帝王の相を問う
天庭が低くても高位を得たことを問う
相術典籍
部位別に読むほうが通読より効率的である。相書中の社会的背景の記述にはその時代の刻印が強く残っている点に注意。
朕居王位,出於何相,而得萬民王之?對曰:王乃龍生鳳長,身長六尺,面大腰圓,能步開三尺。少年所困,未出鬚之故,今已鬚長一尺八寸,以合龍相,當年之壽。
永楽帝が問うた:朕が帝王の位にあるのは、どのような相格によるもので、万民に王として奉戴されるのか?袁珙が答えた:陛下は「龍生鳳長」の相——生まれつき龍の気象を具え、鳳の貴気に育てられ、身の丈六尺、顔は大きく腰は丸く厚く、一歩で三尺を跨ぐことができます。陛下が少年の時に困窮し妨げられたのは、髭がまだ生えていなかったためで、今は髭が一尺八寸に長く伸び、龍相に合して、当今の福寿の運に応じたのです。
子によって爵を得る相を問う
凡庶民生下小孩,其父見子的爵者何說?莫非是小兒之福乎?對曰:凡小兒生下瑞香滿室,必主大貴。書云:生下身香必主父爵身後榮者,如劉阿斗、宋太祖生身具異香百日。
平民が子を産み、父親がかえってその息子によって封爵を得るのは、どういう理か?もしや小児自身の福分か?袁珙が答えた:凡そ嬰児が生まれる時に祥瑞の香りが室内に満ちる者は、必ず後日大貴を主ります。相書にいう、生まれて身に異香を帯びる子は、必ず父に爵位をもたらし、自身も後日栄顕を享ける――例えば蜀漢の後主・劉禅(幼名阿斗)、宋太祖・趙匡胤は、いずれも出生時に異香を具え、百日散らなかったといいます。
天庭が低くても高位を得たことを問う
朕昨見一尚書天庭低,何故又得為官?對曰:天庭雖低,日月角開,輔弼骨朝,頭平面圓,此乃五行相配,故不忌低,是以得為尚書。
昨日一人の尚書に会ったが、「天庭」(額の正中上部)が低く陥没している。なぜ彼が官を務められるのか?袁珙が答えた:天庭は低いものの、「日月角」(左右両額角、父母と貴気を主る)が開けて豊かで、「輔弼骨」(日月角の外側の二条の輔佐する骨)が朝拱して勢いがあり、さらに頭頂が平らで端正、顔形が円満で、これは金木水火土の五行が互いに配合した格局です。ですから天庭の低いことを忌む必要はなく、故に彼は尚書に至る官を得られたのです。
方面の妃を配とする可否を問う
朕宮中無方面之妃,朕之面方,欲得一方面為配,再有何說?對曰:婦人貴在眉目肩背,子在肚、服、臍、乳,凡面方者為虎面,必犯煞星,豈能入宮為貴人?凡女型如鳳者,方為大貴。鳳型面圓長,上下相配,眉弓高、目細秀、項圓長、肩背平,此乃真貴,縱不入宮,亦不失為夫人。
宮中に角張った顔の妃はいない。朕自身が面方なので、角張った顔の女子を選んで配したいが、そこに何か讲究があるか?袁珙が答えた:婦人の貴気は眉・眼・肩・背に看ます。子嗣の相は腹部・腹側・臍と乳房に看ます。凡そ角張った顔の女子は「虎面」と呼ばれ、必ず凶煞の星辰を沖犯します。どうして入宮して貴人となれましょうか。女子の形貌が鳳に似る者こそ大貴です。鳳形の相は顔が円くてやや長く、上下が互いに相称し、眉弓が高く起き、眼目が細長く清秀、頸項が円く長く伸び、肩背が平らで端正――これこそ真の貴相であり、たとえ宮廷に入らなくても、一人の命婦夫人となるに足ります。
王公の女が母后となれるかを問う
朕向日寵王公女,相她必為母后,朕今不喜她,何能得為母后?對曰:非國母福薄,但聖上子星未現,故此不寵。彼生成國後,命壽延長,若要出得太子,必定是她。永樂未信,後三年復寵,果生太子。
朕はかつて王公の女を寵愛し、汝は彼女が将来必ず母后になると相た。今はもう彼女を好まないが、彼女がどうして母后になれようか?袁珙が答えた:これは国母の福分が浅いのではなく、陛下の「子星」(子嗣を主る部位の気色)がまだ現れていないため、彼女が一時寵愛を受けないだけです。彼女は天より国后の命格を賦けられ、寿数も綿長です。将来太子を生む者は必ず彼女です。永楽帝は当時信じなかったが、三年の後再び彼女を寵幸し、果たして太子を生みました。
妃選びで女に汗をかかせる故を問う
選妃用綿認厚窮令女走出汗來,此是何說?對曰:非令女走出汗來,乃知其體香若何?凡女人體香,方得大吉。否則,下賤也。
妃を選ぶ時に厚い綿衣で固く包み、女子を歩かせて汗をかかせるのは、どういう讲究か?袁珙が答えた:単に汗をかかせるためではなく、汗を借りて彼女の体気が香か穢かを験すのです。凡そ女子の体に香気を帯びる者こそ大吉の相、さもなければ下賎の命です。
貴人がなぜ刀剣の刑に遭うかを問う
為官者乃貴人,常有遭刀劍刑者為何?對曰:皆因項下有紅絲,耳輪多赤色,犯此者,難逃刀斧身亡。
官をする者は本来貴人なのに、しばしば刀剣の刑戮に遭うのはなぜか?袁珙が答えた:みな頸項の下に紅い絲のような血絡が現れ、耳輪に赤色を多く帯びるためです。この二つを犯した者は、刀斧の下に死ぬことを免れません。
武将が交鋒して善终を得ることを問う
日月交烽,反得善終為何?對曰:凡武將兩邊眼眉上生殺氣,正高而有顴,所以當得征戰。眼下露光,項無紅絲,非豬食鼠食,乃善人之相,能戰之人。
一生刀兵に接し日夜交鋒した者が、かえって善终を得られるのはなぜか?袁珙が答えた:凡そ武将は、両側の眉眼の上に殺気を帯び、眉骨が端正に高く聳え、頬骨が力あるため、征戦の任を担当できます。もし眼下に神光が外に露れず、頸項に紅絲がなく、食事の時に豚のように貪濁でもなく鼠のように急促でもなければ、それは善人の相貌であり、能く征し能く戦いながら横死しない人です。
貌の陋い母がなぜ貴子を生むかを問う
吳尚書之母極陋生,二子如梓童,是出何相?對曰:面雖陋,眼若星,唇若朱。子乃臍腹所載,何在面目?必是臍深腹厚,腰正體堅,人若見之,俱有懼色。凡婦人威嚴者,多生貴子。非面之福,乃五臟六腑寬宏秀麗也。後永樂封為錦陽夫人。
呉尚書の母は生まれつき極めて醜陋だったが、二人の息子は宮中の人のように貴かった。これはどんな相によるのか?袁珙が答えた:彼女は面貌こそ醜いものの、眼目は星のように明るく、嘴唇は朱のように紅い。しかも子嗣は臍腹に孕育されて載るもので、どうして面目だけを看ることができましょう。彼女は必ず臍が深く陥み、腹部が厚く、腰身が端正で、体格が堅実で、人が見て皆敬畏の心を生じます。凡そ婦人に威厳の気度ある者は、多く貴子を生めます。これは面相がもたらす福ではなく、五臓六腑が宽厚に秀美なる所致です。後に永楽帝は彼女を錦陽夫人に封じました。
宮女に子が生まれにくいことを問う
宮中之女,多不出子,何也?對曰:古人言,“美女無肩,將軍無項”。肩太垂而身太弱,腰太細而體太輕。犯此四者極多,乃非厚福之相,何得有子?
宮中の女子は多く子を生めないのはなぜか?袁珙が答えた:古人に「美女は肩なし、将軍は項なし」という言葉があります――美人は多く削ぎ肩、将軍は多く短い頸です。宮女は往々にして肩が塌れ垂れて身体が虚弱、腰肢が細すぎて体態が軽すぎます。この四つの毛病を犯す者が極めて多く、いずれも福厚の相ではありません。どうして子嗣があれましょうか。
大臣が官高いのに食禄の少ないことを問う
朝中大臣不能飲食,既為官,何又祿少?對曰:官高雖是印堂寬,富貴還須手過膝。官高因印開眉秀,耳正目清,因此大貴。食祿在口,若唇薄口蹙,食自少也。
朝中有る大臣は飯量が小さく飲食が上手くない。すでに官となったのに、なぜ食禄が少ないのか?袁珙が答えた:官位が高いのは確かに「印堂」(両眉の間)の広さによるものですが、真の富貴は尚、両手を垂れて膝を過ぐかどうかを看ます。官が高くなったのは、印堂が開闊し、眉毛が清秀、耳が端正、眼目が清明だからこそ大貴です。享用する食禄については口相を看ます。もし嘴唇が薄く口形が緊蹙していれば、飲食は自ずと少なくなります。
眉が長いのに寿が長くないことを問う
眉長壽不長何說?對曰:書云:“眉毫不如鼻毫,鼻毫不如耳毫,耳毫不如枕骨高”。故此眉長難保壽。凡壽在頭髮、項皮血色為主。
眉毛が長く生えていても寿命が長くないのはどういう理か?袁珙が答えた:相書に「眉毫は鼻毫に如かず、鼻毫は耳毫に如かず、耳毫は枕骨の高きに如かず」とあります――眉中の長毫は鼻中の長毫に及ばず、鼻毫は耳中の長毫に及ばず、耳毫が良くても脳後の枕骨の隆起には及びません。ですから眉の長さだけでは寿を保ちがたい。寿数を論ずるには、主に頭髪の潤枯、頸項の皮膚の厚薄、血色の明暗を看ます。
耳が反るのに官がかえって大きいことを問う
耳反,為官大,何說?對曰:相有可忌不可忌之說,豈可一理而推?書云:“睛雖黃有神光,梁雖折準頭豐,身雖瘦不露骨”。此俱不作破敗,還作貴相推之。
耳が外に翻り反っているのに官がかえって大きいのはどういう理か?袁珙が答えた:相法には忌むべきものと忌むべきでないものの分別があり、どうして一筋の理だけで推すことができましょう。相書に「睛は黄なるも神光有り、梁は折るるも準頭豊か、身は瘦するも骨を露わさず」とあります――眼珠は黄くとも神光が充足、鼻梁に折れた形あれど「準頭」(鼻先)が豊満、身形は瘦せても骨節が外に露れない。この数様はいずれも破敗の相ではなく、かえって貴相として推すべきものです。
舜と項羽が同じく重瞳であることを問う
舜目重瞳,項羽亦有重瞳,何說?對曰:舜目細而長,乃鳳目也。項羽目圓而露,眼邊起皺紋,如雞眼乃凶相也。
虞舜の眼に重瞳があり、項羽も重瞳だったのに結末が違うのはどういう理か?袁珙が答えた:舜の眼睛は細長く、「鳳目」に属し、至貴の相です。項羽の眼睛は円く外に突き出し、眼角に皺紋が起き、形は鶏眼のようで、あれは凶悪の相です。
甘羅の早達と太公の晩成を問う
甘羅十二,太公八十,一遲一早,何說?對曰:此二位前賢,雙耳俱有珠齊口角,為明珠出海。甘羅紅如火,十二到此即遷。太公白如雪,故主老來相遇。
甘羅は十二歳で上卿となり、姜太公は八十歳でやっと文王に遇った。一早一遅はどういう理か?袁珙が答えた:この二前賢は、いずれも双耳に垂珠が生じ口角と斉し、「明珠出海」と呼ばれ、顕達の相です。甘羅の耳色は火のように紅潤――火色は速を主るので十二歳で昇遷を得ました。太公の耳色は雪のように白く淨い――白色は遅を主るので年老いて明主に遇いました。
一生疾病のない相を問う
凡一人生無疾病,何說?對曰:人生在世,相合乾坤。驛馬高明邊地靜,印堂平正六陽光,疾厄再加無暗滯,一生福壽永綿長。
一生疾病を生じない者がいるのはどんな相か?袁珙が答えた:人が世に生きるには、相貌が天地の気に合うことが要です。「駅馬」(両額角の外側、奔走遷移を主る)が高く朗らか、「辺地」(髪際両側の縁)が安靜で雑なく、印堂が平正、「六陽」(額と双目の周囲の陽位)が光明。さらに「疾厄宮」(山根、すなわち両眼の間の鼻根)に晦暗暗滞塞の色がなければ、このような人は一生福寿綿長です。
一生疾病の多い相を問う
凡人一生多疾病,何說?對曰:山根常暗準頭青,兩耳生塵目又昏,邊地如泥髮如草,一生何日得安寧?
一生疾病に纏われる者がいるのはまたどんな相か?袁珙が答えた:「山根」(両眼の間の鼻梁の根部)が常に晦暗、「準頭」(鼻先)が青みを帯び、両耳が塵を蒙ったように灰暗、眼神が昏濁して光なく、辺地の部位が泥のように汚濁、頭髪が草のように枯乱――このような人は一生どこに安寧の日があれましょうか。
君たるも常に憂心を懐くことを問う
朕自為君以來,不脫憂心,何說?對曰:山根倉庫常青青,準赤腮黃氣不勻,縱此為君也愁悶,庶人得此百無成。必待此色一開,聖心自安矣。
朕は皇帝となって以来、心の憂慮が払えない。これは何の故か?袁珙が答えた:山根と「倉庫」(鼻翼両傍の財禄を主る部位)に常に青色が泛き、準頭が赤く発し、腮部が黄く、気色が駁雑して均一でない。このような気色ある者は、貴く君主たりとも愁悶を免れず、平民がこの気色あらば百事成らず。この晦色が一開するを待てば、陛下の心は自ずと安定します。
国泰民安の気色を問う
朕為君以來,幸國已平,民已富,土已裕,何說?對曰:血足神舒眼愈光,印堂平潤是榮昌,為士為官多獲福,庶人得此多安康。
朕が皇帝となって以来、幸い国家はすでに安定し、百姓はすでに富足し、土地もすでに豊饒となった。これはまたどんな気色に応じるか?袁珙が答えた:気血が充足し、精神が舒展し、眼神がいよいよ明亮で、印堂が平満に潤沢――これは正に栄盛昌達の象です。読書人と官をする者がこの気色を得れば多く福を獲、平民百姓がこの気色を得ても多く安康です。
女相の貴賎の別を問う
女人多貴中生賤,賤中生貴,何說?人言女人無相,又何說?對曰:凡女相與男相不同,女豈不相?頭尖髮少,必是賤人之女,面圓目正,配良人之妻。血足氣和,可生貴子。土正顴平,可維家業。體正面圓,目秀唇紅,再得肩圓,可許大貴。凡福室之女,頭平額潤,目若流星。唇薄身輕,貌美倉削,齒白肉光,乃賤婦也。
女子には貴人の家に下賎の者が生まれ、寒微の家にかえって顕貴が出ることが常にある。これはどういう理か?世人はまた女人に看るべき相がないというが、この話はどうか?袁珙が答えた:女相と男相は看法が異なり、どうして女人に相がないと言えましょう。頭形が尖削し頭髪が稀少な者は、必ず下賎の家の娘。面龐が円満で眼目が端正な者は、良人の妻となるに相応しい。血気が充足し平和なる者は、貴子を生めます。「土星」(鼻)が端正で顴骨が平実なる者は、家業を撑持できます。身体が端正、面形が円満、眼目が清秀、嘴唇が紅潤、さらに双肩が円厚であれば、大貴と断ずべし。凡そ福ある家の女子は、頭頂が平正、額部が潤沢、眼神が流星のように明亮。嘴唇が薄く、身形が軽浮、貌は美なれど倉庫が削陥し、牙齒が白くて肌肉に油光ある者は、あれは下賎婦人の相です。
五露と五反を問う
五露、五反何說?對曰:凡一露二露家無隔宿,三露四露命常短促,五露具全,大貴之格。眼露睛不露光,鼻露竅不偏梁,唇露齒不露,耳露廓不失珠,此乃金木水火土。五露俱犯,露梁、露光、露齒、露珠,此乃十分下賤之相。五反,非善相也,乃兇惡之徒。書云:“五反之中奧妙多,術人何以得知之,若還一件俱無反,方許朝中掛紫衣”。
相法のいう「五露」「五反」とはどういうことか?袁珙が答えた:一露・二露のみ犯す者は、家に隔夜の糧を存せず。三露・四露を犯す者は、往々にして寿命短促。しかし五露俱に備わって配合法に合えば、かえって大貴の格局です。合格の五露は:眼睛は露れど神光は外に泄れず、鼻孔は露れど鼻梁は歪まず、嘴唇は露れど牙齒は外に齇かず、耳は輪を露れど耳珠は缺けず――これはそれぞれ金木水火土の五行に対応します。もし五露全て破格を犯し、鼻梁外に露れ、眼光外に散じ、牙齒外に齇き、耳珠虧損すれば、あれは十分なる下賎の相です。「五反」については、五官の形勢が互いに相背することをいい、決して善相ではなく、多くは凶悪の徒です。相書に「五反の中に奥妙多し、術人何ぞ以てこれを知らん、若し還た一件俱に反無からば、方に朝中に紫衣を挂くるを許さん」とあります――五反の道理は精微で、術士も必ずしも尽く知らず。一処も相背しない人のみ、朝中に紫袍を身に着けるに配するのです。
五小と五極の辨を問う
五小、五極何以分明?對曰:凡五小者,一小頭,二小身,三小手,四小足,五小面。此乃五件一身,還要五官六府為主。此乃身體五小也,非五官之五小。若五官俱小,為五極,乃下賤之相也。凡五小聲大,五官三停六府為配方妙,如有一件不配,即不如也。五極乃額、耳、鼻、口是也,即五星金木水火土。書云:“五小身頭共四肢,莫言耳鼻口如眉,若是五官俱得小,一生下賤是痴愚。
「五小」と「五極」はどう分別するか?袁珙が答えた:いわゆる五小とは、一は頭小、二は身小、三は手小、四は足小、五は面小で、一身形体上の五処をいいます。吉凶を断ずるには仍お「五官」(眉・眼・鼻・口・耳)と「六府」(両輔骨・両顴骨・両頤骨)を主とします。これは身体の五小であって、五官の五小ではありません。もし五官が悉く偏小ならば、それを「五極」と呼び、下賎の相です。凡そ形体五小にして声音が洪亮、且つ五官・「三停」(面を上中下の三段に分つ)・六府と配合得宜なる者こそ妙相。一処でも相配せざれば等を減じます。五極とは額・耳・鼻・口などの部位を指し、すなわち相法中の「五星」で、金木水火土に分属します。相書に「五小は身頭と四肢を共にす、耳鼻口が眉の如しと莫言え、若し是れ五官俱に小を得ば、一生下賎是れ痴愚」とあります――身と頭・四肢俱に小は尚妨げず、耳・鼻・口・眉などの五官までも悉く細小ならば、それは一生下賎にして愚痴です。
相法に南北を分つことを問う
相分南北,何以說?對曰:此論南北二京十三省說(古書無此乃先生心法也)。分十二宮言之,南方屬火,故相天庭,宜火旺,方為有用。北方屬水,相地閣,宜水旺為妙。浙人屬金,故金宜清,方許榮身。閩人相唇口齒,閩地近海,乃唇齒之間。太原乃山陝西,西方也,為中國屬土。河南相穩重。淮南相屬實。淮北相軒昂,江南相清輕,江北不嫌重濁。徽州乃山嶽峻地,故獨看眉。江西越尾相氣色,不以骨骼為念。但各處相若得局方妙,不合難許榮身。
相法に南北を分つとはどういうことか?袁珙が答えた:これは南北両京・十三布政使司の地域に就いて論ずるのです(古相書にはこの条なく、袁先生自家の心法です)。「十二宮」(命宮・財帛・兄弟・田宅・男女・奴僕・妻妾・疾厄・遷移・官禄・福徳・父母)の部位に按ずるに:南方は火に属するので、南方人を看るには「天庭」(額部)を重んじ、額部の火気が旺盛なればこそ用を成します。北方は水に属し、北方人を看るには「地閣」(顎)を重んじ、水気の旺盛なるを妙とします。浙江人は金に属し、金気は清朗なるを要し、栄身顕達を許します。福建人は唇・口・牙齒を看ます。閩地は海に臨み、気は唇齒の間に応ずるためです。太原一帯は山西陜西に属し、西方で、中国の方位上は土に属します。河南人の相は穏重を佳とし、淮南人の相は厚実を佳とし、淮北人の相は軒昂を佳とし、江南人の相は清軽を佳とし、江北人は形貌の厚重渾濁を嫌いません。徽州は山嶽峻抜の地なので、専ら眉毛を看ます。江西は越地の末端に処し、只看気色で、骨骼を重としません。要するに各地の相はみな本地の気局と相合してこそ妙で、相合せざれば栄顕を許しがたいのです。
三尖と六削を問う
三尖、六削,如何?對曰:頭尖、面尖、中、豚尖,不良之相。六府俱削,好殺之徒。犯此怎得富貴?
「三尖」「六削」とはどんな相か?袁珙が答えた:頭頂が尖り、面形が尖り、面部の中停が尖り、臀部が尖る――いずれも不良の相です。「六府」(両輔骨・両顴骨・両頤骨)が悉く削陥して肉なき者は、好殺の徒です。これらを犯して、どうして富貴を得られましょう。
鶴形と亀息を問う
人言鶴形龜息,如何?對曰:凡鶴形起步,離地三尺,肩偏項長,頭先過步。今人鶴形不過步離地高者為是,肩項要同前,官到尚書。可學神仙龜息,乃安睡之說。凡氣從口出,亦不聚財,亦不長壽。氣從鼻出,則財福祿俱好。凡口鼻俱無氣息,從耳出方為龜息,易睡易醒,乃大貴之相,神仙之體,世人鮮矣。今人亂言二形,俱少得此者難。
世人がよくいう「鶴形」「亀息」とは、究竟どういうことか?袁珙が答えた:真の鶴形は、歩を起こす時に脚が地を離れて三尺、肩がやや偏斜し、頸項が修長で、頭が歩の先に出ます。今いう鶴形は、歩を擡げて地を離れるのが高いだけに過ぎません。肩項が前のいうところに合すれば、尚書に官することもできます。亀息については、学び得べき神仙の術で、安睡時の呼吸をいいます。凡そ呼吸が口より出る人は、財を聚められず寿も長くありません。呼吸が鼻より出る者は、財・福・禄みな好し。もし口鼻ともに気息を覚えず、気が耳中より出入すれば、それこそ亀息で、この種の人は入睡し易く醒め易く、大貴の相・神仙の体で、世に極めて少見です。今人はこの二種の形相を胡乱に談じますが、真に具備する者は実に得がたい。
帝王が陣に臨みて惧れずして内を畏れることを問う
朕陣上交鋒並無懼色,今來宮內御室不強,何說?對曰:人非懼內,表壯不如裡壯,宋太祖左目小右目大,故懼內。張尚書鬚拂於左,一生多畏夫人。聖上眼皮多黑子,故得賢能國母。此論眼皮黑子、鬚拂於左、雙目雌雄,此三者多懼內也。
朕は戦陣上で交鋒するに惧色なし。宮中に帰り内室に対しては圧し得ない。これは何の故か?袁珙が答えた:これは真に内を惧れるのではなく、外表の剛強が内里の剛強に如かぬ理です。宋太祖は左眼が小さく右眼が大きいので内を惧れ、張尚書は髭鬚が左に偏って拂うので一生夫人を畏れ、陛下は眼皮上に黒痣を多く生じるので賢能なる国母を得ました。要するに眼皮に黒痣を生じ、髭鬚が左に偏拂し、両眼が一大一小の「雌雄眼」となる――この三種の相ある者は多く内室を畏れます。
女子の陰毛の相を問う
女人陰毛長,主貴賤,何說?對曰:當時漢國母呂太后陰毛長一尺八寸,根據黃如金色,卷於陰上,用手扯開過膝,放手覆拳,故名為“金線綴陰”,主極品,亦主多淫。若直、若長、若黑,乃姦殺之婦,雖貴不長。陰毛宜黃、宜軟,亦成貴人。如草者賤,硬者賤,生早者夭,生遲者淫,三七年內生方妙。
女子の陰毛が長いのは貴を主るか賎を主るか、どうか?袁珙が答えた:当時漢の国母・呂太后は、陰毛が一尺八寸も長く、根部は金色のように黄く、卷曲して陰部に附し、手で扯き開けば膝を過ぎ、手を放てば拳を覆う。故に「金線綴陰」と呼ばれ、位は人臣の極みの貴を主り、また性情多淫を主ります。もし毛質が直く、長すぎ、色が黒ければ、あれは姦邪凶暴の婦で、縦使一時顕貴でも長くありません。陰毛は色黄・柔軟を宜とし、さらば貴人と成り得ます。枯草の如きは賎を主り、堅硬なるも賎を主り、生ずるの早すぎるは夭折を主り、生ずるの遅すぎるは淫佚を主り、二十一歳以内に長出してこそ最も合宜です。
禽獣の形を以て相を取ることを問う
相法原取五行為主,又取禽獸之形,莫非將人比畜麼?對曰:郭林宗相法有三百六十外形,相理多端,一時難辨。類獸者多富,類禽者多貴。龍形隱隱,虎形步闊頭藏,猴相睛圓黃,耳鼻俱小,頭小,性快不定,一時福生財祿壽好,難言老後之。兔形性疑多自怯,眼正鼻露,合此。鳳形項長肩圓,身直,女得此亦貴。舌長唇齊,鼻大面長身闊,為牛形,主一身安逸,有錢萬金。賦云:鳳形要眼秀,牛形要睛圓。此乃一陰一陽之大貴格也。雀步蛇行,男女大忌。雞眼鼠目,必犯刑傷。豬形目赤,憂防網羅之非。
相法は本を五行に主とし、また禽獣の形を取って比擬する。もしや人を牲畜に比するか?袁珙が答えた:東漢の郭林宗(郭泰)の相法には三百六十種の外形が列せられ、相理の頭緒は繁多で、一時には分辨しがたい。大体において、形貌が走獣に類する者は多く富を主り、飛禽に類する者は多く貴を主ります。龍形は気象が隠隠として含蓄あり、虎形は歩が闊大で頭頸を内に蔵す。猴相は眼珠が円く黄みを発し、耳鼻みな小さく頭も小さく、性情は急躁不定で、一時は福気・財禄・寿元みな好いが、晚年は言いがたい。兎形の人は多疑にして怯懦、眼目は端正にして鼻孔外に露れる――正にこの形に合す。鳳形は頸項修長、双肩円厚、身軀が挺直し、女子がこの形を得ても貴を主ります。舌長、唇斉、鼻大、面長、身軀寬闊なるは牛形で、一生安逸を主り、家資万金。相賦に「鳳形は眼の秀なるを要とし、牛形は睛の円なるを要とす」とあり、この一飛禽一走獣・一陰一陽は、みな大貴の格局です。歩くこと雀の躍るが如く、行動蛇の行くが如きは、男女ともに大忌。鶏眼・鼠目を生ずるは、必ず刑傷を犯す。猪形にして眼目が赤を発するは、羅網牢獄の災いを防ぐべし。
面身の三停を問う
三停有面有身,何說?對曰:面上三停,髮際到山根為上停,為初限。山根到準頭,為中停,為中限。人中到地閣,為下停,主末限。如上停短削,少年不利。中停低陷,一世不榮。下停若長,一生憂滯。大概上停中停俱長,下停宜短。身上三停頭腰足,此三停俱要得配。
「三停」には面上の三停・身上の三停がある。どうか?袁珙が答えた:面上の三停は、髪際から山根までを「上停」として少年の初限を主り、山根から準頭までを「中停」として中年の中限を主り、人中から地閣までを「下停」として晚年の末限を主ります。もし上停が短促に削陥すれば少年運不利、中停が低陥すれば一生栄顕を得ず、下停が長すぎれば一生憂悶滞塞。大体において上停・中停はともに長きを宜とし、下停はやや短きを宜とします。身上の三停は頭・腰・足の三段で、これも皆互いに均斉に相配せねばなりません。
人に鬚なきの相を問う
凡人一體無鬚,何說?對曰:鬚乃腎經之苗,丹田元神。水形人多有腎虛,土形人丹田不足,此二形人無鬚極多。凡水土形人有鬚必有好子。濁者富,清者貴。若無形,乃腎水不足,元氣虛弱,豈能有子乎!木形人火旺,故此無鬚,還須有子,不可以鬚言人子息,恐誤其大事。
一身に鬍鬚が生えない者がいる。これはどういう理か?袁珙が答えた:鬍鬚は腎経が外に発する苗で、丹田元神の表現です。水形の人は多く腎気虚し、土形の人は多く丹田不足で、この二種の形相の人に鬚なき者が極めて多い。凡そ水形・土形の人が鬍鬚を長ずれば、必ず好い兒子あり。鬚の濁れるは富を主り、鬚の清なるは貴を主ります。もし鬚形全く無ければ、あれは腎水不足・元気虚弱で、どうして子嗣があれましょう。木形の人は本身の火気が旺盛なので、常に鬚なくとも仍然として子嗣あり――故に単に鬍鬚によって人の子息を断じてはならず、人の大事を誤らぬように。
身は肥えるのに髪が落ちることを問う
身發,髮落,何故?對曰:凡肉隨財長,髮逐神清。髮乃血之餘,髮濁血亦枯,髮秀血亦榮。凡髮落財遂生,肉長亦髮落。木形人落髮,即死無疑。書云:肉長財豐髮自疏,血枯神濁亂如絲,若是木形鬚鬢落,再加髮落壽無歸。
身体が肥えて髪がかえって脱落するのは何の故か?袁珙が答えた:肌肉は財運に随って長じ、頭髪は精神の清爽に随って秀でます。頭髪は血の余気で、髪色が渾濁すれば血も枯れ、頭髪が清秀なら血も旺んです。凡そ頭髪が脱落する時に財運はかえって生発し、肌肉が肥え長ずるにも常に落髪が伴います。ただ木形の人が髪を落とすのは、必死間違いなし。相書に「肉長じて財豊かなれば髪自ずから疏し、血枯れ神濁れば乱るること糸の如し、若し是れ木形の鬚鬢落ち、更に髪落を加えば寿帰るところ無し」とあります――肉が長じ財を発する人は頭髪が自ずから稀疏、血枯れ神濁る人は頭髪が絲線のように乱れます。木形の人が鬚鬢を脱し、さらに頭髪も落てば、寿数は尽きます。
三陽の部位を問う
三陽明旺,何為三陽?對曰:三陽三陰,乃雙目之下,又名臥蠶,亦名男女宮,亦名福德宮,乃是眼下三陽。面上三陽,印顴準,乃一面之要處。故宜暢旺,不宜暗滯。
よく「三陽」が明潤で旺盛というが、三陽とは何か?袁珙が答えた:三陽三陰とは両眼の下の部位を指し、「卧蚕」ともいい、「男女宮」(子女を主る)とも、「福徳宮」ともいい、これが眼下の三陽です。一面の上の三陽については、印堂・顴骨・準頭を指し、いずれも一枚の顔の最も緊要な処です。ですからこれらの部位は光潤に暢旺を宜とし、晦暗滞塞を宜としません。
額上の紋理の吉凶を問う
額上紋見,大巨常有,何為不好,繫何說?對曰:凡額上紋,一條為華蓋,二條為偃月,三條為伏犀,多者不妙。凡紋欲從輔骨邊起,橫深為妙。華蓋主孤獨,偃月主中貴,伏犀者大貴。如短如亂,大不好,一生主辛苦、下賤刑傷。
額頭に紋路が現れるのは、達官顕貴にも常にあるのに、なぜかえって好くないというのか、どういう理か?袁珙が答えた:額上の横紋は、一条を「華蓋紋」、二条を「偃月紋」、三条を「伏犀紋」といい、紋路が多すぎれば妙でなくなります。凡そ額紋は輔骨の辺から起筆し、横貫して深刻なるを好しとします。華蓋紋は孤独を主り、偃月紋は中等の富貴を主り、伏犀紋は大貴を主ります。もし紋路が短促に散乱すれば、それは甚だ好くなく、一生辛苦労碌・下賎刑傷を主ります。
気色の理を問う
凡人之相,有氣色何為?對曰:書云:“骨骼正,氣色定”。凡氣色,五臟六腑之餘光,故有金木水火土之詳說。在外為氣,在內為色。色為苗,氣為根。凡看根,先看苗。在內者還未遇,在外者已遇。鮮明者正旺,淡色者已散。凡欲求謀,即在此宮看氣色,有鬼神不測之機,乃奪天地之秀氣。世間各樣異術,惟氣色最驗,但恐耳聾目盲,妄言則不驗。
人の相貌の中で、いうところの「気色」とは何を指すか?袁珙が答えた:相書に「骨骼正しければ気色定まる」とあります――骨骼が端正してこそ気色に定準があります。気色は五臓六腑が透き出す余光なので、金木水火土の五行の詳しい分説があります。外に顕れるを「気」といい、内に含むを「色」という。色は苗、気は根で、根を看るには必ず先ず苗を看ます。色が尚皮内にあれば事機は未だ至らず、すでに皮外に透き出たれば事情はすでに応験しました。色沢が鮮明なのは正に旺盛の時、色沢が浅淡なのはすでに消散したもの。凡そ事を謀るには、相応する宮位の上で気色を看ます。その中には鬼神も測りがたい玄機があり、天地の霊秀の気を奪い取る功夫です。世間の種々の奇術の中で、ただ気色のみが最も霊験です。ただ術者の耳目が明らかでなければ妄りに断語を下し、さすれば霊でなくなります。
女子に血気を看ることを問う
女看血氣,出於何處?對曰:凡女人以血為主,皮乃血之外,血乃皮之本,看皮可知血之旺衰矣。皮明則血潤,皮紅則血枯,皮黃則血濁,皮赤則血衰,皮白則血滯,滯則夭。故此血宜鮮明,表裡明潤則為貴也。
女子を看るに血気を看るというが、この血気はどこから看出すか?袁珙が答えた:女人は血を以て根本とし、皮膚は血の外表、血は皮膚の根本です。皮膚を看れば血の旺衰を知れます。皮色が明淨なら血は潤い、皮色が偏紅なら血は枯れ、皮色が黄を発すれば血は濁り、皮色が赤暗なら血は衰え、皮色が惨白なら血は滞り、血滞の人は夭折し易い。ですから女子の血気は鮮明を宜とし、表裏ともに明潤なるものこそ貴相です。
男子が精神を以て主とすることを問う
男以精為主,出於何處?對曰:一身之本不過精神,神一散豈能有命?目為五形之領,故看眼上即知。凡養精神,發在雙目,目秀神必秀,目清神必清。目枯濁神必枯濁,目散光神必散光。故目要神為主。眼乃一身精華,不宜不秀。日月若流星,必是身榮之客。眼若盲昧,多因困苦之人。不露不偏不陷不浮光,方為美相。此數件若犯一件,決然不好。書曰:“一體精神二目中,睛明點漆必榮身,若是焦黃亂濁眼,為人下賤也貧窮”。
男子は精を以て根本とすというが、この精はまたどこから看出すか?袁珙が答えた:一身の根本は精と神に過ぎず、神が一旦渙散すれば性命どこにあらん。眼睛は五官形体の統領なので、眼睛を看れば知れます。凡そ人の養う精神は、みな両眼に顕発します。眼が秀でれば神も秀で、眼が清ければ神も清い。眼が枯濁すれば神も枯濁し、眼光が渙散すれば神も渙散します。ですから眼を看るには神を以て主とします。眼睛は一身の精華の所在で、清秀ならざるべからず。両眼が流星の如く明亮なる者は、必ず身に栄顕に居る人。両眼が昏昧して光なき者は、多く困頓受苦の人。眼は外に突せず、偏斜せず、深く陥まず、浮光せずしてこそ美相。この数様、一件を犯すだけでも断然好くありません。相書に「一体の精神は二目の中、睛明にして漆を点ずれば必ず身を栄えさす、若し是れ焦黄乱濁の眼ならば、人と為りて下賎にして亦貧窮」とあります――一身の精神は全て両眼の中にあり、眼珠が漆を点じた如く明亮なれば必ず栄顕。焦黄にして渾濁散乱の眼ならば、人と為りて下賎にして貧窮です。
妻により福を発する相を問う
得妻發福者何說?對曰:書云:“奸門如鏡,因妻至富成家。鼻準豐隆,招妻多能賢德。得妻發福,準頭魚尾明潤,多得妻財,印堂紫氣如蠶”。又云:“龜頭小白,妻妾賢能”。
妻を娶ってから後に家を発し富に致るのはどんな相か?袁珙が答えた:相書に「奸門鏡の如くば、妻に因りて富に至り家を成す。鼻準豊隆なれば、妻を招くこと多く能く賢徳。妻を得て福を発すれば、準頭魚尾明潤にして、多く妻財を得、印堂の紫気蚕の如し」とあります――「奸門」(両眼の外角から鬢際まで、すなわち妻妾宮)が平満にして鏡の如く光潔ならば、妻に倚って富に致り家を成し、鼻頭が豊満に高隆ならば、娶る妻は多く賢恵で能幹。妻に因りて福を得る人は、準頭と「魚尾」(眼角の外側の紋路の処)がともに明潤で、妻家の財物を多く得、印堂上に卧蚕の如き紫気が泛きます。また「亀頭小白なれば、妻妾賢能」といい、男子の此処が小さく色白なれば、妻妾は賢恵で能幹です。
妻財を得てかえって窮困に致ることを問う
得妻財反窮困何說?對曰:招妻破敗,只因櫥灶兩空。娶婦破家,多為奸門容一指(陷也)。形局若惡,招妻之後亡家。魚尾多紋,一世苦窮。到老骨肉磊落,一生長得妻賢。女若鼻低,出嫁夫家大敗。男生斑點,招妻傷命亡家。男若該死,女不犯刑,可得全其性命。物之不齊,物之情也,信須有之。短命男兒,自有妨夫之妻。女相不良,自有剋夫之相。
妻を娶って財物を齎したのに、かえって益々窮困するのはどういう理か?袁珙が答えた:妻を娶った後に破敗するのは、ただ「厨竈」(鼻孔)の両辺が空虚にして聚まらぬが故。婦を娶った後に家を敗すのは、多くは奸門が陥凹して指一本を容れるほど(いわゆる陥)。形局が本来凶悪なる者は、妻を娶った後に家を亡ぼします。魚尾の紋路が雑乱なる者は、一世貧苦。老いて骨肉が分明に挺拔する者は、一生賢妻を得られます。女子がもし鼻梁低陥ならば、出嫁して後に夫家大いに敗れます。男子が面に斑点を生ずれば、妻を娶った後に命を傷い家を亡ぼします。もし男子が命に早死すべく、女子が刑克を犯さざれば、尚性命を保全し得ます。万物は本来参差不斉で、これは事理の常情、確かにあります。短命の男子には自ずと夫を妨げる妻が配され、女子の相貌が不良なれば、自ずと夫を克する相を帯びます。
父相が家を興し子相が家を敗することを問う
父相起家子相敗,可得破家否?對曰:欲知暮年破敗,需觀地閣頭皮。要知子息榮華,還看乳頭臍腑。此數件可定運矣。地閣削陷,頭皮乾枯,老景難言子孝。乳朝下,肚皮薄,臍若淺,老年定有破敗之兒。一面相好,獨此數件不如,雖得過日,自是消乏,身亡之後,子必敗矣,此言父相老運不如也。
父は興家の相、息子は敗家の相で、家業は究竟敗落するか?袁珙が答えた:晚年に破敗するか否かを知るには、地閣と頭皮を看るべし。子嗣が栄華するか否かを知るには、尚乳头と臍腹を看るべし。この数処で運数を定められます。地閣が削陥し頭皮が干枯する者は、晩景に孝順の息子を得がたい。乳头が下に向き肚皮が薄弱、肚臍が浅平なる者は、老年に必ず敗家の子を出します。もし整った顔が皆相貌好くとも、ただこの数処のみ人意に如かざれば、日々は尚過ごせど終に消耗虧乏し、自己が身故した後に息子は必ず家を敗します。これは正に父相中の晩運が濟わぬ情形をいうのです。
子により封を受ける相を問う
凡人受子之爵,何說?對曰:乳頭圓硬耳如霜,當受子爵。項皮寬厚臥蠶高,子立朝綱。欲生貴子,還須枕骨雙峰。欲產俊秀,還看臍深腹垂。老來封贈,須觀背厚腰豐。食子天恩,定是皮和血潤。觀封君不獨一處,此數者俱許身榮。
息子に倚って封爵を受ける者がいるのはどんな相か?袁珙が答えた:乳头が円く結実し、耳色が霜の如く白淨なる者は、子に因りて爵を受くべし。頸項の皮膚が寛厚で卧蚕が豊隆なる者は、息子が朝廷に立身し得ます。貴子を生まんと欲すれば、尚脳後の枕骨が双峰の如く隆起するかを看るべし。俊秀の子を生まんと欲すれば、尚肚臍が深く腹部が下垂し厚実なるを看るべし。老いて朝廷の封贈を得られる者は、背部が厚実で腰身が豊満なるを看るべし。息子の齎す皇恩に耐え得る者は、必ず皮膚が調和し血色が潤沢です。人が封を受くるかを看るに一処のみに憑るべからず。以上の数様は皆彼に身の栄顕を受けしむべし。
