の物象を観察し、頭を俯せば便ち地上の法則を観察し、鳥獣の紋理と土地の宜しき所を観察す。韓康伯の注は:聖人の《周易》を作すや、再び大なるは極処に推至し、再び細微なるは究底に探究す——大なるは便ち天地に於て象を取り、細なるは便ち鳥獣の紋理と土地の宜しき所を観察すと解す。
[疏]正義曰:“自此”至“取諸離”。此一節明包犧法天地造作八卦,法離卦而為罔罟也。云“仰則觀象於天,俯則觀法於地”者,言取象大也。“觀鳥獸之文,與地之宜”者,言取象細也。大之與細,則無所不包也。“地之宜”者,若《周禮》五土,動物植物各有所宜是也。
孔穎達の疏に曰く:ここより「取諸離」に至る、この一節は包犠氏が天地を效法して八卦を創作し、また《離》卦を效法して羅網を制作するを説明す。経文の講ずる「仰則観象於天,俯則観法於地」は、象を取るはその大なる者を取るを説く。「観鳥獣之文,与地之宜」を講ずるは、象を取るはその細なる者を取るを説く。大なる細なるを皆取れば、便ち包まざる所なし。いわゆる「地之宜」は、《周礼》の講ずる所の五種の土壤に就くがごとく、各類の動物植物は各々各々の適宜の処あり。
近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,以類萬物之情。作結繩而為罔罟,以佃以漁,蓋取諸離。離,麗也。罔罟之用,必審物之所麗也。魚麗於水,獸麗於山也。[疏]正義曰:“近取諸身”者,若耳目鼻口之屬是也。“遠取諸物”者,若雷風山澤之類是也。舉遠近則萬事在其中矣。“於是始作八卦,以通神明之德”者,言萬事云為,皆是神明之德。若不作八卦,此神明之德,閉塞幽隱。既作八卦,則而象之,是通達神明之德也。“以類萬物之情”者,若不作《易》,物情難知。今作八卦以類象萬物之情,皆可見也。
経文に曰く:近きは便ち自身に於て象を取り、遠きは便ち万物に於て象を取り、ここにおいて始めて八卦を創作して、もって神明の徳性に貫通し、もって万物の実情を比類す。また繩索を編結して羅網を做成して、もって猟を打ち魚を捕る、これは大概《離》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「離」は附麗の意思なり。羅網を使用するは必ず猟物の附着依托する所の処を弄清するを須とす——魚は水に附麗し、獣は山に附麗すと解す。孔穎達の疏に曰く:「近取諸身」は、耳・目・鼻・口のこの一類に就くがごとし。「遠取諸物」は、雷・風・山・沢のこの一類に就くがごとし。遠近の両端を挙出せば、万事は便ち皆その中に包含せり。「於是始作八卦,以通神明之徳」は、万事万物の種種の作為は皆神明の徳なりを講ず。仮令八卦を作さざれば、この神明の徳は便ち閉塞幽隠す。すでに八卦を作出せば、それに依りて象を取れば、便ち神明の徳に貫通す。「以類万物之情」は、仮令《周易》を作さざれば、事物の情は知暁し難し。いま八卦を作してもって万物の情を比類象徴せば、便ち皆能く看清楚なりを講ず。
“作結繩而為罔罟,以佃以漁”者,用此罟罔,或陸畋以羅鳥獸,或水澤以罔魚鱉也。“蓋取諸離”者,離,麗也。麗謂附著也。言罔罟之用,必審知鳥獸魚無所附著之處。故稱離卦之名,為罔罟也。案諸儒象卦制器,皆取卦之爻象之體,今韓氏之意,直取卦名,因以制器。案上《繫》云:“以制器者,尚其象”,則取象不取名也。韓氏乃取名不取象,於義未善矣。今既遵韓氏之學,且依此釋之也。
孔穎達は続けて疏に曰く:「作結繩而為罔罟,以佃以漁」は、この種の網罟を用いるを講じて、或は陸地の上に於て猟を打ちてもって鳥獣を網羅し、或は水沢の中に於て網を張って魚鼈を捕捞す。「蓋取諸離」の「離」はすなわち麗にして、麗は附着依托の意思なり、説く所は羅網を使用するは必ずまず鳥獣魚鼈の附着棲止する所の処を弄清するを須とし、だから《離》卦の卦名を借りて羅網の制を称説す。按するに:各家の儒者の卦に依りて器を制するを講ずるは、皆一卦の爻象の形体を取るなり。いま韓康伯の意思は却って径直に卦名を取りて、卦名に拠りて器を制す。《繋辞上》の「以制器者,尚其象」と曰えるを査すれば、見れば応に卦象を取りて卦名を取るべからざるべし。韓康伯は却って名を取りて象を取らず、義理の上に於て仍お完善に足らず。ただしいますでに韓氏の学を遵用せば、姑らく彼の説法に依りて解釈を加う。
包犧氏沒,神農氏作,斫木為耜,揉木為耒,耒耨之利,以教天下,蓋取諸益。制器致豐,以益萬物。日中為巿,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。噬嗑,合也。巿人之所聚,異方之所合,設法以合物,噬嗑之義也。[疏]正義曰:“包犧氏”至“取諸噬嗑”,此一節明神農取卦造器之義。一者制耒耜,取於益卦,以利益民也。二者日中為巿,聚合天下之貨,設法以合物,取於噬嗑,象物噬齧,乃得通也。
経文に曰く:包犠氏は去世したる後、神農氏は興起して、木材を砍削して耜を做成し、木材を揉曲して耒を做成し、耒耜耕耨の便利をもって天下に教導す、これは大概《益》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:器具を制作して豊収を招致するは、まさに万物を増益するなりと解す。経文はまた曰く:正午の時に集市を開設して、天下の百姓を招き、天下の貨物を聚集し、交易完畢せば便ち各自に散去して、人人は各々その所を得、これは大概《噬嗑》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「噬嗑」はすなわち合なり。集市は人群の聚集の処にして四方の物の会合の地なり、法度を設立して物と物を相合せしむるは、まさに《噬嗑》の意義なりと解す。孔穎達の疏に曰く:「包犠氏」より「取諸噬嗑」に至る、この一節は神農氏が卦を取りて器を造るの意義を説明す:一は耒耜を制作して、《益》卦に取りて、もって百姓を利益す。二は正午に市を開きて、天下の貨物を聚合して、法度を設立して物を相合せしめて、《噬嗑》卦に取るは、物は咀嚼嚙合を経て初めて通達を得るを象徴す。
包犧者,案《帝王世紀》云:大皞帝包犧氏,風姓也。母曰華胥,燧人之世,有大人跡出於雷澤,華胥履之而生包犧。長於成紀,蛇身人首,有聖德,取犧牲以充包廚,故號曰“包犧氏”。後世音謬,故或謂之伏犧,或謂之虙犧,一號皇雄氏,在位一百一十年。包犧氏沒,女媧氏代立為女皇,亦風姓也。女媧氏沒,次有大庭氏、柏黃氏、中央氏、栗陸氏、驪連氏、赫胥氏、尊盧氏、混沌氏、皞英氏、有巢氏、朱襄氏、葛天氏、陰康氏、無懷氏,凡十五世,皆習包犧氏之號也。
孔穎達は続けて考証して曰く:包犠を講ずるに至りては、皇甫謐の《帝王世紀》の記載を査す:大皞帝包犠氏は、風姓なり。母の名は華胥なり。燧人氏の世に於て、巨人の足跡の雷沢に出現するあり、華胥はそれを踩めば便ち包犠を生む。包犠は成紀に生長して、蛇身人首にして、聖徳を具有し、犠牲を取用してもって庖厨を充実す、だから「包犠氏」と号称す。後世は読音は訛変して、それゆえ或は彼を伏犠と称し、或は彼を虙犠と称し、また皇雄氏と号して、位に在ること一百一十年なり。包犠氏は去世したる後、女媧氏は彼を接替して女皇と立つ、もまた風姓なり。女媧氏の後に、依次に大庭氏・柏黄氏・中央氏・栗陸氏・驪連氏・赫胥氏・尊盧氏・混沌氏・皞英氏・有巣氏・朱襄氏・葛天氏・陰康氏・无懐氏あり、共に十五代にして、皆包犠氏の名号を沿用す。
神農者,案《帝王世紀》云:炎帝神農氏,姜姓也。母曰任己,有蟜氏女,名曰女登。為少典正妃,遊華山之陽,有神龍首感女登於尚羊,生炎帝,人身牛首,長於姜水,有聖德,繼無懷之後,本起烈山,或稱烈山氏,在位一百二十年而崩。納奔水氏,女曰聽談,生帝臨魁,次帝承,次帝明,次帝直,次帝釐,次帝哀,次帝榆罔,凡八代及軒轅氏也。
孔穎達は続けて曰く:神農を講ずるに至りては、《帝王世紀》の記載を査す:炎帝神農氏は、姜姓なり。母の名は任己にして、有蟜氏の女にして、名は女登、少典の正妃と為す。彼女は華山の南を遊歴して、神龍の首が尚羊の地に於て女登に感应し、ここにおいて炎帝を生む。炎帝は人身牛首にして、姜水に生長して、聖徳を具有し、无懐氏の後を承接して、本は烈山より起れり、だからまた烈山氏と称して、位に在ること一百二十年にして去世す。彼は奔水氏の女の名は聴談を娶りて、帝臨魁を生む。この後は依次に帝承・帝明・帝直・帝釐・帝哀・帝楡罔にして、共に八代を伝えて、然る後に初めて軒轅黄帝に輪到す。
神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦;通物之變,故樂其器用,不解倦也。[疏]正義曰:“神農氏沒”至“吉無不利”,此一節明神農氏沒後,乃至黃帝、堯、舜、通其《易》之變理,於是廣制器物。此節與下制器物為引緒之勢,為下起文。
経文に曰く:神農氏は去世したる後、黄帝・尭・舜は興起して、変化の理に貫通して、百姓をして用いるに倦厭を覚えざらしむ。韓康伯の注は:能く事物の変化に貫通せば、だから百姓はこれらの器具を使用するを楽しみて懈怠倦厭せずと解す。孔穎達の疏に曰く:「神農氏没」より「吉无不利」に至る、この一節は神農氏の去世したる後、黄帝・尭・舜に至るまで、貫通し《周易》の変化の理を、ここにおいて広く器物を制作するを説明す。この一節は下文の器物を制作するを講ずるに替りて引緒鋪墊を作りて、下文のために起頭を為す。
“黃帝、堯、舜氏作”者,案:《世紀》云:黃帝有熊氏,少典之子,姬姓也。母曰附寶,其先即炎帝母家有蟜氏之女。附寶見大電光繞北斗樞星,照於郊野,感附寶,孕二十四月而生黃帝於壽丘。長於姬水,龍顏有聖德,戰蚩尢於涿鹿,擒之。在位一百年崩。子青陽代立,是為少皞。
孔穎達は続けて考証して曰く:経文の講ずる「黄帝、尭、舜氏作」は、皇甫謐の《帝王世紀》の記載を査す:黄帝有熊氏は、少典の子にして、姫姓なり。母の名は附宝にして、彼女の先世はすなわち炎帝の母家の有蟜氏の女なり。附宝は大電光の北斗枢星を環繞して、郊野の上に照耀するを見て、それにより感应する所有りて、二十四個月を懐胎して、寿丘に於て黄帝を生む。黄帝は姫水に生長して、龍顔の貌にして聖徳を具有し、涿鹿に於て蚩尤と交戦して彼を擒獲し、位に在ること一百年にして去世す。その子の青陽は接替して即位す、すなわちこれは少皞なり。
少皞帝名摯,字青陽,姬姓也。母曰女節,黃帝時,大星如斗,下臨華渚,女節夢接意感,生少皞,在位八十四年而崩。顓頊高陽氏,黃帝之孫,昌意之子。母曰昌僕,蜀山氏之女,為昌意正妃,謂之女樞。瑤光之星,貫月如虹,感女樞於幽房之宮,生顓頊於弱水,在位七十八年而崩。
孔穎達は続けて曰く:少皞帝の名は摯にして、字は青陽、姫姓なり。母の名は女節なり。黄帝の時に、大星の形状は斗のごときありて、華渚に垂照し、女節は夢中に於てそれと交接して心意に感ありて、少皞を生み、位に在ること八十四年にして去世す。顓頊高陽氏は、黄帝の孫にして昌意の子なり。母の名は昌仆にして、蜀山氏の女にして、昌意の正妃と為り、人は彼女を女枢と称す。瑶光の星は月輪を貫穿して、形状は虹のごとく、幽房の宮に於て女枢に感应して、ここにおいて弱水に於て顓頊を生み、顓頊は位に在ること七十八年にして去世す。
少皞之孫,蟜極之子代立,是為帝嚳。帝嚳高辛氏,姬姓也。其母不見。生而神異,自言其名,在位七十年而崩。子帝摯立,在位九年。摯立不肖而崩,弟放勳代立,是為帝堯。帝堯陶唐氏,伊祈姓,母曰慶都,生而神異,常有黃雲覆其上。為帝嚳妃,出以觀河,遇赤龍,晻然陰風而感慶都,孕十四月而生堯於丹陵,即位九十八年而崩。帝舜代立。帝舜姚姓,其先出自顓頊。顓頊生窮蟬,窮蟬生敬康,敬康生句芒,句芒生蟜牛,蟜牛生瞽瞍,瞍之妻握登,見大虹,意感而生舜於姚墟,故姓姚氏。
孔穎達は続けて曰く:少皞の孫・蟜極の子は接替して即位す、すなわちこれは帝嚳なり。帝嚳高辛氏は、姫姓にして、彼の母は誰なりやは史に明文なし。彼は生まれて便ち神異不凡にして、能く自己の名字を説出し、位に在ること七十年にして去世す。その子の帝摯は即位して、位に在ること九年なり。帝摯は賢ならずして死し、その弟の放勲は接替して即位す、すなわちこれは帝尭なり。帝尭陶唐氏は、伊祈姓にして、母の名は慶都、生まれて便ち神異不凡にして、頭頂の上に常に黄雲の覆蓋あり。慶都は帝嚳の妃子と為りて、門を出でて黄河を観看する時に赤龍に遇遇して、天色は晦暗にして陰風は驟起して慶都に感应し、十四個月を懐孕して、丹陵に於て尭を生む。尭は即位すること九十八年にして去世し、帝舜は接替して即位す。帝舜は姚姓にして、先世は顓頊より出ず:顓頊は窮蝉を生み、窮蝉は敬康を生み、敬康は句芒を生み、句芒は蟜牛を生み、蟜牛は瞽瞍を生む。瞽瞍の妻の握登は大虹を見て、心意に感ありて姚墟に於て舜を生めば、だから姚を姓とす。
此歷序三皇之後至堯舜之前所為君也。此既云黃帝即雲堯舜者,略舉五帝之終始,則少皞、顓頊、帝嚳在其間也。“通其變,使民不倦”者,事久不變,則民倦而變。今皇帝、堯、舜之等,以其事久或窮,故開通其變,量時制器,使民用之日新,不有懈倦也。
孔穎達は続けて曰く:以上は依次に三皇の後・尭舜の前に於て君主を做したるの諸位を叙述す。ここにすでに黄帝を説けば便ち直ちに尭舜を説くは、五帝の首尾を略挙して、少皞・顓頊・帝嚳は自然に中間に包含せり。経文の講ずる「通其変,使民不倦」は、一件の事は久しくして改変せざれば、百姓は便ち厭倦して変を思うを説く。いま黄帝・尭・舜のこれらの聖王は、旧法は用いること久しくして或は窮窘あるに因りて、だからその変化を開通して、時勢を衡量して器物を制作して、百姓の用度をして天天更新せしめて、懈怠倦厭に至らざらしむ。(文中の「皇帝」は応に「黄帝」と作るべし。)
神而化之,使民宜之。易窮則變,變則通,通則久。通變則無窮,故可久也。[疏]正義曰:“神而化之,使民宜之”者,言所以“通其變”者,欲使神理微妙而變化之,使民各得其宜。若黃帝已上,衣鳥獸之皮,其後人多獸少,事或窮乏。故以絲麻布帛而制衣裳,是神而變化,使民得宜也。“易窮則變,變則通,通則久”者,此覆說上文“通則變”之事,所以“通其變”者,言易道若窮,則須隨時改變。所以須變者,變則開通得久長,故云“通則久”也。
経文に曰く:それを神妙に化育して、百姓をして各々その宜を得しむ。易道は窮尽せば便ち変じ、変ずれば便ち通達し、通達せば便ち能く長久す。韓康伯の注は:能く変化に貫通せば便ち窮尽なく、だから能く長久すと解す。孔穎達の疏に曰く:「神而化之,使民宜之」は、「通其変」を要する所以は、神妙微眇の理をして変化の功を発揮せしめ、百姓をして各々その宜しき所を得しめんと欲するを講ず。譬えば黄帝以上の時代は、人々は鳥獣の毛皮を穿ち、後來は人多くして獣少なくして、事情は便ち窮乏し、ここにおいて改めて糸麻布帛を用いて衣裳を制作す、これがすなわち神妙に変化を加えて百姓をして宜を得しむるなり。「易窮則変,変則通,通則久」は、これは上文の「通其変」の事を重複申説す:易道もし窮処に走至せば、必ず時に随って改変するを須とす。必ず変ずるを須とする所以は、一たび変ずれば便ち開通して能く長久なるに因りて、だから「通則久」という。
是以自天祐之,吉無不利。[疏]正義曰:此明若能通變,則無所不利,故引《易》文,證結變通之善,上《繫》引此文者,證明人事之信順,此乃明易道道之變通,俱得天之祐,故各引其文也。黃帝、堯、舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾、坤。垂衣裳以辨貴賤,乾尊坤卑之義也。
経文に曰く:それゆえ上天は彼を保祐して、吉祥にして利ならざるなし。孔穎達の疏に曰く:これはもし能く通変せば、便ち利ならざる所なきを表明して、だから《大有》上九の爻辞を引いて印証し併せて「変通」の善を収束す。《繋辞上》のこの句を引用するは、人事の誠信和順を証明せんがためなり。ここに引用するは、則ち易道の変通を表明せんがためなり——両処は皆能く上天の保祐を獲得せば、だから各自にそれを引きたり。経文はまた曰く:黄帝・尭・舜は衣裳を垂れて天下は大治す、これは大概《乾》《坤》両卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:衣裳を垂示するはもって貴賤を分辨するに用い、まさに乾尊坤卑の意義に合すと解す。
[疏]正義曰:自此已下,凡有九事,皆黃帝、堯、舜取易卦以制象,此於九事之第一也。所以連雲堯、舜者,謂此九事黃帝制其初,堯舜成其末,事相連接,共有九事之功,故連云“黃帝堯舜”也。案皇甫謐《帝王世紀》載此九事,皆為黃帝之功。若如所論,則堯舜無事,《易·繫》何須連云“堯舜”?則皇甫之言,未可用也。“垂衣裳”者,以前衣皮,其制短小,今衣絲麻布帛所作衣裳,其制長大,故云“垂衣裳”也。“取諸乾坤”者,衣裳辨貴賤,乾坤則上下殊體,故云“取諸乾坤”也。
孔穎達の疏に曰く:ここより以下は共有九件の事ありて、皆黄帝・尭・舜は《周易》の卦象を取りて器物を制作す、これは九事の中の第一件なり。連続して尭・舜を説く所以は、この九件の事は黄帝がその始を開創し尭舜がその終を完成して、前後相接して、共同に九事の功を成就せるに因りて、だから連称して「黄帝尭舜」という。皇甫謐の《帝王世紀》はこの九件の事を皆黄帝の功業と算作するを査す。もし彼の説く所に照らせば、尭舜は便ち為すべき事なし、《繋辞》は何ぞ必ずしも連称して「尭舜」せんや。見れば皇甫謐の説法は採用すべからず。いわゆる「垂衣裳」は、従前は獣皮を穿ちて、形制は短小なるに因りて。いまは糸麻布帛の做する所の衣裳を穿ちて、形制は長大なり、だから「垂衣裳」という。いわゆる「取諸乾坤」は、衣裳はもって貴賤を分辨するに用いて、しかして乾坤はまさに上下異体なれば、だから「取諸乾坤」という。
刳木為舟,剡木為楫。舟楫之利,以濟不通,致遠以利天下,蓋取諸渙。渙者,乘理以散通也。[疏]正義曰:“此九事之第二也。舟必用大木,刳鑿其中,故云“刳木也”。“剡木為楫”者,楫必須纖長,理當剡削,故曰“剡木”也。“取諸渙”者,渙,散也。渙卦之義,取乘理以散動也。舟楫以乘水以載運,故取諸渙也。
経文に曰く:木頭を剖鑿して船を做成し、木頭を削制して桨を做成し、舟楫の便利をもって不通の処を渡済して、能く遠方に抵達して天下を利益す、これは大概《渙》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:《渙》は物理に順乘してそれを疏散通行せしむと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第二件なり。船を造るは必ず大木を用いるを須として、その中間を剖鑿して空にす、だから「刳木」という。「剡木為楫」は、桨は必ず細長なるを須として、理に按じて応に削制すべし、だから「剡木」という。いわゆる「取諸渙」の「渙」はすなわち散なり。《渙》卦の意義は物理に順乘してそれを散動せしむにして、舟楫はまさに水に乘りて載運するを以てす、だから《渙》に於て象を取る。
服牛乘馬,引重致遠,以利天下,蓋取諸隨。隨,隨宜也。服牛乘馬,隨物所之,各得其宜也。[疏]正義曰:此九事之第三也。隨者謂隨時之所宜也,今服用其牛,乘駕其馬,服牛以引重,乘馬以致遠,是以人之所用,各得其宜,故取諸“隨”也。
経文に曰く:牛に駕し馬に乘りて、重載を牽引し遠方に抵達して、もって天下を利益す、これは大概《随》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「随」はその宜しき所に随順す。牛に駕し馬に乘るは、物性の往く所に随順して、各々その宜を得と解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第三件なり。「随」は当時の宜しき所に随順するを説く。いまあの牛を駆使しあの馬を乘駕して、牛を用いて重載を牽引し、馬を用いて遠方に抵達す、これがすなわち人の用いる所は各々その宜を得、だから《随》に於て象を取る。
重門擊柝,以待暴客,蓋取諸豫。取其豫備。[疏]正義曰:此九事之第四也。豫者取其豫有防備,韓氏以此九事,皆以卦名而為義者。特以此象文,取備豫之義,其事相合。故其餘八事,皆以卦名解義,量為此也。斷木為杵,掘地為臼,臼杵之利,萬民以濟,蓋取諸小過。以小用而濟物也。[疏]正義曰:此九事之第五也。杵須短木,故斷木為杵;臼須鑿地,故掘地為臼。取諸小過,以小事之用過而濟物,杵臼亦小事,過越而用以利民,故取諸小過也。
経文に曰く:重重の門戸を設置し木梆を敲撃して夜を巡りて、もって凶暴の来客を防備す、これは大概《豫》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:それの予め防備するの意思を取ると解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第四件なり。《豫》は予め防備する所有るの義を取るなり。韓康伯はこの九件の事を一律に卦名に按じて義を立つ、ただこの一条の卦象と経文の取る所の「豫備」の義が恰好に事と相合するに因るのみ、だからその余の八件もまた皆卦名を用いて義を解すは、これはこの一条を比照して推定するなり。経文はまた曰く:木頭を截断して杵を做成し、地を掘りて臼を做成し、杵臼の便利は万民をして接済を得しむ、これは大概《小過》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:小なる功用をもって万物を救済すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第五件なり。杵は短木を用いるを須とせば、だから木を截して杵と為す。臼は地を鑿りて成るを要せば、だから地を掘りて臼と為す。《小過》に於て象を取るは、小事の功用は稍稍過越して能く物を済すの義を取るなり。杵臼もまた小事にして、稍加に過越してもって民を利するに用う、だから《小過》に於て象を取る。
弦木為弧,剡木為矢,弧矢之利,以威天下,蓋取諸睽。睽,乖也。物乖則爭興,弧矢之用,所以威乖爭也。[疏]正義曰:此九事之第六也。案《爾雅》:“弧,木弓也。”故云“弦木為弧”。“取諸睽”者,睽謂乖離,弧矢所以服此乖離之人,故取諸睽也。案弧、矢、杵、臼、服牛、乘馬、舟、楫皆云之“利”,此皆器物益人,故稱“利”也。重門擊柝,非如舟楫杵臼,故不云“利”也。變稱“以御暴客”,是以利也。垂衣裳不言利者,此亦隨便立稱,故云“天下治”,治亦利也。此皆義便而言,不可以一例取也。
経文に曰く:木材を彎曲して弦を上げて弓を做成し、木材を削制して箭を做成し、弓箭の便利をもって天下を威懾す、これは大概《睽》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「睽」は乖背なり。事物は乖背すれば便ち争闘を興起し、弓箭の用处はまさにこの種の乖違争闘を威懾すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第六件なり。《爾雅》の「弧は、木弓なり」と曰えるを査せば、だから経文に「弦木為弧」という。いわゆる「取諸睽」の「睽」は乖離にして、弓箭はもってこれらの乖離の人を懾服するに用う、だから《睽》に於て象を取る。また按ずるに:弓・箭・杵・臼・服牛・乘馬・舟・楫は皆「利」と称すは、これらの器物は皆人に有益あるに因りて、だから「利」と称す。重門撃柝は舟楫杵臼のごとくならざれば、だから「利」と説かずして、しかして個別の説法に換えて「以御暴客」と称す、其実はすなわちもまた利なり。衣裳を垂るるは「利」と説かざるも、もまた文に随って名を立つるなり、だから「天下治」という、治もすなわち利なり。これらは皆文義の便に随って言うにして、能く一個の格式を拿りて套るべからず。
上古穴居而野處,後世聖人易之以宮室,上棟下宇,以待風雨,蓋取大壯。宮室壯大於穴居,故制為宮室,取諸大壯也。[疏]正義曰:此九事之第七也。巳前不云“上古”,已下三事,或言“上古”,或言“古”,與上不同者,巳前未造此器之前,更無餘物之用,非是後物以替前物,故不云“上古”也。此巳下三事皆是未造此物之前,巳更別有所用,今將後用而代前用,欲明前用所有,故本之云“上古”及“古”者,案未有衣裳之前,則衣鳥獸之皮,亦是巳前有用,不云“上古”者,雖云古者衣皮,必不專衣皮也,或衣草衣木,事無定體,故不得稱上古衣皮也。若此穴居野處,及結繩以治,唯專一事,故可稱上古,由後物代之也。“取諸大壯”者,以造制宮室,壯大於穴居野處,故取大壯之名也。
経文に曰く:上古の時に人々は洞穴の裏に居住し野外に棲身し、後世の聖人は宮室に改換して、上に棟梁ありて下に屋檐ありて、もって風雨を抵御す、これは大概《大壮》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:宮室は穴居より壮大にして、だから宮室を制作して、《大壮》に於て象を取ると解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第七件なり。前面の幾件は「上古」を説かずして、これ以下の三件は却って或は「上古」を説き或は「古」を説くは、前面と不同なり、その縁故は:前面の幾件はあの器物を造出する前に、併せて別の可用するの物なくして、後物をもって前物に替代するは存在せず、だから「上古」を説かず。これ以下の三件は皆此物を造出する前にすでに別に用いる所有りて、いま後來の办法を用いて先前の办法に取代して、先前はすでにその用あるを表明せんがために、だから本を追い源を遡って「上古」或は「古」を説く。按ずるに:衣裳なきの前に人々は鳥獣の皮を穿つるは、あれもまた先前すでに有りしの用途なるも、却って「上古」を説かざるは、古人は皮を穿つと説くといえども、も必ずしも専ら皮を穿つにあらず、或は草を披き或は木を披きて、固定の形式なく、だから能く「上古衣皮」と称する能わず。穴居野処および結繩して治むるに至りては、皆専ら一事を行う、だから能く「上古」と称すべし、後來の物はそれらに取代せるに因りて。いわゆる「取諸大壮」は、宮室を営造するは穴居野処より壮大なるに因りて、だから《大壮》の名を取る。
古之葬者厚衣之以薪,葬之中野,不封不樹,喪期無數,後世聖人易之以棺槨,蓋取諸大過。取其過厚。[疏]正義曰:此九事之第八也。不云“上古”,直云“古之葬者”,若極遠者,則云“上古”,其次遠者,則直云“古”。則厚衣之以薪,葬之中野,猶在穴居結繩之後,故直云“古”也。“不封不樹”者,不積土為墳,是不封也。不種樹以標其處,是不樹也。“喪期無數”者,哀除則止,無日月限數也。“後世聖人易之以棺槨”者,若《禮記》云“有虞氏瓦棺”,未必用木為棺也。則《禮記》又云“殷人之棺槨”,以前云槨,無文也。“取諸大過”者,送終追遠,欲其甚大過厚,故取諸大過也。案《書》稱堯崩,百姓如喪考妣,三載四海遏密八音,則喪期無數,在堯巳前,而棺槨自殷已後,則夏已前,棺槨未具也。所以其文參差,前後不齊者,但此文舉大略,明前後相代之義,不必確在一時故九事上從黃帝,下稱堯舜,連延不絕,更相增脩也。
経文に曰く:古時に人は死者を埋葬するに、柴薪を用いて厚厚に覆蓋して、原野の中に葬りて、土を堆めて墳を為さず、樹を種えて記を為さず、服喪の期限もまた定数なし。後世の聖人は棺椁を用うるに改換す、これは大概《大過》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:それの過度に厚重なるの義を取ると解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の中の第八件なり。ここに「上古」を説かずして、ただ「古之葬者」と説くは、極めて久遠なるのみ「上古」と称し、次一等の久遠なるは便ちただ「古」と説く。柴薪を用いて厚覆し原野に葬るは、仍お穴居・結繩の後に在れば、だからただ「古」を説く。「不封不樹」は、泥土を堆積して墳丘を做成せざるはすなわち「不封」にして、樹を種えてもって地点を標明せざるはすなわち「不樹」なり。「喪期无数」は、哀情は消解せば便ち止みて、日月の定限なきを説く。「後世聖人易之以棺椁」は、《礼記》の「有虞氏瓦棺」と説くがごとく、必ずしも木を用いて棺を做すにあらず。《礼記》はまた「殷人之棺椁」と曰えり、此より以前に「椁」を講じたるの記載はこれ有らざるなり。いわゆる「取諸大過」は、終を送り遠を追うは格外に厚重に辦せんことを希望するに因りて、だから《大過》に於て象を取る。《尚書》は尭の去世する時に百姓は父母を喪うがごとく、三年の内に四海は一切の楽声を停止すと称するを査すれば、見れば喪期は定数なきは仍お尭より以前に在り。しかして棺椁は殷代より以後に初めて有れば、すなわち夏代より以前は棺椁はいまだ完備せず。これらの文字の前後に参差斉ならざる所以は、ただこの段の話はその大略を挙げて、前後の相代するの意思を説明するに因るのみ、必ずしも同一時代に確指するを須とせず。だからこの九件の事は上は黄帝に遡り、下は尭舜に称し、綿延断絶せずして、彼此に逓相増補修飾す。
上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬。夬,決也。書契所以決斷萬事也。[疏]正義曰:此明九事之終也。夬者,決也。造立書契,所以決斷萬事,故取諸夬也。“結繩”者,鄭康成注云:“事大大結其繩,事小小結其繩。”義或然也。
経文に曰く:上古は結繩の办法を用いて治理し、後世の聖人は文字契券に改換して、百官はそれに憑りて事を治め、万民はそれに憑りて稽察す、これは大概《夬》卦に於て象を取れるなり。韓康伯の注は:「夬」は決断なり。書契はもって万事を決断するに用うと解す。孔穎達の疏に曰く:これは九事の最後の一件なり。「夬」はすなわち決断にして、文字契券を創立するはもって万事を決断するに用う、だから《夬》に於て象を取る。「結繩」に至りては、鄭康成の注に曰く:事情は大なれば便ち繩結を大に打ち、事情は小なれば便ち繩結を小に打つ。この説法は或は是ならん。
繋辞下・第三章
[疏]正義曰:“是故易者”至“德之盛也”,此第三章。明陰陽二卦之體,及日月相推而成歲,聖人用之,安身崇德,德之盛也。是故易者,象也。象也者,像也。彖者,材也。材,才德也。彖言成卦之材,以統卦義也。[疏]正義曰:“是故易者象也”者,但前章皆取象以制器,以是之故,易卦者,寫萬物之形象,故云“易者象也”。“象也者,像也”者,謂卦為萬物象者,法像萬物,猶若乾卦之象,法像於天也。“彖者,材也”者,謂卦下彖辭者,論此卦之材德也。
孔穎達の疏に曰く:「是故易者」より「徳之盛也」に至るは第三章にして、陰陽両類の卦の体性、および日月は互相に推移して一年を成就するを説明し、聖人はこの道理を運用して身を安んじ命を立て徳行を増崇すれば、あれは便ち徳行の極盛なり。経文に曰く:それゆえ《易》はすなわち象なり。いわゆる象は、すなわち取像なり。彖は、材なり。韓康伯の注は:「材」はすなわち才質徳性なり。彖辞の講ずる所は一卦の材質を成就して、もって全卦の大義を統摂すと解す。孔穎達の疏に曰く:「是故易者象也」は、前一章は皆象を取りて器を制するを講じ、まさに此に由りて、《易》卦はすなわち万物の形象を摹写すれば、だから「易者象也」という。「象也者,像也」は、卦は万物の象と為して、すなわち万物に法象相似するを取るを説く、譬えば《乾》卦の象は天に法象相似するを取るがごとし。「彖者,材也」は、卦の下の彖辞はこの一卦の材質徳性を論述するを説く。
爻也者,效天下之動者也。是故吉凶生而悔吝著也。陽卦多陰,陰卦多陽,其故何也?陽卦奇,陰卦耦。夫少者,多之所宗;一者,眾之所歸。陽卦二陰,故奇為之君;陰卦二陽,故耦為之主。[疏]正義曰:“爻也者,效天下之動”者,謂每卦六爻,皆仿效天下之物而發動也。“吉凶生而悔吝著”者,動有得失,故吉凶生也。動有細小疵病,故悔吝著也。“陽卦多陰,陰卦多陽,其故何也”者,此夫子將釋陰陽二卦不同之意,故先發其問,云“其故何也”。“陽卦多”陰,謂震、坎、艮一陽而二陰也;“陰卦多陽”,謂巽、離、兌一陰而二陽也。“陽卦奇,陰卦耦”者,陽卦則以奇為君,故一陽而二陰,陽為君,陰為臣也。陰卦則以耦為君,故二陽而一陰,陰為君,陽為臣也。故《注》云“陽卦二陰,故奇為之君;陰卦二陽,故耦為之主”。
経文に曰く:爻は天下万物の運動を效法する者なり、それゆえ吉凶は産生して悔吝は顕著す。陽卦は陰爻多く、陰卦は陽爻多し、これは何の縁故なりや。陽卦は奇数をもって主と為し、陰卦は偶数をもって主と為すに因りて。韓康伯の注は:少なるは多の宗奉する所にして、一は衆の帰依する所なり。陽卦に両個の陰爻あれば、だからあの奇の陽爻はその君と為り、陰卦に両個の陽爻あれば、だからあの偶の陰爻はその主と為ると解す。孔穎達の疏に曰く:「爻也者,效天下之動」は、毎卦の六爻は皆天下の物に仿傚して発動するを講ず。「吉凶生而悔吝著」は、動に得あり失あれば、だから吉凶は産生す。動の中に細小の瑕疵毛病あれば、だから悔吝は顕著す。「陽卦多陰,陰卦多陽,其故何也」は、これは孔子はまさに陰陽両類の卦の不同なるの縁由を解釈せんとすれば、だからまず一問を発して「其故何也」と曰う。「陽卦多陰」は、《震》《坎》《艮》は皆一陽にして二陰を指す。「陰卦多陽」は、《巽》《離》《兌》は皆一陰にして二陽を指す。「陽卦奇,陰卦耦」は、陽卦は奇をもって君と為せば、だから一陽二陰にして、陽は君にして陰は臣なり。陰卦は偶をもって君と為せば、だから二陽一陰にして、陰は君にして陽は臣なり。だから韓康伯の注に「陽卦二陰,故奇為之君;陰卦二陽,故耦為之主」という。
其德行何也?辨陰陽二卦之德行也。[疏]正義曰:前釋陰陽之體,未知陰陽德行之故。故夫子將釋德行,先自問之,故云“其德行何也”。陽一君而二民,君子之道也。陰二君而一民,小人之道也。陽,君道也。陰,臣道也。君以無為統眾,無為則一也。臣以有事代終,有事則二也。故陽爻畫奇,以明君道必一;陰爻畫兩,以明臣體必二,斯則陰陽之數,君臣之辨也。以一為君,君之德也。二居君位,非其道也。故陽卦曰“君子之道”,陰卦曰“小人之道”也。
経文に曰く:それらの徳行はまた何如なりや。韓康伯の注は:これは陰陽両類の卦の徳行を分辨せんと欲すと解す。孔穎達の疏に曰く:前面は陰陽の体性を解釈せり、いまだ陰陽の徳行の縁由を知らず、だから孔子はまさに徳行を解釈せんとして、まず自ら一問を設けて、「其徳行何也」と曰う。経文は続けて曰く:陽卦は一個の君・両個の民にして、これは君子の道なり。陰卦は両個の君・一個の民にして、これは小人の道なり。韓康伯の注は:陽は君の道にして、陰は臣の道なり。君は无為をもって衆人を統御して、无為はすなわち「一」なり。臣は事を任じて君に代りて終にその功を成し、事有るはすなわち「二」なり。だから陽爻は一個の整画に画作して、もって君道は必ず専一なるを表明し、陰爻は両個の断画に画作して、もって臣体は必ず二と為るを表明す——これがすなわち陰陽の数と君臣の別なり。「一」をもって君と為すは、君の徳性なり。「二」は君位に占踞せば、便ち道に合せず。だから陽卦は「君子之道」と称し、陰卦は「小人之道」と称す。
[疏]“陽一”至“道也”。○正義曰:“陽一君而二民,君子之道”者,夫君以無為統眾,無為者,為每事因循,委任臣下,不司其事,故稱一也。臣則有事代終,各司其職,有職則有對,故稱二也。今陽爻以一為君,以二為民,得其尊卑相正之道,故為君子之道者也。“陰二君而一民,小人之道”者,陰卦則以二為君,是失其正,以一為臣,乖反於理,上下失序,故稱小人之道也。○注“陽君”至“道也”。○正義曰:“陽,君道”者,陽是虛無為體,純一不二,君德亦然,故云“陽,君道也”。“陰,臣道”者,陰是形器,各有質分,不能純一,臣職亦然,故云“陰,臣道也”。案《經》云“民”而《注》云“臣”者,臣則民也。《經》中對君,故稱民,《注》意解陰,故稱臣也。
孔穎達の疏は経文の「陽一君而二民……小人之道也」を解して曰く:いわゆる「陽一君而二民,君子之道」の、君は无為をもって衆人を統御す。无為は、すなわち毎一件の事は皆自然に因循して臣下に委任して、自己は経管し往かず、だから「一」と称す。臣は則ち事を任じて君に代りて終にその功を成し、各自に職守を主管し、職守あれば便ち対待あり、だから「二」と称す。いま陽爻は一をもって君と為し二をもって民と為すは、尊卑相正の道に合すれば、だから君子の道なり。いわゆる「陰二君而一民,小人之道」の、陰卦は二をもって君と為すは、これは便ちその正を失う。一をもって臣と為すは、また常理に違背して、上下は次序を失う、だから小人の道と称す。孔穎達はまた韓康伯の注の「陽,君道也……小人之道也」を疏して曰く:「陽,君道」を講ずるは、陽は虚無をもって体と為して、純一にして二なきに因りて、君徳もまたこうなれば、だから「陽,君道也」という。「陰,臣道」を講ずるは、陰は有形の器に属して、各々各々の質性分限ありて、能く純一ならず、臣職もまたこうなれば、だから「陰,臣道也」という。経文が「民」と説きて韓注が「臣」と説くに至りては、あれは臣もすなわち民なるに因りて:経文の中は君と相対して言えば、だから民と称し、韓注は意は「陰」を解釈するに在れば、だから臣と称す。
《易》曰:“憧憧往來,朋從爾思。”天下之動,必歸乎一,思以求朋,未能一也。一以感物,不思而至。[疏]正義曰:此明不能無心感物,使物來應,乃憧憧然役用思慮,或來或往,然後朋從爾之所思。若能虛寂,以純一感物,則不須憧憧往來,朋自歸也。此一之為道,得為可尚,結成前文陽爻以一為君,是君子之道也。《注》云“天下之動,必歸乎一。思以求朋,未能一也。一以感物,不思而至”矣。
経文は《周易・咸》卦九四の爻辞を引いて曰く:「憧憧往来,朋従爾思。」韓康伯の注は:天下の運動は必定に「一」に帰す。思慮を用いて朋類を求取せば、便ちいまだ「一」を做到せず。純一をもって万物を感通せば、思慮を必とせずして朋類は自ら来たると解す。孔穎達の疏に曰く:これは能く无心をもって万物を感通して万物をして自ら来たりて相応せしむる能わず、かえって心神不定にして思慮を役使して、忽ち来たり忽ち往きて、然る後に初めて朋類が汝の思念する所に順従する有るを表明す。もし能く虚静寂然にして、純一をもって万物を感通せば、便ち憧憧往来するを必とせず、朋類は自然に帰附す。この「一」は道と為して初めて崇尚すべきにして、もって前文の説く所の陽爻は一をもって君と為るは乃ち君子の道を収束す。だから韓康伯の注に「天下之動,必帰乎一。思以求朋,未能一也。一以感物,不思而至」という。
子曰:“天下何思何慮?天下同歸而殊塗,一致而百慮,天下何思何慮?夫少則得,多則感。塗雖殊,其歸則同;慮雖百,其致不二。苟識其要,不在博求;一以貫之,不慮而盡矣。[疏]正義曰:“子曰:天下何思何慮”者,言得一之道,心既寂靜,何假思慮也。“天下同歸而殊塗”者,言天下萬事,終則同歸於一,但初時殊異其塗路也。“一致而百慮”者,所致雖一,慮必有百。言慮雖百種,必歸於一致也;塗雖殊異,亦同歸於至真也。言多則不如少,動則不如寂,則天下之事,何須思也?何須慮也?
経文に曰く:孔子の曰く:「天下に何の思慮する可き有らんや。天下の万事は一処に同帰して路経は不同なり、帰趣は一致して思慮は百端なり、天下に何の思慮する可き有らんや。」韓康伯の注は:少なきは却って得あり、多なるは却って迷惑す。道路は不同なるといえども、帰宿は却って相同なり。思慮は上百あるといえども、帰趣は却って第二なし。もし要領を認清せば、便ち広博に求索するを必とせず。一個の道理を用いて一切を貫通せば、思慮を必とせずして万事はすでに尽きたりと解す。孔穎達の疏に曰く:「子曰:天下何思何慮」は、「一」を得るの道を講じて、心すでに寂静なれば、何の処にか仍お思慮を用得んや。「天下同帰而殊涂」は、天下の万事は最終に「一」に同帰するを講じて、ただ起初の走る所の路径は各々相同ならず。「一致而百慮」は、帰趣する所はただ一個のみなるも、思慮は却って上百あるを説く。思慮は百種あるといえども、必定に同じく一個の帰趣に帰し、路径は互いに異るといえども、もまた同じく至真の理に帰す。見れば多は少に如かず動は静に如かず、すなわち天下の事は、何ぞ須むらんや往きて思わん。何ぞ須むらんや往きて慮らん。
日往則月來,月往則日來,日月相推而明生焉。寒往則暑來,暑往則寒來,寒暑相推而歲成焉。往者屈也,來者信也,屈信相感而利生焉。[疏]正義曰:“日往則月來”至“相推而歲成”者,此言不須憂慮,任運往來,自然明生,自然歲成也。“往者屈也,來者信也”者,此覆明上日往則月來,寒往則暑來,自然相感而生利之事也。往是去藏,故為屈也;來是施用,故為信也。一屈一信,遞相感動而利生,則上云“明生”、“歲成”是“利生”也。
経文に曰く:太陽は落去れば便ち月亮は升来し、月亮は落去れば便ち太陽は升来し、日月は互相に推移して光明は産生す。寒気は過去れば便ち暑気は来たり、暑気は過去れば便ち寒気は来たり、寒暑は互相に推移して一年は成就す。過去するは「屈」にして、到来するは「伸」なり、屈と伸は互相に感应して利益は産生す。孔穎達の疏に曰く:「日往則月来」より「相推而歳成」に至るは、これは憂愁思慮するを必とせず、一任して自然に往来せば、光明は自然に産生し、歳月は自然に成就すを講ず。「往者屈也,来者信也」は、これは重新に上文の日往月来・寒往暑来を申明して、自然に相感じて利益を生出するの道理なり:往は退蔵にして、だから屈と称し、来は施用にして、だから伸と称す。一屈一伸して、逓相に感動して利益は産生す、上文の説く所の「明生」「歳成」は、まさにここに説く所の「利生」なり。
尺蠖之屈,以求信也。龍蛇之蟄,以存身也。精義入神,以致用也。精義,物理之微者也。神寂然不動,感而遂通,故能乘天下之微,會而通其用也。[疏]正義曰:“尺蠖之屈,以求信”者,覆明上往來相感,屈信相須。尺蠖之蟲,初行必屈者,欲求在後之信也。言信必須屈,屈以求信,是相須也。“龍蛇之蟄,以存身”者,言靜以求動也。蛟蛇初蟄,是靜也;以此存身,是後動也。言動必因靜也。靜而得動,亦動靜相須也。“精義入神,以致用”者,亦言先靜而後動。此言人事之用,言聖人用精粹微妙之義,入於神化,寂然不動,乃能致其所用。“精義入神”,是先靜也;“以致用”,是後動也。是動因靜而來也。
経文に曰く:尺蠖は身子を彎屈して起すは、伸展を求得せんがためなり。龍蛇は蟄伏するは、自身を保全せんがためなり。精微の義理を研究して神妙の境に入るは、もってその功用を推致せんがためなり。韓康伯の注は:「精義」はすなわち事物の理の中の最も幽微の部分なり。神は寂然として動かず、一たび感通あれば便ち達せざる所なし、だから能く天下の最も幽微の理を駕馭して、会合してその功用を貫通すと解す。孔穎達の疏に曰く:「尺蠖之屈,以求信」は、重新に上文の往来相感・屈伸相須の道理を申明す:尺蠖のこの虫は歩を起す時は必ずまず彎屈す、まさに後の伸展を求得せんがためなり。見れば伸展は必ずまず彎屈を経るを須として、彎屈は伸展を求得せんがためなり、二者は相待して成る。「龍蛇之蟄,以存身」は、静をもって動を求むるを講ず:蛟蛇はまさに蟄伏する時は静にして、これに倚りて身体を保全するは、後來の動のためなり、見れば動は必定に静に憑借す。静に由りて動を得るは、もまた動静相待して成る。「精義入神,以致用」は、同じくまず静にして然る後に動くを講ず。これは人事の運用に就きて説くなり:聖人は精粹微妙の義理を運用して、神化の境に深入して、寂然不動にして、然る後に初めて能くその功用を推致す。「精義入神」はまず静にして、「以致用」は後に動くなり、動はまさに静に由りて来たるなり。
利用安身,以崇德也。利用之道,由安其身而後動也。精義由於入神,以致其用;利用由於安身,以崇其德。理必由乎其宗,事各本乎其根。歸根則寧,天下之理得也。若役其思慮,以求動用,忘其安身,以殉功美,則偽彌多而理愈失,名彌美而累愈彰矣。[疏]“利用”至“德也”。○正義曰:此亦言人事也。言欲利已之用,先須安靜其身,不須役其思慮,可以增崇其德。言“利用安身”,是靜也;言“崇德”,是動也。此亦先靜而後動,動亦由靜而來也。○注“利用之道”至“崇其德”。○正義曰:云“利用之道,皆安其身而後動”者,言欲利益所用,先須自安其身。身既得安,然後舉動,德乃尊崇。若不先安身,身有患害,何能利益所用以崇德也。云“精義由於入神,以致其用”者,言精粹微妙之義由入神寂然不動,乃能致其用。云“利用由於安身,以崇德”者,言欲利益所用,先須自安其身,乃可以增崇其德也。
経文に曰く:功用を利せしめてまず自身を安頓するは、もって徳行を増崇するなり。韓康伯の注は:功用を利せしむるの道は、まず己身を安頓して然る後に初めて行動するに在り。精微の義理は深く神境に入るに憑りて初めてその用を推致する能く、功用の利は己身を安頓するに憑りて初めてその徳を増崇する能し。理は必定にその宗主より出発し、事は各自にその根柢をもって本と為し、根柢に帰返して初めて安寧を得、天下の理もまた便ち皆掌握せり。もし一味に思慮を役使して動作と功用を追求して、身を安んずるを忘掉了して、しかして功名の美を殉逐せば、すなわち虚偽は愈多くして正理は愈失し、名声は愈美にして牽累は愈顕すと解す。孔穎達の疏は「利用安身,以崇徳也」を解して曰く:この一句もまた人事を講じて、意は自己の功用を利せしめんと欲せば、まず自己の身心を安静にして、思慮を役使せざるを得ば、こうして初めて能く徳行を増崇す。「利用安身」と説くは静にして、「崇徳」と説くは動なり、これもまたまず静にして然る後に動きて、動は同じく静に由りて来たる。孔穎達はまた韓康伯の注の「利用之道……以崇其徳」を疏して曰く:韓注の講ずる「利用之道,皆安其身而后動」は、用いる所をして益を得せしめんと欲せば、まず自らその身を安んじ、身すでに安定して然る後に挙動所有れば、徳は初めて尊崇す。仮令まず身を安んぜざれば、身の上に禍患灾害あれば、何ぞ能く用いる所をして益を得せしめて徳行を増崇せんや。韓注の講ずる「精義由於入神,以致其用」は、精粹微妙の義理は入神して寂然不動なるを経由して、初めて能くその功用を推致す。韓注の講ずる「利用由於安身,以崇徳」は、用いる所をして益を得せしめんと欲せば、まず自らその身を安んじて、初めて能く徳行を増崇するべし。
過此以往,未之或知也。窮神知化,德之盛也。”[疏]正義曰:“過此以往,未之或知也”者,言精義入神以致用,利用安身以崇德,此二者皆人理之極。過此二者以往,則微妙不可知,故云“未之或知”也。“窮神知化,德之盛”者,此言過此二者以往之事。若能過此以往,則窮極微妙之神,曉知變化之道,乃是聖人德之盛極也。
経文に曰く:この両件の事を越過して再び上に往かば、便ち人の知る所能にあらず。能く神妙を窮究し造化を通暁するは、あれは徳行の極盛なり。孔穎達の疏に曰く:「過此以往,未之或知也」は、義理を精研して神境に入りてもってその用を推致し、功用を利せしめて己身を安頓してもってその徳を増崇するの、この両件の事は皆人事の理の極致なり。この両件の事を越過して再び上に往かば、便ち幽微玄妙にして知るべからず、だから「未之或知」という。「窮神知化,徳之盛」は、講ずる所はまさにこの両件の事を越過したる以後の境界なり:もし真能くこの両者を越過せば、便ち能く微妙の神を窮尽して変化の道を通暁す、あれは便ち聖人の徳行の極盛なり。
繋辞下・第四章
[疏]正義曰:《易》曰:“困于石”至“勿恆凶”,此第四章,凡有九節。以上章先利用安身,可以崇德,若身自危辱,何崇德之有?故此章第一節引困之六三危辱之事以證之也。《易》曰:“困于石,據于蒺藜,入于其宮,不見其妻,凶。”子曰:“非所困而困焉,名必辱。非所據而據焉,身必危。既辱且危,死期將至,妻其可得見耶?”
孔穎達の疏に曰く:「困于石」より「勿恒凶」に至るは第四章にして、共有九節あり。上一章はまず功用を利せしめ己身を安頓して、初めて能く徳行を増崇するを講じたるに因りて。もし自身すでに危険屈辱に陥陷せば、仍お何の徳行を増崇するを談ぜんや。だから本章の第一節は《困》卦六三の危辱の事を引いてもってそれを印証す。経文に曰く:《周易・困》卦六三の爻辞の講ずる:「石に困住せられて、また蒺藜の上に倚靠して、自己の家に回帰すれば、妻子を見ざる、凶。」孔子の曰く:困るべからざるの処に於て却って自ら困厄を取れば、名声は必定に辱を受く。倚靠すべからざるの処に於て却って倚靠せば、身体は必定に危険す。すでに辱を受けてまた危険なれば、死期はまさに到らんとす、妻子は何れの処にか仍お看見せんや。
[疏]正義曰:《困》之六三,履非其地,欲上於於四,四自應初,不納於已,是困於九四之石也。三又乘二,二是剛陽,非已所乘,是下向據於九二之蒺藜也。六三又無應,是入其宮,不見其妻,死期將至,所以凶也。“子曰:非所困而困焉”者,夫子既引《易》文,又釋其義,故云“不曰”。“非所困”,謂九四。若六三不往犯之,非六三之所困,而六三彊往乾之而取困焉。“名必辱”者,以向上而進取,故以聲名言之,云“名必辱”也。“非所據而據焉”者,謂九二也。若六三能卑下九二,則九三不為其害,是非所據也。今六三彊往陵之,是非所據而據焉。“身必危”者,下向安身之處,故以身言之,云“身必危”也。
孔穎達の疏に曰く:《困》卦六三の処する所の位置は不当にして、上に向いて九四に依附せんと欲するも、九四は本來は初六と相応して、肯んじてそれを接納せず、これがすなわち九四のこの塊の「石」に困住せらるるなり。六三はまた九二の上に凌乘して、九二は剛陽の爻にして、六三の凌乘する所能にあらず、これがすなわち下に向いて九二のこの叢の「蒺藜」の上に倚靠す。六三はまた応爻なければ、だから自己の家に回帰するも妻子を見ざると説きて、死期はまさに至らんとし、それにより凶と為す。「子曰:非所困而困焉」は、孔子はすでに《周易》の爻辞を引きて、またその義理を解釈すれば、だから「子曰」を標出す(底本は誤って「不曰」と作る)。いわゆる「非所困」は、九四を指す:仮令六三はそれを侵犯しに往かざれば、本來は六三の受困する所要の処にあらず、六三は却って硬くもそれを干犯しに往きて、それにより自ら困厄を取る。「名必辱」は、上に向いて進取するに因りて、便ち声名に就きて言えば、「名必辱」と説く。「非所据而据焉」は、九二を指す:仮令六三は能く謙卑にして九二の下に自処せば、九二は便ちその禍害と為さず、本來はそれの倚靠する対象にあらず。いま六三は硬くもその上に凌駕しに往くは、これがすなわち倚靠すべからざるに於て却って倚靠す。「身必危」は、下に向くのみ初めて身を安んずるの処なるに因りて、便ち身体に就きて言えば、「身必危」と説く。
《易》曰:“公用射隼于高墉之上,獲之,無不利。”子曰:“隼者,禽也。弓矢者,器也。射之者,人也。君子藏器於身,待時而動,何不利之有。動而不括,是以出而有獲。語成器而動者也。”括,結也。君子待時而動,則無結閡之患也。[疏]“《易》曰”至“動者也”。○正義曰:以前章先須安身可以崇德,故此第二節論明先藏器於身,待時而動,而有利也。故引《解》之上六以證之。三不應上,又以陰居陽,此上六處解之極,欲除其悖亂,而去其三也。故公用射此六三之隼於下體高墉之上,雲自上攻下,合於順道,故獲之無不利也。
経文に曰く:《周易・解》卦上六の爻辞の講ずる:「王公は高墻の上に於て鷙隼を射猟して、それを射中して、利ならざるなし。」孔子の曰く:隼は飛禽にして、弓箭は器械にして、それを射るは人なり。君子は器械を身に蔵して、時機を等待して然る後に行動せば、何れの処にか何の不利あらん。行動し起るは窒碍なければ、だから一たび出手すれば便ち獲得する所有り——これはまず器械を備えて然る後に行動するを須とすを説くなり。韓康伯の注は:「括」は結滞の意思なり。君子は時機を等待して然る後に行動せば、便ち結滞阻隔の憂患なしと解す。孔穎達の疏に曰く:前一章はまず身を安んじて初めて能く徳行を増崇するを講じたるに因りて、だからこの第二節はまず器械を自身に蔵し時を待ちて動けば初めて利あるを論明して、それにより《解》卦上六を引いて印証を加う。《解》卦六三は上六と相応せず、また陰爻をもって陽位に居りて、上六は《解》卦の極位に処りて、この種の悖乱を除去せんと欲して、あの六三を鏟除せば、だから王公は下卦の高墻の上に於てこの六三の「隼」を射ると説く。これは上より下を攻むるにして、順理の道に合せば、だからそれを射中して利ならざるなし。
“子曰:隼者,禽也”者,既引《易》文於上,下以解之,故言“子曰”也。“君子藏器於身,待時而動,何不利”者,猶若射人持弓矢於身,此君子若包藏其器於身,待時而動,何不利之有?似此射隼之人也。“動而不括”者,言射隼之人,既持弓矢,待隼可射之動而射之,則不括結而有礙也。猶若君子藏善道於身,待可動之時而興動,亦不滯礙而括結也。“語成器而後動”者,謂易之所說此者,語論有見成之器,而後興動也。
孔穎達は続けて疏に曰く:「子曰:隼者,禽也」は、上文はすでにまず《周易》の爻辞を引きたるに因りて、下面は解釈を加えれば、だから「子曰」を標出す。「君子蔵器於身,待時而動,何不利」は、射手が弓箭を身の上に帯くるがごときなり、君子はもし才具器用を自身に蘊蔵して、時機を等待して然る後に行動せば、何れの処にか何の不利あらん。まさにこの位の隼を射る人のごとし。「動而不括」は、隼を射る人はすでに弓箭を持して、隼が射る可きの時機に出現するを等して初めてそれを射れば、便ち結滞受阻せずを説く。まさに君子が善道を自身に蘊蔵して、行動する可きの時機に到りて初めて行動を興起せば、もまた窒碍結滞せざるがごとし。「語成器而后動」は、《周易》がこの段の話を講ずるは、まず現成の器具有るを須として、然る後に初めて行動を興起するを論述するに在りと説く。
子曰:“小人不恥不仁,不畏不義,不見利不勸,不威不懲。小懲而大誡,此小人之福也。《易》曰:‘履校滅趾,無咎。’此之謂也。[疏]正義曰:此章第三節也。明小人之道,不能恆善,若因懲誡而得福也,此亦證前章安身之事。故引《易·噬嗑》初九以證之。以初九居無位之地,是受刑者以處卦初,其過未深,故屨校滅趾而無咎也。
経文に曰く:孔子の曰く:小人は不仁をもって羞恥と為さず、不義をもって畏懼と為さず、利益を見ざれば便ち勤勉すること肯んぜず、威懾を加えざれば便ち懲戒を知らず。一点の小懲罰を受けて大警誡を得るは、これまさに小人の福気なり。《周易》の「脚の镣を戴上して脚趾を遮没せしむ、過なし」と曰えるは、講ずる所はまさにこの道理なり。孔穎達の疏に曰く:これは本章の第三節にして、小人の道は能く恒久に善を為す能わざるを説明し、もし能く懲戒を受けるに因りて福を得れば、これもまた前一章の身を安んずるの事を印証すれば、だから《噬嗑》卦初九を引いて証明を加う。初九は爵位なきの地位に処りて、刑を受くるの人なり。一卦の初に処るに因りて、過錯は仍お深からず、だからただ脚の镣を戴上して脚趾を遮没せしむるのみにして災禍に至らず。
善不積,不足以成名;惡不積,不足以滅身。小人以小善為無益而弗為也,以小惡為無傷而弗去也。故惡積而不可揜,罪大而不可解。《易》曰:‘何校滅耳,凶。’”[疏]正義曰:此章第四節也。明惡人為惡之極以致凶也。此結成前章不能安身之事,故引《噬嗑》上九之義以證之。上九處斷獄之終,是罪之深極者。故有何校滅耳之凶。案第一、第二節皆先引《易》文於上,其後乃釋之。此第三巳下,皆先豫張卦義於上,然後引《易》於下以結之,體例不同者,蓋夫子隨義而言不為例也。
経文に曰く:善行は累積せざれば、名声を成就するに足らず。悪行は累積せざれば、自身を毀滅するに足らず。小人は小なる善事を無益と看作して為すことを肯んぜず、小なる悪事を無傷と看作して除くことを肯んぜず、だから悪は累積して掩蓋し能わざるに至り、罪は重大にして解脱する法なし。《周易》に曰く:「枷械を肩負して耳を遮没せしむ、凶。」孔穎達の疏に曰く:これは本章の第四節にして、悪人は悪を為すこと極点に到りてそれにより凶険を招致するを説明す。この一節は前一章の能く身を安んぜざるの事を収束せば、だから《噬嗑》卦上九の義を引いて印証を加う。上九は獄を断ずるの終結の位に処りて、罪悪は最も深重なるの人なれば、だから枷械を肩負して耳を遮没せしむるの凶険あるなり。按ずるに:第一節・第二節は皆まず前に於て《周易》の経文を引きて、然る後に解釈を加う。この第三節より以下は、皆まず前に於て卦義を鋪陳して、然る後に後に於て《周易》を引いて収束す。体例は前後同じからざるは、大概孔子は文義に随って言うにして、併せて一定の格式に拘らず。
子曰:“危者,安其位者也。亡者,保其存者也。亂者,有其治者也。是故君子安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘亂,是以身安而國家可保也。《易》曰:‘其亡其亡,繫于苞桑。’”[疏]正義曰:此第五節。以上章有安身之事,故此節恆須謹慎,可以安身,故引《否》之九五以證之。“危者,安其位者也”,言所以今有傾危者,由往前安樂於其位,自以為安,不有畏慎,故致今日危也。“亡者,保其存”者,所以今日滅亡者,由往前保有其存,恆以為存,不有憂懼,故今致滅亡也。“亂者,有其治”者,所以今有禍亂者,由往前自恃有其冶理也,謂恆以為治,不有憂慮,故今致禍亂也。是故君子今雖復安,心恆不忘傾危之事;國之雖存,心恆不忘滅亡之事;政之雖治,心恆不忘禍亂之事。“其亡其亡,其繫于苞桑”者,言心恆畏慎:其將滅亡!其將滅亡!乃係于苞桑之固也。
経文に曰く:孔子の曰く:危険を招致するは、あのその位に安んずる者なり。滅亡を招致するは、あの自ら以て長くその存を保つと為す者なり。禍乱を招致するは、あの自ら恃みてすでに治平せりと為す者なり。だから君子は平安の時は危険を忘れず、生存の時は滅亡を忘れず、治平の時は禍乱を忘れず、それにより自身は平安にして国家は保全すべし。《周易》に曰く:「まさに滅亡せんとす。まさに滅亡せんとす。こうして初めて能く丛生の桑根の上に系ぐがごときの牢固ならん。」孔穎達の疏に曰く:これは第五節なり。上一章は身を安んずるの事有るに因りて、だからこの一節は必ず常に謹慎を懐きて、初めて能く身を安んずべきを講じて、それにより《否》卦九五を引いて印証を加う。「危者,安其位者也」は、今日の傾危あるの所以は、従前に自己の位置に安楽して、自ら以て平安と為して畏懼謹慎を知らざるに由りて、だから今日の危険を招致すを説く。「亡者,保其存」は、今日の滅亡するの所以は、従前にその生存を保有して、総じて以て能く長存すと為して憂懼を知らざるに由りて、だから今日の滅亡を招致すを説く。「乱者,有其治」は、今日の禍乱あるの所以は、従前に自ら恃みてすでに治理し得たりと為して、総じて以て天下はすでに治まりと為して憂慮を知らざるに由りて、だから今日の禍乱を招致すを説く。それにより君子はいま平安なるといえども、心裏は始終に傾危の事を忘れず。国家は尚存すといえども、心裏は始終に滅亡の事を忘れず。政事は治平すといえども、心裏は始終に禍乱の事を忘れず。「其亡其亡,其繋于苞桑」は、内心は恒常に畏懼謹慎して、時時に「まさに滅亡せんとす。まさに滅亡せんとす」と想着して、こうして初めて能く叢桑の根の上に系ぐがごときに牢固ならんと説く。
子曰:“德薄而位尊,知小而謀大,力小而任重,鮮不及矣。《易》曰:‘鼎折足,覆公餗,其形渥,凶。’言不勝其任也。”[疏]“子曰”至“其任也”。○正義曰:此第六節。言不能安其身,知小謀大而遇禍,故引《易·鼎》卦九四以證之。“鼎折足,覆公餗,其形渥,凶”者,處上體之下,而又應初,既承且施,非已所堪,故有折足之凶。既覆敗其美道,災及其形,以致渥凶也。言不勝其任者。此夫子之言,引《易》後以此結之,其文少,故不云“子曰”也。
経文に曰く:孔子の曰く:徳行は浅薄にして地位は尊貴に、才智は短小にして図謀は重大に、力量は微弱にして担子は沉重なれば、禍を遭わざるは少なし。《周易》に曰く:「鼎の脚は折れて、王公の美食を傾覆して、鼎身は沾汚狼藉す、凶。」これはその責任を担うに堪えざるを説くなり。孔穎達の疏に曰く:これは第六節にして、講ずる所は能く自身を安頓せず、才智は短小にして図謀は重大なるに却って禍患を遭遇すれば、だから《鼎》卦九四を引いて印証を加う。「鼎折足,覆公餗,其形渥,凶」は、九四は上体の最下位に処りて、また初六と相応して、すなわち上は君上を承け、また下は初に施すを須として、それの承擔する所能にあらざるに因りて、だから鼎足を折断するの凶険あるなり。すでに美善の道を傾覆敗壊して、災禍はまた自身の形体に波及して、それにより沾汚狼藉の凶を招致す。「言不勝其任」のこの一句は孔子の話にして、《周易》を引き完了したる後にそれを用いて収束するなり。文字は很少なるに因りて、だから再び「子曰」を標せず。
子曰:“知幾其神乎?君子上交不諂,下交不瀆,其知幾乎?形而上者況之道。形而下者況之器。於道不冥而有求焉,未離乎諂也。於器不絕而有交焉,未免乎瀆也。能無諂、瀆,窮理者乎?[疏]正義曰:“子曰知幾其神乎”至“萬夫之望”者,此第七節。前章云精義入神,故此章明知幾入神之事,故引《豫》之六二以證之。云“《易》曰:介于石,不終日,貞吉”、“知幾其神乎”者,神道微妙,寂然不測。人若能豫知事之幾微,則能與其神道合會也。“君子上交不諂,下交不瀆”者,上謂道也,下謂器也。若聖人知幾窮理,冥於道,絕於器,故能上交不諂,下交不瀆。若於道不冥而有求焉,未能離於諂也;於器不絕而有交焉,未能免於瀆也。能無諂、瀆、知幾窮理者乎?
経文に曰く:孔子の曰く:能く事情の細微の征兆を洞察するは、あれは神妙と算すべきか。君子は上と交わるに諂媚せず、下と交わるに軽慢せず、大概まさに彼は几微を洞察するに因るか。韓康伯の注は:「形而上」は道に比況して、「形而下」は器に比況す。道に於て能く冥合无間ならずして仍お求むる所有れば、便ち諂媚を脱離せず。器に於て能く係累を断絶せずして仍お交渉する所有れば、便ち軽慢を免れず。能くすでに諂媚なくまた軽慢なきは、大概ただ物理を窮尽する者のみかと解す。孔穎達の疏に曰く:「子曰知几其神乎」より「万夫之望」に至るは、第七節なり。前一章は「精義入神」を講じたれば、だからこの一章は几を知りて神に入るの事を説明して、それにより《豫》卦六二を引いて印証を加う。いわゆる「《易》曰:介于石,不終日,貞吉」と「知几其神乎」は、神道は幽微玄妙・寂然にして測度すべからざるを説く。人もし能く予め事情の細微の征兆を察知せば、便ち能くあの神道と相契合す。「君子上交不諂,下交不瀆」の「上」は道を指し、「下」は器を指す:聖人は几微を洞察して物理を窮尽して、道と冥合し器と断絶せば、だから能く上と交わるに諂媚せず下と交わるに軽慢せず。もし道に於て能く冥合せずして尚お求むる所有れば、便ちいまだ諂媚を脱離せず。器に於て能く断絶せずして尚お交渉あれば、便ちいまだ軽慢を免れず。能くすでに諂媚なくまた軽慢なく、几微を洞察して物理を窮尽するは、大概ただこのごときの人のみか。
幾者,動之微。吉之先見者也。幾者去無入有,理而無形,不可以名尋,不可以形睹者也。唯神也不疾而速,感而遂通,故能朗然玄昭,鑑於未形也。合抱之木,起於毫末。吉凶之彰,始於微兆,故為吉之先見也。[疏]正義曰:此釋“幾”之義也。幾,微也。是巳動之微,動謂心動、事動。初動之時,其理未著,唯纖微而已。若其已著之後,則心事顯露,不得為幾。若未動之前,又寂然頓無,兼亦不得稱幾也。幾是離無入有,在有無之際,故云“動之微”也。若事著之後乃成為吉,此幾在吉之先,豫前已見,故云“吉之先見者也”。此直云吉不云凶者,凡豫前知幾,皆向吉而背凶,違凶而就吉,無復有凶,故特云吉也。諸本或有凶字者,其定本則無也。
経文に曰く:「几」は、運動はまさに起る時の細微の征兆にして、吉の先行顕現なり。韓康伯の注は:几は「无」を離れて「有」に進入するの関口にして、その理ありてその形なく、名称を用いて寻求する能わず、形体を用いて看見する能わず。ただ「神」のみ初めて能く匆忙せずして迅疾にして、一たび感通すれば便ち達せざる所なく、だから能く朗然として玄照して、事物はいまだ成形せざるの時に於て便ち洞鑑分明す。合抱の大樹は、毫末の萌芽より起り。吉凶の彰顕は、細微の征兆より始まる、だから几は吉の先行顕現なりというと解す。孔穎達の疏に曰く:これは「几」の意義を解釈す。「几」はすなわち微にして、それはすでに動き始めて尚お極めて細微なるの状態なり、「動」は心念の動と事情の動を指す。まさに動く時に、その理は仍お顕著ならずして、ただ繊細微眇なるのみ。すでに顕著したる後に至りては、心念と事情は皆暴露出来して、便ち「几」と算すべからず。しかして未だ動かざるの前に在りては、一片寂然にして、何の所有るもなく、もまた同じく「几」と称する能わず。「几」は「无」を脱離して「有」に進入して、有无の間に処れば、だから「動之微」と説く。事情は顕著したる後に初めてその吉と為るを成して、しかしてこの「几」は吉の先に在りて、予めすでに顕現せば、だから「吉之先見者也」という。ここにただ吉を説きて凶を説かざるは、凡そ能く予め几を知る者は皆吉に趨き凶に背き、凶を避けて吉に就きて、再び凶なければ、だから特意にただ吉を説く。有些の版本は此処に一個の「凶」の字を帯ぶるも、官定の本子は則ち之なし。
君子見幾而作,不俟終日。《易》曰:‘介于石,不終日,貞吉。’介如石焉,寧用終日,斷可識矣。定之於始,故不待終日也。[疏]正義曰:“君子見幾而作,不俟終日”者,言君子既見事之幾微,則須動作而應之,不得待終其日。言赴幾之速也。“《易》曰:介于石,不終日,貞吉”者,此《豫》之六二辭也。得位居中,故守介如石,見幾則動,不待終其一日也。“介如石焉,寧用終日,斷可識矣”者,此夫子解釋此爻之時,既守志耿介,如石不動,才見幾微,即知禍福,何用終竟其日,當時則斷可識矣。
経文に曰く:君子は几微を看見せば便ち立即に行動して、一日の結束を待たず。《周易》に曰く:「操守は耿介にして磐石のごとく、一日に至らず、正を守りて吉を獲る。」耿介なること石のごときにして、何ぞ須むらんや一日を満たすを等ち、当下に便ち断定分明する可きなり。韓康伯の注は:事情は初起する時に於てすでに判定せれば、だから一日の結束を等到するを必とせずと解す。孔穎達の疏に曰く:「君子見几而作,不俟終日」は、君子はすでに事情の細微の征兆を看出せば、必ず立即に行動して応対し、能くこの一日の過完を等到する能わざるを講じて、彼の几微に趨赴するの迅速を形容す。「《易》曰:介于石,不終日,貞吉」は、これは《豫》卦六二の爻辞なり:六二は位を得て中に居れば、だから操守は耿介にして石のごとく、一たび几微を見れば便ち動きて、この一日の過完を等たず。「介如石焉,寧用終日,断可識矣」は、これは孔子は此爻を解釈して、六二はすでに能く志を守りて耿介にして、磐石のごとき動かさるるを為さずして、まさに几微を見れば便ち禍福を知暁せば、何ぞ須むらんや一整天を等て、当時に便ち断然に識別する能しと説く。
君子知微知彰,知柔知剛,萬夫之望。”此知幾其神乎?[疏]正義曰:“君子知微知彰”者,初見是幾,是知其微;既見其幾,逆知事之禍福,是知其彰著也。“知柔知剛”者,剛柔是變化之道,既知初時之柔,則逆知在後之剛,言凡物之體,從柔以至剛,凡事之理,從微以至彰,知幾之人,既知其始,又知其末,是合於神道,故為萬夫所瞻望也。萬夫舉大略而言。若知幾合神,則為天下之主,何直只雲萬夫而已,此知幾其神乎者也。
経文に曰く:君子はすでに細微を知りまた顕著を知り、すでに柔を知りまた剛を知るは、万人の仰望する所の人なり。韓康伯の注は:これまさに「知几其神乎」の意思なりと解す。孔穎達の疏に曰く:「君子知微知彰」は、最初に見る所は几にして、これはその細微を知るなり。すでに几を見て、また能く予め事情の禍福を推知するは、これはその顕著を知るなり。「知柔知剛」は、剛柔は変化の道なり:すでに起初の柔を知れば、便ち能く予め後來の剛を推知す。凡そ物の形体は皆柔より剛に至り、凡そ事の道理は皆微より顕に至る。几微を洞察する者はすでにその開端を知り、またその結局を知るは、これは便ち神道に合せば、だから万人の瞻仰する所と為す。「万夫」と説くはただ大概を挙ぐるのみ。もし真能く几を知りて神に契合せば、すなわち足りて天下の主と為るべく、何ぞ止まらんやただ万人を説くのみ——これがすなわち「知几其神乎」の意思なり。
子曰:“顏氏之子,其殆庶幾乎?有不善,未嘗不知,知之未嘗復行也。”在理則昧,造形而悟,顏子之分也。失之於幾,故有不善。得之於二,不遠而復,故知之未嘗復行也。[疏]正義曰:“子曰顏氏之子”至“元吉者”,此第八節。上節明其知幾是聖人之德,此節論賢人唯庶於幾,雖未能知幾,故引顏氏之子以明之也。“其殆庶幾乎”者,言聖人知幾,顏子亞聖,未能知幾,但殆近庶慕而已,故云“其殆庶幾乎”,又以“殆”為辭。“有不善,未嘗不知”者,若知幾之人,本無不善。以顏子未能知幾,故有不善。不近於幾之人,既有不善,不能自知於惡。此顏子以其近幾,若有不善,未嘗不自知也。“知之未嘗復行”者,以顏子通幾,既知不善之事,見過則改,未嘗復更行之,但顏子於幾理闇昧,故有不善之事,於形器顯著,乃自覺悟,所有不善,未嘗復行。
経文に曰く:孔子の曰く:顔氏のあの弟子は、大概几を知るに接近せるか。彼は一たび不善あれば、自己に察覚せざるなし。察覚したる後は、便ちかつて再び犯さず。韓康伯の注は:幽微の理の上に於て仍お暗昧する所有りて、成形顕露に到りて初めて醒悟するは、これまさに顔回の分限なり。失誤は几微の際に在れば、だから不善の会す有り。得力は事情はまさに成形するの第二歩に在りて、能く遠からずして正道に返回せば、だから察覚したる後はかつて再び犯さずと解す。孔穎達の疏に曰く:「子曰顔氏之子」より「元吉」に至るは、第八節なり。上一節は几を知るは聖人の徳なるを説明し、この一節は賢人はただ几に接近するのみにして、仍お真能く几を知るに至らざるを論明せば、だから顔回を引いて説明を加う。「其殆庶几乎」は、聖人のみ真能く几を知りて、顔回は亜聖にして、尚お能く几を知る能わずして、ただ差不多に接近して心は之に向慕するのみなれば、だから「其殆庶几乎」と説きて、また一個の「殆」の字を用いて推測の辞と為す。「有不善,未嘗不知」は、もし真能く几を知るの者なれば、本來は便ち不善の有る会なし。顔回は仍お能く几を知る能わざるに因りて、だから不善の会有り。あれらの几を離るること仍お遠きの人に至りては、不善有りても仍お能く自らその悪を知らず。顔回は則ち几に接近するに因りて、一たび不善あれば自己に察覚せざるなし。「知之未嘗復行」は、顔回は几微に通暁するに因りて、すでにあれは不善の事なるを知れば、過錯を見て便ち改めて、かつて再び為しに往かず。ただ顔回は几微の理の上に於て仍お暗昧ありて、だから不善の事の会有り。有形の器の上に落着して顕露出来するに至りては、初めて自ら覚悟して、ここにおいて凡そ不善有れば皆再び重犯せず。
《易》曰:‘不遠復,無祇悔,元吉。’吉凶者,失得之象也。得一者於理不盡,未至成形,故得不遠而復,舍凶之吉,免夫祗悔,而終獲元吉。祗,大也。[疏]正義曰:以去幾既近,尋能改悔,故引《復》卦初九以明之也。以復卦初九既在卦初,則能復於陽道,是速而不遠,則能復也。所以無大悔而有元吉也。
経文に曰く:《周易》の講ずる:「歩みて遠からずして便ち返回して、大なる悔恨なく、大吉。」韓康伯の注は:吉凶は失と得の象征なり。能く「一」を得る者は、幽微の理の上に於ていまだ窮尽せざるといえども、過失はいまだ形跡を醸成せざれば、だから能く歩みて遠からずして便ち返回して、凶を舎去して吉に趨向して、大なる悔恨を免掉して、最終に大吉を獲得す。「祗」は大の意思なりと解す。孔穎達の疏に曰く:顔回は几微に距ることすでに很近なるに因りて、随即に便ち能く改悔せば、だから《復》卦初九を引いて説明を加う。《復》卦初九はすでに一卦の初に在れば、便ち能く陽剛の道に返回到りて、見れば回頭するは快にして歩むは遠からずして、それにより能く返るなり。だから大なる悔恨なくして大吉を獲得す。
天地絪縕,萬物化醇,男女構精,萬物化生。[疏]正義曰:“天地絪縕”至“勿恆凶”,此第九節也。以前章利用安身以崇德也,安身之道在於得一,若已能得一,則可以安身。故此節明得一之事也。“天地絪縕,萬物化醇”者,絪縕,相附著之義。言天地無心,自然得一,唯二氣絪縕,共相和會,萬物感之變化而精醇也。天地若有心為二,則不能使萬物化醇也。“男女構精,萬物化生”者,構,合也。言男女陰陽相感,任其自然,得一之性,故合其精則萬物化生也。若男女無自然之性,而各懷差二,則萬物不化生也。
経文に曰く:天地二気は交密纏綿して、万物はその化育を受けて精醇なり。男女はその精を交合して、万物はそれにより化生す。孔穎達の疏に曰く:「天地絪縕」より「勿恒凶」に至るは、これは第九節なり。前一章は功用を利せしめ己身を安頓してもって徳行を増崇するを講じて、しかして身を安んずるの道は「一」を得るに在るに因りて。もし自己は能く「一」を得れば、便ち能く身を安んじるべし、だからこの一節は「一」を得るの事を説明す。「天地絪縕,万物化醇」の「絪縕」は彼此に附着交密するの意思なり:天地は无心にして、自然自爾に「一」を得て、ただ陰陽二気は交密纏綿して共相和会して、万物はそれに感应して変化して精純醇厚を得るなり。天地はもし心有りて分作して二と為れば、便ち能く万物をして化育精醇せしむる能わず。「男女構精,万物化生」の「構」はすなわち合なり:男女陰陽は彼此に感应して、一任自然にして、「一」を得るの本性を具備せば、だからその精を交合して万物は化生す。仮令男女にこの種の自然の性なければ、各自に二三の心を懐きて、万物は便ち能く化生する能わず。
《易》曰:‘三人行,則損一人;一人行,則得其友。’言致一也。”致一而後化成也。[疏]正義曰:此《損》卦六三辭也。言六三若更與二人同往承上,則上所不納,是三人俱行,並六三不相納,是則損一人也。若六三獨行,則上所容受,故云“一人行,則得其友”。此言無不如寡,三不及一也。言“致一也”者,此夫子釋此爻之意,謂此爻所論,致其醇一也。故一人獨行,乃得其友也。
経文に曰く:《周易》の講ずる:「三個の人は同行せば、便ち一人を减去せんとす。一個の人は独行せば、却ってその伴侶を得。」これは「一」に帰致するを須とすを説くなり。韓康伯の注は:「一」に帰致して、然る後に化育は初めて能く成就すと解す。孔穎達の疏に曰く:これは《損》卦六三の爻辞なり。説く所は六三はもし再び別の両人と一同に往きて上爻に承奉せば、上爻は便ち肯んじて接納せず、これがすなわち三人は同行して、六三を連れて内に於て皆接納せられず、ここにおいて一人を减去せんとす。もし六三は単独に前往せば、上爻は便ち能くそれを容納せば、だから「一人行,則得其友」という。これは多は少に如かず三は一に比不上するを講ず。いわゆる「言致一也」は、孔子はこの一爻の意旨を解釈して、この一爻の論ずる所はまさに醇厚純一に帰致するに在れば、だから一人は独行して却って伴侶を得と説く。
子曰:“君子安其身而後動,易其心而後語,定其交而後求。君子脩此三者,故全也。危以動,則民不與也。懼以語,則民不應也。無交而求,則民不與也。莫之與,則傷之者至矣。[疏]正義曰:“子曰:君子安其身而後動”者,此明致一之道,致一者,在身之謂。若己之為得,則萬事得;若己之為失,則萬事失也。欲行於天下,先在其身之一,故先須安靜其身而後動,和易其心而後語,先以心選定其交而後求。若其不然,則傷之者至矣。
経文に曰く:孔子の曰く:君子はまず自身を安頓し好して然る後に行動し、まずその心を平和して然る後に発言し、まず交情を確定して然る後に求むる所有り。君子はこの三件を修好せば、だから能く自己を保全す。処境は危殆にして貿然に行動せば、百姓は便ち親附せず。心は恐懼を懐きて発言せば、百姓は便ち応答せず。交情なくして求むる所有れば、百姓は便ち給与せず。肯んじて給与する人なければ、彼を傷害する人は来たれり。孔穎達の疏に曰く:「子曰:君子安其身而后動」は、これは「一」に帰致するの道を説明して、しかしていわゆる致一は、自身に就きて言うなり:自己は対を做せば、万事は便ち皆対なり。自己は錯を做せば、万事は便ち皆錯なり。天下に推行せんと欲せば、まず自身の上に於てあの「一」を做到して、だから必ずまず自身を安静にして然る後に行動し、まず心気を平和して然る後に説話し、まず心裏に於て交往の対象を選定して然る後に求むる所有るを須とす。仮令このごとくせざれば、彼を傷害する人は来たれり。
《易》曰:‘莫益之,或擊之,立心勿恆,凶。’”夫虛己存誠,則眾之所不迕也。躁以有求,則物之所不欲也。[疏]正義曰:此《益》之上九爻辭,在無位高亢,獨唱無和,是“莫益之”也。眾怒難犯,是“或擊之”也。勿,無也。由己建立其心,無能有恆,故凶危也。《易》之此言,若虛己存誠,則眾之所與;躁以有求,則物之所不與也。
経文に曰く:《周易》の講ずる:「彼を增益し来る人なく、倒って彼を攻撃し来る人有り。心を立つるは能く恒久ならず、凶。」韓康伯の注は:能く虚懐にして誠を存すれば、衆人は便ち彼に違逆せず。躁動して求取する所有れば、すなわち衆人の願意せざる所なりと解す。孔穎達の疏に曰く:これは《益》卦上九の爻辞なり。上九は爵位なくまた高亢なるの処に処りて、独自に倡議して応和する人なし、これがすなわち「莫益之」なり。衆怒は触犯し難し、これがすなわち「或撃之」なり。「勿」はすなわち无にして、自己の立つる所の心志は能く恒久ならざるに由りて、だから凶険なり。《周易》のこの句の表明せんと要する所は:能く虚懐にして誠を存すれば、衆人は便ち親附す。躁動して求取せば、衆人は便ち肯んじて親附せず。
繋辞下・第五章
[疏]正義曰:“子曰乾坤其《易》”至“失得之報”,此第五章也。前章明安身崇德之道,在於知幾得一也。此明《易》之體用,辭理遠大,可以濟民之行,以明失得之報也。子曰:“乾坤,其易之門邪?”乾,陽物也。坤,陰物也。陰陽合德而剛柔有體,以體天地之撰,撰,數也。
孔穎達の疏に曰く:「子曰乾坤其《易》」より「失得之報」に至るは第五章なり。前一章は身を安んじ徳行を増崇するの道は几を知りて「一」を得るに在るを説明し、この一章は則ち《周易》の体と用を説明す:文辞義理は宏遠博大にして、もって百姓の行事を救済して、もって得失の報応を彰明するに用うべし。経文に曰く:孔子の曰く:乾坤は大概《周易》の門戸か。乾は陽性の物にして、坤は陰性の物なり。陰陽の徳性は会合して剛柔は各々その体有りて、もって天地の数を体現す。韓康伯の注は:「撰」はすなわち数なりと解す。
[疏]正義曰:“子曰:乾坤,其易之門邪”者,易之變化,從乾坤而起,猶人之興動,從門而出,故乾坤是易之門邪。“乾,陽物也。坤,陰物也。陰陽合德而剛柔有體”者,若陰陽不合,則剛柔之體無從而生。以陰陽相合,乃生萬物,或剛或柔,各有其體。陽多為剛,陰多為柔也。“以體天地之撰”者,撰,數也。天地之內,萬物之象,非剛則柔,或以剛柔體象天地之數也。
孔穎達の疏に曰く:「子曰:乾坤,其易之門邪」は、《周易》の変化は皆乾坤より発起するに因りて、譬えば人の挙動は皆門戸より出入するがごとく、だから乾坤は《周易》の門戸なりという。「乾,陽物也。坤,陰物也。陰陽合徳而剛柔有体」は、陰陽はもし相会合せざれば、剛柔の体は便ち産生する由なし。まさに陰陽は相合するに因りて初めて万物を生出して、或は剛に或は柔にして、各々各々の形体あり:陽の成分は多ければ便ち剛と成り、陰の成分は多ければ便ち柔と成るを説く。「以体天地之撰」の「撰」はすなわち数なり:天地の内の万物の形象は、剛ならざれば柔なれば、だから能く剛柔を用いて天地の数を体现象徴す。
以通神明之德。其稱名也,雜而不越。備物極變,故其名雜也。各得其序,不相逾越,況爻繇之辭也。[疏]正義曰:“以通神明之德”者,萬物變化,或生或成,是神明之德。《易》則象其變化之理,是其《易》能通達神明之德也。“其稱名也雜而不越”者,《易》之其稱萬物之名,萬事論說,故辭理雜碎,各有倫敘,而不相乖越。《易》之爻辭,多載細小之物,若“見豕負塗”之屬,是雜碎也。辭雖雜碎,各依爻卦所宜而言之,是不相逾越也。
経文に曰く:またもって神明の徳性に貫通す。それは万物の名目を称説して、繁雑にして逾越せず。韓康伯の注は:万物を具備し変化を窮極せんがために、だから名目は繁雑なり。しかもまた各々その次序を得て、彼此に相逾越せず——これは爻辞繇辞に比況して言うなりと解す。孔穎達の疏に曰く:「以通神明之徳」は、万物の変化は、或は生出し或は成就す、これがすなわち神明の徳なり。《周易》はそれの変化の理を摹擬象徴せば、だから《周易》は能く神明の徳に通達す。「其称名也雑而不越」は、《周易》は万物の名目を称説し万般の事情を論説せば、だから文辞義理は零碎繁雑なるも、却って各々条理次第ありて相乖違逾越せず。《周易》の爻辞は多く細小の物を記載して、《睽》卦上九の「見豕負塗」のこの一類のごときは、すなわち零碎繁雑なり。文辞は零碎繁雑なるといえども、却って各々爻位卦体の宜しき所に依って言うは、これがすなわち相逾越せざるなり。
於稽其類,其衰世之意邪?有憂患而後作《易》,世衰則失得彌彰,爻繇之辭,所以明失得,故知衰世之意邪,稽,猶考也。
経文に曰く:それの称説する所のこれらの事類を考察するに、大概衰乱の世の用意を含有するか。韓康伯の注は:まさに憂患有るに因りて然る後に初めて《周易》を作せり。世道は衰乱せば、得失は便ち愈愈彰顕して、しかして爻辞繇辞はまさに得失を闡明するに用うれば、だからその中に衰世の用意を含有するを知る。「稽」はすなわち考察の意思なりと解す。
[疏]正義曰:稽,考也。類,謂事類。然考校《易》辭事類,多有悔之憂虞,故云變亂之世所陳情意也。若盛德之時,物皆遂性,人悉歡娛,無累於吉凶,不憂於禍害。今《易》所論,則有“亢龍有悔”,或稱“龍戰于野”,或稱“箕子明夷”,或稱“不如西鄰之禴祭”,此皆論戰爭盛衰之理,故云“衰世之意”也。凡云“邪”者,是疑而不定之辭也。
孔穎達の疏は経文の「稽其類」の字義を解して曰く:「稽」は考核査対にして、「類」は事情の種類を指す。彼は曰く、《周易》の卦爻辞の渉及する所の各類の事情を逐一に核対するに、その中は悔恨憂懼を帯ぶるの話は很大の比重を占むれば、だから経文は初めてこれは変乱の世の人の抒発する心意なりという。仮令盛徳昌明の時代に身処せば、万物は各々その性に遂い、人人は歓娯自得して、便ち吉凶に牽累せられず、もまた憂心して禍害の頭に臨むを必とせず。しかるをいま《周易》の講ずる所には、却って《乾》上九の「亢龍有悔」あり、《坤》上六の「龍戦于野」あり、《明夷》六五の「箕子之明夷」あり、《既済》九五の「東隣殺牛,不如西隣之禴祭」あり——これらは皆戦争と盛衰の道理を論ずるに在れば、だからそれの表達する所は「衰世之意」なりという。経文の末尾に一個の「邪」の字を用いて収束するに至りては、あれは疑を存して定論を下さざるの語気詞なり。
夫易彰往而察來,而微顯闡幽。易無往不彰,無來不察,而微以之顯,幽以之闡。闡,明也。 [疏]正義曰:“夫易彰往而察來”者,往事必載,是彰往也。來事豫占,是察來也。“而微顯闡幽”者,闡,明也。謂微而之顯,幽而闡明也。言《易》之所說,論其初微之事,以至其終末顯著也;論其初時幽闇,以至終末闡明也。皆從微以至顯,從幽以至明。觀其《易》辭,是微而幽闇也;演其義理,則顯見著明也。以體言之,則云“微顯”也;以理言之,則云“闡幽”,其義一也,但以體以理,故別言之。
経文に曰く:《周易》は能く已往を彰顕し、また能く未来を察知し、能く細微なるを顕発して、幽隠なるを闡明するを得。韓康伯の注は:《易》理は何れの一件の往事も彰顕する能わざるなく、何れの一件の来事も察知する能わざるなく、細微の物はそれに倚りて顕豁し、幽隠の物はそれに倚りて闡発す。「闡」はすなわちそれを明白ならしむと解説す。孔穎達は進みて申説す:いわゆる「彰往」は、過去の事は《易》の裏に必ず記載する所有るを指す。いわゆる「察来」は、未来の事は能く予め占問するを指す。いわゆる「微顕闡幽」の「闡」は「明」と訓して、すなわち細微より顕豁に走向し、幽暗より明朗に走向す。これは《周易》は一件の事を講ずるに、総じてそれの最初の細微の苗頭より最後の顕著の結果に至るまで講じ、それの開頭の幽暗不明より終了の清楚分明に至るまで講じて、一律に微より顕に至り幽より明に至るを説く。単に《易》の卦爻辞を看れば、文字は簡約にして幽隠なり。一たびその義理を推演せば、便ち顕豁昭著なり。文辞形体のこの一面に就きて説けば、「微顕」と言う。義理のこの一面に就きて説けば、「闡幽」と言う——両者の道理は本は一個なり、ただ分かれて形体と義理より言を立てるに因りて、初めて拆開して説くなり。
開而當名,辨物正言,斷辭則備矣。開釋爻卦,使各當其名也。理類辨明,故曰“斷辭”也。 [疏]正義曰:“開而當名”者,謂開釋爻卦之義,使各當所象之名,若乾卦當龍,坤卦當馬也。“辨物正言”者,謂辨天下之物,各以類正定言之。若辨健物,正言其龍;若辨順物,正言其馬,是辨物正言也。“斷辭則備矣”者,言開而當名,及辨物正言,凡此二事,決斷於爻卦之辭,則備具矣。
経文に曰く:卦爻を開釈して名実を相当ならしめ、事物を辨別してその称謂を正定せば、すなわち裁断の言辞は便ち完備せり。韓康伯の注は:いわゆる「開」は、爻辞卦義を開解して、毎一爻毎一卦をしてそれの当たる所の名目と相称せしむるなり。事理と物類はすでに辨明せれば、だから「断辞」と言うと解説す。孔穎達は進みて申説す:「開而当名」は、爻卦の意義を開釈して、それを各自に象征する所の名目と相当ならしむるを説く、例えば《乾》卦は「龍」に当たり、《坤》卦は「馬」に当たるがごとし。「辨物正言」は、天下の万物を辨別して、各々その類に按じて名称を正定するを説く:剛健の物を辨出せば、便ち正言してそれは龍なりとす。柔順の物を辨出せば、便ち正言してそれは馬なりとす。「断辞則備矣」は、「開而当名」と「辨物正言」のこの両桩の事は、最終に皆卦爻の辞に由りて裁断されて、このごとくにして便ち一応倶備するを説く。
其稱名也小,其取類也大。託象以明義,因小以喻大。 [疏]正義曰:“其稱名也小”者,言《易》辭所稱物名多細小,若“見豕負塗”“噬臘肉”之屬,是其辭碎小也。“其取類也大”者,言雖是小物,而比喻大事,是所取義類而廣大也。
経文に曰く:《周易》の挙ぐる所の物名は很に瑣細なるも、それの比取する所の義類は却って很に宏大なり。韓康伯の注は:これは具体の物象を借りて義理を闡明して、細小の物に憑りて重大の道理を譬喩すと解説す。孔穎達は進みて申説す:「其称名也小」は、《易》辞の裏に提到するの物名は多半に細碎なるを説く、《睽》上九の「見豕負塗」——猪の背に泥を沾満せるを見る、《噬嗑》六三の「噬腊肉」——乾硬の腊肉を咬むがごときは、この一類の用詞は皆極めて瑣屑なり。「其取類也大」は、挙ぐる所は小物なるも、比喻する所は大事なるを説けば、それによりそれの摂取する所の義理の門類は十分に広大なり。
其旨遠,其辭文,其言曲而中。變化無恆,不可為典要,故其言曲而中也。 [疏]正義曰:“其旨遠”者,近道此事,遠明彼事,是其旨意深。若“龍戰于野”,近言龍戰,乃遠明陰陽鬥爭、聖人變革,是其旨遠也。“其辭文”者,不直言所論之事,乃以義理明之,是其辭文飾也。若“黃裳元吉”,不直言得中居職,乃云黃裳,是其辭文也。“其言曲而中”者,變化無恆,不可為體例,其言隨物屈曲,而各中其理也。
経文に曰く:その旨意は深遠にして、その文辞は文采を富有し、その話は曲折してまた事理に切中す。韓康伯の注は:《易》の講ずる所の変化は定則なくして、一成不変の常規大綱を立つる能わざるに因りて、だからその話は初めて委曲婉転にして句句中すと解説す。孔穎達は進みて申説す:「其旨遠」は、近処に説く所はこの事なるも、遠処に於ては却ってあの事を闡明するに在りて、用意は深遠なり。例えば《坤》上六の「龍戦于野」は、表面上は龍の争闘を講ずるも、実際は遥かに陰陽相争・聖人は故を革め新を鼎するの道理を闡明するに在り、これがすなわち旨の遠きなり。「其辞文」は、直白に論ずる所の事を道出せずして、しかして義理を借りてそれを点明せば、だから文辞は修飾を帯ぶるを説く。例えば《坤》六五の「黄裳元吉」は、直に中に居り位を守り各々その職を尽くすを説かずして、却って「黄裳」と説くは、これがすなわち辞は文采有るなり。「其言曲而中」は、変化は常態なくして、固定の体例を立作るべからず、それによりその話は事物に随って委曲変通して、しかもまた各々その理に切中すを説く。
其事肆而隱。事顯而理微也。 [疏]正義曰:其《易》之所載之事,其辭放肆顯露,而所論義理深而幽隱也。 因貳以濟民行,以明失得之報。貳則失得也,因失得以通濟民行,故明失得之報也。“失得之報”者,得其會則吉,乖其理則凶。 [疏]正義曰:“因貳以濟民行”者,貳,二也,謂吉凶二理。言易因自然吉凶二理,以濟民之行也,欲令趨吉而避凶,行善而不行惡也。“以明失得之報”者,言易明人行失之與得所報應也。失則報之以凶,得則報之以吉,是明失得之報也。
経文に曰く:その記する所の事は鋪陳顕露して、含有する所の理は却って深蔵して露われず。韓康伯の注は:事情は明処に擺さられて、道理は却って暗処に蔵ると解説す。孔穎達の申説す:《周易》の載する所のあれらの事は、文辞は放開して直説して明明白々なるも、しかしてその中の論ずる所の義理は却って深微幽隠なり。経文は続けて曰く:吉凶二端に憑借してもって百姓の行事を助成して、もって得失の招致する所の報応を顕明す。韓康伯の注は:いわゆる「貳」はすなわち失と得の両端にして、この両端に憑りて百姓の行為を通済せば、だから失得の報応を顕明す。しかして「失得之報」は事理の会通に合するは便ち吉にして、事理に違背するは便ち凶なりを説くと解説す。孔穎達は再び申説す:「因貳以済民行」の「貳」はすなわち「二」にして、吉と凶の両条の道理を指して、《周易》は自然にして有るの吉凶両理に依拠して百姓の行事を帮助して、人に吉に趨り凶を避け、善を行いて悪を行わざらしめんとすを説く。「以明失得之報」は、《周易》は人の行為の失と得は各々何の報応有るを講明すを説く:失すれば則ちそれに報うるに凶をもってし、得れば則ちそれに報うるに吉をもってす。
繋辞下・第六章
[疏]正義曰:“《易》之興也”至“巽以行權”,此第六章。明所以作《易》,為其憂患故。作《易》既有憂患,須脩德以避患,故明九卦為德之所用也。 《易》之興也,其於中古乎?作《易》者,其有憂患乎?無憂患則不為而足也。
孔穎達はまず章段を標出す:「《易》之興也」より「巽以行権」に至るは《繋辞下》の第六章にして、《易》を作るの縁由は憂患に在るを説明す。すでに《易》を作るは憂患より出づれば、便ち必ず徳行を修養してもって禍患を避くるを須とせば、だからこの一章は特別に九個の卦を拈出して、それらは徳を修むる上に於て各々何の用处有るを講ず。以下は経文なり:《周易》の興起は、大概中古の時代に在るか。《易》を作る者は、大概憂患を心懐せるか。韓康伯の注は:もし憂患なければ、作為する所なきもまた便ち足れり、费心して制作するを用いずと解説す。
[疏]正義曰:“其於中古乎”者,謂《易》之爻卦之辭,起於中古。若《易》之爻卦之象,則在上古伏犧之時,但其時理尚質素,聖道凝寂,直觀其象,足以垂教矣。但中古之時,事漸澆浮,非象可以為教,又須繫以文辭,示其變動吉凶,故爻卦之辭,起於中古。則《連山》起於神農,《歸藏》起於黃帝,周《易》起於文王及周公也。此之所論,謂《周易》也。“作《易》者其有憂患乎”者,若無憂患,何思何慮,不須營作。今既作《易》,故知有憂患也。身既患憂,須垂法以示於後,以防憂患之事,故繫之以文辭,明其失得與吉凶也。其作《易》憂患,已於初卷詳之也。
孔穎達の申説す:いわゆる「其于中古乎」は、《周易》の卦爻辞は中古に産生するを指して、しかして卦爻の象にあらず。卦爻の象は早くも上古伏羲の時に便ち之有りて、ただあの時は民風は質朴にして、聖人の道は凝定沉静にして、人々は直ちに卦象を観看せば便ち足りて教を受く。中古に到りては、世事は漸く澆薄浮華に趨りて、単に卦象に倚るのみにしてすでに能く教を施す能わずして、必ず再び文辞を系して、変動と吉凶を指示するを須とせば、だから卦爻辞は中古より起れり。この説法に按ずれば、《連山》は神農より起り、《帰蔵》は黄帝より起り、《周易》は文王と周公より起れり。ここに論ずる所はまさに《周易》なり。いわゆる「作《易》者其有憂患乎」は、仮令憂患なければ、思慮なきも、便ち费心して経営制作するを必とせずを説く。いますでに《易》を作れば、便ち作者は心中に憂患有るを知るべし。自身すでに憂患を懐けば、便ち法則を留下して後人に昭示して、もって憂患の事を防範せんと欲すれば、それにより文辞を系して、得失と吉凶を講明す。《易》を作るは憂患より出ずるのこの一層の意思に関しては、すでに本書の首巻に於て詳細に講過せり。
是故履,德之基也。基,所蹈也。 [疏]正義曰:以為憂患,行德為本也。六十四卦悉為脩德防患之事,但於此九卦,最是脩德之甚,故特舉以言焉,以防憂患之事。故履卦為德之初基。故為德之時,先須履踐其禮,敬事於上,故履為德之初基也。
経文に曰く:それゆえ《履》卦は徳の根基なり。韓康伯の注は:「基」はすなわち脚下の踏む所の処なりと解説す。孔穎達の申説す:まさに憂患を心懐するに因りて、だから徳を行うをもって本と為すを須とす。六十四卦の講ずる所は皆徳を修め患を防ぐの事なり、ただこの九卦は徳を修むる上に於て講ずる所は最も切要なるのみ、初めて特意に拈出して説きて、もって憂患を防範するに用う。《履》卦の徳の最初の根基たるの所以は、徳を修むるの時に、まず礼節を践行して恭敬に在上位の者に侍奉するを要するに因りて、だから《履》は徳の脚を起る処なり。
謙,德之柄也。復,德之本也。夫動本於靜,語始於默,復者,各反其所始,故為德之本也。 [疏]正義曰:“謙,德之柄也”者,言為德之時,以謙為用,若行德不用謙,則德不施用,是謙為德之柄,猶斧刃以柯柄為用也。“復,德之本”者,言為德之時,先從靜默而來,復是靜默,故為德之根本也。
経文に曰く:《謙》卦は徳の柄把にして、《復》卦は徳の根本なり。韓康伯の注は:動は静をもって本と為し、言語は沈黙をもって始と為し、しかして「復」はすなわち各自にその起点に返る、だから徳の根本なりと解説す。孔穎達の申説す:「謙,徳之柄也」は、徳を修むるの時は謙下をもって運用の方と為すを須とするを説く。徳を行うにもし謙を用いざれば、徳は便ち施展し開く能わず、見れば謙は徳の柄把なり、斧の刃は斧の柄に倚りて初めて力を使い上ぐるを得るがごとし。「復,徳之本」は、徳を修むるは須としてまず静黙の中より来たり、しかして《復》卦の取る所はまさに静にして本に返るの義なれば、だから徳の根柢なりを説く。
恆,德之固也。固,不傾移也。 [疏]正義曰:言為德之時,恆能執守,始終不變,則德之堅固,故為德之固也。 損,德之脩也。益,德之裕也。能益物者,其德寬大也。 [疏]正義曰:“損,德之脩”者,行德之時,恆自降損,則其德自益而增新,故云“損,德之脩”也。謙者,論其退下於人;損者,能自減損於己,故謙、損別言也。“益,德之裕”者,裕,寬大也。能以利益於物,則德更寬大也。
経文に曰く:《恒》卦は徳の穏固なり。韓康伯の注は:「固」はすなわち傾側せず移易せざるなりと解説す。孔穎達の申説す:徳を修むるの時にもし能く常常に執守して始終変えざれば、徳は便ち堅固なれば、だから《恒》は徳の穏固する処なり。経文は続けて曰く:《損》卦は徳の修治にして、《益》卦は徳の寛裕なり。韓康伯の注は:能く外物に利を施与する者は、彼の徳は必定に寛広博大なりと解説す。孔穎達の申説す:「損,徳之脩」は、徳を行うの時は常に自我を貶損して、徳は却って日に増し日に新たなれば、だから徳の修治と称す。《謙》の講ずる所は別人に対して退譲して下に居り、《損》の講ずる所は自己に対して減省克削すれば、それにより謙・損は分開して説く。「益,徳之裕」の「裕」は寛大にして、能く利益をもって万物に施せば、徳は便ち更加に寛広なり。
困,德之辨也。困而益明。 [疏]正義曰:若遭困之時,守操不移,德乃可分辨也。 井,德之地也。所處不移,象居得其所也。 [疏]正義曰:改邑不改井,井是所居之常處,能守處不移,是德之地也。言德亦不移動也。
経文に曰く:《困》卦は徳の辨識なり。韓康伯の注は:人は困境に処るに却って徳行は更加に顕明なりと解説す。孔穎達の申説す:困厄に遭遇するの時に仍お能く節を守りて改めざれば、徳の真偽高下は初めて分辨出来す。経文は続けて曰く:《井》卦は徳の地基なり。韓康伯の注は:処する所の位置は遷移せずして、在るべきの処に安居するを象征すと解説す。孔穎達の申説す:《井》卦辞の講ずる「改邑不改井」は、村邑は遷改すべく、井は却って固定して動かず、井はまさに常住の所なり。能く本位を守住して動揺せざれば、すなわち徳の地基なり、意思は徳もまた同じく挪移すべからざるなり。
巽,德之制也。巽,所以申命明制也。 [疏]正義曰:巽申明號令,以示法制。故能與德為制度也。自此已上,明九卦各與德為用也。 履,和而至。和而不至,從物者也。和而能至,故可履也。 [疏]正義曰:自此己下,明九卦之德也。言履卦與物和諧,而守其能至,故可履踐也。
経文に曰く:《巽》卦は徳の裁制なり。韓康伯の注は:《巽》はもって命令を申布し制度を彰明するに用うと解説す。孔穎達の申説す:《巽》は号令を申明してもって法度を昭示せば、だから能く徳のために制度規範を提供す。以上の一段は、この九卦は各自に徳を成す上に於て何の用处有るを講ずるなり。経文はまた曰く:《履》卦は諧和してまた能くその至る所を守る。韓康伯の注は:ただ諧和して能くその至る所を守る能わざれば、あれはすなわち一味に人に随って俯仰す。諧和してまた能く守定せば、初めて「履」と談ずるを得と解説す。孔穎達の申説す:ここより往下は、九卦は各自の徳性を講ずるなり。《履》卦は外物と相処するは和諧にして、同時に自己の到るべきの分際を守住し得れば、だから能く踏践して践行すべし。
謙,尊而光。復,小而辨於物。微而辨之,不遠復也。 [疏]正義曰:“謙,尊而光”者,以能謙卑,故其德益尊而光明也。“復,小而辨於物”者,言復卦於初細微小之時,即能辨於物之吉凶,不遠速復也。 恆,雜而不厭。雜而不厭,是以能恆。 [疏]正義曰:言恆卦雖與物雜碎並居,而常執守其操,不被物之不正也。
経文に曰く:《謙》卦は愈愈謙下して愈愈尊顕光大し、《復》卦は事機細微の時に於て便ち能く物情を辨明す。韓康伯の注は:苗頭細微の処に於て便ち辨別出来せば、だから《復》初九は初めて「不遠復」——歩みて遠からずして便ち返回せりと説くと解説す。孔穎達の申説す:「謙,尊而光」は、能く謙卑に自処するに因りて、徳は却って更加に尊貴光明なり。「復,小而辨於物」は、《復》卦は事情がまさに萌芽し尚お很に細微なるの時に於て、便ち能く事物の吉凶を辨清して、それにより能く及早に迅速に回頭するを説く。経文はまた曰く:《恒》卦は雑乱に身処して厭倦を生ぜず。韓康伯の注は:雑に処りて厭わざれば、だから能く持久すと解説す。孔穎達の申説す:《恒》卦は瑣碎雑乱の事物と混処するといえども、却って始終に自己の節操を執守して、外物の不正に沾染せられず。
損,先難而後易。刻損以脩身,故先難也。身脩而無患,故後易也。 [疏]正義曰:先自減損,是先難也。後乃無患,是後易也。 益,長裕而不設。有所興為,以益於物,故曰長裕。因物興務,不虛設也。 [疏]正義曰:益是增益於物,能長養寬裕於物,皆因物性自然而長養,不空虛妄設其法而無益也。
経文に曰く:《損》卦はまず難にして然る後に易なり。韓康伯の注は:自己を刻減してもって身を修むれば、だから起初は艱難なり。身すでに修好せば便ち後患なく、だから後來は軽松なりと解説す。孔穎達の申説す:まず自我を減損するは、これは「先難」なり。後來は禍患を免るるは、これは「後易」なり。経文はまた曰く:《益》卦は寛裕を長養して虚設せず。韓康伯の注は:興作する所有りてもって万物を利益せば、だから「長裕」と言う。一切は事物本身の需要に依りて興辦して、憑空の設置を作さずと解説す。孔穎達の申説す:《益》はすなわち物に増益して、能く万物を長養してそれを寛裕ならしめて、しかも皆物性自然に順って長養して、憑空に事に補なきの办法の一套を虚設せず。
因,窮而通。處窮而不屈其道也。 [疏]正義曰:言困卦於困窮之時,而能守節,使道通行而不屈也。 井,居其所而遷。改邑不改井,井所居不移,而能遷其施也。 [疏]正義曰:言井卦居得其所,恆住不移,而能遷其潤澤,施惠於外也。 巽,稱而隱。稱揚命令,而百姓不知其由也。 [疏]正義曰:言巽稱揚號令,而不自彰伐而幽隱也。自此已上,辨九卦性德也。
経文に曰く:《困》卦は窮厄に身処して道は能く通行す——此処の底本は「困」の字は訛って「因」と作る。韓康伯の注は:困窮の境に処して自己の守る所の道を屈折せずと解説す。孔穎達の申説す:《困》卦は人は困窮の時に於て仍お能く節を守りて、正道をして通行せしめて屈撓を受けざるを講ずるなり。経文はまた曰く:《井》卦は本位に安居して能くその功用を推移す。韓康伯の注は:《井》卦辞に「改邑不改井」と曰えり、井の在る所の処は遷移せざるも、その施与は却って能く遠方に推及すと解説す。孔穎達の申説す:《井》卦は恰當の位置に安処して、長く住して動かざるも、却って能く潤沢を推移出去して、外に恵を施す。経文はまた曰く:《巽》卦は号令を称揚して自身は隱没す。韓康伯の注は:号令は称揚推行せられて、百姓は却ってそれの何処より来たるを知らずと解説す。孔穎達の申説す:《巽》卦は号令を称揚するも、却って自ら誇耀せずして、幽隠に居るに甘んず。以上の一段は、この九卦の各自の性情徳操を辨明するなり。
履以和行。謙以制禮。復以自知。求諸已也。 [疏]正義曰:“履以和行”者,自此以下,論九卦各有施用而有利益也。言履者以禮敬事於人,是調和性行也。“謙以制禮”者,性能謙順,可以裁制於禮。“復以自知”者,既能返復求身,則自知得失也。
経文に曰く:《履》はもって行為を調和し、《謙》はもって礼節を裁制し、《復》はもって自ら得失を知るに用う。韓康伯の注は:いわゆる自知は、返って自己の身の上に於て求むるなりと解説す。孔穎達の申説す:「履以和行」——ここより往下は、九卦は各々その施用ありて人に於て有益あるを論ず。《履》は礼を以て恭敬に人を待すれば、これは便ち自己の性情行為を調和す。「謙以制礼」は、性情は能く謙遜柔順なれば、便ちそれに拠りて礼節を裁定する可きを説く。「復以自知」は、すでに能く返り来たりて自身の上に於て省察すれば、自然に自己の得失を明白するを説く。
恆以一德。以一為德也。 [疏]正義曰:恆能終始不移,是純一其德也。 損以遠害。止於脩身,故可以遠害而已。 [疏]正義曰:自降損脩身,無物害已,故遠害也。 益以興利。困以寡怨。困而不濫,無怨於物。 [疏]正義曰:“益以興利”者,既能益物,物亦益己,故興利也。“困以寡怨”者,遇困,守節不移,不怨天,不尤人,是無怨於物,故寡怨也。
経文に曰く:《恒》はもってその徳を専一するに用う。韓康伯の注は:専一をもって徳と為すと解説す。孔穎達の申説す:《恒》は能く始終改めず、これはすなわち徳を純一に守るなり。経文に曰く:《損》はもって禍害を遠離するに用う。韓康伯の注は:ただ身を修むる上に於て功を用ゐれば、だから能く禍害を遠離するのみと解説す。孔穎達の申説す:自我を減損してもって身を修めれば、外物は便ち己に於て害を加うるの由なく、だから能く害を遠ざく。経文に曰く:《益》はもって利益を興起し、《困》はもって怨尤を減少するに用う。韓康伯の注は:困厄に身処して放縦越軌せざれば、外物に於て怨恨する所なしと解説す。孔穎達の申説す:「益以興利」は、自己すでに能く物に益を施せば、物もまた返りて回りて自己に益すれば、だから能く利益を興起すを説く。「困以寡怨」は、困厄に遭逢して仍お節を守りて移らずして、天を埋怨せず別人を責怪せずして、外物に於て怨恨する所なければ、だから怨尤は便ち少なきを説く。
井以辯義。施而無私,義之方也。 [疏]正義曰:井能施而無私,則是義之方所,故辨明於義也。 巽以行權。權反經而合道,必合乎巽順,而後可以行權也。 [疏]正義曰:巽順以。既能順時合宜,故可以權行也。若不順時制變,不可以行權也。
経文に曰く:《井》はもって道義を辨明するに用う。韓康伯の注は:施与して私心を存せざるは、まさに義の在る所なりと解説す。孔穎達の申説す:井水は衆人に施与して偏私する所なし、これがすなわち「義」の処所なれば、だから《井》は能く人をして道義を辨明せしむ。経文に曰く:《巽》はもって権変を通行するに用う。韓康伯の注は:いわゆる「権」は、常法に違反して暗に道に合合す。必ず《巽》の柔順に合して、然る後に初めて能く権を行うべしと解説す。孔穎達の申説す:《巽》は柔順を主とす——此句の底本の文字は脱誤あり。すでに能く時勢に随順して事宜に合せば、便ち能く権変を施行すべし。もし能く時勢に順応して変通の法を制定する能わざれば、便ち能く権を行うべからず。
繋辞下・第七章
[疏]正義曰:“《易》之為書”至“思過半矣”,此第七章。明《易》書體用也。 《易》之為書也不可遠,擬議而動,不可遠也。 [疏]正義曰:“不可遠”者,言《易》書之體,皆仿法陰陽,擬議而動,不可遠離陰陽物象而妄為也。
孔穎達はまず章段を標出す:「《易》之為書」より「思過半矣」に至るは《繋辞下》の第七章にして、《周易》のこの部の書の体制と功用を講ず。以下は経文なり:《周易》のこの部の書は遠離すべからざるなり。韓康伯の注は:凡そ事は皆比擬商度して然る後に行動せば、だからそれを離開する能わずと解説す。孔穎達の申説す:「不可遠」は《周易》のこの部の書の体制は処処に陰陽を取法して、人は比擬商度して然る後に行動して、能く陰陽物象を撇開して胡作非為する能わざるを説く。
為道也屢遷,變動不居,周流六虛,六虛,六位也。 [疏]正義曰:“其為道也屢遷”者,屢,數也。言易之為道,皆法象陰陽,數數遷改,若《乾》之初九則“潛龍”,九二則“見龍”,是屢遷也。“變動不居”者,言陰陽六爻,更互變動,不恆居一體也。若一陽生為復,二陽生為臨之屬是也。“周流六虛”者,言陰陽周遍,流動在六位之虛。六位言“虛”者,位本無體,因爻始見,故稱“虛”也。
経文に曰く:それは道と為るは、屡屡に遷変して、変動して停留せず、六個の虚位に於て周遍流行す。韓康伯の注は:「六虚」はすなわち一卦の六個の爻位なりと解説す。孔穎達の申説す:「其為道也屡遷」の「屡」は頻数にして、《易》の道と為るは処処に陰陽を取法して、一再に遷移改換すを説く、例えば《乾》卦初九は「潜龍」にして、九二に到れば便ち「見龍」と成る、これがすなわち屡遷なり。「変動不居」は、陰陽六爻は交互に変動して、能く一種の形態の上に固定せざるを説く、例えば一陽は始まりて《復》卦を生成し、二陽は《臨》卦を生成するの類のごとし。「周流六虚」は、陰陽は周遍に流動して六個の爻位の中に在るを説く。六位の「虚」と称する所以は、爻位は本身は実体なくして、爻画の進入するを等して初めて顕現するに因りて、だから「虚」と言う。
上下無常,剛柔相易,不可為典要。不可立定準也。 [疏]正義曰:“上下無常”者,初居一位,又居二位,是上無常定也。既窮上位之極,又下來居於初,是上下無常定也。若九月剝卦,一陽上極也,十一月,一陽下來歸初也。“剛柔相易,不可為典要”者,言陰陽六爻,兩相交易,或以陰易陽,或以陽易陰,或在初位相易,在二位相易,六位錯綜上下,所易皆不同,是不可為典常要會也。 唯變所適。變動貴於適時,趣舍存乎會也。 [疏]正義曰:言剛柔相易之時,既無定準,唯隨應變之時所之適也。
経文に曰く:爻の上下升降は常規なく、剛柔は互相に更替して、能く固定の綱要を立作るべからず。韓康伯の注は:それに一定の準則を立下する能わずと解説す。孔穎達の申説す:「上下無常」は、同一の爻は此時は第一位に居り、彼時はまた第二位に居りて、上に向いて升るは定処なきを説く。最上の一位に升りて極点に到れば、また降下して初位に回帰して、ここにおいて上下は皆定準なし。例えば九月の《剥》卦は一陽は上升して極処に到りて、十一月の《復》卦に到れば、一陽はまた初位に降回す。「剛柔相易,不可為典要」は、陰陽六爻は両両に交換して、或る時は陰をもって陽に換え、或る時は陽をもって陰に換え、或る時は初位に於て交換し、或る時は二位に於て交換して、六個の爻位は上下錯綜して、毎次の交換の情形は皆一様ならず、だから能く固定の常法綱領を立為るべからずを説く。経文はまた曰く:一切はただ変化の往く所に随うのみ。韓康伯の注は:変動は時宜に合するを貴び、取舍は全く時機の会合を看ると解説す。孔穎達の申説す:剛柔が互換するの時はすでに一定の準則なければ、便ちただ応変の時機に随って走るべきの処に到るの外なし。
其出入以度,外內使知懼,明出入之度,使物之外內之戒也。出入尢行藏,外內尢隱顯。遯以遠時為吉,豐以幽隱致凶,漸以高顯為美,明夷以處昧利貞,此外內之戒也。 [疏]正義曰:“其出入以度”者,出入尢行藏也。言行藏各有其度,不可違失於時,故韓氏云豐以幽隱致凶,明夷以處昧利貞,是出入有度也。“外內使知懼”者,外內尢隱顯,言欲隱顯之人,使知畏懼於易也。若不應隱而隱,不應顯而顯,必有凶咎,使知畏懼凶咎而不為也。
経文に曰く:出と入は皆法度に合して、外に在るも内に在るも論せず皆人をして戒懼する所を知らしむ。韓康伯の注は:《易》は出入の法度を講明して、人をして外に処る内に処る各々有るの警戒を明白せしむ。「出入」は出仕と退蔵に猶如し、「外内」は隠晦と顕達に猶如す。《遯》卦は時局に遠離するをもって吉と為し、《豊》卦は幽隠に過るに因りて凶を招き、《漸》卦は逐步に高顕するをもって美と為し、《明夷》卦は則ち昏暗の世に処りて正を守るに利あり——これらはすなわち外に処る内に処るの戒律なりと解説す。孔穎達の申説す:「其出入以度」の出入は出仕と退蔵に猶如して、出仕と退蔵は各々分寸ありて、能く時機に違背すべからずを説く、だから韓康伯は《豊》の幽隠をもって凶を致すと《明夷》の昏昧に処りて貞を守るに利あるを挙げて例と為して、出入は自ら法度有るを説明す。「外内使知懼」の外内は隠晦と顕達に猶如して、凡そ隠れんと欲し或は顕れんと欲する人は、皆彼をして《易》理に於て畏懼を心存せしむるを須とすを説く:もし隠るべからざるに於て隠れ、顕るべからざるに於て顕れば、必定に凶咎を招来せば、故に人をして凶咎を畏懼して為す能わざらしむ。
又明於憂患與故。故,事故也。 [疏]正義曰:故,事故也。非但使人隱顯知懼,又使人明曉於憂患並與萬事也。 無有師保,如臨父母。安而不忘危,存而不忘亡。終日乾乾,不可以怠也。 [疏]正義曰:言使人畏懼此易,歸行善道,不須有師保教訓,恆常恭敬,如父母臨之,故云“如臨父母也”。
経文に曰く:《易》はまた人をして憂患と事故を明白せしむ。韓康伯の注は:「故」はすなわち事故なりと解説す。孔穎達の申説す:「故」はすなわち事故にして、《易》はただ人をして隠顕の間に於て畏懼する所を知らしむるのみならず、還お人をして憂患および種種の事変に於て皆明明白々ならしむるを説く。経文はまた曰く:身辺に師傅保姆の管教なくするといえども、却って父母の親臨するがごとし。韓康伯の注は:これは安居の時は危難を忘れず、存続の時は覆亡を忘れず、整日に勤勉して息まず、一刻も懈怠するを敢えてせざるなりと解説す。孔穎達の申説す:これは人は《易》理を敬畏して、自然に善道に帰向して、師傅保姆に来たりて教訓するを用いずして、心中に常に恭敬を存して、父母がすなわち面前に在るがごとく、だから「如臨父母」というを講ずるなり。
初率其辭而揆其方,既有典常。能循其辭以度其義,原其初以要其終,則唯變所適,是其常典也。明其變者,存其要也,故曰“苟非其人,道不虛行”。 [疏]正義曰:“初率其辭而揆其方”者,率,循也。揆,度也。方,義也。言人君若能初始依循其《易》之文辭,而揆度其易之義理,則能知易有典常也,故云“既有典常”。易雖千變萬化,不可為典要,然循其辭,度其義,原尋其初,要結其終,皆唯變所適,是其常典也。言惟變是常,既以變為常,其就變之中,剛之與柔相易,仍不常也。故上云“不可為典要”也。
経文に曰く:起初は卦爻辞に循ってその義理を揣度せば、便ち《易》は自ら常法有るを発見す。韓康伯の注は:能く文辞に順ってその意義を測度し、その初始を推原してもってその終結を求得すれば、すなわち「唯変所適」は本身はすなわちその常法なり。変化を懂得する者は、まさにその要領を抓住すれば、だから下文に「仮令あのごときの人ならざれば、道は憑空に施行せず」と曰うと解説す。孔穎達の申説す:「初率其辞而揆其方」の「率」は遵循にして、「揆」は測度にして、「方」は義理にして、人君はもし能く一開始すれば便ち《易》の文辞に依循し《易》の義理を揣度すれば、便ち能く《易》は自ら常法有るを知道せば、だから「既有典常」というを説く。《易》は千変万化して能く固定の綱要を立作る能わざるといえども、しかるに文辞に順い義理を測度して、その開端を推原しその終局を総結せば、一切は皆「唯変所適」の上に帰す——これがすなわちその常法なり。いわゆる変をもって常と為すは、しかもすなわちこの変化の中に在りて、剛と柔は互相に更替して、仍お定則なく、だから上文に初めて「不可為典要」と説けり。
苟非其人,道不虛行。 [疏]正義曰:言若聖人,則能循其文辭,揆其義理,知其典常,是易道得行也;若苟非通聖之人,則不曉達易之道理,則易之道不虛空得行也。言有人則易道行,若無人則易道不行,無人而行,是虛行也。必不如此,故云“道不虛行”也。
経文に曰く:仮令あのごときの人ならざれば、道は憑空に施行せず。孔穎達の申説す:もし是れ聖人なれば、便ち能く文辞に順い義理を揣度し常法を掌握して、《易》道は此に由りて推行を得。仮令通達聖明の人ならざれば、便ち能く《易》の道理を暁悟せず、《易》道もまた便ち憑空に自行せず。合適の人有れば、《易》道は初めて行通るを得。このごときの人なければ、《易》道は便ち行通らず。もし人なくして道は自ら行うと説かば、あれは便ち「虚行」なり——事実は決してこのごとくにあらず、だから「道不虚行」という。
《易》之為書也,原始要終,以為質也。質,體也。卦兼終始之義也。 [疏]正義曰:此以下亦明《易》辭體用,尋其辭,則吉凶可以知也。“原始要終,以為質”者,質,體也。言《易》之為書,原窮其事之初始,乾“初九,潛龍勿用”,是原始也;又要會其事之終末,若“上九亢龍有悔”,是要終也。言《易》以原始要終,以為體質也,此“潛龍”、“亢龍”,是一卦之始終也。諸卦亦然,若大畜初畜而後通,皆是也。亦有一爻之中原始要終也。故《坤》卦之初六“履霜,堅冰至”,履霜,是原始也;“堅冰至”,是要終也。
経文に曰く:《周易》のこの部の書は、事情の開端を推原し事情の結局を総括して、これをもって本体と為す。韓康伯の注は:「質」はすなわち体なり。一卦の中に兼ねて始と終の両頭の意義を含むと解説す。孔穎達の申説す:ここより往下もまた《易》辞の体制と功用を講ず——その文辞を尋繹せば、吉凶は便ち推知すべし。「原始要終,以為質」の「質」は本体にして、《周易》のこの部の書は総じて一事の開端を窮究するを要し、《乾》卦初九の「潜龍勿用」のごときは便ち開端を推原するなり。また一事の結局を総括するを要し、上九の「亢龍有悔」のごときは便ち終局を収束するなりを説く。《易》はすなわち「原始要終」を拿りて自己の体質と当作す。ここの「潜龍」「亢龍」は一卦の始と終にして、その他の各卦もまた一様なり、例えば《大畜》はまず蓄止して然る後に通達するのごときは、皆この類に属す。また一爻の内に於て便ち兼ねて始終を含む者有りて、《坤》卦初六の「履霜,堅冰至」のごときは:「履霜」は開端を推原して、「堅冰至」は結局を総括す。
六爻相雜,唯其時物也。爻各存乎其時。物,事也。 [疏]正義曰:物,事也。一卦之中,六爻交相雜錯,唯各會其時,唯各主其事。若《屯》卦初九“盤桓利居貞”,是居貞之時,有居貞之事。六二,“屯如邅如”,是乘陽屯邅之時,是有屯邅之事也。略舉一爻,餘爻仿此也。
経文に曰く:六爻は互相に錯雑して、各自にその処する所の時と事を体現す。韓康伯の注は:毎一爻は皆その処する所の時に系して、「物」はここに於てはすなわち事なりと解説す。孔穎達の申説す:「物」は「事」と訓す。一卦の中に於て六爻は交錯混雑して、各自に自己の時機に会合して、各自に自己の事を主管す。例えば《屯》卦初九の「盤桓,利居貞」は、これは応に安居して正を守るべきの時にして、便ち安居して正を守るの事あり。六二の「屯如邅如」は、これは陽剛に凌乘し艱難徘徊するの時にして、便ち艱難徘徊の事あり。ここにただ一両爻を略挙して例と為し、その余の各爻は能く類推すべし。
其初難知,其上易知,本末也。初辭擬之,卒成之終。夫事始於微而後至於著。初者,數之始,擬議其端,故難知也。上者,卦之終,事皆成著,故易知也。 [疏]正義曰:“其初難知”者,謂卦之初始,起於微細,始擬議其端緒,事未顯著,故難知也。“其上易知”者,其上謂卦之上爻,事巳終極,成敗巳見,故易知也。上雲其上,則其初宜云下也。初既言初,則上應稱末,互文也。以《易經》爻辭言初言上,故此從《經》文也。
経文に曰く:初爻は知暁し難く、上爻は知暁し易し、これは本と末の分別なり。初爻の辞はただその端倪に比擬し、上爻は則ち終局の完成なり。韓康伯の注は:事情は皆細微より起りて然る後に顕著に趨るなり。初爻は数の起点にして、ただ能くその開端に比擬商度するのみ、だから知り難し。上爻は一卦の終結にして、事情は皆すでに成形顕露せれば、だから知り易しと解説す。孔穎達の申説す:「其初難知」は、一卦の開頭は細微より起りて、才々その頭緒に比擬するのみにして、事情は仍お顕露せざれば、だから知り難しを説く。「其上易知」の「其上」は一卦の上爻を指して、事情はすでに尽頭に到りて成敗は皆すでに呈現せれば、だから知り易し。すでに上面に「上」の字を用ゐれば、下面は理に按じて応に「下」の字を用ゐるべきにして初めて対す。すでにここに「初」の字を用ゐれば、それと相対して本応に「末」と称すべし——これは交錯して文を為すの写法なり。《易経》の爻辞は歴來「初」を称し「上」を称するに因りて、だからここに便ち《経》文の叫法に依従す。
“本末也”者,其初難知是本也,其上易知,是末也。以事本,故難知;以事末,故易知,故云“本末也”。“初辭擬之”者,覆釋“其初難知”也。以初時以辭擬議其始,故難知也。“卒成之終”者,覆釋“其上易知”也。言上是事之卒了,而成就終竟,故易知也。
孔穎達は続けて申説す:いわゆる「本末也」は、「其初難知」の初爻は本を指し、「其上易知」の上爻は末を指す。事情の根本の処に処るに因りて、だから知り難し。事情の末梢の処に処るに因りて、だから知り易し、故に「本末」と称す。「初辞擬之」の一句は、回頭して「其初難知」を解釈す:初爻の時はただ能く文辞を用いて事情の開端に比擬するのみ、だから知り難し。「卒成之終」の一句は、回頭して「其上易知」を解釈す:上爻は事情の収煞にして、すでに到頭まで成就せれば、だから知暁し易し。
若夫雜物撰德,辯是與非,則非其中爻不備。噫亦要存亡吉凶,則居可知矣。知者觀其彖辭,則思過半矣。夫彖者,舉立象之統,論中爻之義,約以存博,簡以兼眾,雜物撰德,而一以貫之。形之所宗者道,眾之所歸者一。其事彌繁,則愈滯乎形;其理彌約,則轉近乎道。彖之為義,存乎一也。一之為用,同乎道矣。形而上者,可以觀道,過半之益,不亦宜乎。
経文に曰く:諸物を溷合し衆徳を撰述し、是と非を辨別するに至りては、則ち中間の幾爻に非ざれば能く斉備する能わず。噫、存亡吉凶を判定せんとすれば、安坐するもまた便ち知る可きなり。明智の者は彖辞を看れば、思う所の得は便ち一半を過越す。韓康伯の注は:彖辞は立象の総綱を挙出して、中爻の義理を論説して、簡約をもって広博を包容し、簡省をもって衆多を兼摂して、雑陳の物象・撰述の徳性を一個の道理を用いて貫串す。有形の物の宗奉する所は「道」にして、衆多の物の帰趨する所は「一」なり。事象は愈愈繁多なれば、便ち愈愈形迹に滞碍し。義理は愈愈簡約なれば、便ち愈愈道に接近す。彖辞の意義は、便ちこの「一」に在りて、しかして「一」の功用は、まさに「道」と相同なり。能く形而上の処に着眼せば、便ち能く道体を窺見して、「思過半」の益を收到す、もまた理の当然にあらざらんやと解説す。
[疏]“若夫”至“過半矣”。正義曰:“若夫雜物撰德,辨是與非,則非其中爻不備”者,言雜聚天下之物,撰數眾人之德,辨定是之與非,則非其中之一爻,不能備具也。謂一卦之內,而有六爻,各主其物,各數其德,欲辨定此六爻之是非,則總歸於中爻,言中爻統攝一卦之義多也。若非中爻,則各守一爻,不能盡統卦義,以中爻居一無偏,故能統卦義也。
孔穎達の疏は「若夫」より「過半矣」に至るのこの一段を解して曰く:「若夫雑物撰徳,辨是与非,則非其中爻不備」は、意は天下の万物を擾聚して、衆人の徳性を一一に撰列出来して、その中の是と非を判定せんと欲せば、非ずと雖も居中のあの一爻に倚るを得ざれば、然らざれば便ち斉備せず。一卦の内に共に六爻有りて、毎爻は各々一物を主り各々一徳を計りて、この六爻の是非を判定せんと欲せば、最終に皆中爻の上に帰す、中爻は一卦の意義を統摂するは最も多きに因りて。もし中爻ならざれば、便ちただ能く自己のあの一爻を守住するのみにして、能く全卦の義を統摂する法なし。中爻は中に居りて一を守りて、何れの一辺にも偏向せず、だから能く一卦の義を総摂す。
尤《乾》之九二“見龍在田,利見大人”,九五“飛龍在天,利見大人”,是總攝乾卦之義也。乾是陽長,是行利見大人之時。二之與五,統攝乾德。又《坤》之六二云“直方大”,攝坤卦地道之義。六五“黃裳元吉”,亦統攝“坤”之臣道之義也。“噫亦要存亡吉凶,則居可知矣”者,噫者,發聲之辭。卦爻雖眾,意義必在其中爻,噫乎發嘆,要定或此卦存之與亡,吉之與凶,但觀其中爻,則居然可知矣。謂平居自知,不須營為也。“知者觀其彖辭,則思過半矣”者,彖辭,謂文王卦下之辭。言聰明知達之士,觀此卦下彖辭,則能思慮有益以過半矣。
孔穎達は続けて例を挙ぐ:例えば《乾》卦九二の「見龍在田,利見大人」・九五の「飛龍在天,利見大人」のごときは、便ち《乾》卦の全卦の義を総摂せり。《乾》の講ずる陽気の生長は、まさに「利見大人」に宜しきの時にして、しかして九二と九五のこの両個の中爻は便ち乾徳を統摂せり。又《坤》卦六二の「直方大」と曰えるがごときは、《坤》卦の地道の義を統摂せり。六五の「黄裳元吉」は、もまた《坤》卦の人臣の道の意義を統摂せり。「噫亦要存亡吉凶,則居可知矣」に至りては、「噫」は語を発するの歎詞なり。卦爻は多きといえども、意義は必定に中爻の上に落着す。一声の慨歎の間に、此の一卦は存なりや亡なりや吉なりや凶なりやを判定せんと欲せば、ただその中爻を看るを須として、安坐して自然に明白す。いわゆる「居可知」は、すなわち平居無事の時に於て便ちすでに心中に数有るを説きて、力を費して営求するを必とせず。「知者観其彖辞,則思過半矣」に至りては、「彖辞」は文王が卦の下に系したるの辞を指す。聡明通達の士は卦の下の彖辞を看れば、思慮の上に於て得る所の助益は便ち一半を超過するを説く。
○注“夫彖者”至“近乎道”。○正義曰:“夫彖者,舉立象之統”者,謂文王卦下彖辭,舉明立此卦象之綱統也。云:“論中爻之義”者,言彖辭論量此卦中爻義意也。“舉立象之統”者,若《屯》卦彖云“利貞”,夫子釋云:“動於險中,大亨”。貞者,是舉立象之統也。論“中爻之義”者,若《蒙》卦云“蒙,亨”、“初筮告”,注云:“能為初筮,其唯二乎?”是《彖》云“初筮”,其在九二,是論中爻之義也。
孔穎達は転じて韓康伯の「夫彖者」より「近乎道」に至るのこの一段の注文を疏して曰く:「夫彖者,挙立象之統」は、文王が卦の下に系したる彖辞は此卦の象を設立するの綱領を挙出して点明すを指す。いわゆる「論中爻之義」は、彖辞は此の一卦の中爻の意旨を衡量論説するに在るを説く。まず「挙立象之統」を説く:例えば《屯》卦彖辞の講ずる「利貞」は、孔子は《彖伝》の裏に於て「動乎険中,大亨貞」と解釈す、これがすなわち立象の総綱を挙出するなり。再び「論中爻之義」を説く:例えば《蒙》卦辞の講ずる「蒙,亨」「初筮告」は、王弼の注に「能く初筮の責を担当するは、大概ただ九二のみか」——《彖》の説く所の「初筮」は九二のこの一個の中爻の上に落着す、これがすなわち中爻の義を論ずるなり。
云“約以存博,簡以兼眾”者,唯舉中爻,是約是簡;存備六爻之義,是存博兼眾也。云“雜物撰德,而一以貫之”者,一卦六爻,雜聚諸物,撰數諸德,而用一道以貫穿之,一謂中爻也。以其居中,於上於下,無有偏二,故稱一也。“其事彌繁,則愈滯乎無形”者,愈,益也。滯,謂陷滯也。若事務彌更繁多,則轉益滯陷於形體,言處處妨礙也。云“其理彌約,則轉近乎道”者,若理能簡約則轉,轉附近於道,道以約少,無為之稱,故少則近於道也。
孔穎達は続けて韓注を疏して曰く:「約以存博,簡以兼衆」と説くは、ただ中爻を挙ぐるを指して、これがすなわち「約」にして「簡」なり。しかして六爻の意義は皆これに藉りて保全せらるるは、これがすなわち「存博」「兼衆」なり。「雑物撰徳,而一以貫之」と説くは、一卦の六爻は雑聚して各種の物象を撰列して各種の徳性を、却って一個の道理を用いてそれらを貫串して、この「一」の指す所はすなわち中爻なり。それは中に居りて偏せずして、上に対し下に対しても皆何れの一方にも偏向せざるに因りて、だから「一」と称作す。「其事弥繁,則愈滞乎形」の一句を解するに、「愈」は更加にして、「滞」は陥溺阻滞なり:事務は愈愈繁多なれば、便ち愈々形体の中に陥溺して、処処に妨碍を生出す。「其理弥約,則轉近乎道」の一句を解するに:道理もし能く簡約に趨れば、便ち輾転して道に靠近す。「道」は本は簡少无為をもって名を得れば、だから愈愈簡少なれば便ち愈愈道に接近す。
繋辞下・第八章
[疏]正義曰:“二與四”至“易之道也”,此第八章也。明諸卦二、三、四、五爻之功用,又明三才之道,並明《易》興之時,總贊明易道之大也,各隨文釋之。 二與四同功,同陰功也。而異位,有內外也。其善不同,二多譽,二處中和,故多譽也。四多懼,近也。位逼於君,故多懼也。柔之為道,不利遠者,其要無咎,其用柔中也。四之多懼,以近君也,柔之為道,須援而濟,故有不利遠者。二之能無咎,柔而處中也。
孔穎達はまず章段を標出す:「二与四」より「易之道也」に至るは《繋辞下》の第八章にして、各卦の二・三・四・五のこの四爻の功用を講じ、また三才の道を講じて、併せて《易》の興起するの時代を説明して、総じて《易》道の大を賛明して、下面は逐句に解釈す。以下は経文なり:二爻と四爻は功用は相同にして爻位は不同なり、二者の美善もまた一様ならず:二爻は称誉を得ること多く、四爻は畏懼有ること多し。陰柔の道は依る所に遠離するに利あらずして、しかして二爻の要旨は過なきに在りて、それは柔を用いて中に居るに因りて。韓康伯は逐句に注解して曰く:いわゆる「同功」は、同じく陰位の功と為るなり。いわゆる「異位」は、内卦外卦の別有るなり。二爻は中正諧和の位に処れば、だから称誉多し。四爻は君位に靠近して、位置は人君に逼近せば、だから畏懼多し。四爻の畏懼多きの所以は、まさにそれは君に近きに因りて。陰柔の道は依傍援引する所有るを須として初めて事を済す能く、だから遠離するに利ならずと説く。二爻の過なきを得るの能する所以は、それはすでに柔順にしてまた中位に居るに因りて。
[疏]正義曰:“柔之為道,不利遠”者,此覆釋上“四多懼”之意。凡陰柔為道,當須親附於人以得濟。今乃遠其親援,而欲上逼於君,所以多懼。其不宜利於疏遠也。“其要無咎,其用柔中”者,覆釋上“二多譽”也。言二所多譽者,言二所以要會,無罪咎而多譽也。所以然者,以其用柔而居中也。
孔穎達の申説す:「柔之為道,不利遠」のこの一句は、回頭して上文の「四多懼」の意思を解釈す。凡そ陰柔の道に属するは、皆別人に親近依附するを須として初めて事を成す能く。いま四爻は親近援助すべきの対象に遠離して、却って上に向いて君位に逼近せんと欲すれば、だから畏懼多し——見ればそれは依る所に疎遠するに宜からず。「其要无咎,其用柔中」のこの一句は、回頭して上文の「二多誉」を解釈す。いわゆる二爻は称誉を得ること多きは、二爻の要会する処は罪咎なくして称誉を多受するに在るを説く。能くこのごとくする所以は、それは秉性は柔順にしてまた中位に居るに因りて。
三與五同功,同陽功也。而異位,有貴賤也。三多凶,五多功,貴賤之等也。其柔危,其剛勝邪?三、五陽位,柔非其位,處之則危,居以剛健,勝其任也。夫所貴剛者,閒邪存誠,動而不違其節者也。所貴柔者,含弘居中,順而不失其貞者也。若剛以犯物,則非剛之道;柔以卑佞,則非柔之義也。
経文に曰く:三爻と五爻は功用は相同にして爻位は不同なり。三爻は凶険多く、五爻は功業多し、これは貴賤等級の差別なり。柔をもって之に居れば則ち危く、剛をもって之に居れば則ち勝任するか。韓康伯の注は:いわゆる「同功」は、同じく陽位の功と為るなり。いわゆる「異位」は、尊貴と卑賤の分有るなり。三・五は皆陽位にして、陰柔はそれの処るべきの位置にあらずして、処り上げば便ち危険なり。剛健の徳を用いて居れば、初めてこの份の責任を担当し得るなり。「剛」に貴ぶ所は、邪念を防閑し誠実を存養して、行動して節度に違背せざるなり。「柔」に貴ぶ所は、含容寛厚して中に居りて偏らず、柔順にしてその貞正を失わざるなり。仮令剛を恃みて別人を侵犯せば、あれは便ち剛の正道にあらず。柔に靠りて卑屈諂媚すれば、あれもまた柔の本義にあらずと解説す。
[疏]正義曰:“貴賤之等,其柔危,其剛勝邪”者,此釋“三與五同功”之義,五為貴,三為賤,是貴賤之等也。此並陽位,若陰柔處之則傾危,陽剛處之則克勝其任,故云“其柔危,其剛勝”也。諸本“三多凶五多功”之下,皆有注,今定本無也。三居下卦之極,故多凶。五居中處尊,故多功也。
孔穎達の申説す:「貴賤之等,其柔危,其剛勝邪」のこれらの幾句は、「三与五同功」の道理を解釈す:五は貴と為し、三は賤と為す、これがすなわち貴賤の等級なり。三と五は皆陽位にして、もし陰柔に由りて占居せば便ち傾危し、陽剛に由りて占居せば便ち能く勝任せば、だから「其柔危,其剛勝」という。彼はまた版本の上の異同を指出す:各家の伝本は「三多凶,五多功」の下に於て皆一段の注文有りて、いま据る所の定本は却って之なし。道理に就きて言えば、三爻は下卦の頂端に処れば、だから凶険多し。五爻は中に居りて位は尊ければ、だから功業多し。
《易》之為書也,廣大悉備,有天道焉,有人道焉,有地道焉,兼三材而兩之,故六。六者非它也,三材之道也。《說卦》備矣。 [疏]正義曰:“《易》之為書”至“吉凶生焉”。此節明三材之義,六爻相雜之理也。“六者非他,三材之道也”者,言六爻所效法者,非更別有他義,唯三材之道也。
経文に曰く:《周易》のこの部の書は広大にして備わらざるなく、その中に天道あり、人道あり、地道あり。天地人三才を兼取して各々両爻をもって相配せば、だから六爻と成る。六爻は別のならず、すなわち三才の道なり。韓康伯の注は:この一層の意思は《説卦》の裏に於て講ずること很に完備せりと解説す。孔穎達の申説す:「《易》之為書」より「吉凶生焉」に至るのこの一節は、三才の意義と六爻の交錯の道理を闡明す。いわゆる「六者非他,三材之道也」は、六爻の效法する所は併せて別の名目なくして、ただ天地人の三才の道のみなるを説く。
道有變動,故曰爻,爻有等,故曰物。等,類也。乾,陽物也。坤,陰物也。爻有陰陽之類,而後有剛柔之用,故曰“爻有等,故曰物”。 [疏]正義曰:“道有變動,故曰爻”者,言三材之道,既有變化而移動,故重畫以象之,而曰爻也。“爻有等,故曰物”者,物,類也。言爻有陰陽貴賤等級,以象萬物之類,故謂之物也。
経文に曰く:道は変化移動有れば、だから之を爻と言う。爻は等次有れば、だから之を物と言う。韓康伯の注は:「等」はすなわち類別なり。《乾》は陽性の物にして、《坤》は陰性の物なり。爻はまず陰陽の類別有りて、然る後に初めて剛柔の功用有れば、だから「爻有等,故曰物」というと解説す。孔穎達の申説す:「道有変動,故曰爻」は、天地人三才の道はすでに変化移易有れば、便ち重叠して線を画してもってそれを象征して、それにより「爻」と称するを説く。「爻有等,故曰物」の「物」は類にして、爻は陰陽・貴賤の等級有りて、もって万物の種類を象征するに用うれば、だから之を「物」と称するを説く。
物相雜,故曰文。剛柔交錯,玄黃錯雜。 [疏]正義曰:言萬物遞相錯雜,若玄黃相間,故謂之文也。 文不當,故吉凶生焉。 [疏]正義曰:若相與聚居,間雜成文,不相妨害,則吉凶不生也。由文之不當,相與聚居,不當於理,故吉凶生也。
経文に曰く:物類は互相に錯雑せば、だから之を文と言う。韓康伯の注は:剛爻柔爻は交互に錯落して、黒色と黄色の相間雑するがごとしと解説す。孔穎達の申説す:これは万物は層層に錯雑して、玄色と黄色の相間するがごとく、それにより之を「文」と称するを講ず。経文はまた曰く:文は位に当たらざれば、だから吉凶は便ち産生す。孔穎達の申説す:もし彼此に聚処して、錯雑して文を成して互いに妨害せざれば、吉凶は便ち産生せず。まさに成す所の文は恰當ならずして、一処に聚処して事理に合せざるに因りて、だから吉凶は初めて此に由りて生ず。
《易》之興也,其當殷之末世、周之盛德邪?當文王與紂之事邪?文王以盛德蒙難而能亨其道,故稱文王之德,以明易之道也。是故其辭危。文王與紂之事,危其辭也。 [疏]正義曰:“《易》之興也”至“易之道也”。此一節明《易》之興起在紂之末世,故其辭者,憂其傾危也。以當紂世憂畏滅亡,故作《易》辭,多述憂危之事,亦以垂法於後,使保身危懼,避其患難也。周氏云:“謂當紂時,不敢指斥紂惡,故其辭微危而不正也。”今案康伯之注云:“文王與紂之事,危其辭也”。則似周釋為得也。案下覆云:“危者使平”,則似危謂憂危,是非既未可明,所以兩存其釋也。
経文に曰く:《周易》の興起は、大概まさに殷商の末世・周家の徳業は方に盛んなるの時に当たるか。大概まさに文王と紂王のあの段の事情の時に当たるか。韓康伯の注は:文王は盛徳をもって身は患難に遭うも、却って能く自己の道を通行せしめれば、だから文王の徳を挙げて《易》道を闡明す。経文は続けて曰く:それゆえ《易》の言辞は危惧を充満す。韓康伯の注は:文王と紂王の間の処境に身処するに因りて、初めて話をこのごとくに危惧に説くと解説す。孔穎達の申説す:「《易》之興也」より「易之道也」に至るのこの一節は、《易》の興起は紂王の末世に在るを講じて、だからその文辞は憂懼傾危なり。紂王の世に身処して、滅亡を憂懼するに因りて、作る所の《易》辞は多く憂危の事を講じて、同時にまた法則を垂示して後人に与えて、人をして身を保ち戒懼して患難を避けしむ。彼はまた両説を比較す:周弘正は「まさに紂王の時に当たりて敢えて直ちに紂王の悪を斥せず、だから言辞は隠微危曲にして直截せず」と認め。いま按ずるに韓康伯の注は「文王与紂之事,危其辞也」と説けば、周氏の解釈は更に貼切なるがごとし。ただし下文を看ればまた「危者使平」と曰えば、則ち「危」はまた似て憂危戒懼を指す。両説は孰れが是か孰れが非かは一時に判定し難ければ、だから両方にその解を存す。
危者使平,易者使傾。易,慢易也。 [疏]正義曰:“危者使平”者,既有傾厄,以蒙大難,文王有天下,是危者使平也。“易者使傾”者,若其慢易,不循易道者,則使之傾覆,若紂為凶惡,以至誅滅也。
経文に曰く:心に危惧を存する人は、《易》は彼をして平安に帰せしむ。軽慢怠忽の人は、《易》は彼をして傾覆せしむ。韓康伯の注は:ここの「易」は軽慢の「易」と読みて、怠慢を指すと解説す。孔穎達の申説す:「危者使平」は、文王は傾危困厄に身処し大難を蒙受して、終に天下を擁有するに至れるを説く、これがすなわち危惧する者は転じて平安と為るなり。「易者使傾」は、もし軽慢怠忽にして《易》道を遵循せざれば、便ち傾覆を招致す、紂王のあのごとく窮凶極悪にして、終に誅滅せらるるに至れるがごとし。
其道甚大,百物不廢。懼以終始,其要無咎。此之謂易之道也。夫文不當而吉凶生,則保其存者亡,不忘亡者存,有其治者亂,不忘危者安,懼以終始,歸於無咎,安危之所由,爻象之本體也。 [疏]正義曰:“其道甚大,百物不廢”者,言易道功用甚大,百種之物,賴之不有休廢也。“懼以終始”者,言恆能憂懼於終始,能於始思終,於終思始也。“其要無咎”者,若能始終皆懼,要會歸於無咎也。“此之謂易之道”者,言易之為道,若能終始之懼,則無凶咎,此謂易之所用之道,其大體如此也。
経文に曰く:《易》道は極めて広大にして、各類の事物は皆それに倚りて廃棄を致らず。自始至終に常に戒懼を懐きて、その要旨は過なきに在り——これを便ち《易》の道と言う。韓康伯の注は:すでに「文不当」なれば便ち吉凶を生出せば、すなわち自ら以て能く現状を保住すと為すは却って滅亡して、覆亡の虞を忘れざるは却って長存す。自ら以てすでに治平せりと為すは却って乱を生じ、危難を忘れざるは却って安穏す。頭より尾に至るまで常に戒懼を懐きて、最終に過なきに帰す——安と危の由來は、まさに爻象の根本の在る所なりと解説す。孔穎達の申説す:「其道甚大,百物不廃」は、《易》道の功用は極大にして、各種の事物は皆それに仰頼して荒廃に至らざるを説く。「懼以終始」は、始終に常に憂懼を懐きて、開頭の時に於て結局を想到し、結局の時にまた開頭を回想すを説く。「其要无咎」は、もし能く自始至終に皆戒懼せば、要帰は便ち過なきの上に帰すを説く。「此之謂易之道」は、《易》の道と為るは、ただ能く始終に戒懼せば、便ち凶険災禍なし。これがすなわち《易》の施用する所の道の大体なりを説く。
繋辞下・第九章
[疏]正義曰:“夫乾天下”至“其辭屈”,此第九章。自此巳下終篇末,總明易道之美,兼明易道愛惡相攻,情偽相感,吉凶悔吝由此而生,人情不等,制辭各異也。 夫乾,天下之至健也,德行恆易以知險。夫坤,天下之至順也,德行恆簡以知阻。能說諸心,能研諸侯之慮,諸侯,物主有為者也。能說萬物之心,能精為者之務。
孔穎達はまず章段を標出す:「夫乾天下」より「其辞屈」に至るは《繋辞下》の第九章にして、此より以下は篇末に至るまで、総じて《易》道の美を闡明して、併せて《易》道の中の愛と悪は互相に攻撃し真情と虚偽は互相に感应して、吉凶悔吝は此に由りて生じ、しかして人情は各々相同ならずして、系する所の文辞もまた各々分別有るを説明す。以下は経文なり:《乾》は天下の最も剛健なるにして、その徳行は恒常に平易にして、それにより能く険を識る。《坤》は天下の最も柔順なるにして、その徳行は恒常に簡約にして、それにより能く阻を識る。それは能く人心を喜悅せしめ、能く諸侯の思慮を精研す。韓康伯の注は:「諸侯」は万物を主管して作為する人有るを指す。《易》は能く万物の心を喜悅せしめ、能く有為者の事務を精妙ならしむと解説す。
[疏]正義曰:“德行恆易以知險”者,謂乾之德行,恆易略,不有艱難,以此之故,能知險之所興。若不有易略,則為險也,故行易以知險也。“德行恆簡以知阻”者,言坤之德行,恆為簡靜,不有煩亂,以此之故,知阻之所興也。若不簡則為阻難,故行簡靜,以知阻也。大難曰險,乾以剛健,故知其大難;小難曰阻,坤以柔順,故知其小難。知大難曰險者,案《坎》卦《彖》云:“天險不可升,地險山川丘陵”。言險不云阻,故知險為大難,險既為大,明阻為小也。
孔穎達の申説す:「徳行恒易以知険」は、《乾》の徳行は恒常に平易簡省にして、艱難を生ぜず、まさに此に因りて初めて険難は何処より来たるを知るなり。仮令平易簡省ならざれば、本身は便ち険と成れば、だから平易の道を行いて初めて能く険を識るを須とすを説く。「徳行恒簡以知阻」は、《坤》の徳行は恒常に簡約宁静にして、煩乱を生ぜず、まさに此に因りて初めて阻碍は何処より起るを知るなり。仮令簡約ならざれば、本身は便ち阻難と成れば、だから簡静の道を行いて初めて能く阻を識るを須とすを説く。彼はまた「険」「阻」の軽重を分辨す:大なる難を「険」と言う、《乾》は剛健を以てすれば、だからその大難を知る。小なる難を「阻」と言う、《坤》は柔順を以てすれば、だからその小難を知る。大難を断じて険と言う所以は、《坎》卦《彖伝》に「天険不可升也,地険山川丘陵也」と説くに因りて、ただ「険」を説きて「阻」を説かざれば、見れば「険」は大難なり。「険」はすでに大なれば、「阻」は自然にすなわち小なり。
“能說諸心”者,萬物之心,皆患險阻。今以阻險逆告於人,則萬物之心,無不喜說,故曰“能說諸心”也。“能研諸侯之慮”者,研,精也。諸侯既有為於萬物,育養萬物,使令得所,易既能說諸物之心,則能精妙諸侯之慮。謂諸侯以此易之道,思慮諸物,轉益精粹,故云“研諸侯之慮”也。
孔穎達は続けて申説す:「能説諸心」は、万物の心は皆険阻を害怕すを説く。いま《易》は険阻を世人に予め告知すれば、万物の心は歓喜悦服せざるなく、だから「能説諸心」と言う。「能研諸侯之慮」の「研」は精細にして、諸侯は万物に於て作為有りて、万物を養育して各々その所を得しむるを説く。《易》はすでに能く万物の心を喜悅せしめば、もまた能く諸侯の思慮を精妙ならしむ。意思は諸侯は《易》道に依拠して各類の事物を思量して、思慮は愈々精純なれば、だから「研諸侯之慮」という。
定天下之吉凶,成天下之亹亹者。是故變化云為,吉事有祥。象事知器,占事知來。“夫變化云為”者,行其吉事,則獲嘉祥之應;觀其象事,則知制器之方;玩其占事,則睹方來之驗也。
経文に曰く:《易》は能く天下の吉凶を判定して、天下の勤勉不倦の事業を成就す。それゆえ万物の変化・人の言語作為の中に於て、吉事は自ら祥兆有り。物象の事を観察すれば便ち器を制するの法を知り、占筮の事を玩味すれば便ち予め未来を知る可し。韓康伯の注は:いわゆる「変化云為」は、吉善の事を做せば便ち嘉美祥瑞の感应を獲得して、取象の事を観察すれば便ち器物を制作するの門径を懂得し、占筮の事を玩味すれば便ち将來の応験を看見するを指すと解説す。
[疏]正義曰:“定天下之吉凶”者,言易道備載諸物得失,依之則吉,逆之則凶,是易能定天下之吉凶也。“成天下之亹亹”者,亹亹,勉也。天下有所營為,皆勉勉不息。若依此易道,則所為得成,故云“成天下之亹亹”也。“是故變化云為”者,易既備含諸事以是之故,物之或以漸變改,或頓從化易,或口之所云,或身之所為也。“吉事有祥”者,若行吉事則有嘉祥之應也。“象事知器”者,觀其所象之事,則知作器物之方也。“占事知來”者,言卜占之事,則知未來之驗也。言易之為道,有此諸德也。
孔穎達の申説す:「定天下之吉凶」は、《易》道は完備に万事万物の得失を載録して、それに依順すれば便ち吉にして、それに違背すれば便ち凶なれば、だから《易》は能く天下の吉凶を判定すを説く。「成天下之亹亹」の「亹亹」は勤勉不倦にして、天下の人は凡そ経営する所有れば、勤勉して息まざるなし。もし《易》道に依って做さば、為す所は便ち能く成功せば、だから「成天下之亹亹」という。「是故変化云為」は、《易》はすでに完備に万事を包含せれば、それにより事物は或は漸漸に変改し、或は頓然に転化し、或は口中の言う所に見え、或は身上の行う所に見るを説く。「吉事有祥」は、吉善の事を行えば便ち嘉美祥瑞の感应有るを説く。「象事知器」は、取象する所の事を観察すれば、便ち器物を制作するの方法を懂得すを説く。「占事知来」は、卜占の事を通過して、便ち能く未来の応験を知道すを説く。これは皆《易》の道と為るはこの許多の徳能を具備するを講ずるに在り。
天地設位,聖人成能。聖人乘天地之正,萬物各成其能。 [疏]正義曰:“天地設位”者,言聖人乘天地之正,設貴賤之位也。“聖人成能”者,聖人因天地所生之性,各成其能,令皆得所也。
経文に曰く:天地は位次を設立して、聖人は万物の功能を成就す。韓康伯の注は:聖人は天地の正道に順乘して、万物をして各自にその才能を成就せしむと解説す。孔穎達の申説す:「天地設位」は、聖人は天地の正道に順乘して、それにより尊卑貴賤の位次を設立起すを説く。「聖人成能」は、聖人は天地の万物に賦与する所の本性に依循して、それらをして各自にその才能を成就せしめて、一一に各々その所を得しむるを説く。
人謀鬼謀,百姓與能。人謀,況議於眾以定失得也;鬼謀,況寄卜筮以考吉凶也。不役思慮,而失得自明;不勞探討,而吉凶自著。類萬物之情,通幽深之故,故百姓與能,樂推而不厭也。 [疏]正義曰:謂聖人慾舉事之時,先與人眾謀圖以定得失,又卜筮於鬼神以考其吉凶,是與鬼為謀也。聖人既先與人謀鬼神謀,不煩思慮與探討,自然能類萬物之情,能通幽深之理,是其能也,則天下百姓,親與能人,樂推為王也。自此巳上,論易道之大,聖人法之而行。
経文に曰く:人と商議し、鬼神と商議して、百姓もまたこの份の才能に参与す。韓康伯の注は:「人謀」は衆人と商議してもって得失を判定するに比況し、「鬼謀」は卜筮に託してもって吉凶を考察するに比況す。心思を労役するを必とせずして、得失は自然に分明なり。探究に力を費すを必とせずして、吉凶は自然に顕著なり。それは能く万物の情を比類して幽深の故に通達せば、だから百姓はこのごときの才能有るの人に親附するを楽しみて、推戴するを楽しみて厭棄せずと解説す。孔穎達の申説す:これは聖人はまさに事を挙げんとするの時に、まず衆人と謀劃してもって得失を判定し、また鬼神に向かって卜筮してもって吉凶を考察するを講じて、これがすなわち「与鬼為謀」なり。聖人はすでにまず人と謀り鬼神と謀れば、便ち思慮探討を煩労するを必とせずして、自然に能く万物の情を比類して幽深の理に通達す、これがすなわち彼の才能なり。ここにおいて天下の百姓はこの位の才能有るの人に親附して、彼を推戴して王と為すを楽しむ。以上の一段は、《易》道の大を論じて、聖人はそれに取法して行事す。
八卦以象告,以象告人。爻彖以情言。辭有險易,而各得其情也。 [疏]正義曰:自此巳下,又明卦爻剛柔變動情偽相感之事也。 剛柔雜居,而吉凶可見矣。變動以利言,變而通之,以盡利也。 [疏]正義曰:“剛柔雜居,而吉凶可見矣”者,剛柔二爻相雜而居,得理則吉,失理則凶,故吉凶可見也。“變動以利言”者,若不變不動,則於物有損有害;今變而動之,使利益於物,是變動以利而言說也。
経文に曰く:八卦は物象を用いて告示し、爻辞と彖辞は情実を用いて説話す。韓康伯の注は:八卦は象を拿りて人に告示するなり。卦爻の辞は険有り易有りて、しかして各自に実情を道出せりと解説す。孔穎達の申説す:ここより往下は、また卦爻の剛柔は変動して真情と虚偽は互相に感应するの事を講ずるなり。経文は続けて曰く:剛爻柔爻は雑処して、吉凶は便ち看見すべし。しかして変動は利益に就きて言うなり。韓康伯の注は:それを変じて通ぜしむるは、利益を極致に発揮せんがためなりと解説す。孔穎達の申説す:「剛柔雑居,而吉凶可見矣」は、剛柔両種の爻は交雑して処りて、事理に合すれば便ち吉にして、事理に合せざれば便ち凶なれば、だから吉凶は易見なりを説く。「変動以利言」は、もし変えず動かざれば、事物に於て損害有りて、いまそれを変じて動かせしめて、事物をして利益を得しむれば、だから変動は「利」に就きて言うなりを説く。
吉凶以情遷。吉凶無定,唯人所動。情順乘理以之吉,情逆違道以蹈凶,故曰“吉凶以情遷”也。 [疏]正義曰:遷,謂遷移。凡得吉者,由情遷移於善也。所得凶者,由情遷於惡也。 是故愛惡相攻而吉凶生,泯然同順,何吉何凶?愛惡相攻,然後逆順者殊,故吉凶生。 [疏]正義曰:若泯然無心,事無得失,何吉凶之有,由有所貪愛,有所憎惡,兩相攻擊,或愛攻於惡,或惡攻於愛,或兩相攻擊,事有得失,故吉凶生也。
経文に曰く:吉凶は人情の遷移に随って変ず。韓康伯の注は:吉凶は本は一定なくして、全く人は何如に行動するを看る:性情は事理に順応せば便ち吉に走向し、性情は正道に違逆せば便ち凶に踏上す、だから「吉凶以情遷」というと解説す。孔穎達の申説す:「遷」は遷移なり。凡そ吉を得るは、情は善の一辺に遷移するに因りて。凡そ凶を得るは、情は悪の一辺に遷移するに因りて。経文は続けて曰く:それゆえ喜愛と憎悪は互相に攻撃して、吉凶は便ち産生す。韓康伯の注は:もし人人は泯然として迹なく、一同に理に順えば、何処にか仍お何の吉か何の凶か有らん。まさに愛と悪は互相に攻撃するに因りて、然る後に初めて逆と順を分出して、吉凶はそれにより生ずと解説す。孔穎達の申説す:仮令泯然として心なければ、事情は得失なく、何れにか吉凶の言う可き有らん。まさに心中に貪愛する所有り憎悪する所有るに由りて、两下に相攻する——或る時は愛をもって悪を攻め、或る時は悪をもって愛を攻め、或る時は彼此に対攻して——事情は便ち得あり失ありて、吉凶は便ち産生す。
遠近相取而悔吝生,相取,尢相資也。遠近之爻,互相資取,而後有悔吝也。 [疏]正義曰:遠謂兩卦上下相應之類,近謂比爻共聚,迭相資取,取之不以理,故悔吝生也。 情偽相感而利害生。情以感物則得利,偽以感物則致害也。 [疏]正義曰:情,謂實情;偽,謂虛偽。虛實相感,若以情實相感則利生,若以虛偽相感則害生也。
経文に曰く:遠爻と近爻は互相に取資して、悔恨と羞吝は便ち産生す。韓康伯の注は:「相取」は互相に憑借するに猶如す。遠近の爻は互相に憑借取用して、然る後に初めて悔吝有りと解説す。孔穎達の申説す:「遠」は上下両卦の間の相応するあの一類の関係を指し、「近」は相隣るの爻は一処に聚るを指す。それらは輪番に互相に取資して、もし之を取るに正理に合せざれば、悔吝は便ち産生す。経文は続けて曰く:真情と虚偽は互相に感应して、利と害は便ち産生す。韓康伯の注は:真情をもって外物を感動せば便ち利を得、虚偽をもって外物を感動せば便ち害を招くと解説す。孔穎達の申説す:「情」は真実の情を指し、「偽」は虚假の偽を指す。虚と実は互相に感应す:もし真情実意をもって相感せば、利は便ち生出す。もし虚情假意をもって相感せば、害は便ち生出す。
凡易之情,近而不相得則凶。近,況比爻也。易之情,剛柔相摩,變動相適者也。近而不相得,必有乖違之患。或有相違而無患者,得其應也;相順而皆凶者,乖於時也。存事以考之,則義可見矣。 [疏]正義曰:近,謂兩爻相近而不相得,以各無外應,則致凶咎;若各有應,雖近不相得,不必皆凶也。
経文に曰く:凡そ《易》の顕示する所の情状は、両爻は相近くも彼此に相投合せざれば、便ち凶有り。韓康伯の注は:「近」は相隣るの爻に比況す。《易》の情状は剛柔は互相に摩蕩し変動して互相に適応す。相近くも相投合せざれば、必ず乖違の禍患有り。もまた相違背するといえども禍患なき者有るも、あれは各自に別の正応有るに因りて。また相順従するといえども皆凶を遭う者有るも、あれは時宜に違背するに因りて。具体の事象を存留して考核を加えれば、道理は便ち看清楚なりと解説す。孔穎達の申説す:「近」は両爻は相隣りて彼此に投合せざるを指す。もしそれらは各自に皆外に於て相応する爻なければ、便ち凶咎を招致す。もし各々正応有れば、すなわち相近くも相得ざるといえども、もまた未だ必ずしも皆凶ならざるなり。
或害之,悔且吝。夫無對於物而後盡全順之道,豈可有欲害之者乎?雖能免濟,必有悔吝也。或,欲害之辭也。 [疏]正義曰:言若能弘通,不偏對於物,盡竭順道,物豈害之?今既有心於物,情意二三,其外物則或欲害之,則有凶禍。假令自能免濟,猶有悔及吝也。故云“或害之,悔且吝”也。
経文に曰く:或は彼に於て加害する人来たれば、則ちすでに悔恨有りてまた羞吝有り。韓康伯の注は:ただ万物に於て対立する所なきのみ、初めて能く柔順の道を十分に尽くし得て、あのごとくなれば何処にか仍お彼を加害せんと想う人有らん。いますでに加害を招来せば、便ち能く身を脱して禍を免るるといえども、も必ず悔吝を留下せば、「或」の字はまさに「彼を加害せんと想う人有り」の口気なりと解説す。孔穎達の申説す:仮令能く弘大通達して、某の一方に対して偏私対立せずして、物に順うの道を到底まで尽くせば、外物は何処にか彼を害しに来たらん。いますでに外物に於て私心を存有して、情意は反復不定なれば、外物は便ち有意に彼を加害する可能ありて、ここにおいて凶禍を招来す。縦令自己は能く身を脱して禍を免るるとも、仍お悔恨と羞吝を免るる能わず、だから「或害之,悔且吝」という。
將叛者其辭慚,中心疑者其辭枝。吉人之辭寡,躁人之辭多。誣善之人其辭游,失其守者其辭屈。 [疏]正義曰:“將叛者其辭慚”者,此巳下說人情不同,其辭各異。將欲違叛巳者,貌雖相親,辭不以實,故其辭慚也。“中心疑者其辭枝”者,枝,謂樹枝也。中心於事疑惑,則其心不定,其辭分散若閒枝也。“吉人之辭寡”者,以其吉善辭直,故辭寡也。“躁人之辭多”者,以其煩躁,故其辭多也。
経文に曰く:まさに背叛せんとする人は、話は慚愧を帯ぶ。心中に疑惑する人は、話は枝蔓散乱す。吉善の人は話は少なく、浮躁の人は話は多し。好人を誣陥する人は、話は浮泛にして根なく。操守を喪失する人は、話は委屈にして伸び難し。孔穎達の申説す:「将叛者其辞慚」——ここより往下は人情は各々相同ならずして、だから言辞もまた各々面貌有るを講ず。まさに自己の事える所の人を背叛せんとすれば、表面上は仍お親近を装作するも、説く所の話は却って実情に合せざれば、だから話の裏に慚愧を透る。「中心疑者其辞枝」の「枝」は樹枝を指して、心裏は事情に於て猶疑不定にして、話は便ち分散零乱して、旁生するの枝条的ごとし。「吉人之辞寡」は、吉善の人は心は正にして辞は直なるに因りて、だから話は少なし。「躁人之辞多」は、心は浮気躁なるに因りて、だから話は多し。
“誣善之人其辭游”者,遊,謂浮游。誣罔善人,其辭虛漫,故言其辭游也。“失其守者其辭屈”者,居不值時,失其所守之志,故其辭屈橈不能申也。凡此辭者,皆論《易經》之中有此六種之辭,謂作《易》之人,述此六人之意,各準望其意而制其辭也。
孔穎達は続けて申説す:「誣善之人其辞游」の「游」は浮游不定にして、好人を誣陥欺罔する人は、話は虚浮散漫に説かるれば、だから彼を「辞游」と説く。「失其守者其辞屈」は、処する所はその時に逢わずして、原本の堅守する所の志節を失掉了せば、それにより言辞は屈曲折撓にして、伸展し開く能わずを説く。以上のこの六種の言辞は、皆《易経》の裏に於てこの六類の辞気を存在するに就きて言うなり:《易》を作る人はこの六種の人の心理を体察して、各々その心意に按じて相応するの爻辞を撰制せり。
説卦巻九・説卦第九
[疏]正義曰:《說卦》者,陳說八卦之德業變化及法象所為也。孔子以伏犧畫八卦,後重為六十四卦,八卦為六十四卦之本。前《繫辭》中略明八卦小成,引而伸之,觸類而長之,天下之能事畢矣。又曰:“八卦成列,象在其中矣。因而重之,爻在其中矣。”又云:“古者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文與地之宜,近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,以類萬物之情。”
孔穎達(こうえいたつ)が《説卦》の総解を述べる。いわゆる《説卦》とは、八卦(はっか)の徳と変化、および物象に倣って成し遂げられる事柄を述べ明らかにするものである。孔子は伏羲(ふっき)がまず八卦を画き、のちにこれを重ねて六十四卦としたと考え、八卦は六十四卦の根本である。前の《繋辞(けいじ)》ですでに「八卦では小成にとどまるが、これを引きこれを伸ばし、類に触れてこれを長じれば、天下の能事はことごとく尽きる」と略説され、また「八卦が列を成せば象(しょう)がその中にあり、したがってこれを重ねれば爻(こう)がその中にある」とも説かれ、また「昔、包犠氏(ほうぎし)が天下を統べていたとき、仰いで天上の物象を観、俯して地上の法則を察し、鳥獣の模様と土地の宜忌を見、近くは自己の身に取り、遠くは万物に取って、ここに初めて八卦を作り、もって神明の徳を会通し、もって万物の情状を比類した」とも説かれている。
然引而伸之,重三成六之意,猶自未明;仰觀俯察,近身遠物之象,亦為未見。故孔子於此,更備說重卦之由,及八卦所為之象,故謂之《說卦》焉。先儒以孔子《十翼》之次,乾坤《文言》在二《繫》之後,《說卦》之前。以《彖》、《象》附上下二《經》為六卷,則上《繫》第七,下《繫》第八,《文言》第九,《說卦》第十。輔嗣之《文言》分咐《乾》、《坤》二卦,故《說卦》為第九。
孔穎達は続けて言う。しかし《繋辞》にいう「引きて之を伸ばす」――三画を重ねて六画とする意味は、なお明らかに説かれていない。また仰観俯察・近くは諸身に取り遠くは諸物に取るという取象(しゅしょう)も、まだ一々に示されてはいない。そこで孔子はここで、重卦の由来と八卦が取る物象とをさらに完備して説くので、《説卦》と称するのである。また篇次についても述べている。前世の学者は孔子の《十翼(じゅうよく)》の次序を定めるにあたり、《乾》《坤》二卦の《文言》を上下二篇の《繋辞》の後、《説卦》の前に置き、さらに《彖伝(たんでん)》《象伝(しょうでん)》を上下二篇の《経》に付け入れて合わせて六巻とした。このため《繋辞上》が第七、《繋辞下》が第八、《文言》が第九、《説卦》が第十となる。ところが王弼(おうひつ、字は輔嗣〈ほし〉)は《文言》をそれぞれ《乾》《坤》二卦の下に分附し、別篇を立てなかったので、《説卦》は第九に並ぶことになった。
[疏]正義曰:“昔者聖人”至“以至於命”,此一節將明聖人引伸因重之意,故先敘聖人本制蓍數卦爻,備明天道人事妙極之理。 昔者聖人之作《易》也,幽贊於神明而生蓍,幽,深也。贊,明也。蓍受命如向,不知所以然而然也。
孔穎達はまず章段を標出する。「昔者(むかし)聖人」から「以至于命」までのこの一節は、聖人が八卦を引き伸ばし、因りて重卦とした意図を明らかにするものなので、まず聖人がもとより蓍数(しすう)と卦爻を制定し、天道人事の精微きわまる理を完備して闡明した次第を述べる。以下は経文である。昔の聖人が《周易》を作ったとき、深く神明の道を賛助して蓍占(しせん)の法を生じた。韓康伯(かんこうはく)の注は言う。「幽」は深と訓じ、「賛」は明と訓ず。蓍草(しそう)は人の問命を受けること回声の答えるがごとく、その所以然を知らずして自然に然るのである。
[疏]“昔者”至“生蓍”。○正義曰:據今而稱上世,謂之昔者也。聰明叡知,謂之聖人。此聖人即伏犧也,不言伏犧而云聖人者,明以聖知而制作也。且下《繫》巳云“包犧氏之王天下也,於是始作八卦”,今言“作《易》”,言是伏犧,非文王等。凡言“作”者,皆本其事之所由,故云“昔者聖人之作《易》也”。聖人作《易》,其作如何以此聖知深明神明之道,而生用蓍求卦之法,故曰“幽贊於神明而生蓍也”。
孔穎達は「昔者」から「生蓍」までのこの一段を疏解する。彼は言う。今日に立って上古を呼びかえせば「昔者」という。聡明叡智の人を「聖人」という。ここでいう聖人とは伏羲である。伏羲と直に言わず「聖人」とするのは、彼が聖明の智慧をもって制作したことを表そうとするからである。しかも《繋辞下》にすでに「包犠氏が天下を王と為し……ここに八卦を作り始めた」とある。今「《易》を作る」と言う以上、伏羲を指すのであって、文王らではないことが分かる。およそ「作」の字を用いるときは、その事の由来に遡って言うのだから、「昔者聖人之作易也」と言うのである。聖人がどのように《易》を作ったかといえば、この聖智をもって神明の道を深く明らかにし、因りて蓍草をもって卦を求める法を生じたのだから、「幽賛於神明而生蓍」と言うのである。
○注“幽深也”至“然也”。○正義曰:幽者,隱而難見,故訓為深也。贊者,佐而助成,而令微者得著,故訓為明也。“蓍受命如向,不知所以然而然”者,釋聖人所以深明神明之道,便能生用蓍之意,以神道與用蓍相協之故也。神之為道,陰陽不測,妙而無方,生成變化,不知所以然而然者也。蓍則受人命令,告人吉凶,應人如向,亦不知所以然,而然與神道為一,故《繫辭》云“蓍之德員而神”,其受命如向,亦《繫辭》文也。
孔穎達は転じて、韓康伯の「幽、深也」から「不知所以然而然也」までの注文を疏解する。彼は言う。「幽」は隠れて見え難いことだから「深」と訓じる。「賛」は輔佐して成し遂げ、幽微なものを顕現させうることだから「明」と訓ずる。「蓍は命を受くること向(こた)ふがごとく、所以然を知らずして然る」とあるのは、聖人がなぜ神明の道を深く明らかにすれば蓍を用いる法を生じうるかを解釈したものである。神道と用蓍とはもとより相い協うからである。神の道は、陰陽変化して測度し難く、玄妙にして定まる所なく、万物を生成し推移変化せしめるが、みなその所以然を知らずして自然に然るのである。蓍草は人の問命を受け、人に吉凶を告げ、人に応えること回声のように迅い。これも同じくその所以然を知らずして自然に然るので、神道と合して一となる。だから《繋辞》に「蓍の徳は円にして神なり」と言う。「其の命を受くるや響(ひびき)の如し」という句も《繋辞》から出ている。
參天兩地而倚數,參,奇也。兩,耦也。七、九陽數,六、八陰數。 [疏]“參天”至“倚數”。○正義曰:倚,立也。既用蓍求卦,其揲蓍所得,取奇數於天,取耦數於地,而立七、八、九、六之數,故曰“參天兩地而倚數也”。
経文は言う。三をもって天に配し、二をもって地に配して、拠って数を立つ。韓康伯の注は言う。「参」は奇数で、「両」は偶数である。七と九は陽数で、六と八は陰数である。孔穎達は「参天」から「倚数(きすう)」までの一段を疏解する。「倚」は樹立し確立することである。すでに蓍草をもって卦を求め、揲蓍(せつし)して得た数目は、天より奇数を取り、地より偶数を取り、拠って七・八・九・六の四つの数を確立する。だから「参天両地而倚数」と言うのである。
○注“七九陽數”。○正義曰:先儒馬融、王肅等解此,皆依《繫辭》云:“天數五,地數五,五位相得而各有合”,以為五位相合,以陰從陽。天得三合,謂一、三與五也;地得兩合,謂二與四也。鄭玄亦云天地之數備於十,乃三之以天,兩之以地,而倚託大演之數五十也。必三之以天,兩之以地者,天三覆,地二載,欲極於數,庶得吉凶之審也。
孔穎達は韓注の「七・九は陽数、六・八は陰数」の一句を疏解するにあたり、まず旧説を列挙する。彼は言う。前世の学者・馬融(ばゆう)・王肅(おうしゅく)らがこの句を解するにあたっては、みな《繋辞》の「天の数五、地の数五、五位相い得て各々合あり」に依拠し、この五組の数は互いに配合し、陰をもって陽に従わせるとした。天に属するものは三つの配合を得、一・三・五を指す。地に属するものは二つの配合を得、二・四を指す。鄭玄(ていげん)もまた、天地の数は十に備わるとし、そこで三をもって天に配し、二をもって地に配して、大衍の数五十に依托する。必ず三をもって天に配し、二をもって地に配するのは、天に三重に覆う義、地に二重に載せる義があり、数を極め尽くしてこそ、吉凶の判断を精審たらしめる望みがあるからである。
其意皆以《繫辭》所云“大演之數五十,其用四十有九”,明用蓍之數。下雲天數五,地數五,五位相得而各有合,天地之數五十有五,以為大演即天地之數。又此上言“幽贊於神明而生蓍”,便云“參天兩地而倚數”,驗文準義,故知如此。 韓康伯注《繫辭》云“大演之數五十”,用王輔嗣意。雲《易》之所賴者五十,其用四十有九,則其一不用也。不用而用以之通,非數而數以之成。用與不用,本末合數,故五十也。以大衍五十,非即天地之數,故不用馬融、鄭玄等說。
孔穎達は続けて旧説の根拠を説明する。彼らは皆《繋辞》のいう「大衍(たいえん)の数五十、その用四十有九」をもって用蓍の数目とし、下文にまた「天の数五、地の数五、五位相い得て各々合あり」とあり、天地の数の合計は五十有五であるから、大衍の数すなわち天地の数と認めた。この上に、ここの上文で先ず「幽賛於神明而生蓍」を説き、続いて「参天両地而倚数」を説くので、文句を核験し義理を揆度して、彼らはこのように解したのである。孔穎達はすぐに韓康伯の異なる取径を指摘する。韓康伯が《繋辞》の「大衍之数五十」を注するにあたって採ったのは王弼の意で、《易》の憑藉する所は五十、実際に用いるのは四十九、その残りの一は用いない。用いないその一は、まさに用いないがゆえに衆数が行き通るのを得る。それはもとより計数に与らないが、計数はそれに因ってこそ成立する。用と不用、本と末を合わせて計るから五十となる。大衍の五十は天地の数と等しいものではないと認めた以上、韓康伯は馬融・鄭玄の一派の説を採らないのである。
然此倚數生數,在生蓍之後,立卦之前,明用蓍得數而布以為卦,故以七、八、九、六當之。七、九為奇,天數也;六、八為耦,地數也,故取奇於天,取耦於地,而立七、八、九、六之數也。 何以參兩為目奇耦者?蓋古之奇耦,亦以三兩言之。且以兩是耦數之始,三是奇數之初故也。不以一目奇者,張氏云以三中含兩,有一以包兩之義,明天有包地之德,陽有包陰之道,故天舉其多,地言其少也。
孔穎達は次いで自らの取捨を明らかにする。ここに言う「倚数」「生数」は、「生蓍」の後、「立卦」の前に位置している。これは蓍草をもって数を求めてから卦に排布するものだと分かるから、七・八・九・六をもってこれに対応させるべきである。七と九は奇数で天に属し、六と八は偶数で地に属する。だから天より奇を取り、地より偶を取り、拠って七・八・九・六の数を確立するのである。彼はまた問う。なぜ「参」「両」をもって奇偶を呼ぶのか。おそらく古人が奇偶を言うに、もとより「三」「両」をもって説いていたからであろう。しかも「両」は偶数の端緒であり、「三」は奇数の起頭である。なぜ「一」をもって奇を称さないのかというと、張氏の解釈では、三の中に両が含まれ、「一をもって二を包む」の義があり、まさに天が地を包容する徳、陽が陰を包容する理を表すから、天についてはその数の多い方を挙げ、地についてはその数の少ない方を言うのである。
觀變於陰陽而立卦。卦,象也。蓍,數也。卦則雷風相薄,山澤通氣,擬象陰陽變化之體;蓍則錯綜天地參兩之數,蓍極數以定象,卦備象以盡數,故蓍曰“參天兩地而倚數”,卦曰“觀變於陰陽”也。
経文は言う。陰陽の変化を観て卦を立つ。韓康伯の注は言う。卦は「象」に属し、蓍は「数」に属する。卦について言えば、雷風は相い迫り、山沢は相い気を通ず。これは陰陽変化の形体を擬象(ぎしょう)したものである。蓍について言えば、天地「参天両地」の数を錯綜したものである。蓍は数を極め尽くしてもって象を定め、卦は象を備え尽くしてもって数を窮める。だから蓍について言えば「参天両地而倚数」と言い、卦について言えば「観変於陰陽」と言うのである。
[疏]“觀變”至“立卦”。○正義曰:言其作《易》聖人,本觀察變化之道,象於天地陰陽而立乾坤等卦,故曰“觀變於陰陽而立卦”也。 ○注“卦則雷風”。○正義曰:“卦則雷風相薄,山澤通氣,擬象陰陽變化之體”者,此言六十四卦,非小成之八卦也。伏犧初畫八卦,以震象雷,以巽象風,以艮象山,以兌象澤。八卦未重,則雷風各異,山澤不通,於陰陽變化之理,未為周備,故此下云“八卦相錯,數往者順,知來者逆”,注云“八卦相錯,變化理備,於往則順而知之,於來則逆而數之”是也。
孔穎達は「観変」から「立卦」までの一段を疏解する。これは《易》を作った聖人がもとより変化の道を観察し、天地陰陽に取り倣って《乾(けん)》《坤(こん)》などの卦を立てたことを言うのだから、「観変於陰陽而立卦」と言うのである。彼は続けて韓注の「卦則雷風相薄」以下の数句を疏解する。韓注のいう「卦は則ち雷風相い薄き、山沢気を通じ、陰陽変化の体を擬象す」とは、六十四卦を指すのであって、三画だけの八卦ではない。伏羲が最初に八卦を画いたとき、《震(しん)》をもって雷に象り、《巽(そん)》をもって風に象り、《艮(ごん)》をもって山に象り、《兌(だ)》をもって沢に象った。八卦がまだ重なっていないときは、雷と風は各々相関せず、山と沢は気を通じることができず、陰陽変化の理に対してなお周全・完備ではなかった。だから下文に「八卦相錯り、往く者を数うるは順なり、来る者を知るは逆なり」とあり、韓注は「八卦が交互に錯雑してこそ、変化の理が備わり、過去に対しては順に推し知り、未来に対しては逆に推算する」と言う。まさにこの意である。
知非八卦者,先儒皆以《繫辭》論用蓍之法,云:“四營而成易,十有八變而成卦”者,謂用蓍三扐而布一爻,則十有八變為六爻也。然則用蓍在六爻之後,非三畫之時。蓋伏犧之初,直仰觀俯察,用陰陽兩爻而畫八卦,後因而重之為六十四卦,然後天地變化,人事吉凶,莫不周備,縕在爻卦之中矣。文王又於爻卦之下,繫之以辭,明其爻卦之中吉凶之義。
孔穎達は続けて、なぜここで説くのが三画の八卦ではないと断定できるかを明らかにする。前世の学者は皆《繋辞》の論ずる用蓍の法に依り、「四営して易を成し、十有八変して卦を成す」と言う。これは蓍草を用いるごとに三度の扐余(りょくよ)を経て一爻を排し、十八度の変化を経て六爻を成すという意味である。すでにこのようである以上、用蓍は六画卦が成立して後のことであって、三画卦の段階のことではない。おおよそ伏羲が最初になしたのは、ただ天象を仰観し地法を俯察し、陰陽二種の爻をもって八卦を画いたことであった。後に八卦を重ねて六十四卦とし、ここに天地の変化・人事の吉凶は周備せざるなく、ことごとく爻卦の中に藴含された。文王はまた爻卦の下に文辞を繋ぎ、爻卦の含む吉凶の義を説き明らかにした。
蓍是數也,《傳》稱物生而後有象,象而後有滋,滋而後有數,然則數從象生,故可用數求象,於是幽贊於神明而生蓍,用蓍之法求取卦爻以定吉凶,《繫辭》曰“天生神物,聖人則之,無有遠近幽深,遂知來物”是也。《繫辭》言伏犧作《易》之初,不假用蓍成卦,故直言仰觀俯察,此則論其既重之後,端策布爻,故先言生蓍,後言立卦。非是聖人幽贊元在觀變之前。
孔穎達は続けて象と数の先後を弁別する。蓍は「数」に属する。《左伝》は、物はまず生じて後に形象があり、形象あって後に滋衍(じえん)があり、滋衍あって後に数目があると言う。これで見れば数は象から生じるのだから、数をもって象を求めることができる。そこで聖人は神明の道を深く賛助して蓍占を生じ、蓍の法をもって卦爻を求めて吉凶を判定した。《繋辞》に「上天生じて神物を出し、聖人これに則る。遠近幽深を問わず、これによりて未来の事を知ることができる」とあるのはまさにこの意である。《繋辞》が伏羲の《易》を作り始めたときを説くに、蓍草を借りて卦を成したのではないから、ただ仰観俯察のみを言う。而るに《説卦》のここで説くのは重卦以後のことで、蓍策を並べ爻画を排布するから、まず「生蓍」を言い、後に「立卦」を言うのである。聖人の「神明を幽賛する」ことがもとより「観変」の前にあったと言うのではない。
發揮於剛柔而生爻,剛柔發散,變動相和。 [疏]正義曰:既觀象立卦,又就卦發動揮散,於剛柔兩畫而生變動之爻,故曰“發揮於剛柔而生爻”也。 和順於道德而理於義,窮理盡性,以至於命。命者,生之極,窮理則盡其極也。
経文は言う。剛柔両画に発揮して爻を生ず。韓康伯の注は言う。剛柔は発散し、変動して彼此和らぐ。孔穎達は申し述べる。すでに象を観て卦を立てた上に、また卦に就いて発動揮散し、剛柔二種の爻画上に変動の爻を生じる。だから「発揮於剛柔而生爻」と言うのである。経文は続けて言う。道徳に和順して義に条理し、事理を窮め本性を尽くし、天命に通ずるに至るまで。韓康伯の注は言う。「命」は生命の終極の限度であり、事理を窮めればすなわちこの終極を尽くすのである。
[疏]“和順”至“性命”。○正義曰:蓍數既生,爻卦又立,《易》道周備,無理不盡。聖人用之,上以和協順成聖人之道德,下以治理斷人倫之正義。又能窮極萬物深妙之理,究盡生靈所稟之性,物理既窮,生性又盡,至於一期所賦之命,莫不窮其短長,定其吉凶,故曰“和順於道德而理於義,窮理盡性以至於命”也。○注“命者”至“極也”。○正義曰:命者,人所稟受,有其定分,從生至終,有長短之極,故曰“命者,生之極”也。此所賦命乃自然之至理,故“窮理則盡其極”也。
孔穎達は「和順」から「性命」までの一段を疏解する。蓍数がすでに生じ、爻卦がまたすでに確立すれば、《易》の道は周全完備し、講じ透らぬ理は一筋もない。聖人がこれを運用するに、上はもって聖人の道徳を協和し順成し、下はもって人倫の正義を治理し裁断する。それはまた万物の深微玄妙の理を窮究し、衆生の禀受する本性を徹底して探明しうる。物理すでに窮まり、生性すでに明らかなれば、進んで一生に賦与された命数に対し、その長短を窮究しその吉凶を判定せざるはない。だから「和順於道徳而理於義、窮理尽性以至于命」と言うのである。彼は続けて韓注の「命者」から「窮理則尽其極也」までを疏解する。いわゆる「命」とは、人が禀受するもので、各々一定の分限があり、出生から終了までに長短の極限がある。だから「命とは、生の極なり」と言う。この賦与された命はもとより自然の至理だから、「事理を窮めればすなわちこの終極を尽くす」と言うのである。
[疏]正義曰:“昔者”至“成章”,此節就爻位明重卦之意。 昔者聖人之作《易》也,將以順性命之理,是以立天之道曰陰與陽,立地之道曰“柔與剛,在天成象,在地成形。陰陽者,言其氣;剛柔者,言其形,變化始於氣象而後成形。萬物資始乎天,成形乎地,故天曰陰陽,地曰柔剛也。或有在形而言陰陽者,本其始也;在氣而言柔剛者,要其終也。
孔穎達はまず章段を標出する。「昔者」から「成章」までのこの一節は、爻位に就いて重卦の意図を明らかにするものである。以下は経文である。昔の聖人が《周易》を作ったのは、性命の理に順おうと欲したからで、だから天道を立ててこれを「陰」と「陽」と言い、地道を立ててこれを「柔」と「剛」と言った。韓康伯の注は言う。天に在っては物象と成り、地に在っては形体と成る。「陰陽」は気に就いて言うので、「柔剛」は形に就いて言うのである。変化はまず気象から始まり、後に形体に凝成する。万物は天に憑って始めて生じ、地に憑って形を成す。だから天に属する者を陰陽と称し、地に属する者を柔剛と称する。あるいは形体に就いて陰陽を言うのは、その開端に遡るのであり、あるいは気に就いて柔剛を言うのは、その終局に帰結するのである。
[疏]“昔者”至“柔與剛”。○正義曰:八卦小成,但有三畫。於三才之道,陰陽未備,所以重三為六,然後周盡,故云“昔者聖人之畫卦作《易》也”。“將以順性命之理”者,本意將此易卦,以順從天地生成萬物性命之理也。其天地生成萬物之理,須在陰陽必備。是以造化闢設之時,其立天之道,有二種之氣,曰成物之陰與施生之陽也。其立地之道,有二種之形,曰順承之柔與特載之剛也。○注“在形而言陰陽者”。○正義曰:“在形而言陰陽”者,即《坤·象》辭云“履霜堅冰,陰始凝”是也。“在氣而言柔剛”者,即《尚書》云“高明柔克”及《左傳》云“天為剛德”是也。
孔穎達は「昔者」から「柔与剛」までの一段を疏解する。八卦はただ小成で、わずかに三画しかなく、天地人三才の道に対して陰陽はなお完備していない。だから三画を重ねて六画とし、然る後にこそ周全窮尽するので、「昔の聖人が卦を画いて《易》を作った」と言うのである。「将に性命の理に順わんとす」は、本来の意図がこれらの易卦をもって天地が万物を生成する性命の理に順うことにあると言うのである。天地が万物を生成する道理は、必ず陰陽が斉備してこそ成り立つ。だから造化開闢の時において、天道を立てれば二種の気があり、すなわち万物を成就する「陰」と万物を施生する「陽」である。地道を立てれば二種の形があり、すなわち下に順承する「柔」と独りで力んで承载する「剛」である。彼は続けて韓注の「形に在りて陰陽を言う者」を疏解する。いわゆる形体に就いて陰陽を言うとは、《坤卦・象辞》のいう「霜を履みて堅氷、陰始めて凝るなり」である。いわゆる気に就いて柔剛を言うとは、《尚書・洪範》のいう「高明柔克」および《左伝》のいう「天は剛徳を為す」である。
立人之道曰仁與義。兼三才而兩之,故易六畫而成卦。分陰分陽,迭用柔剛,故易六位而成章,設六爻以效三才之動,故六畫而成卦也。六位,爻所處之位也。二、四為陰,三、五為陽,故曰“分陰分陽”;六爻升降,或柔或剛,故曰“迭用柔剛”也。
経文は言う。人道を立ててこれを「仁」と「義」と言う。三才を兼ね取りて各々二爻をもって相配する。だから《易》は六画にして一卦を成す。陰位陽位を分かち、柔爻剛爻を迭び用いる。だから《易》は六位にして文章を成す。韓康伯の注は言う。六爻を立てたのは三才の運動に效法するためだから、六画にして卦を成す。「六位」とは爻の処する位置である。二・四は陰位、三・五は陽位。だから「分陰分陽」と言う。六爻は上下に昇降し、あるいは柔あるいは剛である。だから「迭用柔剛」と言う。
[疏]“立人之道”至“成章”。○正義曰:天地既立,人生其間。立人之道,有二種之性,曰愛惠之仁;與斷刮之義也。既備三才之道,而皆兩之,作《易》本順此道理,須六畫成卦,故作《易》者,因而重之,使六畫而成卦也。六畫所處,有其六位,分二、四為陰位,三、五為陽位,迭用六、八之柔爻、七、九之剛爻而來居之,故作《易》者分佈六位而成爻卦之文章也。○注“二四”至“為陽者”。○正義曰:“二、四為陰,三、五為陽”者,王輔嗣以為初、上無陰陽定位,此注用王之說也。
孔穎達は「立人之道」から「成章」までの一段を疏解する。天地すでに立ちて、人はその間に生まる。人道を立てるに二種の徳性があり、一つは慈愛恵施の「仁」、一つは決断裁割の「義」である。三才の道すでに斉備し、また皆各々二爻を配す。作易はもとよりこの道理に順うのだから、必ず六画にして一卦を成す。ゆえに《易》を作った者は三画卦を重ねて、六画をもって卦を成すのである。六画の処する所はあわせて六位あり、二・四を分かちて陰位とし、三・五を陽位とし、六・八のごとき柔爻と七・九のごとき剛爻とを迭び用いて入り占めさせる。したがって《易》を作った者は六位を分布して爻卦の文采条理を成就したのである。彼は続けて韓注の「二・四を陰とし、三・五を陽とす」の一句を疏解する。王弼は初爻と上爻には定まった陰陽の属性がないと認めた。韓康伯のこの注が採用したのはまさに王弼の説である。
天地定位,山澤通氣,雷風相薄,水火不相射,八卦相錯,數往者順,知來者逆,易八卦相錯變化,理備於往則順而知之,於來則逆而數之。是故易逆數也。作《易》以逆睹來事,以前民用。
経文は言う。天地は上下の位を定め、山と沢は互いに気を通じ、雷と風は互いに迫り、水と火は互いに厭(いと)い射(い)らず、八卦は交互に錯雑する。過去の事を推数するには順に推し、未来の事を予知するには逆に推す。韓康伯の注は言う。八卦が交互に錯雑して変化すれば、道理は備わる。過去に対しては順に推してこれを知り、未来に対しては逆に推してこれを算える。経文は続けて言う。ゆえに《易》は逆に数を推すのである。韓康伯の注は言う。《易》を作ったのは、まさに将来の事を逆料し、百姓の行動に先んじて指針を与えんがためである。
[疏]“天地定位”至“數也”。○正義曰:此一節就卦象明重卦之意,易以乾、坤象天地,艮、兌象山澤,震、巽象雷風,坎、離象水火。若使天地不交,水火異處,則庶類無生成之用,品物無變化之理,所以因而重之,今八卦相錯,則天地人事莫不備矣。故云天地定位而合德,山澤異體而通氣,雷風各動而相薄,水火不相入而相資。
孔穎達は「天地定位」から「是故易逆数也」までの一段を疏解する。この一節は卦象に就いて重卦の意図を明らかにするものである。《易》は《乾》《坤》をもって天地に象り、《艮》《兌》をもって山沢に象り、《震》《巽》をもって雷風に象り、《坎(かん)》《離(り)》をもって水火に象る。仮に天地が相い交感せず、水火が各々一方に処するならば、衆類には生成の功用なく、万物には変化の道理ないであろう。まさにこのがゆえに八卦を重ねたのである。今や八卦は交互に錯雑し、天地の理と人事の情は備わらざることなし。だから言う。天地は上下の位を定めたりといえども徳性は契合し、山沢は形体各々別なりといえども気息は相通じ、雷風は各々発動すといえども彼此逼近し、水火は性質相容れずといえども功用は相い資る。
既八卦之用變化如此,故聖人重卦,令八卦相錯,乾、坤、震、巽、坎、離、艮、兌,莫不交互而相重,以象天地雷風水火山澤莫不交錯,則易之爻卦,與天地等,成性命之理、吉凶之數,既往之事,將來之幾,備在爻卦之中矣。故易之為用,人慾數知既往之事者,易則順後而知之;人慾數知將來之事者,易則逆前而數之,是故聖人用此易道,以逆數知來事也。 ○注“作《易》”至“民用”。○正義曰:易雖備知來往之事,莫不假象知之,故聖人作《易》以逆睹來事也。“以前民用”者,易占事在其民用之前,此《繫辭》文,引之以證逆數來事也。
孔穎達は続けて言う。八卦の功用変化がすでにこのようであるから、聖人は卦を重ね、八卦を交互錯雑せしめた。《乾》《坤》《震》《巽》《坎》《離》《艮》《兌》は彼此交互にして相い重なり、もって天地・雷風・水火・山沢の交錯せざるなきを象徴する。このようになれば、《易》の爻と卦は天地と相等しく、性命の理と吉凶の数を成就し、已往の事・将来の兆しはすべて爻卦の中に斉備する。だから《易》の功用に就いて言えば、人が已往の事を推数せんと欲すれば、《易》は順に後へ向かってこれを知り、人が将来の事を推数せんと欲すれば、《易》は逆に前へ向かってこれを推算する。したがって聖人がこの《易》の道を運用するに、逆推の方式をもって未来の事を知るのである。彼は続けて韓注の「作易」から「以前民用」までを疏解する。《易》は往来の事を備えて知るといえども、卦象に借りてこそ知れるのだから、聖人は《易》を作りてもって未来の事を逆料するのである。いわゆる「以前民用」とは、《易》の占問はつねに百姓の行事に先立つと言うのである。この句はもともと《繋辞》の文句で、引きて「逆数来事」の理を印証するものである。
雷以動之,風以散之。雨以潤之,日以烜之。艮以止之,兌以說之。乾以君之,坤以藏之。 [疏]正義曰:此一節總明八卦養物之功。烜,乾也。上四舉象,下四舉卦者,王肅云:“互相備也。明雷風與震巽同用,乾坤與天地通功也。”
経文は言う。雷はもって万物を鼓動し、風はもって万物を吹散し、雨はもって万物を滋潤し、日はもって万物を烜乾(けんかん)し、《艮》はもって万物を止息し、《兌》はもって万物を欣悦せしめ、《乾》はもって万物を統御し、《坤》はもって万物を收藏する。孔穎達は申し述べる。この一節は総じて八卦が万物を養育する功用を明らかにする。「烜」はすなわち晒乾である。前の四句は雷・風・雨・日という物象を挙げ、後の四句は《艮》《兌》《乾》《坤》という卦名を挙げる。王肅の解釈では、これは「互相備」の書法であり、雷風と《震》《巽》とは功用相同じく、《乾》《坤》と天地とは効能相通ずることを表すという。
帝出乎震,齊乎巽,相見乎離,致役乎坤,說言乎兌,戰乎乾,勞乎坎,成言乎艮。 [疏]正義曰:“帝出乎震”至“故曰成言乎艮”者,康伯於此無注,然《益》卦六二“王用亨於帝,吉”,王輔嗣注云:“帝者,生物之主,興益之宗,出震而齊巽者也。”王之注意,正引此文,則輔嗣之意,以此帝為天帝也。帝若出萬物,則在乎震;絜齊萬物,則在乎巽;令萬物相見,則在乎離;致役以養萬物,則在乎坤;說萬物而可言者,則在乎兌;陰陽相戰,則在乎乾;受納萬物勤勞,則在乎坎;能成萬物而可定,則在乎艮也。
経文は言う。天帝は《震》より出で、《巽》にて斉しくし、《離》にて万物を相見せしめ、《坤》にて役使して養い、《兌》にて欣悦して言うべくし、《乾》にて陰陽交戦し、《坎》にて労倦して帰蔵し、《艮》にて成就して終わる。孔穎達は申し述べる。「帝出乎震」から「故曰成言乎艮」までのこの一段は、韓康伯は注を作っていない。ただし《益》卦六二の「王用て帝に享す、吉」に、王弼は注して「帝は万物を生育する主宰、利を興し益を増す宗主にして、《震》より出でて《巽》にて斉しくする那一位なり」と言う。王弼注の用意は、まさに《説卦》のこの文字を引用するにあり、彼がこの「帝」を天帝と理解していたことが見える。天帝がもし万物を生ずれば《震》に在り、万物を潔斎斉整せしめれば《巽》に在り、万物をして彼此相見せしめれば《離》に在り、万物を役使してこれを養わば《坤》に在り、万物をして欣悦し称うべくせしめれば《兌》に在り、陰陽相い交戦すれば《乾》に在り、万物を納れ労勤して收藏せば《坎》に在り、万物を成就して定局せしめれば《艮》に在るのである。
萬物出乎震,震,東方也。齊乎巽,巽,東南也。齊也者,言萬物之絜齊也。離也者,明也。萬物皆相見,南方之卦也。聖人南面而聽天下,嚮明而治,蓋取諸此也。 [疏]正義曰:“萬物出乎震,震,東方”者。解上帝出乎震,以震是東方之卦,斗柄指東為春,春時萬物出生也。“齊乎巽,巽,東南也。齊也者,言萬物之絜齊也”者,解上“齊乎巽”,以巽是東南之卦,斗柄指東南之時,萬物皆絜齊也。
経文は言う。万物は《震》より生出す。《震》は東方に属す。《巽》にて斉しくす。《巽》は東南に属す。いわゆる「斉」とは、万物の潔斎斉整を言う。《離》はすなわち明なり。万物ここに至りて皆彼此相見る。これは南方の卦なり。聖人は南面して天下を聴き、明に向かいて治を施す。おそらくこれに取象したのであろう。孔穎達は申し述べる。「万物出乎震。震は東方なり」は、上文の「帝出乎震」を解釈する。《震》は東方の卦であり、北斗の斗柄が東方を指せば春となり、春は万物萌え生ずるときだからである。「斉乎巽。巽は東南なり。斉とは、言う万物の絜斉(けつせい)なり」は、上文の「斉乎巽」を解釈する。《巽》は東南の卦であり、斗柄が東南を指す時節には、万物がみな潔く斉しく育つからである。
“離也者,明也。萬物皆相見,南方之卦也。聖人南面而聽天下,鄉明而治,蓋取諸此也”者,解上“相見乎離”,因明聖人法離之事。以離為象日之卦,故為明也。日出而萬物皆相見也,又位在南方,故聖人法南面而聽天下,鄉明而治也。故云“蓋取諸此也”。
孔穎達は続けて申し述べる。「離とは、明なり。万物皆相見る、南方の卦なり。聖人南面して天下を聴き、明に向かいて治む。おそらくこれに取れるなり」の数句は、上文の「相見乎離」を解釈し、あわせて聖人が《離》卦に取法する道理を説き帯ねる。《離》は太陽を象徴する卦だから「明」と訓ずる。太陽が昇れば、万物は彼此見えるようになる。《離》の方位はまた南方にある。だから聖人はこれに效法して、面を南にして天下を聴治し、光明に向かって政教を施行する。ゆえに「おそらくこれに取れるなり」と言うのである。
坤也者,地也,萬物皆致養焉,故曰致役乎坤。兌,正秋也,萬物之所說也,故曰說言乎兌。戰乎乾。乾,西北之卦也,言陰陽相薄也。坎者,水也,正北方之卦也,勞卦也,萬物之所歸也,故曰勞乎坎。艮,東北之卦也,萬物之所成終而所成始也,故曰成言乎艮。
経文は言う。《坤》はすなわち地なり。万物は皆ここに於いて養を致す。だから「致役乎坤」と言う。《兌》はまさに秋にあたり、万物欣悦成熟の時なり。だから「説言乎兌」と言う。「戦乎乾」――《乾》は西北方の卦にして、言う陰と陽とここに相い迫るなり。《坎》はすなわち水にして、正北方の卦にして、また労倦の卦なり。万物ここに至りて皆帰蔵す。だから「労乎坎」と言う。《艮》は東北方の卦にして、万物ここに於いて終わりを成しまた始まりを成す。だから「成言乎艮」と言う。
[疏]“坤也者”至“乎艮”。○正義曰:“坤也者,地也萬物皆致養焉,故曰致役乎坤”者,解上“致役乎坤”。以坤是象地之卦,地能生養萬物,是有其勞役,故云“致役乎坤”。鄭云:“坤不言方者,所言地之養物不專一也。”“兌,正秋也,萬物之所說也,故曰說言乎兌”者,解上“說言乎兌”。以兌是象澤之卦,說萬物者,莫說乎澤,又位是西方之卦,斗柄指西,是正秋八月也。立秋而萬物皆說成也。
孔穎達は「坤也者」から「成言乎艮」までの一段を疏解する。彼は言う。「坤とは、地なり。万物皆養を致す、故曰致役乎坤」は、上文の「致役乎坤」を解釈する。《坤》は大地を象徴する卦であり、大地は万物を生養し、その中にその労役がある。だから「致役乎坤」と言う。鄭玄の解釈では、《坤》がここで方位を標出しないのは、大地の万物を養うことはある一方に専属しないからである。「兌は正秋なり。万物の説(よろこ)ぶ所なり。故曰説言乎兌」は、上文の「説言乎兌」を解釈する。《兌》は沼沢を象徴する卦であり、万物を欣悦せしめるに沢に過ぎるものはない。その方位はまた西方の卦で、斗柄が西方を指し、まさに秋の八月にあたり、立秋以後、万物は皆欣然として成熟する。
“戰乎乾,乾,西北之卦也,言陰陽相薄也”者,解上”戰乎乾”。以乾是西北方之卦,西北是陰地,乾是純陽而居之,是陰陽相薄之象也。故曰“戰乎乾”。“坎者,水也,正北方之卦也,勞卦也,萬物之所歸也,故曰勞乎坎”者,解上“勞乎坎”。以坎是象水之卦,水行不舍晝夜,所以為勞卦。又是正北方之卦,斗柄指北,於時為冬,冬時萬物閉藏,納受為勞,是坎為勞卦也。 “艮,東北之卦也,萬物之所成終而所成始也,故曰成言乎艮”者,解上“成言乎艮”也。以艮是東北方之卦也。東北在寅丑之間,丑為前歲之末,寅為後歲之初,則是萬物之所成終而所成始也。
孔穎達は続けて言う。「戦乎乾。乾は西北の卦なり。言う陰陽相い薄くるなり」は、上文の「戦乎乾」を解釈する。《乾》は西北方の卦で、西北は陰気の居する所に属し、而るに《乾》は純陽の体をもってそこに処る。まさに陰陽相迫の象である。だから「戦乎乾」と言う。「坎は水なり。正北方の卦なり。労卦なり。万物の帰する所なり。故曰労乎坎」は、上文の「労乎坎」を解釈する。《坎》は水を象徴する卦で、水は昼夜流れて止まないから労卦と称す。また正北方の卦で、斗柄が北方を指し、時令上は冬に属し、冬季は万物閉蔵して、一一納受し収め取るべく、まさに労倦の事である。だから《坎》は労卦である。「艮は東北の卦なり。万物の成終して所成始なる所なり。故曰成言乎艮」は、上文の「成言乎艮」を解釈する。《艮》は東北方の卦で、東北は丑(ちゅう)と寅(いん)との間に介し、丑は前年の末尾、寅は後年の頭である。だからまさに万物が終結を成しまた開端を啓く所である。
神也者,妙萬物而為言者也。於此言神者,明八卦運動、變化、推移,莫有使之然者,神則無物妙萬物而為言者。明雷疾風行,火炎水潤,莫不自然相與為變化,故能萬物既成也。
経文は言う。いわゆる「神」とは、万物を玄妙測り難くする一点に就いて命名したものである。韓康伯の注は言う。ここで「神」を提出したのは、八卦の運動・変化・推移に、背後でこれらを駆使する者はいないことを表そうとするためである。「神」自体は一個の具体的物ではなく、ただ万物を玄妙たらしめる一点に就いて名を立てたにすぎない。これは雷の迅疾、風の流行、火の炎上、水の潤下が、いずれも自然にして相い促成し変化することを言うので、これによりて万物こそ成就を得るのである。
[疏]正義曰:“神也者”至“成萬物也”。此一節別明八卦生成之用。八卦運動,萬物變化,應時不失,無所不成,莫有使之然者,而求其真宰,無有遠近,了無晦跡,不知所以然而然,況之曰神也。然則神也者,非物妙萬物而為言者,神既範圍天地,故此之下不復別言乾坤,直舉六子以明神之功用。
孔穎達は申し述べる。「神也者」から「既成万物也」までのこの一節は、別途に八卦が万物を生成する功用を明らかにするものである。八卦は運転して止まず、万物これに随って変化し、時令に応合して分寸を失わず、成らざるなく、然るにこれらを駆使する者はいない。その真の主宰を尋ね求めんとするも、遠近を問わず遍く求めて得られず、一点の隠晦の踪跡すらなく、その所以然を知らずして自然に然る。仕方なくこれに比况して「神」と称するのである。このように言えば、「神」は一個の具体的物ではなく、ただ万物を玄妙測り難くする一点に就いて名を立てたにすぎない。神はすでに天地全体を籠罩包挙するので、これ以下はあらためて《乾》《坤》を説かず、径に震・巽・坎・離・艮・兌の六つの子卦を挙げて神の功用を説明する。
動萬物者,莫疾乎雷。橈萬物者,莫疾乎風。燥萬物者,莫乎火。說萬物者,莫說乎澤。潤萬物者,莫潤乎水。終萬物始萬物者,莫盛乎艮。故水火相逮,雷風不相悖,山澤通氣,然後能變化,既成萬物也。
経文は言う。万物を鼓動するに、雷より迅きはなし。万物を吹拂彎折するに、風より迅きはなし。万物を乾燥せしめるに、火より甚しきはなし。万物を欣悦せしめるに、沢より能く悦ばすはなし。万物を滋潤するに、水より能く潤すはなし。万物を終結しまた開啓するに、《艮》より盛大なるはなし。ゆえに水と火は互いに相い及び、雷と風は互いに違逆せず、山と沢は気息相通じ、然る後に乃ち変化を発動して万物を成就しうる。(その中「燥万物者莫乎火」の一句、底本は「熯」あるいは「燥」の一字を脱す。)
[疏]正義曰:鼓動萬物者,莫疾乎震,震象雷也。橈散萬物者,莫疾乎巽,巽象風也。乾燥萬物者,莫乎離,離象火也。光說萬物者,莫說乎兌,兌象澤也。潤溼萬物者,莫潤乎坎,坎象水也。終萬物始萬物者,莫盛乎艮,艮東北方之卦也。故水火雖不相入而相逮,及雷風雖相薄而不相悖逆,山澤雖相懸而能通氣,然後能行變化而盡成萬物也。
孔穎達は申し述べる。万物を鼓動するに《震》より迅きはなく、《震》は雷を象徴する。万物を吹散するに《巽》より迅きはなく、《巽》は風を象徴する。万物を乾燥せしめるに《離》より甚しきはなく、《離》は火を象徴する。万物を歓悦せしめるに《兌》より能く悦ばすはなく、《兌》は沢を象徴する。万物を潤湿せしめるに《坎》より能く滋潤するはなく、《坎》は水を象徴する。万物を終結しまた開啓するに《艮》より盛大なるはなく、《艮》は東北方の卦である。ゆえに水と火は性質相容れずといえども、互いに相い及ぶことができ、雷と風は互いに迫り合うといえども、彼此違逆するに至らず、山と沢は高下懸隔すといえども、気息相通じうる。かくのごとくして然る後に乃ち変化を推行して万物を完全に成就しうる。
艮不言山,獨舉卦名者,動橈燥潤之功,是雷風水火,至於終始萬物,於山義為微,故言艮而不言山也。上章言“水火不相入”,此言“水火相逮”者,既不相入,又不相及,則無成物之功,明性雖不相入而氣相逮及也。上言“雷風相薄”,此言“不相悖”者,二象俱動,動若相薄,而相悖逆則相傷害,亦無成物之功,明雖相薄而不相逆也。
孔穎達は続けて行文上の二つの疑問を解釈する。その一、なぜ単に《艮》だけ「山」を言わず卦名のみを挙げるのか。鼓動・吹折・乾燥・滋潤というこれらの功用は、各々雷・風・火・水に属する。終結しまた開啓するというこの一層に至っては、「山」をもって講じれば意思があまりに薄弱となる。だから《艮》と言って山を言わないのである。その二、上の章では「水火不相射」と言い、ここでは「水火相逮(たい)」と言う。もし相容れずかつ彼此及びもつかなければ、万物を成就する功用はないであろう。これは水火が性質相容れずといえども、気息は互いに相い及びうることを表そうとするのである。同じく上文に「雷風相薄」と言い、ここに「雷風不相悖(はい)」と言う。雷と風の二象は一斉に発動し、動けば固より互いに逼近するが、もし真に彼此違逆すれば、互いに傷害し、また万物を成就する功用もないであろう。これは二者が相迫るといえども相い違逆せぬことを表そうとするのである。
乾,健也。坤,順也。震,動也。巽,入也。坎,陷也。離,麗也。艮,止也。兌,說也。 [疏]正義曰:此一節說八卦名訓。乾象天,體運轉不息,故為健也。“坤,順也”,坤象地,地順承於天,故為順也。“震,動也”,震象雷,雷奮動萬物,故為動也。“巽,入也”,巽象風,風行無所不入,故為入也。“坎,陷也”,坎象水,水處險陷,故為陷也。“離,麗也”,離象火,火必著於物,故為麗也。“艮,止也”,艮象山,山體靜止,故為止也。“兌,說也”,兌象澤,澤潤萬物,故為說也。
経文は言う。《乾》は剛健、《坤》は柔順、《震》は動、《巽》は入、《坎》は陥、《離》は附麗、《艮》は止、《兌》は喜悦である。孔穎達は申し述べる。この一節は八卦の名称の訓釈を講ずる。《乾》は天を象徴し、天体は運転して止まないから「健」と訓ずる。「坤は順なり」――《坤》は地を象徴し、大地は順従して上天を承奉するから「順」と訓ずる。「震は動なり」――《震》は雷を象徴し、雷は奮起して万物を鼓動するから「動」と訓ずる。「巽は入なり」――《巽》は風を象徴し、風の至る所は孔入せざるなく、だから「入」と訓ずる。「坎は陥なり」――《坎》は水を象徴し、水はつねに険陷低窪の地に処るから「陥」と訓ずる。「離は麗なり」――《離》は火を象徴し、火は必ず他の物に附着してこそ燃焼しうるから「麗」と訓ずる。「艮は止なり」――《艮》は山を象徴し、山の形体は静止して動かないから「止」と訓ずる。「兌は説なり」――《兌》は沢を象徴し、沢水は万物を滋潤するから「説」(喜悦)と訓ずる。
乾為馬,坤為牛,震為龍,巽為雞,坎為豕,離為雉,艮為狗,兌為羊。 [疏]正義曰:此一節說八卦畜獸之象,略明遠取諸物也。乾象天,天行健,故為馬也。“坤為牛”,坤象地,任重而順,故為牛也。“震為龍”,震,動象,龍,動物,故為龍也。“巽為雞”,巽主號令,雞能知時,故為雞也。“坎為豕”,坎主水瀆,豕處汙溼,故為豕也。“離為雉”,離為文明,雉有文章,故為雉也。“艮為狗”,艮為靜止,狗能善守,禁止外人,故為狗也。“兌為羊”,兌,說也。王廙云:羊者,順之畜,故為羊也。
経文は言う。《乾》は馬、《坤》は牛、《震》は竜、《巽》は鶏、《坎》は猪、《離》は雉、《艮》は狗、《兌》は羊と為す。孔穎達は申し述べる。この一節は八卦の配する家畜野獣の象を講じ、大略「遠くは諸物に取る」の取象方式を明らかにする。《乾》は天を象徴し、天の運行は剛健息まないから馬に配する。「坤は牛と為す」――《坤》は地を象徴し、牛は重を負いて性順なるがゆえに牛に配する。「震は竜と為す」――《震》は動の象で、竜は善く動く物だから竜に配する。「巽は鶏と為す」――《巽》は号令を発施を主とし、鶏は時辰を報知しうるから鶏に配する。「坎は豕と為す」――《坎》は水溝河瀆を主とし、猪は汚泥湿地に処るを好むから猪に配する。「離は雉と為す」――《離》は文采光明の義があり、雉は羽毛に文彩があるから雉に配する。「艮は狗と為す」――《艮》は静止の義を取り、狗は看守を善くし外人を挡止しうるから狗に配する。「兌は羊と為す」――《兌》は喜悦と訓じ、王廙(おうよく)の解釈では、羊は性情柔順の牲畜だから羊に配する。
乾為首,坤為腹,震為足,巽為股,坎為耳,離為目,艮為手,兌為口。 [疏]正義曰:此一節說八卦人身之象,略明近取諸身也。乾尊而在上,故為首也。“坤為腹”,坤能包藏含容,故為腹也。“震為足”,足能動用,故為足也。“巽為股”,股隨於足,則巽順之謂,故為股也。“坎為耳”,坎北方之卦,主聽,故為耳也。“離為目”,南方之卦,主視,故為目也。“艮為手”,艮既為止,手亦能止持其物,故為手也。“兌為口”,兌,西方之卦,主言語,故為口也。
経文は言う。「乾」は取象を頭とし、「坤」は取象を腹とし、「震」は取象を足とし、「巽」は取象を大腿とし、「坎」は取象を耳とし、「離」は取象を眼とし、「艮」は取象を手とし、「兌」は取象を口とする。孔穎達は疏解する。この一節は八卦の人身上の取象を講じ、大略《繋辞》のいう「近くは諸身に取る」の道理を明らかにする。「乾」は尊貴にして上位に居り、人身の最も尊く上にある者はまさに頭だから、取象を頭とする。「坤は腹と為す」と言うのは、「坤」は包裹含蔵して万物を容納しうるゆえ、腹もまた容納受盛しうるから、取象を腹とする。「震は足と為す」と言うのは、足は行動使用しうるゆえ、而るに「震」の本義は動だから、取象を足とする。「巽は股と為す」と言うのは、大腿はつねに足に随いて動くゆえ、まさに「巽」の順従の意に合うから、取象を大腿とする。「坎は耳と為す」と言うのは、「坎」は北方の卦で、北方は聴を主とするから、取象を耳とする。「離は目と為す」と言うのは、「離」は南方の卦で、南方は光明にして視を主とするから、取象を眼とする。「艮は手と為す」と言うのは、「艮」の意は止であり、手もまた握持して物を停止せしめうるから、取象を手とする。「兌は口と為す」と言うのは、「兌」は西方の卦で、西方は言語を主とし、口はまさに話す器官だから、取象を口とする。
乾,天也,故稱乎父。坤,地也,故稱乎母。震一索而得男,故謂之長男。巽一索而得女,故謂之長女。坎再索而得男,故謂之中男。離再索而得女,故謂之中女。艮三索而得男,故謂之少男。兌三索而得女,故謂之少女。 [疏]正義曰:此一節說乾坤六子,明父子之道。王氏云:“索,求也。以乾坤為父母而求其子也”。得父氣者為男,得母氣者為女。坤初求得乾氣為震,故曰長男。坤二求得乾氣為坎,故曰中男。坤三求得乾氣為艮,故曰少男。乾初求得坤氣為巽,故曰長女。乾二求得坤氣為離,故曰中女。乾三求得坤氣為兌,故曰少女。
経文は言う。「乾」は象を天と為し、万物の始まりなるがゆえにこれを父と称し、「坤」は象を地と為し、万物を生養するがゆえにこれを母と称す。「震」は一度求め取って得た男卦だから長男と言い、「巽」は一度求め取って得た女卦だから長女と言い、「坎」は再度求め取って得た男卦だから中男と言い、「離」は再度求め取って得た女卦だから中女と言い、「艮」は三度求め取って得た男卦だから少男と言い、「兌」は三度求め取って得た女卦だから少女と言う。孔穎達は疏解する。この一節は「乾」「坤」が六つの子卦を生ずることを講じ、もって父子の道を明らかにする。王弼は言う。「索」とはすなわち求め取ることであり、乾坤を父母と為して相手方に向かって求め取り、ようやく子女を生ずる。およそ父の陽気を承け受ける者は男卦と成り、母の陰気を承け受ける者は女卦と成る。坤卦は初爻に乾の陽気を求め得て「震」と成る。だから長男と言う。坤卦は第二爻に乾の陽気を求め得て「坎」と成る。だから中男と言う。坤卦は第三爻に乾の陽気を求め得て「艮」と成る。だから少男と言う。乾卦は初爻に坤の陰気を求め得て「巽」と成る。だから長女と言う。乾卦は第二爻に坤の陰気を求め得て「離」と成る。だから中女と言う。乾卦は第三爻に坤の陰気を求め得て「兌」と成る。だから少女と言う。
乾為天,為圜,為君,為父,為玉,為金,為寒,為冰,為大赤,為良馬,為老馬,為瘠馬,為駁馬,為木果。 [疏]正義曰:此下歷就八卦廣明卦象者也。此一節廣明乾象。乾既為天,天動運轉,故為圜也。為君為父,取其尊道而為萬物之始也。為玉為金,取其剛之清明也。為寒為冰,取其西北寒冰之地也。為大赤,取其盛陽之色也。為良馬,取其行健之善也。為老馬,取其行健之久也。為瘠馬,取其行健之甚。瘠馬,骨多也。為駁馬,言此馬有牙如倨,能食虎豹。《爾雅》云:“倨牙,食虎豹。”此之謂也。王廙云:“駁馬能食虎豹,取其至健也。”為木果,取其果實著木,有似星之著天也。
経文は言う。「乾」の取象には天あり、円あり、君あり、父あり、玉あり、金あり、寒あり、氷あり、大紅色あり、良馬・老馬・瘦馬・駁馬あり、木の上の果実あり。孔穎達は疏解する。ここより以下、卦ごとに八卦の取象を推広説明する。この一節は「乾」の卦象を推広説明する。乾はすでに天を象徴し、天体は運転息まず形体渾円なるがゆえに、取象を円とする。取象を君・父とするのは、その尊貴を道と為し、また万物の開端なるを取る。取象を玉・金とするのは、その剛硬にして質地清明なるを取る。取象を寒・氷とするのは、乾の西北に居るを取り、西北は寒冷結氷の地だからである。取象を大紅とするのは、陽気極盛の色を取る。取象を良馬とするのは、その行健にして完善なるを取る。取象を老馬とするのは、その行健にして長久なるを取る。取象を瘦馬とするのは、その行健の極処に到るを取る。瘦馬とは骨節顕露の馬である。取象を駁馬とするのは、この馬は鋸歯のごとき牙を長え、虎豹を食らいうると言い、《爾雅(じが)》に「倨牙(きょが)、虎豹を食らう」とあるのはまさにこれを講ずる。王廙は言う。「駁馬が虎豹を食らいうるは、その極めて剛健なるを取る」。取象を木の上の果実とするのは、果実の樹に附着するを取り、星辰の天に附着するに譬えるがごときである。
坤為地,為母,為布,為釜,為吝嗇,為均,為子,母牛,為大輿,為文,為眾,為柄。其於地也為黑。 [疏]正義曰:此一節廣明坤象。坤既為地,地受任生育,故謂之為母也。為布,取其地廣載也。為釜,取其化生成熟也。為吝嗇,取其地生物不轉移也。為均,取其地道平均也。為子、母牛,取其多蕃育而順之也。為大輿,取其能載萬物也。為文,取其萬物之色雜也。為眾,取其地載物非一也。為柄,取其生物之本也。其於地也為黑,取其極陰之色也。
経文は言う。「坤」の取象には地あり、母あり、布あり、鍋あり、吝嗇(りんしょく)あり、均平あり、小牛と母牛あり、大車あり、文彩あり、衆多あり、柄あり。地に就いて言えば取象を黒色とする。孔穎達は疏解する。この一節は「坤」の卦象を推広説明する。坤はすでに地を象徴し、大地は重任を承受して万物を生養するからこれを母と称す。取象を布とするのは、大地の広博にして一切を承載するを取る。取象を鍋とするのは、物を化生し成熟せしめうるを取る。取象を吝嗇とするのは、大地が万物を生養しながら本位に安守して移動せざるを取る。取象を均平とするのは、地道の平正均一なるを取る。取象を小牛と母牛とするのは、その繁育衆多にして性情柔順なるを取る。取象を大車とするのは、万物を承載しうるを取る。取象を文彩とするのは、万物の顔色錯雑相間なるを取る。取象を衆多とするのは、大地の承載する物が一類に止まらざるを取る。取象を柄とするのは、それが万物を生養する根本なるを取る。地に就いて取象を黒色とするのは、陰気の極処に到る色を取る。
震為雷,為龍,為玄黃,為旉,為大塗,為長子,為決躁,為蒼筤竹,為萑葦。其於馬也為善鳴,為馵足,為作足,為的顙。其於稼也為反生。其究為健,為蕃鮮。 [疏]正義曰:此一節廣明震象。為玄黃,取其相雜而成蒼色也。為旉,取其春時氣至,草木皆吐,旉布而生也。為大塗,取其萬物之所生也。為長子,如上文釋,震為長子也。為決躁,取其剛動也。為蒼筤竹,竹初生之時色蒼筤,取其春生之美也。為萑葦,萑葦,竹之類也。
経文は言う。「震」の取象には雷あり、竜あり、青黄相雑の色あり、花萼舒布あり、大路あり、長子あり、果決躁動あり、青嫩の竹あり、蘆葦あり。馬に就いて言えば、取象を善く鳴く馬、後足白き馬、足を挙げて高邁する馬、白額の馬とする。庄稼に就いて言えば、取象を頂殻に反出して生ずるとする。極め推せば剛健と為り、繁茂鮮明と為る。孔穎達は疏解する。この一節は「震」の卦象を推広説明する。取象を玄黄とするのは、天玄地黄の相雑じて青蒼の色を成すを取る。取象を「旉(ふ)」とするのは、春気一到すれば草木皆芽を吐き、花葉鋪展舒布して生ずるを取る。取象を大路とするのは、万物皆これによりて生出し、道路の通達無碍なるがごときを取る。取象を長子とするのは、正しく上文に解釈せしがごとく、「震」は長男なり。取象を果決躁動とするのは、その剛強にして動を好むを取る。取象を青嫩の竹とするのは、竹子の剛生れんとき顔色青嫩なるを取り、春天萌生の美好を取る。取象を蘆葦とするのは、蘆葦は竹と同一類の植物なればなり。
其於馬也為善鳴,取其象雷聲之遠聞也。為馵足,馬後足白為馵,取其動而見也。為作足,取其動而行健也。為的顙,白額為的顙,亦取動而見也。其於稼也為反生,取其始生戴甲而出也。其究為健,究,極也。極於震動,則為健也。為蕃鮮,鮮,明也。取其春時草木蕃育而鮮明。
孔穎達は続けて言う。馬に就いて取象を善鳴とするのは、雷声のごとく遥かに聞えうるを取る。取象を「馵足(ちゅそく)」とするのは、馬の後足白色なるを「馵」と言い、一動すれば顕眼なるを取る。取象を「作足」とするのは、足を挙げて行走し剛健有力なるを取る。取象を「的颡(てきそう)」とするのは、白額頭を「的颡」と言い、亦た一動すれば顕眼なるを取る。庄稼に就いて取象を「反生」とするのは、種子の剛発芽せんとき種殻を頂いて転翻して出ずるを取る。「其の究は健と為す」と言うのは、「究」は極の意で、震動極処に到れば剛健に転ずる。取象を「蕃鮮(はんせん)」とするのは、「鮮」は鮮明の意で、春天草木繁茂生長して色沢鮮明なるを取る。
巽為木,為風,為長女,為繩直,為工,為白,為長,為高,為進退,為不果,為臭。其於人也為寡髮,為廣顙,為多白眼,為近利市三倍,其究為躁卦。 [疏]正義曰:此一節廣明巽象。巽為木,木可以輮曲直,即巽順之謂也。為風,取其陽在上搖木也。為長女,如上釋,巽為長女也。為繩直,取其號令齊物,如繩之直木也。為工,亦正取繩直之類,為白,取其風吹去塵,故絜白也。為長,取其風行之遠也。為高,取其風性高遠,又木生而上也。為進退,取其風之性前卻,其物進退之義也。為不果,取其風性前卻,不能果敢決斷,亦皆進退之義也。
経文は言う。「巽」の取象には木あり、風あり、長女あり、縄墨取直あり、工匠あり、白色あり、長あり、高あり、進退不定あり、果不果断ならずあり、気味あり。人に就いて言えば、取象を頭髪稀少・額頭寛闊・眼白多く・近利を逐い三倍の市利を得るとする。極め推せば躁動の卦と成る。孔穎達は疏解する。この一節は「巽」の卦象を推広説明する。「巽は木と為す」と言うのは、木は揉めて曲げ直し取り、人に加工せしめうる。まさに「巽」の順従の意である。取象を風とするのは、陽気の上に在りて樹木を揺動するを取る。取象を長女とするのは、上文に解釈せしがごとく、「巽」は長女なり。取象を縄墨取直とするのは、号令の万物を斉整しうるを取り、墨縄の木材を取直しうるがごとき。取象を工匠とするのも、まさに縄墨取直のごとき類の意を取る。取象を白色とするのは、風の吹去して塵土を潔くし、因而潔浄潔白なるを取る。取象を長とするのは、風行の至ること遠きを取る。取象を高とするのは、風性の高遠なるを取り、また樹木はつねに向上して生長する。取象を進退とするのは、風性の時に前進し時に退却するを取り、因而事物進退不定の義あり。取象を不果断とするのも、また風性の前後揺摆して果敢決断できざるを取り、同じく進退不定の義に帰す。
為臭,王肅作“為香臭”也。取其風所發也,又取下風之遠聞。其於人也為寡髮,寡,少也。風落樹之華葉,則在樹者稀疏,如人之少發,亦類於此,故為寡髮也。為廣顙,額闊為廣顙,發寡少之義,故為廣顙也。為多白眼,取躁人之眼,其色多白也。為近利,取其躁人之情,多近於利也。市三倍,取其木生蕃盛,於市則三倍之宜利也。其究為躁卦,究,極也。取其風之近極於躁急也。
孔穎達は続けて言う。取象を気味とするのは、王肅の本では「為香臭」と作り、気味の風によりて散発し去るを取り、また下風に処る人が遥かに聞き得るを取る。人に就いて取象を頭髪稀少とするのは、「寡」はすなわち少なきこと。風は樹上の花葉を吹落し、樹上に留まる者は稀疏となる。人の頭髪稀少なるに譬え、二者相類するから、取象を髪少とする。取象を寛額とするのは、額頭開闊なるを「広颡(こうそう)」と言い、頭髪すでに少なければ額頭の寛きが顕れる。だから取象を広颡とする。取象を眼白多とするのは、性情躁急の人は眼中白多く黒少なきを取る。取象を逐近利とするのは、躁急の人の心性は財利に趨向すること多きを取る。「市三倍」と言うのは、草木生長繁盛し、市に持ちて交易すれば三倍の利を獲うるを取る。「其の究は躁卦と為す」と言うのは、「究」は極の意で、風勢の極処に到らんとすれば転じて躁急と為るを取る。
坎為水,為溝瀆,為隱伏,為矯輮,為弓輪。其於人也,為加憂,為心病,為耳痛,為血卦,為赤。其於馬也,為美脊,為亟心,為下首,為薄蹄,為曳。其於輿也,為多眚,為通,為月,為盜。其於木也,為堅多心。 [疏]正義曰:此一節廣明坎象。坎為水,取其北方之行也。為溝瀆,取其水行,無所不通也。為隱伏,取其水藏地中也。為矯輮,取其使曲者直為矯,使直者曲為輮。水流曲直,故為矯輮也。為弓輪,弓者,激矢。取如水激射也。輪者,運行如水行也。其於人也為加憂,取其憂險難也。為心病,憂其險難。故心病也。為耳痛,坎為勞卦也,又北方主聽,聽勞則耳痛也。為血卦,取其人之有血,尤地有水也。為赤,亦取血之色。
経文は言う。「坎」の取象には水あり、溝渠あり、隠伏あり、矯直と揉曲あり、弓と車輪あり。人に就いて言えば、取象を憂慮加深・心病・耳痛・血卦・紅色とする。馬に就いて言えば、取象を脊背健美・性子急躁・低頭・蹄薄・拖曳とする。車に就いて言えば、取象を多災禍・通行・月亮・盗賊とする。木に就いて言えば、取象を堅硬にして木心多きとする。孔穎達は疏解する。この一節は「坎」の卦象を推広説明する。「坎は水と為す」と言うのは、その北方の行に属するを取る。取象を溝渠とするのは、水の流行は通ぜざるなきを取る。取象を隠伏とするのは、水の地下に潜蔵するを取る。取象を矯輮(きょうじゅう)とするのは、弯曲せるを直らしむるを「矯」と言い、筆直なるを弯ましむるを「輮」と言い、水流は曲有り直有るから、取象を矯輮とする。取象を弓と車輪とするのは、弓は箭矢を激射する者で、水のごとく激射するを取り、輪は運転前行する者で、水のごとく流行止まざるを取る。人に就いて取象を憂慮加深とするのは、その憂懼険難なるを取る。取象を心病とするのは、正に憂懼険難なるがゆえ、心中に病を生ず。取象を耳痛とするのは、「坎」は労苦の卦で、北方また聴を主とし、聴くこと労苦すれば耳は痛む。取象を血卦とするのは、人身に血あるを取り、大地に水あるがごとき。取象を紅色とするのも、また血の顔色を取る。
其於馬也為美脊,取其陽在中也。為亟心,亟,急也。取其中堅內動也。為下首,取其水流向下也。為薄蹄,取其水流迫地而行也。為曳,取其水磨地而行也。其於輿也為多眚,取其表裡有陰,力弱不能重載,常憂災眚也。為通,取其行有孔穴也。為月,取其月是水之精也。為盜,取水行潛竊如盜賊也。其於木也為堅多心,取剛在內也。
孔穎達は続けて言う。馬に就いて取象を脊背健美とするのは、坎卦の陽爻の中に居るを取り、馬脊の中に挺健するに譬えるがごとき。取象を「亟心(きょくしん)」とするのは、「亟」は急の意で、その中間剛実にして内里躁動なるを取る。取象を低頭とするのは、水はつねに下に向かって流るるを取る。取象を蹄薄とするのは、水は地面に緊貼して行くを取る。取象を拖曳とするのは、水は地面を擦りて緩々と流るるを取る。車に就いて取象を多災禍とするのは、坎卦の上下両爻皆陰にして、力量薄弱にして重載不能、つねに出事を擔憂するを取る。取象を通行とするのは、その中間に孔穴あって通じうるを取る。取象を月亮とするのは、月は水の精華なるを取る。取象を盗賊とするのは、水は暗中に潜行滲漏し、盗賊の物を竊むがごときを取る。木に就いて取象を堅硬多心とするのは、その剛爻の内に在るを取る。
離為火,為日,為電,為中女,為甲胃,為戈兵。其於人也,為大腹。為乾卦,為鱉,為蟹,為蠃,為蚌,為龜,其於木也,為科上槁。 [疏]正義曰:此一節廣明離象。離為火,取南方之行也。為日,取其日是火精也。為電,取其有明似火之類也。為中女,如上釋,離為中女也。為甲胃,取其剛在外也。為戈兵,取其剛在於外,以剛自捍也。其於人也為大腹,取其懷陰氣也。為乾卦,取其日所烜也。為鱉,為蟹,為蠃,為蚌,為龜,皆取剛在外也。其於木也為科上槁,科,空也。陰在內為空,木既空中者,上必枯槁也。
経文は言う。「離」の取象には火あり、太陽あり、閃電あり、中女あり、鎧甲頭盔あり、戈矛兵器あり。人に就いて言えば取象を大肚子とする。また取象を乾燥の卦、鼈(べつ)、蟹(かい)、螺(ら)、蚌(ぼう)、亀(き)とする。木に就いて言えば、取象を中空にして上端枯槁とする。孔穎達は疏解する。この一節は「離」の卦象を推広説明する。「離は火と為す」と言うのは、その南方の行に属するを取る。取象を太陽とするのは、太陽は火の精華なるを取る。取象を閃電とするのは、その光明は火と同類なるを取る。取象を中女とするのは、上文に解釈せしがごとく、「離」は中女なり。取象を甲胄(かっちゅう)とするのは、その剛爻の外に在るを取り、甲胄の身の外に護るに譬えるがごとき。取象を戈矛兵器とするのも、また剛の外に在るを取り、剛硬を用いて自身を護衛する。人に就いて取象を大肚子とするのは、その中虚にして陰気を懐蔵するを取る。取象を乾燥の卦とするのは、太陽の曝晒が物を乾燥せしめるを取る。取象を鼈・蟹・螺・蚌・亀とするのは、皆その外殻堅硬にして剛の外に在るを取る。木に就いて取象を中空上枯とするのは、「科」は空の意で、陰爻の内に在るは中空を表し、樹木の中間すでに空なれば、上端は必ず枯槁する。
艮為山,為徑路,為小石,為門闕,為果蓏,為閽寺,為指,為狗,為鼠,為黔喙之屬。其於木也,為堅多節。 [疏]正義曰:此一節廣明艮象。艮為山,取陰在下為止,陽在於上為高,故艮象山也。為徑路,取其山雖高有澗道也。為小石,取其艮為山,又為陽卦之小者,故為小石也。為門闕,取其有徑路,又崇高也。為果蓏,木實為果,草實為蓏,取其出於山谷之中也。為閽寺,取其禁止人也。為指,取其執止物也。為狗為鼠,取其皆止人家也。為黔喙之屬,取其山居之獸也。其於木也為堅多節,取其山之所生,其堅勁故多節也。
経文は言う。「艮」の取象には山あり、小路あり、小石あり、門闕(もんけつ)あり、果蓏(かか)あり、門を守る閽人寺人(こんじんじじん)あり、手指あり、狗あり、鼠あり、黒嘴の野獣の類あり。木に就いて言えば、取象を堅硬にして枝節多きとする。孔穎達は疏解する。この一節は「艮」の卦象を推広説明する。「艮は山と為す」と言うのは、両陰爻の下に在りて静止し、一陽爻の上に在りて高聳するを取る。だから「艮」は山に象る。取象を小路とするのは、山は高峻なりといえども、その間になお澗谷の通道あるを取る。取象を小石とするのは、「艮」はすでに山に象り、また陽卦の中最も小さき一個なれば、小石と為す。取象を門闕とするのは、そのすでに出入しうる通道あり、形制また崇高対峙するを取る。取象を果蓏とするのは、樹上に結ぶ実を「果」と言い、草上に結ぶ実を「蓏(か)」と言い、その山谷の中に生ずるを取る。取象を閽人寺人とするのは、その門を守りて外人の出入を禁止するを取る。取象を手指とするのは、手指の執持して物を停住せしめうるを取る。取象を狗と鼠とするのは、その皆人家に止息するを取る。取象を黒嘴の野獣の類とするのは、その山中に所居する走獣なるを取る。木に就いて取象を堅硬多節とするのは、山上に生ずる樹木の質地堅勁にして、因而枝節繁多なるを取る。
兌為澤,為少女,為巫,為口舌,為毀折,為附決。其於地也為剛滷,為妾,為羊。 [疏]正義曰:此一節廣明兌象。兌為澤,取其陰卦之小,地類卑也。為少女,如上釋,兌為少女也。為巫,取其口舌之官也。為口舌,取西方於五事為言,取口舌為言語之具也。為毀折,為附決。兌西方之卦,又兌主秋也。取秋物成熟,槁稈旱之屬則毀折也,果蓏之屬則附決也。其於地也為剛滷,取水澤所停,則咸鹵也。為妾,取少女從姊為娣也。為羊,如上釋,取其羊性順也。
経文は言う。「兌」の取象には沢あり、少女あり、巫祝(ふしゅく)あり、口舌あり、毀壊折断あり、附而脱落あり。地に就いて言えば取象を堅硬の鹽鹼地(えんかんち)とし、また取象を妾(しょう)、羊とする。孔穎達は疏解する。この一節は「兌」の卦象を推広説明する。「兌は沢と為す」と言うのは、その陰卦の中最も小さき一個にして、また地の一類に属して地勢低下なるを取る。取象を少女とするのは、上文に解釈せしがごとく、「兌」は少女なり。取象を巫祝とするのは、巫祝の口舌をもって神に事え、まさに言語を掌る人なるを取る。取象を口舌とするのは、西方が《尚書・洪範》の「五事」中の「言」に属し、口舌また說話の器具なるを取る。取象を毀折と附決とするのは、「兌」は西方の卦で、また秋令を主とす。秋天は万物成熟し、禾稈枯槁の類はすなわち毀壊折断し、瓜果の類はすなわち附而脱落す。地に就いて取象を鹽鹼地とするのは、水沢停積の処は土性すなわち鹹鹵(かんろ)と成るを取る。取象を妾とするのは、少女の嫡姉に随いて嫁ぎ娣媵(ていよう)と為るを取る。取象を羊とするのは、上文に解釈せしがごとく、羊の性情柔順なるを取る。
序卦
[疏]正義曰:《序卦》者,文王既繇六十四卦,分為上下二篇。其先後之次,其理不見,故孔子就上下二《經》,各序其相次之義,故謂之《序卦》焉。其周氏就《序卦》以六門往攝,第一天道門,第二人事門,第三相因門,第四相反門,第五相須門,第六相病門。如《乾》之次《坤》、《泰》之次《否》等,是天道運數門也。如《訟》必有《師》,《師》必有《比》等,是人事門也。如因《小畜》生《履》,因《履》故通等,是相因門也。如《遁》極反《壯》,動竟歸止等,是相反門也。如《大有》須《謙》,《蒙》稚待養等,是相須也。如《賁》盡致《剝》,進極致傷等,是相病門也。
孔穎達は疏解する。いわゆる《序卦》とは、周文王が六十四卦を演繹して後、これを上下二篇に分けたが、卦と卦の先後相次ぐ道理は明説されなかった。そこで孔子は上下二篇の《経》文に就いて、各々それらの前後相承の意義を排比出し、因りて《序卦》と称する。周氏は六種の門類をもって《序卦》を統摂する。第一は天道門、第二は人事門、第三は相因門、第四は相反門、第五は相須門、第六は相病門である。《乾》の後に《坤》が接し、《泰(たい)》の後に《否(ひ)》が接するがごときは、天道運行・気数の一門に属する。《訟(しょう)》あれば必ず《師(し)》あり、《師》あれば必ず《比(ひ)》あるがごときは、人事の一門に属する。《小畜(しょうちく)》に因りて《履(り)》を生出し、《履》によりて後通泰するがごときは、前後相因の一門に属する。《遯(とん)》の極処に到れば反して《大壮(たいそう)》と為り、動の尽頭に到れば静止に帰するがごときは、両相反対の一門に属する。《大有(たいゆう)》は須(ま)ちに《謙(けん)》をもって相い済い、《蒙(もう)》卦の幼稚は養育を待つがごときは、彼此相須の一門に属する。文飾の極処に到れば《剥(はく)》落を招致し、上進の極処に到れば損傷を招致するがごときは、相い病害の一門に属する。
韓康伯云:“《序卦》之所明,非《易》之縕也。蓋因卦之次,託象以明義。”不取深縕之義,故云“非《易》之縕”,故以取其人理也。今驗六十四卦,二二相耦,非覆即變。覆者,表裡視之,遂成兩卦,《屯》、《蒙》、《需》、《訟》、《師》、《比》之類是也。變者,反覆唯成一卦,則變以對之,《乾》、《坤》、《坎》、《離》、《大過》、《頤》《中孚》、《小過》之類是也。且聖人本定先後,若元用孔子《序卦》之意,則不應非覆即變,然則康伯所云“因卦之次,託象以明義”,蓋不虛矣。故不用周氏之義。
孔穎達は続けて言う。韓康伯の注では、「《序卦》の闡明する所は、《易》理の最も深き蘊奥ではなく、ただ卦の次第に順い、卦象に借りて義理を説明するのみ」と認める。韓注は深奥の蘊義を取らないから、それを「《易》の深蘊にあらず」と言い、ただ人事の理に就いて立説する。今や六十四卦を核験するに、皆両々として対を成し、「覆」ならざれば「変」なり。いわゆる「覆」とは、一つの卦を倒転して見れば、正しく見ても反して見ても二個の卦と成る者で、《屯(ちゅん)》と《蒙》、《需(じゅ)》と《訟》、《師》と《比》の類がこれである。いわゆる「変」とは、この卦は倒転してもなおそれ自体であり、ただ每一爻を相反の爻に変えてこれに配するほかなく、《乾》と《坤》、《坎》と《離》、《大過(たいか)》と《頤(い)》、《中孚(ちゅうふ)》と《小過(しょうか)》の類がこれである。しかも聖人はもとよりすでに卦の先後を定めている。もし卦序がもとよりただ孔子の《序卦》の講ずる義理に依るならば、整斉して覆ならざれば変なる地步に到るはずがない。これによりて見れば、韓康伯のいう「卦の次第に順い、卦象に借りて義理を説明する」は、確かに空話ではない。だから周氏の六門の説は採用しないのである。
有天地,然後萬物生焉。盈天地之間者唯萬物,故受之以《屯》,屯者,盈也。屯者,物之始生也。屯剛柔始交,故為物之始生也。 [疏]正義曰:王肅云:“屯剛柔始交而難生,故為物始生也。”盧氏云:“物之始生故屯難。”皆以物之始生釋屯難之義。案上言“屯者,盈也。”釋《屯》次《乾》、《坤》,其言巳畢。更言“屯者,物之始生”者,開說下“物,生必蒙”,直取始生之意,非重釋《屯》之名也。故韓康伯直引剛柔始交,以釋物之始生也。
経文は言う。天地ありて然る後に万物はじめて生出す。天地の間に充満する者は万物のみ。だから《乾》《坤》の後に《屯》卦を接ぐ。「屯」は充盈の意なり。「屯」はまた万物初生の意なり。韓康伯の注は解釈する。《屯》卦は剛柔二気の始めて交合すれば、だから万物初生の象なり。孔穎達は疏解する。王肅は言う。「《屯》は剛柔始めて交合して艱難これに随って生ず。だから万物初生なり」。盧氏は言う。「万物始めて生長せんとすれば、だから屯難なり」。両家とも万物初生をもって「屯難」の義を解釈する。上文に「屯とは、盈なり」とあるのは、《屯》がなぜ《乾》《坤》の後に排するかを解釈し、話はすでに言い尽くされている。ここに再び「屯とは、物の始生なり」と言うのは、下文の「物生すれば必ず蒙なり」のために頭を開くもので、ただ初生のこの一層の意を取るのみ、あらためて《屯》の卦名を解釈するものではない。だから韓康伯は径に「剛柔始交」を引いて万物初生を解釈する。
物生必蒙,故受之以《蒙》。蒙者,蒙也。物之稚也。物稚不可不養也,故受之以《需》。需者,飲食之道也。飲食必有訟,故受之以《訟》。夫有生則有資,有資則爭興也。訟必有眾起,故受之以《師》。師者,眾也。眾必有所比,故受之以《比》。眾起而不比,則爭無由息;必相親比,而後得寧也。比者,比也。比必有所畜,故受之以《小畜》。此非大通之道,則各有所畜以相濟也。由比而畜,故曰“小畜”而不能大也。
経文は言う。万物初生すれば必ず蒙昧なり。だから《屯》の後に《蒙》卦を接ぐ。「蒙」は蒙昧にして、万物の幼稚の段階なり。幼稚なれば養育を加えざるべからず。だから《需》卦を接ぐ。「需」は飲食の道を講ず。飲食あれば必ず争訟を引起す。だから《訟》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。生命あれば物资供養を要し、物资あれば争奪しうるものあり、争奪すなわち興起す。経文は続けて言う。争訟一起すれば、必ず衆人聚集あり。だから《師》卦を接ぐ。「師」は衆の意なり。衆人聚集すれば必ず親附する所有り。だから《比》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。衆人聚起して相い親附せざれば、争闘は平息する由なし。必ず彼此親近比輔し、然る後に乃ち安寧を得べし。経文は言う。「比」はすなわち親比なり。親比の後は必ず積聚する所有り。だから《小畜》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。これはなお大いに亨通する道にあらず。ただ各々蓄積する所有りて互いに接済するのみ。親比によりて蓄積を生ずるから、「小畜」と言い、なお大と称するには足らず。
物畜然後有禮,故受之以《履》。履者,禮也。禮所以適用也。故既畜則宜用,有用則須禮也。履而泰然後安,故受之以《泰》,泰者,通也。物不可以終通,故受之以《否》。物不可以終否,故受之以《同人》。否則思通,人人同志,故可出門同人,不謀而合。與人同者,物必歸焉,故受之以《大有》。有大者,不可以盈,故受之以《謙》。有大而能謙必豫,故受之以《豫》。豫必有隨,順以動者,眾之所隨。
経文は言う。万物に蓄積ありて然る後に礼節を講究す。だから《履》卦を接ぐ。「履」はすなわち礼なり。韓康伯の注は解釈する。礼は財用を得当たらしめる準則なり。すでに蓄積あれば動用すべく、一たび動用すれば礼を得て節制せざるべからず。経文は言う。礼を踐めて通泰し、然る後に乃ち安定しうる。だから《泰》卦を接ぐ。「泰」は通達なり。事物は永遠に通達するべからず。だから《否》卦を接ぐ。また永遠に閉塞するべからず。だから《同人(どうじん)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。閉塞すれば通を求めんと欲し、人人志向相同じければ、だから門外を出でて人と和同しうる。予め商量せずとも自然に契合す。経文は言う。人と和同しうる者は、万物必ず彼に帰附す。だから《大有》卦を接ぐ。盛大を拥有する者は、自満するべからず。だから《謙》卦を接ぐ。盛大を拥有して能く謙退する者は、必ず和楽なり。だから《豫(よ)》卦を接ぐ。和楽なれば必ず追随する人あり。韓康伯の注は解釈する。理に順いて行動する者は、まさに衆人の願って追随する所なり。
[疏]正義曰:鄭玄云:“喜樂而出,人則隨從。孟子曰:吾君不遊,吾何以休?吾君不豫,吾何以助?此之謂也。”王肅云:“歡豫,人必有隨。”隨者,皆以為人君喜樂歡豫,則以為人所隨。案《豫卦·彖》云:“《豫》剛應而志行,順以動《豫》。《豫》順以動,故天地如之,而況建侯行師乎?天地以順動,故日月不過,而四時不忒。聖人以順動,則刑罰清而民服。”
孔穎達は「豫必有随」を疏解して言う。鄭玄の解釈では、「君主歓楽出遊すれば、百姓すなわち彼に跟从す。《孟子》は言う。我らの君王出遊せざれば、我ら何ぞ休息を得ん。我らの君王逸楽せざれば、我ら何ぞ賑助を得ん。言う所はまさにこの意なり」。王肅は言う。「歓乐愉悦なれば、必ず追随する人あり」。この両家は皆、人君自ら喜乐歓娯し、因而人に追随さるると認める。しかし《豫卦・彖伝》を考察すれば言う。「《豫》卦は一陽衆陰の相応を得て心志行を得、理に順いて動けばすなわち《豫》なり。《豫》はすでに理に順いて動く、だから天地もこのよう照らして運行す。いわんや諸侯を封建し兵を出して征伐せんやを。天地は道に順依して動く、だから日月運行その度を失わず、四季更替その差錯を出さず。聖人は道に順依して動く、刑罰すなわち清簡にして百姓帰服す」と。
即此上云“有大而能謙必豫,故受之以《豫》”,其意以聖人順動能謙,為物所說,所以為豫。人既說豫,自然隨之,則謙順在君,說豫在人也。若以人君喜樂遊豫,人則隨之,紂作靡靡之樂,長夜之飲,何為天下離叛乎?故韓康伯云:“順以動者,眾之所隨。”在於人君取致豫之義,然後為物所隨,所以非斥先儒也。
孔穎達は続けて言う。これはまさに上文の「有りて大なりて能く謙すれば必ず豫あり、故にこれを受くるに《豫》をもってす」と相合し、聖人が理に順いて動きかつ能く謙退し、因而万物を喜悦せしめることを言う。これをこそ「豫」と言う。百姓すでに喜悦すれば、自然に彼に追随す。これで見れば謙順は君上に在り、喜悦は百姓に在る。もし旧説に照らし、人君がただ情を縦に遊楽すれば百姓はすなわち追随せんとするならば、商紂王が靡靡の音を制作し通宵達旦に飲酒したのに、なぜ天下はかえって背離叛乱したか。だから韓康伯の注はただ「順に以て動く者は、衆の随う所なり」と言うのみで、着眼点を人君がまず人を和楽せしめる道を取得し、然る後に衆人に追随さるるに置く。これはまさに前世の儒者の説を駁正するものである。
故受之以《隨》。以喜隨人者,必有事,故受之以《蠱》。蠱者,事也。有事而後可大,可大之業,由事而生。故受之以《臨》。臨者,大也。物大然後可觀,故受之以《觀》。可觀而後有所合,故受之以《噬嗑》。可觀則異方合會也。嗑者,合也。物不可以苟合而巳,故受之以《賁》。賁者,飾也。物相合則須飾,以脩外也。
経文は言う。だから《豫》の後に《随(ずい)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。喜悦のために人に追随する者は、必ず事情を招来す。経文は言う。だから《蠱(こ)》卦を接ぐ。「蠱」はすなわち事なり。事情ありて然る後に乃ち盛大たりうる。韓康伯の注は解釈する。盛大の功業を成就しうるは、皆事を為すより生ずるなり。経文は言う。だから《臨(りん)》卦を接ぐ。「臨」は大の意なり。事物盛大なりて然る後に乃ち観仰に値す。だから《観(かん)》卦を接ぐ。観仰に供すれば然る後会合する所有り。だから《噬嗑(ぜいごう)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。すでに観仰しうれば、四方異地の人は自然に聚拢会合す。経文は言う。「嗑」は合の意なり。事物はただ苟且凑合するのみをもって了とすべからず。だから《賁(ひ)》卦を接ぐ。「賁」は文飾なり。韓康伯の注は解釈する。事物すでに会合すれば、文飾を須(もち)いて、その外表を修整するを用いる。
致飾然後亨則盡矣,故受之以《剝》。極飾則實喪也。剝者,剝也。物不可以終盡剝,窮上反下,故受之以《復》。復則不妄矣,故受之以《無妄》。有無妄然後可畜,故受之以《大畜》。物畜然後可養,故受之以《頤》。頤者,養也。不養則不可動,故受之以《大過》。不養則不可動,養過則厚。
経文は言う。文飾極点に到れば、亨通の道もまた窮尽す。だから《剥》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。文飾極処に到れば、質実すなわち喪失す。経文は言う。「剥」は剥落なり。事物は一直に剥落して尽きるべからず。剥落して上極に到れば返って下位に帰す。だから《復(ふく)》卦を接ぐ。正道に回復すれば虚妄ならず。だから《无妄(むぼう)》卦を接ぐ。不虚妄ありて然る後に乃ち蓄聚すべし。だから《大畜(たいちく)》卦を接ぐ。蓄聚の後に乃ち養育しうる。だから《頤》卦を接ぐ。「頤」は養育なり。養育を加えざれば行動する所有るべからず。だから《大過》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。養育せざれば行動する由なし。而るに養育頭を過ぐれば失して太厚に在り。
[疏]正義曰:鄭玄云:“以養賢者宜過於厚。”王輔嗣注此卦云:“音相過之過。”韓氏云:“養過則厚。”與鄭玄、輔嗣義同。唯王肅云:“過莫大於不養。”則以為過失之過。案此《序卦》以《大過》次《頤》也。明所過在養。子雍以為過在不養,違《經》反義,莫此之尤。而周氏等不悟其非,兼以過失釋《大過》之名,巳具論之於《經》也。
孔穎達は「大過」の名を疏解して言う。鄭玄は講ず。「賢人を奉養するは応に過丰厚たるべし」。王弼(字は輔嗣)は《大過》卦を注して言う。「この『過』は『相過(そうか)』の過と読む」。韓康伯は言う。「養育頭を過ぐればすなわち厚と成る」。韓注は鄭玄・王弼の意と相同じ。ただ王肅のみ言う。「過失は養育せざるより大なるはなし」。これは「過」を过失の過と為すものである。《序卦》を考察すれば《大過》を《頤》卦の後に排す。これで見れば「過」ぐる所はまさに養に在る。王肅(字は子雍)はしかし過は不養に在ると認め、《経》文に違背し義理を颠倒するは、これより甚だしきはなし。而るに周氏らは彼の錯処を察覚すること能わず、かえって併せて过失をもって《大過》の卦名を解釈す。この一点は《経》を解するの時すでに詳細に論じたり。
物不可以終過,故受之以《坎》。坎者,陷也。過而不巳,則陷沒也。陷必有所麗,故受之以《離》。離者,麗也。物窮則變,極陷則反所麗也。有天地然後有萬物,有萬物然後有男女,有男女然後有夫婦,有夫婦然後有父子,有父子然後有君臣,有君臣然後有上下,有上下然後禮義有所錯。
経文は言う。事物は一直に過分たるべからず。だから《坎》卦を接ぐ。「坎」は陥落なり。韓康伯の注は解釈する。過分にして止まるを知らざれば、すなわち陥落沈没せんとす。経文は言う。陥落の後は必ず附麗する所有り。だから《離》卦を接ぐ。「離」は附麗なり。韓康伯の注は解釈する。事物窮極に到ればすなわち転変し、陥落極処に到れば反って依附する所を求む。経文は続けて言う。天地ありて然る後に万物あり。万物ありて然る後に男女あり。男女ありて然る後に夫婦あり。夫婦ありて然る後に父子あり。父子ありて然る後に君臣あり。君臣ありて然る後に上下の名分あり。上下の名分ありて然る後に礼义はじめて安放施行する所有り。
言《咸》卦之義也。凡《序卦》所明,非《易》之縕也,蓋囚卦之次,託以明義。《咸》柔上而剛下,感應以相與。夫婦之象,莫美乎斯。人倫之道,莫大乎夫婦。故夫子殷勤深述其義,以崇人倫之始,而不繫之於離也。先儒以《乾》至《離》為上《經》,天道也。《咸》至《未濟》為下《經》,人事也。夫《易》六畫成卦,三材必備,錯綜天人以效變化,豈有天道人事偏於上下哉?斯蓋守文而不求義,失之遠矣。 [疏]正義曰:韓於此一節注破先儒上《經》明天道,下《經》明人事,於《咸》卦之初巳論之矣。
韓康伯の注は解釈する。この一段は《咸(かん)》卦の意義を講ずる。およそ《序卦》の闡明する所は、皆《易》理の最も深き蘊奥にあらず。ただ卦の次第に順い、借りて義理を説明するのみ。《咸》卦は柔爻上に在り剛爻下に在り、両相感応して彼此親与す。夫婦の象はこれより美なるはなし。而るに人倫の道もまた夫婦より重大なるはなし。だから孔子は懇切深切にこの層の意を申述し、もって人倫の開端を推重し、これを《離》卦の下に系属せしめず。前世の儒者は《乾》より《離》に至るを上《経》と定め、天道を講ずと言い、《咸》より《未済(びせい)》に至るを下《経》と定め、人事を講ずと言う。其の実《易》は六画をもって卦を成し、天地人三才は必ず斉備し、天道人事を交錯綜合して変化に仿效する。いずくんぞ天道人事の各々上下二篇に偏在するの道理あらんや。これはただ文字に拘守して義理を推求せざるのみ。錯りこと遠甚なり。孔穎達は疏解する。韓康伯がこの一節の注に於いて前世の儒者の「上《経》は天道を明らかにし、下《経》は人事を明らかにす」の説を駁斥したことは、この問題は《咸》卦の開頭処に於いてすでに論述したり。
夫婦之道不可以不久也,故受之以《恆》。恆者,久也。物不可以久居其所,故受之以《遯》。遯者,退也。夫婦之道,以恆為貴。而物之所居,不可以恆,宜與世升降,有時而遯也。物不可以終遯,遯,君子以遠小人。遯而後亨,何可終邪?則小人遂陵,君子日消也。故受之以《大壯》。陽盛陰消,君子道勝。
経文は言う。夫婦の道は久長ならざるべからず。だから《恒(こう)》卦を接ぐ。「恒」は久なり。事物は久しく一処に固守すべからず。だから《遯》卦を接ぐ。「遯」は退避なり。韓康伯の注は解釈する。夫婦の道は恒久を貴びとす。然れども万物の処する位置は一成不変すべからず。応に世道に随いて升沈進退し、時到ればすなわち退避すべし。経文は言う。事物は一直に退避するべからず。韓康伯の注は解釈する。《遯》卦の講ずる所は、君子が退避に借りて小人に遠離す。退避の後に乃ち亨通を得。いずくんぞ退避して底に到らんや。一味に退き去れば、小人すなわち歩歩進逼し、君子の道は日漸に消損す。経文は言う。だから《大壮》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。陽気盛んにして陰気消ゆるは、まさに君子の道勝利を得る時なり。
物不可以終壯,故受之以《晉》。《晉》以柔而進也。晉者,進也。雖以柔而進,要是進也。進必有所傷,故受之以《明夷》。日中則昃,月盈則食。夷者,傷也。傷於外者,必反於家,故受之以《家人》。傷於外,必反脩諸內。家道窮必乖,室家至親,過在失節。故《家人》之義,唯嚴與敬。樂勝則流,禮勝則離。家人尚嚴其敝,必乖也。
経文は言う。事物は一直に強壮たるべからず。だから《晋(しん)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。《晋》は柔順の道を以て上進す。経文は言う。「晋」は前進なり。韓康伯の注は解釈する。柔順を以て上進すといえども、終究は前進なり。経文は言う。前進すれば必ず損傷する所有り。だから《明夷(めいい)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。太陽正午に到ればすなわち偏斜し、月亮円満すればすなわち亏蝕す。経文は言う。「夷」は損傷なり。外に於いて傷を受ければ、必ず家中に返る。だから《家人(かじん)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。外に在りて傷を受ければ、必ず回頭して内部を修治す。経文は言う。家道窮困すれば必ず乖離を生ず。韓康伯の注は解釈する。一家人はもとより至親なり。過失は往々にして節度を失うに出ず。だから《家人》卦の要義はただ厳正と敬慎に在るのみ。然れども和楽が礼に勝過すれば放縦に流れ、礼が和楽に勝過すれば疏遠に流る。家を治めて一味に厳厲を崇尚すれば、その流弊は必ず彼此相い乖違す。
故受之以《睽》。睽者,乖也。乖必有難,故受之以《蹇》。蹇者,難也。物不可以終難,故受之以《解》,解者,緩也。緩必有所失,故受之以《損》。損而不巳必益,故受之以《益》。益而不巳必決,益而不巳,則盈,故必決也。故受之以《夬》。夬者,決也。決必有遇,以正決邪,必有喜遇也。
経文は言う。だから《睽(けい)》卦を接ぐ。「睽」は乖違なり。乖違すれば必ず艱難を招致す。だから《蹇(けん)》卦を接ぐ。「蹇」は艱難なり。事物は一直に艱難の中に処るべからず。だから《解(かい)》卦を接ぐ。「解」は舒緩なり。舒緩松懈すれば必ず失する所有り。だから《損(そん)》卦を接ぐ。減損止まざれば必ず転じて增益と為る。だから《益(えき)》卦を接ぐ。增益止まざれば必ず決潰に至る。韓康伯の注は解釈する。增益停まざればすなわち盈満し、盈満すれば必然潰決す。経文は言う。だから《夬(かい)》卦を接ぐ。「夬」は決断なり。決断の後は必ず遇合あり。韓康伯の注は解釈する。正道を用いて邪悪を決除すれば、必ず可喜の遇合あり。
故受之以《姤》,姤者,遇也。物相遇而後聚,故受之以《萃》。萃者,聚也。聚而上者謂之升,故受之以《升》。升而不巳必困,故受之以《困》。困乎上者必反下,故受之以《井》。井道不可不革,井久則濁穢,宜革易其故。故受之以《革》。革物者莫若鼎,故受之以《鼎》。革去故,鼎取新。既以去故,則宜制器立法以治新也。鼎所以和齊生物,成新之器也,故取象焉。
経文は言う。だから《姤(こう)》卦を接ぐ。「姤」は相遇なり。事物相遇の後はすなわち聚集す。だから《萃(すい)》卦を接ぐ。「萃」は聚集なり。聚集して後向上するを升と曰う。だから《升(しょう)》卦を接ぐ。上昇止まざれば必ず困窮す。だから《困(こん)》卦を接ぐ。上に於いて困を受ければ必ず下に返る。だから《井(せい)》卦を接ぐ。水井の道は変革を加えざるべからず。韓康伯の注は解釈する。井水久しく放たばすなわち汚濁穢悪し、応にその陳旧を革除すべし。経文は言う。だから《革(かく)》卦を接ぐ。事物を変革するに鼎より相宜なるはなし。だから《鼎(てい)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。《革》は旧を除去し、《鼎》は新を取用す。すでに旧を除去せば、応に器物を制作し法度を訂立して新しい局面を治理すべし。鼎は五味を調和し烹煮して物を成すの器具なり。まさに新物を成就する器なれば、ここに於いてその象を取る。
主器者莫若長子,故受之以《震》。震者,動也。物不可以終動,止之,故受之以《艮》。艮者,止也。物不可以終止,故受之以《漸》。漸者,進也。進必有所歸,故受之以《歸妹》。得其所歸者必大,故受之以《豐》。豐者,大也。窮大者必失其居,故受之以《旅》。旅而無所容,故受之以《巽》。旅而無所容,以巽則得出入也。巽者,入也。入而後說之,故受之以《兌》。兌者,說也。說而後散之,故受之以《渙》。說不可偏繫,故宜散也。
経文は言う。宗廟祭器を主持する者は長子より相宜なるはなし。だから《震》卦を接ぐ。「震」は動なり。事物は一直に動くべからず。これを停止せしむべし。だから《艮》卦を接ぐ。「艮」は止なり。事物もまた一直に停止すべからず。だから《漸(ぜん)》卦を接ぐ。「漸」は漸進なり。前進すれば必ず帰宿する所有り。だから《帰妹(きまい)》卦を接ぐ。帰宿を得る者は必ず盛大なり。だから《豊(ほう)》卦を接ぐ。「豊」は大なり。盛大窮極に到れば必ず安居の所を失う。だから《旅(りょ)》卦を接ぐ。羇旅外に在りて容身する処なし。だから《巽》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。客居して容身する処なければ、謙順の道を用いれば出入無碍たりうる。経文は言う。「巽」は入なり。进入の後は人を喜悦せしむ。だから《兌》卦を接ぐ。「兌」は喜悦なり。喜悦の後はすなわち散布し去るべし。だから《渙(かん)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。喜悦は一処に偏系すべからず。だから散開すべし。
渙者,離也。渙者發暢而無所壅滯則殊趣,各肆而不反則遂乖離也。物不可以終離,故受之以《節》。夫事有其節,則物之所同守而不散越也。節而信之,故受之以《中孚》。孚,信也,既巳有節,則宜信以守之。有其信者必行之,故受之以《小過》。守其信者,則失貞而不諒之道,而以信為過,故曰小過也。有過物者必濟,行過乎恭,禮過乎儉,可以矯世厲俗,有所濟也。故受之以《既濟》。物不可窮也,故受之以《未濟》。終焉。有為而能濟者,以巳窮物者也。物窮則乖,功極則亂,其可濟乎?故受之以《未濟》也。
経文は言う。「渙」は離散なり。韓康伯の注は解釈する。渙散は発揚暢通して壅塞する所なく、因而各々一方に趨く。もし人人放縦にして回返を知らざれば、遂に彼此相い乖離す。経文は言う。事物は一直に離散すべからず。だから《節(せつ)》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。事情に節度あれば、すなわち衆人共同遵守の準則と成りて散漫越軌に至らず。経文は言う。節度ありて誠信を以てこれを守る。だから《中孚》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。「孚」はすなわち信なり。すでに節度あれば、応に誠信を用いてこれを守持すべし。経文は言う。誠信ある人は必ず実行に付す。だから《小過》卦を接ぐ。韓康伯の注は解釈する。小信を死守する者は、《論語》のいう「貞にして諒ならず」の正道を失い、守信を過重に見る。だから「小過」と曰う。経文は言う。常人に過ぐる所有る者は必ず事を成しうる。韓康伯の注は解釈する。行為恭敬にして過ぐること些か有り、礼を用い節儉にして過ぐること些か有れば、世風を矯正し習俗を砥礪し、因而成済する所有りうる。経文は言う。だから《既済(きせい)》卦を接ぐ。事物は窮尽すべからず。だから最後に《未済》卦を接ぐを以て結と為す。韓康伯の注は解釈する。作為ありて成済しうる者は、事物を窮尽処に推至する者なり。然れども事物窮尽すればすなわち乖違し、功業頂点に到ればすなわち乱を生ず。なんぞ成済を談ぜんや。だから最後に《未済》卦を用いて全篇を収束す。
雑卦
《雜卦》者,雜糅眾卦,錯綜其義,或以同相類,或以異相明也。 [疏]正義曰:上《序卦》依文王上下而次序之,此《雜卦》孔子更以意錯雜而對辨其次第,不與《序卦》同。故韓康伯云:“雜卦者,雜糅眾卦,錯綜其義,或以同相類,或以異相明也。”虞氏云:“《雜卦》者,雜六十四卦以為義,其於《序卦》之外別言也。”此者聖人之興,因時而作,隨其時宜,不必皆相因襲,當有損益之意也。故《歸藏》名卦之次,亦多異於時。王道蹖駁,聖人之意,或欲錯綜以濟之,故次《序卦》以其雜也。
韓康伯の注は篇題を解釈して言う。いわゆる《雑卦》とは、衆卦を攙雑して一処に置き、それらの意義を交錯綜合し、あるいは相同を以て帰類し、あるいは相異を以て対照発明するものなり。孔穎達は疏解する。上の《序卦》は文王の上下二篇の次第に依って排列したものである。この篇《雑卦》は孔子が別途己意に拠って錯雑に排比し、両々相対してそれらの次第を分辨するもので、《序卦》と同じからず。だから韓康伯は言う。「《雑卦》は衆卦を攙雑し、それらの意義を交錯綜合し、あるいは同類を以て相い従え、あるいは相異を以て相い明らかにす」。虞翻(ぐほん)は言う。「《雑卦》は六十四卦を攙雑して立義し、《序卦》の外に別途一説を立つ」。これは聖人が時に応じて興り、当時の宜しきに随って立言し、必ずしも事事前人に因襲せず。その間自ずから増損の意あるがためなり。だから《帰蔵(きぞう)》易の卦名を排列する次第もまた当時通行の《周易》と多く異なる。世の道は錯乱駁雑なり。聖人の用意はあるいは錯綜の法を以てこれを匡救せんと欲したか。故に《序卦》の後にまた《雑卦》を列す。取る所はまさに「雑」の意なり。
乾剛坤柔,比樂師憂。親比則樂,動眾則憂。臨觀之義,或與或求。以我臨物,故曰“與”;物來觀我,故曰“求”。屯見而不失其居。屯利建侯,君子經綸之時。雖見而磐桓,利貞不失其居也。蒙雜而著。雜而未知所定也。求發其蒙,則終得所定。著,定也。
経文は言う。《乾》卦は剛健、《坤》卦は柔順。《比》卦は和楽、《師》卦は憂労。韓康伯の注は解釈する。彼此親近比輔するがゆえに和楽し、師を興し衆を動かすがゆえに憂労す。経文は言う。《臨》と《観》両卦の意義は、一つは施与、一つは求取。韓康伯の注は解釈する。我より万物を臨撫するゆえに「与」と曰い、万物前に来りて我を観仰するゆえに「求」と曰う。経文は言う。《屯》卦はすでに顕現してその居る位を失わず。韓康伯の注は解釈する。《屯》卦は諸侯を封建するに利あり。まさに君子が天下を経営治理する時なり。すでに頭角を顕露せどもなお徘徊守候し、正固を守持して本位を離れず。経文は言う。《蒙》卦は混雑して後に顕明す。韓康伯の注は解釈する。蒙昧混雑の時は、まだどこに安定すべきかを知らず。人に求めてその蒙昧を啓発せしめれば、最終に安定を得べし。「著」はすなわち安定なり。
震,起也。艮,止也。損、益,盛衰之始也。極損則益,極益則損。大畜,時也。因時而畜,故能大也。無妄,災也。無妄之世,妄則災也。萃聚而升不來也。來,還也。方在上升,故不還也。謙輕而豫怠也。謙者不自重大。噬嗑,食也。賁,無色也。飾貴合眾,無定色也。
経文は言う。《震》卦は奮起、《艮》卦は静止。《損》《益》両卦は、盛より衰に転じ衰より盛に転ずる開端なり。韓康伯の注は解釈する。減損極処に到ればすなわち転じて增益と為り、增益極処に到ればすなわち転じて減損と為る。経文は言う。《大畜》卦の講ずるは時機なり。韓康伯の注は解釈する。時機に順いて蓄聚するゆえに盛大たりうる。経文は言う。《无妄》卦の講ずるは災禍なり。韓康伯の注は解釈する。人人虚妄ならざる世道に在りて、誰か妄為すれば自ずから災禍を招く。経文は言う。《萃》卦は聚集、《升》卦は上昇して回還せず。韓康伯の注は解釈する。「来」はすなわち回還なり。まさに上昇進中に在るゆえに回頭せず。経文は言う。《謙》卦は自らを軽んじ、《豫》卦は怠惰なり。韓康伯の注は解釈する。謙虚の人は自らを尊大と見なさず。経文は言う。《噬嗑》卦は咬合進食、《賁》卦は固定の顔色なし。韓康伯の注は解釈する。文飾は衆人の好みに合しうるを貴ぶ。だから一定の顔色なし。
兌見而巽伏也。兌貴顯說,巽貴卑退。隨,無故也。蠱,則飭也。隨時之宜,不繫於故也。隨則有事,受之以蠱。飭,整治也。蠱所以整治其事也。剝,爛也。物熟則剝落也。復,反也。晉,晝也。明夷,誅也。誅,傷也。
経文は言う。《兌》卦は顕現、《巽》卦は潜伏。韓康伯の注は解釈する。《兌》は喜悦を顕露するを貴びとし、《巽》は卑下退譲するを貴びとす。経文は言う。《随》卦は旧を拘守せず、《蠱》卦は積弊を整治す。韓康伯の注は解釈する。時に随い宜に制し、旧規に系恋せず。追随する所有ればすなわち事情を生出す。だから《序卦》は《随》の後に《蠱》を接ぐと言う。「飭」は整治の意なり。《蠱》卦はまさにそれらの積壊の事を整治するに用いる。経文は言う。《剥》卦は爛落なり。韓康伯の注は解釈する。果実熟透すればすなわち剥落し下る。経文は言う。《復》卦は返回、《晋》卦は白昼、《明夷》卦は誅傷なり。韓康伯の注は解釈する。「誅」はすなわち損傷なり。
井通而困相遇也。井,物所通用而不吝也。困,安於所遇而不濫也。咸,速也。物之相應,莫速乎咸。恆,久也。渙,離也。節,止也。解,緩也。蹇,難也。睽,外也。相疏外也。家人,內也。否,泰,反其類也。大壯則止,遯則退也。大正則小人止。小人享則君子退也。
経文は言う。《井》卦は通達、《困》卦は遇える所に安んず。韓康伯の注は解釈する。井水は人人通用して吝惜せず。困に処る人は自らの遭遇に安んじて放縦妄求せず。経文は言う。《咸》卦は感応迅速なり。韓康伯の注は解釈する。事物の間の相応は、「咸」より速きはなし。経文は言う。《恒》卦は長久、《渙》卦は離散、《節》卦は節止、《解》卦は舒緩、《蹇》卦は艱難、《睽》卦は相外なり。韓康伯の注は解釈する。彼此疏遠にして相い排斥して外に在るなり。経文は言う。《家人》卦は内に向かう。《否》と《泰》は性質相反の一対なり。《大壮》卦は止、《遯》卦は退なり。韓康伯の注は解釈する。大道端正なれば小人自然に止息し、小人得勢通達すれば君子は止むなく退避す。
大有,眾也。同人,親也。革,去故也。鼎,取新也。小過,過也。中孚,信也。豐,多故也。虛者懼危,滿者戎盈。豐大者多憂故也。親寡,旅也。親寡故寄旅也。離上而坎下也。火炎上,水潤下。小畜,寡也。不足以兼濟也。履,不處也。王弼云:《履》卦陽爻,皆以不處其位為吉也。需,不進也。畏駭而止也。
経文は言う。《大有》卦は衆多、《同人》卦は親和、《革》卦は陳旧を除去し、《鼎》卦は新物を取用し、《小過》卦は稍々過越有り、《中孚》卦は誠信、《豊》卦は変故繁多なり。韓康伯の注は解釈する。空虚の人は危険を怕れ、盈満の人は満溢を戒備す。豊盛盛大の人は憂患変故もまた多し。経文は言う。親近の人稀少なるは《旅》卦なり。韓康伯の注は解釈する。親人稀少なれば、ただ客居寄旅せざるを得ず。経文は言う。《離》卦は上に向かい、《坎》卦は下に向かう。韓康伯の注は解釈する。火性は炎上し、水性は潤下す。経文は言う。《小畜》卦は蓄うる所微少なり。韓康伯の注は解釈する。蓄積は天下を兼済するに足らず。経文は言う。《履》卦は其の位に安処せず。韓康伯の注は王弼を引いて言う。《履》卦の陽爻は、皆本位に安居せざるを以て吉と為す。経文は言う。《需》卦は前進せず。韓康伯の注は解釈する。険難を畏懼して止まりて等待するがゆえなり。
訟,不親也。大過,顛也。本末弱也。姤,遇也,柔遇剛也。漸,女歸待男行也。女從男也。頤,養正也。既濟,定也。歸妹,女之終也。女終於出嫁也。未濟,男之窮也。剛柔失位,其道未濟,故曰窮也。夬,決也,剛決柔也,君子道長,小人道憂也。
経文は言う。《訟》卦は彼此相い親和せず。《大過》卦は顛覆なり。韓康伯の注は解釈する。《大過》は初・上両爻皆陰にして、本末皆柔弱なれば、顛覆す。経文は言う。《姤》卦は相遇にして、陰柔の陽剛に遇うなり。《漸》卦は女子出嫁して男方の迎娶を待ちて乃ち動身す。韓康伯の注は解釈する。女子は男子に随いて行くなり。経文は言う。《頤》卦は正を以てこれを養う。《既済》卦は各々其の定位を得。《帰妹》卦は女子の帰宿なり。韓康伯の注は解釈する。女子は最終に出嫁に帰す。経文は言う。《未済》卦は男子の困窮なり。韓康伯の注は解釈する。剛爻柔爻皆位に当たらず、その道未だ成済せざれば、窮と曰う所以なり。経文は最後に言う。《夬》卦は決断にして、陽剛の陰柔を決除し、君子の道は增長し、小人の道は憂懼す。
