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周易辨录

明 · 杨爵

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

《周易辨録》は明代の楊爵が撰した書である。本書は《欽定四庫全書》経部の第一類に収められ、書名は《周易辨録》と題され、「易類」に属する。以下は…

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

四庫全書提要

《周易辨録》,(明)楊爵撰。欽定四庫全書,經部一,周易辨録,易類,提要。

《周易辨録》は明代の楊爵が撰した書である。本書は《欽定四庫全書》経部の第一類に収められ、書名は《周易辨録》と題され、「易類」に属する。以下は四庫館臣の記した提要である。

臣等謹案:《周易辨録》四卷,明楊爵撰。爵字伯修,富平人,嘉靖己丑進士,官至山東道監察御史,以上疏極論符瑞,下詔獄繫七年始得釋,事蹟具《明史》本傳。其書前有自序,題嘉靖二十四年乙巳,蓋即其與周怡、劉魁等在獄中講論所作,故取《繫辭》困徳之辨一語為名。《明史》本傳作《周易辨說》,其名小異,然《藝文志》仍作《周易辨録》,蓋刊本字誤也。

臣らは謹んで考订した:《周易辨録》は全四巻で、明代の楊爵の撰である。楊爵は字を伯修といい、陜西富平の人で、嘉靖己丑年に進士に及第し、官は山東道監察御史に至った。彼は上疏して朝廷の祥瑞・符命を崇信する説を痛烈に駁したため、詔獄に投じられ、七年間繋がれてようやく釈放された。生平の事跡は《明史》本伝に記されている。この書の巻首には自序があり、嘉靖二十四年乙巳と題されている。すなわち周怡・劉魁らとともに獄中に囚われ、互いに《周易》を講論した際の作であり、ゆえに《繋辞伝》の「困は徳の辨なり」という一句を取って名付けたのである。《明史》本伝では書名を《周易辨説》と作し、やや異なるが、《芸文志》は依然《周易辨録》と作しており、刊本の文字の誤りであろう。

所釋惟六十四卦,每卦惟載上下經卦辭,然其訓解則六爻及《彖傳》《象傳》皆兼及之,特不列其文耳。其說多以人事為主,頗剴切著明。蓋以正直之操,處杌■〈揑,木代扌〉之會,幽居遠念,寄託良深,有未可以經生常義律之者。然自始至終無一字之怨尤,其所以為純臣歟。乾隆四十四年八月恭校上。

この書が解釈するのは六十四卦のみで、各卦には《上経》《下経》の卦辞だけが録されているが、その訓解は六爻の爻辞および《彖伝》《象伝》をも併せて論じており、ただそれらの原文を改めて抄録しないだけである。その説は多く人事に立脚し、きわめて肯綮にあたり明白透徹している。これは彼が正直の節操をもって「杌陧」――すなわち国勢の危殆不安な時局――に身を処し、幽囚の中で国事を深く思い、寄托がきわめて深かったからで、一部は通常の経生の解経の常規では律しきれないところがある。しかし全書を通じて怨恨・責怨の言辞は一字もなく、まさにこれが彼の純臣たる所以であろう。乾隆四十四年八月、恭しく校订して献上する。

周易辨録原序

予久蒙幽繫,自以負罪深重,憂患驚惕之念,即夙夜而恆存也。困病中日讀《周易》以自排遣,愚昧管窺,或有所得,則隨筆之以備遺忘。歲月既久,六十四卦之說畧具矣,因名曰《周易辯録》。《繫辭》曰:「困,徳之辯也。」吾以驗吾心之所安、力之所勝何如耳。若以為實有所見而求灋於古人焉,則吾死罪之餘,萬萬所不敢也。楊爵書。

私は長く幽囚の身を蒙り、自ら負う罪責は重いと思い、憂患・驚惧の念が日夜心の中にあった。困頓・病苦の中で、毎日《周易》を読んで自らを慰めた。愚昧浅陋な一孔の見ではあるが、時折領会することがあれば、後日の忘却を防ぐため随筆で記した。日が経つにつれ六十四卦の解説がほぼ整い、そこで《周易辨録》と名付けた。《繋辞伝》に「困は徳の辨なり」とある。私はただこれを借りて、自分の心がどこまで安んじられるか、力がどこまで担えるかを試したにすぎない。もし私に真に見識があり、古人に定法を求め得ると言うならば、それは死罪を負い幸いにも苟且に生きながらえたこの身が、決して敢えて当てはまることではない。楊爵記す。

周易辨録巻一

欽定四庫全書。周易辯録卷一。(明)楊爵撰。

以下は《欽定四庫全書》本《周易辨録》巻一、明代の楊爵(字は伯修)の撰である。

乾卦(乾下乾上)

乾:元亨利貞。

《乾》の卦辞はいう:乾道は元・亨・利・貞の四つの徳性を備えている。

乾卦擬天純陽不已之義也。元亨利貞,乾之徳也。分而言之有四,合而言之一元而已。氣始動為元,流行為亨,以變則變、以化則化為利,機藏於靜,其動而為元亨利者皆具於此,為貞。乾之四徳,一誠可以盡之矣。《易》有聖人之道四焉:以言者尚其辭,以動者尚其變,以制器者尚其象,以卜筮者尚其占。然必尚辭、尚變、尚象,而後可以語尚占也。故筮者,易中之一義,必配之以道而後可用也。《繫辭》曰:「吉凶者,得失之象也。」自《坤》而至《未濟》,雖情偽萬變,莫不以合此天道而為得為吉,戾此天道而為失為凶也。悔吝無咎,亦即其得失淺深而言之也。

《乾》卦は天に象を取り、純陽の気が運行して止まらない理を説く。「元・亨・利・貞」は乾の徳性で、分けていえば四つ、合わせていえばただ一つの「元」にすぎない。気が動き始めるのを「元」といい、通暢して流れ行くのを「亨」といい、変ずべきときに変じ、化すべきときに化して各々その宜を得るのを「利」という。この動きの機が静に収蔵され、発動して元となり亨となり利となるものがすべてその内に完備して含まれるのを「貞」という。乾のこの四つの徳性は、「誠」の一字で言い尽くせる。《周易》には聖人の道が四条含まれている:それをもって言を立てる者は卦爻辞を重んじ、それをもって行動する者は爻の変を重んじ、それをもって器物を作る者は卦象を重んじ、それをもって卜筮する者は占断を重んじる。しかし必ず先に辞を重んじ、変を重んじ、象を重んじて、それから初めて占を重んじることができる。ゆえに占筮は《易》の一層の意にすぎず、必ず義理を添えてこそ用いることができる。《繋辞伝》に「吉凶は得失の象なり」という。《坤》卦から《未済》卦まで並べてみると、人情・事変は真偽万端で変化は窮りないが、いずれもこの天道に合致すれば「得」であり吉となり、背けば「失」であり凶となるにほかならない。「悔」「吝」「无咎」に至っても、また得失の深さの度合いに応じて分けて言うだけである。

大哉乾元,為萬物所資以始,匪特資之以始也,非乾元則不能有終矣。故亨也者,亨此元也;利也者,利此元也;貞也者,貞此元也。一理流行而用各不同,隨其所至之善而名之耳。在人則為仁義禮智,而仁則無所不包,發而為惻隠、羞惡、辭讓、是非,而惻隠則無所不貫。雲行雨施,品物流形,天命之不已,而所以為亨也。上天之載,無聲無臭,雲雨品物顯於聲臭,形而下之器也,必有形而上之道焉。大明終始,會乾道之一本也;六位時成,識乾道之萬殊也,生而知之也。時乗六龍以御天,非行六龍,由六龍行,安而行之也。聖人窮理盡性以至於命,乾卦性命之理,畫前之易,聖人先得之矣。

偉大なりや乾元!万物は皆これに依って初めて始まりを得る。始まりを得るだけでなく、乾元なくしては万物は終わりをも得られない。ゆえに「亨」とはこの「元」を通達せしめることであり、「利」とはこの「元」を各々その宜を得させることであり、「貞」とはこの「元」を正固に帰せしめることである。同一の理が流行して作用がそれぞれ異なるのは、ただそれが至った層の美に随って名付けたにすぎない。人の身においては仁・義・礼・智として表れ、「仁」は包まないものなく、発すれば惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端となり、そのうち惻隠の心がまた残り三者を貫いている。《彖伝》のいう「雲行雨施、品物流形」は、まさに天命が運行して止まらないゆえに「亨」と称するのである。《詩経・大雅・文王》に「上天の載、声なく臭なし」とあり、雲雨と万物が聞き見える形跡として現れるのは「形而下」の器であり、器の背後には必ず「形而上」の道がある。「大明終始」は乾道が同一の源に出ることを領会すること、「六位時成」は乾道が千差万別に分化することを認識することで、これは生まれながらに明らかな境界である。「時に六龍を乗りて以て天を御す」とは、聖人が六龍を駆り立てるのではなく、六龍の自然の運行に順うこと、すなわち从容安然としてそれを践履することである。聖人は事理を窮め、本性を尽くして天命に通ずるに至る。《乾》卦の説くところはまさに性命の理であり、卦を画く以前から存在した易理で、聖人が一足先にそれを悟ったのである。

乾道變化,由動極而向於靜之始,利之義也。萬物各得其性命之正,而保合太和,為靜之極,貞之義也。聖人之徳首出庶物,以神道設教於上,猶乾道變化也;萬國咸寧,猶萬物各正性命而保合太和也。元亨者,顯諸仁也;利貞者,藏諸用也。聖人過化存神,上下與天地同流者也,故配合而迭言之。

「乾道変化」は、動きが極まって静に転ずる始まりで、これが「利」の義である。万物が各々その性命の正を得て、保ち合わせて最も和らいだ状態に聚まるのは静が極まることで、これが「貞」の義である。聖人の徳は超然として衆人の上に先んじ、神妙な天道をもって上位で教化を施すのは、乾道の変化のごときである。《彖伝》に「万国咸に寧し」というのは、万物が各々性命を正しくして太和を保合するがごときである。「元・亨」は仁徳を顕出させること、「利・貞」は作用を収蔵することである。聖人の経過する所では人は自ずから感化され、その存養する心地は自ずから神妙に測り難く、上下は天地と同一に流行する。ゆえに《彖伝》は天道と聖人とを配合して交互に言うのである。

兩乾相繼,天行健之象也。君子法天行健之象而以自強不息焉,以義理勝私邪而能要之以有終也。所謂仁以為己任,死而後已,非天下之至強,其孰能與於此,即孔子嘆所未見之剛者也。為私邪所制而間隔其義理之心,則懦夫而已矣。自強不息,君子入聖之功也。勉勉循循,持之以敬畏,假之以歲月,勿忘助之不已,則與至誠無息之聖同歸矣,此欲從末由之際功夫也。

上下二つの乾卦が重なるのは、まさに「天行健」の卦象である。君子は天の運行が剛健にして息まない象に倣い、よって自ら強めて息まず、義理をもって私欲・邪念に勝ち、しかも最後まで持ちこたえることができる。曾子のいう「仁を己の任とし、死して後已む」は、天下最も剛強な者でなければ誰ができよう。これもまた孔子が見たことがないと嘆いた「剛」である。もし私欲・邪念に制され、心中の義理を隔絶すれば、それはただの懦夫にすぎない。自ら強めて息まないことは、君子が聖境に入る工夫である。勤勉不懈・循序漸進し、敬畏の心をもってそれを守り、長い歳月をもってそれを成し遂げ、忘れず、また苗を引き抜いて助長せず、このように持続して止まなければ、「至誠息まず」の聖人と殊途同帰できる。これはまさに顔淵のいう「従おうと欲すれど手の施しようがない」というとき、最も下すべき那一段の工夫である。

初九以乾剛得正,處最下草澤中,居仁由義之俊傑,為龍之潛藏而未見之象也。在國曰市井之臣,在野曰草莽之臣,皆謂庶人。徳未上孚,人未見知,而欲求用,則失身而無以正天下,君子不為也,故勿用。舜之側微,伊尹耕莘,說築傅巖,孔子待價,孟子不見諸侯,皆此道也。乾之時固不可以言否,而在君子一時一事未能遂所願,則亦否之義也。《象》曰:「潛龍勿用,陽在下也。」陽言龍,而下言勿用之義也。

初九は乾の剛健の徳をもって正位に居るが、全卦の最下に処し、ちょうど草野・水沢の中に身を置き、仁に安んじ義に行う杰出した人材で、まさに龍が潜伏して隠れ、未だ現れない象である。このような人は都城では「市井の臣」と呼ばれ、郷野では「草莽の臣」と呼ばれ、いずれも官位のない平民をいう。徳行がまだ君王に上達して信任を得ておらず、人もまだ彼を知らない。このとき急いで任用を謀れば、それは自ら身分を失い、かえって天下を正す由なく、君子はやらない。ゆえに爻辞に「用うる勿れ」という。虞舜は微賤の出であり、伊尹は有莘の野で耕し、傅説は傅岩で築壁の労役に服し、孔子は買い手を待ち、孟子は自ら諸侯に見えようとしなかった。皆この道を行ったのである。《乾》卦のこの時は本来《否》卦のような閉塞を言うに足らないが、君子にとって一時・一事がその願いに叶わなければ、「否」の意を帯びる。《象伝》に「潜龍用うる勿れ、陽下に在るなり」という。「陽」というのは龍のごとき資質を指し、「下に在る」というのはなぜ「用うる勿れ」なのかを釈するのである。

九二乾剛得中,善莫善於此徳也。位初九之上,則離於潛隠而名實顯著,聞其風而興起者宜亦多矣。始脫深藏之跡,未履明顯之位,為龍見在田而光澤耀世之象也。以此徳而處此地,君未嘗不欲其輔己以有為也,民未嘗不望其興道以致治也。天之生此民也,使先知覺後知,使先覺覺後覺,九二天民之先覺者也,以斯道而覺斯民,乃其責任也。故利見九五之大人,相與有為而成正大光明之業,則性分之理盡而事天之道得矣。

九二は乾の剛健の徳を備えしかも下卦の中位に居り、徳性はこれより良いものはない。その位置は初九の上にあり、すでに潜伏・隠蔵の状態を脱し、名声と実徳とが顕れ出て、その風範を聞いて奮起して倣う者は多いはずである。深く蔵して露わにしなかった行跡を脱したばかりで、まだ顕要の職位には登っていない、まさに龍が田野に現れ光輝が世間を照らす象である。このような徳をもってこのような位に処れば、君主で彼に補佐して事業を成させたいと願わぬ者はなく、百姓で彼に正道を興し治世をもたらしてほしいと望まぬ者はいない。天がこれらの百姓を生んだのは、先に理を知った者に後に知る者を導かせ、先に覚った者に後に覚る者を喚起させるためであり、九二はまさに天生の百姓の中で先に覚った一人で、この道をもって天下人を喚起するのは本来その責任である。ゆえに爻辞に「大人を見るに利し」という――九五のごとき大人を見るに利あり、君臣が互いに配合して作為をなし、正大光明の事業を成就する。こうすれば天性中に本有の道理が尽くされ、天に事える道も得られるのである。

九三乾剛得正之君子也,知義理之所在而慷慨以為之者也。以其過剛不中,強毅果敢之氣有餘,而從容委曲之風不足,能以義為質,而於禮行遜出之道或未盡也。然質本乾剛,識未嘗不明也,力未嘗不強也,知其性質之偏而勇於克勵者,又其所能也,故終日乾乾而夕猶惕若,幾於自強不息矣。下不在田,則或疑于田矣;上不在天,則或疑於天矣。好剛自是,一念之差而不自克,則或流於剛惡不自知。所處之地、所稟之資皆危厲之階也,而致曲之功罔敢自怠,故得無咎。惟其為九三也,故不能無過;惟其不安於九三也,故能補過。

九三は乾の剛健の徳を備えて正位に居る君子で、義理のある所を明らかにすれば慷慨してそれを行う。それが剛強に過ぎて中位に居らないため、剛毅果敢の気魄は余るが、从容婉転の風度は足りない。義をもって立身の本質とすることはできるが、礼に依って行い謙遜退譲する面ではなお足りないかもしれない。ただしその資質は本来剛健で、見識は明らかでないことなく、力量は強劲でないことなく、自らの性情の偏りを知って勇んで克制・磨練することができるのもまた彼のできるところである。ゆえに終日勤勉して懈らず、夜になっても警惕・戒惧し、自ら強めて息まないことに近づく。下は九二の「田」の位にいないので、田にありながら田にあらざるごとく、上は九五の「天」の位にいないので、天に近づきながら未だ天に至らざるごとく見える。もし一途に強さを誇り自ら是とし、一念の差で自ら克制できなければ、剛愎の悪徳に流れて自ら全く覚らないことになりかねない。彼の処する地位・禀受する資質はいずれも危険への階梯であり、まさにこのゆえに彼は細微な所から工夫し一点の懈怠も敢えてせず、ゆえに過ちなくあり得るのである。まさに彼が九三であるがゆえに全く過失なしとはいえず、またまさに彼が九三の偏りに安んじないがゆえに過失を補救し得るのである。

《象》言反復道,無終食之間違仁,造次必於是,顛沛必於是也。《文言》曰行事,則無事而不乾乾也;曰與時偕行,則無時而不乾乾也。用力之實,則忠信以進徳、修辭立誠以居業也。不能先知之,則未有能行之者也,故曰知至至之,可與幾也;知終終之,可與存義也。知義理之至而求以至之,則察之極其精,故可與幾,所謂始條理者智之事也;知義理之終而求以終之,則措之無不當,故可與存義,所謂終條理者聖之事也。即《大學》格物致知、誠意正心,《中庸》明善誠身,堯舜禹惟精惟一、允執厥中也。千古聖賢之學問,聖人於此爻發之盡矣。

《象伝》が九三に「道を反復するなり」というのは、《論語》のいう食事一膳の工夫も仁に違わず、倉卒の間に必ずそれを守り、顛沛流離のときも必ずそれを守ることである。《文言伝》に「事を行う」というのは、何事をなすにも勤勉不懈であること、「時と偕に行う」というのは、いかなるときにも勤勉不懈であることである。真に着力する実処は、「忠信をもって徳を進め」「辞を修めて其の誠を立てて以て業に居る」である。凡そ予め道理を明らかにできない者で真に実行できる者はいない。ゆえに《文言伝》に「至るを知りて之を至らしむれば、与に幾を言うべし。終わるを知りて之を終わらしむれば、与に義を存すべし」という。義理の極致のある所を知ってそれに達せんと力求めれば、体察は極めて精微となり、よって彼と事機の隠微を論じることができる。これが孟子のいう「条理を始める者は智の事なり」である。義理の帰宿のある所を知ってそれを完成せんと力求めれば、処置して妥当でないことなく、よって彼とともに義理を持守できる。これが「条理を終わる者は聖の事なり」である。これすなわち《大学》の格物・致知・誠意・正心、《中庸》の明善・誠身、および堯・舜・禹に伝わった「惟精惟一、允に厥の中を執れ」である。千古の聖賢の全ての学問を、聖人はこの一爻の中に既に発揮し尽くしている。

龍之在淵,時未可出則蟄以潛身,時可以出則躍而向天。九四以乾剛之徳,離下乾之上,處上乾之下,是龍不逺乎淵而出於淵矣,未至於天而向乎天矣。攝九五之事而未履其位,可以躍而不遽躍,故為或躍。處躍之道,四已曲盡之矣,其以剛處柔而善用其剛矣。《象》言進無咎,以其能或而於進之之道為無咎也。《文言》曰自試也。試猶考驗也,驗之於天而天與之,驗之於人而人歸之,非聖人先有姑試之心。以天人交與,驗己於天位,終不容以固辭也。進無咎,言其道之盡善也;自試,言其心之無私也。

龍が深淵に居るとき、時機が未だ出られなければ蟄伏して身を蔵し、時機が出るべきならば騰躍して天に向かって飛ぶ。九四は乾の剛健の徳を憑り、下卦乾の頂点を離れて上卦乾の最下に処する。まさに龍が深淵を離れて遠からず、しかし既に深淵を出て、天に至らないが既に天に向かっている。九五の事務を代理しながら未だその位に登らず、騰躍はできるが急いで騰躍しない。ゆえに「或いは躍る」という。この「躍」の時位に処してどうすべきか、九四は既にその妙を尽くしている。これは剛健の質をもって柔位に居り、自らの剛強を善く運用するものである。《象伝》に「進みて咎なし」というのは、彼が「或」の一字の余地を留め得て、進取の道において過ちをなさないからである。《文言伝》はこれを「自ら試みる」という。「試」は考験である:天に持って行って験して上天が認め、人に持って行って験して人心が帰附するのであって、聖人が事前に姑く試してみるという念を存したのではない。天意・人心が一斉に推し与えるため、自らを天子の位に置いて験せば、最終的にも固く辞退することは許されない。「進みて咎なし」はその行事の道が尽善であることをいい、「自ら試みる」はその存心に私意が毫もないことをいう。

乾道乃革,言離下而上,改革之際,變而通之之時也。義理所在,順適而一之。辭一芥而不知其為小為輕,受天位而不知其為大為重,無意必固我之心也。惟其下不在田、中不在人,故進而上亦可也;惟其上不在天,故退而下亦可也。所以上下無常者,非乾天位而有覬覦之邪心也;所以進退無恆者,非欲離群類而出乎其上也。葢君子進徳修業,預察於義理之至精,而所處契於時中之道也。改革之際,間不容髮,精微之極,非聖人不能盡也。舜避堯之子,禹避舜之子,皆或之義也,舜禹之進斯無咎矣。否則居其宮而逼其子,為突如來如、焚如死如而無所容矣,咎孰大焉。不欲遽進而終不能以不進,事天之外無容心也。或之一言,所以立君臣之大防,而為萬世之慮深逺矣。

《文言伝》に「乾道乃ち革まる」というのは、九四が下卦を離れて上卦に入り、まさに改革の関頭にあたり、変通の時であるという。義理がどこにあれば、それに順応して一つに合する。小草一本を辞退するのも、それを小事・軽いと感じない。天子の位を受けるのも、それを大事・重いと感じない:心に臆測・期必・固執・自我が一点もない。まさに彼が下は九二の「田」位にいず、中に居って人の位にいないがゆえに、上に進取してもよい。まさに彼が上は未だ九五の「天」位にいないがゆえに、下に退いてもよい。いわゆる「上下常なし」とは、天子の位を奪おうと覬覦の邪念を起こしたのではなく、いわゆる「進退恒なし」もまた同類を離れて衆人の上に凌駕しようとするのではない。大抵君子が徳を進め功業を修治するには、事前に義理の最も精微な所を明白に見て、ゆえに処する位が時に応じて中を得る道に契合する。改革の関頭には中に髪一本も容れず、精微に極まり、聖人でなければ徹底できない。虞舜が堯の子丹朱を避け、大禹が舜の子商均を避けたのは、皆この「或」の字の義であり、舜と禹はこうして再び進んでも過ちがない。さもなければ人の宮室に住み人の子を逼せば、《離》卦九四のいう「突如として来たり、焚くがごとく、死すがごとく」のような身を容れる所なき局面となり、これより大きい罪があろうか。すぐには進みたくなくても、最終的には進まざるを得ないのは、天に事えること以外に存心がないからである。「或」の一字は、まさに君臣の間に大いなる防線を立て、万世の長遠のために深く遠く考慮したものである。

九五以乾剛中正之徳,居上卦之中,是聖人位乎天位,因時立制以化成天下,知龍飛於天,騰雲雨以澤潤下土之象也。其曰利見大人,則闢四門、明四目、達四聰,君道之作用,勢莫急於此矣,聖人垂訓之意逺矣哉。堯以不得舜為己憂,舜以不得禹皋陶為己憂,皆是心也。九二在下修身而見於世之大人也,雖徳施巳普、所過必化而未為時用,九五見之而弘治化乃其利也。人主以論相為職,必虛巳忘勢而君子始樂為所用也,否則謂人莫巳若而不足以有為矣。

九五は乾の剛健・中正の徳を備え、上卦の中位に居り、これは聖人が天子の位に処し、時勢に随って制度を建立して天下を教化成就するもので、これが龍が天に飛び雲雨を起こして大地を潤す象であることが知られる。爻辞に「大人を見るに利し」というのは、《尚書・舜典》のいう四方の門を開き、四方の事を明らかに見、四方の言を通じて聴くことである。君道の運用において、形勢上これより急迫なものはなく、聖人がこの訓诫を留めた用意は実に深遠である。堯は舜を得られないことを己の憂いとし、舜は禹と皐陶を得られないことを己の憂いとした。皆この一心である。九二は下位にあって自身を修養し既に世に名を顕した大人で、徳沢の施行は既に普遍し至る所必ず人心を感化できるが、まだ当世の君主に任用されていない。九五が彼を見て教化の功を拡大する、これこそ九五の「利」である。君主たる者は品評・選任の輔相を本職とし、必ず心を虚しくして自らの権勢を忘れてこそ、君子は喜んでその用に供する。さもなければ人は皆己に及ばないと自任すれば、作為をなすに足らない。

上九徳則乾之極也,位則上之極也。以此徳而處此地,則過於上而不能下,龍之亢飛於上而不知蟄以潛身之象也。昧於消息盈虛之理、進退存亡之道,時已極而不知變,則與時偕極矣。盈滿既久,窮災不免,顛覆之凶其將至矣,故有悔,悔自吉而向凶也。伊尹曰:「臣罔以寵利居成功。」周公曰:「茲予其明農哉。」知進退存亡而處之以道矣。

上九は、徳性においては乾徳が極まり、位置においては上位が極まったものである。このような徳をもってこのような位に処すれば、上に居り過ぎて自ら下に処することができず、まさに龍が高く飛び上がって蟄伏・蔵身を知らない象である。彼は消長・盈虚の道理、進退・存亡の分寸を明らかにせず、時勢が既に尽きたのに変通を知らなければ、時勢とともに窮尽する。盈満が既に久しければ、窮困・災禍は免れず、傾覆の凶が近づく。ゆえに爻辞に「悔あり」という――「悔」は本来吉から凶に転ずる信号である。伊尹はいう:「臣子たる者、寵幸・利禄を憑って已成の功業に占まるなかれ」と。周公はいう:「ここより私は事理を明らかにする農夫とならん」と。これが進退・存亡を知り、道に依って自らを安頓するものである。

用九,六陽皆變而為陰也。首者,先之義也,陽剛不為物先,則群龍無首之象也,如是而可吉也。坤之義,地道也,臣道也,妻道也;用九之義,天道也,君道也,夫道也。特事有可以用柔者,而乃為善用其剛也。聖人以天下之才徳為才徳,以天下之聰明為聰明,其才徳聰明始高出於億兆人之上矣。以堯舜之至聖,而用人施政必諮於四嶽九官,而舍己從人以為徳。天道下際而光明,必如是始合於天則而天下治矣。否則自有肺腸、自獨俾臧,自蔽其耳目而妄行,以治亂矣。

「用九」とは、六つの陽爻がすべて陰爻に変わることである。「首」は先頭に立ち、先んじる義である。陽剛にして事物の前頭に立たないのが「群龍首なし」の象で、こうしてこそ吉を得られる。《坤》卦の意義は地道・臣道・妻道であり、「用九」の意義は天道・君道・夫道である。ただある事柄は本来柔順の方式で処理すべきものがあり、それはまさに自らの剛強を善く運用することである。聖人は天下人の才徳を己の才徳とし、天下人の聡明を己の聡明とする。その才徳・聡明はこれこそ真に億万人の上に高出する。堯・舜のような至高の聖徳をもってしても、用人・施政には必ず四岳と九官に諮問し、己見を捨て衆人に従うことを美徳とした。天道は下に臨んで普く光明を照らすが、必ずこのようであってこそ上天の法則に合し、天下は治められる。さもなければ独自の心腸を存し自らのみを是と見なし、自らの耳目を蒙蔽して胡乱に行えば、治めるべき天下を乱世にしてしまう。

元為善之長,亨為嘉之會,利為義之和,貞為事之乾,天命之謂性也;體仁足以長人,嘉會足以合禮,利物足以和義,貞固足以乾事,率性之謂道也。命與性一也,降自天為命,具於人為性;性與道一也,綂於心為性,見於行為道,體用一原,顯微無間也。

「元」は衆善の首領、「亨」は衆美の会合、「利」は義の調和、「貞」は事をなすの骨干である。この一層が説くのはまさに《中庸》のいう「天命のこれを性と謂う」である。「仁を体して以て人を長とするに足り、嘉会して以て礼に合するに足り、物を利して以て義に和するに足り、貞固にして以て事を幹すに足り」、この一層が説くのはまさに《中庸》のいう「性に率うのこれを道と謂う」である。天命と本性はもともと一つの事である:上天から降るのを「命」といい、人の身に具わるのを「性」という。本性と道もまた一つの事である:心に統摂するのを「性」といい、行為に表れるのを「道」という。本体と作用は同一の根源に出て、顕著と隠微の間に隔閡はない。

乾之元,於時為春,於人為仁,而為眾善之長。仁義禮智皆善也,而仁綂乎義禮智,長之義也。亨,於時為夏,於人為禮,而為眾美之會。一事一節之合道,可以言嘉,而不可以言嘉之會;禮則品節文章,燦然秩然,眾理聚會而無不備。《說卦》以離為南方之卦,萬物皆相見,亦此義也。利,於時為秋,於人為裁成斷制,所行合宜而從容中節也。貞,於時為冬,至理歸藏,隨在各足;於人為智,知正道而固守之也。知正道而固守之,智之實,豫之義也,事豫則立,故為事之乾也。

乾の「元」は四時では春に属し、人の身では「仁」であって、ゆえに衆善の首領である。仁・義・礼・智は皆善であるが、「仁」は義・礼・智を統摂できる。これが「首領」の義である。「亨」は四時では夏に属し、人の身では「礼」であって、ゆえに衆美の会合である。一事・一環節が道に合するのは「嘉」と呼べても「嘉の会」とは呼べない。「礼」は品級・節度・条文・儀章が一々粲然と秩序立ち、衆多の道理が一処に会聚して備わらないものがない。《説卦伝》が離卦を南方の卦とし、万物ここに至って皆互いに相見るというのもこの義である。「利」は四時では秋に属し、人の身では裁断・処置であり、なす事が合宜で从容して中節する。「貞」は四時では冬に属し、至理が収まり潜蔵して随処に自足して具備する。人の身では「智」であり、正道を認めて牢く守る。正道を認めて牢く守るのは「智」の実処であり、また「予め備える」の義でもある。《中庸》に「凡事は豫すれば則ち立つ」という。ゆえに「貞」は事をなすの骨干である。

體仁與天地萬物為一體,君徳備矣,故足以長人。嘉其所會,好之既篤,行之必至,故足以合禮。嘉猶《書》言惟予一人汝嘉之義也。物各有則,因物付物,使之各得其所,利物也;利物則處得時措之宜,而於義無所乖矣,程子言處物為義者是也。不貞固則不能信以成之,而不誠無物矣,安能立事,故貞固足以乾事。元亨利貞,乾之四徳也,非君子體仁義禮智之深者,不足以行此四徳。君子其可以配天乎,故曰乾元亨利貞。

仁をもって自らの身体とし、天地万物と一體に合すれば、君長たるの徳が完備し、ゆえに衆人の長に居ることができる。自ら会合する礼を赞美し、好むこと既に深ければ、実行して必ず到位し、ゆえに礼に合することができる。この「嘉」は、《尚書・洛誥》の「惟れ予一人に汝嘉れ」の「嘉」の字のごときである。万物は各々その法則を有し、事物そのものに順って事物に対し、それらを各々その所を得させる。これが「物を利す」である。物を利し得れば、処置して時に応じ施設の分寸に合し、「義」に一点の違背もない。程頤のいう「物に処るを義と為す」はまさにこの理である。正を守り固持できなければ、誠信をもって事を成し遂げることはできず、「誠なければ物なし」であれば、どうやって事業を立てられよう。ゆえに「貞固にして以て事を幹すに足り」という。元・亨・利・貞は乾の四徳であり、仁・義・礼・智を深く体認した君子でなければこの四徳を実行するに足らない。君子がこうあれば、天と配することができるだろう!ゆえに《乾》卦の卦辞に「乾、元亨利貞」という。

乾元綂天,言元包乎亨利貞也。乾元者始而亨,言乾元與亨利貞流行而為一矣。亨之後為利,利之後為貞,四徳一理也。始而亨亦性情也,必於利貞言性情,主靜者四徳之義,天地萬物之理皆如此。《復》卦以一陽始生見天地之心,則動而用也;此以利貞為性情,則靜而體也。其實心與性情貫體用動靜而無不在也。一理始動,洋洋乎發育萬物,是乾始能以美利利天下矣。然但言利而不言其何所利,言何所利則有限而狹小矣;不言所利,見其無所不利矣,乾始之功大矣哉。

《彖伝》に「乾元天を統べる」というのは、「元」が亨・利・貞をその中に包んでいるということである。《文言伝》に「乾元とは始めて亨るなり」というのは、乾元が亨・利・貞と一路に流行して一體に合することである。亨の後は利、利の後は貞で、四つの徳性は同一の道理にすぎない。「始めて亨る」も性情に属するが、必ず「利貞」においてこそ「性情」と言うのは、静を主とするのが四徳の根本義で、天地万物の道理は皆こうだからである。《復》卦は一陽の初生において天地の心を見出したが、あれは動く所において作用を講じたものである。ここで「利貞」を性情とするのは、静の所において本体を講じたものである。実は心と性情は体・用・動・静を貫通し、在らない所がない。一つの道理が動き始めれば、浩々として万物を生養する。これが乾元が万物を開創し、美しい利益をもって天下を利する所以である。しかし《文言伝》はただ「利」と言うのみで利のある所を言わない。一旦利のある所を指し明かせば限量があって狭小になるからで、利する所を言わないからこそ、まさにそれが利さない所なしと見えるのである。乾元が万物を開創する功用、実に偉大である!

大哉乾乎,剛健中正純粹精也。剛健之徳,其體不偏不倚,其用無過不及,則極於中正矣;中正則純然粹然而無不精矣,非中正之外復有所謂純粹精也,七字之義,中正二字可以盡之。剛健中正純粹精,猶言大徳之敦化也;六爻發揮,猶言小徳之川流也。葢時見而見,時潛而潛,此理也;可上而上,可下而下,亦此理也。無時無處而非剛健中正純粹精之作用也,其六爻之發揮曲盡而無餘蘊矣。聖人時中之道與乾道脗合而無二者也,其繼天出治,無非以六陽旁通之理而時出之,所謂時乗六龍以御天也。雲行雨施而天下平,則治化格天而萬國咸寧也。

《文言伝》に「大なるかな乾や、剛健中正にして純粋精なり」という:剛健という徳性は、本体においては偏らず倚らず、作用においては過ぎず及ばざらず、それで「中正」の極致に達する。中正し得れば、自ずから純然・精粹にして精微ならないことなく、中正の外に別にいわゆる「純粋精」があるのではない。この七字の義は「中正」の二字で言い尽くせる。「剛健中正純粋精」は《中庸》のいう「大徳敦化」のごとく、「六爻発揮」は「小徳川流」のごとし。大抵顕るべきときに顕れ、潜蔵すべきときに潜蔵するのがこの道理であり、上進すべきときに上進し、退下すべきときに退下するのもまたこの道理である。一時・一処も剛健中正純粋精が作用しないことはなく、六爻の発揮は既にそれを曲折・詳尽に講じ余蘊を留めない。聖人が時に応じて中を守る道は乾道と吻合して異ならない。彼が天命を承継して出て世を治めるのは、六つの陽爻が互いに貫通する道理を時機に応じて施用するにほかならない。これがいわゆる「時に六龍を乗りて以て天を御す」である。「雲行雨施」にして天下太平なのは、教化の功が上天に感通し、ゆえに「万国咸に寧し」である。

坤卦(坤下坤上)

坤:元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得主利,西南得朋,東北喪朋,安貞吉。

《坤》卦の卦辞はいう:坤は元始に亨通し、母馬のように柔順に正を守るのに利しい。君子が往く所あれば、先んじれば迷い、後に居て従えば得る所があって利を主とする。西南に往けば朋類を得、東北に往けば朋類を喪う。正道に安んずれば吉。

坤者,順而有常之意。操順而冇常之徳,以應天下之故,安往而不元亨。牝馬之貞,即順而有常之徳也,故以為利。君子之有所往也,以先則迷,能後則得而主乎利焉;西南則得朋,東北則喪朋,必至於安貞而與道為一斯可矣。此皆牝馬貞之意,而所以致元亨也,故吉。元亨者,言其通變宜時而應用之不窮也;吉則徳盛業廣而事成矣。

「坤」は柔順にして常規ある義である。柔順にして常規ある徳性を持守し、これをもって天下の種々の事変に応じれば、どこに行って元始に亨通しないことがあろうか。「牝馬の貞」はまさに柔順にして常規ある徳性で、ゆえにこれを「利」と称する。君子が往く所あるとき:先んじれば迷い、後に居て従えば得る所があって「利」を主とする。西南に往けば朋類を得、東北に往けば朋類を喪う。必ず正道に安んじて道と一つに合してこそ到位である。これらは皆「牝馬の貞」の義であり、またまさに「元亨」を招く缘由で、ゆえに「吉」という。いわゆる「元亨」は、その権変に通達し時宜に合して運用が窮りないことをいう。「吉」と言うに至っては、徳業が盛大にして事が成ったことである。

坤之為用,贊相乎乾而不自作,地道也,妻道也,臣道也。先則踰理失分,凌犯於上,而為天理所不容,迷孰大焉,臣無有作福作威玉食者,而後則得。孟子告滕文公為國之道,兼舉三代井田學校之制,期以新其國而為王者師;答畢戰則告之以分田制祿之法而已。主利者,臣職之一事,地道長養萬物之義也,主於利而應用當其可,則亦利中之義也。

坤の作用は乾を輔佐して自ら主張しないこと、これが地道・妻道・臣道である。先んじるのは条理を越え本分を失い、上位の者に凌犯することで、天理の容するところではない。これより大きい迷惑があろうか。《尚書・洪範》に臣子たる者は擅りに賞を行い、擅りに威を逞しくし、擅りに美食を享用してはならないという。ゆえに後に居て従うのみしてこそ得る所がある。孟子が滕文公に治国の道を告げたとき、夏・商・周三代の井田と学校制度を併せ挙げ、その国を一新して自ら王者の師となることを期した。畢戦の問いに答えるに至っては、ただ田を分かち俸禄を定める具体的办法を講じたにすぎない。いわゆる「利を主とす」は臣子の職分中の一事で、すなわち大地が万物を長養する義である。利を主として運用が適切に至れば、それもまた「利」の中に応にある義である。

西南坤方,居易俟命,順坤道也;東北艮方,行險徼倖,反坤道也。得道者多助,故得朋;失道者寡助,故喪朋。先迷後得主利,以其職分所當為者而戒勉之也;西南得朋,東北喪朋,以其性分所固有者而致丁寧之意也。修其職而未能以義理用事者或有之,故戒之勉之極其詳,皆詞之不可已者也。

西南は坤の居する方位で、平易の地に安んじ静かに天命を候つのは、坤道に順って行くことである。東北は艮の居する方位で、険を冒して事を行い僥倖に成を求めるのは坤道に違反する。道を得る者はこれを助ける者多く、ゆえに「朋を得」、道を失う者はこれを助ける者少なく、ゆえに「朋を喪う」。「先に迷い後に主利を得」は臣子の職分上なすべき事について誡め励ますものであり、「西南に朋を得、東北に朋を喪う」は人の本性中に固有のものについて反復して叮咛するものである。ある人は本職を尽くしてはいるが、事ごとに義理に依って行うとは限らない。ゆえに彼を誡め励まし、言うこと極めて詳尽で、これらの言葉は言わざるを得ないのである。

勉強而未至於安焉者,非誠也。安貞則順適乎義理之中正而止於至善矣,此一節深一節之義也。至是則盡性命之理,極精微之蘊,坤道葢自我而出之矣。乾道則堯舜禹湯文武盡君道者之作用也,坤道則稷契皋夔伊傅周召盡臣職者之事也。引而伸之,觸類而長之,則凡綂屬之分、才質之宜、卷舒運用、先後緩急之異施,無非此道,而天下之能事畢矣。故曰神而明之存乎其人,黙而成之,不言而信,存乎徳行。

勉強して行ってまだ安然自適の境地に至らなければ、それは真誠とはいえない。「安貞」に至れば、義理の中正に順適して至善の境地に止まる。これは一層より一層深い義である。この歩に至れば、性命の理を体認し尽くし、最も精微な意蘊を極処に発揮して、坤道はほとんど己の身から流出する。乾道は堯・舜・禹・湯・文王・武王という君道を尽くした者たちの作用であり、坤道は后稷・契・皐陶・夔・伊尹・傅説・周公・召公という臣職を尽くした者たちの事業である。この道理を引申して触類旁通に拡充すれば、凡そ上下統属の分際、才質の宜なる安排、或いは卷き或いは舒くの運用、先后緩急の異なる施為は、いずれもこの道でなくてはならず、天下のなし得る事もその中に尽きる。ゆえに《繋辞伝》に「神妙にそれを領会するは其の人に在り、黙してそれを成し言わずして人を信ぜしむるは徳行に在り」という。

乾元萬物資始,坤元萬物資生,此孔子之《易》也。乾元天氣之始,坤元地氣之始,五行得天之氣而各自以為氣,非有二也。如鼓之以雷霆,潤之以風雨,皆乾之事而坤不與焉,故大可以包乎至,而至則大中之一事,以詣其極也。乾元易知之始,坤元簡能之始,施於天者為乾元,而承之於地為坤元,天地之氣配合而無間也。

「乾元万物に始めるを資らしむ」「坤元万物に生ずるを資らしむ」は、孔子が《彖伝》で講じた《易》である。乾元は天気の開端、坤元は地気の開端で、五行は各々天の気を禀受して自ら一気を成すのであって、別に二つの来源があるのではない。雷霆をもって万物を鼓動し、風雨をもって万物を滋潤するのは皆乾の事で、坤は参与しない。ゆえに《乾》に「大なるかな」といえば《坤》の「至れるかな」をその中に包むことができ、「至」はただ「大」の中の一事で、それを極処に推したにすぎない。乾元は《繋辞伝》のいう「易くして知る」の開端、坤元は「簡にして能くす」の開端である。天上に施行するを乾元といい、地上に承接するを坤元といい、天地二気は配合して間隙がない。

至哉坤元,為萬物所資以生,非自生也,以乾元之知大始,順承之而與之生也。萬物資生乃順承天,是坤厚載物而徳合於無疆矣。以厚載物則含弘矣,徳合無疆則光大矣,含弘言其體,光大言其用,此品物所以咸亨也。牝馬為地之類,則柔順之義也;行地無疆,則貞之義也。柔順而必利於貞,乃君子所行也;柔順而不能貞,則失之不及,流於柔惡而無所不至矣,豈君子之道哉。

偉大なりや坤元!万物はこれに依ってようやく生長を得る。しかし坤が自ら万物を生ずるのではなく、乾元が開創を主管し、坤は順承して、乾とともに万物を生養する。「万物生ずるを資る、乃ち順に天を承く」――これが坤の深厚をもって万物を承載し、徳性が無辺無際に合することである。深厚をもって万物を承載し得るのが「含弘」で、徳性が无疆に合するのが「光大」である。「含弘」はその本体を言い、「光大」はその作用を言う。これが万物のすべて亨通し得る所以である。母馬は地の類の動物で、柔順の義を取る。「地を行きて疆なし」は守正の義を取る。柔順にして必ず守正に利しくてこそ、君子の行く道である。柔順にして守正できなければ、不及に失して柔弱の悪徳に流れ何事もなし得てしまい、それがどうして君子の道であろうか。

先之迷,以凌分而失道也;以先為失道,則後為順而得常道矣。西南得朋,則與君子之類同行而可相與以有為矣,持此道以有終,則國與民賴之而上下皆有福慶矣。東北則反其常道,顛亂迷謬,為君子所不與,而身不能以自保矣,此未能有終所致也。言此者,見遵道有終則有慶矣。安貞則與貞為一而非勉強,純乎義理而合於坤道之貞矣,故曰應地無疆。

先んじて迷う所以は、本分を越え正道を失ったからである。先んじるが失道である以上、後に居て従うは順理にして常道を得る。「西南に朋を得」は君子の類の人と同道に行い、手を携えて事業をなし得ることである。この路を堅持して底まで行けば、国家と百姓は皆彼に仰ぎ頼み、上上下下みな福慶がある。「東北」は常道に違背し、顛倒・錯乱・迷惑・荒謬で、君子の賛同するところではなく、自身さえ保てない。これは善終できないが招くものである。これらを言うのは、正道に遵循して善終できれば福慶があることを顕明にするためである。「安貞」に至れば、「貞」と一體に合して勉強して作るのではなく、純然として義理で、坤道の貞正に合する。ゆえに《彖伝》に「地に応えて疆なし」という。

地勢有高卑,則重坤之象也;重坤則至厚之義也。君子體重坤之義而以厚徳載物焉。宇宙間事皆吾分內物也,民吾同胞,物為吾與,非仁者不能有此心也。伊尹恥君不及堯舜,匹夫匹婦不獲其所,若已推而納之溝中,真能以厚徳載物矣。凡君子度量絶人、犯而不校之類,亦此義也。反身而求以至之者,惟精察其稟賦之偏蔽而勇克去之,則高明廣大可馴致而與天地同體矣。

大地の形勢に高低あるのは、まさに二つの坤卦が重なる象で、二坤が重なるのは極めて深厚の義である。君子は重坤の義を体察し、よって深厚の徳をもって万物を承載する。宇宙の間の事は皆我が分内に管すべき事である。張載《西銘》に百姓は我が同胞、万物は我が同伴というのは、仁者でなければこのような胸懐はない。伊尹は自らの君主が堯舜に及ばないことを恥とし、一人の普通の男女が安頓を得ないのを見れば、あたかも自分が彼を山溝に推し入れたかのごとく思った。これこそ真に厚徳をもって物を載せるをなした者である。凡そ君子の度量が常人を遥かに越え、冒犯されても計りにかけない類も、皆この義である。これに反して自身の上に工夫してこの境地に達するには、ただ精細に自己の天資中の偏頗・蒙蔽の所を省察して勇猛に克除すれば、高明広大の境界は逐歩に達し得て、よって天地と同体となる。

初六於履霜之始而即知有堅氷之將至,霜與氷同一陰氣之凝也。小人一念萌於利而志不在天理之公,即不善之道也,患得患失,馴習不已而至於極,則弒奪之禍所由生。知微之君子,當於霜未至而慎之焉。孶孳為善者,舜之徒也;孳孳為利者,蹠之徒也。早於辯而用舍之,豈特免於堅氷之禍,而且無霜之可虞矣。

初六は霜を踏み始めたばかりのとき、既に堅氷が至ることを知る。霜と氷は同じく陰気が凝結して成る。小人が一個の念頭を私利の上に萌发させ、志向が天理の公にあらざれば、これが不善の路を歩むことである。患失・患得して習気は日に養われて極処に積もり、君を弑し国を奪う禍乱がここから生ずる。幾微を洞察する君子は、霜がまだ降らないうちに戒慎すべきである。孟子はいう:孜々として善を行う者は舜の類の人、孜々として利を求める者は盗跖の類の人、と。早く分別を明らかにして任用するか捨てるかを決めれば、堅氷の禍を免れるだけでなく、霜を降らせることさえ憂慮するに足りない。

六二柔順中正,有和而不流之徳。存之於心而無私曲則直也,措之於行而當於理則方也。直其為方之體,而方其所以行乎直者也。直方而至於大,特未化之,而下聖人一等矣。以此徳而應用焉,則宜時通變之機前定於心,而弛張盈縮之妙綽乎其有餘,不待習於作用而所施自能順利矣。此即牝馬之貞、後得、西南、安貞之義也。六二之於坤卦,可謂克肖之子矣。其曰地道光者,即安貞之吉、應地無疆、充實光輝之義也。

六二は柔順にして中正、中庸のいう「和して流れず」の徳性を備えている。心に存して毫も偏私・曲折なく、これが「直」である。施行して件件事理に合すれば、これが「方」である。「直」は「方」の本体、「方」は「直」の推行である。直・方をなして「大」に拡充するが、ただ未だ変化・不測には至らず、聖人に比べて一等低いだけである。このような徳をもって事に応じ物に接すれば、時に合い通変する機宜は既に心中に定まり、収放・伸縮の妙用は綽綽として余裕あり、練熟を待たずとも用いることができ、施行する所は自ずから順当である。これが爻辞の「習わずとも利あらざるなし」という所以である。これもまた卦辞の「牝馬の貞」「後に得」「西南に朋を得」「安貞」の義である。六二の《坤》卦に対するは、酷肖たる父母の好児子といえる。《象伝》に「地道の光なり」というのは、「安貞の吉」「地に応えて疆なし」および充実にして光輝あるの義である。

六三爻陰而位則陽,陰中有陽,為含章之象,葢衣錦尚絅、闇然日章之義也。不言陰不中正者,坤有順徳,內含章美而將之以順,多於陰不中正之義矣。據三之才,不患其終於不發也,患其發之輕易而或流於躁妄也,故聖人戒之而使其發之中於機會焉。發之而中於機會,則發之以時而斯為貞矣。留侯之於高帝,招四皓以羽翼太子,因沙中之謀教之以平其宿憾而封功臣,得此義矣。才可作事而自以為功,亦徳未純者,而其失易至於此也,故復以從王事而無成有終致戒焉。

六三は陰爻にして陽位に居り、陰の中に陽を含み、まさに「章を含む」の象である。すなわち《中庸》のいう錦衣を着てその外に単衣を罩せ、暗澹と見えて日に彰顯する義である。「陰にして中正ならず」と言わないのは、坤が本来柔順の徳を有し、内に美好な文采を含んで柔順をもってこれを行い、この一層の意が「陰にして中正ならず」の面を圧倒したからである。六三の才具でいえば、終始して発用しないことを憂える必要はなく、ただ発するのが軽率に過ぎて躁動・妄為に流れることを憂える。ゆえに聖人はこれを誡め、発用して正しく時機に合することを要する。発用して正しく時機に合するのは、時に応じて発することで、これを「貞」という。留侯張良が漢高帝を輔佐し、商山四皓を請出して太子を羽翼せしめ、また諸将が沙中に私語して謀反する機を趁って、高帝に勧めて最も恨む雍齒を先に封賞して宿怨を平め功臣を安撫せしめたのは、まさにこの一層の義を得たものである。才干があって事を弁じながらその功を自ら居るのも、徳性がまだ純粋でないことで、この毛病は最も犯しやすい。ゆえに爻辞はまた「或いは王事に従う、成すことなく終わりあり」をもってこれを誡める。

坤為土,三居下之上,有土諸侯之象也。古者諸侯釋位以間王政,不常有也,故曰或。為王股肱心膂而從其事,則鞠躬盡力,代王以終其事,而於成功則不敢自有而必歸於君上焉。葢代天理物者,人君之責;人臣之道,主於贊襄輔弼而已,幾微有差,則大惡基焉,非有光大之智不能識也。

坤は五行では土に属し、六三は下卦の最上位に処し、封地を擁する諸侯の象がある。古く諸侯が自らの職位を放下して王朝政事に過問することは常にあることではない。ゆえに爻辞に「或」の字を用いる。君王の臂膊・脊梁となってその事に参与すれば、躬を鞠め力を尽くし、君王に代わって事を弁じ終えるべきである。功労に至っては敢えて己有とせず、必ず君上に帰する。大抵天に代わって万物を治するのは君主の職責であり、臣子たるの道理はただ赞助・輔佐するにある。この中に一点の偏差があれば、大悪がここから奠基する。光明宏大な見識なくしては見抜けない。

周公曰:孺子來相宅,其大惇典殷獻民,亂為四方新闢,作周恭先。予旦以多子越御事,篤前人成烈,答其師,作周孚先。召公曰:予小臣敢以王之讎民百君子,越友民保受王威命明徳,王末有成命,王亦顯。我非敢勤,惟恭奉幣,用供王能祈天永命。凡周召所履,皆無成有終之義也。

《尚書・洛誥》に周公の言を記す:「若き成王が洛邑の営建を視察に来て、常法を大いに尊崇し、殷商の帰順した賢良を厚遇し、この新築の四方の都を治め上げ、周朝のために恭敬の先例を開かんとす。我が姫旦は衆卿士と弁事の官員を率いて、篤実に先王の已成の功業を継承し、彼らの衆庶に報い、周朝のために誠信の先例を開かん」と。召公はいう:「我が小臣、敢えて殷商のもと王に敵した百官君子を率い、帰順の百姓とともに、王の威命と明徳を受けん。王は終わりに成命を得、王の功業もまた顕揚す。我は敢えて勤労を自ら居らず、ただ恭敬に礼幣を奉り、王を供して上天に長久の天命を賜わるを祈らん」と。凡そ周公・召公の躬行したところは皆「成すことなく終わりあり」――その功を居らずしてその終わりを善くする――の義である。

六四乗六三陰之不得中者也,應初六陰之不得正者也,比六五雖以中徳居尊位,然陰性易迷,柔或不能持久,況亦不得其正,流而為反覆顛倒不難矣。所比所乗所應皆若是,而四獨以居陰得正與其間,難乎其為處矣。若四者,衡門之下可以棲遲,黙以求容而冀免於刑戮斯可焉。以重陰而務晦藏,聖人因其才質之宜而教以處身之義也。茍輕自漏洩,務為譏評,撩虺蛇之首,踐虎狼之尾,殺身不足惜,而於世道益難矣,此有道君子所深戒也。若欲轉移斯世,使陽徳漸亨而向於治,四雖居正而質陰柔,亦非有撥亂反正之才也,故無譽。

六四は六三の上に凌駕し、六三は陰爻にして中に居らず、下は初六に応じ、初六は陰爻にして位に当たらず、上は六五に比す。六五は中徳をもって尊位に居るが、陰柔の性は迷いやすく、柔順も必ずしも長く守れず、況んやそれもまた位に当たらず、反復・顛倒に滑り落ちるは難しくない。親比する所、凌駕する所、感応する所は皆この様で、独り六四のみが陰爻をもって陰位に居って正を得、中間に挟まれて実に安身し難い。六四のような人は、簡陋の門戸の下に姑く身を栖め、沈黙して言わずに見容れられんことを求め、刑戮を免れんことを期すれば、それでよい。それが重陰の質にして隠晦・収蔵を務むるがゆえに、聖人はその才性の宜に順い、これに安身立命の道理を教える――爻辞のいわゆる「囊を括る、咎なく誉れなし」である。もし軽率に心迹を泄露し、一途に朝政を譏議すれば、それは毒蛇の頭を撩撥し、虎狼の尾を踏みに行くようなもので、自ら命を送るは固然として惜しむに足らないが、世の道に対してはかえってより艱難にする。これは有道の君子が深く警戒するところである。この世の道を扭転して、陽剛の徳を漸々亨通して治世に向かわせようとするのは、六四は位に居って正を得るが資質は終竟陰柔で、乱を撥し正に反する才干もない。ゆえに「誉れなし」という。

六五以柔順之徳而位上卦之中,是以中徳而居尊位也。以中徳而居尊位,則能以身心所得者而化成天下矣,為黃裳之象。黃也者,不偏不倚之體,天徳也;裳也者,無過不及之用,王道也。天徳王道,所謂合內外之道也。成功文章燦然秩然,而本於心徳之敷措,黃裳之義也。裳為身之章,取發外之義。不曰衣而曰裳者,上衣下裳為乾坤之象,聖人取義之精如此,所謂其詞文、其言曲而中者,此亦一義也。

六五は柔順の徳をもって上卦の中位に居り、これは中正の徳を憑って尊貴の位に処するものである。中徳をもって尊位に居れば、自身の心地の得た所を推し出して天下を教化成就できる。ゆえに「黄裳」の象がある。「黄」は偏らず倚らざる本体で天徳に属し、「裳」は過ぎず及ばざらざる作用で王道に属する。天徳と王道は《中庸》のいう内外を貫通する道である。功業・文章が粲然として秩序立ち、内心の徳性の施展に根源于するのが「黄裳」の義である。裳は人身の文飾で、内より外に発する義を取る。「衣」と言わず「裳」というのは、上衣下裳がまさに乾上坤下の象に合するからで、聖人の義を取る精細さはここに至る。《繋辞伝》のいう「其の辞文あり」「其の言曲にして中なる」もまたこれの一証である。

凡列爵分土、井田學校,所以裁成天地之道、輔相天地之宜,維持之以紀綱,涵濡之以禮樂,事業之大彌六合而無間者,皆自一念之微所發越,而亦非有所増益於性分之外也。至是則君道盡,而代天理物之任無歉矣,故元吉。

凡そ爵位を分列し土地を划分し、井田を推行し学校を興弁し、もって天地の道を裁制成就し、天地の宜に輔助配合し、綱紀をもってこれを維繫し、礼楽をもってこれを涵養・浸潤する――このように六合に弥漫して間隙なき宏大の事業は、全て心の中の一念の微から発揚して来たもので、本性の外に何かを增添したのではない。この歩に至れば君道は尽くされ、天に代わって万物を治する責任も毫も欠けず、ゆえに爻辞に「元吉」という。

上六陰盛之極,與陽相搏擊,坤為地,居卦之終,則龍戰于野之象也。上六言龍,非真龍也,特以力強而敵乎龍,故稱龍焉。初六言堅氷至,亦於上六驗之矣。當小人類霜之始,其勢固甚微也,使國有人焉,制而去之不難矣;及馴習積累而至於盛,則假政柄以制君子之去留,終於君子盡去、小人獨存,而成天地閉塞之世,至是則亦末如之何矣。

上六は陰気が極めて盛んで、陽と搏闘せんとする。坤は地であり、上六はまた全卦の末尾に居り、ゆえに「野に龍戦う」の象がある。上六に「龍」というのは真の龍ではなく、ただその勢力が強横にして龍と抗衡し得るゆえに、これを龍と称するのである。初六の「堅氷至」もまたまさに上六において応験を得る。小人が初降の霜のごとく頭を出したばかりのとき、勢力は本来極めて微弱で、仮に国中に人があれば、制止して彼を除くのは難しくない。日々に積累して強盛に至れば、朝廷の権柄を借りて君子の去留を決定し、最後には君子が排擠し尽くされ小人が朝堂を独霸して、天地閉塞して通じない時世を成す。この歩に至れば如何ともし難い。

人之云亡,邦國殄瘁,未有國無君子而國不亡者也,未有國亡而小人能保其富貴者也。故君子小人同一傷也,而君子則傷於當戰之時,小人則傷於既戰之後。既戰之後,國本已撥,小人夷滅之禍即不旋踵而至矣。其血玄黃,聖人不獨示君子以知幾逺害之道,而所以喻小人者亦明且切矣。

《詩経・大雅・瞻卬》に「人之云亡、邦国殄瘁」――賢人が喪い尽くされれば国家はこれに随って病困する。君子なき国家で滅亡せぬものは未だ嘗てなく、国家が亡びて小人が富貴を保てたこともまた嘗てない。ゆえに君子と小人は同じく傷つく:君子は交戦の当口に傷つき、小人は交戦の後に傷つく。交戦の後は国家の根本は既に抜かれ、小人が誅滅される禍事は瞬く間に至る。爻辞に「其の血玄黄」というのは、聖人はただ君子に幾微を洞察し禍害を遠ざける路を指すのみならず、小人を暁喻する意もまた明白かつ懇切に言い尽くしている。

初六《象》言馴致其道,上六則曰其道窮也。上六已窮之道,即初六馴致之道也。葢至是則善類已空,國勢顛覆,小人者雖欲容身保位而謀慮已窮,無所施矣。觀兩《象》之詞,見聖人扶陽抑陰、為天地生民之慮深逺矣。

初六の《象伝》に「道に馴致す」――この路に順って一歩一歩行く――とあり、上六の《象伝》には「其の道窮まるなり」――この路は尽きた――という。上六が尽きた路は、まさに初六が一歩一歩歩んできた路である。大抵この歩に至れば、善類は既に掃空し、国勢は傾覆し、小人は縱使身家・職位を保たんと欲しても、既に智窮り計尽きて施展する所がない。この二条の《象伝》の言を見れば、聖人が陽剛を扶助し陰柔を抑制して、天地と蒼生のために考慮した深遠さが見える。

用六者,六爻之陰皆變而為陽也。陰柔之性,見之不能明,守之不能固,變而為陽,則愚可至於明,柔可至於強,而能長久於義理之正矣,故利永貞。變之之道無他焉,博學審問、慎思明辨篤行,人一能之已百之,人十能之已千之,斯可矣。

「用六」とは、六つの陰爻がすべて陽爻に変わることである。陰柔の性情は事を見て明らかにせず、原則を守って牢くせず、一旦陽剛に変われば、愚昧は明白に変わり、柔弱は剛強に変わり得て、長く義理の正道に守ることができる。ゆえに「永貞に利し」という。転変の办法は別になく、《中庸》のいう博学・審問・慎思・明辨・篤行である:他人が一分の力でできることを、我は百分の力でし、他人が十分の力でできることを、我は千分の力でする。こうすればよい。

剝盡為坤,純陰之卦,於時為消,於事為慝,天理絶盡之世也。然卦之徳為順,可以順乎理;卦之象為地,可以配乎天。順理希天,可以成大有為之業矣。故聖人畧其消慝之跡,盡神化鼓舞之道,出其意料思慮之外而裁成之。其有進善之才者,則誘掖之,欲其善之進而極於成焉;有去惡之心者,則防戒之,欲其惡之去而至於盡焉,不敢以清明之事業而絶望於昏濁之世也。葢聖人視天下無不可為之時,亦無不可變之人,此有教無類之義、與人為善之心也。所謂化而裁之謂之變,推而行之謂之通,舉而措之天下之民謂之事業也。

《剥》卦の陽気が剥落し尽くされれば《坤》となる。純陰の卦で、時序においては消退に属し、事情においては邪慝に属し、天理が断絶し尽くした世道である。しかしこの卦の徳性は「順」で、道理に順って行くことができ、この卦の象は「地」で、天と配することができる。理に順って行い上天に企望すれば、依然として大有作為の事業を成就できる。ゆえに聖人は消退・邪慝の表象を計りにかけず、神妙に感化し人心を鼓舞する办法を極処に用い、人の意料・思慮の外に出てこれを裁制成就する。その中に善に向かう才ある者がいれば誘導・扶持して、その善が絶えず長進して終わりに成就せんことを期し、悪を去る心ある者がいれば防範・誡告して、その悪が除かれて浄尽に至らんことを期する。世道が昏濁であるがゆえに清明の事業に心を死なすことは決して肯んじない。大抵聖人が天下を見るに、為すべからざる時なく、変わるべからざる人なし。これはまさに孔子の「教ありて類なし」の用意、人とともに善をなす存心である。すなわち《繋辞伝》のいう:これを化裁するを「変」と謂い、これを推行するを「通」と謂い、取って天下の百姓に施すを「事業」と謂う。

於其用六而復言利永貞,見卦與諸爻皆不足於義理之純粹,變而為陽始可以進於有為焉,則又正本之論也。春秋戰國之君,不足以擬湯武之聖徳,孔孟固已知之矣,所以惓惓接引而與相周旋者,欲其一變至道而以大終也。不然,則庸劣蔽錮之深,豈可望以三代之治化,而孔孟者顧席不暇暖而皇皇終身,欲何為哉。此皆用六永貞之義也。

「用六」の所で再び「永貞に利し」というのは、《坤》卦自体と各爻が義理の純粋においてなお欠缺があり、必ず陽剛に変わってこそ進んで作為できることを示す――これはまた根本から立論した言である。春秋・戦国時代の国君は商湯・周武の聖徳に及ばないことは、孔子・孟子がもともと明らかにしていた。彼らが懇切にこれらの国君を接引し、彼らと周旋して已まなかったのは、まさに彼らが一変して至道に合し、宏大な結局を得ることを期したからである。さもなければ、あのような庸碌・鄙陋で蒙蔽・固執がここまで深い者に、夏商周三代の治化をなすことをどうやって望めようか。しかし孔子・孟子は坐席を暖める暇もなく、終身奔走して安んじなかったのは、一体何のためか。これらは皆「用六」が「永貞」を講じる用意である。

屯卦(震下坎上)

屯:元亨利貞,勿用有攸往,利建侯。

《屯》卦の卦辞はいう:屯は元始に亨通して正を守るに利しく、贸然として往く所あるに宜からず、諸侯を封建するに利し。

屯者,不能伸舒之意。坤之初交於乾之初,得震,剛柔之始交也。剛柔始交,方欲有為,乃遇險而難生焉,則不能伸舒矣。震動在下,坎險在上,是能動乎險中矣。動乎險中,則操縱之機猶在我而不為人所盡制焉,故得元亨。在險則宜守正,正者萬世不易之常道,處險處夷皆不可須臾離者。在險而有不正焉,則所以速其禍而險愈甚矣,故尤所當戒。

「屯」は舒展し得ない義である。坤の初爻と乾の初爻が交合して震卦を得る。これは剛と柔の最初の交接である。剛柔が交接を始めたばかりで、作為をなさんと欲するが、険阻に遇って患難を生じ、舒展することができない。震は動にして下に居り、坎は険にして上に居る。これが険難の中で行動し得ることである。険難の中で行動し得れば、進退を操縦する主動権は依然自らの手中にあり、完全に人に摆布されるに至らない。ゆえに「元亨」し得る。険境に身を処すれば正を守るべきである――「正」は万世不変の常道で、険境に処しても平順の地にあっても、一刻もそれを離れられない。険境に身を置いて行為が正しくなければ、それは自らの禍患を加速することで、険境はかえって深まる。ゆえに特に戒惧すべきである。

雷雨之動滿盈,則晦冥震撼之勢方殷,而驅除平定之道誠難措手,故勿用有攸徃。當此天運草昧之初,混亂漫散,未有綂一,英雄豪傑欲起而救之,必利於建侯焉。建侯則名分已定,而恩威激勸者有其人矣,濟屯之道莫先於此。自古有為之君,當屯難之世,披荊棘,歴險阻,至於不遑寢食而始克有濟焉。勿用有攸往,則不可輕以有為;而建侯則又不可安於無為焉,先後緩急固有其幾而不可失也。經綸治絲之事,君子拯屯,順時勢、相機宜而為之也。

《彖伝》に「雷雨の動満盈」というのは、昏暗・震撼の気勢が正に盛んなときで、禍乱を掃除し天下を平定する路子は実に下手の仕様がない。ゆえに「往く所有るに用うる勿れ」という。天運が初めて開け草創・蒙昧の際に当たり、天下は混乱・涣散して未だ統一せず、英雄豪傑が奮起して挽救せんと欲すれば、必ず先に「侯を建て」ねばならない。諸侯を分封すれば名分が定まり、恩を施し威を用い激励・勧勉する人も着落する。屯難を救治する办法はこれより優先なものはない。古より作為ある君主は、屯難の時世に処して荊棘を披き険阻を尽くし、寝食に及ばぬほど忙しくして初めて成就し得た。「往く所有るに用うる勿れ」というのは、軽率に大動作してはならないことであり、「侯を建てるに利し」はまた安んじて作為なきにあらざるべきことである。何を先にし何を後にするか、緩にすべきか急にすべきか、その中に自ら関鍵があり、一たび失すれば挽回し難い。「経綸」は本来糸縷を整理する仕事で、君子が屯難を拯救するのは、まさに時勢に順い機宜を見極めて行うものである。

初九當屯之初,時方難為,上應六四則險陷之爻,而勢又不可以輕動,故有盤桓難進之象。當屯初而遇險陷,固不可不居貞,而初九陽剛得正,又有能居貞之象。君子行一不義、殺一不辜而得天下不為,行一不義、殺一不辜而得免於死亦不為,何所往而可離於正乎。以此得正方亨之陽徳,而處卦之最下,則能以貴下賤,得民心而可以濟屯矣,故利建侯。

初九は屯難が始まったばかりの所に処し、時勢は正に作為し難い。それは上は六四に応じ、六四はまた険中に陥る爻で、形勢もまた軽挙・妄動を容れず、ゆえに「磐桓」――徘徊して進み難い象がある。屯難の初めにまた険陥に遭うは、本来正を守り自処せざるを得ないが、初九は陽剛にして正位に居り、正に正を守り得る象がある。君子は一つの不義の事を為し一人の無辜を殺して天下を得られても肯んじてせず、一つの不義の事を為し一人の無辜を殺して一死を免れられても同じく肯んじてしない。どこに行ってこの「正」の字を離れ得ようか。このように正を得て方に亨通する陽剛の徳を憑りながら、全卦の最下位に居れば、尊貴の身をもって卑下に屈することができ、民心を贏得して屯難を救済できる。ゆえに爻辞に「侯を建てるに利し」という。

六二上應九五,乃其正應之君也;下乗初九,乃強暴之寇也。當屯之時,事方難為,五在險中,力又不足以援二,故二動不能伸舒,邅回不進而乗馬班如焉。班如,但列為班行定處而不能進之象。初九非為二之害也,求與為婚媾耳。二柔順中正,女子守貞之象也,守貞則不字於初矣。至於十年之久,則數窮理極而字於五。字,許嫁,為臣服之義也。竇融終舍隗囂而歸於光武,其時其事皆類此。

六二は上は九五と相応じ、九五はその名正言順の君主であり、下は初九に凌乗し、初九は強横の寇仇である。屯難の時に当たり事は弁じ難く、九五は自ら険中に陥り力量は六二を援救するに足らず、ゆえに六二は一動すれば舒展できず、盤旋・徘徊して前進できない。これが「馬に乗りて班如たり」である。いわゆる「班如」は班列を成して原処に止まり前行できない象である。初九は六二を加害せんとするのではなく、ただ彼と婚姻を結ばんと欲するのみである。六二は柔順・中正で、まさに女子が貞を守る象である。貞を守れば初九に許嫁を肯んじない。十年の久しきに至り、気数が窮尽し事理が到頭して、初めて九五に許嫁する。「字」はすなわち許嫁で、君に臣服する義を取る。東漢の竇融が終に隗嚣を捨てて光武帝に帰附したのは、その時勢と遭遇が皆この爻に類する。

六三陰柔不中不正,無濟屯之才徳者也。上無應與而切近於險陷,其時其勢又難為也,於是而不動可也。三居動體之極,而性又為輕動者也。以如此之才徳,當如此之時勢,而欲輕動以濟屯焉,則為逐鹿無虞人以導之而陷入林中之象。君子見幾舍之勿逐可也,若往而逐之,屢舉而屢無成,徒取羞吝而已。殷浩北伐,有類此爻。

六三は陰柔にして中せず正ならず、屯難を救済する才干・徳行なき者である。上に相応じる援手なく、また険陥の地に緊挨して、時勢もまた作為し難く、このとき兵を按して動かざるがしかるべきである。しかし六三は震という動体の最上に処し、性はまた軽挙・妄動である。このような才徳をもって、このような時勢に遇い、なお軽率に行動して屯難を救済せんとすれば、爻辞のいう「鹿に即きて虞なし」――鹿を追いながら山林の小吏の引路なく、結果深林に陥る象となる。君子は苗头を明らかに見て、捨てて追わなければそれでよい。もし真に追逐すれば、屡々発動して屡々落空し、徒らに羞辱と悔恨を招く。東晋の殷浩が連年北伐して功なきは、まさにこの爻に類する。

六四居陰得正,上承九五,當濟屯之責任者也。陰柔才弱,不能獨濟,為乗馬班如之象。下應初九,陽剛得正,有過人之才徳者也,求親斯人,與之同往,則吉而無不利矣。得人者昌,失人者亡,四知求初相與有為,可謂明也已矣。

六四は陰爻をもって陰位に居って正を得、上は九五を承奉し、屯難を救済する責を担当する人である。しかしそれは陰柔にして才弱く、独力で完成できない。ゆえに同じく「馬に乗りて班如たり」の象がある。それは下は初九と相応じ、初九は陽剛にして正を得、才徳が人に過ぎる者である。六四がこの人を親しみ彼と一道に往けば、吉祥にして利あらざるなし。人才を得れば興盛し、人才を失えば敗亡する。六四が初九を求めて彼と手を携えて事をなすを知るは、明智といえる。

坎為水,有膏澤之象。九五坎體而陷於險中,為屯其膏澤而不得下於民者也。五之所為,於道或未盡焉。若能惇典庸禮、命徳討罪,允合乎天命人心之正,則一徳所及,逺近協服,小人安能陷之而使屯其膏乎,故《象》言其施未光,葢深不足於五也。當是時,若小貞之則可得吉,若大貞之則凶立至矣。小貞則小有所為而不失其正也,大貞則必去小人之陷已而欲大有所為也。魯昭公自取出亡,則凶之驗也。

坎は卦象では水で、恩沢・膏潤の義がある。九五は坎体に身を置き険難の中に陥る。まさに恩沢を積圧して百姓に下達できない様子である。九五の作為は道理においてなお尽くさざる所がある恐れがある。仮に彼が《尚書》のいうように常法を敦崇し礼制を遵用し、徳ある者を任命し罪ある者を討伐して、切実に天命・人心の正に合せば、彼一身の徳沢の及ぶ所は遠近みな帰服し、小人はどうして彼を陥害して膏沢を壅塞して下らせぬことができよう。ゆえに《象伝》に「施未だ光ならざるなり」――恩の施しは未だ広大でない――という。実は九五に深く満足していないのである。そのとき、小規模に正を守って為せばなお吉を得られるが、大規模に施展すればすぐ凶を招く。「小貞」はやや作為があってその正を失わず、「大貞」は必ず己を陥害する小人を剷除して大干一场せんと欲する。魯昭公が季氏を除かんと図謀してかえって自ら流亡を取ったのは、まさに「大貞すれば則ち凶」の応験である。

上六處屯之終、險之極,屯終則時可濟,險極有出險之理,若以剛陽之才處之,濟之如反掌耳。上六陰柔,明不足以有見,才不足以有為,愈見其屯而險也,故有乗馬班如、泣血連如之象。至是而已不能濟,必有濟之者矣,若上六者將為人所有焉,故曰何可長也。

上六は屯難の末尾、険境の頂点に処す。屯難が尽頭に至れば時勢は本来挽回できる。険が極処に至れば本来険境を脱する理がある。もし剛健・有為の人に換えてこの位に処せば、屯難の救済は掌を反すがごとく易い。しかし上六は陰柔で、見識は局面を明らかに見るに足らず、才干は作為するに足らず、かえってより屯より険を顕す。ゆえに「馬に乗りて班如たり、泣血漣如たり」――徘徊して前進せず、泣血して止まない象がある。この歩に至れば、彼自身は既に挽救する力なく、必ず別に挽救し得る者が出てくる。上六のごとき人は、終竟に他人に収取される。ゆえに《象伝》に「何ぞ長かるべき」――この局面はどうして長久し得よう――という。

蒙卦(坎下艮上)

蒙:亨。匪我求童蒙,童蒙求我。初筮告,再三瀆,瀆則不告。利貞。

《蒙》卦の卦辞はいう:蒙昧にして亨通し得る。我が蒙昧の童に求むるにあらず、蒙昧の童が我に求む。初回の占問はこれに告げ、問うこと再びなれば軽慢で、軽慢なれば告げず。正を守るに利し。

蒙與明相反,蒙昧而不明也。山下有險,則迷於所向矣;險而止,則懐險心而怠於問學矣,皆所以為蒙也。蒙之可亨,理義之心開而可以至於明矣。此由九二之道可以發人之蒙,而所以發之者,又得其時之中也。九二以剛中之徳,與六五之童蒙正相應,非二求五,乃五求二,學者教者之志自相應也。求之者其心虛以誠,則應之者亦樂以成其美矣。

「蒙」は「明」に相反し、蒙昧にして明らかならざる義である。《蒙》卦は上艮下坎で、山下に険あり、人は方向を迷失する。険に遇って止まり進まざれば、険を畏れる心を懐いて請教・求學を懶る。これらが皆「蒙」を成す。蒙昧が亨通し得る所以は、理義を講求する心が一旦啓開されれば明白に向かい得るからである。これは九二の作為に依って他人の蒙昧を啓発し、その啓発の方式がまた恰も時に随って中を得る道に合する。九二は剛健にして中を守る徳性を備え、六五の「童蒙」と正に相感応する。九二が六五に求むるにあらず、六五が九二に求む。求學する人と施教する人の心志は自ずから相応する。来て求むる者は心に虚懐して誠懇で、応答する者もまた彼の美意を成全するを楽しむ。

凡筮蓍求神,其初筮則無有不誠者,若再三則輕瀆而失其誠矣。五之求二有初筮之誠,二則告之;再三則為瀆,瀆則二不告矣。求之者其心專,應之者當其可,二之發蒙可謂得時中之道矣,此蒙之所以亨也。二可謂誨人不倦之聖賢,五亦有希賢希聖之志者矣。

凡そ蓍草をもって占筮して神明に請問するに、初回の占問で誠敬ならざるはない。もし問うこと再びなれば軽慢に流れて誠意を失う。六五が九二に求むるに、初回の占筮のごとき誠心を帯びれば、九二はこれに告げる。再三追問すれば軽慢となり、一たび軽慢なれば九二は再び告げない。求教する人は心思が専一で、応答する人は恰も彼の教を受くべきときにあたる。九二がこのように蒙昧を啓発するは、時に随って中を守る道を得たというべきで、これがまさに《蒙》卦の亨通する所以である。九二は人を誨えて倦まざる聖賢といえ、六五もまた賢人に向かい聖人に向かって看斉せんと心ある人である。

教之而不以正,則所知所行差之毫釐、謬以千里,非聖賢以人事天之學問也。堯舜之精一,孔門之擇善固執、格致誠正,程朱之居敬窮理、知行並進,皆聖賢大中至正之道也。當童蒙之時而養之以正,則可以至於聖人矣,故為作聖之功。山下出泉,未有所歸,亦蒙之象也。泉之出必放乎四海,君子之果行似之;必盈科而後進,君子之育徳似之。

人を教えるに正道を用いなければ、所知・所行は毫厘を差ずれば千里を謬り、聖賢の人事を尽くして天に事える學問ではなくなる。堯舜に伝わった「惟精惟一」、孔門の善を擇びて固く執ることと格物・致知・誠意・正心、程頤・朱熹の敬に居り理を窮めること・知行並進は、皆聖賢の大中至正の道路である。童蒙のときに趁って正道をもって彼を培養すれば、聖人の境界に達し得る。ゆえに《彖伝》はこれを「聖を作るの功」――聖人を成就する工夫――と称する。山下に泉水が湧き出て未だ帰宿なく、また「蒙」の象である。泉水は流出して必ず四海に帰入する。君子が果決に践履するは正にそれに似る。泉水は必ず一々の坑洼を注満してから初めて前進する。君子が徳行を培育するも正にそれに似る。

初六以陰居下,稟賦之昏弱、人品之卑下,則蒙之甚而不可不發也。又當發蒙之初,法不可以不正,故利用刑人。用刑人,《書》所謂撲作教刑也。又當暫止其刑而涵育優柔,使以漸而入於善焉,為用說桎梏。桎梏固刑之類也,用刑之嚴而過於束縛,亦桎梏之象也。用說之,則立法固為甚嚴,而用法則又濟之以寛,使學之者既有嚴憚恐懼之心,而又有樂於進修之志,可謂善發蒙矣。若一於嚴,則情所難堪,聒之以明之所難知,驅之以力之所難行,為教之失其道而無益於蒙者矣,故往吝。

初六は陰爻をもって最下に居り、天資は昏弱で品位は卑下し、蒙昧は甚だしく、啓発を加えざるを得ない。しかも啓蒙の初めに当たり法度は端正せざるを得ない。ゆえに爻辞に「人を刑するに利し」という。いわゆる刑を用いるとは、《尚書・舜典》のいう「扑作教刑」で、戒尺の類をもって教育の刑罰とする。しかし同時にまた刑罰を姑く止めて、寛厚・从容をもって彼を涵養し、彼を徐々に善に向かう路に歩ませる。これが「桎梏を説く」――彼の鐐銬を解く――である。桎梏は本来刑具の類である。刑を用いるが過厳にして束縛が太甚であれば、同じく桎梏の象である。「解く」というのは、立法は固然として極厳であるが、法を用いるときにはこれを寛に済えて、學ぶ者に敬畏・恐懼の心と上進・求學の志とを兼ねさせる。これを善く啓蒙するという。もし一途に厳厲ならば人情は堪受し難い:彼の聴き難い道理をもって彼に絮聒し、彼の力の及ばざる事をもって彼を駆迫すれば、それは施教が法度を失したもので、啓蒙に毫も益なく、ゆえに「往けば吝」――このように往けば必ず困窮して惜しむべき――という。

九二當發蒙之任,剛而得中,為包容眾蒙之象。包容之,則往者不追,來者不拒,以是心至斯受之而已,隨才成就而不過求皆在其中矣。以陽應陰,來為納婦吉;以下任上事,為子克家。爻具此象,關於世教之大,故聖人歴言之。凡卦爻取象,善可為訓者則詳言之,而畧其所次焉。

九二は蒙昧を啓発する責任を担い、剛健にして中に居り、衆多の蒙昧者を包容する象がある。包容し得れば、去る者を追わず来る者を拒まず、このような心を抱いて来れば接納する。各人の才性に随って成就し、過分の苛求をなさず、皆この「包」の字の中にある。陽爻をもって陰爻に上応するゆえに「婦を納れて吉」――婦を娶れば吉祥――という。下位にあって上の事を担当するゆえに「子家を克く」――子が家業を支え得る――という。この一爻はこれらの象を兼備し、世道・教化の大処に関わる。ゆえに聖人は一々これを言い出す。凡そ卦爻の取象は、垂訓し得る好意思あれば詳しく講じ、その余の次要のものは略する。

六三以陰不中正而應上九不正之陽剛,是女之見金夫而不有其身之象也。上九以不正居上,是無徳善而徒以財自右者也,為金夫之象。女之從之,則亷恥之道喪而同人類於禽獸矣,天下之至蒙莫甚於此,而可以為戒者也,何利之有。

六三は陰爻にして中せず正ならず、上九の位に当たらざる陽剛に応ずる。まさに女子が金ある男子を見れば身を失い相従する象である。上九は不正の身をもって最上に居り、徳行・善行なくしてただ銭財を憑って自らを高める者で、ゆえに「金夫」と称す。女子が彼に従えば廉恥の道は喪尽し、人は禽獣と同類となる。天下最深の蒙昧はこれに過ぎず、正に鑑戒とすべきで、何の利が言えよう。

六四以陰居陰,重陰而又不中,則為蒙之甚矣。下不應於二,上不應於上,遠於陽剛而無以發其蒙,為困於蒙矣。自是其愚蒙而不親近君子以開啟之,可吝之甚也。聖人以困蒙之吝為獨遠,實謂非其資稟之下,而由其遠賢以自棄也。以見人性皆善,聖人可學,雖昏愚之至而善反之,至於知之成功而為一焉,則與生知安行者同歸矣,其垂訓之意遠矣哉。

六四は陰爻をもって陰位に居り、重々の陰柔にしてまた中に居らず、蒙昧はいよいよ深い。それは下は九二と相応じず、上は上九と相応じず、陽剛を遠ざけて自らの蒙昧を啓発する由なし。よって「困蒙」――蒙昧に困まれる――である。自ら愚昧を妨げなしと見なして君子に親しみ自らを啓開することを肯んじないのは、実に惜しい。聖人は「困蒙の吝」を「独り遠し」に帰結する――独り陽剛を遠ざける――その意は実は言う:これは彼の天資が低劣なのではなく、彼自らが賢者を遠ざけ自暴・自棄したのだと。これにより人性は本来皆善で、聖人は學んでなし得ることが見える。たとえ昏愚が極処に至っても、善く自らに反求すれば、道理を明白にして功業を成就したとき、両者は一致に帰して、生まれながらに知り安然として行う者と殊途同帰する。聖人がこの訓诫を留めた用意、実に深遠である。

六五虛中以應九二之陽剛,是純真之本質未散,而委心聽順、受教於君子也,《書》所謂能自得師者也,希賢希聖希天皆其所優為者也,故吉。上九以陽剛居上,治蒙過剛,為擊搏於蒙之象。進人不顧其安,使人不顧其誠,其施之悖,求之拂,反為害矣,教者不利如此。為寇但御學者之寇可也,凡外誘之私蔽其明而亂其真皆寇也,為去其私而使全其善,禦寇之義也。學之教之固多術,而皆所以禦寇也。上九非能禦寇者,聖人以其失在於為寇,故以此義訓之,以此剛而禦寇,則教者學者皆得其道而順矣。

六五は心を虚しくして九二の陽剛に応ずる。これは純真の本質が未だ散失せず、心を交出去して君子に順従し教を聴くを肯んじ、まさに《尚書・仲虺之誥》のいう「能く自ら師を得」――自ら師を見出し得る人である。賢人に看斉し聖人に看斉し天道に看斉するは、皆彼の容易に成し得るところで、ゆえに「吉」という。上九は陽剛をもって全卦の最上に居り、蒙昧を治するが剛猛に過ぎて、蒙昧者を痛撃する象となる。人を提拔して彼の安頓し得るかを顧みず、人を駆使して彼の真心に出るかを顧みず、施行して情理に違背し、要求して処処に拂逆し、かえって禍害となる。教者たるの不利はまさにここにある。爻辞に「寇を為すに利あらず、寇を御ぐに利し」という:ただ學生のため彼の身の「寇」を御げば足りる。凡そ外来誘惑の私欲が彼の清明を遮蔽し彼の天真を擾乱するは皆「寇」である。彼のため私欲を除きその善性を保全するが「寇を御ぐ」の義である。教と學の办法は固然として多いが、皆これらの「寇」を御ぐために用いる。上九は本来寇を御ぎ得る人ではない。聖人は彼の過失がまさに自ら「寇」を為したに在るがゆえに、この層の意をもって彼を訓诫する。彼のこの剛強をもって真の寇を御げば、教える人と學ぶ人は皆各々その道を得て順当である。

需卦(乾下坎上)

需:有孚,光亨,貞吉,利涉大川。

《需》卦の卦辞はいう:等待の時に心に誠信を存すれば光明亨通し、正を守れば吉祥、大河を渡越するに利し。

需,須也,待之義也。坎險在前,乾以剛健臨之,剛健則事有定見、處有定力,不遽進以陷於險,待之義也。其運用之機在我,可不至於困窮矣,陷於險中則為困窮。需之所貴在於有孚,以誠心而需,則其心光明而道可亨通;心或不誠,安得光明,何能致亨。

「需」はすなわち等待の義である。坎の険が前に横たわり、乾は剛健の姿態をもってこれに面する。剛健なれば事に遇って定見あり、事に処して定力あり、贸然として前進して険中に陥ることなく、これが「等待」の義である。運用の主動権を自らの手中に握れば、困窮に陥るに至らず、一旦険中に陥ればそれこそ困窮である。「需」の最も貴ぶべき所は「孚あり」――心に誠信を存することにある。誠心をもって等待すれば心地は光明にして道路は亨通し得る。心が誠でなければどうして光明ならん、またどうして亨通を招致できよう。

人之所需,固有其心有孚而不得為貞者。有孚而貞,則誠心為禮而無非禮之禮,誠心為義而無非義之義,合於犬中至正之道矣。如孔子之待價、孟子之待招,則貞之至也;其它沮溺荷莜之類,高尚之過而至於絶人逃世焉,心固有孚而貞則未也。

人の等待するものは、本来心に誠信を存しながら「貞正」とは言えないものがある。誠信ありかつ貞正し得れば、それは誠心をもって礼を行い礼に違う假礼なく、誠心をもって義を行い義に違う假義なく、大中至正の道に合する。孔子が買い手を待ち、孟子が礼に合う徵召を待ったのは、貞正が極処に至ったものである。長沮・桀溺・荷蓧丈人の類に至っては、清高が頭を過ぎて人倫を断絶し世事を逃避し、彼らの心は固然として誠あるも、「貞」と言うに至ってはなお及ばない。

卦之九五以中正之徳而居天位,則徳與位稱,道可大行,為有孚光亨貞吉之象也。需之為用,出處之節、應機之宜,其道廣大精微,非時中之君子未能與於斯焉。需之以貞,則有所不為矣;利涉大川,可以大有為也。孟子言枉已者未有能正人者也,況辱已以正天下乎;又曰天下溺,援之以道,子欲手援天下乎。此亦貞吉涉川之義也,窮理守義之學至,則可以用需矣。

この卦の九五は中正の徳をもって天子の位に居り、徳と位とが相称し、道は大いに推行し得る。まさに「孚あり、光亨、貞吉」の象である。「需」の運用は出仕と退隠の分寸、時機への応対の合宜に渉り、この道理は広大にして精微で、時に随って中を守る君子でなければ参与できない。貞正をもって等待すれば、ある事は堅く為さない。「大川を渉るに利し」というは、大いに作為し得ることである。孟子は言った:自ら曲がる者で人を糾正し得た者は未だ嘗てなく、況んや自ら屈辱して天下を端正せんや、と。また言った:天下の人が水に溺れたら道をもって援救する。どうして手をもって天下人を一人ずつ引き上げようか、と。これもまた「貞吉」「川を渉る」の義である。事理を窮究し道義を堅守する學問が到達してこそ、初めてこの「需」の字を運用するに言うに足る。

雲上於天,亦需之象也,待其自雨耳。事固有當需者,君子自養以待之而已,如諸葛孔明隠於南陽,非先主三顧之誠,則有自養以待時而已,此酒食宴樂之義也。他事亦有當需者,當需而不需焉,則為過動;不當需而需焉,則為怠緩,需之道未易言也。

《象伝》に「雲天に上る」というもまた「需」の象である――雲は既に天上に升り、ただそれが自ら雨を降らすを待つのみである。事は本来等待すべきものがあり、君子はただ己を修養して時機を待つしかない。諸葛孔明が南陽に隠居し、劉先主の茅廬を三顧する誠意なくば、彼もまた己を修養して時機を待つにすぎなかった。これが《象伝》のいう「君子は飲食・宴楽を以てす」の義である。他の事にもまた等待すべきものがある:待つべきにして待たざれば行動が頭を過ぎ、待つべからざるに待てば懈怠・遅緩である。「需」の道理は軽々しく講じ清めるものではない。

初九需于郊,則遠於險難矣;利用恆,則終不變其所守矣。郭林宗、申屠蟠可以當之。孔子之歴聘諸國,仕止久速應以神化之道,人莫之能測,莫之能制,則需郊用恆之大者也,無咎不足言矣。九二需于沙,沙近水所有之物,需于沙,去坎險不遠矣。人臣以身任國家之利害,其跡危厲者似之,豈能免於言語譏謗之傷乎。二以剛中之道處之,以寛裕之誠,則可以免於患害而終吉矣。唐徳宗欲易太子,李泌身當其事,雖有危言之及,卒能定天下之大計而得免於害,此爻似之。

初九「郊に需る」――郊野で等待すれば険難を遠ざける。「恒を用うるに利し」は始終して自ら守る操持を変えないことである。東漢の郭林宗・申屠蟠はこの一爻に当たるに足る。孔子が列国を周游し、出仕・退処・久留・速去するに神妙の変化の道をもって応対し、他人は揆測することも制御することもできず、それこそ「郊に需る」「恒を用う」の極致で、「咎なし」の二字さえ言うに足らない。九二「沙に需る」――沙は水辺に近くしてあるもので、沙の上で待てば坎の険に遠からず。臣子が自身をもって国家の利害を担い、行跡が危厲なるは正にこの爻のごとく、どうして言語・譏毁の傷害を避け得よう。九二は剛健にして中を守る道をもって自処し、寛厚・从容の誠意をもって応付すれば、禍害を免れて終わりに吉祥を得られる。唐徳宗が太子を更換せんと欲し、李泌が身をもってこの事を担当し、身に危ぶむ責難を招きながら、終竟に天下の大計を定めて禍害を免れたのは、この爻はまさに彼に相似る。

九三迫近坎水,則需于泥之象,已及於危難矣。其時其地則切比於災,而三之過剛不中,又所以速其災也。至惡者亦可反而為至善矣,況三之剛正者乎,若能敬慎則善之善者矣,何寇之可憂乎。三能敬修其徳,是以過人之資而潛心於聖賢之學也,但可不敗而不能如二之終吉何也,時甚難而為力不易者也。六四已入於險而身處殺傷之地矣,為需于血之象。坎之陰爻有穴之象,以柔居柔而得其正,順而聽之,終能免害者也,是能出自穴矣,四可謂幾死而復得生者也。處危難之道,以過於剛而速禍,君子不為也;以過於柔而免禍,君子不為也。君子守吾之正而已,守其正而免於害,固其所也;不幸而至於殺身焉,君子不恤也。

九三は坎水に逼近する。すなわち「泥に需る」の象で、既に危難に臨んでいる。その処する時機と地位は災禍に緊挨し、九三はまた剛に過ぎて中せず、いよいよ災禍の到来を加速する。最悪の人さえ反転して最善に変わり得るのに、況んや九三は本來剛正の人である。敬慎に自処し得れば好上に好を加え、何の寇難が憂慮に値しよう。九三が敬慎に徳行を修治し得るは、過人の資質をもって聖賢の學に潜心するものである。ただ彼は失敗せざるをなし得るのみで、九二のように終わりに吉祥を獲得することはできない。なぜか。時勢が極めて艱難で、力を出すも容易でないからである。六四は既に険中に入り、殺傷される境地に身を処す。ゆえに「血に需る」の象がある。坎の陰爻は洞穴の象あり。六四は柔爻をもって柔位に居って正を得、形勢に順って自然に聴せば、終わりに禍害を免れ得る。これが「穴より出ず」で、六四はほとんど命を送りながら生き返った人といえる。危難に応付する路数は:剛強に過ぎて禍を招くことは君子の為さざるところ、柔弱に過ぎて禍を躲れることも君子の為さざるところ。君子はただ自らの正道を守るのみである。正道を守って禍害を免れるは理の当然で、不幸にして身を殺するに至っても君子は心に介しない。

九五以陽剛中正而居尊位,是有君徳而盡君道者也。君徳厚而君道盡,至是則有自養以待天下之治安而已,酒食自養之象也。五之所當自養者,非以逸豫而已也,廣求賢俊,布諸左右,論思啟沃,涵育氣質,薰陶徳性而已矣。如五之中正,若無待於自養矣,禹之告舜曰無若丹朱傲,惟慢逰是好;舜之命其臣亦曰汝亦昌言,又曰臣作朕股肱耳目,此皆不自聖而汲汲於自養者也。若一念怠惰,則聖反為狂,四海困窮,天祿永終矣,可不戒哉。

九五は陽剛・中正をもって尊位に居り、君徳を備えしかも君道を尽くし得る人である。君徳が深厚にして君道を尽くし、この歩に至ればただ己を修養して天下太平を待つのみである。これが爻辞の「酒食に需る」――酒食をもって自ら養う象である。九五の自ら養うべきは安逸・享楽ではなく、広く賢才・俊士を訪求して自らの左右に安排し、ともに講論・思考して善言をもって君心に灌注し、自らの気質を涵養し自らの徳性を熏陶するのみである。九五のように中正なれば、自養を用いるに及ばないごとく見えるが、大禹が虞舜に誡めて言う:丹朱のごとく傲慢たる勿れ、怠惰・游荡のみを好む勿れ、と。舜がその臣子を任命して言う:汝らもまた言を尽くせよ、また言う:臣子は我が手足・耳目なり、と。これらは皆自らを聖と為さず、急切に自養する表れである。もし一の念の懈怠を起こせば、聖人もまた狂人に転じ、四海は困窮し、上天の与える禄位は永遠に終結する。警惕せざるべきか。

上六以陰柔居險極,無出險之才,已陷而入于穴矣。不速之客,不召之客也;三人,下三陽也。乾三陽本在上之物,以見險而需,今需極相時而上進矣。上六若能敬之,則藉君子之拯而可以出險矣,故終吉。居卦之上,無職位者也,與九三居下之上為應,似為失矣,然志在出險而非僥倖以求進也,故無大失。言未大失,則已有失矣。君子之處險陷,寧身被困辱而不狥人以非禮之恭,上六敬之而免禍,聖人亦未深許之也。

上六は陰柔をもって険境の頂点に処し、険を脱する才能なく、既に洞穴の中に陥っている。爻辞のいう「速ならざる客」とは呼ばずして自ら来た客であり、「三人」は下卦の三つの陽爻を指す。乾の三陽は本来上位に居るべきもので、険難を見て姑く等待し、今極処に至り時機を見極めて上に進まんとする。上六がもし彼らを敬重し得れば、君子の力を借りて己を険より拯救し出すことができる。ゆえに「終わりに吉」という。上六は全卦の最上に処し、職位なき人である。それは下卦の上に居る九三と相応じ、身分を失するがごとく見えるが、その心志は険境を脱出するに在り、僥倖に進用を求めんとするのではない。ゆえに《象伝》に「未だ大いに失せざるなり」という。既に「未だ大いに失せざるなり」と言う以上、畢竟なお失はある。君子が険陥に身を処するに、寧ろ自身が困を受け辱を受けても、礼に合わざる恭順をもって人に曲従することを肯んじない。上六は恭敬を憑って禍を免れたが、聖人はこれに対しても深く許可しなかった。

訟卦(坎下乾上)

訟:有孚窒惕,中吉,終凶。利見大人,不利涉大川。

《訟》卦の卦辞はいう:争訟の時、誠信ありといえども堵塞され、よって心に戒惧を懐く。中途に訟を止むれば吉、官司を底まで打てば凶。大人を見るに利しく、大河を渡越するに利あらず。

訟,爭辯也,以惡逆相及者也。堯言其子之惡曰嚚訟,則訟為惡逆可知矣。卦以坎遇乾,上以剛暴制其下,下以險機伺其上,又已險而彼健,皆以惡逆相加者也;又內險而外健,是習為惡逆者也。

「訟」はすなわち争弁で、互いに凶悪・悖逆の態度をもって相加わることである。堯が自らの子丹朱の悪行を数え上げて「嚚訟」――愚妄にして争訟を好む――と称したのを見れば、「訟」は本来一つの凶悪・悖逆である。この卦は下坎上乾で、上は剛強・暴戻をもって下を壓制し、下は陰険・心機をもって上を窺伺する。また自ら陰険にして相手が剛健で、皆凶悪・悖逆をもって相加わる。さらに内が陰険にして外が剛健なれば、これは凶悪・悖逆を習気に養成したものである。

訟之事,或已是而直心不能以自白,於是惕然省懼而處之以得中,則吉。所謂處之以得中者,或天理民彝所不可已者,則辯明其心跡而已;其它所可已者,則置之而勿校焉。君子以仁禮存心,而至於三自反焉,橫逆之加,以禽獸視之而已,又何訟焉。

争訟という事は、ときに自ら確かに理あり心地正直でありながら自明できず、よって警惕・反省し心に戒惧を存し、適中の態度をもって処理すれば吉祥である。いわゆる「適中の態度をもって処理する」:もし天理・人倫上に弁せざるを得ざるものあれば、自らの心迹を弁明すれば足りる。その余の弁ずべからざるものは放下して計較しない。君子は仁と礼をもって心を存し、事に遇えば再三反躬して自問する。他人が横蛮・悖逆をもって加わるを禽獣として看待すればそれでよい。何を争訟せんか。

卦之九二剛來而得中,有孚窒惕中之象也。若不處之以得中之道,則必終極其訟而得凶矣,此反其所為而戒之也。上九過剛,亦有終極其訟之象。九五剛健中正以居尊位,有大人之象。訟之利見大人,或啟其息訟之心,或處其所訟之事,如以難得者兄弟、易求者田土之數言感訟者之流涕相讓,則大人真可以利見矣。

この卦の九二は陽剛が自ら外来して中位に居り、まさに「孚あり窒がれ惕れ、中は吉」の象である。もし適中の道をもって処置しなければ、必ず官司を底まで打って凶を招く。これは反面から誡めるものである。上九は剛強に過ぎ、争訟を底まで打つ象がある。九五は剛健・中正にして尊位に居り、「大人」の象がある。争訟の時に「大人を見るに利し」:あるいは大人が彼の息訟の心を啓発し、あるいは大人が彼のために争う所の事を処置する。譬えば「兄弟は得難く田土は求め易し」の類の言をもって、数句で争訟の人をして涙を流して互いに退譲せしめれば、「大人」は真に見るに値する。

訟之事不可以涉險難而為之,要在可止而止矣。上剛下險,險而健,非有涉川之用與涉川之才也。天與水違行,亦有訟之象。作事謀始,存仁讓之心而慎守之,犯而不較,則訟可絶矣。

官司を打つという事は険難を冒して為すべきではなく、関鍵は罷手すべきときに罷手することにある。この卦は上剛・下険で、陰険にして剛健、大川を渡越する用なく、大川を渡越する才干もない。天は西に転じ水は東に流れ、両者は背道して行き、また「訟」の象である。《象伝》に「事を作すに始めに謀る」――事をなすに开头に謀画を周全にし、心に仁厚・謙譲を存して謹慎にそれを守り、冒犯されても計りにかけなければ、争訟は根絶し得る。

初六以陰居下,其才其勢皆不能為訟者,但明辯其心斯已矣,故為不永所事,小有言而終吉也。訟之事,有容徳乃大,其次則能忍,亦不失為厚也,初六能忍者也。

初六は陰爻をもって最下に居り、才干にせよ勢力にせよ官司を打つに足らず、ただ自らの心迹を言い清めればそれでよい。ゆえに爻辞に「其の事を永くせず」――この事を拖き延ばさない――という。やや幾句の閑話を受けても、終わりには吉祥である。争訟という事において、包容し得る徳量が最大で、次の等の忍耐し得るもまた厚道を失わない。初六は忍耐し得る類に属する。

九二當訟之時,與九五訟者也。二知五之勢不可敵,乃歸而逋竄,不復與訟,而自潛於三百戶之小邑,始得免於災眚焉。邑人三百戶,自處卑小之象也。二有欲訟之心者,以剛而又為險之主也,能自卑而免於害,以得中也。乾之中交於坤之中為坎,坤為邑,九二居二陰之中,潛於小邑之象也。二可謂畏天之威以自保者也,否則自下訟上而患自掇,亡無日矣。

九二は争訟のときに処し、九五と官司を打つ人である。九二は九五の勢力が抵当し得ないを明らかにし、よって帰って躲蔵し、再び彼と争訟せず、自らを僅か三百戸の小邑に隠没して、これで災禍を免れた。「邑人三百戸」は自らを卑微・弱小の位に摆く象である。九二は本来官司を打たんと欲する念があり、それが陽剛にしてまた坎険という一體の主爻であるからである。自ら卑下に居って禍害を免れ得たのは、その中に居って当たるを頼ったからである。乾の中爻と坤の中爻が交合して坎を成し、坤は卦象では邑で、九二は二つの陰爻の中間に処し、まさに小邑に隠没する象である。九二は上天の威厳を敬畏して自保を知る人といえる。さもなければ下位をもって上位と争訟すれば、禍患は自ら招くもので、滅亡より数日もない。

訟者皆攘奪於人以為己有者也。六三陰柔非能訟者,但食舊徳、安其素分而無外求則可矣。然訟之時,以強凌弱、以眾暴寡者也,三雖不能為訟,而處強眾凌暴之時,雖自能守正而跡亦危矣。居下之上,有時事之責者也,謹敕而免於為惡耳,為善而成功則非所能也,故從王事則無成。九四陽剛本欲訟者,然以陽居陰為能濟以柔,處上之下為能順上命。上之命下,何嘗欲其相訟而至於為惡乎。四有欲訟之心,幾於犯王命矣,不克訟則渝變其心,安處正道而得吉矣。

官司を打つ人は皆他人から奪取して己有とせんと欲する。六三は陰柔で本来争訟し得る人ではない。ただ「旧徳を食す」――旧来の俸禄・徳沢を享用し、自らの素来の本分に安んじて外に貪求しなければよい。しかし争訟の時は、まさに強をもって弱を凌ぎ衆をもって寡を欺くときで、六三は争訟しないが、強横・衆暴の時勢に処して、縦令自ら正を守れても処境は甚だ危険である。それは下卦の上に居り、当世の事務の責を負う人で、ただ謹慎に自ら飭して悪を為すを免れるのみである。善を行い成績を出すは、それの力の及ぶ所ではない。ゆえに爻辞に「或いは王事に従う、成すことなし」という。九四は陽剛で本来官司を打たんと欲するが、陽爻をもって陰位に居り柔をもって調剤し得る。上卦の最下に処し、上の命令に順従し得る。上が下に命令するに、何ぞ彼らが互いに争訟して悪を為すに至るを望まんや。九四に争訟の心あるは既に王命に違犯に近い。いわゆる「訟に克たず」とは、この念頭を転変して正道に安んじて吉祥を獲得することである。

九五當訟之時,以陽剛中正之徳而居尊位,有中天下而立、定四海之民之責與道焉者也,匪徒能聽訟而已,葢必以道化民,使近天子之光而至於無訟者也,故元吉。不然則區區於折獄之間而治其末,亦何足尚哉,故《象》曰訟元吉,以中正也,謂感之以至徳而民寡過矣。上九以剛居訟極而處最上,是健訟終吉而能伸者也,故有錫之鞶帶之象。鞶帶,命服之飾,上錫下者也。以無實之訟至惑上所聽而遂其所欲焉,即上之所與也,未有得非其道而可常有者也,故終朝三褫之。終朝之間而至於三禠,則辱已甚矣,不如無所得之為愈也。凡用勢力機巧而幸有所得者,亦此類也,縱無三褫則亷恥之道喪矣。

九五は争訟の時に処し、陽剛・中正の徳をもって尊位に居り、孟子のいう「天下の中央に立ち四海の百姓を安定する」の責任と道義を肩負し、ただ案を審するに会するのみならず。彼は必ず道をもって百姓を教化し、百姓をして天子の光輝に親しませ争訟なき歩に至らせる。ゆえに「元吉」という。さもなければ、斤々として断案の間に計較して治めるは末节のみで、何の推尊に値しよう。ゆえに《象伝》に「訟、元吉は中正を以てす」という。その意は極高の徳をもって感化すれば百姓の過失は自ずから少なくなる。上九は剛爻をもって争訟の極点に居り最上に処し、官司を底まで打って居然と勝ち得た人で、ゆえに「鞶帯を錫う」――大帯を賞賜される象がある。鞶帯は命服の飾物で、上より下に賞賜するものである。実据なき訴訟を憑って居然に上の聴断を迷惑して己の心願を遂げたのも、それは上が与えたもので、不正当の手段をもって得たものが長久に保有し得たことは未だ嘗てない。ゆえに「終朝三たび褫する」という。一朝の中に三回剝奪されるは、羞辱は既に十分重い。当初何も得なかったに如かず。凡そ権勢に依り機巧を弄して僥倖に得る所あるも皆この類に属する。縦令「三褫」なくとも、廉恥の道は既に喪尽している。

師卦(坎下坤上)

師:貞,丈人吉,無咎。

《師》卦の卦辞はいう:兵を興し衆を用うるに正を守るべし。老成・持重の長者が統率すれば吉祥、過ちなし。

師為兵眾,《本義》釋之備矣。兵者,聖人不得已而用之,有應敵之兵,有問罪之兵,用之以道皆為正,否則強暴寇盜而已。將在得人,老成長者臨事而懼、好謀而成,有平定安戢之功而無屠城掠地之失。胤侯之徵羲和,殱厥渠魁,脅從罔治,舊染汙俗,咸與維新,丈人所為葢如此,漢之趙充國、宋之曹彬皆其人也。師出以正,又得老成之人用之,則吉而無咎。

「師」は軍隊・衆人を指し、朱熹《周易本義》の解釈は既に完備である。兵は聖人が已むを得ずして動用するもの:来る敵を抵御する兵あり、師を興して罪を問う兵あり、道に合して用いれば皆正と算す。さもなければただの強暴の盗賊にすぎない。兵を帯びる関鍵は人を正しく用いるにあり:老成・持重の長者は、事に遇って戒惧を知り、善く謀画して後に事成し、平定・安撫の功ありて、城を屠り地を掠める失なし。《尚書・胤征》に胤侯が羲氏・和氏を征討して首悪のみ誅殺し、脅迫されて従った者は一概に問わず、从前沾染の悪風気は一律に彼らをして更新に随わせたと記す。「丈人」の作為は大抵このごとく、漢の趙充国・宋の曹彬は皆この種の人である。兵を出すに正道に合し、また老成の人を得て統率せしめれば、吉祥にして過ちなし。

彖以師貞合而釋之,故曰師,眾也;貞,正也。能以眾正,可以王矣,此湯武之師也。齊桓公責楚包茅不貢、王祭不供,未為不正,假之而已。九二有剛中之徳,上有六五之應,是剛中而應也;居坎之中,上下五陰順之,為行險而順也。將以剛中則威克厥愛,有應焉則欽承天子威命也。戰危事,行險也;東面而征西夷怨,南面而征北狄怨,曰奚為後我,則人心之順也。毒天下,毒其所當毒者,除殘去暴是也。

《彖伝》は「師」「貞」の二字を合わせて解釈する。ゆえに「師とは衆なり、貞とは正なり」という。正道をもって衆人を統領し得れば王業を成就できる。これは商湯・周武のごとき軍隊である。斉桓公が楚を責めて包茅を進貢せず王室の祭祀に欠供せしめたというのは、理由は正しくないでもないが、ただこの名義を借りただけである。九二は剛健にして中を守る徳あり、上に六五がそれに相応じる。これが《彖伝》のいう「剛中にして応ず」である。それは坎の中位に居り、上下五つの陰爻が皆それに順従する。これが「険を行きて順なり」である。将領たるに能く剛健にして中を守れば威厳は私情を壓し得る。君主の呼応あれば、恭敬に天子の威命を承奉する。作戦は危険の事ゆえに「険を行く」という。《尚書》に商湯が東方に征伐すれば西方の夷人は怨み、南方に征伐すれば北方の狄人は怨みて「なぜ我らを後にするか」という。これが人心の順服である。いわゆる「天下を毒す」は、毒すべき者を毒害すること、すなわち残虐を剷除することである。

地中有水,亦眾之象也。容民,保民也,所保之民即所畜之兵也。無事則為服牛乗馬之順民,有事則皆披堅執銳之勇士矣。初六未取於陰陽應與,而取其在師之初之義也。出師之初,在謹其律,如嚴部伍、禁侵掠皆是也。以律行師之法當然,而未必其吉也,否臧則凶即至矣。如孔明伐魏,戎陣整齊,號令嚴明,合於以律之義;馬謖街亭之敗,違亮節制,則以否臧而凶矣。

《象伝》に「地中に水あり」というもまた衆多の象である。「民を容る」はすなわち百姓を保養することで、保養する百姓はまさに蓄養する兵士である:戦事なきときは牛に駕し馬に騎る順良の百姓、戦事あれば皆甲を披き鋭を執る勇士である。初六のこの一爻は陰陽相応の関係を取らず、それが出師の初めに処する義を取る。兵を出す初めは規律を厳守するに重んじ、たとえば隊伍を厳整し、掠奪を禁止する類がこれに属する。「律を以て」軍を行くは治軍の応有の法度であるが、必ずしも吉祥とは限らない。軍紀が一旦敗壊すれば凶険はすぐ至る。諸葛孔明が魏を伐つに軍陣は整斉し号令は厳明で、「律を以てす」の義に合す。馬謖が街亭で戦敗したのは、まさに諸葛亮の節制・部署に違背したからで、これが「否臧」――規律を敗壊して凶を招いた――である。

九二有剛中之徳,上為五所應,所謂王者遣將,跪而推轂曰:閫以內寡人制之,閫以外將軍制之。任之専而委之重,故九二得以盡其才徳而成功焉。後世進止遲速率由中制之,雖有賢將安能有為。九二在師而得中道,用師之貞、出師以律皆是也,故吉而無咎。師有吉而有咎者,冇無咎而未能得吉者,吉且無咎,善之善矣。將能成功,則王有報賞之典,錫命至三,寵賚之者至矣,所以録其懐柔萬邦之功而嘉之也。

九二は剛健にして中を守る徳あり、上は六五の呼応を得る。これは古の王者が大将を派遣して跪いて車輪を推したとき言った言:城門以内は我が主とし、城門以外は将軍が主とする。任用は専一にして委托は鄭重で、ゆえに九二は全部の才徳を施展して功勲を建立し得る。後世の出兵は進退・快慢を一概に朝廷が遥控・指揮し、縦令賢能の将領あってもどうして作為できよう。九二は軍中に身を置き中道を得、兵を用うるに正を守り師を出すに規律あるは皆これに属する。ゆえに吉祥にして過ちなし。軍事上に吉ありてなお咎あるもあり、咎なきも未だ吉を得ざるもあり、吉かつ咎なきは好中の好である。将領が成功し得れば君王に功に報い賞を行う典礼あり、連続三回册命を頒下し、恩寵・賞賜は頂に至ると算す。これは彼の万邦を安撫した功労を記録して嘉奖するものである。

六三不中不正,居險之極,非有為將之才徳而欲僥倖以成功者也,故師或輿尸而凶。將不知兵,以其君與敵也;君不擇將,以其國與敵也,凶孰甚焉。六四以陰居陰,柔而得正,是能整兵慎戰而不輕進者也,雖無克敵之功,得以全師而歸,故無咎。《春秋》伐楚而書次者,以次為善師,六四無咎之義也。

六三は中せず正ならず、坎険の頂点に処し、将領たるの才徳なくして僥倖に成功を取らんと欲す。ゆえに爻辞に「師或いは屍を輿す」――軍隊が屍を載せて帰る恐れあり、凶険――という。将領が兵を用うるを知らざれば自らの君主を敵に送るに等しく、君主が将を選ぶを知らざれば自らの国家を敵に送るに等しい。これより凶なるものがあろうか。六四は陰爻をもって陰位に居り、柔順にして正を得、軍伍を整頓し謹慎に作戦して軽々しく冒進しない人である。敵を克つ戦功はないが、軍隊を保全して帰るを得る。ゆえに「咎なし」。《春秋》に楚を伐ちて「次」の一字のみ書く――駐紮して兵を進めざるは「次」を善く兵を用うると看做し、まさに六四「咎なし」の義である。

六五柔順而得中,柔順則自不為兵端,得中則侵暴之兵加於巳,亦必起而應之,是田有禽而利於搏執之也。言語辭禽,鹿豕之類,所以害田者也。又以其陰柔,或不能専任君子而使小人參之,則是使之輿尸而歸,雖應敵之正兵而亦不免於凶矣。長子謂九二,凡才徳為君子之類者皆是也;弟子凡次於九二而為小人之類者皆是也。

六五は柔順にして中位に居る。柔順なれば自ら戦端を挑発せず、中に居れば敵の侵暴の兵が自らに加わるとき必ず起きて応戦する。これが「田に禽あり」――田に野獣あり、それを捕捉するに利し――である。爻辞の用いる字面でいえばこの「禽」は鹿・猪の類の庄稼を糟蹋する野獣を指す。また六五は陰柔ゆえに君子を専一に任用できず、小人を掺杂せしめる恐れがあり、それは軍隊に屍を載せて帰らせるに等しく、たとえ外敵を抵御する正義の師であっても凶険を免れない。「長子」は九二を指し、凡そ才徳が君子の類に属する者は皆算入し、「弟子」は九二に次いで小人の類に属する者である。

上六用師之終,天下大難皆已定矣,則論功行賞之時也。功之大者聞之以有國而為諸侯,功之次者承之以有家而為大夫,坤為邑,有國與家之象焉。軍旅之際,有謀有勇皆能成功,而未必皆君子也,若賞以國邑,是使肆其毒以虐民也,故戒其勿用。大君以爵賞正人功之大小,而復用小人,則禍基於此而邦必亂矣。

上六は用兵の終局で、天下大亂は皆平定し、まさに功を論じ賞を行う時である。功労の大きい者は封国を擁して諸侯と為し、功労の次の等は采邑を承受して大夫と為す。坤は卦象では邑で、ゆえに「国を開き家を承ぐ」の象がある。軍旅の間には智謀・勇力ある者は皆功を立て得るが、必ずしも君子とは限らない。もし封国・采邑を彼らに賞すれば、それは彼らを縦容して放肆に毒害し百姓を虐待せしめることになる。ゆえに爻辞に誡めて「小人用うる勿れ」という。君主が爵位・賞賜をもって人の功労の大小を端正・衡量するに、もしまた小人を任用すれば、禍根はここから種付けられ国家は必ず大亂する。

比卦(坤下坎上)

比:吉。原筮,元永貞,無咎。不寧方來,後夫凶。

《比》卦の卦辞はいう:親附・相輔するは吉利。本原を推究し反復して占問し、「元」「永」「貞」――至善・恒久・貞正の三徳を備えてこそ過ちなし。安佚・偷閑を敢えてせざる者は正に紛紛として帰附に来たり、遅疑・落後する者は凶険あり。

比自有得吉之理。比,輔也。輔則下順從之義也,安有下順從以輔之而不獲于吉乎?當此比輔之時,必推原考筮,已有元永貞之徳,然後可以當其比輔而無咎;否則或以力驅之而已,安得免於咎乎?元者善之長,君徳也。君徳至於永貞,則純乎天矣。

《比》卦は自ら吉を獲得する道理を含む。「比」はすなわち輔助で、人の輔助あれば、すなわち下の人が順従するを肯んずるを意味する。どこに下の人が順従して来て輔佐して、かえって吉利を得られぬことがあろうか。正にこの上下が親附・相輔する時に当たり、君主は必ず根本を推究し反復・審察して、自らまず「元・永・貞」の三徳を備えて、それから衆人の輔佐に配して過ちを致さざるに足る。さもなければただ権勢を憑って人を駆使するのみで、どうして過ちを免れ得よう。「元」は衆善の首で、まさに君主たるの応有の徳行である。君主の徳行が恒久にして貞正に至れば、純然として天道に合する。

不寧者,不遑寧處,有憂勤惕厲之心者也。天之立君,以一人治天下而勞之,非以天下奉一人而逸之也。君人者,頃刻謹畏之不存,則怠忽之所自起;毫髮幾微之不察,則禍患之所自生。有此不寧之心,則下之比輔方感而來矣。九五以剛中之徳居尊位而上下應之,是有君徳、存敬畏之心而得民之歸赴之象也。

卦辞のいう「寧からず」は、安閑に居処するに及ばず、心に始終して憂労・勤勉・警惕・戒惧の念頭を存することを指す。上天が君主を設立するのは、一人をもって天下を治め彼をして天下のため労せしめるのであり、天下全体をもって一人を奉養して安逸・享楽せしめるのではない。君主たる者、一刻も謹慎・敬畏の心を存せざれば、怠惰・疏忽はここから生ず。一絲一毫の隠微の処に察せざるあれば、禍患はここから萌发する。この安佚を敢えてせざる心あれば、下の人は感動して親附・輔佐に来る。九五は剛健・居中の徳行をもって尊位に処し、上下の各爻が皆来て響応する。まさに君主が君徳を備え常に敬畏を存し、よって民心の帰附・奔赴を得る象徴である。

夫者,丈夫之稱,《左傳》曰:「是謂我非夫也。」後,如先事後得之後,怠緩之也。於君子而怠緩之,則賢者退處,小人類進,而人將離叛而不輔矣,則道窮而凶矣。地上有水,比之象也。建立萬國之諸侯而定巡述之禮以親之,先王所以盡比之道也。

「夫」は成年男子の称呼で、《左伝》に「是れ我に夫ならずと謂うなり」の説がある。「后」は「事を先にして得を後にす」の「后」のごとく、遅緩・怠慢の義である。賢徳の君子に対して遅疑・怠慢すれば、賢者は退隠して出ず、小人は群を成して進み、人心は離散・背判して輔佐を肯んじなくなり、君主の道は尽頭に至り、凶険もまた来る。地面の上に水あり、水と地と親しみ間なし。これが《比》卦の卦象である。天下万国の諸侯を分封し、また巡行・省視の礼制を定めて彼らを親しませる。これが古代聖王が親附の道を尽処に至らせた办法である。

初六居下順體,是能比上者也。比上而有信實之徳,則終始無間而免於咎矣。若有孚至於盈缶,則不但無咎而已,且有他吉也。有孚盈缶,則信之至也。草澤之間有懷至信之徳者,安能久在下乎?此他吉也。

初六は全卦の最下に処し、また坤の順従の體に属し、上に親附し得る人である。上に親附してまた誠信・篤実の徳行を備えれば、自始して終りまで隔閡なく、過ちを免れ得る。倘若《比》卦初六爻辞のいう「孚盈めて缶に」、誠信が瓦缶に装満したごとく充満すれば、過ちなきのみならず、また意外の吉慶あり。誠信の盈満は誠信の極処である。草野・水沢の間にこのような至誠の徳行を懐抱する人が、どうして長く下位に沈淪していられよう。これがいわゆるまたある吉慶である。

六二上比九五也。柔順中正,則比之自內,得正而吉矣。內取由中之義,事君以道而出於中心之誠也。所謂責難於君謂之恭,陳善閉邪謂之敬,非堯舜之道不敢陳於王前者,皆是也。如此則僅可以免過而不自失也。臣道之難盡也如此。

六二は上は九五に親附する。それは柔順にして中に居り正を得る。ゆえに《比》卦六二爻辞に「これに比するに内より」という。内心より真誠に親附し、正道を守ってよって吉を獲る。「内」は中心より発する義を取り、すなわち正道をもって君主に事え、一切は内心の誠意より出る。《孟子》のいう「難を君に責むるを恭と謂い、善を陳べ邪を閉ずるを敬と謂う」および「堯舜の道に非ざれば敢えて王の前に陳べず」は皆この態度を講じる。こうし得るもまた過ちを免れ己の操守を失わざるに剛く足るのみである。臣子たるの本分は尽くし難く、竟にここまでの歩に至る。

六三陰柔不中正,處已非其道也,君子小人類聚群分,而所比皆非其人矣。六四位在九五之下,比之時皆以下比上也。四柔而得正,以是而比五,則能以柔濟其剛,都俞吁咈皆以道而不離於正也,則有引君當道、志於仁之忠矣,故吉。

六三は陰柔にして中せず正ならず、自身を安頓するも既に正道に合せず。君子と小人は各々類をもって相聚り不同の群党を成し、六三の親附する所は全て親附すべき人ではない。六四は九五の下に位し、《比》卦の時は皆在下者が在上者に親附する。六四は柔をもって柔に居って正を得、この姿態をもって九五に親附すれば、柔をもって君主の剛強を調剤し得る。賛同を表する「都」「俞」にせよ、駁正を表する「吁」「咈」にせよ、皆道理に合して正道に偏離せず。これで君主を正道に引導し一心に仁に向かわせる忠誠あり。ゆえに吉利。

九五陽剛中正,以居尊位,用大中至正之道而顯以比天下者也。如孟子所言王道皆為顯比,建萬國、親諸侯以其一端也。先王托股肱耳目於臣下,以次承宣而達諸天下,則為顯比;霸者用其私智,小小補塞,則晻昧而非顯比也。王者田獵用三驅之網,去其一面,不盡取之,取其不用命而入者,舜之班師振旅、誕敷文徳而冇苗來格是也。失前禽,邑人不誡,邑人之心亦上之心也,知其以徳化民而不以威驅之也,皆吉之道也。上六居卦之上,為首之象。當比之時,下無應與,為比之無首之象。比已終矣,而獨無所比,則死亡無日矣,故凶。

九五は陽剛・中正にして尊位に居り、大中至正の道理をもって光明正大に天下に親附する。これが《比》卦九五爻辞のいう「顯比」である。《孟子》の講ずる王道は皆「顯比」に属し、万国を分封し諸侯を親しませるはその中の一端にすぎない。古代聖王は手足・耳目のごとき職任を臣下に托付し、政令をして依次に承接・宣布して天下に通達せしめる。これが「顯比」である。霸主は一己の小聡明を憑り、東補い西塞ぐの零碎の工夫をなすは、則ち昏昧にして明らかならず、「顯比」と算すに足らない。君王の田獵は「三駆」の法を用い、網の一面を開いて禽獣を趕尽・殺絶せず、ただ駆逐に服せず自ら闖入する者を取る。舜帝が兵を収め師を還し文徳を広く施して有苗が自ら来て帰順したがごとし。爻辞に「前禽を失い邑人誡めず」というのは、邑人の心はすなわち君上の心で、彼らは君主が徳行をもって百姓を感化し威勢をもって百姓を駆迫せざるを知る。これらは皆吉を致す道理である。上六は全卦の最上に居り「首」の象あり。正に天下が相親附する時に当たり、その下に相応じる爻なし。これが「比するに首なし」の象である。親附は既に終了に至り、それは孤孤零零として親附する所なし。滅亡は旦夕の間にあり。ゆえに凶険。

小畜卦(乾下巽上)

小畜:亨。密雲不雨,自我西郊。

《小畜》卦の卦辞はいう:小さく畜聚し亨通す。濃雲密佈して雨下らず、その雲気は我が西の郊野より起る。

小,陰也;畜,止之也。六四以陰居陰,為柔得位。柔不得位則不能畜陽,柔既得位,則有以致上下之應而為其所畜矣。小人而無才無位者,亦安能制君子哉?以巽畜乾,亦為小畜;又以陰畜陽,亦不能大有所畜。小人畜君子,畜其不能用世耳,於其道則無如之何,所畜者區區之微末耳。

「小」は陰を指し、「畜」は阻止し拘えることである。六四は陰爻をもって陰位に居り、柔にして位を得たものである。柔が位を得なければ陽剛を拘えられない。柔が既に位を得れば、上下の各爻の呼応を招来して陽剛を拘えられる。小人が仮に才干もなく権位もなければ、どうして君子を制し得よう。この卦は下乾上巽で、巽の柔順をもって乾の剛健を畜止する。ゆえに「小畜」と言い、また陰をもって陽を畜するは、終竟に大いに畜すること能わず。小人が君子を鉗制するもまた彼をして世に施展し得なからしめるに過ぎず、君子の守る道に対して小人は如何ともする術なく、拘え得るは区区の末节のみである。

小畜之時,陽猶可亨。卦之內健外巽,二五以剛得中而志猶得行,君子之作用亦未盡為小人者所畜也,故亨。小人未能盡制君子之作用,則所畜尚未遂也,故有密雲不雨、自我西郊之象。云為雨氣,陰物也。陽氣上升而云密畜之,則相持為雨而下;畜之未極,則氣猶騰往而不雨矣。

《小畜》の時に処して陽剛はなお亨通し得る。この卦は内卦が剛健で外卦が柔順、九二と九五は皆剛爻をもって中位に居り、志向はなお行き通り、君子の作為は小人に完全に鉗制されていない。ゆえに卦辞に「亨」という。小人が既に君子の作為を完全に制し得なければ、彼の拘畜する目的は未だ達成せず、よって「密雲雨ならず、我が西郊より」の象がある。雲は雨の気で陰に属する。陽気が上升すれば雲は密々としてこれを拘え、両下が相持して雨を化して落ちる。今拘畜は未だ極処に至らず、陽気は依然として騰越して去る。ゆえに密雲のみありて雨なし。

天地間東南為陽,西北為陰。凡陽唱則陽畜陰,陰和而成雨;陰唱則陰畜陽,陽不和而不雨。密雲之不雨,亦自我西郊之義也。無小畜則無所謂密雲,無所謂西郊;有小畜則有密雲西郊之象,不能遂其所畜則有不雨之象。不雨與亨之義相反,君子小人勢不能以俱盛也。若以為善言之,凡臣不能止君之慾、子不能止父之過,皆此義也。

天地の間で東南方は陽に属し、西北方は陰に属する。凡そ陽が先に倡導すれば陽が陰を収畜し、陰がこれに相和して雨を成す。もし陰が先に倡導すれば陰が陽を収畜し、陽は相和を肯んじず雨も下らず。濃雲して雨ならざるは、正に「我が西郊より」の句の義に合する。「小畜」の処境なくしては密雲を言うにも及ばず西郊を言うにも及ばず。「小畜」の処境あってこそ密雲・西郊の象あり、拘畜の目的が達成せざるあってこそ雨ならざる象あり。「雨ならず」と「亨」は意が正に相反する。君子と小人が気勢上で同時に興盛し得ないのが見える。もし好い面から言えば、凡そ臣子が君主の私欲を勧め止め得ざるも、子が父の過失を止め得ざるも、皆この道理である。

畜有止之之義,有聚之之義,止則聚矣。風行天上,則氣即散往而不能聚,有小畜之象。君子以懿美其文徳而已,美在其中為畜之大,威儀文詞之間而致其美,則所畜者小矣。小人畜君子,必制之使不得遂其所為;畜之未極,則君子猶得以安其位而行其志。君子者,始焉若將失其所矣,而終得以復其所,此小畜之初二皆以復為言也。

「畜」は止める義あり、また聚積の義あり、止まれば自ずから聚まる。風が天上に行くは気が一たび散じれば飄き去り聚まらず。これが《小畜》の卦象である。君子がこの境地に処するに、ただ己の文徳を修美するのみである。美徳が内心に蘊含する、それこそ大なる畜聚で、もしただ儀容・挙止・文辞・篇章の上に好くなるを求むれば、畜聚する所は小さい。小人が君子を鉗制するに、必ず彼を制して彼をして抱負を実現し得なからしめんとする。しかし拘畜がまだ極点に至らざるとき、君子は依然としてその位に安んじその志を施行し得る。君子は初めは立身の地を失わんとするがごとく、最終には自らの位に帰る。ゆえに《小畜》の初九・九二の両爻は皆「復」の字をもって言を立てる。

初九乾剛得正,雖與四為正應,去之尚遠,不為所畜,猶得進而上行,則復之自道矣。守正不變而卒得復,則復自道矣;若非禮求進,則復不以道,而為以邪媚乾澤矣。自道而復,則無咎而可以行所學以益世,其義自當獲吉也。九二漸近於陰,若將為其所畜矣,以所處得中而不自失,又與初同體,皆陽剛之君子也,相資相援,進而有為,則牽復之象而吉也。葢初九結綬則九二彈冠,其出與處同一道也。

初九は乾の陽剛をもって正位に居り、六四とは正応なれども相距はなお遠く、その拘畜を受けず、依然として上進し得る。ゆえに《小畜》初九爻辞に「道自らに復る」――自らの正路に循って帰る――という。正道を守って変わらず終わりに本位に帰る、これを「道自らに復る」という。もし礼義に合せざる鑽營・求進なれば、帰る路は正しくなく、邪僻の手段をもって諂媚して恩を求めるとなる。正道に循って回復すれば過ちなく、かつ平生の学を施行して世道に福を造り得て、理において自ずから吉を獲る。九二は漸々六四の陰爻に挨近し、眼看に拘えられんとするが、中に居って己の操守を失わず、また初九と同じく乾體に在り、皆陽剛の君子で、彼此が憑借し互相に援引して一道に上進・有為する。これが九二爻辞「牽復」の象で、ゆえに吉。大抵初九が一たび印綬を繫いで出仕すれば、九二は便ち帽上の灰塵を弾いて同行を準備する。彼らの出仕と退処は同一の道を行く。

九三迫近於四,以過剛不中,處之失當,為四所畜而不能自行,為輿說輻之象。輻者,輿之所以行者也,說之則不能行矣。夫謂三,妻謂四,四畜三使不得上進,三不受其畜而與之爭,情不相得,則夫妻反目之象也。大丈夫處人而不為人所處,非四之能畜三也,乃三不能處乎四也,故象言夫妻反目不能正室,所以責君子不能自盡其處小人之道也。處之之道何如?謹於自治而不陷於失,使小人無得以議之;至誠以與之,恭遜以接之。彼小人者,大則革心,小則革面矣,何能畜於君子乎?

九三は六四に緊挨し、剛強に過ぎて中せざるがゆえに応対が当を失い、六四に拘えられて自ら行く能わず、《小畜》九三爻辞「輿が輻を説く」――車が輻条を脱落する象となる。輻条は車の走動し得る関鍵で、脱落すれば車は走動できない。ここで「夫」は九三を指し、「妻」は六四を指す:六四が九三を拘えて上進せしめず、九三は受制を肯んじずこれと相争い、両下の情意は合せず、「夫妻反目」の象を成す。大丈夫は応に人を安頓して人に安頓されざるべきで、ゆえにこれは六四に九三を拘える本事あるにあらず、九三に六四を安頓する本事なきである。ゆえに《象伝》に「夫妻反目、室を正しくする能わず」という。まさに君子が小人に応付する办法を尽処に用いなかったを責める。然らばどう応対すべきか。謹厳に己を約束して過失に陥らず、小人に話柄を挑ませず。至誠をもって彼に対し、恭敬・謙遜をもって彼を接納する。あの小人は、深い者は心術を変え、浅い者は少なくとも面目を変える。どうして君子を鉗制し得よう。

六四為畜之主,以畜道為尚者也。柔得其正,位近九五,是能以誠心而畜五者也。所謂以柔濟剛、以可濟否者,四之心也。直道難容,若四者懐恐懼之心,而幾不免於傷害也。九五剛得中而又巽體,於四之畜已,見其為忠直而不見其為乖忤,知求之以道,不以非道而罪之焉,故四得免於傷害憂懼,為血去惕出之象而無咎也。象謂上合志,言其與九五相合也。事君數斯辱矣,六四之尚畜道,比之以道事君、不可則止者,則有間矣,故僅可無咎而未獲吉。

六四は全卦「畜」の主爻で、畜止の道を尚ぶとする。それは柔をもって柔に居って正位を得、また九五に貼近し、一片の誠心をもって君主を規諫・約束し得る人である。いわゆる柔をもって剛強を調剤し、行い得る意見をもって行い得ざる做法を補救するは、まさに六四の用心である。正直の道理は往々にして容納され難く、六四のごとき人は心に恐懼を懐き、ほとんど傷害を遭うを免れない。幸いにして九五は陽剛・居中で、また巽の柔順の體に処し、六四の己を畜止する事に対し、ただそれが忠誠・正直なるを見出し、違逆・冒犯と感ぜず、相手が正道に依って進言するを知り、不正当の罪名をもって彼に加罪せず。ゆえに六四は傷害・憂惧を免れ得る。まさに《小畜》六四爻辞「血去り惕れ出づ」の象で、よって過ちなし。《象伝》に「上と志を合す」というは、六四と九五の心意が相合することを講ずる。孔子は「君に事えて數なれば斯に辱めらる」と言った。六四のこのように一途に畜止の道を崇尚するは、「道を以て君に事え、可ならざれば則ち止む」の做法と比べてなお差違があり、ゆえに過ちなきをなし得るのみで、吉を得るに未だ至らず。

九五居尊,爵賞刑誅皆其所有,人以實心效力而為巳用,如以手把物,攣固而不可解;己之勢力足以驅人而使為用,如以富而以其鄰,則其鄰孰不樂趨以為用乎?九五之君臣同心,如身之使臂,如臂之使指,投之所向無不如意者也。然不言吉凶者,未知其同心同徳而施之於畜道者何所用也。若用之於畜小人、畜己之私慾而不自肆,則同心為善而元吉可致;反是則流於惡而凶至矣。

九五は尊位に居り、封爵・賞賜・刑罰・誅戮を皆手中に握り、人々が真心をもって彼のために效力し彼の駆使に供するは、手をもって物を抓住して牢く攥めて解けないがごとし。彼の権勢は他人を駆使して己の用に為すに足る。まさに《小畜》九五爻辞「富めり其の鄰を以て」のいう、富厚を憑って四鄰を帯動すれば、四鄰は誰か奔趨して命を聴くを楽しまざらん。九五のごとき君臣同心は、身が胳膊を指揮し、胳膊が手指を指揮するがごとく、指す所に遂心せざるなし。しかし爻辞に吉とも凶とも言わないのは、まだこの同心同徳が畜止の道の上で何を為すかを知らないからである。仮に小人を鉗制し己の私欲を約束して放縦せざるに用いれば、それは同心に善に向かい、大吉は招来し得る。反にすれば悪を為すに流れ、凶険は随って至る。

小畜之時多小人畜君子,而四之畜五則又用之於為善也。九五勢其所有,法其自用,而下無應與,用其力以為惡未可知也。陽剛中正而又巽體,才亦足以為善矣,故聖人但言其力足以有為,而畧其善惡與吉凶,直不欲以小人待九五,其垂戒之意深矣。

《小畜》の時は多くは小人が君子を鉗制するが、六四が九五を畜止するは、かえってこの力量を行善の上に用いたものである。九五の権勢は彼の現成に擁有するもので、法度もまた彼自ら運用し、下に相応じる爻の牽制なく、力量を用いて悪を為すか否かは誰も言い得ない。しかし彼は陽剛・中正で、また巽の柔順の體に処し、才具は本来善を為すに足る。ゆえに聖人はただ彼の力量が作為するに足るを言い、善悪と吉凶を略して論ぜず、ほとんど小人に対する眼光をもって九五を看るを肯んじない。ここに訓诫を垂示する用意は深い。

上九以巽體居小畜之極,巽順於以陰畜陽,積之以漸,至於其極,則畜道成而陰陽和矣,為既雨既處之象。以陰畜陽,小人自以為徳而尚之,以至於積滿矣。至是則諸陽與之相抗者,或茍說富貴,或僅期免禍,而聽其命矣。以陰畜陽,小人制君子,婦人乗其夫,皆此義也。婦若貞固守此,則危道也。月陰象,幾望而抗陽,將至自食而反傷矣。安有小人畜君子而天下不亂者乎?亂則小人豈能保其富貴哉?此皆切戒小人之詞也。君子至是亦不可行,行則凶矣,此又喻君子以自處之道也。易為君子謀,不為小人謀,可見矣。

上九は巽の柔順の體をもって《小畜》の極点に処し、一途に「陰を以て陽を畜す」の局面に順従し、一点ずつ積累して極処に至り、畜止の道は完成を告げ、陰陽もまた相和する。これが《小畜》上九爻辞「既に雨り既に処る」の象である。陰をもって陽を畜すれば、小人は自ら徳ありと為してこれを推崇し、積満するに至るまで。この歩に至れば、もとこれと抗衡した陽剛の君子は、あるいは苟且に富貴を貪恋し、あるいはただ禍を免れんを求めて、皆小人の摆布に聴任する。陰をもって陽を畜するとは、小人が君子を制し、婦人が丈夫の頭上に騎るをいい、皆同一の事を言う。婦人がこの局面を正道として固守すれば、危険の路である。月は陰象に属し、將に圓ならんとして未だ圓ならざる時に太陽と強を争わんとし、続いて便ち虧蝕してかえって己を傷つける。どこに小人が君子を鉗制して天下が亂れぬ道理があろうか。天下が一たび亂れれば、小人はどうしてその富貴を保ち得よう。これらは皆痛切に小人を誡告する言である。君子がこの歩に至っても再び行動する可からず。行動すれば凶険あり。これはまた君子を開導して如何に自処するかを教える。《易》は君子のために打算するのであって、小人のために打算するのではない。ここに見える。

履卦(兌下乾上)

履虎尾,不咥人,亨。

《履》卦の卦辞はいう:虎の尾を踏めども虎は人を咬まず、亨通す。

以兌遇乾,和說以躡剛強之後。和說有恭遜之義,剛強有果確之義,恭遜果確則嚴而泰,禮也。禮為人所當履,故卦名履。以和說履剛強,則處已處人之道盡而不為所傷,有履虎尾不咥人之象而可以致亨。和說為處剛強之道,非幸福免禍而為流蕩者也。九五以剛中正履帝位而不疚,其徳光明,人之所履當如此也。人之所履宜隨其分而修其所當為,故上天下澤則上下之分定而為履也。君子觀此象,則辯上下、定民志。民志未定,由上下之分未辯也;上下之分既辯,則民安其所而不妄求,其志定矣。

下卦の兌が上卦の乾に遇うは、和悦の姿態をもって剛強者の後につき従って行くことである。和悦は恭敬・謙遜の意を含み、剛強は果断・確定の意を含む。恭遜でありかつ果断であれば、荘厳にして安舒である。これが「礼」である。礼は人々が皆践履すべきもので、ゆえに卦名を《履》という。和悦をもって剛強を践履すれば、己を待ち人を待つ道理が皆尽くされ、剛強者に傷つけられるに至らず、よって虎の尾を踏みながら虎が人を咬まない象があり、亨を致すことができる。和悦をもって剛強に応対するのは正当な処世の道であって、僥倖に福を求め苟且に禍を免れて流れに従う類のやり方ではない。九五は剛健・中正をもって帝位に登り徳行に欠欠なく、光明磊落で、人の践履する所は正しくこのようであるべきである。人の践履する所は、各々自らの名分に随って分内のなすべき事を修めるべきである。ゆえに上は天、下は沢で、上下の名分が定まる。これが《履》である。君子はこの卦象を見て上下の分を弁明し、百姓の心志を安定させる。民心が定まらないのは上下の名分が弁明されないからである。上下の分が一旦弁明されれば、百姓は自らの位置に安んじて妄りに求めず、心志もまた定まる。

初九陽剛得正,居履之初,是以素所修者而為履之始。格致誠正之學,措而為治平之用,未為物誘而變其所守者也。執此道以往,則無咎矣。人之修己,所願者在行所學以治人也。初九素履之往,可謂不失所志而獨行願也。九二陽剛得中,上無應與,有道君子未為世用而不求人知者也,為履道坦坦之象。坦坦,平易也;兌有和說之徳,平易之義也。幽隠守高之人能如此,則正而吉矣。

初九は陽剛にして正を得、《履》卦の始めに処する。平素に修養したものを践履の開端とする。格物・致知・誠意・正心の学問は、施用すれば治国・平天下の事功となり、未だ外物に誘引されて自らの守る所を変えていない。この路を執守して行けば過ちはない。人が自らを修養するのは、学んだ所を施行して他人を治めることを正に願うのである。《履》卦初九爻辞「素履の往」は、本志を失わず独り自らの心願を践行したといえる。九二は陽剛にして中位に居り、上に相応じる爻なく、有道の君子がまだ世人に任用されず、また人知を求めない様子である。ゆえに九二爻辞「道を履むこと坦坦たり」の象がある。「坦坦」とは平易である。兌は和悦の徳があり、まさに平易の義である。幽居・隠処して高節を守持する人がこうできれば、正道に合して吉を獲る。

眇不能視而強欲視,跛不能履而強欲履,才不足以有為而強欲為也。六三陰不中正而處乎陽,故有此象,是才柔而志剛也。以此履剛強之乾,必見傷害,為履虎尾咥人之象而凶也。又以志剛而居下之上,有武人為于大君之象。武人無徳,肆其剛暴,以強力而為大君,安能久乎?

目が半盲で見えないのに強いて見ようとし、足が跛で歩けないのに強いて歩こうとするのは、才力が作為するに足らないのに偏に作為しようとするに等しい。六三は陰爻で中に居らず正を得ず、しかも陽位に処する。ゆえにこのような象があり、これは才質が柔弱にして志気が剛強である。この資質をもって剛強の乾体を践履すれば、必ず傷害を遭い、《履》卦六三爻辞「虎尾を履み、人を咥う」の象となり、よって凶険である。またその志気が剛強にして下卦の上に処するゆえに、「武人が大君となる」の象がある。武夫は徳行なく、その剛暴を放肆し、強力を恃んで大君となろうとする。どうして長久し得よう。

以兌遇乾,則乾為虎而兌有履虎尾之象;四近五,則五為虎而四亦有履虎尾之象。九四剛而能柔者也,是常存戒懼之心者也。以此徳而履五之下,則剛不至於取禍,柔不至於取辱,輔徳納誨之志行於五而得終吉也。

兌をもって乾に遇えば、乾はすなわちあの虎で、兌は虎尾を踏む象がある。九四は九五に貼近し、九五はすなわちあの虎で、九四もまた虎尾を踏む象がある。九四は剛強にして柔和し得る、常に戒備・恐懼の心を存する人である。この徳行をもって九五の下に処すれば、剛は禍患を招くに至らず、柔は羞辱を招くに至らず、君徳を輔助し規諫を進献する心願が九五の身に施行できる。ゆえに終わりに吉を獲る。

以堯舜之聰明聖智,君道之盡,宜若易為矣,然求賢任官必勤諮於下而不自専。九五以乾剛居尊,下以兌說應之,有順從而無矯拂,則任意裁決而無留難,為果決其履之象。天位惟艱,一念不謹,或貽生民無窮之害,而天祿永終矣。守此夬履以為正,則危之甚也。

堯舜のごとき聡明・聖智をもってしても、君主たるの道理は既に尽善なれど、しかもなお容易であるべきごとく見える。しかし彼らは賢才を求訪し官員を任命するに、依然として勤勤懇懇に下に諮問し、独断・専行を敢えてしなかった。九五は乾の剛健をもって尊位に居り、下にまた兌の和悦が一途に応和し、順従あるのみで匡正・違逆が一点もない。よって己意に任せて裁決して毫も阻難なく、果決して行う象となる。天子の位は最も艱難で、一の念が謹慎でなければ、或いは百姓に無窮の禍害を留め、上天の賜る禄位も永遠に断送される。《履》卦九五のいう「夬履」――独断専行――を正道として守るのは、危険の極である。

上九以陽剛乾體而居履之終,是所謂終日乾乾、夕惕若,履善道而能有終者也。葢乾剛則以仁為己任,有終則死而後巳,曽子易簀而歿是也。視其如此之履,而考其所宜獲之祥,則周旋皆得元吉矣。其旋元吉,言無適而非元吉也。斯人也,進則有益於君徳,退則有益於風俗,盛徳大業人未易及,故曰元吉在上,大有慶也。

上九は陽剛の乾体をもって《履》卦の終了に処する。まさに《乾》卦九三のいう「終日乾乾、夕に惕れるがごとし」のあの種の人で、善道を践履して善終し得る。大抵乾の剛健は仁を己の担いとすることで、終わりあり得るは死して後已むことである。曾子が臨終に礼制に合わざる席を換えてから逝ったのはまさにこのごとし。彼のこのような践履を見、さらに彼が応に得るべき吉祥を考察すれば、周旋・進退に大吉ならざるなし。上九爻辞「其の旋は元吉」とは、どこに行っても大吉ならざるなしという。かかる人は、出仕して朝にあれば君主の徳行に益あり、退居して野にあれば一方の風俗に益あり、盛大の徳行事業は常人の容易に及ぶところではない。ゆえに《象伝》に「元吉上に在り、大いに慶あり」という。

周易辨録巻二(明・楊爵撰)

泰卦(乾下坤上)

泰:小往大來,吉,亨。

《泰》卦の卦辞はいう:陰柔の小者は外に退き、陽剛の大者は内に来る。吉利、亨通。

泰,通也。通由於和,和則通,不和則否閉而不通矣。坤為小,往而居外;乾為大,來而居內,天道下濟、地道上升之義也。天地之道如此則為泰,而在人事則為吉亨,三才同一道也。天地交而萬物生息,通也;上下交而相與以有為,其志同也。以氣言,則內陽而外陰;以徳言,則內健而外順;以人言,則內君子而外小人。君子得志,其道長;小人不能肆惡,而道消也,皆所以為泰而吉亨也。

「泰」はすなわち通である。通は和より来る。和すれば通じ、和せざれば閉塞して通ぜず。坤は陰に属して小と為し、外に往きて上卦に居る。乾は陽に属して大と為し、内に来りて下卦に居る。これは天道が下に向かい施済し、地道が上に向かい升騰する義である。天地の道がこのようであれば「泰」と呼ばれ、人事に落ちれば吉利・亨通となる。天・地・人の三才は本来同一の道理である。天地が交感して万物が生長・繁息するはこれ「通」であり、上下が交通して共に作為あるはこれ「志同」である。気においては内陽にして外阴、徳においては内剛健にして外柔順、人においては君子内にありて小人外にある。君子が志を得れば彼らの道は生長し、小人が放肆して悪を為す能わざれば彼らの道は消退する。これらは皆「泰」を成して吉亨たらしめる缘由である。

財成天地之道,如厯象日月星辰之類是也。輔相天地之宜,謂順時以有為、因物以制用也。先王之道,因革損益,與時偕行,皆所以左右民也。左右民,所以嚴事天之誠也。初九陽剛得正之君子也,自宜見用,豈獨一身哉?凡志同道合而有斯世斯民之心,相與並起矣,故為拔茅茹以彚之象,而行則吉。拔初九者必君相也,明揚之道得而賢者有帝臣之願矣。拔之之道何如?求之以禮,任之以誠而已,否則恭敬而無實者,君子不可虛拘。

《象伝》のいう「天地の道を財成す」は、《尚書・堯典》に載る日月星辰を観測・推算する類のごとし。「天地の宜に輔相す」は、時令に順って作為し、物性に依って用途を制定することをいう。先王が世を治めるに、或いは因襲し或いは変革し、或いは減損し或いは増益して、皆時勢とともに推行し、全ては百姓を輔助するためである。百姓を輔助するは、まさに荘敬をもって上天に事える誠意の在る所である。初九は陽剛にして正を得る君子で、本来任用されるべきであり、しかも彼一身のみならずや。凡そ志同じく道合して、心にこの世道・この百姓を装う者は、皆一斉に奮起する。ゆえに《泰》卦初九「茅を拔き茹らかすに其の彙を以てす」の象があり、行動すれば吉である。初九を拔挙し得るは必ず君主と宰相である。賢を挙げる路子が正しければ、賢者もまた天子の臣たる願望を有する。然らばどう拔挙すべきか。礼をもって求め、誠をもって任ずるのみである。さもなければ表面恭敬のみにして実心なく、君子は徒らに拘えられるを肯んじない。

九二有剛中之徳,上應六五,當泰之責任者也。所謂財成天地之道、輔相天地之宜以左右民者,九二以身當其事而燮理之矣。有包舉宇宙之量,有坐定夷險之才,有不廢困窮之仁,有不私親暱之公,是能以中行為尚者也。若九二真可謂代天之相矣,皋夔稷契、伊傅周召之能事也,諸葛孔明、韓範之徒亦其流亞者也。媢嫉求備則與包荒相反,天下有事束手無策則與用馮河相反。用馮河非勇決之義,如周公言在今予小子旦若遊大川,懼不克濟,欲與召公共濟之謂,有撥亂反正之才也。不言涉大川而言馮河,馮如馮幾之馮,取其坐鎮安危之義也。抱明徳而類微者則忽之,與不遐遺相反;以天位天祿私親故者,與朋亡相反。

九二は陽剛・居中の徳行を備え、上は六五に応じ、太平の世に重任を担当する人である。前のいう「天地の道を財成し、天地の宜に輔相して以て民を左右す」は、まさに九二が身をもってこの事を承当し陰陽を調理する。彼は宇宙を包挙する器量あり、坐鎮して危局を安定する才干あり、困窮の人を遺棄せざる仁心あり、親近の人に偏私せざる公道ある、まさに《泰》卦九二爻辞のいう「中行」を崇尚する人である。九二のごときは、真に天に代わりて物を理する宰相と称し得る。皐陶・夔・后稷・契・伊尹・傅説・周公・召公のなし得たことを、彼は皆なし得る。諸葛孔明・韓琦・范仲淹の輩もまた同一流の人物と算す。賢能を嫉妬し全を求め責を備えるは、爻辞「荒を包む」の寛容と正に相反し、天下に事ありて手の施す策なきは、「河を馮るを用う」に正に相反する。「河を馮るを用う」は勇を逞し軽く断ずる義ではなく、《尚書・大誥》に記す周公の言「今予小子旦、淵水を渉るがごとし」のごとく、渡り得ぬを恐れて召公とともに渡らんと欲するをいい、乱を撥し正に反する才干あるを言う。「大川を渉る」と言わず「河を馮る」というのは、「馮」は「几に馮る」の「馮」のごとく、坐鎮して安危する義を取る。明徳を懐抱して出身微賤なる人を忽略し過ぐるは、「遐遺せず」に相反し、天子の爵位・俸禄を親旧・故交に私授するは「朋亡」に相反する。

九三泰已極矣,至此則將否之時也。泰之時為平,無有平而不陂者,今將陂矣;陰往在外,無有往而不復者,今將復矣,可懼哉!可懼哉!處九三之地而以世道為己責者,當有蹈虎尾、涉春氷之心可也。惟當艱難其心以守正道,常思一念不謹禍即起矣,一事有失世即亂矣,如以千鈞之重投之眇然之躬之上而為之負荷之,一有顛蹶則載胥以亡而不可救矣,始可謂艱難守正而得無咎矣。如孔明相漢躬親細務,豈得已哉?如此則勿憂所期之孚不我有,而君臣上下常得以享其福矣。孚,所期之信也,所期欲常泰而不否也。

九三に至り太平は既に極点に至り、この時すなわち將に閉塞に転ぜんとする関頭である。太平の時は平坦なれど、平坦にして斜けざるなく、今將に斜けんとす。陰爻は卦外に退往するも、去りて返らざるなく、今將に返らんとす。真に畏るべきかな!真に畏るべきかな!九三の位置に処して天下の治乱を己の責任とする者は、虎尾を踏み春氷を履むがごとき戒惧の心を懐いてこそ可なり。ただ心思を艱難の上に置き正道を守り、常に一の念が謹慎ならざれば禍患はすぐ起こり、一事に閃失あれば世道はすぐ乱れると思え。千鈞の重担を自らの渺小の身に圧し加えてこれを担わんとするがごとく、一旦顛倒すれば相牽して亡び挽救の術なし。こうし得てこそ艱難に処り正道を守りて過ちなしと言うに足る。諸葛孔明が蜀漢を輔佐し細務さえ自ら過問したのは、豈に彼がかくあるを願ったか。こうし得れば、期望する誠信が己に帰せざるを憂えるに及ばず、君臣上下もまた長く太平の福を享くることができる。「孚」は期望する信実で、期望する所は長く安泰を保ちて閉塞に転ぜざることである。

泰之復否,率以人謀之不臧而亦天運然也。有聖人則可以救之,聖人以天自處,視天下無不可有為之時,亦無不可有為之事,故於否則即反為泰,泰可以常不否。然孔孟有徳而無位,則亦天之運也。

太平が再び閉塞に転ずるは、多くは人の謀画の不善によるも、また天運の然らしむるもあり。聖人あればなお挽救し得る。聖人は天を以て自ら居り、天下を見るに作為すべからざる時なく作為すべからざる事なし。ゆえに閉塞に遇えばすぐ転じて通泰と為し、通泰もまた長く保ちて閉塞せず。しかし孔子・孟子は徳行ありて権位なし。それもまた天運である。

六四泰已過中而否至矣。四與類皆陰柔小人,治平之時皆處之於外者也,至是則相率而復於內,如鳥之飛翩翩而至,言其群合而且迅疾也。小人群合以害君子,而君子亦將盡矣,不必用富之力以其鄰而鄰無不從,不待相戒而自相信。然所以主之者必有其人,豈可盡歸於天運哉?六五者,正所謂主乎泰者也。以陰居上,以順徳而下應九二之陽,為帝乙歸妹之象。以祉元吉者,以此道致福祉而得元吉也。

六四に至り太平は既に中位を過ぎて閉塞將に至らんとす。六四とその同類は皆陰柔の小人で、太平の世は皆朝廷の外に安置されていたが、この時に至り相率いて朝廷の内に返る。鳥の飛翔するがごとく「翩翩」として来るは、彼らが群を成し伙を結び来勢の迅疾なるを形容する。小人が群を成して君子を陥害すれば、君子もまた排擠し尽くされんとす。財富の力量を動員して隣近の人を帯動するに及ばず、隣近の人は聴従せざるなし。互いに誡告するを用いず、彼此は自ずから心照り宣さず。しかしこの局面を主持するは必ず別に人あり、どうして全て天運に推せよう。六五はすなわちあの太平の局面を主持する人である。それは陰柔をもって上位に居り、柔順の徳をもって下は九二の陽剛に応じ、《泰》卦六五爻辞「帝乙妹を帰す」の象を成す。爻辞に「祉を以て元吉」というのは、この路を憑って福祉を招来して大吉を得るという。

五所以者何道也?虛已以任賢才以保治安,憸邪不得以間其心,晏安不能以溺其志。五以陰柔處過中之泰,多所沈溺而未必能此,聖人以其有造命之權而為之則甚易也。欲治則治,為亂則亂者,五也。開之以撥亂反治之機而望其大有作為而獲元吉,其憂世之心至矣哉!以中徳而行其所願也。君之所願者,用賢以保治安也,危亂非其本心之所願也,為小人所誤而至此耳,如徽宗北行泣於道曰王黼誤我至此。

六五の憑藉する所は畢竟どの道理か。虚心をもって人に接し賢才を任用して、以て治世の安定を保つである:奸邪の徒はその心に插み入る能わず、安逸・享楽はその志を淹没する能わず。六五は陰柔をもって既に中位を過ぎた泰世に処し、多くは享楽に沈溺してこの歩をなし得るとは限らない。しかし聖人は彼が気運を改造する権柄を握ると見なし、真にやれば実は容易いとする。治めんと欲すれば治まり、乱さんと欲すれば乱れる。全て六五一人の身にある。聖人は彼のために乱を撥し治に反る機会を開き、彼が大いに作為して大吉を得るを指望する。その世道を憂念する心は真に極処に至る!これが《象伝》のいう中正の徳を以て自らの心願を実行するである。君主の心願は本来賢才を任用して安定を保つことで、危亡・禍乱は彼の本心の願う所ではなく、ただ小人に耽誤されてこの歩に落ちた。宋徽宗が北に掳れて行き、路上で哭して曰く「王黼が我を誤って此に至らしめた」とのごとし。

上六泰已否,治已亂矣,為城復于隍之象。天下方以親小人、逺賢臣以致亂而怨上矣,又欲毒民命以用師,則所以自速其亡而已,故勿用師。惟當下哀痛之詔,反躬自責,陳在已致亂之由在於反道敗徳,喻天下圖存之願,必欲遷善改過,自其邑之近而達之於逺,告之詳而及之徧,或可以收人心以延天命焉。然此既否之後不得已而圖免於亡之所為也,不能謹之於始而守此以為正,則可羞之甚也。

上六に至り安泰は已に閉塞に変わり、太平は已に禍乱に変わり、《泰》卦上六爻辞「城隍に復る」――城牆が崩れて護城壕に帰る象を成す。天下人は正に君主が小人を親しみ賢臣を疎んじて禍乱を招いたゆえに上に在る者を怨恨する。この時もしなお百姓の性命を殘害して兵を用いんとすれば、それはただ自ら滅亡を速めるにすぎない。ゆえに爻辞に「師を用うる勿れ」という。ただ応に一道の哀痛の罪己詔を頒下し、反躬して自らを責め、自ら禍乱を招いた缘由が正道に違背し徳行を敗壊したに在るを説明し、天下に向い図存の心願を宣示して、必ず過ちを改め善に向かわんとし、近き城邑より始めて遠きに推し及ぼし、告諭して詳尽かつ周遍にせば、或いはなお人心を收拾して天命を延續し得る。しかしこれは已に閉塞の後の已むを得ずして滅亡を免れんと求める做法であって、初めに謹慎できず、かえってこの套の办法を守りて常道と為すは、羞愧の極である。

否卦(坤下乾上)

否之匪人,不利君子貞,大往小來。

《否》卦の卦辞はいう:閉塞の世は人道に合せず、君子が正道を守持するに利あらず。陽剛の大者は外に退き、陰柔の小者は内に来る。

否之時匪人道也。天理之在人心者未甞亡,則人道無時而可泯也,但在廟堂則治,在田野則亂,否之時在田野而不在於廟堂矣。人道,善道也;天命有善而無惡,人道合於天命者也;君子之正道即人道也。匪人道,則不利君子之正道也。

閉塞の世は人道の在る所にあらず。天理は人心の中に存し、従来消亡せず。人道もまた一刻も断絶すべからず。ただ天理が朝廷上にあれば治世を成し、郷野に流落すれば乱世を成す。閉塞の世は天理がただ郷野に留まりて朝廷に在らず。人道はすなわち善道である。天命は善のみありて悪なし。人道はまさに天命と相合する。君子の正道はすなわち人道である。既に人道に合せざれば、また君子が正道を守持するに利あらず。

乾為大而往居於外,坤為小而來居於內,則是天地不交,萬物之生意閉塞而不通也;上下不交,天下亂而無邦也。以卦言,則內陰而外陽,內柔而外剛;在人則為內小人而外君子。小人得志,肆惡以號令天下,其道長;君子則有隠居求志而已,此豈人道哉?君子雖退處林野,小人猶欲害之,故當儉徳以闢其難。儉徳者,隠晦其跡以潛處也,如東漢黨錮皆一時之君子也,范滂輩不能潛晦其跡而速禍之慘,可傷哉!

乾は大と為して外に往きて上卦に居り、坤は小と為して内に来りて下卦に居る。これが天地の相交わらざるで、万物の生機は閉塞して通ぜず、上下相交わらざれば天下大亂して無国に形す。卦体に就いて言えば内陰にして外陽、内柔にして外剛、人事に就いて言えば小人内にありて君子外にある。小人が志を得て肆意に悪を為し天下に号令すれば、彼らの道は日々に生長し、君子はただ隠居して自らの志向を全うせんことを求めるのみ。これ豈に人道と算さんや。君子は山林・田野に退居するも小人はなお彼に加害せんと欲す。ゆえに徳行を収斂して禍難を避くべし。いわゆる「倹徳」は自らの行迹を隠晦して潜蔵して自処する。東漢の党錮の禍の中の人物のごときは皆一時の君子で、范滂の輩は行迹を隠晦する能わず、飞快に惨禍を招来するに至り、真に人をして痛心せしめる。

初六小人在下者聯類並起,亦拔茅連茹之象。然否之初,則小人者未至於殘傷君子,未至於大壊朝政,猶可以改過遷善,一變而為君子焉,故聖人以貞吉戒勉之,其為世道之慮深矣。六二當否之時,正所謂用事之小人也。包承大人非其本心也,以公論所在、士望所屬而殘害之,已亦難乎其為處矣。如李林甫於張九齡,雖恨猶曲意事之,可以保富貴而不及於禍,則小人之吉也。包承者,小人處君子之術也,君子豈可為小人所處哉?當於否之時求吾之亨道焉,以身殉道,大人之亨也,豈可漫不知否而亂於小人之群哉?

初六は下位の小人が群を成し伙を結んで一同に興起するも、《泰》卦のいう「茅を拔き茹を連ぬ」の象がある。ただ閉塞は始まったばかりで、小人はまだ君子を殘害する歩に至らず、また朝政を大壊するに至らず、依然として過ちを改め善に向かい、一変して君子と為り得る。ゆえに聖人は《否》卦初六爻辞「貞吉」を以て彼を誡め励ます。その世道を憂える心は深い。六二は正に閉塞の時に当たり、いわゆる権を当て事を用いる小人である。それが「包承」する大人は本心に出ず、ただ公議の在る所・士林の望む所が皆大人に帰するがゆえに、真に手を下して殘害せば自らもまた処し難し。李林甫の張九齢に対するがごとき、心の中では彼を恨みながら依然として委曲して奉承し、こうすれば富貴を保ち得て禍を招くに至らず、これが小人の吉である。「包承」は小人が君子を安頓する手段で、君子はどうして小人に安頓されるに任せ得よう。応に閉塞の世において自らの亨通の道を求め、身を以て道に殉ずる。それこそ大人の亨通で、どうして浑然として世道が已に否なるを覚らず、小人の堆裏に混杂しておれよう。

六三不中不正,居下之上,當否之時居髙位而享厚祿者也。世之否者任其否,漫不知所以處之,吾之富貴吾自保之而已,胡廣馮道之徒是也,豈不可羞之甚哉?象言其位不當也,以何功何能而得此位乎?位者,居下之上也。九四否已過中,氣運漸至於亨通,人事漸可以措手,天命之否者至此有轉而為泰之幾矣。四近九五,有轉否為泰之責任者也,然以陽居陰,處不得正,而或不免於過咎焉,則非盡人事以答天休者也。若能克己為義,使所行無咎,則一時疇類君子賴其徳位皆得行所學以益世而獲福矣。不言吉者,時未可以得吉,而四之才尚有不滿人意者焉。

六三は中に居らず正を得ざるに、下卦の最上位に処し、閉塞の世に高位に身を居り厚禄を坐享する人である。世道が閉塞するも彼は閉塞に聴任し、浑然として如何に自処すべきかを知らず、ただ我が富貴は我自ら保てばよいと思うのみ。胡広・馮道の類はまさにこのごとく、豈に羞愧の極にあらずや。《象伝》が彼を「位当たらず」というは、彼に問う、何の功労・何の才能を以てこの位置を得たかと。いわゆる「位」は下卦の上を指す。九四の時、閉塞は已に中位を過ぎ、気運は漸々亨通に転じ、人事上は漸々着手し得、天命の中の閉塞はここに通泰に転ずる苗头あり。九四は九五に貼近し、閉塞を通泰に扭転する責任ある人である。しかしそれは陽爻を以て陰位に居り処るが正ならず、或いは過失を免れず、それでは人事を尽くして上天の美意に報いると算すに足らず。もし私意を克制し義に依って行い、自らの作為をして過ちなからしめば、同時の一輩の君子は皆彼の徳望・地位に倚仗し、学んだ所を施行して世道に福を造りて福を得られる。爻辞に「吉」と言わざるは、時勢がまだ吉を得る時に至らず、かつ九四の才具もまた人をして満意せしめ得ざる所あるがゆえである。

九五陽剛中正以居尊位,徳與位稱,道與時合,世之否者可一變而為休美矣,是大人明徳新民之道,治隆於上而俗美於下矣,故大人吉。然又當戒懼於心,自以為其亡矣、其亡矣,再言其亡者,言無時無事而不戒懼也。凡所施為必詳審安固,有久大之圖,如係于苞桑之固可也。其亡其亡者,有居安思危之心也;繫于苞桑者,言所處之密也。上九以陽剛居否之終,能傾時之否者也。物之貯於器中者,多則漸去之而未可傾,少則傾倒而盡去之。否至於終,則否無幾矣,上九以陽剛之才一傾之以收成功焉,故先否後喜。象言否終則傾,何可長也?否未終則圖以漸去之,終則直可傾之,取義精矣。

九五は陽剛・中正にして尊位に居り、徳行と地位とが相称し、主張と時勢とが相合し、閉塞の世道は一変して美好と為り得る。これはまさに大人の「明徳を明らかにし、民を新にする」の工夫で、政治は上に昌隆し風俗は下に淳美する。ゆえに「大人吉」という。しかし彼はなお心に戒惧を存し、時時に自ら念じて「亡びんとす、亡びんとす」すべし。《否》卦九五爻辞は两度「其の亡ばん」を言う。これは時なく事なく戒惧せざるなしを講ずる。凡そ施為あれば必ず詳審・穏妥にして、長久・宏大の謀画あり、叢生の桑根に繫ぐがごとき牢固さなければならない。「其の亡ばん其の亡ばん」は安きに居りて危うきを思う心ありをいい、「苞桑に繫ぐ」は処する所極めて穏固なるをいう。上九は陽剛を以て《否》卦の終了に居り、当世の閉塞の局面を傾覆し得る人である。物を器皿に装るに、多きときは一点ずつ取出すのみにして全て傾倒する能わず、少なきときは一たび倒して尽くすことができる。閉塞が終了に至れば残る閉塞は已に多からず、上九は陽剛の才を以て一挙にこれを傾覆して成功を収取す。ゆえに爻辞に「先に否後に喜ぶ」という。《象伝》に「否終れば則ち傾く、何ぞ長からん」――閉塞が未だ終わらざるは設法して漸々にこれを消除し、終わりに至れば干脆にこれを傾覆する。取義は精微の極である。

同人卦(離下乾上)

同人于野,亨,利涉大川,利君子貞。

《同人》卦の卦辞はいう:曠遠の郊野において人と和同するは亨通し、大河を渡るに利しく、君子が正道を守持するに利し。

同人,與人相同之義。六二以柔得位得中而應乎乾,以柔應剛,固有相同之義。得位則應之以職分所當為,得中則應之以事理所當然。應之以職分所當為、義理所當然,上之人或不能即從,或從之而中止,亦不足以言同也。二之所應者乃九五之乾也,乾者至健而無息之義。惟其至健也,則於二之應乎已者即能行之而不失其幾;惟其無息也,則行之有常,要之以永久而不中止。二之與五,可謂同之以心、同之以理,不但形跡之相同而已也。不曰應乎上、應乎剛而曰應乎乾者,上未必皆剛,而剛不足以盡乾之義也。聖人之筆如化工,非但寫其形像而精神盡見矣。

「同人」は人と相同じ、人と和同する義である。六二は陰柔にして正位を得また中位に居り、上は乾体に応和する。柔を以て剛に応ずれば本来相同の意を含む。位を得れば職分上のなすべき事を以て応和し、中を得れば事理上の然るべき道理を以て応和する。しかしたとい職分のなすべき・義理の然るべき態度を以て応和しても、上に在る者は或いはすぐ聴従を肯んぜず、或いは聴従して半途に止まる。それもまた真の和同と算すに足らず。六二の応和する所はまさに九五の在る乾である。乾は至極剛健・運行不息の義である。ただそれが至極剛健なるがゆえに六二の応和に対しすぐ施行して時機を錯過せず、ただ運行不息なるがゆえに施行に常度ありて久遠を堅持して中途に停止せず。六二と九五は心を以て相同じ理を以て相同じと言い得て、形迹上の相合のみならず。《彖伝》が「上に応ず」「剛に応ず」と言わずして「乾に応ず」というは、上に在る者は必ずしも皆剛ならず、また一の「剛」の字も乾の含義を言い尽くせぬがゆえである。聖人の筆を下すは造化が物を生ずるがごとく、形貌を描出するのみならず精神さえ全て顕出する。

於野,則與人同者曠逺而無私也。不狃於崇卑,不限於逺近,而廓然與同,則同人之心度極於廣大無外矣,此於野之氣象也。如是則天下皆其同心者也,古今皆其同心者也,豈不足以致亨而涉大川乎?卦之以離遇乾,為以健而行其所知者也。以健而行其所知,則所以與人同者剛毅果決,不牽於私繫,不溺於近小,而必至於廣大無外之域矣。是致亨涉川則由於野,而於野之胷次,非以乾行者不能也。

「野において」というは、人と和同するに曠遠にして私心なきをいう:地位の高低を以て拘泥せず、路途の遠近を以て限界を設けず、坦蕩蕩として人と和同すれば、和同の心の度量は広大にして辺際なし。これが「野において」の気象である。こうし得れば天下人は皆彼の同心人、古往今來の人もまた皆彼の同心人で、豈に亨通を致し大河を渡るに足らざらんや。この卦は離を以て乾に遇い、剛健を憑って自らの明らかにする道理を施行する。剛健を憑って明らかにする道理を施行すれば、人と和同するに剛毅・果決にして私情に牵扯されず、眼前の小利に淹没されず、必ず広大にして外なき境地に達する。能く亨を致し大川を渉るは「野において」によるが見える。そして「野において」のごとき胸襟は、乾の剛健を以て実行する人でなければできない。

於野則相同者固廣大無私矣,然於精微之義或有未盡,則所同者亦非君子之正道也。君子之正道,合於大同之理也。時異勢殊,或有可同於昔而未可同於今者,可同於彼而未可同於此者,非精義入神者不能明此理,非剛健克己者不能行此道。卦之文明則能精義入神而明此理矣,以健則能剛健克己而行此道矣。如此則能以中正而應,非中正則不應而不與之同,是所同者皆廣大精微之至理,而為君子之正道也。

「野において」は固然として和同の対象を広大にして私なからしめるが、精微の義理においてなお尽くさざる所あれば、和同する所は依然として君子の正道と算せず。君子の正道は天下大同の理に合する。時勢同じからず情势別ありて、ある事は往昔に和同し得て今日に和同すべからず、彼処に和同し得て此処に和同すべからず。義理を精研し神妙に深入る人でなければこの道理を明白にせず、剛健にして己を克する人でなければこの路を施行し得ない。この卦は下体の離が文明ゆえに義理を精研して神妙に入りこの道理を明白にし得、上体の乾が剛健ゆえに剛健に己を克してこの路を施行し得る。このようであれば中正の人に対してはこれに応和し、中正ならざる人に対しては応和せず彼と和同せず。よって和同する所は皆広大・精微の至理となりて君子の正道を成す。

未至於文明者,則格物致知,求明諸心而知所往,則雖愚必明矣;未至於剛健者,則勉強克己,而力以求其至,則雖柔必強矣。天下之事不同,而所同者心也;天下之心不同,而所同者理也。君子之心,所先得者天下同然之理也;得天下同然之理,自能通天下之志矣。徵諸庻民,考諸三王而不謬,建諸天地而不悖,質諸鬼神而無疑,百世以俟聖人而不惑,此通天下之志而合大同之道也。天在上而火炎上,亦有同人之義。類族則逺近親疎各得其所,君子小人各安其分;辨物則精粗美惡各得其用,皆以類而與同矣。

未だ「文明」に達せざる人は、格物・致知に行き、心に明白・知るべき所往を求めれば、再び愚鈍なるも必ず明白に変わる。未だ「剛健」に達せざる人は、勉力して自らを克制し、力を用いてその到達を求めれば、再び柔弱なるも必ず剛強に変わる。天下の事は各々相同じからざるも、相同じは人心である。天下の人心は各々相同じからざるも、相同じは義理である。君子の心はただ天下人の共有するあの理を先に領会したにすぎない。天下人の共有する理を得れば、自ずから天下人の心志を貫通し得る。《中庸》に百姓に験し、夏・商・周三代の王に考察して謬誤なき、天地の間に建立して相悖らず、鬼神に質問して疑惑なき、百世の後の聖人を俟ちて迷惑せざるという。これが天下の志を貫通して大同の道に合するである。天は上にあり火性は炎上し、二者は同じく上に趨く。もまた「同人」の意を含む。「族を類する」は遠近・親疎をして各々その所を得せしめ、君子・小人をして各々本分に安んぜしめる。「物を辨ずる」は精粗・美悪をして各々その用を得せしめる。皆類別を按じて分けて後これと和同する。

初九以剛在下,上無應與,又當同人之初,則所交未私而所志未變,為出門同人之象而得無咎。初雖陽剛得正,卦體本陰,處離之下,涉於小疵之躁而未會於文明之善,特以同人之初未有私主。涉世之久,用物之多,不知身心至此又何如也,免於咎而已,故不言吉。六二雖得中正,然有應於上,則繫於私小而非大同之道也,故各卦所論者大同之道。六二以中正而與人同,則得其道矣,爻則以相應相與而有公私廣狹之異,故六二在一卦則為善,而在本爻則為惡也。

初九は陽剛を以て最下に居り、上に相応じる爻なく、また正に和同の開頭に当たる。ゆえに交往は未だ私心を掺入せず、志向は未だ改変せず、《同人》初九爻辞「門を出でて人に同じくす」の象を成し、よって過ちなし。初九は陽剛にして正を得るも、卦体は本来陰に属し、それはまた離の最下に処し、一点の急躁の小毛病に沾り、未だ完全に文明の善を領会せず。ただ和同の初めに処して未だ偏私の主意なきがゆえのみである。世に渉ること久しく手に経る事物多くなれば、身心はその時に至りまた如何なるかは言い得ない。ゆえに過ちを免れるのみできる。よって爻辞に「吉」と言わず。六二は中正なれど、上と応和あれば、私小に牽繫して大同の道に合せず。全卦の講ずる所は大同の道で、六二が中正を以て人と和同するはこの道を得たり。しかし爻位に就いて言えば、相応・相与あるがゆえに公私・広狭の分別あり。ゆえに六二は整卦上では好と算し、本爻上では好と算せず。

九三欲同於六二,懼九五之見攻而欲與之敵,故有伏戎于莽、升其髙陵以窺伺之,至於三歲之久不能興,勢不相敵故也。九三者,心欲為惡而力不遂也。九四欲攻六二與之同,為九三所間,二守正不與,三墉之象也,故四有乗墉之象。乘墉則可以攻而有之矣,然四以陽居陰,能以柔濟剛而不克攻也。若四者,力足以為惡,心能自反而歸於義者也,故吉。晉人納捷菑於邾弗克納,趙宣子曰非吾力不能納,義實不爾克也,合於此爻之義矣。

九三は六二と和同せんと欲し、また九五の来て攻むるを怕れ、九五と敵ならんと打算す。ゆえに《同人》九三爻辞「莽に戎を伏し、其の高陵に升る」――兵を草莽の中に埋伏し高岡に登りて窺探する象あり。三年の久しきに拖き至るも発動する能わず、勢力が相手に敵せざるがゆえである。九三かかる人は、心に悪を為さんと欲して力量が及ばざる者である。九四もまた六二を攻取してそれと和同せんと欲するも、九三に中間に隔てられ、六二は正を守りて九三と相与するを肯んぜず。これ便ちあの城牆の象で、ゆえに九四に「其の墉に乗る」の象あり。城牆に騎上すれば攻取し得るなれど、九四は陽爻を以て陰位に居り、柔和を以て剛強を調剤し得て、終竟に進攻を発動せず。九四のごとき人は、力量は悪を為すに足るも良心は反省して義理に帰る能く、ゆえに吉。《左伝》に晋国人が捷菑を送りて邾国に帰り即位せしめんとして送り成し得ず、趙宣子の曰く我らの力量が送り入れられぬにあらず、実に道義上かくすべからざるなりと記すは、正にこの一爻の意に合す。

九五與六二以剛中柔中而相應焉,則理直矣,為三四所間而不得同,故先號咷。五之力足以勝三四,故終得同而後笑也。五之得同於二,以大師克之而後遇也。立賢無方,君道當然。初與三皆剛而得正,九四則剛而能柔,上九居事之外而不求與世同,此九五居尊位而所當延攬者也,舍皆不與同之,而汲汲以求二,則亦狹矣。

九五と六二は一は剛中一は柔中にして彼此相応じ、道理は正直である。しかし九三・九四に中間に隔てられて相合する能わず。ゆえに先に号咷・痛哭す。九五の力量は三・四の両爻に勝るに足る。ゆえに最終に相合を得て後に歓笑す。九五が六二と相合し得る所以は、大軍を用いて阻隔する者に戦勝して後に相遇ったによる。賢才を挙用するに一格に拘らざるは、本来君主たるの応有の道理である:初九と九三は皆陽剛にして正を得、九四は剛にして能く柔、上九は超然として事外にありて世と相同じを求めず。これらは皆九五が尊位に居る時に応に延請・招攬すべき人である。これらの人を捨棄して一概に彼らと和同せず、急切にただ六二の一つのみを求むるは、未免あまりに狭隘である。

上九以陽剛居同人之終而無應,眾皆有同已,則無求於世而不與人同,孤介自守,荒僻寂寞,為同人于郊之象。既無所同,則亦無所繫累,故得無悔。親師取友則徳崇業廣,離群索居則孤陋寡聞,上九所為非可尚之道也,故象言其志未得。

上九は陽剛を以て《同人》卦の終了に処して相応じる爻なし。衆人は各々皆和同の対象あり、それは便ち世に求めることなく人と相同じせず、孤高・耿介にして自ら守り、荒僻・寂寞の地に処し、上九爻辞「郊に人に同じくす」の象を成す。既に和同する所なければ、また牽累あることなし。ゆえに悔恨なきを得る。老師に親しみ朋友を結べば、徳行は崇高にして事業は広大なり。人群を離れて独り居処すれば、見聞は孤陋・寡少なり。上九の做法は推崇すべき路にあらず。ゆえに《象伝》にそれを「志未だ得ざるなり」という。

大有卦(乾下離上)

大有:元亨。

《大有》卦の卦辞はいう:擁有する所極めて広大にして、至極亨通す。

大有,所有之大也。六五以柔得尊位大中而上下應之,以天下之大徳居天下之大位,則人皆尊親之矣,故為大有。乾之徳剛健,離之徳文明,以乾遇離,為其徳剛健而文明。剛健則為善有終,文明則照物無遺。六五應乾之九二,為應乎天而時行。典曰天敘,禮曰天秩,徳曰天命,罪曰天討,君人者應天以時行而已,何容心哉?聖王徳與天合,故能因時立制以盡其事天之誠,是以元亨。

「大有」は擁有する所極めて広大なる義。六五は陰柔を以て尊貴の位を得、中に居りて広大にして、上下の各爻は皆来りて応和す。天下最大の徳行を以て天下最高の位置に居れば、人々は自ずから尊崇し親附す。ゆえに「大有」と言う。乾の徳性は剛健、離の徳性は文明である。乾を以て離に遇うは、すなわち徳性が剛健にしてまた文明なり。剛健ゆえに善を行いて終わりあり得、文明ゆえに万物を照察して遺漏なし。六五は乾体の九二に応和す。これが《彖伝》のいう「天に応えて時に行う」である。《尚書・皐陶謨》に人倫を講じて「天叙」と言い、礼制を講じて「天秩」と言い、徳を授けるを講じて「天命」と言い、罪を懲すを講じて「天討」と言う。君主たるはただ天道に順応して時に依りて施行するのみで、どこに私意を容れ得よう。聖王の徳行は天と相合す。ゆえに時勢に因応して制度を建立し、天に事える誠意を尽くすことができ、よって卦辞に「元亨」という。

火在天上,則所照者逺矣,所照見者皆其所有矣,故為大有之象。遏惡,討有罪也;揚善,命有徳也。討罪命徳,天之道也,故為順天休命,此即所謂應乎天而時行、為治所有之象之道也。初九當大有之時,以陽居下,上無應與,在事之初,則事未悖謬,未交於害者也。若任事之久,則耽其寵樂而患得患失之心生,事有悖謬而害至矣。初九未至於此,亦未見其有咎,故但曰匪咎者,不敢遽以無咎許之也。富貴寵利,人視之以為喜,已則思其有憂者在;人視之以為安,已則思其有危者在,是能艱以處之也。如此則於事之可否、身之去就皆不敢茍而得無咎矣。書曰居寵思危,罔不惟畏,艱則無咎之義也。

火は天の上にありて照らす所遠く、凡そ照見する所は皆彼の所有に属す。ゆえに《大有》の卦象である。「悪を遏める」は罪ある人を討伐し、「善を揚ぐる」は徳ある人を任命する。罪を討ち徳を命ずるは本来天道で、ゆえに《象伝》に「天に順いて命を休める」という。これもまたいわゆる「天に応えて時に行い」、その擁有する一切を治理する道理である。初九は正に大有の世に当たり、陽爻を以て下位に居り、上に相応じる爻なく、事情の開頭に処す。ゆえに事は未だ錯を為さず、また禍害に沾らず。もし事に当たること久しければ、恩寵・安楽を貪恋し、患得・患失の心思が一たび起これば、事は錯を為し禍害もまた来る。初九は未だあの歩に至らず、また何の過ちあるも見えず。ゆえに爻辞にただ「咎にあらず」――過ちと算せず――というのみで、敢えて一気に彼に過ちなしと許さず。富貴・恩寵・利禄は、他人の見るは喜事なれど、自らはその中に憂患の蔵るを想い、他人の見るは安穏なれど、自らはその中に危険の蔵るを想う。これが能く艱難の心を以て自処するである。こうあれば、事の為すべき為すべからざる、自身の留まるべき去るべきに対し苟且を敢えてせず、よって過ちなきを得る。《尚書・周官》に「寵に居りて危を思い、畏れざるなきなし」というは、まさに爻辞「艱なれば則ち咎なし」の義である。

九二當大有之時,陽剛得中,上應六五,才徳足以任天下之重者也。五之所欲為者委之於二,二足以承之而有為,為大車以載之象。以其才徳輔佐六五,綱紀眾事,則家相之責盡矣,故無咎。不言吉者,任事在二而成功則歸於五,此君臣之分也。

九二は正に大有の世に当たり、陽剛にして中位に居り、上は六五に応じ、才干・徳行が天下の重任を担当するに足る人である。六五の為さんと欲する事を九二に托付し、九二は能く承当して作為あり。ゆえに《大有》九二爻辞「大車を以て載す」の象あり。彼は自らの才徳を以て六五を輔佐し、綱紀を整頓し衆事を料理すれば、宰輔・家宰の職責は尽くされ、ゆえに過ちなし。爻辞に「吉」と言わざるは、事に任ずるは九二にして功労は六五に帰すべきは、これ君臣の間の名分なるがゆえである。

九三剛而得正,當大有之時,居下之上,位髙徳正,有方伯連帥之責者也。為龍為光,蕃屏王室,天子之禮樂刑政四達而不悖矣。用亨于天子,用其才徳以亨通天子之威命,明徳於天下也。小人無此徳者,則不能當此亨于天子之任也。無此徳而當此任,則挾上命以號令天下,肆其暴虐而反為民害矣,如曹操劉裕之徒,征伐四出,拜表輒行,卒簒漢晉,為害多矣。爻有過剛不中之嫌,故特以小人戒之。

九三は陽剛にして正位を得、正に大有の世に当たり、下卦の上に処し、地位高く徳行正しく、一方の諸侯の長の職責を担う人である。彼は国の龍・国の光となり、王室を屏藩し、天子の礼楽・刑政を四方に通達せしめて悖乱せしめず。《大有》九三爻辞に「公亨に天子を用う」というは、自らの才徳を以て天子の威令を通行せしめ、徳教を天下に彰明する。小人にこのような徳行なければ、この「天子に亨る」の重任を担うに足らず。この徳行なくしてこの重任を担えば、朝廷の名義を挟んで天下に号令し、暴虐を肆行し、かえって百姓の禍害となる。曹操・劉裕の類のごとき、四方に征伐して上一道の表章すれば擅自に行動し、終に漢・晋を篡奪し、為害すること多し。この一爻は剛強に過ぎて中に居らざるの嫌疑あり。ゆえに特に「小人克たず」を以て誡告す。

九四位近六五,當公輔之責,贊六五以保大有之成業者也。以陽居陰,剛而能柔,為嚴恭寅畏、不極其盛之象,如召公言我非敢勤,惟恭奉幣,用供王能祈天永命者是也。身勞力瘁則委效於君上,功蓋天下則守之以謙虛,為恪盡臣道而得無咎矣。

九四は位が六五に近く、三公・輔相の職責を担い、六五を輔佐して大有の基業を保つ人である。それは陽爻を以て陰位に居り、剛強にして柔和し得、荘敬・恭謹にして盛勢を極処に用いざる象あり。まさに《尚書・召誥》に召公の言うごとく:我は敢えて勤労を自ら誇らず、ただ恭敬に幣帛を奉り、君王を供して天命の長久を祈らん。身体は労苦し心力は交瘁するも、皆功效を君上に帰し、功労は天下を蓋うも謙虚を以て自ら守る。これが臣道を恪尽し、よって過ちなし。

六五以文明虛中之徳而居尊位,文明則照物無遺,虛中則專於委任,推誠心於股肱心膂之寄,是其孚心交於下而得臣工以贊助,可以保大有之業矣。然承平之世率以文教為尚而武備易於廢弛,況六五柔中而無剛徳,威武尤其所不足也,故必威如而後吉。所謂威如者,安不忘危,振揚武烈,使威徳加於天下,則可以永保前人之成業,如周公召公告成王克詰戎兵、張皇六師、覲文武之耿光而無壊其寡命者是也。人主當大有之世,撫盈成之運,於事多忽易而無思患預備之心,啟之以威如,為六五對病之藥也。

六五は文明にして虚心・居中の徳行を以て尊位に処す。文明なれば万物を照察して遺漏なく、虚中なれば専心に他人を委任し得、誠心を股肱・心膂のごとき重臣に交付す。これがまさにその誠信が下と相交わり、群臣の赞助を得て、大有の基業を保ち得る。しかし太平の世は大抵文治・教化を崇尚し、武備は鬆弛し易し。況んや六五は柔順・居中にして剛健の徳を欠き、威武は尤もその短所なるがゆえに、必ず「威如たり」して後吉を得る。いわゆる「威如」は平安の時に危険を忘れず、武功を振作・発揚し、威勢と徳行を天下に加え、こうして前人の成業を永保し得る。周公・召公が成王に誡めて兵甲を整治し六軍を壮大にし、文王・武王の光輝を仰承して難得の天命を敗壊せざらんがごとし。君主が大有の世に処し、満盈・成就の気運を撫有すれば、事情に対し往々にして軽忽・随便にして防患・予備の心なし。ゆえに「威如」を以て彼を啓発す。これがまさに六五のために症に対し薬を下すである。

上九以陽剛離體居大有之上,是剛有終而明能極者也。剛有終則能自振拔而不溺於晏安,明能極則用賢使能而不至於混淆。善保大有之業者莫過於剛明之徳,故自天佑之,吉無不利。繫辭所言又一義也。

上九は陽剛を以て離体に処り《大有》の最上に居り、剛健にして終わりあり得、明察にして極処に至り得る人である。剛健にして終わりあり得れば自ら振作して安逸に沈溺せず、明察にして極処に至れば賢能を任用して賢愚の混杂に至らず。大有の基業を善く保つは、剛健・明察の徳より良きはなし。ゆえに上九爻辞に「天より祐けられ、吉にして利あらざるなし」という。《繋辞伝》のこの句に対する解釈は、また別の一層の意である。

大有上九自天佑之,吉無不利。象曰:大有上九,自天佑也。繫辭曰:天之所助者順也,人之所助者信也,履信思乎順,又以尚賢也,是以自天佑之,吉無不利。人臣以道事君而成大有之業,為成其事上之信也。鼎象曰覆公餗,信何如也?凡臣職未盡而至於誤國誤民,則失信矣。四時之運,功成者去,於兼善天下之後奉身而退,不以寵利居成功而致顛覆之禍,則知進退存亡而處之以道,為順矣。

《大有》上九爻辞に「天より祐けられ、吉にして利あらざるなし」といい、《象伝》に「大有の上九、天より祐くるなり」という。《繋辞伝》の解釈に曰く:上天の助くる所は天道に順う人、衆人の助くる所は信実を守る人。信実を践行して天道に順うを念々忘れず、また賢者を崇尚し得れば、ゆえに上天の保佑ありて吉利にして利あらざるなし。臣子たるが正道を以て君主に事えて大有の事業を成就するは、すなわち彼の君上に事える信実を成全する。《鼎》卦九四《象伝》に「公餗を覆す、信如何せん」――王公の鼎食を打翻して、なお何の信実を言えん――という。凡そ臣子の職分を尽くさず、以て国を誤り民を誤るは、すなわち信を失する。四時は運行し、功の成る一方は便ち退去す。天下を兼善した後に身を引きて退き、恩寵・利禄を以て成功の位置に占まりて傾覆の禍を招かざるは、これが進退・存亡を知りて道に依りて自処する、すなわち「順」である。

上九以剛明之才當大有之時,是能左右六五以成大業者,為履信矣;位六五之上,為所尊禮而非任事之地,為思順矣。初九無交害,九二大車以載,九三亨于天子,九四匪其彭,則濟濟多士,惇大成裕,輔六五以成治化而已,處無為之地,是能推賢讓能、使國家復用一畨人才,為尚賢矣。其卷舒運用,始終一於道而不茍焉者也,此其所以天人交助,獲吉而無不利也。象言大有上九自天佑者,大有言其時也,上九言其所抱之才與所處之地也,以此人此徳當此時而處此地,獲天之佑為所宜也。

上九は剛健・明察の才具を以て大有の世に処し、六五を輔佐して大業を成就し得る人で、これが「信を履む」である。それは位が六五の上にあり、人の尊崇・礼敬を受けて事に任ずる地にあらざるは、これが「順を思う」である。初九「害に交わるなし」、九二「大車を以て載す」、九三「天子に亨る」、九四「其の彭にあらず」。よって済済たる衆多の賢士は、寛厚・宏大・从容・裕如にして、一同に六五を輔佐して教化を成就す。上九は自ら作為なき地位に処り、賢者を推挙し位を能者に譲り、国家をして再び一批の人才を起用せしむ。これが「賢を尚ぶ」である。彼の或いは卷き或いは舒くの運用は、自始して終りまで一に正道を準として苟且を肯んぜず。これが彼の天助・人助を得、吉を獲て往くところ利あらざる所以である。《象伝》に「大有の上九、天より祐く」:「大有」は彼の逢う時勢を言い、「上九」は彼の抱く才具と処する地位を言う。かかる人・かかる徳を以て、かかる時に逢いかかる位に処れば、上天の保佑を得るは正に理の応然である。

大有初九無交害,匪咎艱則無咎。象曰:大有初九,無交害也。徳不足而行未成,未可以涉世也。初九以陽剛得正之才而處卦下,是負其幼之所學而欲效用於大有之世矣。內重而見外之輕也,得深而知誘之小也,始進而志足以帥氣也。迷於欲則入於害矣,而履能以道,則未與害交而不致咎矣。聖人慮其希世取寵之念萌,而天理之幾易至於泯滅焉,故復以艱則無咎致其戒。能知人心操舍之無常,而富貴利達易以惑人,使之迷謬顛危至於歿齒不自悟,自能察於所履而有難進易退之節矣,夫何咎?象謂大有初九無交害者,蓋言大有之時易於害交,而處初則心未變,為九則志能堅,其才其時皆易免咎。

《大有》初九爻辞に「害に交わるなし、咎にあらず、艱なれば則ち咎なし」といい、《象伝》に「大有の初九、害に交わらざるなり」という。徳行足らず修養未成の人は、まだ出て世に渉るべからず。初九は陽剛にして正を得る才具を以て全卦の最下に処し、少年時に学んだ一身の本领を帯びて、大有の世において效力せんと欲す。彼は内心の重んずる分量が重く、よって外の誘惑を見るに軽し。心得が深く、よって外物の誘引は実は小なるを知る。出仕したばかりで、志気は血気を統率するに足る。もし欲望に迷えば禍害の裏に落ち入る。彼の践履する所は正道に合すれば、未だ禍害と相接せず、また過ちに至らず。聖人は彼が世俗に迎合し寵幸を博取する念頭の一旦萌发すれば、天理のあの苗头が泯滅し易きを憂え、ゆえにまた「艱なれば則ち咎なし」を以て誡告を加重す。人心の把持と放失が変化無常にして、富貴・利達が最も人を迷惑し、人を迷乱・顛倒せしめて死に至るまで覚悟せざるを能く知れば、自ずから自らの践履する所を省察して、進取に難しく引退に易しき操守ありて、なお何の過ちあらん。《象伝》に「大有の初九、害に交わらざるなり」というは、大抵大有の世は禍害と相接し易く、初位に処れば心は未だ変わらず、陽爻なれば志向は堅定し得て、彼の才具と逢う時機は皆過ちを免れ易きを言う。

謙卦(艮下坤上)

謙:亨。君子有終。

《謙》卦の卦辞はいう:謙遜は亨通す。君子はこれを終りまで保ち得る。

謙者,有若無、實若虛之意也。無為無,虛為虛,此有恆也;已有而處之若無,巳實而處之若虛,此謙也。山之髙者處於地之卑之下,外示卑而自掩其髙,則謙之象也;止於理而不敢或過,順於道而從容謹勑,則謙之義也。未有尚謙徳而不亨通者矣。謙者,君子之美徳也。有若無,終不能掩其有;實若虛,終不能匿其實,有終之謂也。

「謙」は有りて有るがごとからず、充実して空虚なるがごときの義である。本来なければなしと言い、本来空虚なれば空虚と言う。あれは「有恒」という。自ら既に有りて之に処ること有らざるがごとく、自ら既に充実して之に処ること空虚なるがごとき、これを「謙」という。高き山が低窪の地の下に処るは、外は低下を顕して自ら高大を掩う。これが《謙》の卦象である。道理の上に守りて一点の過分を敢えてせず、正道に順いて从容・謹飭す。これが「謙」の含義である。従来謙徳を崇尚して亨通せざるはなし。謙は君子の美徳である:有りてなきがごときは、終竟に彼が確かに有るを掩う能わず。充実して空虚なるがごときは、終竟に彼が確かに充実するを蔵する能わず。これがまさに卦辞「君子終わりあり」の義である。

天道下濟則天道謙矣,下濟而成生物之功則光明也;地道卑而處下則地道謙矣,承天以有為而時行則上升也。光明上升,則亨通之義也。天道則虧其盈而益其謙,寒暑往來、日月盈昃是也;地道則變其盈而流其謙,髙者日頹而下者日平是也;鬼神禍盈而福謙,作善降之百祥、作不善降之百殃是也;人道惡盈而好謙,去不仁而歸於仁是也。居尊位而能謙,則盛徳至善愈為光顯;居卑位而能謙,其徳之髙而人亦不可踰也,此謙徳之君子所以有終也。

天道は下に向かい施済す。すなわち天道の謙である。下に向かい施済して万物を化育する功效を成就すれば、それは光明である。地道は卑下にして下に処る。すなわち地道の謙である。天道を承受して作為あり、時に依りて運行すれば、それは上升である。光明にして上升するはまさに亨通の義である。天道は盈満を虧損して謙虚を増益す。寒来り暑往き、日中すれば則ち昃き、月満つれば則ち缺くるがごとし。地道は盈満を改変して謙虚に流注す。高処は日々に崩塌し低処は日々に填平するがごとし。鬼神は盈満に禍を降し謙虚に福を降す。《尚書・伊訓》に善を行えば百様の吉祥を降し悪を行えば百様の災殃を降すというがごとし。人道は盈満を悪み謙虚を好む。不仁を去りて仁に帰するがごとし。尊位に身を居りて能く謙すれば、盛大の徳行・至善の操守はいよいよ光顕す。卑位に身を居りて能く謙すれば、徳行の崇高もまた越え得る人なし。これが謙徳ある君子の終わりあり得る所以である。

地中有山,則髙者卑而卑者髙矣。裒多益寡,所以稱物之多者宜裒、寡者宜益,以平吾之所施也;所施裒之益之而得其當,則為平矣,此取地中有山之象。初六以柔處最下,謙而又謙之君子也。有是美徳,則人孰不相與以心乎?得人心之與而用以涉險,則無難矣,故用涉大川吉。牧者,置身之處所也,以卑為置身之處所,則動靜語黙無不在是矣。

地中に山を蔵するは、すなわち高きが低に変わり低きが高に変わる。「多を裒めて寡を益す」は事物を衡量せんとする:多きは減すべく、寡きは添すべく、以て自ら施与する分寸を平衡す。施与するに減すべきを減じ添すべきを添えて恰も好き処に至れば、それは「平」である。これがまさに「地中に山あり」の象を取る。初六は陰柔を以て最下に処り、謙にしてまた謙なる君子である。このような美徳あれば、誰か真心を以て相待することを肯んぜざらん。人心の相助を得て、これを以て険難を渡越すれば、また何の難処あらん。ゆえに《謙》卦初六爻辞に「大川を渉るを用い、吉」という。「牧」は自身を安放する処所である。卑下を以て自身を安放する処所と為せば、挙動・言黙は一として謙の中にあらざるなし。

六二柔順中正,柔順則有能謙之質,又能使所謙得乎中正,合於至當不易之理矣,故能以謙徳鳴世,得正而吉也,非其中心有得於至理者能若是乎?九三居下之上,剛而得正,上下賴之,其功大矣。處止之極而又得正,則止於理義道徳而不過焉,為有功勞而能謙也。書曰:汝惟不矜,天下莫與汝爭能;汝惟不伐,天下莫與汝爭功。功能之實自不可掩,則有終而吉也。

六二は柔順にして中に居り正を得る:柔順なれば能く謙する資質を備え、また謙する所の分寸をして中正に恰合せしめ、最も妥当にして移易すべからざる道理に符合す。ゆえに謙徳を以て世に聞こえ、正を守りて吉を獲る。心中に真に至理の得る所ある人でなければ、こうし得られようか。九三は下卦の上に処り、陽剛にして正位を得、上下の各爻は皆それに倚頼す。功労は大なり。それは艮止の極点に処してまた正を得れば、義理・道徳の上に止まりて過分せざる能く、これが功労ありて能く謙するである。《尚書・大禹謨》に曰く:汝ただ自ら才能を誇らざれば、天下に汝と能を争う人なし。汝ただ自ら功労を誇らざれば、天下に汝と功を争う人なし。功労・才能の実迹は本来掩盖する能わず。ゆえに終わりありて吉を獲る能く。

六四位近於五,君臣皆有順徳,贊相輔弼,其道大行,無不利矣。然上承六五柔中之君也,下乘九三則有功之大臣也。四居柔而得正,順體而能下,其心若不敢以自安者,為撝謙之象。撝者,施布之意,猶言曲盡其謙徳也。六五有柔中之徳而居尊位,在上能謙則為眾心所與。謙則尚義而不殖貨利,上下二陰順而從之,為不富而能以其鄰之象。艮止在下,有止而不服之象;又六五謙徳之君,不尚威武,亦或有恃其桀傲而不來庭者,則利用侵伐。如漢文寛厚,呉王不朝,賜以几杖,使當時有以處之,則七國之叛可預消矣。居尊能謙則人心所與,征伐尚利為之,而況於他事有不利乎?

六四は位置が六五に貼近し、君臣ともに柔順の徳あり、旁ら赞助・輔佐して、謙道は大行して利あらざるなし。しかしそれは上は六五の柔中の君を承け、下はまた九三の功ある大臣を壓す。六四は陰を以て陰に居りて正を得、坤の順体に処してまた己を屈して人に下り得、心は敢えて自ら安んぜざるがごとし。これが《謙》卦六四爻辞「撝謙」の象である。「撝」は施布の義で、いわば謙徳を無微不至に発揮するという。六五は柔順・居中の徳行ありて尊位に処す。上位に在りて能く謙すれば、衆心の帰する所となる。能く謙すれば道義を崇尚して財貨を聚斂せず、上下の二つの陰爻はそれに順従し、「富まず其の鄰を以てす」の象を成す。艮の止体は下にあり、停まりて服从せんと肯んぜざる象あり。さらに六五は謙徳ある君主にして威武を崇尚せざれば、或いは桀骜を恃みて朝に来たらざる人あらん。それでは「侵伐を用うるに利し」。漢文帝の寛厚なるがごとき、呉王が朝見に来たらざるに、反って几杖を賜りて優容したり。仮に当時に妥当の処置を得せば、七国の乱は本より予め消弭し得たり。尊位に身を居りて能く謙すれば、人心は皆彼に帰向し、征伐のごとき事さえなお利為すべきあり。況んや他の事に於て、利あらざるあらんや。

上六居柔之極,為順之至,能以謙徳有聞於人者也。以謙有聞,則所與者眾矣,亦有恃力而不可以徳化者,上六之志未得也,率其所與之眾而往正之則為利也。五,君也,利用侵伐則無逺近之間;上六則可以徵其邑國而已。坤有國邑之象,則上六為民社者也。征邑國,不得已而用師也,非其邑國而征之,則肆其侮奪而流於惡矣。自四以下皆所以輔五也,五則征伐自天子出,故利用侵伐;上雖屬五而處其上,亦有土之君也,徵其邑國則告於天子、請於方伯在其中矣。謙雖賢者之事,比於剛中之作用則有間焉,人之懐徳雖有之,而畏威則未也,故五上皆以征伐為言。

上六は柔の極点に処り、順従が極処に至り、謙徳を憑って人に知られ得る人である。謙を以て名声あれば帰附する人は多し。しかし武力を仗恃して徳行を以て感化し得ざるもあり。これがまさに上六の心願の未だ実現せざる所で、よって帰附する衆人を率いて往きて討伐・匡正するは、便ち有利である。六五は君主ゆえに「侵伐を用うるに利し」は遠近を分かたず。上六はただ自らの采邑・封国を征討するのみできる。坤は国邑の象あり、上六は一方の社稷・百姓を掌管する人と見える。自らの邑国を征討するは、已むを得ずして軍隊を動員する。もし自らの邑国にあらざるも征討すれば、肆意に欺凌・掠奪して悪を為すに流る。六四以下は皆六五を輔佐する。六五に至りては征伐は天子より発す。ゆえに「侵伐を用うるに利し」という。上六は六五に隷属するも、それの上に処り、また一位の封土ある君長で、彼の自らの邑国を征討するには、その中に自ずから先に天子に禀告し方伯に請命する意を含む。謙は賢者の事なれど、陽剛・居中の者の作為と比べてなお差違あり:人々の心にその徳行を懐念するは固然としてあるも、その威勢を敬畏するはなお言うに及ばず。ゆえに六五・上六の両爻は皆「征伐」を以て言を立つ。

豫卦(坤下震上)

豫:利建侯行師。

《豫》卦の卦辞はいう:和楽・順動して、諸侯を封立し兵を出して征戦するに利し。

豫,和樂也。以一卦之體言,九四以剛徳為上下所應而志得行,則人心和樂以應九四矣;以二卦之徳言,以坤遇震為順而動,上能順理而動,則人心和樂以應之矣,故卦名豫。事莫大於建侯與行師,非得人心之和不可以有為。建侯,即人心和樂以應之人而利建以為侯也;行師,則率其和樂以應之眾而往正人之罪也。如豫之順以動,則天地如之,天地亦順而應之矣,況於建侯行師不可以有為乎?天地惟其順理而動也,故日月之行有常度而不過,四時之運有常候而不忒;聖人惟其順理而動也,則刑罰不用而民自說服。豫之順理而動,天地此道,聖人亦此道,天下古今不可易之道也,其時義可謂大矣。

「豫」は和楽である。一卦の卦体に就いて言えば、九四は陽剛の徳を以て上下の各爻の応和する所と為り、心志は施行を得、人心は便ち和楽にして九四に響応す。上下両卦の卦徳に就いて言えば、下坤上震は順従して後に行動し、上に在る者は理に順って動き得、人心は便ち和楽にして彼に響応す。ゆえに卦名を《豫》という。天下の事は諸侯を封立し兵を出して作戦するより大なるはなし。人心の和洽を得ざれば作為する法なし。「侯を建てる」は、あの人心が和楽に擁戴する人を封立して諸侯と為す。「師を行く」は、あの和楽に自らに響応する衆人を率いて往きて他人の罪を討正する。《豫》のごとく理に順いて動けば、天地もまたこのごとく、天地もまたそれに順応す。況んや侯を封じ兵を出すに於て、豈に作為し得ざるあらんや。天地は正に理に順いて動くがゆえに、日月の運行は恒定の度数ありて越軌せず、四時の更替は恒定の節候ありて差錯せず。聖人は正に理に順いて動くがゆえに、刑罰は動用せずとも百姓は自ずから悦服す。《豫》の理に順いて動くは、天地はこの道理、聖人もまたこの道理で、これは天下古今改易すべからざる道理で、その時勢と意義は大と言うべし。

雷出地而奮其聲,則氣和矣,故為豫之象。先王取其和之義而作樂以崇徳。樂之用,則斟酌飽滿,動盪血脈,流通精神,養其中和之徳而救其氣質之偏者也。孔子言成於樂,書所謂典樂教胄子者,亦崇徳之義也。殷,盛也,薦上帝配祖考,則用樂之盛也。

雷は地中より発して声勢は振奮し、陽気は便ち和暢す。ゆえに《豫》の卦象である。先王はその「和」の意を取り、音楽を制作して徳行を推崇す。音楽の功用は、斟酌・調節して人心を満足せしめ、血脉を鼓盪し、精神を流通し、中和の徳を涵養して気質上の偏頗を補救するに在り。孔子に「楽に於て成る」といい、《尚書・舜典》に載る夔を命じて音楽を掌らしめ貴族の子弟を教導するも、皆「徳を崇ぶ」の意である。《象伝》のいう「殷」は盛大で、音楽を上帝への祭献・祖先への配享に用いるは、すなわち楽を用うる隆盛である。

初六與九四為應,九四居六五之下而上下應之,得時主事者也。初六陰柔小人,資其勢焰以作威福,志得意滿,不勝其豫而自鳴,凶之道也。六二當豫之時,眾皆溺於豫,而已獨以中正自守,其節介如石之堅而不可易,所謂富貴不能淫、貧賤不能移、威武不能屈者,六二有之。事幾之隠而難知者,必安靜之君子能察之,而躁動者不能識也。二之節介如石,則自能精義入神,不俟終日而見凡事之幾微,得正而且吉也。

初六は九四と相応ず。九四は六五の下に処りて上下の各爻は皆それに応和し、時を得て政事を主持する人である。初六は陰柔の小人で、九四の気焔を借りて威を作り福を為し、志得意満して、楽しみに忍びず自ら鳴りて得意とする。これは凶を招く路数である。六二は正に逸楽の時に当たり、衆人は皆安楽に沈溺するも、独りそれは中正を以て自ら守り、節操は耿介にして石のごとく堅固にして移易すべからず。《孟子》のいう「富貴は淫する能わず、貧賤は移す能わず、威武は屈する能わず」を、六二は正にかかる品格を具備す。事情の苗头は隠微にして知り難く、必ず安静の君子のみ察知し得、浮躁・好動の人は見出す能わず。六二の節操は磐石のごとく堅く、自ずから義理を精研し神妙に深入り、一日の終了を待たずとも凡事の細微の征兆を看出し、正を守りてしかも吉を獲る。

六三不中不正,位近九四,仰視其富貴,以豫樂而取悔者也。三之悔,由其悔之遲,所以有悔也。陰柔之質,無見事之明,無決斷之才,沈溺於豫而不知速悔,所以至於有悔而不可追也。自古權臣之敗,凡奔走門下而不能早自引決者,安能自免?

六三は中に居らず正を得ず、位置は九四に貼近し、仰望して九四の富貴を見、安楽を貪図して悔恨を招く。六三の悔は、その悔悟の遅きに過ぎるより来る。ゆえに悔あり。それは陰柔の資質にして、事情を看清る明察なく、また機に当たり立断する才干なく、逸楽に沈溺して急ぎ悔改すべきを知らず。ゆえに悔ありて追い返らざる歩に落ちる。自古権臣の敗亡の際に、彼の門下に奔走して及び早く抽身・引退できざる人は、どうして自ら禍を免れ得よう。

九四由豫者,天下人心之豫由於四也。有能為之才,遇可為之時,而得以自盡其所為焉,大有得也。大臣至此,必有至誠惻怛之心以憂國憂民,則朋類君子合而聚之,樂為所用,則在已以人事君之道或可以少盡矣。四以陽居陰而誠或未至,故聖人以勿疑啟之。諸葛孔明開誠心,布公道,集眾賢,廣忠益,有類此爻。

九四は「豫に由る」の爻で、天下の人心の和楽は皆それより来る。それは能く事を為す才干あり、また事を為すべき時機に遇い、よって自らの抱負を充分に施展し得、収穫は大なり。大臣がこの地步に至れば、必ず至誠・懇切の心を懐いて国を憂え民を憂え、則ち同類の君子は一処に聚合して彼のために用うるを楽しむ。己のこの一面において、正道を以て君主に事える本分は或いは稍々尽くし得る。九四は陽爻を以て陰位に居り、誠意は或いは未だ足らず。ゆえに聖人は爻辞「疑う勿れ」を以て彼を啓発す。諸葛孔明が誠を開き公を布き、衆賢を招集し忠言を広く納れたるは、この一爻と甚だ相類す。

六五當豫之時,以陰居尊,沈溺於豫,乗九四之剛,眾心歸於四,五所處者危地也,故為貞疾之象。貞疾,腹心之疾也,以其得中,故雖有貞疾而恆不死,周赧漢獻似之。上六以陰柔處豫之極,是昏冥於豫,迷於沈溺而不知省悟,則禍基成矣。若能恍然而悟,翻然而改,以道義自樹而不安於冥豫之失,則無咎矣。上六處動之極,有能改過遷善之質,故聖人期之以有渝無咎而與其進焉。

六五は正に逸楽の時に当たり、陰柔を以て尊位に居り、安楽に沈溺し、また九四の陽剛の上に凌駕するも、衆人の心は皆九四に帰向す。六五の処する所はまさに危険の地で、ゆえに爻辞「貞疾」の象あり。「貞疾」はすなわち心腹の疾である。それが中に居るがゆえに、心腹の疾あるも久しく死なず。周赧王・漢献帝はこれに相似る。上六は陰柔を以て《豫》卦の極点に処り、昏昏然として安楽に沉迷し、深くその中に陥りて省悟を知らず、禍根はここに築成す。倘若能く猛然に醒悟し断然に過ちを改め、道義を以て自立して「冥豫」の過失に安んぜざれば、過ちなし。上六は震動の極点に処り、能く過ちを改め善に遷る資質を具有す。ゆえに聖人は「渝あり咎なし」を以て彼に期許し、しかも彼の上進を贊許す。

随卦(震下兌上)

隨:元亨利貞,無咎。

《随》卦の卦辞はいう:相随・相従して、至極亨通し、正道を守持するに利しく、過ちあることなし。

隨,相隨之義。初九以剛來下柔,陽唱而陰必和;以震遇兌,為動而說,說斯隨之,皆相從之義也。剛來下柔,又所以成其為動而說也。凡諸卦言剛柔之變,程傳謂自乾坤而來,易本義則變自他卦,此易中之法象,於義皆當自乾坤來者,其說覺長。

「随」は彼此相随の義である。初九は陽剛を以て陰柔の下に居り、陽は先に倡導して陰は必ず相和す。下震上兌は行動して人を喜ばしむるで、喜悦すれば彼に跟随す。皆相従の義である。陽剛が柔の下に居るは、また正に「動きて説ぶ」を造成する缘由である。凡そ各卦の剛柔の変化を講ずるは、程頤《伊川易伝》は皆乾坤より来ると認め、朱熹《周易本義》は他の卦より変来すると認める。これは《易》中の法象で、義理に就いて言えば皆乾坤より来るべく、程氏の説法はいよいよ長ずと見える。

彼此相從固可以致元亨,然利於正則所從可以無咎,所從不正則為茍合,雖可以致亨而過多矣。以相從致大亨貞而無咎,則天下隨之矣。貞者,堯舜禹湯文武周公相傳之正道,萬古不易之定理也。天下之人心不同而同於此理,故貞則天下隨之,如所謂一日克己復禮天下歸仁者,亦此義也。隨之義貞也,可謂大矣。時當作之。澤中有雷,雷動而澤隨也。嚮晦入宴息,取雷藏澤中動而靜、隨時休息之義也。

彼此相従は固然として大亨通を致し得るなれど、必ず正を守るに利しくなければならず、跟従する所は過ちなきを得べし。跟従する所が正ならざれば、苟且に相合を成し、亨通を致し得るも過失は多過ぎる。相従を以て大亨を致し正を守りて過ちなければ、天下人は皆来りて跟随す。「貞」はすなわち堯・舜・禹・湯・文王・武王・周公が相伝えた正道で、万古不変の定理である。天下人の心は各々相同じからざるも、同じくこの理に帰す。ゆえに正を守れば天下はこれに随い、まさに孔子の「一日己を克て礼に復れば、天下仁に帰す」の言うもまたこの義である。《随》の要義はただ一の「貞」の字に在り、大と言うべき極である。按:《彖伝》「随時の義大なるかな」の「時」の字は、応に「之」の字と作るべし。沢の中に雷あり、雷は一たび動けば沢はこれに随う。《象伝》に「晦に向かい入りて宴息す」というは、雷が沢中に蔵れ、動き過ぎて後に静に帰り、時令に随って休息する義を取る。

初九官有渝,官主守,渝變也。未隨則為士,已隨則為官,膺一事守一職之義也。士則隠居求志,官則行義達道,視士之所尚則變矣。然所隨之人不可不擇,必信義足以繫天下之望者而後隨之,如孔明不隨曹孫之輩而隨先主,則所隨得其正而可以獲吉矣。隨既得其人,而所以相交者必以公,出門交公之義也。從違可否必順天下之公理,忘一己之私情,則能以道義相與而可以大有為矣,故有功。所隨必擇其人,所交必慎其道,此隨之第一步也,不可以不謹。

《随》卦初九爻辞に「官に渝あり」という:「官」は主守する職位を指し、「渝」は改変である。出仕して人に随わざる時は「士」、既に人に随えば便ち「官」と為るは、一事を承担し一職を守る義である。士人は隠居して志向を全うせんを求め、官を為れば則ち義を行いてその道を通達せんとす。士人の平素に崇尚する所に比べて、改変ある所である。しかし跟従する人は選択を加えざるべからず。必ず信義が天下の人望を維繫するに足る人なれば、然る後に彼に跟従す。諸葛孔明が曹操・孫権のあの人に随わずして劉先主に跟従したがごとき、跟従する所はその正を得、よって吉を獲る能く。既に人に跟り正しければ、則ち相交往は必ず公心に出ずべし。これが爻辞「門を出でて交わり功あり」の中の「交」が公に合する義である。随うべきか違うべきか、可なりか否なりかは、必ず天下の公理に順い、一己の私情を忘れてこそ、道義を以て相処して大いに作為し得、ゆえに「功あり」という。跟従する所は必ずその人を選定し、交往する所は必ずその道を慎守す。これが「随」の第一歩で、謹慎せざるべからず。

隨之時易於茍隨。六二近於初九之小子,為其所繫而與之隨,則失九五所當隨之丈夫矣,即近而忘逺、棄正而與邪也。書曰逺耆徳,比頑童,正此義也。邪正不能以兩隨,未有隨邪術而又能隨正道、說小人而又能說君子者也,故象曰係小子弗兼與也,其義深矣。

相随の時に処すれば、人は最も苟且に乱随し易し。六二は初九のこの「小子」に挨近し、それに牽繫されてそれに跟従すれば、便ち九五の本より跟従すべき「丈夫」を失う。これは近きに就きて遠きを忘れ、正を棄てて邪僻に結交する。《尚書》に年高・徳ある人を疎んじて愚頑の童子を親しむというは、まさにこの義である。邪と正は同時に皆随う能わず。従来邪門・歪道に跟従してまた正道に跟従し得、小人を取悦してまた君子を取悦し得るはなし。ゆえに《象伝》に「小子を繫ぐ、兼ねて与する能わず」という。含意は甚だ深し。

六三位近九四之丈夫,為其所繫而隨之,則失於初九同體之小子。四居九五之下,當時之任者也,已既從之,則隨其所求而無不獲矣。然必利居貞,隨之必以正,求之必有道,內不失已,外不失人,則為正,不然則權門之鷹犬也。

六三は位置が九四のこの「丈夫」に貼近し、それに牽繫されてそれに跟従すれば、便ち自らと同じく震体に在る初九のこの「小子」を失う。九四は九五の下に処り、当時に重任を担当する人である。六三は既に彼に跟従せば、則ち求むる所あれば如願せざるなし。しかし爻辞に「貞に居るに利し」という:跟従は必ず正道に依り、求取は必ず法度に合し、内は自らの操守を失わず、外は他人の信任を失わず、これを正と算す。然らざれば、便ち権貴の門下の鷹犬と為る。

九四位近九五而權已重,下應動體,則動而隨乎已也。位髙權重而民隨之,故求無不獲。然勢迫於君而得人心,則嫌疑易生,貞固守此,凶之道也。人臣處此,惟存其有孚在道之明可也。有孚在道所以為明者,惻惻然以盡補袞之誠,夔夔然以嚴事上之禮,勤勞盡瘁四直任之,而成功則歸於五,使人知恩威出於君而無與於己,則為明之至而可無咎矣。否則耽寵樂而忘禍機,昏昧之徒也。

九四は位置が九五に貼近して権勢は已に重く、下はまた震の動体に応じ、人々は便ち風に聞きて動きてそれに跟随す。地位高く権勢重くして百姓は帰随す。ゆえに求あれば得ざるなし。しかし権勢は君主に逼近してまた深く人心を得れば、嫌疑は滋生し易く、固執してこの局面を守るは便ち凶を招く道である。臣子たるがこの地步に処すれば、ただ爻辞のいう「道に孚あり、明を以てす」の心を存してこそ可なり。いわゆる「道に孚あり」にして「明」と称し得るは、懇懇切切に君過を補救する誠意を尽くし、恭敬・戒惧にして君上に事える礼節を守り、勤労・竭力の事は九四が一概に自ら承当し、成功は九五に帰し、人々をして皆恩威は君主より出でて己と関なしを知らしむるを指す。これこそ明智の極処で、よって過ちなきを得る。然らざれば恩寵・安楽を貪恋して禍患の機括を忘るるは、便ち昏昧の徒である。

九五孚于嘉,嘉,善也,謂六二之中正者也。九五六二皆以中正為應,則相隨者能以道矣。五以剛中正信二之柔中正,所謂大亨利貞而天下隨之者也,故吉。上六居隨之極,已能隨人之心,人則隨己之動,固結而不可解,為拘係之、又從而維之。周王惟其得人心之隨,至固結而不可解,則亨通於西山,而王業之成肇於此矣。

九五爻辞に「嘉に孚あり」という。「嘉」は善で、六二のこの中正の爻を指す。九五と六二は皆中正を以て相応ずれば、則ち彼此相随して正道に合し得。九五は剛健・中正を以て六二の柔順・中正を信任す。まさに卦辞のいう大亨・利貞にして天下これに随う。ゆえに吉。上六は《随》卦の極点に処り、自ら既に人に跟随し得、人もまた自らに随い動き、牢牢に結合して拆き開けず。ゆえに爻辞に「之を拘繫し、乃ち維けて従わしむ」という。周文王は正に人心の跟随を得て、牢結して解くべからざる歩に至り、ゆえに西山に祭享して神明に通達し得、周朝の王業はここより発端す。

隨上六:拘係之,乃從維之,王用亨于西山。象曰:拘係之,上窮也。上六居隨之終,悅之極,人心悅己而已終隨人。文王以之,羑里之囚,拘繫從維,幾至不免,而終守天地之義,終不改其臣節,周之徳可謂至徳也。人心歸之,天命與之,三分天下有其二,是文王以隨之至徳而亨于西山也。象言上窮,文王遭時不臧而至拘繫,則亦窮矣,遭此窮阨而終不改節,非文王至徳不能也。

《随》卦上六爻辞に「之を拘繫し、乃ち維けて従わしむ、王西山に亨るを用う」といい、《象伝》に「之を拘繫す、上窮なり」という。上六は《随》卦の終了・喜悦の極点に処り、人心は自らに悦服し、自らは終竟に人に跟随す。周文王は正にこの一爻に合す:彼は羑里に囚禁され、拘捕・捆綁に遭い、幾く免れ得ずとも、始終天地間の大義を守り、終竟に臣子の節操を改めず。周朝の徳行は至徳と称し得べし。人心は彼に帰向し天命は彼に授予し、天下を三分して彼は二分を占む。これが文王の《随》の至徳を憑って西山に祭享して神に通ずる。《象伝》に「上窮」というは、文王の遭逢する時世が好からず、拘繫されるに至るを指し、あれも走投・無路と算す。かかる困厄に遭いて終竟に節操を改めざるは、文王の至徳にあらざればできざる所である。

蠱卦(巽下艮上)

蠱:元亨,利涉大川。先甲三日,後甲三日。

《蠱》卦の卦辞はいう:積弊を整治するは至極亨通し、大河を渡るに利し。「甲」の日前三日に開端を籌画し、「甲」の日後三日に結局を省察す。

蠱,壊亂之義。事之壊亂者不可不求以治之,故又為有事之義。為卦艮剛在上,巽柔在下,剛柔各止其所而不相交也;又為下卑巽則專於詭隨,上茍止則不能自強,交之不以道也。上下不交與交不以道,皆足以致壊亂矣。蠱之時則亂已極矣,亂極復治,循環之理,故元亨而天下有治之機矣。治一世之蠱者,不可蹈襲舊弊,當有非常之更張、宏逺之作用而涉險難以為之,故利涉大川,為往而有事於治蠱也。自古創業之君、開國之臣所以撥亂世而反之正者,必險阻艱難之備甞,規模施為之先定,皆涉川之義也。

「蠱」は敗壊・混乱の義である。事情が敗壊・混乱すれば、整治を設法せざるべからず。ゆえにまた「事あり」の義を引申す。卦体に就いて言えば、艮の陽剛は上にあり、巽の陰柔は下にあり、剛柔は各々自らの位置に停まりて互いに交通せず。さらに下に在るは卑弱・柔順にして一味に曲意・逢迎し、上に在るは苟且・安止にして自ら強にする能わず。これは交往して正道に合せず。上下の交通せざる、および交往の正道に合せざるは、皆敗壊・混乱を招致するに足る。《蠱》の時に至れば、混乱は已に極点に至る。乱れ極点に至ればまた治に転ず。これは循環の道理で、ゆえに卦辞に「元亨」という。天下に転治の機会あり。一代の積弊を整治せんとすれば、旧日の弊端を因循すべからず。応に非常の更張・宏遠の挙措あり、艱険を冒して之を為すべし。ゆえに「大川を渉るに利し」という。すなわち往きて積弊を整治せんと着手する。自古基業を開創する君主・国を開く臣子の、乱れし世を撥して之を正に返らしめ得る所以は、必ず艱険・困難に対し早く備嘗し、規模・措置を預め定めたによる。これらは皆「川を渉る」の含義である。

甲,取始之義也。先甲者,原之於始也;後甲者,要之於終也。凡事之為,思慮審而至於三,則謹之至也。先甲三日、後甲三日,謂凡治蠱之道,必原始要終,熟思審處而致其慎也。書曰慎厥終,惟其始,終以不困;不惟厥終,終以困窮,此之謂也。天運至於蠱之時則向於治矣,人之治蠱要之以有終者,由慎之於始,則維持世運之道盡而合於天之行也,人謀之與天運未甞不相為流通者也。

「甲」は開始の義を取る。「甲に先んず」は開端より本原を推究し、「甲に後る」は結局より要領を收束する。凡そ一事を為すに、思慮の周詳が三遍に至れば、すなわち謹慎の極処である。「甲に先んずること三日、甲に後るること三日」は、凡そ積弊を整治する道理は、必ず開端を推究し結局を收束し、反復・思量し審慎・処置して、謹慎を家に到らしめるをいう。《尚書・蔡仲之命》に結局を慎重に待つは、開端より着手すべし、こうすれば終竟に困境に陥らず。結局を顧念せざれば最終に困窮に走るというは、まさにこの道理を言う。天運が《蠱》の時に至れば便ち治に転ず。人が積弊を整治して終わりあるに收束し得るは、開端において謹慎するに頼る。こうすれば世運を維持する道理は尽くされ、もまた天道の運行に合す。人の謀画と天の気運は、従来相互に流通する。

山下有風,則風迴旋而物亂矣,故為蠱之象。未有風俗不壊而世亂者也,世之亂者由於風俗之壊也。振起其民而使皆趨於教典,所以善風俗也;育徳則自育其徳,又所以端風化之本也,未有己不正而能正人者也。

山下に風あり、風は山下に回旋し、万物は便ち吹き零乱さる。ゆえに《蠱》の卦象である。従来風俗が敗壊せずして世道の乱れるはなし。世道の乱れは、正に風俗の壊れるによる。百姓を振作して皆教化・典則に趨向せしむるは、これが風俗を改善する。「徳を育む」は先ず自らの徳行を培育し、もまた風教の根本を端正する办法である。従来自ら端正せずして他人を端正し得るはなし。

蠱者前人之失,故諸爻之治蠱者皆以父母為言。初六非有治蠱之才,但在事之初,蠱未深而為力易,故有賢子則能乾父所壊之事而考得無咎。父之過即子之過,子之功即父之功,見父子一體之義也。事之成敗存亡所繫,初六當蠱之時,勢已危矣,所損未多,賴有賢子而急治之,故終吉。象言意承考也,承如書所謂丕承哉之承,蓋善繼考之志、善述考之事也。考以失而致蠱,豈無悔悟之心與補愆之志哉?初六乾父之蠱,乃承其考之志而非以自為也,聖人以子之賢善歸於父,為訓之義大矣。

積弊は前人の留めた過失で、ゆえに《蠱》卦の各爻が積弊の整治を講ずるに、皆父母を拿って言を立つ。初六は積弊を整治する才干なきも、ただ事情の開頭に処して弊壊は未だ深からず、力を用うるもまだ容易し。ゆえに賢能の子あれば父の敗壊した事を整治し得て、父はこれにより過ちなきを得るという。父の過失はすなわち子の過失、子の功労はすなわち父の功労。父子一体の道理と見える。事情の成敗・存亡の牽連する所は極めて大なり。初六は正に積弊の時に当たり、形勢は已に危険なれど、ただ損壊はなお多からず。全て賢子ありて急ぎ整治するに頼る。ゆえに最終に吉を獲る。《象伝》に「考の意を承ぐ」という。この「承」は《尚書》のいう「丕承なるかな」の「承」のごとく、父の心志を善く継承し父の事業を善く陳述するをいう。父は過失を以て積弊を招いたり、豈に悔悟の心と補過の志なからんや。初六が父の積弊を整治するは、まさに父の心志を承接するで、自ら主張を作すにあらず。聖人が子の賢能を父に帰美するは、この垂訓の用意は大なり。

九二以陽剛得中,上應六五之陰柔而治其壊,為乾母之蠱。母既昏暗致蠱,子以剛陽之才乾之,宜委曲以成其幾而不失於正;若伸己之是、正彼之非,如此而貞,則陰暗之主必反見疑而蠱益深矣,狄仁傑之於武氏是也。始終以姑侄母子配食於廟以啟其心而濟其事。或曰:仁傑若用貞當何如?曰:婦人不可居天位也,嗣聖不可改為光宅也,唐之天下不可革為周也。先儒胡氏言當執武氏於唐宗廟前誅之,則貞之大者也。

九二は陽剛を以て中に居り、上は六五の陰柔に応じてその造成する敗壊を整治す。これが「母の蠱を幹す」である。母は既に昏暗にして積弊を招き、子たるが陽剛の才を以て整治するに、応に委婉・曲折に転機を促成して正道を失わざるべし。もし一味に自らの是を伸張し相手の非を糾正してこう「貞」を守れば、則ち昏暗の君主は必ず反って汝を猜疑し、積弊はかえっていよいよ深し。狄仁杰の武則天に対するはまさにこのごとし。彼は自始して終りまで姑侄・母子の誰が太廟に配享すべきかの道理を以て武后の心を開導し、以て唐に復す大事を成就したり。人の問う:狄仁杰がもし「貞」を用いれば、該当如何。回答に曰く:婦人は応に天子の位に居るべからず、中宗の「嗣聖」年号は「光宅」に改むべからず、唐の天下は周に変わるべからず。先輩の学者胡氏が言うには、応に武氏を唐朝の宗廟の前に押しやりて処死すべし。それこそ「貞」の大者である。

九三過剛不中而乾前人之蠱,或有過於作用而失其幾宜者,故小有悔;然剛正之才終可以有為而補其愆,故無大咎。六四以柔居柔,為過於柔,以此乾蠱,則逡巡畏縮,不自振拔,蹈其因襲之弊以重既往之失而已矣,故往則見吝。象言往未得也,言以寛裕治蠱則蠱不可得而治也。六五以柔中居尊,下應九二剛中之賢,二能承之以徳,承即意承考之承。五之志在得賢治蠱,二能以剛中之徳承其志而輔之以有為,則成功歸於五而有乾蠱之善譽矣。

九三は剛強に過ぎて中に居らざるも、前人の積弊を整治するに往きて、或いは挙措において力を過ごして合宜の分寸を失い、ゆえに稍々悔恨あり。しかし剛正の才具を憑って終竟に作為し得て過失を弥补し得。ゆえに大きな過ちなし。六四は陰爻を以て陰位に居り、これは柔弱に過ぐ。かかる資質を以て積弊を整治すれば、ただ猶豫・退縮して自ら振作する能わず、因循・守旧の弊端に踏み、以往の過失を加重するのみ。ゆえに往き行けば憾惜あらん。《象伝》に「往きて未だ得ざるなり」というは、寛緩・从容の办法を以て積弊を整治すれば、積弊は治められざるをいう。六五は柔順・居中にして尊位に処り、下は九二のこの剛中の賢臣に応じ、九二は能く徳行を以てそれに承接す――この「承」はすなわち初六《象伝》「考の意を承ぐ」の「承」である。六五の心志は賢才を得て積弊を整治するに在り、九二は能く剛健・居中の徳行を以てその心志に承接してその作為あるを輔助すれば、則ち成功は六五に帰し、便ち「蠱を幹す」の美譽あり。

上九視一時人才之所為皆其所不屑也,故不事王侯而髙尚其事,所謂天子不得臣、諸侯不得友也。隠居以求其志,樂堯舜之道而囂囂自得者,乃其髙尚之事也。其清風髙節足以亷頑而立懦矣,故象曰不事王侯,志可則也。胷次悠然超乎萬物之上,而不義之富貴則視之如浮雲者,此其志也,豈不可以為法乎?

上九は当時のあの人才の作為する所を見るに、皆彼の屑とせざる所で、ゆえに「王侯に事えず、其の事を高尚にす」。すなわちいわゆる天子は彼を以て臣と為す能わず、諸侯は彼を以て友と為す能わず。隠居して自らの志向を全うせんを求め、堯舜の道を楽しみて怡然・自得す。これが彼の高尚とする事業である。彼の清高の風の風範と節操は、貪婪の人をして廉潔に変わらしめ、懦弱の人をして志気を立たしむるに足る。ゆえに《象伝》に「王侯に事えず、志則すべし」という。悠然として万物の上に超脱する胸懐を懐き、道義に合せざる富貴を浮雲のごとく見る。これが彼の志向で、豈に拿来して準則と為すべきにあらずや。

臨卦(兌下坤上)

臨,元亨利貞。至于八月有凶。

《臨》卦の卦辞はいう:陽剛は下に在りて生長して陰柔を監臨す。ゆえに大いに亨通するも、必ず正道を守持するに利しくなければならず。八月に至れば陰気転じて盛んの時、便ち凶険あらん。

臨,剛臨柔也。剛浸而長以消柔也。凡臨民者,必有以正乎民;臨事者,必有以處乎事。君子臨小人,使小人革心向善,否則去之,此臨之以道也。正邪不容並立,君子之道日長,則小人之道日消。臨有元亨之理,然臨之不以正,則涉於作惡而為血氣之私,非君子至公無我之道也。卦之以兌遇坤,為和悅而順於理,此天徳也;九二剛中而有六五之應,此王道也。以此臨小人而處之,則大亨而得其正矣。天道四時行,百物生,栽培傾覆,無有不亨通而得正者,故大亨以正為天之道也。

「臨」はすなわち陽剛の君子が高きに居り下に臨み、陰柔の小人を監臨する義である。陽気は一点ずつ生長し、逐步に陰気を消退す。凡そ百姓を臨治する者は、必ず民風を端正する办法あり。政事を臨治する者は、必ず政事を処置する章法あり。君子が小人を監臨するは、小人をして心を洗い革め悪を改め正に帰らしめんとし、若し実に改めんと肯んぜざれば、便ち彼らを清除し去る――これを正道を以て監臨するという。正と邪は本来並立する能わず。君子の道は一天一天生長し、小人の道は一天一天消退す。《臨》卦は本来「元亨」大通の理あり。しかし監臨に正道を用いざれば、便ち意気に事を用い一己の血気の私を逞しゅうに滑り、それは君子の大公・無私の做法にあらず。卦体に就いて言えば、下卦は兌・上卦は坤で、和悦にしてまた事理に順応す。これは上天の徳性である。九二は陽剛を以て中位に居り、上はまた六五と相応ず。これは先王の王道である。かかる徳行を以て小人を監臨し小人を処置すれば、こそ大いに亨通してまたその正を失わざる。天道は運行し、四季は推移し万物は生長し、培値すべきを培値し傾覆すべきを傾覆して、一として亨通にしてしかも正道に合せざるなし。ゆえに「大いに亨りて正を以てす」はまさに上天の運行の法則である。

臨,十二月之卦,君子之道方盛之時也。至于八月為遯卦,二陰方長,則小人盛而君子有凶矣。聖人言此,非特以示循環之理也,正欲君臣上下於方盛之時,即知不久而有凶將至矣。庶幾安不忘危,存不忘亡,憂勤惕厲之心無時而可少懈,則可以保其無凶矣。故彖言「至于八月有凶,消不久也」,則情見乎辭而凜乎其可畏,垂戒之意深逺矣。

《臨》は十二月に配する卦で、正に君子の道が方興・未艾の時に当たる。八月に至れば、卦象は《遯》に変わり、二つの陰爻は正に生長し、便ち小人が勢を得て君子が凶に遭う局面となる。聖人がこの句を写すは、ただ陰陽消長・循環の道理を指明せんとするにあらず、更に君臣上下をして気勢の正に盛んな時に、予め久しからずして凶険の便ち到来するを知らしめんとする。このようでこそ安定の時に危亡を忘れず、生存の時に覆滅を忘れず、憂勤・警惕の心は一刻も敢えて鬆懈せず。かくのごとくにして方や凶を生生ぜざるを保ち得る。ゆえに《臨》卦《彖伝》に「八月に至りて凶あり、消えて久しからざるなり」という。聖人の憂惧の情は全て文辞の中に流露し、読んで人をして凛然として畏を生ぜしめ、その中に垂示・誡告の用意は極めて深遠である。

澤上有地,地臨於澤,上臨下之象也。君子臨民之道,教養兩端而已。澤之出於地者無窮,君子教民之心而思欲盡之於無窮焉;地之載乎物者無疆,君子容保民之心亦無疆。盡一世之民皆欲教之養之,使無一夫不得其所者,君子之心也。

《臨》卦《大象伝》は「沢の上に地あり」の象を取る。大地は沼沢の上に居り、まさに上位者が下民を監臨する象征である。君子が百姓を臨治する办法は、「教化」と「養育」の両端に過ぎず。沼沢は地中より涌出して取るに尽きず、君子が百姓を教化する心願もまた無窮・無尽に施行せんと欲す。大地は万物を承載して広大・辺際なく、君子が百姓を包容・保全する心も同様に辺際なし。挙世の百姓をして皆教化を得皆養育を得しめ、一人も流離・失所せしめざる――これが君子の存心である。

初九陽剛得正,有其才矣;當臨之時,有其時矣。才與時合,視卦之群陰皆其所當臨之小人也,而初則咸臨之。咸之義至為精約,詳逺而略近,暱親而忽疏,皆非咸也。無逺近親疏,皆以公平之道臨之。書所謂無偏黨反側,而惟以蕩蕩平平正直為心;孔子謂周而不比;程子謂廓然而大公,物來而順應者,皆咸臨之義也。初九之臨下,不以逺近親踈二三其心,而志在於行正,正即王道也,故吉。

初九は陽剛を以て正位に居り、これは才干ある。また正に《臨》卦の時に趕えて、これは時を得たり。才干と時機と相合し、卦中のあの陰爻を見れば、皆彼の応に監臨すべき小人で、初九は彼らに対し一概に監臨を加える。ゆえに爻辞に「咸臨」と称す。「咸」のこの字の分寸は極めて精微である:遠き人に対して詳尽にして近き人に対して草率、親しき人に偏愛して疎き人に怠慢なるは、皆「咸」と算すに足らず。遠近・親疎を分かたず、一律に公平の道を以て監臨してこそ、「咸」と配称す。《尚書・洪範》のいう偏私せず結党せず反覆せず、ただ蕩蕩・平平・正直・無私を以て存心と為し、孔子のいう「周にして比せず」、程頤のいう「廓然として大公、物来れば則ち順応す」は、皆「咸臨」の意を講ずる。初九は下に在る人を監臨して、遠近・親疎を以て三心二意せず、一心はただ正道を推行するに在る。正道はすなわち王道で、ゆえに爻辞は吉と断ず。

九二以剛中之徳而臨群陰,善莫善於剛中,故盡咸臨之道,與初九同。二應於五,奉君命以臨之者也,其勢尤便而處之尤易,故吉而無不利。所以咸臨吉而無不利者,以群陰之未順君命也。君也者,奉天以安民者也;臣也者,受君之命而奉以行之者也。小人所為惟有戕賊善類、民之害而已,於人君之命有未順也。九二上應六五,正名其未順命之罪而咸臨之,故吉而無不利也。

九二は陽剛・居中の徳を以て衆陰を監臨す。徳行は剛にして中を得るより良きはなし。ゆえに彼は能く「咸臨」の道を徹底に為し、この一点は初九と相同じ。九二は上は六五と相応じ、君命を奉じて小人を監臨する人で、形勢は格外に便利にして処置するも格外に容易し。ゆえに爻辞に吉利にして利あらざるなしという。「咸臨」の能く吉利にして往くところ利あらざる所以は、正にあの班の小人が本来君命に順従せんと肯んぜざるによる。君主たるは天意を奉承して百姓を安定する人、臣子たるは君命を接受して終りまで奉行する人である。小人の作為する所は、ただ善類を殘害し百姓を禍害して、君主の号令に対し原本より遵従せんと肯んぜざる所あり。九二は上は六五に応じ、公開に彼らの抗命の罪を指明して一概に監臨を加え、ゆえに吉利にして往くところ利あらざるなし。

六三居下之上,有臨民之責者也。陰不中正,又兌為口舌,說見於外,為內無所有,徒以巧言令色臨民者也。臨之而失其道如此,則何所利哉?臨之時,二陽盛長以消諸陰,三處二之上,則勢已迫而消已及矣,亦自知憂之者也。既憂之,則改過遷善,變為君子而無甘臨之失矣,何咎之有?

六三は下卦の最上位に処り、これは臨民の責を負う人である。それは陰爻を以て中に居らず正を得ず、加上兌卦に口舌の象あり、喜悦はただ外表に挂かりて内里は空無所有で、純粋に花言・巧語・好臉色を装出して以て百姓を臨治する。百姓を監臨して道を失するにこの地步に至れば、なお何の好処あらん。《臨》卦の時において二つの陽爻は正に盛長して衆陰を消退し、六三は九二の上に処り、形勢は已に逼近し消退は已に臨頭す。彼は自らもまた憂惧すべきを知る。既に憂惧を知れば、則ち過ちを改め善に遷り、転変して君子と為り、再び「甘臨」の以甜言媚びる過失なく、なお何の災禍あらん。

六四柔而得正,下應初九剛而得正。剛柔相應而又各以正,則相臨者非以面貌而以誠心,懇惻切至而樂於相與也。君臣朋友之交,合吐忠赤而忘忌疑,皆此義也。如公孫述磬折以恭馬援而援斥之,光武岸幘簡易而樂為用,得至臨之義也,故無咎。六五知九二為可用之賢,委任之而行其道,是能以智臨下而得大君之所宜也。五以誠任二,二以道事五,上下交而徳業成矣,故吉。

六四は陰柔を以て正位に居り、下は陽剛・得正の初九と相応ず。剛と柔は互相に呼応してまた各自に正を守れば、則ち彼此の監臨に憑藉する所は表面の情面にあらずして一片の誠心で、懇切・深摯にして相交を楽しむ。君臣の間・朋友の間の交往が、彼此に赤誠を吐露して猜忌を抛開し得るは、皆この道理を言う。公孫述が礼数を摆足し腰を彎げ節を折りて馬援を礼敬するに、馬援はかえって彼を棄て去り、漢光武帝が頭巾を歪戴し人に接して簡率・随和なるに、馬援は甘心して彼のために效力する――これがまさに六四の「至臨」の誠を以て相与する意に合す。ゆえに爻辞に過ちなしという。六五は九二が任用すべき賢才なるを知り、便ち政事を彼に委托して彼の主張を推行せしむ。これは能く智慧を以て下属を監臨し、もまた大君の応有の做法に合す。六五は誠意を以て九二を任用し、九二は正道を以て六五に事え、上下交通して徳業は成就す。ゆえに爻辞は吉と断ず。

上六居臨之終,以厚道臨民則可持之以有終,未有以薄道虐民而可以有終者也。上處坤之極,坤為地則至順極厚者也,故上為以厚道臨民,吉而無咎。未有厚以臨民而其志不欲得賢才以自輔者也。初九之剛正、九二之剛中,皆賢人之有益於民者也。四與初應,五與二應,而皆能行其道;上雖居不相應之地,而志未甞不欲資之以有為也,故象曰「志在內也」。位不相應不可言行,故但以志為言。聖人以上六之道惟欲厚民,故度其志在於得賢。

上六は《臨》卦の終点に処り、敦厚の道を以て百姓を臨治すれば、能く善始・善終し得。従来刻薄の道を以て百姓を虐待してなお善終を保ち得るはなし。上六は坤卦の頂端に位し、坤は大地を代表し、最も柔順・最も厚重なる。ゆえに上六は敦厚の道を以て民に臨むと断ぜられ、吉利にして過ちなし。凡そ能く敦厚を以て民に臨む人は、賢才を得て自らを輔佐せしめんと願わざるなし。初九の剛正・九二の剛中は皆百姓に益ある賢人である。六四は初九と相応じ、六五は九二と相応じて、皆賢者の道を推行し得。上六は正応なき位置に処すも、心は未だ嘗て彼らを借重して作為せんを思わざるなし。ゆえに《小象伝》に「志内に在り」という。爻位は既に相応じざれば、実際の推行には及ばず。よってただ彼の心志に就いて言を立つ。聖人は上六の道が一心にただ百姓を厚待せんを求めると認め、よって彼の心志は必ず賢才を求むるに在ると推断す。

観卦(坤下巽上)

觀,盥而不薦,有孚顒若。

《観》卦の卦辞はいう:まさに大祭の前に手を洗い浄めたばかりにして、未だ祭品を奉上せざる時のごとく、一片の肅穆・誠敬にして、下に在る人は満懐の誠信を以て、仰ぎ敬慕して上に在る者を望む。

大觀在上,以徳化下,則觀之義也。以坤遇巽,為順而巽。九五以中正居上而四陰仰之,順而巽,中正以觀天下,則君師之道盡而徳與位稱,為大觀在上。觀天下之道,誠敬而已矣。大祭方承盥而不薦,禮文未舉之際,誠敬於斯為尤至也。以是誠敬之徳觀天下,則不言而信,不怒而威,有孚顒若,下觀而化,所謂篤恭而天下平也。

偉大の観瞻を上位に树立し、徳行を以て下民を感化する。これが「観」の義である。下卦坤・上卦巽が相遇うは、柔順にしてまた謙遜である。九五は中正の徳を以て尊位に居り、四つの陰爻は皆彼を仰望す。既に柔順にして謙遜に、また中正の道を以て天下に顕示せば、則ち君主兼師表の職分は尽くされ、徳行と地位とが相称す。これを「大観上に在り」と言う。何の办法を以て天下に示范するか。「誠」と「敬」に外ならざるのみ。大祭は剛に盥洗を挙行して未だ祭品を奉献せざるに、繁複の礼節は未だ展開せず、この刻の誠敬の心は最も純至である。かかる誠敬の徳を以て天下に示范すれば、能く言わずして人は自ずから信服し、怒らずして人は自ずから敬畏す。下民は誠信を満懐し肅然として仰望し、上位者を見て自ずから感化を受く。これが《中庸》のいう篤厚・恭敬にして天下太平するである。

天之道,陰陽而已。陰陽不測則神道也。天惟神道以為觀,故四時不忒。聖人過化存神,上下與天地同流,民日遷善而不知為之者,則以神道設教而天下服矣。風行地上,鼓動萬物,觀之象也。先王觀風行地上之象,而省方設教以觀天下。四方土俗不同,人情亦異,而先王施教恆因之,故省方觀民以設教,則四方風動而教無不行矣。

上天の運行の道は、ただ陰陽の二気に過ぎず。陰陽は変化して測るべからず。便ち「神道」と称す。上天はただこの神妙・測べからざる道を以て万物に昭示す。ゆえに四季は従来差錯せず。聖人は経る所の百姓は自ずから化を受け、心中に存する所はまた神妙にして名状し難く、上は天と下は地と其の流行を同じくす。百姓は日々に善に向かうも誰が彼らをしてこのごとくせしめたかを知らず。これが神妙の道を以て教化を設立して天下が帰服する。風は大地の上に吹行き、万物を鼓動す。これが《観》卦の象である。先王は風の地上を行く象を観察し、よって四方を巡行し教化を設立して天下に示范す。四方の土俗は各々相同じからず、人情もまた差異あり。先王が教化を施行するは総じて地に因り宜に制す。ゆえに各方を巡視し民情を体察して教化を設立すれば、四方は風に聞きて動き、教令の推行せざるなし。

初六以陰處最下,去五逺甚,於其陽剛中正觀下之道無所見,則童子之所觀、愚闇之小人也。可使由之,不可使知,乃其常道;若君子志道而所見如此,可羞吝也。六二雖與五為應,然陰暗不能逺見於中正之道,彷佛其疑似之跡而無所得,為窺觀之象。女子者無非無儀,惟酒食是議,有閨門之修,無境外之志,能如此斯為正矣,而豈丈夫之道哉?

初六は陰爻を以て全卦の最下に処り、九五に距ること極めて遠く、九五のあの陽剛・中正・天下に示范する道理に対し毫も見る所なし。これがすなわち小孩子の眼界・愚昧の小民の見識で、ゆえに爻辞に「童観」と称す。百姓をして照して為さしめて個個に道理を明白せしむるに及ばざるは、本来常理である。しかしもし道に志ある君子であれば、見識がこの地步に低ければ、便ち羞じ惜しむべし。六二は九五と正応あるも、それは陰暗・浅昧にして遠く中正の道を看清る能わず、ただ恍惚に一点の似是而非の影子を捕捉するにして一として得る所なし。ゆえに門の縫より偷看する「窺観」の象あり。女子は作為なく専断なく、ただ酒食の事を料理し、閨門の内の修飾ありて閨門の外の志向なし。能くこの歩を守るは女子において已に正道に合すると算すも、これどこが大丈夫の応有の道路であらん。

六三與上九為應,故觀我生進退。我生,上九也。古人於學士多以生稱之,如文帝於賈誼、光武於鄧禹皆目之曰生。上九以陽剛居卦之上,無時事之責任,自三而稱之曰我生,我者親之之辭。上九進以禮、退以義者也;三居下之上,有民社之責者也。若觀上九以為進退,則天下有道以道殉身,天下無道以身殉道,而無以道殉人之失矣。惜乎六三不足以語此,楊素之於文中子,類此爻之義。

六三は上九と正応で、ゆえに爻辞に「我が生を観て進退す」という。ここの「我が生」は指す所すなわち上九である。古人が読書人を称呼するに多く「生」の字を用い、例えば漢文帝が賈誼を称し、漢光武帝が鄧禹を称するに、皆彼を「生」と叫ぶ。上九は陽剛を以て全卦の上に居り、現実の政務の責任を担当せず、六三は自らのこの一方より彼を「我が生」と称す。「我」の字は親近の意を帯ぶ。上九は礼に依りて進み義に依りて退く人、六三は下卦の上に処り、守土・養民の責を負う人である。もし六三が能く上九を榜样として進退を決定すれば、則ち天下に道あれば道を自らに随い出仕して推行し、天下に道なければ身を以て道に殉じ、決して道を屈げて人に従う過失を犯さず。可惜六三の見識はなおこの一層に及ばず――隋朝の楊素の文中子王通に於けるは、正にこの一爻の意と相類す。

六四居陰得正,位近九五。九五以陽剛中正之徳,敷而為禮樂教化,光輝發越而四達者也。書所謂「王道平平,王道蕩蕩,王道正直」者是也。四覿其光而有所得,為觀國之光也。四之與五,可謂見而知之者矣。以其觀而得之之道為王賓,禮任使之乃為利也。四於五,以上下之分言之則為臣;以道徳為其所欽崇,則曰賓。古人於臣下多以賓稱之,詩曰「我有嘉賓」是也。象言尚賓,尚,髙尚之義,戒人臣不以承順奔走為恭敬,而當以禮義亷恥自樹立也。

六四は陰爻を以て陰位に居りて正を得、位置は九五に緊挨す。九五は陽剛・中正の徳を以て、これを礼楽・教化に鋪展し、光輝は煥発して四方に通達す。《尚書・洪範》のいう王道は平坦・王道は広寛・王道は正直は、まさにかかる気象を指す。六四は親眼にこの道光輝を見て領会あり、ゆえに爻辞に「国の光を観る」と称す。六四は九五に対し、親見して之を知る人と言い得べし。彼は観察の得る道理を拿って君王の賓客と為り、君王をして礼を以て相待し任用せしむ。これこそ有利である。六四は九五に対し、上下の名分を按ずれば臣、九五の道徳が彼の欽仰・崇奉する所なるがゆえに、また賓と称す。古人は臣下に対し多く「賓」を以て相称し、《詩経・小雅・鹿鳴》に「我に嘉賓あり」というはすなわちこの用法である。《小象伝》に「賓を尚ぶ」という。「尚」は高尚の義で、臣子たる者に誡めて一味に逢迎・奔走するを以て恭敬と為す勿らしめ、応に礼義・廉恥を以て朝に自立すべし。

九五切比上九。上九以陽剛之徳而居無責任之地,是塵視金玉、銖視軒冕而為尊徳樂義之君子也。九五觀其徳而自成君子之徳,斯無咎矣。上九之徳足以膏澤斯民者也,五能觀之以自善其身,施於有政,達於天下而民俗善,可謂與人為善之君子矣。君仁莫不仁,君義莫不義,未有君徳隆盛而群黎百姓不徧為爾徳者也。象言觀我生而直言觀民者,見上下之一體而上行下必效也。五與三既以上九為我生,則上九但當言其生,文義可謂至明白矣。

九五は上九に緊挨す。上九は陽剛の徳を以て政務を担わざる位置に処り、黄金・美玉を塵土と看なし高官・厚禄を錙銖と看なす人で、道徳を尊崇し義理を楽守する君子である。九五は彼の徳行を観摩し、以て自らの身上の君子の徳を成就す。こうすれば過ちなし。上九の徳行は百姓に沢被するに足り、九五は能く彼を観摩して自身を修好し、再びこれを政事上に施行して天下に通達せしめ民風を淳美ならしむ。これを「人と善を為す」の君子の君と称し得べし。君主が仁を行えば臣民は仁を行わざるなし、君主が義を行えば臣民は義を行わざるなし。従来君徳が隆盛にして百姓が普遍にその徳沢を受けざるはなし。《小象伝》が「我が生を観る」を解して直接に百姓を観察するに説き至るは、上下が本来一体なりを顕明せんとする。上は如何に為す、下は必ずそれに跟い効法す。六五と六三は既に皆上九を「我が生」と称せば、則ち上九の本身に至りてはただ「其の生を観る」と言うのみ。文義は再明白なりと言い得べし。

剛陽之才足以益世而無用世之責,巽性務入,聖人慮其退處既久而或至失身以求用,則所損多矣,故戒其反觀於己,必道合君子斯無咎也。君子者,用之則行,舍之則藏,安於義命而無慕外之心也。以六四之陰柔得以觀國之光,以六三之陰不中正而居下之上,則獨善其身如上九者志必不能平矣。嚴於克己而達諸大觀,不怨天不尤人,則志斯平矣,此觀其生之義也。聖人期上九造就之意逺矣哉!

上九は陽剛の才ありて世に益するに足るも、当政の責を負わず。巽卦の性情はまた一味に入るを求め、聖人は彼が退居すること日く久しければ、或いは節を屈げて任用を求めんを惜しまず、それでは損失は大と言うべしを怕れ、ゆえに彼を誡めて頭を回し自らを省察せしむ。必ず行う所の道が君子の道に合してこそ、過ちなし。いわゆる君子は、之を用いれば出て施行し、之を用いざれば蔵れ、義理・天命に安んじて身外の物を羨慕する心思なし。眼に六四のごとき陰柔の人がかえって「国の光を観る」を得、六三のごとき不中・不正がかえって下卦の上位を占むるを見れば、上九のごとき独善其身のみできる人は、心は必ず平静ならざるべし。しかしもし能く厳格に自らを克制し、「大観」の大道に通達し、天を埋怨せず人を責怪せざれば、心志もまた平らぐ――これがまさに「其の生を観る」の用意である。聖人が上九に自我成就せんを期望する用心は、実に深遠である。

象言「觀其生,志未平」,謂爻辭戒以觀其生者,為其志未平也。平者,有定而居之安也。戒懼與志不平正相反:能戒懼則心存不放而志常平,不能戒懼則放逸傾倒、喪其志而不平矣。如遯世無悶,不見是而無悶,樂則行之,憂則違之,確乎其不可拔,志平之意也。

《小象伝》に「其の生を観る、志未だ平ならざるなり」という。意は爻辞が上九に誡めて自身を反省せしむる所以は、正に彼の心志が未だ平静ならざるによる。いわゆる「平」は、心に定主ありて其の中に安処する。警惕・戒惧は心志の平ならざると恰好相反す:能く戒惧すれば、心は守り得て放縦せず、志は常に安定す。戒惧する能わざれば、則ち放縦・傾頽して本志を丟掉して安寧を得ず。《乾卦・文言》のいう世を避け隠居して煩悶せず、人に認められずとも煩悶せず、行くべければ行き止まるべきは止まり、堅定にして動揺すべからず――あれがすなわち心志の安定の義である。

孔子曰:「道之將行也歟,命也;道之將廢也歟,命也。公伯寮其如命何!」孟子曰:「行或使之,止或尼之,行止非人之所為。吾之不遇魯侯,天也,臧氏之子焉能使予不遇哉!」則志無不平矣。凡言志者多君子之類,小人不足言志也。上九之志,達可行於天下而後行之者也,聖人恐其動於外物而不能有終,故戒之。

孔子は《論語・憲問》において言う:道の將に行われんとするは天命、道の將に廃棄されんとするもまた天命。公伯寮はまた天命を如何にし得んや。孟子は《梁恵王下》において言う:行い得るは何かの推動あり、阻止されるは何かの攔阻あり。行と止は皆人力の主宰し得る所にあらず。我が魯平公に見えざるは天意で、臧倉のあの人はどうして我をして見えざらしめ得んや。こう見る能くば、心志は平ならざるなし。凡そ「志」と談ずるに足るは多くは君子の類に属し、小人は根本に何の志あるを言うに及ばず。上九の心志は、通達して後天下に推行し得て後に、然る後に出て推行せんとする。聖人は彼が外物に打動せられて終りまで堅持し得ざるを憂え、ゆえに特に誡告を加える。

觀者,建極於上而足以表正乎下也。卦之九五以大徳而居尊位,為大觀在上。所謂大觀者,動皆順理,且潛隠而形跡之渾化,以大中至正之道而觀天下者也。觀天下猶書所謂表正萬邦、皇建其有極也,故卦名觀。盥,將祭而潔手也;薦,奉酒食以祭神也。盥而不薦,有穆穆之容而不假聲色,猶所謂篤恭修巳以敬,自治威儀而儼若淵黙者也。如此則人孰不誠心敬仰而歸其極乎?故曰「有孚顒若,下觀而化」也。

いわゆる「観」は、上に在る者が最高の準則を树立し、下のために表率を為すに足る。本卦の九五は盛大の徳を以て尊位に居り、すなわち「大観上に在り」。いわゆる「大観」は一挙一動が皆事理に合し、しかも痕迹を露さず浑然として天成し、大中・至正の道を以て天下に昭示す。天下に示范するは、《尚書》のいう万邦の表率を為し君主が中正の最高準則を建立するがごとし。ゆえにこの一卦は名を《観》と取る。「盥」は將に祭祀せんとして手を浄め、「荐」は酒食を奉上して神明を祭献する。「盥にして荐まざる」は、ただ一副の肅穆の儀容ありて声色・形迹を借助せず、《中庸》のいう篤厚・恭敬・自身を修めて敬と為し、自ら威儀を整粛して荘厳・沈静するがごとし。この歩に至れば、誰か誠心に敬仰して彼の立つる準則に帰向せざらん。ゆえに「孚あり顒若たり」という。下の人は彼を見て自ずから感化を受く。

天之神道,上天之載無聲無臭也,而四時之不忒。聖人以神道設教,則所過者化,所存者神,上下與天地同流矣,故天下服。言天與聖人皆有觀之道也。風行地上,風被於物,物隨風靡,有觀之象。先王觀風行地上之象,則歲時巡狩,省其方嶽,觀民俗之異宜而因以設教焉,亦猶風之及物而物從乎風也。卦之觀讀去聲,表率之義;爻之觀讀平聲,觀瞻之義。

上天の神妙の道は、すなわち《詩経・大雅・文王》のいう上天の作為は声なく臭なきに、四季の運行は分毫も差わざる。聖人はこの神妙の道に取法して教化を設立し、よって経る所は百姓は自ずから化を受け、心中に存する所はまた神妙・不测にして、上下は天地と其の流行を同じくす。ゆえに天下は皆帰服す。これは上天と聖人とが同様に天下に示范する道を具備するを言う。風は大地の上に吹行き、万物は皆風に披拂せられ、風勢に随って倒伏す。これが《観》卦の象である。先王は風の地上を行く象を観察し、よって時に按じて諸侯を巡視し各方の山岳を省察し、各地の民俗の不同なる所宜を考察し、勢に因りて教化を設立す。もまた風が万物の身に吹き至れば万物は便ち風に随って動くがごとし。卦名の「観」は去声に読みて表率・示范の義、爻辞の「観」は平声に読みて観看・仰望の義である。

九五為大觀在上,所謂神道設教者也,自四以下皆觀其道。初六居下去五最逺,又陰柔不能逺見,為童稚之觀,小人之道也。椎愚細民終身由之而不知聖人之大道,乃其常也,何咎之有?若君子則可羞吝矣,君子不待文王而興起者也,可以童觀乎?六二上應九五,為觀九五之道者也,陰柔居內而觀乎外,為窺觀之象。自內觀之而一於從,所謂必敬必戒、無違夫子者,妾婦之道也,女子守此以為正則利矣。丈夫者當有吞吐宇宙之胷懷,有達權通變之作用,效妾婦之窺觀而區區以從為道者,可丑之甚也。

九五はすなわち「大観上に在り」で、もまた前のいう神妙の道を以て教化を設立する人で、六四以下の各爻は皆彼の道を仰観す。初六は最下に処り、九五に離るること最も遠く、また陰柔の質にして遠見する能わず。ゆえに孩童のごとき眼界で、小民の路数に属す。愚鈍の小民は一生を照して為すも聖人の大道を懂らざるは、本来常情で、何の過ちとも言うに及ばず。しかしこれを君子の身に落とせば便ち羞ずべし――君子は文王の出世を待たずとも自ら奮起し得る人で、どうして孩童のごとき見識の上に停留し得よう。六二は上は九五と相応じ、本より九五の道を仰観すべきに、それは陰柔を以て内卦に居りて外に向かい張望し、門の縫より偷看する「窺観」の象を成す。内より外を看て一味に順従するは、《孟子・滕文公下》のいう必恭・必戒・丈夫に違背せざるあの妾婦の道で、女子がこの一套を守るは正に合すると算して自然に利あらん。しかし大丈夫は応に宇宙を吞吐する胸襟あり、権を通じ変に達する作為あるべし。もし妾婦のあの窺探を効法し、斤斤として順従を以て処世の道と為せば、則ち丑陋なること甚だし。

六三居下之上,柔得正而順之極,進退能順天下之正道者也,故能觀我生進退。我生猶言此生,此生者此身也。觀我此身作用之通塞,合則進,不合則退,三可謂審於出處之道者矣,故象言其未失道也。六四所觀之國光謂九五也。九五大觀在上,順而巽,中正以觀天下,以其道徳為一國之光也。四近於五,觀之以成其徳而可以輔世長民者也,故利用賓于王。

六三は下卦の上位に処り、陰柔を以て正に居りて柔順は極点に至り、進退は皆天下の正道に順い得。ゆえに「我が生を観て進退す」し得。ここの「我が生」は「此の生」と言うがごとく、「此の生」はすなわち自身である。自身の作為の通達なるか窒塞なるかを省察し、道に合すれば出仕し、合せざれば退処す。六三は出処・進退の道を甚だ明白にする人と言い得べし。ゆえに《小象伝》に彼は正道を失わざりきという。六四の観る所の「国の光」は指す所は九五である。九五は「大観上に在り」、柔順にして謙遜、中正の道を以て天下に昭示す。彼の道徳はすなわち一国の光華である。六四は九五に靠近し、彼を観摩して自らの徳行を成就し、よって時世を輔助し百姓を撫養し得。ゆえに爻辞に君王の賓客と為るに利しという。

九五居尊位而臣民所賴以作則者也,宜自觀其所行者何如耳。必其陽剛中正足以表正天下而有君子之徳則無咎,否則播惡於下而違於奉天子民之道多矣。人君徳足以範世,則群黎百姓徧為爾徳而俗善矣。堯舜帥天下以仁而民從之,桀紂帥天下以暴而民從之,民徳之善否繫於君道之得失,故九五觀我生者,當觀於民焉。觀我生,自觀之也;觀其生,人觀之也。

九五は尊位に居り、これは臣民の仰頼して以て準則と為す人で、理応に自ら省察して作為する所が畢竟如何かを見るべし。必ず陽剛・中正にして天下のために表率を為すに足りて君子の徳を具備してこそ、過ちなし。然らざれば便ち悪行を播散して下に与え、天命を奉承し百姓を撫養する道に違背する所は多すぎる。君主の徳行が一世のために典范するに足れば、百姓は皆普遍にその徳沢を受けて風俗は淳美す。堯舜は仁徳を以て天下を統率せば百姓はそれに跟い仁を行い、桀紂は暴虐を以て天下を統率せば百姓はそれに跟い暴を施す。民徳の好壊は君道の得失に係る。ゆえに九五が「我が生を観る」は、応に百姓の身より看るべし。「我が生を観る」は自ら省察して自らを観る、「其の生を観る」は別人が来りて彼を観察する。

上九以剛陽居一卦之上,是道徳足以師世範俗而無位者也。其清風髙節,人未甞不仰之以為儀刑也。必其有君子之徳,真可以繫天下之望者而後無咎焉;若過中失正而欺世盜名者,何足道哉!行道濟時,聖賢之心也;道不行而徒為國人之矜式,豈聖賢之志哉?如孔子浮海之嘆、孟子之不豫色,其志固不能平矣。聖人發此,正欲為君者尊用賢才,不可棄之不用而使人觀其生也。

上九は陽剛を以て全卦の上に居り、道徳は一世のために師表・風俗のために典范するに足るも職位なき人である。彼の清高の風節は、人々は仰幕して楷模と奉らざるなし。必ず真に君子の徳ありて確かに天下人の期望を承載し得て、然る後に過ちなしと言うに及ぶ。もしただ其中を行過して正を失うか欺世・盗名なれば、則ち一に提するに足らず。大道を推行し時世を匡済するは、こそ聖賢の本心である。道が行われざれば、ただ国人のために样板を為すに落ちるは、豈に聖賢の志愿であらんや。孔子が「桴に乗りて海に浮かばん」の慨嘆を発し、孟子が斉国において不悦の神色を流露するがごとき、彼らの心志は本来平静ならざる能わず。聖人がここにこの番の議論を発するは、正に君主たる人に賢才を尊重し任用し、彼らを棄置して用いず、ただ世人をして遠く彼らの操守を見るのみならしむべからざるを希望する。

噬嗑卦(震下離上)

噬嗑,亨,利用獄。

《噬嗑》卦の卦辞はいう:口中の梗塞の物を咬断して上下を相合せしむ。ゆえに亨通す。この一卦の徳象は最も刑獄を審理するに用うるに宜し。

頥中有物曰噬嗑。為卦上下兩陽而中虛,頥口之象;九四一陽間於其中,必齧。頥中有物,但可以言間而已。卦名噬嗑者,物在頥中則不可以不噬,噬則必至於嗑。噬之以道則嗑,嗑則間去而亨通矣;噬不以道,或能強嗑之,亨則未也。

口中に物を含み、これを咬断して上下頷を合攏せしむ。これを「噬嗑」という。卦体を看れば、上下に各一の陽爻ありて中間は虚空で、正に人の口腔のごとし。九四のこの一の陽爻は横梗して当中に在り、咬断せざるべからず。口中に物を含むも、ただ梗阻ありと言うのみできる。この一卦が「噬嗑」と名づくるは、物が口裏に堵まれば咬まざるべからず、一たび咬めば必ず合攏に帰すを言う。咬むこと正道に合すれば能く合攏し、合攏して梗阻は除去され便ち亨通を告ぐ。咬むこと正道に合せざれば、或いも強いて合上し得るも、亨通と言えば言うに及ばず。

大抵外藩為中國害,小人為君子害,異端為正道害。凡人心之動於欲而為天理之本則累者,皆間也,皆頥中之物也,去之則亨通矣。噬嗑之義,於宇宙間事盡之矣。訟獄之事亦治化之間也,聽之得其當,至於無訟可聽而禮樂興,亦噬嗑而亨之義也。

大体に言えば、外邦の侵擾は中原の禍害、小人は君子の禍害、異端・邪説は正道の禍害である。凡そ人心が私欲に牽動せられて天理の本原の拖累と為るものは、皆「梗阻」で、皆口中の異物で、これを除掉してこそ亨通し得。「噬嗑」のこの一層の意は、已に天地間の事情を言い尽くしたり。訴訟・刑獄の事もまた政治教化の中の一種の梗阻で、審断が得当にして官司を聴くべきなくなるに至り礼楽が興起すれば、同様に梗阻を咬破して後に亨通する義である。

卦之剛柔分,動而明,雷電合而章,柔得中而上行,皆聽獄之才徳也,故利用獄。有雷則有電,亦合之義也。明罰勅法,威明不可偏發也,固取雷電之義。然罰無不明則法無不正,民俗善而治化隆,亦噬嗑而亨之義也。

この一卦は剛爻・柔爻は上下分明にして、下卦の震は動・上卦の離は明、雷と電とは相合して光彩を彰显し、柔爻は中に居りて上行す。これらは皆獄訟を審理するに所需の才干と徳行で、ゆえに卦辞に刑を用い獄を断ずるに利しという。雷あれば必ず電あり、もまた相合の義を含む。《大象伝》のいう「罰を明らかにし法を勅す」は、威厳と明察とは偏廃すべからざるを講ず、固然として雷電の象に取る。しかし刑罰は明白ならざるなければ法度は端正ならざるなし、民風は淳美にして治化は隆盛す。これもまた梗阻を咬破して後に亨通する義である。

初上無位,為受刑之象;中四爻為用刑之象。初在卦始,罪薄過小,有所懲戒而得改焉,則小人之福也,故無咎。上居卦之終,有怙終之義,則惡極罪大而不可掩,故凶。初之陽剛得正,亦有善反之才;上則肆其剛惡而至於極矣。若以陰陽上下之義言之,初以陽居正而在下,為懐刑之良民;陽剛居卦之上者,則超然於法網之外而免於刑戮矣。不取此者,易之取義不一。小懲者可以大戒,惡極者必至殺身,於垂世立教之義為大耳。

初爻と上爻は皆職位なく、これは刑を受ける者の象。中間の四爻は刑を施す者の象。初九は卦の開頭に処り、罪過はなお軽く過失はなお小さく、稍々懲戒を受ければ能く改正す。これがまさに小人の福気で、ゆえに爻辞に過ちなしという。上九は卦の終点に処り、怙悪・不悛・死に至るまで改めざる意を含み、悪は極処に至り罪は大にして掩盖する能わず。ゆえに凶と断ず。初九は陽剛にして正を得、本来なお反躬・悔改の資質あり。上九はその剛愎の悪を放縦して、一直に尽頭に走る。もし陰陽・上下の角度より換言すれば、初九は陽爻を以て正位に居りて下に処り、これは心に法を畏るる良民。陽剛が全卦の上に居るは、則ち法網の外に超然として刑戮を免る。此処にこの一層を取らざるは、《周易》の取義は本来一端に止まらざるがゆえである。小さな懲罰は大きな警戒に換わり得、悪は極処に至れば必ず殺身の禍を招く。後世に垂範し教化を树立する用意に就いて言えば、なお後の一層の意を取るを大と為す。

六二柔順中正,有治獄之才徳,故治人而人無不服,如噬膚之易。所治者乃健訟之剛惡,則不免於滅鼻焉。滅鼻之象,因噬膚以及之耳。二賢者也,但可無咎。若以聖人處之,則無情者不得盡其辭,不怒而民威於鈇鉞,其過化存神、潛消黙奪之用,豈特無咎而已哉!

六二は柔順にして中に居り正を得、獄訟を審理する才干と徳行を具備す。ゆえに人を治めて人は服せざるなし。柔らかな皮肉を咬むがごとく容易し。しかしその懲治する所は訴訟を好む剛悪の徒で、もまた「鼻を滅す」――犯人の鼻を削掉する――を免れ難し。「鼻を滅す」のこの象は、「膚を噬う」に順って連帯して説き下ろす。六二は賢者と算すに足るも、ただ過ちなきに至るのみできる。もし聖人に換えて処置せば、則ち理なく狡弁する人をして根本に説き出すこと能わざらしめ、怒るに及ばずして百姓の畏服は刀斧より甚だしく、あの経る所は人皆化を受け心中に存する所は神妙・難測にして悪念を無形に潜移默奪する功用は、豈にただ過ちなきのみならんや。

六三居下之上,有用刑之責者也。陰不中正而且動體,則動於輕躁,才徳不足以治人而人不服。臘肉乃難於噬者,遇毒則苦其難而不敢輕噬矣。故始小吝而終無咎者,以動體則易於更改,居陽應陽,卒能振拔而不以惡自終焉耳。

六三は下卦の上位に処り、これは刑を用うる責を負う人である。それは陰爻を以て中ならず正ならず、加上身は震動の体に処り、行動は便ち軽率・躁進に流り、才徳は人を服するに足らず、人心もまた服せず。腊肉は本来咬み難き物で、毒ある所に咬み至れば、便ちその堅硬を苦として敢えて再び軽く口を下さず。ゆえに爻辞に起初は略有悔吝なるも最終に過ちなしというは、身が動体に在れば便ち弦を改め轍を更え易く、また陰爻を以て陽位に居り上は陽爻に応じて、終竟に振作し得て悪を以て終身と為るに至らざるがゆえである。

九四之所噬者初九也,故為噬乾胏之難。四明體,且以陽居陰而不過於剛,為得金矢之象,得剛直之義也,不為威屈,不為利誘也。聖人慮其以徼為智而過於察,以陽居陰則又疑於不正焉,故戒以艱難守正則吉也。不能以明覺為自然而涉於不正,則徳未光矣。

九四の咬まんと欲する所は初九で、ゆえに骨を帯びた乾肉を咬むがごとき艱難あり。九四は身は離明の体に在り、また陽爻を以て陰位に居りて剛に過ぐるを失せず。ゆえに「金矢を得」の象あり。取る所は剛強・正直の義――威勢に屈せられず、利禄に誘われず。聖人は彼が窺伺・察訪を以て聡明と為して苛察に流るを憂え、また彼が陽を以て陰に居りて人をしてその正ならざるを疑心せしむるがゆえに、彼を誡めて必ず艱難の中に正道を堅守してこそ吉利ならしむ。もし明察をして自然に出づる能わしめざれば、反って不正に牽渉するに至り、則ち徳行はなお光大と言うに及ばず。

六五居尊位而有中徳,下有九四為剛陽之大臣輔之,以噬天下之間者也,為噬乾肉得黃金之象。黃則已徳合中,金則九四輔之以剛陽之義也。君道以剛中為貴,五雖得中而體本柔,且以陰居陽,疑於不正,以滋天下之間而危甚矣,故戒以守正而時存危厲之心。惟恐一念不謹或以貽四海之憂,一日不謹或以致千百年之患,如此則無咎矣。然以中徳離主知正可守,而防微杜漸之惟謹,亦其才徳可以勉而至,故曰「貞厲無咎,得當也」。

六五は尊位に居りて居中の徳を具備し、下は九四のこの陽剛の大臣の輔佐ありて、一同に天下の梗阻を咬破す。ゆえに乾肉を咬みて黄金を得る象あり。「黄」は六五自身の徳行が中道に合するを指し、「金」は九四が陽剛の徳を以て彼を輔佐するを指す。君たるの道は剛にして中を得るを貴と為し、六五は中を得るも本質は柔で、また陰爻を以て陽位に居り、人をしてその正ならざるを疑心せしめ、よって天下の梗阻を滋生す。処境は十分に危険で、ゆえにそれを誡めて正道を守持して時時に危惧の心を懐かしむ。唯恐一の念が謹慎ならざれば天下に憂患を留め、一天が謹慎ならざれば千百年の禍害を醸成せんとす。こうし得てこそ過ちなし。しかしそれは既に居中の徳あり、また離明の主の位置に処り、正道は守るべきを知り防微・杜漸もまた格外に謹慎す。この才徳は本来勉力して達し得べし。ゆえに《小象伝》に「貞厲にして咎なし、当を得るなり」という。

賁卦(離下艮上)

賁,亨,小利有攸往。

《賁》卦の卦辞はいう:文飾は事情を亨通せしめ得るも、ただ稍々往く所有るに利しく、大いに作為するに足らず。

坤之中爻交乾之中爻為離,成內卦之飾;乾之上爻交坤之上爻為艮,成外卦之飾。他卦固皆物相雜而為文,然內卦飾於內而文明,外卦飾於外而光輝,於賁之義尤切,故名賁。致飾者亦可以得亨,亨其所飾之事也;非實徳昭著,不可大有所為,小利有攸往而已。柔來文剛故亨,以剛為主而濟之以柔,則善用其剛矣;分剛上而文柔,則以柔為主,雖濟之以剛,終於退歉而已。此據卦之才徳而言也。

坤卦の中爻と乾卦の中爻とが交換して離を成し、内卦の文飾を構成す。乾卦の上爻と坤卦の上爻とが交換して艮を成し、外卦の文飾を構成す。他の卦は固然として皆物類の相雑して文采を生ずるなれど、《賁》卦は内卦は内に文飾して文明を顕し、外卦は外に文飾して光輝を顕し、「賁」のこの「文飾」の意と尤も貼切す。ゆえに名を《賁》と取る。文飾を講求する人もまた亨通を獲得し得るは、彼の文飾するあの事が亨通を得る。もし真実の徳行が世に昭著ならざれば、大いに作為する能わず、ただ稍々前行するに利するのみ。柔爻が来りて剛爻を文飾すればゆえに亨通す。これは剛を以て主と為して柔を用いて調剤すれば、便ち自らの剛を善く運用したと算す。剛爻を分出して上行して柔爻を文飾すれば、則ち柔を以て主と為し、なお剛の調剤あるも、終竟に退縮・謙抑に過ぎず。これらは皆本卦の才質・徳性に就いて言う。

剛柔交錯,天之垂象,自然之文也,觀之以察時變,凡厯象授時、裁成輔相皆其事也。文明以止,人文也。六十四卦三百八十四爻,此一言可以盡之,此如詩之思無邪、禮之毋不敬、書之允執厥中之類也。天文,天之道也;人文,人之道也。人道本於天道,而天道所以為人道也。

剛と柔とが交交錯して紋を成すは、上天の垂示する天象で、自然の文采に属す。これを観察して時令の変化を体察し得、凡そ暦法を推算し農時を頒授し天地の道を裁成し天地の宜に輔相するは、皆この類の事に属す。文采は光明にして各々その分に止まるは、これは人間の文采である。六十四卦・三百八十四爻は、この一句を以て概括し得、《詩経》の「思邪なし」・《礼記》の「敬せざるなし」・《尚書》の「允に厥の中を執る」のごとき総綱たり。天文は上天の道理、人文は人間の道理である。人道は天道に本源し、天道もまたまさに人道に落実せんとする。

天敘有典,勑我五典五敦哉;天秩有禮,自我五禮五庸哉;天命有徳,五服五彰哉;天討有罪,五刑五用哉。皆觀人文以化成天下之作用也。山下有火,物被而生輝,亦賁也;然不及逺,折獄之事非明徳逺照者不能,故但可以明庻政而已。

《尚書・皐陶謨》に曰く:上天は倫常を排定して、我らに五種の常倫を敦厚に推行せしめ、上天は等級の礼制を規定して、我らに五等の礼を経常に奉行せしめ、上天は徳ある人に授命して、五等の服章を以て表彰し、上天は罪ある人を討伐して、五種の刑罰を以て懲治す。これらは皆人文を観察して天下を化育する実際の作為である。山下に火あり、万物は火光に照らされて光輝を生ず。これもまた一種の文飾である。ただ火光は照らすに遠く及ばず、獄を断じ罪を定めるあの種の事は、徳行の光明・見識の深遠なる人でなければできず。ゆえに《大象伝》はただ日常の政務を明治するに用い得と言うのみ。

初九以陽剛得正而居下體,當賁之時,為賁其趾之象。賁其趾則能舍非道之車而安於徒步矣。伊尹耕於有莘之野而樂堯舜之道,非其義也,非其道也,祿之以天下弗顧也,繫馬千駟弗視也,此爻可以當之。六二賁其須,須,待也,待上之人能用其道而後興起以有為也。二有中正之道,當賁之時上無應與,能以文明中正之道賁其身而不求人知焉。初九有長往不反之志,二有相時而動之徳,用之則行,舍之則藏,二有之矣。

初九は陽剛を以て正位を得、下卦に処り、正に《賁》卦の時に当たる。ゆえに「其の趾を賁す」――自らの脚趾を文飾する象あり。脚趾を文飾するは、すなわち能く道義に合せざる車馬を捨棄して徒歩に安んず。伊尹が有莘の田野に耕作して堯舜の道を楽守し、凡そ義に合せず道に合せざるは、天下の俸禄を彼に送るとも回頭して看一眼せず、四千匹の馬を拴して面前に摆るとも一眼を瞧めず。この一爻は正に当たるに足る。六二爻辞に「其の須を賁す」という。「須」は等待の義で、上に在る人が彼の主張を採用せんと肯んずるを待ち、然る後に奮起して作為する。六二は中正の道を具備するも、《賁》の時に当たり上にそれと相応ずる人なし。ただ文明・中正の道を以て自身を修飾して人知を求めず。初九は一去りて返らず終身出でざる志向あり。六二は時機を察看して後に行動する徳行あり。之を用いれば出て施行し之を用いざれば蔵るるは、この一点は六二が具備す。

九三陽剛得正,居下之上,上比六四居陰得正,各以陰陽之正相與為賁也。四居上之下,為六五所柄用,三與之賁,無求不得,無慾不遂,得其賁而至於濡如者也。當賁之時,君子以質直尚義為賁,賁之誠也;小人以色厲內荏為賁,賁之偽也。四雖居正而質陰柔,或不能終以道事君而至於徇俗遷就焉,三之守或不足而不為所變者鮮矣。聖人示以求守正道則吉而終莫之陵,其為戒之意深矣。

九三は陽剛にして正を得、下卦の上位に処り、向上は緊挨して陰爻を以て陰位に居りて正を得る六四に接し、両爻は各々陰陽の正を以て互相に文飾す。六四は上卦の下位に処り、六五に倚重・任用せられ、九三はそれと互相に標榜・文飾して、よって求むれば得、想えば成り、得る文飾は竟に潤沢に余りある歩に至る。《賁》卦の時に当たり、君子は質朴・正直・道義を崇尚するを以て文飾と為すは、あれは真誠の文飾。小人は外表の厳厲・内里の怯懦を以て文飾と為すは、あれは虚偽の文飾。六四は居位は正を得るも本質は陰柔で、或いは始終に正道を以て君主に事える能わず、随俗・遷就するに至らん。則ち九三の操守もし稍有不足なれば、それに帯偏せられざるは少なし。聖人は彼を指点してただ正道を堅守すれば吉利にして、終竟に人の彼を欺凌する能わざるなりとす。この番の誡告の用意は実に深切である。

六四與初九為正應,初九為草野之賢才,六四為當位之大臣。明揚俊民,佈列庶位,以人事君而盡大臣之職分,則四之責也。初九守正於下,疑四與九三相賁而不屑於自求,負道徳之髙而不為世用;四於此時祿位榮寵有餘,而大臣之功業則不足,故皤如而不得其賁焉。四之與初若白馬翰如,求之之急,不以為宼仇而以為婚媾之親,則人終不得以尤之矣;媢疾以惡之而使不能容,則視之如宼讎矣。人之有技若已有之,人之彥聖其心好之,此婚媾之心也。聖人於六四戒以宼讎而勉以婚媾,其垂戒之意逺矣哉!

六四は初九と正応で、初九は草野の間の賢才、六四は身がその位に居る大臣である。公開に傑出した人才を選抜し、彼らを各種の職位に分列し、賢人を挙薦して以て君主に事え、大臣の職分を尽くす――これがまさに六四の責任である。しかし初九は下において正を守り自ら持して、六四が正に九三と互いに標榜・文飾するを猜疑して自ら進み求めるを屑とせず、崇高の道徳を懐抱して世に用いられない。六四はこの時禄位・栄寵が綽綽として余りあるに、大臣としての功業は大いに足らず。ゆえに爻辞に「皤如」――一片空白にして応有の文飾を得ざる――という。六四は初九に対し、白馬の疾馳するがごとき急切をもって彼を求め、彼を寇仇と為さずして婚姻の親と為せば、則ち他人は終竟に彼を責怪するに由なし。もし賢能を嫉妒し悪を加えて彼をして容身する所なからしめば、それは賢者を仇敵と看ることである。《尚書・秦誓》に他人に本领あれば自ら有るがごとくし、他人の才徳が衆に出ずれば心より彼を喜ぶというは、これこそ「婚媾」の心腸である。聖人が六四に対し「寇讐」を以て相戒め「婚媾」を以て相勉むるは、この垂示・誡告の用意は実に深遠である!

六五居尊而位在上九之下,能以禮下上九者也。丘,髙阜,艮之象,上九所止之處也。古者束帛加璧以聘賢者,五以禮下上九,為賁于丘園束帛戔戔之象,戔戔,整齊之意。初九、九三、上九皆剛陽之賢才,當賁之時未有與五為應者,上九猶白賁,則五雖以禮下之而未能與之共天位、治天職也。此由五以陰居尊而質柔弱,又艮之徳為止,有茍止之心,安於小康而無大有為之志,故賢者未為所用,而在五為可吝矣。

六五は尊位に身を居して位置は上九の下にあり、礼を以て尊を屈して下は上九と交わり得る人である。「丘」は高き土阜で、艮卦の象に属し、すなわち上九の止息する所である。古は一束の帛に玉璧を加えて以て賢者を招聘した。六五は礼を以て尊を屈して上九に対し、ゆえに「丘園に賁り、束帛戔戔」の象あり。「戔戔」は整斉に排列する義。初九・九三・上九は皆陽剛の賢才なれど、《賁》卦の時に当たり六五と相応ずるは一つもなし。上九は依然として素白・無飾の「白賁」で、六五は礼を以て下交するも終竟に彼と共に天位に居り天職を同治する能わざりしと見える。これは六五が陰柔を以て尊位に居りて資質が柔弱に、加うるに艮卦の徳性が「止」で、苟且に歩を停むる心思を存し、小康の局面に安んじて大有作為の志向なきがため、ゆえに賢者は任用せられず、六五の身に於て可惜・可羞の事を成す。

然以求賢之心如此,則君子不患不至矣。杕杜之詩,聖人所以録之也。燕昭禮郭隗而樂毅應聘,晉睿宗躬詣顧榮、賀循,而溫嶠、卞壼輩皆樂為之用,卒能強小燕而保江東,則終吉之義也。上九以陽剛居賁之極,脫然於致飾之外,以真徳實行檢其身而不假於外求,能盡賁道者也,故為白賁,於立身之道可無愧矣,故無咎。象言其上得志,亦思見有恆之意也。

ただ、賢を求むる心はこの地步に至れば、君子の来たらざるを愁うに足らず。《詩経・唐風》に《杕杜》の一篇ありて孤立・無援・親しむ人なきを慨嘆す。聖人のこれを収録した所以は、正にこの道理のためである。燕昭王が郭隗を礼遇して楽毅が来りて応聘し、晋元帝が親ら門に登りて顧榮・賀循を拜訪せしに、よって温嶠・卞壼のこの一批は皆彼のために效力するを楽しみ、終に弱小の燕国を強盛ならしめ偏安の江東を保全せしめ得たり――これが「終吉」の義である。上九は陽剛を以て《賁》卦の頂端に居り、一切の文飾の外に超脱し、真実の徳行・切実の操守を以て自らを檢束して外来の装点を假借せず、文飾の道を尽処に為し得る人で、ゆえに「白賁」と称し、立身の道において心に愧ずるなく、よって過ちなし。《小象伝》に彼は上位に居りて心志が遂げ得たりというも、また孔子のただ有恒の人を見んことを求めたあの義を含む。

賁之六五:賁于丘園,束帛戔戔,吝,終吉。象曰:六五之吉,有喜也。六五以柔中之徳,當賁之時而居尊位,比於剛中則有間矣。賁之時,虛文多於實徳也,故卦言小利有攸往。上九以剛陽之才居卦之上而不在事任,艮為山為上,是賢者止於丘園之象也。六五切比其下而尊事之,有以束帛先禮而往見之義,為賁于丘園束帛戔戔之象。束帛,禮賢之物;戔戔,整齊之意,為賁之象也。五能如此,斯亦可矣。

《賁》卦六五爻辞にいう:丘園の中の隠士を文飾し、一束一束の礼帛を整斉として送上す。顕れて吝啬なるも、終究は吉利。《小象伝》にいう:六五の吉なる所以は、喜慶あるによる。六五は柔順・居中の徳を以て《賁》卦の時に当たりて尊位に処すも、剛健・居中の君主と比べてなお一層の差あり。《賁》の時代は虚浮の文飾が総じて真実の徳行に過ぎ、ゆえに卦辞はただ「小利あり攸く往く」と言う。上九は陽剛の才を以て全卦の上に居りて実職を担任せず。艮は山・止で、まさに賢者の丘園に隠止する象。六五は彼の下に緊挨して尊崇・奉事し、先に束帛の礼を送上して後に門に登りて相見るの意を含み、ゆえに「丘園に賁り、束帛戔戔」の象あり。束帛は賢者を礼聘する物品で、「戔戔」は整斉の義で、皆文飾の象を構成す。六五がこの歩をなし得るも、説き過ぐるに算す。

然初九以剛得正,處卦之下,舍車而徒,所舍之車即五之車也。九三以明體剛正而不與已應,雖知尊禮上九而使其白賁,不以祿位爵秩飾其躬而為己所用,其亦五特致飾於禮文之末而誠意有未至歟?不與賢人君子共天位、治天職,而君人之道猶未足,則吝之道也。然尊賢好士之心雖不足,而於下賢之禮不敢廢,其去簡賢棄禮、訑訑自足而不足以有為者則逺矣。賢者或僅取其長,就之以行其志而成小康之事業,故終吉雲。

しかし初九は陽剛にして正を得、全卦の最下に処し、寧ろ車駕を捨棄して徒歩する。彼の捨棄したあの車は、まさに六五の賜うた車である。九三は身は離明の体に在りて剛正に自守するも、六五と相応せず。六五は上九を尊礼するを懂るも、終竟に彼を素白・無飾の地步に停留せしめ、禄位・爵秩を以て彼の一身を装点して収めて己の用と為さず――これ豈に正しく六五がただ礼節・儀文の末節の上に装饰を足したり、誠意はなお家に到らざるを説明するにあらずや。賢人・君子と共に天位に居り天職を同治する能わざれば、君たるの道はなお完備せず。これ便ち「吝」の道理である。ただ、賢を尊び士を好む誠心は足らざるも、尊を屈して賢に礼する礼数は敢えて廃棄せず、あの賢才を軽慢し礼数を抛棄し一副自満・自足の神気を具えて終竟に作為する能わざる君主に比べて、已に強きこと多し。賢者は或いはただ彼の一点の長所を取用して、姑く彼に遷就して自らの志向を推行し、一番の小康の事業を成就するのみできる。ゆえに「終吉」という。

終吉,言始雖未吉而終當吉,則辭固有斟酌矣。五中才之主,可以上可以下者也。光武之於嚴陵,忘勢敘交,至與同寢,然師保之位子陵不與而僅得白賁;鄧禹、馮異諸賢與相周旋,而卒成東京之治化,則終吉有喜之義也。

「終吉」というは、起初は未だ必ずしも吉利ならずとも最終には応に吉利なるをいい、《周易》の用辞に本来斟酌・分寸あるが見える。六五は中等の才具の君主で、上すべくも下すべくもあるあの一類の人である。漢光武帝の嚴子陵に対するは、君臣の勢位を忘掉して布衣の交わりを以て相待し、甚至り床を同じくして共寝するに至る。しかし師保のごとき高位は子陵が得るに及ばず、ただ一個の素白・無飾の「白賁」に落ちる。むしろ鄧禹・馮異のこの一批の賢臣が彼と周旋・共事して、終に東漢の治世を成就したり――これが「終吉」「有喜」の義である。

剥卦(坤下艮上)

剝,不利有攸往。

《剥》卦の卦辞はいう:陰気が陽気を剥蝕する時、君子は行動あるに宜しからず。

剝,剝而去之也。眾陰剝一陽而去之,小人慾空人之國而亡之也。事至於此,君子儉徳避難,猶恐禍出不測而身不能以自保;有攸往則殺身無益,而國之危亡不可救矣,何利之有?以坤遇艮,順時而止,則觀其象而知所以處之矣。君子尚消息盈虛,則處剝之徳合於天道矣,故謂之天行。

「剥」はすなわち一層一層剥落してこれを除掉する。衆多の陰爻があの僅存の一つの陽爻を剥蝕してこれを除掉せんとするは、正に小人が他人の国家を掏空してこれを滅亡せしめんとするがごとし。事情がこの地步に至れば、君子はただ才徳を収斂し禍難を躲避するのみで、なお災禍が意外に出でて自身を保ち得ぬを怕る。もしなお行動あらんとすれば、則ち徒らに性命を送掉しても事に済まず、国家の危亡は照樣に挽救し返らず、どこにまた何の利か言うべきあらん。下卦の坤と上卦の艮とが相遇うは、時勢に順応して停まる。かかる卦象を看清れば如何に自処すべきかを知る。君子は陰陽消長・盈虚の道理を看重し、《剥》の時代に処して守る徳行は便ち天道に合す。ゆえに《彖伝》はこれを「天行」と称す。

山附於地,有頹剝之象,然於下則厚矣。上能厚下,則所居安矣。保國之道,厚下而已矣;厚下之道無他焉,所欲與之聚之,所惡勿施爾也。卦體有床之象,床者身之所安,剝其床則身不能以自安矣。小人剝君子,使不能安其身,為剝床之義。

山は大地に依附して崩頽・剥落の象あるも、下の土地に対しては却って加厚である。上に在る人が能く下を厚待してこそ、自らの居る位置は安穏なり。国家を保全する办法は、下民を厚待するに過ぎず。下民を厚待するにも別の門道なく、無非は百姓の欲する所は彼らのために聚集し、百姓の悪む所は彼らに強加せざるのみ。卦体に牀の象あり。牀は人身の安歇する処所で、牀を剥壊すれば身子は安穏する法なし。小人が君子を剥害して君子をして安身し得ざらしむるは、これが「牀を剥く」の含義である。

足處最下,人之所以行也。初六自下而剝之,為剝床以足之象。剝其足,則一步不可自行矣;為君子者一步不可自行,則一朝不能自安矣。貞者,扶持宇宙、奠安國家之正道,蔑之則上敗君徳,下賊民生,引用凶險,排擯中正,凡國之所恃以為國者舉毫末而掃除之,則蔑貞之義也。至是則國亡,而小人亦安能獨保其富貴哉?如朱晦庵、蔡西山、真徳秀、魏了翁諸賢,禁錮擯斥不少輕貸,宋之國勢不可為,而韓侂冑、賈似道之徒終不免於殺身焉。聖人以凶為小人之自禍,其垂訓之義至為明著,而萬世所當深戒也。

牀足は最下部にあり、また人の頼って行走する部位である。初六は最下より剥き起す。ゆえに「牀を剥くに足を以てす」の象あり。脚を剥壊せば一歩も走動する能わず。君子たるが一歩も動く能わざれば、あれは一天も安身する能わず。いわゆる「貞」は天地を扶持し国家を安定する正道で、「蔑貞」はこれを蔑棄・摧毀するは、すなわち上は君徳を敗壊し下は民生を殘害し、凶険の徒を進用し中正の士を排斥し、凡そ国家の立国するに頼るものを一絲一毫も掃蕩し尽くす――これが「蔑貞」の義である。この歩に至れば国家は滅亡し、小人は豈に独り自らの富貴を保ち得られんや。朱熹・蔡元定・真徳秀・魏了翁のこの一班の賢者のごとき、錮を禁じ排斥せられて絲毫も寛貸を肯んぜず、南宋の国勢はこれにより収拾すべからず、而も韓侂胄・賈似道のあの一伙も最終に殺身の禍を免れず。聖人が「凶」の字を小人に判じて、あれは小人の自招の禍と認定するは、この垂示・訓誡の用意は極めて明白で、万世が皆深く警惕すべきである。

辨,床上下之際,取此象者亦有分辨限隔之義焉。雖當群陰剝陽之時,而有分辨限隔之不同焉:自二以下皆剝君子以蔑貞,三則不與其黨而反為君子之助焉。象言其未有與,則辨之義,而凶亦為小人之自禍也。六二未有與,則六三為剝之無咎矣。

「辨」は牀身と牀足との交接の部位を指し、この象を取るもまた界限を分辨し彼此を隔断する意味を含む。同じく群陰が陽を剥く時に処すれども、各爻の分界は同じからざる所あり:六二より以下は皆君子を剥害し正道を蔑棄すれど、六三はあの党羽に依附するを肯んぜず、反って君子の幇手を成す。《小象伝》に六二は「未だ与あらず」というは、まさに「辨」の義。而して爻辞は凶と断ずるも、同様に小人の自らその禍を招くを言う。六二は既に相応の同伴なければ、則ち六三は《剥》卦の中の唯一過ちなき一爻を成す。

三處群陰之中,上不與剝床以膚之六四,下不與蔑貞之初二,獨與上九之陽剛為應,去邪黨而從君子,卓然以獨善自立,而於處身之道為無咎矣。三可謂善擇所與矣,而不言吉者,剝之時群狡洶洶,國勢消索而難於措手之際也。上九為支將傾大廈之一木,而三則群梟中之孤鳳也,免於殺身之禍亦幸矣,而何吉之敢望乎?

六三は衆陰の中に処し、上はあの「牀を剥くに膚を以てす」の六四に附和せず、下は正道を蔑棄する初六・六二に附和せず、独り陽剛の上九と相応じ、邪党を離れて君子に追随し、卓然として自立し独り其の身を善くす。自処の道に就いて言えば過ちなし。六三は自らの依附する人を選択するを甚だ懂ると言い得べし。しかし爻辞に「吉」と言わざるは、《剥》の時代は群小の凶焔が汹汹として国勢は凋敝し、正に措手し難き時なるがゆえである。上九は將に傾かんとする大厦を支撑する一根の木頭に過ぎず、六三は則ち一群の悪鳥の中の一只の孤鳳である。殺身の禍を免れ得るは已に僥倖に属し、どこに敢えて何の吉利か指望せんや。

六四近於上九,上九為蹤跡孤危之君子,而六四則得時得志之小人也。剝床而及於人之肌膚,則為切近之災,而國勢至此亦決不可為矣。裴延齡、李林甫基李唐無窮之禍,而張九齡、陸贄輩知有退處貶竄而已,呶呶然痛哭叫號如陽城者欲何為哉?

六四は上九に靠近し、上九は行迹の孤危なる君子、六四は却って時を得勢を得た小人である。剥落は一直に人の肌膚に至り、便ち眉睫に迫る災禍を成し、国勢もこの歩に至れば断然に挽回すべきなし。裴延齡・李林甫は李唐王朝のために無窮の禍根を種え、而して張九齡・陸贄のこれらの人のなし得たるは、ただ朝外に退居して貶謫・流放に聴任するのみ。陽城のごとき喋々として痛哭・号呼するに至りても、また何を挽回し得られんや。

以五陰自相順次言之,為貫魚之象;以眾陰在下、一陽在上言之,為宮人承事夫主之象。五本率眾陰以剝一陽,而切近之災比之六四則尤甚焉者也。聖人憂之深而慮之逺,於是略其稔惡之罪而開其遷善之幾,即其本心之所甚欲者告之,謂小人剝君子求以利已而已,不知君子盡去則國不可保,而小人之禍亦不旋踵而至矣,則何利之有?

五つの陰爻が依次に排列するに就いて言えば、一串の魚の象。衆陰が下にあり一陽が上にあるに就いて言えば、宮人が夫主に侍奉する象。六五は本来衆陰を率いてあの一つの陽爻を剥落せしめんとするで、それが招致する切身の災は六四より更に厳重である。聖人はこれがため憂えること深く思慮すること遠く、よって姑く彼らの惡を積みて久しき罪責を撇開し、而して彼らのために一条の改過・向善の門路を開き、彼らの心裏の最も欲する所のものに就いて勧告す:小人が君子を剥害するは無非自らのために利を謀らんと欲するのみ。しかし君子が除尽された後は国家は保つ能わず、小人の災禍もまた轉眼に臨頭し、その時に至ってまた何の利か言うべきあらんと知らざる。

若能飭心改行,以憂國憂民為志而與君子同趨向,則為君子所與,如以宮人而受寵於夫主焉。如此則亂而復治,危而復安,國可長保,而凡效一旦之微勞者皆得與國咸休而無不利矣。聖人於群邪破其肆欲之深蔽,而歆以天理自然之利,其扶世立教之心至深切矣,故曰聖人之情見乎辭。

もし能く心術を整飭し行径を改変して、国を憂え民を憂えるを志向と為して君子と同一の趨向と為れば、便ち君子に接納せられ、譬えば宮人が夫主の寵愛を得るがごとし。このようになれば、乱世は重ねて治世に帰し、危局は重ねて安定に帰し、国家は能く長久に保全し、凡そ一時の微勞を効めた人は皆国家と共に福祚を享けて往くところ利あらざるなし。聖人があの一群の邪佞の徒に対し、先ず彼らの私欲を放縦する深重の蒙蔽を破除し、再び天理自然の利を以て彼らを打動するは、この世道を扶持し教化を树立する苦心は実に深切である。ゆえに《繋辞伝》に聖人の心意は皆文辞の中に顕露すという。

剝之將盡,一陽獨存於上,且能復生,為碩果不食之象。至是則君子之危如一髮之引千鈞焉。此一碩果,天命之去留、人心之離合、世道之升降消長,又一機會也。亂極思治,眾心願載於君子,欲倚之以活生靈而拯將傾之國勢,則上九君子有得輿之象焉。群小人必欲剝極於上而盡去之,一陽居上覆庇於下,有廬之象,剝而去之,為自剝其廬焉。剝其廬則無所覆庇,而身亦不能自存矣。至是則小人之賊君子,不惟禍及人之國,亦自賊其身而已。象言民所載而終不可用,亦三年欲為東周之意也。

剥落は將に尽きんとして、ただ一つの陽爻が独り上に存して、しかもまた重新に生髪し得。ゆえに「碩果食われず」――大きな果子が留められて吃されざる象あり。この歩に至り、君子の処境は危険なること一根の頭髪が千鈞の重物を繫ぐがごとし。この一枚の碩果は、天命の去留・人心の離合・世道の升降・消長に関係し、また一次の轉機である。乱れ極処に至れば人心は治を思い、衆人は皆君子を擁戴せんと願い、彼に倚靠して百姓を救活し將に傾かんとする国勢を扶住せんと欲す。ゆえに上九のこの君子に「輿を得」――衆人に抬かれて走る象あり。しかし群小は必ず上のこの僅存の一陽も剥尽し除掉せんとする。この一陽は上位に居りて下面を覆庇す。正に一間の屋子のごとく、これを剥掉すれば、実は自ら己の房子を拆掉するに等しい。房子を拆掉せば遮蔽する処なく、自身もまた活き下去る能わず。この歩に至れば、小人が君子を殘害するは、ただ他人の国家を禍害するのみならず、も不過は自ら己を戕害するのみである。《小象伝》に上九は百姓に擁戴せられて小人は終竟に任用に堪えずというも、また孔子のいう若し人有りて我を用い肯んずれば三年にして成るべく東方に周道を重建せんのあの一層の意を含む。

復卦(震下坤上)

復,亨。出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復,利有攸往。

《復》卦の卦辞はいう:陽気が復帰して亨通す。出入するも人の為難・阻碍するなく、同類の朋友が来るも過ちあることなし。往復・循環は自らその規律あり、七爻の推移を経て陽気は重新に回来す。往く所有るに利し。

復,陽復生於下也。本其固有,非自外至,特為陰所掩消而至此復見耳,故謂之復。天道之盈虛消息,人物之生化盛衰,凡人心肆惡之極而後天理復萌,皆此義也。天徳為主而義理用事,自有可亨之理。震之徳為動,坤之徳為順,以震遇坤,為動而以順行也。動而以順行則動以天矣,動以天則丕應徯志,民之說之猶解倒懸,而出入自無疾之者矣。

「復」は陽気が下において重新に生髪する。それは本来自身の固有で、外より来るにあらず。ただ陰気に掩蔽・消磨せられて、この時に至りて始めて重新に顕現す。ゆえに「復」と言う。天道の盈虚・消長、人と万物の生化・盛衰、及び人心が放縦して悪を為すに極点に至りて後に天理が重新に萌動するは、皆この道理を講ず。上天の徳を以て主宰と為し義理に由りて事を主れば、自ずから亨通すべき道理あり。震の徳性は「動」、坤の徳性は「順」、震は下に坤は上に相遇うは、すなわち行動して柔順に依って推行する。行動して柔順に依って推行すれば、便ち天理に依って動く。天理に依って動けば、便ち普遍の響應を得て正しく衆望に合し、百姓は彼を喜ぶこと倒挂の苦を解かるるがごとく、出で入りして自ずから為難に来る人なし。

道義感招,凡懐明徳新民之學而欲樹尺寸以益世者,孰不氣求聲應而相與以有為乎?朋類之來,為從所當從而非私比,何咎之有?自姤卦一陰始生,消而蝕之,至此更七爻而復見,為反復其道七日來復,而聖人欣幸之情溢於辭外矣。

道義は互相に感召す。凡そ明徳を明らかにし民を新にするの学を懐抱して世道のために一点の力量を貢獻せんと欲する人は、誰か同気に相求め同聲に相応じて手を携えて作為せんや。同類の朋友の到来は、追随すべき所の人に追随するで、私相に勾結するにあらず。あれはまた何の過ちかあらん。《姤》卦の一つの陰爻より生出して逐步に陽気を消蝕するより算えば、ここに至りて七爻の推移を経て陽気は重現す。すなわち「其の道に反復し、七日にして来復す」。聖人の欣喜・慶幸の心情は已に文辞の外に溢出したり。

陽徳方亨而向於治,亦天運之循環耳。凡壊亂之極,君子無所用其道而至於不能自免者,乃元氣衰薄而未克有定耳,非天欲使之亂也。以純王之心,善純王之政,以新天下之耳目,一天下之心志,此其時也,故利有攸往。湯之纘舊服、武之政由舊,合此義矣。商周而下皆以弊易弊,茍且徇俗而不能復二帝三王之善政,昧於利有攸往之義也。

陽気の徳は剛に亨通して治世に趨向するも、これも不過は天運の循環のみ。凡そ敗壊・混乱が極点に至り君子の主張は施行する処なく以て自身さえ保ち得ざる局面は、ただ元気が衰弱して未だ安定し得ざるのみで、上天が有意に天下を大亂せしめんとするにあらず。純粹の王者の心を以て純粹の王者の政を為し、以て天下人の耳目を更新し天下人の心志を統一するは、まさにこの時である。ゆえに卦辞に往く所有るに利しという。商湯は先王の旧有の政教を継承し、周武王の政令は一に旧章に依り、皆この意に合す。商周以後、歴代は皆一種の弊政を以て別種の弊政に換え、苟且に俗に随いて二帝三王の良法・善政を恢復する能わず。あれは「利あり攸く往く」の道理を懂らざるである。

生長收藏,無非天地之心,化工之妙無間可停息。大而一氣之運,小而一物之微,莫不皆然,特於藏諸用之終、顯諸仁之始為易見耳。惻隠、羞惡、辭讓、是非皆人之心,特於見孺子入井而怵惕者為易見耳。天人一理,更不分別。雷在地中亦有復之象,先王以至日閉闗,商旅不行,后不省方,以靜為主也。動而以靜為主,則動以天而動無不當矣,亦人心之復之義也。

生髪・成長・収斂・閉蔵は、一として天地の心意ならざるなく、造化の工の巧妙は一刻も停歇すべからず。大は一気の運行より、小は一物の細微に至るまで、如らざるなく、ただ閉蔵の功用の終点・仁徳の顕露の起点の上に於て最も看出し易きのみ。惻隱・羞惡・辞讓・是非は皆人心の固有で、ただ小孩子が將に井裏に掉れ入らんとするを見て心頭に一驚するあの一刻に於て最も看出し易きのみ。天と人は本来同一の道理で、何の分別もあることなし。雷が地中に蔵るるも《復》卦の象で、先王はこれにより冬至のあの日に関口を關閉し、商旅は通行を停止し、君主は四方に出巡せず。これは静を以て主と為す。行動して静を以て主と為すは、すなわち天理に依って動き、動けば恰當ならざるなし。これもまた正に人心が本善に復帰する義である。

初九一陽復生在卦之初,為不逺復之義。失之逺而始復之,則成其心之悔矣;未逺而復,可以不至於悔焉耳。庶無罪悔,文王所以同乎天;有過不貳,顏子所以幾於聖,故元吉。斯義也,以之修身,則自此而可全乎天徳;以之立政,則自此而可純於王道。人品不同略有四等:聖人無復者上也,不逺而復者次也,失之逺而後復之又其次也,流於惡而不復者民斯為下矣。人之稟賦不同,剛徳勝者多君子之類,柔徳勝者或流於憸邪而不自知矣。

初九は一つの陽爻が卦の開頭に於て重新に生髪する。ゆえに「遠からず復る」の義あり。甚だ遠く走り出て始めて頭を回せば、心裏に已に悔恨を積成す。未だ遠く走らざるに頭を回せば、便ち悔を生ずるに至らず。差不多く罪過・悔恨なきをなし得るは、これが文王の天と徳を合する所以。過ちありて再び犯さざるは、これが顔回の聖人に接近する所以。ゆえに爻辞は大吉と断ず。この道理を、以て自身を修養すれば、ここより上天の賦する徳性を保全し得。以て政事を治理すれば、ここより純粹に王道を推行し得。人の品類は同じからず、大略に四等あり:聖人は根本に復帰の謂れなく、これ最上の等。走ること遠からずして頭を回すは次の等。走ること甚だ遠くして始めて頭を回すはまた次の等。一直に悪の裏に陥りて頭を回るを肯んぜざるは、則ち最下等の人である。人の稟賦は各々相同じからず、剛性の偏勝するは多く君子の一類に属し、柔性の偏勝するは時に奸邪に滑向して自ら毫も察覚せざるあり。

六二有柔順中正之徳,於復道固為休美矣,然言吉而不及於元,比於初九則有間矣。休復之吉,亦近於初九熏其徳而善焉者也,否則二之立身未可知也。孔子答子貢曰:居是邦也,事其大夫之賢者,友其士之仁者。亦此爻休復之義也。

六二は柔順・中正の徳を具備し、正道に復帰するに就いて言えば本来已に美好なるも、爻辞はただ「吉」と言うのみにして「元」に説き及ばず。初九に比べてなお一層を差す。「休復」の吉利も、また初九に接近し彼の徳行の熏陶を受けて好くなるに靠る。然らざれば六二自身の立身は如何、なお言い難し。孔子が子貢の如何に仁を為すかを問うに答えて曰く:一国に住せば、則ちそこに在る大夫の中の賢者に事え、そこに在る士人の中の仁者に結交すべし。講ずるもまた正にこの一爻の「休復」の意である。

六三陰不中正,當復之時,上比六四則中行獨復者也,下近六二則休復下仁者也,三居其間,獨無激勸思善之心乎?蓋知或及之而仁不能守之,數有所失而數有所復。質本動體,動而為善,則復之時居多焉,去其不中正而卒歸於中正,則頻復也。此幾於從欲惟危而與愚不肖同歸矣,故厲;過而能改,終立於無過之地焉,故無咎。無咎者善補過也。

六三は陰爻を以て中ならず正ならず、《復》卦の時に処し、上は「中行して独り復る」の六四に緊挨し、下は「休復」して仁者に親しむ六二に靠近す。六三は両者の中間に夾まり、豈に独独に一点の激励を受けて善に向かう心思もなからんや。ただ彼は智力は認識する能くするも仁徳は守る能わず、屡々失い屡々找回す。彼は本身は震動の体に処り、一たび動けば善に趨向す。ゆえに頭を回る時は多し。能く自らの不中・不正を去りて終竟に中正に帰すれば、則ち「頻復」――一再に頭を回る。これは已に私欲を放縦し危険・難安に接近して、愚昧・不肖の人と同じく一路に帰すに近し。ゆえに爻辞に危厲ありという。ただ過ちありて能く改むれば、終竟に過ちなき地位に站り着き、ゆえにまた災禍あることなしという。いわゆる「咎なし」は、自らの過失を善く彌補するをいう。

六四位未得中而言中行,得正可以求中矣。下應初九,以剛正而濟已之柔正,當復之時,志復於道,可無偏倚之失,四於中行為獨復矣。言獨復者,異於六三之頻復也。氣運初轉,陽徳尚微,撥亂世而反之正,非有陽剛之才不能也。四坤體純陰,守身從道則有之,而功業益世則未可必,故不言吉。上比六五,不言同復而言獨復,五君位,四臣職,不敢以類相比擬,嚴君臣之分也。

六四の爻位は中に居らざるも、爻辞は「中行」という。これはそれが居位は正を得るがため、得正より便ち進んで中を求め得。それは下は初九と相応じ、初九の剛正を以て自らの柔正を成全す。正に《復》卦の時に当たり、道に復帰せんと立志すれば、偏倚の過失なきを得。ゆえに六四は衆爻の中に於て中道の上を走りて独り復帰すると算す。「独復」と言う所以は、六三の「頻復」と區別せんとするがためである。気運は剛に扭転し陽気の徳はなお甚だ微弱にして、乱れし世を撥して正に返帰せんには、陽剛の才なければ辦不到である。六四は坤体に属し純粋に陰柔で、自身を守り正道に追随するは做得到なれど、功を建て業を立てて世に益あらんには未だ必ずしもならず。ゆえに爻辞に吉と言わず。それは上は六五に緊挨するも、「同復」と言わず「独復」というは、六五は君位・六四は臣職で、敢えて君臣を同類と相比せざるは、これは厳く君臣の名分を守るである。

六五以柔中居尊,當復之時,無陽剛之應相與以大有所為,故反之於中而自考焉,量其才徳而不敢過於施為,敦厚於復而可以無悔矣。漢文帝謙讓於禮樂,光武以柔道理天下,身求寡過,俗期小康,志成兩漢之事業而已;比於三代聖王以天徳達王道,富而教之,躋一世於仁義禮樂之盛而與天下同復於道者,則大相逺矣。

六五は柔順・居中を以て尊位に処し、《復》卦の時に当たり、陽剛の賢臣と相応じて共に大有作為を謀るなく、ゆえにただ中道の上に返りて自ら省察し、自らの才徳を衡量して敢えて施為を過分せず、敦厚・篤実に正道に復帰し、もまた悔恨なきを得べし。漢文帝は礼楽の制作上に一味に謙譲し、漢光武帝は柔和の道を以て天下を治理し、自身はただ過失を少く犯さんを求め、風俗はただ小康に達せんを求め、志向は不過两漢のごとき事業を成就するのみ。夏商周三代の聖王の、上天の徳を以て王道を通達し、百姓を富足せしめて後に教化を加え、整個の時代を仁義・礼楽の興盛の境地に提升し、天下人と一同に正道に復帰するに比べれば、則ち相差すること甚だ遠し。

上六迷復,所謂安其危而利其菑,樂其所以亡也。蓋陰暗無察理之智,柔懦無體道之仁,天徳滅息而至於盡矣。當復之極則復道已矣,蔽固之深而自省自新之念不復萌動矣,故凶。有災眚逮其身而無自全之理矣。以斯人而行師,則終有大敗,以其國君凶,所謂君不擇將,以其國與敵也。坤為眾,有師之象;此爻居上,有統眾之象。國之大事在戎,而尤不可以不慎焉。賈似道江上一敗,宋人航海而至於亡,聖人之戒明有驗矣。至于十年不克征,則貽國無窮之禍,終不可救矣。

上六「迷復」――路に迷いて頭を回るを知らず。まさに《繋辞伝》のいう危険に安んじ災禍を以て便利と為し、滅亡の路に走り上るを楽しむ。それは陰暗にして事理を明察する智慧なく、柔懦にして大道を體行する仁徳なく、上天の賦する徳性は熄滅し殆尽す。《復》卦の終点に処り、復帰の道はここに斷絶し、蒙蔽・固執は甚だ深く、自省・自新の念頭は再び萌動せざるべし。ゆえに凶と断ず。災殃・禍患は自身に落ち、保全の道理なし。かかる人をして兵を統り戦を打たしめば、最終に必ず大敗し、その国君さえ凶に遭う。これがいわゆる君主が將帥を揀選すること能わざれば、国家を敵に送るに等しい。坤は衆で、軍旅の象あり。この一爻は上位に居り、また衆人を統率する象あり。国家の大事は兵戎に在り、尤も慎重せざるべからず。賈似道が長江の辺に一敗せば、南宋の君臣はただ海に浮びて逃亡し、終に覆滅に至る。聖人の誡告は分明に應驗したり。說する所の十年も出征する能わざるに至りては、則ち国家に無窮の禍患を留め、終竟に挽救する法なし。

無妄卦(震下乾上)

無妄,元亨利貞,其匪正有眚,不利有攸往。

《無妄》卦の卦辞はいう:真実・無偽なれば則ち大いに亨通し、しかも正道を守持するに利し。若し行う所が正ならざれば、則ち災眚を招来し、往く所有るに利あらず。

真實之徳合於天道而無間斷,無妄之謂也。乾之初交於坤之初得震,為剛自外來而為主於內,則真實之徳在我矣。以震遇乾,為動而健,能不為私邪所間而要之以有終焉,所謂仁以為己任、死而後已者也。九五剛中而下有六二之應,以柔中正應剛中正,為應所當應而非私比。剛自外來而為主於內,則體無不具;動而健,剛中而應,則用無不當。兼體用,合內外,而極於盛,則無妄之義也。

真実・無偽の徳行が天道に合して一刻の間断なきを、これを「無妄」と言う。乾卦の初爻と坤卦の初爻とが交換して震を成すは、陽剛が外より進入して内卦において主を為せば、則ち真実・無偽の徳は自己の身上に在り。震は下に乾は上に相遇うは、行動して剛健にして、私心・邪念に間断せられず、一直に底に堅持し得。すなわち曾子のいう仁を行うを己の責任と為し死して乃ち罷む。九五は陽剛にして中に居り、下にまた六二と相応ず。柔順・中正を以て剛健・中正に呼応するは、応ずる所に応じて私相勾結するにあらず。陽剛が外より進入して内に於て主を為せば、本体は便ち備わらざるなし。行動して剛健にして、中に居りて正応あれば、功用は便ち當たらざるなし。体と用とが兼備し内と外とが合一して極盛に達す。これが「無妄」の意義である。

有此實徳,舉而措之,則何往而不大亨乎?然必利於正焉。正者,天命人心之則,時中至善之道,無妄之本體也。其或依稀於義理之彷佛,似是而實非者,為匪正,於無妄之徳相逺矣,故有眚而不利有攸往。人道必本於天道,而天道所以為人道也。大亨以正,天之道也;匪正則反乎天道,天不佑之,故不可以有行也。

かかる真実の徳行有れば、拿げ出して政事に施行すれば、則ちどこに行きても大いに亨通せざるあらん。然而も必ず正を守るに利しくなければならず。いわゆる「正」は天命と人心との共同の準則で、時に随い中道に合する至善の路で、もまた正に「無妄」の本体である。もしただ隠約・彷彿に義理に貼近して、見るに似るも実は是ならざれば、則ち「匪正」で、「無妄」の徳より離るること已に遠し。ゆえに災眚ありて往く所有るに利あらず。人道は必ず天道を以て本と為し、天道もまた正に人道に落実せんとする。大いに亨通して正に帰するは、これは上天の法則。正ならざれば便ち天道に違背し、上天は彼を佑助せず。ゆえに行動あるべからず。

天下雷行,天理時見,所謂鼓之以雷霆,潤之以風雨,日月運行,一寒一暑,四時行,百物生,皆無妄之道也。先王法此,大其建明,對時育物,代天理物之責盡,而叅天地、贊化育,亦無妄之義也。初九陽剛得正,於無妄之徳體用具矣,以是而往,則合天而動者也,故吉。上則可以得君,下則可以得民,內則順乎親,外則信乎友,此象言得志之謂也。

天の下に雷の声は運行し、天理は時に随い顕現す。すなわち《繋辞伝》のいう雷霆を以て万物を鼓動し風雨を以て万物を滋潤し、日月は輪転・運行し、一寒一暑は交替し、四季は推移し万物は生長す。これらは皆「無妄」の道である。先王はこれに取法し、政教を宏大に建立し、天時に順応して万物を化育し、上天に代わりて万物を治理する職責を尽くし、以て天地の化育に参賛す。これもまた「無妄」の義である。初九は陽剛にして正を得、「無妄」の徳上に体と用とが皆斉備す。これを憑って行動すれば、すなわち天道に合して動く。ゆえに爻辞は吉と断ず。上は君主の信任を得、下は百姓の擁護を得、内は能く雙親に順承し、外は能く朋友に信を取る。これが《小象伝》のいう「志を得」の義である。

六二柔順中正,順適乎無妄之道者也。於耕之時而即求獲,於菑之時而即求畬,則有私意期望之心矣。不於耕之時而求獲,不耕穫也;不於菑之時而求畬,不菑畬也。為所當為而無計利之心,先難後獲,先事後得,正其義不謀其利,明其道不計其功,此仁者之作用也,故利有攸往,象言未富則至明白矣。

六二は柔順にして中に居り正を得、これは「無妄」の道に順応する人である。剛に種を下して収成を指望し、剛に荒を開きて熟田を指望すれば、則ち私心・期待の念頭を掺入す。耕種の時にあらずして収穫を想う。ゆえに「耕かずして獲る」という。荒を開く時にあらずして熟田を想う。ゆえに「菑せずして畬す」という。自らの當為すべき事を為して利害を計較する心を存せず、先に艱難を付出して後に得る所有り、先に事を為して後に収穫を論じ、道義を端正して私利を謀らず、道理を闡明して功効を計らず――これは仁者の做法で、ゆえに爻辞に往く所有るに利しという。《小象伝》に「未だ富まざるなり」というは、意は就中再明白なり。

六三當無妄之時,失無妄之徳而有意外之災,為無妄之災。此如或繫之牛為行人所得,而邑人反被災害矣。三居下之上,有民社之責,為邑之象。六二有順徳,居三之下而上應九五,則牛繫於邑為行人所得之象。二以三不中正而應於五,賢人君子舍已之近而逺附於人,在三為失道者寡助,寡助之至親戚畔之,此其災也。象言行人得牛邑人災者,言行人既得牛則邑人不能無災,行人自有得牛之理,邑人自有失牛之理,此歸咎邑人失牛之由,而災為三所自取矣。

六三は「無妄」の時に処すれど、却って無妄の徳を丟掉して意外の禍を招来す。ゆえに「無妄の災」と言う。これは譬えば人有りて牛をあそこに拴し、過路人に牵き去られ、本地の邑人が反って追查・連累を受くるがごとし。六三は下卦の上位に処り、守土・養民の責を負う。ゆえに「邑」の象あり。六二は柔順の徳を具備し、六三の下に処して上は九五に応じ、便ち牛が邑中に拴せられて過路人に牵き去られる象を成す。六二は六三の不中・不正なるがため、転じて九五に應じに往く。賢人・君子が身辺の人を捨棄して遠く他人に依附するは、六三のこの一辺に於ては道を失えば助け少なし、助け少なきは極点に至りて親戚さえ彼に背離す。これがその災禍である。《小象伝》に過路人が牛を得れば便ち邑人の災というは、意は過路人は既に牛を得れば、邑人は災なかるべからず。過路人は自らその牛を得る道理あり、邑人もまた自らその牛を失う缘由あり――これは責任を邑人が牛を失う原因上に歸するで、災禍は六三が自ら招来したと見える。

九四陽剛居不得正,可與為善而亦易於為惡者也。當無妄之時,心之所存、身之所行毫釐有差,則流於妄而不自知矣。上比九五,以乾剛之資而勉勵於中正之道,固其所能焉;下比六三,以陽不中正而茍同於陰不中正,亦為甚易也。聖人蓋慮之,故勉之以心之所存、身之所行可一於貞正之理而不易焉,如此則無咎矣。貞正之理我自有之,非由外鑠,反而求之即此而在,象言固有之,亦道不逺人、我欲仁斯仁至之意也。

九四は陽剛を以て居位は正ならず、これは彼を引きて善に向かわしめ得、また邪路に走上し易き人である。「無妄」の時に処り、心裏に存する念頭・身上に為する事情はただ毫釐差えば、便ち虚妄に流れて自ら毫も覺察せず。それは上は九五に緊挨し、乾陽・剛健の資質を憑って中正の道に向かい靠攏せんと努力するは、本来做得到である。しかしそれは下はまた六三に緊挨し、陽爻の不中・不正を以て陰爻の不中・不正に迎合するは、も実在に太容易である。聖人は正にこの一点を顧慮し、ゆえに彼を勉励して心中に存する所・身上に行う所を一概に貞正の理に歸して再び改變せざらしめ、こうすれば過ちなし。貞正の理は本来我が自身の固有で、外より熔鑄して入るにあらず。頭を回して自らに尋求せば、それはここに在り。《小象伝》に「固く之を有す」というは、もまた正に《中庸》の道は人に遠からずと言い、孔子の我れ仁を欲すれば斯に仁至ると言う意である。

九五乾剛中正以居尊位,徳與位稱,道與時合,無妄之至也,此而有疾,為無妄之疾焉。九四以剛不中正,六三以柔不中正,一則列上之下,一則居下之上,肆其偏惡而妨政害治,皆九五之疾也,唐虞之驩兠、共工、三苗即其事也。但知人安民之道兼舉而至於盡,則何憂何痊而自消化矣,禹班師振旅、舜誕敷文徳而有苗格,勿藥有喜之驗也。

九五は乾陽・剛健・中正を以て尊位に居り、徳行と地位とが相称し、主張と時勢とが相合す。これは「無妄」の極致である。かかる人もまた病に生ずれば、則ち端無くして来る病である。九四は陽剛にして不中・不正、六三は陰柔にして不中・不正、一は位が君側に列し、一は下卦の上を占め、彼らの偏邪の惡を放縦して政事を妨害し治道を敗壊す。これらは皆九五の身上の病である。唐堯・虞舜の時の驩兜・共工・三苗は、すなわちこの一類の事である。ただ知人と安民の両方面を皆極処に做れば、則ちまた何を憂慮し何を醫治せん。病は自ずから消解す。大禹が班師・收兵し、虞舜が文徳を廣く布きて有苗が歸服せしは、まさに爻辞のいう薬を試みずとも自ら喜慶あるの驗證である。

上九以陽不得位而居剛之極,下應六三以陰不中正而居動之極。當無妄之時,以剛而至於動之極,以動而至於剛之極,皆窮之道,而災其所自招也。君子度徳而進,量時而動,則機括在我,而進退施為有餘裕矣。

上九は陽爻を以て位に當たらず、また剛の頂点に処す。下は六三と相応じ、六三は陰爻にして不中・不正にして震動の頂点に処す。「無妄」の時に當たり、剛なるがゆえに動の尽頭に走り、動なるがゆえに剛の尽頭に走る。皆窮途・末路の做法で、災禍は自ら招来する。君子は先ず自らの徳行を估量して後に進取し、先ず時勢を衡量して後に行動すれば、則ち關鍵の機樞は自らの手裏に握られ、進退・施為に從容の余地あり。

大畜卦(乾下艮上)

大畜,利貞,不家食吉,利涉大川。

《大畜》卦の卦辞はいう:大いに蓄積あり、正道を守持するに利し。賢者が家に閒居して自ら其の力を食まずして出仕して禄を受くれば則ち吉利、大河の険阻を渉越するに利し。

剛健篤實輝光,則有諸已矣,故為大畜。乾體剛健,艮體篤實;剛健則能力善而不屈於物欲,篤實則不輕外而要之以有終。實徳內蘊,光輝外著,美大聖神可馴致矣,故為大畜。上九以剛居上,其徳為止,止其所而不為勢位所動移,自處之道上而不下,有壁立萬仞之氣象,非有聖賢大正之徳不能也。

剛健・篤実・光輝煥發は、すなわち自身に真の得る所有り。ゆえに「大畜」と称す。乾体は剛健、艮体は篤実。剛健なれば能く善に向かい努力して物欲に屈服せず、篤実なれば輕浮・外騖せずして底に堅持し得。真実の徳行は内に蘊蓄し、光輝は外に顕露す。孟子のいう美・大・聖・神のごとき境界は皆循序に達し得べし。ゆえに「大畜」と称す。上九は陽剛を以て最上に居り、その徳性は「止」で、自らの応に処すべき位置上に止まりて権勢・地位に動搖せられず、自処の道は上に往きて絶えず下に滑らざる。壁立・千仞の気象ありて、聖賢のあの大中・至正の徳を具備する人にあらざれば做不到である。

六五居其下,是能以禮下君子者也,非君徳大正,亦安能知有賢徳而尚之乎?如孟子所言,則上九為不召之臣,六五為大有為之君而就之者也。書曰王訪於箕子,非箕子之賢不能致武王之訪,而武王非大正之元后,亦安能降禮於亡國之臣乎?漢光武、嚴子陵亦庶幾此道矣。

六五は上九の下に処り、能く礼を以て尊を屈して君子に対する人である。若し君徳が大中・至正ならざれば、また怎に賢徳を識得して尊崇を加え得られんや。《孟子・公孫丑下》のいうに照れば、上九はすなわちあの召喚して来らしむべからざる臣子で、六五は則ち大有作為・親ら門に登りて教に就く君主である。《尚書・洪範》に周武王が親ら往きて箕子を訪問したを記す:箕子の賢徳にあらざれば、武王の登門を招来せず。而して武王もし大中・至正の元首にあらざれば、また怎に一位の亡國の臣に向かい身を屈し礼を行わんや。漢光武帝と嚴子陵との間も、亦差不多くこの道理に合す。

健為天下之大害,止之以徳而不以力。成湯十一征而無敵於天下,文武一怒而安天下之民,皆大正之徳也。大畜者必利於正,不正則邪謀小道而非大畜矣。明徳新民具體用之學,當以天下事為己任而不家食則吉。六五下於上九,亦有養賢之象。有大畜者必利於大有為,一才一徳則各有所就而已,以涉大川非所利也。六五下應九二之乾為應乎天,其徳為止,應天而安所止,則以義理用事而有保天下之氣象,自足以了一世之事務而成萬世之規模矣。

一味に剛健なるは天下の大禍害で、徳行を以てこれを制止すべく、武力を以てするにあらず。商湯は先後に十一次征伐して天下に敵なく、周文王・周武王は一たび怒れば天下の百姓を安定す。憑る所は皆大中・至正の徳である。いわゆる「大畜」は、必ず正を守るに利しくなければならず。正ならざれば便ち陰謀・權術・旁門・小道と成り、「大畜」と算すに足らず。明徳を明らかにし民を新にする、体と用とを兼備する学問は、理應に天下事を以て己の責任と為して出でて事に任じ禄を受くべし。ゆえに卦辞に家に閒居して自ら其の力を食まざれば乃ち吉という。六五が上九に尊を屈するも、また賢才を蓄養する象あり。「大畜」の徳を具備する人は必ず大有作為に利しく、若しただ一技の長・一節の徳のみあれば、則ち各自に一点を成就するのみで、以て大川を渉越するに合適せず。六五は下は九二の乾体に應ず。すなわち天道に順応す。その徳性は「止」で、天道に順応して當止すべき所に安処すれば、便ち義理を以て事を主りて天下を保全する気象あり、自ずから一代の事務を辦完して万世の規模を建立するに足る。

天在山中,有大畜之象。多識前言往行以畜其徳,君子所以大畜也。前言往行之理即吾心之理也,多識之所以畜吾心之徳也。多識而不畜徳,則所識者資口耳之陋而無實用矣,故非多識不足以畜徳,而多識者又不可以不畜徳也。先明諸心,知所往,然後力行以求至焉。格物致知、誠意正心修身,以為齊家治國平天下之本,聖學功用之全,即此一言盡之矣。

天が山中に包蔵せらるるは、「大畜」の象である。多く前人の嘉言・善行を記取して以て自らの徳行を蓄養する。これが君子の「大畜」である。前人の嘉言・善行の裏の道理は、すなわち我が心中の本有の道理。多く記取するは、正に我が心中の徳を蓄養するためである。若しただ多く記して徳を蓄えざれば、則ち記する所は不過口耳に誇耀する淺陋の物に供せらるるに過ぎず、毫も實用なし。ゆえに多く記せざれば徳を蓄るに足らず、而して多く記する人もまた徳を蓄えざるべからず。先ず心裏に明白にし、どこに往くべきかを知りて、然る後に奮力に實行して以て到達を求む。格物・致知・誠意・正心・修身を、以て家を齊え國を治め天下を平かにする根本と為す。聖人の学の功夫と效用の上の全部は、この一句を以て言い尽くしたり。

初九乾體得正,鋭於上進;六四在上以陰得位,為竊位之匹夫、妨賢病國者也。初之乾剛銳進,謂功業可立就者,則有厲矣;於是而能已焉,則伸縮運用機在我而動不窮,斯為利矣。不言不利往而言利己者,不利往則終不可往矣,利己者以己為利而未遽巳也。蓋乾剛非在下之物,大畜無終畜之理,尺蠖之屈以求伸也,龍蛇之蟄以存身也,初九之利己所以為不巳之地也。

初九は乾体に属して居位は正を得、鋭意に向上・進取す。六四は上において陰爻を以てその位を據有す。これは高位を竊據する凡庸の輩で、賢才を妨害し國事を貽誤する人である。初九は乾陽・剛健を以て鋭意に上進し、功業は立刻に成就すべしと以為すれば、則ち危険あり。若しここに到りて能く停住すれば、則ち屈伸・運用の樞機は便ち自己の手中に握られ、行動は無窮・無盡なり。これを算して利ありとす。爻辞に「往くに利あらず」と言わずして「己に利し」というは、一たび往くに利あらずと言えば、便ち終竟に往くべからずと成るがため。「己に利し」というは、暫く停下するを以て利と為すで、就此に罷休するにあらず。要するに乾陽・剛健は本来下位に甘居するものにあらず、「大畜」もまた蓄えて發せずして底に至る道理なし。尺蠖が身を彎曲するは伸展せんがため、龍蛇が蟄伏するは保全せんがため、初九の「己に利し」は、正に日後の止息せんことを肯んぜざる作為のために地步を留める。

九二乾剛得中,才徳足以任天下之重者也。上應六五,當大畜之時,陰陽以非類而相畜。五陰柔茍止,不能任賢圖治以成逺大之事業;二有剛中之道不行於世,為輿說輹之象。輿,任重致逺之物,說其輹則不能行矣。二欲以天下事為己任而五不能用,則過在五矣,於二之中徳何尤焉?二當何如以處之?以身殉道,卷而懐之,有義有命斯可矣。

九二は乾陽・剛健を以て中位に居り、才干・徳行は天下の重任を担当するに足る。それは上は六五と相応じ、「大畜」の時に処り、陰と陽とは同類にあらざるがゆえに互相に畜止す。六五は陰柔にして苟且に歩を停め、賢才を任用し治理を謀る能わず、以て遠大の事業を成就せず。九二は剛中の道を懐いて世に通行せず。ゆえに車子が軸上の束縛を脫掉する象あり。車は重を負い遠を致する工具で、軸上の束縛を脫掉せば走る能わず。九二は天下事を以て己の責任と為さんと欲するも六五は彼を任用する能わず。則ち過失は六五に在り、九二の居中の徳に對してまた何の責怪すべきかあらん。九二は應當に如何に自処すべきか。身を以て道に殉じ、才能を卷き起して蔵好し、一面は人事の道義を尽くし一面は天命に安んず。こうすればも可なり。

九三以乾剛居健之極,健極則鋭於進矣;上九以陽剛居畜之極,畜極則無所畜矣。又畜之時,以異類則相畜,而以同類則相從焉,故上九率之於前,九三隨之於後,志同道合,相與有為,為良馬逐之象焉。如九三者,不患其不能為也,患其恃才力之健、過於有為而謂天下無難為之事,如此則非義理用事而為害反不細矣,故戒其利於艱難守正而日閒輿衛焉。

九三は乾陽・剛健を以て健体の頂点に処り、健は頂点に至れば鋭意に進取す。上九は陽剛を以て畜止の頂点に処り、畜は頂点に至れば再び畜する所なし。加うるに「大畜」の時は、同類ならざれば便ち互相に畜止し、同類なれば便ち互相に追随す。ゆえに上九は前に引領し九三は後に跟随し、志同じく道合して一同に作為あり。よって良馬が競りて奔馳する象あり。九三のごとき人は、彼の能く事を為さざるを愁えず、ただ彼が自らの才力の剛健を仗恃して做り過頭となり、天下に辦み難き事なしと以為せんことを愁う。こうなれば便ち義理を憑って事を辦するにあらず、造成する危害は反って不小なり。ゆえに爻辞は彼を誡めて艱難の中に正を守り、日日に車馬と防衛を演練せしむ。

艱難守正則常存不敢輕易之心,日閒輿衛則熟其足以有為之才。慎之於始,要之於終,相幾而動,行其所無事焉,則利有攸往矣。記曰:推而放諸東海而準,推而放諸西海而準,推而放諸南海而準,推而放諸北海而準。此爻利有攸往之義也。

艱難の中に正を守れば、便ち常に敢えて輕率に事に從せざる戒心を存し得。日日に車馬・防衛を演練すれば、便ち作為するに足る本領を練りて純熟ならしめ得。開頭に謹慎して結尾も放鬆せず、時機を看准して動き、做ること何事もなきがごとく為せば、則ち往く所有るに利し。《禮記・祭義》に曰く:これを東海に推行するも準則、西海に推行するも準則、南海に推行するも準則、北海に推行するも準則。これがまさにこの一爻の「利あり攸く往く」の義である。

內卦為外卦所畜,主內卦乾體之剛健而言,為以不喜而畜其善也;主外卦艮體之篤實而言,為以善而畜不善也。義繫賓主,詞固各有攸歸矣:一則勉人為善,一則戒人為惡,易之不可以為典要者如此。六四所畜者初九也。初處最下,未動於惡,四以柔正即止之,為童牛之牿之象也。天下之事,圖之於微則為力易,待其著則難矣,古人所以制治於未亂、保邦於未危也。止於未惡,則無惡可止矣,故元吉。在人則心過未萌而戒懼之,亦此義也。

内卦は外卦に畜止せらる。若し内卦乾体の剛健に就いて言えば、あれは畜止せられる一方が本より情願せざるに、外卦が畜養してその善を成全す。若し外卦艮体の篤実に就いて言えば、あれは善を以て不善を畜止する。この一層の意は主と客の両辺に牽渉し、措辭は自ずから各々歸屬あり:一辺は人を勉励して善を為さしめ、一辺は人を誡告して惡を為さざらしむ。《周易》の以て死板的の定例として看るべからざる所以の道理は、正にここに在り。六四の畜止する所は初九である。初九は最下に処し、未だ惡に向かう擧動なし。六四は柔順にして正を得て當即にこれを制止す。ゆえに小牛に木枷を加える象あり。天下の事は、苗头の細微の時に謀れば着力し易く、顯露するに及べば辦み難し。ゆえに古人は總じて未だ亂れざるの時に先に治理を加え、未だ危うからざるの時に先に保全を求む。未だ惡を為さざるの前に制止すれば、則ち制止すべき惡なし。ゆえに爻辞は大吉と断ず。人の身に落とせば、すなわち心裏の過失が未だ萌動せざるに先に警惕・戒懼を加えるも、もまたこの道理である。

豕之牙剛而為害者,豶之以敗其勢,則牙雖剛而不為害矣。九二之惡已著矣,六五以柔中居尊,治之得其要而有以潛消其惡焉,則豶豕之牙之象也。孟子曰:君子反經而已,經正則庻民興,庶民興斯無邪慝矣。先王止天下之惡,導之而生養遂,教之而倫理明,膏澤浸漬,民日遷善而不知為之者,皆此義也。消一分惡則長一分善,惡盡消則善之本體全矣,故吉。而象言有慶,見君道之所施者廣矣。

野豬の獠牙は剛硬にして能く人を傷る。これを閹して以て凶勢を挫掉せば、則ち牙はなお硬しと雖も害を為す能わず。九二の惡は已に顯露出たり。六五は柔順・居中を以て尊位に処り、處置は法を得て能く無形の中にその惡を消解す。ゆえに閹せられた豬の牙の象あり。《孟子・盡心下》に曰く:君子はただ常道に返れば可なり。常道が端正なれば百姓は奮發し、百姓が一たび奮發すれば邪惡なし。先王が天下の惡を制止するは、引導を以て百姓を生養・順遂ならしめ、教化を以て人倫・條理を分明ならしめ、恩澤は一点一点に浸潤して下り、百姓は一天天に善に向かうも誰が彼らをしてこのごとくせしめたかを知らず。皆この道理を講ず。一分の惡を消掉せば一分の善が長出し、惡は全部に消尽せば善の本体は完整す。ゆえに吉と断ず。《小象伝》に「慶あり」というは、君道の施及する範圍の何等か廣大なるを見るべし。

上九以陽徳艮體,當大畜之極,為大有所畜而盛徳止於至善者也。位一卦之上而下無所畜,則道可大行而無所阻礙矣。天衢,天之路也。何天之衢,訝其得志有為之詞,而亨可知,伊、傅、周、召之際遇可以當之矣。

上九は陽剛の徳を以て艮体に処り、正に「大畜」の頂点に當たり、蓄積は極めて宏大にして盛徳は至善に止まる人である。それは位は全卦の上に居りて下面に已に畜止すべきなければ、則ち大道は便ち廣泛に推行して毫も阻碍なし。「天衢」は天に通ずる大路である。爻辞に「何ぞ天の衢ぞ」というは、彼が志を得て大有作為するを驚嘆する語氣で、亨通は自ずから想い知るべし。伊尹・傅說・周公・召公のごとき君臣の際遇は、正に當たるに足る。

頤卦(震下艮上)

頥,貞吉,觀頥,自求口實。

《頤》卦の卦辞はいう:養育の道は正を守れば吉利。彼の養育する所は何人なるかを看るべく、また彼の如何に自ら口中の食物を求取し自身を涵養するかを看るべし。

卦體上下二陽,內含四陰,為外實內虛;震動艮止,為下動上止,皆頥之象,養之義也。養道得正,則體無不具,用無不行,故吉。觀頥,觀其所養,所養必以王道,則所養為得正矣;自求口實,觀其自養,自養必以天徳,則自養為得正矣。如分人以財、教人以善、為天下得人,皆所養之道;自小徳之謹至大徳不踰閒,皆為自養也。

卦体を看れば、上下に各一の陽爻が中間の四つの陰爻を裹み、これは外は充實して裏は空虚。下卦の震は動を主り上卦の艮は止を主るは、下頷は動き上頷は動かず。これらは皆口腔の象で、すなわち「養」の義である。養育の道が端正に走れば、本体は備わらざるなく功用は行われざるなし。ゆえに卦辞は吉と断ず。「頤を觀る」は、彼の養う所は何人なるかを看る。養う所は必ず王道に依れば、則ち養う所はその正を得。「口實を自ら求む」は、彼の如何に自らを養うかを看る。自らを養うは必ず上天の賦する徳性に依れば、則ち自養はその正を得。財物を分かちて他人に與え、善道を教えて他人に與え、天下のために人才を選拔するのごときは、皆「養う所」の道に属す。小節上の謹守より、大德上の界限を逾越せざるに至るまで、皆「自養」に属す。

以大學之序言之,自養為格物致知、誠意正心修身,而所養則齊家治國平天下之謂也。內聖外王之學,觀頥自求口實盡之矣。天地養萬物,養道也;聖人在天子之位,尊賢使能,俊傑在位,膏澤下及於民,亦養道也。盡養之道者,天地聖人也。天地無心而成化,聖人有心而無為,養之時其道大矣哉!山下有雷,動而各止其所,養之義也。君子慎言語則不妄發,節飲食則不貪慾,亦存心養性之一端也。

《大學》の次第を以て言えば、「自養」はすなわち格物・致知・誠意・正心・修身、「養う所」はすなわち齊家・治國・平天下。内聖・外王の学問は、「頤を觀、口實を自ら求む」のこの两句を以て言い尽くしたり。天地が万物を養育するは、養育の道。聖人が天子の位に身を居り、賢者を尊崇し能者を任使し、傑出の人才を各々その位に居らしめ、恩澤は下に向かい百姓に惠及するも、もまた養育の道。養育の道を尽処に為し得るは、ただ天地と聖人。天地は心なくして万物は自ずから化育し、聖人は心有りて妄に作為せず――《頤》の時義、その道理は真に宏大なるかな!山下に雷あり、万物は萌動してまた各々當止すべき所に止まる。これが養育の義である。君子は說話を謹慎すれば亂に口を開かず、飲食に節制あれば口腹を貪嗜せず。これもまた心を存し性を養うの一端である。

初九陽剛得正,修善之君子也。上應六四,四以陰得位,居上之下,以祿位權柄籠羅天下之士者也。初乃喪其陽剛之徳而與之為應,是舍爾之靈龜,觀我而朶頥矣。我,據四而言;靈龜,不食之物,喻初九剛正之徳足以自養之義也;朶頥,口動欲食之意。舍其可貴之天爵而求人爵焉,則以富貴為心而無所不至矣,故凶。

初九は陽剛にして正を得、これは身を修め善に向かう君子である。それは上は六四と相応じ、六四は陰爻を以てその位を據有し、上卦の下方に処り、これは禄位・權柄を以て天下の士を網羅する人である。初九は竟に自らの陽剛の徳を丟掉してそれと相応じに往く。これが爻辞のいう所:汝自らのあの神龜を抛開して、却って我を盯視して饞えて頤を垂さんと。「我」は六四に就いて言う。「靈龜」は物を吃らずとも存活し得る動物で、初九の剛正の徳は本来自養するに足るを比喻す。「朶頤」は嘴巴が蠕動して饞えて食に進まんとする樣子。自らの可貴なる天爵を抛開して人間の爵位を求取すれば、則ち一心はただ富貴の上に在りて、何事も做り出し得るに至る。ゆえに凶と断ず。

如華歆初志隠居不仕,固一世之髙士也,後為曹操所用,賊殺母后,安為逆黨而不自知,人心惟危之可畏有如此。象言亦不足貴,所以深為初九惜也。當頥之時,陰必資陽以自養,此天地君民之義也。

華歆が當初に隱居して出仕せざらんと立志したるがごとき、本は一代の高士なりしが、後に曹操に用いられ、伏皇后を殘害するに參與し、安然として逆黨を為すも毫も自覺せず。《尚書・大禹謨》に人心は惟れ危なりという。それの可畏なるは竟にこの地步に至る。《小象伝》にこのようも亦た看重するに足らずというは、正に深く初九のために惋惜する。 《頤》卦の時に當たり、陰爻は必ず陽爻に依靠して乃ち養を得。これは天地の間・君民の間の常理である。

六二求養於初九,則以上而求養於下,為顛頥。顛頥則拂經常之理而不可為矣。往求於上九之丘,以非其應而不相與,則往得凶矣。初上皆不與應,則二之行為失其類矣;失其類則群離索居,而進徳修業無所賴矣。為二者當何如哉?求養於人則不足,求養於己則有餘。性吾所本善,道吾所固有,以柔順中正之徳而自勉焉,則為陽所與而合於養道矣。養之道,陽剛中正而必本於靜焉。

六二は初九に向かい養を求む。あれは上位に在る人が反って下位に養を求む。ゆえに「顚頤」と言う。顚倒して養を求むれば便ち常理に違背し、行い通らず。若し轉じて上行して上九のあの「丘」を求めんとすれば、またその正応にあらざるがゆえに彼此相納せず。則ち前往せば凶に遭わん。初九と上九は皆それと相応せず。六二の行事は便ち同類を失掉す。同類を失掉せば孤零零として群を離れ索居し、德を進め業を修むるに再び依傍すべきなし。然らば六二は如何に辦すべきか。他人に向かい養を求めば總じて足らざるを嫌い、自己に向かい養を求めれば綽綽として余りあり。本性は我が本来善なり、道理は我が本來有るなり。柔順・中正の徳を憑って自ら勉励せば、便ち陽爻に接納せられて養育の道に合す。養育の道は陽剛・中正に靠るも、根本はまた必ず一の「靜」の字に落着せねばならず。

六三陰不中正而居動體,動以闇昧而不中正,於養道大相背矣,為拂頥。吉凶者得失之應也,三之失甚矣,凶為所自取而宜有焉,為貞凶。十年勿用,終不可用也;無攸利,無所往而利矣。三可謂自暴自棄者矣。

六三は陰爻を以て中ならず正ならず、また身は震動の體に處り、一たび動けば昏昧にして正を失い、養育の道と大相違背す。ゆえに「拂頤」――養道に違逆する。吉と凶とは得と失の報應。六三の過失は甚だ大にして、凶はそれが自ら招来し理の應當に得る所。ゆえに爻辞にこの做法を守れば凶という。「十年用うる勿れ」は、終竟に任用すべからずを言う。「利する攸なし」は、どこに往きても好處なきを言う。六三は自ら暴棄する人と言い得べし。

六四居陰得正,處上之下,則大臣之位也;下應初九陽剛得正,則草野之賢才也。為大臣者尊賢禮士,取其才徳輔已有為,以上善君徳、下善民俗,則以人事君之道盡而得吉矣。四陰性,聖人慮其無剛立之徳,或為富貴所淫而怠於求士焉,故勉之以虎視眈眈、其欲逐逐則無咎。虎下視,四應初之義也;眈眈,專而不為憸邪所間奪;逐逐,則要之以有終而未敢怠。

六四は陰爻を以て陰位に居りて正を得、上卦の下方に處し、正に大臣の位置である。それは下は陽剛・得正の初九と相応じ、あれは便ち草野の間の賢才である。大臣たるが賢者を尊崇し士人を礼遇し、彼らの才干・徳行を取用して自らを輔助して作為あらしめ、上は君主の徳行を改善し下は百姓の風俗を改善せば、則ち賢人を挙薦して君主に事える道理は尽くされ、よって吉を得。六四は陰柔の性情で、聖人はそれに剛強・自立の徳なきを憂え、或いは富貴に迷惑せられて賢を求むるに懈怠せんと恐れ、ゆえにそれを勉励して虎のごとき目光炯炯に盯住し追求して已まざる要す。こうしてこそ過ちなし。虎は下に向かい俯視す。正に六四が下は初九に應ずる義を取る。「眈眈」は專注して奸邪の徒に中より奪われざる。「逐逐」は底に堅持して敢えて懈怠せざる。

夫然則天下之才皆其才,天下之徳皆其徳,可謂恪慎厥職矣,僅能補過而無咎焉,臣道之難盡有如此。書曰:自一話一言,我則末惟成徳之彥,以乂我受民。亦虎視眈眈、其欲逐逐之義也。

能くこのようになれば、天下の人才は便ち皆彼の用うる人才と成り、天下の徳行は便ち皆彼の成就する徳行と成る。恭謹に本職を尽くしたりと言い得べし。しかしこれも不過剛に過失を彌補して咎害あるに至らざるのみ。臣子たるが職分を尽くさんには、その難は就中この地步に至る。《尚書・立政》に曰く:一句話・一字より始めて、我れ皆成徳の俊彦を任用して、我れの承受する百姓を治理せん。これもまた正に「虎視眈々、其の欲逐逐たり」の義である。

六五以陰居尊,無剛明之徳,不能任賢圖治,使徳下於民,天徳不足,王道未行,於經常之道有拂焉者也。貞者,萬世不易之常道,即五所拂之經也。若能反其所為,惇典庸禮,命徳討罪,本於天命,合於人心,於萬世不易之常道而安處之,則為居貞而得吉矣。象言順以從上者,五本不正而欲歸於正,非有尊徳樂道、取善自輔之心不能也。

六五は陰爻を以て尊位に居り、剛強・明達の徳なく、賢才を任用し治理を謀る能わず、徳澤を下して百姓に達せしむる能わず。天賦の徳は足らず王道は推行し開けず、恒常の道に對して違逆する所有り。いわゆる「貞」は万世不變の常道で、もまた正に六五の違逆するあの「經」である。若し能く彼の從前の作為を反轉し、彝倫を敦厚にし常に禮制を行い、徳ある人に任命を加え罪ある人に討伐を加え、一切は天命に本とし人心に合し、万世不變の常道の中に安處せば、則ち「貞に居る」して吉利を獲得す。《小象伝》に「順にして上に從う」というは、六五は本来正ならずして正に歸せんと欲し、若し徳行を尊崇し大道を樂守し他人の長處を取りて自らを輔助する心なければ、做不到なるがゆえである。

上九以剛居五上,則師保之職,正道所由出而五之所當從焉者也。太甲、成王之進徳,皆伊、周啟沃訓道之功也。爻辭勉五以居貞吉,象則推及其居貞之所由而申勉之也。君不及,臣不可輔之以大有為。宋髙宗欲建中興之業,李綱以英哲全徳日勉勵,終不能復大讎而反疆土,以身殉國、區區效忠如嶽武穆者卒不免於禍焉,則不可涉大川之驗也。

上九は陽剛を以て六五の上に居る。あれは便ち師保の職分で、正道は彼より出る、もまた正に六五の應當に聽從すべき人である。商朝の太甲・周朝の成王の徳業の長進は、皆伊尹・周公の誠を竭くして開導・教誨する功勞である。爻辞は六五を勉励して正を守れば吉とし、《小象伝》は則ち進んで彼の能く正を守る缘由を推究して再び勉励を加える。君主の才具足らざれば、臣子は彼を輔佐して大有作為する法なし。宋高宗が中興の功業を建立せんと欲するに、李綱は傑出の才智・完備の徳行を以て天天に彼を勉励するも、終竟に大仇を報じ失地を復する能わず。身を以て國に殉じ一片の赤誠に效忠する岳飛のごとき人に至りては、最後にも慘禍を免れず――これが「大川を渉るべからず」の驗證である。

上九養六五之君徳以及於人,盡養之道者六五也,輔五以盡之者上九也。位髙責重而五又非英明者,疑間猜忌之易生此其時也,必常存危厲之心,盡責難陳善之道,使威福予奪出自五而已不專焉,則為善處寵利而獲吉矣。

上九は六五の君徳を培養し、再び君徳より衆人に推及す。養育の道を尽処に為したるは六五で、六五を輔助してこの歩を為せしめたるは上九。位置高く責任重く、而して六五は又英明の主にあらず。正に猜疑・離間が最も滋生し易き時で、ゆえに必ず常に危懼の心を懐き、君に難事を責め善言を進獻する本分を尽くし、威權・賞罰を一概に六五より出でて自らは絶えず專斷せざらしめてこそ、寵信と權位の中に善く處して吉利を獲得したりと算す。

居師保之位,負陽剛之才,得時行道,必自任以重而大其建明斯可矣,論道經邦、燮理陰陽皆其分內事也。周公相成王制禮作樂,諸葛武侯事後主必欲興復漢室、還於舊都,不如是不足以盡人臣之職而答委任之重也。

師保の位に身を居り、陽剛の才を懐抱し、道を行い得る時機に遇うは、必ず自ら重任を担い政教を宏大に建立してこそ可なり。大道を論議し邦國を經緯し陰陽を調理するは、皆彼の分内の事である。周公が成王を輔佐して禮を制し樂を作し、諸葛武侯が後主に事えて一心に漢室を興復し舊京に還都せんと欲したるは、こうせざれば臣子たるの職分を尽くすに足らず、も君主の托付の重きに報いるに足らず。

據五之才徳而言,則不可涉大川,見天下之本在於一人,而臣之事君有量而後入之義焉;即上九受五委任而言,則利涉大川,見臣道不可不盡,而吾君不能則謂之賊矣。象言大有慶者,上九固有天民之才徳,而身之所履又足以使萬物各得其所矣。

六五の才徳に就いて言えば、あれは大川を渉越すべからずで、天下の根本は君主一人に繫ると見え、而して臣子が君主に事えるも先ず君主の能く聽從するか否かを估量して然る後に言を進める道理あり。若し上九が六五の委任を接受するに就いて言えば、則ち大川を渉越するに利しく、臣子たるは職分を尽くさざるべからざると見え、若し一味に我が君主は行かずと推說するは、《孟子》は則ちかかる人を君主を殘害する賊と稱す。《小象伝》に「大いに慶あり」というは、上九は本より天民の才干・徳行を具備し、而して彼の自身の履行する所は又萬物をして各々その所を得せしむるに足るがゆえである。

大過卦(巽下兌上)

大過,棟橈,利有攸往,亨。

《大過》卦の卦辞はいう:陽剛が過盛して、譬えば屋子の棟梁が壓えられて彎曲・下陷するがごとし。かかる時に於て往く所有り作為あるに宜しくしてこそ、亨通し得。

大,陽也。四陽居中而過於多,大者過也。四陽自下而盛長者為《大壯》,居中而過多者為《大過》。《大壯》不可無,《大過》不可有也。卦名《大過》,體有棟撓之象。棟屈撓則室不能安且久矣,以本末弱也。君不足以得民,民無所庇而不知有其君,則危之道也。魯之有三家,齊之有田氏,豈久安長治之理哉?此《大過》之棟橈也。陽雖過多,二五皆以剛而得中,君臣同徳,相與有為,猶可以拯極弊而歸於治安焉,則利有攸往而得亨矣。孔子為魯司宼,攝行相事,墮三都以強公室,而魯國治。得輔剛中之君而假之以歲月,則東周之事業猶反手耳。

「大」は指す所は陽である。四つの陽爻が卦の中間に聚まり、數量は過多にして、いわゆる「大者過なり」は、すなわち陽剛の一方が過盛である。同じく陽爻の盛長なるも、下より上へ依次に增長するは《大壯》と言い、中間に挤りて過多なるは《大過》と言う。《大壯》の氣象は國家に缺くべからず、《大過》の局面は國家に出現すべからず。卦名を《大過》と言えば、卦體に便ち棟梁の彎曲・下陷の象あり。棟梁が一たび彎れば、屋子は安穩・長久する能わず。原因は初爻と上爻とが皆陰柔にして两頭が虚弱なるに在り。人事に落とせば便ち:君主の恩徳は百姓を收攏するに足らず、百姓は庇護する所なく、心裏にもまたこの君主を認めず。これが正に危亡の道である。魯國に季孫・叔孫・孟孫の三家が權を專らにし、齊國に田氏が國を竊む。どこにまた長治・久安を談ずべきあらん。これが《大過》のいう「棟橈」である。陽爻は過多なるも、九二・九五は皆陽剛を以て上下卦の中位に居り、君臣が同徳にして協力して作為あるを象徴し、依然として積重・難返の弊政を挽救して安定に回歸し得。ゆえに卦辞に「利あり攸く往く」といい能く亨通す。孔子が當年に魯國の司寇を為し宰相の職を代理し、季孫・叔孫・孟孫の三家の都邑を拆毀して以て公室を加強せしに、魯國はこれにより治を得たり。彼若し能く一位の剛健・守中の君主を輔佐し、再び彼に一段の歲月を與えれば、則ち東方に周朝の盛世を重建する功業も、亦た反掌の易きに過ぎず。

大過之時,極弊而難於措手之際也。非有撥亂世而反之於治之才徳,不能釐舉而正之焉。君以剛中之徳而出治於上,臣以剛中之徳而輔治於下,君臣同心,如元首股肱之相資,皆以天徳之盛,形而為王道之大,何弊之不可救?何治之不可成?則濟大過之時之才徳,可謂大矣哉!澤水之盛而至於滅木焉,則其勢可謂大過矣。君子之蹈履,知有理而已。理茍可行,雖舉世皆欲止之而吾行焉;理茍可止,雖舉世皆欲行之而吾止焉。死生禍福紛迭於前而吾無有焉。遯世無悶,則所見所得者皆性分之全體,窮居不足損而樂有餘,此皆浩然獨存而為天下第一流人物矣,故為大過人之行。

《大過》の處する時勢は、積弊が極點に至りて人をして手を下す處なからしむる關頭である。若し亂を撥して正に反り天下を治世に扭轉し回す才干と徳行なければ、綱紀を整頓し是非を糾正する能わず。君主は剛健・守中の徳を以て上において政を施し、臣子は剛健・守中の徳を以て下において政を輔け、君臣は一心にして、譬えば頭腦と手足とが互相に憑藉するがごとく、皆上天の賦與する盛徳を憑り、發揮すれば便ち王道の宏大な格局を成す。こうあれば、また何の弊病か革除し得ざらん。また何の治世か成就し得ざらん。能く《大過》の時を挽救するあの才と徳は、真に「大」と稱し得べしと見える。上卦の兌は澤で、水勢は盛大にして下卦の巽木を淹沒す。この形勢は真に「大過」と謂うべし。《大過》の《大象傳》はここより人に「獨立して懼れず、世を遯して悶えず」を教う:君子の立身・行事は、ただ一の「理」の字を認む。道理上為すべきは、たとい擧世が皆攔阻せんとするも、我れ照樣これを為す。道理上止むべきは、たとい擧世が皆我に為さんとするも、我れ照樣に罷手す。生死・禍福は紛紛として交錯して眼前に摆るも、我心裏は却ってこの事なきがごとし。能く世を避け隱退して胸中悶えざれば、則ち彼の見る所・得る所は便ち天性中の完整の本体で、窮困の處境はこれを虧損するに足らず、樂趣は反って餘りあり。かかる人は皆浩然の氣が世に獨り存する者で、天下の第一流の人物である。ゆえにこれを「大いに人に過ぐる」の操行という。

初六以柔居下,當大過之時,過於敬慎者也。為藉物不錯諸地而用白茅焉。戒慎乎其所不睹,恐懼乎其所不聞;臨事而懼,好謀而成,皆藉用白茅之義也。諸葛孔明巍然三代之佐,其自省惟曰謹慎周宻而已。《書》所謂慎終於始者,初六有焉。慎斯術也以往,其無所失矣,故無咎。九二與初六,大過之時,非其相應而相比焉,為過於相與也。二為始過之陽,未甚過也,濟以初六之柔,則過而不過矣。過而不過,不失為剛中之徳,而猶足以有為也。枯楊生梯則榮枝乾,老夫得女妻能成生育之功,皆才徳足以有為之義也。偏才不可大用,而剛中足以任重。大過之時,內輕不能馭外之重,身弱不能運尾之強,弊之不易救者也。二之才足以正之,而使歸於均分焉,故無不利。

初六は陰柔の質を以て全卦の最下位に居り、正に《大過》の時に當たり、恭敬・謹慎に過ぎる一類の人である。ゆえに爻辞は「藉に白茅を用う」の象を取る:器物を墊放するに直接に地上に搁せず、先に一層の白茅を鋪く。《中庸》のいう「其の睹る所なきに戒慎し、其の聞く所なきに恐懼す」、《論語》のいう「事に臨みて懼れ、謀を好みて成す」は、皆「藉に白茅を用う」の意である。諸葛孔明は巍然として三代に比すべき輔相なるも、彼の自我省察するも亦ただ「謹慎・周密」の四字を言うのみ。《尚書・太甲》のいう「終に始に慎む」は、初六は正にこの品格あり。この謹慎を一路に推行して行けば、閃失あることなし。ゆえに爻辞に「咎なし」、過ちあることなしという。九二と初六とは《大過》の時に正応にあらず、ただ上下に緊鄰するのみ。これを「相與に過ぐ」と言う――親附すること過頭である。九二は剛過の初めの陽爻で、過ぐることなお甚だしからず、再び初六の陰柔を以て調劑すれば、便ち過ぐるもその中を失わず。過ぐれど過ぐらず、依然として剛健・守中の徳を失わず、もまた作為し得。爻辞に「枯楊に梯を生ず」――枯楊が重新に芽を抽き枯枝が轉榮す。「老夫が其の女妻を得」――老年の男子が少妻を娶りて生育の功を成し得:皆才徳が作為するに足る義である。偏才は大任を委ねるべからず。ただ剛健・守中の人のみ重責を担うに足る。《大過》の時は、内裏は輕虚にして外面の沉重を駕馭し得ず、本身は衰弱にして末梢の強橫を調動し得ず。正に積弊・難救の局面である。九二の才干はこれを矯正して輕重を均平に歸せしむるに足る。ゆえに爻辞に「利あらざるなし」という。

九三居下之上,有時事之責任者也。剛不中正,才不足以救大過之弊,而反為害焉。所謂徳薄而位尊,力小而任重,不能勝其責任,猶棟之屈撓而不能勝其任屋之重也。天下之事當與天下之賢才共之,而非一人之手所能成。有與人為善之心,則天下之善皆其善也。三以惡徳而任君國子民之責,則人不與輔,危亂之禍成而凶至矣。樂正子聞識智慮皆不足,而能好善則優於天下也。若三者,訑訑之聲音顏色,拒人於千里之外。士止於千里之外,則讒諂面諛之人至而國危矣。《書》曰:「邦之杌隉,由一人。」其九三之謂也。

九三は下卦の上位に處り、一時の政事の責を承擔する人である。それは陽剛なるも中に居らず正を得ず、才干は《大過》の弊病を挽救するに足らず、反って禍害を成す。これが正に《繫辭下傳》のいう「徳薄くして位尊く、力小さくして任重し」で、自らの責任を担い得ず、譬えば棟梁が彎曲して整座の屋子の重量を承え得ざるがごとし。天下の事は天下の賢才と共に爲すべく、一個人の手の成し得る所にあらず。若し能く人と善を爲すの胸懐あれば、天下人の善もまた皆己の善と成る。九三は惡劣の徳行を以て國を治め民を養う職責を承擔すれば、人々は便ち出でて相助けるを肯んぜず、危亂の禍は釀成し凶險は之に随い至る。《孟子》に樂正子の見聞・智謀は皆足らざれど、ただ善言を聞くを好むがためだけに、天下を治理して餘ありと足るといえり。九三のごとき人は、一副の自滿・得意の聲音・臉色を摆りて、人を千里之外に拒む。正直の士は千里之外に擋けられ、讒言を進め當面に諂媚する人は便ち皆來り、國家もまた危うし。《尚書・秦誓》に「邦の杌隉は、一人に由る」――國家の動搖・不安は往々にして一個人より造成せらる。講ずる所は正に九三のかかる人である。楊爵は此の時身は詔獄に繫がり、この一條を寫して矛頭の指す所は正に當朝のあの位高く徳薄く諫を拒み非を飾りて一片の阿諛の聲を招來する用事者である。

九四位九五之下,當輔弼之任者也。以陽居陰,剛而能柔,則過而不過者也。才足以拯偏重之患而成一世之治,則棟之隆然上起而不撓乎下者也。上成君徳,下善民俗,正直剛柔之用,無施而不當焉,四可謂善於其職矣,故吉。剛而濟之以柔斯可矣,下應初六亦陰柔也,居柔而應亦柔,則過於柔而不足以有為矣。四巽體,無剛立之徳,聖人慮其為憸邪所間而流於惡,故言有它則吝,而不可以不戒。言吝,自吉而向凶也。

九四は位が九五の下に居り、輔弼の重任を擔當する人である。それは陽爻を以て陰位に居り、剛健の中にまた能く柔和す。正に過ぐるもその正を失わざる一類である。その才干は偏重・失衡の患を挽救して一世の治を成就するに足り、譬えば棟梁が高く隆起して下に向かい彎曲せざるがごとく、これが爻辞のいう「棟隆」である。上は君主の徳を成就し、下は民風・民俗を改善し、正直と剛柔の運用は一處として恰當ならざるなく、九四は善くその職を盡くしたりと言い得べし。ゆえに爻辞に「吉」という。ただ、剛健は必ず柔を以て調劑してこそ可なれど、而して九四の下面に應ずる初六も亦た陰柔で、本身は陰位に居りてまた陰爻に應ずれば、便ち柔の過頭と成り、反って作為するに足らず。九四は巽體に属し、剛強・自立の徳性を缺き、聖人は彼が奸邪の小人に中より離間せられて惡に流るるを憂え、ゆえに爻辞に「それ吝あり」――別に牽繫あれば便ち憾惜を招來す――という。誡告を加えざるべからず。一の「吝」の字を言うは、便ち彼に正に吉より凶に轉ずるを提示する。

九五以陽過極之時,則枯楊也;近於上六之陰而過以相與焉,則枯楊生華也。枯楊生華,則徒能華而不能實矣。據上六過極之陰而得九五,則老婦得其士夫也。以老相與而不能成生育之功,腐朽迂流,才徳不足,當難為之時,不能樹尺寸以益世之義也。以正相與於過之時而有無過者存,故無咎;功業不足而茍免於身禍焉,故無譽。

九五は陽剛の過極の時に處り、すなわちあの株の枯楊である。それは上六の陰に緊挨し、又た過分に之と親附し、よって爻辞のいう「枯楊に華を生ず」――枯樹が花を開くを成す。枯樹が花を開くは、ただ花を開出し得て果實を結出する能わず。反って上六のこの過極の陰より看れば、それが九五を得れば、すなわち「老婦が其の士夫を得」――老婦が壯年の男子に配する。衰老の身を以て相配合すれば、生育の功を成す能わず。比喻する所はあの腐朽・迂濶の輩で、才徳足らず、艱難・有爲の時に處りて、一尺・一寸の建樹さえ拿出せず、世に益なし。九五は畢竟に中正の位を以て人と「過」の時に相與するがゆえに、その中にまた正を失わざる一面を存す。ゆえに爻辞に「咎なし」、過ちなしという。しかし功業は畢竟に足らず、ただ勉强に自身を保ちて禍に遭わざるのみ。ゆえにまた「譽なし」、稱譽を得ざるという。

上六當大過之極,時事之不易為也。以陰得正而履窮極之地,才不足而節有餘也。能以一身犯天下之患而不自恤,為過於涉水不量淺深而至於滅沒其頂焉,則殺身成仁、舍生取義之君子也,雖凶而於義為無咎矣。叔孫婼以意如食言而至於死,荀息、豫讓、張巡、許逺輩皆足以當之。不有君子,其能國乎?節義為世道之益大矣,故象言其不可咎也。

上六は《大過》の極點に處り、時局は艱難にして事情は甚だ辦み難し。それは陰爻を以て陰位に居りて正を得、また窮極の地に踏み、才干は足らずして氣節は餘りあり。能く一己の身を以て天下の禍患を承受して毫も自らを顧惜せざるは、すなわち爻辞のいう「渉りて頂を滅すに過ぐ」――水を渉るに淺深を掂量せず、以て水が頭頂を淹沒するに至る。これが正に身を殺して仁を成し生を捨てて義を取る君子で、結局は凶なるも道義上は過ちなし。魯國の叔孫婼は季孫意如が信を失い約を背くにより身死に至り、晉國の荀息・刺客豫讓・睢陽に死守した張巡と許遠らは、皆この一爻に當たるに足る。國家に若しかかる君子なかれば、なおその國と爲り得んや。節義の世道に對する益處は甚だ大なるがゆえに、《小象傳》に「咎とすべからざるなり」――これを過ちと爲して責むる能わず――という。

習坎卦(坎下坎上)

習坎,有孚,維心亨,行有尚。

《習坎》卦の卦辞はいう:重重の險陷の中に、心に誠信を懐き、ただ内心の亨通・無碍あるのみ。かく行動してこそ、稱許するに値す。

習,重也;坎,險也。內外皆坎為習坎,習坎,重險也。處重險之道,有孚盡之矣。有孚則自能無所愧怍,無所憂懼,而心亨矣。以有孚心亨行而處險,可尚之道也。孔子告子張曰:「言忠信,行篤敬,雖蠻貊之邦行矣。」周公遭流言之變,上則成王猜疑,下則人心搖動,公惟自盡其忠誠而已,故曰:「我之弗闢,我無以告我先王。」《詩》曰:「公孫碩膚,赤舄几几。」則有孚心亨之氣象可想見矣。卒之風雷兆變而王感悟,則行有尚之驗也。

「習」は重疊の義、「坎」は險陷の義。上下卦は皆坎ゆえに《習坎》と言う。《習坎》はすなわち重重の險難である。身が重重の險難に處する辦法は、一の「孚あり」――内心の誠信――が言い盡くしたり。内心に誠信あれば、自ずから心に愧ずるなく、亦た憂懼する所なく、心中は通達・無碍なり。この誠信と内心の通達を帶びて行動し險境に應付するは、正に推崇すべき處險の道である。孔子が子張を誡めて曰く:「言忠信にして行篤敬なれば、蠻貊の邦と雖も行かん」――說話は忠誠・守信し、做事は篤厚・恭敬せば、便ち蠻夷の邦に到るとも行き通らん。周公は管叔・蔡叔が流言を散布する變故に遭遇し、上は成王の猜疑あり、下は人心の動搖あり。周公はただ己の一片の忠誠を竭くすのみ。ゆえに《尚書・金縢》に彼の言を記して曰く:「我れ之を辟かざれば、我れ以て先王に告ぐる無からん」――我れ若し出でて平定せざれば、先王に向かい交代する法なし。《詩經・豳風・狼跋》に曰く:「公孫の碩膚は、赤舄几几たり」――周公の體貌は寬厚にして紅鞋は安舒・穩重にして、あの誠信が中に在り胸懷が坦蕩たる氣象は想い見るべし。最後に天は風雷を降して警を示し、成王は感悟す。これが「行くに尚あり」の應驗である。

卦惟一陽居中,陽實陰虛,則有孚也。其象為水,取內明外暗之義。水之流但平而不盈焉,在君子則居易俟命,順理而動,不踰閒也;水之行險不失其平而不盈之信,在君子則臨大節而不可奪,國無道至死不變也。彖者,言乎象者也。水流而不盈,行險而不失其信,則坎之象而為有孚之義也,故即以有孚為處重險之道。然而處平康、處富貴皆此道,而不可須臾離也。處險而有孚心亨,則盡吾處之之義也。以義處險,則有出險之理,故可尚而往有功。免於險則正也,不能免則有命存焉,君子以義安命。

坎卦はただ一つの陽爻が中位に居り、陽は實・陰は虚で、中間は實にして虚ならず。これがすなわち誠信である。それは水に取象し、内裏は光明・外表は晦暗の意を含む。水の流動はただ持平を求めて外溢せず。君子の身に落とせば、すなわち《中庸》のいう「易に居りて以て命を俟つ」――平常の地に安處して以て天命を等待し、理に依って動き規矩を越出せず。水は險處に奔行するもなおその持平・不盈の信實を失わず。君子の身に落とせば、すなわち《論語》のいう大節に臨みて其の志を奪うべからず、國家が無道なるも死に至るまで操守を改めず。《彖傳》は卦象を解說する。「水は流れて盈ちず、險を行きて其の信を失わず」は、正に坎卦の象で、もまた正に「孚あり」の義で、ゆえに就て「孚あり」を以て重險に處する辦法と爲す。然而も平安の時に處り富貴の中に處るも、用いるは亦たこの同一の道理で、片刻も離るる能わず。身が險境に陷りて能く誠信・内心通達すれば、便ち處險の本分を盡くしたり。道義を以て險に處すれば、險を脫する道理あり。ゆえに推崇するに値し、前往すれば功效あらんという。能く險を免るるは理の當然。免れ能わざれば、則ち天命が其の中に在り。君子は道義を以て天命を安頓す。

天之險不可升也,地之險則山川丘陵也。王公設險,如疆域之限隔、城郭之保障,皆固國之道也。至於尊卑分限,嚴之以等威,彰之以物採,凡可以杜絶陵僣而使歸於安順者,亦體險之道,而險之為用可謂大矣。水之性險,洊至則重險也,故為習坎。常徳行,修己也;習教事,治人也。習者,三令五申之意,皆漸涵浸漬而後可成,此取水洊至之義也。

天の險は高く攀ずべからざるに在り、地の險はすなわち山川・丘陵である。王公は險阻を設置し、譬えば疆界の隔断・城郭の防護のごときは、皆國家を鞏固する辦法である。尊卑の間の名分・界限に至りては、等級・威儀を以て之を嚴明にし、車服・器物の文采を以て之を彰顯し、凡そ能く以下の上を犯す・名分を僭越するを杜絕して人をして各々その位に安んぜしむるは、亦た皆「險」の道理を體察する。險の功用は真に甚だ大なるを見るべし。水の本性は險で、一波接一波に涌き來れば便ち重險を成す。ゆえに《習坎》と言う。《大象傳》に君子は「德を常とし、教事を習う」べしという:「德を常とす」は己を修養し、「教事を習う」は他人を治理す。「習」は三令・五申・反復に申說する義ありて、皆一點ずつ浸潤・滲透して然る後に成功し得。これが正に水の一再に涌至する義を取る。

初六處重險之下,為習坎,則所遭之時也。於重險之中又入於深陷之穴而陷益甚,則以陰柔不正,失處險之道而自取窮迫也。若初者,其所遭所處無自全之理,而凶必至矣。象言失道凶者,聖人咎初六於難處之時而不能盡善處之道也。茍盡其道而死焉,則雖凶而無咎矣。

初六は重重の險難の最底層に處り、《習坎》のごとき時勢に遇うは、それが遭遇する命運である。爻辞に「習坎、坎窞に入る」――重險の中にまた更に深き陷坑に掉れ入り、陷ること更に厲し。これはそれが陰柔にして又た正位に居らず、處險の道を失掉して自ら困迫を招來したるがため。初六のごときは、遭遇する時勢なると處する位置なるとを問わず、皆自我保全の道理なし。凶險は必ず到來す。《小象傳》に「道を失えば凶なり」というは、聖人が初六を責めて難に處する時に處險の功夫を盡善に做り得ざりしをいう。假使已にこの道理を盡くしてなお死を免れざれば、則ち結局は凶險なるも、過ちなし。

九二立險陷之中而未能出,則坎有險也。以剛居柔而得其中,盡處難之道,而猶有自全之理,為有所求而尚可以小得焉。不以過剛不中而速禍,即求小得也。若大得則免於險矣。非二之才不能出乎險也,險陷方深而上無正應,則時之難也。

九二は險陷の當中に站ちてなお出で來る能わず。ゆえに爻辞に「坎に險あり」という。それは陽剛の質を以て陰柔の位に居りて而又た中に居り、處難の辦法を皆做り盡くせり。よってなお自我保全の餘地あり。これが「求めて小さく得」――求むる所有りてなお小さく得る所有り。剛強に過ぎ中道に合せざるを以て速禍を招來せざるは、これが本身すなわちいわゆる「小得」である。若し能く大いに得る所有れば、則ち直接に險を脫す。九二の才干が險を出るに足らざるにあらずして、險陷が正に深く、上にまたそれと正應する援手なきは、これは時勢の艱難である。

六三處二坎之間,來則有下卦之坎之往也,往則有上卦之坎為來之坎坎。坎在下而以足履之則為險,坎在上而以首著之則為枕。窞,陷中之穴。展轉凶危而陷益深,當時勢極難,而陰不中正,又無善處之才徳故也。三居下之上,有時事之責任者也,聖人慮其用斯人以濟險則險益甚矣,故戒以勿用。用之終不能以濟險而有功矣,無功則凶害可知矣。

六三は上下二つの坎卦の間に夾まる:退回すれば下卦の坎あり、前進して上れば又た上卦の坎が迎面して來る。ゆえに爻辞に「之を來るに坎坎たり」――來るも坎、去るも坎。坎は下に在りて脚を以て之を踏めば、便ち「險」と言う。坎は上に在りて頭を以て之に頂けば、便ち「枕」と言う。「窞」は陷坑の當中の更に深き小穴である。それは凶危の間に輾轉して陷ること愈々深し。これは正に時勢が極めて艱難に當たり、自己は又た陰爻にして中に居らず正を得ず、妥善に險に處する才干と德を缺乏するがため。六三は下卦の上位に處り、一時の政事の責を承擔する人である。聖人は朝廷がかかる人を起用して險を救わしめば、險難はただ更に深重ならんを憂え、ゆえに爻辞に誡めて「用うる勿れ」、彼を任用する勿れという。彼を用いれば、終竟に險を救い功を立つる能わず。功を立つる能わざれば、凶險・禍害も亦た想い知るべし。

六四柔而得正,切近九五,君臣同處險難之象也。百圍之木,膏液內涸,然後風始得而拔之。以人君之尊而在險中,必膏澤素絶於民,人心離叛,奸雄乗間,而禍亂所由生,始不免於難矣。四與五剛柔相際,受其股肱心膂之託者也,必樽酒簋以盡輔相之道斯可矣。

六四は陰柔にして正位に居り、又た九五に緊靠す。これは君臣が一同に險難に身を處する象である。百圍の粗き大樹は、總じて先ず内裏の津液が枯乾して、風こそ之を拔き動かし得。君主の尊を以て險の中に陷るは、必ず平日の百姓に對する恩澤が已に斷絕し、人心は離散・背叛し、奸雄は隙に乘じて起り、禍亂はここより產生し、君主はここに難を免れず。六四と九五とは一柔一剛にして彼此交接す。これは君主の股肱・心膂の托を受けた重臣で、必ず爻辞「樽酒簋」の示すごとく、一樽の酒・一簋の飯の質樸・誠敬を以て、輔佐の道を盡くしてこそ可なり。

樽酒簋,飲食之具,坎水之象,膏澤之義也。貳,輔相之道也。責難陳善,使君之膏澤日下於民,於以收人心、答天戒而求免於險難焉,則樽酒簋貳之義也。險之時易生猜忌,四欲盡樽酒簋貳之道,必竭在已之忠誠以感動之,則用缶也;因君心之所明而開道之,則納約自牖也。能如是則臣道庻幾其可,而君得免於險難矣。

「樽酒簋」は酒を盛り飯を盛る器具で、坎を水と爲す象を取りて恩澤の意を含み、「貳」は則ち輔佐の道を指す。君主に向かい高標準の要求を提出し善道を陳述して、君主の恩澤をして一天一天に下して百姓の身に達せしめ、この辦法を以て人心を收拾し上天の警戒に回應し、以て險難を脫するを求む。これが爻辞「樽酒簋貳」の義である。險難の時は最も猜忌を生じ易し。六四が「樽酒簋貳」の輔佐の道を盡くさんには、必ず己の一片の忠誠を竭くして以て君主を感動せねばならず。これが爻辞のいう「缶を用う」――瓦缶のごとき質樸・無華の誠意を用うる。君主の心裏の已に明白なる處に順って彼を開導するは、これが「牖より約を納る」――窗口より簡約の誠意を送り入るる。能くこのようになれば、臣たるの道は差不多く盡くしたりと算し、君主も亦た能く險難を免れん。

主憂臣辱,主辱臣死,五之險難,四之責也,出險則終無咎矣。雲終無咎,則始有咎之詞也。以道事君,不可則止,人臣處身之義也。四能盡臣道以事五,五不可陷於險難矣;陷於險難,四必不與同陷矣,此其咎也。卒有以濟之,故云終無咎。無咎者,善補過也。

主上に憂あれば臣子の恥、主上が辱を受ければ臣子は當に死を以て相報ずべし。九五の險難は、正に六四の責任の在る所で、能く君主を助けて險を脫せしめば、最終に過ちなし。爻辞に「終に咎なし」――最終に過ちなしという。この言は本身より便ち起初は過ちありしを透露す。《論語》に「道を以て君に事え、可ならざれば則ち止む」――正道を以て君主に事えて行き通らざれば便ち退下す。これは人臣の立身の分寸である。六四若し早く能く人臣の道を盡くして九五に事えせば、九五は本より險難に陷るに至らず。而して一旦九五が險難に陷れば、六四も亦た決して彼と一同に陷落せんことを肯んぜず――これが正にそれが當初の過失の在る所である。到底は辦法有りて君主を救出し得たり。ゆえに「終に咎なし」という。いわゆる「咎なし」は、過失を善く彌補するをいう。

九五以剛中正之徳而居尊位,於險將濟之時而未出險,則坎不盈也。有此濟險之才而適當易濟之時,則成功可以立待,為祗既平矣。既平則坎盈而無險矣,無險則於致險之過為善補而無咎矣。不言吉者,五雖中徳充實而未至於光輝,故象言其中未大也。有中徳而至於大,則大賢以上之作用,不為人所陷而無險之可出矣。氣化之盛衰,本於人事之得失,道體無窮,而終日乾乾之心不可已也。

九五は剛健・中正の德を以て尊位に居り、正に險難が將に平かならんとして未だ完全に險を脫せざる時に當たる。ゆえに爻辞に「坎盈ちず」――坎坑は未だ填滿せず。かかる救險の才干ありて、又た恰好に救い易き時機に碰えば、成功は日に指し待つべし。これが「祇既に平かなり」――險坑は馬上に填平せんとす。填平せば、坎坑は滿ちて險なし。險なければ、則ち當初に險難を招來したる過失に對しても善く彌補したりと算す。ゆえに「咎なし」。爻辞に「吉」と言わざるは、九五は中徳は充實するも、未だ光輝・發越の地步に達せざるがゆえ。ゆえに《小象傳》に「中未だ大ならざるなり」という。若し中徳有りて能く宏大に擴充せば、則ち大賢以上の作爲で、根本に人に險の中に陷れられず、亦た出ずべき險なし。氣運の盛衰は、根子は人事の得失に在り。道體は無窮・無盡ゆえに、《乾》卦のあの終日乾乾・自強・不息の心は一刻も停むべからず。

上六以陰柔處險之終,履險之上,為極險也。極險而以君子濟之則易於成功,極險而以小人壊之則易於覆敗。上六無陽剛之徳,有行險之心,以若人而求以濟險,則險益甚矣,為係用徽纆、寘于叢棘之象。徽纆叢棘,皆處險之上而困縛不能展轉之義,至於三歲之久而不能免,則凶甚矣。

上六は陰柔の質を以て險難の終點に處り、重險の最上頭に踏み、これは險の極處に至れる。險は極處に至れば、若し君子に由りて救わしめば、成功し易し。險は極處に至れば、若し小人に由りて敗壞せしめば、亦た傾覆し易し。上六は陽剛の德なく、却って險を冒して事を行う心を存す。かかる人を靠りて險を救わんには、險難はただ更に深し。よって爻辞「徽纆を以て繫ぎ、叢棘に寘く」の象あり――繩索に捆られ、荆棘の叢中に關入れらる。繩索と荆棘とは、皆險の最上端に處して困縛せられ動彈する能わざるを言う。三年の久しきに至るもなお身を脫し得ざれば、則ち凶險の極點に至れり。楊爵は此の時正に身は詔獄に陷り、この「叢棘」の象は彼に於て乃ち切身の言である。

離卦(離下離上)

離,利貞,亨,畜牝牛,吉。

《離》卦の卦辞はいう:附麗・依托し、正道を守持するに宜しく、能く亨通し得。母牛を蓄養するがごとき柔順の德を涵養せば、吉祥。

離,麗也,依附之義也。一陰麗於二陽之間,陰不能自立,必依附於陽焉,故為離。如日月之麗乎天,百穀草木麗乎土,皆依附之義也。所麗貴於得正,如體常道、親有徳,皆麗於正也。離為日、為火,取外光之義。二五得中正,則重明以麗乎正也。君臣皆以天徳行王道,則宇內徧為其徳矣,此即柔麗乎中正也。

「離」はすなわち「麗」で、附着・依托の義。一つの陰爻が二つの陽爻の間に附麗し、陰は自ら立つ能わず、必ず陽に依附せねばならず。ゆえに「離」と言う。譬えば日月が天に附麗し、百穀・草木が地に附麗するは、皆依附の義である。依附する對象は、依附の正當なるを貴とす。譬えば常道を躬行し德ある人に親しむは、皆「正」に附麗する。離は日・火で、光明が外に照る義を取る。六二と六五は皆中に居りて正を得。すなわち《彖傳》のいう「重明を以て正に麗る」――两重の光明が正道に附麗する。君臣は皆上天の賦する德を以て王道を推行せば、則ち天下は處處にこの德澤に沐浴す。これが正に「柔は中正に麗る」の義である。

中正者,禮之用,以柔麗之,則有和平之意,樂在其中矣。能立必本於禮,至於盪滌邪穢,消融渣滓,和順於道徳而為功用之大成者,則屬之樂焉,故利貞亨而畜牝牛則吉。吉者,得之象也;畜牝牛,則所以自得者深矣。孟子告齊王,於其好勇、好貨、好色、好世俗之樂,不直拒之,必委曲開道,欲與聖哲同歸焉,則所好不足以為病而為王道矣。此皆畜牝牛之義,為善用《易》之一端也。

中正は禮の功用で、再び柔和を以て之に附麗せば、便ち和平の氣象ありて、樂も亦た其の中に在り。人が能く自立するは必ず禮を以て根本と爲す。邪惡・污穢を洗滌し胸中の渣滓を消融して、身心を道德に和順せしめて功用の大成を成就するに至りては、則ち樂の作用に歸す。ゆえに卦辞に「貞に利く、亨」といい、而して「牝牛を畜う」は則ち吉。「吉」は得る所有る象。「牝牛を畜う」――母牛を蓄養するは、その柔順を取る。これは自ら涵養する所得が極めて深きを言う。孟子が齊宣王を勸告する時、彼の勇を好み貨を好み色を好み世俗の樂を好むに對し、皆直接に拒絕せず、而して必ず委婉に開導を加え、彼を引きて聖哲と同じく一路に歸せしめんと欲す。こうなれば、彼のあの愛好は便ち毛病と爲らず、反って王道を推行する入手處と爲る。これらは皆「牝牛を畜う」の意で、もまた《周易》を善く運用するの一方面である。

明兩作,有相麗之義。大人繼明照四方,則作之於前,述之於後,皆以明徳而相麗也。堯舜之重華,文武之重光,由離而行者也,泰和所以在唐虞成周宇宙間也。初九陽剛居下,上無正應,未得所麗者也。離性躁動,不能安土敦仁,步履交錯而不自寧,時不當動而欲動者也,故勉之以持敬而審處焉。能敬則以靜制動,以義安命,相時研幾,可無錯然之失,乃所以辟咎也。

《大象傳》に「明は兩つ作る、離」といい、两重の光明が相繼いで起るは、彼此附麗の意を含む。大人は接續・不斷の光明を以て四方に照臨し、前人は先に開創し後人は後に繼述し、皆光明の德を以て互相に依托す。堯舜の「重華」・文武の「重光」は、走る所は正に離卦のこの路で、太平・和樂の氣が唐虞と成周の天地の間に充滿し得た所以である。初九は陽剛にして最下に居り、上に又た正應なし。これは未だ依托を找見せざる人である。離の性情は躁動にして、處する所に安んじ仁に敦厚なる能わず、脚步は交錯・雜亂して自ら安寧を得ず、時機は動くべからざるに動かんと想う。ゆえに爻辞は「之を敬せよ」を以て之を勉励し、之をして敬意を持守し審慎に自處せしむ。能く敬すれば、能く靜を以て動を制し、道義を以て命運を安頓し、時機を觀察し幾微を研求して、「錯然たりを履む」のごとき失誤を免れ得。これが正に災咎を避くる辦法である。

六二為離之主,居離之中,知之盡,仁之至,不賴勇而裕如者,舒捲運用,曲盡時宜,此孔孟之事也。離為日,九三前離垂盡,為日昃之離,於人則大命將傾之際也。缶,常用之器也。當生而生,當死而死,常道也。見危授命,以常道處之,則鼓缶而歌之義也。不能如此,則以死生為重,拂理亂義,無所不至矣,故凶。三過剛不中,樂天知命非其所能,故聖人勉以視死如歸之義焉。

六二は離卦の主爻で、下離の中に居り、智慧は極處に至り仁德は極處に至り、血氣の勇を倚仗するに及ばずして從容・有餘にして、或いは舒く或いは卷き或いは用い或いは藏るるも、皆時宜を曲盡す。これは孔子・孟子のあの層次の作爲である。離は太陽を象徴し、九三は下離の將に盡きんとする處に處り、これは「日昃の離」――太陽が西に偏す。人事に落とせば、便ち大命が將に傾覆せんとする關頭である。「缶」は日常に用うる瓦器。活くべきは活き、死すべきは死す。これは常道。危難に遇い生命を獻出するに、平常心を以て之に對するは、すなわち爻辞「缶を鼓して歌う」の義である。この一點を做り得ざれば、生死を看ること過重にして、便ち天理に違背し道義を擾亂し、何事も做り出し得。ゆえに凶。九三は剛強に過ぎて中に居らず、天を樂しみ命を知るは本來その長處にあらず。ゆえに聖人は死を視ること歸るがごときの道理を以て之を勉励す。

九四以剛不中正而繼前離之將盡,欲強逼而速得之,此楚商臣、隋煬帝負篡逆之罪,天道之不容,神人所共忿也。突然而來,惡已甚矣,故焚死而與眾共棄之,人人得而誅之也。

九四は陽剛の質を以て中に居らず正を得ず、前一の離體の將に盡きたる後に接續し、強力を以て逼迫し迅速に攫取せんと欲す。これは譬えば楚國の太子商臣が父を弑し、隋煬帝が君を弑したるがごとき篡逆の罪を背負うがごとく、天理の容るる所にあらず、人神の共に憤る所である。爻辞に「突如として其れ來る」といい、來ること突兀・凶暴にして、罪惡は已に極點に至れり。ゆえに繼いで「焚くるがごとし、死するがごとし、棄つるがごとし」――焚燒せられ、處死せられ、衆人に一同に抛棄せられ、人人が皆起ちて彼を誅討し得べし。

六五以柔中居尊而無正應,麗王公之位而為天下所麗也。離明之主,足以知君道之難盡而無人之可憂,故出涕至於沱若,而憂戚至於嗟若焉,恐不能一朝保其負荷之重也。危者,安其位者也;亡者,保其存者也;亂者,有其治者也。五有憂懼之心,則賢人君子樂與為用,而終至於無可憂懼焉,故吉。

六五は柔順・守中の德を以て尊位に居りて正應なし。それは既に王公の位に附麗し、同時に又た天下人の依托する對象である。上離の光明の主と爲りて、君道の盡善に難きを看清るに足り、而して身辺に倚靠すべき人なし。ゆえに爻辞に「涕を出すこと沱若、戚嗟すること若なり」――淚を流すこと雨のごとく、憂傷・歎息して、唯恐らくは一天も肩上の重擔を保ち得ざらんとす。《繫辭下傳》に曰く:危亡を招來するは、正に自ら地位は安穩なりと以爲する人。滅亡を招來するは、正に自ら長く保ち得べしと以爲する人。禍亂を招來するは、正に天下は已に治まりと以爲する人。六五は心に憂懼を存せば、賢人・君子は便ち之がために用いらるるを樂しみ、最終に反って憂懼すべきなき地步に至る。ゆえに吉。

離有甲兵之象。上九以剛徳明體處卦之上,於麗天下之道,威命明徳兼舉而不偏廢,為王用出征、正邦國之不正而有嘉也。剛徳故能折其首惡,明極故能獲匪其醜,皆有嘉之義也。罪其所當罪,宥其所當宥,征伐所至有如時雨,則所以寧天下而盡天吏之職,非以利已為也,何咎之有?

離卦は兵甲の象あり。上九は剛健の德・光明の體を以て全卦の最上位に處り、天下をして依托所有らしむる道理上に於て、威嚴の號令と光明の德教との兩樣を並擧して偏廢せず。ゆえに爻辞に「王之を用いて出征す、嘉あり」――君王は彼を憑って兵を出して征討し、邦國の不正を糾正し、よって嘉美の功あり。剛德有れば、能く首を爲る元凶を斬折す。明は極處に至れば、能く分辨して清らかにし、俘獲する所は彼の同黨・脅從にあらず。皆「嘉あり」の義である。罪を治むべきは罪を治め、寬赦すべきは寬赦して、征伐の至る所は及時雨のごとし。これは以て天下を安定し上天の官吏の職分を盡くすので、自らのために利を謀るにあらず。どこに何の過ちかあらん。

上經首乾坤而終於坎離。天地者,萬物之父母,陰陽不可相無也。一陽居二陰之間為坎,所以著小人之罪也;一陰居二陽之間為離,所以彰君子之徳也,此扶陽抑陰之義也。又坎剛中而離柔中,中者萬世不易之常道,而亦可以終乾坤之義,一則天命之性,一則率性之道也。

《周易》の上經は《乾》《坤》を以て開端と爲し、《坎》《離》を以て收尾と爲す。天地は萬物の父母で、陰と陽とは互相に缺くべからず。一つの陽爻が二つの陰爻の間に困るはすなわち《坎》で、以て小人が君子を陷害する罪惡を揭發す。一つの陰爻が二つの陽爻の間に附麗するはすなわち《離》で、以て君子の德行を彰顯す。これがすなわち陽剛を扶持し陰柔を抑制する用意である。再者、《坎》は陽剛が中に居り、《離》は陰柔が中に居り、「中」は萬世不變の常道で、亦た正好く《乾》《坤》の意義を收束し得――一は《中庸》のいう「天命のこれを性と謂う」に對應し、一は「性に率うこれを道と謂う」に對應す。

上經首乾坤,則立天之道曰陰與陽,立地之道曰柔與剛也;下經首咸恆,則立人之道曰仁與義也。首乾坤者終於坎離之別,首咸恆者終於坎離之交,天地人之道,中而已。《易》之全體大用可識矣。

上經は《乾》《坤》を以て開端と爲し、《說卦傳》のいう「天の道を立つるに陰と陽と曰い、地の道を立つるに柔と剛と曰う」に對應す。下經は《咸》《恒》を以て開端と爲し、「人の道を立つるに仁と義と曰う」に對應す。《乾》《坤》を以て開端と爲す上經は、《坎》《離》の两卦の分立に終結し、《咸》《恒》を以て開端と爲す下經は、《既濟》《未濟》に終結す。あれは正に坎離の两體の交合である。天・地・人の三者の道は、歸結すれば不過一の「中」の字。《周易》の全體と大用は、ここより便ち認識し得べし。

周易辨錄卷三(明・楊爵撰)

咸卦(艮下兌上)

咸,亨,利貞,取女吉。

《咸》卦の卦辞はいう:交わり感應して亨通す。正道を守持するに宜しく、妻を娶れば則ち吉。

咸之義則感也。兊柔在上,艮剛在下,與地天為泰之義相類,是二氣感應以相與也。又艮以篤實感,而兌以和說應;又艮以少男下於兊之少女,皆有感應之義。而卦以咸名者,應由於感,而感可以綂乎應也。感則應有亨通之理,然必利於正,不正則感之者非以道矣。君臣朋友以義相與皆正也,推類而觀之,凡鉅細之舉,必廓然而大公,物來而順應,皆正也。取女之道,萬化之原所由始,於感之所繫為尤重。婚禮備而貞女行,感以正也,如是則吉。

「咸」の意はすなわち感應。兌の柔は上にあり艮の剛は下にあり、地が上に在り天が下に在りて《泰》を成す道理と相類す。皆陰陽の二氣が交感して彼此に親附す。再び卦德を看れば:艮は篤實を以て感じ、兌は和悅を以て應ず。再び卦象を看れば:艮の少男は兌の少女の下に屈居す。皆感應の意を含む。而して卦名を「咸」と言い「應」と言わざるは、「應」は「感」より來るがゆえに、一の「感」の字は以て「應」を統攝し得。感あれば應あり、自ずから亨通の道理あり。然而も必ず正を守るに宜しくなければならず。正ならざれば、則ち他人を感動するは正道を用うるにあらず。君臣の間・朋友の間に道義を以て相交わるは、皆正。ここより類推すれば、凡そ大小の事情の擧動は、皆必ず心胸を開闊にし大公・無私にして、事情が來れば理に順って應對せねばならず。これも亦た皆正である。妻を娶る道は天地萬化の源の開端で、一切の感應の中に於て關涉する所は尤も重大である。婚禮が齊備して後に貞潔の女子は出嫁す。これが正に正道を以て相感ずるで、こうあれば便ち吉。

天地感而萬物化生,天地之感之正也;聖人感人心而天下和平,聖人之感之正也。天地非有心於感也,至理之流行而已;聖人非有心於感也,順至理而已。故曰天地無心以成化,聖人有心而無為。盈天地間皆感也,感則有應,應又所以為感。天地萬物之情之可見者,感以正也。如寒暑往來、動息榮悴之類,何莫非正乎?凡動止語黙,皆感之義也。感之道二,正邪而已,出乎此則入乎彼,是非得失、治亂安危皆由於此。

《彖傳》に「天地感じて萬物化生す」というは、これは天地の感の正。「聖人は人心に感じて天下和平す」というは、これは聖人の感の正。天地は心を存して感ずるにあらず、ただ至理が自ずから流行するのみ。聖人も亦た心を存して感ずるにあらず、ただ至理に順って行うのみ。ゆえに曰く:天地は心なくして化育を成就し、聖人は心ありて妄に作らず。天地の間に充塞するは非ずして感ならず、感あれば便ち應あり、應じて過ぎれば又た新たの感と爲る。天地萬物の情の見るべき所以は、正にそれらの相感が皆正に合するがゆえ。寒來り暑往き動靜・榮枯のこの一類のごとき、どれ一つとして正ならざるあらん。凡そ行動・靜止・言語・沈默は、皆感の範疇に属す。感の路はただ两條あり、正と邪のみ。これの一條を出れば、便ちあの一條に落ち入る。是非・得失・治亂・安危は全てここより決定す。

水在山下,出而為澤,則在其上,亦感應相與之義也。心虛則無物,廣大無外之體全矣,應酬萬變,此其本也。用之以受人則尤為切至,而非智者不能用也。咸以人身取象,咸之時皆欲感人者也。初六以陰居下,在感之時為咸其拇之象,感之者可謂下而微矣。以其斗筲樸樕之質,本自無正大光明之作用矣。人品之卑下,舉動之瑣細,是咸卦中之賤丈夫也,以此感人,人將漠然無所有矣。

水は本來山の下にあるも、涌出して澤に匯り、反って山の上面に居る。これも亦た彼此感應・親附の義である。《大象傳》は人に「虚を以て人を受く」を教う:心裏空虚なれば私物を存せず、廣大・無邊の本体は便ち完整して、千變萬化に應付する根本は就中ここに在り。この「虚」を他人を接納する上に用うるは尤も切要なるも、可惜智慧ある人にあらざれば做不到。《咸》卦は通篇に人身の各部位を取象し、《咸》の時に處れば、各爻は皆他人を感動せんと欲す。初六は陰爻を以て最下に居り、交感の時には「其の拇に咸む」の象――ただ脚の大拇趾に感動するのみで、感ずる部位は低く且微なると言い得べし。それは斗筲の小器・樸樕の小材の資質なるがゆえに、本來正大・光明の作爲なし。人品は卑下にして擧動は瑣碎す。これが《咸》卦の中の鄙賤の徒である。この方式を以て人を感動すれば、他人はただ漠然として動ずる所なし。

初六為咸其拇,拇之上為腓,六二當其處,為咸其腓矣。拇與腓皆所以行而易失之輕動者也。初尚微小,凶或可免;二之輕動則顯而大矣,故感即有凶。二有中正之徳,又艮體有能止之義,故又勉之以居則吉。居謂安所遇也,安其所遇非不動也,乃動所當動而不妄動也。

初六は「其の拇に咸む」。脚指の上は小腿肚で、六二は正にこの位置に當たる。ゆえに「其の腓に咸む」――小腿に感動する。脚指と小腿とは皆行走するに用い、最も輕擧・妄動の毛病を犯し易き部位である。初六はなお微小と算して、凶險は或いは避免し得。六二の輕動は便ち顯著にして嚴重す。ゆえに一たび感ずれば便ち凶あり。六二は中に居り正を得る德を具備し、又た艮體に属して止まり得る意を含む。ゆえに爻辞は又た之を勉励して「居れば吉」――安處すれば則ち吉。「居」は自らの遇う所の處境に安んずる。遇う所に安んずるは動かざるにあらずして、動くべき時に乃ち動き、胡亂に行動せざるをいう。

既有中正能止之徳,曷又咸其腓而有失乎?咸之時皆欲感人以求所欲也。富貴利達之迷人,或剛立者所不免,而況於陰柔者乎?堅其志趨,審擇所為而必以正,乃守身之常道,而聖賢之感人不外此矣,是所謂居吉者也。

既に中に居り正を得止まり得る德性を具備するに、何を以てか又た「其の腓に咸む」して差錯を出さん。交感の時に處して人人が皆他人を感動して自らの要する所を求取せんと欲するがため。富貴・顯達は最も人心を迷惑するに、剛強・自立の人さえ時に免れ得ざるあり、況んや陰柔の質をや。自らの志向の趨求を堅定にし、爲する所を審慎に選擇して必ず正道に合せしむるは、これこそ身を守る常道である。聖賢の人心を感動するも亦たこれに外ならず。これがいわゆる「居れば吉」である。

拇上為腓,腓上為股,九三當其處,為咸其股之象。股隨足而動者,足動則股動,足止則股止,股之動止一由於足。咸其股,則不能自處其身,而所執者惟有隨人而已。人之相與,有當隨者,有當止者,以道則隨,非道則止。臣之於君,子之於父,朋友之交,皆宜如此,守之以有終,剛不至於失巳失人矣。

脚指の上は小腿、小腿の上は大腿で、九三は正に大腿の位置に當たる。ゆえに「其の股に咸む」の象。大腿は脚に随いて動く:脚動けば腿動き、脚停まれば腿停まり、大腿の動靜は完全に脚に取決す。感應がただ大腿に至るは、彼が自ら自身を安頓する能わざるを說明し、持守する所は不過一味に他人に跟いて走るのみ。人と人と相處するに、跟從すべきあり、止步すべきあり。道に合せば跟從し、道に合せざれば止步す。臣子の君主に對し、兒子の父親に對し、朋友の間の交往は、皆當にこのごとく、底に堅持してこそ、己を喪失し又た人を害するに至らず。

若九三者,事君則諂佞容悅,長君之惡;事父則阿意曲従,陷親於不義;交友則亦便佞茍合,虛文虛貌而無相規相益之實心焉。以是而往,可吝之甚也。九三剛正艮體,何以有此失乎?以其不中而居止之極,不中則多過,止極則不止矣,況當咸之時而又以感人為心,故不善變而至此極焉。三本陽剛有才者也,用其才以為善則善無不至,用其才以為惡,故惡亦無不至矣,可戒哉!

九三のごとき人は、君主に事えれば諂媚・逢迎して其の歡心を討い、君主の過惡を助長す。父親に事えれば曲意に順從して、親を不義に陷れしむ。朋友を結交するも亦た花言・巧語にして苟且に迎合し、ただ虚禮・虚貌を殘して、互相に規諫し互相に增益する實心なし。かく走り下去れば、實に可恥の極點。九三は陽剛にして正を得、又た艮體に属すに、何を以てかかる過失あらん。それは中位に居らずして「止」の極點に處すれば:中に居らざれば過失を出し易く、止は極點に至れば反って止まる能わず。況んや正に交感の時に當たり、心裏に又た一味に他人を感動せんを想うがゆえに、善く應變する能わずして墮落してこの地步に至る。九三は本來陽剛にして才有りの人で、才干を善に用いれば善は便ち至らざるなく、才干を惡に用いれば惡も亦た至らざるなし。警惕すべからずや!

貞者,至極之善,人心本然之理,千聖感物之常道也。堯舜禹湯文武之所以盡君道者此也,皋夔稷契、伊尹萊朱、周召之所以盡臣道者此也,孔子之所以繼往聖開來學者亦此也,非九四之所有也。

「貞」は最高の善で、人心が本來具有する道理で、亦た千百位の聖人が萬物に感通する常道である。堯・舜・禹・湯・文王・武王の能く君主の道を盡くしたる所以は、これに靠る。皐陶・夔・后稷・契、伊尹・萊朱、周公・召公の能く臣子の道を盡くしたる所以は、これに靠る。孔子の能く往聖を承繼し後學を開啓したる所以は、も亦たこれに靠る。これは然るに九四の具備する所にあらず。

九四以陽居陰,已失其貞而有悔矣,所尚者憧憧往來之敝習也。聖人以其當心之處為咸之主,故以人心所具之常理啟之,欲其反身而誠以盡感物之道也。言能貞則吉而悔可亡;若循其故習,憧憧往來而蔽於私,則但其朋類従爾矣,安能有感必通而得人心之應乎?六二之居,亦欲其勉乎此也。憧憧往來,間以私暱而昧以公理,乃黯昧邪小之心度,故象言其未光大也。

九四は陽爻を以て陰位に居り、已に「貞」を失掉して悔あり。それが崇尚する所は「憧憧として往來す」のあの心思の紛擾・私相に往還する壞習氣である。聖人はそれが正に人身の心臟の部位に當たり全卦の感應の主爻なるがゆえに、人心の本具する常理を以て之を開導し、之をして反躬・自省し誠意・正心して以て萬物に感通する道理を盡くせしむ。ゆえに爻辞に能く正を守れば吉にして悔は消亡し得といい、若し舊習慣を照すれば、心思は憧憧として往來して私意に蒙蔽せられ、則ち彼に跟從するも亦たただ彼のあの一黨の人のみで、怎に一たび感ずれば即ち通じて天下の人心の響應を得られんや。前に六二に「居れよ」と言うたるの用意も、亦た之をしてこの上に於て用功せしめんと欲する。心思は憧憧として往來し私昵を夾雜して公理に昧たるは、これは昏暗・邪僻の小人の心術である。ゆえに《小象傳》に之を「未だ光大ならざるなり」という。

脢,背肉,與心相背。心能裁處萬變,脢則不動之物,咸其脢,則感之以無能為也。五雖陽爻,然體本兊柔,尚和說而少剛立,不能以道自強者也;又無忠賢夾輔以成徳業,故安於庸懦,而自謂治道至此可矣,如漢元帝、唐文宗之類。元兇閹宦竊其大柄,不能尊賢任能,奮然興起,而所尚者區區之節儉耳。

「脢」は背上の肉で、正に心と相背す。心は能く裁斷して千變萬化に應付するも、背肉は却って動く能わざるもの。「其の脢に咸む」は、すなわち毫も作爲なき處に感じたり。九五は陽爻なるも、所属する兌體は本性柔弱にして和悅を崇尚して剛強・自立を缺き、正道を以て自ら振作する能わざる一類である。加うるに身辺に又た忠賢の臣なくして夾輔して德業を成就せしめず。ゆえに庸懦に安んじて、還も自ら治國の道はこの歩に做れば足れりと以爲す――譬えば漢元帝・唐文宗のごとき君主のごとし。大奸・巨惡と宦官とが朝廷の大權を竊取し、彼らは能く賢者を尊崇し能人を任用し奮發・振作する能わず。看重する所は不過區區たる節儉の名のみ。

王鳯秉政,為國大蠧,則九四以陽居陰之不正者也;王章以剛直而死獄中,九三過剛不中者似之;谷永、貢禹之徒,知有權臣而不知有天子,皆瑣尾之匹夫,而為初與二之類也。引君當道,使志於仁而大有為,誰其人哉?五至此而不悟,豪傑之士知有潛身逺害而已矣。既不能有為而茍於幸安,則亦賴先哲以保其成業耳,不至於妄動招災而致悔矣。

漢成帝の時、王鳳は朝政を把持して國家の大蠹蟲と爲る。これは就中九四が陽を以て陰に居りて其の正を失うがごとき人に相當す。王章は剛直に諫を進めて獄中に死す。九三が剛強に過ぎて中に居らざる情形は彼と相似す。谷永・貢禹の一流は、權臣有るを知るのみにして天子有るを知らず。皆猥瑣・卑微の庸人で、初六・六二のあの一類に属す。君主を引導して正道に走上せしめ彼をして仁に立志して大有作爲せしむるは、かかる人は何處に往きて找さんや。九五はこの地步に至るもなお覺悟せざれば、豪傑の士は便ち身を抽きて禍を遠ざかるのみ懂る。既に作爲する能わずしてただ僥倖に偏安を求むれば、亦たただ先代の聖哲の留めた規模に倚仗して既成の基業を保つに過ぎず。幸いにしてなお妄動して災を招くに至らずして悔恨を招來せざる。楊爵は獄中に在りて漢唐の舊事を借りて論を立つ。指す所は正に當朝の權臣が柄を竊み忠直が獄に下り群小が趨附する局面である。

咸以人身取象,上六則輔、頰、舌之處也,又兌為口舌,故取此義。以柔說而居咸之極,則感人以言而無其實,儀、秦之流是也。《詩》曰:「巧言如簧,顏之厚矣。」上六有焉。

《咸》卦は人身を以て象を取り、上六は正に牙床・面頰・舌頭の部位に當たり、加うるに兌卦は本來口舌を象徴す。ゆえに爻辞は「其の輔・頰・舌に咸む」の義を取る。柔順・喜悅の質を以て交感の極點に處すれば、便ちただ言語を以て人を感動して實際の內容なし。張儀・蘇秦のあの一流の人は正にこのごとし。《詩經・小雅・巧言》に曰く:「巧言は簧のごとし、顔の厚きかな」――花言巧語は笙簧のごとく動聽して、臉皮は真に厚きに足る。上六は便ちかかる人である。

恒卦(巽下震上)

恆,亨,無咎,利貞,利有攸往。

《恒》卦の卦辞はいう:恒久・不變して亨通し、過ちあることなし。正道を守持するに宜しく、往く所有るに宜し。

恆,久也,有常則可久矣。震剛在上,巽柔在下,剛柔各得其所。雷迅則風烈,為雷風相與;又先天圖雷與風對,亦一義也。巽而動,動不以巽,非可久之道也。卦之六爻剛柔相應,此四者皆理之常而可久者也,故卦名恆。人之所信所守久而不變,則為有恆,固可以致亨而無咎矣。

「恒」はすなわち長久で、常規有れば便ち長久し得。震の剛は上にあり巽の柔は下にあり、剛と柔とは各々其の所を得。雷聲は迅疾にして風勢は便ち猛烈す。これは雷と風とが互相に助長す。再者伏羲の先天圖中に震雷と巽風とは正好く相對す。亦た同一の道理。謙遜・柔順して後に行動す。若し行動が謙順を以て本と爲さざれば、長久すべき道にあらず。此の卦の六爻は剛柔が一一に相應す。以上の四點――剛柔が位を得、雷風が相與し、巽して後に動き、六爻が相應す――は皆常理の中に長久すべきで、ゆえに卦名を《恒》と言う。人の信奉し持守する所のものが長久にして改變せざるを、便ち恒ありと言う。本來以て亨通を致し得て過ちなし。

然必利於貞,乃為久於其道。不正則所恆者邪妄之小術而非道也。固有恆而不貞者,未有貞而不恆者也。如楊墨之徒,自守其術至於死而不變,豈不有恆?而謂貞則未也,豈乆於其道者乎?天地之道,固恆久不已之道也,人之恆久而有未貞焉,則與天地之道不相似也。

然而も必ず正を守るに宜しくしてこそ、《彖傳》のいう「其の道に久しき」と算し得。正ならざれば、則ち恒守する所はただ邪妄の小伎俩にして道にあらず。世上には確かに能く恒久なるも正道に合せざる人有りて、正道に合して恒久ならざる人はなし。譬えば楊朱・墨翟の一派のごとき、各々自らのあの一套の學說を守りて死するまで改めず。豈に恒ありと算せざらんや。然るに彼らを「貞」と言えば便ち行かず。あれは怎に長久に道上に守ると談ずべきあらん。天地の道は、本來恒久・不止の道である。人は能く恒久なるも未だ正を守る能わざれば、則ち天地の道と相似せず。

利有攸往,終則有始者,此事之有終,而彼事又有始也。事變無窮,而所以應之之道亦無窮。一恆久之理得,而自足以周萬變之應,由其所恆者一於道也。所恆者一於道,則無不可為之時,亦無不可為之事,而利有攸往矣。日月得天,得其恆久不已之理也,故能久照;四時之變化,亦得其恆久不已之理也,故能久成。聖人與天地恆久之理脗合而為一者也,故久於其道而天下化成。

卦辞に「利あり攸く往く」といい、《彖傳》は「終われば則ち始まりあり」と解す。意はこの一件の事に結束有れば、あの一件の事は又た頭を開く。世事は變化・無窮にして、以て應對する道理も亦た無窮なり。ただ「恒久」のこの一の道理を掌握し得れば、自ずから萬變に周應するに足る。原因は就中恒守する所が一概に道に歸するに在り。恒守する所が一概に道に歸すれば、則ち作爲すべからざる時機なく、亦た作爲すべからざる事情なし。よって「利あり攸く往く」。《彖傳》に「日月は天を得て能く久しく照る」というは、日月はあの恒久・不止の理を得て、ゆえに能く長久に照曜す。四時の變化も、亦たあの恒久・不止の理を得て、ゆえに能く長久に萬物を成就す。聖人は天地の恒久の理と契合・無間・浑然として一と爲る人で、ゆえに能く長久に道上に守りて天下の化育は成有り。

天地恆久之理,消息盈虛有常而已。觀所謂恆之義,則天地萬物之情可見矣。天地萬物之情,恆之理足以盡之而無餘矣。萬物之形形色色,愈出愈新,亦得天地恆久之理也,所謂天下無性外之物,而性無不在者也。雷風有恆之象,君子立不易方,則恆在我矣。方者,其所當行之道也,隨其所遇,道無不在,君子立之而不以死生患難易其節,則體恆之義也。

天地の恒久の理は、不過消長・盈虚が各々常度あるのみ。この「恒」の意義を體察すれば、天地萬物の實情は便ち見るべし。天地萬物の實情は、一の「恒」の道理を以て言い盡くして遺漏なきに足る。萬物は形形色色・層出不窮・日新・不已なるも、亦た皆天地の恒久の理を得たり。これがいわゆる天下に本性の外に在る物なく、本性は處處に在らざるなし。雷と風とに恒久の象ありて、《大象傳》に君子はここより「立ちて方を易えず」すれば、則ち「恒」は自己の身上に在り。「方」は自己の應當に踐行すべき道。各々遇う所の處境に随い、道は處處に在らざるなく、君子は之を確立して生死・患難を以て自らの操守を改變せず。これが「恒」の意義を體現する。

初六與九四為正應,四震體陽性,上而不下,無意於初。初在下,為交與之始,未可深求,乃巽順而必欲入之深,以常理求之之象也。守此始求之深以為可常而不知變,則凶而無所利矣。漢文既疏於賈生矣,誼以何為痛哭流涕而言之切,犯於此爻之戒矣,長沙之行,幾不能容矣,何所利哉?

初六と九四とは本來正應なるも、九四は震體に属して陽性は上に向かい下に向かわず、初六に對し並びに意なし。初六は最下に居り、正に交往の開端に當たり、本來深く求むべからざるに、それは巽體の柔順なるがゆえに、偏に一頭に深入りて入る。これが爻辞「恒を浚く」の象――一上來より深く探求して、還も常道と爲して固守す。かかる起初より求むること深に過ぐる做法を守りて、長久し得べしと以爲して變通を知らざれば、結果は便ち凶にして毫も好處なし。漢文帝は已に賈誼を疎遠するも、賈誼はなお上疏して何ぞ痛哭すべき何ぞ流涕すべきを言い、言辭は懇切・激烈にして、正にこの一爻の誡告に犯す。結果は外に放たれて長沙王の太傅と爲り、幾く朝廷に容れられざるに及ぶ。何の好處かあらん。

九二以陽居陰,不得其正,則有悔矣。當恆之時,處下卦之中,所恆者中道也。中者,無過不及之至理也。守此至理,久而不失,至於死而後已,則其悔可亡矣。凡進身不正,而能使作用合於至道,造次顛沛而不少變,則可以葢前愆焉,其九二悔亡之義也。

九二は陽爻を以て陰位に居り、正位を得ざれば、本當に悔あるべし。然るに正に《恒》の時に當たり、それは下卦の中位に處して、恒守する所は中道である。「中」は過ぐるなく及ばざるなき至理。この至理を守りて長久に失わず死して方や休めば、則ちその悔は消亡し得。ゆえに爻辞に「悔亡す」という。大凡出身・進用の途徑が端正に足らざるも、自らの作爲をして至道に合せしめ得、倉促の間・顚沛の際も亦た絲毫も改めざれば、則ち從前の過失を掩盖し得。これが九二の「悔亡す」の義である。

九三當恆之時,過剛不中,是不能常守其徳也。剛而不中,則流於剛惡,任意使氣,無所不至,於聖賢忠信義理之心胷作用相去逺矣。無所往而不失,則無所往而不取羞,其身至此不能容矣。徳者,人心固有之善也,三豈獨無此善乎?但不能恆以守之耳。使能反而求之,以其剛正之根本而用之為善,則何所不至哉!

九三は正に《恒》の時に當たるも、却って剛強に過ぎて中に居らず。これは長久に自らの德行を守る能わざる表現で、ゆえに爻辞に「其の德を恒にせず」という。剛にして中に居らざれば、便ち剛愎の惡に流れ、任性に氣を使い何事も幹り出し得、聖賢のあの忠信・義理の胸襟・作爲と相去ること甚だ遠し。どこに走りても過失を免れず、亦たどこに走りても受辱を免れず。其人はこの地步に至りて已に容身する處なし。正に爻辞「或いは之に羞を承く」に應ず。德は人心の本來有る善で、九三は豈に偏偏この善なからんや。ただ能く恒久に之を守る能わざるのみ。假使彼が能く身に反りて自らに求め、自らの剛正の根本を憑って善を爲すに用いれば、則ちまた何の達せざる所あらんや。

九四當恆之時,以陽居陰,為非其位,固能乆矣,然所久者非其道也。是見其偏而未見其全,流於私小而逺於大中至正者也。以修己則不能畜內聖之徳,以治人則不能成外王之化,安得禽乎?管仲得君如彼其専也,行乎國政如彼其久也,功烈如彼其卑也。管仲死,桓公薨,天下不復宗齊,由仲之所久者非其道也。

九四は正に《恒》の時に當たり、陽爻を以て陰位に居り、居る所は其の應有の位置にあらず。それは固然として能く長久に守るも、守る所は然るに正道にあらず。これはただ偏を見て全を見ず、私小に流れて大中・至正より遠離す。以て自己を修養すれば、内聖の德行を積蓄し出さず。以て他人を治理すれば、外王の教化を成就せず。あれは怎に獵獲する所有らんや。これが正に爻辞「田に禽なし」――打獵して禽獸を打ち得ずの義である。管仲は君主の信任を得ることあのよう專一にして、國政を主持することあのよう長久なるも、功業は却ってあのよう卑下なり。管仲が一死し齊桓公が一たび去世せば、天下は便ち再び齊國を尊奉せず。原因は就中管仲の長久に守り著けたるは正道にあらざるに在り。

六五以柔中之徳而應九二之剛中,可謂恆其徳而守其正矣,然此乃婦人之道也。婦人無非無儀,維酒食是議,有閨門之修,無境外之志,従一而終焉者也,故婦人如此則吉。夫子則因時順理,隨事處宜,如五之恆其徳,貞凶之道也。聖人以六五處丈夫之位而従婦人之道,故發此義。

六五は柔順・守中の德を以て上は九二の剛健・守中に應ず。恒に其の德を守り其の正を持守したりと言い得べし。然而もこれはただ婦人の道である。《詩經・小雅・斯干》に婦人は「非無く儀無く、惟れ酒食これを議る」――擅自に主張を作さず自ら儀法を立てず、ただ酒食の事を管し、閨門の内の修養ありて家門の外の志向なし、一より從りて終わる。ゆえに爻辞に「婦人は吉」という。男子に至りては、則ち時に因り理に順い事に随い處置して宜を得ねばならず。六五のごとき一味に恒守して變えざるは、男子に對して言えば便ち「夫子は凶」――固守して下去れば反って凶險。聖人は六五が身は丈夫の位に居りて婦人の道を走るがゆえに、特にこの一層の意を發出す。

顏子、禹稷憂樂不同而同於道,曽子、子思逺害死難而易地則皆然,非禮之禮、非義之義固不屑矣,此惟可與權者能之。徳未至而強欲為,是小人之猖狂自恣,假聖賢之言以遂其私者也。

顏回は貧に安んじ道を樂しみ、大禹・后稷は天下の難を急ぐ。憂と樂の表現は同じからずして同じく道に歸す。曾子は寇に遇いて禍を避け、子思は城を守りて難に死す。處境は同じからざるも、孟子は彼ら若し彼此位置を換えれば、做法も亦た一樣ならんという。あの禮に合せざる禮・義に合せざる義に至りては、彼らは自ずから屑として爲さず。これはただ能く權を通じ變に達する人のみ做り得。《恒》卦の德が未だあの地步に至らざるに硬して效倣せんとするは、則ち小人の猖狂・放肆して、聖賢の言を借りて自らの私意を遂ぐるのみ。

上六以陰柔之質居恆之極、震之終,震終則過於動,恆極則反變而為不恆矣,故為振恆之象。以不常之心而過於動,是小人之率意而妄為者也,何能免於凶乎?故象言其大無功,大無功則凶即至矣。若以君子處之,則恆之上為恆之終,震之極為過人之動,而善莫大焉。

上六は陰柔の質を以て《恒》卦の極點・震卦の終端に處す。震は終端に至れば動くこと過分にして、恒は極點に至れば反って不恒に變ず。ゆえに「恒を振う」――搖動して定まらざる象あり。反復・無常の心を懐いて又た躁動に過頭なるは、これは小人が任意に妄爲する樣子で、怎に凶を免れ得んや。ゆえに《小象傳》に之を「大いに功なきなり」という。大にして功なければ、凶險も亦た之に跟いて到る。假如君子に換えてこの位置に處せば、則ち《恒》卦の上位は便ち恒德の最終の完成、震卦の極點は便ち常人を超乎えた行動力で、善はこれより大なるはなし。

恆九三所久者非其徳也,非其徳則肆意妄作而無所不至矣,故象言其無所容也。九四所久者非其位也,非其位則牽制徇従而不能進於有為矣,故象言安得禽也。九三在三畫巽卦為非中,而居恆卦亦非中,故以所守之徳言;九四在三畫震卦為得正,而居恆卦則非正,故以所處之位言。要之,九三始終以非道自處者也;九四為富貴所動,而不能盡行其所學也。

《恒》卦の九三が長久に守り著けたるは其の應有の德にあらず。應有の德にあらざれば、便ち肆意・妄爲して至らざるなし。ゆえに《小象傳》に之を「容るる所なきなり」――身を容るる處なしという。九四が長久に占め據えたるは其の應有の位にあらず。應有の位にあらざれば、便ち人に牽制せられ人に随いて俯仰して有爲に進む能わず。ゆえに《小象傳》に「何ぞ禽を得んや」――どこに禽獸を獵得せんやという。九三は三畫の巽卦の中に中位に居らず、六畫の《恒》卦の中にも中に居らず。ゆえにそれが守る德に就いて論を立つ。九四は三畫の震卦の中では正を得たりと算するも、六畫の《恒》卦の中では正を得ず。ゆえにそれが處する位に就いて論を立つ。要するに九三は自始至終に非道を以て自處する人で、九四は則ち富貴に打動せられて、よって自らの學んだ所を完全に推行する能わざる人である。

外堯舜禹湯文武周公孔子之道而自以為道,則九三之謂也;欲以道濟天下而有枉尺直尋之意,則九四之謂也。四近於五,位之所在,則治亂安危繫之天下,而義固自重於三矣。如魏相假許史以進,則位之所得非其正矣;宣帝少恩,相不能濟之以寛仁之道,而治止於雜霸,則田無禽也。孔孟非不欲行道以濟世也,然待價而沽,不見諸侯,以枉已者不可以正人也。

堯・舜・禹・湯・文王・武王・周公・孔子の道を摒棄して外に置き、別に一套の自以爲是の「道」を立つるは、說く所は九三である。正道を以て天下を救濟せんと想いながら、心裏に却って「尺を枉げて尋を直くす」――一尺を委屈して以て八尺の伸展を求むる算計を存するは、說く所は九四である。九四は九五に靠近し、それが居る位置を憑れば、天下の治亂・安危は皆その上に係る。道義の分量に就いて言えば本來九三より重し。譬えば漢宣帝の時、魏相が許氏・史氏の兩家の外戚の援引を憑って進用せられれば、則ち彼の位を得た途徑は便ち正ならず。宣帝の爲政は刻薄・少恩にして、魏相は能く寬仁の道を以て彼を調劑せず、治績はただ王霸・雜用の層次に停留す。これが「田に禽なし」で、終竟に一の獲る所なし。孔子・孟子は行って道を濟し世を救わんと欲せざるにあらず。然るに彼らは價を待ちて沽り、輕々しく諸侯に謁見せず。先に自己を彎げた人は、他人を扶正する法なきがためである。

恆六爻各有所恆:初六以浚為恆,九二以中為恆,九三以非徳為恆,九四以茍得其位為恆,六五以不知變通為恆,上六以侮智躁動為恆。惟九二善,餘皆惡之類也。

《恒》卦の六爻は各々其の「恒」あり:初六は一上來より深く求むるを恒と爲し、九二は中を守るを恒と爲し、九三は不正の德を恒と爲し、九四は苟且に得た位置を恒と爲し、六五は變通を知らざるを恒と爲し、上六は智慮を輕慢し躁動・不安なるを恒と爲す。その中でただ九二のみ好く、其餘は皆惡の一類に属す。

遯卦(艮下乾上)

遯,亨,小利貞。

《遯》卦の卦辞はいう:退避・隱遁して亨通す。小事の上に正道を守持するに宜し。

遯亨,身遯而道亨也。九五當位,下有六二之應,自淺見者觀之,謂時尚可以有為;見幾之君子,則知其決不可以有為,但當奉身而退於義乃為當耳。故於斯時而遯,謂之與時行也。與時行則能以身殉道,而未嘗不亨也。當是時,小事可以利貞,大事則不利於貞矣。蓋小人之勢浸長,而九五之當尊位者又與之為應,則權柄已在其掌握,而君子不能伸其志矣。

「遯、亨」と言うは:身が退避すれば、道は反って通行す。九五は正位に居り、下にまた六二がそれと相應ず。見識の淺き人より見れば、この時はなお作爲すべきと言わん。然るに幾微を察見し得る君子は、便ちこの時は決して可爲なく、ただ身を引きて退きて、道義上に於て始めて恰當と算すと知る。ゆえにこの時に退避するを《彖傳》は之を「時に與に行うなり」――時勢に順いて行うと稱す。時に順いて行えば、能く自身を以て道を成全す。よって未だ嘗て亨通せざらず。この時に於て、小事はなお正を守りて利あり、大事は正を守れば便ち利あらず。小人の勢力が正に一步一步に增長して、而して尊位に處する九五がまた小人と相應ずれば、權柄は已に小の掌握の中に落ち、君子は自らの志向を伸展する法なきがためである。

故小事利於貞,則小有救濟而已;若進君子、退小人,振經國之要務,端治化之本原,則難乎其措手,且將一敗塗地,而國勢遂至於不可為矣。小事利貞,大事不利於貞,君子豈能以小小之補塞者而茍容其身乎?此所以知有遯而遯之可以得亨也。

ゆえにいう所の小事は正を守りて利ありも、亦た不過略微に補救するのみ。若し君子を進用し小人を斥退して、治國の緊要の事務を振興し政教の根本を端正せんと欲すれば、則ち下手し難く、而して一旦失敗すれば便ち収拾すべからず、國勢は竟に挽回すべからざるに至る。小事は正を守りて利あり、大事は正を守りて利あらず。君子は怎にこの一點の零星の修補を靠りて、苟且に其の間に容身せんや。ここより便ち明白す:退避すべきを懂得して退避すれば、反って亨通を得るを得べし。

姤一陰生,則君子尚有處小人之道,而可以回造化;至於二陰生,則但有遯而已。葢勢不得以不遯,義不可以不遯也。遯之時義可謂大矣,非卓然之君子不能與於此也。若孔子之去魯遲遲,去齊接淅而行,乃仁之至、義之盡也。宋子哀不立危亂之邦,而春秋美之,亦庶幾乎遯而亨也。天下有山,亦遯之象,謂去之逺也。君子之逺小人,未嘗形諸聲色以絶之,但引身而去,則判乎其不相及矣,何其嚴哉!

《姤》卦がただ一つの陰爻を生出する時は、君子が小人に對付するに還も辦法ありて、還も氣運を挽回し得。《遯》卦に至りて二つの陰爻を生出せば、便ちただ退避の一條の路を殘すのみ。これは形勢上退かざるを得ず、道義上も亦た退くべからざるなし。《遯》卦の時機と意義とは重大と謂うべく、卓然として自立する君子にあらざれば、この事に參與する能わず。孔子が魯國を去る時に遲遲として其の行き、齊國を去る時に剛に淘ぎ終えた米を捞り起して便ち行きしがごときは、あれは仁の極處に至り義の極處に至れり。宋國の子哀が危亂の邦に立身するを肯んぜざりしは、《春秋》はここにより彼を讚美して、亦た差不多く退避して亨通を得たりと算す。「天下に山あり」は《遯》の大象:山は高しと雖も天は更に遠し。說く所は遠く離れて去る。君子が小人を疎遠するも、未だ嘗て厭惡を臉色・言語の上に擺りて彼と決裂せず、ただ身を抽きて去るのみ。然るに界限は判然として分明にして彼此相干涉せず。これは何等か嚴正なるかな!

初六處卦之下,為遯而在後,尾之象也。陰柔之才,不能察之於微而致之以決,至是而始遯,則小人動心矣,豈非危之道乎?遯既在後而不可遯,則勿用有攸往,潛晦其徳以免災害,俟其可遯之機而徐處之,亦或一道也,非終於不遯而已也。聖人言勿用有攸往,欲人之善處而免害也,毫釐有差,則為與世浮沈之小人矣。

初六は全卦の最下に處し、退避して最後に落つ。ゆえに「遯尾」――尾巴の象。その陰柔の資質は、事情がなお微なる時に察覺して果斷に行動する能わず、拖してこの時に至りて始めて退かんと想えば、小人は已に疑心を起せり。これ豈に危險の道にあらずや。既に最後に退きて已に退き成らざれば、則ち「有攸往を用る勿れ」――往く所有る勿れ、自らの德行を収斂して藏起して以て災害を避け、退避すべき時機を待ちて從容に處置すれば、これも亦た一條の路を失わず、就此終身退かざるにあらず。聖人が「有攸往を用る勿れ」と言うは、人の善く自處して禍害を免れんを希望する。この中間にただ毫釐差えば、便ち波に随い流に逐う小人と成る。

六二當遯之時,有中順之徳,自謂於是時而必遯,則所處得中而合於順時之應矣。二之所執者此理也,其執之之固而人不能以言間之,可謂知及之、仁能守之矣。皎皎白駒,在彼空谷,生芻一束,其人如玉,終不以爾公爾侯之言易其心,此爻似之。

六二は正に《遯》の時に當たり、中に居り柔順の德を具備し、自らこの時に必ず退くべしと認定すれば、則ち其の處置は便ち中道に合し、亦た時勢に順應する道理に合す。六二の執守する所は正にこの道理で、執守すること牢固にして他人は言語を以て之を離間する能わず。《論語》の講ずる所「之に及ぶを知り、之を守るに仁なり」――智慧は以て之を認識するに足り、仁德は以て之を守るに足ると言い得べし。爻辞に「之を執るに黃牛の革を用い、之に勝ちて說く莫し」というは、正に《詩經・小雅・白駒》の寫した情景に合す:潔白の小馬があの空曠の山谷の裏にあり、主人は一束の青草を送上し、あの人の品格は玉のごとく、終竟に「爾公爾侯」のこの一類の其の出仕を勸むる言に因りて心志を改變せず。この一爻は正に之と相似す。

九三剛而不中,下比二陰,與相親暱,又艮體為止,勇退之節非其所長,當遯之時,有所繫於心而不能即遯之象也。三之有疾,何疾也?或戀戀於富貴之榮寵而不欲去乎?惴惴於小人之氣焰而不敢去乎?有一於此,皆足為害心之疾,危厲之道也。然是道也,惟用之以畜臣妾則吉。臣妾微賤者,不必其賢而可畜矣。天下之治亂繫庶官之賢否,豈於小人而可以暱近乎?九三以畜臣妾之道而用之以畜庶官焉,聖人所以斥賤之也。

九三は陽剛にして中に居らず、下は初六・六二の二つの陰爻と緊挨して彼此親昵す。又た艮體に属して靜止を主り、勇んで引退する氣節は本來其の長處にあらず。正に《遯》の時に當たり、それは心裏に牽掛する所有りて即刻に退避する能わず。これがすなわち爻辞「繫遯」の象。九三の「疾あり」は、何の病ぞや。富貴・榮寵を舍て得ずして行くを願わざるか。抑も小人の氣焰を怕れて敢て行かざるか。一樣あらば、皆以て本心を傷害する病と爲るに足る。是れ危厲の道。ただこの一套の做法は、ただ臣僕・婢妾を畜養する上に用いてこそ吉なり。ゆえに爻辞に「臣妾を畜して吉」という。臣僕・婢妾は微賤の人で、彼の賢與不賢とを挑選するに及ばず、養い置けば是れなり。然るに天下の治亂は百官の賢與不肖とに係るに、怎に小人に對して親昵・接近すべけんや。九三は却って臣妾を畜養するあの一套を百官を任用する上に用いたり。ゆえに聖人は之を斥責し之を看輕す。

九四與初六居相應之位,四陽剛乾體,上而不下,絶初而不與之應,有好遯之象焉。人見其絶小人、逺利寵而決於必遯,以為好遯,而不知四非好遯者也。有所沮撓,道不行而勢不得以不遯,是君子之能事也。小人之汲汲於求而戀戀不能去,安能與於此?

九四は初六と相應の位置に處するも、九四は陽剛にして乾體に属し、性は上に向かい下に向かわず、斷然として初六を棄絕して之と相應せず。ゆえに「好遯」の象あり。傍人はそれが小人を拒絕し名利・恩寵を遠離して決意に退避するを見て、便ち之を樂んで退隱するを以爲す。卻って知らず、九四は真に樂んで退くにあらずして、處處に阻撓せられ、道は行き通らず形勢上退かざるを得ざる――これこそ君子の本事の在る所。あの小人に至りては、孜孜として求め棧に戀りて去らず、どこにこの一歩を做り得られんや。

九五當遯之時,與六二居相應之位。二之應,非尊仰其道徳之可以益世也,特怵惕其責任尚可以有為,而曲意以順承之耳。五心知其如此,以其勢之方盛未已,而時不可以不遯,於斯時而去之,在巳既不失進退之道,足以正其志,又渾厚其跡,而小人莫測其所以遯焉,是可謂處之甚善,遯之嘉美,正而吉矣。

九五は正に《遯》の時に當たり、六二と相應の位置に處す。六二の來りて相應ずるは、並びに其の道德を尊崇・仰慕して以て世に益するに足るにあらず、不過心裏惴惴として、その職位は還も作爲し得べしと覺えて、よって曲意に逢迎・順承するのみ。九五は心裏にこの一點を明白にし、小人の氣勢が正に盛にして未だ止まざるを見て、時勢上退かざる能わざれば、便ちこの時に身を引きて去る。こうすれば、自己は既に進退の分寸を失わず、以て自らの志向を端正するに足り、行迹は又た渾厚にして露せず、小人は其の何を以て退くかを猜し透る能わず。これは處置すること極めて好しと言い得べく、退避の中の嘉美の者である。ゆえに爻辞に「嘉遯、貞吉」――正を守りて吉という。

上九以剛陽居卦之上,在事之外。剛陽既有能遯之節,在事之外又無小人相與以繫累之,為肥遯之象。肥者,寛裕自得之意,言超然逺遯而人莫之疑,邈乎其不可近矣。天子不得臣,諸侯不得友,免於是非之議、利害之交,無往而不利矣。

上九は陽剛を以て全卦の最上に居り、身を事務の外に置く。既に陽剛のあの毅然として引退し得る氣節有りて、又た身は局外に在り、糾纏・牽累し來る小人なし。ゆえに「肥遯」の象。「肥」は寬裕・自得の義で、說く所は超然として遠く引きて人の疑を起さず、高遠にして人をして接近する由なからしむ。天子は彼を以て臣子と爲す能わず、諸侯は彼を以て朋友と爲す能わず、是非の議論・利害の往來を免除す。ゆえに「利あらざるなし」――どこに往きても利あらざるなしという。

大壯卦(乾下震上)

大壯,利貞。

《大壯》卦の卦辞はいう:陽剛が壯盛にして、正道を守持するに宜し。

大謂陽,君子之類也。大壯,謂大者壯也。以一卦之體言,則四陽盛長而過中為大壯;以二卦之徳言,則乾之徳為剛,震之徳為動,剛以動也,剛以動亦為壯盛之勢也。以其壯而形諸作用,則利於正。正則為君子,為以義理用事者也;不正則為小人,為以血氣用事者也。正則為王道,不正則為霸術矣。文武一怒而安天下之民,大壯之正者也;齊桓晉文威制諸夏,亦可謂壯矣,然假之而已,非正也。

「大」は指す所は陽で、すなわち君子のこの一類である。「大壯」は說く所は陽の大者が壯盛す。一卦の卦體に就いて看れば、四つの陽爻が下より盛長して中位を超過す。ゆえに《大壯》と言う。上下兩卦の卦德に就いて看れば、乾德は剛健、震德は行動で、合せれば便ち「剛以て動く」、剛健して後に行動す。亦た正に壯盛の勢頭である。この壯盛を實際の作爲に落とせば、必ず正を守るに宜しくなければならず。正を守るは君子で、義理を憑って事を辦する人。正を守らざるは小人で、血氣を憑って事を辦する人。正を守るは王道、正を守らざれば便ち霸術。周文王・周武王は一たび怒れば天下の百姓を安定す。これは《大壯》の正。齊桓公・晉文公は威勢を以て中原の諸侯を制服す。亦た壯と算し得べし。然るにあれは不過借り來の名義で、正にあらず。

如言君子和而不流,強哉矯!中立而不倚,強哉矯!國有道不變塞焉,強哉矯!國無道至死不變,強哉矯!皆大壯之正也。若暴虎馮河,死而無悔,失其正矣。大者本所以為正,正為大者所有之道,非假於外求也,特以不察而自失其正者有之。

《中庸》の說くがごとく:君子は平和にして流に逐わず、何等か剛強なるかな!中立して偏倚せず、何等か剛強なるかな!國家の政治清明の時に未だ顯達せざる時の操守を改變せず、何等か剛強なるかな!國家の政治黑暗の時に死に至るまで其の節を改めず、何等か剛強なるかな!これらは皆《大壯》の正である。《論語》の譏刺する所の空手に虎を打ち徒歩に河を渡り死して悔いざるに至りては、則ち正を失掉せり。陽の大者は本來正なるべきで、「正」は正に陽の大者自身の具有する道で、外に向かい借るを須とせず。不過人有りて體察を加えざるがために自らこの正を丟掉したるのみ。

天地之情,正大而已,生長收蔵,與時消息,皆正大之道也,此大壯之不可不利於正也。正則盡人道以合乎天道矣。聖人先天而天弗違,後天而奉天時,盡其正大之作用而已矣,一失其正,則與天地不相似而非率性之道也。雷在天上,有大壯之象,非禮弗履,則真能用其壯矣,顏子之非禮勿視聽言動是也。然必至明能察其幾,然後能以至健而致其決也;知之不明,則非禮之禮、非義之義,安能自擇?

天地の實情は、不過「正大」の二字。生發・成長・収斂・閉藏は、四時に随いて消長す。皆正大の道で、これが《大壯》の正を守るに宜しからざる能わざる緣故である。正を守るは、すなわち人道を盡くして以て天道に契合す。《乾・文言》に聖人は「天に先んじて天違わず、天に後れて天時を奉ず」というも、亦不過この正大の作用を盡處に發揮するのみ。一旦正を失えば、便ち天地と相似せず、亦た《中庸》の說く「性に率う之を道と謂う」に合せず。「雷は天上に在り」は《大壯》の大象で、《大象傳》に君子はここより「禮に非ざれば履まず」すれば、能く禮に合せざる事を一步も走らずしてこそ、真に其の壯を用いるを算す。顏回の「禮に非ざれば視ず、聽かず、言わず、動かず」は便ちかくのごとし。不過必ず眼力の明が極處に至りて能く幾微を察見して、然る後に乃ち剛健の極を憑って決斷を下定し得。見識明ならざれば、あの禮に似て禮に非ず、義に似て義に非ざるものを、又た怎に分辨し得られんや。

趾在下而進壯於動者也。初九陽剛,當大壯之時,固欲用其壯者也,然位次最下,以壯進動而欲大有所為,則壯于趾之象也。以是而行,則凶可信有矣。凡人臣之疏逺未信者,欲勇於去君側之惡,以天下事自任,則動取窮極,一蹶而僕,此壯趾征凶之義也。

脚指は人身の最下にあり、然るに行動する時に最先に力を用いて前に向かう部位である。初九は陽剛にして正に《大壯》の時に當たり、本來其の壯を施展せんと想う。然るに位次は最低にして、壯勁を憑って前に衝りて大に一番の作爲あらんと欲すれば、これが「趾に壯んす」の象。かく行動すれば、凶險は必ず有らん。凡そ疎遠せられ未だ君主の信任を取得せざる臣子にして、一味に勇んで君主の身辺の惡人を清除し、天下の大事を一肩に担い起せば、一たび動けば自らを絶境に逼り、一たび跌倒すれば便ち再び爬り起き得ず。これが爻辞「趾に壯んし、征けば凶」の意である。楊爵は正に卑位を以て疏を上りて切諫して獄に下された人で、この一爻を寫すに其の中に自ら痛切の自省あり。

九二以陽居陰,本非正也,然所處得中,則上應六五,當大壯之時而承之以有為者,率不失乎天下之至理,是能以義理用事者也。如此則以九居二者未為不可,適見其為得正而吉矣。凡居其位而能盡其所當為之事,則其位為所宜居而為正矣;居其位而不能盡其所當為之事,則其位為非所宜居而為不正矣。九二貞吉,聖人言簡而義精矣。

九二は陽爻を以て陰位に居り、本來正を得たりと算せず。然るに其の處する所は中位で、上は六五と相應じ、正に《大壯》の時に當たりて君命を承接して事を爲す。大體上天下の至理に違背せず。これは能く義理を憑って事を辦する人である。こうなれば、陽爻を以て第二位に居るも亦た可ならざるなく、恰好く其の正を得て吉なるを顯出す。大凡ある位置に居りて能くこの位置の上の爲すべき事を爲し盡くせば、則ちこの位置は彼の應當に居る所で、すなわち正。ある位置に居りて爲すべき事を爲し盡くす能わざれば、則ちこの位置は彼の應當に居る所にあらず、すなわち不正。九二の爻辞はただ「貞吉」の二字を言うのみ。聖人の措辭は簡約にして含義は精微なり。

九三過剛不中,當大壯之時,在小人則為用壯焉,狼瞫馳秦師而死是也;在君子則為用罔焉,君子固以義理用事者,然或有忘其深逺之慮而忽於禍機之防者矣,張柬之謂武三思如几上肉而不足畏者是也。以是為正道而守之,則亦危矣,如羝羊觸藩而羸困其角,則智竭力窮,人得而制之矣。五王以禍自及,而唐之宗社幾於危亡,則用壯用罔所致也。

九三は剛強に過ぎて中に居らず、正に《大壯》の時に當たる。小人の身に落とせば、すなわち爻辞の說く「小人は壯を用う」――一味に強を恃む。晉國の狼瞫が單車に秦軍に衝入して戰死したるは便ちかくのごとし。君子の身に落とせば、則ち「君子は罔を用う」――禍患を看て無きがごとく爲す。君子は固然として義理を憑って事を辦する人なるも、然るに或いは深遠の顧慮を忘掉して禍變の機關に防範を疎かにす。唐代の張柬之が武三思は不過砧板の上の肉にして怕るるに足らずと說えりは、すなわちこの一類。この態度を以て正道と爲して固守すれば、亦た甚だ危險で、譬えば爻辞の說く公羊が籬笆に撞きて角が卡住せらるるがごとく、あの時に至れば智謀は盡き氣力は耗竭し、他人は反って彼を制服し得。張柬之等の五王はここにより自ら大禍を招來し、唐朝の宗廟・社稷は幾く傾覆せんとしたり。これが正に「壯を用う」與「罔を用う」の兩條の路の招來した結果である。

九四當大壯之時,以陽居陰,為不得其正,是用壯而不以道者也。聖人以其陽剛之才可以有為,又時當大壯則易於振奮,故勉其能貞則吉,而以陽居陰之悔可以亡之。貞者,天下之達道也,慎修而有得焉,則為聖哲之作用矣,何吉之不可致?何悔之不能亡乎?至是則裁處百為,隨感而應,視天下之事皆有可乗之幾,伸縮變通之妙用在我而不窮矣,藩決不羸之象也;其才徳足以任天下之至重焉,壯于大輿之輹之象也。至是則為體用全備之事業矣。聖人之敎九四,亦不得中行而與狂狷之意也。

九四は正に《大壯》の時に當たり、陽爻を以て陰位に居り、正位を得ず。これは壯を用いて正道に依らざる一類。聖人はそれに陽剛の才ありて作爲し得、又た大壯の時に碰えて奮起し易きがゆえに、之を勉励す:能く正を守れば吉にして、陽を以て陰に居るの帶する所の悔も亦た消亡し得。「貞」は天下通行の大道で、謹慎に修養して心得る所有れば、あれはすなわち聖哲の作爲で、また何の吉か招來せざらん。何の悔か消掉せざらん。あの一歩に到れば、各種の事務を裁斷・處理して感に随いて應じ、天下の事を看れば皆憑藉すべき時機あり、伸縮・變通の妙用は我に操られて無窮・無盡なり。これが爻辞「藩決して羸まざる」――籬笆を衝開して角は卡住せざる象。才干・德行は以て天下の最重の担子を担い起すに足る。これが「大輿の輹に壯んす」――車軸伏兎が壯實・有力の象。この一歩に到れば、便ち體と用とが完備・缺なきの事業である。聖人がかく九四を教誨するも、亦た《論語》の中に中行之士を得ざれば退きて狂者・狷者と共に事えんの意を含む。

卦之體似兊,有羊象焉,故九三、六五、上六皆取其義。羊則內剛外柔而喜觸者也。六五以柔居剛而得其中,所持者平易之道也。剛壯則或過於激烈而有牴觸之失,平易則不能牴觸,為喪羊于易矣。他卦以柔居五者或為過於柔,大壯之時則為得中矣。況自四以下皆為五所用,諸爻之剛即五之剛也。眾賢以剛徳同奮而明作有功,人主以柔中而制之而惇大成裕,則何悔之有?如光武之時,寇恂、賈復皆以剛壯用事者也,世祖以柔道制之,或息其忿爭,或戒其黷武,卒皆得其用而成中興之業,此喪羊于易無悔之義也。

《大壯》は四陽は下に二陰は上にあり、整個の卦形は一個の兌卦のごとく、兌は羊で、ゆえに九三・六五・上六は皆羊を取りて象と爲す。羊は内裏剛強・外表柔順にして角を以て抵觸するを好む動物である。六五は陰柔を以て陽剛の位に居りて而又た中位を得、持守する所は平和・簡易の道。剛壯の人は時に過分・激烈に失して抵觸を好むも、平易の人は則ち抵觸せず。これが爻辞「易に羊を喪う」――平易の中に羊のあの好鬪の勁を丟掉したり。別の卦の裏に於ては、陰柔を以て第五位に居れば或いは過分に柔弱と算するも、《大壯》の時に於ては反って恰好に中を得。況んや九四より下の各陽爻は皆六五の用いる所と爲り、各爻の剛は便ち六五の剛。衆多の賢臣が剛健の德を以て一同に奮發し、事に任ずるに明にして功業を建立すれば、君主は柔順・守中を以て彼らを統馭し、寬厚・博大・從容・有餘にして、また何の悔かあらん。譬えば漢光武帝の時、寇恂・賈復は皆剛猛を以て事に任ずる人で、光武帝は柔道を以て彼らを駕馭し、或いは彼らの間の忿爭を平息し、或いは彼らを誡めて窮兵・黷武せざらしめ、最後に皆其の用を盡くして中興の大業を成就せり。これが正に「易に羊を喪い、悔なし」の意である。

上六處壯之終、動之極,其過動用壯之餘習則固在也,故觸藩而不能退。然壯之終則將失其壯,動已極則動或不能繼而有止矣,況其質本柔弱,故不能遂其進也。由其用壯過動而失之輕易也,亦何所利哉?若能反其所為,艱以處之,則得吉。大抵天下之事,莫不成於難而敗於易,以為難則可以無難處之事,以為易則憂即至矣。艱之一言,乃聖人示人以存誠之基本,而轉災為祥之機也。

上六は壯盛の終點・行動の極點に處し、あの躁動・恃強の舊習氣は依然として還も在り。ゆえに爻辞に「羝羊は藩に觸れて退く能わず」――公羊が籬笆に撞き入りて退き出る能わず。然るに壯は終點に到れば便ち壯を失い、動は極點に到れば便ち動き下去る能わざるに必ずして停まらざるを得ず。況んや其の本質は陰柔・軟弱にして、ゆえに又た「遂ぐる能わず」――亦た進み成らず。これは皆恃強・躁動して事情を看ること太容易なるがために造成せられ、又た何の好處かあらん。若し能く反って做法を改變して艱難・謹慎の態度を抱きて處置せば、便ち吉を得。ゆえに爻辞に「艱なれば則ち吉」という。大抵天下の事は、艱難に看るより成り易きに看るより敗るるならざるなし。事情を艱難に看れば、辦み難き事なし。事情を容易に看れば、憂患は立刻に到る。一の「艱」の字は、正に聖人が人を指點して誠敬を存養する根本で、もまた災を轉じて祥と爲す關鍵である。

九三剛而得正,君子之類也,應上六。上六居壯之極,則用壯以制君子之小人。當小人用壯以制君子,謀隠交合,而君子者其勢固不能以自全矣,故宻其機、慎其動,猶懼不能免禍。九三過剛不中,則任氣自裁而視之蔑如也,是當小人用壯之時而君子如九三者則用罔也。象曰:「小人用壯,君子罔也。」非有小人用壯而猶不可用罔,況小人用壯,君子所當深慮也,而顧可以用罔乎?

九三は陽剛にして正位に居り、君子の一類に属す。それは上六と相應ず。上六は壯盛の極點に處し、正にあの恃強を以て君子を壓制する小人である。小人が恃強して君子を壓制し暗中に謀劃して彼此勾結する時、君子は形勢上本來自らを保ち難し。ゆえに自らの謀劃を嚴密にし自らの擧動を慎重にして、尚お且つ禍患を免れざるを怕る。九三は却って剛強に過ぎて中に居らず、ただ一股の意氣を憑って自ら主張を作り、小人を根本に眼裏に放らず。これがすなわち小人の恃強する時に九三のごとき君子が反って「罔を用う」――危險を以て無きがごとく爲す。《小象傳》に曰く:「小人は壯を用い、君子は罔なり」。說く所は並びに小人の恃強する時なくして君子は便ち「罔を用い」得にあらず。況んや小人は正に恃強し、本來君子の深く顧慮すべき時なるに、怎に反って「罔を用い」得べけんや。

晉卦(坤下離上)

晉,康侯用錫馬蕃庶,晝日三接。

《晉》卦の卦辞はいう:上進・晉升し、邦國を安定する諸侯は大批の車馬を賜與せられ、一日の内に三度天子の接見を受く。

晉,進而上也。世道之升於隆平,道徳之躋於髙明,人臣之以事覲君,皆此義也。日出地上,有其時矣;順而麗乎大明,有其徳矣;柔進而上行,有其事矣。康侯,安國之侯也,當此之時,徳備功成而進謁於君,是以有錫馬蕃庶、晝日三接之寵賚也。有其時而無其徳,有其徳而無其事,皆不足以與此。

「晉」は前進して上に向かう。世道が上昇して昌隆・太平し、道德が提升して高明の境界に至り、臣子が政績を帶びて君主に朝見するは、皆この意。太陽が地面より升起す。これは合適の時機有り。柔順にして大明に附麗す。これは相應の德行有り。陰柔が上進して上に向かい行く。これは具體の事功有り。「康侯」はすなわち能く國家を安定する諸侯。かかる時に於て、德行は完備し功業は已に成りて朝に入り君主に謁見す。ゆえに卦辞の說く「馬を錫うこと蕃庶、晝日三たび接す」――群を成す車馬を賜與し一日三度接見する恩寵あり。あの時機有りてあの德行なく、あの德行有りてあの事功なければ、皆かかる待遇を享受するに格足らず。

《詩》曰:「君子來朝,何錫與之?雖無與之,輅車乗馬。又何與之?玄袞及黼。」其錫馬蕃庶、晝日三接之謂乎?周襄王賜晉文公大輅戎輅之服,出入三覲,有類此義,而文公不足以當康侯也。

《詩經・小雅・采菽》に曰く:「君子來朝す、何を錫與せん。之を與う無しと雖も、輅車・乘馬。又た何を之に與えん。玄袞及び黼」――諸侯が前來して朝見すれば、彼に何を賞與せん。縱令他に賜う所なくとも、大車與駟馬あり。還も彼に何を賞與せん。黑龍を繡うた禮服與斧形の花紋の禮章。これ說く所は正に「馬を錫うこと蕃庶、晝日三たび接す」にあらずや。周襄王が晉文公に大輅・戎輅の兩套の車服を賜い、晉文公が出で入り三度覲見せしは、此の層の意と相類す。ただ晉文公の德行はなお「康侯」の分量に及ばず。

明出地上,明進而上,有晉之象,自昭明徳。日非不明也,掩於地下則不明,出於地上則明矣;徳非不明也,蔽以巳私則不明,克去其私則明矣。自昭明徳,克已復禮之學也。取明出地上之象,日有上達,則亦晉之義也。

「明は地の上に出づ」、光明が升起して上に向かうは、正に《晉》の卦象で、《大象傳》はここにより君子は「自ら明德を昭らかにす」――自ら本有の光明の德性を彰明すと言う。太陽は並びに明ならざるにあらず、大地に遮住せられれば便ち明ならず、地面より升出すれば便ち明なり。德性も亦た並びに明ならざるにあらず、自己の私意に蒙蔽せられれば便ち明ならず、私意を克除すれば便ち明なり。「自ら明德を昭らかにす」は、正に《論語》の講ずる己に克ち禮に復るの功夫である。「明は地の上に出づ」の象を取るは、人の修養が一天天に上に向かい通達するを說明し、これも亦たすなわち「晉」の意である。

當晉之時,居下者孰不欲進而用世以行其志乎?初六之所應者九四也。九四不中不正,居上之下,是蔽賢之小人也,安能汲引草茅之士,盡其以人事君之道乎?故初六進而為其摧折,欲進而不能也。但當隠居求志,獨行其正,以待善為人信,時可進而進之則吉矣。如不為人所信而終不能進,亦當處以寛裕則無咎;若急迫求進,則為欲所動而咎多矣。葢初處最下,既無官守,又無言責,可進可退,其機在我,固綽綽然有餘裕矣。初之才徳非能如此,聖人但以出處之常道教之,而欲其知所以自處也。

正に《晉》の時に當たり、下位に居る人は誰か上進して世に用いられ抱負を施展せんと想わざらん。初六の相應する所は九四である。九四は既に中に居らず亦た正を得ず、上卦の最下位に處し、是れ賢才を埋没する小人で、怎に草野の士を提拔し「人を以て君に事う」の本分を盡くすを肯んぜんや。ゆえに初六は一たび前に往けば便ち彼に摧折せられ、進まんと欲して進み成らず。これが爻辞の說く「晉如、摧如」。この時はただ隱居して自らの志向を求め、獨り正を守りて行い、自らの善が人に信任せられ時機が上進を允許するを待ちて再び上進せば、則ち吉。假如人に信任せられずして終竟に上進する能わざれば、亦た寬舒の態度を以て自處すべく、こうすれば過ちなし。ゆえに爻辞に「孚罔く、裕なり、咎なし」という。若し急切に鑽營して進を求めれば、便ち欲望に牽かれて走りて、過ちも亦た多し。初六は最下位に處し、既に官職上の守責なく、亦た進言の責任なし。進む可く退く可くして、主動權は自己の手裏に在り、本來綽綽として餘りあり。初六の才德に就いて論ずれば未だ必ずしも真に做り得るとせず、聖人は不過出處・進退の常道を以て彼を教え、彼の怎に自處するかを懂得せんを希望するのみ。

六二當晉之時,上無應與,欲進而愁如也。非以區區榮遇之未遂,而憂世之誠心不能已也。二雖中正,然陰柔之質,恐其於廢斥之際不能堅志於正道而終不變,故言若能自處以正,終始不移,則吉,而受茲介福于王母矣。王母,祖母,謂六五以陰居尊之象也。有離明得中之徳,離明則知賢之不可不用,得中則任賢有常而不以小人間之,賢如六二,則自當見用於世而受大福矣。

六二は正に《晉》の時に當たり、上に相應の援手なく、上進せんと想いて心裏憂愁す。ゆえに爻辞に「晉如、愁如」という。其の愁を發するは並びに區區たる個人の榮遇が願いのごとくならざるがためならずして、世事を憂念する一片の誠心が按捺し得ざるがため。六二は雖も中に居り正を得るも、畢竟に陰柔の質で、聖人はそれが廢棄・斥退せらるる時に志向を正道に堅定して始終改變せざる能わざるを怕れ、ゆえに曰く:若し能く正道を以て自處し自始至終に移らざれば、則ち吉にして、而して「此の介福を其の王母に受く」――王母よりこの大福を承受す。「王母」はすなわち祖母で、六五が陰爻を以て尊位に居る象を指す。六五は離體の光明有りて而又た中に居るの德あり:光明なれば便ち賢才の用いざるべからざるを懂得し、中に居れば能く賢才を任用するに常度ありて小人をして中より梗塞せしめず。六二のごとき賢者は、自ずから世に見用せられて大福を承受すべし。

六三以陰居陽,不中不正,本有悔也。然居下之上,處順之極。居下之上,有時事之責任者也;處順之極,則能以順處天下之事者也。凡賢才在下而欲上進,如二與初之類者,已必與之同升,而盡其以人事君之道,一念為國之誠心,眾皆信之而樂為之用,則三之志亦可以行於上矣。如此則其初之所悔者,至是亦可以亡矣。

六三は陰爻を以て陽位に居り、既に中に居らず亦た正を得ず、本來悔あるべし。然るにそれは下卦の上位に處し、又た坤順の極點に處す。下卦の上に處するは、一時の政事の責を承擔する人。順の極に處するは、能く柔順を以て天下の事に應付する人。凡そ下位に在りて上進せんと想う賢才は、六二・初六のこの一類のごとき、それは必ず彼らと一同に上進して「人を以て君に事う」の本分を盡くす。この一念の國のための誠心に、衆人は皆信服して之がために效力するを樂しめば、則ち六三の志向も亦た能く朝廷に上行す。これが正に爻辞「衆允われ、悔亡す」の意である。こうなれば、其の當初の應有の悔も、この時に至りて便ち消亡し得べし。

九四以陽居陰,不中不正,處上之下,位近於六五。當晉之時,是患得患失之小人,履髙位、竊大柄以自私者也,必陰窺潛探,伺君心之所欲而蠱惑之,以保其榮寵,鼫鼠之象也,是所謂逢君之惡者也。以其竊據者為已所當得而固守之,則危矣。小人誤人之國以基深禍而至於亡,已亦安能獨保其富貴哉?

九四は陽爻を以て陰位に居り、既に中に居らず亦た正を得ず、上卦の最下位に處して六五に緊挨す。正に《晉》の時に當たり、あれはあの患得患失の小人で、高位に踞り大權を竊取して自らのために私を謀り、必ず暗中に窺探して君主の心裏の何を欲するかを揣摩して以て之を蠱惑し、以て自らの榮寵を保住せんとす。爻辞は「鼫鼠」――あの貪多にして技窮すの大老鼠を以て之を比喻す。正に《孟子》の說く「君の惡に逢う」人である。それは竊據し來たものを以て自己の應得と爲して死に守住せば、則ち危險なり。ゆえに爻辞に「貞厲」という。小人は他人の國家を敗壞し深重の禍根を種えて亡國に至れば、あの時に至りて彼自身は又た怎に獨り富貴を保ち得られんや。

六五以陰居陽,非其正,宜有悔矣,然有離明之徳以處尊位,而下皆順從,則悔可以亡矣。失得勿恤,則存王道之大要,而不屑於霸者功利之小術也。如蕭何勸髙帝養民致賢、收用巴蜀,此計失得之私心也;文王則誠心養民以盡君道而已,失得所不恤也。如是而往,則吉而無不利。聖人以六五明察而不足於君道,故欲其逺功利之小術而尊帝王之大道也。

六五は陰爻を以て陽位に居り、並びに正を得ず、本當に悔あるべし。然るにそれは離體の光明の德を具備して尊位に居り、下面の各爻は又た皆順從す。ゆえに悔は消亡し得。爻辞に「失得を恤れざれ」――得失を計較するに及ばず。あれは便ち王道の大綱を守住して、霸者のあの功利を講ずる小手段を屑とせざる。譬えば蕭何が漢高祖を勸めて百姓を休養せしめ賢才を招攬し巴蜀を收取して根據地と爲さしめしに、ここ裏に便ち一份の得失を計較する私心を掺入せり。文王は則ちただ誠心・誠意に百姓を養育して君主の本分を盡くすのみで、得失は彼の計較する所にあらず。かく做り下去れば、便ち「吉、利あらざるなし」。聖人は六五が雖も明察なるも君道の上に還も欠缺あるがゆえに、之をして功利の小手段を遠離して帝王の大道を尊奉せしむ。

上九晉其角,以剛處上,角之象也。以剛處上,已之私邑或有不服者,則當伐之。下卦為坤,有邑之象;六三居下之上,與上為應而間於九四,有不臣服之象。上九剛明非柔暗,又離為甲兵,有征伐之象,必舉大眾、動征伐而後臣順,則厲而吉。伐所當伐而非窮兵也,故無咎。兵,凶器,不得已而後用之者也。以此征伐為正而不知修徳以綏服之,則吝之道也。聖人抑揚予奪之微意,欲上之人以徳為化民之本,而兵不可以輕用也。

上九の爻辞に「其の角に晉す」という。それは陽剛を以て全卦の最上に居り、正に角の象。剛を以て上に居れば、自己の封邑の内に若し服せざるあらば、便ち當に討伐すべし。ゆえに爻辞は繼いで「邑を伐つを用うと維す」という。下卦は坤で城邑の象あり。六三は下卦の上位に處し、上九と相應ずるも九四に中間に隔てられ、臣服するを肯んぜざる樣子あり。上九は剛健・明察にして柔弱・昏暗にあらず、加うるに離卦は兵甲を象徴して征伐の象あり。必ず師を興し衆を動かして征討を發動して然る後に對方は始めて臣服す。ゆえに「厲、吉」――雖も危厲ありて終竟に吉を得。討伐する所は當に討伐すべきので、並びに窮兵・黷武にあらず。ゆえに「咎なし」。兵は凶器で、ただ不得巳に至りて乃ち動用す。若しこの征伐を以て正道と爲して、德行を修養して歸服の人心を安撫するを懂得せざれば、則ち「吝」の路に走上す。聖人の褒貶・予奪の深微の用意は、上位に在る人をして德行を以て百姓を教化する根本と爲さしめ、而して兵は以て輕易に動用すべからず。

明夷卦(離下坤上)

明夷,利艱貞。

《明夷》卦の卦辞はいう:光明が損傷を遭う。艱難の中に正道を守持するに宜し。

明而見傷,展轉困迫,去死一間耳。處之之道,利艱貞。心存戒懼,若未嘗戒懼;視其窘辱,若固有之,而心若樂受者也。時事得失,心如未嘗有知;語言動作,此心黙黙以操運用之準繩,而外若愚人焉。剛忿以重其困,殞獲而喪其心,則失之逺矣。

光明にして損傷を遭い、輾轉・困迫して、死を離るること不過一層の隔のみ。かかる處境に對付する辦法は、すなわち卦辞の說く「利く艱貞」――艱難の中に正を守る。心裏に戒懼を存するも、外表は却って曾て戒懼せざるがごとし。自らの受くる窘迫・屈辱を看待するに、便ち本來當にかくあるべしのごとく、心裏は甚至り樂んで承受するがごとし。時局の得失に對しては、心裏は全然知らざるがごとし。一言・一動は、皆心裏に默默として行事の準繩を把握し、而して外表は却って愚人のごとし。若し剛烈・忿激して自らの困厄を加重し、或いは頹喪・失魂して本心を丟掉せば、則ちこの道理より離るること甚だ遠し。楊爵は此の時正に詔獄の中に輾轉し、この一段は經を解くと言うよりは、寧ろ彼が自己のために立てた處難の法である。

離之象為日,坤之象為地,日之明為地掩,明而見傷之象也。內文明,則所以察乎處難之理者至矣;外柔順,則所以由於處難之道者盡矣。微用其周身之智,委曲於安土之誠,文王所以蒙大難之道也,故曰文王以之。利艱貞,晦其明而未顯見於外,心固未嘗晦也,心晦則志不得為正矣。遭家大難而處之以此道者,箕子也,故曰箕子以之。然自眾人視之,則其明若晦而無所謂明矣;自知微之君子觀之,則已光輝發越而為明之至矣。

離の象は太陽、坤の象は大地で、太陽の光明が大地に遮掩せらるるは、正に光明が傷を受くる象。《彖傳》に「内文明」というは、あれは處難の理を察知すること極處に至れり。「外柔順」というは、あれは處難の道を踐行すること已に完備せり。隱微に自らを保全する智慧を運用し、委曲・婉轉に處する所に安んずる誠心を守住すれば、これがすなわち文王が身に大難を蒙る時に用いた辦法である。ゆえに《彖傳》に「文王は之を以てす」という。「利く艱貞」に至りては、自らの明を藏起して外に顯露せず、心裏は實に未だ嘗て昏昧ならず――心若し真に昏昧なれば、志向は便ち正を守る能わず。家國の大難に遭遇してこの辦法を以て自處したるは箕子である。ゆえに《彖傳》に「箕子は之を以てす」という。然るに衆人より看れば、其の明は好もう已に晦暗して、何の明か談ずべからず。能く微妙を察知する君子より看れば、あれはこそ正に光輝・發越して明は極處に至れり。

君子蒞眾,固有當用晦之時,亦有當用晦之事。用晦若其心有未明者然,要其所以而論之,乃其至明也。人之邪正有未可以盡知者,事之是非有未可以盡辨者,非不能知,非不能辨也,知之辨之為非宜也,在智者黙識之耳。如世祖平王郎,不省吏民交通之詞,此用晦也。如此則反側子之心安,河此安而天下遂安矣,非光武之明見萬里,不能如此處之也。

《大象傳》に君子は「衆に莅み、晦を用いて明なり」という。君子が衆人を治理するに、本來晦を用いべき時あり、亦た晦を用いべき事あり。晦を用いる時は見れば心裏に何か明白ならざる所有るがごとく、然るに其のかく爲す緣由を推究すれば、恰好に明は極處に至れり。人の邪正は時に完全に弄清する能わず、事の是非は時に一一に辨明する能わず。並びに弄清する能わざる・辨明する能わざるにあらずして、弄清し辨明するは並びに合適ならず、ただ智慧ある人の心裏に默默として記著するのみ。譬えば漢光武帝が王郎を平定したる後、官吏・百姓が王郎と私通したる往來の書信を一概に看ず。これがすなわち晦を用う。このようになれば、あの二意を懷く人は便ち心を安んじ、河北のこの一帶は安定して、天下も亦た之に随いて安定す。若し光武帝のあの能く萬里を洞見する明にあらざれば、かく處置するは做不到である。

初九當明夷之初,傷之尚淺,為于飛垂其翼之象。垂其翼,尚可以飛,君子雖有所傷,尚可以行之,但不能盡遂其所志耳。始焉不能盡遂其志,終則至於反其所為,又甚則殺之矣。君子于行三日不食,行之速而不暇食,所以避殺身之禍也。當是時,則富貴寵利為喪生之鴆毒矣,君子所以潔身而急逺之也。愚昧淺見之匹夫,安知此義?反以去為無故而議其所處之非矣,君子之所為,眾人固不識也。

初九は《明夷》の開端に處し、受くる損傷は還も淺し。ゆえに爻辞「明夷、飛ぶに其の翼を垂る」の象あり――飛行する時に翅膀は低く垂る。翅膀は雖も垂るも、還も飛び動く能し。君子は雖も已に傷を受くるも、還も行動し得。ただ完全に自らの志向を實現し得ざるのみ。起初は志向を實現する能わざるも、後來は發展して彼をして反って心に違う事を爲さしめ、更に厲しければ便ち彼を殺さんとす。「君子は行くに、三日食わず」――君子は路に上りて三日は飯を喫うに及ばず、走ること急にして進食する暇なきは、殺身の禍を躲開せんがため。この時に至れば、富貴・寵祿は便ち命を要する鴆毒と成る。ゆえに君子は身を潔くして自ら好くして急いで之を遠離す。愚昧・淺見の常人はどこにこの層の道理を懂得せんや。反って彼は無緣・無故に走り去ったりと以爲し、彼の處置は對ならずと議論す。君子の作爲は、衆人は本來認め得る所にあらず。

明夷乃上六之陰暗傷下五爻之君子也。初九去之甚逺,陽剛有勇退之徳,故能超然逺去。六二與上六相去雖尚逺,比於初九則有間矣,故當明夷之時,傷其左股焉。股,所以行者也,傷其股則不能行矣。股之用,右為切,左為緩,傷其左股,則傷之未切,雖不能行而尚可去。二之救其所傷又有壯馬,則得吉矣。二有柔順中正之徳,為離之主,見幾之明,應幾之圖,皆所優為,順處而有則者也,用此徳以處之而免於傷,則以壯馬拯之而獲吉之義也。二之獲吉有餘裕矣,有徳故也。

《明夷》の講ずる所は上六のあの陰暗の主が下面の五爻の君子を損傷する。初九はそれを離るること最も遠く、又た陽剛にして勇んで引退する德有り。ゆえに能く超然として遠く走る。六二は上六と相距ること雖も還も遠しと雖も、初九に比べれば却って一層近し。ゆえに正に《明夷》の時に當たり、それは「左股に夷る」――左腿に傷を受く。大腿は行走するに用うるもので、腿に傷あれば便ち走る能わず。大腿の功用に就いて言えば、右腿は更に緊要にして左腿は之に次ぐ。傷つく所は左腿で、傷は還も致命と算せざるを說明し、行動は不便なるも還も走り脫し得。六二が受けたる傷を救治するに又た健壯の馬匹有り。ゆえに吉を得。これが爻辞「拯うるに馬の壯を用い、吉」。六二は柔順・中正の德を具備し、下離の主爻で、幾微を察見する明智・幾微に應對する謀劃は、皆其の擅長する所で、能く時に順いて自處して法度を失わず。かかる德行を以て應付して傷害を免るるは、正に「壯馬を用いて救助して吉を獲」の意である。六二が吉を得るは綽綽として餘りあるは、それに德有るがため。

九三剛而得正,居下之上,有天吏之責者也。正與上六為應,為其所傷,則順天應人,伐而去之,明夷于南狩得其大首之象,此湯武之事也。此事間不容髮,一日之間,天命未絶則為君臣,當日命絶則為獨夫,此不可疾之義也。有湯武之仁,遇桀紂之暴則可,不然是未免於篡弒之罪,此不可貞之義也。

九三は陽剛にして正位に居り、下卦の上位に處し、是れ天に代わりて事を行う責を負う人である。それは正好く上六と相應じ、上六に傷つけられ、よって天意に順い人心に應じて、兵を起して討伐して之を除掉す。これが爻辞「明夷、南に狩りて其の大首を得」の象――南に向かい出で獵して首惡を擒獲す。すなわち商湯が桀を放ち周武が紂を伐ちしのごとき事。この種の事は間髪を容れず:同じく一天の内に、天命が未だ斷絶せざる時は便ち君臣の名分で、天命が斷絶したるあの日に彼は便ち獨夫と成る。これが正に爻辞「疾貞すべからず」の中の「疾すべからず」――操り過ぐるべからずの意。商湯・周武のあの仁德有りて、又た夏桀・商紂のあの暴虐に碰えてこそ、かく爲し得。然らざれば便ち篡弑の罪を免れ難し。これが正に「貞すべからず」――之を以て常法と爲して固守すべからずの意。

上六為大首,則六四正當其腹之處。古者尚右,以右為尊。六四柔而得正,以其柔而同體則為腹心,以其持正而行,則非所尊右而入于左腹矣。四雖獲明夷之心,而視其所右者則猶有間,故于出門庭終得去矣。此已陷暗中而僅得出之之象,可謂百死中得一生矣。象取門庭者,以五在其上,當其至暗至切之傷,在其門庭之內而不能出矣,四猶有可出之道焉。

上六は「大首」――頭部なれば、則ち六四は正に腹部の位置に當たる。古人は右を崇尚して右を以て尊と爲す。六四は陰柔にして正位に居る:其の柔順にして上六と同じく坤體に属するに就いて言えば、腹心の臣と算し得べし。然るに其の正道を持守して行うに就いて言えば、便ち上六の尊崇・親信する右の人にあらずして、ただ「左腹」に進み入るのみ。ゆえに爻辞に「左腹に入りて明夷の心を獲、門庭を出づ」という――六四は雖もこの暗君の心思を摸到したるも、其の親信する右腹の人に比べれば、彼此は終竟に還も一層隔りて、よって門庭を走出して、終竟に身を脫し得。これは已に黑暗の中に陷りて僅かに脫出し得たる象で、百死の中より一條の命を撿り回すと言い得べし。「門庭」を取りて象と爲すは、六五が其の上に在りて、正に最も黑暗・最も切近の損傷に當たり、已に門庭の内に在りて出で往く能わざれば。六四は却って還も一條の出で往き得べき路あり。

六五為箕子之明夷。箕子之傷可謂切矣,箕子之處可謂盡矣。貴戚之卿,義同休慼,去之則不可,救之則不能,處之之道,貞而已。於人事則咎之以己,於大運則歸之於天,自靖其志,獻於先王,此箕子之貞不息之明,而後人之所當法也。

六五はすなわち爻辞の說く「箕子の明夷」。箕子の受けたる損傷は切近の極點に至れたりと言い得べく、箕子の自處も亦た周全の極點に至れたりと言い得べし。彼は國君と同姓の貴戚の卿で、國家と休戚・與共す:國を棄てて去るは做不到、手を出して挽救するは又た力の及ぶ所にあらず。走るべき路はただ一の「貞」の字を殘すのみ――正を守りて底に至る。人事の上に於ては、彼は過失を自己に歸咎す。國運の大勢に對しては、彼は之を天命に歸す。《尚書・微子》のいわゆる「自ら靖め、人は自ら先王に獻ず」、各人は自らの心志を安頓して以て上は先王に告ぐ。これがすなわち箕子の守正で、永不に熄滅する光明で、もまた後人の應當に效法すべき所。

上六傷絶君子,委用細邪,下失人心,上違天意,此不明其徳而至於晦也。非無徳也,自不能明耳。初登于天,所處者照臨四國之位也;後入于地,則有死亡而已矣。人君失道,求為匹夫而不可得,安有肆惡已極而能保其身乎?上六之惡雖已極矣,若能瞿然省悟,翻然遷改,則有自怨自艾之太甲,明徳復全而為萬世之瞻仰也。

上六は君子を殘害・斷絶し、瑣屑・奸邪の徒を任用し、下に在りて人心を失い、上に在りて天意に違背す。これがすなわち自らの德性を彰明する能わずして終竟に昏暗に陷入る。並びに彼が本來德なきにあらずして、彼自らそれを明亮せしむるを肯んぜざるのみ。爻辞に「初め天に登り、後に地に入る」――起初は高き天に登りて居る所は四方の國を照臨する君位、後來は地下に墜入すれば則ちただ死亡のみ。君主は一旦道を失えば、退きて一介の平民・百姓を爲さんと欲するも得る可からず。どこに肆意に惡を爲して極點に至りて還も自らを保全し得られるあらん。上六の惡は雖も已に極點に至れるも、假使彼が能く猛然に省悟し斷然として改過せば、則ち還も商朝の太甲のごとき自怨・自艾して痛く前非を改むる路を走り得、光明の德性は重新に完整して、以て萬世の仰望する人と爲る。

家人卦(離下巽上)

家人:利女貞。

《家人》卦の卦辞はいう:一家の人の相處の道は、女子の能く正固を守持するを以て利と爲す。

卦名家人,取一家中人之義也。必利女貞,閨門風化之原。女貞則家可齊,家齊則國治而天下平,舉而措之耳。隠微之際,所繫甚大。六二以柔得中正,女正位乎內也;九五以剛得中正,男正位乎外也。男女正,合於天地之道,故為天地之大義也。自二五各有其徳,又以徳相應而言,則謂之男女;自二五各盡其道,又以道齊家而言,則謂之父母。以卦之六爻言:上九以陽居上,有父之象;初九以陽居下,為子之象;九五居上之中,為兄之象;九三居下之上,為弟之象;五三又為夫之象,二四又為婦之象。四配五,冢婦也;二配三,眾婦也。父子兄弟夫婦各盡其道,則家道正矣。家道正而天下不定者,未之有也。

この一卦の取名して「家人」は、取る所は一家の内の衆人の相處の意。卦辞が特意に「女貞に利し」と言うは、内室・門戶の間の風氣が、正に一國の教化の源頭なるがため。女子が能く正を守れば、一家は便ち整治・齊一し得。家を整治し好くすれば、推擴して出去れば便ち國治・天下平で、不過この家を治める一套の道理を拿げ來て施行するのみ。見るべし、幽隱・細微の處に牽係すること極めて大なり。六二は陰柔を以て下卦の中に居りて位に當たる。これがすなわち《彖傳》の說く「女は内に於て位を正しくす」。九五は陽剛を以て上卦の中に居りて位に當たる。これがすなわち「男は外に於て位を正しくす」。男女は各々名分を擺正して、正に天地・陰陽の常道に合す。ゆえに《彖傳》は之を天地の間の大義と稱す。若し單に六二・九五の各々具備する德行に就いて、又た彼此に德を以て相應ずると言えば、便ち彼らを「男女」と稱す。若し二・五が各々本分を盡くして、又たこの本分を以て一家を整治すると言えば、便ち彼らを「父母」と稱す。再び六爻の爻位に按じて看れば:上九は陽爻を以て全卦の最上に居りて父親の象あり。初九は陽爻を以て最下に居りて兒子の象。九五は上卦の中に居りて兄長の象。九三は下卦の上に居りて弟弟の象。九五・九三は又た丈夫の象と看る可く、六二・六四は又た婦人の象と看る可し。六四は九五と相配すれば、長子の妻すなわち「冢婦」。六二は九三と相配すれば、諸弟の妻すなわち「衆婦」。父子・兄弟・夫婦は各々其の道を盡くせば、一家の倫常は便ち端正す。家道が端正して天下が還も安定する能わざるは、從來曾て有らざるなり。

火,家之所用以炊爨者也,風化自此而出,亦有家人之象。言有物則順理而言,又不徒言而必行之也;行有恆則要之以有終而不變也。此修身之要也。家固國與天下之本,而身又為家之本也。立家之初,習尚未定,心志未變,訓之以正則正,感之以邪則邪,如影響之出形聲,斷乎其不易矣。

《家人》の下卦は離火で、火は正に一家の以て飯食を炊煮するもので、一家の風氣・教化は便ちこの竈火の間より生發し出す。ゆえに亦た「家人」の象を含む。《大象傳》に「君子は以て言に物あり行に恒あり」といい:「言に物あり」は說話が事理に合して言うに據ありて、而して空口に白く說かず、說えば便ち必ず行う。「行に恒あり」は行事が貫徹して底に至り有始・有終にして中途に更改せず。この兩句は正に自身を修養する緊要處。家は固然として國與天下の根本で、而して自身は又た一家の根本である。家を立つるの初めに、習俗・風尚は未だ定型せず、心志は未だ轉移せず。正道を以て彼を教えれば便ち正に歸し、邪僻を以て彼に感染すれば便ち邪に流る。譬えば影が形體に随い回聲が聲音に應ずるがごとく、斷然として差錯あることなし。

初九陽剛得正,當有家之始,是能閒之者也。閒之之道何如?內外之分,長幼之節,宗法之嚴,恩禮之周,曲盡其道,又能謹身教以率勵之,則家可齊而悔可亡矣。六二以柔順中正之徳,上應九五,承之以有終而已,無自遂焉。婦人無遂事,有之則為婦乗夫,舍閨門之修而與境外之事矣。在中而主饋食之事,所謂精五飯、幕酒漿、事舅姑、縫衣裳,皆婦人之職也。守此以為正則吉,否則淫蠧之惡生,而家之所以敗也。婦無公事,休其蠶職,與此正相反焉,詩人所以深刺之也。

初九は陽剛を以て陽位に居りて正を得、正に家を成すの起頭に當たり、能く及早に防範する人である。ゆえに《家人》卦の初九の爻辞に「家を閑み、悔亡す」という。怎に防範するか。内外の別・長幼の序・宗法の嚴明・恩義・禮數の周到、樣樣を皆位に做り到りて、又た能く自ら身教を謹守して帶頭して家人を激勵すれば、則ち一家は整治・齊一し得て、悔恨も亦た消失す。六二は柔順・中正の德を以て上は九五に應じ、ただ丈夫に承順して事情を有始・有終に做り到るのみで、絶えず自ら主張を作さず。ゆえに爻辞に「遂ぐる攸なく、中饋に在り、貞吉」という。婦人に獨斷・專行の事なく、一旦あれば、便ち妻子が丈夫を凌駕して、内室の分内の修治を抛開して門戶以外の事に干預するに至る。六二は下卦の中に居りて飲食・供養を主持す。古人の說く所の精心に五穀を烹調し酒漿を濾制し公婆を侍奉し衣裳を縫製するは、皆婦人の本職である。これらを守住して以て正道と爲せば便ち吉利で、然らざれば淫亂・蠹害の惡事は便ち滋生し出でて、一家も亦たこの上に敗るる。《詩經・大雅・瞻卬》が婦人を譏刺して「婦は公事なく、其の蠶織の職を休す」――蠶を養い紡織する本職を丟下して朝廷の公事に插手すれば、正に六二と相反す。ゆえに詩人は痛く之を譏刺す。

九三雖剛而得正,然過於剛者也。在家人中為嗃嗃然治家嚴厲之象,比於仁讓之化,不言而信,不怒而威者,則有間矣。過於嚴則人情或有所不堪者焉,致悔而有厲矣。三之心則欲防其惡而同歸於善焉,威之者乃所以愛之也。若婦子嘻嘻然,至於失家之節,則由處之過於柔而人無所畏憚也,安能相與群居而不亂乎?故終吝。爻無嘻嘻之象,聖人舉其與嗃嗃之相反者以戒之也。陰主以利養萬物而使遂其生者也,六四居陰得正,處上之下,其位與才皆可致富,故為富家而大吉矣。四之能富其家,不過生之者眾、食之者寡、為之者疾、用之者舒四者而已,外此無所謂致富之道也。小人剝民奉君,務聚斂以充府庫者,無以藉口。

九三は雖も陽剛にして陽位に居り正を得るも、却って剛の得ること太過す。《家人》の一卦の中に於てそれは「家人嗃嗃」のあの家を治むる嚴厲の象で、仁厚・謙讓を以て家人を化導して口を開くを須とせずして人は自ら信服し、怒を發するを須とせずして人は自ら敬畏する境界に比べれば、還も一層を差す。管束すること嚴に過ぐれば、人情の上に承受し得ざるを免れず。ゆえに九三の爻辞に「悔・厲」といい、悔恨を招來して危險を含む。不過九三の本心は家人の過失を防住して一家をして同じく善に歸せしめんと欲するに在りて、威嚴を以て彼らに對待するは、恰好に彼らを愛護する。反って、若し爻辞の下句の說く「婦子嘻嘻」のごとく、嬉笑・無度して以て一家の規矩・體統を丟掉せば、あれは當家する者が之に失して過分に柔にして家人は毫も敬畏なく、かく聚居して一處すれば怎に亂れざらん。ゆえに「終吝」と斷ず。終竟に堪え難し。實はこの一爻は本身に並びに「嘻嘻」の爻象なく、聖人は「嗃嗃」と相反する一面を擧出して以て世人を警戒する。陰の職分は利益を以て萬物を養育して萬物をして各々其の生を遂げしむる。六四は陰爻を以て陰位に居りて正を得、上卦の最下に處し、其の位分と才具とは皆以て財を聚むるに足る。ゆえに爻辞に「家を富ましめ、大吉」という。六四が能く一家を富足せしむるは、不過《大學》の說く「之を生ずる者衆く、之を食う者寡く、之を爲す者疾く、之を用うる者舒なり」のこの四條のみで、此外に別の致富の道なし。あの百姓を搜刮して君上に奉承し、一味に聚斂して以て府庫を充實する小人に至りては、ここには半點の借口を找見する能わず。

九五王假有家,假,至也,以是道而理其家,為至其家也。五之道何道也?已以陽剛中正刑其家,而為男正位乎外;六二以柔順中正助之,而為女正位乎內。此皆五所有之道也。以是道而齊家者,得天地之大義也,勿憂而吉可得矣。言九五之道而有及於六二,何也?妻道無成而代有終,六二之道即九五之道也,二固不得而専之矣,故象言交相愛,則二在中矣。

九五の爻辞に「王、家に假りて、恤れざれ、吉」という。「假」は「至る」の義で、この套の道理を以て一家を整治するを、便ち「其の家に至る」と言う。九五の憑る所は何の道ぞや。彼自ら陽剛・中正を以て一家のために法度・典型を立つる。これがすなわち「男は外に於て位を正しくす」。六二は柔順・中正を以て内に於て相輔助す。これがすなわち「女は内に於て位を正しくす」。これらは皆九五の本身の具有する道である。かかる道を以て一家を整治すれば、便ち天地の間の大義に合して、憂慮するを須とせずして吉祥は自ずから得べし。九五の道を講ずるに却って六二に牽連するは、何を爲めぞや。妻道は自ら其の功に居らず、ただ丈夫に代わりて事情を底に做り到るで、六二の道は實はすなわち九五の道で、六二は本來も亦た之を以て己の有と據う能わざれば。ゆえに《小象傳》に「交相に愛す」というは、六二は已に其の中に含められたり。

上九以剛陽之徳居上而處終,居上則有尊於一家之象,處終則能要之以有終也。為一家之尊,用剛陽之道以治其家,而要之以有終,則人見其有孚威如而不可犯也。有孚威如,猶言信哉其威如也。如,語辭,凡與與如也、恂恂如也,皆此人視之以為然也。上九非有意於作威也,知有反己自治而已。反己自治則持身不茍,動作威儀自然有則,儼然人望而畏之矣。如此則終吉。終吉,言吉可以有終也;吉之有終,由徳之有終也。其正大服人之氣象,宛乎可見矣。

上九は陽剛の德を以て全卦の最上に居り、又た一卦の終末に處す。上に居れば、便ち一家の尊と爲る象あり。終に處すれば、能く事情を貫徹して底に至り有始・有終たらしめ得。身を一家の尊と爲り、陽剛の道を以て家を治め、又た能く始終を貫徹せば、則ち人々の彼を看るに、すなわち爻辞の說く所「孚あり威如、終に吉」――誠信は充實し威儀は凜然として冒犯すべからず。「孚あり威如」は、等しく「彼のあの威嚴は真に信服すべきかな」と言う。「如」は語助詞で、《論語》の孔子が朝に在りて「與與如」、鄉黨に在りて「恂恂如」と記するがごときは、皆この用法で、旁人が看て彼が確かにかくのごとしと覺える。上九は並びに有意に威勢を擺り出すにあらずして、彼はただ反躬・自省して自ら自らを約束するのみ知る。能く反躬して自治すれば、則ち身を持すること苟且ならず、一擧・一動の容止・威儀は自ずから法度に合し、莊重の下に人は一望して敬畏を生ず。こうすれば便ち「終吉」。「終吉」と言うは、吉祥が最後に保持し得を言う。吉祥の最後に保持し得る所以は、德行が最後に保持し得るがため。上九のあの堂堂・正正にして人をして心服せしむる氣象は、ここに宛然として見るべし。

睽卦(兌下離上)

睽:小事吉。

《睽》卦の卦辞はいう:乖離・睽違の時に處しては、ただ小事を辦してこそ吉を得べし。

睽,乖異也。火則動而上,澤則動而下,動輒相反,言無往而不相異也。二女同居而其志不同行,不同居而不同行固其所也,同居矣而志不同行,見其乖戾之甚也,卦之名睽以此。睽之時小事可以得吉,而大事不可為,以時方甚難,而卦之才徳又不足以濟睽也。濟一時之睽,非有剛明之徳者不足以任其事。說而麗乎明,比於其徳剛健而文明者則不同矣;柔進上行,得中而應乎剛,比於應乎天而時行者則不同矣。以此才徳,用之於內外安靜之時,則無不可以有為者;若內叛外抗,動相乖戾,非此才此徳所能辦也。

「睽」は乖離・相異の義。上卦の離火は一たび動けば上に向かい燃え、下卦の兌澤は一たび動けば下に向かい流る。一たび動けば便ち彼此相反す。說く所はどこに往きても兩れ相い合わざる。《彖傳》に「二女同居して其の志は同行せず」といい:中女・少女が同じく一家に住むも心志は一の方向に向かわず。本來同住せずして各々其の是を行うは、あれは常理。如今同じく一屋に住みて心志は同行せず。乖戾の極點に至れるを見るべし。この一卦の取名して「睽」は、正にこのため。睽違の時に處して、小事を辦すれば還も吉を得べきも、大事は做り成らず。時勢が正に極めて艱難にして、而してこの一卦の具備する才と德とが睽亂を挽救するに足らざれば。一時の乖離を挽救するに、剛健・明睿の德なき人はこの担子を担い得ず。《彖傳》に《睽》は「說いて明に麗る」といい、《大有・彖傳》の說く「其の德は剛健にして文明」に比べれば、便ち一層を差す。之を「柔は進みて上行し、中を得て剛に應ず」といえば、《大有》の「天に應じて時に行う」に比べて、亦た一層を差す。かかる才德を憑って内外の安定・平静の時に用いれば、作爲せられざるなし。若し内に叛亂あり外に抗命ありて一擧・一動皆相互に乖違せば、則ちかかる才・かかる德の應付し得る所にあらず。

如周室東遷之後,內則王室乖離,外則諸侯背叛,當此之時非有上聖之才不能為也。晉睿宗委任王導,君臣同心,而僅足以保江左;謝安、桓沖、劉裕、檀道濟之輩,終不能平一中原,則小事吉之義也。天地異位,暌也,然天道下濟,地道上升,以成化育之功,其事同也;男女異質,睽也,然男以女為室,女以男為家,而交相願焉,則其志通也;萬物之形象有萬,其不同也,然以類相聚,於不同之中而各有同焉,則其事類也。天地萬物之形皆有自然之睽,睽之相與則皆有自然之道。聖王之治天下,使各正於自然之道而已,此則睽之時用也。盈天地間滿眼皆暌之象,亦滿眼皆睽之時用也,在黙而識之。

譬えば周室の東遷以後、對内に王室は分崩・離析し、對外に諸侯は朝命を背棄す。あのよう時に處すれば、上等の聖人の才具なくしては事を辦し成らず。東晉の元帝・司馬睿が王導を信任・重用して君臣同心すも、亦不過勉强に江左の半壁を保住す。謝安・桓冲・劉裕・檀道濟のこの一輩の人は、終竟に中原を掃平し天下を混一する能わず。これがすなわち卦辞「小事吉」の含義。天は上に地は下にありて位置は迥異す。是れ「睽」。然るに天道は下降し地氣は上騰して共に萬物を化育する功を成就す。それらの爲す事は却って一件。男女の禀質は同じからず。是れ「睽」。然るに男子は女子を以て室と爲し女子は男子を以て家と爲し、彼此心願は相投す。それらの志向は相通ず。萬物の形態は千差・萬別にして各々相同じからず。是れ「睽」。然るに同類は相聚まり、千差・萬別の中に各々其の相同なる處ありて、それらの事理は相類す。天地萬物の形迹は皆自ずから然る乖異ありて、而して乖異の中の彼此の相與も亦た皆自ずから然る道理あり。聖王が天下を治理するは、不過萬事・萬物をして各々この自然の道の上に擺正せしむるのみ。これがすなわち《彖傳》の讚歎する「睽の時用は大なりかな」。天地の間に充塞して、滿眼は皆睽異の象にして、亦た滿眼は皆睽の時用で、全て人の靜默の中に體會するに在り。

君子之相與則同而異,同而異不害其為同,乃所以為大同也。同而異則為公,君子相與之道也;同而不異則為私,小人相與之道也。初九居下無應,宜有悔者也,然當睽之時志在有為,或以才徳相與而即為所應者亦有之,故初九之與九四雖皆陽剛而亦相應焉,則初之悔可以亡之,而為喪馬勿逐自得之象。馬,人所乗以行者也,初之遇四,則可資之以行其道矣。然必見惡人則可以無咎。時之睽,率以惡人致之而使至於睽也,或權柄在其掌握者亦有之。豪傑之士欲起而救之,不一見焉,則有山林獨善而已矣。往而見之,藉其力以有為,而處以善處之道,則伸縮運用、轉移變化之機操之在我,而可以有濟矣。

《大象傳》に「君子は以て同にして異なり」といい:君子の相交は、大處は相同じくして各々己見を存す。この種の同中の異は彼らの相同を妨礙せず、正にこのため故にこそ其の大同を成す。同中に異を存するは、公心より出づ、是れ君子の相交の道。一味に苟同して毫も異議なきは、私心より出づ、是れ小人の相交の道。初九は全卦の最下に居り、本來正應なく、理に照れば悔恨あるべし。然るに睽異の時に當たり、人人は志に作爲有らんと欲して、時に才德の相投を憑って便ち呼應を結成することも亦たあり。ゆえに初九と九四は雖も同じく陽剛なるも、亦た能く彼此相應して、初九の悔恨はここに消失し得、《睽》卦初九の爻辞「馬を喪うも逐う勿れ、自ら復る」――馬を失うも追趕するに及ばず自ずから回來する象を成す。馬は人が騎りて路を趕るもので、初九は九四に遇えば、便ち彼の力量を借りて以て自らの主張を推行し得。然るに還も必ず爻辞の說くごとき「惡人を見よ」にしてこそ、過ちなきを得。一個の時代が乖離する所以は、大抵惡人の造成する所で、甚至り權柄が正にこの種の人の手裏に握られている情形もあり。豪傑の士が奮起して時局を挽救せんと想うに、若し一面を見るさえ肯んぜざれば、則ちただ山林に退居して獨り其の身を善くするのみ。前に往きて彼を見て、彼の力量を借りて事を爲して、而して能く善處の分寸を守住せば、則ち伸縮・運用・轉移・變化の機會は便ち自己の手裏に操られて、事情は便ち挽救の可能あり。

如孔子欲討陳恆,則往見三子,三子者非所謂惡人者乎?使當時能用孔子之言,則聖人作用之微權因是得以舉行,變春秋之衰晚以覆文武成康之盛治,亦未可知也。然初九之道徳亦必有大過人者而可以見惡人,故聖人與其見之。觀九四目之為元夫,則亦不世出之才也。非初九之類而欲見之,剛則必取禍,柔則必取辱矣。下此則又為鞠躬權門之匹夫,而不足道者也。

譬えば孔子が陳成子が齊簡公を弑したるを聞きて、魯哀公に兵を出して討伐せんを請い、魯君は彼をして季孫・叔孫・孟孫の三家に告げしめしに、この三家は正にいわゆる「惡人」にあらずや。假使當時に能く孔子の言を聽用せば、則ち聖人が亂を撥して正に返す微妙の權變はここを借りて施行し得、春秋の末世の衰頹を扭轉して過ぎて文王・武王・成王・康王の盛治を恢復するも、亦た未だ知るべからず。不過初九の道德・修養は必ず常人を遠く超過してこそ、乃ち惡人を見に往き得。ゆえに聖人は彼を許可して往かしめたり。九四が初九を「元夫」と稱するを看れば、初九も亦た世上の少有の人才なるを見るべし。若し初九のこの一流の人物にあらずして却って亦た惡人を見に往かんと想わば、態度は剛硬なれば必ず禍を招來し、態度は柔順なれば必ず辱を受けん。再び等に下れば、便ち權貴の門下に卑躬・屈膝する匹夫と成りて、提するに値せず。

九二上應六五,五離性躁而過察,上而不下,易於猜忌者也。二剛中而說體,有遇主于巷之象。巷取委曲之義,言委曲以行其志而不失臣道之正也。程子所謂至誠以感動之,盡力以扶持之,明理義以致其知,杜蔽惑以誠其意者也,如此則無咎矣。大抵睽之時,溫厚明辯者志或可伸,而剛直自遂者率皆見忤而速禍矣。孟子於齊王,即其好勇好貨之類而引之使歸於王道,亦遇主于巷之義也。

九二は上は六五と相應ず。六五は離に属し、性情は躁急にして察察として明を爲し、ただ高く居りて下に臨むを肯んじて俯就するを肯んぜず。是れ猜忌を起し易き君主である。九二は陽剛にして中に居りて兌悅の體に處す。ゆえに《睽》卦九二の爻辞「巷に主に遇い、咎なし」の象あり。「巷」は委婉・曲折の義を取り、說く所は委曲・婉轉に自らの主張を推行して、而して臣たるの正道を失わず。すなわち程頤の說く所:至誠を以て君心を感動し全力を以て君德を扶持し、道理・義理を講明して君主をして事情に明ならしめ、蒙蔽・疑惑を堵住して君主をして意念を誠實ならしむ。能くかくあれば、便ち過ちなし。大抵睽乖の世に於ては、溫厚にして善く剖辨する人は、志向は或いは還も伸展し得。剛直にして一味に自ら其の是を行う人は、大抵君上に觸怒して禍を招來すること更に速し。孟子が齊宣王に對して、便ち其の勇を好み貨を好むのこの一類の毛病に順いて引導を加えて、彼をして王道に歸向せしめたるは、亦た正に「巷に主に遇う」の意である。

六三見輿曳,輿,三也。三陰爻自坤而來,坤為大輿,三亦可以取輿之象矣。曳,為二所曳也。牛謂四,離畜牝牛,則四可以取牛象矣。三居二陽之間,處位不當,二陽皆以非道而相求焉。上九,六三之正應,當睽之時猜狠方甚,三往應之,不惟拒絶而且有髠劓之傷。未有以正相求而終不相得者,暌之極亦可合焉,故無初有終。九四當睽之時,下無應與則睽孤矣,得初九之陽與之同徳相應而且相信焉,則為遇元夫交孚矣。其初以孤立處不得正之陽,當睽時而居上之下,又有時事之責任者,不亦危乎?既而得人共濟,相與有為,可以行其志矣,故無咎。

《睽》卦の六三の爻辞に「輿の曳かるるを見、其の牛掣る」という。この「輿」は指す所はすなわち六三の自己:三は陰爻で、坤卦より變じ來り、坤は大車で、ゆえに三も亦た車の象を取り得。「曳」は九二に拖住せらるる。「牛」は九四を指し、離卦に「牝牛を畜う」の象あれば、ゆえに四は牛の象を取り得。六三は九二・九四の兩個の陽爻の間に夾まり、處する位置は當ならずして、兩個の陽爻は皆不正當の方式を以て彼を求む。上九は本來六三の正應なるも、睽乖の時に當たり猜疑・狠戾が正に盛にして、六三が前に往きて彼に應ずれば、非但に拒絕を遭うにあらずして、還も爻辞の說く「其の人は天且つ劓さる」のごとき髡髮・劓鼻の傷害を受けん。然るに正道を以て相求めて終竟に合し得ざる事は有るなし。睽乖は極處に到れば亦た自ずから重新に彌合す。ゆえに爻辞は「初なし終あり」と斷ず。九四は睽異の時に處し、下に正應なければ、便ち爻辞の說く「睽孤」に成る。初九のこの陽爻の同德に相應して而も彼此相信任するを得れば、便ち「元夫に遇い、交わり孚す」。當初それは孤立の身・不正の位に居る陽爻を以て、正に睽亂の世に逢いて上卦の下に處し、又た時局の責任を肩負せば、豈に危險ならずや。後來に同志を得て時艱を共に濟し相與に作爲あれば、自らの主張を推行し得。ゆえに「咎なし」という。

六五以陰居陽,本有悔,然為離之主,所處得中,則可以亡其悔矣。厥宗謂九二,六五賴其輔弼以成治,則二為五所宗依者也。五有明中之徳,能聴於二而行其道,故二之道得行於五而易合焉,為厥宗噬膚之象。五能如此,則君道得而可以濟睽矣,以是而往,何咎之有?上九疑六三而不與之應,為睽孤。六三處不得正而居二陽之間,其跡固可疑矣。上以剛居明極睽極之時,明極則過察而多疑,睽極則猜甚而難合,故有見豕負塗、載鬼一車、張弧欲射之象。然睽巳極矣,時極則當變,事久則自明,故又有後說之弧、匪寇婚媾之象。惟往遇雨,則陰陽相合,應六三以成濟睽之功,則吉。上九以剛明之才,又當可濟之時,處之以道,則可以成功矣。

六五は陰爻を以て陽位に居り、本當に悔あるべし。然るにそれは離卦の主にして處する所又た中位を得。ゆえに悔恨は消失し得。爻辞「厥宗は膚を噬う」の「厥宗」は九二を指す:六五は全て彼に靠りて輔佐せられてこそ治道を成就し得。九二は便ち六五の宗仰・依靠する人である。六五は明睿・中正の德有りて、能く九二に聽從して其の主張を推行す。ゆえに九二の道は六五の身上に於て施行し得、兩下は容易に契合す。これがすなわち「厥宗は膚を噬う」――譬えば柔軟の皮肉を咬開するがごとく毫も阻碍なし。六五が能くこのようになれば、君たるの道は便ち得著して、睽亂を挽救し得。かく前に行けば、還も何の過ちか有らん。上九は六三を猜疑して之と相應ずるを肯んぜず、亦た「睽孤」に成る。六三の處するは正ならずして兩個の陽爻の中間に夾まるは、行迹は本來可疑なり。上九は陽剛を以て離明の頂點・睽乖の盡頭に居る:明は極處に到れば便ち察察・太甚にして多疑となり、睽は極處に到れば便ち猜忌・太重にして合し難し。ゆえに爻辞の說く「豕の塗を負うを見、鬼一車を載し、先に弧を張る」、泥豬・滿車の鬼影を見て弓を張りて射んと欲する象あり。然るに睽乖は已に極點に到れば、時勢は極點に到れば便ち轉變すべく、事情は隔るること久しければ自ずから明白す。ゆえに繼いで又た「後に弧を說(捨)つ、寇に非ず婚媾なり」の象あり。ただ前往して雨に遇い、陰陽は交合して、六三と相應じて以て睽亂を紓解する功を成就せば、便ち吉利なり。上九は剛健・明睿の才有りて、又た挽救すべき時機に碰えて、處置は法を得れば、便ち成功し得。

蹇卦(艮下坎上)

蹇:利西南,不利東北,利見大人,貞吉。

《蹇》卦の卦辞はいう:蹇難の中に處しては、平易の西南に往くに宜しく、險阻の東北に往くに宜しからず。德位ある大人を見るに宜しく、正固を守持して吉を得べし。

循平易不行險,見大人尚貞正,不特處蹇當然,治平之世亦宜如此,但卦有此象義,故聖人繫以此辭,彖贊其時用之大。此道理實時中也,即堯傳之舜,舜傳之禹、湯、文、武、周公、孔子也。聖人因卦象義以發胷中之理耳,卦之象義即胷中所具之理也。見險而止,謂之仁亦可也,謂之義與禮亦可也,然曰知矣哉,以知之明而守之固,於知為切。知對愚而言,險在前而不見,與見之不能止,迷於欲而妄動,昏愚之流也。反身修徳,處蹇之時固當如此,而待時以濟蹇亦必本於此。不能反身修徳,安有西南不東北見大人貞之作用乎?

平易の路に順いて走りて險を涉らず、德ある大人を見て貞正を崇尚するは、單に身が蹇難に處する時に當にかくあるべきのみならずして、太平の世も亦た當にかくあるべし。ただこの一卦にかかる象與義有るがゆえに、聖人はかかる卦辞を繫げ、《彖傳》は又た其の「時用」の大を讚歎す。この道理は實はすなわち「時中」で、すなわち堯が舜に傳え舜が禹に傳え、一路に湯・文王・武王・周公・孔子に傳えたるあの一個の道理である。聖人は不過卦象・卦義を借着して胸中の道理を發揮し出すのみ。卦の象與義は、本來すなわち胸中の具えるあの理である。《彖傳》に「險を見て能く止まる」といい、これを「仁」と稱して可なり、「義」・「禮」と稱して亦可なり。然るに偏偏「知矣哉」と言うは、見識の明を憑って持守すること堅固なるがこの一點は「智」の上に於て最も切要なるがため。「智」は「愚」に對して說く:險は眼前に在りて見えず、或いは見えたれど脚を止むる能わず、欲望に迷惑せられて胡亂に行動するは、皆昏愚の一流。《大象傳》に「君子は以て身に反り德を修む」といい、蹇難の時に處して固然として當にかくあるべく、而して時機を待ちて蹇難を紓解するに就いても、亦た必ず此を以て根本と爲す。能く反躬・自省して德行を修養せざれば、どこに「西南に利く、東北に利あらず、大人を見るに利し、貞吉」のこの一套の作用を談ずべきあらん。

往蹇來譽,初六可謂能諒其時與巳之才矣。六二居其位而有應,足以行其志矣,不能濟蹇者,才弱也,故聖人許其忠節而惜其不能成功耳。若以聖人處此,則朞月而巳可也。六二謹厚君子也,撥亂世而反之正,非其事也。九三剛正之才,迫近於險而憂方甚大,所應所喜又陰柔之才而逺出巳下者也,安能有濟?故聖人但言其為人所喜與,而未許其成功,諸葛孔明似之。

《蹇》卦の初六の爻辞に「往けば蹇、來れば譽」といえば、初六は甚だ能く時勢と自らの才具とを體諒して、冒進せずして退くを知るを見るべし。六二は身は臣位に居りて上に九五の正應あれば、抱負を施展するに足るに、なお蹇難を紓解する能わざるは、才力の太弱なる緣故である。ゆえに聖人はただ其の爻辞の說く「王臣蹇蹇たり、躬の故に非ず」の忠貞の節操を稱許して、而して其の成功し得ざるを惋惜す。若し聖人に換えてこの位置に處せば、一年も亦た足るべし。六二は謹厚の君子で、彼をして亂世を掃蕩して撥して正に反らしめんは、本來彼の幹り得來る事にあらず。九三は剛正の才有りて上卦の坎險に緊逼し、憂慮は正に深重にして、而して之と相應じ相親附するは又た才質陰柔・遠く自己の下に在る初六なれば、怎に成就する所有らんや。ゆえに聖人はただ其の「往けば蹇、來れば反る」と言うて下卦の衆陰の歡喜・依附する所と爲すも、《小象傳》のいわゆる「内之を喜ぶなり」にして、而して其の成功を許せず。三國の諸葛孔明は大略この一爻に近似す。

六四居陰得正,才不足以濟蹇,連於九三之實,得處之之道也。阨於時勢之難而未見有成功之機,子家子於魯昭公有類此爻,而子家無可連之人耳。九五之蹇非一身之蹇也,四海九州島之塗炭皆巳之責也,故謂之大蹇。有位有徳,故諸賢合力以應而樂為之用,惜皆中才而不足以稱任使,已又在險中,故至此尚不能成功耳。上六之才不及九三、六二,而成功反過之者,以處將濟之時,知九五可以有為而能従也。聖人於蹇之卦爻至此始以吉與之,信乎處世之有難易,而知幾之君子可尚也。

六四は陰爻を以て陰位に居りて正を得るも、才力は蹇難を紓解するに足らず、ただ九三のこの陽剛・篤實の人と相聯結する能し。これが正に爻辞「往けば蹇、來れば連る」の示す處蹇の道。彼は時勢の艱難に困りて、成功の機會を見る能わず。春秋の時、子家子が魯昭公を輔佐したるは、情形はややこの一爻に似たり。ただ子家子は一個の聯結し得べき人さえなかりしのみ。九五の遭う蹇難は、其の一身の蹇難にあらず:四海・九州の百姓の水深・火熱は、皆其の責任である。ゆえに爻辞は「大蹇」と言う。彼は君位有りて又た君德有れば、ゆえに群賢は合力に響應して之がために用いらるるを樂しむ。可惜皆中等の才にして、驅使を勝任するに足らず、彼自身は又た身が坎險の中に陷るれば、ゆえにこの一歩に到るも依然として成功する能わず。上六の才具は九三・六二に及ばざるも、成功は反って彼らを超過す。處する所が蹇難の將に紓解せんとする時にして、又た九五の作爲し得べきを知りて彼に追随するを肯んずれば。聖人は《蹇》卦の六爻の中に於て、この一爻に到りて始めて一個の「吉」の字を與う。處世は確かに難あり易あるを見るべく、而して能く微を見て幾を知る君子は最も推重に値す。

解卦(坎下震上)

解:利西南,無所往,其來復吉,有攸往,夙吉。

《解》卦の卦辞はいう:平易の西南に走向するに宜し。若し辦すべき事なければ、原處に回りて便ち吉利。若し辦すべき事あれば、趁早に手を動かしてこそ吉利。

利西南與來復吉、夙吉,亦是卦有此象義,而西南、來復、夙皆處解之道也,西南、來復、夙皆中道也。看至此則聖人繫易可一笑,只是此理逐卦逐爻因時與事而發之耳,中庸可以盡之。三往居四而入坤體,利西南之象也;二居其所而得中,來復之象也。卦無有攸往夙吉之象,聖人以義言之。大抵解之後,或有未解而尚當解之者,貴於夙耳,不夙則為害不細也。既解便當平易安靜,來復其所。漢髙入闗,約法三章;光武燒棄文書,令反側子得以自安;裴度入蔡州,言蔡人則吾人:皆平易來復之義也。若既解之後無中生有,過求細小,久為煩瑣,則難復生矣。

卦辞の說く「西南に利し」及び「其れ來り復れば吉」「夙にすれば吉」も、亦たこの一卦が本來かかる象與義有るがため。而して西南に往き本位に回り復り趁早に手を動かすは、皆禍難の紓解する時に處する應有の做法で、三者は皆中道を說く。ここに讀み到れば、聖人が《易》に辞を繫げしに對して便ち會心して一笑し得:不過この同一の道理を、卦を逐い爻を逐いて時勢と事情の同じからざるに随いて發揮し出すのみで、一部の《中庸》は以て之を講じ盡くすに足る。九三が前往して四位に居りて坤體に入るは、すなわち「西南に利し」の象。九二が本位に安居して中を得るは、すなわち「來復」の象。卦中は本來「有攸往夙吉」の象なく、是れ聖人が義理の上に就いて補說したり。大抵禍難が解開したる後に、或いは還も解けざる・仍ほ解くべきありて、則ち趁早を貴とし、趁早ならざれば、爲害すれば便ち小ならず。既に已に解けたれば、便ち平易・安靜に歸して、本來の位置の上に回るべし。漢高祖が關に入りて父老と法を約すること三章せし、漢光武帝が群臣の敵に通ずる書信を燒掉して心に不安を懷く人をして自安し得しめし、裴度が淮西を平定して蔡州に入りて蔡州人は便ち我らが自らの人なりと說えりは、皆これら「平易」「來復」の意である。若し禍難の已に解けたる後に還も無中に有を生じ、細枝・末節を過分に追究し長久に瑣碎に糾纏せば、禍難は便ち重新に滋生し出て來らん。

天地解而雷雨作,雷雨作而百果草木皆甲拆,天地亦解之義也。天地閉塞賢人隠,則反乎解矣。赦過宥罪,體解之義,法天地好生之徳也。天地間一治一亂、一善一惡、一得一失,皆解之義也。君子省之,使有治無亂、有得無失、有善無惡,則善於用解者矣。

《彖傳》に「天地解けて雷雨作り、雷雨作りて百果・草木皆甲坼す」といい:天地の鬱結が一旦紓解すれば、雷雨は興起し、百果・草木の種子の外殼は皆迸裂して發芽す。これも亦た天地の間の「解」。反って《坤・文言》に「天地閉ぢて賢人隱る」といえば、則ち「解」と相背す。《大象傳》に「君子は以て過を赦し罪を宥める」といい、過失を寬赦し罪罰を減免するは、正に「解」の意義を體會し天地の生を好む德に效法す。天地の間の一治・一亂・一善・一惡・一得・一失は、皆「解」の道理を含む。君子がこの上に省察して天下をして治あって亂なく得あって失なく善あって惡なからしめば、則ち「解」を善く運用したりと算す。

初六之應九四可也,陰陽相應未得其正,故言善於補過而未有美詞以與之也。九二上應六五,當解之任者也,難之未解,以小人害之也,有以去之,即得中直之道矣,二可謂無愧於委任者矣。六三負且乗致寇至,寇之至也,三之致也,天乎?人也,亦何尤也?九四解去小人,則能反正而有君子之志向矣,朋不至而相孚者未之有也。

初六は九四と相應ずるは本來可なり。ただ陰陽は雖も相應ずるも兩爻は皆位に當たらず。ゆえに《小象傳》はただ其の「義咎なきなり」と言うて、彼の過失を善く補救するを肯定するも、而して更好の贊語を與えず。九二は上は六五に應じて、紓解の重任を擔當する人である。禍難の解け得ざる所以は、小人に中より梗塞せらるるがため。能く小人を除掉すれば、便ち中正・剛直の道を得著す。これが爻辞「田に三狐を獲、黃矢を得、貞吉」の意で、九二は君主の委任に無愧たりと算し得べし。六三の爻辞に「負いて且つ乘り、寇を致して至る」といい:物を背負う人が却って大車に坐上せば、强盜を招來せり。盜賊の來るは、六三が自ら招くので、天を怪しみ得んや。是れ人が自ら造成したるで、又た誰を怨みん。九四は能く身辺の小人の糾纏を解除すれば、便ち正路に回りて君子の志向有らん。爻辞に「而の拇を解きて朋至り斯に孚す」というは、脚辺の小人を先に斥退せずして同道の朋をして前來して心を推して相信せしめんと想うは、從來かかる事なし。

六五之君子惟有解則吉也,所當解者,信小人而用之也。聖人懼五為群小所惑而任九二之不専,故特戒之。於九二則以去群陰而許其得中直,於六五則欲去群陰之惑亂,可謂丁寧切至矣。五柔暗之主,難於任君子而易於信小人,若陽剛則無事於戒矣。上六處卦之終,備解之道也,當解之極,則解之易也,可謂蔵其用而以時發之也。據上六之才徳未能如此,葢其處終則養之有素,當害之將解而眾皆欲解之,故成功之易也。

六五の爻辞に「君子は維れ解有り、吉、小人に孚あり」といい、ただ君子のみ肯んじて手を出して禍患を解除してこそ吉利。而して解除すべき所は、正に小人を聽信し小人を任用するこの事。聖人は六五が一群の小人に蒙惑せられて、以て九二を任用すること專一ならざるに至らんを擔心し、ゆえに特地に彼を誡告す:九二に對しては、群陰を剷除するを以て相期許し、其の中正・剛直を得るを稱許す。六五に對しては、彼に群陰の迷惑・擾亂を除掉せしめんと欲す。叮嚀すること極めて懇切なりと言い得べし。六五は柔弱・昏暗の君主で、放手して君子を任用し難くして小人を聽信し易し。若し陽剛の君に換えれば、便ちかく誡告するを用いず。上六は一卦の終末に處して紓解の道を具備す。紓解は極處に到れば、事情は便ち辦み好し。才用を蓄藏して時機の成熟を待ちて再び發し出すと言い得べし。爻辞のいわゆる「公は隼を高墉の上に射て之を獲、利あらざるなし」。若し單に上六の才與德とに就いて論ぜば、本來還もこの一歩に達せざるも、大概其の終位に處して涵養・蓄積すること已に久しく、又た正に禍害の將に解けんとして衆人皆解かんと想う時に逢うがゆえに、成功はこそこのよう容易なれ。

損卦(兌下艮上)

損:有孚,元吉,無咎,可貞,利有攸往。曷之用?二簋可用享。

《損》卦の卦辞はいう:減損して心に誠信を懷けば、大いに吉祥にして過ちあることなく、正固を守持する可く、往く所有るに宜し。何を以て奉獻せんや。兩簋の薄食も亦た以て祭享し得べし。

損而有孚,如茅茨土階、菲飲食、惡衣服、卑宮室,損之事也;忘勢禮賢,役己利物,亦損之義也。損所當損而皆出於誠心,則盛徳至善,可大可久,施之天下國家,無所往而不當矣。二簋用享,以祭之一事當損者而言,亦凶年用下牲之義也。損下益上,其道上行,乃上自伐其本根,不自知其為損而反以為益矣。鹿臺之財、巨橋之粟,乃所以速其亡也,損何大焉?猶曰其道上行,在下者不可謂非事上之道焉,此君民之義也。聖人一繫詞而警戒之切,名義之嚴,盡之矣。然悅而止,則自足自怠,亦損之義也。卦之得名,以上下之體相遇而言,詞則直言損之義也。

能く減損して而又た心に誠信を懷く。唐堯が屋頂にただ茅草を蓋い階梯にただ土を以て築きしがごとき、大禹が《論語・泰伯》の記する所の「飲食を菲めにし衣服を惡しめにし宮室を卑しめにす」、飲食は粗簡・衣服は樸素・宮室は低矮なるがごときは、皆「損」の具體の事情。自らの權勢を忘掉して賢人を禮敬し、自己を勞苦して他人に利益するも、亦た「損」の意義。減損すべき處は便ち減損して、而して樣樣皆一片の誠心より出ずれば、則ち盛大の德行・極至の善は便ち廣大し得久長し得、天下・國家に施行して往きて當ならざるなし。卦辞に「二簋以て享うる可し」といい、祭祀のこの一件の從簡すべき事に就いて言う。すなわち荒年に下等の犧牲に改用する意。《彖傳》に「下を損して上を益し、其の道は上行す」――下面を減損して上面を增益す。これは實に上位に居る人が自ら己の根本を砍伐して、還もあれを減損と知らず反って增益と爲す。商紂王が鹿臺の錢財・巨橋の粟米を聚斂せしは、正に其の覆亡を加速する原因で、かかる減損は之より大なるを還も比ぶべきあらん。話は雖も然りと雖も、《彖傳》は仍ほ「其の道は上行す」と言うは、下位に居る人は君上を奉養するは君に事える道にあらずと言う能わざれば。ここに君與民との間の名分の大義を含む。聖人はただこの一句の卦辞を繫げて、警戒の意は何等か深切なるか、名分・道義の嚴正も亦た皆この一句に說き盡くされたり。然るに下卦は兌悅・上卦は艮止で、一味に喜悅して安止すれば、便ち自滿・自怠して、あれも亦た一種の「損」。この一卦の得名は、上下の兩體の相遇うに就いて言う。卦辞は則ち直接に「損」の意義を講ず。

二簋應有時,損剛益柔有時,損益盈虛,與時偕行,有孚也。君子損益非有意也,循天理而已矣。懲忿窒欲,謂之損可也,謂之益亦可也,聖人特以克己而言,則理之復者非益乎?消一分人慾,則長一分天理。初九所當益者六四也,已事遄往,盡巳之誠以益之也。然有上下之分、陰陽之別、說止之體焉,故戒以酌損之,此處己處人之道也。九二所不足者貞也,又說體而易有過動之失,故利貞而戒其征凶。固守其貞,即可以成人之善;若失已徇人,則相率而陷於惡矣。

《彖傳》に「二簋應に時あり、剛を損して柔を益すに時あり、損益・盈虛は時と偕に行う」といい:兩簋の薄食を以て祭享するは時候を看るべく、剛強を減損して柔弱を增益するも時候を看るべし。減損與增益・盈滿與虛虧とは皆時勢に随いて一同に推行す。一切は時宜に合す。これがすなわち卦辞の說く「孚あり」。君子の減損與增益は私意より出ずるにあらずして、ただ天理に順うのみ。《大象傳》に「君子は以て忿を懲し欲を窒ぐ」といい、忿怒を懲戒し私欲を堵塞するを、之を「損」と言うて可なり、「益」と言うて亦可なり。聖人は特地に自己を克制するこの一面より說けば、則ち天理の恢復は、豈に正に「益」ならずや。人欲を一分消去すれば、便ち天理が一分長出す。初九の應當に增益すべき所は六四で、爻辞に「事を已めて遄かに往け、咎なし、之を損するを酌め」という。自らの事を辦了して趕緊に前に往くは、自己の全部の誠意を拿出して六四を增益する。然るに上下に分際あり陰陽に區別ありて、又た兌悅與艮止の體の中に處すれば、ゆえに爻辞は彼を誡告して「之を損するを酌めよ」、斟酌して來れ――これは既に自己を安頓し又た他人を安頓する道理。九二の欠缺する所は「貞」で、又た身は兌悅の體に在りて躁動の毛病を犯し易し。ゆえに爻辞に「貞に利し、征けば凶」といい、彼を勉励して正を守りて彼を誡告して妄進せざらしむ。貞正を牢く守住すれば、便ち他人の善を成全し得。若し自らの操守を丟掉して他人に曲從せば、則ち一同に惡の裏に陷り入らん。

六三之損所以為益,免於雜亂而成其相應之専,在人事固有如此者。六四之疾多矣,初九乃已疾之藥石也。聖人於初九微示以不可則止之意,於六四則欲其虛心求善,痛自遷改而與道同歸矣。君之所當寳者善也,當損下益上之時,人固欲以善進矣,而五又虛中以應之,則進善無窮而其益無方矣。上九弗損益之,得居上益下之體也,非小補之益而人之應之者眾矣,故象曰大得志也。

六三の受くる減損は恰好に增益と成る:爻辞に「三人行けば則ち一人を損し、一人行けば則ち其の友を得」といい、雜亂を減去して一對一に相應する專一を成全す。人間の事情は本來かかる情形あり。六四の毛病は甚だ多くして、初九は正に其の毛病を醫治する藥石である。聖人は初九に對して微微に「适可にして止まれ」の意を示し、六四に對しては則ち彼の虚心に善を求め痛く決心を下して過を改め正道と同じく歸せんを希望す。ゆえに爻辞に「其の疾を損して遄かなるを使さば喜あり、咎なし」という。人君の應當に寶貝と看作すべきは「善」。正に下を損し上を益する時に當たり、人々は本來爭うて善言を進獻し上る。而して六五は又た能く虛懷に中に居りて接納・呼應すれば、則ち進獻する善は便ち無窮・無盡にして、得る所の益處も亦た無方・無量なり。ゆえに爻辞に「或いは之を益すに十朋の龜を以てし、克く違わず、元吉」という。上九の「損せずして之を益す」は、再び下面を減損せずして反って下面を增益す。正に上に居りて下を益する體統に合す。これは小小の修補の益にあらず。よって彼に響應する人は極めて多し。ゆえに《小象傳》に「大いに志を得たるなり」という。

益卦(震下巽上)

益:利有攸往,利涉大川。

《益》卦の卦辞はいう:往く所有るに宜しく、大河・巨川を渡涉するに宜し。

益之道,損上益下,民說無疆;自上下下,其道大光。以此大光之道而得民說之無疆,何所往而不利?何險之不可濟乎?二五中正之道,固可以有慶矣,中正之道,大光之道也。木道乃行,程子作益道,理或然也。動而不以巽,躁於動者也,有損而已;動而巽,所以日進於無疆也。天施地生,其益無方,上之益下亦猶是也。凡益之道,與時偕行,則益之所施當其可矣。先王益下,井田、學校、封建、肉刑,舉一世而甄陶之,功業之盛,上下與天地同流,豈小補之哉?見善則遷,進善無窮;有過則改,可至於無過:此作聖之功也。

《彖傳》に「益とは、上を損して下を益し、民の說ぶこと疆なし。上より下に下れば、其の道は大いに光なり」といい:增益の道は上面を減損して下面を增益するに在りて、百姓の喜悅は邊際なし。上位に居る人が己を屈して下民に下就するを肯んずれば、其の道は便ち無比に光大なり。かかる光大の道を憑って百姓の無邊の喜悅を得れば、還もどこに往き得ざるあらん。何の險阻か渡り過ぐる能わざるあらん。六二と九五の中正・相應の道は、本來以て福慶有らしめ得。中正の道はすなわち光大の道である。《彖傳》の「木道乃ち行う」の一句は、程頤は「木」は當に「益」の字なるべしと以爲して「益道乃ち行う」と讀む。道理は或いはこのごとし。震動して柔巽する能わざれば、あれは躁進・妄動して、ただ損失を招來するのみ。震動して能く柔巽すれば、こそ一天天に無窮に進み得。上天は施予し大地は化生して、それらの增益は一定の所在なし。上位に居る者の下民を增益するも亦たこのごとし。凡そ增益の道は、皆時勢に随いて一同に推行すべし。則ち施す所の增益はこそ恰當に其の可なり。先王が下民を增益して井田を行い學校を立て封國を建て肉刑を定めて、整個の時代を陶鑄し過ぐるは、功業の盛なること上下に天地と其の流行を同じくす。どこにただ小小の修補ならんや。《大象傳》に「君子は以て善を見れば則ち遷り、過有れば則ち改む」といい:善を見れば便ち遷りて之に從い、善に進めば便ち窮盡なし。過有れば便ち改めて、最終に過失なきを做り到り得。これが正に聖人を學び作す功夫である。

初九當益下之時,受上之益厚矣,不為大作不足以報之,上之益初亦欲其大作也,故曰利用。陽剛之才亦足以為大作而致元吉矣。六二居中而有應,上之益下必自益賢以及之,共天位、治天職、食天祿而及於二者,自不能已,而二亦弗克辭之也。爻位皆陰,或不能固守而少誠實也,故戒以永貞吉,守正而不為富貴所淫則吉也。曰王用享于帝吉,盡誠心以事上而不有其身則吉也。

初九は正に上に在る者が下民を增益する時に當たり、受くる恩益は十分に豐厚にして、一番の大事業を幹り出さざれば報答するに足らず。上に在る者が初九を增益するも、本來亦た彼に大事業を幹らしめんを希望する。ゆえに爻辞に「以て大作を爲すに利し、元吉、咎なし」という。初九は陽剛の才有りて、也た確かに以て大事業を擔當して大吉を獲得するに足る。六二は下卦の中に居りて上に九五と相應ず。上に在る者が下民を增益するは、必ず先ず賢才を增益することより做起して、再び衆人に推及す。君主と共に天位有り天職を同治し天祿を同食する、この恩遇が六二の身上に落つるは、自ずから然として止まる能わざるので、六二も亦た推辭し掉る能わず。ゆえに爻辞に「或いは之を益すに十朋の龜を以てし、克く違わず」という。ただこの一爻の爻性と爻位とは皆陰に属して、守住すること牢固ならずして誠實を欠缺せんを恐る。ゆえに又た彼を誡告して「永く貞にして吉」――長久に正を守りて富貴に淫惑せられざれば便ち吉利。爻辞の末句に「王、以て帝に享すれば吉」といい、誠心を竭くして君上に奉事して功勞を以て己の有と據えざれば、便ち吉利。

六三不中不正,當益下之時,受上之益者凶事也。上之益下,窮乏者周給之,賢能者任使之,不肖者懲戒之。聖人無棄物,王者重絶人,豈可遽棄六三而不求其遷改乎?若三格則承之庸之,否則威之矣。三處動體之極,非止於惡而不進者也,故得無咎,又期以有孚中行,望其所得者深矣。告公必用圭,公始信之,三之所以告公而得其信,在有孚中行而已。

六三は既に中に居らず亦た位に當たらず、下民を增益する時に處して、其の上に在る者の增益を得るは却って爻辞の說く所を靠る「之を益すに凶事を用う」で、是れ賑災・救荒のこの一類の凶事の上より得たり。上に在る者が下民を增益するに:貧窮・困乏なれば便ち彼を周濟し、賢良・能幹なれば便ち彼を任用し、不肖なれば便ち彼を懲戒す。聖人は何の一物をも抛棄せず、王者は最も人と斷絶するを看重す。怎に立刻に六三を丟開して彼の過を改め善に遷るを指望せざるべけんや。六三が若し能く感格して善に向かえば、便ち彼を承認し彼を任用し、然らざれば便ち威刑を以て彼に對付す。六三は震動の體の頂端に處して、並びに惡の裏に停まりて前進するを肯んぜざる人にあらず。ゆえに能く「咎なし」。聖人は又た「孚あり中に行う」を以て彼に期許して、彼に對する指望は甚だ深し。爻辞に「公に告ぐるに圭を用う」――王公に禀告するは必ず玉圭を執りて信と爲してこそ、王公はこそ相信するを肯んず。六三の能く王公に禀告して信任を取得する所以は、靠る所は亦不過心に誠信を存し行事に中を守るのみ。

六四居上之下,所不足者亦中行也。行未得中而能盡益下之道,未之有也,故戒以中行,則告公以益下之志而公従之矣。卦爻之義,有因其所不能而戒之者,有據其所巳能而與之者,有慮其所必至而防之者,有即其所可至而勉之者。國依於民者也,中行益下,得民之心而用以遷國,則民無不従。大王遷岐而民従之如歸市,即其事也。國未必皆遷,特即得民心而可以有為言之耳。

六四は上卦の最下に居りて、其の欠缺する所も亦た「中行」。行事に中を得る能わずして下民を增益する道を盡くさんと想うは、從來有る事なし。ゆえに爻辞は先ず彼を誡告して「中に行え」とし、能く中に行えば、則ち下民を增益する主張を王公に禀告せば王公も亦た聽從す。これがすなわち「中に行い、公に告げば從う」。卦爻の辞義に好幾種あり:其の做不到なるに因りて誡告を加うる有り、其の已に做り到れるに根據して稱許を加うる有り、其の必然にあの一歩に走到せんを顧慮して預先に防範する有り、其の到達し得べき地步に就いて勉勵を加うる有り。國家は百姓に依靠して立てらるるもので、行事に中を得て下民を增益し、民心を得て再び以て國都を遷徙するに用いれば、百姓は從わざるなし。ゆえに爻辞の下句に「以て依りて國を遷すを爲すに利し」という。周の太王が豳地より岐山に遷りて、百姓は老を扶け幼を携えて彼に追随すること趕集するがごとく、正にこの事。國都は未だ必ずしも皆遷すとはせず、不過民心を得れば便ち作爲し得るこの一點に就いて言うのみ。

九五以有孚恵下,則下以有孚而惠上以徳矣,未有上好仁而下不好義者也。五之益下,有徳有位有時矣,戴之為元后,親之如父母,其生也榮,其死也哀,皆有乎惠我徳之義也。初與二三受上之益者也,四五益下者也。上九居卦之上,處益之極,而未有益下之任,乃自益者也。若以道義自益,則安貧樂道之逸民也,聖人用以戒貪人,故以為求自豐殖之賤夫而斥之也。立心勿恆,喪其所守,其義凶也。

九五は誠信を以て惠を下に施せば、下面の人も亦た誠信を以て德義を用いて上に回報す。ゆえに爻辞に「孚あり心を惠し、問う勿れ元吉、孚あり我が德を惠す」という。從來上に在る者が仁德を愛好して下に在る者が道義を愛好せざる有らず。九五が下民を增益するに、德行・位分・時機の三樣は皆具備せれば、百姓は便ち彼を擁戴して天下の元首と爲し、彼を親しむこと父母を親しむがごとく、彼生きれば大家は以て榮と爲し、彼死せば大家は之がために哀慟す。これらは皆「孚あり我が德を惠す」のこの一句の裏に含められたり。初九與六二・六三とは上に在る者の恩益を承受する人で、六四・九五は下民を增益する人。上九は全卦の最上に居りて增益の極點に處するも、並びに下民を增益する職任なく、反ってただ自己を增益するを顧る人と成る。假如彼が道義を拿げて自己を增益するならば、あれはすなわち貧に安んじ道を樂しむ隱逸の士。聖人はここに於ては貪婪の徒を警戒せんと欲して、ゆえに彼を以て一味に自身の豐厚・聚斂を謀求する卑鄙の小人と爲して之を斥責す。爻辞に「之を益す莫し、或いは之を擊つ、心を立てて恒ならず、凶」といい、心志の立てること定まらずして自らの守るべき操守を丟掉すれば、道理より講ずれば便ち當に凶なるべし。

夬卦(乾下兌上)

夬:揚于王庭,孚號有厲,告自邑,不利即戎,利有攸往。

《夬》卦の卦辞はいう:君王の朝堂の上に於て公開に小人の罪狀を揭發し、誠信を以て衆人に號令して其の中の危險を說明す。先ず自己の城邑より號令を申明して、武力に訴えるに宜しからず、往く所有るに宜し。

揚于王庭、孚號、告自邑、不即戎、有攸往,皆夬之用也。健而說,決而和,夬之徳也。柔乗五剛,治亂安危基於此矣,安得不揚于王庭乎?斯時也,君子不特以去就決之,如貴戚之臣與國同休戚者,雖死生以之亦不為過。孚號有厲,必盡吾決之誠與決之道也,成敗不必論,而其道可謂光明矣。不告自邑而徒即戎,小人得以藉口,而君子反為所制,自速其窮而已矣。剛長乃終,時則可決,而幾不可以自失也。唐之五王昧於此義,相繼就死,而宗社之危幾不救,可為鑑也。陳蕃、竇武則又下於此者。

卦辞の說く所の「王庭に揚ぐ」「孚號す」「邑より告ぐ」「戎に即くに利あらず」「利あり攸く往く」は、皆小人を決去する時の應有の用法である。《彖傳》に「健にして說き、決して和す」といい、剛健にして和悅・決斷して和平を失わず。これは《夬》卦の德性。一つの陰爻が五つの陽爻の上に凌駕して、一代の治亂・安危は皆此を以て根基と爲す。怎に朝堂の上に於て其の罪狀を公開に揭發せざらんや。この地步に至れば、君子は便ち不止に去留・進退を以て態度を表明するのみならず。あの國家と休戚・與共する貴戚の大臣のごときは、性命を拿げて拼するを以てすら過分と算せず。「孚號して厲あり」は、必ず我が全部の決斷の誠意と決斷の正道とを拿出すべく、成敗は以て計較せずとも可なり。而してこの路は光明・磊落と言い得べし。若し先ず自己の一方より號令を申明せずして、ただ兵戎に訴えるを知るのみならば、小人は便ち借口有りて君子は反って彼に制せられ、不過自ら絶路に走到するを加速するのみ。《彖傳》に「剛長して乃ち終る」といい、時機が到れば便ち當に決斷すべく、この契機は決して自己の手裏より放過すべからず。唐代の張柬之等の五王はこの道理を明白にせずして、惡を除くこと盡くさず、接續して害せられ、宗廟・社稷は幾く挽救すべからざらんとしたり。以て鑑戒と爲すべし。東漢の陳蕃・竇武が宦官を誅せんと謀りて反って宦官に殺されしは、あれは又た五王より還も等に下る。

施祿及下,當賞而賞,無所吝也,取其流通潤澤之義。居徳則忌,取其淵深廣大之義,忌,敬之意也,敬,徳之輿,不敬則徳不可居矣。初九壯于前趾,往不勝咎也。在下不當進者而進,又先之以疎逺未信之小臣,欲去君側之惡而又先焉,躁動之甚也,安能有濟?九二有能決之才,有能決之徳,終日乾乾、夕惕若之心也,謹慎周宻之至,而真可以當決之任矣,意外之患不足慮也。

《大象傳》に「澤は天の上に上る、夬。君子は以て祿を施して下に及ぼし、德に居れば則ち忌む」といい。「祿を施して下に及ぼす」は賞すべきは便ち賞して毫も吝惜せず、取る所は澤水の流通・潤澤の義。「德に居れば則ち忌む」は取る所は澤水の淵深・廣大の義で、「忌」は敬慎の義――敬慎は德行を承載する車子で、敬慎ならざれば、德は便ち安放し住る能わず。初九の爻辞に「前趾に壯んし、往きて勝たざれば咎と爲る」といい:脚指が一たび動けば便ち強を逞して前に衝り、往きて打ち勝たざれば、則ち過錯と成る。身が下位に在り本來冒進すべからざる人が却って搶うて冒進するに、況んや又た君主を疎遠にして未だ信任を取得せざる小臣が頭陣を打つとは。君主の身辺の惡人を剷除せんと想うもかかる人に由りて先に手を動かせば、躁動すること太も厲しくして、怎に事を成せんや。九二は能く決斷する才干あり、能く決斷する德行あり、《乾》卦九三の說く「終日乾乾として夕に惕るが如し」の心思を懷いて、謹慎・周密すること極點に至り、真に以て小人を決去する重任を擔當し得べし。ゆえに爻辞に「惕號し、莫夜に戎有りとも、恤れざれ」――縱使傍晚・入夜の時分に至りて兵戎の襲來有るも、かかる意外の患は亦た憂慮するに値せず。

九三過剛不中,以決小人,是用壯而見於頄,凶之義,而非君子決所當決之道也。君子夬夬,決其所當決而已,行其所無事而吾無加惡焉,健而說、決而和是也。三若得此道焉,則善用其決矣。雖合於上六之小人,如獨行遇雨若濡,終則知其可慍而慍之,亦無咎矣,此因其所不足而戒之也。

九三は剛強に過ぎて中に居らず、かかる性子を以て小人を決除すれば、すなわち爻辞の說く「頄に壯んし、凶あり」――剛強の氣は全て顴骨・臉面の上に露す。あれは凶の路數で、君子の其の當に決すべきを決する正道にあらず。いわゆる「君子夬夬」は、ただあの當に決斷すべきを決斷し、爲すべき事を爲して額外に惡意を加えず。すなわち《彖傳》の說く「健にして說き、決して和す」。九三が若しこの路を得著し得れば、便ち其の決斷を善く用いたりと算す。縱使一時に上六のあの小人と牽合する所有りて、爻辞の說く「獨り行きて雨に遇い、濡るる若く愠有り」、獨り前に行きて雨に遇い衣裳を沾濕すとも、ただ最終にこれが當に惱恨すべき事なるを明白にして之を惱恨せば、亦た過ちなし。これは其の足らざる所に就いて彼を誡告する。

臀無膚,不決則不安;行次且,往決則不進:持兩端以觀望,公私交戰之機也。何以至此?以九居四而處說體,失其陽剛之徳,致悔之道也。若撁挽眾陽合力以決,則可以亡其悔,而又不以為然焉。處天下事,智仁勇三徳缺一不可,四之所以卒失也。九五切近上六,乃其所親暱者也,若但知小人之當去,忘私順道,決其所當決,不以私暱之故而失其果斷之徳,則合於中行而無咎矣。下而眾陽處之各盡其道,則上六無號,終有凶矣。若知其窮極,變為君子而以國與民為心,則聖人未嘗不與也。

九四の爻辞に「臀に膚なく、其の行き次且たり」といい:坐し下れば屁股に皮肉なく、決斷せざれば便ち坐り安んぜず。走り起れば又た拖拖拉拉して、真に前に往きて決斷せんとすれば却って步を邁開し得ず。これは脚を兩隻の船に踏みてあそこに觀望するで、正に公與私とが心裏に交戰する關口。怎にこの一歩に落到したるか。彼が陽爻を以て陰位に居りて而又た身は兌悅の體に在りて、陽剛の德性を失掉せるがため。これは悔恨を招來する路數。倘若彼が能く衆陽を牽引して合力に決斷すれば、本來悔恨を消除し得べしに、偏偏彼自身は又た然りと爲さず。天下の事を處置するに、智・仁・勇の三種の德性は一つも缺くべからず。これがすなわち九四の終竟に失敗する緣故。九五は上六に緊挨して、正に其の親近・昵愛する所の人。若し能くただ小人は當に除去すべきのこの一條を認定して、私情を忘掉し公道に順從して、當に決斷すべきを決斷して、私昵の故を以て果斷の德性を喪失せざれば、則ち中道に合して過ちなし。すなわち爻辞の說く「莧陸夬夬、中に行いて咎なし」。下面の衆陽は各々自らの本分を盡くせば、則ち上六は便ち爻辞の說くがごとく「號するなく、終に凶あり」、哭喊するも用なし、終竟に凶。倘若彼が自ら已に窮途・末路に到りたるを知りて翻然と改變して一個の君子を爲し、國家と百姓とを心の上に放らば、聖人も亦た未だ嘗て彼を許すを肯んぜざらず。

姤卦(巽下乾上)

姤:女壯,勿用取女。

《姤》卦の卦辞はいう:この女子は過分に強壯す。かかる女子を娶る勿れ。

以一小人敢於犯天下之公議,與眾君子敵,則壯之甚也。君子宜謹於防慮,而求所以逺之焉。一陰猶可制之,故言勿用取女;若至二陰生,則有遯而巳矣。一陰生為姤,一陽生為復,主客之義也;三陰生則成否,始於用娶也;四陰生則為觀,變其名義以抑揚之;剝之君子得輿,亦此義也。雖世運之常,亦有可回之理,而轉移之機在我矣。

一個の小人を憑って竟に敢て天下の公論に冒犯し滿朝の君子と敵と爲るは、これがすなわち「壯」の極點に至れり。君子は當に謹慎に防備し深く考慮を加えて、彼を遠く隔開するを設法すべし。この時陰氣はただ一爻を生出して還も制し得。ゆえに卦辞はただ「女を取るを用る勿れ」、彼と結納しに往く勿れと言うのみ。二つの陰爻を長出して《遯》卦と成るを待てば、君子は便ちただ退避の一途を殘すのみ。一陰が初生するは《姤》、一陽が初生するは《復》で、一は不速の客が突然に遇上し、一は主人が本位に回歸す。其の中に主與客の分別を含む。三陰に長じて便ち《否》と成り、天地は交わらず上下は隔絶す。この禍根は正に當初にあの女子を「娶」りたるに起る。四陰に長じて便ち《觀》と成り、聖人は卦名の意義を換えて、ここを借りて一抑・一揚す。《剥》卦の上九が「君子は輿を得」と言うも、亦た同一の用意:縱使陰が長じて剥落は將に盡きんとするも、聖人は仍ほ君子のために轉機を留め置く。世運の消長は雖も其の常軌有るも、其の中に亦た總じて挽回し得べき道理ありて、而して扭轉の機括は便ち人の自己の手裏に握られたり。

天地相遇,品物咸章,天地之常道遇而已;剛遇中正,天下大行,聖人徳與位遇而化行於天下矣。盈天地間皆遇之義也,而聖人制以相遇之禮焉,如五品人倫之相與、一事一物之裁制,君子遇之以道,小人遇之以非道。富貴貧賤、死生患難之在人亦遇也,而亦有遇之之道焉,非其道則妄而巳矣。遇之之道,所以巳天下之亂也。施命誥四方,取其風行天下之義也。

《彖傳》に「天地相遇い、品物咸く章たり」といい:天地・陰陽が相遇えば、萬物はこそ皆顯豁・彰明す。天地の間の常道は、亦不過一個の「相遇い」のみ。又た「剛は中正に遇い、天下は大いに行わる」といい:聖人の德與位とが相遇合せば、教化は便ち天下に通行す。天地の間に充塞して處處に皆「遇」の道理あり。よって聖人は之がために相遇うの禮節を制定せり。例如父子・君臣・夫婦・長幼・朋友のこの五等の人倫の相處、及び一事・一物の裁斷・處置は、君子は正道に按じて相遇い、小人は則ち正道に按じて相遇わず。富貴・貧賤・生死・患難の人の身に落つるは、亦た皆「遇」で、其の中に亦た同様に之に對待する正道あり。この道に循わざれば、便ちただ妄動のみ。相遇うの道は、正に以て天下の禍亂を止息するに用いらる。《大象傳》に「后は以て命を施して四方に誥ぐ」といい、君主が政令を頒布して四方に告諭するは、取る所は風が天下に行く意。

初六繫于金柅貞吉,有所往見凶。聖人不以小人不可變而絶望於善焉,故啟反正之機;在君子不可以惡未著而易之,故警之以羸豕孚蹢躅。張柬之以武三思為几上肉而卒為其所害,昧於羸豕蹢躅之訓也。二處初之上,初之惡尚微,二猶可以制之而使不得以肆其毒。二剛而得中,善於處初者也,而初在其所處之下,故聖人深以制初之惡望之焉。九三過剛不中,下無所遇故臀無膚,上無所遇故其行次且,孤立無助故厲,逺於汙邪故無大咎。言無大咎,則小出入有之,由於過剛不中也;若以剛中而無所遇,則為幽人之貞矣。

初六の爻辞に「金柅に繫げ、貞吉、攸く往けば凶を見る」といい:車子を堅固の銅製の刹車に繫げて之を走動せしめず、正を守れば便ち吉。一旦之を放して前行せしめば、便ち凶を見ん。聖人は並びに小人の改變し難きを以て其の善に向かう路を斷ぜず。ゆえに彼のために邪を改め正に歸する機會を留め置く。同時に亦た君子に提醒して、惡迹が未だ顯露せざるを以て彼を輕看すべからず。ゆえに爻辞の下句「羸豕孚蹢躅す」を以て警告す――あの看似瘦弱の猪は、心裏は正に焦躁して掙脫して蹦跳せんと欲す。唐代の張柬之が武三思を以て砧板の上の肉と看て及早に除掉するを肯んぜず、終竟に反って彼に害せられしは、すなわち「羸豕蹢躅」のこの句の訓誡を懂得せざるなり。九二は初六の上に處し、この時初六の惡は還も甚だ微弱にして、九二は還も之を制し得て之をして毒害を施放する由なからしむ。九二は陽剛にして中に居りて、初六に對付するを善くする人で、而して初六は又た恰好に其の脚下に在り。ゆえに聖人は深切に彼が初六の惡を制住せんを期望す。九三は過剛にして中に居らず:下に向かい遇合する所なし。ゆえに爻辞に「臀に膚なし」、坐起安んぜず。上に向かい遇合する所なし。ゆえに「其の行き次且たり」、進退・遲疑す。孤立・無援にして、ゆえに「厲」。然るに亦たここにより污濁・邪僻を遠離せり。ゆえに「大咎なし」。既に「大咎なし」と言えば、小の出入は還も有るを見るべし。これは皆其の過剛にして中ならざるに由る。假使彼が能く陽剛を以て中に居りて遇合する所なからば、則ち《履》卦九二の「幽人貞吉」のあのごとき正を守る士と成らん。

自九二視初六,則為害治之邪而欲其逺之;自九四視初六,則為所御之民而欲其近之。易惟變所適而不可為典要如此。若取名卦之義,則四近五而居不得正,下應柔邪,罪莫大焉。不取此者,居上位而澤不下究,使民轉而望救於他人,亦足以為世戒矣。九五有徳有位,治初六之柔邪若甚易也,而聖人特慎之而欲含章焉。葢小人變詐百出而易以惑眾,淺謀躁動,為所窺見,則乗間抵隙,眩人之耳目,亂人之心志,而使莫知適従矣。惟時其動,勿使有妄;宻其機,勿使或露:則處得其道而治可以常保矣。上九過剛而居卦之上,角之象也。知剛而不知柔,視中和之徳逺矣,而莫與群焉,吝之道也。然剛善也,終不為欲所動,故無咎。

九二の角度より初六を看れば、それは治道を妨害する邪惡で、ゆえに遠く避開せねばならず。九四の角度より初六を看れば、それは却って自己の統轄する百姓で、ゆえに親近するを設法せねばならず。《周易》はただ變化に随いて義を取りて固定・不變の成例と爲す能わざる所以は、正にこのごとし。若しこの一卦の立名の本義に按じて言えば、九四は九五に緊鄰して居る所正ならず、又た下に向かい柔邪の初六に應和すれば、罪過は之より大なるはなし。爻辞はこの一層を取らずして、「包に魚なく、起れば凶」と言うは、彼が身は上位に居りて恩澤をして下に達せしむる能わず、百姓を逼りて頭を掉りて他人の來り救わんを指望せしむれば――單にこの一條も、亦た以て後世を警戒するに足る。九五は德行有りて又た君位有れば、初六のあの一點の柔邪を收拾するは好もう容易なるも、聖人は却って偏に彼をして謹慎せしめ、彼をして爻辞の說く所に做り到らしめんと欲す「杞を以て瓜を包み、章を含む」、美德を含蓄して露さざらしめんと。小人の變詐は百出にして、最も衆人を迷惑し易し。謀劃一たび淺く擧動一たび急なれば、彼に窺破せられ、彼は便ち空子を鑽り漏洞を抓み、人の耳目を炫亂し人の心志を攪亂して、衆人をして誰に聽從すべきかを知らざらしむ。ただ發動の時機を把握し好くして之を妄舉に流れざらしめ、機謀を藏るること嚴密にして一絲の泄露あるを得ざらしめてこそ:かく處置して法を得れば、太平はこそ長久に保住し得。上九は剛強に過ぎて全卦の最上に居るは、「角」の象で、爻辞に「其の角に姤り、吝、咎なし」といい、ただ剛を知りて柔を知らざれば、中和の德を離るること遠し。よって彼と合群するを肯んずる人なし。これは可惜の路數。不過剛は畢竟に好品質で、彼は終竟に私欲に動かされず。ゆえに還も過ちなし。

萃卦(坤下兌上)

萃:亨。王假有廟,利見大人,亨,利貞,用大牲吉,利有攸往。

《萃》卦の卦辞はいう:亨通す。君王は宗廟の裏に到りて致祭す。德位ある大人を謁見するに宜しく、亨通して正固を守持するに宜し。大牲を以て祭祀すれば吉祥を獲得し、往く所有るに宜し。

此順而彼說,剛中而有應,皆聚之義也。若未順而得說,非剛中而致應,則聚不以道矣。王假有廟,王者聚道之大,而亦所以聚天下也。利見大人亨,非有君長臨之,則不能相正以生矣,而何以致亨通?聚不以正,則茍合而豈聚之道哉?聚之時用大牲、有所往,皆理之正,故為順天命也。豐年用上牲,得其所聚,仁之愛之之道不可已也。

下卦の坤は順・上卦の兌は悅で、こちらは順從し彼方は喜悅す。九五は陽剛にして中に居りて下に六二と相應ず。これらは皆「聚」の道理。若し先に順從有らずしてただ人を取りて悅ばしめるを知り、剛中の德を靠らずして勉强に應和を招來せば、則ち聚合は便ち正道に合せず。卦辞に「王、廟に假る」といい、君王は親ら宗廟に至りて致祭す。これは王者の聚合の道の中の最大の一件で、もまた正に以て天下の人心を聚合する辦法である。「大人を見るに利し、亨」と言うは、若し君長が上に在りて主持せざれば、人々は便ち彼此匡正して安生する能わず、又た何を憑って亨通に達せんや。聚合して正路を走らざれば、あれは不過苟且に凑合するに過ぎず、どこに聚合の道と算し得られんや。聚合の時に大牲を以て祭祀し往く所有るは、皆正理に合す。ゆえに《彖傳》はこれを「天命に順うなり」と說く。豐年に上等の犧牲を用うるは、已に人心を聚攏したるがため。彼らを仁愛し彼らを體恤する道理は便ち一刻も停歇すべからず。

天地萬物之情聚而已。天施地生,乾坤交泰,聚之義也;五品人倫,恩義相篤,亦聚之義也;飛潛動植,類聚群分,亦聚之義也。盈天地之間者聚而已,但以道則得,非道則失,升降消長、治亂安危胥此焉基。膺宰治之責者,黙識而操之以道可也。除戎器,戒不虞,乃處聚之一道而致其常聚也。兵非聖人之得已,而為徳化之輔不可廢也。

《彖傳》に「其の聚むる所を觀れば、天地萬物の情は見るべし」――天地萬物の實情は、亦不過一個の「聚」の字。上天は施予し大地は化生して乾坤は交感して泰を成すは、「聚」。父子・君臣・夫婦・長幼・朋友のこの五等の人倫の恩義の篤厚なるも、亦た「聚」。飛ぶ・潛む・動く・植えるの各々類を以て相聚まりて分群するも、亦た「聚」。天地の間に充塞するはただ一個の「聚」で、ただ正道に依れば便ち聚まり住み、正道に依らざれば便ち聚まりて復た散ず。升與降・消與長・治與亂・安與危は、全て此を以て根基と爲す。天下を宰理する責を擔負する人は、ただ默默に體會して正道に依りて之を把持すれば便ち可なり。《大象傳》に「君子は以て戎器を除き、不虞を戒む」といい、兵器を修整して意外を戒備するも、亦た聚合を處理する一條の門路で、聚合をして長久に維持し得しめんがため。兵を用うるは聖人の願う所の事にあらざるも、然るにそれは德化の輔助で、亦た廢棄すべからず。

處萃之道,知仁勇三徳缺一不可。初六知及之而仁不能守,故有孚不終,乃亂乃萃。初之本心不自昧,而萃非其所,在初終不能以自安也,故又號呼而為眾所笑。惟勿恤流俗,往従正應,則無咎。大抵聚之時易至於茍聚,或以逺近,或以難易,或制於強力而不能自振,君子審於逆順公私而已矣。馬援舍公孫而就光武,萃之正也;張瑛従宦官而攻陳竇,其失甚矣;臧洪不憚殺身而應張超,得往無咎之義矣。

聚合の時に處して、智・仁・勇の三種の德性は一つも缺くべからず。初六は智力は及ぶも仁を守住する能わず。ゆえに爻辞に「孚ありて終らず、乃ち亂れ乃ち萃す」――誠信が底に貫徹する能わず、よって昏亂に亂聚して一氣す。初六の本心は並びに完全に泯滅せざるも、ただ聚むる所の人に非ず。よって始終に自安する能わず。ゆえに爻辞は繼いで「若し號すれば」、聲を放して呼喊して衆人に譏笑せらる。ただ流俗の眼光を理會せざりて、前に往きて自らの正應の九四に追随せば、便ち過ちなし。大抵聚合の時に於ては、人は最も苟且に凑合し易し:或るは路の遠近に因り、或るは事の難易に因り、或るは强權に壓制せられて自振する能わず。君子はただ順與逆・公與私の上に於て審察して清らかにせばのみ。東漢の馬援が公孫述を舍棄して光武帝に投奔したるは、これは聚まるに其の正を得たり。張瑛が宦官に依附して陳蕃・竇武を攻擊したるは、あれは錯ること太も厲し。臧洪が殺身を怕れずして張超の難に響應したるは、正に「往けば咎なし」の意に合す。

六二應九五而雜於二陰,必引吉乃得無咎。引謂心懸於五而有以感招之也,感招之道,誠而已矣,故又曰孚乃利用禴。禴,祭之儉薄之義,盡其誠,則雖儀物不足而可以通其志於五矣。人臣有孤忠為讒慝所間,而君或未諒者,惟積誠以感之而已矣。三所乗者二,而二則萃於五矣;所比者四,而四則萃於初矣。已以不中不正,人莫與萃,求萃不得則嗟如而已,亦何所利哉?惟往従上六,求與之萃,則無咎。上雖非陽,當萃之時,固有以類相聚者,所應之義可畧也。雖與上六兩陰相聚亦無大益,差勝於無所與聚而已,故小吝。三惟不中正故嗟如,若以剛陽之徳處斯時,則為獨立不懼,而五與二之外皆不屑與之相萃也。

六二は上は九五に應ずるも、却って初六・六三の兩個の陰爻の間に夾まる。必ず爻辞の說くごとき「引きて吉、咎なし」、牽引して上に向かいてこそ過ちなきを得。「引」は心を念々として九五の身上に繫けて、而して彼を感動・招引するを設法す。感動・招引の辦法はただ一個の「誠」の字。ゆえに爻辞は繼いで「孚あれば乃ち禴を用うるに利し」という。「禴」は祭品の儉薄の祭祀で、ただ誠意を竭くせば、縱使禮儀・器物の豐盛ならざるも、亦た能く心志を九五のあそこに通達し得。臣子を爲る者が一片の孤忠を懷くも、却って讒佞の小人に中より離間せられ、君主は一時に還も體諒する能わざれば、則ち亦た不斷に誠意を積累して彼を感動するのみ。六三の凌駕する所は六二にして、而して六二は早已に九五に聚向せり。親近する所は九四にして、而して九四は又た已に初六に聚向せり。それ自身は既に中に居らず亦た位に當たらず、之と聚合するを肯んずる人なし。聚まるを求めて聚まり成らざれば、便ちただ爻辞の說くがごとく「萃如嗟如」、唉聲・歎氣するのみで、還も何の利益か言うべきあらん。唯有前に往きて上六に追随し上六と聚合するを求めてこそ、能く過ちなきを得。上六は雖も陽爻にあらざるも、聚合の時に於ては本來同類相聚の情形有りて、正應・不正應の講究はここに於て寬放し得べし。不過上六と兩個の陰爻と相聚まるも亦た多大の益處なく、ただ略しく聚るべき人なきに勝るのみ。ゆえに爻辞に「小吝」という。六三はただ不中・不正なるがためこそ「嗟如」の地步に落到せり。若し陽剛の德有る人に換えてこの時に處せば、便ち特立・獨行して畏懼する所なく、九五與六二とを除く以外は、其餘の人は彼は皆之と相聚まるを屑とせず。

九四處位不當,必大吉始得無咎,非大吉不足以補過。人臣有進不以正而位非所當得者,必攄忠誠以大建明,始可以掩前愆矣。九五以剛陽當萃之時而居尊位,徳可以稱其位,固無咎矣,或有未孚,則亦修其元之徳而已。元為四徳之首,君徳也,君子體仁足以長人,元之徳至於常永貞固,則君徳備而萬邦作孚,悔可以亡矣。悔謂徳未盛而人未孚也,謂其志未光也,葢兊體柔說而非純粹於剛陽中正者也。

九四の處する位置は當ならず。必ず爻辞の說く「大吉、咎なし」に做り到らねばならず、唯有大吉にしてこそ過ちなきを得。大吉にあらざれば、便ち其の過失を補救するに足らず。臣子を爲る者が若し進身が正道に由らず居る所の位が本來得るべからざれば、必ず忠誠を傾盡し大に建樹有りてこそ、以て從前の過失を遮掩し得べし。九五は陽剛の德を以て聚合の時に處して尊位に居り、德行は其の位置に配得上す。本來過ちなし。若し還も誠服するを肯んぜざる人有らば、則ち亦たただ其の「元」の德行を修養するのみ。ゆえに爻辞に「萃して位あり、咎なし、孚に非ず、元永貞、悔亡す」という。「元」は元・亨・利・貞の四德の首で、正に君たるの德。《乾・文言》に「君子は仁を體して以て人を長とするに足る」といい、「元」の德行を長久・貞正・堅固に做り到れば、則ち君德は完備して萬邦は皆來りて誠信に歸附し、悔恨は自ずから消失す。ここの「悔」は、指す所は德行が還も盛大に足らず人心が還も歸服せざるで、すなわち《小象傳》の說く「志未だ光ならざるなり」。大概上卦の兌體の柔和・喜悅なるがため、還も純粹の陽剛・中正にあらず。

上六無應,處萃之終,眾之萃皆已定矣,而已無所萃,人之云亡、邦國殄瘁之時也,故始焉齎諮而終至於涕洟,不能一朝自安也。其求萃之心切矣,故無咎。杕杜之詩近之,故曰彼君子兮,逝肯適我,求之可謂誠矣。君欲得臣以用其道,臣欲資君而行其義,朋友之以道徳相須,皆此義也。

上六は正應なく、又た聚合の終末に處して、衆人の歸聚は皆已に定局して、而して彼自身は却って歸聚する所なし。正に《詩經・大雅・瞻卬》の說く所「人之云亡、邦國殄瘁」――賢人は凋零して殆ど盡き國家は憔悴・衰敗する時。ゆえに爻辞に「齎咨・涕洟、咎なし」といい:起初はただ嗟歎・咨嗟するのみで、終竟に涕淚・交流に至りて一天も自安する能わず。其の聚を求むる心のこのよう迫切なれば、ゆえに過ちなし。《詩經・唐風・杕杜》の意は此と相近く、詩の裏に說く「彼の君子兮、逝く肯んずや我に適くや」――あの君子よ、我が許に來るを肯んずや。かかる求取は、以て至誠より出づと言い得べし。君主が賢臣を得て以て自らの治道を推行せんと欲し、臣子が君主を憑借して以て自らの道義を實現せんと欲し、朋友の間が道德を以て相互に期待・需索するは、皆この意。

升卦(巽下坤上)

升:元亨,用見大人,勿恤,南征吉。

《升》卦の卦辞はいう:大いに亨通す。かかる德行を憑って德位ある大人を謁見すれば、憂慮するを須とせず、南方に向かい進發すれば吉祥を獲得す。

柔以時升,升也;地中生木,亦升也;巽而順,亦升也。巽而順則徳尊業廣,日進未已,亦升之義也。若自賢自用,過於髙亢,日下而已,安能升?升之時,向治之時也。巽順於理以制事變,則所以應天下之故而圖於幾微者,亦精且宻矣。有剛中之臣而得柔中之君以應之,皆致元亨之道也。六五應九二,有見大人之象。如卦之才,以見大人相與大有為,則何處不遂?何行不得?故南征吉。成湯三聘伊尹,十一征而無敵於天下;先主三顧孔明而成霸業:用此道也。順修其徳而積小以成髙大,士希賢,賢希聖,亦升之義也。

《彖傳》に「柔は時を以て升る」といい、陰柔は時勢に順いて逐級に上昇す。これがすなわち「升」。下の巽は木・上の坤は地で、地中に樹木を生出すも、亦た「升」。卦德は下巽・上順して謙巽にして柔順するも、亦た「升」。能く謙巽・柔順すれば、德行は便ち人に尊崇せられ事業は便ち日益に廣大して一天天に精進・不已す。これも亦た「升」の意義。假如自ら賢能を恃み剛愎・自用して一味に高亢なれば、あれはただ一天天に下に掉り落ちるのみで、還も怎に上昇せんや。「升」の時は、正に天下が治平に走向する時である。謙巽・柔順を以て事理に順應して以て事變に應付すれば、則ち天下の變故に回應し幾微の處に於て預め圖謀するも、亦た精密・周到なり。陽剛・居中の賢臣有りて、又た柔順・居中の君主に遇いて之と相應ずれば、これらは皆「元亨」を招致する路數。六五と九二と相應ずれば、便ち卦辞「用いて大人を見よ」の象あり。この一卦の才德を憑って、大人を謁見して彼此協力して大に作爲あれば、則ち身は何處に在りても順遂せざる能わず、何を爲して成功せざる能わずや。ゆえに「南に征けば吉」という。商湯が三度禮を以て伊尹を聘請して此後十一次征伐して天下に敵なし。蜀の先主・劉備が三度茅廬を顧みて諸葛孔明を請い出してよって霸業を成就したるは、用うる所は皆この道理。柔順に自らの德行を修養し細小を積累して以て高大を成就して、士人は賢人を爲るを企望し賢人は聖人を爲るを企望するも、亦た「升」の意義。

初六居二陽之下,九二上應六五,剛而得中;九三居下之上,剛而得正:其心皆欲以人事君也。初六有巽徳而與同體,其志相合,故允升大吉。九二輔六五以致升者也。九三剛而得正,六四柔而得正,一時之賢俊而履已之上,二雖剛中,然以陽居陰而得善,猶有可議焉。若疑忌之心生,則於開誠心、廣忠益之道有未盡,而五亦疎之矣,故盡其誠心,則雖儀物不足而可以達其志於五矣。九三以剛正之才居下之上,前臨於坤,無所疑礙,得升而行其志,可謂才與時合矣。六四坤體而有順徳,王用亨于岐山,用其誠而已,用其誠以輔君,順人臣之道以為其所事也。不言升者,六四近君,位已髙矣,患於尸位而無以報稱,故勉之以誠。

初六は九二・九三の兩個の陽爻の下に居る。九二は上は六五に應じ、陽剛にして中に居る。九三は下卦の上に居り、陽剛にして位に當たる。彼らの心思は皆正道を以て君主に事奉せんと欲す。初六は巽順の德を具備し、又た二・三と同じく一體に在りて志向は相投す。ゆえに爻辞に「允升、大吉」、衆人に信從せられて上昇す。九二は六五を輔佐して以て上昇の勢を成就する人。九三は陽剛にして正を得、六四は柔順にして正を得て、皆當時の賢俊なるも、却って九二の頭上に踩る。九二は雖も陽剛・居中なるも、然るに陽爻を以て陰位に居りて其の善を得れば、仍ほ議すべき處あり。倘若猜疑・忌恨の心が一たび起れば、則ち誠心を敞開して忠言を廣納するこの一點の上に便ち欠缺有りて、六五も亦た彼を疎遠せん。ゆえにただ誠心を竭くせば、縱使禮儀・器物の豐盛ならざるも、亦た能く心志を六五のあそこに傳達し得。これが正に爻辞「孚あれば乃ち禴を用うるに利し、咎なし」の意。九三は剛正の才を以て下卦の上に居り、前に臨む所は一片の坤地で、毫も疑難・阻碍なく、能く上昇して抱負を施展す。才具と時機と相合すと算し得べし。六四は坤體に属して柔順の德を具備し、爻辞に「王、以て岐山に亨す」といい、憑る所はただ一個の「誠」の字。誠心を以て君主を輔佐し、臣たる本分に順いて其の分内の事を爲す。この一爻は「升」を提せざるは、六四が已に君位に接近し地位は甚だ高くて、怕る所は屍位・素餐して以て君恩に報答する無きがため。ゆえに「誠」を以て彼を勉勵す。

六五以陰居尊,所不足者貞也,故言能貞則吉,而如升階之易。五之所升,世底於極治也。惇典庸禮,命徳討罪,本於天命人心之正而已無與焉,貞之義也。能如此則世臻隆平而君道盡矣,故大得志。上六冥升,孜孜於為惡而惟日不足也,聖人設言以誘其入善,言以此惟日不足之心而用之於貞,則為君子矣,其啟人遷善之意至矣。以陰柔居升極,馴習為茍賤,流為汙穢,患得患失無所不至,於君徳民生則忘之久矣。才一也,用之以為惡則惡無不至,用之以為善則善亦無不至矣。上六得至於升之極,非無才者也,用其才於為惡而已,故聖人勉以不息之貞。

六五は陰柔を以て尊位に居り、其の欠缺する所は「貞」なれば、ゆえに爻辞に「貞吉、升階」――能く正を守れば吉利にして、上昇すること階級を拾い登るがごとき容易さ。「升階」と言うは、上ること平易にして難からず。六五の升り到る境地は、世道をして極治に臻らしむるである。《尚書》のいわゆる五典を敦厚にし五禮に従い、德ある者を任命し罪ある者を討伐し、一切は皆天命・人心の公正に本づき、自己は毫も私意を掺入せず――これがすなわち「貞」の意義。能くかくあれば、世道は便ち興隆・太平に走向し、君たるの道も亦た盡くし得たり。ゆえに《小象傳》に「大いに志を得たるなり」という。上六の「冥升」は、昏昧にして一味に上に爬り、孜孜として惡を爲し、尚お且つ日々の足らざるを嫌う。聖人がこの句を設くるは、以て彼を善に誘導せんがため――この「ただ時日の足らざるを患う」の心思を轉用して守正の上に向かわしめば、彼は便ち君子である。人を啓發して過を改め善に遷らしむる用意は、真に極處に至れたり。陰柔を以て上昇の頂點に居り、習染すること久しければ便ち苟且・卑賤・污濁・不堪に流れ、患得患失にして爲さざる所なく、君德如何・民生如何に至りては、早已に腦後に忘卻せり。才具は本來同一副の才具にして、之を以て惡を爲せば惡は至らざるなく、之を以て善を爲せば善も亦た至らざるなし。上六の能く最高處に升り得るは、並びに才具なき人にあらずして、ただ才具を惡を爲す上に用いたるのみ。ゆえに聖人はここにより世人を痛く警醒す。

升六四王用亨于岐山吉無咎,象曰:王用亨于岐山,順事也。王,大王也。六四居上卦之下,坤為土,為有土諸侯之象,正大王之謂也。坤之徳為順,上順天命,下順人心,邠人從遷於岐山,國勢亨通而日升於強大,王業肇基,正大王之事業也,故吉而且無咎。事固有吉而不免於咎者,亦有無咎而未能吉者。王業肇基,國勢昌大,吉也;順天命人心而非有覬覦之私,則無咎也。

《升》卦の六四の爻辞に「王、以て岐山に亨す、吉、咎なし」といい、《小象傳》に「王、以て岐山に亨すとは、事に順うなり」という。ここの「王」は周の太王・古公亶父を指す。六四は上卦の最下に居り、坤は土で、封土を擁する諸侯の象で、正に太王を指す。坤の德性は順で:上に對しては天命に順應し、下に對しては民心に順應す。豳地の百姓は彼に從いて岐山に遷り、國勢は亨通して一天天に強盛に走向し、周家の王業はここより奠基す。これが正に太王の事業で、ゆえに既に「吉」にして又た「咎なし」。事情は本來雖も吉なるも過錯を免れざる有り、亦た雖も過錯なきも吉と算する能わざる有り。王業の奠基し國勢の昌大なるは、これが「吉」。天命・人心に順い而して並びに天下を覬覦する私心なきは、これがこそ「咎なし」。

孔子恐人疑大王亨于岐山有僥倖茍得之心,故發明其義曰順事也。順之一字,足以破千古之惑。與隨上六相類,彼為文王之事,三分天下有其二以服事殷,隨道之極也。出羑里之囚,則誕受天命,享於西山也。象言上窮者,窮極而後亨也。西山盡周西土而言氣象,故大於岐山矣,本義之誤自見。

孔子は後人が太王の岐山に祭享するに僥倖に天下を取らんの念頭を藏めたりと疑心せんを怕れ、ゆえに特に其の義理を點明して「事に順うなり」と言う。單に一の「順」の字、即ち以て千古以來の疑惑を破除するに足る。これは《隨》卦上六の「王、以て西山に亨す」と情形相類すも、ただあの一爻が講ずるは周文王の事:文王は三分の天下に已に其の二有るも、依舊として臣服して殷商に事えたり。あれは「隨」の道の極處に做り到れり。羑里の囚禁より脫身して出づるを待ちて、便ち廣く天命を受けて西山に祭享せり。《小象傳》に「上に窮まるなり」といい、說く所は窮極の處に到りて然る後に乃ち亨通す。「西山」は就て整個の周室の西土の氣象に就いて言えば、ゆえに「岐山」に比べて更に宏大で、《周易本義》のここの失誤は、一たび對照せば自ずから顯露す。

困卦(坎下兌上)

困:亨,貞,大人吉,無咎,有言不信。

《困》卦の卦辞はいう:亨通して、正固を守持す。德ある大人は吉祥を獲得して、過ちあることなし。かかる時に處して口を開きて話せば、人は之を相信せず。

困亨,險以說,困而不喪其所守,是身困而道則亨。處困之正理,君子之能事,固可以得吉而無咎;若隕穫於困阨,僥倖以求免,則失其所以處之之道而咎多矣。含蓄晦黙,靜以待之,不可尚口益取困窮。方在困中,一身一心不為所信,而況於言乎?有言適所以招尤取辱也。兊為口舌,巧言求免以冀茍脫,豈處困之道哉?故又以尚口為戒。

卦辞に「困、亨」という。《彖傳》の講ずる「險にして說く」は、身は坎險に處して心裏は仍ほ能く安悅し、困頓の中に自らの守る操持を丟掉せず。これが便ち身は雖も困るも道は却って亨通す。困に處する正理を守住するは、君子の分内の做り得る事で、本來以て吉を得て過ちなきを可なり。若し困厄の中に失魂・落魄して志氣は頹喪し、僥倖に脫身せんを指望せば、則ち處困の道を丟掉して、過錯は反って多く起る。此の時は當に鋒芒を含蓄し晦迹・沉默して、安靜に時機を等待して、口舌の能を逞しうて更に困窮を招來すべからず。人は正に困頓の中に在りて、自身さえ・一片の心迹さえ人に相信せられず、況んや口に說く話をや。口を開きて話すは恰好に怨を招き辱を受く。上卦の兌は口舌で、花言・巧語を靠りて脫を求め僥倖に禍を免れんを指望するは、どこに處困の道あらんや。ゆえに卦辞の末に又た「言有れども信ぜられず」を以て人を誡告して口舌を逞しうせざらしむ。

困之時非實有所見、實有所得不能處也。聖人安土敦仁而皆自得,賢者決於義命而可泰然。實有所見、實有所得,則言語動止死生處之如一。盡言語之道,則能盡動止之道;盡動止之道,則能盡死生之道。言語動止死生皆理之常,事有大小,道無二致,見其為一,則能與天地萬物同流而無所謂困矣。致命遂志,則不但處困能亨,處死亦亨矣。

困頓の時は、若し真に見識有り真に得力あるにあらざれば、撑り持ち過ぐる能わず。聖人は《繫辭傳》のいわゆる「土に安んじ仁に敦し」、所に随いて安頓して自得快樂せざるなし。賢者は道義と天命との上に主意を打ち定めて、因りて能く泰然として自處す。真に見る所有り真に得る所有れば、則ち說話・擧止・生死は、處置するに皆同一の道理。能く說話の道理を盡くせば、便ち能く擧止の道理を盡くし、能く擧止の道理を盡くせば、便ち能く生死の道理を盡くす。言語・擧止・生死は皆常理で、事情に大小有りて道理に兩樣なし。それらが本來一件の事なるを看り出せば、便ち能く天地萬物と其の流行を同じくして、亦た「困」と謂うべきなし。《大象傳》に「君子は以て命を致して志を遂ぐ」といい、性命を交付し出して以て自らの志向を成全すれば――則ち非但に身は困厄に處して能く亨通するにあらずして、身は死地に臨むも亦た同じく亨通す。

初六當困之時,上無所庇,下不能以自安,臀困于株木之象也;昧所以自處之道,入于幽谷、三歲不覿之象也。不能自安,人品之卑也;昧自處之道,識見之暗也。如初六者,未足與之處困也。酒食人之所欲,九二有剛中之徳,可欲之善也,當困之時反以此可欲之善而自困焉。大凡有徳之君子,必以國與民為心,而憂時慨世之心為獨切,欲轉移之則又勢方殷盛,力所未能而心不能以自已,適見其困而已矣。

初六は困頓の時に處し、上頭に以て庇蔭する人なく、下面に自ら又た心を安んずる能わず。これがすなわち爻辞「株木に困む」の象で、枯れ木の株の上に坐りて安んぜず。彼は又た自處の道を明白にせず。ゆえに「幽谷に入りて、三歲覿えず」の象あり、幽暗の深谷に跌り入りて三年は天日を見ず。心を安んずる能わざるは、人品の卑下なり。自處の道を明白にせざるは、識見の昏暗なり。初六のごとき人は、彼と共に困に處するに配せず。酒食は人人の欲する所のもので、九二は陽剛・居中の德有りて、正に人人の親近せんを願う美質なれば、ゆえに爻辞に「酒食に困む」という。然るに困頓の時に當たりて、彼は反ってこの人の願慕する美質に困住せらる。大凡德ある君子は、必ず國家と百姓とを心上に放ち、而して時局を憂念し世道を感慨する心思は尤も懇切なり。局面を扭轉せんと想うも奈何せん邪勢は正に盛にして、力量は還も及ばず、心裏は又た按捺し得ず、結果は恰好に其の困頓を顯出するのみ。

蘊仁義之道,懐經濟之術,躋一世於平康者,舍斯人無與歸。上之人方委以拯困之責任,而朱紱方來矣。惟盡我之誠,一念忠貞可以感神明而無間,察其機會而徐處之,乃為利也;若遽欲征行,則時方甚難而反凶矣。九五為困之主,未能出困而有劓刖之傷,在九二則主憂臣辱、主辱臣死之時也,故雖凶而於義則無咎矣。

心裏に仁義の道を藏め、胸中に經世・濟民の本領を懷きて、能く一代の人を帶びて太平・安康の境地に到らしむるは、此の人を舍てて再び歸する所なし。上に在る君主は正に困局を拯救する責任を彼に付託せんとす。ゆえに爻辞に「朱紱方に來たる」、朱紅の祭服は便ち送り到らんとす。此の時はただ自らの誠意を竭くすのみで、あの一念の忠貞は以て神明を感通して毫も間隔なし。時機を看準して從容に處置するは、こそ利あるを得。ゆえに爻辞に「享祀を用うるに利し」という。若し急ぎて兵を起して前進せば、時勢は正に艱難にして、反って凶を要せん。ゆえに又た「征けば凶」という。九五是此の一卦の困厄の主爻で、彼自身は未だ能く困を脫せずして「劓刖」の傷害を受く。九二より看れば、此れ正に君は憂えば則ち臣は辱められ、君は辱められれば則ち臣は死する時なれば、ゆえに占斷は雖も凶と言うも、道義の上では却って「咎なし」。

當困之時,君子固為小人所困,而亦思所以去小人矣。六三不中不正,處九四之下而不能動乎四,困于石也;履九二之上而不能自安,據于蒺藜也。上有難動之人,下無自安之地,則死亡無日矣,故入于其宮不見其妻凶。初六,九四之正應,初六方困於下,九四處位不當,不能濟物,又為九二所間而濟之緩,在九四亦可吝矣。春秋之法,救而書次則為貶,畏於強梗而為義不果,來徐徐吝之道也。齊桓公一為陽穀之會,楚人滅黃而不能救,處位不當、不能濟物之義也。九四說體,恤小事大,睦以與人之意多,雖履險之上而已出於險之外,故終有濟於初六,惜齊桓不能自強而無終也。

困頓の時に處して、君子は固然として小人に困せられ、同時に亦た辦法を想いて小人を除掉す。六三は既に中に居らず亦た位に當たらず:それは九四の下に在りて却って九四を推動する能わず。これがすなわち爻辞の說く「石に困む」、大石頭に阻擋せらる。それは九二の上に踩るも却って身を安んずる能わず。これがすなわち「蒺藜に據る」、蒺藜の刺の上に坐る。上に推動し得ざる人有り、下に以て身を安んずる地なければ、則ち死亡は日なきにあらず。ゆえに爻辞に「其の宮に入りて、其の妻を見ず、凶」という。初六は九四の正應。初六は正に下面に困せられ、九四の處する位置は當ならずして、人を救う能わず、又た九二に中より隔阻せられて、因りて救援は遲緩す。九四に於ても亦た可惜と算し、爻辞に「來ること徐徐たり、金車に困み、吝」という。《春秋》の書法は、本來救援すべきにただ「次」と某地に兵を按じて動かざるを書けば、則ち貶責である。強橫の徒を怕れて道義の上に果決する能わざるは、正に「來ること徐徐」のこの可惜の路數。齊桓公は陽谷に一度會盟したるも、楚國が黃國を滅ぼせしに彼は救う能わず。正に「處位・當ならず、物を濟する能わず」の意に合す。九四は身は兌悅の體に在りて、弱小を體恤し強大に事え和睦に人を待つ心思は多く居り、雖も坎險の上に踩るも、自己は已に險境の外に出づ。ゆえに終竟に能く初六を救い得。可惜齊桓公は能く自強せずして、始有りて終なし。

九五上為柔所掩,下為剛所挾,是上下俱傷矣。赤紱,賞徳之服也,以赤紱賞柔說之邪而使履已之上,賞不中正之剛而使之迫近於巳,賞之未當,故上下俱傷,困于赤紱也。善惡在人,未有久而不定者也,況五有中直之徳,故久則得其道而可以濟天下之困而志遂矣,乃徐有說之義。賞善去惡以拯一世之困,誠而已,未有誠而不動者也,未有誠而弗能成功也,故利用祭祀則可以獲福矣。人君之福,在天下免於困阨而躋於康泰也。五何以未盡道待勉乎?亦萃有位未光之義也。上六困于葛藟,纒綿不能脫之義也;于臲卼,則動輒顛危而不可動也。處說之上,暗之甚而又當困極之時也。妄說昏暗,困其所失而固拯,則有可濟之幾。曰,更端之辭,故更端而告之曰:若於動而有悔之時,即能悔其既往之失而勉於善,則行合於道而得吉矣。悔自凶而向吉,故有獲吉之理。

九五は上は陰柔の上六に掩蔽せられ、下は陽剛の九四に挾持せらる。これがすなわち上下の兩頭ともに傷を受く。「赤紱」は德ある人を賞賜する服飾で、如今は赤紱を拿げてあの柔媚・諂悅の邪佞を賞賜して彼をして自己の頭上に踩らしめ、又たあの不中・不正の剛強の臣を賞賜して彼をして自己の身辺に緊逼せしむ。賞賜すること恰當ならず。ゆえに上下俱に傷つき、これがすなわち爻辞の說く「劓刖、赤紱に困む」。善與惡とは人の身上に於て、從來時間久しくして還も定まらざる有らず。況んや九五は中正・剛直の德有れば、ゆえに時日一たび久しければ便ち能く正道を得著して、以て天下の困厄を救濟して心願は遂げられん。これが正に爻辞「乃ち徐に說あり」の意。善を賞し惡を去りて以て一代の人の困厄を拯救するは、靠る所はただ一の「誠」の字。從來誠にして人を感動せしめ得ざるなく、亦た從來誠にして成功せしめ得ざるなし。ゆえに爻辞に「祭祀を用うるに利し」といい、かくのごとき以て福を獲得し得べし。人君の福は、天下の人が困厄を免れて安康に登るに在り。何を以て九五は還も道を盡くさずして還も人の勉励し來るを要すと言うや。これも亦た《萃》卦九五の「萃して位あり」にして《小象傳》の說く「志未だ光ならざるなり」の意。上六の「葛藟に困む」は、藤蔓に纏繞せられて掙脫し開かず。「臲卼に於てす」は、坐り立ち搖晃して、一たび動けば便ち傾覆せんとして敢て動かず。彼は兌悅の體の頂上に處して、昏暗は極點に至り、又た正に困厄の盡頭に當たる。妄りに喜悅して昏昧・不明にして、自らの造成したる過失の裏に困せられ、若し堅決に自救せんと肯んずれば、却って還も以て困を脫する機會有り。爻辞の裏の「曰」の字は話頭を轉換する語詞なれば、ゆえに聖人は口氣を換えて彼に吿げていう:若し「動悔」の時に於て、便ち能く從前の過失を悔悟して勉力して善に向かわば、則ち行事は正道に合して吉を得ん。悔改とは凶より轉じて吉に向かうで、ゆえに吉を獲る道理有り。

周易辨錄 卷四(明・楊爵撰)

井卦(巽下坎上)

井:改邑不改井,無喪無得,往來井井。汔至,亦未繘井,羸其瓶,凶。

《井》卦の卦辞はいう:城邑は遷改し得べしと雖も、水井は遷改し得べからず。井水は減少せず亦た増多せず、來り往きする人は皆井上に到りて水を汲む。水を汲むこと幾く井口に到りて、未だ井繩を提げ上げずして、反って水瓶を打破すれば、凶險なり。

君子立身,可貴可賤,可榮可辱,可生可殺,而不可使為不義。進則澤被於生民,退則道傳於來世,改邑不改井、無喪無得、往來井井之義也。若中道而廢,則前功盡棄凶矣。九卦言井徳之地,改邑不改井、無喪無得之義也;井不動而及物,則往來井井之義也;又謂井以辨義,則井之能事也。於井卦見立身之義,葢成已成物之道也。木上有水,汲而上行,井之象也。勞來斯民而勸相之,相,左右之義,皆養民之道也。

君子の立身・處世:彼をして顯貴ならしむる可く、亦た彼をして卑賤ならしむる可し。彼をして光榮ならしむる可く、亦た彼をして受辱せしむる可し。彼をして生きしむる可く、亦た彼を殺す可し。ただ彼をして不義の事を爲さしむる能わざるのみ。志を得る時は恩澤は百姓に遍及し、志を得ざる時は道を後世に傳う。これが正に卦辞「邑を改めて井を改めず、喪うなく得るなく、往來井井たり」の意。若し半途にして廢止せば、則ち前功は盡く棄てられて凶なり。《繫辭傳》に九卦を擧げて「井は德の地なり」といい、正に「邑を改めて井を改めず、喪うなく得るなし」の意に合す。井は自ら移動せずして能く萬物を潤澤するは、すなわち「往來井井」の意。又た「井は以て義を辨ず」といい、あれは井の成就し得べき事である。《井》卦の上より立身の道理を看り出し得べきは、これが本來自己を成就し萬物を成就する一貫の道なるがため。下の巽は木・上の坎は水で、木の上に水ありて、是れ水を汲み上ぐる、すなわち井の象。《大象傳》に「君子は以て民を勞して相を勸む」といい、百姓を慰勞して彼らを勉励して相互に扶助せしむ。「相」は輔助の義で、これらは皆民を養う道である。

初六以陰居下,既無陽剛之泉,自無及物之功,非世故舍初,而在初無可用之才之徳也。地風為升,初六則允升大吉;水風為井,初六則舊井無禽,何也?葢升之時主於上進之義,九二九三皆得時行道之君子,初固可藉之以允升矣;井之義主於自立,而九二九三之君子己不為世用矣,而況初之乆下於人者乎?又升之徳巽而順,善之善者;井則巽而險,柔而害物之義也,諸賢生於其時,則難乎其効力矣。聖人卦辭取其大者而不及於此。

初六は陰爻を以て最下に居り、既に陽剛の泉源なく、自ずから亦た外物を潤澤する功用なし。これは並びに世道が存心に初六を抛棄するにあらずして、初六の本身に用うべき才具と德行と無きがため。同じく一卦の初爻:地風《升》の初六は「允升、大吉」にして、水風《井》の初六は却って「井泥食われず、舊井禽なし」。何を爲めぞや。《升》卦の時義は向上・進取に主れば、九二・九三は皆好時機に遇いて能く主張を推行する君子で、初六は自ずから彼らの力量を借りて順利に上昇し得。《井》卦の義理は自立に主りて、而して九二・九三の兩位の君子は自己さえ皆世に用いられず、況んや初六のこの長久に人下に屈居するをや。更に言えば《升》の卦德は巽にして順、是れ好中の好。《井》の卦德は却って巽にして險、陰柔を含みて萬物を妨害する意ありて、衆多の賢者はかかる時代に生れれば、效力し難し。聖人は卦辞を繫げてただ其の大者を取りて、この一層を講ぜざりき。

九二有剛中之徳,上無應與,下比初六,為井谷射鮒之象。谷,初之象;鮒,谷之所有也。泉下谷,則注於鮒而置之無用之地矣,甕敝漏亦取此義。九三剛而得正,井渫之象,而不為人所食者,所應者無位之陰爻,又處險之極,則陰險之意多,三未可以得志也。若三者,孰不望其興道致治哉?故為我心惻而可用汲。若明王在上,則三可得志而天下並受其福矣。九三伊尹、太公之儔也,有商湯、周文,則功被於一世矣。六四井甃之象,可以無咎而已。水生於陽者也,陰柔則無泉矣,居陰得正,則自修飾而為謹厚之類耳,匡世之畧非其所有。

九二は陽剛・居中の德有りて、上面に正應なく、下面に却って初六に緊挨す。ゆえに爻辞「井谷に鮒を射る」の象あり。「谷」は初六の象、「鮒」は井谷の裏の小魚。泉水が下に流れて井谷に入れば、便ちただあの一條の小魚に灌ぎ與え、等しく自己を無用の地に擱置す。爻辞の下句「瓮敝れて漏る」、瓦瓮は破れて水漏るるも、亦たこの意を取る。九三は陽剛にして位に當たるは「井渫」の象――井は已に淘い洗い淸潔なるも、却って來りて飲用する人なし。これは其の應ずる所の上六が無位の陰爻にして、又た坎險の頂端に處し、陰險の成分は多く居りて、九三は還も志を得る能わざれば。九三のごとき人は、誰か彼の正道を興起し治世を成就せんを盼望せざらん。ゆえに爻辞に「我が心惻たりと爲し、汲むに用い可し」といい、人をして心裏惻然たらしめ、本來以て汲取し任用する可し。若し明王は上に在らば、九三は便ち能く抱負を施展して、天下は皆其の福澤を受けん。九三は伊尹・姜太公の一流の人物で、商湯・周文王に遇えば、功業は以て一代に覆被し得べし。六四は「井甃」の象で、井壁を砌り齊えるも、亦不過過ちなきを做り到るのみ。水は陽より生出するもので、陰柔は便ち泉源なし。六四は陰を以て陰に居りて正を得、ただ能く自ら修飭・整治して、謹慎・厚重の人を爲すのみで、時世を匡救する謀略は彼の具備する所にあらず。

九五陽剛中正以居尊位,澤被生民而志行矣,是井冽寒泉而為人所食也,亦可謂善矣,而無美詞以發揚之,何也?或者以其為險之主,君子未必樂為用,而五有自賢自用之小乎?若五者,好臣其所教而不好臣其所受教者也。不然,則九三不心惻,九二不射鮒,眾賢和於朝,萬物和於野,徳業之盛,上下與天地同流矣,豈區區一己之寒泉而為人所食乎?上六陰柔本非泉也,然居井之上,則井之口,泉在下矣,上又恆開不掩,為井收勿幕之象,徳澤及物而無間之義也,故有孚元吉。井道之成,視九五則逺過之。

九五は陽剛・中正を以て尊位に居り、恩澤は百姓に遍及して心願は行わるるを得。これがすなわち爻辞「井洌にして寒泉食わる」――井水は淸冽・甘寒にして人人取用す。亦た以て好しと算し得べし。然るに爻辞は並びに更に美なる贊語を以て彼を發揚せざるは、何を爲めぞや。或いは彼が坎險の主爻にして、君子は未だ必ずしも彼に用いらるるを樂しまず、而して九五の身上に又た自ら賢と爲し剛愎・自用の小毛病有るがためか。九五のごとき人は、正に孟子の說く「其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず」――ただあの自己の訓教を聽く人を用いるを好みて、あの自己が之に請教すべき人を用いるを好まず。然らずんば、九三は人をして心裏惻然たらしむるに至らず、九二は泉水を白く小魚に射與するに至らず。あの時に衆賢は朝廷の上に和睦し、萬物は原野の間に和順して、德業の盛なること上下に天地と其の流行を同じくせば、どこにただ區區たる一泓の寒泉が人の飲用に供するのみならんや。上六は陰柔の爻で、本來泉にあらず。然るにそれは井の最上に居る、すなわち井口で、泉は其の下に在り。井口は又た常に開きて遮蓋を加えず。ゆえに爻辞「井収めて幕る勿れ」の象で、德澤の萬物に及ぶこと毫も間隔なき意を含む。因りて「孚あり、元吉」という。井道を成就するこの一點に就いて看れば、上六は遠く九五に勝る。

革卦(離下兌上)

革:已日乃孚,元亨利貞,悔亡。

《革》卦の卦辞はいう:變革は時日の過去するを待ちて然る後に人に信服せられん。大いに亨通して、正固を守持するに宜しく、悔恨は消失す。

樂因循而憚改革,茍目前而忘逺大,眾人之情也,故已日乃孚。人心既孚,隨其推放,無所不凖,一時之敷理可為永久之宏規,而大亨通矣。人之變革,不無違道干譽、拂人從已之失,故利於正則可以亡悔。聖王因時立政,順天命之正,合人心之公,而行其所無事也,夫豈容私於其間哉?有以時之弊而理其時者,有以法之弊而更其法者,皆革之大要也。內有文明之徳,則在已所以察之者精;外有和說之氣,則在人所以從之者易。革之所以能貞致亨,而得人心之孚矣。

因循・舊套を好みて改革を怕れ、眼前のみを顧みて長遠を忘掉するは、一般人の常情なれば、ゆえに卦辞に「已日乃ち孚あり」――時日の過去するを待ちて、人々はこそ信服せんと肯んず。人心は一たび信服すれば、この套の辦法を推行し開けば、合する繩準なき處なし。一時の施設・條理は便ち以て永久の宏大の規模と成り得て、ここに大いに亨通す。人々の變革の事を爲すに、難かず《尚書・大禹謨》の警戒する所の「道に違いて譽を干り、百姓に咈えて己に從わしむ」のこの一類の毛病有らん、正道に違背して聲譽を博取し衆人に拂逆して自己に順從せしむれば、ゆえに正を守るに宜しくしてこそ悔恨を消去し得べし。聖王は時勢に因應して政令を設立し、天命の正に順い人心の公に合し、爲す所は皆本分内の爲すべき事で、どこに半點の私意を中間に夾むるを容れんや。或るは時政の積弊に因りてこの時代を整頓し、或るは法度の積弊に因りてこの套の法度を更改す。皆變革の大關節である。内卦の離は文明の德有れば、則ち自己は事理を審察すること精細なり。外卦の兌は和悅の氣有れば、則ち他人の跟從し來ること容易なり。《革》卦の能く正を守りて亨通を致し人心の信服を贏得する所以の道理は、便ち此に在り。

天地革而四時成,天地革之大徳也;湯武革命,順乎天而應乎人,湯武革之大用也。聖人序書則録湯武誓師之辭,繫易則贊其為順天應人,拯一時之屯溺,古今之通義也;稱夷齊為求仁而得仁,存君臣之義,立萬世之防,天地之常經也。他事有因有革,惟治厯明時則専於革而已。治厯所以明時,明時所以子民也。天之立君,所以為民,欲以一人理天下而勞之,非以天下奉一人而逸之矣。聖王裁成天地之道,輔相天地之宜,皆治厯明時之大用,而所以左右斯民也。

《彖傳》に「天地革りて四時成る」といい、天地は更革して四季はここにより完成す。これは天地の變革する大德である。又た「湯武の革命は、天に順いて人に應ず」といい、商湯は桀を放ち周武は紂を伐ち、上は天意に順い下は人心に應ず。これは湯武の變革する大用である。聖人は《尚書》を編次して、便ち湯・武の師を誓する文告を收錄し。《周易》に辞を繫げて、便ち彼らの天に順い人に應ずるを贊美す。一時の水火に陷れる百姓を拯救するは、古往今來に共通する道義なるがため。孔子は又た伯夷・叔齊を稱許して「仁を求めて仁を得たり」と爲すは、君臣の義を保全し萬世の防限を樹立せんがため――あれは天地間の不變の常經である。別の事情は因襲有りて變革有るも、ただ曆法を修治し時令を明確にするこの一椿は、ただ一味に變革するのみ能し。曆法を修治するは時令を明確にせんがため、時令を明確にするは百姓を養育せんがため。上天が君主を設立するは、本來百姓のためで、一個の人をして辛勞に天下を治理せしめんと欲するので、天下の人をして一個の人を供養して彼を安逸せしめんと欲するにあらず。聖王は天地の道を裁斷・成就し、天地の宜に輔助・配合するは、皆「曆を治め時を明らかにす」の大作用で、以てこれらの百姓を扶助し教養せんがため。

初九居革之初,上無正應,其時其勢皆未可革,當以中順自守而不可以有為也。守常不革則為中順,否則非中非順矣。六二文明之主,有應於上,有能革之徳,而又有當革之權,則可革矣,必己日乃革,則往吉而無咎。己日乃革,徐察詳審而使動無不當,非時當革而姑緩之也。若事為民害,或繫國安危,當如救焚拯溺,不暇食以革之矣,姑緩之說為害不細。

初九は變革の開頭に處し、上面に正應なく、時機と形勢とは皆還も以て變革すべからず。當に中正・柔順を以て自守して舉動有るべからず。ゆえに爻辞に「鞏むるに黃牛の革を用い」――要するに黃牛の皮を以て牢く捆住するがごとくなれ。常規を守りて妄動せざれば、こそ中正・柔順と算す。然らざれば便ち既に中ならず、亦た順ならず。六二は文明の體の主爻で、上に九五と相應じ、既に能く變革する德行有り、又た變革すべき權柄有れば、則ち以て變革し得べし。必ず爻辞の說くがごとく「已日乃ち之を革め、征けば吉、咎なし」、時日の過去するを待ちて再び手を動かせば、前に往けば吉利にして過錯なし。いわゆる「已日乃ち革む」は、從容に審察し周詳に考慮して、一擧・一動の恰當ならざるなからしむるを要するので、並びに明らかに時機は變革すべきに却って故意に拖延するにあらず。倘若某件の事が正に百姓を禍害し、或いは國家の安危に關係せば、便ち當に火を救い溺を拯うがごとく、飯さえ顧みるに及ばず手を動かして之を改むべし。「姑く且く緩めよ」のこの種の說法は、爲害すること着實に小ならず。

九三居離之極,過剛不中,離極則過察,剛極則過動,以是而革則征凶,雖事為當革而處之不善亦危矣。必三令五申以明己之志,則可以有孚矣。九三徳之衰也,固不能無言而使人自信也。盤庚遷都,心本為民而民不從,至勤三篇誥命始能有濟,革言三就有孚之謂也。大凡忠信不足而尚辭命,衰世之意也。

九三は離卦の頂端に處し、剛強に過ぎて中に居らず。離は極處に到れば便ち察察・太甚にして、剛は極處に到れば便ち擧動・太急す。かかる性子を以て變革に往かば、爻辞は便ち「征けば凶」と斷ず。雖も事情は確かに變革すべきも、處置すること好からざれば亦た同じく危險。必ず三令・五申して、自己の意圖を講明白にして、能く衆人の信任を取得せば、これがすなわち爻辞の說く「革言三たび就き、孚あり」。九三は德行の較ぶれば衰えたると算して、本來口を開かずして人は自ら信服するを做り到る能わず。商王の盤庚が都を遷すに、本心は百姓のために打算するも、百姓は肯んじて聽從せず、反覆して《盤庚》上中下の三篇の誥命を寫き下すに至りて、事情はこそ辦り成れり。これが正に「革言三たび就き、孚あり」の寫照である。大凡忠信足らずして好む辞令に倚仗するは、便ち衰世の氣象である。

九四近五,贊五以改革之命播諸下,又剛柔不偏,善處乎革之道也。事當革而未革則有悔,善處而革之則悔可亡,人信其改命而得吉矣。陸贄為唐徳宗作奉天詔書,山東父老為之感泣,有孚改命之謂也。九五以陽剛中正之徳,當革之時而居尊位,下有六二文明中正之臣以應之,同寅協恭,建制立法以革天下,而至於禮樂興也,文章制度炳乎一世,革道大成,不待占而有孚矣。上六處革之極,君子至於豹變而其文蔚然,小人革面而順以從君,皆已有以致之也,若以聖人處之,則必世而仁矣。上六陰柔之才,固不能變小人之心,其力之所至、効之所應,止於如此而已,安其如此而已,等而上之之功業以俟能者,則正而吉。若過於有為,則不量其力,徒取煩擾而得凶矣。

九四は九五に靠近し、君主を輔助して改革の命令を下面に頒布し下す。彼は又た剛柔偏らずして、變革の道を處置するに善き人である。事情は變革すべきにして變革せざれば悔恨有り、善く處置して變革せば、悔恨は便ち消失し得、人々はこの一次の命を改むるを相信して吉を得。これがすなわち爻辞「悔亡り、孚あり命を改め、吉」。唐代の陸贄が德宗に代わりて奉天行在の詔書を起草せしに、崤山以東の父老は讀みて皆感動して淚を落せり。正に「孚あり命を改む」の寫照。九五は陽剛・中正の德を以て、變革の時に處して尊位に居り、下に六二の文明・中正の賢臣が彼と相應じ、君臣は同じく敬同じく恭にして、制度を建立し法度を訂立して以て天下を變革し、一直に禮樂の興起し典章・制度の一代を光耀するに做り到りて、變革の道は大功・吿成して、占問するを用いずして自ずから人の信服と爲る。これがすなわち爻辞「大人は虎變し、未だ占わず孚あり」。上六は變革の終末に處し、君子は「豹變」を做り到りて文采斐然たり、小人も亦た「面を革めて」君上に順從す。これらは皆上六が自ら一步一步に促成したり。若し聖人に換えてこの位置に處せば、則ち當に孔子の說くがごとく「必ず一世にして後に仁なり」、三十年を需めてこそ仁厚の風俗を養成し得べし。上六はただ陰柔の才にして、本來小人の内心を改變する能わず、彼の力量の達し得べき・功效の感應し得べきは、此に止まるのみ。

鼎卦(巽下離上)

鼎:元吉,亨。

《鼎》卦の卦辞はいう:大いに吉祥にして、亨通・順暢す。

卦之體,鼎之象也;以木巽火烹餁,鼎之用也。聖人烹以享上帝,而大烹以養聖賢,事天之仁、養賢之禮具於此。巽而耳目聰明,則察事理之幾而制之以道也。柔進而上行,得中而應乎剛,以離明得中之君而下應九二之賢,則上下之相與而都俞吁咈者皆以道焉,所以致元亨也。正位,表正之義也,履尊位而有以表正天下,則天命凝固而可以常主器矣。

この一卦の六爻の形體は、正に一隻の鼎の象。木柴を火の裏に送り入れて食物を烹煮するは、則ち鼎の用處。《彖傳》に聖人は「亨して以て上帝に享し、大亨して以て聖賢を養う」といい、鼎を以て牲牢を烹煮して上天を祭享し、又た盛大の烹調を以て聖賢を奉養す。上天に事奉する仁心・賢者を供養する禮數は、皆ここに具備せり。又た「巽にして耳目聰明」といい、謙遜にして耳聰く目明ければ、則ち能く事理の細微の苖頭を察見して正道に依りて之を裁斷す。又た「柔は進みて上行し、中を得て剛に應ず」といい:離體の光明・居中・得位の君主を以て、下に向かい九二の賢臣に應和すれば、則ち君臣・上下の相處は、一唱・一和して可を議し否を議して、全て正道に合す。これがすなわち「元亨」に達する緣故。いわゆる「正位」は、表率を作出して天下を端正する意。身は尊位に居りて能く天下のために表率を作せば、則ち天命は凝聚・牢固にして、以て長久に宗廟の重器を主持し得べし。

初六居鼎之下,鼎趾之象也,上應九四,則趾上而鼎顛矣。鼎之初未有美實,所有者否惡之積耳,因其顛而出之則為利矣。在四以上顛之則為大惡,在初顛之則為成功。初知有顛而不知有出否,出否得於意外之幸也。鼎之否亦不待必顛而後可出,未顛亦可以出之,一有顛則所損者多矣,聖人特據其象而示人以既顛之後所處之道也。事固有因敗以為功,以不幸而反為大幸,殷憂啟聖,多難興邦者,類如此,得妾以其子亦然。顛趾、得妾皆過也,因出否得子,則為善補過矣。

初六は鼎の最下に居りて鼎足の象で、それは上は九四に應じて、鼎足は便ち抬げ起されて鼎身は翻倒す。これがすなわち爻辞「鼎、趾を顛す」。鼎は開頭に未だ美好の食物を裝入せずして、裏面の有る所はただ積存の穢物のみ。この一翻に趁りて穢物を倒出せば、反って利あり。ゆえに爻辞に「否を出すに利し」という。この事は若し九四以上・鼎中に已に實物有る時に發生して翻倒せば、便ち大惡。初六のこの階段に發生して翻倒すれば、反って好事と成る。初六はただ翻倒するを知るのみで、並びに穢物を倒出し得を知らず。「否を出す」は意外に得來した僥倖。其實鼎裏の穢物も亦た必ずしも翻倒するを待ちてこそ倒出し得にあらずして、翻倒せざるも一樣に倒出し得。一旦翻倒すれば、損失は便ち多し。聖人は不過この爻象に就着して、人に指示して已に翻倒したる後に當に怎樣に自處すべきかを示すのみ。事情は本來失敗に因りて轉じて成功と成り、不幸より反って大幸と成る有り。いわゆる深重の憂患は能く聖明を啓發し、衆多の患難は能く邦國を振興するは、大抵皆この一類。爻辞の下句「妾を得るに其の子を以てす」も亦たしかり。鼎足の翻倒し妾媵を納娶するは、本來皆過失。却って此に因りて穢物を倒出し兒子を得たれば、則ち善く過を補うと成れり。

九二剛中之徳,鼎有實之象也。下比初六,己之仇也,仇者配耦之義,陰陽相比,配耦之象也。初有邪惡之疾,二能嚴其自守之常,初之疾不能反於二焉,韋忠不就裴頠、康侯之逺秦檜,得此義矣。九三以剛正之才,舍五不應,則道不行於當世,鼎耳革、其行塞之象也。五為文明之主,柔而得中,非不能任賢禮士者,三不此應,則過剛不中而失其義矣,道之不行誰之尤哉?以賈生之才,不能為漢文所用而有長沙之行,亦生自處之過也,豈以五之明,終有棄於三之剛正哉?三之才終當為五所用焉,方雨虧悔而終吉矣。使賈生不死而假之以年,則通達國體之實才,文帝不能舍之矣。

九二は陽剛・居中の德有りて、爻辞「鼎實有り」の象で、鼎中に實物を裝む。それは下面に初六に緊挨して、正に爻辞の說く所「我が仇疾あり」のあの「仇」。「仇」は配偶の義で、陰陽相鄰りて、則ち配偶の象。初六は邪惡の毛病有りて、九二は能く自らの常道を嚴守せば、初六の毛病は便ち九二の身上に沾染し來る能わず。ゆえに爻辞に「我に卽く能わず、吉」という。晉代の韋忠が裴頠に依附するを肯んぜず、宋代の胡康侯が秦檜を遠離せしは、すなわちこの道理を懂得せり。九三は剛正の才有るも、却って六五を撇き開きて應和しに往かず。ここに道は當世に行わるる能わず。これがすなわち爻辞「鼎耳革め、其の行き塞がる」の象――鼎耳は壞れて、抬げ起す能わず、路は走り通さず。六五は文明の主にして、柔順にして中に居り、並びに賢人を任用し士人を禮遇する能わざる君主にあらず。九三が彼に應じに往かざれば、便ち過剛・不中に成りて義理を失掉し、道は行き通らず、又た誰を怪しむべきや。賈誼のごとき才具を以て、漢文帝に用いられずして長沙に貶謫の行有りしも、亦た賈誼自己の處置の過失で、豈に六五のごとき明達を以て、終竟に九三のごとき剛正の士を舍棄せんや。九三の才具は終竟に六五に用いられん。ゆえに爻辞は繼いで「方に雨して悔虧く、終に吉」――陰陽和合して雨を降し、悔恨は消減して終竟に吉祥を得。假使賈誼が……

九四近六五,五之於四,其爵賞之可謂厚矣,委任之可謂専矣,屬望而責成之可謂不淺矣。四不能進賢報國,乃下應初六,引用柔邪以為善類之禍,以基天下之亂,則上負君徳,下負蒼生,誤國誤民之罪安可逭哉?故其形渥凶。六五在鼎為耳而有中徳,則黃耳之象也。下應九二,資此陽剛得中之賢輔己以盡君道,則為黃耳金鉉矣。五之於二,內之而不外;二之於五,得以已之剛而濟其柔:金鉉貫黃耳,舉移之義也。五於二當終始委任而不間以險邪,則為貞而國與民之利也。五體柔,所不足者貞而已,聖人慮其任君子而有貳焉,故以利貞勉之。

九四は六五に緊挨す。六五は九四に對して、爵位・賞賜は優厚と算し得、委任は專一と算し得、寄望の殷・責成の重は淺からざると算し得べし。九四は却って賢才を進薦し國家に報效する能わず、反って下に向かい初六に應和し、柔媚・邪佞の人を引用して、善類の災禍を釀成し、天下の禍亂のために根基を打下す。これがすなわち上は君恩に辜き、下は蒼生に辜き、國を誤り民を誤るの罪過は怎に逃れ得られん。ゆえに爻辞に「鼎足を折り、公餗を覆し、其の形渥たり、凶」という。六五は鼎の上に於ては鼎耳に相當し、又た居中の德有れば、ゆえに「黃耳」の象。それは下に向かい九二に應和し、此の陽剛・居中の賢臣を借りて自己を輔佐して以て君たるの道を盡くせば、便ち爻辞の說く「鼎黃耳・金鉉」と成る。六五は九二に對して引いて心腹と爲して外と見ず、九二は六五に對して能く自己の剛を以て君主の柔を補足す。金鉉は黃耳に穿入するは、正に鼎を抬げ起して搬動する意。六五は九二に對して當に自始至終に重任を委ね、陰險・邪佞の人をして中より隔らしむる勿かれ。これがこそ「貞」で、亦たこそ國家と百姓との福利。六五の爻體は柔弱にして、其の欠缺する所は正に一の「貞」の字。聖人は彼が君子を任用して中途に二心を生ぜんを擔心し、ゆえに「利貞」を拿げて彼を勉励す。

上九為鼎鉉,居五之上,在鼎之終,師保之位,調和鼎鼐、輔養君徳之任也。以陽居陰,剛而能柔,玉鉉之象,一容顏威儀之感召而有潛消黙奪之機,其功用多矣,故大吉無不利。伊川程先生謂經筵須得範忠宣,其溫厚之徳自有感動人主處。

上九は鼎鉉で、六五の上に居り、《鼎》卦の終末に處して、正に師保の位置で、鼎鼐を調和し君德を輔助・涵養する職任を擔負す。それは陽爻を以て陰位に居りて、剛強にして能く柔和す。ゆえに爻辞「鼎玉鉉」の象で、玉製の鼎鉉は堅硬にして温潤を帶ぶ。單に容貌・威儀の感召に、便ち暗中に君主の過失を消解し默默に君主の心意を轉移する機會有りて、功用は甚だ大なり。ゆえに爻辞に「大吉、利あらざるなし」という。程頤先生は曾て經筵の講席は必ず范純仁のごとき人を請い到るを須とすと言えり、彼のあの温厚の德行は自ずから能く君主を感動する所有るがため、說く所は正にこの意。

震卦(震下震上)

震,亨。震來虩虩,笑言啞啞;震驚百里,不喪匕鬯。

《震》卦は亨通す。雷震は突然に降臨して、人人は驚懼・不安す。戒懼を過ぎたる後に又た談笑・自如し得。雷聲は以て方圓百里を驚動するに足りて、而して主祭者の手中の牲を盛る匕・酒を盛る鬯とは曾て失落せず。

震有能動之意,有震驚恐懼之義。能動之亨,以轉移作用之機在我而不在人,則可以得亨矣。震驚恐懼之亨,乃處多喪多懼之地,雖赫然臨之,有死有生在於頃刻,心不為少變,志不為少屈,刀鋸鼎鑊之在前,而平生之所守則自如,亦亨之義也。又內卦為動,外卦亦為動,則為動所當動,而動以天,亦自有得亨之理焉。

「震」は既に能く發動する意を含み、又た震驚・恐懼の意を含む。「能動」のこの一面に就いて言えば、其の亨通する所以は、局面を扭轉し作用を發揮する樞機が自己の手裏に握られて他人の手裏に在らざるに在りて、ゆえに能く亨通す。「震驚・恐懼」のこの一面に就いて言えば、其の亨通は指す所は人が身は喪亡多く憂懼多き境地に處して、縱使大禍は赫然として頭上に壓到し生死はただ頃刻の間に在るも、而して此の心は此に因りて毫も改變せず、此の志は此に因りて毫も屈服せず。刀鋸・鼎鑊のこれらの酷刑は眼前に擺れど、平生の守る節操は依舊として動かず。これも亦た一種の亨通である。再び言えば、《震》卦の内卦は震動・外卦も亦た震動で、則ち當に動くべき事に遇いて動き、而して其の動く所は天理より出づ。本身は自ずから亨通の道理有り。

危者安其位者也,亡者保其存者也,亂者有其治者也,此「震來虩虩,笑言啞啞」之義也。雷之震止於百里,震之象為雷,故以「震驚百里」為言。震驚百里,震之之勢亦盛矣,而不喪匕鬯,君子之心豈以震之逺近而為所守之難易乎?震有足為千萬里之驚者,有足為千萬世之驚者,君子以義理為主,而吉凶禍福未嘗介念,視其震驚若無與於己也。

《周易・繫辭下》に曰く:危險を招致するは、正にあの安然として其の位に自處する人。滅亡を招致するは、正にあの自ら以て長く生存を保ち得と爲す人。禍亂を招致するは、正にあの自ら以て天下は已に治まりと爲す人。これがすなわち「震の來ること虩虩たり、笑言啞啞たり」の意――雷震の到來する時に先ず驚懼・警醒し、然る後に乃ち談笑・自如す。雷の震動は不過百里に及ぶのみ。《震》卦は雷に象を取れば、ゆえに「百里を震驚す」を以て形容す。百里を震動するは、聲勢は大と謂うべからざるなく、而して主祭者の手中の匕・鬯は竟に失落せざるを見れば、君子の心は、豈に震動の遠近に因りて自らの守る操持をして難易有らしめんや。世間の震動は、大にして千萬里を驚動する有り、亦た大にして千萬世を震撼する有り。君子は義理を以て主宰と爲し、吉凶・禍福は從來心上に放らず、あの震驚を看待するに、便ち自己と毫も相干なきがごとし。

若戒謹恐懼以保成業者,則又一義焉。《商書》曰:「茲朕未知獲戾於上下,若將隕於深淵。」湯之所以能為宗廟社稷之主也。凡諸侯大夫不敢縱逸而能保其國與家者,皆在其中。洊雷震,君子以恐懼修省,所以體震之義。然君子恐懼修省,不但可以謂其得之於震,謂其得之於六十四卦、三百八十四爻皆無不可,特於震之義為切。又洊雷,則恐懼修省之心無時而可間也。

戒懼・謹慎を以て已成の基業を保住するに至りては、あれは又た「震」の別の一層の意。《尚書・商書・湯誥》に商湯の言を記して曰く:「如今我は還も自己が天地・神明に得罪したるや否やを知らず、心裏惶恐して深淵に墜入せんとするがごとし」と。商湯は正にこの戒懼有るが因りて、能く宗廟・社稷の主を爲り得たり。凡そ諸侯・大夫の放縱・安逸せざるを敢てせずして因りて能く自らの邦國・家族を保住するは、道理は皆此の裏面に在り。《震》卦の《大象傳》に「洊雷、震、君子は以て恐懼・修省す」といい、雷聲は接續して至りて、君子はここにより常に戒懼を存し己身を修省す。正に「震」の意義を體會す。不過君子の恐懼・修省は、單に《震》卦より得來したりと說く可きのみならずして、六十四卦・三百八十四爻の中の何の一處より得來したりと說くも皆說き通る可し。ただ《震》卦の上に於て意義は最も切近なるのみ。更に言えば「洊雷」は雷聲の相繼ぎて來るで、恐懼・修省のこの念の心は、一刻も間斷する可からざるを見るべし。

初九爻詞與卦詞同者,葢一陽動於二陰之下,卦之所以為震者,取於初爻之義,而此爻獨得一卦全體之義焉,故其詞無異。聖人之心如天,而筆則如化工焉。天之道,因物以付物也;聖人冩其卦爻所具之理而已,無與焉耳。

《震》卦の初九の爻辞は卦辞と完全相同なるは、一個の陽爻が兩個の陰爻の下に發動すれば、全卦の成る所と爲る「震」は、正に初爻の意義より取られて、而してこの一爻は單獨に整卦の意義を具備せれば、ゆえに爻辞と卦辞とは並びに差別なし。聖人の心胸は天のごとく廣大にして、筆を落せば則ち造化の物を生ずるがごとく自然なり。天の法則は、萬物の本身の樣子に順いて以て萬物を成全す。聖人も亦たただ卦爻の本來具有する道理を如實に寫き出すのみで、自己は並びに何の私意をも掺入せず。

六二乗初九之剛,初以剛逼二而動於下,在二則危之甚也。初肆其橫逆而動者也,其勢非遂其所欲不自止。二度初之來,己必喪其貨貝,躋于九陵之上而待之焉,九陵,髙之義也。初以剛動,而二以柔制之;初以邪動,而二以正克之,待之之道髙出乎初之上,躋于九陵之象也。貨悖而入者亦悖而出,初以非道迫二而使喪其貝,不能為己有,而二終當得之,勿逐七日得之象也。卦有六爻,至於七則終而復始,數窮理極之義也,「七日來復」亦如此。

六二は初九の剛爻の上に凌駕し、初九は剛強の勢を以て下面に六二を逼迫して妄動す。六二に對して言えば極めて危險の處境。初九は肆意に橫行・悖逆して妄動する人で、其の來勢は目的を達せざれば絶えず罷休せざらん。六二は初九の一たび來れば自己は必ず財貨を喪失せんと揣度して、ここに「九陵」の高處に登りて彼を等待す。「九陵」は極めて高きの義。初九は剛暴を以て發動すれば、六二は便ち柔順を以て彼を制服す。初九は邪僻を以て發動すれば、六二は便ち正直を以て彼を克制す。其の用うる應對の道は初九の上に高出す。これがすなわち「九陵に躋る」の象。《大學》に財貨は理に悖りて入る者は亦た必ず理に悖りて出づと言えり:初九は非道を以て六二を逼迫して六二をして財貨を喪失せしむるも、あの財貨は却って終竟に彼の所有に歸する能わず、六二は最後に仍ほ得回らん。これがすなわち「逐う勿れ、七日にして得」の象。一卦は六爻有りて、第七位に到れば便ち終わりて復た始まる、是れ數盡き理極まり循環・回復する義。《復》卦の說く所の「七日にして來復す」も、道理は亦たこのごとし。

六三當震之來,渙散自失,至於蘇蘇焉,則奪其心、褫其魄矣。葢以不中不正,怵於利害而不能以義理為主,故至於此。揚子雲之投閣、李梲之膝行似之。若因震之來而能行以去其不正,則可以無眚矣。三未必能如此,聖人以疢疾憂患可以堅人之志、熟人之仁,故以此勉之,其啟人遷善之意至矣。

六三は雷震の到來に面對して、精神は渙散し方寸は盡く失して、「蘇蘇」に至る――驚惶・不定の樣子で、あれは心神の奪われ魂魄の剥がれたるなり。これは六三が既に中に居らず亦た位に當たらずして、利害に嚇住せられて能く義理を以て主宰を爲す能わざるがため、ゆえにこの地步に落到せり。漢代の揚雄が牽連を受くる時に驚懼して樓を跳び閣を投げし、宋人の李梲が命を奉じて金營に使いする時に嚇えて跪きて膝行して前に進みしは、皆此と相似す。倘若能く雷震の警醒を借着して奮起して行動し、自身の不正を去掉せば、便ち以て災禍なきを得べし。六三は未だ必ずしも真に做り到る能わず、聖人は憂患・疾苦が以て人の意志を堅定し人の仁德を成熟するに足るが因りて、ゆえにこの句を以て彼を勉励す。あの人を啓發して過を改め善に向かわしむる用心は、以て極めて懇切と謂うべし。

九四以處不得正之陽,介於不正之二陰之間,己既不能以道義自樹立,而相與處者又不能激發成就而使之歸於正焉,故當震之來,遂不能振奮而至於滯溺焉。陽剛本有為之才,由處不得正而流為委靡之甚焉,聖人葢傷之,而以為未光也。若以正自克,則光明俊偉而可以自奮矣。

九四は一個の位を居ること正ならざる陽爻で、上下の兩個の同じく正ならざる陰爻の間に夾まる。彼自身は既に能く道義を憑って站立し起る能わず、彼と相處する人も又た能く彼を激勵・成全して彼をして正道に歸せしむる能わず。ゆえに雷震の到來する時に竟に能く振作せずして、反って陷溺して起かず。陽剛は本來以て一番の作爲あり得べき材質なるも、ただ處する所正ならざるが因りて、便ち淪落して極度の萎靡・不振と爲る。聖人は此がために惋惜して、こそ彼を「未だ光ならず」――道は未だ光大せずと言う。倘若能く「正」を以て自己を克治せば、則ち便ち光明・俊偉にして、以て奮發・自立するに足る。

六五以陰柔當震之時而居尊位,則往來皆厲,無適而非厲也,葢其中無定主,為震所怵而不能有以處之也。如宋真宗澶淵之事,非有寇凖、髙瓊,則王欽若輩遂定南遷之策,其危甚矣。髙宗播蕩伏竄,國勢削弱而終不能振,又其下者。然處之之道,惟在籌度思慮,不喪其所有之事,則心有定見,事有定處,而可免於往來之厲矣。五所有之事,中是也。中為人君酬酢斯世之道也,得其道,則何震之不可處,而安有危厲之可言乎?若髙宗有臥薪嚐膽之志,選賢任能以復不共戴天之讎,乃其所有之事,而大不可喪也。

六五は陰柔の質を以て雷震の時勢に處して尊位に居り、ここに往くも危しく來るも危く、怎樣に動くも皆危厲なり。これは彼の心中に一定の主宰なく、震動に嚇住せられて應對の法を拿出す能わざるがため。便ち北宋の真宗の時の澶淵の役のごとく、若し寇準・高瓊が力をして親征を主せざれば、王欽若のあの一班の人は便ち南遷して敵を避くる計策を定下せんとして、局面は便ち危險の極點に到らんとせり。南宋の高宗は顛沛・流亡して四處に躲藏し、國勢は削弱して終竟に振作する能わず、真宗に比べて更に等に下る。然るに雷震に應對する辦法は、ただ籌劃・思量するに在り、自らの分内の應守すべき事を喪失せず。かくのごとき則ち心中に定見有りて事を處するに定準有りて、以て往來皆危しの困境を免るべし。六五の分内の應守すべき事は何ぞや。すなわち「中」なり。「中」は人君が天下の事務に應接する根本の法則で、この法則を得れば、還も何の震動か應付する能わざらん、どこに危厲と談ずるに及ばん。倘若高宗が真に臥薪・嘗膽の志向有りて、賢を選び能を任じて以て共に天を戴かざる國仇を報ぜば、あれは正に彼の分内の應守すべき事で、萬萬に喪失すべからず。

上六以陰柔居震之極,故當震之來則索索,視則矍矍,耳目無所加,手足無所措,惶懼惆悵之甚也,以是而行則凶可知矣。若於「震不于其躬,于其鄰」之時而圖之,則無咎矣。葢事先有備,以逸待勞,以靜制動,其機在我而可以處乎震矣。陽動於下,迫近於五而未及於上,亦有「于其鄰不于其躬」之象。庸人識見昏淺,不能慮逺而憂深,但救之於已然,不能防之於將然,反以智者之思患而預防者為非是,故不免於婚媾之有言也。

上六は陰柔の質を以て雷震の極處に居れば、ゆえに雷震の到來する時に便ち「索索」――戰慄・不安して、目を擧げて四望すれば則ち「矍矍」――驚慌・失措して、耳目は安放する處なく手足は措置する處なく、惶恐・悵惘すること極點に至りて、この副の樣子を帶びて事を行えば、凶險は想い知るべし。倘若能く「震は其の躬に於てせず、其の鄰に於てす」――震動は還もただ鄰近に落ちて未だ己身に及ばざる時に趁りて早く圖謀を作せば、便ち過錯あることなし。事先に準備有れば、便ち能く逸を以て勞を待ち靜を以て動を制して、主動の樞機は自己の手中に握られて、亦た以て雷震に應付するに足る。初九の陽爻は下に發動して、六五に逼近して未だ上六に波及せざれば、亦た正に「震は鄰居に及びて未だ己身に及ばず」の象に合す。庸人の見識は昏昧・淺薄にして、能く長遠に慮り深處に憂うる能わず、ただ事情の發生したる後に補救しに往くを會し、事情の未だ發せざる前に防備するを懂得せず、反って智慧ある人の未だ雨ならざるに綢繆するは多この一擧と認爲す。ゆえに上六は婚姻・親族の怨言を招來するを免れず。

艮卦(艮下艮上)

艮其背,不獲其身;行其庭,不見其人。無咎。

止息するに當に止息すべき地方に止まるは、便ち自己の背脊に止まるがごとくして、因りて自身を覺察せず。自らの家庭の院裏を行走するも、亦た庭中の人を見ず。かくのごとき則ち過錯なし。

艮,止也。背,指所當止之處而言,有無私繫之意,亦有無偏向之義,聖人之取象精矣。言人之日用應酬,無巨無細,必求其義理精當之處而止之,絶無私繫偏向之意焉,即《大學》之止於至善也。不獲其身,不知有己也;庭除乃有人之處,行其庭不見其人,不知有人也。不知有己焉,不知有人焉,惟知有義理之至當而己,所以得無咎也。此即君子義以為質、義以為尚、義之與比之作用也。

「艮」は止の義。「背」は人の當に止息すべき所在に就いて言えば、私意に牽係せられざる意を含み、亦た一方に偏向せざる意を含む。聖人はこの象を取ること極めて精微なり。これは說く所は人の日常の應對・酬酢は、大事・小事を論ぜず、皆必ずあの義理の最も精當の地方を尋求して其の處に止息して、絶えず一絲の私心の牽係・偏袒・傾向の念頭なきを要す。すなわち《大學》の說く所の「至善に止まる」。「其の身を獲ず」は、心中に自己有るを知らず。庭院・臺階は正に人の往來有る地方で、「其の庭を行きて、其の人を見ず」は、心中に他人有るを知らず。心中は既に己有るを知らず、又た人有るを知らず、ただ義理の至當有るを知るのみ。ゆえに能く過錯なきを得。これがすなわち《論語》の說く所の君子の「義を以て質と爲し」、道義を崇尚し、「義と之に比ぶ」の實際の作用である。

聖人盡之而神化不測,賢者勉於此而不敢怠,堯、舜、禹、湯、文、武、周公、孔、孟相傳之道也。如孔子之仕止久速各當其可,孟子於齊王饋兼金不受、於宋薛則受,禹稷過門不入,顏子之在陋巷,曾子之逺害,子思之死難,此皆艮其背之義也。又如為人君止於仁,為人臣止於敬,為人子止於孝,為人父止於慈,與國人交止於信,亦艮其背之義。

聖人はこの層の道理を極處に做り到れば、其の神妙・變化は測度する可からず。賢者は此に勉力して敢て懈怠せず。これが正に堯・舜・禹・湯・文王・武王・周公・孔子・孟子の代々に相傳うる大道である。孔子の出仕・退隱・久留・速去のごときは、皆其の可に恰當す。《孟子・公孫丑下》に孟子の齊國に在りて齊王の饋贈する上等の黃金を接受するを肯んぜず、宋國・薛國に在りては却って饋贈を接受したるを記す。大禹と后稷とが水を治め稼を教えて、三度家門を過ぎて入らず。顏回は陋巷に安居して其の樂しみを改めず。曾子は亂の起る時に禍害を遠離し。子思は國を守衛して危難を避けず。これらは皆「其の背に艮る」の意である。又た君主を爲るは仁に止まり、臣子を爲るは敬に止まり、兒子を爲るは孝に止まり、父親を爲るは慈に止まり、國人と交わるは信に止まるのごときも、亦た皆「其の背に艮る」の意である。

惡知有己,惡知有人?時止則止,時行則行,動靜不失其時,即艮其背之義,其道純乎義理而光明矣。思而出位,則有私繫偏向之意,而非行其所無事也。艮其背之義精矣、逺矣,引而伸之,觸類而長之,天下之理盡於此矣。

どこに還も自己有るを知らん、どこに還も他人有るを知らん。當に止まる時は便ち止まり、當に行く時は便ち行き、一動・一靜は皆其の時を失わず。これがすなわち「其の背に艮る」の意で、其の道は純粹に義理に合して光明・磊落なり。《艮》卦の《大象傳》に「君子は以て思は其の位を出でず」といい、思慮は若し自らの本位を超出せば、便ち私心の牽係・一方に偏向する念頭を帶びて、《孟子》の說く所の「其の事なき所を行う」のごとき理に順いて自然なるにあらず。「其の背に艮る」の意義は精微にして深遠にして、之を推衍し開き觸類・旁通せば、天下の道理は皆此の裏面に盡くされたり。

初六艮其趾,趾在下,為初之象,用之以行者也,艮其趾則不行矣。當艮之初,居下無應,宜於守靜則可無咎。以陰柔恐其不能固守,故戒其利永貞,若動於欲而不終止則失之矣。艮以人身取象,趾之上為腓,則二之象,亦用以行者。二中正,宜止而止,艮其腓也。三居二之上,陰必隨陽,九三乃二所隨者,而過剛不中,二欲拯之而三不退聴,視其所隨之流於惡而不能救,故二之心有不快焉,以在已拯之之道或有未盡者焉,非以尤人而不快也。凡子不能諫父之過,臣不能止君之慾,朋友之以道義規正而不以為是,皆此義也。

初六の「其の趾に艮る」は、脚趾は人身の最下に在りて正に初爻の象で、以て行走するに用うる部位である。脚趾を止住せば、便ち走動せず。《艮》卦の初に處して、下位に居りて上に應援なければ、靜守するに宜しくして、かくのごとき以て過錯なきを得べし。初六は陰柔の質なるが因りて、彼が能く牢く守住する能わざるを怕れ、ゆえに爻辞は彼を誡告して「永貞に利し」――長久に正を守るに宜し。倘若欲望に牽動せられて能く始終に止息する能わざれば、便ち本旨を失掉す。《艮》卦は人身を以て象を取りて、脚趾の上は小腿肚で、正に六二の象で、同じく以て行走するに用うる部位。六二は居中・得正して、當に止まれば便ち止まる。ゆえに「其の腓に艮る」という。九三は六二の上に居り、陰爻は必ず陽爻に跟隨して、九三は正に六二の跟隨する所の對象なるも、彼は過分に剛強にして中に居らず。六二は彼を挽救せんと想うも、彼は却って退讓して聽從するを肯んぜず、眼を睜きて自らの跟隨する人の惡に流るるを看て力なく搭救する能わず。ゆえに六二の心中は痛快ならず。この痛快ならざるは、自らの挽救の辦法に或いは還も盡くさざる處有りと覺えるので、並びに他人を責怪するにあらず。凡そ兒子の能く父親の過失を諫止する能わざる、臣子の能く君主の私欲を阻止する能わざる、朋友が道義を以て規勸して對方が然りと爲さざるは、皆この層の意である。

九三當限之處,限,身上下之際,身因之以屈伸者也,止其限則不得屈伸,而上下判隔,如列其夤矣。九三過剛不中,失己失人,動無所成,非自安之道也。六四艮其身,居陰得正,宜止而止,得處艮之道矣,故無咎。四雖得正而才陰柔,又當艮之時而能自止,可謂量己量時者矣,唐之鄭綮似之。凡不揣其分而拯時之阨以自取顛覆者,不如六四逺矣。

九三は「限」の部位に處す。「限」は身體の上下の交接する腰際で、人は之を憑って屈伸す。腰際を止住せば便ち屈伸する能わず、上下は截然として隔斷して、「其の夤を列す」がごとく――脊背の肉の撕裂せらるるがごとし。九三は過分に剛強にして中に居らず、既に自處に失し、又た人を待つに失す。一たび動けば便ち一事も成らず、安身・立命の道にあらず。六四の「其の身に艮る」は、陰爻を以て陰位に居りて正を得、當に止まれば便ち止まる。以て《艮》に處するの道を掌握したりと算し得べし。ゆえに過錯なし。六四は雖も正を得るも、才質は却って陰柔にして、又た止息の時に當たりて能く自ら止住するは、以て既に自己を掂量し又た時勢を掂量したりと說き得べし。唐末の宰相の鄭綮は彼と相似す。凡そ自らの分限を估量せずして、硬に時局の困厄を挽救せんと想いて自ら覆亡を取る人は、六四に比べて差るること遠し。

六五當輔之處,輔,出言者也,艮其輔則言所當言而言有序,亦可以文身矣,故悔亡。若以居尊言,則播綸綍以諭下而得其當之義也。以言感人,淺事也,僅可以亡其悔,而成功則非所望焉,況言有未善而欲人從之者乎?艮之時,當止之時也。上九以陽剛居艮之終,乃終於止而確乎其不可拔,敦厚於止者也。若所守未終而欲動焉,則失之躁妄,非敦厚之道也。貞不絶俗,隠不違親,天子不得臣,諸侯不得友,郭林宗可以當之。

六五は「輔」――面頰・口舌の部位に處して、以て說話するに用うるものである。「其の輔に艮る」は、すなわちただ該說の話を說くのみにして、而して說くこと條理有りて、亦た以て自身を文飾するに足る。ゆえに悔恨は消亡し得べし。若し六五の尊位に居るこの一面より言えば、則ち詔令を頒布して臣下に曉諭して措置すること恰當なる意。言語を以て人を感動するは究竟に淺い一層の事で、僅かに悔恨を消去し得るのみで、功業を成就するに至りては、便ち言語の指望し得べき所にあらず。況んや言語の本身が尚お且つ妥善たらざるに、却って別人の服從せんを欲するをや。《艮》の時勢は、正に當に止息すべき時勢である。上九は陽剛を以て《艮》卦の終位に居りて、始終に止息を守住し堅定にして動搖する可からず、止に敦厚なる人。倘若守る所が未だ盡頭に到らざるに行動有らんと想わば、則ち躁動・妄爲に失して、敦厚の道にあらず。正を守りて世俗と斷絶せず、隱居して親人を背棄せず、天子は彼を以て臣と爲す能わず、諸侯は彼を以て友と爲す能わず。東漢の郭泰(林宗)は以てかかる評價に當たるに足る。

漸卦(艮下巽上)

漸,女歸吉,利貞。

《漸》卦、女子の出嫁して能く循序に行えば、ゆえに吉祥。正を守るに宜し。

漸,進而不遽之義,女歸如是則吉也。婚禮備而貞女始行,歸以漸之義也。又利於貞,漸歸亦有貞之義焉。獨取於女歸者,閨門萬化之原,廉恥之道風俗所關,於義尤重,如漸之義而進,女歸則吉也。進而得位,則可以行所學而澤被於下,為往有功也。必人君致敬盡禮而後進,為進以禮,有漸之義,進以正也。進以正則可以正邦矣,若枉己失道,未有能正人者也,而況於正邦乎?擇主量時之義亦在其中矣。

「漸」は循序に前進して急躁せざる意で、女子の出嫁が若能くかくのごとくなれば、便ち吉祥。婚禮の六禮は齊備したる後に、貞を守る女子はこそ出門せんと肯んず。正に「出嫁循序漸進」の意。卦辞は又た「利貞」といい、漸進に出嫁する本身も亦た守正の意を含むを見るべし。此處に單に「女子の出嫁」を取りて象と爲すは、閨門は萬般の教化の源頭にして、廉恥の道は又た一代の風俗に關係して、道義に就いて言えば分量は尤も重ければ。能く「漸」のごとく循序に進めば、女子の出嫁は便ち吉祥。漸進して相當の地位を得れば、便ち以て平生の學んだ所を施行して、恩澤は百姓に及ぶ。これがすなわち《彖傳》の說く所「往きて功あり」。必ず人君の敬を致し禮を盡くしたる後にこそ出仕せんと肯んず。これを「禮を以て進む」といい、循序漸進の意を含み、すなわち「正を以て進む」なり。正道を以て進身してこそ、以て邦國を匡正し得べし。倘若先に自己を歪めて道を丟掉せば、從來能く他人を匡正する有らず、況んや邦國を匡正するをや。明主を選擇し時勢を審度する道理も、皆此の裏面に含められたり。

以卦體之有位者言,則九五以剛自下進居上卦之中,有得中道之象,為進得位往有功之大者也。止而巽,亦進有漸而得正之義也,故動可以不窮。若急迫用壯而進,則未為得正,動取窮阨而不可以有為矣。居賢徳與善俗必以漸,始能有成。居者,有而安之之義,欲徳之有於己而與之相安,必優遊厭飫之久而後可得。善風俗雖王者亦必世而後仁,徳盛者固感之必應矣,然欲不識不知歸其有極而禮樂興,此非積久曷能有成?

卦體の中の爵位有る爻より言えば、九五は陽剛の質を以て下より上に進みて上卦の中に居る、中道を得る象有りて、正に「進みて位を得、往きて功あり」の中の最も顯著の一個。下卦の艮は止・上卦の巽は順で、止まりて能く順なれば、亦た漸進して正を得る意を含む。ゆえに行動は以て窮困に至らざるを得べし。倘若急迫に剛壯を憑恃して硬に闖入せば、あれは便ち正と算する能わず、一たび動けば便ち困厄を招來して、作爲有る能わず。賢德に安處し風俗に善を化するは、皆必ず循序・漸進してこそ成就有るを得べし。「居」は之を擁有して之に安んずる意。德性をして真に自己の所有と爲りて之と相安せしめんと想わば、必ず從容に涵泳し浸潤を飽經して長久なる後にこそ做り到り得。風俗を改善するに至りては、縱使王者なるも三十年を要してこそ大に仁化を行い得。德行の深厚の人は固然として之を感ずれば應ぜざるなく、然るに《詩經・大雅・皇矣》の說く「識らず知らず」のごとき自然に做り到り、《尚書・洪範》の說く「其の極に歸する有り」のごとき至善の準則に歸し、禮樂をして此により興起せしめんは、若し長久の積累にあらざれば、怎に成就有らんや。

當漸之時,凡懐明徳新民之具者,進而益世,為理所當然。初六在下,固為當進,居止之初,是能以禮義自節而不遽進,進為有漸,鴻漸于干之象也。載贄以出而其地與人皆未定,則進身之權度在我矣。小子之智,能見近小而不能見逺大,以其上無應與,故以為危厲而有言焉,不知君子體用之學,豈可絶人逃世而終與鳥獸同群哉?於君子則無咎矣。若與人以為厲而有言焉,則其言為可信,初六宜止而不宜進矣。

此の漸進の時に當たり、凡そ明德を明らかにし民を新にする才具を懷抱する人は、出でて世に益有るは、理の當然である。初六は最下に居りて、本來便ち前進すべし。然るにそれは下卦の艮止の初に處して、能く禮義を以て自己を節制して輕率に躁進せず、前進は自ずから次第有りて、正に「鴻は干に漸む」――鴻雁は循序して水辺に落ちる象。見るの禮物を帶びて出門して仕を求めるも、落腳の地と共に事える人とが皆未だ定まらざれば、則ち進身の分寸・尺度は便ち自己の手裏に掌握せらる。年少・無知の人は眼光はただ眼前の小處に及びて長遠の大處を見ず、初六の上面に相應の援手なきに因りて、便ち以て危險と爲して之に對して閑言有り。彼らは君子の體用兼備の學問を懂得せず、怎に人と斷絶し世事を逃避して、終身に鳥獸と伍と爲らんや。君子に於て言えば、かく爲すは並びに過錯なし。倘若別人に換えれば、あの危險と爲す閑言は便ち聽信するに値す――初六は當に止まるべく進むべからず。

六二中正而有應,則徳與位稱而不為尸位,祿以功受而不為素餐,為鴻漸于盤、飲食衎衎之象而吉。如六二者,可謂遇其時矣。九三過剛不中,居止之極,過剛則必躁進,止極則欲速進,不暇擇其所事,而進之不得其所矣,為鴻漸于陸之象。鴻,水鳥,陸地非其所安也。群類離已而孤立無助,夫征不復也;所為失道而不能有成,婦孕不育也,凶莫甚焉。惟利於禦寇,寇者切害之名,指人之私慾而言。私慾者,心徳之害也,故以為寇。以此極剛而用之於克己,則能拔去病根而且甚速,乃為利也。聖人慾變三之剛惡而歸之於剛善焉,故以此啟之。

六二は居中・得正して上に正應有りて、德と位と相稱し、尸位と算せず。俸祿は功勞を憑って得て、素餐と算せず。ゆえに「鴻は磐に漸み、飲食衎衎たり」――鴻雁は磐石の上に落ちて飲食・和樂の象で、因りて吉祥。六二のごときは、以て好時候に遇上したりと說き得べし。九三は過分に剛強にして中に居らず、又た下卦の艮止の極處に處す。過剛なれば便ち必ず躁進し、止は極處に到れば便ち急いで速を求めて、從事すべき對象を挑選するに及ばずして貿然として前進す。ここに進むこと其の地方を得ずして、「鴻は陸に漸む」の象と成る――鴻は水鳥で、陸地は並びに其の安身の處にあらず。同類は彼を離れて去り孤立・無援す。これがすなわち「夫征きて復らず」、丈夫は遠行して返らず。爲す所は正道を背離して事を成す能わず。これがすなわち「婦孕みて育たず」、婦人は懷孕して生み出す能わず。凶險は此より甚だしきなし。其の唯一の利有るは「寇を禦ぐ」なり。「寇」は切身の害の名目で、ここは指す所は人の私欲。私欲は心中の德性の大害なれば、ゆえに之を「寇」と稱す。この極端の剛強を自らを克制する上に用いれば、便ち能く病根を拔除して、而して效を見ること極めて速し。これがこそ利有り。聖人は九三の剛強中の惡を剛強中の善に轉化せんと想い、ゆえにこの句を以て彼を開導す。

六四所乗者過剛不中之九三,為進之不得其所而未安矣,鴻漸于木之象,木非鴻之可安也。然以柔得其正而又巽體,善處乎九三者也,於未得所安之地而有自安之道焉,為或得其桷之象而得無咎,四可謂善處乎九三矣。九五陽剛當漸之時而居尊位,為鴻漸于陵之象。六二已之正應而為九三所間隔,則二無所用其才而功未建,為婦三歲不孕之象。以柔中而應剛中,理之正也,九三之邪豈能終間,故莫之勝而五得吉矣。九五巽體而道未光,故遲久而始得所願焉,幾於危矣。若以純粹之剛中正處之,則賢不肖可以立辨而進退之矣,豈待三歲之久哉?

六四の凌駕する所は過剛・不中の九三で、前進すること其の地方を得ずして未だ安頓せざれば、ゆえに「鴻は木に漸む」の象有り――樹木は並びに鴻雁の棲息する能く所にあらず。然るに六四は陰柔を以て正位を得、又た巽順の體に属して、九三と相處するを善くする人である。未だ安身の地を得ざる處境の裏に在りて、仍ほ自處・求安の辦法有りて、ここに「或いは其の桷を得」――或いは一根の平直の枝幹を找見して棲む可きの象有りて、因りて過錯なし。六四は以て甚だ九三に應付するを會したりと說き得べし。九五は陽剛の質を以て漸進の時に當たりて尊位に居る、「鴻は陵に漸む」の象有り。六二は本來其の正應なるも、却って九三に中より隔斷せられて、ここに六二は才幹を施展する處なく功業は未だ建立せず。これがすなわち「婦三歲孕まず」の象。柔順・居中の爻を以て剛健・居中の爻に應合するは、本來道理の正で、九三の邪僻は豈に永遠に阻隔し得られんや。ゆえに終竟に「之に勝つ莫し」――邪は正に勝つ能わず、九五は以て吉祥を得。九五は身は巽體に處して其の道は未だ光大せざれば、ゆえに遲延すること許久してこそ其の願に償い得、幾く危險に陷らんとせり。倘若純粹の剛健・中正の道を以て自處せば、則ち賢與不肖とは當下に分辨し得、當に進むべきは進み當に退くべきは退きて、どこに三年の久しきを等つを要せんや。

上九以陽剛居漸之上,進之極髙而出乎人位之上,為鴻漸于逵之象。逵,雲路,言其極髙而人不可就焉。斯人也,天子不得臣,諸侯不得友,嚴光、周黨之儔可以當之。其清風髙節,使聞之者起敬,誠足廉頑而立懦焉,助成人材之盛、風化之美,為世道之益亦足多矣,有其羽可用為儀之象而吉矣。視富貴如浮雲而志超乎萬物之外,孰得而亂其所守哉?

上九は陽剛を以て《漸》卦の最上に居りて、前進して極高の處に到りて、人間の爵位の上に超出す。「鴻は逵に漸む」の象有り。「逵」は雲中の通路で、其の極めて高くして世人は攀附する由なきを形容す。かかる人は、天子は彼を以て臣と爲す能わず、諸侯は彼を以て友と爲す能わず。東漢の嚴光・周黨の一流は以て之に當たるに足る。彼らの淸風・高節は、聞く人をして肅然として敬を起さしめ、實在以て貪婪の人をして廉潔と成り懦弱の人をして志氣を立定せしむるに足り、人才の盛・風化の美を成就するを幫助して、世道に對する益處も亦た甚だ觀る可し。ゆえに「其の羽は以て儀と爲す可し」――羽毛は以て儀飾に用作る可きの象有りて、因りて吉祥。富貴を看ること浮雲のごとく、志向は萬物の外に超越せば、誰か還も彼の守る節操を擾亂し得られんや。

歸妹卦(兌下震上)

歸妹,征凶,無攸利。

《歸妹》卦、貿然として前行すれば凶險有りて、何の利益も言うべきなし。

歸妹為天地之大義者,天地交而萬物興,亦歸妹之義也。有夫婦然後有父子,生死始終之理具於此,無歸妹安有始?無始安有終?故歸妹為人之終始也。說以動,則動不以道,徇人慾以滅天理,固有凶而無利矣。位不當則征凶,天地翻覆,冠屨倒置,賢不肖之榮寵擯斥相去逺甚,盈天地間皆非人道矣,至是而欲行則凶立至矣。柔乗剛則柔用事而剛為所屈,君子無所利矣,未至如位不當之甚也。不有君子,其何能國?小人亦何所利哉!

《歸妹》の天地間の大義と爲る所以は、天地の二氣が交感して萬物は興起すれば、此れ亦た正に「歸妹」――少女が出嫁する意。夫婦有りて然る後に父子有りて、生死・始終の道理は皆此の裏面に具備せり。男女の婚配なければ、どこに開始有らん。開始なければ、どこに終結有らん。ゆえに《歸妹》は人倫の終結と開端である。下卦の兌は悅・上卦の震は動で、喜悅に因りて妄動すれば、則ち行動は正道に循わず、人欲に順從して天理を滅絶して、自ずからただ凶險有りて利益なし。諸爻の位置は多く當ならず。ゆえに「征けば凶」――此の時天地は翻覆し冠履は顛倒して、賢者と不肖者とは一邊は榮寵を受盡くし一邊は排斥を遭いて、相去ること懸絶にして、天地之間に充塞するは皆人道に合せず。この地步に到りて還も貿然として行動せば、凶險は立刻に到る。柔爻は剛爻の上に凌駕するは、すなわち陰柔の小人が權を當たりて陽剛の君子は屈せらるるにして、君子の利を得ることなきは、其の嚴重の程度は還も位の當ならざるに及ばざるなり。《左傳》に「君子あらざれば、其れ國たらんや」といい、國中に君子なければ、國家は怎に維持し住み得られん。到頭來、小人は又た何の好處を得られんや。

雷動澤隨,非歸妹其惟動是隨而不以道,亦如歸妹之義也。人之所從所與不可不慎,或沉溺其所有,或怵惕於其可畏,變平生之所守而輕從之,則合之不以道而失其義矣,要其終豈無敝乎?君子所以戒謹恐懼而不茍於其始也。

上卦の震は雷・下卦の兌は澤で、雷は動きて澤は隨う。此れ正に《歸妹》にあらずや。凡そただ別人の擧動に隨うを知りて正道に依循せざるは、亦た皆「歸妹」の意のごとし。人の跟從する對象・結交する人は、慎重せざるべからず。或るは對方の擁有する富貴に沉溺し、或るは對方の加害し得べき威勢を畏懼して、ここに平生の守る所を改變して輕易に跟從すれば、則ち結合は正道に依らずして道義を喪失して、窮竟して最後に至れば、怎に弊害なからんや。君子はここにより戒懼・謹慎して、開頭に於て苟且に從事するを肯んぜず。

初九陽剛在下,女子賢正而處卑微,娣之象也。未有合二姓之好以為宗廟社稷之主之責焉,而成助乎女君,跛之能履,其履幾何?亦深可惜矣。然道行於女君而有常焉,則女君之能進婦道即初九之道也,故得吉,有開誠心、布公道、集眾思、廣忠益之意。諸葛孔明君子未必不樂為所用,而廖立、李平之徒至於痛哭而奮死焉。

初九は陽剛を以て最下に居りて、譬えば女子の賢淑・端正なるも身は卑微に處する、陪嫁の媵妾の象。彼女は兩姓の好を締結して宗廟・社稷の主を擔當する名分なく、ただ正妻を輔助して事を成すのみ能し。これがすなわち「跛にして能く履む」――瘸腿の人は雖も走る能うも、又た幾多遠く走り得られん。實に可惜なり。然るにただ正道が能く正妻を通して施行せられて而して持久すれば、則ち正妻の婦道を推進し得る所以は、其實すなわち初九の功勞で、ゆえに吉を得。ここに開誠・布公して集思・廣益する意を含む。諸葛孔明が主政する時、君子は未だ必ずしも彼に用いらるるを樂しまずとせずして、貶廢せられたる廖立・李平(李嚴)に至るさえ、彼の去世の消息を聞きて、亦た痛哭・失聲して奮って死を以て相報いんとせり。

九二陽剛得中,女子之賢善多矣,上有正應而反陰柔,此徳此善將焉用之?眇之能視,其視幾何?衡門考盤之賢者髙出千古之上,君子尚當企及焉。五雖應二而道未可以大行,幽人之貞必道行天下而後行之,固不屑於眇之能視也。張華之委身晉惠,雖江左粗安,所成幾何,而竟取殺身之禍,昧於幽人貞之戒也。

九二は陽剛を以て中位を得て、女子に就いて言えば賢良・美善の處は甚だ多し。然るに上面の應ずる所の六五は却って陰柔の君で、かかる德・かかる善は又た何の用處に派立てられん。これがすなわち「眇にして能く視る」――一隻の眼は能く看るも、又た幾多看り得られん。《詩經》の裏の「衡門」に栖遲し「考槃」は澗に在る隱居の賢者は、品格は千古の上に高出して、君子は尚お且つ努力して追い及ぶべし。六五は雖も九二と相應ずるも、其の道は能く大に行わるる能わず。ゆえに爻辞に「幽人の貞」――幽居して正を守る人の操守。必ず道が天下に行わるるを得て然る後にこそ出でて施行するを要し、本來「眇にして能く視る」のあの有限の作爲を屑とせず。西晉の張華が身を委ねて痴愚の晉惠帝に事奉して、雖も一方の局面をして勉强に粗安ならしめしも、究竟に幾多成就したるや。最後に反って殺身の禍を招來せり。正に「幽人貞」のこの誡告を明白にせざるなり。

六三歸妹以須,此輩宜束之髙閣,待其既格,然後徐議其任耳,反歸為娣。李文靖言丁謂,顧其為人可使之在人上乎?當是時雖竄逐林莽亦不為過,而使其竟成君子之禍,文靖所處亦未盡善。九四陽剛在上而下無應,賢女擇配而不輕從人,為愆期遲歸之象,非不歸也,待時而己,若無其時亦終不歸矣。子貢問有美玉於斯,韞櫝而藏諸,求善價而沽諸?子曰:沽之哉,沽之哉,我待價者也。伊尹不遇商湯,太公不遇周文,則莘野之耕夫、磻溪之釣叟終焉而己。

六三の「歸妹は須を以てす」――出嫁の少女は擱置せられて等待す。この一類の人は當に之を高閣に束ねて、彼らの真に改正するを待ちて、再び慢慢に何の職任を與うべきかを商議すべし。ゆえに爻辞は退回して媵妾を爲さしめよと言う。北宋の李沆(文靖)が丁謂を評論して、彼の爲人を看れば、怎に彼をして人の上に居らしめ得べけんやと言えり。あの時に於ては、便ち彼を荒野・林莽に放逐するも過分と爲さず。然るに李沆は終竟に彼をして君子を殘害する大禍を釀成せしめたり。李沆の處置も亦た盡善と算する能わず。九四は陽剛を以て上體に居りて下に應爻なく、譬えば賢女の配偶を挑選して肯んじて輕易に人に許さざるがごとし。ゆえに「愆期」――婚期を延誤して遲遲として嫁がざる象有り。これは並びに嫁がざるにあらずして、ただ時機を等待するのみ。倘若始終に合適の時機なければ、亦た終身に嫁がず。《論語・子罕》に子貢が孔子に問うて「此處に一塊の美玉有り、之を匣中に收めて藏めんか、抑も好價錢を求めて賣却せんか」と記せば、孔子は曰く「賣れよ、賣れよ、我は貨を識る價錢を待つなり」と。伊尹は若し商湯に遇わざれば、姜太公は若し周文王に遇わざれば、亦不過有莘の野の一介の農夫・磻溪邊の一個の釣叟にして、終老するのみ。

六五以陰居尊,下應九二之陽,為帝乙歸妹,其君之袂不如其娣之袂良之象,女徳至此盛之至也。為月幾望之象,不曰望而曰幾望,望則已滿矣,六五虛己下應,非自滿者也。何彼穠矣,棠棣之華;曷不肅雝,王姬之車,得此義矣。凡君人者忘其崇髙富貴之勢,尊徳樂義,虛己下賢,期於成君徳而盡君道者,亦此義也。

六五は陰柔を以て尊位に居りて下は九二の陽剛に應ず。ゆえに「帝乙歸妹」――帝乙は妹を嫁がせて、而して「其の君の袂は、其の娣の袂の良なるに如かず」、正妻の衣袖は媵妾の華美に如かず。女子の德はこの地步に到れば盛極と算し得べし。又た「月幾く望なり」の象有り。「望」と言わずして「幾望」と言うは、月は滿すれば則ち虧けて、六五は虚心に下に賢臣に應ずる、並びに自滿の人にあらざれば。《詩經・召南・何彼襛矣》に「何の彼の襛たるや、棠棣の華」「曷に肅雝ならざる、王姬の車」と詠歎して、王姬の下嫁して能く敬和して驕らざるを贊美するは、正にこの層の意に合す。凡そ人君を爲るは、能く自己の崇高・富貴の權勢を忘掉して、德行を尊崇し道義を樂しみ、虚心に賢才を禮敬して、一心に君德を成就し君道を盡くさんを指望するも、亦た正にこの層の意である。

上六居歸妹之終而無應者也。女承筐無實,女無實應於士者也;士刲羊無血,士無實求於女者也,亦何所利哉?有道君子老於林下而時未可為,則終焉而己。雖然,所不利者天下國家也,在君子則道未嘗不亨,於此心此身無不利矣。孟軻氏於平公似之,而所不利者魯之宗廟社稷也。孟子曰:天未欲平治天下也,如欲平治當今之世,舍我其誰?處之固泰然矣,奚以不利言哉?

上六は《歸妹》の終位に處して相應の爻なし。「女は筐を承えて實なし」、女子の捧ぐる筐の裏に東西なく、是れ女方は實在の東西を拿出して男方に應合する能わず。「士は羊を刲きて血なし」、男子は羊を宰るも血を出さず、是れ男方は實在の東西を拿出して女方に求合する能わず。かくのごとき則ち還も何の利益か言うべきあらん。道ある君子は山林の下に老死して、時勢は有爲を容れずして、亦た此に到りて止まるのみ。雖も然りとするも、いわゆる「利有る所なし」は、指す所は天下・國家の好處を得ざる。君子の本人に就いて言えば、道は未だ嘗て亨通せざらずして、此の心此の身に對して、何の不利もなし。孟子の魯平公のあそこでの遭遇は此と相似して、而して利を得ざるは魯國の宗廟・社稷である。《孟子・公孫丑下》に孟子の言を記して曰く「上天は還も天下をして太平ならしめんと欲せず。若し天下をして太平ならしめんと欲せば、當今の世に、我を除いて還も誰有らんや」と。彼は自處すること何等か泰然なるか、どこに「不利」の二字を談ずるに及ばん。

豐卦(離下震上)

豐,亨。王假之,勿憂,宜日中。

《豐》卦は亨通す。君王は能くかかる盛大の境地に達して、憂慮するを須とせず、當に日の正中に在るがごとくにして普照して天下に及ぼすべし。

察之極其精,處之極其當,則惟動丕應徯志,為盛大之勢,亨之道也,家國與天下皆然。若以極大者言,則惟王者可以當之,如舜之覃敷文徳至於四方風動,禹之祇臺徳先、不距朕行至於東漸西被朔南暨,此亨之極也,故曰王假之,尚大也。盛極則衰,氣運之常,聖人以天自處,則有回氣運之道焉,故勉之以勿憂宜日中也。宜日中,宜守中道之義也,日中則照無不徧,未中與過中,照或有不及者焉。聖人以仁義禮樂化天下,舉一世而甄陶之,通其變使民不倦,神而化之使民宜之,則何盛極之衰之可憂哉?故曰宜日中,宜照天下也。

事理を觀察すること精到の極點に至り、事務を處置すること恰當の極點に至れば、ここに一たび擧動有れば、天下は便ち極めて大に響應す。人心は久しく已に引領・企盼するが因りて、これが盛大の氣勢を形成して、すなわち「豐」の亨通する所以の道理で、一家・一國より以て天下に至るまで皆このごとし。若し極めて盛大のあの一層に就いて言えば、ただ王者のみ之に當たるに足る。虞舜の廣く文德を布きて、終に四方の風に聞きて動くに至り。大禹は己德を以て先と爲すを敬して、天下は其の政令に違抗する人なく、教化は東は海に漸じ西は流沙に被り北南とも聲教に通達す。これがすなわち亨通の極致なれば、ゆえに《彖傳》に「王、之に假る、大ききを尚ぶなり」という。盛は極まれば必ず衰うるは氣運の常理で、聖人は天を以て自處せば、便ち氣運を挽回する辦法有り。ゆえに卦辞は彼を勉励して「憂う勿れ、日中に宜し」という。「日中に宜し」は當に中道を固守すべき意。日は正中に到れば、照耀は便ち遍からざるなし。未だ正中に到らざる或いは已に正中を過ぎたれば、照耀は便ち照り及ばざる處有るを免れず。聖人は仁義・禮樂を以て天下を教化して、整個の一代人を陶鑄して材と成し、其の變化を會通して百姓をして倦怠を生ぜざらしめ、神妙に感化して百姓をして各々其の宜を得せしめば、則ち還も何の盛極にして衰うるの憂うべき有らん。ゆえに《彖傳》に「日中に宜しとは、天下を照らすに宜しきなり」という。

日中則昃而夕矣,月盈則食而缺矣,天地盈虛且與時消息而有盛有衰矣,況於人?況於鬼神?而可無盛衰乎?天地之盈虛消息,以其有常者而言也,如五百年元氣積厚,生聖人而成治化,則盈而息也,自此則漸虛而消矣。鬼神則自其屈伸往來變化不測者而言,如熱極則風生,亢極則雨生,澇極則陽生,凡一日之間陰晴不常、變態不測,此皆鬼神之理也。只以連日雨觀之,熱氣盛則雨之候,雨驟則又不能久。人之一身之老少及家國天下之廢興存亡,則又易見者也。君子盡其在人者而已,本於天者則順受之。

日は正中に到れば便ち西に偏りて、隨いで便ち黄昏。月は圓滿すれば便ち虧蝕して、隨いで便ち殘缺。天地の盈虛は尚お且つ時序に随いて消長して盛有り衰有るを、況んや人に於てをや。況んや鬼神に於てをや。怎に盛衰なからんや。天地の盈虛・消長は、其の常規有る一面に就いて言う。譬えば五百年の間に元氣の積累は深厚にして、便ち聖人を生出して一代の治化を成就す。これがすなわち盈滿にして生息す。此より後は便ち漸漸に虛虧して消退す。鬼神は則ち其の屈伸・往來して變化は測度する可からざる一面に就いて言う。譬えば熱は極點に到れば便ち風を起し、亢旱は極點に到れば便ち雨を下し、水澇は極點に到れば便ち太陽を出す。一天の内に陰晴は定まらず變化は測れず。これらは皆鬼神の屈伸の理。ただ連日の下雨を拿げて看るに:熱氣は盛なれば便ち雨を下さんとする徵候で、雨は來ること急驟にして又た持久する能わず。一個人の一身の少壯・衰老、及び一家・一國・天下の興廢・存亡に至りては、則ち更に見易し。君子はただ人事の做り得べき部分を盡くすのみで、天命に本づくあの一部分に至りては、便ち理に順いて承受す。

雷電皆至,亦豐之象也。折獄致刑,取於雷電威照之義,非威則照無所用而適足以長奸慝,非照則威為暴虐而或至於殺無辜。初九遇其配主,雖旬無咎,陽與陽本不相應。初九為離之體,有明者也;九四為震之主,能動者也。非九四則初九無所用其明焉,非初九則九四無以措其動焉。配主,謂其才徳與己相配而可相主矣。雖旬則無咎焉,相與往則足以成功矣,故可尚也。古人有謀斷相資者類於此。

《豐》卦の《大象傳》に「雷電皆至る、豐」といい、雷電は一齊に到來するも亦た豐盛の象。案を斷じ刑を用うるに取る所は雷電の威勢と照察とを兼具する意。威勢なければ、照察は施す處なくして、反ってただ奸邪を助長するのみ。照察なければ、威勢は便ち暴虐と成りて、甚至り無辜を殺害するに至る。初九の爻辞に「其の配主に遇う、雖も旬なりとも咎なし」という。陽爻と陽爻とは本來相應相應ぜざるも、然るに初九は離體に属して明察の德有る人で、九四は震卦の主にして能く行動する人。九四なければ、初九の明察は施す處なし。初九なければ、九四の行動は措手する由なし。「配主」は說く所は對方の才德が自己と相配して以て互いに主宰と爲り得べし。「雖も旬」――雖も彼此均等なりとも、亦た過錯なし。彼此結合して往かば、便ち以て功業を成就するに足る。ゆえに「尚ぶ可し」、推崇するに値す。古人の中の善く謀る者と善く斷ずる者とが相互に憑借するは、正に此と相類す。

六二得中得正,為離之主,有明徳之君子,可以益國與民者也。六五當豐之時,以陰柔居尊位,沉溺於富貴崇髙,則昏暗之甚者也。六二有明徳而五不能用,為豐其蔀,厚其障蔽而明不得外見也。日中,明也;見斗則夜而昏矣,己則明而遇人之昏之象也。五何以至此哉?晏安之溺人,或剛立者不能保其有終,而況柔懦者乎?以唐玄宗之才智,討平韋武之亂,委任姚崇宋璟以致富庻,開元之際可謂豐矣,內耽女寵,外信小人,十九年養成天下之亂,竄身巴蜀幾至亡國,此其明驗也。

六二は居中・得正して離卦の主にして、光明の德有りて以て國と民とに益ある君子。六五は豐盛の時に當たりて陰柔を以て尊位に居り、富貴・崇高に沉溺する、昏暗の極點に到れる人。六二は光明の德有るも六五は能く之を任用せずして、ここに「其の蔀を豐にす」――遮蔽の席幕は益々厚重にして、光明は透出するを得ずと成る。「日中」は本來明亮なるも、「斗を見る」――白晝に却って北斗を見れば、則ち昏黑して夜のごとし。これは自己は明白なるも別人の昏暗に遇上する象。六五は何以昏暗してこの地步に到るや。安逸・享樂は最も人を陷溺する能し。剛強・自立の人は尚お且つ未だ必ずしも善終を保住する能わざるに、況んや柔弱・怯懦の人をや。唐玄宗の才智を以て、韋后・武氏の亂を討平して、姚崇・宋璟を委任して天下をして富庶ならしめ、開元年間は以て「豐」と算し得べし。然るに内は女色に沉溺し、外は小人を聽信して、十九年の間に天下の大亂を養成して、最後に巴蜀に逃竄して幾く亡國せり。これがすなわち明證である。

張九齡以直言往而遂得罪,其疑疾不亦甚乎?惟當積其至誠以感動之,則可以得吉,至誠而不動者未之有也。誠之至,則可以發其志而有轉移之理焉,周公之於成王是也。故曰:我之弗闢,我無以告我先王。公可謂極於忠誠矣,故風雷彰變而成王至於感泣焉。誠之至與不至則責之二,五之悟與不悟則委之天。

張九齡は直言・進諫に因りて反って罪を獲たり。唐玄宗の猜忌の病は甚だ深からざるか。かかる時に於ては、臣下はただ至誠を積累して君上を感動してこそ、以て吉を得べし。至誠にして人を感動せしめ得ざるは、從來有らず。誠意は極處に到れば、便ち能く君上の心志を激發して局面を轉移する道理有り。周公の成王に對するは便ちかくのごとし。ゆえに《尚書・金縢》に周公の言を記して曰く「我若し出面して擔當せざれば、我らの先王に交代する能わず」と。周公は以て忠誠を極處に做り到りと算し得べし。ゆえに後來に天は風雷を變じて警を示して、成王は感動して淚を流せり。誠意の到るか到らざるかは、責任は臣下のこの一邊に在りて、君上の悟るか悟らざるかは、則ちただ之を天に聽くのみ。

九三豐其沛,日中見沬,亦以明徳而遇昏暗之時之象也。沬,小星,見沬則暗之甚矣。右肱,便於作用者也,折其右肱,終不可用也。九三剛正離體,有明徳而不為世所用,為折其右肱之象。君子用則行其道於天下,不用則奉身而隠於丘園,有何不可?若三者,明足以察乎事之幾,剛足以致其退之速,故無咎。

九三の「其の沛を豐にし、日中に沬を見る」は、同じく光明の德有るも昏暗の時世に遇上する象。「沬」は微小の星で、白晝の裏に小星さえ看り得べければ、昏暗の極點に到れりを見るべし。右臂は以て事を做るに便きもので、「其の右肱を折る」、右臂は折斷せば便ち終竟に用いる能わず。九三は剛健・守正して、身は離體に處して光明の德有るも、却って世に用いられず。正に「其の右肱を折る」の象。君子は任用せられれば便ち自己の道を天下に施行し、任用せられざれば便ち身を潔くして田園・山林に隱居すれば、何の不可もなし。九三のごときは、明察は以て事情の幾微を看ること清らかにして、剛斷は以て自己をして退くこと迅速たらしむるに足る。ゆえに過錯なし。

九四近六五者,六二應六五者,故取象同豐其蔀、日中見斗,六五為之也。遇其夷主,與初應也,夷,等夷也。初以四為配主,四以初為夷主,相下相資而期以行其志也。初在下,未敢以成功望於初,故但言往有尚。若四得初之明以施其動,有旋乾轉坤之功焉,故得吉。

九四は六五と相鄰り、六二は六五と相應ずれば、ゆえに象を取ること相同じくして、皆「其の蔀を豐にし、日中に斗を見る」という。これは皆六五の造成する所。九四の「其の夷主に遇う」は、初九と相應ず。「夷」は同等の義で:初九は九四を才德相配の「配主」と看れば、九四は初九を地位相當の「夷主」と看る。彼此謙下して互相に憑借して、能く各自の志向を推行せんを指望す。初九は身は下位に在りて、還も敢て其の功業を成就せんを期望せず。ゆえに爻辞はただ「往けば尚ぶ有り」――前往して推崇するに値す。倘若九四が初九の明察を得て自らの行動を施展せば、便ち旋乾・轉坤の功效有りて、ゆえに吉を得べし。

豐之時多賢才焉,初九九三皆剛而得正,九四以剛居柔而動不躁,六二以柔得中正而為明之主,其志其才皆一時成章之士也。六五若能來而致之,布諸列位,使輔己盡君道以答天休焉,則為善守成業之主,有慶譽而吉矣。五陰柔,其才未必能若是焉。聖人以世未嘗無君子,憫其柔暗而不能用則無以保豐大之業,故設此以啟之,其垂教萬世之意深矣。或五居動體,亦有可轉移之理焉。

豐盛の時は賢才は甚だ多し:初九・九三は皆剛健にして正を得、九四は剛爻を以て柔位に居りて行動は躁進せず、六二は柔順にして中正を得て光明の主と爲る。彼らの志向と才干とは皆一時に文章・事業を成就し得べき人物。六五は倘若能くこれらの人を招來して、彼らを各職位に安排して、彼らをして自己を輔佐して君たるの道を盡くさしめて、以て上天の美意に報答せば、則ち善く成を守る君主と成りて、福慶・聲譽有りて吉祥。然るに六五は陰柔にして、其の才は未だ必ずしもこの一步を做り到る能わず。聖人は世上に未だ嘗て君子なきにあらざるを認爲すも、ただ六五の柔弱・昏暗にして能く任用せざるを憐憫す。あれは便ち盛大の基業を保住する法なし。ゆえにこの番の話を設けて彼を啓發す。其の萬世に垂訓する用意は何等か深遠なるか。或いは六五は身は震動の體に處すれば、亦た仍ほ以て轉移し得べき餘地有りと言う。

上六以陰柔居豐之極,是憸夫壬人志於富貴而自封殖其家者也,為豐其屋、蔀其家之象。斯人也,於事之是非、人之賢否則懵乎其無見焉,為窺其戶、閴其無人、三歲不覿之象焉,戶非無人,以昏暗之甚而不能見也。小人亡身殖貨,上而攘奪於君,下而刻剝於民。周之皇父作都於向,擇三有事亶侯多藏,擇有車馬以居徂向,而周遂以亡,豈特小人一身一家之凶而已哉!

上六は陰柔を以て豐盛の極處に居る、あの諂佞の小人で、一心に富貴を追逐してただ自家の産業を壯大するを顧る人。ゆえに「其の屋を豐にし、其の家に蔀す」――自家の房屋を造ること高大にして、門戸を遮ること嚴實なる象有り。この種の人は事情の是非・人物の賢否に對して、全然昏昧にして見る所なく、ここに「其の戸を窺えば、闃として其の人なし、三歲觿えず」――門縫より窺看すれば、靜悄悄にして一人を見ず、三年も見ること能わざる象有り。其實門内は並びに人なきにあらずして、彼は昏暗・太甚にして看る能わざるのみ。小人は身敗・名裂を惜しまずして財貨を聚斂して、上に對しては君主より攘奪し、下に對しては百姓に刻剥す。《詩經・小雅・十月之交》に周幽王の時の皇父が向邑に別に都邑を建つるを寫して、「三有事を擇ぶ、亶に侯の藏多き」、三卿を挑選して皆富有の人を用い、「車馬有るを擇びて、以て徂向に居らしむ」、車馬有る人を挑選して一同に向邑に遷往せしめ、周室はここにより便ち滅亡に走向せり。これはどこにただ小人の一身・一家の凶險のみならんや。

旅卦(艮下離上)

旅,小亨,旅貞吉。

《旅》卦は稍しく亨通し得。羈旅・在外に正を守る能わば、便ち吉祥。

山上有火,旅之象也;止而相離,亦旅之義也。六五以柔得中於外而順乎上下之二陽,善用柔道而又得剛陽以依之;止而麗於明,於所止之處而用明徳焉:此皆處旅之正道,旅之所以小亨而得吉由於此也,此即旅之時義也。時義若此之大,以羇旅之際,故但可以致小亨。周襄王出居於鄭,自謂不榖不徳而藉晉侯以復國,得處旅之道矣;昭公不聽子家之言而客死於乾侯,失而又失也。

上卦の離は火・下卦の艮は山で、山上に火有るは行旅の象。山は止まり火は動きて二者は相離るも、亦た行旅の意。六五は柔順の質を以て外卦に於て中を得て、而して上下の兩個の陽爻は皆之に順從す。既に柔道を運用するを善くし、又た陽剛を得て以て依靠する可し。下卦は止まりて上卦の光明に附麗して、自らの止まる所の地方に光明の德を施展す。これらは皆身は羈旅に處する正道で、《旅》卦の「小亨」して能く吉を得る原因は、便ち此に在り。すなわち《彖傳》の說く所「旅の時義」。時義はかくのごとき大なるに、ただ身は羈旅・漂泊の際に在るが因りて、ゆえに僅かに小小の亨通を得るのみ。周襄王は迫られて鄭國に出居して、自ら「不榖・不德」と稱し、而して晉文公の力を借重して以て國に復り得しは、以て處旅の道を掌握したりと算し得べし。魯昭公は子家羈の勸告を聽かずして、最後に乾侯に客死せり。あれは便ち一失にして再失なり。

是道也,用之以處夷狄患難皆無不可。折獄致刑,取山上有火照能及逺之義;不留獄,則去而不有之義也。賁之火在山下,明不及逺,故但明庻政而無敢折獄;則旅之火在山上者,自有折獄致刑之用焉。初六當旅之時,以陰柔處下,旅之最下者也,其志瑣瑣然,計錙銖之利,失人心而自取窮極災也。當旅之時,所賴以安身者次舍也,所賴以裕用者資財也,所賴以給役者童僕之貞也,三者皆旅之不可無者也。

この道理は以て夷狄の患に應付し身は患難に陷るるに、適用せざるなし。《旅》卦の《大象傳》に「君子は以て明慎に刑を用いて、獄を留めず」といい:案を斷じ刑を用うるに取る所は山上に火有りて照耀は能く遠處に及ぶ意。獄案を滯留せざるは、取る所は火は過ぎて留まらず去りて據有せざる意。《賁》卦の火は山下に在りて光明は遠處に照り及ばざれば、ゆえに《大象傳》はただ「庶政を明らかにし、敢て獄を折らず」と言うのみ。《旅》卦の火は山上に在れば、自ずから案を斷じ刑を用うる功用有り。初六は羈旅の時に當たりて陰柔の質を以て最下位に處する、旅人の中の最も卑下の者で、心志は瑣碎・猥褻にしてただ錙銖の小利を計較して、因りて人心を失掉して自ら窮困を取りて、災禍を招來す。羈旅の時に當たりて、以て身を安んずるに用うるは客舍で、以て日用を寬裕にするに用うるは資財で、以て使喚に供するに用うるは童僕の忠貞で、此の三樣は皆行旅の缺くべからざるもの。

六二柔順中正,善處乎旅者也,其才其徳皆可以致此,吉不待言而可知矣。旅焚其次,則處身者無其所矣;喪其童僕之貞,則給役者無其人矣。九三過剛不中,居下之上,驕亢而不能下人,人莫與以相親,不能一朝存其身者也,危莫甚焉。三近於離,故取焚次之象。

六二は柔順にして居中・得正して、處旅を善くする人で、才と德とは皆以て客舍・資財・忠僕の此の三樣を取得するに足る。吉祥は言を待たずして知るべし。九三は則ち「旅、其の次を焚く」、客舍は燒かれて、身を安んずる人は落腳の處なし。「其の童僕の貞を喪う」、忠貞の童僕を失えば、使喚に供する人は便ちなし。九三は過分に剛強にして中に居らず、下卦の上に居りて、驕橫・自高にして能く己を屈して人に下る能わず、他人は皆彼と親近するを肯んぜず。是れ一天も自身を保住する能わざる人で、危險は此より甚だしきなし。九三は上體の離火に逼近すれば、ゆえに「次を焚く」の象を取る。

九四旅于處,未得旅之次舍也,以其陽而居陰也。以陽居陰則剛而能柔,處上之下則上而能下,剛而能柔、上而能下,則防身有其具而災不及焉,是于于處之地而得所資以防身之斧也。然所乗者過剛不中之九三,又與己異體而不相得焉;所應者瑣瑣取災之初六,未可相與以有為焉。若四者,僅可藉之以免禍而已,故其心有不快也。子家子不能於意如之強戾,叔孫昭子之才又不能為已之助,知有亡而己矣,此爻似之。

九四の「旅は處に於てす」は、ただ暫時に一個の安身の處有るのみで、未だ正式の客舍を得ず。これは其の陽爻を以て陰位に居るが因りて。陽を以て陰に居るはすなわち剛強にして能く柔順にして、上卦の最下に處するはすなわち上に居りて能く謙下す。剛強にして能く柔順・上に居りて能く謙下なれば、身を防ぐに便ち憑借有りて、災禍も亦た波及し及ばず。ゆえにこの暫居の地に於て竟に以て身を防ぐべき「資斧」を得たり。然るに其の凌駕する所は過剛・不中の九三にして、又た自己と同體ならずして彼此相合せず。應ずる所は瑣碎にして自ら災禍を招く初六にして、亦た能く一同に作爲有る能わず。九四のごときは、僅かにこれらを靠りて勉强に禍を免るるのみ。ゆえに心中は痛快ならず。春秋の時、魯國の子家羈は季孫意如の強橫に對して奈何する能わずして、而して叔孫昭子の才干は又た能く自己に助力を與うる能わず、ただ國事の終竟に敗亡せんを知るのみ。此の一爻は彼と相似す。

六五為離之主,有文明之徳,雉之象也。以柔處旅之時而又居非其正,則事多委曲求濟而未有直遂之意焉。有文明之徳而少直遂之意,為射雉一矢亡之象也。徳以文明為大,五具此則所善者多矣,故終以譽命為上所聞。五可謂得而有失、失而終得者也。

六五は離卦の主にして文明の德有りて、正に雉雞の象。柔順の質を以て羈旅の時に處して、而して居る所は又た位に當たらざれば、ここに事を做るに多く委曲・迂回してこそ辦り成りて、徑直・暢遂の餘地なし。文明の德有りて徑直・暢遂の意少なければ、ゆえに「雉を射て、一矢亡す」――野雞を射て一支の箭を失う象。德性は文明を以て大と爲して、六五は既に此の一點を具備せば、稱道すべき處は便ち甚だ多し。ゆえに終竟に美譽と善命とに因りて上面に知聞せらる。六五は以て得る所有りて又た失う所有り、失うて最終に仍ほ得る所有る人と說き得べし。

上九處旅之上,離為雉,鳥之巢也,髙而不下,失其所與而無以自安,為鳥焚其巢之象。在旅人則方自以為得也,而終至於無以容其身,先笑而後號咷也。易,輕易也,離性躁動,故以輕易而喪其順徳焉。輕易與順徳自相反,有此則彼喪矣,順徳喪則焚巢號咷固不免矣,上可謂自取災咎者矣。

上九は《旅》卦の最上位に處す。離は雉で、鳥は總じて巢有るを要す。上九は高く居りて肯んじて下に屈せずして、自己と相親する人を失いて安頓する由なし。ゆえに「鳥は其の巢を焚く」の象有り。旅人の本人に於て言えば、正に自ら以て得意と爲すも、最終に却って容身する處なきに落到して、ここに「先に笑いて後に號咷す」。「易」は輕率・簡慢の義で、離の性情は躁動なれば、ゆえに輕率・簡慢に因りて柔順の德を喪失せり。輕慢と順德とは本來相反して、此の一頭有れば、あの一頭は便ち喪失せらる。順德一たび失えば、巢を焚かれ號哭するは自ずから免れず。上九は以て自ら災禍を招來する人と說き得べし。

巽卦(巽下巽上)

巽,小亨,利有攸往,利見大人。

《巽》卦は稍しく亨通し得。往く所有るに宜しく、大人を見るに宜し。

剛巽乎中正而志行,九五以陽剛居中正之位而其志可行,所謂中天下而立、定四海之民也。初六順乎九二,六四順乎九五,則柔皆順乎剛,用事者為陽剛君子之類,而陰柔之小人歸於從伏之下而不得行其志,故可以小亨而利有攸往、利見大人。其不能大亨者何也?凡陽剛之才之作用,可以大有為而致大亨;巽體本陰而重巽,則巽之巽、陰之陰者也,固不能大有為而致大亨也。

《彖傳》に「剛は中正に巽りて其の志行わる」といい:九五は陽剛を以て中正の位に居りて其の志は施行を得。すなわち《孟子・盡心上》の說く所「天下の中に立ちて、四海の民を定む」。初六は九二に順從し、六四は九五に順從すれば、柔爻は皆剛爻に順從するを見るべし。權を當たり事を用うるは陽剛の君子の一類にして、而して陰柔の小人は皆伏從の下に歸して、自らの私志を施行する能わず。ゆえに能く「小亨」して「往く所有るに利し、大人を見るに利し」。然らば其の大に亨する能わざるは何を爲めぞや。凡そ陽剛の才が作用を發揮すれば、本來大に作爲して大亨に達し得べきに、然るに巽卦の體は本來陰に属し、上下の重疊は又た皆巽で、便ち柔順の上に更に柔順を加え陰の上に更に陰を加えて、自ずから大に作爲して大亨に達する能わず。

治道不能如三代者,僅為小康而已;施為不法乎三代者,溺於陋習而已。如漢唐之治皆為小亨小康而己,其利有攸往,亦不出乎雜覇雜夷之作用也,比於三代聖王井田封建學校之制、對時育物、舉一世而甄陶之,則如天地之相懸矣。九五以剛陽居尊,有大人之象,見之而得以行其所學,亦君子所願也,此亦巽之大人也,比之與天地合徳之大人則有間矣。如漢文帝、唐太宗,亦可謂當時之大人矣,然徳未至於盛則治未至於極,效止庻富而禮樂不興,可以當此之小亨也。

治道は夏・商・周三代の水準に達せざるは、不過小康のみ。施政は三代を取法せざるは、不過陋習に沉溺するのみ。漢・唐の治世のごときは皆ただ小亨・小康と算して、彼らのいわゆる「往く所有るに利し」も、亦た雜用・霸道して夷狄の政を夾帶するあの一點の作用を出でず。三代の聖王の井田・封建・學校の制に比べて、時序に因りて萬物を養育して整個の一代人を陶鑄して材と成すは、あれは真に天と地と一般的に懸隔なり。九五は陽剛を以て尊位に居りて「大人」の象有りて、かかる大人を見て能く自らの學んだ所を施行するも、亦た君子の願う所。不過これはただ《巽》卦の意義の上の大人で、《乾》卦の《文言》の說く天地と德を合わせる大人に比べれば、便ち還も一層を差す。漢文帝・唐太宗のごときも、亦た以て當時の大人と算し得べし。然るに德行は極盛に至らざれば、治績も亦た極致に至らずして、成效は僅かに百姓の衆多・富足に止まりて禮樂は並びに興起せず。正にここの說く所の「小亨」に當たるに足る。

重巽言申命,隨風則言申命行事,申命皆取重巽隨風之義,申命後必有所事也。申者,丁寜告喻之也。或以己之所行諭民知之而後行之,或命民以所當行之事,既命之後即令民行之,上之人視其所行之勤惰而勸懲之,亦行事之義也。

《巽》卦の《彖傳》は上下の重巽に就いて言いて「命を申ぶ」といい、《大象傳》は風の相隨ぎて至るに就いて言いて「命を申び事を行う」という。「申命」は皆重巽・隨風の意より取られる。反覆して申令したる後に必ず行事有るべし。「申」は叮嚀・告諭で:或いは自己の爲さんとする事を先に百姓に曉諭して知らしめて、然る後に之を爲す。或いは百姓をして彼らの當に爲すべき事を爲さしめて、命令の下達したる後に便ち百姓をして照做せしめて、上位に在る人は再び彼らの做ること勤惰を看て以て獎懲を加う。これも亦たすなわち「行事」の意である。

初六當巽之時,以陰居下,過於柔懦而不能振拔者也,事多失之不及,為或進或退而不能果決之象。利於武人之貞焉,武人而非貞則血氣之強而已矣,惟能貞也,則凡剛毅果斷而振奮有為者皆純於義理之正而為君子所尚矣。初非能此,聖人因其柔之甚而激勵之,使志於治也。古人有以性緩而佩弦者,類此。

初六は柔順の時に當たりて陰爻を以て下位に居る、過分に柔弱・怯懦にして能く振作・自拔する能わざる人で、事を辦むに多半は趕不上に失する。ゆえに「進退」――忽ち進み忽ち退きて、能く果斷せざる象有り。爻辞に「武人の貞に利し」といい、武人のごときにして正を守るに宜し。武人は若し正を守らざれば、あれは不過血氣の強悍のみ。ただ能く正を守ってこそ、凡そ剛毅・果斷して奮發・有爲の表現は、こそ皆純粹に義理の正より出でて君子の推崇する所と爲る。初六は本來この一步を做り到る能わず。聖人は其の柔弱の太甚なるに因りて之に激勵を加えて、之をして治事に立志せしめんとす。古人の中に性情の遲緩に因りて弓弦を佩帶して以て自ら警むる有り、此と相似す。

九二巽在床下,過於巽者也。史巫之紛若,所以逹誠意於神明也;用史巫紛若,用其誠也。能用其誠,則凡過於巽者皆真徳實意,而非足恭之虛貌,則可以得吉矣。二有剛中之徳,其巽可以合於道,故聖人勉之以用誠焉。非誠則其巽為象恭行詐之小人,而君子之所羞見者也。九三剛正居下之上,巽本可以得正也,然處六四之下,四陰柔其性務入而近於五,是夤縁鑽刺得時得志之小人也。三居其下,朶頥於其勢而數巽焉,可羞之甚也,所得者富貴,所喪者名節,廉恥之不修而其志亦窮矣。

九二の「床下に巽る」は、柔順すること頭を過ぎたり。「史巫紛若」、史官と巫祝とは紛然として併用するは、以て誠意を神明に傳達するに用うるもので、「史巫を用う紛若」は、すなわち彼らのあの誠を用うる。能く真誠を拿出せば、則ち凡そ過分に柔順の擧動は皆真德・實意より出でて、外表の恭順の虛假の模樣にあらずして、以て吉を得べし。九二は剛健・居中の德有りて、其の柔順は以て正道に合せる可し。ゆえに聖人は彼を勉励して誠を用いしめんとす。誠ならざれば、則ち其の柔順は《論語》の譏る所の「足恭」――外表は過分に恭敬して内に欺詐を藏する小人と成りて、君子の相見するを羞づる者。九三は剛健・守正して下卦の上に居りて、本來以て正を得べし。然るにそれは六四の下に處して、六四は陰柔にして性情は專ら鑽營を務めて而又た九五に親近す。是れ攀援・鑽刺して時を得志を得たる小人。九三は其の下に居りて、其の權勢に垂涎して屢々之に對して卑順す。可恥の極點に至れり:其の得る所は富貴にして、其の喪失する所は名節で、廉恥は修められずして志向も亦た窮盡せり。

六四以柔居柔為得其正,當巽之時近於五,能巽於五者也。位在一人之下、萬人之上而能巽於五,庻幾乎夔夔然存敬畏之心者也。如此則道可行於五而功被於上下矣,為田獲三品大有功之象,其過巽之悔至是可以亡之矣。自九三視六四,則四為容悅諂諛之小人,所以戒三之逺乎四也;至是則又以四為虔恭寅畏之大臣,所以勉四之忠於五也。或抑或揚,取各有所指。

六四は柔爻を以て柔位に居りて其の正を得、柔順の時に當たりて又た九五に親近す。是れ能く九五に順從する人。身は一人の下・萬人の上に居りて能く君上に順從するは、庶幾《尚書・大禹謨》の說く所「夔夔齋栗」――恭謹・戒懼して常に敬畏の心を存する人に近し。かくのごとき則ち正道は能く九五の身上に施行せられ、功業は能く上下に覆被す。ゆえに「田に三品を獲」――田獵して三等の獵物を獲る、大に功勞有る象有りて、其の過分に柔順の悔恨は此に到りて便ち消亡し得べし。九三の角度より六四を看れば、六四は悅を取り逢迎して諂媚・阿諛の小人なれば、ゆえに《周易》は九三を誡告して六四を遠離せしめんとす。此の一爻に到りて、又た六四を說くこと虔敬・恭謹して戒懼・敬畏の大臣と爲すは、以て六四を勉励して九五に忠ならしめんと欲す。或いは抑え或いは揚げて、各々其の指向有り。

九五以巽體居尊位,所不足者貞而己,故勉之以能貞則可以得吉,於柔懦不能自立之悔可以亡之,而所為無不利矣。有悔是無初也,以能貞而亡之是有終也。然所謂貞者,不過於惇典庸禮、命徳討罪,合於天理,當於人心,而不叅以私意於其間,則貞之至也。是道也,毫忽幾微之不察則流於失而不自知矣,故必丁寜揆度、詳審周宻而戒之至,則動無過舉,可以得其當而吉矣。先庚三日、後庚三日,即貞之義也。

九五は巽順の體を以て尊位に居りて、其の欠缺する所はただ一の「貞」の字なれば、ゆえに爻辞は彼を勉励す:能く正を守れば以て吉を得て、あの柔弱にして自立する能わざる悔恨は消亡し得て、爲す所は利ならざるなし。「悔有り」は說く所は開頭が好からざるで、すなわち「初なし」。能く正を守りて悔恨を消去するは、すなわち「終有り」。然るにいわゆる「貞」は、不過常典を敦崇し禮制を遵用し、德ある人を任命し罪ある人を討伐して、天理に合し人心に當たりて、其の間に一絲の私意を摻雜せず。これがすなわち貞の極致である。この條の路上に於ては、一絲一毫の細微の處に省察を加えざれば、便ち差失に流れて自己は還も知らず。ゆえに必ず反覆・叮嚀して揣度・權衡して、詳審・周密にして誡告すること極處に至りてこそ、能く擧動は過失なく處置は恰當にして吉祥たらん。爻辞「庚に先んずること三日、庚に後れること三日」の講ずる所は、正にこの「貞」の意である。

上九居巽之極,為過巽之甚,巽在床下之象也。陽剛本能斷者也,而過於巽焉,則失其剛斷之徳,為喪其資斧之象也,其為害誠不細矣。雖為所當為而以優柔不斷處之亦必凶,況所不當為者乎?葢無適而非凶也。執狐疑之心、持不斷之謀者,上九之謂也,所以來讒慝之口、啟群枉之門者皆由於此,故象言其正乎凶,君子可以深戒矣。

上九は《巽》卦の極處に居りて、柔順すること頭を過ぎたり。仍ほ「床下に巽る」の象。陽剛は本來能く決斷するはずなるも、然るに柔順の頭を過ぎたれば、便ち剛毅・決斷の德を喪失す。ゆえに「其の資斧を喪う」――あの斬斷に用うる利斧を失掉する象で、爲害すること實に小ならず。縱使做る所は該做の事なるも、若し優柔・寡斷の態度を以て處置せば亦た必ず凶險なり。況んや做る所は不該做の事なるをや。往くに凶ならざるなしを見るべし。心に狐疑を懷きて決斷の謀を拿出す能わざるは、正に說く所は上九のこの種の人。讒佞の口の張開する所以・群邪の門の敞開する所以は、皆此より來る。ゆえに《小象傳》に「正乎凶なり」――かく下去れば正に凶なり。君子は以て深深に引きて戒と爲すべし。

兌卦(兌下兌上)

兊,亨,利貞。

《兌》卦は亨通して、正を守るに宜し。

兊一陰見於二陽之上,和柔之氣外見者也,故其徳為說。剛中而柔外,有致亨之理,有能貞之才。若一於柔外而無剛徳以為之主,處君臣則為諂媚,處朋友則為善柔,在父子則或阿意曲從而陷親於不義矣,何以致亨而為利哉?利貞,據卦中所有之才而欲人體之,非以其不足而勉之也。剛中柔外,如皋陶所謂柔而立者也。

《兌》卦は一個の陰爻が兩個の陽爻の上に顯現する、和柔の氣が外に露する樣子。ゆえに其の德性は「說」、すなわち喜悅である。剛健・居中にして柔和を外にして、本來亨を致す道理有りて、亦た能く正を守る才質有り。倘若一味に柔和を外にして、而して剛健の德を主宰と爲さざれば、則ち君臣の間に處せば便ち諂媚と成り、朋友の間に處せば便ち一味に遷就する「善柔」と成り、父子の間に處せば便ち或いは曲意に逢迎して、父母をして不義に陷らしむ。かくのごとき怎に亨を致して利を得られん。卦辞に「利貞」というは、卦中の本來有る才質に依據して人の之を體現せんを希望するので、並びに其の欠缺するに因りて勉励を加うるにあらず。剛健・居中にして柔和を外にするは、正に《尚書・皐陶謨》の九德の中の說く所の「柔にして立つ」――柔順にして能く自立す。

說以利貞,則所說者皆天命人心之正理,故為順乎天而應乎人。以當勞之事而說以先民,則民忘其勞,所謂以佚道使民,雖勞不怨是也;以可犯之難而說以犯之,則民忘其死,所謂以生道殺民,雖死不怨殺者也。說道之大而民勸矣哉!說道之大,不外乎正而已矣。

喜悅の道を以て正に合せば、則ち其の喜悅する所は皆天命・人心の正理で、ゆえに天に順いて人に應ず。本來勞苦すべき事を拿げて、先に喜悅の道を以て百姓を倡導せば、百姓は便ち勞苦を忘掉す。すなわち《孟子・盡心上》の說く所「佚道を以て民を使えば、勞すと雖も怨みず」。冒犯し得べき危難を拿げて、喜悅の道を以て彼らをして冒犯せしめれば、百姓は便ち死亡を忘掉す。すなわち《孟子》の說く所「生道を以て民を殺せば、死すと雖も殺す者を怨みず」。喜悅の道はかくのごとき大なれば、百姓は自ずから勸勉を受けん。而して喜悅の道の大なる所以は、不外一の「正」の字のみ。

說之義,或說其道而學之,或說其事而為之,或說其人而與之,此皆說之用也,而有邪正焉。如陳相之說許行,說之可謂深矣,然流於邪妄而非正也,為身心家國天下之害甚大也,何以致亨乎?說又有能亨而不得為正者,亦有得正而不能以致亨者。如孔明說先主而事之則為正矣,終不能興復漢室;荀彧之事曹操,十分天下而有其八,所為雖亨而事未得正。然孔明君臣正大光明,事雖不就而道實亨;荀彧不擇所主而自取殺身之禍,其阨而不通亦甚矣。君子於說道之用,貴於窮理而慎守之也。

「說」の含義は幾層有り:或いは某種の道を喜好して之を學びに往き、或いは某件事を喜好して之を做りに往き、或いは某個の人を喜好して之と結交しに往く。これは皆喜悅の作用で、其の中に却って邪有りて正有り。《孟子・滕文公上》に陳相の許行の說を喜好するを記せば、喜好すること深しと謂うべきも、然るに邪妄に流れて正に合せずして、身心・家國・天下に對する危害は極めて大なり。怎に亨を致せられんや。喜悅は又た能く亨を致すも正と算する能わざる有り、亦た正を得るも能く亨を致す能わざる有り。諸葛孔明の劉先主を喜悅して出で仕えて彼に事奉するは、これは正たり。終竟に漢室を興復する能わざりしも。荀彧の曹操に事奉して、彼を助けて天下の十分の八を取得せしめしは、做る所は雖も亨通なるも、事情は其の正を得ず。然るに孔明の君臣は正大・光明にして、事業は雖も未だ成らざるも其の道は實に亨通せり。荀彧は主を擇ぶこと慎せずして、反って自ら殺身の禍を取りて、其の困厄・不通も亦た嚴重に足る。君子は喜悅の道の運用に對して、事理を窮究して持守を謹慎するを貴とす。

麗澤為兊,兩澤相麗,互相浸潤,朋友相資,其益甚大。初九陽剛得正,處說體,居下而上無應與,君子以道徳禮義文其身而不求聞達者也。其徳則喜怒哀樂發而中節,和而不至於同,不溺於流者也。凡聖賢處不得志之時而安貧樂道者可以當之,以道殉身,貞而不諒,卷舒運用與時偕行,何可疑也?

《兌》卦の《大象傳》に「麗澤、兌」といい、兩個の水澤は相連して彼此浸潤するは、正に朋友の互いに扶持し切磋して得益は甚だ大なるがごとし。初九は陽剛・得正にして、喜悅の體に處して下位に居りて、上面に又た相應の援手なし。是れあの道德・禮義を以て自身を修飾して顯達を求めざる君子。其の德性は喜怒・哀樂は發出して皆節度に合し、和順にして聲に附和するに至らずして、流俗に淹沒せられず。凡そ聖賢の志を得ざる時に處して貧に安んじ道を樂しむ人は、皆此の一爻に當たるに足る。身を以て道に殉じ、正を守りて小信に拘執せず、或いは卷き或いは舒べて時に随いて運用して時と偕に行えば、還も何の疑慮か有らん。

九二有剛中之徳,上無應與,其志在自信其徳而自說者也。萬物皆備於我,反身而誠則樂莫大焉,富貴利達視若浮雲,亦何與於心哉?其必由強恕求仁而至此乎?故有悔而可以亡之,以居陰故也。二之資質不如初,善反之,則天地之性存焉而無歉矣,故亦足以自說焉。

九二は剛健・居中の德有りて、上面に相應の援手なく、其の心志は自ら其の德を信じて自ら其の樂しみを得るに在り。《孟子・盡心上》に「萬物皆我に備われり、身に反りて誠なれば、樂しみは大ならん莫し」といい、富貴・利祿を看ること浮雲の一般にして、どこに心上に放らんや。これは必ず「恕を強うて」行い、仁を求めて仁を得てこそ到達し得べき境地。ゆえに雖も悔恨有るも能く消亡す。これは其の陽爻を以て陰位に居る緣故。九二の資質は初九に如かざるも、ただ善く身に反り自省せば、天地の賦與する本性は依然として存在して欠缺する所なく、ゆえに亦た以て自ら其の樂しみを得るに足る。

六三以陰居陽,不中不正,欲以其術說五而五不應,故來二陽而求其與己相說焉。二陽者,一則剛正,一則剛中,雖上無應與而自有其說,獨行之君子也。六三居下之上,頗得時任,又兊為口舌,見二君子不為世用,乃肆其邪說以蠱惑之,欲二陽舍其正而從已之邪,此則無恥之甚,凶之道也。三非能說於二陽,欲變二陽而使之說己也。若為說二陽之道,則逃其邪而歸於正,力善自反者也,在二陽則歸斯受之而己,不可言凶也。

六三は陰爻を以て陽位に居りて、既に中に居らず亦た位に當たらず、自らの手段を以て九五に討好せんと想うも、九五は之に應ぜずして、ここに轉じて兩個の陽爻に求めて自己と相悅せしめんとす。此の兩個の陽爻は、一は剛健・守正し一は剛健・居中して、雖も上面に應援なくも、却って自ら其の樂しみ有る、特立・獨行の君子。六三は下卦の上に居りて、頗る時を得て事に任じ、加うるに兌は口舌なれば、兩位の君子の世に用いられざるを看て、便ち肆意に邪說を散布して彼らを蠱惑して、兩個の陽爻をして自らの正道を舍棄して其の邪僻に順從せしめんと想う。これは真に無恥の甚だしき、正に凶を取る道。六三は並びに真に能く兩個の陽爻を取悅するにあらずして、想う所は兩個の陽爻を改變して、反って彼らをして來りて自己を取悅せしめんとす。倘若兩個の陽爻を取悅する正道に換えれば、則ち當に邪僻を逃離して正に歸して、努力して善に向かい身に反り自省すべし。兩個の陽爻のこの一邊に於ても、亦た欣然として彼を接納して、凶と說く能わず。

九四上承九五,則剛而得中之君也;下比六三,則柔而不正之邪也。四則商其所說而未能有定焉。懿徳固人所同好,而邪術亦足以惑眾,況四知之未真而守之未固,宜其至於此也。葢其以剛陽居柔,失其介然之操而不自知矣。若能堅持其介,知三為可疾而疾之,則必知五為可說而說之,道行於君而澤被生民,何喜如之?四非卓然自立者也,聖人以其剛徳尚在,故勉而進之也。

九四は上は九五に承えて、あれは剛健・得中の君主。下は六三に比して、あれは柔弱・不正の邪佞。九四は自己の當に喜悅すべき誰かに對して、還も斟酌して主意を打ち定めず。美好の德行は固然として人人の共同に喜好する所なるも、然るに邪術も亦た以て衆人を迷惑するに足る。況んや九四は是非を知ること真切ならず持守すること牢固ならざれば、こにこそこの般の游移に落到するも怪しむに足らず。これは其の陽剛を以て柔位に居りて、あの耿介の操守を失掉して自己は覺察せざるがため。倘若能く自らの耿介を堅持して、六三は憎惡すべきを明白にして之を憎惡せば、則ち必ず九五は喜悅すべきを明白にして之を喜悅す。道は能く君上に施行せられて恩澤は百姓に覆被せば、還も何ぞ此に比して更に歡喜に値する有らん。九四は並びに卓然として自立の人にあらず。聖人は其の剛德が還も在るに因りて、ゆえに彼を勉励して彼を一推しする。

九五孚於上六,剝已之陰柔則有厲矣。五切近上六,上六居說之極,是欲售其邪術以說五而竊取富貴者也。如蘇秦張儀馳騁口辯,而一時諸侯靡然從之。邪正不容並立,信此讒邪則任賢不専,終於君子盡去、小人獨存,邦家之覆可以立待,危之甚也。聖人之戒可謂嚴且切矣。

九五は若し上六を信任して、上面のこの陰柔の小人に剥蝕せられれば、便ち危險有り。九五は上六に緊鄰して、上六は喜悅の極處に居りて、自らの邪術を兜售して九五を取悅して富貴を竊取せんと想う人。便ち戰國の蘇秦・張儀の其の口辯を逞しうして、一時の諸侯は紛紛として彼らに倒向したるがごとし。邪と正とは能く並立せず。かかる讒佞の徒を信任すれば、賢人を任用すること專一ならず、最後に至れば必ず君子は排斥し盡くされ小人は朝堂を獨占して、國家の傾覆は立刻に待つべくして、危險の極點に至れり。聖人の此の誡告は、以て既に嚴厲にして又た切至と謂うべし。

上六引九五使之說己者也,引之而使說己,即非君子自重之道矣。自九五視上六,則為剝己之柔邪而宜逺之;自上六言之,履九五之上而無位,則人君以賓禮遇之而不以臣道畜之者也,身之去留亦視其尊己而信之者何如耳。合則行,不合則止,此進退之大節而不可茍者也,若枉己求合,曲為牽引使之說己而求以行其志,豈聖賢光明之心哉?聖人示人以出處之有義,而枉己者不可以正人,以上六之引兊,謂君子或亦有是失,而直不欲以小人待之也。

上六は九五を引誘して自己を喜悅し來らしむる人で、人を引誘して自己を喜悅し來らしむるは、本身は便ち君子の自重の道にあらず。九五の此の邊より上六を看れば、それは自己を剥蝕する柔邪で、當に遠離すべし。上六の此の邊より言えば、それは九五の上に踩りて職位なく、あれは人君が賓客の禮を以て相待して臣属の道を以て畜養せざる人で、去留するか否かも亦た君上の尊重・信任の到る程度を看るを要す。合せば出仕し、合わざれば退止す。これは進退の大節で、以て苟且する可からず。倘若自己を委屈して苟合を求め、曲意に君上を牽引して自己を喜悅し來らしめて、從りて自らの志向を推行せんを指望するは、どこに還も聖賢の光明・磊落の心地あらん。聖人は以て世人に昭示せんと欲す:出處・進退は自ずから道義有りて、而して先に自己を歪めた人は能く他人を匡正する能わず。爻辞は「引兌」を以て上六を說くは、說く所は君子も亦た或いはかかる過失有らんとし、而して彼を直截に小人として看待するを肯んぜざるなり。

渙卦(坎下巽上)

渙,亨。王假有廟,利涉大川,利貞。

《渙》卦は亨通す。君王は宗廟に來りて祭祀す。大河を渡るに宜しく、正を守るに宜し。

渙之時自有收合混一之理,可以得亨。九自三來而居二,為剛來而不窮。居三則過剛,過剛則濟渙易至於窮;來而居二則剛而得中,自能相時與幾,隨其先後緩急之勢而措其經畧之具,操縱施為之機在我而可不窮矣。六四以柔得位於外而同於五,輔五以濟一世之渙也。五為濟渙之主,六四運籌幃幄,九二則經營四方,何渙之不能濟?故有得亨之理。

渙散の時は本来自ずから收攏・聚合して重ねて統一に歸する道理有りて、ゆえに能く亨通す。九二のこの剛爻は三位より來りて二位に居る、すなわち《彖傳》の說く所「剛來りて窮まらず」。若し三位に居れば便ち過分に剛強にして、過剛なれば渙散を救治すること容易に窮困に陷入す。來りて二位に居れば則ち剛健・得中にして、自ずから能く時勢と幾微とを審察して、事情の先後・緩急に随いて經略・措施を安排して、操縱・施爲の樞機は自己の手中に握られて、因りて窮困に至らず。六四は柔順にして外卦に於て正位を得て九五と同心して、九五を輔佐して一代の渙散を救治す。九五は渙を救う主帥で、六四は帷幄の中に運籌し、九二は四方に奔走して經營すれば、還も何の渙散か救治する能わざらん。ゆえに自ずから亨通の道理有り。

王假有廟,王者至於祖廟,盡其誠敬以聚祖考已散之精神而享之,亦處渙之一事也。坎水在下,巽木在上,有舟楫之象,如卦之才以涉大川,亦足以為利矣。大抵時之渙,非中人之識見才力所能察而濟之也。周公東征,雖父老之敬事者皆以為難而憚於行;唐憲宗之討淮西,惟裴度力主之而卒以成功。識見作用之過於尋常者,雖當險阻艱難之際若未可以措手者,而彼則灼知其為事之不可已而功之必可成也。若樂因循而憚危難,適足以自亡而已矣。光武昆陽之役,獨當敵營之堅,卒能摧破王尋以成大功,亦一驗也。

「王、廟に假る」、君王は親ら祖廟に至りて、誠敬を竭くして、祖先の已に離散したる精神を聚合して以て享祀す。これも亦た渙散に應對する一件の事。下卦の坎は水にして下に在り、上卦の巽は木にして上に在りて、舟楫の象有り。此の一卦の才具を憑って大河を渡れば、亦た以て利を獲るに足る。大體に言えば、時勢の渙散は中等の才具の見識と能力との看清して以て救治する能く所にあらず。周公の東征に、あの敬重を受くる父老さえ皆以て艱難と爲して出兵を怕れし。唐憲宗が淮西を討伐するに、ただ裴度のみ力をして其の事を主して、最終に成功せり。見識と作爲とが尋常を超出する人は、縱使身は險阻・艱難して下手する由なきがごとき時刻に處するも、彼は却って明明白白に此の事は爲さざる可からざるを知りて、而して功業は必ず成すべしを知る。倘若因循に安んじて危難を怕れれば、あれはただ自ら滅亡を取るに足るのみ。漢光武帝の昆陽の役に、獨り敵軍の堅固の營壘を迎撃して、終に王尋の大軍を摧破して大功を成就せしも、亦た一個の明證。

又必利於正,當天下渙散之時而所為不正,則失人心而不足以有為矣。如劉先主言操以詐吾以誠、操以暴吾以仁則事乃可成,不欲以小利而失信義於天下,此其濟渙之正也。渙卦亦有利見大人之象,九五九二各以陽剛之徳而當君臣之位,五推誠以任乎二,二効力以忠於五,則時渙可濟,如鄧禹仗策于軍門、先主三顧於草廬,不如是不足以有為也。聖人不繫以此辭者,能涉川利貞,則濟渙之規模根本己畧具矣。

又た必ず正を守るに宜し。天下の渙散する時に當たりて、若し爲す所正ならざれば、便ち人心を失掉して以て作爲有るに足らず。劉先主の說くがごとく:曹操は詐を用うれば、我は誠を用い。曹操は暴を用うれば、我は仁を用いて、事情はこそ成功し得べし。小利のために天下の人の面前に信義を失掉するを肯んぜず。これがすなわち渙散を救治する「正」。《渙》卦も亦た「大人を見るに利し」の象を含む:九五と九二とは各々陽剛の德を以て君位と臣位とに處して、九五は心を推して腹に置きて九二を任用し、九二は心を盡くし力を竭くして九五に效忠すれば、時勢の渙散は便ち救治し得べし。鄧禹が策杖を持ちて軍門に到りて漢光武に投奔し、劉先主が三たび茅廬を顧みて諸葛亮を求めしのごとき、かく爲さざれば以て作爲有るに足らず。聖人が卦辞の裏に「大人を見るに利し」のこの句を繫げざりしは、能く「大川を涉り」能く「利貞」せば、渙散を救治する規模と根本とは便ち已に大致に齊備すれば。

風行水上,渙之象也。享帝立廟,先王盡仁孝之誠而己,事則為合其渙。初六用之以拯渙者有壯馬也。當天下離披解散之時,英雄豪傑孰不欲樹尺寸以益世乎?初六以陰居下,非有濟渙之才,其志不自己也。位近於九二,故藉二之才徳而與之有為。初之所謂壯馬者,二也,二可為有千里駿驥之足矣。初能順之,則初亦可謂能量已而量人者矣,如是則二之才亦初之才,二之功亦初之功也,渙之時可相與以措其經世之畧矣,故得吉。

《渙》卦の《大象傳》に「風は水上に行く、渙」といい、風の水面に吹行するは正に渙散の象。「先王は以て帝に享し廟を立つ」、先王は天を祭り廟を立てて、自らの仁孝の誠意を盡くすのみで、事情の本身に就いて言えば則ち渙散の人心を重新に聚合す。初六の爻辞「拯うるに馬の壯を用い」は、說く所は以て渙散を拯救するに健壯の馬有り。天下の四分・五裂する時に當たりて、英雄・豪傑は誰か一點の功業を建立して以て世に益せんを想わざらん。初六は陰柔を以て下位に居りて、本來渙を救う才干なく、然るに其の志向は自己の按捺するに由らず。位置は九二に緊鄰するが因りて、ゆえに九二の才德を借助して彼と一同に作爲有り。初六の說く所の「壯馬」はすなわち九二で、九二は以て日行千里の駿足有りと算し得べし。初六が能く彼に順從せば、則ち初六も亦た以て既に自己を掂量し又た別人を掂量したりと算し得べし。かくなれば、九二の才干は便ち初六の才干で、九二の功業は便ち初六の功業。渙散の時に於て、兩人は以て合力して經世の略を施展し得べし。ゆえに吉を得。

九二當渙之時,自三變而來居於二,為奔其機,彖所謂剛來而不窮是也。機為人所安身之具,奔其機則得所願矣。居三則過剛不中,亦非可以有為之責任;奔於二則陽剛得中,而又為五所信任,才以奔而為有為之才,位以奔而為可為之位,以陽居陰之悔可亡矣。士之經歴變故、熟仁堅志而可當大任者類此。

九二は渙散の時に當たりて、自ら三位より變じ來りて二位に居る、すなわち「其の机に奔る」、《彖傳》の說く所「剛來りて窮まらず」は正に此を指す。「机」は人の身を安んずるに賴る憑几で、自らの憑几に奔向するはすなわち其の願う所を得。三位に居れば便ち過剛・不中にして、亦た以て作爲有るべき職任にあらず。二位に奔到せば便ち陽剛・得中にして、又た九五に信任せられ:才干は此の一「奔」に因りて以て有爲すべき才干と成り、位置は此の一「奔」に因りて以て有爲すべき位置と成りて、陽爻を以て陰位に居る本有の悔恨は便ち消亡し得べし。士人の變故を經歷して仁德を磨練して純熟にし志向を錘鍊して堅定にして因りて能く大任を擔當するは、皆此の一類に属す。

六三陰柔不中正,居下之上,當天下渙散之時,有一身之私而無四方之志者也。志在金帛,爭用威力以取朝夕之快而已,如此則不足以拯時之渙而悔及之矣。若渙其躬而以天下為心,則亦忘私秉公、舍小而就大矣,何有於悔?漢髙帝入咸陽欲居秦宮室,以張良諫而還軍霸上,渙其躬也。

六三は陰柔にして不中・不正して、下卦の上に居りて、天下の渙散する時に當たる、あのただ一身の私有りて四方を經營する志なき人。一心に金金銀・財帛を想い、爭うて威勢・權力を動用して、以て朝夕の間の快意を換取するのみ。かくのごとき則ち以て時勢の渙散を拯救するに足らずして、悔恨も亦た隨いで來る。倘若能く「其の躬を渙す」――自身の私念を散去して天下を以て心と爲せば、あれも亦たすなわち私を忘れ公を秉り小を舍て大に就くで、どこに還も何の悔恨か有らん。漢高帝が咸陽に入りて、本想して秦朝の宮室に住まんと欲せしに、張良の勸諫に因りて兵を退きて霸上に在りしは、すなわち「其の躬を渙す」なり。

六四上承九五,當濟渙之任者也。居得其正,下無應與,為渙其群之象。大臣膺爵位之隆、委任之専,心知有君而不立朋黨,家相之才徳也,善孰大焉?故元吉。四以渙其群而為所處之髙而見超於一世焉,渙有丘、匪夷所思之義也。丘取髙義,六四所處之髙似之。

六四は上は九五に承えて、渙散を救治する任を擔當する人で、居る所は正を得て下面に應爻なし。ゆえに「其の群を渙す」の象。大臣は爵位の尊隆・委任の專一を蒙受して、心中はただ君主有るを知りて朋黨を結立せず。これは冢宰の臣の才と德で、還も何ぞ此に比して更に好き有らん。ゆえに「元吉」。六四は能く私黨を散去するに因りて、其の處する地位は便ち高峻にして一世に超出するを顯す。これがすなわち「渙して丘有り、思い及ぶ所に非ず」の意。「丘」は其の高きを取りて、六四の處する高峻は正に之と相似す。

九五為濟渙之主,當天下渙散之時,必有大號令以收合人心,又散其居積以周窮乏,此皆濟渙之大用也。周之《大誥》《多士》《多方》諸篇,皆所以合天下之渙也;散鹿臺之財、發巨橋之粟,渙王居也。徒有大號而不渙王居,則口惠而實不至,何以得天下之心乎?凡山林川澤之利、分土授民之制,有以處之而使民樂其樂而利其利,亦渙王居之義也。號令惟君所當布,居積惟君所當有,皆非人臣之事,人臣則贊助之而已,故曰王居無咎,正位也。五獨取此者,巽為風,有號令之象,渙王居則號令之後不可已也。

九五は渙散を救治する主帥。天下の渙散する時に當たりて、必ず重大の號令有りて人心を收攏し、又た自らの積蓄を散發して窮困を周濟するを要す。これは皆渙を救う大作用。《尚書》の中の《大誥》《多士》《多方》の諸篇は、皆以て天下の渙散の心を聚合するに用うるもの。鹿臺の錢財を散發し巨橋の糧倉を開放するは、すなわち「王の居を渙す」――君王の居する所積する所を散去す。倘若ただ重大の號令有るのみで肯んじて王室の積蓄を散去せざれば、則ち口頭の恩惠にして實惠は到らずして、怎に天下の心を得られんや。凡そ山林・川澤の利益・土地を分封して百姓に授予する制度は、能く安排有らしめて百姓をして其の樂しむ所を樂しましめ其の利する所を利せしむるも、亦た皆「王の居を渙す」の意。號令はただ君主のみ之を頒布すべく、積蓄はただ君主のみ之を擁有すべし。これは皆人臣の事にあらずして、人臣はただ從旁に贊助するのみ。ゆえに《小象傳》に「王の居、咎なし、位を正しくするなり」という。九五は單にこの層の意を取るは、上卦の巽は風にして號令の象有るが因りて。既に「王の居を渙せ」ば、則ち號令の後は停下して做さざる可からず。

上九當渙之時,履乎人位之外,獨無濟渙之責耳,天下之渙亦不及於己焉。凡一時投機會趨功名以拯渙者,己皆不屑,知有全身逺害而已,傷害憂惕判不相加,隠跡逃名僅可自保,故無咎。沮溺荷莜之流似之。

上九は渙散の時に當たりて、身を人間の爵位の外に立てて、獨り渙を救う責任なく、天下の渙散も亦た自己に波及せず。凡そ一時に投機・取巧して功名に趨赴して渙散を拯救すと號稱する人は、彼は皆顧みるに屑とせずして、ただ自身を保全して禍害を遠離するを知るのみ。傷害と憂懼とは全然彼の身上に加える能わずして、踪迹を隱匿し名聲を逃避して、僅かに自己を保住するのみ。ゆえに過錯なし。《論語・微子》の裏の長沮・桀溺と荷蓧丈人との一流は、彼と相似す。

水沢節(兌下坎上)

節,亨。苦節不可貞。

《節》の卦は亨通します。苦渋して堪えがたい節制は、常道として固守してはなりません。

能節則可以致亨,失其節而得亨者未之有也,雖求無不遂而滿其所欲,然道塞而不足以言亨矣。剛柔分而剛得中,說以行險,當位以節,中正以通,皆卦之所有能節而致亨者也。苦節不可貞,則又因以戒之焉。三陰三陽,剛柔平分,二五之剛皆得其中,無過與不及,則中節而得亨矣。若至於苦,則過於義理之當而為人情所難堪,不可守以為常矣,惡能亨哉?說以行險,則其節至於死生之際而不可奪,道固無不亨矣。九五以節當尊位,能以中正之道而通變宜時焉,則節之大而亨不足道矣。

節制があってこそ亨通を得ることができ、節制を失って亨通を得た者はかつてありません。たとえ求めるものがすべて意のままになり欲望を満たし尽くしても、正道が壅(ふさ)がっていれば亨通とは言えません。《彖伝》の「剛柔分かれて剛中を得」「説(よろこ)びて以て険を行く」「位に当たりて節を以てし、中正にして以て通ず」は、いずれもこの卦が備える、節制あるがゆえに亨通を致す条件です。「苦節は貞にすべからず」とあるのは、これに因って戒めを加えたものです。全卦は三陰三陽で剛柔が均等に分かれ、二と五の剛爻はいずれも中位を得て、過ぎも不及もなく、節度に中(あた)って亨通を得ます。もし節制が「苦」の域に至れば、義理の当然の限度を超えて人情の堪えがたいものとなり、常道として守ることはできず、どうして亨通できましょうか。下卦の兌は悦、上卦の坎は険です。悦びながら険に入るとは、節操が死生の境に至るまで奪われないということであり、その道はもとよりどこへ行っても通じないことはありません。九五は節制の徳をもって尊位に当たり、中正の道をもって変に通じ時宜に適うことができます。そうなれば節の道は宏大となり、亨通などは言うに足りないものとなります。

天地節而四時成,天地非有心於節也,一氣流行以成化育之功,判而為寒暑,分而為四時,詳而為二十四氣,極而為七十二候,皆聖人順其理而裁成之耳。節以制度,則度為中正,不至於傷財害民焉。財者,民之所資以生者也,傷財則至於害民矣;民者,國之所賴以立者也,害民則自伐其國矣。制度無節則徇人慾、滅天理,無所不至,豈恤民保國之道哉?

《彖伝》に「天地節して四時成る」とあります。天地は心をもって節するのではなく、ただ一気が流行して化育の功を成し、判じて寒暑となり、分かれて四時となり、詳しく分かれて二十四節気となり、極まって七十二候となる。すべて聖人がその理に順って裁定成就したにすぎません。「節を以て制度を制す」とは、法度が中正に出でて、財を傷つけ民を害するに至らないということです。財は民が資(と)りて生きるものであり、財を傷つければ民を害するに至ります。民は国が頼りて立つものであり、民を害すれば自らその国を伐(う)つことになります。制度に節度がなければ人欲に徇(したが)い天理を滅ぼし、為さぬことはありません。どうして民を恤(めぐ)み国を保つ道であろうか。

先王之制度也,所以養乎民;後世之制度也,適以戕乎民,公私之間而已矣。澤上有水,亦節之象也。制數度,則儀文品級順性命之理,達時措之宜,而別親踈貴賤之等;議徳行,則不至於過與不及,皆節之用也。初九當節之時,以陽居下,上應六四為陰柔陷險之爻。小人近君,竊其權柄以進退天下之士,稍不如意則誅殺隨之,唐之李林甫是也。草茅之士懐才抱徳,於斯時而欲行其志,難矣哉!此許謹禮之徒所以甘心逸民而與鳥獸同群也。初九之不出戶庭,可謂善節出處之道者,而象許其為知通塞也。

先王が制度を作ったのは民を養うためであり、後世が制度を作ったのはかえって民を戕(そこな)うためです。その差は公と私の間にあるだけです。《節》卦の《大象伝》に「沢上に水あり、節」とあり、沢の上に水があるのも節制の象です。「数度を制す」とは、儀文品級を性命の理に順わせ、時に措く宜しきに達し、親疎貴賤の等差を別けること。「徳行を議る」とは、徳行が過ぎも不及もないようにすること。これらは皆、節の用です。初九は節の時に当たり、陽をもって下に居り、上は六四という陰柔で険に陥った爻に応じます。小人が君に近づき、その権柄を窃み取って天下の士の進退を決め、少しでも意に沿わなければ誅殺が続くのは、唐の李林甫のような者です。草野の士が才徳を懐(いだ)きながら、この時に志を行おうとしても難しいのです。これが許謹礼の徒が甘んじて逸民となり、鳥獣と群れる所以です。初九の「戸庭を出ず」は、出処の道を善く節した者と言えるので、《小象伝》はこれを「通塞を知る」と許したのです。

九二與九五雖皆陽剛而處相應之位,五之當位以節、中正以通者,自可以用二焉。二以陽居陰而處之未得其當,徒以其非所當應而不為所用焉,有不出門庭之象,失時可謂極矣,故有凶。段乾木踰垣而避之,洩栁閉門而不納,此爻似之。六三陰柔不中不正,又為說體,外示和說,中藏巧詐,處己待人皆不以誠而戾於節矣,是不節若矣。人不我與,事不可成,則又嗟若焉,身敗名毀皆己所招,又誰咎也?聖人以無所歸咎而警之,欲人之謹於初而已矣。

九二と九五はともに陽剛で相応の位にあります。九五のような「位に当たりて節し、中正にして通ず」君主は、本来なら九二を用いることができました。しかし九二は陽をもって陰位に居り、自ら処することが当を得ず、ただ両陽が応ずべき関係でないために用いられず、「門庭を出ず」の象があり、時機を失うこと極まりないので凶となります。戦国の世に段干木が垣を踰(こ)えて魏文侯の礼聘を避け、泄柳が門を閉じて魯繆公を入れなかったのは、この爻に似ています。六三は陰柔で中にあらず正にあらず、しかも説(よろこ)びの体にあります。外には和悦を示しながら中には巧诈を蔵し、己に処り人に接するにいずれも誠をもってせず、節に戾(もと)ります。これが「節せざるがごとし」です。人が己と交わろうとせず事が成らなければ、また「嗟(なげ)くがごとし」、すなわち嗟嘆して悔います。身が敗れ名が毁(やぶ)れるのは皆自ら招いたもので、誰を咎めましょうか。聖人は「帰咎する所なし」をもってこれを警め、人に初めにおいて慎むことを欲しただけです。

六四以陰居陰,柔得其正,上承九五。以陽剛中正節天下,君道君徳皆無不備,四能承其道而廣之於下,《書》所謂保受王威命明徳者也,是自然有節而得亨矣。若四者,上宜於君,下宜於民,身與名俱顯矣。不言吉者,臣道也,成功則歸之於五,漢之張安世庶幾焉。所謂以道事君、不可則止之義,四則猶有所不足焉耳。同一四也,自其應初九而言則為陰險之小人,自其承九五而言則為安順之君子,易之尚變而取象不同如此。

六四は陰をもって陰に居り、柔は正を得て、上は九五を承けます。九五が陽剛中正をもって天下を節するにあたり、君道も君徳も備わらぬものはありません。六四はその道を承けて下に広めることができます。《尚書・顧命》に言う「王の威命明徳を保受する」者、すなわち君王の威厳ある詔命と光明の徳を保ち受け継ぐ者であり、これが自ら節あって亨通を得ることです。六四のような者は、上は君に宜しく下は民に宜しく、身と名がともに顕れます。爻辞が「吉」と言わないのは臣道だからであり、功を成せば君上に帰するもので、漢の張安世がこれに近いです。《論語・先進》に言う「道を以て君に事え、可ならざれば則ち止む」の義には、六四はなお足りないところがあります。同じこの爻でも、初九に応ずる面から言えば陰険の小人であり、九五を承ける面から言えば安順の君子です。《易》が変化を尊び取象がそれぞれ異なるのはこのようなものです。

九五以陽剛中正居尊位,是能以中正變通而節天下者也,隨事因時,順應不窮,故謂之甘節而可以得吉焉。甘節之吉與苦節之窮正相戾也,苦節不可守以為常,甘節則達之天下、施之後世而無不宜矣,故往有尚。

九五は陽剛中正をもって尊位に居り、中正の道をもって変に通じて天下を節することができる者です。事に随い時に因って順応し窮まることがないので、「甘節」と呼ばれ吉を得ることができます。甘節の吉と苦節の窮は正反対です。苦渋の節制は常道として守ることができず、甘美な節制は天下に推し広め後世に施しても宜しくないことはありません。だから「往きて尚(たっと)ぶ所あり」、往けば推尊されるに値すると言うのです。

上六處節之極,節至於窮極而不可行,則變而通之可矣。上以陰居陰,非有剛明達權之才識,有見於近而無見於逺,知有守常而不知通變,謂之苦節焉。苦節不可貞,以為貞而守之則凶。恭世子不忍明驪姬之讒譖,伋壽殺身而陷父於惡,與此相類,雖過於自信而於中道未合,其心自以為安矣,故悔亡。比於父子兄弟之相賊者則何如?悲夫!

上六は節の極に処(お)り、節制が窮極して行き詰まれば、変じて通ずればよいのです。上は陰をもって陰に居り、剛明で権変に達する才識がなく、近きを見て遠きを見ず、常を守ることだけを知って通変を知りません。これを「苦節」と言います。「苦節は貞にすべからず」、これを正道と思って固守すれば凶となります。春秋の晋の太子申生(恭世子)は驪姫の讒言を明らかにするに忍びず自死し、衛の公子伋と公子寿は身を殺してかえって父を悪名に陥れたのは、これに類します。彼らは自信し過ぎて中道には合いませんでしたが、その心は自ら安んじるところがあったので「悔亡(く)」、悔恨がありません。父子兄弟が互いに賊(そこな)い合う者に比べればどうでしょうか。悲しいことです。

風沢中孚(兌下巽上)

中孚,豚魚吉,利涉大川,利貞。

《中孚》の卦は、誠信が豚や魚のような微賤な物にまで及ぶなら吉であり、大川を渉るに利があり、貞を守るに利があります。

中孚,信之由於中者也。信由於中則為至信,至信所及,雖豚魚亦可以感動,故吉而利涉大川。至信可以感豚魚,而況於人乎?感人而人心悅服,則何險之不可涉,何難之不可濟乎?然必利於正,所信不正則邪妄之小術而已,非聖人大中至正之道也。以一卦之體言,則柔在內而中虛,中虛則無物;以二卦之體言,則剛得中而中實,中實則理得,皆所以為信也。

「中孚」とは信が中(うち)より出ることです。信が中より出れば至信となります。至信の及ぶところでは、豚や魚のような微賤で無知なものでも感動させられるので、吉で大川を渉るに利があります。至信が豚魚を感動できるなら、まして人に対してはどうでしょうか。人を感動させて人心が悦服すれば、どんな険阻も渉れないことがあり、どんな艱難も救済できないことがあるでしょうか。ただし必ず正に利しくなくてはなりません。信ずる所が正しくなければ、それは邪妄の小術に過ぎず、聖人の大中至正の道ではありません。全卦の体で言えば、柔爻が内に在って中が虚(むな)しい。中虚とは心中に一物も蔵さないことです。上下二卦の体で言えば、剛爻がそれぞれ中位を得て中が実(み)っている。中実とは理を心に得ていることです。これらは皆、信を成す所以です。

說而巽,亦由中之誠也。至誠之道,誠可以化邦國矣,古之人所以惟動丕應徯志,至於四方風動者,無他焉,一誠之感有餘用矣。物類之有知覺而人不可昧,見天機之運充滿而無間也,人心之信固可及於豚魚焉。卦有乗木舟虛之象,涉川之用也,取義之深固不在此。

悦びて巽(したが)うのも、また中より出る誠です。至誠の道は、まことに邦国を教化できます。古の人が一たび動けば天下が大いに応じ、人心は久しく俟(ま)ち望んで四方が風のように動いたのは、ほかならず、一片の誠の感化だけで用が足りるからです。物類のうち知覚あるものを人は軽んじてはなりません。天機の運行が宇宙に充満して間断ないのを見れば、人心の信はもとより豚魚にまで及ぶのです。この卦には木の舟に乗り舟の中が虚の象があり、川を渉る用を表しますが、取るべき義の深さはもとよりこの一層にはありません。

聖人發以示人,乃徳政不可偏廢之義也。中孚以利貞,道始合於天矣。人道必本於天道,天道之外無所謂人道也。率性之謂道,而性則命於天,天人合一之理也。人固有信之極於篤而不得為正者矣,如尾生之信其信,白公之信其直,楊子自信其為我,墨子自信其兼愛,以至堅白同異之說牢不可破,其自信非不深也,由其察理不精,則流於異端小術而不自知矣。

聖人がこの義を表して人に示すのは、徳と政が偏廃できないという義です。中孚にして「貞に利し」あれば、その道は初めて天に合します。人道は必ず天道に本づき、天道の外に人道はありません。《中庸》に「性に率(したが)うを道と謂う」とあり、性は天に命ぜられたもので、これが天人合一の理です。人にはもとより、信を篤く極めながら正を得ない者があります。尾生が約を守って柱を抱いて死んだのは己の信を信じたからであり、楚の白公勝が仇を復しようとして乱を起こしたのは己の直(ちょく)を信じたからであり、楊朱は「為我(われのため)」を自信し、墨翟は「兼愛」を自信し、さらに名家の「堅白」「同異」の説は牢として破れません。彼らの自信は深くないとは言えませんが、理を察するに精緻でないために、異端小術に流れて自ら気づかないのです。

天之道至正而已,中孚以利貞,則所以嚴其事天者至矣。議獄欲得其情,緩死則恐明不足而誤殺無辜,已死者不可復生矣,非至誠在中安得如此?古之人所以得其情而哀矜者,亦存乎誠而已。初九陽剛得正,居中孚之初,其心純一而未變者也,故勉以度其當信而信之則吉。或人所當親,或道所當學,信其所當親則終身資之以為宗,信其所當學則終身用之而不窮,反是則非自安之道也。所謂自安,非但安身,亦安其心而已矣。初之所當信者,四也,四以柔得其正,求剛正之賢以助己乃四之心,故初九所當信者,舍六四未見其可也。

天の道は至正だけです。中孚にして「貞に利し」あれば、天に事(つか)える心を厳にする所以は極まったと言えます。《中孚》卦の《大象伝》に「君子は以て獄を議り死を緩(ゆる)やかにす」とあります。獄を議るのはその実情を得ようと欲し、死を緩めるのは明察が足りずに无辜を誤殺することを恐れるからです。既に死んだ者は再び生きることができません。至誠を中に存していなければ、どうしてこのようにできましょうか。古の人が実情を得て哀れみ矜(あつ)れることができたのも、ただ誠に存するのみです。初九は陽剛にして正を得、《中孚》の初めに居り、その心は純一でまだ変わっていない者です。だから爻辞はこれを励まして、当に信ずべきを度(はか)って信ずれば吉と言います。あるいは人として親しむべき者、あるいは道として学ぶべき者を信ずるのです。当に親しむべき人を信ずれば終身それを資として宗とし、当に学ぶべき道を信ずれば終身それを用いて窮まりません。これに反すれば自安の道ではありません。言う自安とは、ただ身を安んずるだけでなく、その心をも安んずることです。初九の当に信ずべき相手は六四です。六四は柔順をもってその正位を得て、剛正の賢者を求めて己を助けようとするのが六四の心なので、初九が当に信ずべき相手は、六四を置いてほかに適当な者は見当たりません。

九二乃人臣有賢善之徳而為君所當親信者也。二之所自信者,在正君徳以善民俗者也;五之所自信者,在誠心任賢以盡事天之道者也,故二得諫行言聴而膏澤下於民焉。二能信乎道則五自信於二焉,二非曲學阿世以求之也,知道之所當守而誠心以守之也;五非徒信於二,知道之所當重而誠心以重之也。君子欲行道濟世,亦勉於自重而已矣。

九二は人臣として賢善の徳を有し、君主が当に親近信任すべき者です。九二が自ら信ずる所は、君徳を正して民俗を善くすることに在り、九五が自ら信ずる所は、誠心をもって賢者を任用して天に事える道を尽くすことに在ります。だから九二は諫言が行われ言葉が聴かれて、恩沢が民に下ります。九二が道に誠実であれば九五は自ずから九二を信じます。九二は曲学阿世で信任を得ようとするのではなく、その道が当に守るべきことを知って誠心をもってこれを守るのです。九五も徒(いたずら)に九二を信ずるのではなく、その道が当に重んずべきことを知って誠心をもってこれを重んずるのです。君子が道を行い世を済(すく)おうと欲するなら、ただ自重に勉めるだけです。

六三所應者上九也,上九巽體居信之極,不知擇六三之可否而與之相應。六三以陰柔不中正而居說之極,其信上九,則或鼓焉,或罷焉,或泣焉,或歌焉,相信相與而失其常性者也。說極則至於樂焉,樂極反悲焉,無道義為之主而徇情忘反,則流之甚矣。此爻形容小人相信之情狀,可謂盡之矣。

六三が応ずる相手は上九です。上九は巽体に属して信の極に居り、六三が信ずるに足るかどうかを択ばずにこれに応じます。六三は陰柔で中にあらず正にあらず、しかも悦びの極に居ます。上九を信ずれば、あるいは鼓を打ち、あるいは罷(や)み、あるいは泣き、あるいは歌います。互いに信じ相与(とも)にしてその常の性を失う者です。悦びが極まれば狂楽に至り、狂楽が極まれば反って悲しみとなります。道義を主宰とせず情に徇(したが)って返ることを忘れれば、流荡すること甚だしい。この爻は小人が互いに信じ合う情状を形容して、描き尽くしたと言えます。

六四居陰得正,位近於五,其心之所信者,知有五為在己所當忠而已矣。五之徳未成而政未善,乃其夙夜孜孜思所以教誨保護者也,其為國為民之徳可謂盛矣。以其陰居陰,故取月幾望之象,既望則滿矣,六四巽體固不自滿,雖做出周召功業,其心亦歉然而不自滿足也。初九以居下而應四,為馬匹之象,四乃絶之而上信於五,為馬匹亡也。大臣之心知有君而不知有私交之黨類,無咎之道也。

六四は陰位に居って正を得、位は九五に近いです。その心が信ずる所は、ただ九五が己の当に忠誠を尽くすべき対象と知るだけです。九五の徳がまだ成らず政事がまだ善くなければ、六四は朝夕孜孜(しし)として君上を教え導き保護する方を思い、その国と民のための徳は厚いと言えます。陰をもって陰に居るので「月幾(ちか)く望(ぼう)」の象を取ります。望を過ぎれば月は満ちます。六四は巽体に属しもとより自ら満たず、たとい周公・召公のような功業を成しても、その心はなお歉然(けんぜん)として自ら満足しません。初九は下位に居って四に応じ、「馬匹」の象をなします。四はこの私の応を絶ってひたすら上に九五を信ずるので「馬匹亡(うしな)う」です。大臣の心は君主あるを知って私交の党類あるを知りません。これが咎なきの道です。

九五以剛中正居尊位,下應九二陽剛得中之仁賢,五知其為可信任則信任之専,而小人不得以間之,為有孚攣如之象,葢一話一言在於二而不能忘也。五何以能此?葢其天徳與天位相稱,則自知天位之為艱而不敢以易處之,知以一人治天下為可憂,而不知以天下奉一人為可樂,五可謂憂勤惕厲而慎乃在位者矣,故無咎。

九五は剛中正をもって尊位に居り、下は九二という陽剛にして中を得た仁徳の賢者に応じます。九五は九二が信頼に足ると知って、これを信頼することひたすら専らにし、小人もその間を割くことができません。「孚あり攣(まつわ)るがごとし」、誠信が相繋がって両手が相牵(ひ)くが如き象です。九二の一話一言は九五の心に在って忘れません。九五はどうしてこれができるのか。天赋の徳と天位とが相称するので、自ずから天位の任の艱(かた)さを知って敢えて易く処らず、一人をもって天下を治めるを憂うべきと知り、天下をもって一人を奉ずるを楽しみとすることを知りません。九五は憂勤惕厲(ゆうきんてきれい)にしてその位に在るを慎む君主と謂うべきです。だから咎なしです。

上九居信之極,信極而至於窮,可以變矣,以其陽剛自信之過,知上而不知下,知進而不知退者也,為翰音登于天之象。翰音非能登天而欲登天,凡犯非其分,於力之所不能、時之所難濟而欲僥倖以成事,類此。守此道以為常而不變則凶矣,故曰何可長也。

上九は信の極に居ります。信が極まって窮に至れば変ずべきところ、陽剛で自信が過ぎるがゆえに、上るを知って下るを知らず、進むを知って退くを知らぬ者です。「翰音(かんいん)天に登る」の象をなします。鶏の鳴声は本来天に登れないのに登ろうと欲します。凡そその分に非ざるを犯し、力の及ばない所、時勢の成し難い所で僥倖をもって事を成そうと欲するのは、これに類します。この道を守って常とし変えなければ凶です。だから《小象伝》は「何ぞ長からん」と言います。これがどうして長久しようか。

雷山小過(艮下震上)

小過:亨,利貞。可小事,不可大事。飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉。

《小過》の卦辞に言います。亨通する。正道を守るに利がある。小事は行ってよいが、大事は行ってはならない。飛鳥は飛び去ってその音だけを遺(のこ)す。上に向かうのは宜しくなく、下に降りるのが宜しく、それで大いに吉です。

卦體陰多於陽,小者過也。小人得時行志,事可亨通,然其惡未出,害未及人,猶可以為善,故戒其利於正。正乃小過之時所當行之道也,不正則非道,而斷乎其不可行矣。聖人變惡為善、轉移世道之心,於此可見。

卦体は陰が陽より多く、「小なる者の過(す)ぎ」とは陰柔の小人の勢力が陽剛の君子を越えることです。小人が時に乗って己の志を行えば、事は自然に通達します。しかしこの時、彼らの邪悪はまだ発しておらず、禍害はまだ人に及んでいません。なお改めて善を為す余地があるので、卦辞は「貞に利し」と戒めます。正を守ることが、小過の時に処して当に奉ずべき正道です。正を守らなければ正道に背き、断じて行うことはできません。聖人が悪を変えて善とし、世道人心を転回しようとする苦心は、ここから見えます。

卦之二五皆以柔而得中,柔有得為之位而無能為之才,故可小事。使柔未得中,則小事亦不可為矣。三四以剛失位而不中,剛有可為之才而無得為之位,況剛之不中,又非純以義理用事者也,故不可大事。

本卦の六二と六五はいずれも陰柔の質をもって上下卦の中位に居ります。陰柔の人は事を為す地位はあっても担当できる才幹がないので、小事しかできません。もしこの陰柔が中位さえ得られなければ、小事も成せません。九三と九四は陽剛の質をもって居位が当を得ず中も得ていません。陽剛の人は事を為す才幹はあっても施展できる地位がなく、しかも剛で中を得なければ、事を行うにも純に義理に拠ることができません。だから大事を託すことはできないのです。

聖人既曉君子以可小事而不可大事矣,以卦體內實外虛,有飛鳥之象,故又因以飛鳥之遺音驗之。「飛鳥遺之音,不宜上,宜下」,音之上則逆而下則順,則小事順而大事逆可知矣。小事順,所以可也;大事逆,所以不可也。量其才力,酌其時勢而處之,則大吉。山上有雷,亦小過之象也。事之可小過者,惟恭、哀、儉三者而已。三者可以小過而不可以甚過,小過之猶不失為善,若他事小過之則為惡矣。

聖人はすでに君子に対して、この時は小事ができて大事はできないと明らかに告げました。また卦体が中の二爻は陽、外の四爻は陰で、中が実で両側が虚、飛鳥が翼を張る形に酷似しているので、更に飛鳥の遺す音を借りてこれを験(しる)しました。《小過》の卦辞に「飛鳥はその音を遺し、上るに宜しからず、下るに宜し」とあるのは、音が上に伝わるのは逆で、下に伝わるのは順だということです。小事が順で大事が逆なのはこれで知れます。小事は順なので行ってよく、大事は逆なので行えません。己の才力を量り、目下の時勢を斟酌してから行えば、大いに吉となります。《大象伝》に山の上に雷が鳴るのも小過の象です。人事のうち少し過分にしてもよいのは、恭・哀・倹の三件だけです。この三件は分を少し過ぎてもよいが、甚だしく過ぎてはなりません。この三事は分を少し過ぎてもなお善行を失わないが、他の事に換えて少し過分になれば、悪となるのです。

卦之體有飛鳥之象。初六以陰居下,上應九四,如鳥之飛上而不下,「以凶」者,以如此所為而致凶也。小人而膺以責任,榮以祿秩,已為過而非宜矣,乃欲驟登顯要,躐取權柄,排善類而使下之,則過之甚矣。國與民之禍可勝言哉?豈小人一身之凶而已乎?聖人所以深戒之,故曰「不可如何也」。

全卦の形体は飛鳥の象を持ちます。初六は陰柔をもって最下位に居りながら、上の九四に応じて、鳥が上に飛ぶことだけを知って降りようとしないようなものです。《小過》初六の爻辞「飛鳥以て凶」の「以て凶」とは、このように行えば必ず凶を招くということ。小人にして職任を受け、禄秩を享けているのは、既に過分で相応しくないのに、更に一足に顕要の位に登ろうと欲し、越級して権柄を攫(と)り、善類を排斥して君子を下に圧するなら、それは過の甚だしいものです。国家と百姓がこうして招く禍患は、どうして言い尽くせましょう。豈(あに)小人一身の凶禍だけでありましょうか。聖人が深く戒める所以です。だから《小象伝》は「如何ともする可からず也」と言います。事已ここに至れば、誰も如何ともし難いのです。

六二柔順中正,越九四之陽而應六五之陰,是「過其祖而遇其妣」矣。六五以柔而得上之中,六二以柔而得下之中;六五以震體而能動,六二以艮體知有止而已。二之才比於五,固有所不及矣。

六二は柔順にして中正であり、九四という陽爻を越えて六五という陰爻に応じます。正に《小過》六二の爻辞に言う「其の祖を過ぎて其の妣(ひ)に遇う」、陽剛の祖父を越えて陰柔の祖母に遇うことに合致します。六五は陰柔をもって上卦の中を得、六二は陰柔をもって下卦の中を得ます。六五は震体に属してなお奮動し有為をなし、六二は艮体に属して安止を知るのみです。才具で論じれば、六二は六五に比べてもとより及ばない所があります。

臣之才過於君,則輔君以所不能致之功業;臣之才不及君,則奔走贊相其所為而已。二之於五,亦鞠躬盡瘁、奔走贊相而已,固不能過有所為也。安常處順,保境息民,功業之大以俟能者,可謂不失其職而得臣之分矣,故為「不及其君,遇其臣」之象。量其才能,不至犯非分以取凶害,無咎之道也。

臣の才が君に勝れば、君を輔けてその自ら致し得ない功業を致させます。臣の才が君に及ばなければ、奔走してその為す所を贊助するのみです。六二の六五に対する態度は、正に鞠躬尽瘁(きっくつじんさい)して奔走佐助するだけで、もとより分外の挙動はできません。常道に安んじ時に順って処り、疆土を守り民を休め、更に大きな功業はできる者に俟(ま)ちます。これは職を失わずちょうど人臣の本分を尽くしたと言えるので、爻辞は「其の君に及ばず、其の臣に遇う」の象を取ります。己の才能を量り、非分を犯して凶害を招くに至らなければ、咎なきの道です。

小過之時,小人過多得志之時也。小人不能容君子而恆欲戕之,乃其心也。九三剛而得正,居下之上,亦有時事之責任者也。處群小人之中,雖過於防閒,猶恐禍出不測而身不能保。三乃自恃其剛,任意裁處,畧無假借委曲之意,況過剛不中,又不能無可議之失,則從此而或有戕之者矣。「或」者,莫知其所自來,言戕之者眾也。三之過防當何如?惟立己之嚴,處事之正,宻其機,盡其誠,憂之於幾微,慮之以長逺,或可以免於戕矣。若事或阻撓,則奉身而退,又髙處乎過防者也。

小過の時は、小人が多く大いに志を得る時です。小人は君子を容れず常にこれを害しようと欲する。これが彼らの心です。九三は剛にして位を得正しく、下卦の上に処り、また時の政事の責任を負う者でもあります。一群の小人の中に身を処すれば、防閑が過ぎるとしても、なお禍が不測の所から出て身を保てないことを恐れるべきです。九三はその剛を恃(たの)み、己意のままに裁断処置し、少しも回旋遷就の意がありません。しかも剛が過ぎて中を得ず、行いには人に挑剔(ちょうてき)される差失も免れません。そこからこれを害する者が生じるのです。《小過》九三の爻辞に言う「従(よ)りて或いは之を戕(そこな)う」の「或」は、加害者がどこから来るか分からないと言い、害したい者が多いことを示します。では九三は防衛の過ぎについてどうすべきか。ただ己を立てるのに厳しく、事を処するに正しく、機務を周密にし、人に接するに誠を尽くし、事がまだ兆しのうちに憂惧を存し、長遠の謀慮を為せば、或いは害を免れましょう。もし事ごとに阻撓されれば、身を退くことです。これは一味の厳防より更に高明です。

九四位近於六五,六五柔中之君,若以剛近之,則有僣逼之嫌而為咎矣。四以陽居陰,為能以柔濟其剛而處之善者也,故無咎。在他卦以剛居柔則或為過,在小過之九四則所處不為過而適合乎事理之宜,是「弗過遇之」矣。若用剛以往而有所為,必欲輔六五以盡去一時之小人,為大事矣。五以柔而得中,可小事;四以剛失位而不中,不可大事。往則小人未必可去,而國或隨之以亡,有厲而當戒也。

九四の位置は六五に近い。六五は柔順にして中を守る君主で、臣が剛強の勢でこれに迫れば、僭越(せんえつ)進逼の嫌疑があり咎を招きます。九四は陽爻をもって陰位に居り、正に柔和をもって己の剛を済(たす)けて処するに善い者です。だから咎はありません。他卦で剛をもって柔位に居れば或いは過となるが、《小過》の九四では其の処する所は過でなく、かえって事理の宜しきに適います。これが爻辞に言う「過ぎずして之に遇う」です。もし剛を逞(たくま)しくして一往して為す所あれば、必ず六五を輔けて一時の小人を一挙に除き尽くそうとするでしょう。これは「大事」です。六五は柔で中を得て小事しかできず、九四は剛で位を失い中を得ず大事はできません。軽率に往けば小人は必ずしも除けず、国家はかえってこれに随って亡ぶかもしれません。だから爻辞は「往けば厲(あやう)し必ず戒めよ」と言います。危険があり戒惧すべきです。

六五柔暗,非有剛明之徳。四若用永貞之道而動以直遂,則陰暗之質動有所疑,而猜忌之心生,小人亦得以乗其隙而敗之矣,故戒以「勿用永貞」,言當委曲以行其正,而不可過於直遂也。

六五は柔弱で暗く、剛健明察の徳がありません。九四がもし永貞の道を守るだけで一挙一動が直情径行なら、六五のような陰暗の資質は動けば疑いを生じ、猜忌の心が起これば、小人もこの隙に乗じてこれを敗らせることができます。だから《小過》九四の爻辞は「永貞を用うなかれ」と戒めます。当に委曲を尽くして正道を行い、直截すぎてはならないということです。

「宻雲不雨,以自我西郊」也。西郊陰方也,雲宻可雨矣而不雨焉,以自我西郊,則陰唱而陽不和也。六五居上有公之象,求六二之陰以助己,是「公弋取彼在穴」之陰物也。二者皆取其純陰而無陽剛以輔之之義也。君柔於上,臣柔於下,因循委靡,不能自強於政治而期於有為焉,則削弱以趨於亡而已矣。

《小過》六五の爻辞は「密雲雨降らず、我が西郊より」と言います。西郊は陰の方位です。雲が密で雨になりそうなのに降らないのは、西郊より起こるがゆえに、陰が唱えて陽が和しないからです。六五は上位に居って「公」の象がありながら、六二という陰爻に助けを求めます。正に同じ爻辞の「公弋(よく)取り彼の穴に在る」が射取る穴中の陰物です。この二句はいずれも純粋の陰柔で陽剛の輔佐がない義を取ります。君が上に柔く、臣が下に柔く、因循苟且(いんじゅんこうしょ)萎靡(いび)として政事に発憤自強して有為を期することができなければ、日に日に削弱して亡に赴くだけです。

上六處陰過之極,匪徒不合乎正理而已,其過於正理則已逺矣,是「弗遇過之」也。初與上皆取飛鳥之象:初則飛鳥之在下而欲上者也,故言「以凶」;上則飛鳥已過髙而離之甚逺者也,故直言「凶」,又戒之曰「是謂災眚」。小人而得非分之榮遇,自以為福慶而不知其為災眚,自以為可樂而不知其可憂之甚也。聖人之戒深矣。

上六は陰柔の過分の極に処り、正理に合わないだけでなく、正理を過ぎること甚だ遠いです。これが《小過》上六の爻辞に言う「遇わずして之を過ぐ」です。初六と上六はともに飛鳥の象を取ります。初六はまだ下に在りながら一味に上を欲する鳥なので「飛鳥以て凶」と言い、上六は既に高く飛び過ぎて地に離れること甚だ遠い鳥なので、直ちに「凶」と言い、また戒めて「是を災眚(さいせい)と謂う」と言います。小人が分に非ざる栄遇を得て、自らは福慶と思いそれが災眚であることを知らず、自らは可楽と思いその可憂の甚だしさを知りません。聖人の戒めは深いのです。

水火既済(離下坎上)

既濟:亨小,利貞,初吉終亂。

《既済》の卦辞に言います。亨通するのは小なるところのみで、正道を守るに利があります。初めは吉だが終わりは乱に陥ります。

離火在下,坎水在上,水火相交,各得其用,既濟之象也。「亨小」,《本義》作「小亨」,葢既濟之世可以小亨而不可大亨也。凡立法更制,大其因革,順乎風氣之宜,盡於人文之極,以成大亨通之治化者,恆在於方濟之始。若既濟之時,其習尚趨向之已定,耳目心志之相安,固不能大有所更張,但隨時補綴,僅保其小康而已。

離は火で下に居り、坎は水で上に居ります。水火が交わってそれぞれの用を得るのが《既済》の象です。卦辞の「亨小」は、朱熹の《周易本義》では「小亨」としています。世道が既済に至ると、小さな亨通はできても大きな亨通はできないからです。およそ法度を立て制度を改め、大がかりに因革を行い、風気の宜しきに順い、人文の極を尽くして大亨通の治世教化を成すものは、常にまさに済ろうとする創始の時にあります。既済の時になれば、風俗の趨向はすでに定まり、耳目心志はその習いに安んじて、もとより大幅な更張はできず、ただ時に応じて繕い、かろうじて小康の局面を保つだけです。

卦之六爻之位各得其正,固有利貞之象。聖人繫辭不専於卦之法象,而有取於既濟之義焉。大抵「正」之一言,雖死生存亡之際皆不可以須臾離。然既濟之世,人主多溺晏安,以快意肆情之事娛樂其耳目,惑亂其心志,而多不能以正自克,甚至於保養奸回過於骨肉,殘害忠良有如寇讎,此皆不正之大者也。有一於此,則國之亂亡可以立待。

《既済》の六爻の位はそれぞれその正を得て、もとより「貞に利し」の象があります。聖人が卦辞を系げるにあたっては、もっぱら卦の法象に立脚せず、既済という意義を取って敷衍したのです。おおよそ「正」の一語は、死生存亡の境にあってもしばらくも離れてはなりません。しかし既済の世では、君主は多く安逸に溺れ、快意で情欲を逞しゅうする事で耳目を楽しませ心志を惑わせ、たいてい正道をもって自らを抑えることができません。甚だしいのは、奸邪の徒を養うことが骨肉を遇するより厚く、忠良の臣を残虐するのが仇寇に対するようです。これらはみな不正のうち最大のものです。このうちの一つでもあれば、国の乱亡は立ちどころに待ち受けます。

唐虞三代之世,治化隆盛可謂極矣,然君臣上下交相警戒,如臨深淵,如履薄氷者,亦勉勉於正而已,故「利貞」之繫於既濟者尤為警切。既濟矣故初吉,柔得中而當下卦之中,徳與時遇,亦一義也。終止則其道窮矣,故至於亂;不自止則道不窮,道不窮可以保其治於有終矣。惟其因循茍且,般樂怠傲,自止而不能自強,則儵焉以至於亂而已。「止」之一言,義深逺矣。

唐堯・虞舜および夏商周三代は、治化の隆盛が極に達したと言えます。それでも君臣上下は互いに警め戒め、《詩経・小雅・小旻》に言う「深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し」のごとく、ただ正道の維持に努めただけです。だから「利貞」の二字が《既済》卦に系げられたのは、とりわけ警策が痛切です。すでに済ったので初めは吉です。六二は陰柔をもって下卦の中を得て、徳と時とが遇う。これも「初吉」の一つの意味です。終わりに止まればその道は窮まり、乱に至ります。自ら止まらなければ道は窮まらず、道が窮まらなければその治世を最後まで保てます。ただ因循苟且して安逸に耽り怠慢驕傲となり、自ら止まって発憤自強できなければ、忽ち乱に至るだけです。《彖伝》の「終わり止まれば則ち乱る」の「止」の一字は、意味が深遠です。

水在火上為既濟,思患預防,所以保此既濟於有終也,與「終止」相反矣。思患預防不可以一端言,大抵田裡、學校以固結人心,而使外侮無可乗之隙,此其大端也。若夫城郭險隘之慎守,兵戎儲蓄之有備,以防患之不可缺者也。車所以行者輪也,曳其車之輪則車不前進;狐之涉水,稍濡其尾則必不濟,亦取其不輕進之義也。

水が火の上にあるのが《既済》です。《大象伝》は君子がこれに因って「患を思い豫(あらかじ)め防ぐ」と言い、まさにこの既済の局面を最後まで保とうとするもので、「終わり止まれば則ち乱る」の「止」と正反対です。患を思い豫防することは一面だけから言うことはできません。おおよそ、田地を治め学校を興して人心を固く結びつけ、外からの侵侮に乗ずる隙を与えないのが、最も肝要な一端です。また城郭や険要の地の謹厳な守備、兵器や軍資の事前の備蓄も、患を防ぐ上で欠かせないものです。車が進めるのは輪によるので、車の輪を曳(ひ)けば車は前進しません。狐が水を渡るとき、その尾を少し濡らせば必ず渡りきれません。《既済》初九の「其の輪を曳く」「其の尾を濡らす」は、いずれも軽率に進まない義を取ったものです。

初九以陽剛居下而得其正,又為離體,有明徳者也。上應六四陰柔之險爻也,初則致其謹而不輕進,其所以察於時幾之會者精矣。若初,可謂有學有守之君子而得出處之宜者矣,何咎之有?

初九は陽剛をもって下位に居り、しかも居位が正しく、また離体に属して明徳を持つ者です。その上に応ずる六四は、陰柔で坎険の中にある爻です。初九はそこでいっそう謹慎に務めて軽率に進まず、その時機の微妙な変化を察することが精妙でした。初九のような者は、学問があり操守があり、出仕と退処の間の裁量を心得た君子と言え、どうして咎がありましょうか。

六二有文明中正之徳,本可以益世者也。九五居既濟之時,知有崇髙富貴之尊而不能下賢以行六二之道,故二有可行之道而不為時所用,有「婦喪其茀」之象。茀,婦車之蔽,喪其茀則婦不能行矣。離為中女,而二又為離之主,故取婦象。中正之道終不可廢,久則行矣,故又有「勿逐,七日得」之象。卦有六爻,至於七則始而終矣。

六二は文明中正の徳を持ち、もともと世に益するべき人材です。九五は既済の時に居り、崇高で富貴な尊位があることだけを知り、己を屈して賢士を下って六二の守る道を行うことができません。だから六二は行うべき道を持ちながら時の君に用いられず、《既済》六二の爻辞「婦其の茀(ふつ)を喪う」の象があります。「茀」は婦人の車を蔽うもので、茀を失えば婦人は出かけることができません。離は中女をなし、六二はまた離卦の主なので、婦人の象を取ります。中正の道は結局廃れることがなく、時が久しくなれば自ずと行われます。だから爻辞はまた「逐う勿かれ、七日にして得」と言い、追う必要はなく、七日すれば自ずと失われてまた得られるのです。一卦は六爻だけで、数えて七に至れば一つの周期が初めから終わりまで尽きて再び始まります。

九三與上六為應,上六陰爻險體,居既濟之極,是裔夷小邦恃其險阻而不來王之象也。九三剛正明體,與之為應,明則察其叛服不常、繫國安危而不可不以時定,剛則奮其義理之勇而必欲伐之,又離為甲兵,有伐之之象。鬼方無王者則先叛,有王者則後服,以髙宗之剛明而伐之,正與此爻相類。

九三は上六と応の関係にあります。上六は陰爻で坎険の体に処り、既済の極に居ります。ちょうど辺境の夷狄の小邦がその険阻な地勢を恃んで朝貢に来ない姿です。九三は剛強で端正であり離明の体に属して、これと応の関係にあります。明であるから、その叛服が常でなく国家の安危に関わり、時を置かず平定せねばならないことを見抜き、剛であるから、その義理に合う勇気を奮い起こして必ずこれを討伐しようと欲します。加えて離は象の上で甲冑兵戈をなし、まさに兵を興して討伐する象があります。鬼方のような辺邦は、賢明な王がいなければ率先して叛き、有道の君がいれば最後に服します。殷の高宗武丁が剛健明睿の資質をもってこれを討ったのは、まさに《既済》九三の爻辞「高宗鬼方を伐つ」のこの爻に類似します。

然必三年而後可克,既濟之時兵革罕用,卒然有事而後動,為力亦不易也。又以見師老財費,所損甚多,兵非聖人之得已而不可以輕用焉,象所謂「憊」者是也。用師必得君子長者,則以平定安戢為事而得逺近之應服;小人之屠城掠地,肆其殘虐以失人心者,當深戒之而勿用也。

しかし必ず三年かかって後に勝てます。既済の時には兵革が長く用いられず、突然事が起こってから動員すれば、力を発揮するのも容易ではありません。ここからまた、軍が老(つか)れて財貨を費やし損失が甚だ多いこと、用兵は聖人も已むを得ずにする事で軽々しく用いてはならないことが分かります。《小象伝》の言う「惫(ひ)」はまさにこの点を指します。軍を率いるには必ず君子で忠厚な長者の類を得なければなりません。彼らは局面を平定し人民を安集することを務めとし、それゆえ遠近の帰服を得られます。小人に軍を持たせれば、城を屠り地を掠め、恣に残虐を逞しゅうして人心を失います。爻辞の「小人用う勿れ」はまさに深く戒め、断じて用いてはならないということです。

六四當既濟之時,位近九五,居柔得正,有遺大投艱之責,有委曲詳審之心,是能思患而預防之者也,故繻有衣袽。是能小心畏懼而不敢縱逸偷安者也,故終日戒。四之才若不足以有為者,而心能如此,則人將輕千里而來告之以善矣,何既濟之難保乎?

六四は既済の時に当たり、位は九五に近く、柔をもって陰に居りて正を得、《尚書・大誥》に言う「大を遺(のこ)し艱を投ぐ」という大任を託すような責任を負い、また委曲周詳で審慎を尽くす心があります。まさに患を思い豫防できる者なので、《既済》六四の爻辞は「繻(じゅ)に衣袽(によ)有り」と言い、破布や古い綿を備えて船の漏れを塞ぐ用意をします。これはまた小心で畏惧し、放肆や苟安に敢えて流れない者なので、爻辞は続けて「終日戒む」と言います。六四の才具は、もし大きく為すに足りない者のようでも、心がここまでできれば、人は千里の遠さをものともせず、駆けつけて善言をこれに告げるでしょう。既済の局面を保つのに、何の難しさを愁えましょうか。

九五當既濟之時,不能任賢修政以保全盛之基業,人心天命至此而皆歸於六二矣。五縱慾念亂圖存而復自強,為力亦不易矣;二則不待勞力而可得之。葢天之所佑者徳也,人之所歸者亦徳也。二為克堪用徳,而五則為自棄其徳之甚者也。天下勢而已,勢輕勢重當於其幾而圖之。九五欲反二極重之勢而使為己有,難矣哉!後世人主亦可鑑矣。

九五は既済の時に当たりながら、賢才を任用して政事を修め、全盛の基業を保つことができません。人心と天命はここに至ってすべて六二に帰します。九五は縦(よ)しく乱の中で存を図り再び発憤自強しようと念じても、力を振るうのは容易ではありません。六二は力を労せずして自ずと人心を得ます。およそ天が佑助するのは徳であり、人が帰向するのもまた徳です。六二は堪えて徳を行える者であり、九五は自らその徳を棄てた甚だしい者です。天下の事は勢だけです。勢の軽重は、その兆しに当たってこそ図るべきです。九五はすでに極めて重く六二に傾いた勢を転じて己のものにしようと欲するも、難しいことです。後世の君主もこれを鑑(かがみ)とすべきです。

上六居既濟之極,將為未濟矣。上六陰柔,既無見幾之明,又無圖幾之才,事理昭著而不知悟,禍亂及身而不知畏。人之涉水而至於濡其首則身沒矣,以喻沈溺之深也。自以為可久可大之富貴可以保之於無虞,而不知土崩之勢在於旦暮焉,其危甚矣。昔人言燕雀處堂而棟宇焚,母子嘻嘻而不知懼,其上六之謂乎?故曰「濡其首,厲,何可久也」。

上六は既済の尽頭に居り、まさに《未済》に転じようとしています。上六は陰柔で、微を見て著を知る明察もなく、早めに図る才干もありません。事理が明白に眼前にあっても省悟せず、禍乱がすでに身に臨んでも畏れることを知りません。人が水を渡ってその首まで濡れるに至れば、それは身が没するということで、沈溺の深さを喩えたものです。長く大きく保てる富貴を、憂いなく安泰に保てると思いながら、土崩瓦解の勢が旦暮の間にあることを知りません。その危険は極まっています。古人が言うには、燕雀が堂屋に巣くって棟梁がすでに燃え起き、母子が嘻々(きき)と戯れて懼れを知らない。言うところはおよそ上六のような人です。だから爻辞と《小象伝》は「其の首を濡らす、厲(あやう)し」「何ぞ久しからん」と言います。

火水未済(坎下離上)

未濟:亨。小狐汔濟,濡其尾,無攸利。

《未済》の卦辞に言います。亨通する。小狐将に済(わた)らんとして其の尾を濡らし、利するところなし。

未濟與既濟義反,水火不交,不相為用,則為未濟。未濟之時亦有可亨之理,事有大變則時有大宜,雖當未濟,豈無其幾?乗之以有為,則可以亨通矣。六五以柔得中,為離之主,則能詳審委曲而燭於幾微,亦亨之一義也。

《未済》は《既済》と意義が正反対です。水火が交わらず互いに用い合うことができなければ未済となります。未済の時にもまた亨通できる理があります。事に大きな変化があれば時に大きな相宜があり、未済に当たっていても、どうしてその機がないと言えましょうか。それに乗じて有為に動けば、亨通できます。六五は柔をもって上卦の中を得、離の主となります。だから周詳に審査し委曲を尽くして幾微を照らすことができ、これも「亨」の一つの意味です。

但言「柔得中」而不言「剛應」之者,何也?火之性炎上,水之性潤下,六五上而不下,九二下而不上,性相戾而不相為用,與他卦陰陽相應者不同。若以柔中之君而得剛中之臣以輔之,則可以大有為,以致大亨通而無未濟之可言矣。

《彖伝》がただ「柔中を得」と言って「剛応」を言わないのは、なぜでしょうか。火の性は炎に上り、水の性は潤して下ります。六五は上にあって下りて来ようとせず、九二は下にあって上達することができません。両者は性情が相背いて互いに用い合うことができず、他の卦の陰陽が彼此感应するのとは違います。もし柔順で中を守る君主が剛健で中を守る臣子を得てこれを輔佐させれば、大いに為すことができて大亨通の局面を致し、未済とは言うべきものもなくなります。

天下未濟,君子以義理濟之,則圖幾應變不失其正而功可就;小夫淺慮,急迫輕動而欲求濟之,安能有成?是「小狐汔濟,濡其尾,無攸利」之義也。汔,勇敢之意,勇敢求濟則以血氣用事而不本於義理,故未能出中。葢一於義理則慎之於前,要之於後,可以有終;尚血氣則進鋭退速而智力窮矣,安能續終乎?

天下が未済の中にあるとき、君子は義理をもってこれを済します。幾先を図り変化に応じてその正を失わなければ、功業は成せます。見識の浅い小人物は、急躁に軽々しく動いて局面を救おうとしても、どうして成就がありましょうか。これが卦辞「小狐汔(き)く済り、其の尾を濡らし、利する所無し」の義です。「汔」は勇猛で急切な意です。勇猛だけを頼りに済を求めれば、血気意気で事を行い義理を本としません。だから《彖伝》は「未だ中より出ざる也」と言い、まだ険中から抜け出せていないのです。およそ義理に専一であれば、事の前に慎み事の後に収束して、有始有終できます。血気を尊べば進むのも速く退くのも速く、智謀と気力はすぐに窮尽します。どうして事を最後まで持ちこたえられましょうか。

如卦之才,剛柔雖不當位,而於非所當居之位亦相應焉,處之而盡其道,則得人相與,可以致亨而不至於濡尾無攸利矣。忠信相與,則胡越可以共事;猜忌乖離,則赤子亦為仇讎。前言「柔得中」而不言「剛應」,戒人君不可自用,小而失其臣;此言雖不當位而剛柔應,示君子以善於處己處人而事可濟。辭之抑揚,各有其意。慎辨物居方,如君子在位、小人在野,大徳大賢則居大位,小徳小賢則居小位,亦處未濟之時而求以濟之之道也。

本卦の才質について論じれば、各爻の剛柔はすべて居位が当たりませんが、これら本来居るべきでない位においても、彼此は依然として二二相応しています。このような処遇の中で道理を尽くすことができれば、人の相助を得て亨通を致し、小狐のように尾を濡らして一利もないことには至りません。忠信をもって相待てば、北胡南越が万里離れていても共に事を成せます。一旦猜忌して心が離れれば、親しい赤子のような者でも仇讐に変わります。前に《彖伝》がただ「柔中を得」と言って「剛応」を言わなかったのは、君主が剛愎自用で器量が狭く輔佐の臣を失ってはならないと戒めたのです。ここで各爻は当位しないが剛柔が相応すると言うのは、君子が善く己に処り善く人に接して事を済成できることを示しています。経文の一抑一揚にはそれぞれその用意があります。《大象伝》は君子の「物を慎み弁(わきま)え方(かた)に居る」と言い、譬えば君子が位に在り小人が野に在り、徳大きく賢大きい人は大位に居り、徳小さく賢小さい人は小位に居るように、これもまた未済の時に身を処してこれを済渡する方法を求めるのです。

初六以陰柔居未濟之始,事固不易濟,而初六亦非有能濟之才,才與時正相反者也。以居不得正而輕欲濟之,如狐之涉水而濡其尾,則不能濟矣,無益於事而取窮極吝之道也。凡非其力之所能堪而鋭意為之,動即顛覆,而事遂至於不可為者類此。

初六は陰柔をもって未済の初めに居ります。事はもとより済渡が容易ではなく、しかも初六には済渡できる才具がありません。才と時がちょうど相違しています。居位が正しくないのに軽率に事を成そうとするのは、狐が水を渡って尾を濡らすようなもので、終には渡りきれません。事に対して少しも補益がなく、かえって窮困して惜しまれる境地に落ちます。およそ力量が担当できないのに鋭意で為そうとし、一動すればすぐ翻覆し、事が遂に収拾できなくなるのは、みなこの類に属します。

未濟之時至於二則有可濟之幾。九二陽剛得中,又有能濟之才,特以六五離性上而不下,不能推誠心以求賢能而相與共濟焉,故九二曳其輪而不自進,非不欲進也,懼有枉己之失而不輕進焉。天下溺,援之以道,二可謂以道自重而審於出處之正者矣。坎有輪象,故言「曳輪」。

未済の時は九二の爻に至って、済渡できる兆しがあります。九二は陽剛で下卦の中を得、また済渡できる才干を備えています。ただ六五が離に属し、火の性が上炎して下りて来ようとしないため、誠心を推し出して賢能を訪ね求めこれと共に時艱を済ることができません。だから九二は己の車輪を曳いて自ら進みません。進みたくないのではなく、己を枉(ま)げて君上に迎合する過失に陥るのを懼れ、だから軽率に進もうとしないのです。天下が沈溺するのは、正道をもってこれを救援しなければなりません。九二は道をもって自らを重くし、出仕と退処の間を極めて正しく見る者と言えます。坎は象に車輪の象があるので、爻辞は「其の輪を曳く」と言います。

六三陰柔不中不正,當未濟之時,以是而行則凶矣,安有用其不中正之才以濟時之艱而能免於凶乎?利涉大川,非其誠意感人而得人心則不能。同舟共濟則仇讎一心者,以誠相合也。故聖人於六三不明言其不中不正不可不改,而但欲其利涉大川焉。

六三は陰柔で中にあらず正にあらず、まさに未済の時に当たり、この有様で行えば凶を招きます。どうして中でも正でもない才具をもって時艱を済渡し凶禍を免れる道理がありましょうか。《未済》六三の爻辞が「大川を渉るに利し」と言うのは、誠意をもって人を感動し人心を得るのでなければできません。同じ船で河を渡って険に遭えば、仇敵でも同心協力します。頼る所はまさに誠をもって相合うことです。だから聖人は六三に対し、その中でなく正でないことを改めねばならないと明言せず、ただ大川を渉越するに利があることを願うだけです。

三居坎之上,出乎險之外,有涉川之象。未濟至此則時又可濟,而三之才不足以濟之,故勉之以積誠動人而可以涉險之事,則其不中不正之疾可以潛消而頓革矣。既懼之以為惡之凶,復歆之以為善之效,其轉移六三之機微矣哉!非聖人化工之筆不能至此。

六三は坎卦の上端に処り、すでに険境の外に出たので、大川を渉越する象があります。未済がこの段階に至れば時勢にまた済るべき機がありますが、六三の才具は済渡に足りません。だから誠を積んで人を感動し、それによって険を渉り事を成すことができるとこれを勉励します。そうすればその中でも正でもないという毛病は、ひそかに消解し速やかに革除できます。まず悪を為せば必ず凶となることでこれを畏れさせ、次に善を為す効があることでこれを打ち動かします。聖人が六三を転回する手段は実に精微です。聖人の造化のような筆でなければ、この境地に至ることはできません。

九四以陽居陰,是所處不正而其心有悔者也,然陽剛之才固可以勵之而使為善也,故勉之以能正則可以得吉而悔亡。己既變而為正,則能以已之正而正人之不正。初六以陰居險體之下,坎水之性下而不上,於所當應者而不之應,是未濟之時之鬼方梗化而為治道之害者也。

九四は陽爻をもって陰位に居り、これは処する所が当たらず心中に悔恨のある人です。しかし彼は陽剛の才具を持ち、もともとこれを策励して善に向かわせることができます。だから爻辞はこれを励まして、能く正を守れば吉を獲得し悔恨が消えるとします。己がすでに改めて正となれば、自身の正をもって人の不正を正すことができます。初六は陰柔をもって坎険の体の最下に居ります。水性は下に向かって上に向かいません。本来応ずべき九四に対して偏って呼応しようとしません。これがすなわち未済の時における教化を梗塞し治道を妨害する「鬼方」です。

四以陽居陰,易於失其剛者,乃勉以震奮用師以伐之,則三年可以成功而有賞于大國焉。大國謂五也。四居其下,當未濟之時,能以得正用師之道而事之,則可以受寵賚矣。必得正而後可以伐鬼方者,亦「小人勿用」之意也。

九四は陽をもって陰に居り、剛健の気を失いやすいです。だから《未済》九四の爻辞はこれを励まして、奮起して軍を興して討伐せしめれば、三年で功を成し大国の賞賜を受けられるとします。いわゆる「大国」は六五を指します。九四は六五の下に居り、未済の時に身を処して、能く正を守る道をもって兵を統べ、これをもって君上に事えれば、寵命賞賜を領受できます。必ずまず能く正を守って後に鬼方を征伐できるというのは、また《師》卦上六の「小人用う勿れ」の意です。

六五有文明之徳,當未濟之時而居尊位,然以陰處陽,所不足者正也。若能修君徳以盡君道,而鉅細微顯一出於正,則有吉而無悔矣。至是則有君子道徳之光,充盛宣著而不可掩矣;至是則由致曲之功而至於有孚之誠矣。書曰「惟我文考,若日月之照臨,光於四方,顯於西土」,則君子之光之謂也;又曰「亶聰明,作元后」,則有孚之謂也。居尊而徳與位稱,何未濟之可言乎?吉而又吉者也。

六五は文明の徳性を持ち、未済の時に身を処して尊位に居ります。しかし陰柔をもって陽剛の位に処れば、欠けている所はまさに一つの「正」の字です。もし君徳を修養して君道を尽くし、事の大小・隠微・顕著を問わず一概に正より出れば、吉があり悔はありません。この段階に至れば、君子の道徳の光輝は充盛顕揚して遮掩できません。この段階に至れば、《中庸》の言う「曲を致す」の功夫から「孚有る」の誠に達します。《尚書・泰誓》に「惟れ我が文考、日月の照臨の若く、四方に光り、西土に顕れたり」とあるのは、まさに《未済》六五の爻辞「君子の光」の写照です。《尚書・泰誓》がまた「亶(たん)に聡明にして元后を作(な)す」と言うのは、まさに「孚有る」の写照です。尊位に居りて徳行と位次が相称すれば、何の未済が言うべきことがありましょうか。これは吉の上にまた吉です。

上九以剛明當未濟之極,未濟之極有可濟之理,而上九又有能濟之才。聖人以其體離,慮其或至於過察而躁動,故言但當自信其才與時合,事必可濟,安以待之而不至於過動可也,此「有孚飲酒,無咎」之義也。不過於有為者固不失之煩擾,而安於無為者則又至於廢弛。

上九は剛健明睿の資質をもって未済の尽頭に処ります。未済は尽頭に至って本来済渡できる道理があり、しかも上九は済渡できる才干を備えています。聖人は彼が離体に属するので、その明察が過ぎて躁動妄為するのを慮(おもんぱか)り、だからただ自らその才具と時勢が相合して事は必ず済成すると信じ、安然としてこれを待って妄動に至らなければよいと言います。これが《未済》上九の爻辞「飲酒に孚有り、咎无し」の意味です。過度に為さない者はもちろん煩擾に陥りませんが、ひたすら無為に安んずる者はまた廃弛に流れます。

故又言若安以待之而至於濡其首,則過於沈溺而或失其可乗之機會,則向之所謂有孚者反為自失而非宜矣。以其易至於過為也而戒之,復慮其不為也而勉之,酬酢斯世之道中為己矣。

だから爻辞は続けてまた言います。もしひたすら安然としてこれを待って「其の首を濡らす」に至れば、沈溺が過度になって本来乗じるべき時機を失うことがありえます。さきに言った「孚有る」はかえって自らを誤ることになり適切ではありません。彼が過度に為しやすいのを懼れてこれを告戒し、また彼がまったく何事も為さないのを懼れてこれを勉励します。この世道に応接する方法は、一つの「中」を取ればすべてその中に尽きています。

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