易经证释
宣聖講義(孔子)・図象と文字を並重す
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
易経証釈
例言
一、易自伏羲畫卦,亦文亦畫,本合圖畫文字為一。雖太極等圖,繫後人傳出,源流自遠,講易時應並及各圖,以資參證。一、易為聖人明天道以立極,立人道以制教,本為明道而作,有關內修性命功甚多,故講易應注意道功。
第一条:『易』は伏羲が卦を画いたことに始まり、文字であると同時に図画でもあり、もともと図と文を一体に合わせたものです。「太極図」のような図式は後人が伝え出したものですが、その源ははるかに遠く、したがって『易』を講じるときは各種の図式をあわせて取り上げ、相互に参照し合わせるべきです。第二条:『易』は聖人が天道を明らかにして準則を立て、人道を確立して教化を定めた書で、本来は大道を明らかにするために作られたものです。その中には内面的に性命を修める工夫に関わる部分が多いので、『易』を講じるときは「道功」という层面に留意すべきです。
一、易既本天地之道為教,內中多闡神鬼之德、陰陽之情,習易者必有敬信之誠,而講易時應注重人神因果之理。一、易明神道,為明性命之源,吉凶禍福均屬易中固有之義。凡人生窮達壽夭,皆有定數,不可妄乾,則習易者必明行藏之所宜、得失之有定;故講易時應注重吉凶悔吝之說,而求其毋悖於數也。
第三条:『易』は天地の道に基づいて教化を施すものですから、書中には鬼神の徳能や陰陽の情状を闡明した部分が多くあります。ですから『易』を学ぶ者は敬畏と信順の誠意を持たなければならず、『易』を講じるときは人と神との間の因果応感の理を重点的に説き明かすべきです。第四条:『易』が神道を明らかにするのは、性命の根源を示すためであり、吉凶・禍福はもともと『易』に固有の義理です。人の一生の窮達や寿夭にはすべて定数があり、妄りに犯してはなりません。『易』を学ぶ者は、いつ出ていつ蔵るべきか、得失に定まりがあることを明らかにしなければなりません。ですから『易』を講じるときは「吉・凶・悔・吝」という一連の説を重視し、気数の法則に背かないよう努めるべきです。
一、易者,包乎道德、性情、數象各類而言者也。言文必顧義,言數必徵象,因名思義,因類辨物,因詞審情,不可偏執;故講易時務求其貫通一切,而洞明聖人立教之旨。一、易之言吉凶重在數,言數重在象。數見其氣,象別其類,以徵人事之所合,即以測天道之所宜。而見象必因著龜,明數必候氣運;天乾地支、五運六氣,皆易所重;故講易時應並及占筮之術、測驗之方。
第五条:『易』という書は、道徳・性情・数と象の各方面を兼ね備えて立論しています。文辞を説くには義理に配慮し、数を説くには象によって検証しなければなりません。名称から含义を推し、品類から事物を弁別し、文辞から情実を審察し、一端に偏執してはなりません。ですから『易』を講じるときは、すべてを貫通させ、聖人が教を立てた宗旨を洞明することを務めとします。第六条:『易』が吉凶を説くとき、重点は「数」にあり、数を説くとき、重点は「象」にあります。数が示すのは気の消長であり、象が区別するのは物の品類です。これによって人事の合否を検証し、すなわち天道のどれが相宜かを測るのです。象を見るには蓍草と亀甲に依らなければならず、数を明らかにするには気運の推移を待たなければなりません。天干・地支、五運・六気はいずれも『易』が重視するところですから、『易』を講じるときは占筮の術と験測の方法をもあわせて取り上げるべきです。
一、易之為教,原以授民全生之道,推之成人成物,以至治國平天下,莫不貫通,而原始要終為第一義。人之習易,亦當求其先後,不可好為素隱行怪之談;故講易雖不能如王弼之掃象,亦不可如費氏之徒以災異言也。一、易道博大精深,無不包被:內則修己以一天人,外則成人以一道德,而本未一以貫之,實時中也。習易者既諳斯義,必期實行,務求行動咸宜,言思不悖,而能有德以為世則,有道以為人師,庶可使易教重明,聖道彌廣。
第七条:『易』は一つの教化として、もともと生命を全うする道理を民に授けることを本意とし、推し広げれば他人を成し万物を成し、治国・平天下に至るまで、貫通しないところがありません。そして「始原を推究し終局に帰結する」ことが第一の要義です。人が『易』を学ぶときも、先後の次第を講究すべきで、ひたすら隠僻を穿鑿し奇異な行いを好む言説に走ってはなりません。ですから『易』を講じるにあたっては、魏の王弼のように象数をいっさい払拭することもできず、漢代の費直一派の学者のように、ひたすら災異によって説くこともできません。第八条:『易』の道は博大精深で、包まないものがありません。内には己を修めて天と人を一つにし、外には人を成して道と徳を一つにし、本から末まで一理で貫いています。これはまさに『中庸』の言う「時中」です。『易』を学ぶ者はこの義を諳じた以上、必ず実践に移し、行動のすべてが宜しく、言語・思慮が理に背かないよう努め、徳行をもって世人の準則となり、道術をもって人の師とならねばなりません。こうしてこそ『易』の教えを再び彰明にし、聖人の道をいっそう広大にすることが望めるのです。
一、易之為教,始於古聖,闡於道宗,成於儒者。言既精微,旨尤玄妙,固賅各教之義,集諸派之大成。習易者當以聖人天下為公之心,一本有教無類之旨,不可自存門戶,有入主出奴之見,以自狹而聖人之教也。一、易傳至今,注說不一,漢宋各異派,儒道不同宗,遂致議論紛歧,爭持齟齬,徒亂人意,何裨聖經?今茲講易,務求闡明微言,表章至道,不執於宗派之習,不徒為同異之求。即令漢宋諸儒有所卓見,能探經旨,不睽經義,仍可互相引證,期其貫通;無問其人,祇徵於是,則於聖人講示之後,又可多得研究之助云爾。
第九条:『易』という教化は、上古の聖人に発端し、道家の一脈によって闡発され、最後に儒者の手で完成しました。その言語はすでに精微を極め、宗旨はさらに玄妙であり、もともと各家の教義を兼ね備え、諸派の学説の集大成です。『易』を学ぶ者は聖人の「天下為公」の胸懐を抱き、一も二もなく「有教無類」の宗旨に従い、自ら門戸を立てて自派を持ち上げ他家を排斥する先入見を抱いてはなりません。それではかえって聖人の教化を狭めてしまいます。第十条:『易』が今日まで伝わる中で、注解の説は一様ではありません。漢学と宋学は流派を異にし、儒家と道家は宗尚が違い、そこで議論が紛糾し、互いに争い齟齬して、徒らに人心を乱し、聖人の経典に何の益があるでしょうか。今回の講義は、精微な言辞を闡明し至高の道理を表彰することを務めとし、ある宗派の習気に拘執せず、ただ異同の上に文章を作ることもしません。たとえ漢・宋の諸儒に独得の見解があっても、経文の本旨を探り経義に背かないものであれば、なお互いに引証して貫通を期することができます。誰が言ったかを問わず、正理に合うかどうかだけを見るのです。こうすれば聖人が当面して講示するほかに、研究上の助けをさらに多く得ることができるでしょう。
以上各條,係為講易之前必知之事。以易經至不易明,必先知其研習之道,方不為歧途所誤。略指大概,以告讀者,或亦極深研幾之一助焉。
以上の各条は、いずれも『易』を開講する前に必ず知っておかなければならない事柄です。『易経』は極めて通暁しにくいので、まずそれを研習する門路を明らかにしておかなければ、岐路に迷い込むことになります。ここでは大要の梗概を指し示して読者に告げるだけですが、『繋辞上伝』の言う「極深研幾」(幽深を窮究し細微を研察する)に対しても、いくばくかの助けとなるかもしれません。
孚佑帝君序
易道玄微,至於無名無形;易象廣博,包乎萬物萬事。蓋有天地以後,無物不在易中;未有天地以前,一氣即為易體。故先後天之名,首著於易;天地鬼神之情,盡備於易;性命道德之言,皆詳於易;生死變化之數,均述於易。
『易』が説く道は玄妙精微で、名づけるべき名もなく形も見えない境地に達しています。『易』が取る象は広博宏大で、万物万事をすべて包摂しています。天地が形成されて後は、一物として『易』の範囲の外にあるものはなく、天地がまだ形成される前は、あの浑然とした一団の気こそが『易』の本体でした。ですから「先天」「後天」という二つの名目は、最も早く『易』に見え、天地鬼神の情状は『易』の中に漏れなく備載され、性命と道徳を説く言葉は『易』の中で最も詳しく述べられ、生死変化の数理もすべて『易』の中で陳述されています。
以言天地,則盡其神;以言人物,則概共逍。以言往,則溯諸無始而立其極;以言來,則推至無盡而明其化。以修,則道立而德成;以行,則事理而物順。以其功言,則成王道之治而無所為;以其體言,則符仙佛之真而大有得。以用於尋常,而不悖於情性;以致其遠大,而能底於中和。是為道德之宗、命數之本,天人之所由一,事物之所由平,政治以成,制作以著,君子小人各盡其德,聖愚賢否各適所成。雖取舍萬殊,而底於一道;雖變化盡態,而歸於至中。
『易』をもって天地を説けば、天地の神妙を説き尽くすことができ、それをもって人と物を説けば、人物の道を大略概括することができます(原文の「共逍」は「其道」の字誤であろう)。過去から言えば、開端のないところまで遡上して万有に根本を立てることができ、将来から言えば、無窮無尽まで推衍して変化の道理を説き明かすことができます。それをもって修養すれば道が立ち徳が成し、それをもって行事すれば事が理に合い外物が順調です。その功效から言えば、王道の治を成しながら無為のように見え、その本体から言えば、仙仏の証する真際に合致して大いに得るところがあります。それを日常に用いれば人の性情に背かず、それを遠大に推せば「中和」に帰します。ですからそれは道徳の宗主であり命数の根本であり、天と人が合一する所であり、事と物が平定される由です。政治はそれによって成り、制度器物はそれによって立ち、君子と小人はそれぞれその徳を尽くし、聖者も愚者も賢者も不肖も、それぞれ適切にその成を得ます。取捨は千差万別であっても、最終的には同一の道に帰し、変化は万態を窮めても、最終的には至当なる中道に帰するのです。
蓋本諸天道之常,仿於大道之則,宜於人物之情性,辨於幽明之感通。故在天地間,生成者莫能外;從事物間,行止者莫能違。允宜為萬古之師、萬類所倚。以為教化,則包諸宗;以為文章,則造至極。苟非至聖,孰能為之。
『易』は天道の恒常なる理を根拠とし、大道の法則に倣い、人と物の情性に切合し、幽(鬼神)と明(人事)との間の感応相通を弁別します。ですから天地の間で、生れ成るものすべて、その範囲を超えられるものはなく、事物の中で、行い止まるものすべて、その準則に背けるものはありません。それは実に万世の師、万類が依托する根本と称するにふさわしいものです。それをもって教化を施せば各家の宗派を網羅でき、それをもって文章を撰作すれば極致に達することができます。もし最高の聖人でなければ、誰がこのような書を作ることができたでしょうか。
故夫子備言其精,諸儒各贊其要,合五經以證其終始,勵眾善以徵其初成。不可視為古書,同諸舊史;不可作為文藝,比之詩詞。精益求精,必實行而後得;博而反約,必貫通而有成。是以講演不厭其詳,研求尤須盡力。珍聞而寶藏於心,等諸拳拳之顏子;集思而實行於事,毋負循循之尼山。庶易道獲見重明,後生不迷古訓,則世運亦將成大治,萬國盡化於斯文矣!是為序。
ですから孔夫子は『易』の精微なところを周備に説き、歴代の儒者はそれぞれその要旨を表彰し、『詩』『書』『礼』『楽』『春秋』の五経を合わせてその首尾を印証し、衆人が善に向かうよう励ましてその最初の成效を検証しました。それを一部の古書として旧来の史籍と同等に見てはならず、またそれを文芸作品として詩詞に比附してもなりません。精を極め益を求めるには、必ず自ら力を尽くして行わなければ得るところがなく、博から約に返るには、必ず融會貫通しなければ成すところがありません。したがって講説するときは詳細を嫌わず、研求するときはさらに全力を尽くさなければなりません。貴重な義理を聞いたら心に珍藏し、『中庸』が称える「拳拳服膺」の顔回のようにし、衆人の思を集めて事に落实させ、孔子が尼山で循循善誘した一片の苦心を裏切らないようにします。こうすれば『易』の道は再び彰明となる望みがあり、後学は古訓に迷わず、世運も大治に向かい、万国がこの一脈の斯文に化育されるでしょう。以上がこの序です。
序例
復聖序例――顔子
易者,古聖人作也。傳於庖犧,紹述於神農、軒轅,繼承於堯舜及夏后氏,周文因而變化之,以成今傳之經。蓋庖犧時,因河圖、洛書之見也,而明察天地之象,概論人物之情:上以窮生化之初,下以辨變易之軌;幽以探於神鬼,明以合於日月;遠以徵於四極,近以求於一心,而後知天地生成、物類化育。
『易』は上古の聖人の作です。それは庖犠氏(すなわち伏羲)から伝えられ、神農・軒轅黄帝を経て継述され、さらに堯・舜および夏后氏の代々を経て承けられ、周文王の時に前人に因循しつつ変通を加えて、ようやく今日伝わるこの経となりました。庖犠氏の時、まさに「河図」「洛書」が出現したので、それによって天地の示す象を明察し、人と物の情状を概括論定しました。上には生化最初の起点を窮究し、下には変易運行の軌則を弁明し、幽隠なる所では鬼神を探究し、顕明なる所では日月に印証し、遠くは四方極遠の地に験を取り、近くは自己の一心に反求しました。こうして後、天地がいかに生成し万物がいかに化育するかを知ることができたのです。
情性本於道,氣質成於神。有其用必有其本,有其後必有其先。陰陽必循環以為行,水火必生制以為用。物必有極,事必有中。見諸外者,形質之消長,而變化以成;存於中者,氣神之營運,而中極有立。道者,依體以用而不窮;天者,依道以行而不息。是以有本則不失其序,有道則不盡於用。以不二為德,則生生不已;以至中為體,則循環無端。皆順乎自然,適於至道。無為而無不為,無思而無不中,無慮而無不得。
人の情と性は「道」を根本とし、人の気と質は「神」によって凝成されます。作用があれば必ずその本体があり、後のものがあれば必ず先のものがあります。陰陽は必ず循環往復してこそその運行を成し、水火は必ず相生しつつ相制してこそその功用を成します。およそ物には一つの極限があり、事には一つの中点があります。外に顕現するのは形体質料の消長で、変化はこれによって完成し、内に蘊含するのは気と神の運転で、中正の枢極はこれによって確立します。いわゆる「道」とは、本体に依托して作用を発生させ、用いても窮まりません。いわゆる「天」とは、大道に依循して運行が止まりません。したがって根本があれば次序を乱さず、大道があれば作用を使い尽くしません。「不二」(専一で雑らない)を徳とすれば生生すること已まず、「至中」を体とすれば循環往復して端なく尽きません。これらはすべて自然に順い、至高の道に合います。こうして為すところなくして為さないところなく、慮るところなくして中たらないところなく、謀ることなくして得ないところがありません。
故明道之為道,則天地人物莫外道以生成;明天之為天,則生長盈虛莫非氣所運用;明生之為生,則吉凶壽夭不出數之進退;明數之為數,則行藏出處宜因時之推移。時者屬乎天,位者隸於地。天地者,人物生存傷殺之宰;時位者,事物消長代謝之機。由天地以後言,則人物自天地出;由天地以前言,則天地自道成。所謂形上為道,形下為器;道器之間,一以貫之,是謂之易。故作易以明一切,凡先天後天人物,莫不歸於易。
「道」が道である所以を明らかにすれば、天地人物のいずれも道を離れて生成できないことを知り、「天」が天である所以を明らかにすれば、生長盈虚のいずれも気の運作でないものがないことを知り、「生」が生である所以を明らかにすれば、吉凶寿夭のいずれも「数」の進退を出ないことを知り、「数」が数である所以を明らかにすれば、出仕すべきか退隠すべきかは時勢の推移に順って定めるべきことを知ります。「時」は天の主管に属し、「位」は地の統轄に帰します。天地は人物が生存を得、また傷害殺伐を受ける主宰であり、時と位は事物の消長更替の関鍵です。天地形成以後から言えば、人と万物は天地の中から生じ、天地形成以前から言えば、天地自体は道から生じました。『繋辞上伝』に「形而上の者をこれを道と謂い、形而下の者をこれを器と謂う」とあり、道と器の間を一つの理で貫く、これを「易」と言います。ですから聖人は『易』を作ってすべてを明らかにし、先天であれ後天であれ、人であれ物であれ、すべて『易』に帰結しないものはありません。
易者,一也、中也、極也。無始而有始,無形而有形,無名而有名。易者,自有以溯無也,自無以推有也;有無均齊於易,故易作而有無以名。天地既奠,日月山河各有其紀,飛潛木石各有其類,世代遞嬗、歲時遷移各有其序,生長收藏、盈絀美惡各有其名,而一於不一,同於不同。各因所適所宜,以始以終,其所維繫之道、往來之途,各因所合所制,以成以敗,皆統於易,以歸中極,而順於天道。故易立而萬類以定。
いわゆる「易」とは、すなわち「一」であり、「中」であり、「極」です。それはもともと開端がなかったのに開端を得、もともと形体がなかったのに形体を得、もともと名称がなかったのに名称を得ました。『易』は「有」から「無」に遡上することもでき、「無」から「有」を推衍することもでき、有と無は『易』の中で等量斉観されます。ですから『易』が作られて初めて、有と無に称えるべき名目ができました。天地が奠定されるや、日月山河はそれぞれの綱紀を持ち、飛鳥・游魚・草木・土石はそれぞれの族類を持ち、世代の交替・四時の推移はそれぞれの次序を持ち、生長・收藏・盈満・欠損・美好・醜悪はそれぞれの名目を持ちます。しかし「不一」の中に自らの「一」があり、「不同」の中に自らの「同」があります。万物はそれぞれ各自に適した所で始まり終わり、それらが依托維繋する道路・往来交通する途徑も、それぞれの会合と制約によって成功したり失敗したりします。これらすべては『易』に統摂され、中正の枢極に帰結し、もって天道に順います。ですから『易』が一たび確立すれば、万類はそれぞれ定位を得るのです。
天地之間,人為貴。人之生也,受天地之中氣而有性命,順造化之推移而辨等名,因生養老死之道而有人事,因喜怒美惡之感而有人情。而有以適之、全之、利之、導之,以底於成德;而有以教之、誨之、鑑之、臨之,以盡其原始要終之道。是皆備於易,故易立而人道以全。
天地の間では、人が最も尊貴です。人の出生は、天地中和の気を禀受して性と命を持ち、造化の推移に順って等級名分が分かれます。生育・奉養・衰老・死亡という一連の過程があるがゆえに人事があり、喜怒好悪の感受があるがゆえに人情があります。そこでさまざまな方法をもって彼を順適させ、保全し、利導し、引導して、人が徳行を成就するようにし、またさまざまな方法をもって彼を教育し、訓誨し、借鑑を与え、臨んで督察して、「原始要終」(始原を推究し終局に帰結する)の道理を説き尽くします。これらの内容は『易』の中にすべて備わっています。ですから『易』が一たび確立すれば、人としての道もまた完整するのです。
夫聖人之於天道也,通於神明,見於隱微;於人道也,明於性情,備於教政;於物之宜、事之利也,詳於本末,昭於變化。而後立易以告於天下,垂於有眾,使天下不迷所生化之道,不失其修為之德,不惑神鬼之靈,不悖性命之則,而皆生成安樂,與物同壽,與天地同德,日月同明,鬼神同其吉凶,氣運同其變化。而後聖人成物之道盡,成己之德宏,而天下無不被其德、悅其道。此則聖人立易教民之功,可並天地覆載;其明誠修道之行,即同於治平政刑之施。
聖人は天道について、神明に通达し隠微を洞見でき、人道について、性情を見清め教化と政令を周備でき、万物の宜否・事情の利否については、本末を詳しく弁別し変化を明察できます。この後に、ようやく『易』を創立して天下に昭告し大衆に垂示し、天下人が生化の道理を迷わず、修養して成す徳を失わず、鬼神の霊異に惑わされず、性命の法則に背かず、もって皆が生養安楽を得、万物と寿を同じくし、天地と徳を同じくし、日月と明を同じくし、鬼神と吉凶を共にし、気運と変化を共にするようにしました。この境地に至って、聖人の「物を成す」道はようやく尽き、「己を成す」徳はようやく宏大となり、天下で彼の徳沢を受けず彼の道に悦服しない者はいません。これが聖人が『易』を創立して百姓を教化した功業であり、天が覆い地が載せることに並び立つものです。彼の明より誠に至り大道を修養する実践は、すなわち治国・平天下・政令・刑法を施行する作為に等しいのです。
故易之立也為教民,而人之明易,為率聖人之教,以致於自明誠者也。天下人類,果皆率是教以立其誠,則易之道成矣。易者,有易之義,言將易天下也;有不易之義,言示其體不易,而後其用不盡也;有簡易之義,言推始於太一,而立本不二,以成其無息之德,達其用中之道也。知斯三義,而後明易,易豈易言乎哉!
ですから『易』の創立は百姓を教化するためであり、人が『易』を弄懂するのは、聖人の教化に遵循し、「自ら明らかにして誠に至る」境地に達することを求めるためです。天下人が皆この教化に依って自らの誠を確立するならば、『易』の道は実現したことになります。「易」という字には三層の含义があります。一つは「変易」――それをもって天下を変えることを言います。二つは「不易」――本体が恒常に変わらないことを示し、ただ変わらないがゆえに作用が用い尽くされないことを言います。三つは「簡易」――万有の起点を「太一」に推し、確立する根本が専一で雑らず、もって永く息まない徳を成就し、中道を執守する用に通达することを言います。この三層の含义を得て、初めて『易』を明らかにしたと言うことができます。――『易』とは、どうして軽々しく論じられるものでありましょうか。
孚佑帝君附注
今先將講易之法說明。講時採用一善本為準,五經各本向多用朱本;唯易經,朱本有未善,不及後世來氏本。不過來氏所演圖表過繁,祇宜參考,難為讀本。
まず『易』を講じる方法を説明しておきます。開講にあたっては一つの善本を選んで根拠とします。五経の通行本は、従来多く朱熹の注本を用いますが、ただ『易経』だけは、朱熹の『周易本義』に十分でないところがあり、後世の来知徳の『周易集注』に及びません。ただし来氏の推演する図表はあまりに繁瑣で、参考に取るには適しますが、課本として読むには難があります。
今奉夫子命,就來本節取必要圖表,附列經文之前,去其繁而存其精,以便初學。因言易用圖表,前人均有傳圖,為講習之用;漢時儒者失之,乃傳於道家及術數者流。儒人祇重文字訓詰,雖有所得,不以附經本,使圖表無傳,非易之不用圖表也。
現在、孔夫子の命を奉じて、来知徳の本に就き、必要な図表を節選して経文の前に附列し、繁瑣を删去して精要を保留し、初学の者に便利にしました。『易』を講じるに図表を用いることについて言えば、前人はもともと図を伝えており、講習の用に供していました。漢代に至り、儒者がこれらの図を失い、かえって道家や術数の一派の手に流伝しました。儒者は文字訓詁のみを重んじ、心得があっても図を経本に附することを肯んじなかったため、図表が失伝したのです。――『易』がもともと図表を用いなかったのではありません。
宋時以周邵之所習,得於道家,參於術數之書,經程朱審擇,加於經本之前,易於是有圖說;而不得其全,不明其用,仍無補於易。來氏復增演之,以廣其旨,固較詳備矣,而不明其統系,不知其用之主賓、義之先後,猶難使習者一目瞭然。今就所演加以審正,為之講明,以見古人易教之全,而竟易道之用,庶於後世讀者有所裨益。至其錯誤或疑謬之處,隨時指正可也。
宋代に至り、周敦頤・邵雍が習い伝えた一連の図は道家から得たもので、また術数類の書を参照し、程頤・朱熹の審定・選別を経て経本の前に加えられ、『易』はここに図説を持つようになりました。しかしこれらの図は完整しておらず、その用途も明らかにされず、『易』に対して依然として大きな助けにはなりませんでした。来知徳はさらに増補・推演してその旨意を拡充し、たしかに前人より詳備になりましたが、彼はこれらの図の統属する系統を明らかにせず、用法上どちらが主でどちらが賓か、義理上何が先で何が後かを知らず、やはり学ぶ者が一目で明白になることは難しかったのです。現在は彼の推演したものに就いて審核・校正し、逐一説き明かして、人が古人の『易』教の全貌を見て、『易』道の用途を徹底的に掲示できるようにし、後世の読者に裨益があればと願っています。その中の錯誤あるいは可疑の箇所については、そのつど指正するまでです。
又曰:言易本天道,而習易則人事也。言天道則重氣數,言人事則重象。以氣數言象,是天道;以象言氣數,是人事。因氣數難知,象易見也。先有氣數而後生象,此天道之自然;先明象而後明氣數,此人事之次序。要皆本末之道也。
また言います。『易』を講じる根拠は天道であり、『易』を学ぶことは人事に属します。天道を講ずれば「気数」に重点を置き、人事を講ずれば「象」に重点を置きます。気数から出発して象を説くのは天道の路を行くのであり、象から出発して気数を推すのは人事の路を行くのです。これは気数が直接知りがたいのに対し、象は見やすいためです。先に気数があって後に象が生じる、これが天道自然の順序であり、先に象を明らかにして後に気数を推知する、これが人事上の次第です。要するにいずれも「本」と「末」の道理を出ません。
如見天災時變而知天意,即由象以知氣數,是由末達本者也;而象因氣數所生成,非有象而後氣數至,是由本及末之道也。故明本不必求末,而不及本者,必自末始。
たとえば天災や時令の異常を見て上天の意向を推知する、これは象から気数を推知するのであって「末より本に達する」に属します。そして象はもともと気数が生成したものであって、先に象があって後に気数が至るのではなく、これは「本より末に及ぶ」に属します。ですからすでに根本を明らかにした者は、改めて枝末から求める必要はなく、まだ根本に届かない者は、必ず枝末から手をつけなければなりません。
今之災變多矣。天之風雨旱潦不必論,即物之為變亦夥矣:蛆出道上,雞生雙首,種種怪異,非象之見耶?至於蝗蝻之災,又其至明者,皆氣數所感化而然。欲明氣數,但求之象,即知天變之不已矣!故災有天災,異有物異,而莫非氣數為之,而亦非人心召之,人之變異尤多矣!
今や災異はすでに多くあります。天上の風雨・旱癆は言うまでもなく、物類の反常な現象も少なくありません。蛆虫が道路にはい満ち、鶏が二つの頭を生むなど、さまざまな怪異は、まさに「象」の顕現ではないでしょうか。蝗虫の幼虫が災を成すに至っては、なおさら明らかです。これらはみな気数が感応変化してもたらしたものです。気数を明らかにしようと思えば、ただ象の上から求めれば、天象の変異がいまだ止まないことを知るでしょう。ですから災には天から降された災があり、異には物類が反常を呈した異があり、いずれも気数の致すところでなくてはならず、またいずれも人心の招くところでなくてはなりません。そして人自身の変異はなおさら多いのです。
怪產奇病且不必數,即風尚之壞、情性之乖,或致逆倫悖理,鮮恥敗德,皆自人心之非成之。人心如斯,欲氣數之不變,得乎?此古人重天變而必責於人事也。氣數雖自天定,而變為災福,則人所感召。人祇知天災之難堪,不知人心之難善,是重末忘本,如浮舟海中,欲其不動,何可得也。易者易也,以人易天,以天易數,皆有必至之勢、固然之理。精於易者,唯求易其不善為善,而可易其災害為福。是則聖人以易為教之本旨,端在此乎。
怪異な出生や稀代の疾病は一々挙げるまでもなく、ただ風気の敗壊・性情の乖張に至り、人倫に違逆し事理に悖乱し、廉恥を失い徳行を敗壊するに至るまで、これらはすべて人の心の中の邪僻がつくったものです。人心がこの田地に至ってなお気数を変えずにおこうとは、可能でしょうか。これが古人が天象の変異を重視しながら、必ず帰責を人事に置いたゆえんです。気数は天によって定められてはいますが、それが災禍に転ずるか福沢に転ずるかは、人の感召するところです。人は天災が受けがたいことだけを知り、人心が善に向かいがたいことを知らず、これは枝末を重んじて根本を忘れるもので、船を海上に浮かべておきながらそれを動かさずにおこうとするようなものです。どうしてできるでしょうか。「易」とは変えることです。人をもって天を変え、天をもって数を変えるには、必至の趨勢・当然の道理があります。真に『易』に精通する者は、ただ自己の不善を善に改めることを求め、こうすれば災害を福に転じることができます。聖人が『易』をもって教えとした根本の用意は、おそらくここにあるのでしょう。
孚佑帝君序例
易經上下篇,文王所制。其卦象本伏羲以來所有卦辭爻象,參古易而加入新義,此今之經文也。繫辭上下傳、說卦傳、文言各類文章,則夫子蒐集古聖所傳、各易所用,而與文王易有相發明者。序卦傳則夫子就文王之卦序而說明其義趣也。雜卦象則夫子參合各易,變通文王之序而推衍其變化也。故傳皆成於夫子。文王之經,夫子之傳,乃為今易之本。經文雖不盡作於文王,而文王總其成,以卦序實文王所制也;傳文雖不盡成於夫子,而夫子約其要,以刪訂十翼,實夫子之功也。
『易経』の上下二篇は周文王が編定したものです。その中の卦象は伏羲以来の卦辞・爻象を踏襲し、また古代の各種の『易』を参酌して新たな義理を加えたもので、これが今日見る経文です。『繋辞上伝』『繋辞下伝』『説卦伝』『文言』などの各類の文章は、孔夫子が古聖の伝えたもの、各種の『易』に用いられたものを搜集し、また文王の『易』と互相発明できる材料を集めたものです。『序卦伝』は夫子が文王の排定した卦序に就いてその中の義趣を説明したものです。『雑卦伝』は夫子が各種の『易』を参合し、文王の次序を変通してその中の変化を推衍したものです。ですから「伝」はいずれも夫子の手で完成されたものです。文王の「経」に夫子の「伝」を加えたものが、今本『易』の根本です。経文は必ずしも文王の作ではありませんが、文王がその成を総べました。卦序がたしかに文王の排定だからです。伝文は必ずしも夫子が書き上げたものではありませんが、夫子が要を提げ玄を鉤き、删訂して「十翼」を成したことは、実に夫子の功労です。
此易經一書,雖曰自伏羲始,不過有其卦耳;雖曰歷神農、黃帝、唐、虞、夏、商各易之變,不過間存其詞,見其義耳。故名之周易,實文王與夫子二聖之作。微文王,無周易;微夫子,周易之義不全。以經文簡,而當時憂讒畏譏,有不能盡諸文章者,故曰書不盡言,言不盡意。以此夫子必為補之,補之不可雜於經,故列為傳。
『易経』という書は、伏羲に始まるとはいえ、実は伏羲はただあの卦を持っていたにすぎません。神農・黄帝・唐堯・虞舜・夏・商の各代に『易』の変遷を経たとはいえ、実は間もなく辞句をいくらか保存し、義理をいくらか透露したにすぎません。それゆえそれは『周易』と名づけられ、実際には文王と夫子の二人の聖人の著作です。文王がいなければ『周易』はなく、夫子がいなければ『周易』の義理は完整しません。経文は簡約にすぎ、しかも文王は当時憂患の身にあって、讒言・譏議を被ることを恐れ、ある言葉は文章の中で尽くすことができなかったからです。ですから『繋辞上伝』に「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」とあるのです。まさにこのゆえに、夫子は必ず彼のために補足しようとし、しかも補う言葉を経文の中に混ぜるわけにいかないので、別に立てて「伝」としたのです。
傳者,明有所傳也;繫辭者,明其繫於經也。凡繫、傳、文言之類,皆為周易不可少之文章。以周易之義,待文而後盡;若無之,則周易猶殘闕也。而夫子十翼之功,不在文王下,且文王未言者,亦得夫子為詳其略而顯其微,此足見夫子憲章之功矣。
「伝」と名づけるのは、それが承伝するものがあることを表し、「繋辞」と名づけるのは、それが経文に係属することを表します。およそ『繋辞』『伝』『文言』の類の文字は、みな『周易』に欠くことのできない篇章です。『周易』の義理は、これらの文字が出てはじめて尽くされたと言えるからです。もしこれらがなければ、『周易』は残欠不全のようでありましょう。夫子が「十翼」を作った功労は文王の下にありません。しかも文王が言い及ばなかった所も、夫子に依って簡略を詳細にし隠微を顕発されたのであり、これによって夫子の「憲章文武」(先王の道に遵循し闡明する)の功績を見るに足ります。
經文與傳之有同異者,則由傳採自他易,傳於先賢,有所授也;或與傳文參差互出者,則由經文義有未盡,得於言外而為補述也。故傳文中上下繫傳,全為輔證經文不足者。凡古人制作,取義必專,立旨必純,故成一家言,有獨重之義與旨,而不雜他說;即有摭拾者,亦其言與其義旨同,雖言不同而實同。此不得視為合各家言,文王之易亦如是也。
経文と伝文の間に異同があるのは、伝が別種の『易』から採ってきたもので、前代の賢人の伝授に出て、それぞれ来歴があるためです。時に伝文が彼此参差し互いに出入りするのは、経文の義理にまだ説き尽くされない所があり、言外に補述する必要があるためです。ですから伝文の中の『繋辞上伝』『繋辞下伝』は、すべて経文の不足する所を輔佐し印証するために用いられたのです。およそ古人の著作は、取義は必ず専一で、立旨は必ず純粋です。だからこそ自ら一家の言を成し、特に重んじる義理と宗旨を持ち、他家の説を交雑しません。たとえ前人を採摭した所があっても、採った言は自家の義旨と一致し、字面は異なっても実質は同じです。したがってそれを各家の言論の拼合と見てはなりません。――文王の『易』もまたこのようです。
故所不錄者,唯宜補之於傳,而以繫傳名之,明其義本經文應有,以未得列入,別立為傅而繫之於經云耳。故繫傳上下,含義最宏,取例最多,凡以前各易及涉於數象者,無不採錄。雖言近雜紀,義若旁搜,而皆本易中固有之理,與氣數必明之道。如河圖、洛書、二氣五行、九宮甲子、五音六律、五運六氣,以及天文地理、日星軌度、歲時節候之類,凡屬於氣之所化、形之所生,數有推移、象有升沉者,皆易也,皆易象固有者也,故皆宜採之以證易,而見易之廣大神用。此係傳所摭拾,非一家言:大之性道之功,小之術數之學,明則日用起居之事,玄則神天幽渺之說,皆詳載焉。苟讀經而不先讀之,則將不知易之用矣!
およそ経文の中に収められなかったものは、「伝」の中で補うべきであり、また「系伝」と命名して、これらの義理は本来経文が持つべきもので、ただ列入できなかったがゆえに別に伝を立てて経に係属させたにすぎないことを表します。それゆえ『繋辞』の上下二伝は含义が最も宏大で、挙例が最も繁多であり、およそ以前の各種の『易』および数と象に関わる内容は、採録しないものがありません。それらは見たところ雑記のようで、取義は旁搜博採のようですが、実はみな『易』に固有の道理、および気数を研究するに必ず明らかにすべき門径に本づいています。たとえば「河図」「洛書」、陰陽二気と五行、九宮と甲子、五音と六律、五運と六気、および天文地理・日月星辰の運行軌度・一年の四季の節令気候の類、およそ気の化生する所・形の産出する所に属し、数に推移変化があ・り象に升降沈浮があるものは、みな『易』に属し、みな『易』象の中に本来あるものですから、すべからく採って『易』を印証し、『易』の広大で神妙な作用を顕すに足るのです。見れば『系伝』が採摭したものは一家の言ではありません。大きくは心性大道の功夫、小さくは術数の学、明らかな所は日用起居の事、玄遠な所は天神幽冥の学説まで、すべて詳しく記載されています。もし経文だけを読んで先にそれを読まなければ、『易』がいかにあるべきかを知ることはできないでしょう。
繫傳者,由習易言,較經尤要。經限於體制,故辭約義簡;傅則無所限也,而其辭贍,其義宏,上下古今、鉅細顯隱,無不及也。故其言易,有先天、有後天、有連歸、有本宮、有歲象、闢卦之類;其言數象也,有河圖、洛書,有太極兩儀,有天地生成數,有五運六氣、甲子歲會之圖。其為古聖所發明者,自伏羲卦象變為文字,神農醫藥,黃帝曆數,及諸制作、文物器具、設立教政、開天下先者,無不可由傳中知之。雖為一經之傳,實儗於上世之史。其義則由於中國文化自易卦始;易卦以前雖有難稽,其可考者皆在易卦後也,皆仿諸卦象者也。
『易』を学ぶにあたっては、『系伝』は経文よりなおさら肝要です。経文は体例の制限を受けるので文辞は簡約で義理は簡略ですが、伝は制限を受けないので文辞は富贍で義理は宏大であり、上下古今・巨細顕隠、談じないところがありません。それゆえそれが『易』を講ずるとき、「先天」があり、「後天」があり、『連山』『帰蔵』があり、「本宮」があり、「歳象」「辟卦」の類があります。それが数と象を講ずるとき、「河図」「洛書」があり、太極両儀があり、天地生成の数があり、五運六気・甲子歳会の図式があります。古聖が発明したものに至っては、伏羲の卦象から文字への演変、神農の医薬、黄帝の暦法・算数に至り、および各種の制作・文物器具・教化政令の設立・天下の風気を先んじて開いた事蹟に至るまで、知るべからざるものがなく、すべて伝の中から得られます。それはただ一部の経の伝にすぎませんが、実は上古の史書に比すべきものです。これは中国文化が本来『易』卦から始まったためです。『易』卦以前の事は稽考しがたいとはいえ、およそ考証できるものはみな『易』卦の後にあり、みな卦象に倣って来たものです。
故易卦實包天地,納古今而弗遺。言人道者必從之,以明為人之生;言天道者必因之,以明天地之建。故名曰易,既太易,亦太一也,為萬有之始,以上無所有也。故曰易,言自此而後變易;變易則無者為有,一者為眾矣。此易道至廣至高,而繫傳之辭以繁、義以博,職是故也。
ですから『易』卦はたしかに天地を包容し古今を囊括して少しも遺漏がありません。人道を講ずる者は必ずそれに依従して、人として立身する根本を明らかにすることができ、天道を講ずる者は必ずそれに憑藉して、天地がいかに建立されるかを明らかにすることができます。それゆえそれは「易」と名づけられ、「太易」でもあり「太一」でもあり、万有の起点であって、その上に更に別のものはありません。「易」と名づける所以は、ここから後に変易が始まると言うのです。一たび変易すれば、もともとなかったものが有となり、もともと一であったものが衆多となります。『易』道がかくも広大高遠であって、『系伝』の文辞がかくも繁富で義理がかくも広博なのは、まさにこのゆえんです。
全易大旨及び習易要例
宣聖講義――孔子
易之為書,傳自上古。伏羲氏始畫八卦,初具規模;後之聖人紹述推衍,制卦既備,列爻亦明。唐虞三代,各有演習,分為連山、歸藏、乾坤之易。文王重加纂序,宏以文章,變其占例,著為典則;周公紹之,詳陳論議,博採遺言,撰為至教。是今傳之易也。
『易』という書は上古から伝えられたものです。伏羲氏が最も早く八卦を画き、ただ初めに規模を具えたにすぎません。後の聖人が続いて叙述・推演し、卦を制定して斉備させ、爻も排列して明らかにしました。唐堯・虞舜および夏・商・周の三代はそれぞれ演習する所があり、『連山』『帰蔵』『乾坤』の三種の『易』に分かれました。周文王は改めて編次を加え、文辞をもって拡充し、占筮の体例を変更して一揃いの典則を写し、周公がその仕事を継いで論断を詳陳し、前人の遺した説を広く採集して最高の教法を撰成しました。これが今日伝わる『易』です。
上古無文字,制作文物均極簡陋。伏羲覽河圖、洛書而後制卦象,是則文字之所始也。雖當時類無文章,有如圖畫,實則象意之字,猶之鳥官氏之象形字也。字雖傳於鳥官,畫實創於伏羲。其象形之字、會意之文,多取義結繩,制於歷代,非創自鳥官也。以記載無史,傳說難詳,故莫能盡考所自作耳。
上古には文字がなく、各種の制作と器物は極めて簡陋でした。伏羲が「河図」「洛書」を観覧した後に卦象を制定したのが、文字の開端です。当時は文章と言うには足りず、見たところ図画のようですが、実際には表意の字で、少昊「鳥官氏」の時代の象形文字と同じです。字は鳥官の一系から伝わりましたが、画はたしかに伏羲が創造したものです。それらの象形の字・会意の文は、多くは上古の結縄記事に取義して、歴代が続々と制定したもので、鳥官の独創ではありません。当時史官の記載がなく、伝説も詳考しがたいので、いずれが究竟誰の手に出たかをすべて考訂し尽くすことはできません。
而易之卦象,則傳之最久,固昭昭於人耳目,知為伏義之創制焉。其後聖人推其義、宏其用,以為制作之本、典型之由,故尤重之,蓋歷代文物莫不祖述於易也。易之所作,既因圖書,傳之天然,有非人為;其推衍變化,皆天地自然之序;其運用本末,皆造化自在之則。固非人制之,乃人為明之耳。創之者然,述之者然,紹演變化者亦然。以其本末天道、終始運數,有定序,有極則,不得有所易也。故易者,天道所自見、運數所由明,而備於人天相合之教者也。
そして『易』の卦象は流伝が最も久しく、明白に世人の耳目の前に存し、人は皆それが伏羲の創制であることを知っています。後の聖人はその義理を推闡し用途を拡大し、それを各種制作の根本・典章の由来と見なしたので、特にそれを重んじました。――歴代の文物制度で『易』を祖述しないものはありません。『易』が作られた所以は、すでに「河図」「洛書」に依拠したのであって、これは天然の伝示であって人為に出たものではありません。それが変化を推衍する路数は、みな天地自然の次序であり、それが運用する本末先後は、みな造化そのものに固有の法則です。ですから人がそれを制定したのではなく、ただ人がそれを掲示したにすぎません。創作する者もこのようであり、叙述する者もこのようであり、続いて変化を推演する者もまたこのようです。それが本から末まで天道に依拠し、始から終まで運数に依拠し、一定の次序があり終極の準則があり、人が随時更改することを許しません。ですから『易』は天道が自ら顕現する所・運数がここによって明らかになる所であり、また一揃い完備した、人を天に合わせる教法です。
卦象之制,亦本氣數之盈虛而定,其多少變易,莫非天地自然之物所合者也。卦序之制,雖各易不同,亦本於氣運之往復進止,循環以成,莫非天地常變之道所孚者也。卦之有本末內外及生成消息之象,爻之有時位變化、天地人鬼之象,易之有天地父母、萬物萬事之類,占之有吉凶禍福、因果感應之類,皆本於天地固有者也。卦序之有先後天之別,卦用之有主客體用之別,易之有門戶、槖鑰、奇偶、正反之名,占之有來去、變異、從違、動靜之名,亦皆天道人道固然者也。
卦象の制定も、また気数の盈虚に依拠して定まり、卦画の多少変化は、天地間の自然事物と契合しないものがありません。卦序の制定は、各種の『易』で必ずしも同じではありませんが、みな気運の往来復返・前進停止・循環往復に本づいて形成され、天地の恒常と変動の道に符しないものがありません。卦には本末内外および生成消長の象があり、爻には時と位の変化・天地人鬼の象があり、『易』には天地父母・万物万事の類別があり、占筮には吉凶禍福・因果感応の名目があり、みな天地に本来あるものに本づいています。卦序に先天と後天の分があり、卦の用法に主と客・体と用の分があり、『易』に「門戸」「槖鑰」「奇偶」「正反」の名称があり、占筮に「来去」「変異」「従違」「動静」の名称があるのも、またみな天道人道が本来このようだからです。
蓋易者,聖人睹天地之序,測日月之度,明人物之情,達神鬼之德,而推其始終本末、生成變化之道,及夫人物事理所宜之類,明夫氣數消長、時地遷移,以合於人生,立為人道,而教民勿迷者也。易之為道至矣。
『易』という書は、聖人が天地の次序を観察し、日月運行の度数を測算し、人と物の情状を知り、鬼神の徳能に通達し、こうして万有が始から終・本から末に至る生成変化の道理、および人・物・事・理がそれぞれ適宜する類別を推究し、気数がいかに消長し時と地がいかに遷移するかを明らかにし、もって人の生活に切合し、人としての道を確立し、百姓が方向を迷わないよう教えたものです。『易』の体現する道は、頂点に達したと言えます。
天之所授,神之所明,聖人從而演之以告人耳。雖天地末有之前,尚在易中,況天地乎?雖天地難知之道,尚可推知,況人物乎?故易者,其德顯,其道微,其用明,其體不可見;其大無外,其細無內。觀其象可盡其義,通其意可孚於神。雖立人道以始終,而歸於天道;雖驗氣數於既往,而極於末來。是以歷代聖人莫不諄諄焉:論之以闡其精,廣之以達其神,分合之以窮其變化,微驗之以明其氣數,唯恐人之未能盡其義理。故象外詳其辭,經外者著其傳,輔以圖序,參以蓍龜,其先覺覺民之心,已可見矣。
『易』の講ずるところは、上天の授けた所・神明の昭示した所であって、聖人はただそれに順って推演し世人に告げたにすぎません。天地がまだ出現しない以前の情形すら『易』の範囲の中にあるのに、いわんや天地そのものをや。天地の知りがたい道理すらなお推知できるのに、いわんや人と物をや。ですから『易』という書は、徳性は顕豁で、道理は精微で、作用は明白で、本体は見えません。それを大と言えば大きくて外辺がなく、それを細と言えば細かくて内辺がありません。その象を観察すれば義理を領会し尽くすことができ、その用意を貫通すれば神明と相契合できます。それは人道の始終を確立しながら、最終的には天道に帰結し、已往の事から気数を検証しながら、最終的には未来に推極します。それゆえ歴代の聖人は繰り返し叮咛しないことがありません。論説を加えてその精微を闡発し、推広を加えてその神妙に通達し、分合を加えてその変化を窮尽し、細密な検証を加えてその気数を説明し、人々がその中の義理を領会し尽くせないことを恐れたのです。ですから象の外に文辞を詳しく係し、経の外に伝文を撰着し、図と序をもって輔佐し、蓍草亀甲をもって参験したのです。――先覚者が民衆を呼び覚まそうとするこの苦心は、これによってすでに明らかに見て取れます。
餘於文周之遺,習之既久,卒通其義,不敢負先聖垂教之意,更集其說以筆之書,授於二三子。既承文周之作,道備言審,象當義充,足盡他易之旨,故於連山等略其說,而唯周易是傳焉。然讀斯易,亦可包舉他易,以其為言精,為義廣,讀其一足盡其餘也。若有志者將更求之,亦易達連山歸藏之文矣。今當講周易之先,略述其大旨所闡,以資參究焉。
私は文王・周公の遺したこの遺産を、研習することすでに久しく、ついにその中の義理に通暁し、先聖が教化を垂示した用意に背くことを敢えてせず、そこでまた各家の説を彙集して書を成し、数人の弟子に伝授しました。すでに文王・周公の著作を継承し、道理は完備し言辞は審慎、卦象は允当で義理は充実しており、別種の『易』の旨意をすべて包含し尽くすに足るので、『連山』などについては従略として談じず、ただ『周易』一種のみを伝えます。しかしこの『易』を読めば、すなわち他の『易』をすべて包挙したに等しく、それが立言精当で取義広博だからで、この一種を読み通せば残りを尽く得るに足ります。もし志ある者がさらに探求を進めようとすれば、『連山』『帰蔵』の文字に通達するのも難しくありません。現在『周易』を開講するに先立ち、まずそれが闡発する主要な宗旨を大略叙述して、皆の参研に供します。
講易較難於他經,非望文釋義者也。易之始作,既在上古,經歷代聖人敷文陳義,其間增滅已多。欲明作者之心,必略文而求象;然初習者舍文字外,恆不解象之真義。歷代聖人亦以此故,始推衍其旨,詳述其文,而後卦有卦辭,爻有爻辭,彖象分詮,文言附釋。猶以為末盡,則更敷演其義,博採所聞,或繫詞,或說序,以成傳文,麗於經語。
『易』を講ずるのは他の経を講ずるより難しく、文を望んで義を生ずることはできません。『易』の最初の創作は上古にあり、歴代の聖人が文辞を鋪陳し義理を陳述する間に、増刪改動はすでに多くありました。作者の本心を明らかにしようと思えば、しばらく文字を撇いて象の上から求めなければなりません。しかし初学の者が文字を離れれば、往々にして象の真義を明らかにできません。歴代の聖人もまさにこのゆえに、初めてその旨意を推演し文辞を詳述し、こうして卦には卦辞・爻には爻辞があり、『彖伝』『象伝』がそれぞれ詮釈し、『文言』が説解を附加しました。それでも説き尽くせていないと感じ、さらにその義を敷陳し、聞いた材料を広く採り、あるいは『繋辞』を作り、あるいは『説卦』『序卦』を作り、伝文を写し成して経文の旁に附けました。
其所陳釋,亦非一人之言,蓋得之師傳,參諸他本,集合其說,序列成章,無非以易道精宏,神用莫極,變化無盡,推測維艱。且以三易有殊,取材致用,不一類,不同科,較彼量此相得必多,去短留長,歸奇於正。而辭有不備,文有難宣,或略於經則詳於傳,或重於卦則輕於爻,意有互參,用有聯及,則不獨象之宜重,文亦必詳;經之宜求,傳亦必讀。是習易者固當知也。
これらの陳述・解釈も一人の口に出たのではなく、老師の伝授を得、また他の本を参照して、各家の説を彙集し、順に编排して篇としたものです。このようにした所以は、他ならず『易』道が精深宏大で、神妙な作用に窮尽がなく、変化に止境がなく、推測するのが極めて困難だからです。いわんや三種の『易』はそれぞれ差異があり、取材と用法が同じ類・同じ科に属さず、両つを比較・権衡すれば、収穫は必ずより多く、短所を去り長所を保ち、偏出を正軌に帰らせることができます。そして文辞には必ず不備の所があり、意思には必ず言い出しがたい所があるので、ある所では経文が簡略であれば伝の中で詳しく説き、ある所では卦に偏重すれば爻に対して略するというように、意思の上で互いに参照し、用法の上で彼此に関聯します。このように見れば、象だけを重んじるのではなく、文辞も必ず詳しく講じ、経は固より研求し、伝も必ず読まなければなりません。これは『易』を学ぶ者が本来知るべきことです。
古人初制象時本以會意,雖文不傳,而畫已具,當視所畫之象為最簡之文。厥後文字既建,言詞漸繁,於原象之下引申其意,綴為文辭,則文字者既原象之廣義,當視其辭為漸明漸繁之象,不可分為二也。蓋象亦會意之文,文亦釋意之象,千古聖人後先同揆,作雖異時,義無二致。故讀易者象辭並重:先熟其辭,知象之會意有定義也;後習其象,知文之釋意有微旨也。二者通之,無所疑惑,則易道可見,聖人之心可明,而後用之不違,推之能化。神明之德、天人之道,蓋莫不盡於象與辭焉。
古人が最初に卦象を制作したとき、本来「会意」の路を取っていました。あの時文字はまだ流伝していませんでしたが、画はすでに斉備しており、画かれた象を最も簡省な文字と見るべきです。後に文字が建立され言辞が次第に繁富になると、もとの象の下にその意を引申して文辞を綴ったので、文字は実はもとのあの象の拡張義ですから、これらの辞を次第に明晰になり次第に繁複になった象と見るべきで、両者を二つの事に分けてはなりません。象はすなわち会意の文字であり、文字はすなわち意思を解釈する象です。千百年にわたり聖人は前後同じ準則で、創作は異なる時代にありながら義理は二つとありません。ですから『易』を読む者は象と辞を並重しなければなりません。まず辞を読み熟して、象の会意に確定の含义があることを知り、次に象を研習して、文辞の釈意の中に精微の旨趣が蔵されていることを知ります。両方面が貫通し、心に疑惑がなければ、『易』道が見え、聖人の用心が明らかになり、これより後それを用いて違失がなく、それを推衍して変化に通達できます。神明の徳能・天人の大道は、おそらくすべて象と辞の中に尽きているでしょう。
且易之為用,重在變化。以人之智慧,通天下之故,達神鬼之情,必於變化中得之。象之會意,以象一事一物一時一地者也,而通其變,則必合他象而通參之;辭者釋意以辨類,亦當合他卦爻之辭而通參之。故習易者,象外求象,辭中索辭,如審物然,上下四旁、內外形狀,必通知之,非據一面而能盡其變化也。易之變化亦有定序,則須合全易之象辭通參之。天道不變,雖雙仍不亂其序,故序者,天下之定則也。而易之序則序卦傳為主,此讀易必及之。易卦之序有數種,其用不同,故所序異。而周易之序,則凡今天下所通行之則,莫不依以變化。後所得者,雖變不止此,尚有待於後聖,然今日之數則無違於此。
そして『易』の作用は変化に重点を置きます。人の智慧をもって天下の事物の原委に通暁し、鬼神の情状に通達するには、必ず変化のうちでこそ得られます。象の会意は、ある事・ある物・ある時・ある地を象徴するために用いられます。その変化に通暁するには、必ず他の象と合わせて参看しなければなりません。辞は意思を解釈し品類を弁別するもので、また他卦・他爻の辞と合わせて参看すべきです。ですから『易』を学ぶ者は、象の外にさらに象を求め、辞の中にさらに辞を求め、ちょうど一件の物を細かく見るように、上下四方・内外の形状をすべて通盤に把握しなければならず、一面だけをもってその変化を窮めようとしてはなりません。『易』の変化にも一定の次序があり、それは全部の『易』の象と辞をあわせて参看しなければなりません。天道は恒常で変わらず、たとえ変動があってもその次序を乱しません。ですから「序」とは天下の定則です。そして『易』の次序は『序卦伝』を主とし、これは『易』を読む者が必ず関わらなければならないものです。『易』卦の次序には何種かがあり、用途が異なるので排法も異なります。『周易』の次序に至っては、およそ当今天下に通行する法則は、それに依って変化しないものがありません。後人が得られるものは、変化はこれに止まらず、なお後の聖人を待たなければなりません。ただ今日の気数から言えば、この範囲を出ることはないのです。
易之有體用者,亦由序卦之殊。如伏羲之序異於文王,連山歸藏之易異於周易,後人始有先後天之名。田先天不變,後天重在變;先天不用,後天重在用。由道言之,先天為主,後天為從;由人事言之,皆在後天,一至先天,無所為矣。故周易之用,為人道也,因時之宜,立道之極,而原始要終之事也。先天之易常靜,後天之易常動;而靜中有動,故先天必生後天;動中有靜,故後天不離先天。二者異途同歸,知其一則通其二。斯文王之聖智,乃能盡其變化,而建立周易之極,以全易之用也。
『易』に「体」があり「用」があるのも、また卦序が異なるゆえです。たとえば伏羲の次序は文王の次序と異なり、『連山』『帰蔵』の『易』は『周易』と異なるので、後人はここに「先天」「後天」の名目を得ました。先天は変わらず、後天は変を重んじます。先天は実用を講じず、後天は実用を重んじます。道の角度から言えば、先天は主であり、後天は従です。人事の角度から言えば、人事はすべて後天にあり、一たび先天に入れば為すところがありません。ですから『周易』の用途は人道のために設けられ、時勢の適宜に順い、道の準則を確立し、「始原を推究し終局に帰結する」という事を行います。先天の『易』は常に静に処し、後天の『易』は常に動に処します。そして静の中に動を含むので、先天は必ず後天を生じ、動の中に静を含むので、後天は先天を離れられません。両者は路が異なって帰宿が同じで、一方を得れば他方に通暁できます。まさに文王の聖明なる智慧をもって、はじめてこれらの変化を窮め、『周易』の準極を建立し、もって『易』の作用を完整せしめることができたのです。
夫伏羲之時,豈無所用哉?豈不盡其變化以適人事哉?何以必待文王而後明也?是蓋有故焉。上古之時,人事簡略,民習於道,上有所制,下則循之,既無所多需於變化,亦無所窮於用。且以文字未備,傳佈難廣,作者心通其用,知者神會其變化,有其體已足矣。
伏羲のあの時代、『易』に用途がなかったのでしょうか。彼が変化を推し尽くして人事に適応させなかったのでしょうか。なぜ必ず文王を待ってはじめて彰明されたのでしょうか。ここには自ら理由があります。上古の時、人事は簡単で、百姓は道に依って行うことに習熟しており、上が定めたことを下が照らして遵行し、あまり変化を必要とせず、また用途を窮め尽くすこともありませんでした。いわんやあの時文字はまだ完備せず、伝播も広遠に及びがたく、作った者が心のうちでその用途に通暁し、知る者が神思をもってその変化を領会すれば、この「体」があるだけで十分だったのです。
迨文字既成,文物漸備,迄乎三代,其用易已繁,其變化亦多。彼連山歸藏者,即述前人之口傳,會伏羲之本象,而以盡其變化,致其用,而後制之。文王之卦,正猶是也:上依伏羲之本卦,下采連歸之變例,沿其舊制益其新規,而後周易以成。周易既成,連歸可不復用。於是伏羲與文王二易,一體一用,一本卦,一變例,兩者著明,易道大備。
文字が造成され、典章器物が次第に完備し、夏・商・周の三代に至ると、『易』を用いることはすでに頻繁になり、変化も多くなりました。あの『連山』『帰蔵』の二種の『易』は、前人が口耳に伝えた内容を記述し、伏羲本来の卦象を会合して、その変化を窮めその用途を発揮し、そうして後に書に制定したものです。文王の卦もまさにこのようです。上には伏羲の本卦に依拠し、下には『連山』『帰蔵』の変例を採り、旧制に沿襲して新規を增添し、そうして後『周易』が完成を告げました。『周易』が一成すれば、『連山』『帰蔵』はもはや用いなくてもよくなりました。ここに伏羲と文王の二種の『易』は、一方が体で一方が用、一方が本卦で一方が変例であり、両者とも彰明となって、『易』道は大いに完備しました。
吾故曰易之為易,成於歷代聖人,非一人所作也。伏羲啟之,諸聖紹之,以其本天地自然之序,故作者異而易不異,易序異而易道不異。文王之易固源於歸藏,歸藏源於連山,而莫不出自伏羲。伏羲雖僅傳其體,而用仍紹於周易,則二者合而易以全,更無分於伏羲文王。不過周易傳自文王,今遂名之為周易耳。讀者要當視為一易,不可以其傳述之人不同,而謂有二易也。
ですから私は言います。『易』が『易』と成ったのは、歴代の聖人が共同で完成したのであって、一人の作ではありません。伏羲がその端を開き、衆聖人が続いて為していきました。それが天地自然の次序に本づくので、作る者は異なっても『易』は異ならず、卦序は異なっても『易』道は異なりません。文王の『易』は固より『帰蔵』に源し、『帰蔵』は『連山』に源し、いずれも伏羲に出ないものはありません。伏羲はただ「体」を伝えましたが、「用」はなお『周易』が接続して伝えました。ならば両者を合わせて『易』が完整するのであって、もはや伏羲のものか文王のものかを区分する必要はありません。ただ『周易』は文王によって伝えられたので、今それを『周易』と呼ぶだけです。読者はそれらを同一の『易』と見なすべきで、伝述する者が異なるからといって、二部の『易』があると言ってはなりません。
夫易之有三者,非三易也,易之三變例也。既有三變,已備天地人之數,為用已足,雖有他變,終不出乎三者。文王之易,合三者而一之,故言卦之變與易之用,以周易為主,此吾贊易取文王序卦之由也。卦變雖從文王,本卦必溯伏羲,故說卦兼及二者次序。後人不明易之用有正變,不知伏羲文王之卦同異之義,不解連山歸藏不用之由,妝加揣測,不獨易道不明,既易之自出,亦不復曉;或摭拾殘編以爭執異辭,或採取他易以辨別圖序,皆失吾贊易原意者也。要知末有周易,則不得不採用連歸;既有周易,則從周已足。此吾有從周之嘆也。
『易』に三種あるとは、三部の『易』があるのではなく、『易』の三つの変例です。この三変がある以上、天・地・人の数が斉備し、用いるにすでに足ります。たとえなお別の変化があっても、ついにこの三者を出ることはありません。文王の『易』は三者を合して一としたので、卦の変化と『易』の用途を談ずるには『周易』を主とすべきです。これが私が『易』を賛述するに文王の卦序を採用するゆえんです。卦の変化は文王に依従しますが、本卦は必ず伏羲に遡らなければなりません。ですから『説卦伝』の中に両家の次序を兼ね及ぼしているのです。後人は『易』の用法に正例と変例があることを明らかにせず、伏羲と文王の両家の卦序の異同の道理を懂さず、『連山』『帰蔵』がなぜ棄置して用いないかを理解せず、妄りに推測を加えて、結果として『易』道が明らかでないばかりか、『易』がどこから来たかもはっきりしないことになりました。あるいは残欠の旧書を捜し集めて異説を争い、あるいは別種の『易』を採って図と序を弁別する者もあり、いずれも私の『易』を賛述した本意に背きます。知るべきです。まだ『周易』がなかった以前は、『連山』『帰蔵』を採用せざるを得ませんでした。すでに『周易』がある以上、周制に遵えば足ります。これが私が「吾は周に従わん」との感嘆を発したゆえんです。
夏商遺典,固不可考。連山歸藏之易,吾於杞宋猶及見之,初亦以為可取;及參之周易,始知二者已在其中矣,故從周易。易中諸辭,非盡文王之作,多沿二易之舊,今猶在也。而周易之精,不在辭之美備,而在序之精當,以能參天地二道,立人道之極,全變化之用,明始終之義,非如連歸所取義狹而立極有偏也。故合伏羲之旨,盡易之變化者,唯周易為宜,此文王之所以聖者歟。夫易之有異同,既可知矣;而習易之應從周易,又無疑矣。顯後人猶不達者,則以及門之士末嘗將經傳詳為講釋,以明旨趣;二三子好事者,又竊取連歸之本,授於門人。迨漢之興,言易者遂有同異,雖非乖離不稽之說,究為門戶爭執之階,此則易道之不幸也。
夏・商の二代が残した典籍は、たしかに考訂のしようがありません。『連山』『帰蔵』の二種の『易』は、私は杞国・宋国でまだ見るに及び、初めは取るに足るとも思いましたが、『周易』をもって参照するに至って、はじめてあの二種の内容はすでに『周易』の中に包含されていることを知りました。ですから私は『周易』に従います。『易』の中の多くの辞句はすべて文王の手に出たのではなく、多くはあの二種の『易』の旧文に沿襲し、今なお保留されています。そして『周易』の精妙は文辞の完美斉備にあらず、卦序の排定が精当なるにあります。それは天・地の二道を参合し、人道の準極を確立し、変化の作用を保全し、始終の義理を闡明し、『連山』『帰蔵』のように取義偏狭で立極に偏倚があることはありません。ですから伏羲の宗旨に合い『易』の変化を窮めるには、『周易』が最も適します。これがおそらく文王が聖人たる所以です。『易』の各家の異同はすでに明らかにでき、『易』を学ぶに『周易』に従うべきことも、もはや疑うべきことはありません。後人がなお通達しない所以は、我が門に入った弟子が経と伝を詳しく講解してその中の旨趣を顕明にしなかったこと、そして好事の学生が私かりに『連山』『帰蔵』の本を取って自らの門人に伝授したことにあります。漢代が興るに及んで、『易』を講ずる者にここに異同の争いが生じました。これらの説は悖離無稽とは言えないまでも、ついに門戸の争執の起点となりました。これは実に『易』道の不幸です。
然以今傳之本,既無詳解之文,則他山之石,可以攻玉,取其所異以證其同,亦足以明周易之精美,而直探文王之心矣。易之言讖緯,誇占驗,及其以本宮生變為序,以納甲合歲為用者,其書雖殊,亦屬古人之遺,參而求之,尤足推廣周易之用,蓋雖近雜,亦非無益。是在讀者知以周易為宗,勿認客作主,則占驗之說,正可為修省之助,而生變之異,又可例易道之宏,其所益於易固自有在焉。
ただ今日流伝する本に就いて言えば、すでに詳しい解説の文字がない以上、「他山の石、以て玉を攻むべし」(『詩経・小雅・鶴鳴』に出ず)――各家の異なる所を取ってそれらの同じ所を印証すれば、また『周易』の精美を見るに足り、もって直接文王の用心に探り至ることができます。『易』学の中で讖緯を講じ占験を誇り、および「本宮」の生変をもって次序を排し、「納甲」をもって歳運に配合して施用する類の書は、『周易』と別ではありますが、古人の遺したものに属し、参照して研求すれば、なおさら『周易』の用途を推広するに足ります。これらの内容は駁雑に近いとはいえ、益がないわけではありません。肝要なのは読者が『周易』をもって宗主とすることを知り、客を主と見なさないことです。こうすれば、占験の類の説はちょうど人の修身省察を助け、各種の生変の差異はまた『易』道の宏大を挙証でき、それらの『易』への助益は本来その在る所を持っています。
宗聖講義
易道至微,包義至廣,仁者見仁,智者見智,易固具仁智矣,而見者則依人而殊。非貫通之,誠不明易之為易,而聖人之教不得全行於世,雖曰讀易無益也,故必先明易之本義。夫「易」者:賅象數以明氣,辨時位以明用,詳變化以明生,測順逆以明吉凶,徵名類以明動靜,驗二五以明終始本末,會天人以明性情道德。其含義無盡,致用不窮,其稱名不一,取類至廣,然有其始終焉:推事物之情,溯天地之道,以人立極,有其道也。故習易者有其例,不明其例,則莫知其旨,而例者,指象數也。
『易』道は極めて精微で、含まれる義理は極めて広博です。ですから『繋辞上伝』に「仁者はこれを見て仁と謂い、知者はこれを見て知と謂う」とあります。――『易』は本来仁と智を兼ね備えていますが、各人の見る所は人によって異なります。それを貫通させなければ、まさに『易』が『易』たる所以を明らかにできず、聖人の教化も世に完全に推行できず、さすれば『易』を読んでも益がないと言うべきです。ですから必ず先に『易』の本義を明らかにしなければなりません。いわゆる「易」とは、それは「象」と「数」を総括して気を明らかにし、「時」と「位」を分辨して用を明らかにし、変化を詳述して生生を明らかにし、順逆を推測して吉凶を明らかにし、名称・品類を検証して動静を明らかにし、「二」と「五」(陰陽二気と五行)を考察して始終本末を明らかにし、天と人を会通して性情道徳を明らかにします。それは含义に尽きることなく、用途に窮まりなく、名称は一種に止まらず、取る類は極めて広く、しかし自ずから緒頸があります。事物の情状を推究し、天地の大道に遡上し、人をもって準極を確立する、これがその路数です。ですから『易』を学ぶには「例」(通例・条例)が要ります。通例を明らかにしなければその宗旨に触れられず、そしていわゆる通例とは、象と数を指すのです。
象數者,圖畫文言之所示也。不先求於圖畫文言,則不明象數;不明象數,則不知易之本體及其變化。若拘拘於經文,兢兢於名類,此為文藝之事,而非以極深研幾也。如乾者,必先求其圖之所示,何以為□;必先考其爻之所名,何以為九;必先溯其氣之所始,何以為陽;必先察其道之所存,何以為天。皆必徵於象數而後知之。知之而後可言其德,可名其用,可數其變化,可質其所分合,可因例而明其爻之所占、文之所釋,而後經文可得而釋也。此凡習易者均當如此。夫子韋編三絕,所用心亦如此,決非徒誦其經,熟其訓詁,即足了事者。而講易之先,必自例始;例明而後通貫一切,庶無惑於經文之義;此為講易第一事。
いわゆる象と数とは、図画と文辞が顕示するものです。まず図画文辞の上から求めなければ、象数を明らかにできず、象数を明らかにできなければ、『易』の本体とその変化を知ることができません。もし経文に拘泥して名目・品類の上で斤々計較するだけなら、それは文芸の事であって「極深研幾」ではありません。たとえば「乾」卦では、必ず先にその図式の顕示する所が何か、なぜその卦画があのような形をしているか(原書ではここの卦画符号がすでに欠けている)を明らかにし、必ず先にその爻がなぜ「九」と称されるかを考察し、必ず先にその気がどこから始まるか、なぜ「陽」に属するかを遡り、必ず先にその道理がどこにあるか、なぜ象を「天」に取るかを審察しなければなりません。これらはみな象数の上から証を取らなければ知ることができません。知って後、はじめてその徳を説き、その用を称し、その変化を数え、その分合を質定するに及び、はじめて通例に依拠してその爻の占う所・文辞の解釈する所を明らかにし、そうして後経文を講解することができます。およそ『易』を学ぶ者はみなこのようになすべきです。孔夫子が『易』を読んで竹簡を貫く皮紐が三度切れたほどだったのも、用心がまさにここにあり、決して経文を暗誦し訓詁を弄通すれば済みというものではありません。ですから『易』を講ずる前に、必ず通例から手をつけなければなりません。通例が明らかになって、そうして後すべてを貫通し、経文の含义に困惑を感じるに至らないのです。これが『易』を講ずる第一の事です。
夫易自伏羲氏以後,象數卦儀,傳之既久,因其用不同,而取義有異;故有連山、歸藏、乾坤三易之分;實以一為三,非有他易也。連山首艮以明人道,夏代承用之;歸藏首坤,以重地道,商承用之;乾坤首乾,以尊天道,周承用之。以所首不同,故取義各異,正與夏正建寅,商正建丑,周正建子,其義一也。非歲序異,歲首異耳。故明人道者,以人為先;重地道者,以地為先;尊天道者,以天為先。實則易道備天地人,先後雖殊,場道不異,殊其用耳。
『易』は伏羲氏以後、象・数・卦・儀が流伝して久しく、用途が異なるゆえに取義にも差別が生じ、そこで『連山』『帰蔵』『乾坤』の三種の『易』の分があります。――実は同一の『易』を三つの様子に分けたのであって、別に他の『易』があるのではありません。『連山』は「艮」卦を首に居して人道を闡明するに用い、夏代がそれに沿いました。『帰蔵』は「坤」卦を首に居して地道を看重するに用い、商代がそれに沿いました。『乾坤』は「乾」卦を首に居して天道を尊崇するに用い、周代がそれに沿いました。首に居る卦が異なれば取義もそれぞれ異なり、これはまさに夏暦が寅月を歳首とし、商暦が丑月を歳首とし、周暦が子月を歳首とするのと同じ道理です。一年の次序が変わったのではなく、ただどの月を歳首とするかが変わっただけです。ですから人道を闡明する者は人を前に置き、地道を看重する者は地を前に置き、天道を尊崇する者は天を前に置きます。実は『易』道は天・地・人の三者を兼ね備え、先後は異なっても『易』道に差異はなく、異なるのはただ用法だけです。
周雖重天道,而兼二代之制,故文王重演坎離之卦,以合三為一,而同於乾坤之易;乾坤之易,伏羲固已立制,而坎離之易,則文王為之紹述者也。後人名之曰「先天易」「後天易」,其實一體一用耳。
周代は天道に側重しながらも、夏・商の二代の制度を兼ね採りました。ですから文王は改めて「坎」「離」の二卦を推演し、三家を合して一家とし、『乾坤』の『易』と相一致させました。『乾坤』の『易』は、伏羲が早くに体制を立てました。「坎離」の『易』に至っては、文王がこれに継述を加えて成したものです。後人はそれらを分けて「先天易」と「後天易」と名づけますが、実は一方が体を講じ一方が用を講ずるにすぎません。
蓋乾坤易、明位者也;坎離易、用時者也;雖次序不同,而其為易也無異。以乾坤之易,不能外坎離,坎離之用,亦不能不本乾坤;二者相參,而後變化以大,不獨二易以合用,即三易亦由是以同功。此坎離之易,包括乎一切,而為天地既奠以後所不可少者,以其用之廣,而變化之神也;此習易者必先知之。知其一而求其二與三,則三二皆歸於一,以一概易,名符義當。誠哉聖人之心,足以通天地,並日月矣!
『乾坤』の『易』は方位を講ずるもので、「坎離」の『易』は時用を講ずるものです。両者の次序は異なっても、『易』としては区別がありません。『乾坤』の『易』は坎離を撇き去ることができず、坎離の運用も乾坤を本とせざるを得ないからです。両者が互いに参合して、変化ははじめて宏大となります。ただこの二種の『易』を合わせて用いるだけでなく、三種の『易』さえもこれによって同じ功效を収めます。「坎離」の『易』が一切を包括し、天地奠定以後に欠くべからざるものとなったのは、まさにそれが用途広大で変化神妙なるがゆえです。これは『易』を学ぶ者が必ず先に知るべきことです。その中の一種を知って後、さらに他の二種を求めれば、三種・二種はついにみな「一」に帰します。この「一」をもって『易』を統摂すれば、名と義がまさに符合します。聖人の心思は実に了不起で、天地を貫通し日月に比肩するに足ります。
故文周之後,夫子必兢兢焉以祖述之,而為文以著其義;使伏農暨文周之業,永垂無盡,此則夫子贊易之微志也。夫易有數義焉:以其至易,本於太一也,故自無始至有始,推之無盡,無不可知,此一義也。以其不易也,立本於中,致用於極,中極不變,永執其中,其道乃久,故能行變化而無息,主生成而不測,此一義也。以其變易也,順天地之消息,應氣數之盈虛,與時遷移,其道莫窮;故能握化之鈞,得循環之道;唯通以變,因適而宜,此一義也。
ですから文王・周公の後、夫子は必ず小心翼々として彼らの事業を承述し、文字を写してその中の義理を彰顕し、伏羲・神農および文王・周公の功業を永遠に流伝させ絶えさせませんでした。これが夫子が『易』を賛述した深微なる用心です。「易」の字は幾層かの意思を含みます。第一層は「至易」(簡易)です。それは「太一」を本とするので、開端がない所から開端がある所まで、下へ推衍して無窮無尽、知るべからざるものがありません。第二層は「不易」です。それは根本を「中」の上に立て、作用を「極」の処に推し、中と極は恒常で変わらず、永遠にこの中を守ってこそその道が長久となります。ですから変化を推行して永く息まず、生成を主宰して測度すべからずです。第三層は「変易」です。それは天地の消長に順応し、気数の盈虚に因応し、時勢の推移に随い、道路は永遠に窮尽がありません。ですから造化の枢紐を握り、循環の規律を掌握できます。ただ通達してこそ変に応じ、適う所によって各々その宜を得るのです。
易之為道,有本末始終,有體用內外,包乎萬有,極乎無盡,推之無窮,而無為無不為。此至誠之德,中和之功,天人之所合,事物之所順;而明乎玄微,探乎繁嘖;至簡且易,至久且廣者也,此易之名與義也。
『易』の体現する道は、本あり末あり、始あり終あり、体あり用あり、内あり外あり、万有を包罗し、窮極に尽きず、推衍に完了なく、そして見たところ為すところがないようであって為さないところがありません。これはまさに『中庸』の言う「至誠」の徳・「中和」の功效であって、天と人の会合する点であり、万事万物が順遂を得る依拠です。それは玄妙精微の処を照明することもでき、繁雑紛紜の処を探索することもでき、極めて簡単容易でありながら極めて長久広大です。これが「易」という名称とその含义です。
至易之為象,上日下月,日月者,陰陽之所昭,而天地之道所見者也。以天之道,由日而明,地之道,由月以見;日月代行,天地不息,此坎離代乾坤為主,而水火成陰陽之用。此在體用既合,情性同見之時,而後知乎天地之道,曲成之妙者也。故明易者,必先明坎離之易,由下溯上,由外及內,由人及天,皆必然之序,不可臘者也。
「易」という字の構形の取象に至っては、上に一つの「日」があり、下に一つの「月」があります。日月は陰陽が昭示を得、天地の道が顕現を得る憑藉です。天道は太陽によって彰明され、地道は月亮によって見ることができます。日月が輪番に運行し、天地が生々して息まない、これがすなわち「坎」「離」が「乾」「坤」に代わって主位に居り、水火が陰陽の用を成就する所以です。体と用が会合し、情と性がともに顕現する時を待って、はじめて天地の道が「万物を曲成す」(『繋辞上伝』の語、委曲して周く万物を成就する意)の妙処を懂ることができます。ですから『易』を明らかにしようと思えば、必ず先に「坎離」の一路の『易』を明らかにし、下から上へ遡り、外から内へ深入りし、人から天に推し及ぼさなければなりません。これはみな必然の次第であって、級を越え等を躐してはなりません。
且日者元陽之象,其體亦太極之象,故為□、即□,亦中字之形也;太極之體一,為萬有之母,而易自太極始。日者生物之根,凡物不得日之光熱則不生,是日即生物之母。勿者,古文物字;上日下勿,示生生之象,亦明天下萬物自生之源。其取意固精,而為文卻顯。故知日月為易,則知天地以陰陽而神其變化,亦即知乾坤之易,以坎離而明其功用也。
さらに「日」について言えば、それは元陽の象で、その本体はすなわち太極の象です。ですからそれの取る符号(原書ではここの図形がすでに欠けている)は、まさに「中」の字の形状です。太極の本体は「一」で、万有の母であり、『易』はまさに太極から始まります。太陽は万物生長の根本で、およそ物は太陽の光と熱を得なければ生長できません。ですから太陽はすなわち物を生ずる母です。「勿」は古文の「物」の字です。「易」の字は上が「日」で下が「勿」で、生々已まざるの象を顕示し、また天下の万物が自ら生発する源頭を点明します。それが取る意は固より精妙ですが、字の造成はきわめて顕豁です。ですから日月が合して「易」の字を成すことを懂れば、天地が陰陽を憑って変化を神妙ならしめることを懂り、また『乾坤』の『易』が坎離に依ってその功用を彰顕することを懂るのです。
知□為易,則知天下萬物,莫不生於太一,育於元陽,而易之為教,莫外於溯萬有之始終,推萬物之生成長育,更由是以明天道人道之體用,及夫事物變化消息之數運也。故易辭雖簡,為義極宏,其道至深,為言必備。苟欲洞明其故,則固不外求之象數與文辭也;而易之象數,則盡乎形氣之精;易之文辭,則概乎義理之至。不深研而通其趣,則必有所滯;不廣征而匯其歸,則必有所失。此見仁見智之說,所由來也,習易者可不勉哉!
あの符号(原書ではここの図形がすでに欠けている)がすなわち「易」であることを懂れば、また天下の万物が「太一」に生れ「元陽」に養われないものがないことを懂ります。そして『易』が一つの教化として、万有の始終に遡上し、万物の生成长育を推究し、さらにここから天道人道の体と用、および事物が変化消長する数と運を闡明するに外なりません。ですから『易』の文辞は簡約でありながら含义は極めて宏大で、その道理は極めて深いのに措辞は必ず完備を求めます。もしその中の縁由を徹底的に明らかにしようと思えば、ついに象数と文辞の両方面から求めるに外なりません。『易』の象数は、形と気の精微の処を説き尽くし、『易』の文辞は、義理の極致の処を概括しました。深入りして研鑽してその中の意趣に通暁しなければ、必ず滞碍があり、広く証を取ってその総帰を帰納しなければ、必ず遺漏があります。これが「仁を見る者は仁と言い、智を見る者は智と言う」という説法の由来です。『易』を学ぶ者、どうして勉め力めないでいられましょうか。
夫易:明數者也,而數本乎氣,氣本於陰陽,陰陽本於太極,故太極為易之始。太極者,一也,其初無名無形,由元氣之凝而為光;光生氣,氣成形,形成質,故物之始生,必先有氣。斯氣也,流行天地之間,分合萬有之體,而不可見。
『易』は「数」を闡明する学です。そして数は気を本とし、気は陰陽を本とし、陰陽はまた太極を本とします。ですから太極は『易』の起点です。いわゆる太極とはすなわち「一」で、それは最初名もなく形もなく、元気が凝聚して光と化し、光が気を生じ、気が凝して形を成し、形が結して質となりました。ですから万物が生産を始めるとき、必ず先に気がありました。この気は天地の間に流行し、万有の形体を分合しながら、それ自体は見えません。
見其形質焉,因氣之分合多少偏全,而形質不齊,故數不等而象不一,求其象而後知其數,明其數而後辨其氣。氣有陰陽,數有奇偶,因分合而有四五,因偏全而有善惡;此氣之變化也。因生物之時地有多寡,因境遇之變遷而有大小;此數之消長也。因所受之殊,而形質有殊;因所合之異,而性情有別;此象之進退也。
人の見得るところはただ形と質だけです。気の分合に多少があり偏全があるゆえに、形質は参差不斉となり、ここに「数」は各々相等しくなく、「象」は各々相同じありません。先に象を求めて後はじめて数を知り、数を明らかにして後はじめて気を弁じ得ます。気は陰と陽に分かれ、数は奇と偶に分かれます。分合の不同により「四」(四象)と「五」(五行)があり、偏全の不同により善と悪があり、これは気の変化です。物を生ずる時間地点の不同により多少があり、境遇の変遷により大小があり、これは数の消長です。禀受する所の不同により形質に別があり、会合する所の不同により性情に異があり、これは象の進退です。
蓋氣自太極以下日分,分而仍合;故兩儀、四象、五行、皆以次名,數自太一以下,亦漸散,而仍復聚,故天一地二、至天九地十、推而五十、六十四、百四十四、二百一十六、而萬一千五百二十之數以別,象自太極以下,由氣數之推移變化,而諸物生成,名類日多,反覆日眾,以仍循環終始,故八卦六爻之互相乘除,太陰少陽之互相推化,以成萬物之形,類萬有之情,名萬事之制,而不可窮盡,此皆順乎生化之序,有不期然而然者。
気は太極から下へ一層一層に分かれ、分かれてもなお会するので、「両儀」「四象」「五行」の順次に立つ名目があります。数は「太一」から下へまた次第に散じ、散じてもなお聚まるので、「天一・地二」から「天九・地十」(『繋辞上伝』に記す天地之数)に至り、さらに推衍して大衍の数五十・六十四卦・一百四十四(坤策の数)・二百一十六(乾策の数)、一万一千五百二十(万物の数に当たる)に至るまで、各々分別があります。象は太極から下へ、気と数の推移変化によって種種の事物を生成し、名目・品類は日々に増多し、反復交錯は日々に繁密となり、それでもなお循環して始あり終ありです。ですから八卦六爻の間は互いに乗除し、太陰少陽の間は互いに推移転化し、もって万物の形体を構成し、万有の情状を区分し、万事の法度に命名し、永遠に窮尽がありません。これらすべては生化の次序に順い、意をもってそうするのではなく自然にそうなるのです。
故總而言之:則一生二,二生三,三生萬物,分而言之,則太極以下,氣數與象,各以類別,不可勝紀。以自上而下,則言之如此;如自下溯上,則必就其已見者征之,此求象為第一步。因象者於外,存於現在,耳之所聞,目之所見,手足之所執持者,固易為徵。徵其象則得其數與氣,而後因其例,以辨其吉凶福禍;循其時地,以辨其道德性情,而後行止有方,動定有則,而用乃著,而道乃彰,而後聖人立教之心可見矣!故習場莫先於象數,明象數莫先於例。易之明例,實習渴之下手處,故講易必自例始,以其已知,求未知也。
総じて言えば、すなわち『老子』の講じる「一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」です。分けて言えば、太極以下、気・数と象は各々類別に区分され、多くて記し勝れないほどです。上から下へ推せば、情形はこのようです。もし下から上へ遡ろうとすれば、必ずすでに顕現したものに就いて証を取らなければならず、このとき「象を求む」が第一歩となります。象は外にあり、当下に存在し、耳の聞き得る所・目の見得る所・手足の執持し得る所であって、本来験しやすいからです。象に証を取れば、その数と気を得ることができ、そうして後通例に依拠して吉凶禍福を分辨し、時と地に順って道徳性情を分辨します。この後、行動と静止に方向があり、動作と安定に法則があり、作用がはじめて顕現し、大道がはじめて彰明し、聖人が教を設けた用心も見ることができます。ですから『易』を学ぶに象数より先なるものはなく、象数を明らかにするに通例より先なるものはありません。『易』の通例を明らかにすることは、実に『易』を学ぶ下手処です。ですから『易』を講ずるには必ず通例から始めます。――すでに知る所をもってまだ知らざる所を求めるのです。
夫易自伏羲畫卦,分列陰陽以定其位,重為六爻以明其時;乾坤為體,易行其中,乾坤成列,易立於中,二者體用之分,時位之辨,相錯以行,相交以變,生生不已,變化無盡。故由八卦而成六十四,六爻而推至三百八十四,皆本一氣循環,二五互用,以成其象,以寓其數,以行其氣。
『易』は伏羲の画卦以来、陰陽を分列して各爻の位を確定し、三画を重ねて六爻を成して各爻の時を顕明にしました。乾と坤は本体であって、『易』はその中に運行します。『繋辞上伝』に「乾坤列を成せば、則ち易その中に立つ」とあります。乾坤の両者には体と用の分別・時と位の辨異があり、交錯して運行し、交合して変化し、生々已まず、変化無窮です。ですから八卦から演じて六十四卦を成し、六爻から推衍して三百八十四爻に至り、すべて一気の循環・陰陽と五行の交互の用に本づき、もってその象を構成し、その数を寄寓し、その気を運行します。
故太極既立,自生兩儀;卦象既成,自生爻象;自然推衍者也。由乾坤定位之易,而見卦位之序;由坎離中立之易,而見卦氣之時行,變化雖多,次序不亂,皆二五所生化,順乎天地萬物之次,而相交合五生成者也。故欲知生化之跡,必列象而觀之,此圖畫為所必重也。故習易必先將易之圖象,觀察明晰,如乾坤定位之圖等,一一列前;審其生化之序,及其推移之數,而後得其卦之由來,此固為第一事也。
ですから太極が一たび確立すれば、自然に両儀を生じ、卦象が一たび形成されれば、自然に爻象を生じます。――これはみな自然に推衍して出たものです。「乾坤定位」の一路の『易』からは、卦位の次序を見ることができ、「坎離居中」の一路の『易』からは、卦気が時に随って運行する情形を見ることができます。変化は衆多であっても次序は紊れず、すべて陰陽と五行の生化する所であって、天地万物の次第に順い、交互に配合して生成します。ですから生化の蹤跡を知ろうと思えば、必ず象を排列して観なければなりません。これが図画が必ず重視を受けなければならない所以です。それゆえ『易』を学ぶには必ず先に『易』の各種の図象をはっきりと見、「乾坤定位図」などを一々前に陳列し、その中の生化の次序および推移の数を審察して、そうして後はじめて各卦の由来を明らかにできます。これは本来第一の事です。
述聖講述――子思
讀易須先明易例:以其敷辭有定,陳象不二,必通其義,而後明其旨,必抉其情,而後達其用。如乾□,天也、父也、之例,必先熟記之,則卦中有乾象,或通乾象;及其比偶反類之象者,皆有孚於乾之義,即有類於乾之情,則其為象,必同於乾之物;如天也、父也、之類,此易示象之例,有不易者也。又如乾之卦辭「元享利貞」,其六爻之辭各異,而皆有其物與事以象之,則各卦中如有乾之辭,及其爻之辭,或比偶反類之辭,皆與乾通其義;必合對參之,以明其所指,而後知其辭之用,此易辭之例,必通解者也。
『易』を読むには必ず先に『易』の通例を明らかにしなければなりません。『易』は措辞に定規があり、陳べる象に曖昧がないので、必ずその含义に通暁してこそその宗旨が明白になり、必ずその情実を剔発してこそその用処に通達します。たとえば「乾」卦の卦画(原書ではここの符号がすでに欠けている)は天を代表し父を代表する、この一条の通例を必ず先に記憶し熟しなければなりません。さすればおよそ別卦の中に乾象を含むもの、あるいは乾象と相通ずるもの、およびこれと相比し・相偶し・相反し・相類する象は、すべて乾の含义に合し、また乾の情状に近く、ならばそれが取る象は必ず乾が象徴する事物と同じく、たとえば天・父の類です。これは『易』が象を示す通例であって、固定して変わりません。またたとえば乾卦の卦辞「元・亨・利・貞」は、その六爻の爻辞は各々相同じくないのに、すべて相応する物と事があって象徴を成します。ならば各卦の中に乾の卦辞が現れ、あるいは乾爻に相応する爻辞、あるいは相比・相偶・相反・相類する辞句があれば、すべて乾の義理と相通ずるので、必ず合わせて対照参看し、それらが指す所が何であるかを明らかにして、そうして後はじめてこれらの辞の用法を知ります。これは『易』辞の通例であって、必ず通盤に理解しなければなりません。
習易貴乎通,而用易在乎熟,苟執而不通,習而多忘,則何以窮天下之變,盡易道之蘊哉?蓋易者:以簡御繁,以顯探微者也,因其為用至廣,言文難備;為道至大,事物同賅,則不得不操其本,用其極,以不二之道,成不測之功;以至易之文,成至神之用,此所以僅六十四卦,三百八十四爻,而盡天下之事物與變化也。不先明此,則不能窺聖人制易之心,亦不能全易道之用,則雖治易終無益也。故貴在能熟其辭而通其象。
『易』を学ぶには貫通を貴び、『易』を用いるには純熟にあります。もし一端に死守して通達せず、学んでまた多くを忘れるなら、どうして天下の変化を窮究し『易』道の蘊含を窮尽できましょうか。『易』という書は、簡をもって繁を馭し、顕から微に入るものです。その用途が極めて広く、言語文字をもって言い尽くしがたく、その道理が極めて大きく、各種の事物を一括して包括するので、根本を把握して極処に用い、専一で雑らない道をもって測度すべからざる功效を成就し、極めて簡易な文字をもって極めて神妙な作用を成就せざるを得ません。これが、ただ六十四卦・三百八十四爻のみをもって、天下の事物と変化をすべて涵蓋する所以です。先にこの一点を明らかにしなければ、聖人が『易』を制作した用心を窺うことも、『易』道の作用を完整に発揮することもできず、さすればたとえ『易』を研究しても、ついに益がありません。ですから肝要なのは、その辞を読み熟し、その象を弄通できることです。
易之為用,有獨用者,有合用者,有對偶者,有推移者;有反逆相成者,有正順相制者,其類不一,其例至多;則可就其象驗之。如各卦各爻,均有獨用之例,而相合亦成其用。其對偶推移,順逆正反,則成其生克變化之用,此當就其成例測之。
『易』の用法には、単独に取用するもの、合わせて取用するもの、対になって相偶するもの、順に推移するもの、相反相逆して彼此成就するもの、相正相順して彼此制約するものがあり、種類は一様でなく、条例は極めて多く、みな象の上から検証できます。たとえば各卦各爻には、すべて単独に取用する通例があり、また彼此配合しても用途を成就します。対偶推移・順逆正反に至っては、相生相克・変化不已の用途を形成します。これらはみなすでにある成例に依って推測すべきです。
蓋乾坤二卦,各獨立而為天地父母;合則如泰否,其用不同,對偶推移,則如復姤遯臨之類;相生克以成變化,則如剝復損益既未濟之類,皆有定例可尋者也。至其比例交錯,由此通彼,由上化下,則如咸恆之乾坤,益損之離坎,各極其變而成其用,亦自成例;故必列象,觀其分合變化,驗其生克消息,而後得其用焉。
乾・坤の両卦が各自独立するときは天地・父母を代表し、両者が相合すれば『泰』『否』となり、用途は各々相同じありません。対偶推移に属するものは、『復』『姤』『遯』『臨』の類です。相生相克によって変化を形成するものは、『剥』『復』『損』『益』および『既済』『未済』の類で、いずれも一定の条例があり尋繹できます。それら比類交錯し、此より彼に通じ、上より下に化する情形に至っては、『咸』『恒』の両卦が乾坤より変じたもの、『益』『損』の両卦が離坎より変じたもののように、各々変化を極処に推してその用を成就し、また自ら通例を成します。ですから必ず象を排列して、それらの分合変化を観察し、それらの生克消長を検証して、そうして後はじめてそれらの用法を掌握できます。
故易有乾坤中立之序圖,有坎離上下之序圖,有其本宮變化之序,有依對偶推移之序,無非為極其用也。必先於其同以求其異,於其異以證其同,而後知其變化由來,生克消息之例也。是以習易,非僅釋文義,諳象一變為坎坎離上下之序圖,其原因如何?成用如何?而後知聖人易教之本旨,與吾人習易之何為。
ですから『易』には「乾坤中に居りて立つ」の序図があり、「坎離分かれて上下に居る」の序図があり、本宮の変化に依って排した次序があり、対偶推移に依って排した次序があり、いずれもその用途を極致に発揮するためです。必ず先に相同なる処からそれらの差異を探し出し、次に差異の処からそれらの相同を印証して、そうして後はじめて変化の由来・生克消長の条例を知ることができます。それゆえ『易』を学ぶのはただ文字義訓を解釈するのみならず、また卦象がなぜ「乾坤定位」から一変して「坎離上下」の序図となるか、その中の原因は何であり、成就する用途は何であるか(この句は原書の文字に脱誤があるようである)を明らかにしなければなりません。こうしてこそ聖人が『易』をもって教を設けた根本の宗旨、および我々が『易』を学ぶのは究竟何のためかを知ることができます。
易之八卦為綱,其所生化五十六卦為目,而乾坤二卦,又綱之綱,以各卦皆自是出,即萬物生於五行,五行成於二氣也。由其數言,八卦者生成之數,五十六卦則相生相制之數也,萬物雖眾,皆包於六十四卦,則一卦之分合變化,所賅者多矣!故必詳徵於爻。爻者本於乾坤之□、□,即數之九六也,無論何爻,不外□、□,即言萬物萬事,不出九六之數與陰陽之氣也。
『易』は八卦を綱とし、八卦から生化して出た残りの五十六卦を目とします。そして乾・坤の両卦はまた綱中の綱です。各卦がみなそれらから生ずるからで、ちょうど万物が五行に生じ、五行がまた陰陽二気によって構成されるようなものです。数の上から言えば、八卦は生成の数であり、五十六卦は相生相制の数です。万物は衆多であっても、すべて六十四卦の中に包含されます。ならば一卦の分合変化の涵蓋する内容はすなわち多くなります。ですから必ず爻の上に詳しく考察を加えなければなりません。爻は乾坤のあの二種の爻画符号に本づき、すなわち陽爻と陰爻(原書ではここの符号がすでに欠けている)であり、数の上ではすなわち「九」と「六」です。いずれの爻も、この二種を出ません。これはすなわち万事万物が九・六の数と陰陽の気を跳出られないことを言うのです。
由其合觀之,則變化無盡;由其分言之,不過天地所賦之一耳。故乾坤為天下之樞機,而□、□為天下之本氣;九六為天下之總數,實為生化之所始終者也。雖究其生化,有不可盡,而溯其本始,則不離於是。是即中庸所謂天地之道不二,而生物不測也。故易者:示天地萬物終始者也。無論何物何事,莫不包於易中,即溯無始,以迄天地之滅,皆由易象盡之矣!
それらを合わせて見れば、変化に窮尽がありません。それらを分けて言えば、また天地の賦与したあの「一」にすぎません。ですから乾坤は天下の枢紐であり、陰陽の二種の爻画(原書ではここの符号がすでに欠けている)は天下の根本の気であり、九と六は天下の総数であり、実に生化の起点と終点です。たとえその生化を推究して窮尽すべからずとも、その本原を遡って追うにはこれらを離れられません。これがすなわち『中庸』の言う天地の道は専一不二で、しかも万物を化育して測度すべからざる所以です。ですから『易』は天地万物の始より終に至るを顕示する書であって、いかなる物・いかなる事も、『易』に包含されないものはありません。たとえ上は開端なき処に遡り、下は天地毀滅の時に推しても、みな『易』の象をもって説き尽くすことができます。
如以六十四卦次第列之為圖,即足以示天地世界之終始,即自乾坤以迄既未濟,其推移轉換,實一世界自然之序,而縮言之,即一人終始生化之例。其為變化者,則有方圓圖與歲序圖,及八宮之序,皆與經中次序相證,以互為用:因大數雖有定例,而變化甚多;必合各圖而後知其變例。如後人京氏之八宮,焦氏之歲序,與邵氏所傳於道家之方圓圖,皆易中自具之例,為推其變化,以與經本次序相證者也。
もし六十四卦を次序に従って図に排すれば、天地世界の始終を顕示するに足ります。『乾』『坤』から『既済』『未済』に至るまで、その間の推移転換は、実に一つの世界が自然に演変する次序です。縮めて言えば、すなわち一人の人が生より死に至る、生化始終の範例です。変化を表現するものには、「方図」「円図」および「歳序図」ならびに「八宮」の次序があり、みな経文中の卦序と互いに印証し彼此を用となします。大きい数に定例はあっても、その中の変化は多いので、必ず各種の図を合わせて見て、はじめてその変例を知ることができます。後人の京房の八宮卦序、焦延壽の歳序、および邵雍が道家から伝えた方円図のごときは、みな『易』の中に本来ある条例であって、その変化を推演し、経本の次序と相印証するために用いられたものです。
故大之足以盡宇宙之象,小之足以合歲時之紀,即一人一地一時之事,亦由是足以占之,此則因天地生化自然之例,固如是也,即其變例,亦不出於各圖之序,由正證變,皆如指掌;故可以明知未來,通達既往,而盡其變化,致其用也。是易之象雖簡,而含義無窮,習易者必詳求之,始全其用;而其道總不外往復於六十四卦之內也,其變例為圖尚多,此舉其至要而已傅者耳。習易之先,務熟記之。
大きく言えば、それは宇宙の象を窮めるに足り、小さく言えば、一年四時の綱紀に合するに足り、一人・一所・一時の事に至っても、これに依拠して占断できます。これは天地生化の自然なる条例が本来このようであって、その変例さえも各図が排した次序を跳出ず、正例をもって変例を印証すれば、みな自分の掌を見るがごとく明白なので、明白に未来を予知し、通達に過去を了解し、その変化を窮尽しその用途を発揮することができます。見れば『易』の象は簡単であっても含义は無窮であり、『易』を学ぶ者は必ず詳しく探求して、はじめてその作用を完整に発揮できます。そしてその道理は総じて六十四卦の内に往来反復するを出ません。変例を表現する図はなお多くありますが、ここではただその最も緊要ですでに流伝したものを挙げるに止まります。『易』を学ぶ前に、必ずそれらを記憶し熟さなければなりません。
亜聖講述 孟子
夫子命將易經要義,先為講釋,俾讀易者深解古聖演易之旨;文周說易之心,庶明儒教傳易原由,而知堯舜以來歷聖授受之薪傳要義。夫易自文王重演,周公繼之,夫子集其大成;而經文大明,義理大著;讀易者宜將繫辭、說卦、序卦、雜卦諸章,與全經,俱明解無遺,然後得聖人演易之旨,及吾人習易之用也。
夫子は、まず『易経』の要義を一番講解し、『易』を読む者が上古の聖人が『易』を推演した宗旨・文王と周公が『易』を解説した用心を深く領会し、もって儒家が『易』学を伝授してきた来由を明らかにし、堯舜以来歴代の聖人が遞相に伝授したあの薪火の要義を知るようにせよと吩咐しました。『易』は文王が重ねて推演し、周公が続いて為し、夫子がその大成を集め、ここに経文は大いに彰明となり、義理は大いに顕着となりました。『易』を読む者は『繋辞』『説卦』『序卦』『雑卦』の各篇を全部の経文とともに一並びに解明して遺漏なからしめ、そうして後はじめて聖人が『易』を推演した宗旨、および我々が『易』を学ぶ実際の用処を領会できます。
四傳詳於易例,為輔翼易經之文,不讀四傳,不明易之為教也;故夫子於訂易時,特揭之,為易經參解以授弟子,俾明易之為易,故讀易必及四傳;易象至簡,卦辭亦略;欲通其用,舍先求之四傳,不能測其端倪。
『繋辞』『説卦』『序卦』『雑卦』という四種の伝は、『易』の通例を講じて極めて詳しく、『易経』を輔佐し羽翼する文字です。この四伝を読まなければ、『易』が一つの教化として究竟何であるかを明らかにできません。ですから夫子は『易』を删訂するにあたり、特にそれらを標挙して『易経』の参解として弟子に伝授し、人に『易』が『易』たる所以を明白にせしめました。それゆえ『易』を読むには必ず四伝に関わらなければなりません。『易』の象は極めて簡で、卦辞もまた甚だ簡略です。その用法を弄通しようと思えば、先に四伝から求めなければ、頭緒に触れることができません。
蓋易起於上古,為時久遠,文字未興,雖具其象,亦如河圖、洛書,僅演其點畫而已,經神農軒轅以迄唐虞,代有增易,文字既制,政教益明,於易象之下,均加之演詞以著其義。因初傳於語言,難留久逸,相習固有師授,而易代輒忘;相用固有成規,而易地輒異,以至於夏商二代,各沿所習,各本其制,而有連山之易,歸藏之易,其取用既殊,而為義亦不一矣!
『易』は上古に起源し、年代は久遠で、あの時は文字がまだ興起していませんでした。すでに卦象はあったとはいえ、また「河図」「洛書」のように、ただ点と画を並べ出したにすぎません。神農・軒轅黄帝を経て唐堯・虞舜に至るまで、代代に増補改動があり、文字が造られて後は、政令教化がさらに明白となり、各卦象の下に演繹の文辞を加えてその含义を彰顕しました。最初は口耳によって伝わったので、長く保存しがたく、師徒相授の伝承は固よりあったものの、一朝一代を改めれば容易に失伝し、使用は固より成規があったものの、場所を換えれば差異が生じました。夏・商の両代に至り、各々自ら習う所に沿襲し、各々自らの制度に依拠して、ここに『連山』の『易』と『帰蔵』の『易』ができ、取用がすでに異なれば、立てる義理も同じくなりませんでした。
至文王取而重演之,以成今傳之易,因恐後人疑其同異,忘其本來,始詳著其詞,以明其教,此四傅之作固為傳易為教者也。時代既殊,傳述又異;前之易者,徒存其象,今之詞者,乃備其文,故易道至周始昭,至夫子始定為經。
文王に至ってそれらを取って重ねて推演し、はじめて今日流伝する『易』となりました。後人が各家の異同に疑惑を生じ、その本来の面目を忘れることを恐れて、はじめて文辞を詳しく書き記してこの教法を闡明しました。――四伝の写作は、本来『易』を伝えるため、教を設けるためでした。時代がすでに異なれば、伝述も各々差異があります。従前の『易』はただ象を保存し、今の辞がはじめて文字を補い斉えたのです。ですから『易』道は周代に至ってはじめて彰明となり、夫子の手に至ってはじめて経典と定まりました。
夫子本文周之作,加以所習,而擴其義,敷詞具象,以次其序,明變著用,以列其圖,而後易之為易,有跡可尋,有文可讀,有圖可驗,有變化可征;不似前日之奧窈難稽,同異莫辨矣。故易教實成於夫子,而易義則備於四傳之文;欲知易者,必先知此,而後可進而求之也。
夫子は文王・周公の著作に依拠し、自ら学んだ所を加え、その中の義理を拡充し、文辞を鋪陳し卦象を具列して次序を排定し、変化を闡明し用途を顕示して図式を排列しました。この後、『易』が『易』たる所以は、はじめて蹤跡の尋ぬべく、文字の読むべく、図の験すべく、変化の考すべきものとなり、従前のように幽深で稽えがたく、異同を弁ずることなきに非ざりしものとはなりませんでした。ですから『易』教は実際に夫子の手で完成し、『易』の義理は四伝の文字の中に完備したのです。『易』を懂ろうとする者は、必ず先にこの一層を知り、そうして後はじめてさらに進んで探求できます。
易之起源,非乾坤也:蓋溯乾坤而上,則太極是也,然易有太極,是生兩儀之語,不見於經而見於傅;故必讀傅始知之也。易之為教,非言休咎已也,而在因休咎以悟性命,以道在人為性,易明人道,始於性善,「而繼之者善,成之者性」之語,亦詳傅中。
『易』の起源は乾坤ではありません。乾坤から上へ遡れば、それは太極です。しかし「易に太極あり、これ両儀を生ず」という句は経文に見えず『繋辞上伝』に見えます。ですから必ず伝を読んでこそ知ることができます。『易』は一つの教化として、またただ吉凶禍福を講ずるのみならず、吉凶禍福を借りて性命を体悟するにあります。道が人の身に落ちればすなわち「性」だからです。『易』は人道を闡明し、「性善」から講じ起こします。そして『繋辞上伝』の「これを継ぐ者は善なり、これを成す者は性なり」という句も、また詳しく伝の中に載せられています。
易之言數,始於圖書;自天一至地十,皆天地生成本數,而天一地二,大衍之數五十之語,亦在傳中;易之為用,以其變也;變始於錯綜參伍,以生化各卦:而參伍以變,錯綜其數之義,亦詳傳中。易之同異,在於序圖;以其本末始終,上下內外,各有其用,故有體有用,有同有異;而天地定位,帝出乎震,各方位序圖之說,亦詳傳中。
『易』が数を講ずるのは、「河図」「洛書」から始まります。「天一」から「地十」まで、みな天地生成の基本の数であって、『繋辞上伝』の「天一地二」および「大衍の数五十」という言葉も、またみな伝の中にあります。『易』に用がある所以は、それが変わり得るにあります。変化は「錯綜参伍」から起こり、もって各卦を生化します。そして『繋辞上伝』の「参伍をもって変じ、錯綜その数す」という意味も、また詳しく伝の中に載せられています。『易』の各家の異同は、卦序図に取决まります。本末始終・上下内外が各々その用処を持つので、体あり用あり、同あり異あり、そして『説卦伝』の「天地定位」の一節・「帝は震に出づ」の一節が講ずる各種の方位序図も、また詳しく伝の中に載せられています。
易之遞嬗,大別有三:時代以殊,名類遂異;如連山、歸藏之易,次序不同,即體用生化之序,與男女之別,消長之象;其類皆異,其名皆殊;而本宮變化,與序卦次第,及連山、歸藏之首末位次,亦皆詳傳中。
『易』の遞相の演変は、大体三種に分かれます。時代が異なれば、名目・品類もこれに随って異なります。たとえば『連山』『帰蔵』の二種の『易』は、卦序が異なれば、体用・生化の次第、および男女の区分・消長の象は、品類がみな同じでなく、名称もみな同じでなく、そして各卦の本宮の変化と『序卦』の次第、および『連山』『帰蔵』の起首と結尾の卦位次序も、またみな詳しく伝の中に載せられています。
至如易之門戶,八卦之本義,六十四卦之時氣,與天地人所象之名類;少長老幼之期,上下內外之位,皆自有所合。一歲之遷移,八方之分合;古今世界之終始,與人事吉凶禍福之占驗;莫不詳於傅中。若不熟於傳,則中智以下,決不能探天地之妙,測陰陽之神;而以達於性命之源,明於行止動靜之道矣!故傳之作,為教後人之習易也。
『易』の「門戸」、八卦の本義、六十四卦が各々当たる時令気候、および天・地・人が取象する名目品類、年少・年長・老年・年幼が各々対応する時期、上下内外が各々対応する位次に至っては、みな各々その相合する所があります。一年の中の節候の推移、八方の分合、古往今來の世界の始終、および人事上の吉凶禍福の占験は、詳しく伝の中に載せられないものがありません。もし伝に熟しなければ、中等の資質以下の人は、天地の奥妙を探り・陰陽の神奇を測ることは決してできず、もって性命の本源に通達し・行止動静の道理を明白にすることもできません。ですから伝の写作は、まさに後人に『易』を学ばせるためだったのです。
人求明易,不先明於傳文,是雖日讀經,恐無益於事;故夫子以其所得,指出其要,而集其義,為傳於經之前後,其循循誘人之心,足千古矣!雖其言得之先聖,非夫子一人所為,而其編訂之功,實為繼往開來之聖,讀者其毋負夫子之心焉爾。
人が『易』を明らかにするには、先に伝文を明らかにしなければ、たとえ日々経文を読んでも、おそらく用処はないでしょう。ですから夫子は自ら得た心得の要点を指出し、その中の義理を彙集して伝を編み、経文の前後に分列しました。彼が循循として善く誘い後人を教導した苦心は、千古に垂範するに足ります。これらの言葉は先代の聖人から得たもので、夫子一人の作ではないとはいえ、彼が編訂した功労は、実に前を承け後を啓く聖人の功です。読者はくれぐれも夫子のこの一片の心意に背いてはなりません。
且卦之象氣與數,必視其變化,而後得其未來,若僅執現象,則往復者不可知,將何以窮神知化哉?故通易必參全易之變化,非就一卦六爻之象,既足得其用也。又易者,因器明道者也,器可見,道不可見,必因有形以溯無形;有形者現具之象,無形則在無象之中,然棄有以求無,亦不得也:必求諸有而不執其有,方得其無焉,而非經文所盡也,必廣徵於先後天之圖,與本宮之序,及序卦之詞,而後知之,故必徵於傳文也。
さらに言えば、卦の象徴する気と数は、必ずその変化を見て、そうして後はじめて将来を推知できます。もし眼前の現象だけを捉えるなら、往復循環の道理を知る由もなく、どうして『繋辞下伝』の言う「神を窮め化を知る」に及び得ましょうか。ですから『易』に通暁するには、必ず全部の『易』の変化を参照しなければならず、一卦六爻の象に就いてその用法を掌握するに足るものではありません。さらに、『易』は器物を借りて大道を闡明するものです。器は見えるもの、道は見えないものですから、必ず有形を憑って無形を遡らなければなりません。有形なるものは当下に具在する象であり、無形なるものは無象の中に蔵れています。しかし「有」を丢き去って「無」を求めても、また求め得られません。必ず「有」の上から求めながら「有」に執着せず、はじめてあの「無」を得ることができます。これらは経文の講じ尽くし得る所ではなく、必ず広く先天・後天の図、および本宮の次序と『序卦』の文辞に証を取って、そうして後はじめて明白になります。ですから必ず伝文の中で証を取らなければなりません。
先後天の易と序卦本宮
如先後天之圖,不見於經;即就乾坤之序,亦不知其位。唯「天地定位」一節,言先天八卦之位;「帝出乎震」一節,言後天八卦之序,皆足以證經文之不及者。如乾坤之序,為今易所定,始於乾,終於未濟,此固讀經可知者。而其本宮之序,則不在經中,又非徵於傳文不可。傳有云:「歸妹,女之終也」,乃明本宮之始終。
たとえば「先天図」と「後天図」は、経文の中には画かれていません。ただ乾坤以下の卦序を見るだけでは、八卦が各々どの方位に居るかも見出せません。ただ『説卦伝』の「天地定位し、山沢気を通ず」の一節が講ずるのが先天八卦の方位であり、「帝は震に出で、巽に斉う」の一節が講ずるのが後天八卦の次序です。この二節はみな経文の説かなかった所を補い出すに足ります。卦の排列次序に至っては、今本『周易』の定めた所で、『乾』に起こり『未済』に終わり、これは本来経文を読めば知り得るものです。しかし八宮「本宮」の次序は経文の中になく、伝文の中から印証せずには得られません。『雑卦伝』に「帰妹は、女の終わりなり」と言う、この句はまさに八宮本宮の次序の起訖を点明しています。
蓋序卦之次序,本於後天八卦之生化,而為用也;本宮之次序,則本先天八卦之生化,而為體也。體靜象坤,故歸妹為坤道之盡;後天用陽,而動象乾,故未濟為乾道之終。二者終始各異,致用亦殊,而必由傳考之,始得明其故。不特此也,連山首艮,歸藏首坤,六十四卦之序各異,即方圓與歲序圖皆不一。凡由乾坤變化而生者,皆有定序,而經但就文王所定者列之;若不徵於傳,則他易圖皆不得知。不獨不備於用,而經中各爻辭,恆有取前各易之舊者,其義亦難索解。譬之「歸妹,女之終也」一語,苟不知八宮次序,終於雷澤歸妹,則其義將不解矣!
『序卦伝』の排す次序は、根源は後天八卦の生化にあり、「用」の一面に属します。八宮本宮の次序は、根源は先天八卦の生化にあり、「体」の一面に属します。「体」は静を主とし坤に象を取るので、八宮が『帰妹』に排到るや、すなわち坤道の尽きた所です。後天は陽をもって用とし、動を主として乾に象を取るので、『周易』が『未済』に排到るや、すなわち乾道の終点に至った所です。両者は一始一終、各々相同じくなく、用処も両様です。必ず『易伝』の中から査考して、はじめてその中の縁故を清楚にできます。これに止まりません。夏代の『連山易』は『艮』を首卦とし、殷代の『帰蔵易』は『坤』を首卦とし、六十四卦の排法は各々同じからず、方図・円図および歳時に配合する卦序図さえもみな一致しません。およそ乾坤の変化から生じた卦には、みなその固定の次第がありますが、経文はただ文王の定めたあの一種を列挙するのみです。もし伝文の中に印証しなければ、別の易図を知る由もありません。これはただ使用上の不完備に止まらず、経文中の各条の爻辞は、また往々にして『連山』『帰蔵』の旧来の説法に沿襲し、それらの含义は索解しがたいものです。「帰妹は、女の終わりなり」という句のように、もし八宮の次序が最後に雷沢『帰妹』に収まることを知らなければ、この句は根本的に講じ通せません。
以經文次序,明明終於末濟,與歸妹何涉?是則女終之義,實非取於今易者也。況一曰男,一曰女,對舉而言,即分屬乾坤二者。乾道成男,坤道成女,固有明解;而未濟之男窮,即指乾氣之盡;歸妹之女終,即指坤氣之盡。然序卦終以未濟,可見本乾道之始終也;本宮則本坤道,斯為不同。而不同者正其同也,由於先後天也,合之則同,分之則異,未有離體用為之者,故異仍同。
経文の次序に照らせば、はっきりと『未済』で終結しているのに、『帰妹』と何の関わりがあるのでしょうか。見れば「女の終わり」というこの一層の意味は、今本『周易』から取ったのではありません。いわんや『雑卦伝』は一句に「男」を言い一句に「女」を言い、両つ相対して挙げられているのは、まさにそれぞれ乾・坤の両卦に帰属することを分かつものです。『繋辞伝』に「乾道は男を成し、坤道は女を成す」とあり、もともと明白に講じています。『未済』の「男の窮」とは、乾気が尽頭に至ったことを指し、『帰妹』の「女の終わり」とは、坤気が尽頭に至ったことを指します。そして『序卦』が最後に『未済』に収まるのは、それが乾道の始終に依拠するからです。八宮本宮が依拠するのは坤道です。これが両者の異なる所です。しかしこの異なる所が、ちょうどその相同なる所です。それぞれ先天と後天に出るからです。合わせて見れば一つの事であり、分けて見て初めて両様となります。従来「体」と「用」を割裂して別に一套を立てられることはありません。ですから見たところ相異でも、実は依然として同一の道理です。
人之既生,神形同具,性情兩全,若分則死矣。然性情自別,神形亦殊,又不可混為一談。是以言易必廣徵其異,以歸於同。易之序卦為主,餘皆為參互之用;以餘合一,則異皆同,故易經但取其一,夫子亦仍之。而恐人之忘其餘也,則備述於傳,以為習易之助,俾讀者得會通之,而勿失其宗也。故傳者,習易所必先讀者也。
人はひとたび生まれれば、精神と形体がともに具わり、性と情の両面が備わっています。もしそれらを拆き分ければ、人は死にます。しかし「性」と「情」には本来分別があり、「神」と「形」もまた各々相同じくなく、混同して一つに論ずることもできません。ですから『易』を講ずるには必ず広く各家の差異を考察し、最後に同一の根本に帰結させなければなりません。易の卦序は『序卦』の定めた所を主とし、その余の各種の排法はみな取って参照し互いに証とします。その余の各種をすべてこの一種に収帰すれば、種種の差異もまたすべて一致に帰します。それゆえ『易経』はただその中の一種の排法を取り、孔子が経を訂する時も依然としてそれに沿いました。ただ後人がその余の排法を忘れることを恐れ、そこで『易伝』の中に一々記述して、易を学ぶ助けとし、読者が融會貫通して、易学の宗旨を失うに至らないようにしました。ですから『易伝』は、易を学ぶ者が必ず先に読まなければならないものです。
易の始終と後天の致用
易之始終,為象天地之氣運數紀,而有先後天之不同。以先天包無始迄無終,未有物也;後天則自天地既生,萬物皆具生化,有終有始者也。故形神各類,有無異名;道器並行,人天別用,非諳其故,不知易之為易也。自太極以下,迄於萬物之終,為一天地,而其象則自乾坤始,以天地之外,難具名也。然雖無物而可象,物以名別,必有形與神;象以氣數別,故雖無形有神,仍可類以名,辨以義也。人之生也,後於天地,則人事所關,必在後天之中。雖神流太虛,氣通無始,而形限其動,跡循於有,不可外天地以言人事也。
『易』の講ずる所は頭から尾まで、天地の気運と数理の綱紀を摹写するもので、これによって先天・後天の分別があります。先天は、開始がない所から終結がない所までの那一段を涵蓋し、あの時はまだ具体的な物がありませんでした。後天は、天地がすでに生成した後から起算し、万物はすべて生長変化を具えて、始あり終ありです。ですから「形」と「神」は二類に分属し、「有」と「無」は名称が各々異なり、「道」と「器」は并行して悖らず、「人」と「天」は各々その用があります。この縁由を摸清しなければ、『易』が『易』たる所以を懂りません。太極から下へ、万物の終点に至るまでを、一つの天地と算えます。そしてその卦象は乾坤から始まります。天地以外の境界には名目を安んじがたいからです。ただ具体的な物はなくとも、なお象を立てることができます。物は名称によって区別される以上、必ず形体と精神があります。象は気と数によって区別されるので、形がなくても神があれば、なお類に按じて命名し、義に按じて弁別できます。人の出生は天地より後れます。ならばおよそ人事に関わるものは、必ず後天の範囲内に落ちます。人の神識は太虚に流蕩し得るとはいえ、気息は無始に上通し得るとはいえ、形体が彼の活動を制限し、行跡は「有」の世界の中でしか循行できません。ですから人事を談ずるに天地を撇いて談ずることはできません。
故文王定卦,溯始乾坤,而明易致用,必以後天為主。然恐人之囿於器而忘道,執於有而遺無,遂失所生,不知所歸,故卦詞皆參以先天,更於傳中補著其用。如天火同人、水地比,皆先天之名,以後天離坎,即先天乾坤同處一位,故曰同、曰比,不獨以天火、地水為同氣也。所有各卦義皆如是,意在使人不忘本來,而有以見道於象也。
ですから文王が卦序を排定するには、遥か乾坤まで遡って起点としなければならず、『易』の実際の運用を闡明するには、必ず後天を主としなければなりません。しかしまた人が有形の「器」に局限されて「道」を忘れ、「有」に執着して「無」を遺漏し、そこで自らの従来した所を弄丢し、また帰向すべき所を知らなくなることを恐れました。それゆえ卦辞の随所に先天の義理を織り込み、さらに『易伝』の中でその用法を補充説明しました。たとえば『同人』は天と火が相合するもの、『比』は水と地が相合するもので、この二つの卦名はいずれも先天の道理から取られています。後天の離卦は南に居り、まさに先天の乾卦の居る位であり、後天の坎卦は北に居り、まさに先天の坤卦の居る位です。乾と離が同じ位に処するので「同」と言い、坤と坎が同じ位に処するので「比」と言います。決してただ天と火・地と水の気類が相近いからこのように命名したのではありません。すべての各卦の取義はみなこのようで、その用意は人に本来の源頭を忘れさせず、もって卦象の中に「道」を見ることができるようにするにあります。
夫易之為教,端重人道,而先必明原始要終之義。不明先天,將何以見其始終,而致其原要之功哉!故先後天之易,不可偏廢也。易之有先後天,非二易也,其為用仍一致,猶人之性情神形,不過靜動之間耳。果通其一,則必達其二。如一卦也,但明其後天之象,不足用也,必兼先天之象而一之,方得致其全功。而於人之占驗也亦然,明其所占之卦,此現在事也,必通先天,而後吉凶可征,變化可見。
『易』は一つの教化として、最も重んずるのは人道ですが、まず必ず『繋辞伝』の言う「原し反すは始終」の道理を明らかにしなければなりません。先天を懂らずして、何をもって事物の始と終を見清め、もってその始を推原しその終に帰結する功夫を成し得ましょうか。ですから先天の易と後天の易は、いずれか一方を偏廃してはなりません。易に先天後天があるのは、二部の『易』ではなく、それらの功用は依然として一致し、ちょうど人の性と情・神と形のごとく、静と動の両面の分別にすぎません。真にその中の一面に通ずれば、必ずまた他の一面に通じます。たとえば同じ一つの卦でも、ただその後天の卦象を明らかにするだけでは、なお用に足りません。必ず先天の卦象をも並べ合わせて観じて、はじめて完整な效験を収めることができます。占筮の検証に用いるのもまたこのようです。占い得たあの一卦を明らかにするのは、ただ眼下の事を講ずるにすぎません。必ず先天を貫通して、そうして後吉凶が推験でき、変化が見え得るのです。
蓋後天為一時,先天則概來往。易以知來、數往為用,不求之先天,將何以成其逆數之用哉?故易者,不能分先後天而為言。文王之易,雖取後天之序,而用則仍本先天,此義後人全不知之,或爭為先,或爭為後,偏而不得其體用之全,辨而不明其變化之道。雖兢兢於文字之學、著龜之數,及其得辭,一無所驗,反不如街頭賣卜者之偶中。豈易之不可信耶?人之不明易也。
後天の管掌する所はただ眼前の一時段であり、先天は過去と未来を一概に涵蓋の内に収めます。『説卦伝』に「往く者を数うれば順なり、来る者を知れば逆なり」と講じ、『易』の功用はまさに未来を推知し・既往を追数するにあります。先天の中に求めなければ、どうしてその「逆数」のこの一層の功用を成就できましょうか。ですから『易』を講ずるに、先天後天を割裂して分けて説いてはなりません。文王の『易』は後天の卦序を採用したとはいえ、用いるにはなお先天をもって根本とします。この一層の道理を後人は全く明らかにせず、そこで先天を是と争う者があり、後天を是と争う者があり、一辺に偏執して体用の全貌を得ず、弁じ止まないのにその中の変化の道を清楚にできません。このような人は、文字訓詁・蓍草亀甲の数目の上に苦功を尽くしたとはいえ、いざ真に一条の辞を占い出しても、一件も験を合わせることができず、かえって街頭の卦を売る人が偶に的中するに及びません。まさか『易』が信じがたいというのでしょうか。人が自ら『易』を明らかにしなかっただけです。
矧易道以簡易御繁難,必先明其所以簡、所以易,而後可以致其繁與難於目前也。舍合先後天參之,則將不知其所以簡易,以象既窮而辭復盡,何以見其變化哉?簡易雲者,言象外也;而能御繁難者,則因有象中象、辭中辭耳。天地之數,由於氣運,有定序也,因是皆成往復對待之象,易之所占,悉依此律。如乾坤、屯蒙、需訟、咸恆、既末濟之類,無非相偶以進;乾坤也,坎離也,震巽艮兌也,皆成對偶之象,而以往復參錯為序。如屯蒙需訟,其類相反,而相繼以生化也。
いわんや易道は簡易をもって繁難を馭するものですから、必ず先にそれが何によって「簡」たり得、何によって「易」たり得るかを明らかにして、そうして後はじめて繁難の事情を眼前に据えて処理できます。もし先天後天を合わせて参照しなければ、それが何をもって簡易と称し得るかを明白にできません。卦象はすでに用い尽くし、卦辞もすでに説き尽くしたのに、なおどこからその変化を見るのでしょうか。いわゆる「簡易」とは、象の外のものを言うのです。そしてそれが繁難を馭し得る所以は、まさに象の裏にさらに象があり、辞の裏にさらに辞があるからです。天地の数は気運から出て、その固定の次序があり、それゆえすべて往来反復・両々相対する卦象を形成し、『易』の占断もまたすべてこの規律に依ります。たとえば『乾』『坤』、『屯』『蒙』、『需』『訟』、『咸』『恒』、『既済』『未済』のこれらの卦は、一つとして対を成して前へ推進しないものはなく、乾と坤・坎と離・震と巽・艮と兌も、またすべて対偶の象を構成し、さらに往来交錯の方式で次序を排しています。『屯』と『蒙』、『需』と『訟』のごときは、卦類が彼此相反しながら、また前後相接して生発変化します。
気運の往復と易の変易の教
因天地之氣,有生必有死,有合必有分,以生克而後成變化,此必至之勢也。若不循環,則氣絕矣。唯其往者必復,生者必化,而成循環無盡之象,始成天地萬物之序。如一年也,春秋冬夏,皆相對以成歲,而冬盡必春,夏盡必秋,往復循環,萬年不改。易之氣運,正如斯例。其間變化,或稍遲速,或有餘不足,則運氣有主客勝復,猶春之溫、夏之熱、秋之涼、冬之寒,或有應否之差,或有反令之災也,其在人事則善惡所感耳。然大致不忒,以其運序定自先天,故不忒也。
天地の気は、生あれば必ず死があり、合あれば必ず分があり、相生相克に依って変化を形成します。これは必然の趨勢です。もし循環しなければ、気は断絶します。まさに去る者は必ず返り、生ずる者は必ず転化するがゆえに、循環不尽の景象を構成し、また天地万物の秩序を形成します。ちょうど一年の中、春と秋・冬と夏が両々相対して一歳を凑成し、冬が過ぎれば必ず春であり、夏が過ぎれば必ず秋であり、往復循環して万年変わりません。『易』の講ずる気運もまさにこのようです。その間の変化は、時にやや速くやや遅く、時に偏に多く偏に少なく、そこで運気には主気・客気の相勝と報復があり、ちょうど春は温であるべく・夏は熱であるべく・秋は涼であるべく・冬は寒であるべきなのに、時に応験し時に応験せず、甚だしきは節令の顛倒する災変が現れるに至ります。人事に落ちて言えば、それはただ善行悪行が感召した結果にすぎません。しかし大体は間違いません。この運行の次序は先天に定まったものだからです。ですから間違いません。
一易之變化,以後天為用,則有不能盡知之事;合之先天,則無疑矣。蓋後天之事,輒因人之感召而異,而先天者,則在人事以上;故先天多靜,後天多動。合而參之,動靜不失其序;若偏一象,則不失於此,必迷於彼。坤之先迷後得,即指此也。習易既通,無復迷矣。故欲窮易之用,必先通乎先後天之象,精求其變化而不失其中,則何患乎迷。
同一套の易の変化を、ただ後天を取って応用すれば、推し透らない事情が出てきます。先天を合わせ入れて共に見れば、疑難は涣然として解けます。後天の事は往々にして人の感召に随って変わり、先天の理は人事の上にあるからです。ですから先天は静に偏し、後天は動に偏します。両者を合併して参看すれば、動と静は各々その次序を失いません。もし一辺の卦象に偏執すれば、この頭で錯誤するか、必ずあの頭で迷失します。『坤』卦辞に「先れ迷いて後に主を得」と言うのは、まさにこれを講じています。易を学んでひとたび貫通すれば、もはや迷いません。ですから『易』の用処を窮究するには、必ず先に先天後天の两套の卦象に通暁し、その中の変化を精細に推求して中道に偏らなければ、何の迷失を恐れることがありましょうか。
易之為易,固重在變易,以天地間之物無不變者。有形則變速,不變者必無形之物。故恆存之體必無息,唯至誠能之,息則變矣!天地之悠久,亦不息耳。人物之生,一息一變,故隨息而生死,不可復續,此聖智所悲,而必教人以至誠,蘄無息以免於變。易之為教,其旨如是,故示人以變,而使之有惕於心;象物隨變以盡,警人之慎其終給。其以卦參伍變化,皆明人物之變化不可免者也。
『易』が「易」と名づく所以は、本来「変易」を重んずるにあります。天地の間に変わらないものは一つもないからです。形体あるものは変わるのが速く、変わらないのは必ず无形の物です。ですから恒久に存する本体は必ず停息せず、ただ至誠のみがこれをなし得ます。ひとたび停息すれば、変を生ずるのです。天地が悠久たる所以も、ただそれが停息しないためです。人と万物の生命は、一呼一吸の間に一変し、これによって呼吸に随って生あり死あり、断えれば接ぎません。これはまさに聖人智者の痛惜する所であって、ですから必ず人に至誠を守るよう教え、停息せずして変滅を免れることを期します。『易』は教化として、宗旨がまさにここにあり、それゆえそれは「変」を人に示し、人の心に警惕を生ぜしめ、卦象をもって万物が変化に随って消尽するを摹写し、人に自己の結局を謹慎して対するよう提します。それは卦爻をもって反復錯綜に変化を演示し、みな人と物の変化は逃れ得ないことを説明しようとするのです。
因氣使然,不復久駐,隨息以盡,不知歸處。故示人以生死自來,及身所歸宿,以人道立極而求其誠,以窮理盡性而求其合於天地。雖曰以變言,實盼人之無變也。人異於物,物莫能逃於變,故生死隨形;人則有其性靈,本含不變之體。苟怵於物之變,而重其性靈,順天地之氣,而存其神,知氣數之化,而致其誠,則性命固而神氣永葆,雖在變化中,而不隨其變化,超乎物而與天地共存。則真人以上,不為氣所賊,是則得道之士,足與言易之教矣!
これはすべて気がそれをかくのごとくするのであって、長く停駐できず、呼吸に随って耗尽し、自分でどこに帰るかを知りません。ですから『易』は人に指し示します。生死はどこから来るか、この身の最終の帰宿はどこにあるか。人に人道の準則を立定させてあの「誠」を追求させ、物理を窮究し・本性を尽発して天地と相合することを追求させます。『易』は「変」に就いて言を立てるとはいえ、実は人が変わらないことを望んでいます。人は物と異なります。物で変化を逃れ得るものはなく、生死はすべて形体によって定まります。人は別に一点の性霊があり、本来変わらない本体を含んでいます。もし物の変滅によって心に警惕を生じ、従って自己の性霊を重んじ、天地の気に順って自己の神を保存し、気数がいかに転化するかを明らかにして至誠に修すれば、性命は穏固となり、神気は長く保たれ、身は変化の中に処しながらそれに従ってともに変わらず、万物の上に超出して天地と長く存します。この歩に至れば、すなわち真人以上の境界であって、再び気に戕害されません。このような道を得た士であってこそ、彼と『易』の教化を談ずる資格があります。
蓋聖人作易,為憫人之變而不可久,化而不復歸,生而瞢瞢,死而渺渺,不知所來,不知所往,戾乎氣而不測於順逆,昧乎數而無擇于吉凶;雖稟天地之中,而不能葆;雖具性靈之真,而不克全,遂與物同變化,而神形俱盡,實為悖夫生生之則,反乎天地之道。故乃為易以告斯民,指其去來,明其禍福,象其氣數,示其所宜否,而使有所循;更諄諄以言,墾懇其辭,勸其善而戒其惡,導之存省,以致於誠明,詔之仁義,使盡其性。故其文日:「乾道變化,各正性命。」又曰:「君子終日乾乾夕惕若厲,無咎。」無非教民知天而立命,修己而合道耳。
聖人が『易』を作った所以は、人が変滅して長くならず、転化して後また返り来ないことを憐れんだからです。生きては糊里糊涂として、死んで渺渺茫茫として、自分がどこから来たかを知らず、またどこへ往くかを知らず、気機に違逆しながら順と逆を測らず、数理に昧くして吉に趨り凶を避けることを懂りません。天地中和の気を禀受したとはいえ保つことができず、性霊の真体を具えたとはいえ成全できず、ここに万物と同じく変滅し、神と形がともに消尽します。これは実に生生不已の法則に違背し、また天地の道に違反します。ですから聖人は『易』を作って世人に告げます。彼らの来る処と去る処を指点し、彼らの禍と福を講明し、卦象をもって彼らの気数を摹写し、何をなすべきか何をなすべからざるかを指示し、彼らに遵循する所を持たせます。さらに反復して叮咛し、言を懇切にして、人に善に向かうよう勧め人に悪を止めるよう告誡し、彼らを引導して本心を保存し・時々省察し、もって誠にして明なる境地に達することを求め、また仁義をもって彼らを教誨し、彼らがその本性を充分に実現し得るようにします。ですから『乾卦・彖伝』に「乾道変化して、各々その性命を正しくす」と言い、『乾卦』の九三の爻辞にまた「君子は終日乾乾として、夕に惕れて厲しきがごとし」と言います。終日勤勉して懈らず、夜に入ってもなお戒惧して危境に臨むがごとくすれば、過ちがありません。――無非、百姓に天道を認識させて自己の命分を確立させ、自身を修養して大道に契合せしめるにすぎません。
其示象,必明指天道如何,人道如何,何者吉,何者凶,何者可違,何者宜從,非徒述其休咎已也。故易者,聖人教民之作也,其以成人之德,為至誠之行,中庸所謂位天地、育萬物者也。夫誠則明,前知之道,必在至誠;易之知來,固重在「誠」字之一字。習易致用者其細味斯語。
『易』が卦象を据えるとき、必ず明白に指出します。天道はいかにあるか、人道はいかにあるか、何が吉で何が凶か、何が違逆し得て何に依从すべきかを、ただ吉凶禍福を陳述するだけで済ませるのではありません。ですから『易』は聖人が百姓を教化するための著作であって、それは人の徳行を成就し、至誠の実践に落实させるもので、すなわち『中庸』の言う「中和を致せば、天地位し、万物育つ」です。誠であれば自然に明となり、予め知ることのできる本领は、必ず至誠の上に建立されます。『易』が未来を推知し得る所以は、関鍵がまさに一つの「誠」の字にあります。易を学んでそれを実処に用いようと思う者は、この句を細かく体味すべきです。
図象
宣聖講義(孔子)・図象と文字を並重す
易之為書,自來僅具圖象,無文章也。至唐虞以後,始由象而增以字,由言而演而為文。文字既傳,圖象反晦,此則後人舍本逐末之過也。要知伏羲畫卦之時,未有文字,語言可口傳,不可記錄,僅以圖象載之版冊,而將意義傳於語言。果不得其師,則不明其義,徒執圖象,不能通其用故也。
『易』という書は、もともと図と象があるのみで、文辞はありませんでした。唐堯虞舜以後になって、はじめて象の外に文字を添え、口頭の話語から篇章に推演しました。文字が流伝して後、図象はかえって晦暗となり明らかでなくなりました。これは後人が本を捨て末を逐う過失です。知るべきです。伏羲が卦を画いた時はまだ文字がなく、話語は口に口をもって伝えることはできても記録することができず、ただ図象を版冊に刻画し、その中の義理を言語によって伝授しました。もし老師の親授を得なければ、その意思を明らかにできず、ただ一抱えの図象を抱いているだけでは、その用法に通暁する術がありません。
然既有圖象,復得師傳,則雖無文字可誦,而仍有語言代釋,其傳不失,所資於圖象者大矣。及用文字之後,則意義均宣於文章,圖象之玄微,反不若文字之明顯。故文章日多,而習者不知重圖象,徒習為文章,演講文字訓詁,不復從圖象中究其精深、宏其體用。
しかしすでに図象があり、また老師の親伝を得たなら、たとえ文字がなくて誦読できなくても、なお口授の話語が代わりに解釈し、伝承は中断せず、図象がその中で果たす作用は甚だ大きいのです。文字を用いるようになって後は、義理はみな篇章に憑って表達され、図象のあの玄妙精微の意味は、かえって文字の顕豁さに及びません。ここに文章は日に日に多くなり、易を学ぶ者は図象を重視することを知らず、ただ文章を作り訓詁を講じることにのみ急ぎ、もはや図象の中からその精深の処を窮究し、その体と用を拡充することをしなくなりました。
蓋自周秦而後,易之圖象已漸亡矣。然今之所存者文字,由文字而能探易之用,亦猶古之僅有圖象,由圖象而能盡易之義,其得失頗同,要皆偏於一端,不克見易道之全。是以欲明易教,必兼圖象文字而並重焉。以文字釋圖象,則無待思索之煩;以圖象證文字,則不蹈虛疏之弊。是易之為書,二者不可缺一也。
周秦以後、易の図象はすでに漸々として亡失しました。しかし今日保存されているのは文字であり、文字に憑っても『易』の用法を探究できます。これは古時にただ図象があったのみで、図象に憑っても『易』の義理を窮尽できたのと同じです。両者の長短得失はほぼ同じで、帰する所はいずれも一頭に偏して、易道の全貌を見ることができません。ですから『易』の教義を明らかにするには、必ず図象と文字を同等に重んじなければなりません。文字をもって図象を解釈すれば、苦しく揣摩する煩わしさを省け、図象をもって文字を印証すれば、空疎浮泛の毛病に落ち込みません。見れば『易』という書は、図象と文字の両様が一つも欠けてはなりません。
今日之易,多有詳於文字,而忘圖象。雖卦畫猶存,而圖象不備;間有補者,而不得編列之序,不解體用之道,雖有其圖,不充其義,是皆易本之失。茲既講易,當先正之,俾圖象之用,與文字同;文字之精,與圖象合。則習是書,能直探古人之心,而有以昌明易教,其所益於世,抑大矣哉。
今日流伝する『易』は、多くは文字の上で甚だ詳しく講じて、図象を忘れてしまいました。卦画はなお存しますが、図象は完整しません。偶に補作する人があっても、また正しい編次を排し得ず、体と用の道理を懂らず、図はあっても義は填め足りません。これらはみな易学の根本上の缺失です。今すでに『易』を講ずる以上、まずこの一点を糾正すべく、図象の功用と文字とを並重し、文字の精義と図象とを相合させるべきです。このようにしてこの書を研読すれば、直接古人の用心を探り得て、もって『易』の教化を再び昌明にすることができ、それが世道への裨益は、実に大きいものがあります。
易之有圖,自伏羲以來亦漸加多,至周大備,秦漢乃遺之。連山、歸藏易,皆由圖以別其用者,無圖則不知有何以異也。古來圖象,皆為紀氣數之變,明天道之用者,故日圖讖。以其明未來之事,合神鬼之吉凶,為占卜之憑依,示人禍福休咎者也。故圖與卦同一用,雖簡略不文,而足以記數明變,如河圖洛書是也。
『易』に図があるのは、伏羲以来次第に增多し、周代に至って最も完備し、秦漢の際に散失しました。『連山易』と『帰蔵易』は、みな図に憑って各自の用法を区別したので、図がなければそれらが究竟どう異なるかを見出せません。古来自今の図象は、みな気数の変化を記録し、天道の運行を闡明するために用いられたので、また「図讖」とも名づけます。それが未来の事を揭示し、神鬼の主る吉凶に合し、占卜の憑拠として、人に禍福善悪を指示するからです。ですから図と卦の功用は同じで、それは簡略で文辞を成さないとはいえ、数目を記し変化を明らかにするに足ります。河図と洛書がすなわちこの類です。
一切圖象,皆始於河圖洛書,故二者為圖象之袓,亦易卦之所本也。易之圖象,自不外河圖洛書,而河圖洛書,非獨易所有也。易之所有者,如太極圖、兩儀四象八卦圖、六十四卦圖,及伏羲先天卦位、文王後天卦位、六十四分合變化諸圖表。
一切の図象は河図と洛書に起源します。ですからこの両者は図象の祖宗であり、また易卦が依拠する根本です。『易』の図象は自然に河図洛書の範囲を出ませんが、河図洛書は『易』一家が独り有するものではありません。『易』が自ら所有する図は、たとえば太極図、両儀・四象・八卦図、六十四卦図、および伏羲先天卦位図・文王後天卦位図、さらに六十四卦の分合変化の種種の図表です。
與卦象生化、卦氣奇偶、卦用分合,其餘合日月之度、參音律數、納乾支之氣、明蓍龜之情,以及各卦變例、序卦次序、天地人之位、來往之時,各有圖表以紀其用,皆同河圖洛書,為易之圖象也。其間既經遺失,不傳已久,後人雖補之,有未能合原本者,應逐一審定,明其次序,以為習易者之途徑,亦以紹述古易本之精神。讀者其留意焉。
このほか、また卦象の生化を講ずるもの、卦気の奇偶を講ずるもの、卦用の分合を講ずるものがあり、その余、日月の行度に配合するもの、音律の数目を参照するもの、天干地支の気を納入するもの、蓍草亀甲の情を説明するもの、および各卦の変例・『序卦』の次序・天地人三才の位次・往来の時序は、各々図表があってそれらの用法を記録します。これらは河図洛書と同じく、みな『易』の図象に属します。この中間ですでに散失し、久しく流伝せず、後人に補作はあるものの、原本に対応しないものもあり、逐一審定してその次序を理清し、易を学ぶ者の入門の路径とし、またこれによって古『易』本来の精神を承続すべきです。読者はこれに多く留意すべきです。
復聖講述(顔子)・気数象図の序
易之為道,本氣與數,而習易者,必求之象與圖,前已言之矣。易言氣數,純本天地自然之象。猶一年也,自春而夏而秋而冬,為二氣所周流,成四時之往復;以分言之,為月十二,為日三百六十。而其氣則有木火士金水,與太少陰陽之類;其數則有四時,十二月,上中下三旬,各日之名,皆以紀其氣數所至,而使人知天道之流行也。
『易』という学問は、根本が「気」と「数」にあり、易を学ぶ者は必ず「象」と「図」の上から求めなければならない――この点はすでに前に述べました。『易』が気数を講ずるのは、全く天地自然の現象に依拠します。一年を取って言えば、春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へと、陰陽二気が周流運転して、四季の往復を形成します。細かく分ければ、一年に十二か月・三百六十日があります。その中の「気」には、木・火・土・金・水の五行があり、また太陽・少陽・太陰・少陰の類があります。その中の「数」には、四時・十二月・上中下の三旬、および毎日の名号があります。これらはみな気数の運行がどの歩に至ったかを標記して、人に天道がいかに流行するかを明白にさせるためのものです。
例如七月七日,其數皆陽,而時屬秋,其氣為金,而質屬陰,以陽遇陰,為配偶之象,故有天孫河鼓相會之事。應其氣數,以為節令,非無稽也。一年各月,均有此氣數合值之日,均為名節。徵其數則知其氣,覘其氣則知其象。故象者,在天有其景,在地有其形,統名之日:「文」。莫非天地之象,而莫非氣數自然之序,故星躔日軌、水道陸形,皆有定度。聖人則之,以著為教,而後人知天地之事非荒渺者也。
たとえば七月七日は、月と日の数字がともに陽数の七ですが、時令は秋に属し、秋気は金に属し、その質地は陰に属します。陽数をもって陰質に遇うのは、まさに配偶相合の象です。ですから織女(天孫)と牽牛(河鼓)がこの日に相会するという伝説があるのです。気数に順って節令を定めるのは、根拠がないのではありません。一年十二か月のうちには、みなこのように気と数がちょうど相値する日があり、またみな有名な節日となっています。その数を考察すればその気を知り、その気を観察すればその象を知ります。いわゆる「象」とは、天にあっては光景として表れ、地にあっては形貌として表れ、総じて「文」と呼ばれます。これらは天地の象でないものはなく、また気数が自然に形成した次序でないものはありません。ですから星辰の躔次・太陽の軌道・水流の走向・陸地の形勢には、すべて一定の度数があります。聖人はこれに取法して教典を写し成し、後人ははじめて天地間の事が荒誕渺茫でないことを明らかにしました。
唯易最詳,以其本氣數而示圖象也,故習易必自象與圖始。天地雖大,易則至簡,由已知已見,推於未知未見,無不合也。故覽圖象,足以盡天地之妙,通氣數之神。神也者,司氣數而宰造化,天地萬物,莫非自神主之;故易之為教,以神道終始,而易之圖象,既始於龍龜之圖書,以明其神用也。神用無極,神德不測,故易道無窮。易之妙用,必由圖象始可以覘之。往復生化,奇偶變遷,皆圖象所示。智者見智,仁者見仁,則圖象者,正如天地之文,昭昭在目;而欲窮其極,雖聖智有不逮,是在學者善體會之耳。
ただ『易』が最も詳尽に講じます。それが気数に本づいて図象を並べ出したからです。ですから易を学ぶには必ず象と図から手をつけなければなりません。天地は広大であっても、『易』は極めて簡約で、すでに知りすでに見た所から、まだ知らずまだ見ぬ所へ推して、推して合わないことはありません。ですから図象を繙けば、天地の奥妙を窮め、気数の背後の「神」に通達するに足ります。いわゆる「神」とは、気数を主管し造化を宰制する那一層です。天地万物でそれに主とされないものはありません。ですから『易』の教化は始から終まで神道を離れず、『易』の図象は一開頭から龍馬の図を負い・神亀の書を載せるもので、まさにこの種の神妙な作用を顕明にするためです。神の作用に辺際なく、神の徳性は測度できません。ですから易道もまた窮尽がありません。『易』の妙用は、必ず図象から入ってはじめて端倪を見ることができます。往来生化・奇偶変遷は、すべて図象によって顕示されます。智者はその中に智を見、仁者はその中に仁を見ます。図象はちょうど天地の書き下した文章のようで、明白に眼前に並べられています。ただその極処に窮究するには、たとえ聖人智者にも力の及ばない所があり、ここは学する者が自ら善く体会するに依るほかありません。
宗聖講述(曾子)・象を観て類を弁じ人道中極を立つ
圖象者,易之所以示其物類與氣數之消長變化也。如乾之為 ,坤之為 ;而乾坤合為泰或否,變為復或姤,則陳其象。如泰為 ,以乾在坤下;如否為 ,則坤在乾下。觀此象,則知二卦皆乾坤各半合成者也。又如復為 ,以震在坤下,震為長男,一陽初生,乾交坤而成震;姤為 ,則巽在乾下,巽為長女,坤交乾而成巽,亦乾坤初交之象,為陰陽初變之機。則觀二卦之象,即可見乾坤交合相生之類;必以陰陽為根,以陽者合陰,則為異類,而交陰則為異物,由其氣之變否觀之也。
図象とは、『易』が物の種類および気数の消長変化を顕示するための手段です。たとえば乾卦は三画を画いて全陽とし、坤卦は三画を画いて全陰とします。乾坤が上下相合すれば『泰』または『否』を成し、さらに変じれば『復』または『姤』を成します。図象はこれらをすべて並べ出します。『泰』卦のごときは、乾が下にあり坤が上にあります。『否』卦は、坤が下にあり乾が上にあります。この二つの卦象を見れば、それらがすべて乾坤の各々一半を出して合したものであることを知ります。また『復』卦のごときは、震が坤の下にあります。――震は長男で、一陽が初生し、これは乾が坤に交わって震を生成したものです。『姤』卦は、巽が乾の下にあります。――巽は長女で、これは坤が乾に交わって巽を生成したものです。この二卦もまた乾坤の初めての交合の象で、陰陽が変化を始める機括です。この二卦の卦象を観察すれば、乾坤が交合相生する類別を見出すことができます。これら一切は必ず陰陽を根本とします。陽をもって陰に合すれば、生ずる所はすなわち異類であり、陽がひとたび陰の中に交入すれば、成す所はすなわち異物です。これは気に質的な変化が生じたかどうかの上から見なければなりません。
泰否反類,天地未易;復姤異物,乾坤已變。故乾坤之合,不謂之異物,以氣雖反而未變;若既交,則變矣。如巽震為乾坤所變,其氣與乾坤殊,故象亦異。則觀象可知氣數,而得象可辨物類,雖千萬變,猶可尋索,祇在就其圖象,而征其終始耳。故欲知易之名物別類,必先省諸圖象。
『泰』と『否』はただ上下が顛倒して相反する一類を成したのであって、天と地それ自体は変わっていません。『復』と『姤』はすでに別の物を生じ出しており、乾坤はすでに変化が生じています。ですから乾坤はただ上下相合しただけでは、まだ異物を生じたとは言えません。気は位置が相反しても変質していないからです。ひとたび真に交感すれば、それは変わります。巽と震のごときは、乾坤が交変して後に生じたもので、それらの気はすでに乾坤と同じでなく、ですから卦象もまた両様です。これによって見れば、卦象を観察すれば気数を知ることができ、卦象を得れば物類を分辨でき、たとえ千変万化があっても、なお追尋して査考できます。関鍵はただ図象に就いてその起点と終点を印証するにあります。ですから『易』の中の各種の事物の名目と分類を知ろうと思えば、必ず先に図象の上に工夫を下さなければなりません。
夫列圖觀象,以探其本末始終,必先察其體用,及其變化,而由大及細,由卦及爻,由內及外,由初及終,必求其所生成消長之數、盈虛變易之氣;而更比類及物,觀其中爻,較其互卦,以與本卦參,而後可得其故焉。
図を開いて卦象を観察し、事物の本末と始終を探究するには、必ず先にその「体」と「用」およびその中の変化を見清めなければなりません。大処から細処へ推し、整卦から各爻へ推し、内卦から外卦へ推し、初爻から上爻へ推して、必ずその生成消長の数目・盈虚変易の気機を求め出し、さらに進んで類に按じて具体の事物に及ぼし、その中間の几爻の動向を見、中爻より別に組成する「互卦」を比較し、取って本卦と互いに参照して、そうして後はじめてその中の縁故を明らかにできます。
蓋圖象者,以物示其氣數,非一物一名可以盡之,必求其始終,極其變化,而後知氣數之所至,與物類之辨、性情之分,各得其徵。如天也,非為蒼蒼其色已耳;知天者,必考日月星辰之行,風雲雨露之變,神鬼之德,生物成物之道,而後得天之為天也。
図象は具体の物を取ってその気数を顕示するものですが、一つの物・一つの名称で説き尽くせるものではなく、必ずその始と終を追究し、その変化を窮尽して、そうして後はじめて気数がどの歩に至ったか、および物類の区別・性情の分野を知り、各々検証を得ることができます。「天」を取って言えば、それはただあの一片の蒼蒼たる色ではありません。真に天を懂る者は、必ず日月星辰の運行・風雲雨露の変化・神鬼の具える徳能・万物を生養し万物を成就する道理を考察して、そうして後はじめて天が天たる所以を明白にしたと言えます。
故觀卦必徵諸一切,必因其生成來往,而定其吉凶禍福,則由明其情性、知其好惡故也。所好者吉,惡者凶;所生者福,克者禍。故必詳求之,而後可言占驗也。夫圖象者,如地圖焉,習地圖者必明其它之所在,及名物之所出,並其山川田野之勢,連接境界,道途遠近,人物之所贍養,皆熟知之。苦僅聞其名,則何益於用?
ですから卦を看るには必ず随所に印証しなければならず、必ずその生成往来の情形に依拠して吉凶禍福を判定しなければなりません。これは先にその情と性を明らかにし、それが喜ぶ所と悪む所を知るためです。それが喜好するものはすなわち吉であり、厭悪するものはすなわち凶です。それが生助するものはすなわち福であり、克制するものはすなわち禍です。ですから必ず詳しく推求して、そうして後はじめて占卜の検証を談ずるに足ります。図象は地図のごときもので、地図を学ぶ者は必ず各地の所在・各種の物産の出処を明らかにし、さらに山川田野の形勢・彼此接壤の界線・道路の遠近・当地の人物が何をもって供養されるかを、すべて胸に烂熟しなければなりません。もしただ一つの地名を聞いただけなら、実際の使用に何の助けがありましょうか。
故察卦貴明其用,而列圖觀象貴詳其變,非僅識其名、紀其形,即足也。且觀象重在觀其變,生成變化,為天地自然之數,以天地既奠,凡物均以對待而生。對待者,陰陽也。有陰必有陽,有生必有死,故有名必有對待:生以死名,長以消名,善以惡名,美以丑名,以相形而成,故有此即有彼,既由一陰一陽之相偶也。
ですから卦を考察するにはその用処を明らかにすることが緊要であり、図を擺いて象を観るにはその変化を明らかにすることが緊要です。決して一つの名目を認め・一つの形状を記すれば足りるものではありません。しかも象を観る重点はその変を看るにあります。生成と変化は本来天地自然の数理です。天地がひとたび奠定されれば、およそ物はみな双を成し対を成して生じます。いわゆる「対待」とは、すなわち陰陽です。陰があれば必ず陽があり、生があれば必ず死があります。ですからおよそ一つの名目があれば、必ずそれと相対するもう一つがあります。「生」があればはじめて「死」を称し得、「長」があればはじめて「消」を称し得、「善」があればはじめて「悪」を称し得、「美」があればはじめて「醜」を称し得るのです。みな互いに映襯してこそ成立します。ですからこちらの端があればあちらの端があります。これはまさに「一陰一陽」の両々相配から来るのです。
故陰陽者,非止言氣,凡對待以名者,皆陰陽之類也。人執陰陽為氣,與不認有陰陽,皆不通道者也。果無對待,則無陰陽,如天地之先,則無陰陽。故太極既立,兩儀隨生;不曰氣而曰儀,既明其類,不限於氣也。無論事物時位之名類,皆有陰陽,故以儀名。
ですから「陰陽」とはただ気に就いて言うのではなく、およそ対を成し待を成して名を立てるものは、みな陰陽の類に属します。ある人は陰陽はただ気であるという説に死抱し、ある人ははなから陰陽のあることを認めません。この二種はみな道理に通じません。もし相対する両方がなければ、すなわち陰陽と言うべきものもありません。たとえば天地が未だ生生ぜざる前は、陰陽と言うべきものがなかったのです。ですから太極がひとたび確立すれば、両儀はたちまち生じます。それを「気」と名づけず「儀」と名づけるのは、まさにこれが一種の「類」であることを点明するのであって、気に限りません。事・物・時・位のこれらの名目類別は、みな各々陰陽があります。ですから「儀」の字をもってそれを称するのです。
儀者,言名而釋義,指物而辨情,亦猶象也。凡物皆有兩象,故太極之後,必生兩儀;而易卦之變,必相對待,如乾與坤,坎與離也。其序也,亦由對列而成,觀其對列之象,知陰陽之錯行而不紊也;觀其變易之序,知陰陽之交合而不乖也。大之例天地世界之生成之始終,小之例人物日用之起居作息,其數不可易,其氣有必至者。故必列圖以觀,詳其始終變化,而後得性情物類,以致其用,決非昧昧者,徒於一卦一爻之辭可求者也。
いわゆる「儀」とは、名称に就いて義理を解釈し、実物を指して情状を弁別するもので、作用は「象」とほぼ同じです。およそ物には正反の両象があるので、太極の後には必ず両儀を生じ、易卦の変化も必ず両々相対します。たとえば乾と坤・坎と離のごとしです。卦の排列次序もまた対偶に按じて排し成したものです。それが対列する様子を見れば、陰陽が交錯して運行して紊れないことを知り、それが変易する次序を見れば、陰陽が交合して乖違しないことを知ります。大きく言えば、天地世界の生成の始終を類推でき、小さく言えば、人と物の日常の起居作息を類推できます。その数は更改すべからず、その気は必ず到来する時があります。ですから必ず図を擺して観察し、その始終変化を詳細にして、そうして後はじめて性情・物類を掌握し、もって実用を収めることができます。これは決して糊里糊涂な人が、ただ一卦一爻の文辞を憑って求め得られるものではありません。
易以乾坤終始,而溯源太極。乾坤為兩儀之最大者,亦為萬物之最先者,故能始終萬物,無不包容。八卦、六十四卦、三百八十四爻,無非乾坤卦爻推變而來;雖六十四卦變自八卦,而八卦之六仍分自乾坤。故乾坤為易門戶,亦易之總樞也。乾道象天,坤德象地,乾坤即天地也。天地之德,以人而彰;人之德,鼎立天地間,故人道立於乾坤之中,而合乾坤之德以成人道。乾道成男,坤道成女,而人道遂始終於咸怛與既未濟,以明人與天地稱三才也。
『易』は乾坤をもって始終とし、源頭を太極まで遡及します。乾坤は両儀の中で最大であり、また万物の中で最も先に有ったものです。ですから万物の始終を貫穿して、包まないところがありません。八卦・六十四卦・三百八十四爻は、乾坤の卦と爻から推衍変化して出ないものはありません。六十四卦は八卦から変じたとはいえ、八卦の中で乾坤以外の六卦も、依然として乾坤から分化して出たものです。ですから『繋辞伝』に乾坤を「易の門」と言い、それらはまさに全易の総枢紐です。乾道は天に象を取り、坤徳は地に象を取り、乾坤はすなわち天地です。天地の徳は人に依って彰顕され、人の徳は天地と鼎足して三を成します。ですから人道は乾坤の間に立ち、乾坤両者の徳を合して人道を成就します。『繋辞伝』に「乾道は男を成し、坤道は女を成す」と言い、ここに人道は『咸』『恒』の両卦をもって頭を開き、『既済』『未済』の両卦をもって尾を収め、人が天地と並び「三才」と称することを表明します。
由卦觀之,先天屬艮,人道所始;後天坎離,人道之用,皆在乾坤之中,以維繫萬物,而共覆載之德,以燛理陰陽,而建中和之功。故觀易象當以人道為主,如中極既建,則萬物咸宜,此六爻之德,以中爻為重也。大扺聖人以易示教,首重人道,雖尊天地,兼萬物,而以人終始之。故日:「天地大義人終始。」觀象習易,必求乎人道所存,而後聖人之心可見也。
卦の上から見れば、先天の卦位では人道は艮に帰属し、あれは人道の開端です。後天の卦位では坎離が令に当たり、あれは人道の運用です。これらはみな乾坤の間に処して、もって万物を維繫し、ともに天の覆い地の載せる徳を担い、もって陰陽を調理し中和の功業を建立します。ですから易象を観察するには人道を主とすべく、中極がひとたび建立されれば、万物は各々その宜を得ます。これが六爻の徳性の中で二・五の中爻を最も重んずる道理です。大抵聖人が『易』をもって教を施すに、まず重んずるのが人道であって、天地を尊崇し万物を兼ね顧みながらも、終始一貫して人をもって首尾を貫きます。ですから「天地の大義は人を終始とす」と言うのです。象を観て易を学ぶには、必ず人道の在る所を求めて、そうして後はじめて聖人の用心が見えます。
夫易者,示人以變易也,以天道之變易,定人道之變易;以人道之變易,合天道之變易。故以天人為言:天道至微,人道則顯;天道無為,人道則勤;天道無名,人道則眾。為類極殊,而必齊之一之,此所以謂之易也。
『易』は変易を人に指し示すものです。天道の変易をもって人道の変易を判定し、また人道の変易をもって天道の変易に契合します。ですからそれは常に天と人を対挙して説きます。天道は極めて幽微であり、人道は顕而易見です。天道は為すところがなく、人道は勤労して息みません。天道に名目はなく、人道は名目が繁多です。両者の類別は極めて懸隔しながら、必ずそれらを拉平して合して一とします。これがまさにそれが「易」と称されるゆえんです。
由象言之,同此八卦,而體用殊;同此六爻,而動靜殊。由數言之,同此九也,而老少殊;同此六也,而上下殊。故為物簡,而為義眾;為名一,而為類多。得其本末,則由一及萬如解索;不知其由,則處常應變猶觸藩。故習易者,於易外求易,以盡其變;於象中分象,以通其神,而後得聖人之心,垂象示教之意也。
象の上から言えば、同じこの八つの卦でも、体と用は同じでありません。同じこの六つの爻位でも、動と静は同じでありません。数の上から言えば、同じ一つの「九」でも、老陽少陽の分別があり、同じ一つの「六」でも、上爻下爻の分別があります。ですから物としては甚だ簡単で、義理としては極めて繁多です。名称はただ一つで、類別は多くあります。その本末を掌握すれば、一より万に推するに、一本の索を解くがごとく順調です。その来由を明らかにしなければ、常に処り変に応ずるにも『大壮』卦の言う公羊が籬に触れるがごとく、進退すること能わざりとなります。ですから易を学ぶ者は、易の外に就いて易を求めて、その変化を窮尽し、象の中でさらに象を分けて、その神妙に通達し、そうして後はじめて聖人の用心を領会し、卦象を垂示して教を設けた本意を明らかにできます。
觀象也,必觀其來往動定,必辨其分合交錯,必類物以別名,審情以辨性,而不失其中極焉。蓋卦象以一象眾,亦猶言道以一馭萬。中極者,一也,一以貫之,方謂之通。故變化者,本於不變;動由不動,生由無生。必先明其故,方可以執象用易也。
象を観るとき、必ずその来往と動静を看なければならず、必ずその分合と交と交錯を弁別しなければならず、必ず類に按じて具体の事物に比附して名称を区別し、情状を審察して本性を弁明し、そして終始あの「中極」に偏離しません。卦象は一つの象をもって衆多の事物を象徴するもので、ちょうど道を講ずるとき一つの理をもって万事を統御するがごときです。いわゆる「中極」とは、すなわちあの「一」です。「一をもってこれを貫く」ことができて、はじめて通と言えます。ですから一切の変化は、みなあの変わらぬものに本づきます。動は不動より出、生は不生より出ます。必ず先にこの道理を明らかにして、はじめて卦象を持って『易』を用いることができます。
夫執象觀易,譬之觀棋,何者生,何者死,何者進,何者退,皆應瞭然胸中,洞明目下,始得其生克變化之用。如乾坤二象,原屬陰陽大用,而乾之大始,坤之成物,一生一成,一始一終,皆在象中見之。蓋陽生陰成,陽始陰終,此氣之自然者。陽數用九,陰數用六;九為天數之終,六為數之始,河圖之例也。以陰代陽,以始至終,循環往復,以成其用,此數之自然者。
卦象を持って『易』を看るのは、ちょうど碁を看るがごときです。どの処が活きているか、どの処が死んでいるか、どの処が進むべきか、どの処が退くべきかを、すべて胸中に清清楚楚・眼下に明明白白として、はじめてその生克変化の用処を掌握したと言えます。たとえば乾・坤の両象は、本来陰陽の最大の功用の在る所です。『繋辞伝』に「乾は大始を知り、坤は物を作成す」と言い、一方は生を主り一方は成を主り、一方が頭を開き一方が尾を収めることを、みな卦象の中に見ることができます。陽は生を主り、陰は成を主り、陽が頭を開き陰が尾を収める、これは気の自然の理です。陽数は九を取用し、陰数は六を取用します。九は天数(奇数)の末位で、六は成数の起頭です。これは河図の定めた成例です。陰をもって陽に接続し、開始から終了まで一貫して、循環往復してその功用を成就する、これは数の自然の理です。
合氣數觀之,則知象之生死進退、分合消長,無不明暸。故日:「觀象知數,觀數知氣。」數成於氣,象見於數。由上言之,明氣出於道,得道之士,不言數象;由下言之,則氣無形,附數以行;數無質,附象以成。不求於象,安知氣數。易,逆數也,由下推上,由已知求未知,故必自象始。此聖人教人觀易之道,以中人之智,必如是也。若不明象,何以探易,又何以探天地之妙、萬物之賾哉。故觀象貴精,習易宜細也。
気と数を合わせて見れば、卦象の生死進退・分合消長は、明らかでないものがありません。ですから言います。「象を観て数を知り、数を観て気を知る。」数は気から生成し、象は数から顕現します。上から下へ言えば、気は道に出るので、すでに道を得た人は数と象を談じなくてもよいでしょう。下から上へ言えば、気は形体がなく、数に附着してこそ行い開け、数は質地がなく、象に附着してこそ形を成し得ます。――象の上から求めなければ、どうして気と数を知るでしょうか。『説卦伝』に「易とは、逆数なり」と講ずるのは、下から上へ推し、すでに知る所から未知を求めるので、必ず象から始めます。これは聖人が人に『易』を観る方法を教えるもので、中等の資質の人にとっては、これによらなければなりません。もし卦象を明らかにしなければ、何をもって『易』を探究し、また何をもって天地の奥妙・万物の深賾を探究するでしょうか。ですから象を観るには精を貴び、易を学ぶには細を当とすべきです。
孚佑帝君附注・九六の用と二五の化
夫子之言至精詳。蓋陰陽二數相抱相接,而合化以成諸數,其用則九六,以九為陽數之純數,六為陰數之純數,故也。試以九乘各數,其得數不變;以六乘之亦然,而他數不能矣!至陰數逆行,人多知之;而始四終六,則往往不解,不知此河圖明明次列之序。
夫子のこの話は極めて精細周詳に講じられています。陰陽の両類の数が互いに環抱し・彼此銜接して、合化して種種の数目を生じ、その代表は「九」と「六」を取ります。九は陽数中の純数であり、六は陰数中の純数だからです。試しに九をもって各数に乗じれば、得る所の数(各位の数字を相加する)は依然として九に還元します。六をもって乗じてもこの通り見ますが、その余の数にはこの性質がありません。陰数が逆行するのは、多くの人の知る所ですが、陰数がなぜ「四」から起って「六」に止まるかは、往々にして講じ通せません。殊不知、これはまさに河図の上に明白に排列された次序なのです。
今試以純陰數六,乘陽數一三五七九,其所得數即六八十二四,恰為陰數之反;從左而右,則為四十二八六逆行之序,與河圖合。又如以九乘陽數一三五七九,其得數亦恰為陽數之反,即九七五三一;從左而右則為順行之序,亦合河圖。又如以九除陽數一三五七九,其得數合其餘數;若以九除陰數,其餘數仍同陰數。
今、試しに純陰の数「六」をもって陽数の一・三・五・七・九に乗ずれば、得る所は六・十八・三十・四十二・五十四で、ただ末位を取れば六・八・十・二・四となり、ちょうど陰数の倒排に当たります。さらに反転して左から右へ数えれば、四・二・十・八・六という逆行の次序となり、まさに河図上の陰数の排列と相合します。またたとえば「九」をもって陽数の一・三・五・七・九に乗ずれば、得る所の九・二十七・四十五・六十三・八十一、その末位を取れば九・七・五・三・一で、またもちょうど陽数の倒排に当たります。左から右へ数えれば、すなわち還元して一・三・五・七・九の順行の次序となり、同じく河図に合します。またたとえば九をもって陽数の一・三・五・七・九を除すれば、得る所の余数は依然としてこれらの陽数です。九をもって陰数を除しても、得る所の余数も依然としてあの几つの陰数です。
由此可見九六之用,與陰數逆行之序,皆屬自然,毫無牽強,此所以聖人取則而可證之河圖者。此解近人頗有悟之者,獨未之其本於河圖自然之序耳。但其用心已足許矣!夫天地之數,皆始於河圖,而闡明於易;惜讀者棄河圖不講。又因易傳文字錯簡,前後脫略不全;遂不復知傳中天一地二,一叚文字,繫解釋河圖者。更不知所言關乎數之根本,囫圇吞棗,終不得聖人立言之旨,誠可慨矣!
これによって見れば、「九」「六」の取用と陰数逆行の次序は、みな自然に出て、少しも勉強がありません。これが聖人が取って法となし、また河図上に印証を得る所以です。この一層の解釈は、近頃もまた悟る人が少なからずありますが、ただそれが河図自然の次序に本づくことをまだ見出していないだけです。しかし彼らの用心はすでに称許するに足ります。天地の数はみな河図に発端し、『易』の中で闡明を得たのに、惜しいかな『易』を読む者は河図を丢きて講じません。しかも『易伝』の文字に錯簡があり、前後に脱漏して全からぬため、ここに再び伝の中の「天一地二、天三地四」の一段の文字が、もとより河図を解釈したものであることを知る人がなくなりました。さらにそれが講ずる所が数の根本に関わることを知らず、ただ囫圇として棗を呑むを知り、ついに聖人の言を立てた本意を得ず、実に感慨に堪えません。
河圖所含理數,至精極宏,不易講盡;此不過撮其大要,為講易所必知者。若專研數學,貫通天人;則當於此進而求之,以窮其變化,而神其用;庶於天下數,莫不了然;即推至過去未來,亦如指掌。則此寥寥十數中,有無盡之神妙在;大可為專書以繹其義,而傳其道焉。
河図の包含する義理と数術は、極めて精微宏大で、講じて窮尽するのは容易でありません。ここではただその大要を撮取し、『易』を講ずるに必ず知るべき部分を説くにすぎません。もし専門に数学を研究し・天道人事を貫通しようとする人があれば、ここからさらに前へ推求して、その変化を窮尽しその用処を神妙の歩にまで発揮すべきです。さすれば天下の一切の数はすべて胸中に了然とし、たとえ過去未来に推算しても、自分の掌を看るがごとく明白です。見ればこの区区十個の数の中に、無窮の神妙が蔵れているのであって、完全に一部の専書を写してその義理を演繹し・その道理を伝布することができます。
又曰:講易先自圖解始,以示易之初僅圖象,並無文字可讀也。然圖象者,非機械之類,含有深微妙用,亦如文字之變化靡盡也。故觀圖象而能會通,則全部易經文義已在中矣!猶之太極圖,明二氣之始終動靜,以生成萬物;雖萬言不盡其蘊,而圖則皆在此圓圈中,一覽無遺。此其神妙之用,實非聖人莫能為之,莫能知之。人苟從而窮究其故,以深會其微妙,方知古人圖象不虛作;更見易經文字之不待言也。
また言います。『易』を講ずるには先に図を解くことから手を入れて、もって『易』が最初はただ図象があり、読むべき文字がなかったことを説明します。しかし図象は死板した機械的な物ではなく、その中には深微の妙用を含み、また文字と同じく変化無窮です。ですから図象を看て融會貫通できれば、全部の『易経』の文義はすべてその中に含まれます。太極図のごときは、それは陰陽二気の始終動静がいかに万物を生成するかを顕示し、たとえ万言を写してもその中の蘊含を説き尽くせませんが、図に画けば、すべてあの一つの円圈の中にあり、一目で明白に見えます。この種の神妙な作用は、実に聖人でなければ作り出せず、また識り透れません。人がもしそれに順ってその中の縁故を窮究し、その微妙を深く体会すれば、はじめて古人の図象が徒らに画いたのでないことを知り、さらに『易経』の文字は実は多く説くを要しないことを明白にするでしょう。
今時人昧於道,忘其性;以精微之教,視為荒渺之談;而造成亂世末劫,行同禽獸;以陷於苦海,莫之拔度,斯豈聖人所及料哉?大劫且臨,至教將絕;大道不復,人類奚存?有心救世者,要從易中原推致亂之故,而得挽回之途;是則吾人講易,不僅為習古明經已耳。
今の人は大道に昧く、自己の本性を忘れ、精深微妙の教誨を荒誕渺茫の空談と見なし、ここに乱世末劫を造り成し、行いは禽獣のごとく、苦海に陥って救拔する人がありません。これはあたかも聖人の当初料想したところでありましょうか。大劫がまさに臨もうとして、最高の教化はまさに絶えんとしています。大道が再び回復しなければ、人類はなおどうして存続しましょうか。心ある救世の人は、『易』の中から禍乱を招いた縁由を推究し、もって挽回の途経を見出さなければなりません。こう見れば、われわれが今日『易』を講ずるのは、ただ古籍を研習し・経文を通曉するのみではありません。
又日:夫子所講五行相得有合之理,及土數用五之故;實為中國文化根本,亦即探索造化之源;指明氣數之用,為一切言數者之所本。蓋二氣雖分,未成形也;必再分為五行,而後化成萬物。五行之成,在天有寒暑風燥溼之令,在時有春夏秋冬四季之候;在味有酸苦咸甘之辨,在色有青赤白黑黃之分;皆以五為例,即五行也。
また言います。夫子の講ずる五行「相得て合有り」の道理、および土がなぜ生数の「五」を取用するかの縁故は、実に中国文化の根本であり、すなわち造化の源頭を探索し・気数の用途を指明するもので、一切の数術を講ずる人の依拠する根基です。陰陽二気は分かれはしたものの、いまだ成形せず、必ずさらに五行に分かれて、そうして後はじめて万物を化生します。五行がすでに成れば、天にあっては寒・暑・風・燥・湿の五種の時令の気として表れ、時序の上では春・夏・秋・冬の四季にさらに長夏を加えた節候として表れ、滋味の上では酸・苦・鹹・甘ひいては辛の分別があり、顔色の上では青・赤・白・黒・黄の区分があります。――すべて「五」を例とし、これがすなわち五行です。
猶之二氣曰陰陽,曰柔剛,曰仁義,曰天地,曰乾坤,曰寒熱,曰日夜,曰正反,曰善惡,曰是非,皆以兩相對。是故曰:「兩儀」,而不限於氣;五行亦然。曰:「五行」者,示其周流無盡,合乎道之運行也;或屬於氣,或屬於數,或屬於時,或屬於物,或屬於事,不限於一類。
ちょうど陰陽二気のごときは、陰陽と呼ぶこともでき、柔剛と呼ぶこともでき、仁義と呼ぶこともでき、天地と呼ぶこともでき、乾坤と呼ぶこともでき、寒熱と呼ぶこともでき、昼夜と呼ぶこともでき、さらに正反・善悪・是非と呼ぶこともでき、すべて両々相対するものです。ですからそれを「両儀」と称して、「気」の一層に限定しません。五行もまたこのとおりです。それを「五行」と称するのは、それが周流して尽きず、道の運行に合することを表明するためです。それはある時は気に属し、ある時は数に属し、ある時は時令に属し、ある時は物に属し、ある時は事に属し、ある一類に限定されません。
故曰:「五行」。兩儀總其綱,五行任其目;為天地萬物一切之母體,凡有生有成有形有名有類者,皆不得外。是以生存長育,變化推遷,以遂其造化之用。二氣五形行者,即造化之樞紐,萬物之胚胎;為天下之祖氣,萬有之特性也。二氣以簡,而不能極生化之用;而藉五形,以成其錯綜變化之妙。
ですから「五行」と呼びます。両儀は大綱を総攬し、五行は細目を分任し、それらは天地万物一切の母体です。およそ生あり・成あり・形あり・名あり・類あるものは、みなこの範囲を跳び出すことができません。これによってこそ生存長養・変化推移があり、もって造化の功用を完成します。陰陽二気と五行は、まさに造化の枢紐・万物の胚胎であり、天下の祖気・万有の特性です。二気はあまりに簡単で、生化の作用を極致に発揮することができません。ここに五行を借りて、もってその錯綜変化の巧妙を成就するのです。
五行以化,漸移其初始之真;故仍托於二氣,以成其主宰之神。故二五為生生之源,天下萬物,莫不以之相維相繫;並育不害,並行不亂,以成其生化之序;而世界一切於是出焉。乃曰二五構精,萬物化生;此河圖所指,必以五行配二氣;以見天地之生成,氣數之相得,而各有合得也。
五行がすでに生化すれば、便ちにそれはだんだんその最初の真質を離れます。ですから依然として陰陽二気に依托して、はじめてそれを主宰するあの一点の神明を成し得ます。したがって「二」(陰陽)と「五」(五行)は生生不已の源頭であり、天下万物はそれらに依って互いに維繫され、一斉に生長して相い妨害せず、一斉に運行して相い錯乱せず、もって生化の次序を形成し、世の一切もまたこれによって生じます。ですから『太極図説』に「二五の精、妙合して凝る」と講じ、万物はこれによって化生します。これはまさに河図の指示する所で、必ず五行を取って陰陽二気に配合して、はじめて天地が如何に生成するか・気と数が如何に「相得」しまた各々「合有り」するかを見出すことができます。
至於五行之數,大都用成數,而土則用生數;試觀月令,即知為土主中央,五為中數;而成數之十,仍生數之倍;二五無異一十,用五即足;且天地妙用,常藏十不用;故數老於九,若十則反轉為一;以成其循環之道。故數未有用十者,以此土用五而不及十;學者須明乎此義,方明數之用,亦明天地之心在五;以五立極,合於中和之德,時中之道;其妙義不可盡矣!
五行の数に至っては、多くは「成数」の六七八九十を取用しますが、ただ土だけが「生数」の五を取用します。『礼記・月令』を一見すれば知るように、土は中央を主り、五はまさに一から九までの中間の数です。成数の「十」は生数「五」の一倍にすぎず、二つの五と一つの十は分別がなく、「五」を用いれば足ります。いわんや天地の妙用は、常に「十」を蔵して用いないので、数は「九」をもって最も老とし、「十」に至れば反転して「一」に回帰し、もって循環の道を構成します。したがって数の中に「十」を取用するものはなく、土はただ五を取って十に及ばないのも、同じこの道理です。学者は必ずこの層の意思を明らかにして、はじめて数の用法を得、また天地の心が「五」の上に落ちることを明白にします。五をもって中極を確立するのは、まさに中和の徳・時中の道に合し、その中の妙義は説き尽くせません。
宗聖講義(曾子)・数をもって気を明らかにし河図生成の序
夫子前講河圖,為天地自然之數;其始終包萬物之生成,萬事之吉凶成敗;故易本此而示人以修養省存,趨避逆順之道,蓋莫非氣為之也。天地為萬物父母,言萬物必自天地始;而萬物之生成,得天地之氣,其數亦分天地之數。河圖溯物之生成,明五行所出;二氣所運,而以數示之,其旨深矣。
夫子は先に河図を講じて、それを天地自然の数と言い、頭から尾まで万物の生成・万事の吉凶成敗を涵盖するので、『易』はそれに依拠して人に心身を修養し・存養を省察しおよび吉凶に趨避し・順逆の取捨する道理を指示します。これら一切は説き尽くせばみな「気」が作用しているのです。天地は万物の父母であり、万物を講ずれば必ず天地から講じ起さなければなりません。そして万物の生成はすでに天地の気から得るので、それらの数もまた天地之数の中から分け出したものです。河図は万物の生成を追溯し、五行が何処より出づるか・陰陽二気が如何に運行するかを闡明して、数目をもってそれらを表示します。その用意は甚だ深いものがあります。
蓋氣無形而難言,數有名而可紀;故以數代氣,數之所在,即氣之所至;數之幾分,即氣之幾分;以數之分合,而知氣之變化;以數之順逆,而知氣之吉凶;其言數,皆言氣也。氣有精粗,有動靜;數有奇偶,有多寡;由數明氣,則生化之跡,無不知之;故河圖實以數示造化之本者也。
気は形状がなく、言語をもって説明し難いのです。数は名目があり、記録し得るので、すなわち数をもって気に代えます。数が在る所に、気はそこに至ります。数が几分を占めれば、気もまた几分を占めます。数の分と合を憑って気の変化を知り、数の順と逆を憑って気の吉凶を知ることができます。――ですからおよそ数を講ずるものは、講ずる所はすべて気です。気には精あり粗あり・動あり静あり、数には奇あり偶あり・多あり少あります。数によって気を明らかにすれば、生化の軌迹は知らないものがありません。ですから河図は実際には数をもって造化の根本を掲示するものです。
數之為用,自一至十;為一切數之本,無論何數,皆自此生化;故一至十之數,實包無盡數也;知其變化,不可盡於用;不知,則不得其用;數者能示變化,而通鬼神;夫數既出於氣,氣有陰陽,故數亦有陰陽;陽奇陰偶,陽屬天,陰屬地;以二者之分合,而萬有以生成變化;不獨五行也。
数の運用は、一から十までで、この十個の数は一切の数の根本です。どんな大きな数も、それらから生発変化して出ます。ですから一から十までの十個の数は、実際に無窮に多い数を包含します。それらの変化を得れば、用いても用い尽くせません。得なければ、それらの用処を得られません。数は変化を顕示し得るので、鬼神に通じます。数はすでに気より出、そして気に陰陽があるので、数にもまた陰陽があります。陽は奇数で、陰は偶数です。陽は天に属し、陰は地に属します。この両者の分と合を憑って、万有ははじめて生成変化を得るのであって、ただ五行のみならずです。
而五行為生變之始,故舉之以例萬物;五者生變,由數知之;必將數之奇偶,位之順逆;相合而生成,變化乃見;圖中之一三五七九,奇數順行;四二十八六,偶數逆行;而其合也,遂成一與六,二與七,三與八,四與九,五與十,各當其位;以生成水火木金土,依次列北南東西中;以示五者之所自出,本乎數之相得有合也;亦氣之相生有成焉耳。
五行は生化変動の開端です。ですからそれを挙げて万物の様板とします。五行が如何に生化変動するかは、数の上から知るので、必ず数の奇偶と方位の順逆を相配合して、生成の功が見出せ、変化が顕れます。河図上の一・三・五・七・九は奇数で、左旋の方向に依って順行します。四・二・十・八・六は偶数で、相反する方向に依って逆行します。両者が会合するに至れば、便ちに一と六と相配・二と七と相配・三と八と相配・四と九と相配・五と十と相配となり、各々応有の方位を占定し、もって水・火・木・金・土を生成し、依次に北・南・東・西・中の五つの方位上に排します。これは五行の来歴を顕示し、数の「相得」て「合有り」に本づき、すなわち気の相生して成就有ることを示します。
故知一之與六,兩數相得,而水之生成,得天地之氣若幾分也;火木金土皆然,皆由天地之氣,奇偶之數,恰相得而合也;故易曰:「一陰一陽謂之道」。數之順逆偕行,以循環始終;於是生化之道見焉。以奇偶之數,一陰一陽猶男女也;而夫婦之道,即人生之始;人以男女配偶,而生息無盡;數以奇偶配合,而生化無窮;此天地造化之妙也。
これによって知れば、「一」と「六」の二つの数は彼此相得て、水の生と成は天地の気の中から各々このように几分を取ったのです。火・木・金・土もまた同じく、みな天地の気・奇偶の数がちょうど相得て結合して成ったものです。ですから『繋辞伝』に「一陰一陽これを道と謂う」と言います。数には順行あり逆行あり、一同に運転して循環往復し、ここに生化の道理が顕現します。奇数偶数に就いて言えば、一陰一陽は一男一女のごとしです。そして夫妻結合の道はまさに人生の起点です。人は男女配偶に依って生養絶えず、数は奇偶配合に依って生化無窮です。これが天地造化の奇妙の処です。
故數之一三五七九,皆陽皆奇;二四六八十,皆陰而隅。二者相得有合,而五行生成;陽道虛,陰道實;陰統於陽。陽包其陰;皆自然配偶,各有其序;故奇數合偶數,仍為奇;奇數合奇數,反為偶;偶數合偶數,仍為偶;以見陽之統攝陰,而不可亢;陰之順承陽,而不可離;亢則害,離則乖;唯相得有合,而後成其生化也。
ですから数の中の一・三・五・七・九はみな陽に属し・みな奇数であり、二・四・六・八・十はみな陰に属し・みな偶数です。両者が相得て結合すれば、五行は便ちに生成します。陽道は虚であり、陰道は実です。陰は陽に統属し、陽は陰を包容し、みな自然然る配偶で、各々その次序があります。ですから奇数と偶数と相加えれば、結果は依然として奇数です。奇数と奇数と相加えれば、かえって偶数を成します。偶数と偶数と相加えれば、結果は依然として偶数です。これによって見れば、陽は陰を統攝して過亢すべからず、陰は陽に順承して背離すべからざるが見えます。過亢すれば禍害を生じ、背離すれば乖違を致します。ただ彼此相得て結合して、そうして後はじめて生化の功を成就します。
河圖之數,天地之本數也;其用自其變化而生。五行之物,萬物之根本也;其生化自其分合而成。蓋有天地而有萬物,有天地之大數,而後有萬物之數可紀;故有序有類有名,而後成其德;萬物並育而不相害,道並行而不相悖;此德之見也。此「道」字,即指一陰一之道,言二氣並行而不亂其序,則由有數也。
河図の数は天地の本数で、その功用は自身の変化の中から生じます。五行の物は万物の根本で、その生化は自身の分合によって成ります。天地有ってはじめて万物有り、天地の大数有って、そうして後万物の数は記録を得ます。これによって次序有り・類別有り・名称有り、そうして後はじめてその「徳」を成就します。『中庸』に「万物は並び育ちて相い害せず、道は並び行われて相い悖らず」と言うのは、これがすなわち「徳」の顕現です。ここの「道」の字は、指す所は「一陰一陽」の道で、陰陽二気が同時に運行してその次序を乱さざるを説くので、これはまさにその中に「数」有るがためです。
猶物之陳於室,高下遠近,各如其分;此數之所見也。人之智愚賢否,貴賤壽夭,各有其數,以定其分;而能守其分,安其數,是為知命;以命自天,知命者,安於天命之數,而不失其序;以順承天生我之德,而養育其中和之氣;是為明道。道不離二氣,知乎數而和於氣,則成道之士也。故易者,言數以明道,達命以知天者也。
これはちょうど器物が屋の中に陳設して、高低遠近が各々その分位に按ずるがごときで、これがすなわち「数」の日常の中の体现です。人の智愚・賢と不肖・貴賤寿夭は、各々その数があり、これによって各々の分位を定めます。自分の分位を守り・自分の数に安んずることができれば、これを「知命」と呼びます。命は天より出、命を知る人は天命の定めた数に安んじてその次序を乱さず、もって上天が我を生む徳に順承し、自身の中和の気を涵養します。これを「明道」と呼びます。道は陰陽二気を離れず、数を懂得してまた気と相和することができれば、あれはすなわち道を成す士です。ですから『易』という書は、数を講じて道を闡明し・命を通達して天を認識するものです。
夫易之言數,自河圖始;河圖之數,即易之數;如水火木金土五者,易之乾坤離坎震兌也;由用言之,則坎離坎震兌,分合水火木金四氣之象;而艮為土,此後天之卦也;若在先天,則乾坤震兌為四方,而坎離在中;其氣數各有所合也。以一六之水,為天地二氣初化;二七之火,三八之木,四九之金,五十之土,皆依次而生成者;陽生則陰成者,陰生則陽成。
『易』が数を講ずるのは、河図から始まります。河図の数はすなわち『易』の数です。たとえば水・火・木・金・土のこの五者は、『易』の中では乾・坤・離・坎・震・兌の諸卦に対応します。実際の運用に就いて言えば、坎・離・震・兌は分別に水・火・木・金の四気の象に配合し、艮は土に配します。これは後天の卦位の排法です。もし先天の卦位の中ならば、すなわち乾・坤・震・兌は四方に分居し、坎・離は中間に居り、それらの気と数は各々その配合があります。一と六が合して成る水は、天地二気の最初の化生です。二と七が合して成る火・三と八が合して成る木・四と九が合して成る金・五と十が合して成る土は、みな依次に生成するものです。およそ陽数が生を主るものは、すなわち陰数によってそれを成全し、陰数が生を主るものは、すなわち陽数によってそれを成全します。
二氣更互以生以成,五行於是出,萬物於是生;其生化之道,不離乎此圖之序;其賦與之命,不外乎此圖之數;數之所在,即二五之所分合;凡二五之所分合;凡屬後天之生物,莫不由此二五之分化也。數有終始,運行有序;命有善惡,道有先後;皆氣之所偏全有所合也。不合不生,故必合而有得也;此天地生化之妙用,亦世界自無入有之次第也。
陰陽二気が交互に作用し、一方が生を主り一方が成を主り、五行はこれによって生じ、万物はこれによって出生します。それらが生化する路数は、河図の定めた次序を離れません。それらが禀受する命分も、河図の列する数目を超出できません。数の在る所は、すなわち陰陽二気と五行がそこに分合する所です。およそ二気五行の分合の処は、およそ後天に属して生じる物は、この「二」と「五」の分化より来らないものはありません。数には始あり終あり、運行にはその秩序あり、命には善あり悪あり、道には先あり後あります。これはみな気に偏あり全あり・各々その配合有るが故です。結合しなければ生ぜず、ですから必ず結合してこそ得る所有ります。これは天地生化の妙用であり、また世界が「無」より「有」に入る先後の次第です。
數之所合,易卦而外,則乾支為最易知;以其習見習聞也。天乾之數,甲乙為木,丙丁為火,戊已為土,庚辛為金,壬癸為水,其數同也;地支之數,寅卯為大,巳午為火,申酉為金,亥子為水,辰戌丑未為土,其數合也。皆以五行分配,而相生相制;以成其生化之用,與圖相同;故易卦有納甲之義。
数の配合を講ずるに、易卦以外では、天干地支に数えて最も懂り易いものはなく、大家が平日見慣れ聴き慣れているからです。天干の数は、甲・乙は木に属し、丙・丁は火に属し、戊・己は土に属し、庚・辛は金に属し、壬・癸は水に属し、それらの配する数は相同じです。地支の数は、寅・卯は木に属し、巳・午は火に属し、申・酉は金に属し、亥・子は水に属し、辰・戌・丑・未の四支は土に属し、それらの配する数も彼此相合します。干支はみな五行に按じて分配し、彼此相生相剋して、もってそれらの生化の功用を成就します。これは河図と一致します。ですから易卦に「納甲」のこの一套の義例有るのです。
蓋卦象人或不知,而乾支則易知;乾支固無異於卦,皆以示氣之運行,二五之化合;或以卦示其象,或以乾支繫其名;其實皆出河圖,亦猶數算之代名也。因氣數不易記,故以之代,而便於習究也;如甲乙屬木,即震巽也;丙丁屬火,即離;庚辛屬金,即兌;壬癸屬水,即坎;戊已屬土。即坤艮也。
卦象は一般人が必ずしも懂らないが、干支は人人懂り易いです。干支は実は卦と両様なく、みな気の運行・陰陽と五行の化合を表示するために用いるものです。あるものは卦をもってその象を顕示し、あるものは干支をもってその名を繋ぎ、説き尽くせばみな河図より出で、ちょうど算学の中の代號のごときです。気数は記憶し易くないので、干支をもってこれに代えて、研習考究に便とします。たとえば甲・乙は木に属すれば、すなわち震・巽の両卦に相当します。丙・丁は火に属すれば、すなわち離卦に相当します。庚・辛は金に属すれば、すなわち兌卦に相当します。壬・癸は水に属すれば、すなわち坎卦に相当します。戊・己は土に属すれば、すなわち坤・艮の両卦に相当します。
而其為用則與此稍異;以乾納甲壬,示陽氣之初動;坤納乙癸,示陰氣之偕行;震巽以木而納庚辛,示木受制而後成用也;坎離納戊己,以水火之用成於土也;兌艮納丙丁,以金受火制,土為火生,各得其用也。故其數與原位異,此先後天之殊,體用之不同也;然此所納亦有異同,則用者取義不一也。
ただ納甲の用法は上のこの一套の五行帰属とやや同じからず、乾卦は甲と壬を納して、陽気が剛に発動することを表示し、坤卦は乙と癸を納して、陰気がこれと同行することを表示します。震・巽は本は木に属するのに、かえって庚・辛のこの二つの金干を納するのは、木が先に金の制約を受けて後はじめてその用を成すことを表示します。坎・離は戊・己のこの二つの土干を納するのは、水火の功用が土に依って成全されるからです。兌・艮は丙・丁のこの二つの火干を納するのは、金が火の鍛錬を受け・土が火によって生養されて、各々はじめてその用を得るからです。ですから納甲の配する数は原来の五行帰属の方位と同じでなく、これは先天と後天の区別であり、また体と用の不同です。ただ各家の納する所も互いに出入りがあり、あれは使用する人の取義が各々相同じでない故です。
如歸藏異乎連山,周易異乎歸藏;皆後天之用,非關先天之體用也;其義詳洛書中。河圖洛書一體一用,各有其指也;故在圖之數,方位相當;次序無亂,與伏羲之卦象同;而為一切數之根本,有不易者也。圖中之數,雖自一至九;而五十二數,卻在中心;故分數時,應分陽數一三七九,與陰數二四六八相對以合;另提五十二數為中心立極。
たとえば『帰蔵易』の納法は『連山易』と同じからず、『周易』の納法はまた『帰蔵』と同じからず、これらはみな後天の用法に属し、先天の体用と関わりなく、その中の道理は洛書を講ずるときに詳しく説きます。河図と洛書は、一方は体を主り一方は用を主り、各々その指向があります。ですから河図上の数は、方位が彼此相当し・次序が毫も紊乱せず、伏羲の画いた卦象と一致し、それは一切の数の根本で、更改すべからざるものです。図上の数は一から九に排しているけれども、「五」と「十」のこの二つの数は中心に安放されています。ですから数目を分列するときは、陽数の一・三・七・九と陰数の二・四・六・八を両々相対に配合し、別に五・十の両数を提出して中心とし、もって中極を確立すべきです。
依陰數逆行之例,與陰數之始四終六;則一三七九,與四二八六適恰相當;而生成之功見,生化之序明;而五十二數亦正相當。若不如是,則位與數失,陰與陽乖;不克生成萬物矣!故一三七九陽數,必順次行;四二八六陰數,必顛倒而逆行;此必然之理。人知陽數順行,而不知陰數逆行;遂不明數之大用,此惑也。
陰数逆行の成例に按じ、かつ陰数が「四」から起って「六」に止まるに加えれば、すなわち一・三・七・九と四・二・八・六はちょうど一一に対応します。一は四に対し、三は二に対し、七は八に対し、九は六に対し、ここに生成の功が顕現し、生化の次序もまた明白になります。中に居る五・十の両数も同じく各々その位を得ます。もしこのように排しなければ、方位と数目は位を錯え、陰と陽は乖違し、また万物を生出すこともできません。ですから一・三・七・九のこれら陽数は、必ず順序に按じて前行し、四・二・八・六のこれら陰数は、必ず顛倒して逆行します。これは必然の道理です。世人はただ陽数の順行を知って、陰数の逆行を知らず、ここに数の大用を明らかにできません。これは一大迷惑です。
夫使陰數亦如陽之順序而行,則一與二,三與四,五與六,七與八,九與十,相對而論,皆不能合;更何生成之功可言?蓋必一順一逆,一依次,一倒行;方能合其位,而成其用;而後一與四合,二與三合,七與八合,九與六合,五與十合,相得而皆有合;以成中極之數皆五也。故曰:「天數五,地數五。」五位相得而有合也。
仮に陰数も陽数のごとく順に次序に従って排すれば、すなわち一は二に対し、三は四に対し、五は六に対し、七は八に対し、九は十に対し、両々相較して、みな中極の数を合することができず、なお何の生成の功を談ずるに足りましょう。必ず一つが順行し一つが逆行し、一つが次序に按じ一つが倒れて走って、はじめて各々応有の方位に配上して、その功用を成就し得ます。このようにすれば、一と四が相合して五を得、二と三が相合して五を得、七と八が相合して十五を得、九と六が相合して十五を得、五と十が相合して十五を得、彼此相得てみな結合し得、湊り成す中極の数は「五」をもって准としないものはありません。ですから『繋辞伝』に「天数五、地数五、五位相得て各々合有り」と言います。
言合乎五,即合天地之心;在道言之,即合中和之德,示人執中用之道也;蓋數十而位五,唯五乃中;不得其五,即不得其中;不得其中,必有所偏;偏則害生,安能致生成之用?通天地之心哉。故五位之合,必依陰數逆行,而後得之也。
いわゆる「五」に合するとは、すなわち天地の心に合することです。道の角度から説けば、すなわち中和の徳に合することで、人に中道を執守し・其中を用いる方法を指示するものです。数は一共に十個あり、方位はただ五箇しかなく、ただ「五」だけが正中に居ります。この五を得なければ、すなわち「中」を得ず、「中」を得なければ、必ず偏斜する所有ります。ひとたび偏斜すれば禍害を生じ、またどうして生成の功を成就し・天地の心に通達できましょうか。ですから五つの方位の配合は、必ず陰数逆行の規矩に依って、そうして後はじめて得られるのです。
且陽順陰逆,氣之自然;逆之雲者,對陽順言;其實不過一往一復,一左一右而已。陰氣原與陽對行,陽左則陰右,陽先則陰後,陽升則陰降,自然而然,非圖之有異也;如晝夜寒暑,互相推移,而日歲以成;若同一途,則一氣獨用,不復有生化之功矣!故言數不明可證於象,以象之明見於目也。
さらに言えば、陽は順行し陰は逆行するのは、本来気の自然です。いわゆる「逆」とは、ただ陽の「順」に相対して言うので、実はただ一往き一回り・一左一右にすぎません。陰気はもとより陽気と対して走るもので、陽が左に往けば陰は右に往き、陽が前にあれば陰は後にあり、陽が上昇すれば陰は下降し、みな自然然るもので、河図の上に別に特別な安排があるのではありません。ちょうど昼と夜・寒と暑が互いに推移して、はじめて一日・一年を湊り成すがごとく、仮に両者が同じ一条の路を走れば、ただ一種の気が単独で作用するに留まり、再び生化の功はありません。ですから数を講じて明らかにできない処は、象の上で印証を得ることができます。象は明明白白に眼前に擺しているからです。
今就圖象證之,亦自可見;陽自一左旋至九,序位皆順;陰自四右旋至六,序位倒逆;而恰合一六、三八、二七、四九、五十,之五行數,不待移易;即此可知天地大數,不離陰陽生化之功,不外陰陽順逆之用;而萬物以生,萬事以立,其微妙固非難測者矣!
今すなわち河図に就いて印証すれば、また自ら明白に見えます。陽数は「一」から起って左に旋転して「九」に至るまで、位次はすべて順です。陰数は「四」から起って右に旋転して「六」に至るまで、位次はすべて倒れて逆行です。このようにして、ちょうど一と六・三と八・二と七・四と九・五と十のこの五組の五行の数を湊り成し、さらに挪動調整するを要しません。ただこの一点を憑ってすなわち知るべし、天地の大数は陰陽生化の功を離れず、また陰陽順逆の用を超出しません。万物はこれによって生じ、万事はこれによって立ち、その中の微妙は本来測知し難いものではありません。
河図
河図歌
天一生水,地六成之;地二生火,天七成之;天三生木,地八成之;地四生金,天九成之;天五生土,地十成之。
天数の「一」は水を生出し、地数の「六」はそれを完成します。地数の「二」は火を生出し、天数の「七」はそれを完成します。天数の「三」は木を生出し、地数の「八」はそれを完成します。地数の「四」は金を生出し、天数の「九」はそれを完成します。天数の「五」は土を生出し、地数の「十」はそれを完成します。この五組の数は五方に分居します。一六の水は北に在り、二七の火は南に在り、三八の木は東に在り、四九の金は西に在り、五十の土は中に居ります。毎一組はみな一奇一偶・一天一地の相配で、五行ははじめて各々生成します。
宣聖講義(孔子)・河図釈義
易傳曰:河出圖,洛出書,聖人則之。此言河圖洛書所由來也。天地之間,運行者氣,紀量者數,顯示者象,而主其中御之以合度者道。道兼神形,氣數則神之見也,象則形之呈也。凡天文地理,可紀可指可名者,皆不外此三類,而皆不離乎道。
『繋辞伝』に「河は図を出し、洛は書を出し、聖人これに則る」と言うのは、これは河図と洛書の来歴を講ずるものです。天地の間で、運行して息まないものは「気」であり、記量するに用いるものは「数」であり、顕現するものは「象」であり、そしてその中で主を為し・それらを駕御して法度に合せしめるものは、すなわち「道」です。道は神と形の両面を兼摂します。気と数は神の顕現であり、象は形の呈露です。およそ天文地理の中で記録し得・指認し得・命名し得るものは、この三類を出でず、しかもみな道を離れ得ません。
河圖者,天地自然氣數所賦,而成其自然之象也。蓋天地既奠,神形全具,有其氣者有其數,有其數者有其象。河圖之出,以象之顯也;其象之所示則數也,其數之所在則氣也。氣有陰陽,名曰兩儀,言既生成之後,必有此兩者之質,以為其成物之本也。兩儀化合,遂分為水火木金土五者之氣,名曰五行。
河図とは、天地自然の気数の賦与する所に依り、因而として形成した一種の自然の象です。天地がひとたび奠定されれば、神と形は便ちにすべて具備します。気有れば数有り、数有れば象有ります。河図の現出する所以は、象が顕露したからです。この象の指示する所は数であり、この数の在る所はすなわち気です。気は陰陽の両面に分かれて、「両儀」と称します。――これは天地が生成して後、必ず陰陽のこの二種の質性有って、もってそれが万物を化成する根本とするを説くのです。両儀が彼此化合して、ここに水・火・木・金・土の五種の気を分けて、「五行」と称します。
言兩儀既化,必有是五者流行其間,以辨其性而別其類,亦物之始成所秉者也。兩儀既見,五行乃名;二五構精,萬有始生,此屬天地萬物生生之本,莫之能外者也。五行之氣,因二為五,雖五仍二,然言其本質,必自五者始。後人或云為四,或云為三,其意大同,究不若別之為五,適合天地自然之氣與數。試證之河圖,可見其旨矣。
これは両儀がひとたび化合すれば、必ずこの五種の気がその間に流行して、もって事物の性質を分辨し・事物の種類を区別し、まさに万物が初めて成るときに禀受する所であることを説くのです。両儀が顕現して後、五行ははじめて名目有り、陰陽二気と五行の精と交構して、万有ははじめて産生します。これは天地万物の生生不已の根本で、例外し得るものはありません。五行の気は「二」(陰陽)より「五」に分かれ、五と言うと雖も、実は依然として二です。しかし事物の本質を講ぜんとすれば、必ずこの五者から説き起さなければなりません。後人には四種に分かつを主張する者有り、三種に分かつを主張する者有りますが、用意は大抵相同じ、ついに五種に分かつに如かずより貼切で、ちょうど天地自然の気と数に合します。河図を取って印証すれば、すなわちこの層の旨意を見出すことができます。
河圖之中,點畫成象,自一至十,各相連而不混,相離而不乖,其數之自然,足見其氣之自在也。氣之動也,以二氣之分合而後化,故生成之數,必屬於天地,天地者,二氣之所生也。物之生化,以五者為類,而水火木金土,以辨以名,以成其五行。水火木金土者,五行之所主也。故河圖之數,生成自天地,而名類止於水火木金土,而天下萬物莫不盡於是。
河図の中は点画を用いて図象を構成し、一から十に排して、彼此相連なり雑らず、彼此相分かれ乖離せず、数の排列のこのように自然なるは、気の自在流行を見出すに足ります。気はひとたび動けば、陰陽二気の分と合を憑って化生せねばならぬので、生数と成数は必ず天と地に帰属し、そして天と地はまさに陰陽二気の生ずる所です。万物の生化は五者をもって類とし、水・火・木・金・土をもって分辨し・命名し、もって五行を構成します。水火木金土は、まさに五行の各々主る所のものです。ですから河図の数は、天地より生成し、そして名目類別はただ水火木金土のこの五様に限るに、天下万物はそれらに囊括し尽くされないものはありません。
是故河圖之象,即天地生化終始之圖;其氣與數,即天下萬有分合變化之本,斯所以為天道之所見也。而聖人則之,因以明天道,以立天下萬物有生成變化之規,而述之為易,則河圖者易之所自仿也。易傳曰:「天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十。天數五,地數五,五位相得而各有合。天數二十有五,地數三十,天地之數五十有五。」雲者,即河圖中之數也。
ですから河図の象とは、すなわち天地生化始終の図です。その気と数は、すなわち天下万有分合変化の根本で、これがすなわち天道の顕現した様子です。聖人はそれに取法して、拠って天道を闡明し、天下万物の生成変化のために規矩を立て、しかもそれを写して『易』と成したので、すなわち河図はまさに『易』の倣う所の対象です。『繋辞伝』に言います。天一地二、天三地四、天五地六、天七地八、天九地十。天数は五つ有り、地数は五つ有り、五つの方位は彼此相得て各々配合有り。天数を合計すれば二十五、地数を合計すれば三十、天地の数は總じて五十五。それの説く所は、まさに河図の中の数です。
河圖以天地統全數,以水火木金土分配各數,而建立天地萬物萬數之本,以明天下之物,莫不有數,莫非生成於天地,而得其氣與數以成其氣數。自河圖言之,則氣數者自然成形;自物言之,則氣與數皆出自天地。
河図は「天」「地」の二類を用いて全部の数目を統摂し、水火木金土を用いて各々の数を分配し、もって天地万物一切の数の根本を建立し、もって天下の物は数無きものは一つもなく、天地より生成せず・かつ天地の気と数を承受して自己の気数を構成しないものは一つもないことを説明します。河図のこちらの辺から説けば、気と数は自然に凝って形象を成します。万物のあちらの辺から説けば、気と数はすなわちみな天地より出ます。
蓋天地亦在此氣數中也。未有天地,氣數已具;既有天地,氣數周流,以成萬物。故氣數者,自天地以下,莫之能外也。今言河圖氣數溯始於天地,蓋自有象言之,即自天地建立以後,而推溯萬物生化所本、萬有氣數所由而已。
天地自体もまたこの気数の中に在るからです。天地がいまだ出現せざる前は、気数はすでに具備しています。天地がすでに出現すれば、気数は便ちに周流して息まず、もって万物を化成します。ですから気数というものは、天地以下、身をその外に置くこと能うものはありません。今、河図の気数は天地から追溯し起さねばならぬと説くのは、あれは「象有り」のこの一層に就いて説くので、すなわち天地が建立して後より算え起こして、上に推究して万物生化の依拠する根本・万有気数の由来する源頭に至るだけです。
圖中自天一至地十,為數之根本,亦生成之根源。天一生水,地六成之,則言水之生成之由來:以天之一,合地之六,而後水之生成始全;分之則水者得天之一以生,地之六以成。天生地成,是其氣之備天地也。
図中の「天一」から「地十」に至るは、数の根本であり、また生成の根源です。「天一は水を生じ、地六はそれを成す」とは、講ずる所はすなわち水が生より成に至る由来です。天数の「一」を取って地数の「六」に合して��そ、水の生成ははじめて完整と算えられます。分かちて説けば、水は天数の「一」を得て生じ、地数の「六」を得て成ります。天は生じ地は成す。見れば水のこの一物の気は天地兼備するものです。
天一地六,是其數之賅天地也,而水以成,此五行之一所自生也。火也、木也、金土也亦然,而土為其中心,故五十在中,水火木金四者,皆依乎土以立也。如一加五為六,故水為一六;二加五為七,故火為二七;三加五為八,故木為三八;四加五為九,故金為四九;土則五加五為十,故土為五十,此數所自合也。
天一と地六は、水の数が天地をみな包括して入れることを見るべく、水はこれによって成り、これがすなわち五行の一つの来歴です。火・木・金・土もまたみなこのとおりで、そして土は中心に居ります。ですから「五」「十」の両数は中央に排し、水火木金のこの四者はみな土に依托してはじめて立ち得ます。たとえば一加五すれば六を得るので、水は一と六に配します。二加五すれば七を得るので、火は二と七に配します。三加五すれば八を得るので、木は三と八に配します。四加五すれば九を得るので、金は四と九に配します。土はすなわち五加五して十を得るので、土は五と十に配します。これがすなわち各数の彼此配合する由来で――毎一つの生数はみな中央土の「五」を加えて、はじめてそれと相配する成数と変わります。
天之數五,一三五七九;地之數五,二四六八十;生之數五,一二三四五;成之數五,六七八九十。其分也皆五,五則中央之數,中而不偏,動而能和,中和天地之道,土之德也。故五行皆以五為其根,皆麗於土以為生,此自然之序也。天數之累為二十五,即一三五七九之和也;地數累為三十,即二四六八十之和也。
天数は五つ有り、一・三・五・七・九。地数は五つ有り、二・四・六・八・十。生数は五つ有り、一・二・三・四・五。成数は五つ有り、六・七・八・九・十。どう分かっても、毎一組はみな五つで、そして「五」はまさに中央の数で――中に居りて偏せず、動くこと能くまた和すること能し。中和は天地の道であり、またまさに土の徳性です。ですから五行はみな「五」をもって根とし、みな土に附着してはじめて生長を得ます。これは自然の次序です。天数を累加すれば二十五で、すなわち一・三・五・七・九の和です。地数を累加すれば三十で、すなわち二・四・六・八・十の和です。
二者雖分各半而數異,則即生有形之後,得天者不足,地者有餘也。天地之總和五十有五,即二十五加三十,以成天地生成全數,為大衍之數而餘五。五即中央之數,二氣之全,五行之本,為天地數之妙用,即河圖之中,天地之心也。明此五數之妙用,則通天地之數,直見天地之心,而萬物生化之序,無不明矣。
天数と地数は各々一半を占めると雖も、総数は相等しからず。これは有形の物が生じ出て後、天の一分を禀受するは総じて不足を嫌い、地の一分を禀受するはかえって余り有るを説明します。天地之数の総和は五十五で、すなわち二十五加三十で、天地生成の全数を湊り成します。『繋辞伝』の説く「大衍の数五十」に比べて、五を多出しています。この「五」はすなわち中央の数で、陰陽二気の完全体であり、五行の根本であり、天地之数の妙用の在る所であり、すなわち河図の中心・天地の心です。この「五」の妙用を明らかにすれば、すなわち天地之数に貫通し、直接に天地の心を見て、すなわち万物生化の次序もまた明白でないものはありません。
故一至十者,天地生成之數根;而五者,天地生成數之中極。此河圖四列各數,而獨以五十建立中極,其旨趣之微妙,有不盡矣。五位相得各有合者,言數各五而必合,始能致生化之用。如一天數也,生數也;六地數也,成數也,二數合而後水以成。
ですから一から十までは、天地生成の数の根です。そして「五」は、すなわち天地生成の数の中極です。河図は各数を四方に分列し、ただ五と十を用いて中極を確立し、その中の旨趣の微妙は説き尽くせません。いわゆる「五位相得て各々合有り」とは、天数地数が各々五つ有って、必ず両々結合して、はじめて生化の作用を発揮し得るを説くのです。たとえば「一」は天数であり、また生数です。「六」は地数であり、また成数です。この二つの数が結合して、水ははじめて成ったと算えます。
以合則前數化,新數成。一六既合,天地之氣已化,而水乃成。此由數之合也。水之成分,得天之一,地之六,故水中所含者屬天者一,屬地者六。天地既化,水數乃見。凡五行之生化皆然,皆由二氣之合也。五行亦有合矣。
ひとたび結合すれば、原先の数は便ちに転化し、新しい数は便ちに形成されるからです。一と六がすでに結合すれば、天地の気は便ちにすでに化生し、水はここに成形します。これは数の結合より来るのです。水の成分は、天より得るは「一」、地より得るは「六」です。ですから水の中の含む所は、天に属する部分は一、地に属する部分は六です。天地の気がすでに交化して、水の数目ははじめて顕現します。およそ五行の生化はみなこのとおりで、みな陰陽二気の結合によって成ります。五行の彼此の間にもまた各々結合有ります。
如水與木,木與火、火與土、土與金、金與水,各以其合而生化萬物,則各以其數之合,而生成新數,故變化至無窮焉。然二氣之合與分,恆相得;五行則或得或否,如水與火、火與金、金與木、木與土、土與水,皆相害相制而不相得,則數之因亦有相消相除相加相乘之異。其相得也,則生成之;其制害也,則克化之。
たとえば水と木・木と火・火と土・土と金・金と水は、各々相生の関係に按じて結合して万物を化生し、またすなわち各々数の結合に按じて新しい数を生成するので、変化ははじめて無窮無尽です。ただ陰陽二気は合すも分かつも、総じて彼此相得ます。五行はすなわち相得する有り・相得せざる有り、たとえば水と火・火と金・金と木・木と土・土と水は、みな彼此相害相剋して相得ません。ここに数は運算の上にもまた相消・相除・相加・相乘の分別有ります。相得するものは、すなわちそれを生成し、相剋相害するものは、すなわちそれを剋化します。
由其數驗之可知者也。故天一與地六合,一陰一陽,合乎道也。若天一與地二,則不則生成矣。若天一與天三,更無所生成,以其不相得而不能合也。故生化之序,必因相得而後合,合則生成之功見。不得則相反,反則變化之數成。
これらは数の上から検証すればすなわち知ることができます。ですから天数の「一」と地数の「六」が結合すれば、一陰一陽、道に合します。もし天数の「一」を取って地数の「二」に配すれば、すなわち生成し能わず、もし天数の「一」を取って天数の「三」に配すれば、さらに何をも生じ出すことができません。それらが相得しないので、結合し能わざるからです。見れば生化の次序は、必ず先に相得て後はじめて結合し得ます。ひとたび結合すれば、生成の功は便ちに顕現し、相得せざればすなわち反面に走向し、ひとたび反面に走向すれば、変化の数は便ちにこれによって形成します。
故天一至地十之數,實包舉天下生成變化之數,以至無盡,不可紀極,而莫外於合否二字。由是可見天地造化之源,萬物生成變化之序,皆在河圖中,展轉推求,以窮其氣數所至,則無不知之。如天一地十之數,實數之根;二氣者氣之本;五行者萬物生成之本,皆造化之始基。
ですから天一から地十までのこの十個の数は、実際に天下一切の生成変化の数を囊括し、ひいては無窮無尽・数えて勝ち得ざるに至るも、そして根に帰し底に究めれば「合」と「不合」の二つ字を外ならざるです。これによって見れば、天地造化の源頭・万物生成変化の次序は、すべて河図の中に在ります。輾転して推求し、気数の至る所を窮究して清くすれば、知らないものはありません。天一から地十までのこれらの数のごときは、実に一切の数の根であり、陰陽二気は気の本であり、五行は万物生成の本です。――それらはみな造化の最初の基石です。
天地人物之原質,由一而二而三,而後萬物以生以成,其道固昭昭矣。二者兩儀,三者兩儀合化五行是也。二五構精,妙合而凝,天地因縕,萬物化醇,此由三而生萬物也。故河圖天地之數,生成之本數也;五行分合之數,萬物所自生化之本也。
天地人物の原始の質料は、一より二に、二より三に、そうして後万物ははじめて生を得・成を得ます。この道理は本来明明白白です。いわゆる「二」とは、すなわち両儀です。いわゆる「三」とは、すなわち両儀が合化して成る五行です。『太極図説』に「二五の精、妙合して凝る」と講じ、『繋辞伝』に「天地絪縕して、万物化醇す」と講ずるのは、説く所はすなわち「三」によって万物を生出することです。ですから河図上の天と地の数は、生成の本数であり、五行分合の数は、万物の拠って生化する根本です。
由其位言之,則按乎天地之定序,南北東西方位,而相得者也。故一六以水居北,三八以木居東,二七以火居南,四九以金居西,五十以土建立中極,以應四方而通天地。此地為世界中心,憑之以測天地之生長萬物,所謂極也。天地之極,即數之中,即五也。
方位の上から説けば、河図は天地の固定した次序に按じて、南北東西の四方に配上して、各数をして彼此相得せしめます。ですから一と六は合して水を成して北方に居り、三と八は合して木を成して東方に居り、二と七は合して火を成して南方に居り、四と九は合して金を成して西方に居り、五と十は合して土を成して中極を建立し、もって四方に応接して天地を貫通します。この中央の地はすなわち世界の中心で、それを憑って天地が万物を生長するを測度し、すなわちいわゆる「極」です。天地の極は、すなわち数の中で、すなわち「五」です。
河圖言五十,洛書則僅言五,以五已足賅十。十即二五,天地根數,祇存純數,不必及其餘盈,故言五而土之數已足,不似水之必兼一六也。其所合也,往往因其生化見之,故一六之合,二七之合,皆孚自然之序。
河図は中央に「五」と「十」を標出し、洛書はただ一つの「五」のみを標します。五はすでに十を涵盖するに足るからです。十はただ二つの五に過ぎず、天地の根数はただ最も純粹のあの一つを保留して、必ずしも多出した部分を顧及するを要しません。ですからただ「五」を説けば、土の数はすでに足り、水のように必ず一と六を兼挙してはじめて可とするようではありません。各数の配合は、往々にしてそれらの生化の過程の中よりはじめて見出せるので、一と六の相合・二と七の相合は、みな自然の次序に符合します。
而五與二五之十,尤可見矣。若言五則十已見,雖三五四五,仍不失其五,故不必徵於成數,而已知土之數之為十五。蓋以天之五,地之十,合而言之為十五,去其十仍存五。此五數示土已足,其數雖一而內藏十矣。此為言數者所當知也。
そして「五」と二つの五の合して成る「十」の、この一層の関係はことさら明顕です。ただ五を説けば、十もまたその中に在ります。たとえ三つの五・四つの五でも、依然としてこの五を離れません。ですからさらに成数を征引するを用いずして、すでに土の数が十五なるを知ります。天数の五に地数の十を加えて、合すればすなわち十五で、あの十を減ずれば、依然として五を残すからです。この「五」を用いて土を表示すればすでに足り、それは表面上はただ一つの数に過ぎませんが、裏頭には十を蔵しています。これは数を講ずる人の当に知るべき所です。
河圖之數,以二數合而成一象,故十數合為五,以成水火木金土,唯其合也。有變化見焉。以六為成數之始,又地數也;九為天數之終,又成數也,二數實天地之主數。故易乾用九,坤用六。乾天也,陽也;坤地也,陰也。陽數用九,陰數用六,此中亦有自然之序存焉。
河図の数は、二つの数が合わさって一つの象を成すので、十の数が合併して五組となり、水火木金土を成就する。その要はすべてこの「合」の字にある。この結合があるからこそ、その中に変化が見出されるのである。「六」は成数の最初であり、また地数に属する。「九」は天数の最後であり、また成数である。この二つの数は実に天地の主数である。だから《易》では乾卦を「用九」、坤卦を「用六」と称する。乾はすなわち天で陽に属し、坤はすなわち地で陰に属する。陽数は九を取り、陰数は六を取るが、この中にもやはり一つの自然の次序がある。
試就河圖觀之,自北之陽數一始,轉東之三,南之七,西之九,與中央之五,其次自然順行,為一三五七九,是陽數始一終九。九則陽氣已極,曰老陽,亦曰純陽,故乾取之為用。再就圖之陰數觀之,陽終則陰始。陽數終於西之九,即交於同方之四;陰數自四始,轉而南之二,東之八,北之六,合中央之十,其次亦自然逆行,為四二十八六,是陰數始四終六。以六為至陰,陰氣亦極於六,故陰數用六。
試みに河図について見てみよう。陽数は北方の「一」から起こり、東方の「三」に転じ、さらに南方の「七」に至り、さらに西方の「九」に至り、中央の「五」を加える。この次序は自然に順行で、並べれば一・三・五・七・九となる。陽数は一に始まって九に終わることがわかる。九に至れば陽気は極に達し、「老陽」と称し、「純陽」とも呼ぶ。だから乾卦はこれを取って用を立てる。再び図上の陰数を見ると、陽が行き尽くせば陰が続いて起こる。陽数は西方の九で終わり、同じ方位上で「四」に渡る。陰数は四から起こり、南方の「二」に転じ、さらに東方の「八」に至り、さらに北方の「六」に至り、中央の「十」を加える。この次序は自然に逆行で、並べれば四・二・十・八・六となる。陰数は四に始まって六に終わることがわかる。六は最も陰で、陰気もまた六において極点に達する。だから陰数は六を取用する。
以與陽九相接而正相得。蓋以圖平列其數觀之,陽之數自一至九,陰之數自四至六,自成一環,不待移易。陽氣方終,陰氣即起;陰氣甫盡,陽氣即伸。陽老於西而陰即始於西,陰極於北而陽即始於北。二者相環相合,以成五行,周流無盡,以遂其生生不息之道。
六は陽数の九と連なり、ちょうど互いに得合う。図上の数を平らに広げて見ると、陽数は一から九まで並び、陰数は四から六まで並び、それぞれ一つの円環を成し、動かし調整する必要がない。陽気がちょうど行き終われば陰気が続いて興り、陰気がちょうど尽きれば陽気が再び伸びる。陽は西方で老境に至り、陰はちょうど西方で始まる。陰は北方で極点に至り、陽はちょうど北方で始まる。両者は環のように連なり互いに結合し、これによって五行を構成し、周流して尽きず、もって生々不息の道を成就する。
而天地以立,萬有以生,一切事物,於以循環變化,此則大氣自然之序,大道自存之規,莫之為而為,莫之致而至者也。唯聖人則之,而制為易以象其度。而因陰陽之盡,知乾坤之用在九與六,故取九六以代乾坤。全易無非由乾坤生,則全易之數無非自九六出。九在易即一,六在易即 , 與 即九與六。
天地はこれによって確立し、万有はこれによって生じ、一切の事物はここから循環変化する。これは大気自然の次序、大道本来の規矩であって、為す者なくして自然に成し、促す者なくして自然に至る。ただ聖人のみがこれに取法し、《易》を作ってその法度を写した。また陰陽がそれぞれ尽きるに至るのを知り、乾坤の取用が「九」と「六」にあると知ったので、九と六をもって乾坤を代表させた。《易》全体は乾坤から生じたにほかならず、それなら《易》全体の数もまた九と六から生じたにほかない。《易》において「九」とはあの切れない一条の陽爻であり、「六」とはあの中断する一条の陰爻である。この一陽一陰の二種の爻画が、すなわち九と六なのである。
故卦中有 者,名曰九,如初九、九二、九三、九四、九五、上九,是也。卦中有一者,名日六,如初六、六二、六三、六四、六五、上六,是也。人不知九六之來自河圖之數,而不明用九用六,與一之為九, 之為六何義,實由不習河圖,遂不解九六之為陽陰之主數。陽主九,陰主六,唯河圖中已明示之。易雖言九六,未指所出,後人莫能解。故河圖者,全易所本,欲明易象而忘河圖,宜其惝怳於文字間,而不得聖人取象之旨趣矣。
だから卦の中で陽爻はすべて「九」と称し、たとえば初九・九二・九三・九四・九五・上九であり、卦の中で陰爻はすべて「六」と称し、たとえば初六・六二・六三・六四・六五・上六である。人々は九と六が河図の数に由来することを知らず、それゆえ《乾》卦の「用九」、《坤》卦の「用六」が何を意味するかを理解できず、一画の陽爻がなぜ九と呼ばれ、一画の陰爻がなぜ六と呼ばれるかもわからない。これは実に河図を研習しないために、九と六がもともと陽と陰の主数であることを知らないからである。陽は九を主とし、陰は六を主とする。この一点は、ただ河図のみがすでに明白に指示している。《易》は九を言い六を言うが、その出処を明確には指さなかったので、後人は解を求める手がかりがなかった。だから河図は《易》全体の根本である。易象を理解したいのに河図を捨て置くなら、自然に文字の堆積の中で恍惚として、聖人が象を取った旨趣を得ることができない。
河圖之數,因陰陽之分合變化無盡,而萬物之氣數由此以見,全易卦爻皆由此推移轉變而來,以象天下萬物萬事。其始則仍是二氣五形而已。圖中之象雖寥寥,而生化之物不可紀極。不僅此也,就圖數之次序,而推及其未來與其過去,則天地未生之前,與世界變遷之例,皆可由此數以得之。蓋數者推之千萬無盡也,加減乘除而已,或分、或合、或奇、或偶,各致其用,用無窮則所生化亦無窮,要在知其用耳。
河図の数は、陰陽の分合によって変化が尽きず、万物の気数はこれによって顕現し、《易》全体の卦と爻はすべてここから推移転変して、天下の万物万事を象徴するのに用いられる。その起点を追究しても、所詮は陰陽二気と五行にすぎない。図上の象は寥寥たるものだが、それから生化するものは数え切れないほど多い。それだけではない。図上の数の次序に沿って、未来を推し及ぼし過去を遡れば、天地がまだ生成する前の状況、および世界変遷の規律をも、すべてこれらの数によって推し得る。数というものは、推衍すれば千々万々尽きることがないが、実は加減乗除にすぎない。あるいは分かれ、あるいは合し、あるいは奇を用い、あるいは偶を用い、それぞれその用を発揮する。用が無窮なら、生化するものもまた無窮である。要はそれを使いこなせるかどうかにある。
乾坤用九六為天地大用,亦數之總綱,由九六而生化者不可紀極,而不外乎中極,此圖中以五為中心也。試就陰陽各數直列之,一三五七九與四二十八六,兩者相偶而加之,其和皆五。此即天地之心,為陰陽二數之中極,亦陰陽二氣之中和。天以此立極,世以此立樞,萬物以此為紐,故並育不害,並行不悖,並生存往復不失其序。此神之所存,道之所見,而為易之中極者也。
乾坤が九と六を取用するのは、天地最大の功用であり、また数の総綱である。九と六から生化するものは数え切れないが、すべて「中極」の範囲を出ない。これが河図が五を中心とする所以である。試みに陰陽の各数を並べて列挙する。一・三・五・七・九と四・二・十・八・六を、二つずつ配して加えれば、得られるものは五か十五で、末位は一律に五に帰する。これが天地の心であり、陰陽二類の数の中極であり、また陰陽二気の中和である。天はこれによって中極を立て、世界はこれによって枢機を立て、万物はこれによって連結の紐帯とする。だからこそ一斉に生長して互いに妨害せず、一斉に運行して互いに背かず、一斉に生存往復してその次序を乱さない。これが「神」の寄るところ、「道」の現れるところであり、まさに《易》の中極のあるところである。
故陽者順行而奇,陰者逆行而偶,而皆集於中五,以為主宰之區,以行鬼神,而通變化,此所謂位之相得而有合者,以其建中立極,而不失其次也。河圖言數本乎氣,通乎道,實天地之精華,自然流露,而垂象於人,以示其例,非偶然所值者,亦非怪誕難稽者。
だから陽数は順行して奇となり、陰数は逆行して偶となるが、それらはみな中央の「五」に集まり、これを主宰の所在として、これによって鬼神を運行し変化を貫通する。これが《繋辞伝》のいう「五位相得て各々合有り」の意味である。中を建て極を確立しながら、それぞれの次序を乱さないからである。河図が数を講ずるのは、根源は気にあり、また道に貫通しており、実に天地の精華が自然に流れ出し、卦象を垂示して人に法則を指示したもので、偶然に遭ったものでもなく、荒唐無稽で稽考の術がないものでもない。
聖人則之,而易象以成,言道者之所宗,言數者之所本,即一切方術,亦莫不由是以為推衍之準,實人文所自始也。聖人在世感於天神,而圖乃見,圖為聖人出也。故欲深究圖之妙義,必自聖人所作之易求之。易者依圖為象,推衍其用,其例固繁,而其初則河圖之所見而已。
聖人がこれに取法して、初めて易象が形成できた。それは道を講ずる者の宗とするところ、数を講ずる者の依拠するところであり、あらゆる方術もまたこれを推衍の準縄としないものはなく、実に人類文明の起点である。聖人が世に在った時に天神に感通して、河図は初めて顕現した。言ってみれば図は聖人のために出たのである。だから河図の妙義を深く究めるには、必ず聖人の作った《易》の中に求めなければならない。《易》は図に依って象を立て、その用法を推衍したので、条例は確かに繁多だが、最初に遡れば、河図が示したそれらにすぎない。
洛書
洛書歌
戴九履一,左三右七,二四為肩,六八為足,五在中央。
「洛書」の九つの数位の配置は次の通りである。九は最も上の南方にあり、頭に戴く冠冕にたとえられる。一は最も下の北方にあり、足に履く鞋履にたとえられる。三は左側の東方に、七は右側の西方にあり、一左一右に両脇に分列する。二は西南に、四は東南にあって上方の両角に分かれて居し、人の両肩にたとえられる。六は西北に、八は東北にあって下方の両角に分かれて居し、人の両足にたとえられる。五はただ正中に独り居し、八方の数位の枢機となる。図象全体はまさに正面に立つ人の形のごとく、九は頭、一は足、三・七は左右の両腕、四・二は両肩、八・六は両脛であり、五は心腹の位に立つ。このように排定した後、横に見れば四九二・三五七・八一六、縦に見れば四三八・九五一・二七六、斜めに見れば四五六・二五八で、三数を加えるごとにすべて十五を得る。二つずつ相対する九と一、三と七、二と八、四と六を加えれば、すべて十を得る。
河圖洛書,同一數也,而象異,以體用之分也。天地生化萬物,自其先言之,則為不易者也;自其後言之,則日易者也。故有體用之殊焉。體者一成不易,示其極也;用者隨事而易,明其變也。天地之大,萬物自生,變化自出,體用之間為氣數之所至。明其體而後知其本源,明其用而知其變化。
《河図》と《洛書》が用いるのは同じ一至十の数だが、呈する図象が同じでないのは、二者に「体」と「用」の区別があるからである。天地が万物を化生するにあたり、万物未生の本源から言えば恒常不変の一面であり、万物已生の流行から言えば日々変化している一面である。だから同じ一套の数に体・用二種の異なる顕現がある。いわゆる「体」は、一旦確立すればもはや更改せず、天地の終極の準則を標示するのに用いる。いわゆる「用」は、具体の事物に随って変動し、天地の変化を説明するのに用いる。天地はかくも広大で、万物は自然に生長し、変化は自然に発生するが、体と用の分際はまさに「気」と「数」の運行が到達するところである。体を明らかにしてこそ万物の本源を知ることができ、用を明らかにしてこそ万物の変化を知ることができる。
蓋氣數同而所以氣數不同也。河圖者氣數之大體,洛書者氣數之變化,以不息之德,成無盡之用。此變化之例,有不可盡言,而洛書則舉其大用耳。洛書之謂象,亦猶河圖,生於二氣,分於五行,本於天地之數,成於陰陽之類,而名一貫實異也。
両図が依拠する気数はもともと同じ一套だが、気数がこの二種の図象を形成した道理はそれぞれ同じでない。《河図》が呈するのは気数の根本の大体であり、《洛書》が呈するのは気数の具体の変化である。天地の生々不息の徳性に憑って、無窮無尽の功用を成就する。変化の条例は極めて多く、一々説き尽くすことはできない。《洛書》はその中の最も重要な大用を挙げたにすぎない。《洛書》のいう「象」は、《河図》と同じく、すべて陰陽二気から生じ、「五行」によって分かれて立ち、天地一至十の数に根源し、陰陽奇偶の類別に落実する。両者の名目は一脈相承するが、実際の内容はそれぞれ異なる。
故河圖之數重列五方,而洛書則平列九位。河圖之物,陰陽合得;而洛書則互為推移。其象之殊,即其取義之異;其物之別,即其致用之差。由是以合於河圖,則體用以全;以證於易,則變化以見。苟非聖人,焉足以明之哉。洛書象數,由河圖變化而來。其陽數自一而三,方位不變;自七而九,則互易矣。陰數則全與河圖易其方位。蓋陽體陰用,洛書為明用之圖,故陰數大易。
だから《河図》の数は東・南・西・北・中の五つの方位上に重ねて排列し、生数と成数が同じ方に同居する。《洛書》は数を平らに敷き広げて、九つの宮位上に分布する。《河図》の配する物は陰陽が二つずつ相配して互いに契合するものであり、《洛書》の配する物は互いに推移して位を換えるものである。図象がすでに同じでなければ取義は自ずから別であり、配する物がすでに同じでなければ致用は自ずから差がある。《洛書》と《河図》を合わせて見れば、体と用が完備する。さらにこれを《周易》に印证すれば、変化の道理が顕現する。聖人でなければ、誰がこの層の道理を説き明かせようか。《洛書》の象数は《河図》から変化して来たものである。陽に属する数は、一から三までは方位が変わらず動かないが、七から九までは互いに位置を対調した。陰に属する数は、すべて《河図》と方位を調換した。これは陽が体を主り陰が用を主るからで、《洛書》はもともと「用」を闡明する図なので、陰数の変動が最も大きいのである。
然自其次序觀之,則一之與六,以重列變為先後平行;三之與八,四之與九,二之與七亦然,皆平行也。以一居北,而六在西北;三居東,而八在東北;九居南,而四在東南;七居西,而二在西南。其所合仍相得也。五之在中,本於中極不變之理,此所以允執厥中為至道也。體固如是,用亦不違,非中極之道,不足以喻之也。
さらに数の次序の上から見ると、一と六は《河図》ではもともと同居して北方にあり上下に重畳していたが、《洛書》では前後に並列となった。三と八、四と九、二と七もみな同じく、すべて並列に改められた。具体的に言えば、一は正北に居り、六は西北に移り、三は正東に居り、八は東北に移り、九は正南に居り、四は東南に移り、七は正西に居り、二は西南に移った。位置は動かしたが、それらが互いに相配相合する関係は依然として成立する。五が依然として中央に居るのは、「中極」は永遠に移動しないという道理に依拠するのであり、まさに《尚書・大禹謨》のいう「允執厥中」が至道と奉られた所以である。体はかくのごとく、用もまたこれに背くことはできない。「中極」というこの層の道理を離れれば、それを説明する術がない。
就書象言之,數之變化在於動。以北方之一,東方之三,皆原位不動者,非不動也。先天之生化首為水,後天之生化首為木,其所變即在其位,故動而不動也。至南方之七,變而居西;西方之九,變而之南。以後天金火互用,與先天恰反其位,故動而易其地也。
《洛書》の図象について言えば、数の変化はすべて一つの「動」の字にある。北方の一、東方の三はなお原位にあり動かなかったように見えるが、実は本当に動かないわけではない。「先天」の生化は「水」をもって開端とし、「後天」の生化は「木」をもって開端とする。それらが発生する変化は、ちょうどそれぞれの堅守する本位に体現されるので、動いていながら動かないように見えるのである。南方の七が西方に移り、西方の九が南方に移ったのは、「後天」の金と火がその用を互いに換え、「先天」の方位とちょうど相反するからで、動いて位置を一緒に更に換えたのである。
以數之序言,則一三者順行北而東仍前,而七九者由西而南,則與前異,此由變化而分其用也。陰數之序,則東南之四,而西南之二,與東北之八,而西北之六,其序已與河圖反行;而其合乎陽數,則正相得。蓋陽由一三而七九分作兩途,一由北之東,一由西之南,以明四正之氣,猶相偶合也。而陰數則與之成逆行,一由東南之西南,一由東北之西北,亦分兩途,以與陽合。其所行之序雖變,而所合之數不差,蓋亦天地自然之變化,而成其用者也。
数の順序から言えば、一と三は順に北から東へ行進し、《河図》本来の次序と同じである。七と九は西から南へ転じ、本来の次序と同じでない。これはまさに変化によってそれぞれの功用を分けたのである。陰数の順序は、東南の四が西南の二に走向し、東北の八が西北の六に走向して、行進方向はすでに《河図》と相反している。しかしそれらが陽数と相配する時は、依然としてちょうど相合する。全体を見れば、陽数は一・三と七・九に二つの路に分かれる。一路は北から東へ、一路は西から南へで、四つの正方位上の気が依然として二つずつ相偶することを表明する。陰数は陽数と逆向きに行き、これも二つの路に分かれる。一路は東南から西南へ、一路は東北から西北へで、もって陽数と相配する。それらの行進の次序は変わったが、相配して得られる数目は分毫も違わない。これもまた天地自然の変化であり、その功用を成就するためのものである。
夫陽之與陰,為萬物生化之本,有其一必有其二。如陽數順分而變位,陰數勢必逆分而變方,以便合陽而成其生化之用。故一之三、七之九,為生成數之經然;而四之二、八之六,為生成數之緯然。經緯相得,生成之功見矣。且合數之,自北而東,自西而南,陰陽之數,各得其半,即由兩以生四,兩儀生四象是也。陽由一三七九之一序,分為一三與七九兩繫;陰由四二八六之一繫,分而為四二與八六兩繫,以成其四也。
陰と陽は万物生化の根本であり、陽の一面があれば、必ず陰の一面がそれと相対する。だから陽数が順行して二路に分かれて位置を変換すれば、陰数は勢い逆行して二路に分かれて方向を更改し、陽数と相配して生化の功用を成就する。一から三、七から九は生数成数の「経」線であり、四から二、八から六は生数成数の「緯」線である。経緯が交織して相配すれば、生成の功効が顕現する。もしそれらを合併して数えれば、北から東への一路、西から南への一路で、陰陽の数は各々その半を占める。これがすなわち「両儀」から「四象」を生ずることであり、《周易・繋辞上》のいう「両儀四象を生ず」はまさにこの意である。陽数はもともと一・三・七・九の一条の順序だが、今は一三と七九の二系に分かれ、陰数はもともと四・二・八・六の一条の順序だが、今は四二と八六の二系に分かれ、合わせてちょうど四となる。
故陽有太陽少陽,陰有太陰少陰,則一與九為太陽,三與七為少陽,四與六為太陰,二與八為少陰。以在數之始終為太,中為少也。以此相分合,而變化成、生成見,萬物自是出,萬數自是成矣。合此兩繫之數觀之,為一八三四,此自北而止於東南也;為六七二九,此由西北而止於南也。兩數相錯而正相得,以符天地生成之用,陰陽均平之數故也。
だから陽には「太陽」「少陽」の分かれ、陰には「太陰」「少陰」の分かれがある。一と九は太陽、三と七は少陽、四と六は太陰、二と八は少陰である。判分の準則は、数列の首尾両端に居るものを「太」と称し、中間に居るものを「少」と称する。このような分合に依って、変化が初めて形成し、生成が初めて顕現し、万物はここから産まれ、万数はここから成立する。もし二系の数を合併して見れば、一・八・三・四は一組で、北方から起こって東南に止まる。六・七・二・九は一組で、西北から起こって南方に止まる。二組の数が交錯して排列しちょうど相配するのは、まさに天地生成の功用に符合し、また陰陽の数がもともと均平を求めるからである。
蓋左右兩行,亦陰陽之道路,二者必求其平均。左之八與三,右之七與二,雖原來火木生成之數,而二與八則互換其位以相合。若不換位,則三與二、七與八,皆相失,而生成之功不能見矣。故二八易位而後陰陽之數以平,生成之功不改,此則天地之自然之妙,不可不知者也。
図上の左右の二行は、すなわち陰陽往来の通道で、二者は必ず均平を求めなければならない。左辺の八と三、右辺の七と二は、もともと木と火の生成の数だが、二と八は必ず位置を互換してこそ互いに契合できる。もし換位しなければ、三と二、七と八はみな配り合わせることができず、生成の功効もまた顕現する術がない。だから二・八を対調した後、陰陽の数は初めて平衡に帰し、しかも生成の功効は変わらない。これは天地自然造化の精妙なところで、知らないではいられない。
因此互換,如是相對之位,皆合而成十,即一與九、三與七、二與八、四與六,莫不成土之成數。洛書中央用五而不見十,不知十之數,恰藏於八方,以相合而後得之。河圖之合皆五,洛書之合皆十,明五十為天地之心,土為天地之中、萬物之本,其義至深切矣。夫洛書之象,明用者也,天地大用,在此圖中見之。
この一度の対調があったため、相対する二つの位置は、その数を加えればすべて十となる。一と九、三と七、二と八、四と六は、一つとして「土」の成数の十に合しないものはない。《洛書》の中央は五を用いるだけで十が見えないので、人々は図中に十がないと思うが、実は十という数はちょうど八方の内に蔵されており、相対する二数を合わせてこそそれを得られる。《河図》では生数と成数が二つずつ相配し、みな五を隔てて相合する。《洛書》では相対する二数を加えれば、みな十に合する。これは五と十がまさに天地の核心であり、「土」が天地の中位、万物の根本であることを説明しており、その義理は極めて深切である。《洛書》というこの図象が講ずるのはまさに「用」であり、天地の大用はすべてこの図の中に見出せる。
即易之卦象,亦於此圖明之。南九北一,由乾坤變為離坎也;東三西七,由離坎變為震為兌也;東北之八、西南之二,由震巽變為艮坤也,而艮坤易其位焉;東南之四、西北之六,由兌艮變為巽乾也,而巽乾首明其用焉。此皆易象所自仿也。蓋河圖者體,合伏羲之卦,而含文王卦之變者也;洛書者用,合文王之卦,而合文王之卦,而存伏羲之卦之體者也。
《周易》の卦位さえも、この図に依って説明しなければならない。南方の九、北方の一は、「先天」の乾南坤北から「後天」の離南坎北に変わったものである。東方の三、西方の七は、「先天」の離東坎西から「後天」の震東兌西に変わったものである。東北の八、西南の二は、「先天」の震・巽から「後天」の艮・坤に変わったもので、艮と坤はまた互いに位置を換えた。東南の四、西北の六は、「先天」の兌・艮から「後天」の巽・乾に変わったもので、巽と乾はここにおいてまずその功用を顕した。これらはすべて《周易》の卦象が依彷した由来である。《河図》は「体」を主り、伏羲の「先天八卦」と相合し、同時に文王の「後天八卦」の変動の種子を藴含する。《洛書》は「用」を主り、文王の「後天八卦」と相合し、なお伏羲の「先天八卦」の本体を保存する。
二者必互觀之,方明其義。以天地之生化萬物,由一而眾,故由太極而兩儀,而四象,而八卦;即由二氣而五行,而九宮,皆由一而二,三而四,自少分多,自寡化眾,此生化自然之象,而圖書所示之例也。以生化之始,不離於一,故生化之眾,不失其中。有此中極,則千萬變化,不亂其序,此中央之五永不易者也。而其它象數,則隨氣數所至,二五分合而成其變。變成而天地之大用見,萬物之生化出。其理其事,固顯然如指掌矣!
《河図》と《洛書》は必ず対照して見てこそ、その中の義理を明白にできる。天地が万物を化生するのは、一から生じて衆多となるので、「太極」から「両儀」へ、「両儀」から「四象」へ、「四象」から「八卦」へと至る。すなわち陰陽二気から「五行」へ、さらに「九宮」へと至り、すべて一から二へ、三から四へ、少から多に分かれ、寡から衆に化する。これは生化が自然に呈する図象であり、まさに《河図》《洛書》が示範した条例である。生化の起点が一を離れないので、生化は繁多であっても終始その中枢を失わない。この「中極」があるから、千変万化も次序を乱すに至らない。これが中央の五が永遠に動かない所以である。その他の各処の象数は、気数の運行の到る所に随い、陰陽二気と五行の分合によって種々の変化を生じる。変化が一旦形成すれば、天地の大用が顕現し、万物の生化が流布する。この中間の道理と事実は、もともと清清楚楚で、自分の手掌を指すがごとく明白である。
洛書言數,有明用者,有明變者,有與道同者,有與人事同者,大別之有三。(一)圖中之數與河圖異:河圖為五十五,洛書則四十五。此由天地生化,陰陽消長之數使然也。河圖言體,陰陽平均,此合乎道者也。洛書則重在用,用者以陰從陽,以陽統陰,陽主陰從,天包地而生化方就其序。故陽數二十五不變,陰數以三十變為二十,明陽道常長,陰道常消,而以立天地之極。
《洛書》が講ずる数は、あるものは功用を闡明し、あるものは変化を闡明し、あるものは天道に通じ、あるものは人事に通じる。大体において三類に分けられる。第一に、図中の総数は《河図》と同じでない。《河図》の総数は五十五、《洛書》の総数は四十五である。これは天地の生化、陰陽の消長の数理がそうさせるのである。《河図》が講ずるのは「体」で、陰陽の両半が均平で、これは天道に合する。《洛書》は「用」を講ずるのに重きを置き、用を講ずれば陰をもって陽に順従し、陽をもって陰を統摂し、陽が主で陰が従となり、天が地を包裹して、生化が初めて各々その序に就く。だから《洛書》では陽数の総和は二十五で変わらず、陰数の総和は三十から二十に減り、もって陽道は常に増長し陰道は常に消退することを表明し、天地の準則を確立する。
正陰陽之位,俾下毋僭上,小毋陵大,並育不害並生不賊,而全其用,以至無窮也。乃為陽位者五,為陰位者四,陽居四正,陰居四隅,陽正位中宮,陰環行四極,而後名正事順,體建用周。雖陰陽似失其平衡,實則如是方得其平衡也。蓋陰氣不可長,中極不可亂,以五之陽正立中宮,而四圍二氣,仍自平均,未嘗偏頗,此其為數以四十五為制也。
陰陽の位次を正し、下にある者は上を僭越せず、弱小な者は強大な者を欺凌せず、ともに生長して互いに妨害せず、一斉に化育して互いに傷つけ合わず、こうしてその功用を保全して無窮に至らしめる。そこで陽に属する位置が五つ、陰に属する位置が四つとなる。陽は東・南・西・北の四正位に居り、陰は四隅に居る。陽は中央の宮に正しく位置し、陰は四方の辺極を環めぐって運行する。こうして名分が初めて正しく、事理が初めて順い、本体が立てられて功用が遍く行き渡る。表面から見れば陰陽は平衡を失ったようだが、実際にはまさにこうであってこそ平衡を得るのである。陰気をそのまま滋長させてはならず、中枢を錯乱させてはならないので、陽に属する五つを中宮に据え、四周の陰陽二気はなおそれぞれ均平で偏りがない。これが《洛書》の総数を四十五とする定まった制度である。
(一)洛書之數,陰陽平列,而與河圖位異序殊。與河圖數同而象二者何也?則河圖明天地生成者,所生成為五行,其位限於五。又河圖明天地偶合者,其合以順逆,故序唯依陽順陰逆之例。洛書則由河圖而推其變化以極其用,所象在生成之後,自五行推至九宮,以明生化之序,由二五而可推至無窮也,故數位分而為九。
第二、《洛書》の数は陰陽が平らに並べられており、《河図》とは方位も次序も異なる。同じ一組の数でありながら、なぜ二つの図象があるのか。《河図》が明らかにするのは天地の生成であり、生成されるのは「五行」なので、方位は五つに限られる。《河図》はまた天地陰陽の両々の配合を明らかにし、配合の仕方に順と逆があるので、次序は陽が順行し陰が逆行するという条則にのみ従う。《洛書》は《河図》からその変化を推衍してその功用を尽くすもので、取る象は生成の後にあり、「五行」から「九宮」へと推し広げ、生化の次第を説明し、陰陽二気と五行から無窮まで推衍できることを示すので、数の位は九つに分かれたのである。
又洛書明生化之例,本於二氣之交錯。二氣分合,生化以眾,則數序之行,亦循環往復以至無盡。而其序或順或逆,或移彼就此,或分此合彼,互相推移,成其變化,此亦天地生化自然之序,萬類消長一定之例,有不易而易,不變而變,而變仍不失,易仍不亂之道存焉。故與河圖同異也。
さらに、《洛書》が明らかにする生化の条則は、陰陽二気の交錯に根源がある。二気が絶えず分合すれば、生化は日増しに繁多となり、数序の運行も循環して往来し、無窮無尽に至る。その次序はあるいは順行し、あるいは逆行し、あるいはこちらをあちらへ移し、あるいはこちらを分けてあちらと合し、互いに推移して変化を成す。これはまさに天地生化自然の次第、万類消長の定まった常例であって、その中に、易えずしてよく易え、変わらずしてよく変わり、変わってもなおその常を失わず、易えてもなおその序を乱さないという理がある。だから《洛書》と《河図》には相同しい所もあれば相異なる所もあるのである。
如陽數東北原位,以水木之生成,先後天之所始。言先天之生成者首水,以天之一氣切化也;言後天之生成者首木,以天之二氣再化也。故卦象以六為坤之用,定爻之數;以三為卦之數;以八之自乘,為全卦之數,皆取乎水木之數,以領先後天一切生成之象也。
たとえば陽数が東方・北方で元の位を保つのは、水と木の生成が、まさに「先天」と「后天」それぞれの起点だからである。「先天」の生成は水を首とする、水は天の第一の気の化生する所だからである。「后天」の生成は木を首とする、木は天の第二の気がさらに化生する所だからである。そこで卦象において、六を「坤」の用数として一卦六爻の数を定め、三を一卦三画の数とし、八を自乗して六十四として全卦の数とする。これらは皆、水の一・六と木の三・八から取って、先天・后天一切の生成の象を統領するのである。
若西南之七九,則先天後天之生化各異。先天之火在南,數為七;金在西,數為九。而後天之九屬火非金,七屬金非火,二者恰易其數,故變其位。蓋火之與金本相剋也,非同水木之相生。既克則有勝有復,火之勝金於先天,則金必復於後天。若勝而不復,則生化將窮,更何後天變化可言哉。故在洛書火退而西,金進而南,恰得其反,以成其序。
西方・南方の七と九に至っては、先天と后天とで生化がそれぞれ異なる。「先天」の火は南方にあり数は七、金は西方にあり数は九である。「后天」に至ると、九は火に属して金に属さず、七は金に属して火に属さず、両者はちょうど配する数を交換し、それゆえ居る位置も入れ替わった。これは火と金がもとより相克で、水と木のように相生ではないからである。相克であれば「勝」と「復」がある。火は先天において金に勝ち、金は必ず后天において報復する。もし勝つだけで復がなければ、生化は尽き果ててしまい、何をもって后天の変化を論じようか。だから《洛書》において、先天で火に属した七の数は西方に退き、先天で金に属した九の数は南方に進み、ちょうど先天と相反して、これをもってその次序を成就するのである。
蓋五行之生,火必因土而後生金。既互易其位,乃得受中央之土氣,而後不相剋而相生,生克之間,即在此易位數耳。且因變化之例,必二氣之平衡,且相得有合也。以火移西,以金移南,一則九與一對,一則七與三對,皆合十而受土氣,以自成後天之化。
五行相生の次序によれば、火は必ずまず土を生じ、次いで土が金を生ずる。七と九が位置を換えた後は、ちょうど中央の土気を承けることができ、こうしてもと相克であった火と金が相生に転ずる。相生と相克の境目は、まさにこの一度の換位換数の間にある。さらに、変化の通例によれば、陰陽二気を平衡させ、かつ互いに配合させなければならない。火に属する数を西方に移し、金に属する数を南方に移せば、一方では九と一とが相対し、他方では七と三とが相対して、両辺とも加えて十となり、いずれも中央の土気を承けて、自ら后天の化育を完成するのである。
即以陰數言之,其變例亦同。以二之接七,而仍不失火之生成;以二之對八而合十,以受土氣,此二之必移西南與西七接也。其它四六八皆然。既以此互易,而後相得,則其原位必依此變易而後成用,此固自然之理也。
陰数について言えば、変動の条則も同じである。二と七とが接すれば、なお火の生成の義を失わず、二と八とが相対して十を成せば、土気を承けることもできる。これが二が必ず西南に移って西方の七と接する所以である。その余の四・六・八も皆このようである。こうした互換によって初めて互いに相配ることができるのであれば、それらの元の位置は必ずこれによって変動し、その後に功用を成就する。これはもともと自然の理である。
(一)洛書中宮之數五,河圖之數十五,何也?則以河圖土之生成數全,陰陽之體,不可少也。洛書以明用為主,土之德在五,言五已賅十。前講河圖已詳其義。洛書之僅舉五者,又不獨以土德用五之例。蓋洛書明生化之變,為後天之象,非河圖可比。後天之例,以生化為用,生化之道雖本於五行,而非止於五行,故其象皆變河圖之原例,而成新例。
第三、《洛書》の中央の宮には五の一つしかないのに、《河図》の中央は五と十とが合わさって十五となるのはなぜか。《河図》は「土」の生数五と成数十とを完全に列挙するので、陰陽の本体は一つも欠いてはならないからである。《洛書》は功用を明らかにすることを主とし、土の徳性は五に現れるので、五を言えばすでに十をその内に含めている。この意味は前に《河図》を論じた時に詳しく述べた。ただ《洛書》が五のみを挙げるのは、単に「土徳用五」の一条によるだけではない。《洛書》が明らかにするのは生化の変動であり、「后天」の図象であって、《河図》と比べることはできない。后天の通例は生化を功用とし、生化の道は五行に根源するが、五行に止まらないので、その図象は皆《河図》の元来の条則を改めて、別に新しい例を立てたのである。
後天者以生化無盡為用,故各方之數皆由內而外,由寡而眾以分合變化示生化者也。生化既眾,象數益繁,而並生不害、並育不亂者以有中極也。中極止於一,此數用五而去十,明其不二也。天地之道,一言可盡,為物不二,則生物不測。此即堯舜執中之道,以本天地之用,而見於洛書者也。
いわゆる「后天」とは、無窮無尽の生化を功用とするので、各方位の数は皆内から外へ推し広げられ、少から多へ変じ、分合変化をもって生化を顕示する。生化が繁多であれば、象と数も日増しに紛繽となり、万物がともに生長して互いに妨害せず、ともに化育して乱れないのは、まさにこの「中極」があるおかげである。中極はただ一つなので、ここでは数を五のみ用いて十を捨て、中極が唯一無二であることを表明する。天地の道は一言で言い尽くせる。《中庸》に「其の物たるや貳ならず、則ち其の物を生ずるや測り難し」とある。これはまさに堯舜が伝えた「允執厥中」(まことにその中を執る)の理であり、天地の功用に本づいて、《洛書》に顕現したのである。
天地以五為中心,五行以土為根本,萬物萬事以中一為立極,皆自此象見之。以天道言之,則一切生化之數,不離於中五,而用以廣,德以大,萬物所倚,萬數所持,皆此五也。故曰:天地心,亦陰陽之中氣,五行之中道也。
天地は五を中心とし、五行は土を根本とし、万事万物は中に居り一を守ることを最高の準則とする。これらは皆《洛書》のこの図象から見出すことができる。天道に就いて言えば、一切の生化の数は中央の五を離れず、功用はこれによって広く及び、徳性はこれによって宏大となる。万物の拠り所、万数の維繋する所は、皆この五である。だから言う、これは天地の核心であり、すなわち陰陽の中和の気、五行の中正の道である、と。
易傳曰顯諸仁,藏諸用。此二語即釋洛書者也。洛書之中五,即仁也。而曰藏用者,則言洛書用五藏十也。夫陰陽二道,相倚而成用,而陰必藏,陽必顯。一藏一顯,其用始大。五與十皆土數,即土德也。一屬於仁陽也,一屬於智陰也。用仁而藏智,仁顯而智不顯。藏也者非去而不用,言藏之於內,不以顯也。
《周易・繋辞上》に「顕はすは仁に、蔵はすは用に」とある。この二語はまさに《洛書》を釈するに用いうる。《洛書》中央の五は、いわゆる「仁」である。「蔵はすは用に」とは、《洛書》が明らかに五を用いて十を暗く蔵すことを指す。陰陽二道は互いに依拠して初めて功用を成し、陰は必ず隠れ、陽は必ず顕れる。一蔵一顕してこそ功用は宏大となる。五と十はいずれも土の数、すなわち土の徳性である。五は仁に属して陽、十は智に属して陰である。仁を発用して智を収蔵し、仁は外に顕れて智は顕れない。いわゆる「蔵」とは、棄て置いて用いないのではなく、それを内に収め蔵して外に露わさないというだけである。
蓋天下之道,必首德行。仁為人之全德,亦天地之全德也。若智者,以成仁之用也,不可獨用。仁顯其德,而智全其用,則用不顯而自大,是中庸成已成物之功,所謂不慮而中,不思而得者也,唯聖與至誠則之。以人之生本乎仁,仁之德無不全也,而智成之,即陰陽之道也。顯仁藏智,智在仁中,即扶陽抑陰之道也。
天下の理は、つねに徳行を首とする。「仁」は人の全徳であり、天地の全徳でもある。「智」に至っては、仁の功用を成全するためのもので、単独で発用することはできない。仁がその徳性を顕し、智がその功用を成せば、功用は外に露われなくとも自ら宏大となる。これが《中庸》の言う「己を成し物を成す」の功夫であり、思慮を待たずして自ら中道に合い、思索を待たずして自ら得るという境界であって、聖人と至誠の人のみがなし得る。人の生命は仁に本づき、仁という徳性は備わらぬものなく、智がこれを成全する。これはまさに陰陽相成の道である。仁を顕して智を蔵し、智は仁の中に含まれる。すなわち「陽を扶け陰を抑える」の理である。
此義則本於洛書。洛書顯五而藏十非無十也。四正四偶,所合皆十,即所謂藏也。藏之於內,而獨顯五,以明立極之義,實為天地微妙之道所見者也。天地之功,見於生成皆仁德也。不見其智,而功莫與大,此即能藏其智以成其用也。人若忘乎此義,不顯其仁而用智焉,是悖天逆道,無不敗矣,尚何成哉。故洛書用五之義至深切矣。洛書明變化之例,示生化之用,其所包者廣,此略舉其大者耳。要將河圖之象數,與之一一對參,而求其變化之跡,則可漸悟天地生物之則,聖人易教之心矣夫。
この層の義理はまさに《洛書》に本づく。《洛書》が五を顕して十を蔵するのは、十がないのではない。四正と四隅と相対する二数を加えれば皆十となる。これがいわゆる「蔵」である。十を内に蔵して五のみを顕し、中極を確立する意を表明することは、まことに天地微妙の道の一つの顕現である。天地の功業は万物の生成に現れ、すべて仁徳であって、その智は見えないが、功業はこれより大きいものはない。これはまさにその智を収蔵してその用を成全し得るゆえんである。人がこの理を忘れ、己の仁を顕さずにひたすら智を用いれば、天道に背き正理を反するのであって、敗れぬことはなく、何の成就を論じようか。だから《洛書》が五を用いる意義は、まことに深切である。《洛書》は変化の条則を明らかにし、生化の功用を顕して、包蔵する内容は非常に広博である。ここでは大略を挙げたにすぎない。学ぶ者は《河図》の象数と《洛書》とを一々対照して参究し、その中の変化の踪跡を求めよ。そうすれば、天地が万物を生養する法則と、聖人が《周易》をもって教を立てた用心に、次第に悟り至ることができるであろう。
河洛大旨 復聖講述
河圖負於龍馬,洛書呈於元龜,以其所出見在河洛也,故名河圖、洛書。圖之出雖以馬龜,象之征則符運數,蓋天地自然之象,顯於物者也。既出見於物,得聖人解之,以造成人文之始,而易象乃具。是河洛二圖者,天地之文顯於物,而用於人者也。
《河図》は龍馬が負って出現し、《洛書》は大亀が駄って献上した。その出現の地が黄河と洛水であったので、《河図》《洛書》と称する。図書は龍馬・神亀を借りて出現したが、その徴験する象は天地気運の数と符合し、もとは天地自然の象であって、ただ具体的な物を借りて顕現したにすぎない。すでに物を借りて顕れ、また聖人の解説を得て、こうして人類文明の起点を開き、《周易》の卦象もこれによって具わった。見よ、《河図》《洛書》のこの二図は、天地の文理が物に顕れて、人に取り用いられることを供するものである。
唯天地之神,能自成之,唯物顯之,唯人用之。蓋合天地人物四者之靈,而後見其功,成其名,以廣其德,著其道,其為物豈可輕言哉?觀易象之所本,六經之所仿,百度之所制,一切政教之所創,其為人文之袓,文化之源,固無他物可與方矣!
天地の神妙のみが自らこれを成し、具体の物のみがこれを顕し、人のみがこれを運用し得る。天・地・人・物四者の霊性を合わせて、初めてその効功を見、その名声を成し、これによってその徳性を推し広げその道理を彰明する。このようなものを、どうして等閑に視られようか。《周易》の卦象がこれに由り、《詩》《書》《礼》《楽》《易》《春秋》の六経がこれに取法し、諸々の典章制度がこれに依って制定され、一切の政治教化がこれに因って創立された。人文の始祖、文化の源頭として、まことに他に比すべきものがない。
圖書之象簡,而包舉天地之間,生成之德,變化之道,盡氣數之妙,示形神之全,固以一而賅萬,中而立極,有同易道者矣!其所明用,在順自然之序,而推其不息之功;在本生化之原,而溯其不二之道,猶天地之覆載,人物之生育,而莫外於至一至中之極者也。然考其用之大例,有數則焉:
《河図》《洛書》の図象は極めて簡約でありながら、天地の間の生成の徳性、変化の道理を悉く包挙して遺すところなく、気数の精微を窮め、形と神の完整を顕示している。まことに一をもって万を貫き、中に居りて極を立て、《周易》の道と正に同じである。それらが明らかにしようとする功用は、自然の次序に順ってその生々不息の効験を推究し、生化の本原に還って唯一無二の大道を遡ることにある。ちょうど天が覆い地が載せ、人と物とがその間に生育するように、すべて「至一至中」という終極の準則を出ない。いまそれら運用の大例を考察すれば、以下の数の数則に帰納できる。
(一)河圖者,明位之用,位無動也;洛書者,明時之用,時有變也。河圖立天地之極,而見其體,是明位不動,有其生成之序也。洛書列天地之序,而著其變,是明時之時遷,有其復之情之也。二者大例,一體一用,一守中而立極,一循行而不窮,是天地生成始終,道德氣數往復遷變,可見可微者也。
第一、《河図》が明らかにするのは「位」の功用で、位は移動しない。《洛書》が明らかにするのは「時」の功用で、時は変化がある。《河図》は天地の準則を確立してその本体を顕す。位が動かず、その中に自ら生成の次第があることが見える。《洛書》は天地の次序を排列してその変化を彰著する。時は遷流し、その中に自ら往復回還の情態があることが見える。両者の大例は、一つは体を主とし、一つは用を主とする。一つは中枢を守って準則を立て、一つは循環運行して永く窮まらない。天地生成の終始、道徳気数の往復遷変の、あるいは顕あるいは隠は、皆ここから見ることができる。
(一)河圖者,明天地之生成也;洛書者,明萬物之變化也。河圖自陰陽二氣之生成,而五行出;洛書自五方之推遷,而九宮見。五行為萬物之本,數簡而位定;九宮為萬物之變,數繁而行周。此生化由簡而繁,氣數由正而變之例。故河圖之數,自一至十,不離五行,而成生成之母;洛書之數,自一至九,化分無盡,而明往復之理。
第二、《河図》が明らかにするのは天地の生成、《洛書》が明らかにするのは万物の変化である。《河図》は陰陽二気の生成から入るので「五行」が顕れる。《洛書》は五つの方位の推移から入るので「九宮」が顕れる。五行は万物の根本で、数は簡明で位置は固定している。九宮は万物の変化で、数は繁多で運行は周遍する。これはまさに生化が簡から繁に趨り、気数が正から変に趨る通例である。だから《河図》の数は一から十まで、終始五行を離れず、万物を生成する母となる。《洛書》の数は一から九まで、化分して窮まらず、往復循環の理を明らかにするのに用いられる。
其例如:一六之水,則化為一與六之北,與西北二宮;四九之金,則變為九與四之南,與東南二宮;餘數皆然。雖水火之數不易而位移,火金之數互易而位改,在河圖可名為水火金木,在洛書則稱為四正四偶各宮。正猶易之兩儀,一變為四象,再化為八卦,其數已由合而分,其物亦由寡而眾。此天地生化自然之例,而易之所以為易也,若執河圖以釋洛書,則將滯而不通矣!
例を挙げよう。《河図》において一と六は同じく水に属して共に北方に居るが、《洛書》では一は北に、六は西北に居る二宮に化す。《河図》において四と九は同じく金に属して共に西方に居るが、《洛書》では九は南に、四は東南に居る二宮に変ずる。その余の各数も皆このようである。水と火は数は変わらずに位置が移り、火と金は数が互い換りして位置が改まったが、《河図》ではそれらを水・火・金・木と称し得たのに、《洛書》ではただ四正・四隅の各宮と称するのみである。これはちょうど《周易》が「両儀」から一変して「四象」となり、再変して「八卦」となるように、その数はすでに合より分へ、その物も少より多へ至った。これは天地生化自然の通例であり、まさに《周易》が「易」と称される所以である。もし《河図》に死に執して《洛書》を解せば、至る所窒礙して通じなくなるであろう。
(一)河圖者:以數紀二五之本質;洛書者,以數名九宮之循環。河圖不動而自生成,洛書以動而形變化。河圖象天地初奠,物類自生之時;洛書象萬有具陳,氣數並行之例。其合於易,則圖如伏羲之卦,定位明序,而立其極;書如文王之卦,變化錯綜,而推其用。二者各有其所象,亦不外造化自然之理數。
第三、《河図》は数をもって陰陽二気と五行の本質を記録し、《洛書》は数をもって九宮の循環を標示する。《河図》は動かずして自然に生成し、《洛書》は動によって変化を顕す。《河図》が象るのは天地が定まり初め、物類が自然に生ずる時であり、《洛書》が象るのは万有がすでに陳列され、気数が並行して悖らぬ条則である。これらを《周易》に配すれば、《河図》は伏羲の「先天八卦」のごとく、方位を定め次序を明らかにして準則を確立する。《洛書》は文王の「后天八卦」のごとく、変化錯綜して功用を推衍する。両者は各々その取る象があり、いずれも造化自然の理と数を出ない。
可征於物,可驗於形,可候於時令,可證於天地之文,可通於人物之生變遷者也。故河圖之象,不易而易,如天地之道也;洛書之象,易而不易,如天地之德也。就河圖推而上之,可明天地之自始;就洛書推而化之,可知萬物之將來。而天道以明,人道以建,天人以達,性命斯順;氣數不乖,行止斯定,此易之所以立教,為象天道以定人道者也。
それらは具体の物において徴験を得、形体において験証を得、時令に依って観測し、天地の文理において印証を得、また人と物の生長変遷に通ずることができる。だから《河図》の象は「易えずして易う」、天地の道のごとし。《洛書》の象は「易えて易えず」、天地の徳のごとし。《河図》に順って上に推究すれば、天地が何処より始まるかを明白に知り、《洛書》に順って下に推衍すれば、万物が何処へ往かんとするかを知ることができる。こうして天道は昭明となり、人道は建立され、天と人は貫通し、性と命はこれによって順う。気数は乖違せず、行と止とはこれによって定まる。これが《周易》が教を立て、天道に取法して人道を確定し得た所以である。
夫河圖之數變,而洛書之象以成;其屬於天道者,萬物生化自然之象也;屬於人道者,則扶陽抑陰;中極不動,顯仁藏用,中和以成之義也。蓋天道遠,人道邇;天道精微,聖人則之;人道明易,眾人能之;必以人道為言,而後眾人可通天道也。河圖之屬天道者多,洛書則寓人道;以後天之世,唯以人道為急務也。然人生自天命,人道出於天道;非天道之外有人道,乃天道之見於人事,而宜取法者;故名之人道,明人之所當由者也。
《河図》の数が一たび変動すれば、《洛書》の象は成立する。その天道に属するものは、万物生化自然の図象であり、人道に属するものは、「扶陽抑陰」、中極不動、「顕仁蔵用」、中和をもって万物を成就するという層の意義である。天道は遥かで、人道は切近い。天道は精深細微で、聖人のみがこれに取法し得る。人道は明白易曉で、衆人皆これを実行し得る。必ず人道より講じて、そうして初めて衆人はこれによって天道に通じ得る。《河図》の講ずる所は天道に属するものが多く、《洛書》は人道を寄寓する。后天の世界においては、人道のみが当務の急だからである。しかし人の生命は天命に由り、人道は天道より出る。天道の外に別に人道があるのではなく、天道が人事に体現され、人に取法されるべき部分を「人道」と称して、人の循るべき路を指明するのである。
道路也;由之則可行;人生猶行路也,由道則全其生;大則治平之功,小則孝弟之事;遠則聖賢之德,近則日用之常;皆必由是而達焉。此人道之所以為重,而次於天道,以先於天道者也。洛書之象,由河圖而變;即由先天而為後天,亦即由天道而入人道;此可征之於其數也。
「道」の本義はすなわち道路であり、それに順って歩めば通行できる。人の一生は歩行のごとく、道に順って歩めば己の生命を保全できる。大は国を治め天下を平らげる功業より、小は父母に孝し兄を敬う日常に至り、遠は聖賢の徳行より、近は飲食起居の常軌に至るまで、皆この路に由ってこそ到達する。これが人道が重視される所以である。次第においては天道の後に位するが、実行においては天道に先んずる。《洛書》の図象は《河図》より変化して来たもので、すなわち「先天」より「后天」に入り、天道より人道に入るのである。このことはその数において徴験を得られる。
五行雲者,非僅指水火木金土也,凡物與事之同列而有五者,皆是;亦如兩儀也;故在時,有春夏秋冬四季也;在地,有東南西北中央也;在人,有心肝脾肺賢也;在味,以酸鹹辛苦甘也;在音,有宮商角徵羽也;在德,有仁義禮智信也;在倫,有君臣父子兄弟夫婦朋友也;其類正多,要皆五行也。
いわゆる「五行」とは、単に水・火・木・金・土の五つの物質を指すのではない。事物が同列に組を成してちょうど五項あるものは皆、五行の範疇に属する。ちょうど「両儀」もまた専ら某の二つの物を指さないのと同じである。だから時令においては春・夏・秋・冬の四季、地理においては東・南・西・北と中央、人身においては心・肝・脾・肺・腎の五臓、滋味においては酸・鹹・辛・苦・甘、音律においては宮・商・角・徵・羽の五音、徳行においては仁・義・礼・智・信の五常、人倫においては君臣・父子・兄弟・夫婦・朋友の五倫がある。この類の例はまことに多く、帰するところ皆五行に属する。
行者,言其周流往復循環而行,不相害也;故一年四時象之,年以四時成歲,而土旺於四季;如河圖以水火木金定四方,而以五十之土立中極也;至洛書則方之四者變八,中之五者終不移,則可知天道之行,有化少為眾,變合為分之例;而中極不易也。去其十者,抑陰而扶陽也,顯仁而藏用也;此即人道所始仿也。
「行」という字は、周流往復し、循環運転して互いに妨害しないことを言う。だから一年の四時はまさにここに象を取る。一年は四季によって歳を成し、「土」は四季の末に旺んである。ちょうど《河図》が水・火・木・金で四方を定め、五と十の土で中枢を立てたように、《洛書》に至っては四つの方位が八つに変わっても、中央の五は終始動かない。これによって天道の運行には、少を化して多とし、合より分かれる通例があり、中枢は始終変わらないことが知れる。《洛書》が十を捨てるのは、まさに「抑陰扶陽」であり、まさに「顕仁蔵用」であり、これがすなわち人道が最初に取法した所である。
人之於生,有德業焉,有事功焉;不得徒生也。故天命之性以成其德,仁是也;天賦之知以立其功,智是也;人之以仁成性,則道成而生全;以智立功,則事成而名貴;二者人之所以為人也,然必顯其一;而藏其一,以合乎洛書之象,而契乎天地之德;若不能顯仁藏智,則有功無德,失主之本。
人は世に生きる以上、徳行学業があり、事功成就があって、空しく生きてはならない。だから天は人に本性を賦与してその徳を成さしめる、それが「仁」である。天は人に知能を賦与してその功を立てさせる、それが「智」である。人は仁によって本性を成全し、道が成って生命が保全される。智によって功業を立て、事が成って名声が貴ばれる。この二つは、まさに人が人たる所以である。しかし必ずその一つを顕し他の一つを蔵してこそ、《洛書》の図象に合い、天地の徳性に契る。もし仁を顕して智を蔵することができなければ、功はあっても徳なく、主宰たる根本を失う。
若不顯仁而徒用智,則反未為本;離性日遠,去道日甚;不獨無以全生,必反因以賈禍。蓋智者,用也,末也,必有本體為之先焉;失其仁而唯智是尚,是舍本逐末,失體求用;無根之花,無源之泉,何以自全而成用哉。
もし仁を顕さずにひたすら智を用いれば、それは逆に末をもって本とすることで、本性を離れること日に日に遠く、大道を離れること日に日に甚だしく、生命を保全できないばかりか、かえって必ずこれによって禍患を招く。「智」は用に属し、末に属する。前には必ず本体があってこそ依托できる。仁を捨てて智のみを崇めるのは、本を捨て末を逐い、体を放って用を求めることであって、根のない花、源のない泉のごときもの、どうして自らを保全して功用を成就できようか。
用者,言有所用也;有所主宰而後成其用也,非獨用可成功者;故顯仁藏用,示天地之道;必先立德,明人道之本;必先修已,其與中極不易之義,為易教並重者也。仁之德,即生成也;天地以生成為本,故人以仁為先。仁、人也;有仁斯有生,安有忘其仁,而能生者?即安有忘其生,而能致用也?故用者,為仁用也;為用以成其仁也。
いわゆる「用」とは、施し用うる所があることを言う。必ず先に主宰があって、そうして初めてその用を成就するのであって、用一つだけを恃んで成功するのではない。だから《周易》が「顕はすは仁に、蔵はすは用に」と言うのは、天地の道を揭示するのであって、人は必ず先に徳行を樹立して初めて人道の根本を明白にし、必ず先に自らを修めてこそ初めてなるのである。この一層は「中極不移」の義理とともに、《周易》が教を立てるにあたって等しく重んじた所である。仁という徳性は、すなわち万物を生成することである。天地は生成を根本とするので、人は仁を先とする。「仁」の字は人に従う。仁あってこそ生がある。仁を忘れてなお生き得る理があろうか。また生を忘れてなお施用し得る理があろうか。だから「用」とは仁のための用であり、施用を通して仁を成全するのである。
分言之,則有諸德之名;約言之,即仁也;用之屬智,亦為仁也;苟無仁,何以名其智哉?譬如其生且不省者,焉得為智?此夫子有予智不能中庸之嘆也!河洛二圖所重,在變化之例;洛書者,河圖之變;河圖者,天地之變。河圖以二氣之變,而五行出;洛書則五行之變,而九宮分,此易見者也。其中微妙難知者,則五行之數,本二氣之數;
分かれて言えば、徳には仁・義・礼・智・信の種々の名目がある。概括して言えば、ただ「仁」の一字のみである。用に属する智も、実は仁である。もし仁がなければ、何をもってこれを智と称しようか。たとえば一人の人が自らの生命さえ省察しなければ、どうして智と言えよう。これはまさに孔子が《中庸》において、世人が自ら聡明と思いながら中庸の道を一月も守れないことを嘆いた所以である。《河図》《洛書》二図が着重する所は、変化の条則にある。《洛書》は《河図》の変であり、《河図》は天地の変である。《河図》は陰陽二気の変化によって五行を生じ、《洛書》は五行の変化によって九宮を分かつ。この一層は見出しやすい。その精微にして知り難きは、五行の数がもとより陰陽二気の数から出ることである。
而九宮之數,即五行之數;推之則萬物之數,莫非九宮之數,亦莫非五行之數,二氣之數也,溯而上之,則九而五而二,歸於太極之一;推而下之,則五而九,至於萬物,以達無窮;一本而萬殊,萬殊歸於一本,如布之經緯,網之綱目;其為數殊,為絲一也;故自太極以至無窮,為數雖殊,為氣無二;而數之殊者,非殊數也。
そして九宮の数はすなわち五行の数である。これから推衍すれば、万物の数は九宮の数ならざるなく、また五行の数・陰陽二気の数ならざるものもない。上に遡れば、九より五、五より二を経て、終に「太極」の一に帰する。下に推衍すれば、五より九を経て万物に至り、無窮に達する。一つの根本が万種の差別を生じ、万種の差別がまた一つの根本に帰する。ちょうど布に経緯があり、網に綱目があるように、股数は異なれど、それを織り成す糸は同一種である。だから太極から無窮まで、数は千差万別であっても、気は終始両様ない。数に差別があるのは、真にもう一組の異なる数があるのではない。
數之自加減乘除也。故數殊而不殊,雖由萬物至於無窮,仍不外此一二三四五六七八九之數;不過有其分合變化而已。故數之殊者,數自殊之;非數外有數,則由氣之不二也。因氣不離陰陽,雖有錯綜生化之殊,仍不失其為陰陽;故氣無殊,數無殊;數以紀氣,氣之所至則數成,數之所見則氣達,氣數無殊用也。
差別はただ同一組の数自身が加減乗除した結果にすぎない。だから数は別あるようで実は別なし。たとえ万物から無窮まで推しても、なお一・二・三・四・五・六・七・八・九の九つの数を出ない。ただそれらの分合変化があるのみである。数に差別があるのは、数が自ら分化したのであって、この組の数の外に別に一組の数があるのではない。その根源は気がもとより唯一無二であることにある。気は陰陽を離れない。錯綜複雑なる生化の差異があっても、終に帰する所は陰陽である。だから気に分別なく、数にも分別なし。数は気を記録するために用いられる。気が何処に至れば数は何処に立ち、数が何処に顕れれば気は何処に通ず。気と数は功用の上で両様ない。
河洛者,明氣數之用,示天地萬物之始終也;果明其變例,則天下之氣數,皆可推而知之;以其用因變而後見也。設無所變。即無所用;果無變無用,天地已歸澌滅;更何河洛之圖存哉?唯其變多則用神,用神則天地無極;人物無盡,莫不在氣數之中;即莫能出此圖象之外,而後河洛二圖,乃為人之所必明,世之所必重者矣!
《河図》《洛書》は気数の功用を明らかにし、天地万物の終始を顕示するためのものである。もし真にそれらの変化の条則を明白に知ることができれば、天下の気数は皆推算して知ることができる。功用は変化を経て初めて顕れるからである。もし毫も変化なければ、毫も功用なし。真に無変無用ならば、天地はとうに消亡し尽くして、《河図》《洛書》などどうして残っていようか。まさに変化が多いがゆえに功用が神妙であり、功用が神妙なるがゆえに天地に窮尽がなく、人と物とが生々已まない。そしてこの一切は気数の中に在らざるなく、すなわちこの二図象の範囲の内に在らざるない。こう見れば、《河図》《洛書》二図は、まさに人々が必ず明白に知るべく、世々が必ず重視すべきものである。
河圖與洛書異同之處,即氣數變之跡,與天地萬物生化之例;其所列雖僅此九宮之位,五行之名;而其類推,可至無盡;欲明其變,可就易象證之也;所須知者,河洛之變何自來?其氣數分合何所本?此則求明天地生成之序,人物生化之數,所必留意者也;茲試論之:
《河図》と《洛書》の異同の処は、まさに気数変動の痕跡であり、天地万物生化の条則である。それらが排列するのは九宮の位置と五行の名目のみだが、類に依って推衍すれば無窮に至る。その中の変化を明白にしたければ、《周易》の卦象をもって印証できる。まず明らかにすべきは、《河図》と《洛書》の間の変化が一体何処から来たか、それらの気数の分と合とが何を拠り所とするかである。これはまさに天地生成の次第、人と物の生化の数理を明白にしようとする時に留意せねばならぬ所である。いま試みにこれを論説する。
洛書之數,因河圖而來;即萬物之生化,本天地五行所出;如五行生自二氣,即天地也;已見河圖。而九宮變自五行,即五方金木火水土也,則見洛書;而九宮雲者,非言九物,或九事也;以數盡於九,九宮足以包數之全;天下之物,盡在九數中,則莫逃乎九宮之外;故九宮者,萬物萬事之所隸屬,而萬數之所循環者也。
《洛書》の数は《河図》に承接して来たもので、ちょうど万物の生化が根元的に皆天地五行から出るがごとし。五行は陰陽二気より生じ、二気はすなわち天と地である。この一層はすでに《河図》に顕れている。九宮は五行より変じ、五行はすなわち五つの方位の金・木・火・水・土である。この一層は《洛書》に顕れている。いわゆる「九宮」とは、九つの物や九つの事を指すのではない。数は九に至って窮尽するので、九宮は全部の数を包羅するに足る。天下の物は皆九つの数の内にあり、一つも九宮の範囲を逃れることができない。だから九宮は万事万物が隷属する架構であり、一切の数が循環運転する場所である。
無論生化之無盡,所推所衍,莫不盡於九數之中;由九而內則返於一,由九而外,則推至無量數;數雖無量,仍不外此九也;乾之用九,已盡天下生生之道;而大衍之用四十九,已極天下往來之數;其曰:大衍者,由中數之五,而十倍之也;衍者、推衍者:推其數之所至,而足以包舉一切數;故曰:大衍。以數之老陽在九,老陰在六;六九五十四,去中五,而得四十九;
生化がいかに無窮無尽であろうと、一切の推算推衍は九つの数の範囲を超えない。九より内に収まれば一に帰し、九より外に放てば計量し得ぬ大数に至る。数は計量し得なくとも、なおこの九つの数を出ない。《周易》乾卦の「用九」は、すでに天下生々已まぬ理を言い尽くしている。《繋辞上》の言う「大衍の数五十、その用四十有九」は、すでに天下往来変化の数を窮尽している。「大衍」と称するのは、居中の数五に十倍を乗じて来るからである。「衍」とはすなわち推衍である。この数の達し得る極限を推究すれば、一切の数を包羅するに足るので、「大衍」と呼ぶ。数に就いて言えば、老陽は九、老陰は六、六に九を乗じて五十四を得、中央の五を減じれば四十九を得る。
即大衍之用,此亦河圖洛書所有之數也;以其數之重在變也,則河圖之象變為洛書,所始在金火互易位也。以金之九,為先天數;若已變,則屬火;離代乾用,離為火;而乾為金,故其位隨乾離而易;此易見者也。
これがすなわち「大衍」の用数四十九であり、まさに《河図》《洛書》に本来ある数である。これらの数は「変」の一字に着重するので、《河図》の図象が《洛書》に変ずる起点は、金と火とが位置を互換する所にある。九はもと「先天」に金に属する数だが、一たび変動すれば転じて火に属する。これは「后天」が離卦をもって乾卦の位置に代えて作用するからであり、離は火、乾は金なので、九の方位も乾・離の更替に随って改まる。この一層は見出しやすい。
其間尚含深意,即以數之成,乃因氣之行;氣之行也,非置於一方而不動,必周流八方而無息;以位言之,則河圖之火與水對,金與木對;數隨五行之氣,而定其方,無所易也;若以時言之,則洛書北方之一,與東方之三,一屬太陽,一屬少陽;而後南方易以九,西方易以七;亦一太陽,一少陽;其位互易,而後正對;以其氣之既行,不復如河圖之初生也。
この中にはなお更に深い一層の意味が含まれている。数が成立するのは気が運行するからであり、気の運行は、ある一方に固まって動かなくなることはなく、必ず八方を周流して永く止まらない。「位」に就いて言えば、《河図》では火と水とが相対し、金と木とが相対し、数は五行の気に随って方位を定め改易がない。「時」に就いて言えば、《洛書》の北方の一と東方の三は、一は太陽に属し一は少陽に属する。そこで南方に九を改めて配し、西方に七を改めて配する。これも一は太陽、一は少陽に属し、位置を互換した後にちょうど両々相対する。これは気がすでに運行流転し、もはや《河図》のような初生の時の状態ではないからである。
河圖之氣,以陽生陰,以陰繼陽;故陽老於西方之九,而陰四繼之;陰老於北方之六,而陽一承之。陰陽互根於定位,而相得以合,而生成之功乃見,此其以氣之初生為象也;若在洛書,則陰陽已分,二氣環行;行者有序,太少必對;是以北方之一,南方之九;一始一終,皆太陽;東方之三,西方之七;一生一成,皆少陽也。
《河図》の気は、陽より陰を生じ、陰が陽を承接する。だから陽数は西方の九に至って老となり、隨うて陰数四がこれを承接する。陰数は北方の六に至って老となり、隨うて陽数一がこれを承接する。陰と陽とが固定の方位において互いに根柢となり、彼此相配相合して、生成の効功が初めて顕現する。これは気が初生する状態をもって象を取ったものである。《洛書》に至っては、陰陽はすでに分立し、二気は環めぐって運行する。運行であれば次序がなければならず、太と少とは必ず両々相対せねばならない。だから北方の一と南方の九は、一つは始まり、一つは終わりで、同じく太陽に属し、東方の三と西方の七は、一つは生を主とし、一つは成を主として、同じく少陽に属する。
陰氣亦然,東北之八,西南之二,皆少陰;西北之六,東南之四,皆少陰;兩兩相當,以周行於八方;而成一陰一陽之道,遂不可不易其南西金火之位也。此例可以一歲證之,春與秋對,冬與夏對;一寒一暑,相當其令;而一歲之氣,周而復始,如環無端,此其用之可明者也。故洛書之象,象後天已定之氣數;陰陽迭興,數位周流;以成其往來不息之德,不獨歲令然也;即一人之生,一日之晝夜;無不如是,皆以循環為率;此即洛書以明變化之用為象者也。
陰気もまた同じである。東北の八と西南の二は同じく少陰に属し、西北の六と東南の四は原文もまた少陰と作す(その体例により按ずれば太陰とすべき)。それらは両々相當して八方を周行し、これによって《繋辞上》の言う「一陰一陽之を道と謂う」を成就する。そこで南方と西方の金・火の位置は換えざるを得ない。この道理は一年をもって印証できる。春と秋とが相対し、冬と夏とが相対して、一寒一暑、各々時を當る。そして一年の気は周してまた始まり、円環のごとく起訖がない。これはその功用のうち最も明白な一層である。だから《洛書》の図象が象るのは、后天すでに確定した気数である。陰陽は交代して興り、数の位は周流して居らず、これによって往来息まぬ徳性を成就する。これは歳時のみならず、一人の一生、一日の昼夜もまた皆このごとく、皆循環を準則とする。これがまさに《洛書》が変化の用を明らかにすることを取象とする所である。
且數之既變,有數例焉;陽之合陽,則反為陰;陰之合陽,則化為陽;故二陽相遇,則成陽中陰;二陰相遇,亦為陰中陽;此在太少之外,更有陰陽也。是一與九對而成十,則九為陽,一為陽之陰;三與七對亦成十,則三為陽,七為陽之陰;陰數亦然。故四隅陰數,東北西南為陽,相對為陰;其所以然者,合則變,分則化也;後天之數多雜,無純陽純陰之物,以其不能生化也。
さらに、数は一たび変動すれば若干の条則がある。陽と陽と相合すれば、かえって陰を成し、陰と陽と相合すれば、かえって陽に化す。だから二つの陽が遇えば陽中の陰となり、二つの陰が遇えば陰中の陽となる。これは太陽・少陽・太陰・少陰の外に、別に立てた一層の陰陽の分別である。たとえば一と九とが相対して十を成せば、九は陽と算え、一は陽中の陰と算える。三と七とが相対しても十を成せば、三は陽と算え、七は陽中の陰と算える。陰数もまた同様である。だから四つの隅角の陰数では、東北と西南を陽と算え、それらに相対する者を陰と算える。このようであるのは、相合すれば変を生じ、分かれれば化を生ずるからである。后天の数は多く駁雑で、純陽または純陰の物はない。純陽純陰は生化できないからである。
洛書之數,參伍錯綜,各有其分合之用;故變化無盡,不獨火金之易;即二八之易位,亦其例也;天地生成,全依此陰陽之摩蕩;而後萬物生化。世界悠久,以迄無窮,此所謂造化之機也。其行也,則以往來為則,循環不已,以成其生生不盡之功;即至誠無息之德也。故氣之陽者陰之,陰者陽之;天者下之,地者上之;左者右之,右者左之;相互以生,相交以成;不獨金火之互換也;
《洛書》の数は錯綜交互し、各々その分合の用がある。だから変化は無窮で、火と金との対調のみならず、二と八との換位もまた同じ条則である。天地の生成は、全くこのような陰陽の相摩相蕩によるもので、そうして初めて万物は生化し得、世界は長久綿延して無窮に至る。これがいわゆる造化の枢機である。その運行は往来を準則として循環止まず、これによって生々尽きぬ功業を成就する。すなわち《中庸》の言う「至誠息まず」の徳性である。だから気はもと陽に属する者は陰に転じ、もと陰に属する者は陽に転ずる。天に在る者は下降し、地に在る者は上昇する。左に在る者は右に移り、右に在る者は左に移る。彼此交互して生じ、彼此交錯して成るのであって、金と火との互換のみではない。
故東南西北,四方之序;不似河圖,自一至九,九宮之數;不同五行,而後見後天之道,明世間之數。如河圖始於北,而洛書首東;河圖陰逆陽順,以一繫行;洛書均分二繫以往復,此皆二者同異,可資考證者也;蓋先天之象,由無入有;其始生也,因氣之動;後天則已生成之後,萬物隨之生化;
だから《洛書》の東・南・西・北四方の次序は《河図》と異なり、一から九まで九宮の数を用いるのも五行の排法と異なる。こうしてこそ后天の道を見出し得、世間の数理を説明し得る。たとえば《河図》は北方より始まるが、《洛書》は東方を首とする。《河図》は陰が逆行し陽が順行して一条の系統のみを用いるが、《洛書》は均しく二条の系統に分かれて往復運行する。これらは皆二者の同異で、参考験証に供する。「先天」の象は無より有に入るので、その生じ始める時は全く気の一動による。「后天」は生成の後にあり、万物はこれに隨って不断に生化する。
氣之流行不息,數以變化不窮;其所以異者,皆自氣合之;而氣者,內徵於道,即理也;外徵於象,即數也;理數之間,不可過求其跡,以有神也;神御其用,故天地有主宰之數不易;而神不可測,以其微也;是陰陽之事,不可實之以物也。唯神通之,氣感之;固聖智之事也。以易言之,神而明之,存乎其人,言非易明也;而氣數之常變,吉凶生焉,禍福降焉,則盡人所當知也。
気は流行して息まず、数はこれによって変化無窮である。それらの千差万別ある所以は、皆気によって調合されることにある。いわゆる「気」とは、内に向かって道に徴すれば、それは「理」であり、外に向かって象に徴すれば、それは「数」である。理と数との間において、その形跡を過度に追求してはならない。その中に別に一つの「神」があるからである。神はその功用を主宰するので、天地間に主宰たる数があって始終変わらない。しかし神それ自体は測度し得ない。あまりに精微であるからである。見よ、陰陽の事は、ある具体の物に落ち着けることはできず、ただ神によって貫通し、気によって感応するのみである。これはもともと聖人と至智の者の事である。《周易》に就いて言えば、《繋辞上》の「神にして明らかにするは、其の人に存り」と言うのは、まさにこの道理は明白に言い難いことを言う。気数の常と変に至っては、吉凶はこれによって生じ、禍福はこれによって降るのであって、それは誰もが知るべきことである。
故逢其合,適其宜;去其逆,塞其空;為趨吉凶之道,不可不講;此數雖止於九,而用可千萬;物雖止於五,而道將無窮;如水之數,遇金而旺,遇火而尊,遇木而退;遇土而死;其道有窮通也;他行皆然;以數合之而自卜之,則吉凶無遁情,禍福有定數;不必求之人也。是故數之為用,合道明生者也;知數知生,順數順道;其所指者義精意切,惜乎人之不講,而不明聖人立教之旨,斯可慨矣!
だから自己と相合する者に遇えばこれに順い、適宜なる者に遇えばこれを把握する。自己に逆らう者を避け、自己の空缺を填める。これは吉に趨り凶を避ける方法であって、講ぜざるべからず。数は九に至るまでだが、功用は千変万化し得る。物は五行のみだが、道理は無窮無尽となる。たとえば水の数は、金に遇えば転じて旺になり、火に遇えばその尊位を得、木に遇えば退譲し、土に遇えば衰死する。その道路には窮と通とがある。その余の四行も皆このようである。数をもって相互配合して自ら占断すれば、吉凶は隠す所なく、禍福は自ら定数あり、他人に求問するまでもない。だから数の功用は、道に合い生に明らかなるにある。数を知れば生を知り、数に順えば道に順う。その中に指し示す義理は精微にして切要であるが、惜しいかな世人は講求しようとせず、それゆえ聖人が教を立てた宗旨を明白にしない。まことに感慨に堪えない。
宗聖講述——曾子
古時象數,悉本河圖、洛書,是為易象之源。河圖負於龍馬,洛書呈於文龜;皆天地自然之象數,而聖人則之以演易;蓋所由來者遠矣!在天成象,在地成文,天地之象數,即由天地自呈於人前;神道之感應,為人道所昭彰;固上世常見之事。以地天猶通,神人時契;人習於道,無不通神;則神亦降其靈,資人以智,發人以道,非可異也;故圖書出,而人文以創;
上古の象と数は皆《河図》《洛書》に本づく。これは《周易》卦象の源頭である。《河図》は龍馬が負って出で、《洛書》は文亀が呈した。いずれも天地自然の象数で、聖人はそれらに取法して《周易》を推演した。その由来はまことに久遠である。《繋辞上》に「天に在りて象を成し、地に在りて形を成す」と言う。天地の象と数は、もともと天地が自ら人の前に呈したものである。神道の感応は人道を通して彰明される。これは上古においてもともとよく見られた事である。当時は天地の気がなお相通じ得、神と人とは時々契合した。人は道に熟習して、神に通ぜざるはなく、そこで神もまたその霊明を降し、人に智慧を与え、人に大道を啓発した。これは何ら詫異すべきことではない。だから《河図》《洛書》が一たび出れば、人類の文明はここに創立した。
天地之道見,而人道以明;人之有文化教育,皆始於天地自然之象數文章;雖神而明之,存乎其人;而溯源探本,則有所自矣!故圖書者,易象之袓;欲明易象,必明圖書;如木本水源,不得其故;則枝流莫可究詰,是以夫子曰:「五十學易」,言由圖書以窮象數也。天五地十,五十為天地中心;
天地の道が顕現すれば、人道もこれに隨って昭明となる。人類に文化教育がある所以は、皆天地自然の象数と文理に始まる。《繋辞上》が「神にして明らかにするは、其の人に存り」と言うとはいえ、源頭を遡り根本を探究すれば、つねにその来る所がある。だから《河図》《洛書》は《周易》卦象の始祖である。《周易》の卦象を明白にしようとすれば、必ず先に河洛二図を明白にせねばならない。これはちょうど樹に根があり水に源があるようなもので、その由来を明白にしなければ、枝葉と支流もまた追究する所がない。この故に孔子は《論語・述而》において「五十以て易を学ばば」と言った。まさに河洛二図より入って象数を窮究せよと言ったのである。《繋辞上》が「天五地十」と言うのは、五と十とがまさに天地の中心である。
天之道由此見,人道由此立。故五十為圖書之中數,猶易之太極也;太極在數曰一,在位曰中;在性曰至善,在氣曰純陽;為無始之始,萬有之宗;老氏之天下之母,即指此也;而其大包無外,廣盡萬類;故屬天地之中,亦天地所自成也。
天道はこれによって顕れ、人道はこれによって立つ。だから五と十とは河洛二図の中数で、ちょうど《周易》における「太極」のごとし。太極は数に就いて言えば一と称し、位に就いて言えば中と称し、性に就いて言えば至善と称し、気に就いて言えば純陽と称する。それは開端なき開端であり、一切存在の宗主である。《老子》の言う「天下母」と為し得るものは、正にこれを指す。それは広大にして外囲なく、一切の品類に遍く及ぶ。だから天地の中に属し、まさに天地がそれによって自然に生成する所以でもある。
數雖自一至九,而其宗則五與十;五十分列,則乾坤定位;五十合用,則大衍成形;故曰五曰十,或五十,皆數之本體,其化則用也;乾用九,坤用六,九六為乾坤之用;乾數極於九九,坤數包於六六;人之數七,艮也;其數盡於七七,此大衍之用四十九,指人道也;
数は一から九までとはいえ、それらの宗主は五と十である。五と十とが分列すれば乾坤の方位が定まり、五と十とを合わせて用いれば「大衍の数」の形制が成る。だから五と言い、十と言い、あるいは五十と言うのは、皆数の本体であって、それらの変化をこそ用と呼ぶ。乾卦は「用九」、坤卦は「用六」。九と六とは乾坤の用数である。乾数は九九八十一を極限とし、坤数は六六三十六を範囲とする。人の数は七で、艮卦に配属する。人の数は七七四十九を尽頭とする。これが「大衍の数」が実際に用いる四十九で、指す所はまさに人道である。
天地之道,由人而明;天地之數,由人而用;故大衍之數,以七七為用;而天地之數在其中矣。合則成用,分則為位;交錯則變化生,乘除則盈虛見;而其本始,莫外乎圖書之數也。河圖、洛書之象數,為自然象數;易之象數,則本圖書而推其變化之象數也;易與圖書有同異;但天地象數,終不外圖書所有者;
天地の道は人に依って初めて闡明され、天地の数は人に依って初めて施用される。だから「大衍の数」は七七四十九を用とし、天地の数はその中に包含されている。合すれば功用を成就し、分かれれば位次となる。彼此交錯すれば変化が生じ、乗除を加えれば盈虧が顕れる。それらの本始は、河洛二図の数に出ざるものはない。《河図》《洛書》の象数は自然に生成した象数であり、《周易》の象数は河洛二図に本づいてその変化を推衍した象数である。《周易》と河洛二図とには同もあり異もあるが、天地の象数は、終に河洛二図のすでに具えた範囲を出ない。
至其變化,雖推之無盡,仍不能有違於圖書之例;則由天地生成之數定,不可越也;自上而下,則二五賦形,而萬物以生;自下而上,則萬有歸一;由形返神;故圖書之數始一終九,五十在中;而二氣五行備具。其化生萬物,則以用言;以二五互交,推演為數;所謂二五構精是也。
それらの変化に至っては、推衍して無窮に至ることができても、なお河洛二図の条則に背くことはできない。天地生成の数がすでに確定していて逾越できないからである。上より下に見れば、陰陽二気と五行とが形体を賦与し、万物はこれによって生ずる。下より上に見れば、万有は一に復帰し、有形より神に返る。だから河洛の数は一に起り九に終り、五と十とが中に居り、陰陽二気と五行はこれによって完備する。それらが万物を化生するに至っては、「用」の上から言わねばならない。二気と五行とが交互に作用して推演し数を成す。これがいわゆる「二五構精」である。
故其數陽五陰五,陽以順行,陰以逆行;相交以生,相剋以變;而孤陰獨陽,則不生不變;易以乾坤交用,坎離相制;以成生克,而形變化;由數之用言,則陽者,一三七九順行,始一終九,其位在西;陰者,四二八六逆行,始四終六,其位始於西北;陽以九終交陰六,故陽數用九;陰數用六,九六相終始循環以生成變化;而五十主於中央,為天地中極;萬物樞紐。
だからこれらの数のうち陽は五つ、陰は五つある。陽は順行し、陰は逆行する。彼此相交して生じ、彼此相克して変ずる。もし孤陰または独陽であれば、生ずることも変ずることもできない。《周易》は乾坤交互を用とし、坎離が彼此制約して、これによって生と克とを成し、変化を顕す。数の運用に就いて言えば、陽数は一・三・七・九と順行し、一に始まり九に終る。終点は西方である。陰数は四・二・八・六と逆行し、四に始まり六に終る。起点は西北である。陽は九に至って終り陰の六と相交する。だから陽数は九を用とし、陰数は六を用とする。九と六とは首尾相続いで循環往復し、生成変化を完成する。そして五と十とは中央を主り、天地の中樞であり、万物の樞紐でもある。
此圖書象數之大概,即為易所本者;乾之用九,坤之用六;即準河圖之陰陽數也。觀河圖所列之數,作為環形;則一三七九,由北而東而南而西;而四二八六,則自西北而西南而東南而東北;亦環而終始,唯五十在中焉。
以上が河洛二図象数の大概であり、まさに《周易》が依拠する所のものである。乾卦の「用九」、坤卦の「用六」は、《河図》の陰陽の数を取り准したものである。《河図》が排列する数を見よ。もしこれを環形に排せば、一・三・七・九は北より東へ、東より南へ、南より西へ至り、四・二・八・六は西北より西南へ、西南より東南へ、東南より東北へ至る。これも環めぐって首尾相接し、五と十のみが中央に居る。
洛書亦然,不過其用有異,由方圓不同也;由北之一,東之三,則以接西之七,南之九,皆陽數也;其陰數,則西北六,東北八,西南二,東南四;亦由東南之四,西南之二,接東北之八,西北之六,相環以終始,正如河圖;而五在中焉,其不同者,圖屬先天,書屬後天;一體一用,一位一成,一位一時。故洛書之數,以相交而行;而河圖則相貫也。洛書之位,以東南與西北易數,而河圖則順逆依序也。
《洛書》もまたこのようである。ただ功用が異なるのみで、一つは方を取り、一つは円を取るからである。北方の一、東方の三より、西方の七、南方の九に接ぐ。これらは皆陽数である。陰数に至っては、西北の六、東北の八、西南の二、東南の四であり、これも東南の四、西南の二より、東北の八、西北の六に接ぎ、環めぐって首尾相接して、正に《河図》と同じく、五が中央に居る。二者の異なる所は、《河図》は先天に属し、《洛書》は后天に属すること。一つは体を主とし、一つは用を主とする。一つは位を講じ、一つは成を講じる。一つは方位を重んじ、一つは時序を重んずる。だから《洛書》の数は交叉して運行し、《河図》の数は一線貫串する。《洛書》の位次は東南と西北において数を互換し、《河図》は順行逆行各々その本来の次序に依る。
孚佑帝君疏述
河圖之數,本於天地生成之象;蓋自無入有,首為太極;一氣既動,兩儀以分;兩氣相蕩,五行以具;故河圖象之,其數自一至十;分為陰陽,陽奇陰偶,各得其半;而生化之本,必基於二氣之和;五行之分,即由於陰陽之變;其生化也,以一陰一陽相合而成;
《河図》の数は、天地生成の象に本づく。天地は無より有に入り、最も先には「太極」がある。一気が一旦発動すれば「両儀」が分立し、両気が互いに激蕩すれば「五行」が完備する。だから《河図》はここに象を取った。その数は一から十まで、陰陽の両類に分かれ、陽は奇数、陰は偶数で、各々半分を占める。生化の根本は、必ず陰陽二気の調和の上に立てられねばならない。五行の分立は、まさに陰陽の変化に由来する。そしてそれらの生化は、皆一陰一陽が彼此相合することによって成就するのである。
乃於是數中,以陰合陽,以陽合陰;天生則地成之,地生則天成之;故一至五為生數,六至十為成數;生成二數,各居陰陽之半;如將籌比算之,自左設陽籌,右之陰籌;則左數為一三五七九,右數為二四六八十,左右各半也;更將其配合之,為左設生數,右設成數;則左為一二三四五,右為六七八九十,亦各半也;皆以相得而合,而後有物生焉。
そこでこの十個の数のうち、陰をもって陽に配し、陽をもって陰に配する。天の生ずる所は地がこれを成就し、地の生ずる所は天がこれを成就する。だから一から五を「生数」と呼び、六から十を「成数」と呼ぶ。生数と成数とは各々陰陽の半分を占める。算籌をもって比擬すれば、左に陽籌を排し、右に陰籌を排すれば、左は一・三・五・七・九、右は二・四・六・八・十で、左右各半である。更に別の配法に換えて、左に生数を排し右に成数を排せば、左は一・二・三・四・五、右は六・七・八・九・十で、これも各々半分を占める。皆彼此相配相合して、そうして初めて物が生ずるのである。
故自左之一陽,合右之六陰,而水生成;左之三陽,合右之八陰,而木生成;自右之二陰,合左之七陽,而火生成;自右之四陰,合左之九陽,而金生成;更餘陽之五,合陰之十,而土生成,此為五行生成之次序也。其生與成,恰為相當之位;故其數相得,如一居左首,六居右首;
だから左の陽に属する一に、右の陰に属する六を配すれば水が生成する。左の陽に属する三に、右の陰に属する八を配すれば木が生成する。右の陰に属する二に、左の陽に属する七を配すれば火が生成する。右の陰に属する四に、左の陽に属する九を配すれば金が生成する。残る陽に属する五に、陰に属する十を配すれば土が生成する。これが五行生成の次序である。その中で生と成とはちょうど彼此相當の位置に居るので、両数が正に相配る。たとえば一は左の第一位に排し、六も右の第一位に排す。
故恰相得,猶子與午對也;是為配偶之定例也。因其位相當,而數相得;始有合,而見其生成之功;此一六居北,二七居南;三八居東,四九居西;五十居中,以既合而後同居;亦如人之夫婦也。故其位之相配以次,數之相得以序;雖有一二之殊,卻非父子,而為兄弟,不得視為水生火也。
だからそれらはちょうど相配り、ちょうど地支の「子」と「午」とが両々相対するがごとく、これが配偶の定例である。まさに位置が相當し数目が相配るからこそ結合があり、生成の効験が見える。そこで一と六とは共に北方に居り、二と七とは共に南方に居り、三と八とは共に東方に居り、四と九とは共に西方に居り、五と十とは共に中央に居る。皆先に相配合して、そうして初めて一処に同居する。人間の「夫婦」のようなものである。だからそれらの位置の相配にはおのずから位次があり、数目の相合にはおのずから順序がある。相隣る二組はただ一・二の数しか違わなくとも、彼此は父子の関係ではなく兄弟の関係であって、これを水が火を生ずると見なしてはならない。
然五行之數,亦為二氣之量數;如一六為水生成數,亦即水之量數;以陽一陰六,為其分也。其所差五數者,繫以五之前為生數,即生氣;其氣能生不主成,而成氣必自五以下;猶之日與夜也,非至日落,不得為夜;以生氣未盡,不見成氣;故一必與六合,不能與二三四五合也;一六既合,其次則屬二與七;二為陰,七為陽;二屬生,七屬成;陽多陰少,乃為火之成分;亦如水之一六合也,以下皆同。
しかし五行の数は、同時に陰陽二気の分量の数でもある。たとえば一と六は水の生成の数であり、すなわち水の分量の数である。その中に陽は一分、陰は六分を占める。これがその成分配比である。両者は五を差とするが、五以前の数は「生数」に属し、すなわち生気だからである。生気はただ生じるのみで成を主らない。成気は必ず五以後より算えねばならない。これは昼と夜のようなもので、太陽が山に落ちなければ夜と数え得ない。生気がまだ尽きなければ成気は顕れない。だから一は必ず六と相合せねばならず、二・三・四・五と相合してはならない。一と六とがすでに相合すれば、その次は二と七とに輪が回る。二は陰に属し、七は陽に属す。二は生に属し、七は成に属す。陽多く陰少なし。これが火の成分である。これは水の一六相合と同一の理で、以下の各行も皆同じである。
蓋五行之數字,包括數義;一示陰陽之成分,一示生成之先後次序,一示五行之量數,一示二氣之分合總數,一示二五之化成原數也;其義甚廣,而無不相通;實天地間至數,不得移易者也;如天一地二,謂之為陽陰次序可,謂之為天地氣分量數亦可;論五行生成,則次序也;論五行成分,則量數也;論生成次序,兼示陰陽量數;而以紀二五之精氣所行,與天地之形氣所積,莫不一致。
五行のこれらの数字は、幾層もの含義を包蔵している。一層は陰陽の成分配比を表し、一層は生成の先後次序を表し、一層は五行の分量の数を表し、一層は陰陽二気分合の総数を表し、一層は二気五行が化生して成った原始の数を表す。その含義は十分に広汎であり、しかも彼此無不に相通ずる。実に天地間の最も根本的な数であって、更改移易を容れない。たとえば《繋辞上》の言う「天一地二」は、これを陽と陰の次序と言うもよし、天地の気の分量の数と言うもよし。五行の生成に就いて言えば、それは次序であり、五行の成分に就いて言えば、それは分量であり、生成の次序に就いて言えば、また兼ねて陰陽の分量を表明している。これをもって二気五行精気の運行および天地形気の積聚を記録すれば、悉く一致しないものがない。
故河圖總數五十五,即由一六、二七、三八、四九、五十、相加之積;其屬天者二十五,即陽數之積;為最清輕之神,故居上而名天;其屬地者三十,即陰數之積;為重濁之精氣,故居下而名地;其實一陰一陽耳。其所間所差者五,此為元氣之未化者,雖在天地之中,卻非五十五數之內;
だから《河図》の総数は五十五で、正に一と六、二と七、三と八、四と九、五と十の各組の相加の総和である。そのうち天に属する二十五は奇数の和で、最も清く最も軽き神明の気なので、上に居りて天と称する。地に属する三十は偶数の和で、重濁の精気なので、下に居りて地と称する。帰する所を言えば、すなわち一陰一陽にすぎない。両者の間に相差ある五は、未だ化生しない元気で、それは天地の中に居るが、五十五という総数の内に計入されない。
蓋可以名而無名,可以數而無數;故為中氣,即陰陽之間所差之數,然先天初見生化,無序可紀,無量可數;有差而無差,有積而無積;蓋以陽陰之異,祇在動靜之間;原同一氣,因其動靜,而後有始數可知;然未遽定也,必待五行次第生成;五十五數確定之後,始知其屬天者幾,屬地者幾;不可以後天之數。名先天之氣。
それは命名し得るが定まった名なく、計数し得るが定まった数なし。だから「中気」と称し、すなわち陰陽の間に相差ある数である。ただし先天が生じ始めて生化のある時には、次序なくて記録すべからず、分量なくて計算すべからず。差ありと言うも実は差なく、積ありと言うも実は積なし。陰と陽の分別は、ただ一動一静の間にのみあるからである。もともと同じ一気で、動静の別によって、そうして初めて最初の数が知り得る。しかしその時には未だ即座に確定せず、必ず五行が順に生成し、五十五の総数が確定した後に、初めて天に属する者が幾ら、地に属する者が幾らかを知る。だから后天の数をもって先天の気を称呼してはならない。
先天祇一團渾然之氣,分之為二;始為兩儀,然無量可數也;其為量者,乃五行生成之後,因而量之,始有其名;當初生之時,祇宜名曰:一陰一陽之化合;一、一也,六、亦一也;二、一也,七、亦一也;推之二十五與三十,初無異量,皆屬同氣;不過既分已久,生成已見;其氣已化,其行漸成;而後前之一中,變為有數可紀,有量可量;
先天はただ一団の渾然として未だ分かれぬ気である。これを二つに分けて初めて「両儀」と呼ぶが、その時にはまだ計算すべき分量がない。いわゆる分量とは、五行が生成した後にこれに拠って衡量し、初めて名目のあったものである。最初に生じた時には、ただこれを一陰一陽の化合と称すべきである。一は一つの整体であり、六も一つの整体である。二は一つの整体であり、七も一つの整体である。ここから二十五と三十とに推しても、当初は分量上の差別はなく、皆同じ種の気に属した。ただ分かれた日が久しく、生成の跡象がすでに顕現し、気がすでに変化し、運行も漸く形を成したので、先の渾然の一の中に、初めて記録すべき数、衡量すべき量があらわれたのである。
如一六既成水,始有水成分可言;蓋以陰陽之偏,遂生差異之數;如冷與熱,升降異也,輕與重,上下殊也;於是有量有數,可以別其為何物;而物則因之更生他物,氣亦因之更化異氣,此後天數有一定者也。要知先天後天之分,本無多異;異者一有定,一無定;一有名有形,有象有數,故有定;一無名無形,無象無數,故無定;
たとえば一と六とが合して水を成し、初めて水の成分を言い得る。陰陽に偏多偏少のあることによって、差異の数が生ずる。冷と熱とは上昇と下降の不同であり、軽と重とは上に居ると下に居るの分別である。この時に至って初めて分量あり数目あり、これに拠ってそれが一体何の物かを分別できる。そして物はまたこれによって別の物を生じ、気もまたこれによって別の気を化す。これが后天の数に一定の標準のある所以である。先天と后天の分別は、もともと多くの差異があるのではないと知るべし。差はただ一つは定があり一つは定なきのみである。名あり形あり、象あり数あるがゆえに定あり。名なく形なく、象なく数なきがゆえに定なし。
而介乎先後天之間,為初見生化之跡者;則可有可無之間,或定或否之類也;其象數,以上言之,先天也;以下言之,後天也;故其象數可量而不可量,可紀而不可紀;此以在上下之中,有無之界;如數之一,如位之中,如物之極是也。河圖之數亦如是,其數屬後天之始,其象屬初生之物;其氣仍純,其數仍簡,乃能為一切之母;故天地數止於十,而積之成五十五;其中之五十二數,即代示五十全數;而最中之五,即代示先天之中氣;
先天と后天の間に居り、生じ始めて生化の痕跡を顕した一段に至っては、可もあり可もなきの間に介し、あるいは定ありあるいは定なしの類に属する。その象数は、上に言えば先天に属し、下に言えば后天に属する。だからこの段の象数は衡量し得るが衡量する所なく、記録し得るが記録する所なし。これはそれが正に上と下の中間、有と無の交界に居るからであって、数における「一」、位における「中」、物における「極」のようなものである。《河図》の数もまたこのようである。その数は后天の開端に属し、その象は初生の事物に属する。気はなお純粋で、数はなお簡明なので、一切の事物の母体たるを得る。だから天地の数は十に至るまでで、累ね加えて五十五となる。その中の五と十の二数は、五十の全数を代表する。最も中に居る五は、先天の中気を代表する。
先天中氣,本無五名;而名之五者,即由後天之五也;後天之五,亦主眾物,居中央,與先天同;故以其名先天之中氣。且因天地各五數,其積之差亦五,而生成之中數亦為五,天地之中心亦為五;故五者先後天之中位,亦先後天之中極;五為至中數,由其序言之,命曰一;由其量言之,命曰五;由其位言之,命曰極;由其方言之,命曰中;皆此數也。
先天の中気には、もともと「五」の名称はない。それに名を五と為す所以は、后天の五を借用したのである。后天の五もまた衆物を主宰して中央に居り、先天の中気と同じなので、すなわちこれをもって先天の中気を称呼する。さらに天数と地数と各々五つあり、両者累積の差もまた五であり、五行生成の中数もまた五であり、天地の中心も同じく五である。だから五は先天と后天に共通の中位であり、先天と后天に共通の中極でもある。五は最も中に居る数である。次序に従って言えば一と呼び、分量に従って言えば五と呼び、位置に従って言えば極と呼び、方位に従って言えば中と呼ぶ。指す所は皆この同一の数である。
故五者賅先後天之氣數,而獨立於其中者;且通先天中氣,立後天中極;謂之先天可,謂之後天亦可;以在後天直名曰土,實則土應有三個五;今僅曰中五者,即暗指先天之中氣矣!先天中氣,本無可名,無定居,無定方,無定形,無定數;而以五名之,以土位之,則以後天為主也,然此中氣,先後天同,而舉土亦可以代示中氣;因在後天五行,皆依於土而後成形;若無土,即無水火木金之質可見;
だから五という数は先天と后天の気数を総括して、独立して二者の中に居る。それは上は先天の中気に通じ、下は后天の中極を立てる。先天に属すと言うもよく、后天に属すと言うもよい。后天においては、それは直に「土」と称されるが、実は土は本来三つの五を有すべきである。いまただ「中五」と言うのは、まさに先天の中気を暗に指すのである。先天の中気は本来命名すべきものなく、定まった居所もなく、定まった方位もなく、定まった形体もなく、定まった数目もない。しかし「五」をもってこれを称呼し、「土」をもってこれを安置するのは、后天を主とする言い方である。しかしこの中気は、先天と后天とはもともと同一なので、「土」を挙げてもまた中気を代表し得る。后天において五行は皆土に依托して初めて形を成し得るからである。もし土がなければ、水・火・木・金の形質は顕現する所がない。
是五行必賴土以成物,亦猶人物必賴中氣以為生;其義同也。如河圖中五,視為後天之數,則屬五行土之生數;若視為先天之氣,則屬中極之氣;故由河圖一變為洛書,僅留此中五不移;由河洛一變為八卦,則連此中五亦隱;所謂:「易無體」,即隱此中五;而將土之成數,暗附於四方,與洛書同;此皆示中極之地,為先後天中氣所在;而先後天所以變,而不離其宗;生化,而不失其本;皆賴有此中五也。
見よ、五行は必ず土に依って初めて万物を成就し得る。ちょうど人と物とが必ず中気に依って初めて生存し得るごとく、道理は同じである。たとえば《河図》中央の五は、これを后天の数と見れば、五行中「土」の生数に属し、これを先天の気と見れば、中極の気に属する。だから《河図》が一変して《洛書》となる時、ただこの中五のみが留まって動かない。河洛の図が再び変じて八卦となる時には、この中五すら隠れ去る。《繋辞上》の言う「神に方なく易に体なし」の「無体」は、この中五を隠蔵して、土の成数を暗く四方に分附することを指し、その做法は《洛書》と同じである。これらは皆顕示する。中極のある所は、すなわち先天と后天の中気のある所であり、先天后天が変化し得てその宗を離れず、生化し得てその本を失わない所以は、全くこの中五があることによる。
故天地之差止五,而大衍與天地之積之差亦五;此五彼五,與先天之中氣,後天土之生數,皆二而一也;能通而一之,始能明生化之源,造化之機;天人之道,道器之途;莫不豁然貫通焉!夫子講義,特提出此五,以為讀者告,其旨至深切矣!
だから天数と地数の差はちょうど五であり、「大衍の数」と天地総数とを較べても、その差もまたちょうど五である。ここの五、あそこの五、先天の中気、后天の土の生数を加えて、見れば両様のようだが、実は同一の事である。それらを貫通して一と為し得て初めて、生化の源頭、造化の枢機を明白にし得る。天と人の道理、道と器の途径もまた、豁然として貫通しないものがない。孔子の講義が特にこの五を提出して読者に告げたのは、用意が極めて深切である。
先天之氣,無形無名,因其動靜而後生成五行;故生之數五,成之數五,合為十;猶先天之一也。先天之一分為十,又分為陰陽各半;更由其生成次序,分為生成各半;故生之初為一屬陽,其次為二屬陰;其次為三為四為五,以奇偶而分屬陰陽;皆生之數也,然生者初見之氣,必賴成者而後成物;
先天の気は形なく名ないが、動あり静あることによって、そうして初めて五行を生成する。だから生数は五つ、成数は五つ、合わせて十である。この十はなおすなわち先天のあの「一」である。先天の一は分かれて十となり、また分かれて陰陽各半となる。さらに生成の次序に依り、生数・成数各半に分かれる。だから最初に生ずるは一で陽に属し、その次は二で陰に属し、さらにその次は三・四・五で、奇偶に依ってそれぞれ陰陽に帰属する。これらは皆生数である。しかし「生」とは、ただ初現の気であって、必ず「成」に依頼して、そうして初めて具体の物を成就し得る。
故初成者六,屬地陰;其次七,屬陽;其次八九十,亦以奇偶而分陰陽,其次序恰與生數相得;故一與六合,二與七合,三與八合,四與九合,五與十合;而其生或成,亦以陰陽各得其一為序;故一六為水,則陽生而陰成之;二七為火,則陰生而陽成;其下木金亦然。至五與十,又屬陽生陰成;則陽占生者多之,陰居成者眾;以此為後天生化之大則,即必先陽而後陰也。
だから最も先に成するは六で、地に属し陰に属す。その次は七で陽に属す。さらにその次は八・九・十で、また奇偶に依ってそれぞれ陰陽に帰属する。それらの次序はちょうど生数と一々相配る。そこで一と六と相合し、二と七と相合し、三と八と相合し、四と九と相合し、五と十と相合する。そして生であれ成であれ、また陰陽各々その一を占めることを次序とする。一と六とを水とするは、陽が生に来り陰が成に来る。二と七とを火とするは、陰が生に来り陽が成に来る。以下の木と金もまた皆このようである。五と十に至っては、また陽生陰成である。こう算えてみれば、陽に属する者は「生」の一方に占めて多く、陰に属する者は「成」の一方に占めて多い。これをもって后天生化の大法則と為す。すなわち必ず先に陽あって後に陰あることである。
此生成之次序共五,而陰陽不等,其意實為深微;果將此中數提出,而不與四方之數並列,則陰陽始平。土雖為五行之一,且居生成之終;卻能獨承先天之氣,而為後天之根;其兼備五行之數,合陰陽之德者,實有自也;故自五行生成之後,其數已定,其量始明;而其為二氣之差,亦恰此五;因其兼備先後天之氣,而包含陰陽之德;恆能齊所不齊,足所不足;而在後天之五,等於先天之元氣;
生成の次序は共に五組あり、しかも陰陽の数目は等しくない。その中の用意は実に精深微妙である。もし中央のこの一組の数を提出して四方の数と並列しなければ、陰陽は初めて持平を算える。土は五行の一にすぎず、しかも生成次序の最後に排するのに、独自に先天の気を承接して后天の根柢となり得る。それが五行の数を兼備し陰陽の徳に合し得る所以は、実に由来がある。だから五行生成の後、数目はすでに確定し、分量は初めて明白となる。そして陰陽二気相差の数もまたちょうどこの五である。それが先天后天の気を兼備し陰陽の徳性を包含するので、つねに不斉なる者を斉しく調え、不足なる者を足すことができる。后天のこの五は、先天の元気に等しい。
作陰陽之中樞,物所資生,人所資育,初無限量;故在河洛之象,獨以之置於中央,而不與他數並列。且陰逆陽順之序,他數皆易其次,獨中五之次不移;明其為後天之極,即先天之精也;以數量言,屬後天者,本有多寡之殊,輕重之別;在先天則無殊無別,以皆一氣也;
それは陰陽の中枢となり、万物はそれによって生じ、人類はそれによって養われる。もともと限量がない。だから《河図》《洛書》の図象において、ただそれのみが単独に中央に安置され、他の数と並列しない。しかも陰逆陽順の排序において、他の数は皆位次を改換するのに、ただ中央の五のみ位次が移らない。これはそれが后天の終極であり、すなわち先天の精微であることを表明する。数量に就いて論ずれば、后天に属するものはもともと多と少の差別、軽と重の分際がある。先天においては差別と言う所なく、ただ同一種の気のみだからである。
後天之異,而必求其同,則亦唯此五是賴;其所差者亦恰是此五數,果欲齊其不齊,足其未足,亦唯以此劑之;此由後天觀測者也,苟明乎五行生成,原由二氣之有多寡輕重;若其無也,則所生同一物矣!故所生之異,在乎數之不同;而其不同,即所差之五。
后天にすでに差異があって、なお差異の中に同一を求めようとすれば、ただこの五に依るほかない。そして彼此相差する数目もまたちょうどこの五である。もし不斉なる者を斉しく調え、不足なる者を足そうとすれば、またこれをもって調剤するほかない。これは后天の一面より観測して得た結論である。五行の生成はもともと陰陽二気に多少あり軽重あることに出ることを知るべし。もしこの多寡軽重がなければ、生じ出す所は同一の物ばかりであろう。だから生ずる物が各々同じからざる所以は、数目が異なるにある。そしてこの異なるは、まさに相差するあの五である。
如以此中五調劑之,固可齊一;此係後天之例。以一陰一陽,而後為道。故河洛之後,變為大衍;其數始齊,若在河圖,猶陽少陰多;變為洛書,則陰少陽多;皆不齊。待易大衍,截長補短,而成各半之數;然大衍與河洛所差,亦皆此五數;以其恰合於中數,為陰陽之樞;故少則可加之。多則可減之;以歸於齊一。若其它數,則不得加減之也;
もしこの中五をもって調剤すれば、もともと斉一に調え得る。これは后天の通例に属する。必ず一陰一陽相配して、そうして初めて「道」となる。だから河洛の後にまた変じて「大衍の数」となり、数目はこれにて初めて斉整する。《河図》においては、なお陽少なく陰多し。《洛書》に変じては、また陰少なく陽多となる。両者とも斉わない。待つべきは《周易》の大衍の数が長を截り短を補い、初めて陰陽各半の数となる。しかし大衍の数と河洛の数とが相差る所も、皆この五である。それがちょうど中数に合し、陰陽の樞紐なので、少なければこれを加え、多ければこれを減じて、斉一に帰せしめる。もし他の数に換えれば、このように随意に加減することはできない。
河圖之數,原象也;洛書之數,變象也;大衍之數,例象也;言為後天生化之例,包含天地之數,而得陰陽之平者也;故日:大衍。衍者,演也;與古道字術近,即一陰一陽之謂道,由此而演其用,以明生化之例耳;故齊者,人齊之;演者,人演之;以便於推算耳。如歷之制閏,與歲月相齊也。
《河図》の数は原始の象、《洛書》の数は変動の象、「大衍」の数は条則の象である。いわゆる条則とは、それが后天生化の通例として、天地の数を包含し、また陰陽の均平を求め得たことを言うので、「大衍」と称する。「衍」とはすなわち推演で、古代の「道」の字の用法に近く、すなわち《繋辞上》の「一陰一陽之を道と謂う」の意である。これによってその功用を推演し、生化の条則を闡明するに用いるのみである。だからいわゆる「斉」は人がこれを調え斉しくしたものであり、いわゆる「演」は人がこれを推演したもので、推算に便にせんがためであり、ちょうど暦法に閏月を設けて節気と年月とを相斉しくするがごとし。
且大衍之數雖五十,而用則四十九;此中妙義,亦多未知;蓋本於象也。五十之象,雖陰陽各半;而其中一數,為二者共有;亦中數也。故用數止四十九,以陰陽分別數之,則各得二十五;若合數之,則各止二十四又半;故其用祇宜於合,不宜於分;苟分用時,則當更減去一數;即中數之一。而各二十四,於是陰陽之數始平均;
さらに、「大衍の数」は五十とはいえ、実際に使用するのは四十九のみである。この中間の妙義は多くの人が明白にしないが、実はそれは図象に本づく。五十という象は、陰陽各半を占めるとはいえ、その中に一つの数は陰陽が共有するもの、すなわち中数である。だから実用の数は四十九に至るのみである。もし陰陽を分かちて数えれば、各々二十五を得る。もし合わせて数えれば、各々二十四と半のみを得る。だからその用法は合に宜しく分に宜しからず。もし分かちて用いようとすれば、更に一つの数を減ずべきである。すなわちあの中に居る一で、そうすれば陰陽各々二十四を得て、数目は初めて平均する。
若一歲之月十二,氣侯二十四;以合日之行度,而月之三旬,有晦朔望上下弦,亦見月光者,止二十四日;上半月十二日,下半月十二日;為得日照時,餘日則無光;是陽之合於陰,亦止二十四,與陽之度數同;雖河圖象陰陽之數,共五十五;而至大衍之用,僅四十九;及其分用時,則止四十八;此由先天易為後天數之差也。
たとえば一年に十二の月、二十四の節気があり、太陽運行の度数に配合する。そして一月三旬の中に、晦・朔・望と上下弦とがあり、真に月光を見得るのも二十四日のみである。上半月十二日、下半月十二日、これらの日は月が日照を得、その余の日は光なし。見よ、陰と陽と相合するもまた二十四のみで、陽の度数と同じである。《河図》の象る陰陽の数は共に五十五だが、大衍の実際に用いる所に至っては四十九のみを残し、さらに分かちて用いる時を待てば、更に四十八のみを残す。これはまさに先天より后天に変じて生じた数目の差である。
其差者,因欲齊其不齊,足其未足;故恆截長補短,以劑於平;此後天之數,以平為歸;而陰必後陽,天必包地;日必先月,女必順男;此皆後天一陰一陽之道,由河圖變易而來者。河洛之數,則異乎是;天地之數不齊,陰陽之象各異;為其初化,各物未具;數量猶混,不如後天之朗然若定;規然不移者也。
これらの差数のある所以は、不斉なる者を斉しく調え、不足なる者を足そうとするがゆえに、つねに長を截り短を補って平衡に趨らせる。后天の数は「平」を帰宿とするので、陰は必ず陽の後に居り、天は必ず地を包み、日は必ず月に先んじ、女は必ず男に従う。これらは皆后天の一陰一陽の道理で、《河図》より変易して来たものである。河洛本身の数はこれと異なる。天地の数は斉整せず、陰陽の象は各々相同じない。当時は万物が生じ始めたばかりで、各様の事物が未だ斉備せず、数と量とはなお渾然として未分の状態に居り、后天のように明朗確定・規整不移ではないからである。
故在河圖之時,一六同級,二七等觀;三八如鄰,四九若親;五十為偶,皆自相得;不多不少,而以成其五行也;若既生成五行,次序已明,數量以定;始得其所差,而辨其數;再因其中數,而求其齊;於後天陰陽之道始明,生化之機乃定;故自河圖一變為洛書,再變為大衍;其數同而不同,與自太極兩儀四象八卦之變易,其例正同;八卦定而後後天之象見,大衍用而後後天之數明;
だから《河図》の段階においては、一と六とは同じく一級に列し、二と七とは等しく看待し、三と八とは隣居のごとく、四と九とは親眷のごとく、五と十とは配偶を結んで、各々皆彼此相配して多からず少なからず、これによって五行を成就する。五行すでに生成し、次序すでに分明、数量すでに確定して、これにて初めてそれらの差数を見、それらの数目を分別し得る。さらに中間のあの数に依って斉一を求める。この時に至って、后天陰陽の道理は初めて明白となり、生化の枢機は初めて確定する。だから《河図》より一変して《洛書》となり、再び変じて「大衍の数」となる。その数は相同じるようで実は相同じない。これは「太極」から「両儀」へ、「四象」へ、「八卦」へ至る演変と、条則がちょうど一致する。八卦確定の後に初めて后天の象が顕れ、大衍の数施用の後に初めて后天の数が明白となる。
本末始終,各有所紀;通而一之,推而化之;則數不盡數,象不盡象;是在精研其自來,而貫澈其有無耳。至於五行之生成,與夫先天元氣之初化;何以如是生成?及天地之數,何以分生與成。是皆造化之階,為自無入有經歷之級;其理微,其義深;初非一二言所可盡,茲就大略言之:夫先天之氣,光明純潔,密緻剛健;凝然不動,晶然透澈;本無可名,無可形;
本と末、始と終とは、各々その記載がある。それらを貫通して一と為し、推衍し開きて変化を加えれば、数は現有の数に止まらず、象も現有の象に止まらない。要は精心にそれらの来歴を研究し、徹底してそれらの有と無とを貫通するにある。五行が如何にして生成するか、先天元気が最初如何にして化生するか、なぜ偏にこのような生成方式なのか、および天地の数がなぜ生数と成数とに分かれたのか。これらは皆造化の階梯であって、無より有に入るに経歴する層級である。道理は精微にして含義は深遠なので、もともと三言両語の言い尽くし得る所ではない。いま大略を述べよう。先天の気は、光明純潔、緊密剛健、凝然として動かず、晶瑩として透徹し、もともと命名すべきなく形容すべきもない。
乃因含有熱性,溫氣氤氳,光流渾圓;以成其動,動則氣搖;先熱乃布,布則氣分;於是渾圓者漸漸變化,光明者漸漸暗然;此由動而生變,即由一而成兩之機也。故無極而太極,直一氣之轉移;動則有靜,陰陽始分;陰為陽化,陽為陰復;二者相施,兩儀乃判;其始判也,一陰一陽,猶甚純簡;以旋迴之故,交合乃成;故陰陽漸離,其氣時接;此則四象之漸成也。
ただその中に熱性を含み、温気は氤氳として弥漫し、光流は渾然として円転するので、動を形成した。一動すれば気は揺蕩する。熱がまず散布し、一散布すれば気は分化する。そこでもとより渾円なる者は漸く変化を起し、もとより光明なる者は漸く幽暗に転ずる。これがすなわち動によって変を生じ、すなわち一より二に化する契機である。だから「無極」から「太極」へは、ただ同一の気の転移にすぎない。動あれば静あり、陰と陽とはこれにて分立する。陰は陽の化する所、陽は陰の復する所。両者交互に施与して、「両儀」はそこに判分する。それらが判分し始めた時、一陰一陽はなお十分に純粋簡単であった。旋転回環することによって、交合が初めて形成を得て、そこで陰陽は漸く分離し、それらの気はまた時時相接する。これがすなわち「四象」が逐漸形成される過程である。
其太陽太陰,全然兩儀之象,是為水火之生;太者,言其大也;然非純陰陽也,以各得其多者為名;故水為天生地成,火為地生天成;斯為兩儀之後,四象之初;太陰太陽之所象也。繼之者,則少陽少陰,亦出於兩儀;而其所得者少,所成者弱,是為木與金;此木亦天生地成,金亦地生天成;四者既具,生成之氣未盡,於是土乃成焉。故土者、生成之末,而備兩儀之精;全後天之象;接先天之氣;此其生成之序也。然亦非如此簡單者,蓋氣蕩無停,精流不見;生機既啟,成數斯應;
その中の「太陽」と「太陰」とは、完全に両儀の象を承襲し、生成する所は水と火である。「太」と称するのは、それが得る分量の大きいを言う。ただそれらは純陰または純陽ではなく、ただ占める所の較多き一方に按じて命名するのみである。だから水は天生地成であり、火は地生天成である。これは両儀の後、四象の初であって、すなわち太陰太陽が象徴する所のものである。続いて出現するは「少陽」と「少陰」で、同じく両儀に出づるが、ただ得る分量が少なく成る力量が弱い。それが木と金である。木もまた天生地成、金もまた地生天成である。この四様すでに具備しても、生成の気はまだ尽きないので、土はこれに隨って生成する。だから土は生成の最後に排せられるが、両儀の精華を兼備し、后天の象を完成し、先天の気を承接する。これがそれらの生成の次序である。ただ実際の情形はかくのごとく簡単ではない。気は激蕩して停まらず、精は流転して見えない。生機が一旦開けば、成数はすぐさまこれに応和する。
天生於上,地乃應之;地生於下,天乃應之。以兩儀初分,力足精強,行走至速,各含生機,均有成德,此生彼成。如電與雷,不差毫黍。其分之為氣者十,生成各半,以與陰陽奇偶,相見而合。故水之生於陽也,而陰成之;火之生於陰也,而陽成之,其所應至捷也。
天の気がまず上にて発動すれば、地はすぐさま下にてこれに応ずる。地の気がまず下にて発動すれば、天はすぐさま上にてこれに応ずる。これは両儀が分判したばかりの時、陰陽二気の力量が充足し精純強盛で、運行極めて速く、各々皆生発の機能を含み、各々皆成就の徳性を具えていたからで、そこでこちらが生ぜばあちらが即座に成る。速きこと電と雷とが相隨うがごとく、分毫の差なし。二気の分化した気は共に十個の数で、その中の「生数」と「成数」とが各々半分を占め、ちょうど陰陽の奇数・偶数と両々相遇して結合する。だから水は陽気の生ずる所だが、陰気に依ってこれを成就せねばならない。火は陰気の生ずる所だが、陽気に依ってこれを成就せねばならない。一辺が生ぜば、他の一辺の感応は即座に至る。
然陽者,所生必陰;陰者,所生必陽。陽者下,而陰者上;陰者熱,而陽者涼;皆以動而變,得其反也。故天動生水而流於地,地乃成之;地動生火而炎於天,天乃成之。皆氣變自然而合,初無為之序,而自成序也。
しかし陽の生じ出す所は必ず陰に属し、陰の生じ出す所は必ず陽に属す。陽はもと上に在るが、それが生ずる水は下に流れる。陰はもと下に在るが、それが成す火は上に炎す。陰はもと寒を主るが、火は熱し。陽はもと熱を主るが、水は涼し。これらは皆気が一旦発動すれば転変し、転変の結果がちょうど自己の反面に走向するからである。だから天が発動して水を生じ、水は地に流注して、地がこれを成就する。地が発動して火を生じ、火は天に上炎して、天がこれを成就する。これらは皆気が自然に変化して後に相合したもので、初めに誰かが一つの次序を安排したのではないが、次序はおのずから形成された。
水火既生,其氣已弱,故木為陽之微,金為陰之微,氣自至焉。生成既眾,強弱皆見;精復其始,德返於初。於是土乃生成,而得氣獨全,以其值氣之復也。土生於天,成於地,與先天初生同,而土質厚德凝,為後天萬有之本。其氣全,其數中,此五行所獨有者,亦萬物所同母。
水と火とがすでに生成すれば、二気の鋒鋭はすでに耗弱したので、続いて生ずる木はただ陽気の微弱の余勢、金はただ陰気の微弱の余勢である。これは気勢が自然に衰减した結果である。生成の行数すでに多く、強弱の差別皆顕現するに及んで、精気は最初の状態に回復し、徳性も本原に返帰する。土はまさにこの時に生成し、独り完整の気を得た。それがちょうど気が本原に回復する時刻に当たったからである。土は天の生ずる所、地の成す所で、この点は先天最初の生成方式と同じである。ただ土の形質は厚重で徳性は凝聚し、后天一切の存在の根本となる。その気は完備し、その数は中に居る。これは五行の中で土のみが有するもので、それはまた万物の共同の母である。
故其用周於天地,利於四行;雖在生成之終,卻居後天之首,乃位中央而數中極。此其生化之妙,有非人之所能知;而後天生化無窮,莫不本於此土者,其得氣固不同也。先天生化之序,至土而止;而後生化之功,自土而成。是為先後始終之樞,恰當道器上下之紐,其為此世界之所貴者,自過於一切矣!
だから土の功用は天地に遍く及び、また水・火・木・金の四行を利益する。それは生成次序の末尾に排せられるが、后天の首位に居り、方位は中央に処し、数目は中極に居る。この生化の奥妙は、もともと人の全く測知し得る所ではない。しかし后天の生化は無窮無尽で、一つとして土を根本とせざるはない。まさにそれが禀受する気はもともとその余の四行と同じからざるがゆえである。先天生化の次第は土に至って止み、后天生化の功用は土より始まって完成する。土はこれによって先天と后天とを貫通し、開端と終結とを連接する樞紐となり、ちょうど形而上の「道」と形而下の「器」との間の接榫の処に居る。それがこの世の上において貴きは、自然一切を超過する。
故先後天之生化次序,均不同也,而皆以土為貫通之機。舍土則不獨後天之生化不成,既先天之生成,亦無由竟其用。故言後天與先天同異,必自土溯其根源;此天地萬物,莫不依土而後生存變化也。
だから先天と后天の生化次序は彼此同じからざるといえども、皆土をもって両端を貫通する関鍵とする。土を離れれば、ただに后天の生化が完成を得ないばかりでなく、先天の生成すらその功用を終始貫徹するすべがない。それゆえ凡そ后天と先天の同異を討論せんとすれば、必ず土の上より根源を追溯せねばならない。天地万物、一つとして土に依托して初めて生存し得、変化し得ざるものはない。
五行之氣,水本太陰,而根於陽;火本太陽,而根於陰;以所生之屬與所成異也。故水火木金,皆陰體陽用,陽體陰用;唯土則兼陰陽體用,以得氣全也。氣始動為陽生陰,既復則仍返於陽;氣之初行,為陰隨陽,既定則仍抱於陰。
五行の気に就いて言えば、水はもと「太陰」に属するが、根は陽の裏に扎している。火はもと「太陽」に属するが、根は陰の裏に扎している。これはそれを生ずる一方とそれを成す一方とが異なる気に分属するからである。だから水・火・木・金の四行は、皆陰をもって体とし陽をもって用とするか、あるいは陽をもって体とし陰をもって用とし、体と用とが両辺に分処する。ただ土のみが陰陽両方面の体と用とを兼有する。それが得る所は完整の気だからである。気が生じ始めて発動する時は、陽より陰を生じ、回復する時に及んではなお陽に返帰する。気が生じ始めて運行する時は、陰が陽に隨いて行くが、安定するに及んではなお陰に包抱される。
土之生成數,雖有陰陽,而五則備二氣;十又五之倍,亦陽之所用。故其體用兼二氣,以為後天之母,四氣之長。五行雖分,莫不依土而生變化;是土者,直二氣之精,五行之本,萬物之源也。按之易卦,以艮為土,故曰:「成始成終」。以居先天生成之終,為後天生化之始;在後天卦位,艮與坤對,在連山易序,艮為首位,即洛書之象。二八易位,亦以艮坤相易,以明後天之土代地之用,為生化之本也。
土の生数と成数もまた陰陽に分属する。生数五は陽に属し、成数十は陰に属する。ただ「五」の一個の数は、それ自体すでに陰陽二気を兼備している。そして「十」はまた五の倍数で、同じく陽の用に帰する。だから土の体と用とは皆二気を兼摂し、これによって后天万物の母、四気の長たるを得る。五行は五種に分かれるが、一種として土に依頼して初めて変化し得ざるものはない。見よ、土はまさに陰陽二気の精華、五行の根本、万物の本源である。《易経》の卦をもって対照すれば、「艮」卦をもって土に配属するので、《説卦伝》は艮を「成始成終」の卦と称する。これは艮が先天生成次序の終点に居り、また后天生化の起点であるからである。后天卦位において、艮は坤と両々相対する。そして《連山易》の次序において、艮は第一卦に列せられる。これは正に《洛書》の象に合する。《洛書》は《河図》に比して、二と八の二数が位置を互換したが、これもまた艮と坤とが互換したのであって、后天の土が地の職能に取代わり、一切生化の根本であることを表明する。
夫艮卦屬土,而異於坤之地也,乃能代坤之用,履地之位;其因氣之異,德之充也。在先天艮為山象,居西北隅;在後天則移東北,與坤對位,而其原位為乾所居。明後天之土,即先天之坤,足與天同功,與地同德,此連山易所以推為首也。後天之艮,當坎震之交,明生化之源;其成萬物終始者,即以其能代地而配天也。故艮在後天,非僅山之象,實土之總名也。
艮卦は土に属するが、坤卦の代表する地と同じからず。まさに同じからざるがゆえに、坤の職能を代行し、地の方位を占むるを得る。これはそれが禀する気に別あり、徳性また充盈するがゆえである。先天卦位において、艮は山の形象を取り、西北の一角に居る。后天卦位に至って、艮は東北に移り、坤と遥かに相対し、その元の西北の位は乾卦が占める。これはすなわち后天の土は実は先天の坤であり、天とその功を同じくし、地とその徳を同じくするに足ることを説明する。《連山易》が艮を推して首卦と為す所以は、道理がまさにここにある。后天の艮位は坎と震との交接の処に居り、生化の源頭を標明する。それが万物の終と始とを成就し得る所以は、それがよく地に代わり、よく天に配合するをもってである。だから艮は后天において、ただに山の象のみならず、実は土の総名である。
既以山言,亦對海洋而論,以出海面也。故其代地之德,多見於陸,而其象繫大陸也。因地之用,有陸水之別;而土之德,則見於陸;即水亦陸所載所防,而後成其用也。故五行之水,受制於土;而八卦之坎,與艮連居;其義至深切矣。
すでに「山」をもって艮を言う以上、山もまた海洋に対して言うものである。山は海面の上より突出するからである。だから艮が地に代わって顕示する徳性は、多く陸地に體現し、その象は実は大陸である。地の功用にはもともと陸と水の分別があり、土の徳性はただ陸地において顕現する。たとえ水であっても、陸地に依って承載し、堤防し、そうして初めてその功用を成就する。だから五行において、水は土の制約を受ける。八卦において、坎の方位は艮と緊隣する。この中の義理は極めて深切である。
土之在後天,實為一切主,無論何物,莫不因地以為生化;即空中之氣,亦附於地面而後殖;其它有形之物無論矣!凡生在天地間者,無能離土以存以變;不獨人物之生也,即植物等或無生之物,亦必賴土以存以變。此可以見土之德,為造化之本源所寄,亦即氣數之根株所在;故土之數五,實為萬數之基。
土は后天において、実に一切の事物の主宰である。何の物であれ、土地に凭借して生長変化せざるはない。空中の気すら、地面に依附して初めて滋長繁衍するのだから、他の有形の物は言うまでもない。凡そ天地の間に生する者は、皆土を離れて存在し得ず、変化し得ない。ただに人と動物が然るのみならず、植物の類すら、乃至生命なき者も、必ず土に依頼して初めて存在し得、変化し得る。これによって見れば、土の徳性はまさに造化本源の寄托の処であり、すなわち気と数の根柢の在る所である。だから土の数は「五」で、この五は実に一切の数目の基礎である。
而足通天地之用,為人物之權衡;是五者,等於一,言其用廣,而能通一切數也。在河圖證之,一六居北,二七居南,三八在東,四九在西,五十處中;四方之數,均仰中央,而其差皆此五;已可見此中數所寓,即中氣所存。
五の数は天地の功用を貫通するに足り、人と物を衡量する準則となる。「五は一に等し」と言うのは、その用途の広く一切の数目を貫通し得るに就いて言う。《河図》をもって印証せよ。一と六とは北方に居り、二と七とは南方に居り、三と八とは東方に在り、四と九とは西方に在り、五と十とは中央に処す。四方の数は皆中央に仰頼し、しかも每一方の両数相差は皆ちょうど五である。これによってすでに見える。この中に居る数の寄寓する所は、まさに「中気」の在る所である。
又以陰陽順逆言之,一三七九,由北而西;四二八六,由西反北;兩者循環,以相終始;五獨居中,以運其樞,不隨之移易。十以二五,亦同在中,皆氣之妙用,數之妙合也。故陰數皆逆,而十不動;由先天之本序言,則二四六八應為次,今以行之逆,故變四為首,六為終。
さらに陰陽の順行と逆行とより見れば、陽数の一・三・七・九は北方より順次に西方に転じ、陰数の四・二・八・六は西方より逆行して北方に回る。両者は循環往復して互いに終始する。ただ五のみが安んじて中央に居り、全体の樞紐を運転して、四方の数に隨いて遷移変易しない。十は二つの五なので、同じく中央に居る。これらは皆気の妙用、数の妙合である。それゆえ陰数は一律に逆行するが、「十」は始終動かない。先天本来の次序に按ずれば、陰数は二・四・六・八と依次排列すべきところ、いまそれが逆行するがゆえに、改めて四を起頭とし六を收尾とする。
六者為陰數始終之數,在成數為始,在用數為終。陽始一終九,陰始四終六;展轉相合,皆為五;亦即中數所寄,中氣所存也。一四同行,至九六相交;莫非五數,以明中氣之無不通也。五行之數,固如上述;先天後天各殊,即其方位,亦有此異。當五行之初見於數也,雖有南北東西之分,實則所指屬虛空之象。如以中國論,自當北為水,南為火,木居東,金居西,而土在中央;若合天下言之,則有不然。
六は陰数の中で首尾の意義を兼具した数である。「成数」においては最も先に排し、「用数」においては最も末に排する。陽数は一より起り九に止り、陰数は四より起り六に止まる。両辺を輾転相配すれば、得る所は皆「五」を離れない。一と四とを相加すれば正に五であり、九と六とを相加すれば十五で、なお五の倍数である。これもまた中数の寄托し中気の存留する所である。陽数の一と陰数の四とが並行して起り、直に行て九と六と相交するに至って止む。その間一処として五数に合せざるなく、中気が処なく貫通せざるなきを見るに足る。五行の数目はもともと上に言うがごとく、先天と后天とは各々相同じからず、連帯してそれらの方位もまたこのごとき差異がある。五行が最初数の上に顕現した時、南北東西に分かれたとはいえ、実は指す所は虚空の中の気象であって、地面上の実指ではない。もし中国を範囲として言えば、自然に北方は水に属し、南方は火に属し、木は東方に在り、金は西方に在り、土は中央に在る。しかし天下全体を合わせて言えば、必ずしも然らず。
蓋赤道南,則反其寒熱方位矣!此理原易明,蓋所云方位者,為其氣之所宜也。今以土為本,土之所在,當以大陸屬之。則凡赤道以北,大陸為多,而南則少;故當以北溫帶為中央,而順是以次南北焉。若果赤道南之大陸,則正與北反,即宜以南之北,當北之南,而反其五行之位。
赤道以南においては、寒と熱とに対応する方位はちょうど顛倒する。この道理はもともと明白にし難くない。いわゆる方位とは、気の宜しき所を言うのであって、地図上の固定の方向ではない。いますでに土を本とする以上、土の在る所は大陸に帰属すべきである。赤道以北は大陸多く、赤道以南は大陸少ないので、北温帯をもって中央と為し、さらにこれに順って次第に南と北とを分かつべきである。もし討論する所が赤道以南の大陸ならば、情形は正に北半球と相反するので、南半球の北方をもって北半球の南方と為し、五行の方位を悉く倒転すべきである。
蓋河圖五行,本無定方,僅有定位。上火下水,左木右金;若在北溫帶,則下為北,上為南;若移南溫帶,則下為南,上為北。此固就所居地而定,不過水與火對,金與木配,乃不易耳。更推言之,水雖居北,而中國北方皆陸;火雖在南,而中國南方多水;東方亦為水居,西方則多高地;是即按之吾國,亦難以物質求之。
《河図》の列する五行にはもともと固定の方向はなく、ただ固定の相対位置があるのみである。火は上に、水は下に、木は左に、金は右に在る。もし北温帯に身を処すれば、図の下方はすなわち北、上方はすなわち南である。もし南温帯に移れば、図の下方は南となり、上方は北となる。方向はもとより居る所の地に隨って定まる。ただ「水と火と相対し、金と木と相配す」という一層の関係は変わらない。さらに下に推せば、水は北に居ると言うが、中国の北方は全く陸地である。火は南に在ると言うが、中国の南方はかえって水が多い。東方もまさに大海の在る所であり、西方はかえって高原山地が多い。見よ、たとえ我が国の地形のみに按じて核対しても、具体の物質をもって五行の方位に坐実することは難い。
況水雖屬陰,而根於陽;火雖屬陽,而根於陰;是寒熱亦未盡水火之體用。木在山多,金出水內;東海無森林之地,西陲少金石之丱;則東西以配木金,亦非一定之理。故五方雲者,乃就氣而言;就先天之氣言,與一歲所合同;初非一一按之實物也。
ましてや水は陰に属しながら根は陽に在り、火は陽に属しながら根は陰に在る。見れば、寒・熱の二字のみを用いても水火の体と用とを言い尽くすに足らない。樹木は多く山上に長ち、金属は多く水中に産す。東海一帯に森林の地はなく、西部辺陲にも金石の鉱苗は少ない。然らば東方をもって木に配し、西方をもって金に配するのも、同じく一成不変の道理ではない。だからいわゆる「五方」は、気に就いて言うのである。しかも先天の気に就いて言うのである。それは一年の寒暑の推移と合するが、初めから一々実物をもって当て嵌めることを意図したのではない。
不然,春溫秋涼,冬寒夏熱,皆氣之變耳;物或隨之或否,不得以物執其說也。然若謂此言無定,而不信五行之說,則不可,蓋五行正同於二氣,無地無時不見之,其分別亦至明晰。如水之流下,火之炎上,與春夏之溫熱,秋冬之涼寒,皆一定不移者。雖至何地何時,仍可驗者;故其分別,得氣之殊,成象之異;實有至理,毫無可疑,不過學者宜會通其意,勿泥其辭。
もしこのように見なければ、春が温に転じ、秋が涼に転じ、冬が厳寒、夏が酷暑なのも、すべて気の変化にすぎず、具体の物はあるいはこれに隨いて変じ、あるいはこれに隨わず、個別の物をもってこの説に死に合わせることはできない。しかし、もし方位が固定しないがゆえに、五行の説すら信じようとしなければ、それもまた誤りである。五行は正に陰陽二気と同じく、処ところに在り時ところに在り、しかも分別は極めて明白である。たとえば水は必ず下に流れ、火は必ず上に炎し、春夏は必ず温熱、秋冬は必ず涼寒。これらは皆絲毫も移らない。どの地に到りどの時においても、なお検証できる。だから五行に分別のある所以は、禀する気が異なり成る象が各々異なるにある。ここに実に至理があって、毫も疑うべきなし。ただ学者はその意旨を融会すべく、その字面に拘泥すべからず。
貫徹其精,勿執其表;則天地之大,日月之明;山川之遙,草木之庶;無不可候其氣數,而得其類別也。故言五行,重在其生化之功,而探研生克之理;以求其象數,通乎天道耳。近世科學漸已近於是理之討論,果假以時日,讀吾中土之書,精以求精,自有會歸一途之日;
その精義を貫通すべく、その表相に執着すべからず。このようであれば、天地の広大、日月の光明、山川の遥遠、草木の繁多も、測候し得ざるはなく、その気と数とを測候し、これによってその類別を判定できる。だから五行を講ずるにあたり、重点はその生化の功用を体会し、進んで相生相克の道理を探研し、これを借りてその象と数とを求め、上は天道に通ずるにある。近代科学の討論はすでに漸くこの道理に接近している。もし更に時日を仮して、研究者に我が中土の典籍を読ましめ、精をもって精を求めれば、自然に殊途同帰の一日があろう。
蓋五行之說,乃古人探本生化之源;格物致知,窮理盡性;通天地鬼神之道,立人生修養之方;順吉凶禍福之常,為日用起居之則;固與科學之義同,初非惝況無據之談,迷離莫詰之論。故中國一切文物制度,無不准是而成;人倫綱紀,世道規範;以及醫卜之技,言行之箴;政教所成,禮法所制;初無不由是而出,所謂規法是也。
五行の説は、もともと古人が本を追い源を遡り、生化の根由を探究した学問である。それは《大学》の言うがごとき「格物致知」であり、《易経・説卦伝》の言うがごとき「窮理尽性」であって、天地鬼神の道理を貫通し、人生修養の方法を確立し、吉凶禍福の常規に順応し、日常起居の準則を制定する。これは科学の宗旨ともともと同じであって、決して恍惚として拠り所なき空談、迷離として究め難き玄論ではない。だから中国の一切の文物制度は、これに依拠して建立されざるはない。人倫綱紀、世道規範、乃至医術卜術の技、立言立行の箴、政教の成就、礼法の制定、初めにこれに由らざるはなかった。これがいわゆる「規法」である。
如天文之軌度,地理之紀程;各有規矩方圓,以應乎二五氣數;故欲深通古時文化,必先自易探索;而易之仿始河洛圖書,以準天地之道,明鬼神之德;其精義入神,初非言文所盡;今所論者,尚其大略耳;望世之讀者,更由是以深求之;庶乎有通於古,有造於今;而不獨中國文化之得傳,無負聖人之教矣!
たとえば天文上の軌道度数、地理上の里程記法は、各々一套の規矩方円があって、陰陽二気と五行の数とに対応する。だから古代文化に深入りして通暁せんと欲すれば、必ずまず《易経》より入って探索せねばならない。そして《易》はまた《河図》《洛書》に仿って起り、天地運行の道を取り准え、鬼神変化の徳を闡明するためのものである。その中の精微にして神に入る処は、もともと言語文字の言い尽くし得る所ではなく、今日講ずる所はまだ大概のみである。世の読者がこれによって更に深く追求し、ほぼ古人に通じまた今人に益あるを得んことを願う。かくすればただに中国文化が伝続を得るのみならず、聖人が教を立てた苦心をも孤にしないであろう。
又曰:天地之間,萬物並生;而所憑者,多在地土;則以土為後天生化之母,備五行之氣,而為兩儀之所合化也。其德全而用宏,居中而運眾;雖天之高,星辰之遠;日月之明,風雨之降;寒暑之往復,關於天時氣候者,若不在地;而莫不自地見其用也。
また言う。天地の間、万物は一斉に生長し、それらの凭借する所は多く土地に在る。見れば土は后天生化の母で、五行の気を兼備し、両儀が交合して化成したものである。土の徳性は完備し功用は宏大で、身は中央に居りて衆物を運使する。天のごとき高さ、星辰のごとき遠さ、日月の光明、風雨の降落、寒暑の往来、これら天時気候に属する事は、見れば皆地上に在らざるようだが、一つとして地上においてその作用を見るを得ざるはない。
地者,萬物之中樞;為一切氣數之機衡,生變之爐冶;而人亦隨之生長死沒,至於無窮;故後天之土,雖居五行之末,實策生化之源。而本數則五,故其用亦五;以五應天,則天數成,此十乾之為二五也;以五應時,則時令備,此歲序之分為五時也。
地は万物の中枢であり、一切の気と数の運転する機関と秤衡であり、生成変化の熔炉である。人もまたそれに隨って生長し死亡し、循環已まない。だから后天の土は五行の末位に排せられるが、実は生化の源頭を掌握している。土の本数は五なので、その用法も五に依る。五をもって天に対すれば天数が完備する。これが十天干の二つの五に分かれる所以である。五をもって時令に対すれば、一年の時序が完備する。これが歳序の五つの時段に分かれる所以である。
在地則有五方,在人則有五臟;在行則有五德,在聲則有五音;在色則有五色,在味則有五味;凡由天地人物生化之物,接觸之事;莫不以五類別之。則以氣之所成,數之所至,莫不本於土,而同為五行之象也;五行雲者,言氣之運行無息,而有度也;故五行之位定,而方無定。
地の上には東南西北中の五方があり、人の身には心肝脾肺腎の五臓がある。徳行には仁義礼智信の五徳があり、音声には宮商角徵羽の五音がある。顔色には青赤黄白黒の五色があり、滋味には酸苦甘辛鹹の五味がある。凡そ天地人物の生化し出した所の物、接触する所の事は、「五」をもって分類せざるはない。これは気の成す所、数の至る所、皆土を根本とせざるはなく、同じく皆五行の象だからである。いわゆる「五行」とは、気の運行に一刻の停息なく、しかも運行におのずから法度あるを言う。だから五行彼此の位次は固定しているが、それの対応する方向は固定していない。
言五者氣自消長,不居一方,而其本位則不易也。如水流下,火炎上,其不變也;若以其所在言,則無定;如水可居山之高原,火可入地之洞穴;其所異者,水不能炎上,火不能流下,以非其性也。故五方之地,恆隨土而定,初非必南火而北水也;且方位者,本天空而言;以皆氣也,不可以形論;故天空之氣,流行不息,而五行隨之。
これは五行の気におのずから消長があり、固定して某の一方に停まらないが、それら彼此の本位は更改しないを言う。たとえば水は下に流れ、火は上に炎す。この点は変わらない。それらの処する地点を論ずれば、すなわち定準なし。水は高山の台原の上に居ることもあり、火は地底の洞穴の裏に鑚り込むこともある。真に改め得ざるは、水が上に炎せず、火が下に流れぬことである。それはそれらの本性に合わないからである。だから五方の地はつねに土の在る所に隨って定まる。必ずしも南方は火に属し北方は水に属さねばならぬのではない。ましていわゆる方位は、もともと天空に就いて言う。すでに皆気ならば、有形の物をもって論定し得ない。天空の気は流行して息まず、五行もまたこれに隨って流転する。
如人身之氣也。人身雖以五臟配五行,心居上而賢居下,肝居左而肺居右,脾在中央;一如河圖之位,但考其實非定也。蓋所配者氣之流行,用之主管,非謂物質之偏處一方,不相涉也;故一身之中,氣血周流,無處不至;則五藏之氣,循環全體,無部不連;故曰五行,而不曰五物;正以其運行不定方,非物之可擬也。
これは人の身の気のごとし。人の身は五臓をもって五行に配するが――心は上に在り腎は下に在り、肝は左に在り肺は右に在り、脾は中央に居り、全く《河図》の方位のごとし――しかし実情を推究すれば、また固定していない。配する所は実は気の流行、功用の主管であって、あの一塊の臓器が一方に偏処して彼此往来せざるを言うのではない。だから一身の中、気血は周流して到らざる処なく、五臓の気は全身を循環して、どの部位もこれと連ならざるはない。それゆえ「五行」と呼んで「五物」と呼ばない。まさにそれが運行すれば固定の方向なく、有形の物の比擬し得る所ではないからである。
其歲時聲色等,雖分五類,恆有兼體;氣之所至,體用見焉;故五行之名,亦大略耳。按之佛經,則為四大;地水火風,分屬一體;其象同於易之四正。而地當土,風當木,合之水火,似少金位。然風亦作氣解,與乾金同德;且佛以金剛為佛體,而西方為佛土;是其以金為至堅至淨,非色非空,正與純陽之乾同象;則四大之外,仍有金也。合之中國河圖之象,易卦之位,小異大同。此可以廣五行之解,而證五位之說也;蓋佛生印度,未聞中國之學;而言若是,足見五行之分類,實造化自然生成,非古人為之名也;故五行之說,通於一切,而其德用,尤推於無窮也。
歳時、声音、顔色のごときに至っては、五類に分かれるとはいえ、つねに彼此兼帯する。気が何処に行けば、体と用とは何処に顕現する。だから「五行」という名目も、ただ大致の划分にすぎない。仏経をもって対照すれば、仏家の講ずるは「四大」である。地・水・火・風、各々一体に分属し、それらの象は《易経》の四正卦に相當する。その中の地は土に相當し、風は木に相當し、さらに水と火とを加えれば、見れば金の一位を欠くようである。しかし「風」はまた気と解し得、乾卦の属する金と徳性相同じ。まして仏家は「金剛」をもって仏の本体に喩え、また西方をもって仏土と為す。見れば仏家は金を至堅至浄・非色非空の物と看做す。これは正に純陽の乾卦と同象である。然らば四大の外に、実はなお金あり。これを中国の《河図》の象、《易経》の卦位と合わせて見れば、小処は異なれど大体は同じ。これは我らが五行の理解を拓き、また五位の説を印証し得る。仏は印度に生まれ、中国の学問を聞いたこともなかったが、講ずる所はかくも暗合する。五行の分類が実に造化自然の生成であって、古人が空に取った名目ではないを見るに足る。だから五行の説は一切を貫通し得、その徳性と功用とは殊に推衍し難い。
要知五行之分,固在氣之分合,生化之原質;而其用則在於生制之性,以後天生化,非二氣之合,不能成其生;非二氣之變,不能成其化;五行之性,有生有制,而後見其功用。故水遇土則塞,遇火則克,遇金則悅,遇木則竭;金火土木亦然,各有所生,有所制;則各有所愛,有所畏;於是展轉推衍,以盡其性,而成其德。
五行の分別を知るべし。その分別は固より気の分と合、生化の原始質料に在る。しかしその作用は「相生」と「相克」の二種の性能に落ち着く。后天の生化は、もし陰陽二気の結合なければ「生」を成さず、二気の変動なければ「化」を成さない。五行の性能は生あり克あり、功用はこれによって顕現する。だから水は土に遇えば壅塞され、火に遇えば相克し、金に遇えば歓洽し(金はよく水を生ずるがゆえに)、木に遇えば吸乾される。金・火・土・木もまた同様に、各々生ずる所有り克する所有り、そこで各々親愛する所有り畏惧する所有り。こうして輾転推衍し開きて、各々の本性を尽くし極めて、これによって各々の徳を成就する。
於是萬物以生以育,以化以滅;循環往復,莫可究詰;於是造化之功見,而世界以立;為盛衰因果,繁枯消息;以竟二氣分合之用,而達天地生成之德;皆由此生制而來者也。故其氣往來不息,其數乘除不盡;其為萬物稟受之本,生死之機;禍福吉凶之源,妖祥順逆之則;無鉅細、遠近、多少、美醜、之倫類,必皆緣此以為例;無賢愚、老幼、動靜、之性情,必皆因此以為範;故天地以之成度,人物以之成紀;世界以之成用,宇宙以之成法;神鬼以之成德,形氣以之成行;上下今古,精粗鉅細,咸在其生制之中。
そこで万物はこれによって生じ育ち、化し滅し、循環往復して窮究する所なし。そこで造化の功能が顕現し、世界はこれによって成立を得る。種々の盛と衰の因果、繁茂と枯槁の消長は、皆陰陽二気分合の作用を完成し、天地生成の徳性を通達する。これ一切は皆相生相克のこの機制に由る。だからこの気は往来して停まらず、この数は乗除して尽きない。それは万物の禀受する根本、生死の枢機、禍福吉凶の源頭、妖異祥瑞と順逆の準則である。大小・遠近・多少・美醜これらの類別を論ぜず、一概にこれに依って例と為す。賢愚・老幼・動静これらの性情を論ぜず、一概にこれに依って範と為す。だから天地はこれに凭って運行の度数を形成し、人物はこれに凭って綱紀を形成し、世界はこれに凭って功用を形成し、宇宙はこれに凭って法則を形成し、神鬼はこれに凭って徳性を成就し、形と気とはこれに凭って運行を成就する。上下古今、精粗巨細、悉くこの相生相克の中に籠罩せられる。
而後數命以成,氣象以明;智者察之,以為通道;愚者順之,以為安生;聖人著其象於卦,示其用為易,以立為教,而詒天下後世,是易之所述,本於河圖;而其所擬,莫外於五形生制之例;此凡習易者所當先知也。
この機制あって、数と命とは初めて成立を得、気と象とは初めて明白を得る。智慧ある人はこれを体察して大道を通達するに用い、愚鈍な人はこれに順従して生計を安頓するに用いる。聖人はその象を卦の裏に著録し、その用法を《易》として演示し、教化を立てて天下後世に伝えた。だから《易》の講述する所は《河図》に本づき、その摹擬する所は五行生克のこの法則を出ない。これは凡そ《易》を学ぶ者がまず明白にすべきことである。
蓋易之卦,雖始為八,終為六十四;而其本,則兩儀也,五行也,及其分合與生制也。故卦有性,不外陰陽;卦有德,不外水火木金土;卦有用,不外五行生制;二氣分合,以此卦象全演自河圖者。而卦納甲、納音、納辰、各例,尤為推五形之制,而盡其用;本二氣消長,而竟其功;至詳且明也。此習易必先習河洛圖,而明卦必先明納甲、納辰,納音者,良有以也。
《易》の卦は、初めは八つのみで終に六十四に推成するといえども、その根本はただ両儀・五行およびそれらの分合と生克にすぎない。だから卦に「性」あれば陰陽を出ず、卦に「徳」あれば水火木金土を出ず、卦に「用」あれば五行の相生相克と二気の分合とを出ない。見れば卦象は完全に《河図》より推衍して出たものである。そして卦の「納甲」「納音」「納辰」これらの体例は、殊に五行の制約を推演しその用法を窮尽し、二気の消長に依って功能を終始貫徹し、講ずること極めて詳尽にして明白である。だから《易》を学ぶには必ずまず《河図》《洛書》を学び、卦を明らかにするには必ずまず納甲・納辰・納音を明らかにせねばならない。これはまことに縁故がある。
五行生剋之理,由於氣之分合;氣有消長,則用有生殺;以後天生萬物並生,必有所制;否則獨亢,反生為害;故有制使之不亢,而後成其生化。如水得土,則無泛溢之害;火得水,則無焚燎之災;而後水火之用見,利多而害少,故物得其益;此造化之妙用,亦本氣自然者也。
五行相生相克の道理は、気の分と合とに出る。気に消あり長あり、作用に生あり殺あり。后天の万物は一斉に生長するが、その間必ず節制あるを得ねばならない。然らざれば一方が独り亢盛して、かえって生より転じて禍害となる。だから克制を要して亢盛ならざらしめ、そうして初めて生化を成就し得る。たとえば水に土の約束あれば泛濫の害なく、火に水の制約あれば焚焼の災なし。こうして水火の功用が初めて顕現し、利は多く害は少なく、万物はこれによって益を得る。これは造化の妙用であり、また気自体が自然にかくのごとし。
河圖之象,以當相生者相接,相剋者相對;而明其承制之義。知其對偶,非仇則愛;蓋相當不讓則仇,相得有合則愛;即以剛柔為辨也。剛遇剛則仇,柔遇剛則愛;故其承制,皆以相剋而成其用;如水與火,木與金,皆得其所制為助;以其克之,所以助之;雖抑其勢,實成其道;故相對若仇,而相得為婚;其成生化,全在於此。
《河図》の象は、相生する両方を相隣に排し、相克する両方を相対に排して、「承接と制約」の意義を標明する。見れば凡そ両々対を成す者は、相仇するか相愛するかのどちらかである。勢均力敵して互いに譲らざれば仇を成し、彼此相得て配合し得れば愛を成す。分別の標準は剛と柔とに在る。剛が剛に碰えば仇を結び、柔が剛に碰えば相愛する。だからあの承制の関係は、皆相克を借りて功用を成就する。水と火、木と金のごとき、皆自分を克制する一方を得たがゆえに、かえってその助を受ける。まさにそれを克するがゆえにこそ、それを助けるのである。それの気勢を圧し止めたとはいえ、実はそれの道路を成全した。だから両々相対して仇敵のようでも、相処して宜しければかえって配偶を成す。生化の成り得る所以は、全くここに在る。
故五行之運用,必合其生克之情而後見;河圖如是,卦象亦然;八卦之位,亦以對偶承制而盡其用。甲子亦如是。故子午卯酉,分合水火木金之位;而甲丙庚壬四剛亦如之,皆以相接相對,各成生克之用者也。
だから五行の実際の運用は、必ず相生と相克の情形を合わせて見て初めて顕現する。《河図》はこのようであり、卦象もまたこのようである。八卦の方位も同じく両々相対・彼此承制に依って功用を窮尽する。干支甲子もまたこのようである。だから地支の子・午・卯・酉は各々水・火・木・金の位置を占めて両々分合し、天干のうち甲・丙・庚・壬のこの四剛陽の干も同じく、皆相隣と相対とに依って、各々相生相克の作用を成就する。
五行之名固有定,其氣仍時通;故其用時相為助,而成其生成之數,亦恆以為用;如內經等書,以數紀用是也;在水火木金,多取地數;土則取天數,亦以其獨異也;土之生數五,成數為二五;生數實賅成數,而五又中數;故獨取之以明其用,其旨實深矣!
五行の名目は固より定まりあるが、それらの気は時に隨って相通ずる。だから実際の運用においてつねに彼此幇助して、これによって各々の生成の数を成就する。これらの数もまたつねに取って用いられる。《黄帝内経》の類の書は、数をもって五行の用を記録するのである。水・火・木・金の四行においては、多く地数を取り、土においては天数を取る。これもまた土がもとより衆と同じからざるがゆえである。土の生数は五、成数は二つの五(すなわち十)である。生数は実はすでに成数を包含し、しかも五は正に中数である。だから単に一つの五を取ってその用法を標明する。ここに含まれる意旨は実に深遠である。
太極図講義
易傳曰:「易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦。」此言易卦所自始也。易卦有八,而本於四象之分。四象者:太陽、太陰、少陽、少陰也。陰陽太少,雖有四象,而本於兩儀之化。兩儀者陰陽也。陰陽雖有兩儀,而本於太極之所生。太極者至極也。言天地萬物莫不有始,始於太極。由下而溯其源,至斯已極,故曰太極。
《易伝・繋辞上》に言う、「易に太極あり、是れ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず」。これは《易》卦が何処より始まるかを講ずるのである。《易》卦は八つあり、根源は四象の分化に在る。いわゆる「四象」とは、太陽・太陰・少陽・少陽・少陰である。陰陽は各々太・少に分かれ、四つの象を成すとはいえ、また両儀の転化に根源する。いわゆる「両儀」とは、陰と陽である。陰陽は両儀に分かれるとはいえ、また太極の生ずる所に根源する。「太極」の意はすなわち至極である。これは天地万物に開端を帯びざるはなく、この開端がすなわち太極であるを言う。下より上にその源頭を追溯すれば、ここに至って頂に到る。だから「太極」と呼ぶ。
言無極也。太極之始,陰陽未分,兩儀未生,純然一氣,精神光明,為無始之始,無生之生。真體圓靈,氣周道凝,德至玄玄,神至冥冥,光合息醇,悠然至清,不可物擬,不可言名,名之太極。立生之根。此太極之象,為自無之有,太初之母,萬有之宗,一氣之原也,故曰太極。
「太極」と言うは、すなわち「無極」と言うに等しい。太極が始まる時、陰陽は未だ分判せず、両儀は未だ生ぜず、ただ純然たる一団の気のみ。精神光明、開端なき開端、出生なき出生である。それは真実の本体が円融にして霊妙、気は周流して道は凝聚し、徳は玄のまた玄に至り、神は幽深にして測り難きに至る。光と気と相合して息養淳厚、悠然として極めて清澄で、いかなる具体の物をもって比擬することも能わず、言語をもって命名することも能わない。強いてこれを「太極」と呼ぶ。それは一切の生命のために根を立て定めた。これがすなわち太極の象である。無より有に入り、太初の母、万有の宗主、一気の本原である。だからこれを太極と称する。
言其至極,無可上進,無可分移,而不得以名稱,以象類者也。夫天地萬物,同斯氣也,同斯生也,同斯運行不息也,同斯有守有立也,而皆太極始。以太極能生也,有始也,運行不息也,守中立極不二也,故為天地萬物之母,氣數之祖,生成變化之大本也。言其遠不可知,言其可知,則太極而已;言其外不可名,言其可名,亦太極而已。天地尚自太極生成,況其下者乎。故欲窮生化之源,氣數之根,必自太極始。太極者固萬有之宗,而言易必以太極啟其端也。
これを「至極」と称するのは、更に上の一層に赴くべきなく、また下に分割挪移するすべもなく、これによって名号をもって称呼し物象をもって帰類し得ないを言う。天地万物は同じくこの一股の気で、同じくかくのごとく生じ、同じくかくのごとく運行して息まず、同じくかくのごとく守持する所有り建立する所有り、しかも皆太極をもって開端とする。太極は生じ得、開端あり、運行して息まず、中を守り極を立てて始終一如なので、それは天地万物の母、気と数の祖先、生成変化の大根本である。遠きを言えば、知るべき所なし。もし知り得る所を言えば、すなわち太極のみ。外を言えば、命名すべき所なし。もし命名し得る所を言えば、やはり太極のみ。天地すら太極より生成したのだから、まして天地以下のものをや。だから生化の源頭、気数の根柢を窮究せんとすれば、必ず太極より始めねばならない。太極はもともと万有の宗主である。それゆえ《易》を講ずるには必ず太極をもってこの頭を開かねばならない。
易之始也,伏羲之一畫,即太極也。為體一,為氣純,無數之可紀,無象之可象,而紀之以一,象之以一,言數之始象之初也。故易之卦象,即自一始,蓋示太極者也。太極之為象,雖僅此一畫,其氣雖純,而有動靜之用;其精雖凝,而有生化之功;其初雖一,而其既動則有所生,既生則有所變。
《易》の開端は、伏羲の画き下ろしたあの一画である。この一画がすなわち太極である。本体に就いて言えばそれは一であり、気に就いて言えばそれは純である。もともと記録すべき数目なく、象るべき形象ないが、なお「一」をもってこれを記し「一」をもってこれを象る。取る所は数の始、象の初の意である。だから《易》の卦象は「一」より頭を起こす。まさに太極を表示するのである。太極は象としてこの一画のみだが、その気は純一とはいえ動と静の功用を含み、その精は凝定とはいえ生と化の功能を含む。それは初めはただ一だが、一旦動けば生ずる所有り、一旦生じ出れば変ずる所有る。
故一之動也而二生,靜也而一復。一者為陽,二者為陰,兩儀乃生焉。兩儀者太極之初變也。太極以氣之動靜,精之生化,動者自生,靜者自化,生者為陰,化者為陽。陰陽既分,其氣斯變。前之一者變而二矣,前之太極者變而兩儀矣。故易自太極生兩儀。然兩儀雖生自太極,非如後來之生化有父母也,乃自至極之元氣動盪而生。
だから「一」は一動すれば「二」を生じ、一静すればまた「一」に回復する。一は陽に属し、二は陰に属し、両儀はかくして生じ出す。両儀は太極の第一次の変化である。太極は気の動と静、精の生と化とに凭る。動の一面は自然に產生し、静の一面は自然に転化する。產生したる者は陰に属し、転化して成った者は陽に属す。陰陽すでに分かれ、気はこれに隨って変ず。もとの「一」は「二」に変じ、もとの太極は両儀に変じた。だから《易》は太極より両儀を生ず。ただ両儀は太極より生じたとはいえ、後の生化のように父あり母あるとは似ず、至極の元気それ自体が動蕩する中より生じ出したのである。
因其有動則有靜,動靜異也。異則有別,而後生化見也。雖生化而仍由一氣之變,非生自二氣也;雖化而成兩儀之名,其始仍為一體也。故曰易有太極是生兩儀。言兩儀之生,生自一氣,而兩儀未生之前,固渾然一太極也。是生雲者,言自是始生也。明示兩儀之生,為生化之初始;而太極之變為兩儀,實生化之初見其用,以溯天地生成之本,人物化育之源也。
動あれば静あり、動と静とは彼此同じからず。同じからざれば分別を有し、そうして後に生化が顕現する。生化と言うも、なおただ一股の気の変動であって、二股の気の裏より生じ出たのではない。「両儀」という名目を変化し出したと言うも、それは初めはなお一つの整体であった。だから《繋辞》に「易に太極あり、是れ両儀を生ず」と言う。これは両儀の生は一気より生ずるを言い、両儀未だ生だ生ぜざるの前は、もともと渾然としてただ一つの太極であった。「是生」の二字は、ここより初めて生ずるを言う。それは明白に人に告げる。両儀の產生は生化の最初の一歩であり、太極が両儀に変ずるは、まさに生化が初めてその作用を顕したのである。これによって天地生成の根本、人物化育の源頭を上溯し得る。
故曰是生。凡古文是字有自此作始之義,且言其本能也。世界生物,莫不自陰陽之和生化,唯兩儀始生,則太極之一氣所化。由其有動靜,動靜亦陰陽也。不過一氣之動靜,而成兩體之陰陽。老氏所謂一生二者即指此也。夫太極之初,固渾然元氣,無形無質,無色無象者也。然以其元氣,有其光焉。光生熱,熱生動,動則有生。光者元氣之體,熱與動者,元氣之用,生者用之見也。
だから「是生」と言う。凡そ古文の「是」の字は皆「ここより始まる」の意があり、同時にこれがそれ自体固有の能力であることを点明する。世の生物は、陰陽の和合の中より生化し出ざるはない。ただ両儀の最初の產生のみが、太極のあの一股の気が自ら化成したものである。それが動と静とを含み、動と静とはそれ自体すなわち陰陽だからである。ただ一股の気の一動一静が、すなわち二つの形体の陰と陽とを成した。《老子》の言う「一は二を生ず」は、正にこの事を指す。太極は最初もともと渾然の元気で、形なく質なく色なく象なし。しかし元気であれば、それは光を有す。光は熱を生じ、熱は動を生じ、一動すれば生を有す。光は元気の本体であり、熱と動とは元気の功用であり、「生」は功用の顕現である。
元者仁也。仁之德,以生為用,故元氣以生化為本。動而有生,生而陰陽出。此元氣自然之德,流行不息,而後陰陽之象,往復無窮。一生永生,一化眾化,而天地以成,人物以育。生之化之,日益以盛,固元氣之德所見,亦造化之功所徵者也。
「元」はすなわち「仁」である。仁の徳性は生養を功用とするので、元気もまた生化を根本とする。一動すれば生あり、一生じれば陰陽が出現する。これは元気の自然而然の徳性で、流行して停まらず、此の後陰陽の象は往復無窮となる。一度生じれば永遠に生じ続け、一回化すれば無数の変化を化し出し、そこで天地は形成を得、人と物とは化育を得る。かくのごとく断えず生じ断えず化して、日に日に興盛する。これは固より元気の徳の顕現であり、またまさに造化の功の験証である。
故太極者,主生化之樞,為天地萬物之母;而溯世界之初始,則固來自渾然之一氣也。是曰氣化。氣化作始,形化繼之。既有陰陽,則生化者自二氣之和合而後成。故有兩儀,乃生四象;有四象,乃生八卦。即猶河圖自二氣而生五行,洛書自五行而變九宮。老氏所謂二生三、三生萬物者是也。
だから太極は生化の枢機を主宰し、天地万物の母である。もし世界の最初の起点を追溯すれば、それはもともと渾然の一股の気に由る。この一歩を「気化」と呼ぶ。気化が頭を開き、「形化」がこれに続いて来る。すでに陰陽あれば、此の後の生化は皆二気の和合に依って初めて完成し得る。だから両儀あって、初めて四象を生じ、四象あって、初めて八卦を生ず。これはちょうど《河図》が陰陽二気より五行を生じ、《洛書》が五行より九宮を変ずるがごとし。《老子》の言う「二は三を生じ、三は万物を生ず」は、正にこの過程を講ずるのである。
陰者承陽,陽者包陰,二氣環行,乃見生成,此亦氣之自然,數之自合者也。故易之卦象,自□之象,生□與□之兩儀,更生□□□□之四象,更由是推之,而生□之八卦焉。皆氣數自然化合而生成者,而其自出則太極也,即一也。圖而象之,則為O,此示渾然之氣也。以其既具動靜也,則為□,示已生兩儀也。世傳之圖,有末盡合,應以此二圖為則:一圖則太極之象,純淨光明;二圖則動靜生陰陽之象,黑白環抱。如是可見太極之體,及所兩儀之象也。
陰は陽を承接し、陽は陰を包裏し、二気は環めぐって運行し、生成の功は初めて顕現する。これもまた気が自然にかくのごとく、数が自然に相合した結果である。だから《易》の卦象は、太極のあの一画の象より、陽爻と陰爻のこの両儀を生じ、更に両儀より太陽・少陰・少陽・太陰のこの四象を生じ、更にこれより推衍して八卦を生ず。これらは皆気と数とが自然に化合して生成したもので、それらの出処はただ太極、すなわち「一」である。もし図を画きてこれを表さば、太極はすなわち一つの空明の円圏で、渾然として未だ分かれぬ気を顕示する。それがすでに動と静とを具えたがゆえに、更に黒白環抱の図を画きて、両儀がすでに生じたを表す。世に流伝する太極図には、あるいは完全に妥当ならざる者あり。当にこの二図をもって準則とすべし。第一図は太極の本象で、純浄にして光明。第二図は動静が陰陽を生じた象で、黒白両色が互いに環抱する。こうして初めて太極の本体およびそれの生じた両儀の象を見るに清らかなり。
夫易象者言天地既生之後者也。取象自太極以下,而八卦也,六十四卦也,三百八十四爻也,皆兩四象既生之後之事物也。重在既變之象,故名曰易。易變易也,而易有太極一語,即明示所自始也。易字不必指書名,當以卦象變易之義釋之。
《易》の象が講ずるは、天地すでに生成した後の事である。その象を取るは太極より下に取る。八卦であれ、六十四卦であれ、三百八十四爻であれ、皆両儀と四象とが生じた後の事物で、重心はすでに変化した象の上に置く。だから名を「易」と取った。「易」はすなわち変易である。そして「易に太極あり」の一句は、まさにこの変易が何処より始まるかを明白に指出する。それゆえこの「易」の字は書名と解すべき必要なく、当に卦象変易の意に按じて解釈すべきである。
有字不可屬於易經解,當以自無入有之義釋之。蓋言易之言變易也,必自其變所始考之。言變者必徵於有物之初,而始有者即變之始見也,則太極者即萬有之始,亦萬變之宗。故言變易,而明變化之源;言自無入有,自當溯太極而為全易之根本。則易有太極一語,其意義至深切著明也已。若視為易經有太極,則不合矣。
「有」の字もまた「《易経》という書の中に有る」と作さず、当に「無より有に入る」の意に按じて解釈すべきである。《易》を講ずるは変易を講ずれば、必ずこの変化の起点より考察せねばならない。変化を講ずればまた必ず万物の初めて有ある時に験せねばならない。そして最初の「有」はまさに変化の第一次の顕現である。然らば太極はすなわち万有の開端であり、一切変化の宗主である。だから変易を講ずれば、変化の源頭を闡明せねばならず、無より有に入るを講ずれば、自然に太極に上溯して、これを全部《易》学の根本と為すべきである。こう見れば、「易に太極あり」の一句は、意義実に深切にして明白である。もしこれを「《易経》の裏に一個の太極が存在す」と理解すれば、講じて通じない。
太極非物也。言易雖自伏羲,而太極之有象,則天地之先也,故太極不得視為易所有無者也。要知太極之象,傳之久矣。伏羲時畫之為一,無此圖也。後聖漸由伏羲之一,演之為圓圈,以示其體;又有由圓圈之象,演之為□,以明為用,即中字所自出也。
太極は一件のものではない。《易》は伏羲に起ると言うも、太極の象あるは天地より先にある。だから太極を《易》の裏の可有可無のものと見てはならない。太極の象の流伝はすでに久しいことを知るべし。伏羲の時にはただこれを一横に画したのみで、後世のこの図はなかった。後代の聖人は漸く伏羲のこの一画より一個の円圏を推衍し出して、その本体を顕示するに用い、またある者は円圏の象より圈中に加画する形状を推衍し出して、その功用を標明するに用いた。これもまた「中」の字の由来である。
後更演之為黑白交互之象,以明兩儀既生,二氣之周流不盡,而以證天地生化之序,乃合易象八卦之圖,此今世所傳之太極圖也。圖之為象,在明其體用。黑白之圖,有用遺體,尚非全也。必先有渾圓明澈之圖,以象其本來元氣;合以黑白交環之圖,以象其動靜生陰陽;於是體用皆全,變化自見。
その後また推衍して黒白交錯の図形となし、両儀がすでに生じ陰陽二気が周流して尽きぬを表明し、並びにこれを借りて天地生化の次第を印証し、そこで《易》象八卦の図と相配した。これがすなわち今日世に流伝する太極図である。図の象を成す所以は、その体と用を説き清めるに在る。黒白交錯のあの一幅はただ「用」のみあって「体」を漏れ落とし、まだ完整と算えない。必ずまず一幅の渾円明澈の図があって、その本来の元気を象徴し、更に黒白交環の図を配して、その動静より陰陽を生じたを象徴せねばならない。こうて体と用とが皆斉備し、変化の道理は自然に顕現する。
如易之卦象,自□生□,自□生四象八卦,皆有序也。若不循序觀之,則不知八卦所來,又何以明卦象之體用與變乎。故□者太極也,□者兩儀也,八卦皆自是生化者也。古人言文尚簡,況當畫卦之時,尚無文字,所有之象,僅八卦與六十四卦。雖有太極之象,而未有圖,以未以列於卦象前後,不過口授之後人,知其有所始耳。迨文王之後,諸聖人之言,皆筆之書。
ちょうど《易》の卦象のごとく、太極のあの一画より陰陽両爻を生じ、更に両爻より四象と八卦とを生じ、処々に次序がある。もし次序に按じて見なければ、八卦が何処より来るかを明白にし得ず、またどうして卦象の体・用・変化を明白にし得ようか。だからあの一画はすなわち太極であり、陰爻陽爻はすなわち両儀であり、八卦は全くここより生化して出たのである。古人の行文は簡約を崇尚し、まして画卦の時にはまだ文字がなかった。所有の象はただ八卦と六十四卦のみ。心中に太極の象ありとはいえ、図を画き成さず、またこれを卦象の前または後に列しもせず、ただ口頭で後人に伝えて、後人に卦に起点あるを知らしめたのみである。文王以後に至って、各位聖人の話は初めて悉く文字に写された。
不獨易之象義,有其文言釋之;即河洛太極之圖象,亦有傳序以解之。此係傳中有易有太極之語也。蓋恐後人不知易卦所自始,而忘其本,故特述先聖之言,而繫辭以傳之耳。繫傳者謂繫於辭以為傳授,以易象之未備,恐先人口傳不垂久遠,故繫之辭,為之傳,言猶繫之於易,使毋遺耳。
ただに《易》の象と義とに《文言伝》があって解釈するのみならず、《河図》《洛書》と太極の図象すら、また伝・序の類の文字があって講解する。《繋辞伝》の裏に「易に太極あり」という句のある所以は、原因まさにここに在る。おそらく後人が《易》卦の何処より発端するかを知らず、これによって根本を忘れるを恐れて、特に先聖の説法を記述して、辞句に系えて伝え下したのである。いわゆる「繋伝」とは、辞句に系えてもって伝授する意である。《易》の象がまだ完備せず、また先人の口耳相伝が久遠ならざるを恐れて、そのために文辞を系え伝文を作した。すなわちこれらの道理を《易》に拴ぎ留めて、それを散失ならしめぬに等しい。
天地之前,一氣所凝,固無物也。天地即判,萬物續生,仍氣之所周流。故盈天地者物也,運天地者氣也。氣化而物生,氣化自太極始,太極者氣之主宰,其生化之序,則見河洛二圖。陰陽並行,生化無垠。曰陰陽者,以太極氣化之次序也。太極之初,元氣純陽,不可分陰陽也。元氣胚動,乃生陰焉。動則陰生,靜則陽復;氣因動化,生以動成;故太極初生為陰氣。而其後動靜往復,二氣始分。此陰在陽先之義,非有所輕重也。至其既化,二者並行,陽主陰從,剛先柔後,則陰統於陽,天包乎地,此有生之序,不可亂也。
天地未だ分かれざるの前は、ただ一股の気が凝聚して、もともと何の具体の物もなかった。天地が一たび分判すれば、万物は連接して產生する。凭る所はなおこの股の気の周流である。だから天地の間に充満するは「物」であり、天地を運転するは「気」である。気が一たび変化すれば物は產生する。気化はまた太極より始まり、太極は正に気の主宰である。それの生化する次第に至っては、《河図》《洛書》の二図の裏に體現する。陰陽は並行して悖らず、生化は辺際なし。「陰陽」を講ずる所以は、これが正に太極気化の次序だからである。太極の最初、元気は純粋に陽で、まだ陰陽を分かち得ない。元気が胚胎のごとく萌動するに及んで、陰が初めて生じ出る。一動すれば陰を生じ、一静すればまた陽に回復する。気は動によって変化し、生は動によって完成する。だから太極の最も先に生じ出すはかえって陰気である。此の後動静往復して、陰陽二気は初めて正式に分かれる。いわゆる「陰は陽に先んず」はこの道理を講ずるのであって、陰が陽より要だと言うのではない。すでに化成した後を待てば、両者は並行し、陽は主と為り陰は従と為り、剛は先に在り柔は後に在り、そこで陰は陽に統属し天は地を包裏する。これは有る生の物の次序であって、顛倒すべからず。
故太極之後,河洛之象乃見。天地為兩儀之大者,天生則地成,地生則天成,天地合精,生成乃見,非如太極之氣化也。故兩儀分合,五行以出;五行往來,九宮以分;五行九宮,即易之四象八卦也。故卦有氣,有數,有位,有時,有其名類,有其變化,皆由氣之所至,生化自然之序。然生化雖眾,不得離於陰陽,以氣化之後,必因陰陽之化合而後生也。
だから太極の後に《河図》《洛書》の象が顕現する。天と地とは両儀の中の最大の一対である。天生ずれば地成り、地生ずれば天成り、天地精気交合して、生成の功は初めて見るを得る。これはすでに太極のあの単純なる気化と同じからず。だから両儀は一分一合し、五行はこれによって產生する。五行は往来運行し、九宮はこれによって分立する。そして五行と九宮とは、すなわち《易》の裏の四象と八卦である。それゆえ卦には気あり数あり位あり時あり、その名目類別あり、その変化あり。これらは全く気の運行の至る所に由り、生化自然の成る次序である。ただ生化は千頭万緒とはいえ、総じて陰陽を離れない。気化の後は、必ず陰陽交合に依って初めて物を生じ出すを得るからである。
天地絪縕,萬物化生,此造化之序可紀者也。自太極以一氣而分為兩儀,其德在生,德流氣薄,生生不已。太極為有生之祖,兩儀為有生父母,皆氣之自至也。氣之自至,是謂之道,以其循環往來不相害,消長盈虛不相亂,而以成其德也。唯道有德,道不可見,其德顯焉。兩儀之德在生,即其道之見也。道以成其生為先,人之成道者,長生而生物,此即順道致德之土也。故道出於太極,見於兩儀,成於仁,全於性,唯合乎道也。
《繋辞下》の言う「天地絪縕、万物化醇」は、正に天地二気の交融して万物これによって化生するを講ずる。これは造化の中の記録し得る次第である。太極は一股の気をもって両儀に分かち、その徳は「生」に在る。徳性は流布し気息は交迫して、そこで生々已まない。太極は一切の生命の祖先、両儀は一切の生命の父母で、これは皆気が自然に至達した結果である。気が自然に至達すること、これを「道」と呼ぶ。それが循環往来して彼此妨害せず、消長盈虚して彼此擾乱せざるがゆえに、その徳を成就する。ただ道あるのみ徳あり。道それ自体は見えず、全くその徳に依って顕現する。両儀の徳は「生」に在り、これがすなわちその道の顕現である。道は生養を成就することを第一義とし、人もし道を修成すれば、便ち長生してまた万物を生養し得る。これは正に道に順って徳の根基に達するのである。だから道は太極に出で、両儀に顕現し、仁において成就し、性において円満する。一切はただ道に合うに在るのみ。
人生之性,受於中氣,亦太極之元氣,生而有之。全性則全生,成仁則成性。生全仁成,純乎道也,故歸於太極,復於真境,是謂得道。故曰道者返本復始者也。本始者太極也,返而復之,純於元氣之體矣。
人の生来の本性は、「中気」の所より禀受する。すなわち太極の元気で、生まれるや具備する。本性を保全し得れば便ち生命を保全し、仁徳を成就し得れば便ち本性を成就する。生命保全、仁徳成就すれば、完全に道に合し、そこで太極に回帰し本真の境に返る。これを「得道」と呼ぶ。だから言う、「道」とはすなわち根本に返り起点に回ること。この根本と起点はすなわち太極である。返り過ぎ去り回復して来れば、純然として元気の本体である。
是故易之言教也,以道為本,聖人立卦象,將以明道也。道之始乎太極,運行於二氣,調和於五行,以應萬物萬事,而成其德;以守中立極,而全其性。雖依象以稽數,而判其吉凶;依數以言命,而明其順逆;而莫非指人以道,俾克全生以返本復始也。故易之言為道言也。易之象,原始要終,為教人各正性命也。故必推原道之所自,人生之源,氣之所運,數之所合,以定其所宜,而為人立其則;以辨其所至,而示人所有修。必以天道為之準繩,人道為之綱紀,盡人以合於天,致力修養,以全生適性,立德成道。
それゆえ《易》の講ずる教化は「道」を根本とし、聖人が卦象を設立したのは、正に道を闡明せんがためである。道は太極に起始し、陰陽二気の中に運行し、五行の内に調和して、万事万物に応付してその徳を成就し、また中を守り極を立てる工夫をもって人の本性を保全する。《易》は卦象に依って数を考察しこれによって吉凶を判断し、数に依って命を談じこれによって順逆を説明するとはいえ、帰する所一つとして人に道を指出せざるはなく、人に生命を保全し本に返り始に復せしめんとする。だから《易》の言う所の話は皆道を講ずる話である。《易》の卦象は「原を始め終を要す」。人に各々己の性と命を端正せしめんがためである。それゆえ必ず道が何処より来るか、人生の源頭が何処に在るか、気が如何に運行するか、数が如何に契合するかを推究し、これに拠って何が合宜かを判定し、人に準則を訂立し、また人がどの一歩に走到するかを辨明し、これに拠って人に何を修養すべきかを指示する。それは必ず天道をもって準縄と為し、人道をもって綱紀と為し、人事を尽くして天道に合せんことを期し、努力修養して、これによって生命を保全し本性を順適し、徳行を樹立して大道を成就する。
此易有太極一節之大旨也。夫太極固示人以象矣:渾圓無名,虛然光明,凝然周流,悠然長存;氣行不息,德徵廣生;數紀太一,道在用中。固已純精至神,為天地先;周環太和,為萬物宗。其所象者,道之體用;而人之所見者,德之玄玄。仁智隨所識而得,生成隨所遇而合,無大無小,莫能外內。況參以河洛之圖,證以乾坤之卦,大哉至矣,其義有不可盡矣。
これがすなわち「易に太極あり」のこの一節の大意である。太極はもともと象をもって人に昭示する。それは渾然として円満にして名状すべきなく、空虚の中に自ずから光明あり、凝定の中にまた周流し得、悠遠にして長存する。気は運行して停まらず、徳は広大の生養に験証す。数の上ではこれを「太一」と記し、道の上ではこれを「用中」に落実す。それはもとより純精にして至神、天地より先に存在し、周流環めぐりて至って冲和で、万物の宗主である。それが象徴するは道の体と用であり、人の見得る所はただあの玄のまた玄なる徳のみである。《繋辞》の言うごとく仁は仁を見知は智を見、各々自己の見識に隨って領会し、生成の理もまた各々遇う所の情形に隨って印証する。大事小事を論ぜず、皆その外に出ること能わず、その内を離るること能わざるなり。まして更に《河図》《洛書》を参照し、乾・坤両卦をもって印証すれば、まことに博大極まりなく、その中の意義は言い尽くし難い。
故易之象始於斯也。且易之言易,以不易明易,易明不易。溯始迄終,則天地推於無盡;返本復始,則萬歸於一原。太極主其始矣,而終亦盡於是。蓋以不易之元氣,而主變易之陰陽;生生不窮,而真體常存;行行不息,而中極永在。此所以為道之象也。天地尚自此出,而師其用,況其下者乎。故物物有極,事事有中,中極之德,即性命之所見;此中和之功並覆載,而仁智之德同天地也。
だから《易》の象はここより始まる。しかも《易》が変易を講ずるは、「不易」をもって「易」を説明し、また「易」をもって「不易」を説明する。起点より終点に順推すれば、天地は無窮無尽に推衍する。末梢より根本に返れば、万有は同一の本原に帰結する。太極はこの起点を主宰し、終点もまたそれに帰結する。これはそれが永く改変せぬ元気をもって、断えず変易する陰陽を主宰するからである。生々して窮まらずして真実の本体は始終常に在り、運行して息まずして中に居る極は始終移らない。これは正にそれが「道」の象たり得る所以である。天地すらここより出でて、なおその用法を效法せんとするのだから、まして天地以下のものをや。だから每一物に各々その極あり、每一事に各々その中あり。この「中極」の徳は、すなわち性と命の顕現の処である。この中和の功用は天地の覆載と並び立ち得、この仁と智の徳性は天地と相等し得る。
易傳日:「分陰分陽,迭用柔剛。」可以明太極之道矣。夫易自太極立其極,而以乾坤代名其兩儀,萬物皆自陰陽生,故全易卦爻,皆自乾坤出。乾坤者,天地也,父母也;其德則剛柔也,仁義也;其功則生成也,覆載也。何莫非陰陽之道所見耶。欲明道而知太極,必自易始,易固演太極而賅河洛之象者也。
《易伝・説卦》に言う、「陰を分かち陽を分かち、迭に柔剛を用う」。この二句によって太極の道を明白にし得る。《易》は太極よりその「極」を立て定め、更に乾・坤両卦をもって両儀を代称する。万物は皆陰陽より生ずるので、全部《易》の卦と爻とは乾坤より出づる。乾坤はすなわち天地であり、すなわち父母である。それらの徳は剛と柔、仁と義である。それらの功は生と成、覆と載である。これらどれが陰陽の道の顕現ならざるか。道を明白にし太極を認識せんと欲せば、必ず《易》より入らねばならない。《易》はもともと太極を推演して、また《河図》《洛書》の象を囊括した一部の書である。
孚佑帝君疏注
此文講太極要義,以舉其大者言之耳。太極圖象,秦後儒者失傳,唯道家存之;至宋時傳於周濂溪氏,而後儒者亦得有之。時以門戶之見,沿習之深,訛毀者大有人在;徒以易傳有易有太極一語,無能根本推翻之也。
この文章が講ずるは太極の要義で、ただその中の大端を挙げて言うにすぎない。太極の図象は、秦代以後儒家はすでに失伝し、道家のみが保存していた。宋代に至って周濂渓(周敦頤)に伝わり、此の後儒者はやっと重ねてこれを有した。当時は門戸の見に加えて、積習あまりに深く、訛伝し詆毀する者も少なからず在った。ただ《易伝》の裏に「易に太極あり」という句が在るがゆえに、彼らはそれを根本より推し覆すこと能わなかった。
然周所傳,雖名「太極圖」實則太極已生兩儀之象,非太極之體也;後人有演為一圈者,有為黑白相互,中藏一小圓圈者;取意固善,然尚非全體;以太極之初本無極,由無入有,必有其象;如河圖之與洛書,由二五變為九宮;其圖不能混為一也。必先示太極之體,渾然元氣之時;再示其動靜之用,陰陽生化之象;方可由圖見天地生成之序,陰陽未判之先也。
しかし周敦頤の伝えたあの図は、名は「太極図」と言うも、実は太極がすでに両儀を生じた後の象を画いたもので、太極の本体ではない。後人にあるいはこれを一個の円圏に推衍し、あるいは黒白交互・中間に一個の小円圏を蔵すと画した。取意は固より悪くないが、なお完整の全体ではない。太極は最初もともと「無極」で、無より有に入るにあたり、必ず一つの象をもってこれを表さねばならない。ちょうど《河図》と《洛書》のごとく、二と五の組合より九宮に変じ、両図を混同して一談と為すべからず。だから必ずまず太極の本体を画き出すべし。すなわち元気渾然として未分のあの一刻。更にその動静の功用を画き出すべし。すなわち陰陽生化の象。こうして初めて図上より天地生成の次第および陰陽未だ分判せざる前の景象を見出し得る。
故夫子命作二圖以象之,一圓圈渾然明淨,此其體也;一黑白交互,二氣流行,此其用也。體用既全,始終在目;自易探造化究竟,而明曉由無入有之景象也。夫太極氣之所化,全為自然生化之物。因其氣之有動靜。而後陰陽分;初則一氣而已,二氣既判,生物無窮而此太極之象,仍如故也;蓋前者先天之氣,後者後天之體;後天之生化,即後者之所主;而先天之氣,仍存其中也;習道者由後天陰陽之體,漸復於先天元氣之時;當依此圖證之。苟在生時。百體俱用;情識未除,不能逃於陰陽往復之道;即在生滅輪迴之中,是後圖二氣互為消長之象。
だから夫子(孔子)は二幅の図を画きてこれを表すよう吩咐した。一幅は渾然明浄の円圏で、これはその「体」である。一幅は黒白交互・二気流行の図で、これはその「用」である。体と用とが皆斉備すれば、始と終とは一目了然で、自然に造化の究竟を探究しやすく、あの無より有に入る景象を明白にする。太極は気の化成する所で、全く自然生化の産物である。気に動あり静あるがゆえに、後に陰陽は分かれる。初めはただ一股の気に過ぎなかったが、二気分判するに及んで生ずる所の物は無窮無尽となり、しかも太極本身の象は依然として故のごとし。前の一幅が画くは先天の気、後の一幅が画くは后天の体である。后天の生化は後の一幅の図の主宰する所だが、先天の気は依然としてその中に存する。道を修める人は后天陰陽の体より、一歩一歩先天元気の境地に回復せんとすれば、当にこの二図に依って印証すべし。人はただ生きていさえすれば、全身各処皆作用を起こし、情感と意識と除き尽くさざれば、陰陽往復の規律を逃れ得ず、なお生滅輪廻の中に在る。これは正に後の一幅の図の裏の二気互いに消長する象である。
若果屏除物好,絕制情識;充其性靈,致於中和;則由後天返於先天,即前圖渾然光明之象;所謂返本復始。原始要終之道,皆在此二圖中驗之;其義固重在明道者也。夫子此文,抉易教之微,指修道之要;非僅釋易有太極之文義已也,讀者當三復焉。
もし真に外物への嗜好を摒除し、情感と意識の牽擾を断絶し、自己の性霊を充実して中和の境地に達すれば、それはすなわち后天より先天に返ったのであり、すなわち前の一幅のあの渾然光明の景象である。いわゆる「本に返り始に復す」「原を始め終を要す」の道理は、全くこの二図の裏において印証し得る。見ればその要義は確かに修道を闡明することを重んずる。夫子のこの文章は、《易》教の精微を剔発し、修道の関鍵を指点したもので、ただ「易に太極あり」という句の字面の意を解釈するのみならず。読者は当に反復して玩味すべし。
夫子前講易本河洛圖象,不止言取其象而制為易之卦象也;實則取其象,以立修道之教耳。蓋「道」字本無名之名,修道更難以言文明其方;必因圖象而指示之,乃得悟其本原,及其歸著處。而圖象則自河洛始,河洛圖象,以變者示人不變,不變者示人變;一靜一動而陰陽生,一順一逆而生成見;皆本道以明道,明之即以教人修之也。故觀河洛圖象,重在動靜之間,順逆之序;更重在以天道立人道,以人道順天道;天人之相成者道,聖人之立教者亦道;道無二用,用之於身則成已;用之於人物,則成人成物;皆一以貫之,皆自河圖象始終之也。
夫子は先に《易》は《河図》《洛書》の図象に本象に本づくを講じたが、ただその象を取って《易》の卦象を制作したを言うのみならず、実はその象を取って修道の教法を建立したのである。「道」という字はもともと無名の名で、修道の門径は更に言語文字をもって講じ清め難い。必ず図象を借助して指点し、初めてその本原と帰宿とを領悟し得る。そして図象は《河図》《洛書》より始まる。河洛図象は変動の部分をもって人に不変なる者を指示し、また不変の部分をもって人に変動する者を指示する。一静一動にして陰陽生じ、一順一逆にして生成の理顕れる。これらは皆道に依拠して道を闡明し、道を闡明すればすなわち人に修道を教えるである。だから河洛図象を看るに、重点は動と静の間、順と逆の次序に在り、更に重要なは天道をもって人道を確立し、人道をもって天道に順応するにある。天と人とが互いに成全するは道であり、聖人が教化を建立するに依拠するもまた道である。道に二種の用法なし。自身に用いればすなわち「己を成し」、他人他物に用いればすなわち「人を成し物を成す」。皆一をもって貫くべく、皆《河図》の象の上において頭より尾まで根拠を見出し得る。
故修道之教,不外於河洛之圖;而聖人之道,不殊於天地之數;由其淺言之,則為人之事;由其深言之,則成道之功;易傳曰:「仁者見之為仁,智者見之謂智。」此語已盡河洛之義,一部易經如是,六經亦如是;除是外,更無他語足以盡之也。故道無大小,無遠近;人自見之,若推而言之;妄者謂之妄,愚者謂之愚;人自妄愚,何咎乎圖象也?
だから道を修める教法は《河図》《洛書》のこの二図を出ず、聖人の道もまた天地の数と両様なし。浅く言えば、それは人たり世に処する事である。深く言えば、それは大道を成就する工夫である。《易伝・繋辞上》に言う、「仁者は之を見て之を仁と謂い、智者は之を見て之を智と謂う」。この一句はすでに河洛の意義を講じ尽くしている。全部《易経》も然り、六経もまた然り。この外更に別の話は概括するに足るものなし。だから道それ自体は大小と言うべきなく、遠近と言うべきもなく、全く人それ自体が如何に見るかによる。もし推し開いて言えば、荒誕の人は便ちそれを荒誕と言い、愚昧の人は便ちそれを愚昧と言う。それは人それ自体が荒誕愚昧なのであって、図象と何の相干あらんや。
中國言道,以性理代之,此宋人言也;實則道字不止性理,凡天地之物,無不在道中生成往來,無一事不有道在,蓋天下物物事事,無不在氣中行運,而自然生成往來者也;此氣之名曰:「陰陽」。氣之用即道也,故曰:「一陰一陽之謂道」。天下物物事事不離陰陽,故不離道;非止性理名為道也,氣之所行,不獨生物;即木石之類,無知無情者,皆有其氣,皆在道中也;如一室中,或桌几,或書畫,或玩好之物,皆在自然中位置;或主或客,或畜類,或蟲蟻,出入住息,皆在自然中游走去住,皆有其道也。
中国が「道」を講ずるに、宋儒は「性理」をもってこれに代えた。これはただ宋人の講法である。実は「道」の字は性理に止まらない。天地の間のもの、一つとして道の中にあって生成往来せざるはなく、一つの事にも道の在らざるはない。天下の万事万物は皆気の裏において運行し、これによって自然に生成し自然に往来するからである。この股の気の名を「陰陽」と呼び、気の作用を道と為す。だから《繋辞上》に言う、「一陰一陽之を道と謂う」。天下の万事万物は陰陽を離れず、すなわち道を離れない。ただ性理のみが道と呼ばるに配するのではない。気の運行は有る生命のものの上のみに在らず。草木土石の類の知なく情なき物すら、各々その気あり、皆道の中に在る。たとえば一間の屋裏の、卓几であれ、書画であれ、玩賞の器物であれ、皆自然而然の中に各々その位置に安放される。主人であれ、客人であれ、家畜であれ、虫蟻であれ、進出し停留し作息するも、皆自然而然の中に游走し去留する。これら全く各々その道あり。
因天地成於此一陰一陽之道,則自天地以下,無大細,皆不得離道以生成往來;故道者,氣之道,猶車之軌也;有車必有軌,有氣必有道;同此氣,即同此道;太極者,氣之所始,道之所自;言道而不溯太極,譬如行路而忘所自至地,徘徊歧路而已;故言道必先明太極之用,既明太極,則性理在其中矣!所謂知其原,則流易測;得其本,則枝葉易探;此言道者所當知也。儒者言道莫先於易,易自太極出,則欲習道者,可不先求之太極哉!
すでに天地はこの「一陰一陽」の道によって構成された以上、天地以下、大小を論ぜず、皆道を離れて生成往来すること能わない。だから「道」とはすなわち気の走る道で、ちょうど車の走る軌のごとし。車あれば必ず軌あり、気あれば必ず道あり。気はすでに同一の気ならば、道もまた同一の道である。太極は気の起点であり、また道の出処である。道を講じて太極に上溯せざるは、ちょうど路を趕る人が己の何処より動身したかを忘れて、ただ岔路口に徘徊するに等しい。だから道を講ずるには必ずまず太極の作用を明白にせねばならない。太極が一明白なれば、性理は自然にその中に包含せられる。これがいわゆる源頭を知れば支流は測度しやすく、根本を捉えれば枝葉は尋査しやすいということで、道を講ずる人の知るべき所である。儒者の道を講ずるに、《易》より先なりしはなし。そして《易》はまた太極より出でた。然らば道を学ばんとする者は、どうしてまず太極の上より求めざるを得ようか。
又曰:陰陽動靜原相根,而動為陽則陰生焉,靜為陰則陽復焉;初無一刻之停,祇見消長之氣;故動則陽生陰,靜則陰生陽;如人坐功,以動屬陽,而情見即生陰;返於靜,則性見而陽復;二者斯須之間,往復之運,非瞭然二事也;果動矣,必由陽生陰;靜矣,必仍返於陽;此理自然而然者,以含有往復消息之義,足以明太極之氣無一時停住,陰陽來去有相根之妙;即天地間二者之相應,正如是也。
また言う。陰陽と動静とはもともと互いに根柢と為す。動は陽に属し、陽動の中にすなわち陰を生ず。静は陰に属し、陰静の中に陽はまた回復して来る。この中間に一刻の停頓なく、ただ消と長の気機の交替するを見る。だから一動すれば陽より陰を生じ、一静すれば陰より陽を生ず。たとえば人の静坐の工夫を為すに、念を起し活動するは陽に属するが、情緒が一たび露頭すれば陰はこれに隨って生ず。收回して静に帰すれば、本性顕現して陽はまた回復して来る。この両者は極短の一瞬の間に往復運転するのであって、截然として分かれた二件の事ではない。果して動すれば必ず陽より陰を生じ、果して静すればまた必ずなお陽に返帰する。この道理は自然而然で、その中に往復消長の意を含む。太極の気に一刻の停住なく、陰陽の来去に互いに根柢と為す妙あるを説明するに足る。天地の間の陰陽二者の相応もまた正にこのごとし。
以陽為主,則陰從之;以陰為母,則陽生焉;非截斷可比。如靜坐至極,神氣活潑;靈光周迴,即動也;然非動之動,乃靜生動也;故曰陽復。太極之成兩儀,即由此動,而分為陰陽;若未動,固無二名;動則陰生,即此義也。凡易理象氣之流行者,若以不動者擬之,則失易義矣!易者,變易也;變易者,即流行無住之義;陰陽互抱,初無可截為二者,詳細體會之自明。
陽を主と為せば、陰は便ちそれに隨従する。陰を母と為せば、陽は便ちその中より生ず。これは決して一刀両断に分かちて見るべきものではない。たとえば静坐が極処に至れば、神気は活溌となり、霊光は周身を流転する。これがすなわち「動」である。ただそれは動より来たる動ではなく、静の裏より生じ出た動なので、「陽復」と呼ぶ。太極が両儀と為る所以は、正にこの一動によって陰陽を分かつ。もし曽て動かざれば、もともと陰陽の二名目はなかった。一動すれば陰を生ずとは、正にこの意を講ずる。凡そ《易》理の象徴する気の流行は、もし静止不動のものをもってこれに比擬すれば、《易》の本義を失う。「易」はすなわち変易である。変易とはすなわち流行して停まらず停駐する所なしの意である。陰陽は彼此環抱して、もともと截然として両截に分かつ能わざるもの。詳しく体会すれば自然に明白となる。
述聖講述・子思
太極圖者,自易象溯而上之,乃示其初之象也。天地之生也,依是象以生成;更依是氣之推行變化,以生成萬物。其始則簡,其繼則繁;其本則合,其用則分;而實有定序與方位,有數量與名類,非無紀無序者也。
太極図は、《易》の卦象より上に追溯して、最初のあの一層の象を顕示するに用いる。天地の產生はこの象に依って生成し、此の後またこの股の気の推行変化に依って万物を生成する。それは初めは簡単で、後に初めて繁複となる。その本体は合一であるが、用いれば分化する。しかしその中には確かに一定の次序と方位、数量と名目類別とがあって、雑乱无章・綱紀なきではない。
蓋天地出於太極,其象固大,大則難考;人物生於天地,其形已小,小則易徵。徵其小,自得其大;以其生也同,而氣之行也一,不以大小有殊也。故言天者,必先求之人;言大者,必先求之小。物物有一太極,苟求之則自見,不疑為無征也。凡有生之物,皆同此氣行而化,皆同此太極之象者也。
天地は太極に出づ。その象は自然極めて大きく、大きければ考察し難い。人と物とは天地の間に生まれ、形体はすでに小さい。小さければ験証しやすい。小処より験証すれば、自然に大処の道理を得る。それらの生成方式は相同じく、気の運行もまた同一の套で、体積の大小によって分別あるではないからである。だから天を講ずれば、必ずまず人の身の上より求めねばならない。大を講ずれば、必ずまず小処より求めねばならない。每一件の物の裏に一個の太極あり。ただ求めるを肯んずれば自然に見るを得る。それの験証する所なしを疑うに及ばず。凡そ生命あるものは皆同じくこの股の気に依って運行し変化し、皆同じくこの太極の象を具備する。
太極者,至極也。古文「太」字同大,大者無與比擬,言獨有而絕無,不可復加也;故有大一、大初、大素、諸名,皆示其獨有無復加者。太極亦然:以至境不可復進,曰極;而極之不可復加,曰太極。蓋自是以上,無可擬也,故凡物自大極始。然大極者,不可作上下看,或左右看,以端為極也,祇宜作中心講;蓋極必有所立,必有其位,其處必至中也。
「太極」の意はすなわち至極である。古文において「太」の字は「大」と相通ず。「大」とは比擬すべきなきを指し、それが独一無二にして更に加え得るなきを言う。だから古書に「大一」「大初」「大素」これらの名目あるは、皆それの独一無二・復加すべきなきを表す。太極もまたこのようである。更に前の一歩に赴き得ざる境地に至るを「極」と呼び、この極はまた復加すべなし。これを「太極」と呼ぶ。ここより上に更に比擬し得るものなきがゆえに、万物は皆太極より始まる。ただ「太極」のこの極は、上下をもって作すべからず、左右をもって作すべからず、某一端をもって極と為すべからず。ただ「中心」と為して講ずべきのみ。極は必ず建立する所有り、必ずその位置あり。そしてこの位置は必ず正中に在る。
若無所立,不得謂之極,以無定也;無其位,不得謂之極,無所守也;非至中,不得謂之極,不可久也。唯有所立,則定於一而不二;唯有其位,則守於常而不失;唯其至中,則久於運用無所窮;故名之極,猶北辰之為北極也。天之極定於北辰,地之極定於南北極;而世界之極,則定於太極也,以至其極,無復與比故也。何以為至極無比?則以其所立雖定而無定,雖有位而無常位,雖至中而無常中;不似北辰之天極,南北端之地極也。
もし建立する所なければ、極と呼ぶ能わず。定準なきがゆえに。自己の位置なければ、極と呼ぶ能わず。守持する所なきがゆえに。正中に在らざれば、また極と呼ぶ能わず。長久なる能わざるがゆえに。ただ建立する所有るのみ、一に定まりて游移せざるを得。ただその位置あるのみ、常規を守りて失落せざるを得。ただ正中に居るのみ、長久に運用して窮竭せざるを得。だからこれを「極」と称す。ちょうど北辰の北極と称せらるるがごとし。天の極は北辰に定まり、地の極は南北両極に定まる。そして全世界の極は太極に定まる。この極処に至れば、更にそれと相比し得るなきがゆえに。なぜそれを至極無比と言うか。それが建立する所は確定なれどもまた固定せず、位置ありといえども固定の位置なく、中に居るといえども固定の中なきがゆえに。これはすなわち北辰のごとき天極、南北両端のごとき地極と同じからざるなり。
夫既曰極,而曰無常,豈非異於極之為極乎?曰:非無常也,言無常而有常耳。以隨所在而立,所至而位,所行而至中也;故曰無極之極,曰太極焉。夫有之與無,同用異途;上之與下,同名異方;神之與形,同生異類;道之與器,同用異勢。故天地既判,人物斯生;形神所分,陰陽乃別;此太極之為至極,恰介乎兩者之中也。
すでに「極」と呼び、またそれを無常と言うは、極の極たる所以に背くではないか。答えて曰く、真の無常ではなく、それの無常の中に自ずから常あるを言うのである。それは在る所に隨いて建立し、至る所に隨いて定位し、行く所に隨いて中に居る。だからこれを「無極の極」と称し、すなわち太極である。有と無とは、用処相同じくして途径同じからず。上と下とは、名義相同じくして方向同じからず。神と形とは、同じく生を受くれど類別同じからず。道と器とは、功用相同じくして形勢同じからず。だから天地が一たび分判すれば、人と物とは產生する。形と神とが一たび分かれれば、陰と陽とに区別ある。この二辺の中にちょうど挟むが極であって、太極は正にここに居る。だからそれを「至中」と言い、それに位置あり建立する所有りと言う。
由此以上,皆屬於無者、上、神者、道者,由此以下,則屬於有者、下者、形者、器者;兩者之中,乃為極,而太極乃居之,故曰至中,而有位,有所立也。然有既名,無未嘗無;下既分,上未嘗隱;形既生,神未嘗少;器既成,道未嘗亡;則兩者宛轉生化,遷變相隨,未嘗一日異。
ここより上は皆「無」に属し上に属し神に属し道に属す。ここより下は「有」に属し下に属し形に属し器に属す。両辺の当中がすなわち極で、太極は正にここに居る。だからそれを「至中」と言い、位置あり建立する所有りと言う。しかし「有」の名目はすでに成立したとはいえ、「無」は曽て真に消失せず。「下」はすでに分かれたとはいえ、「上」は曽て隠没せず。形体はすでに產生したとはいえ、神は曽て減少せず。器物はすでに造成したとはいえ、道は曽て亡失せず。見れば両辺は宛転として相生し遷流変化し、始終彼此相隨いて、曽て一日の分離あったことなし。
而極之為極,亦未嘗一時失其中與其位也;而亦未嘗執其中與位,執則失之;故有常而無常,故日物物有太極。取喻於小,足知其大;取譬於近,足證其遠;故太極者,極而非極,異乎物之兩端,天地之極也。果明乎此,可與言太極矣!
そしてこの極の極たる所以も、また曽て一刻もその中を失いその位を失わず。しかしそれは同じくこの中とこの位とを死守せず。一旦死守すればかえってこれを失う。だからそれに常ありてまた無常と言う。だから「物物に一太極あり」と言う。小処をもって比喻と為せば、大処を推知するに足る。近処をもって譬況と為せば、遠処を印証するに足る。それゆえ太極は極にしてまた尋常の極と同じからず。それは事物の両端に別あり、天地の極である。果してこの一層を明白にせば、便ち彼と太極を談ずべし。
夫太極之象,示天地之生成,生化之循環,陰陽二氣之遞嬗,萬物之生成變化,自無入有,自始至終,蓋無不包在象中也。故易之卦象,肇始於太極;而推溯萬有之源,亦唯太極。言物必始於有,言生成變化,必本於氣之動靜;太極為初有,而具動靜者也。故推而上之極於是,推而下之始於是;推而內之立於是,推而外之本於是。以是為宗,而後可以推及其它;以是為始,而後可以推至無盡。以天地之氣,通行而無所滯,故其為象也圓,為物也周流不窮,為用也無息不二;而太極為之極,以定其位,守其中,以御無盡,而行無窮。
太極の象の顕示する所は、天地の生成、生化の循環、陰陽二気の交替更迭、万物の生成変化、無より有に入り起点より終点に至る、これ一切は象の裏に包含せざるはない。だから《易》の卦象は太極に発端し、万有の源頭を追溯せんとすれば、またただ太極のみ。凡そ「物」を講ずれば必ず「有」より講じ起こし、凡そ生成変化を講ずれば必ず気の動静をもって根本と為す。そして太極は正に最初の「有」であり、また動静を兼具する。だから上に推せば尽頭はそれに在り、下に推せば起点はそれに在り、内に推せば根拠はそれに立ち、外に推せば本源はなおそれである。それを宗主と為して、そうして初めて他に推し及ぼすべし。それを開端と為して、そうして初めて無窮に推衍すべし。天地の気は流通して滞礙する所なきがゆえに、その象は円である。物としては周流して尽きず、用としては停息せず二致なし。そして太極はそれにこの極を立てて、その位置を確定しその中を守り、これによって無尽を駕御し無窮を運行す。
故天地不離其度,萬物不乖其序;而易之卦象,遂本是以立以成以用;始終於易,以盡其變化;而後天地之道以見,人物之數以明,鬼神之德以知;而後有形者適其生成,有氣者通其變化;合陰陽而歸於太和,匯萬類而統於太一,同萬行而期於至中;以言乎道,則道至矣!以言乎物,則理備矣!以言乎事,則情見矣!以言乎天下,無不咸宜;而行之無不得,守之無所失;是以為教之本,易之源;固非聖人莫之能知,亦非聖人莫之能言者矣!
だから天地はその度数を脱せず、万物はその次序に背かず。《易》の卦象は便ちこれに依拠して建立し成就し運用し、頭より尾まで《易》の裏に貫徹して、その変化を窮尽す。こうなれば、天地の道は初めて顕現し、人と物の数は初めて明白となり、鬼神の徳性は初めて知り得る。有形の物は初めて各々その生成を得、有気の物は初めて各々その変化に通ず。陰陽は合わせて「太和」に帰し、万類は匯ねて「太一」に統し、衆多の行事は同じく「至中」に帰す。道に就いて言えば、道はここに至って極まる。物に就いて言えば、理はここに至って完備す。事に就いて言えば、情実はここに至って顕露す。天下に就いて言えば、一処として合宜せざるなし。それに照らして為せば成らざるなく、それを守れば失わるることなし。だからそれは教化の根本、《易》の源頭である。これはもともと聖人ならざれば知るべきなく、聖人ならざれば講説すべきもない。
夫子於中庸述其義,曰:「時中」,於大學述其境,曰「至善」,曰「無所不用其極」,此「極」字與太極同一義;蓋有物必有則,有則必有極;太極為一切之極,凡在有者,皆有極;而凡有用者,皆必有此極;此即中庸「時中」之義也。簡名之曰:「道」。故傳曰:「一陰一陽之謂道」,而太極即自陰陽成;人生受命於天,而有性;性亦合於太極也。故曰:「成之者性」,性成於善,太極之行,至善也;故曰:「繼之者善」,此太極者統一切事物而言之者也。
夫子は《中庸》においてその意義を説明して「時中」と呼び、《大学》においてその境界を説明して「至善」と呼び、また「其の極を用いざるなし」と言う。この「極」の字は太極と同一の意である。物あれば必ず法則あり、法則あれば必ず極あり。太極は一切の極である。凡そ存在するものは皆その極あり、凡そ用処あるものもまた必ずこの極あり。これがすなわち《中庸》の「時中」の意で、簡単にこれを称呼すれば「道」と呼ぶ。だから《繋辞伝》に言う、「一陰一陽之を道と謂う」。そして太そして太極は正に陰陽より構成せらるる。人は生まれて天より命を領受し、これによって性あり。この性もまた太極に合するので、《繋辞》に「之を成すは性なり」と言う。性は善によって成る。太極の運行はもとより至善なので、《繋辞》はまた「之に継ぐは善なり」と言う。ここに講ずる太極は、一切の事物を統摂して言うのである。
非僅以一物名之,凡有名者,皆合於太極;不問其為物、為事、為道、為器、為形、為神也;苟可言者,必自太極始;有行有守者,必依太極以行以守之也。蓋太極之為道也,道之為一陰一陽也;無能外陰陽以生成,故無能離道,亦無不合於太極也;雖然,太極固自生成者;人之生成中,而不克明太極之道,則為忘生之本;聖人乃以教教之,使明其生;而易之義於是見也。
それはただ某の一件のものを称呼するに用いるのではない。凡そ名目ある者は皆太極に合す。それが物であれ事であれ道であれ器であれ形であれ神であれ、言い出し得る以上、必ず太極より言い起こす。凡そ行う所有り守る所有るも、また必ず太極に依って行い守る。太極はすなわち道で、道はすなわち「一陰一陽」だからである。陰陽を撇きて生成する能うなし。だから道を離るる能うもなく、更に太極に合せざるもなし。話はかくのごとくとはいえ、太極はもともと自行生成する。人はこの生成の中に生まれたとはいえ、太極の道を明白にし得ざれば、すなわち自己の生命の根本を忘れたのである。聖人はそこで教化をもって人を教え、人に己の何をもって生と為すかを明白ならしむ。《易》の意義もまたここに顕現する。
故易之溯太極,為制卦也,為以卦寓其教也;卦之所象,事事物物,皆道之所在;亦太極之所運行,無他物也;二氣之消長盈虛,以成天地間之生成變化;而易象之以示人耳,是易之教,盡在太極中,天地萬物原在太極中;故易不得外之以為教,人之求易之明,而不從太極始,將何以見易哉?故傳曰:「易有太極」,其一語也,鄭重之矣!
だから《易》が太極に上溯するは、卦を制作せんがためであり、また教化を卦の裏に寄托せんがためである。卦の象徴する種々の事物は皆道の在る所であり、また皆太極の運行の及ぶ所である。この外更に別のものなし。陰陽二気の消長盈虚は天地の間の生成変化を造成し、《易》はただそれを象徴し出して人に見せるにすぎない。見れば《易》の教化は全く太極の中に在り、天地万物ももともと太極の中に在る。だから《易》は太極を撇きて別に教化を立てる能わず。人が《易》を明白に求めんと欲して太極より入手せざれば、どうして《易》を見るを得んや。だから《繋辞伝》に「易に太極あり」と言う。ただこの一句のみにして、分量すでに極めて鄭重である。
伏羲八卦所自始,固溯源太極,而合乎河洛二圖者也。河圖以天地合化,生成五行;已分四方,即四象也。洛書以五行生變,而為九宮;四方之外,加為四隅;遂分列八方,即八卦之象也。中五者,太極本位;九宮名太乙本宮,太乙雖在中央,而以時行臨於八宮;故九宮皆有太乙至臨之時,而八方皆受太乙之氣;八卦之象亦然,由四象而分為八卦,虛其中以位太極;太極雖無象,其位固在;而其氣運行於八卦,則八卦皆太極之象;分則為八卦,合則一太極;此天地自然之象數也。
伏羲八卦の起源は、もともと太極に上溯し、同時に《河図》《洛書》の二図と相合す。《河図》は天地二気合化して五行を生成し、すでに四方を分かつ。これがすなわち四象である。《洛書》は五行生変して九宮を成し、四方の外に更に四つの角を加え、そこで分列して八方を成す。これがすなわち八卦の象である。中のあの「五」は太極の本位で、九宮においてはこれを「太乙本宮」と呼ぶ。太乙は中央に坐鎮するとはいえ、時序に按じて轮流して八宮に降臨す。だから九宮は皆太乙の来臨する時あり、八方も皆太乙の気を受く。八卦の象もまたこのようである。四象より分かれて八卦を成し、中間を空けて太極に位を安ず。太極は象なきとはいえ、その位置は確かに存在す。そしてその気は八卦の中に運行すれば、八卦は太極の象ならざるなし。分かちて見れば八卦であり、合わせて見れば一個の太極である。これは天地自然而然の象と数である。
太極何以無象?則以易之重在變,而推其用,故隱其體;以體為先天,非如後天之有形也;太極之為太極,言其氣之如是行,生化之如是成;不可以物擬之,故不象之也。然太極之氣,無時不在;所行之道,無地不至;其所生化者,自物見之;故列八卦,即有太極;太極自存八卦之中,見八卦即見太極。猶道不可見,而以德見之;神不可名,而以形名之。
太極はなぜ象なきか。《易》の重点は「変」に在り、その用を推演することを重んずるがゆえに、その体を隠蔵したのである。体は先天に属し、后天の物のごとく形あって見ゆるに似ず。太極の太極たる所以は、ただ気がかくのごとく運行し生化がかくのごとく完成するを言うのみで、具体の物をもって比擬し得ず。だからそれに象を立てない。しかし太極の気は時として在らざるなく、それの行く道は処として到らざるなく、それの生化する所は物の上より見出し得る。だからただ八卦を排出すれば、太極はその中に在る。太極はもともと八卦の中に存在し、八卦を見ればすなわち太極を見るに等しい。これはちょうど道それ自体は見えざるも、ただ徳を通してそれを見るごとく、神それ自体は名を呼び出し得ざるも、形体を借りてそれに名を与うるがごとし。
先天者,麗於後天;道者,存於器;得其一,則知其二;不待別求之也。故八卦之位虛太極,而八卦之用,皆太極之用也;以太極有名無位,有位無象;故易有用無體,非無體也,見用即知體,體在用中也;傳所謂:「神無方,易無體」者,即此義也。神者,指太乙之神;無方,無定方也;言太乙雖居中宮,而周行八方無定也;易無體,則極之不顯其象,而其用存於八卦;不獨八卦、六十四卦、三百八十四爻、皆有所用,皆太極之用也。用見而體藏,故曰:「無體」,後人不明此義,遂不解「無體」之謂何也。
先天は后天の上に依附し、道は器の中に存在す。その中の一辺を掌握すれば、便ち他の一辺を知るを得、更に別に尋ね求むるを要せず。だから八卦の方位は中間を空けて太極に留め、八卦の一切の作用は皆太極の作用である。太極は名あって位なく、位あって象なきがゆえに、《易》は用あって体なし。これは真に体なきではなく、用を見れば便ち体あるを知り、体はすなわち用の裏に蔵す。《繋辞上》の言う「神に方なく易に体なし」は、正にこの意を講ずる。「神」は太乙の神を指す。「無方」はすなわち固定の方向なきを言い、太乙は中宮に居るとはいえ八方を周行して定所なきを言う。「易に体なし」とは、すなわちこの極が自らの象を顕出せず、その用は八卦の中に寄存するを言う。ただに八卦のみならず、六十四卦、三百八十四爻、凡そ作用あるは皆太極の作用である。用は顕現して体は隠蔵す。だから「無体」と呼ぶ。後人はこの層の道理を明白にせず、そこで「無体」の一体何を指すかを弄じて懂えぬ。
夫天地之大,為神者一,為形者萬;為體者一,為用者萬;故有上下道器之殊。太極體道而用神,為名可名,而物不可擬;合之則一,分之則萬;皆此太極也。如:合天地,一太極也,而天地間萬物皆有太極在;道,一太極也,而天下萬物皆有太極在;太極不可得而象者,恐象之而人疑為物也;故雖有太極之圖,祇可視為虛擬之象,不得認為一物也;不得為物,而物皆有之。
天地はかくのごとく広大にして、「神」と為るはただ一個、「形」と為るは千万あり、「体」と為るはただ一個、「用」と為るは千万あり。そこで初めて形而上の道と形而下の器との分別あり。太極は道をもって体と為し神をもって用と為す。その名は称呼し得るが、その物は比擬する所なし。合わせれば一個、分かれば千万個で、しかも全くこの太極である。たとえば天地を合わせて見れば、一個の太極で、天地間の万物はまた各々太極をその中に有す。道は一個の太極で、天下の万物もまた各々太極をその中に有す。太極に象を立て得ざる所以は、一たび象を立てれば人が誤ってそれを件のものと為すを恐れるがゆえに。だから太極図あるとはいえ、ただこれを虚擬の象と看做すべく、一件の実物と当成すべからず。それは物と算え難いが、万物はまた皆それを含有す。
故易卦不列太極,而全易卦爻皆存之;伏羲一畫開天,豈非以一擬太極哉?則凡卦爻,莫非自此一來;固莫非太極之象,何事再象之乎?通者迖之,執者昧之,觀八卦之象,固無在而非太極,視人之能見得否耳。
だから《易》の卦の裏に単独に太極を列せず、全部《易》の卦と爻とは処々にそれを蔵す。伏羲が一画して天を開く、あの一画は正に「一」をもって太極に比擬したではないか。すでに然らば、凡そ卦凡そ爻は、この一画より来らざるなく、すなわち太極の象ならざるなし。何ぞ必ずしも更に別に一個の象を立てんや。通達の人は自ずからこの一層に到達し、拘執の人はこれに蒙蔽せらる。八卦の象を看るに、もともと一処として太極ならざるなく、ただ人の見出し得るや否やを看るのみである。
伏羲八卦講義
宣聖講義・孔子
伏羲畫卦,始於太極,已見前講。所畫八卦者,純本太極陰陽並行之象,及河洛五行九宮之圖者也。太極之陰陽兩儀,非同等同類各據一方者也,非守位不移者也,非分行不侔者也。其生也有序,化也有次,交也有多寡,行也有往復;一消一長,一降一升,非劃然兩截也;一盈一虛,一錯一綜,乃合而有得者也。
伏羲の画卦は太極より始まる。これは前にすでに講じた。彼の画いた八卦は、完全に太極陰陽並行の象および《河図》《洛書》五行九宮の図に依拠する。太極の分かつ陰陽両儀は、彼此対等同類にして各々一方を占むるがごとき簡単なものではなく、また各々その位を守りて固定不動でもなく、更に各々その道を走りて彼此毫も相干なきでもない。それらの生には先後の序あり、化には前後の次あり、交接には多寡あり、運行には往复あり。一消一長、一降一升、截然として両半に分かつではない。一盈一虚、一錯一綜、まさに彼此配合して初めて得る所有る。
故自陰之始,至陰之終,陽之消,至陽之息,皆遞為加減乘除,而象其氣之上下往復,皆序為東南西北,而分其數為奇偶盈虛。故其名有等,位有級,類有大小,象有經緯,以成其變化,而賅天地萬物之始終者也。故兩儀遞分為四,四象遞變為八,八卦於是成象矣,合之河洛亦恰同。
だから陰の起点より陰の終点へ、陽の消退より陽の生長へ、皆依次に加・減・乗・除式の推移を作して、気の上下往復を象徴するに用い、また東・南・西・北に按じて次序を排出し、それらの数を奇と偶・盈と虚とに分かつ。それゆえそれらの名称には等第あり、位置には級差あり、類別には大小あり、象には経あり緯あり、これによって各種の変化を成就して、天地万物の始と終とを皆包括す。そこで両儀は依次に四份に分かれ、四象は依次に八份に変じ、八卦はここに至って成象す。《河図》《洛書》をもって対照すれば、またちょうど一致す。
河洛之圖,由天地之數成五行,由五行之位變九宮;五行除中央則仍四象,九宮除中央則仍八卦也。中央者太極也。八卦以中央為虛,故列八方而虛其中,實則中央太極仍自在也。八卦之象,本於太極,合於河洛,而象天地萬物之生成變化者;生成無盡,變化無窮,八卦之用亦無垠也。
《河図》《洛書》のこの二図は、天地の数によって五行を構成し、更に五行の方位によって九宮に変ず。五行は中央を去ればなお四象であり、九宮は中央を去ればなお八卦である。中央のあの一位はすなわち太極である。八卦は中央を空位と為すので、ただ八方を排列して当中を空け出すが、実は中央の太極は依然として安んじて存在す。八卦の象は太極に根源し、また《河図》《洛書》と相合して、天地万物の生成変化を象徴するに用いる。生成に尽頭なく、変化に窮期なければ、八卦の用処もまた辺際なし。
易傳曰:「神無方,易無體。」此即指八卦之虛中位也。中為太極,元氣周流,主之者神,行無定方;太極為體,八卦成用,太極既虛,故曰無體。此八卦既立之後,用其變化,而至無盡;雖曰無體,體見於用,猶神之無方而無不在也。
《易伝・繋辞上》に言う、「神に方なく易に体なし」。これは正に八卦の当中の空け出したあの位置を指す。中央はすなわち太極で、元気はここに周流し、それを主宰するは神で、運行して固定の方向なし。太極は体で、八卦は用である。太極はすでに空け出されたるがゆえに、それを「無体」と言う。これは八卦が立定した後、その変化を運用して無窮に至るを言う。「無体」と言うも、体は用の中に顕現す。ちょうど神は固定の方位なきといえども、また在らざる所なきがごとし。
夫伏羲作卦之始,初無文字,卦象則象形之字也;其命名也,即象物之名。故□為乾象天,即天字;天之古文,即如□卦之象,象陽氣之聚於上也。□為象地,即地字,象地之形;地成於山水,其左為山,右為水,後人其狀為地也。□離為火,即火字也;火為旁實中虛,如□,後人變為火字,或作□,仍□象也。
伏羲が卦を作り始めた時、もともと文字はなく、卦象は実は象形の字であった。卦に命名するに、用いたのもすなわち象る所の物の名称である。だから乾卦☰は天を象徴し、それはすなわち「天」の字である。「天」の古文は、形状正に乾卦の象のごとく、陽気の上に積聚するを象徴す。坤卦☷は地を象徴し、それはすなわち「地」の字で、地の形状を摹写す。地は山と水とより構成し、左辺は山、右辺は水で、後人は便ちこの形状に照らして「地」の字を写した。離卦☲は火と為す。それはすなわち「火」の字である。火の形状は両旁実にして中間虚で、正に離卦のごとく、後人はこれを変写して「火」の字と為し、あるいは別の形体を写作するも、なお離卦の象である。
□為坎為水,即水字,象水之形,後人變為□,仍□象也。□為震為雷,象天下之電光流照,即雷字也,後人變□,仍□象所化。□為艮為山,象山在地面,高出於土,即山字,後人變為□,有作□者,仍□象也。□為巽為風,又為木,象風行天空,木枝葉分披,後人變為□,或□仍□象也。
坎卦☵は水と為す。それはすなわち「水」の字で、水流の形状を摹写す。後人は改めて別の形体を写すも、なお坎卦の象である。震卦☳は雷と為し、天下の電光の流動照燿するを象徴す。それはすなわち「雷」の字で、後人は写法を改変したが、なお震卦の象より化出したものである。艮卦☶は山と為し、山の地面の上に立ちて土より高出するを象徴す。それはすなわち「山」の字で、後人は改めて別の形体を写し、あるいはもう一種の様子を写すも、なお艮卦の象である。巽卦☴は風と為し、また木と為し、風の天空に吹行し樹木枝葉の紛披して下垂するを象徴す。後人は改めて別の形体を写し、あるいはもう一種を写作すも、なお巽卦の象である。
□為兌為澤,象水之在澤,如湖沼之類;後人以其從水出,變為□,象水之瀦,而後流之意;又為說言,象舌動而口啟也。此皆最初之字,象形者也;雖以去古久遠,遷變已多,不盡相同,而其意仍在。且坎離二象,仍如初也。坎之水,離之火,其象既似,其數亦同,則一覽可知者矣。因水火二者,陰陽之樞紐,天地之運用其自然之象,永古如斯,則字象亦不變也。況八卦明氣與數者也。
兌卦☱は沢と為し、水の窪地に積するを象徴し、ちょうど湖泊沼池の類のごとし。後人はそれの水より衍出したに因って、便ち改めて別の形体を写し、水の停聚して後に流出するの意を取った。兌はまた「説」と訓す。すなわち言说で、舌の一動すれば口便ち開くを象徴す。これらは皆最早の文字で、象形に属す。今年代より遠久とはいえ、形体の変遷すでに多く、すでに同じからざるものあるも、それらの本意は依然として保留せらる。しかも坎・離の二象は今に至ってなお当初と同じなり。坎の代表する水、離の代表する火は、それらの象すでに相似、その数また同じなれば、一見して知り得る。水火二者は陰陽の枢機であり、天地運用の中の自然而然の象で、亘古かくのごとし。だから字形すら曽て改変せざるなり。まして八卦はもともと気と数とを闡明するに用いるものである。
伏羲八卦講義・気数奇偶と四象の出づる所
氣有陰陽,數有奇偶,故天為陽奇,地為陰偶。其所生者陽則奇,陰則偶,亦如之。而陽卦多陰,陰卦多陽,明陰陽必交互而後見其用也。所謂自然之理,自致至焉,不假人為者也。試觀八卦之名及其字,即可以知其數與氣,其符合者純自然自在,非聖人所為也。
「気」に陰陽の分あり、「数」に奇偶の別あるがゆえに、天は陽に属してその数は奇と為り、地は陰に属してその数は偶と為る。天地の生じ出す一切もまたこの例に照らし、陽に属する数は必ず奇、陰に属する数は必ず偶である。しかし八卦の中、陽卦はかえって陰爻多く居り、陰卦はかえって陽爻多く居る。これは正に陰陽が必ず交錯互入して、そうして初めて功用を見出し得るを説明し、純陰純陽が孤立不動すれば作為する所なきを言う。これがいわゆる自然の理である。それは自らあの一歩に走到し、自らあの位置に到達し、人為の安排に仮手するを要しない。試みに八卦の名称とそれらの字形とを看れば、その中より各卦の数と気とを読み出し得る。名・形・数・気の四者は彼此吻合して、全く天然本有・自ずから在りてしかのごとく、聖人が意をもって造設し出したのではない。
八卦之氣數,生化之所繫,皆自四象來。如乾與兌,太陽也;坤與艮太陰也;坎與巽,少陽也;離與震,少陰也。陰生陽,陽生陰,二氣周流,循環無窮,其數則有先後,其位則有上下。屬於陽者,近天而數奇;屬於陰者,近地而數偶。天地者陰陽之總樞,故乾坤為父母;水火者陰陽之大用,故坎離為樞機。此四者居四方之正。震巽艮兌者,陰陽之變化,消息盈虛終始之事也,故四者在四偶,以輔翼其生化,而變通其氣數。此卦之有八,為天地萬物之總象也。
八卦の気と数とは、万物生成変化の繋がる所の関鍵で、それらは全く「四象」より推衍して来る。「乾」と「兌」とは太陽に出づ、「坤」と「艮」とは太陰に出づ、「坎」と「巽」とは少陽に出づ、「離」と「震」とは少陰に出づ。陰はよく陽を生じ、陽はよく陰を生じ、両気は周流して息まず、循環して窮尽なし。ただ流転の中、数には先後の別あり、位には上下の分あり。凡そ陽に属するは天に近づきて配する所の数は奇と為り、凡そ陰に属するは地に近づきて配する所の数は偶と為る。天地は陰陽の総枢紐なので、「乾」「坤」両卦を父母卦と称す。水火は陰陽最大の功用の在る所なので、「坎」「離」両卦を枢機と称す。この四卦は東西南北の四正位を占住す。「震」「巽」「艮」「兌」四卦の主する所は陰陽の変化で、消長盈虚・有始有終この類の事なので、四つの隅角に列して、乾坤坎離を輔翼して生化を完成せしめ、並びに気数を変通せしむるに用いる。卦のちょうど八個なる所以は、正にこの八個がすでに天地万物の総象たるに足るがゆえである。
伏羲八卦講義・卦象は簡にして推する所は繁し
夫伏羲作卦,以象明氣數生化者也。而生必有始,化必有終;有其氣,則有其物;有其數,則有其類。天地至大,萬物至眾,而約之於八卦。其所象者簡,而所推者繁;所舉者易,而所變者多,則由其用之不窮也。天地一陰陽也,萬物亦一陰陽耳,故萬物雖生化無盡,不得外於天地,即不得外於八卦也。八卦之始終可得言也,而變化不可測;八卦之名物可得類也,而遷移有無窮,此所以名之曰卦。言以一卦萬,以簡御繁,以易御眾,其為德不二,故能成其大也。此就八卦之名類氣數略言之耳。
伏羲の画卦は、卦象をもって気と数とが如何に生化するかを説明せんとする。凡そ生ずる所有れば必ず起点あり、凡そ化する所有れば必ず終結あり。あの種の気あれば、あの類の物あり。あの種の数あれば、あの類の族あり。天地は極めて広大にして万物は極めて衆多なるを、八個の卦の裏に収束す。それの取る象は簡約だが、それより推し出す事理は極めて繁复である。それの挙ぐる例は浅易だが、それより変じ出す情形は極めて多い。これはその功用の無窮無尽なるがゆえである。天地はただ一陰一陽に過ぎず、万物もただ一陰一陽に過ぎない。だから万物は縦に生化して止まざるも、天地の外に跳出し得ず、すなわち八卦の外に跳出し得ない。八卦の起訖は説き清め得るが、その変化は測り尽くせない。八卦の指す名物は帰類し得るが、その遷移は窮期なし。これは正にそれを「卦」と命名した所以である。いわゆる「一をもって万に卦る」とは、簡約をもって繁复を駕御し、浅易をもって衆多を駕御する。それの徳性は専一不二なので、その広大を成就し得る。以上はただ八卦の名目・類別と気数とに就いて略々一二を説くのみである。
伏羲八卦講義・八卦方位は《河図》に本づく
伏羲八卦,自象言之則包舉天地萬物之象,自數言之則納天下之數,自氣言之,則通二五之氣。其設象有物,制卦有則:物者天地生成之物,則者河洛太極之象。故卦有大小,地有方位,行有次序,有往來之度,有變化之形,有奇偶對待之數,有陰陽分合之情。故卦有名有義有位有時,有交合之類,變易之事,雖簡而不遺於物,雖繁而不乖於道,此其本於自然,成於固有者,非作者有意為之也。
伏羲の画いた八卦は、「象」より言えば天地万物の形象を包羅し、「数」より言えば天下一切の数を収納し、「気」より言えば陰陽二気と五行の気とを貫通す。すなわちいわゆる「二五の気」である。それは象を設くるに本ある所あり、卦を制するに拠る所あり。本とする「物」は天地生成の実物であり、拠る所の「則」は《河図》《洛書》と太極の象である。だから卦に大小の別あり、位に東西南北の定あり、行に先後の序あり、往来の度数あり、変化の形態あり、奇偶相対の数あり、陰陽分合の情状あり。それゆえ每一卦に名あり義あり位あり時あり、交合の類別あり、変易の事象あり。簡約とはいえ任何の一物をも遺漏せず、繁密とはいえ常道に背かず。これは皆自然に本づき固有に成るもので、作卦の人が私意に凭って安排し出したのではない。
如八卦之氣數,與河洛太極之圖合,自分陰陽,自成上下。乾為天而居上,坤為地而居下,此天地自然之位也。陽從天下,陰從地上,陰陽上下,天地以交,生成乃見,此河圖之象也。生成之數,首水次火:水以陰藏陽,火以陽包陰;水則潤下而隨陽升,火則炎上而隨陰降,陽左陰右。故離東坎西,以象日月:日為陽則東昇,月為陰則西出,其象亦天地自然者也。
八卦の気数は《河図》《洛書》および太極の図と完全に相合して、自然に陰陽を分かち自然に上下を形成す。「乾」は天と為して上位に居り、「坤」は地と為して下位に居る。これは天地本然の座次である。陽気は天より下降し、陰気は地より上昇し、陰陽は一上一下し、天地はこれによって交感し、生成の功は初めて顕現す。これがすなわち《河図》の呈現する象である。生成の数に至っては、まず水を説いて後に火を説く。水は陰の形体をもって陽を包蔵し、火は陽の形体をもって陰を包裏す。水性は潤下すれども陽気に隨って上昇し、火性は炎上すれども陰気に隨って下降す。陽は左に居り陰は右に居る。だから「離」は東に在り「坎」は西に在り、日月を象徴するに用いる。太陽は陽に属するがゆえに東方より升起し、月亮は陰に属するがゆえに西方より出現す。この象も同じく天地の自然に出づ。
天三生木,則陽氣切生於陰。陽在天為風,在地為木,風行於空,木生就上,故震在東北,巽在西南。陽息則陰消,陰虛則陽動,亦天地之氣自然分合也。地四天九,金以生成。金藏於山而耀其質,含英則靜而居地,飛光則動而近天。山乃厚藏,陽因陰用;澤乃流潤,陰以陽耀。故艮為山而居西北,以附於地;兌為澤而處東南,以麗於天。陰陽自分,方位以異,亦天地萬物自然之象也。
《河図》生成の数に依れば、「天は三をもって木を生ず」。これは陽気が緊接して陰の中より生発し出るのである。この股の陽気は天の上においては風と表現し、地の上においては木と表現す。風は虚空に行い、木は上に向かいて生長す。だから「震」は東北に居り、「巽」は西南に居る。陽気生長すれば陰気消退し、陰気虚弱すれば陽気発動す。これもまた天地の気の自然の分と合である。更に「地は四をもって金を生じ、天は九をもって之を成す」を見れば、金はこれによって生成す。金は山の裏に蘊蔵してその光沢を顕露す。含蓄英華の時は静なので地に居り、飛光閃燿の時は動なので天に近づく。山は厚重の収蔵で、陽は陰を借りて初めて用を起こす。沢は流動の潤沢で、陰は陽に凭って初めて輝を生ず。だから「艮」は山と為して西北に居り地に附着し、「兌」は沢と為して東南に処り天に附麗す。陰陽は各々分立して方位因りて同じからず。これも同じく天地万物自然の象である。
陽者從陽而樂交陰,陰者隨陰而喜順陽。天地既立其樞,六物因之而定;水火既分其用,四象由之而行。風雷震於東西,以成寒暑之令;山澤列於南北,以見生化之機。此八卦之方位有所定也。易傳曰,天地定位,山澤通氣,雷風相博,水火不相射。此指伏羲八卦之方位也。
陽に属するは陽に隨従するが、陰と交合するを楽しむ。陰に属するは陰に隨従するが、陽に順従するを喜ぶ。天地はすでに枢紐を立定せば、その余の六卦の象る物は便ちこれに隨って確定す。水火はすでに大用を分掌せば、四象は便ちそれらに依って運行す。風と雷とは東西に激蕩して、因りて寒暑の節令を成就す。山と沢とは南北に羅列して、因りて生化の括を顕現す。八卦の方位はかくのごとくして定まったのである。《易伝・説卦》に言う、「天地位を定め、山沢気を通じ、雷風相い博ち、水火相い射ざらず」。言う所は天と地とが各々上下の位を定め、山と沢とが二気互いに貫通し、雷と風とが彼此激蕩し、水と火とが並存して相い滅ぼさざる。これら数句の指す所は、正に伏羲八卦の方位である。
伏羲八卦講義・八卦次序は太極に本づく
至八卦之次序,則本於太極兩儀之象,而分陰分陽,順逆以相交,成往復循環之數,亦與河洛同。蓋太極之變易,河洛之生成,陰陽二氣,自生至老,自始迄終,有其序也;而以數紀之,則次序乃明。八卦亦然:乾為陽統,坤為陰統;乾數為九,紀陽之老,坤數為六,紀陰之終。此二氣之樞,為各數之宰。循環者由陰始,行陰者由陽起,故陽自上統下,陰自下統上;左之卦上統於乾,右之卦下環於坤,一順一逆,而成環行。
八卦の次序に至っては、すなわち太極と両儀の象に本づく。これによって陰を分かち陽を分かち、一順一逆に相交して、往復循環の数を構成す。この点もまた《河図》《洛書》と相同じ。太極の変易、河洛の生成は、説き詰めれば皆陰陽二気の初生より衰老へ、開端より終結への歷程で、その中におのずから次第あり。「数」をもってこれを記録すれば、次序は清らかなり。八卦もまたこのごとし。「乾」は一切の陽を統摂し、「坤」は一切の陰を統摂す。乾の数は九で、陽気の老を標記し、坤の数は六で、陰気の終を標記す。この両者は二気の枢紐であり、またその余の各数の主宰である。循環は陰より始まり、しかも陰の運行はまた陽に依って発動せねばならない。だから陽は上より下に統轄し、陰は下より上に統轄す。左辺一列の卦は上に向かいて「乾」に統属し、右辺一列の卦は下に向かいて「坤」に環帰す。一順一逆にして、一個の円環のごとき運行を合成す。
陰乃繼陽,陽乃交陰。故自乾數之,則次為兌,次為離,次為震,又次為巽,次為坎,次為艮,次為坤,以成一序,相貫而相得,莫見其盡也。蓋乾者純陽,靜則陰生矣;坤者純陰,動則陽生矣。以陽交陰,則生者必有死;以陰繼陽,則盈者必有虛。一往一來,一進一退,乃見其次序焉。故太陽有二,太陰有二,少陽少陰亦然,以有始則有終,有來則有往,其行之自至也。
陰は陽を接続し、陽はまた陰に交入す。だから「乾」より数え起こせば、依次「兌」、更に「離」、更に「震」、また次に「巽」、更に「坎」、更に「艮」、最後に「坤」と、かくのごとく排して一個の次序を成し、前後相貫して彼此相得、その尽頭を見ず。これは「乾」が純陽で、静まれば陰が生ずるからである。「坤」は純陰で、動けば陽が生ずる。陽をもって陰に交われば、生する者あれば必ず死する者あり。陰をもって陽に続けば、盈する者あれば必ず虚する者あり。一往一来、一進一退、次序は便ちその中に顕現す。だから太陽は両卦に配し、太陰は両卦に配し、少陽・少陰も各々両卦に配す。開始あれば終結あり、来るあれば往くあり。これは気が自らあの一歩に走到して自然に至達したのである。
觀其卦象,則自知之。如一日然:日午夜子定其樞,晨夕定其行,而自午至夕,自夕至子,自子至晨,自晨至午,氣有異同,數有進退,象有盈虛消長,此自然之理,非有所為也。故卦之次序亦象之。陰陽二氣,無一息之停,其序不亂;日月往來,無一時之失,其度不乖者,則由於有自然之次序也。
ただ卦象を観察すれば、自然に明白となる。これはちょうど一昼夜の運行のごとく、正午と子夜とが南北両端の枢紐を定住し、清晨と黄昏とが東西両端の行程を定住す。午より夕へ、夕より子へ、子より晨へ、晨より午へ、気に同あり異あり、数に進あり退あり、象に盈あり虚あり消あり長あり。これは皆自然の理であって、誰かが背後に操作するではない。だから八卦の次序もまたこの様子に照らして安排す。陰陽二気は一息の停歇なく、しかもそれらの次序は曽て錯乱せず。日月は往来して一刻の失約なく、しかもそれらの度数は曽て乖違せず。正にその中にもともと一套の自然の次序あるがゆえに。
故八卦成列,則次序見,而推之無盡,變之無窮,猶依此序,未嘗有差;以合天道,以類萬物,無不咸得,則序之效也。故有卦象,則有卦位以定其方,有卦序以定其行。方定則可守,行定則可遵;有守有遵,則可久可大。此易之道,大而無盡,久而不息者也。
だから八卦は一旦行列に排成せば、次序は顕現す。此の後如何に遠く推衍し如何に繁く変化するも、依然としてこの次序に依りて、曽て差錯を出さず。それをもって天道に会合し、それをもって万物に帰類すれば、切合せざるなし。これがすなわち「序」の功效である。すでに卦象あれば、便ち卦位あってその方向を確定し、卦序あってその運行を確定す。方位定まれば、便ち固守すべき準的有り。運行定まれば、便ち遵循すべき軌辙あり。守るあり遵うあって、初めて長久なり得、広大なり得る。《周易》の道の広大にして窮尽なく、悠久にして停息せざる所以の道理は、まさにここに在る。
伏羲八卦講義・卦象は気を象りて物を象らず
八卦之象物,雖有天地水火風雷山澤之名,然舉其類,不止此也。蓋物之生也日繁,氣之所賦,數之所同,有難盡舉,此則以其類而統之耳。如乾象天,以其純陽也,其數九,其氣陽,則凡類是者皆其屬也;他卦亦然,有是象者皆附是類。以象言之,不以物名之,故於所象之物名外,另為之名,非其不限於此物也。
八卦の象る物には、天・地・水・火・風・雷・山・沢これらの名目あるとはいえ、真に同類を挙出せんとすれば、遠くこの八様に止まらない。物類の產生は日に日に繁多となり、凡そ同一種の気を禀受し同一種の数を契合するは、実に一々に列挙し難い。だからただ類別に按じて統摂するのみである。たとえば「乾」は天を象るは、それの純陽なるを取るがゆえに。その数は九、その気は陽であれば、凡そこの一類に属するは皆それに統轄せらる。その余の各卦も同じく、凡そこの象を具備するは皆この一類に附入す。それは「象」に就いて言を立てるのであって、某の一件の実物に就いて命名するではない。だから象る所の物の名称の外に、別に一個の卦名を立てる。ここの一卦がただこの一様のものに局限し得るを言うのではない。
此□象天,於天之名外,別名日乾;□象地,於地之名外,別名日坤;示□不止象天地也,故別稱之為乾坤。他卦皆然,不可以名泥其象也。故曰象不曰物,猶之二氣,不曰氣,曰儀也。凡物之生成,皆有其氣數,則有所象;象何卦者屬何類,其多不可盡述,述其易見聞而名之。而恐人泥於名物,乃別名之;又恐人之不能推演其象,乃別述卦象於傳。雖所舉較多,實未盡也。
だから「☰」という符号は天を象り、「天」という名称の外に別に名を取って「乾」と為し、「☷」という符号は地を象り、「地」という名称の外に別に名を取って「坤」と為す。これをもってこの二つの符号の象る所が天地に止まらざるを表明し、これによって別に乾坤と称す。その余の各卦も皆このようである。名称に拘執して卦象の理解を妨げてはならない。だからそれを「象」と言いて「物」と言わない。ちょうど陰陽二気を「気」と呼ばず「儀」と呼ぶがごとし。凡そ物の生成には皆その気と数とあり、すなわち皆相応の象あり。某物がどの卦を象ればどの類に属す。これらの類目は多くして言い尽くし難く、ただ見聞しやすきを挑びて命名するのみ。また人の名物に拘泥するを恐れて、そこで別に卦名を立てた。更に人の卦象を推演せざるを恐れて、そこでまた《説卦伝》の裏において別に各卦の象を舖陳した。そこは挙ぐる所比較的多いとはいえ、実は依然として窮尽していない。
且天地間事事物物,生化無盡期,則分類無盡數,名不盡名,紀不盡紀。由其化合而得者,則自其所合之象合之;由其化分而來者,則自其所分之象分之,此在人之推之也。如八卦之象,固以天地水火風雷山澤之物名之,而八卦有分合而成者,則將自天地水火風雷山澤之分合而象之也。推之至六十四卦、三百八十四爻,各有所象,有所合,有所分,有所變化,其所得之事物,亦自其象推之,無不知也。
さらに天地の間の事事物物は、生化に終期なく、分類に定数なく、名目は取り尽くせず記録も記し尽くせない。凡そ化合より来たるは、それの合した幾つかの象より合わせて看る。凡そ化分より来たるは、それの分かれた幾つかの象より分かちて看る。これは人が自ら推求するに依る。たとえば八卦の象は、もともと天・地・水・火・風・雷・山・沢これらの実物をもって命名したが、八卦はまた彼此分合して別に新卦を成し得る。そうなれば、天地水火風雷山沢の分合の上より象を取らねばならない。一路六十四卦・三百八十四爻に推し至るまで、每一卦每一爻に各々象る所有り、合する所有り、分かつ所有り、変化する所有り、これより得た事物もまた皆その象の上より推知し得て、推し出せざるはない。
故易象以簡象繁,以少象眾,由其本推之,可無盡也。夫乾坤之名,與六十四卦之名,名其象耳,不可泥於物;物不止此名,而象則同。如陰陽之為物,可千萬以至無盡,而象同於兩儀;五行亦然,九宮亦然。凡同此氣數,同此生成者,皆同此象,或事或物,或隱或顯,或神或形,或過去,或未來,皆同在象中,皆得推而類之也。故象者象氣數也,非象物,物從而象之耳。故在□之卦曰乾曰天,不過名其卦而舉天以象之,非謂以□象天已也。其它皆作如是觀。
だから《易》の取象は、簡をもって繁を駕し少をもって多を象り、根本より推衍し開いて窮尽なきを得る。「乾」「坤」この二つの名称および六十四卦の名称は、皆ただ「象」に起こした名にすぎず、某の一件の実物に拘執すべからず。実物は遠くこの一個の名目に止まらざれども、それらの象は同じ一個である。たとえば陰陽は物として、千千千万から無窮に至り得るが、それらの象は同じく両儀に帰す。五行も然り、九宮もまた然り。凡そ気数相同じく生成方式相同じきは、皆同じく一個の象に属す。事であれ物であれ、隠であれ顕であれ、無形の神であれ有形の体であれ、すでに過ぎ去ったであれ未だ到来せぬであれ、全く象の中に涵括せられ、皆類に依って推求し得る。だから「象」の象る所は気と数であって、某の一件の実物を象るのではない。実物はただこれに隨って象せらるるのみである。それゆえ「☰」この一卦に対し、これを「乾」と称し「天」と称するは、ただこの一卦に名を起し、併せて「天」を挙げてこれを象るのであって、「☰」はただ天を象るにのみ用い得ると言うのではない。その余の各卦は皆この道理に照らして看るべし。
伏羲六十四卦講義
宣聖講義――孔子
伏羲作卦,以象天地萬物,而自無之有,自始至終,無不包舉。所制卦象,初不必皆有其物也,而物之生成者自合焉;初不必皆有其事也,而事之遷變者自孚焉。蓋本於氣化而推之也。合而言之,則卦有物;分而言之,物自物,卦自卦。且卦簡而物事繁,一卦不止一物一事也。故言物以象卦,言事以名卦,為自未達本,不可盡也。必由卦以象物以名事,而後推之無盡,所謂由本以及末也。
伏羲の画卦は、天地万物を象るに用いる。「無」より「有」へ、開端より終結へ、一つとしてそれに包挈せらざるはない。当初の制定した卦象は、必ずしも每一卦にまず一件の実物あってこれに対応したのではないが、天地の生成する物は自然にそれと相合した。また必ずしも每一卦にまず一椿の事情あってこれに対応したのではないが、人間の遷流変化する事は自然にそれと相符した。これは卦象がもともと「気化」の上より推衍して出たからである。合わせて言えば、卦の裏に物を含む。分かちて言えば、物は物、卦は卦で、両者は等同しない。まして卦少なく物事多し。一卦の涵む所は決して一物一事に止まらない。だからある者が具体の物をもって卦に比附し、具体の事をもって卦に命名するは、枝末より回头して根本を求むるので、永遠に説き周せぬ。必ず反対に、卦より物を象り、卦より事を名づけて、そうして初めて無窮に推衍し得る。これを「本によりて末に及ぶ」と呼ぶ。
伏羲首制八卦,以象天地水火風雷山澤,而天下之物與事未可盡也,乃重之以極其變,變之以通其化。變化既生,其用乃宏,而八者重之為六十四,六者重之為三百八十四,此皆本於八卦之變、三爻之化而成者也。卦雖盡於六十四,而卦之用未盡;爻雖盡於三百八十四,而爻之用無窮。以其變化之率言之,則適止於六十四卦、三百八十四爻也。
伏羲が最初に八卦を制作したのは、天・地・水・火・風・雷・山・沢を象るに用いるが、しかし天下の物と事とは遠くこの八個の窮尽し得る所ではない。そこで三爻卦を両々重畳して、その変化を窮尽し、また変化の中に会通を求めて、その生化を貫通す。変化が一旦產生すれば、卦の功用は宏大となる。八卦は相重じて六十四卦と為り、六爻は相因りて三百八十四爻と為る。これらは皆八卦の変・三爻の化より衍生し出た。卦は六十四に至って止むとはいえ、卦の用処は窮尽なし。爻は三百八十四に至って止むとはいえ、爻の用処は窮極なし。ただ変化の定率に就いて言えば、ちょうど六十四卦・三百八十四爻のこの数の上に止まったのみである。
蓋卦之為象三,以象天地人,各有陰陽,乃重之為六爻。六爻者,體用俱備,陰陽咸具之卦也,故卦成於六爻,天地人也。八卦之爻皆六,分陰分陽,而天地之氣以見。由六爻之變,而八卦成六十四卦,四十八爻成三百八十四爻,此皆自本推之末也。天地生成,自少而眾;人物生化,自簡而繁。雖有終始之殊,究無氣數之異,故八者變為六十四,四十八者變為三百八十四,皆自氣數之分合者也。
もともと一個の卦の基本結構は三画で、天・地・人のこの「三才」を象るに用いる。そして三才はまた各々陰陽両面あるがゆえに、これを加倍して六爻と為す。六爻の卦は体と用とが斉備し陰と陽とを兼具するので、卦は六爻に成ると言う。成す所は正に天地人である。八卦は重畳の後に每一卦皆六爻で、六爻の中に陰を分かち陽を分かち、天地の気はこれによって顕現す。六爻の変動を経て、八卦は六十四卦に拡がり、四十八爻は三百八十四爻に拡がる。これは皆根本より枝末に推すのである。天地の生成は少より多へ、人と物の生化は簡より繁へ。その間に先後終始の差別あるとはいえ、気数の道理は二致なし。だから八は六十四に変じ、四十八は三百八十四に変ず。全く気数の分と合とに出づ。
氣數分合,有綱有紀,有起有止;卦之與爻,有統有屬,有錯有綜,以象之也。八卦之分變而成六十四,由其卦象之推移可見者也。一卦所變為八,八八為六十四,故八卦為綱也。四十八爻之變為三百八十四爻,其象亦同,由卦之象見之也。蓋爻者卦之支體,卦變則爻隨之。爻始於□、□,即兩儀也。
気数の分合は雑乱ではない。総綱あり、条理あり、起点あり、終点あり。卦と爻との間もまたこのごとく、統轄するあり、隷属するあり、「錯」(陰陽互換)あり、「綜」(上下倒置)あり、これらの関係をもって象を取る。八卦は分化して六十四卦を成す。卦象の推移の上より見出し得る。一卦は各々八卦に変じ、八八相乗すれば便ち六十四なので、八卦は綱領である。四十八爻が三百八十四爻に変ずるも道理はこれと同じで、これもまた卦象の上より見出される。爻は卦の肢体で、卦が一たび変動すれば爻はこれに隨って変動するからである。そして爻は最初ただ陽爻「⚊」と陰爻「⚋」の二画のみ。これがすなわち両儀である。
積爻為卦,不離兩儀,故爻之變不出於□、□之推往移往復。卦以爻成,故爻變而卦亦隨之。以卦言,則爻隨卦變;以爻言,則卦以爻變,實則皆氣數之變也。如八卦自□變,而□自成,則由□變者,莫不由變也。六爻成卦,六位成章,故卦有六變,□六變,而成八卦,即□、□六八之數,合之為四十八爻。因其六位之易,而自有□之體。
爻を累積すれば卦と成り、累積の材料は始終両儀を出ない。だから爻の変化もまた陽画と陰画のこの両者の往来推移を外ならぬ。卦は爻より構成するので、爻が一変すれば卦もまたこれに跟って変ず。卦の角度より見れば、爻は卦に隨って変ず。爻の角度より見れば、卦は爻に因って変ず。実は両種の説法は皆同一の事を講ずる。すなわち気数が変じているのである。たとえば八卦は陽画より変じ出たが、陰画もまた自然にこれに隨って成る。然らば凡そ陽画の変ずる所に由るは、一つとして変に由らざるなし。六爻は一卦を構成し、六個の爻位は条理に排する。だから每卦に六重の変化あり、六変の後に八卦を成す。すなわち六と八と相乗する数で、合わせて共に四十八爻。正に六個の爻位が互易し得るがゆえに、卦体自体もまたこれに隨って確立す。
故以八變。八者,後天之木數,物之初生也,以象生化之序,故八卦之變亦盡於八。以其變化之序言之,則凡□者必變為□,□者變為□。自其三位之爻言之,則其變者自下之爻始,六位之爻亦然。故初變自下之爻,由下遞上,六變而至上位,與其對位本二者合之,則八變也。
だから每一宮は皆「八」をもって変の限数と為す。「八」は后天五行の中の木の成数で、物の初生を代表し、生化の次第を象徴するに用いる。それゆえ八卦の変化もまた八をもって止めりと為す。変化の次第に就いて言えば、凡そ陽爻は必ず陰爻に変じ、陰爻は必ず陽爻に変ず。三画卦に就いて言えば、変動は最下の一爻より始まる。六画卦もまた同様の道理である。だから第一変は初爻より起り、下より上に遞変し、第六次に変じて上爻に到る。さらに「対位」(游魂)と「本位」(帰魂)のこの二変を加えれば、合わせてちょうど八変となる。
故有一宮八卦之變象焉。其對位者,如天與地,水與火,雷與風,山與澤,皆正對也,亦陰與陽也。本位者,言返其本主也,如天之歸天,地之歸地,各復其本原,猶陰還陰,陽還陽也。故名對位曰游魂,反位曰歸魂。往者必復,終者仍始之道也,亦由氣至而自致也。故變終於不變,此變之常度也。
そこで每一宮に八個の卦の変象ある。いわゆる「対位」とは、天と地、水と火、雷と風、山と沢のごとき両々正しく相対待する関係で、すなわち陰と陽の対待である。いわゆる「本位」とは、それの本来の主人に返るを言う。ちょうど天は天に帰し地は地に帰して、各々自己の本原に回るがごとく、陰が陰に還帰し陽が陽に還帰するがごとし。だから対位のあの一変を「游魂」と呼び、返位のあの一変を「帰魂」と呼ぶ。去った者は必ず回り来る。終結の処は依然として開始である。これは天地の常道であり、また気が自らあの一歩に走到して自然に至達するのである。だから変は最後に至って不変に帰す。これは正に変化の常規である。
八卦之變以此而極於八,八八六十四卦,而其變已盡,其氣已極。盡則反始,極則復生,雖有變者,仍還於初,不必更推之也,故卦終於八八,而全易之卦已成矣。爻隨卦動,卦以爻成,卦盡則爻亦盡,卦終則爻亦終,此爻亦盡於八之四十八,而止於三百八十四爻,雖有變者,不更推之矣。夫數本於氣,循環無端,寧有終極?而曰盡者,言其一段也,如以三百六十五日紀一歲也,天地之數皆至是而更轉也,故卦爻盡焉,盡而未嘗盡也。
八卦の変化はかくのごとく八をもって極限と為し、八に八を乗じて六十四卦を得、ここに至って変化はすでに窮尽し気もまた頂に到った。窮尽すれば起点に返り、頂に到れば重新に生発す。たとえ更に変化あるも、依然として最初に回る。更に下に推すを要しない。だから卦は八八の数に終止し、全部《易》の卦はこれにて完備す。爻は卦に隨って動き、卦はまた爻に依って成る。卦が窮尽すれば爻もまた窮尽し、卦が終結すれば爻もまた終結す。だから爻も同じく八に四十八を乗ずるをもって限と為し、三百八十四爻に止まる。たとえ更に変化あるも、更に下に推さず。実は数はもともと気に出で、循環に起点なく終点もなし。何処に真の終極あらんや。いわゆる「尽」とは、ただその中の一段に就いて言うのみ。ちょうど三百六十五日をもって一年を記するがごとく、天地の数はここに到って重新に一輪を転ずるにすぎない。だから言う、卦爻に尽ありとはいえ、この「尽」は真の窮尽ではない。
二気推蕩して自然にその序あり
八卦自乾坤而成,六十四卦自八卦而變,其義人盡知之;而其所以成、所以變者,人或未之知也。本來天下之物物事事,莫外二氣之推蕩所成所變。二氣之推蕩自在流行,自然生化,與天地間一切物事自相分合,實氣之自至,非有為主宰之、驅策之也。其氣自太極,而兩儀、而四象、而八卦,自生自成,莫之為而為,莫之致而至者也。而有其序焉,有其位焉,有其時焉,有其類焉,非漫然無章、雜然並陳者。故其生化不相害,推移往復不相亂,是則謂之道。
八卦は乾坤より成り、六十四卦は八卦より変ず。この説法は人皆これを知る。しかしそれらの「何を凭って成り何を凭って変ずるか」は、一般人は必ずしも明白にしない。もともと天下一切の事物は、陰陽二気の相互の推蕩の造成する生成と変化とを逃れ得ない。二気の推蕩はもとより自在に流行し、自然に生化して、天地間一切の事物と自ら分合す。これは純粋に気が自らあの一歩に到達したのであって、誰かが上頭において主宰し駆策するはない。この股の気は太極より両儀を生じ、両儀より四象、四象より八卦と、自生自成する。「誰かが為すなくして自然に成し、誰かが促すなくして自然に至る」ものである。しかしそれはまた次序あり方位あり時節あり類別あり、決して漫として章法なく雑乱に並陳するではない。まさにこのがゆえに、それの生化は彼此妨害せず、その推移往復は彼此錯乱せず。これを「道」と呼ぶ。
道猶路也。路有自至,有近有遠,有水陸舟車之宜,有關山驛旅之便,各不亂也,故行者利之,居者安之。天地之生化亦如是也:有其跡之可驗也,有其名之可紀也,有其外之可度、內之可測,大之可計,小之可數,雖繁而不雜,多而不亂者,有一定不易之統緒也。
「道」はもともと道路の意である。路は各々それの到るべき所に通向し、近あり遠あり、あるいは水路を走るに宜しく、あるいは陸路に宜しく、あるいは舟を用いるに宜しく、あるいは車に宜しく、沿途にまた関隘山川と駅站旅舎の方便あり、条理分明にして混乱せず。だから路を趕る人はその便利を得、居住する人はその安穏を得る。天地の生化もまた正にこのようである。踪迹あって験証し得、名目あって記載し得、外在のは度量し得、内在のは推測し得、大なるは計算し得、小なるは点数し得。繁密とはいえ駁雑せず、衆多とはいえ錯乱せず。これはその中に一套の固定不移の統緒あるがゆえである。
雖大而無外,細而無內,莫不可擬以象,可繫以辭者,以其永久不息,終古如一也。故得其本,知其末;明其往,知其來;推其初,知其終;質其顯,知其隱,如合符契也。彼八卦固自乾坤出,而六十四卦則自八卦生,其序至明,其位至清,其推移變化,至一不二。故觀一足以知十,察此足以見彼,祇在就其象而核之耳。
大きいこと外なきに至り、細かいこと内なきに至って、一つとして「象」をもって比擬し「辞」をもって系説し得ざるなし。これはそれが永久に停息せず亘古一のごときがゆえに。だから根本を掌握すれば、便ち枝末を知るを得。過去を明白にすれば、便ち将来を知るを得。開端を推し出せば、便ち結局を知るを得。顕露の一面を質証すれば、便ち隠微の一面を知るを得。ちょうど符と契とが合うがごとく絲毫の差なし。八卦はもともと乾坤に出で、六十四卦は八卦に出づ。それらの次序は極めて分明、位置は極めて清楚、推移変化の法則は始終如一にして游移せず。だから一個を見れば足りて十個を推知し、こちらを考察すれば足りてあちらを見る。関鍵はただ卦象に就着いて核対するに在るのみ。
如乾坤之變,而離坎六卦成,祇由其卦象,索其為乾為坤者幾何,則知其出自乾抑坤,或乾坤之和,或乾之幾而坤之幾,皆能瞭然矣。六十四卦之成於八卦也亦然:除八卦外,為五十六卦,屬於乾者幾,坤者幾,其它者幾,或由乾之消、坤之息,或由坤之進、乾之退,或其它之消息進退,皆可於卦象中見之。
たとえば乾坤一変して、坎離等その余の六卦が形成せらる。ただ卦象に就着いて、その中の乾に属する爻が幾画、坤に属する爻が幾画かを査せば、便ちそれが一体乾に出づるか坤に出づるか、乾坤調和して成ったか、あるいは乾が幾分を占め坤が幾分を占めたかを明白にし得る。全く一目了然である。六十四卦が八卦より生成するも道理は同じく、八個の本卦を除き、別に五十六卦あり。その中の乾に属する幾許、坤に属する幾許、その余の各卦に属する幾許、乾の消退と坤の生長とに由るか、あるいは坤の進逼と乾の退譲とに由るか、あるいはその余の各卦の消長進退に出づるか。これらは皆卦象の上より見出し得る。
故卦之變成於八卦,始出於兩儀,有一定之序者也,而合於一太極焉。卦雖有八,有六十四;爻雖有六,有四十八,有三百八十四,合之亦一太極耳。以太極銜兩儀而行,卦爻隨二氣以變,初無他物也。雖卦有象,爻有名,或所象所名無盡,總不外二氣之消長生化耳。故物物事事雖不可窮,卦爻有可盡者也。明乎此義,則知卦爻之所自成也。
だから卦の変化は八卦において成就し、最初は両儀に発端す。その中に一定の次序あり、しかも総じて一個の太極に会合す。卦は八個あり六十四个あるとはいえ、爻は六個あり四十八個あり三百八十四个あるとはいえ、合わせてもただ一個の太極に過ぎない。太極は両儀を銜帯して運行し、卦と爻とは陰陽二気に隨って変ず。この外別に他物なし。卦は固より象あり、爻は固より名あるも、象る所名づくる所は或いは多くして数え尽くし難いが、総じて二気の消長生化を跳出せず。だから事物は窮究し尽くせぬとはいえ、卦爻は有限にして数え尽くし得る。この層の道理を懂得すれば、すなわち卦爻が如何に形成したかを知る。
先天卦象は気に依りて物に先んず
伏羲之卦象,為象氣之初行,道之始用。天地既奠,人物以生,其數初見,其象漸成,其卦之序有異於文王之易,故名之為先天卦象。然既有象,是已有生成可言;既有物,是已有名類可辨,非如太極之先天尚無所有者。不過伏羲之創作時,為物也簡,為名也寡,所象者氣之所至,非有是物而後象以卦,乃有是氣而後象之。其後因其象而得其物,物乃備,是伏羲之卦在物先也。非先天,乃先物,以物言之為先天耳。
伏羲の卦象は、象る所は気が生じ始めて運行し、道が生じ始めて用を起こす段階である。天地すでに安定し、人と物とはこれに隨って產生し、数は初歩に顕現し象は逐漸に成形す。そしてその卦序は文王の《易》と同じからざるがゆえに、「先天卦象」と称す。ただすでに象あれば、すでに生成の言うべきあり。すでに物あれば、すでに名目類別の辨ずべきあり。太極のあの真の「先天」段階のごとき一无所有とは似ず。ただ伏羲の創制の時、物はなお簡単で名目はなお少なかった。彼の象る所はすなわち気の至る所であって、先にあの様のもの有りて然る後に卦をもってこれを象ったのではなく、先にあの一股の気有りて然る後にこれを象ったのである。後の人は卦象に順って尋求して、初めて相応の物を一々探し出し、物は初めて斉備した。見れば伏羲の卦は物に先んずる。だからそれは「天に先んず」ではなく、「物に先んず」である。ただ物の角度より言って、初めてこれを先天と呼ぶにすぎない。
至其制卦,純本於氣,而其所重,純在於象,初未致其用以極其變也。六十四卦、三百八十四爻,雖隨時皆成,亦就其本體變化象之,未及其變體之用。蓋將以示天地之生成,人物之生化,而模其形,指其途,以教於眾,使知天之為天,地之為地,人物之為人物而已,初未演其用也。故其卦象,猶懸則以示民,如天之文,地之理,其象顯而變化有度,其義明而往來有紀,乃發天道之端,而立人道之極,故為易之始基。
彼の卦を制する方式に至っては、全く気をもって本と為し、彼の着重した所も全く象に在り、当初は実用層面に推致してその変化を窮尽せず。六十四卦・三百八十四爻は当時すでに一併に具備したとはいえ、ただ本体の変化に就いて象を取り、まだ変体の後の運用に渉らなかった。彼の用意は、天地が如何に生成し人物が如何に生化するかを顕示し、その形態を摹写し出しその途径を指点し出して、衆人を教導し、人に天の天たる所以・地の地たる所以・人物の人物たる所以を知らしめんとするに在ったのみで、曽てその具体の用法を演繹せず。だから彼の卦象は高く一套の法則を懸げて百姓に見せるがごとく、天上の文彩・地上の纹理のごとし。象は顕豁にして変化に度数あり、義は明白にして往来に綱紀あり、これによって天道の端緒を開啓し人道の準極を樹立し、これによって《易》の最初の基石と為る。
而後世諸易之所本也。此卦象之名先天,與文王之名後天者,一屬體,一屬用,一屬成則,一屬變例,其同異自其序可見者也。夫伏羲既立卦矣,寧不盡推其變而極其用哉?則由為時太古,文字未傳,初無遺者。後之可考者,有連山歸藏之易,即文王所資以作後天卦序者也。卦本無異,以序而異;伏羲之卦,留其本則,而文王之卦,通其變例,其用不同耳。
後世の各種《易》学も皆これをもって本と為す。この套の卦象を「先天」と称し、文王のあの套を「后天」と称す。二者は一つは「体」に属し一つは「用」に属す。一つは既定の法則、一つは変通の条例で、それらの異同は卦序の上より見出し得る。伏羲はすでに卦を立てた。豈にその変化を底に推しその功用を極致に発揮せざらんや。ただ年代があまりに邃古で文字未だ流伝せざるがゆえに、何も留められなかった。後人の考見し得るはただ《連山》《帰蔵》の二種の《易》のみ。それは正に文王が后天卦序を制作するに依凭としたものである。卦それ自体に異同なく、異なるはただ次序のみ。伏羲の卦の保存するは根本法則で、文王の卦の通達するは変通条例で、用法相同じからざるのみである。
然卦始自伏羲,則習易必先成則,以探其本,本達而後可言用也。故卦之用,必從文王;而卦之習,必溯伏義。伏羲之卦為後聖所採,以制作文物者多矣,其氣所象不易故也。物有生化,氣永存也;物有成壞,氣常在也。故言物不可盡,言氣則有度有紀。伏羲之卦名先天者,以依於氣而先於物也,非太極之先天也。
しかし卦はすでに伏羲に創始せられた以上、《易》を学ぶには必ずまずこの套の既成の法則を掌握して、その根本を探求せねばならない。根本が通達すれば、そうして初めて運用を談ずべし。だから卦の用法を論ずれば、必ず文王に依従せねばならず、卦の研習を論ずれば、必ず伏羲に上溯せねばならない。伏羲の卦が後世聖人の採用せられ、これに拠って各種の典章器物を制作した例は多い。原因はまさにそれの象るあの股の気が永遠に改変せざるに在る。物に生あり化あるも気は長存し、物に成あり壊あるも気は常在す。だから「物」を談ずれば説き尽くせず、「気」を談ずれば度数あり綱紀あって循すべし。伏羲の卦が先天と称せらるるは、それが気に依拠して物に先んずるがゆえに、太極のごとき一无所有の先天を指すのではない。
卦名・別名と卦爻の画
伏羲之卦,既屬先天之象,則其卦所象,為氣而非物,其繫物名者,多後人為之辭也。且卦少物眾,不可以物象者,則別名之,要皆非伏羲所名也。不獨六十四卦如是,八卦亦如是。故□為天而名乾,□為地而名坤。□者,卦象氣者也;天地者,象物者也;乾坤者,別名者也。別名亦有其義,為指事或會意;物名則象物者也。如巽之為風又象木,離之為火又象日,皆一物不可盡其象,而後名之以巽以離;然巽與離之義,不訓為風木及火日也。是則別名非象物者也。且古人尚有他名者,至文王始釐定今名,以其知者眾,而含義廣也。故習易時先知其名,與卦有同異,不可執名以求之也。
伏羲の卦はすでに先天の象に属する以上、卦の象る所は気であって物ではない。それらの実物名称を系えた説法は、多くは後人の加えた措辞である。まして卦少なく物多し。凡そ某一実物をもって象り得ざるは、別に一個の名を取る。これらの名字は大抵皆伏羲の定めた所ではない。ただに六十四卦然るのみならず、八卦もまた然り。だから「☰」という符号は天を象りて名を「乾」と為し、「☷」という符号は地を象りて名を「坤」と為す。あの二つの符号は気を象るものであり、「天」「地」は物を象るものであり、「乾」「坤」は別に立てた別名である。別名も各々取義あり、あるいは指事に属しあるいは会意に属す。物名に至っては、初めて直接物を象る。たとえば「巽」は風と為しまた木を象り、「離」は火と為しまた日を象る。皆単一の実物はその象を窮尽し得ざるがゆえに、別に「巽」「離」を用いて命名す。しかし「巽」と「離」のこの二字の意義は、風木と火日とに訓釈し得ない。見れば別名は物を象るに用いるのではない。しかも古人はこれらの卦に更に別の称呼ありて、文王に至って初めて今日通行の名称に厘定せられた。これらの名称は認識する人多く涵義また広いがゆえに。だから《易》を研習する時、まず卦名と卦自体とに同あり異あるを知り、名称を死に抠きて卦義を求解しに行ってはならない。
欲明卦之象,必求象之變化在爻位也。或陰或陽,必自其卦爻求之,始得伏羲之卦義也。伏羲之時,初無文字,所具者卦爻之畫而已,以畫之進退升降,知氣之消長往復;以畫之變化遷移,知氣之生成同異。故習之者,必列其卦爻以按之也。伏羲卦序以八卦為綱,每卦屬者共八,明自其本卦所生化也。然每卦之間,有連貫之氣,非截然獨立者也。如乾坤之卦,固相連而成變化者,非祇在本卦綱下也,其它亦然,故必會通而求,則其序可見。
卦の象を明白にせんと欲すれば、必ず爻位の上に至って象の変化を尋求せねばならない。某爻が陰か陽かは、必ず卦の爻画の上より求めて、初めて伏羲の卦を立てた本義を得る。伏羲のあの時代にはまだ文字なく、有する所はただ卦爻の画のみであった。爻画の進退升降より、気の消長往復を知り得る。爻画の変化遷移より、気の生成の異同を知り得る。だから研習する者は、必ず卦爻を一々排列し出して比対せねばならない。伏羲の卦序は八卦をもって綱と為し、每一宮の下に八卦を統属して、この八卦が皆本宮の卦より生化し出たを表明す。しかし各宮の間にまた貫通する気脈あって、彼此隔絶・各自独立ではない。たとえば乾と坤の両卦は、もともと相互に連帯して変化を生じ出す。ただ各々本宮の綱目の下に待つのみではない。その余の各宮も同様である。だから必ず融会貫通して求めて、卦序の条理は初めて顕現し出る。
此八宮之外有圓方圖二者,以其連貫生化自成方圓,象天地之氣自相統屬也。圓者象天,方者象地,方在圓中,象天之包地。其卦則象天上地下之物,及天地間之物也,象其氣之周流終始,非限於何物也。故觀伏羲之卦,先八卦之變化,次六十四卦之推移,次六十四卦本宮之序次,及方圓各圖,以求其所以生化之跡,以驗其所由周行之氣,因以見天地生成之序,人物生化之次,皆可明瞭。則於伏羲作卦之意已知,而全易卦象之義可得。既得其本,再求其用;既得其則,再極其變,而後及於文王之卦,其終始可一覽而盡矣。是則習易者所當知也。
まさにこのがゆえに、八宮の外に別に「円図」「方図」の二種の図式あり。卦の連貫生化はもともと自然に方と円とを形成するがゆえに、天地の気の彼此統属する関係を象るに用いる。円は天を象り、方は地を象り、方図は円図の中に安置して、天の地を包むを象る。図中の卦は、天上地下の物を象り、また天地の間の物を象る。象る所は気の周流始終であって、某の一件の具体のものに局限しない。だから伏羲の卦を研看するには、当にまず八卦の変化を看、次に六十四卦の推移を看、次に六十四卦の本宮中の排列次第を看、更に方図円図を看て、その中よりそれの生化の踪迹を尋求し、それの周行の気を験証す。これによって便ち天地生成の次序、人物生化の層次を見、件件皆明暸を得る。こうなれば、伏羲の卦を作した用意はすでに知悉し、全部《易》卦象の義理もまた手に到る。すでにその本を得れば、更にその用を求め、すでにその法則を得れば、更にその変化を窮め、そうして後に進んで文王の卦を研究すれば、頭より尾まで一览无余と為し得る。これは《易》を学ぶ人の知るべき次第である。
八宮相通と方円二図
卦之變化,自其本宮所生者,則其本氣所變也;自他宮生者,則間他氣所變也。如乾宮卦,自乾所變,若坤宮有乾卦所生者,則二宮之氣共化也。八宮皆相通,唯乾與坤,離與坎,震與巽,艮與兌,皆相對,半屬本宮,半屬對宮,以氣之相當,而變之必至也。如乾三變則受坤氣,四變以下,皆坤卦之來化,此定例也。
卦の変化は、凡そ本宮より生じ出たは、本宮の気それ自体の変ずる所である。凡そ別宮より生じ出たは、別宮の気を摻入して初めて変じたのである。たとえば乾宮の各卦は、「乾」より変じ出たものである。もし坤宮の裏に乾卦の生ずる所の卦が出現すれば、それはすなわち乾坤両宮の気の共同生化の結果である。八宮は彼此皆相通ず。ただ乾と坤、離と坎、震と巽、艮と兌のこの四対が両々相対するがゆえに、每一宮の変卦は半分が本宮に属し半分が対宮に属す。両気の分量が相當なれば、そこに変じ至るは必然だからである。たとえば乾宮が第三変に変じ至れば坤気を承受し始め、第四変以下は皆坤卦の気が前来して化合する。これは一定の成例である。
唯最末仍返本宮,以歸於本原,明氣化之終歸始也,此本宮變化之序也。方圓各圖,則以卦為主,凡其卦之氣屬某者,不問其宮,與各卦同序。如乾卦凡屬乾者,不問在乾宮與別宮,皆列於一序,交錯各宮以成卦序。因天地之氣,流行八方,本無界限,氣之所至,則卦象見焉。以此可氣之周流,不限本宮,而天地間之物,不出兩氣之生化分合也。故豎之則成行,橫之則成列,圓之則成環,方之則成塊;氣之所至則成形,象之所見則成物,初無可泥也,不過行有度,至有紀,不相亂耳。
ただ最末の一変のみ依然として本宮に返回し、自己の本原に回りて、気化が終に最初に帰するを表明す。これがすなわち本宮変化の次序である。方図と円図に至っては、改めて「卦」を主と為す。凡そ某一卦の気がどの類に属するかは、もはやそれのもとどの宮に属するかを管せず、一律に同類の卦と排して一処と為す。たとえば乾卦は、凡そ乾のこの一類に属するは、それが乾宮に出現しようと別宮に出現しようと、皆同一の序列に排入する。そこで各宮は交錯穿插して新しい卦序を形成す。これは天地の気が八方に流行し、もともと界限なく、気が何処に到れば卦象は何処に顕現するがゆえである。これによって気は周流して本宮の制限を受けぬを知り、天地の間の物もまた陰陽二気の生化と分合とを跳出し得ぬを知る。だから竪に看れば行を成し、横に看れば列を成し、囲みて看れば環を成し、方めて看れば塊を成す。気の到る処は形を成し、象の顕れる処は物を成す。もともと一端に死執すべからず。ただそれの運行に度数あり、それの到達に綱紀あり、彼此錯乱せざるのみである。
故卦相象錯綜,氣數往來,天地之大,萬物之眾,無一非所生化者,則無在不有其氣也。觀乎伏羲卦象,知氣之所化,而萬物生成;知氣之所行,而萬物消長。氣至有象,氣行有序;象徵其物,序徵其數。高下大小,遠近來去,莫不可征,則天地人物,生化變易,莫不可知者矣。故曰卦象,言卦以象之也。天地尚在象內,況其下者乎?故物物事事,有名無名,總在卦中,就象驗之,無遁情矣。故易者,通天地之造化,明天下之亹亹者也。
だから諸卦は彼此象を取り、あるいは錯しあるいは綜し、気数は往来して已まない。天地はかくのごとく広大、万物はかくのごとく衆多にして、一つとしてそれに生化せらざるはなく、一処としてこの股の気を含まざるはない。伏羲の卦象を観察して、気が如何に化するかを知れば、便ち万物が如何に生成するかを知り、気が如何に行くかを知れば、便ち万物が如何に消長するかを知る。気が到達すれば便ち象あり、気が運行すれば便ち序あり。象はそれが何の物かを験証し得、序はそれが何の数に合するかを験証し得る。高と下、大と小、遠と近、来と去、一つとして験証し得ざるなし。然らば天地人物の生化変易もまた、一つとして知り得ざるなし。だからこれを「卦象」と称す。意はすなわち卦をもってそれを象る。天地すらなお象の範囲の内に在るのだから、まして天地以下の事物をや。それゆえ一切の事物、有名のを論ぜず無名のを論ぜず、統統卦の裏に在りて、卦象に就着いて験証すれば、如何なる情状も逃遁し得るなし。だから《易》のこの門の学問は、天地造化を貫通し天下の勤勉不息の理を闡明する学問である。
亜聖講述――孟子
易象莫先於伏羲之卦,由八而六十四,綱舉目張,條分縷晰;有體有用,有正有變。其體不見而用昭,其變無盡而正一;必從其生自化,而求其推移之跡;必由其所位所行,而求其氣數之類,非一覽可盡者也。奇正錯綜,參伍變化;其義詳於象,昭於辭,而引申於傅,不待贅述。茲所欲為之言者,卦象之所自成,伏羲文王之易之所自異而已。
《易》の象を講ずるに、伏羲の卦より早きはなし。八卦より六十四卦に推衍すれば、綱を一たび提起すれば目は張り開き、条理分明にして絲縷のごとく清楚である。その中に体あり用あり、正あり変あり。その「体」は顕露せずして「用」は昭彰す。その「変」は窮尽なくして「正」は始終一に帰す。それを研究するには、必ずそれ自体の生発化育に順って、推移の踪迹を尋求せねばならず、必ずそれの処する位置と運行の方向とに依拠して、気数の類別を尋求せねばならない。決して一眼掃過すれば窮尽し得るではない。奇と正とが互いに錯綜し、三三五五に交互変化す。これらの義理は卦象の裏においてすでに詳細に講じ、卦爻辞の裏においても明白に表述せられ、《易伝》の中においても引申を加えられた。我が更に贅述するを用いない。ここに談ずべき所は、ただ卦象が一体如何に形成したか、および伏羲の《易》と文王の《易》とが一体何処に異なるかのみである。
夫卦而言象,有所象也;非為物象,物不可盡舉也;非為事象,事不可盡稱也;蓋象夫氣化,而仿於天地造化之機者也。天地造化,無大小多寡,莫不出入於機;機動則生,機轉則化;機散則消,機靜則息;皆依於大氣,符於真宰,而包乎萬物萬事,立於至中至一者也。故卦有所始焉,始於太極;有所仿焉,仿於河洛之圖;皆自上而下,自一而眾;自神而形,以少御多,以虛類實者也。卦名虛也,卦象少也。
卦を説いて「象」を講ずるは、それが確かに象る所有るを言う。それの象る所は具体の物象ではない。物は挙げ尽くせざるがゆえに。また具体の事象でもない。事は称え尽くせざるがゆえに。それの象る所はすなわち「気化」であって、天地造化のあの「機」に仿照して設立したのである。天地造化は、大小多寡を論ぜず、一つとしてこの「機」の中より出入せざるなし。機が一動すれば便ち生あり、機が一転すれば便ち化あり、機が一散すれば消亡し、機が一静すれば止息す。それらは皆あの一団の大気に依托し、皆真の主宰に符合し、万事万物を包羅して、自体は至中至一の位置に安立す。だから卦にその起点あり、太極に起る。それの仿效する対象あり、《河図》《洛書》を仿效す。これらは皆上より下へ、一より多へ、無形の神より有形の体に落ち、少をもって多を駕御し、虚をもって実を統類す。卦の名はもとより虚であり、卦の象はもとより少なし。
虛則所類不滯於物,少則所徵不失其中。故易之道,神而明;易之用,大而化,非聖人不能知其故,而立其義也。夫天地萬物,莫不自無入有,自一而眾;故象造化者亦如之,河洛之圖,太極之象,皆如是也。河圖之數,自一至十;洛書之數,起一終九;太極之數,由一生二;八卦之數,自一化八,其義同也。
まさに虚なるがゆえに、それが万物を統類する時、某の一件の実物に粘住せられない。まさに少なるがゆえに、それが事物を征験する時、中正を失わない。それゆえ《易》の道理は神妙にして明徹、《易》の功用は広大にして化育し得、聖人ならざればその中の縁故を知るすべなく、またそれのために義例を建立するすべもなし。天地万物は一つとして「無」より「有」に入り「一」より「多」に発展せざるなし。だから造化を象るに用いるものもまたこの様子に照らす。《河図》《洛書》の図、太極の象、皆このごとし。《河図》の数は一より十に排し、《洛書》の数は一に起り九に終り、太極の数は一より二を生じ、八卦の数は一より八に化す。それらの講ずる所は実は同一の道理である。
故大氣之動,而為兩儀;二氣之合,而成五行;二五之化,而分九宮;其變愈多,其物愈眾,而莫不自一始也。河洛之圖,雖不見生化之序,而其方位與所得之數,已可明其所始矣!積之則成物,分之則化生,由數證之,可知其氣。故河圖之數,一六在北,二七在南;三八居東,四九居西;五十在中。此五行由二氣之合化者也。
だからあの一団の大気は一動すれば両儀と為り、陰陽二気は一合すれば五行と為り、陰陽と五行とが再び化すれば九宮を分かつ。変ずること多ければ生ずる所の物はいよいよ衆多なれども、一つとして「一」より始まらざるなし。《河図》《洛書》のこの二図は、直接に生化の先後次序を標出せずとはいえ、それらの方位および配する所の数より、すでに足りて生化の起点を看清す。数は積聚すれば凝りて物を成し、数は分散すれば化育して生機あり。数より印証すれば、便ち気を知り得る。だから《河図》の数は、一と六とは北方に在り、二と七とは南方に在り、三と八とは東方に在り、四と九とは西方に在り、五と十とは中央に在る。これがすなわち五行が陰陽二気より合化して成る図式である。
《洛書》の数と中五の枢
洛書之數,一九三七居四正,二四六八居四隅,五在中宮。此九宮由二五之分化者也。數止此數,物已變易,則可知物雖殊而氣猶同,名雖萬而機猶一也。河圖象其初生,數定於位,各有所合;洛書象其既化,數之往復順逆,錯行不已,以適其方。故河圖之位,至洛書而變也。
《洛書》の数はすなわち、一・九・三・七は四つの正方に居り、二・四・六・八は四つの隅角に居り、五は中宮に居る。これは九宮が陰陽二気と五行とより分化して成る図式である。数は依然あの数だが、物はすでに変じた。これによって知る。物は千差万別なるも気は依然として相同じ、名目は成千上万なるもあの「機」は依然としてただ一個なり。《河図》の象る所は万物初生の段階で、数は各々その方位に固定して彼此各々配合あり。《洛書》の象る所はすでに変化した後の段階で、数に往あり復あり順あり逆あり、交錯運行して停まらず、各々その方位に適応す。だから《河図》の方位は、《洛書》に至って変動したのである。
洛書之數,為天下之大化;其縱橫往來,皆極變易之觀;其所象者多,故所用者廣;其所生化者眾,故所變易者神。其數以一居北,九居南,三居東,七居西,已異河圖;而一之左,非二而為八;九之次,非八而為二,互易其位,以成其用,更殊於河圖者矣。蓋以此遷移,生出變化,而見天地間造化之妙,御用之神爾。
《洛書》の数は、天下最大の一場の変化を代表す。それは縦横往来して変易の景象を極致に推し、その象る所のものは多きがゆえに用途広く、それの生化する所のものは衆きがゆえに変易神妙なり。その数は一は北、九は南、三は東、七は西に在り、これはすでに《河図》と同じからず。しかも一の左辺は二にあらずして八であり、九の次位は八にあらずして二である。彼此位置を互換してその功用を成就すれば、《河図》とは更に相差遠し。正にこのごとき遷移に依って、初めて種種の変化を生じ出し、これによって天地の間の造化の精妙と運用の神奇とを顕現する。
故其數無論如何數之,合三數皆十五;去中數則自成各數,得中數則同一數;以中五執生化之樞機,為萬有之立宰也。故數之變不離十五,而其中不離於五,十亦五所生也。天下萬物自五行生,而五行自二氣合化,此數之始終也。河洛之言數者如此,而氣在數中;太極則以氣寓數者也。
だから《洛書》の数は如何に数えようとも、一線三数を任取して相加すれば皆十五である。中間のあの数を除けば、各方は各々その本数を成し、中間のあの数を加えれば、各方は同じく一個の数に帰す。これは中央の「五」をもって生化の枢機を執掌し、万有の主宰を充当する。だから数の変化は十五を離れず、十五の核心はまた「五」を離れず、「十」すらも「五」の生ずる所である。天下の万物は五行より生じ、五行はまた陰陽二気の合化より来る。これがすなわち「数」の開端と帰宿である。《河図》《洛書》の数を談ずるはかくのごとく談ずるのであって、気はすなわち数の裏面に含まる。太極に至っては、すなわち数を気の中に寄寓するのである。
太極以兩儀互抱而周行,一消一長,一盈一虛;氣之始終,即可見數之進退,奇陽而偶陰也。陽者左行,陰者右行;二者不可截然兩途也,必參伍而後見其變化之用,故仍當合河洛之數以觀之。此卦象之數,必仿於河洛,而同於太極。太極明氣之升降,河洛明數之乘除,卦則合二者而象之也。
太極は両儀が互いに擁抱して周流運行する。一消一長、一盈一虚。気の始終より、便ち数の進退を見出し得る。奇数は陽に属し、偶数は陰に属す。陽は左に往きて行い、陰は右に往きて行く。ただこの両者を截然として互いに相干なき二条の路に分作し得ず、必ず彼此参錯交互して、初めて変化の功用を顕出し得る。だから依然として《河図》《洛書》の数と合わせて一併に看るべし。これはすなわち言う、卦象の数は必ず河洛に仿效し、同時にまた太極と相通ず。太極は気の升降を説明し、河洛は数の乗除を説明し、卦はこの両者を合わせて一併に象を取る。
是故卦象,其象自虛,而用可實;其數自一,而變可百;其氣自同,而生化可無盡,皆本乎自然者也。言卦象必徵以物,言數必徵以名,言氣必徵以類;是滯也,不知易之為易者也,易豈得而執者哉?故一象之徵,此殊而彼異;一數之合,今是而昨非;一氣之推遷,來如此而往如彼,不相侔也。如懸則以測事物,則可;若謂此即事物也,則不可。
だから卦象というものは、その象はもとより虚なるも、用いれば実処に落ち着き得る。その数はもとよりただ一なるも、変ずれば百に至り得る。その気はもとより同一の股なるも、生化すれば無窮無尽に至り得る。これらは皆自然に本づく。もし卦象を講ずるに必ず某件の実物をもって坐実せんとし、数を講ずるに必ず某個の名目をもって坐実せんとし、気を講ずるに必ず某一類をもって坐実せんとせば、それはすなわち「滞」で、《易》の《易》たる所以を懂えざるなり。《易》は何ぞ死死に執定し得る所あらんや。だから同一の象を取て征験に用いれば、ここではこのよう、あそこでは同じからず。同一の数を取て配合に用いれば、今日成立し昨日は成立せず。同一の気の推移は、来る時はかくのごとく、去る時はかのごとく、彼此相等しくない。卦を高懸の準則と作して事物を測度するは可なり。もし卦それ自体がすなわちそれらの事物と言わば、不可なり。
故曰:卦者,卦也;卦之取象,非以物實之也。虛則用大而化,神而明;實則不化不明,故觀象必通其義焉。卦雖此於六十四,其象可盡天下萬事萬物;其數無盡,其氣無窮;由其常,則至中至一;極其用,則至奇至神,此言易所當知也。
だから言う、「卦」はすなわち「卦」である。卦の取象は、実物をもってそれを填実するのではない。ただその虚なるがゆえに、功用は広大にして化育し得、神妙にして明徹す。一旦坐実すれば、すなわち化する能わず明なる能わず。それゆえ象を観るには必ずその義理を通達せねばならない。卦は六十四に至って止むとはいえ、その象は天下一切の事物を涵尽し得る。その数は窮尽なく、その気は辺際なし。その常態に就いて見れば、それは至って中正、至って専一である。その功用を極処に推せば、それはまた至って奇変、至って神妙である。これは《易》を談ずる人の明白にすべき所である。
八卦位序と三画の数
伏羲之畫卦也,自八卦始;其初止於三爻,以符於洛書之象;而分為八方,以本於河圖之數;而定為對偶,以推於太極之氣;而立為爻與序,可自其卦位卦體見之也。乾坤之為陽與陰也,其位正對;坎離亦然,以坎為陰中陽,離為陽中陰,由體而進於用也。
伏羲の画卦は、八卦より始まる。最初はただ三爻に至るまでで、《洛書》の象に合せんがためを用いる。分布して八個の方位を成し、《河図》の数に本づかんがためを用いる。確定して両々対偶と為し、太極の気を推合せんがためを用いる。進んで爻画と次序とを立てる。これらは皆卦の方位と卦の体式との上より見出し得る。「乾」と「坤」とは各々陽と陰とを代表し、それらの位置は正に相対待す。「坎」「離」もまたこのごとし。「坎」は陰の中に陽を含み、「離」は陽の中に陰を含むがゆえに。これはすでに「体」より「用」の層面に入ったのである。
故同於乾坤,此四正之卦也。震兌巽艮,分列於旁;由震而兌,為陰消陽長;由巽至艮,為陽退陰升;介乎坎離之間,屬於乾坤之類;各歸其體,各成其用;以符氣之升降,數之乘除,故分列四旁,而為四隅之卦者也。位如河洛,行如太極;賅氣數而分陰陽,以進退而見生化者也。
だから坎離は乾坤と同類で、この四卦はすなわち四個の正位を占踞する卦である。「震」「兌」「巽」「艮」は各々傍らに排列す。「震」より「兌」に至るは、陰気消退・陽気生長の一段である。「巽」より「艮」に至るは、陽気退去・陰気上昇の一段である。それらは坎離の間に介し、類属の上において乾坤に帰す。各々自己の体に回り、各々自己の用を成就し、気の升降と数の乗除とに符合せんがため、だから分列して四旁と為り、四隅の卦と為る。それらの方位は《河図》《洛書》に取法し、それらの運行は太極に取法す。気と数とを統括して陰陽を分かち、進と退とをもって生と化とを顕現す。
故八卦以陰陽分之,屬陽者四,隨乎乾;屬陰者四,統乎坤;其序則左右也,其行則順逆也;其數則奇偶也,其位則相對與相反也;皆以二氣辨焉,以符太極,而本河洛者也。故卦有序,有行,有數,有位;以明氣之始終,生化之推移,有一定也;以見天地之道,萬物萬事之變遷,有無盡也。
だから八卦は陰陽に按じて划分す。陽に属する四卦は「乾」に隨従し、陰に属する四卦は「坤」に統属す。それらの次序は左右に分かれ、それらの運行は順逆に分かれ、それらの数は奇偶に分かれ、それらの位はあるいは相対しあるいは相反す。これ一切は全く陰陽二気をもって辨別し、太極に符合せんがためを用い、河洛に根源す。だから卦に序あり行あり数あり位あり。これによって気の始終と生化の推移とに定則あるを説明し、またこれによって天地の道・万事万物の変遷に窮尽なきを見出す。
試就其三畫之卦證之:乾為陽綱,其爻□;其用九,三九二十七,其數奇也。坤為陰統,其爻□;其用六,三六一十八,其數偶也。坎艮震之爻,為乾者一,為坤者二;其數皆二十一,皆奇也,是皆為陽。離兌巽之爻,為乾者二,為坤者一;其數皆二十四,皆偶也,是皆為陰。
妨げず三画卦に就いて印証して見よう。「乾」は衆陽の綱で、その爻は全く陽画である。陽爻は九を用い、三個の九は二十七で、得数は奇である。「坤」は衆陰の統で、その爻は全く陰画である。陰爻は六を用い、三個の六は十八で、得数は偶である。「坎」「艮」「震」三卦の爻は、乾に属する陽画ただ一条、坤に属する陰画二条あり。算え下ればその数は皆二十一(九加六加六)で、皆奇数なので、三卦皆陽に属す。「離」「兌」「巽」三卦の爻は、乾に属する陽画二条、坤に属する陰画ただ一条あり。算え下ればその数は皆二十四(九加九加六)で、皆偶数なので、三卦皆陰に属す。
陽則從陽而歸乾,故乾為父,震坎艮為三男也;陰則從陰而歸坤,故坤為母,巽離兌為三女也。以數紀之,知其氣所至;以象測之,知其氣所行;故陽卦者,得陽氣而成陽數;陰卦者,得陰氣而成陰數,皆以象見之者也。
陽に属するは陽に隨従して「乾」に帰入するので、「乾」は父であり、「震」「坎」「艮」は三個の児子である。陰に属するは陰に隨従して「坤」に帰入するので、「坤」は母であり、「巽」「離」「兌」は三個の女児である。数をもってこれを記録すれば、気が如何なる地步に到達したかを知り得る。象をもってこれを測度すれば、気がどの方向に向かいて運行するかを知り得る。だから陽卦は陽気を禀得して陽数を成就し、陰卦は陰気を禀得して陰数を成就す。これらは全く卦象の上より顕現す。
卦の対反と陰陽互従
卦有相對者,有相反者,有相對兼反者,皆以數見之,既氣之所至也。而必因以位以明之,因序以次之,以象氣之消長進退也。故卦象因位而別,因序而殊。八卦之位,乾坤居上下,相對也,亦兼反;坎離居左右,相反也,亦兼對。
卦と卦との間に、互いに「対」するあり、互いに「反」するあり、また対でありて兼ねて反するあり。これらの関係は皆数の上より見出し得る。それは正に気の到達した結果である。ただなお方位を借りてこれを説明し、次序を借りてこれを排列して、気の消長進退を象徴するに用いねばならない。だから卦象は方位の不同によって分別あり、次序の不同によって差異ある。八卦の方位に就いて言えば、乾・坤は一は上に居り一は下に居りて、「対」であり、同時にまた「反」を兼ぬ。坎・離は一は左に居り一は右に居りて、「反」であり、同時にまた「対」を兼ぬ。
此易見者也。若震與巽,則相對而非反也;艮與兌亦然。而震與艮,則相反而非對也;巽與兌亦然。蓋乾之與坤,離之與坎,皆位相當,而爻相反,以陰陽之不同也。震之與巽,艮之與兌,其位固當,其類則別,是陰陽相對而已,不相反也。
この一層は見出しやすい。「震」と「巽」に至っては、相対して相反せず。「艮」と「兌」もまたこのようである。しかして「震」と「艮」とは、相反して相対せず。「巽」と「兌」もまたこのようである。「乾」と「坤」、「離」と「坎」とは、方位は正に相當するが、爻画は完全に顛倒す。これは陰陽の属性が根本的に同じからざるがゆえである。「震」と「巽」、「艮」と「兌」とは、方位は固より相當するが、類別に分別あり。それはただ陰陽の相対待するのみで、相反するではない。
若震之與艮,巽之於兌,一則陽在下,一則陰在上;一則陽多,一則陰多;其數相反,而其位不相當也,故為氣之升降消息之象者也。由對言之,則為配偶,或怨仇;由反言之,則為侵襲,或退讓。對者多異類,反者多同類;如震與巽,異類也,與艮,則同類;兌與艮,異類也,與巽則同類。
「震」と「艮」、「巽」と「兌」に至っては、一つは陽爻が下に在り、一つは陰爻が上に在る。一つは陽多く、一つは陰多し。それらの数は正に相反し、位置はまた相當せず。だからちょうど気の昇降と消長とを象徴するに用いる。「対」の一面より言えば、両者の関係はあるいは配偶あるいは怨仇である。「反」の一面より言えば、両者の関係はあるいは侵襲あるいは退譲である。相対するは多くは異類に属し、相反するは多くは同類に属す。たとえば「震」と「巽」は異類であり、「震」と「艮」は同類である。「兌」と「艮」は異類であり、「兌」と「巽」は同類である。
異則本為敵也,同則原相近也;敵則對而無嫌於爭,近則違而適成其逆;故對者位之當,反者序之逆。以震遇艮為陽自反,以兌遇巽為陰自逆,其陽與陰消息不同也。故乾坤坎離對且反,震巽艮兌為對,震艮巽兌為反;以位與序證之,自可見也,即在三爻之陰陽數求之耳。
すでに異類なれば、もともと互いに対頭である。すでに同類なれば、もともと彼此相近し。対頭であれば、両々相対待して争競する所有るも怪しむに足らず。もともと相近ければ、一旦背向して行えば、かえって正に違逆と為る。だから「対」は方位の相當に就いて言い、「反」は次序の逆行に就いて言う。「震」が「艮」に遇うは、陽が自ら反した。「兌」が「巽」に遇うは、陰が自ら逆した。これは陽と陰の消長情形が各々同じからざるがゆえである。だから乾坤坎離は対にしてまた反し、震巽と艮兌とは「対」に属し、震艮と巽兌とは「反」に属す。方位と次序とをもって印証すれば、自然に見出し得る。説き詰めれば、ただ三爻の陰陽の数の上において求めれば便ちよい。
八卦之位,相對者,皆異類;相連者,則多同類。其序之次分二繫,以陽從陽,以陰從陰;而陽中有陰也,則陰從陽;陰中有陽也,則陽從陰,視其氣所至耳。乾坤為陽陰主,故陽卦從乾,陰卦從坤;而兌為少女,又從乾;艮為少男,又從坤,則陰陽互近之序也。
八卦の方位は、凡そ互いに対待するは皆異類に属し、凡そ彼此相連なるは多くは同類に属す。その次序はまた二個の系統に分かれる。陽をもって陽に跟従し、陰をもって陰に跟従す。ただ陽の中に陰を含むは、便ち陰より陽に跟従し、陰の中に陽を含むは、便ち陽より陰に跟従す。全く気がどの一歩に到ったかを看る。乾・坤は陽と陰の主宰なので、陽卦は「乾」に跟従し、陰卦は「坤」に跟従す。しかし「兌」は少女なるもまた「乾」に跟い、「艮」は少男なるもまた「坤」に跟う。これがすなわち陰陽の彼此靠近相従する次序である。
兌出於離變,艮由於坎進,故雖不類,而相從也。乾之左為巽,坤之旁為震;陽交於陰,陰交於陽,其氣之遞嬗也,故位從之。震者,坤之初得乾氣也;巽者,乾之始換坤象也;故長男近母,長女近父,以是交錯而孚於河洛之圖也。
「兌」は「離」より変じ出たもので、「艮」は「坎」より一歩推進して来たものである。だからそれらは跟従する所の卦と同類ならざるとはいえ、依然として相従す。「乾」の左辺は「巽」であり、「坤」の傍らは「震」である。陽は陰に交入し、陰は陽に交入す。これは気の遞相禅代なので、方位もまたこれに隨って定まる。「震」は「坤」が最初に乾気を獲得して成ったもので、「巽」は「乾」が坤象を換入し始めて成ったものである。だから長男はかえって母親に挨近し、長女はかえって父親に挨近す。かくのごとく彼此交錯して、《河図》《洛書》と相合す。
河圖四方,天地之數,相合成物;洛書八方,陰陽之氣,往復成文,皆二者相錯也。故卦位序象之,然亦本於變化自然而然者也。氣至則象見焉,二者之行,必一陰一陽相互;以乾坤既立,餘物皆自天地之和生化,則不得獨行也。故陽卦以陰成,陰卦以陽成;而行也以交錯,至也以分合;各有其變化,則各具其數;各有其消長,則各殊其象,非截然不乾者也。
《河図》は四方に布かれ、天地の数は両々相合して万物を生成す。《洛書》は八方に布かれ、陰陽の気は往復運行して文理を織成す。両者は皆陰陽交錯の結果である。だから卦の方位と次序とはそれらに取象す。しかしこれも同じく変化の自然而然に本づく。気が一到達すれば象は顕現し、陰陽二者の運行は、必ず一陰一陽彼此交互す。乾坤すでに確立せば、その余の物は皆天地の和合の中より生化し出るので、孤零零として単独に行事する能わざるなり。だから陽卦は陰に依って成就を要し、陰卦は陽に依って成就を要す。それらの運行する時は交錯し、到達する時は分合す。各々その変化あれば、便ち各々その数を具え、各々その消長あれば、便ち各々その象を異にす。彼此は截然として相干なきではない。
對者非仇則偶,反者非主則從,皆自其象數可測者也。夫氣之動也,有消長往來之形,故卦象有對反分合之別。以八卦之分陰陽,不過兩類,而乾坤主之。震坎艮屬陽,巽離兌屬陰;此易見者也。而離象日。且可代乾;坎象月,且以代坤;
相対する両卦は、仇敵でなければ配偶である。相反する両卦は、主に居るか従に居るかのどちらかである。これらは皆それらの象と数との上より測知し得る。気が一発動すれば、便ち消長往来の形跡ある。だから卦象にもまた対・反・分・合の分別ある。八卦は陰陽に按じて分かれ、ただ二大類に過ぎず、しかも乾坤に統率せらるる間にある。「震」「坎」「艮」は陽に属し、「巽」「離」「兌」は陰に属す。これは見出しやすい。しかし「離」は太陽を象り、しかも「乾」を代わり得、「坎」は月亮を象り、しかも「坤」を代わり得る。
則前之陰者為陽,陽者為陰矣!豈非氣有消長,象有往來;數有乘除,卦有升降乎?故陰者樂陽,其體陰者其用陽;陽者樂陰,其體陽者用陰;此一定不易者也。蓋先天之氣,至後天而變;變則用殊,其因於動也;動則變見,不動不變;
かくなる上は、先前陰と算えたはかえって陽と為り、先前陽と算えたはかえって陰と為る。これは豈に正に気に消あり長あり、象に来あり往あり、数に乗あり除あり、卦に升あり降あるを説明せざるか。だから陰の一方は陽に親近するを楽しみ、凡そ体の陰に属するは、その用は必ず陽に属す。陽の一方は陰に親近するを楽しみ、凡そ体の陽に属するは、その用は必ず陰に属す。これは固定不移の道理である。もともと先天の気は、后天に至れば変ぜねばならない。一変すれば功用は同じからず。そしてこの変は「動」に引き起こされる。動いて初めて変を見出し得、動かざれば変ぜず。
則用不彰,而無所分於陰陽;既動既變,則用以明;而陰陽之象,不復渾淪;陰陽之途,亦隨遷易;此皆生成之例,造化之源;有必至者也。故陽卦多化於陰,陰卦多化於陽;進則變矣,退則復矣;其跡可求於象,其行可見於序,其至可審於位也。
変ぜざれば、功用は彰顕せず、すなわち陰陽を分別する由なし。すでに動きすでに変じて、功用は初めて明白となり、陰陽の象は更に渾然一片でなく、陰陽の走る途径もまたこれに隨って遷移改易す。これらは皆生成の通例、造化の本源で、必然的に到達する一歩である。だから陽卦は多く陰に化向し、陰卦は多く陽に化向す。一歩進めば変じ、一歩退けば復原す。それの変化する踪迹は卦象の上において尋求し得、それの運行する方向は卦序の上において看見し得、それの到達する程度は卦位の上において審察し得る。
雖為卦八,其變化可無窮焉;此固聖人體察入微,徵考有目;蓋能明河洛之象,闡太極之形;推之而不差,用之而不忒也。夫河洛之數,陰陽相對,奇偶相生;皆示物之所生化,氣之所流行;而明天下之大本也。故卦象之,以畫示其數,以卦成其名;雖氣之不可見,而數之多少可計也;雖物不可形,而卦之大小可名也;
卦はただ八個のみだが、その変化は無窮無尽と為り得る。これはもとより聖人の入微を体察し拠り所あるを考証した成果である。彼はよく《河図》《洛書》の象を洞明し、太極の形を闡発したので、推衍し出して偏差あることなく、運用して差錯あることなし。《河図》《洛書》の数は、陰陽彼此対待し奇偶互いに化生して、皆物が如何に生化するか・気が如何に流行するかを顕示し、これによって天下の大本を闡明す。だから卦はすなわち河洛に取象し、爻画をもってその数を顕示し、卦名をもってその称謂を成就す。気は見えざるとはいえ、数の多少は計算し得る。物は形状を描摹する由なきとはいえ、卦の大小は命名し得る。
八卦の序と位次の義
故立卦,而萬物萬事皆自卦中出;天地尚不外是,況其下者乎?故卦者卦也,言以一而卦眾也。懸則以測物,謂之卦;卦立,則物物事事皆得依則以測之,故能周知無窮。八卦之序,乾一、兌二、離三、震四、巽五、坎六、艮七、坤八;自乾至震,自巽至坤,分為左右,而仍成圓形,以二氣之往來相續,循環無已也。乾坤對列,六子成行,以明陰陽之有所屬,而升降之有次也。
だから卦が一旦立ち上がれば、万事万物は皆卦の中より出づ。天地すらなおこの範囲を出でざるのだから、まして天地以下のものをや。だから言う、「卦」はすなわち「卦」である。取る所は正に一個の卦をもって衆多の事物を籠罩するの義である。法則を高く懸げて事物を測度するを「卦」と呼ぶ。卦が一立定すれば、一切の事物は皆この法則に依って測度し得る。だからよく無窮の事を周遍に知り得る。八卦の次序は、乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八。「乾」より「震」に数え至るは一路であり、「巽」より「坤」に数え至るはもう一路である。左右両辺に分かれ、合わせて依然として一個の円を構成す。これは陰陽二気の往来相続いて循環已まざるがゆえである。乾と坤とは両々対列し、六個の子卦は依次に行を成して、陰陽各々帰属する所有り、升降各々その次第あるを説明するに用いる。
故一二三四之序,乃位次也;必求於象之變化,始見氣之進退。如自下而上,則震者坤所變;自上而下,則巽者乾所化,其序不同,亦相當也。蓋陰陽二者,往來不已,初非泥於一地也;升降有時,初非限於一日也。故時位不同序,升降往來不同道,消長進退不同途,各以所宜而自至焉。卦象亦如之,故以兌次乾,言兌之上既復,即歸於乾;
だから一・二・三・四これらの序号は、位置の次第を講ずる。必ず卦象の変化の中に至って求めて、初めて気の進退を見出し得る。たとえば下より上に看れば、「震」は「坤」より変じ来たものである。上より下に看れば、「巽」は「乾」より化成したものである。数の方向は同じからざれども、彼此の位置は依然として相當す。陰陽二気は往来して停まらず、もともと一個の所に死守しない。それらの升降は各々時節あり、もともと一天の内に限らない。だから時と位とは一共の次序を用いず、升降と往来とは同じ一路を走らず、消長と進退とは同じ一条の途径を循らず、各々各々相宜の方式に按じて自ら到達す。卦象もまたこのごとし。だから「兌」を「乾」の後に排するは、「兌」の上爻が一旦復位すれば、すなわち「乾」に帰回するを言う。
以巽隨乾,言乾之初初變,即成為巽。一來一往,一進一退,各有序也。由兌溯離,可見其升之道;由巽推坎,可見其去之途,其相次亦有定也。坤之與震艮亦然,不可泥一二之序,而執於一偏;必通各象之形,而尋其所至。此八卦位序所賅之義,實至精深也。
「巽」を「乾」の後に緊接するは、「乾」の初爻が一変すれば、すなわち「巽」と為るを言う。一来一往、一進一退、各々その次序あり。「兌」より「離」に上溯すれば、陽気の上昇する路数を見出し得る。「巽」より「坎」に推及すれば、陽気の退去する途径を見出し得る。それらの前後相次も同じく定則あり。「坤」と「震」「艮」との間もまたこのごとし。一・二この類の序号に拘泥して一端に偏執すべからず。必ず各卦の象の形態を通観して、それが一体どの一歩に走到したかを尋求せねばならない。八卦位次の包含する義理は、実に極めて精深である。
陽之進者,為陰之退;陰之長者,為陽之消,此易見者也。皆定於三畫,故有多必有少,有減必有加,其象所具,則數之所計也。故坤納艮之陽而變震,震之初爻,即乾之下;乾氣初見,坤氣即潛;此震卦之象,示由靜初動,由陰生陽之機。其象既明,其氣亦昭;觀其所變,即得其所示之義矣!不獨震也,餘卦皆然。
陽が前に往きて進めば、すなわち陰が後に退く。陰が生長すれば、すなわち陽が消退す。これは見出しやすい。これらは皆三画の中の配置に取決する。多あれば必ず少あり、減あれば必ず加あり。卦象の裏の具備する所は、正に数の計算する所である。だから「坤」が「艮」のあの一条の陽爻を納入すれば「震」に変じ、「震」の初爻は正に「乾」の下爻である。乾の陽気が一たび露頭すれば、坤の陰気は潜伏し下がる。これがすなわち「震」卦の象で、それが顕示するは静より動に転じ陰より陽を生ずるあの契機である。象すでに明白なれば、気もまた昭然なり。ただそれが何処に変ずるかを看れば、それの顕示せんとする意義を得る。ただに「震」のみ然るのみならず、その余の各卦も皆このようである。
故來往有途,進退有道;以成環行,永無斷絕。此始彼終,非真始終也,為便於紀錄,謂之始終耳。如春去夏來,秋往冬至,此一歲之始終,為紀歲也;實則冬去春復來,日月何嘗有所始終哉?彼八卦之交遞亦猶是也。故泥其跡則不達,通其意則皆知;氣行無垠,數至有紀;必旁通各象而會歸之,方得聖人立卦之心,與河洛圖書相合之義耳。
だから来と往とにその路径あり、進と退とにその道理あり、これによって環形の運行を構成して、永遠に断絶しない。こちらを起点と算えあちらを終点と算えるは、真の始あり終あるではなく、ただ記録に便せんがため、初めてこれを始と終と呼ぶのみ。たとえば春去り夏来り、秋往き冬至るは、一年の始終で、紀年のために設けたのである。実際は冬天過ぎれば春天また回り来る。日月は何ぞ曽て真の開始と結束とあったことがあらんや。八卦の交替遞嬗もまた正にこのようである。だからそれの表面の痕迹に死に抠れば通ぜず、その意思を領会すれば明白せざるなし。気の運行に辺際なく、数の到達には綱紀あり。必ず各卦の象に旁通して会通帰納を加えて、初めて聖人の卦を立てた本心よびそれが《河図》《洛書》と相合する道理を領会し得る。
三爻重ねて六爻と為すの義
夫卦之用以測物,必自物之既生始;物物事事所自生成者三,天地人是也。故卦之爻三,既仿河圖中之三五也。然生成必自二氣之合化,孤陰獨陽不克生化也;必合陰陽,而後生成之功始見;必列陰陽,而後事物之情始明。此三爻之卦必重,重而後竟其用也,亦即河圖、洛書四方之數,以一陰一陽交合成象之義。故卦之體三爻,而成用,則六爻也。
卦の用処は事物を測度するに在り、しかも測度は必ず物がすでに產生した後より算え起こさねばならない。一切の事物が生成を頼る因素は三様あって、すなわち天・地・人である。だから卦に三爻あるは、正に《河図》中央の「三」と「五」の数に仿效する。しかし生成は必ず陰陽二気の合化に出づ。孤零零の陰・単独一個の陽は生化し得ない。必ず陰陽会合して生成の功は初めて顕現し、必ず陰陽並列して事物の情状は初めて明白となる。それゆえ三爻の卦は必ず重畳して、重畳の後に初めてその功用を窮尽し得る。これもまた《河図》《洛書》四方の数が一陰一陽交合して象を成すの意である。だから卦の「体」は三爻で、その「用」を成就せんとすれば、六爻でなければならない。
天有陰陽,地有柔剛,人有仁義;皆二氣相間,以生成事物,而見其情性者也,名之日道,言物物事事必由者也。天地人之合,而二氣行止於其間,故卦象以六爻分象之,而變化亦因之生矣!六爻之卦所自成者以此。原夫天下之物事,莫不以陰陽之從違,為有無生化之本;陰者求陽,陽者求陰,合而有得,生化無盡,則前之孤獨者,至此必偶;而前之三爻者,至此必重。此重卦之立,亦本乎生化自然所至者也。
天に陰と陽とあり、地に柔と剛とあり、人に仁と義とあり。これらは皆陰陽二気の交錯相間して、事物を生成しその情性を顕現するに用いる。それに名を取りて「道」と呼ぶ。指す所は正に一切の事物が必ずこれに由って行わねばならぬ。天・地・人の三者は会合して、二気はすなわちその間において運行し止息す。だから卦象は六爻をもって各々それらを象り、変化もまたこれに隨って產生す。六爻の卦の形成する所以の原因は、まさにここに在る。天下の事物を推究すれば、一つとして陰陽の相従または相違をもって、有無と生化の根本とせざるはなし。陰は陽を要求し、陽は陰を要求し、交合して各々得る所有り、生化は便ち窮尽なし。そこで先前孤单なるは、ここに至って必ず双を成し、先前ただ三爻なるは、ここに至って必ず重畳す。だから重卦の成立も、同じく生化自然而然の趨勢に本づく。
如乾之三爻也,無所謂生成,故無所謂物事,不過以象天之元氣而已。若推其生成,象其物事,則必加其所行止之象,而仿其氣之動靜,名其數之奇偶,以盡其生化之用,則三爻之乾,即重為六爻矣!動靜之所別,行止之所殊,而後可記可名,不復渾沌;而氣之所至,亦悠然見之於數矣!
たとえば「乾」がただ三爻の時は、何の生成をも談ずべくもなく、すなわち何の事物をも談ずべくもなく、ただ天の元気を象るに用いるにすぎない。もしその生成を推究しその事物を象出せんと欲せば、必ずそれの運行と停止の象を加え、その気の動と静とに仿照し、その数の奇と偶とを標明して、その生化の功用を窮尽せねばならない。こうなれば、三爻の「乾」は重畳して六爻と為る。動と静とに分別あり、行と止とに差異あって、そうして後に初めて記録し得命名し得て、更に渾沌一片でなく、気の到達する程度もまた従容として数の上に顕現す。
如乾卦既為六爻,已由陽而生陰,奇而成偶;前之三九為奇者,今已六九為偶;奇之為陽者,今已偶之為陰矣!此孚於二氣之妙用,生化之大則,莫之為而為,莫之致而至者也。蓋陽動必生陰,體陽者必用陰;乾雖純陽之氣,若既動矣,亦當生陰;既用矣,必當有陰,不必其變也。以三爻之重,逐換奇為偶,非爻之變,其數之自易也。
たとえば「乾」卦はすでに六爻と為れば、すでに陽より陰を生じ出し奇より偶に変成した。先前の三個の九は相乗積して二十七、奇数である。いまの六個の九は相乗積して五十四、すでに偶数である。先前は奇に因って陽に属したが、いまは偶に因って陰に属す。これは正に陰陽二気の妙用、生化の大法則に合する。「誰かが為すなくして自然に成し、誰かが促すなくして自然に至る」ものである。陽は一動すれば必ず陰を生じ、体の陽に属するは必ず陰をもって用と為すがゆえに。「乾」は純陽の気とはいえ、ただそれが動けば、また陰を生ずべし。ただそれが用を起こせば、必ず陰を含む。爻画が真に改変するを要しない。ただ三爻より六爻に加倍するのみで、順次に奇を偶に換えた。これは爻が変じているのではなく、数が自ら改易したのである。
乾卦如是,餘卦亦然,故體用不同,動靜各異;因其異,而氣乃見,數乃明;生成之功,乃得而言;事物之類,乃得而辨,則六爻重卦者,實易道之本,而言易者所必知者也。重卦之爻六,因而變化以成六十四卦,即八自乘數也;六爻之變為三百八十四爻,因而變化以成四千九十六,即六十四之乘數,皆自變出。故六爻重卦,為極卦之變,而窮象之用也。
「乾」卦はこのようであり、その余の各卦も同様である。だから体と用と同じからず、動と静と各々異なり。まさにこれらの差異あるがゆえに、気は初めて顕現し数は初めて明白となる。生成の功は初めて言うべき話あり、事物の類別は初めて辨ずべき法あり。見れば六爻重卦は実に《易》道の根本で、《易》を談ずる人の知らざるべからざるなり。重卦に六爻あって、因りて変化して六十四卦を生成す。すなわち八の自乗の数である。六爻は各々変動してすなわち三百八十四爻を成し、因りて変化して四千九十六を生成す。すなわち六十四の自乗の数である。これらは全く「変」の中より生じ出たのである。だから六爻重卦は、卦の変化を極点に推し象の功用を底まで窮尽する。
重卦の変と后天の象
伏羲之初創時,由八卦之三爻,易為六爻,八卦之用以見;由六爻之變,成六十四卦,而八卦之變以明;若再推之,則變者愈多,為用愈廣,其所以測事物者,亦無盡矣!故卦之體止於八,而變則無盡,則由於六爻之重卦也。其所仿者,河圖之數,易為洛書;二氣分合,化成萬類,皆以數之變,而象以成,類以眾也。易卦之象,三爻者,陰陽自純,而六爻則交錯矣!
伏羲が当初創制した時、八卦の三爻を六爻に改めて、八卦の功用は顕現した。更に六爻の変動によって六十四卦を成して、八卦の変化は明白となった。もし更に下に推衍せば、変じ出す所はいよいよ多く、用処はいよいよ広く、それをもって事物を測度すれば窮尽なし。だから卦の「体」は八個に止まるが、その「変」は窮尽なし。原因はまさに六爻重卦に在る。それの仿效する所は、《河図》の数が《洛書》の数に転換するで、陰陽二気に分あり合あって、万類を化生す。これは皆数の変動に由りて、象は初めて形成を得、類別は初めて繁多を得たのである。《易》卦の象に就いて言えば、三爻卦の陰陽はなお各々純一なるが、六爻卦に至ってはすでに交錯混雑せり。
三爻者,生化未見;而六爻,則分明矣!六爻之卦,繫後天之象,蓋氣已動,而形亦成,數已繁,而用亦廣,非復單純之象可比;則觀象以辨物,徵數以卜事者,必於爻求之,且必於重卦之爻求之也。三爻之象天地人也,為數甚簡;六爻則天在上,地在下,人居中,各得二爻,其數已繁。由下而上,地居其始;由上而下,天處其顛;人在中央,得二氣之和。
三爻卦は、生化まだ顕現せず。六爻卦は、すなわち分明に見ゆべし。六爻の卦は后天の象に属す。この時気はすでに発動し、形もまたすでに成就し、数はすでに繁多し、用もまたすでに広大で、更に単純の象の比し得る所ではないからである。だから象を観て物を辨別し、数を征して事を占断せんとすれば、必ず爻の上に至って求めねばならず、しかも必ず重卦の爻の上に至って求めねばならない。三爻卦は天地人を象り、数目はまことに簡単である。六爻卦はすなわち天は上に在り、地は下に在り、人は中に居り、三才は各々二爻を占めて、数目は繁密となる。下より上に看れば、地は開端に処す。上より下に看れば、天は頂端に居る。人は中央に在りて、陰陽二気の調和を禀得す。
故爻六而氣仍二,天氣上行,地氣下降;一卦之例,正如八卦之方位圖。故乾氣自初至五,為乾之正位,即九五也;坤氣自上至二,為坤之正位,則六二也。陽者陰用,陰者陽用,陰陽交用者也。
だから爻は六あるとはいえ、気は依然としてただ両股のみである。天気は上に向かいて行い、地気は下に向かいて降る。一卦の内の格局は、正に八卦の方位図に同じ。だから乾気は初爻より上行して第五爻に至る。それは乾の正位で、すなわち「九五」である。坤気は上爻より下行して第二爻に至る。それは坤の正位で、すなわち「六二」である。陽に属するは陰をもって用と為し、陰に属するは陽をもって用と為す。陰と陽とは交互に用を為す。
故天氣下行,而地氣上達,人在其中也;卦之有爻,以紀數也;爻之有象,以明氣也;重卦之爻,二氣或備;六爻之用,八卦俱全;陽奇陰偶,天往地來;故在下為初,在未為上;初以明時之始,上以紀位之高;皆氣之所至、所行、所進、所退也。故卦爻六,而所象甚多;類雖三,而所用無盡也。
だから天気は下に往きて行い、地気は上に達し、しかして人は中間に処す。卦に爻ある所以は、数を記録するに用いるためである。爻に象ある所以は、気を闡明するに用いるためである。重卦の爻は、陰陽二気おおよそ斉備す。六爻の功用は、八卦の意涵を皆涵括す。陽は奇数に配し、陰は偶数に配す。天気は下に往き、地気は上に来る。だから最も下に処する一爻を「初」と称し、最も末端に処する一爻を「上」と称す。「初」は時間の開端を標明するに用い、「上」は位置の崇高を記載するに用いる。これらは皆気の到達し運行し進み退く所の表現である。だから卦爻は六個のみだが、象り得る事物は極めて多い。三才は三類のみだが、起こし得る作用は窮尽なし。
文王八卦講義――宣聖講義
文王八卦,世所稱為後天卦象者,即今本易經所傳,以別於連山歸藏,故曰周易。其八卦方位次序,與伏羲者不同,易傳帝出乎震一節,即指明其位次也。其位次之定,亦由於太極圖及洛書之象,合伏羲卦而互闡其用也。蓋伏羲之卦,位次依於河圖;文王之卦,位次仿於洛書;一體一用,一天一人,其異者正其變化之跡,其變者正其自然之象,初非文王故異之而變之也。
文王八卦は、世人はこれを「后天卦象」と称し、すなわち今日通行本《易経》の伝えるあの一套で、《連山》《帰蔵》と区別するに用いるがゆえに、《周易》と呼ぶ。それの八卦の方位と次序とは、伏羲のあの一套と同じからず。《易伝・説卦》の裏の「帝は震に出づ」のあの一節は、正にそれの方位次第を講ずる。この位次の確定もまた、太極図と《洛書》の象とに依拠し、併せて伏羲の卦と結合して互いにその功用を闡発したのである。大体に言えば、伏羲の卦は位次を《河図》に依拠し、文王の卦は位次を《洛書》に仿照す。一つは「体」に属し、一つは「用」に属す。一つは天に偏重し、一つは人に偏重す。二者の相異する所は、正に変化の踪迹である。二者の変動する所は、正に自然の表現であって、文王が故に伏羲と異を立てんと欲して改動したのではない。
文王之卦,原伏羲所制,八卦及六十四卦,六爻及三百八十四爻,皆無異也,其所異者,方位次序而已。因方位之異,而見主客之殊;因次序之異,而見生化之別;無非就天人之間,事物之內,盡其情狀,推其始終,以象之於卦,而足為推測之用耳。故位次之不同,乃卦之自變,文王不過因而演之,以成易耳。他如連山歸藏,亦如此例,各以不同而征其變,以變而成其易而已。
文王の卦は、もともと伏羲の制定した所である。八卦および六十四卦、六爻および三百八十四爻、皆両様なく、異なる所はただ方位と次序のみである。方位同じからざるがゆえに、便ち主と客の分別を見出し、次序同じからざるがゆえに、便ち生と化の差異を見出す。これはただ天と人との間、事と物との内において、それらの情状を説き尽くし、それらの始終を推明して、然る後に卦に取象して、それを足りて推測の用に供せしむるに過ぎない。だから位次の不同は、実は卦それ自体が変じているのであって、文王はただこの変に順って演繹を加え、これによって一部の《易》を写し成したにすぎない。その他《連山》《帰蔵》のごときも、また同様の例で、各々同じからざる排法をもってそれの変化を征験し、この「変」に靠って各々一部の《易》を成したのである。
夫易固取變易為旨者,則推異致變,亦伏羲易之所有。而人事變易無窮,一易之象,無以盡之,則雖屢變屢異,既為易道所包者,自可順其然,而推衍其新。蓋後天之事物日繁,氣數日變,而易亦象之,以成後天之卦也。故卦之方位,非前之地位;次序非前之交代;其各類以殊,道路以別。觀文王之制,即可見後天與先天之不同也。夫先天八卦以乾坤居上下,而後天則易以離坎;先天以日月列東西,而後天則易以震兌;而乾坤反在其則,與巽艮同處於隅者、何也?
《易》はもともと「変易」をもって宗旨と為す。然らば差異を推求し変化を導くも、また伏羲の《易》それ自体の具備する所である。そして人事の変易は窮尽なく、単に一部《易》の卦象を靠ってはそれを説き尽くす能わない。だからたとえ屡々変動し屡々差異出現するも、ただ依然として《易》道の包容する範囲の内に在れば、自然にそれに順って新しい様式を推衍し出し得る。后天の事物は日に日に繁多となり、気数は日に日に変化し、《易》もまたこれに隨って象を取り、そこで后天の卦を形成した。だから卦の方位は更に从前のあの方位ではなく、次序も更に从前のあの交替ではない。それらの類別は因りて同じからず、路径は因りて別あり。文王の編排を一見すれば、便ち后天と先天との不同を見出し得る。先天八卦は乾坤をもって上下に居らしめ、后天はかえって離坎に換えた。先天は日月をもって東西に分列し、后天はかえって震兌に換えた。しかして乾坤はかえって退居して一旁に処り、巽艮と同じく隅角の上に在る。これは何のためか。
蓋即後天之氣數然耳。後天者,本生生不息之例,為變化不居之規;不息則位無定方,行無定所;不居則氣有消長,數有盈虛,與先天者自異其趣矣。以先天之氣,變為後天事物,則體用自殊。如後天之二氣,以水火為主,水火代乾坤大用,為五行之首,為陰陽主器,司萬物之生,故坎離二卦為上下正位,示後天生化之本源,如先天之乾坤也。且先天之氣純,一交而分後天,則相錯以行,相和以化,不可劃為二也。
これは正に后天の気数の使然する所である。いわゆる「后天」は、もともと生々息まざる通例、変化居らざる規矩である。息まざるがゆえに、位置に固定の方向なく、運行に固定の処所なし。居らざるがゆえに、気に消あり長あり、数に盈あり虚あり、先天のあの一套と自然に旨趣同じからず。先天の気をもって后天の事物に変ずれば、体と用とは自然に差別を有す。たとえば后天の陰陽二気は水火をもって主と為す。水火は乾坤に代わって大用を発揮し、五行の首に居り、陰陽の主要の器具で、万物の生長を主管す。だから「坎」「離」両卦は上下の正位を占踞して、后天生化の本源を顕示す。正に先天の乾坤と同じなり。しかも先天の気は純一で、一たび交感して后天に分化すれば、便ち彼此錯雑して運行し彼此調和して生化して、更に截然として両塊に划し得ない。
如水火為陰陽合體,水以陽合於陰,火以陰藏於陽,其成固非純。而水以體陽用陰,故坎屬陽而在下;火以體陰用陽,故離屬陰而居上;其行固交錯以推演之也。故連歸之後,文王又重演之,得文王之易,而伏羲之卦象更明。以用能昭體,人能合天,其義一貫,其道互證,而其象數變化,尤能全始終。
たとえば水と火とは皆陰陽合成の体である。水は陽をもって陰に合入し、火は陰をもって陽に蔵伏す。それらの構成はもともと純粋ではない。そして水は体は陽に属して用は陰に属すので、「坎」は陽類に帰入するも下に居る。火は体は陰に属して用は陽に属すので、「離」は陰類に帰入するも上に居る。それらの運行はもともと交錯して推衍する。だから《連山》《帰蔵》の後に、文王はまた重ねて一遍演繹して、文王の《易》を得、しかして伏羲の卦象はかえっていよいよ明白となった。これは「用」をもって「体」を昭示し、人事をもって天道に会合したので、両者義理一貫し道理互いに印証し、しかもその中の象数変化は、殊に始終を貫通し、
一本末,足以探天下之繁賾,極事物之常變者也。故以先天名伏羲之易,後天名文王之易,示雖有異,不過先後之分。其如一人亦有先後天,事物皆然,則先後天之易,猶一易也,何可異視之耶?文王卦位次之變自伏羲卦者,由於先天之氣數,因動靜往來而生變化,如河圖之象,因五行之交代而生變化也。故河圖易而洛書成,先天卦易而後天卦見,其例然也。
本末を統一して、足りて天下の繁复幽深を探究し、事物の常態と変態とを窮尽す。だから伏羲の《易》を先天と称し、文王の《易》を后天と称するは、両者に同じからざるあるとはいえ、ただ先と後の分別にすぎぬを表明する。これはちょうど一人の人にもまたその先天と后天とあるがごとく、一切の事物は皆然り。然らば先天の《易》と后天の《易》とは、実はなお同一部の《易》で、どうして両回事と作して看るべきか。文王の卦位次序が伏羲卦より変じ来た所以は、先天の気数が動静往来に因って変化を產生したによる。正に《河図》の象が五行の交替更代に因って変化を產生するがごとし。だから《河図》一変して《洛書》成り、先天卦一変して后天卦現る。成例はすなわちこのごとし。
后天卦位は坎離に定まる
先天之象,陰陽始判,天地始位,氣動而升,形定而降。乾坤定位於上下,日月交行於東西,陽由地升而為震,陰自上降而成風;澤則近天,以示陽之近極;艮則近地,以明陰之將盈;其位定而次明也。定則不變,明則不化;不變則窮,不化則滅,而天地將息,事物何生?此先天之氣數,必由窮而變,明而通,生而繼滅,化而繼盡,以太極之運,本不息也。
先天の象の顕示する所は、陰陽が生じ初めて判分し天地が生じ初めて定位した段階である。気が一動すれば上昇し、形が一定すれば下降す。乾坤は上下に定位し、日月は東西に交行す。陽気は地より升りて「震」と為り、陰気は上より降りて風と為りすなわち「巽」である。沢は天に靠近して、陽がすでに極点に接近したを顕示するに用い、「艮」は地に靠近して、陰がまさに盈満せんとするを表明するに用いる。位置定まれば、次序もまた明白なり。しかし一旦定死すれば更に変動せず、一旦明白に至れば更に化育せず。変ぜざれば窮途に走到せんとし、化せざれば滅絶に帰せんとする。然らば天地はまさに止息せんとし、事物はまた何処より產生せんや。だから先天の気数は、必ず窮より変を生じ明より通を求め、滅せんとする際に之を続ぐに生をもってし、尽きんとする時に之を続ぐに化をもってせねばならない。太極の運行はもともと停息せざるがゆえに。
天地之氣,原貴生也,故不息以行其位,而性使然也。水性流下,故就地;火性炎上,故親天;故天火為同人,水地為比。且其致用,則水以體陽宜上升,火以體陰宜下濟,如天道尊而下,地道卑而上,故水火為既濟,火水為未濟,皆以其所得於二氣者交錯,所行於天地者同化,而足以為萬物生化之本,代乾坤上下之用也。此後天八卦方位,皆定於坎離,不復同於先天矣。夫坎離既主後天之位,為全易之宗,則猶先天之乾坤,為諸卦之主,已無疑矣。
天地の気はもともと「生」をもって貴と為す。だから停息せず各自の方位に運行す。これはその本性の使然である。水性は下に流れるがゆえに地に趨就し、火性は上に炎すがゆえに天に親附す。それゆえ乾上離下(天は上、火は下)は《同人》卦と為り、坎上坤下(水は上、地は下)は《比》卦と為る。しかしてそれら各自の発用に至っては、すなわち水は体は陽に属すといえども当に上昇すべく、火は体は陰に属すといえども当に下済すべし。正に天道は尊貴なるといえども下に施予し、地道は卑下なるといえども上に承奉するがごとし。だから水は上、火は下は《既済》と為り、火は上、水は下は《未済》と為る。これは皆それらが陰陽二気の中より禀得したがちょうど交錯し、それらが天地の間に運行するがちょうど同化するがゆえに、足りて万物生化の根本を充当し、乾坤に代わって上下の功用を発揮す。これがすなわち后天八卦の方位が悉く坎離に取定せられ、更に先天と同じからざる所以である。坎離はすでに后天の方位を主持し全部《易》の宗主と為れば、それらはすなわち先天の乾坤のごとく、衆卦の主宰である。これはすでに疑問なし。
文王八卦講義(続)――后天四正四隅の位
而先天日月之象、東西之行,今既以坎離象水火而代天地,則必易以震兌,而指日月之升降,明陰陽之道路。在先天以天言,則為東西;在後天以人言,則為左右。先天之日月升降,即後天之晝夜往來。故震在東方,示日所生為陽所始;兌居西方,示月所出為陰所行。在一日為旦夕之分,在一年為春秋之別。
先天卦位の裏において、日月の象はもとより離・坎に東西に分列せしめて表した。それの一出・一入にして東西を横貫する運行の路を取ったのである。いま后天卦位はすでに「坎」「離」を改用して水火を象徴せしめ、併せてそれらに乾坤に顶替して上下の位に居らしむ。もと日月を標示した東西両処は便ち空け出されて、ただ「震」「兌」両卦を改用して接替せざるを得ず、それらをもって日月の升起と降落とを指示し、これによって陰陽往来の通道を標明す。先天卦位の上では天の角度に立って論を立てたので、東・西と称す。后天卦位の上では人の角度に立って論を立てるので、左・右と称す。先天の言う所の日月升降は、后天に落ちれば昼夜の交替往来と為る。それゆえ「震」は東方に安置して、太陽がこれによって生ずるを表し、陽気の発動し始める処と為す。「兌」は西方に安置して、月亮がこれによって出づるを表し、陰気の運行し始める処と為す。この一升一降の分際は、一天に就いて言えば早晨と傍晚の划分で、一年に就いて言えば春季と秋季の区別である。
而以五行言之,則震為東方之木,兌屬西方之金。木生火而相親,則陽升之道;金生水而相近,則陰降之途。既以水火主生化之中樞,自當以金木司生化之相位。此震兌在後天居左右之地,代日月之明,本陰陽升降之機,為天地生殺之宰。而與先天之象,以變而殊、化而易者,正由後天五行之氣、萬物之生化,自然而然,自至而成,其方位次序遂依此而見矣。
もし五行に従って言えば、「震」は東方の木に属し、「兌」は西方の金に属す。木はよく火を生じて火と相親し、正に陽気の上昇する走る路である。金はよく水を生じて水と相近し、正に陰気の下降する走る路である。すでに后天は水火二卦を用いて生化の中枢を充当せしめた以上、それらを輔佐する相位は、自然に当に金・木両行に交わして掌管せしむべし。これがすなわち「震」「兌」が后天卦位の中において左右両側を占踞する縁由である。それらは日月に代わって照臨の明を発揮し、自体また陰陽升降の枢機で、これによって天地間の生長と粛殺の主宰と為る。后天の象が先天と同じからざる所以、非要に変換更易せざるべからざる所以は、正に后天の行う所は五行の気で、万物はその中において生長化育し、一切は自然に発生し自然に完成に到達し、方位と次序もまたこれに隨って顕現し出たのである。
河圖之易為洛書,由五行化為九宮,此自然變化所至者也。先天卦之變後天亦如是。以先天之卦,分陰分陽,統於乾坤;而後天之卦,則陰陽交錯,或老或少,升降往來,或多或少,而統於四正,即坎離震兌也。四卦應四象,而推演之,以加於四隅,象氣之多寡、數之進退,而仍附於四正。以其數不止四,卦則演為八,猶陰陽之復分陰陽也。故八卦出於四象。
《河図》が変じて《洛書》と為るは、五行の数より九宮の数に化成したので、自然演変の必然に到達する結果である。先天卦位が変じて后天卦位と為るも、道理は同じ。先天の八卦は、陰陽を截然に分かちて、全く乾・坤両卦に統属せしめた。后天の八卦は、すなわち陰陽彼此交錯して、あるいは老に属しあるいは少に属し、升降往来の間に気に多少あり、しかも全く四正の位に統属す。すなわち坎・離・震・兌の四卦である。この四卦は「四象」に対応し、更にそれらより外に推衍して、四個の角落の上に加設して、気の多寡・数の進退を表示するに用い、しかもこれらの角落の卦は依然として四正の卦に依附す。表現せんとする数目が四に止まらざるがゆえに、卦は便ち四より八に推衍成る。ちょうど陰陽の中に更に陰陽を分かつがごとし。だから八卦は四象より生じ出たのである。
而四隅之卦,本於四正也。四隅之卦乾坤巽艮,在先天為正位,與老陰少陽,所象重要;而在後天,則繫坎離震兌之所分化,以明氣之往來、數之大小而已,故反置於隅位,不似先天之重要矣。蓋天地生化有主宰,氣數有權衡,當位者貴,逢時者宜。坎離震兌,位當時逢,其綱領全易,如一歲之四時、天下之四方,為拄持全體者也。而乾坤巽艮,則其節目,附庸於四正者,故處於隅位,而當於閒時,其取象自異於先天也。
四隅の卦は実は四正の卦より分出したものである。乾・坤・巽・艮のこの四個の後に四隅に居る卦は、先天卦位の中においてもともと皆正位を占踞し、「老陰」「少陽」等の象に配して、象徴する意義はまことに重要であった。しかし后天に至っては、それらはただ坎・離・震・兌の分化し出した支派で、気の往来と数の大小とを説明するに用いるにすぎない。だからかえって四角に安置せられ、更に先天のごとく要津に居らず。天地生化にその主宰あり、気数にその権衡あり。当位を占踞するは便ち尊貴なり、時令に赶上するは便ち相宜なり。坎・離・震・兌はすでにその位を得またその時に逢えば、よく全部の易象を総攬す。ちょうど一年の中の四季、天下の四方のごとく、整体を支撑する骨干である。乾・坤・巽・艮はすなわちただその中の条目細節で、四正の卦に附属す。だから四隅の位に処り、ただ四季交接の閑隙時段に当値するのみで、それらの取る象は自然に先天と同じからざるなり。
先天以乾坤為主,故二者獨尊;後天以四正為綱,故餘者賤。道有輕重,物有先後。不獨後天之乾坤,非先天比,且所象者亦異於先天,猶洛書之數雖同河圖,而其名類已非河圖之舊。故乾坤在先天為全易主體,在後天則僅一枝節之用,與巽艮同觀。人或疑其退處一隅為不倫,或意其甘退讓為自卑,皆誤也,皆不明後天卦象所取義全異者也。夫後天之乾坤,為本五行之物,推演而得之象,與各卦象同,非復統二氣之乾坤矣。
先天卦位は乾・坤をもって主と為すので、この両卦は独り尊位を享く。后天卦位は四正をもって綱領と為すので、その余の各卦は地位卑降す。道理はもとより軽重あり、事物はもとより先後あり。ただに后天の乾坤はすでに先天の乾坤と相比し得ざるのみならず、それらの象徴する内容すら先天と同じからず。ちょうど《洛書》の数が《河図》と相同じとはいえ、名目と類属とはすでに《河図》の旧様ではないがごとし。だから乾・坤は先天においては全部易象の主体であるが、后天においてはただ枝節性の作用を残すのみで、巽・艮と一処に置いて看待せねばならない。ある者はそれらが一角に退居するは体統に合せぬと疑惑し、ある者はそれらが甘んじて退譲し自ら卑下に居ると猜想す。これらの看法は皆正しからず。皆后天卦象の取る意義がすでに完全に改換したを明白にせざるがゆえに。后天の乾・坤は、五行の物に依拠して推演して得た象で、その他の各卦の象と性質相同じく、更に陰陽二気を統摂するあの乾坤ではない。
後天二氣之主,以水火當之。水火之外,則皆升降往來之象。乾在西北,坤處西南,其象不過陰陽升降之跡、水火往來之道耳。後天之用,以事物為主,不限於氣,而氣行有形,氣至有質,所象有物,非空言天地也。故後天乾坤,自水火之升降、陰陽之往來,而見其所象之物,不可與先天乾坤等量齊觀。
后天陰陽二気の主宰は、水・火両卦に充当せらる。水火以外のその他各卦は、皆ただ升降往来の象徴である。乾卦は西北に落ち、坤卦は西南に落ちる。それらの表示する所はただ陰陽升降の痕迹、水火往来の通道にすぎない。后天の学は具体の事物を主とし、更に抽象の気に局限せず。気が一運行すれば便ち形あり、気が一到來すれば便ち質あり。象徴する所は皆実実在在の物で、空口に天地を談論するではない。だから后天の乾・坤は、水火の升降、陰陽の往来の中より、それらの象徴する具体の物を見出さねばならず、それらを先天の乾坤と等量斉観し得ない。
若不明此義,而仍視如先天,則將坎離混觀,而亂其序;抑將天地顛倒,而失其真,則何以明文王卦位哉?故乾坤巽艮之在後天,正同先天之震巽艮兌,其位序既易,其象數隨殊。此即先後之分、體用之別。學者不可執於名而忘其實,滯於象而遺其位,混先後天而一之,使體用不彰,變化不明,而無以探易之蘊也。
もしこの層の道理を明白にせず、依然として先天の眼光をもって后天の乾坤を看れば、便ちそれらを坎・離と混同して一談と為し、后天の次序を擾乱す。甚だしきは天地の上下を顛倒して、后天卦位の本真を失わば、またどうして文王卦位を講じ清め得んや。だから乾・坤・巽・艮が后天に処する地位は、ちょうど先天卦位の中の震・巽・艮・兌に相當す。位次すでに更換せば、卦の取る象と数ともまたこれに隨って同じからず。これは正に先天と后天との分界、本体と功用との区別である。易を学ぶ人は卦名に拘執してその実質を忘るべからず、また卦象に滞留してその方位を忽略すべからず、更に先天后天を混同して一と為して、体用分明ならず変化清楚ならざらしめてはならない。然らば《易》の深藴を探究する由なし。
文王卦位,以後天二五之氣,分佈天地間而不息。為陽者求於陰而成生育,為陰者近於陽見變化。故繫以分,類以別,正如洛書之數,陰陽次序,分為兩繫,奇偶之數,交錯以行,不似河圖之一氣相環,終始相屬也。蓋動愈久,則變出愈多;生日眾,則類分日繁,有必至之勢也。
文王の定めた卦位は、后天の「二五」の気――陰陽二気と五行の気――を天地の間に分布して運行停まらざらしむ。陽に属するは陰に向かいて求取して、初めて生育を成就し得。陰に属するは陽に靠近して、初めて変化を顕出し得。だから卦は系統に按じて划分し類別に按じて区別す。正に《洛書》の数のごとく、陰陽の次序は二個の系列に分かれ、奇数と偶数とは交錯運行して、《河図》のごとき一気回環・首尾相連ならず。凡そ運動の持続すること久しければ、生じ出す変化はいよいよ多し。生成する事物が一多ければ、分出する類別は日に益々繁雑となる。これは勢の必至する所である。
文王之卦,既以坎離震兌分列四柱,則乾坤巽艮自隨之而各屬其類。因後天事物,以形為主,形氣所成,以方為定,二五所生,隨其類而位於一方:水從北,火歸南,木在東,金居西,土行中央而運四季,各有其序也。水與金接,火與木連,風木相依,水天一氣,山土成地而載萬物,相生則承其氣,相制則抗其位,各有其次也。
文王の卦位はすでに坎・離・震・兌を分列して四根の支柱と為せば、乾・坤・巽・艮は自然にこれに隨って各々その類に帰す。后天の事物は形体を主とするがゆえに、凡そ形と気とより構成するものは皆方位をもって確定せねばならない。陰陽五行の生ずる物もまた、各々の類別に依照して某一個の方位の上に落つ。水は北方に帰し、火は南方に帰し、木は東方に在り、金は西方に在り、土は中央に居りて四季の中に周流す。各々その次序あり。水と金とは相接し、火と木とは相連なり、風と木とは彼此依附し、水と天とは同じく一気に属し、山と土とは大地を構成して万物を承載す。相生するは便ち対方の気を承接し、相克するは便ち対方とその位を対峙す。各々その排列次第あり。
故先天乾為天,包舉宇宙,後天則屬金,建位西北;先天坤為地,載育群倫,後天則屬土,序次西南。南為離火,與土相生;北為坎水,與乾相得。而西方之兌屬金,亦生自土而類於乾。艮為山,為氣之終,與土同類,而水泉潛焉。震為木之生地,木雖生於水,必得土之培,故自山出。巽亦木也,風之所見;風亦氣也,火之所燃。其性相宜,其位相接,故成環也。
だから先天の乾卦は天を代表して全個の宇宙を包羅す。后天に至れば五行は金に属して西北に位を建つ。先天の坤卦は地を代表して万類を承載養育す。后天に至れば五行は土に属して西南に序次す。南方は離火で、土と相生す。北方は坎水で、金に属する乾金水と相生して彼此得宜す。西方の兌卦もまた金に属し、同じく土の生ずる所で、これによって乾と同類なり。艮卦は山と為して、気運の終点で、土と同類なり。しかして地下の水泉はすなわちその中に潜蔵す。震卦は木の生長する地で、木は水より生ずるとはいえ、必ず土の培植を得ねばならず、山中より長ち出づ。巽卦もまた木に属して、風の顕現する処である。風はまた気で、火の燃焼に頼るものである。これらの卦は性情彼此相宜、方位彼此相接して、そこで首尾相連なりて一個の円環と為る。
水為火仇,金為木敵,土受木制,金被火刑,水逢土掩,氣為風搖,相異其性,相抗其位,相制其能,相隔其次,故成錯也。環則氣順生成,錯則氣變化見。分則為四為八,推之無盡;合則為五為二,返之太極。此固後天自然之象,亦文王卦位次之所定也。
反対に見れば、水は火の仇敵、金は木の克星、土は木の克制を受け、金は火に熔錬せられ、水は土に遇えば掩埋せられ、気は風に碰えば揺動せらる。それらの性情は相反し、方位は相抗し、功能は彼此制約し、次序は彼此隔絶して、そこで交錯の局を形成す。首尾相環する一面は、気を順暢に万物を生成せしむ。彼此交錯する一面は、気の変化を顕現せしむ。分かちて言えば四象・八卦で、一路推衍し下れば窮尽なし。合わせて言えば五行・両儀で、一路收回し去れば便ち「太極」に返帰す。これはもともと后天自然而然の景象であって、また正に文王卦位次序の依拠して確定した所である。
且文王卦,為推伏羲卦之用,而盡其變也,即本先天氣數,推至後天事物,以求其遞嬗之跡也。故伏羲卦位次為易之體,文王卦位次為易之用。因用得體,因體得用,原無二致,則伏羲卦之位次,即文王卦之前身;而文王卦之位次,即伏羲卦之變象。二者一而二也。由其異以求其同,知其同以辨其異,此習易者之所先務,而不可不通之為一,以明其旨之所在,與象之所示也。
さらに、文王の卦位は伏羲卦の功用を推展し、その変化を極致に推すためのもので、すなわち先天の気と数とに依拠して、一路后天の具体事物に推し至り、両者の遞相嬗変する軌跡を求め得んとする。だから伏羲卦の位次は《易》の本体であり、文王卦の位次は《易》の功用である。用によって体を見、体によって用を得る。両者はもともと二致なし。伏羲卦の位次はすなわち文王卦の前身であり、文王卦の位次はすなわち伏羲卦の変化した後の形象である。二者は一個と言うも可、二個と言うも可。それらの差異より相同の処を尋求し、更に相同の処よりそれらの差異を分辨する。これは易を学ぶ人がまず為すべき工夫で、必ず両者を貫通して一と為して、初めてその中の宗旨の在る所と卦象の顕示せんとする内容を明白にし得る。
如文王八卦之序自震始,與伏羲似同,而一則出於坤,為陽始生;一則變於艮,為陽已動,是不同也。蓋先天之氣,一六為水,三八為木,其序同也;後天之物,因土制水,因水生木,其用殊也。故甲乙為木,必得壬癸之生源,而甲已化土,方成生化之大用。若徒水不生木也,有土以培之,有山以蓄之,則水用見,而木道成,此後天之序,有異於先天,
たとえば文王八卦の次序は震卦より始まる。見れば伏羲卦と相同じるようだが、実は一つは坤卦より生じ出て、陽気が生じ初めて萌えたを表し、一つは艮卦より変じ来て、陽気がすでに発動したを表す。これは同じからず。先天の講ずるは気である。一と六と合して水と為り、三と八と合して木と為る。この次序は両者相同じ。后天の講ずるは物である。土に依って水を制約し、水に依って木を生養せねばならず、功用は便ち同じからず。だから天干の「甲」「乙」は木に属し、必ず「壬」「癸」の水を生発の源頭として得ねばならず、しかして「甲」と「己」と相合して土に化して、初めて生化の大用を成就し得る。もし水のみあれば、水は単独に木を生じ得ない。必ず土あってこれを培植し、山あってこれを蓄養して、初めて水の功用は顕現し、木の生長の道は初めて完成を得る。これがすなわち后天の次序が先天と別ある所以である。
而震坤之位,有殊於前象者也。先天生化本乎氣,故五行順序;後天生化存乎形,故五行錯行。一年之序之自春始,一日之氣自寅見,一地之氣自東起,故後天以震司動令也。動者自靜出,則震必自艮出。艮者止也。由動而止於靜,此艮為氣之終;由靜而漸於動,則艮又氣之始。故艮者始終之地。先天以艮入地,後天以艮出水,故艮之先後天,皆為終始之樞,而在後天尤至顯也。
これもまた震と坤の方位が后天において先前の象と同じからざる所以である。先天の生化は気をもって本と為すので、五行は相生の順序に按じて排列す。后天の生化は形の上に落ちるので、五行は交錯して行う。一年の次序は春天より始まり、一日の気機は寅時より顕現し、一地の気脈は東方より興起す。それゆえ后天は震卦を用いて発動の時令を掌管す。凡そ動は皆静の中より生ず。だから震卦は必ず艮卦より生ず。艮の意はすなわち止である。動より止して静に至れば、艮は便ち気の終点である。静より漸く転動すれば、艮はまた気の起点と為る。だから艮は終点と起点と交會する地である。先天卦位は艮を地に入る処に置き、后天卦位は艮を水気の土に出づる処に置く。それゆえ艮は先天后天ともに終始の間の枢紐で、しかも后天において表現するが殊に顕著である。
東北之方,正生機所息,如春之先、冬之盡也;山土之中,正生物之所始,如木之根、草之荄也。故艮者,萬物之所資以生育者也。其同者則為坤,故與抗位,然後天之序分相次也。以升降言,則坤艮相對;以出入言,則巽艮相當。巽為風木,草也,氣也。草木之出於地,已異於艮之根荄;風氣之流於空,卻近於乾之金氣,故與乾對,而同艮比。
東北のこの方位は、正に生機の潜伏休息する所で、ちょうど春天到来の前、冬天将尽の時のごとし。山中の土壤の裏は、正に生物の萌発し始める処で、ちょうど樹木の根、野草の宿根のごとし。だから艮卦は万物の生長発育に頼る凭借である。それと同じく土に属するは坤卦で、それゆえ両卦は分居して相対の位にして彼此抗衡す。これは后天次序の中に分派する先後の安排である。昇降に就いて言えば、坤と艮と相対す。出入に就いて言えば、巽と艮と相當す。巽は風で木で、また草を代表し気を代表す。草木は地面より鑚出すれば、形態はすでに艮の象る根と宿根と同じからず。風気は虚空の中に流動して、かえって乾卦の金気に接近す。だから巽は乾と相対して、艮と隣接並列す。
乾為氣,若天空之氣,與水一類,化而為水,凝而為金,位在坎兌間,則西與北之相生也。次於西北方,則淨土之天所在也。佛稱淨土在西方,而佛身金剛不壞,佛相非空非色,其義與乾象同。佛言四大,地水火風,獨少金,而以西方淨土為佛地,亦與五行之言一也。故乾為天,而性屬金,而以西北,與巽對。
乾は気を代表す。ちょうど天空の中の大気のごとく、水と同一類に属す。化開すればすなわち水と為り、凝結すればすなわち金と為る。その位置は坎と兌との間に挟まり、正に西方と北方の金水相生する処である。それは西北方に排せられ、そこはすなわちいわゆる「浄土の天」の在る所である。仏家は浄土は西方に在りと言い、また仏身は金剛のごとく壊れぬと言い、仏の相状は空にあらず色にあらず。この層の意は乾卦の象と相通ず。仏家が「四大」を講ずるに、ただ地・水・火・風を挙げて、独り金を欠く。しかもまた西方浄土をもって仏国の地と作す。これもまた正に五行の説と相合す。だから乾卦は天を代表し、しかしてその性は金に属して西北方に安置せられ、東南方の巽卦と相対す。
以用言,則與坤對。坤司載物,乾司覆物。坤為生,乾為化。乾知大始,坤代有終,皆功用之相當也,故位相比。此亦先後天之同異也。在五行生制中,萬物生化以成,固氣之所推蕩也。八卦之分五行以象物,因二氣生降消長,以象生化之跡,而以後天之卦為最明顯。
もし功用より言えば、乾はまた坤と相対す。坤は万物を承載するを負け、乾は万物を覆蓋するを負う。坤は生成を主り、乾は変化を主る。《繋辞上伝》に「乾は大始を知り、坤は物を作り成す」と言う。ここにすなわちその意を取る。乾は万物の端始を開啓し、坤は接続して万物に終あらしむ。これらは皆功用上の彼此相當する処なので、両卦の方位もまた相隣近す。これも同じく先天と后天との間の同じくしてまた異なる処である。五行相生相克の運行の中において、万物は依次に生成す。もともと気の推動激蕩する結果である。八卦は五行を分配して具体の物を象徴す。陰陽二気の升降消長に依照して生化の軌跡を表示するのであって、この点は后天卦位の上において表現するが最も顕著である。
蓋先天之卦,為示氣之本體,與其行至之序,非如後天均可按之事物也。後天卦象,全體生化,有行至之序,有變遷之跡,有相生制之象,有相循環之式。故分觀之,則一節一方之物;合觀之,則全部全體之事,均貫通者也。
先天の卦は、気の本体および気の運行到達の次序を顕示せんがためのもので、后天のごとく処々皆具体事物に対応して査験し得るに似ず。后天の卦象は、生化の全体を涵蓋す。すなわち気の運行到達の次序あり、また変遷の軌跡あり。すなわち相生相克の象あり、また循環往復の格式あり。だから分かちて見れば、每一卦は某一節令・某一方位の具体の物に対応す。合わせて見れば、すなわち整体・全局の事理で、彼此貫通せざるなし。
如先天之卦,天地水火對列,山澤風雷抗居,其氣佈於兩間,其數分於萬物,而不相聯接也,故分為二,以屬於乾坤。後天則不然,以水火為主,金木為輔,四隅相錯,皆相接也。因後天之象,由合而分,本無窮盡,雖本先天一氣,可統於陰陽,而應五行生化,可變為萬用。故水火司乾坤之用,金木助陰陽之功,功用以全,物事以備。
たとえば先天の卦は、天と地、水と火とは両々対列し、山と沢、風と雷とは両々対峙す。それらの気は天地の間に分布し、それらの数は万物の中に分配す。しかも彼此は相互に連接せず。だから整体は陰陽両組に分かれ、各々乾・坤に統属す。后天はこのようではない。水火をもって主干と為し、金木をもって輔翼と為し、四隅の卦はその間に交錯して、彼此皆相連なり。后天の象は合より分に由るがゆえに、もともと窮尽なし。先天の一気に根源して陰陽に統帰し得るとはいえ、一旦五行の生化に対応すれば、便ち千万種の用途を変じ出し得る。だから水火に原は乾坤に属した職能を担起せしめ、金木に陰陽を輔助して功業を完成せしめれば、功用はこれによって斉全し、物事はこれによって完備す。
在先天以元氣為貴,故乾包坤;而後天以生化為先,故陰先陽,此離上坎下,與乾上坤下各不同也。生化之用,以陽求陰,得陰始生,陽不獨生也,故曰陰陽。而上離下坎,離陰以代乾,坎陽以代坤,陰陽互濟,生化乃見,此實天下至理,萬物大本,而後天卦象位次之要義也。
先天は元気をもって貴重と為すので、乾は坤を包含す。后天は生化をもって優先為すので、陰はかえって陽の前面に排せられる。これがすなわち后天が離は上、坎は下なる所以で、先天の乾上坤下とちょうど同じからざる所以である。生化の作用は、陽より陰を求取して、陰を得て初めて生ずる所有る。陽は独り生育し得ない。だから合わせて「陰陽」と称す。そこで上は離、下は坎と為す。離卦は外は陽にして中虚にして陰を含み、陰の身分をもって乾に代わりて上に居る。坎卦は外は陰にして中実にして陽を含み、陽の身分をもって坤に代わりて下に居る。陰陽は互いに済助して、生化は初めて顕現を得る。これは実に天下至高の道理、万物の大根本で、また后天卦象位次の最も要緊なる義理である。
若仍如先天之象,則生化不成,氣數不續,道之窮也。窮則必變,變則後天之象見,此文王之卦,必繼伏羲而明,而離坎之位必代乾坤而立者也。物變必因陰陽之交,事變必因氣數之易,天地尚不得不變,況下者乎。後天者變象也,變於先天,而成現在之象,故人道存焉。人道以為主,則乾坤退用,此離坎屬人,為後天位次之樞,而主八卦之用也。學者當思之。
もし依然として先天のごとき卦象を保持せば、生化は完成し得ず、気数は接続し得ず。これがすなわち「道」の尽頭に走到したのである。尽頭に走到すれば必ず変ず。一変すれば、后天の象は出現す。これは正に文王の卦位が必ず伏羲に接続して闡明せねばならず、離坎の位が必ず乾坤に取代わって確立せねばならぬ原因である。物の変化は必ず陰陽交會に由り、事の変化は必ず気数更易に由る。天地すら変ぜざるを得ざるのだから、まして天地以下の万物をや。后天はすなわち変化した後の象である。それは先天より変じ来て、いま見る所の様子を構成した。それゆえ人道はすなわちその中に存在す。すでに人道を主と為せば、乾坤は便ち退居して次要の用と為る。だから離・坎両卦は人に帰属して、后天位次の枢紐と為り、八卦の功用を主宰す。易を学ぶ人は当にこの点を好好と体会すべし。
文王六十四卦講義――宣聖講義(孔子)
六十四卦,自八卦出,無論伏羲文王一也;其次序自伏羲八卦方位定,無論先後天一也。唯六十四卦,有本宮次序,有本卦次序,有相錯次序,有相和次序,各以其變化而定。本宮者,分乾坎艮震巽離坤兌八宮,各八變,成六十四卦,此序卦之自生也。
六十四卦は皆八卦より推衍し出た。伏羲の易であれ文王の易であれ、この点に分別なし。それらの次序もまた皆伏羲八卦の方位に取決す。先天であれ后天であれ、この点も同じく分別なし。ただ六十四卦の排列に好幾套あり。「本宮次序」あり、「本卦次序」あり、「相錯次序」あり、「相和次序」あり、各々取る所の変化方式に依って定まる。いわゆる本宮次序は、六十四卦を乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌の八宮に分かち、每宮各々八次の変化を経て、六十四卦を合成す。これは卦序それ自体が生発し出した一種の排法である。
本卦者,亦依八卦之生化,而以乾兌震離巽坎艮坤之序,分屬一卦,以成八屬,此明卦氣之消長為循環也。相錯者,以卦之交錯,分乾坤坎離震艮巽兌,相交錯而成行,以循環而為序,即《周易》上下經之序也。
いわゆる本卦次序もまた、八卦の生化に依照して排し、乾・兌・震・離・巽・坎・艮・坤の順序に按じて、某一卦の生ずる所の各卦を皆あの一卦の名下に帰属して、八個の類属を合成し、卦気の消長が循環已まざるを説明するに用いる。いわゆる相錯次序は、卦と卦との交錯を取って准と為し、乾・坤・坎・離・震・艮・巽・兌を分かちて、それらを彼此交錯せしめて行列に排成し、循環の勢に依って先後を定出す。これがすなわち《周易》上経・下経の次序である。
相和者,亦卦之交錯,合其體用,明其常變,和先後天之例,一伏羲文王之序,並及《連山》《歸藏》之成規,與本宮本卦參照而為序者,即《雜卦傳》之序也。蓋卦變本多,變必有例,易以明變,則一變有一序也。以此四者舉其凡,若盡其變,尚不止耳。
いわゆる相和次序もまた、卦の交錯を取るが、更に進んで本体と功用とを合わせて看、常道と変化とを皆点明し、先天后天両套の体例を調和し、伏羲と文王の両種の排序を統一し、併せて《連山》《帰蔵》両易の旧規を兼顧し、更に本宮・本卦両序を参照して定む。これがすなわち《雑卦伝》の用いた次序である。凡そ卦の変化はもともと多く、変化あれば必ず相応の体例ある。《易》は正に変化を闡明するに用いるがゆえに、一種の花样を変じ出せば、便ち一種の排序あり。ここに四種を挙出するは、ただ大概を提ぐるのみ。もしすべての変化を窮尽せんとせば、なおこれらに止まらざるなり。
六十四卦既由八卦出,八卦之序已有不同,則六十四卦之序,自分多類。不過後天易象重在交錯,二五流行,無不交互,天下萬類無非錯行,合則以生,分則以化,推之不盡,用之不窮,則當以文王所序之例為主,以能象現在之事物,而可推諸往來之氣數也。其它各例,以備參考,俾知序變則用殊,易道不窮,則變例無盡。
六十四卦はすでに八卦より生じ、しかも八卦自体の排序にすでに先天后天の別あれば、六十四卦の排序は自然に許多の類を分出す。ただ后天の易象の重点は交錯に在る。陰陽二気と五行の気とは流行して已まず、処として彼此交互せざるなく、天下の万類は一つとして交錯して行わざるなし。合わせれば便ち生ずる所有り、分かてば便ち化する所有り、一路推衍して尽頭なく、一路取用して窮時なし。それゆえ当に文王の定めた体例をもって主と為すべし。それがよく当下現実の事物を象徴し、またこれに拠って往来の気数を推算し得るがゆえに。その余の各種体例は、参考に留めて、人に次序が一変すれば功用すなわちこれに隨って同じからざるを知らしめ、《易》道無窮にして変化の体例もまた無尽なるを知らしむるがよい。
有後聖者出,推而廣之,亦足與文王易同,則變例之存,將有待於推闡,不獨溯源探本已也。文王所定六十四卦次序,大別之為上下篇,而上篇統於乾坤坎離,下篇統於震艮巽兌,此大略也。其實皆相錯交互,明氣之周流,二氣消息往復無已,自為環行,繫後天自然之象。
もし後世に聖人出でて、これらの体例を推衍拡充せば、また足りて文王の易と並駕斉駆せん。見ればこれらの変例を保留するは、後人の推闡発明に留待するであって、ただ本源を追溯するためのみではない。文王の定めた六十四卦次序は、大体上は上篇と下篇とに分かれる。上篇は乾・坤・坎・離に統属し、下篇は震・艮・巽・兌に統属す。これは大略に就いて言う。実は上下両篇は皆彼此交錯互涵して、気の周流不息を説明するに用いる。陰陽二気は一消一長・一往一復して止境なく、自然に環形の運行を構成す。これは正に后天の自然景象である。
由先天既變,氣隨形化,數隨事見,天道存於人物,化育寓於時位,皆莫為而為,莫致而至,以繼往啟來,垂今鑑古,無不符合,故為易之主體,而見卦之大用也。上篇三十,首乾坤而終坎離,明先後天之卦象異主,坎離即以代乾坤,為宇宙之樞機,運陰陽之中極,而天地間萬物從此生化也。
先天より后天に変じてより、気は便ち形体に隨って変化し、数は便ち事物に隨って顕現し、天道は人と物の中に寄存し、化育は時令と方位の内に寄托す。これ一切は誰かが刻意に為すなくして自然に成し、誰かが刻意に招致すなくして自然に至る。上は既往を承け下は将来を啓き、今人に垂示し古人を鑑照して、吻合せざるなし。だから文王の序は《易》の主体と為り、卦の大用はここより見ゆべし。上篇は共に三十卦で、乾・坤をもって頭を開き、坎・離をもって尾を収む。正に先天と后天の两套卦象の主宰者がすでに人を換えたを説明す。坎・離が乾・坤に取代わって、宇宙の枢機と為り、陰陽の中枢を運転す。天地の間の万物はこの処より生長化育し始む。
下篇首咸怛,終既未濟,即本上篇乾坤坎離交錯,而成人類之萬事萬象,以震艮巽兌縱橫其間,明事物之迴環曲折,無窮無盡。人主其中,以代天地,並化育,為世界開化,為物類建極,以成天地人三才之德,而全易卦六爻之用。此下篇三十四卦始終,與上篇大同,皆以乾坤起,坎離終,而更交錯之也。
下篇は《咸》《恒》両卦をもって開端と為し(原文の「恒」は「怛」と写作す)、《既済》《未済》両卦をもって収束と為す。正に上篇の乾・坤・坎・離の交錯を承接して、進んで人間の万事万象を構成し、更に震・艮・巽・兌四卦をその間に縦横穿插せしめて、事物の回環曲折に窮尽なきを説明するに用いる。人はこの一切の中に居りて主を為し、天地に代わって事を行い、化育の功に参与し、世界のために文明を開啓し、万物の類のために準則を樹立して、これによって天・地・人の「三才」の徳を成就し、また全部易卦六爻の功用を完備せしむ。下篇三十四卦の頭より尾までの格局は、上篇とおおよそ相同じ。皆乾坤をもって起り坎離をもって終る。ただ交錯するがいよいよ繁复なるのみである。
蓋後天之象異先天者,以多變也。變因於交錯,而天地既判,人物已繁,往來其中者,形與氣也。司形者數,司氣者神;神主於隱,數行於顯,於是一者分為二矣。先天一氣,同屬乾坤,雖二仍一,以氣同也;後天之變,乾坤分居,坎離代用,形氣並具,二者乃分。
后天の象と先天と同じからざる関鍵は、変化多きに在る。変化は交錯より起る。しかして天地すでに分判し、人と物すでに繁多なれば、その間に往来するは「形」と「気」の両様に外ならぬ。形を主管するは数であり、気を主管するは神である。神は幽微の処に隠蔵し、数は明顕の処に運行す。そこでもとより渾然の一は便ち二に分かれた。先天はただ一気で、同じく乾・坤に統摂せらる。両卦とは言うも、実は依然として一体で、主とする気が同一個だからである。后天は一変して、乾・坤は四隅に退居して両地に分処し、改めて坎・離にその用を代行せしむ。形と気の両者は並存して、そこで一を分かちて二と為す格局は初めて真に確立した。
故後天統於水火,分於木金,而同寓於土,非復先天二氣之一源,生化盡於乾坤,周迴歸於陰陽,其象簡,其數單,而明顯易見,純一易名也。故後天之卦,必以交錯為用,愈交愈生,愈錯愈化,生化日眾,交錯益多。此六十四卦,雖大類統於水火,屬於四正,而其往復之跡、消息之機,無不縱橫如織,迴環若輪也。此文王六十四卦定序之義也。
だから后天は水火に統摂し、木金に分派して、しかも共同に土に寄寓す。更に先天のごとき陰陽二気同じく一源に出で、生化の功全く乾坤に帰し、一周流すれば便ち陰陽に回るとはせず。先天の象は簡明にして数目単純で、一望して知るべく、純粋划一にして命名しやすし。后天の卦は必ず交錯をもって用と為さねばならない。交ますれば生ずる所いよいよ多く、錯ますれば化する所いよいよ繁し。生化は日に日に増多し、交錯もまた日に日に加密す。それゆえこの六十四卦は、大类の上において水火に統属し四正に隷属するとはいえ、それらの往復の軌跡・消長の機括は、織布のごとく縦横交叉し車輪のごとく回環転動せざるはなし。これがすなわち文王が六十四卦のために次序を定下した用意である。
文王六十四卦次序,雖因交錯,而因異本宮本卦之序,而其取法者,則仍乾坤對列之八卦位次也。蓋乾坤對列之位次,雖屬先天卦象,究為卦象本體,不得棄之而別取法也。若上離下坎之象,雖名後天位次,其為用祇與本宮本卦之序相證,而非文王六十四卦序所本也。
文王六十四卦の次序は、交錯を講ずるに因って本宮・本卦両序と同じからざるとはいえ、それの取法する依拠は、依然として乾上坤下・両々対列のあの套の八卦位次である。乾坤対列の位次は先天卦象に属するとはいえ、畢竟は卦象の本体の在る所で、それを抛開して別に依拠を尋ね得ない。離上坎下のあの套の図式に至っては、名は后天位次と言うも、その作用はただ本宮・本卦両序と互いに印証するのみで、文王六十四卦排序の依拠とする根本ではない。換言すれば、文王は八卦の上において位次を改めたが、六十四卦の上においては依然として乾坤対列の老根基に回って取法した。位次は時に隨って変じ得るが、本体は位次に隨って共に変じ得ない。然らざれば変は参照を失い、六十四卦の往来交錯もまた安排する由なし。
此其異者,以先天之至後天,因其變,變有其例,因於體用,體此而用則彼,體先而用則後。文王八卦位次,仿自伏羲八卦,而與本宮本卦之序相應,一先一後,一體一用也。二者同出異用,一常一變,常者不變,故其用能變,變而不失其常。若體已變,則何以用變?以變為變,將不復知有常矣,則易道亂,亂則何以神其用哉?故變者本於不變,而後天必本於先天也。
両者の別ある所以は、先天より后天に走到すれば必ず一変を経るに由る。しかして変には変の体例あり。この体例はまた体と用との関係に取決す。この套をもって体と為せば、便ちあの套をもって用と為す。先天をもって体と為せば、便ち后天をもって用と為す。文王の八卦位次は伏羲八卦に仿り、また本宮・本卦の序と彼此呼応す。一つは先に在り一つは後に在り、一つは体を作り一つは用を作す。二者は同じく一源に出でて功用同じからず。一つは常に属し一つは変に属す。常の一方は改変を保持せざるがゆえに、用の一方は初めて変じ得る。変ずるとはいえその常を失わず。もし本体すら跟って変ぜば、用はまた何を凭って変ぜんや。変をもって変を変ずれば、更に常を尋ね得ず、《易》道は乱る。一たび乱れば、またどうしてその功用を神妙ならしめ得んや。だから変は必ず不変をもって根基と為さねばならず、后天もまた必ず先天をもって根基と為さねばならない。
世之習易者,以文王六十四卦不合其八卦位次,而其八卦位次恰與本宮之序同,有疑為不如是者。不知六十四卦者,全易之象,八卦亦在其中;文王六十四卦之序,即後天之象,與伏羲本宮卦序,正為體應,非可疑也。苟就六十四卦之象前後觀之,其氣消息,其數盈虛,其行往復,其道迴環,無不與伏羲八卦位次同,蓋可見其取法所自矣。
世上の易を学ぶ人、文王六十四卦の排法がそれ自体の定めた八卦位次と対せざるを見、かえって本宮卦序とちょうど相合するを見て、そこで事情はかくあるべからずと疑惑す。彼らは明白にせず。六十四卦は全部易象で、八卦はもともとその中に包含せらる。文王六十四卦の序は正に后天の象で、それと伏羲本宮卦序との間は体と応の関係であって、何の疑うべきもなし。ただ六十四卦の象を頭より尾まで通看一遍すれば、便ちその気の消長・その数の盈虚・その運行の往復・その道路の回環、一処として伏羲八卦位次と合せざるなく、取法の来源もまた一目了然と為るを発見せん。
且六十四卦之序,不有數例在乎?試各按之,皆足以參證其用。以本宮言之,三變而後則屬對宮,七變為游魂,八變為歸魂,仍本先天八卦方位者也。蓋變多必因交錯,氣交數錯,變乃無盡。後天以變為主,固必取交錯之例。交錯以對位為主,以旁行為輔;對位為交,旁行為錯。如乾之坤,對位也;之離坎,則旁行也。
まして六十四卦の排序に好幾種の体例あるではないか。逐一に按験して見れば、每一種皆足りてその功用を印証す。本宮卦序に就いて言えば、第三次に変じ至れば便ち対宮に転入し、第七次に変じ至れば「游魂」と称し、第八次に変じ至れば「帰魂」と称す。依拠するは依然として先天八卦の方位である。変化の多き所以は、必ず交錯に由る。気が一交し数が一錯すれば、変化は窮尽なし。后天は変を主と為すので、自然に必ず交錯の体例を採用せねばならない。交錯は「対位」を主とし「旁行」を輔と為す。対位を交と呼び、旁行を錯と呼ぶ。たとえば乾より坤に走到するは、すなわち対位である。乾より離・坎に走到するは、すなわち旁行である。
文王六十四卦序,其例正如此,故以乾坤為首,以既未濟為終,明後天之交錯,而象事物之生化也。夫本宮之序,終於歸妹,與此之終於未濟,其義亦可互參。傳曰歸妹女之終也,未濟男之窮也。乾道成男,坤道成女,男女即乾坤也,乾坤即天地也,天地即陰陽也。陰盡于歸妹,明體靜也;陽盡於未濟,明用動也。
文王六十四卦の排序は、正にこの套の体例を用いた。だから乾・坤両卦をもって開端と為し、《既済》《未済》両卦をもって收尾と為して、后天の交錯を説明し、併せて事物の生長変化を象徴するに用いる。本宮卦序は《帰妹》に終止し、文王の序は《未済》に終止す。両者の意もまた互いに参証し得る。《序卦伝》に「帰妹は女の終なり」「未済は男の窮なり」と言う。《繋辞上伝》は「乾道は男を成し、坤道は女を成す」を講ず。見れば男女はすなわち乾坤、乾坤はすなわち天地、天地はすなわち陰陽である。陰気は《帰妹》に終結して、本体の静を主るを説明す。陽気は《未済》に終結して、功用の動を主るを説明す。
先天主靜,內陽外陰;後天主動,內陰外陽。故文王之序,以乾始,以未濟終,示陽氣之循環,為後天生化之本;而陽氣之終盡,為人物窮竭之時。此其取義,亦象天地自然之氣者也。況易者盡而無盡,窮而復通,以其循環也。天地為一大循環,終則有始,非不續也,故未濟窮而不窮。
先天は静を主とし、内裏は陽、外面は陰である。后天は動を主とし、内裏は陰、外面は陽である。だから文王の排序は乾卦より起り、《未済》に至って止み、陽気の循環がすなわち后天生化の根本なるを顕示するに用いる。しかして陽気が尽頭に走到する時は、すなわち人と物とが枯竭する時である。かく義を取るも、同じく天地自然の気の運行を摹写するにある。まして《易》の講ずる所は尽きて未だ尽きず・窮してまた通ずるは、それがもとより循環だからである。天地はすなわち一個の大循環で、終点に走到すればまた新たな起点で、これによって中断するではない。だから《未済》は名は窮と言うも、実は窮にして窮ならず。
先後天各易象数および図表――大同復聖講述(顔子)
卦象先後天之異,在方位與次序,夫子已詳言之。唯先後天各圖象,位次各不同者,以其氣數各有合也。伏羲八卦位序,為一切根本,其六十四卦則有數種;位序不同,名類斯異。文王八卦位序,自伏羲變來,其六十四卦,亦與伏羲者殊,然皆出於上乾下坤之八卦位序則同。蓋根本一,而變化無盡也。
卦象の先天と后天との間の差異は、方位と次序の両方面に体現す。夫子はすでに講じてまことに詳細なり。ただ先天后天の各種図象の位次が彼此同じからざる所以は、各自の気と数と各々その配合の道あるがゆえに。伏羲八卦の位序は、一切易図の根本で、それより推し出た六十四卦に好幾種の排法あり。位序が一たび同じからざれば、名目と類属もまたこれに隨って異なり。文王八卦の位序は伏羲卦より変じ来たもので、それより推し出た六十四卦もまた伏羲のと同じからず。しかし根を追い底を窮めれば、皆同じく乾上坤下のあの套の八卦位序より出づ。根本はただ一個で、これより生じ出る変化は窮尽なし。
伏羲六十四卦,應以本卦之序為最明顯,即依乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤之一、二、三、四、五、六、七、八次序,而將本卦所變者,統屬之於一卦。如乾卦之下,兌乾、離乾、震乾、巽乾、坎乾、艮乾、坤乾各卦,即夬、大有、大壯、小畜、需、大畜、泰,皆屬之乾卦。
伏羲の六十四卦は、「本卦の序」を数えれば最も清楚明白である。すなわち乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八のこの先天次序に按じて、某の一本卦の生変する所の各卦を、一概にあの一卦に帰属す。たとえば乾卦の名下において、凡そ下卦が乾にして上卦が各々兌・離・震・巽・坎・艮・坤を配する各卦――すなわち《夬》《大有》《大壮》《小畜》《需》《大畜》《泰》――は皆乾卦に帰属す。かく帰并する所以は、下卦は内・主にして、先天の講ずるは気の生発で、気は内より外へ下より上へゆくがゆえに、下卦がどの一卦であれば、この卦はすなわちどの一卦の生ずる所と算えられる。上卦の変換は、ただこの一気の遇う対象が同じからざるを表示するにすぎない。八卦は各々八卦を領して、八八相乗して正に六十四。一卦も多からず一卦も少からず。
其次則兌卦,兌所合者,如履、兌、暌、歸妹、中孚、節、損、臨各卦,皆屬之。兌以下,如離、如震、如巽、坎、艮、坤各本卦所合者,依序列之,以為全易次序。因其由本卦所推,故名為本卦序;因其依先天八卦位次,故名為先天六十四卦序,或伏羲六十四卦序。
その次は兌卦で、凡そ兌と相配合して成る卦、たとえば《履》《兌》《睽》《帰妹》《中孚》《節》《損》《臨》の各卦は、皆兌に帰属す。兌以下、離・震・巽・坎・艮・坤の各本卦の配合し生成した卦のごときも、同様の弁法に照らして依次に排列し、合わせて全部《易》の次序を構成す。それは本卦より推衍し出たがゆえに、「本卦序」と呼ぶ。またそれは先天八卦の位次に依照するがゆえに、「先天六十四卦序」とも呼び、あるいは「伏羲六十四卦序」と称す。
此種卦序,為圖有方,有圓,有平列,有豎立,其象雖殊,致用略一,而其別於他類者,順八卦之位次,示本卦之分合,無交錯之用,純先天之象。蓋其變化少,而生育之功不見,藉以定天地之位、辨氣數之差而已。故後人多不曉其意義,不過備易象之一格,而為他卦參證云爾。
この一套の卦序を画いて図と為すに、方、方図あり円図あり、平鋪排列するあり、また竪直排列するあり。図形は同じからざるとはいえ、用途はおおよそ相同じ。それのその他各類の排法との区別は、全く八卦の位次に順って排して、ただ本卦が如何に分合するかを顕示するのみで、卦と卦との交錯を講ぜず、純粋の先天の象なるにある。正にそれの含む変化が少きがゆえに、万物を生育する功用は便ち顕れ出ず、ただそれを借りて天地の方位を確定し気数の差等を辨別するのみである。だから後人は多くはその意義を懂えず、それを易象の中の備えて用いざる一格と作して、ただその他の卦序と互いに参証するに用いるのみである。
又有本宮卦序者,則依文王八卦位次,而為各類;其卦變化,則依本宮對宮相交錯,及比類五卦,而推生各卦,皆為八變。如乾宮自乾起,初變為乾巽,次為乾艮,次為乾坤,次為巽坤,次為艮坤,次為離坤四,終為離乾,即乾、姤、遯、否、觀、剝、晉、大有各卦,依次序列,屬之乾宮卦。
別に一套の「本宮卦序」あり。文王八卦の位次に依照して各類に分成す。卦の変化に至っては、すなわち本宮と対宮とが互いに交に交錯し、併せて相隣同類の五卦に旁及して、これによって各卦を推生し、每宮皆八変である。たとえば乾宮は乾卦より手を起こす。初変して上乾下巽と為り、再変して上乾下艮と為り、再変して上乾下坤と為り、再変して上巽下坤と為り、再変して上艮下坤と為り、再変して上離下坤と為り、最後に変じて上離下乾と為る。すなわち《乾》《姤》《遯》《否》《観》《剥》《晋》《大有》の各卦で、依次に排列して皆乾宮に帰属す。
其次為坎宮,自坎以下,為節、屯、既濟、革、豐、明夷、師各卦,亦依變化之次序列,屬之坎宮卦。以下如震、如巽、如離、如坤、如兌,皆依後天八卦位次序列,以推生全易卦象者也。以其變由生於本宮,不似前之出於本卦者,故名本宮卦序,亦曰八宮卦序,或稱後天六十四卦序。然非與文王六十四卦序同,不過序列各宮,依文王八卦位次,其推生變化純先天例,有異文王後天交錯之序也,應仍屬之先天卦序之一種。
その次は坎宮で、坎卦より下に、依次は《節》《屯》《既済》《革》《豊》《明夷》《師》の各卦で、同じく変化の先後に按じて排列して皆坎宮に帰属す。更に下に、震宮・巽宮・離宮・坤宮・兌宮のごときも、皆后天八卦の位次に依照して排列して、全部易卦の象を推生するに用いる。これらの卦の変化は本宮の内部より生じ出たので、前の一種のごとき本卦の配合より出たに似ず。だから「本宮卦序」と称し、また「八宮卦序」とも呼び、あるいは「后天六十四卦序」と称す。ただそれは文王六十四卦の序と等同するではない。それはただ各宮を文王八卦の位次に依って先後を排するのみで、推生変化に用いる法則に至っては、純粋に先天の体例で、文王后天の交錯を講ずる排序と同じからず。だから依然として先天卦序の一種に帰入すべし。
此種卦序,有一定之例,即自本宮本卦起,三變而至對宮,七變而為對比宮,是曰游魂;八變由比宮仍還本卦,是曰歸魂。大凡八卦,依伏羲方位相對者曰對宮,相併者曰比宮。如乾與坤,離與坎,震與巽,艮與兌,對宮也;如乾與離,坤與坎,震與艮,巽與兌,則比宮也。
この種の卦序に固定の規矩あり。本宮の本卦より算え起こし、第三次に変じ至れば便ち対宮に転入し、第七次に変じ至れば対宮と相隣するあの一宮に転じ、この一変を「游魂」と称す。第八次に変じ至れば、相隣の宮より本卦に回り、この一変を「帰魂」と称す。凡そ八卦の中において、伏羲方位に按じて彼此相対する両宮を「対宮」と呼び、彼此相並列する両宮を「比宮」と呼ぶ。乾と坤、離と坎、震と巽、艮と兌のごときは、対宮である。乾と離、坤と坎、震と艮、巽と兌のごときは、すなわち比宮である。
對宮不獨本卦位次相對,其變化位次皆相對。如乾變之巽,之艮,至坤,由離返乾,皆自上下行,由下返上;而坤則之震,之兌,至乾,由坎返坤,皆自下上行,由上返下。所至所行,恰相對也。
対宮の間はただに本卦の位次が彼此相対するのみならず、変化過程の経る所の位次すら処々相対す。たとえば乾宮の変化は、まず巽に至り、再び艮に至り、坤に至るを直し、最後に離より乾に返る。走るは上より下へ、再び下より上に返る路線である。坤宮はすなわちまず震に至り、再び兌に至り、乾に至るを直し、最後に坎より坤に返る。走るは下より上へ、再び上より下に返る路線である。至る所と行く所の路とは、ちょうど両々相反相対す。
其行各宮,而生變化,一宮所涉者五,不入者三。如乾涉巽、艮、坤、離,坤則涉震、兌、乾、坎,餘宮皆然,此其例也。蓋氣之變,必以動,變至三則易其位,至七則遊於比宮,八則歸於本宗。故一宮八卦,所交五宮,亦自然變化之序。此序之用,為納甲所本,於占法適宜,是先天用法,古人常取之以卜筮,至今猶傳,與後天卦序有相闡發也。
変化は各宮の間に游走す。每一宮の牽渉する所はただ五宮のみで、別に三宮は走り至り得ない。たとえば乾宮は巽・艮・坤・離に牽渉し、坤宮はすなわち震・兌・乾・坎に牽渉す。その余の各宮も皆このごとし。これがすなわちその通例である。気は変ぜんとすれば必ず動に靠る。第三次に変じ至れば便ち方位を更換し、第七次に変じ至れば便ち游走して相隣の宮に至り、第八次に変じ至れば便ち回帰して本宗に帰す。だから一宮八卦の交渉する所は共に五宮で、これもまた自然変化の次序である。この套の次序の用処は、「納甲」の法の依拠とする根本で、まことに占卜取用に適合す。それは先天の用法に属し、古人は常にそれをもって卜筮と為し、今日に至るまでなお流伝ありて、后天卦序と互いに発明し得る。
此外有合一歲序者,亦有數種。如以八卦八宮分候四季者,以乾坤二宮分候十二月者,以六十四卦分候全歲、一卦六日七分者,其例詳各家書,皆傳自古,為曆數家所用,亦本先天卦象,推其變化,而應於歲時,無不合也。
このほかまた一年の時令に配合する卦序ありて、また好幾種ある。たとえば八卦八宮を用いて各々四季に対応せしめるあり、乾・坤二宮を用いて各々十二個月に対応せしめるあり、六十四卦を用いて一整年に分配して每卦を六日七分に当値せしめるあり。これらの体例は各家の著述の裏に皆詳細の記載ありて、皆古より流伝し来たりて、暦法算数を治める人の採用する所と為る。それらは同じく先天卦象をもって本と為し、その中の変化を推演して、一年の時令に対応するに用いて、吻合せざるなし。
蓋卦象包羅無盡,其變化隨用而見,初非限於一例也。天文地理,日月度數,星辰躔次,山川里程,人物形體,皆有所象。神而明之,無不符合,固不僅象一事一物,亦不止象一時一世。果推而廣之,則宇宙之圖,今古之跡,天下之事,神形之倫,在大氣之中者,無不隨象而可征也。蓋氣者生化之本源,卦象氣也,則凡有生化者,舉不外於卦象,而視人之能明否耳。
卦象の包羅する所は無窮無尽で、その変化は用途に隨って顕現す。もともと某一種の体例に限らない。天文と地理、日月運行の度数、星辰経過の位次、山川の里程、人と物の形体、皆卦象の中に対応を尋ね得る。ただよく心領神會してこれを推明する能くば、吻合せざるなし。卦象はもともとただ某一事某一物を象徴するのみならず、またただ某一時某一世を象徴するのみでもない。真に推広し開けば、すなわち宇宙の全図、古今の行跡、天下の事務、神あり形ありの種種類別、凡そこの一団の大気の中に存在するは、依って卦象に印証し得ざるなし。気は生化の本源で、しかして卦の象徴する所は正に気なれば、凡そ生化ある事物は、全く卦象の外に出でず、ただ人の明白にし得るか否かを看るのみである。
文王之易,亦此一例,以後天之卦,象後天之氣,而推及變化所至而已。故易象一,而用無盡;一者本也,即伏羲八卦是也,餘皆其用。而所異則在次序,次序異,則象異;而象不因事物名,皆以氣數紀。先天之氣純數簡,故取象少,既伏羲八卦,已足為萬變之宗;後天之氣交數繁,故取象眾。
文王の易もまたこれらの体例の中の一種である。后天の卦を用いて后天の気を象徴し、再びこれらの気の到達する種種の変化に推衍す。かくのみである。だから易象の本源はただ一個で、その功用は窮尽なし。この「一」はすなわち根本、すなわち伏羲八卦で、その余の各種排法は皆ただそれの用である。各種排法の不同はただ次序に在るのみ。次序が一変すれば、取る所の象もまた跟って変ず。しかして象は具体事物に依照して命名するのではなく、一律に気と数とを用いて記録す。先天の気は純粋にして数簡単なれば、取象多からず。ただ伏羲八卦あれば、便ち足りて万変の宗主を充当す。后天の気は交錯にして数繁复なれば、取象は便ち多し。
雖匯各序例,猶未盡其變,但歧途而同歸,仍不離一本之源。此無論為伏羲,為文王,為連、歸,為本宮本卦,六日七分,歲時星紀,種種例用,更無問其為出自先天後天,合自八卦六十四卦,皆一也,皆上乾下坤之八卦位次,所生所化耳。故伏羲八卦,為一切卦之母,因得名先天之象,其餘皆後天也。
たとえ各種の排序体例を汇集しても、依然として未だその変化を窮尽する能わず。ただ殊途同帰して、終に同一個の本源を離れず。それゆえ伏羲の易であれ文王の易であれ、《連山》《帰蔵》であれ、また本宮序・本卦序であれ、六日七分の法であれ、また歳時星紀に配合する法であれ、種種の体例用法、更にそれが先天に出づるか后天に出づるか・八卦に合するか六十四卦に合するかを追問するを要せず。それらは全く一回事で、全く乾上坤下のあの套の八卦位次の生ずる所・化する所である。だから伏羲八卦は一切卦の母体で、因りて名を「先天の象」と為し得たのである。その余は便ち皆后天と算えらる。
然以伏羲六十四卦本卦之序,與文王者異,亦名之先天,猶日後天之先天也。若繩之八卦,則為後天;若較之文王各卦,則為先天。故以此別之,其實先天之象祇一,而克稱先天者,上乾下坤之八卦序耳。此為爭論先後天之重要處,故表出之,以袪世人之惑。
しかし伏羲六十四卦の本卦の序はすでに文王のと同じからざるに、人はそれを先天と称す。これはちょうどそれを「后天の裏頭の先天」と言うがごとし。もし八卦のこの本源を取ってそれを衡量すれば、それはすでに后天に属す。もしそれを文王各卦と相比べれば、それはまた先天と算えらる。人はすなわちかくのごとく区分す。実は真の先天の象はただ一個で、先天と称するに資格あるは、ただ乾上坤下のあの套の八卦の序のみである。この一点は正に歴來先天后天を争論する関鍵の在る所なので、特に標挙し出して、世人の疑惑を消除せんとする。
文王六十四卦次序,所取旨意,已見序卦傳,而所應知者,則其例也。其次序本於伏羲八卦方位,以往來交錯而成,而其連接者,皆相對也。以後天生化,必一陰一陽,交互而行,非如先天之陽行於陽,陰行於陰也。故文王六十四卦,取八宮各卦,分合而交錯之,本八卦位次,往復而對舉之,以成一陰一陽之道,而見天生地成之義。
文王六十四卦次序の取った意旨は、《序卦伝》の裏にすでに説明せり。読者は更に当にその排列体例を知るべし。この次序は伏羲八卦方位をもって根本と為し、往来交錯に靠って形成せらる。凡そ前後相連なる両卦は皆彼此相対す。后天の生化は必ず一陰一陽交互に行わるがゆえに、先天のごとき陽はただ陽の一辺に運行し陰はただ陰の一辺に運行するに似ず。だから文王六十四卦は、八宮の各卦を取り、あるいは分あるいは合してそれらを交錯せしめたのである。八卦位次に依拠して、一往一復にそれらを両々並挙せしめ、これによって《繋辞上伝》の言う所の「一陰一陽これを道と謂う」の道理を成就し、天の生を施し地の物を成すの意義を顕示す。
凡各卦之有往者,必繼之以復;有上者,必對之以下;有奇者,必聯之以偶;有動者,必應之以靜。使本宮對宮相錯,比卦類卦相交,不限於八宮之序,不囿於本卦之次;而其次序,恰與八宮相證,不亂其數;恰與本卦相通,不乖其位,以後天自然之序也。天地人物,歲時日月,周行不息,動靜有度,皆如此序。
凡そ往出する卦あれば、後は必ず一個の返回する卦を接し、向上するあれば、必ず一個の向下するを配し、奇に属するあれば、必ず一個の偶数に属するを連ね、動を主るあれば、必ず一個の静を主るを応ず。こうなれば、本宮と対宮とは彼此交錯し、比隣の卦と同類の卦とは彼此交接して、すでに八宮排序の制限を受けず、また本卦次第の拘束を受けず。しかして排し出した次序は、ちょうどよく八宮と互いに印証してその数を打乱せず、ちょうどよく本卦と彼此貫通してその位に違背せず。これはもともと后天自然而然の次序だからである。天地人物、歳時日月、周流運行して停まらず、動静各々法度ありて、全くこのごとき次序に合す。
故以卦象言,文王六十四卦,自乾坤起,以乾坤對舉,陰陽交行也;終於既未濟,以坎離互交,水火易位也。其中各卦,莫非此例,皆以比偶相及,對應相生,分之自成一卦,合之則為全序。
だから卦象に就いて言えば、文王六十四卦は乾・坤両卦より頭を起こすは、乾坤を両々並挙して、陰陽の交互に行わるを表示す。《既済》《未済》両卦に終結するは、坎・離を彼此交合せしめて、水火の互換するその位を表示す。中間の各卦は、一つとしてこの体例に遵照せざるなし。皆隣接成偶の方式をもって彼此関聯し、両々対応の方式をもって互いに生発す。分かちて看れば、每一卦は自ら一卦を成し、合わせて看れば、便ち全書の完整なる次序を構成す。
以卦雖六十四,而乾、坤、坎、離、頤、中孚、大小過八卦,獨不同象;其它五十六卦,皆反覆自為兩卦;則五十六卦,實二十八也。合之乾、坤、坎、離、頤、中孚、大小過八卦,共三十六卦,以應周天之數,而象萬物之類。
卦は六十四个あるとはいえ、《乾》《坤》《坎》《離》《頤》《中孚》《大過》《小過》のこの八個の卦は衆と同じからず。それらを上下顛倒して看れば、依然としてもとのあの卦である。その余の五十六卦は、すなわち皆一卦を倒せばすなわちもう一卦と為りて、両々互いに反復を為す。かく算え来れば、五十六卦は実はただ二十八個の同じからざる卦形のみ。更に前のあの八個を加えれば、一共に三十六卦で、周天の度数に対応し、併せて万物の種類を象徴するに用いる。
故其次序,以上下篇分括六十四卦,而皆統之於乾坤坎離;明天地為萬物之本,水火為二氣之宗,而合乎伏羲八卦方位四正之象也。故全易之序,皆以此四卦為主,反覆交互,上下錯綜,更以震、巽、艮、兌為用,縱橫應接,奇偶對生,以盡二氣之生化,而推五行之承制,蓋其旨意固如是也。
だからこの次序は上・下両篇を用いて六十四卦を統括し、しかも両篇はまた皆乾・坤・坎・離の四卦に統属して、天地は万物の根本・水火は陰陽二気の宗主なるを表明し、同時にまた伏羲八卦方位の中の四正の位の卦象と相合す。それゆえ全部《易》の次序は皆この四卦をもって主と為し、それらを反復交互・上下錯綜せしめ、更に震・巽・艮・兌四卦を用いて輔助の用を為し、縦横穿插して彼此応接し、奇数と偶数とは両々対生して、陰陽二気の生化を窮尽し、併せて五行の間の承接と克制の関係を推演す。その用意はもともとかくのごとし。
至文王卦序之例,可得言者,則其卦之對舉,合之本宮卦序,必一與五世,二與四世,三與三世;游魂與游魂,歸魂與歸魂,皆不亂也。如屯蒙二卦對舉,屯為坎宮二世卦,蒙為離宮四世卦;又如同人大有二卦對舉,同人為離宮歸魂,大有為乾宮歸魂,是其所舉異宮,而仍同世也。
文王卦序の体例に至っては、講説し得るはなお一点あり。凡そ両々並挙する卦は、本宮卦序を取って核対すれば、必ず一世卦は五世卦に配し、二世卦は四世卦に配し、三世卦は三世卦に配す。游魂卦は游魂卦に配し、帰魂卦は帰魂卦に配して、錯乱したためしなし。たとえば《屯》《蒙》両卦の並挙は、《屯》は坎宮の二世卦、《蒙》は離宮の四世卦である。また《同人》《大有》両卦の並挙は、《同人》は離宮の帰魂卦、《大有》は乾宮の帰魂卦である。見れば並挙する両卦は同じからざる宮より出づるとはいえ、世位は始終相當す。
其次則乾、坤、坎、離常以對舉,以屬先天對宮也;震、巽、艮、兌或對舉,或比類,以屬於先天四隅卦也。又乾與坎,坤與離,或離與乾,坎與坤,亦比類連舉,以先天之乾坤,後天之坎離同位;先天乾以離為用,坤以坎為用,其位次相比並,有如比肩。
その次、乾・坤・坎・離四卦は常に両々並挙す。それらが先天卦位の中においてもともと同じく互いに対望する対宮に属するがゆえに。震・巽・艮・兌四卦は、すなわちある時は並挙しある時は同類相従の方式をもって一処に排す。それらが先天卦位の中において四隅の卦に属するがゆえに。また乾と坎、坤と離、あるいは離と乾、坎と坤も、また同類と作して連ねて並挙す。これは先天の乾坤と后天の坎離とが同一個の方位を占踞するがゆえに。先天の乾は離をもってその用と為し、先天の坤は坎をもってその用と為す。両者の位次は緊く挨り一処に在りて、肩を並べて立つがごとし。
故其在後天有相對之象,有相類之象,亦猶乾與坤,坎與離也。震、巽、艮、兌亦然:震之於艮、於兌,巽之於兌、於艮,艮之於震、於巽,兌之於巽、於震,皆以比類連舉,如震與巽、艮與兌之對舉也。
だからこの幾卦は后天に至って、すでに彼此相対する一面あり、また彼此同類なる一面あり。ちょうど乾と坤、坎と離の関係に同じ。震・巽・艮・兌四卦もまたこのようである。震は艮に対し、震は兌に対し、巽は兌に対し、巽は艮に対し、艮は震に対し、艮は巽に対し、兌は巽に対し、兌は震に対して、皆同類と作して連ねて並挙し得る。ちょうど震と巽、艮と兌の両々相対して並挙するに同じ。
且在先天震巽為對,後天則震與兌對;先天艮兌為對,後天則艮與坤對;巽與乾對,其為比類者,在後天變對舉。故其序怛連舉也。又震與艮、巽與兌二卦獨舉,不以先後天對宮,為明四隅之卦,以交錯為先,以類及為重,不似乾、坤、坎、離四正之卦也。故其下篇序,震艮連及,巽兌並列,以先天方位次序,固如是對,而卦之性相同也。
さらに言えば、先天卦位の中において震と巽と相対するが、后天に至ってはかえって震と兌と相対するに変じ、先天は艮と兌と相対するが、后天に至ってはかえって艮と坤と相対するに変じ、巽はすなわち乾と相対す。もとはただ同類相隣する両卦なるが、后天に至れば便ち両々並挙の関係に転成した。だから卦序の中においてそれらは総じて接続して挙出す。また震と艮、巽と兌のこの両組は各々単独に並挙して、先天または后天の対宮に按じて配せず。四隅の卦が交錯をもって首要と為し同類相及をもって重と為し、乾・坤・坎・離これら四正の卦のごとき対位を厳守せざるを表明せんがためである。だから下篇の次序の裏において、震と艮とは接続して出現し、巽と兌とは並列して列出す。先天の方位次序に按じれば、それらはもともとすなわちかく相対するのであって、まして卦の性情はまた彼此相同じなり。
震艮一長男也,一少男;巽兌一長女,一少女;性類不殊,氣數可通。故其致用也順,為生也孚。風澤為中孚,澤風為太過;雷山為小過,山雷為頤;之四卦者,反覆不變,恰與乾、坤、坎、離同,其並舉有由來矣。
震と艮とは、一つは長男、一つは少男である。巽と兌とは、一つは長女、一つは少女である。性情と類属とは並び差別なく、気と数とは相通じ得る。だからそれらが作用を発揮する時は順暢无碍で、万物を生養する時は彼此契合す。上巽下兌は《中孚》と為り、上兌下巽は《大過》と為る。上震下艮は《小過》と為り、上艮下震は《頤》と為る。この四個の卦は上下顛倒して看れば依然として原様で、ちょうど《乾》《坤》《坎》《離》と同じ。見ればそれらが卦序の中に並挙せられたは来由あるなり。
又六十四卦,一往一復,無不相應,合之先天八卦方位,自可見也。如乾坤之後,繼以屯蒙,屯為水雷,蒙為山水。後天之用,始於震,終於艮,而藏機於坎。坎水以代坤,坤之氣見於坎,故坎陽體陰用。屯自水中陽出,蒙則山下水流;屯為往,蒙為復,一往一復,見氣之所化。
さらに、六十四卦は一往一復して、彼此呼応せざるなし。先天八卦方位を取って対照すれば、自然に見出し得る。たとえば乾・坤の後に接するは《屯》《蒙》である。《屯》は上坎下震で、すなわち水雷の象。《蒙》は上艮下坎で、すなわち山水の象。后天の功用は震より始まり艮に終りて、機枢を坎の中に潜蔵す。坎水は坤に代わって作用を発揮し、坤の気はすなわち坎の裏に顕現す。だから坎は陽をもって体と為し陰をもって用と為す。《屯》は陽気が水の中より冒出する、《蒙》はすなわち水が山下より流出する。《屯》は往を表示し、《蒙》は復を表示す。一往一復の間に、気の化生する情形はすなわち顕現し出る。
陽動而陰靜,陰出而陽歸,故二卦對舉,而見一陰一陽之道。此後天生化之始,二氣往復之初,以交互而生,以循環而化。為卦止二,為象已多,天地之機以明,乾坤之用以啟,故繼乾坤而為六十四卦之首也。
陽は動を主り陰は静を主る。陰気は出行すれば陽気は回帰す。だから《屯》《蒙》両卦の並挙は、すなわち一陰一陽交替の道を顕出す。これは后天生化の開端、陰陽二気往復の最初の一歩で、彼此交互に靠って生ずる所有り、循環往復に靠って化する所有る。卦に就いて言えばただ二個に過過ぎざるも、象に就いて言えばすでにまことに豊富なり。天地運行の機枢はこれによって顕明を得、乾坤の功用はこれによって開啓を得る。だからそれらは乾坤の後に緊接して、六十四卦の最前列に排せらる。
雷之為物,動而為陽,靜而為陰,故出於地,而升於天。在後天,東方木也;木氣生於天,成於地;木數生於三,成於八。其本則天地也,其先則水火也;在先天水為始,而後天木為初。故傳曰帝出乎震,言萬物之始生也。然自出者,必有本;震之所本,坎也。
雷というものは、動けば陽に属し、静まれば陰に属す。だからそれは地下より発出して、また天上に昇騰す。后天卦位の中において、震は東方の木に属す。木気は天より生を受けて地に形を成す。木の生数は三、成数は八である。その根本は天地に在り、その先導はすなわち水火である。先天は水をもって万物の始と為し、后天は木をもって発端と為す。だから《説卦伝》に「帝は震に出づ」と言うは、正に万物の萌生し始める情形を講ずる。しかし凡そ出づる所有るは、必ずその本づく所有る。震の依托する根本は、すなわち坎である。
坎為水,先天之始生,後天之根源;震自坎出,為先天化為後天之啟端,故屯卦為全易各卦之初始,象萬物之初生也。祇在卦爻求之,即可見矣。然生者必化,往者必復,此後天公例。既有屯,以象往生;自有蒙,以象復化。化於此者,即生於彼;往於昨者,必復於今。
坎は水を代表し、先天万物の生発し始める処であり、また后天万物の根源である。震は坎の中より生じ出て、正に先天が后天に転化する起点である。だから《屯》卦は全部易卦の最初の一卦に排せられて、万物の生じ初めて萌するを象徴す。ただ卦爻の中に至って尋繹すれば、便ち明白に見得る。しかし生あれば必ず化あり、往あれば必ず復あり。これは后天の通例である。すでに《屯》卦あって前に往きて生発するを象徴せば、自然に《蒙》卦あって頭を回して化育するを象徴す。ここに化し去るは、すなわちかの処に生じ出る。昨日往き出たは、今日必ず返り来る。
此循環之定理。既有屯蒙以明其初氣,自有需訟以象其次數。氣數周流,生化無盡,而後萬物之象見,萬類之數明,其例固昭昭矣。就屯蒙卦言,在先天八卦,坤之左右,雷自水出,泉流山下。二者一自左上,一自右降,一升一降,仍還於原。坤用重坎,故用水不言地,明卦序之為後天也。
これがすなわち循環往復の定理である。すでに《屯》《蒙》あって最初の気を闡明せば、自然に《需》《訟》あって隨後の気数を象徴す。気と数とは周流して止まず、生化は窮尽なく、そうして後に万物の形象は初めて顕現し、万類の数目は初めて明白となる。この体例はもともと清清楚楚である。《屯》《蒙》両卦に就いて言えば、先天八卦方位の中において、それらは坤卦の左右両側に分処す。雷は水の中より発出し、泉水は山下に沿って流る。二者は一つは左辺より升り上り、一つは右辺より降り下る。一升一降して、最終にまた原処に回る。坤はここに重畳の坎を借用して作用を発揮す。だからただ水を講じて地を講ぜず。これは正にこの套の卦序が后天に属するを説明す。
然後天者,仍出於先天,仍歸於先天,故需訟二卦,則一為水天,一為天水。坎本得乾陽為體,故游魂之卦,仍溯源於所生,而需訟之象,乃往復於乾坎也。需訟二卦,一為坤宮之游魂,一為離宮之游魂;坤之游魂,即乾宮之氣所化;離之游魂,即坎宮之氣所化,則需卦為乾坤二氣之交互,訟卦即離坎二氣之循環。
しかし后天は畢竟先天より出で、最終にもまた先天に帰回す。だから《需》《訟》両卦は、一つは上坎下乾の水天の象、一つは上乾下坎の天水の象である。坎卦はもともと乾の陽爻を取って中に居りて体と為す。だから游魂の卦に属して、依然としてそれを生じたあの一宮に追溯せねばならない。それゆえ《需》《訟》の象は便ち乾と坎との間において往復す。この両卦は、一つは坤宮の游魂、一つは離宮の游魂である。坤宮の游魂は実は乾宮の気より化し、離宮の游魂は実は坎宮の気より化す。こうなれば、《需》卦は便ち乾坤二気の交互であり、《訟》卦は便ち離坎二気の循環である。
以水天合而為需,水上於天,即坎與乾交,而陽上升;以天水合而為訟,天下近水,即乾與坎交,而陽下降。一升一降,一往一復,自相偶也,故需與訟二卦對舉,恰相當其位,而氣數亦相得。
水は上、天は下は《需》卦を合成す。水は天の上に浮ぶは、すなわち坎と乾とが交會して陽気上昇す。天は上、水は下は《訟》卦を合成す。天は低くなりて水に貼近するは、すなわち乾と坎とが交會して陽気下降す。一升一降、一往一復して、自然に一対を成す。だから《需》《訟》両卦の並挙は、位置ちょうど相當し、気と数ともまた彼此相得す。
自先天八卦言之,乾與坎為比類,即後天之對位也。在後天坎代坤用,有似於泰否二卦,與晉明夷卦二卦相類。晉與明夷,一為火地,一為地火,為坤與離升降交互之卦。離在後天代乾,與泰否亦相似,又與既未濟亦相近也。蓋先天為泰否,後天為既未濟。
先天八卦より言えば、乾と坎とは相隣の同類に属す。后天に至っては便ち互いに対望する位に変じた。后天において、坎は坤に代わって作用を発揮す。この種の関係はやや《泰》《否》両卦に像り、また《晋》《明夷》両卦と相類す。《晋》と《明夷》とは、一つは上離下坤の火地の象、一つは上坤下離の地火の象で、皆坤と離との升降交互より成った卦である。離は后天において乾に代わって作用を発揮す。だからこの両卦はすでに《泰》《否》に近似し、また《既済》《未済》に接近す。要するに、先天を講ずれば《泰》《否》を用い、后天を講ずれば《既済》《未済》を用いる。
半先半後,則需訟與晉明夷也,皆乾坤坎離交錯往復之卦,即陰陽二氣交互升降之象也。故皆對舉以成序,仍本於八卦位次者也。需訟在八宮,以坤與離對;在八卦位次,以乾與坎合。對合之間,見其交錯之出於自然,明其生化之有其定序,不少差也。不獨其世同也,
半分は先天に属し半分は后天に属するに至っては、すなわち《需》《訟》と《晋》《明夷》のこの四卦である。それらは皆乾・坤・坎・離の交錯往復より成った卦で、すなわち陰陽二気の交互升降の形象である。だから皆両々並挙して次序を構成す。依拠するは依然として八卦の位次である。八宮に就いて言えば、《需》《訟》は坤宮と離宮とが相対す。八卦位次に就いて言えば、すなわち乾と坎とが相配合す。この一対一合の間に、交錯がもとより自然而然なるを見出し得、生化に自ずから一定の次序あって絲毫差えざるを明白にし得る。しかも相配する両卦はただ世位相同じなるのみならず、
凡此卦序,其例皆然,皆自氣數所至,生化所成,非故為之序也。故六十四卦之序,循環終始,一一相得;而八卦之用,往來升降,一一相當;初無不偶之處,亦無相逆之情。其相對舉也,正一陰一陽之道,後天生化之理然也。合之洛書,征之太極,自易明曉;至其續之義,見序卦傳者,不贅述也。
凡そこの套の卦序は、通例皆このごとし。全く気数運行の到達した結果、生化過程の自然に形成した所であって、誰かが刻意に排し出した次序ではない。だから六十四卦の排序は、頭より尾まで循環して息まず、卦卦彼此相得し、八卦の功用は往来升降して処々彼此相當す。曽て落単して対を成さざる所なく、また彼此違逆の情形なし。それらの両々相対して並挙する所以は、正に「一陰一陽これを道と謂う」に合して、后天生化の理がもとよりかくあるべきだからである。《洛書》を取って対照し、「太極」を取って験証すれば、自然に明白しやすし。各卦の前後相承の意義に至っては、《序卦伝》の裏にすでに説明ある。ここには更に贅述せざるなり。
宗聖講述(曾子)
周易之書,文王所作;易卦之象,伏羲所制。文王演之以盡其變,是為周易,故卦象一而用二,卦名同而用殊。以伏羲初制為先天象,文王復演為後天象,以此分別,體用斯明。
《周易》のこの部の書は、文王の作した所である。易卦の卦象は、すなわち伏羲の制した所である。文王は伏羲の卦象を推演を加えて、その変化を窮尽し、そこで《周易》と為れた。だから卦象はただ一套で、功用は両層に分かれた。卦名は彼此相同じるも、用法は各々相同じからず。伏羲の最初に制したを算えて先天の象と為し、文王の重新に推演したを算えて后天の象と為す。かく区分し開けば、本体と功用の関係は明白なり。
然夫子刪訂六經,獨宗周易,而不及文王以前者,文王之作,足賅各易也。文王之易,雖屬後天,而先天存乎其中。人之生也,神存形中,言形而神在,以神之德,體物不遺也。先天之象亦然,先天以後天用,後天以先天神,先後並行,神用無極。故曰「神無方,易無體」,以體不見,由其而用見也。
しかし夫子は六経を刪訂して、独り《周易》を尊奉して、文王以前の易書に渉らざるは、文王の作がすでに足りて各家の易を涵蓋するがゆえに。文王の易は后天に属するといえども、先天はその中に存在す。ちょうど人の活着する時、神は形体の内に寄寓して、形体を説けば神はすなわちその裏面に在るがごとし。神の徳性がよく周遍に万物に体現して遺漏なきがゆえに。先天の象もまたこのようである。先天は后天に靠って初めてその用を見、后天は先天に靠って初めてその神を見、先後並行して悖らず、神妙の功用は窮極なし。だから《繋辞上伝》に「神に方なく易に体なし」と言う。正に本体の見えざるがゆえに、それの発する用に通じて顕現せねばならぬ。
然體不可見,因而忘之,不可也;先天之象,不用可也,因而蔑之,不可也。故言後天必及先天,原始要終,易之道固如是;推來溯往,易之用亦當然。明乎先天,則知後天所出;明乎後天,則知先天所存。氣數不同,名類異致,雖猶木本與枝、水源與流,一脈所傳,而在既變之後,形神各別,理氣殊途,有一而不一、同而未同者在也。
話はかく言うも、本体が見えぬからとてそれを忘掉するは、不可なり。先天の象は暫く用いざる可きも、これによってそれを軽視するもまた、不可なり。だから后天を講ずれば必ず先天に渉り、開端を探究し終点を帰結す。《易》の道理はもともとかくのごとし。未来より推想し、過往に向かいて追溯す。《易》の用法もまた当にかくあるべし。先天を明白にすれば、后天が何処より出でたかを知り、后天を明白にすれば、先天が何処に存留するかを知る。両者は気と数と同じからず、名目と類属と各々異なり。樹干と枝條、水源と支流のごとく、同じく一脉相伝すとはいえ、すでに変化した後においては、形と神とは各々分かれ、理と気とは道を分かちて行く。そこで便ち「一個にしてまた一個ならず、相同じるもまた相同じならざる」の情形あるを得た。
故言文王之易,必溯以前之易;習文王之卦,必本以前之卦。卦同而異,以用不同;易異而同,以體無異。故雖有同異,而不得不求其合也。合則通,通則神;不合不通,滯於物而失其神,將何以致易之用哉?故學者必將先後天二者氣與數之分,明晰無遺,再將二者之合,通貫無滯,庶可以因文王之作,探伏羲之制,即可由周易包括以前之易也。請將先後天卦象之同異者略述之。
だから文王の易を談ずれば、必ずこれ以前の易に上溯せねばならず、文王の卦を学ぶには、必ずこれ以前の卦をもって根本と為さねばならない。卦形は相同じるも意義に別あるは、用法同じからざるがゆえに。易書は同じからざるも実質相通ずるは、本体に両様なきがゆえに。だから同あり異あるとはいえ、なお両者の会通を求め得るに法を設けざるべからず。会通して初めて暢達し、暢達して初めて神妙なり。会通せざれば暢達せず、具体事物に滞留してあの份の神妙を失掉せば、また何をもって《易》の功用を発揮せんや。それゆえ易を学ぶ人は必ずまず先天后天両者の気と数の上の分別を清清楚楚に得、更に両者の会合する処を毫も阻滞なく貫通して、こうして初めて文王の作に憑藉して伏羲の制を探究し得、また《周易》の一書によってこれ以前の各種の易を涵蓋し得る。下にすなわち先天后天卦象の同異を一遍略述せん。
先天八卦方位次序,與後天異。先天乾坤上下,離坎東西;震居坤左,巽在乾右;艮連坎坤,兌接離乾。此為相對,方位卦象皆相對也。乾陽坤陰,離陰坎陽,震艮皆陽,巽兌同陰;陰下陽上,陰上陽下;一陽與一陰對,二陽與二陰對,無相失也。
先天八卦の方位と次序とは、后天と同じからず。先天は乾は上、坤は下、離は東、坎は西に在り、震は坤の左辺に排し、巽は乾の右辺に排す。艮は坎・坤と相連なり、兌は離・乾と相接す。これは彼此相対の格局で、方位と卦象とは処々両々相対す。乾は陽に属し、坤は陰に属し、離は外陽にして内陰、坎は外陰にして内陽、震と艮とは皆陽に属し、巽と兌とは同じく陰に属す。陰は下に在れば陽は上に在り、陰は上に在れば陽は下に在る。一陽を含む卦と一陰を含む卦と相対し、二陽を含む卦と二陰を含む卦と相対して、一処も配錯えたるなし。
故其數為乾一、兌二、離三、震四,此左之行卦;巽五、坎六、艮七、坤八,此右之下行卦。而其本數,則與河圖同。其式為左右兩行,左則自下數,右則自上數:左為震一、離三、兌七、乾九,右為巽四、坎二、艮八、坤六。
だから先天の卦序の数は乾一・兌二・離三・震四で、これは左辺の一行の上に向かいて行進する卦である。巽五・坎六・艮七・坤八は、これは右辺の一行の下に向かいて行進する卦である。それらの本数に至っては、すなわち《河図》と相合す。図式は左右両行に分かれ、左辺は下より上に数え、右辺は上より下に数う。左行は震一・離三・兌七・乾九、右行は巽四・坎二・艮八・坤六。「序数」と「本数」とは両回事なるに留意すべし。乾一より坤八は排列の先後で、震一より坤六は初めて《河図》の配る気数である。左行は下より上に升って、陽気の下より生じ逐層上達するの義を取り、右行は上より下に降って、陰気の上より降り逐層下沉するの義を取る。一升一降して、先天両々対峙の格局は便ちこれによって立つ。
九 乾 巽 四;七 兌 坎 二;五;三 離 艮 八;一 震 坤 六
これは先天八卦本数の図式で、共に五層に分かれ、左右両側は相向して排列す。最上の層は、左は乾九、右は巽四。第二層は、左は兌七、右は坎二。正中央には独り一個の五を居らしむ。第四層は、左は離三、右は艮八。最下の層は、左は震一、右は坤六。左側の一・三・七・九は下より上にして陽数で、右側の四・二・八・六は上より下にして陰数で、中央の五はすなわち土数と為して、八卦に列せずして図心に蔵す。
此即先天卦數,合河圖者也。以乾九坤六,為乾坤大用;左為陽數,一三七九,順行而上;右為陰數,四二八六,逆行而下;五在中央。以一合六為水,三合八為木,七合二為火,九合四為金,五為土,以成交互之則。一與四、三與二、七與八、九與六,皆成五,即中央所得之數也。故卦八而數九,中數暗藏,明卦之體不見,而寓於用也。
これがすなわち先天の卦数で、《河図》と相合す。乾九・坤六をもって乾坤の大用と為す。左側は陽数で、一・三・七・九は次序に順って上に往きて行い、右側は陰数で、四・二・八・六は次序に逆らって下に往きて行く。五はすなわち中央に居る。一と六と相合して水と為り、三と八と相合して木と為り、七と二と相合して火と為り、九と四と相合して金と為り、五はそれ自体土と為して、これによって彼此交互の法則を構成す。再び看れば、一と四、三と二、七と八、九と六とは、両々相差して皆五で、正に中央の得るあの数である。だから卦は八個ありて数は九位ある。中央の数はその中に暗蔵す。これは卦の本体が見えざるを説明して、ただその功用の中に寄寓す。
乾用九,坤用六,為用之最大者,以陽極於九,陰終於六。九六為乾坤之用,即全易之用,故以九六代卦之用。九與六合為十五,成中央土數,即體也。體以用見,故乾坤以下各卦之用,皆為五,不違其體;體一而用殊,八卦各有所用,而體則一。
乾は九を用い坤は六を用いるは、すべての用数の中で最大なり。陽数は九に極まり、陰数は六に終るがゆえに。九と六とは乾坤の用で、すなわち全部《易》の用である。だから《易》の中においてすなわち九・六を取って爻の用法を代表す。九と六と相加して十五を得、正に中央土の数と為る。それはすなわち本体である。本体は功用に通じて初めて顕現す。だから乾坤以下各卦の用数は皆五に帰結して、この本体に違背せず。本体はただ一個で功用は各々相同じからず。八卦は各々その功用あれども、本体は始終同一個である。
五在中央,名為中數。中者天下之大本,八卦皆自此出,萬物皆歸於中道,此數之妙,亦氣之所存也。數以紀氣,氣行無垠,周流無息,而不離其宗,即永繫於中也。中之氣,先天之真,八卦之氣,兩儀之象,八卦有物。
五は中央に居りて、「中数」と称す。中は、天下の大根本で、八卦は皆ここより生じ出、万物もまた皆中道に帰結す。これはすなわち数の奥妙であり、また気の存留する処である。数は気を記録するに用いる。気の運行に辺際なく周流して停まらざるも、始終その宗主を離れず。すなわち永遠にこの中に係属す。居中の気は、先天の真気である。八卦の気は、すなわち両儀の顕する象で、八卦は具体の物の上に落実せらる。
故氣有二,而成生化;有升降消長,而成變化。真氣無形,獨居中央,無動無變;八卦有名有數,中氣無名,而數以用成。此即伏羲本河圖之象,制卦象也。卦八用九,而不以九卦者,為示中氣之先天,而有異乎他物也。然有物,則有此氣;卦雖八,而中氣仍在,其妙義可見矣。
だから気は陰陽両種に分かれて、初めて生化を成就し得る。升あり降あり、消あり長あって、初めて変化を成就し得る。真気に至ってはすなわち形跡なく、独り中央に居りて、動かず変ぜず。八卦は各々名称あり各々数目あれども、居中の気に名称なく、ただ用数の上において顕現す。これは正に伏羲が《河図》の象に依拠して卦象を制作した道理である。卦はただ八個なれども用数は九位ある。第九卦を設けざる所以は、居中の気が先天に属してその他有形の物と同じからざるを表明せんがためである。しかしただ物存在あれば、この股の気はすなわちその中に在る。卦はただ八個なれども、居中の気は依然として存在す。その中の妙義はここに見ゆべし。
後天八卦之象,方位次序,均與先天異,以先天之已變也。其象本於洛書,而成二五交錯之用,故離上坎下,震東兌西;乾居西北,坤處西南;巽在東南,艮移東北。離陰而在上,坎陽而就下;震木在東,如日之出;兌金在西,如月之升;乾以金而連兌,巽以木而接震,同類相親也。坤以地而守南隅,艮以土而歸北角,土氣分佈也。陰陽皆交互以成生化,五行有生制以為功用,以其後天之象,必由二五之交錯、氣數之升降往來,而後見其生化,成其功用也。
后天八卦の象は、方位と次序と皆先天と同じからず。先天がすでに変化を発生したがゆえに。その象は《洛書》をもって本と為し、陰陽二気と五行とが交錯して用を為す格局を形成す。だから離は上、坎は下に在り、震は東に居り、兌は西に居る。乾は西北に落ち、坤は西南に落つ。巽は東南に在り、艮は東北に移る。離はもとより陰に属するも上に居り、坎はもとより陽に属するも下に降る。震は木に属して東方に居りて、太陽の升起するがごとし。兌は金に属して西方に居りて、月亮の東升するがごとし。乾は金に属して兌と相連なり、巽は木に属して震と相接す。皆同類相亲なり。坤は地の身分をもって西南の一隅を守り、艮は土の身分をもって東北の一角に帰す。これは土気の対角両端に分布するである。陰陽は皆交互して初めて生化を成就し、五行は相生相克あって初めて功用を発揮す。正に后天の象が必ず陰陽五行の交錯・気数の升降往来を経由して、然る後に初めて生化を見出し得・功用を成し得るがゆえに。
四 巽 離 九;三 震 坤 二;五;八 艮 兌 七;一 坎 乾 六
これは后天八卦本数の図式で、同じく五層に分かれて左右相向に排列す。最上の層は、左は巽四、右は離九。第二層は、左は震三、右は坤二。正中央には依然として一個の五。第四層は、左は艮八、右は兌七。最下の層は、左は坎一、右は乾六。先天図と相比べれば、左右両側は皆改めて下より上に計数して、陰陽彼此交互し、中央の五は依然として中に居りて動かず。
由八卦之序數之,則為乾、坎、艮、震、巽、離、坤、兌,循環以行,牽引以用;而其本數,則為坎一、坤二、震三、巽四、乾六、兌七、艮八、離九,其式仿洛書也。坎為一,自下始,左右皆由下上,陰陽皆交互行,不似先天在左上右下,左陽右陰,兩相對待,而未交合也。
后天八卦の次序に按じて数え下れば、乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌で、循環運行して彼此牽引して作用を発揮す。本数に至っては、すなわち坎一・坤二・震三・巽四・乾六・兌七・艮八・離九で、図式は《洛書》に仿照す。坎は一に排して最も下方より始まる。左右両側は皆下より上に数え、陰陽彼此交互に行う。先天のごとき左側は上に向かい右側は下に向かい、左辺は全く陽・右辺は全く陰にして、両々対峙して未だ交合せざるに似ず。后天の改めて両側同じく上に行く所以は、正に万物すでに生成し、陰の中に陽あり陽の中に陰ありて、気は更に各々その一辺を走らず、彼此夾雑して一同に上行するがゆえに。坎は最も下に居りて一と為すも、また正に后天の一切の生化が皆水のこの源頭より発端するを表示す。
後天之象,在生化之後,本已交合,故氣為同化,數為連生。自坎至巽,為左之四卦;自乾至離,為右之四卦。其數原以一二三四居左,六七八九居右,而其中二八易位,坤艮易方,故左則坎一、坤八、震三、巽四,右則乾六、兌七、艮二、離九,以成後天之數,合乎洛書者也。
后天の象は生化の後に產生した。陰陽はもともとすでに交合したので、気は彼此同化し、数は連続相生す。坎より巽に至るは、左辺の四卦である。乾より離に至るは、右辺の四卦である。これらの数はもとより当に一・二・三・四を左辺に排し、六・七・八・九を右辺に排すべきなれども、その中の二と八とが位置を対換し、坤と艮ともまたこれに隨って方位を互換した。だから左辺は坎一・坤八・震三・巽四と為り、右辺は乾六・兌七・艮二・離九と為る。これによって后天の数を構成して、正に《洛書》と相合す。
洛書之數,二在西南,與七連;八在東北,與三接。正符河圖之數。二七為火,轉為金,三八為木也。故後天卦數,下則坎一與乾六合,上則巽四與離九合,金水為橫也;左則坤八震三合,右則艮二與兌七合,木火為縱也。
《洛書》の数は、二は西南に在りて七と相連なり、八は東北に在りて三と相接す。正に《河図》の数理に符合す。二と七とはもとより火と為るも、后天において転じて金と為り、三と八とはすなわち木と為す。だから后天の卦数は、下方は坎一と乾六と相合し、上方は巽四と離九と相合して、金と水とは上下両端を横貫す。左辺は坤八と震三と相合し、右辺は艮二と兌七と相合して、木と火とは両側に縦列す。
以在後天金火易位,變為水火上下;金木東西,而巽木仍連震,乾金仍接兌,離與坎對,水火相交;坤與艮偶,土地分化,土為四季之旺,分佈於四行中,故土在後天,得時最多,以成生化之本也。
后天において金と火とが位置を互換したがゆえに、そこで変じて水火は上下に分居す。金と木とは東西に分居し、しかも巽木は依然として震と相連なり、乾金は依然として兌と相接し、離と坎とは両々相対して、水火はこれによって交會す。坤と艮とは一対を結成して、土と地とはこれに隨って分化す。土は四季の中において皆旺相すべきもので、その余の四行の中に分布す。だから土は后天において得る時令最も多く、これによって生化の根本と為る。
水火既濟,則萬物以生;雷澤歸妹,則萬物以化;有地山之謙,以行其令,厚其德,則萬物以成,而後後天之用可見也。且以乾六與巽四合十,則天風姤之象,示氣之媾遇也;以坎一與離九合十,則水火即濟之象,示氣之交濟也。
水火交合して《既済》を成し、万物はこれによって生ず。雷沢相配して《帰妹》を成し、万物はこれによって化す。更に地山相合して《謙》卦を成して、時令を推行し徳を厚く積むに用い、万物はこれによって成る。そうして後に后天の功用は初めて完整に見ゆべし。更に数の上より見れば、乾六と巽四と相加して十を得、正に上乾下巽の《姤》卦の象で、気の相遇交媾を表示す。坎一と離九と相加して十を得、正に水火《既済》の象で、気の交合済助を表示す。
震三兌七亦合十,坤八艮二亦合十,則謙與歸妹之象,示氣之通貫和好也。氣皆交和,用乃宏大;數皆錯列,功乃周密。而體以用見,神以功名,則中數之五與十,仍存其中矣。此後天八卦之象,全本乎洛書者也。
震三と兌七と相加してもまた十、坤八と艮二と相加してもまた十で、正に《謙》と《帰妹》の象に対応して、気の貫通と和洽を表示す。気は皆交融和洽して、功用は初めて宏大なり得。数は皆交錯排列して、功效は初めて周密なり得。本体は功用に通じて初めて顕現し、神妙は功效に通じて初めて名を得る。然らば中数の五と十ともまた、依然としてこの一切の中に蔵す。これがすなわち后天八卦の象が、完全に《洛書》を依拠と為す道理である。
述聖講義(一)――子思
周易一書,文王所本於連山、歸藏者,而復推衍其變,以與伏羲之作相證也。故卦象不異,而序異焉。文王六十四卦序,雖參伍錯綜,往復循環,與本宮本卦之序異,而仍不變其宗。宗者伏羲八卦之序是也,伏羲八卦為各易根本,無論何易,皆由其序而推衍之,故連山、歸藏、周易三者,其所宗皆同。
《周易》のこの部の書は、文王が《連山》《帰蔵》両易に依拠して作り、また更に進んでその中の変化を推衍して、伏羲の旧制と互いに印証するに用いたのである。だから卦象に改変なく、改変したはただ次序のみ。文王六十四卦の排序は、錯綜参差・往復循環して、本宮序・本卦序と皆相同じからざるとはいえ、その宗主は並び変わらず。いわゆる宗主は、すなわち伏羲八卦の次序である。伏羲八卦は各家の易の根本で、どの一種の易も皆この次序より推衍し出た。だから《連山》《帰蔵》《周易》の三者の尊奉する宗主は完全相同なり。
即本宮本卦,及六日七分、十二闢卦之序,亦自伏羲卦序所變,初無異也,其所異者,為其用耳。用者合于時宜,孚於人事,本於天道,翕於鬼神,而無間隔也。故夏有連山,商有歸藏,周有周易,時之殊也。
たとえ本宮序・本卦序、および六日七分の法・十二辟卦の序すらも、皆伏羲卦序より変化し出たので、本源上は並び差別なく、異なる所はただ各自の用法のみである。いわゆる用は、すなわち時勢の需要に合し、人事の実情に切合し、天道をもって根本と為し、幽冥鬼神の理と相契合して、中間に隔閡なきを要す。だから夏代に《連山》あり、商代に《帰蔵》あり、周代に《周易》あり。これは時代の同じからざる致す所である。
有天地之序,日月之度,歲時之歷,人物之生,幽明之道,不相侔者,則卦用以變。故有本宮、本卦、六日七分、闢卦之異,及夫納甲、納辰、納音、運氣、占候之差也。蓋卦以象物事,物事不一,則卦用不同;而卦之為卦,仍止六十四,其應於變者,唯有異其序。序異則用殊,雖卦同,而為象不同。
天地の秩序、日月運行の度数、一年時令の暦法、人と物の生長、幽冥と顕明との間の道理、凡そこれら彼此等しくし得ざる所は、卦の用法はすなわちこれに隨って変通せねばならない。だから本宮序・本卦序・六日七分・辟卦これらの差別ありて、また「納甲」「納辰」「納音」「運気」「占候」等の種種の不同あるを得た。卦はもともと事物を象徴するに用いる。事物は一種に止まらざれば、卦の用法は自然に同じからず。しかし卦は終にただ六十四个で、これらの変化に応付する弁法は、ただその排序を改換するにある。次序が一変すれば、功用は同じからず。卦は依然としてあの卦なれども、取る所の象はすでに同じからざるなり。
故各序皆有其象,以致其用,非重複也,亦別有他易,而異於伏羲文王之制也。制羲之制最古,時世簡樸,事物純省,故為序者少異例,以不用也,遞降而時移世易,物繁事多,則必推其變,以窮其用。而後序之異例日加,為易亦日眾,此自然之理也。苟有賢者,能通其變,則卦序猶可推衍之以應於用,亦如文王之變連歸為周易也。
それゆえ各種の排序は各々その象あって、各自の功用を発揮するに用い、決して重複の労働ではなく、また別に一種の易を成すとも言うべく、伏羲・文王の旧制と別あるなり。伏羲の制は最も古老で、あの時世道は簡朴にして事物単純なれば、排序の体例に変例少なし。用いる所なきがゆえに。時代は一路下に推移して、世事変遷し物類繁多し、事務紛雑なれば、必ずその変化を推演して、その用途を窮尽せねばならない。この後排序の変例は日に日に増加し、成る所の易書もまた日に日に增多す。これは自然而然の道理である。もし賢者あってよくこれらの変化に通暁せば、卦序はなお引き続き推衍し下りて新しい用途に適応し得る。ちょうど文王が《連山》《帰蔵》を《周易》に変通したがごとし。
故周易,文王之制,周代之作,為孚有周政教之用,應當時事物之變也。三代之政教極於周,故夫子刪訂以周易為主。周鑑二代,崇五帝,明周之作,即足概以上之制;取周易,足以窺各易之用也。然周易之序,序周時之政教,即足概以上之制;取周易,足以窺各易之用也。然周易之序,序周時之政教,應事物之變者,以後有所傳者、亦可輔周易而廣其用。
だから《周易》は文王の制作、周代の產物で、周朝の政治教化の需要に切合し、当時の事物の変化に応付せんがためである。夏・商・周三代の政教は周朝に至って極盛に達した。だから夫子の経書を刪訂した時は《周易》をもって主と為した。周朝は夏・商両代に借鑑して五帝を尊崇す。見れば周人の制作はすでに足りてこれ以前の各代の制度を概括す。《周易》の一書を取れば、便ち足りて各家の易の用法を窺見す。《周易》の次序は、排する所は周代の政教で、応ずる所は事物の変である。この後若しまた別の伝本の流伝し下るあらば、また《周易》を輔助してその用途を拡充し得る。(此の段の文句に重出あり、旧刻の伝抄の致す所に係る。今はその旧に仍る。)
非僅限於周易也,故於各序之列,有由來者,亦宜習之,以廣易道,而神變化,此固夫子之微意也。本宮之序,以乾、坤、坎、離、震、巽、艮、兌相對之卦次。如乾本宮卦,一世為姤,二世為遯,三世為否,則變於坤,四世為觀,五世為剝,皆坤卦所變;六世游魂為晉,則乾附於坤;七世歸魂為大有,則乾反於乾。
見れば必ずしも《周易》の一書に限るを要せず。だから各種の排序の列において、凡そ来歴あるは、皆当に学習して、易学の道を拓寛しその中の変化を神化するに用いるべし。これはもともと夫子の未だ明言せざる深意である。本宮の序は、乾と坤、坎と離、震と巽、艮と兌の両々相対する次第に按じて排す。たとえば乾宮は、本宮卦は《乾》、一世卦は《姤》、二世卦は《遯》、三世卦は《否》で、ここに至って便ち坤の領域に転入す。四世卦は《観》、五世卦は《剥》で、皆坤卦より変じ出た。六世は游魂卦《晋》で、この時乾はすでに坤に依附す。七世は帰魂卦《大有》で、乾はまた乾に返回す。
自本卦至三世,屬本宮所變;自四世至五世,屬對宮所變;六為附於對宮,故曰游魂,言在外也;七為返於本宮,故曰歸魂,言歸本也。此本宮之序例,以本位與對位,相生相變,次第以成。七世而終必有始,往必有復,故三變而易對宮,七變而還本位,與其本卦成一宮。八卦雖屬一宮,已見交錯往還之象,非純一宮卦也。
本卦より三世卦までは、本宮の内の変化に属す。四世卦より五世卦までは、対宮の変化に属す。第六変は対宮の上に依附す。だから「游魂」と呼ぶ。意はすなわち身は外方に在り。第七変は本宮に返回す。だから「帰魂」と呼ぶ。意はすなわち本源に回帰す。これがすなわち本宮序の通例で、本位と対位の両方より相生相変し、次序に依って完成す。第七世に至って終点と算え、終あれば必ず始あり、往あれば必ず復ある。だから第三次に変じ至れば便ち対宮に転換し、第七次に変じ至れば便ち本位に回る。本卦を連ねて共に一宮を湊成す。この一宮の八個の卦は同じく一宮に属するといえども、その中はすでに交錯往還の形象を顕出して、純粋に一宮の内の卦ではない。
蓋既有生化,必有陰陽;陽合於陰,陰交於陽,生化始成;陽還於陽,陰還於陰,循環始見。本來天地萬物生化,固如是也。故卦序象之,其異乎周易者,則所交錯往復,僅限於相對二宮,而不及他卦。故其所象者,先天初化,萬物始生,二氣初調,五行未雜,其數簡,其氣純,與周易之錯雜循環者異矣。
すでに生化あれば、必ず陰陽あり。陽と陰と會合し陰と陽と交接して、生化は初めて成就す。陽は陽の位置に回り陰は陰の位置に回って、循環は初めて顕現し出る。天地万物の生化は、もともとかくのごとし。だから卦序はこの過程を摹擬す。それが《周易》と同じからざる所は、交錯往復がただ互いに対望する両宮の内に限りて、その他各卦に牽渉せざるに在る。それゆえそれの象徴する所は、先天が生じ初めて転化し、万物が生じ初めて萌し、陰陽二気が初めて調和し、五行が未だ混雑せざる段階で、数目は簡単にして気質は純粋なり。《周易》のあの錯雑交織する循環と同じからず。
且本宮之序為縱,周易之序為橫。本宮八卦,為一宮卦屬,而不連他宮卦。如乾宮各卦,皆屬金,納甲納辰皆同乾卦;唯游魂屬艮,歸魂屬坤,不同乎乾,以其氣變,數亦易也。氣變則改其情,數易則殊其名,此必至者也;然其大用,仍不離其宗。故所取者,仍本宮內之所合卦;如晉取艮,則遯卦之所合;大有取坤,則否之所合,個二世三世之卦也。
さらに言えば、本宮の序は縦向の排列で、《周易》の序は横向の排列である。本宮の八個の卦は同じく一宮の類属に属して、別宮の卦と相連ならず。たとえば乾宮各卦は皆金に属し、「納甲」「納辰」もまた皆乾卦と相同じ。ただ游魂卦は艮に帰属し帰魂卦は坤に帰属して、乾と同じからず。これは気が一変すれば数もまた跟って改換するがゆえに。気が一変すれば卦の性情は便ち改まり、数が一換えれば卦の名目は便ち異なる。これは必然に出現する情形である。ただそれらの大用は、依然として本宮のこの宗主を離れず。だから象を取る時は依然として本宮の内の相配合する卦を取る。《晋》の艮を取るがごときは、すなわち《遯》卦の配合する所である。《大有》の坤を取るがごときは、すなわち《否》卦の配合する所である。すなわち二世卦と三世卦との対応するあの両卦である。
夫卦在後天,以下卦為主;而本宮卦以上卦為先。如姤卦乾上巽下,不從巽而屬乾,則以卦之變自下始也。乾之變初爻為陰,則成巽,而姤卦出,故以下卦明變也。二變則為艮,三變則成坤,四以後所變者,上卦各爻,故反以對宮為主,而坤不動也;迄七變歸魂,而始還於本來,
卦は后天に至っては下卦をもって主導と為す。しかし本宮卦はかえって上卦をもって先と為す。たとえば《姤》卦は上は乾、下は巽で、巽宮と算えずして乾宮に帰入するは、卦の変化が下より始まるがゆえに。乾卦の初爻は陽より陰に変じて、下卦はすなわち巽と成り、《姤》卦はそこで出現す。だから下卦に靠って変化を顕示せねばならぬ。第二変は下卦は艮を成し、第三変は下卦は坤を成す。第四変以後の変動する所は上卦の各爻で、そこで反対に対宮をもって主と為して、下卦の坤は更に変動せず。一直に第七次に変じ至って帰魂卦と為って、初めて本来の面目に回帰し始む。
而後後天之用見,如大有一卦,乾在下,與前一二三世相孚;而乾卦之氣乃完,生化循環之用乃盡;其序之次第,皆自然而然,亦猶天地生化之序也。乾宮如此,他宮亦然,其例皆同,不待盡述。
こうして后天の功用は初めて顕現し出る。たとえば《大有》の一卦は、乾はまた下に回って、前面の一世・二世・三世各卦と彼此契合す。ここに至って乾卦の気は初めて円満と算え、生化循環の功用は初めて走り完えたと算えらる。この套の次序の先後は、全く自然に形成した所で、正に天地生化の次序に同じ。乾宮はかくのごとく、その他各宮もまたかくのごとし。体例は完全相同なり。一々に細説するを要せず。
本卦之序,有方圓二圖,即世傳之先天六十四卦方圓圖,宋人所得於道家者,實古人所留傳也。其序一依伏羲八卦位次之數,既乾一、兌二、離三、震四、巽五、坎六、艮七、坤八,全與河圖數合。乾與坤對,一始一終;離與坎對,一來一往;餘卦順序,分陰分陽,以明氣之升降、數之消長也。
本卦の序に方図・円図の両種あり。すなわち世上に流伝する先天六十四卦方円図である。それは宋代の人が道家の処より得たもので、実は古人の留伝し下したものである。その次序は全く伏羲八卦位次の数に依照す。すなわち乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎・艮七・坤八で、《河図》の数と処々相合す。乾と坤と相対して、一つは開端、一つは終結である。離と坎と相対して、一つは来る、一つは往く。その余の各卦は順序に按じて排開して、陰陽を划分して、気の升降と数の消長とを表明するに用いる。
自乾卦始,為一之一,屬乾卦者則為夬、大有、大壯、小畜、需、大畜、泰八卦。順序數之,則夬為兌乾合,為一之二;大有為離乾合,為一之三;大壯為震乾合,為一之四;小畜為巽乾合,為一之五;需為坎乾合,為一之六;大畜為艮乾合,為一之七;泰為坤乾合,為一之八。
乾卦より頭を起こして、編号を一之一と為す。乾卦に隷属するは、《夬》《大有》《大壮》《小畜》《需》《大畜》《泰》の八卦である。次序に順って数え下れば、《夬》は上兌下乾の相配合で、編号一之二。《大有》は上離下乾で、編号一之三。《大壮》は上震下乾で、編号一之四。《小畜》は上巽下乾で、編号一之五。《需》は上坎下乾で、編号一之六。《大畜》は上艮下乾で、編号一之七。《泰》は上坤下乾で、編号一之八。
是八卦皆屬乾卦所合而生者。乾之所生八卦,凡乾在下者,無論上卦何屬,皆歸乾,其次第則全依先天數;自一至八,一為乾、八為坤,相循環也,故皆相對。其次則兌卦所屬,自履始,為乾兌,為二之一。
この八個の卦は皆乾卦の配合より生じ出たのである。乾の生ずるこの八卦は、凡そ下卦が乾なるは、上卦がどの一卦に属するを論ぜず、一律に乾に帰入す。それらの先後次第は全く先天の数に依照して、一より八に排す。一は乾、八は坤で、首尾相循環す。だから処々両々相対す。その次は兌卦に隷属する一組で、《履》より始まる。《履》は上乾下兌で、編号二之一。
次為兌卦,為二之二;次為離兌之暌,為二之三;次為震兌歸妹,為二之四;次為巽兌之中孚,為二之五;次為坎兌之節,為二之六;次為艮兌之損,為二之七;次為坤兌之臨,為二之八。
次に接するは《兌》卦それ自体で、上下皆兌にして、編号二之二。再び下は上離下兌の《睽》で、編号二之三。再び下は上震下兌の《帰妹》で、編号二之四。再び下は上巽下兌の《中孚》で、編号二之五。再び下は上坎下兌の《節》で、編号二之六。再び下は上艮下兌の《損》で、編号二之七。再び下は上坤下兌の《臨》で、編号二之八。
是八卦皆屬兌卦所合而生者,故為兌卦屬;而其數以兌屬先天數二,故皆統於二,猶乾所統於一也。以下各卦皆依此例,以迄於坤卦,為八之八,而殿六十四卦焉。
この八個の卦は皆兌卦の配合より生じ出たので、同じく兌卦のこの一類に属す。編号に至っては、兌が先天の数の中に第二に排するがゆえに、この一組は皆二に統帰す。正に乾のあの一組の皆一に統帰するに同じ。以下の各卦は皆この体例に照らして排し下りて、一直に坤卦に排し至りて、編号を八之八と為して、殿後して全個の六十四卦を収束す。
乾始坤終,乾一坤八,氣數相得,而成全易之序,為圖或方或圓皆同也。蓋此卦序,純本先天之象,以明天地物事之序,有所定也。位有定方,至有定時,上下有次,左右有紀,升降有度,往復有制,不相差於黍粒,不相失於毫毛。故其致用不同後天,而異乎周易之序,且不同先天生化之例,而異乎本宮各卦之序。
乾をもって開端と為し坤をもって收尾と為し、乾は一に居り坤は八に居りて、気と数とは彼此相得して、そこで全部《易》の次序を構成す。画いて方図または円図と為すも、道理は皆相同じ。この套の卦序は純粋に先天の象をもって本と為して、天地万物の秩序が皆規定あるを説明するに用いる。方位に一定の方向あり、到来に一定の時刻あり、上下に一定の次第あり、左右に一定の綱紀あり、升降に一定の度数あり、往復に一定の節制ありて、一粒の黍のごときほども差えず、一根の毫毛のごときほども失わず。だからその用法は后天と同じからず、《周易》の序と別あり。またそれは先天生化のあの套の体例を取らず、これによってまた本宮各卦の序と同じからざるなり。
其象之所指,為明先天之物與事,俾知氣數之本源,而得生化之初象。方以象地,圓以象天,天地既立,萬有斯定。故其制為道家所重,實足以探先天之奧,明無為之道,超形跡之上,達天人之源者,惜乎世人未知其用耳。
この套の図象の指向する所は、先天の物と事とを闡明して、人に気数の本源を知らしめ、これによって生化の最初の形象を把握せしめんとするに在る。方図は地を象徴するに用い、円図は天を象徴するに用いる。天地は一経確立すれば、万有は便ちこれに隨って定まる。だからこの套の図式は道家の看重する所と為る。それは確かに足りて先天の奥秘を探究し無為の道を闡明し、形跡の上に超越して、直ちに天と人との共同本源に達し得る。惜しいかな世人はその用処を懂えざるのみ。
本卦序與本宮序,二者有可印證處。如本卦乾卦所生八卦,夬、大有、大壯、小畜、需、大畜、泰諸卦,合之本宮,則僅本卦之乾,與歸魂之大有,屬乾宮;
本卦の序と本宮の序とは、両者の間に互いに印証し得る処あり。たとえば本卦序の中の乾卦の生ずる八卦――《夬》《大有》《大壮》《小畜》《需》《大畜》《泰》の諸卦――を本宮の序を取って核対すれば、その中に真に乾宮に隷属するは、ただ本卦《乾》と帰魂卦《大有》の二個のみである。
本卦序と本宮序の互証
合之本宮,則僅本卦之乾,與歸魂之大有,屬乾宮;其泰、大壯、夬、需四卦,則屬對宮坤宮;其小畜、大畜二卦,則一屬巽宮,一屬艮宮。是八卦分屬四宮也。而所屬者,仍與本宮之例合。如對宮四卦,原由本宮變;乾坤對變,原定例也。
「本卦序」の中の乾卦の生ずるこの八卦を取って「本宮序」と対照すれば、ただ本卦の乾それ自身および帰魂卦の大有のみ依然として乾宮に属し、泰・大壮・夬・需のこの四卦は、皆乾宮の対宮たる坤宮に帰る。小畜・大畜のこの両卦は、すなわち一卦は巽宮に帰し一卦は艮宮に帰す。見ればこの八卦は四個の卦宮に分属す。しかしそれらの帰属は、依然として本宮変卦の通例に合す。対宮に帰入したあの四卦のごときは、もともと本宮より変化し出たので、乾と坤とは互いに対宮と為して相変ず。これはもとより八宮の卦を排するのすでに定下した成例である。
大小畜二卦,雖非本對宮,而小畜由巽合,即本宮一世之所變;大畜與艮合,即本宮二世之所變。本宮一世為姤,亦變巽也;二世為遯,亦變艮也。卦雖不同,所合之例仍同。
小畜・大畜のこの両卦は、乾の対宮の生ずる所ではないとはいえ、小畜は乾と巽と相合して成り、正に乾宮の「一世卦」の変法に対応す。大畜は乾と艮と相合して成り、正に乾宮の「二世卦」の変法に対応す。乾宮の一世卦は姤で、姤の下卦は正に巽である。二世卦は遯で、遯の下卦は正に艮である。だから卦名は両様なるとはいえ、両辺の相配相合する条例は実は一致す。
故本宮乾宮八卦,由對宮與對宮合變者,亦四卦;與巽艮合變者,亦二卦。是與本卦之變例,異而不異也。坤卦亦然,所屬八卦除本宮外,亦屬乾宮者四卦,屬震兌二者二卦,與本宮之變例皆同。
だから乾宮の所轄する八卦の中に、対宮の坤および対宮と相合して変じ出たは、ちょうどまた四卦である。巽・艮と相合して変じ出たは、ちょうどまた両卦である。見れば「本卦序」の変化条例と「本宮序」の変化条例とは、別あるに似て実は別なし。坤卦の一辺もまたかくのごとし。坤の生ずる八卦は、依然として本宮坤宮に属するを除けば、対宮乾宮に帰入するに四卦あり、震宮・兌宮に帰入するに両卦あって、坤宮の変卦条例と完全一致す。
故卦雖殊,氣之所合不殊也。乾之氣由西下,而與對宮坤合;坤之氣由東上,而與對宮乾合。無論何序,其例不差,蓋天地陰陽之氣,原來如是也。凡本卦各卦,皆以陰陽升降,本對合化,而生各卦,其例不亂,故其序有定,如指與臂;其象有數,如線串珠;無或差池,無少凌亂。
だから卦名は同じからざるに尽くとも、気の相合は毫も同じからざるなし。乾の気は西方より下降して、因りて対宮の坤と相合す。坤の気は東方より上昇して、因りて対宮の乾と相合す。どの一種の卦序を採用するを論ぜず、この条の規矩は錯えることなし。天地陰陽の気はもともとすなわちかくのごとく運行するがゆえに。凡そ「本卦序」の裏の各卦は、皆陰陽の升降・本宮と対宮との相合化生に依って、初めてこの許多の卦を生じ出したので、条例は絲毫乱れず。だからその次序は定ありて、手指の手臂に連なるがごとく自然なり。その卦象は定数ありて、絲線の珠を穿つがごとく条理あって、一点の参差なく、また一点の錯乱なし。
不過本卦之序,明先天之真,由下而上,以返本復始,故其卦以下卦為主;本宮序則為明後天之象,由內而外,溯源達流,故其卦以上卦為本。一自下而上,一自上而下,其變化次序不同耳。
ただ「本卦序」の意は先天の真相を顕明するに在りて、下より上へ・本源に返回して重新に開始する走向を取る。だから卦を排する時は下卦をもって主と為す。「本宮序」はすなわち意は后天の形象を顕明するに在りて、内より外へ・源頭より流末に推す走向を取る。だから卦を排する時は上卦をもって本と為す。一つは下より上へ、一つは上より下へ、両者はただ変化次第の方向の同じからざるのみである。
苟細按之,自得其故。如為人事吉凶,物理變化,則本宮之序,便於用也;如為天道往復,元氣動靜,則本卦之序,得其真也。故術家卜筮,必取本宮飛伏納甲之圖;而道家修恃,必重本卦方圓合數之象。皆易中精妙,非淺識可得;此不過舉其大要,以明其用耳。
ただ細心に推究せば、自然にその中の縁故を明白にし得る。もし人事の吉凶・事物の理の変化を推断せんとすれば、「本宮序」を用いるは最も便利なり。もし天道の往復・元気の動静を体察せんとすれば、「本卦序」を用いて初めて最もその真を得る。だから術数家の占卜は、必ず本宮の「飛伏」「納甲」の図を取用し、道家の修持は、必ず本卦の方図・円図の数理に合する卦象を看重す。これらは皆《易》の中の精微の処で、見識浅薄の人の領会し得る所ではない。ここにただその大要を挙出して、各自の用処を説明するに用いるのみ。
辟卦序・乾坤二宮の十二月への分配
易之合歲時者,有闢卦序、有六日七分、歲象序。闢卦者,以乾坤二宮卦,除游魂歸魂二卦外,分配十二月:自四月起乾,五月乾之一世姤,六月二世遯,七月三世否,八月四世觀,九月五世剝;十月則為坤,十一月坤之一世復,十二月二世臨,正月三世泰,二月四世大壯,三月五世夬。周而復始,以象二氣之流行,明寒暑之迭更也。
《易》の中に一年の節候に配合する卦序に、「辟卦序」ありて、また「六日七分」の「歳象序」あり。いわゆる「辟卦」は、乾・坤両宮の卦を取って、游魂・帰魂の両卦を除き、各々十二個月に配る。四月は乾卦より起り、五月は乾宮一世卦の姤に配し、六月は二世卦の遯に配し、七月は三世卦の否に配し、八月は四世卦の観に配し、九月は五世卦の剥に配す。十月は坤卦に輪到り、十一月は坤宮一世卦の復に配し、十二月は二世卦の臨に配し、正月は三世卦の泰に配し、二月は四世卦の大壮に配し、三月は五世卦の夬に配す。かくのごとく周してまた始めに復して、陰陽二気の流行を象徴し、寒来暑往の更替を説明するに用いる。
另有分各月屬春夏秋冬四時,而分各宮分配之者,即以震巽二宮分配四孟月,離坎二宮分配四仲月,艮兌二宮分配四季月,而循環交錯,以周一歲,與十二闢卦相應。其取義蓋本周天之數,三百六十;天地主其綱,則半為天,半為地,各得百八十;故以乾坤二宮之卦,分主冬夏。自已至戌,屬天氣,即乾主之;自亥至辰,屬地氣,即坤主之;而更以六子,分象四季之氣。
別にまた一種の排法ありて、各月を春夏秋冬の四時に帰入し、更に八宮に按じて分配す。震・巽両宮は四個の「孟月」に配し、離・坎両宮は四個の「仲月」に配し、艮・兌両宮は四個の「季月」に配して、循環交錯して、一年を走り満たし、十二辟卦と互いに呼応す。それの取義する根拠は周天の数三百六十である。天地はその綱を統領して、半分は天に属し半分は地に属して、各々一百八十を得る。だから乾・坤両宮の卦を用いて、各々冬夏両端を主管す。巳より戌に至るこの半圏は天気に属して乾に主管せしめ、亥より辰に至るこの半圏は地気に属して坤に主管せしめ、更に乾坤の生ずる六個の子卦を用いて、各々四季の気を象徴す。
震巽為長,乾坤之長男長女,故震配春夏二孟月,即正月四月;巽配秋冬二孟月,即七月十月。坎離為中男中女,故配四仲月,即二五八十一月;艮兌為少男少女,故配四季月,即三六九十二月。如是乾坤二宮總主一歲,猶二氣之升降消息也。
震・巽は長に居りて、乾坤の生ずる長男・長女なれば、震は春・夏の両個の孟月に配し、すなわち正月と四月である。巽は秋・冬の両個の孟月に配し、すなわち七月と十月である。坎・離は中男・中女なれば、四個の仲月に配し、すなわち二月・五月・八月・十一月である。艮・兌は少男・少女なれば、四個の季月に配し、すなわち三月・六月・九月・十二月である。こうなれば、乾・坤両宮は一年を総管して、ちょうど陰陽二気の升降消長のごとし。
震巽六子分主四時,猶五行之分合生化也。故一年三百六十餘日,合之於六子之爻,亦三百六十爻;乾坤二宮,則合十二月。雖綱目交錯,日月代嬗,若不相接,實則後天二五生化,固交錯而行,代嬗以成,非復先天之單純也。故卦象往復,爻象錯雜;氣數相間,循環無盡。雖以一歲為例,非限於歲月也。
震・巽等の六個の子卦は四時を分管して、ちょうど五行の分合生化のごとし。だから一年三百六十余天は、六子各卦の爻の上に合すれば、正にまた三百六十爻で、乾・坤両宮は、すなわち十二個月に合す。表面に看れば綱と目とは彼此交錯して日月は輪番に更替して、一処に接し得ざるがごとく見ゆ。実は后天の生化はもとより陰陽二気と五行のこの「二五」の交錯して行い遞相接替するに依頼して初めて完成を得るので、更に先天のごとき単純には似ず。だから卦象に往あり復あり、爻象は参差错雑し、気と数とは彼此相間して、循環に窮尽なし。ここにただ一年を取って例と為すとはいえ、実は一年をもって限と為さざるなり。
本來卦象,無所不包;其序既殊,其用自異。而一歲氣數,恰符周天之數;日月推行,恰符陰陽消息之度。遠者可譬於近,難者可喻於易;就其簡明者衍之,足以推於精微,極於高深;非日六十四卦,專為歲序用也。故此歲序之易,亦言易之一例,有不可不知者焉。
卦象はもともと包まざるなし。卦序すでに各々異なれば、用処は自然にこれに隨って同じからず。しかして一年の気数はちょうど周天の数に符合し、日月の運行はちょうど陰陽消長の度数に符合す。遠きは近きを借りて比方を作し得、難きは懂え易きを借りて譬喩を作し得る。この簡明の一年に就着いて推衍し開けば、便ち足りて精微に推し至り高深に達す。これは六十四卦が専ら歳時の序のために設けたを説くではない。だからこの一套の「歳序」の易も、またただ《易》を講ずる一個の体例なれども、易を学ぶ人の知らざるべからざるなり。
六日七分歳象序
六日七分歲象序者,以全易六十四卦分配一歲,而將坎離震兌四卦,當二至二分:震主春分,離主夏至,兌主秋分,坎主冬至,謂之四正。餘六十卦,以每月五卦,一卦主六日七分。因一歲三百六十五日又四分一,則卦六十合三百六十爻;每日八十分,一卦合六日七分,恰當一歲之數。
いわゆる「六日七分」の歳象序は、六十四卦を全く一年の中に分配して、しかも坎・離・震・兌の四卦をもって二至二分に当つ。震は春分を主り、離は夏至を主り、兌は秋分を主り、坎は冬至を主る。「四正」卦と称す。その余の六十卦は、每月に五卦を分得て、一卦は六日七分を主管す。一年は三百六十五又四分の一日なれば、六十卦は共に三百六十爻に合す。一日を八十分に分作せば、すなわち每卦は六日又七分を得て、ちょうど一年の日数に抵当す。
其氣始於中孚,其時始於冬至之月。由復至咸,共半歲,為八十八陽爻,九十二陰爻;自姤至中孚,亦半歲,為八十八陰爻,九十二陽爻,恰當百八十爻,而主陰陽寒暑之數。而中孚至復,咸至姤,恰得六日七分,定為例,實天時之度數,自然之序也。
この一套の卦序は、気は中孚卦より起り、時令は冬至の在る所の月份より起る。復卦より咸卦に至るは半年で、その中に八十八個の陽爻・九十二個の陰爻あり。姤卦より中孚卦に至るもまた半年で、その中に八十八個の陰爻・九十二個の陽爻ありて、各自ちょうど一百八十爻で、陰陽寒暑の度数を主管するに用いる。しかして中孚より復へ、咸より姤への間は、ちょうど六日七分を得て、これによって通例を定む。これは実に天時の度数、自然而然の次序である。
卦以交錯,爻以次第;一升一降,一往一復;象氣之周行,後天生化之例也。故其序可以紀歲候時,可以占天驗氣;即四正之卦,分管四時,以候四氣;春夏秋冬有其序,生長收藏有其令;木以長春,火以長夏,金以長秋,水以長冬;五行不失其常,二氣不亂其道;以往復循環無盡,而消息進退可見;其易之傳,蓋已久矣!
卦と卦とは彼此交錯し、爻と爻とは依次相接して、一升一降、一往一復して、気の周流運行を象徴す。これは正に后天生化の条例である。だからこの套の卦序は用いて紀年候時と為し得、用いて占天験気と為し得る。四正の卦に就いて言えば、四時を分管して、四時の気を測候するに用いる。春夏秋冬は各々次序あり、生長収蔵は各々時令あり。木は春に当って生長し、火は夏に当って盛大なり、金は秋に当って粛成し、水は冬に当って閉蔵す。五行はその常軌を失わず、陰陽二気はその法度を乱らず。その往復循環に窮尽なきに因って、消長進退は歴歴として見ゆべし。この一套の易法の流伝し下るは、実にすでに久し。
蓋自黃帝造甲子,曆數漸明;堯舜之時,曆象尤備。其制仿於易卦,本於河洛之圖,合於日月之紀,非率爾之作也。《易傳》曰:「懸象著明,莫大乎日月。」日為陽,月為陰;後天之離坎,代先天之乾坤,故歲象以坎離為主,當冬夏二至。冬至為陽生陰消,夏至陰生陽消。
黄帝が甲子を創制してより、暦数は初めて漸く明白と為った。尭舜の時に至っては、象を観て時を授ける制度は殊に完備せり。これらの制度は《易》卦に仿照して立て、本を《河図》《洛書》に置き、また日月運行の紀度に合して、随意に造作し出たではない。《易・繋辞上伝》に曰く、「象を懸けて明なるは、日月より大なるはなし」。日は陽に属し、月は陰に属す。后天の離・坎二卦は先天の乾・坤に替代わった。だから「歳象」のこの套の卦序は坎・離をもって主と為し、正に冬至・夏至の両端に当る。冬至は陽気の生じ初め陰気の漸く消ゆる時、夏至は陰気の生じ初め陽気の漸く消ゆる時である。
實一歲寒暑之樞機,而四時氣候之中宰。震司春分,如日之升;兌司秋分,如月之上;為陰陽之管鑰,實歲時之道路。皆為氣數所至,而象最明。以之合時令,則足為歷家之所法;以之體天道,則足為生化之模範。
この両個の節気は実に一年の寒暑の枢紐で、また四時気候の中枢主宰である。震卦は春分を司る。ちょうど太陽の初めて升るがごとし。兌卦は秋分を司る。ちょうど月亮の上弦するがごとし。それらは陰陽出入の鎖鑰で、また歳時運行の通道である。これらは皆気数の自然到達する結果で、しかも卦象の表現するが最も分明なり。それを取って時令に配合すれば、足りて暦を治める者の取法する依拠と為る。それを取って天道を体察すれば、足りて生化運行の範式と為る。
蓋其序之取義,雖近闢卦,而尤善焉。不過闢卦法乎先天,故以乾坤二宮,為一歲之綜;而歲象法乎後天,故以坎離四正,為一歲之綱。先天乾坤對位,主於上下,此伏羲八卦之序;後天坎離震兌分主四正,此文王八卦之序。二者各有取義,而後者最宜於後天之用,以所象無不交錯往復,所配皆以消長平均,以合一陰一陽之道,而能會通日月之行也。
この套の卦序の取義は辟卦と相近るとはいえ、辟卦よりも更に周備なり。辟卦は先天に效法すれば、乾・坤両宮を用いて一年を総束す。歳象は后天に效法すれば、坎・離等の四正卦を用いて一年の綱領を作す。先天の裏において乾・坤は対位して上下を主る。これは《伏羲八卦》の次序である。后天の裏において坎・離・震・兌は分かちて四正を主る。これは《文王八卦》の次序である。両者は各々取義あれども、後の一種は最も后天の実用に合す。それの取る卦象は交錯往復せざるなく、それの配する節候は皆消長均平をもって准と為すがゆえに。正に《繋辞》の「一陰一陽これを道と謂う」の道理に合して、因りて日月の運行を貫通し得る。
故中國之曆法,實本此序;而後人以之占筮,亦無不驗。其為易之精妙,亦足與《周易》相證;即合之其它各易,不問為先天後天,亦無不貫通。要以後人多不明其用,忽其旨趣;門戶之見,以責難之;方技之辭,以鄙夷之;遂使上古流傳之易,反為俗人所訛,豈不惜歟!
だから中国の暦法は、実際すなわちこの套の卦序をもって本と為す。後人がそれを取って占筮と為すも、応験せざるなし。それは《易》学の精妙の処と作して、足りて《周易》と互いに印証す。すなわちそれを取ってその他各家の易法に合するも、先天を論ぜず后天を論ぜず、また貫通せざるなし。ただ惜しいかな後人は多くはその用処を明白にせず、その旨趣を忽略す。あるい門戸の見を抱いてそれを責難し、あるいはそれを方術家の言辞と貶して鄙視を加え、そこで上古に流伝し下った易法は、かえって俗人に訛伝誤解せらる。これは豈に可惜ならざるか。
述聖講義(二)――子思
周易之用,在乎人之誠,不必一例。如周易之序,固為周時太卜所司;而太卜所用,兼及連、歸,不限文王之易也。則可知易之為用,不以序為限;但有是序,即有是變;有是變,即有是用。伏羲之易,有伏羲之用;文王之易,有文王之用。夫子合二者而作雜卦序,即夫子之易,亦有夫子之用也。
《周易》の功用は、全く易を用いる人の誠なるか誠ならざるかに在りて、並び一成不変の定式なし。ちょうど《周易》の卦序は、固より周代の「太卜」この一官職の掌管する所なれども、太卜の用いる所はなお《連山》《帰蔵》に兼及して、文王一家の易に限らざるがごとし。これによって知る。易の功用は某一卦序の制限を受けず。このごとき一種の卦序あれば、便ちこのごとき一種の変化あり。このごとき一種の変化あれば、便ちこのごとき一種の用法あり。伏羲の易には、伏羲の用法あり。文王の易には、文王の用法あり。孔夫子は先天・后天の両者を合して《雑卦》の序を作した。見れば夫子の易にもまた、自ら夫子の用法あり。
推之連山之易,有連山之用;歸藏之易,有歸藏之用;八宮之易,有八宮納甲之用;歲象之見,有六日七分之用,分而言之,各有其用;合而通之,則易之用,廣無不包,變無可窮;而能通之為一者,則見天地之心;斯非聖知不克也!就其最簡易者,則但執一易;審其象,參其數,列其圖;而合其先後天,明其辭而衍之經與傳,則亦可以得易之用矣!
これによって推し開けば、《連山》に《連山》の用法あり、《帰蔵》に《帰蔵》の用法あり。八宮の易に、「八宮納甲」の用法あり。歳象の易に、「六日七分」の用法あり。分かちて言えば、各々その用処あり。合わせて貫通すれば、すなわち易の功用は広大にして包まざるなく、変化多くして窮尽する由なし。しかしてそれらを貫通して一と為す能くする人は、すなわち天地生生の心を見る。これは聖人の智慧あらざれば便ち致し得ざるなり。もし最も簡易の処より入れば、すなわちただ一種の易を執定せよ。その卦象を審察し、その数理を参究し、その図式を排列し、更に先天后天を合して看て、その卦爻辞を明白にし、併せて経より伝に推衍せば、かくのごとくしてもまた同じく易の功用を得るべし。
故易之種類雖眾,精其一者,能通其餘;若一而未精,雖多奚益?目迷於象數之異,手迷於圖表之繁,能紀其粗,而遺其精;逐其物、忘其神;則為易百年,曾不得易道之一二;此後世有掃象之說也。
だから易の種類は多きとはいえ、ただその中の一種に精通すれば、便ち類に触れてその余の各種に通じ得る。もし一種すら精せざれば、学ぶこと多けれどもまた何の益かあらん。眼は各家の象数の差異に弄ばれて花し、手は各種図表の繁瑣に弄ばれて乱れ、ただ粗浅の皮毛を記得して、精要の内核を漏掉し、外在の物象を追逐して内在の神理を遺忘す。かくのごとくして易を治めること百年なれども、易道の十分の一二を得ざらん。後世の「掃象」の説ある所以は、根子すなわちここに在る。
夫易之本在象,而掃之,將何以見易?豈非以世人之馳於外,而遺其內;求其未,而棄其本歟!故習易者,必先去其蔽,所敝者,多而不精,博而不深;能於貌,而不及於神;以為能通習,而不知無一得也。
易の根本はすなわち「象」に在る。象を掃除し干浄くすれば、なお何をもって易を見んや。これは豈に正に世人が一味に外に向かいて馳求して内裏を丢し、ただ末梢を追って根本を抛棄するがゆえにや。だから易を学ぶ人は、必ずまず自己の遮蔽を去らねばならない。いわゆる遮蔽は、すなわち学ぶこと多けれども精ならず、渉猟広けれども深からず、ただ外貌を摹得するも神理に到らず、自ら以てすでに融会貫通したと為すも、実は一も得る所なし。
故各易之序,夫子不錄;僅取文王者著為經,而集其它關乎易理者,述之為傅;做學者知所宗,而不紛其智,知所本,而不亂其思;庶由一以通其餘,由易以達事難,由近以賅其遠;則習之有成,而易道亦不荒塞;此則夫子刪易之微旨也。
だから各家の易の卦序は、夫子は一々に収録せず、ただ文王の一種を取って「経」と著して、その他の易理に関渉する材料を汇集して、叙述して「伝」と為した。易を学ぶ人に宗奉すべき所を知らしめ、智慮を紛雑に至らしめず、依拠すべき所を知らしめ、思路を紊乱に至らしめざらんと欲するがよい。こうして初めて一種よりその余の各種に通じ、容易のより艱難のに通じ、切近のより深遠のに推及し得る。かくのごとく学び下れば便ち成あり得、易道もまた荒廃壅塞に至らず。これがすなわち夫子の《易》を刪定した深微の用意である。
易の致用は卜筮に在らず
夫易之致用,非為卜筮也;若為卜筮,則巫祝在,夫子不以之首六經也;夫子以易為六經之首者,以其用明天人之道,類萬物之情;定日月之行,奠山河之度;可以致治平之業,可以正性命之功;可以四達神鬼之情;可以敷教化之德;故其用在此,而不為卜筮也。
易が有用であるのは占いのためではない。もし占いだけが目的なら、巫祝(ふしゅく・祭祀や祈祷を司る者)のたぐいがすでにいるのだから、夫子(孔子)はこれを六経の首に据えはしなかった。夫子が《易》を六経の筆頭としたのは、その功用が天人相通の道を明らかにし、万物の情を類別して比べはかり、日月の運行を推定し、山河の度数を奠立でき、国を治め天下を平らげる事業を成し遂げ、性を尽くし命に至る工夫を正しくでき、鬼神の幽微なる情に通達し、教化の徳を施せるからである。その用はまさにここにあり、占いにはない。
然卜筮亦易所固有,卦爻之辭,吉凶之占;悔吝之途,君子小人之道;皆著於象數,徵於言文;苟按其數而卜之,因其辭而決之;則所謂易逆數也。通變化而行鬼神者,皆在傳中揲卦之法,可見之也;故經不備者,傳則補之;經取其約,約而后尊;傳取其博,博而後宏。
ただし卜筮もまた易にもともと備わる内容である。卦辞・爻辞、吉凶の占断、悔吝(悔やみと恨み)の趨向、君子・小人それぞれの道は、みな象数(しょうすう)に落ち着き、文辞に徴験される。もし卦の数にしたがって卜し、爻辞によって決断するなら、それは《説卦》のいう「易は逆数なり」である。変化を貫通して鬼神を運行させる理は、《繋辞》に載る「揲蓍(せっし・蓍を分けて卦を立てる)成卦」の法のうちに見て取れる。だから経文に言い尽くされていないことは伝が補う。経は簡約を取り、簡約であってこそ尊い。伝は博洽を取り、博洽であってこそ宏大である。
用宏而道尊,則易之精粗皆備;故傳所舉者,有各易之例;凡連山歸藏之類,八宮歲象之圖;上自先天,旁及河洛,無不徵取,以為周易之輔,而明易道之大也。故讀經則專文王之制,雖伏羲之序不列;讀傳則必廣搜各易之圖,而不限於一種;此講易時必旁及各序也。
用が宏大で道体が尊ければ、易の精微も粗顕もすべて備わる。だから《易伝》に挙げられたものには各家の易の体例が含まれる。《連山》《帰蔵》のたぐい、八宮・歳象のたぐいの図式、上は先天の卦位にさかのぼり、傍ら《河図》《洛書》にまで及んで、引き取られないものはなく、みな《周易》の輔翼として用いられ、易道の大いなることを明らかにする。それゆえ経を読むときは文王一家の制度のみを主とし、伏羲(ふっき)の卦序さえ列ねないが、伝を読むときは必ず各家の易の図式を広く捜し求め、一種に限らない。易を講ずるとき必ず種々の卦序に旁及するのはこのためである。
人或疑其言之雜,不知正欲其雜也;人或謂異於經文,不知正求其異也;雜則變例多,而用可廣;異則分類明,而道可通;此傳之本旨,夫子訂易之徵意也。故傳中之辭,各不相類;方位次序各不同;名類上下各不一,其所以然者,各易之原制如是也。
ある人は《易伝》の言うことが駁雑すぎると疑うが、まさに駁雑であることを要しているのだと知らない。またある人は伝が経文と一致しないと言うが、まさに一致しないことを求めているのだと知らない。駁雑であれば変通の体例が多くて用を広めることができ、一致しなければ分類が明らかで理を貫通できる。これが伝を作った本意であり、夫子が《易》を訂定した深い意である。だから伝中の文辞は互いに類せず、方位・次序はそれぞれ同じでなく、名目と上下の配列も各々一致しない。その所以然は、各家の易のもともとの制式がそのようであったからである。
各易皆可用於卜筮,而周易最善;其次則八宮納甲法,其次則歲象六日七分術;而伏羲先天本卦方圓序,則為示修養之道,明先天之氣;若用於卜筮則淺矣!然亦能通,不過難測耳;至俗傅各種卜易法,皆由數者變化而來,有當有未當也;與周易等者,前有連山、歸藏,後有夫子雜卦;皆以卦爻象數為本,不取甲辰,不用日月;其道簡而理微,人多難知;故卜者不用,而好八宮與歲象術;其實理數一也,苟通者無所忤焉。
各家の易はみな卜筮に用いることができ、その中では《周易》が最も完備している。次いで八宮納甲(のっこう・幹支を爻に配する法)、その次が歳象・六日七分の術である。伏羲先天本卦の方図・円図の序については、本来は修養の道を示し先天の気を明らかにするためのもので、占いに用いれば浅いものに流れてしまう。もちろんそれも同じく通ずるが、ただ測度しにくいだけである。世俗に伝わる種々の卜易の法は、いずれも以上の各家から変化して出たもので、当を得たものもあれば得ていないものもある。《周易》と並び論じうるものは、前に《連山》《帰蔵》があり、後に夫子の《雑卦》がある。みな卦爻・象数を本とし、干支を取らず日月を用いない。その道は簡で理は精微なので、一般の人にはわかりにくく、ゆえに卜者はこれを用いず、かえって八宮と歳象の術を好む。実のところ理と数はもともと一つであり、まことに通達した者ならどれを用いても抵牾を感じない。
做周易之卜,古之史傳常見其例;其應甚靈,豈古可用,而今不宜哉?蓋用之在人,能誠而通神者,何易不可靈?否則雖俗淺之術,亦不得其效;故易之用,不在序之異也;序之所異,不為卜也;其理見前,可以知矣。周易之精,在以後天之物象,明先天之氣數;一卦一爻,各有所象,而貫通先後天,以明其變化;故不枝不離,而獨來獨往;為最宜於時中之道,合於戒慎之教也。
《周易》で占った例は、古代の史書や伝記によく見え、たいへん霊験があった。古人には用いられて今人には適さない、ということがあろうか。要は用いる人にある。誠を尽くして神明に通ずる者なら、どの易が霊験でないことがあろうか。そうでなければ、世俗の浅い術を用いてもやはり効はない。だから易の用は卦序の異同にはない。卦序に異同があるのは、もともと占いのために設けられたのではない。この理は前に述べた通りで、知るべきである。《周易》の精妙は、後天の物象をもって先天の気数を明らかにする点にある。一卦一爻それぞれ象するものがありながら、先天・後天を貫通してその変化を説き明かす。だから枝を分かつことも本から離れることもなく、独り往き独り来て、最も「時中」の道にかない、「戒慎恐懼」の教えに合致する。
以文王作此,正囚辱之時;憂天下之亂,存革正之心;鑑前人之敝,立新教之意;故其辭巽而決,其旨正而中,其道極變化,而仍守常度;其志攘暴亂,而先重仁德,故與夫子中庸之教,修道戒慎為本;忠恕時中為用,立誠復始為成,其義正同。
文王がこの易を作ったのは、まさに囚われ辱められた時であった。天下の乱れを憂え、弊政を革め世を正す心を抱き、先人の積弊を鑑みて新しい教えを立てる意を定めた。だからその文辞は巽(そん・へりくだり)にして決断があり、その旨は正しく中にあり、その道は変化を極めながらなお常度を守り、その志は暴乱を払わんとしながら先に仁徳を重んじる。これは夫子の《中庸》の教え――修道と戒慎を根本とし、忠恕と時中を用とし、誠を立て本に返るを成就とする――と、義理がまさに一致する。
夫子取之以繼堯舜之傳,而明文武之治,即所謂祖述憲章者,易經居其首也,中庸之書,繼易而作;皆言事而歸於道,言人而歸於天,原怡返終,正其性命,明物達情,通其精粗;故言博而約,辭詳而明;為古聖心傳之所存,而儒家至教之所寄也。後之學者當加意焉!
夫子が《周易》を取ったのは、堯・舜に伝わる心法を継ぎ、文王・武王の治道を明らかにするためであり、《中庸》にいう「祖述堯舜、憲章文武(堯舜を祖とし述べ、文武を憲章とする)」において、《易経》はその筆頭に位置する。《中庸》の書はまさに《易》に続いて作られた。ともに事について言って道に帰し、人について言って天に帰し、本始を推し原めて終極に返り、人の性命を正し、万物を明らかにし物情に通達し、精微と粗顕を一貫する。だから言は博くして約を失わず、辞は詳しくして明を失わない。古聖の心伝(しんでん)が存するところであり、儒家の最高の教えが託されるところである。後の学者はこの上に意を用いるべきである。
亜聖の講述――孟子
夫子刪定六經,取文王之易為首,同於《尚書》,為三代以上之遺;於此可見二帝三王之政教,神農伏羲之制作也;而不取《連山》《歸藏》,及伏羲神農之易,獨採文王者,為文王之易,即各家之所傳;傳至文王變例已多,易道更明,易習易知也。伏羲神農堯舜之時,有象無文,有文未備;《連山》《歸藏》之易,有文異義,有變未全;唯文王之易,象仍古昔,文備義明;變推新例,體具用昭;故言易至文王,為最宜於時之制,而易道亦更發皇光大矣!
夫子が六経を删定したとき、文王の易を最前に列ねたのは、《尚書》と同じく、みな夏・商・周三代以上から伝わる遺典だからである。そこからは堯・舜二帝と禹・湯・文武の三王の政教、および神農・伏羲の制作を見ることができる。《連山》《帰蔵》および伏羲・神農の易を取らず、ひとえに文王の易を採用したのは、文王の易がすでに各家の所伝を集約していたからである。文王の手に伝わる頃には変通の体例がすでに多く、易理はいっそう明白で、学びやすく知りやすくなっていた。伏羲・神農・堯・舜の時代は、卦象はあっても文辞がなく、文辞があっても完備していなかった。《連山》《帰蔵》の二易は、文辞はあっても義旨が互いに異なり、変例はあっても周到でなかった。ただ文王の易のみ、卦象は古の法にしたがい、文辞は完備し義理は明白で、さらに新たな変例を推し出し、体制が備わり功用が著しかった。だから易を論じて文王に至り、はじめてその時の制度に最も適したものとなり、易道もこれによっていっそう発皇光大したのである。
此夫子序易,以周易為本者也;然周易雖善,舊制亦不可盡棄;伏羲之作,固為易之源,不可不知;即神農堯舜夏商之易,亦不可不明;則將其說備載於傳,繫之於經,故曰繫辭。而以證諸經文,廣其變,推其用也。
これが夫子が《易》を編次するにあたり《周易》を本とした所以である。しかし《周易》がよいからといって、旧来の制式をすべて捨て去ることはできない。伏羲の作はもとより易の源であり、知らないわけにいかない。神農・堯・舜および夏・商各代の易もまた明らかにしないわけにいかない。そこでこれらの説を伝の中に完備に記載し、経文の下に繋げたので、「繋辞」と称する(繋とは経に繋ぐの意)。これをもって諸々の経文に証し、変例を広げ、用を推し進めたのである。
故有先天乾坤上下之位序,為伏羲之遺,即天地定位一章所述也;有日月成歲,合乎天行之序,即揲蓍求卦象一歲之一章所述也;有納甲應爻,分宮飛伏之序,即出震齊巽,先甲後甲各所述也;有日月代行,水火上下之序,即後天卦位,三索得男女各節所述也。
だから伝には、先天の乾上・坤下という方位の序があり、これは伏羲の残した旧制で、《説卦伝》「天地定位」の章に述べられている。また日月がめぐって一歳を成し、天行に合う卦の序があり、これは《繋辞》の「揲蓍して卦を求め、期(一年)の日に当たる」と説く章に述べられている。また納甲し爻を配し、宮を分かち飛伏する序があり、これは《説卦伝》の「帝、震に出づ、巽に斉う」および経中の「先甲三日、後甲三日」の諸文に述べられている。また日月が迭(かわ)り行い、水火が上下する序があり、これは後天の卦位と《説卦伝》「三索して男女を得る」の各節に述べられている。
其它如地代有終,《歸藏》之羲也;艮為終始,《連山》之義也;方圓之圖,伏羲之制也;納甲納音,黃帝之制也;歲象闢卦,神農之制,及於堯舜,而更推衍者也;九宮五行,五運六氣,河洛之遺,及於黃帝,而更發明者也。
そのほか、「地道は代わりて終わる」という説は《帰蔵》の義旨であり、「艮を終始と為す」という説は《連山》の義旨である。方図・円図は伏羲の制作、納甲・納音(のういん)は黄帝の制作、歳象・辟卦(へきか・十二消息卦)は神農の制作で、堯・舜の時に至ってさらに推衍された。九宮・五行、五運・六気は《河図》《洛書》の残した遺法で、黄帝の時に至ってさらに発明された。
故易者成於各聖,傳於千古,而其義備於傳,以與周易證明也。夫子猶以為未足,更合伏羲文王之作,先後天之象,各家之制,而成雜卦傳;雜者合也,合各種而一之,以見其會通一貫之義也;故以之終諸書,而成夫子之易,是易雖取文王,而仍包各書,夫子之作亦附焉,此讀者所宜知也。
このように《易》という書は、歴代の聖人が共に成し遂げ、千古に伝わったもので、その義理はすべて「伝」のうちに備わり、《周易》と互いに証明し合う。夫子はなお足りないと思い、さらに伏羲と文王の作、先天・後天の卦象、各家の制式を合わせて《雑卦伝》を作った。「雑」とは合の意であり、種々を合わせて一つとし、それらが会通一貫する義を見せるためである。だからこれを諸篇の終わりに据えて夫子自身の易を成し立たせた。つまり《易》は文王一家を取りながら、なお各家の書を包容し、夫子自身の作もそこに附属するのである。これは《易》を読む者が知っておくべきことである。
各易は道を明らかにするも、その方は一ならず
易之致用,一而已;一者道也,故各易,皆為明道用;無論為伏羲,為文王,為先天後天,為《連山》《歸藏》,皆不離於道;然道自一,何以各易不同?則為明道之方,有不同耳,道本無方無體,人之求之也,則有其方,以悟其體;是猶行路,或車或馬或步行,其行一也;所以行不同也,故各易各有其方,以明其用。
易の功用は帰するところただ一つである。その一つとは「道」であり、だから各家の易はみな道を明らかにするために設けられた。伏羲の易であれ文王の易であれ、先天・後天であれ、《連山》《帰蔵》であれ、道を離れはしない。しかし道はもともと一つなのに、なぜ各家の易が異なるのか。それは道を明らかにする門径に違いがあるだけである。道自体は方所も形体もない。人がそれを求めるには門径が要り、それによってその本体を悟る。ちょうど旅をするに、車に乗る者、馬に乗る者、歩く者があり、行くということは同じでも行き方が異なるようなものだ。だから各家の易にはそれぞれ門径があり、もってその用を明らかにする。
在太上之時,道至簡,事至略;人樸物醇,生計至易;故象之者,亦直樸無文,而見道亦真;其後則漸降漸變,漸繁而文;而象之者,隨之而異;故易自古入今,自簡趨繁,人事使然;道之為道,固未改也。故一易之用,為應時之需;時之不居,易亦必變,此易之所以為易也。
大上(上古)の世は、道は至って簡、事は至って略で、人の心は質朴、物の性は淳厚で、生計も至って容易だった。だから取象する卦も直朴で文飾がなく、しかし道を見ることはかえって真実だった。その後、世風はしだいに下り変わり、事は繁になり文飾が増し、取象する卦もこれに随って異なった。だから易は古より今に至り、簡から繁へと向かう。これは人事のしからしむるところであり、道が道であることはもともと変わらない。だから一つの易の用は、その時の必要に応ずるためのものであり、時勢は留まることがなく、易も必ずこれに随って変わる。これが「易」が「易」(変易)と名づけられた所以である。
伏羲之易,名為先天,義為修道,政尚虛靜,教崇純樸,其時然也;神農黃帝以迄堯舜,生息日眾,世事日新;政日以備,教日以詳;善惡以明,吉凶斯判;故其易亦由簡而繁,其用由純而雜;堯舜之後,文勝於質,政明於教;禮備於德,事增於物;變化既多,氣數以分;於是三代之易,更張其舊,名適時宜,以為新制。
伏羲の易は「先天」と称し、義旨は修道にあり、政事は虚静を尊び、教化は純朴を崇めた。その時の世情がそうであったのだ。神農・黄帝から堯・舜に至ると、人口は日ましに蕃殖し、世事は日ましに新しくなった。政令は日々備わり、教化は日々詳密になり、善悪はこれによって明らかになり、吉凶はここに判然とした。だからその時の易も簡から繁に変わり、その用も純から雑に変わった。堯・舜以後は、文飾が質朴に勝り、政令が教化より明らかになり、礼制が徳行より整い、事務が器物より多くなった。変化が多くなれば、気数はこれによって分かれる。ここにおいて夏・商・周三代の易は、旧制を改め、名目を別立てして時宜に適わせ、新しい制度とした。
至文王而變益異,時勢既迫,事物乃非;道晦不明,教亡不復;政失其紀,俗失其常;善不敵惡,吉不侔凶;君子道消,小人在位;易道至是窮矣!窮則必變,敝則必革;此湯伐桀之時也;文王師之,以變為新易,而寓教於卦象焉;故周易者,革舊改新,正教明道者也。
文王の時に至ると、変化はますます異なった。時勢はすでに逼迫し、事物は変質していた。道は晦んで明らかでなく、教化は亡びて復らず、政令は綱紀を失い、風俗は常軌を失っていた。善は悪に敵せず、吉は凶に侔(ひと)しくなく、君子の道は消え、小人が高位を占めた。易道はこのとき窮まったのである。窮すれば必ず変じ、弊れれば必ず革まる。これはかつて殷の湯が夏の桀を討った時の局面と同じである。文王は湯に倣い、変革の法をもって新しい易を作り、教化を卦象に寓した。だから《周易》という書は、旧弊を革め新法を立て、教化を正し大道を明らかにする書なのである。
當時晦塞,值身窮因,而欲為此挽回教政,光復道德,其非易事。蓋可知矣。故其為象曲折反覆,為辭宛委丁寧;一變前日之作,而成獨有之制;此其與伏羲之舊大殊,與連歸之辭亦異;而成一後天之易也。
当時、世は晦んで塞がり、文王自身も困厄の中にあったのに、この書をもって教化・政令を挽回し、道徳を光復しようとしたのだから、その容易でないことは推して知るべしである。だから彼の取った卦象は曲折反復し、繋げた文辞は婉曲で再三の丁寧を重ねる。昔日の作を一変して、独り格の制度を成した。これが伏羲の旧制と大いに異なり、《連山》《帰蔵》の文辞とも同じでなく、自ら一つの後天の易を成した所以である。
蓋文王之易,與時相宜;後天者,奉時也;本無先後天之名,以別於伏羲,故曰後天;以能奉天時,故曰後天;其實易一也,用異耳;若分先後,則文王以前者,皆宜先之;伏羲以後者,皆宜後之;而獨先伏羲後文王者,以二易足盡易之體用耳。
文王の易は時勢と相宜(あいかな)う。「後天」とは天時に奉順する意である。もともと先天・後天という名目はなく、伏羲の易と区別するために「後天」と呼んだのである。また天時に奉順できるゆえに「後天」と呼んだ。実は易は一つであり、用が異なるだけである。もし真に先後を分かつなら、文王より前はみな先とすべきであり、伏羲より後はみな後とすべきである。ひとえに伏羲を先とし文王を後とするのは、この二家の易が、易の体と用を説き尽くすに足るからである。
若推而言之,則連、歸各易,皆後天也;以其明伏羲之變,同於周易也;不過歸藏出,而連山亡;周易成,而歸藏息;時之既易,易亦隨之,由歷代之文物考之,則連歸可備參證;若以時之宜,變之極,明易之道,為後世之則;則唯周易足與伏羲表裡,取周易而他易其中矣!此夫子以周易為輕,而博搜各易之義為傳也。
押し広げて言えば、《連山》《帰蔵》各家の易もみな後天である。伏羲の易の変化を明らかにする点で《周易》と同じだからだ。ただ《帰蔵》が出ると《連山》は亡び、《周易》が成ると《帰蔵》は息んだ。時勢がすでに変われば、易もこれに随う。歴代の文物によって考証すれば、《連山》《帰蔵》はなお参証に備えうる。しかし時宜に合い、変化を極め、易道を明らかにして後世の法則たるに足るものを論じれば、《周易》のみが伏羲の易と表裏に応ずる――《周易》を取れば、他の各家の易もその中に含まれるのである。これが夫子が《周易》を宗としながら、なお広く各家の易の義旨を捜して「伝」を作った所以である。
六爻三極、人道を綱と為す
周易之用,為救時明道,而本於易之原旨;易者以六爻三極,合天地人者也;天道陰陽,居上兩爻;地道剛柔,居下兩爻;人道仁義,居於中央;此名三極,以人道為綱。故三四爻,人之位,善惡之門,吉凶之途,皆在是焉;人為天地之中,道之所存,時之所依;教政所出,生化所成。
《周易》の用は、時弊を救い大道を明らかにするにあり、その根本はなお易の原旨から出る。易とは、六爻を「三極」に分かち、天・地・人を一つに合わせたものである。天道は陰陽で、上の二爻に居る。地道は剛柔で、下の二爻に居る。人道は仁義で、中央の二爻に居る。これを三極と名づけ、人道を綱領とする。だから第三爻・第四爻は人の位であり、善悪の門、吉凶の途は皆ここに在る。人は天地の中にあって、道の寄せ存るところ、時の依るところであり、教化・政令の出るところ、生養・化育の成るところである。
故天地之道,依人而明,時之敝,依人而新,教政之失,依人而復振;仁義之不講,時之亂也;教政之不明,人之責也;唯人能理亂救亡,正失止敝。故聖人則之,以負其任;而文王適逢之,乃明易之變,而濟道之窮;以教寓於象,而濟道之窮;以教寓於象,以心存於卦。
だから天地の道は人によって明らかになり、時勢の弊は人によって新たになり、教化・政令の失は人によって再び振るう。仁義が講ぜられないのは時勢の乱であり、教化・政令が明らかでないのは人の責である。ただ人のみが禍乱を理し危亡を救い、失を正し弊を止めることができる。だから聖人は天地に則り、自らこの任を負う。文王はちょうどこのような時代に遇い、易の変化を明らかにして道の窮を済い、教化を卦象に寓し、心を卦画に存した。
故其易與前異者,應夫時也。道之不明,時之所為;時之不回,則人心失所主,而變生焉;變之亂者,時之咎也;變之治者,人之功也;人應時而為變,變乃通,通乃道;故道在時,而聖人乃能用時;用時變時,是曰時中;道之存也,時之隆也,則守其常;道之晦也,時之汙也,則達其變;唯變乃復於中道,而道乃明。
だから彼の易が昔日と異なるのは、まさに時勢に応じたためである。道が明らかでないのは時勢のなすところであり、時勢が回らなければ人心は主を失って変乱が生ずる。変じて乱に至るは時勢の咎であり、変じて治に至るは人の功である。人が時勢に応じて変革を成せば、変じてこそ通じ、通じてこそ道に合う。だから道は時に存り、聖人のみが時勢を善く用いうる。時を用い時を変じる、これを「時中」という。道が存し時勢が隆んな時はその常を守り、道が晦み時勢が汚れた時はその変に通ず。ただ変に通ずるのみが再び中道に復りえ、道は明らかになるのである。
聖人在因時明道,非守死而忘時也;乃因時而變之,以存亡正失也。故文王之易在於是,其意若曰:伏羲之易,經常之道,不可變也;時無明之者,易乃日晦;必以變而新之,則前者益光大;其義取在革卦,革以去故,言去時之汙也;而其用取之鼎卦,鼎取新也,言新易之道,而光大伏羲之制也。
聖人の貴ぶところは時に因って道を明らかにするにあり、旧法を死守して時を忘れるのではない。時に因って変じ、亡びんとするものを存せしめ失を正すのである。文王の易はまさにこの上に落ちる。その意はあたかもこう言っているようだ――伏羲の易は恒常の道であり、本来改めるべきでない。ただ当時これを明らかにする者がいなかったため、易理は日ましに晦んでいった。必ず変革によってこれを新たにせねばならず、そうすれば昔日の法はかえってさらに光る。だから義を《革》卦に取った。「革」は故(ふるき)を去る意で、時の汚れを革め去ると言う。用を《鼎》卦に取った。「鼎」は新たにするを取り、易の法度を新たに立て、もって伏羲の旧制を光らせると言う。
故其序以往復循環為則,以吉凶相對,善惡相當;明世道之無往不復,而人心無時不動;必以善制惡,以新革故,以成循環之數,而復歸於道;此則文王之易所以異也。夫連、歸遞嬗,夏商異代;其政教不一,制度各殊,故文王因之;而鑑於二者,成其新作,存其所長;尤能揭二代之善制,合兩易之成規;以開有周之政教,為盡美盡善之禮樂制度;此夫子有從周之嘆也!
だから《周易》の卦序は往復循環を法則とし、吉と凶を相対せしめ、善と悪を相当せしめ、世道に往きて復らざるなく、人心に動かざる時なきを明らかにし、必ず善をもって悪を制し、新をもって故を革め、循環の定数を成し遂げて、再び道に帰する。これが文王の易が衆と異なるところである。《連山》《帰蔵》は先後に禅(ゆず)り替わり、夏・商は各々一代を成し、両代の政教は一ならず、制度は各々殊なので、文王はこれに因り、またこの二者を鑑察して新しい易を作り、その長を存した。とりわけ夏・商二代の良法を掲げ、二つの易の成規を揉み合わせ、周代の政教を開いて、尽美尽善の礼楽制度とした。これが夫子が「吾は周に従わん」と嘆じた所以である。
故文王之易,為易道之大明;其旨在變,變以復道;乃宜於時之敝,道之衰,教之亡,政之失也;故夫子獨取之,以鑑於周道之微;春秋之亂,非重新易教,不克以復堯舜文王之道,而續伏羲神農黃帝之德也。其意見於雜卦焉,苟有明哲之主,而取用之;以新政教,振仁義;以盡人道,合乎天地之原旨;而因時推變,以孚革故鼎新之義;則文武之治,周初之禮樂制度,固當復見於世。
だから文王の易は、易道の大きな光明である。その旨は「変」にあり、変は道に復るためであり、時勢の弊、道の衰、教の亡、政の失に適用する。だから夫子はひとえにこの易を取った。周道が衰微し春秋が大乱するのを見て、易教を再び振り起こさなければ、堯・舜・文王の道を復し、伏羲・神農・黄帝の徳を継ぐことができないと思ったからである。この意は《雑卦》に見える。もし明哲な君主があってこれを取り用い、政教を新たにし仁義を振り起こし、人道を尽くして天地の本旨に合わせ、時勢に因って変を推し、革故鼎新(かっこていしん)の義に孚(かな)うならば、文王・武王の治世、周初の礼楽制度は、もとより再び世に現れうるのである。
則夫子老安少懷之志,大同之願,時中之智,皆將見於行事,非復微言之擬,文章之可知而已;觀夫《雜卦傳》末云:「君子道長,小人道消。」云云,蓋已自言其效,或者他日必驗於世;時乎時乎,吾知之矣!運之流行,寧無極乎!請留吾言,以待後人之證之也。
そうすれば夫子の「老いた者を安んじ、少なき者を懐く」という志、天下大同の願、時に随って中を得る智は、いずれも実際の行事に現れ、もはや隠微な言辞のうちの比喩や、文章から推し知るべきものに留まらない。《雑卦伝》の末に「君子の道長らん、小人の道消えん」とあるのを見よ。夫子はみずからその効験を言い表したのであって、あるいは他日必ず世に験(あら)れよう。時よ時よ、吾はこれを知っている。気運の流行に極まりのないことがあろうか。どうか我が言を留めて、後人の証を待とう。
亜聖の講述(二)――孟子
易道兼體用,統神形者也;先天卦象,可用以釋道之真體;而明神天之德,成誠明之功;後天卦象,可用以釋道之大用;而明人物之生,成位育之德;合而言之,則內聖外王之道,大學之修齊治平,中庸之中和誠明,莫不在易中也!智者見之謂智,仁者見之謂之仁;以道無大小,所見者有大小耳。
易道は体と用を兼ね備え、神と形を統摂する。先天の卦象は道の真体を釈明するのに用いることができ、これによって神明と上天の徳を明らかにし、「誠明」の工夫を成す。後天の卦象は道の大用を釈明するのに用いることができ、これによって人と物の化生を明らかにし、天地を参賛し万物を位育する徳を成す。合わせて言えば、内聖外王の道、《大学》の修身・斉家・治国・平天下、《中庸》の中和・誠明は、いずれも《易》の中に在らざるはない。智ある者はこれを見て智と言い、仁ある者はこれを見て仁と言う。道自体に大小はなく、見る者に大小があるだけである。
易之初,有象無文;象則隨人所解,文則泥於一詮;故以象用,而不重文字也;易之後,兼象與文;象存其真,文釋其例;二者並重,則後天物事可見;從文明象,則先天性亦知;故易在後天藏體於用,猶寓神於形也。
易の初めは、卦象のみあって文辞がなかった。象は人のままに会得することができるが、文辞は一つの解釈に拘りやすい。だからその頃は象をもって用とし、文字を重んじなかった。易は後になると象と文を兼ねた。象はその真を存し、文はその例を釈明する。両者を並び重んじれば後天の物事が見え、文辞によって卦象に明らかになれば先天の性理もまた知ることができる。だから易は後天に至って「体」を「用」の中に蔵する。ちょうど神を形に寓するようなものである。
以人言之,其未生也,無神形可分;迨其既生,形著神隱,神在形中,未嘗無也;神主其真,形達其用;知覺運動俱全,而生育以見焉;易之為用亦然,卦爻形也,氣神也;明其卦爻,得知其氣;知氣始終,得知生化;故必從象求之。
人を例に言えば、まだ生まれぬうちは神と形とを分かつことができない。すでに生まれれば形が著われ神は隠れるが、神は形のうちにあり、ないのではない。神はその真宰を主どり、形はその用を達し、知覚・運動はことごとく備わり、生育の能が現れる。易の用もまた同じである。卦爻は形、気は神である。その卦爻を明らかにすればその気を知ることができ、気の終始を知れば生化を知ることができる。だから必ず「象」から求めなければならない。
一卦一爻,象也;合數卦爻,亦象也;總六十四卦,三百八十四爻,無非象也;皆有其氣,則皆有其神。故一易有一易之序:序之異者,象之異;象之異者,氣之異;氣之異者,神之異;神之異者,用之異;用之異者,生與化也,消與息也,往與復也,去與來也,變與不變,靜動也,生與無生,成敗也,吉凶悔吝之事也,從逆反側之道也,上下終始之行也,大小分合之情也。
一卦一爻は象である。数卦の爻を合わせて見るもまた象である。六十四卦・三百八十四爻を総べても象ならざるはない。いずれも気を有せば、いずれも神を有する。だから一つの易に一つの易の卦序がある。卦序が異なるのは象が異なるから、象が異なるのは気が異なるから、気が異なるのは神が異なるから、神が異なるのは用が異なるからである。用が異なるとは、生と化、消と息、往と復、去と来の異なり、変と不変、静と動の異なり、生と無生、成と敗の異なり、吉凶・悔吝のたぐいの事、従順と逆反、正面と反側のたぐいの道、上下・終始のたぐいの運行、大小・分合のたぐいの情である。
而皆歸於陰陽,辨於五行;存於二氣,通於微顯;孚於人天,以究其性情;探其數命,而致其德;立其道,此易之大用。有各易,而無不通;用各象,而無不達者也;智者察同,昏者察異;異其初,同其終也;何哉?為其不越於道耳。道之用或有異,其本大同;易雖多種,原始反終,則歸於一;一者道也,故曰:易以道陰陽,言由陰陽而歸於道;二者為一,此則易之真用也。
そしてこれらはみな陰陽に帰し、五行に辨えられ、陰陽二気のうちに存し、隠微と顕著の間に貫通し、人と天に孚(かな)い、万物の性情を推究し、その数と命を探り、もってその徳を致し道を立てる。これが易の大用である。各家の易は多けれど、通じないものはなく、用いる象は異なれど、達しないものはない。智ある者は同を察し、昏き者は異を察する。異なるはその初、同なるはその終である。何故か。道を越えないからである。道の用にはあるいは異があっても、その本は大同である。易は多种あれど、始を原め終に反れば一に帰する。その一とは道である。だから《荘子・天下》に「易は陰陽を道(い)う」とあり、陰陽によって道に帰すると言うのである。陰陽の二者を一とする、これが易の真の用である。
夫子以周易為本,而於各易略採其一二,列之於傳,明易之為用無二也;文王之易,所異於眾者,為其取象;極變化之例,明循環之道;言無道無往不復,而人事應之;人事無處不交,而天道順之;如人物生化,此往復也;氣候遞嬗,此交錯也;有陽必有陰,有陰必有陽,此交錯也;陰窮則陽生,陽盡則陰息,此往復也。
夫子は《周易》を本とし、各家の易から略して一二を採り、伝の中に列ねて、易の用に二つはないことを明らかにした。文王の易が衆と異なるのは、その取象にある。変化の条例を極め、循環の理を明らかにする。天道には往きて復らざるはなく、人事はこれに応ずる。人事に交わらざるところなく、天道はこれに順って行う。たとえば人と物の生生・化化はこれ「往復」であり、気候の迭(かわ)り替わりはこれ「交錯」である。陽あれば必ず陰あり、陰あれば必ず陽あり、これは交錯である。陰が窮まれば陽が生じ、陽が尽きれば陰が息ぐ、これは往復である。
日往則月來,寒往則暑來;一交一錯,而成紀焉;冬盡則春回,夜盡則朝回;一往一復,而成度焉;不得有失,有數可數;不得有差,有氣可候;天道如是,萬物亦然;故今之是者,昨之非;往之得者,來之失;此成則彼敗,早生則晚殺。
日が往けば月が来り、寒が往けば暑が来る。一交一一錯して綱紀を成す。冬が尽きれば春が回り、夜が尽きれば朝が回る。一往一復して度数を成す。失うことなし、数あるべくして数うべし。差うることなし、気あるべくして候うべし。天道がかくの如くなれば万物もまた然り。だから今の是は昨の非であり、往の得は来の失である。こちらが成ればかなたが敗れ、早く生ずれば晩(おそ)く殺す。
有見於前,必應於後;有開於舊,必復於新;日久則移,風久則改;滿者則傾,中者則側;昔之壯者今則老,今之微者後則盛;盛衰倚伏,成敗推移;吉凶無定時,悔吝無定位;生死相續,榮枯相聯;莫不自成循環往復之象,自合交錯來去之數;象數如是,卦乃應之;故文王之易,純取此義,而異乎各易也。
前に見えたものは必ず後に応じ、旧に開いたものは必ず新に復す。日久しくすれば移り、風久しくすれば改まる。満つれば傾き、中に居れば側く。昔の壮なる者は今は老い、今の微なる者は後に盛んとなる。盛衰は互いに倚り伏し、成敗は彼此に推移する。吉凶に定まった時はなく、悔吝に定まった位はない。生と死は相続き、栄と枯は相聯なる。ことごとく自ら循環往復の象を成し、自ら交錯来去の数に合う。象数がしかくなれば、卦もまたこれに応ずる。だから文王の易は純粋にこの義を取り、各家の易と異なるのである。
文王が易を作った時と義
夫文王作易,有為而作之也;當商紂無道,湯德既衰;暴政虐民,汙吏乾位;時非俗敝,上下交困;天怒民怨,神鬼同愁;文王身在憂囚,處地艱險;救民之志未已,切膚之痛且深;鑑諸天道之推遷,欲期人事之改革;故明志於易,易者變易也,言當變易之際,必有以處變易之道,而成變易之功。時之變易,即天之變易;天之變易,則人事不得不變易之,以順承天。
文王が易を作ったのは、為すところあって作ったのである。当時、殷の紂は暴虐無道で、湯の徳はすでに衰え、暴政は民を虐げ、汚吏は高位に乾(あ)ぐ。時は正からず俗は弊え、上下ともに困窮し、天は怒り民は怨み、神鬼もともに愁えた。文王は身を憂囚に置き、処するところは艱険であった。民を救う志は已まず、切膚の痛みはいよいよ深かった。天道の推遷を鑑察し、人事の改革を期して、志を易に明らかにしたのである。「易」とは変易の意。変易に際して必ず変易に処する道があってこそ、変易の功を成しうるというのだ。時勢の変易はすなわち天の変易であり、天が変易すれば、人事もまた変易せざるをえない。天に順承するためである。
故其取義重於鼎革二卦,而明變足以適道;撥亂反正,足以順天應民;故明易之道,以寓其教,而在以天時示人事之則;如秋冬肅殺,萬物皆殘;若不易以春和,則生機且息;如子夜暗澹,萬物同昧,若不易以朝陽,則大道莫明;此皆天之必變易者,而人事亦當應之;故卦象重在明變,變則通,通則道,而往復循環者,變之所由來;交錯消息者,變之所自至。
だから文王は義を取るにあたり《鼎》《革》の二卦をことさら重んじ、変革が道に適うに足ることを明らかにし、撥乱反正が上は天心に順い下は民意に応ずるに足ることを示した。それゆえ易道を明らかにして教化をその中に寓す。その要は、天時をもって人事の法則を示すにある。たとえば秋冬が粛殺すれば万物みな残り、春の和に易えなければ生機は息まんとする。たとえば子夜が暗淡なれば万物はともに昧(くら)く、朝の陽に易えなければ大道は明らかにならない。これらはみな天の必ず変易するものであり、人事もまたこれに応ずべきである。だから卦象は「変」を明らかにすることを重んじる。変じてこそ通じ、通じてこそ道に合う。往復循環は変の来るところ、交錯・消息は変の至るところである。
故綜論卦象之旨,不過明易之為易,而推衍其變;以教天下後世,知道在變;則變為道,不復以天不變,道不變為言;蓋變者、變而復於不變,非永變不亡也;故變亦道也。試當桀紂之時,果無湯武之變?天下尚有人類乎?故其變,天也;天之宜變,則變為天,豈悖天哉?故易道至文王為一大變,自商湯至紂,為數之窮,窮則變耳;而夫子之時,周德既衰,諸候僣竊;人民塗炭,政教乖違;以易言之,毋亦應變之世乎!故夫子取其義也。
だから卦象の旨を総論すれば、易が易であることを明らかにし、その変を推衍するに過ぎない。天下後世を教えるのは、「道」が変のうちにあることを知らせるためである。そうすれば変はすなわち道であり、もはや「天は変わらず、道も変わらず」との言を執ることはない。そもそも変とは、変じてまた不変に復ることであって、永遠に変じて止まないのではない。だから変もまた道である。試みに桀・紂の世に当たり、果たして湯・武の変革がなかったなら、天下にまだ人類があるだろうか。だからあの変は天である。天が変ずべきとき、変はすなわち天である。どうして天に悖(もと)ることがあろうか。だから易道は文王に至って一たび大きく変じた。殷の湯から紂に至るまで、数の窮まりであり、窮すれば変ずるのみである。夫子の時は、周の徳はすでに衰え、諸侯は僭窃し、人民は塗炭に陥り、政教は乖違した。易をもって言えば、まさに変に応ずべき世ではなかったか。だから夫子は文王のこの義旨を取ったのである。
乾坤に始まり坎離に終わる・未済を大終と為す
夫周易之用,雖重明變,亦非有背於伏羲之旨;伏羲之易,重常道,以道為本,而人事隨之;其用主常。文王之易,以用為本,其羲主變;然二者一也,一由上而下,一由下而上;文王以人事明天道,其終亦歸於天道;故變而不失其常,其卦序始乾坤,終坎離;始咸恆,終既未濟;仍以伏羲之序為本。
《周易》の用は変化を明らかにすることを重んずるが、伏羲の旨に背くものでもない。伏羲の易は恒常の道を重んじ、道を本として人事がこれに随う。その用は「常」に主(あら)す。文王の易は用を本とし、その義は「変」に主す。しかし両者は実は一つであり、一つは上より下へ、一つは下より上へというだけである。文王は人事をもって天道を明らかにし、その終りはやはり天道に帰する。だから変じてもその常を失わない。その卦序は乾・坤に始まり坎・離に終わり、下経は咸・恒に始まり既済・未済に終わる。やはり伏羲の卦序を本とする。
乾坤定位,故首上經;坎離代用,故終上經;乾坤交錯,故咸恆首下經;坎離往來,故既未濟終下經;合而言之,仍以乾坤為經,坎離為緯,與伏羲卦象同;分而言之,則多一交錯之用,即所以見其變也。
乾・坤は天地の位を定めるゆえに上経の首に列ね、坎・離は乾・坤に代わって用を起こすゆえに上経の末に殿る。乾・坤が交錯して咸・恒を成すゆえに咸・恒を下経の首に列ね、坎・離が往来して既済・未済を成すゆえに既済・未済を下経の末に殿る。合わせて見れば、やはり乾・坤を経(たていと)とし坎・離を緯(よこいと)として、伏羲の卦象と同じである。分かちて見れば、交錯の用が一層加わる。これがその「変」を示す所以である。
既未濟坎離二卦交錯,以終全易;而取未濟,不用既濟者;明人事雖合終分,雖交終離;以復於先天之不生不滅,猶本天道立言,為天道由無入有;雖人事紛紜,時時交錯,及其至也,終返其本來,有仍歸無;如首之乾坤定位,上下不侔;而終未濟之水火不相射,即伏羲八卦位次也;水自下,火自上;水火相離,天地大定;此由有反無之道,而不生不滅之觀;至此生機已息,天地終老;萬物入定,世界將傾。
既済・未済は坎・離二卦の交錯で、全《易》を終わらせる。末位に既済でなく未済を取るのは、人事は合しても終りには分かれ、交わっても終りには離れることを明らかにして、先天の不生不滅の境地に復するためである。これはやはり天道に本づいて言を立てたもので、天道は無より有に入り、人事は紛紜として時々交錯するが、その極に至れば終に本来に返り、「有」はなお「無」に帰する。冒頭の乾・坤定位は上下が侔(ひと)しくなく、結びの未済は水火が相射(あいせ)しない。これはまさに伏羲八卦の位次である。水は自ずから下り、火は自ずから上る。水火は互いに相離れ、天地はここに大定する。これは有より無に反る道であり、不生不滅の観である。ここに至って生機はすでに息ぎ、天地は終に老い、万物は寂定に入り、世界はまさに傾こうとする。
故全易之數,至此乃終;而出於乾坤者,仍歸之乾坤;成於陰陽者,仍分於陰陽;坎離不交,而一切同歸於盡;此未濟一卦,為天地大結束;而由生化言之,為生化之氣絕;由修持言之,則因緣之業淨;瞭然無礙,闊然無罣,空然無存;是則無聲無臭之時,而將同於上天之載;故曰大終,以人事無可再續也。
だから全《易》の数はここに至って終わる。乾・坤より出たものはなお乾・坤に帰し、陰陽より成ったものはなお陰陽に分かつ。坎・離は交わらず、一切はともに消尽に帰する。この未済の一卦が、天地の大結束である。生化から言えば生化の気の絶、修持から言えば因縁の業(ごう)の浄(きよ)めである。了然として障(さわ)りなく、闊然として罣(かか)りなく、空然として存するものなし。これは《中庸》のいう「声なく臭(におい)なし」の境地で、まさに上天の載するところに同じくならんとする。だから「大終」と称する。人事はこれ以上続けることができないからである。
夫人事既盡,易義自終;既無生化可言,更何交錯之跡;故曰:未濟。明其濟則為生,未生將何用哉?文王之易,主於用者也;未濟用窮,故全易至此盡矣;果有續者,則再來天地,仍循環於初始之乾坤,則又一太極矣!
人事がすでに尽きれば、易の義理も自ずから終わる。生化を言うべきものなく、さらに交錯の跡があろうか。だから「未済」と言う。「済」とは生の意である。まだ生生ぜざれば、何をもって用いようか。文王の易は「用」を主とする。未済は用が窮まるところだから、全《易》はここに尽きる。もし続くものがあるなら、それは再来の天地であり、なお最初の乾・坤へと循環して、また一つの太極となるのである。
此義與先天卦象,自乾至坤,各不相離,正同,如本宮卦,大終於歸妹,其羲亦然;以歸妹之象,地氣已盡;天地分離,與未濟之乾氣盡;水火分離,皆孤陰陽之象也;故傳曰:「未濟男之窮也,歸妹女之終也。」言此二卦,為二氣之大終;終則生化息,而易道盡;易以道陰陽,陰陽既盡,更何易道之存?故易之終,必終於二卦也。
この義は先天卦象が乾より坤に至るまで各々相離れない理と、まさに一致する。たとえば八宮の本宮卦が帰妹(きまい)に大終するのも、その義は同じである。帰妹の卦象から言えば、地気はすでに尽きて天地が分かれる。これは未済卦が乾気を尽くして水火が分かれるのと同じで、いずれも孤陰孤陽の象である。だから伝に「未済は男の窮、帰妹は女の終なり」と言う。この二卦は陰陽二気の大終であり、終れば生化は息み、易道もまた尽きる。易はもともと陰陽を道(い)うものであり、陰陽がすでに尽きれば、何の易道が存えようか。だから易の終わりは必ずこの二卦に終わるのである。
