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五行大义

隋 · 萧吉

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

上儀同三司・城陽郡開国公 蕭吉 撰

綜合類典籍

通読するより工具書として引くほうが実用的である。他の門類で分からない暦法術語に出会ったら、たいていここで出所をたどれる。

五行大義 序

上儀同三司・城陽郡開国公 蕭吉 撰

夫五行者,蓋造化之根源,人倫之資始。萬品稟其變易,百靈因其感通。本乎陰陽,散乎精像,周竟天地,布極幽明。子午卯酉為經緯,八風六律為綱紀。故天有五度以垂象,地有五材以資用,人有五常以表德。萬有森羅,以五為度,過其五者,數則變焉。實資五氣,均和四序,孕育百品,陶鑄萬物。善則五德順行,三靈炳曜;惡則九功不革,六沴互興。原始要終,靡究萌兆。

五行は天地造化の根源であり、人倫秩序の最初のよりどころである。万物はみな五行の気を受けて生滅変化し、諸々の神霊も五行の気によって人と感応し相通じる。それは陰陽二気に本を発し、さまざまな精妙な形象に散布し、天地全体に遍く満ち、幽冥と人間界にまで達する。子・午・卯・酉の四正の位はその経緯の座標であり、八方の風と六律の音階はその綱紀の条理である。だから天には五星が垂れて天象を示し、地には金・木・水・火・土の五材があって人の用に供され、人の身には仁・義・礼・智・信の「五常」があって徳行を表す。万物は紛紜として羅列され、みな五を度量の単位とし、いったん五という数を超えれば、数はまた新たに変化して約に帰する。天地はまさに五行の気によって春夏秋冬の四季を調え、諸々の生命を孕み育て、万物を陶冶鋳造する。政教が清明であれば、五行の徳は順次運行し、日・月・星の「三霊」は光明に輝く。政教が衰敗すれば、水・火・金・木・土・穀の「九功」は修まらず、六つの失调した気(「六沴」)が交々発作する。しかしその始まりを遡り、その終わりを推し求めようとしても、人はいつも最初の萌芽の兆しを見极めることができない。

是以聖人體於未肇,故設言以筌象,立象以顯事。事既懸有,可以象知。象則有滋,滋故生數。數則可紀,象則可形。可形可紀,故其理可假而知。可假而知,則龜筮是也。龜則為象,故以日為五行之元;筮則為數,故以辰為五行之主。

それゆえ聖人は物事がまだ起こらないうちにすでにそれを体察し、そこで言辞を設けて物象を捉え――ちょうど竹の筌をもって魚を捕るように――また物象を立てて事理を明らかにした。事がすでに世に実在する以上、物象を通じてそれを認知することができる。物象はひとたび生じれば滋衍し、滋衍すれば数目が生まれ、数があれば記録でき、象があれば描摹できる。形を描き数を記録できれば、事物の理はこれらの道具を借りて認知される。借りて認知するための道具とは、亀卜と蓍筮である。亀卜が呈するのは「象」である。だから十天干の「日」をもって五行の元始とする。蓍筮が推演するのは「数」である。だから十二地支の「辰」をもって五行の主宰とする。

若夫參辰伏見,日月盈虧,雷動虹出,雲行雨施,此天之象也。二十八舍,內外諸官,七曜三光,星分歲次,此天之數也。山川水陸,高下平汙,嶽鎭河通,風回露蒸,此地之象也。八極四海,三江五湖,九州島百郡,千里萬頃,此地之數也。禮以節事,樂以和心,爵表章旗,刑用革善,此人之象也。百官以治,萬人以立,四教修文,七德閱武,此人之數也。因夫象數,故識五行之始末;藉斯龜筮,乃辨陰陽之吉凶。是以事假象知,物從數立。

参星と辰星が入れ替わりに隠れ現れ、日月に円缺の盈虚があり、雷が震い虹蜺が現れ、雲気が流行し雨が降る――これらは天が呈する「象」である。二十八宿の星舍、紫微垣の内外の衆星官、日月と金木水火土の五星を合わせた「七曜」、日月星の「三光」、そして列宿の分野と歳星の値する年次――これらは天の計量できる「数」である。山嶺と河川、陸地と水沢、あるいは高くあるいは低く、あるいは平坦あるいは低窪し、五岳が一方を鎮め、江河が遠近を貫き、風が回旋し露気が蒸騰する――これらは大地の「象」である。八方の極遠の地と四海、三条の大江と五つの大湖、九州と百の郡、千里の方圆と万頃の田畝――これらは大地の「数」である。礼をもって人事を節制し、楽をもって人心を調和させ、爵位と旗章をもって尊卑を明らかにし、刑罰をもって人を改め善に向かわせる――これらは人事の「象」である。百官を立てて天下を治め、万民を聚めて国を立て、四教をもって文治を修め、七徳をもって武功を閲する――これらは人事の「数」である。象と数があるからこそ五行の来龙去脉を認識でき、亀卜蓍筮に拠るからこそ陰陽の吉凶を分弁できる。だから言うのである、事は物象を借りてこそ認知され、万物は数目に依ってこそ成立する、と。

吉每尋閱墳索,研窮經典,自羲農以來,迄於周漢,莫不以五行為政治之本,以蓍龜為善惡之先。所以《傳》云:天生五材,廢一不可。《尙書》曰:商王受命,狎侮五常,殄棄三政。故知得之者昌,失之者滅。

私、蕭吉は常に《三墳》《八索》の類の上古の典冊を繙き、歴代の経典を深究してきたが、伏羲・神農以来、周代・漢代に至るまで、五行を政治の根本とし、蓍草と亀甲の占いを善悪を判別する第一の拠り所としない朝代はなかった。だから《左伝》にいう、天は五つの材質を生み、そのどれ一つを廃してもならない、と。《尚書》にいう、商の王・紂は天命を受けた後、五常の道を軽慢に侮り、三つの政事を絶滅し捨て去った(「受」は紂王の名である)、と。これによって知られる、五行の道を掌握する国は昌盛し、それに背く国は敗亡する、と。

昔中原喪亂,晉氏南遷,根本之書不足,枝條之學斯盛。虛談巧筆,競功於一時;碩學經邦,棄之於萬古。末代踵習,風軌遂成。雖復占候之術尚行,皆從左道之說;卜筮之法恆在,爻象之理莫分。《月令》靡依,時制必爽。失之毫髮,千里必差。水旱興而不辨其由,妖祥作而莫知其趣。非因形像,罕徵窮者。觀其謬惑,嘆其學人,皆信其末而忘本,並舉其麤而漏細。

昔、中原に戦乱があり、晋の王室が南に遷ってから、根本を探る著作は日に稀となり、枝葉末節を追う学問がかえって盛んになった。空洞な清談と巧飾の文筆が、競って一時の声名を博し、国を治め邦を安んじうる博学の士は、万世に棄てられた。後世の人々がこれに倣い、ついに風気を成した。占候の術はなお流行していたが、多くは傍門左道の説に依り従い、卜筮の法は存続していたが、爻象の理を弁じ明らかにしうる者はいなかった。推算が《月令》に拠らなければ、節候時制は必ず誤る。初めに毫厘の差があれば、結論は千里の謬となる。水災旱災が起きてもその缘由を言えず、灾異祥瑞が現れてもその旨趣を解さない。具体の形象によって印证しなければ、窮め尽くせる者は稀である。このような謬误迷惑を見て、私はこれらの学者のために嘆息する。彼らはみな末梢を信じて根本を忘れ、粗疏なところを掴んで精微を漏らしているのだ。

古人有云:登山始見天高,臨壑方覺地厚。不聞先聖之道,無以知學者之大,況乃五行幽邃,安可斐然。今故博採經緯,搜窮簡牒,略談大義。凡二十四段,別而分之,合四十段。二十四者,節數之氣總;四十者,五行之成數。始自釋名,終於蟲鳥。凡配五行,皆在茲義。庶幾使斯道不墜,知其始焉。若能治心靜志,研其微者,豈直怡神養性,保德全身,亦可弼諧庶政,利安萬有,斯故至人之所達也。昔人感物制經,吉今因事述義,異時而作,共軌殊途。嘆味道之不齊,求利物之一致。倚焉來哲,補其闕焉。

古人が言った、高山に登ってこそ天の高さが分かり、深谷の辺に立ってこそ地の厚さを覚える、と。先聖の道を聞いたことのない者は、求学の事がどれほど広大かを知る由もない。まして五行の理はかくも幽深なのだから、どうして一時の文采だけで軽々しく敷衍できようか。だから私は今、経書と緯書を広く採録し、諸々の典冊を捜し尽くして、その大義を簡要に述べる。全書は二十四段とし、逐段に再び細分して合わせて四十段とする。二十四を取ったのは、一年の節気の数の総計であるからであり、四十を取ったのは、五行の成数(六・七・八・九・十)を加えた数であるからである。全書は名称の解釈から始まり、禽鳥虫豸の論で終わる。凡そ五行に配当される内容はすべてこの義理のうちに収めた。願わくはこの学問を墜廃せしめず、その本原の在処を人に知らしめたい。もし心神を收攝し意志を澄静にして、その精微を研究できるならば、精神性情を怡養し徳と身を保全するだけではなく、さらに諸々の政務を輔佐協理し、天下の万物を利し安んじることができる。これは本来、至人の到達しうる境界である。前人は外物に感じて経典を制作し、私、蕭吉は今、具体の事理によって大義を闡述する。時代は異なり、歩んだ道筋は別であるが、帰趨は一致している。衆人のこの道を体味する深浅が揃わないのを嘆くが、求めるところは同じく万物を利するという一事である。これを後世の賢哲に託し、私の缺漏を補足してもらうことにしよう。

五行大義 巻第一

第一 名を釈す(ここに二段に分かれる:一は五行の名を釈し、二は支干の名を論ず)

第一 五行の名を釈す

夫萬物自有體質,聖人象類而制其名,故曰:名以定體。無名乃天地之始,有名則萬物之母。以其因功涉用,故立稱謂。《禮》云:子生三月,咳而名之。及其未生,本無名字。五行為萬物之先,形用資於造化,豈不先立其名,然後明其體用。

万物はもとよりそれぞれの形体と質地を備えており、聖人はその類別に従って象を取り、それらに名称を制定した。だから言う、名称は形体を確定するためのものだ、と。《老子》にいう、無名は天地の始まり、有名は万物の母である、と。まさに事物の功能に憑りその用途に及ぼうとするがゆえに、称谓を立てなければならないのだ。《礼記・内則》にいう、子が生まれて三か月満つれば、父は彼を逗引して笑わせ、名を与える、と。彼がまだ生まれない時、もとより名はなかった。五行は万物の先導であり、その形体と功用はいずれも天地造化に資を取る。どうして先ずその名称を確立し、それからその体質と功用を闡明せずにいられようか。

《春秋元命苞》曰:木者,觸也,觸地而生。許愼云:木者,冒也,言冒地而出,字從於中下,象其根也。其時春。《禮記》曰:春之為言蠢也,產萬物者也。其位在東方。《尸子》云:東者,動也,震氣故動。《白虎通》云:火之為言化也,陽氣用事,萬物變化也。許愼曰:火者,炎上也,其字炎而上,象形者也。其時夏。《尚書大傳》云:何以謂之夏?夏,假也。假者,方呼萬物而養之。《釋名》曰:夏假者,寬假萬物,使生長也。其位南方。《尙書大傳》云:南,任也,物之方任也。

緯書《春秋元命苞》にいう、木とは「触」であり、地を触れて生じ出る、と。許慎《説文解字》にいう、木とは「冒」であり、地を冲冒して钻り出ることをいう。この字の書き方は、中間の一竪が下に伸びて、その根鬚を象る。以上はいずれも漢人が慣用した「声訓」、すなわち同音または近音の字をもって本字の表す物候を点明する法である。木の対応する季節は春である。《礼記・郷飲酒義》にいう、春という詞は「蠢」であり、蠢動して万物を生産する、と。木の対応する方位は東である。《尸子》にいう、東とは「動」であり、東方は震卦に属し、震の気は動を主とする。だから動という。《白虎通》にいう、火という詞は「化」であり、この時陽気が当令して事を行い、万物はこれに従って変化する、と。許慎《説文解字》にいう、火とは「炎上」であり、字形は火炎が上に向かって昇騰する状をなし、象形字に属する、と。火の対応する季節は夏である。《尚書大伝》にいう、なぜこの季節を夏というのか。夏とは「假」である。いわゆる假は、万物を呼び寄せてこれを養育していることをいう。《釈名》にいう、夏が假に訓じられるのは、寛假・寛容して万物をそのままに思う存分生長させることをいう、と。火の対応する方位は南である。《尚書大伝》にいう、南とは「任」であり、万物がまさに生長の責を担っていることをいう、と。

《元命苞》云:土之為言吐也,含吐氣精,以生於物。許愼云:土者,吐生者也。王肅云:土者,地之別號,以為五行也。許愼云:其字,二以象地之下與地之中,以一直畫,象物初出地也。其時季夏。季,老也,萬物於此成就方老,王於四時之季,故曰老也。其位處內。內,通也。《禮斗威儀》云:得皇極之正氣,含黃中之德,能苞萬物。

《春秋元命苞》にいう、土という詞は「吐」であり、精気を含蓄し吐き出して、万物を生養する、と。許慎にいう、土とは万物を吐生するものである、と。王肅にいう、土は大地のもう一つの称号で、五行の一つに列せられる、と。許慎はまたいう、「土」字の書き方は、上下の二横が地面の下と地層の中を象り、中間の一竪が万物のまさに土を破って出ようとするを象る、と。土の対応する季節は季夏(六月)である。「季」とは老であり、万物はこの時に至って初めて成就し老熟に趨く。土はまた春夏秋冬の毎季の末月に当たって旺する。だからこれを「老」という。土の処する方位は中央の内にある。「内」には通達の義がある。《礼斗威儀》にいう、土は皇極の中正の気を得て、中央に居る黄色の徳性を蕴含し、よって万物を包容できる、と。

許慎云:金者,禁也,陰氣始起,萬物禁止也。土生於金,字從土,左右注,象金在土中之形也。其時秋也。《禮記》云:秋之為言愁也,愁之以時察守義者也。《尸子》云:秋,肅也,萬物莫不肅敬恭莊,禮之主也。《說文》曰:天地反物為秋。其位西方。《尚書大傳》云:西,鮮也。鮮,訊也。訊者,始入之貌也。

許慎にいう、金とは「禁」であり、この時陰気がまさに興り始め、万物は禁止されて再生長しない、と。土は金を生ずることができる。だから「金」字は「土」に従い、左右に各々一点を加えて、金塊が土中に埋蔵される形を象る。金の対応する季節は秋である。《礼記・郷飲酒義》にいう、秋という詞は「愁」であり、粛殺の時令をもって人を憂懼警醒させる。これはまさに義理を堅守する季節である、と。《尸子》にいう、秋とは「粛」であり、万物はみな粛敬恭荘で、礼の主宰である、と。《説文》にいう、天地の気が反転し万物が生から殺に転ずるを、秋という、と。金の対応する方位は西である。《尚書大伝》にいう、西とは「鮮」であり、鮮とは「訊」であり、訊はまさに收敛され入蔵される貌である、と。

《釋名》《廣雅》《白虎通》皆曰:水,準也,平準萬物。《元命苞》曰:水之為言演也,陰化淖濡,流施潛行也。故立字,兩人交,一以中出者為水。一者,數之始;兩人,譬男女,陰陽交以起一也。水者,五行始焉,元氣之湊液也。《管子》云:水者,地之血氣,筋脈之通流者,故曰水。許慎云:其字象泉並流,中有微陽之氣。其時冬。《尸子》云:冬,終也,萬物至此終藏也。《禮記》云:冬之為言中也。中者,藏也。其位北方。《尸子》云:北,伏也,萬物至冬皆伏,貴賤若一也。五行之時及方位,故分而釋之。

《釈名》《広雅》《白虎通》はいずれもいう、水とは「準」であり、万物を平準に衡量できる(水面が平を取るが如く)、と。《春秋元命苞》にいう、水という詞は「演」であり、陰気が湿潤泥濘の気を化生して、流布施捨し地下に潜行する、と。だから字を造る時、二つの「人」が相交わり一竪が中間から穿ち出る形を取って「水」字とした。一は数目の始まり、二人は男女を譬え、すなわち陰陽が交合して「一」を生ずる。水は五行の起始であり、元気が凝聚して成った液体である。《管子》にいう、水は大地の血気であり、その筋脈の中に流通するものである。だから水という、と。許慎にいう、「水」字は泉流の並行を象り、中間の那一筆は微弱な陽気を含む、と。水の対応する季節は冬である。《尸子》にいう、冬とは「終」であり、万物はここに至って終結して收藏される、と。《礼記》にいう、冬という詞は「中」であり、中とは内に收藏することをいう、と。水の対応する方位は北である。《尸子》にいう、北とは「伏」であり、万物は冬に至ってみな潜伏し、貴賤を問わず皆同じ姿である、と。以上は五行それぞれに対応する時令と方位である。だから分かれて逐一に解釈を加えたのである。

第二 支干の名を論ず

支干者,因五行而立之。昔軒轅之時,大撓之所制也。蔡邕《月令章句》云:大撓採五行之情,占斗機所建也。始作甲乙以名日,謂之干;作子丑以名月,謂之支。有事於天,則用日;有事於地,則用辰。陰陽之別,故有支干名也。

「支干」(すなわち後世のいう干支)は五行に依拠して設立され、伝えるところでは上古の黄帝軒轅氏の時、臣の大撓が作ったという。蔡邕《月令章句》にいう、大撓は五行の情状を採り、また北斗の斗柄(斗機)の指し建てる方位を観測して、そこで初めて甲・乙という字の組を造り出して日を標記し、「干」と称し、子・丑という字の組を造り出して月を標記し、「支」と称した、と。凡そ天に関わる事には「日」、すなわち十天干を用い、地に関わる事には「辰」、すなわち十二地支を用いる。天は陽に属し地は陰に属し、二者に陰陽の別がある。だから「支」「干」二つの名目を分立したのである。

而名有總別,先論總名,次言別號。總名支干者,干字乃有三種不同:一作干,二作簳,三作干字。今解簳字者,此支簳既相配成用,如樹木之有支條莖簳,共為樹體,所以雲簳。又作干者,幹濟為義;支者,支任為義。以此日辰,任濟萬事,故云支干。又作干字者,亦是簳義,如物之在竿上,能豎立顯然,故亦云竿也。世書從易,故多干也。

名称には総名と別名の分があり、まず総名を言い、次にそれぞれの別号を言う。総名「支干」について言えば、「干」字には歴来三種の異なる書き方がある。一は「干」と書き、二は「簳」(矢の杆・主茎)と書き、三は「竿」と書く。まず「簳」を解すれば、地支と主簳は必ず互いに配合してこそ用を成し、ちょうど一本の木に旁出の枝条と中間の茎簳とがあって、合わせて初めて全体の木を構成する。だから「簳」と書く。「干」と書くのは「干済」――練達して事を成す意を取り、「支」は「支任」――支え担当する意を取る。これらの日辰をもって世間の万事を担当し成就するから、「支干」という。「竿」と書くのは依然「簳」の意である。ちょうど物が竹竿の上に架けられて、竪立し顕豁に見えるように、だから「竿」ともいう。世俗は字を書くのに省便を図る。だから多く「干」と書く。

次別號者。《詩緯推度災》云:甲者,押也,春則開也,冬則闔也。鄭玄注《禮記·月令》云:甲者,抽也。乙者,軋也。春時萬物皆解,孚甲自抽軋而出也。丙者,柄也,物之生長,各執其柄。鄭玄云:丙者,炳也。夏時萬物強大,炳然著見也。

次に各字の別号を言う。緯書《詩緯・推度灾》にいう、甲とは「押」(閘門)であり、春に開き冬に閉じる、と。鄭玄が《礼記・月令》に注していう、甲とは「抽」、乙とは「轧」であり、春に万物の外殻がみな裂け開き、種子の甲殻が自ら抽拔・軋転して地面を钻り出る、と。丙とは「柄」であり、万物が生長して各自その柄を把える、と。鄭玄にいう、丙とは「炳」であり、夏に万物が強壮高大になり、明らかに顕著に呈する、と。これらの解釈はいずれも同音近音の字をもってその干の表す物候を点出するもので、漢人の「声訓」の法に属する。

丁者,亭也。亭,猶止也,物之生長,將應止也。戊者,買也,生長既極,極則應成買易前體也。己者,紀也,物既始成,有條紀也。鄭玄云:戊之言茂也,己之言起也,謂萬物皆枝葉茂盛,其含秀者抑屈而起也。庚者,更也。辛者,新也。謂萬物成代,改更復新也。鄭玄云:謂萬物皆肅然改更,秀實新成也。壬者,任也。癸者,揆也。陰任於陽,揆然萌牙於物也。鄭玄云:時維藏,萬物懷任於下,揆然萌牙也。

丁とは「亭」である。亭は停止に似て、万物は生長してこの一歩に至り、まさに停止しようとする。戊とは「買(貿)」であり、生長がすでに極点に達し、極点に達すれば成就して先の形体を貿換すべきである。己とは「紀」であり、万物がすでに初步的に成形すれば、条理綱紀がある。鄭玄にいう、戊が言うのは「茂」、己が言うのは「起」であり、万物の枝葉がみな茂盛し、そのうち秀穂を含んだものがまず圧屈されて後に挺起する意である、と。庚とは「更」、辛とは「新」であり、万物が代々交替し改換更新することをいう。鄭玄にいう、万物がみな粛然と改換し、穂を抽き実を結び新たに成就することをいう、と。壬とは「任(妊)」、癸とは「揆(測度)」であり、陰気が陽気の中に懐妊し、萌芽がすでに物のうちに孕育されていることを隠約に測度できる。鄭玄にいう、この時節はまさに收藏を主とし、万物が地下に懐妊し、芽苗を隠然と揆度できる、と。

子者,孳也,陽氣既動,萬物孳萌。《三禮義宗》云:陽氣至,孳養生。丑者,紐也。紐者,繫也,續萌而繫長也。故曰:孳萌於子,紐牙於丑。《三禮義宗》云:言居終始之際,故以紐結為名。寅者,移也,亦云引也,物牙稍吐,引而申之,移出於地也。《淮南子》云:寅,螾動生也。《三禮義宗》云:寅者,引也,肆建之義也。卯者,冒也,物生長大,覆冒於地也。《淮南子》云:丣,茂也。茂,然也。《三禮義宗》云:丣,茂也。陽氣至此,物生滋茂。

子とは「孳」であり、陽気がすでに萌動し、万物が孳生萌発し始める。《三礼義宗》にいう、陽気が到来し、孳養して生機を出す、と。丑とは「紐」である。紐とは系結であり、すでに萌えた芽を接続して系連し、生長を続けさせる。だからいう、孳は子に萌え、纽は丑に牙する、と。

辰者,震也,震動奮迅,去其故體也。《三禮義宗》云:此月之時,物盡震動而長。巳者,巳也,故體洗去,於是巳竟也。《三禮義宗》云:巳,起也。物至此時,皆畢盡而起。午者,仵也,亦云萼也。仲夏之月,萬物盛大,枝柯萼佈於午。《淮南子》云:午者,忤也。《三禮義宗》云:仵,長也,大也,明物皆長大也。未者,昧也,陰氣已長,萬物稍衰,體薆昧也,故曰:薆昧於未。《淮南子》云:未,味也。《三禮義宗》云:時物向成,皆有氣味。

寅とは「演」であり、演は延展の意であり、万物の生機がこの時に延び広がる。《三礼義宗》にいう、この月に陽気が地中を演じて通達する、と。卯とは「茂」であり、万物がこの時に繁茂する。《三礼義宗》にいう、卯とは「冒」であり、万物が地を冒して出る、と。辰とは「震」であり、震動奮起し、旧有の形体を脱ぎ去る。《三礼義宗》にいう、この月に万物は震動しないものなく生長する、と。巳とは「已」であり、旧形体を洗脱し尽くして、ここに至って完結する。《三礼義宗》にいう、巳とは「起」であり、万物はこの時に至って旧形態を使い尽くして重新に興起する、と。午とは「仵」(抵牾)であり、あるいは「萼」ともいう。仲夏五月、万物は盛大にして、枝条と花萼が午月に布展する。《淮南子》にいう、午とは「忤」であり、陰気と陽気が相抵し始める、と。《三礼義宗》にいう、仵は長・大であり、万物がすでに長大したことを表明する、と。未とは「昧」であり、陰気がすでに滋長し、万物は稍々衰退して形体が隠蔽昏昧となる。だから「薆昧は未に在り」という。《淮南子》にいう、未とは「味」である、と。《三礼義宗》にいう、この時万物は成熟に趨き、みな気味を具える、と。

申者,伸。伸,猶引也,長也,衰老引長。《淮南子》云:申,呻也。《三禮義宗》云:申者,身也,物皆身體成就也。酉者,老也,亦云熟也,萬物老極而成熟也。《淮南子》云:酉,飽也。《三禮義宗》云:酉,猶也。猶,倫之義也。此時物皆縮小而成也。戌者,滅也,殺也,九月殺極,物皆滅也。《三禮義宗》云:此時物衰滅也。亥者,核也,閡也,十月閉藏,萬物皆入核閡。《三禮義宗》云:亥,劾也,言陰氣劾殺萬物也。

申とは「伸」である。伸は牽引・生長に似て、万物が衰老の中にあってなお引き延ばされていることを指す。《淮南子》にいう、申とは「呻」である、と。《三礼義宗》にいう、申とは「身」であり、万物の身体がみな成就した、と。酉とは「老」であり、あるいは「熟」ともいい、万物が衰老の極に達して成熟する。《淮南子》にいう、酉とは「飽」である、と。《三礼義宗》にいう、酉とは「猶」であり、猶は倫次条理の意であり、この時万物がみな収縮し小さくなって成を告げる、と。戌とは「滅」であり、「殺」であり、九月に粛殺が極まり、万物はみな消滅に帰する。《三礼義宗》にいう、この時万物は衰敗し消滅する、と。亥とは「核」であり、「閡(閉塞)」であり、十月に閉蔵し、万物はみな果核に収められ封閉される。《三礼義宗》にいう、亥とは「劾(弾治)」であり、陰気が万物を弾治誅殺することをいう、と。

《爾雅》歲次云:大歲在寅,名攝提格。《淮南子》注云:格,起也,萬物承陽而起。卯名單閼。單,盡。閼,止也。言陽氣推萬物而起,陰氣盡止也。辰名執徐。執,蟄也。徐,舒也。言伏蟄之物,皆散舒而出也。巳名大荒落。荒,大也。言萬物熾盛而大出,落落而佈散也。午名敦。《淮南子》云:欃槍敦,盛,壯也。言萬物盛壯也。未名協洽。《淮南子》云:協,和也。洽,合也。言陰欲化,萬物和合也。

《爾雅》に太歳紀年の歳名を記していう、太歳が寅に在れば「攝提格」と呼ぶ、と。《淮南子》の注にいう、格とは起であり、万物が陽気を受けて興起する、と。太歳が卯に在れば「単閼」と呼ぶ。単は窮尽、閼は止息であり、陽気が万物を推し興し、陰気がここに窮尽止息することをいう。太歳が辰に在れば「執徐」と呼ぶ。執は蟄伏、徐は舒展であり、蟄伏の生物がみな散じ舒展して出ることをいう。太歳が巳に在れば「大荒落」と呼ぶ。荒は大であり、万物が熾盛にして大量に涌き出て、紛紛と散布することをいう。太歳が午に在れば「敦」と呼ぶ――ここ底本に脱文があり、「敦」字の下に一字が脱落している(通行本ではこの歳名は二字)。《淮南子》にいう、彗星(欃槍)の名を敦といい、敦とは盛・壮であり、万物が盛大強壮であることをいう、と。太歳が未に在れば「協洽」と呼ぶ。《淮南子》にいう、協は和、洽は合であり、陰気がまさに化育を主導しようとして、万物が和洽相合することをいう、と。

申名涒灘。《淮南子》云:涒灘,大修也。言萬物皆修其精氣也。酉名作鄂。《淮南子》云:作鄂,零落也。言萬物皆陊落也。戌名掩茂。掩,蔽也。茂,冒也。言萬物皆蔽冒也。亥名大淵獻。淵,藏。獻,迎也。言萬物終亥,大小深藏窟伏,以迎陽也。子名困敦。困,混也。敦,沌也。言陽氣混沌,萬物牙孽也。丑名赤奮若。奮,起也。若,從也。言陽氣奮迅萬物而起,無不順其性。赤,陽色也。《春秋緯》云:大陰所在之名,與《淮南子》《爾雅》不同。此並支干別名大意,終從氣解,故以具釋之。

太歳が申に在れば「涒灘」と呼ぶ。《淮南子》にいう、涒灘とは大修であり、万物がみな自らの精気を修治することをいう、と。太歳が酉に在れば「作鄂」と呼ぶ。《淮南子》にいう、作鄂とは零落であり、万物がみな墜落することをいう、と。太歳が戌に在れば「掩茂」と呼ぶ。掩は遮蔽、茂は覆冒であり、万物がみな遮蔽覆蓋されることをいう。太歳が亥に在れば「大淵献」と呼ぶ。淵は深藏、献は迎接であり、万物が亥に至って終わりを告げ、大小を問わず深藏して窟伏し、来年の陽気を迎候することをいう。太歳が子に在れば「困敦」と呼ぶ。困は混、敦は沌であり、陽気がなお混沌の中に処し、万物がまさに嫩芽を萌し始めたばかりであることをいう。太歳が丑に在れば「赤奮若」と呼ぶ。奮は興起、若は順従であり、陽気が奮迅に万物を推し興し、順するものなきに至らず、赤は陽気の色であることをいう。《春秋緯》の記す太陰(太歳)の在る歳名は、《淮南子》《爾雅》とともに異なる。以上は干支別名の大意であり、帰根するにすべて陰陽の気の消長から解釈したものである。だからここに併せて詳細に説明する。

第二 体性を弁ず

體者,以形質為名;性者,以功用為義。以五行體性,資益萬物,故合而辨之。木居少陽之位,春氣和煦溫柔,弱火伏其中,故木以溫柔為體,曲直為性。火居大陽之位,炎熾赫烈,故火以明熱為體,炎上為性。土在四時之中,處季夏之末,陽衰陰長,居位之中,總於四行。積塵成實,積則有間,有間故含容;成實故能持。故土以含散持實為體,稼穡為性。金居少陰之位,西方成物之所,物成則凝強,少陰則清冷,故金以強冷為體,從革為性。水以寒虛為體,潤下為性。

「体」は形状質地について立てた名目であり、「性」は功能作用について定めた含義である。五行の体と性は万物を資養し利益することができる。だから合わせて辨析を加える。木は「少陽」の位に処り、春気は和暖温柔で、微弱な火気が木中に潜伏する。だから木は温柔をもって体とし、曲がりも直にもなれることをもって性とする。火は「太陽」の位に処り、炎熱熾烈である。だから火は明亮灼熱をもって体とし、上に向かって燃焼することをもって性とする。土は四季の中に処り、位は季夏六月の末に当たる。この時陽気は衰減し陰気は増長する。それは中央の位に居り、其余の四行を総管する。塵土が堆積すれば実体に凝り、積み上げれば孔隙を留め、孔隙があればゆえに容納でき、実体に凝るがゆえに承載できる。ゆえに土は含容疏散することも持載堅実することもできるをもって体とし、耕種収穫することをもって性とする。金は「少陰」の位に処り、西方は万物の成熟する処であり、物が一たび成熟すれば凝結し堅強となり、少陰の気は清冷である。だから金は堅強寒冷をもって体とし、模範に順従して変革し器を成すことをもって性とする。水は寒冷虚柔をもって体とし、潤沢し下に流れることをもって性とする。

《洪範》云:木曰曲直,火曰炎上,土曰稼穡,金曰從革,水曰潤下。是其性也。《淮南子》云:天地之襲精為陰陽,陰陽之專精為四時,四時之散精為萬物。積陰之寒氣反者為水,積陽之熱氣反者為火。水雖陰物,陽在其內,故水體內明;火雖陽物,陰在其內,故火體內暗。木為少陽,其體亦含陰氣,故內空虛,外有花葉,敷榮可觀。金為少陰,其體剛利,殺性在外,內亦光明可照。土苞四德,故其體能兼虛實。

《尚書・洪範》にいう、木の性質は曲がりも直にもなること、火の性質は上に向かって燃えること、土の性質は耕種収穫すること、金の性質は範に順い変革すること、水の性質は潤沢し下に流れること、と。これが言うのは五行の「性」である。《淮南子・天文訓》にいう、天地の気が重畳積聚して陰陽となり、陰陽の気が専一凝聚して四時となり、四時の気が散布して万物となる。積聚の陰気のうちに寒気が反転して水となり、積聚の陽気のうちに熱気が反転して火となる。水は陰に属するが、陽気はその中に含まれる。だから水体の内部は明澈である。火は陽に属するが、陰気はその中に含まれる。だから火焔の内心はかえって暗く発する。木は少陽であり、その形体も陰気を含む。だから内部は中空で、外に花を開き葉を茂らせ、繁茂して観るべきものがある。金は少陰であり、その形体は剛硬鋭利で、粛殺の性は外に表れ、内裏も光沢あって人を照らしうる。土は其余四行の徳を兼ね包む。だからその形体は虚と実の両面を兼備しうる。

《洪範傳》曰:木曰曲直者,東方。《易》云:地上之木為觀。言春時出地之木,無不曲直,花葉可觀,如人威儀容貌也。許愼云:地上之可觀者,莫過於木,故相字,目傍木也。古之王者,登輿有鸞和之節,降車有佩玉之度,田狩有三驅之制,飲餞有獻酢之禮,無事不巡幸,無奪民時,以春,農之始也,無貪慾奸謀,所以順木氣。木氣順則如其性,茂盛敷實,以為民用,直者中繩,曲者中鉤。若人君失威儀,酖酒淫緃,重徭厚稅,田獵無度,則木失其性,春不滋長,不為民用,橋樑不從其繩墨,故曰木不曲直也。

《洪範五行伝》にいう、いわゆる「木曰く曲直」とは、木は東方に配属する。《周易》に講ずる、地上に木あればすなわち《観》卦の象である――春に土を破って出る樹木は、曲るもの直なるものなきにあらず、花葉は観賞に供せられ、人の威儀容貌に譬うべし、と。許慎にいう、地面上で最も観るに値するものは樹木に如かず。だから「相」字は「目」旁に「木」を加えて書く、と。古代の君王は、車に登れば鸞鈴と和鈴の相応する節度があり、車を下りれば佩玉の鳴り響く規矩があり、田獵には「三面を駆り一面を開く」の制度があり、飲宴餞行には主客献酬の礼節がある。正事なくば出巡せず、百姓の農時を侵奪せず――春は農事の端緒であるからだ――貪欲奸謀を起こさない。こうすれば木気に順応する。木気が順暢なれば、木は本性を保全し、枝葉は茂盛し結実は累々として、百姓の使用に供し、直きものは墨縄に合し、曲るものは円規に合う。もし国君が威儀を喪失し、酒色に沈湎し放縦無度にして、徭役を加重し横征厚税し、田獵に節制なければ、木は本性を喪失する。春に滋長せず、百姓の取用に供せず、橋梁を造る木材も縄墨規矩に合わない。だからこれを「木曲直ならず」という。

火曰炎上。炎上者,南方,揚光輝在盛夏,氣極上,故曰炎上。王者嚮明而治,蓋取其象。古者明王南面聽政,攬海內雄俊,積之於朝,以助明也;退邪佞之人臣,投之於野,以通壅塞。任得其人,則天下大治,垂拱無為。《易》以離為火,為明;重離,重明,則君臣俱明也。明則順火氣,火氣順則如其性,如其性則能成熟,順人士之用,用之則起,舍之則止。若人君不明,遠賢良,進讒佞,棄法律,疎骨肉,殺忠諫,赦罪人,廢適立庶,以妾為妻,則火失其性,不用則起,隨風斜行,焚宗廟宮室,燎於民居,故曰火不炎上。

いわゆる「火曰く炎上」とは、火は南方に配属し、盛夏の時節にその光輝を揚げ、火気は極力上昇する。だから「炎上」という。君王が光明に面して天下を治めるのは、まさにこの物象に取法する。古の賢明な君王は南面して朝で政を聴き、海内の英傑を朝廷に攬れ入れて、自らの明察を輔佐せしめ、邪佞の臣を斥退して山野に放逐し、壅塞せる言路を疏通した。用人が当を得れば天下は大いに治まり、君王は衣を垂れ手を拱いて無為にして成す。《周易》は離卦をもって火を象り光明を象る。《離》卦は上下ともに離で、「重明」の象であり、君と臣がともに清明であることを意味する。政治が清明なれば火気に順応し、火気が順暢なれば火は本性を保全する。本性を保全すれば食物を烹熟し、人々の使用に順応する。それを用いれば燃え起り、棄置すれば熄滅する。もし国君が昏昧にして、賢良を疎遠し、讒佞を進用し、法律を廃棄し、骨肉至親を疎遠し、忠言を進める人を殺害し、有罪の徒を赦免し、嫡子を廃黜して庶子を立て、妾を抬挙して正妻とすれば、火は本性を喪失する。それを用いる者なくして自ら燃え起り、風に随い斜に蔓延し、宗廟宮室を焚毀し、百姓の住処に延焼する。だからこれを「火炎上せず」という。

土爰稼穡。稼穡者,種曰稼,斂曰穡。土為地道,萬物貫穿而生,故曰稼穡。土居中,以主四季,成四時。中央,為內事宮室夫婦親屬之象。古者天子至於士人,宮室寢處,皆有高卑節度。與其過也,寧儉。禹卑宮室,孔子善之。后夫人左右妾媵有差,九族有序,骨肉有恩,為百姓之所軌則也。如此順中和之氣,則土得其性;得其性,則百穀實而稼穡成。如人君縱意廣宮室臺榭,鏤雕五色,罷盡人力,親疎無別,妻妾過度,則土失其性;土失其性,則氣亂,稼穡不成,故五穀不登,風霧為害,故曰土不稼穡。

いわゆる「土曰く稼穡」とは、播種することを「稼」といい、収斂することを「穡」という。土は大地の道を代表し、万物はそれを穿透して生長して出る。だから稼穡を主るという。土は中央に居り、四季の末月を主管し、一年の四時を成就する。中央はまた宮室の内の家事を象徴し、夫婦と親属の関係を象徴する。古は上は天子より下は士人に至るまで、宮室の居処に高低尊卑の規格があった。奢侈過度するよりは、むしろ倹朴である方がよい。大禹は自ら陋い宮室に住し、孔子は彼を称賛した。王后夫人および左右の妾媵は各々等第があり、九族の親疎に序があり、骨肉の間に恩情があり、百姓の効法する準則となった。こうすれば中和の気に順応し、土は本性を保全する。本性を保全すれば、百穀は充実飽満し、稼穂は成を収める。もし国君が恣意に宮室台榭を拡建し、彫鏤彩絵して五色で装飾し、民力を耗尽し、親疎を分かたず、妻妾を過多に制を逾えれば、土は本性を喪失する。土が性を失えば土気は紊乱し、庄稼は種収せず成せず、因って五穀は歉収し、風災霧害が相継ぎ発生する。だからこれを「土稼穡せず」という。

金曰從革。從革者,革,更也,從範而更,形革成器也。西方物既成,殺氣之盛,故秋氣起而鷹隼擊,春氣動而鷹隼化,此殺生之二端。是以白露為霜,霜者,殺伐之表。王者教兵,集戎事以誅不義,禁暴亂以安百姓。古之人君,安不忘危,以戒不虞,故曰:天下雖安,忘戰者危;國邑雖強,盒摒必亡。殺伐必應義,應義則金氣順,金氣順則如其性,如其性者,工冶鑄作,革形成器。如人君樂侵凌,好攻戰,貪色賂,輕百姓之命,人民騷動,則金失其性,冶鑄不化,凝滯渠堅,不成者眾。秋時萬物皆熟,百穀已熟,若逆金氣,則萬物不成,故曰金不從革。

いわゆる「金曰く従革」とは、「革」は変更である。金は鋳范に順従して変更し、形体を改換して器物を鋳成する。西方は万物がすでに成った地であり、粛殺の気が最も盛んである。だから秋気が一たび起これば、鷹隼は獲物を搏撃し、春気が一たび動けば、鷹隼はまた鳩鳥に化する――これは殺と生の両端である。ゆえに白露が凝結して霜となり、霜はまさに殺伐の気の表徴である。君王は軍隊を訓練し、武事を集結して不義を討伐し、暴乱を禁止して百姓を安んずる。古代の君主は安に居り危を忘れず、意外に備えた。だからいう、天下は安しといえども、戦備を忘れれば危うし。城邑は強盛なりといえども、戦を好めば必ず亡ぶ(この句は底本に「盒摒必亡」とあり、字に訛誤がある)、と。殺伐は必ず道義に合致せねばならない。道義に合致すれば金気は順暢し、金気が順暢なれば金は本性を保全する。本性を保全すれば、工匠が冶煉鋳造して、形を改め器を成すことができる。もし国君が他国を欺凌するを好み、干戈を動するを好み、女色賄賂に貪恋し、百姓の性命を軽賤し、民衆を騒動不安ならしめれば、金は本性を喪失する。冶煉する時熔け開かず、凝滞堅硬で、器を鋳成しないものが多い。秋に万物はみな成熟し、百穀の収成は望みあるのに、金気に違逆すれば、万物は成就できない。だからこれを「金従革せず」という。

水曰潤下。潤下者,水流溼,就汙下也。北方至陰,宗廟祭祀之象。冬,陽之所始,陰之所終,終始者,綱紀時也。死者魂氣上天為神,魄氣下降為鬼,精氣散在於外而不反,故為之宗廟,以收散也。《易》曰:渙,亨,王假有廟。此之謂也。夫聖人之德,又何以加於孝乎。故天子親耕,以供粢盛;王后親蠶,以供祭服,敬之至也。敬之至,則鬼神報之以介福。此順水氣,水氣順,則如其性;如其性,則源泉通流,以利民用。若人君廢祭祀,慢鬼神,逆天時,則水失其性,水暴出,漂溢沒溺,壞城邑,為人之害,故曰水不潤下也。

いわゆる「水曰く潤下」とは、水は潮湿の処に向かって流れ、低窪の地に趨く。北方は至陰の地であり、宗廟祭祀の事を象徴する。冬季は陽気がまさに萌生し始め、陰気が終結に至る時であり、一終一始、まさに時序を統紀する関節である。人が死んだ後、魂気は天に上昇して神となり、魄気は地に下降して鬼となり、精気は散逸して外に出て再び帰らない。だから死者のために宗廟を建立し、これらの散逸の気を收攝するのに用いる。《周易・渙卦》の卦辞にいう、「渙、亨、王假に廟あり」――君王が宗廟に至りて渙散せる人心と神気を聚合する。言うところはまさにこの理である。聖人の徳行、孝を超えるものがあろうか。だから天子は自ら籍田を耕して祭祀用の黍稷に供し、王后は自ら蚕を養って祭祀用の礼服に供する。これは恭敬の極である。恭敬が極に至れば、鬼神は大福をもって彼に報答する。これが水気に順応する。水気が順暢なれば水は本性を保全し、本性を保全すれば源泉は暢通して流れ、百姓の取用に利する。もし国君が祭祀を廃棄し、鬼神を怠慢し、天時に違逆すれば、水は本性を喪失する。暴漲して出で、漫溢淹没し、城邑を冲壊し、人間の災害となる。だからこれを「水潤下せず」という。

第三 数を論ず(ここに五段に分かれる:一は大衍に起り易の動静の数を論じ、二は五行および生成の数を論じ、三は支干の数を論じ、四は納音の数を論じ、五は九宮の数を論ず)

第一 大衍に起り易の動静の数を論ず

凡萬物之始,莫不始於無而後有。是故易有大極,是生兩儀,兩儀生四序。四序,生之所生也,有萬物滋繁,然後萬物生成也。皆由陰陽二氣,鼓舞陶鑄,互相交感。故孤陽不能獨生,單陰不能獨成,必須配合以爐冶,爾乃萬物化通。是則天有其象,精氣下流;地道含化,以資形始。陰陽消長,生殺用成。明其道難明,非數不可究,故因子以辨之。數之顯理,猶筌蹄之取魚兔。陽順唱始,陰佐其終,窮奇偶之數,備相成之道,極變化之源者,詳於蓍策之數也。

凡そ万物の開端は、先に「無」ありて後に「有」あるなきはない。だから《周易・繋辞》にいう、易に太極あり、太極は両儀(陰陽)を生じ、両儀はさらに春夏秋冬の四序を生ず、と。四序とは、生ぜられたる者がまた別の物を生ずることで、そこで万物は滋生繁衍し、然る後に万物は生成を告げる。この一切はみな陰陽二気が鼓動陶鋳し互いに交感して来るところである。だから孤立の陽は単独で物を生ぜず、単一の陰は独りで物を成さず、必ず炉の火の冶鋳のごとく配合してこそ、万物は化育貫通しうる。そこで天は諸々の物象を垂示し、精気は下に流布する。大地の道は含容化育し、形体の初成を資助する。陰陽は彼此に消長し、生養と粛殺はここに完成する。この理を闡明するは難く、「数」を借りなければ窮究できない。だから具体の数目を借りてそれを分辨する。数をもって義理を顕示するは、竹筌をもって魚を捕え、兎網をもって兎を捉えるごとく、物を取る工具である。陽気は順行して首に開端を倡し、陰気は輔佐してその終を成す。奇偶の数を窮め、相輔相成の道を具え、変化の根源を追究するに、最も詳備なるは蓍草揲策の数目の中にある。

七八為靜,九六為動。陽動而進,變七之九,象氣息也。明陽道之舒,以象君德,唱始不休,無所屈後,去極一等,而猶進之,故九動也。陰動而退,變八之六,象氣消也。以明臣法有所屈後,唱和而已。蕝霧近君,則靖息以聽命,必須退讓,以明其義,故八靜也。

筮法において、七と八は「静爻」(変わらぬ爻)であり、九と六は「動爻」(変爻)である。陽爻が発動する時は前進であり、七より九に変じ、陽気の生長滋息を象る。これは陽道の舒展を表明し、君主の徳を象徴するのに用いる。首倡して止まず、人後に屈することを肯じず、極を離れて一等に差しかかるのみ(九はすでに十に近い)でなお前進せんとすれば、だから九をもって陽動の数とする。陰爻が発動する時は後退であり、八より六に変じ、陰気の消減を象る。これは臣たるの法に屈退あるべきを表明し、ただ応和するのみである。近侍の臣が君主に接近すれば、安静に屏息して命令を聴候せねばならず、必ず退譲して君臣の義を顕明にする。だから八をもって陰静の数とする。

《易》曰:分二以象兩,掛一以象三,揲之以四,以象四時者。餘手有四七,故名七也;有四八,故名八也。有此,則靜爻之數。夏殷尚質,以用靜爻占之。餘有四九,故名九也;有四六,故名六也。此則動爻之數。周備質文,故兼用動爻。

《周易・繋辞》は揲蓍成卦の法を講ずる。五十根の蓍策を两把に分け、天地両儀を象る。その中から一根を挂け出し、天地人の三才を象る。さらに四根ごとに数え分けて、四時を象る。分けた後に手中に余るものが、四組の七(すなわち二十八)に合すれば、これを七と呼ぶ。四組の八(すなわち三十二)に合すれば、これを八と呼ぶ――この二つの数は静爻の数である。夏・商の両代は質朴を崇め、静爻をもって占断した。余るものが四組の九(三十六)に合すれば、これを九と呼び、四組の六(二十四)に合すれば、これを六と呼ぶ――この二つの数は動爻の数である。周代は質朴と文飾を兼備し、だから静爻動爻を併用した。

凡大衍極天地之數,五十有五也。京房以十日、十二辰、二十八宿,合應五十。其一不用者,天之生氣,將欲以虛求實,故用四十九焉。馬融以易之大極為北辰也,生兩儀,兩儀生日月,日月生四時,四時生五行,五行生十二月,十二月生二十四氣。北辰居位不動,其餘四十九,轉運而用也。

大衍の数は天地の数を窮め、本は五十五である。京房は十天干・十二地支・二十八宿を加えて、正に五十の数に合し、そのうち一根を留めて用いないのは、上天の生生の気を象徴し、虚空をもって実有を求取しようと欲したからである。だから実際に動用するのは四十九根である。馬融は《周易》の太極は北極星であるとし、太極は両儀を生じ、両儀は日月を生じ、日月は四時を生じ、四時は五行を生じ、五行は十二月を生じ、十二月は二十四節気を生ず(一加二・二・四・五・十二・二十四、計五十)、とした。北極星はその位に居りて動かず、其余の四十九項は転動運行して揲蓍の用に供される。

鄭玄曰:貞悔六爻,本有五十。定所用者,四十有九。天地之數,本五十五。天五與地十通,天一與地六通。數之者氣則有並,並則宜減焉。大衍減五,故有五十;其用減一,故四十有九。不併者,不可減也。

鄭玄にいう、内卦(貞)と外卦(悔)は合わせて六爻で、配合すればもともと五十の数があり、動用するのを四十九と定めた、と。天地の数はもともと五十五である。天の五と地の十は同類相通(同じく土)、天の一と地の六は同類相通(同じく水)である。凡そ相通じて合併するものは、気が重畳し、重畳すれば減ずべきである。大衍の数は合併した五を減ずる。だから五十となる。実際に用いる時はさらに一を減ずる。だから四十九である。それらの相合併しない数は、減じることはできない。

今總其數五十者,天一至地十,凡五十五也。此合生成之數。若止言生數,唯十有五,從一至五也。易之所象,爻盡之,有邃,故自天地以下,日月等數,皆為蓍卦所攝,循環變轉,萬世無窮。而五十有五,五本並數。並數者,天之與地共,各有一體,體各有一正應敵對。今盈於五,則是氣之並數,並不再用,是其配義。配則為虛,不當於實;不當於實,故事無所主,所以揲蓍不用。

今、総じてその数を五十というのは、天一から地十まで数えて、加え合わせて五十五、これが生数と成数を合わせた総和だからである。もし生数だけを講すれば、それは十五のみ、すなわち一至五を加えたものである。《周易》の取る象は、六爻ですでに窮まっており、その中の含義は深邃である。だから天地以下、日月など諸々の数目は、みな蓍策と卦爻に統攝され、循環変転して万世に窮まりがない。この五十五のうち、あの「五」はもともと重複相併の数である。いわゆる相併とは、天と地がともにこの数を有することをいう。天地は各々一つの本体を有し、毎一つの本体はまた各々一つの正に相対し彼此に匹敵する相手を有する。今、多く余ったこの五は、まさに二気の重畳の数である。すでに重畳であれば、再び重复して用いない。これがその「相配」の含義である。すでに相配に過ぎなければ、虚位に落ち、実処に落ちない。実処に落ちなければ、事を弁ずるに主宰する所がない。だから揲蓍の時それを用いない。

又虛其一者,掛一象無。無無可象,故有之用極,則無之功見。故曰:尋大業而得吉凶,尋吉凶而得八卦,尋八卦以得四時,尋四時以至兩儀,尋兩儀以至太極。太極者,大殺而極,窮無之致也。遣有以極邃,減多以就少,此之謂也。故曰:太極無所復象,明其空寂,非言象所詮也。

また別に一根を空けて用いない。すなわち揲蓍の時の「挂一」で、「無」を象徴するのに用いる。「無」はそれ自体、取象できる形象がない。だからただ「有」の作用を極処に推してこそ、「無」の功用が顕現する。ゆえにいう、広大な事業に循って吉凶を求め、吉凶に循って八卦を求め、八卦に循って四時を求め、四時に循って上に両儀に遡り、両儀に循って上に太極に遡る、と。いわゆる太極とは、層層に削減して極処に至り、虚無を窮め尽くして到達する境地である。「有」を捨てて最も深きに至り、繁多を減損して簡少に帰す。言うところはまさにこれである。だからいう、太極にはもはや取象すべきものがない。これはそれが空寂無形で、言語と形象の詮釈しうるところではないことを表明する、と。

第二 五行および生成の数を論ず

行言五者,明萬物雖多,數不過五。故在天為五星,其神為五帝。孔子曰:昔丘聞諸老聃云,天有五行,木金水火土,其神謂之五帝。在地為五方,其鎭為五嶽。《物理論》云:鎭之以五嶽。在人為五藏,其候五官。《黃帝素問》云:五藏候在五官,眼耳口鼻舌也。五行遞相負載,休王相生,生成萬物,運用不休,故云行也。《春秋繁露》云:天地之氣,列為五行。夫五行者,行也。

「行」があえて「五」の字を標挙するのは、万物は多いといえども、帰納すれば数目は五類を出ないことを説明するためである。だから天においてはそれは五星(歳星・熒惑・鎮星・太白・辰星)に表れ、それらを主宰する神を「五帝」と称する。孔子にいう、昔私は老聃が講ずるを聞いた。天に五行あり、すなわち木・金・水・火・土であり、それらの神を五帝と称する、と。地においてはそれは東南西北中の五方に表れ、各方を鎮守するは五岳である。《物理論》にいう、五岳をもって天下を鎮守する、と。人の身においてはそれは五蔵に表れ、五蔵の徴候は五官に顕現する。《黄帝内経・素問》にいう、五蔵の徴候は五官に表れ、すなわち眼・耳・口・鼻・舌である、と。五行は彼此に承載し、時令に随って輪番に当旺・休廃し、また依次に相生して、万物を生成し、運転使用して永く止まらない。だからこれを「行」と称する。《春秋繁露》にいう、天地の気は排列すればすなわち五行である。いわゆる五行とは、まさに「運行」の義を取るのである、と。

《易上繫》曰:天數五。王曰:謂一三五七九也。韓曰:五奇也。地數五。王曰:謂二四六八十也。韓曰:五偶也。五位相得。王曰:五位,金木水火土也。而各有合。王曰:謂水,在天為一,在地為六,六一合於北;火,在天為七,在地為二,二七合於南;金,在天為九,在地為四,四九合於西;木,在天為三,在地為八,三八合於東;土,在天為五,在地為十,五十合於中。故曰:五位相得而各有合。謝曰:陰陽相應,奇偶相配,各有合也。韓曰:天地之數各有五,五數相配,以合成金木水火土也。

《周易・繋辞上》にいう「天数五」――王弼が注解して、一・三・五・七・九を指すといい、韓康伯は五つの奇数であるという。またいう「地数五」――王弼は二・四・六・八・十を指すといい、韓康伯は五つの偶数であるという。またいう「五位相得」――王弼にいう、五位とは金・木・水・火・土の五つの方位である、と。またいう「而各有合」――王弼にいう、水は天の数において一、地の数において六で、六と一は北方に会合する。火は天において七、地において二で、二と七は南方に会合する。金は天において九、地において四で、四と九は西方に会合する。木は天において三、地において八で、三と八は東方に会合する。土は天において五、地において十で、五と十は中央に会合する。だからいう「五位相得て各々合有り」と。謝氏にいう、陰と陽は互相に呼応し、奇数と偶数は互相に匹配し、各々会合がある、と。韓康伯にいう、天数・地数は各々五つあり、この五対の数は彼此相配して、金木水火土の五行を合成するのに用いる、と。

《尚書·洪範》篇曰:五行,一曰水,二曰火,三曰木,四曰金,五曰土。皆其生數。《禮記·月令》篇云:木數八,火數七,金數九,水數六,土數五。皆其成數,唯土言生數。天以一生水於北方。君子之位,陽氣微動於黃泉之下,始動無二,天數與陽合而為一。水雖陰物,陽在於內,從陽之始,故水數一也。極陽生陰,陰始於午,始亦無二。陰陽二氣,各有其始,正應言一,而云二者,以陽尊故。尊既括始,陰卑贊和,配故能生,而陽數偶陰在火中。火雖陽物,義從陰,配合陰始,故從始立義,故火數二也。

《尚書・洪範》篇にいう、五行、第一を水といい、第二を火といい、第三を木といい、第四を金といい、第五を土という、と。この一至五はみな五行の「生数」である。《礼記・月令》篇にいう、木の数は八、火の数は七、金の数は九、水の数は六、土の数は五、と。これらはみな「成数」で、ただ土のみがなお生数五を講ずる。上天は「一」をもって北方に水を生ず。北方は君子の位で、陽気は黄泉の下に悄悄と萌動する。すでに初動であれば、一であるのみで二ではありえず、天数は陽気と合して一となる。水は陰性の物であるが、陽気はその内部に含まれ、陽の起点に隨従する。だから水の生数は一である。陽は極処に至れば陰を生じ、陰気は午位に起始する。開端として、同じく一であるのみである。陰陽二気は各々起点を有し、理の上ではいずれも一と言うべきである。ここで火の数を二というのは、陽が尊貴だからである。尊者はすでに「始」という一を占め去り、陰は卑位に処してただ旁から赞助し応和するのみである。配偶あるがゆえにこそ物を生じ、そこで陽数は陰数と配されて偶数となる。陰気は火の中に蔵する。火は陽性の物であるが、義を取れば陰に隨従し、陰気の始に配合するのに用いる。だから「始」によって義を立て、ここに火の生数は二である。

《老子》云:天得一以清,地得一以寧。是知皆有一義,唱和同始。是以云:木配陽動,而左長於東方,長則滋繁,滋繁則數增,故木數三也。陰佐陽消,陰道右轉,而居於西,在陽之後,理無等義,故金數四也。陰陽之數,始乎一周,然後陽達於中,總括四行,苞則彌多,故土數五也。此並生數,皆云據始,未明成數。數既未成,亦未能為用。

《老子》にいう、天は「一」を得て清明となり、地は「一」を得て安寧となる、と。これによって知られる、天地はいずれも「一」の意義を含み、一唱一和して起点は同じである、と。だからいう、木は陽気の運動に配合し、左に向かって東方に生長する。生長すれば滋衍繁茂し、滋衍繁茂すれば数目は増加する。ゆえに木の生数は三である。陰気は陽気を輔佐してこれを消退せしめ、陰道は右に旋転して西方に居り、位次は陽の後に在る。理の上で陽と同等たりえない。ゆえに金の生数は四である。陰陽の数が第一輪を走り終えた後、陽気は中央に抵達し、其余四行を総括する。包容が多いほど数目は大きい。ゆえに土の生数は五である。以上はみな生数で、講ずるはいずれも各行の開端であり、まだ成数に渉っていない。数がすでに「成」せずんば、まだ作用を発揮すること能わざるなり。

穎容《春秋釋例》云:五行生數,未能變化,各成其事。水凝而未能流行,火有形而未生炎光,木精破而體剛,金強而斫,土滷而斥。於是天以五臨民,君化之。傳曰:配以五成。所以用五者,天之中數也。於是水得於五,其數六,用能潤下;火得於五,其數七,用能炎上;木得於五,其數八,用能曲直;金得於五,其數九,用能從革;土得於五,其數十,用能稼穡。

穎容《春秋釈例》にいう、五行が生数のみの時は、まだ変化して各自その事を成就できない。水は凝滞して流動できず、火は形体あれど光焔を生ぜず、木は精気が離散して形体は僵硬し、金はただ强硬で斫削に供せられるのみ、土は鹹鹵にして作物を排斥する。そこで上天は「五」という数をもって下民を臨照し、君主はこれに拠って教化を施行する。伝文にいう、五を配してこそ成就しうる、と。五を取る所以は、五は天数中の中数だからである。そこで水は五を得てその数は六となり、ようやく潤沢し下流しうる。火は五を得てその数は七となり、ようやく炎熱し上昇しうる。木は五を得てその数は八となり、ようやく曲がりも直にもなりうる。金は五を得てその数は九となり、ようやく範に順い器を成しうる。土は五を得てその数は十となり、ようやく耕種収穫しうる。これが「生数」に五を加えて「成数」を得る推法である。

鄭玄云:數若止五,則陽無匹偶,陰無配義,故合之而成數也。奇者,陽唱於始,為制為度;偶者,陰之本,得陽乃成。故天以一始生水於北方,地以其六而成之,使其流潤也;地以二生火於南方,天以七而成之,使其光曜也;天以三生木於東方,地以其八而成之,使其舒長盛大也;地以四生金於西方,天以九而成之,使其剛利有文章也;天以五合氣於中央生土,地以十而成之,以備天地之間所有之物也。合之,則地之六為天一匹也,天七為地二偶也,地八為天三匹也,天九為地四偶也,地十為天五匹也。陰陽各有合,然後氣性相得,施化行也。

鄭玄にいう、数がもし五までであれば、陽に配偶なく、陰も相配する所なし。だから生数と五とを相合させて成数を構成する、と。奇数は陽に属し、開端に首倡して法度を制定する。偶数は陰の根本で、陽を得てこそ成就する。だから天は一をもって北方に水を生じ始め、地は六をもってこれを成全して、水に流動潤沢せしめる。地は二をもって南方に火を生じ、天は七をもってこれを成全して、火に発光照耀せしめる。天は三をもって東方に木を生じ、地は八をもってこれを成全して、木に舒展生長・壮大茂盛せしめる。地は四をもって西方に金を生じ、天は九をもってこれを成全して、金に堅硬鋭利にして紋理光彩あらしめる。天は五をもって中央に気を合して土を生じ、地は十をもってこれを成全して、天地間の一切の事物を斉備するのに用いる。合わせて見れば、地の六は天の一の配偶、天の七は地の二の配偶、地の八は天の三の配偶、天の九は地の四の配偶、地の十は天の五の配偶である。陰陽は各々配合を有し、然る後に気と性が彼此に契合し、化育を施行して運転する。鄭玄のこの言は二条の推算規律を点出した。一は五つの生数一至五に各々中央の土数五を加えれば、順に六至十の成数を得る。二は凡そ天の奇数によって生ぜられたるは、必ず地の偶数をもってこれを成全し、凡そ地の偶数によって生ぜられたるは、必ず天の奇数をもってこれを成全する。一奇一偶が交錯相配して、五行は初めて能く生じ且つ能く成る。

故四時之運,成於五行。土總四行,居時之季,以成之也。《五行傳》及《白虎通》皆云:木非土不生,根核茂榮;火非土不榮,得木著形;金非土不成,入範成名;水非土不停,堤防禁盈。土扶微助衰,應成其道。故五行更互須土,土王四季而居中央,不以名成時,故知同時俱起,但托義相生。傳曰:五行並起,各以名別。

だから四時の運行は五行に依って成就し、土は其余四行を総管して、毎季の末月に居り、それらを成全するのに用いる。《五行伝》と《白虎通》はともにいう、木は土なくんば生長できず、根鬚は土に依ってこそ茂盛開花する。火は土なくんば旺盛できず、木を得てこそ附着成形する。金は土なくんば器を成せず、模範に入ってこそ名を成す。水は土なくんば停蓄できず、堤防に依ってこそ泛濫を約束できる、と。土は微弱を扶助し、衰敗を接済し、理の上でそれらの道を成全すべきである。だから五行の交替運行はすべて土を離れられない。土は四季末月に旺して中央に居るが、自らの名号をもって某一の時令を命名しない。これによって知られる、五行は実は同時に興起するので、ただ「相生」という説を借りて先後を安排するに過ぎない、と。伝文にいう、五行は一斉に興起し、ただ各々名称をもって相区別するのみである、と。

《常從數義》云:北方亥子,水也,生數一;丑,土也,生數五。一與五相得為六,故水成數六也。東方寅卯,木也,生數三;辰,土也,生數五。三與五相得為八,故木成數八也。南方巳午,火也,生數二;未,土也,生數五。二與五相得為七,故火成數七也。西方申酉,金也,生數四;戌,土也,生數五。四與五相得為九,故金成數九也。

《常従》の書が数の義理を論じていう、北方の亥・子は水に属し、生数は一。丑は土に属し、生数は五。一と五が相合して六を得る。だから水の成数は六である。東方の寅・卯は木に属し、生数は三。辰は土に属し、生数は五。三と五が相合して八を得る。だから木の成数は八である。南方の巳・午は火に属し、生数は二。未は土に属し、生数は五。二と五が相合して七を得る。だから火の成数は七である。西方の申・酉は金に属し、生数は四。戌は土に属し、生数は五。四と五が相合して九を得る。だから金の成数は九である。見えるに、毎一方の二支の後にはいずれも一つの土支が随う。まさにこの土の五に依って、生数は成数に推成されたのである。

中央戊己,土也,生數五。又土之位在中,其數本五,兩五相得為十,故土成數十也。此陰陽兩氣各一周也。共一周,則為生數;各一周,則為成數。陽以輕清上為天,陰以重濁下為地。而陽至第五而入中者,其體躁疾,故共一周而入中;陰至第十方入中者,其體遲殿,故各一周而始入耳。然五行皆得中氣而後成,土居中而王四季,並須土以成之也。

中央の戊・己は土に属し、生数は五。また土の方位が中央にあるがゆえに、その数はもともと五であり、二つの五が相合して十を得る。だから土の成数は十である。これは陰陽二気が各々一周を運行した結果である。二気が共同に一周を走り終えて得るのは生数であり、各自が一周を走り終えて得るのは成数である。陽気は軽清にして上昇して天となり、陰気は重濁にして下沉して地となる。陽は第五に走ると中央に入る。これはその性情が躁急迅疾だからで、ただ共に一周を走れば中に入る。陰は第十に走って初めて中央に入る。これはその性情が遅緩落後だからで、各々一周を走って初めて中に入り始める。要するに五行はみな中央の土気を得て後に初めて成就しうる。土は中央に居りて四季末月に当旺し、各行はいずれもそれに依って成全されなければならない。

《洪範》是上古創制之書,故言生數;《禮記·月令》是時候之書,所貴成就事業,故言成數。唯土言生數者,土以能生為貴,且以成四行,足簡之矣,是其能生能成之義也。鄭玄曰:以天地相配,取陰陽之理;《常從》以支干數和合,取日辰為用。兩說雖別,大意還同,終會《易經》天一至地十之義。

《洪範》は上古に典制を初創した書である。だから生数を講ずる。《礼記・月令》は時令物候を記した書で、看重するのは事業の成就である。だから成数を講ずる。その中でただ土のみがなお生数を講ずるのは、土は能生をもって貴しとし、またそれをもって其余四行を成全するためで、生数をもってすでに概括するに足る。これはまさに土が能く生じ且つ能く成る意義を体現する。鄭玄にいう、一つの講法は天数と地数を相配して、陰陽の理を取る。《常従》は干支の数を以て相和合し、日辰を取って実用に供する。両説は分別あれど、大意はなお相同じく、最終的に《易経》「天一至地十」の義理に帰結する、と。

《孝經援神契》言:以一立,以二謀,以三出,以四孳,以五合,以六嬉,以七變,以八舒,以九列,以十鈞。五行以一立水,一為生數,以五配一,水之成數,故言一立而六嬉。嬉是興義。二,是火之生數;七,是火之成數,故言二謀。火以變化為能,故曰七變。謀者,以其為變之始也。三,木之生數;八,木之成數。五行始於東方,故云三出;八而成長,故曰八舒。四,金之生數;九,金之成數。西方成就,故言四滋;品類不同,故稱九列。五是土之生數,十是土之成數。以天之五,合地之十,數義斯畢。所以五言其合,十言其均。均是成備之義。

《孝経援神契》にいう、一を以て立ち、二を以て謀り、三を以て出で、四を以て孳し、五を以て合し、六を以て嬉し、七を以て変じ、八を以て舒し、九を以て列し、十を以て鈞す、と。この十句はまさに五行の生数と成数に対応する。五行は一をもって水を確立し、一は水の生数である。五を以て一に配して、水の成数六を得る。だから「一立」して「六嬉」という――嬉は興盛の義である。二は火の生数、七は火の成数である。だから「二謀」という。火は変化を以て能事とする。だから「七変」という。「謀」と称する所以は、二は変化の開端だからである。三は木の生数、八は木の成数である。五行は東方から起始する。だから「三出」という。八に長じて成材し舒展する。だから「八舒」という。四は金の生数、九は金の成数である。西方は収成を主る。だから「四孳(滋長成就)」という。万物の品類は各々相同じからず。だから「九列(羅列して行を成す)」と称する。五は土の生数、十は土の成数である。天の五を以て地の十に合して、数の義理はここに完備する。だから五が講ずるは「合」であり、十が講ずるは「均」である――均は斉備成就の意である。

《春秋元命苞》云:胎錯儛,連以鈞。一動,合於二,故陰陽受;成於三,故日月星序;張於四,故時起;立於五,故行動;佈於六,故律踴;分於七,故宿改;萌於八,故風布;極於九,故州吐;畢於十,故功成數止。此並經緯共明五行生成之數,不過十也。

《春秋元命苞》にいう、元気は胞胎のごとく交錯舞动し、連綴して均調を成す。一に動有れば、二と相合する。だから陰陽二気は気を受けて生じうる。三に成就すれば、日月星の三光に次序ある所以。四に張布すれば、四時の興起する所以。五に確立すれば、五行の運転する所以。六に布散すれば、六律の躍動して声を成す所以。七に分判すれば、七宿の更替する所以。八に萌発すれば、八方の風の流布する所以。九に極点に至れば、九州の万物を吐生する所以。十に完畢すれば、功業の成を告げ数目がここに止まる所以。以上は経書と緯書が共同に闡明する道理である。五行生成の数は、総じて十を超えない。

第三 支干の数を論ず

支干數者,凡有二種:一通數,二別數。今先辯通數,後論別數。通數者,十干、十二支也。干有十者,應天地之大數也。《易繫辭》言:天數五,地數五。天地之數,不過於十,故以干極於十。十主日,十日為一旬也。支十二者,《禮稽命徵》言:佈政十二,尊卑有序。《援神契》言:三三參行,四四相扶。天有四時之氣,以三月成一時,故言三三參行,四四相扶。天地人謂之三才,是為三者,物生之常數,因而各生三,本三而末九,所以十二。《元命苞》言:數成於三,故合於三。三月,陽極於九,故一時九十日也。支象於月,十二月為一歲也。此辨通數。

干支の数は全部で二類ある。一は「通数」(総数)、二は「別数」(各支各干自身の数)である。今まず通数を弁明し、それから別数を論ずる。いわゆる通数とは、天干十・地支十二という二つの総数である。天干が十である所以は、天地の大数に対応するためである。《周易・繋辞》にいう、天数五・地数五、天地の数は合わせて十を過ぎない。だから天干は十を極限とする、と。十天干は「日」を主管し、十日を一旬とする。地支が十二である所以は、《礼稽命徴》にいう、政令を施布するに十二類あり、尊卑各々次序がある、と。《孝経援神契》にいう、三三相参して行い、四四彼此に扶助する、と。天に四時の気あり、毎三か月が一時を構成する。だから「三三参行」という。四時は互相に扶持する。だから「四四相扶」という。天・地・人は合わせて三才と称し、見えるに三は万物生成の常数である。この三から各々さらに三を生ぜしめれば、本数は三で末数は九、三と四が相乗して十二を得る。《春秋元命苞》にいう、数は三に成就する。だから毎三か月を合して一時とする。陽数は九に極まる。だから一時は九十日である、と。地支は月に取象し、十二か月を一年とする。以上は通数を弁明したものである。

別數者,支數則子數九,丑八,寅七,卯六,辰五,巳四,午九,未八,申七,酉六,戌五,亥四。《太玄經》云:子午九者,陽起於子,訖於午;陰起於午,訖於子。故子午對沖,而陰陽二氣之所起也。寅為陽始,申為陰始。從所起而左數,至所始而定數。故自子數至申,數九;自午數至寅,亦九。所以子午九也。

次に別数を言う。地支の数は、子九・丑八・寅七・卯六・辰五・巳四・午九・未八・申七・酉六・戌五・亥四である。《太玄経》が解釈していう、子と午がともに九を取るのは、陽気は子に起こり午に止まり、陰気は午に起こり子に止まるからである。だから子午の二支は正に相対冲し、陰陽二気の各々発起する処である。寅は陽気の始め、申は陰気の始めである。推算の方法は、その支の「起」こる位置から左に順に数え、陰陽の「始」まる那一支に至るまで数え、得た位数がその数である。だから子から順に申まで数え(子丑寅卯辰巳午未申)、共に九位。午から順に寅まで数え(午未申酉戌亥子丑寅)、同じく九位。ゆえに子午の数はともに九である。

丑未為對沖,自丑數至申,數八;自未數至寅,亦八,所以丑未八也。寅申為對沖,自寅數至申,數七;自申數至寅,亦七,所以寅申七也。卯酉為對沖,自卯數至申,數六;自酉數至寅,亦六,所以卯酉六也。辰戌為對沖,自辰數至申,數五;自戌數至寅,亦五,所以辰戌五也。巳亥為對沖,自巳數至申,數四;自亥數至寅,亦四,所以巳亥四也。又云:陽數極於九,子午為天地之經,故取陽之極數。自丑未巳下,各減一,從八至四,理自可知。

丑と未は相対冲する。丑から申まで数えて八位、未から寅まで数えても八位。だから丑未はともに八を取る。寅と申は相対冲する。寅から申まで数えて七位、申から寅まで数えても七位。だから寅申はともに七を取る。卯と酉は相対冲する。卯から申まで数えて六位、酉から寅まで数えても六位。だから卯酉はともに六を取る。辰と戌は相対冲する。辰から申まで数えて五位、戌から寅まで数えても五位。だから辰戌はともに五を取る。巳と亥は相対冲する。巳から申まで数えて四位、亥から寅まで数えても四位。だから巳亥はともに四を取る。なお一つの更に簡便な説がある。陽数は九を極とし、子午は天地の経緯正位である。だから陽数の極点九を取る。丑未の一対から下は、毎対依次に一を減じ、八から逓減して四に至る。道理は自ずから明らかである。

干數者,甲九,乙八,丙七,丁六,戊五,己九,庚八,辛七,壬六,癸五。《太玄經》云:甲己九者,甲起甲子,從子故九;己為甲配,故與甲俱九。乙起乙丑,從丑故八;乙配於庚,與庚俱八。丙起丙寅,從寅故七;辛配於丙,與丙俱七。丁起丁卯,從卯故六;丁配於壬,與壬俱六。戊起戊辰,從辰故五;癸配於戊,與戊俱五。

天干の数は、甲九・乙八・丙七・丁六・戊五・己九・庚八・辛七・壬六・癸五である。《太玄経》が解釈していう、甲と己がともに九を取るのは、六十甲子中、甲が最も先に子と配して甲子となり、甲は子に隨って九を取るからである。己は甲と相合(甲己合)する。だから甲と同じく九を取る。乙は最も先に丑に配して乙丑となり、丑に隨って八を取る。乙は庚と相合する。だから庚と同じく八を取る。丙は最も先に寅に配して丙寅となり、寅に隨って七を取る。辛は丙と相合する。だから丙と同じく七を取る。丁は最も先に卯に配して丁卯となり、卯に隨って六を取る。丁は壬と相合する。だから壬と同じく六を取る。戊は最も先に辰に配して戊辰となり、辰に隨って五を取る。癸は戊と相合する。だから戊と同じく五を取る。

支有十二,以對沖同數,故自九至四;干唯有十,以配合同數,故自九至五。又云:支從地,故數畢於陰,以四偶也;干從天,故數畢於陽,以五奇也。五則止於五氣,四則極於四時。上不過九者,陽之極數也。五行及支干之數,相則倍之,王則十而倍之,休則如本,因死半之。以此四而孳,數乃無極。此並從氣增減,氣盛則多,氣衰則少也。

地支は十二個あり、相対冲する二支は同数ゆえに、六対の支は恰好九から四までの六つの数を用いる。天干は十個のみで、相合化する二干は同数ゆえに、五対の干は恰好九から五までの五つの数を用いる。なお一つの解釈がある。地支は地に従属する。だからその数は陰数に終止し、偶数四を末とする。天干は天に従属する。だからその数は陽数に終止し、奇数五を末とする。五を取るのは五行の気に止まり、四を取るのは四時に極まる。上限は九を超えない。九は陽数の極点だからである。五行および干支の数は、さらに「休王」の状態によって増減する。「相」の位に処れば本数を加倍し、「王(旺)」の位に処れば十倍を以てさらに加倍し、「休」の位に処れば本数を保持し、「死」の位に処れば半分に減ずる。この四種の情形に照らして孳衍し続ければ、数目は窮尽がない。これらはみな気の盛衰に隨って増減する。気盛なれば数は大きく、気衰すれば数は小さい。

第四 納音の数を論ず

納音數者,謂人本命所屬之音也。音,卽宮商角徵羽也。納者,取此音以調姓所屬也。《樂緯》云:孔子曰,吹律定姓,一言得土曰宮,三言得火曰徵,五言得水曰羽,七言得金曰商,九言得木曰角。此並是陽數。

いわゆる「納音」の数とは、一人の本命年干支の帰属する楽音を指す。ここでいう音とは、宮・商・角・徴・羽の五音である。「納」とは、この音を取って姓氏の帰属する五行を調定することである。《楽緯》にいう、孔子が講ずる、律管を吹奏して姓氏の帰属を判定する。推算する時、一歩(「一言」)数えて得るは土、音は宮。三歩数えて得るは火、音は徴。五歩数えて得るは水、音は羽。七歩数えて得るは金、音は商。九歩数えて得るは木、音は角。一・三・五・七・九は全て陽数(奇数)で、納音を推すには陽数のみを用いる、と。

凡五行有生數、壯數、老數三種。木,生數三,壯數八,老數九。火,生數二,壯數七,老數三。土,生數五,壯數十,老數一。金,生數四,壯數九,老數七。水,生數一,壯數六,老數五。管輅云:土老數一者,土為萬物之主,一切歸之,所以一也。三才交而人理具,火之為德,取三才之義,故老數三。水,上應五星,下同五藏,故水老數五。金配七曜,故金老數七。木,在天為九星,在地為九州島,在人為九竅,故木老數九。先生數,次壯數,後老數。納音論其本命,故以終數言之。

五行の数は全部で三種ある。生数・壮数・老数である。木の生数は三、壮数は八、老数は九。火の生数は二、壮数は七、老数は三。土の生数は五、壮数は十、老数は一。金の生数は四、壮数は九、老数は七。水の生数は一、壮数は六、老数は五。管輅がこの「老数」の組を解釈していう、土の老数が一を取るのは、土は万物の主宰であり、一切がそれに帰結するから、一を取る。天・地・人の三才が交会して、人道は初めて完備する。火の徳性はまさに三才の義を取る。だから老数は三を取る。水は上において五星に対応し、下において人身の五蔵に対応する。だから水の老数は五を取る。金は日月五星の「七曜」に対応する。だから金の老数は七を取る。木は天上において九星に対応し、地上において九州に対応し、人身において九竅に対応する。だから木の老数は九を取る。三種の数の次序は……

此釋猶為未盡。夫萬物皆稟五常之氣,化合而生。物生之後,必至成壯;成壯之後,必有衰老。故有三種義。為人之道,自壯及老,莫不本乎禮義而以立身。然存禮義者,靡不有初,鮮克有終。今既論納音人之所屬,非人莫能行其禮義,故以終老之數,禮義明之。

上面のこの解釈はなお透徹に足りない。万物はみな五常の気を禀受し、化合を経て産生される。事物は出生した後、必ず成熟壮盛に走向し、成熟壮盛した後、必ず衰敗老朽に走向する。だから生・壮・老三種の数の含義がある。人たるの道理は、壮年より老年に至るまで、礼義をもって根本として立身処世せざるを得ない。しかるに礼義を守れる者は、往々にして好ましい開頭を有するも、最後まで堅持しうる者は稀である。今論ずるは納音の対応する人の帰属であり、人のみが礼義を実行できる以上、だから「終老」の一档の数を用い、礼義に配合して説明する。

一言得土者,土以含弘德厚,位高為君。君為民主,主則無二,唱始之言,故數一也。三言得火者,火既主禮,孝敬為先,不敢棄所生之德,故其數三,從木數也。水居陰位,人臣之道,土能制水,如君制臣,縱之則行,壅之則止,水不自專,故從土數五也。金既主義,義是夫妻之道,妻無自專,有從夫之義,火為金夫,故用火數七也。木主仁孝,金能克木,宗廟之象。《式經》云:金為骸骨,木為棺槨。此明金木為鬼神之事,以敬事,故木從金數,故數九也。一示君德,二順父母,三表臣節,四敬從夫,五事鬼神,此則禮義備而人事畢矣,故納音數用之。

一歩数えて土を得る。土は含容広大・徳性深厚で、地位は最も高く君主を象徴する。君主は万民の主で、主宰は一のみあり二はありえず、首に開端を倡する那一声である。だから数は一を取る。三歩数えて火を得る。火は「礼」を主管し、礼は孝敬を以て先とし、自らを生育した恩徳に背棄することを敢えてせず、火は木の生ずる所ゆえに、三を取る――この三はもともと木の生数であり、火はそれを生ずる木から数を取る。水は陰位に居り、人臣たるの道である。土は水を制約できる。たとえば君主が臣下を管束するがごとく、放てば流行し、堵せれば停止し、水は自ら主張できない。だから水はそれを制する土から数を取って五とする。金は「義」を主管し、義は夫婦の道に体現される。妻は自ら主張できず、夫に順従する道理があり、火は金の夫である(火は金を克し、克する者は夫)。だから金は火の老数七を用いる。木は仁孝を主管し、金は木を克しうる。これは宗廟祭祀の象である。《式経》にいう、金は骸骨、木は棺椁である、と。これは金木が鬼神の事に関渉することを表明し、敬慎を以て相事えるを要する。だから木は金に隨従して数を取り、因って九である。帰納すれば、一は君徳を顕示し、二は父母に順事し、三は臣節を表明し、四は丈夫を敬順し、五は鬼神に奉事する――このごとく礼義は斉備し、人事もまた窮尽される。だから納音の数はこの一組を採用する。

納音者,子午屬庚,震卦所直日辰也;丑未屬辛,巽卦所直日辰也;寅申屬戊,坎卦所直日辰也;卯酉屬己,離卦所直日辰也;辰戌屬丙,艮卦所直日辰也;己亥屬丁,兌卦所直日辰也。一言得土者,本命庚子,子屬於庚,數之,一言便以得之是也。三言得火者,本命丙寅,寅屬於戊,從丙數至戊,凡三是也。五言得水者,本命壬戌,戌屬於丙,從壬數至丙,凡五是也。七言得金者,本命壬申,屬於戊,從壬數至戊,凡七是也。九言得木者,本命己巳,巳屬於丁,從己數至丁,凡九是也。六十甲子,例皆如是。支屬八卦為納音者,皆以次而取對沖,如子午屬庚,子午相對沖也,餘例悉然。

納音を推す基礎配属は、子・午は天干の庚に帰属し、これは震卦の値する日辰である。丑・未は辛に帰属し、巽卦の値する日辰である。寅・申は戊に帰属し、坎卦の値する日辰である。卯・酉は己に帰属し、離卦の値する日辰である。辰・戌は丙に帰属し、艮卦の値する日辰である。巳・亥は丁に帰属し、兌卦の値する日辰である。この六組の配属は八卦納甲の法から来て、以下の納音推算の前提である。具体の推法は、本命の天干から起き、十干の順序に従って本命の地支の帰属する那天干まで数え、数えた歩数がすなわち得る幾「言」である。いわゆる一言で土を得るとは、たとえば本命が庚子であれば、子は庚に帰属し、庚から数え起きて一歩で至る。だから一言であり、納音は土に属する。三言で火を得るとは、たとえば本命が丙寅であれば、寅は戊に帰属し、丙から戊まで数えて(丙・丁・戊)共に三歩。だから三言であり、納音は火に属する。五言で水を得るとは、たとえば本命が壬戌であれば、戌は丙に帰属し、壬から丙まで数えて(壬・癸・甲・乙・丙)共に五歩。だから五言であり、納音は水に属する。七言で金を得るとは、たとえば本命が壬申であれば、申は戊に帰属し、壬から戊まで数えて(壬・癸・甲・乙・丙・丁・戊)共に七歩。だから七言であり、納音は金に属する。九言で木を得るとは、たとえば本命が己巳であれば、巳は丁に帰属し、己から丁まで数えて(己・庚・辛・壬・癸・甲・乙・丙・丁)共に九歩。だから九言であり、納音は木に属する。六十甲子はみなこの例に照らして推算する。地支が八卦に帰属して納音を定めるは、すべて依次に相対冲する二支を取って一組と合する。たとえば子午がともに庚に属するのは、まさに子と午が相対冲するからであり、其余各組もみなこのごとくである。

夫陽施陰化,故受氣定形,皆資於陰陽,以養成之。是以人之所屬,皆以陽數言也。所以子午屬庚之例者,乾為父,坤為母,共有六子,故曰:干將三男震坎艮,坤將三女巽離兌。陰陽相生,故就干索女,就坤索男。所以干一索而得巽,曰長女;再索而得離,曰中女;三索而得兌,曰少女。坤一索而得離,曰長男;再索而得坎,曰中男;三索而得艮,曰少男。

陽は施与を司り、陰は化育を司る。だから万物が気を受け形を成すには、いずれも陰陽両方面に依って養育成就せねばならない。ゆえに人の納音帰属は、一律に陽数(一・三・五・七・九)をもって表述する。「子午は庚に属す」の一組の配属の来歴については、八卦から説き起こさねばならない。乾は父、坤は母で、共に六つの子女を生ず。だから乾は震・坎・艮の三つの男卦を統領し、坤は巽・離・兌の三つの女卦を統領するという。陰陽は互相に生成するゆえに、乾に至って女を求め、坤に至って男を求める。ゆえに乾は第一回に求索して巽を得て長女と称し、第二回に求索して離を得て中女と称し、第三回に求索して兌を得て少女と称する。坤は第一回に求索して震を得て長男と称し(底本はここ「震」を誤って「離」と作る)、第二回に求索して坎を得て中男と称し、第三回に求索して艮を得て少男と称する。

甲是陽干之始,乾下三爻取之;壬是陽干之末,乾上三爻取之;乙是陰干之始,坤下三爻取之;癸是陰干之末,坤上三爻取之。餘有六干,陽付其男,陰付其女。甲乙之後,次於丙丁,故以丙付少男艮,以丁付少女兌;丙丁之後,次於戊己,故以戊付中男坎,以己付中女離;戊己之後,次於庚辛,故以庚付長男震,以辛付長女巽。所以從少而付老,自小及大,從微至著故也。

甲は陽干の開頭で、乾卦の下の三爻に配される。壬は陽干の末尾で、乾卦の上の三爻に配される。乙は陰干の開頭で、坤卦の下の三爻に配される。癸は陰干の末尾で、坤卦の上の三爻に配される――これが「乾は甲壬を納し、坤は乙癸を納す」である。残る六つの天干は、陽干は三つの男卦に交付され、陰干は三つの女卦に交付される。甲乙の後は依次に丙丁である。だから丙を少男の艮に交付し、丁を少女の兌に交付する。丙丁の後は依次に戊己である。だから戊を中男の坎に交付し、己を中女の離に交付する。戊己の後は依次に庚辛である。だから庚を長男の震に交付し、辛を長女の巽に交付する。最も年少から分配を始め、再び逐歩に年長に給する所以は、小により大に及び、微により顕に由る道理を取ったのである。

付干既訖,次付其支。震為長子,故其卦,初九得干之子,九四得干之午,震干庚,故子午屬庚。巽為長女,子後次丑,故其卦,初六得坤之丑,午後次未,六四得坤之未,巽干辛,故丑未屬辛。坎為中男,丑後次寅,其卦,初六得干之寅,未後次申,六四得干之申,坎干戊,故寅申屬戊。

天干の分配が畢り、続いて地支を分配する。震は長子である。だから震卦の初九爻は乾家の子を得、九四爻は乾家の午を得る。震の納する天干は庚である。ゆえに子・午は庚に帰属する。巽は長女である。子の後は依次に丑である。だから巽卦の初六爻は坤家の丑を得る。午の後は依次に未で、六四爻は坤家の未を得る。巽の納する天干は辛である。ゆえに丑・未は辛に帰属する。坎は中男である。丑の後は依次に寅である。だから坎卦の初六爻は乾家の寅を得る。未の後は依次に申で、六四爻は乾家の申を得る。坎の納する天干は戊である。ゆえに寅・申は戊に帰属する。見えるに、支を配するは十二辰の先後順序に従い、六子卦の初爻と四爻の上に依次に分派されるのである。

離為中女,寅後次卯,故其卦,初九得坤之卯,申後次酉,九四得坤之酉,離干己,故卯酉屬己。艮為少男,卯後次辰,故其卦,初六得干之辰,酉後次戌,六四得干之戌,艮干丙,故辰戌屬丙。兌為少女,辰後次己,故其卦,初九得坤之己,戌後次亥,九四得坤之亥,兌干丁,故己亥屬丁。

離は中女である。寅の後は依次に卯である。だから離卦の初九爻は坤家の卯を得る。申の後は依次に酉で、九四爻は坤家の酉を得る。離の納する天干は己である。ゆえに卯・酉は己に帰属する。艮は少男である。卯の後は依次に辰である。だから艮卦の初六爻は乾家の辰を得る。酉の後は依次に戌で、六四爻は乾家の戌を得る。艮の納する天干は丙である。ゆえに辰・戌は丙に帰属する。兌は少女である。辰の後は依次に巳である。だから兌卦の初九爻は坤家の巳を得る。戌の後は依次に亥で、九四爻は坤家の亥を得る。兌の納する天干は丁である。ゆえに巳・亥は丁に帰属する。

六子取干,則乾坤之餘;取支,並從乾坤而得。陽取於干,陰取於坤,皆受於父母。故六子並主十二辰,人之納音,皆所繼焉。甲乙壬癸不為納音者,以屬乾坤故也。或問曰:六子用干,則取父母之不用者;用支,則並同於父母者,何?答曰:干,是陽也,陽體奇,故正得一往分用;支,是陰也,陰體偶,故以再往用之。又復龜則用日,是以正求於干,故發兆分為十分;筮則用辰,正求於支,是以飛伏六爻,並論十二支。雖復體不兼要,須相配以明義。干為尊,故不得不先設,而後求支。筮雖不正用干,亦須干助,以顯其趣;猶如龜判十二支,兆體雖無支象,必約而論之。筮雖闕三甲、三壬、三乙、三癸,亦約虛以求實。

六つの子卦の取る天干は、乾坤両卦の用い残したものであり、取る地支も全て乾坤両卦から分得したものである。陽卦は乾家の支を取り、陰卦は坤家の支を取り、いずれも父母卦から承受して来る。だから六子卦は各々十二地支を主管し、人の納音もすべてここから承継される。甲・乙・壬・癸の四干が納音推算に参与しないのは、それらが乾坤父母両卦に分属し、地位が尊貴で、六子の分配の列に在らないからである。ある人が問う、六子卦の用いる天干は父母卦の用いないものを取ったのに、用いる地支は父母卦と完全に同じであるのは何故か、と。答えていう、天干は陽に属し、陽の本体は奇数である。だから一遍を走れば分配し尽くす。地支は陰に属し、陰の本体は偶数である。だから二遍を走って初めて用い尽くす(十二支を六卦に分け、毎卦は二支を得る)。さらに、亀卜は「日」を用い、主に天干に向かって求取する。だから亀兆は十份に分かれる。蓍筮は「辰」を用い、主に地支に向かって求取する。だから飛神伏神・六爻納支を講じ、併せて十二地支に論及する。両者は各々側重あれど、体例は兼備できず、なお互いに配合してこそ義理を講明できる。天干は尊貴である。だから天干を先に安排せざるを得ず、然る後に地支を求める。蓍筮は直接天干を用いないといえども、天干に依り輔助してこそ旨趣を顕出できる。たとえば亀卜が十二地支を判ずるに、亀兆自体に地支の象はないが、必ず約略にそれを推論せねばならない。蓍筮は三つの甲・三つの壬・三つの乙・三つの癸を缺く(乾坤両卦が各々三爻の干を占める)といえども、虚位を借りて実用を求取するのである。

且設干往,先從父母而為始,後及六子。以甲付干,以乙付坤,以丙付艮,以丁付兌,以戊付坎,以己付離,以庚付震,以辛付巽,歷八卦訖,壬還到干,次癸還到坤。十干所在六爻,乾坤位尊,取其始末理,然體各得二。干支既當爻正用,故卦別皆備。陽卦取其陽支,陰卦取其陰支,四卦同陽,四卦同陰,非正同於父母。當伏羲畫八卦,為三爻,備天地人,所以分乾卦,別取三。乾坤居始,故取甲乙。後神農重之以為八,純子有重來之理,所以卦六干並同。父母無二之義,故後卦取乎壬癸。其甲乙壬癸各少三者,皆排在虛用之中,不全無者,陰有從陽之義。

さらに仮定して天干を依次に分派すれば、まず父母卦から始め、然る後に六つの子卦に輪番する。甲を乾に給し、乙を坤に給し、丙を艮に給し、丁を兌に給し、戊を坎に給し、己を離に給し、庚を震に給し、辛を巽に給する。八卦が一遍輪を終えれば、壬はまた乾に帰り、続いて癸はまた坤に帰る。十天干は各卦の六爻の上に分布し、乾坤は地位尊貴で、有始有終の道理を取る。だからそれらは各々二つの天干を得る。干と支はすなわちいずれも爻位に落ちて実用せねばならない。だから每一卦は配備斉全である。陽卦は陽支を取り、陰卦は陰支を取り、四つの陽卦は同じく陽支を用い、四つの陰卦は同じく陰支を用いる。完全に父母卦に等同するわけではない。初め伏羲が八卦を画いた時、毎卦三爻で、以て天・地・人の三才を斉備した。だから天干を分派する時、毎卦は別に三爻の干を取る。乾坤は開端に居る。だから先ず甲と乙を取る。後に神農が三爻を重畳して六爻の卦となし、六爻の卦は「重来一遍」の道理がある。だから六爻の天干は前後相同じく、また父母卦は第二を有りえないがゆえに、後の一遍が乾坤に至れば壬と癸を取る。甲・乙・壬・癸が各々三爻の位を少なくするに至っては、みな虚設待用の中に排せられ、完全に棄置して用いないのではない。これはまさに陰に陽に順従する義理あるを取る。

第五 九宮の数を論ず

九宮者,上分於天,下別於地,各以九位。天則二十八宿、北斗九星,地則四方四維及中央,分配九有。謂之宮者,皆神所遊處,故以名宮也。鄭司農云:太一行八卦之宮,每四乃入中央。中央雲者,地神之所居,故謂之九宮。

いわゆる「九宮」は、上において天に対応し、下において地に区分される。天地は各々九つの位置を以て划分する。天上に二十八宿と北斗九星あり、地上に東西南北の四正・東南西南東北西北の四隅および中央あり、この九方を分配すれば、すなわち九有(九州)である。「宮」と称する所以は、これらの位置がみな神霊の游行止息する処所だからで、だから「宮」の字をもって命名する。鄭司農(鄭衆)にいう、太一の神は八卦の宮を巡行し、毎に四宮を走り過ぎれば中央に一回帰る。いわゆる中央とは、地神の居る所である。ゆえに合わせて「九宮」と称する、と。

《易緯乾鑿度》云:易一陰一陽之謂道也,故太一取其數以行九宮。《易》曰:天一,地二,天三,地四,天五,地六,天七,地八,天九,地十。天地之數,合五十有五。九宮用者,天除一,地除二,人除三,餘四十九,以當蓍策之數。又四時除四,餘四十五。五者,五行;四十者,五行之成數。合之,則一節之數。分置五方,方各九者,一時九十日之數,四方成四時也。三宮相對,止十五者,為一氣之數,成二十四氣也。

《易緯・乾鑿度》にいう、《周易》は「一陰一陽之を道と謂う」と講ず。だから太一はこの数を取って九宮を巡行する。《周易・繋辞》にいう、天一・地二・天三・地四・天五・地六・天七・地八・天九・地十、天地の数は合計五十五。九宮の取用するは、天のために一を減じ、地のために二を減じ、人のために三を減じて、四十九を残し、正に揲蓍の用いる蓍策の数に相当する。さらに四時のために四を減じて、四十五を残す。この四十五の中、五は五行を代表し、四十は五行成数(六・七・八・九・十)の和である。両者相合して、正に一節の日数である。四十五を分置して五方とすれば、毎方各々九を得、十日一旬と相乗すれば一時九十日の数となり、四方は四時を構成する。九宮盤上の相対する三宮を相加すれば十五のみを得、十五日は一つの節気の日数で、累積して正に二十四節気を構成する。

《尚書洪範》云:初一曰五行,位在北方,陽氣之始,萬物將萌。次二曰敬用五事,位在西南方,謙虛就德,朝謁嘉慶。次三曰農用八政,位在東方,耕種百穀,麻枲蠶桑。次四曰協用五紀,位在東南方,日月星辰,雲雨並興。次五曰建用皇極,位在中宮,百官立表,政化公卿。次六曰乂用三德,位在西北,抑伏強暴,斷制獄訟。次七曰明用稽疑,位在西方,決定吉凶,分別所疑。次八曰念用庶徵,位在東北,肅敬德方,狂僭亂行。次九曰向用五福、威用六極,位在南方,萬物盈實,陰氣宣佈,時成歲德,陰陽和調,五行不忒。

《尚書・洪範》の列する九疇は、正に九宮と一々相配する。第一は「五行」で、方位は北方に在り、かの処は陽気の開端で、万物はまさに萌発しようとする。第二は「敬用五事」で、方位は西南に在り、謙虚を以て徳行を成就し、天子に朝見し嘉慶の礼を行うべし。第三は「農用八政」で、方位は東方に在り、百穀の耕種・麻を種え蚕を養う事を主る。第四は「協用五紀」で、方位は東南に在り、日月星辰の運行に秩序あり、雲雨がともに興作する。第五は「建用皇極」で、方位は中宮に在り、百官が表率を樹立し、公卿が政教を推行する。第六は「乂用三徳」で、方位は西北に在り、強暴を圧服し、獄訟を裁断する。第七は「明用稽疑」で、方位は西方に在り、吉凶を決断し、疑难を分辨する。第八は「念用庶徴」で、方位は東北に在り、恭敬して徳を修め、狂妄僭越の乱行を戒除すべし。第九は「向用五福・威用六極」で、方位は南方に在り、万物は盈満充実し、陰気は始めて宣布し、時令は一歳の徳を成就し、陰陽は調和して五行に差錯を出さない。

故《黃帝九宮經》云:戴九,履一,左三,右七,二四為肩,六八為足,五居中宮,總御得失。其數則坎一、坤二、震三、巽四、中宮五、干六、兌七、艮八、離九。太一行九宮,從一始,以少之多,順其數也。配算曰:中央及四仲,各分九算。命雲木落歸本,分六至亥,故取震六算,以置於干;水流向末,分八至丑,故取坎八算,以置於艮;金義而堅,分二還未,故取兌二算,以置於坤;火本炎盛,自處其鄉,故離算不動;土王四季,本生於巳,故分中宮四算,以置於巽。故成戴九履一之位也。

だから《黄帝九宮経》にいう、頭上に九を戴き、脚下に一を履き、左辺は三、右辺は七、二と四を両肩と為し、六と八を両足と為し、五は中宮に居り、全局の得失を総管する、と。卦位に換えて言えば、すなわち坎一・坤二・震三・巽四・中宮五・乾六・兌七・艮八・離九である。太一が九宮を巡行するは、一から起步し、少より多に由り、数序に順って依次に前進する。算筹をもって九宮を布置する方法は、中央および子・午・卯・酉の四仲の位に、各々先ず九根の算筹を分給する。口诀に「木落は本に帰る」という――木の葉が凋落すれば本根に帰する。そこで震宮から六根を分出して亥の方位に移す。だから震の六根の算筹を取って乾宮に放つ。口诀に「水は末に流向する」という――水は末端に流れて行く。そこで八根を分出して丑の方位に移す。だから坎の八根の算筹を取って艮宮に放つ。口诀に「金は義にして堅」という――金は義を主り性は剛堅である。そこで二根を分出して未の方位に退る。だから兌の二根の算筹を取って坤宮に放つ。火は本性炎熱旺盛で、自らの本郷に安守する。だから離宮の算筹は動かない。土は四季末月に旺して本は巳に生ず。だから中宮から四根の算筹を分出して巽宮に放つ。このようにして、「戴九履一」の九宮格局が形成される。

又,初成八卦之法,命方之算。先取北方九算,命曰水生木,縱一算置寅上,一算置卯上,一算置辰上;又橫一算置甲上,一算置乙上。次取東方九算,命曰木生火,於南方布五位。又取南方之算,命曰火生土,於中央一算,於西北為戊,一算於西南為巳。又取中央之算,命曰土生金,於西方布五位。又取西方之算,命曰金生水,於北方布五位。五方布十干十二支位訖,然後加陰干各一,命曰陰數偶也;次加陽支各一,命曰支體本。加其始餘算,十二月之數也。一算置西北,命曰干之始也;二算置西南,命曰坤之始也。又餘算九,置於中央,為易象也。

なお別に、最初に算筹をもって八卦を布成した方法はこのごとしである。まず各方に算筹を指定する。先ず北方の九根の算筹を取る。口诀に「水は木を生ず」という。縦に一根を寅位に放ち、一根を卯位に放ち、一根を辰位に放つ。さらに横に一根を甲位に放ち、一根を乙位に放つ。続いて東方の九根の算筹を取る。口诀に「木は火を生ず」という。南方に五つの位置を布下する。さらに南方の算筹を取る。口诀に「火は土を生ず」という。中央に一根を放ち、西北に一根を放って戊と為し、西南に一根を放って己と為す。さらに中央の算筹を取る。口诀に「土は金を生ず」という。西方に五つの位置を布下する。さらに西方の算筹を取る。口诀に「金は水を生ず」という。北方に五つの位置を布下する。五方の十天干・十二地支の位を布置し畢って、然る後に毎一つの陰干に各々一根を加える。口诀にこれを「陰数は偶」と謂う。さらに毎一つの陽支に各々一根を加える。口诀にこれを「地支の本体の在る所」と謂う。開頭に残した算筹を加え入れて、正に十二か月の数に合する。さらに一根の算筹を西北に放ち、これを乾卦の起始と謂う。二根を西南に放ち、これを坤卦の起始と謂う。なお九根の算筹を残し、中央に放って易象と為す。

命曰干主甲壬,卽取甲壬上算,以成乾卦。又命曰坤主乙癸,次取乙癸上算,以成坤卦。父母之卦,爻象既定,次及六子。先起長男,命曰震主庚子午,卽取庚及子午上算,以成震卦。又次長女,命曰巽主辛丑未,次取辛及丑未上算,以成巽卦。又次中男,命曰坎主戊寅申,次取戊及寅申上算,以成坎卦。又次中女,命曰離主己卯酉,次取己及卯酉上算,以成離卦。又次少男,命曰艮主丙辰戌,次取丙及辰戌上算,以成艮卦。又次少女,命曰兌主丁巳亥,次取丁及巳亥上算,以成兌卦。

口诀に「乾は甲・壬を主る」といい、そこで甲位と壬位の上の算筹を取り、それらをもって乾卦を組み成す。またいう「坤は乙・癸を主る」、続いて乙位と癸位の上の算筹を取り、坤卦を組み成す。父母両卦の爻象はすでに確定し、続いて六つの子卦に輪が回る。まず長男を起こし、口诀に「震は庚と子午を主る」といい、庚位および子・午の両位の上の算筹を取り、震卦を組み成す。次は長女で、口诀に「巽は辛と丑未を主る」といい、辛位および丑・未の両位の上の算筹を取り、巽卦を組み成す。次は中男で、口诀に「坎は戊と寅申を主る」といい、戊位および寅・申の両位の上の算筹を取り、坎卦を組み成す。次は中女で、口诀に「離は己と卯酉を主る」といい、己位および卯・酉の両位の上の算筹を取り、離卦を組み成す。次は少男で、口诀に「艮は丙と辰戌を主る」といい、丙位および辰・戌の両位の上の算筹を取り、艮卦を組み成す。次は少女で、口诀に「兌は丁と巳亥を主る」といい、丁位および巳・亥の両位の上の算筹を取り、兌卦を組み成す。この一組の配法は前の納音に用いた干支属卦と完全に一致する。

八卦既成,問曰:八卦從何而始?曰:因五行生。又問:五行因何生?曰:因天地生。天地因何生?曰:因太一生。太一因何生?曰:因易生。故云:易有太極,是生兩儀。故變易字為太一,變太一字為天,天一生,地二生也;變天字為水,天生水也;變水字為木,水生木也;變木字成火,木生火也;變火字成土,火生土也;變土字成金,土生金也;變金字成八卦字,八卦因五行生也;變八卦字為十二月字,八卦所主,月也;變十二月字,成地出萬物,以終歸乎地也。此九宮八卦創制之法備矣。

八卦はすでに組み成され、そこで或る人が発問する。八卦はどこから始まるのか。答えて、五行より生ず。又問う、五行は何より生ずるか。答えて、天地より生ず。天地は何より生ずるか。答えて、太一より生ず。太一は何より生ずるか。答えて、「易」より生ず。だからいう、易に太極あり、太極は両儀を生ず、と。ゆえに算筹の演布において、「易」の字を「太一」に変え、「太一」を「天」に変える――天一が生じ地二が生ずる。「天」を「水」に変えるのは、天が水を生ずるからである。「水」を「木」に変えるのは、水が木を生ずるからである。「木」を「火」に変えるのは、木が火を生ずるからである。「火」を「土」に変えるのは、火が土を生ずるからである。「土」を「金」に変えるのは、土が金を生ずるからである。「金」を「八卦」に変えるのは、八卦は五行より生ずるからである。「八卦」を「十二月」に変えるのは、八卦の主管するものがまさに月份だからである。最後に「十二月」を「地出万物」に変え、万物が終竟大地に帰することを表示する。九宮八卦創制の法は、ここに至って完備する。この連続した「字を変える」ことは文字遊戯ではなく、術家が算筹盤上で層々に標記を改換する口诀である。名目を改換する毎に、上一層の生成関係を筹位の上に落とし込み、「易」から一路「地出万物」まで推して、開篇の「易に太極あり、是れ両儀を生ず」の次第と首尾が相応ずる。

九宮數一起,自北方始者,坎一正北,應天之始,始無二,故一。北方五行之始,所以五行在北方,故云陽氣之始,萬物將萌。五事數二在西南者,五事,貌言視聽思也,別在後篇解。因五行而有五事次之,故二。又云:坤二在西南,應地之數。西南,林鐘之管,氣之次,二也。五事,人事之先也,故曰謙虛就德、朝謁嘉慶,並五事所主也。

九宮の数は一から始まり、しかも北方に起こるのは、坎一が正北に居り、上天の開端に対応するからである。開端は一であるのみで、二でありえない。だから一を取る。北方はまた五行の起始の地である。だから《洪範》は「五行」のこの疇を北方に安んじ、そこを「陽気の始め、万物まさに萌えん」とする。「五事」の数は二で位は西南にある。五事とは貌・言・視・聴・思である(別に後の篇章で詳しく解す)。先に五行があり、五事はこれに隨ってその後に排される。だから二である。また一説に、坤二は西南に在り、地の数に対応する。西南は林鐘律管の在る所で、気序において第二に排す。だから二である。五事は人事の中で最も優先する。だから「謙虚にして徳に就き、朝謁し嘉慶せよ」といい、講ずるはみな五事の主管する内容である。

八政之數三在東方者,八政,食、貨、祀、司空、司徒、司寇、賓、師也。既有五事,次修八政,故三。又云:震三正東,應人之數,三才義畢。東方春,農之始也。食者,耕種炊烹也;貨者,畜積儲博,錢布金兵也;祀者,祭祀供神也;司空者,土地畝也;司徒者,民戶口大小數也;司寇者,禁備盜賊,糾察非常也;賓者,注籍往來,受容嘉慶也;師者,教訓農夫,耒耜設法也。故云耕種百穀,麻枲蠶桑也。

「八政」の数は三で位は東方にある。八政とは食・貨・祀・司空・司徒・司寇・賓・師を指す。すでに五事があれば、続いて八政を修治せねばならない。だから三である。また一説に、震三は正東に居り、人の数に対応し、天・地・人の三才の義はここに完備する。東方は春に属し、農事の開端である。「食」は耕種と炊煮の事を指す。「貨」は蓄積儲備・銭幣布帛と金銀兵器の類の財用を指す。「祀」は神明を祭祀供奉することを指す。「司空」は土地田畝を掌管する。「司徒」は民戸人口の多少を掌管する。「司寇」は盗賊を防禁し異常を糾察することを負責する。「賓」は往来の賓客を登記し嘉慶の礼を接待することを負責する。「師」は農夫を教導し耒耜農具の法を制定することを負責する。だからこの宮は「百穀を耕種し、麻枲蚕桑」を主るという。

五紀數四在東南者,五紀,歲、日月、奉化、日辰、曆數也。八政既修,非歲時日月,無以敷播植,次之故四。又云:巽四,東南,風行四時,以應四時之數。東南巳,純干用事,干主天,巽主號令,故居東南。歲者,以四時有序,盛衰始終也;日月者,照明萬物,氣候遠近也;奉化者,卽仰王化,須建功貢寶也;日辰者,次序陰陽,斷制產物也;曆數者,記綴度數,農夫候望,賦斂隨時也。故曰:王者惟歲,稅數握成,以化下也;卿士惟月,奉化行道,立寶;師允惟日,陳列眾職,制作於萬品。歲月日時,無易修務,敬時以順紀也。故云日月星辰,雲雨並興也。

「五紀」の数は四で位は東南にある。五紀とは歳・日月・奉化・日辰・暦数を指す。八政はすでに修治されたが、歳時日月を準になければ播種耕作を安排する由がない。だから八政の後に排して四とする。また一説に、巽四は東南に居り、風は四時に行き、その対応するは四時の数である。東南は巳の位で、純乾の気がここに用事し、乾は天を主り巽は号令を主る。だから東南に居る。「歳」とは四時に秩序あり・盛衰あり・始終あることをいう。「日月」とは万物を照明し、気候に遠近の別あることをいう。「奉化」とは王者の教化を仰承し、功業を建立し珍宝を進貢するを要することをいう。「日辰」とは陰陽の次序を排定し、物産の宜を裁断することをいう。「暦数」とは天体の度数を記録し、農夫がこれに拠って天時を観候し、時に依って賦税を徴収せしめることをいう。だからいう、王者の管するは一年の政で、賦税の数はこれに拠って核定し、以て下民を教化する。卿士の管するは一月の政で、教化を奉行し正道を推行し典範を樹立する。師尹の管するは一日の政で、諸々の職守を陈列し各類の器物を制作する。年・月・日・時はいずれも変乱すべからず、各々その務を修め、時令を恭敬して綱紀に順応する。だからこの宮は「日月星辰、雲雨並び興る」を主るという。

皇極數五在中央者,皇王建萬國,處中,分別四方,百官以治,萬事畢理,歲時成就,職貢均等,租稅五穀,以供王事,故在其中央。中央之數本五也。又云:土居中央,應五行之數。若王者動不得中,則不能建萬事,故曰皇之不極,是謂不建也。故曰百官立表,政化公卿也。

「皇極」の数は五で位は中央にある。君王は万国を建立し、自ら中間に居り、分別して四方を統轄し、百官は各々その職を司り、万事はみな治理を得、歳時の収成は成就あり、各地の貢賦は均平にして、租税五穀はすべて王室の事を供給するのに用いる。だから中央に安放する。中央の数はもともと五である。また一説に、土は中央に居り、正に五行中の土の生数五に対応する。もし君王の挙措が中を守ることができなければ、万事を建立できない。だから《洪範》にいう、君王が「皇極」に達しなければ、これを「建せず」と謂う、と。だからこの宮は「百官表を立て、政化は公卿」を主るという。

三德數六在西北者,三德,正直、剛克、柔克。乾為天位,人君之象,過五故數六。又云:干在西北,陰陽氣分於西北,故應六律之數也。西北,干之所處,故人君居之。正直者,人德也,君子方正以義,無所曲私,故云平康正直,不疑其德。剛克者,天德也,法度不失,輕重罪服,故曰沈潛剛克。柔克者,地德也,有德秩祿,安定眾職,賞賜萬國,故曰高明柔克。故云抑服強暴,斷制獄訟也。

「三徳」の数は六で位は西北にある。三徳とは正直・剛克・柔克を指す。乾は天の位置で、君主を象徴する。それは中央の五を超える。だから数は六である。また一説に、乾は西北に在り、陰陽二気は西北に分界する。だから六律の数に対応する。西北は乾の処する地であり、因って君主が居守する。「正直」は人の徳である。君子は方正にして義に合し、偏私曲護なし。だから《洪範》に「平康正直」という――世道が平安なれば正直の道を用い、この徳行に対し疑いあるを要しない。「剛克」は天の徳である。法度は失わず、罪罰の軽重は各々その分に当たる。だから「沈潜剛克」という――沈溺柔弱の人に対して剛強の道をもって矯正する。「柔克」は地の徳である。徳ある人に官秩俸禄を給し、各類の職守を安定させ、天下の諸国に賞賜する。だから「高明柔克」という――高亢明察の人に対して柔和の道をもって調節する。だからこの宮は「強暴を抑服し、獄訟を断制する」を主るという。

稽疑數七在西方者,稽疑者,建立卜筮,問疑擇善,占天地之象,以定吉凶。蓍圓卦方,龜筮共知可否。三人占,從二人之言。昔者聖人慎謀重始,動事作業,樹本開基,決嫌定疑,必謀以賢知,諮以耆艾,參以蓍龜,故舉無過事,慮無失計。蠻夷雖無君臣之序,亦有決疑之卜,或以金石,或以木草。故知稽疑之事,聖人所尚。以其次干之後,故數七也。又云:兌正西,卯酉為天地之門,卯主始,酉主終,故斗指卯則萬物皆出,指酉則萬物皆入。兌應七星之數,兌為金,主悅言,故在西方。故云決定吉凶,分別所疑也。

「稽疑」の数は七で位は西方にある。いわゆる稽疑とは、卜筮の法を建立し、疑难に遇えば発問し善を擇んで従い、天地の象を占測して吉凶を判定する。蓍策は円形を取って天を象り、卦体は方形を取って地を象り、亀卜と蓍筮が共同して可否を判ずる。三人が同じく占えば、その中の二人の相同じい説に依従する。昔、聖人は謹んで謀画し開端を重くし、凡そ挙動あり・事業を創立し・根本を樹立し・基業を開創するには、嫌疑を決断するに、必ずまず賢明有智の者に請教し、再び年高德劭の者に咨詢し、最後に蓍亀をもって参験した。だから事を挙げて過失なく、謀慮して失算なし。四方の蛮夷は君臣の礼序ないといえども、疑を決する占卜はあり、あるは金石を用い、あるは草木を用いる。見えるに稽疑の事は聖人の推重するところである。それが乾(三徳)の後に排するがゆえに、数は七である。また一説に、兌は正西に居り、卯と酉は天地の門戸で、卯は開始を主り、酉は終結を主る。だから斗柄が卯を指せば万物はみな出生し、酉を指せば万物はみな収蔵される。兌は北斗七星の数に対応する。兌は金に属し、喜悅と言説を主る。だから西方に配する。だからこの宮は「吉凶を決定し、疑う所を分別する」を主るという。

庶徵數八在東北者,庶徵者,眾征也。王者以及眾庶,莫不內省咎過,外察徵祥,順征知機,則無禍患。不審其過,不念庶徵,則禍至不悟,敗亡無日矣。有機徵見者,必恭事上帝,用不為過,則降以福應。《詩》云:昭事上帝,聿懷多福。如不共御善,不畏上帝,群神乃怒,必有譴罰。數八者,次七後也。又云:艮八在東北,艮是止義,艮為徑路。萬物大出於震,小出於艮。震為眾男之長,艮為眾男之少,故應八卦之數。艮既為止,令止惡就善也,故在東北。故云肅敬德方,狂僭亂行。

「庶徴」の数は八で位は東北にある。いわゆる庶徴とは、諸々の徴兆である。上は君王より下は百姓に至るまで、内にあっては己の過咎を反省し、外にあっては徴兆祥異を観察せざるを得ない。徴兆に順って先機を察知すれば、禍患あることなし。もし過失を省察せず庶徴に留心せず、禍患が頭に臨んでもなお醒悟しなければ、敗亡は旦夕の間にある。ひとたび先機の徴兆が出現すれば、必ず恭しく上帝に奉事し、行事に差錯なくさば、上天は福報を降下する。《詩経》にいう、明々白々として上帝に奉事すれば、ここに衆多の福祉を招来する、と。もし共に善道を奉行せず上帝を敬畏しなければ、衆神は震怒し、必ず譴責懲罰がある。数が八なのは、それが七の後に排するからである。また一説に、艮八は東北に在り、艮は「止」の意で、艮はまた小路を象る。万物は大規模に震に出生し、小規模に艮に出生する。震は衆男のうちの長子、艮は衆男のうちの幼子。だから八卦の数に対応する。艮はすでに静止を主る。すなわち悪行を止めて善道に帰するを要する。だから東北に配する。だからこの宮は「徳方を粛敬し、狂僭の乱行を戒む」を主るという。

五福六極,數九在南方。五福,壽、富、康寧、攸好德、考終命。壽者,孝悌道德備,然後修神丹,延壽命;富者,德化所及,豐穰無闕;康寜者,國化安寜,長樂無事;攸好德者,論理比類,進善抑惡;考終命者,順時成務,可以壽命,統著善德。六極者,凶短折、疾、憂、惡、貧、弱。凶短折者,斬梟誅裂,大罪也;疾者,榜笞毆擊,疾臥養視也;憂,論作望,兢朝日也;惡,髡赭剝,戮辱錮棄也;貧,償贓賦,沒財產也;弱,離邑里,徙邊地,以戒後也。此罪罰之理居後,故數九。又云:離既在午,以為子沖,極則還反,故離最其末,以為九宮之數。離為明,人君南面以聽政,象離之明,刑罰須明,故在南方。故云萬物率盈實也。

「五福」と「六極」の数は九で位は南方にある。五福とは寿・富・康寧・攸好徳・考終命である。「寿」とは孝悌道徳が斉備した後、さらに丹薬を修錬して寿命を延長することをいう。「富」とは徳化の及ぶ所で、年穀が豊饒にして欠缺なきことをいう。「康寧」とは国家の教化が安寧し、長く歓楽にして事なきことをいう。「攸好徳」とは義理を講論し比類して知り、善人を進用し悪行を抑制することをいう。「考終命」とは時令に順応して事業を成就し、天年を享け尽くすを得て、総括して善徳を彰顯することをいう。六極とは凶短折・疾・憂・悪・貧・弱である。「凶短折」は斬首梟示・誅戮分裂を指し、大罪に属する。「疾」は鞭笞殴打に遭い、病に臥して人の将養照看を要することを指す。「憂」は罪に論せられ判を待ち、朝夕惶恐することを指す。「悪」は髪を剃り赭を塗られ、身份を剥奪され、戮辱と禁錮棄逐を蒙ることを指す。「貧」は贓款賦税を賠償し、財産を没収されることを指す。「弱」は郷里を離れ辺地に遷徙せられ、以て後人を警戒するのに用いられることを指す。これらはみな刑罰罪責の道理で、位次は最後にある。だから数は九である。また一説に、離はすでに午位に居り、子と相対冲し、事物は極点に至れば返る。だから離は最も末に排して、九宮の数の終点と為す。離は光明を主り、君主は南に面して政を聴く。離の明察に取象する。刑罰もまた必ず明察せねばならない。だから南方に配する。だからこの宮は「万物率い盈実す」を主るという。

宮唯有九,不十者,八方與中央,數終於九。上配九天、九星、二十八宿,下配五嶽、四瀆、九州島也。九宮經言:一主恆山,二主三江,三主太山,四主淮,五主嵩高,六主河,七主華山,八主濟,九主霍山。又,一為冀州,二為荊州,三為青州,四為徐州,五為豫州,六為雍州,七為梁州,八為兗州,九為揚州。九州島之名,互有改變。禹貢九州島,卽此配唐時名同者,以堯命禹治洪水,分九州島,因而不易。故周虞有十二州,加幽並營。舜以青州越海,分齊為營州;冀州南北太遠,分衛為幷州;燕以北分置幽州。殷時九州島,有幽營,無青梁;周官九州島,有幽並,無徐梁;漢立十二州,增交益焉。

宮は九のみで十でないのは、八方に中央を加えて、数目は九に至って終止するからである。上にあっては九天・九星と二十八宿に配し、下にあっては五岳・四瀆と九州に配する。《九宮経》にいう、一は恒山を主り、二は三江を主り、三は泰山を主り、四は淮水を主り、五は嵩山を主り、六は黄河を主り、七は華山を主り、八は済水を主り、九は霍山を主る、と。またいう、一は冀州、二は荊州、三は青州、四は徐州、五は豫州、六は雍州、七は梁州、八は兗州、九は揚州である、と。九州の名称は歴代互いに変動がある。《禹貢》の九州はすなわちこの配法に照らし、唐堯の時の名称と同じである。堯が大禹に命じて洪水を治め九州を划分せしめ、此後は沿用して改めない。周と虞舜の時期は十二州あり、幽・并・営の三州を加えた。舜は青州が海を跨いであまりに遠いがゆえに、斉地を分出して営州を設け、冀州は南北あまりに遼濶で、衛地を分出して并州を設け、燕以北は別に幽州を設けた。殷代の九州は幽・営ありて青・梁なし。《周礼・職方》の九州は幽・并ありて徐・梁なし。漢代は十二州を設け、さらに交州と益州を増加した。宮数を分別して名山大川と九州に係属する所以は、占者に一見して宮数を見れば、それが天上でいずれの片の星野に対応し、地上でいずれの方の水土に対応するかを知らしめるためである。しかるに州名は歴代に増減あり、用いる時はまず拠り所とするはいずれの朝の建置かを認清しなければならない。

冀州者,《釋名》云:冀州取地為名,有險易,帝王所都。《太康地記》曰:冀,近,其氣相近也。其地自太行東至碣石、王屋、底柱。《禹貢》云:冀州既載。《呂氏春秋》云:兩河之間為冀州,正北方。荊州者,《釋名》云:荊,警也,南蠻數為寇逆,州道先強,當警備之也。其地北據荊山,南及衡山之陽。《禹貢》云:荊及衡陽惟荊州。《爾雅》云:漢南曰荊州。《呂氏》曰:荊,楚也。青州者,《釋名》云:青,在東生也。《太康地記》曰:少陽色青,歲始事首,卽以為名。其地東北據海,西距岱。《禹貢》云:海岱惟青州。《呂氏》云:東方海隅青州,齊也。

まず冀州を言う。《釈名》にいう、冀州はその土地に就いて名づけた。境内に険あり平あり、帝王の都を建つる処である。《太康地記》にいう、冀とは「近」であり、四方の気がここに彼此相近くことをいう。その地域は太行山より東、碣石山・王屋山・砥柱山に至る。《禹貢》に「冀州既に載す」といい、冀州の治水の功はすでにまず記載された。《呂氏春秋》にいう、二条の河の間は冀州で、位は正北に在る、と。次に荊州を言う。《釈名》にいう、荊とは「警」であり、南方の蛮族が屡々入寇して乱を作し、この州は要衝に処し地勢険強で、警戒防備すべきである。その地域は北に荊山を拠し、南に衡山の南に至る。《禹貢》に「荊および衡陽は惟れ荊州」という。《爾雅》にいう、漢水以南を荊州と呼ぶ。《呂氏春秋》にいう、荊とは楚地である、と。次に青州を言う。《釈名》にいう、青とは東方生発の義を取る。《太康地記》にいう、少陽の色は青で、一年はここから始まり万事はここを以て首とする。これをもって命名する。その地域は東北に大海を拠し、西面は岱山(泰山)に至る。《禹貢》に「海岱は惟れ青州」という。《呂氏春秋》にいう、東方の海辺の青州は、すなわち斉地である、と。

徐州者,《釋名》曰:徐,舒也,土氣舒緩也。其地東至海,北至岱,南及淮。《禹貢》云:海岱及淮惟徐州。《呂氏》云:泗上為徐州,魯也。《爾雅》云:濟東曰徐州。豫州者,《釋名》曰:豫,在九州島之中安豫也。《太康地記》云:稟中和之氣,性理安舒。其地南據荊,北距河。《禹貢》云:荊河惟豫州。《呂氏》云:河漢之間為豫州。《爾雅》云:河南曰豫州。雍州者,《太康地記》云:雍居西北之位,陽所不至,陰氣壅閼,取以為名。其地西據黑水,東距西河。《禹貢》云:黑水西河惟雍州。《呂氏》云:雍州,秦也。《爾雅》云:河西曰雍州。

次に徐州を言う。《釈名》にいう、徐とは「舒」であり、かの地の土気は舒緩である。その地域は東は大海に至り、北は岱山に至り、南は淮水に至る。《禹貢》に「海岱および淮は惟れ徐州」という。《呂氏春秋》にいう、泗水の一帯は徐州で、すなわち魯地である。《爾雅》にいう、済水以東を徐州と呼ぶ、と。次に豫州を言う。《釈名》にいう、豫とは、その九州の中に居りて安逸和楽なるがゆえである。《太康地記》にいう、豫州は中和の気を禀受し、性情事理ともに安詳舒緩である。その地域は南に荊山を拠し、北は黄河に至る。《禹貢》に「荊河は惟れ豫州」という。《呂氏春秋》にいう、黄河と漢水の間は豫州である。《爾雅》にいう、黄河以南を豫州と呼ぶ、と。次に雍州を言う。《太康地記》にいう、雍は西北の位に処り、陽気はそこに到達せず、陰気は壅塞阻絶する。「壅」を取って命名する。その地域は西に黒水を拠し、東は西河に至る。《禹貢》に「黒水西河は惟れ雍州」という。《呂氏春秋》にいう、雍州はすなわち秦地である。《爾雅》にいう、黄河以西を雍州と呼ぶ、と。

梁州者,《太康地記》云:梁者,剛也,取西方金剛之氣,剛強以為名也。其地東據華山,西距黑水。《禹貢》曰:華陽黑水惟梁州。兗州者,《釋名》云:取兗水為名。《太康地記》曰:辨其履信稟貞正之意也。其地東南據濟,西北距河。《禹貢》曰:濟河惟兗州。揚州者,《釋名》云:揚州多水,水波揚也。其地北據淮,東距海。《禹貢》云:淮海惟揚州。《呂氏》曰:揚州,越也。《爾雅》曰:江南曰揚州。

次に梁州を言う。《太康地記》にいう、梁とは「剛」であり、西方の金気剛硬の義を取り、剛強をもって命名する。その地域は東に華山を拠し、西は黒水に至る。《禹貢》に「華陽黒水は惟れ梁州」という、と。次に兗州を言う。《釈名》にいう、兗州は兗水(済水の支流)を取って名とする。《太康地記》にいう、この名は辨明して誠信あり・貞正を禀受する意を含む。その地域は東南に済水を拠し、西北は黄河に至る。《禹貢》に「済河は惟れ兗州」という、と。次に揚州を言う。《釈名》にいう、揚州は水多く、水波が飛揚する。だから揚と呼ぶ。その地域は北に淮水を拠し、東は大海に至る。《禹貢》に「淮海は惟れ揚州」という。《呂氏春秋》にいう、揚州はすなわち越地である。《爾雅》にいう、長江以南を揚州と呼ぶ、と。

今依九宮之位,冀州正北,在坎宮;荊州西南,在坤宮;青州正東,在震宮;徐州東南,在巽宮;豫州中央,在中宮;雍州西北,在干宮;梁州正西,在兌宮;兗州東北,在艮宮;揚州正南,在離宮。其位與此解相似。太一以兗州在正北坎位,青州在東北艮位,徐州在正東震位,揚州在東南巽位,荊州在正南離位,梁州在西南坤位,雍州在正西兌位,冀州在西北干位。此並從五行本始之氣,西北亥地,故坎水居之;東北寅地,故震木居之;西南巳地,故離火居之;西南申地,故兌金居之;乾為金,故從本金位;巽為木,故從本木位;坤艮俱土,故取地之經,居正南正北。此並依《周禮·職方》之始位,雖宮位微移,五行氣一。

今、九宮の方位に按じて配せば、冀州は正北に在り坎宮に属し、荊州は西南に在り坤宮に属し、青州は正東に在り震宮に属し、徐州は東南に在り巽宮に属し、豫州は中央に在り中宮に属し、雍州は西北に在り乾宮に属し、梁州は正西に在り兌宮に属し、兗州は東北に在り艮宮に属し、揚州は正南に在り離宮に属する。この一組の配法は前に講じた次序と大体相符合する。別に太一家の配法は同じからず、兗州は正北の坎位、青州は東北の艮位、徐州は正東の震位、揚州は東南の巽位、荊州は正南の離位、梁州は西南の坤位、雍州は正西の兌位、冀州は西北の乾位とする。この一組はみな五行の本始の気に依って安排する。西北は亥地(水の生地)である。だから坎水はこれに居る。東北は寅地(木の生地)である。だから震木はこれに居る。西南は巳地(火の生地)である。だから離火はこれに居る。西南はまた申地(金の生地)である。だから兌金はこれに居る。乾は金に属する。だから金の本位に帰る。巽は木に属する。だから木の本位に帰る。坤と艮はともに土に属する。だから大地南北の経線を取り、正南正北に安置する。これらはみな《周礼・職方》の載する原初の方位に依拠し、宫位は稍々移動あれど、五行の気はなお同一組である。

此九州島上對九天分,二十八宿屬焉。《淮南子》云:中央鈞天,數五,其星角亢氐,韓鄭分。鈞,極也,布極四方,亦曰極天,為四行主,對中宮豫州。東方蒼天,數三,其星房心尾,房心,宋分;尾,燕分。東方色青也,對震宮青州。東北變天,數八,其星箕斗牛,箕,燕分;斗,吳分;牛,岱分。水之季,陰氣盡,陽始作,萬物將變,對艮宮兗州。北方玄天,數一,其星女虛危室,女,越分;虛危,齊分;室,衛分。水色黑,故云玄天,對坎宮冀州。

この九州は上に九天の分野に対応し、二十八宿もそれぞれその中に帰属する。《淮南子・天文訓》にいう、中央を「鈞天」と呼び、数は五、所属の星宿は角・亢・氐で、韓・鄭両国の分野である。鈞とは極であり、中極を四方に布散する。極天とも呼び、其余四行の主宰で、中宮豫州に対応する。東方を「蒼天」と呼び、数は三、所属の星宿は房・心・尾で、房・心は宋国の分野、尾は燕国の分野である。東方の色は青。だから震宮青州に対応する。東北を「変天」と呼び、数は八、所属の星宿は箕・斗・牛で、箕は燕国の分野、斗は呉国の分野、牛は岱地の分野である。ここはまさに水の末季に当たり、陰気まさに尽き陽気始めて生じ、万物まさに変化せんとし、艮宮兗州に対応する。北方を「玄天」と呼び、数は一、所属の星宿は女・虚・危・室で、女は越国の分野、虚・危は斉国の分野、室は衛国の分野である。水の顔色は黒。だから玄天と呼び、坎宮冀州に対応する。

西北幽天,數六,其星壁奎婁,壁,衛分;奎婁,魯分。金之季,卽太陰幽闇也,對干宮雍州。西方昊天,數七,其星胃昴畢,胃,魯分;畢昴,趙分。金色白,故曰昊天,對兌宮梁州。西南朱天,數二,其星觜參井,觜參,晉分;井,秦分。居火之季,陽色朱也,對坤宮荊州。南方炎天,數九,其星鬼柳星,鬼,秦分也;柳星,周分也。火性炎上,故曰炎天也,對離宮揚州。東南陽天,數四,其星張翼軫,張,周分;翼軫,楚分。木之季,將卽太陽,故曰陽天也,對巽宮徐州。

西北を「幽天」と呼び、数は六、所属の星宿は壁・奎・婁で、壁は衛国の分野、奎・婁は魯国の分野である。ここはまさに金の末季に当たり、すなわち太陰幽暗の地で、乾宮雍州に対応する。西方を「昊天」と呼び、数は七、所属の星宿は胃・昴・畢で、胃は魯国の分野、畢・昴は趙国の分野である。金の顔色は白。だから昊天と呼び、兌宮梁州に対応する。西南を「朱天」と呼び、数は二、所属の星宿は觜・参・井で、觜・参は晋国の分野、井は秦国の分野である。ここは火の末季に処し、陽気の色は朱紅で、坤宮荊州に対応する。南方を「炎天」と呼び、数は九、所属の星宿は鬼・柳・星で、鬼は秦国の分野、柳・星は周室の分野である。火性は炎熱上昇する。だから炎天と呼び、離宮揚州に対応する。東南を「陽天」と呼び、数は四、所属の星宿は張・翼・軫で、張は周室の分野、翼・軫は楚国の分野である。ここは木の末季に処し、まさに太陽の地に入らんとし、だから陽天と呼び、巽宮徐州に対応する。

此九天亦屬北斗九星之數,故下對九州島。炎天數九,屬斗第一樞星,應離宮,對揚州。變天數八,屬斗第二璇星,應艮宮,對兗州。昊天數七,屬斗第三璣星,應兌宮,對梁州。幽天數六,屬斗第四權星,應干宮,對雍州。鈞天數五,屬斗第五衡星,應中宮,對豫州。陽天數四,屬斗第六開陽星,應巽宮,對徐州。蒼天數三,屬斗第七瑤光星,應震宮,對青州。朱天數二,屬斗第八星,應坤宮,對荊州。玄天數一,屬斗第九星,應坎宮,對冀州。屬斗第八第九二星,陰而不見,以其對陰宮也。又郭璞《易占》云:干一,坤二,震三,巽四,坎五,離六,艮七,兌八。占人及物數皆準此,蓋以父母男女為次也。此九宮八卦之數,故以備釋。

この九天は同時に北斗九星の数に対応する。だから下に九州と相配しうる。炎天の数は九で、北斗第一の天枢星に属し、離宮に応じ揚州に対する。変天の数は八で、第二の天璇星に属し、艮宮に応じ兗州に対する。昊天の数は七で、第三の天璣星に属し、兌宮に応じ梁州に対する。幽天の数は六で、第四の天権星に属し、乾宮に応じ雍州に対する。鈞天の数は五で、第五の玉衡星に属し、中宮に応じ豫州に対する。陽天の数は四で、第六の開陽星に属し、巽宮に応じ徐州に対する。蒼天の数は三で、第七の瑶光星に属し、震宮に応じ青州に対する。朱天の数は二で、第八の星に属し、坤宮に応じ荊州に対する。玄天の数は一で、第九の星に属し、坎宮に応じ冀州に対する。北斗の第八・第九のこの二つの星は陰に属し肉眼で見えない。まさにそれらの対する所は陰宮だからである。また郭璞《易占》にいう、乾一・坤二・震三・巽四・坎五・離六・艮七・兌八で、人事を占し物を占する数目はみなこれを以て準とする。これは父・母・男・女の次序に按って排したものである。北斗の第八・第九の二颗とは、すなわち後世のいう輔・弼の二隠星で、肉眼に見えない。だから正に坤・坎の二つの陰宮に配する。郭璞のこの一組の卦数は前の九宮の用いた坎一・坤二の一組と相同じからず、別に一家を立てたものに属し、占断する時はまず自分の用いるはいずれの一組かを分清せねばならない。以上は九宮八卦の数である。だからここに詳しく解説を加える。

五行大義 巻第二

第四 相生を論ず(ここに三段に分かれる:一は相生を論じ、二は生死の所を論じ、三は四時の休王を論ず)

一つ目 相生を論ず

經云:天生一,始於北方水;地生二,始於南方火;人生三,始於東方木;時生四,始於西方金;五行生五,始於中央土。又曰:天始生一者,因一而生天,非天生一也。故云:一生二,二生三,三生萬物。地生二者,亦因二而生地;因三生人,因四生時。五行皆由一而生,數至於五,土最在後,得五而生五行也。

経書の上にいう、天は生数一、北方の水より始まる。地は生数二、南方の火より始まる。人は生数三、東方の木より始まる。時は生数四、西方の金より始まる。五行は生数五、中央の土より始まる、と。また解釈していう、いわゆる「天始めて一を生ず」とは、実は一有りてこそ天を生じたのであり、天が一を生出したのではない。だから《老子》にいう、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず、と。いわゆる「地は二を生ず」とも、二有りてこそ地を生じたからである。三有りてこそ人を生じ、四有りてこそ四時を生じたからである。五行はみな「一」より生じ、数は五に排して、土は最後に排し、五を得てこそ全体の五行を生成する。

五行同出而異時者,出離其親,有所配偶。譬如人生,亦同元氣而生,各出一家,配為夫妻,化生子息。故五行皆相須而成也。五行同胎而異居,有先後耳。夫五行皆資陰陽氣而生,故云:濡氣生水,溫氣生火,強氣生木,剛氣生金,和氣生土。故知五行同時而起,托義相生。傳曰:五行並起,各以名別。然五行既以名別,而更互用事,輪轉休王,故相生也。

五行は同一の源より出でて異なる時に現れる。たとえば子女が父母を離れて、各々別に配偶を有するがごとし。譬えて人の出生のごとく、同じく元気を禀受して来て、長成した後に各々本家を離れ、配して夫妻を成し、再び化生して子女を成す。だから五行はみな彼此に依頼してこそ成就しうる。五行は同胎の生まれにして分居各所に在り、ただ先後の別あるのみである。五行はみな陰陽の気に依ってこそ産生しうる。だからいう、湿潤の気は水を生じ、温熱の気は火を生じ、強靭の気は木を生じ、剛硬の気は金を生じ、冲和の気は土を生ず、と。これによって知られる、五行はもともと同時に興起したので、ただ「相生」の義を借りて次第を安排したのである、と。伝文にいう、五行は一斉に興起し、ただ各々名称をもって相区別する。すなわち五行が名称をもって相区別し、また交替して当令し事を行い、輪流に休・王を経歴すれば、そこに相生の関係がある、と。

穎容云:凡五行相生,謂異類相化,如男女異姓,能至繁殖;若以水濟水,不生嘉味。河閒獻王問溫城董君曰:孝者,天之經,地之義也,何謂也?對曰:天有五行,木火土金水是也。木生火,火生土,土生金,金生水,水生木。木為春,春主生,夏主長養,秋主收,冬主藏,藏者,冬之所成也。是故父之所生,其子長之;父之所長,其子養之;父之所養,其子成之。不敢不致如父之意,盡為人之道也。故五行者,五常也。

穎容にいう、凡そ五行相生とは、同類ならざる物が互いに化育することを指す。たとえば男女異姓が通婚してこそ後代を繁衍できるがごとく、もし水をもって水に加えれば、好ましい味道を調出できない。河間献王劉徳が温城の人董仲舒に問うていう、《孝経》に講ずる孝は天の常経・地の大義とは、これは何の意か、と。董仲舒が回答していう、天に五行あり、すなわち木・火・土・金・水である。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。木は春に対応し、春は生発を主り、夏は長養を主り、秋は収斂を主り、冬は収蔵を主る。収蔵はまさに冬の成就する事である。だから父輩の生じたる所を、児子は継いでこれを長大せしめ、父輩の養大したる所を、児子は継いでこれを撫育し、父輩の撫育したる所を、児子は継いでこれを成就せしめる。児子は敢えて父の心意を完全に体現せざるなし。これが人たるの道理を尽くす。だから五行はすなわち五常の道である、と。

《白虎通》云:木生火者,木性溫暖,火伏其中,鑽灼而出,故木生火。火生土者,火熱,故能焚木,木焚而成灰,灰卽土也,故火生土。土生金者,金居石,依山津潤而生,聚土成山,山必生石,故土生金。金生水者,少陰之氣潤澤,流津銷金亦為水,所以山雲而從潤,故金生水。水生木者,因水潤而能生,故水生木也。《元命苞》云:陽吐陰化,故水生木也。

《白虎通》にいう、木が火を生ずる所以は、木性は温暖で、火は木中に潜伏し、木を钻り灼焼すれば火が冒出する。だから木は火を生ず。火が土を生ずる所以は、火に熱力あり、木材を焚焼でき、木が焼き尽きれば灰となり、灰はすなわち土。だから火は土を生ず。土が金を生ずる所以は、金は石頭の裏に藴蔵し、山中の潤沢の気に依托して生成する。土を積んで山を成せば、山中に必ず石を生ず。だから土は金を生ず。金が水を生ずる所以は、少陰の気は潤沢を帯び、流出する津液は金属を銷熔し化して水と為しうる。だから山間に雲を起こすもまた潤気に隨って生ずる。ゆえに金は水を生ず。水が木を生ずる所以は、草木は水の滋潤を得てこそ生長しうる。だから水は木を生ず。《春秋元命苞》にいう、陽気は吐生し陰気は化育する。だから水は木を生じうる、と。

《春秋繁露》云:東方木,木,農之本,司農尚仁,五穀畜積,司馬食之,故木生火。火,本朝司馬,尚知,天時形兆未萌,昭然獨見,天下既寧,以安君臣,故火生土也。土,君,尚信,因時之威武強御,以成大理司徒,故土生金。金,大理司徒,尚義,邊境安寧,寇賊不發,邑無獄訟,則安執法司寇,故金生水。水,執法司寇,尚禮,君臣有位,長幼有序,百工維時,以成歲用,器械既成,以給司農田官,故水生木。兩說事義雖別,而相生是同。五行各定形,唯火鑽灼方出者,火是大陽之氣,溫故乃生。鑽木出者,還寄託萬物耳,如聖人無名,能理萬物,還以萬物為名。陽氣至神,故有隱顯。

《春秋繁露》は官職をもって相生を講ず。東方は木に属し、木は農事の根本で、農を掌る官は「仁」を崇尙し、五穀は蓄積され、軍を掌る司馬の食用に供する。だから木は火を生ず。火は朝中の司馬に対応し、「智」を崇尙し、天時の徴兆はまだ顕露せざるに能く独り看清し、天下安定の後、以て君臣を安頓する。だから火は土を生ず。土は君主に対応し、「信」を崇尙し、当時の威武強力に憑藉し、教化刑名を掌る大理・司徒の職を成就する。だから土は金を生ず。金は大理・司徒に対応し、「義」を崇尙し、辺境は安寧し、寇賊は起こらず、城邑に訴訟なく、そこで法を執る司寇は安穏を得る。だから金は水を生ず。水は法を執る司寇に対応し、「礼」を崇尙し、君臣は各々その位あり、長幼は各々その次序あり、百工は時に依って労作し、一年の用度を成就する。器械が制成した後、農を掌る田官に交付して使用せしめる。だから水は木を生ず。《白虎通》と《春秋繁露》のこの二種の説の依拠する事象は同じあれど、相生を講ずる道理は一致する。五行は各々確定の形体あり、独り火のみ木を钻り灼焼して初めて出現する。これは火がもともと太陽の気で、温に遇ってこそ生ずるからである。木を钻って出るに依るは、不過暫時万物の上に寄托するのみである。これはたとえば聖人はもとより名号なく、万物を治理しうるがゆえに、かえって万物の名をもって彼を称するがごとし。陽気は極めて神妙である。だから時に隠れ時に顕れる。

二つ目 生死の所を論ず

五行體別,生死之處不同,遍有十二月、十二辰而出沒。木,受氣於申,胎於酉,養於戌,生於亥,沐浴於子,冠帶於丑,臨官於寅,王於卯,衰於辰,病於巳,死於午,葬於未。火,受氣於亥,胎於子,養於丑,生於寅,沐浴於卯,冠帶於辰,臨官於巳,王於午,衰於未,病於申,死於酉,葬於戌。金,受氣於寅,胎於卯,養於辰,生於巳,沐浴於午,冠帶於未,臨官於申,王於酉,衰於戌,病於亥,死於子,葬於丑。

五行の形体は各々相同じからず。だからそれらの生と死の処所も同じでない。毎一行はみな十二月・十二辰を走り遍くして依次に出現・隱没する。これがすなわち後世のいう「十二運(長生十二宮)」である。木は、申に受気し、酉に成胎し、戌に養を得、亥に長生し、子に沐浴し、丑に冠帯し、寅に臨官し、卯に帝旺し、辰に衰し、巳に病し、午に死し、未に入葬(墓)する。火は、亥に受気し、子に成胎し、丑に養を得、寅に長生し、卯に沐浴し、辰に冠帯し、巳に臨官し、午に帝旺し、未に衰し、申に病し、酉に死し、戌に入葬する。金は、寅に受気し、卯に成胎し、辰に養を得、巳に長生し、午に沐浴し、未に冠帯し、申に臨官し、酉に帝旺し、戌に衰し、亥に病し、子に死し、丑に入葬する。見えるに各行はいずれも「長生」の支を以て起算し、順行して十二辰を経て墓庫に終わる。

水,受氣於巳,胎於午,養於未,生於申,沐浴於酉,冠帶於戌,臨官於亥,王於子,衰於丑,病於寅,死於卯,葬於辰。土,受氣於亥,胎於子,養於丑,寄行於寅,生於卯,沐浴於辰,冠帶於巳,臨官於午,王於未,衰病於申,死於酉,葬於戌。

水は、巳に受気し、午に成胎し、未に養を得、申に長生し、酉に沐浴し、戌に冠帯し、亥に臨官し、子に帝旺し、丑に衰し、寅に病し、卯に死し、辰に入葬する。土はすこし同じからず、亥に受気し、子に成胎し、丑に養を得、寅に寄行(位を借りて過ぐ)し、卯に長生し、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に帝旺し、申に衰と病とを合併し、酉に死し、戌に入葬する。土は四季に分王し火位に依附して行うを要するがゆえに、中間に「寄行」を一つ多くし、衰と病とはまた一辰に併せる。

戌是火墓,火是其母,母子不同葬;進行於丑,丑是金墓,金是其子,義又不合;欲還於未,未是木墓,木為土鬼,畏不敢入;進休就辰,辰是水墓,水為其妻,於義為合,遂葬於辰。昔舜葬蒼梧,二妃不從,故知合葬非古。然季武子云:自周公已來,未之有改。《詩》云:谷則異室,死則同穴。蓋以敦其義合,骨肉同歸。水土共墓,正取此也。

上文に土は戌に葬るというが、戌は実は火の墓庫で、火は土の母であり、母子は合葬すべからず。もし前進して丑に至れば、丑は金の墓庫で、金は土の児子であり、義においても合せず。もし未に退れば、未は木の墓庫で、木は土を克する「鬼」であり、土はそれを畏れて敢えて入らず。さらに辰に前進すれば、辰は水の墓庫で、水は土の妻(土は水を克し、克さるる者は妻)であり、義において正に相配する。そこで土は最終的に辰に葬る。昔、虞舜は蒼梧に葬られたが、二妃はそれに随って合葬せず。見えるに合葬は上古の制ではない。ただ季武子が言うには、周公以来この規矩は改動したことがない、と。《詩経》にいう、生きている時は二つの処に分住し、死した後は同穴に葬るを要す、と。これはおそらく夫婦の合義を敦厚にし、骨肉を一処に同帰せしめるためであろう。水と土が一つの墓庫を共用するは、まさにこの層の意を取ったのである。

又以四季釋所理歸於斯。高堂隆以土生於未,盛於戌,壯於丑,終於辰,長為水土墓,故辰日不哭,以辰日重喪故也。袒踴之哀,豈待移日。高堂所說,蓋為浮淺。其生王意,又別是一家。《五行書》云:土雖有寄王於火鄉,生於巳,葬於辰,然土分王四季,各有生死之所。辰土,受氣於申酉,胎於戌,養於亥,生於子,沐浴於丑,冠帶於寅,臨官於卯,王於辰,衰病於巳,死於午,葬於未。未土,受氣於亥子,胎於丑,養於寅,生於卯,沐浴於辰,冠帶於巳,臨官於午,王於未,衰病於申,死於酉,葬於戌。

さらに四季末月の道理をもって解釈すれば、結論もまたこの一点に帰する。高堂隆は土は未に生じ戌に盛んにし丑に壮なりし辰に終わるとし、辰は長く水と土の共同の墓庫として存する。だから辰日には哀を挙げ哭泣しない。辰日は「重喪」の日に属するからである。実のところ袒衣頓足の哀痛は内心より発する。どうして一日を換えるを待って再び哭するに及ばん。高堂隆のこの説は、いささか浮泛膚浅である。彼の講ずる土の生旺の次序に至っては、それはまた自ら一家の言を成す。《五行書》にいう、土は「火郷に寄旺し、巳に生じ、辰に葬る」の一組の講法あるといえども、土は実際に四季末月に分旺し、四つの土支は各々自己の生死の所を有する。辰土は、申・酉に受気し、戌に成胎し、亥に養を得、子に長生し、丑に沐浴し、寅に冠帯し、卯に臨官し、辰に帝旺し、巳に衰病し、午に死し、未に入葬する。未土は、亥・子に受気し、丑に成胎し、寅に養を得、卯に長生し、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に帝旺し、申に衰病し、酉に死し、戌に入葬する。この組の推法の規律は、自ら居る支を以て帝旺と為し、前に逆推して四位を長生と為し、後に順推して三位を墓と為す。

戌土,受氣於寅卯,胎於辰,養於巳,生於午,沐浴於未,冠帶於申,臨官於酉,王於戌,衰病於亥,死於子,葬於丑。丑土,受氣於巳午,胎於未,養於申,生於酉,沐浴於戌,冠帶於亥,臨官於子,王於丑,衰病於寅,死於卯,葬於辰。

戌土は、寅・卯に受気し、辰に成胎し、巳に養を得、午に長生し、未に沐浴し、申に冠帯し、酉に臨官し、戌に帝旺し、亥に衰病し、子に死し、丑に入葬する。丑土は、巳・午に受気し、未成胎、申に養を得、酉に長生し、戌に沐浴し、亥に冠帯し、子に臨官し、丑に帝旺し、寅に衰病し、卯に死し、辰に入葬する。四つの土支は各々本位に旺し、墓は下一の土支に在り、循環して相銜接する。

《孝經援神契》云:五行,土出利以給天下。《龜經》云:土,木動為辰土,火動為未土,金動為戌土,水動為丑土。又云:甲乙寅卯為辰土,丙丁巳午為未土,庚辛申酉為戌土,壬癸亥子為丑土。凡五行之王,各七十二日,土居四季,季十八日,並七十二日,以明土有四方,生死不同。此蓋卜筮所用。

《孝経援神契》にいう、五行の中、土は利益を生出して天下に供給する。《亀経》にいう、土を論ずるに、木爻が発動すれば辰土を取り、火爻が発動すれば未土を取り、金爻が発動すれば戌土を取り、水爻が発動すれば丑土を取る、と。またいう、甲乙寅卯(木)は辰土に配し、丙丁巳午(火)は未土に配し、庚辛申酉(金)は戌土に配し、壬癸亥子(水)は丑土に配する、と。凡そ五行が当旺するは各々七十二日を占め、土は四季末月に分居し、毎季十八日、四つの十八日を合わせてもまた七十二日である。これはすなわち土が四方に分属し、各自の生死の処が相同じからざるを説明する。以上のこの組の説法は主に卜筮の時に用いるものである。

若論定位王相及生死之處,皆以季夏六月為土王之時。《禮記》云:中央土在季夏之後。此則歲之半,處四時之中央。天社、地神、人鬼,又並在未;坤亦在未卦,主於土,故云土德於未,終於丑。《易》曰:西南得朋,東北喪朋。此則明土王定在於未,墓定在辰也。

もし固定方位の王相および生死の処を討論すれば、それは一律に季夏六月を以て土の当旺する時令とする。《礼記・月令》は中央の土を季夏の後に排す。それは正に一年の中点で、四時の中央に処する。天社の神・地神と人鬼も、また未に帰する。坤卦は同じく未の方位に在り、土を主管する。だから土の徳は未に在り、終結は丑に在るという。《周易・坤卦》にいう、西南に往けば朋を得、東北に往けば朋を喪う、と。これはすなわち土の帝旺が未に固定し、墓庫が辰に固定することを表明する。

五行皆以父母臨官中生者,取其盛壯能生養義。唯金在火中生者,巳中有方壯之土,能生金也。金非火不革其形,故金在火位中生。又云:金生鬼中者,金父土戊己,寄治丙丁,父不能獨養,要須母也。金在南方值己火,金得火方化,金化而水生。戊己土有化生之水,則金不畏火。己含水氣,則金之繼母也。五行皆以葬後之月而受氣者,以其死還復生,神氣不絕故也。

五行はみな己を生ずる「父母」が臨官の位に処する時に長生する。取るは父母が壮盛にしてこそ生養しうる道理である。独り金のみが火位(巳)の中に長生する。これは巳中に正当壮盛の土を含み、土は金を生じうるからである。しかも金は火を経なければ形体を改変できない。だから金はかえって火位の中に長生する。別に一つの解釈がある。金は「鬼」(我を克する者)の中に生ずというのは、金の父は戊己土で、戊己土は丙丁火の位に寄治するからである。父は単独で養育できず、必ず母に依拠せねばならない。金は南方において己と火に遇い、金は火を得てこそ熔化し、金が一たび熔化すれば水が産生する。戊己土中に化生し出た水を含む。だから金は火を畏れない。己中に水気を含むは、すなわち金の継母に相当する。五行がいずれも入葬の後の下一月に受気するに至っては、死してなお復生し、神気は断絶したことなきがゆえである。

三つ目 四時の休王を論ず

休王之義,凡有三種:第一,辨五行體休王;第二,論支干休王;第三,論八卦休王。五行體休王者:春則木王,火相,水休,金囚,土死。夏則火王,土相,木休,水囚,金死。六月則土王,金相,火休,木囚,水死。秋則金王,水相,土休,火囚,木死。冬則水王,木相,金休,土囚,火死。

「休王」(または休旺と作る)が講ずるは、五行の気が季節に随い盛衰する五種の状態で、共に三組の講法がある。第一は五行本体の休王を弁じ、第二は干支の休王を論じ、第三は八卦の休王を論ずる。まず五行本体の休王を言う。春は木が当旺(王)し、我を生ずる所の生ずる火は「相」(次旺)に処し、我を生ずる水はすでに「休」(退居)し、我を克する金は「囚」され、我の克する土は「死」となる。夏は火が当旺し、土は相、木は休、水は囚、金は死。六月(季夏)は土が当旺し、金は相、火は休、木は囚、水は死。秋は金が当旺し、水は相、土は休、火は囚、木は死。冬は水が当旺し、木は相、金は休、土は囚、火は死。

支干休王者:春則甲乙寅卯王,丙丁巳午相,壬癸亥子休,庚辛申酉囚,戊己辰戌丑未死。夏則丙丁巳午王,戊己辰戌丑未相,甲乙寅卯休,壬癸亥子囚,庚辛申酉死。六月則戊己辰戌丑未王,庚辛申酉相,丙丁巳午休,甲乙寅卯囚,壬癸亥子死。秋則庚辛申酉王,壬癸亥子相,戊己辰戌丑未休,丙丁巳午囚,甲乙寅卯死。冬則壬癸亥子王,甲乙寅卯相,庚辛申酉休,戊己辰戌丑未囚,丙丁巳午死。

次に干支の休王を言う。実は上の五行の休王を対応する干支に換えて表述するに過ぎない。春は、甲乙寅卯(木)が当旺し、丙丁巳午(火)を相と為し、壬癸亥子(水)を休と為し、庚辛申酉(金)を囚と為し、戊己辰戌丑未(土)を死と為す。夏は、丙丁巳午が当旺し、戊己辰戌丑未を相と為し、甲乙寅卯を休と為し、壬癸亥子を囚と為し、庚辛申酉を死と為す。六月は、戊己辰戌丑未が当旺し、庚辛申酉を相と為し、丙丁巳午を休と為し、甲乙寅卯を囚と為し、壬癸亥子を死と為す。秋は、庚辛申酉が当旺し、壬癸亥子を相と為し、戊己辰戌丑未を休と為し、丙丁巳午を囚と為し、甲乙寅卯を死と為す。冬は、壬癸亥子が当旺し、甲乙寅卯を相と為し、庚辛申酉を休と為し、戊己辰戌丑未を囚と為し、丙丁巳午を死と為す。

八卦休王者:立春艮王,震相,巽胎,離沒,坤死,兌囚,干廢,坎休。春分震王,巽相,離胎,坤沒,兌死,干囚,坎廢,艮休。立夏巽王,離相,坤胎,兌沒,乾死,坎囚,艮廢,震休。夏至離王,坤相,兌胎,乾沒,坎死,艮囚,震廢,巽休。

次に八卦の休王を言う。八卦の休王は王・相・胎・没・死・囚・廃・休の八種の状態に分かれ、八節に隨って転ずる。立春の時は艮卦が当旺し、震を相と為し、巽を胎と為し、離を没と為し、坤を死と為し、兌を囚と為し、乾を廃と為し、坎を休と為す。春分の時は震卦が当旺し、巽を相と為し、離を胎と為し、坤を没と為し、兌を死と為し、乾を囚と為し、坎を廃と為し、艮を休と為す。立夏の時は巽卦が当旺し、離を相と為し、坤を胎と為し、兌を没と為し、乾を死と為し、坎を囚と為し、艮を廃と為し、震を休と為す。夏至の時は離卦が当旺し、坤を相と為し、兌を胎と為し、乾を没と為し、坎を死と為し、艮を囚と為し、震を廃と為し、巽を休と為す。見えるに八種の状態は後天八卦の次序に按って依次に輪転する。

立秋坤王,兌相,干胎,坎沒,艮死,震囚,巽廢,離休。秋分兌王,干相,坎胎,艮沒,震死,巽囚,離廢,坤休。立冬干王,坎相,艮胎,震沒,巽死,離囚,坤廢,兌休。冬至坎王,艮相,震胎,巽沒,離死,坤囚,兌廢,干休。其卦從八節之氣,各四十五日。

立秋の時は坤卦が当旺し、兌を相と為し、乾を胎と為し、坎を没と為し、艮を死と為し、震を囚と為し、巽を廃と為し、離を休と為す。秋分の時は兌卦が当旺し、乾を相と為し、坎を胎と為し、艮を没と為し、震を死と為し、巽を囚と為し、離を廃と為し、坤を休と為す。立冬の時は乾卦が当旺し、坎を相と為し、艮を胎と為し、震を没と為し、巽を死と為し、離を囚と為し、坤を廃と為し、兌を休と為す。冬至の時は坎卦が当旺し、艮を相と為し、震を胎と為し、巽を没と為し、離を死と為し、坤を囚と為し、兌を廃と為し、乾を休と為す。八卦は各々立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬・冬至のこの八つの節気に依って当令し、毎卦は各々四十五日を主り、八卦を合わせて正に三百六十日となる。

凡當王之時,皆以子為相者,以其子方壯,能助治事也。父母為休者,以其子當王,氣正盛,父母衰老,不能治事,如堯老,委舜以國政也。所畏為死者,以其身王,能制殺之。所克者為囚者,以其子為相,能囚讎敵也。

凡そ某一行が当旺する時は、すべてそれの生ずる「子」を以て相と為す。児子が正に壮年に当たり、事を助けて弁ずることができるからである。それを生ずる「父母」を以て休と為す。児子が当旺して気が正に興盛し、父母は衰老してすでに事を理することができないからである。たとえば帝堯が年老いて国政を虞舜に託したがごとし。自己の畏懼する所(我を克する者)を以て死と為す。自己が当旺すれば、かえってよくそれを制服し殺しうるからである。自己の克する所を以て囚と為す。自己の児子が相位に処して、よく仇敵を囚禁しうるからである。これがすなわち王・相・休・囚・死の五種の状態の生克の来歴である。

柳世隆云:木,王時為林園竹樹,相時為葦荻草萊,休時為椽柱船車,囚時為薪樵榛梗,死時為棺槨朽株。火,王時為陶冶炎光,相時為燈燭,休時為煙氣,囚時為炭燼,死時為灰。土,王時為國邑山嶽,相時為城社丘陵,休時為田宅,囚時為牆垣,死時為糞壤。金,王時為金玉寶器,相時為銀銅利刃,休時為鉛錫犂鋤,囚時為焦器釜鑊,死時為沙礫碎鐵。水,王時為海瀆,相時為湖澤陂泉,休時為溝渠,囚時為酒漿,死時為枯池涸井。此並王時氣盛,故為洪大之物;相時氣劣,其比漸小;休時氣衰,故復轉微之;囚時於惡,所以最下;死時棄不用,故是枯朽之類也。

柳世隆は休王の状態に按って五行に具体的事物を配する。木は、当旺の時は林園竹樹、相に処する時は蘆葦荻草、休に処する時は屋椽梁柱と船車、囚に処する時は柴薪と叢生の枝梗、死に処する時は棺槨と朽爛した樹株である。火は、当旺の時は陶窯冶炉の熾焰、相に処する時は灯燭、休に処する時は煙気、囚に処する時は炭火余燼、死に処する時は灰である。土は、当旺の時は国都城邑と高山、相に処する時は城牆社壇と丘陵、休に処する時は田地宅院、囚に処する時は牆垣、死に処する時は糞土である。金は、当旺の時は金玉宝器、相に処する時は銀銅と利刃、休に処する時は鉛錫と犁鋤、囚に処する時は焦げた器皿と鍋鑊、死に処する時は沙礫碎鐵である。水は、当旺の時は大海大川、相に処する時は湖泊沼沢と池泉、休に処する時は溝渠、囚に処する時は酒漿、死に処する時は干枯した池塘と底の見える井である。これらの配法の道理は、当旺の時は気盛んでんがゆえに洪大の物を取り、相に処する時は気力稍々遜り、配する物はすなわち漸く小となり、休に処する時は気はすでに衰减し、だから細微に転じ、囚に処する時は境況悪劣、だから最も低下し、死に処する時は棄置され用いられざるがゆえに、枯朽の類を取る。

趙怡云:五行之位,得其方為盛,得其所畏為終。故木畏金,甲以女弟乙妻庚,庚得木氣,故木胎於金卿,而生於水中,盛於其方,衰於火卿。火中有生金,故終於未,至西方而木終,以金王也。丙以女弟丁妻壬,壬得火氣,故火胎於水卿,生於木中,盛於其方,衰於金位,至北方而終,以水王也。

趙怡にいう、五行は各々自己の本方を得れば興盛し、自己の畏懼する方位に走れば終結する。だから木は金を畏れる。甲は妹の乙を庚に嫁がせ(乙庚合)、庚はここに木気を得る。因って木は金の地盤の上に成胎し、水中に長生し、自己の本方(東方)に興盛し、火の地盤に到れば衰退する。火中に生ずべきの金を含む。だから木は未に終結する。西方に走れば木は徹底的に終結する。そこは金が当旺するからである。丙は妹の丁を壬に嫁がせ(丁壬合)、壬はここに火気を得る。因って火は水の地盤の上に成胎し、木中に長生し、自己の本方(南方)に興盛し、金位に到れば衰退し、北方に走れば終結する。そこは水が当旺するからである。

戊以女弟己妻甲,甲得土氣,故土胎於木卿,而生於火中,盛於其位,衰於水卿,至東方而終,以木王也。庚以女弟辛妻丙,丙得金氣,故金胎火卿,生火位,盛於其方,衰於水卿,至東方而終,有生火也。壬以女弟癸妻戊,戊得水氣,故水胎於土卿,生於金中,盛於其方,衰於木卿,至南方而終,有強土也。更互相生相畏,終始不絕之義也。

戊は妹の己を甲に嫁がせ(甲己合)、甲はここに土気を得る。因って土は木の地盤の上に成胎し、火中に長生し、自己の本位に興盛し、水の地盤に到れば衰退し、東方に走れば終結する。そこは木が当旺するからである。庚は妹の辛を丙に嫁がせ(丙辛合)、丙はここに金気を得る。因って金は火の地盤の上に成胎し、火位に長生し、自己の本方(西方)に興盛し、水の地盤に到れば衰退し、東方に走れば終結する。そこに能生の火があるからである。壬は妹の癸を戊に嫁がせ(戊癸合)、戊はここに水気を得る。因って水は土の地盤の上に成胎し、金中に長生し、自己の本方(北方)に興盛し、木の地盤に到れば衰退し、南方に走れば終結する。そこに強旺の土があるからである。これがすなわち五行が交替して相生し、また交替して相畏し、終わりて復た始まり、綿綿として絶えざる道理である。

第五 支干を配することを論ず

支干之義,多所配合,今略論方位及配所。干不獨立,支不虛設,要須配合,以定歲月日時而用。如君臣夫婦,必配合以相成。總而言之,從甲至癸為陽、為干、為日;從寅至丑為陰、為支、為辰。別而言之,干則甲丙戊庚壬為陽,乙丁己辛癸為陰;支則寅辰午申戌子為陽,卯巳未酉亥丑為陰。

干支の意義は諸々の配合に在り、ここに簡要にそれらの方位と配する所の物を討論する。天干は孤立して存在できず、地支もまた虚設にあらず、必ず互相配合してこそ、年・月・日・時を確定して使用に付しうる。たとえば君と臣・夫と妻のごとく、必ず配合してこそ彼此成就しうる。総じていえば、甲から癸へのこの列は陽に属し、「干」と称して日を主る。寅から丑へのこの列は陰に属し、「支」と称して辰を主る。分かちていえば、天干の中、甲・丙・戊・庚・壬は陽、乙・丁・己・辛・癸は陰。地支の中、寅・辰・午・申・戌・子は陽、卯・巳・未・酉・亥・丑は陰である。

陽則為剛,為君,為夫,為上,為外,為表,為動,為進,為起,為仰,為前,為左,為德,為施,為開。陰則為柔,為臣,為妻,為妾,為財,為下,為內,為裡,為止,為退,為伏,為俯,為後,為右,為刑,為藏,為閉。陰陽所擬,例多且略,大綱如此。

陽に属する一方は、剛強・君主・丈夫・上位・外部・表面・運動・前進・起立・仰視・前方・左側・恩徳・施与・開啓を象徴する。陰に属する一方は、柔順・臣下・妻子・姫妾・財物・下位・内部・裏面・静止・後退・潜伏・俯身・後方・右側・刑罰・収蔵・閉合を象徴する。陰陽の比擬しうる事類はなお多いが、ここはただ略挙するのみで、大綱はこのごときに過ぎない。占断の時、凡そ陽干陽支に遇えば、剛・動・外・進の一路に取象し、陰干陰支に遇えば、柔・静・内・退の一路に取象する。

甲乙寅卯,木也,位在東方。丙丁巳午,火也,位在南方。戊己辰戌丑未,土也,位在中央,分王四季,寄治丙丁。庚辛申酉,金也,位在西方。壬癸亥子,水也,位在北方。甲為干首,子為支初,相配者,太陽之氣,動於黃泉之下,在建子之月,黃鐘之律,為氣之源,在子,故以子為先。萬物湊出於建寅之月,皆以見形,甲屬此月,故以甲為先,而配子。見者為陽,故從干;未見者為陰,故從支。所以用甲子相配,為六旬之始。

甲乙寅卯は木に属し、方位は東方に在り。丙丁巳午は火に属し、方位は南方に在り。戊己辰戌丑未は土に属し、方位は中央に在り、四季末月に分旺し、また丙丁火位に寄治す。庚辛申酉は金に属し、方位は西方に在り。壬癸亥子は水に属し、方位は北方に在り。甲は天干の首、子は地支の始である。二者の相配する所以は、太陽の気が黄泉の下に萌動し始め、正に建子の月(十一月)に当たり、黄鐘律管は一歳の気の源頭で、恰も子位に在る。だから子を以て先と為す。しかして万物が聚まり出でて、みな形体を顕露するは、建寅の月(正月)に在り、甲はこの月に配属する。だから甲を以て先と為し、それをもって子に配する。すでに顕現したるは陽に属する。だから天干に帰する。いまだ顕現せざるは陰に属する。だから地支に帰する。因って甲子を用いて相配し、六十甲子六旬の開端と為す。

干既有十,支有十二,輪轉相配,終於癸亥,故有六十日。十日一旬,故有六旬。一旬盡一甲癸,便以甲配子盡干,至癸酉便盡干,餘支有戌亥;又起甲配戌,盡干,至癸未,餘支有申酉;又起甲配申,盡干,至癸巳,餘支有午未;又起甲配午,盡干,至癸卯,餘支有辰巳;又起甲配辰,盡干,至癸丑,餘支有寅卯;又起甲配寅,盡干,至癸亥。十干有十二支相配,周畢,還從甲子起,故六甲輪轉,止六十日。

天干は十あり、地支は十二あり、輪流して相配し、癸亥に至って止まる。だから共に六十日ある。十日を一旬と為す。因って六旬あり。毎一旬は甲より起こり癸に尽きる。まず甲をもって子に配し、十干を用い尽くせば、癸酉に到ってこの一旬は結了し、戌・亥の二支が余って配する干なし。そこで再び甲を起こして戌に配し、十干を用い尽くして癸未に至り、申・酉の二支が余る。再び甲を起こして申に配し、十干を用い尽くして癸巳に至り、午・未の二支が余る。再び甲を起こして午に配し、十干を用い尽くして癸卯に至り、辰・巳の二支が余る。再び甲を起こして辰に配し、十干を用い尽くして癸丑に至り、寅・卯の二支が余る。再び甲を起こして寅に配し、十干を用い尽くして癸亥に至る。十天干と十二地支がこのように配し一周を終え、また甲子より重新に始まる。だから六つの甲旬が輪転一遍して、恰も六十日である。

十日一旬,一旬之內,二支無配偶者,為之孤;所對沖者,為之虛。卜筮所云空亡,以支孤無干,故名為空亡。亡者,無也,無干故亡;所對者全虛,故云空也。算法:橫下十二支,位於四方;縱下八干,位於四方;下戊己,位於中央。若甲子旬,取甲干以配子支,如此次第相配,至戊辰,位在中央,土為四行主,不可移,故取辰支、巳支入中央,配戊己,餘悉以干就支。至戌亥,無干配之,單故為孤;辰巳之位,支干並無,故名為虛。

十日を算して一旬と為し、毎一旬の内、総じて二つの地支は天干に配し得ず、この二支を「孤」と呼ぶ。この二支と相対冲する二支を、「虚」と呼ぶ。卜筮中のいうところの「空亡」とは、正にこの二つの地支が孤孤零零として天干の配すべきなきがゆえに、名を取って空亡と為す。「亡」とはすなわち無である。天干なきがゆえに亡という。それらの対冲する位置は完全に落空する。だから空という。算筹をもって排布する方法は、横向に十二地支を摆り、四方に分列する。縦向に八つの天干(戊己を除く)を摆り、また四方に分列する。さらに戊・己の両干を摆り、中央に安ず。甲子旬を例に取れば、甲干を取って子支に配し、依次に往下に配する。戊辰に配する時、戊己の位は中央に在り、土は四行の主宰で、移動しえない。だから辰支・巳支を中央に収めて戊・己に配し、其余はなお干をもって支に就く。戌・亥に配する時はすでに天干の配すべきなく、孤零零として残る。だから「孤」という。しかして辰・巳の原位上は支も干もすでに挪去した。だから「虚」という。

其空亡之辰,從五行言之。如甲子旬,無戌亥,水土半空亡,以戌是土,亥是水也,不全無亥子,故云半也。甲戌旬,無申酉,為金全空亡,以金二支並無也。甲申旬,無午未,為火土半空亡,以巳午不全無也。甲午旬,無辰巳,亦然。甲辰旬,無寅卯,亦云木全空亡。甲寅旬,無子丑,亦水土半空亡。並以二支不俱無也。

空亡の辰はもし五行の上より講ずれば、なお全空と半空の分あり。たとえば甲子旬は戌・亥を缺く。これは水と土が各々半ば空く。戌は土に属し亥は水に属するが、水の二支の亥・子は全く缺けず(ただ亥を缺き子を缺かず)。だから「半空亡」という。甲戌旬は申・酉を缺く。申酉はともに金に属し、金の両支は全く缺く。だから「金全空亡」である。甲申旬は午・未を缺く。午は火に属し未は土に属し、火の二支の巳・午は全く缺けず。だから火土各半空亡である。甲午旬は辰・巳を缺く。情形相同じ。甲辰旬は寅・卯を缺く。寅卯はともに木に属す。だから「木全空亡」という。甲寅旬は子・丑を缺く。これも水土各半空亡である。判別の関鍵は、ただ同一行の二支が同時にともに空かどうかを看るに在る。

《兵書》云:陽生甲子,不足戌亥,仍為天門;陰生甲午,不足辰巳,仍為地戶;陽界甲寅,不足子丑,仍為鬼門;陰界甲申,不足午未,仍為人門;陽盛甲辰,卯為之隔;陰興甲戌,酉為之隔。此並是六甲之空支也。《春秋元命苞》云:地不足東南,右動終而入虛門。此明甲子孤在戌亥,虛在辰巳也。

《兵書》にいう、陽気は甲子旬に生じ、この旬は戌・亥を缺く。戌亥は便ち「天門」と称せられる。陰気は甲午旬に生じ、この旬は辰・巳を缺く。辰巳は便ち「地戸」と称せられる。陽気は甲寅旬に分界し、この旬は子・丑を缺く。子丑は便ち「鬼門」と称せられる。陰気は甲申旬に分界し、この旬は午・未を缺く。午未は便ち「人門」と称せられる。陽気は甲辰旬に盛んにし、卯を以て間隔と為す。陰気は甲戌旬に興り、酉を以て間隔と為す。これらの言う所はみな六つの甲旬各自の空亡の支である。《春秋元命苞》にいう、大地は東南の方向に欠缺あり、右に運行して終点に到れば虚門に入る、と。これは正に甲子旬の孤が戌亥に在り、虚が辰巳に在ることを説明する。

一干一支為一日者,以周天三百六十五度四分度之一日,日行一度,故正用一干一支,以主一日也。三旬為一月者,月日行十三度四分度之一,三旬而周天也。十二月為一歲者,四時時有三月,生殺之功,備遍十二支也。一歲合三百六十日者,六六三十六,六甲之數也。六甲閒兩月之日者,以陰陽奇偶備也。陽者為奇,陰者為偶。萬物庶類,吉凶之理,以此彰矣。

一つの天干が一つの地支に配して合して一日と為すは、周天は共に三百六十五又四分の一度あり、太陽は毎日一度を行るがゆえに、正に一干一支を用いて一日を主管するに足る。三旬を合して一月と為すは、月亮は毎日十三又四分の一度を行り、三旬(三十日)にして恰好周天を一圏繞行するがゆえである。十二月を合して一歳と為すは、四時は毎時三箇月あり、生長と粛殺の功用は十二地支を遍暦してこそ完備を算すがゆえである。一年に三百六十日を合するは、六に六を乗じて三十六を得、正に六甲の数(六十に六を乗じて三百六十)であるがゆえである。六甲の外になお約二箇月の日数の差額を多出するは、正に陰陽の奇偶の両方面をいずれも完備せしめんがためである。陽は奇数、陰は偶数である。万物衆類の吉凶の理は、すなわちここに由りて彰顯する。

其支干相配,歲月日時並然。立歲之元,起於上元甲子;立月之元,起甲巳之歲,十一月甲子;立日之元,六旬起自甲子;立時之元,冬夏二至後,得甲巳之日,夜半起甲子。四事皆以甲子為首也。

干支の相配する規矩は、年・月・日・時の四者はみな相同じ。年の元始を確定するは、上元甲子年より起算する。月の元始を確定するは、甲年または己年の十一月甲子月より起算する。日の元始を確定するは、六旬は甲子日より起算する。時の元始を確定するは、冬至・夏至の後に甲日または己日に遇い、夜半子時より甲子時を起こす。年月日時のこの四つの事は、みな甲子を以て開頭と為す。

其上配九星、下配九州島者,《黃帝兵決》云:甲子從北斗魁第一星起,順數至庚午,在第七剛星,至辛未,還從第六星,逆數至丙子,又從第一星,順數盡六甲。其下配九州島者,史書云:甲齊,乙東夷,丙楚,丁南夷,戊魏,己韓,庚秦,辛西夷,壬燕,癸北夷。《漢書·五行志》云:甲乙,海外,日月不治;丙丁,江淮海岱;戊己,中州河濟;庚辛,華山以西;壬癸,常山以北。子,周;丑,翟;寅,楚;卯,鄭;辰,邯鄲;巳,衛;午,秦;未,中山、宋;申,齊;酉,魯;戌,越;亥,燕。

干支が上に九星に配し、下に九州に配する弁法に至っては、《黄帝兵決》にいう、甲子より起こり、北斗の魁の第一颗の星より始め、順に数えて庚午に至り、正に第七颗の星(揺光)に落着する。辛未に到れば、第六颗の星に退回し、改めて逆に数え、直ちに丙子に数え至る。それから再び第一颗の星より起こり、順に数え下して、六十甲子を数え尽くす、と。下に九州に配する弁法は、史書にいう、甲は斉地に配し、乙は東夷に配し、丙は楚地に配し、丁は南夷に配し、戊は魏地に配し、己は韓地に配し、庚は秦地に配し、辛は西夷に配し、壬は燕地に配し、癸は北夷に配する、と。《漢書・五行志》にいう、甲乙は海外に配し、それは日月の光照の及ばざる処である。丙丁は江淮と海岱の一帯に配する。戊己は中州と黄河・済水の地区に配する。庚辛は華山以西に配する。壬癸は常山以北に配する。地支の分配は、子は周に配し、丑は翟に配し、寅は楚に配し、卯は鄭に配し、辰は邯鄲に配し、巳は衛に配し、午は秦に配し、未は中山と宋に配し、申は斉に配し、酉は魯に配し、戌は越に配し、亥は燕に配する。

《龍首經》曰:子,齊,青州;丑,吳、越,揚州;寅,燕,幽州;卯,宋,豫州;辰,晉,兗州;巳,楚,荊州;午,周,三河;未,秦,雍州;申,蜀,益州;酉,梁州;戌,徐州;亥,衛,幷州。若地辰之位,史漢近之;星次而論,龍首為當。其配人身,甲乙為頭,丙丁為胸脅,戊己為心腹,庚辛為股,壬癸為手足。則子為頭,丑亥為胸臂,寅戌為手,卯酉為腰脅,辰申為尻肱,巳未為脛,午為足。此皆初為首,末為足,配五藏也。干以甲乙為肝,丙丁為心,戊己為脾,庚辛為肺,壬癸為腎也;支以寅卯為肝,巳午為心,辰戌丑未為脾,申酉為肺,亥子為腎。此皆從五行配之。

《龍首経》は則ち別に一組の配法あり。子は斉地・青州に配し、丑は呉越・揚州に配し、寅は燕地・幽州に配し、卯は宋地・豫州に配し、辰は晋地・兗州に配し、巳は楚地・荊州に配し、午は周室・三河に配し、未は秦地・雍州に配し、申は蜀地・益州に配し、酉は梁州に配し、戌は徐州に配し、亥は衛地・并州に配する。もし地面上の十二辰の実際の方位に按じて言えば、史書と《漢書》の配法は比較的事実に近い。もし天上の星次分野に按じて論ずれば、《龍首経》の配法は更に妥当である。干支は人身に配する。甲乙は頭と為し、丙丁は胸脅と為し、戊己は心腹と為し、庚辛は大腿と為し、壬癸は手足と為す。地支は則ち子は頭と為し、丑と亥は胸と臂と為し、寅と戌は手と為し、卯と酉は腰脅と為し、辰と申は臀と上臂と為し、巳と未は小腿と為し、午は脚と為す。この組の配法はみな前頭に排するを頭と為し、末尾に排するを脚と為し、上より下に依次に排布する。さらに五臓に配する。天干は甲乙を以て肝と為し、丙丁を以て心と為し、戊己を以て脾と為し、庚辛を以て肺と為し、壬癸を以て腎と為す。地支は寅卯を以て肝と為し、巳午を以て心と為し、辰戌丑未を以て脾と為し、申酉を以て肺と為し、亥子を以て腎と為す。これらはみな五行の帰属に按って配したものである。

又干以甲乙為皮毛,丙丁為爪筋,戊己為肉,庚辛為骨,壬癸為血脈也;支以寅卯為皮毛,巳午為爪筋,辰戊丑未為肉,申酉為骨,亥子為血脈也。木生在地上,故為皮毛;火有猛毅,故為爪筋;土有持載,故以為肉;金性堅剛,故為骨;水本流潤,故是血脈。並支干所配,故以備釋。

また、天干はなお人身の組織に配する。甲乙は皮毛と為し、丙丁は指甲と筋と為し、戊己は肌肉と為し、庚辛は骨骼と為し、壬癸は血脉と為す。地支も同じく寅卯は皮毛と為し、巳午は指甲と筋と為し、辰戌丑未は肌肉と為し、申酉は骨骼と為し、亥子は血脉と為す。このように配する理由は、木は地面の上に生長する。だから皮毛に対応する。火性は猛烈剛毅である。だから指甲と筋に対応する。土は万物を承載しうる。だから肌肉に対応する。金の性質は堅硬剛強である。だから骨骼に対応する。水はもともと流動潤沢である。だから血脉に対応する。以上はみな干支の配する所の物である。因って一併に詳しく解釈を加える。

第六 五行の相雑を論ず(ここに三段に分かれる:一は五行の体雑を論じ、二は支干の雑を論じ、三は方位の雑を論ず)

一つ目 五行の体雑を論ず

凡五行均布,徧在萬有,不可定守一途。今先論五行體雜。但其氣周流,隨事而用。若言不雜,水只應一,何故謂五而為六?火、金、木、土並爾。當知生數為本,成數為雜。既有雜,故一行當體,卽有五義。如木有曲直,此是木也;木中有火,則是火也;木堪為兵仗,有擊觸之能,卽是金也;木中有潤,卽是水也;木吐華葉子實,卽是土也。

五行は均勻に分布し、一切の事物の中に遍在し、ある固定の説に死守できない。ここにまず五行本体上の相雑を討論する。五行の気は周流して息まず、異なる事情に隨って作用を発揮する。もしそれらが互いに相雑せざるというならば、水はただ「一」のこの数であるべきに、なにゆえ五行を講ずる時それはかえって「六」となるか(生数一に土の五を加えて六となる)。火・金・木・土の情形もまた同じである。明白すべきは、生数は各行の本体であり、成数は則ちすでに相雑を含有する。雑あらん以上は、いかなる一行も本体に就いていえば、いずれも同時に五種の含意を具備する。譬えて木は曲げるべく直めるべく、これは木の本身である。木中に火を含む。これはすなわち火である。木は以て兵器を作るべく、撃刺の能力を具備する。これはすなわち金である。木中に津潤を含む。これはすなわち水である。木は花葉果実を吐出しうる。これはすなわち土である。

火,外陽卽是火也,內陰卽是水也,能殺卽是金也,能熟卽是木也,能生卽是土也。土,能生卽是土也,能容卽是水也,能成卽是木也,能防卽是金也,含陽卽是火也。金,能斷卽是金也,從革卽是木也,含火卽是火也,有汗卽是水也,能生卽是土也。水,外陰卽是水也,內陽卽是火也,含養卽是木也,潤生卽是土也,能殺卽是金也。此皆以義釋一行通有五氣。

火もまたこのごとし。外表は陽、これは火の本身である。内裏は陰、これはすなわち水である。万物を焚殺しうる。これはすなわち金である。食物を成熟せしめうる。これはすなわち木(木は生養成熟の功を主る)。灰土を生出しうる。これはすなわち土である。土は、万物を生養しうる。これは土の本身である。容納しうる。これはすなわち水である。万物を成就しうる。これはすなわち木である。堤防し阻擋しうる。これはすなわち金である。陽気を含蓄する。これはすなわち火である。金は、斬断しうる。これは金の本身である。範に順って変革する。これはすなわち木である。内に火性を含む。これはすなわち火である。表面に水汗を凝出す。これはすなわち水である。水を生じ物を養いうる。これはすなわち土である。水は、外表は陰に属す。これは水の本身である。内裏に陽を含む。これはすなわち火である。含容し養育しうる。これはすなわち木である。生物を潤沢する。これはすなわち土である。万物を淹殺しうる。これはすなわち金である。以上はみな義理の上より、いかなる一行もみな五行の気を通含することを説明する。

就事而論,義則不爾,或有或無。質弱者,則體相容;質堅者,則體不相容。金中無木,木中無金,金木以正相害故;水中無火,火中無水,兩法正相害故,亦無金。金中有水,木中亦有水,木中亦有火,石中亦有火。而水能生木,則木中有水;水生於金,金中有水;火生於木,木中有火;水復從金生,金中有水;水能生木,木中有火。火克於金,那得石復有火?此是火性弱,故能入堅;而水中無金,是堅不能入弱。

ただしもし具体的事物に就いて験証すれば、情形は全くこのごとくではない。ある行の裏には別の行を含み、あるものは含まない。質地の柔弱な者は、本体の間に互いに容納しうる。質地の堅硬な者は、本体の間に互いに容納しえない。金中に木なく、木中に金なし。金と木とは正面相克相害の関係だからである。水中に火なく、火中に水なし。これもこの両者が正に相克害するがゆえであり、同じく火中にも金なし。しかれども金中に水あり、木中にも水あり、木中にさらに火あり、石頭の裏にも火あり。水は木を生じうるがゆえに、木中に水あり。水は金より生ずるがゆえに、金中に水あり。火は木より生ずるがゆえに、木中に火あり。水はまた金より生出す。だから金中に水あり。水は木を生じ、木中にまた火あり。或る人問う、火はもともと金を克す、なにゆえ石頭(金に属す)の裏にかえって火あるか。これは火性が柔弱なれば、だから堅硬の物に钻进しうる。しかるに水中には金なし。見えるに堅硬の物は柔弱の物に進入しえない。

木生於水,木中含水;金能生水,金中含水。所以水中無金木者,金木在水中,不得言水體有金木;溼潤在木石中,木石便得有水義。此亦是弱能入堅,堅不能入弱。炎州有樹,生於火中,此非火能生樹,是火不能燒樹;亦非火在樹中,乃是樹在火中,而體不相雜,無異金在水中而不能雜水體。亦如海中陰火潛燃,此水中有火,但非水體雜火。此稍涉靈奇,亦非五行常準。

木は水より生ず。だから木中に水を含む。金は水を生じうる。だから金中に水を含む。水中に金木なしという所以は、金木はただ水の裏に泡るのみで、水の本体中に金木を含有するとはいえないからである。しかるに湿潤は木頭石頭の中に渗み、木石はすなわち水の意味を含有すというべし。これも同じく柔弱者は堅硬者に進入しえ、堅硬者は柔弱者に進入しえない。南方の炎州に一種の樹ありて火中に生長す。これは火が樹を生じうるにあらず、火がこの樹を焼きえないのである。また火が樹裏に在るにあらず、樹が火中に在るのであり、両者の本体は並び相雑せず。正に金塊が水中に在りてしかも水体と相雑しえざるがごとし。また海中に陰火ありて水下に暗燃するがごときは、これ水中有火と似るといえども、実は水の本体が火を夾雑するにあらず。この類の現象は稍々霊異奇怪に近く、以て五行の常規準則と為すべからず。

又木中有火,火還燒木,此是生火方盛,故能燒木。石中有火,火不燒石,是火至金鄉,氣巳衰,故不能燒石。其以火消金者,亦取其盛,故能爍金,是不取衰火。猶如金能克木,鉛錫不能斷,此是不堅之金也。土性包含,無所不受,故土中皆備有水金木火。火非直陽氣,猶如范陽地燃,是陰也。土火不相害,雖不恆爾,不得言無。等是四行,何故獨爾?土既居地,地卽是陰,火卽是太陽之氣,故不得恆有也。

さらに、木中に火を含むに、火はかえって木を焼きうる。これは木の生ずる所の火が正当旺盛なれば、だから木を焼き動かしうる。石中にも火を含むに、火は石を焼きえない。それは火が金の地盤(西方)に行き至り、気はすでに衰弱したれば、だから石を焼き動かせない。火を用いて金属を熔化するに至っては、同じく火気旺盛の時を取ってこそ金を熔かしうる。衰弱の火は弁じえない。これはたとえば金は本能的に木を克すれども、鉛錫の類は木頭を砍り断えない。それらは堅硬ならざる金だからである。土性は包容し、受けざるなし。だから土中に水・金・木・火は樣樣具備する。ここの火は単に陽気を指さず、たとえば范陽の一帯に地下に自ら燃する火のごときは、陰火に属する。土と火は並び相克害せず。土中に火を含むは常態にあらざれども、また完全になしとはいえない。或る人問う、同じく四行なのに、なにゆえ独り土中の火のみ別に分別を作すか。回答にいう、土はすなわち地に居り、地はもともと陰である。しかるに火は太陽の気である。だからそれは長久に土中に存在しえない。

二つ目 支干の雑を論ず

支干雜者,《五行書》云:甲以女弟乙嫁庚為妻,故乙中有雜金。立春木王,甲召乙還,乙懷金氣來,故仲春殺榆莢白也。丙以女弟丁嫁壬為妻,丁中有雜水。立夏火王,丙召丁還,丁懷水氣來,故仲夏桑椹熟黑也。戊以女弟己嫁甲為妻,己中有雜木。季夏土王,戊召己還,己懷木氣來,故季夏有果實青也。庚以女弟辛嫁丙為妻,辛中有雜火。立秋金王,庚召辛還,辛懷火氣來,故仲秋棗熟朱也。壬以女弟癸嫁戊為妻,癸中有雜土。立冬水王,壬召癸還,癸懷土氣來,故仲冬草木皆黃也。

さらに干支の相雑を言う。《五行書》は嫁娶を以て譬えと為す。甲は妹の乙を庚に嫁がせて妻子と為す(乙庚合)。だから乙中に金気を夾雑す。立春に木が当旺し、甲は乙を娘家に召回す。乙は金気を帯びて回来する。だから仲春二月に楡荚は金の白色を呈する。丙は妹の丁を壬に嫁がす(丁壬合)。だから丁中に水気を夾雑す。立夏に火が当旺し、丙は丁を召回す。丁は水気を帯びて回来する。だから仲夏五月に桑椹の熟する時は水の黑色を呈する。戊は妹の己を甲に嫁がす(甲己合)。だから己中に木気を夾雑す。季夏に土が当旺し、戊は己を召回す。己は木気を帯びて回来する。だから季夏六月に果実は木の青色を呈する。庚は妹の辛を丙に嫁がす(丙辛合)。だから辛中に火気を夾雑す。立秋に金が当旺し、庚は辛を召回す。辛は火気を帯びて回来する。だから仲秋八月に棗子の熟する時は火の朱紅色を呈する。壬は妹の癸を戊に嫁がす(戊癸合)。だから癸中に土気を夾雑す。立冬に水が当旺し、壬は癸を召回す。癸は土気を帯びて回来する。だから仲冬十一月に草木はみな土の黄色を呈する。

甲丙戊庚壬為男剛強,故自有德不雜;乙丁己辛癸為女柔弱,不自專,從夫,故有雜。猶出嫁之女,卽稱夫氏,歸寧之日,攜子而來,氏族便雜。《五行十雜》云:甲為木,乙為材,丙為火,丁為灰,戊為土,己為泥,庚為金,辛為爐銻,壬為水,癸為濁汙。此皆雜義也。

甲・丙・戊・庚・壬は男干で、性情剛強。だから各々本行の徳を守って夾雑せず。乙・丁・己・辛・癸は女干で、性情柔弱、自ら主張を作す能わず、丈夫に順从するを要す。だって夾雑を帯びる。これはたとえば女子は出嫁した後すなわち夫姓に隨い、娘家に帰りて親を探望する時はまた子供を帯びて回来すれば、氏族の血脉は便ち混雑するがごとし。《五行十雑》にいう、甲は木、乙は木材。丙は火、丁は灰。戊は土、己は泥。庚は金、辛は炉中の銻渣。壬は水、癸は汚濁の水。陽干は本行の純正の体を取り、陰干はそれが加工衰変した後の雑質の体を取る。言う所はみな相雑の意である。

寅卯為木,春懷火,故卯為純木,寅為雜木。巳午為火,夏懷土,故午為純火,巳為雜火。申酉為金,秋懷水,故酉為純金,申為雜金。亥子為水,冬懷木,故子為純水,亥為雜水。土居中央,分主四氣,故辰中有餘木,未中有餘火,戌中有餘金,丑中有餘水,各十二日。故四孟為懷任,生氣之所由;四仲,盛壯之所立;四季,葬送之所在。懷任及葬,皆有雜義。

地支もまたこのごとし。寅卯は木に属し、春はまさに生ぜんとする火気を懐く。だから卯は純粋の木、寅は夾雑の木(寅中に火の長生を蔵す)。巳午は火に属し、夏はまさに生ぜんとする土気を懐く。だから午は純火、巳は雑火。申酉は金に属し、秋はまさに生ぜんとする水気を懐く。だから酉は純金、申は雑金。亥子は水に属し、冬はまさに生ぜんとする木気を懐く。だから子は純水、亥は雑水。土は中央に居り、四時の気を分主する。だから辰中に木の余気を留め、未中に火の余気を留め、戌中に金の余気を留め、丑中に水の余気を留め、各々十二日を占める。因って寅申巳亥のこの四つの「孟」支は懐孕受胎の地で、生気の由来である。子午卯酉のこの四つの「仲」支は壮盛の立つ所の処である。辰未戌丑のこの四つの「季」支は安葬送終の所である。凡そ懐孕と安葬の処は、みな相雑の意味を含有する。

三つ目 方位の雑を論ず

五行非直性相雜,當方亦有雜義。東方甲乙寅卯辰:甲,木也;乙中有雜金;寅中有生火;辰,土也;卯中有死水。南方丙丁巳午未:丙,火也;丁中有雜水;巳中有生金;未,土也;午中有死木。西方庚辛申酉戌:庚,金也;辛中有雜火;申中有生水;戌,土也;又,酉中有胎木。北方壬癸亥子丑:壬,水也;癸中有雜土;亥中有生木;子中有胎火;丑中有死金。此並方別有五行也。

五行は本性の上に互いに夾雑するのみならず、毎一つの方位に就いて言えばもまた夾雑の意あり。東方は甲・乙・寅・卯・辰を包括する。甲は木。乙中に金気を夾む。寅中に火の長生あり。辰は土。卯中に水の死地あり。南方は丙・丁・巳・午・未を包括する。丙は火。丁中に水気を夾む。巳中に金の長生あり。未は土。午中に木の死地あり。西方は庚・辛・申・酉・戌を包括する。庚は金。辛中に火気を夾む。申中に水の長生あり。戌は土。また酉中に木の胎位あり。北方は壬・癸・亥・子・丑を包括する。壬は水。癸中に土気を夾む。亥中に木の長生あり。子中に火の胎位あり。丑中に金の死地あり。見えるに毎一つの方位の内、五行はみな斉備する。

寅午戌,火之位也:寅中有生火,在東方;午中有王火,在南方;戌中有死火,在西方。亥卯未,木之位也:亥中有生木,在北方;卯中有王木,在東方;未中有死木,在南方。申子辰,水之位也:申中有生水,在西方;子中有王水,在北方;辰中有死水,在東方。巳酉丑,金之位也:巳中有生金,在南方;酉中有王金,在西方;丑中有死金,在北方。此一行之體,雜在三方也。未辰丑戌,土之位也:未中有王土,辰中有死土,丑中有衰土,戌中有壯土。此土體雜在四方也。趙怡言:五行相雜,如錦綺焉。斯言當矣。

さらに三合局を看る。寅・午・戌は火の三合の位である。寅中に火の長生あり、東方に属す。午中に火の帝旺あり、南方に属す。戌中に火の墓死あり、西方に属す。亥・卯・未は木の三合の位である。亥中に木の長生あり、北方に属す。卯中に木の帝旺あり、東方に属す。未中に木の墓死あり、南方に属す。申・子・辰は水の三合の位である。申中に水の長生あり、西方に属す。子中に水の帝旺あり、北方に属す。辰中に水の墓死あり、東方に属す。巳・酉・丑は金の三合の位である。巳中に金の長生あり、南方に属す。酉中に金の帝旺あり、西方に属す。丑中に金の墓死あり、北方に属す。これはすなわち同一行の本体が、分散して三つの異なる方位の中に夾雑するをいう――正にこれが「三合」の生・旺・墓の三支を取る道理である。未・辰・丑・戌は土の方位である。未中は土の帝旺、辰中は土の墓死、丑中は土の衰位、戌中は土の壮位。これはすなわち土の本体が四つの方位の中に夾雑するをいう。趙怡にいう、五行は彼此夾雑して、たとえば織成の錦繡綺羅のごとく、経緯交錯し色彩相間する、と。この言い方は甚だ恰当である。

第七 徳を論ず

德者,得也,有益於物,各隨所欲,無悔恡,故謂之為德也。《五行書》云:若有一德,能禳百災。凡陰陽用事,遇德為善,謂之福德,為有救助,萬事皆吉,災害消亡。德有四德,三者從支干論之,一者從月氣論之。支干三種者:一曰干德,二曰支德,三曰支干合德。

「徳」とはすなわち「得」である。事物に益あり、各方をして各々その願いを遂げしめ、悔恨吝惜を遺さざる。だからこれを徳と称す。《五行書》にいう、ただ一つの徳を占得すれば、上百種の灾殃を消除しうる、と。凡そ陰陽が当令し事を用うるの際、徳に遇えばすなわち吉なり。「福徳」と称す。それが救助を帯びて来るがゆえに、万事はみな吉利にして、灾害はこれに隨い消亡する。徳は共に四種あり。その中の三種は干支の上より講じ、一種は毎月の卦気の上より講ずる。干支の上より講ずる三種は、一を「干徳」といい、二を「支徳」といい、三を「支干合徳」という。

干德者:甲德自在,乙德在庚,丙德自在,丁德在壬,戊德自在,己德在甲,庚德自在,辛德在丙,壬德自在,癸德在戊。此十干者,甲丙戊庚壬為陽尊,故德自處;乙丁己辛癸為陰卑,故配德於陽,有從夫之義,所以不自為德。

まず「干徳」を言う。甲の徳は自己の身上に在り、乙の徳は庚に在り、丙の徳は自己の身上に在り、丁の徳は壬に在り、戊の徳は自己の身上に在り、己の徳は甲に在り、庚の徳は自己の身上に在り、辛の徳は丙に在り、壬の徳は自己の身上に在り、癸の徳は戊に在り。この十個の天干の中、甲・丙・戊・庚・壬は陽に属して尊貴。だから徳はすなわち自己の本位に安ず。乙・丁・己・辛・癸は陰に属して卑下。だから徳を自己と相合する陽干に配するを要す。取るは妻の夫に従うの意である。因って自己単独で徳を成す能わず。

揚子雲:配日之道,正有五日:甲己為木,丙辛為火,戊癸為土,乙庚為金,丁壬為水。陰陽之理,必相配偶,以則君臣夫婦之義。甲為君、為夫,己為臣、為妻,君位自在,臣位由君,故己德在甲,乙德在庚也,餘四皆然,陰從陽之道。

揚雄にいう、天干の相配する道理は、正に五対あり。甲と己と相配して木を化し、丙と辛と相配して火を化し、戊と癸と相配して土を化し、乙と庚と相配して金を化し、丁と壬と相配して水を化す。陰陽の理は必ず双を成し対を配するを要し、以て君臣・夫婦の義に取法する。甲は君であり夫であり、己は臣であり妻である。君の位置は自ら本処に在り、臣の位置は君によりて定まる。だから己の徳は甲の上に安じ、乙の徳は庚の上に安ず。其余の四対もまたこのごとく、みな陰の陽に従うの道理を体現す。

支德者:子德在巳,丑德在午,寅德在未,卯德在申,辰德在酉,巳德在戌,午德在亥,未德在子,申德在丑,酉德在寅,戌德在卯,亥德在辰。此皆以其夫生助之所也。子以巳為德者,子,水也,以土為夫,巳中有生土。丑以午為德者,丑,土也,以木為夫,午中有死木。寅以未為德者,寅,木也,以金為夫,未中有冠帶金。卯以申為德者,卯,木也,以金為夫,申中有相金。辰以酉為德者,辰,土也,以木為夫,酉中有胎木。巳以戌為德者,巳,火也,以水為夫,戌中有冠帶水。

さらに「支徳」を言う。子の徳は巳に在り、丑の徳は午に在り、寅の徳は未に在り、卯の徳は申に在り、辰の徳は酉に在り、巳の徳は戌に在り、午の徳は亥に在り、未の徳は子に在り、申の徳は丑に在り、酉の徳は寅に在り、戌の徳は卯に在り、亥の徳は辰に在り。規律は毎支より往前に五位を数る。これらはみなその支の「夫」(それを克するの那一行)が生助を得る所の処を以て徳と為す。子は巳を以て徳と為すは、子は水に属し、水を克する土はそれの夫で、しかして巳中に土の長生あるがゆえである。丑は午を以て徳と為すは、丑は土に属し、土を克する木はそれの夫で、しかして午中に木の死位あるがゆえである。寅は未を以て徳と為すは、寅は木に属し、木を克する金はそれの夫で、しかして未中に金の冠帯あるがゆえである。卯は申を以て徳と為すは、卯は木に属し、金はそれの夫で、しかして申中に相位に処する金あるがゆえである。辰は酉を以て徳と為すは、辰は土に属し、木はそれの夫で、しかして酉中に木の胎位あるがゆえである。巳は戌を以て徳と為すは、巳は火に属し、火を克する水はそれの夫で、しかして戌中に水の冠帯あるがゆえである。

午以亥為德者,午,火也,以水為夫,亥中有相水。未以子為德者,未,土也,以木為夫,子中有沐浴木。申以丑為德者,申,金也,以火為夫,丑中有養火。酉以寅為德者,酉,金也,以火為夫,寅中有生火。戌以卯為德者,戌,土也,以木為夫,卯中有王木。亥以辰為德者,亥,水也,以土為夫,辰中有死土。

午は亥を以て徳と為すは、午は火に属し、水はそれの夫で、しかして亥中に相位に処する水あるがゆえである。未は子を以て徳と為すは、未は土に属し、木はそれの夫で、しかして子中に木の沐浴あるがゆえである。申は丑を以て徳と為すは、申は金に属し、金を克する火はそれの夫で、しかして丑中に火の養位あるがゆえである。酉は寅を以て徳と為すは、酉は金に属し、火はそれの夫で、しかして寅中に火の長生あるがゆえである。戌は卯を以て徳と為すは、戌は土に属し、木はそれの夫で、しかして卯中に木の帝旺あるがゆえである。亥は辰を以て徳と為すは、亥は水に属し、土はそれの夫で、しかして辰中に土の死位あるがゆえである。見えるに十二支の徳は、みなその夫星の歴する所のある一つの運位の上に落着する。

或問云:從夫之義,生者有德,能相和養,故從;死者離背,不能和從,何以死猶為德?答曰:婦無再醮,一降適人,便稱夫氏,雖死猶從其族,豈得生而稱之,死便舍棄?故陰之從陽,生死常存。

或る人問う、すなわち夫に従うの義を講ずる以上、夫星は生旺の地に処してこそ徳ありと算し、それが妻と相和し相養いうるがゆえに、妻は以て隨从しうる。しかれどももし夫星が死の地に処すれば、すでに背離して相和し相従う能わざるに、なにゆえ死位はなお旧として徳と算するか。回答にいう、婦人に改嫁の礼なし。ひとたび人に嫁せば便ち夫姓に隨い、丈夫はたとえ死するとも彼女はなお夫家の宗族に属す。どうして丈夫が生きていれば彼に従い、死せば彼を拋棄することができようか。だから陰は陽に順从し、生死を論わず始終変わらない、と。

支干合德者:子德在甲,丑德在辛,寅德在丙,卯德在丁,辰德在庚,巳徳在己,午德在戊,未德在辛,申德在壬,酉德在癸,戌德在庚,亥德在乙。此皆從子為德也,謂子能扶助其母,有孝養之性,以為德也。

さらに「支干合徳」を言う。これは地支の徳を天干の上に配する。子の徳は甲に在り、丑の徳は辛に在り、寅の徳は丙に在り、卯の徳は丁に在り、辰の徳は庚に在り、巳の徳は己に在り、午の徳は戊に在り、未の徳は辛に在り、申の徳は壬に在り、酉の徳は癸に在り、戌の徳は庚に在り、亥の徳は乙に在り。この一組はみな「子」(我の生ずる所)を以て徳と為す。意は児子はよく母親を扶助し、孝養の品性あり。因って以て徳と算す。

凡干為陽,支為陰,陽體剛強自在,陰體柔順從陽。婦人有三從之禮,每無自專之義,夫死從子,故以子為德。若有支干,各自為德,皆從其夫;既今支干共為德,故離其夫位,故便從子也。子德在甲者,水為木母故也,例皆如之。

大凡天干は陽に属し、地支は陰に属す。陽の本体は剛強、よく自らその位を守る。陰の本体は柔順、陽に順从するを要す。婦人に「三従」の礼あり、従来自ら主張を作さず、丈夫去世すれば児子に依从する。だからここに「子」を用いて徳を定む。もし干と支とが各自単独で徳を論ぜば、それらはみな各自の夫に隨从するを要す。今は干支を合わせて徳を論ずるがゆえに、夫位を離れて、転じて児子に隨从するを要す。だから子の徳は甲に在る。子は水に属し、しかして水は木の母(水生木、木はすなわち水の子)なるがゆえである。其余の各支はみなこの例に照らして推す。

一從月氣為德者,德不孤立,對之以刑。德為陽以從干,刑為陰以從坤。亦如人之治政,刑德兩施:德有慶賜爵賞,所以配陽;刑有殺罰削奪,所以配陰。故王者日蝕則修德,月蝕則修刑。

第四種は毎月の卦気に按って徳を定める。徳は孤立して存在できず、必ず「刑」がそれに相対する。徳は陽に属する。だから乾卦に隨从する。刑は陰に属する。だから坤卦に隨从する。これもまた人間が政事を治理するに、刑と徳の両手を併用するがごとし。徳は慶賀・賞賜・封爵の類の恩典を包含する。だから陽に配する。刑は誅殺・責罰・削奪の類の懲処を包含する。だから陰に配する。因って君王は日蝕に遇えば徳政を修明し、月蝕に遇えば刑罰を整飭する。

董仲舒《春秋繁露》云:天道之常,一陽一陰。陽者天之德,陰者天之刑。陰陽以終歲之行,以觀天之所親任,可以見德刑之用矣。然天之任陽不任陰,好德不好刑,故陽出而積於夏,任德以歲事;陰出而積於冬,錯刑以空處也。太公云:人主舉事善,則天應之以德;惡,則天應之以刑。此並陰陽相對,德不獨治,須偶之以刑也。

董仲舒《春秋繁露》にいう、天道の常規は、一陽一陰である。陽は上天の徳、陰は上天の刑である。陰陽が一年の行程を走り終えるを看て、上天の親近し委任する所はいずれの一方かを観察すれば、徳と刑の各自の作用を明白にしうる。しかるに上天は陽を任用して陰を任用せず、徳を喜好して刑を喜好しない。だから陽気は出でて夏に積聚し、一年の農事を徳に付託する。陰気は出でて則ち冬に積聚し、刑を空閑無事の処に擱置する。姜太公にいう、君主の行事が得当なれば、上天は徳をもって彼に回応する。行事が不善なれば、上天は刑をもって彼に回応する。これらはみな陰陽が彼此相対し、徳は単独で施治できず、必ず刑をもって配するを要することを説明する。

從干巛二卦之氣者,十詤韋卦用事,自十一月而陽氣動,陰爻變;四月乾卦用事,自五月而陰氣動,陽爻變。故黃鐘蕤賓,陰陽之氣始也,德刑在焉。建子之月,坤初六爻變為陽,復卦用事,陽氣動於黃泉之下,陰氣布在蒼天之上,為德在室,而刑在野。建丑之月,坤六二爻變為陽,臨卦用事,陽氣稍出,萬物萌芽,陰氣將降,威怒已衰,為德在堂,而刑在街。

さらに乾・坤の両卦の気に依って刑徳を推排するを言う。十月に坤卦が当令して事を用い(この句は底本に「十詤韋卦用事」と作るが、文字に訛脱あり)、十一月より陽気が萌動し始め、坤卦の陰爻は自下而上に依次に陽爻に変わる。四月に乾卦が当令して事を用い、五月より陰気が萌動し始め、乾卦の陽爻は自下而上に依次に陰爻に変わる。だから黄鐘(十一月)と蕤賓(五月)の両律は、正に陰陽二気の起点で、刑と徳もまたこれに係る。建子の月(十一月)、坤卦の初六爻が陽に変わり、《復》卦となって事を用い、陽気は黄泉の下に萌動し、陰気は蒼天の上に布満する。この時、徳は内室に在り、刑は郊野に在る。建丑の月(十二月)、坤卦の六二爻が陽に変わり、《臨》卦となって事を用い、陽気は稍々顕露し、万物は萌芽を始め、陰気はまさに下降せんとし、粛殺の威怒はすでに衰える。この時、徳は堂上に在り、刑は街市に在る。

建寅之月,坤六三爻變為陽,泰卦用事,陽氣已達,陰氣降入,陰陽交泰,萬物抽其牙葉,為德在庭,而刑在巷。建卯之月,坤六四爻變為陽,大壯卦用事,陽氣上騰乎天,陰氣下入乎地,陰陽氣交,萬物成出,德刑俱會於門。建辰之月,坤六五爻變為陽,夬卦用事,陽氣上達,陰氣衰微,為德在巷,而刑在庭。建巳之月,坤上六爻變為陽,純陽用事,陽氣大盛,陰氣消除,萬物悅壯,無復刑殺,為德在街,而刑在堂。

建寅の月(正月)、坤卦の六三爻が陽に変わり、《泰》卦となって事を用い、陽気はすでに通達し、陰気は地下に降入し、陰陽は交泰して、万物は芽葉を抽出する。この時、徳は庭中に在り、刑は里巷に在る。建卯の月(二月)、坤卦の六四爻が陽に変わり、《大壮》卦となって事を用い、陽気は天に上騰し、陰気は地に下沈し、陰陽二気は相交わり、万物は形を成して出づ。この時、刑と徳とは一同に門口に会合す。建辰の月(三月)、坤卦の六五爻が陽に変わり、《夬》卦となって事を用い、陽気は上に向かって通達し、陰気は衰微す。この時、徳は里巷に在り、刑は庭中に退く。建巳の月(四月)、坤卦の上六爻が陽に変わり、純陽の《乾》卦となって事を用い、陽気は大いに盛んで、陰気は消尽し、万物は欣悦壮大にして、さらに刑殺なし。この時、徳は街市に在り、刑は堂上に退く。見えるに徳は内より外に走り、刑は外より内に退く。一進一退は恰も相反する。

建午之月,乾初九爻變為陰,遘卦用事,陰氣動於黃泉之下,陽氣佈於蒼天之上,為德在野,而刑在室。建未之月,乾九二爻變為陰,遁卦用事,陰氣稍升,陽氣將損,萬物壯極,皆以衰老,為德在街,而刑在堂。建申之月,乾九三爻變為陰,否卦用事,陽氣沈退,陰氣進升,陰陽否隔,殺威方盛,為德在巷,而刑在庭。

建午の月(五月)、乾卦の初九爻が陰に変わり、《姤》卦となって事を用い、陰気は黄泉の下に萌動し、陽気は蒼天の上に布満する。この時、徳は郊野に退き、刑は内室に進入す。建未の月(六月)、乾卦の九二爻が陰に変わり、《遁》卦となって事を用い、陰気は漸漸上昇し、陽気はまさに損減せんとし、万物は壮盛極まりて衰老を始む。この時、徳は街市に在り、刑は堂上に在る。建申の月(七月)、乾卦の九三爻が陰に変わり、《否》卦となって事を用い、陽気は沈降退避し、陰気は上進升騰し、陰陽は阻隔通ぜず、粛殺の威は正に盛り。この時、徳は里巷に在り、刑は庭中に在る。

建酉之月,乾九四爻變為陰,觀卦用事,陽氣內入,陰氣外施,陰陽合爭,萬物變衰,為德在門,刑復會於門。建戌之月,乾九五爻變為陰,剝卦用事,陽氣將盡,陰氣上達,萬物枯悴,殺害盛行,為德在庭,而刑在巷。建亥之月,乾上九爻變為陰,純坤復位,陽氣消除,陰氣大盛,萬物收藏,未見刑犯,為德在堂,而刑在街。此刑德二事,出入向趣,皆以用之,彌忘拙鑿。遇德則吉,逢刑則凶,故於此釋。

建酉の月(八月)、乾卦の九四爻が陰に変わり、《観》卦となって事を用い、陽気は内に向かって収入し、陰気は外に向かって施布し、陰陽は交争し、万物は盛より衰に転ず。この時、徳は門口に在り、刑もまた再度門口に会合す。建戌の月(九月)、乾卦の九五爻が陰に変わり、《剥》卦となって事を用い、陽気はまさに耗尽せんとし、陰気は上に向かって通達し、万物は枯槁憔悴して、殺傷の気は盛行す。この時、徳は庭中に在り、刑は里巷に在る。建亥の月(十月)、乾卦の上九爻が陰に変わり、回復して純陰の《坤》卦となり、陽気は消尽し、陰気は大いに盛んで、万物は収蔵して、さらに刑を加うべきの事なし。この時、徳は堂上に在り、刑は街市に在る。刑と徳のこの二つの事は、一出し一入し、各々趨向あり、占家はみなこれに拠って取用し、用うれば用うるほどそれが生硬穿鑿の説にあらざるを覚える。徳に遇えばすなわち吉、刑に逢えばすなわち凶。だからここに解釈を加える。

第八 合を論ず

孔子曰:干,陽也;坤,陰也。陰陽合德,五行之本,受生於天,則受成於地;稟氣於陽,定形於陰。體無偏立,故各有合。總而言之,干為陽,屬天;支為地,屬陰。別而言之,干自有陰陽:甲陽,乙陰,丙陽,丁陰,戊陽,己陰,庚陽,辛陰,壬陽,癸陰。支亦自有陰陽:子陽,丑陰,寅陽,卯陰,辰陽,巳陰,午陽,未陰,申陽,酉陰,戌陽,亥陰。各象天地,而自相配合,有夫婦之道。

孔子にいう、乾は陽に属し、坤は陰に属す。陰と陽の徳性が会合するは、五行の根本である。天において生を受ければ、すなわち地において成を受けるを要し、陽において気を禀受し、陰において形を定む。いかなる事物の本体も一方に偏して独立しえない。だから各々配合あり。総じていえば、天干は陽に属して天に配し、地支は地に属して陰に属す。分かちていえば、天干自身もまた陰陽に分かれる。甲陽・乙陰・丙陽・丁陰・戊陽・己陰・庚陽・辛陰・壬陽・癸陰。地支自身もまた陰陽に分かれる。子陽・丑陰・寅陽・卯陰・辰陽・巳陰・午陽・未陰・申陽・酉陰・戌陽・亥陰。それらは各自天地に取象し、また彼此配合して、夫婦結合の道理を具有す。

干合者:己為甲妻,故甲與己合;辛為丙妻,故丙與辛合;癸為戊妻,故癸與戊合;乙為庚妻,故乙與庚合;丁為壬妻,故壬與丁合。季氏《陰陽說》曰:木八畏庚九,故以妹乙妻庚,庚氣在秋,和以木氣,是以薺麥當秋而生,所謂妻來之義。火七畏壬六,故以妹丁妻壬,壬得火熱氣,故款冬當冬而華。金九畏丙七,故以妹辛妻丙,丙得金氣,故首夏靡草薺麥死,故夏至之後,三庚為伏,以畏火也。土五畏甲八,故以妹己妻甲,土帶陰陽,合以雌嫁木,故能生物也。水六畏土五,故以妹癸妻戊。五行相和,是其合也。

まず「干合」を言う。すなわち十天干が両両相合する五対である。己は甲の妻子である。だから甲と己と合す。辛は丙の妻子である。だから丙と辛と合す。癸は戊の妻子である。だから癸と戊と合す。乙は庚の妻子である。だから乙と庚と合す。丁は壬の妻子である。だから壬と丁と合す。規律は陽干がそれより下に六位を数る陰干と相配する。すなわち我を克する者は夫、我の克する者は妻である。季氏《陰陽説》は物候をもってこの五合を解釈す。木の成数は八、成数九の庚金を畏れる。だから妹の乙を庚に嫁がす。庚の気は秋に当値し、木気を掺和し入る。因って薺菜と麦はかえって秋に萌生する。これがいわゆる「妻子は娘家の気を帯びて来たる」の意である。火の成数は七、成数六の壬水を畏れる。だから妹の丁を壬に嫁がす。壬は因って火の熱気を得る。因って款冬花は能く冬に開放す。金の成数は九、成数七の丙火を畏れる。だから妹の辛を丙に嫁がす。丙は因って金気を得る。因って初夏の時に靡草と薺麦はかえって枯死する。またこれがため、夏至の後に数えて第三の庚日に入伏するは、すなわち金が火を畏れるがゆえである。土の成数は五、成数八の甲木を畏れる。だから妹の己を甲に嫁がす。土は陰陽両性を兼帯し、配合上は雌性の己を木に嫁がす。因って万物を生長しうる。水の成数は六、成数五の戊土を畏れる。だから妹の癸を戊に嫁がす。五行の気はここに由りて調和する。これがすなわち「合」である。

支合者,日月行次之所合也。正月,日月會於諏訾之次,諏訾,亥也,一名豕韋,斗建在寅,故寅與亥合。二月,日月會於降婁之次,降婁,戌也,斗建在卯,故卯與戌合。三月,日月會於大梁之次,大梁,酉也,斗建在辰,故辰與酉合。四月,日月會於實沈之次,實沈,申也,斗建在巳,故巳與申合。五月,日月會於鶉首之次,鶉首,未也,斗建在午,故午與未合。六月,日月會於鶉火之次,鶉火,午也,斗建在未,故未與午合。

さらに「支合」(六合)を言う。それは日月が毎月交会する十二星次より来る。正月、日月は諏訾の次に交会し、諏訾は亥に対応する(またの名は豕韋)。しかしてこの月は斗柄が寅を指す。だから寅と亥と相合す。二月、日月は降婁の次に交会し、降婁は戌に対応し、斗柄は卯を指す。だから卯と戌と相合す。三月、日月は大梁の次に交会し、大梁は酉に対応し、斗柄は辰を指す。だから辰と酉と相合す。四月、日月は実沈の次に交会し、実沈は申に対応し、斗柄は巳を指す。だから巳と申と相合す。五月、日月は鶉首の次に交会し、鶉首は未に対応し、斗柄は午を指す。だから午と未と相合す。六月、日月は鶉火の次に交会し、鶉火は午に対応し、斗柄は未を指す。だから未と午と相合す。見えるに六合の来歴は、すなわち月建の支とその月の日月合朔の在る星次の支とが相配するものである。

七月,日月會於鶉尾之次,鶉尾,巳也,斗建在申,故申與巳合。八月,日月會於壽星之次,壽星,辰也,斗建在酉,故酉與辰合。九月,日月會於大火之次,大火,卯也,斗建在戌,故戌與卯合。十月,日月會於析木之次,析木,寅也,斗建在亥,故亥與寅合。十一月,日月會於星紀之次,星紀,丑也,斗建在子,故子與丑合。十二月,日月會於玄枵之次,玄枵,子也,一名天黿,斗建在丑,故丑與子合。

七月、日月は鶉尾の次に交会し、鶉尾は巳に対応し、斗柄は申を指す。だから申と巳と相合す。八月、日月は寿星の次に交会し、寿星は辰に対応し、斗柄は酉を指す。だから酉と辰と相合す。九月、日月は大火の次に交会し、大火は卯に対応し、斗柄は戌を指す。だから戌と卯と相合す。十月、日月は析木の次に交会し、析木は寅に対応し、斗柄は亥を指す。だから亥と寅と相合す。十一月、日月は星紀の次に交会し、星紀は丑に対応し、斗柄は子を指す。だから子と丑と相合す。十二月、日月は玄枵の次に交会し、玄枵は子に対応する(またの名は天黿)。斗柄は丑を指す。だから丑と子と相合す。このように十二支は両両に子丑・寅亥・卯戌・辰酉・巳申・午未の共に六対に配成し、合して「六合」と称す。

玄枵者,玄,黑也;枵,秏也。陰氣盛,故萬物始動,猶未出生,天下空虛,謂之曰秏。星紀者,紀,統也,領萬物所終始也。析木者,萬物始萌,分別水木也。大火者,東方木也,心宿在卯,火出木心也。壽星者,萬物始達,各任其命也。鶉尾者,南方朱雀之宿,以軫尾也。

以下に十二星次の名義を解釈す。「玄枵」――玄は黑色、枵は耗損である。この時陰気は正に盛んで、万物はすでに萌動を始めたといえどもまだ出生せず、天下は一片空虚。だから耗と作す。「星紀」――紀は統領で、それは万物の終結と開始を統領す。「析木」――万物は萌芽を始め、水と木はここに分判開く。「大火」――東方の木に属し、心宿は卯の位置に在り、火は木の中心より生出す(心宿は古く大火と称す)。「寿星」――万物は通達を始め、各々自己の天命を承受す。「鶉尾」――南方朱雀の七宿に属し、軫宿を以て鳥の尾部と為す。

鶉火者,陽氣盛大,火星昬中在七星朱鳥之處也。鶉首者,南方之宿,其形象鳥,以井為冠,以柳為口也。實沈者,陰氣沉重,降實於物也。大梁者,強也,白露巳降,萬物堅強也。降婁者,降,下也;婁,曲也,陰氣上侵,萬物萎曲也。諏訾者,陰盛陽伏,萬物愁哀也。

「鶉火」――この時陽気は盛大にして、黄昏の時に大火星は正に南中の天に当たり、位置は朱鳥の七星宿の一帯に在る。「鶉首」――南方の宿に属し、形状は鳥に似て、井宿を以て鳥の冠と為し、柳宿を以て鳥の口と為す。「実沈」――陰気は沈重にして、下降して万物の中に充実す。「大梁」――梁はすなわち強で、白露はすでに降下し、万物の質地は堅強なり。「降婁」――降は下降、婁は弯曲で、陰気は上に向かって侵逼し、万物は枯萎弯曲す。「諏訾」――陰気は盛んで陽気は潜伏し、万物は一片愁苦悲哀の象。これらの名義はみな毎一つの星次の値する月份の物候より説を立てたものである。

凡陰陽相配,善惡理均,凶不全凶,吉不獨吉。吉終則凶,凶終則吉。故合不專合,復有離義。就支干配日辰,乃有五合、五離。五合者,《河圖》云:甲寅乙卯天地合,丙寅丁卯日月合,戊寅己卯人民合,庚寅辛卯金石合,壬寅癸卯江河合。五離者:甲申乙酉天地離,甲申丁酉日月離,戊申己酉人民離,庚申辛酉金石離,壬申癸酉江河離。

大凡陰陽の相配は、善と悪の道理は均衡する。凶は全然凶ならず、吉もまた孤零零として吉のみならず。吉は尽きれば凶に転じ、凶は尽きれば吉に転ず。だから「合」は合あるのみにあらず、同時に「離」の意味をも含有す。干支を具体の日辰に配せば、便ち五合と五離あり。五合は、《河図》にいう、甲寅・乙卯は天地合、丙寅・丁卯は日月合、戊寅・己卯は人民合、庚寅・辛卯は金石合、壬寅・癸卯は江河合、と。五離は則ち、甲申・乙酉は天地離、丙申・丁酉は日月離(底本は「丙申」を誤って「甲申」と作る)、戊申・己酉は人民離、庚申・辛酉は金石離、壬申・癸酉は江河離、と。

寅卯,陽之所升,能生萬物,日常出之,月滿又出,東方少陽生長之處,物所欣會,故以為合。申酉,陰之所湊,肅殺之方,日月皆沒於其所,西方少陰衰老之處,物之所惡,故以為離。甲乙日干之首,卦屬乾坤,故比天地;丙丁陽光之盛,故方日月;戊己居中,能成萬物,故類人民;庚辛體自金石,壬癸居然江河。凡為萬事,吉則從合,凶則從離;遇合則休,遇離則否。選日定時,卜筮之用,彌所用也。

寅卯と申酉をもって合離を分かつ所以は、寅卯は陽気上昇の地で、能く万物を生長し、太陽は常にここより升起し、月亮の円満なる時もまたここより出づ。東方は少陽生長の処で、万物はここに欣然として会聚す。だからそれを取って「合」と為す。申酉は陰気聚集の地で、粛殺の方に属し、日月はみなここに沈没す。西方は少陰衰老の処で、万物はここに悪しみ安んぜず。だからそれを取って「離」と為す。五組の名目の来歴に至っては、甲乙は十日の干の開頭で、納甲において乾坤の両卦に分属する。だから天地に比す。丙丁は陽光最も盛んの干。だから日月に比す。戊己は中央に居り、能く万物を成就す。だから人民に比す。庚辛の本体はすなわち金と石。壬癸は自然すなわち江と河。凡そ諸種の事を弁ずるに、吉事はすなわち「合」日に依从し、凶事はすなわち「離」日に依从する。合日に遇えば則ち美善、離日に遇えば則ち不通。吉日を選択し時辰を確定するにも、卜筮して占断するにも、この一組は用いること極めて多し。

第九 扶抑を論ず

扶者,以輔助為義;抑者,以止退立名。五行既成,盛衰有時,尊卑代易,故有相扶抑之義。其相遇也,母得子為扶,子遇母為抑。子有孝養順助之理,所以為扶;母有尊嚴訓制之道,所以為抑。相扶者:木扶水,水扶金,金扶土,土扶火,火扶木,此皆母得子。相抑者:木抑火,火抑土,土抑金,金抑水,水抑木,此皆子遇母也。

「扶」は輔佐幇助を以て含義と為し、「抑」は阻止して退かしめるを以て名を立つ。五行はすでに生成すれば、すなわち盛あり衰あり、各々その時あり、尊卑の地位は交替変換し、因って互相扶助・互相抑制の関係を産生す。両行が相遇する時、母親が自己の児子に遇上するを、「扶」と呼ぶ。児子が自己の母親に遇上するを、「抑」と呼ぶ。児子には孝養順従して長輩を幇助する道理あり。だから扶と為す。母親には尊厳訓導して管束約束する一面あり。だから抑と為す。相扶に属するは、木は水を扶し、水は金を扶し、金は土を扶し、土は火を扶し、火は木を扶す。――これらはみな母親が児子に遇う(水生木、木はすなわち水の子、余はこれに倣う)。相抑に属するは、木は火を抑し、火は土を抑し、土は金を抑し、金は水を抑し、水は木を抑す。――これらはみな児子が母親に遇う。

柳世隆《龜經》云:扶者壽,抑者否;扶者起,抑者止;扶者仰,抑者俛;扶者進,抑者退;扶者行,抑者停;扶者吉,抑者凶。就此又須消息。凡父母有氣為真,父母無氣為宗廟鬼神;有氣為兒子福助,無氣為財帛功德。所以扶者為善,抑者為惡。生王之時,則為有氣;死沒之時,則是無氣。有氣無氣,復有二種:若遇合德,雖抑非害;若逢刑剋,為凶更重之。

柳世隆《亀経》にいう、扶を得れば則ち長寿、抑に遭えば則ち閉塞。扶を得れば則ち興起、抑に遭えば則ち停滞。扶を得れば則ち頭を昂げ、抑に遭えば則ち頭を低くす。扶を得れば則ち前進、抑に遭えば則ち後退。扶を得れば則ち通行、抑に遭えば則ち停住。扶を得れば吉を為し、抑に遭えば凶を為す、と。ただしこの上になお斟酌変通を要す。凡そ父母爻に気ある者は、すなわち真の父母である。父母爻に気なき者は、則ち転じて宗廟鬼神と看作す。子孫爻に気ある者は、児子の帯びて来たる福助である。気なき者は、則ち転じて財帛功徳と看作す。因って扶は善を為し抑は悪を為す。長生帝旺の時に処するをすなわち「有気」と呼び、死絶の時に処するをすなわち「無気」と呼ぶ。有気無気はなお各々二種の情形に分かれる。もし同時に合と徳とに遇上すれば、抑されども傷害を構成せず。もしまた刑と克とに碰上すれば、凶険はさらに加重する。

問曰:母之於子,訓制之道,謂之為凶,此未可解。尊嚴訓制,教以義方,欲其成人,何為反惡?答曰:前解巳有二種。若遇一德合,雖抑非害;有氣為真父母,此是欲其成人。雖然,當訓之時,於子交不遂心,亦是留礙;況逢刑剋。舜之至孝,尚大杖則逃;王祥扣冰,孟宗泣筍,此豈是義方之教?無氣為鬼神者,鬼神之來,多欲為祟,禱請祈求,及可致福,非否抑而何?

或る人問う、母親が児子に対する訓導管束を、しかれどもそれを凶と称するは、これは通じない。尊厳の訓導・正道をもって教誨するは、もともと彼を成人せしめんと欲するに、なにゆえかえって悪事とならん。回答にいう、前面ですでに二種の情形を分かてり。もし徳と合とに遇えば、抑されども害を為さず。父母爻に気あれば、すなわち真の父母で、これは正に児子を成全せんとする。話はこのごとしといえども、父母の訓誡する時、児子のこの辺においては畢竟心に合わず、また一種の阻滞と算す。況んやまた刑克に碰上するをや。虞舜のあの至孝にして、父の大杖をもって打つに遇えばなお避く。王祥は氷に臥して鯉を求め、孟宗は竹に哭して筍を得。これらはどうしてただ「義方をもって教う」のみならんや。父母爻に気なければ便ち鬼神と看作すに至っては、鬼神は一たび来れば多半作祟せんと欲し、祷告祈求してこそ転じて福を致しうるを要す。これは正に一種の圧抑にあらずや。

問曰:解雲有氣為父母,無氣為鬼神者,此亦有疑。夫鬼神雖居幽微,猶是有物,精靈感通,禍福斯應;若云無者,宗廟享祀,何所依憑?答曰:所言有無者,正論生死。生則形存為有,死則氣散為無,不語幽微,何足疑也。

また問う、解釈に気あればすなわち父母、気なければすなわち鬼神とは、ここにも疑問あり。鬼神は幽隠微妙の中に処すといえども、畢竟なお存在の物で、精霊は能く人と感応相通じ、禍福はこれに隨って応験す。もしそれを「無」というならば、宗廟裏の祭祀はまた何に依憑するか。回答にいう、ここの言う所の有と無とは、講ずるは正に生と死である。生きていれば形体はなお存す。だから有と呼ぶ。死せば気はすでに消散す。だから無と呼ぶ。幽冥世界の存在するや否やを談論するにあらず。何の疑うべきあらんや、と。

問曰:若如此解,死則為無,無何所慮,而能為抑?答曰:鬼神雖無形質可見,而有善惡可求,故能為抑。問曰:若能為抑,便是有義。答曰:就抑則有,語形則無,今解無也。就氣而論,非是全無,但無王相之氣,而有死沒之氣。王相氣來則吉,死沒氣來則凶。所言無氣者,無王相氣耳。

さらに問う、このように解釈すれば、死はすなわち無で、すなわち無なればなお憂慮すべき何ぞあらん、それはまたどうして圧抑を造成しえようか。回答にいう、鬼神は形質の見ゆるなきといえども、しかして善悪の推求すべきあり。だから圧抑を造成しうる。又問う、すなわち圧抑を造成しうるならば、則ちそれは「有」を説明する。回答にいう、それが能く圧抑作用を起こすに就いていえば有なり、それが形体に就いていえば無なり。ここに言うは正に形体上の無である。もし「気」の上より講ずれば、また全然なきにあらず、ただ王相の気なきのみで、しかして死絶の気あるのみ。王相の気の来臨すれば則ち吉、死絶の気の来臨すれば則ち凶。いわゆる「無気」とは、指すはただ王相の気なきのみである、と。

第十 相克を論ず

五行雖為君臣父子,生王不同,逐忌相剋。克者,制罰為義,以其力強能制弱。故木克土,土克水,水克火,火克金,金克木。《白虎通》云:木克土者,專勝散;土克水者,實勝虛;水克火者,眾勝寡;火克金者,精勝堅;金克木者,剛勝柔。

五行の間は君臣父子の関係を結成すといえども、各自の長生・帝旺の時節は相同じからず。そこで彼此忌諱して相克あり。「克」は制服懲罰を以て含義と為す。力量の強い者は能く弱い者を制服するがゆえである。だから木は土を克し、土は水を克し、水は火を克し、火は金を克し、金は木を克す。《白虎通》はこの五種の克の機理を解釈していう、木は能く土を克するは、専一が散漫に勝つ。土は能く水を克するは、充実が空虚に勝つ。水は能く火を克するは、多数が少数に勝つ。火は能く金を克するは、精微が堅硬に勝つ。金は能く木を克するは、剛硬が柔軟に勝つ、と。

《春秋繁露》云:木者,農也,農人不順如叛,司徒誅其率正矣,故金勝木。火者,本朝有讒邪,熒惑其君,法則誅之,故水勝火。土者,君大奢侈,過度失禮,民叛之窮,故木勝土。金者,司徒弱,不能使眾,則司馬誅之,故火勝金。水者,執法阿黨不平,則司寇誅之,故土勝水。

《春秋繁露》は則ち官職をもって相克を講ず。木は農事に対応し、農人はもし順服せず甚だしきは叛乱すれば、教化を掌る司徒は出面して誅治し、彼らを糾正す。だから金は木に勝つ。火は朝廷に対応し、朝中にもし讒佞邪悪の人あって君主を迷惑せば、則ち法に依りて彼らを誅除す。だから水は火に勝つ。土は君主に対応し、君主はもし奢侈に過ぎて法度を逾越し礼制を失えば、百姓は叛離して彼を窮境に陥れしむ。だから木は土に勝つ。金は司徒に対応し、司徒はもし軟弱にして衆人を駆使しえざれば、軍を掌る司馬は出面して誅治す。だから火は金に勝つ。水は法を執る官に対応し、執法者はもし偏袒し党を結び、事を処するに公ならざれば、司寇は出面して誅治す。だから土は水に勝つ。

勝者為君,為夫,為官,為吏,為鬼;負者為臣,為妻,為財。君以威嚴尊高,夫以德義隆重,官以能有賞伐,吏以刑法裁斷,鬼以克殺病喪,併為勝者也。臣以畏伏其上,妻以敬從其夫,財以休彼制用,併為負者。凡上克下為順,下克上為剝。喻如君有刑臣之法,臣無犯君之義;父有訓子之道,子無教父之方也。所以上之克下,順理而行;下之克上,乖理而克。

克の関係の中にあって、勝を得るの一方は君主・丈夫・官長・吏員・鬼祟を象徴し、敗を落したるの一方は臣下・妻子・財物を象徴す。君主は威厳に憑って尊高にし、丈夫は徳義に憑って隆重にし、官長は能く賞罰を施行し、吏員は刑法に依りて裁断し、鬼祟は能く克殺と病喪を帯来す。――これらはみな勝を得るの一方に属す。臣下は畏懼して上級に伏従し、妻子は恭敬して丈夫に順従し、財物は他人の支配取用に任す。――これらはみな敗を落したるの一方に属す。凡そ上の下を克するは「順」と為し、下の上を克するは「剥」と為す。譬えて君主に臣下を懲治する法度あるも、臣下に君主を冒犯する道理なし。父に児子を訓導する方法あるも、児子に父を教訓する道理なし。だから上の下を克するは理に順って行い、下の上を克するは則ち理に違って克する。

故《白虎通》云:陽為君,陰為臣。水以太陰之氣,制太陽之火;金以少陰之氣,制少陽之木,喻如失道之君,若殷湯放桀,周武伐紂,此皆誅有罪也。凡卜筮,得其所克者凶,得所受制者吉。五行之道,子能拯父之難,故金往克木,火復其讎;火既消金,水雪其恥。然當衰氣者,反為王者所制,如鼎鑊中水,為火所煎。

だから《白虎通》にいう、陽は君、陰は臣。水は太陰の気を以て太陽の火を制服し、金は少陰の気を以て少陽の木を制服す。これはたとえば無道の君に対付するがごとく、たとえば商湯が夏桀を放逐し、周武王が商紂を討伐したるは、みな有罪の人を誅除するに在り(「下克上」に属して義に合する特例)。凡そ卜筮は、自己の克する所の対象を占得れば凶を為し、自己を克制する対象を占得ればかえって吉を為す。五行の道理は、児子は能く父の危難を解救す。だから金は往きて木を克せば、木の子の火は来たりて父のために報仇す。火は金を消熔せば、金の子の水はまた来たりて父のために雪恥す。然るに気すでに衰弱の一方は、かえって当旺者に制服せらる。たとえば鼎鑊の裏の水の、火に煎熬せらるがごとし。

《白虎通》云:火熱水冷,有溫水,無寒火何?明臣可為君,君不可為臣。火煎水為湯者,不改其形,但變其名也;水滅火為炭者,形名俱盡也。亦如君被廢而不存,臣有罪而退職也。五行相剋,木穿土不毀,火燒金不毀者,皆陽氣仁,好生故也;金伐木犯,水滅火犯者,陰氣貪,好殺故也。至如山崩川竭,木石為災,天火下流,人火上燎,水旱鬲並,風霜為害,此並失政於人,天地作譴。

《白虎通》にいう、火は熱く、水は冷たい。なにゆえ世上に温水はあるに、冷火なきか。これは臣下は上昇して君と為りうるも、君主は下降して臣と為りえないを表明す。火は水を煎じて湯と為しても、水の形体は並び改変せず、ただ名を換えたのみ。水は火を浇び滅して炭と為せば、火の形体と名称はすなわち一同に消失す。これもまたたとえば君主はひとたび廃せられれば便ち存せず、臣子は罪ありても不過免職するのみ。五行の相克において、木は土を穿透して土は毀壊せず、火は金を焼いて金は毀滅せず。これは木と火とが陽気に属し、陽気は仁厚にして生養を喜好するがゆえである。しかるに金は木を砍伐し水は火を浇滅するは、みな侵犯の意を帯びる。これは金と水とが陰気に属し、陰気は貪婪にして殺伐を喜好するがゆえである。山が崩れ地が裂け、河川が涸渇し、木石が灾を成し、天火は上より下に向かい、人火は下より上に蔓延し、水灾旱灾は交替して併作し、風霜は害を成すに至っては、これらはみな人間の政事の失当で、天地の降下する譴責である。

為五行相沴者,乖沴不和之義,以其氣沖相沴,不名克也。沴,亦廢也。於木則南宮極震,於水則三川竭,於火則宮室災,於金則九鼎震,於土則齊楚山崩,木金水火俱沴土者,地動分拆是也。故五行氣沖,而有六沴,大概如斯。

この類の現象を五行の「相沴」と呼ぶ。取るは乖戾不和の意である。それらは気の相冲撞して彼此傷害するがゆえに、「克」とは呼ばない。沴にもまた廃壊の義あり。木の上に表れれば、すなわち南宮極のあのような震動の異象である。水の上には、すなわち三條の大河が同時に枯竭す。火の上には、すなわち宮室の失火。金の上には、すなわち九鼎の震動。土の上には、すなわち斉・楚の一帯の山陵の崩塌。木・金・水・火の四者が同時に沴して土を傷する時は、則ち地震と地面の開裂と出現す。だから五行の気はひとたび相冲すれば、いわゆる「六沴」あり。大致の情形はすなわちこのごとし。

第十一 刑を論ず

夫刑者,殺罰為名,自是刑于不義,非故相刑也。五行各在一方,寒暑推移,應時而動,不失其節,各不犯,各無應獨受刑者。但須用之不嚴而治,不可棄而不用,故皆還相刑。如以金治金,則成其器;以人治人,則成國政。《呂氏春秋》云:刑罰不可偃於國,笞怒不可廢於家。故五刑之屬三千,莫不本乎五行。

いわゆる「刑」とは、誅殺懲罰を以て名を得たるもので、それはもとより不義の者の身上に加うるに、五行が故意に彼此に刑を加えんとするにあらず。五行は各々一方に居り、寒暑の推移に隨い、時令に按って動き、その節度を失わず。もともと彼此冒犯せず、またいずれの一行も理として単独に刑罰を承受すべきなし。ただ刑は厳酷に用いずとも世を治めうれども、棄置して用いざるべからず。だから五行の間はなお旧として互相刑す。これはたとえば金属工具をもって金属を加工してこそ、器物を作り成しうるがごとく、人をもって人を治理してこそ、国政を成就しうるがごとし。《呂氏春秋》にいう、刑罰は国中に廃棄すべからず、鞭笞責怒は家中に取消すべからず、と。だから五刑の下に細分して三千條の罪目あり、一条といえども五行に本づかざるなし。

《周書》曰:因五行相剋而作五刑,墨、劓、剕、宮、大辟是也。火能變金色,故墨以變其肉;金能克木,故剕以去其骨節;木能克土,故劓以去其鼻;土能塞水,故宮以斷其淫泆;水能滅火,故大辟以絕其生命。至於漢文,去其肉刑,代之以鞭笞;其後梟斬流絞之徒,並不越其五數。

《周書》にいう、五行の相克に依りて五刑を制定せり。すなわち墨(字を刺す)・劓(鼻を割く)・剕(足を断つ)・宮(勢を去る)・大辟(死刑)。火は能く金の顔色を改変す。だから墨刑を用いて人の肌肤の顔色を改変す。金は能く木を克す。だから剕刑を用いて人の骨節を去掉す。木は能く土を克す。だから劓刑を用いて人の鼻子を割去す(鼻は面部中央に居りて土に属す)。土は能く水を堵塞す。だから宮刑を用いて人の淫欲を断絶す。水は能く火を滅す。だから大辟を用いて人の生命を断絶す。漢文帝の時に至りて肉刑を廃除し、改用して鞭笞を以て代替す。此后の梟首・斬・流放・絞刑の類も、またみなこの五種の数目を超出せず。

《尚書》云:流宥五刑。又,五流相去各五百里。鞭笞之數,起自於十,積而至百,亦依十干之數。《尚書刑德考》云:大辟象天刑,罰贖之數三千,應天地人。日辰支干之刑,亦有三種,故天地人之刑,其揆一也。

《尚書》にいう、流放を用いて五刑の罪を寛宥す。又いう、五等の流放の地は彼此相距りて各々五百里、と。鞭笞の数目は十より起算し、累積して一百に至る。これもまた十天干の数に依る。《尚書刑徳考》にいう、大辟死刑は上天の刑に取象し、罰金贖罪の條目は共に三千、天・地・人の三才に対応す。日辰干支上の刑もまた三種に分かる。見えるに天の刑・地の刑・人の刑は、道理はもとより同一個である。

三種者:一,支自相刑;二,支刑在干;三,干刑在支。支自相刑者,子刑在卯,卯刑在子,丑刑在戌,戌刑在未,未刑在丑,寅刑在巳,巳刑在申,申刑在寅,辰午酉亥各自刑。《漢書》翼奉奏事云:木落歸本,故亥卯未木之位,刑在北方:亥自刑,卯刑在子,未刑在丑。水流向末,故申子辰水之位,刑在東方:申刑在寅,子刑在卯,辰自刑。金剛火強,各還其鄉,故巳酉丑金之位,刑在西方:巳刑在申,酉自刑,丑刑在戌。寅午戌火之位,刑在南方:寅刑在巳,午自刑,戌刑在未。

この三種とは、第一、地支の間で互相刑し、第二、地支が天干上に刑し、第三、天干が地支上に刑す。地支の互相刑するは、子は卯を刑し、卯は子を刑す(この一対は互刑にして、「無礼の刑」と称す)。丑は戌を刑し、戌は未を刑し、未は丑を刑す(三支は遞刑にして、「無恩の刑」と称す)。寅は巳を刑し、巳は申を刑し、申は寅を刑す(三支は遞刑にして、「恃勢の刑」と称す)。辰・午・酉・亥の四支は則ち各自自己を刑し、「自刑」と称す。《漢書》の載する所の翼奉の奏章は三刑の推法を解釈していう、樹木は凋落すれば本根に帰せんと欲す。だから亥卯未木の三合の位は、刑は北方に落つ(木の生地の亥の在る所の方位)。亥は自刑、卯の刑は子に在り、未の刑は丑に在り。水は末端に向かって流れんと欲す。だから申子辰水の三合の位は、刑は東方に落つ(水流の往く所)。申の刑は寅に在り、子の刑は卯に在り、辰は自刑。金は剛硬・火は強盛、各々自己の本郷に回到す。だから巳酉丑金の三合の位は、刑は西方に落つ(金の本方)。巳の刑は申に在り、酉は自刑、丑の刑は戌に在り。寅午戌火の三合の位は、刑は南方に落つ(火の本方)。寅の刑は巳に在り、午は自刑、戌の刑は未に在り。「木落して本に帰り、水流れて末に向かい、金火は郷に還る」のこの三句の口訣を掌握すれば、三刑は以て自ら推算しうる。

干刑支者,寅刑在庚,卯刑在辛,辰刑在甲,巳刑在癸,午刑在壬,未刑在乙,申刑在丙,酉刑在丁,戌刑在甲,亥刑在己,子刑在戊,丑刑在乙。支刑干者,甲刑在申,乙刑在酉,丙刑在子,丁刑在亥,戊刑在寅,己刑在卯,庚刑在午,辛刑在巳,壬刑在辰戊,癸刑在丑未。此並以所勝為刑也。

続いては干支の間の刑である(底本のこの両條の標目は前面に列した次序と恰も互いに換わる。読む時は内容に依って準と為す)。地支より天干に刑するは、寅は庚を刑し、卯は辛を刑し、辰は甲を刑し、巳は癸を刑し、午は壬を刑し、未は乙を刑し、申は丙を刑し、酉は丁を刑し、戌は甲を刑し、亥は己を刑し、子は戊を刑し、丑は乙を刑す。天干より地支に刑するは、甲は申を刑し、乙は酉を刑し、丙は子を刑し、丁は亥を刑し、戊は寅を刑し、己は卯を刑し、庚は午を刑し、辛は巳を刑し、壬は辰と戌とを刑し、癸は丑と未とを刑す。この両組はみな「我の能く勝(克)する者」を以て刑を受ける対象と為す。

凡卜筮所用,遇刑非善,然所求之事,非刑不獲。史蘇《龜經》云:當成不成,視兆相刑。又問云:六合是吉,而巳申相剋者何?答曰:金帶水生火中,火為金鬼,水為火鬼,金共水生火中,則是鬼母子身。申是金位,兼復懷水;巳是火位,復有生金,還相讎,故以為刑也。

凡そ卜筮の時、刑に遇うは好事にあらず。然るにある求むる所の事は、刑に遇わざればかえって弁じ成りえず。史蘇《亀経》にいう、本当は成功すべきにして成らざれば、すなわち兆象の上に相刑するや否やを看るべし、と。また或る人問う、巳と申はもとより六合で、吉利に属すべきに、なにゆえそれらはまた相克するか。回答にいう、金は水を帯びて火中に長生す。火は金の鬼(金を克する者)で、水もまた火の鬼である。金と水とが一同に火の裏に長生すれば、則ち鬼・母・子の三者が同じく一身に処するに等し。申は金の本位で、同時にまた水の長生を懐く。巳は火の本位で、裏面にまた金の長生あり。双方は彼此仇を為す。だから既に合すまた刑す、と。

然刑有上下,寅刑在巳者,巳為刑上,寅為刑下,餘例悉爾。故《兵書》云:刑上風來,坐者急起,行者急住。卽此謂也。雲三刑者,如寅刑在巳,巳刑在申,寅日申時,巳上起風,或巳上見妖,謂之三刑也。他亦效此。別有從氣為刑,與德相對者,已從前解,故不重釋。

さらに、刑にもまた上下の分あり。寅の刑は巳に在れば、則ち巳は「刑上」、寅は「刑下」なり。其余の各例はみなこのように照らして分かつ。だから《兵書》にいう、刑上の方位より風の刮り来れば、坐する者は急ぎ身を起こすべく、走路する者は急ぎ停止すべし、と。言う所は正にこれである。いわゆる「三刑」とは、たとえば寅は巳を刑し、巳はまた申を刑すに、寅日の申時に在って、もし巳の方位上に起風し、あるいは巳の方位上に妖異出現せば、すなわちこれを三刑と呼ぶ。其他の情形もまたこの類に照らして推す。また別に一種の卦気に依りて推排し、「徳」と相対する刑あり。前面の徳を論ずる一篇にすでに解説せり。ここには重複せず。

第十二 害を論ず

相害者,逆行相逢於十二辰,兩兩相害,名為六害:戌與酉,亥與申,子與未,丑與午,寅與巳,卯與辰,是六害也,是殺傷之義。今此六害,或是君臣父子,或是夫妻,理不應害。《孝經》云:不愛其親而愛他人者,謂之悖德。既違其慈愛之性,故有怒戮之理。

いわゆる「相害」とは、十二地支が一順一逆に相向かって行き、中途にあって両両相遇し、両支は彼此害を為す。合して「六害」と称す。戌と酉、亥と申、子と未、丑と午、寅と巳、卯と辰。これがすなわち六害で、取るは傷殺の義である。この六対の中、あるはもとより君臣あるいは父子の関係にして、あるはもとより夫妻の関係にして、道理に按れば互いに加害すべからず。《孝経》にいう、自己の双親を愛せずして他人を愛するを、これを背徳を棄てると呼ぶ、と。すなわち慈愛の本性に違背する以上、自然に互いに怨怒残害する道理あり。

五行所惡,其在破沖。今之相害,以與破沖合,故父失其慈,子違其孝,妻不敬順,夫棄和同,併合讎忿,理成相害。至如命待熊蹯,飢探雀,重耳外奔,申生賜盡,河內則夫婦相殘,塞外則君臣殺奪,此豈非害乎。

五行の最も忌悪するは「破」と「沖」である。今、この六害の成立する所以は、正に害を受けるの一方が加害者の破・沖の支と相合するがゆえである。ひとたびこのようになれば、父親は便ちその慈愛を失い、児子は便ちその孝道に違い、妻子はもはや敬順せず、丈夫は和睦を拋棄し、双方はみな仇怨を結成す。そこで相害を形成す。たとえば楚成王は死に臨んで熊掌を食せんと欲して時辰を拖延し、飢餓の時に鳥雀を掏って飢に充て、晋の公子重耳は出奔して外に在り、太子申生は賜死せられ、河内の地方に夫婦相残の事あり、塞外に君臣の互相殺奪の事あり。――これらはどうして正に「害」にあらざらんや。

辰卯為害者,卯與戌合,戌破於辰,辰土為卯木妻,戌辰為讎。卯與戌合,便是棄辰;與酉合,酉沖破卯,辰為卯妻,酉為卯讎,辰與酉合,酉能克卯,婦奸外夫、殺本夫之象也。巳與申合,申沖於寅,巳為寅子,申能克寅,巳與申合,子有逆行。

辰と卯の相害する所以は、卯は戌と相合するに、戌はまた辰を冲破す。辰土は卯木の妻子(木は土を克し、克さるる者は妻)で、戌と辰とは仇家である。卯はすなわち往きて戌と相合するは、すなわち辰を拋棄するに等し。別の一頭、辰はまた酉と相合するに、酉は正に卯を冲破す。――辰は卯の妻、酉は卯の仇で、妻子はしかれども仇家と相合し、酉は能く卯を克す。これは正に婦人が外夫と私通し、合謀して本夫を殺害するの象である。同じ理に、巳は申と相合するに、申の沖する所は寅である。巳は寅の生ずる所の児子(寅木は巳火を生ず)で、申は能く寅を克すに、巳はしかれども往きて申と相合す。これはすなわち児子が悖逆の事を做出す。

丑午相害者,丑與子合,子沖破午;午與未合,未破於丑,亦是父子相害義也。未子相害者,未與午合,午沖破子,未土為君,子水為臣,午火為子水之財,君以財害臣之象也;子與丑合,丑破於未,丑又是土,子與丑合,欲引外君,共害其主,此則臣有逃亡之象也。申亥相害者,亥與寅合,寅沖於申;申與巳合,巳沖於亥,亦是父子相害義也。

丑と午の相害する所以は、丑は子と相合するに、子は正に午を冲破す。午は未と相合するに、未はまた丑を破る。これもまた父子が互相加害するの意である(午火は丑中の土を生ず。もとより父子)。未と子の相害する所以は、未は午と相合するに、午は子を冲破す。未土は君で、子水は臣(土は水を克す)。午火はまた子水の「財」(水は火を克し、我の克する者は財)である。これは正に君主が財物を借りて臣下に加害するの象である。反対に、子は丑と相合するに、丑はまた未を破る。丑も同じく土に属し、子が往きて丑と相合するは、外より君主を引き入れて、一同に自己の本主に加害せんとするに等しい。これはすなわち臣下に逃亡叛離あるの象である。申と亥の相害する所以は、亥は寅と相合するに、寅は正に申を冲し、申は巳と相合するに、巳はまた亥を冲す。これは同じく父子の互相加害するの意である。

夫相生不必相生,相害不必相害。猶如火能燒物,遂有炎洲之火而不能燒物;水能潤長,洪潦暴至,亦使草樹芸黃。此是相生反相害。相害反相生者,鑽木出火,而雲雨掣電,相因而有,此是相害反相生也。水本害火,膏油漬注,燈火益明,亦是相害反相生也。

実は相生するも必ずしも真に生ずるにあらず、相害するも必ずしも真に害を成すにあらず。譬えて火はもともと物を焼毀しうるといえども、炎洲のあの火は樹木を焼かず。水はもともと滋潤生長しうるといえども、洪水が暴漲する時は、草木を泡して枯黃せしめることもある。これはすなわち本応相生にしてかえって害を成す。反対に、本応相害にして相生を成したる例もまたあり。木を钻れば火を取出しうるに、雲雨の中に閃電が迸発するもまた水火が相因って生ずるなり。これはすなわち相害がかえって相生を成す。水はもともと火を克すれども、膏油を浇注し入れれば、灯火はかえってさらに亮しくなる。これは同じく相害がかえって相生を成す。

陰陽五行,萬物所存,吉凶之應,各以其類言之。或吉中有凶,凶中有吉。凶則視其所救,吉則觀其所害。凶而有救,不至於禍;吉而有害,不及於慶。純凶則禍大,純吉則福深。如丑午相害,以子沖破午,子有王水,此為純凶;未破於丑,丑有欲相之木,能制未土,為有救也。未子相害,午沖破於子,子是王水,水制午火,為凶中有吉;子與丑合,丑土反制子水,卽是吉中有凶。生害之義例皆如斯。

陰陽五行は万物がそれに頼って存在する根本で、吉凶の応験は、各々その類に按って推断するを要す。時に吉中に凶を含み、凶中に吉を含む。凶に遇う時は救助あるや否やを看るを要し、吉に遇う時は妨害あるや否やを看るを要す。凶にして救あれば、灾を成すに至らず。吉にして害あれば、喜慶に足らず。純粋の凶は、禍患すなわち大なり。純粋の吉は、福沢すなわち深し。例を挙げていえば、丑午相害のこの一組は、子が来たりて午を冲破し、しかして子中に当旺の水あり(水は火を克す)。だから午に対しては純凶である。未の丑を破るの一頭に至っては、丑中にまさに旺に転ぜんとする木を含有し(木は土を克す)、能く未土を制する。これを有救と算す。さらに未子相害のこの一組を看る。午は子を冲破し、子中は当旺の水で、水はかえって能く午火を制服す。これはすなわち凶中に吉あり。しかして子が丑と相合する時は、丑土はかえって子水を制服す。これはすなわち吉中に凶あり。相生相害の義例は、みなこのように照らして推求す。

第十三 冲破を論ず

沖破者,以其氣相格對也。沖氣為輕,破氣為重。支干各自相對,故各有沖破也。干沖破者:甲庚沖破,乙辛沖破,丙壬沖破,丁癸沖破,戊壬、甲戌、乙己亦沖破。此皆對沖破,亦本體相剋,彌為重也。

いわゆる「冲破」とは、両方の気が正面に抵格して相対することを指す。その中「冲」の気は較軽く、「破」の気は較重し。天干と地支とは各自みな正相対する両方あり。だから干支ともに冲破あり。天干の冲破は、甲と庚と冲破し、乙と辛と冲破し、丙と壬と冲破し、丁と癸と冲破す。この外、戊と壬、甲と戌、乙と己もまた冲破と算す。これらはすなわち位置上に正相対する冲破であって、本体上もまた互相克制す。だからさらに厳重なり。

支沖破者:子午沖破,丑未沖破,寅申沖破,卯酉沖破,辰戌沖破,巳亥沖破。此亦取相對,其輕重皆以死生言之。四孟有生而無死,直沖而不破;四季有死而無生,直破而無沖;四仲死生俱興,故並有沖破。

地支の冲破は、子と午と冲破し、丑と未と冲破し、寅と申と冲破し、卯と酉と冲破し、辰と戌と冲破し、巳と亥と冲破す。これもまた正相対する両支を取るに、しかしてそれらの孰れが軽く孰れが重きは、支中の蔵する生気・死気を用いて判断するを要す。寅申巳亥のこの四つの「孟」支は長生の気あるのみにして死気なし。だから冲あるのみにして破なし。辰未戌丑のこの四つの「季」支は死気あるのみにして生気なし。だから破あるのみにして冲なし。子午卯酉のこの四つの「仲」支は死気生気ともに具わる。だから冲と破と兼ね有す。

四孟有生無死,直有沖無破者,寅有生火,巳有生金,申有生水,亥有生木也。四仲死生俱有者,卯有王木死水,午有王火死木,酉有王金死火,子有王水死金。四季有死而無生者,辰有死水,未有死木,戌有死火,丑有死金。死氣則重,故能破;生氣則輕,故相沖。

四孟支は生気あるのみにして死気なく、だからただ冲して破せざるは、寅中に火の長生あり、巳中に金の長生あり、申中に水の長生あり、亥中に木の長生あるがゆえである。四仲支は死気生気ともに具わるは、卯中に当旺の木と死了せる水あり、午中に当旺の火と死了せる木あり、酉中に当旺の金と死了せる火あり、子中に当旺の水と死了せる金あるがゆえである。四季支は死気あるのみにして生気なきは、辰中に死水あり、未中に死木あり、戌中に死火あり、丑中に死金あるがゆえである。死気は沈重なり。だから能く「破」す。生気は軽揚なり。だからただ「冲」するのみ。

又復甲往向庚為衡,庚往向甲為破,以強者制弱也。其沖破,皆以對位抗沖最為不善。又,互向對沖之地,我當在庚,令敵居甲,以強制弱故也。問曰:沴氣是相沖而為,今解沖破而不喚為沴,此未可解。答曰:五行相沴,因事變重,非是常然,有罰則見,無災則止。今之所解,直是支干之位常自格對,剛柔相沖,非問變異,寜得稱爾矣。

また、甲が往きて庚を冲するを「衡」(相持して抗衡す)と呼び、庚が来たりて甲を冲してこそ「破」と呼ぶ。強者のみ能く弱者を制服するがゆえである(庚金は甲木を克す)。凡そ冲破は、両方が正对の位に処して抗冲するを最も不利と為す。さらに一層の用法あり。双方が互いに对冲の地に処する時は、応に設法して自己を庚の一边に立たせ、敵人を甲の一边に処せしむべし。このようこそ以て強をもって弱を制する。或る人問う、前面に「沴気」もまた相冲に由りて造成せらるといえり。今、冲破を解釈するにしかれどもそれを沖と呼ばず。これは通ぜず。回答にいう、五行の相沴は、具体の事変が厳重なるに因りて出現するに、並びに常態にあらず。天罰あればすなわち顕現し、灾祸なければ則ち止息す。ここに解釈する所は、不過干支の方位がもともと彼此正対し、剛柔が相冲するのみで、灾異変故と関わらず。どうして沴と呼ぶことができようか、と。

五行大義 巻第三

第十四 雑配を論ず(ここに六段に分かれる:一は五色を配することを論じ、二は声音を配することを論じ、三は気味を配することを論じ、四は蔵府を配することを論じ、五は五常を配することを論じ、六は五事を配することを論ず)

第一 五色を配することを論ず

《左氏傳》子產曰:發為五色。蔡伯喈云:通眼者為五色。《黃帝素問》曰:草性有五,章為五色者。東方木為蒼色,萬物發生,夷柔之色也。南方火為赤色,以象盛陽炎焰之狀也。中央土黃色,黃者,地之色也,故曰天玄而地黃。西方金色白,秋為殺氣,白露為霜,白者,喪之象也。北方水色黑,遠望黯然,陰闇之象也,溟海淼邈,玄闇無窮,水為太陰之物,故陰闇也。《孝經援神契》言:土之精黃,木之精青,火之精赤,金之精白,水之精黑。

《左伝》は子産の話を記載していう、五行の気は発露し出でて五種の顔色と成る、と。蔡邕(伯喈)にいう、能く眼睛に看られるはすなわち五色である。《黄帝素問》にいう、草木の性に五類あり、顕現せばすなわち五色である。東方は木に属し、色は蒼青と為る。それは万物の萌発して生長し、平和柔順の顔色である。南方は火に属し、色は赤紅と為る。以て盛陽火焰の様子を象徴する。中央は土に属し、色は黄と為る。黄は大地の顔色で、だから《周易》に「天は玄にして地は黄」という。西方は金に属し、色は白と為る。秋は粛殺の気で、白露は凝結して霜と為り、白は正に丧事の象徴である。北方は水に属し、色は黒と為る。遠望すれば一片黯然として、陰暗の象徴である。滄海は浩渺として辺なく、幽黑深暗にして窮尽なし。水は太陰の物で、だから陰暗の色を呈す。《孝経援神契》にいう、土の精気は黄、木の精気は青、火の精気は赤、金の精気は白、水の精気は黒、と。

《春秋考異郵》云:北狄之氣生幽都,色黑,如群畜穹閭。南夷之氣生交趾,色赤,聚隅,如旛旗鳥類。東夷之氣生萊柞,色蒼,搔撽佈散,如林木。西夷之氣生沙丘,色白,鋒積,如刀刃之浮。中央土會色黃,如城郭之形,黃氣四塞,土精舒。此五者為正色,其變色亦五。穎子嚴《春秋釋例》曰:經有赤狄、白狄,然則東青、北黑、中黃,皆正色也。

《春秋考異郵》にいう、北狄の雲気は幽都に生じ、顔色は黒く、形状は成羣の牲畜と穹廬帳幕に似る。南夷の雲気は交趾に生じ、顔色は紅く、天辺の一角に聚攏し、形状は旌旗と飛鳥の類に似る。東夷の雲気は莱柞に生じ、顔色は青く、紛擾散布して、形状は樹林に似る。西夷の雲気は沙丘に生じ、顔色は白く、鋒芒堆積して、形状は刀刃の空中に浮かぶに似る。中央の土気が会聚する処は顔色は黄く、形状は城郭に似て、黄気は四方に充塞する。それは土の精気の舒展し開くである。この五種は正色で、これと相対する「変色」(間色)にもまた五種あり。穎子嚴《春秋釋例》にいう、経文の裏に「赤狄」「白狄」の称呼あり。見えるに東方の青・北方の黒・中央の黄も、またみな正色である、と。

土戊畏於木,故以妹己妻甲,以黃入於青,故東方閒色綠也。《詩》云:綠兮衣兮。刺閒色亂正色也。金庚畏於火,故以妹辛妻於丙,以白入於赤,故南方閒色紅。《論語·鄉黨》曰:紅紫不以為褻服。木甲畏於金,故以妹乙妻庚,以青入於白,故西方閒色縹也。火丙畏於水,故以妹丁妻壬,以赤入於黑,故北方閒色紫也。孔子曰:惡紫之奪朱也。水壬畏於土,故以妹癸妻戊,以黑入於黃,故中央閒色驪黃。

間色の来歴はなお干合を用いて解釈す。土の戊は木を畏れる。だから妹の己を甲に嫁がす(甲己合)。黄色に青色を掺入す。だから東方の間色は緑。《詩経》に「緑兮衣兮」という。正に間色が正色を僭乱せしを諷刺する。金の庚は火を畏れる。だから妹の辛を丙に嫁がす(丙辛合)。白色に赤色を掺入す。だから南方の間色は紅。《論語・郷黨》にいう、紅色紫色は以て居家の便服と為さず、と。木の甲は金を畏れる。だから妹の乙を庚に嫁がす(乙庚合)。青色に白色を掺入す。だから西方の間色は縹(淡青)。火の丙は水を畏れる。だから妹の丁を壬に嫁がす(丁壬合)。赤色に黒色を掺入す。だから北方の間色は紫。孔子にいう、我は紫が朱色の地位を奪い去るを悪む、と。水の壬は土を畏れる。だから妹の癸を戊に嫁がす(戊癸合)。黒色に黄色を掺入す。だから中央の間色は驪黄(黒黄)。

《五行書》云:甲為青,己為綠,丙為赤,辛為紅,庚為白,乙為縹,壬為黑,丁為紫,戊為黃,癸為驪黃。此皆夫為本色,妻為雜色也。柳世隆云:八卦各有其色,震為青,離為赤,兌為白,坎為黑,此皆當方正色;干為紫,艮為紅,巽為綠,坤為黃,此並閒色也。坤取未土之正色。

《五行書》にいう、甲は青、己は緑。丙は赤、辛は紅。庚は白、乙は縹。壬は黒、丁は紫。戊は黄、癸は驪黄、と。これらはみな丈夫を為す陽干は本行の正色を取り、妻子を為す陰干は掺和した後の雑色を取る。柳世隆にいう、八卦は各々自己の顔色あり、震は青、離は赤、兌は白、坎は黒。この四つの卦はみな在所方位の正色を取る。乾は紫、艮は紅、巽は緑、坤は黄。この四つの卦は取る所はみな間色である。その中、坤の黄なる所以は、未土の正色を取るがゆえである。

《甲乙經》云:青如翠羽,黑如烏羽,赤如雞冠,黃如蟹腹,白如豕膏,此五色為生氣見;青如草滋,黑如水苔,黃如枳實,赤如衃血,白如枯骨,此五色為死氣見。《相經》曰:青氣初來,如麥生;盛王之時,如樹葉青;欲去之時,如水上苔。赤氣初來,如赭柱;盛王之時,如朱丹;欲去之時,如干血。黃氣初來,如蠶吐絲;盛王之時,如博基;欲去之時,如枯葉。白氣初來之時,如璽璧;盛王之時,如粉上光;欲去之時,如鮮錢。黑氣初來之時,如死馬肝;盛王之時,如漆光;欲去之時,如苔垢。

《甲乙経》は望色して生死を断ずるを講じていう、青くして翠鳥の羽毛のごとき、黒くして烏鴉の羽毛のごとき、紅くして鶏冠のごとき、黄くして螃蟹の腹部のごとき、白くして猪の板油のごとき。――この五種の色沢は鮮潤にして、生気顕現の象である。反対に、青くして枯草上の浮滋のごとき、黒くして水中の青苔のごとき、黄くして枳実の果皮のごとき、紅くして凝結した敗血のごとき、白くして干枯した骨頭のごとき。――この五種の色沢は晦暗にして、死気顕現の象である。《相経》は気色の来去を講じていう、青気の剛に来たる時は、麦苗の初生のごとし。盛旺の時は、樹葉のあの青翠のごとし。まさに退去せんとする時は、水面上の浮苔のごとし。赤気の剛に来たる時は、赭色を塗った柱子のごとし。盛旺の時は、朱砂のあの鮮紅のごとし。まさに退去せんとする時は、干涸した血迹のごとし。黄気の剛に来たる時は、蚕の吐出した絲のごとし。盛旺の時は、棋盤上の棋子のあの勻淨のごとし。まさに退去せんとする時は、枯黄の落葉のごとし。白気の剛に来たる時は、玉璽美璧のごとし。盛旺の時は、粉を敷いた後の光沢のごとし。まさに退去せんとする時は、新鋳の銅銭のごとし。黒気の剛に来たる時は、死馬の肝のごとし。盛旺の時は、漆器の光亮のごとし。まさに退去せんとする時は、苔蘚の積み成した污垢のごとし。同一種の顔色にして、初来・正旺・将去の三箇の階段の質感は各々相同じからず。望気者はすなわちこれに拠って吉凶進退を判断す。

《禮記》曰:君子縗絰,則有哀色;端冕,則有敬色;甲冑,則有不可犯之色。《大戴禮》云:孔子曰,君子有三色焉:顯然怡樂,鐘鼓之色;意氣沈靜,憂喪之色;忿然競動,兵革之色。《大戴禮·觀人篇》云:人有五性,喜、怒、欲、懼、憂。喜氣內畜,雖欲隱,陽喜必見,四氣皆然。五氣誠在乎中,發形於外,人情不可隱也。喜色猶然以出,怒色怫然以侮,欲色然以愉,懼色薄然以下,憂悲之色,瞿然以靜。盛智必有難盡之色,盛仁必有可尊之色,盛勇必有難懾之色,盛忠必有可親之色,誠潔必有難汙之色,愨真必有可信之色。其質色皓然,固以安;偽色蔓然,亂以煩。夫喜色則黃,怒色則赤,憂色則青,喪色則白,哀色則黑。此皆五常之色,動於五藏,而見於外,隨其善惡盛衰之應也。君子所觀,故於此釋。

《礼記》にいう、君子は喪服の麻絰を穿上すれば、臉上に哀傷の色あり。端服礼冠を穿上すれば、臉上に恭敬の色あり。鎧甲頭盔を披上すれば、臉上に凛然として侵犯すべからざるの色あり、と。《大戴礼記》にいう、孔子が講ずるに、君子に三種の気色あり。顕豁にして怡然歓楽なるは、鐘鼓の奏楽を聴く時の気色。意気の沈静なるは、憂患丧事に遭遇する時の気色。憤然として奮起争闘するは、戦に臨み兵を用うる時の気色、と。《大戴礼記・文王官人》(ここには《観人篇》と称す)にいう、人に五種の情性あり。すなわち喜・怒・欲・懼・憂。喜気は内に蓄積すれば、たとえ隠藏せんと欲するも、陽に属する喜色は必ず流露し出づ。其余の四種の気もまたこのごとし。五種の気はひとたび真実に心中に存在すれば、すなわち外形に顕れて、人の真情は蔵れない。喜色は舒展して流露し出づ。怒色は拂然として色を作して軽侮の意を帯びる。欲色は(底本ここに脱文あり、形容の字を脱す)歓愉の様子。懼色は迫促して低垂する様子。憂悲の色は則ち驚懼して沈静の様子。智慧極盛の人は、必ず一種の深く測るべからざる気色あり。仁徳極盛の人は、必ず一種の人をして尊敬せしむる気色あり。勇力極盛の人は、必ず一種の震懾し難き気色あり。忠誠極盛の人は、必ず一種の人をして親近せしむる気色あり。真に身を潔くする人は、必ず一種の玷污すべからざる気色あり。朴実真誠の人は、必ず一種の人をして信頼せしむる気色あり。本質の流露する気色は明浄坦然として、因って安定す。偽装し出したる気色は浮蔓不実にして、因って雑乱煩擾す。具体的に言えば、歓喜の色は黄に偏し、憤怒の色は赤に偏し、憂愁の色は青に偏し、居喪の色は白に偏し、哀痛の色は黒に偏す。これらはみな五常の徳の対応する顔色で、まず五臓の中に発動し、再び面部の外に顕現し、人の善悪盛衰の不同に隨って各々応験あり。これは正に君子が人を観る時に察看せんとする所。だからここに解釈を加える。

第十四 雑配を論ず・第二 声音を配することを論ず

子產曰:章為五聲。蔡伯喈云:通於耳者為聲。青作角聲,白作商聲,黑作羽聲,赤作徵聲,黃作宮聲。《律曆志》云:角者,觸也,陽氣蠢動,萬物觸地而生也;徵者,祉也,萬物大盛蕃祉也;宮者,中也,居中央,暢四方,唱始施生,為四聲之經;商者,章也,物成章明也;羽者,宇也,物藏聚萃,宇覆之也。

鄭国の大夫子産にいう、五行の気は外に顕発すれば便ち「五声」と成る。すなわち宮・商・角・徵・羽のこの五個の音階である。東漢の蔡邕(字は伯喈)は解釈す、能く耳中に通じて人に聴かるるを、すなわち「声」と呼ぶ、と。五声と五色とは一一に対応す。青色は角声に配し、白色は商声に配し、黒色は羽声に配し、赤色は徵声に配し、黄色は宮声に配す。《漢書・律暦志》は同音相訓の弁法を用いてこの五個の名目の由来を講ず。「角」とはすなわち「触」である。春は陽気が萌動し、万物は地面を頂開して钻り出づ。だから角と呼ぶ。「徵」とはすなわち「祉」で、福盛の意である。夏は万物が極盛にして繁茂す。だから徵と呼ぶ。「宮」とはすなわち「中」で、それは中央に居りて四方に暢通し、率先して調を起こし生機を発動す。其余四声の依拠する所の骨干で、だから四声の綱紀と称す。「商」とはすなわち「章」で、秋は万物成熟して紋理彰明す。だから商と呼ぶ。「羽」とはすなわち「宇」で、冬は万物収蔵聚積し、屋宇のごとくそれらを覆蓋す。だから羽と呼ぶ。

《樂緯》云:春氣和,則角聲調;夏氣和,則徵聲調;季夏氣和,則宮聲調;秋氣和,則商聲調;冬氣和,則羽聲調。《樂記》曰:宮為君,故宮亂則荒,其君驕;商為臣,商亂則陂,其臣壞;徵為事,徵亂則哀,其事勤;羽為物,羽亂則危,其財匱;角為民,角亂則憂,其民怨。五者不亂,則天下和平,無弊敗之音。《素問》云:木音角,在聲為呼;火音徵,在聲為笑;土音宮,在聲為歌;金音商,在聲為哭;水音羽,在聲為呻。

緯書《楽緯》は五声を四時に配して、音准を以て節気を験証す。春は木気が調和すれば、角声はすなわち准ず。夏は火気が調和すれば、徵声はすなわち准ず。季夏六月は土気が調和すれば、宮声はすなわち准ず。秋は金気が調和すれば、商声はすなわち准ず。冬は水気が調和すれば、羽声はすなわち准ず。《礼記・楽記》は則ち五声を人事に配して、楽音の失序を以て政治を占験す。宮は君主を代表し、宮音が乱れれば楽調は荒散して、君主の驕縦を説明す。商は臣子を代表し、商音が乱れれば楽調は偏欹して、臣下の敗壊を説明す。徵は政事を代表し、徵音が乱れれば楽調は哀傷して、徭役の煩苦を説明す。羽は財物を代表し、羽音が乱れれば楽調は危迫して、府庫の空虚を説明す。角は百姓を代表し、角音が乱れれば楽調は憂愁して、民に怨気あるを説明す。五者ともに乱れざれば、天下は自然に和平にして、また敗壊の音を聴くことなし。《黄帝内経・素問》はまた五音を人の発声の形態に配す。木の音は角で、人声に見えればすなわち呼喊。火の音は徵で、人声に見えればすなわち歓笑。土の音は宮で、人声に見えればすなわち歌唱。金の音は商で、人声に見えればすなわち哭泣。水の音は羽で、人声に見えればすなわち呻吟。

《樂記》曰:樂者,音之所由生,其本在人心之感於物。是故哀心感者,其聲噍以殺;樂心感者,其聲嘽以緩;喜心感者,其聲發以散;怒心感者,其聲粗以厲;貞心感者,其聲直以廉;愛心感者,其聲和以婉。六者非性也,感於物而後動。審聲以知音,審音以知樂,審樂以知政,而治道備矣。故《詩序》曰:聲成文謂之音。治世之音安以樂,其政和;亂世之音怨以怒,其政乖;亡國之音哀以思,其民困。

《礼記・楽記》にいう、楽は音より生出するに、しかして音の根源は人心が外物に触動せらるるに在り。だから、心の哀傷に触動せられたる者の発する声音は急促して衰微し、快楽に触動せられたるは、声音は寛舒して和緩し、喜悦に触動せられたるは、声音は昂揚して発散し、憤怒に触動せられたるは、声音は粗重して厳厲し、端正の心に触動せられたるは、声音は剛直して棱角あり、愛意に触動せられたるは、声音は柔和して婉転す。この六種の声音は人性中にもとより有する定形にあらず。みな心が外物に感発せられて後に動き起こる。因って、声の清濁高下を辨別すれば能く音を懂り、音の組合を辨別すれば能く楽を懂り、楽の気象を辨別すれば能く政治を懂る。治国の道はここに由りて完備す。だから《毛詩序》にいう、声は一定の條理に按って組織して文采と成り、こそ音と呼ぶ。太平の世の音は安詳にして歓愉なるは、その政治の平和なるがゆえ。乱世の音は怨恨にして憤怒なるは、その政治の乖違なるがゆえ。亡国の音は哀傷にして愁思なるは、その百姓の困苦なるがゆえ、と。

《大戴禮·觀人篇》云:誠在其中,必見諸外,以其見占其隱,以其細占其大,聲象其實。氣初生物,物生有聲,聲有剛柔清濁,好惡咸發於聲。故心氣譁誕者,其聲流散;心氣順信者,其聲順節;心氣鄙戾者,其聲腥丑;心氣寬柔者,其聲溫和。故聖人聽其聲,觀其色,知其善惡。夫獨發者謂之聲,合和者謂之音。《毛詩序》云:聲成文謂之音。故因五聲而有八音。

《大戴礼記》の《観人》篇(今本は《文王官人》と作る)にいう、真実の物は心裏に存在すれば、必ず外面に顕露し出づ。だって以て顕露するに憑りて隠藏するを推測し、細微に憑りて重大を推測しうる。――声音は正に内心の実況の写照である。気は最初に万物を化生し、万物はすなわち生じれば便ち声を帯びる。声に剛あり柔あり、清あり濁あり。人の好悪もまた全く声の裏より透出す。因って心気が浮夸虚诞の人は、声音は散漫して収まらず。心気が和順誠信の人は、声音は節度に合す。心気が鄙陋暴戾の人は、声音は粗悪にして聴き難し。心気が寛和柔順の人は、声音は温潤平和。だから聖人は彼の説話する声を聴き、彼の臉上の色を看れば、能く彼の善か悪かを知る。単独に発し出すを「声」と呼び、衆声が配合協調し起こるを「音」と呼ぶ。《毛詩序》に「声は條理に按って文を成してこそ音と呼ぶ」といい、正にこの意である。また正に宮商角徵羽の五声あるがゆえに、さらに進んで「八音」を配出す。

《樂緯》云:物以三成,以五立,三與五如八,故音以八。八音:金、石、絲、竹、土、木、匏、革,以發宮、商、角、徵、羽也。金為鍾,石為磬,絲為弦,竹為管,土為壎,木為柷圄,匏為笙,革為鼓。鼓主震,笙主巽,柷圄主干,壎主艮,管主坎,弦主離,磬主坤,鍾主兌。

《楽緯》は「八音」の数の来歴を解釈す。万物は「三」に憑りて成る。たとえば天・地・人の三才のごとし。「五」に憑りて立つ。たとえば五行のごとし。三に五を加えて八を得。だから楽器の門類を八種に定む。八音は金・石・絲・竹・土・木・匏・革の八類の制器の材質を指し、それらを用いて宮・商・角・徵・羽の五声を奏出す。具体的に言えば、金類は鐘、石類は磬、絲類は琴瑟の一類の弦楽、竹類は管簫、土類は陶塤、木類は柷・敔(文中は「柷圄」と作る)、匏類は笙、革類は鼓。八音はまた各々一卦に配す。鼓は震に配し、笙は巽に配し、柷敔は乾に配し、塤は艮に配し、管は坎に配し、弦は離に配し、磬は坤に配し、鐘は兌に配す。――これはすなわち楽器・方位と八節とを貫通して一組の体系と為す。

《樂緯·汁圖徵篇》云:坎主冬至,宮者,君之象,人有君然後萬物成,氣有黃鍾之宮然後萬物調,所以始正天下也。能與天地同儀、神明合德者,則七始八終,各得其宜,而天子穆穆,四方取始,故樂用管。艮主立春,陽氣始出,言雷動百里,聖人授民田亦不過百畝,此天地之分。黃鍾之度九,而調八音,故聖人以九頃成八家。上農夫食九口,中者七口,下者五口,是為富者不足以奢,貧者無飢餒之憂,三年餘一年之蓄,九年餘三年之蓄,此黃鍾之所成,以消息之和,故樂用壎。

《楽緯・汁図徵》篇は八卦に按って八箇の節気を分主し、逐一にその節令の用うる楽器およびその中の治国の義を説明す。坎卦は冬至を主る。宮は君主の象徴で、君主あらんて後万物はこそ成就を得る。同じく音律中に「黄鐘」のこの宮音あって基准を作れば、こそ衆律は調准を得る。だから黄鐘の宮は天下を端正する起点という。君主はもし天地と同一法度・神明と同一徳行しえれば、則ち「七始八終」――七音が調を起こし八風が成を終えるのこの一整套の楽制――はすなわち各々その宜を得、天子の儀容は庄穆にして、四方はみな彼を以て準則と為す。冬至の楽は竹管を用いる。艮卦は立春を主る。陽気は剛に土を出で、雷声は百里を動かしうるも、聖人の百姓に授ける田は不過百亩。これは天地の划定する分限に取法する。黄鐘の律は長さ九寸、九を以て度として八音を調協す。だから聖人は九頃の田を八家に分与し、八家は各々百亩を得、余下の百亩を公田と為す。上等農夫の収成は九口の人を養いうる。中の等は七口を養い、下の等は五口を養う。このようにして富は奢侈に至らず、窮は挨餓に致らず、三年耕せば一年の儲備を余し、九年耕せば三年の儲備を余す。これらはみな黄鐘の数の成就する所で、以て陰陽の消長を調和す。だから立春の楽は陶塤を用いる。

震主春分,天地陰陽分均,故聖王法承天以立五均。五均者,六律調五聲之均也。音至眾也,聲不過五;物至蕃也,均不過五。為富者慮貧,強者不侵弱,智者不詐愚,市無二價,萬物同均,四時當得,公家有餘,恩及天下,與天地同徳,故樂用鼓。巽主立夏,自萬物長短各有差,故聖王法承天以法授事焉,尊卑各有等,於士則義讓有禮,君臣有差,上下皆次,治道行,故樂用笙。

震卦は春分を主る。この日は昼夜均分にして陰陽相等し。だから聖王は上天を効法して「五均」の制を設立す。「均」はもともと調律に用いる准器で、「五均」とはすなわち六律を用いて五声を校定するのあの一組の標準である。政治に引申せば、すなわち官府が物価を平抑し貧富を均斉する制度である。音色は千変万化すれども、帰根到底は五声を出でず。物類は極めて繁多なれども、帰根到底は五均を出でず。そこで富人は窮人のために着想し、強は弱を欺凌せず、聡明は愚鈍を欺詐せず、市面上は同じ物に両価を出さず、万物は各々その平を得、四時は各々その宜を得、公家に余財あり、恩沢は天下に遍及す。これはすなわち天地の徳行と相同じ。春分の楽は鼓を用いる。巽卦は立夏を主る。万物は長ってこの時に至り、高下長短は各々差別あり。だから聖王は上天を効法して、才能に按って職事を授予し、尊卑をして各々等級あらしめ、士人の間は謙譲有礼を講じ、君臣に分際あり、上下に次第あり、治国の道はここに由りて推行す。立夏の楽は笙を用いる。

離主夏至,陽始下陰,又成物,故聖王法承天以法授衣服制度,所以明禮義,顯貴賤,明燭其徳,率之以度,則女功有差,男行有禮,故樂用弦。坤主立秋,陽氣方入,陰氣用事,昆蟲首穴欲蟄,故聖王法之,授宮室度量,又章制有宜,大小有法,貴賤有差,上下有順,故樂用磬。

離卦は夏至を主る。この日は陽気は極点に升りて下降を始め、初生の陰気と交合して万物を成す。だから聖王は上天を効法して、衣服の制度を頒定し、それを以て礼義を彰明し貴賤を区別し、人の徳行をして燭火のごとく分明に照らさしめ、併せて尺度を以て約束を加う。この如くすれば、女子の紡織の功に等差あり、男子の挙止に礼節あり。夏至の楽は琴瑟の一類の絲弦を用いる。坤卦は立秋を主る。陽気は収斂して内に入るを始め、陰気は当令し、昆虫は頭を洞穴に朝向し蟄蔵を準備す。だから聖王はこの種の帰蔵の象に取法して、宮室の規格と度量を頒定し、章程制度をして各々その宜を得しめ、房屋の大小に法度あり、貴賤に差別あり、上下に秩序あり。立秋の楽は石磬を用いる。

兌主秋分,天地萬物人功皆以定,故聖王法承天以定爵祿。爵祿者不過其能。宮為君,商為臣。商,章也,言臣章明君之功徳。尊卑有位,位有物,物有宜,功成者爵賞,功敗者刑罰,故樂用鍾。干主立冬,陰陽終而復始,萬物死而復甦,故聖王法承天以制刑法,誅一動千,殺一感萬,使死者不恨,生者不怨,故樂用柷梧。

兌卦は秋分を主る。天地間の万物と人の功業は此に到ってすでに定局す。だから聖王は上天を効法して爵位俸禄を核定し、爵を授くるに本人の才能を超出せず。宮は君、商は臣。「商」とはすなわち「章」で、意は臣子は君主の功徳を彰明するを要す。このようにして尊卑は各々その位あり、位上に各々相称の儀物あり、儀物に各々その宜あり。成功するは爵を授け賞を行い、失敗するは法に依りて処罰す。秋分の楽は鐘を用いる。乾卦は立冬を主る。陰陽は一輪終結してまた重新に開始し、万物は死するを似るも能く復蘇す。だから聖王は上天を効法して刑法を制定し、一人を誅殺して千人を警動しうるに到り、一人を処死して万人を震撼しうるに到るを致し、処死せられたる人は恨を含まず、活下来の人は埋怨せず。立冬の楽は柷・敔を用いる(文中は「柷梧」と作る。楽を起こすと楽を止めるの二種の木製楽器)。

《國語》曰:瓦絲琴瑟尚宮,鍾金尚羽,石尚角,匏竹尚徵,革木尚商。呂以和樂,律以平聲,金石以動之,絲竹以行之,歌以詠之,匏以宣之,瓦以贊之,革木以節之。物得其常曰樂,所奪曰擊,相保曰和,細大不踰曰平。瓦絲皆大也,故尚宮,子母相應之道;鍾金尚羽,亦然;石尚角者,石,金也,與角為牝杜相和之義;匏,土也,竹,木也,尚徵,亦子母相應也;革木俱角,尚商,亦以牝杜相和也。

《国語・周語》は周景王が楽官の伶州鳩に楽を問うを記して、各類楽器の崇尙する音を講ず。陶塤と琴瑟は宮音を崇尙し、鐘等の金属楽器は羽音を崇尙し、石磬は角音を崇尙し、笙と竹管は徵音を崇尙し、鼓と柷敔は商音を崇尙す。六呂は以て楽調を協和し、六律は以て声高を校平す。金石の器は頭を起こし発動し、絲竹の器は承接し推行し、人声は歌唱を以て咏嘆し、匏笙は以て宣暢し、陶器は以て輔助し、革木は以て節拍を打つ。万物が各々その常態を得るを「楽」と呼び、侵奪せられ秩序を失うを「撃」と呼び、彼此相保するを「和」と呼び、細声大声ともに分を越えざるを「平」と呼ぶ。蕭吉は続けてこれらの配法の五行の道理を解釈す。陶と絲の声はみな大声に属す。だから宮音を崇尙す。これは母子相応の理である。金鐘の羽音を崇尙するもまた同じ道理。石磬の角を崇尙するは、石は金に帰し、金と角の属する木とは雌雄相配・剛柔相済の義なるがゆえ。匏は土に属し竹は木に属するに、しかして火に属する徵を崇尙するも、また母子相応である。革と木はみな角木に帰属するに、しかれども金に属する商を崇尙するは、同じく雌雄相和の義を取る。

宮聲和以舒,其和博以柔,動脾;商聲散以明,其和溫以虛,動肺;角聲防以約,其和靜以清,動肝;徵聲敗以疾,其和平以均,動心;羽聲疾以虛,其和短以散,動腎。《黃帝兵決》云:兩敵相當,使人去敵營一百二十步,以管注耳聽之。聞隆隆如車、如雷、如鼓聲者,宮也,其將寬和有信。

五声は各々音色あり、また各々一箇の臓器を牽動す。宮声は平和にして舒展し、その和音は広博柔緩にして、脾を牽動す。商声は疏散にして明朗、和音は温潤中虚にして、肺を牽動す。角声は収束して節制あり、和音は安静清越にして、肝を牽動す。徵声は促迫して急速、和音は平正均勻にして、心を牽動す。羽声は疾利にして虚渺、和音は短促発散にして、腎を牽動す。《黄帝兵訣》はこの組の声を聴く法を軍事上に用いる。両軍が対塁する時、人を遣わして敵営より一百二十歩の処に走り至り、竹管を用いて耳朵に貼住して地声を聴かしむ。もし隆隆の響きを聴かば、車行のごとく・雷鳴のごとく・擂鼓のごとく、あれは宮音で、相手方の主将は寛厚平和にして信用を講ずるを説明す。

聞金石相和,轟轟擊攻,如鍾磬霹靂聲者,商也,其將威怒好殺,宜數忿之。聞如奔馬炎炮掣裂聲者,征也,其將猛烈勇敢,難與爭鋒。聞肅肅習習,如動樹木,如人呼愁愁聲者,角也,其將仁恕不可欺。聞滔滔如流水揚波,激氣相笑聲者,羽也,其將貪冒多姧謀。審此五音,以知敵性。候風之聲,亦皆如之。此並論音聲之狀,故以備釋。

もし金石の交鳴・轟轟の撞撃を聴かば、鐘磬の斉響のごとく・霹靂の炸裂のごとく、あれは商音で、相手方の主将は威猛易怒にして殺を嗜み、宜しく屢々彼を激怒せしめてその失措を致すべし。もし奔馬の疾馳のごとき・烈火の爆裂撕开のごときを聴かば、あれは徵音で、相手方の主将は猛烈勇敢にして、彼と正面に争鋒すべからず。もし粛粛習習を聴かば、風の樹木を吹動するごとく・人の愁嘆の声を発するごとく、あれは角音で、相手方の主将は仁厚寛恕にして、欺詐の術を以て彼に対付すべからず。もし滔滔として流水の波を揚げ、気息の激蕩して相与に調笑するがごときを聴かば、あれは羽音で、相手方の主将は貪婪冒進にして奸謀多し。この五種の声音を審察すれば、すなわち敵方主将の性情を推知しうる。同じ弁法を用いて風声を聴候して占断するも、道理もみなこの類に照らして推す。以上はみな声音の諸種の形態を講ず。だからここに詳しく解説を加える。

第十四 雑配を論ず・第三 気味を配することを論ず

子產云:氣為五味。鄭玄云:通口者為五味,通鼻者為五臭。《禮記·月令》云:春之日,其味酸,其臭羶,木之臭味也。《說文》云:羶者,羊臭。春物氣與羊相類。木所以酸者,象東方萬物之生。酸者,鑽也,言萬物鑽地而出生,五味得酸乃達也。《元命苞》云:酸之言端也,氣始生,專心自端也。

子産にいう、五行の気は口舌上に落ちて「五味」と成る。すなわち酸・苦・甘・辛・鹹。東漢の鄭玄はさらに進んで区別す。口裏に通ずるは五味で、鼻中に通ずるは「五臭」。すなわち膻・焦・香・腥・朽の五種の気息である。《礼記・月令》にいう、春の当令する味は酸、気は膻。これは木の臭味である。《説文解字》は「膻」を解釈してすなわち羊の身上の気味とし、春は万物の気と羊気とが同類なるがゆえに(羊は五行において火に属すに、その気は木に近し。故に春は膻に配す)。木の酸に配する所以は、東方の万物初生に取象す。「酸」と「钻」とは同音にして相訓す。言うは万物が土層を钻破して生ずるに、五味の中にもまた酸あらざれば味道を通達せしめえざるを要す。緯書《春秋元命苞》は則ちいう、「酸」とはすなわち「端」で、気は剛に萌生を始むる時、専一その心にして自ら端正を守る。だから酸と呼ぶ、と。

《禮記》云:夏之日,其味苦,其臭焦。火所以苦者,南方主長養也。苦者,所以長養之,五味須苦乃以養之。《元命苞》云:苦者,勤苦乃能養也。《方言》:苦,快也。臭焦者,陽氣蒸動,燎火之氣也。許慎云:焦者,火燒物有焦燃之氣,夏氣同也。《禮記》云:季夏之日,其味甘,其臭香。土味所以甘者,中央中和也,甘美也。《元命苞》云:甘者,食常言安其味也。甘味為五味之主,猶土之和成於四行也。臭香者,土之氣香為主也。許慎云:土得其中和之氣,故香也。

《礼記・月令》にいう、夏の当令する味は苦、気は焦。火の苦に配する所以は、南方は生長養育を主管するに、「苦」は正に辛勤養育の義あり。五味中に必ず苦あらざれば養の作用を起こしえざるを要す。《春秋元命苞》にいう、いわゆる苦とは、すなわち苦に肯んじるを要してこそ養い成しうる、と。揚雄《方言》はまた「苦」を記載してある方言の裏に「快」(暢快)に訓作す。見えるにこの字の義は単一ならず。気の焦に配するは、陽気が蒸騰鼓動して、正に烈火の燎焼する気息のごときがゆえ。許慎は解釈す、「焦」とはすなわち火が物を焼く時のあの焦糊の味で、夏の気はそれと相同じ、と。《礼記・月令》にまたいう、季夏(六月、土王の月)の当令する味は甘、気は香。土味の甘に配する所以は、それは中央に居りて性は中和にして、甘とはすなわち甘美和順であるがゆえ。《春秋元命苞》にいう、「甘」とは日常の飲食の裏に人をして安適を覚えしむるあの種の味道を指す、と。甘は五味の主脳で、正に土が中に居りて調和して其余の四行を成就するがごとし。気の香に配するは、土気は芳香を以て主と為すがゆえ。許慎にいう、土は中和の気を禀受す。だから香気を発出す、と。

《禮記》云:秋之日,其臭腥,其味辛。西方殺氣腥也。許慎云:未熟之氣腥也,西方金之氣象此。味辛者,物得辛乃萎殺也。亦云:故新之辛也,故物皆盡,新物已成,故云新。《元命苞》云:陰害故辛,殺義故辛刺,陰氣使其然也。《禮記》云:冬之日,其味醎,其臭朽。朽者,水之氣也,若有若無,言氣微也。亦云:水者受垢濁,故其臭腐朽也。許慎云:朽爛之氣,北方氣同此。其味醎者,北方物醎,所以堅之也,猶五味得醎乃堅也。許慎云:醎者,銜也。《元命苞》云:醎者,鎌。鎌,清也。至寒之氣,故使其清而醎。

《礼記・月令》にいう、秋の当令する気は腥、味は辛。西方の粛殺の気は発して腥味と為る。許慎にいう、腥は食物の未熟の時の気味で、西方の金気は正にこの様子に似る、と。味の辛に配するは、万物が辛味に遇えば萎縮凋殺するがゆえ。別に一種の講法は「辛」を「新」と読作す。旧物は秋に到って全部凋尽し、新物はこれに隨って成熟す。だから「新」と呼ぶ。《春秋元命苞》にいう、陰気は物を傷るを始む。だから味は辛。辛味に粛殺の義あり。だから口を刺す。これは陰気がそれをこのようせしめる、と。《礼記・月令》にまたいう、冬の当令する味は鹹、気は朽。「朽」は水の気息で、あるがごとき無きがごとく、その気の微弱を形容す。あるいはいう、水は污垢濁物を承受す。だから気味は腐朽す、と。許慎にいう、朽は腐爛の気で、北方の気はこれと相同じ、と。味の鹹に配するは、北方の物は味が鹹にして、鹹は能く物を堅実せしむ。正に五味中に鹹を得てこそその体を堅定しうるがごとし。許慎はまた同音を用いて訓釈す。「鹹」とはすなわち「銜」(含銜収束)である。《春秋元命苞》は則ちいう、「鹹」は「鎌」で、鎌は清冷の義。極寒の気は水をして清冽ならしむ。だから味は鹹、と。

鄭玄云:五味酰酸,酒苦,蜜甘,姜辛,鹽醎。《黃帝甲乙經》言:谷則米甘,麻酸,大豆醎,麥苦,黍辛,一雲稻米辛;菓則棗甘,李酸,栗醎,杏苦,桃辛;菜則葵甘,韮酸,藿醎,薤苦,蔥辛;畜則牛甘,犬酸,彘醎,羊苦,雞辛。《本草》云:石則玉甘,金辛,雄黃苦,會青酸,赤石脂醎;草則茯苓甘,桂心辛,天門冬苦,五味子酸,玄參醎;蟲則蜚零甘,蚿辛,蛇蚺苦,伊威酸,蜥蜴醎。藥食之物例多,且舉大略配五味如此,皆是五行氣所生,氣有偏,故其味則別。

鄭玄は日常の調味品を挙げて例と為す。醋は酸、酒は苦、蜜は甘、姜は辛、塩は鹹。《黄帝甲乙経》(すなわち皇甫謐《鍼灸甲乙経》)は類に按って列挙す。穀物の中、稷米は甘、麻は酸、大豆は鹹、麦は苦、黍は辛。別の一説は稲米は辛に属す。果品の中、棗は甘、李は酸、栗は鹹、杏は苦、桃は辛。蔬菜の中、葵は甘、韭は酸、豆葉は鹹、薤は苦、葱は辛。家畜の中、牛は甘、犬は酸、猪は鹹、羊は苦、鶏は辛。《神農本草経》はさらに薬物に按って三類に分かち列挙す。鉱石類は、玉は甘、金は辛、雄黄は苦、曾青(文中は「会青」と作る)は酸、赤石脂は鹹。草木類は、茯苓は甘、桂心は辛、天門冬は苦、五味子は酸、玄参は鹹。虫類は、蜚零は甘、馬陸の一類(原書の虫名の第二字は罕見の異体で、字書に失載)は辛、蚺蛇は苦、伊威(一種の潮虫)は酸、蜥蜴は鹹。薬に入り食に入りうる物はあまりに多し。ここはただその大略を挙げて五味に配す。凡そこれはみな五行の気の生ずる所に由り、ある物は禀気に偏勝する所有れば、味道もまたこれに隨って分別す。

總而言之,五穀則芒以配木,散以配火,房以配金,莢以配水,萃以配土。芒,大小麥之屬;散,糜黍之屬;房,胡麻之屬;莢,大小豆之屬;萃,稷粟之屬。芒者,取其鋒芒纖長,象木生出地,如鋒芒也。散,舒也,象火氣溫暖,物舒散也。房,方也,象金裁割,體方正也。莢,狹也,象水流長而狹也。萃,聚也,象萬物皆聚於土,乃為用也。

総じて言えば、五穀は果実の形態に按って五行に配しうる。芒を帯びるは木に配し、松散のは火に配し、房を成すは金に配し、荚を結ぶは水に配し、穂を聚めるは土に配す。芒を帯びるとは大麦小麦の一類を指し、松散とは糜子黍子の一類を指し、房を成すとは胡麻(芝麻)の一類を指し、荚を結ぶとは大豆小豆の一類を指し、穂を聚めるとは稷と粟の一類を指す。取象の理由は、「芒」はその鋒芒の細長を取り、草木の土を破り出ずる時の尖芒に似る。故に木に属す。「散」とはすなわち舒展で、火気の温暖にして物を舒散せしむるに似る。故に火に属す。「房」とはすなわち方で、金の能く裁割し、その体方正なるに似る。故に金に属す。「荚」とはすなわち狭で、水流の細長にして狭きに似る。故に水に属す。「萃」とはすなわち聚で、万物の聚まり土に帰してこそ人の用いる所と為るに似る。故に土に属す。

五菓則子以配木,核以配火,皮以配金,殼以配水,房以配土。子,棃之屬;核,桃李之屬;皮,柑橘之屬;殼,胡桃栗之屬;房,蒲陶之屬。子取其含潤,如木生光潤,子實茂盛。核取其在肉內不堪食,如火陰在內,無所堪容。皮取其厚急,如金氣衰老,物至西方而急縮也。殼取其肉在內堪食,如水陽在內,堪能容納也。房取其結聚如土,物皆聚也。此則總論谷菓,以配五味,則略如前釋。

五果は同じく構造に按って五行に配す。子多きは木に配し、核あるは火に配し、皮重なるは金に配し、殻を帯びるは水に配し、房を成し串を成すは土に配す。子多きはたとえば梨(原書の果名の第二字は罕見の異体で、字書に失載)のごとく、核あるは桃李のごとく、皮重なるは柑橘のごとく、殻を帯びるは胡桃と栗のごとく、房を成すは葡萄(文中は「蒲陶」と作る)のごとし。取象の理由は、子多き果実は汁潤を含着し、草木の生発する時の光潤にして子実の繁盛なるに似る。故に木に属す。核あるは果核が果肉の裏に裹まれて食べえず、火の卦象の外陽内陰・裏面空虚にして容受する所なきに似る。故に火に属す。柑橘の皮は厚くして緊縮し、金気の衰老階段に到り、万物は西方に行きて急劇に収縮するに似る。故に金に属す。胡桃板栗は殻が外に在りて食べうる肉は内に在り、水の卦象の外陰内陽・内裏は能く容納するに似る。故に水に属す。葡萄は一串串に結して一処に聚まり、万物の聚まり土に帰するに似る。故に土に属す。以上は穀と果とがいかに五味に配属するかを通論する。大略は前に釈ししがごとし。

《月令》云:春食麥與羊,麥有孚甲,故屬木;羊火畜,春氣猶寒,以此安性。夏食菽與雞,菽有孚甲而堅,合於水;雞屬木畜,故為熱時所食。中央食稷與牛,稷是谷之長,牛是土畜,以其甘和,故象於時。秋食麻與犬,麻屬金,犬亦金畜,故從秋也。冬食黍與豕,黍舒散屬火,豕水畜,兼其水火,以為冬食。

《礼記・月令》は四時の主食と主肉を規定し、鄭玄は逐條に理由を講ず。春は麦と羊肉を食う。麦粒は外に硬殻(孚甲)ありて能く殻を裂き出づ。だから木に属す。羊は火性の家畜で、春は余寒まだ尽きず、火性の羊肉を食えば以て体性を安養しうる。夏は豆と鶏肉を食う。豆にもまた荚殻ありて質地堅実にして、水の堅斂と相合す。鶏は木性の家畜で、だから炎熱の時にそれを食う。季夏の土王の時は稷と牛肉を食う。稷は百穀の長で、牛は土性の家畜で、ともに甘和を以て性と為す。正にこの時の象に合す。秋は麻と狗肉を食う。麻は金に属し、狗もまた金性の家畜で、だから秋に順って食す。冬は黍と猪肉を食う。黍性は舒散して火に属し、猪は水性の家畜で、水火兼備し、以て冬の飲食と為す。

此之五食,義有不同。春猶寒,食溫;夏方熱,食寒。此意可解者。甘味和,故隨時適用,此亦可解。秋冬兩食,此應宜熱,所以不熱,其故何也?若依蔡邕解,直云食味相宜,則無復疑;若依鄭解,則誠未盡。今廣鄭言:少陽、太陽,其氣舒散;少陰、太陰,其氣斂閉。故河上公解《老子》言:躁氣在上,陽氣伏於下,所以故寒;靜氣在上,陰氣伏於下,所以故熱。人體陰陽,義亦如是。春夏舒散,陽氣開發,宜以溫食,用和陰氣;秋冬閉斂,陽氣在內,宜用寒食,以調陽氣。冬兼水火,又異於秋,正以藏閉之時,事甚於秋,故均以水火也。

この五種の時令飲食は、取義は各々相同じからず。春はなお冷えるがゆえに温性を食い、夏は正に熱するがゆえに寒性を食う。この両條は理解し易し。甘味は平和にして、随時取用しうる。この一條もまた講じて通ず。しかれども秋冬の両季は理に按れば熱性を食うべきに、なにゆえかえって熱食を用いざるか。もし蔡邕の解釈に照らせば、ただ「食味は時令と相宜なり」と言って便ち罷み、倒れても追問するを要せず。もし鄭玄の解釈に照らせば、言うに透徹せざるを得ず。今、鄭玄のために話を補足す。少陽(春)と太陽(夏)の気は外に向かって舒散し、少陰(秋)と太陰(冬)の気は内に向かって斂閉す。だから河上公の《老子》注にいう、浮躁の気が上面に浮かぶ時、陽気は実は下に潜伏す。因って地面はかえって寒し。沈静の気が上に在る時、陰気は下に潜伏す。因って地下はかえって熱し、と。人身の陰陽もまた同一の道理。春夏の気は外に散じ、陽は表に浮かぶ。宜しく温食を食して体内の陰気を調和すべし。秋冬の気は内に斂じ、陽気は裏面に蔵す。宜しく寒食を食して内伏の陽気を調剤すべし。冬は水と火の両性の物を兼用するは、また秋と同じからず。正に冬は封蔵閉固の時にして、内伏の程度は秋よりさらに甚し。だから水火併用して以てその均平を求む。

今又取《甲乙》以並鄭義,微有乖張。《甲乙》以羊麥俱苦,皆是火味;鄭玄雲羊火畜同,以麥屬木,此是取其孚甲之形,用溫還同。《甲乙》以菽醎雞辛;鄭玄雲菽合水同,雞屬木異,此取其將旦而鳴,近寅木故,又振羽翼,有陽性也,則是酉鳥屬金為實。《甲乙》以麻犬俱酸;鄭以麻犬俱金,酸是木味,用調金氣,以少陽之氣味調少陰之氣,理則可通,金還調金,恐乖和適。《甲乙》以黍辛彘醎;鄭玄雲彘合水同,黍屬火異,此言黍色赤性熱,故以為火。

今、さらに《甲乙経》の説法を取って鄭玄の説と合わせ看れば、両家は略々出入りあり。《甲乙経》は羊と麦とみな苦に属し、みな火味と認む。鄭玄は羊は火畜という。この一点は相同じ。ただ彼は麦を木に帰入す。それは麦粒の外殻の开裂する形態を取って象を取る。温性に就いていえばなお《甲乙経》と一致す。《甲乙経》は豆の味は鹹・鶏の味は辛という。鄭玄は豆は水に合すという。これと相同じ。鶏は木に属すというは則ち同じからず。――鄭玄の理由は、鶏はまさに天亮せんとする時に打鳴し、寅時に近づき木に属し、しかもそれは翅膀を振動して、陽性を帯びる。実は鶏は酉位に対応して金に属してこそ本相である。《甲乙経》は麻と狗とはみな酸に属すという。鄭玄は麻と狗とはみな金に属すという。酸はもともと木味で、それを以て金気を調剤するは、少陽の味を以て少陰の気を調するに等しく、道理はなお講じて通ず。もし鄭玄のあのように金を以てさらに金を調せば、おそらく調和の宜を失わん。《甲乙経》は黍の味は辛・猪の味は鹹という。鄭玄は猪は水に合すという。これと相同じ。黍は火に属すというは則ち同じからず。――彼の理由は、黍は色は赤にして性は熱す。だから火と判す。

若依鄭意,以如前解;若以《甲乙》、《明堂月令》之意,夏食合冷者,欲令調炎暑鬱毒之氣;冬食亦寒者,去藏中伏熱;春寒用溫,二意不殊;秋以少陽和於少陰,為有殺氣,故以生味相補。鄭全乖越。《周禮·天官》云:凡和,春多酸,夏多苦,秋多辛,冬多醎,調以滑甘。解有兩家:一雲宜從時氣,春食須多酸,夏食須多苦;一雲多者,過也,春食過酸,宜減其醎味,夏食過苦,宜減其酸味,是以後句雲調以滑甘。

もし鄭玄の意に照らせば、解釈はすなわち上文に述べたるがごとし。もし《甲乙経》と《明堂月令》の意に照らせば、則ち別に一組あり。夏は冷たきを食うべきは、酷暑の鬱積したる毒熱の気を調伏せんと欲するを要す。冬もまた寒を食うは、体内に蔵伏する暗熱を去掉せんと欲するを要す。春は天寒にして温食を用うるは、両家の看法は並びに分歧なし。秋は少陽の味を以て少陰の気を調和するは、秋に粛殺の気あるがゆえに、生発の味を用いてそれを補済するを要す。相形すれば、鄭玄の説はすなわちこれと全然背離す。《周礼・天官・食医》にいう、凡そ飲食を調和するに、春は酸を多くし、夏は苦を多くし、秋は辛を多くし、冬は鹹を多くし、再用して滑と甘を以て調剤す、と。この言葉に両種の解釈あり。一説は応に時令の気に順从すべしとし、春は酸を多く食い、夏は苦を多く食うべし。別の一説は「多」は「過」の意として、春は酸を食い過ぎたれば、すなわち鹹味を減少すべく、夏は苦を食い過ぎたれば、すなわち酸味を減少すべし。だから後の一句はこそ「滑甘を以て調す」というを要す。

今依前解,四時之味,各隨時氣所當,故逐時醎苦酸辛,養體之宜。土既居中,總戴四財,是以四時味兼,須甘味以調之。又云:會膳食之所宜,牛宜稌,稌,稻也;羊宜黍,豕宜稷,犬宜梁,鳥宜麥,魚宜菰,菰,雕胡也。凡君子之食,恆放焉。凡藥,酸養骨,苦養氣,甘養肉,辛養筋,醎養脈,此並相扶之義。

ここには前の一種の解釈を採用す。四時の味は各々当令の気に隨って定まる。だから季節に按って分別して鹹・苦・酸・辛を多くするは、身を養うの宜しき所である。土は中央に居り、其余四方の才用を総管す。因って四時の味の裏はみな一分の土味を帯び、甘を用いて調和するを要す。《周礼》にまたいう、肉食と穀食をして搭配して宜しからしめよ――牛肉は稲に配し(「稌」はすなわち稲)、羊肉は黍に配し、猪肉は稷に配し、狗肉は粱に配し、禽肉は麦に配し、魚は菰米に配す(「菰」はすなわち雕胡米)。凡そ君子の飲食は、みな常にこの配法に照らす。薬性に至っては、《周礼》にいう、酸味は骨を養い、苦味は気を養い、甘味は肉を養い、辛味は筋を養い、鹹味は血脉を養う、と。――これらの講ずるはみな五味と形体の各部とが相扶助するの道理である。

《河圖》云:人食無極醎,使腎氣盛,心氣衰,令人發狂,喜衂、吐血,心神不定;無極辛,使肺氣盛,肝氣衰,令人懦怯悲愁,目盲、髮白;無極甘,使脾氣盛,腎氣衰,令人痴淫洩精,腰背痛,利膿血;無極苦,使心氣盛,肺氣衰,令人果敢輕死,欬逆、胸滿;無極酸,使肝氣盛,脾氣衰,令人谷不消化,喑聾症固。此五藏相制克之義。

緯書《河図》は一味を過度に食うの害処を講ず。鹹を食するに節制なければ、腎気は過盛にして心気は衰敗す(水は火を克す)。人をして癲狂せしめ、常に鼻血を流し吐血し、心神定まらず。辛を食するに節制なければ、肺気は過盛にして肝気は衰敗す(金は木を克す)。人をして懦弱怯懦・悲傷憂愁せしめ、眼睛は失明し頭髪は白変す。甘を食するに節制なければ、脾気は過盛にして腎気は衰敗す(土は水を克す)。人をして痴迷淫縦・精気外泄せしめ、腰背は疼痛し、下痢膿血す。苦を食するに節制なければ、心気は過盛にして肺気は衰敗す(火は金を克す)。人をして任性冒険・軽く死に赴かしめ、咳嗽気逆・胸中脹満す。酸を食するに節制なければ、肝気は過盛にして脾気は衰敗す(木は土を克す)。人をして飲食消化せず、喑啞耳聾・痼疾を結成せしむ。これらはみな五臓が五行の相克に依りて互相制約するの道理である。

《黃帝養生經》云:酸入肝,辛葎任,苦入心,甘入脾,醎入腎。病在筋,無食酸;病在氣,無食辛;病在骨,無食醎;病在血,無食苦;病在肉,無食甘。口嗜而飲食之,不可多也,必自賊也,故名五賊。又云:肝病禁辛,心病禁醎,脾病禁酸,肺病禁苦,腎病禁甘,此皆所惡之味,故禁。

《黄帝養生経》にいう、酸は肝に入り、辛は肺に入り、苦は心に入り、甘は脾に入り、鹹は腎に入る(その中「辛」の下の一句、底本は「辛葎任」と作るが、文字すでに訛れ、五味帰経に按って「辛入肺」と作すべし)。因って病が筋に在る者は酸を食う勿れ、病が気に在る者は辛を食う勿れ、病が骨に在る者は鹹を食う勿れ、病が血に在る者は苦を食う勿れ、病が肉に在る者は甘を食う勿れ。嘴上に或る一味を貪りて勁く食うは、以てすべからざるなり。必ず自らその身を傷る。だからこの五味を「五賊」と呼ぶ。書中にまたいう、肝病は辛を忌み、心病は鹹を忌み、脾病は酸を忌み、肺病は苦を忌み、腎病は甘を忌む、と。――これらはみなその臓の悪惡する所の味で(相克の序に依りて、辛金は肝木を克し、鹹水は心火を克し、酸木は脾土を克し、苦火は肺金を克し、甘土は腎水を克す)、だから禁ずるを要す。

又云:肺病宜食糯米飯、牛肉、棗、葵;心病宜食麥、羊肉、杏、薤;腎病宜食大豆、黃黍、彘肉、藿;肝病宜食麻、犬肉、李、韭;脾病宜食雞肉、桃、黍、蔥。此五宜食者,肝心腎三藏實,故各以其本味補之;脾肺虛,故以其子母相養者也。《春秋潛潭巴》云:五味生五藏者,醎生肝,酸生心,苦生脾,甘生肺,辛生腎。

《黄帝養生経》はまた五臓に病ある時に相宜の食物を開出す。肺病は糯米饭・牛肉・棗・葵菜を食うに宜し。心病は麦・羊肉・杏・薤を食うに宜し。腎病は大豆・黄黍・猪肉・豆葉を食うに宜し。肝病は麻・狗肉・李・韭を食うに宜し。脾病は鶏肉・桃・黍・葱を食うに宜し。この五組の配法の道理は、肝・心・腎の三臓の病は実証に属するがゆえに、各々本臓の主る所の味を用いてそれを補う。脾・肺の病は虚証に属するがゆえに、改用して母子相生の味を以てそれを涵養す。緯書《春秋潜潭巴》は別に一組の「五味は五臓を生ず」の説法あり。鹹は肝を生じ、酸は心を生じ、苦は脾を生じ、甘は肺を生じ、辛は腎を生ず。――これは相生の序に按って(水生木・木生火・火生土・土生金・金生水)味と臓とを対える。

《養生經》云:肝色青,宜食醎,稻米、牛肉、棗;心色亦,宜食酢,犬肉、李;肺色白,宜食甘,麥、羊肉、杏;脾色黃,宜食苦,大豆、豕肉、粟;腎色黑,宜食辛,黍、雞肉。此五食皆以所生能養其子也。又云:五味之入口也,各有所走,各有所病。酸走筋,多食之令人癃;醎走血,多食之令人渴;辛走氣,多食之令人洞心;苦走骨,多食之令人攣;甘走皮,多食之令人噁心。

《養生経》はまた五色に依りて味を配し食単を開く。肝の色は青、鹹味の稲米・牛肉・棗を食うに宜し。心の色は赤(底本は「赤」を訛って「亦」と作る)、酸の醋・狗肉・李を食うに宜し。肺の色は白、甘の麦・羊肉・杏を食うに宜し。脾の色は黄、苦の大豆・猪肉・粟を食うに宜し。腎の色は黒、辛の黍・鶏肉を食うに宜し。この五組の配法はみな「生ずる所の味を以てその子を養う」の義を取る。すなわち我を生ずる者の味を用いて本臓を滋养す。書中にまたいう、五味は口に入った後、各々趨走する所の部位あり、また各々致す所の病害あり。酸は筋に趨走し、食い多すれば人をして小便通ぜざらしむ。鹹は血に趨走し、食い多すれば人をして口渇せしむ。辛は気に趨走し、食い多すれば人をして心中空虚にして慌たざらしむ。苦は骨に趨走し、食い多すれば人をして筋脉拘攣せしむ。甘は皮肤に趨走し、食い多すれば人をして悪心せしむ。

辛散,酸收,甘緩,苦堅,醎濡。五穀為養,五菓為助,五畜為益,氣味合而服之,隨四時五藏所宜也。又云:人黃色宜甘,青色宜酸,黑色宜醎,赤色宜苦,白色宜辛,此皆依本體所宜。《家語》曰:食水者善遊能寒,食土者無心不息,食木者多力不治,食草者善走而愚,食桑者有緒為蛾,食肉者勇敢,食氣者神明而壽,食穀者惠巧,不食者不死而神。此皆氣味之類,故附而述之。五味所解,例多不舉,語經所明可解者如此。

薬性に就いていえば、辛は能く発散し、酸は能く収斂し、甘は能く和緩し、苦は能く堅燥し、鹹は能く濡潤す。五穀は以て根本を滋养し、五果は以て輔助し、五畜は以て増益し、気と味を搭配して服食し、四時と五臓の各自宜しき所に隨って調整す。書中にまたいう、人の面色の黄を発するは甘に宜しく、青を発するは酸に宜しく、黒を発するは鹹に宜しく、赤を発するは苦に宜しく、白を発するは辛に宜し。これはみな本人の体質の宜しき所に依って定む。《孔子家語》にいう、水を以て食と為す者(魚鳖のごとき)は善く游びて寒に耐え、土を以て食と為す者(蚯蚓のごとき)は心なくして停息せず、木を以て食と為す者(蠹虫のごとき)は力大にして馴れ難し、草を以て食と為す者(麋鹿のごとき)は善く走りて愚鈍、桑葉を以て食と為す者(蚕)は能く絲を吐きて繭を作りて化して蛾と為り、肉を食する猛獣は勇敢にして、風を餐じ気を飲むは神明にして長寿、五穀を食う人は聡慧巧妙にして、何をも食わざる者(仙人)は死せずして神に通ず、と。これらはみな気味の一類の道理に属す。だから附帯してここに記す。五味の講じうる條例はなお多し。一一に列挙しえず。経伝の載する所の解しうるに就きて、大略は上のごとし。

第十四 雑配を論ず・第四 蔵府を配することを論ず

藏府者,由五行六氣而成也。藏則有五,稟自五行,為五性;府則有六,因乎六氣,是曰六情。情性及氣,別於後解,今論藏府所配合義。五藏者:肝、心、脾、肺、腎也;六府者:大腸、小腸、膽、胃、三焦、膀胱也。肝以配木,心以配火,脾以配土,肺以配金,腎以配水。膀胱為陽,小腸為陰,膽為風,大腸為雨,三焦為晦,胃為明。故杜子《春秋》醫和云:陰淫寒疾,陽淫熱疾,風淫末疾。末,四支也。雨淫腹疾,晦淫惑疾,明淫心疾。

人の臓腑は、五行と六気とが配合して成る所のものである。臓は五つあり、五行より禀受して、人の「五性」を構成す。腑は六つあり、六気より来て、「六情」と称す。情・性と気の分別は後の《情性を論ず》の一篇に留めて再び講ず。ここはただ臓腑の配属の義を論ず。五臓は肝・心・脾・肺・腎。六腑は大腸・小腸・胆・胃・三焦・膀胱。五臓は五行に配す。肝は木に配し、心は火に配し、脾は土に配し、肺は金に配し、腎は水に配す。六腑は則ち六気に配す。膀胱は陽(暑)に属し、小腸は陰(寒)に属し、胆は風に属し、大腸は雨に属し、三焦は晦に属し、胃は明に属す。だから杜預注本《春秋左伝》の昭公元年に載せる秦の名医医和が晋侯のために病を診していうに、陰気は太过すれば寒病を生じ、陽気は太过すれば熱病を生じ、風気は太过すれば四肢の病を生ず――「末」とはすなわち四肢――雨気は太过すれば腹病を生じ、晦気は太过すれば神志昏惑の病を生じ、明気は太过すれば心病を生ず、と。

夫藏者,以其藏於形體之內,故稱為藏;亦能藏受五氣,故名為藏。府者,以其傳流受納,謂之曰府。《白虎通》云:肝之為言扞也;肺之為言費也,情動得序也;心之為言任也,任於思也;腎之為言寫也,以竅寫;脾之為言辨也,所以積精稟氣。《元命苞》云:脾者,弁也,心得之而貴,肝得之而興,肺得之而大,腎得之以化。

いわゆる「臓」とは、それが形体の内に蔵るるがゆえに蔵と称す。またそれが能く五行の気を収蔵承受するがゆえに、名づけて蔵と為す。いわゆる「腑」とは、それが伝送流通し承受容納して、府庫のごときがゆえに、府と呼ぶ。《白虎通》は同音相訓の弁法を用いて五臓の名を解釈す。「肝」とはすなわち「扞」で、捍衛の義を取る。「肺」とはすなわち「費」で、発散の義を取り、情感が発動して能くその條理を得る。「心」とはすなわち「任」で、思慮の職を担任す。「腎」とはすなわち「写」で、すなわち下竅より瀉出す。「脾」とはすなわち「辨」で、以て精微を積聚し気血を禀受す。《春秋元命苞》にいう、「脾」とはすなわち「弁」(首要)で、心はそれを得て尊貴に、肝はそれを得て興盛に、肺はそれを得て壮大に、腎はそれを得てこそ運化しうる――意は脾土が中に居りて、其余の四臓に化生の資養を提供する。

肝仁,肺義,心禮,腎智,脾信。肝所以仁者何?肝,木之精,仁者好生,東方者,陽也,萬物始生,故肝象木,色青而有柔。肺所以義者何?肺,金之精,義者能斷,西方殺,成萬物,故肺象金,色白而有剛。心所以禮者何?心者,火之精,南方尊陽在上,卑陰在下,禮有尊卑,故心象火,色赤而光。

五臓はまた各々一種の「五常」の徳に配す。肝は仁を主り、肺は義を主り、心は礼を主り、腎は智を主り、脾は信を主る。《白虎通》は逐條に問を設けて答を作す。肝はなにゆえ仁を主るか。肝は木の精華なれば、仁者は生養を好む。東方は陽に属し、万物はここに生長を始む。だから肝は木に取象し、顔色は青にして質地は柔軟。肺はなにゆえ義を主るか。肺は金の精華なれば、義者は能く決断す。西方は粛殺を主りて万物を成熟せしむ。だから肺は金に取象し、顔色は白にして質地は剛硬。心はなにゆえ礼を主るか。心は火の精華なれば、南方の位は尊貴の陽が上に在り卑下の陰が下に在り、しかして礼は正に尊卑を分別する。だから心は火に取象し、顔色は赤にして光明を帯びる。

腎所以智者何?腎水之精,智者進而不止,無所疑惑,水亦進而不惑,故腎象水,色黑。水陰,故腎雙。脾所以信者何?脾,土之精,土主信,任養萬物為之象,生物無所私,信之至也,故脾象土,色黃。翼奉云:肝性靜,甲己主之;心性躁,丙辛主之;脾性力,戊癸主之;肺性堅,乙庚主之;腎性敬,丁壬主之。

腎はなにゆえ智を主るか。腎は水の精華なれば、智慧ある人は進取して停歇せず心中疑惑なし。水もまた一路向前に流れて迷惑せず。だから腎は水に取象し、顔色は黒。水は陰に属し、陰数は偶。だから腎は左右一対に生成す。脾はなにゆえ信を主るか。脾は土の精華なれば、土は信を主り、それは万物を養育する職責を担負し、万物を生養して毫も偏私なし。これは信の極処である。だから脾は土に取象し、顔色は黄。西漢の翼奉はまた天干に按って五臓に性情を配す。肝性は沈静にして、甲・己の両干の主る所。心性は急躁にして、丙・辛の主る所。脾性は有力にして、戊・癸の主る所。肺性は堅勁にして、乙・庚の主る所。腎性は恭敬にして、丁・壬の主る所。――これは天干の「五合化気」(甲己合して土を化し、乙庚合して金を化し、丙辛合して水を化し、丁壬合して木を化し、戊癸合して火を化す)の弁法を用いて臓に配する。

許慎《五經異義》:《尚書》夏侯、歐陽說云,肝木,心火,脾土,肺金,腎水,此與前同。古文《尚晝》說云,脾木,肺火,心土,肝金,此四藏不同。案《禮記·月令》云:春祭以脾,夏祭以肺,季夏祭以心,秋祭以肝,冬祭以腎,皆五時自相得,則古《尚書》是也。

許慎《五経異義》の裏に両派の同じからざる説法を記す。今文《尚書》の夏侯氏・欧陽氏の一派にいう、肝は木に属し、心は火に属し、脾は土に属し、肺は金に属し、腎は水に属す。――これは上文の講ずる所と相同じ。古文《尚書》の一派(底本は「尚書」を誤刻して「尚昼」と作る)は則ちいう、脾は木に属し、肺は火に属し、心は土に属し、肝は金に属す。――この四臓の配法は今文家と同じからず。《礼記・月令》の記する所を査すれば、春の祭祀は脾を用い、夏は肺を用い、季夏は心を用い、秋は肝を用い、冬は腎を用う。恰好五時と一一に相応す。これに照らして看れば、古文《尚書》の一派の配法こそ正しきである。

鄭玄駁曰:此文異事乖,未察其本意。《月令》五祭,皆言先,無言後者。凡言先,有後之辭。春祀戶,其祭也先脾後腎;夏祀竃,其祭也先肺後心肝;季夏祀中溜,其祭也先心後肺;秋祀門,其祭也先肝後心肺;冬祀行,其祭也先腎後脾。凡此之義,以四時之位、五藏之上下次之耳。冬位在後,而腎在下;夏位在前,而肺在上;春位小前,故祭先脾;秋位小卻,故祭先肝。肝腎脾俱在鬲下,肺心俱在鬲上,祭者必三,故有先後焉。此義不與行氣同也。

鄭玄は反駁していう、これは両桩の同じからざる事を混り合わせて講じ、《月令》の本意を看清さざるなり。《月令》の記する五時の祭は、みなただ「先用某臓」と言うのみで、従来「後用某臓」と言わず。凡そ「先」と言えば、すなわちなお「后」あるを隠含す。春は戸神を祭り、先に脾して後に腎す。夏は竈神を祭り、先に肺して後に心・肝す。季夏は中霤(室中の土神)を祭り、先に心して後に肺す。秋は門神を祭り、先に肝して後に心・肺す。冬は行神(道路の神)を祭り、先に腎して後に脾す。これらの次序の道理は、ただ四時の方位と五臓の体内における上下の位置に按って排列するのみである。冬位は後に在りて腎の位置は下に在り、夏位は前に在りて肺の位置は上に在る。春位は略々前に靠り、だから先に脾を用いる。秋位は略々後に靠り、だから先に肝を用いる。肝・腎・脾はみな膈膜の下に在り、肺・心はみな膈膜の上に在る。毎次の祭祀は必ず三臓を用う。だからこそ先後を分出す。この組の次序は五行が気に配するの道理と並びに一回事にあらず。

《八十一問》云:五藏俱等,心肺獨在鬲上何?對曰:心主氣,肺主血,血行脈中,氣行脈外,相隨上下,故曰營衛,故令心肺在鬲上也。《甲乙經》云:黃帝問岐伯曰,人有五藏,藏有五變。肝為牡藏,其色青,其時春,其日甲乙;心為牡藏,其色赤,其時夏,其日丙丁;脾為牝藏,其色黃,其時季夏,其日戊己;肺為牝藏,其色白,其時秋,其日庚辛;腎為牝藏,其色黑,其時冬,其日壬癸。

《八十一難経》は問を設く。五臓の地位は相等しきに、なにゆえ単単心・肺のみ膈膜の上に居るか。回答にいう、心は気を主り、肺は血を主る。血は脉管の中に運行し、気は脉管の外に運行し、二者は相随って上下周流し、合わせて「営衛」と呼ぶ(営は血を指し衛は気を指す)。だから心肺をして同じく膈上に処せしめて以て統摂に便す。《甲乙経》は記載す、黄帝は岐伯に問う、人に五臓あり、臓に各々五種の変化の対応あり、と。岐伯答えていう、肝は「牡臓」すなわち陽臓で、色は青、春令に当たり、値日の天干は甲乙。心もまた牡臓で、色は赤、夏令に当たり、値日は丙丁。脾は「牝臓」すなわち陰臓で、色は黄、季夏に当たり、値日は戊己。肺は牝臓で、色は白、秋令に当たり、値日は庚辛。腎は牝臓で、色は黒、冬令に当たり、値日は壬癸、と。

《素問》曰:肝者,魂之所居,陰中之小陽,故通春氣;心者,生之本,神之所處,為陽中之大陽,故通夏氣;脾者,倉廩之本,名曰興化,能化糟粕,轉味出入,至陰之類,故通土氣;肺者,氣之本,魄之所處,陽中之少陰,故通秋氣;腎者主蟄,封藏之本,精之所處,陰中之太陰,故通冬氣。又云:春無食肝,夏無食心,季夏無食脾,秋無食肺,冬無食腎。

《素問》にいう、肝は魂の居る所の地方で、陰中の少陽に属す。だから春気と相通ず。心は生命の根本・神の居処する地方で、陽中の太陽に属す。だから夏気と相通ず。脾は身体の倉庫の根本で、名を「興化」と曰い、能く糟粕を腐熟し滋味を転化し飲食の出入を主管す。至陰の一類に属す。だから土気と相通ず。肺は気の根本・魄の居処する地方で、陽中の少陰に属す。だから秋気と相通ず。腎は蟄蔵を主り、封蔵の根本・精の居処する地方で、陰中の太陰に属す。だから冬気と相通ず。《素問》にまたいう、春は肝を食う勿れ、夏は心を食う勿れ、季夏は脾を食う勿れ、秋は肺を食う勿れ、冬は腎を食う勿れ、と。――当令の臓は本気すでに旺んなれば、宜しく更に同気の物を以て加補すべからざるがゆえである。

《周禮》疾醫掌養萬人之疾病者,以肝為木,心為火,脾為土,肺為金,腎為水,則疾多瘳;反其術,則死。《月令》中溜之禮,以陰陽遂退為次;《白虎通》及《素問》醫治之書,用行實為驗,故其所配是也。《白虎通》又云:木所以浮,金所以沈者何?子生於母義。肝以沈,肺以浮何?有知者尊其母也。一說云:甲木畏金,以乙妻庚,受庚之化,木法其本,直甲故浮,肝法其化,直乙故沈;庚金畏火,以辛妻丙,受丙之化,金法其本,直庚故沈,肺法其化,直辛故浮。

《周礼》中の「疾医」のこの官職は万民の疾病を医治することを掌管す。彼らは肝木・心火・脾土・肺金・腎水の配属に按って施治せば、疾病は大多痊愈しうる。もし反って来て用いれば、病人はすなわち死せん。《月令》の講ずる中霤の礼の次序は、陰陽の進退に按って排したものである。《白虎通》と《素問》は医療実治を講ずる書で、五行の実際の効験を以て検験す。だからそれらの配法はこそ取るべし。《白虎通》にまた問う、木性はもとより浮き金性はもとより沈むに、なにゆえ木に属する肝はかえって下沈し金に属する肺はかえって上浮するか。答えていう、これは子の母に従うの道理で、知覚ある物は自己の母親を尊奉す。別の一種の解釈は干支の相合を用いて講ず。甲木は金を畏れ、そこで妹の乙を庚に嫁がし、乙は庚の化育を接受す。木はもし本干の甲に依れば、その性は上浮するに、しかして肝は化する所の乙に依る。だから下沈す。庚金は火を畏れ、そこで妹の辛を丙に嫁がし、辛は丙の化育を接受す。金はもし本干の庚に依れば、その性は下沈するに、しかして肺は化する所の辛に依る。だから上浮す。

河上公注《老子》云:肝藏魂,肺藏魄,心藏神,腎藏精,脾藏志,五藏盡傷,則五神去矣。道經義云:魂居肝,魄在肺,神處心,精藏腎,志托脾。此與《素問》同。魂為木氣,神為火氣,志為土氣,魄為金氣,精為水氣。魂通於目,神通於舌,志通於口,魄通於鼻,精通於耳。

河上公の《老子》注にいう、肝は魂を蔵し、肺は魄を蔵し、心は神を蔵し、腎は精を蔵し、脾は志を蔵す。五臓は全く損傷せられれば、この五種の神もまた身を離れて去る。道教の経義もまたいう、魂は肝に居り、魄は肺に在り、神は心に処し、精は腎に蔵れ、志は脾に托す。――これは《素問》の講ずる所と一致す。五行の属性に按って分かてば、魂は木気、神は火気、志は土気、魄は金気、精は水気。それらはまた各々一箇の孔竅に通ず。魂は眼に通じ、神は舌に通じ、志は口に通じ、魄は鼻に通じ、精は耳に通ず。

《甲乙經》云:鼻為肺之官,目為肝之官,口唇為脾之官,舌為心之官,耳為腎之官。故肺病喘息鼻張,肝病目閉眥青,脾病口唇黃干,心病舌卷短、顏赤,腎病權與顏黑黃、耳聾。此名五官,相書亦名五候,以鼻人中為一官,主心,餘並同。候者,以五藏善惡色出五官,可占候吉凶也。鼻人中,猶是口之分也。

《甲乙経》にいう、鼻は肺の外の官竅、眼は肝の官竅、口唇は脾の官竅、舌は心の官竅、耳は腎の官竅、と。だから肺に病あれば則ち气喘し鼻翼は張大し、肝に病あれば則ち眼睛は睜け難く眼角は青を発し、脾に病あれば則ち口唇は枯黄乾燥し、心に病あれば則ち舌頭は巻縮して短かく変じ面色は赤を発し、腎に病あれば則ち顴骨(文中の「権」はすなわち顴)と面色は黒黄を発し耳朵は聡を失う。この五処を「五官」と呼び、相術書の裏にもまた「五候」と呼ぶ。ただ鼻下の人中を別に立てて一官と為し心を主るのみで、其余はみな相同じ。いわゆる「候」とは、五臓の好壊が気色を以てこの五処に顕現し、以て吉凶を占測しうるをいう。人中はもともと口の一部分と算する。だから両種の分法は並びに矛盾せず。

《孝經援神契》云:肝仁,故目視;肺義,故鼻候;心禮,故耳司;腎信,故竅寫;脾智,故口誨。《元命苞》曰:目,肝使,肝氣仁而外照。《管子》曰:脾發為鼻,肝發為目,腎發為耳,肺發為口,心發為下竅。道家《太平經》云:肝神不在,目無光明;心神不在,唇青白;肺神不在,鼻不通;腎神不在,耳聾;脾神不在,舌不知甘味。又一說云:目主肝,耳主腎,鼻主心,舌主脾,口主肺。肝腎二藏,諸經並同。

《孝経援神契》にいう、肝は仁を主る。だから眼は能く看る。肺は義を主る。だから鼻は能く辨察す。心は礼を主る。だから耳は能く聴を司る。腎は信を主る。だから下竅は能く排泄す。脾は智を主る。だから口は能く教誨す。――それは五常を五臓に配する次序が《白虎通》と略々同じからざるを把える。《春秋元命苞》にいう、眼睛は肝の派出したる使者で、肝気は仁厚にして能く外物を照見す。《管子》は別に一組あり、脾は外に発して鼻と為り、肝は外に発して眼と為り、腎は外に発して耳と為り、肺は外に発して口と為り、心は外に発して下竅と為す。道家《太平経》は則ち神の去留より論を立つ。肝神在らざれば、眼睛は光彩なし。心神在らざれば、嘴唇は青白を発す。肺神在らざれば、鼻子は気を通ぜず。腎神在らざれば、耳朵は聾を発す。脾神在らざれば、舌頭は甜味を嘗め出さず。この外また一説あり、眼は肝を主り、耳は腎を主り、鼻は心を主り、舌は脾を主り、口は肺を主る。その中、肝・腎の両臓の主る所の官竅は、各家の経書はみな一致する。

肝主目者,肝,木藏也,木是陽,東方顯明之地,眼目亦光顯照了,故通乎目。道家《太式經》云:天曰洞視,主目,目主肝。天,陽也;肝亦陽;目精明,亦陽。目光顯見,兼有常法,如日陽精無缺而明也。腎主耳者,腎,水藏,水,陰也,北方陰暗之地,耳能聽聲,聲是陰微之象,故通乎耳。《太式經》曰:地曰洞聽,主耳,耳主腎。地,陰也。耳法虛,則納聲,水主虛,陰主虛,陰主幽。陰聲又非恆,如月盈虛也。

肝はなにゆえ眼を主るか。肝は木臓で、木は陽に属し、東方は顕明の地で、眼睛もまた光亮顕豁にして能く事物を照見す。だから眼と相通ず。道家《太式経》にいう、天を「洞視」と呼び、眼を主り、眼は肝を主る。天は陽に属し、肝もまた陽に属し、眼中の精明は同じく陽に属す。眼光は顕露して見ゆ、しかして恒常の規律あり。たとえば太陽のこの団の陽精が毫も亏缺なくして恒久に明を放つがごとし。腎はなにゆえ耳を主るか。腎は水臓で、水は陰に属し、北方は幽暗の地で、耳朵はただ声を聴くのみ能くし、声は陰微の象に属す。だから耳と相通ず。《太式経》にいう、地を「洞聴」と呼び、耳を主り、耳は腎を主る。地は陰に属す。耳の構造は虚に取法し、中空にしてこそ声音を容納しうる。水は虚を主り、陰もまた虚を主り、陰はまた幽暗を主る。況んや声音は日光のごとく恒定変わらざるにあらず、正に月亮の盈あり虧あるがごとし。

脾心肺三藏及候,各有異說。《甲乙》以鼻應肺,道家以鼻應心,《管子》以鼻應脾。《甲乙》應肺者,鼻以空虛納氣,肺亦虛而受氣故也。道家鼻主心者,陽也。《老子經》云:天以五行,氣從鼻入,藏於心。鼻以空通出入息,高象天,故與天通,而氣藏於心也。《管子》以脾是土,鼻在面之中,故為其候。

脾・心・肺のこの三臓の対応する官竅に至っては、各家の説法は互いに異なる。《甲乙経》は鼻を以て肺に応じ、道家は鼻を以て心に応じ、《管子》は鼻を以て脾に応ず。《甲乙経》の肺に配する所以は、鼻孔は中空にして気息を吸納し、肺もまた中空にして気息を承受す。二者は同理である。道家の鼻は心を主るという所以は、陽の一面を取る。《老子》経中にいう、天は五行の気を以て鼻孔より人身に進入し、心裏に蔵る、と。鼻孔は中空にして呼吸を貫通し、位置もまた高し。天に取象す。だから天と相通じ、しかして吸する所の気は心に帰蔵す。《管子》は則ち脾は土に属し、鼻子は面部の正中に長ず。土は中央に居るがゆえに、鼻子を拿げて以て脾の外候と為す。

《甲乙》以脾應口,道家以肺應口,與《管子》同。《甲乙》以脾應口者,口是出納之門,脾為受盛之所,口能論說,脾能消化,故以相通。道家以肺應口者,肺,金也,金能斷割,口有牙齒,亦能決斷,是金象也。《管子》之意,恐亦然也。

《甲乙経》は口を以て脾に応じ、道家は口を以て肺に応ず。この一点は道家は《管子》と相同じ。《甲乙経》の口は脾に応ずという所以は、口は飲食の出納する門戸で、脾は受納盛貯の処所である。口は能く議論言説し、脾は能く水穀を消化す。功用は相通ず。道家の口は肺に応ずという所以は、肺は金に属し、金は能く截断し、しかして口中に牙歯あり、また能く物を咬断す。正に金の象徴である。《管子》の口を肺に配するは、用意はおそらくもまたここに在る。

《甲乙》以舌應心,道家以舌應脾,《管子》以心應下竅。《甲乙》以舌應心者,凡資身養命,莫過五味;辨了識知,莫過乎心。五味之入,猶舌知之;萬事是非,猶心鑑之。心欲有所陳,舌必言之,故心應以舌。道家以舌應脾者,脾者,陰也。《老子經》云:地飴人以五味,從口入,藏於胃。舌之所納,則有津實。地體既是質實,品味皆地所產,故舌與地通也。《管子》心應下竅者,以心能分別善惡,故通下竅,除滓穢也。

《甲乙経》は舌を以て心に応じ、道家は舌を以て脾に応じ、《管子》は則ち下竅を以て心に応ず。《甲乙経》の舌は心に応ずという所以は、身体を供養し性命を維持するは五味より要紧なるなきがゆえに、しかして辨別認知の能力は心より要紧なるなし。五味が口に入るは全く舌頭を靠って分辨し、万事の是非は全く心を靠って鑑別す。心裏に陳説せんと欲する有れば、必ず舌頭に由りて講出すを得。だから心と舌とは相応ず。道家の舌は脾に応ずという所以は、脾は陰に属すがゆえ。《老子》経中にいう、地は五味を以て人に喂养し、口より進入し、胃裏に蔵る、と。舌の承納する所の物は津液実質を帯び、しかして地体はもとより質実なり。各種の滋味はまたみな地裏の産する所。だから舌と地と相通ず。《管子》の心は下竅に応ずというは、心は能く善悪を分辨するがゆえに、下に谷道に通じて、以て渣滓汚穢を排除す。

五藏候在五官,口舌二官共在一處,餘不共者。口是脾候,脾,土也;舌是心候,心,火也。共處者,土寄治於火鄉也。舌在口內者,火於五行不常見也,須之則有,不用則隱,如舌在口內,開口卽見,閉口則藏。又,心為身之主,貴故在內也。土王四季,故曰四合也。《甲乙》、《素問》是診候之書,故從行實而辨;《道經》、《管子》各以一家之趣。

五臓の徴候は五官の上に顕現す。その中、口と舌の両官は同じく一処に在り、其余の各官はみな相重叠せず。口は脾の外候で、脾は土に属す。舌は心の外候で、心は火に属す。二者の同じく一室に処する所以は、土の「火郷に寄治す」がゆえである。――五行の寄王の法に按れば、土に自己の専位なく、火に隨って南方に寄旺す。だから脾の官竅と心の官竅とは合して一つとなる。舌の口内に蔵るる所以は、火は五行中に常に形を顕さざるがゆえである。それを要すればそれはすなわち在り、用いざれば隠伏す。正に舌頭の口中に在りて、口を張れば便ち見え、口を閉じれば蔵るるがごとし。さらに、心は一身の主で、位は尊し。だから内に居る。土は四季の末に旺んず。だからそれを「四合」といい、四方にみなそれの一份あり。《甲乙経》《素問》は診断治療を講ずる書で、だから臨床の実効に按って分辨す。《道経》と《管子》は則ち各々自家の旨趣に按って説を立つ。必ずしも一致を強求するを要せず。

六府者,《河圖》云:肺合大腸,大腸為傳道之府;心合小腸,小腸為受盛之府;肝合膽,膽為中精之府;脾合胃,胃為五穀之府;腎合膀胱,膀胱為津液之府;三焦孤立,為中瀆之府。《甲乙》、《素問》說同。大腸為傳道之府者,肺通於鼻,鼻出入氣,大腸傳道五穀氣之道,故為其府。小腸為受盛之府者,心通於舌,舌進五味,小腸納之,故為受盛之府也。膽為中精府者,肝通於目,目是精明之物,又精神之主,故曰為中精府也。胃為五穀府者,脾通於口,口入五穀而胃受之,故為其府。

さらに六腑と五臓の表裏配合を言う。《河図》にいう、肺と大腸と相配す。大腸は「伝道の腑」で、伝送輸導を主る。心と小腸と相配す。小腸は「受盛の腑」で、承受盛納を主る。肝と胆と相配す。胆は「中精の腑」で、精明の気を蔵す。脾と胃と相配す。胃は「五穀の腑」で、飲食を容納す。腎と膀胱と相配す。膀胱は「津液の腑」。ただ三焦のみ相配する臓なく、孤零零として独立し、「中瀆の腑」と称し、たとえば人身中の溝渠水道のごとし。《甲乙経》と《素問》の説法はこれと相同じ。以下に逐條に理由を講ず。大腸の伝道の腑と称する所以は、肺は鼻に通じ、鼻は気の出入を主り、しかして大腸は正に五穀の気を伝送する通道で、だって肺の腑と配作す。小腸の受盛の腑と称する所以は、心は舌に通じ、舌は五味を進納し、五味は下行して小腸に由りて承受せらる。だから受盛の腑と呼ぶ。胆の中精の腑と称する所以は、肝は眼に通じ、眼は精明の物で、また精神の主宰で、だって胆は中精を蔵すという。胃の五穀の腑と称する所以は、脾は口に通じ、口は五穀を納入して胃に由りて承受消化せらる。だから脾の腑と配作す。

膀胱為津液之府者,腎是水藏,膀胱空虛受水,水清氣則為津液,濁氣則為涕唾,故以為其府。三焦為中瀆府者,五藏各合一府,三焦獨無所合,故曰孤立,處五藏之中,通上下行氣,故為中瀆府也。五藏而有六府,亦如六氣因五行生也,又如五性生六情也。

膀胱の津液の腑と称する所以は、腎は水臓で、膀胱は中空にして能く水液を容受す。水中の清の部分は化して津液と為り、濁の部分は化して涕唾と為る。だから腎の腑と配作す。三焦の中瀆の腑と称する所以は、五臓は各々一腑に配するに、独り三焦のみ配すべき臓なく、だってそれを「孤立」という。それは五臓の間に処し、上下貫通して以て気機を運行し、開通せる溝渠のごとし。だから中瀆の腑と呼ぶ。五臓にして六腑を配出すに、数目は必ずしも相等しからず。これは正に六気の五行に依りて生ずるがごとく、また五性の能く六情を生出するがごとし。

《素問》云:皮應大腸,其榮毛,主心;脈應小腸,其榮色,主腎;筋應膽,其榮爪,主肺;肉應胃,其榮唇,主肝;腠理毫毛應三焦膀胱,其榮髮,主脾。皮應大腸,其榮毛,主心者,心是身之君,皮是身之城郭,毛是身之羽衛,大腸是氣之道路也,故並相通。心是火藏,大腸是金府,故以配焉,丙辛之所主也。

《素問》はさらに六腑を形体の各部に配す。皮は大腸に応じ、その栄華は毫毛に顕れ、主る所は心。脉は小腸に応じ、その栄華は気色に顕れ、主る所は腎。筋は胆に応じ、その栄華は指甲に顕れ、主る所は肺。肉は胃に応じ、その栄華は口唇に顕れ、主る所は肝。腠理毫毛は三焦と膀胱に応じ、その栄華は頭髪に顕れ、主る所は脾。蕭吉は逐條に理由を講ず。皮は大腸に応じ・栄は毛に在り・心を主る。心は一身の君、皮は一身の城牆、毛は一身の羽林衛士、大腸は気行の道路で、四者は彼此相通ず。心は火臓で、天干は丙に配す。大腸は金腑で、天干は辛に配す。丙辛は相合す。だからそれらを一組に配成す。

脈應小腸,其榮色,主腎者,腎,水也,脈是血之溝渠,通流水,氣色是人之光采,血氣若盛,則容色壯悅,血氣若衰,則容顏枯悴。腎為水藏,小腸既受盛容著水氣,又是火府,故以配之,丁壬所主也。筋應膽,其榮爪,主肺者,筋是皮內之剛強也,爪是皮外之剛利也。肺是金藏,膽有剛精之性,又是木府,故以相配,乙庚所主也。

脉は小腸に応じ・栄は気色に在り・腎を主る。腎は水に属し、しかして脉は血液の流行する溝渠で、通流する所は正に水液である。気色は則ち人の光采で、血気充盛すれば容色は壮健悦沢し、血気衰敗すれば容顔は枯槁憔悴す。腎は水臓で、天干は壬に配す。小腸はすでに水気を承受盛貯し、本身はまた火腑で、天干は丁に配す。丁壬は相合す。だから一組に配成す。筋は胆に応じ・栄は指甲に在り・肺を主る。筋は皮肉の内の剛強の物で、指甲は皮肤の外の剛利の物である。肺は金臓で、天干は庚に配す。胆は剛勁精明の性あり、また木腑で、天干は乙に配す。乙庚は相合す。だから一組に配成す。

肉應胃,其榮唇,主肝者,胃能消化五穀精氣為肉,五穀從口而入,故榮潤在唇。肝是木之藏,仁而能生,胃是土府,故以相配,甲己所主也。腠理毫毛應三焦膀胱,其榮髮,主脾者,毫毛因藉津潤,腠理本自開通。脾,受資味之所,因資味而得津潤開通,因津潤開通而生毛髮。書云:髮是血之餘。脾是土之藏,三焦、膀胱併為水之府,故以相配,戊癸所主也。

肉は胃に応じ・栄は口唇に在り・肝を主る。胃は能く五穀の精気を消化して肌肉と成すに、しかして五穀は口より進入す。だからそれの栄潤は嘴唇の上に顕現す。肝は木臓で、天干は甲に配し、性は仁にして能く生養す。胃は土腑で、天干は己に配す。甲己は相合す。だから一組に配成す。腠理毫毛は三焦膀胱に応じ・栄は頭髪に在り・脾を主る。毫毛は津液の滋潤を靠要し、腠理はもとより開通する。脾は飲食滋味を承受する所在で、飲食の味を靠って津潤と開通を得、また津潤開通を靠って毛髪を生出す。古書にいう、頭髪は血の余気、と。脾は土臓で、天干は戊に配す。三焦と膀胱はみな水腑で、天干は癸に配す。戊癸は相合す。だから一組に配成す。

脾配二府,餘四藏各配一府者,脾是土藏,土為君道,君卽陽也,陽數一,故藏不二也;三焦、膀胱並是水府,水為臣道,臣卽陰也,陰數偶,故府有二也。《管子》曰:脾生骨,腎生筋,肺生革,心生肉,肝生爪髮。《元命苞》云:肝生筋。脾生骨者,脾,土也,土能生木,骨是身之本,如木立於地上能成屋室,故脾生之。

なにゆえ脾の一臓は両箇の腑を配し、其余の四臓は各々一腑を配するか。脾は土臓で、土は君道を象徴し、君はすなわち陽で、陽数は一(奇数)。だから臓のこの辺は両箇ありえないがゆえ。三焦と膀胱はみな水腑で、水は臣道を象徴し、臣はすなわち陰で、陰数は偶。だから腑のこの辺は両箇ありうるがゆえ。《管子》は別に一組の「五臓の生ずる所」の説法あり。脾は骨を生じ、腎は筋を生じ、肺は革(皮)を生じ、心は肉を生じ、肝は爪と髪を生ず。《春秋元命苞》は則ち肝は筋を生ずという。蕭吉は逐條にその理を疏通す。脾の骨を生ずるは、脾は土に属し、土は能く木を生じ、しかして骨は身体の支柱で、たとえば木料が地上に立ってこそ屋宇を架起しうるがごときがゆえに、脾に由りて生ずる所と為す。

腎生筋者,筋是骨之經絡,脈以流注,筋以相連節,並通血氣,腎水故生之。肺生革者,肺,金也,金能裁斷,革亦限斷,故肺生之。心生肉者,心,火也,肉是身之土地,故心生之。肝生爪髮者,肝,木也,爪是骨之餘,髮是血之餘,皆水木之氣,故肝生之。《元命苞》云以肝生筋,亦木氣之義,筋有枝條,象於木也。

腎の筋を生ずるは、筋は骨骼の経絡なれば。脉はそれを靠って流注し、筋は各処の関節を連綴し、一併に血気を貫通す。腎は水に属して流通を主る。だから腎に由りて生ずる所と為す。肺の革を生ずるは、肺は金に属し、金は能く裁断し、しかして皮革にもまた界限断割の義あるがゆえに、肺に由りて生ずる所と為す。心の肉を生ずるは、心は火に属し、肌肉はたとえば身体の土地のごとく、火は能く土を生ずるがゆえに、心に由りて生ずる所と為す。肝の爪髪を生ずるは、肝は木に属すれば。指甲は骨の余気、頭髪は血の余気で、みな水木の気に属す。だから肝に由りて生ずる所と為す。《春秋元命苞》の肝は筋を生ずというも、同じく木気の義を取る。――筋は樹木のごとく枝條脉络を分出すがゆえ。

《河圖》云:仁慈惠施者,肝之精,悲哀過度則傷肝,肝傷則令目視芒芒;禮操列真,心之精,喜怒激切傷心,心傷則疾衂吐逆;和厚篤信者,脾之精,縱逸貪嗜則傷脾,脾傷則畜積不化,致否結之疾;義惠剛斷,肺之精,患憂憤勃則傷肺,肺傷則致欬逆失音;智辨謀略,腎之精,勞欲憤滿則傷腎,腎傷則喪精損命。

《河図》は五臓の精と情志・病変とを連ねて言う。人と為りて仁慈にして施を好むは、肝の精気の致す所。悲哀が度を過ぐればすなわち肝を傷り、肝はひとたび傷られば、眼睛の物を看るは茫然として模糊す。礼を守り操行し、位列真誠なるは、心の精気の致す所。喜怒の激烈に過ぐればすなわち心を傷り、心はひとたび傷られば、すなわち常に鼻血を流し嘔吐気逆す。人と為りて和順敦厚・篤実守信なるは、脾の精気の致す所。放縦安逸・口腹に貪ればすなわち脾を傷り、脾はひとたび傷られば、飲食は積滞して化せず、痞結の病と為る。義を持して恵を施し、剛毅果断なるは、肺の精気の致す所。憂患憤懣勃発すればすなわち肺を傷り、肺はひとたび傷られば、すなわち咳嗽気逆し声音嘶啞す。明智善辨・謀略多きは、腎の精気の致す所。労役縦欲・憤懣満懐すればすなわち腎を傷り、腎はひとたび傷られば、すなわち精気を喪失し寿命を折損す。

此豈直違五常而損年命,亦破六情以亡國家也。至如桀、紂兩帝,並貪縱而喪其邦;梁、竇二臣,亦皆奢逸而傾其家。雖彭子以色延命,齊王因怒袪病,如此異轍,皆有調節之宜。節之則四大獲安,縱之則五藏成患。

これらの危害は五常に違背して寿命を折損するのみならず、なお六情を毀壊して以て亡国敗家に致る。譬えて夏桀・商紂の両帝王は、みな貪婪放縦に因りて邦国を喪失せり。東漢の梁冀・竇憲の両権臣も、またみな奢侈淫逸に因りて家門を傾覆せり。もちろん反例もまたあり。彭祖は房中の術を靠って寿命を延長し、斉王は一場の大怒に因りてかえって痼疾を去掉せり(文摯が故意に斉王を激怒せしめて以てその病を治したる旧事を指す)。これらの看似相反する路数は、帰根到底はみな「調節して宜を得」の四個字を出でず。節制を懂れば、則ち地・水・火・風の四大は安穏なり。一味に放縦すれば、五臓はすなわちみな禍患と成る。

《素問》云:肝者為將軍之官,謀慮出焉;心者為君主之官,神明出焉;脾者倉廩之官,五味出焉;肺者相傅之官,治節出焉;腎者作強之官,伎巧出焉。肝者為將軍之官、謀慮出者,木性仁,仁者必能深思遠慮,恆欲利安萬物;將軍為行兵之主,必以謀慮為先。故兵書曰:兵以仁舉,則無不從;得之以仁分,則無不從悅。又曰:將無謀則士卒憂,將無慮則士卒去。故肝為將軍,出謀慮也。

《素問・霊蘭秘典論》は朝廷の官職を拿げて五臓の職能に比す。肝は将軍の官で、謀慮はそれより産生す。心は君主の官で、神明はそれより産生す。脾は倉廩の官で、五味はそれより産生す。肺は相傅の官で、治理節度はそれより産生す。腎は作強の官で、技巧はそれより産生す。蕭吉は逐條に解説す。肝の将軍の官にして謀慮を出だす所以は、木性は仁を主り、仁者は必ず能く深思遠慮して、総じて万物をして利安寧を得しめんと想い、将軍は兵を統べる主帥で、兵を用うるは必ず謀慮を以て先と為すがゆえ。だから兵書の上にいう、軍隊は仁義の名義を打ちて兵を興せば、服せざる人なし。仁義を用いて所得を分配せば、心説せざる人なし、と。またいう、主将に謀略なければ、士卒はすなわち憂懼し、主将が思慮を加えざれば、士卒はすなわち離散す、と。因って肝を将軍に比し、それより謀慮を発出せしむ。

心為主守之官,神明出者,火,南方陽光輝,人君之象。神為身之君,如君南向以治。《易》以離為火,居太陽之位,人君之象。人之運動、情性之作,莫不由心,故為主守之官,神明所出也。脾為倉廩之官,五味出者,萬物生則出土,死亦歸之,五穀之入,脾以受之,故五味之出,亦由於此也。

心の主守の官にして神明を出だす所以は、火位は南方に在り、陽光は照耀す。正に人君の象である。神は一身の君で、たとえば君主の南に面して天下を治むるがごとし。《周易》は離卦を以て火と為し、太陽の位に居る。もまた人君の象である。人の一切の挙動・情性の発作は、心より起こらざるなし。だからそれを主守の官と称し、神明はここに由りて発出す。脾の倉廩の官にして五味を出だす所以は、万物は生長する時は土裏より長出し、死亡した後もまた土に帰還す。五穀は食い下せば脾に由りて承受運化せらる。だから五味の化生もまたここに出づ。

肺為相傅之官,治節出者,金能裁斷,相傅之任明於治道,上下順教,皆有禮節,肺於五藏,亦治節所生。《樂緯》云:商者,章也,臣章明君德,以齊上下,相傅賢所由也。腎為作強之官,伎巧出者,水性是智,智必多能,故有伎巧,功則自強不息也。

肺の相傅の官にして治節を出だす所以は、金は能く裁断し、しかして宰相太傅の職任は正に治国の道を通暁し、上下をして教令に順从し樣樣礼節に合せしむるに在り。肺は五臓の中に在りても、また治理節度の発源の処である。《楽緯》に「商はすなわち章」という。臣子は君主の徳行を彰明し、以て上下を斉整するを要す。――肺は金に属して商音を主る。だから相傅の一類の賢臣は正にここに由りて来るという。腎の作強の官にして技巧を出だす所以は、水性は智を主り、智慧ある人は必ず多才多能。だから能く技巧を出だす。功を用いて懈らざれば、能く自強息まざるを得。

《八十一問》曰:藏各有一,腎獨兩者何也?左者腎,右者命門,命門者,精神之所會也。《河圖》云:肝心出左,脾肺出右,腎與命門並出尺部,此脈候也。問曰:前解雲腎陰故雙,今言左腎右命門,此豈不自乖張乎?答曰:命門與腎,名異形同,水藏則體質不殊,故雙,主陰數;為名則左右兩別,故各有所主。猶如三焦、膀胱俱是水府,不妨兩號。

《八十一難経》は問う、其余の各臓はみな一箇あるのみにして、独り腎のみ両箇あり。なにゆえぞ。答えていう、左辺のはこそ腎と呼び、右辺のは「命門」と呼ぶ。命門は精と神と会聚する所の地方である。《河図》にいう、肝・心の脉象は左手に出現し、脾・肺は右手に出現し、腎と命門はみな尺部に出現す。――これは脉診の部位に就いていう。そこでまた或る人問う、前面に腎は陰に属し陰数は偶なるがゆえに双を成すと解釈せり。今はしかれども左は腎右は命門という。豈に自家矛盾にあらざらんや。回答は、命門と腎とは名称は同じからずとも形質は相同じ。同じく水臓に属すに就いていえば体質は並びに差別なし。だからそれを双を成すというは、取るは陰数である。名目に就いていえば則ち左右の分あり。だから各々各々の主る所あり。これはたとえば三焦と膀胱とが同じく水腑なるも、また妨げず各々名号あるがごとし。

《老子經》及《素問》云心藏神者,神以神明照了為義,言心能明瞭萬事。神是身之君,象火,已如前解。腎藏精者,精以精靈叡智為稱,亦是精智氣,腎水智巧,故精藏焉。脾藏志者,脾土主總四行,多所趣向,志以心願趣向為目,故藏於脾。肝藏魂者,魂以運動為名,肝是少陽,陽性運動,木性仁,故魂亦主善,故藏於肝焉。肺藏魄者,魄以相著為名,肺為少陰,陰性恬靜,金主殺,魄又主惡,故以藏之。五藏所主,乃以神、精、志、魂、魄五種,就陰陽論,唯有二別,陽曰魂,陰曰魄。

《老子》経と《素問》とはみな心は神を蔵すという。「神」は神明照察して了了分明の義を取る。言うは心は能く万事を明了す。神は一身の君で、火に取象す。前面ですでに解釈せり。腎は精を蔵すという。「精」は精霊叡智の称を取る。すなわち精微の智気である。腎は水に属して智巧を主る。だから精は腎裏に蔵る。脾は志を蔵すという。脾は土に属し、其余の四行を総管し、趨向は繁多にして、しかして「志」は正に心愿趨向を以て名目と為す。だから脾裏に蔵る。肝は魂を蔵すという。「魂」は能く運動するを以て名と為す。肝は少陽に属し、陽性は動を主り、木性は仁を主る。だから魂もまた善を主る。因って肝裏に蔵る。肺は魄を蔵すという。「魄」は形体に附着するを以て名と為す。肺は少陰に属し、陰性は恬静にして、金は粛殺を主り、魄はまた悪を主る。だから肺裏に蔵る。五臓の主る所は、すなわち神・精・志・魂・魄のこの五樣で、合して「五神」と称す。それらはすなわち五臓に隨って五に分かるるに、もしただ陰陽に按って帰併せば、則ち不過両類のみ。陽に属するは一槪に魂と呼び、陰に属するは一槪に魄と呼ぶ。

河上公章句云:五氣清微,為精神、聽明、音聲、五性,其鬼曰魂。魂者,雄也,主出入於鼻,與天通。五味濁溽,為形骸、骨肉、血脈、六情,其鬼曰魄。魄者,雌也,出入於口,與地通。《家語》曰:宰我問孔子曰,聞鬼神之名,而不知其所謂。孔子曰:人生有氣,魂氣者,神之盛也;魄氣者,鬼之盛也。人生有死,死必歸土,此謂之鬼;魂氣歸乎天,此謂之神。合鬼與神而享之,教之至也。骨肉斃乎下,化為野土,其氣發揚乎上,此神之著也。聖人因人物之情,而明命鬼神,以為民則。燔燎羶薌,所以報氣也;薦黍稷,修肺肝,加以鬱暢,所以報魄也。

河上公《老子章句》にいう、五行の気は清軽微妙にして、化して人の精神・聴覚視覚・声音と五性と成る。その神霊を「魂」と呼ぶ。魂は雄(陽)に属し、鼻孔より出入することを主り、天と相通ず。五味は濁重湿潤にして、化して人の形骸・骨肉・血脉と六情と成る。その神霊を「魄」と呼ぶ。魄は雌(陰)に属し、口より出入し、地と相通ず。《孔子家語》は記載す、宰我は孔子に問うていう、常に「鬼神」のこの名称を聞くに、しかれども究竟何を指すか明白せず、と。孔子にいう、人は生きればすなわち気あり。魂気は神の極盛、魄気は鬼の極盛。人生は必ず一死あり、死した後は必ず土に帰す。これをすなわち「鬼」と呼ぶ。魂気は上に天に帰す。これをすなわち「神」と呼ぶ。鬼と神とを合わせて一同に祭享するは、教化の極致である。骨肉は地下に倒斃して、化して野土と為るに、しかしてその気は上に向かって発揚す。これがすなわち神の顕現である。聖人は人情物理に依って、明白に鬼神に名を定め、以て百姓を教導する準則と為す。牲脂を焚焼して香気を上騰せしむるは、以て魂気に報答するを用いる。黍稷を進献し肺肝の牲を整治し、さらに郁鬯香酒を加うるは、以て魄に報答するを用いる。

《漢書·五行志》云:人命終而形藏,精神散越,聖人為之宗廟,以收魂氣,春秋祭祀,以修孝道。《尸子》曰:鬼,歸也,古者謂死人為歸人。《淮南子》曰:人精神者,天之有也;骸骨者,地之有也。精氣入其門,而骸骨反其根。又云:天氣為魂,地氣為魄。《禮記·郊特牲》云:凡祭慎諸此,魂氣歸乎天,形魄歸乎地,故祭求諸陰陽之義。故氣之清者曰神,卽陽魂也;氣之濁者曰鬼,卽陰魄也。

《漢書・五行志》にいう、人は寿が終った後、形体は埋藏され、精神は消散し飛越す。聖人はここに由りて彼のために宗廟を建立して以て魂気を収摂し、春秋の両季に祭祀を挙行し、これを以て孝道を修行す。《尸子》にいう、「鬼」とはすなわち「帰」で、古人は死去した人を「帰人」と呼んだ、と。《淮南子》にいう、人の精神は天に属するもので、骸骨は地に属するものである。人が死した後、精気はそれが進入したあの道の門に帰り、骸骨は則ちそれの出た本根に返回す。またいう、天の気は化して魂と為り、地の気は化して魄と為る、と。《礼記・郊特牲》にいう、凡そ祭祀はみなこの一点に留心するを要す――魂気は上に天に帰し、形魄は下に地に帰す。だから祭祀は分別して陰・陽の両処に向かって求めるを要す。因って、気の清なるを「神」と呼び、すなわち陽魂。気の濁るを「鬼」と呼び、すなわち陰魄。

延陵季子葬其子於嬴博之間云:骨肉歸乎土,命也;魂氣無不之。《越記》云:王問范子曰,寡人聞失其魂魄者死,得其魂魄者生也,物皆有之,將人乎?范蠡對曰:魄者,囊也;魂者,生氣之源。又云:魂者,生氣之精;魄者,死氣之舍。《韓詩》云:溱洧有二水,三月上巳,鄭國常於此水上招魂續魄。《左傅》昭二十五年,宋公燕,使叔孫昭子右坐,語相泣,樂祁子曰:今君與叔孫皆死乎!心之精爽,是謂魂魄,魂魄去之,何以能久?此並明人身有魂魄二別。

呉国の延陵季子(季札)は兒子を嬴・博の两地の間に葬る時にいう、骨肉は泥土に帰還す。これは命である。魂気に至っては、則ち往きて可ならざる処なし、と。《越絶書》は越王が范蠡に問うを記していう、寡人は聞くに魂魄を失った人はすなわち死し、魂魄を保ち得る人はすなわち活きると。万物はみな魂魄あるか、それともただ人のみ有するか。范蠡は回答す、魄はたとえば一只の口袋のごとく、形体を盛載する容器である。魂は則ち生気の源頭である。またいう、魂は生気の精華、魄は死気の居所である。《韓詩》にいう、溱水・洧水のこの両条の河は、三月の上巳のあの日、鄭国人は常に水辺にて招魂続魄の祓禊の俗を挙行す。《左伝》昭公二十五年は記載す、宋元公は宴を設け、叔孫昭子をして右席に坐らせ、両人は話を説いて相対して涙を流す。楽祁子は便ちいう、今年は国君と叔孫とはおそらくみな死せんとするであろう。心の精爽をすなわち魂魄と呼ぶ。魂魄が彼らを離れ去れば、なおどうして長く活きることを得んや。以上のこれらの記載は、みな人の身上に魂・魄の両樣の物の分別あるを説明す。

《老子經》云魂藏肝、魄藏肺者,魂既屬天,天氣為陽,陽主善,尚左,居肝,在東方木位;魄既屬地,地氣為陰,陰主惡,尚右,故居肺,在西方金位。《老子》云:吉事尚左,凶事尚右。亦云五氣藏於心、五味藏於胃者,此論氣則是陽,以藏受之,心為火藏,陽氣所處;味則是陰,以府受之,胃為五穀之府,味之所處。心主精神,胃主受納,不乖魂魄陰陽之理。

《老子》経は魂は肝に蔵れ魄は肺に蔵るという。その理由は、魂はすでに天に属し、天気は陽で、陽は善を主りて左辺を崇尚す。だから肝に住す。肝は東方の木位に在る。魄はすでに地に属し、地気は陰で、陰は悪を主りて右辺を崇尚す。だから肺に住す。肺は西方の金位に在る。《老子》本文は正に「吉事は左を尚び、凶事は右を尚ぶ」という。経中にまたいう、五気は心に蔵れ五味は胃に蔵る。気は陽に属す。だから臓に由りて承受せらる。心は火臓で、正に陽気の処する地である。味は陰に属す。だから腑に由りて承受せらる。胃は五穀の腑で、正に滋味の処する地である。心は精神を主管し、胃は受納を主管す。この如き安排は魂魄が陰陽に分属するの道理と並びに衝突せず。

又云魂有三、魄有七者,陽數奇,陰數偶。奇數始於一,一則元氣,魂雖是陽,非曰始元,一後次三,故魂數三。又云:因天地二氣合而生人,人又一氣,三材各一氣,故魂有三。陰數二,二亦陰之始,魄雖是陰,又非元始,次二後四,陰不孤立,必資於陽,就魂之三,合而成七。

経中にまたいう、魂は三個あり魄は七個あり。その推算の理由は、陽数は奇で陰数は偶である。奇数は一より頭を起こし、「一」は元気を代表す。魂は陽に属するといえども、最初の元と算すること能わず。一の後に依りて次いで数えて三に至る。だから魂の数目は三である。別の一説にいう、天地の二気は交合して人を生じ、人の自身もまた一気あり。天・地・人の三才は各々一気を占む。だから魂は三個あり。陰数は二より頭を起こす。二もまた陰の開端である。魄は陰に属するといえども、同じく最初の元始にあらず。二の後に依りて次いで数えて四に至る。しかして陰は孤零零として存在する能わず、必ず陽に凭藉するを要す。そこで陰に属する四と前面の陽に属する三とを相加して、合して七と為す。これがすなわち七魄の数の来歴である。

又一解云:魂在東方,取震數三;魄居西方,取兌數七。三魂七魄,合而為十,是應天五行、地五行,兩五合為十,共成人也。五是天五氣、地五味也。《春秋緯》云:人感十而生,故十月方生也。又云魂有五、魄有六者,此乃道家《三皇經》,以五藏神為五魂,六府神為六魄,此亦五行六氣之義也。魂魄,人之本,既配府藏,故釋之。《甲乙》云:魂屬精,魄屬神。

さらに一種の解釈あり。魂は東方に在りて、震卦の数三を取る。魄は西方に在りて、兌卦の数七を取る。三魂に七魄を加えて合して十と成す。正に天に五行あり地に五行あるに応じ、両個の五は相合して十と為り、合わせて一個の人を成就す。ここの「五」は、天の五気と地の五味とを指す。《春秋緯》にいう、人は十のこの数を感受して生ず。だって懐胎は十箇月に満ちてこそ降生す。経中にまた魂は五個あり魄は六個ありという者あるは、それは道家《三皇経》の講法で、五臓の神を以て五魂と為し、六腑の神を以て六魄と為す。これも同じく五行・六気の道理を出でず。魂魄は人の根本で、すでに臓腑に配属するを要するに、だからここに一併に解釈を加える。《甲乙経》は則ち別に一説あり、魂は精に属し魄は神に属す、と。

第十四 雑配を論ず・第五 五常を論ず

五常者,仁、義、禮、智、信也。行之終久,恆不可闕,故名為常;亦云五德,以此常行,能成其德,故云五德。而此五德,配於五行。鄭玄注《禮記·中庸》篇云:木神則仁,金神則義,火神則禮,水神則信,土神則智。《詩緯》等說亦同。毛公傳說及京房等說,皆以土為信,水為智。

「五常」とはすなわち仁・義・礼・智・信のこの五種の品行である。長久に奉行して一刻も缺少すべからず。だって「常」と呼ぶ。また「五徳」とも呼ぶ。常にそれに照って做せば能く徳行を成就するがゆえに、五徳と称す。この五徳は五行と相配するを要す。鄭玄の《礼記・中庸》篇の注にいう、木の神性は仁、金の神性は義、火の神性は礼、水の神性は信、土の神性は智、と。《詩緯》の一類の緯書の説法はこれと相同じ。しかして毛公《詩伝》の一派および京房等の人の説法は、則ちみな土を信に配し水を智に配す。――両派の分歧はただ水・土の両行の上に在るのみで、恰好互相交換す。

《漢書·天文志》云:歲星於人,五常,仁也;五事,貌也。仁虧貌失,逆春令,傷木氣,罰見歲星。熒惑於人,五常,禮也;五事,視也。禮虧視失,逆夏令,傷火氣,罰見熒惑。太白於人,五常,義也;五事,言也。義虧言失,逆秋令,傷金氣,罰見太白。辰星於人,五常,智也;五事,聽也。智虧聽失,逆冬令,傷水氣,罰見辰星。鎮星於人,五常,信也;五事,思也。仁義禮智,以信為主;貌言視聽,以思為正。四事皆失,鎮星乃為之動。按毛公及京房、漢史,皆以土為信,可謂其當,所以然者。

《漢書・天文志》は五星に按って説を立て、五常を《尚書・洪範》の「五事」(貌・言・視・聴・思)と一併に配し上ぐ。木星(歳星)は人事の上において、五常は仁に対応し、五事は容貌に対応す。仁徳に亏あって儀容に度を失えば、すなわち春天の政令に違逆して木気を傷り、天罰は便ち歳星の上に顕現す。火星(熒惑)は礼と視とに対応す。礼に亏あって看ること明白ならざれば、すなわち夏令に違逆して火気を傷り、天罰は熒惑の上に顕現す。金星(太白)は義と言とに対応す。義に亏あって言語が失当なれば、すなわち秋令に違逆して金気を傷り、天罰は太白の上に顕現す。水星(辰星)は智と聴とに対応す。智に亏あって聴くこと聡敏ならざれば、すなわち冬令に違逆して水気を傷り、天罰は辰星の上に顕現す。土星(鎮星)は信と思とに対応す。仁義礼智の四徳は信を以て主宰と為し、貌言視聴の四事は思を以て準繩と為す。だから必ずこの四事が全く失当せられてこそ、鎮星はそれがために変動す。これに照らして看れば、毛公・京房と《漢書》とはみな土を信に配してこそ、配して妥当と算する。理由は下文に見る。

夫五常之義,仁者以惻隱為體,博施以為用;禮者以分別為體,踐法以為用;智者以了智為體,明睿以為用;義者以合義為體,裁斷以為用;信者以不欺為體,附實以為用。其於五行,則木有覆冒滋繁,是其惻隱博施也;火有滅暗昭明,是其分別踐法也;水有含潤流通,是其了智明睿也;金有堅剛利刃,是其合義裁斷也;土有持載含容,以時生萬物,是其附實不欺也。

五常の含義は各々本体と功用の両面あり。仁は惻隠の心を以て本体と為し、広く恩惠を施すを以て功用と為す。礼は等差を分別するを以て本体と為し、法度を践行するを以て功用と為す。智は明了通達を以て本体と為し、明察叡断を以て功用と為す。義は道義に合乎するを以て本体と為し、裁断取舍を以て功用と為す。信は欺かざるを以て本体と為し、実際に切合するを以て功用と為す。五行の上に落実して看れば、木は能く覆蓋遮蔽し滋生繁茂す。これは正に惻隠博施に合す。火は能く黒暗を駆除し四方を照明す。これは正に分別践法に合す。水は能く含蓄滋潤し流通して滞らず。これは正に明了叡智に合す。金質は堅硬剛強にして鋒利の刃口あり。これは正に合義裁断に合す。土は能く承載包容し時節に按って万物を生養す。これは正に切実不欺に合す。見えるに土を信に配し水を智に配してこそ理に相符す。

鄭玄及《詩緯》以土為智者,以能了萬事莫過於智,能生萬物莫過於土,故以為智;水為信者,水之有潮,依期而至,故以水為信。此理寘證狹,於義乖也。其於五經,則仁以配《易》,其位東方;禮以配火,其位南方;義以配傳,其位西方;智以配《詩》,其位北方;信以配《尚書》,其位中央。

鄭玄と《詩緯》は土を智に配す。その理由は、能く万事を了達するは智に若くなく、能く万物を生養するは土に若くない。だから土を以て智と為す。水を信に配する理由は、海水に潮汐ありて、期に按って漲落して従来約を失わず。だから水を以て信と為す。ただしこの組の道理の依拠する例证はあまりに狭窄にして、義理において講じて通らず。五常と五経の配属に至っては、仁は《周易》に配し、方位は東。礼は《礼》経に配し(底本はここに「火」と作るが、上下文に拠れば《礼》を指すに当たる)、方位は南。義は《春秋》に配し(文中は「伝」と称す)、方位は西。智は《詩経》に配し、方位は北。信は《尚書》に配し、方位は中央。

《易》配東方仁者,《易》是創制之書,包括萬有,有變易之義。東方,四時之始,仁化能生,易故就新。又帝出震始作八卦,故以配仁。禮配南方者,禮能齊上下之法,別貴賤之差,君臣父子,莫不以禮節之,如火能成就五味,明照萬物,故以南方配禮。

《周易》の東方の仁に配する所以は、《易》は開創制作の書で、万有を包罗し、「変易」の意思を含有す。東方は四時の起頭で、仁の化育は能く万物を生養するに、《易》もまた旧きを革除し新しきに趨向することを講ず。さらに《説卦》は「帝は震に出づ」といい、伏羲は震位より手を起こして始めて八卦を画いた。震は正に東方。だから《易》を拿げて仁に配す。《礼》の南方に配する所以は、礼は能く上下の法度を斉整し貴賤の等差を区別し、君臣父子は礼を用いて節制せざるなし。たとえば火の能く五味を烹熟し万物を照明するがごとし。だから南方を拿げて礼に配す。

傳配西方義者,《春秋》是魯史,褒貶得失。是時王道既衰,諸侯力爭,戰伐之事,靡不書之,合義者褒,失德者貶,如金以義斷,裁制萬物,故以配義。《詩》配北方智者,《詩》言其志,以為風刺,有陰微之辭,和潤人情,動鬼神,感天地,以善惡之事,吟詠於聲樂,使聞者有益於行,作者無咎於身,如水潛流,無所不潤,故以智配。

《春秋》の西方の義に配する所以は、《春秋》はもともと魯国の史書で、もっぱら善行を褒揚し過失を貶斥することに事とす。当時の王道はすでに衰微し、諸侯は武力を以て相争い、凡そ征戦の事は載せざるなし。道義に合するはすなわち褒揚し、徳行を喪失するはすなわち貶斥す。たとえば金の義を以て決断し万物を裁制するがごとし。だからそれを拿げて義に配す。《詩》の北方の智に配する所以は、《詩》は以て心志を抒発し諷諫を為すに用い、多く隠約含蓄の辞あり。それは人情を調和潤沢し、能く鬼神を感動し天地を感通し、善悪の事を声楽の中に吟詠して、聴く人をして操行に益あらしめ、作る人もまた言に因りて罪を獲るに致らざらしむ。たとえば水の地下に潜流して滋潤せざる処なきがごとし。だから智を拿げてそれに配す。

《尚書》配中央信者,此是上古之書,傳述帝王之言,信誓之事,靡不存焉,可宗尚,故如土有信,以時生物,四時所宗,故以信配。經,卽常也,亦云由也,亦云法也。述經由事,故云由也;理可法則,故云法也;常為訓典,故卽常也。然經體既為常法,其當體各備五常,事有所專,但以一方為主。未論文義,故不備說。五常之行,由經而明,故以配釋。

《尚書》の中央の信に配する所以は、それは上古の典籍で、帝王の言論を伝述し、凡そ誓約守信の事は保存せざるなし。尊崇取法するに値す。正に土の信実の徳ありて、時節に按って万物を生養し、四時の共に宗と為す所に由るがごとし。だから信を拿げてそれに配す。「経」のこの字に至っては、それ自体はすなわち「常」の意思で、また「由」と訓し、また「法」と訓す。――経由した所の事を叙述す。だって「由」という。道理は以て準則と為すを取りうる。だって「法」という。恒久に訓誡典章と為すに用いる。だからすなわち「常」である。ただし、経書の本体はすでにみな常法なれば、則ち毎一部の経の自身もまたみな五常を兼備す。ただ各々側重する所有るのみで、こそ或る一常を拿げて主と為す。ここは各経の具体の文義を討論せず。だから詳しくは舗陳せず。五常の実行は経書を靠って闡明するを要す。だから二者を配合して解説す。

第十四 雑配を論ず・第六 五事を論ず

五事者,《尚書·洪範》云:敬用五事。蓋以人事配五行也。一曰貌,以配木;二曰言,以配金;三曰視,以配火;四曰聽,以配水;五曰思,以配土。《尙書·洪範》曰:貌曰恭,言曰從,視曰明,聽曰聰,思曰叡;恭作肅,從作乂,明作哲,聰作謀,叡作聖。

「五事」は《尚書・洪範》の「敬用五事」の一語より出でて、人の行為挙止を五行の上に配したるを把う。第一件を「貌」と呼び、木に配す。第二件を「言」と呼び、金に配す。第三件を「視」と呼び、火に配す。第四件を「聴」と呼び、水に配す。第五件を「思」と呼び、土に配す。《尚書・洪範》の原文にいう、容貌は恭敬するを要し、言語は理に順うを要し、観看は明晰するを要し、聴聞は聡敏するを要し、思慮は通達するを要す。恭敬は能く厳粛を生出し、理に順うは能く治理を生出し、明晰は能く叡智を生出し、聡敏は能く謀略を生出し、通達は能く聖明を成就す。これがすなわち五事の各々の標準と効験である。

貌曰恭者,天子之恭曰穆穆,上恭肅則下敬矣。孔子曰:其行己也恭,其事上也敬。又曰:在體曰恭,加於人、施於事曰敬。貌之不恭,是謂不肅。肅,敬也。夫《洪範》所陳五事,貌為首者,於《易》貌為震,震為木,木可觀也,故經列三德而服為其上。

まず「貌は恭という」を言う。天子の恭敬は、形容すれば「穆穆」と呼ぶ。上に在る人が恭粛なれば、下に在る人は自然に敬服す。孔子にいう、彼は身を持すること甚だ恭謹にして、彼は上級に事奉すること甚だ恭敬なり、と。また一種の分別あり。自己の身上に表現するを「恭」と呼び、別人の身上に施加し事情の上に落実するを「敬」と呼ぶ。容貌が恭ならざれば、すなわち「不粛」と呼ぶ。「粛」とはすなわち敬である。《洪範》の陳列する五事は、「貌」を頭の一位に放るは、《周易》の裏において貌は震卦に属し、震は木と為り、しかして草木の形貌は最も観看に供しうるがゆえである。だって経中が三徳を列挙する時も、また儀容服飾を最前に放つ。

《詩》云:敬慎威儀,惟人之則。有威而可畏謂之威,有儀而可象謂之儀。君有威儀,其臣畏而愛之,則而象之,故能長有其國;臣有威儀,故能長守其職。君子在位可畏,施舍可愛,進退可度,周旋可則,容止可觀,作事可法,德行可象,聲氣可樂,動作有文,言語有章,以臨其下,謂之威儀。

《詩経・大雅・抑》にいう、恭敬謹慎に威儀を保持するは、こそ衆人の準則である、と。威勢ありて人をして敬畏せしむるを「威」と呼び、儀表ありて効法に供しうるを「儀」と呼ぶ。君主に威儀あれば、臣下はすなわち彼を敬畏しまた愛戴して、彼を模様を当てて仿效す。だから能く長久に国家を保有す。臣子に威儀あれば、だから能く長久に自己の職位を守住す。君子は位に居りて人をして敬畏せしめ、財物を施舍して人をして愛戴せしめ、進退は法度に合乎し、応対周旋は準則を作りうるに足り、儀容挙止は観瞻に値し、弁事は効法に供しうるに足り、徳行は取象に供しうるに足り、声音気度は人をして愉悦せしめ、動作に文采あり、言語に條理あり。――この如き姿態を以て下属に臨御するを、すなわち「威儀」と呼ぶ。

孔子曰:正其衣冠,尊其瞻視,儼然人望而畏之,不亦威而不猛。又曰:不嚴以蒞之,則人不敬。故失威儀之節,怠慢驕恣,謂之狂,狂則下不肅矣。下不敬,則上無威。夫不敬其君,不從其政,則陰氣勝。陰氣勝,則水象至,故曰厥罰常雨。雨則飢寒至,飢寒至,則上下不相信,大臣奸軌,民為寇盜。民多被刑,則其服妖。服妖者,輕剛漂泆、暴慢之服,以象風氣之化也。

孔子にいう、自己の衣冠を端正し、自己の目光を荘重し、儀態は儼然として人をして望んで畏を生ぜしむ。これはすなわち「威厳にして凶猛ならず」ではないか、と。またいう、荘重の態度を以て民に臨まざれば、百姓はすなわち敬服せざるなり、と。だってひとたび威儀の節度を喪失し、怠慢驕縦に変ずれば、すなわち「狂」と呼ぶ。君主が狂妄なれば、下面はすなわち粛敬せず。下面が敬せざれば、上面に威厳なし。臣民が君主を敬重せず政令に服従せざれば、陰気はすなわち陽気に圧過す。陰気が陽気に圧過せば、水に属する灾象はすなわち来たる。だって《洪範》に「厥の罰は常に雨」という。――この過失の招致する天罰は久雨止まずである。久雨すれば則ち飢寒交迫し、飢寒交迫すれば則ち上下互いに信任せず、ここに由りて大臣は奸邪不法にして、百姓は淪落して盗賊と為る。刑を受ける人のひとたび多ければ、すなわち「服妖」が出現す。いわゆる服妖とは、軽佻剽悍・放蕩暴慢の怪異服飾を指し、以て風気の敗壊を応験するに用いる。

言者,於《易》之道曰兌,兌曰口,言之象。人君言出令行則從。故《易》曰:悅以使民,民忘其勞;悅以犯難,民忘其死。是以明君薄斂而厚祿,賞宜從重,罰宜從輕,則順民心,故其教不肅而成,其政不嚴而治,此得民心。民心得,則眾歸之;眾歸之,則民死沒且不忘之,況乎從其令也。若君失眾心,政令不從,亢陽自消,群陰不附,而下畏君之重刑,則陽氣勝。陽氣勝則旱,故曰厥罰常暘。常暘則飢貧,飢貧不足,不足,不敢正言,則先發於歌謠之口也。氣逆則惡言至,蟲蝗生,皆口事也。

さらに「言」を言う。《周易》の体系の裏において、言は兌卦に属し、兌は口と為る。正に言語の象である。君主が話を説出すれば政令はすなわち推行を得る。これをすなわち「従」(理に順う)と呼ぶ。だって《易・兌卦・彖伝》にいう、喜悦の道を以て百姓を役使すれば、百姓はすなわち労苦を忘掉し、喜悦の道を以て彼らを帯びて難に赴かしめば、百姓はすなわち生死を忘掉す、と。因って賢明の君主は賦斂を減軽して俸禄を厚給し、賞賜は寧ろ重より、刑罰は寧ろ軽より。このようにすればすなわち民心に順応す。そこで教化は必ずしも厳厲せずとも自然に成就し、政令は必ずしも苛刻せずとも自然に治理す。これをすなわち民心を得ると呼ぶ。民心を得れば、衆人はすなわち帰附す。衆人が帰附すれば、百姓は死するまで彼を忘懐せず、況んやただ彼の号令に服従するのみをや。反対に、もし君主が衆人の心を失掉し、政令に服従する人なく、亢盛の陽気は自ら消退し、羣陰はまた帰附せんと肯んぜず、臣下はただ君主の重刑を畏懼するに因りて勉强して聴命するのみ。この時反って陽気の偏勝と成る。陽気が偏勝すればすなわち干旱す。だって《洪範》に「厥の罰は常に暘」という。――天罰は久晴にして雨せずである。長旱すれば則ち飢荒貧困し、飢貧すれば則ち物用不足す。物用不足にして百姓はまた直言進諫せざるに敢えず。怨気は便ち先ず歌謡の口裏より発泄し出づ。気機逆乱すれば則ち悪毒の言語は四起し、蝗虫は灾を成す。――これらはみな「口」のこの一類に属する事応である。

視者,南方目之象,視曰明,明以知人為本,於《易》為離,離為火、為目。夫視不明,微弱不知所信,必長伺黨仇親同類。如此,賢者不進;賢者不進,則不肖者不退;不肖者不退,則犯上者不誅,無罪者橫罰,百職廢壞,庶事滯塞,教政舒緩,故曰厥罰常燠。燠則冬氣洩,冬氣洩則不塞,春夏氣錯,疾疫起矣。犯上者不誅,則草犯霜而不死;貪取百姓之財,則蝗螟亦食人之食矣。此皆視之所象也。

さらに「視」を言う。眼睛は南方の象に属す。だって「視は明という」といい、しかして明察は能く人を識るを以て根本と為す。《周易》の裏においてそれは離卦に属し、離は火と為り、また目と為る。もし看ること明白ならざれば、すなわち心志微弱にして誰を信任すべきかを知らず、勢い必ず長期に左右に窺伺せらる。――党を結する・私仇を挾する・同類に親附する者はみな囲み上る。このようにすれば、賢能の人は上がり来らず。賢能の人が上がり来らざれば、不肖の人は退き下りず。不肖の人が退き下らざれば、上を犯す人は誅戮を得ず、無罪の人はかえって濫罰に遭い、各項の職守は廃壊し、衆事は壅滞して通ぜず、政教は鬆弛す。だって《洪範》に「厥の罰は常に燠」という。――天罰は持続する暖熱である。暖熱すれば則ち冬気は外泄し、冬気外泄すればすなわち閉蔵して住まず、春夏の気は錯乱し、瘟疫はここに由りて起こる。上を犯す人は誅戮を受けず、草木は霜に遇うもまた枯死せんと肯んぜず。上面は百姓の財物を貪取すれば、蝗虫螟虫もまた来たりて人の口粮を食らう。これらはみな「視」の対応する徴象である。

聽者在耳,耳者,於《易》坎也。古者聖王有進善之旌,敢諫之鼓,謀於蒭蕘,所以博延而廣聽也。人君不好謀,則下莫敢言;下莫敢言,則上無所聞;上無所聞,則不聽。不聽者,由不謀政事,故曰不聽,無所聞知庶事,擁屈怨在心口,喜怒不節,故曰急也。夫寒者急物,冬物皆枯急,枯急,故曰厥罰常寒。常寒則不生百穀,不生百穀,則民貧窮矣。故妖生於耳,以類相動,則有鼓妖,聲音之類。坎為彘,耳氣傷,有彘禍;水色黑,有黑交。此皆聽也。

さらに「聴」を言う。聴は耳朵に靠る。耳朵は《周易》の裏において坎卦に属す。古時の聖王は「進善の旌」を設け、善言を献せんと願う人をして旗下に立たしめ、「敢諫の鼓」を設け、諫を進めんと願う人をして鼓を撃たしめ、また草を割り柴を打つ人に向かって請教す。為すは広く延納し多方に聴取せんがためである。君主が謀議を喜ばざれば、臣下はすなわち敢えて話す人なし。敢えて話す人なければ、上面はすなわち何をも聴き得ず。上面が何をも聴き得ざれば、すなわち「不聴」と呼ぶ。いわゆる不聴とは、人と政事を商議せざるに由る。だから彼を不聴という。衆事に対して一無所知にして、怨気は心口に壅塞屈結し、喜怒は節度を失掉す。だって「急」と呼ぶ。寒は能く物を緊縮せしむ。冬は万物はみな枯槁緊縮す。正にこの「急」の字に合す。だって《洪範》に「厥の罰は常に寒」という。――天罰は持続する厳寒である。長寒すれば則ち百穀は生ぜず、百穀生ぜざれば則ち百姓は貧窮す。だから妖異は耳より生ず。同類相感すれば、すなわち「鼓妖」あり。すなわち故なく聴聞する怪響の類である。坎卦は猪と為る。耳気傷られれば、すなわち猪の怪禍あり。水色は黒と為る。すなわち黒色の異兆が出現す。これらはみな「聴」に属す。

思者,心為五事之主,猶土體為五行主也,於《易》為坤。八正之氣,亦起於八風,風者,四時之主。思心得,謂之容,容者,能容畜臣子,故謂之聖也。思心不得,四者皆失,則不能容畜臣子,故曰思心不容,是謂不聖,過在霿亂失紀。

最後に「思」を言う。心は五事の主宰で、正に土体の五行の主宰たるがごとく、《周易》の裏において坤卦に属す。八方の節気もまたみな八風より起こり、しかして風は正に四時の主宰である。思慮が当を得れば、すなわち「容」と呼ぶ。「容」は能く臣子を容納畜養するなり。だからそれを「聖」と称す。思慮が当を得ざれば、前面の貌・言・視・聴の四事もまた跟って全く失当となり、そこで能く臣子を容納畜養せず。だって《洪範》に「思心は容れず、これを不聖という」といい、過失はすなわち昏昧混乱・綱紀失序に在る。

故風者,於《易》巽也,在三月、四月,純陽,而治於陽則為陰,於陰則為陽,大臣之象。君既霿亂,則大臣專恣;大臣專恣,而陰氣盛;陰氣盛則應,故厥罰常風。陰氣多者,陰而不雨,其甚也常陰。暗者,苞承於心,心氣傷,則為暗妖。《易》曰:坤為牛。坤,土也,土氣傷,則牛多死。又曰:土為內事,內事亂,則有華孽。此皆思之事也。五事所感,其例甚多,略舉如此。

だから風に說き至る。風は《周易》の裏において巽卦に属し、三月・四月の交に当たる。この時は純陽が当令す。巽は陽中に処すればすなわち陰に顕れ、陰中に処すればすなわち陽に顕る。正に大臣の象徴である。君主はすでに昏乱せば、大臣はすなわち権を専らにし放肆す。大臣が権を専らにし放肆すれば、陰気は便ち盛んなり。陰気はひとたび盛んなればすなわち相応の天象あり。だから「厥の罰は常に風」という。――天罰は久風止まずである。陰気はさらに多くなれば、すなわち陰雲密布して雨降らず。極処に到れば、便ち長久の陰晦である。この種の昏暗の象は、根子は心上に包蔵承接す。心気傷られれば、すなわち「暗妖」が出現す。《周易》に坤は牛と為るという。坤はすなわち土で、土気傷られれば、牛はすなわち大量に死亡す。またいう、土は内事を主る。内事はひとたび乱れば、すなわち草木の時ならずして花を開くの「華孽」が出現す。これらはみな「思」の事応に属す。五事の感召する徴応は、例証は極めて多し。ここはただその大略を挙ぐるに上のごとし。

五行大義 巻第四

第十五 律呂を論ず

《春秋元命苞》云:律之為言率也。《續漢書》云:律,術也。《律書》云:呂,序也,序述四時之氣,定十二月之位也。陰陽各六,合有十二,陽六為律,陰六為呂。律六者:黃鍾、大蔟、姑洗、蕤賓、夷則、無射也;呂六者:林鐘、南呂、應鐘、大呂、夾鐘、仲呂也。《史記》云:律曆者,天所以運五行八正之氣,成熟萬物也。

《春秋元命苞》にいう、「律」のこの字の意思は「率」で、すなわち統率・準則である。《続漢書・律暦志》にいう、「律」とはすなわち「術」で、すなわち法度である。《律書》にいう、「呂」とはすなわち「序」で、すなわち次に依りて四時の気を叙述し十二箇月の位次を確定す。陰と陽とは各々六個を占め、合わせて共に十二と為す。陽に属する六個を「律」と呼び、陰に属する六個を「呂」と呼ぶ。これがすなわち「十二律呂」である。六律は黄鐘・太簇・姑洗・蕤賓・夷則・無射。六呂は林鐘・南呂・應鐘・大呂・夾鐘・仲呂。《史記・律書》にいう、律暦とは、上天が以て五行と八方の節気を運行し万物を成熟せしむるの憑借である、と。

《帝王世紀》云:黃帝使伶倫於大夏之西、崑崙之陰,取竹解谷,其竅厚均者,斷兩節閒吹之,以為黃鐘之管,以象鳳鳴,雌雄各六,以定律呂,以分星次。伶洲鳩曰:律,所以立均出度也。故云:紀以三,平以六,成以十二,天之道也。此六中之元,古之神瞽考中聲而量之,以制度律,均鍾,故名黃鐘,所以宣養六氣。

《帝王世紀》は記載す、黄帝は楽官の伶倫を派して大夏の以西・崑崙山の北面に至らしめ、解谷にて竹を取り、あの孔径と管壁の厚薄の均勻なるを挑選し、両節の間の一段を截下して吹奏し、以て黄鐘の管を作成し、それを用いて鳳凰の鳴声を模擬し、雌雄は各々六個の音を定め、ここに由りて十二律呂を確定し、併せて以て周天の星次を划分す。周代の楽官伶州鳩にいう、律は以て音准を確立し度数を定出するに用いる、と。だからいう、三を以て綱紀と為し、六を以て均平と為し、十二を以て完成と為す。これは天の法則である。この十二律の中に居中する本元は便ち黄鐘である。――古代の楽師(瞽者は「神瞽」と称す)は中正の声を考定して度量を加え、拠って律度を制定し鐘音を校准す。だから名づけて「黄鐘」と為す。その職能は六気を宣通涵養するである。

二曰太蔟,所以金奏,乃贊陽出滯;三曰姑洗,所以修潔百物,考神納賓;四曰蕤賓,所以安靜神人,獻酬交酢;五曰夷則,所以詠歌九則,平民無貳;六曰無射,所以宣佈哲人之令德,示民軌儀。為之六閒,以揚沈伏而黜散越:元閒大呂,助宣物也;二閒夾鐘,出四隟之細;三間中呂,宣中氣也;四閒林鐘,和展百事,俾莫不任肅純恪也;五閒南呂,贊陽秀也;六間應鐘,均利器用,俾應復也。律呂不易,無奸物也。

六律の第二律を太簇と呼び、金石の楽の合奏に用いて、陽気が滞塞を冲開するを輔助す。第三律を姑洗と呼び、以て万物を修飭潔淨し神霊を考祭し賓客を迎納するに用いる。第四律を蕤賓と呼び、以て神と人とを安定し賓主は献酬酢答す。第五律を夷則と呼び、以て九種の法則を歌咏し、百姓をして平和にして二心なからしむ。第六律を無射と呼び、以て明哲の人の美徳を宣揚し、百姓に軌範儀則を樹立す。六律と交錯相間するは六呂で、以て沈伏の気を発揚し散逸の気を黜退す。第一間は大呂で、万物を宣発するを幇助す。第二間は夾鐘で、四方の縫隙の間の細微の気を透出す。第三間は仲呂で、中和の気を宣散す。第四間は林鐘で、百事を調和展布し、人人をして各々その事に任じて粛敬純誠ならしむ。第五間は南呂で、陽気の結する所の秀実を助成す。第六間は應鐘で、器物の用を均斉し、万物をして時に応じて復帰せしむ。律呂乱れざれば、則ち邪僻反常の物あらざるなり。

《三禮義宗》云:律者,法也,言陽氣施生,各有其法;呂者,助也,助陽成功。一云:律,帥也,帥導陽氣,使之通達也;呂者,侶也,以對於陽,與之為侶。亦呂距也,謂陰陽之氣有時相距,明陽出則陰除,陰升則陽損,故有相距之意。

《三礼義宗》にいう、「律」とはすなわち「法」で、言うは陽気が生機を施布するに、各々その法度あるをいう。「呂」とはすなわち「助」で、陽気が功業を成就するを幇助す。別の一種の説法にいう、「律」とはすなわち「帥」で、陽気を率領引導し、それを通達せしむ。「呂」とはすなわち「侶」で、陽と相対して伴侶を結ぶ。「呂」はなお「距」(抵拒)と訓しうる。言うは陰陽の二気は時に互相抵拒す――陽気出でれば陰気はすなわち消退し、陰気上昇すれば陽気はすなわち受損す。だから相拒の意を含有す、と。

《續漢書》云:陽以圜為形,其性動;陰以方為節,其性靜。動者數三,靜者數二。以陽生陰而倍之,以陰生陽半之,皆以三而一。陽生陰曰下生,陰生陽曰上生,皆參天兩地,圓蓋方覆,六偶承奇之道也。《淮南子》云:數始於一,一而不能生,故分為陰,陰陽合而生萬物,故一生二,二生三,三生萬物。故三月為一時,所以祭有三飯,喪有三踴,兵有三令,皆以三為節。三三如九,故黃鐘之律九寸,而宮音調,因而以九之,九九八十一,黃鐘之數立焉。

《続漢書・律暦志》は「三分損益」の算理を講ず。陽は円を以て形と為し、その性は動を主る。陰は方を以て節と為し、その性は静を主る。動の数は三、静の数は二。陽より陰を生ずるは原数を倍加するを要し(二を乗ず)、陰より陽を生ずるは則ちその一半を取る。最後はみな三を以て除するを要す。――すなわち下生は三分之二を乗じ、上生は三分之四を乗ず。陽が陰を生ずるを「下生」と呼び、陰が陽を生ずるを「上生」と呼ぶ。みな「参天両地」(天数は三を取り地数は二を取る)・天円の地方を覆蓋し承載する・六個の偶数が奇数を承接するの道理に本づく。《淮南子》にいう、数は一より始まる。一は自ら物を生出しえず。だから分かれて陰を出す。陰陽が交合してこそ万物を生ず。因って一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。だから三箇月を一季と為し、祭祀に三飯の礼あり、丧礼に三踊の節あり、用兵に三令の制あり。みな三を以て節度と為す。三三は九を得。だから黄鐘の律を九寸に定む。宮音はここに由りて調准す。さらに九を以て自乗し、九九は八十一。黄鐘の律数はここに就いて確立す。

黃鐘之氣在子,十一月建焉,其辰在星紀。下生林鐘,林鐘之數五十四,氣在未,六月建焉,其辰鶉火。上生大蔟,大蔟之數七十二,氣在寅,正月建焉,其辰諏訾。下生南呂,南呂之數四十八,氣在酉,八月建焉,其辰壽星。上生姑洗,姑洗之數六十四,氣在辰,三月建焉,其辰大梁。下生應鐘,應鐘之數四十二,氣在亥,十月建焉,其辰析木。

以下に「隔八相生」の次第に按って十二律を排す。黄鐘の気は子位に在り、十一月は子を建て、対する所の星次は「星紀」。黄鐘は下に林鐘を生じ(八十一に三分之二を乗じて五十四を得)、林鐘の律数は五十四、気は未位に在り、六月は未を建て、星次は「鶉火」。林鐘は上に太簇を生じ(五十四に三分之四を乗じて七十二を得)、太簇の律数は七十二、気は寅位に在り、正月は寅を建て、星次は「諏訾」。太簇は下に南呂を生じ、南呂の律数は四十八、気は酉位に在り、八月は酉を建て、星次は「壽星」。南呂は上に姑洗を生じ、姑洗の律数は六十四、気は辰位に在り、三月は辰を建て、星次は「大梁」。姑洗は下に應鐘を生じ、應鐘の律数は四十二(六十四に三分之二を乗じて整を取る)、気は亥位に在り、十月は亥を建て、星次は「析木」。

上生蕤賓,蕤賓之數五十六,氣在午,五月建焉,其辰鶉首。上生大呂,大呂之數七十六,氣在丑,十二月建焉,其辰玄枵。下生夷則,夷則之數五十一,氣在申,七月建焉,其辰鶉尾。上生夾鐘,夾鐘之數六十八,氣在卯,二月建焉,其辰降婁。下生無射,無射之數四十五,氣在戌,九月建焉,其辰大火。上生中呂,中呂之數六十,氣在巳,四月建焉,其辰實沈。辰之與建,交錯為表裡,卽其合。然相生以乾坤六體為之:黃鐘初九,下生林鐘初六,又上生大蔟。

應鐘は上に蕤賓を生じ、蕤賓の律数は五十六、気は午位に在り、五月は午を建て、星次は「鶉首」。蕤賓は上に大呂を生じ、大呂の律数は七十六、気は丑位に在り、十二月は丑を建て、星次は「玄枵」。大呂は下に夷則を生じ、夷則の律数は五十一、気は申位に在り、七月は申を建て、星次は「鶉尾」。夷則は上に夾鐘を生じ、夾鐘の律数は六十八、気は卯位に在り、二月は卯を建て、星次は「降婁」。夾鐘は下に無射を生じ、無射の律数は四十五、気は戌位に在り、九月は戌を建て、星次は「大火」。無射は上に仲呂を生じ、仲呂の律数は六十、気は巳位に在り、四月は巳を建て、星次は「實沈」。星次と月建とは方向相反して交錯して互いに表裏を為し、二者の相交る処は正にそれらの相合する地方である。相生の次第に至っては、なお乾坤の両卦の六爻を用いて配しうる。黄鐘は乾卦の初九に当たり、下生する林鐘は坤卦の初六に当たり、林鐘は再び上に太簇を生ず。

《樂緯》云:黃鐘中宮,數八十一,以天一地二人三之數,以增減律,成五音中和之氣。增治上生,減治下生。上生者,三分益一;下生者,三分減一。益者,以四乘之,以三除之;減者,以二乘之,以三除之。《三禮義宗》云:凡黃鐘之管,本長九寸。所以九者,陽數之極也。數之所起,起自於三,三才天地人之道合成數,故曰三才,是以天地人各有三數。陽得兼三,故稱九;陰但兼二,故稱六。以陽得氣兼三,故因而三之,三三如九,故陽數九為極,所以管用九寸,以度陽氣。陽氣應時而發,此自然神驗者也。

《楽緯》にいう、黄鐘は中に居りて宮と為り、律数は八十一。天一・地二・人三のこれらの数を用いて律数を増減すれば、すなわち五音の中和の気を生成す。加法を做るは上生に属し、減法を做るは下生に属す。上生はすなわち「三分益一」、下生はすなわち「三分損一」。算法の上に落ちれば、增益するは、原数を以て四を乗じ再び三を以て除す(すなわち原数の三分之四を取る)。減損するは、原数を以て二を乗じ再び三を以て除す(すなわち原数の三分之二を取る)。読者はこれに照って推算せば、すなわち黄鐘の八十一より逐層に十二律の全部の数値を算出しうる。《三礼義宗》にいう、黄鐘の管は原本長さ九寸。なにゆえ九を取るか。九は陽数の極点なれば。数の起点は三に在り、天・地・人の三才の道は合してこの数を成す。だって三才と称す。そこで天地人は各々一個の三を占む。陽は能く三個の三を兼含す。だから九と称す。陰はただ両個の三を兼含するのみ。だから六と称す。正に陽が気を得て三を兼ねるに因りて、則ち三をさらに三に乗じ、三三は九を得。だから陽数は九を以て極限と為し、管長は便ち九寸と定められ、以て陽気を度量するに用いる。陽気は節候に応じて発動し、冬至に一到すれば黄鐘の管中の葭灰は便ち飛出す。これは自然而然の神奇なる効験である。

又上生大蔟九二,又下生南呂六二,又上生姑洗九三,又下生應鐘六三,又上生蕤賓九四,又下生大呂六四,又上生夷則九五,又下生夾鐘六五,又上生無射上九,又下生中呂上六。所以同位象夫妻,異位象母子,所謂律娶妻而呂生子者也。

続けて下に乾坤の両卦の爻位を排す。太簇は乾卦の九二に当たり、下生する南呂は坤卦の六二に当たる。南呂は上に姑洗を生じて乾卦の九三に当たり、姑洗は下に應鐘を生じて坤卦の六三に当たる。應鐘は上に蕤賓を生じて乾卦の九四に当たり、蕤賓は下に大呂を生じて坤卦の六四に当たる。大呂は上に夷則を生じて乾卦の九五に当たり、夷則は下に夾鐘を生じて坤卦の六五に当たる。夾鐘は上に無射を生じて乾卦の上九に当たり、無射は下に仲呂を生じて坤卦の上六に当たる。爻位の相同じき一律一呂(たとえば初九が初六に配するがごとき)は夫妻を象徴し、爻位の同じからざるは母子を象徴す。これがすなわちいわゆる「律は妻を娶り呂は子を生ず」の説法である。

《白虎通》曰:黃鐘何?黃,中和之氣;鍾者,動也,言陽於黃泉之下動萬物也。《淮南子》云:黃,土色;鍾者,氣之所動。黃鐘為君,冬至得之。《三禮義宗》云:鍾,應也,言陽氣潛動於黃泉之下,應養萬物,萌牙欲出。大呂,大者,太也;呂者,距也,言陽氣欲出,陰距難也。《淮南子》云:呂者,旅也,旅而去也。《三禮義宗》云:呂,助也,十二月陽方生長,陰氣助之,生育之功,其道廣大也。故一云:呂者,侶也,與陽為侶,對生萬物。

以下に逐一に十二律呂の名義を解釈す。《白虎通》は問う、なにゆえ黄鐘と呼ぶか。答えていう、「黄」は中和の気、「鐘」はすなわち「動」で、言うは陽気が黄泉の下に万物を鼓動するなり。《淮南子》にいう、黄は土の顔色、鐘は気の鼓動する処。黄鐘は君と為り、冬至のこの日は正にこの律を得る。《三礼義宗》にいう、「鐘」はすなわち「應」で、言うは陽気が黄泉の下に潜動し、時に応じて万物を養育し、萌芽はまさに土を破らんとす。さらに大呂を言う。「大」はすなわち「太」、「呂」はすなわち「距」で、言うは陽気が出でんと欲するに、陰気は抵拒して難を為す。《淮南子》にいう、「呂」はすなわち「旅」で、伴を結びて去る。《三礼義宗》にいう、「呂」はすなわち「助」で、十二月は陽気がまさに生長し、陰気は旁よりそれを幇助す。生育の功、その道は広大なり。だってまた一説あり、「呂」はすなわち「侶」で、陽と伴侶を結び、相対して万物を生養す、と。

大蔟,言萬物始大,湊地而出也。《淮南子》云:萬物蔟而未出也。《三禮義宗》云:蔟者,湊之義也,正月之時,萬物始大,蔟地而出。夾鐘者,言萬物孚甲種類而出也。《淮南子》云:種始夾也。《三禮義宗》云:夾者,佐也,二月之中,物未盡出,陰佐陽氣,應時而出。一云:夾者,俠也,言萬物為孚甲所俠,至此方解,鍾應而出。

太簇:言うは万物が壮大を始め、地面に湊り向かって出づ。《淮南子》にいう、万物は聚集してまだ出でず、と。《三礼義宗》にいう、「簇」はすなわち「湊」の意思で、正月の時に万物は壮大を始め、地面に湊りて钻り出づ。夾鐘:言うは万物が外殻を帯び、種類に按って土を破り出づ。《淮南子》にいう、種子は夾裹せられ始む、と。《三礼義宗》にいう、「夾」はすなわち「佐」で、二月の中に万物はまだ全く出でず、陰気は陽気を輔佐し、それらをして時に応じて出でしむ。別の一説にいう、「夾」はすなわち「俠」(夾持)で、言うは万物が外殻に夾裹せられ、此の時に到ってこそ解开し、鐘声の應和に隨って土を破り出づ、と。

姑洗者,姑者,古也;洗者,鮮也,萬物去故就新,莫不鮮明也。《淮南子》云:姑洗,陳去而新來也。《三禮義宗》云:姑者,枯也;洗濯之義,三月物生新潔,洗除其枯也。中呂者,萬物當中皆出也。《淮南子》云:中,宛也。《三禮義宗》云:呂者,距難之義,言陰欲出,陽氣在於中距執之。一云:呂者,四月之時,陽氣盛長,陰助功微,故云爾。

姑洗:「姑」はすなわち「故」(旧)、「洗」はすなわち「鮮」で、万物は旧きを去掉し新しきを迎接し、鮮潔明亮せざるなし。《淮南子》にいう、姑洗は陳旧なるは去りて新しきは来たる、と。《三礼義宗》にいう、「姑」はすなわち「枯」、「洗」は洗濯の義を取る。三月は万物は新生潔淨にして、枯敗の物を洗い去る。仲呂:言うは万物が正に中に当たりてみな出づるなり。《淮南子》にいう、「中」はすなわち「宛」で、屈曲蓄積の義、と。《三礼義宗》にいう、「呂」は抗拒為難の義あり。言うは陰気が出でんと欲するに、陽気は中間にてそれを抗拒把持す。別の一説にいう、四月の時は陽気は正に盛長し、陰気の助する所の功は微弱なり。だってこそこの如く命名す、と。

蕤賓者,蕤,下也;賓,敬也,言陽氣下降,故敬之也。《淮南子》云:蕤賓,安而服也。《三禮義宗》云:蕤者,垂下之義;賓者,敬也,五月陽氣下降,陰氣始起,共相賓敬。林鐘者,林,眾也,萬物成熟,種類眾多也。《淮南子》云:林鐘,引而止之也。《三禮義宗》云:林,茂盛也,六月之中,物皆盛茂,聚積於野,故為林也。

蕤賓:「蕤」は下垂、「賓」は恭敬で、言うは陽気がここに到って下降を始むるがゆえに、それに対して敬礼を加う。《淮南子》にいう、蕤賓は安定して順服す、と。《三礼義宗》にいう、「蕤」は垂下の義を取り、「賓」はすなわち敬。五月は陽気は下降し陰気は初生し、二者は賓主のごとく互相敬待す。林鐘:「林」は衆多で、万物は成熟し種類は繁多す。《淮南子》にいう、林鐘は牽引してそれを停住せしむ、と。《三礼義宗》にいう、「林」は茂盛で、六月の中に万物はみな長じて盛茂し、原野の上に聚積して、林木のごとく多し。だから林と呼ぶ。この両条は一は五月の午位に属し一は六月の未位に属す。正に陽極まりて陰に転ずるの関口で、だから命名はみな盛より止まるの意味を帯びる。

夷則者,夷,傷也;則,法也,言萬物始傷,被刑法也。《淮南子》云:夷則,易其則也。《三禮義宗》云:夷,平也;則,法也,七月萬物將成,平均結實,皆有法則德吉也。南呂者,南,任也,言陽氣有任生孳長也。《淮南子》云:南呂者,任苞大也。《三禮義宗》云:南,任也,八月之中,物皆含秀,有懷任之象,助成功之義。

夷則:「夷」は傷、「則」は法で、言うは万物がここに到って受傷を始め、刑法のごとき裁制に遭う。《淮南子》にいう、夷則はその法則を変易す、と。《三礼義宗》は則ちいう、「夷」は平、「則」は法で、七月は万物はまさに成熟せんとして、平均に果実を結出し、みな循るべき法度ありて各々その吉を得る。南呂:「南」はすなわち「任」(担負孕育)で、言うは陽気がなお生養滋長の責任を担うなり。《淮南子》にいう、南呂は苞実を承載してそれを壮大ならしむ、と。《三礼義宗》にいう、「南」はすなわち「任」で、八月の中に万物はみな秀穂を含着して懐孕の象あり、輔助成功の義を取る、と。

無射者,射,終也,言萬物隨陽而終,當復隨陰而起,無終已也。《淮南子》云:無射者,人之無厭也。《三禮義宗》云:射,厭也,厭惡之義,九月物皆成實,無可厭惡。應鐘者,言萬物應時而鐘下藏也。《淮南子》云:應其所鍾。《三禮義宗》云:十月之時,歲功皆成,陰氣之用,應陽之功,收而聚積,故云鍾也。亦云:應者,應和之義,言此時將復應陽氣而動於下也。

無射:「射」は終で、言うは万物が陽気に隨って終結し、またまさに陰気に隨って重新に興起し、永遠に了結の時なし。《淮南子》にいう、無射は人の欲望の満足なきを指す、と。《三礼義宗》にいう、「射」はすなわち「厭」で、厭悪の義を取る。九月は万物はみなすでに結実し、厭悪すべきものなし。應鐘:言うは万物が時令に応じて聚攏し向下に収蔵す。《淮南子》にいう、それが帰聚する処に應和す、と。《三礼義宗》にいう、十月の時は一年の農功はみなすでに完成し、陰気は作用を発揮し始め、陽気の功績に應和し、万物を収斂聚積す。だから「鐘」(聚)と呼ぶ。あるいはいう、「應」は應和の義を取る。言うはこの時陽気はまたまさに地下に萌動せんとし、万物はこれに隨って相応ず、と。

《樂緯》云:黃鐘為宮,林鐘為徵,大簇為商,南呂為羽,姑洗為角,應鐘為變宮,蕤賓為變徵,以次配之,五音備矣。黃鐘下生林鐘,故林鐘為徵,次黃鐘;林鐘上生大簇,故大簇為商,次林鐘;大簇下生南呂,故南呂為羽,次大簇;南呂上生姑洗,故姑洗為角,次南呂;姑洗下生應鐘,故應鐘為變宮,次姑洗;應鐘上生蕤賓,故蕤賓為變徵。

《楽緯》にいう、黄鐘は宮と為り、林鐘は徵と為り、太簇は商と為り、南呂は羽と為り、姑洗は角と為り、應鐘は変宮と為り、蕤賓は変徵と為る。この次序に依りて相配すれば、五音に二変を連ねてすなわち斉備す。この一列の排列は全く「三分損益・隔八相生」の次第に由りて決定せらる。黄鐘は下に林鐘を生ず。だから林鐘は徵を作り、黄鐘に緊接す。林鐘は上に太簇を生ず。だから太簇は商を作り、林鐘に緊接す。太簇は下に南呂を生ず。だから南呂は羽を作り、太簇に緊接す。南呂は上に姑洗を生ず。だから姑洗は角を作り、南呂に緊接す。姑洗は下に應鐘を生ず。だから應鐘は変宮を作り、姑洗に緊接す。應鐘は上に蕤賓を生ず。だから蕤賓は変徵を作る。読者はただ次に依りて算し下れば、すなわち自らこの一串を排出しうる。

凡有七音,圜相為宮。七音者,蓋以相生數七故也。始黃鐘生林鐘,自十二月至六月,凡七月也。服虔解云:七律為七音。外傳解云:武王克商,歲在鶉火,日在天駟,鶉火去天駟凡七宿;又地辰日在甲子,從子至午又七。天象、地辰,其數皆七,聖人以律同其數,以聲招之,故以七音。

総じて七個の音が、循環相逓して輪番に宮音を充当す。これがすなわちいわゆる「旋宮」である。なにゆえ七音か。大概は相生の回数が正に七なればであろう。黄鐘が林鐘を生ずるより算起し、十二月より六月まで数えて、共に七箇月を経歴す。服虔は解釈す、七律はすなわち七音、と。《国語》(旧く《春秋外伝》と称す)の解釈は別に一路あり。周武王が商朝を攻克した時、歳星は「鶉火」の次に在り、太陽は「天駟」(房宿)に在り、鶉火より天駟に至るまで共に七宿を隔つ。さらに地支より看れば、あの日は甲子に在り、子より午まで数えてまた七位。天象と地辰の数目はみな七。聖人は便ち律数を用いてそれと相符し、声音を用いてそれを招引す。だから七音と定む。

樂以七律配七始,故以定三元四時。故黃鐘以配天,林鐘以配地,大簇以配人,姑洗以配春,蕤賓以配夏,南呂以配秋,應鐘以配冬。凡三元者,周以建子月為天正,故黃鐘之管配之;殷以建丑月為地正,應以大呂之管配之,但陰數偶,未土王,又為天社,故取其沖,應地之氣,以林鐘之管配之;夏以建寅月為人正,故大簇之管配之。夫陽徳自處,故以卽位為正;陰德在他,故取其沖。

楽は七律を用いて「七始」に配し、拠って三元と四時を確定す。黄鐘は天に配し、林鐘は地に配し、太簇は人に配し、姑洗は春に配し、蕤賓は夏に配し、南呂は秋に配し、應鐘は冬に配す。いわゆる「三元」とは、すなわち三代の三種の正朔である。周朝は建子の月(十一月)を以て歳首と為し、「天正」と称す。だから黄鐘の管を用いて相配す。殷朝は建丑の月(十二月)を以て歳首と為し、「地正」と称す。本当は大呂の管を用いて相配すべきに、ただし陰数は偶に属し、しかして丑の对冲は未に在り、未は土旺の位でまた天社の所在なれば、だからその对冲を取って以て地の気に応じ、改用して林鐘の管を以て相配す。夏朝は建寅の月(正月)を以て歳首と為し、「人正」と称す。だから太簇の管を用いて相配す。大凡そ陽徳は本位に安処すれば、すなわち本位の上に正を取る。陰徳は他処に寄托すれば、だからその对冲を取るを要す。

《漢書·律曆志》云:三元者,天施、地化、人事之紀也。十一月,干之初九,陽氣伏於地下,始著為一,萬物萌動,鍾於太陰,故黃鐘為天元,律長九寸。九者,所以窮極中和,為萬物之元也。《易》曰:立天之道,曰陰與陽。是也。六月,坤之初六,陰氣受任於太陽,繼養化軟,萬物生長,楙之,未令種剛強大,故林鐘為地元,律長六寸。六者,所以陰承陽之施,楙之於六合之內,令剛柔有體也。立地之道,曰柔與剛。是也。乾知大始,坤作成物。

《漢書・律暦志》にいう、三元は天施・地化・人事のこの三方面の綱紀である。十一月は乾卦の初九に当たり、陽気は地下に潜伏し、端倪を初露して「一」と為り、万物は萌動を始め、太陰の中に聚集す。だから黄鐘は「天元」で、律管の長さは九寸。九は、以て中和を窮尽し万物の本元と為すに用いる数である。《周易・説卦》に「天の道を立てるを、陰と陽と曰う」といい、講ずるは正にこの意思である。六月は坤卦の初六に当たり、陰気は太陽の彼方より職任を承接し、接続して養育し化生して柔軟と為し、万物はここに由りて生長す。陰気はそれらを繁茂せしめるも、種子をして過早に剛強壮大せしめず。だから林鐘は「地元」で、律管の長さは六寸。六は、陰が陽の施与を承接し天地四方の内に万物を繁茂せしめ、剛柔をして各々その体あらしむるの数である。《説卦》に「地の道を立てるを、柔と剛と曰う」といい、講ずるは正にこの意思である。《周易・繋辞》にまたいう、乾は開創の始を主り、坤は万物を完成することを主る、と。

正月,干之九三,萬物棣通,簇出於寅,人奉而成之,仁以養之,義以行之,令事物各得其理。寅,木也,為仁;其聲,商也,為義。故大簇為人元,律長八寸。八象於卦,庖羲氏之所以順天地,通神明,類萬物之情也。立人之道,曰仁與義。是也。在天成象,在地成形,后以裁成天地人道,是為三元,律之始也。

正月は乾卦の九三に当たり、万物は暢通して阻なく、簇拥して寅位より钻出し、人はここに由りて天時を奉承してそれを成就す。仁を用いて養育し、義を用いて推行し、万事万物をして各々その理を得しむ。寅は木に属し、木は仁を主る。それの配する所の声は商で、商は義を主る。だから太簇は「人元」で、律管の長さは八寸。八は八卦に取象す。それは伏羲が以て天地に順応し神明に通達し万物の情状を比類するに用いたるもの。《説卦》に「人の道を立てるを、仁と義と曰う」といい、講ずるは正にこの意思である。天上は物象を成就し、地上は形体を成就し、聖人は随い後に拠って天・地・人の三道を裁成す。これをすなわち三元と呼び、また正に律の起始である。

《感精符》云:十一月建子,天始施之端,謂之天統,周正服色尚赤,象物萌色赤也;十二月建丑,地始化之端,謂之地統,殷正服色尚白,象物牙色白;正月建寅,人始化之端,謂之人統,夏正服色尚黑,象物生色黑也。此三正律者,亦以五德相承。以前三皇為正,謂天皇、地皇、人皇,皆以天地人為法,周而復始。其歲首所書,乃因以為名,欲體三才之道而君臨萬邦。故受天命而王者,必調六律而改正朔,受五氣而易服色,法三正之道也。

緯書《感精符》にいう、十一月は子を建つるは、天が施生を始める端緒で、「天統」と呼ぶ。周朝の正朔はこれに属し、服色は赤を崇尚し、万物が萌動する時に赤色を呈するに取象す。十二月は丑を建つるは、地が化育を始める端緒で、「地統」と呼ぶ。殷朝の正朔はこれに属し、服色は白を崇尚し、萌芽の白色を呈するに取象す。正月は寅を建つるは、人が化育を始める端緒で、「人統」と呼ぶ。夏朝の正朔はこれに属し、服色は黒を崇尚し、物の初生する時に黒色を呈するに取象す。この三正の律は、また五徳相承の次序に按って循環す。さらに上に往けば則ち三皇を以て正と為す。すなわち天皇・地皇・人皇で、彼らは分別に天・地・人を以て効法の対象と為し、周して復始す。各朝の歳首の定めた月は、すなわち以てそれの一統の名称を作るに用いる。これは三才の道を体現して万邦に君臨せんと要するがゆえに、天命を承受して王と称する人は、必ず六律を調定し正朔を更改し、五行の気を禀受し服色を変換して、以て三正の道を効法するを要す。

周以天統,服色尚赤者,陽道尚左,故天左旋,周以木德王,火是其子,火色赤左行,用其赤色也。殷以地統,服色尚白者,陰道尚右,其行右轉,殷以水德王,金是其母,金色白,故右行,用其白色。夏以人統,服色尚黑者,人亦尚左,夏以金德王,水是其子,水色黑,故左行,用其黑色。

周朝は天統に属して服色は赤を尚ぶ。その理由は、陽道は左辺を崇尚するがゆえに、天は左に旋す。周は木徳を以て王と称し、火は木の生ずる所の子で、火色は赤にして左行の序に順う。因って赤色を取る。殷朝は地統に属して服色は白を尚ぶ。その理由は、陰道は右辺を崇尚するがゆえに、運行は右に向かって旋転す。殷は水徳を以て王と称し、金は水を生ずる母で、金色は白。だから右行の序に循って白色を取る。夏朝は人統に属して服色は黒を尚ぶ。その理由は、人もまた左辺を崇尚す。夏は金徳を以て王と称し、水は金の生ずる所の子で、水色は黒。だから左行の序に循って黒色を取る。見えるに三代の服色はみな本徳の色を取らずして、しかして子色あるいは母色を取る。

又云:帝王之興,多從符瑞。周感赤雀,故尚赤;殷致白狼,故尚白;夏錫元珪,故尚黑。此皆先兆氣王之符,子母相助之義。如漢以火德,鎮星之精降為黃石,授子房以兵信,助沛公而滅楚,非五運之色,相扶為用。孔子云:夏正得天。此謂得天道四時之氣,應八節生殺之期也。故云:行夏之時,乘殷之輅,服周之冕。兼三代而為法,蓋取其可久者也。秦以建亥之月而為歲首,漢初因秦正朔,自魏已後,自用夏正,至今無改,以其得天氣也。

別に一説あり。帝王の興起は大多は符瑞を伴う。周朝は赤雀が書を銜えたる瑞を感召し来たり。だから赤色を崇尚す。殷朝は白狼の瑞を招致せり。だから白色を崇尚す。夏朝は玄圭の瑞を獲賜せり。だから黒色を崇尚す。これらはみな気運のまさに旺えんとする時に先行して顕現する符験で、その中に母子相助の義を含む。譬えて漢朝は火徳を以て興起したるに、しかして土星(鎮星)の精気は世に降りて化して黄石公と為り、兵法の信物を張良に授与し、劉邦が項羽を消滅するを幇助せり。――黄色は並びに漢家の本運の顔色にあらず。これがすなわち別の五行の色が前来して相扶助して用と為すの例である。孔子に「夏朝の正朔は最も天道に合す」といい、意思是それが天道四時の気に合乎し、八節の生養粛殺の時期に應和するをいう。だから彼はまたいう、夏朝の暦法を施行し、殷朝の輅車を乗坐し、周朝の礼冠を戴上せよ、と。――三代の制を兼采して以て法を立つるに、取るはその中の久遠に行いうる部分である。秦朝は建亥の月(十月)を以て歳首と為し、漢初は秦の正朔を沿用せり。曹魏以後より改めて夏正を用い、今天に至るまで更改なく、ただ夏正が最も天時の気に合するがゆえに因る。

又,遁甲、太乙、九宮、元辰,皆有三元,並起甲子。初為天元,盡六甲;次甲子為地元;又次甲子為人元。遁甲以冬夏二至後甲己之日夜半時為甲子元首,三元各分為三,故一百八十日為元卒,陰陽兩道,盡一歲之用。太一以初元甲子六十年為一紀,次甲子為第二紀,滿六紀三百三十年為一周。

この外、遁甲・太乙・九宮・元辰のこれらの数家の術数も、またみな三元を設け、一槪に甲子より起算す。最初の一個の甲子を天元と為し、六十甲子を走満す。次の一個の甲子を地元と為す。さらに次の一個の甲子を人元と為す。遁甲は冬至・夏至の後に甲日あるいは己日に逢うの夜半を以て甲子の元首と為す。三元はまた各々さらに三に分かれ、だから一百八十日で一元を走完す。陰遁・陽遁の両道は合わせて、正に一年を用満す。太乙は則ち最初の一個の甲子の六十年を以て一紀と為し、次の一個の甲子を第二紀と為し、六紀に満ちて共に三百三十年を一周と為す(六紀に按れば本当は三百六十年と為すべきに、底本は三百三十と作る。姑く原文に依りて実録す)。

九宮別以己亥為元首,分為五元:初己亥六十年為天元,次己亥六十年為地元,次己亥六十年為人元,次己亥六十年為河元,次己亥六十年為海元。九年一周,四九三十六,亦周六甲之大數也。三元正朔,並從律呂,應歷定時,皆配五行,故同此釋。

九宮のこの一家は則ち別に己亥を以て元首と為し、分かちて五元を作る。最初の己亥より起きて六十年を天元と為し、接下する己亥の六十年を地元と為し、さらに接下する六十年を人元と為し、さらに接下する六十年を河元と為し、最後の六十年を海元と為す。それは九年を一周とし、四九は三十六。もまた正に六甲に周遍するの大数に合す。三元と正朔とはみな律呂に依従して定まり、暦法に應じて時節を確定し、しかしてそれらはまた統統五行に配属す。だからこの一篇の裏に一併に解釈を加える。

第十六 七政を論ず

夫七政者,乃是玄象之端,正天之度,王者仰之以為治政,故謂之政。七者,數有七也。凡有三解:一雲日月五星合為七政;二雲北斗七星為七政;三雲二十八宿布在四方,方別七宿,共為七政。此三種七政,皆配五行,並三辰之首也。日月五星為七政者,《尚書·考靈曜》七政曰:日月者,時之主也;五星者,時之紀也。故曰:在璇璣玉衡,以齊七政。七政,謂日月五行之政。七政,卽日月五星也。

いわゆる「七政」とは、天象の綱領・天度を校正する準則である。帝王はそれを仰観して以て治理を施行す。だからそれを「政」と称す。「七」と称するは、その数目が七なるがゆえである。従来共に三種の解釈あり。一説は日・月に五星を加えて七政と為す。二説は北斗七星はすなわち七政。三説は二十八宿が四方に分布し毎方に七宿ありて合して七政と為す。この三種の七政はみな五行に配属するを要し、またみな「三辰」(日・月・星)の中の首要である。まず日月五星を七政と為すのこの一説を講ず。緯書《尚書考霊曜》の七政を論ずるにいう、日月は時令の主宰、五星は時令の綱紀、と。だから《尚書・舜典》に「璇璣玉衡に在り、以て七政を斉う」という。――ここの七政は、すなわち日月と五行の星の政令で、すなわち日・月と金木水火土の五星である。

日者,《河圖汗光篇》云:日為陽精,始日實也。《元命苞》云:陽以一起,故日,日行一度;陽成於三,故有三足烏。烏者,陽精,其言僂呼,俗人見僂呼似烏,故以名之。又云:火精陽氣,故外熱內陰,象烏也。日尊故滿,滿故施,施故仁,仁故精。精在外,在外故大。日外暑,外暑故陽精外吐。

まず太陽を言う。《河図汗光篇》にいう、日は陽の精華で、だから「日」は「実」より名を得る。充実して亏なきの義を取る。《春秋元命苞》にいう、陽気は「一」より頭を起こす。だから日と呼ぶ。太陽は毎日一度を行進す。陽は「三」に成就す。だから日中に三足烏あり。烏は陽の精気で、その叫声は「僂呼」を作す。俗人は「僂呼」と叫ぶ鳥を見て形状が烏鴉に似れば、すなわち「烏」を用いてそれを称す。またいう、日は火の精・陽の気で、だから外面は熾熱にして内裏は陰を含む。正に烏鴉に取象す(羽色は黒にして陰に属す)。日は尊貴なればこそ円満し、円満すればこそ能く施与し、能く施与すればこそ仁と為り、仁と為ればこそ精純なり。その精華は外に顕れ、外に顕るればこそ看て大なり。日は外に在りて炎熱し、外熱すればこそ陽精は外に向かって噴吐す。

天有三百六十五度四分度之一,布在四方,日,日一歷,無差遲,使四方合如一,故其字四合一也。《白虎通》云:日徑千里,圍三千里,下於天七千里。《太玄經》云:日一南,萬物死;日一北,萬物生。《物理論》云:夏則陽盛而陰衰,故晝長而夜短;冬則陰盛而陽衰,故晝短而夜長。行陽道長,出入卯酉之北;行陰道短,出入卯酉之南;春秋陰陽等,故行中道,晝夜等也。

周天は共に三百六十五また四分之一度あり、四方に分布す。太陽は毎日一周を巡行し、毫も遅誤差錯なく、四方をして合斉して一のごとくせしむ。だから「日」のこの字の構形はすなわち「四」と「一」との相合の義を取る。《白虎通》にいう、太陽の直径は一千里、周長は三千里、天を離れて七千里、と。《太玄経》にいう、太陽はひとたび南行すれば、万物はすなわち凋死し、ひとたび北行すれば、万物はすなわち滋生す、と。《物理論》にいう、夏は陽盛にして陰衰す。だから白昼は長く黒夜は短し。冬は陰盛にして陽衰す。だから白昼は短く黒夜は長し。太陽が陽道を走る時は昼は長く、出没の処は正東(卯)正西(酉)の北に偏す。陰道を走る時は昼は短く、出没の処は卯酉の南に偏す。春分秋分の時は陰陽均等す。だから中道を走り、昼夜もまた様子一の長さなり。

《考靈曜》云:春一日,日出卯入酉,昴星一度中而昏,斗星十二度中而明;仲夏一日,日出寅入戌,心星五度中而昏,營室十度中而明;秋一日,日出卯入酉,須女四度中而昏,東井十一度中而明;仲冬一日,日出辰入申,奎星一度中而昏,氐星九度中而明。卯酉陰陽交會,日月至此為中道,萬物盛衰出入之所,故號二八之門,以當二八月也。故《詩推度交》云:卯酉之際為改政。

《尚書考霊曜》は四時の昏旦中星を記す。春分のこの日は、日は卯に出で酉に落ち、昴宿の一度は黄昏の時に中天に上り、斗宿の十二度は天亮の時に中天に上る。仲夏のこの日は、日は寅に出で戌に落ち、心宿の五度は黄昏の時に中天に上り、営室の十度は天亮の時に中天に上る。秋分のこの日は、日は卯に出で酉に落ち、須女の四度は黄昏の時に中天に上り、東井の十一度は天亮の時に中天に上る。仲冬のこの日は、日は辰に出で申に落ち、奎宿の一度は黄昏の時に中天に上り、氐宿の九度は天亮の時に中天に上る。卯位と酉位とは陰陽交会の処で、日月はここに行き到ればすなわち中道を走る。もまた万物盛衰出入の関口で、だって「二八の門」と呼ぶ。それが正に二月と八月とに対応するがゆえである。だから緯書《詩推度災》(文中は「詩推度交」と作る)にいう、卯酉の交界の際は、正に政令を改換する時候である、と。

《漢書·天文志》云:日者,君之象。君行急則日行疾,君行緩則日行遲,遲疾失其常則蝕。蝕在交道也。蝕者,陰侵陽,臣凌君之象也,故日蝕修德以禳之。月者,《春秋元命苞》云:月者,陰精,為言闕也。中有蟾蜍與兔者,陰陽兩居相附,托抑詘合,陽結治其內,光炬中氣似文耳。兔善走,象陽動也。兔之言僖僖呼呼,溫暖名也。

《漢書・天文志》にいう、日は君主の象徴である。君主は行事が急躁なれば、太陽はすなわち走ること速し。君主は行事が遅緩なれば、太陽はすなわち走ること慢し。快慢は常度を失えば、便ち日食が発生す。日食は黄道と白道の交点の上に発生す。日食は陰が陽を侵犯するに、すなわち臣下の君主を欺凌するの象である。だから日食に遇えば明德政を修めて以て禳除するを要す。さらに月亮を言う。《春秋元命苞》にいう、月は陰の精華で、「月」のこの字は「闕」に義を取る。すなわち亏缺あるなり。月中に蟾蜍と兔子あり。是れ陰陽の両者が同じく処し相依り、彼此抑譲屈合す。陽は凝結してその裏面を統治し、光焰の中のあの紋理に似たる一点のものはすなわち陽気である。兔子は善く走る。陽の運動を象徴す。「兔」の読音は「僖僖呼呼」のごとく、もとは温暖の名称である。

月,水之精,故內明而氣冷。陰生不滿者,詘於君也;至望而盈者,氣事合也;盈而缺者,詘向尊也。其氣卑,卑故修表成緯。陰受陽精,故精在內,所以金水內景;內景,故精陰沈執不動。月為陰精,體自無光,藉日照之乃明,猶如臣自無威,假君之勢乃成其威。月初未政對日,故無光缺;月半而與日相對,故光滿;十六日已後漸缺,亦漸不對日也。

月は水の精華で、だから内裏は明亮にして気性は寒冷。月は初生する時は円満せず。君(日)に対して屈从するがゆえである。望日に到りて盈満するは、気と事と相合するがゆえである。盈満した後また亏缺するは、再度尊者に向かって屈譲するがゆえである。その気は卑下す。卑下すればこそただ外表を修飾して「緯星」と為るのみ能くす(恒定の経星と相対す)。陰は陽の精気を接受す。だから精華は裏面に含む。因って金と水とはみな「内景」に属す。すなわち光華は内に蔵る。すでに内景なれば、その精気は便ち陰沈に持守して外に動かず。月は陰精で、本体自身は並びに光を発せず。太陽の照射に憑ってこそ明亮す。正に臣子の自身に威勢なく、君主の権勢を借りてこそ威厳を成就するがごとし。月初はまだ太陽に正対せず。だから光なくして残缺す。月半に到りて太陽と正相対す。だから光華は円満す。十六日以後は逐漸亏缺し、もまた逐漸に太陽に正対せざるに至る。

《漢書·天文志》云:月,日行十三度四分度之一。立春、春分,東從青道;立秋、秋分,西從白道;立冬、冬至,北從黑道;立夏、夏至,南從赤道;季夏行中道。赤青出陽道,白黑出陰道。晦而見西方,謂之朓;朔而見東方,謂之朒。若君舒緩,臣驕慢,故日行遲而月行疾;君肅急,則臣恐懼,故日行疾而月行遲,不敢迫近君位也。其行遲疾失度,亦蝕。蝕者,當日之沖有闇虛,闇虛當月則月蝕,當星則星亡。月蝕者,陽侵陰也。董仲舒云:於人,妃后大臣諸公之象。月為刑,故月蝕修刑以禳之。

《漢書・天文志》にいう、月亮は毎日十三また四分之一度を行く。立春・春分の時は東辺より「青道」を走り、立秋・秋分の時は西辺より「白道」を走り、立冬・冬至の時は北辺より「黒道」を走り、立夏・夏至の時は南辺より「赤道」を走り、季夏は則ち中道を走る。その中、赤道・青道は陽道に属し、白道・黒道は陰道に属す。晦日にして西方に出現するを「朓」と呼び、朔日にして東方に出現するを「朒」と呼ぶ。もし君主が寛緩にして臣下が驕慢なれば、すなわち日行は遅く月行は疾くなり、君主が厳粛急切にして臣下が畏懼すれば、すなわち日行は疾く月行は遅くなり、敢えて君位に迫近せず。月行の快慢はひとたび常度を失えば、もまた月食が発生す。月食の成因は、太陽に正対するあの一方に「暗虚」(すなわち地影)ありて、暗虚は正に月亮に対して、月はすなわち亏食す。正に或る星宿に対すれば、あの星はすなわち隠没して見えず。月食は陽の陰を侵犯するに属す。董仲舒にいう、人事の上に落ちれば、月は妃后・大臣・諸公の象である。月は刑を主る。だから月食に遇えば刑政を修明して以て禳除するを要す、と。

五星者,《說文》云:星者,萬物之精。或曰:日分為星,故其字日下生。《史記》云:星,金之散精,星隕為石,此金是也。《春秋》云:隕石於宋,隕星也。又云:星者,陰精,金亦陰也。列而言之,各配五行,不獨主金。歲星,木之精,其位東方,主春,蒼帝之子,人主之象,五星之長,司農之官,主福慶。凡有六名:一名攝提,二名重華,三名應星,四名纏星,五名紀星,六名修人星。其所主國,曰吳、齊。超舍而前為盈,退舍為縮。行邪則主邪,行正則主正;政急則行疾,政緩則行遲;酷則行陰,和則行陽;行陽則旱,行陰則水;治則順度,亂則逆行。以其主歲,故名歲星。

さらに五星を言う。《説文解字》にいう、星は万物の精華、と。あるいはいう、太陽は分散し開けばすなわち星と成る。だから「星」の字は「日」より従い下に「生」に従う、と。《史記・天官書》にいう、星は金の散落したる精気で、星は地に墜ちればすなわち石頭と成る。見えるにそれは金に属す、と。《春秋》は「宋に隕石す」を記載す。言うは正に墜落したる星である。また一説あり、星は陰の精華にして、しかして金もまた陰に属す。ただしもし逐一に分列せば、五星は各々一行に配属して、並びに単単に金を主るにあらず。まず歳星(木星)を言う。それは木の精華で、方位は東方に在り、春季を主り、蒼帝の子・君主の象と為り、五星の長で、農事を掌管する官に相当し、福慶の事を主管す。それは共に六個の名号あり。一を攝提と名づけ、二を重華、三を應星、四を纏星、五を紀星、六を修人星と為す。それの主る所の分野の国は呉と斉。それはもし応に在るべき星舎を越えて向前すれば、「盈」と呼ぶ。退後して一舎すれば、「縮」と呼ぶ。それの運行が偏邪なれば、すなわち人主の邪僻に応験し、運行が端正なれば、すなわち人主の端正に応験す。政令が急迫すればそれは便ち走ること速く、政令が寛緩すればそれは便ち走ること慢く、政令が苛酷なればそれは便ち陰道を走り、政令が平和なればそれは便ち陽道を走る。陽道を走ればすなわち旱し、陰道を走ればすなわち澇す。天下が治まればそれは度に順いて行い、天下が乱ればそれは逆行す。それが歳功を主管するに因りて(約十二年に天を一周し、毎年一経行し一次す)、だから名づけて歳星と為す。

熒惑,火之精,其位南方,主夏,赤帝之子,方伯之象,五星之伯。上承太一,下司人君,謂天子理也。伺無道,出入無常,為天伺察,所往主兵亂賊喪飢疾。凡有二名:一名罰星,二名執法。其所主國,曰荊、越。是太白之雄,出南為熒惑,居西為天理,在東為縣息。以其出入無常,故名熒惑。鎮星,土之精,其位中央,主四季,女主之象,主德,為五星之王,一名地候,伺女主之邪正。入陽則為外,入陰則為內。四星皆失,鎮星乃為動。以其鎮宿不移,故名鎮星。

熒惑(火星)は火の精華で、方位は南方に在り、夏季を主り、赤帝の子・方伯の象と為り、五星中の伯長である。それは上に太一の命を承え、下に人君を督察す。すなわち天子の治理を督察するなり。それは無道の君を偵伺し、出没に常規なく、上天に替わりて巡察す。到る所は兵乱・盗賊・喪亡・飢荒・疾疫を主る。それに両個の名号あり。一を罰星と名づけ、二を執法と為す。主る所の分野の国は荊と越。それは太白の雄配である。南方に出現すれば熒惑と呼び、西方に居れば天理と呼び、東方に在れば県息と呼ぶ。それが出没常なく熒熒として人をして迷惑せしむるに因りて、だから名づけて熒惑と為す。鎮星(土星)は土の精華で、方位は中央に在り、四季の末を主り、女主の象と為り、徳を主り、五星の王で、また「地候」と名づく。もっぱら女主の邪と正とを察す。それは陽位に進入すればすなわち外事を主り、陰位に進入すればすなわち内事を主る。必ず其余の四星が全く度を失してこそ、鎮星はこそそれがために変動す。それが毎年一宿を鎮守して移動せざるに因りて、だから名づけて鎮星と為す。

太白,金之精,其位西方,主立秋,白帝之子,大將之象,以司兵凶。日南方,太白居其南;日北方,太白居其北,曰盈。日南方,太白居其北;日北方,太白居其南,曰縮。未可出東方而出東方,名重華;未可下東方而下東方,名少歲;未可出西方而出西方,名太白;未可下西方而下西方,名白省。凡有六名:一名天相,二名天政,三名大臣,四名大皓,五名明星,六名大囂。《詩》云:東曰啟明,西曰長更。其所主國,曰秦、晉、鄭。太白是歲星之雄。太白主兵,兵,西方,金,色白,故曰太白。

太白(金星)は金の精華で、方位は西方に在り、立秋を主り、白帝の子・大将の象と為り、兵事と凶事とを掌管す。太陽が南に偏する時は太白もまたそれの南辺に在り、太陽が北に偏する時は太白もまたそれの北辺に在る。これを「盈」と呼ぶ。太陽が南に偏するに太白はかえってそれの北辺に在り、太陽が北に偏するに太白はかえってそれの南辺に在る。これを「縮」と呼ぶ。東方に出現すべからざるにしかれども東方に出現するを「重華」と呼び、東方に沈没すべからざるにしかれども東方に沈没するを「少歳」と呼び、西方に出現すべからざるにしかれども西方に出現するを「太白」と呼び、西方に沈没すべからざるにしかれども西方に沈没するを「白省」と呼ぶ。それは共に六個の名号あり。一を天相と名づけ、二を天政、三を大臣、四を大皓、五を明星、六を大囂と為す。《詩経・小雅・大東》にいう、清晨に東方に在るを「啓明」と呼び、黄昏に西方に在るを「長庚」と呼ぶ(文中は「長更」と作る)。主る所の分野の国は秦・晋・鄭。太白は歳星の雄配である。太白は兵事を主り、兵は西方に属し、西方は金に属し、金色は白。だから太白と呼ぶ。

辰星,水之精,其位北方,主冬,黑帝之子,宰相之象,主刑。政酷則不入,政和則不出。凡有六名:一名安調,二名細極,三名熊星,四名鉤歲,五名伺農,六名勉星。其所主國,曰趙、代。辰星主德,是天之執政,出入平時,故曰辰星。經云:五車西北第一星曰太白,次北一星曰辰星,次東北一星曰歲星,次東南一星曰鎮星,次西南一星曰熒惑。此當五星分氣也。

辰星(水星)は水の精華で、方位は北方に在り、冬季を主り、黒帝の子・宰相の象と為り、刑罰を主管す。政令が苛酷なればそれは常度に入らず、政令が平和なればそれは常度を越出せず。それは共に六個の名号あり。一を安調と名づけ、二を細極、三を熊星、四を鈎歳、五を伺農、六を勉星と為す。主る所の分野の国は趙と代。辰星は徳を主り、上天の執政の官で、出没はみな時に合す。だから辰星と呼ぶ。星経にいう、五車星の中の西北方の第一星を太白と呼び、さらに北に往きて一星を辰星と呼び、さらに東北に往きて一星を歳星と呼び、さらに東南に往きて一星を鎮星と呼び、さらに西南に往きて一星を熒惑と呼ぶ。――これは正に五星の気の五車中における分布である。

又云:歲星變為彗星、欃雲、槍雲、天狗;熒惑變為彗星、蚩尤旗、格澤;鎮星變為獄漢、天沸、旬始、虹蜺;太白變為彗星,卽掃;辰星變為枉矢、天槍、天棓。並是五星氣亂,見妖星也,王者視之以知得失。《考靈曜》云:歲星為規,熒惑為矩,鎮星為繩,太白為衡,辰星為權。權衡規矩繩,並皆有所起,周而復始。故政失於春,歲星滿偃,不居其常;政失於復,熒惑逆行;政失於季夏,鎮星失度;政失於秋,太白失行,出入不當;政失於冬,辰星不效其鄉;五政俱失,五星不明。春政不失,五穀孳;夏政不失,甘雨時;季夏政不失,時無菑;秋政不失,人民昌;冬政不失,少疾喪;五政不失,日月光明。此則日月五星共為七政之道,亦名七曜,以其是光曜運行也。

星経にまたいう、歳星が変異を発生すれば、化して彗星・欃雲・槍雲・天狗と為る。熒惑が変異すれば、化して彗星・蚩尤旗・格沢と為る。鎮星が変異すれば、化して獄漢・天沸・旬始・虹霓と為る。太白が変異すれば、化して彗星と為る。すなわち掃星である。辰星が変異すれば、化して枉矢・天槍・天棓と為る。これらはみな五星の気が紊乱する時に顕現する妖星で、帝王はそれらを観察すれば、すなわち政事の得失を知るを得。《尚書考霊曜》はまた五星を五種の量具に比す。歳星は円規、熒惑は曲尺、鎮星は墨繩、太白は秤杆、辰星は秤錘。権・衡・規・矩・繩はみな各々起点ありて、周して復始して運行す。だから春天の政事が失当なれば、歳星はすなわち盈満偃伏して常度を守らず。夏天(文中は「復」と作る)の政事が失当なれば、熒惑はすなわち逆行す。季夏の政事が失当なれば、鎮星はすなわち度を失う。秋天の政事が失当なれば、太白はすなわちその行道を失い出没は時に当たらず。冬天の政事が失当なれば、辰星はすなわちそれが在るべき方位に應験せず。五時の政が全く失当なれば、五星はみな昏暗にして光なし。反対に、春政失わざれば、五穀は繁茂し、夏政失わざれば、甘霖は時に應じ、季夏政失わざれば、四時に灾なく、秋政失わざれば、人民は昌盛し、冬政失わざれば、疾病死喪は少なし。五政みな失わざれば、日月は自然に光明なり。以上はすなわち日月五星が合して七政と為るの道理。それらはもまた「七曜」と呼ばる。みな光を発して運行する天体なるがゆえである。

北斗為七政者,北斗,天樞也。天有七紀,斗有七星,第一至第四為魁,第五至第七為杓,合有七也。《尚書緯》云:璇璣,斗魁四星;玉衡,拘橫三星,合七,齊四時五威。五威者,五行也。五威在人為五命,七星在人為七端。北斗居天之中,當崑崙之上,運轉所指,隨二十四氣,正十二辰,建十二月。又,州國分野年命,莫不政之,故為七政。

第二種の説法は北斗七星を以て七政と為す。北斗は天の枢紐である。天に七紀あり、斗に七星あり。第一より第四星に至るを「魁」と為す。すなわち斗身である。第五より第七星に至るを「杓」と為す。すなわち斗柄である。合わせて正に七と為る。《尚書緯》にいう、「璇璣」は斗魁のあの四顆の星を指し、「玉衡」は横列する三顆の星を指す(文中は「拘横」と作る)。合わせて是れ七で、それを用いて四時と「五威」とを斉一す。五威はすなわち五行。五威は人の身上に落ちて「五命」と呼ばれ、七星は人の身上に落ちて「七端」と呼ばる。北斗は天の中央に居り、正に崑崙山の上に当たり、それの旋転して指す所の方向は二十四節気に隨って推移し、以て十二辰を端正し十二月の月建を確立するに用いる。この外、州国の分野・人の行年本命は、それの統轄を受けざるなし。だからそれを七政という。

《虞錄》云:北斗七星,據璇璣玉衡以齊七政。政者,天子所治天下,故王者承天行法。《合誠圖》云:北斗有七星,天子有七政。斗者,居陰布陽,故稱北斗。其七星各有四名。《合誠圖》云:斗第一星名樞,二名璇,三名璣,四名權,五名衡,六名開陽,七名標光。

《虞録》にいう、北斗七星は、璇璣玉衡に依拠して以て七政を斉一す。いわゆる「政」とは、すなわち天子の治理する所の天下で、だから帝王は天意を承奉して以て法度を推行するを要す。《春秋合誠図》にいう、北斗に七星あり、天子に七政あり。斗身は陰位に処して陽気を布散す。だから「北斗」と称す。この七顆の星は各々四套の名号あり。《合誠図》は第一套を給出す。斗の第一星の名は枢、第二は璇、第三は璣、第四は権、第五は衡、第六は開陽、第七は標光。

《黃帝斗圖》云:一名貪狼,子生人所屬;二名巨門,丑亥生人所屬;三名祿存,寅戌生人所屬;四名文曲,卯酉生人所屬;五名廉貞,辰申生人所屬;六名武曲,己未生人所屬;七名破軍,午生人所屬。《孔子元辰經》云:一名陽明星,二名陰精星,三名真人星,四名玄冥星,五名丹元星,六名北極星,七名天開星。

《黄帝斗図》は第二套の名号を給出し、併せてそれらを人の生年の地支の上に配す。第一を貪狼と名づけ、子年生の人の属する所。第二を巨門と名づけ、丑年・亥年生の人の属する所。第三を禄存と名づけ、寅年・戌年生の人の属する所。第四を文曲と名づけ、卯年・酉年生の人の属する所。第五を廉貞と名づけ、辰年・申年生の人の属する所。第六を武曲と名づけ、巳年(底本は「己」と作る)・未年生の人の属する所。第七を破軍と名づけ、午年生の人の属する所。これがすなわち後世の本命星君の説の源頭である。《孔子元辰経》は第三套を給出す。第一を陽明星と名づけ、第二を陰精星、第三を真人星、第四を玄冥星、第五を丹元星、第六を北極星、第七を天開星と為す。

《遁甲經》云:一名魁真星,二名魁元星,三名權九極星,四名魁細星,五名魓剛星,六名紀星,七名飄玄陽星。第一水,二水土,三木土,四金木,五金土,六火土,七火。所以子午各獨屬一星,其餘並兩辰共屬者,子午為天地之經,斗第一及第七魁剛兩星亦是斗之經建所用指也,自餘非所指者,故並兩屬。故六十甲子,從第一起甲子以配之,往還周旋,盡其數矣。

《遁甲経》は第四套を給出す。第一を魁真星と名づけ、第二を魁元星、第三を権九極星、第四を魁細星、第五を魓剛星、第六を某紀星(首字は罕見の異体で字書に失載)、第七を飄玄陽星と為す。それらの五行の属性は次のごとく依次す。第一は水に属し、第二は水に属して土を兼ね、第三は木に属して土を兼ね、第四は金に属して木を兼ね、第五は金に属して土を兼ね、第六は火に属して土を兼ね、第七は火に属す。なにゆえ子・午は各々単独に一星に帰属し、其余の地支はみな両両として共に一星に属するかに至っては――子と午とは天地の経線なればに由り、しかして北斗の第一星と第七星(魁星と剛星)もまた正に北斗が以て経建を定め方向を指示するの両顆である。其余の指向を担任せざる星は、則ち両個の地支に由りて合属す。だから六十甲子は第一星より起きて甲子を以て依次に相配し、往復回旋して、恰好この数を配し尽くす。

北斗領二十八宿,一星主四時,魁起室,剛起角,以次分屬。若人行年至室,而五星行到此宿者,隨星吉凶也。《合誠圖》云:樞星為雍州,璇星為冀州,璣星為青兗州,權星為徐揚州,衡星為荊州,開陽星為梁州,標光星為豫州。此為三才之道,併為斗之所政也。

北斗は二十八宿を統領し、毎一顆の星は一段の時令を主管す。斗魁は室宿より起算し、斗柄の剛星は角宿より起算し、依次に分派帰属す。仮に或る人の行年が室宿に走り到り、しかして五星が恰好この一宿に行き到れば、吉凶はすなわちあの顆の星に隨って定まる。《合誠図》はまた七星を九州に配す。枢星は雍州を主り、璇星は冀州を主り、璣星は青州と兖州とを主り、権星は徐州と揚州とを主り、衡星は荊州を主り、開陽星は梁州を主り、標光星は豫州を主る。これがすなわち天・地・人の三才の道で、もまた統統北斗の統轄する所に帰す。

二十八宿為七政者,以其分定國邦,布官設位也。《運斗樞》云:天有將相之位,佐列宿為衛,皆據璇璣玉衡,以齊七政,四時佈德,三道正氣。《尚書考靈曜》云:二十八宿周天三百六十五度四分度之一,故葉時月,正日度。星二十八宿配五行,有二別:一總配,二別配。

第三種の説法は二十八宿を以て七政と為す。それらが各国の疆域を划分確定し官职の位次を布列したるがゆえに。《春秋運斗枢》にいう、天上に将相の位次あり、輔佐の列宿は護衛を充当し、全く璇璣玉衡に依拠して以て七政を斉一し、四時は徳沢を布施し、三道は気候を端正す、と。《尚書考霊曜》にいう、二十八宿は周天を環遶して共に三百六十五また四分之一度。だから能く月份時令を協調し太陽の行度を校正す。二十八宿の五行に配するに両種の分法あり。一種は「総配」、一種は「別配」。

總配者:東方蒼龍七宿,角、亢、氐、房、心、尾、箕,木也,合三十二星,七十五度;南方朱雀七宿,東井、轝鬼、柳、七星、張、翼、軫,火也,合六十五星,一百五度;西方白虎七宿,奎、婁、胃、昴、畢、觜、參,金也,合五十一星,八十度;北方玄武七宿,斗、牽牛、須女、虛、危、營室、東壁,水也,合三十五星,九十八度。其屬土者,東則角亢,南則井鬼,西則奎婁,北則斗牛,皆居四季為土也。

まず総配を言う。東方の蒼竜七宿――角・亢・氐・房・心・尾・箕は、木に属し、共に三十二顆の星・七十五度。南方の朱雀七宿――東井・輿鬼・柳・七星・張・翼・軫は、火に属し、共に六十五顆の星・一百零五度。西方の白虎七宿――奎・婁・胃・昴・畢・觜・参は、金に属し、共に五十一顆の星・八十度。北方の玄武七宿――斗・牽牛・須女・虚・危・営室・東壁は、水に属し、共に三十五顆の星・九十八度。土に属するに至っては、東方は角・亢、南方は井・鬼、西方は奎・婁、北方は斗・牛。――それらはみな四方交接の季月の位に処す。だから土に帰す。これは正に土が四季に寄旺するの通例に合す。土に専属の一方なく、便ち四方より各々首尾の両宿を借る。四方七宿の度数を相加すれば、恰も是れ周天の三百六十五度の奇あり。読者は上に列する度数に按って逐方に累計すればすなわち験得しうる。

故曾子云:春分鳥星昏主春者中,可以種稷;夏至心星昏主夏者中,可以種黍菽;秋分虛星昏主秋者中,可以種麥;冬至昴星昏主冬者中,山人可以伐器械,家人可以收萑葦、蓄積、田獵。王者坐視四星之中,而知民之緩急,急則不賦力役,故曰敬授民時也。此為總配。

だから曾子にいう、春分の時は「鳥星」(南方朱雀中に春を主るあの顆)が黄昏に中天に上れば、すなわち稷を播種すべし。夏至の時は心星が黄昏に中天に上れば、すなわち黍と豆を播種すべし。秋分の時は虚星が黄昏に中天に上れば、すなわち麦を播種すべし。冬至の時は昴星が黄昏に中天に上れば、山居する人は以て木材を砍伐して器械を制作し、居家する人は以て芦荻を收割し粮草を儲備し田猟に従事すべし。帝王は安坐してこの四顆の中星を観察すれば、すなわち百姓の農事の緩急を知るを得。農事が緊迫する時は便ち力役を征発せず。これがすなわち《尚書》のいう所の「敬授民時」である。以上は総配の講法である。

別配五行者:角二星,為天門,三光之路,十二度,於時在辰,鄭分,木也。亢四星,為天庭,尚書之曹,九度,於時在辰,鄭分,春夏為火,秋冬為水也。氐四星,為宿宮,路寢所止,十五度,於時在卯,宋分,春夏為金,秋冬為水也。房六星,為明堂,政教之道,五度,於時在卯,宋分,土也。心三星,為天王之位,五度,於時在卯,宋分,春夏為木,秋冬為火也。

さらに別配を言う。すなわち逐宿に分別して五行に配し、併せて一一に星数・所司の職掌・所占の天度・所値の地支(十二次の辰)と分野の国とを注明す。角宿は二星で、天門である。日月五星の三光が運行する通道で、十二度を占め、辰に値り、鄭国の分野で、木に属す。亢宿は四星で、天庭である。たとえば尚書省の官署のごとく、九度を占め、辰に値り、鄭国の分野で、春夏は火に属し秋冬は水に属す(凡そ両属を注するは、みなその宿が季節に隨ってその気を変換することを表示す)。氐宿は四星で、安寝の宮で、天子の路寝の所在で、十五度を占め、卯に値り、宋国の分野で、春夏は金に属し秋冬は水に属す。房宿は六星で、明堂で、政教を頒布する所で、五度を占め、卯に値り、宋国の分野で、土に属す。心宿は三星で、天王の座位で、五度を占め、卯に値り、宋国の分野で、春夏は木に属し秋冬は火に属す。

尾九星,為後宮,妃嬪之府,十八度,於時在寅,燕分,水也。箕四星,為王后所居,進御之寢,十一度,於時在寅,燕分,木也,春夏為金,秋冬為土也。斗六星,為主爵祿,褒賢進士,二十六度,於時在丑,吳分,木也。牽牛六星,為主橋樑,七政之始,八度,於時在丑,吳分,木也。須女四星,為主布帛,天之內藏,十二度,於時在子,越分,春夏為水,秋冬為火也。

尾宿は九星で、後宮で、妃嬪の府第で、十八度を占め、寅に値り、燕国の分野で、水に属す。箕宿は四星で、王后の居る所・進御の寝殿で、十一度を占め、寅に値り、燕国の分野で、木に属するに、しかして春夏は金に属し秋冬は土に属す。斗宿は六星で、爵位俸禄を主管し、賢良を褒奨し士人を薦抜す。二十六度を占め、丑に値り、呉国の分野で、木に属す。牽牛は六星で、橋梁を主管し、七政推歩の起点で、八度を占め、丑に値り、呉国の分野で、木に属す。須女は四星で、布帛を主管し、上天の内府の庫蔵で、十二度を占め、子に値り、越国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。この一組は尾より女に至り、寅・丑・子の三辰を跨ぎ、分野は燕より呉より越に由り、正に東北より東南沿海の一線に至る。その中、箕宿はすでに本気は木に属すと注し、また春夏は金に属し秋冬は土に属すと注するは、それが東方蒼竜の末に居りてすでに土旺の季位に近づくがゆえに、時令に隨って気を換するを要す。

虛二星,為廟堂,主祭祀事,十一度,於時在子,齊分,春夏為水,秋冬為金也。危三星,為墳墓,以識先祖,十七度,於時在子,齊分,春夏為水,秋冬為火也。營室二星,為主軍糧,以稟士卒,十六度,於時在亥,衛分,春夏為木,秋冬為土也。東壁二星,為文章,圖書之府,九度,於時在亥,衛分,春夏為金,秋冬為水也。

虚宿は二星で、廟堂で、祭祀の事を主管し、十一度を占め、子に値り、斉国の分野で、春夏は水に属し秋冬は金に属す。危宿は三星で、墳墓で、以て先祖の葬処を標識するに用い、十七度を占め、子に値り、斉国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。営室は二星で、軍粮を主管し、士卒の口粮を供給し、十六度を占め、亥に値り、衛国の分野で、春夏は木に属し秋冬は土に属す。東壁は二星で、文章の事を主り、図書の府蔵で、九度を占め、亥に値り、衛国の分野で、春夏は金に属し秋冬は水に属す。この四宿は同じく北方玄武に属し、子・亥の両辰に値り、分野は斉・衛に在り、約当今の山東北部と河南北部に当たる。それらの本気はみな水で、だから春夏は一槪に水と作り、秋冬に到ってこそ生克に隨って金・火・土に転ず。ここに由りて見えるに別配の法は本宿の気を以て体と為し時令の気を以て用と為し、両者を叠加して以て吉凶を定む。

奎十六星,為五兵之庫,禁御暴亂,十六度,於時在戌,魯分,春夏為金,秋冬為火也。婁三星,為苑牧,主給享祠,十二度,於時在戌,魯分,春夏為水,秋冬為火也。胃三星,為倉廩,五穀所聚,十四度,於時在酉,趙分,春夏為木,秋冬為水也。昴七星,為主獄事,典治決斷,十一度,於時在酉,趙分,春夏為火,秋冬為金也。畢八星,為邊兵,備夷狄,十度,於時在酉,趙分,春夏為金,秋冬為水也。

奎宿は十六星で、五種の兵器の倉庫で、以て暴乱を禁絶抵御するに用い、十六度を占め、戌に値り、魯国の分野で、春夏は金に属し秋冬は火に属す。婁宿は三星で、苑囿牧場で、祭享の用いる所の犠牲を供給することを主り、十二度を占め、戌に値り、魯国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。胃宿は三星で、倉廩で、五穀の聚積する処で、十四度を占め、酉に値り、趙国の分野で、春夏は木に属し秋冬は水に属す。昴宿は七星で、刑獄の事を主管し、獄訟の裁断を掌理し、十一度を占め、酉に値り、趙国の分野で、春夏は火に属し秋冬は金に属す。畢宿は八星で、辺防の兵で、夷狄を防備し、十度を占め、酉に値り、趙国の分野で、春夏は金に属し秋冬は水に属す。この一組は奎より畢に至り、戌・酉の両辰を跨ぎ、分野は魯と趙に在り、みな西方白虎の位に属す。西方は刑殺を主る。だからこの几宿の職司は多く兵庫・刑獄・辺防のこの類の粛殺の事と関連す。

觜觿三星,為保藏,收檢秋物,二度,於時在申,晉分,春夏為火,秋冬為土也。參伐十星,為天大將,斬劉收穫,九度,於時在申,晉分,春夏為火,秋冬為土也。東井八星,為主水衡,以法平時,三十三度,於時在未,秦分,春夏為火,秋冬為水也。轝鬼五星,為視明,主察奸謀,四度,於時在未,秦分,春夏為水,秋冬為火也。

觜觿は三星で、保守収蔵を主り、秋收の物を収斂検点し、二度を占め、申に値り、晋国の分野で、春夏は火に属し秋冬は土に属す。参宿は伐星を連ねて共に十星で、天上の大将で、斬殺刈獲を主り、九度を占め、申に値り、晋国の分野で、春夏は火に属し秋冬は土に属す。東井は八星で、「水衡」の職を主管し、法度を用いて時務を平治し、三十三度を占め、未に値り、秦国の分野で、春夏は火に属し秋冬は水に属す。輿鬼は五星で、視察昭明を主り、もっぱら奸謀を察覚することを管し、四度を占め、未に値り、秦国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。觜・参は申に値り、井・鬼は未に値り、正に白虎の末と朱雀の首と交接する地方に当たる。だから職司もまた収蔵・斬伐より一転して平治・察奸と為る。見えるに宿次の位置は直接にそれの主る所の事を決定す。

柳八星,為上食,主和滋味,十五度,於時在午,周分,春夏為水,秋冬為火也。星七星,為衣裳,主蓋身體,七度,於時在午,周分,春夏為火,秋冬為水也。張六星,為主客,賜與燕嬉,十八度,於時在午,周分,水也。翼二十二星,為天唱,主以戲虞,十八度,於時在巳,楚分,春夏為木,秋冬為金也。軫四星,為死喪,以知交凶,十七度,於時在巳,楚分,春夏為木,秋冬為土也。

柳宿は八星で、膳食を進献することを主り、滋味を調和することを掌り、十五度を占め、午に値り、周の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。星宿は七星で、衣裳を主り、身体を遮蔽することを掌り、七度を占め、午に値り、周の分野で、春夏は火に属し秋冬は水に属す。張宿は六星で、賓客を接待することを主り、賞賜と宴楽とを掌り、十八度を占め、午に値り、周の分野で、水に属す。翼宿は二十二星で、天上の倡優で、歌舞娯楽を主管し、十八度を占め、巳に値り、楚国の分野で、春夏は木に属し秋冬は金に属す。軫宿は四星で、死喪の事を主り、以て交会の凶険を預知するに用い、十七度を占め、巳に値り、楚国の分野で、春夏は木に属し秋冬は土に属す。柳・星・張は同じく午位に値り、翼・軫は同じく巳位に値り、みな南方朱雀に属す。だから職司は多く飲食・衣裳・賓客・歌舞のこの類の礼楽の事に関わる。ここに至りて二十八宿は逐一に配し尽くせり。

《漢書·天文志》云:角、亢、氐,韓鄭兗州之分;房心,宋豫州之分;尾箕,燕幽州之分;井鬼,秦雍州之分;柳、七星、張,三河之分;翼、軫,楚荊州之分;奎、婁、胃,魯徐州之分;昴、畢,趙冀州之分;觜、參,魏梁州之分;斗,江湖之分;牽牛、須女,吳揚州之分;虛、危,齊青州之分;室、壁,衛幷州之分。此皆當分所主,正其州國善惡,故為政也。

《漢書・天文志》は別に一組の分野の划分を記す。角・亢・氐の三宿は韓・鄭と兖州の分野に属す。房・心は宋と豫州に属す。尾・箕は燕と幽州に属す。井・鬼は秦と雍州に属す。柳・七星・張は三河の一帯に属す。翼・軫は楚と荊州に属す。奎・婁・胃は魯と徐州に属す。昴・畢は趙と冀州に属す。觜・参は魏と梁州に属す。斗は江湖の一帯に属す。牽牛・須女は呉と揚州に属す。虚・危は斉と青州に属す。室・壁は衛と并州に属す。これらはみな各宿が自己の分野内に主管する地面で、以てあの一州あの一国の善悪吉凶を判定するに用いる。だからそれらを「政」と呼ぶ。

《石氏天官訓解》云:角二星,是蒼龍之首,上角兩角間,天之道,日月五星所行,故名角。亢,為朝廷,對揚於王,夙夜謀諮四海之內,故名亢。氐,是正寢,冰解之室,故名氐。房,是天子四時所居,故名房。心,前一星為太子,中為天子,後一星為庶子,如人心處中,為身之主,故名心。尾,是東方蒼龍宿之尾,故名尾,象形也。箕,近斗,象播揚五榖,故名箕。

《石氏天官訓解》は逐一に二十八宿の名を得る由来を解釈す。角宿は二星で、蒼竜の頭部で、上面の両只の角の間はすなわち「天の道」で、日月五星はみなここより経過す。だから角と呼ぶ。亢宿は朝廷で、臣下はここに在りて当面向かって君王に陳奏し、日夜天下の事を謀議咨詢す。「亢」に高挙の義あり。だから亢と呼ぶ。氐宿は天子の正寝で、すなわちいわゆる「氷解の室」で、冬尽き春回る時に起居する地方を指す。だから氐と呼ぶ。房宿は天子が四時に起居する処所で、だから房と呼ぶ。心宿は三星。前の一星は太子と為り、中間の一星は天子と為り、後の一星は庶子と為す。正に人の心が中央に居りて一身の主と為るがごとし。だから心と呼ぶ。尾宿は東方蒼竜のこの象の尾巴で、だから尾と呼ぶ。取るは象形である。箕宿は斗宿に靠近し、形状は五穀を簸揚する簸箕に似る。だから箕と呼ぶ。

斗,量器也,斟酌爵祿,其形似斗,故名斗。牛亦象牛角,七政之始,故名牛。女,方正,裁割之象,婢妾之類,故名女。虛,耗也,其間空虛,廟堂之象,故名虛。危,似室屋,亦如墳墓,故名危。營室有六星,為離宮,似宮室,故名室。壁,直立似壁,孔子藏書於壁,效此義也,故名壁。

斗宿:「斗」はもとは量器で、以て爵位俸禄を斟酌するに用いる。この一宿の形状は斗に似る。だから斗と呼ぶ。牛宿の形状もまた牛角に似て、しかもそれは七政推歩の起点である。だから牛と呼ぶ。女宿は方方正正にして、裁剪割截の象ありて、婢妾の一類の職事に属す。だから女と呼ぶ。虚宿:「虚」は耗損で、この宿は星と星との間は空空蕩蕩として、廟堂の空闊の象である。だから虚と呼ぶ。危宿の形状は屋室に似て、もまた墳墓に似る(高くして危険の状)。だから危と呼ぶ。営室に六顆の星ありて、天子の離宮で、形状は宮室に似る。だから室と呼ぶ。壁宿の星形は直立して一堵の牆壁のごとく、孔子は書を牆壁の中に蔵めたり。正にこの義を取る。だから壁と呼ぶ。

奎,為庫,主兵,形象庫周密。故奎,乖也,兵以乖違故舉,所以名奎。婁,如樓閣,亦似鍾婁,故養犧牲以為名。胃,在藏為五穀之府,主廩倉,故以為名。昴,悴聚,如囚之在牢獄,故主獄事。昴星也,聚則憂,故名為昴。畢,邊夷毛頭之類,如天子警畢,毛頭唱之,畢了唱,以警眾心,故以名之也。

奎宿は武庫で、兵事を主り、星形は倉庫のごとく周密に囲合する。しかして「奎」はまた「乖」と訓し、兵事は総じて彼此乖違するに因りてこそ発動す。だから奎と呼ぶ。婁宿の形状は楼閣に似て、もまた鐘楼(文中は「鍾婁」と作る)に似る。古人はこの類の処所にて祭祀に用いる犠牲を畜養せり。すなわちこれに拠って名を得。胃宿:胃は人の身の臓腑の中において五穀の府で、だからこの一宿は倉廩を主管す。もまた「胃」を以て名と為す。昴宿:「昴」に憔悴聚集の義あり。星象は囚犯が牢獄の裏に挤るがごとし。だから刑獄の事を主管す。星は一処に聚れば便ち憂愁を生ず。因って名づけて昴と為す。畢宿:形は辺地の夷人の頭上の毛飾の一類に似て、また天子の出行する時の儀仗「警蹕」(文中は「警畢」と作る)に似る。――毛頭旗を持する人に由りて前に呼唱せしめ、唱え畢りて再び接続して伝呼す。以て衆人の心を警戒するに用いる。だから「畢」を用いて命名す。

觜,聚也,為白虎之鼻,聚在虎觜須間,故以為名。參,共也,雜金土之氣,共行殺罰,故名參。井,精也,盛水亭平,精微之至,此星象法度,如水之平,故名井。鬼,歸也,陽歸於陰,所以其內一星闇而不明,鬼之象也,故以為名也。柳,留也,《春秋傳》曰:或食於任。柳,一名任也。祭祀鬼神,合和五味,留神靈也,故以名之。

觜宿:「觜」は聚で、それは白虎の鼻子で、星は老虎の嘴鬚の間に聚る。因って名を得。参宿:「参」は共同で、それは金と土の両種の気を雑含し、共同して殺伐刑罰を施行す。だから参と呼ぶ。井宿:「井」は精で、井中に水を盛りて水面は平静し、精微は極処に到る。この一宿は法度を象徴し、正に水面のごとく平なり。だから井と呼ぶ。鬼宿:「鬼」は帰で、陽気は陰中に帰入す。だからそれの当中に一顆の星は昏暗にして明らかならず。正に鬼の形象である。因って名を得。柳宿:「柳」は留で、《春秋伝》に「或いは任に食す」といい、柳の別名はすなわち「任」と呼ぶ。鬼神を祭祀し五味を調和するは、神霊を留住せんがためである。だから「柳」を用いて名と為す。

七星數七,如鳥之衣覆上,故以名之。張,開張也,為朱鳥之嗉,有容納,故主賓客也。翼,如六翮,似鳥兩翅之飛,故以名翼。軫,似小車四馬,車後橫曰軫,凶事之用,故以為名。其狀見邪正,闕陵歷蝕,散為妖異,彗孛飛流,如此之徒,並以占候飛開義釋,故不委具。三種七政,既配五行,略說如此。

星宿の星数は正に七顆で、鳥の身上の羽衣が背を覆うに似る。因って名を得。張宿:「張」は開張で、それは朱雀の嗉囊で、能く食物を容納す。だから賓客宴饗を主管す。翼宿の形は鳥の六根の大羽に似て、たとえば鳥兒の両翅を張開して飛翔するがごとし。だから翼と呼ぶ。軫宿の形状は一輛の四馬小車に似て、車廂の後面のあの横木をすなわち「軫」と呼ぶ。それは凶喪の事に用いる。因って名を得。これらの星宿の形状は以て政事の邪正を顕示しうる。ひとたび亏缺・陵犯・干犯・掩蝕が出現すれば、散じて開きてすなわち妖異の象と為る。彗星・孛星・飛星・流星の類のごとし。これらはみな別に占候の法を用いて解説するを要す。だからここは詳しく舗陳せず。以上の三種の七政はすでに五行を配し畢り、大略はここに講じ到るを以て止む。

第十七 八卦八風を論ず

八卦者,《周易》云:古者庖羲氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文與地之宜,近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,以類萬物之情。兼三才而兩之,故六畫而成卦。因八方之通八風,成八節之氣,故卦有八。其配五行者,乾兌為金,坎為水,震巽為木,離為火,坤艮為土,各以方位言之。《易通卦驗》云:艮,東北,主立春;震,東方,主春分;巽,東南,主立夏;離,南方,主夏至;坤,西南,主立秋;兌,西方,主秋分;干,西北,主立冬;坎,北方,主冬至。

八卦に説き及ぶに、《周易・繋辞下》にいう、古時に伏羲氏は天下を統治し、頭を抬げて天上の物象を観察し、頭を低して地上の法則を観察し、鳥獣の紋理と土地の宜する所とを察看し、近きは自身に取象し、遠きは外物に取象し、ここに於て始めて八卦を画出し、以て神明の徳性を貫通し万物の情状を比類するに用いたり、と。また兼ねて天・地・人の三才を取りて各々両爻を画く。だから六画してこそ一卦を成す。八方は各々一種の風を通じて八個の節気の気を形成するに因りて、だから卦の数目は八と定む。八卦の五行に配するは、乾・兌は金に属し、坎は水に属し、震・巽は木に属し、離は火に属し、坤・艮は土に属す。これらはみな各卦の居る所の方位に按って講ずるを要す。《易通卦験》にいう、艮は東北に在りて立春を主り、震は東方に在りて春分を主り、巽は東南に在りて立夏を主り、離は南方に在りて夏至を主り、坤は西南に在りて立秋を主り、兌は西方に在りて秋分を主り、乾は西北に在りて立冬を主り、坎は北方に在りて冬至を主る、と。

坎居北方者,冬至之日,陽氣動於黃泉之下,子雖大陰之位,以陽氣動其下,故其卦外陰內陽,象水內明,中懷陽也,故居子位以配水。艮在西北者,其卦一陽在上,象立春之時陽氣已發,在於地上,下有重陰,象陰氣猶厚,陽氣尚微。艮既為山,以其重陰在下,積土深,故卦復在丑。丑為未沖,故以配土。

坎はなにゆえ北方に居るか。冬至のこの日に陽気はすでに黄泉の下に萌動すればに由る。子位は太陰の位なるといえども、しかし陽気はそれの下面に在りて動くあり。だから坎卦の卦象は外陰内陽(両陰爻が一陽爻を夾む)で、水の表面は幽暗にして内裏は明澈し中間に陽気を懐くを象徴す。だからそれは子位に居りて水に配す。艮はなにゆえ東北に在るか(底本は「西北」と作るが、上文《通卦験》に拠れば東北と作るべし)。艮卦は一陽は上に在り二陰は下に在りて、立春の時に陽気はすでに発出し地面の上に浮び、しかして下面にはなお重叠の陰ありて、陰気はなお厚く陽気はなお微なるを象徴するがゆえである。艮はすでに山に象れば、重陰の下に在り積土の甚だ深きに由りて、だから卦位はまた丑の上に落つ。丑と未とは相冲し、未は土旺の位。だから艮は土に配す。

震居東方者,震為長男,能主干任,故居顯明之地。東方,春也,萬物咸得生出,明淨顯著。震為雷,雷動則萬物出。春分之時,天氣下降,地氣上騰,天地和同,萬物萌動,故震居卯。卯,木,少陽之位,故以配木。巽居東南者,其卦重陽在上,象立夏之時,陽氣已盛在上,陰氣微弱在於下。木之為物,入地最少,出土最多。巽卦二陽在上,象木出地之多;一陰居下,象木入地之少。木體是陽,亦宜明顯,故在東南以配於木。離居南方者,夏至之時,陰動於黃泉之下,午是盛陽之位而陰氣動,故其卦外陽內陰,象火外明內暗,懷陰氣也,故在南方以配火。

震はなにゆえ東方に居るか。震卦は長男で、能く主持担当するがゆえに、顕明の地に安置せらる。東方はすなわち春天で、万物はみな能く土を破りて出で、明浄にして顕著なり。震は雷を象徴し、雷はひとたび動けば万物はすなわち出づ。春分の時は、天気は下降し地気は上騰し、天地は交和して万物は萌動す。だから震は卯位に居る。卯は木に属し、少陽の位である。だから震は木に配す。巽はなにゆえ東南に居るか。巽卦は両陽は重叠して上に在り一陰は伏して下に在りて、立夏の時に陽気はすでに上に盛んにして陰気は微弱にして下に蔵るるを象徴するがゆえである。樹木のこの種の物は、土の裏に扎し入る部分は最少なく、地面を露出する部分は最も多し。巽卦は二陽は上に在り、正に木の土を出ずるの多きに象り、一陰は下に在り、正に木の地に入るの少なきに象る。木の本体は陽に属し、もまた顕明すべし。だから巽は東南に居りて木に配す。離はなにゆえ南方に居るか。夏至の時に陰気はすでに黄泉の下に萌動するがゆえである。午は盛陽の位で、偏りにこの時に陰気は発動す。だから離卦の卦象は外陽内陰(両陽爻が一陰爻を夾む)で、火の外表は明亮にして内裏は昏暗にして陰気を懐くを象徴す。だから離は南方に居りて火に配す。

坤居西南者,坤卦純陰之象,能養萬物,莫過於地也。陰體卑順,不敢當首。陰動於午,至未始著,故坤後午之位。地體積陰,坤既純陰,象地。禮以中央土在未,地卽土也,故在西南以配土也。兌在西方者,兌卦一陰在上,象秋分之時陽氣已深。金為少陰,故一陰居上。酉是金位,故在西方以配金。干居西北者,乾卦純陽之象,生萬物者莫過乎天,干為生物之首。陽氣起子,干是陽氣之本,故先子之位。以純陽堅剛,故在西北以配金。

坤はなにゆえ西南に居るか。坤卦は純陰の象で、しかして能く万物を養育するは地に若くなきがゆえである。陰の性体は卑下柔順にして、敢えて首位を占拠せず。陰気は午位より発動を始め、未位に到ってこそ顕著す。だから坤は午位の後に排せらる。地体は陰気の積聚に由りて成る。坤はすでに純陰なれば、正に地を象徴す。礼家は中央の土を未位に定む。しかして地はすなわち土。だから坤は西南に在りて土に配す。兌はなにゆえ西方に在るか。兌卦は一陰は上に在り二陽は下に在りて、秋分の時に陽気はすでに深蔵するを象徴するがゆえである。金は少陰に属す。だからただ一陰のみ上に居る。酉は金の本位。だから兌は西方に在りて金に配す。乾はなにゆえ西北に居るか。乾卦は純陽の象で、しかして能く万物を生養するは天に若くなく、乾は生物の首である。陽気は子位に起こり、乾は陽気の根本で、だから子位の前に排するを要す。それが純陽にして堅剛なるに因りて、だから西北に在りて金に配す。

《易傳》曰:震主春分穀雨,穀雨得天兌,則萬物畢生。兌者,西方之卦,是時日在昴,昴,西方之宿,以日在西,故曰天兌。貌順木得,則天兌為和;貌失木逆,則天兌為害,而常雨為罰。兌主秋分霜降,霜降得天震之動氣,則天下霜,萬物死。震者,東方之卦,是時日在房,房,東方之宿,以日在東,故曰天震。言順金得,則天震為和;言失金逆,則天震為害,而旱罰。所以貌雨言旱者,震陽兌陰,陽旱陰雨也。木之所以雨、金之所以旱者,其人事貌失,則下怨,陰盛故雨;言失則失眾,孤陽獨立,群陰不附,故旱。春秋二時,震兌相臨,天地氣和,所以不極寒熱也。

《易伝》にいう、震は春分と穀雨の両個の節気を主る。穀雨の時に「天兌」の気を得れば、万物はすなわちみな生長し出づ。兌はもと西方の卦で、この時太陽は昴宿に行き到り、昴は西方の星宿で、日が西方に在るに因りて、だからこの股の気を「天兌」と称す。人君は容貌が恭順にして木気が宜を得れば、天兌の気はすなわち調和す。容貌が度を失いて木気が逆乱すれば、天兌の気はすなわち害を為し、天罰は便ち久雨である。兌は秋分と霜降とを主る。霜降の時に「天震」の動気を得れば、天下はすなわち霜を降し、万物は凋死す。震はもと東方の卦で、この時太陽は房宿に行き到り、房は東方の星宿で、日が東方に在るに因りて、だからこの股の気を「天震」と称す。人君は言語が理に順いて金気が宜を得れば、天震の気はすなわち調和す。言語が失当して金気が逆乱すれば、天震の気はすなわち害を為し、天罰は便ち干旱である。なにゆえ容貌が度を失えば久雨を招来し、言語が失当すれば干旱を招来するか。震は陽に属し兌は陰に属し、陽は旱を主り陰は雨を主るがゆえである。さらに人事の上より木がなにゆえ雨を主り金がなにゆえ旱を主るかを講ずれば、容貌が度を失えば則ち下民は怨を生じ、陰気はここに因りて偏盛す。だから雨を下す。言語が失当すれば則ち衆心を失掉し、君主は孤陽独立と変じ、羣陰は帰附し来らず。だから干旱す。春秋の両季に震と兌とは彼此相臨し、天地の気は調和す。だから極寒極熱は出現せざるなり。

坎主冬至大寒,大寒得天坎之氣,則天下大寒。是時日在虛,虛,北方之宿,故曰天坎。聽順水得,則天坎為和;聽失水逆,則天坎為罰,故常寒。離主夏至大熱,大熱發長,復得天離之氣,則天下大熱,萬事畢出。是時日在七星,七星,南方七宿,故曰天離。視順火得,則天離為和;視失火逆,則天離為罰,故常燠。冬夏二時,天地氣並,坎離各當其方,所以極寒熱也。

坎は冬至と大寒とを主る。大寒の時に「天坎」の気を得れば、天下はすなわち大いに冷す。この時太陽は虚宿に行き到り、虚は北方の星宿で、だからこの股の気を「天坎」と称す。人君は聴聞が聡敏にして水気が宜を得れば、天坎の気はすなわち調和す。聴聞が失当して水気が逆乱すれば、天坎の気はすなわち化して天罰と為り、ここに於て長寒解けず。離は夏至と大熱とを主る。暑熱は万物の生長を催発し、さらに「天離」の気を得れば、天下はすなわち大いに熱し、万物は尽数長じ出づ。この時太陽は七星宿に行き到り、七星は南方の七宿に属す。だからこの股の気を「天離」と称す。人君は観察が明白にして火気が宜を得れば、天離の気はすなわち調和す。観察が失明して火気が逆乱すれば、天離の気はすなわち化して天罰と為り、ここに於て長燠退かず。冬夏の両季は天地の気は相並び、坎と離とはまた各々本方に当値す。だからこそ極寒と極熱とが出現するを得るなり。

今分八卦以配方位者,坎離震兌各在當方之辰,四維四卦,則丑寅屬艮,辰巳屬巽,未申屬坤,戌亥屬干。八卦既通八風八方,以調八節之氣,故坎生廣莫風,四十五日至艮,生條風;四十五日至震,生明庶風;四十五日至巽,生清明風;四十五日至離,生景風;四十五日至坤,生涼風;四十五日至兌,生閶闔風;四十五日至干,生不周風;四十五日又至坎。陽氣生五極九,五九四十五,故左行四十五日而一變也。

いま八卦を方位の上に分配す。坎・離・震・兌の四正卦は各々本方の地支に居る。すなわち子・午・卯・酉。四維の卦は則ち丑・寅は艮に属し、辰・巳は巽に属し、未・申は坤に属し、戌・亥は乾に属す。八卦はすでに八風を貫通し八方を鎮守すれば、すなわち以て八節の気を調節するに用いる。だから坎位は「広莫風」を生じ、四十五日を行って艮位に到りて「条風」を生じ、さらに四十五日到って震位にて「明庶風」を生じ、さらに四十五日到って巽位にて「清明風」を生じ、さらに四十五日到って離位にて「景風」を生じ、さらに四十五日到って坤位にて「涼風」を生じ、さらに四十五日到って兌位にて「閶闔風」を生じ、さらに四十五日到って乾位にて「不周風」を生じ、さらに四十五日にしてまた坎位に回帰し、恰好一年の三百六十日なり。四十五のこの数の来歴は、陽の生数は五・極数は九で、五九は相乗して四十五を得。だから風気は左に順いて行い、四十五天毎に変換一次す。

廣莫風者,廣,大也;莫,沙漠也,寒氣廣遠,自沙漠而來也。亦云:此時陽氣在下,陰莫之廣大也。條風者,條,達也,此時達生萬物也。明庶風者,庶,眾也,此時陽以施惠之德,眾物皆明出也。清明風者,天氣明淨清涼也,此時清風吹萬物,使盛大明淨可觀也。

「広莫風」の名を得る由来:「広」は大で、「莫」は沙漠を指し、寒気は広遠にして、沙漠より一路に吹き来たる。もまた一説あり、この時陽気は下に伏し、陰気は則ち広大無辺なり(「莫」は「漠」に通じ、広大の義を取る)。「条風」:「条」は通達で、この時風は能く通達して万物を生養す。「明庶風」:「庶」は衆多で、この時陽気は恩惠の徳を施布し、衆物はみな明朗に長じ出づ。「清明風」:天気は明浄清涼で、この時清風は万物を吹拂し、それらをして盛大明浄にして観賞に供せしむ。

景風者,景,高也,萬物至此太高也。亦言景,竟也,陽道至此終竟也。涼風者,秋風涼也,此時陰氣淒涼,收成萬物也。閶闔風者,昌盛也,此時萬物盛而收藏之也。不周風者,周,遍也,萬物備成;不周者,閉不通也,言此時純陰無陽,閉塞不通也。

「景風」:「景」は高で、万物はこの時に到りて長じて極めて高し。もまた「景」はすなわち「竟」で、陽道はここに到りて終結すという説あり。「涼風」:秋風は寒涼で、この時陰気は凄清にして、万物を収斂成就す。「閶闔風」:「昌」は盛で、この時万物はすでに盛極まりて之を収蔵に加う。「不周風」:「周」は周遍で、万物はここに到りてすでに完備して成る。しかして「不周」は閉じて通ぜず。言うはこの時純陰にして陽なく、天地は閉塞して通ぜず。八風の名字は、このように一年の陽気の生・長・収・蔵の四段の過程を標出せり。

《淮南子》曰:東北方曰蒼門,生條風;東方曰開明門,生明庶風;東南方曰陽門,生清明風;南方曰暑門,生景風;西南方曰白門,生涼風;西方曰閶闔門,生閶闔風;西北方曰幽都門,生不周風;北方曰寒門,生廣莫風。

《淮南子・天文訓》は別に「八門」の名を立てて以て八風に配す。東北方を蒼門と呼び、条風を生ず。東方を開明門と呼び、明庶風を生ず。東南方を陽門と呼び、清明風を生ず。南方を暑門と呼び、景風を生ず。西南方を白門と呼び、涼風を生ず。西方を閶闔門と呼び、閶闔風を生ず。西北方を幽都門と呼び、不周風を生ず。北方を寒門と呼び、広莫風を生ず。配する所の風は前面の八卦の一路と完全に相同じ。ただ毎個の方位に別に一個の門名を起こしたるのみ。

蒼門者,東北木將用事,春之始,故曰蒼門。開明門者,明,陽也,日之所出,故曰開明門。陽門者,月建在巳,純陽用事,故曰陽門。暑門者,盛衰之時,故曰暑門。白門者,月建在申,金氣之始,故曰白門。閶闔門者,八月建在酉,萬物將收,閶,大;闔,閉,收閉之時,故曰閶闔門。幽都門者,幽,暗也,玄冥將始用事,陰聚故幽也,故曰幽都門。寒門者,積寒所在,故曰寒門。此八極之方,是八風之所起也。

この八個の門名は各々理由あり。「蒼門」:東北は木のまさに当令せんとする処で、春の開端である。蒼は木の色。だから蒼門と呼ぶ。「開明門」:明はすなわち陽で、ここは太陽の昇起する地方である。だから開明門と呼ぶ。「陽門」:月建は巳に在り、純陽が当令す。だから陽門と呼ぶ。「暑門」:正に暑気の極盛にしてまさに転衰せんとする時に当たる。だから暑門と呼ぶ。「白門」:月建は申に在り、金気はここより始まる。白は金の色。だから白門と呼ぶ。「閶闔門」:八月は酉を建て、万物はまさに収斂せんとす。「閶」は大で、「闔」は閉で、正に大いに収閉する時に加う。だから閶闔門と呼ぶ。「幽都門」:「幽」は幽暗で、北方の水神玄冥はまさに当令せんとし、陰気は聚集するがゆえに幽暗なり。だから幽都門と呼ぶ。「寒門」:寒気の積聚する所。だから寒門と呼ぶ。この八個の極遠の方位は、すなわち八風の発起する地方である。

《呂氏春秋》云:東方滔風,東南動風,南方巨風,西南悽風,西方飄風,西北厲風,北方寒風,東北炎風。此意亦同於前。《太公兵書》云:坎名大剛風,干名折風,兌名小剛風,艮名凶風,坤名謀風,巽名小弱風,震名嬰兒風,離名大弱風。

《呂氏春秋》はまた一套の名称あり。東方を滔風と呼び、東南を動風と呼び、南方を巨風と呼び、西南を凄風と呼び、西方を飄風と呼び、西北を厲風と呼び、北方を寒風と呼び、東北を炎風と呼ぶ。――用意は前面の各家と相同じく、ただ名を取る角度の不同なるのみ。《太公兵書》は則ち直接に八卦に按って八風に命名し、軍事占候に用いる。坎位の風を大剛風と呼び、乾位を折風と呼び、兌位を小剛風と呼び、艮位を凶風と呼び、坤位を謀風と呼び、巽位を小弱風と呼び、震位を嬰兒風と呼び、離位を大弱風と呼ぶ。

大剛風者,大陰之氣,好殺故剛。折風者,金強,能摧折物也。小剛風者,亦金殺故也。凶風者,艮在鬼門,凶害之所也。謀風者,坤為地,大陰之本,多陰謀也。小弱風者,巽為長女,故稱弱也。嬰兒風者,震為長男,愛之,故曰兒。大弱風者,離為中女,又弱於長女也。大剛、小剛,客勝;大弱、小弱,主人勝;凶,有凶害之事;謀,有謀逆之人;折,為將死;嬰兒風,主人強。此並兵家顴客主盛衰,候風所從來也。

《太公兵書》は逐一にこれらの名目を解釈す。「大剛風」と呼ぶは、坎は太陰の気にして殺伐を好行するがゆえに、だから剛なり。「折風」と呼ぶは、乾金は剛強にして能く物件を摧折するがゆえに。「小剛風」と呼ぶは、もまた兌金の殺を主るに因る。「凶風」と呼ぶは、艮位は東北の鬼門に在りて凶害の所在なるがゆえに。「謀風」と呼ぶは、坤は地と為りて太陰の本源にして多く陰謀を生ずるがゆえに。「小弱風」と呼ぶは、巽は長女なるがゆえに、だから弱と称す。「嬰兒風」と呼ぶは、震は長男にして人の愛惜する所と為るがゆえに、だから兒と称す。「大弱風」と呼ぶは、離は中女にして長女よりさらに弱きがゆえに。占戦に用いるの断法は、大剛風・小剛風を刮れば、客軍は勝を得。大弱風・小弱風を刮れば、主軍は勝を得。凶風を刮れば、凶害の事あらん。謀風を刮れば、軍中に叛逆を図謀する人あらん。折風を刮れば、主将まさに死せんとす。嬰兒風を刮れば、主軍は強盛なり。これらはみな兵家が以て主客双方の盛衰を観察し風の何方より吹き来たるかを候察するの弁法である。

楊泉云:春氣臑,其風溫以和,喜風也;夏氣盛,其風陽以貞,樂風也;秋氣勁,其風熛以清,怒風也;冬氣冷,其風凝以厲,哀風也。又,四維之風,隨生成之氣,方土異宜,各隨所感而風者,天之號令,治政之象。若君有德令,則風不搖條,清和調暢;若政令失,則氣怒兇暴,飛沙折木。此天地報應之理也。此皆五行之氣,故並釋焉。

晋人の楊泉にいう、春気は温軟にして、その風は温和調順なり。是れ歓喜の風。夏気は盛壮にして、その風は陽剛にして端正なり。是れ快楽の風。秋気は勁急にして、その風は急疾にして清冽なり。是れ憤怒の風。冬気は寒冷にして、その風は凝滞にして凄厲なり。是れ悲哀の風。四隅の風に至っては、則ち当地の生成の気に隨って定まる。各処の水土は同じからず所宜に別ありて、みな各々の感召する気に按って風を起こす。風は上天の号令にして、もまた政治の象徴である。君主にもし仁徳の号令あらば、風は樹枝をも吹き動かさず、清和にして調暢す。もし政令に失あらば、風気はすなわち憤怒凶暴にして、飛沙走石し樹木を折断す。これがすなわち天地報応の道理である。以上の種種もまたみな五行の気の致す所なれば、だから一併にここに解説す。

第十八 情性を論ず

《左傳》子產云:則天之明。天有三光,故曰明也。因地之性。性,生也,生萬物,故因其所生而用之。生其六氣,用其五行。五行者,為五性也;六氣者,通六情也。翼奉云:五行在人為性,六律在人為情。性者,仁、義、禮、智、信也;情者,喜、怒、哀、樂、好、惡也。五性處內御陽,喻收五藏;六情處外御陰,喻收六體。故情勝性則亂,性勝情則治。性自內出,情從外來,情性之交,閒不容繫。

《左伝》昭公二十五年は鄭国の子産の話を記して「上天の明に効法す」という。――天に日・月・星の三種の光体あり。だから「明」と称す。また「大地の性に依循す」という。――「性」はすなわち「生」で、地は能く万物を生養す。だからそれの生ずる所に順って以て利用に加えるを要す。天は六気を生出し、地はそれの五行を用いる。五行は人の身上に落ちて「五性」と成り、六気は人の身上に落ちて通じて「六情」と為る。翼奉にいう、五行は人に在りて性と為り、六律は人に在りて情と為る、と。性はすなわち仁・義・礼・智・信。情はすなわち喜・怒・哀・楽・好・悪。五性は内裏に処して陽を統御し、たとえば五臓を収摂するがごとし。六情は外面に処して陰を統御し、たとえば六体を収摂するがごとし。だから情が性を圧過すればすなわち乱れ、性が情を圧過すればすなわち治まる。性は内裏より発出し、情は外面より進入す。性と情との交接の処は緊密に相連し、中間は一根の絲をも挿入する能わず。

《說文》曰:情,人之陰氣,有欲嗜也;性,人之陽氣,善者也。《孝經援神契》云:性者,人之質,人所稟受產;情者,陰之數,內傳著流,通於五藏。故性為本,情為末。性主安靜,恬然守常;情則主動,觸境而變。動靜相交,故閒微密也。河上公章句云:五性之鬼曰魂,為雄;六情之鬼曰魄,為雌。此明性陽情陰也。

《説文解字》にいう、情は人の陰気で、欲望嗜好を帯ぶ。性は人の陽気で、是れ善のあの一面、と。《孝経援神契》にいう、性は人の本質で、人の天地の気を禀受して生成する所である。情は陰の数に属し、体内に伝布流行し、五臓に通ず、と。だから性は本で、情は末である。性は安静を主り、恬然として常度を守る。情は則ち動を主り、ひとたび外境に触れればすなわち変化を起こす。動と静とは彼此交接す。だから両者の間の界限は極めて微細厳密なり。河上公《老子章句》にいう、五性の神霊を「魂」と呼び、雄に属す。六情の神霊を「魄」と呼び、雌に属す。これは正に性の陽に属し情の陰に属することを説明す。

六情既通六氣,今先依服注《左傳》云:六氣者,陰、陽、風、雨、晦、明也。陰作土,陽與風作木,雨作金,晦作水,明作火,唯天陽不變。陰為土者,土是陰義,故陰凝為土。風作木者,風,動也,木亦動,觸地而出;箕星,東方之宿,主風;又,巽為木、為風也。雨作金者,雨,水也,水性銷釋,金性亦可銷釋。畢星,西方之宿也,主雨,故《詩》云:月離於畢,俾滂沲矣。故雨作金也。晦作水者,晦,闇也,晦闇則水生,闇,黑,為水之色也。明作火者,明照於物,故為火也。皆從其類以之。

六情はすでに六気と相通ずれば、まず服虔の《左伝》を注する説法に依りて講ず。六気は陰・陽・風・雨・晦・明である。それらの五行に配するは、陰は土に配し、陽と風とはみな木に配し、雨は金に配し、晦は水に配し、明は火に配す。ただ天の陽のみその属を改めず。陰の土と為る所以は、土は本身就中に陰の意味を含着し、陰は凝聚すれば便ち土と成るがゆえである。風の木と為る所以は、「風」はすなわち動で、木もまた動なり。地面を頂破して出づ。さらに箕星は東方の星宿にして風を主り、加うるに《周易》は巽を以て木と為しまた風と為す。木と風とはもと相通ず。雨の金と為る所以は、雨はすなわち水で、水性は能く銷融し、金性もまた銷熔しうる。二者は同じ理。しかして畢星は西方の星宿にして雨を主る。だから《詩経・小雅・漸漸之石》に「月は畢宿に靠近し、天はまさに大雨を下さんとす」という。因って雨を金に配す。晦の水と為る所以は、「晦」は幽暗で、幽暗なれば則ち水は生じ、しかして暗はすなわち黒で、黒は正に水の顔色なるがゆえである。明の火と為る所以は、明は能く万物を照見するがゆえに、だから火に配す。この几条の配法は、みな同類相従の原則に按って定下せられたるなり。

鄭玄注《禮記》云:木為雨,金為陽,火為燠,土為風,水為寒。震主春分,春分穀雨得天兌,則萬物畢生。兌,西方之卦,是時日在昴,昴,西方之宿也,以日在西方,故謂天兌。貌順木得,則天兌為和,故木為雨。《詩》云:習習谷風,以陰以雨也。

鄭玄の《礼記》を注する配法は則ち同じからず。木は雨に配し、金は陽に配し、火は燠(暖)に配し、土は風に配し、水は寒に配す。彼の推理は、震卦は春分を主り、春分より穀雨に至るこの段の時間は「天兌」の気を得て、万物はすなわち全く生長し出づ。兌は西方の卦で、この時太陽は昴宿に行き到り、昴は西方の星宿で、日が西方に在るに因りて、だからこの股の気を「天兌」と称す。人君は容貌が恭順にして木気が宜を得れば、天兌の気は便ち調和す。因って木は雨に配す。《詩経・邶風・谷風》に「和舒なる谷風吹き来たれば、天はすなわち陰りて雨を下す」という。正に証と為すべし。

金為陽者,秋時日行東方房星之宿,得天震之氣,言順金得,則天震為和,震為陽也。秋時物成,所以物,是其和也;逆金氣,則為旱罰,故金為陽也。土為風者,傳云:思心有失,厥罰常風。言風者,土之氣也。《莊子》曰:大塊噫氣,其名曰風。土者為君,君立教令,故為風;土立四季,故令失則風為災也。

金の陽に配する所以:秋天に太陽は東方の房宿の位置に行き到りて「天震」の気を得。人君は言語が理に順いて金気が宜を得れば、天震の気はすなわち調和し、しかして震は正に陽に属す。秋天は万物は成熟す。能く万物を成就する所以は(此の句に底本は一個の罕見の異体字ありて字書に失載)、正にこの股の和気の功労である。もし金気に違逆せば、すなわち干旱を以て懲罰と為す。だから金は陽に配すという。土の風に配する所以:《左伝》に「思心に失あれば、その罰は常に風」という。見えるに風はすなわち土の気である。《荘子・斉物論》にいう、大地の吐き出す気、その名字をすなわち風と呼ぶ、と。土は君主を象徴し、君主は教令を設立し、教令の流布は風のごとし。だから風に配す。土はまた四季の末に旺す。だから政令ひとたび失せば、風は便ち灾害と成る。

鄭以木為雨,服以木為風;服以金為雨,鄭以金為陽;鄭以土為風,服以土為陰。兩說相反,各有其意。今就五行而辨,服近之矣。所以然者,水生於金,金體非陽;木為少陽,不應為雨;土為地,地本是陰;風自是陰陽之氣,不獨生於土。服以木為風者,取巽木,故為當也。

両家を対照して起こせば、鄭玄は木を以て雨に配し、服虔は木を以て風に配す。服虔は金を以て雨に配し、鄭玄は金を以て陽に配す。鄭玄は土を以て風に配し、服虔は土を以て陰に配す。両説は恰好相反し、各々その道理あり。いま単に五行の自身に就きて辨別すれば、服虔の説法はさらに正確に接近す。理由に几条あり。水は金の生ずる所に由る。見えるに金の本体は並びに陽に属さず。木は少陽で、雨に配すべからず。土はすなわち地で、地はもともと陰に属す。風に至っては、もとは陰陽の気の激盪して成る所で、並びに単独に土より生出するにあらず。服虔は木を以て風に配するに、取るは巽卦のすでに木と為りまた風と為るの義で、だからさらに妥当と為す。

六氣通於六情者:好為陽,惡為陰,怒為風,喜為雨,哀為晦,樂為明。好為陽者,陽氣好生,是以為好;惡為陰者,陰氣好殺,是以為惡。怒為風者,楊泉云:風者,陰陽孔氣,激發而起,猶人之內氣,因喜怒哀樂激發起也。曾子曰:陰陽怒而為風。喜而為雨者,曾子曰:陰陽和而為雨。和潤故為喜也。哀為晦者,晦,闇也,愁則閉塞,故暗,所以為晦。樂為明者,樂則情舒散,故明也。

六気と六情との相通ずる配法は、好は陽に配し、悪は陰に配し、怒は風に配し、喜は雨に配し、哀は晦に配し、楽は明に配す。好の陽に配する所以は、陽気は生養を喜好するがゆえに、だから「好」と呼ぶ。悪の陰に配する所以は、陰気は殺伐を喜好するがゆえに、だから「悪」と呼ぶ。怒の風に配する所以:楊泉にいう、風は陰陽が孔竅の中より激発して起こる気で、たとえば人体の内の気が喜怒哀楽に因りて激発して動くがごとし、と。曾子もまたいう、陰陽はひとたび発怒すればすなわち風と成る、と。喜の雨に配する所以:曾子にいう、陰陽は調和すればすなわち雨と成る、と。雨は能く万物を和潤す。だから喜に属す。哀の晦に配する所以:晦はすなわち幽暗で、人はひとたび憂愁すれば心気は便ち閉塞す。だから昏暗す。因って晦に配す。楽の明に配する所以:快楽の時は情志は舒展発散す。だから明朗なり。

《漢書·禮樂志》云:人含天地陰陽之氣,有喜怒哀樂之情。《論衡》曰:人五藏,以心為主,心發智慧,而四藏從之:肝為之喜,肺為之怒,腎為之哀,脾為之樂。故聖人節之,恐傷性也。翼奉云:好則膀胱受之,水好前,故曰好;怒則膽受之,少陽始盛,萬物前萌也;惡則小腸受之,夏長養萬物,惡偽,故曰惡;喜則大腸受之,金為珍物,故皆喜;樂則胃受之,土生養萬物,上下皆樂;哀則三焦受之,陰陽之府,陽升陰終,其宮室竭,故曰三焦,故哀悽也。

《漢書・礼楽志》にいう、人は天地陰陽の気を含着す。だから喜怒哀楽の情を生出す、と。《論衡》にいう、人の五臓は心を以て主宰と為し、心は智慧を発出し、其余の四臓はみなそれに隨従す。――肝は喜を生じ、肺は怒を生じ、腎は哀を生じ、脾は楽を生ず。だから聖人はこれらの情緒を節制し、ただそれらの本性を傷るを恐る、と。翼奉は則ち改めて六腑より説を立つ。「好」は膀胱に由りて承受せらる。水性は一味に向前に趨走す。だから好と呼ぶ。「怒」は胆に由りて承受せらる。この時少陽の気は転盛を始め、万物は争先して萌発す。「悪」は小腸に由りて承受せらる。夏天は万物を長養し、最も虚偽を厭悪す。だから悪と呼ぶ。「喜」は大腸に由りて承受せらる。金は珍宝の物で、人は見ればみな歓喜す。「楽」は胃に由りて承受せらる。土は万物を生養し、上下みな歓楽す。「哀」は三焦に由りて承受せらる。三焦は陰陽の腑で、陽気は上昇して陰気は終盡し、その宮室は空竭す。だから三焦と呼ぶ。因って哀凄を主る。

《論衡》以四時論藏,翼奉以風通六情論府。脾腎二種藏府是同,肝肺二藏及府不同者:藏以肺有殺罰之性,故怒;府以合肺金珍之用,故喜。肝則以春氣生,故喜;膽則以合火能焚燎,故怒。二理並通。又云:喜氣為暖,當春;怒氣為晴,當秋;樂氣為陽,當夏;哀氣為陰,當冬。此與《論衡》意合。

《論衡》は四時に按って以て五臓を論じ、翼奉は風の六情に通ずるに按って以て六腑を論ず。両家は脾・腎のこの両組の臓腑の上において説法は一致し、肝・肺のこの両組の上においては則ち同じからず。原因は、臓の上より言えば、肺に粛殺刑罰の性あり。だから怒を主る。腑の上より言えば、大腸は肺金の珍宝の用に合す。だから喜を主る。肝はもし春天の生発の気より講ずれば、すなわち喜を主る。胆はもし火に合して能く焚焼するより講ずれば、すなわち怒を主る。両套の道理はみな講じ通じ、並びに衝突せず。翼奉はまたいう、喜気は温暖と為り、春に当たる。怒気は晴燥と為り、秋に当たる。楽気は陽と為り、夏に当たる。哀気は陰と為り、冬に当たる。――これは《論衡》の意思と正に相吻合す。

翼奉云:東方性仁情怒,怒行陰賊主之;南方性禮情惡,惡行廉貞主之;下方性信情哀,哀行公正主之;西方性義情喜,喜行寬大主之;北方性智情好,好行貪狼主之;上方性惡情樂,樂行奸邪主之。貪狼主求索財物,既云貪狼,理然來須。陰賊主之劫盜,此亦不疑。廉貞主上客遷召,寅為陽始,午為陽盛,故稱上客;既有廉貞之性,理自召任高遷。

翼奉はまた五方・五性・六情と六種の神煞とを一緒に配す。東方は性は仁に属して情は怒に属し、怒の行事は「陰賊」に由りて主管せらる。南方は性は礼に属して情は悪に属し、悪の行事は「廉貞」に由りて主管せらる。下方は性は信に属して情は哀に属し、哀の行事は「公正」に由りて主管せらる。西方は性は義に属して情は喜に属し、喜の行事は「寛大」に由りて主管せらる。北方は性は智に属して情は好に属し、好の行事は「貪狼」に由りて主管せらる。上方は性は悪に属して情は楽に属し、楽の行事は「奸邪」に由りて主管せらる。この六神の主る所の事は各々来由あり。貪狼は財物を捜求することを主る。――すでに貪狼と名づければ、理に按って自然に外に向かって索取す。陰賊は劫奪盗窃を主る。これもまた疑うを要せず。廉貞は上賓と升遷徴召とを主る。――寅は陽気の始、午は陽気の盛。だから「上客」と称す。すでに廉潔貞正の性あれば、理に按って自然に任用と高升とを招来す。

寬大主酒食慶善,寬大多所容納,故有善慶,善慶必置酒食。奸邪主疾病,淫淫欺欺,故因邪惡而生,邪惡必生疾病。公正主執仇諍諫,正故能爭,公故能執仇讎也。情好者,水,生申盛子。水性觸地而行,觸物而潤,多所好,故為好;多所好則貪無厭,故為貪狼,申子主之。

寛大は酒食と喜慶善事とを主る。――寛大なれば則ち容納する所多し。だから善慶あり。しかして善慶あれば必ず酒食を擺設するを要す。奸邪は疾病を主る。――淫佚欺詐は、みな邪悪より生出する所なるがゆえに、邪悪は必然に疾病を招致す。公正は仇怨を執持することと直言諫諍とを主る。――正直なるに因りて能く争弁し、公道なるに因りて敢えて仇讐と相抗す。以下に逐一に六情の配する所の地支を講ず。情が「好」に属するは水で、長生は申に在り極盛は子に在る。水性はひとたび地面に碰ればすなわち流走し、何に碰るもすなわちそれを滋潤し、喜好する所は極めて多し。だから「好」と呼ぶ。喜好多すぎれば便ち貪得にして厭足なし。だからまた「貪狼」と呼び、申・子の両支に由りて主管せらる。

情怒者,木,生亥盛卯。性受水氣而生,貫地而出,故為怒;卯木生於子水,與卯還自相刑,亥又自刑,是以陰氣相賊,故為陰賊,亥卯主之。貪狼必得陰賊而後動,陰賊必得貪狼而後用,二陰並行,是以王者忌於子卯相刑之日也。

情が「怒」に属するは木で、長生は亥に在り極盛は卯に在る。木性は水気を承受して生じ、土層を穿透して冲出す。だから「怒」と呼ぶ。卯木はもと子水の生ずる所に由るに、しかしてまた子と相刑し、亥は自身もまた自刑なり。因って陰気は彼此戕害す。だから「陰賊」と呼び、亥・卯の両支に由りて主管せらる。貪狼は必ず陰賊に遇上してこそ発動し、陰賊は必ず貪狼に遇上してこそ起用す。両股の陰気は一同に運行して害を為す。だから帝王は子卯相刑の日に行事するを忌諱す。

情惡者,火,生寅盛午。火性炎猛,無所容受,故為惡;其氣清明精耀,以禮自整,故為廉貞,寅午主之。情喜者,金,生巳盛酉。金為寶物,見之者喜;又喜以利刃加於萬物,故喜。利刃所加,無不寬廣,為器則多容受,故為寬大,巳酉主之。二陽並行,是以王者吉於午酉之日。情樂者,謂北與東,陽氣所萌生,故為上,亦主中央。辰為水窮也,木落歸本,水流歸末,故木刑在未,水刑在辰,盛衰各得其所,故樂。水窮則無隟不入,木上出,窮則旁行為斜,故為奸邪,辰未主之。

情が「悪」に属するは火で、長生は寅に在り極盛は午に在る。火性は炎烈猛暴にして、何物をも容納せず。だから「悪」と呼ぶ。ただしその気は清明にして精光は目を耀かし、能く礼節を以て自ら整飭す。だからまた「廉貞」と呼び、寅・午の両支に由りて主管せらる。情が「喜」に属するは金で、長生は巳に在り極盛は酉に在る。金は宝物で、人は見ればみな歓喜す。それはまた鋒利の刃口を万物の身上に加るるを喜ぶ。だから「喜」と呼ぶ。利刃の到る所は開闊せざるなく、器皿を鋳成すれば則ち容量は寛大なり。だからまた「寛大」と呼び、巳・酉の両支に由りて主管せらる。この両股の陽気は一同に運行す。だから帝王は午日・酉日に行事するを吉と為す。情が「楽」に属するは、北方と東方とを指し、あそこは陽気の萌生する処で、だから「上」と称し、同時にまた中央を兼主す。辰は水の走りて窮盡する地方で、樹葉は凋落して終に根本に帰り、水流は奔涌して終に末端に帰す。だから木の自刑は未に落ち、水の自刑は辰に落つ。盛と衰とは各々その所に帰す。だから「楽」と呼ぶ。しかしながら水は窮尽の処に到れば入らざる孔なく、木は向上に長じて尽頭に到れば旁出横斜す。だからまた「奸邪」と呼び、辰・未の両支に由りて主管せらる。

情哀者,謂南與西,陰氣所萌生,故為下。戌,窮火也;丑,為金窮也。金剛火強,各歸其鄉,故火刑在午,金刑在酉。金火之盛,而被自刑,至窮無所歸,故曰哀。火性無私,金性剛斷,故曰公正,戌丑主之。故曰:五性居本,六情在末,情因性有,性而由情,情性相因,故以備釋。

情が「哀」に属するは、南方と西方とを指し、あそこは陰気の萌生する処で、だから「下」と称す。戌は火の走りて窮盡する地方で、丑は金の走りて窮盡する地方である。金は剛硬にして火は強猛にして、各々本郷に回帰す。だから火の自刑は午に落ち、金の自刑は酉に落つ。金火はもともと極盛なるに、かえって自刑に遭い、窮処に走り到りて帰る家なし。だから「哀」と呼ぶ。火性に偏私なく、金性は剛強果断なり。だからまた「公正」と呼び、戌・丑の両支に由りて主管せらる。因って言う、五性は根本に居り、六情は末梢に処す。情は性に因りて有り、性もまた情に憑ってこそ顕現す。情と性とは互相依存す。だからこの一篇の裏に詳しく解説を加う、と。

第十九 治政を論ず

治政者,治者,治也,治立為名;政者,正也,不邪為稱。百姓不能自治,樹君以治之;萬民不能自正,立長以正之。正使不邪,治令不亂;不亂故安,不邪故善。善則盜賊不興,安則各保其業,所以能勝殘去殺,道路鴈行,蚖蛇可蹠,驎龍可駕,如此名政治也。孔子曰:為政以德,譬如北辰,居其所而眾星共之。《大戴禮》云:君者,治之本,無君焉治。能法五行,謂之合道。所以寬猛喻之水火,仁義取於金木,順四序以教民,資五材而為用,任人任力,理歸一揆。

「治政」に説き及ぶに、「治」はすなわち治理で、治理に因りて名を得る。「政」はすなわち端正で、邪僻ならざるを以て名と為す。百姓は能く自ら自らを治理せず。だから君主を樹立して以て彼らを治理す。万民は能く自ら自らを端正せず。だから官長を設立して以て彼らを端正す。端正は人をして邪僻ならざらしめ、治理は天下をして紊乱ならざらしむ。乱れざればこそ安定し、邪ならざればこそ良善なり。良善なれば則ち盗賊は起こらず、安定すれば則ち人人は各々自己の産業を保住す。このようにしてこそ孔子のいう「残に勝ち殺を去る」を做し得、路上の行人は雁陣のごとく有序に行い、蝮蛇は踩踏しうるも人を傷らず、麟龍は駕馭しうる。――この般の地步に達してこそ、政治と称するに配す。孔子にいう、徳を用いて国政を治理すれば、たとえば北極星の本位に安居して衆星のそれを環繞するがごとし、と。《大戴礼記》にいう、君主は治理の根本で、君主なくんばどこぞ治理を談ずるを得んや。能く五行に取法すれば、すなわち道に合すと呼ぶ、と。だから寛と猛とを水と火とに比作し、仁と義とを金と木とに取象す。四時の次序に順って百姓を教化し、五種の材質に憑藉して人の使用に供す。人力を任用するにも物力を役使するにも、道理は帰結すればみな同じ一条の準則である。

《春秋繁露·治順五行篇》云:木用事,其氣濁而青,七十二日;火用事,其氣陽而赤,七十二日;土用事,其氣溫濁而黃,七十二日;金用事,其氣堅凝而白,七十二日;水用事,其氣清寒而黑,七十二日。復木之用事,則行柔惠,進經術之士。至於立春,出輕繫,去稽留,除桎梏,開閉闔,通障塞,存幼孤,矜寡獨,此並順春之施也。無伐木,恩及草木,則朱草生,詩人所歌恩及行葦者也。不伐木者,不可違天陽生長之氣也。若夫人君馳騁無度,沈湎縱恣,重徭役,奪民時,厚稅斂,則民疾疢瘮,患足疾,傷春氣,故皆木病也。木傷敗,則龍深藏,木禽懼而不見也;鯨鯢出而為禍,鱗甲之蟲有金氣,所以傷木也。

《春秋繁露・治順五行》篇にいう、木が当令する時は、その気は渾濁にして色は青、七十二日を主る。火が当令する時は、気は陽盛にして色は赤、七十二日を主る。土が当令する時は、気は温濁にして色は黄、七十二日を主る。金が当令する時は、気は堅凝にして色は白、七十二日を主る。水が当令する時は、気は清寒にして色は黒、七十二日を主る。――五行は各々七十二日を主り、相加すれば正に三百六十日にして一年と為る(前の両処の「気」の下に各々一個の罕見の異体字ありて字書に失載。姑くその形を存す)。木の当令に輪到すれば、すなわち柔和の恩惠を施行し、経術に通暁する士人を進用するを要す。立春に到れば、軽罪の囚犯を釋放し、積圧の案子を清理し、刑具を除去し、閉鎖せる門戸を打開し、阻塞せる道路を疏通し、幼孤を抚恤し、鰥寡孤独を怜愍するを要す。――これらはみな春天の施生の徳に順応する挙措である。樹木を砍伐するなかれ。恩徳は草木に惠及せば、朱草のこの種の瑞草はすなわち生長し出でん。すなわち詩人の歌詠する所の「恩沢は路旁の蘆葦に及ぶ」である。樹を砍らざるの道理は、上天の陽気の生長の徳に違逆すべからざるなり。反対に、仮に君主が馳騁游猟して節制なく、酒色に沉溺して恣意放縦し、徭役を加重し、農時を侵奪し、賦税を加厚せば、百姓はすなわち疢熱の疾を生じ脚病を患う。これらはみな春気を傷りて、木病に属す。木はひとたび傷敗せられれば、竜はすなわち深蔵して出でず。――竜は木類の霊物にして、驚恐を受けて肯んじて現身せざるがゆえに。反って鯨鯢は出でて禍を為す。――鱗甲の虫は金気を帯び、金は正に以て木を克傷するに用いる。だから木衰すればそれは勢を得るなり。

火用事,則正封疆,修田疇。至於立夏,舉賢良,封有德,賞有功,出使四方,此順火之化,長養萬物也。無縱火,則火順人用,甘露降,鳳凰來,黃鵠見。鳳凰卽朱雀之類,喜故出見;甘露、黃鵠,並子慶其母也。若人君用讒佞,離骨肉,疎忠臣,棄法令,婦人為政,則民病血腫,國因不明,火為災,冬鴈不來。鳥為怪,火不善,故鳥有變怪;憂懼,故不來也。

火が当令する時は、すなわち疆界を端正し田畝を整治するを要す。立夏に到れば、賢良を挙薦し、徳ある人を分封し、功ある人を賞賜し、使者を派遣して四方に出行せしむるを要す。――これらはみな火の化育と万物を長養するの義に順応す。火を縱して焚焼するなかれ。火はすなわち人の使用に順従し、ここに於て甘露は降下し、鳳凰は飛来し、黄鵠は現身す。鳳凰はすなわち朱雀の一類で、歓喜に因りて出現す。甘露と黄鵠とは則ち水と金とに属し、是れ「子の来たりてその母を慶賀する」の象である。仮に君主が讒佞を任用し、骨肉を離間し、忠臣を疏遠し、法令を廃棄し、婦人をして朝政に干預せしめば、百姓はすなわち血腫の病を生じ、国家はここに因りて昏暗不明と為り、火は反って灾と成り、冬天は大雁もまた飛来せず。鳥に怪異を出現するは、火気の善からざるに因る。だから禽鳥は変怪を生ず。それらは心に憂懼を懐く。だから肯んじて来らざるなり。

土用事,養長老,矜寡獨,賜孝悌,施恩澤,順土寬和含養之德也。無興土功,宮室制度有差,親戚之恩有序,則五穀成,嘉禾出,賢聖來。土氣順,故嘉禾和熟;其德景大,故聖賢悅之而來。若人君淫樂無度,侮親老,困百姓,則民病腹心之疾。心腹主土,氣不和,故病。賢人隱藏,百穀不登,裸蟲為災。土性傷,故稼穡不成;賢人惡之,所以不見;裸蟲,土氣也,傷,故為變。

土が当令する時は、年長の人を奉養し、鰥寡孤独を怜愍し、孝順友悌の人を賞賜し、広く恩沢を施して、以て土の寛和含容養育の徳性に順応するを要す。土木の工程を興動するなかれ。宮室の規格に等差あり、親戚の間の恩義に次第あれば、このように五穀はすなわち成熟し、嘉禾は出現し、賢聖は前来す。土気は順暢す。だから嘉禾は和順に成熟す。土徳は広大す。だから賢聖は帰附を楽しむ。仮に君主が淫楽して度なく、親長を軽慢し、百姓を困苦せしめば、百姓はすなわち腹心の病を生ず。――心腹は土に属し、土気は不和せば、だから病を致す。同時に賢人は隠匿し、百穀は歉収し、裸虫は灾と成る。これは土性の傷るるを受くればこそ、莊稼は成らず。賢人はこの種の局面を厭悪す。だから肯んじて露面せず。裸虫はもと土気に属し、土気はひとたび傷られれば、すなわち化して灾変と為る。

金用事,修城郭,繕牆垣,審闢禁,飭甲兵,警百官,誅不法,此並順金以威嚴肅殺之氣也。無焚金石,則白虎見。虎是金獸,喜故出也。若人君貪賂,好用兵,則民人病咳嗽,筋牽鼻塞。鼻主肺,肺病,故咳嗽而鼻塞,此並金為疾也。毛蟲金石為怪,金氣傷,故為變怪也。

金が当令する時は、城郭を修筑し墻垣を繕治し、刑禁を審定し甲兵を整飭し、百官を警戒し不法を誅除するを要す。――これらはみな金の威厳粛殺の気に順応す。金石を焚焼するなかれ。白虎はすなわち出現せん。虎は金類の瑞獣で、歓喜に因りて現身す。仮に君主が賄賂を貪図し干戈を動かすを好めば、百姓はすなわち咳嗽・筋脉の牽掣・鼻塞を患う。――鼻は肺の主る所で、肺はひとたび病あれば、だから咳嗽して鼻塞す。これらはみな金気の致す所の疾病である。毛虫と金石とに怪異を出現するは、則ち金気の傷るるを受くるに因る。だから変じて怪異を生ず。

水用事,閉閭門,執當罪,飭關梁,此並順水閉藏之義。無決池堰,恐水氣洩溢也。如此則醴泉出,恩及禽蟲,則靈龜見。《書》云:澤及昆蟲者也。甲蟲屬水,喜故見也。若人君廢祭祀,簡宗廟,執法不順,逆天氣,則民病流腫、水脹、痿痺、孔竅不通,此並水氣壅結之義。

水が当令する時は、里門を関閉し、治罪すべき人を拘捕し、関隘橋梁を整飭するを要す。――これらはみな水の閉蔵の義に順応す。池塘堤堰を決開するなかれ。ただ水気の外泄漫溢するを恐る。このように做し到れば、甘美なる醴泉はすなわち涌出せん。恩沢は禽獣虫豸に施及せば、霊亀は便ち出現せん。《尚書》のいう所の「沢は昆虫に及ぶ」は正にこの事を指す。甲虫は水に属し、歓喜に因りて現身す。仮に君主が祭祀を廃棄し、宗廟を怠慢し、法を執るに常理に循わず、天気に違逆せば、百姓はすなわち流腫・水脹・痿痺・孔竅不通の類の病を患う。――これらはみな水気の壅塞鬱結するの表現である。

賢人以水居太陰之位,陰闇虛空,比之宗廟。人死精氣散越,立宗廟以收之,堂宇虛寂,陰暗無人,喻之水也。廢於祭祀,則失孝道,故太陰之氣感而病人,為此疾也。水為災害,靈龜深藏,鬼哭,介蟲為怪。介蟲屬水,氣傷,故為覆藏而不見也;宗廟不祀,魂氣傷怨,故鬼哭也。

賢人のこれに対する解釈は、水は太陰の位に居り、幽暗虚空にして、正に宗廟に比す可し。人は死した後に精気は消散飛越す。だから宗廟を建立して以てそれを収摂す。廟堂は空曠寂静にして陰暗無人にして、恰好水の意象に似たり。祭祀を廃棄すればすなわち孝道を喪失するに等し。だから太陰の気は感応して人に病を生ぜしむ。得るは正に上面のあの几種の病である。水はひとたび灾と成れば、霊亀は便ち深蔵して出でず、甚だしきは鬼哭の異あり、介虫は怪象を出現す。介虫は水に属し、水気は傷るるを受け、だからそれらは隠蔽藏匿して現身せず。宗廟は祭祀する人なく、魂気は傷怨す。だから夜に鬼哭あり。

《孝經援神契》云:木氣生風,火氣生蝗,土氣生蟲,金氣生霜,水氣生雹。失政於木,則風來應;失政於火,則蝗來應;失政於土,則蟲來應;失政於金,則霜來應;失政於水,則雹來應。作傷致風,侵至致蝗,貪殘致蟲,刻毒致霜,暴虐致雹。此皆並隨類而致也。

《孝経援神契》にいう、木気は風を生じ、火気は蝗を生じ、土気は虫を生じ、金気は霜を生じ、水気は雹を生ず、と。だから政令は木の一方面に失当すれば、風はすなわち来たりて応験し、火の一方面に失当すれば、蝗虫はすなわち来たりて応験し、土の一方面に失当すれば、虫はすなわち来たりて応験し、金の一方面に失当すれば、霜はすなわち来たりて応験し、水の一方面に失当すれば、雹はすなわち来たりて応験す。さらに具体に人事の上に到れば、興作して民を傷るは風灾を招来し、侵奪して度なきは蝗灾を招来し、貪婪残忍なるは虫灾を招来し、刻薄狠毒なるは霜灾を招来し、凶暴にして民を虐するは雹灾を招来す。これらはみな同類相感の原理に按って招致せらる。

桓子《新論》曰:人抱天地之體,懷純粹之精,有生之最靈者也。是以貌動於木,言信於金,視明於火,聽聰於水,思睿於土。五行之用,動靜還與神通。貌恭則肅,肅時雨若;言從則乂,乂時暘若;視明則哲,哲時燠若;聽聰則謀,謀時寒若;心嚴則聖,聖時風若。金木水火,皆載於土;雨晹燠寒,皆發於風;貌言視聽,皆生於心。《尸子》云:心者,身之君。天子以天下受令於心,心不當,則天下禍;諸侯以國受令於心,心不當,則國亡;匹夫以身受令於心,心不當,則身戮。故人心者,乃天地之精,群生之本,故政之治亂,由於君之心也。

桓譚《新論》にいう、人は天地の形体を懐抱し、純粹の精気を含んで、一切の有生の物の中の最も霊秀なり。因って容貌の動は木に属し、言語の信は金に属し、観看の明は火に属し、聴聞の聡は水に属し、思慮の叡は土に属す。五行の功用は、一動一静みな神明と相通ず。容貌は恭敬すればすなわち厳粛し、厳粛すれば則ち時に應じたる雨の相随うあり。言語は理に順えばすなわち治理し、治理すれば則ち時に應じたる晴の相随うあり。観看は明晰すればすなわち叡智し、叡智すれば則ち時に應じたる暖の相随うあり。聴聞は聡敏すればすなわち多謀し、多謀すれば則ち時に應じたる寒の相随うあり。心志は厳正すればすなわち聖明し、聖明すれば則ち時に應じたる風の相随うあり。金・木・水・火はみな土の上に承載せらる。雨・晴・暖・寒はみな風の中より発出す。貌・言・視・聴はみな心に由りて生ず。――だから土と風と心とは、正にこの三組の中の枢紐である。《尸子》もまたいう、心は一身の君主なり、と。天子は整個の天下を拿げて自己の心に聴命せしめ、心はひとたび当を得ざれば、天下はすなわち禍に遭う。諸侯は一国を拿げて自己の心に聴命せしめ、心はひとたび当を得ざれば、国家はすなわち滅亡す。平民は自身を拿げて自己の心に聴命せしめ、心はひとたび当を得ざれば、自身はすなわち殺せらる。だから人心は正に天地の精華・衆生の根本である。政治の治と乱とは、根底に帰して説底すれば、君主の一念の心に取决る。

是心,聖人受命而王,莫不承天地,法五行,修五事,而御宇宙養蒼生者也。其制度法式,皆五行為本:衣服威儀,朝廷俯仰,農桑播殖,施惠慶賜,木也;尊卑上下,制度禮式,封爵賞功,居高視遠,火也;宮室臺榭,夫婦親戚,佈德含養,祿秩赦宥,土也;兵戎器械,獀狩武備,刑罰獄禁,金也;宗廟祭祀,儲積封藏,飭喪哀慕,卜筮決疑,水也。因五行而致百官,因百官而理萬事,萬蕝霧而四海安,是政治之所由也。其居處、服御、器用所從,莫不本乎五行,乃通治道也。

正に心がこのように緊要なるがゆえに、聖人は天命を受けて王と称し、天地を承奉し五行に取法し五事を修治せざるなし。拠って宇宙を統御し蒼生を養育す。彼らの制度法式は、一槪に五行を以て根本と為す。衣服威儀・朝廷上の進退俯仰・農桑播種・施惠慶賞――これらは木に属す。尊卑上下・典章礼儀・封爵賞功・高に居りて遠を望む――これらは火に属す。宮室台榭・夫婦親戚・布徳含養・俸禄と赦宥――これらは土に属す。兵器械具・田猟武備・刑罰獄禁――これらは金に属す。宗廟祭祀・儲積封蔵・治喪哀思・卜筮決疑――これらは水に属す。五行に依りて百官を設置し、百官に依りて万事を治理し、各類の職守は紛然として罗列すること雲霧のごとくにして四海は安寧す。これがすなわち政治の成立を得るの根由である。君主の居処・服御・器用の依循する所に至っては、もまた五行を以て本と為さざるなし。此の如くにしてこそ治国の道に通達するを算す。

《禮記》云:春之月,天子居青陽左個,乘鸞輅,駕蒼龍,載青旗,衣青衣,服蒼玉;夏之月,居明堂左個,乘朱輅,駕赤駵,載赤旗,衣朱衣,服赤玉;中央土,居太廟太室,乘太輅,駕黃駵,載黃旗,衣黃衣,服黃玉;秋之月,居總章左個,乘戎輅,駕白駱,載白旗,衣白衣,服白玉;冬之月,居玄堂左個,乘玄輅,駕鐵驪,載玄旗,衣玄衣,服玄玉。

《礼記・月令》は天子の四時に按って居処と車馬服飾とを更換するを記載す。春季は明堂の「青陽左個」に住し、鸞輅を乗り、青色の竜馬を駕り、青旗を樹て、青衣を穿ち、蒼玉を佩ぶ。夏季は「明堂左個」に住し、朱輅を乗り、赤色の騮馬を駕り、赤旗を樹て、朱衣を穿ち、赤玉を佩ぶ。季夏の土王の時は、太廟の太室に住し、大輅を乗り、黄色の騮馬を駕り、黄旗を樹て、黄衣を穿ち、黄玉を佩ぶ。秋季は「総章左個」に住し、兵車戎輅を乗り、白色の駱馬を駕り、白旗を樹て、白衣を穿ち、白玉を佩ぶ。冬季は「玄堂左個」に住し、玄輅を乗り、黒色の驪馬を駕り、黒旗を樹て、黒衣を穿ち、玄玉を佩ぶ。一年の中、衣・車・馬・旗は全く五色に依りて輪換す。正に五行の序を起居の上に具体化したるなり。

《考靈曜》云:春發令於外,行仁政,從天常,其時衣青。夏可以毀金銷銅,使備火,敬天之明,其時衣赤。中央土,舉有道之人與之慮國,可以殺罪,不可起土功,犯地之常,其時衣黃。秋無毀金銅,犯陰之剛,用其時持兵,宜殺猛獸,其時衣白。冬無使物不藏,毋害水道,與氣相保,其時衣黑。

《尚書考霊曜》は四時の政令と服色とを講ず。春天は外に向かって号令を頒布し、仁政を施行し、上天の常道に順従す。この時は青色を穿つ。夏天は以て金銅を熔毀して以て器を鋳、それをして火の功用を具備せしめ、上天の光明を敬奉す。この時は赤色を穿つ。中央の土が当令する時は、道ある人を挙用して彼と国事を商議し、以て罪犯を処決しうるも、ただし土木の工程を興動すべからず。以て地の常法を触犯するを免れんがためである。この時は黄色を穿つ。秋天は金銅を熔毀するなかれ。以て陰の剛性を触犯するを免れんがためである。この時は正に兵器を執持しうる。猛獣を猟殺するに宜し。この時は白色を穿つ。冬天は万物をして収蔵を得ざらしむるなかれ。水道を損害するなかれ。冬気と相守するを要す。この時は黒色を穿つ。

《家語》云:孟春正月,東宮,衣青彩,鼓琴瑟,其兵矛,其樹柳。仲春二月,東宮,衣樂兵如前,其樹杏。季春三月,東宮,衣樂兵如前,其樹李。孟夏四月,南宮,衣赤彩,吹笙竽,其樹桃,其兵戟。仲夏五月,南宮,衣樂兵如前,其樹榆。季夏六月,中宮,衣黃彩,打大鼓,其樹梓,其兵弓。孟秋七月,西宮,衣白彩,撞洪鐘,其樹楝,其兵劍。仲秋八月,衣樂兵如前,其樹柘。季秋九月,衣樂兵如前,其樹槐。孟冬十月,北宮,衣黑彩,擊磬,其樹檀,其兵楯。仲冬十一月,北宮,衣樂兵如前,其樹棗。季冬十二月,衣樂兵如前,其樹櫟。論時令,以待嗣藏之宜。

《孔子家語》は十二箇月に按って分列して宮室・服色・楽器・兵器と所配の樹木とを舉ぐ。孟春正月は東宮に住し、青色を穿ち、琴瑟を弾奏し、兵器は矛を用い、配する樹は柳。仲春二月は東宮に住し、服色・楽器・兵器は上に同じく、配する樹は杏。季春三月は東宮に住し、服・楽・兵は上に同じく、配する樹は李。孟夏四月は南宮に住し、赤色を穿ち、笙竽を吹奏し、配する樹は桃、兵器は戟を用いる。仲夏五月は南宮に住し、服・楽・兵は上に同じく、配する樹は楡。季夏六月は中宮に住し、黄色を穿ち、大鼓を敲き、配する樹は梓、兵器は弓を用いる。孟秋七月は西宮に住し、白色を穿ち、洪鐘を撞き、配する樹は楝、兵器は剣を用いる。仲秋八月は服・楽・兵は上に同じく、配する樹は柘。季秋九月は服・楽・兵は上に同じく、配する樹は槐。孟冬十月は北宮に住し、黒色を穿ち、磬を撃ち、配する樹は檀、兵器は盾を用いる。仲冬十一月は北宮に住し、服・楽・兵は上に同じく、配する樹は棗。季冬十二月は服・楽・兵は上に同じく、配する樹は櫟。このように逐月に時令を論定するは、為に預め承接と収蔵の事宜を安排好むるである。

《周官》云:春為牡陳,弓為前行;夏為方陳,戟為前行;六月為圓陳,矛為前行;秋為牝陳,劍為前行;冬為伏陳,楯為前行。此武備亦依五氣也。《錄圖》云:君承木而王,為人青色,修頸美髮,其民長身廣肩,尚仁。長,皆象木也;仁,木性也。善則時草豐茂,嘉穀並生,鳥不胎傷,木氣盛也。失則列星滅,色亂,禾稼不登,民多壓死。木生而上出,遇土傷,則青而不得起,故壓死。

《周官》にいう、春天は「牡陣」を布き、弓を以て前列と為す。夏天は「方陣」を布き、戟を以て前列と為す。六月は「円陣」を布き、矛を以て前列と為す。秋天は「牝陣」を布き、剣を以て前列と為す。冬天は「伏陣」を布き、盾を以て前列と為す。見えるに軍事上の布陣も、また五行の気に依着す。《録図》は則ち五徳の君の形貌と徴応とを講ず。君主は木徳を承けて王と称すれば、本人の膚色は青を発し、脖頸は修長にして鬚髪は秀美にして、その百姓は身材は高長にして肩膀は寛闊にして、仁を崇尚す。――修長高大はみな木に取象し、仁は正に木の本性である。政治は良善なれば、草木はすなわち時に應じて豊茂し、嘉谷は一斉に生長し、飛鳥は胎に落ちず傷つかず。これは木気の旺盛なるの徴である。政治が失当なれば、すなわち列星は隠没し顔色は錯乱し、莊稼は歉収し、百姓は多く圧死せらる。――木はもと向上に生長すべきに、ひとたび土に圧傷せられれば、ただ青を発して挺起する能わざるのみ。だから圧死のこの事の上に応ず。

承火而王,為人赤色,大目。離為目,故大,視明也。其人尖頭長腰,疾敏,尚孝。長腰,取兌;敏疾,火性;離為日,日有烏,烏者,孝也。善則賢人任用,政頌平,駁馬、文狐至。馬,火畜,善故來,狐亦來。失則夏霜,日是火精,失故變蝕;雨土,猝蔽光明之象。

火徳を承けて王と称するは、本人の膚色は赤を発し、眼睛は大なり。――離卦は目と為る。だから眼は大なり。取るはその視力の明亮なるの義である。その人は尖头長腰にして行動は敏捷にして、孝道を崇尚す。――長腰は兌に取象し、敏捷は火の本性である。離はまた日と為り、日中に三足烏あり。烏は反哺の孝鳥なり。だから孝を尚ぶ。政治は良善なれば、賢人は任用を得、政声は平和にして、駁馬と文采ある狐狸とみな来たる。――馬は火類の牲畜で、政が善なればこそ来たり、狐もまた隨って至る。政治が失当なれば、則ち夏天に霜を降す。太陽は火の精華で、火徳に失あればこそ日に食変あり。また土雨を下す。あれは驟然として光明を遮蔽するの象である。

承土而王,表其首,首大,表土也。其人廣肩大足,好大笑,戲儛。廣大象土,和故逸樂也。善則甘露降,醴泉並應其善。失則蟲蝗生,天雨而常風,霧亂,皆土氣傷,故表異也。承金而王,為人白色,差肩耳,面方,毛也。其民白頸,長大,尚義,皆金氣也。善則大貝明珠出,外國遠貢珠貝。金之用,氣剛,能制遠人,故來貢獻。失則火飛,天鳴,地坼,河溢,山崩,邪人進,蟲獸為災。火能克金,金有失,故火伐之,乃飛。承水而王,為人黑色,大耳。坎為耳,主腎水氣,故大。其民聰耳,坎水孔穴通,故聰。善則景雲至,龜龍被文,皆水氣為祥也。失則蟾蜍去月,民多溺死,常雨為害,皆水之憂也。此並明治政之道,不越五行,故以備釋。

土徳を承けて王と称するは、頭部は特別に顕著なり。――頭大は正に土の表徴である。その人は肩寛脚大にして、放声大笑し游戯舞蹈するを好む。――寛広高大は土に取象し、土気は平和なればこそ安逸歓楽す。政治は良善なれば、甘露は降下し醴泉は涌出して、みな来たりてその善に応験す。政治が失当なれば、すなわち蝗虫は滋生し、天上は雨を落して常に大風を刮り、雲霧は昏乱す。これらはみな土気の傷るるを受け、だから異象を顕出す。金徳を承けて王と称するは、本人の膚色は白を発し、両肩は高低斉らず、耳と面とは方正にして毛多し。その百姓は頸項は白皙にして身材は長大にして、義を崇尚す。――これらはみな金気の表現である。政治は良善なれば、大貝と明珠と出現し、外国は遠道より来たりて珠貝を進貢す。金の功用は気剛なるに在り、能く遠方の人を制服す。だから彼らは前来して朝貢す。政治が失当なれば、すなわち火飛・天鳴・地裂・河水泛濫・山崩を出現し、奸邪の人は進用せられ、虫獣は灾と成る。――火は能く金を克す。金徳に失あれば、だから火は来たりてそれを討伐す。ここに於て火飛の異あり。水徳を承けて王と称するは、本人の膚色は黒を発し、耳朵は大なり。――坎卦は耳と為り、腎と水気とを主る。だから耳は大なり。その百姓は耳力は聡敏なり。――坎水の主る所の孔竅は通暢す。だから聴覚は霊敏なり。政治は良善なれば、すなわち五色の景雲の出現あり、亀と竜とは身に文采を披く。これらはみな水気の生ずる所の祥瑞である。政治が失当なれば、則ち蟾蜍は月亮を離去し(月中の蟾蜍は水精と為る。去れば則ち月はその常を失う)、百姓は多く溺死するあり、久雨は灾と成る。これらはみな水の帯来する憂患である。以上の種種はみな説明して在る、治国為政の道は、総じて五行の範囲を出でず。だからこの一篇の裏に詳しく解説を加う、と。

五行大義 巻第五

第二十 諸神を論ず

諸神者,靈智無方,隱顯不測。孔子曰:陽之精氣為神。又曰:陰陽不測之謂神。一解云:神,申也。萬物皆有質礙,屈而不申;神是清虛之氣,無所擁滯,故曰申也。語其神也,名有萬徒;三才之道,百靈非一,並從五行,難可周盡。今且論所配五行、辨吉凶者。

「諸神」に説き及ぶに、神の霊智に固定の方所なく、隠も顕もみな測度すべからず。孔子にいう、陽の精気はすなわち神なり、と。またいう、陰陽変化して測度すべからざるを、すなわち神と呼ぶ、と。また一種の解釈あり。「神」はすなわち「申」で、すなわち伸展である。――万物はみな形質の阻碍ありて、屈曲して伸展する能わず。神は則ち清虚の気にして、壅塞停滞する所なし。だから「申」と呼ぶ。神を講ずるに、名目は成千上万。天・地・人の三才の道の裏の各種の神霊は一種に止まらず、みな五行に本づきて来たる。一一に説き尽くし難し。ここはただあの五行に配属し拠って以て吉凶を判断しうる神を討論するのみ。

《帝繫譜》曰:天地初起,卽生天皇,以木德王。《三五曆紀》云:天皇十三頭。《帝繫譜》曰:地皇以火德王。《三五曆》云:有神人十一頭,號地皇。《春秋命曆序》曰:人皇九頭。宋均注云:兄弟九人。《洞紀》云:人皇分治九州島。古語質,故以頭數言之。陶華陽云:此三皇治紫微宮,其精為天皇太帝。《世記》云:天皇太帝曜魄寶,地皇為天一,人皇為太一。

《帝系譜》にいう、天地は初開の時にすなわち天皇を産生せり。木徳を以て王と称す。《三五暦紀》にいう、天皇に十三個の頭あり、と。《帝系譜》にまたいう、地皇は火徳を以て王と称す、と。《三五暦》にいう、神人に十一個の頭ありて、号して地皇という、と。《春秋命暦序》にいう、人皇に九個の頭あり、と。宋均は注を作していう、あれは兄弟九人なり、と。《洞紀》にいう、人皇は頭を分かちて九州を治理す、と。古人の言語は質朴なれば、だから「頭」の数目を用いて以て人数を表示す。陶弘景(号は華陽隠居)にいう、この三皇は紫微宮を治理し、彼らの精気は化して天皇太帝と為る、と。《世記》にいう、天皇太帝はすなわち「曜魄寶」で、地皇は化して「天一」と為り、人皇は化して「太一」と為る、と。

甘公《星經》云:天皇太帝本秉萬神圖,一星在勾陳中,名曜魄寶,五帝之尊祖也。天一、太一主承神。承,猶侍也。有兩星在紫微宮門外,俱侍星。天皇太帝、天一主戰鬥,知吉凶。甲戊庚壬,王治玉堂宮;乙己辛,王治明堂宮;丙丁癸,王治絳宮:是為三宮。太神太一,主風雨水旱兵革飢疫災害,復使十六神遊於九宮。天一是含養萬物,太一是察災殃,是為天帝之臣。

甘公《星経》にいう、天皇太帝はもともと万神の図を執掌し、一顆の星は勾陳星座の中に在りて、名は「曜魄寶」という。是れ五方の天帝の尊奉する始祖である。天一・太一は「承神」を主る。――「承」はすなわち侍奉の意思である。この両顆の星は紫微宮門の外に在りて、みな侍衛の星である。天皇太帝と天一とは戦闘を主管し吉凶を預知す。甲・戊・庚・壬の日に逢えば、玉堂宮を主治す。乙・己・辛の日に逢えば、明堂宮を主治す。丙・丁・癸の日に逢えば、絳宮を主治す。――合わせて三宮と称す。太神太一は風雨・水旱・兵革・飢荒・疫病・灾害を主管し、また十六個の神を役使して九宮の中に巡游せしむ。天一は万物を含養するを負い、太一は灾殃を察看するを負う。両者はみな天帝の臣属である。

鄭玄注《乾鑿度》云:太一者,北辰神名。居其所,曰太帝;行八卦日辰之間,曰太一,或曰天一。出入所逝,息紫宮之外,其星因以為名。天一之行,猶天子巡狩方嶽,人君亦從而巡省,每卒則復。太一行八卦之宮,每四季乃入於中央。天數大分,以陽出,以陰入;陽起於子,陰起於午,是以太一下行九宮,從坎始也。

鄭玄の《易緯乾鑿度》を注するにいう、太一は北辰の神の名字である。それは本位に安居する時は「太帝」と称し、八卦と日辰の間に行走する時は「太一」と称し、もまた「天一」と呼ぶ。それは出入往来して紫宮の外に栖息し、あの顆の星は便ちこれに因りて名を得、と。天一の運行は、たとえば天子の四方の名山を巡狩するがごとく、人君もまた隨って巡行省察し、一輪を走完すればすなわち重新に開始す。太一は八卦の宮を巡行し、毎到りて四季の末にすなわち中央に進入す。天数の大分法は陽を以て出で陰を以て入る。陽は子に起こり、陰は午に起こる。だから太一は下に向かって九宮を巡行し、坎宮より歩を起こす。

《九宮經》云:天一之行,始於離宮;太一之行,始於坎宮。天一主豐穰,太一主水旱兵飢。合十二神,遊行九宮十二位,從少之多。《六壬式經》云:十二神將,以天一為主。甲戊庚日,旦治大吉,暮治小吉;乙巳日,旦治神后,暮治傳送;丙丁日,旦治微明,暮治從魁;六辛日,旦治勝先,暮治功曹;壬癸日,旦治太一,暮治大沖。此並紫微宮門外天一、太一,非紫微之內北辰之名大帝也,鄭玄謬矣。

《九宮経》にいう、天一の運行は離宮より開始し、太一の運行は坎宮より開始す。天一は豊収を主管し、太一は水旱と兵灾飢荒とを主管す。二者は其余の諸神を合上して共に十二位と為り、九宮十二位の中に巡游して、少より多に由る。《六壬式経》にいう、十二神将は天一を以て主と為す。甲・戊・庚の日に逢えば、白天は「大吉」に値り、夜裏は「小吉」に値る。乙・巳の日に逢えば、白天は「神后」に値り、夜裏は「伝送」に値る。丙・丁の日に逢えば、白天は「微明」に値り、夜裏は「従魁」に値る。六辛の日に逢えば、白天は「勝先」に値り、夜裏は「功曹」に値る。壬・癸の日に逢えば、白天は「太一」に値り、夜裏は「大冲」に値る。以上の講ずる所はみな紫微宮門外の天一・太一で、並びに紫微宮内のあの北辰大帝と称する者にあらず。鄭玄は両者を混為一談と為せるは、是れ錯を弄せり。

太一十六神者:地主在子,陽氣動於黃泉,萬物孳產於地,子為陽氣之首,故曰地主。陽德在丑,陽能生萬物,至丑方生,故曰陽德也。和德在東北維,此時陰陽氣合,生於萬物,故曰和德。呂申在寅,呂,巨也;申,引長也,萬物漸申而巨大也,故曰呂申。高藂在卯,萬物藂而高大,故曰高藂。太陽在辰,震動已後,陽氣大盛,故曰太陽。太昊在東南維,時陽已著,昊然昭明,故曰太昊。大神在巳,萬物已熟,其氣翼起,故曰大神。

太一の役使する所の十六神は、十二地支と四維とに按って排列して下のごとし。「地主」は子位に在り。――陽気は黄泉の中に萌動し、万物は地裏に由りて孳生す。子は陽気の首。だから地主と呼ぶ。「陽徳」は丑位に在り。――陽は能く万物を生養し、丑位に到ってこそ真正に生出す。だから陽徳と呼ぶ。「和徳」は東北維に在り。――この時陰陽の二気は交合して万物を生ず。だから和徳と呼ぶ。「呂申」は寅位に在り。――「呂」は巨大で、「申」は伸長で、万物は漸漸伸展して巨大と変ず。だから呂申と呼ぶ。「高藂」は卯位に在り。――万物は叢聚して高大す。だから高藂と呼ぶ。「太陽」は辰位に在り。――雷震の発動の後、陽気は大盛す。だから太陽と呼ぶ。「太昊」は東南維に在り。――この時陽気はすでに顕著にして、昊然として昭明なり。だから太昊と呼ぶ。「大神」は巳位に在り。――万物はすでに成熟し、その気は翼然として起こる。だから大神と呼ぶ。

太威在午,陽衰陰生,形氣始動,故曰大威。天道在未,百物皆成,莫不資用,故曰天道。大武在西南維,陰氣用事,萬物皆傷,故曰大武。武德在申,薺麥方生,陰懷陽性,故曰武德。大族在酉,陰氣大殺,族類皆盡,故曰大族。陰主在戌,陽氣下藏,陰氣自在於上,故曰陰主。陰德在西北維,乾為天也,陰氣至此而極,方能生陽,故曰陰德。大義在亥,萬物於此懷任,陰無含陽,故曰大義。

「太威」は午位に在り。――陽気は衰を始め陰気は生を始め、形と気とはみな変動を起こせり。だから大威と呼ぶ。「天道」は未位に在り。――百物はみなすでに成就し、取用に供せざるなし。だから天道と呼ぶ。「大武」は西南維に在り。――陰気は当令し、万物はみな損傷を受く。だから大武と呼ぶ。「武徳」は申位に在り。――薺菜と麦とは正に萌生し、陰中に陽性を懐く。だから武徳と呼ぶ。「大族」は酉位に在り。――陰気は大いに粛殺を肆にし、各類の族群はみな凋盡せり。だから大族と呼ぶ。「陰主」は戌位に在り。――陽気は下蔵し、陰気は独りその上に居す。だから陰主と呼ぶ。「陰徳」は西北維に在り。――乾位は天と為り、陰気はここに到りて極点に達し、反って能く陽を生出す。だから陰徳と呼ぶ。「大義」は亥位に在り。――万物はここに在りて懐孕蓄蔵し、陰中は並びに陽なきにあらざるなり。だから大義と呼ぶ。この十六神は便ち太一の九宮を巡行する時に調遣する所の部屬である。

又九宮十二神者:天一在離宮,太一在坎宮,天符在中宮,攝提在坤宮,軒轅在震宮,招搖在巽宮,青龍在干宮,咸池在兌宮,太陰在艮宮。太一在巳如前解。餘七神皆是星宮之名,與天一、太一行於九宮,一歲一移,九年復位。天一主豐穰,太一主水旱,天符主饑饉,攝提主疾苦,軒轅主雷雨,招搖主風雲,青龍主霜雹,咸池主兵賊,太陰主陰謀。

別に「九宮十二神」の一套の配法あり。天一は離宮に在り、太一は坎宮に在り、天符は中宮に在り、攝提は坤宮に在り、軒轅は震宮に在り、招揺は巽宮に在り、青竜は乾宮に在り、咸池は兌宮に在り、太陰は艮宮に在る。太一の巳位に在るに至っては、すでに前文の解するがごとし。其余の七神はみな星官の名で、それらは天一・太一と一同に九宮の中に運行し、毎年一宮を移動し、九年にして本位に回帰す。各神の職掌は、天一は豊収を主り、太一は水旱を主り、天符は飢饉を主り、攝提は疾病困苦を主り、軒轅は雷雨を主り、招揺は風雲を主り、青竜は霜雹を主り、咸池は兵禍盗賊を主り、太陰は陰謀を主る。推法はまず当年の某神のいずれの一宮に落つるかを看て、さらにその神の主る所の事に按って本年の豊歉灾祥を断ず。九年を以て一個の循環と為し、周して復始す。

又別有青龍,行十二辰,卽太歲之名也。古者名歲曰青龍。此神主福慶。太陰三歲一徙,右行十二辰,卽太歲之陰神也,后妃之象,主水雨、陰私害氣,右行四孟,一歲一移,以其所至為害,故言害氣。合為十二神,九宮之所用也。

この外にまた別に一個の青竜あり、十二辰を行走す。すなわち「太歳」の別名である。――古人は「歳」を青竜と称す。この一位の神は福慶を主管す。太陰は則ち三年毎に遷移一次し、右に向かって十二辰を行き経る。それはすなわち太歳の陰神で、后妃に取象し、水雨および陰私害気を主管す。それは右に向かって寅・申・巳・亥のこの四孟の位に行き、一年に移動一次し、到る所は便ち禍害を生ず。だから「害気」と呼ぶ。以上の諸神は合わせて共に十二位で、正に九宮の法の用いんと要する所である。

又《玄女拭經》云:六壬所使十二神者,神后主子,水神;大吉主丑,土神;功曹主寅,木神;大沖主卯,木神;天剛主辰,土神;太一主巳,火神;勝先主午,火神;小吉主未,土神;傳送主申,金神;從魁主酉,金神;河魁主戌,土神;微明主亥,水神。

また《玄女式経》にいう、六壬術の役使する所の十二神は――「神后」は子を主り、水神に属す。「大吉」は丑を主り、土神に属す。「功曹」は寅を主り、木神に属す。「大冲」は卯を主り、木神に属す。「天罡」(文中は「天剛」と作る)は辰を主り、土神に属す。「太一」は巳を主り、火神に属す。「勝先」は午を主り、火神に属す。「小吉」は未を主り、土神に属す。「伝送」は申を主り、金神に属す。「従魁」は酉を主り、金神に属す。「河魁」は戌を主り、土神に属す。「微明」は亥を主り、水神に属す。この十二神はすなわち六壬盤の上に十二地支に按って排布する月将で、その五行の属性は一に居る所の地支に依りて定まる。

子神后者,子為黃鐘君道,故稱後,陽之始也;陽動於內而未形,故稱神也。丑大吉者,萬物至丑皆萌,得陽生,故大吉也。寅功曹者,萬物至寅,其功已見;曹,眾也,眾物功既見於寅也。卯太沖者,萬物至卯,其皆太沖,其心皮抽萼也。辰天剛者,當斗星之柄,其神剛強也。巳太一者,純干用事,天德在焉,故太一,神后也。

これらの名目は各々取る義あり。子位を「神后」と呼ぶ。――子は黄鐘の律に應じ君道を象徴す。だから「后」と称す。それはまた陽の開端で、陽は内裏に萌動してしかもまだ成形せず。だから「神」と称す。丑位を「大吉」と呼ぶ。――万物は丑に到りてみなすでに萌芽し、陽気を得て生ず。だから是大吉なり。寅位を「功曹」と呼ぶ。――万物は寅に到りてその功效はすでに顕現す。「曹」は衆多の義で、衆物の功はみな寅位に顕露し出づ。卯位を「太冲」と呼ぶ。――万物は卯に到りて全く極力に冲発し、芯と皮とは花萼を抽出す。辰位を「天罡」と呼ぶ。――それは正に北斗の斗柄の指す所に当たり、この神は剛勁強悍なり。巳位を「太一」と呼ぶ。――この時純乾は事を用い、天徳はここに在す。だから太一と称し、もまた神后と称す。

午勝先者,陽氣大威,陰氣時動,惟陽在先為勝也。未小吉者,萬物畢熟成,故為小吉也。申傳送者,傳其成物,送與冬藏也。酉從魁者,從斗之魁第二星也。戌河魁者,河當首也,當斗魁首也。亥微明者,水體內明,不見於外,微其陽氣,至子方明也。神后主婦女,大吉主田農,功曹主遷邦,大沖主對吏,天剛主殺伐,太一主金寶,勝先主神祀,小吉主婚會,傳送主掩捕,從魁主死喪,河魁主疾病,微明主辟召。

午位を「勝先」と呼ぶ。――陽気は極盛にして、陰気もまたすでに時時萌動す。ただ陽のみなお先に居りて勝を取る。未位を「小吉」と呼ぶ。――万物はここに到りて完全に成熟す。だから是小吉なり。申位を「伝送」と呼ぶ。――すでに成ったる物を伝遞送出し、冬天に送交して収蔵せしむ。酉位を「従魁」と呼ぶ。――それは北斗魁星の中の第二顆の星に隨従す。戌位を「河魁」と呼ぶ。――「河」は応に「首」と作るべく、北斗魁星の首を指す。亥位を「微明」と呼ぶ。――水の本体は内裏は明亮にして外に顕露せず。その陽気は微弱にして、子位に到るを要してこそ真正に顕明す。各神の主る所の事は、神后は婦女を主り、大吉は農田を主り、功曹は遷徙邦邑を主り、大冲は官府に対簿するを主り、天罡は殺伐を主り、太一は金寶を主り、勝先は祭祀を主り、小吉は婚姻聚会を主り、伝送は掩捕を主り、従魁は死喪を主り、河魁は疾病を主り、微明は征辟召命を主る。

又,十二將者:天一,土將;前一,騰蛇,火將;前二,朱雀,火將;前三,六合,木將;前四,勾陳,土將;前五,青龍,木將;後一,天后,水將;後二,太陰,金將;後三,玄武,水將;後四,太裳,土將;後五,白虎,金將;後六,天空,土將。天一已如前解。騰蛇主驚恐,朱雀主文書,六合主慶賀,勾陳主拘礙,青龍主福助,天后猶是神后,天一之妃,太陰主陰私,玄武主死病,大裳主賜賞,白虎主鬥訟,天空主虛耗也。

さらに「十二天将」を言う。天一は土将。天一より前に向かって数うれば、前の一位は騰蛇で火将。前の二は朱雀で火将。前の三は六合で木将。前の四は勾陳で土将。前の五は青竜で木将。天一より後に向かって数えれば、後の一位は天后で水将。後の二は太陰で金将。後の三は玄武で水将。後の四は太常(文中は「太裳」と作る)で土将。後の五は白虎で金将。後の六は天空で土将。天一の含義はすでに前面の解するがごとし。各将の主る所の事は、騰蛇は驚恐を主り、朱雀は文書を主り、六合は慶賀を主り、勾陳は牽絆阻碍を主り、青竜は福佑幇助を主り、天后はすなわち神后にして天一の配偶と為り、太陰は陰私を主り、玄武は死亡と疾病とを主り、太常は賞賜を主り、白虎は争闘訴訟を主り、天空は虚耗を主る。

遁甲九神者:天逢在坎,一名子經,木神,在斗居破軍星;天內在坤,一名子成,水神,在斗居破軍星;天沖在震,一名子翹,金神,在斗居破軍星;天輔在巽,一名子文,土神,在斗居武曲星;天禽在坤,一名子公,火神,在斗居廉貞星;天心在干,一名子衰,木神,在斗居文曲星;天柱在兌,一名子違,水神,在斗居祿存星;天任在艮,一名子金,金神,在斗居巨門星;天英在離,一名子殺,土神,在斗居貪狼星。

遁甲の一家の用いる所の九神は、天逢は坎宮に居り、また子経と名づき、木神に属し、北斗の中において破軍星に対応す。天内は坤宮に居り、また子成と名づき、水神に属し、斗中において破軍星に対応す。天冲は震宮に居り、また子翹と名づき、金神に属し、斗中において破軍星に対応す。天輔は巽宮に居り、また子文と名づき、土神に属し、斗中において武曲星に対応す。天禽は坤宮に居り、また子公と名づき、火神に属し、斗中において廉貞星に対応す。天心は乾宮に居り、また子衰と名づき、木神に属し、斗中において文曲星に対応す。天柱は兌宮に居り、また子違と名づき、水神に属し、斗中において禄存星に対応す。天任は艮宮に居り、また子金と名づき、金神に属し、斗中において巨門星に対応す。天英は離宮に居り、また子殺と名づき、土神に属し、斗中において貪狼星に対応す。この九神は各々一宮を占め、正に九宮八卦と相配す。

天逢已下皆是星名。子經者,以子午為天地之經,位既在坎,故名經也。天內子成者,坤為地,能成萬物也。天沖子翹者,翹,動貌,翹在震動之象也。天輔子文者,巽為號令,有文章也。天禽子公者,居五土位,寄在坤土,為萬物之父,故言公也。天心子衰者,衰,善也,乾為天,慈施,故善也。天柱子違者,兌主金,金有殺伐,違天之道故也。天任子金者,艮在丑,丑,金之本也。天英子殺者,離,火也,火有燒燃之義也。

天逢より往下のこれらはみな星名で、それらの別号もまた各々取る義あり。「子経」と呼ぶは、子と午とは天地の経線なればに由り、この神は坎(子位)に位す。だから「経」と名づく。天内を「子成」と呼ぶは、坤は地と為り、地は能く万物を成就するがゆえに。天冲を「子翹」と呼ぶは、「翹」は振動の様子で、正に震卦の動の意象に合す。天輔を「子文」と呼ぶは、巽は号令を主り、号令に文采條理あるがゆえに。天禽を「子公」と呼ぶは、それが中央五土の位に居りて坤土の上に寄托し、万物の父と為るがゆえに、だから「公」と称す。天心を「子衰」と呼ぶは、「衰」はここに善と訓す。乾は天と為り、天は慈愛を以て施与す。だから善と為る。天柱を「子違」と呼ぶは、兌は金を主り、金は殺伐を主り、上天の生を好むの道に違背するがゆえに。天任を「子金」と呼ぶは、艮は丑位に在りて、しかして丑は金の本源なればに由る(金は丑に墓す)。天英を「子殺」と呼ぶは、離は火に属し、火に焚焼の義あるがゆえに。

《遁甲經》云:天逢宜安邊保固,天內宜宗道結友,天沖宜出軍伏仇,天輔宜修禮設教,天禽宜請福除惡,天心宜避病求藥,天性宜匿屯守固,天任宜慶謁通財,天英宜遠行作樂。九神之名,上並云天,下皆曰子者,此神屬於北斗,皆隸於天故也。子者,美稱,以此神尊美故也。

《遁甲経》は九神の各々の做すに宜しき事を講ず。天逢に値れば、辺疆を安定し防守を鞏固するに宜し。天内に値れば、道義を尊崇し朋友を結交するに宜し。天冲に値れば、兵を出して仇敵を討伐するに宜し。天輔に値れば、礼制を修明し教化を設立するに宜し。天禽に値れば、福を祈福し灾を禳除するに宜し。天心に値れば、疾病を避開し薬石を尋求するに宜し。天柱(文中は「天性」と作る)に値れば、隠蔽屯駐し堅守して出でざるに宜し。天任に値れば、慶賀謁見し財物を通融するに宜し。天英に値れば、遠行と作楽とに宜し。この九神の名字は上は一槪に「天」を冠し下は一槪に「子」と称するは、それらが北斗に隷属しみな天に統摂せらるるがゆえに。しかして「子」は美好の称呼で、以てこれらの神の尊貴美善を表示するに用いる。

《孔子元辰》云:北斗第一神,字希神子;第二神,字貞文子;第三神,字祿存子;第四神,字世惠子;第五神,字衛不鄰子;第六神,字微惠子;第七神,字大景子。此亦並稱子也。《春秋佐助期》云:第一星神,名執陰,姓頸梁;第二星神,名斗諒,姓伊偊當;第三星神,名拒理,姓英領許;第五星神,名防仵,姓雞尹堵;第六星神,名開寶,姓蚩,一名蒼兒部;第七星神,名招,姓肥脫絡馮。七星之名,並是人年命之所屬,恆思誦之,以求福也。

《孔子元辰経》は別に北斗七神の字号を記す。第一神の字は希神子、第二神の字は貞文子、第三神の字は禄存子、第四神の字は世惠子、第五神の字は衛不隣子、第六神の字は微惠子、第七神の字は大景子。――この一套もまた一槪に「子」と称す。《春秋佐助期》は則ちそれらの姓名を記す。第一星神の名は執陰、姓は頸梁。第二星神の名は斗諒、姓は伊偊当。第三星神の名は拒理、姓は英某領許(第二字は罕見の異体で字書に失載)。第五星神の名は防仵、姓は鶏尹堵。第六星神の名は開寶、姓は蚩、またの名は蒼兒部。第七星神の名は招、姓は肥脱絡馮(底本は第四星神の一条を缺く。ここに脱文あり)。この七星の名は、みな各人の本命年の帰属する所の星君で、応に常常に存想誦念し、以て福佑を祈求するに用いるべし。

《黃帝八神圖》云:干神軒轅,天承相使,舍於辰星;兌神時刑,北斗之使,舍於牛星,主軒研;坤神招搖,天之上公使,舍於角星,主殺害;離神昊時,天之遊徼使,舍於翼星;巽神天候,天執法使,舍觜星;震神雷公,大陰之候使,舍於七星;艮神曲隆,天候東明之使,舍於奎星;坎神咸池,天雨師使,舍於井星,主雨。此八使之神,婦人產乳,忌低向之。此亦九宮之神,神既清虛,遊無定所,故在宮間牙時有不同。既八卦配於五行,故附此而錄。

《黄帝八神図》は八卦に按って八位の使者の神を列出す。乾位の神を軒轅と呼び、是れ天の丞相の使で、辰星に寄居す。兌位の神を時刑と呼び、是れ北斗の使で、牛宿に寄居し、軒研の事を主る。坤位の神を招揺と呼び、是れ天の上公の使で、角宿に寄居し、殺害を主る。離位の神を昊時と呼び、是れ天の巡徼の使で、翼宿に寄居す。巽位の神を天候と呼び、是れ天の執法の使で、觜宿に寄居す。震位の神を雷公と呼び、是れ太陰の斥候の使で、七星宿に寄居す。艮位の神を曲隆と呼び、是れ天候東明の使で、奎宿に寄居す。坎位の神を咸池と呼び、是れ天の雨師の使で、井宿に寄居し、雨を主る。この八位の使者の神は、婦人が分娩する時はそれらの在する所の方位を朝向するを忌諱す。それらもまた九宮の神に属す。神はもと清虚の物にして、游行に固定の処所なし。だから宮位の間に交錯する時も偶に出入あり。すでに八卦は五行を配せられれば、だからこの一套を一併にここに附録す。

諸神占候之法,各有別注,不勞於此委碎;名字之義,故以略談。至如日月星辰,風雨雷電,山川嶽瀆,井灶衡門,爰及人身,諸神非一,帝王之所崇祭,百姓之所祈禱,如此之例,名數甚多,其於五行,更無別義,故不備說。又,卜筮所用殺歷諸神,正是左右歲月之閒,逆順季孟之際,亦無俟於具談,寧勞曲解。此前諸神,占候之網維,三才之理要,故以次述。

諸神の占候に用いるの具体の方法に至っては、各家は自ら専門の注解ありて、必ずしもここに瑣碎に舗陳するを要せず。本篇はただそれらの名号の含義に就きて略く一二を談ずるのみ。この外、日月星辰・風雨雷電・山川岳瀆・井竈門戸、以至人身の内のごとき、各種の神霊は一類に止まらず、みな帝王の尊崇祭祀し百姓の祈祷する所の対象である。この一類の名目は数量極めて多し。ただし五行に就きて言えば並びに別の新義なし。だからさらに一一に細説せず。また卜筮の用いる所の各種の殺神・暦神ありて、過ぎるは歳月の左右・季孟の順逆の間に推排するのみで、もまた詳談を用いず。なんぞ力を費やして曲為に解釈せんことを要せんや。前面に列する所のこれらの神は、こそ占候の綱紀・三才の理の関鍵の所在で、だから依次に叙述して上のごとし。

第二十一 五帝を論ず

遂古以來,所論五帝,凡有三種。《河圖》云:「東方青帝靈威仰,木帝也;南方赤帝赤熛怒,火帝也;中央黃帝含樞紐,土帝也;西方白帝白招拒,金帝也;北方黑帝葉光紀,水帝也。」陶華陽云:「有皇伯、皇仲、皇叔、皇季、皇少,兄弟五人,卽靈威仰等。此五帝並天上神,下治於世,綜理神鬼,次第相接,治太微宮,其精為五帝之座,五星隨王受氣,卽明堂所祭者也。」故云:「宗祀文王於明堂,以配上帝。」

遠古以来、「五帝」に関する説法は共に三種あり。第一種は緯書《河図》に出づ。東方の青帝の名は霊威仰で、是れ木を主る天帝。南方の赤帝の名は赤熛怒で、是れ火を主る天帝。中央の黄帝の名は含枢紐で、是れ土を主る天帝。西方の白帝の名は白招拒で、是れ金を主る天帝。北方の黒帝の名は叶光紀で、是れ水を主る天帝。この一組の五帝は天上の五方・五行に按って職を分かつ至尊の神である。梁代の陶弘景(号は華陽隠居)にいう、天上に皇伯・皇仲・皇叔・皇季・皇少の兄弟五人ありて、すなわち霊威仰等のこの五位である。彼らはみな天上の神霊で、下に臨みて人間に世事を治理し、神鬼の政を総管し、次序に依りて相承接替し、「太微宮」(すなわち太微垣。古人はそれを天帝の布政する朝廷と視る)に居処す。彼らの精気は天上に顕現すればすなわち「五帝座」の諸星で、しかして歳星・熒惑・鎮星・太白・辰星の五顆の行星は、則ち各々当令得勢するに隨ってその気を承受す。この一組の五帝は、すなわち帝王の「明堂」において大祭を挙行する時に祭祀する所の対象である。だから《孝経》にいう、「明堂において上帝を尊祀し、しかして文王を以て配享す」、と。

《禮記》曰:「春之月,其帝大皥;夏之月,其帝炎帝;中央土,其帝黃帝;秋之月,其帝少皥;冬之月,其帝顓頊。」東方大昊庖羲氏,主春,蒼精之君;南方炎帝神農氏,主夏,赤精之君;中央黃帝軒轅氏,主四季,黃精之君;西方白帝金天氏,主秋,白精之君;北方黑帝顓頊氏,主冬,黑精之君。

第二種の説法は《礼記・月令》に出づ。春季の三箇月は、当令の帝は大皥(太昊)。夏季の三箇月は、当令の帝は炎帝。中央は土に属し、当令の帝は黄帝。秋季の三箇月は、当令の帝は少皥(少昊)。冬季の三箇月は、当令の帝は顓頊。この一組の五帝は天神にあらずして、しかして上古の人間の帝王で、各々その徳を以て一方一时に配属す。東方の大昊はすなわち庖羲氏(伏羲)で、春季を主管し、是れ青蒼の精の化する所の君主。南方の炎帝はすなわち神農氏で、夏季を主管し、是れ赤色の精の化する所の君主。中央の黄帝はすなわち軒轅氏で、四季の末の各十八日を主管し(土は四季に寄旺す)、是れ黄色の精の化する所の君主。西方の白帝はすなわち金天氏(少昊)で、秋季を主管し、是れ白色の精の化する所の君主。北方の黒帝はすなわち顓頊氏で、冬季を主管し、是れ黒色の精の化する所の君主。

《易》曰:「帝出於震。」此蓋人帝之始,始於伏羲。五行之次,以木為先;四時相易,以春為首,故庖羲為五帝之先也。又諸史以少昊、顓頊、高辛、唐、虞,謂之五帝,此蓋自舜以前,五行相承為帝也。《易經》乃上取伏羲,下至虞舜,不言中閒三帝者,以其因修,無所造作,何以得言之,故不論也。

《周易・説卦伝》にいう、「帝は震に出づ」、と。震卦は東方に居り木に属し春を主る。講ずるは正に人間の帝王世系の開端で、――伏羲より起こる。五行相生の次序は木を以て首に居り、四季の更替は春を以て頭と為す。だから庖羲(伏羲)はこの一組の五帝の最前に排せらる。この外、歴代の史書はまた少昊・顓頊・高辛(帝嚳)・唐(尭)・虞(舜)を五帝と称す。これは第三種の説法で、舜以前の一段の世系に就きて言えば、五行相生に按って依次に承接して帝と為る。《易経》のなにゆえ上に伏羲を舉げ下に虞舜に及び、しかして中間の三位の帝王を提げざるかに至っては、あれは彼らがただ前人の成法に沿袭して以て修治を加え、並びに開創性の制作なく、拠って以て論を立つるに由なきがゆえに、だから略去して談ぜず。

大昊帝庖羲者,姓風也,母華胥,履大人跡而生於成紀,蛇身人首,以木德王天下,為百王先。《易》曰:「帝出於震。」震,木,東方,主春,象日之明,故曰太昊。因象龜文而畫八卦,為罔罟以田漁。古者人畜相食,為害者多,帝觀蜘蛛之網,教民取犧牲,以充庖廚,故曰庖犧,是謂羲皇。後世音謬,謂之伏犧,或云宓羲,一號雄皇氏。《孝經鉤命決》云:「伏羲,日角珠衡戴勝。」《禮含文嘉》云:「伏羲德洽上下,天應以鳥獸文章,地應以龜書,伏羲則象,作八卦。」

太昊帝庖羲は、姓は風、母親の名は華胥といい、巨人の足跡を踩み到りて受孕し、成紀(今の甘粛天水の一帯)にて彼を生下す。相伝えて彼は蛇身人首にして、木徳を以て天下を統治し、歴代帝王の首に居る。《周易》の講ずる「帝は震に出づ」、震卦は木に属し東方に居り春季を主り、また日出の光明に取象す。だから彼を「太昊」と称す(昊は光明盛大の意思)。彼は亀背の紋理を観察して八卦を画出し、また縄網を編結して人に教えて猟を打ち魚を捕らしむ。上古の時、人は禽獣と互相残食し、受害する者甚だ多し。彼は蜘蛛の網を結ぶ様子を観察し、百姓を教えて牲畜を捕取して厨房に供し烹煮せしむ。だからまた「庖犧」と呼ぶ(庖は厨房、犧は牲口)。すなわち後人の称する所の羲皇である。後世の読音は訛変して「伏犧」と写し、もまた「宓羲」と写作する有り。彼はまた一個の称号ありて雄皇氏と呼ぶ。緯書《孝経鈎命決》にいう、伏羲は額骨の中央は隆起して日のごとく、眉骨は横平にして珠のごとく、頭上に勝形の飾物を戴く。――これは彼の生まれながらの聖人の異相を形容するなり。《礼含文嘉》にいう、伏羲の徳沢は天地上下に通洽し、上天は鳥獣の身上の花紋を用いて彼に回応し、大地は神亀の書を負うを用いて彼に回応し、伏羲はここに於てこれらの物象に取法して、八卦を創制せり、と。

炎帝神農氏,姓姜,母任姒,名女登,感神龍而生帝於常年,人身牛首,以火承木,位南方,主夏,故曰炎帝。作耒耜,始教民耕農,嘗別草木,令人食穀以代犧牲之命,故號神農,一號魁氏,是為農皇。《禮含文嘉》云:「神農作田道,就耒耜,天應以嘉禾,地出以醴泉。」

炎帝神農氏は、姓は姜、母は任姒で、名は女登といい、神竜を感応して懐孕し、常年(一に常羊と作る)にて彼を生下す。相伝えて彼は人身牛首にして、五徳の次序の上に火を以て伏羲の木徳に承接し(木は火を生ず)、方位は南方に属し、夏季を主管す。だから「炎帝」と称す。彼は耒耜等の農具を制作し、最も早く百姓を教えて耕種せしめ、また親口に百草を嘗辨し、人をして穀物を以て食と為すを得せしめ、従って牲口を宰殺して命を取るの事を免去す。だから号して「神農」とし、また号して魁□氏(「魁」の下の一字は底本は生僻の字形を作す。すなわち古書の称する所の魁隗氏)とし、尊せられて農皇と為る。《礼含文嘉》にいう、神農は耕作の法を創立し、耒耜を制成せり。上天は嘉禾を長出するを用いて彼に回応し、大地は甘泉を涌出するを用いて彼に回応せり、と。

黃帝軒轅氏,姓姬,母附寶,見大電光繞北半斗樞星,明照郊野,感而生帝於壽丘,以土承火,位在中央,故曰黃帝。治五氣,設五帝,始垂衣裳,作舟車,造屋宇。古者巢居穴處,黃帝易之以上棟下宇,以蔽風雨,故號軒轅。亦云居軒轅之丘,因以為號,一號帝鴻氏,或歸藏氏,或有熊氏。《春秋文耀鉤》云:「黃帝龍顏,得天庭法,中宿,取象文昌。」《禮含文嘉》云:「黃帝修兵革,以德行,則黃龍至,鳳凰來儀。」

黄帝軒轅氏は、姓は姫、母の附寶は巨大の電光が北斗枢星を環繞し郊野を照亮するを見、感応に因りて懐孕し、寿丘にて彼を生下す。彼は五徳の次序の上に土を以て神農の火徳に承接し(火は土を生ず)、方位は中央に居る。だから「黄帝」と称す。彼は五行の気を調理し、五方の天帝の祭祀を設立し、始めて上衣下裳の服制を制定し、舟船車輛を造出し、房屋を営建せり。上古の人々は樹上に巢を築き洞穴の中に棲身せり。黄帝はそれを改めて上に屋棟あり下に屋檐あるの房舎と為し、以て風雨を遮蔽するに用いたり。だから号して「軒轅」とす(軒は車廂、轅は車杠。彼の車を造るの義を取る)。もまた彼は軒轅の丘に居住すと説法して、因ってこれを以て号と為す。彼は別に帝鴻氏・帰蔵氏・有熊氏等の称号あり。緯書《春秋文耀鈎》にいう、黄帝は生まれながらに竜のごとき容貌あり、天庭(額部)の法相を得、中天の星宿の位に居り、文昌星に取象す、と。《礼含文嘉》にいう、黄帝は兵甲を整治すれども、しかして徳行を以て本と為す。ここに於て黄竜は降臨し、鳳凰は来朝して翩然として起舞せり、と。

少昊金天氏,姬姓,名摯,字青陽,母女文節,有大星如虹,下流華渚,夢接意感,生帝。以金承土,故曰金天,卽圖讖所謂白帝朱宣也。位在西方,主秋,金有光明,居小陰位,故曰少昊。《文耀鉤》云:「帝摯載干,是謂清明,發節移度,蓋象招搖。」顓頊高陽氏,姓姬,母景僕,見搖光貫月如虹,感而生帝於若水,以水承金,位在北方,主冬,故號顓頊。《文耀鉤》云:「顓頊並干,上法月參,集威成紀,以理陰陽。」此五帝,既禮所配五方者也。

少昊金天氏は、姫姓で、名は摯、字は青陽。母の女文節(すなわち女節)は一顆の大星が彩虹のごとく華渚に墜落するを見、夢中にそれと交接し心に感あらるる所ありて懐孕し、少昊を生下す。彼は五徳の次序の上に金を以て黄帝の土徳に承接し(土は金を生ず)。だから号して「金天」とす。すなわち図讖書の裏のいう所の白帝朱宣である。方位は西方に在り、秋季を主管す。金性に光明の義ありて、しかして秋は少陰の位に居る。だから「少昊」と称す(昊はなお光明の義を取り、一個の「少」字を冠して以て太昊と別たる)。《春秋文耀鈎》にいう、帝摯は天道を承奉して行う。これを清明と呼ぶ。彼は節令を頒布し暦度を推移し、北斗斗柄の前端の招揺星に取象せり、と。顓頊高陽氏は、姓は姫。母の景僕は北斗の第七星の揺光が彩虹のごとく月亮を貫穿するを見、感応に因りて懐孕し、若水にて彼を生下す。彼は五徳の次序の上に水を以て少昊の金徳に承接し(金は水を生ず)、方位は北方に在り、冬季を主管す。だから号して「顓頊」とす。《春秋文耀鈎》にいう、顓頊は天道と並行し、上は月亮と参宿とに取法し、威徳を聚合し綱紀を整飭し、以て陰陽を治理するに用いたり、と。以上の伏羲より顓頊に至るこの一組の五帝は、すなわち《礼記・月令》の裏に五方五時に配属せられたるあの五位である。

帝嚳高辛氏,姬姓,生而神異,自言其名曰逡,以木承水,五行名官,故號高辛。《帝王世紀》云:「高辛齒,有聖德,能順三辰。」帝堯陶唐民,祁姓,母慶都,出洛渚,遇赤龍,感孕十四月,而生帝于丹陵,名放勳,以火承木。其兄帝摯,封之於唐,故是號陶唐氏。《文耀鉤》云:「堯眉八彩,是謂通明,曆象日月,陳剬考功。」《禮含文嘉》云:「堯,廣被四表,致於龜能。」

帝嚳高辛氏は、姫姓で、生まれてすなわち神異不凡にして、自ら説き出して名字を「逡」と為せり。彼は五徳の次序の上に木を以て顓頊の水徳に承接し(水は木を生ず)、併せて五行の名目を以て官職を命定す。だから号して「高辛」とす。《帝王世紀》にいう、高辛は生まれながらに□歯あり(底本のこの字は生僻の字形を作し、駢歯を指す。すなわち牙歯の駢列せるをいい、古人はそれを聖人の相と視る)、聖徳を具有し、能く日・月・星の三辰の運行に順応せり、と。帝尭陶唐氏(底本は「氏」を「民」と作る)は、祁姓で、母の慶都は出行して洛水の岸辺に到り、赤竜に遇見し、感応して十四箇月懐孕し、丹陵にて彼を生下し、取る名を放勲とす。彼は五徳の次序の上に火を以て帝嚳の木徳に承接す(木は火を生ず)。彼の哥哥の帝摯は彼を唐地に封じたり。だから号して陶唐氏とす。《春秋文耀鈎》にいう、尭の眉毛に八種の彩色ありて、これを通達明察と呼ぶ。彼は日月の運行を観測推算して以て暦法を制定し、また法度を頒布し百官の功績を考覈せり、と。《礼含文嘉》にいう、尭の徳沢は広く四方の外に被り、以至神亀もまた来たりて效力せり、と。

帝舜有虞氏,姓姚,母握登,見大虹,意感,生帝於姚墟,名重華,字都君,目重瞳子,故名重華。以土承火,堯封之於虞,故號有虞氏,設五色之服。《文耀鉤》云:「舜重瞳子,是謂諒,上應攝提,以統三光。」《禮含文嘉》云:「舜損己以安百姓,致鳥獸鶬鶬,鳳凰來儀。」此三帝並少昊、顓頊,共為五帝。

帝舜有虞氏は、姓は姚。母親の握登は巨大の虹霓を見、心に感あらるる所ありて懐孕し、姚墟にて彼を生下し、取る名を重華、字は都君とす。彼が一只眼の中に両個の瞳仁あるに因りて、だから名を重華と取る(重は重叠の義)。彼は五徳の次序の上に土を以て尭の火徳に承接し(火は土を生ず)、尭は彼を虞地に封じたり。だから号して有虞氏とす。彼は五種の顔色を制定して以て等級を区別する礼服の制と為せり。《春秋文耀鈎》にいう、舜は生まれながらに重瞳ありて、これを□諒と呼ぶ(底本の首字は生僻の字形を作す)。意は誠信明察を謂い、上は北斗の攝提星に應じ、以て日・月・星の三光を統摂するに用いる、と。《礼含文嘉》にいう、舜は能く自己の享用を減じて以て百姓を安顿し、鳥獣の和鳴し鳳凰の来朝して儀容に度あるを招致せり、と。帝嚳・帝尭・帝舜のこの三位に、さらに少昊・顓頊を加え、合わせてすなわち前面のいう所の第三組の五帝と為る。

《史記》以伏羲、女媧、神農為三皇,黃帝以下為五帝;《帝王世紀》以羲皇、神農、黃帝為三皇,少昊已下為五帝。今案《禮記》郊配五德,自伏羲至顓頊為五帝,是其正位。所以然者,《易》稱帝出於震,蓋五德之首也,以次而行,至顓頊則五德數終。若以少昊為首,則金非五德之先;若以黃帝為首,土居中央,本非創始,故從木為先,伏羲為五德之首,《易》言是也。其帝嚳已下,皆行次相承也。

《史記》は伏羲・女媧・神農を以て三皇に算え、黄帝以下を五帝に算う。《帝王世紀》は則ち羲皇(伏羲)・神農・黄帝を以て三皇に算え、少昊以下を五帝に算う。いま《礼記》の郊祀配享の五徳の制度を考察すれば、伏羲より顓頊に至るこの五位こそ五帝で、これこそ正当の排法である。理由は、《周易》に「帝は震に出づ」といい、震は東方の木と為り、正に五徳の起点である。ここより相生の序に順って推演し下れば、顓頊に到りて水に属し、五徳は恰好一輪を走完す。仮に少昊(金)を以て首と為さば、則ち金は並びに五行相生の開端にあらず。仮に黄帝(土)を以て首と為さば、土は中央に居り、もともと開創の位にあらず。だからなお応に木を以て先と為し、伏羲をして五徳の首に居らしむべし。《周易》の講ずる所は正にこの道理である。帝嚳以下の諸帝に至っては、もまたみな五行相生の次序に按って依次に承接せられたるなり。

上帝有五,靈威仰等姓氏事,伏羲年代久遠,典籍遺漏,不可具釋。然五德相承,謂受天明命,必豫符瑞,以明會昌。若應命之主,皆承太微五帝之精以誕於世,必有先征,示其萌兆也。木王則蒼帝之子,火王則赤帝之子,土王則黃帝之子,金王則白帝之子,水王則黑帝之子。

天上の上帝は共に五位あり。霊威仰等の五帝の姓氏の来歴に至っては、上溯して伏羲に到れば年代はあまりに遠く、典籍の記載もまた散佚ありて、一一に解釈清楚するに法なし。ただしいわゆる五徳相承とは、帝王が上天の明命を承受するに、事先に必ず「符瑞」(天命に應ずるの祥瑞征兆)を顕現し、以て天命の帰する所・時運の昌盛を昭示するをいう。凡そ天命に應じて興起する君主は、みな太微垣の中の五帝の精気を承受して人世に降誕したるもので、事先に必ず征兆ありて、彼の興起の苗头を顕示す。木徳の王たる当るは、すなわち蒼帝霊威仰の子。火徳の王たる当るは、すなわち赤帝赤熛怒の子。土徳の王たる当るは、すなわち黄帝含枢紐の子。金徳の王たる当るは、すなわち白帝白招拒の子。水徳の王たる当るは、すなわち黒帝叶光紀の子。

故《錄圖》云:「東方蒼帝,體為蒼龍,其人長頭面、大角、骨起、眉、背豐博,順金授火。南方赤帝,體為朱鳥,其人尖頭、圓面、方頤、張目、小上廣下、須髥偃胸,順水授土。中央黃帝,體為軒轅,其人面方、廣顙、兌頤、緩唇、背豐厚,順木授金。西方白帝,體為白虎,其人方顙、直面、兌口、大鼻、小角,順火授水。北方黑帝,體為玄武,其人夾面、兌頭、深目、厚耳、垂腹、反羽,順土授木。」此並象五行之符,依其行次以相傳授也。

だから緯書《録図》にいう、東方の蒼帝は、本体は蒼竜の象で、その精を禀受して生まるる人は、頭面は狭長にして額角は高大にして骨骼は隆起し眉骨は顕露し背部は寛厚なり。彼は自己を克する金徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の火徳に伝授す。南方の赤帝は、本体は朱鳥の象で、その精を禀する者は頭尖にして面は円く下巴は方正にして双目は張大にして上小にして下寛にして鬚髯は濃密にして胸部は前挺す。彼は己を克する水徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の土徳に伝授す。中央の黄帝は、本体は軒轅の象で、その精を禀する者は面は方く額は寛く下巴は尖削にして嘴唇は寛緩にして背部は豊厚なり。彼は己を克する木徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の金徳に伝授す。西方の白帝は、本体は白虎の象で、その精を禀する者は額頭は方正にして面部は平直にして口形は尖小にして鼻子は大にして額角は低小なり。彼は己を克する火徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の水徳に伝授す。北方の黒帝は、本体は玄武の象で、その精を禀する者は両頬は夾窄にして頭形は尖削にして眼窩は深陥にして耳廓は厚実にして腹部は下垂にして髪際は反巻す。彼は己を克する土徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の木徳に伝授す。これらはみな五行の気の符験の象を取りて、相克相生の行次に按って逓に相伝授す。

《感精符》云:「蒼帝,望之廣,視之博;赤帝,望之火煌煌燃,視之尖上;黃帝,望之小,視之大,廣厚正方;白帝,望之明,視之茂;黑帝,望之巨,視之穉。」《元命苞》云:「蒼精用事,象歲星;赤精用事,象熒惑;黃精用事,象鎮星;白精用事,象太白;黑精用事,象辰星。」此皆五德之依五行,子母相傳也。

緯書《感精符》は五帝の精の感生する所の帝王の気象を描述していう、蒼帝の一系は、遠く望めば開闊に顕れ、近く看れば博大に顕る。赤帝の一系は、遠く望めば火焰の熊熊として燃焼するに似て、近く看れば上部は尖鋭なり。黄帝の一系は、遠く望めば小に似て、近く看ればかえって大にして、寛厚にして端正方直なり。白帝の一系は、遠く望めば明亮にして、近く看れば豊茂なり。黒帝の一系は、遠く望めば巨大にして、近く看ればかえって稚嫩に顕る、と。《春秋元命苞》にいう、蒼精は権を当て事を用いる時は、歳星(木星)に取象す。赤精は権を当て事を用いる時は、熒惑(火星)に取象す。黄精は権を当て事を用いる時は、鎮星(土星)に取象す。白精は権を当て事を用いる時は、太白(金星)に取象す。黒精は権を当て事を用いる時は、辰星(水星)に取象す。これらはみな五徳が五行に依托して立ち、母の子を生ずるの相生の次序に按って一代一代伝え下るを講ずるなり。

非其次者,必有克代而不終也。秦以金德代周,二世而仁;漢以火行繼周,代秦偽金,故其祚長遠。若是其行次者,則有符瑞也。《春秋元命苞》云:「堯火精,故慶都感赤龍而生。」漢以孔子獲麟得圖書云:「姬周亡,火曜,劉起,帝卯金。」故高祖斬白蛇,而神母哭云:「赤帝子殺我白帝子。」光武感赤伏符而中興,此皆火德之征也。四行所感,例皆如此。往代帝王,符瑞非一,不可具述。今略論五帝配五行如此。

凡そ相生の次序に合せずして天下を取得するは、必ず相克の方式を以て前朝を取代す。因って国祚は能く久長せず。秦朝は金徳を以て周朝を取代せり(周は火徳で、火は金を克し、金は並びに火の生ずる所にあらず)。ただ二世に伝うるのみにして敗亡せり。漢朝は火徳を以て上に周朝を承け、秦のあのその位に当たらざる偽の金徳を取代せり。だから国祚は長遠なり。凡そ相生の行次に合乎するは、すなわち符瑞の顕現あらん。《春秋元命苞》にいう、尭は火精の生ずる所なれば、だからその母の慶都は赤竜を感応して懐孕せり、と。漢代の人は孔子の麟を獲る時の得たる図讖の書に依拠していう、姫姓の周朝はまさに亡びんとし、火徳はまさに顕耀せんとし、劉氏はまさに興起せんとし、皇帝を做るは「卯金」なり(「劉」の字は拆けば卯・金・刀と為り、隠れて劉姓を指す)、と。だから漢高祖の劉邦は白蛇を斬った後、一位の神婦ありて哭いていう、「赤帝の子は我が白帝の子を殺せり」、と。後来の光武帝劉秀は「赤伏符」の符命に因りて漢室を中興せり。これらはみな漢家の火徳に属するの験証である。其余の木・土・金・水の四行の感応する所の符瑞は、情形もまたみなこれと相類す。歴代帝王の符瑞は一種に止まらず。一一に叙述するに法なし。以上はすなわち五帝の五行に配するに関する大略の討論である。

第二十二 諸官を論ず

自三五已來,紀官無定,皆因符瑞,名號不同,或以鳥龍,或以雲火,莫不仰觀俯察,因事而置事。雖時世不一,五行無爽。至於顓頊,以人事紀官,南正重司天以屬神,北正黎司地以屬民,於是神民不離。高辛氏立五行名官,以勾芒為木正,祝融為火正,蓐收為金正,玄冥為水正,后土為土正,分掌其職。

三皇五帝以来、官職の設立に定制を並ばず、みな当時に出現する符瑞に依りて命名す。因って名号は各々相同じからず。あるは鳥を以て名と為し(少昊の鳥官のごとし)、あるは竜を以て名と為し(伏羲の竜師のごとし)、あるは雲を以て名と為し(黄帝の雲師のごとし)、あるは火を以て名と為す(炎帝の火師のごとし)。仰いで天象を観て俯して地理を察し、事情に因応して職事を設立せざるなし。歴代の官名は一ならざるといえども、しかしながら五行に取法するのこの一点は則ち従来差錯なし。顓頊の時に到りて、改めて人事を用いて以て官名を命定す。南正の重を派して天事を掌り神祇の祭を統属せしめ、北正の黎を派して地事を掌り人民の務を統属せしむ。ここより神界と人間とは各々その分に安んじて再び相混ぜず。高辛氏(帝嚳)の時に到りて、便ち五行の名目を用いて以て官を命ず。「勾芒」を以て木正(木を主る官)と為し、「祝融」を火正と為し、「蓐収」を金正と為し、「玄冥」を水正と為し、「后土」を土正と為し、各々本行の職事を分掌せしむ。

少皓氏有四子:重、該、修、熙。重為勾芒,木官之神;該為蓐收,金官之神;修、煕併為玄冥,水官之神。顓頊氏子曰黎,為祝融,火官之神。共工氏子曰勾龍,為后土,土官之神。此五神,生而為上公,死為貴神,別稱五祀,已配五行。

少皓(少昊)氏に四個の兒子あり。重・該・修・煕。重は勾芒を担任し、是れ木を主る官の神。該は蓐収を担任し、是れ金を主る官の神。修と煕とは一同に玄冥を担任し、是れ水を主る官の神。顓頊氏の兒子を黎と呼び、祝融を担任し、是れ火を主る官の神。共工氏の兒子を勾竜と呼び、后土を担任し、是れ土を主る官の神。この五位の神は、生前は上公に位列し、死後は尊貴の神霊と成り、別に「五祀」(すなわち歴代常祀の五位の行神)と称す。彼ら自身はすでに分別に五行に配属せられたり。

《周書》云:武王營洛邑未成,四海之神皆會,曰:「周王神聖,當知我名,若不知,水旱敗之。」明年,雨雪十餘旬,深丈餘。五大夫乘車,從兩騎,止王門。太公曰:「車騎無跡,謂人之變。」乃使人持粥進之曰:「不知客尊卑何?」從騎曰:「先進南海御,次東海御,次北海御,次西海御,次河伯,次風伯,次雨師。」武王問太公,並何名。太公曰:「南海神名祝融,東海神名勾芒,北海神名玄冥,西海神名蓐收。」

《周書》に記載す、周武王は洛邑を営建してまだ完工せざるに、四海の神はみな一緒に聚まりていう、「周王はすでに神明聖哲なれば、理応に我らの名字を知るべし。もし知らざれば、我らはすなわち水旱の灾を用いて彼を敗壊せん」、と。第二年に、雨雪は連続して十馀旬を下り、積深は一丈の余あり。五位の大夫の模様の人ありて車を乗りて来たり、各々両名の騎従を隨え、王宮の門外に停まる。姜太公にいう、「車馬は経過するもしかし痕跡を留めず。見えるに常人にあらずして、神物の変化なり」、と。ここに於て人を派して粥を端して送上せしめ、問うていう、「諸位の客人の尊卑の次第は如何なるかを知らず」、と。隨行の騎従は答えて、「まず南海の神に進め、其次は東海の神、其次は北海の神、其次は西海の神、再次は河伯、再次は風伯、再次は雨師」、と。武王は便ち太公に問う、この几位はみな何と名を呼ぶや。太公にいう、「南海の神の名は祝融と呼び、東海の神の名は勾芒と呼び、北海の神の名は玄冥と呼び、西海の神の名は蓐収と呼ぶ」、と。見えるに四海の神の用いる所は、なお勾芒・祝融・蓐収・玄冥のこの一套の五行官神の名号である。

《禮記·月令》云:「春之月,其神勾芒;夏之月,其神祝融;中央土,其神后土;秋之月,其神蓐收;冬之月,其神玄冥」是也。此五方之神,以配五行。又,黃帝置三公之職,以象三臺星,風后配上臺,天老配中臺,五聖配下臺,置左右二監,此亦五行之謂也。四司分掌四方,卽四時之法也。堯以羲和四子,分掌四時方嶽之職,謂之四嶽。

《礼記・月令》にいう、「春季の三箇月は、当令の神は勾芒。夏季の三箇月は、当令の神は祝融。中央は土に属し、当令の神は后土。秋季の三箇月は、当令の神は蓐収。冬季の三箇月は、当令の神は玄冥」、と。講ずるは正にこの道理である。この五位の方神は、すなわち五行に配属せられたる者である。この外、黄帝は三公の職を設置し、以て天上の三台星に取象するに用いる。風后は上台に配し、天老は中台に配し、五聖は下台に配す。また左監・右監の両職を設く。これも同じく五行の数の体現である。四司は分別に四方を掌管す。すなわち四時の制を効法するなり。尭は羲仲・羲叔・和仲・和叔のこの羲和四子を任用し、四時と四方の岳鎮の職事とを分掌せしめ、彼らを「四岳」と称す。

太公曰:太師者,心腹之臣,所使是人之英,故曰前疑,常立於前,決疑事也。太史者,耳目之臣,所使視聽,是人之後,故曰後承,常立於後,承主之過,取驗於天。太傅者,爪牙之臣,所使守衛,是人之傑,故曰左輔,輔人主缺事,立於左,拒君之難。太保者,羽翼之臣,所使察伺,是人之警,故曰右弼,常立於右,弼人主之邪。

姜太公にいう、太師は君主の心腹のごとき臣子で、任用する所は必ず人中の英才なり。だから「前疑」と呼び、常に君主の前面に侍立し、君主に替わりて疑難を裁断す。太史は君主の耳目のごとき臣子で、任用する所は視聴を負責し、位は君主の身後に処す。だから「後承」と呼び、常に君主の後面に侍立し、承接して併せて君主の過失を糾正し、併せて天象の上より験証を取得す。太傅は君主の爪牙のごとき臣子で、任用する所は守衛を負責し、必ず人中の豪傑なり。だから「左輔」と呼び、君主を輔助して缺失を彌補し、左辺に站立して、君主に為に危難を抵当す。太保は君主の羽翼のごとき臣子で、任用する所は察訪伺候を負責し、必ず人中の機警の士なり。だから「右弼」と呼び、常に右辺に侍立して、君主の邪僻を匡正す、と。

四輔既立,王者安而無為,百姓濟而無害。若四輔不具,猶格虎無備,濟河無舟。若王者不知古今之務、遠方之緯,不謀於諸侯,不達言語,動作不合於制,太師爭之。不知天變、星曆之運、天官動靜、鐘律之音、山川怪異,不善災害,太史陳天文以爭之。發號令不應先王法度,與大臣無禮,枉道於民,處刑不平,獨信自專,臨政不莊,又不恤臣僕,太傅爭之。升車不應和鸞,揖讓不中磬佩,淫燕馳騁,沈冒酒色,宗廟不敬,輿服失度,朝廷無節,太保爭之。此則四時之官,四嶽之分職,前疑主夏,後承主冬,左輔主春,右弼主秋。

太師・太史・太傅・太保のこの「四輔」はひとたび設立せられれば、君王は便ち安然として無為にして治め、百姓もまた済助を得て損害を受けず。四輔はもし斉備せざれば、たとえば空手にして虎を搏ちて毫も防備なく、河を渡るに舟船なきがごとし。仮に君王が古今の政務と遠方の綱紀とに通暁せず、諸侯と商議せず、各方の言語に通達せず、挙動が法度に合せざれば、則ち太師に由りて直言規諫せしむ。仮に君王が天象変異・星暦運行・天官星宿の動静・鐘律音調の変化および山川の怪異を了解せず、能く灾害に妥善に応対せざれば、則ち太史に由りて天文を陳述して以て規諫せしむ。仮に君王の号令を発施するに先王の法度に合せず、大臣に対して礼を失し、百姓に対して枉道にして行い、刑を用いるに公平ならず、独断専信にして、朝に臨み政を理するに荘重ならず、また臣仆を体恤せざれば、則ち太傅に由りて規諫せしむ。仮に君王の車に登るに和鈴鸞鈴の節奏に合せず、揖譲するに佩玉と磬声の節度に合せず、宴飲を縦情し馳騁游猟し、酒色に沉溺し、宗廟に対して恭敬ならず、車馬服飾は制度を逾越し、朝廷上下に毫も節制なければ、則ち太保に由りて規諫せしむ。この四輔は実はすなわち四時の官・四岳の分掌する所の職事である。前疑(太師)は夏を主り、後承(太史)は冬を主り、左輔(太傅)は春を主り、右弼(太保)は秋を主る。

唐虞之時,官名已百,《商書》云「百僚師師」。夏殷定名為百二十,以應天地陰陽之大數也。故有三公、九卿、二十七大夫、八十一元士,三三相參,合有百二十也。《帝王世紀》云:殷湯問伊摯曰:「古者立三公、九卿、大夫、元士者,何?」摯曰:「三公以與主參王事,九卿以參三公,大夫以參九卿,元士以參大夫,故參而又參,是謂事宗。事宗不失,內外若一。」

唐尭・虞舜の時代は、官名はすでに一百の数に達せり。《尚書・商書》に「百僚師師」(百官は各々その職を以て互相師法す)という。夏・商の両代は官数を一百二十に定め、以て天地陰陽の大数に対応せしむ。だから三公・九卿・二十七大夫・八十一元士を設け、三を以て倍数と為し層層に相参し、合計して正に一百二十なり。《帝王世紀》に記載す、商湯は伊摯(伊尹)に問うていう、「古時に三公・九卿・大夫・元士を設立するは、什麼の道理か」、と。伊摯は回答していう、「三公は以て君主と共同に王朝の大事を参議するに用い、九卿は以て三公を参輔するに用い、大夫は以て九卿を参輔するに用い、元士は以て大夫を参輔するに用いる。層層に相参す。これを『事宗』(政事の統紀)と呼ぶ。事宗はその序を失わざれば、朝廷内外は便ち一体を成すがごとし」、と。

又曰:「相去幾何?」摯曰:三公,智通於天地,應變而無窮,辨於萬物之情,其言足以調陰陽四時而節風雨,如是者,舉之以為三公,故三公之事,常在於道。九卿者,不出四時,通溝渠,修堤防,樹種五穀,通於地理,能通利不利,如此者,舉以為九卿,故九卿之事,常在於德。

商湯はまた問う、「この几等の人は相差すること多少なるか」、と。伊摯にいう、三公は、智慧は天地に通達し、変故を応付して窮盡なく、能く万物の情状を辨明す。彼らの言論は以て陰陽四時を調和し風雨を節制するに足る。このような人は、すなわち挙拔して三公と為す。だから三公の司る所は、常に「道」に在り。九卿に至っては、その職は四時の農事の外を出でず。溝渠を疏通し、堤防を修筑し、五穀を種植し、地理に通暁し、能く土地の宜と不宜とを分辨す。このような人は、すなわち挙拔して九卿と為す。だから九卿の司る所は、常に「徳」に在り。三公は虚を務めて道を論じ、九卿は実を務めて徳を積む。職分の高下はすなわちここより区分せらる、と。

大夫者,出入與民同象,取去與民同解,通於人事,行內舉繩,不傷於言,言足法於世,不害於身,通關梁,實府庫,如是者,舉以為大夫,故大夫之事,常在於仁。元士者,知義而不失期,事功而不獨專,中正強諫而無奸詐,在私立公而可立法度,如是者,舉以為元士,故元士之事,常在於義。道德仁義定,而天下正矣。

大夫に至っては、出入は百姓とその気象を同じくし、取舍は百姓とその見解を同じくし、人情事理に通暁し、行事は心中に自ら準縄あり、説話は偏失を出でず、言論は以て世人の取法と為すに足りてしかも自身に害を及ぼすに至らず、能く関隘橋梁を疏通し府庫を充実す。このような人は、すなわち挙拔して大夫と為す。だから大夫の司る所は、常に「仁」に在り。元士に至っては、道義を明白にして期限を誤らず、弁事に功ありてしかもその功を独攬せず、中に居りて正を守り敢えて強諫して奸詐の心なく、私門に身を処してしかも能く公心を確立し拠って以て法度を訂立しうる。このような人は、すなわち挙拔して元士と為す。だから元士の司る所は、常に「義」に在り。道・徳・仁・義のこの四者はひとたび確定すれば、天下もまた端正す。

又曰:「三公,股肱之臣;九卿,手足之臣;大夫,筋脈之臣;元士,肌肉之臣。」孔子曰:「三公象五嶽,九卿法河海,二十七大夫法山陵,八十一元士法谷阜。」三公在天為三能,九卿為北斗,少微之比為大夫,郎位之類為元士,合百二十,大數存焉。

伊摯はまたいう、「三公は君主の大腿臂膀のごとき臣子、九卿は手足のごとき臣子、大夫は筋脉のごとき臣子、元士は肌肉のごとき臣子」、と。孔子にいう、「三公は五岳に取象し、九卿は江河湖海に取法し、二十七位の大夫は山陵に取法し、八十一位の元士は谷地土丘に取法す」、と。天上において、三公は三能星(すなわち三台星)に対応し、九卿は北斗の諸星に対応し、少微の一類の星宿は大夫に対応し、郎位の一類の星宿は元士に対応す。合計して一百二十。天地の大数はすなわちこの裏面に寄寓せらる。

《合誠圖》云:「天不獨立,陰陽俱動,扶佐立緒,合於二六,以三為舉。故三能六星,兩兩而比,以為三公。三三而九陽精起,故北斗九星,以為九卿。三九二十七,故有攝提、少微、司空、執法、五諸侯,其星二十七,以為大夫。九九八十一,故內列、倍衛、閣道、郎位、扶匡天子之類八十一星,以為元士。凡有百二十官,下應十二月。數之經緯,皆五精流氣,以立官延。」

緯書《春秋合誠図》にいう、天は能く独自事を成さず、必ず陰陽の一斉に運動するを待つ。輔佐の官は各々頭緒を立て、二と六の数に合し、しかして三を以て綱挙と為す。だから三能(三台)は共に六顆の星ありて、両両として並列し、三公に対応す。三に三を乗じて九を得、陽精はここに由りて興起す。だから北斗は共に九星ありて、九卿に対応す。三に九を乗じて二十七を得。だから攝提・少微・司空・執法・五諸侯のこれらの星ありて、共に二十七顆で、大夫に対応す。九に九を乗じて八十一を得。だから内列・倍衛・閣道・郎位・扶匡天子の一類の星は共に八十一顆で、元士に対応す。総じて共に一百二十官で、下に一年の十二箇月に対応す。これらの数目は縦横交織して、みな金木水火土の五行の精気の流布して成る所で、官職の世代の綿延はすなわちここに由りて確立せらる、と。

《尚書》曰:「立太師、太傅、太保,茲惟三公,論道經邦,燮理陰陽,官弗必備,惟其人。」《淮南子》曰:「舉天下之高,以為三公;一國之高,以為九卿;一縣之高,以為二十七大夫;一鄉之高,以為八十一元士。」《感精符》曰:「三公非其人,則山崩,三能移;九卿非其人,則江河潰,輔星角;大夫非其人,則丘陵偃墀,少微等有變;元士非其人,則谷阜毀,扶匡失。」

《尚書・周官》にいう、「太師・太傅・太保を設立す。これ便ち三公で、彼らは治国の道を講論し邦国を経理し、陰陽を調和治理す。これらの官位は必ずしも員額を配し満たすを勉めず、関鍵は合適の人の有るか無きかに在り」、と。《淮南子》にいう、全天下の最高明の人を挙げて三公と為し、一国の最高明の人を挙げて九卿と為し、一県の最高明の人を挙げて二十七大夫と為し、一郷の最高明の人を挙げて八十一元士と為す、と。緯書《感精符》にいう、三公の用人が当を得ざれば、すなわち山は崩れ、三能星は位を移す。九卿の用人が当を得ざれば、すなわち江河は潰決し、輔星は角芒を現出す。大夫の用人が当を得ざれば、すなわち丘陵は傾頽し、少微等の星は変異を発生す。元士の用人が当を得ざれば、すなわち谷地土丘は毀壊し、扶匡星は位を失う。これは人間の官位と天上の星象と相応することを言う。官は職に称せざれば、天地はすなわち灾異を以て示警す、と。

是以王者仰視象於天,俯察法於地,中擇賢能以任之。任得其人,則國昌民安;任非其人,則邦危民弊。《易》曰:「鼎折足,覆公餗。」此喻三公失人,如鼎折足,不堪容著也。《周官》云:天官冢宰,地官司徒,春官宗伯,夏官司馬,秋官司寇,冬官司空。冢宰主會計,司徒主土地,宗伯主禮樂,司馬主兵戎,司寇主刑罰,司空主造作。

だから君王は上に向かって天に取象し、下に向かって地に取法し、中に居れば則ち賢能の人を選択して以て任用に加えるを要す。任用は人を得れば、国家はすなわち昌盛し百姓はすなわち安定す。任用は人に非ざれば、国家はすなわち危殆にして百姓はすなわち困敝す。《周易・鼎卦》の九四爻辞にいう、「鼎は足を折り、公餗を覆す」(鼎足は折断し、公家の美食を一地面に傾覆す)、と。これは三公の用人の失当なるを比喻すれば、たとえば鼎の脚を断ったがごとく、再び盛る所の物を承載する能わず。《周官》(すなわち《周礼》)にいう、天官を冢宰と呼び、地官を司徒と呼び、春官を宗伯と呼び、夏官を司馬と呼び、秋官を司寇と呼び、冬官を司空と呼ぶ。冢宰は会計財用を主管し、司徒は土地民事を主管し、宗伯は礼楽を主管し、司馬は軍旅兵戎を主管し、司寇は刑罰を主管し、司空は営造制作を主管す。

孔子曰:冢宰之官以成道,司徒之官以成德,宗伯之官以成仁,司馬之官以成聖,司寇之官以成義,司空之官以成禮。以之道則國治,以之德則國安,以之仁則國和,以之聖則國平,以之禮則國定,以之義則國成。

孔子にいう、冢宰のこの官職は以て「道」を成就するに用い、司徒は以て「徳」を成就するに用い、宗伯は以て「仁」を成就するに用い、司馬は以て「聖」を成就するに用い、司寇は以て「義」を成就するに用い、司空は以て「礼」を成就するに用いる、と。道を以て国を治めれば、国家はすなわち治を得。徳を以て国を治めれば、国家はすなわち安定す。仁を以て国を治めれば、国家はすなわち和睦す。聖を以て国を治めれば、国家はすなわち太平す。礼を以て国を治めれば、国家はすなわち安穏す。義を以て国を治めれば、国家はすなわち事成す。これは六官を分別に六種の徳目に繋属し、職官の設と治道とを相貫通せしむるなり。

故屬不理,分體不明,法正不一,百事失紀,曰亂;亂,則飭冢宰。地宜不殖,財物不蕃,萬民飢寒,教化不行,風俗漂亂,人民流散,曰危;危,則飭司徒。父子不親,長幼失序,君臣上下乖離異志,曰不和;不和,則飭宗伯。賢能而失官爵,功勞而失賞祿,士卒疾怨,兵弱不用,曰不平;不平,則飭司馬。刑罰暴亂,奸邪不勝,曰不義;不義,則飭司寇。度量不審,舉失蕝霧,都鄙不修,財物失所,曰貧;貧,則飭司空。

だから、属官はその事を理せず、職分は分清せず、法令は一ならず、百事は綱紀を失う。これを「乱」と呼ぶ。ひとたび乱象が出現すれば、すなわち冢宰を整飭す。土地は能くその宜する所に依りて作物を生長せず、財物は増殖を見ず、万民は飢寒し、教化は推行して開けず、風俗は浮蕩混乱し、人民は流離失所す。これを「危」と呼ぶ。ひとたび危象が出現すれば、すなわち司徒を整飭す。父子は相亲せず、長幼は次序を失い、君臣上下は乖違離心す。これを「不和」と呼ぶ。ひとたび不和が出現すれば、すなわち宗伯を整飭す。賢能の人は官爵を得ず、功ある人は賞賜俸禄を得ず、士卒は怨恨し、兵力は衰弱して任用に堪えず。これを「不平」と呼ぶ。ひとたび不平が出現すれば、すなわち司馬を整飭す。刑罰は残暴混乱にして、奸邪の徒は制伏して住まず。これを「不義」と呼ぶ。ひとたび不義が出現すれば、すなわち司寇を整飭す。度量衡は審定を加えられず、営造措置は標準を失い、都城と辺邑とは修治を加えられず、財物は散失して帰着する所なし。これを「貧」と呼ぶ。ひとたび貧困が出現すれば、すなわち司空を整飭す。

故古之王者,常以季冬考德正法,以觀治亂。德盛者,則修法;德不盛者,則飭政。故法與政,盛而不衰。《淮南子·天文篇》云:「東方為田官,南方為司馬,西方為大理,北方為司空,中央為都官。」《春秋繁露》云:「木司農,火司馬,土司空,金司徒,水司寇。」此並配五行也。

だから古代の君王は、常に冬季の最後の一個月に徳行を考覈し法度を厘正し、以て国家の治乱を考察するに用いたり。徳政の興盛なるは、すなわち法令を修明す。徳政の興盛ならざるは、すなわち政事を整飭す。このようにしてこそ法度と政令とは能く長盛にして衰えず。《淮南子・天文篇》にいう、「東方は田官(農官)に対応し、南方は司馬に対応し、西方は大理(刑を掌る官)に対応し、北方は司空に対応し、中央は都官に対応す」、と。《春秋繁露》にいう、「木は司農に配し、火は司馬に配し、土は司空に配し、金は司徒に配し、水は司寇に配す」、と。これらの説法はみな職官を五行に配属するなり。

《周官》以冢宰計會,司徒土地,並中央之義,與《淮南》《繁露》意同。春官主禮樂者,禮齊上下,樂和人情,皆是仁也,故云:宗伯之官,以成仁。仁屬木,東方也。《淮南》《繁露》並主農者,取春是農之本也。夏官主兵戎者,火氣猛烈,兵之象也。然刑罰歸於司寇,司馬以禮節齊之,主而不用刑也。《淮南》《繁露》並同。

《周官》は冢宰を以て会計を掌り司徒を以て土地を掌らしめ、みな中央の土に属するの義を取る。これは《淮南子》《春秋繁露》の意思と相同じ。春官の宗伯は礼楽を主管するは、礼は能く上下尊卑を斉整し、楽は能く人情を調和し、二者はみな「仁」に属するがゆえに。だから「宗伯の官は、以て仁を成す」という。仁は五常の中において木に属し、方位は東方に在り。《淮南子》《春秋繁露》はみな東方を定めて主農の官と為すは、春季を以て農事の根本と為すの意思を取る。夏官の司馬は軍旅兵戎を主管するは、火気の猛烈なるがゆえに、正に兵戎の象に合す。ただし刑罰は司寇に帰して掌管せしめ、司馬はただ礼を用いて以て軍旅を節制斉整し、軍事を主持してしかも刑戮を動用せず。《淮南子》《春秋繁露》の説法はこれと一致す。

秋官主刑罰者,金之本性主殺伐也。《淮南》大理,亦主刑也。《繁露》為司徒者,名異事同,故云:因時之威,以成大理司徒。冬官主造作者,冬時萬物收藏,百工咸歸其所,故造器用,以供王事。《淮南》說同。《繁露》以為司寇者,謂執法之官須平直之人,如水能平均也,故云:執法阿黨不平,則誅之,故土勝水。是其水取平直之意也。

秋官の司寇は刑罰を主管するは、金の本性は粛殺征伐を主るがゆえに。《淮南子》のいう所の「大理」は、同じく刑を掌る官である。《春秋繁露》は金を以て司徒に配するは、ただ名称の不同なるのみにして事理は相同じ。だから「秋時の粛殺威厳の気に順応し、以て大理・司徒の職事を成就す」という。冬官の司空は営造制作を主管するは、冬季は万物は収蔵し、各行の工匠はみな自己の処所に回帰し、正にこれに乗じて器物用具を製造し、以て王事の需に供すべきがゆえに。《淮南子》の説法はこれと相同じ。《春秋繁露》は水を以て司寇に配するは、法を執る官は必ず公平正直の人を用いるを要するを説けば、たとえば水の能く自然に平を取るがごとし。だから「法を執る者は偏袒不公なれば、すなわち彼を誅責せよ。土は能く水を克すればに由る」という。――これは正に水性の平直を取るの意思である。

雖五運遞興,官名世革,而五行用事,其理齊同。所以禹平洪水,身任司空;九土納賦,伯夷秩宗,必備三禮;契為司徒,敬敷五教;咎繇士師,明用刑典。如此分職,則周官臣是也。自古已來,官數起自於三,極八十一者,陽成於三,極於九,故三公而九卿,九九八十一,黃鐘律之極數也。故尊官取其初數,卑官者取其末數。所以不云一者,一是元氣,屬於天子,故號天子為元首,以其一無二也。《尚書》曰:「元首明哉。」臣非元一,故自三而起。

五徳の運は逓に相興替し官名は代代に変革するといえども、しかしながら五行の作用を発揮するの道理は則ち始終一致す。だから大禹は洪水を平治し、親ら司空に出任し、九州の土地は等第に按って賦税を繳納せり。伯夷は秩宗を担任し、必ず天神・地祇・人鬼のこの三類の礼典を備弁せり。契は司徒を担任し、恭謹にして父義・母慈・兄友・弟恭・子孝のこの五種の教化を施行せり。咎繇(皐陶)は士師を担任し、明察にして刑法典章を施用せり。このようなに職事を分掌するは、正に《周官》の載する所のあの一套の臣職である。自古以来、官数は三より起算し、最多は八十一に到る。これは陽数が三に成り九に極まるがゆえに。だから三公あれば便ち九卿あり、九に九を乗じて八十一を得、正に黄鐘律の推演する極数である。因って尊貴の官は起始の数を取り、卑下の官は末尾の数を取る。「一」より起算せざるの所以は、一は元気にして専ら天子に属するがゆえに。だから天子を「元首」と称す。取るはその独一無二の義である。《尚書》にいう、「元首明なりかな」(君主は英明なるかな)、と。人臣は元一の位を占拠する能わず。だから官数は三より開始す。

周止六卿者,以為通六合,因六無,而設六府也。此乃時代異,故非越五行。又三代命官,皆止於九,故士有三等:下士一命,中士二命,上士三命。大夫三等:下大夫四命,中大夫五命,上大夫六命。卿已上亦三:少卿七命,大卿八命,公則九命。三三而九,亦以陽之正數也。末代以命為品,亦不過九,但以一為尊官,九為卑官。取命,是出自上命,秩下官名,故以多者為重;品是品其次第,一既居先,故以一為貴。

周代はただ六卿を設くるのみで、是れ六合(上下四方)を通貫するの意を取り、六のこの数目に依りて六府(六官の官署)を設立す。これはただ時代の不同なるがゆえに、並びに五行の外を出でず。この外、夏・商・周の三代の官員を任命するは、等級はみな九を以て上限と為す。士は三等に分かれ、下士は一命、中士は二命、上士は三命。大夫は三等に分かれ、下大夫は四命、中大夫は五命、上大夫は六命。卿以上もまた三等で、少卿は七命、大卿は八命、公は則ち九命。三三は九を得、同じく陽の正数を取る。後世は改めて「品」を用いて以て「命」に代替し、もまた九級を超過せず。ただ一品を以て尊と為し九品を以て卑と為すのみ。「命」は上級の授命するに就きて言えば、秩次に按って下級の官職に授予する名号で、だから命数は多いほどすなわち愈貴重なり。「品」は則ちその先後次序を品第す。一はすでに首に居れば、だから一品を以て貴と為す。同じく是れ一個の九字なるに、「命」の上においては数多きを以て貴と為し、「品」の上においては数少なきを以て貴と為す。方向は恰好相反す。混為一談すべからず。

此並方位及數配五行。今次為論支干為官者。《洪範五行傳》云:甲為倉曹,共農賦;乙為戶曹,共口數;丙為辭曹,共訟訴;丁為賦曹,共獄捕;戊為功曹,共除吏;己為田曹,共群畜;庚為金曹,共錢布;辛為尉曹,共本使;壬為時曹,共政教;癸為集曹,共納輸。

以上の講ずる所はみな方位と数目との五行への配属である。下面に接続して干支を以て官職に配属するを討論す。《洪範五行伝》にいう、甲は倉曹に配し、農賦を供弁す。乙は戸曹に配し、戸口の数を供弁す。丙は辞曹に配し、訴訟を供弁す。丁は賦曹に配し、獄訟追捕を供弁す。戊は功曹に配し、官吏の選除を供弁す。己は田曹に配し、畜群牧養を供弁す。庚は金曹に配し、銭幣布帛を供弁す。辛は尉曹に配し、本部の差使を供弁す。壬は時曹に配し、政令教化を供弁す。癸は集曹に配し、租税輸納を供弁す、と。ここの「曹」は漢代の郡県が職を分かつ科室で、ここに十天干を用いて一一に分配す。

子為傳舍,出入敬忌;丑為司空,守將班治;寅為市官,平準賣買;卯為鄉官,親事五教;辰為少府,金銅錢布;巳為郵亭,行書驛置;午為尉官,馳逐追捕;未為廚官,百味悉具;申為庫官,兵戎器械;酉為倉官,五穀畜積;戌為獄官,禁訊具備;亥為宰官,閉藏完具。支干配官,皆從其五行本體,意略可解,不勞繁述。

子は伝舎(駅館)に配し、出入の敬慎と禁忌とを主管す。丑は司空に配し、守衛将吏・班布政治を主管す。寅は市官に配し、平準物価・売買交易を主管す。卯は郷官に配し、親身に五教を推行することを主管す。辰は少府に配し、金銅銭幣布帛を主管す。巳は郵亭に配し、文書を遞送し駅伝を設置することを主管す。午は尉官に配し、馳逐追捕を主管す。未は厨官に配し、百味飲食の斉備を主管す。申は庫官に配し、兵器械具を主管す。酉は倉官に配し、五穀積儲を主管す。戌は獄官に配し、禁繋審訊の一応の設置を主管す。亥は宰官に配し、物資を閉蔵し器用を完備することを主管す。地支天干の官職への配属は、みなそれら各々の五行本体に依照して定む。その中の意思は大略に推知すべし。さらに繁瑣に叙述するを要せず。

翼奉云:肝之官尉曹,木性仁,尉曹主士卒,宜得仁。心之官戶曹,火性陽,戶曹主婚道之禮。肺之官金曹,金性堅,主銅鐵。腎之官倉曹,水性陰凝藏物,倉曹冬收也,先王以冬至閉關,不通商旅,慎陰無也。脾之官功曹,土性信,出稟四方,功曹事君,以信授教四方也。

漢代の翼奉にいう、肝の対応する官は尉曹で、木性は仁を主りて、しかして尉曹は士卒を主管すればに由る。正に応に仁心ある人を用いるべし。心の対応する官は戸曹で、火性は陽に属して、しかして戸曹は婚嫁の礼を主管するがゆえに。肺の対応する官は金曹で、金性は堅硬にして、銅鉄の事を主管するがゆえに。腎の対応する官は倉曹で、水性は陰に属して凝聚して万物を収蔵し、倉曹は正に冬季収蔵の職なるがゆえに。先王は冬至のこの日に関卡を関閉し、商旅に通行を許さず。すなわち謹く陰気閉蔵の義を守るなり。脾の対応する官は功曹で、土性は信を主り、その気は出でて四方に頒布す。功曹は君主に奉事し、正に誠信を以て四方に教令を伝布するがゆえに、と。

尉曹以獄司空為府,主士卒,獄閉逋亡,與之奸,則螟蟲生。木性靜,與百性通,則魚食於民,從類故蟲。戶曹以傳舍為府,主名籍,傳舍主賓客,與之奸,則民去鄉里。戶曹主民,利戶口,奪民利,故悉去之。

尉曹は監獄と司空の署とを以て官府と為し、士卒を主管し、兼ねて逃亡の人を禁閉することを管す。もしそれらと串通して奸を為さば、すなわち螟虫の灾を招来せん。木性はもと安静を主る。もし百姓と混同して別なければ、すなわち魚の来たりて民を食らうの害あらん。これは同類相召なれば、だから虫灾を以て相応ず。戸曹は伝舎を以て官府と為し、戸口名籍を主管し、伝舎は則ち往来の賓客を主管す。もしそれと串通して奸を為さば、百姓はすなわち郷里を離去せん。戸曹はもとは百姓を主管し戸口を以て利と為す者で、ひとたび反って百姓の利を奪取すれば、百姓は便ち全く散去するなり。

倉曹以廚為府,主廩假,廚主受付,與之奸,則賊盜起。倉曹收以民租,侵克百姓窮。故功曹以小府為府,與四曹計議。小府亦與四府則用,故小府倉出納,主餉種。功曹有二府,所以為五官六府。遊徼、亭長、外部吏,皆屬功曹,與之奸,則虎狼食人。功曹職在刑罰,內為奸,故虎狼盜賊殺奪於民,上奸下亂也。金曹以兵賊嗇夫為府,主討捕,與之奸,則城郭盜賊起,兩偏施。金曹主市租侵奪,故上下相承,故市賈不平。此並從五行,以五藏配六府也。既併名官,故於此釋。

倉曹は厨署を以て官府と為し、粮廩の賑貸を主管し、厨署は則ち收受支付を主管す。もしそれと串通して奸を為さば、すなわち盗賊の興起あらん。――倉曹は百姓の租税を収取し、ひとたび侵奪剋扣すれば、百姓はすなわち窮困するがゆえに。功曹は小府を以て官府と為し、其余の四曹と共同に計議す。小府もまた四府の用度に参与す。だから小府は倉儲の出入を掌り、軍餉と谷種とを主管す。功曹は両処の府署を兼有す。だから合わせて「五官六府」と称す。游徼・亭長および外部の諸吏はみな功曹に隷属す。もしそれらと串通して奸を為さば、すなわち虎狼が人を食らうの応あらん。――功曹の職は刑罰に在り、内部はひとたび奸を為せば、外面はすなわち虎狼・盗賊を出現して百姓を殺掠す。これは上が奸を為せば下は乱を生ずるなり。金曹は兵曹・賊曹の嗇夫の署を以て官府と為し、討捕を主管す。もしそれらと串通して奸を為さば、城郭の中はすなわち盗賊は四起し、賞罰は一辺に偏施せん。金曹は市租を主管す。ひとたび侵奪あれば、上下は便ち相沿いて風と成り、ここに於て市価は公平を失う。以上はみな五行に依照して、五臓を六府に配属す。すでにそれらは同様に官職を以て名と為れば、だからここに一併に解釈す。

第二十三 諸人を論ず(ここに就きて二段に分かつ。一は人の五行に配するを論じ、二は人の游年年立を論ず)

第一 人の五行に配するを論ず

《禮記·禮運篇》云:「人者,天地之德,陰陽之交,鬼神之會,五行之秀氣也。」《文子》曰:「人者,天地之心,五行之端。」是以稟天地五行之氣而生,為萬物之主,配二儀以為三才。然受氣者各有多少:受木氣多者,其性勁直而懷仁;受火氣多者,其性猛烈而尚禮;受土氣多者,其性寬和而有信;受金氣多者,其性剛斷而含義;受水氣多者,其性沈隱而多智。五氣湊合,共成其身。氣若清叡,則其人精俊爽如也;昏濁,則其人愚頑。

《礼記・礼運篇》にいう、「人とは、天地の徳の体現で、陰陽の二気の交合の産物で、鬼神の会聚する所で、五行の中の最も精粹の気の凝成する所である」、と。《文子》にいう、「人は天地の心で、五行の端緒である」、と。だから人は天地五行の気を承受して生ずるもので、因って万物の主と為り、天・地の両儀と並列して合わせて「三才」と称す。ただし毎個の人の受くる所の五行の気は多少同じからず。木気を受くること多きは、性情は剛勁正直にして心に仁愛を懐く(木は仁を主る)。火気を受くること多きは、性情は猛烈にして礼節を崇尚す(火は礼を主る)。土気を受くること多きは、性情は寛厚平和にして信用を講ず(土は信を主る)。金気を受くること多きは、性情は剛毅果断にして義気を含藴す(金は義を主る)。水気を受くること多きは、性情は沈静内斂にして智謀多し(水は智を主る)。五種の気は凑合して一緒になり、共同して一個の人の身体を構成す。受くる所の気はもし清明叡智なれば、この人はすなわち精明俊爽なり。もし昏昧濁重なれば、この人はすなわち愚鈍頑劣なり。

老子云:「陰陽精氣為人。」氣有厚薄,得中和滋液,則生腎智人;得錯亂濁辱,則生貪淫人。《祿命書》云:「金人剛強自用,木人多華而雅,水人開通智慧,火人自貴性急,土人忠信而直。」《周書》云:「人感十而生。」天五行,地五行,合為十也。天五行為五常,地五行為五藏,故《易》曰「在天成象,在地成形」者也。《家語》曰:「天一,地二,人三,三三而九,九九八十一。一主日,日數十,故人十月而生。」

老子にいう、「陰陽二気の精華は凝聚して人と成る」、と。気に厚きと薄きとあり。中正平和・潤沢滋養の気を得れば、すなわち賢明にして智慧ある人を生成す。錯雑紛乱・汚濁卑下の気を得れば、すなわち貪婪淫佚の人を生成す。《禄命書》にいう、金に属する人は剛強にして自ら其是を行い、木に属する人は文采華美にして風度雅正し、水に属する人は心思は開通にして智慧に富み、火に属する人は自ら視て尊貴にして性情は急躁し、土に属する人は忠厚守信にして為人正直なり。――これは五行の本性に按って以て人の性情を判ずるなり。《周書》にいう、「人は十のこの数を感応して降生す」、と。これは天に五行あり地に五行ありて、合わせて正に十なるがゆえに。天の五行は「五常」(仁・義・礼・智・信のこの五種の徳性)に表現し、地の五行は「五蔵」(肝・心・脾・肺・腎の五臓)に表現す。だから《周易・繋辞》に「天に在りては象を成し、地に在りては形を成す」といい、講ずるはすなわちこの道理である。《孔子家語》にいう、天は一と為り、地は二と為り、人は三と為す。三に三を乗じて九を得、九に九を乗じて八十一を得。一は日を主管し、一旬の日数は十。だから人は懐胎十箇月にして降生す、と。

《文子》云:人受天地變化而生,一月而膏,二月而脈,三月而胞,四月而肌,五月而筋,六月而骨,七月而成形,八月而動,九月而躁,十月而生。形骸已成,五藏乃形,外為表,中為裡。頭員法天,足方象地。天有四時、五行、九星、三百六十日,人亦有四支、五藏、九竅、三百六十節。天有風雨寒暑,人亦有喜怒哀樂。

《文子》にいう、人は天地の変化を承受して生成する所である。懐胎一箇月は凝りて脂膏の状と為り、二箇月は血脉を生出し、三箇月は胞胎と成り、四箇月は肌肉を長出し、五箇月は筋を長出し、六箇月は骨を長出し、七箇月は形体は完備し、八箇月は活動を開始し、九箇月は躁動して安ならず、十箇月は便ち降生す。形骸はすでに長成せれば、五臓もまた成形す。外に在るは表で、内に在るは裏である。頭は円く、天に取法す。脚は方く、地に取象す。天に四季・五行・九星・三百六十日あれば、人もまた相応して四肢・五臓・九竅・三百六十個の骨節あり。天に風雨寒暑の変化あれば、人もまた相応して喜怒哀楽の情緒あり、と。

《淮南子》及《文子》並云:膽為雲,肺為氣,脾為風,腎為雨,肝為電,與天相類,而心為主。耳目者,日月也;氣血者,風雨也。《素問》云:夫人法天地,故聖人上配天以養頭,下象地以養足,中傍人事以養五藏。天氣通於肺,地氣通於咽,風氣通於肝,雷氣通於心,谷氣通於脾,雨氣通於腎。六經為川,腸胃為海,九竅為水。法天之紀,用地之理,則災禍去矣。

《淮南子》と《文子》とはみな言う、胆はたとえば天上の雲のごとく、肺はたとえば気のごとく、脾はたとえば風のごとく、腎はたとえば雨のごとく、肝はたとえば電のごとく、様様天と相類す。しかして心はこの一切の主宰である。耳目はたとえば日月のごとく、気血はたとえば風雨のごとし、と。《黄帝内経・素問》にいう、人は天地に取法して生ずる所である。だから聖人は上に向かって天道に配合して以て頭部を保養し、下に向かって大地に取象して以て双足を保養し、中に居りて人事に依傍して以て五臓を保養す。天気は肺と相通じ、地気は咽喉と相通じ、風気は肝と相通じ、雷気は心と相通じ、谷気は脾と相通じ、雨気は腎と相通ず。人身の六経はたとえば河川のごとく、腸胃はたとえば大海のごとく、九竅はたとえば水道のごとし。能く上天の綱紀に取法し大地の條理を運用して以て養生せば、灾祸は自然に消除せん、と。

《左慈相決》云:人頭員以法天,足方以象地,左目為日,右目為月,左眉為青龍,右眉為白虎,鼻為勾陣,伏犀為朱雀,玉枕為玄武。又云:前為朱雀,後為玄武,左為青龍,右為白虎,是曰四體;頭為勾陳,是身之主。

《左慈相決》のこの相書にいう、人の頭の円きは天に取法するを取り、脚の方きは地に取象するを取る。左眼は太陽と為り、右眼は月亮と為る。左眉は青竜、右眉は白虎。鼻子は勾陣(すなわち勾陳、居中の神)、額上の隆起する伏犀骨は朱雀、脳後の玉枕骨は玄武。これは五方の神を人の面相の上に配するなり。またいう、面前は朱雀と為り、脳後は玄武と為り、左側は青竜と為り、右側は白虎と為る。この四者を「四体」と呼ぶ。頭は勾陳と為り、中に居りて一身の主と為る。――正に五方は中央を以て四方を統するの格局に合す、と。

又曰:左耳後為太山,右耳後為華山,額為衡山,頂後為恆山,鼻為嵩高山。《相秘訣》云:額為衡山,頭為恆山,鼻為嵩高山,眉為岱山,權為崑崙山。二儀象天地,三亭法三才,四瀆主四時,五官應五行,六府從六律,七門配七星,八節取八風,九候比九州島,十指應十日,十二德象十二月,二十八節應二十八宿。

《左慈相決》にまたいう、左耳の後は東岳太山(泰山)と為り、右耳の後は西岳華山と為り、額頭は南岳衡山と為り、頭頂の後部は北岳恒山と為り、鼻子は中岳嵩高山と為る、と。《相秘訣》は則ちいう、額頭は衡山と為り、頭は恒山と為り、鼻は嵩高山と為り、眉は岱山(泰山)と為り、顴骨は崑崙山と為る、と。この外、相術の上においてはまた両眼を以て「二儀」と為し、天地に取象し、額・鼻・頦の三停を以て「三亭」と為し、天地人の三才に取法し、耳・目・口・鼻の四処を以て「四瀆」と為し、四時を主り、五官を以て五行に対応し、六府(面部の六処の骨相)を以て六律に順応し、七門(七竅)を以て七星に配し、八節(骨節部位)を以て八風に取法し、九候(診脉の九個の部位)を以て九州に比拟し、十指を以て十日(十天干)に対応し、十二徳を以て十二箇月に対応し、二十八節を以て二十八宿に対応す。人身は処処天地の数と相応す。

《家語》云:人生三月微昫,然後目能見;八月生齒,然後能食;朞而臏,然後能行;三年顖合,然後能言。陰窮反陽,故陰以陽變;陽窮反陰,故陽以陰化。是以男子八月生齒,八歲而齔,十六精通,然後能化;女子七月生齒,七歲而齔,十四而化。

《孔子家語》にいう、嬰児は出生三箇月にして、稍々目を開き、然る後に眼睛こそ能く見ゆ。八箇月にして牙を長し、然る後に能く進食す。一周歳を満てて膝骨は長成し、然る後に能く行走す。三歳にして囟門は閉合し、然る後に能く説話す。陰は極点に到ればすなわち反転して陽と為る。だから陰は陰に靠りて以て変化を促成するを要す。陽は極点に到ればすなわち反転して陰と為る。だから陽は陰に靠りて以て化育を促成するを要す。因って男子は(陽に属して陰数を用い)八箇月にして牙を長し、八歳にして牙を換え、十六歳にして精気は通暢し、然る後に能く生育す。女子は(陰に属して陽数を用い)七箇月にして牙を長し、七歳にして牙を換え、十四歳にして便ち能く生育す。これは正に陰陽互根・相手方の数を以て己の変を成すの道理である。

禮,男子二十而冠,有成人父之端;女子十五而笄而許嫁,有成人母之道。此皆從天地五行之大數也。《文子》曰:昔者中黃子云:天有五行,地有五嶽,聲有五音,物有五味,色有五章,人有五位,故天地之閒,二十有五人。上五有神人、真人、道人、至人、聖人;次五有德人、賢人、善人、中人、辨人;中五有仁人、禮人、信人、義人、智人;次五有仕人、庶人、農人、商人、工人;下五有眾人、小人、駑人、愚人、完人。上五之與下五,猶人之與牛馬也。

礼制に依れば、男子は二十歳にして冠礼を行い、父を做るの成人の資格を具備す。女子は十五歳にして笄礼を行いて以て許嫁すべく、母を做るの成人の道を具備す。これらの年歳の規定は、みな天地五行の大数に依従して来たるものである。《文子》にいう、従前に中黄子の講いたるありて、天に五行あり、地に五岳あり、声に五音あり、物に五味あり、色に五章(五色の文采)あり、人に五等の品位あり。だから天地の間に共に二十五等の人あり。最上の一組の五等は神人・真人・道人・至人・聖人。第二組の五等は徳人・賢人・善人・中人・辨人。中間の一組の五等は仁人・礼人・信人・義人・智人。第四組の五等は仕人・庶人・農人・商人・工人。最下の一組の五等は衆人・小人・駑人・愚人・完人。最上の五等と最下の五等とに比すれば、その懸殊は人と牛馬との別のごとし。中黄子のこの一套の分法は、天地の間に凡そ五を以て数と為すの類目――五行・五岳・五音・五味・五色――を一併に人に推及し、五に五を乗じて二十五のこの総数を得出し、以て人品に等第を定出するに用いる、と。

聖人者,以目視,以耳聽,以口言,以足行。真人者,不視而明,不聽而聰,不言而云,不行而從。故聖人之所動天下者,真人未嘗遇焉;賢人之所矯世俗者,聖人未嘗觀焉。所謂道人者,無前無後,無左無右,萬物玄同,無非無是。

聖人もなお眼睛を用いて看、耳朵を用いて聴、嘴を用いて説話、脚を用いて行走す。真人は則ち必ずしも看ずとも自然に明察し、必ずしも聴かずとも自然に聡敏し、必ずしも説話せずとも意旨は自ら明らかにして、必ずしも行動せずとも万物は自然に帰従す。だから聖人の以て天下を感動するのあの作為は、真人は根本に曽て遇上せず。賢人の以て世俗を矯正するのあの事は、聖人もまた根本に過問せず。――境界は愈高ければ、作為は愈簡なり。いわゆる道人に至っては、則ち所謂前後なく、所謂左右なく、万物と幽深に混同して一と為り、是非の分の有ることなし。

《文子》發言二十五人,論止有四,未為具釋,今依諸經書略解。上五有謂人者,孔子曰:「陰陽不測之謂神。」曾子曰:「陽之精氣為神。」神以靈智為義,謂靈智其照如神,故曰神人也。孔子曰:「堯之智如神。」

《文子》は二十五等の人を舉出したるといえども、ただその中の四等を論述したるのみにして、全部を解釈せず。いま各種の経書に依拠して以て大略に一遍を解説す。最上の一組の頭の一等を神人と呼ぶ。孔子にいう、「陰陽変化して測度すべからざるをすなわち神と呼ぶ」。曽子にいう、「陽気の精華はすなわち神なり」、と。神は霊通智慧を以てその本義と為す。是れこの種の人の霊智の照察が神明のごとき一般なるを説きて、だから神人と呼ぶ。孔子は尭を称赞していう、「尭の智慧は神明のごとし」、と。

真人者,性合乎道,有若無,實若虛,明白太素,至極弊然無為,故曰真人。道人者,孔子曰:「其德大乎天地,其量總乎日月,莫之能測者。」有此德量,故曰道人。至人者,真直為素,守一不移,善惡不能回其慮,榮辱不能動其心,故曰至人。

真人は、本性が道に契合する人である。明らかに有るもしかも無きがごとく、明らかに充実するもしかも空虚のごとく、太素(天地未分の時の質朴本原)に通徹明白して、極処に達して渾然として無為なり。だから真人と呼ぶ。道人は、孔子が形容していう、「彼の徳行は天地より大なり、彼の器量は日月を包総し、測度しうる者なし」、と。このような徳行器量を具備すればこそ、だから道人と呼ぶ。至人は、真誠正直を以てその本質と為し、純一の道を固守して動揺せず、善と悪ともに彼の思慮を改変する能わず、栄と辱ともに彼の心志を扰動する能わず。だから至人と呼ぶ。

聖人者,《家語》曰:德合天地,變通無方,窮萬事之終始,協萬品之自然,敷其大道,遂成情性,明並日月,化行若神,民人不知其德,覩者不識其善,此謂聖人也。《莊子》曰:以天為宗,以德為本,以道為門,明於變,謂之聖人。

聖人に至っては、《孔子家語》にいう、彼の徳行は天地と相合し、変化通達して固定の方所なく、能く万事の始末を窮究し、能く万物各自の本然を協調し、彼の大道を敷布して、万物をしてその性情に遂げしむ。彼の明智は日月と並列しうる。教化は推行して神妙のごとく、百姓は日にその徳を受けてしかも知らず、親ら見たる人もまた彼の好在る所を説出する能わず。――これをすなわち聖人と呼ぶ、と。《荘子》にいう、天を以て宗主と為し、徳を以て根本と為し、道を以て門径と為し、万物の変化に通明するを、これをすなわち聖人と呼ぶ、と。

次五德人者,德被於物,使百姓各得其所欲,日用而不知,兼利無擇,與天地合。《易》曰:「大人者,與天地合其德,與日月合其明,與鬼神合其吉凶。」此謂德也。賢人者,智周萬物,動靜合理。孔子曰:好惡與民同情,取舍與民同統,行中規矩,言可法則,為匹夫而不怨,在諸侯而不驕,道足化於百姓而不傷於身,施財天下不貧,此賢人也。

第二組の五等の中の頭の一等は徳人。彼の徳沢は万物を覆被して、百姓をして各々その欲する所を得せしめ、天天受用してしかも覚察せず。彼は普遍に利を施して揀択を加えず、天地の徳と相合す。《周易・乾卦・文言》にいう、「大人のこの人は、徳行は天地と相合し、明智は日月と相合し、吉凶の判断は鬼神と相合す」、と。講ずるはすなわちこの「徳」である。賢人は、智慧が万物に周遍して一動一静みな事理に合する人である。孔子が形容していう、好悪は百姓とその情を同じくし、取舍は百姓とその準則を同じくす。行為は規矩に合乎し、言論は法則と作す可し。身は平民と為りてしかも天を怨まず人を尤めず、位は諸侯に居りてしかも驕縦せず。彼の道は以て百姓を教化するに足りてしかも自身に害を及ぼすに至らず、財物を天下人に施与してしかも自己は貧乏に至らず。――これがすなわち賢人である、と。

善人者,見善如不及,言滿天下無口過。孔子曰:躬行忠信而心不怨,不置仁義,志意廣博而色不伐,思慮明達而辭不爭,篤行信道,自強不息,猶然如將可越而不可及,此君子人也,又謂善人。中人者,一心以事主,進思盡忠,退思補過,順美匡惡,犯而無隱,先公後私,不伐其勞,此中人也。辨人者,智思無窮,情鑑善惡,問無礙滯,巧言如流,去邪從正,無有可匿,此辨人也。

善人は、善事を見ればすなわち追い及ばざるを恐れ、言論は天下に伝遍してしかも一句の失言なき人である。孔子が形容していう、親ら忠信を踐行して心中に怨尤する所なく、曽て一刻も仁義を擱置せず。志向意趣は広博にして神色に夸耀を見ず、思慮は通達明白にして言辞は人と争わず。篤実に踐行し正道を堅信し、自強して息まず。望み上ぐれば以て追趕すべきに似たるも、実際は則ち追い及ぶ能わず。――これがすなわち君子のこの一類で、すなわちいう所の善人である。中人は、専心一意に君主に侍奉する人である。朝に在れば則ち忠誠を竭くすを想い、退居すれば則ち君主の過失を彌補するを想う。君主の美徳を順成し、君主の過悪を匡正す。寧ろ顔を犯して直諫しても実情を隠瞞せず。公を先にして私を後にし、功労あっても自夸せず。――これがすなわち中人である。辨人は、才智思慮に窮尽なき人である。能く情理を体察し善悪を辨别し、問難に応答して毫も滞碍なく、言辞は機敏にして水の流瀉するがごとく、能く邪僻を去除し正道に依従し、胸中に隠瞞を要する所なし。――これがすなわち辨人である。

中五仁人者,為上不侈其功,為下不羞其陋,慈施惻隱,終而不衰,此仁人也。禮人者,分別尊卑,廉讓謙謹,為上恭敬,為下思敬,此禮人也。信人者,誠實不欺,片言折獄,達不肆意,窮不易操,此信人也。義人者,決斷分了,一度順理,從善屏惡,事無礙滯,此義人也。智人者,識達謀慮,鑑察物情,能知萌兆,豫覩善惡,此智人也。

中間の一組の五等は、頭の一等は仁人。上位に居りて自己の功労を夸大せず、下位に処りて自己の鄙陋を以て恥と為さず、仁慈に施与し心に恻隠を懐き、始終如一にして衰減せず。――これがすなわち仁人(五常の「仁」に対応し、木に属す)。礼人は、能く尊卑の等次を分别し、清廉謙譲にして恭謹に自持し、上位に在る時は人に待つに恭敬し、下位に在る時は心に敬意を存す。――これがすなわち礼人(「礼」に対応し、火に属す)。信人は、誠実にして欺かず、一句話を憑ってすなわち案件の是非を断定しうる。顕達の時は己意を放縦せず、困窮の時は操守を改変せず。――これがすなわち信人(「信」に対応し、土に属す)。義人は、処断決断は分明了当にして、一切の法度はみな事理に順乎し、善行に依従し悪行を屏除し、弁事に毫も滞碍なし。――これがすなわち義人(「義」に対応し、金に属す)。智人は、見識は通達にして謀慮に深く、能く事物の実情を鑑察し、能く事情の萌芽征兆を預知し、預め善悪の走向を看出す。――これがすなわち智人(「智」に対応し、水に属す)。

次五士人者,孔子曰:知不舉多,必審其所由;言不務多,必審其所謂;心有所定,計有所守。雖不能盡道術之本,必有從行也;雖不能遍百善之美,必有所慮也。行既由之,智既知之,言既得之,則性命形骸之不易也。富貴不足以益,貧賤不足以損,此士人也。

第四組の五等の中の頭の一等は士人。孔子が形容していう、彼は知を求めて博雑を図らず、務めて知識の来由を弄清す。説話は繁多を求めず、務めて言辞の指す所を弄清す。彼の心中に自ら確定の主張ありて、謀劃に自ら堅守の準則あり。道術の根本を窮尽する能わざるといえども、しかし必定に依循して行う所有り。百善の美を遍具する能わざるといえども、しかし必定に思慮して択ぶ所有り。行為はすでに道に依循し、見識はすでに道に明らかにして、言語はすでに道に契合せば、則ち彼の性命形骸は再び改易あることなし。富貴は彼に什麼を增添する能わず、貧賤もまた彼に什麼を減損せしむる能わず。――これがすなわち士人である、と。

庶人者,未入仕位,猶居壟畝之閒,或始解褐,未沾品命。《周禮》云:「庶人在官者始入秩也。」此謂庶人也。農人者,用天之道,因地之利,春耕秋收,常在稼穡,此曰農人也。商人者,負販市,隨時鬵貨,貴賤相易,以資產業,此商人也,亦曰賈人也。工人者,雕斵伎巧,備諸器用,造新修故,以力貨財,此曰工人。

庶人は、まだ仕途に進入せざる人で、あるいはなお田間に在りて農を務め、あるいは剛に布衣を脱去して入仕するもまだ品級命数を獲得せざる者。《周礼》にいう、「庶人の官府に在りて職に任ずるは、剛に秩禄の列に進入せり」、と。講ずるはすなわちこの類の庶人である。農人は、天時の道を遵循し地力の利に依憑し、春天は耕種し秋天は収穫し、常年に稼穡に従事する人である。商人は、貨物を背負して市上に販売し(ここに底本は一生僻字あり)、時機に隨って貨物を販運し、貴賤の差を趁って互相交易し、これを以て産業を積累する人で、もまた賈人と呼ぶ(行商を商と為し坐賈を賈と為す)。工人は、雕刻斲削の技芸巧作に従事し、各種の器物用具を備弁し、新器を製造し旧器を修理し、力を出すに靠りて財貨を換取する人である。

下五眾人者,凡雜雲眾人。豫讓曰:「範中行氏以眾人遇我也。」小人者,卑鄙行惡,此曰小人。孔子曰:「桀紂雖帝王,其猶小人也。」《文子》曰:「中繩,謂之君子;不中繩,謂之小人。君子雖死,其名不滅;小人雖得勢,其罪不除。」

最下の一組の五等は、頭の一等は衆人。凡そ平凡混雑にして特出を見ざれば、すなわち衆人と称す。戦国の豫让は曽ていう、「范氏・中行氏は我を普通人と看待するなり」、と。小人は、品格は卑鄙にして行事は邪悪なる人で、だから小人と呼ぶ。孔子にいう、「桀・紂は貴きこと帝王と為るといえども、その人品はなお小人なり」、と。《文子》にいう、準縄に合するを君子と呼び、準縄に合せざるを小人と呼ぶ。君子はたとい死すとも、名声は磨滅せざらん。小人はたとい一时に勢を得るとも、罪悪は終に免除して掉せざるなり、と。

駑人者,駑,鈍也,亦罪隸為名。古者有罪為奴,《尚書》曰:「予則奴戮汝。」罪之也。紂以箕子為奴,亦戮辱也。馬有駑者,以其鈍也。愚人者,嚚闇無知,菽麥不辨,謂之愚人。孔子曰:「其知可及,其愚不可及者。」以其稟昏濁之氣而生,非學所得也。亦曰庸人。孔子曰:心不存始終之規,口不吐訓格之言,又不擇賢以託身,不力行以自定,見小闇大而不知所傷,從物如流而不知所仇,此庸人也。

駑人は、「駑」は遅鈍の意思で、同時にまた罪隷の名称と用作す。古時に人有りて罪あればすなわち没して奴隷と為す。《尚書・甘誓》にいう、「予は則ち汝を奴戮せん」(我はすなわち汝を奴隷に貶めて以て懲処を加えん)、と。すなわち彼の罪を治するなり。商紂王は箕子を奴隷に貶めしは、もまた一種の戮辱である。馬に駑馬と称する有るも、もまたそれの遅鈍の意思を取る。愚人は、愚妄昏昧にして毫も見識なく、豆子と麦子とをも分辨する能わざる人で、だから愚人と呼ぶ。孔子にいう、「彼の聡明は別人も及ぶを得。彼の愚拙は別人も及ぶを得ず」、と。この種の愚拙は因って禀受して昏濁の気にして生ずるに由り、学習に靠りて以て改変しうるにあらず。この類の人もまた庸人と呼ぶ。孔子は庸人を形容していう、心中に始終如一の規矩を存せず、口中に法度に合乎する言語を説出する能わず。また賢者を選択して以て身を托し依靠することを知らず、努力して実行して以て自身を安定するを肯んぜず。ただ小処を見て大局に昧く、自己の傷ある所を知らず。波に隨り流に逐うて外物に跟従して走り、自己の防備すべきを知らず。――これがすなわち庸人である、と。

肉人者,狂痴無識,痛癢莫分,雖能動靜,與完不異,是謂肉人。此二十五等人,由稟五行之氣,各有優劣,故有多等,善惡不同。今且分為四品:其神、真、道、至、聖、德、賢七者,受王氣而生也;善、中、辨、仁、禮、信、義、智八者,相氣而生也;士、庶、農、商、工五者,休氣而生也;眾、小、駑、愚、完五者,囚氣而生也。王氣當其盛時,故最靈聖;相氣微劣於王,故自善忠已下伏王政;休氣已衰,故當仕庶之例;囚氣最劣,故當眾小之流。

肉人(すなわち前面の列する所の完人)は、狂乱痴呆にして全く神識なく、痛痒をも分辨し出す能わざる人である。なお能く動し能く静するといえども、実は一段の完整の木石と分別なし。だから肉人と呼ぶ。この二十五等の人は、みな五行の気を禀受すること同じからざるに由りて、各々優劣あり。だからこのように多くの等第を分出し、善悪は各々異なり。いま姑らく彼らを帰して四品と為し、「休王囚死」(五行の四時に隨って輪転するの旺衰状態。当令は王と為り、次旺は相と為り、退気は休と為り、克せらるるは囚と為り、気盡は死と為る)に按って以て分配す。神人・真人・道人・至人・聖人・徳人・賢人のこの七等は、「王気」(当令最旺の気)を禀受して生ずる所である。善人・中人・辨人・仁人・礼人・信人・義人・智人のこの八等は、「相気」(次旺の気)を禀受して生ずる所である。士人・庶人・農人・商人・工人のこの五等は、「休気」(すでに退ける気)を禀受して生ずる所である。衆人・小人・駑人・愚人・完人のこの五等は、「囚気」(制を受くる気)を禀受して生ずる所である。王気は正に極盛の時に当たれば、だからこの一類の人は最も霊慧聖明なり。相気は王気に略々遜れば、だから善人・中人以下はみな王者の政に服事す。休気はすでに衰退せれば、だからただ士人・庶人の一流に当たるを得るのみ。囚気は最も低劣なれば、だからただ衆人・小人の輩に当たるを得るのみ。

《文子》以上返下,喻人比畜,亦近之矣。然此五氣,有清有濁,有正有邪,有初有末。若得正氣,雖在卑劣,方為大善;若受卑氣,雖居尊勝,眾興大惡。至如桀覆夏宗,紂亡殷族,周衰幽厲,漢滅桓靈,此則處尊興惡者也。

《文子》は最上の一組を拿げて最下の一組と対照し、上等人を人に比作し下等人を牲畜に比作す。この比方もまた説きて貼切と算すべし。ただしこの五種の気はなお清と濁・正と邪・初と末の分別あり。仮に得る所は正気なれば、たとい身は卑賤低微の位置に処すとも、なお能く大善を成就す。仮に受くる所は卑劣の気なれば、たとい身は尊貴優勝の地位に居るとも、反って大いに悪行を興さん。夏桀の夏朝の宗廟を傾覆し、商紂の殷商の宗族を断送し、周朝の幽王・厲王に衰败し、漢朝の桓帝・霊帝に亡滅せしがごとき、これらはみな身は尊位に居りてしかも大いに悪行を興せるの例子である。

負鼎於殷廟,垂釣於磻溪,商賈南陽,飼牛車下,當此之時,其善未見;及登師輔,仁聖並彰,此豈非卑下而能宏濟。其賢德已上,氣正無邪,故居最上。然氣之初也,齡齒終長;氣之末也,命相短促。此四氣又有四別:若上清秀,靈智愈高;上而濁汙,乃須修飭;下而清秀,琢磨方以為器;加之昏濁,朽木不可復雕。兼貴賤、富貧、好丑、善惡、性情、年命,乃有萬途,並五行氣感所致。今且就《文子》論其二十五等,以為階差,自外諸徒,難以具辨。知人則哲,惟帝其難,非明聖者,孰能辨識。

反って看れば、伊尹は鼎俎を背負して殷商の宗廟に到りて用を求め、姜太公は磻谿に垂釣し、百里奚は南陽の一帯に経商し、寧戚は車の下に牛を養う。――彼らはあの時において、善徳はまだ顕露せざりき。師・輔の高位に登上するに及びて、仁徳と聖明と便ち一斉に顕彰せり。これは豈に正に出身は卑下にしてしかも終に宏大に済世しうるの例子にあらざるか。前面のいう所の賢人・徳人以上の諸等に至っては、禀気は純正にして邪雑なし。だから最上に居る。さらに、禀受する所は気の初生の階段なれば、寿数は便ち久長なり。禀受する所は気の衰末の階段なれば、命相は便ち短促なり。上述の王・相・休・囚のこの四種の気はまた各々四種の差別あり。上等に処りてしかも気が清秀なれば、霊智はさらに高明なり。上等に処りてしかも気が濁汚なれば、すなわち必ず修治整飭を加えるを要す。下等に処りてしかも気が清秀なれば、琢磨を経てなお器と成すべし。もし身は下等に居りてまた昏濁の気を加えば、あれはたとえば朽木のごとく、再び雕琢して成らざるなり。さらに加えて貴と賤・富と貧・美と醜・善と悪・性情の差異・寿命の長短、交錯せばすなわち千万種の情形あって、全く是れ五行の気の感応の造成する所である。ここに姑らく《文子》のいう所の二十五等に依りて以て層級を劃分す。この外にさらに種種の類別ありて、則ち一一に分辨し難し。《尚書・皐陶謨》に「人を知れば則ち哲なり。ただ帝もまた其れを難しとす」(能く人を識るこそ明智と算す。この一点は帝尭をもってしても難しと感ず)といい、見えるに明達聖哲の人にあらざれば、誰か能く識辨して清らかならんや。

《祿命決》云:王氣中生者,其人王相,宜爵祿;相氣中生者,其人多官;死氣中生者,其人多疾病短命。此並論其生月,當五行氣盛衰時也。況其稟受氣者,其人形質、情性、骨肉、藏府,皆象五行。

《禄命決》にいう、王気の中に出生するは、この人は時を得勢を得て、爵位俸禄を取得するに宜し。相気の中に出生するは、この人は官職多し。死気の中に出生するは、この人は疾病多くして寿命短促なり。これらの講ずる所はみな出生の月份で、正に五行の気の盛衰のいずれの階段に逢うかである。況んや人の禀受する所はすでに五行の気なれば、則ち彼の形体質貌・性情・骨肉・臓腑も、もまたみな五行に取象せらるるなり。

《相書》云:木人細長直身,火人小頭豐下短小,土人員面大腹,金人方面兌口,水人面薄身偏蛇行。木人青色真,有白是害氣;火人赤色真,有黑是害氣;土人黃色真,有青是害氣;金人白色真,有赤是害氣;水人黑色真,有黃是害氣。

《相書》にいう、木に属する人は身形は細長挺直す(樹木の修直に象る)。火に属する人は頭小にして下部は豊満にして身材は短小なり(火焰の上鋭下闊に象る)。土に属する人は臉は円く腹は大なり(土の厚重に象る)。金に属する人は臉は方く口は尖なり(金の方正に象る)。水に属する人は面容は清薄にして身体は偏側にして走路は揺曳して蛇行のごとし(水流の曲折に象る)。気色に至っては、木に属する人は青色を現ずるこそ本色で、もし白色を現出せば便ち是れ害気(金は木を克す)。火に属する人は赤色を現ずるこそ本色で、もし黒色を現出せば便ち是れ害気(水は火を克す)。土に属する人は黄色を現ずるこそ本色で、もし青色を現出せば便ち是れ害気(木は土を克す)。金に属する人は白色を現ずるこそ本色で、もし赤色を現出せば便ち是れ害気(火は金を克す)。水に属する人は黒色を現ずるこそ本色で、もし黄色を現出せば便ち是れ害気(土は水を克す)。いわゆる害気とは、すなわち現ずる所の色は正に本命の五行を克制するあの一行の色である。

配日,則甲乙為皮毛,丙丁為爪筋,戊己為肉,庚辛為骨,壬癸為血脈。配卦,則干為頭,離為目,坎為耳,兌為口,坤為腹,巽為手,艮為股膝,震為足。其藏府性情,各有別解。然人居天地之內,在山川之中,各隨方位,形性不等。所以東夷之人,其形細長,修眉長目,衣冠亦尚狹長。東海句麗之人,其冠高狹,加以鳥羽,象於木枝。長目者,目主肝,肝,木也,故細而長,皆象木也。

もし十天干(日)に配せば、則ち甲乙は木に属して皮毛に対応し、丙丁は火に属して指甲と筋とに対応し、戊己は土に属して肌肉に対応し、庚辛は金に属して骨骼に対応し、壬癸は水に属して血脉に対応す。もし八卦に配せば、則ち乾は頭と為り、離は目と為り、坎は耳と為り、兌は口と為り、坤は腹と為り、巽は手と為り、艮は大腿膝蓋と為り、震は足と為る。五臓六腑と性情との配属に至っては、各々専門の解説あり。さらに、人は天地の間・山川の中に生活して、方位の不同に隨って、形貌性情もまた各々一様ならず。だから東夷の人は形体は細長にして、眉毛は修長にして眼睛は細長にして、衣冠もまた狭長の式様を崇尚す。東海の高句麗人の帽子は高くして窄く、なお鳥羽を插上す。樹木の枝条に取象するなり。眼睛の細長なるは、目は肝を主りて、しかして肝は木に属すればに由る。だから細くして長し。――これらはみな木に取象するなり(東方は木に属す)。

南蠻之人,短小輕壑,高口少髮,衣冠亦尚短輕。高口者,口人中主心,心,火也,火炎上,故高;炎上,故少髮也。西戎之人,深目高鼻,衣而無冠者,鼻主肺,肺,金也,故高;目,肝也,肝為木金之所制,故深;金主裁斷,故髮斷無冠。北狄之人,高權被髮衣長者,權主腎,腎,水也,故高權;被髮者,象水流漫也;衣長,亦象水行也。中夏之人,容貌平整者,象土地和平也;其衣冠車服備五色者,象土包含四行也。

南蛮の人は身材は矮小にして軽捷にして、人中は高く頭髪は稀少にして、衣冠もまた短小軽便を崇尚す。人中の高きは、口と人中とは心を主りて、しかして心は火に属し、火性は炎上すればに由る。だから人中は高聳す。もまた正に火性は炎上して焚灼するに因りて、だから頭髪は稀少なり。――これらは火に取象するなり(南方は火に属す)。西戎の人は眼窩は深陥し鼻梁は高聳し、ただ衣を穿ちて冠を戴かず。鼻は肺を主り、肺は金に属す。だから鼻は高し。眼睛は肝を主り、肝は木に属し、木は金に克制せらる。だから眼窩は深陥す。金は裁断を主る。だから彼らは頭髪を截断し冠を戴かず。――これらは金に取象するなり(西方は金に属す)。北狄の人は顴骨は高聳し頭髪を披散し衣服は長大なり。顴骨は腎を主り、腎は水に属す。だから顴骨は高聳す。頭髪を披散するは、水流の漫衍に取象す。衣服の長大なるも、もまた水の流行して滞らざるに取象す。――これらは水に取象するなり(北方は水に属す)。中夏(中原)の人は容貌は端正平整にして、土地の平和に取象す。彼らの衣冠車馬服飾は五色斉備して、土は能く木火金水の其余の四行を包含するに取象す(中央は土に属す)。

孔子曰:東僻之人曰夷,精以僥;南僻之人曰蠻,信以樸;西僻之人曰戎,頑以剛;北僻之人曰狄,肥以戾;中國之人,安居和味。《帝王世紀》云:堯流共工於幽州,以竄北狄;遷三苗於三危,以竄西戎;放驩兜於崇山,以竄南蠻;殛鯀於羽山,以竄東夷。

孔子にいう、東辺の偏遠の地の人を夷と呼び、精明にして軽捷なり。南辺の偏遠の地の人を蛮と呼び、篤信にして質朴なり。西辺の偏遠の地の人を戎と呼び、頑悍にして剛強なり。北辺の偏遠の地の人を狄と呼び、粗壯にして暴戾なり。中原の人は則ち居処は安定し飲食は調和す、と。《帝王世紀》に記載す、尭は共工を幽州に流放し、以て北狄の地を充実し、三苗を三危に遷し、以て西戎の地を充実し、驩兜を崇山に放逐し、以て南蛮の地を充実し、鯀を羽山に誅戮し、以て東夷の地を充実せり。――これがすなわち四方の民と四方の気と相配するの由来である。

《春秋文耀鉤》云:氣隨人形,故南方至溫,其人大口,象氣舒緩也;北方至寒,其人短頸,象氣急縮也;東方川谷所經,其人小頭兌形,象木小上也;西方高土,日月所入,其人面多毛,象山多草木也;中央四通,雨露所施,其人面大,象土平廣也。

《春秋文耀鈎》にいう、一方の気は一方の人の形貌を造就す。南方は最も温熱にして、あの里の人は嘴大なり。気の舒展和緩に取象す。北方は極めて寒冷にして、あの里の人は脖頸は短し。気の収緊急縮に取象す。東方は河川谿谷の流経する所にして、あの里の人は頭小にして形体は上鋭なり。樹木の上端の細小なるに取象す。西方は地勢は高くして、是れ日月の落下する地方にして、あの里の人は面上に毛多し。山上に草木を多生するに取象す。中央は四方に通達して、是れ雨露の普施する処にして、あの里の人は臉面は寛大なり。土地の平坦広闊に取象す、と。

《家語》云:孔子曰:堅土之人剛,弱土之人柔,墟土之人大,沙土之人細,息土之人美,耗土之人丑。南方有不死之草,北方有不釋之冰,東方有君子之國,西方有刑殘之尸,中土多聖人,皆象其氣也。

《孔子家語》に孔子のいうを記載す、堅硬の土地に生まるる人は性情は剛強にして、鬆軟の土地に生まるる人は性情は柔和なり。墟丘の地に生まるる人は身材は高大にして、沙土の地に生まるる人は身材は細瘦なり。肥沃滋生の地に生まるる人は相貌は美好にして、瘠薄耗損の地に生まるる人は相貌は醜陋なり。南方に終年不死の草あり、北方に終年不化の氷あり、東方に君子の国あり、西方に刑を受け残害せられたる尸骸あり、中原の一帯は聖人を多出す。――これらはみな各方の気の性質に取象するなり、と。

故曰:山氣多男,澤氣多女,水氣多瘖,風氣多聾,休氣多癃,木氣多傴,岸下溼氣多腫,正氣多力,險阻之氣多癭,寒氣多壽,熱氣多夭,谷氣多痺,氣多狂,衍氣多仁,陵氣多貪,輕土多利起,重土多遲鈍,急水人輕,遲水人重。此並隨陰陽五行之氣,故善惡斯別。

だからいう、山地の気は男を多生し、水沢の気は女を多生す。水気の盛なる地方は喑唖の人多し。風気の盛なる地方は耳聾の人多し。休廃の気の盛なる地方は疲癃残疾多し。木気の盛なる地方は傴僂駝背多し。岸辺低下して湿気の重き地方は浮腫の疾多し。正気の充盛する地方は人は気力あること多し。山川険阻の気の盛なる地方は癭瘤を多生す。寒冷の気の盛なる地方は人は長寿多し。炎熱の気の盛なる地方は人は夭折多し。山谷の気の盛なる地方は痹症を多生す。某种の気(底本のここは一生僻字と為す)の盛なる地方は狂疾を多生す。平衍の地の人は仁厚多し。丘陵の地の人は貪求多し。軽鬆の土壤の上の人は敏捷善動多し。厚重の土壤の上の人は遅緩遅鈍多し。水流の湍急なる処の人は軽捷し、水流の迂緩なる処の人は穏重なり。これらの差別はみな陰陽五行の気に隨って来たる者で、だから人の善悪もまたすなわちこれに因りて高下を分出す、と。

第二 人の游年年立を論ず

游年凡有三名,而為二別。三名者:一游年,二行年,三年立。游年之名,皆以運動不住為義,以其隨歲行遊,不定一所也。年立卽是行年。立者,是住立為義,以其今年立於北辰也。就人而論,常行不息,故謂曰行;就歲而論,今之一歲,年住於此,故謂之立。

「游年」は共に三個の名称あるに、ただ両類に分成すのみ。三個の名称は、一を游年と呼び、二を行年と呼び、三を年立と呼ぶ。凡そ「游年」と称するは、みな運行移動して一処に停留せざるの意思を取る。それが歳数に隨って逐年に游走して、並びに某一個の位置に固定せざればに由る。「年立」は実はすなわち行年である。「立」は駐停站定の意思を取る。今年の行年はすなわち某一個の辰位に停駐すればに由る(原文は「北辰に立つ」といい、星辰の主する所の位に停立するを指す)。人のこの一面に就きて言えば、年歳は常に行きて息まず。だからこれを「行」と呼ぶ。歳のこの一面に就きて言えば、当年のこの一年はこの位置に停駐す。だからこれを「立」と呼ぶ。名称は三個あるといえども、実は一は游年、一は行年(年立)、ただ両類のみである。

二別者,游年從八卦而數,年立從六甲而行。六甲者,男從丙寅左行,女從壬申右轉,並至其年數而止,卽是行年所至,立於其處也。若欲算知之者,男以實年加二算而左數,女以實年加一算而右數,並從甲子旬始,盡其算,卽是立處也。

両類の分別は、游年は八卦の方位に按って数えるを以てし、年立は「六甲」(甲子・甲戌・甲申・甲午・甲辰・甲寅のこの六個の甲を以て頭を起こす旬)の干支に按って推行するを以てす。六甲を用いて推するの方法は、男子は丙寅より起こり順時針(左行)に数え、女子は壬申より起こり逆時針(右転)に数え、みな本人の年数に到るまでにして止まり、数え到ったあの一位はすなわち行年の到る所で、すなわち彼の今年の「立つる」所の位置である。もし算法を用いて直接に求得せんと欲せば、男子は実足年歳に二を加え、然る後に左に向かって数え、女子は実足年歳に一を加え、然る後に右に向かって数え、みな甲子旬より起算し、この数を数え尽くし、いずれの一位に落つるか、いずれの一位がすなわち年立の処である。

所以男從丙寅數,何者?日生於寅,日為陽精,男從陽,故取日。丙為太陽,故取丙以配寅。女從壬申數,何者?月生於申,月為陰精,女從陰,故取月。壬為太陰,故取壬以配申。陽故左行,陰故右轉。

なにゆえ男子は丙寅より数を起こすか。太陽は寅に生ずればに由る(寅は日出の時と為る)。太陽は陽気の精華で、男子は陽に属し応に陽に従うべし。だから太陽を以て準と為す。しかして十天干の中、丙は太陽の干と為る。だから丙を取りて以て寅に配し、「丙寅」を得。なにゆえ女子は壬申より数を起こすか。月亮は申に生ずればに由る(申は月出の時と為る)。月亮は陰気の精華で、女子は陰に属し応に陰に従うべし。だから月亮を以て準と為す。しかして十天干の中、壬は太陰の干と為る。だから壬を取りて以て申に配し、「壬申」を得。陽は升進を主る。だから男子は順行して左に向かう。陰は退降を主る。だから女子は逆行して右に向かう。

《孔子元辰經》云:若甲子旬,男從丙寅,女從壬申;甲戌旬,男從丙子,女從壬午;甲申旬,男從丙戌,女從壬辰;甲午旬,男從丙申,女從壬寅;甲辰旬,男從丙午,女從壬子;甲寅旬,男從丙辰,女從壬戌。皆曰行年。此並候病之法,非通常用。

《孔子元辰経》にいう、もし甲子のこの一旬に生まれば、男子は丙寅より数を起こり、女子は壬申より数を起こる。甲戌旬に生まれば、男子は丙子より起こり、女子は壬午より起こる。甲申旬に生まれば、男子は丙戌より起こり、女子は壬辰より起こる。甲午旬に生まれば、男子は丙申より起こり、女子は壬寅より起こる。甲辰旬に生まれば、男子は丙午より起こり、女子は壬子より起こる。甲寅旬に生まれば、男子は丙辰より起こり、女子は壬戌より起こる。以上のこれらの起例はみな「行年」と呼ぶ。この一套は主として以て疾病を占候するの方法に用い、並びに通行常用の推法にあらず、と。

游年者,男一歲,數從離起,左行八卦,二則在坤,三則在兌,四則在干,五則在坎,六則在艮,七則在震,八則在巽。巽不受八,進而就離,離則是八,坤卽九,兌卽十,以次而數。一若至坤,坤不受一,還退就離,故至十數,皆在政方也。女年一,從坎右行,亦如離法。艮不受八,干不受一,皆歸於坎。

游年の推法に至っては、男子は一歳の時に離卦より数を起こり、順左して行きて八卦を遍暦す。――二歳は坤に在り、三歳は兌に在り、四歳は乾に在り、五歳は坎に在り、六歳は艮に在り、七歳は震に在り、八歳は本応に巽に在るべし。ただし巽卦は「八」のこの数を接受せず、一応位を前進して離に帰するを要す。だから離はすなわち八なり。九は則ち坤に在り、十は則ち兌に在り、これに依りて類推す。反って、もし「一」に数え到りて坤に落たば、坤もまた「一」を接受せず、退回して来て離に帰するを要す。だから一直に十に数え到るまで、これらの数はみな正位の方に帰す。女子は一歳の時に坎卦より数を起こり、右に向かって行き、弁法は男子の離より起こると一様なり。ただ女子のこの一路上は艮卦は「八」を受けず乾卦は「一」を受けず、この両種の情形に遇えばみな坎に帰するを要す。

所以巽不受八、坤不受一者,坤巽依位,並夾離宮。巽是陽位,有進義而無終義,八是卦之終數,故不受之,前以付離。坤是陰位,陰有退而無進,退則須滅,不敢當其陽始之數,故退讓就離。干不受一、艮不受八者,干是陽也,又為天也,自在其始,始是一義,重則數偶,數偶則成陰,故以付坎。艮是陰也,艮又為山,山則是終,游年曆行八卦,卦數於八,終卽止也,自有其終,理不重受,故付坎。

巽卦の「八」を受けず坤卦の「一」を受けざるは、道理はこのようである。坤と巽とは方位に按って排列せば、正好に一左一右にして離宮を夾む。巽は陽位に属し、前進の義ありて終止の義なし。しかして「八」は八卦の数え到る頭の終数なれば、だから巽はそれを接受せず、向前にそれを離に交付するを要す。坤は陰位に属し、陰はただ退あるのみにして進なく、一退すればすなわち消滅に帰せんと要す。因って敢えて「一」のこの陽気初始の数に当たらず。だから退譲して開け、もまた離に帰す。乾卦の「一」を受けず艮卦の「八」を受けざるは、道理は、乾は純陽にして、また天を代表し、本身就ち開端に処す。しかして「一」は正に開端の義なり。同一の開端に再び叠加一次せば、数はすなわち偶数と成り、偶数は便ち変じて陰と為る。だからそれを坎に交付す。艮は陰に属し、艮はまた山を代表し、山は止住・終結の象なり。游年は歴行して八卦を経て、卦数は八に到ればすなわち終点なり。艮は本身すでに自ら終止の義を具え、理に按れば応に再び重複して一個の終数を承受すべからず。だからもまた坎に交付す。

或問云:天一之行,以坎為一宮,離為九宮;八卦游年,乃以離為一宮者,何?荅曰:天一於天下九州島之事,故從始一而行;游年於人年命之事,故以終九而起命。女游年從坎,男以德苞終始,故九一併數,起太陽之位;女以陰生陽,故從其創始陰位而行。坎位本一,受數一起,共為二,陰數也。游年所至之卦,因三變之:一變為禍害,再變為絶命,三變為生氣。生氣則吉,禍害、絶命則凶。吉則可就其方,凶則宜避其所。

人ありて問う、天一神の運行は、坎を以て第一宮と為し離を以て第九宮と為す。八卦の游年はかえって離を把げて第一宮と作す。これは為什麼か。回答していう、天一神の管する所は天下九州の公事なれば、だから起始の「一」(坎)より出発して運行す。游年の管する所は個人の年命の私事なれば、だから終末の「九」(離)より頭を起こして以て人の命位を定む。女子の游年は坎より起これるなり。男子は則ちその徳性を以て終始を包挙す。だから九と一と合して併せて数え、すなわち太陽の居する所の位(離)より数を起こす。女子は陰を以て陽を生ず。だから最初創始の陰位(坎)より行を起こす。坎はもともと「一」の位に居り、再び起数の「一」を承受し、合わせて「二」と成り、正に陰数なり。游年の到る所のあの一卦は、三次の変爻に依りて以て推断するを要す。一爻を変ずれば「禍害」と為り、両爻を変ずれば「絶命」と為り、三爻を変ずれば「生気」と為る。生気を得ればすなわち吉し。禍害・絶命を得ればすなわち凶し。吉なるは以てあの方位に向かって往くべし。凶なるはすなわち応にあの処所を避开すべし、と。

禍害者,以其相剋害也。如干初九甲子水,變成巽,巽初六辛丑土,是飛辰來克伏辰也;坎初六戊寅木,變成兌,兌初九丁巳火,是飛伏相害也。絕命者,以其卦體被剋制也,如震變為兌,金克木也;艮變為巽,木克土也。生氣者,以其相生同體也,如干變成兌,體同金也;震變成離,木生火也。禍害、絕命,亦有厭行,以其卦所至相制者禳之。如沖火以避兵火,懸一柏木而攘震死,此並五行相制之驗也。游年、年立,卽是人之年命,皆配五行,故於此而釋之。

いわゆる「禍害」は、変じ出づる卦と本卦とが五行相克相害するに因る。たとえば乾卦の初九は甲子を納し水に属し、変じて巽卦と為れば、巽卦の初六は辛丑を納し土に属す。これがすなわち「飛辰」(変じ出でたる爻の干支)の前来して「伏辰」(本卦の爻の干支)を克するなり。またたとえば坎卦の初六は戊寅を納し木に属し、変じて兌卦と為れば、兌卦の初九は丁巳を納し火に属す。これがすなわち飛・伏の両辰の相為に損害するなり。いわゆる「絶命」は、整個の卦体が克制せらるるに因る。たとえば震(木)の変じて兌(金)と為るは、是れ金の木を克するなり。艮(土)の変じて巽(木)と為るは、是れ木の土を克するなり。いわゆる「生気」は、二者の相生または同じく一体に属するに因る。たとえば乾の変じて兌と成れば、両卦は同じく金に属す。震の変じて離と成れば、是れ木の火を生ずるなり。禍害・絶命に遇上せば、もまた厭勝禳解の弁法あり。すなわち能く至る所の卦を克制するあの一行を用いて以てそれを化解するを用いる。たとえば火を冲克する物事を用いて以て兵火の灾を避くるがごとく、またたとえば一段の柏木を懸掛して以て震卦の主る所の死厄を禳解するがごとし。これらはみな五行相制の理の応験である。游年と年立とはすでにすなわち人の年命の繋る所なれば、しかして全く五行に配属せられたれば、だからここに一併に解釈を加う。

第二十四 禽虫を論ず(ここに就きて二段に分かつ。一は五霊を論じ、二は三十六禽を論ず)

第一 五霊を論ず

凡含生蠢動,有知之數,莫不藉五氣而成性,資陰陽以立形。故有陸處水居,潛見道別,遊翔飛走,駑駿不同,皆由氣之清濁,稟性深淺。《考異郵》云:含牙戴角,著脰垂芒,皆為陰也。陰有殺氣,故備有爪牙之毒,螫蠆之類也。飛翔羽翮,柔善之獸,皆為陽也,陽有仁氣,無殺性也。

凡そ生命を含有し能く蠕動し知覚あるの一類は、五行の気を憑借して以て本性を形成し、陰陽二気に依托して以て形体を確立せざるなし。だからあるは陸地に棲息しあるは水中に居り、あるいは潜蔵しあるいは顕現し、途径は各々相同じからず。あるは游泳しあるは飛騰奔走し、あるは駑鈍にしてあるは迅捷なり。これらの差別はみな禀する所の気の清濁、および受くる所の本性の深浅に源を発す。緯書《春秋考異郵》にいう、口に利牙を含み頭に犄角を戴き、頸上に硬毛倒刺を生じ尾端に毒芒を垂るるは、みな陰類に属す。陰は粛殺の気を含有す。だからこの類の動物はみな爪牙の毒害を配備す。蜂蝎の螫刺の類すなわち是なり。翅を展げて飛翔し羽毛を生じ、性情は柔順善良なる禽獣に至っては、みな陽類に属す。陽は仁愛の気を含有す。だから粛殺の性なし、と。

《家語》云:齕吞者八竅而卵生,齟者九竅胎生。晝生似父,夜生類母,至陰者牝,至陽者牡,皆氣使然也。凡是蠢動之物,併為蟲類。今略分三種:一曰禽,二曰獸,三曰蟲。有羽飛者為禽,有四足走者為獸,無羽足者為蟲。至如蜉蝣之羽,蟭蟟之翼,飛百足,蚊蚋六手,此雖有羽足,猶是蟲例。其朝生暮死,腐穢蠱溼,此皆因變化隨類生者,亦並蟲也。《考異郵》云:蟲入日而化微,故令促。

《孔子家語》にいう、吞咽して咀嚼せざる動物は、身上に八竅ありて以て卵を生ず。能く咀嚼する動物は(原文のこの字は底本は生僻の字形を作す)、身上に九竅ありて以て胎を生ず。白天に出生するは父に像り、夜裏に出生するは母に像る。陰気は極処に到るは雌と為り、陽気は極処に到るは雄と為る。これらはみな気がそれをして此の如くせしむるなり。凡そ蠕動の生物は、みな虫類に帰入す。ここに姑らく分かちて三種と為す。一を禽と呼び、二を獣と呼び、三を虫と呼ぶ。羽毛ありて能く飛ぶは禽と為り、四足ありて能く跑るは獣と為り、すでに羽なくまた足なきは虫と為る。蜉蝣の羽・蟭蟟(蝉類)の翅、またあの種の飛行の多足の物(底本のこの字は生僻の字形と為す)・六足の蚊蚋に至っては、それらは羽と足とを長ずるといえども、仍旧に虫のこの一類に帰す。あの朝に生まれ暮に死する、および腐穢湿熱の中に滋生するは、みな物に隨って変化し類に依って生ずる者で、もまた一併に虫と算す。《考異郵》にいう、虫は日気を感受して化生し、形体は微小なれば、だから寿命は短促なり、と。

又鳥、魚二名,於此二者,其號雖別,鳥則飛翔,卽是禽也;魚則潛游,蟲之屬也。《家語》云:鳥、魚生於陰而屬於陽,故皆卵生。魚游於水,鳥遊於云,所以立冬則燕雀入海,化而為蛤,本其類也。

別にまた鳥・魚のこの両個の名目あり。この両者は名号は別あるといえども、実は鳥は能く飛翔すれば、すなわち禽に属す。魚は水中に潜游すれば、虫のこの一類に属す。《孔子家語》にいう、鳥と魚とはみな陰に生まれて陽に帰属す。だからみな卵生なり。魚は水裏に游び、鳥は雲中に游ぶ。正に此の如くなるがゆえに、古人こそ立冬の後に燕雀は海に入り変化して蛤蚌と成るを説けり。――これはそれらがもともと同一類の気の化する所なればに由りて、だから能く相互に転変す、と。

禽名通於獸,獸名不通於禽,故知禽有趨地之能,獸無飛空之用。然此三等,名例甚多,不可具釋,今且先論五靈,次配卦及三十六禽。《家語》云:羽蟲三百六十,鳳為之長;毛蟲三百六十,麟為之長;甲蟲三百六十,龜為之長;鱗蟲三百六十,龍為之長;倮蟲三百六十,人為之長。又曰:毛蟲之精曰麒麟,羽蟲之精曰鳳,介蟲之精曰龜,鱗蟲之精曰龍,倮蟲之精曰聖人。毛蟲西方,羽蟲南方,甲蟲北方,鱗蟲東方,倮蟲中央。此則皆稱蟲也。

「禽」のこの名称は以て走獣を兼指すべし(古人に「五禽」の獣類を兼包するの説あり)。「獣」のこの名称は則ち能く飛禽を兼指する能わず。ここに由りて知るべし、禽は地上に落到して行走するの本領ありて、獣は騰空飛行の能力なきなり。ただしこの三大类は名目は繁多にして、一一に解説する能わず。いま姑らくまず五霊を論じ、其次にそれらと八卦との配属および三十六禽を講ず。《孔子家語》にいう、羽毛を長ずる動物に三百六十種ありて、鳳を以て首領と為す。毛を長ずる動物に三百六十種ありて、麟を以て首領と為す。甲殻ある動物に三百六十種ありて、亀を以て首領と為す。鱗ある動物に三百六十種ありて、竜を以て首領と為す。毛なく裸露の動物に三百六十種ありて、人を以て首領と為す、と。またいう、毛虫の精華を麒麟と呼び、羽虫の精華を鳳と呼び、介虫(甲虫)の精華を亀と呼び、鱗虫の精華を竜と呼び、倮虫の精華を聖人と呼ぶ。毛虫は西方(金)に配し、羽虫は南方(火)に配し、甲虫は北方(水)に配し、鱗虫は東方(木)に配し、倮虫は中央(土)に配す。見えるにこの五大類は通通「虫」と称せらるるなり、と。

五靈總為諸蟲之首,今止言其四,以人處中央者,謂有性情之物,人最為主故也。靈者,神靈之義,五禽於蟲獸之中最靈,故曰五靈。《禮記·月令》云:春,其蟲鱗。鄭元注云:龍蛇之屬。夏,其蟲羽,飛鳥之屬。中央,其蟲倮,虎豹淺毛之屬。秋,其蟲毛,狐狢之屬。冬,其蟲介,龜鱉之屬。又云:國君行,前朱雀,後玄武,左蒼龍,右白虎。

五霊は総じて各類動物の首領である。ここにただその中の四種(麟・鳳・亀・竜)を説きて、しかして人を中央に置くは、一切の性情ある生物の裏において、人は最も主宰たるに因るがゆえに。いわゆる「霊」は、すなわち神霊の義である。この五種は虫獣の中に在りて最も霊性あり。だから「五霊」と称す。《礼記・月令》にいう、春季は、当令するは鱗虫。鄭玄の注、竜蛇の類を指す。夏季は、当令するは羽虫、飛鳥の類を指す。中央の土は、当令するは倮虫、鄭玄の注は虎豹のこの類の毛の短くして裸露に近き動物を指す。秋季は、当令するは毛虫、狐貉の類を指す。冬季は、当令するは介虫、亀鳖の類を指す。《月令》にまたいう、国君の出行する時は、前面に朱雀旗を樹て、後面に玄武旗を樹て、左辺に蒼竜旗を樹て、右辺に白虎旗を樹つ、と。

《尚書·刑德放》言:東方春,蒼龍,其智仁;南方夏,朱鳥,好禮;西方秋,白虎,執義;北方冬,元龜,主信,會中央土之精。《禮運》則不論五德,止辨四靈而已。《鉤命訣》云:失仁則龍麟不舞,失禮則鸞鳳不翔,失智則黃龍不見,失義則白虎不出,失信則元龜不見。

緯書《尚書刑徳放》にいう、東方は春を主り、是れ蒼竜で、その徳は智と仁と為る。南方は夏を主り、是れ朱鳥で、礼を喜好す。西方は秋を主り、是れ白虎で、義を執守す。北方は冬を主り、是れ玄亀で、信を主守し、併せて中央の土の精気を会合す。しかして《礼記・礼運》は則ち五徳の配属を講ぜず、ただ麟・鳳・亀・竜の四霊を分辨するのみ。緯書《鈎命訣》にいう、政を為して仁を失えば、竜麟は来たりて起舞せず。礼を失えば、鸞鳳は来たりて飛翔せず。智を失えば、黄竜は出現せず。義を失えば、白虎は出来せず。信を失えば、玄亀は顕現せず。これは五霊の出現するか否かを、把げて君主の五常の徳の完備するか否かの験証と當るなり。

《禮記》曰:麟鳳龜龍,謂之四靈。《左傳》云:麟鳳五靈,王者之嘉瑞。《禮》云麟鳳龜龍,不見有虎,於金行稱虎,義則不足。前朱雀,後玄武,是同;其餘三蟲,並有差異。《元命苞》云:離為鳳。又言:鳳,火精;靈龜生水,玄武主北方。此同。《禮》說唯龍、麟、虎三者不同。左青龍,右白虎,舊說不疑。《衍孔圖》以麟為木精,龍則非木;《大戴禮》以麟為毛蟲,麟復成金;麟若為金,虎則無用。公羊高以麟為木精,木生於火,夫子修《春秋》至麟而止,豈知為漢之瑞,今所不埶。

《礼記》にいう、麟・鳳・亀・竜は、これを四霊と呼ぶ。《左伝》は則ちいう、麟鳳等の五霊は、王者の美好の祥瑞なり、と。《礼記》の舉ぐる所はただ麟・鳳・亀・竜のみにして、虎あるを見ず。しかしながら金のこの一行に配するに到ってはまた白虎を称するを要す。このようになれば配属の義はすなわち周全ならず。諸家の説法の中、ただ前朱雀・後玄武のこの両項のみ一致して、其余の竜・麟・虎の三者の配属は、各家みな出入あり。《春秋元命苞》にいう、離卦は鳳に対応す。またいう、鳳は火の精華なり。霊亀は水に生じ、玄武は北方を主管す。これは前面の各家と一致す。《礼記》の説と相出入するは、ただ竜・麟・虎の三者のみ。左を青竜・右を白虎と為すは、旧有の成説にして、向來疑問なし。しかしながら《衍孔図》は麟を把げて木の精華と為せば、則ち竜は木に属せざらん。《大戴礼記》は麟を帰して毛虫に入れれば、麟はまた変じて金に属せり。麟はもし金に属せば、白虎は安んずる位置なし。公羊高は麟を以て木の精華と認め、しかして木は火に生じ、孔子は《春秋》を修めて麟を獲るに写き到りてすなわち筆を擱げたり。あにこれが漢家(火徳)の祥瑞なるを知るを得んや。――この一説はいま採取を予せず。

案蔡邕《月令章句》言:天官五獸,左蒼龍,大辰之貌;右白虎,大梁之文;前朱雀,鶉火之體;後玄武,龜蛇之質;中有大角軒轅,麒麟之信。亦龍生於水,遊於木;鳥生於木,遊於火;麟生於火,遊於土;虎生於土,遊於金;龜生於金,游於水。修其母,致其子,五行之情也。

蔡邕《月令章句》の説法を考察す、天上の星官に五獣ありて、左辺は蒼竜で、是れ大辰(心宿)の形貌。右辺は白虎で、是れ大梁(昴宿の一帯)の文采。前面は朱雀で、是れ鶉火(柳・星・張宿)の形体。後面は玄武で、是れ亀蛇の質性。中間に大角・軒轅の二星ありて、是れ麒麟の信を守るの象。彼はまたいう、竜は水に生じて木に游び、鳥は木に生じて火に游び、麟は火に生じて土に游び、虎は土に生じて金に游び、亀は金に生じて水に游ぶ、と。これは各霊がみな己を生ずるの行(母)に生じて、己の生ずる所の行(子)に游ぶを説くなり。その母行を修治せば、すなわち能くその子行を招致す。――これは正に五行相生の情理である。

故貌恭體仁,則鳳凰來儀;言從和義,則神龜至;視明禮修,則麒麟臻;智聽故事,則黃龍見;思叡信立,則白虎擾。此言當矣。《禮斗威儀》云:乘金而王,麒麟在郊。《保乾圖》又言:歲星為麟。《考異郵》言:麟者,陰精。此並不同。

だから、君主は容貌恭敬にして仁徳を体行せば、鳳凰はすなわち来朝して儀あり。言語は理に順い道義に和せば、神亀はすなわち到来す。観視は明察にして礼制は修挙せば、麒麟はすなわち来到す。聴聞は聡敏にして成例に依拠せば、黄竜はすなわち出現す。思慮は通達にして誠信は確立せば、白虎はすなわち馴服す。これは《尚書・洪範》の「五事」(貌・言・視・聴・思)と五霊の感応とを相配するを把げ、説きて甚だ恰當なり。《礼斗威儀》の「金徳を承けて王と称せば、麒麟はすなわち郊野に出現す」といい、《保干図》のまた「歳星(木星)はすなわち麟なり」といい、《考異郵》の則ち「麟は陰の精華なり」というに至っては――この几種の説法は彼此みな一致せず。

今解以木者,觸也,有觸冒之義。麟有肉角,無所牴觸;龍角端無肉,有牴觸義。《易》象震為龍,故木之義扶龍。天官有軒轅黃龍,麒麟之信,信主於土,修母子應,此意亦同。為漢出者,漢是火德,故子應也,是土之義扶麟。

いまこのように解釈す。木の意思は「触」で、触冒抵拒の義を含有す。麟の頭上の角は肉を帯びたるで、以て抵触するに用いる能わず。竜角の尖端に肉なく、正に抵触の義あり。《周易》の取象は震を以て竜と為し、震は木に属す。だから木のこの一義に就きて言えば、応に竜を以て木に配するを支持すべし。天上の星官の中に軒轅・黄竜の象ありて、蔡邕はあれを麒麟の信を守るの象と説き、しかして「信」は五常の中において土に属す。さらに加えて前面の「母を修めて子を致す」の感応の説に、意思もまた正に相合す。麟の漢家に為に出現するに至っては、漢朝が火徳に属し、土は火の子なればに由る。だから是れ子行の相応なり。――このように看れば、土のこの一義に就きて言えば、応に麟を以て土に配するを支持すべし。

《易通卦驗》言:立秋,虎始嘯。《孔衍圖》云:虎,金精。《大戴禮》言:虎七月而生,應陽數。《考異郵》亦言:虎斑文者,陰陽之雜。虎為毛蟲,定是金獸。《考異郵》云:參代虎之德,義主斬刈。所以學門謂之虎門,乃畫虎於門者,以兌居西方,兌是說言,主講說故。又金有殺伐之威,虎有毒害之猛,故金義扶虎。

《易通卦験》にいう、立秋のこの日、老虎は嘯叫を開始す、と。《孔衍図》にいう、虎は金の精華なり、と。《大戴礼記》にいう、虎は七箇月を懐胎して生ず。陽数の七と相応す、と。《考異郵》もまたいう、虎の身上の斑紋は、是れ陰陽の交雑の表現なり、と。虎はすでに毛虫に帰入せれば、あれは確定して金に属するの獣なり。《考異郵》にいう、参宿は虎の徳性を代表し、その義は斬殺刈除を主宰す、と。だから学宮の大門は「虎門」と称し、併せて門上に虎を画す。これは兌卦が西方に居り金に属し、しかして兌にまた喜悅・言説の義ありて、学説を講論するを主管するがゆえにの縁故である。さらに、金に粛殺征伐の威厳ありて、虎に毒害傷人の凶猛あり。だから金のこの一義に就きて言えば、応に虎を以て金に配するを支持すべし。

問:寅位在東,何忽白虎居西?荅曰:凡五行相雜,無有獨在一方之義。東方自是木行相次,白虎居西,是殺戮之威。如農在東方,正主於龍,干之六爻並是龍象。震取其運動,干譬聖人,自取龍有飛潛之德,為象各異,故無定準也。如《考異郵》云:陰陽相雜,不妨分在東方。此並靈通,隱顯無定,寧可一執。

人ありて問う、十二支の中の寅(虎に属す)の方位は東方に在るに、どうして白虎は反って西方に居るや。回答していう、凡そ五行はみな交錯相雑す。いずれの一行かただ一個の方位に固定するのみの道理なし。東方はもともと木行の次第に按って排列せられ、白虎は西に居るは、取るは粛殺誅戮の威勢で、両者の拠る所は同じからず。またたとえば農事は東方に属し、あの里は正に竜を以て主と為す。しかして《乾》卦の六爻は通通竜を取りて象と為し、震卦の竜を取るは着眼してその運動するに在り、乾卦は竜を以て聖人を比喻するは、則ち竜の能く飛び能く潜るの徳性あるを取る。――同一の竜にして、取る所の象は各々相同じからず。見えるに並びに固定不変の標準なし。正に《考異郵》のいう所のごとく、陰陽はもともと相互に交雑し、虎もまた妨げず別に一分の帰属を東方に有す。これらの霊物はみな神明に通じ、隠現は常なし。どうして死に一説を執るを得んや、と。

《史蘇龜經》云:木神蒼龍,歲星之精;火神朱雀,熒惑之精;灰土之神,名曰騰蛇;土神勾陳,鎮星之精;金神白虎,太白之精;水神玄武,辰星之精。蒼龍主頭,朱雀主唇頸,騰蛇主胸脅,勾陳主腰腹,白虎主股膝,玄武主腳脛。

《史蘇亀経》にいう、木に属する神は蒼竜で、歳星(木星)の精気と為る。火に属する神は朱雀で、熒惑(火星)の精気と為る。火土の交に処りて「灰」と称するあの一位の神を騰蛇と呼ぶ。土に属する神は勾陳で、鎮星(土星)の精気と為る。金に属する神は白虎で、太白(金星)の精気と為る。水に属する神は玄武で、辰星(水星)の精気と為る。この六神はまた各々人身の一段を主る。蒼竜は頭部を主り、朱雀は唇と頸とを主り、騰蛇は胸と脇とを主り、勾陳は腰と腹とを主り、白虎は大腿と膝とを主り、玄武は脚と小腿とを主る。

案此之六神,朱雀、玄武、蒼龍、白虎,與經緯說同,唯勾陳之神,其語有異。而天官有勾陳之星,在紫微之內,故為土神,此卽蔡邕所云麒麟之信也。騰蛇居火之末,在土之初,而為灰神,以蛇配龜,共為玄武,無有正方,故為灰神。其配頭足等,以東為首,故龍配頭也;以次南轉,故玄武配足。

この六神を考察す、朱雀・玄武・蒼竜・白虎の四者は、経書緯書の説法と一致す。ただ勾陳のこの一位の神のみ、各家の講法は同じからず。ただし天上の星官に確かに勾陳の星ありて、位は紫微垣の内に在り(居中)。だからそれを定めて土神と為す。これもまたすなわち蔡邕のいう所の「麒麟の信」(中央は土に属し信を主る)である。騰蛇は火の末尾・土の開頭に処す。因って「灰神」と呼ばる(火は盡きて灰と成り、正に火土交接の際に当たる)。また蛇は亀と相配するを要して、合わせてこそ玄武と成る。本身に専属の正方位なし。だから只好く灰神と称作す。それらの頭足に配属する次第に至っては、東方を以て起首と為す。だから蒼竜は頭に配す。然る後に依次に南に向かって旋転して排し下り、最後に北方に到る。だから玄武は脚に配す。

禽獸屬八卦者,《易》云:乾為馬,坤為牛,震為龍,巽為雞,坎為豕,離為雉,艮為狗,兌為羊。干,健也,馬取其健也。坤,順也,牛取其順。震,動也,龍取其動。巽,風也,雞取其號令,以象風行坎陰也。豕取其陰離陽也,雉取其飛揚艮門也,狗取其守禦。兌,悅也,言也,羊取其悅草。

禽獣の八卦への配属を講ずるに、《周易・説卦》にいう、乾は馬と為り、坤は牛と為り、震は竜と為り、巽は鶏と為り、坎は豕と為り、離は雉と為り、艮は狗と為り、兌は羊と為る。乾は剛健の義で、馬の強健を取る。坤は柔順の義で、牛の馴順を取る。震は動の義で、竜の善く動くを取る。巽は風の義で、鶏の晨を司り暁を報ずるが号令のごときを取り、以て風の流行を象る。坎は陰に属し、豕(猪)の陰晦の性を取る。離は陽に属し、雉羽の飛揚明麗を取る。艮は門闕と為り、狗の能く門戸を守御するを取る。兌は喜悅・言説の義で、羊の草を食らうを好みて咩鳴して已まざるを取る。(底本の此の段は各卦名と釈義と相接する処に錯行あり。「以て風行坎陰を象る也」「雉は其の飛揚艮門を取る也」は応に分かちて坎・離・艮の三卦に属すべし。)

又干象六龍,取其潛躍之義。《說卦》云:馬取其強健之德,以健之故稱良馬,以父故稱老馬,以其乾乾不息,故稱瘠馬,以其有變化之用,故稱駁馬。然坤卦又稱牝馬之貞,此止取順義。馬之為義,不獨乾坤震,又為善鳴之馬,以震有雷聲,故震雷之象。又為馵足,馬亦曰白頭,為的顙之馬,取其顯耀之義。坎為美脊之馬,以有居中之閏,故或卦龍馬以配者多,以為行天莫若於龍,行地莫過於馬,故多所象也。坤稱子母牛者,重其蕃息。艮既為狗,亦為鼠,狗有守備之能,狗為能止,鼠為所止,並屬於艮。離為鱉蟹螺蜯龜,皆取其有甲,象外陽之義也。此皆五行之所配合,故於此而釋也。

この外、乾卦の六爻はみな竜を取りて象と為す。取るは竜の能く潜み能く躍るの変化の義である。《説卦伝》の乾を馬と為すを講ずる時にいう、馬はその強健の徳を取る。剛健なるに因りて、だから「良馬」と称す。乾は父と為るに因りて、だから「老馬」と称す。乾徳は剛健にして息まず(乾乾不已)に因りて、だから「瘠馬」(骨骼は勁瘦にして耐久なり)と称す。それに変化の用あるに因りて、だから「駁馬」(毛色は駁雑して変化のごとし)と称す。ただし坤卦もまた「牝馬の貞」を講ず。あれはただ母馬の柔順の義を取るのみである。馬は卦象と為るに、乾・坤のみ有るに止まらず、震卦もまた有り。震は善く嘶鳴するの馬と為る。震に雷声あるに因りて、雷震の象を取る。震はまた「馵足」の馬と為る(後の左足の白き馬)。馬にもまた白头と称する有りて、「的顙」の馬と為る(額上に白斑あり)。その顕明耀眼の義を取る。坎は脊背の健美なる馬と為る。坎の陽爻は中に居りて、中実潤沢の象あるに因る。だから各卦の中に竜・馬を以て相配する最多きは、天上に行走するに竜に比するなく、地上に行走するに馬を超過するなきがゆえに、因って取象もまた最も多し。坤卦は「子母牛」と称す。是れその繁殖蕃息の義を着重す。艮はすでに狗と為り、もまた鼠と為る。狗に守衛防備の本領ありて、狗は能く人をして止步せしむる者で、鼠は止めらるる者で、両者はみな艮に帰属す(艮は止と為る)。離は鳖・蟹・螺・蚌・亀と為る。みなそれらの外に甲殻あるを取り、離卦の外陽にして内陰の義を象徴す。これらはみな五行相互に配合するの結果で、だからここに一併に解釈す。

第二 三十六禽を論ず

禽蟲之類,名數甚多,今解三十六者,蓋取六甲之數,拭經所用也。其十二屬配十二支,支有三禽,故三十有六禽。所以支有三者,分一日為三時,旦及晝暮也。若以意求,正應十二屬並居晝位,不應或旦或暮。今依拭經法,以氣而取,孟則在暮,仲則在中,季則在旦,是十二屬當十二辰也。餘二十四,既是配禽,以不當支位。所以孟在暮者,孟是一時之首氣,初則未盛,向仲方盛,故屬也,取近盛氣,所以在暮也。仲則在晝者,以其氣盛在中也。季則在旦者,以季為一時之末,其氣已衰,當初近仲,尚有王勢,故屬旦也。於式當位,二俱不失。

禽獣虫豸のこの一類は、名目の数量は非常に多し。ここの解説する所以の三十六種は、「六甲」(六十甲子を分かちて六旬と為す)の数を取るがゆえに、もまた式盤占法(《拭経》はすなわち式経で、六壬式盤を講ずるの書)の用いる所である。その中の十二生肖は十二地支に配し、毎個の地支は下に三種の禽を轄す。だから共に三十六禽あり。毎支の三種を配する所以は、一天を分かちて三個の時段と為すに由る。早晨・白天・傍晚。もし常理に按って推想せば、十二生肖は本応にみな白天のあの一位に排すべく、応にあればあるは早晨に排しあるは傍晚に排すべからず。いま式経の弁法に依照すれば、気の盛衰に按って以て取るを為す。孟月(毎季の第一月、すなわち寅・巳・申・亥)の支は傍晚に排し、仲月(子・卯・午・酉)の支は白天に排し、季月(丑・辰・未・戌)の支は早晨に排す。このようにして十二生肖はすなわち各々その十二辰の位に当たる。其余の二十四种は、すでにただ陪配の禽のみなれば、すなわち再び正支の位に当たらず。孟支の傍晚に排する所以は、孟は一季の頭一個月の気にして、初起の時はなお旺盛ならず、仲月に到るを要してこそ轉盛す。だからそれは盛気に向かうの一端に帰属し、盛気に靠近するの処を取る。因って傍晚に排す。仲支の白天に排するは、その気の正に当中に盛んなるがゆえに。季支の早晨に排するは、季は一季の末月にして、気はすでに衰退するも、しかしそれが初起する時は仲月に緊接し、なお旺盛の勢を帯ぶるがゆえに、だから早晨に帰属す。このようになれば、式盤の上において各々その位に当たり、気と位との両方面はみなその序を失わず。

王簡云:子,朝為燕,晝為鼠,暮為伏翼。丑,朝為牛,晝為蟹,暮為鱉。寅,朝為狸,晝為豹,暮為虎。《本生經》云:旦為生木。又云:晝為虎,暮為狸。卯,朝為蝟,晝為兔,暮為貉。一云:朝為狐。《本生經》云:暮為鶴。辰,朝為龍,晝為蛟,暮為魚。巳,朝為蟮,晝為蚯蚓,暮為魚蛇。一云:暮為龜。《本生經》言:旦為赤土,晝為蛇,暮為蟬。午,朝為鹿,晝為馬,暮為獐。《本生經》言:旦為馬,晝為鹿,暮為麞。未,朝為羊,晝為鷹,暮為鴈。《本生經》云:暮為老木。申,朝為貓,晝為猨,暮為猴。一云:旦為羊。《本生經》言:暮為死石。

王簡の説法は、子支は、早晨は燕、白天は鼠、傍晚は伏翼(蝙蝠)。丑支は、早晨は牛、白天は蟹、傍晚は鳖。寅支は、早晨は狸、白天は豹、傍晚は虎。《本生経》は則ち寅の早晨は生木と説き、また一説は白天は虎・傍晚は狸。卯支は、早晨は猬、白天は兎、傍晚は貉。別に一説は早晨は狐。《本生経》は傍晚は鶴と説く。辰支は、早晨は竜、白天は蛟、傍晚は魚。巳支は、早晨は蟮(鱔)、白天は蚯蚓、傍晚は魚蛇。別に一説は傍晚は亀。《本生経》は巳の早晨は赤土、白天は蛇、傍晚は蝉と説く。見えるに各家の伝うる所は略々出入あり。午支は、早晨は鹿、白天は馬、傍晚は獐。《本生経》は則ち早晨は馬、白天は鹿、傍晚は麞(麞はすなわち獐)と説く。未支は、早晨は羊、白天は鷹、傍晚は雁。《本生経》は未の傍晚は老木と説く。申支は、早晨は猫、白天は猿、傍晚は猴。別に一説は早晨は羊。《本生経》は申の傍晚は死石と説く。看取すべし《本生経》の一系は全く動物を用いずして、しかして生木・赤土・老木・死石のこの類の五行の物を雑用して以て配するなり、と。

酉,朝為雉,晝為雞,暮為馬。一云:朝為雞,暮為死石。《禽變》云:暮為死土。《本生經》言:暮為鳶。戌,朝為狗,晝為狼,暮為豺。一云:暮為死金。《禽變》云:暮為死火。亥,朝為豕,晝為玃,暮為豬。一云:旦為生木,晝為豕,暮為蛦蝓。一云:旦為豚,晝為。一云:暮為朽木。雖《本生經》及《禽變》互有不同,晝暮之位,理從前解。

酉支は、早晨は雉、白天は鶏、傍晚は馬。別に一説は早晨は鶏・傍晚は死石。《禽変》は傍晚は死土と説く。《本生経》は傍晚は鳶と説く。戌支は、早晨は狗、白天は狼、傍晚は豺。別に一説は傍晚は死金。《禽変》は傍晚は死火と説く。亥支は、早晨は豕、白天は玃(大猿)、傍晚は猪。別に一説は早晨は生木、白天は豕、傍晚は蛦蝓。また一説は早晨は豚、白天は某物(底本のこの字は生僻の字形を作す)。なお一説は傍晚は朽木。《本生経》と《禽変》の両家は彼此に出入あるといえども、しかし早晨・白天・傍晚の三位の安排の理は、なお依照して前面の講ずる所の気の盛衰に依りて以て解釈す。

子為鼠燕伏翼者,色皆玄也,取水之色。鼠之為性,晝伏夜游,象陰氣也;出於穴常見首者,象陽氣萌動於子,欲見之狀也。燕口下有赤者,象陰之懷陽;其尾分者,陰數二也;春分而至,隨陽見也;秋分而蟄,隨陰伏也。《禮記·月令》云:仲春之月,玄鳥至,至日以太牢祀於高禖,以祈子孫也;秋分,玄鳥歸也。是見二月者,子刑卯也。《易通卦驗》云:玄鳥,陰鳥也。伏翼者,鼠老為之,謂之仙鼠。《方言》云:自關已東謂之伏翼。三者皆是陰蟲,故並居子也。

子支に鼠・燕・伏翼を配するは、この三者の毛羽はみな黒色なればに由りて、取るは水の顔色である(子は水に属し、水色は黒)。鼠の習性は白天に躲蔵し夜裏に出没す。陰気に取象す。それが洞穴の裏より出来する時は常常にただ頭を露出す。陽気の子月に萌動し顕露せんと欲してしかもまだ全く出でざるの様子に取象す。燕子は口の下に一片の紅色ありて、陰中に陽を懐抱するを象徴す。その尾巴は分岔して二と為り、正に陰数の二に合す。春分の時節に飛来するは、陽気に隨って出現す。秋分の時節に蟄蔵するは、陰気に隨って潜伏す。《礼記・月令》にいう、仲春二月、玄鳥(燕)は飛来す。燕の来たるこの日に太牢を用いて高禖の神を祭祀し、以て子孫を祈求す。秋分に到れば、玄鳥はまた飛び回去る。燕子は二月(卯月)に出現してしかもなお子支に帰属するは、子は卯を刑し、両者に刑の関係ありて相連なるがゆえに。《易通卦験》にいう、玄鳥は陰に属する鳥なり。伏翼は、老鼠の年老いて変化して成る所で、仙鼠と称す。《方言》にいう、函谷関以東の一帯はそれを把げて伏翼と呼ぶ、と。この三者はみな陰に属する動物なれば、だから一同に子支に帰す。

丑為牛蟹鱉者,丑為艮,立春之節,農事既興,牛之力也。又上當牛宿,《說題辭》曰:牛為陰事,牽耦耜耕也,故在丑。蟹者,立春之時,卉木生根,如其足也。艮為山,巨靈贔負,首頂靈山,負蓬萊山,卽巨蟹也。鱉者,土之精氣而生,中軟外堅,象土含陰陽也;其藏黃者,土之色也。牛亦有黃,蟹中亦黃,皆土精也。丑在北方水位,故兼主水、土。

丑支に牛・蟹・鳖を配するは、丑位は艮卦に属し、正に立春の時節に当たり、農事はひとたび興弁を開始すれば、靠るはすなわち牛力なればに由る。さらに、丑は上は天上の牛宿に應ず。《春秋説題辞》にいう、牛の任ずる所は陰に属する事で、成対の耒耜を牽引して耕地す。だから丑に配す、と。蟹に至っては、立春の時に草木は生根を開始し、あの鬚根の様子は正に蟹足に像る。艮は山と為り、伝説に巨霊神は重物を背負し霊山を頭頂し、蓬莱山を馱するあの神物は、すなわち巨蟹である。鳖に至っては、是れ土の精気を禀いて生ずる所で、内は軟にして外は堅し。土の陰陽を包含するに取象す。その体内に黄色の物を蔵す。正に土の顔色である。牛に牛黄あり、蟹の裏にもまた蟹黄ありて、みな土の精華である。丑は本身は北方の水位の上に処す。だからそれは兼ねて水・土の両行を主る。

寅為虎豹狸者,三獸形類皆相似。寅為木位,木主藂林;寅又屬艮,艮為山,虎之所處。《集靈經》云:寅為少陽,五色玄黃。寅又有生火,火主文章,三獸俱斑,並有文也。上應箕宿,箕主風,虎嘯風起,《易》云「風從虎」。《家語》云:三九二十七,七主星,星主虎,虎七月生,申沖寅,故虎在寅。狸豹以同類相從也。《本生經》云主木者,以寅有相木,正月方生也。

寅支に虎・豹・狸を配するは、この三種の獣の形貌は相類するがゆえに。寅は方位の上において木に属し、木は叢林を主る。寅はまた艮卦に帰属し、艮は山と為り、正に老虎の棲息する所である。《集霊経》にいう、寅は少陽と為り、その色は玄黄相間なり、と。寅の中にまた初生の火を含有し、火は文采を主る。しかしてこの三種の獣の身上にみな斑紋ありて、正に文あるの義に合す。寅は上は天上の箕宿に應じ、箕宿は風を主る。しかして虎はひとたび嘯すれば風はすなわち起こる。《周易・乾卦・文言》に「風は虎に従う」という。《孔子家語》にいう、三に九を乗じて二十七を得、七は星を主り、星は虎を主る。だから虎は七月を懐胎して生ず。申は寅と相冲し、虎は申に生まれて寅に配す。だから虎は寅に在り、と。狸と豹とは則ち同類相従を以て寅に附す。《本生経》は寅は木を主ると説くは、寅の中に「相」の位に処する木気を含有するがゆえに、正月の裏に木こそ剛に生発し起こるなり。

卯為兔蝟狢者,兔,陽蟲也,居月中者,陰懷陽也。《元命苞》云:兔居月中者,陰懷陽也,坎之氣。坎在子位,子刑在卯,故兔屬卯。老兔為蝟,狢亦兔類,故並居卯。一云:狢者,狐也,狐狢相類也。《本生經》言鶴者,此音同字誤也。

卯支に兎・猬・貉を配するは、兎は陽類の物に属して、しかして伝説にそれは月亮の裏に住す。正に陰中に陽を懐抱するの象徴なればに由る。《春秋元命苞》にいう、兎は月中に住す。是れ陰の陽を懐くるなり。坎の気に属す。坎は子位に居り、子の刑は卯に在り。だから兎は便ち卯支に帰属す、と。老兎は変じて猬と為り、貉もまた兎の一類なれば、だから一同に卯に帰す。別に一説あり、貉はすなわち狐で、狐と貉とはもともと相類す。《本生経》の卯の傍晚を鶴と為すと説くに至っては、「貉」「鶴」の二字の読音は相近してしかも写し錯れるがゆえにである。

辰為龍鮫魚者,申為水之源,子為中流,辰為水之末,如百川東注,皆歸於海。龍能興雲致雨,為水蟲之長,非海不能苞容,故其神而大。鮫魚亦是水蟲之長者,故並在辰。巳為蛇蟮蚯蚓者,《拭經》云:巳有騰蛇之將,因而配之。蛇,陽也,本在南;龜,陰也,本在北。以蛇配龜為玄武,二蟲共為一神,以陰偶,故從數在北方。蟮及蚯蚓,皆形同也。《禮記》云:小滿之節,蚯蚓出見。《慎子》云:騰蛇游霧,與蚯蚓同。黃帝有大螾如蚯,以應土德。已有寄生之土,故並配之。

辰支に竜・鮫・魚を配するは、水局三合の中において、申は水の源頭で、子は水の中流で、辰は水の帰宿で、たとえば百川は東流して最後にみな大海に帰入するがごとし。竜は能く雲を興し雨を降す。是れ水中動物の首領で、大海を除きてはそれを容納するものなし。だからそれはすでに神異にしてまた碩大なり。鮫魚もまた水族の中の巨長なれば、だから一併に辰に配す。巳支に蛇・蟮(鱔)・蚯蚓を配するは、《拭経》は巳位の上に「騰蛇」のこの一位の神将ありと説けば、すなわち勢いに順って蛇を配し上ぐるがゆえに。蛇は陽に属し、もともと南方に在り。亀は陰に属し、もともと北方に在り。蛇を把げて亀に配して合わせて玄武と成す。両種の動物は共に一神と為る。陰の偶数を凑成せんと要するがゆえに、だから数に隨って北方に帰す。蟮と蚯蚓とは、形状はみな蛇と相同じ。《礼記・月令》にいう、小満の時節、蚯蚓は土を出でて見ゆべし、と。《慎子》にいう、騰蛇は能く霧の中に游行す。この一点は蚯蚓と相同じ、と。また伝説に黄帝の時に蚯蚓のごとき大螾の出現ありて、以て土徳に応験するに用いたり。巳の中にもともと土気を寄有す。だからこれらを一併に巳に配す。

《本生經》言土者,以火相合生土也。檢眾書,蟮或為鼉,鼉字復作蟬。《本生經》解蟬云:常水藏,畏羅網,悲吟不言,且欲歌。言其悲吟,與蟬相類;論其水藏,與鼉相類。其形狀及土氣,巳為蛇蟮蚯蚓相類,鼉與蟬並,此非也。又《射覆經》云:遇蟬者,水蟲也,當知是蜆也。

《本生経》は巳を把げて土に配するは、巳の中に火と土と相合し、火は能く土を生ずればに由る。各家の書籍を查考すれば、「蟮」はあるは「鼉」(揚子鰐)と写作し、しかして「鼉」の字もまた「蝉」と写し成る有り。《本生経》の「蝉」を解釈する時にいう、それは常に水裏に蔵れ、羅網を害怕し、悲鳴して語らず、しかもまた歌わんと欲するに似たり、と。悲鳴のこの一点に就きて説けば、蝉と相類す。水裏に蔵るるのこの一点に就きて説けば、また鼉と相類す。しかしながら形状と含有する土気とを論ずれば、巳位の配する所は応に蛇・蟮・蚯蚓のこの一類の相似の物なるべし。鼉と蝉とを併列して進入するは、是れ対ならず。別に《射覆経》にいう、「蝉」を占るるを得るは、是れ水中の虫で、応に指す所は実は蜆なるを知るべし、と。

午為鹿馬麞者,午為太陽,馬有員蹄,象於陽也。午為天路,馬有駿足,涉遠之日,牝牡有時,故《家語》云:八九七十二,偶以承奇,奇主辰,辰為月,月主馬,馬十二月生,丑沖未,未與午合,故在午。鹿蹄坼者,以象陰也,而居陽位者,象懷陰也。《禮記·月令》云:仲夏之月,鹿角解。《易緯通卦驗》云:鹿者,獸中陽也,夏至解角。《家語》云:四九三十六,六主律,律主鹿,故鹿六月生,未與午合,故亦在午。獐鹿同類,因而配之。

午支に鹿・馬・麞を配するは、午は太陽の位と為りて、しかして馬蹄は円きがゆえに、陽に取象す(天円は陽と為る)。午はまた天馬の行空の路で、馬に健足ありて能く遠路を行き、交配もまた一定の時節あり。だから《孔子家語》にいう、八に九を乗じて七十二を得、偶数は奇数を承接し、奇数は辰を主り、辰は月と為り、月は馬を主る。だから馬は十二箇月を懐胎して生ず。丑は未と相冲し(馬は丑月の数に生ず)、しかして未は午と相合す。だから馬は午に配す、と。鹿蹄は分開す。陰に取象す。しかしそれはかえって陽位に居る。正に陽中に陰を懐くを象徴す。《礼記・月令》にいう、仲夏五月、鹿角は脱落す、と。《易緯通卦験》にいう、鹿は獣類の中の陽に属するで、夏至の時に角を解す、と。《孔子家語》にいう、四に九を乗じて三十六を得、六は律を主り、律は鹿を主る。だから鹿は六箇月を懐胎して生ず。未は午と相合す。だから鹿もまた午に配す、と。獐は鹿と同類なれば、因って一併に配上す。

問曰:八卦配禽,離不言馬,《禽變》乃以午為馬者,何?荅曰:坤為牝馬之貞,坤既在未,未與午合,故馬居午。問曰:干亦稱馬,震亦稱馬,何不併取其合?荅曰:行地莫過於馬,坤既是地,取其正用;干天震木,非是地體,故不取合。

人ありて問う、八卦の禽獣を配する時、離卦は並びに馬に配すと説かず(離の配するは雉)、《禽変》はかえって午を把げて馬に配作す。これは為什麼か。回答していう、坤卦に「牝馬の貞」の説法ありて、坤位は未に在りて、しかして未は午と相合す。だから馬はすなわち午に居る、と。また問う、乾卦もまた馬と称し、震卦もまた馬と称するに、なにゆえ一併にそれらの六合の位を取りて以て配せざるか。回答していう、地上に行走するに馬を超過するなく、坤はすでに大地を象徴せば、正にその本用を取る。乾は天を象徴し震は木を象徴し、みな大地の体にあらず。だからそれらの合位を取らず、と。

問曰:若如所解,干之六爻皆稱為龍,行天莫過於龍,龍德應干,何忽居辰?荅曰:未若為馬,誠如來難。馬既在午,正取其合;干位居戌,戌沖在辰,所以龍配於辰。問云:坤既取合,干忽用沖,此義難解。荅曰:坤為陰也,取其柔順從陽之義,故用合;干為陽也,陽體剛強,故取其沖。

また問う、このように解釈せば、乾卦の六爻はみな竜と称し、天上に行走するに竜を超過するなく、竜の徳性は正に乾と相応す。あの竜はどうして忽然と辰位に配するや。回答していう、未位に羊を配して馬に配せざるのこの一点に至っては、確かに汝の詰難する所のごとし。馬はすでに午に配せば、正に坤の未に在りて未午の相合するを取るなり。しかして乾位は戌に在り、戌は辰と相冲す。だから竜は辰に配す、と。また問う、坤は六合を取るに、乾はかえって忽然と相冲に改用す。この道理は講じて通ぜず。回答していう、坤は陰に属し、その柔順にして陽に従うの義を取る。だから「合」を用いる。乾は陽に属し、陽の本体は剛強なり。だからその相「冲」の位を取る。剛柔は取法同じからず。因って一は合を用い一は冲を用いる、と。

未為羊鷹鴈者,《拭經》云:未為小吉,主婚姻禮娉,禮娉有羊鴈之用。鄭玄《婚禮謁文》云:鴈候陰陽,待時乃舉。《易》以坤為羊,坤在未也。《禮記·月令》云:季夏之月,鷹初學習,此因候以配之。《本生經》云老木者,以未為木墓,木至六月衰老也。

未支に羊・鷹・雁を配するは、《拭経》は未位は「小吉」のこの一位の神将にして、婚姻聘娶の礼を主管すると説き、しかして聘礼の上において羊と雁とを用いるに到るがゆえに。鄭玄《婚礼謁文》にいう、大雁は能く陰陽の消長を候知し、時節を等候してこそ起飛す、と。《周易》は坤を以て羊と為し、しかして坤位は正に未に在り。《礼記・月令》にいう、季夏六月、幼鷹は搏撃を学習し開始す。これは物候に按って以て配するなり。《本生経》は未を老木と為すと説くは、未は木の墓庫にして、木は六月に到りてすでに衰老すればに由る。見えるに羊は坤卦の象を取り、雁は婚聘の用を取り、鷹は季夏の候を取る。三者は各々各々の依拠あり。

申為猴猿貓者,秋為殺氣,萬物衰老,猴猿之貌並似老人。七月山果皆熟,猴猿以其儲糧之時為王。《拭經》云:金氣盛時,能老萬物猴猿貌也。《家語》云:五九四十五,五為音,音主猿,猿五月生,午中有沐浴金,殺氣未壯,至申金王,殺氣始強。又言:在火中未有音聲,出火其音方成,故並在申。

申支に猴・猿・猫を配するは、秋天は粛殺の気を主り、万物は衰老し、しかして猴猿の面貌はみな老人に像るがゆえに。七月の裏に山中の野果はみな熟し、猴猿は正に口粮を儲備するの時に当たる。だからこの時に於て最も勢を得。《拭経》にいう、金気の正に盛なる時は、能く万物をして衰老せしむ。猴猿の面貌はすなわちこの種の老態なり、と。《孔子家語》にいう、五に九を乗じて四十五を得、五は音を主り、音は猿を主る。だから猿は五箇月を懐胎して生ず。午位の中において金は「沐浴」の地に処り、殺気はなお強壯ならず。申位に到りて金は正に旺に当たり、殺気こそ強に轉ず、と。またいう、金は火の中に在る時はなお声音を発出する能わず、火を出でてこそ能くその音を成す。――猿は善く啼くを以て著稱す。だから猿と申とはみな一処に帰す、と。

《本生經》言旦為玉者,玉有溫潤鏗鏘之音,故取其旦。暮為死石者,石是玉類,亦有音聲,言其氣衰,故在暮曰死。玉石皆金之本,故皆配金位。貓亦是同類,故以配焉。酉為雞雉烏者,酉為金,威武之用。雞有五德,以武為先,見敵必斗,是其本性。《說題辭》云:雞為積陽,南方之象,火陽精物炎上,故陽出則雞鳴,以類感也。《考異郵》云:雞火畜,鳴近寅,寅陽,有生火,喜故鳴。武事必有號令,故在西方。巽為雞,亦為號令,辰巳並與酉合,故在酉。

《本生経》は申の早晨を玉と為すと説くは、玉に温潤の質地と鏗鏘の声音(金の音声の義に合す)あるがゆえに、だから気の初起する早晨に配す。傍晚を死石と説くは、石は玉と同類にして、もまた能く声音を発出す。ただその気のすでに衰敗するを説くがゆえに、だから傍晚に在りて「死」と称す。玉と石とはみな金の本源なれば、だからみな金位に配す。猫もまた猴猿の一類の走獣なれば、因って一併に配上す。酉支に鶏・雉・烏を配するは、酉は金に属し、金の威武の用を取るがゆえに。鶏に文・武・勇・仁・信の五徳ありて、その中に武を以て首と為し、対手に遇見すれば必ず争闘す。これはその本性である。《春秋説題辞》にいう、鶏は陽気の積聚して成る所で、南方の象に属し、火は陽の精華にして性は炎上す。だから太陽はひとたび出でれば鶏はすなわち打鳴す。これは同類の相感なり、と。《考異郵》にいう、鶏は火に属する家畜で、打鳴の時辰は寅時に接近し、寅は陽に属してしかも初生の火を含有す。鶏は欣喜を感じてだから鳴叫す、と。武事は必ず号令を有するを要す。だから鶏は兵を主る西方に配す。八卦の中、巽は鶏と為り、巽はまた号令を主る。辰・巳はみな酉と相合す。だから酉に配す。

雉是火鳥,為武之威。《方伎傳》云:太白揚光,則雞鳴;熒惑流耀,則雉驚。《易通卦驗》云:雉者是陽,雄鳴則雌應,陽唱陰和之義;當時則雊,亦號令之義。烏者,陰之禽,而居日中。《元命苞》云:烏在日中,象陽懷陰也。以其在日中得陽氣,故仁而能反哺。在酉者,春時日臨兌酉,是二八之門,日所入處,取其終也,故並配酉。

雉は火に属する鳥で、武事の威厳を象徴す。《方伎伝》にいう、太白星(金星)の光芒は大盛なれば、鶏はすなわち打鳴す。熒惑星(火星)は流転して生輝せば、雉はすなわち驚飛す。――これは正に鶏は金に属し雉は火に属するを見るなり、と。《易通卦験》にいう、雉は陽に属し、雄雉はひとたび鳴けば雌雉はすなわち応和す。これは陽唱陰和の義なり。時節に到ればすなわち鳴叫(雊)す。もまた号令の意思を含有す、と。烏鴉は陰に属する禽鳥にして、伝説はかえって太陽の中に住す。《春秋元命苞》にいう、烏は日中に在り。陽中に陰を懐抱するを象徴す。それが太陽の中に在りて陽気を得るに因りて、だから性情は仁厚にして、能く食を銜えて母に反哺す。それが酉に配するは、春分の時に太陽は行臨して兌卦の酉位に至り、あれは二月と八月との分界の「二八之門」で、もまた太陽の落下する所で、その終結の義を取るがゆえに。だから雉・烏はみな酉に配す。

又云暮為死石者,取其金氣衰也。《禽變》曰暮為死土者,土至金末,氣衰敗也。《本生經》云暮為鳶者,亦迅擊有武用也,無五德,故在暮。戌為狗、狼豺者,戌為黃昏,乾為天門,戌既屬干,昏闇之時,以警備也。京氏《別對》曰:狗為主行,以防奸也。《易》曰:艮為狗。艮既是門闕,狗以守防也。《家語》云:七九六十三,三主斗,斗主狗,狗三月生,辰沖戌,寅戌合,故在戌。《禮記·月令》云:九月之時,豺乃祭獸,因候配之。狼形相似,《說文》云:豺,狼屬也,故並居戌。

また一説あり、酉の傍晚は死石と為るは、取るは金気のここに到りて衰敗するの義。《禽変》は傍晚を死土と説くは、土が金気の末尾に到りて、気はすでに衰敗せればに由る。《本生経》は傍晚を鳶(老鷹)と説くは、もまたその迅猛搏撃にして武用の義あるを取る。ただ鳶は鶏のように五徳を具備するに似ず。だからただ傍晚に排する能うのみ。戌支に狗・狼・豺を配するは、戌は黄昏の時に当たり、乾は天門と為り、戌はすでに乾位に帰属し、正に天色は昏暗に値して、警戒守備を需要するがゆえに。京房《別対》にいう、狗は巡行を主管し、以て奸盗を防備するに用いる、と。《周易・説卦》にいう、艮は狗と為る、と。艮はすでに門闕の象なれば、狗は正に以て門戸を守衛するに用いる者である。《孔子家語》にいう、七に九を乗じて六十三を得、三は斗を主り、斗は狗を主る。だから狗は三箇月を懐胎して生ず。辰は戌と相冲し、寅は戌と相合す。だから狗は戌に配す、と。《礼記・月令》にいう、九月の時、豺は猟する所の獣を陈列して祭祀のごとく開始す。これは物候に按って以て配するなり。狼の形貌は豺と相似す。《説文解字》に「豺は狼の一類の動物なり」といい、だから一同に戌に帰す。

一曰暮死金者,金至戌衰敗故也。《禽變》云暮為死火者,戌為火墓也。亥為豬豕猚者,《拭經》云:亥為雜水,穢濁廁溷之象,豬之所居。豬色玄,象水色也;其蹄分者,陰象也;五更必起,不失其常,如水有潮,不違期也。《家語》云:六九五十四,四主時,時主豕,豕四月生也,沖已,故在亥。豕,豬之小者;猚亦取其類,而好夜行,以陰性也,故並在亥。

別の一説、戌の傍晚は死金と為るは、金が戌位に到りてすでに衰敗するがゆえに。《禽変》は傍晚を死火と説くは、戌は火の墓庫なればに由る。亥支に猪・豕・猚を配するは、《拭経》は亥は混雑の水に属し、是れ汚穢廁圏の象徴で、正に猪の居する所と説くがゆえに。猪の毛色は黒く、水色に取象す。その蹄は分開して、陰の象に属す。それは五更に到れば必ず起身し、従来その常度を失わず。たとえば海水に潮汐ありて、従来時刻に違背せざるがごとし。《孔子家語》にいう、六に九を乗じて五十四を得、四は時を主り、時は豕を主る。だから豕は四箇月を懐胎して生ず。四月は巳と為り、巳は亥と相冲す。だから亥に配す、と。豕は猪の中の小なる。猚もまたその同類を取り、しかして夜間に行動するを好み、陰性に属す。だから一併に亥に配す。

一雲旦為生木者,木生於亥也。暮為蛦蝓者,應是,恐字誤也。又云旦為豚,豚豕同也。一雲暮為朽木者,木始生敷,因水淹沒,故腐朽也。問曰:禽蟲之例數多,何故不取麟鳳為屬,乃取蚯蚓蛇鼠小蟲?荅曰:取十二屬者,皆以其知時候氣,或色或形,並應陰陽故也。麟鳳已配五靈,非是虛而不用。

別の一説、亥の早晨は生木と為るは、木は亥に長生するがゆえに。傍晚を蛦蝓と説くは、原字は応に別の一個の虫名なるべし(底本のここの両字はみな生僻の字形を作す)。恐らくは字の写し錯れるならん。また早晨を豚と説く有り。豚と豕とはもともと一物なり。なお一説は傍晚を朽木と為すは、木が剛に萌生して鋪展し始めるや、すなわち水に淹没せられ、だから腐朽せるがゆえに。人ありて問う、禽獣虫豸の種類はあのように多きに、なにゆえ麟・鳳を取りて以て十二属を做らずして、反って蚯蚓・蛇・鼠のこれらの小虫を取るや。回答していう、此の十二属を選取する所以は、それらがみな能く時節を知り気候を感じ、あるいは毛色の上において、あるいは形体の上において、みな能く陰陽と相応ずればに由る。麟・鳳はすでに五霊に配せられれば、並びにそれらを空置して用いざるにあらず、と。

又問曰:麟鳳已配五靈,更不取者;龍虎亦配,何為復用?荅曰:龍動雲興,虎嘯風起,此是應陰陽之氣,所以須取。麟鳳雖靈,無所作動,故不重用。其十二屬,並是斗星之氣,散而為人之命,繫於北斗,是故用以為屬。

また問う、麟・鳳はすでに五霊に配せられれば則ち再び取用せず。しかしながら竜・虎もまた同様に五霊に配せられたるに、なにゆえかえって重複して使用するや(辰は竜に配し寅は虎に配す)。回答していう、竜はひとたび動けば雲はすなわち興起し、虎はひとたび嘯すれば風はすなわち刮り来たる。これはそれらが能く陰陽の気を感応するがゆえに、だから必ず取用するを要す。麟・鳳はもまた霊性あるといえども、しかし什麼の感応発動あるを見ず。だから重複して取用せず。この十二属は、みな北斗星辰の気の散布し下る所で、化して人の命属と為り、北斗に繋属す。だからこそそれらを用いて以て十二生肖を作るなり、と。

《春秋運斗樞》曰:樞星散為龍馬,旋星散為虎,機星散為狗,摧星散為蛇,玉衡散為雞兔鼠,闔陽散為羊牛,搖光散為猴猿。此等皆上應天星,下屬年命也。三十六禽,各作方位,為禽蟲之長,領三百六十,十而倍之,至三千六百,並配五行,皆相貫領。既非占候之用,不復具釋。

《春秋運斗枢》にいう、北斗の第一枢星の気は散布し下りて成りて竜馬と為り、第二旋星は散じて虎と為り、第三機星は散じて狗と為り、第四摧星(権星)は散じて蛇と為り、第五玉衡は散じて鶏・兎・鼠と為り、第六闔陽(開陽)は散じて羊・牛と為り、第七揺光は散じて猴・猿と為る。これらはみな上は天上の星辰に應じ、下は人の年命に繋る。三十六禽は各々一方の位を占め、是れ禽獣虫豸の首領で、各々三百六十種を統領す。この数を十倍に推衍し上げれば、三千六百種に到るべく、全く五行に配属して、層層に貫通統属す。これらはすでに占候の実際の用いる所にあらざれば、すなわち再び一一に解説せず、と。

五行大義の後に題す

《五行大義》五卷,隋蕭吉撰。案《隋書》本傳,載其著述之目,而獨不及此書,魏鄭公偶未之見耳。唐宋《藝文志》亦不著錄,豈早逸於彼歟。書中所論,皆陰陽五行之事,不過漢儒餘論,然其文章醇古,非復唐以下所能為,而其所援證,往往有佚亡之書,今不可得見者。且蕭以陰陽算術著稱,見其本傳,則此書之出蕭手,萬無一疑。世之相距,千有餘年,而此書獨完然乎我焉,其亦奇矣,安得不校而傳之乎。己未竹醉日,天瀑識。

《五行大義》は共に五巻で、是れ隋朝の蕭吉の撰す所である。《隋書》の蕭吉の本伝を查すれば、彼の著作目録を列挙するに、しかして独りこの部の書を提到せず。想来是れ史を修むる魏徴(鄭国公を封ぜらる)の偶然に見ざりしのみである。唐・宋の両代の《芸文志》もまたみな著録せず。それは中土において早くに散失せしに非ずや。書中の討論する所は、みな陰陽五行の事で、過ぎるは漢代の儒者の学説の余緒にすぎず。然るにその文章は淳厚古雅にして、決して唐代以後の人の写作出す能くする所にあらず。しかして書中の援引して証を作す所は、往往にして些かのすでに亡佚して今天に再び看るを得ざる古書である。況んや蕭吉はもと陰陽算術に精通するを以て著稱し、これは彼の本伝の裏に写きて明白なり。則ちこの部の書の蕭吉の手に出づるは、万に一の疑いなし。相隔ること一千馀年にして、この部の書は竟に独り完好に我らのここに保存せらる。もまた真に奇特なるに足る。どうして校勘を加え、それを流伝せしめんことを為さざらんや。己未年の竹醉日(農暦五月十三、旧俗は竹を移すに宜し)、天瀑記。

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