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周易郑康成注

宋 · 王应麟

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

『周易鄭康成注』は全部で一巻、南宋の王應麟が編纂したものです。王應麟は字を伯厚といい、慶元府(現在の浙江省寧波)の人で、署名の際にはしばしば…

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

周易鄭康成注 宋 王應麟

提要

《周易鄭康成注》一卷,宋王應麟編。應麟字伯厚,慶元人,自署浚儀,葢其祖籍也。淳佑元年進士,寶佑四年復中博學鴻詞科,官至禮部尚書,兼給事中。事蹟具宋史、儒林傳。

『周易鄭康成注』は全部で一巻、南宋の王應麟が編纂したものです。王應麟は字を伯厚といい、慶元府(現在の浙江省寧波)の人で、署名の際にはしばしば「浚儀」と自称しましたが、それは彼の家の祖籍(現在の河南省開封)に由来します。理宗の淳祐元年に進士に及第し、宝祐四年にはまた「博学鴻詞科」に合格し、官は礼部尚書に至り、給事中を兼務しました。彼の一生の事跡は『宋史·儒林伝』に詳しく記されています。

案,隋志載鄭元周易注九卷,又稱鄭元王弼二注,梁陳列於國學。齊代,惟傳鄭義。至隋,王注盛行,鄭學寖微。然新唐書著録十卷,是唐時其書猶在,故李鼎祚集解多引之。

按:『隋書·経籍志』は鄭玄の『周易注』九巻を著録し、また鄭玄・王弼の両家の注本を挙げています。南朝の梁・陳の二代ではこの二家をともに国学に置き、南斉の代には学官は鄭玄一家の易義だけを伝授しました。隋になると王弼注が大いに流行し、鄭玄の学は次第に衰微しました。ただし『新唐書·藝文志』にはなお十巻が著録されており、唐代にはこの書がまだ存続していたことがわかります。だからこそ李鼎祚の『周易集解』はそれを多く引用できたのです。(この書の清刻本は康熙帝玄燁の諱を避けて「鄭玄」を「鄭元」と書いており、全書この例に倣っています。)

宋崇文總目惟載一卷(案:中興書目今不傳,此據馮椅易學所引),所存者僅文言、序卦、說卦、雜卦四篇,餘皆散佚。至中興,書目始不著録,則亡於南北宋之間。故晁說之、朱震尚能見其遺文,而淳熙以後,諸儒即罕所稱引也。

北宋の『崇文総目』は一巻だけを著録しています(按:『中興書目』は今日すでに失伝しており、ここでは馮椅の『厚斎易学』の引用に基づいて転述する)、保存されていたのは『文言』『序卦』『説卦』『雑卦』の四篇の注文だけで、残りはすべて散佚しました。南宋の中興以降、官修の書目はもはや著録しなくなり、この書は北宋末・南宋初の動乱の間に亡佚したことがわかります。ですから晁説之・朱震はまだその残存遺文を見ることができましたが、孝宗の淳熙以降の学者がこれを引用することはほとんどありませんでした。

應麟始旁摭諸書,裒為此帙,經文異字亦皆並存。其無經文可綴者,則總録末簡。又以元注多言互體,並取左傳、禮記、周禮正義中論互體者八條,以類附焉。

王應麟はここに至って初めて広く諸書を渉猟し、散らばって各所に見える鄭注をこの一冊に編集し、経文の異体字・異文までも併せて保存しました。対応する経文を見つけて係属させることのできない条項は、すべてまとめて全書の末尾に写しました。また鄭玄の『易』注がしばしば「互体」を論じるため、『左伝』『礼記』『周礼』の三書の正義の中から互体を論じた八条を摘み出し、類別して書の後ろに附しました。

考元初從第五元先受京氏易,又從馬融受費氏易,故其學出入於兩家。然要其大旨,費義居多,實為傳易之正脈。齊陸澄與王儉書曰:「王弼注易,元學之所宗,今若崇儒,鄭注不可廢。」其論最篤。唐初詔修正義,仍黜鄭崇王,非逹識也。

鄭玄の師承を考察すると、彼は早年に第五元先に就いて京房一系の『易』を学び、後に馬融に就いて費直一系の『易』を学んだので、彼の易学はこの二家の間を出入りしています。しかし大旨から言えば費氏の成分が多く、それこそが『易』学に伝わる正脈でした。南斉の陸澄が王倹に宛てた手紙に言います:王弼の『易』注は玄学の一派が尊奉するものであり、今儒学を崇尚しようというからには、鄭注は廃棄してはならない。この議論は最も的確です。唐初に詔を下して『五経正義』を修めた際、依然として鄭注を廃して王弼だけを尊んだのは、実に通達な見識とは言えません。

應麟能於散佚之餘,蒐羅放失,以存漢易之一線,可謂篤志遺經、研心古義者矣。近時恵棟別有考訂之本,體例較密,然經營剏始,實自應麟。其捃拾之勞亦不可冺,今並著於録,所以兩存其功也。

王應麟はこの書の大半が散佚した後、零落して各所に散らばった条文を一つ一つ捜し集め、漢代易学に一筋の血脈を保ちました。まことに先儒の遺経に志を篤くし、古人の旧義に心を潜めた人と言うべきです。近世の恵棟にもう一つの考訂本があり、体例はこの本よりも周密ですが、草創を切り開いた功は実に王應麟に出ています。彼が一条一条拾い集めて輯録した労苦も埋没させるべきではないので、『四庫全書』は二つの本を併せて著録しました。その趣意は二人の功績をともに残すことにあります。

周易鄭康成注

乾(けん)

九二,見龍在田。二於三才為地道,地上即田,故稱田也。九二利見九五之大人。九三,君子終日乾乾。三於三才為人道,有乾徳而在人道,君子之象。

『乾』の九二の爻辞に「見龍在田」。鄭玄は「三才」の分位で六爻を解きます。初・二の両爻は「地道」に属し、三・四の両爻は「人道」に属し、五・上の両爻は「天道」に属します。九二はまさに地道にあたり、地面の上がすなわち田なので、爻辞は「田」と言います。九二は天位に居るあの「大人」たる九五に往見すべきです。九三の爻辞「君子終日乾乾」:三爻は三才の中で人道に属し、乾健の徳を備えながら人の位置に身を置く、これがまさに「君子」の取象です。

九五,飛龍在天。五於三才為天道,天者清明無形而龍在焉,飛之象也。上九,亢龍有悔。堯之末年,四凶在朝,是以有悔,未大凶也。

九五の爻辞「飛龍在天」:五爻は三才の中で天道に属し、天は清朗明澈で形も質もないのに、龍がその中に現れる、これが「飛」の取象です。上九の爻辞「亢龍有悔」:鄭玄は盈満すれば損を招くといった抽象的な義理を語らず、直接史事に配します——唐堯の晩年、共工・驩兜・三苗・鯀という「四凶」がなお朝廷に蟠踞していたので、「有悔」と言うだけで、大凶の境地には至っていません。

用九,見群龍無首,吉。六爻皆體龍(一作乾),群龍之象也。舜既受道,禹與稷、契、咎繇之屬,並在於朝。萬物資始乃統天。資,取也。統,本也。大人造也。造,為也。不成乎名,當隱之時以從世俗,不自殊異,無所成名也。確乎其不可拔。拔,移也。聖人作。作,起也。利貞者情性也。

「用九、見羣龍無首、吉」:六爻の爻体はすべて龍(一説に「乾」と作る)で、合わせれば群龍が並び出る取象です。鄭玄は依然として史事に配します——虞舜がすでに禅譲を受けて位に就き、大禹と后稷・契・皋陶という一団の賢臣が同時に朝にあって、人人皆が龍でありながら一人も独り尊んで首と為る者がない、だから吉となります。『彖伝』の「万物资始、乃統天」:「资」は取るという意味、「統」は本原の意味です。『文言』の「大人造也」:「造」は作為です。「不成乎名」は、隠れるべき時にあって世俗に随順し、わざと自分が人と違うことを標榜しないため、何の名声も成し遂げないと言うのです。「確乎其不可抜」:「抜」は移動です。「聖人作」:「作」は興起です。「利貞者情性也」は、貞正はまさに乾道に本有の情性だと言うのです。

坤(こん)

履霜。履讀為禮。六二,直也,方也,地之性。此爻得中氣而在地上,自然之性,廣生萬物,故主動直而且方。龍戰于野,聖人喻龍,君子喻蛇(儀禮注:蛇龍,君子之類)。必有餘殃。殃,禍惡也。

『坤』の初六「履霜」:鄭玄は「履」を「礼」に読み、礼法を践履する義を取り、踏み躙るとは解しません。六二の爻辞が「直」と言い「方」と言うのは、大地の本性です。この爻は下卦の中に居り、中和の気を禀受してまた位が地上にあり、自然而然的な本性で、広大に万物を生育することができるので、動に主どりながら能く直く能く方です。上六「龍戦于野」:鄭玄は龍で聖人を喩え、蛇で君子を喩えます(『儀礼』の鄭注も蛇・龍は同じく君子の類に属すると言います)。「必有余殃」:「殃」は禍患灾悪です。

慊於無陽。慊讀如群公溓之溓,古書篆作立,心與水相近,讀者失之,故作溓。溓,雜也。陰謂此上六也,陽謂今消息用事乾也。上六為蛇,得乾氣,雜似龍(釋文云鄭作謙)。

『文言』が上六について「陰疑于陽必戦、為其嫌于無陽也」と講ずるのに対し、鄭本はこの字を「慊」と作ります。鄭玄はこの「慊」を『春秋』の「羣公溓」の「溓」に照らして読むべきだと言います。古書の篆体はもともと「立」旁に書き、「心」旁と「水」旁の字形が近かったため、書写する人が見誤って水に従う「溓」と書いたのです。「溓」は混雑するという意味です。ここで言う「陰」は本爻、すなわち上六を指し、言う「陽」は、当時十二消息卦の順序で令を行い事を司っている乾陽を指します。上六は本来蛇でしたが、乾の陽気が入り混じったため、混雑した後は龍に近似しました——これこそ「龍戦于野」の由来です。(『経典釈文』は鄭本のこの字を「謙」と作ると言います。)

屯(ちゅん)

而不寧。讀而曰能。能,猶安也。六二,乗馬般如。馬牝牡曰乗。冓,猶會也。六三,機不如舎。弩牙也。

『屯』卦の『彖伝』「宜建侯而不寧」:鄭玄は「而」を「能」と読み、「能」はここで「安」に等しく、全文は諸侯を封建して後に初めて安定すると言うのです。六二の爻辞「乗馬般如」:一牝一牡が対を成して初めて「乗」と言うので、「乗馬」は二頭の馬です。「冓」は「会」に等しく、交合・遇合の意味です。六三の爻辞は通行本が「幾不如舍」と作るのに対し、鄭本は「机」と作り、弩機の上の扳牙を指します。

蒙(もう)

蒙,幼小之貌,齊人謂萌為蒙也。蒙亨,匪我求童蒙。蒙者,濛濛,物初生形,是其未開著之名也。人幼稚曰童,未冠之稱。亨者,陽也。互體震而得中,嘉會禮通,陽自動其中,徳施地道之上,萬物應之而萌芽生。

「蒙」は幼小のさまで、斉の地方の方言は草木の初生の「萌」を「蒙」と呼びます。『蒙』の卦辞「蒙亨、匪我求童蒙」:蒙とは、蒙昧として、万物が形体を生じたばかりでまだ顕露分明でない時の名称です。人が幼稚の段階にあるのを「童」と言い、それはまだ冠礼を行っていない呼称です。「亨」は陽を指します。この卦は二から四の爻が「互体」して震を成し、震は動に主どり、九二はまた下卦の中に居り、まさに『文言』の「嘉会足以合礼」の義に合います。陽気が卦の中で自ら発動し、徳沢が地道の上に施され、万物は感応して萌芽・萌生します。

教授之師取象焉。修道藝於其室,而童蒙者求為之弟子,非已乎求之也。弟子初問,則告之以事義,不思其三隅相況以反,解而筮者,此勤師而功寡,學者之災也。瀆筮則不復告,欲令思而得之,亦所以利義而幹事是也。

学生を教授する老師は、取象がまさにここにあります。老師は自分の屋中で道芸を修習し、蒙昧な孩童が来て彼の弟子となることを求めるのであって、老師が学生を求めるのではありません。弟子が初めて発問すると、老師は事の義理を彼に告げます。もし彼が一隅を挙げて残りの三隅を以て相印証し反復推求することを肯んじず、ただまた占問に来て出来合いの答えを求めようとするなら、それは老師が辛苦して収穫が少なく、学び求める人が自ら招いた災いです。だから卦辞は再三にわたり涜すように占問すればもはや告げないと言い、彼自身が思索して得るところを期するのです——これもまた『乾』の四徳のうちの「利物足以和義」「貞固足以干事」の道理です。

初六,用說桎梏。木在足曰桎,在手曰梏。九二,包蒙。包當作彪,彪,文也。六五,順以巽也。巽當作遜。

初六の爻辞「用説桎梏」:木製の刑具で足に加えるのを「桎」と言い、手に加えるのを「梏」と言い、「説」は脱ぐことです。九二の爻辞「包蒙」:鄭玄は「包」は「彪」と作るべきだと考え、「彪」は文采の義で、九二が文徳を以て衆蒙を涵育することを指します。六五の『象伝』「順以巽也」:「巽」は「遜」と作るべきで、謙遜柔顺の意味で、巽卦の象を取るのではありません。

需(じゅ)

需讀為秀。陽氣秀而不直前者,畏上坎也。位乎天位。位,音蒞。宴,享宴也。九二,需於沚。九三,致戎至。

『需』卦の卦名「需」を、鄭玄は「秀」と読みます。乾陽の気はすでに秀出しましたが、一直線に前へ推進しないのは、上卦の坎の陥険を畏れるからです。『彖伝』「位乎天位」の頭の「位」の字は、読みが「莅」と同じで、臨御の意味です。卦辞「君子以飲食宴楽」の「宴」は、宴享の礼を指します。九二の爻辞は通行本が「需于沙」と作るのに対し、鄭本は「需于沚」と作り、「沚」は水の中の小洲です。九三の爻辞は通行本が「致寇至」と作るのに対し、鄭本は「致戎至」と作ります。

訟(しょう)

辯才曰訟。有孚咥。咥,覺悔貌。九二,歸而逋其邑人三百戸,無眚。小國之下大夫,采地方一成,其定稅三百家,故三百戸也。

弁舌に長けているからこそ争訟が興るので、「訟」の字は言に従います。卦辞は通行本が「有孚窒惕」と作るのに対し、鄭本は「有孚咥」と作ります。「咥」は心の中で覚悟悔恨するさまです。九二の爻辞「帰而逋其邑人三百戸、無眚」:鄭玄は周代の封建の制で計算します——これは小国の下大夫で、采邑は縦横それぞれ一「成」(方十里)、規定により賦税を出すのは三百家に過ぎないので、爻辞は「三百戸」と言うのです。

不易之田,歲種之。一易之田,休一歲乃種。再易之田,休二歲乃種。言至薄也。茍自藏隱,不敢與五相敵,則無災眚。眚,過也。患至惙也。惙,憂也。九四,渝然也。上九,鞶帶。佩鞶之帶。三拕之拕,徒可反。

鄭玄は続けて『周礼』の田制でこの三百戸がどれほど单薄かを説明します。地力が良く連年耕作できるのを「不易之田」と言い、年年種を蒔きます。「一易之田」は一年休耕してから蒔き、「再易之田」は二年休耕してから蒔きます——この采邑が貧薄の極みにあることがわかります。九二がもし自らを藏匿し退避し、あえて九五と抗衡しなければ、灾殃はありません。「眚」は過失です。「患至惙也」の「惙」は憂愁です。九四の爻辞「渝安貞」の「渝」は、変改するさまです。上九の爻辞「或錫之鞶帯」:「鞶帯」は鞶囊を佩繋する大帯です。「終朝三褫之」の「褫」は、鄭本は「拕」と作り、反切注音は「徒可反」です。

師(し)

軍二千五百人為師。多以軍為名,次以師為名,少以旅為名。師者,舉中之言。

周代の軍制では、二千五百人を編成して一「師」とします。兵員の最も多い一級の建制は「軍」の名を用い、その次の一級は「師」の名を用い、最も少ない一級は「旅」の名を用います。卦名が「師」を取るのは、中間の一級を挙げて全部の軍旅の事を概括したのです。

丈人能以法度長於人。丈之言長,能御眾有正人之徳,以法度為人之長,吉而無咎,謂天子諸侯主軍者。初六,否藏凶。否,方有反。九二,王三錫命。寵,光耀也。

卦辞「丈人吉、無咎」:丈人は法度を以て衆人の長となることのできる人です。「丈」の意味はすなわち長で、大衆を統御し、他人を端正する徳行を備え、法度を凭じて衆人の首長に充当するので、吉利であり過ちがありません——指すのはまさに天子・諸侯という自ら軍旅を主宰する人です。初六の爻辞は通行本が「師出以律、否臧凶」と作り、鄭本は「臧」を「藏」と作ります。「否」の反切注音は「方有反」です。九二の爻辞「王三錫命」は、『象伝』が「懐万邦也」と言い、「寵」は光耀顕揚です。

比(ひ)

初六,有孚盈缶。爻辰在未上,值東井。井之水,人所汲用。缶,缶汲器也。

『比』の初六の爻辞「有孚盈缶」。鄭玄はここで「爻辰」の法を用います。六爻はそれぞれ十二支に配し、陰爻が初位に居れば「未」に配し、未の上はまさに二十八宿の「東井」、すなわち井宿に正対します。井の水は人が汲み取って用いるもので、「缶」はまさに水を汲む瓦器です——だから爻辞は誠信が満ち溢れて缶に水を盛るがごとしと言うのです。この解法は完全に天象分野から出ており、爻位に就いて比附親輔を講ずる路数とは異なります。

九五,王用三驅,失前禽。王因天下顯,習兵於搜狩焉。驅禽而射之,三則已發,軍禮也。失前禽者,謂禽在前來者,不逆而射之,傍去又不射,唯背走者,順而射之,不中亦已。是皆所以失之,用兵之法亦如之。降者不殺,奔者不禁,皆敵不殺,以仁恩養威之道。

九五の爻辞「王用三駆、失前禽」。天子は天下がすでに顕明太平であるため、四時の田猟を借りて武事を演習します。禽獣を駆り立ててこれを射、三度目に射て便ち矢を発するのを止める、これは軍中の礼です。いわゆる「失前禽」は、迎面して自分に向かって奔って来るものは、迎頭に射ず、傍から逃げ去るものも射ず、ただ自分に背を向けて逃げるものだけを順勢に射、射当たらなくてもやめるということです。これらのやり方はみな意図的にそれを逃がすのです。用兵の法則もまたこのようです。投降する者は殺さず、奔逃する者は遮らず、もはや敵と為らない者はすべて殺さない——これはまさに仁恩を以て威勢を涵養する道理です。

小畜(しょうちく)

畜養也。九三,輿說輻。謂輿下縛木,與軸相連,鉤心之木是也。輻,伏莬。

「畜」は畜養の意味です。九三の爻辞「輿説輻」:鄭玄はこれを車箱の下に縛り付けてあるあの木だと言い、それは車軸と連なり、すなわち車制のいわゆる「鈎心」の木です。鄭本の「輻」の字は、「伏兎」という部品を指し、車輪の上の輻条ではありません——だから「説輻」は伏兎が脱落し、車箱と軸が脱開して前へ進めないのです。

泰(たい)

泰,通也。后以財成,天地之道,財節也。輔相左右,助也。以者取其順陰陽之節,為出內之政。春崇寛仁,夏以長養,秋教收斂,冬勅蓋藏,皆可以成物助民也。

「泰」は通達です。『象伝』「后以財成天地之道」:「財」はすなわち「裁」、節制の意味です。「輔相左右民」の「左右」は、すなわち助けです。句中の「以」の字は、陰陽の節候に順応するを取り、発布と収納の政令を施行します。春は寛仁を尚び、夏はその生長養育を助け、秋は民に収斂を教え、冬は覆い蔵するを督令します——これらはみな万物を成就し百姓を輔助できます。

初九,彚,類也。茹,牽引也。茅喻君,有絜白之徳,臣下引其類而仕之。九二,荒讀為康,虛也。六五,帝乙歸妹,以祉元吉。五爻辰在卯,春為陽中,萬物以生。生育者,嫁娶之貴。仲春之月,嫁娶男女之禮,福祿大吉。

初九の爻辞「抜茅茹、以其彙」:「彙」は同類、「茹」は牽引です。茅は君上に喩え、洁白の徳行を有し、臣下は自分の同類を牽引してともに出仕します。九二の爻辞「包荒」:「荒」は「康」と読み、空虚の意味です。六五の爻辞「帝乙帰妹、以祉元吉」:鄭玄は依然として爻辰で解きます——五爻は陰爻で、その辰は「卯」にあり、卯は仲春に当たり、陽気の正中で、万物はこれにより生じます。生育できることは、まさに嫁娶が重んずるところです。仲春の月はまさに男女嫁娶の礼を行う時節なので、福禄は大吉です。

否(ひ)

九四,疇離祉。九五,繋于苞桑。猶紂囚文王於羑里之獄,四臣獻珍異之物而終免於難,繫于苞桑之謂。

九四の爻辞「疇離祉」:「疇」は同類、「離」は附麗で、同類が相依附してともに福を得ると言います。九五の爻辞「繋于苞桑」:鄭玄は史事で講じます——これは商紂が周文王を羑里の牢獄に囚禁し、閎夭ら四人の臣子が珍奇異物を進献し、文王がついに禍難を免れたようなものです。叢生する桑根に繋がれて牢固で断たれないとは、まさにこの危から安に転じ根柢が揺るがないことを言います。

同人(どうじん)

乾為天,離為火,卦體有巽,巽為風。天在上,火炎上而從之,是其性同於天也。火得風,然後炎上益熾,是猶人君在上,施政教使天下之人和同而事之,以是為人和同者,君之所為也,故謂之同人。

『同人』は下が離で上が乾。乾は天、離は火、そして卦中の二から四の爻が互体にまた巽を有し、巽は風です。天は上方にあり、火の性は上に燃えてそれに追随する、これが火の性質が天と同じということです。火がさらに風を得れば、そしてますます燃え盛ります。これは君主が上位にあり、政令教化を施行して天下の人を和同一致させて彼に事奉させるに似ています。人を和同させることができるのは、まさに君主の作為なので、卦名を「同人」と言います。

風行無所不遍,遍則會通之徳大行,故曰同人于野,亨。六二,天子諸侯后夫人。茅,音苗。無子不出。九三,莽,叢木也。九四,乗其庸。

風の至るところは遍まないところがなく、天下に遍けば会合通達の徳が大いに流行するので、卦辞は「同人于野、亨」と言います——「野」はまさに風が行きて曠遠なる義を取ります。六二の爻の下の鄭注は、天子の后と諸侯夫人の名位の制に渉ります。「茅」の字の読みは「苗」と同じです。婦人の「無子不出」は、子がなくても七出の条には入らないと言うのです。九三の爻辞「伏戎于莽」:「莽」は叢生の樹木です。九四の爻辞は通行本が「乗其墉」と作るのに対し、鄭本は「乗其庸」と作ります。

大有(だいゆう)

明辯遰也,讀如明星晢晢。六五,體離處乾之上,猶大臣有聖明之徳,代君為政,處其位有其事,而理之也。元亨者,又能長群臣以善使,嘉會禮通,若周公攝政,朝諸侯於明堂是也。

『大有』の『象伝』「明辨遰也」、鄭玄は『詩経』の「明星晢晢」の「晢」のごとく読み、光明分明の義を取ります。六五は柔を以て尊に居り、その爻体は離に属して乾の上方に処り、大臣が聖明の徳行を備え、君主に代わって政を執り、その位に居りその事に任じて天下を治めるに似ています。いわゆる「元亨」は、彼がまた善道を以て群臣を長養し善く任使することを言い、まさに『文言』の「嘉会足以合礼」の義に合います。周公が政を摂り明堂で諸侯を朝会したようです。

謙(けん)

君子有終。艮為山,坤為地。山體髙,今在地下。其於人道,高能下下,謙之象。亨者,嘉會之禮,以謙為主。謙者,自貶損以下人,唯艮之堅固,坤之厚順,乃能終之,故君子之人有終也。捊多益寡。捊,取也。撝謙,讀為宣。初六,牧,養也。

『謙』の卦辞「君子有終」。この卦は下が艮で上が坤。艮は山、坤は地、山の形体は本来高峻なのに、今は地の下に圧されています。人事に落とし込めば、地位の高い人が人の下に屈居できる、これがまさに謙の取象です。いわゆる「亨」は、嘉美会合の礼が謙を主とすることを言います。謙とは、すなわち自分を貶損して人の下に居ることで、艮の堅固、坤の厚順があってこそ、それを終始徹底できるので、君子の人は終わりを有すると言います。『象伝』「捊多益寡」の「捊」は取ること、「撝謙」の「撝」は「宣」と読み、宣布布散の意味です。初六の「牧」は畜養です。

豫(よ)

坤順也。震動也。順其性而動者,莫不得其所,故謂之豫。豫喜,豫悅樂之貌也。震又為雷,諸侯之象。坤又為眾,師役之象,故利建侯行師。

『豫』は下が坤で上が震。坤は順、震は動です。事物の本性に順って動けば、どれ一つとしてそれぞれその所を得ないものはないので、卦名を「豫」と言います。「豫喜」「豫悦」はみな歓欣喜楽のさまです。震はまた雷で、諸侯の取象です。坤はまた衆で、師旅役衆の取象です——だから卦辞は「利建侯行師」と言い、すべて八卦の取象から推し出し、別に義理を立てるのではありません。

靁出地奮。奮,動也。靁動於地上,而萬物豫也。忒,差也。六二,砎於石,右八切,蓋謂唐砎也。六三,盱,誇也。九四,由豫。由,用也。簪,速也。上六,冥豫,冥讀為鳴。

『象伝』「雷出地奮」:「奮」は振動です。雷が地面の上で震動すれば、万物はこれにより欣悦する、これが豫です。『彖伝』「而四時不忒」の「忒」は差錯です。六二の爻辞「介于石」は、鄭本は「砎」と作り、反切注音「右八切」で、おそらく堅硬な唐砎の石を指します。六三の爻辞「盱豫」:「盱」は誇大张望です。九四の爻辞「由豫」:「由」は用です。「朋盍簪」の「簪」は迅速です。上六の爻辞「冥豫」:鄭玄は「冥」を「鳴」と読み、楽声が鳴り響いて豫が極まるを指します。

随(ずい)

震動也。兌說也。內動之以徳,外說之以言,則天下之人(一作民)咸慕其行,而隨從之,故謂之隨也。既見隨從,能長之以善,通其嘉禮,和之以義,乾之以正,則功成而有福。若無此四徳,則有凶咎焉。

『随』は下が震で上が兌。震は動、兌は悦です。内では徳行を以て人を感動させ、外では言語を以て人を悦ばせれば、天下の人(一説に「民」と作る)はみな彼の行事を仰慕して随従するので、卦名を「随」と言います。すでに人の随従がある以上、善道を以て彼らを長養し、嘉美の礼を通行し、義を以て調和し、正を以て事を幹することができ、こうして功業が成就し福慶があります。この四句はまさに元・亨・利・貞の四徳に配ります。もしこの四種の徳行がなければ、凶险と過ちを招きます。

出門交有功,震為大塗,又為日門,當春分,陰陽之所交也。是臣出君門,與四方賢人交,有成功之象也。昔舜慎徽五典,五典克從,納於百揆,百揆時序,賓於四門,四門穆穆,是其義也。

初九の『象伝』「出門交有功」:鄭玄は卦象と節気を合わせて解きます——震は大道、また日出の門で、ちょうど春分に当たり、陰陽交會の時です。これがすなわち臣子が君門を出て、四方の賢人と交接して能く成すことのある取象です。昔、虞舜は謹んで五常の教を推行し、五教はみな遵从でき、百官の事を総理すれば百事はみな井然として序立ち、四門で賓客を迎送すれば四門の賓客はみな粛穆恭敬しました——『尚書·舜典』が記すのはまさにこの道理です。

蠱(こ)

先甲三日,後甲三日。甲者,造作新令之日。先之三日而用辛也,欲取改過自新之義。後之三日而用丁也,取其丁寧之義。

『蠱』の卦辞「先甲三日、後甲三日」。「甲」は創制し新しい法令を颁布する日です。甲の日から前へ三日を推せば、まさに「辛」の日で、「辛」と「新」が同音であることを取り、人に過ちを改め自新させる意味です。甲の日から後へ三日を推せば、まさに「丁」の日で、「丁寧」に反復叮嚀する意味を取ります。鄭玄は十干の日名を以て経文の日数に落とし込み、もっぱら卦徳の終始を講ずる解法路数とは全く異なります。

臨(りん)

臨,大也。陽氣自此浸而長大。陽浸長矣,而有四徳,齊功於乾,盛之極也。人之情盛則奢滛,奢淫將亡,故戒以凶也。

「臨」は大です。陽気はこの卦から次第に浸長して壮大になります。陽がすでに浸長し、この卦はまた元亨利貞の四種の徳行を備え、功用は乾卦と斉しくなり得て、興盛の極みです。しかし人の常情は、極盛に至れば奢侈淫佚し、奢淫を続ければ敗亡するので、卦辞は「至于八月有凶」を以てこれを誡告するのです。

臨卦,斗建丑而用事,殷之正月也。當文王之時,紂為無道,故於是卦為殷家著興衰之戒,以見周改殷正之數雲臨。自周二月用事,訖其七月,至八月而遯卦受之,此終而復始,王命然矣。

『臨』卦は北斗の斗柄が「丑」の位を指す時に事を司り、それはまさに殷商の暦法の正月です。周文王の時に当たり、紂王が無道だったので、便ちこの卦の中に殷王朝のために興衰の誡告を標出し、周朝が殷正を改易する時数を顕示するため、それで「臨」と称したのです。周暦の二月から事を行い、七月まで行い、第八の月になると『遯』卦が接続します——これは終わりてまた始まる、天命の移転はもともとこのようです。鄭玄は卦気・暦法と殷周革命の史事を一つに合わせ、「八月有凶」にここに確指が出ました。

観(かん)

坤為地,為眾。巽為木,為風。九五,天子之爻,互體有艮。艮為鬼門,又為宮闕。地上有木,而為鬼門宮闕者,天子宗廟之象也。

『観』は下が坤で上が巽。坤は地・衆、巽は木・風です。九五は天子の爻で、卦中の三から五の爻が「互体」して艮を成します——いわゆる互体は、本卦の中に別に二から四、三から五の二組の爻を取ってそれぞれ一卦を成すことです。艮はすなわち鬼門であり、また宮闕でもあります。地の上に樹木が生長し、しかもこの地方は鬼門と宮闕を兼ね備える、これがまさに天子の宗廟の取象です。

觀盥而不薦,諸侯貢士於天子,鄉大夫貢士於其君,必以禮賓之。唯主人盥而獻賓,賓盥而酢,主人設薦俎,則弟子也。初六,童觀。童,稚也。

卦辞「観盥而不薦」:諸侯が天子に士人を貢挙し、郷大夫が本国の君に士人を貢挙するときは、必ず賓客の礼を以て彼らを接待します。礼を行う時は主人だけが手を洗い酒を賓に献じ、賓は手を洗い主人に酬いる、この二節は親ら行うものです。薦羞を設え俎豆を陳列することまでは、弟子が代わって労する事です。だから「盥」は尊者が親ら行う重節であり、「薦」は必ずしも親為しなくてよい——観礼する者が見るべきなのはまさに前者です。初六の爻辞「童観」:「童」は幼稚です。

噬嗑(ぜいごう)

敕法。敕,猶理也。九四,噬乾胏。胏,簀也。上九,離為槁木,坎為耳,木在耳上,何校滅耳之象也。聰不明也,目不明,耳不聰。

『噬嗑』の『象伝』「明罰敕法」:「敕」は「理」に等しく、整治の意味です。九四の爻辞「噬乾胏」:「胏」は骨に連なる乾肉で、鄭玄はすなわち「簀」と言います。上九の爻辞「何校滅耳」:上卦の離は枯槁の木、下卦の坎は耳で、木が耳の上に架かる、これがまさに枷木を肩に負い耳を遮没する取象です。『象伝』「聡不明也」は、目が明らかに見えず、耳が清らかに聞こえないと言うのです。

賁(ひ)

賁,變也,文飾之貌。賁,文飾也。離為日,日,天文也。艮為石,石,地文也。天文在下,地文在上,天地之文交相飾成賁者也。猶人君以剛柔仁義之道,飾成其徳也。剛柔雜,仁義合,然後嘉會禮通,故亨也。

「賁」は変であり、文飾のさまであり、「賁」はすなわち文飾です。この卦は下が離で上が艮。離は日、日は天上の文采に属し、艮は石、石は地上の文采に属します。天文が下に、地文が上に、天地の二種の文采が交互に修飾すれば、「賁」が成就します。これは君主が剛柔仁義の道を以て自分の徳行を修飾成就するに似ています。剛と柔が相い雑じり、仁と義が相い合えば、そして嘉美の会と礼数が通行できるので、卦辞は「亨」と言います。

卦互體坎艮,艮止於上,坎險於下,夾震在中,故不利大行,小有所之則可矣。折獄。折,斷也。初九,舎輿而徒。

互体に就いて見れば、この卦は二から四の爻が互体して坎を成し、三から五の爻が互体して艮を成します。艮は上にあって阻止し、坎は下にあって陥険し、中間にはまた一つの震を挟んでいます。上に阻遏があり、下に陥難があるので、大いに作為することに利ありません。ただ小さく往く所があるだけなら、それはできます——卦辞の「小利有攸往」はまさにこれより推し出されます。『象伝』「無敢折獄」の「折」は判断です。初九の爻辞「舎輿而徒」は、車を舍弃して徒歩で行くことです。

六四,賁如燔如。六四,巽爻也,有應於初九,欲自飾以適初,既進退未定,故燔如也。白馬翰如,謂九三位在辰,得巽氣為白馬。翰,猶乾也。見六四適初未定,欲乾而有之。翰,白也。

六四の爻辞は通行本が「賁如皤如」と作るのに対し、鄭本は「燔如」と作ります。六四は巽爻で、初九と相応じ、自分を修飾して初九に帰就しようとしますが、進退がまだ定まらないので「燔如」と言います。「白馬翰如」:鄭玄は爻辰で解きます——九三の爻辰は「辰」にあり、辰位は巽気を得、巽の色は白なので白馬と言います。「翰」は「干」に等しく、干求の意味です。九三は六四が初九に帰就しようとして未だ決定しないのを見て、便ち干求して彼女を占有しようとします。「翰」はまた白と訓じます。

剥(はく)

陰氣侵陽,上至於五,萬物零落,故謂之剝也。五陰一陽,小人極盛,君子不可有所之,故不利有攸往也。

陰気が陽気を侵蝕し、一路向上して第五爻にまで侵し、万物は凋零敗落するので、卦名を「剥」と言います。全卦の五つの陰爻は一つの陰爻だけが残り、小人の勢力は極盛に至り、君子は行動する所あってはならないので、卦辞は「不利有攸往」と言います。鄭玄はここで十二消息卦の陰陽消長を用い、『剥』は夏暦の九月に当たり、まさに万物が零落する時です。

六二,剝床以辨。足上稱辨,謂近膝之下,屈則相近,申則相逺,故謂之辨。辨,分也。蔑,輕慢。六四,切近災也。切,急也。小人剝廬,小人傲很,當剝徹廬舎而去。

六二の爻辞「剥床以辨」:脚以上のあの一段を「辨」と言い、膝の下方に近い部位を指します。曲げれば上下が相い近づき、伸ばせば上下が相い離れるので「辨」と言います——「辨」はすなわち分かつことです。「蔑貞凶」の「蔑」は軽慢です。六四の『象伝』「切近灾也」:「切」は急迫です。上九の爻辞「小人剥廬」:小人は傲慢凶狠で、理上当たり房舎を拆毀して去るべきです。

復(ふく)

復,反也,還也。陰氣侵陽,陽失其位,至此始還,反起於初,故謂之復。陽,君象。君失國而還反,道徳更興也。

「復」は返であり、還です。陰気が陽気を侵逼し、陽は本位を失い、この卦に至って初めて回返し、改めて初爻から興起するので、卦名を「復」と言います。陽は君の取象です。国君が国家を失いまた返回すれば、道徳はこれにより再び興盛します。消息卦に按ずれば、『復』は夏暦十一月に当たり、一陽が下に来復します。

商旅不行。資貨而行曰商,旅客也。初九,無祗悔。祗,病也。六三,卑復。六五,中以自考。考,成也。上六,有災眚。異自內生曰眚,自外曰祥,害物曰災。

『象伝』「商旅不行」:貨物を販運して奔走するのを「商」と言い、「旅」は旅客です。初九の爻辞「無祗悔」:「祗」は病です。六三の爻辞は通行本が「頻復」と作るのに対し、鄭本は「卑復」と作ります。六五の『象伝』「中以自考」:「考」は成就です。上六の爻辞「有灾眚」:怪異が内部から生ずるのを「眚」と言い、外から来るのを「祥」と言い、万物を傷害するのを「灾」と言います——三者は來源が異なり、鄭玄は分けることが細かく、混ぜて論じてはなりません。

无妄(むぼう)

妄,猶望,謂無所希望也。佑,助也。六二,不菑畬。一歲曰菑,二歲曰新田,三歲曰畬。

『无妄』の「妄」は「望」に等しく、心の中に望むところがなく、非分の希求を存しないと言うのです。『彖伝』「天命不佑」の「佑」は助けです。六二の爻辞「不菑畬」:新しく開墾した第一年の田を「菑」と言い、第二年を「新田」と言い、第三年にして初めて「畬」と言います。開荒の菑田の工夫を為さないで、出来合いの熟田を望むのは、まさに「無所希望」と相反する貪求です。

大畜(だいちく)

日新絶句,其徳連下句。良馬逐。逐,兩馬走也。日閒輿衛,日習車徒。自九三至上九,有頥象,居外,是不家食而養賢。

『彖伝』「剛健篤実輝光、日新其徳」の一句、鄭玄は句を断ずる時「日新」を以て句絶とし、「其徳」は下の句に連なって読みます。九三の爻辞「良馬逐」:「逐」は二頭の馬が並び駆け奔走することです。「日閑輿衛」:毎日車乗と徒卒を演習することです。九三から上九まで数え、これらの爻を合わせて見れば『頤』卦の象があり、賢者が卦の外部に居る、まさに卦辞の言う「不家食吉」——賢人は自分の家で自ら食せず、国家が供養します。

六四,童牛之梏,元吉。巽為木,互體震,震為牛之足,足在艮體之中。艮為手持木以就足,是施梏。鄭志泠剛問:蒙初六注云,木在足曰桎,在手曰梏。今大畜六四施桎於足,不審桎梏手足定有別否。答曰:牛無手,故以足言之。

六四の爻辞「童牛之梏、元吉」:巽は木で、この卦の二から四の爻が互体して震を成し、震は牛の足で、足はまた艮体の中にあります。艮は手で、手が木を持って足の上に加える、これが梏具を施加する取象です。『鄭志』に一段の問答を記しています:弟子の泠剛が発問——『蒙』卦の初六の注に「木が足の上にあれば桎と言い、手にあれば梏と言う」と言うが、今『大畜』の六四は明らかに刑具を足に施しているが、桎と梏の手・足の上の分別は必ずこのようであるか知らない?鄭玄は答えて言います:牛には手がないので、足に就いてそれを言うほかない。

六五,豶豕之牙。牙讀為互。上九,艮為手,手上肩也。乾為首,首肩之間,荷物處。乾為天,艮為徑路,天衢象也。

六五の爻辞「豶豕之牙」:「牙」は「互」と読み、猪を拴繋する木欄の横木を指し、牙歯ではありません。上九の爻辞「何天之衢」:艮は手で、手の上方はすなわち肩です。乾は首で、頭と肩の間はまさに物件を担負する所なので、経文は「何」(負荷)の字を用います。乾は天、艮は小径で、両者が合わさればすなわち「天衢」の取象です。

頥(い)

朶動也。頥者,口車輔之名也。震動於下,艮止於上,口車動而上,因輔嚼物以養人,故謂之頥。頥,養也。能行養則其幹事,故吉矣。

『頤』の初九「朶頤」の「朶」は動です。「頥」は口車と牙床骨の名称です。この卦は下が震で上が艮。震は下にあって動き、艮は上にあって止まり、口車は上に向かって開合し、牙床に凭って食物を咀嚼して人を養うので、卦名を「頥」と言います。「頥」はすなわち養です。養育を施行できるなら、また事務を担当するに足るので、吉利です。

二五離爻,皆得中,離為目,觀象也。觀頥,觀其養賢與不肖也。頥中有物者,口實。自二至五,有二坤,坤載養物,而人所食之物皆存焉。觀其求可食之物,則貪亷之情可別也。

六二と六五はみな離爻で、またみな中位に居ります。離は目なので、観看の象があります。いわゆる「観頤」は、彼が養うところが果たして賢人であるか不肖の人であるかを見ることです。「頤中有物」は、口中に実る物を指します。二爻から五爻まで、その中に二つの坤を含みます。坤は万物を承載養育でき、人が食べるものは皆その中に存します。彼が求取するのがどのような食物かを見れば、貪婪か廉洁かの性情が分辨できます。

大過(たいか)

九二,枯楊生荑。枯音姑,謂無姑,山榆;荑,木更生,音夷,謂山榆之實。以丈夫年過娶二十之女,老婦年過嫁於三十之男,皆得其子。

九二の爻辞「枯楊生荑」:「枯」の読みは「姑」と同じで、指すのは「無姑」、すなわち山楡の木です。「荑」は樹木が新たに萌芽することで、読みは「夷」と同じく、ここでは山楡の結ぶ果実を指します。鄭玄はこれに依りて婚配の義を引き出します。適婚の年を過ぎた男子が二十歳の女子を娶り、適婚の年を過ぎた老婦が三十歳の男子に嫁ぐのも、みなまだ子嗣を生むことができます——枯れた山楡が依然として改めて結実するがごときです。

習坎(しゅうかん)

六三,檢且枕。木在手曰檢,木在首曰枕。六四,尊酒,簋貳,用缶,納約自牖。六四上承九五,又互體在震,上爻辰在丑,丑上值斗,可以斟之象。斗上有建星,建星之形似簋。貳,副也。建星上有弁星,弁星之形又如缶。

六三の爻辞は通行本が「険且枕」と作るのに対し、鄭本は「検且枕」と作ります。木製の刑具を手に加えるのを「検」と言い、頭に加えるのを「枕」と言います。六四の爻辞「尊酒、簋貳、用缶、納約自牖」:六四は上に九五を承け、また互体して震の中に処ります。この爻の爻辰は「丑」にあり、丑の上はまさに二十八宿の斗宿に正対し、斗の形は勺のごとく、酒を斟る取象です。斗宿の上に建星があり、建星の形状は黍稷を盛る「簋」に似ます。「貳」は副貳・配套の義です。建星の上にまた弁星があり、弁星の形状はまた瓦の「缶」に似ます。鄭玄は爻辞の中の酒器・食器を逐一星象に落とし込み、すべて「爻辰」に凭って推し出します。

天子大臣以王命出□諸侯,主國尊於簋副,設元酒而用缶也。九五,祗既平。祗當為坻,小邱也。上六,繋,拘也。爻辰在己,巳為虵,虵之蟠屈似徽纆也。

天子の大臣が王命を奉じて諸侯の国に出使し(底本はここに一字を欠き、臆補を敢えてしない)、聘を受ける主国は簋の外に別に副貳の器を設け、「元酒」(すなわち清水)を陈べて瓦缶を以て盛る——これがまさに爻辞の「尊酒簋貳用缶」が記する礼節です。九五の爻辞「祗既平」:「祗」は「坻」と作るべきで、水の中の小さい土丘です。上六の爻辞「系用徽纆」:「繋」は拘縛です。この爻の爻辰は「巳」にあり、巳は蛇に属し、蛇の盤曲糾結するさまはまさに繩索「徽纆」に似ます。

三五互體,艮又與震同體,艮為門闕,於木為多節,震之所為,有叢拘之類。門闕之內有叢木、多節之木,是天子外朝左右九棘之象也。外朝者,所以詢事之處也。左嘉石平罷民焉,右肺石達窮民焉。罷民,邪惡之民也。

さらに互体を見ます:三から五の爻が互体して艮を成し、艮はまた震と同体です。艮は門闕で、草木の上に在れば多節の木です。震が生成するものには、叢生拘束の類のものがあります。門闕の内に叢木と多節の木が生える、これがまさに天子の外朝の左右にそれぞれ九本の棘の木を栽える取象です。いわゆる外朝は、君王が国事を諮詢する所です。左には「嘉石」を設けて罷民を平治し、右には「肺石」を設けて窮民の冤情を通達します。「罷民」はすなわち邪悪不良の百姓です。

上六乘陽,有邪惡之罪,故縛約徽墨,置于叢棘,而後公卿以下議之。其害人者置之圜土,而施職事焉,以明刑恥之。能復者,上罪三年而赦,中罪二年而赦,下罪一年而赦。不得者,不自思以得正道,終不自改而出圜土者殺,故凶。

上六は陰爻を以て陽爻に凌乗し、邪悪の罪を帯びるので、繩索で捆縛され、叢棘の中に安置され、そして公卿以下が会同して罪を議します。その中で他人を傷害した者は、「圜土」すなわち牢獄に入れ、労役を派し、明白な刑罰を以て彼に恥を知らしめます。悔改して善道に回復できる者:重罪は三年を満たして赦免し、中罪は二年にして赦免し、軽罪は一年にして赦免します。悔改できない者は、すなわち自ら反省して正道を求めることを肯んじず、始終改めずして擅自に圜土を逃出る者は、一律に処死します——だから爻辞は「凶」と言います。この一整段、鄭玄は全て『周礼·秋官』の朝士・司圜の旧制で爻義に落とし込みます。

離(り)

明兩作離。作,起也。九三,不擊缶而歌。艮爻也,位在丑,丑上值弁星,弁星似缶。詩云:坎其擊缶。則樂器亦有缶。麗王公也。

『離』の『象伝』「明両作離」:「作」は興起で、日が二度出て相い継ぎ離明を成すと言います。九三の爻辞「不鼓缶而歌」:九三は艮爻で、その爻辰は「丑」にあり、丑の上はまさに弁星に正対し、弁星の形状は缶に似ます。『詩経·陳風·宛丘』に「坎其撃缶」と言い、「缶」もまた一種の楽器であることがわかるので、爻辞はこれを「歌」と並べて言うのです。『彖伝』「麗王公也」は、日月が天に附麗し、臣民が王公に附麗するに似ていると言うのです。

九四,突如其來如。震為長子,爻失正,又互體兌,兌為附決。子居明法之家而無正,何以自繼其君父之志也。突如,震之失正,不知其所如。又為巽,巽為進退,不知所従,不孝之罪,五刑莫大焉。得用議貴之辟刑之,莫如所犯之罪。焚如,殺其親之刑。死如,殺人之刑也。棄如,流宥之刑。

九四の爻辞「突如其来如」:震は長子で、この爻は居位が正しくなく、また互体して兌を成し、兌は附着と決断を主どります。子として身に明法の家に処りながら自身が正しくないなら、何を以て君父の志業を承継するのでしょうか。いわゆる「突如」は、まさに震の失正で、自分がどこへ往くべきかを知りません。互体にまた巽があり、巽は進退を主どり、ここに進退が拠り所を失い、従う所を知りません。不孝の罪は、五刑の中にこれより重いものはありません。たとえ「議貴」の法を援用して刑を減ずることができても、なお彼の犯した罪に敵しません。「焚如」は、両親を殺害して受ける火刑です。「死如」は、人を殺して受ける死刑です。「棄如」は、流放宽宥の刑です。鄭玄はこの三句を全て刑名に読み、盛衰の気象を講ずる解法とは迥然と異なります。

咸(かん)

咸,感也。艮為山,兌為澤。山氣下,澤氣上,二氣通而相應,以生萬物,故曰咸也。其於人也,嘉會禮通,和順於義,幹事能正,三十之男有此三徳,以下二十之女,正而相親,說娶之則吉也。

「咸」は感応です。この卦は下が艮で上が兌。艮は山、兌は沢です。山気は下降し、沢気は上騰し、両気が交通して彼此相応じ、因って万物を化生するので、卦名を「咸」と言います。人の身に落とし込めば、嘉美の会があって礼数が通行し、和順で義に合い、事を弁じてまた正を守る——三十歳の男子がこの三種の徳行を具備し、以て二十歳の女子に下求し、双方が正を以て相親し、歓歓喜喜として彼女を娶って門に入れれば、吉利です。

初六,拇,足大指也。六二,腓,膊腸也。九五,脢,背脊肉也。上六,媵,口說也。媵,送也。咸道極薄,徒送口舌,言語相感而已,不復有志於其間。

初六の爻辞「咸其拇」:「拇」は足の大趾です。六二「咸其腓」:「腓」は小腿部の肚です。九五「咸其脢」:「脢」は背脊の上の肉です。上六「咸其輔頬舌」、鄭本は「媵」と作ります。「媵」は口頭の言説で、本義は伝送です。感応の道はここに至ってすでに極めて浅薄で、ただ口舌を動かし言語を以て相感ずるだけで、彼此の間にもはや真心実意はありません。鄭玄は脚の趾から一路数えて口舌に至り、六爻を人身の下から上への部位に配したのです。

恒(こう)

恆,久也。巽為風,震為雷,雷風相須而養物,猶長女承長男,夫婦同心而成家,久長之道也。夫婦以嘉會禮通,故無咎,其能和順幹事,所行而善矣。

「恒」は長久です。この卦は下が巽で上が震。巽は風、震は雷で、雷と風は互相依待して万物を長養し、長女が長男に承事し、夫妻が同心して家庭を組成するに似て、これが長久の道です。夫妻は嘉美の会を以て礼数が通行するので、過ちがありません。彼らは和順であり能く事を弁じるので、行うところは自ずからすべて善です。

初六,浚恆。九三,或承之羞。巽為進退,不恆其徳之象。又互體兌,兌為毀折,後將有羞辱也。上六,振恆。振,搖落也。

初六の爻辞「浚恒」は、一を以て始めから深く長久を求めることです。九三の爻辞「或承之羞」:巽は進退不定を主どり、まさに「不恒其徳」の取象です。この卦はまた互体して兌を成し、兌は毁折を主どるので、此の後に羞辱を招来します。上六の爻辞「振恒」:「振」は揺動脱落で、恒久の道が揺撼されて散落すると言います。

遯(とん)

遯,逃去之名也。艮為門闕,乾有健徳,互體有巽,巽為進退。君子出門,行有進退,逃去之象。

「遯」は逃避離去の名称です。この卦は下が艮で上が乾。艮は門闕、乾は剛健の徳を具え、二から四の爻が互体して巽を成し、巽は進退を主どります。君子が門闕を走出し、行動の間に進有り退有り、これがまさに逃避離去の取象です。消息卦に按ずれば、『遯』は夏暦六月に当たり、二陰が浸長します。

二五得位而有應,是用正道得禮見召聘,始仕他國,當尚謙。謙,小其和順之道,居小官,乾小事,其進以漸,則逺妬忌之害。昔陳敬仲奔齊辭卿是也。九三,憊,困也。九四,否,塞也,備鄙反。

九二と九五はそれぞれその位を得てまた彼此相応じ、正道に循って、礼に合う征召招聘により出仕したことを説明します。初めて別の国に到り職に就く時は、謙退を崇尚すべきです。いわゆる謙とは、自分の和順の道を低く置き、小官を担任し小事を弁理し、一歩一歩ゆっくり進用し、こうして初めて傍人の妒忌のもたらす禍害から遠ざかることができます。昔、陳敬仲は斉国に逃奔し、斉桓公が彼に卿位を授けようとしたが彼は辞謝して受けず、まさにこの道理です。九三の『象伝』の「憊」は困頓です。九四の「否」は閉塞で、反切注音は「備鄙反」です。

大壮(たいそう)

壯,氣力浸強之名。九三,累其角。六五,喪羊于易,音亦,謂佼易也。上六,不祥也。祥,善也。

「壮」は気力が次第に強盛となる名称で、消息卦に按ずれば夏暦二月に当たり、四陽が並び進んで上ります。九三の爻辞「羝羊触藩、羸其角」は、鄭本は「累其角」と作り、羊の角が藩籬に纏住することを言います。六五の爻辞「喪羊于易」:「易」の読みは「亦」と同じで、軽忽簡易を指し、軽慢大意のために羊を失ったと言います。上六の『象伝』「不祥也」:「祥」は善で、善い終わりを得られないと言います。

晋(しん)

康侯。康,尊也,廣也。晝日三接,音捷。接,勝也。蕃庶,蕃,發袁反;庶,止奢反,謂蕃遮禽也。明出地上,晉。地雖生萬物,日出於上,其功乃著,故君子法之,而以明自照其徳。

卦辞「康侯用錫馬蕃庶、昼日三接」。「康」は尊貴であり広大なので、「康侯」は位尊く地広い諸侯を指します。「三接」の「接」は読みが「捷」と同じく、勝と訓じ、一日の内に三度勝を獲ると言います。「蕃庶」の二字は、「蕃」の反切は「発袁反」、「庶」の反切は「止奢反」で、鄭玄は「蕃遮禽獣」と解し、すなわち欄で獲物を遮攔することです。『象伝』「明出地上、晋」:大地は万物を生育するけれども、太陽が地面から升って初めてその功用が顕現します。だから君子はこの象に效法し、自身の明徳を以て自ら照察するのです。

初六,摧如,讀如南山崔崔之崔。六二,愁如,愁,子小反,變色貌。九四,鼫鼠。詩云:碩鼠碩鼠,無食我黍。謂大鼠也。六五,矢得勿恤。

初六の爻辞「晋如摧如」:「摧」は『詩経·斉風』の「南山崔崔」の「崔」のごとく読み、高峻の義を取り、摧折とは解しません。六二の爻辞「晋如愁如」:「愁」の反切は「子小反」で、顔色が変異するさまを指します。九四の爻辞「晋如鼫鼠」:『詩経·魏風』に「碩鼠碩鼠、無食我黍」と言い、「鼫鼠」はすなわち大きな老鼠を指すことがわかります。六五の爻辞は通行本が「失得勿恤」と作るのに対し、鄭本は「矢得勿恤」と作ります。

明夷(めいい)

夷,傷也。日出地上,其明乃光,至其入也,明則傷矣,故謂之明夷。日之明傷,猶聖人君子有明徳而遭亂世,抑在下位,則宜自艱無干事政,以避小人之害也。文王似之,箕子似之。拯,承也。

「夷」は傷です。太陽が地の上に出て、その光明が四方を照耀します。日落ちて西に沈むを待てば、光明は傷を受けたので、卦名を「明夷」と言います。日光が傷を受けるのは、聖人君子が明徳を懐きながら乱世に遭逢し、下位に抑圧されるに似ています。そうなれば自ら艱貞を守り、政事に干預せず、以て小人の迫害を避けるべきです。周文王はまさにこのような人で、箕子もまたこのような人です。『彖伝』「用拯馬壮」の「拯」は承接です。

六二,明夷,睇於左股。旁視為睇。六二辰在酉,酉是西方,又下體離,離為目。九三體在震,震東方;九三又在辰,辰得巽氣為股。此謂六二有明徳,欲承九三,故云睇於左股。

六二の爻辞は通行本が「明夷、夷于左股」と作るのに対し、鄭本は「睇于左股」と作ります。傍から斜に看るのを「睇」と言います。鄭玄は爻辰に卦象を配して合わせて解きます——六二は陰爻が第二位に居り、爻辰は「酉」にあり、酉は西方に属します。下卦はまた離で、離は目なので、斜視の象があります。九三の処する爻体は震に在り、震は東方に属します。九三は陽爻が第三位に居り、爻辰は「辰」にあり、辰位は巽気を得、巽は股です。これはすなわち六二が明徳を懐き、九三に承事しようとするので、経文は「睇于左股」と言うのです。

家人(かじん)

初九,閒,習也。九三,嗃嗃,苦熱之意。嘻嘻,驕佚喜笑之意。九五,假,登也。六二,中饋,酒食也。

初九の爻辞「閑有家」:「閑」は習で、あらかじめ防範の法を操習し、家規を前もって立てることを指します。九三の爻辞「家人嗃嗃」:「嗃嗃」は厳酷燥熱に苦しむ意味で、家を治めるのが過度に厳しいことを形容します。同じ爻の「婦子嘻嘻」の「嘻嘻」は、驕縦放逸で嬉笑に節なきさまです。九五の爻辞「王假有家」:「假」は登で、登臨して至るを指します。六二の爻辞「在中饋」:「中饋」は家中の酒食の事を指します。

睽(けい)

睽,乖也。火欲上,澤欲下,猶人同居而志異也,故謂之睽。二五相應,君陰臣陽,君而應臣,故小事吉。睽音圭。六三,其牛挈。牛角皆踴曰挈。

「睽」は乖違背離です。この卦は下が兌で上が離。火の性は上に昇ろうとし、沢の性は下に流れようとし、人が同じ所に住みながら心志がそれぞれ異なるに似ているので、卦名を「睽」と言います。六二と六五は彼此相応じますが、位次を以て論ずれば、君位に居るのは陰で臣位に居るのは陽で、君たる者がかえって臣に応じに行くので、卦辞はただ「小事吉」と言うのみです。「睽」の読みは「圭」と同じです。六三の爻辞「其牛掣」は、鄭本は「挈」と作ります。両方の牛角がともに上に聳起するのを「挈」と言います。

蹇(けん)

往得中也。中,和也。初六,宜,待時也。六四,往蹇來連。連如字,遲久之意。

『彖伝』「往得中也」:ここの「中」は和の意味で、往いて中和の道を得ると言います。初六の『象伝』「宜待也」は、鄭玄は時機を等候すべきで、冒然と前行してはならないと解します。六四の爻辞「往蹇来連」:「連」は本字に照らして読み、遅緩長久の意味で、去るも艱難、帰るも拖延して行き難いと言います。

解(かい)

百果草木皆甲宅。木實曰果。皆讀如人倦之解,解謂坼。呼呼,火亞反。皮曰甲,根曰宅。宅,居也。

『象伝』「百果草木皆甲宅」:樹木の結ぶ実を「果」と言います。「皆」(すなわち「甲」)は「人倦之解」の「解」のごとく読み、「解」はすなわち裂開で、種子の外殻が綻裂して萌発すると言います。下の「呼呼、火亜反」の一句は、底本の文字にすでに訛脱があり、照録するのみで臆補を敢えてしません。外の硬い殻を「甲」と言い、底下の根を「宅」と言います。「宅」は居処で、根の安居する所を指します。

損(そん)

艮為山,兌為澤,互體坤,坤為地。山在地上,澤在地下,澤以自損,増山之髙也。猶諸侯損其國之富,以貢獻於天子,故謂之損矣。

『損』は下が兌で上が艮。艮は山、兌は沢、二から四の爻が互体して坤を成し、坤は地です。山は地の上に、沢は地の下にあり、沢は自ら減損して下に往き、ちょうど山の高度を高めます。これは諸侯が本国の財富を減損し、取って天子に進貢するに似ているので、卦名を「損」と言います。

二簋可用享。四以簋進黍稷於神也。初與二直其四與五承上,故用二簋。四,巽爻也,巽為木。五,離爻也,離為日。日體圜,木器而圜,簋象也。

卦辞「二簋可用享」:これは簋を以て黍稷を盛り神明に進献することです。初爻と二爻はまさに四爻に対し、四・五の両爻はまた上に尊位を承けるので、ただ二隻の簋を用います。爻象に就いて言えば:六四は巽爻で、巽は木。六五は離爻で、離は日、日体は円です——木を以て作り形製が渾円な器皿は、まさに「簋」の取象です。鄭玄は祭器の材質と形状まで卦象の中から推し出します。

六五,十朋之龜。案爾雅云,十朋之龜者:一曰神龜,二曰靈龜,三曰攝龜,四曰寶龜,五曰文龜,六曰筮龜,七曰山龜,八曰澤龜,九曰水龜,十曰火龜。懲忿懫欲。徵,猶清也。懫,止也。

六五の爻辞「十朋之亀」:『爾雅』の記すところに按ずれば、いわゆる十朋の亀は、一を神亀、二を霊亀、三を摂亀、四を宝亀、五を文亀、六を筮亀、七を山亀、八を沢亀、九を水亀、十を火亀と言います——「十朋」は十串の貝幣ではなく、十個の品類の名亀です。『象伝』は通行本が「懲忿窒欲」と作るのに対し、鄭本は「征忿懫欲」と作ります。「征」は「清」に等しく、清除です。「懫」は止息です。

益(えき)

陰陽之義,陽稱為君,陰為臣。今震一陽二陰,臣多於君矣。而四體巽之不應初,是天子損其所有以下諸侯也。人君之道以益下為徳,故謂之益也。

陰陽の名分に就いて言えば、陽は君と称し、陰は臣と称します。今、下卦の震は一つの陽爻が二つの陰爻を帯び、臣が君より多いです。しかも上卦の六四の処する巽体はまた初九と相応じません。これはまさに天子が自分の有するを減損し、下に諸侯に施与することを表示します。君主たるの道理は、下に在る者を增益するを以て徳とするので、卦名を「益」と言います——これは『損』卦の下を損し上を益すとちょうど対照を成します。

震為雷,巽為風,雷動風行,二者相成。猶人君出教令,臣奉行之,故利有攸往,利涉大川矣。

震は雷、巽は風、雷が一たび震動すれば風はこれに随って行き、両者は互相成就します。これは君主が教令を発布し、臣下が命を奉じて推行し、上下相成するに似ているので、卦辞は「利有攸往、利渉大川」と言います——雷風が相薄する卦象は、まさに政令が通行して阻まない取譬です。

夬(かい)

夬,決也。陽氣浸長至於五,五尊位也,而陰先之,是猶聖人積徳悅天下,以漸消去小人,至於受命為天子,故謂之夬。

「夬」は決断・決去です。陽気は次第に浸長し、一直線に第五爻まで長じます。五は至尊の位で、上六の一つの陰爻がなおその前頭に占めています。これは聖人が徳行を積累し天下を取悦し、一歩一歩小人を消除し、天命を承けて天子となるに至るに似ているので、卦名を「夬」と言います。消息卦に按ずれば、『夬』は夏暦三月に当たり、五陽が一陰を決去します。

揚,越也。五互體乾,乾為君,又居尊位,王庭之象也。陰爻越其上,小人乗君子,罪惡上聞於聖人之朝,故曰夬,揚于王庭。九二,惕號,音號。莫夜,莫如字,無也。無夜,非一夜。九三,壯於頯。頯,夾面也。九五,莧陸,一名商陸。

卦辞「揚于王庭」の「揚」は超越です。第五爻は互体の乾の中に処り、乾は君で、また尊位に居り、まさに王庭の取象です。陰爻はかえってその上に凌越し、小人が君子の頭上に騎り、罪悪が上は聖人の朝廷に達するので、「夬、揚于王庭」と言います。九二の爻辞「惕号、莫夜有戎」:「号」は本音に照らして読みます。「莫夜」の「莫」は本字に照らして読み、「無」と訓じ、いわゆる「無夜」は、一つの夜だけでなく長夜戒備することを言います。九三の爻辞「壮于頯」:「頯」は面頬の両旁です。九五の爻辞「莧陸夬夬」:「莧陸」はまた商陸と名づき、柔脆で断ちやすい草です。

姤(こう)

遘遇也。一陰承五陽,一女當五男,茍相遇耳,非禮之正,故謂之遘。女壯如是,壯健似滛,故不可娶。婦人以婉娩為其徳也。詰四方。詰,正也。九五,杞,桞也。

「遘」はすなわち相遇です。この卦は一つの陰爻が上に五つの陽爻を承け、一つの女子が五人の男子に応対するに等しく、それは苟且に相遇うだけで、礼に合う正配ではないので、卦名を「遘」と言います。卦辞は「女壮、勿用取女」と言います。このように壮健であれば淫佚に近いので、彼女を娶ってはなりません。婦人は婉順柔和を以て自分の徳とすべきです。『象伝』「詰四方」の「詰」は匡正です。九五の爻辞「以杞包瓜」:「杞」が指すのは柳の木です。

萃(すい)

萃亨,無亨字。萃,聚也。坤為順,兌為悅,臣下以順道承事其君,悅徳居上待之,上下相應,有事而和通,故曰萃亨也。

鄭本の卦辞は「萃亨」と作り、別の系統の本は「亨」の字がありません。「萃」は聚集です。この卦は下が坤で上が兌。坤は順、兌は悦です。臣下は柔顺の道を以てその君主に承事し、君主は人を悦ばせる徳行を以て上位に居り彼らを接待し、上下彼此相応じ、事に遇って皆和順通達するので、「萃亨」と言います。

假,至也。互有艮,巽為木,艮為闕,木在闕上,宮室之象也。四本震爻,震為長子。五本坎爻,坎為隱伏,居尊而隱伏,鬼神之象。長子入闕,升堂祭祖禰之禮也,故曰王假有廟。

卦辞「王假有廟」の「假」は至です。この卦は互体に艮があり、巽は木、艮は門闕で、木が門闕の上に立つ、まさに宮室の取象です。九四は本来震爻で、震は長子。九五は本来坎爻で、坎は隠伏を主どり、尊位に居りながら隠伏して見えず、まさに鬼神の取象です。長子が宮闕に入り、堂に登って祖父と父を祭祀する、これがすなわち宗廟の礼なので、経文は「王假有廟」と言います。

二本離爻也,離為目,居正應五,故利見大人矣。大牲,牛也,言大人有嘉□時,可幹事,必殺牛以盟,既盟則可以行,故曰利往。除戎器。除,去也。初六,一握。握當讀為夫三為屋之屋。六二,禴,夏祭名。上六,自目曰涕,自鼻曰洟。

六二は本来離爻で、離は目、居位が正を得て上に九五に応ずるので、「利見大人」と言います。「用大牲」の大牲は牛を指します。大人がまさに嘉美の会(底本はここに一字を欠き、臆補を敢えてしない)の時に当たり、作為することができ、必ず牛を殺して結盟します。すでに結盟すれば行事できるので、「利往」と言います。『象伝』「除戎器」の「除」は去除修治です。初六の爻辞「一握為笑」:「握」は『周礼』の「夫三為屋」の「屋」と読むべきで、それは三夫の地の単位です。六二の爻辞「孚乃利用禴」:「禴」は夏季の祭名です。上六の爻辞「齎咨涕洟」:眼から流下るのを「涕」と言い、鼻から流下るのを「洟」と言います。

升(しょう)

升,上也。坤地巽木,木生地中,日長而上,猶聖人在諸侯之中,明徳日益髙大也,故謂之升。升,進益之象。六四,王用亨于岐山。亨,獻也,許兩反。

「升」は上進です。この卦は下が巽で上が坤。坤は地、巽は木で、樹木は地の中に生じ、日一日と高く長じて上に向かい、聖人が諸侯の列に身を処し、明徳が一日比べて高大となるに似ているので、卦名を「升」と言います——「升」はまさに逐歩進益の取象です。六四の爻辞「王用亨于岐山」:「亨」は進献で、反切注音は「許両反」、「享」と同じく読みます。

困(こん)

坎為月,互體離,離為日,兌為闇昧,日所入也。今上掩日月之明,猶君子處亂世,為小人所不容,故謂之困也。君子雖困居險,能悅,是以通而無咎也。

『困』は下が坎で上が兌。坎は月、二から四の爻が互体して離を成し、離は日。兌は幽暗昏昧で、太陽が落ちて行く所です。今、上卦が日月の光明を遮掩し、君子が乱世に身を処して小人に容れられないに似ているので、卦名を「困」と言います。君子は険境に困居しても、なお和悦して自処できるので、終に通達して過ちがありません。

九二,困于酒食,朱韍方來,利用享祀。二據初,辰在未,未為土,此二為大夫,有地之象。未上值天廚,酒食象。困于酒食者,采地薄不足已用也。

九二の爻辞「困于酒食、朱韍方来、利用享祀」。鄭玄は爻辰で解きます。九二は初六に凭据し、初六の爻辰は「未」にあり、未は五行で土に属し、九二は采地を有する大夫であることがわかります。未の上はまさに「天厨」星に正対し、これが酒食の取象です。いわゆる「困于酒食」は、采地が貧薄で、自分自身すら足りないと言うのです。

二與日為體,離為鎮霍。爻四為諸侯,有明徳,受命當王者。離為火,火色赤。四爻辰在午時,離氣赤,又朱是也。文王將王,天子制用朱韍。朱,深於赤。九五,劓刖,當為倪□。

九二は日と同体で、離は鎮星・霍山です。九四のこの爻は諸侯で、明徳を具備し、天命を承受して理当たり王となるべき人です。離は火で、火の顔色は赤。九四の爻辰は「午」の時にあり、離気はまさに赤く、経文の言う「朱」はこれを指します。周文王がまさに王と称さんとして、天子の制は朱色の蔽膝を用い、「朱」の色は「赤」よりも深いです。九五の爻辞「劓刖」:鄭玄は「倪□」と作るべきだと言い、底本のこの字はすでに残缺しており、照録するのみです。

井(せい)

井,法也。坎,水也。巽木,桔槔也。互體離兌,離外堅中虛,瓶也。兌為暗澤,泉口也。言桔槔引瓶,下入泉口,汲水而出井之象也。井以汲人,水無空竭,猶人君以政教養天下,惠澤無窮也。

「井」は法度です。この卦は下が巽で上が坎。坎は水、巽は木で、水を汲む桔槔を指します。卦中は互体して離と兌を成します。離は外が堅実で中が空虚、まさに瓦瓶のごとく。兌は幽暗の水沢、まさに泉眼のごとくです。これは桔槔で瓶を吊り、下に泉眼に探り入れ、水を汲んでから井口に提出する取象を言います。井は人の汲取に供して水が枯竭せず、君主が政令教化で天下を養育し、恵恩の沢被に窮尽がないに似ています。

九二,井谷射鮒。九二,坎爻也,坎為水,上直巽。九三,艮爻也,艮為山,山下有井,必因谷水所生魚,無大魚但多鮒魚耳。夫感動天地,此魚之至大;射鮒井谷,此魚之至小,故以相況。甕,停水器也。井渫不食,謂已浚渫也,猶臣修正其身以事君也。

九二の爻辞「井谷射鮒」:九二は坎爻で、坎は水、上はまさに巽に正対します。九三は艮爻で、艮は山、山下に井があれば、必ず山谷の水に因って魚を生じます。こういう水の中には大魚がなく、ただ小さい鮒魚が多いだけです。天地を感動できるのは、魚の中で最大のもの。井谷の中で小さい鮒魚を射るのは、魚の中で最小のもの——鄭玄はこの一大一小を対照させて、九二の施すところの微を見出します。「瓮」は水を蓄える器皿です。「井渫不食」は、井がすでに淘洗して清潔なのに汲みに来る人がいなく、臣子が自身を修正して君主に事奉するのに任用されないに似ていると言います。

革(かく)

革,改也。水火相息而更用事。猶王者受命,改正朔,易服色,故謂之革也。

「革」は改変です。この卦は下が離で上が兌、水と火が互相消滅して輪番で令を行い事を司ります。これは帝王が天命を承受し、暦法の正朔を改換し、車服旌旗の顔色を変易するに似ているので、卦名を「革」と言います。鄭玄は革卦を直接改朝换代の制度更張に落とし込み、抽象的な変通の論とはしません。

鼎(てい)

鼎象也。卦有木火之用,互體乾兌。乾為金,兌為澤,澤鍾金而含水,□以木火,鼎烹熟物之象。鼎烹熟以養人,猶聖君興仁義之道以教天下也,故謂之鼎矣。凝命,凝成也。

「鼎」は器物の象を取って名を立てたものです。この卦は木と火の功用があり、互体はまた乾と兌を成します。乾は金、兌は沢、水沢の中に金属が聚積してまた水を含み(底本はここに一字を欠き、臆補を敢えてしない)、さらに木と火を加えれば、まさに鼎が食物を烹煮する取象です。鼎は食物を煮熟して人を養い、聖明の君主が仁義の道を興して天下を教化するに似ているので、卦名を「鼎」と言います。『象伝』「凝命」の「凝」は成就です。

初六,鼎顛趾。顛,踣也。趾,足也。無事曰趾,設陳曰足。爻體巽為股。初爻在股之下,足象也。足所以承,正鼎也。

初六の爻辞「鼎顛趾」:「顛」は仆倒、「趾」は足です。器物が閑置して事なき時は「趾」と称し、陳設して用いる時は「足」と称します。この爻の在する巽体は股で、初爻は股の下方に在り、まさに足の取象です。足は以て鼎身全体を承托し端正するのです。

初陰爻而柔與乾同體,以否正承乾。乾為君,以喻君。夫人事君,若失正禮,踣其為足之道,情無怨,則當以和,義出之然。如否者,嫁於天子,雖失禮,無出道,廢逺之而已。

初六は陰爻で、性が柔で乾と同体、正しくない身を以て乾に承奉します。乾は君で、以て君主に喩えます。夫人が君主に事奉し、もし正礼を失えば、自分の鼎足たる本分を摧折したに等しいですが、情理の上で怨恨がなければ、和順と義理を以て処置すべきです。このような不正の情形は、もしすでに天子に嫁いでいるなら、たとえ礼を失しても、出妻の道はなく、ただ廃黜し疎遠にするだけです。

若其無子,不廢逺之,后尊如故其犯。六出則廢之逺之,子廢。坤為順,又為子,母牛。在后妃之旁,側妾之例也。有順徳,子必賢,賢而立以為世子,又何咎也。

假如彼女が子を生んでいなければ、廃黜疎遠せず、后位の尊崇は従前のごとし。もし「七出」の中の六種の情形に触犯了れば、初めて彼女を廃黜し疎遠し、生んだ子までも併せて廃します。坤は順で、また子・母牛で、后妃の身旁に処り、まさに側室妾媵の体例です。彼女はすでに柔顺の徳があり、生む子は必ず賢能です。すでに賢能であって世子に立てられるのに、何の過ちがありましょうか。鄭玄は初六の一爻を直接后妃嫡庶の廃立の礼制に読み込みました。

九二,我仇有疾。怨耦曰仇。九三,雉膏,食之美者。九四,鼎折足,覆公餗,其刑屋(釋文剭,周禮注云其刑剭,音屋)。糝,謂之餗。震為竹,竹萌曰筍,筍者,餗之為菜也。餗,美饌,具八珍之食。

九二の爻辞「我仇有疾」:怨を結んだ配偶を「仇」と言います。九三の爻辞「雉膏」は、食物の中で最も精美な一類を指します。九四の爻辞は通行本が「鼎折足、覆公餗、其形渥」と作るのに対し、鄭本は「其刑屋」と作ります(『経典釈文』は「剭」と作り、『周礼』の鄭注に「其刑剭」と言い、読みは「屋」と同じ)。米屑を以て調和した肉羹を「餗」と言います。震は竹で、竹の嫩芽を筍と言い、筍はすなわち餗の中に用いる菜蔬です。「餗」は美味の饌食で、八珍の食を斉備します。

鼎三足,三公象。若三公傾覆王之美道,屋中刑之(一雲臣下曠官,失君之美道,當刑之於屋中)。餗,一作蔌。注,一蔌為八珍所用。六五,金鉉,喻明道能舉君之官職也。

鼎は三隻の足があり、まさに三公の取象です。もし三公が王者の美善の道を傾覆すれば、屋の中で彼に対し刑を行い処死します(別の一説:臣下が尸位して官を曠し、君主の美道を敗壊したなら、屋の中で彼に対し刑を行うべし)。「餗」は一説に「蔌」と写します。注中にまた言い、「蔌」は八珍に用いる菜蔬です。六五の爻辞「金鉉」:道に明達な人が君主の官職政事を挙揚できることに喩え、まさに鉉が鼎耳を貫いて鼎を挙げるがごとしです。

震(しん)

震驚百里,不喪匕鬯。震為雷,雷動物之氣也。雷之發聲,猶人君出政教以動國中之人也,故謂之震。人君有善聲教,則嘉會之禮通矣。

卦辞「震驚百里、不喪匕鬯」。震は雷、雷は万物を鼓動する気です。雷が声響を発するのは、君主が政令教化を颁布して国中の人を鼓動するに似ているので、卦名を「震」と言います。君主に美善の声威教化があれば、嘉美の会と礼数は通行して阻まれません。

驚之言,警戒也。雷發聲聞於百里,古者諸侯之象。諸侯之出教令,能警戒其國疆之內,則守其宗廟社稷,為之祭主,不亡其匕與鬯也。

「驚」の意味はすなわち警戒です。雷が声を発すれば百里の外に伝わり、これがまさに古の諸侯の封疆の取象です。諸侯が教令を発布し、彼の国境の内の人を警戒できれば、宗廟社稷を守り祭祀の主人となることができ、祭祀に用いる匕と鬯を失いません——「不喪匕鬯」はまさに彼の祭主の地位が動揺しないと言うのです。

人君於祭之禮,匕牲體薦鬯而已,其餘不親為也。升牢於俎,君匕之,臣載之。鬯,秬酒,芬芳條鬯,因名焉。啞啞,樂也。六二,億,喪貝十萬曰億,於力反。六三,蘇蘇,不安也。上六,索索,猶縮縮,足不正也。矍矍,目不正。

君主は祭祀の礼の中で、ただ親ら匕を以て牲体を挑取し鬯酒を進献するだけで、其余の事は親ら為しません。牲体を俎の上に升放する時、君主は匕を以て挑取し、臣子は承載を担当します。「鬯」は黒黍を以て釀した酒で、気味が芬芳条達するので名を得ました。初九の『象伝』「笑言啞啞」:「啞啞」は歓楽の声です。六二の爻辞「億喪貝」:十万を「億」と言い、「億」の反切注音は「于力反」です。六三の爻辞「震蘇蘇」:「蘇蘇」は心神不安のさまです。上六の爻辞「震索索」:「索索」は「縮縮」に等しく、歩もとが正しく立たないこと。「視矍矍」の「矍矍」は、眼神が游移して正しくないさまです。

艮(ごん)

艮之言很也。艮為山,山立峙各於其所,無相順之時。猶君在上,臣在下,恩敬不相與通,故謂之艮也。九三,限,要也。列其腰。

「艮」の意味は狠戾で相い順従しないことです。艮は山で、群山はそれぞれ自分の位置に矗立し、彼此相い順従する時がありません。これは君が上に、臣が下にあり、恩義と敬意が互いに沟通しないに似ているので、卦名を「艮」と言います。九三の爻辞「艮其限、列其夤」:「限」は腰で、人の身の上下の交界の所を指します。「列其腰」はすなわち腰部が断裂して開くことです。

漸(ぜん)

初六,乾,謂大水之傍,故停水處。九三,婦孕不育。九三上與九五互體為離,離為大腹,孕之象也。又互體為坎,坎為大夫。坎為水,水流而去,是夫征不復也。夫既不復,則婦人之道顛覆,故孕而不育。孕猶娠也。

初六の爻辞「鴻漸于干」:「干」は大水の傍ら、もとより積水が停留していた所、すなわち水涯を指します。九三の爻辞「婦孕不育」:九三は上に九五との間で互体して離を成し、離は大腹で、まさに懐孕の取象です。また互体して坎を成し、坎は大夫で、出征した夫を指します。坎は同時にまた水で、水は一たび流れれば去って返らず、これが爻辞「夫征不復」の由来です。夫がすでに帰らなければ、婦人の道は転覆するので、孕んでも生養できません。「孕」は「娠」に等しいです。

帰妹(きまい)

六三,歸妹以須。須,有才智之稱(天文有須女,屈原之姊名女須。姊,一作妹)。上六,女承筐無實。宗廟之禮,主婦奉筐米。

六三の爻辞「帰妹以須」:「須」は才智ある者への称呼です(天上に「須女」星があり、屈原の姉の名が女須です。「姊」の字は一説に「妹」と作る)。上六の爻辞「女承筐無実」:宗廟祭祀の礼に按ずれば、主婦は親ら米を盛る竹筐を捧げます。今、筐の中に一物もなく空なのは、まさにこの婚事が祖先への奉祀の責を担うことができないことを見せます。

豊(ほう)

豐之言,腆充滿意也。初九,遇其妃主。嘉耦曰妃。雖曰無咎,初修禮上朝四,四以匹敵恩厚待之,雖留十旬,不為咎。

「豊」の意味は豊腆充満です。初九の爻辞は通行本が「遇其配主」と作るのに対し、鄭本は「妃主」と作ります。美しい配偶を「妃」と言います。爻辞は「無咎」と言いますが、それは初九が賓主の礼を修治して上に九四に朝し、九四はまた対等の礼、深厚の恩意を以て彼を接待したので、たとえ十旬留住しても、過ちと算えません。

正以十日者,朝聘之禮止於主國以為限,聘禮畢歸。大禮曰:旬而稍。旬之外為稍,久留非常。六二,豐其菩。菩,小席。九三,豐其芾。芾,祭祀之蔽膝。

正に十天と定めた所以は、朝聘の礼は主国の定めた期限を以て准とし、聘礼が済み次第帰国すべきだからです。『大礼』に「旬而稍」と言い、十天を満たす以外を便ち「稍」と言い、久しく留まれば常礼に合いません。六二の爻辞は通行本が「豊其蔀」と作るのに対し、鄭本は「菩」と作ります。「菩」は小さい席子です。九三の爻辞は通行本が「豊其沛」と作るのに対し、鄭本は「芾」と作ります。「芾」は祭祀の時に膝前に繫ぐ蔽膝です。

日中見昧,折其右肱。三艮爻,艮為手,互體為巽,巽又為進退,手而便於進退,右肱也。猶大臣用事於君,君能誅之,故無咎。上六,闃,無人貌。天際翔也。際,當為瘵。瘵,病也。自戕也。戕,傷也。

九三の爻辞「日中見沫、折其右肱」は、鄭本は「沫」を「昧」と作ります。九三は艮爻で、艮は手、ここにまた互体して巽を成し、巽は進退を主どります。手であって進退に便いのは、まさに右臂です。これは大臣が君前で専擅して事を用い、君主が彼を誅除できるに似ているので、「無咎」と言います。上六の爻辞「闃其無人」:「闃」は空蕩として人のいないさまです。「天際翔也」の「際」は「瘵」と作るべきで、「瘵」は疾病です。「自戕」の「戕」は傷害です。

旅(りょ)

初六,瑣瑣,猶小小也。爻互體艮,艮,小石,小小之象。三為聘客,初與二其介也。介當以篤實之人為之,而用小人,瑣瑣然。客主人為言,不能辭曰非禮,不能對曰非禮。每者不能以禮行之,則其所以得罪。

初六の爻辞「旅瑣瑣」:「瑣瑣」はすなわち細小です。この爻は互体して艮を成し、艮は小石で、まさに細小の取象です。九三は聘に出る賓客で、初六と六二は随行の副手「介」です。介たる者は本来篤厚誠実の人を選用すべきなのに、今は小人を用いたので、瑣碎に堪えないさまを呈します。賓と主人が往来応対し、辞譲すべき時に言葉を出せなければ非礼、答対すべき時に言葉を出せなくても非礼です。様様がみな礼に依って行えない、これがまさに彼が罪責を招来する所以です。

兌(だ)

九四,商兌。商,隱度也。

九四の爻辞「商兌未寧」:「商」は暗中に揣度し、私下に斟酌する意味で、九四が九五と六三の間に挟まれて反復権衡し、心が定まらないと言います。

節(せつ)

節以制度,空府藏則傷財,力役繁則害民。二者奢泰之所致。

『節』卦の『象伝』は「節以制度」と言います。鄭玄は政事の上から講じます。府庫が空竭すれば財用を損傷し、労役が繁重なら百姓を殘害し、この二つはみな奢侈過度が招来した後果です。だから制度を立てて節制を加え、財用を尽きさせず、民力を困竭させもしないのです。

中孚(ちゅうふ)

豚魚吉。三辰在亥,亥為豕,爻失正,故變而從小名,言豚耳。四辰在丑,丑為鱉蟹,鱉蟹,魚之微者,爻得正,故變而從大名,言魚耳。

卦辞「豚魚吉」。鄭玄は依然として爻辰で解きます。六三の爻辰は「亥」にあり、亥は猪に属しますが、この爻は居位が正しくないので、変わって小さい名目を取り、ただ「豚」すなわち小さい猪と称します。六四の爻辰は「丑」にあり、丑は鱉蟹に属し、鱉蟹は水族の中の細微の一類です。この爻は居位が正を得ているので、変わって大きい名目を取り、径く「魚」と称します。一名の大小は、すべて爻位の正と不正によって定め出します。

互體兌,兌為澤。四上值天淵,二五皆坎爻,坎為水。二侵澤則豚利,五亦以水灌淵則魚利。豚魚以喻小民也,而為明君賢臣恩意所供養,故吉。乘木舟虛也。舟謂集板,如今自空大木為之曰虛。

この卦は互体して兌を成し、兌は沢です。六四の上方はまさに「天淵」星に正対し、九二と九五はみな坎爻で、坎は水です。九二は水沢を浸潤し、小さい猪は便ちその利を得ます。九五もまた水を以て天淵に灌注し、魚は便ちその利を得ます。豚と魚が喩えるのは小民で、彼らは明君賢臣の恩意の供養を受けるので吉利です。『彖伝』「乗木舟虚也」:「舟」は木板を拼合して作るもので、また今のように大木を挖り空にして成るものもあり、それを「虚」と言います。

小過(しょうか)

不宜上。上如字,謂君也。中孚為陽,貞於十一月子;小過為陰,貞於六月,法於乾坤。

『小過』の卦辞「不宜上宜下」:「上」は本字に照らして読み、指すのは君主です。鄭玄はまた卦気を以て月份に配します。『中孚』は陽に属し、十一月の子月に貞定し、『小過』は陰に属し、六月に貞定します——これは乾・坤の両卦が一陽一陰それぞれ一端を主る成例に效法したものです。

未既

濟,既已也,盡也。濟,度也。六二,茀,車蔽也。九三,憊,劣弱也。九五,東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭。互體為坎,又互體為離。離為日,坎為月,日出東方,東鄰象;月出西方,西鄰象也。

(本節の篇題は底本で「未既」と作り、二字が倒乙しており、釈するところは実は『既済』の一卦です。)「済」は既已・窮尽、また渡と訓じます。六二の爻辞「婦喪其茀」:「茀」は車上の遮蔽物です。九三の爻辞「憊」は衰弱疲困です。九五の爻辞「東鄰殺牛、不如西鄰之禴祭」:この卦は互体して坎を成し、また互体して離を成します。離は日、坎は月です。太陽は東方から升起し、まさに東鄰の取象。月は西方から出現し、まさに西鄰の取象です。

坊記疏云:東鄰謂紂國中也,西鄰謂文王國中也。既濟,離下坎上,離為牛,坎為豕。西鄰禴祭則用豕,與言殺牛而凶,不如殺豕受福,喻奢而慢不如儉而敬也,與易注不同。禴,夏祭之名。

『礼記·坊記』の孔穎達疏に言います:東鄰が指すのは紂王の国中、西鄰が指すのは文王の国中です。『既済』は下が離で上が坎。離は牛、坎は豕です。西鄰が禴祭を行うに用いるのは猪です。経文の言う牛を殺してかえって凶に致るに比べ、猪を殺す方がかえって福を受けるに如かず——これは奢侈で怠慢なのは、倹朴で恭敬に如かないことを喩えます。(王應麟が明記:この一条は鄭玄『易注』本身の説とは異なります。)「禴」は夏季祭祀の名称です。

未済(びせい)

汔幾也。凡卦爻二至四,三至五,兩體交互,各成一卦。先儒謂之互體。

『未済』の卦辞「小狐汔済」:「汔」はほとんど・将に近いです。この一条の下に、王應麟は鄭玄易学の通例を附録しています。およそ一卦の六爻は、第二から第四の爻、第三から第五の爻を取り、この二組の各三爻が彼此交互して、またそれぞれ別に一卦を成します——先儒はこの取象の法を「互体」と呼びました。鄭玄が『易』を解するに至る所これを用い、ただ本卦の上下二体に就いて説を立てる路数とは根本的に異なります。前の各卦の言う「互体某某」は、みなこの一条の通例に出ています。

繫辞(けいじ)

君臣尊卑之貴賤,如山澤之有髙卑也,動靜雷風也。類聚群分,謂水火也。成象日月星辰也。成形謂草木鳥獸也。乾以易知,音亦。翫其辭。震無咎,震懼也。

『繫辞』「天尊地卑、乾坤定矣」:君臣尊卑の貴賤の分は、山と沢に高低があるがごとしです。「動静有常」は、雷と風を言います。「方以類聚、物以群分」は、水と火を指します。「在天成象」は日月星辰を指し、「在地成形」は草木鳥獣を指します。「乾以易知」の「易」は読みが「亦」と同じです。「玩其辞」の「翫」は玩味です。「震无咎者存乎悔」の「震」は恐懼戒懼です。

原始及終,精氣為物,游魂為變。精氣謂七八也,游魂謂九六也。七八,木火之數;九六,金水之數。木火用事而物生,故曰精氣為物;金水用事而物變,故曰游魂為變。

『繫辞』の通行本は「原始反終」と作り、鄭本は「原始及終」と作ります。下文に「精気為物、游魂為変」。鄭玄は筮数に五行を配して解きます。「精気」は七と八を指し、「游魂」は九と六を指します。七・八は木と火の数、九・六は金と水の数です。木火が令を行い事を司れば、万物は生成するので「精気為物」と言い、金水が令を行い事を司れば、万物は変滅するので「游魂為変」と言います。これは生死の理を直接四時五行の数に落とし込み、性命義理の空談とはしません。

游魂謂之鬼,物終所歸;精氣謂之神,物生所信也。言木火之神生物東南,金水之鬼終物西北。二者之情其狀,與春夏生物、秋冬終物相似(一雲二物變化,其情與天地相似),故無所差違之也。

游魂を「鬼」と呼ぶのは、万物が終了する時に帰往する所です。精気を「神」と呼ぶのは、万物が生長する時に依凭する所です。これは木火の神が東南方で万物を生育し、金水の鬼が西北方で万物を終結すると言うのです。この両者の情状は、春夏に物を生じ秋冬に物を終えるとまさに相似ています(別の一説:この二つのものの変化、その情状は天地と相似る)、だから経文は続けて「与天地相似、故不違」と言います。

道濟天下,道當作導。範圍,範法也。故君子之道尟矣。臧諸用。臧,善也。言天下之至賾,賾當為動。慎斯術也。術,道。有功而不置,置當作志。野容誨滛,言妖野容儀。

「知周乎万物而道済天下」の「道」は「導」と作るべきで、引導です。「範囲天地之化」の「範」は法則です。「故君子之道鮮矣」は、鄭本は「鮮」を「尟」と作り、すなわち少です。「臧諸用」(通行本は「蔵諸用」と作る):「臧」は善です。「言天下之至賾」の「賾」は「動」と作るべきです。「慎斯術也以往」の「術」は道路です。「有功而不徳」は、鄭本は「不置」と作り、「置」は「志」と作るべきです。「冶容誨淫」は、鄭本は「野容」と作り、妖冶で軽野な容儀が淫邪を招来すると言います。

大衍之數五十。天地之數五十有五,以五行氣通。凡五行減五,大衍又減一,故四十九也。衍,演也。揲,取也。

「大衍之数五十」。鄭玄の算法は:天地の数はもともと五十有五、五行の気が彼此相通じるため、およそ五行はみな五を減じ、大衍はさらに一を減ずるので、実際に揲蓍に取るのは四十九本だけです。「衍」は推演、「揲」は分取です。

天一生水於北,地二生火於南,天三生木於東,地四生金於西,天五生土於中。陽無耦,陰無配,未得相成。地六成水於北,與天一併;天七成火於南,與地二並;地八成木於東,與天三並;天九成金於西,與地四並;地十成土於中,與天五並也。

五行の生成の数はこのように排定されています。天一は北方で水を生じ、地二は南方で火を生じ、天三は東方で木を生じ、地四は西方で金を生じ、天五は中央で土を生じます。ここに至るまで、陽には配偶がなく、陰には匹配がなく、まだ彼此成就できません。そこで地六は北方で水を成し、天一と相い並び、天七は南方で火を成し、地二と相い並び、地八は東方で木を成し、天三と相い並び、天九は西方で金を成し、地四と相い並び、地十は中央で土を成し、天五と相い並びます。一生一成が両両配定して、五行はようやく完備します。

大衍之數五十有五,五行各氣並,氣並而減五,惟有五十。以五十之數不可以為七八九六卜筮之占以用之,故更減其一,故四十有九也。

大衍の数はもともと五十有五です。五行それぞれの生数と成数の気が両両相い並び、気が一たび相い並べば五を減じ、ここにただ五十が残ります。しかしこの五十の数はまだ径く七・八・九・六という揲蓍して得る爻数を定めるに用いることができません。卜筮占問は実際の操作を要するので、さらに一本を減じて用いず、ゆえに四十有九です。

天數五,地數五,五位相得而各有合。天地之氣各有五,五行之次,一曰水,天數也;二曰火,地數也;三曰木,天數也;四曰金,地數也;五曰土,天數也。此五者,陰無匹,陽無耦,故又合之。

「天数五、地数五、五位相得而各有合」:天の気と地の気はそれぞれ五つあります。五行の次第は:第一を水と言い、天数に属し、第二を火と言い、地数に属し、第三を木と言い、天数に属し、第四を金と言い、地数に属し、第五を土と言い、天数に属します。この五つの数は、陰は匹配なく、陽は配偶がないので、さらに彼らに一々配合を与えなければなりません。

地六為天一匹也,天七為地二耦也,地八為天三匹也,天九為地四耦也,地十為天五匹也。二五陰陽各有合,然後氣相得施化行也。研機,機當作幾。幾,微也。蓍之徳圓而神,蓍形圓而可以立變化之數,故謂之神也。

配合の弁法は:地六は天一に匹を為し、天七は地二に偶を為し、地八は天三に匹を為し、天九は地四に偶を為し、地十は天五に匹を為します。二組の五数、陰陽それぞれ配合があり、そして後に気が相得、化育が施行できます。「研幾」は、鄭本は「研机」と作り、「机」は「幾」と作るべきで、「幾」は細微です。「蓍之徳円而神」:蓍草の形体は円く、またそれに据えて変化の数を立定できるので、これを「神」と称します。

四象,布六於北方以象水,布八於東方以象木,布九於西方以象金,布七於南方以象火。河出圖,洛出書,聖人則之。春秋緯云:河以通乾出天苞,洛以流坤吐地符。河龍圖發,洛龜書感。河圖有九篇,洛書有六篇,有以尚賢也。

「両儀生四象」の四象を、鄭玄は方位の数で解きます。六を北方に布いて水に象り、八を東方に布いて木に象り、九を西方に布いて金に象り、七を南方に布いて火に象ります。「河出図、洛出書、聖人則之」:『春秋緯』に言い、黄河は乾の徳に通じて天苞を吐出し、洛水は坤の徳に流じて地符を吐出します。河の中の龍図が顕発し、洛の中の亀書が感応して出ます。『河図』に九篇、『洛書』に六篇あり、聖人は彼らに取法し、その中に賢能を崇尚する意を含みます。

樞,戸樞也。機,弩牙也。戸樞之發,或明或闇;弩牙之發,或中或否,以譬言語之發,有榮有辱。包犧,包,聚也。鳥獸全具曰犧。蓋取諸乾坤,乾為天,其色元;坤為地,其色黃。但土無正位,托於南方,南方色赤,黃而兼赤,故為纁也。

「言行、君子之枢機」:「枢」は門戸の転軸、「機」は弩の上の扳牙です。門軸が一転すれば、あるいは明るい所に開き、あるいは暗い所に転じ入ります。弩牙が一発すれば、あるいは射中し、あるいは落空します——以て言語が一たび口を出れば、あるいは栄耀をもたらし、あるいは耻辱を招致することを喩えます。「包犠氏」の「包」は聚合です。躯体が完整で残らない鳥獣を「犠」と言います。「黄帝堯舜垂衣裳而天下治、蓋取諸乾坤」:乾は天、天の顔色は玄。坤は地、地の顔色は黄です。ただ土には専属の方位がなく、南方に寄托し、南方の色は赤、黄の中に赤を兼ねるので、下裳の色は「纁」となりました。

重門擊柝,豫,坤下震上。九四體震,又互體有艮。艮為門。震日所出,亦為門,重門象。艮又為手,巽爻也,應在四,皆木也,手持二木也。手持二木以相敲,是為擊柝,擊柝為守備警戒也。

「重門撃柝、以待暴客、蓋取諸豫」。鄭玄は層層に卦象を拆解します。『豫』卦は下が坤で上が震、九四の爻体は震に属し、卦中にまた互体して艮を有します——艮は門です。震は太陽の出る所で、また門と算え、両門が相い重なる、まさに「重門」の象です。艮はまた手です。そして九四に相応ずる初六は巽爻で、巽は木、両処とも木に属し、ここに手の中に握る二根の木となります。手に二木を持ち互いに敲撃する、これが「撃柝」で、撃柝はまさに守備警戒のためです。

四又互體為坎,坎為盜,五離爻為甲冑戈兵,盜謂持兵,是暴客也。又以其卦為豫,有守備則不可自逸。

九四はまた互体して坎を成し、坎は盗賊です。六五は離爻で、離は甲冑と戈兵です。盗賊でありながら手に兵器を持つ、まさに経文の言う「暴客」です。さらにこの一卦の名は「豫」で、豫には安逸の義があります——すでに守備を設けようとする以上、自ら安逸を図ることはできず、卦名と取象はここにまさに相警戒します。

結繩為約,事大大其繩,事小小其繩。書契,書之於木,刻其側為契,各持其一,後以相考。合以制器者尚其象,存於器,象可得而用,一切器物及造立皆是。

「上古結繩而治」:事が大きければ繩結を大きく打ち、事が小さければ繩結を小さく打ちます。後世の「書契」は、文字を木片の上に書き、旁側に歯痕を刻出して凭信と為し、双方がそれぞれ一半を執り、後日取り出して相互核対します。「以制器者尚其象」:象は器物の中に存留し、だから取象は実用に落とし込めます。一切の器物および創制建立の事は、みなこの類に属します。

一君二民,君子之道也。二君一民,小人之道也。一君二民,謂黃帝,堯,舜。謂地方萬里為方千里者百,中國之民居七千里,七七四十九,方千里者四十九。夷狄之民居千里者五十一,是中國夷狄二民共事一君。

「陽一君而二民、君子之道也。陰二君而一民、小人之道也」。鄭玄は疆域戸口で核算します。一君二民は、黄帝・堯・舜の世を指します。天下は方万里、方千里の方塊に折れば共に百個。中国の民は七千里見方を占め、七七四十九、すなわち方千里のものが四十九塊。夷狄の民は方千里のもの五十一塊を占めます——中国と夷狄という二種の民が共同で一位の君主に事奉するので、「一君二民」と言います。

二君一民,謂三代之末,以地方五千里,一君有五千里之土,五五二十五,更足以一君,二十五始滿千里之方五十,乃當堯舜一民之地,故云二君一民。

いわゆる「二君一民」は、三代の末世を指します。方五千里を以て一君の地と為し、一位の君主は五千里の土を擁し、五五二十五、すなわち方千里のもの二十五塊。さらに別の一位の君主の二十五塊を添えて、やっと方千里のもの五十塊を湊満し、ちょうど堯舜時代の「一民」の占めた地面に抵当します——二位の君主を要して初めて従前の一民の地に当たるので、「二君一民」と言います。

男女覯精。覯,合也。男女以陰陽合其精氣。因貳以濟民行,貳當為弍。損,徳之修也。修,治也。困,徳之辯也。辯,別也。遭困之時,君子固窮,小人窮則濫,徳於是別也。益,長裕而不設。設,大也。雜物算徳。算,數也。居可知矣,居音基。知者,觀其彖辭。彖辭,爻辭也。亹亹,汲汲也。

「男女構精」は、鄭本は「覯精」と作ります。「覯」は交合で、男女が陰陽を以てその精気を交合すると言います。「因貳以済民行」の「貳」は「弍」と作るべきです。「損、徳之修也」:「修」は治理です。「困、徳之辯也」:「辯」は分別です——困厄に遭遇した時、君子は窮困に安守でき、小人は一たび窮すれば胡作非為する、徳行の高下はここに分辨されます。「益、長裕而不設」:「設」は誇大です。「雑物撰徳」は、鄭本は「算徳」と作り、「算」は計数です。「居可知矣」の「居」の読みは「基」と同じです。いわゆる「知」は、その彖辞を看ること。ここで言う「彖辞」は、実は爻辞を指します。「亹亹」は勤勉して倦まないさまです。

説卦(せつか)

昔者聖人,謂伏犧、文王也。參天兩地而倚數。天地之數備於十,乃三之以天,兩之以地,而倚托大演之數五十也。必三之以天,兩之以地者,天三覆,地二載。必極於數,庶得吉凶之審也。

『説卦』「昔者聖人之作易也」の「聖人」を、鄭玄は伏羲と文王を指すと言います。「参両天两地而倚数」:天地の数は十に完備し、ここに「三」を以て天を乗じ、「二」を以て地を乗じ、これに据えて大衍の数五十を倚托します。必ず三之以天、両之以地とする所以は、天は三を以て万物を覆い、地は二を以て万物を承載するからです。数を極処に推さなければならず、初めて吉凶の確切な分判を得る望みがあります。

揮,揚也。雷風相薄。薄,入也。莫盛乎艮。盛,音成,裡也。其於人也為宣髮。宣髮,取四月靡草死,髮在人體猶靡草在地。為黃顙,為乾卦。乾當為乾,陽在外能幹正也。為科上槀,為黚喙,謂虎豹之屬,貪冒之類。兌為羊,其畜好剛滷。

「発揮于剛柔而生爻」の「揮」は発揚です。「雷風相薄」の「薄」は侵入です。「終万物始万物者莫盛乎艮」:「盛」の読みは「成」と同じ(この下の「里也」の二字、底本にすでに訛脱あり、照録して補わず)。巽「其于人也為宣髪」:いわゆる「宣髪」は、四月に靡草が枯死する象を取ります——頭髪が人の身に長ずるは、靡草が地面上に長ずるがごとく、時節に至れば凋落します。「為黄顙、為乾卦」:「乾」は「干」と作るべきで、陽気が外にあって能く干正することを言います。「為科上槀」「為黚喙」は、虎豹の一類を指し、貪婪吞噬の物に属します。「兌為羊」:この牲畜は性情が剛戾です。

序卦(じょか)

訟猶爭也。言飲食之會,恆多諍也(一作爭)。故受之以豫,言國既大而能謙,則於政事恬逸。雷出地奮,逸豫,行出而喜樂之意。豫必有隨,喜樂而出,人則隨從。孟子曰:吾君不遊,吾何以休;吾君不豫,吾何以助。此之謂也。

『序卦』「訟」は争に等しいです。飲食聚会の場合には、常に争執が多いことを言います(「諍」は一説に「争」と作る)。「故受之以豫」:国家がすでに広大でありかつ謙退できれば、政事を処理するに従容安逸すると言います。雷は地より出て奮動し、安逸和楽、まさに出行して歓喜の意です。「豫必有随」:歓歓喜喜として出行すれば、人々は自然に随従します。『孟子』の引く夏の諺に言います:わが君王が出遊せざれば、われどうやって休息を得ん。わが君王が巡行楽しまざれば、われどうやって助けを得ん——講ずるはまさにこの道理です。

物穉不可不養也,言孩稚不養則不長也。可觀而後有所合。易乾鑿度曰:陽起於子,陰起於午。天數天分,以陽出離,以陰入坎,坎為中男,離為中女。太乙之行,出從中男,入從中女,因陰陽男女之偶為終始也。

「物稚不可不養也」:孩童が幼稚で、養育を加えなければ長大しないと言います。「可観而後有所合」の一句、鄭玄は『易乾鑿度』を引いて解きます。陽気は子位に起こり、陰気は午位に起こります。天数は天の分かつ所により、陽は離より出て、陰は坎より入り、坎は中男、離は中女です。太乙の神の運行は、出る時は中男に循り、入る時は中女に循ります——まさに陰陽男女の配偶に凭って終わりてまた始まるを構成するのです。

故受之以大過,以養賢者宜過於厚。夫婦之道,不可以不久也,言夫婦當有終身之義。夫婦之道,謂咸恆也。致飾然後亨。亨,許兩反。

「故受之以大過」:以て賢人を奉養するには、格別に優厚であるべきで、だから「過」と称します。「夫婦之道不可以不久也」:夫妻の間には終身相守の道義があるべきだと言います。ここで言う夫婦の道は、『咸』『恒』の両卦を指します。「致飾然后亨」の「亨」は、反切注音「許両反」、「享」と同じく読みます。

雑卦(ざつか)

蠱則飾也。

『雑卦伝』に「蠱則飭也」と言い、鄭本は「飭」を「飾」と作ります。『蠱』卦が講ずるのは積壊の事を整治することなので、整飭修治の義を取ります——器物が敗壊すれば修飾整治を要し、家国の積弊も同様に整饬を加えなければなりません。

原跋

康成注易九卷,多論互體,江左與王輔嗣學並立。荀崧謂其書根源。顏延之為祭酒,黜鄭置王。齊陸澄詒王儉書云:易自商瞿之後,雖有異家之學,同以象數為宗,數年後乃有王弼之說。

鄭康成の『易』注九巻は、「互体」を多く講じ、江南で王輔嗣(王弼)の学と並び学官に立ちました。荀崧はかつて彼のこの書の淵源の自ずからあるところを指摘しました。後に顔延之が国子祭酒となり、鄭注を廃黜して改めて王注を立てました。南斉の陸澄が王倹に宛てた手紙に言います:『易』は商瞿の伝承以降、各家の異なる学説がありながら、同じく象数を宗主とし、多年後に至って初めて王弼のあの一套の講法が現れました。

王濟云:弼所誤者多,何必能頓廢前儒。河北諸儒,專主鄭氏。隋興,學者慕弼之學,遂為中原之師,唐因之。今鄭注不傳,此景迂晁氏所慨嘆也。

王濟が言ったことがあります:王弼が講じて誤るところは多く、どうして彼のために一挙に前代儒者の旧説を廃する必要があろうか。黄河以北の諸儒は、一向に専ら鄭氏の学を主としました。隋朝が興るに至り、学者は王弼の学を仰慕し、王学はここに中原の宗師となり、唐代がまた因襲しました。今、鄭注は失伝し、これはまさに景迂先生晁説之が深く慨嘆した事です。

李鼎祚云:鄭多參天象,王全釋人事,易道豈偏滯於天人者哉。合彖象於經,葢自康成始。其說間見於鼎祚集解,及釋文、易詩三禮春秋義疏、後漢書文選注。應麟讀易之暇,輯為此編,庶幾先儒象數之學,猶有考焉。癸酉季夏哉生明,汲古堂。

李鼎祚に言います:鄭玄は多く天象を参用し、王弼は全く人事の上から解説します。『易』の道はどうして天・人のいずれか一辺に偏滞するでしょうか。『彖伝』『象伝』を合併して経文の下に置いたのは、おそらく鄭康成から始まったのでしょう。彼の説は零星に散見して李鼎祚の『周易集解』、および『経典釈文』、『周易』『詩経』『三礼』『春秋』各家の義疏、『後漢書』注と『文選』注の中にあります。王應麟は『易』を読む余暇に、それらを輯めてこの一編とし、先儒の象数の学がなお稽考する所があることを望みました。癸酉年六月初三、汲古堂記。

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