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永嘉証道歌

唐 · 玄觉 · 第2巻 / 2

非色非心非行業。彈指圓成八萬門。剎那滅卻三祇劫。

それは色でもなく、心でもなく、行為造作でもない。弹指の間に八万法門を円満成就し、刹那の間に三大阿僧祇劫の功程を滅尽する。

一切數句非數句。與吾靈覺何交涉。

一切の数えうる言句、さらには数えられない言句も、我が霊明の覚性に何の関わりがあろうか。

不可毀不可讚。體若虛空勿涯岸。不離當處常湛然。

それは毀すことも讃えることもできず、本体は虚空のように辺岸がない。それは当下この処を離れず、常に湛然として清澄である。

覓即知君不可見。取不得捨不得。

あなたが一たび求めれば、得られないと分かる。取ろうとしても取れず、捨てようとしても捨てられず、

不可得中只麼得。默時說說時默。大施門開無壅塞。

まさにこの不可得の中で、ちょうどこのように得るのである。黙する時はまさに説き、説く時はまさに黙している。大布施の門は開かれて壅塞がない。

有人問我解何宗。報道摩訶般若力。

人が私にどの宗を解するかと問うなら、私は答える。摩诃般若(大智慧)の力によると。

或是或非人不識。逆行順行天莫測。吾早曾經多劫修。

時には是に見え、時には非に見えて、人は認められない。逆に行じ、順に行じても、天さえ測り透かせない。私はすでに多劫の修行を経て来ており、

不是等閒相誑惑。建法幢立宗旨。

決して軽々しく人を欺きに来たのではない。法幢を樹て、宗旨を立てる。

明明佛勅曹溪是。第一迦葉首傳燈。二十八代西天記。

明白なること、仏が嘱付されたのはまさに曹溪のこの一脉である。第一代の迦葉が最も先に法灯を伝え、西天の記載では共に二十八代を伝えた。

法東流入此土。菩提達磨為初祖。

法は東に流伝してこの国土に入り、菩提達磨が中土の初祖である。

六代傳衣天下聞。後人得道何窮數。真不立妄本空。

六代の祖師が衣を伝えたことは天下皆が知り、後世の得道の者はさらに数え切れない。真は必ずしも建立せず、妄はもともと空である。

有無俱遣不空空。二十空門元不著。

有と無を一併に遣除し、「不空」の空さえ留めない。二十種の空門はもともと執着する必要がなく、

一性如來體自同。心是根法是塵。兩種猶如鏡上痕。

一性は如来の本体と自ずから同じである。心は能縁の根、法は所縁の塵で、この二つは鏡の上の痕のようである。

痕垢盡除光始現。心法雙忘性即真。

痕の垢が除き尽くされて、光がはじめて現れる。心と法の両辺を忘れれば、本性は当下に真である。

嗟末法惡時世。眾生福薄難調制。去聖遠兮邪見深。

嘆くべきは末法のこの悪濁の時代で、衆生は福薄く、調伏し教育し難い。聖人の時代を遠く離れ、邪見は深く、

魔強法弱多恐害。聞說如來頓教門。

魔は強く法は弱く、恐喝し傷害する者が多い。人が如来の頓教法門を説くのを聞いて、

恨不滅除令瓦碎。作在心殃在身。不須冤訴更尤人。

それを瓦片のように砕き滅ぼさんとさえする。造業は心にあり、禍殃は身に落ちる。冤を叫ぶまでもなく、他人を咎めることもない。

欲得不招無間業。莫謗如來正法輪。

無間地獄に堕ちる悪業を招かないようにしたければ、如来の正法の輪を毀謗してはならない。

旃檀林無雜樹。欝密森沈師子住。境靜林間獨自遊。

旃檀の香木の林には雑樹がなく、鬱蒼として幽かで、師子がそこに住む。境地は清く静かで、独り林の間を游り、

走獸飛禽皆遠去。師子兒眾隨後。三歲便能大哮吼。

走獣も飛禽も皆遠く避ける。小さな師子たちが後に随い、三歳にしてすでに大きく哮吼できる。

若是野幹逐法王。百年妖怪虛開口。

もし野狐の類が法王に追随しようとするなら、たとい百年の妖怪を成しても、徒らに口を開くばかりである。

圓頓教勿人情。有疑不決直須爭。不是山僧逞人我。

円頓の教は人情を論じず、疑いがあって決断できなければ、直截に争弁すべきである。これは私の山僧が勝ちを争おうとするのではなく、

修行恐落斷常坑。非不非是不是。

修行の人が断見と常見の坑に落ちるのを恐れるからである。「非」と言うのは実は非でなく、「是」と言うのは実は是でない。

差之毫釐失千里。是則龍女頓成佛。非則善星生陷墜。

毫釐を差せば千里を失する。正しく行けば、竜女のように当下に成仏し、誤れば、善星比丘のように生きたまま堕落する。

吾早年來積學問。亦曾討疏尋經論。

私は早い年にも学問を積み、注疏を钻研し、経論を尋ね検ったこともあった。

分別名相不知休。入海算沙徒自困。

名詞・概念を分別して窮まりなく、海に入って砂を数えるようで、徒らに自分を困らせた。

卻被如來苦訶責。數他珍寶有何益。從來蹭蹬覺虛行。

このため如来に痛く呵責された。他人の珍宝を数えて何の用があるか。一路躓き転びして、はじめて皆空しく歩んだと覚え、

多年枉作風塵客。種性邪錯知解。

多年徒らに風塵の客となった。根性が一たび偏れば、見解は誤り、

不達如來圓頓制。二乘精進勿道心。外道聰明無智慧。

如来の円頓の法度を通達できない。二乗の人は精進だが大乗の道心がなく、外道は聡明だが真の智慧がない。

亦愚痴亦小騃。空拳指上生實解。

愚かで呆けて、空の拳や指の先に向かって、実有の理解を起こしてしまい、

執指為月枉施功。根境法中虛揑怪。不見一法即如來。

指を月と認めて功を空しくする。根・境・法の中に空しく怪相を捏造する。もし一法も得るべきものがないと見ることができれば、それが如来であり、

方得名為觀自在。了即業障本來空。

観自在と称するに足る。了悟すれば、業障はもともと空である。

未了應須還夙債。饑逢王饍不能飡。

了悟しなければ、なお宿世の債を償わねばならない。腹を空かせて御膳に遇っても喫できず、

病遇醫王爭得瘥。在欲行禪知見力。火中生蓮終不壞。

病に罹って医王に遇ってもどうして愈えよう。欲の中に身があって禅を行えるのは、知見の力による。火の中に生ずる蓮花のように、終に壊れない。

勇施犯重悟無生。早時成佛於今在。

勇施比丘は重戒を犯したが、無生を悟って早く仏となり、今日まで存する。

師子吼無畏說。深嗟懵懂頑皮靼。秖知犯重障菩提。

師子吼のように畏れなく説いて、あの懵懂頑固な人を深く嘆息する。彼らは重戒を犯すと菩提を障碍すると知るだけで、

不見如來開秘訣。有二比丘犯婬殺。

如来が別に秘訣の一門を開いたことを見えない。二人の比丘が婬戒と殺戒を犯した時、

波離螢光增罪結。維摩大士頓除疑。猶如赫日銷霜雪。

優波離が螢火のような小智で判じたら、かえって彼らの罪結を加重した。維摩大士が一たび口を開けば頓然と疑惑を除き、烈日が霜雪を消融するようであった。

不思議解脫力。妙用恆沙也無極。

この不可思議の解脱の力、その妙用は恒河沙数のように窮まりがない。

四事供養敢辭勞。萬兩黃金亦銷得。粉骨碎身未足酬。

衣服・飲食・臥具・湯薬の四事の供養に、どうして労苦を厭おうか。万両の黄金でも消受できる。粉身砕骨しても報い足らず、

一句瞭然超百億。法中王最高勝。

一言の下に徹底的に了悟すれば、百億の施与に超過する。仏は法の中の王で、最も高く勝れ、

恆沙如來同共證。我今解此如意珠。信受之者皆相應。

恒河沙数の如来が共に印証する。私はいまこの如意珠を領会し、およそ信受する者は皆それと相応する。

了了見無一物。亦無人亦無佛。

了了として一つの物もないと見る。人もなく、仏もない。

大千沙界海中漚。一切聖賢如電拂。假使鐵輪頂上旋。

大千沙界は海面上の一つの水泡に過ぎず、一切の聖賢は電光のように一掠して過ぎる。たとい鉄輪が頂上に旋転しても、

定慧圓明終不失。日可冷月可熱。

定と慧の円満明徹は終に失われない。太陽は冷たくなり得、月は熱くなり得ても、

眾魔不能壞真說。象駕崢嶸謾進途。誰見螗蜋能拒轍。

衆魔はこの真実の説を壊すことができない。大象が引く車は高く峻く威厳ありて一路に行き、蟷螂が車轍を拒めたのを誰が見たか。

大象不遊於兔徑。大悟不拘於小節。

大象は兎の小径を行かず、大悟の人は小節に拘わらない。

莫將管見謗蒼蒼。未了吾今為君訣。

竹管の中から見た見識をもって蒼天を毀謗するなかれ。あなたがまだ了悟していないなら、私がいまあなたのために決断分明する。

永嘉證道歌(終)

永嘉証道歌(終)

無相大師行狀

以下は附録の《無相大師行状》で、玄覚禅師の伝記である。(行状とは、人の一生の事跡を記述する文体。)

翰林學士朝散大夫行左司諫知制誥同修國史判史判館事柱國南陽郡開國侯食邑一千一百戶賜紫金魚袋楊億述

楊億の撰述。彼の当時の完全な結銜は、翰林学士・朝散大夫・行左司諌・知制誥・同修国史・判史館事・柱国・南陽郡開国侯・食邑一千一百戸・賜紫金魚袋であった。(これは宋代の官员の完全な結銜の書き方で、順に職名・散官階・職事官・差遣・勲・爵・食邑・恩賜であって、複数の人の名前ではない。底本の「判史判館事」は「判」の字を重ねており、「判史館事」とすべきである。)

溫州永嘉玄覺禪師者。永嘉人也。姓戴氏。丱歲出家。遍探三藏精天台旨。觀圓妙法門。於四威儀中。常冥禪觀。後因左谿朗禪師激勵。與東陽策禪師。同詣曹谿。初到振錫攜瓶。繞祖三匝。祖曰。夫沙門者。具三千威儀八萬細行。大德自何方而來生大我慢。師曰。生死事大無常迅速。祖曰。何以體取無生。了無速乎。曰體即無生。了本無速。祖雲。如是如是。於時大眾。無不愕然。師方具威儀參禮。須臾告辭。祖曰。返太速乎。師曰。本自非動豈有速耶。祖曰。誰知非動。曰仁者自生分別。祖曰。汝甚得無生之意。曰無生豈有意耶。祖曰。無意誰當分別。曰分別亦非意。祖歎曰。善哉善哉。少留一宿。時謂一宿覺矣。策公乃留師。翌日下山迴溫江。學者輻湊。號真覺大師。著禪宗悟修圓旨。自淺之深。慶州刺史魏靜。緝而成十篇。目為永嘉集。及證道歌一首。並盛行於世雲爾。

温州永嘉の玄覚禅師は永嘉の人で、姓は戴。幼年に出家し、遍く三蔵の経典を読み、天台宗の旨趣に精通し、円妙観法を修習して、行・住・坐・臥の四威儀の中で常に禅観に心を冥らせた。後に左溪玄朗禅師の激励を受け、東陽玄策禅師とともに曹溪に赴いた。到着したばかりの時、錫杖を振り、水瓶を提げて、六祖を三匝した。六祖は言った。「出家の者は三千威儀・八万細行を具備すべきである。大徳よ、あなたはどこから来て、このような大きな我慢を生じたのか。」玄覚は言った。「生死は大事であり、無常は迅速に来る。」六祖は言った。「ではなぜその不生不滅を体取し、もとより遅速のないことを了達しないのか。」玄覚は言った。「体取する当下がすなわち無生であり、了達にはもとより遅速がありません。」六祖は言った。「そのとおり、そのとおり。」当時の大衆は皆驚愕しなかった者がなかった。玄覚はここに威儀を具えて拝礼し、しばらくして告別した。六祖は言った。「帰るのが速すぎるのではないか。」玄覚は言った。「もとより動いたことがないのに、どうして速い遅いがあろうか。」六祖は言った。「誰がその不動を知ったのか。」玄覚は言った。「仁者ご自身が分別を起こしたのです。」六祖は言った。「あなたはよく無生の意旨を得た。」玄覚は言った。「無生にどうして意旨があろうか。」六祖は言った。「意旨がなければ、誰がそこに分別するのか。」玄覚は言った。「分別自体も意旨ではありません。」六祖は讃歎して言った。「善いかな、善いかな!一宿とどまりなさい。」当時の人は彼を「一宿覚」と呼んだ。玄策公はそこで彼を留めた。翌日玄覚は山を下りて温江に帰り、学人は車輻が轂に凑くように集まり来たり、人は真覚大師と称した。彼は《禅宗悟修円旨》を著わし、浅いところから深いところに入る。慶州刺史の魏静がそれを十篇に編集して《永嘉集》と題し、《証道歌》一首とともに、皆世に盛行した。

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