子平真诠(原文)
作盤ガイド: 八字作盤
五、十干の合して合せざるを論ず
八字命理典籍
初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。
一、十干十二支を論ず
天地之間,一氣而己。惟有動靜,遂分陰陽。有老少,遂分四象。老者極動靜之時,是為太陽太陰;少者初動初靜之際,是為少陰少陽。有是四象,而五行具於其中矣。水者,太陰也;火者,太陽也;木者,少陽也;金者,少陰也;土者,陰陽老少、木火金水沖氣所結也。
天地の間は、本原はただ一団の氣のみ――底本は「一氣而己」、「己」は「已」の訛。この団氣には動があり靜があり、動靜が一たび分かれれば、すなわち陰と陽があります。動靜にもまた老と少の程度の差別があり、ここにおいて陰陽よりさらに「四象」を分かちます。動くこと極り、靜くこと極るを老と謂い、即ち太陽と太陰。動き始めたばかり、靜まり始めたばかりを少と謂い、即ち少陽と少陰。この四象があれば、五行もまたその中に包含されます。水は太陰で、靜の極に屬す。火は太陽で、動の極に屬す。木は少陽で、動の開端。金は少陰で、靜の開端。土は則ち四象中の何れの一象にも專屬せず、それは陰陽の老少・木火金水の四者が相互に沖和し交會して凝結して出でた中氣です。沈孝瞻は開篇に干支の吉凶を談ぜず、まず一ず一氣が陰陽を分かち、陰陽が四象を分かち、四象が五行を含むより講じ起こすのは、一つの根本の立場を立定せんとするにあり。命理の根基は氣化の流行に在り、後のすべての十干十二支・生剋刑衝の道理は、みなここより推して出るもので、空より規定した符號の遊戱ではありません。
有是五行,何以又有十干十二支乎?蓋有陰陽,因生五行,而五行之中,各有陰陽。即以木論,甲乙者,木之陰陽也。甲者,乙之氣;乙者,甲之質。在天為生氣,而流行於萬物者,甲也;在地為萬物,而承茲生氣者,乙也。又細分之,生氣之散佈者,甲之甲,而生氣之凝成者,甲之乙;萬木之所以有枝葉者,乙之甲,而萬木之枝枝葉葉者,乙之乙也。方其為甲,而乙之氣已備;及其為乙,而甲之質乃堅。有是甲乙,而木之陰陽具矣。
すでに五行があれば、なぜさらに十天干・十二地支を立てるのでしょうか。これはまず陰陽があってはじめて五行を化生し、五行の中の每一行がまた各自にさらに陰陽を分かつからです。木をもって言えば、甲と乙は即ち木の陽の面と陰の面です。甲は乙の「氣」、乙は甲の「質」。天上にあって生發の氣と為し、萬物の間に流行するは甲。地上にあって萬物の形體を凝成し、この生氣を承受するは乙。さらに細かく分かてば、生氣が外に向かって散布する狀態は甲の中の甲、生氣が凝聚して形を成す狀態は甲の中の乙。草木が枝葉を長ずる能くするは、この力量は乙の中の甲、實際に長成した一枝一葉は、則ち乙の中の乙。それがなお甲であるだけのとき、乙の成形の機はすでに内に蕴含され、それが乙と成るを待っては、甲の生氣もすでに固結して堅實の形質と為しています。甲乙のこの一對があれば、木の陰陽の両面は齊備します。この一段の用意は、天干が空より設立した記號ではなく、同一行の氣が「流行」と「凝成」の二種の狀態上に於ける分身であることを説明するにあります。
何以復有寅卯者,又與甲乙分陰陽天地而言之者也。以甲乙而分陰陽,則甲為陽,乙為陰,木之行於天而為陰陽者也。以寅卯而陰陽,則寅為陽,卯為陰,木之存乎地而為陰陽者也。以甲乙寅卯而統分陰陽,則甲乙為陽,寅卯為陰,木之在天成象而在地成形者也。甲乙行乎天,而寅卯受之;寅卯存乎也,而甲乙施焉。是故甲乙如官長,寅卯如該管地方。甲祿於寅,乙祿於卯,如府官之在郡,縣官之在邑,而各司一月之令也。
すでに甲乙が木に陰陽を分けた以上、なぜさらに寅卯があるのでしょうか。これは甲乙と寅卯の間に、さらに天と地に按じて一層の陰陽を分かつを要するからです。單に甲乙の两者を相比すれば、甲は陽・乙は陰で、これは木が天時に運行して顯す陰陽です。單に寅卯の两者を相比すれば、寅は陽・卯は陰で、これは木が地に存在して顯す陰陽です。もし甲乙寅卯を合わせて通盤に劃分すれば、則ち甲乙は整體として陽に屬し寅卯は整體として陰に屬します。甲乙は木が天上にあって象を成し、寅卯は木が地上にあって形を成すがゆえです。甲乙の氣は天に運行し、寅卯は地上にあってそれを承受します。寅卯は地に靜守し、甲乙の生氣は則ちその上に施加します――底本は「寅卯存乎也」、「也」は「地」の訛で、「寅卯存乎地」に作るべき。だから甲乙は朝廷の派し下した官長に譬え、寅卯はこの官長の管轄する地方に譬えます。甲の「祿」は寅にあり、乙の祿は卯にあり、知府が本郡に坐鎮し知縣が本邑に坐鎮するがごとく、各々その主として一月の時令を管します。ここに天干と地支の分工を點出します。干は氣の流行、支は氣の著落で、二者は官長と轄地の關係で、斷じて同一の事を二度言うのではありません。
甲乙在天,故動而不居。建寅之月,豈必當甲?建卯之月,豈必當乙?寅卯在地,故止而不遷。甲雖遞易,月必建寅;乙雖遞易,月必建卯。以氣而論,甲旺於乙;以質而論,乙堅於甲。而俗書謬論,以甲為大林,盛而宜斬,乙為微苗,脆而莫傷,可為不知陰陽之理者矣。以木類推,餘者可知,惟土為木火金水沖氣,故寄旺於四時,而陰陽氣質之理,亦同此論。欲學命者,必須先知干支之說,然後可以入門。
甲乙は天に屬し、流動して居らざるもので、所以に正月が寅を建つるとき必ずしも恰好甲に輪當せず、二月が卯を建つるとき必ずしも恰好乙に輪當しません――年々干支の相配は同じからず、天干は輪轉するものです。寅卯は地に屬し、固定して遷らざるもので、所以にどの年であれ天干が如何に更替しようとも、正月は必ず寅を建ち、二月は必ず卯を建ちます。氣を以て論ずれば、甲の生氣は乙より旺盛です。質を以て論ずれば、乙の形體は甲より堅實です。しかし俗本の命書は胡乱に比附して、甲は參天の大林で長じて旺なれば即ち砍伐すべし、乙は纖細の幼苗で脆弱にして傷損すべからずと言う――この說法はただ字面に象を取るを顧み、全く陰陽・氣質の分別を懂りません。木の一行を以て類推すれば、殘りの火土金水もまたみなこの道理です。ただ土のみ木火金水の四者の沖和の氣で、所以に一季を專主せず、四季の末に旺を寄せますが、その陰陽と氣質の分別は、依然として上に講じたと同じです。命理を學ばんとする者は、必ずまず干支のこの套の道理を弄明白して、然る後にはじめて入門を談じえます。
二、陰陽生克を論ず
四時之運,相生而成,故木生火,火生土,土生金,金生水,水復生木,即相生之序,循環迭運,而時行不匱。然而有生又必有克,生而不克,則四時亦不成矣。克者,所以節而止之,使之收斂,以為發洩之機,故曰“天地節而四時成”。即以木論,木盛於夏,殺於秋,殺者,使發洩於外者藏收內,是殺正所以為生,大易以收劍為性情之實,以兌為萬物所說,至哉言乎!譬如人之養生,固以飲食為生,然使時時飲食,而不使稍飢以待將來,人壽其能久乎?是以四時之運,生與克同用,克與生同功。
四季の運行は相生に頼って完成します。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水はまた頭を回して來て木を生ずる、これがすなわち相生の次序で、循環往復して輪轉を絕たず、所以に時令は流轉して永に匱乏しません。しかし生あれば必ず克ありを要し、生のみして克なければ、四季は反って成りません。克の作用は節制・遏止で、外に散じた氣を收斂して回し、次の一輪の發泄のために本錢を儲備します。だから《周易・節卦・彖傳》に「天地節して四時成る」と言います。木を例とすれば、木は夏に最も繁盛し、秋に至って金に殺伐されます。この殺はすでに外に向かって發散した生氣を收藏して内裏に回すで、だから殺こそ恰も正に次の生のためです。《周易》は收斂を以て性情の實と看て、また秋に屬し金に屬する兌卦を以て萬物の喜ぶ所と為す、これは真に根子に說き至った言です――底本は「大易以收劍為性情之實」、「劍」は「斂」の訛で、「大易以收斂為性情之實」に作るべき。譬えを打てば、人は飲食に頼って命を活かしますが、もし一刻も停まずに食べて、曾て腹を些か餓えさせ、次の進食の余地を留めさせなければ、人はなお長壽しえましょうか。だから四季の運行の中で、生と克は併用されるのであって、克の功勞は生と同じく大です。
然以五行而統論之,則水木相生,金木相剋。以五行之陰陽而分配之,則生克之中,又有異同。此所以水同生木,而印有偏正;金同克木,而局有官煞也。印綬之中,偏正相似,生克之殊,可置勿論;而相剋之內,一官一煞,淑慝判然,其理不可不細詳也。即以甲乙庚辛言之。甲者,陽木也,木之生氣也;乙者,陰木也,木之形質也。庚者,陽金也,秋天肅殺之氣也;辛者,陰金也,人間五金之質也。木之生氣,寄於木而行於天,故逢秋天為官,而乙則反是,庚官而辛殺也。
ただし、もしただ五行に照らして籠統に言えば、それは水が木を生じ金が木を剋すの二句です。しかし一たび五行の各自の陰陽をさらに分けて配對すれば、生と克の中にまた同異の別があります。これが正に同じく水の木を生ずるも、我を生ずる者に「正印」と「偏印」を分かつ所以です(陰陽相異なるを正、相同なるを偏と為す)。同じく金の木を剋するも、局を成すに「正官」と「七煞」を分かつ所以です。印綬のこの類の中では、偏印・正印は性質が相近く、あの點の陰陽の差別は姑く論ずるを置けます。しかし相克のこの類の中では、一は正官、一は七煞で、一善一惡の界限は分明で、その中の道理は細かく分辨せざるべからず。甲乙庚辛の四字を用いて説明します。甲は陽木で、木の生發の氣を代表します。乙は陰木で、木の形體質地を代表します。庚は陽金で、秋の肅殺の殺伐の氣です。辛は陰金で、人間の金銀銅鐵の類の金屬實體です。木の生氣は木に寄托して天に運行し、秋の肅殺の氣に遇えば便ちその節制を受けます(底本のこの句は「逢秋天為官」に作る、十神の通例に按じて甲が庚に逢うは同じく陽で、七煞に作るべし、ここは訛字あらんと疑う、今照錄して改めず)。乙の情形は正に相反し、乙に對しては庚は正官で辛は七煞です。
又以丙丁庚辛言之。丙者,陽火也,融和之氣也;丁者,陰火也,薪傳之火也。秋天肅殺之氣,逢陽和而克去,而人間之金,不畏陽和,此庚以丙為殺,而辛以丙為官也。人間金鐵之質,逢薪傳之火而立化,而肅殺之氣,不畏薪傳之火。此所以辛以丁為殺,而庚以丁為官也。即此以推,而餘者以相剋可知矣。
さらに丙丁庚辛の四字を用いて説明します。丙は陽火で、溫暖融和・彌漫無形の陽和の氣です。丁は陰火で、柴薪を傳え物に附着する燈燭の爐火です。秋のあの肅殺の氣即ち庚は、一たび彌漫の陽和の氣に遇えば化解せられ剋し去られます。しかし人間の金屬實體即ち辛は、却ってこの溫和の暖氣を怕れません。だから庚に對しては丙は七煞で、同じく陽、剋すること凶猛です。辛に對しては丙は正官で、陰陽相異なり、剋の中に情あり。反対に、人間の金鐵の形質は柴薪の爐火に遇えば立刻に鎔化するのに、無形の肅殺の氣は却ってこの有形の薪火を怕れません。だから辛に對しては丁は七煞、庚に對しては丁は正官。この思路に照らして推して下れば、殘りの各行の相克の時の官煞の分別も、またみな一を挙げて三を返して明らかにしえます。この一節の要害は、官と煞の區別は陰陽配對の形式の規定だけでなく、背後に「氣は氣を剋し質は質を剋すれば則ち酷烈、氣質相異なれば則ち有情」という實理の支撐があることに在ります。
三、陰陽生死を論ず
五行干支之說,已詳論於干支篇。干動而不息,支靜而有常。以每干流行於十二支之月,而生旺墓絕繫焉。陽主聚,以進為進,故主順;陰主散,以退為退,故主逆。此生沐浴等項,所以有陽順陰逆之殊也。四時之運,功成者去,等用者進,故每流行於十二支之月,而生旺墓絕,又有一定。陽之所生,即陰之所死,彼此互換,自然之運也。
五行と干支の基本の道理は、前の《論十干十二支》の一篇ですでに甚だ詳しく講じました。要點は、天干は動に屬して運行停まらず、地支は靜に屬して位置恒常なり。毎一の天干を十二支の代表する十二箇月の中に放って一遍走らせれば、長生・帝旺・墓・絕というこの套の「十二長生」の位次が便ちその上に係ります。陽干は聚合を主り、前に向かって推進するを進と為し、所以に十二支上に順行します。陰干は發散を主り、後に向かって回縮するを進と為し、所以に十二支上に逆行します。長生・沐浴というこの一系列の名目に「陽順陰逆」の分別ある所以は、原因は即ちここにあります――底本は「此生沐浴等項」、「此」の下に一「長」の字を脱し、「此長生沐浴等項」に作るべき。四季の運行は功を成す者は退き、待用する者は上前に出るで、所以に毎一の天干が十二箇月中を走り過ぎて、生旺墓絕は各々一定の位置あり――底本は「等用者進」、「等」は「待」の訛で、「待用者進」に作るべき。陽干の長生の處は正に陰干の死絕の處で、彼此互相に交換し、これは自然にして然る氣運で、併して人為の安排ではありません。
即以甲乙論,甲為木之陽,木之枝枝葉葉,受天生氣,己收藏飽足,可以為來克發洩之機,此其所以生於亥也。木當午月,正枝葉繁盛之候,而甲何以死?卻不是外雖繁盛,而內之生氣發洩已盡,此其所以死於午也。乙木反是,午月枝葉繁盛,即為之生,亥月枝葉剝落,即為之死。以質而論,自與氣殊也。以甲乙為例,餘可知矣。
甲乙をもって言えば。甲は木の陽の面で、生氣を代表します。亥月に至れば、草木の枝枝葉葉はすでに天より降る生氣を收藏して飽滿充足し、ちょうど來年の春に重ねて發泄する本錢と為す、所以に甲の長生は亥に定まります――底本は「己收藏飽足」、「己」は「已」の訛。又「可以為來克發泄之機」、「克」は「春」の訛で、「來春發泄之機」に作るべき。しかし木が午月に至るは、正に枝繁葉茂の時で、甲はなぜ反って死と算しますか。須知、外表は繁盛なれども、内裏の生氣はすでに發泄殆盡――正にこのがゆえに、甲の死がはじめて午に定まるのです。乙木の情形は恰好相反します。午月は枝葉が最も盛んで、形質を代表する乙に對しては生です。亥月は枝葉が凋落して、乙に對しては死です。形質に按じて論ずるは、もともと氣に按じて論ずると同じからざるを見えます。甲乙を例子と拿れば、殘りの各干の陽順陰逆の道理もまた推知しえます。
支有十二月,故每干長生至胎養,亦分十二位。氣之由盛而衰,衰而復盛,逐節細分,遂成十二。而長生沐浴等名,則假借形容之詞也。長生者,猶人之初生也。沐浴者,猶人既生之後,而沐浴以去垢;如果核既為苗,則前之青殼,洗而去之矣。冠帶者,形氣漸長,猶人之年長而冠帶也。臨官者,由長而壯,猶人之可以出仕也。帝旺者,壯盛之極,猶人之可以輔帝而大有為也。衰者,盛極而衰,物之初變也。病者,衰之甚也。死者,氣之盡而無餘也。墓者,造化收藏,猶人之埋於土者也。絕者,前之氣已絕,後之氣將續也。胎者,後之氣續而結聚成胎也。養者,如人養母腹也。自是而後,長生循環無端矣。
地支は合計十二位あり、十二箇月に對應し、所以に毎一の天干が長生より一路に胎・養に排するまで、また恰好十二箇の位次に分かれます。氣は盛より轉じて衰へ、衰より再び轉じて盛へ、この過程を逐節細分すれば、すなわち十二段を成します。長生・沐浴というこれらの名稱に至っては、みな人の一生の經歷を借りて打つ比方で、形容の詞で、字面に拘泥すべからず。長生は、人が剛く生まれたに譬えます。沐浴は、人が生まれ下りて後に污垢を洗去に譬えます。果核がすでに發して幼苗と成れば、先にそれを包裹した青殻が便ち洗刷し去られんとするがごとし。冠帶は、形體氣力が漸漸長成するで、人が成年して冠禮を行い衣帶を束ねるに譬えます。臨官は、長成よりして壯實に至るで、人が出でて官を為し事を任じえに譬えます。帝旺は、壯盛が極點に至るで、人が帝王を輔佐して大いに作為ありえに譬えます。衰は、盛が極まりて轉じて衰へ、事物が變化を起こし始めます。病は、衰がいよいよ厉害なり。死は、氣が耗盡して一も余す所なし。墓は、造化がそれを收藏するで、人が死して後に土中に埋め入るに譬えます。絕は、前一輪の氣がすでに斷絕して、後一輪の氣が未だ接し上げざるなり。胎は、後一輪の氣が接續し上げて、凝結して胎を成すなり。養は、胎兒が母腹の中に養を受くるに譬えます。養より再び下に行けば、便ちまた長生に回り、このように循環して息まず、起點なく終點もなし。
人之日主,不必生逢祿旺,即月令休囚,而年日時中,得長祿旺,便不為弱,就使逢庫,亦為有根。時產謂投庫而必沖者,俗書之謬也。但陽長生有力,而陰長生不甚有力,然亦不弱。若是逢庫,則陽為有根,而陰為無用。蓋陽大陰小,陽得兼陰,陰不能兼陽,自然之理也。
一人の「日主」、即ち日柱の天干で命主本人を代表するものは、必ずしも臨官・帝旺の月に生まれてはじめて強と算するに非ず。たとい月令が日主に對して休囚失氣でも、ただ年柱・日支・時柱の中に長生または祿旺に碰上する能くあれば、弱と算しません。たといただ墓庫に碰上するのみでも、また「通根」として依託ありと算します――底本は「得長祿旺」、「長」の下に一「生」の字を脱し、「得長生祿旺」に作るべき。俗書は日主が庫に入れば必ず衝開に頼ってはじめて用いえと說く、それは荒謬の談です――底本は「時產謂投庫而必衝者」、「時產」の二字は「俗」の訛で、「俗謂投庫而必衝者」に作るべき。ただしその中に輕重を分かつを要します。陽干の長生は力量が足り、陰干の長生は力量は就き差すれども、しかしまた弱と算しえません。墓庫に遇うに至っては、陽干は根ありと算し、陰干は則ち用場に派しえません。これは陽大にして陰小、陽は陰を兼容しえ、陰は却って陽を兼容しえざる、乃ち自然の理だからです。
四、十干配合の性情を論ず
合化之義,以十干陰陽相配而成。河圖之數,以一二三四五配六七八十,先天之道也。故始於太陰之水,而終於沖氣之土,以氣而語其生之序也。蓋未有五行之先,必先有陰陽老少,而後沖氣,故生以土。終之既有五行,則萬物又生於土,而水火木金,亦寄質焉,故以土先之。是以甲己相合之始,則化為土;土則生金,故乙庚化金次之;金生水,故丙辛化水又次之;水生木,故丁壬化木又次之;木生火,故戊癸化火又次之,而五行遍焉。先之以土,相生之序,自然如此。此十干合化之義也。
天干「合化」の道理は、十干が陰陽に按じて相配して成るに由ります。《河圖》の數は、一二三四五を以て六七八九十に配し、一六は宗を共にし、二七は道を同じくし、三八は朋を為し、四九は友を為し、五十は途を同じくする、これは先天生成の數です――底本は「配六七八十」、「八」の下に一「九」の字を脱し、「配六七八九十」に作るべき。もし氣に按じて五行相生の次序を講ぜば、則ち太陰の水より始まり、沖和の氣の土に終わります。五行未だ分かれざる前に、まず陰陽老少があり、然る後に沖和の氣あるがゆえに、土は生序の最後に排す。しかし五行すでに齊備するを待っては、萬物は却ってみな土の中より生じ出て、水火木金もまたみな土に形質を寄托するを要し、所以に萬物の化生を論ずるときまた土を最前に排するを要します。正にこのがゆえに、天干の合化は甲と己の相合より始まり、化し出るは土。土は金を生じえ、所以に乙と庚が合して金を化するは第二に排す。金は水を生じ、所以に丙と辛が合して水を化するは第三に排す。水は木を生じ、所以に丁と壬が合して木を化するは第四に排す。木は火を生じ、所以に戊と癸が合して火を化するは第五に排す――一輪下れば、五行は便ち走り遍します。合化が土を以て頭打ちと為すは、正に相生の序に順って自然に排し下ったものです。以上が即ち十干合化の義理の所在です。
其性情何也?蓋既有配合,必有向背。如甲用辛官,透丙作合,而官非其官;甲用癸印,透戊作合,而印非其印;甲用己財,己與別位之甲作合,而財非其財。如年己月甲,年上之財,被月合去,而日主之甲乙無分;年甲月己,月上之財,被年合去,而日主之甲乙不與是也。甲用丙食與辛作合,而非其食,此四喜神因合而無用者也。
然らば合化は性情上に何の講究がありますか。すでに两干の相配あれば、必ず親向と背離の分別を生じます。例を挙げて言えば。甲日主はもともと辛を用いて正官と為さんとするに、偏偏と命に丙を透して、丙と辛が相合し、辛の心思は丙に牽かれ去り、この正官は便ち更に我の為に用いられません。甲は癸を用いて正印と為さんとするに、却って戊を透して、戊癸が相合し、この印もまた我の印ではありません。甲は己を用いて正財と為さんとするに、己はすでに別の位置上の甲と合し住め、この財もまた我の財ではありません。たとえば年干が己・月干が甲なら、年上のあの財はすでに月干に合し去られ、日主たる甲乙は分かつを得ず。反対に年干が甲・月干が己なら、月上のあの財は年干に合し去られ、日主は同じく沾るに及ばず。また甲が丙を用いて食神と為すに、丙は却って辛と相合し、この食神もまた便ち其の食神たるを成さず。以上は正官・正印・正財・食神のこの四つの喜神が合されるに因って作用を失う情形です。
又如甲逢庚為煞,與乙作合,而煞不攻身;甲逢乙為劫財,甲逢丁為傷,與壬作合,而丁不為傷官;甲逢壬為梟,與丁作合,而壬不奪食。此四忌神因合化吉者也。蓋有所合則有所忌,逢吉不為吉,逢凶不為凶。即以六親言之,如男以財為妻,而被別干合去,財妻豈能親其夫乎?女以官為夫,而被他干合去,官夫豈能愛其妻乎?此謂配合之性情,因向背而殊也。
反対に見れば凶神もまた同じです。甲が庚に遇えば七煞で、もし乙が來て庚と相合せば、庚は牽し住められ、七煞は來て身を攻めません――甲が乙に遇うはもともと劫財ですが、ここにちょうど用場に派します。甲が丁に遇えば傷官で、もし丁が壬と相合せば、丁は便ち更にその傷官の性を逞しくしません。甲が壬に遇えば梟神で、本來食を奪うべきに、もし壬が丁と相合せば、壬もまた便ち食神を奪いえません。これは七煞・劫財・傷官・梟神のこの四つの忌神が合されるに因って凶を轉じて吉と為す情形です。總じて、相合が發生したさえあれば、牽制する所があります。吉神に碰上しても必ずしも真に吉せず、凶神に碰上してもまた必ずしも真に凶せず。六親に就いて言うもまたこの道理です。男命は正財を以て妻と為し、財がもし別の天干に合し去られれば、この財妻はなお自らの丈夫に親近しえましょうか。女命は正官を以て夫と為し、官がもし別の天干に合し去られれば、この官夫はなお自らの妻を疼愛しえましょうか。これが即ち所謂配合の性情で、親向あるいは背離に因って大いに相異なります。
五、十干の合して合せざるを論ず
十干化合之義,前篇既明之矣,然而亦有合而不合者,何也?蓋隔於有所間也,譬如人彼此相好,而有人從中間之,則交必不能成。譬如甲與己合,而甲己中間,以庚間隔之,則甲豈能越克我之庚而合己?此制於勢然也,合而不敢合也,有若無也。又有隔位太遠,如甲在年干,己在時上,心雖相契,地則相遠,如人天南地北,不能相合一般。然於有所制而不敢合者,亦稍有差,合而不能合也,半合也,其為禍福得十之二三而已。
十干合化の義理は、上の一篇ですでに講じ明らかにしました。しかしまた一種、見るに合なれど實際合せざる情形があるのは、これはなぜでしょうか。原因は两干の間が別の字に隔斷されるに在ります。两人がもともと相好するに、中間に偏に第三者が插し入りて横に阻攔を加えるに譬え、この交情は便ち成りません。たとえば甲と己はもともと相合すべきに、甲己の間に一つの庚を夾み、庚は甲を剋する七煞で、甲は自身さえ提防せねばならず、どこで敢えて我を剋する庚を越えて去って己と相合しえましょうか。これは形勢に制せられたるで、合せんと欲して敢えて合せざるに屬し、合なきに等しいです。また一種は位置が隔たること太過遠く、たとえば甲が年干にあり己が時干にあり、中間に两位を隔て、心は相契すれども地は却って相遠し、两人の一は天南・一は地北に在るがごとく、根本に合い攏りません。ただしこの情形は前の制せられて敢えて合せざるとまた略しく差別あり。それは合せんと欲して合せ得ざるで、ただ半合と算するのみで、吉凶の應驗は大略十分の二三の力量のみです。
又有合而無傷於合者,何也?如甲生寅卯,月時兩透辛官,以年丙合月辛,是為合一留一,官星反輕。甲逢月刃,庚辛並透,丙與辛合,是為合官留煞,而煞刃依然成格,皆無傷於合也。又有合而不以合論者,何也?本身之合也。
また一種の情形、相合が發生しても併してこれに因って事を壞さないがあるのは、これはなぜでしょうか。たとえば甲日主が寅月または卯月に生まれ、月干と時干がともに辛を透して正官と為し、官星の重疊はもともと毛病ですが、このとき年干に丙があって來て月干の辛を合し住め、一つを合掉して一つを留めれば、官星の分量は反って恰倒好處です。またたとえば甲日主が卯月に生まれ羊刃に坐し、庚のこの七煞と辛のこの正官が同時に透し出て官煞混雜と成るとき、ここに丙が來て辛と相合して、正官を合し去り七煞を留めれば、「煞刃相濟」の格局は照樣に成立します。この二例の中の合は、害ないのみならず、反って功あり。またもう一種、合すと雖も合に按じて論ぜざる情形があります。それは即ち日主自身が人と相合するです。
蓋五陽逢財,五陰遇官,俱是作合,惟是本身十干合之,不為合去。假如乙用庚官,日干之乙,與庚作合,是我之官,是我合之。何為合去?若庚在年上,乙在月上,則月上之乙,先去合庚,而日干反不能合,是為合去也。又如女以官為夫,丁日逢壬,是我之夫,是我合之,正如夫妻相親,其情愈密。惟壬在月上,而年丁合之,日干之丁,反不能合,是以己之夫星,被姊妹合去,夫星透而不透矣。
五つの陽干が己と相合するあの字に遇えば、あの字は恰好その正財です。五つの陰干が己と相合するあの字に遇えば、あの字は恰好その正官です。これらはみな相合を構成します。ただし日主本人が去ってそれと相合するである限り、「合去」と算しません。たとえば乙日主が庚を用いて正官と為し、日干の乙が庚と相合すれば、これはもともと我の官でありまた我が自ら去ってそれを合するで、牢く手中に握るに等しく、どうして合去と算しえましょうか。しかしもし庚が年干にあり別の一つの乙が月干にあれば、則ち月干の乙が先に一步して庚を合し住め、日干は反って合するを得ず、これぞ合去と呼ぶ。またたとえば女命が正官を以て丈夫と為し、丁日主が壬に遇えば、壬は我の丈夫でありまた我に由って自ら去って合するは、正に夫妻の相親んで情分がいよいよ親密なるがごとし。しかし壬が月干にありて年干に別に一つの丁があって去ってそれを合せば、日干の丁は便ち合し上がらず。自らの夫星が姉妹に合し去られて、夫星は透すと雖も、透せざるに等しいです。
然又有爭合妒合之說,何也?如兩辛合丙,兩丁合壬之類,一夫不娶二妻,一女不配二夫,所以有爭合妒合之說。然到底終有合意,但情不專耳。若以兩合一而隔位,則全無爭妒。如庚午、乙酉、甲子、乙亥,兩乙合庚,甲日隔之,此高太尉命,仍作合煞留官,無減福也。化氣有真有假。上兩造為化氣之真者,亦有化氣有餘,而日帶根苗劫印者;有日主無根,而化神不足者;更有合化雖真,而閒神來傷化氣者,皆為假化。
また別に「爭合」「妒合」の說法がありますが、それは何の意ですか。たとえば二つの辛が同時に去って一つの丙を合し、二つの丁が同時に去って一つの壬を合するの類です。一つの丈夫は二つの妻を娶る能くなく、一つの女子は二つの夫に配する能くなし、所以に爭合・妒合と呼びます。ただし到頭にやはり相合の意はあり、ただ感情が專一でないだけです。倘若この二つの來て一つを合する字が彼此に位置を隔てれば、則ち爭妒を談ずるに及ばず。例として庚午・乙酉・甲子・乙亥のこの八字は、月干と時干の二つの乙がみな去って年干の庚を合せんとし、中間に甲日主を隔つ。これは高太尉の命で、依然として「合煞留官」に按じて論じ、乙が庚煞を合し去り酉中の辛金の正官を留めて、福分は併して爭合に因って減損しません。合化に至っては、真化もあり假化もあります。上の挙げた命造は化氣の真に屬し、底本のここはただ高太尉の一造を存すのみ。このほかになお幾種の情形あり。化神が余りありて日主自身に別に根苗・劫財または印綬の牽扯あるもの、日主に根なくして化し出るあの一行の氣がまた足りざるもの、および合化は真なれど閑神があって來て化神を損傷するもの――これらはみな「假化」と算します。
六、十干が時を得て旺たず時を失して弱からざるを論ず
書云,得時俱為旺論,失時便作衰看,雖是至理,亦死法也。然亦可活看。夫五行之氣,流行四時,雖日干各有專令,而其實專令之中,亦有並存者在。假若春木司令,甲乙雖旺,而此時休囚之戊己,亦嘗豔於天地也。特時當退避,不能爭先,而其實春土何嘗不生萬物,冬日何嘗不照萬國乎?況八字雖以月令為重,而旺相休囚,年月日時,亦有損益之權,故生月即不值令,而年時如值祿旺,豈便為衰?不可執一而論。
命書上に「時を得れば一律に旺に按じて看、時を失せば一律に衰に按じて看」と言う。この話は至理なれども、また死法であって、なお活看しえます。五行の氣は四季の中に流轉し、毎一の天干が各々自ら當令の季節を有すと雖も、某一行が專ら時令を主ると同時に、別の行もまた併して消失しません。譬えば春に木が當令すれば、甲乙は固より旺なり、しかしこの刻に休囚に處する戊己土は、豈に天地の間に存在せざりや――底本は「亦嘗艷於天地也」、「艷」は「存」の訛で、「亦嘗存於天地也」に作るべき。ただ時令がそれに輪當せず、それは退一步退避して先を爭う能くなきのみ。實際春の土も何嘗萬物を生養せざりや。冬の太陽も何嘗四方を照耀せざりや。何况八字は月令を以て最も重きと為すと雖も、旺相休囚の判斷は、年柱・月柱・日支・時柱が各々加減の權重あり。だからたとい生月が當令せずとも、ただ年柱・時柱上に臨官・帝旺に碰上すれば、どうして便ち衰弱と斷じえましょうか。この種の事は一端に執著して論ずべからず。
猶如春木雖強,金太重而木亦危。干庚辛而支酉丑,無火制而晃富,逢土生而必夭,是以得時而不旺也。秋木雖弱,木根深而木亦強。干甲乙而支寅卯,遇官透而能受,逢水生而太過,是失時不弱也。是故十干不論月令休囚,只要四柱有根,便能受財官食神而當傷官七煞。
春の木は當令強旺なれども、もし金が重すぎれば、木は照樣に危險に譬えるべし。天干に庚辛を透し地支に酉丑に坐して金局を成し、もし火が來て金を制するなければ、たとい僥倖に富裕しても永くなり難く、さらに土に遇って來て金を生ずれば必ず短壽なり――これが即ち「時を得て旺たざる」。反対に、秋の木は失令して弱なれども、ただ木の根が深く扎れば、木もまた同じく強し。天干に甲乙を透し地支に寅卯に坐し、官星の透し出るに遇っても承受し堪え、さらに水に遇って來て木を生ずれば反って太過を嫌う――これが即ち「時を失して弱からざる」。だから言う、十天干は必ずしもただ月令が休囚か否かを看るに及ばず、ただ四柱の中に根あれば、便ち財・官・食神という順用の吉神を擔ぐに足り、また傷官・七煞という逆用の凶神に頂き堪えます。
長生祿旺,根之重者也;墓庫餘氣,根之輕者也。得一比肩,不如得支中一墓庫,如甲逢未、丙逢戌之類。乙逢戌、丁逢丑,不作此論,以戌中無藏木,丑中無藏火也。得二比肩,不如得一餘氣,如乙逢辰、丁逢未之類。得三比肩,不如得一長生祿刃,如甲逢亥子寅卯之類。陰長生不作此論,如乙逢午、丁逢酉之類,然亦為明根,比得一餘氣。
所謂「通根」は、分量に輕重あり。地支に坐して長生・臨官・帝旺に至るは、重根です。墓庫・餘氣に坐するは、輕根です。一つの比肩を得て身を助くるは、地支裏に一つの墓庫を得るに如かざる實在なり――たとえば甲が未を見るは、未中に乙木を藏す。丙が戌を見るは、戌中に丁火を藏す(底本は「得一比肩」、《子平真詮評註》本は「天干得一比肩」に作る、指す所は相同、みな天干上の幫身に就いて言う)。しかし乙が戌を見、丁が丑を見るは則ちこのように算しえず。戌中に併して木を藏せず、丑中に併して火を藏せざるがゆえです。二つの比肩を得るは、一つの餘氣を得るに如かず。たとえば乙が辰を見るは、辰は木の餘氣。丁が未を見るは、未は火の餘氣。三つの比肩を得るは、一つの長生・臨官または羊刃を得るに如かず。たとえば甲が亥を見るは長生と為し、子を見るは沐浴と為し、寅を見るは臨官と為し、卯を見るは羊刃と為す。陰干の長生はこの例に照らして算せず。たとえば乙が午を見、丁が酉を見るは、力量は折扣を打つを要す。ただし畢竟にまた明擺の根で、大略一つの餘氣を得るに相當します。
蓋比劫如朋友之相扶,通根如室家之可住;干多不如根重,理固然也。今人不知命理,見夏水冬火,不問有無通根,便為之弱。更有陽干逢庫,如壬逢辰、丙坐戌之類,不以為水火通根身庫,甚至求刑沖開之。此種謬論,必宜一切掃除也。
これは比肩・劫財が朋友の來て手を搭すに譬え、通根は却って自ら房家ありて安身すべきに譬えるがゆえです。天干上に幫手が多くとも、地支裏に根の深く扎るに如かず――道理はもともとこうです。今のある人々は命理を懂らずして、一たび夏に生まれた水の日主・冬に生まれた火の日主を見れば、地支裏に根あるか無きかをも顧みず、口を開けば便ち身弱と斷ず。さらに甚しきは、陽干が自らの墓庫に坐する、例として壬が辰を見るは辰は水庫、丙が戌に坐するは戌は火庫で、もともと水火が身庫に通根するを、彼らは承認せず、甚だしくはさらに刑衝を求めて庫を開かんとす。この類の謬論は、必ず一概に掃除して乾淨にせねばなりません。
七、刑衝會合の解法を論ず
刑者,三刑也,子卯巳申之類是也。沖者,六沖也,子午卯酉之類是也。會者,三會也,申子辰之類是也。合者,六合也,子與丑合之類是也。此皆以地支宮分而言,繫對射之意也。三方為會,朋友之意也。並對為合,比鄰之意也。至於三刑取廡,姑且闕疑,雖不知其所以然,於命理亦無害也。八字支中,刑沖俱非美事,而三合六合,可以解之。
まず名目を分かち清らかにします。「刑」は三刑を指し、子が卯を刑し、巳が申を刑するの類。「衝」は六衝を指し、子午相衝・卯酉相衝の類。「會」は三合會局を指し、申子辰が會して水局を成すの類。「合」は六合を指し、子と丑の相合の類。これらはみな地支の占する方位・宮分に就いて言うものです。衝は两支が正對して相射る。會は三つの地支が三方に分處して遙相呼應し、朋友の相聚う意を取る。合は两支が併列相鄰して彼此親附し、鄰里の相好なる意を取る。三刑が究竟何の義理を取るかに至っては、姑く疑を存して論ぜず――底本は「至于三刑取廡」、「廡」は「義」の訛で、「三刑取義」に作るべき――所以然を說き清める能くなしと雖も、命を推するに妨げありません。總じて八字の地支裏に刑と衝の出現するはみな善い事ではありませんが、三合と六合はそれらを化解しえます。
假如甲生酉月,逢卯則沖,而或支中有戌,則卯與戌合而不沖;有辰,則酉與辰合而不沖;有亥與未,則卯與亥未會而不沖;有巳與丑,則酉與巳丑會而不沖。是會合可以解沖也。又如丙生子月,逢卯則刑,而或支中有戌,則與戌合而不刑;有丑,則子與丑合而不刑;有亥與未,則卯與亥未會而不刑;有申與辰,則子與申辰會而不刑。是會合可以解刑也。
例を挙げて説明します。甲日主が酉月に生まれ、月令は正官で、地支にもしさらに卯を見れば、卯酉相衝して、便ち月令を衝壞せんとします。しかし地支中にもし別に戌があれば、卯と戌は六合して、卯は絆されて去って衝しません。もし別に辰があれば、辰と酉は六合して、酉は護られてまた衝を受けません。もし別に亥と未があれば、卯は亥未と三合して木局を成し、心思は會局上に用いられて、また衝しません。もし別に巳と丑があれば、酉は巳丑と三合して金局を成し、同じく衝しません。これがすなわち會と合が衝を解しうるです。またたとえば丙日主が子月に生まれ、地支に卯を見れば、子卯は相刑します。しかしもし別に戌があれば、卯は戌と合して刑せず――底本のこの句は「則與戌合而不刑」、「則」の下に一「卯」の字を脱し、「則卯與戌合而不刑」に作るべき。もし別に丑があれば、子は丑と合して刑せず。もし別に亥と未があれば、卯は去って會して木局を成して刑せず。もし別に申と辰があれば、子は去って會して水局を成してまた刑せず。これがすなわち會と合が刑を解しうるです。
又有因解而反得刑沖者,何也?假如甲生子月,支逢二卯相併,二卯不刑一子,而支又逢戌,戌與卯合,本為解刑,而合去其一,則一合而一刑,是因解而反得刑沖也。又有刑沖而會合不能解者,何也?假如子年午月,日坐丑位,丑與子合,可以解沖,而時逢巳酉,則丑與巳酉會,而子復沖午;子年卯月,日坐戌位,戌與卯合,可以解刑,而或時逢寅午,則戌與寅午會,而卯復刑子。是會合而不能解刑沖也。
また一種、本來解救せんとしたのに反って刑衝を招き來す情形があるのは、どういうことでしょうか。譬えば甲日主が子月に生まれ、地支に併び排して二つの卯が出現して、二つの卯が爭って一つの子を刑して、力量が分散し、反って刑を成しません。このとき地支にさらに一つの戌が來て、戌はその中の一つの卯と相合して、本意は刑を解するですが、それはただ一つを合し去るのみで、殘るあの卯は便ち單獨で去って子を刑します――一合一刑して、反って解救に因って刑衝を招き致します。また一種、すでに會合あるのに刑衝を解しえざる情形があります。たとえば年支が子・月支が午で、子午はもともと衝し、日支に丑に坐して、丑は子と合して本來衝を解しえますが、偏偏と時支に巳または酉に逢い、丑は拉されて去って巳酉と會して金局を成し、子を撇き下し、子はまた頭を回して來て午を衝します。またたとえば年支が子・月支が卯で、日支に戌に坐して、戌は卯と合して本來刑を解しえますが、偏偏と時支に寅または午に逢い、戌は拉されて去って寅午と會して火局を成し、卯はまた頭を回して來て子を刑します。これがすなわち會合ありて刑衝を解する能くざるです。
更有刑沖而可以解刑者,何也?蓋四柱之中,刑沖俱不為美,而刑沖用神,尤為破格,不如以另位之刑沖,解月令之刑沖矣。假如丙生子月,卯以刑子,而支又逢酉,則又與酉沖不刑月令之官。甲生酉月,卯日沖之,而時逢子立,則卯與子刑,而月令官星,沖之無力,雖於別宮刑沖,六親不無刑剋,而月官猶在,其格不破。是所謂以刑沖而解刑沖也。
さらに一種、刑衝を用いて刑衝を解する辦法があるのは、それは何の道理でしょうか。四柱の中で刑と衝はみな善い事ではありませんが、その中で最も要命なのは刑衝が「用神」を傷ることで、それは直接に格を破ります。すでにこうなれば、別の位置上の刑衝を用いて、月令上の刑衝を引き開くに如かず。譬えば丙日主が子月に生まれ、子中の癸水は正官で、地支に卯があって來て子を刑すとき、ここにもしさらに一つの酉を見れば、卯酉相衝して、卯は先に酉と相鬪するを顧みて、便ち月令の官星を刑するに及ばなくなります。またたとえば甲日主が酉月に生まれ、正官は月令にあり、日支の卯が來て酉を衝するとき、ここに時支がもし子に坐せば、卯は子と相刑して、卯は牽制され、月令の官星を衝する力量は便ち弱まります。別の宮位に刑衝が起こったと雖も、六親上に難免ならざる些かの刑剋はありますが、月令の官星は保住して、格局は破に至りません――これが即ち所謂刑衝を以て刑衝を解するです。
八、用神を論ず
八字用神,專求月令,以日干配月令地支,而生克不同,格局分焉。財官印食,此用神之善而順用之者也;煞傷劫刃,用神之不善而逆用之者也。當順而順,當逆而逆,配合得宜,皆為貴格。是以善而順用之,則財喜食神以相生,生官以護財;官喜透財以相生,生印以護官;印喜官煞以相生,劫才以護印;食喜身旺以相生,生財以護食。不善而逆用之,則七煞喜食神以制伏,忌財印以資扶;傷官喜佩印以制伏,生財以化傷;陽刃喜官煞以制伏,忌官煞之俱無;月劫喜透官以制伏,利用財而透食以化劫。此順逆之大路也。
八字が「用神」を取るは專ら月令より尋ねます。日干と月令の地支を拿って相配し、两者の間の生克關係が同じからずして、「格局」もまたこれに随って分立します。用神は本書の中で月令の提供する、全局が據って格を立つるあの一字を指し、格局はこれに由って定まる一套の結構名目を指します。財・官・印・食のこの四種は性質の善良なる用神で、その性に順ってそれを用いるを要し、「順用」と呼びます。煞・傷・劫・刃のこの四種は性質の善ならざる用神で、その性に逆らってそれを制するを要し、「逆用」と呼びます。順すべきを順にし逆すべきを逆にし、配搭が宜しければ、みな貴格と成りえます。だから善神を順用する時は。財は食神が來てそれを生ずるを喜び、また官星を生じ出して來て財を保護するを要す。官は財を透して來てそれを生ずるを喜び、また印を生じ出して來て官を保護するを要す。印は官煞が來てそれを生ずるを喜び、また劫財に頼って財を分掉して以て印を保護するを要す(底本は「劫才以護印」、「才」は「財」の訛)。食神は身旺が來てその發泄を供するを喜び、また財を生じ出して來て食を保護するを要す。凶神を逆用する時は。七煞は食神が來て制伏するを喜び、財と印が去ってそれを資助するを忌む。傷官は印を佩んで來て制伏するを喜び、あるいは財を生じて來て傷氣を泄化せしむ。陽刃は官煞が來て制伏するを喜び、最も怕れるのは官煞が一つもないこと。月劫は官星を透して來て制伏するを喜び、また財を用いうるも、たださらに食神を透して來て劫財を化け開くを要す。これがすなわち順用・逆用の大方向です。
今人不知專主提綱,然後將四柱干支,字字統歸月令,以觀喜忌,甚至見正官佩印,則以為官印雙全,與印綬用官者同論;見財透食神,不以為財逢食生,而以為食神生財,與食神生財同論;見偏印透食,不以為洩身之秀,而以為梟神奪食,宜用財制,與食神逢梟同論;見煞逢食制而露印者,不為去食護煞,而以為煞印相生,與印綬逢煞者同論;更有煞格逢刃,不以為刃可幫身制煞,而以為七煞制刃,與陽刃露煞者同論。此皆由不知月令而妄論之故也。然亦有月令無用神者,將若之何?如木生寅卯,日與月同,本身不可為用,必看四柱有無財官煞食透干會支,另取用神;然終以月令為主,然後尋用,是建祿月劫之格,非用而即用神也。
今の人は當に「提綱」即ち月令を以て主と為すべきを懂らず、四柱の干支を一個ずつ月令上に歸して喜忌を權衡せずして、ここにおいて許多の顛倒を弄し出します。正官格が印を佩むを見れば、便ち官印雙全と說い、それを印綬格が官星を用いると混して一談と為す。財格が食神を透すを見れば、財が食神の生ずるを得たと說わずして、反って食神生財と說い成し、それを食神格が財を生ずると混して一談と為す。偏印格が食神を透すを見れば、身を泄して秀氣を成すと說わずして、反って梟神奪食と說い、當に財を用いて制すべしと言い、それを食神格が梟に遇うと混して一談と為す。七煞格に食神の煞を制するありて天干にまた印を露すを見れば、これが食神を去って以て煞を護ると說わずして、反って煞印相生と說い成し、それを印綬格が煞に逢うと混して一談と為す。さらに七煞格が羊刃に遇うを見れば、羊刃が身を助けて煞に抗しえと說わずして、反って七煞制刃と說い成し、それを陽刃格が煞を露するに混して一談と為す。これらの錯誤は、みな一切が月令を以て準と為すを知らずして胡乱に議論するに因ります。ただし月令自身が用神を取り出せざる情形もあり、それはどうすればよいか。たとえば木日主が寅月または卯月に生まれ、日干と月令が同氣で、自己は自己を拿って用神と為す能くなく、必ず四柱中に財・官・煞・食が天干に透するか地支局を會成するかを看て、別に一つの用神を取らねばなりません。ただし終究はやはりまず月令を以て主と為し、然る後に他處に行って用を尋ねる――これが即ち「建祿」「月劫」の两格で、それらは月令自身が作用する由なくして、已まず別に用神を找らざるを得ざる格です。
九、用神の成敗救應を論ず
用神專尋月令,以四柱配之,必有成敗。何謂成?如官逢財印,又無刑沖破害,官格成也。財生官旺,或財逢食生而身強帶比,或財格透印而位置妥貼,兩不相剋,財格成也。印輕逢煞,或官印雙全,或身印兩旺而用食傷洩氣,或印多逢財而財透根輕,印格成也。食神生財,或食帶煞而無財,棄食就煞而透印,食格成也。身強七煞逢制,煞格成也。
用神は專ら月令上より尋ね、さらに四柱を拿ってそれに配すれば、配した結果は必ず成あり敗あり。何を「成格」と謂うか。例を挙げて言えば。正官格が財の來て官を生じ、印の來て官を護るに遇い、また刑衝破害が去ってそれを傷るなくば、官格は成しました。財格がもし旺官を生じ出しえれば、あるいは財が食神の生ずるを得て日主が身強し、また比肩を帶びて身を助くれば、あるいは財格が印を透して印と財の位置の安排が妥當で彼此相剋せざれば、財格は成しました。印格がもし印輕して七煞の來て印を生ずるに遇えば、あるいは官印雙全、あるいは身と印がともに旺んで食傷を用いて秀を泄すれば、あるいは印が多すぎて財の來て抑制するに遇い、財がまた干を透すも根が深からざれば、印格は成しました。食神格がもし財を生じえれば、あるいは七煞を帶びて財が煞を黨するなく、あるいは索性食を舍てて煞に就きて印を透し出せば、食格は成しました。七煞格がもし日主が身強で煞に制伏あれば、煞格は成しました。
傷官生財,或傷官佩印而傷官旺,印有根,或傷官旺、身主弱而透煞印,或傷官帶煞而無財,傷官格成也。陽刃透官煞而露財印,不見傷官,陽刃格成也。建祿月劫,透官而逢財印,透財而逢食傷,透煞而遇制伏,建祿月劫之格成也。何謂敗?官逢傷克刑沖,官格敗也;財輕比重,財透七煞,財格敗也;印輕逢財,或身強印重而透煞,印格敗也;食神逢梟,或生財露煞,食神格敗也;七煞逢財無制,七煞格敗也;傷官非金水而見官,或生財生帶煞,或佩印而傷輕身旺,傷官格敗也;陽刃無官煞,刃格敗也;建祿月劫,無財官,透煞印,建祿月劫之格敗也。
傷官格がもし財を生じえれば、あるいは印を佩んで傷官が旺んで印がまた根あれば、あるいは傷官が旺んで日主が弱くて煞と印を透して來て身を生ずれば、あるいは七煞を帶びて財が去って煞を黨するなくば、傷官格は成しました。陽刃格がもし官または煞を透して、また財と印を露し、且つ傷官が來て官星を傷るを見ざれば、陽刃格は成しました。建祿月劫格がもし官星を透して財印の相隨るあれば、あるいは財を透して食傷の劫を化して財を生ずるあれば、あるいは七煞を透して制伏あれば、建祿月劫格は成しました。然らば何を「敗格」と謂うか。正官格が傷官の來て剋するに遇い、あるいは刑衝に遭えば、官格は敗れます。財格がもし財輕して比劫が重く、あるいは財が透し出て七煞を帶びれば、財格は敗れます。印格がもし印輕して財の來て印を壞すに遇い、あるいは身強し印がまた重いのにさらに七煞を透せば、印格は敗れます。食神格がもし梟神の食を奪うに遇い、あるいはすでに財を生じまた煞を露せば、食神格は敗れます。七煞格がもし財が煞を黨して制伏なければ、煞格は敗れます。傷官格がもし金水傷官でなくて官星を見れば、あるいは財を生ずる時にまた煞を帶び、あるいは印を佩んで傷官が輕く日主がまた旺んなれば、傷官格は敗れます(底本は「或生財生帶煞」、下の一「生」の字は「而」の訛で、「或生財而帶煞」に作るべき)。陽刃格がもし官煞が一つもなければ、刃格は敗れます。建祿月劫格がもし財なく官なく、反って煞と印を透せば、建祿月劫格は敗れます。
成中有敗,必是帶忌;敗中有成,全憑救應。何謂帶忌?如正官逢財而又逢傷;透官而又逢合;財旺生官而又逢傷逢合;印透食以洩氣,而又遇財露;透煞以生印,而又透財,以去印存煞;食神帶煞印而又逢財;七煞逢食制而又逢印;傷官生財而財又逢合;佩印而印又遭傷,透財而逢煞,是皆謂之帶忌也。
格局がすでに成して却って轉じて敗るるは、必ず「帶忌」に因る、即ち事を壞す字を夾帶したを謂う。格局がすでに敗れて却って轉じて成るは、全く「救應」に賴る、即ち別の字が出て來て解救するを謂う。何を帶忌と謂うか。たとえば正官格が財の來て生ずるを得たのに、偏偏とまた傷官が來て官を剋するを見る。官星が透し出たのに、偏偏とまた別の天干に合し去られる。財が旺んで官を生ずるに、偏偏とまた傷官に逢うかあるいは合に逢う。印格が食神を透して來て秀を泄すに、偏偏とまた財を露して來て印を壞す。七煞を透して來て印を生ずるに、偏偏とまた財を透して印を去掉して、ただ煞を残して來て身を攻す。食神格が煞と印を帶ぶに、偏偏とまた財に逢って來て煞を黨す。七煞格が食神の煞を制するを得たのに、偏偏とまた印に逢って來て食を奪い煞を護る。傷官が財を生ずるに、偏偏と財がまた合し去られる。印を佩んで印がまた傷られ、財を透してまた煞に逢う。これらはみな帶忌と呼びます。
何謂救應?如官逢傷而透印以解之,雜煞而合煞以清之,刑沖而會合以解之;財逢劫而透食以化之,生官以制之,逢煞而食神制煞以生財,或存財而合煞;印逢財而劫財以解之,或合財而存印;食逢梟而就煞以成格,或生財以護食;煞逢食制,印來護煞,而逢財以去印存食;傷官生財透煞而煞逢合;陽刃用官煞帶傷食,而重印以護之;建祿月劫用官,遇傷而傷被合,用財帶煞而煞被合,是謂之救應也。八字妙用,全在成敗救應,其中權輕權重,甚是活潑。學者從此留心,能於萬變中融以一理,則於命之一道,其庶幾乎!
何を救應と謂うか。たとえば正官が傷官の來て剋するに遇えば、印を透し出して來て傷を制すれば、官は便ち保住します。官格が七煞を夾雜すれば、別の干を用いて煞を合し去れば、格は便ち清くなります。地支に刑衝あれば、會局または六合を用いて化解します。財格が劫財の來て奪うに遇えば、食神を透して劫氣を化して財と為すか、あるいは官星を生じ出して來て劫財を制住せしめます。財格が七煞に遇えば、食神を用いて煞を制し手を腾がして來て財を生ずるか、あるいは財を保住して煞を合掉します。印格が財の來て印を壞すに遇えば、劫財を用いて去ってあの財を分掉するか、あるいは財を合し住めて印を保全します。食神格が梟神の食を奪うに遇えば、索性轉じて去って七煞に就きて別に格を成すか、あるいは財を生ずるを用いて食神を護住します。七煞格にもともと食神の煞を制するあれば、却って印が來て煞を護れば、便ち財を用いて印を去掉し食神を保住します。傷官が財を生じてまた煞を透せば、煞を合掉します。陽刃格が官煞を用いて刃を制するに傷食を帶びて來て官煞を傷れば、便ち厚重の印を用いて官煞を護住します。建祿月劫格が官星を用いるに、傷官に遇って傷官が合し去られればよし。財を用いて煞を帶びるに、煞がまた合し去られればよし。これらはみな救應と呼びます。八字の推斷の精妙なる處は、全く成敗救應の四箇字上に在り、その中の孰れが輕く孰れが重いかは局に隨って定めるを要し、極めて靈活です。命を學ぶ者はもしここより心を留めれば、千變萬化の中に融會して一條の貫通する道理を出しえ、然らば命學の一道に對しても、また差不多入門したと算しえます。
十、用神の變化を論ず
用神既主月令矣,然月令所藏不一,而用神遂有變化。如十二支中,除子午卯酉外,餘皆有藏,不必四庫也。即以寅論,甲為本主,如郡之有府,丙其長生,如郡之有同知,戊亦長生,如郡之有通判;假使寅月為提,不透甲而透丙,則如知府不臨郡,而同知得以作主。此變化之由也。故若丁生亥月,本為正官,支全卯未,則化為印。己生申月,本屬傷官。藏庚透壬,則化為財。凡此之類皆用神之變化也。
用神はすでに月令を以て主と為す、しかし月令の地支裏には往々にして一つならざる天干を藏し、ここにおいて用神に便ち變化があります。十二地支の中、子・午・卯・酉の四つの專氣の支を除くほか、殘りの八支はみな藏する所あり、辰戌丑未の四つの庫に限りません。寅をもって言えば。寅中の甲木は本氣の主で、一郡に知府あるに譬えます。丙火は寅に長生して、郡に同知あるに譬えます。戊土もまた寅に長生して、郡に通判あるに譬えます。假使月令の提綱が寅で、天干が甲を透さずして丙を透せば、それは知府が任に到らず、同知が代わって主を為すに譬え――用神の變化はこのようにして來るのです。だから丁日主が亥月に生まれ、亥中の壬水はもともと正官ですが、地支にもしさらに卯と未を湊り齊えれば、亥卯未が三合して木局を成し、官は便ち化して印となります。己日主が申月に生まれ、申中の庚金はもともと傷官に屬すも、申中に同時に壬を藏し、天干が壬を透し出せば、傷は便ち化して財となります。およそこの類に屬するは、みな用神の變化と呼びます。
變之而善,其格愈美;變之不善,其格遂壞,何謂變之而善?如辛生寅月,逢丙而化財為官;壬生戌月逢辛而化煞為印。癸生寅月,不專以煞論。此二者以透出而變化者也。癸生寅月,月令傷官秉令,藏甲透丙,會午會戌,則寅午戌三合,傷化為財;加以丙火透出,完全作為財論,即使不透丙而透戊土,亦作財旺生官論。蓋寅午戌三合變化在前,不作傷官見官論也。乙生寅月,月劫秉令,會午會戌,則劫化為食傷,透戊則為食傷生財,不作比劫爭財論。
變化が良ければ、格局はいよいよ美しく、變化が良くなければ、格局は即ちここに敗壞します。何を變じて良しと謂うか。たとえば辛日主が寅月に生まれ、寅中の甲木はもともと辛の正財で、寅中の丙火が透し出れば、便ち財を化して官と為します。壬日主が戌月に生まれ、戌中の戊土はもともと七煞で、戌中の辛金が透し出れば、便ち煞を化して印と為します。癸日主が寅月に生まれ、寅中の戊土は煞なれども、寅中にまた甲丙を藏するがゆえに、一味にただ七煞に按じて論ずる能くなし。以上の二例は天干の透し出るに頼って發生した變化です。さらに癸日主が寅月に生まれ、月令の傷官が權を當て、寅中に甲を藏してまた丙を透し、地支にさらに午と會し戌と會して、寅午戌が三合して火局を成せば、傷官は便ち化して財となります。丙火が干を透すを加えれば、完全に財格に按じて論じます。たとい丙を透さずして戊土を透しても、また財旺生官に按じて論じます。これは寅午戌の三合の變化が先にあるがゆえに、更に傷官見官のあの套の凶斷に按じません。またたとえば乙日主が寅月に生まれ、月令は劫財が權を當て、地支に午を會し戌を會して火局を成せば、劫財は便ち化して食傷となります。さらに戊土を透せば、即ち食傷生財で、更に比劫の財を爭うに按じて論じません。以上の二例は地支の會合に頼って發生した變化です。
此二者因會合而變化者。因變化而忌化為喜,為變之善者。又有變之而不失本格者。如辛生寅月,透丙化官,而又透甲,格成正財,正官乃其兼格也。乙生申月,透壬化印,而又透戊,則財能生官,印逢財而退位,雖通月令,格成傷官,百戊官忌見。丙生寅月,午戌會劫,而又或透甲,或透壬,則仍為印而格不破。丙生申月,逢壬化煞,而又透戊,則食神能制煞生財,仍為財格,不失富貴。如此之類甚多,是皆變而不失本格者也。是故八字非用神不立,用神非變化不靈,善觀命者,必於此細詳之。
變化に因って忌神を轉じて喜神と為すは、これが即ち變じて良し。別にまた一種、變じても元來の本格を失わざる情形があります。たとえば辛日主が寅月に生まれ、丙を透して財を化して官と為すに、同時にまた甲木を透して、甲は辛の正財で、ここにおいて格局は依然として正財を成し、正官はただ兼帶の格です。乙日主が申月に生まれ、壬を透して官を化して印と為すに、同時にまた戊土を透して、戊財は申中の庚官を生じえ、印は財に遇って退居して其の次と為り、壬印は月令に通根するも、格局は依然として傷官を成し、このとき戊土の官星は便ち忌見の物と成ります――底本のこの句は「格成傷官,百戊官忌見」、「百」の字は衍文で、《子平真詮評註》本は「格成傷官,戊官忌見」に作る。丙日主が寅月に生まれ、地支の午戌が會して火局を成してもともと寅木を化して劫と為すに、もしまた甲を透しかあるいは壬を透せば、寅中の甲木は依然として丙の偏印で、格局は照舊印に作して論じて破れず。丙日主が申月に生まれ、壬に逢って申金の財を化して七煞と為すに、もしまた戊土を透せば、食神はすなわち煞を制しえまた財を生じえて、格局は依然として財に作して論じ、富貴を失わず。この類の例子は甚だ多く、みな變じて本格を失わざるものです。だから言う、八字に用神なければ立ち上がる能くなく、用神に變化を懂らざれば活きる能くなし。命を看るに善き者は、必ずここに細かく分辨せねばなりません。
十一、用神の純雜を論ず
用神既有變化,則變化之中,遂分純、雜。純者吉,雜者凶。何謂純?互用而兩相得者是也。如辛生寅月,甲丙並透,財與官相生,兩相得也。戊生申月,庚壬並透,財與食相生,兩相得也。癸生未月,乙己並透,煞與食相剋,相剋而得其當,亦兩相得也。如此之類,皆用神之純者。何謂雜?互用而兩不相謀者是也。如壬生未月,乙己並透,官與傷相剋,兩不相謀也。甲也辰月,戊壬並透,印與財相剋,亦兩不相謀也。如此之類,皆用之雜者也。
用神はすでに變化あれば、則ち變化の中にまた「純」と「雜」の二種を分かち出します。純は吉利、雜は凶險です。何を純と謂うか。二字が互相に用を為して彼此に力を得れば、即ち純です。たとえば辛日主が寅月に生まれ、寅中の甲木・丙火が一齊に干を透し、甲は財・丙は官で、財は官を生じえ、二者は互相に力を得ます。戊日主が申月に生まれ、申中の庚金・壬水が一齊に干を透し、壬は財・庚は食神で、食は財を生じえ、これもまた互相に力を得ます。癸日主が未月に生まれ、未中の乙木・己土が一齊に干を透し、己は七煞・乙は食神で、食神は煞を剋し、剋なれども剋すること恰當で、同じく互相に力を得たと算します。この類はみな用神の純に屬します。何を雜と謂うか。二字が互相に用を為すも各々各を干して彼此相顧みざれば、即ち雜です。たとえば壬日主が未月に生まれ、乙・己が一齊に干を透し、己は正官・乙は傷官で、傷官が來て官星を剋して、二者は互いに相謀らず。甲日主が辰月に生まれ、戊・壬が一齊に干を透し、壬は印・戊は財で、財が來て印を剋して、これもまた互いに相謀らず――底本は「甲也辰月」、「也」は「生」の訛で、「甲生辰月」に作るべき。この類はみな用神の雜に屬します。
十二、用神格局の高低を論ず
八字既有用神,必有格局,有格局必有高低,財官印食煞傷劫刃,何格無貴?何格無賤?由極貴而至極賤,萬有不齊,其變千狀,豈可言傳?然其理之大綱,亦在有情、有力無力之間而已。如正官佩印,不如透財,而四柱帶傷,反推佩印。故甲透酉官,透丁合壬,是謂合傷存官,遂成貴格,以其有情也。
八字すでに用神あれば、必ず格局あり。すでに格局あれば、格局は必ず高低を分かちます。財・官・印・食・煞・傷・劫・刃のこの八種は、どの一種も貴命を出したことがあらずや。どの一種も賤命を出したことがあらずや。極貴より極賤に至るまで、千差萬別・變化萬端で、どこで幾句の話を以て盡しえましょうか。ただしその中の道理の大綱は、また「有情無情」「有力無力」のこの二層を外にせざるのみ――底本は「亦在有情、有力無力之間而已」、「有情」の下に「無情」の二字を脱し、《子平真詮評註》本は「亦在有情無情、有力無力之間而已」に作る。例を挙げて言えば。正官格が印を佩むは、一般には財を透して來て官を生ずるに如かず。しかしもし四柱に傷官を帶びれば、便ち反って印を佩むを取るべく、印は傷を制して官を護りうるがゆえです。だから甲日主の月令が酉金の正官で、天干にまた丁火の傷官を透して、もしさらに壬が來て丁と相合せば、これを「合傷存官」と謂い、ここにおいて貴格と成ります――貴ある所以は、これ一合の安排が恰倒好處なりと為るがゆえに、術語は「有情」と呼びます。
財忌比劫,而與煞作合,劫反為用。故甲生辰月,透戊成格,遇乙為劫,逢庚為煞,二者相合,皆得其用,遂成貴格,亦以其有情也。身強煞露而食神又旺,如乙生酉月,辛金透,丁火剛,秋木盛,三者皆備,極等之貴,以其有力也。官強財透,身逢祿刃,如丙生子月,癸水透,庚金露,而坐寅午,三者皆均,遂成大貴,亦以其有力也。
財格は最も比劫の來て奪うを怕れるも、もしこの劫財が恰好去って七煞と相合せば、劫財は反って有用の物と成ります。だから甲日主が辰月に生まれ、戊土を透して偏財格を成し、命中にまた乙木ありて劫財、庚金ありて七煞で、乙と庚が相合して、一つは煞を絆じ、一つもまた來て財を奪わず、両者みな各々その用を得て、ここにおいて貴格と成ります――これもまた有情あるがゆえです。さらに有力の例を看れば。日主が身強で七煞が透し出て食神がまた旺なる、例として乙日主が酉月に生まれ、辛金の七煞が干を透し、丁火の食神は剛銳で、秋の乙木は自身なお旺んなり――身・煞・食の三者みな分量足るは、即ち極品の貴で、「有力」あるがゆえです。またたとえば官星が強し、財がまた透し出て、日主自身が祿または刃上に坐する、例として丙日主が子月に生まれ、癸水の正官が透し出て、庚金の財星が露して、日支時支は寅に坐し午に坐す――官・財・身の三者の力量が均衡して、ここにおいて大貴。これもまた有力あるがゆえです。
又有有情而兼有力,有力而兼有情者。如甲用酉官,壬合丁以清官,而壬水根深,是有情而兼有力者也。乙用酉煞,辛逢丁制,而辛之祿即丁之長生,同根月令,是有力而兼有情者也。是皆格之最高者也。如甲用酉官,透丁逢癸,癸克不如壬合,是有情而非情之至。乙逢酉逢煞,透丁以制,而或煞強而丁稍弱,丁旺而煞不昂,又或辛丁並旺而乙根不甚深,是有力而非力之全,格之高而次者也。
さらにすでに有情あり且つ有力あり、すでに有力あり且つ有情あるものがあります。たとえば甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為し、丁火の傷官を透して、壬を用いて去って丁を合して以て官星を澄清せしめ、この壬水の根基がまた深い――これが即ち有情にして兼ねて有力あり。またたとえば乙日主が酉中の辛金を用いて七煞と為し、丁火の食神を透して來て煞を制せしめ、辛の臨官の地は正に酉、丁の長生の地もまた酉で、両者は月令に同根して、制すること貼切なり――これが即ち有力にして兼ねて有情あり。この二種はみな格局中最も高きものです。これと相比すれば。甲が酉官を用い、丁傷官を透してただ癸水の來て丁を剋するのみあるは、癸の丁を剋するは壬の丁を合するの來る乾淨利落に如かず、これが即ち有情にして未だ極致に達せざる。乙が酉煞を用い、丁を透して煞を制するに、もし煞強くて丁が稍しく弱く、あるいは丁旺して煞が挺たる足らず、あるいはまた辛丁ともに旺んなれども乙木自身の根が深さ足らざれば、これが即ち有力にして未だ力全うする能くざる。これらは高き一等の中の稍く遜る格です。
至如印用七煞,本為貴格,而身強印旺,透煞孤貧,蓋身旺不勞印生,印旺何勞煞助?偏之又偏,以其無情也。傷官佩印,本秀而貴,而身主甚旺,傷官甚淺,印又太重,不貴不秀,蓋欲助身則身強,制傷則傷淺,要此重印何用?是亦無情也。又如煞強食旺而身無根,身強比重而財無氣,或夭或貧,以其無力也。是皆格之低而無用者也。然其中高低之故,變化甚微,或一字而有千鈞之力,或半字而敗全局之美,隨時觀理,難以擬議,此特大略而已。
印格が七煞を用いて來て印を生ずるはもともと貴格ですが、若し日主がすでに身強して印がまたすでに旺んなのに、さらに七煞を透せば、反って孤苦貧寒なり――身すでに旺んなれば印の來て生ずるを用いるに及ばず、印すでに旺んなれば又何ぞさらに煞の來て助くるを要せんや。偏の上に偏を加うれば、これが即ち「無情」。傷官佩印はもともと清秀にして貴なれども、若し日主が極旺で傷官が極淺く印がまた重すぎれば、便ち貴ならず秀ならず――印に頼って身を助けんと欲するに、身はもともと強し。印に頼って傷を制せんと欲するに、傷はもともと淺し。これほど重き印を要して何を為さんや。これもまた無情。さらに七煞が強く食神が旺んなのに日主に毫も根氣なく、あるいは日主が身強で比劫がまた重いのに財に毫も氣勢なければ、結果は夭折か貧窮か、これが「無力」。これらはみな格局が低下にして用なし。ただしその中の高低の縁故は變化極めて細微なり。時には一個の字に千鈞の力あり、時には半個の字が全局の美を敗掉す。ただ局に隨って理を觀るのみで、豫め擬定し難し。上の說く所は不過大概而已。
十三、用神の成に因って敗を得、敗に因って成を得るを論ず
八字之中,變化不一,遂分成敗;而成敗之中,又變化不測,遂有因成得敗,因敗得成之奇。是故化傷為財,格之成也,然辛生亥月,透丁為用,卯未會財,乃以黨煞,因成得敗矣。印用七煞,格之成也,然癸生申月,秋金重重,略帶財以損太過,逢煞則煞印忌財,因成得敗也。如此之類,不可勝數,皆因成得敗之例也。
八字の中に變化は一ならず、ここにおいて成格と敗格を分かち出します。しかるに成敗の中にまた預料し難き變化ありて、ここにおいて「因成得敗」「因敗得成」のごとき奇局が出現します。たとえば傷官を化して財と為すは、もともと成格です。しかし辛日主が亥月に生まれ、亥中の壬水は傷官、天干に丁火の七煞を透して用と為し、地支の卯未が來て亥と會して木局を成し傷を化して財と為すに、この財が却って反って七煞を黨助して身を攻す――もともと成したに、反って敗れました。またたとえば印格が七煞を用いて來て印を生ずるは、もともと成格です。しかし癸日主が申月に生まれ、秋金は重重、印はすでに旺んなり太過に、略しく一一點の財を帶びて來てその太過を損するはもとは善き事に、一たびさらに七煞に逢えば、煞印相生の格局は最も財を見るを忌み、財と煞と両下に衝突す――同じくもともと成したに反って敗れました。この類の例子は數え舉ぐるに勝えず、みな因成得敗に屬します。
官印逢傷,格之敗也,然辛生戊戌月,年丙時壬,壬不能越戊克丙,而反能洩身為秀,是因敗得成矣。煞刃逢食,格之敗也,然庚生酉月,年丙月丁,時上逢壬,則食神合官留煞,而官煞不雜,煞刃局清,是因敗得成矣。如此之類,亦不可勝數,皆因敗得成之例也。其間奇奇怪怪,變幼無窮,惟以理權衡之,隨在觀理,因時運化,由他奇奇怪怪,自有一種至當不易不論。觀命者毋眩而無主、執而不化也。
官印格が傷官に遇上するは、もともと敗格です。しかし辛日主が戌月に生まれ、年干の丙火は正官、時干の壬水是傷官で、中間に戌中の戊土を隔て、壬水は戊土を越えて去って丙火を剋する能くなく、反って辛金の秀氣を泄しえ――もともと敗れたに、反って成りました(底本は「辛生戊戌月」、「戊」は衍字で、「辛生戌月」に作るべき)。煞刃格が食神に遇上するは、もともと敗格です。しかし庚日主が酉月に生まれて羊刃に坐し、年干の丙火は七煞、月干の丁火は正官で、官煞混雜して、時上に壬水の食神に逢い、壬は丁と合して、正官を合し去り七煞を留めれば、官煞は更に混雜せず、煞刃格は反って清純なり――これももともと敗れたに反って成りました。この類の例子は同じく數え舉ぐるに勝えず、みな因敗得成に屬します。その間に奇奇怪怪、變幻無窮で、ただ道理を拿って權衡し、處に隨って理を觀、時に因って變通するのみ。それが千奇百怪に任せても、總に一個の最も恰當にして移易すべからざる斷法あり。命を看る者は切に表象に弄されて眼を花やかし主見なきを得べからず、また教條を死抱して變通を知らざるべからず。底本のこの段の「變幼無窮」の「幼」は「幻」の訛、「至當不易不論」の「不論」は「之論」の訛。
十四、用神に氣候の得失を配するを論ず
論命惟以月令用神為主,然亦須配氣候而互參之。譬如英雄豪傑,生得其時,自然事半功倍;遭時不順,雖有奇才,成功不易。是以印綬遇官,此謂官印雙全,無人不貴。而冬木逢水,雖透官星,亦難必貴,蓋金寒而水益凍,凍水不能生木,其理然也。身印兩旺,透食則貴,凡印格皆然。而用之冬木,尤為秀氣,以冬木逢火,不惟可以洩身,而即可以調候也。
命を論ずるは固より月令の用神を以て主と為すなれども、さらに必ず寒暖燥濕の氣候に配合して併び参看するを要す。英雄豪傑に譬えれば、其の時に生まれ逢えば自然に事半にして功倍し、時運が順ならざれば、たとい奇才ありても成功し難し。だから印綬格が官星に遇うは、官印雙全と謂い、理に照らせば貴ならざるなく、しかし冬に生まれた木日主は、印は水で、たとい官星たる金を透して來て水を生ずるも、必ずしも便ち貴ならず――金は本身すでに寒して、反って水をいよいよ凍せしめ、凍り住せた水は木を生じえず、道理は即ちここに在り。さらに身と印がともに旺んで食神を透して來て秀を泄せば貴なるは、これは各種の印格に通用す。しかるに冬の木日主の身上に用いれば尤も秀氣なり、冬木が火に遇えば、ただ身を泄して秀を成す能くのみならず、同時にまた局を暖め候を調う能くして、一擧两得。
傷官見官,為禍百端,而金水見之,反為秀氣。非官之不畏夫傷,而調候為急,權而用之也。傷官帶煞,隨時可用,而用之冬金,其秀百倍。傷官佩印,隨時可用,而用之夏木,其秀百倍,火濟水,水濟火也。傷官用財,本為貴格,而用之冬水,即使小富,亦多不貴,凍水不能生木也。傷官用財,即為秀氣,而用之夏木,貴而不甚秀,燥土不甚靈秀也。春木逢火,則為木為通明,而夏木不作此論;秋金遇水,則為金水相涵,而冬金不作此論。氣有衰旺,取用不同也。
傷官見官は、一般には百般の禍を為すなれども、獨り金水傷官の官を見るは、反って秀氣を成す。これは官星が傷官を怕れざると說くに非ず、冬の金水は寒して、局を暖め候を調うがいよいよ緊急なるがゆえに、已まず權變して官星のあの點の火氣を借りて來て用いるのみ。傷官帶煞は、各季ともに用いうるなれども、冬の金日主の身上に用いれば、秀氣は加倍す。傷官佩印は、各季ともに用いうるなれども、夏の木日主の身上に用いれば、秀氣は加倍す――夏木は火炎して、水印が來て潤すは、正に火と水の互相に濟助するがゆえ。傷官が財を用いるはもともと貴格なれども、冬の水日主の身上に用いれば、たとい小富なるも多くは貴ならず、凍水は木を生じえざるがゆえ。傷官が財を用いるはもともと秀氣なれども、夏の木日主の身上に用いれば、貴は貴なれども甚だ清秀ならず、夏の土は燥して靈ならざるがゆえ。春木が火に遇うを「木火通明」と謂うも、夏木が火に遇えば則ちこのように論じえず。秋金が水に遇うを「金水相涵」と謂うも、冬金が水に遇えばまたこのように論じえず。氣に衰あり旺あり、季節同じからざれば、取用もまた同じからず。底本は「則為木為通明」、下の一「為」の字は「火」の訛で、「則為木火通明」に作るべき。
春木逢火,木火通明,不利見官;而秋金遇水,金水相涵,見官無礙。假如庚生申月,而支中或子或辰,會成水局,天干透丁,以為官星,只要壬癸不透露干頭,便為貴格,與食神傷官喜見官之說同論,亦調候之道也。食神雖逢正印,亦謂奪食,而夏木火盛,輕用之亦秀而貴,與木火傷官喜見水同論,亦調候之謂也。此類甚多,不能悉述,在學者引伸觸類,神而明之而已。
同じく泄秀なれども、春木が火に遇って木火通明を成せば、却ってさらに官星の來て身を剋するを見るを宜しとせず。秋金が水に遇って金水相涵を成せば、官星を見るも反って妨なし。譬えば庚日主が申月に生まれ、地支中に或は子あり或は辰ありて、會して水局を成し、天干に丁火を透して官星と作す、ただ壬癸が天干上に透して來て直に丁を剋しさえしなければ、即ち貴格です――これは「食神傷官は官を見るを喜ぶ」の說法と同一の道理で、また調候の需要です。またたとえば食神格が正印に遇えば、もともと奪食と謂うべきに、夏の木日主は火氣が太過盛んで、略しく一點の印水を用いて潤澤すれば、反って清秀にして貴なり――これは「木火傷官は水を見るを喜ぶ」と同一の道理で、同じく調候の縁故です。この類の情形は甚だ多く、一々に列挙すること能くなし。學者はただ類に觸れて旁通し、心に領り神に會すれば即是なり。
十五、相神の緊要を論ず
月令既得用神,則別位亦必有相,若君之有相,輔者是也。如官逢財生,則官為用,財為相;財旺生官,則財為用,官為相;煞逢食制,則煞為用,食為相。然此乃一定之法,非通變之妙。要而言之,凡全局之格,賴此一字而成者,均謂之相也。傷用神甚於傷身,傷相甚於傷用。
月令上にすでに用神を定めれば、四柱の別の位置上に必ず一個の「相神」ありて、君主の下に宰相あるに譬え、用神を輔佐して格を成すあの字です。たとえば正官が財の來て生ずるを得れば、官は用神で財は即ち相神。財が旺んで官を生ずれば、財は用神で官は即ち相神。七煞が食神の制伏を得れば、煞は用神で食神は即ち相神。ただしこれはただ一般の定法で、なお機に隨り變に應ずるの妙處に非ず。概括して言えば、およそ全局の格局が全く某の一字に頼ってはじめて成立しうるとき、あの字を便ち相神と呼びます。用神を傷るは日主本身を傷るよりもなお嚴重で、しかるに相神を傷るはまた用神を傷るよりもさらに嚴重なり――用神が傷られてもなお救いありうるに、相神は一たび倒れれば、整個の格は便ち散ずるがゆえです。
如甲用酉官,透丁逢壬,則合傷存官以成格者,全賴壬之相;戊用子財,透甲並己,則合煞存財以成格者,全賴己之相;乙用酉煞,年丁月癸,時上逢戊,則合去癸印以使丁得制煞者,全賴戊之相。癸生亥月,透丙為財,財逢月劫,而卯未來會,則化水為木而轉劫以生財者,全賴於卯未之相。庚生申月,透癸洩氣,不通月令而金氣不甚靈,子辰會局,則化金為水而成金水相涵者,全賴於子辰之相。如此之類,皆相神之緊要也。
例を挙げて看れば。甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為し、天干に丁火の傷官を透するに、幸いに壬水ありて來て丁と合して、傷を合し官を存してはじめて格を成せるは、全く壬のこの相神に頼る。戊日主が子中の癸水を用いて正財と為し、天干に甲木の七煞を透するに、また己土ありて來て甲を合して、煞を合し財を存してはじめて格を成せるは、全く己のこの相神に頼る。乙日主が酉中の辛金を用いて七煞と為し、年干の丁火食神はもともと煞を制しうるに、月干に却って癸水の偏印ありて來て丁を剋せんとし、幸に時上に戊土に逢って癸を合し去れば、丁ははじめて手を腾け出して來て煞を制しうるは、全く戊のこの相神に頼る。癸日主が亥月に生まれ、丙火を透して財と為すに、亥は癸の月劫で、劫財は來て財を奪わんとす。地支の卯未が來て亥と會して木局を成し、水を化して木と為して、反って劫財を轉じて財を生ずる物と成せるは、全く卯未のこの二つの相神に頼る。庚日主が申月に生まれ、癸水を透して秀を泄すに、癸は月令の本氣に通ぜず、金氣は靈秀を顯し出ず。地支の子辰が來て會して水局を成し、金を化して水と為して金水相涵を成せるは、全く子辰のこの二つの相神に頼る。諸々この類、みな相神が何等に緊要なるかを見るべし。
相神無破,貴格已成;相神相傷,立敗其格。如甲用酉官,透丁逢癸印,制傷以護官矣,而又逢戊,癸合戊而不制丁,癸水之相傷矣;丁用酉財,透癸逢己,食制煞以生財矣,而又透甲,己合甲而不制癸,己土之相傷矣。是皆有情而化無情,有用而成無用之格也。凡八字排定,必有一種議論,一種作用,一種棄取,隨地換形,難以虛擬,學命者其可忽諸?
相神が破壞せられざれば、貴格は即ち成立したと算します。相神は一たび傷られれば、格局は立刻に敗掉します。たとえば甲日主が酉官を用いて、丁火の傷官を透するに、幸いに癸水の正印ありて來て傷を制して官を護る。しかし命裏にさらに一つの戊土を出し來れば、癸は戊と相合して、癸は便ち去って丁を制するに顧み及ばず――これは相神たる癸水の傷られたるです。またたとえば丁日主が酉中の辛金を用いて財と為し、癸水の七煞を透するに、幸いに己土の食神ありて煞を制して以て財を生ず。しかし命裏にさらに甲木を透し出れば、己は甲と相合して、己は便ち去って癸を制するに顧み及ばず――これは相神たる己土の傷られたるです。この二種はみなもともと有情なれども化して無情と為し、もともと有用なれども變じて無用と為した格局です。總じて、およそ八字は一たび排し定まれば、便ち必ず一套の相應の議論・一種の特定の作用・一番の具體的の取舍あり、排列位置の同じからざるに隨って形態各々異にして、空より擬定する能くなし。命を學ぶ者はどうして相神を忽視しえましょうか。
十六、雜氣の取用如何を論ず
四墓者,沖氣也,何以謂之雜氣?以其所藏者多,用神不一,故謂之雜氣也。如辰本藏戊,而又為水庫,為乙餘氣,三者俱有,於何取用?然而甚易也,透干會取其清者用之,雜而不雜也。何謂透干?如甲生辰月,透戊則用偏財,透癸則用正印,透乙則用月劫是也。何謂會支?如甲生辰月,逢申與子會局,則用水印是也。一透則一用,兼透則兼用,透而又會,則透與會並用。
辰戌丑未のこの四つの墓庫の支は、四時の氣が交接し沖和する地方で、なぜ「雜氣」と呼ぶか。それらの中に藏する天干が一個ならざるがゆえに、取るべき用神もまた一個ならず、所以に雜氣と呼びます。譬えば辰は、本氣は戊土を藏し、同時にまた水の墓庫に���て癸を藏し、さらに木の餘氣にして乙を藏す、三樣みなあり、究竟どれを拿って用神と當てんか。その實甚だ易し。天干がどれを透し出したか、地支がどの一局を會成したかを看て、その中の清純明確なるあの一つを取って用いれば、雜と雖も亂れず。何を「透干」と謂うか。たとえば甲日主が辰月に生まれ、天干が戊を透せば偏財を用い、癸を透せば正印を用い、乙を透せば月劫を用い、乙は甲に對して劫財なり。何を「會支」と謂うか。たとえば甲日主が辰月に生まれ、地支にさらに申と子に逢えば、申子辰が三合して水局を成し、便ち水を作して印と為す。
其合而有情者吉,其合而無情者則不吉。何謂有情?順而相成者是也。如甲生辰月,透癸為印,而又會子會申以成局,印綬之格,清而不雜,是透干與會支,合而有情也。又如丙生辰月,透癸為官,而又逢己以為印,官與印相生,而印又能去辰中暗土以清官,是兩干並透,合而情也。又如甲生丑月,辛透為官,或巳酉會成金局,而又透己財以生官,是兩干並透,與會支合而有情也。
一つを透し出れば便ち一つを用い、二つともに透せば二つを兼用し、透干あるも會支あれば、便ち透と會を合して一併に用います。この幾樣が湊り合わさってもし彼此配合して互相に成全すれば、便ち吉。もし各行其是にして互相に臺を拆けば、便ち不吉。何を「有情」と謂うか。一個の方向に順って互相に成就すれば、即ち有情です。たとえば甲日主が辰月に生まれ、癸水を透して正印と為し、地支にまた子と會し申と會して水局を成せば、印綬格は清純にして雜ならず、これは透干と會支の配合有情なり。またたとえば丙日主が辰月に生まれ、癸水を透して正官と為し、同時にまた一つの印と作しうる木に逢えば、印はすなわち身を生じ、また辰中に暗藏する戊土を剋し去って以て官星を澄清しえ、官と印とは相生す。これは两干の併び透して配合有情なり――底本のこの句は「而又逢己以為印」、己は丙に對して實に傷官にして印に非ず、《子平真詮評註》本は「逢乙以為印」に作る、當に乙に從うべし。句末は「合而情也」、「合」の下に一「有」の字を脱す。またたとえば甲日主が丑月に生まれ、丑中の辛金が干を透して正官と為し、あるいは地支の巳酉丑が會して金局を成し、同時にまた己土を透して財と為して來て官を生ずれば、これは两干の併び透するに會支を加えて、配合有情なり。
何謂無情?逆而相背者是也。如壬生未月,透己為官,而地支會亥卯以成傷官之局,是透官與會支,合而無情者也。又如甲生辰月,透戊為財,又或透壬癸以為印,透癸則戊癸作合,財印兩失,透壬則財印兩傷,又以貪財壞印,是兩干並透,合而無情也。又如甲生戌月,透辛為官,而又透丁以傷官,月支又會寅會午以成傷官之局,是兩干並透,與會支合而無情也。
何を「無情」と謂うか。彼此に背道して馳し、互相に抵消すれば、即ち無情です。たとえば壬日主が未月に生まれ、未中の己土が干を透して正官と為すに、地支は却って亥・卯と會して木局を成し、木は壬の傷官で、傷官局は來て官を剋せんとす――これは透干と會支の配合無情なり。またたとえば甲日主が辰月に生まれ、戊土を透して偏財と為し、同時にまた壬または癸を透して印と為す。癸を透せば戊癸は相合して、財と印とは两下ともに作用を失う。壬を透せば財は印を剋せんとし印はまた財を碍げ、両敗俱傷して、さらに一個の「財を貪り印を壞す」を落とす――これは两干の併び透して配合無情なり。またたとえば甲日主が戌月に生まれ、戌中の辛金が干を透して正官と為し、同時にまた丁火の傷官を透して來て官を剋し、月支の戌はさらに寅と會し午と會して火局を成せば、傷官の勢いはいよいよ旺なり――これは两干の併び透するに會支を加えて、配合無情なり。
又有有情而卒成無情者,何也?如甲生辰月,逢壬為印,而又逢丙,印綬本喜洩身為秀,似成格矣,而火能生土,似又助辰中之戊,印格不清,是必壬干透而支又會申會子,則透丙亦無所礙。又有甲生辰月,透壬為印,雖不露丙而支逢戌位,戌與辰沖,二者為月沖而土動,干頭之壬難通月令,印格不成,是皆有情而卒無情,富而不貴者也。
また一種、もともと有情なれども最終に變じて無情と為すがあるのは、どういうことでしょうか。たとえば甲日主が辰月に生まれ、壬水の印に逢い、同時にまた丙火の食神に逢う。印格はもともと食傷に身を泄して秀を成さしむるを喜ぶに、見るに格を成したかのごとし。しかし丙火は土を生じうれば、即ちまた辰中のあの戊土の財星を助けに行くに等しく、印格は便ち清からず。この情形は必ず壬水が干を透し、地支にまた申と會し子と會して水局を成して印を坐實せしめてはじめて、丙火を怕れずとしえます。またたとえば甲日主が辰月に生まれ、壬を透して印と為すに、丙を露せざると雖も、地支に一つの戌に逢えば、辰戌相衝して、衝するは正に月令で、土は一たび震動すれば、天干のあの壬は便ち月令の根に通ずる能くなく、印格もまた便ち成らず。これらはみなもともと有情なれども、最終に無情に歸し、往々にして富ありて貴なし。
又有無情而終有情者,何也?如癸生辰月,透戊為官,又有會申會子以成水局,透干與會支相剋矣。然所克者乃是劫財,譬如月劫用官,何傷之有?又如丙生辰月,透戊為食,而又透壬為煞,是兩干並透,而相剋也。然所克者乃是偏官,譬如食神帶煞,煞逢食制,二者皆是美格,其局愈貴。是皆無情而終為有情也。如此之類,不可勝數,即此為例,旁悟而已。
また一種、見るに無情のごときも最終に却って有情なるがあるのは、どういうことでしょうか。たとえば癸日主が辰月に生まれ、戊土を透して正官と為し、地支にまた申と會し子と會して水局を成せば、透干の官と會支の水とは互相に克伐して、無情かのごとし。しかし細かく想えば、官に剋されるは其の實水局裏の劫財で、月劫格が官星を用いて劫を制するに譬えれば、何の妨げあらんや。またたとえば丙日主が辰月に生まれ、戊土を透して食神と為し、同時にまた壬水を透して七煞と為し、两干併び透して互相に剋するは、無情かのごとし。しかし食神に剋されるは正に七煞で、食神格が煞を帶び、煞が食神の制伏を得るに譬えれば、この二樣はもともとみな美格で、配して一處にすれば格局は反っていよいよ貴なり。これらはみな看るに無情に似て終に歸して有情なり。この類の情形は數え舉ぐるに勝えず、これらの幾つの例子を挙げて、人をしてこれに由って旁通せしむるのみ。
十七、墓庫刑衝の說を論ず
辰戌丑未,最喜刑沖,財官入庫不沖不發——此說雖俗書盛稱之,然子平先生造命,無是說也。夫雜氣透干會支,豈不甚美?又何勞刑沖乎?假如甲生辰月,戊土透豈非偏財?申子會豈非印綬?若戊土不透,即辰戌相沖,財格猶不甚清也。至於透壬為印,辰戌相沖,將以累印,謂之沖開印庫可乎?況四庫之中,雖五行俱有,而終以土為主。土沖則靈,金木水火,豈取勝以四庫之沖而動乎?
「辰戌丑未は最も刑衝を喜び、財官が庫に入れば衝せざれば發せず」――この說法は俗本の命書に大肆に宣揚せられているなれども、子平先生が法を立て命を造す時、根本にこの一條なし。雜氣の支はただ透干か會支すれば、格局は便ち甚だ美ならずや。何ぞ必ずしもさらに刑衝を勞動せんや。譬えば甲日主が辰月に生まれ、戊土が透し出れば、即ち偏財格ならずや。地支の申子が來て會して水局を成せば、即ち印綬格ならずや。反対に、もし戊土が透せざれば、たとい辰戌相衝して庫を衝き開くも、財格は依然として清からず。透壬して印と為す情形に至っては、辰戌は一たび衝すれば、土動して反って印に連累し、なおこれを「印庫を衝開す」と說いえんや。何况四庫の中に五行は俱備するも、終究に土を以て主と為す。土は衝せられてはじめて靈動し、金木水火のこれらの藏干は、豈にまた四庫の相衝するに頼って活動し起こる能くならんや。
故財官屬土,沖則庫啟,如甲用戊財而辰戌沖,壬用己官而丑未沖之類是也。然終以戊己干頭為清用,干既透,即不沖而亦得也。至於財官為水,沖則反累,如己生辰月,壬透為財,戌沖則劫動,何益之有?丁生辰月,透壬為官,戌沖則傷官,豈能無害?其可謂之逢沖而壬水之財庫官庫開乎?今人不知此理,甚有以出庫為投庫。
だからただ財または官が本身に土であるときのみ、衝は真に能く庫を啓します。たとえば甲日主が戊土を用いて財と為して辰戌相衝し、壬日主が己土を用いて官と為して丑未相衝するは、この類に屬す。ただし説き到せば、やはり戊己が直接に天干上に透して用を取るを以て最も清純と為し、天干すでに透した上は、衝せずとも同じく用いえます。財官が水の情形に至っては、一たび衝せば反って累を受く。たとえば己日主が辰月に生まれ、壬水を透して財と為し、戌を用いて來て辰を衝せば、衝き動かすは辰中の戊土の劫財で、財に對して何の好處あらんや。丁日主が辰月に生まれ、壬水を透して官と為し、戌を用いて來て辰を衝せば、衝き動かすは戌中の戊土の傷官で、どうして害なからんや。これをなお「一たび衝すれば便ち壬水の財庫・官庫を打開す」と說いえんや。今の人はこの道理を明白せずして、甚だしくは「庫を出る」と「庫に投ず」の二つの事をも弄して顛倒せしめました。
如丁生辰月,壬官透干,不以為庫內之壬,干頭透出,而反為干頭之壬,逢辰入庫,求戌以沖土,不顧其官之傷。更有可笑者,月令本非四墓,別有用神,年月日時中一帶四墓,便求刑沖;日臨四庫不以為身坐庫根,而以為身主入庫,求沖以解。種種謬論,令人掩耳。
たとえば丁日主が辰月に生まれ、壬水の正官はすでに庫裏より天干上に透して來たるに、彼らはこれを庫中の壬の透し出て用を為すと言わず、反って天干のこの壬が辰に遇ってまた「庫に入る」と言い、ここにおいて必ず一つの戌を找って來て土を衝いて庫を開かんと非なりとし、全くこの一衝の反って官星を傷るを顧みず。さらに可笑しきは。ある八字は月令が根本に辰戌丑未に非ず、別に正經の用神あるに、ただ年月日時中に一個の墓庫を帶びるに因って、便ち去って刑衝を求めんとす。日支が四庫上に坐するは、もともと日主自身が庫に通根するを、彼らは「身主が庫に入る」と說い成して、必ず衝を找って來て解き開かんと非なりとす。種種の謬論は、人をして聴き下去らしめ難し。
然亦有逢沖而發者,何也?如官最忌沖,而癸生辰月,透戊為官,與戌相沖,不見破格,四庫喜沖,不為不足。卻不知子午卯酉之類,二者相仇,乃沖剋之沖,而四墓土自為沖,乃沖動之沖,非沖剋之沖也。然既以土為官,何害於事乎?
ただし確かにまた衝に遇って反って發達するもあり、それは何の縁故か。官星は最も衝せられるを忌むなれども、癸日主が辰月に生まれ戊土を透して正官と為すに、辰と戌と相衝して、格は却って破を見ず、ここにおいてある人は便ち「四庫はもともと衝を喜ぶ、此の說假ならず」と言う。彼らは知らず、子午卯酉のあの類の相衝は、兩種の敵對の氣が互相に仇殺するで、「衝剋の衝」に屬す。しかるに四墓はみな土で、土と土の相衝するは、ただ土を震動せしめるに過ぎず、「衝動の衝」に屬して、併して衝剋に非ず。すでに此の局の用いる所の官星が本身に土なれば、土が動く一動するに、それに對して又何の妨害あらんや。
十八、四吉神の能く格を破るを論ず
財官印食,四吉神也,然用之不當,亦能破格。如食神帶煞,透財為害,財能破格也;春木火旺,見官則忌,官能破格也;煞逢食制,透印無功,印能破格也;財旺生官,露食則雜,食能破格也。是故官用食破,印用財破。譬之用藥,參苓芪術,本屬良材,用之失宜,亦能害人。官忌食傷,財畏比劫,印懼財破,食畏印奪,參合錯綜,各極其妙。弱者以生扶為喜,強者因生扶而反害;衰者以裁抑為忌,太旺者反以裁抑而得益。吉凶喜忌,全在是否合於需要,不因名稱而有分別也。
財・官・印・食は四種の吉神なれども、用いるに當を得ざれば、同じく格局を破掉しえます。たとえば食神格が七煞を帶び、もともと食神に頼って煞を制するに、ここに財を透し來れば、財はすなわち煞を生じまた食を泄して、便ち事を壞す――これは財の能く格を破るなり。春の木日主は火氣すでに旺んで、木火通明の象を成し、最もさらに官星たる金の來て身を剋するを見るを忌む――これは官の能く格を破るなり。七煞格は食神に頼って制伏するに、印を透し來て食を奪い煞を護れば、煞を制する功は便ち沒し――これは印の能く格を破るなり。財旺生官の格局に、食神を露して來て官を剋せば、格は便ち雜に――これは食の能く格を破るなり。だから官格は食神に破られるを得、印格は財に破られるを得ます。これは藥を用うるに譬え。人參・茯苓・黃芪・白术はもともと良材なれども、用いるに症候に合せざれば、同じく人を害しえます。官星は食傷を怕れ、財星は比劫を怕れ、印星は財の來て破るを怕れ、食神は印の來て奪うを怕れ、幾樣が交錯配合して、各々其の妙處あり。日主が弱きは生扶を以て喜と為し、日主が強きは反って生扶に因って害を受く。氣衰したは裁抑を忌諱し、太過旺なるは反って裁抑に因って益を得ます。吉凶喜忌は、全く當下の需要に合するや否やを看るのみで、併して神煞の名目の聽こえ善きか善からざるかに因って分別あるに非ず。
十九、四凶神の能く格を成すを論ず
煞傷梟刃,四凶神也,然施之得宜,亦能成格。如印綬根輕,透煞為助,煞能成格也。財逢比劫,傷官可解,傷能成格也。食神帶煞,靈梟得用,梟能成格也。財逢七煞,刃可解厄,刃能成格也。是故財不忌傷,官不忌梟,煞不忌刃,如治國長搶大戟,本非美具,而施之得宜,可以戡亂。
七煞・傷官・梟神・羊刃は四種の凶神なれども、用いるに恰當なれば、同じく格を成しえます。たとえば印綬の根基が薄弱なれど、七煞を透して來て印を生ずれば、印は便ち幫手あり――これは煞の能く格を成すなり。財格が比劫の來て爭奪するに遇うに、傷官ありて中間に劫氣を化して財と為せば、爭奪は便ち化解す――これは傷の能く格を成すなり。食神格が七煞を帶び、もともと食を用いて煞を制すべきに、もし食神が太過旺して反って制するが頭を過るを嫌えば、梟神を用いて略しく抑制を加うれば反って合宜なり――これは梟の能く格を成すなり。財格が七煞の來て黨助して禍を為すに遇うに、羊刃は身を助けて煞に敵しえ、また煞と相合しえて、危難は便ち解す――これは刃の能く格を成すなり。だから財格は必ずしも傷官を忌むに及ばず、官格は必ずしも梟神を忌むに及ばず、煞格は必ずしも羊刃を忌むに及ばず。これは國を治むるに譬え。長槍大戟はもともと何の祥和の器に非ざれども、其の時其の地に用いるに得れば、正に以て禍亂を平定するに用う――底本は「如治國長搶大戟」、「搶」は「槍」の訛で、「長槍大戟」に作るべき。
二十、生剋先後の吉凶を分かつを論ず
月令用神,配以四柱,固有每字之生克以分吉凶,然有同此生克,而先後之間,遂分吉凶者,尤談命之奧也。如正官同是財傷並透,而先後有殊。假如甲用酉官,丁先戊後,後則以財為解傷,即不能貴,後運必有結局。若戊先而丁後時,則為官遇財生,而後因傷破,即使上運稍順,終無結局,子嗣亦難矣。印格同是貪格壞印,而先後有殊。如甲用子印,己先癸後,即使不富,稍順晚境;若癸先而己在時,晚景亦悴矣。
月令の用神に四柱を配するは、固より毎個の字の生克に頼って吉凶を定めるを要すなれども、さらに一種の情形あり。生克の關係が完全に一樣なれども、ただ排列の先後が同じからざるに因りて、吉凶は便ち大相徑庭――これは命を談ずるの最も精微なる處です。たとえば同じく正官格にして財と傷官が一齊に透し出るも、先後の位置が同じからざれば、結果は便ち二樣。假设甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為し、丁火傷官が前にあり戊土財星が後にあれば、後來の財は傷官の氣を轉化して來て去って官を生じうれば、たとい大貴能くなしとも、晚運は總に一個の著落あり。反對に若し戊財が前にあり丁傷が時上にあれば、即ち官は先に財の生ずるを得て後に傷官に破壞され、たとい前半段の運が稍しく順なれども、頭を到しても結局なく、子嗣上にも艱難あり。印格も同じく「財を貪り印を壞す」なれども、先後同じからざればまた分別あり。たとえば甲日主が子中の癸水を用いて印と為し、己土財が前にあり癸印が後にあれば、たとい富ならずとも、晚景はなお順遂と算すべし。若し癸印が前にありて己財が時上に落つれば、晚年もまた便ち憔悴なり。底本は「印格同是貪格壞印」、「格」は「財」の訛で、「貪財壞印」に作るべき。
食神同是財梟並透,而先後有殊。如壬用甲食,庚先丙後,晚運必亨,格亦富而望貴。若丙先而庚在時,晚運必淡,富貴兩空矣。七煞同是財食並透,而先後大殊。如己生卯月,癸先辛後,則為財以助用,而後煞用食制,不失大貴。若辛先而癸在時,則煞逢食制,而財轉食黨煞,非特不貴,後運蕭索,兼難永壽矣。他如此類,可以例推。
食神格も同じく財と梟神が一齊に透し出るに、先後同じからざればまた分別あり。たとえば壬日主が甲木を用いて食神と為し、庚金の梟神が前にあり丙火の財星が後にあれば、梟神は先に食を奪い財は後に來て解救して、晚運は必ず亨通し、格局もまた富の中に貴に望みあり。若し丙財が前にありて庚梟が時上に落つれば、晚運は必定に清淡で、富と貴と両頭ともに落空す。七煞格も同じく財と食神が一齊に透し出るに、先後の差別はいよいよ大なり。たとえば己日主が卯月に生まれ、卯中の乙木は七煞で、癸水財が前にあり辛金食神が後にあれば、先に財ありて來て用を助け、後に食神ありて煞を制して、大貴を失わず。若し辛食が前にありて癸財が時上に落つれば、即ち煞は先に食神に制住せられ、後來の財は却って反って食神の力量を轉じて去って七煞を黨助し、貴ならざるのみならず、後運は蕭條にして、壽數に至るもまた永きを保ち難し。殘りの類似の情形は、みなこの類に照らして推すべし。
然猶吉凶易者也,至丙生甲寅月,年癸時戊,官能生印,而不怕戊合;戊能洩身為秀,而不得越甲以合癸,大貴之格也。假使年月戊癸而時甲,或年甲而月癸時戊,則戊無所隔而合全癸,格大破矣。丙生辛酉,年癸時己,傷因財間,傷之無力,間有小貴。假如癸己產並而中無辛隔,格盡破矣。辛生申月,年壬月戊,時上丙官,不愁隔戊之壬,格亦許貴。假使年丙月壬而時戊,或年戊月丙而時壬,則壬能克丙,無望其貴矣。如此之類,不可勝數,其中吉凶似難猝喻。然細思其故,理甚顯然,特難為淺者道耳。
上のこれらの吉凶はなお看るに易しきと算すべし。さらにいよいよ細なるを看れば。丙日主が寅月に生まれて月干が甲、年干の癸水は正官、時干の戊土は食神なり。癸官は甲印を生じえ、また中間に甲を隔てるがゆえに、戊土は癸を合し得ず。戊土は丙火の秀を泄しえれども、甲を越えて去って癸を合する能くなし――これは大貴の格です。假使年干を戊・月干を癸・時干を甲に換え、あるいは年干を甲・月干を癸・時干を戊に換えれば、戊と癸の間に隔斷する物なく、戊は便ち癸を完全に合し去り、格局は便ち大いに破れます。またたとえば丙日主が酉月に生まれて月干が辛、年干の癸水は正官、時干の己土は傷官なり。己傷は癸官を剋せんとするに、中間に辛のこの財に隔てられ、傷官の力量は使い出す能くなく、なお些かの小貴あり得べし。假如癸と己が直接に挨り、中間に辛の來て相隔るなくば、格は便ち全く破れる――底本は「假如癸己產並而中無辛隔」、「產」は衍字で、「癸己並而中無辛隔」に作るべき。またたとえば辛日主が申月に生まれ、年干の壬水は傷官、月干の戊土は印、時上の丙火は正官なり。壬は丙を剋せんとするに、戊に隔斷せられて、力を用いえず、格は或いは貴ならん。假使年を丙・月を壬・時を戊に換え、あるいは年を戊・月を丙・時を壬に換えれば、壬は便ち直に丙を剋しえ、貴もまた便ち指望なし。この類の情形は數え舉ぐるに勝えず、その中の吉凶は乍看には領會し難く、しかし細かく其の緣由を想えば、道理は明擺にして、ただ功夫淺き人に向かって講り清め難きのみ。
二十一、星辰は格局に關せざるを論ず
八字格局,專以月令配四柱,至於星辰好歹,既不能為生克之用,又何以操成敗之權?況於局有礙,即財官美物,尚不能濟,何論吉星?於局有用,即七煞傷官,何謂凶神乎?是以格局既成,即使滿盤孤辰入煞,何損其貴?格局既破,即使満盤天德貴人,何以為功?今人不知輕重,見是吉星,遂致拋卻用神,不管四柱,妄論貴賤,謬談禍福,甚可笑也。況書中所云祿貴,往往指正官而言,不是祿堂人貴人。
八字の格局は、專ら月令と四柱の相配に頼って定まるのみ。各種の神煞星辰の善惡に至っては、それらはすなわち五行の生克に參與する能くなくして、また何を憑って格局の成敗を掌握せんや。何况ただ格局に妨礙ある限り、財官のごとき美物をもってしても局を救いえずして、なお何の吉星を談ぜんや。ただ格局に有用ある限り、七煞・傷官をもってするもみな善き物にして、また何を憑って凶神と叫ばんや。だから格局は一たび成立すれば、たとい滿盤みな孤辰・入煞の類の惡名の星でも、またその貴を損じる能くなし。格局は一たび破れれば、たとい滿盤みな天德・貴人の類の聽こえ善き星でも、また何の作用を起こしえんや。今の人は輕重を辨えず、一たび吉星を見れば便ち用神を抛きて一邊に置き、四柱もまた顧みずして、胡乱に貴賤を評斷し、瞎に禍福を談じ、實に可笑し。何况古書の說く「祿」「貴」は、往々にして指す所は正官で、併して祿堂・天乙貴人のあの虚星に非ず――底本は「不是祿堂人貴人」、「人貴人」は當に「天乙貴人」に作るべき。
如正財得傷貴為奇,傷貴也,傷官乃生財之具,正財得之,所以為奇,若指貴人,則傷貴為何物乎?又若因得祿而避位,得祿者,得官也,運得官鄉,宜乎進爵,然如財用傷官食神,運透官則格條,正官運又遇官則重,凡此之類,只可避位也。若作祿堂,不獨無是理,抑且得祿避位,文法上下相顧。古人作書,何至不通若是!
たとえば書上に「正財が傷貴を得るを奇と為す」と言う、この「貴」は即ち官です。傷官はもともと財を生ずるの工具で、正財格がそれを得る、所以に奇と稱す。若し「貴」を天乙貴人に解せば、然らば「傷貴」はまた個の何物ぞや。またたとえば書上に「祿を得るに因って位を避く」と言う、この「祿」もまた官です。行運が官鄕に走り到ればもともと官を升るべきに、若し財格が傷官・食神を用い為にすれば、運裏にさらに官星を透して、格局は便ち牽制を受く――底本のここは「格條」に作る、「格破」の訛ならんと疑う、今照錄して改めず。もともとすでに正官格なるに、運裏にまた官に遇えば、官は便ち重し。この類の情形はただ位を退き讓避するのみ。若しこの「祿」を祿堂に解せば、講り通ずる能くなざるのみならず、しかも「得祿」と「避位」は上下文はもともと相顧みて文を成す。古人が書を著すに、どこで不通にこの地步に到らんや。
又若女命,有云“貴眾則舞裙歌扇”。貴眾者,官眾也,女以官為夫,正夫豈可疊出乎?一女眾夫,舞裙歌扇,理固然也。若作貴人,乃是天星,並非夫主,何礙於眾,而必為娼妓乎?然星辰命書,亦有談及,不善看書者執之也。
またたとえば女命書上に「貴衆なれば則ち舞裙歌扇」と言う、意思は官星が多すぎる女子は多く歌舞聲色の流に淪落するを謂う。ここの「貴衆」は即ち官多なり。女子は正官を以て丈夫と為し、正牌の丈夫はどうして重重疊疊に出現しえんや。一個の女子が許多の丈夫に對して、舞裙歌扇の境地に落ちるは、道理はもともとこう。若し「貴」を天乙貴人に解せば、それは不過一個の虚星に過ぎず、併して夫主に非ず、幾個多くてもまた何の妨げあらん、何を憑って便ち彼女が娼妓を為すと斷定せんや。勿論、星辰を講ずる命書も確かに存在せり、ただ讀書に善ならざる人がこれを死抱して放さざるのみ。
如“貴人頭上帶財官,門充馳馬”,蓋財官如人美貌,貴人如人衣服,貌之美者,衣服美則現。其實財官成格,即非貴人頭上,怕不門充馳馬!又局清貴,又帶二德,必受榮封。若專主二德,則何不竟云帶二德受兩國之封,而秘先曰無煞乎?若云命逢險格,柱有二德,逢凶有救,右免於危,則亦有之,然終無關於格局之貴賤也。
たとえば「貴人の頭上に財官を帶び、門に馳馬充す」のこの一句は、財官は人の容貌に譬え、貴人は人の衣服に譬う。容貌もともと美なるに、さらに善き衣服を配せばいよいよ顯れ出る。其の實ただ財官が格を成せば、たとい貴人の頭上に落ちずとも、豈に車馬の門に盈ちる能くならんや。またたとえば格局が清貴にして、また天月二德を帶びれば、必ず朝廷の封賞を受くと言う。倘若真に全く二德に憑って作用を起こすならば、何ぞ乾脆に「二德を帶びれば便ち兩國の封を受く」と言わざるや、なぜ前面に必ずまず「無煞」のこの條件を加うるや――底本は「而秘先曰無煞乎」、「秘」は「必」の訛。命に險惡の格に逢い、柱中に二德あれば、凶に遇う時に解救を得て危難を免るるを得ると說くに至っては、この種の事は倒れてもまたこれあり――底本は「右免于危」、「右」は「亦」の訛――ただし終究に格局本身の貴賤とは關なし。
二十二、外格の用舍を論ず
八字用神既專主月令,何以又有外格乎?外格者,蓋因月令無用,權而用之,故曰外格也。如春木冬水、土生四季之類,日與月同,難以作用,類象、屬象、沖財、會祿、刑合、遙迎、井欄、朝陽諸格,皆可用也。若月令自有用神,豈可另尋外格?又或春木冬水,干頭己有財官七煞,而棄之以就外格,亦太謬矣。是故干頭有財,何用沖財?干頭有官,何用合祿?書云“提綱有用提綱重”,又曰“有官莫尋格局”,不易之論也。然所謂月令無用者,原是月令本無用神,而今人不知,往往以財被劫官被傷之類。用神已破,皆以為月令無取,而棄之以就外格,則謬之又謬矣。
八字の取用はすでに專ら月令を以て主と為す、なぜさらに「外格」あるか。所謂外格は、月令裏に用神を取り出せざるに因り、已まず權變して別に一格を立てる、所以に外格と呼びます。たとえば木日主が春に生まれ、水日主が冬に生まれ、土日主が辰戌丑未の四季の月に生まれ、日干と月令と同氣で、自己は自己を拿って用神と為し能くなく、このとき類象・屬象・衝財・會祿・刑合・遙迎・井欄・朝陽のこれらの格がはじめて用場に上る。倘若月令本身にすでに用神あれば、どうしてそれを撇き開いて別に外格を找りえんや。さらに甚しきは、春木冬水なれども、天干上にすでに財あり官あり七煞ありて取るべきなのに、偏偏と抛き開いて去って外格に就かんとすれば、それは太過荒謬なり。だから言う、天干上にすでに財あれば、何ぞ必ずしも「財を衝く」せんや。天干上にすでに官あれば、何ぞ必ずしも「祿を合せ」んや。書上に「提綱に用あれば提綱重し」と言い、また「官あれば格局を尋ねる莫れ」と言う、みな移易すべからざる定論です。ただし分かち清めるを要す。所謂「月令に用なし」は、もともと指すは月令裏に原本より用神なく。今の人は明白せず、往々にして財が劫奪せられ、官が傷剋せられたるの類の情形に碰上して――それは用神すでに破壞せられたるに、彼らは却って月令に取る可きなしと當て、ここにおいて月令を抛き開いて去って外格に就く、これは即ち錯の上に錯を加うるです。
二十三、宮分用神が六親を配するを論ず
人有六親,配之八字,亦存於命。其由宮分配之者,則年月日時,自上而下,祖父妻子,亦自上而下。以地相配,適得其宜,不易之位也。其由用神配之者,則正印也母,身所自出,取其生我也。若偏財受我剋制,何反為父?偏財者,母之正夫也,正印為母,則偏才為父矣。正財為妻,受我剋制,夫為妻綱,妻則從夫。若官煞則剋制乎我,何以反為子女也?官煞者,財所生也,財為妻妾,則官煞為子女矣。至於比肩為兄弟,又理之顯然者。其間有無得力,或吉或凶,則以四柱所存或年月或日時財官傷刃,繫是何物,然後以六親配之用神。局中作何喜忌,參而配之,可以瞭然矣。
人に六親ありて、六親を八字上に配するも、またみな各々著落あり。一種は「宮位」に按じて配する。年・月・日・時は上より下へ排列し、祖輩・父母・妻室・子女もまた上より下へ對應し、位置を用いて輩分を配すれば、恰好合宜して、これは固定不變なり。もう一種は十神に按じて配する。正印は母親と為す、我は母に由りて生ぜられ、それが我を生ずるの義を取るがゆえ――底本は「則正印也母」、「也」は「為」の訛で、「正印為母」に作るべき。ある人問う、偏財は我の克制する所なのに、どうして反って父親ぞや。須知、偏財は母親の正配の丈夫なり――正印すでに母なれば、正印と相配する偏財は自然に即ち父なり(底本の下文は「則偏才為父矣」、「才」は「財」の訛)。正財は妻子と為す、我の克制する所で、夫が妻の綱、妻は夫に從うを要するがゆえ。またある人問う、官煞は我を克制する者なのに、どうして反って子女ぞや。須知、官煞は財の生ずる所なり――財すでに妻妾なれば、妻妾の生ずる所の官煞は自然に即ち子女なり。比肩が兄弟と為すに至っては、道理はさらに明擺なり。これらの六親の得力するかせざるか・是吉か是凶かは、則ち四柱中の年月または日時上に擺るは究竟財か・官か・傷か・刃かを看て、然る後に六親と用神とを對照して看るを要す。この字が全局中に喜か忌かを、參合して一たび配すれば、便ち一目瞭然なり。
二十四、妻子を論ず
大凡命中吉凶,於人愈近,其驗益靈。富貴貧賤,本身之事,無論矣,至於六親,妻以配身,子為後嗣,亦是切身之事。故看命者,妻財子提綱得力,或年干有用,皆主父母身所自出,亦自有驗。所以提綱得力,或年干有用,皆主父母雙全得力。至於祖宗兄弟,不甚驗矣。
凡そ命中の吉凶は、本人との關係がいよいよ近ければ、應驗はいよいよ靈なり。富貴貧賤は本人の事で、それは言うに及ばず。六親に至っては、妻子は自己と相配し、兒子は自己の後嗣で、またみな切身の事です。だから命を看る者は妻・財・子・祿を推するに、若し月令の提綱が得力するか、あるいは年干上の字が有用あれば、みな父母のこの一頭に依靠あるを主とし、もともとまた自ら應驗あり。正に提綱が得力するか年干が有用あるに因って、はじめて父母雙全にして且つ得力するを主とする。至ってさらに上なる祖宗・旁に及ぶ兄弟は、應驗は則ちさほど準ならず――關係がいよいよ遠ければ、命中の載する所の信息はいよいよ淡し。
以妻論之,坐下財官,妻當賢貴;然亦有坐財官而妻不利,逢傷刃而妻反吉者,何也?此蓋月令用神,配成喜忌。如妻宮坐財,吉也,而印格逢之,反為不美。妻坐官,吉也,而傷官逢之,豈能順意?妻坐傷官,凶也,而財格逢之,可以生堸,煞格逢之,可以制煞,反主妻能內助。妻坐陽刃,凶也,而或財官煞傷等格,四柱已成格局,而日主無氣,全憑日刃幫身,則妻必能相關。其理不可執一。
まず妻を言う。日支を「妻宮」と呼ぶ。日支に財に坐しまたは官に坐すれば、妻子は當に賢惠尊貴なるべし。しかしまた財官に坐して妻が反って利あらざるもあり、傷官・羊刃に坐して妻が反って吉なるもあり、何ぞや。これは月令の用神を配して下して來て喜か忌かを看るを要す。たとえば妻宮に財に坐するはもともと吉なれども、若し本命が印格なれば、財の來て印を壞すは、反って美ならず。妻宮に官に坐するはもともと吉なれども、若し本命が傷官格なれば、傷官見官して、どこで心順いえんや。妻宮に傷官に坐するはもともと凶なれども、若し本命が財格なれば、傷官は正好財を生ず。若し本命が煞格なれば、傷官は正好煞を制して、反って妻子の能く内助するを主とす――底本は「可以生堸」、「堸」は「財」の訛で、「可以生財」に作るべき。妻宮に陽刃に坐するはもともと凶なれども、若し本命が財・官・煞・傷等の格で、四柱すでに格を成して日主自身に氣なく、全く日支のこの羊刃に頼って身を助くれば、然らば妻子は必ず能く我と休戚相關なり。見るべし、此の中の道理は一端を死執する能くならざるを。
既看妻宮,又看妻星。妻星者,干頭之財也。妻透而成局,若官格透財、印多逢財、食傷透財為用之類,即坐下無用,亦主內助。妻透而破格,若印輕財露、食神傷官、透煞逢財之類,即坐下有用,亦防刑剋。又有妻透成格,或妻宮有用而坐下刑沖,未免得美妻而難偕老。又若妻星兩透,偏正雜出,何一夫而多妻?亦防刑剋之道也。至於子息,其看宮分與星所透喜忌,理與論妻略同。
妻宮を看過した上は、さらに「妻星」を看るを要す。妻星は即ち天干上の財なり。妻星が透し出て格局の成立を得せしめる、たとえば正官格が財を透して來て官を生じ、印が多くて財に逢って來て印を抑え、食傷格が財を透して用と為すの類は、たとい日支の妻宮本身に何の用なくとも、また妻子の能く内助するを主とす。妻星が透し出て反って格局を破壞する、たとえば印輕して財を露して印を壞し、食神・傷官格が煞を透してまた財に逢って煞を黨するの類は、たとい日支に用ありとも、また刑剋を提防するを要す。また一種、妻星が透し出て格を成すか、あるいは妻宮に用あるも、日支が偏偏と刑衝に遭うなれば、即ち美妻を娶りても白頭偕老する能くなきを免れ難し。またたとえば妻星が兩透して正財・偏財雜出すれば、一個の丈夫にどこでこれほど多き妻子あらんや。これも同じく刑剋を提防するの一條の路數なり。
但看子息,長生沐浴之歌,亦當熟讀,如“長生四子中旬半,沐浴一雙保吉祥,冠帶臨官三子位,旺中五子自成行,衰中二子病中一,死中至老沒兒郞,除非養取他之子,入墓之時命夭亡,受氣為絕一個子,胎中頭產養姑娘,養中三子只留一,男子宮中子細詳”是也。然長生論法,用陽而不用陰。如甲乙日只用庚金長生,巳酉丑順數之局,而不用辛金逆數之子申辰。雖書有官為女煞為男之說,然終不可以甲用庚男而用陽局,乙用辛男而陰局。蓋木為日主,不問甲乙,總以庚為男辛為女,其理為然,拘於官煞,其能驗乎?
子息を推するに至っては、時柱の宮位と子星の喜忌を看るのほか、長生沐浴の歌もまた當に背熟すべし。歌訣に言う。長生位は四子を主りて中年の後に半減し、沐浴位は二子を主りて平安を保すべく、冠帶・臨官位は三子を主り、帝旺位は五子成行を主り、衰位は二子・病位は一子、死位は則ち老に到るも兒なく、他人の子を過繼するに非ざればならず、墓位に入れば則ち子は夭亡し、絕位は氣を受けてただ一子を得るのみ、胎位は頭胎に女を生じ、養位は三子あると雖もただ一個を留住する能くのみ――男命の子女宮は當に此に照らして細かく推詳すべし。ただしここに長生を推するはただ陽干を用いて陰干を用いず。たとえば甲乙木の日主は、一律に庚金の長生を用い、巳より起こりて順數して巳酉丑のあの套と為し、辛金の逆數する子申辰を用いず。書上に「官は女、煞は男」の說法あれども、終究に甲が庚を以て男と為せば陽局を用い、乙が辛を以て男と為せば陰局を用いる能くなし。ただ日主が木に屬する限り、甲なれども乙なれども、一概に庚を以て男と為し辛を以て女と為す、これぞ合理なり。若し官煞の名目を死摳せば、なお應驗しえんや。
所以八字到手,要看子息,先看時支。如甲乙生日,其時果係庚金何宮?或生旺,或死絕,其多寡己有定數,然後以時干子星配之。如財格而時干透食,官格而時干透財之類,皆謂時干有用,即使時逢死絕,亦主子貴,但不甚繁耳。若又逢生旺,則麟兒繞膝,豈可量乎?若時干不好,子透破局,即逢生旺,難為子息。若又死絕,無所望矣。此論妻子之大略也。
だから八字は一たび手に到れば、子息を推せんと欲せば、まず時支を看る。たとえば甲乙木の日主は、時支が庚金の十二長生のどの一宮に落つるかを看る。生旺か、それとも死絕か。子女の多寡は先に一個の大數あり。然る後にさらに時干上の子星を拿って去って配す。たとえば本命が財格にして時干に食神を透して來て財を生じ、あるいは本命が官格にして時干に財を透して來て官を生ずるの類は、みな「時干有用」と算す。この種の情形はたとい時支が死絕の地に落つるとも、また子女の顯貴を主とし、ただ人數が多からざるのみ。若し時支がさらに生旺に逢えば、即ち麟兒が膝を繞り、得ること多くして限量すべからず。反對に、若し時干上の字が善からず、子星が一たび透せば反って格局を破れば、たとい時支が生旺に逢うとも、子息上に望みあり難し。若し時支がまた死絕に落つれば、即ちさらに盼むべきなし。以上は即ち妻子子女を推論するの大概です。
二十五、行運を論ず
論運與看命無二法也。看命以四柱干支,配月令之喜忌,而取運則又以運之干,配八字之喜忌。故運中每運行一字,即必以此一字,配命中干支而統觀之,為喜為忌,吉凶判然矣。何為喜?命中所喜之神,我得而助之者是也。如官用印以制傷,而運助印;財生官而身輕,而運助身;印帶財以為忌,而運劫財;食帶煞以成格,身輕而運逢印,煞重而運助食;傷官佩印,而運行官煞;陽刃用官,而運助財鄉;月劫用財,而運行傷食。如此之類,皆美運也。
大運を論ずると本命を看るとは、併して两套の辦法なく。本命を看るは四柱の干支を拿って月令の喜忌に配し、運を取るは則ち大運の干支を拿って八字の喜忌に配す。だから大運が一個の字に走り到るごとに、必ずこの字を命局の干支裏に放り込んで通盤に一看し、是喜か是忌か、吉凶は自然に分明す。何を喜と算すか。命裏の喜ぶ所のあの神を、運が來てそれを幫す一把すれば、即ち喜です。たとえば正官格が印を用いて傷官を制するは、運裏に印を幫助す。財格が官を生じて日主が偏輕なるは、運裏に日主を幫助す。印格が財を帶ぶるは忌にして、運裏に來て財を劫し、去ってこの財を掉す。食神格が七煞を帶びて格を成すに、若し日主輕ければ運に印に逢って來て身を生じ、若し煞重ければ運に來て食神を幫助して煞を制す。傷官佩印は、運に官煞を走らせて去って印を生ず。陽刃格が官を用いるは、運に財鄕を走らせて去って官を生ず。月劫格が財を用いるは、運に傷食を走らせて去って劫を化して財を生ず。この類はみな美運です。
何謂忌?命中所忌,我逆而施之者是也。如正官無印,而運行傷;財不透食,而運行煞;印綬用官,而運合官;食神帶煞,而運行財;七煞食制,而運逢梟;傷官佩印,而運行財;陽刃用煞,而運逢食;建祿用官,而運逢傷。如此之類,皆敗運也。其有似喜而實忌者,何也?如官逢印運,而本命有合,印逢官運,而本命用煞之類是也。有似忌而實喜者,何也?如官逢傷運,而命透印,財行煞運,而命透食之類是也。
何を忌と算すか。命裏の忌む所のあの事を、運が偏偏と逆らって來てそれを促成せば、即ち忌です。たとえば正官格にもともと印の官を護るなくして、運が却って傷官を走る。財格にもともと食神を透して通關せしめなくして、運が却って七煞を走る。印綬格が官星を用いるに、運が來て官を合し去る。食神格が七煞を帶びて食に頼って煞を制するに、運が却って財を走りて去って煞を黨す。七煞格が食神に頼って煞を制するに、運が却って梟神に逢って食を奪う。傷官佩印に、運が却って財を走りて來て印を壞す。陽刃格が七煞を用いて刃を制するに、運が却って食神に逢って去って煞を制す。建祿格が官を用いるに、運が却って傷官に逢って官を剋す。この類はみな敗運です。また看るに喜に似て、其の實忌なるがあり、それは何の情形か。たとえば正官格が印運を走るはもともと吉なるべきに、本命裏に印がすでに合し住められ。印格が官運を走るはもともと吉なるべきに、本命の用いる所は煞にして官に非ず――この類。また看るに忌に似て、其の實喜なるもあり。たとえば正官格が傷官運を走るはもともと凶なるべきに、本命に印を透して傷を制しえ。財格が七煞運を走るはもともと凶なるべきに、本命に食を透して煞を制しえ――この類。
又有行干而不行支者,何也?如丙生子月亥年,逢丙丁則幫身,逢巳午則相沖是也。又有行支而不行干者,何也?如甲生酉月,辛金透而官猶弱,逢申酉則官植根,逢庚辛則混煞重官之類是也。又有干同一類而不兩行者,何也?如丁生亥月,而年透壬官,逢丙則幫身,逢丁則合官之類是也。又有支同一類而不兩行者,何也?如戊生卯月,丑年,逢申則自坐長生,逢酉則會丑以傷官之類是也。
また一種、天干を走るは可なれども地支を走るは不可なる情形があるは、何ぞや。たとえば丙日主が子月に生まれ年支が亥で、身が弱くて幫を需むに、運に丙丁の两干を走れば正好身を幫す。しかし運に巳午を走れば、巳午は丙の祿と刃なれども、命中の亥子と相衝せんとし、反って利ならず。また地支を走るは可なれども天干を走るは不可なるもあり。たとえば甲日主が酉月に生まれ、辛金は透すと雖も官星はなお單薄を嫌い、運に申酉を走れば、官星は便ち根あり。運に庚辛を走れば、庚は七煞にして官と混雜せんとし、さらに一個の辛が來ればまた官重を嫌う。また同じく一類に屬する二個の天干が同じく看待しえざるあり。たとえば丁日主が亥月に生まれ年干に壬を透して正官と為すに、運に丙火を走れば身を幫しうるも、運に丁火を走れば却って壬と相合して官を合し去らんとす。また同じく一類に屬する二個の地支が同じく看待しえざるもあり。たとえば戊日主が卯月に生まれ年支が丑にして、運に申を走れば、戊は申に自坐長生す。運に酉を走れば、酉は却って丑と會して金局を成して來て官を傷らんとす。
又有同是相沖而分緩急者,何也?沖年月則急,沖日時則緩也。又有同是相沖而分輕重者,何也?運本美而逢沖則輕,運既忌面又沖則重也。又有逢沖而不沖,何也?如甲用酉官,行卯則沖,而本命巳酉相會,則沖無力;年支亥未,則卯逢年會而不沖月官之類是也。又有一沖而得兩沖者,何也?如乙用申官,兩申並而不沖一寅,運又逢寅,則運與本命,合成二寅,以沖二申之類是也。
同じく相衝なるも、さらに緩急を分かつを要す。年柱月柱に衝き到るは應驗急にして、日柱時柱に衝き到るは應驗緩なり、年月は前半生を主りまた格局の係る所で、日時は後半生を主るがゆえ。同じく相衝なるも、さらに輕重を分かつを要す。もともと美運にして一點の衝を帶ぶれば、害を為すは即ち輕し。もともとすでに忌運にしてまた衝を加うれば、害を為すは即ち重し――底本は「運既忌面又衝則重也」、「面」は「而」の訛。また一種、衝に遇うも衝が成らざるあり。たとえば甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為し、運に卯を走るはもともと酉を衝すべきに、本命の地支に巳ありて酉と相會して金局を成せば、卯の衝は力を使い上がらず。あるいはまた年支に亥あり未あれば、運に來る卯は先に年支に拉されて去って木局を會成し、もまた月令の官星を衝するに顧み及ばず。また一種、一個の衝が變じて二個の衝と為るあり。たとえば乙日主が申中の庚金を用いて正官と為し、本命に二個の申併列して、一個の寅は二個の申を衝き動かし得ず。しかし運裏にさらに一個の寅來れば、運中の寅と命中の寅と湊りて兩寅を成し、兩寅は去って兩申を衝して、衝は便ち成立す。
二十六、行運の成格變格を論ず
命之格局,成於八字,然配之以運,亦有成格變格之要權。其成格變格,較之喜忌禍福尤重。何為成格?本命用神,成而未全,從而就之者是也。如丁生辰月,透壬為宮,而運逢申子以會之;乙生辰月,或申或子會印成局,而運逢壬癸以透之。如此之類,皆成格也。
命の格局は八字本身に由りて定下されたるなれども、一たび大運に配すれば、さらに「成格」「變格」のごとき擧足輕重の變數あり。しかもこの種の成格變格は、一般の喜忌禍福よりもいよいよ要緊なり。何を運裏の成格と謂うか。本命の用神はすでに初具規模なれどもなお不完整にして、大運が來てそれを補齊して事を玉成す。たとえば丁日主が辰月に生まれ、壬水を透して正官と為すに、壬は辰に在りてはただ墓庫の氣のみ、運裏に申または子に逢って來て辰と會して水局を成せば、官星は便ち坐實す――底本は「透壬為宮」、「宮」は「官」の訛。またたとえば乙日主が辰月に生まれ、地支に或は申或は子ありてすでに辰と會して水局を成して印と為すに、天干に水なし、運裏に壬癸に逢って透し出れば、印格は便ち完備す。この類はみな成格と呼ぶ。
何為變格?如丁生辰月,透壬為官,而運逢戌,透出辰中傷官;壬生戌月,丁己並透,而支又會寅會午,作財旺生官矣,而運逢戊土,透出戌中七煞;壬生亥月,透己為用,作建祿用官矣,而運逢卯未,會亥成本,又化建祿為傷。如此之類,皆變格也。然亦有逢成格而不喜者,何也?如壬生午月,運透己官,而本命有甲乙之類是也。又有逢變格而不忌者,何也?如丁生辰月,透壬用官,逢戊而命有甲;壬生亥月,透己用官,運逢卯未,而命有庚辛之類是也。成格變格,關係甚大,取運者其細詳之。
何を變格と謂うか。たとえば丁日主が辰月に生まれ壬水を透して正官と為すに、運裏に戌に逢って來て辰を衝し、辰中の戊土傷官を衝し出して來て官を剋す。またたとえば壬日主が戌月に生まれ、丁火財・己土官が一齊に透し出て、地支にさらに寅と會し午と會して火局を成すは、もともと財旺生官の好格なれども、運裏に戊土に逢えば、即ち戌中に藏する七煞を透し出すに等しく、官と煞と便ち混雜す。またたとえば壬日主が亥月に生まれ己土を透して用と為すは、もともと建祿格の官を用いるなれども、運裏に卯または未に逢えば、亥と會して木局を成して、建祿を化して傷官と為して來て官を剋す。この類はみな變格と呼ぶ。ただしまた運裏に成格しても併して喜ぶ可きに非ざるあり、それは何の情形か。たとえば壬日主が午月に生まれ、運裏に己土の正官を透し出すは、看るに成格かのごとし、しかし本命に甲乙木ありて來て己を剋せんとして、官は立ち住らず。また運裏に變格しても併して忌むに足らざるあり。たとえば丁日主が辰月に生まれ壬を透して官を用いるに、運に戊土に逢えばもともと官を傷らんとするも、本命に甲木ありて戊を制しえ。壬日主が亥月に生まれ己を透して官を用いるに、運に卯未に逢って木を會すも、本命に庚辛金ありて木を剋しえ。見るべし、成格變格の關係は極めて大なり、運を取る者は務めて細かく分辨せねばならざるを。
二十七、喜忌に干支の別あるを論ず
命中喜忌,雖支干俱有,而干主天,動而有為,支主地,靜以待用,且干主一而支藏多,為福為禍,安不得殊?譬如甲用酉官,逢庚辛則官煞雜,而申酉不作此例。申亦辛之旺地,辛坐申酉,如府官又掌道印也。逢二辛則官犯重,而二酉不作此例。辛坐二酉,如一府而攝二郡也,透丁則傷官,而逢午不作此例。丁動而午靜,且丁巳並藏,安知其為財也?然亦有支而能作禍福者,何也?如甲用酉官,逢午酉未能傷,而又遇寅遇戌,不隔二位,二者合而火動,亦能傷矣。即此反觀,如甲生甲月,午不制煞,會寅會戌,二者清局而火動,亦能矣。然必會有動,是正與干有別也。即此一端,餘者可知。
命中の喜神・忌神は、天干地支上にともにあれども、天干は天に屬して性は動して主動し作為し、地支は地に屬して性は靜して任用を等待す。しかも一個の天干はただ一樣の物を代表し、一個の地支は却って好幾樣を藏す。すでにこうなれば、同一の事が干上に落つると支上に落つると、福を為すか禍を為すかどうして能く一樣ならんや。譬如甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為すに、天干にさらに庚に逢い辛に逢えば、即ち官煞混雜なり。しかし地支に申に逢い酉に逢うは則ちこの例子に照らして辦ずる能くなし――申もまた辛金の氣を得るの地で、辛が申酉に坐するは、知府がさらに一道の印信を兼掌するに譬え、反って官星の根あるなり。天干にさらに一個の辛に逢えば、即ち官星が過重なり。しかし地支に兩個の酉あるは此例に照らさず――辛が兩酉に坐するは、一個の知府が兩郡を兼管するに譬え、依然として一個の官なり。天干に丁を透せば即ち傷官剋官なり。しかし地支に午に逢うは此例に照らさず――丁は動、午は靜にして、何况午中の丁火は己土と同藏して、それが顯し出るは傷官か財かを誰か知らん(底本は「丁巳並藏」、「巳」は「己」の訛で、「丁己並藏」に作るべき)。ただし地支にも確かに禍福を作しうるの時あり、それは何の情形か。たとえば甲が酉官を用い、地支に單一の午はなお官を傷る能くなれども、若しさらに寅に遇い戌に遇い、中間にまた二位を隔てざれば、寅午戌は會して火局を成し、火は一たび動き起これば、照樣に官を傷しえ。反對に看るもまた同じ。甲日主が申月に生まれて庚を以て煞と為すに、地支に單一の午は煞を制し得ず、然るに若し寅と會し戌と會して火局を成せば、火が動き起これば便ちまた煞を制しえ――底本のこの句は「如甲生甲月」に作る、文義に據れば當に申月と為すべし。末句の「亦能矣」下に一字を脱し、《子平真詮評註》本は「亦能傷矣」に作る。總じて地支は必ず會して局を成してはじめて動き起これ、これが正にそれの天干と同じからざる處なり。此の一點より推して去れば、殘りの道理もまた以て明白なりえます。
二十八、支中の喜忌が運に逢って透き清るを論ず
支中喜忌,固與干有別矣,而運逢透清,則靜而待用者,正得其用,而喜忌之驗,於此乃見。何謂透清?如甲用酉官,逢辰未即為財,而運透戊,逢午未即為傷,而運透丁之類是也。若命與運二支會局,亦作清論。如甲用酉官,本命有午,而運逢寅戌之類。然在年則重,在日次之,至於時生於午,而運逢寅戌會局,則緩而不急矣。雖格之成敗高低,八字己有定論,與命中原有者不同,而此五年中,亦能炒其禍福。
地支中の喜忌は固より天干と別あるも、一たび大運が來てそれを「透清」せば、それらのもともと靜くして任用を等待した藏干は正好用場に派し、喜忌の應驗もまた即ち此の時に顯現す。何を透清と謂うか。たとえば甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為し、本命の地支に辰あり未あり、その中に戊土の偏財を藏し、運裏に戊を透して來れば、財は便ち清し。本命の地支に午あり未あり、その中に丁火の傷官を藏し、運裏に丁を透して來れば、傷は便ち清し。若し本命の地支と大運の地支が會して局を成せば、また透清に按じて論ず。たとえば甲が酉官を用い、本命に午ありて、運に寅または戌に逢えば、寅午戌が會して火局を成す。ただし位置に輕重あり。年支上に會するは分量最も重く、日支は其次なり。午時に生まれて運に寅戌に逢って來て會するに至っては、便ち來ること緩にして急ならず。格局の成敗高低は八字裏に早く定論あると雖も、運に來て透清するは到頭に命中の元來有するものと同じからざるも、あの地支の主る五年の中に在っては、それは照樣に禍福を左右しうる。底本の此の段の「八字己有定論」の「己」は「已」の訛、「亦能炒其禍福」の「炒」は「操」の訛で、「亦能操其禍福」に作るべき。
若月令之物,而運中透清,則與命中原有者,不甚相懸,即前篇所謂行運成格變格是也。故凡一八字到手,必須逐干逐支,上下統看。支為干之生地,干為支之發用。如命中有一甲字,則統觀四支,有寅亥卯未等字否,有一字,皆甲木之根也。有一亥字,則統觀四支,有壬甲二字否。有壬,則亥為壬祿,以壬水用;用甲,則亥為甲長生,以甲木用;用壬甲俱全,則一以祿為根,一以長生為根,二者並用。取運亦用此術,將本命八字,逐干支配之而已。
若し透清するが正に月令の藏する所の物ならば、則ちそれは命中に元來より有するものと差し無幾く、即ち上の一篇の講ずる所の行運の成格變格なり。だからおよそ一個の八字が手に到れば、必ず一個の干一個の支を挨りに看、上下貫通して看るを要す。地支は天干の生長の地、天干は地支の發用の處なり。たとえば命中に一個の甲の字あれば、便ち四個の地支を通看して、寅・亥・卯・未のこれらの字あるや無きやを看る。ただ一個ある限り、みな甲木の根なり。反對に、命中に一個の亥の字あれば、便ち四個の天干を通看して、壬と甲あるや無きやを看る。壬あれば、亥は即ち壬の臨官の地で、壬水を用いえ。甲あれば、亥は即ち甲の長生の地で、甲木を用いえ。壬甲ともにあれば、則ち一は祿を以て根と為し一は長生を以て根と為して、両者を併用す。運を取るもまたこの套の辦法を用い、本命の八字を一個の干一個の支にして拿って去って運と配する、此の如く而已。
二十九、時說の格局に拘泥するを論ず
八字用神專憑月令,月無用神,臺尋格局。月令,本也;外格,未也。今人不知輕重,拘泥格局,執假失真。故戊生甲寅之月,時上庚甲,不以為明煞有制,而以為專食之格,逢甲減福。丙生子月,時逢巳祿,不以為正官之格,歸祿幫身,而以為日祿歸時,逢官破局。辛日透丙,時遇戊子,不以為辛日得官逢印,而以為朝陽之格,因丙無成。
八字の取用は專ら月令に憑り、ただ月令裏に實に用神を取り出せざれば、はじめて別に外格を尋ねる。月令は根本で、外格は枝末なり――底本は「台尋格局」、「台」の字は訛文で、《子平真詮評註》本は「徐尋格局」に作る。又「外格,未也」、「未」は「末」の訛。今の人は輕重を辨えず、一味に外格の名目に拘泥して、假を抱て真を丢す。だから。戊日主が寅月に生まれて月干が甲、時上に庚あれば、もともと七煞が明透して庚金の食神ありて來て制すと說うべきに、彼らは却ってこれを「專食格」と說い、一たび甲木を見れば便ち福を減ずと言う。丙日主が子月に生まれ、子中の癸水は正官、時に巳に逢うは丙の祿にして、もともと正官格にして祿を歸して身を幫すと說うべきに、彼らは却ってこれを「日祿歸時格」と說い、一たび官星を見れば便ち局を破ると言う。辛日主が天干に丙を透して正官と為し、時柱が戊子なれば、もともと辛日が官を得てまた戊土の正印に逢うと說うべきに、彼らは却ってこれを「朝陽格」と說い、丙火を見るに因って便ち格成らずと言う。
財逢時煞,不以為生煞攻身,而以為時上偏官。癸生巳月,時遇甲寅,不以為暗官受破,而以為刑合成格。癸生冬月,酉日亥時,透戊坐戌,不以為月劫建祿,用官通根,而以為拱戌之格,填實不利。辛日坐丑,寅年,亥月,卯時,不以為正財之格,而以為填實拱貴。乙逢寅月,時遇丙子,不以為木火通明,而以為格成鼠貴。如此謬論,百無一是,此皆由不知命理,妄為評斷。
財格にして時上に七煞に逢えば、もともと財は去って煞を生じ、煞は來て身を攻すと說うべきに、彼らは却ってただ管く「時上偏官」と叫んで好格と看る。癸日主が巳月に生まれ、巳中の戊土は正官、時に甲寅に遇い、寅は巳を刑すれば、もともと暗藏の官星の刑破せられたると說うべきに、彼らは却ってこれを「刑合成格」と說う。癸日主が冬月に生まれ日支が酉・時支が亥、天干に戊土を透して戌に坐すれば、もともと月劫建祿格が官星を用い、官がまた戌に通根すると說うべきに、彼らは却ってこれを「拱戌格」と說い、さらに戌字が明擺の「填實」にして利あらざるを嫌う。辛日主が日支に丑に坐し年支が寅・月支が亥・時支が卯なれば、もともと正財格と說うべきに、彼らは却って「填實拱貴」と說う。乙日主が寅月に生まれ時に丙子に遇えば、もともと木火通明と說うべきに、彼らは却って說い成して「鼠貴格」と為す。この類の謬論は一條も立つべきなく、全く命理を懂らずして胡乱に評斷するに因る。
三十、時說の訛を以て訛を傳うるを論ず
八字本有定理,理之不明,遂生導端,妄言妄聽,牢不可破。如論干支,則不知陰陽之理,而以俗書體象歌訣為確論;論格局,則不知專尋月令,而以拘泥外格為活變;論生克,則不察喜忌,而以傷旺扶弱為定法;論行運,則不問同中有導,而以干支相類為一例。究其緣由,一則書中用字輕重,不知其意,而謬生偏見;一則以鵒書無知妄作,誤會其說,而深入迷途;一則論命取運,偶然湊合,而遂以己見為不易,一則以古人命式,亦有誤收,即收之不誤,又以己意入外格,尤為害人不淺。
八字はもともと一定の道理ありて、道理が明白ならざれば、便ち許多の歧說を生じ出す。亂講する人は講り、亂聽する人は聽きて、積習は牢にして破るべからず。たとえば干支を講ずるに、陰陽氣質の理を懂らずして、却って俗書のあの體象歌訣を當て確論と為す。格局を講ずるに、專ら月令上より尋ねるを懂らずして、却って外格を死抱するを當て靈活變通と為す。生克を講ずるに、喜忌を分辨するに去らずして、却って其の旺なる者を抑え其の弱き者を扶けるを當て鐵律と為す。行運を講ずるに、同類の中に其の實また別の分別あるを問わずして、却って干と支を歸して一例に作して看る。其の緣由を追及せば。一は古書の字を用うるに輕重ありて、讀む人が其の意を明らかにせず、ここにおいて偏見を生ず。二はある人は無知妄作の坊本を信じ、其の說を誤會して愈陷り愈深し。三は命を論じ運を取るに偶然に一度碰對して、便ち自らの成見を當て不易之論と為す。四は古人の留下した命式にも本身に收め錯えるあり、たとい收め錯えざるも、またある人は己意に憑って硬くそれを歸して外格に入る――此の一條は人を害すること尤も淺からず。底本の此の段の「遂生導端」の「導端」は當に「異端」に作るべし、「同中有導」の「導」は當に「異」に作るべし、「以鵒書無知妄作」の「鵒書」は當に「俗書」に作るべし、三處みな訛文なり、今照錄して改めず。
如壬申、癸丑、己丑、甲戌,本雜氣財旺生官也,而以為乙亥時,作時上偏官論,豈知旺財生煞,將救死之不暇,於何取貴?此類甚多,皆誤收格局也。如己未、壬申、戊子、庚申,本食神生財也,而欲棄月令,以為戊日庚申合祿之格,豈知本身自有財食,豈不甚美?又何勞以庚合乙,求局外之官乎,此類甚多,皆硬入外格也。
たとえば壬申・癸丑・己丑・甲戌のこの八字は、もともと雜氣の財旺生官の格なり。己日主が丑月に生まれ、丑中の辛癸は食と為し財と為し、年月の壬癸は財旺にして、時上の甲木は正官なり。しかしある人は時柱を乙亥と記して、改めて「時上偏官」に按じて論ず。殊に知らず、財が旺んでさらに去って煞を生ずれば、日主は死を救うに及ばずして、どこでなお貴を談じえんや。この類の例子は甚だ多く、みな格局を收め錯えたるなり。またたとえば己未・壬申・戊子・庚申のこの八字は、もともと食神生財なり。戊日主が申月に生まれ、庚金の食神が去って壬水の財を生ず。しかしある人は偏偏と月令を撇き開いて、「戊日庚申合祿格」と說い成す。殊に知らず、本命は自ら財あり食ありて、何等の美好なるや、何ぞ必ずしもさらに庚金を勞動して去って乙木を合して、格局の外に行って一個の虚官を求めんや。この類の例子もまた甚だ多く、みな硬く命を塞りて外格に入るるなり。
人苟中無定見,察理不精,睹此謬論,豈能無惑?何況近日貴格不可解者,亦往往有之乎?豈知行術之人,必以貴命為指歸,或將風聞為實據,或探其生日,而即以己意加之生時,謬造貴格,其人之八字,時多未確,即彼本身,亦不自知。若看命者不究其本,而徒以彼既富貴遷就其說以相從,無惑乎終身無解日矣!
一個の人が心裏に定見なくして理を察するもまた精細ならざれば、これらの謬論を看て、どうして迷惑せられざるを得んや。何况近來に確かに常にある貴人の八字が正理に按じて講り通ぜざるものあり。知るを要す、算命に頼って飯を食う者は總に貴命を以て招牌と為す。ある者は道聽途說を當て實據と為し、ある者はただ人家の生日を打聽し得れば、便ち自らの意思に憑って一個の生時を安して上げ、硬く一個の貴格を造り出す。これらの人の八字は、時辰は多くは確ならず、本人を連ねてもまた必ずしも自己がどの時辰に生まれたるかを知らず。命を看る者が若し此の根本を追究せざれば、ただ對方が確かに富貴なるに因って、便ちあの套の說法に遷就して跟いて去れば、それもまた一生も弄明白せざるを難いと怪しむに足らず。
三十一、正官を論ず
官以克身,雖與七煞有別,終受彼制,何以切忌刑沖破害,尊之若是乎?豈知人生天地間,必無矯焉自尊之理,雖貴極天子,亦有天祖臨之。正官者分所當尊,如在國有君,在家有親,刑沖破害,以下犯上,烏乎可乎?以刑沖破害為忌,則以生之護之為喜矣。存其喜而去其忌則貴,而貴之中又有高低者,何也?以財印並透者論之,兩不相礙,其貴也大。
正官は七煞と別あると雖も、畢竟にまた我を剋する物で、我は終究にその管制を受くる、なぜ反って刑衝破害を切に忌みて、それを尊崇するを此の地步に至らしめるか。知るを要す、人が天地の間に生るるは、斷じて一味に自高自大して何の約束も受けざるの道理なく。たとい貴く天子と為るも、頭上になお上天と祖宗とあり。正官は正に分として尊奉すべきあの一位で、國に君主あり家に父母あるに譬え。刑衝破害を用いて去ってそれを傷れば、即ち下を以て上を犯すで、どうして可ならんや。すでに刑衝破害を以て忌と為せば、然らば能くそれを生じそれを護るは自然に即ち喜なり。喜神を留住し忌神を去掉すれば、便ち貴なり。しかるに同じく貴にしてまた高低を分かつは、これ何の為ぞや。まず財と印が同時に透し出る情形を拿って言えば。財は能く官を生じ、印は能く官を護り、両者また互いに妨礙せず、この種の貴は最大なり。
如薛相公命,甲申、壬申、乙巳、戊寅,壬印戊財,以乙隔之,水與土不相礙,故為大貴。若壬戌、丁未、戊甲、乙卯,雜氣正官,透干會支,最為貴格,而壬財丁印,二者相合,仍以孤官無輔論,所以不上七品。若財印不以兩用,則單用印不若單用財,以印能護官,亦能洩官,而財生官也。若化官為印而透財,則又為甚秀,大貴之格也。如金狀元命,乙卯、丁亥、丁未、庚戌,此並用財印,無傷官而不雜煞,所謂去其忌而存其喜者也。
例として薛相公の命。甲申・壬申・乙巳・戊寅。乙木日主が申月に生まれ、申中の庚金は正官。月干の壬水は印、時干の戊土は財で、中間に日主たる乙木を隔て、水と土とは相妨礙せず、所以に大貴なり。またたとえば壬戌・丁未・戊申・乙卯のこの命は、戊日主が未月に生まれ、未中の乙木は正官で、雜氣正官に屬す。官はすでに干を透し地支にまた卯ありて來て木を會すは、もともと最も貴き格なれども、惜しむらくは年干の壬水は財・月干の丁火は印で、二者は相合して各々その用を失い、依然としてただ「孤官無輔」に按じて論ぜざるを得ず、所以に官位は七品に上る能くなし――底本は日柱を「戊甲」に作る、「甲」は天干で、日支に居る能くなし、當に「戊申」の訛と為すべし。若し財と印と同時に取用する能くならざれば、則ち單に印を用いるは單に財を用いるに如かず。印は能く官を護ると雖も、却ってまた官の氣を泄し、しかるに財は專ら官を生ずるを管くるがゆえ。例として金狀元の命。乙卯・丁亥・丁未・庚戌。丁日主が亥月に生まれ、亥中の壬水は正官、時干の庚金は財にして來て官を生じ、年支の卯は亥と會して木を成して印と為す。財印を併用して、傷官の來て剋するもなく、また七煞を夾雜せず、正に所謂其の忌む所を去り其の喜ぶ所を存するなり。
然而遇傷在於佩印,混煞貴乎取清。如宣參國命,己卯、辛未、壬寅、辛亥,未中己官透干用清,支會水局,兩辛解之,是遇傷而佩印也。李參政命,庚寅、乙酉、甲子、戊辰,甲用酉官,庚金混雜,乙以合之,合煞留官,是雜煞而取清也。至於官格透傷用印者,又忌見財,以財能去印,未能生官,而適以護傷故也。
ただし、正官格が傷官に遇う時は、關鍵は印を佩んで來て傷を制するに在り。七煞の混雜に遇う時は、貴ぶべき處は清を取るに在り。例として宣參國の命。己卯・辛未・壬寅・辛亥。壬日主が未月に生まれ、未中の己土が干を透して正官と為し、用いること清純なり。しかし地支に亥卯未が會して木局を成し、木は壬の傷官で、來て官を剋せんとするに、幸いに月干と時干の二つの辛金の正印ありて傷官を制住す――これが即ち傷に遇いて印を佩むなり(底本は「支會水局」、「水」は「木」の訛、亥卯未の會する所は正に木局なり)。またたとえば李參政の命。庚寅・乙酉・甲子・戊辰。甲日主が酉中の辛金を用いて正官と為し、年干の庚金は七煞で、來て官と混雜するに、幸いに月干の乙木ありて庚と相合して、煞を合し官を留む――これが即ち煞雜して清を取るなり。正官格すでに傷官を透して、印に頼って來て傷を制するを要するに至っては、また財を見るを忌む。財は能く印を剋し去りて、自己は官上に生ずるに到らず、結果は恰恰と傷官の忙を幫すがゆえ。
然亦有逢財而反大貴者,如范太傅命,丁丑、壬寅、己巳、丙寅,支具巳丑,會金傷官,丙丁解之,透壬豈非破格?卻不知丙丁並透,用一而足,以丁合壬而財去,以丙制傷而官清,無情而愈有情。此正造化之妙,變幻無窮,焉得不貴?至若地支刑沖,會合可解,已見前篇,不必再述,而以後諸格,亦不談及矣。
ただしまた財を透して反って大貴なるもあり。例として范太傅の命。丁丑・壬寅・己巳・丙寅。己日主が寅月に生まれ、寅中の甲木は正官。地支の巳と丑が會して金局を成し、金は己の傷官で、來て官を剋せんとするに、幸いに年干の丁・時干の丙の兩火ありて金局を制住す。しかし月干に偏偏と壬水を透して財と為し、財は能く印を壞して傷を制する能くなし、豈に格を破るに非ずや。殊に知らず、丙丁の兩火は併び透して、傷を制するはただ一個を用いて足る。丁をして去って壬と相合せしめ、財を牽き去らしめ。丙をして專ら傷官の制伏を管せしめれば、官星は便ち清し。表面に看るは無情なれども、結果は反っていよいよ有情なり。これ正に造化の巧妙・變幻無窮の處で、どうして貴ならざらんや。地支の刑衝は會合を用いて化解しうるに至っては、前の《論刑衝會合解法》の一篇ですでに講じ過ぎ、さらに說くに及ばず。後の各格もまたみな此の一點を重複して談ぜず。
三十二、正官の取運を論ず
取運之道,一八字則有一八字這論,其理甚精,其法甚活,只可大略言之。變化在人,不可泥也。如正官取運,即以正官所統之格分而配之。正官而用財印,身稍輕則取助身,官稍輕則助官。若官露而不可逢合,不可雜煞,不可重官。與地支刑沖,不問所就何局,皆不利也。正官用財,運喜印受身旺之地,切忌食傷。若身旺而財輕官弱,即仍取財官運可也。
運を取るの辦法は、一個の八字に一個の八字の講究ありて、道理極めて精にして法度極めて活、ただ個の大概を講じえ、具體の變化は全く人の自ら揣摩するに在り、拘泥すべからず。正官格の取運に就いて言えば、正官の統轄する所の各種の小格に按じて分別に運を配するを要す。正官格にして兼ねて財と印を用いるは。日主が稍しく輕ければ便ち身を幫すの運を取り、官星が稍しく輕ければ便ち官を助けるの運を取る。若し官星が天干に明透せば、運裏に則ちさらに合に逢ってそれを合し去る可からず、さらに七煞に逢って來て混雜せしむ可からず、またさらに一個の官に逢って官を過重ならしむ可からず。地支上の刑衝に至っては、本命の成すはどの一局なりとを問わず、一律に利あらず。正官格が專ら財を用いて來て官を生ずるは。運は印綬と身旺の地を喜び、最も食傷を忌む。食傷はすなわち身を泄しまた官を傷るがゆえ。ただし若し日主がもともと旺んで財輕官弱なれば、則ち依然として財官の運を走るを好しと為す。
正官佩印,運喜財鄉,傷食反吉。若官重身輕而佩印,則身旺為宜,不必財運也。正官帶傷食而用印制,運喜官旺印旺之鄉,財運切忌。若印綬疊出,財運亦無害矣。正官而帶煞,傷食反為不礙。其命中用劫合煞,則財運可行,傷食可行,身旺,印綬亦可行,只不過復露七煞。若命用傷官合煞,則傷食與財俱可行,而不宜逢印矣。此皆大略言之,其八字各有議論。運中每遇一字,各有研究,隨時取用,不可言形。凡格皆然,不獨正官也。
正官格が印を佩むるは。印すでに用に足れば、運は財鄕を走りて去って官を生ずるを喜び、傷食の運を走るも反ってまた吉なり、印ありて傷を制しうるがゆえ。ただし若し官重身輕して印に頼って來て官を化して身を生ぜば、則ち宜しく身旺の運を走るべし、必ずしもさらに財運を走りて去って官を生ずるに及ばず。正官格に傷食を帶びて、印に頼って來て傷食を制伏するを要するは。運は官旺印旺の地を喜び、財運は切に切に走る可からず、財は去って印を掉すがゆえ。ただし若し印綬が重重疊疊に出れば、財運もまた妨なし。正官格にして七煞を夾帶するは。傷食の運を走れば反って礙なし、傷食は能く煞を制するがゆえ。若し本命が劫財を用いて去って煞を合するなれば、則ち財運は行いべく、傷食運は行いべく、身旺運は行いべく、印綬運もまた行いべし。ただ一條あり、さらに一個の七煞を露し出す可からず。若し本命が傷官を用いて去って煞を合するなれば、則ち傷食と財とはともに行いべく、獨り印に逢うを宜しとせず、印は傷官を制住するを得るがゆえ。以上はみなただ個の大概を講ずるのみ、毎個の八字は各々其の議論あり。運中に一個の字に遇うごとにみな單獨に推敲し、時に隨って取用して、死の格式を定め出す能くなし。各種の格局はみな此の如く、獨り正官格のみならず。
三十三、財を論ず
財為我克,使用之物也,以能生官,所以為美。為財帛,為妻妾,為才能,為驛馬,皆財類也。財喜根深,不宜太露,然透一位以清用,格所最喜,不為之露。即非月令用神,若寅透乙、卯透甲之類,一亦不為過,太多則露矣。然而財旺生官,露亦不忌,蓋露不忌,蓋露以防劫,生官則劫退,譬如府庫錢糧,有官守護,即使露白,誰敢劫之?
財は我の克制して我の使用に供する物で、それが能く官を生ずるに因りて、所以に善き物なり。およそ錢財・妻妾・才干・驛馬奔走して謀取するの象は、みな財の此の類に屬す。財は根深きを喜び、太過顯露するを宜しとせず。ただし一個の位を透して以て用神を澄清するは、正に格局の最も喜ぶ所で、これは露と算せず。たとい月令の正用神に非ずとも、たとえば寅月に生まれて乙を透し、卯月に生まれて甲を透すの類、一個を透するもまた過分と算せず、透すこと多ければはじめて露と叫ぶ。然るに財旺して能く官を生ずれば、露し出すもまた必ずしも忌諱せず――怕る所以は、比劫の來て搶するを怕るるなり。一たび財が能く官を生ぜば、官は便ち劫財を制退す。府庫裏の錢糧に官兵の守護あるに譬えれば、たとい明處に擺すとも、誰か敢えて來て搶せんや。底本のここは「露亦不忌,蓋露不忌,蓋露以防劫」、「蓋露不忌」の四字が重出して、當に傳抄の衍文と為すべし、今照錄して改めず。
如葛參政命,壬申、壬子、戊午、乙卯,豈非財露?唯其生官,所以不忌也。財格之貴局不一,有財旺生官者,身強而不透傷官,不混七煞,貴格也。有財用食生者,身強而不露官,略帶一位比劫,益覺有情,如壬寅、壬寅、庚辰、辛巳,楊待郎之命是也。透官身弱,則格壞矣。
例として葛參政の命。壬申・壬子・戊午・乙卯。戊日主が子月に生まれ、子中の癸水は正財、年月の二つの壬水財星が干を透す、豈に財露すること甚しきに非ずや。正に時干の乙木官星が財の生ずるを得るに因って、所以に忌まず。財格の貴局は一種のみならず。一種は「財旺生官」。日主が身強にして、また傷官を透して來て官を剋せず、七煞を混して來て官を奪わざれば、即ち貴格なり。一種は「財用食生」。日主が身強にして官星を露せず、さらに略しく一位の比劫を帶ぶれば、反ってさらに有情を覺ゆ――たとえば壬寅・壬寅・庚辰・辛巳、これは楊侍郎の命で、庚日主が辰に坐して通根し、二つの壬水食神が去って寅中の甲木の財を生じ、時上の辛金比劫が身を幫す(底本は「楊待郎」、「待」は「侍」の訛)。この種の格は若し官星を透し出て日主がまた弱なれば、格は便ち壞る。
有財格佩印者,蓋孤財不貴,佩印幫身,即印取貴。如乙未、甲申、丙申、庚寅,曾參政之命是也,然財印宜相併,如乙未、己卯、庚寅、辛巳,乙與己兩不相能,即有好處,小富而已。有用食而兼用印者,食與印兩不相礙,或有暗官而去食護官,皆貴格也。如吳榜眼命,庚戌、戊子、戊子、丙辰,庚與丙隔兩戊而不相剋,是食與印不相礙也。如平江伯命,壬辰、乙巳、癸巳、辛酉,雖食印相剋,而欲存巳戊官,是去食護官也。反是則減福矣。
一種は「財格佩印」。孤零零たる一個の財は以て貴を致すに足らず、印を佩びて來て身を幫せば、便ち印に頼って貴を取る。例として乙未・甲申・丙申・庚寅、これは曾參政の命。丙日主が申月に生まれ、申金は財、年月の乙甲木の印が身を幫す。ただし財と印は位置が相並び彼此相礙えざるを要してはじめて善し。乙未・己卯・庚寅・辛巳のこの命のごときは、年干の乙木は財、月干の己土は印で、乙と己とは相鄰して互相に剋し、誰も誰を容れ下す能くなく、たとい些かの好處ありとも、不過小富而已。また一種は「兼ねて食神と印を用いる」。食と印と彼此相妨礙せず、あるいは命中に別に暗藏の官星あれば、便ち食神を去掉して以て官星を保護す。これらはみな貴格なり。例として呉榜眼の命。庚戌・戊子・戊子・丙辰。戊日主が子月に生まれ、子水は財、庚金の食神と丙火の印とは中間に二個の戊土を隔てて、相剋する能くなし、これが即ち食と印の相礙えざるなり。またたとえば平江伯の命。壬辰・乙巳・癸巳・辛酉。癸日主が巳月に生まれ、巳中の丙火は財・戊土は官、乙木の食神と辛金の印はもともと相剋するも、ここに正に辛金を用いて乙木を剋し去り巳中の戊土官星を保住するを要す、これが即ち食を去って官を護るなり。若し配置が反對なれば、福分は便ち折扣を打つを要す。
有財用傷官者,財不甚旺而比強,輅露一位傷官以化之,如甲子、辛未、辛酉、壬辰,甲透未庫,逢辛為劫,壬以化劫生財,汪學士命是也。財旺無劫而透傷,反為不利,蓋傷官本非美物,財輕透劫,不得己而用之。旺而露傷,何苦用彼?徒使財遇傷而死生官之具,安望富貴乎?有財帶七煞者,或合煞存財,或制煞生財,皆貴格也,如毛狀元命,乙酉、庚辰、甲午、戊辰,合煞存財也;李御史命,庚辰、戊子、戊寅、甲寅,制煞生財也。
一種は「財用傷官」。財は太過旺ならざるも比劫が却って強ければ、便ち一位の傷官を露して來て比劫の氣を化け開き、轉じて去って財を生ぜしむ。例として甲子・辛未・辛酉・壬辰、これは汪學士の命。辛日主が未月に生まれ、年干の甲木は財にして未中の乙木の庫に通根し、月干の辛と日支の酉はみな劫財にして來て財を奪わんとするに、幸いに時干の壬水傷官ありて、劫氣を化し去って轉じて財を生ず。反對に、財がもともと旺んでまた劫財の來て奪うなくして、却って傷官を透せば、即ち利あらず――傷官はもともと善き物に非ず、ただ財輕してまた劫を透するに因って、はじめて已まずそれを借りて一用する。財すでに旺んでなお傷官を露するは、何ぞ苦しみてそれを用いんや。空しく財と傷官とを糾纏せしめ、反って官を生ずるの工具を毀掉して、さらに何の富貴を指望せんや。一種は「財帶七煞」。あるいは煞を合し去って財を保住し、あるいは煞を制住してさらに去って財を生ずるは、みな貴格なり。例として毛狀元の命。乙酉・庚辰・甲午・戊辰、甲日主が辰月に生まれ、戊土は財、年干の乙木劫財と月干の庚金七煞と相合す、これは煞を合して財を存す。又如李御史の命。庚辰・戊子・戊寅・甲寅、戊日主が子月に生まれ、子水は財、時干の甲木は七煞、年干の庚金食神が煞を制す、これは煞を制して財を生ず。
有財用煞印者,黨煞為忌,印以化之,格成富局,若冬土逢之亦貴格。如趙待郎命,乙丑、丁亥、乙亥,化煞而即以解凍,又不露財以雜其印,所以貴也。若財用煞印而印獨,財煞並透,非特不貴,亦不富也。至於壬生午月,癸生巳月,單透財而亦貴,又月令有暗官也。如丙寅、癸巳、癸未、壬戌,林尚書命是也。又壬生巳月,單透財而亦貴,以其透丙藏戊,棄煞就財,美者存在贈者棄也。如丙辰、癸巳、壬戌、壬寅,王太僕命是也。至於劫刃太重,棄財就煞,如一尚書命,丙辰、丙申、丙午、壬辰,此變之又變者也。
一種は「財用煞印」。財が去って七煞を黨助するはもともと忌なれども、印を用いて煞を化し掉れば、便ち富局を成す。若し是れ冬の土日主が此の配置に碰上せば、さらに貴格を成しえ、煞が化して印と為ると同時にまた寒凍を解するがゆえ。例として趙侍郎の命。乙丑・丁亥・乙亥(底本は「趙待郎」、「待」は「侍」の訛。此の造はただ三柱を存すのみ、時柱はすでに佚す)――煞を化して印と為し、同時に冬月の冰凍を解き開き、しかも財を露して來て印を攪亂せず、所以に貴なり。しかし若し財用煞印にして印が孤零零たる一個のみ、財と煞がまた一齊に透し出れば、則ち貴ならざるのみならず、富をも談じるに及ばず。壬日主が午月に生まれ癸日主が巳月に生まれて、ただ單に一個の財を透しても能く貴なるに至っては、それは月令裏に別に暗官を藏するがゆえなり。午中の己土は壬の正官、巳中の戊土は癸の正官。例として丙寅・癸巳・癸未・壬戌、これは林尚書の命。またたとえば壬日主が巳月に生まれ、單に財を透しても貴なるは、巳中の丙火が透し出て財と為り戊土は藏して露せざるがゆえに、索性七煞を丢き開いてただ財を取り、美しきを留めて善からざるを舍掉す――底本は「美者存在贈者棄也」、「存在贈者棄」は當に「存而憎者棄」に作るべし。例として丙辰・癸巳・壬戌・壬寅、これは王太僕の命。劫財・羊刃が太過重なるに至っては、反って財を舍てて煞に就き、煞を用いて來て刃を制す、例として某尚書の命。丙辰・丙申・丙午・壬辰――即ちこれ變化の外にまた變化を生ずるなり。
三十四、財の取運を論ず
財格取運,即以財格所就之局,分而配之。其財旺生官者,運喜身旺印緩,不利七煞傷官;若生官而後透印,傷官之地,不甚有害。至於生官而帶食破局,則運喜印綬,而逢煞反吉矣。財用食生,財食重而身輕,則喜助身;財食輕而身重,則仍行財食。煞運不忌,官印反晦矣。財格佩印,運喜官鄉,身弱逢之,最喜印旺。財用食印,財輕則喜財食,身輕則喜比印,官運有礙,煞反不忌也。財帶傷官,財運則亨,煞運不利,運行官印,未見其美矣。財帶七煞,不論合煞制煞,運喜食傷身旺之方。財用煞印,印旺最宜,逢財必忌。傷食之方,亦任意矣。
財格の取運も、また財格の成す所の具體の局面に按じて分別に運を配す。第一種の「財旺生官」は。運は身旺と印綬の地を喜び、七煞と傷官を利あらずとす。七煞は官を奪い傷官は官を剋するがゆえ(底本は「運喜身旺印緩」、「緩」は「綬」の訛で、「印綬」に作るべき)。若し命中に官を生じたる後にさらに印を透して來て官を護れば、則ち傷官の地を走るもまた大害と算せず。もともとすでに官を生じて食神を帶びて來て局を破るに至っては、運は便ち印綬の來て食を制するを喜び、反って七煞に逢うもまた吉なり、食神が轉じて去って煞を制すれば便ち來て官を剋せざるがゆえ。第二種の「財用食生」は。財と食とともに重くて日主が偏輕なるは、身を幫すの運を走るを喜ぶ。財と食とともに輕くて日主が偏重なるは、依然として財食の運を走る。此の一格は七煞運を走るを忌まず、食神は能く煞を制するがゆえ。倒れて官運印運は反って格局を晦暗ならしむ。第三種の「財格佩印」は。運は官鄕を喜び、官は能く印を生ず。日主が弱きは此に走り到れば、最も印旺を喜ぶ。第四種の「財に兼ねて食と印を用いる」は。財輕ければ便ち財食の運を喜び、日主輕ければ便ち比劫と印の運を喜ぶ。官運を走るは礙あり、煞運を走るは反って忌まず。第五種の「財帶傷官」は。財運を走れば則ち亨通し、煞運を走れば利あらず、官印の運を走るもまた何の好處をも見出し得ず。第六種の「財帶七煞」は。本命が煞を合するか煞を制するかを論ぜず、運はみな食傷と身旺の方を喜ぶ。第七種の「財用煞印」は。印旺を以て最も相宜と為し、一たび財運に遇えば必定に忌と為す。傷食の方に至っては、走るも走らざるも妨なし。
三十五、印綬を論ず
印綬喜其生身,正偏同為美格,故財與印不分偏正,同為一格而論之。印綬之格局亦不一,有印而透官者,正官不獨取其生印,而即可以為用,與用煞者不同。故身旺印強,不愁太過,只要官星清純,如丙寅、戊戌、辛酉、戊子,張參政之命是也。然亦有帶傷食而貴者,則如朱尚書命,丙戌、戊戌、辛未、壬辰,壬為戊制,不傷官也。又如臨淮侯命,乙亥、己卯、丁酉、壬寅,己為乙制,己不礙官也。
印綬が取るはその身を生ずるで、正印も偏印も同じく美格で、所以に印は財と同じくみな偏正を分かたず、合して一格を成して論ず。印綬格の具體の格局もまた一種のみならず。第一種「印にして官を透す」。ここの正官は單に拿って來て印を生ずるのみならず、それは本身にして便ち用神と作しえ、印格が七煞を用いて來て印を生ずると同じからず。だからたとい身旺して印がまた強くとも、印の太過を愁うに及ばず、ただ官星が清純なれば即可なり。例として丙寅・戊戌・辛酉・戊子、これは張參政の命。辛日主が戌月に生まれ、戊土は印、年干の丙火は正官。此の一格にもまた傷食を帶びて依然として貴なるあり。たとえば朱尚書の命、丙戌・戊戌・辛未・壬辰、時干の壬水は傷官なれども、月干の戊土に制住せられて、年干の丙火の官星を傷る能くなし。またたとえば臨淮侯の命、乙亥・己卯・丁酉・壬寅、月干の己土は食神なれども、年干の乙木に制住せられて、時干の壬水の官星を妨礙し得ず。
有印而用傷食者,身強印旺,恐其太過,洩身以為秀氣。如戊戌、乙卯、丙午、乙亥,李狀元命也,若印淺身輕,而用層層傷食,則寒貧之局矣。有用偏官者,偏官本非美物,藉其生印,不得已而用之。故必身重印輕,或身輕印重,有所不足,始為有性。如茅狀元命,己巳、癸酉、癸未、庚申,此身輕印重也。馬參政命,壬寅、戊申、壬辰、壬寅,此身重印輕也。若身印並重而用七煞,非孤則貧矣。
第二種「印にして傷食を用いる」。日主が身強して印がまた旺んなれば、その太過を怕れて、便ち傷食を用いて身を泄して秀氣を成す。例として戊戌・乙卯・丙午・乙亥、これは李狀元の命。丙日主が卯月に生まれ、乙木は印、身と印と俱に強く、戊土の食神を用いて秀を泄す。反對に、若し印淺くして身がまた輕いのに、却って重重疊疊の傷食を用いて去って泄せば、即ち寒微貧困の局なり。第三種「印にして偏官を用いる」。七煞はもともと善き物に非ず、ただそれを借りて來て印を生ずるに因って、はじめて已まず用いる。だから必ず是れ身重して印輕く、あるいは身輕して印重き、兩頭に一頭の足らざるあってはじめて、煞を用いて算して著落ありと為す――底本は「始為有性」、「性」は當に「情」の訛と為すべし、今照錄して改めず。例として茅狀元の命。己巳・癸酉・癸未・庚申、癸日主が酉月に生まれ、庚金の印は重くて日主は偏輕、これは身輕印重なり。またたとえば馬參政の命。壬寅・戊申・壬辰・壬寅、壬水は三透して身重、申中の庚金の印は偏輕、月干の戊土七煞は正好印を生ず、これは身重印輕なり。若し身と印とともに重いのになお七煞を用いれば、それは孤苦ならずんば貧寒なり。
有用煞而兼帶傷食者,則用煞而有制,生身而有洩,不論身旺印重,皆為貴格。有印多而用財者,印重身強,透財以抑太過,權而用之,只要根深,無防財破。如辛酉、丙申、壬申、辛亥,汪侍郎命是也。若印輕財重,又無劫財以救,則為貪財破印,貧賤之局也。即或印重財輕而兼露傷食,財與食相生,輕而不輕,即可就富,亦不貴矣。
第四種「煞を用いて兼ねて傷食を帶ぶ」。煞にすでに傷食の來て制するあり、印はまた能く身を生じて傷食はまた能く身を泄すれば、兩頭ともに偏に至らず、然らば身旺なりと印重なりとを論ぜず、みな貴格なり。第五種「印多くして財を用いる」。印が太過重して日主がまた強ければ、便ち財を透して來て此の太過を抑制す、權變の用に屬す。ただ日主の根深き限り、財の來て印を破るを怕れず。例として辛酉・丙申・壬申・辛亥、これは汪侍郎の命。壬日主が申月に生まれ、兩辛に一申を加えて印重。月干の丙火は財にして來て印を抑え、しかも壬水は申亥に通根して根基深厚なり。反對に、若し印輕して財重く、また劫財の來て解救するなければ、即ち「財を貪り印を破る」で、貧賤の局に屬す。たとい印重財輕なりとも、しかしまた傷食を露し來れば、食傷は財を生じ、財は便ち輕にして輕ならず、このようであれば富に就くべしと雖も、貴なる能くなし。
然亦有帶食而貴者,何也?如庚寅、乙酉、癸亥、丙辰,此牛監薄命,乙合庚而不生癸,所以為貴,若合財存食,又可類推矣。如己未、甲戌、辛未、癸已,此合財存食之貴也。又有印而兼透官煞者,或合煞,或有制,皆為貴格。如辛亥、庚子、甲辰、乙亥,此合煞留官也;壬子、癸卯、丙子、己亥、此官煞有制也。至於化印為劫;棄之以就財官,如趙知府命,丙午、庚寅、丙午、癸已,則變之又變者矣。更有印透七煞,而劫財以存煞印,亦有貴格,如庚戌、戊子、甲戌、乙亥是也。然此格畢竟難看,宜細詳之。
ただしまた印重して食を帶びて依然として貴なるもあり、何ぞや。例として庚寅・乙酉・癸亥・丙辰、これは牛監簿の命。癸日主が酉月に生まれ、年干の庚金は印、月干の乙木は食神で、乙と庚と相合して、庚は牽し住められて去って癸を生ぜず、印は太過重に至らず、所以に貴と為す。若し是れ財を合し住めて食神を保留すれば、また此の類に照らして推すべし。例として己未・甲戌・辛未・癸巳、即ちこれ財を合して食を存して貴なるの例なり。また一種「印にして兼ねて官煞を透す」。あるいは煞を合し去り、あるいは煞を制住すれば、みな貴格なり。例として辛亥・庚子・甲辰・乙亥、甲日主が子月に生まれて印旺、年干の辛金は正官・月干の庚金は七煞、時干の乙木が庚と相合す、これは煞を合して官を留む。またたとえば壬子・癸卯・丙子・己亥、丙日主が卯月に生まれて印旺、壬癸の官煞が併び透し、時干の己土傷官が加えて制伏す、これは官煞に制あるなり。印を化して劫と為し、乾脆に印を丢き開いて去って財官に就くに至っては、例として趙知府の命。丙午・庚寅・丙午・癸巳――即ちあれは變化の外にまた變化を生ずるなり。さらに印格が七煞を透して、劫財を用いて去って煞と印を保住して貴格を成すあり、例として庚戌・戊子・甲戌・乙亥。ただし此の一格は畢竟に看るに準し難し、當に細かく推詳すべし。
三十六、印綬の取運を論ず
印格取運,即以印格所成之局,分而配之。其印綬用官者,官露印重,財運反吉,傷食之方,亦為最利。若用官而帶傷食,運喜官旺印綬之鄉,傷食為害,逢煞不忌矣。印綬而用傷食,財運反吉,傷食亦利,若行官運,反見其災,煞運則反能為福矣。印用七煞,運喜傷食,身旺之方,亦為美地,一見財鄉,其凶立至。若用煞而兼帶傷食,運喜身旺印綬之方,傷食亦美,逢官遇財,皆不吉也。印綬遇財,運喜劫地,官印亦亨,財鄉則忌。印格而官煞競透,運喜食神傷官,印旺身旺,行之亦利。若再透官煞,行財運,立見其災矣。印用食傷,印輕者亦不利見財也。
印格の取運も、また印格の成す所の具體の局面に按じて分別に運を配す。第一種「印綬用官」。若し官星が明露して印がまた重ければ、財運を走れば反って吉なり、財は能く印を損して官を生ずるがゆえ。傷食の地を走るもまた最も利ありて、重すぎる身印の氣を泄し掉すべし。第二種「官を用いて傷食を帶ぶ」。運は官旺と印綬の鄕を喜び、傷食の運は害を為すも、反って七煞に逢うは忌まず、傷食は以て轉じて去って煞を制しうるがゆえ。第三種「印綬にして傷食を用いる」。財運を走れば反って吉、傷食の運を走るもまた利なり。若し官運を走れば、反って災を招く、官が印を生ずれば印をいよいよ重ならしむるがゆえ。煞運を走れば反って福を為す能く。第四種「印に七煞を用いる」。運は傷食の來て煞を制するを喜び、身旺の方もまた美地なり。一たび財鄕を走れば、凶禍は立刻に到る、財はすなわち印を去りまた煞を生ずるがゆえ。第五種「煞を用いて兼ねて傷食を帶ぶ」。運は身旺と印綬の方を喜び、傷食の運もまた美なり、官に逢い財に逢うもみな吉ならず。第六種「印綬が財に遇う」。運は劫財の地を喜びて去って財を分掉し、官運印運もまた亨通し、財鄕は則ち忌と為す。第七種「印格にして官煞一齊に透し出る」。運は食神・傷官の來て清を取るを喜び、印旺身旺の運は走起來もまた利あり。若し運裏にさらに官煞を透し、あるいは財運を走れば、立刻に災禍を見る。最後の一條の通則。およそ印格が食傷を用いて秀を泄するは、印がもともと輕きは、同じく財を見るを宜しとせず。
三十七、食神を論ず
食神本屬洩氣,以其能生正財,所以喜之。故食神生財,美格也。財要有根,不必偏正疊出,如身強食旺而財透,大貴之格。若丁未、癸卯、癸亥、癸丑,梁丞相之命是也;己未、壬申、戊子、庚申,謝閣老之命是也。藏食露傷,主人性剛如丁亥、癸卯、癸卯、甲寅,沈路分命是也。偏正疊出,富貴不巨,職甲午、丁卯、癸丑、丙辰,龔知縣命是也。夏木用財,火炎土燥,貴多就武。如己未、已巳、甲寅、丙寅,黃都督之命是也。
食神はもともと我の氣を泄する物なれども、ただそれが能く正財を生ずるに因って、所以に反って喜ぶべし。だから「食神生財」は個の美格なり。財は根あるを要し、必ずしも正財偏財の重重疊出するに及ばず。日主が身強し食神が旺んで財がまた干を透せば、即ち大貴の格なり。例として丁未・癸卯・癸亥・癸丑、これは梁丞相の命。癸日主が卯月に生まれ、卯木は食神、年干の丁火は財。またたとえば己未・壬申・戊子・庚申、これは謝閣老の命。戊日主が申月に生まれ、庚金は食神で、去って子中の癸水の財を生ず。若し食神が支中に藏して天干に傷官を露せば、其の人の性情は剛烈に主る、例として丁亥・癸卯・癸卯・甲寅、これは沈路分の命。若し正財偏財が重疊して透し出れば、富貴は便ち大ならず、例として甲午・丁卯・癸丑・丙辰、これは龔知縣の命。夏の木日主が財を用いるは、火炎土燥して、多くは武職を以て貴を取る、例として己未・己巳・甲寅・丙寅、これは黃都督の命。
若不用財而就煞印,最為威權顯赫。如辛卯、辛卯、癸酉、己未,常國公命是也。若無印綬而單露偏官,只要無財,亦為貴格,如戊戌、壬戌、丙子、戊戌,胡會元命是也。若金水食神而用煞,貴而且秀,職丁亥、壬子、辛巳、丁酉,舒尚書命是也。至於食神忌印,夏火太炎而木焦,透印不礙,如丙午、癸巳、甲子、丙寅,錢參政命是也。食神忌官,金水不忌,即金水傷官可見官之謂。
食神格が若し財を取らずして轉じて去って煞と印に就けば、最も能く威權顯赫なり。例として辛卯・辛卯・癸酉・己未、これは常國公の命。癸日主が卯月に生まれ、卯木は食神、時干の己土は七煞、年月の二個の辛金は印。若し命中に印綬なくしてただ單に一個の七煞を露するのみなれども、ただ財の來て煞を黨するなくば、また貴格なり、例として戊戌・壬戌・丙子・戊戌、これは胡會元の命。若し是れ金水食神にして七煞を用いれば、即ち既に貴にして且つ秀なり、例として丁亥・壬子・辛巳・丁酉、これは舒尚書の命。食神は最も印の來て食を奪うを忌むと說くに至っては、しかし夏に火が太過炎して木が烤焦する時にあっては、印を透し來れば反って妨なし、例として丙午・癸巳・甲子・丙寅、これは錢參政の命。甲日主が巳月に生まれ、丙火の食神が太過旺して、正に癸水の印の來て潤澤し候を調うを需む。また食神は官星を見るを忌むと說くも、金水食神は則ち忌まず、これ正に「金水傷官は官を見る可し」の道理なり。
至若單用食神,作食神有氣,有財運則富,無財運則貧。更有印來奪食,透財以解,亦有富貴,須就其全局之勢而斷之。至於食神而官煞競出,亦可成局,但不甚貴耳。更有食神合煞存財,最為貴格。至若食神透煞。本忌見財,而財先煞後,食以間之,而財不能黨煞,亦可就貴。如劉提臺命,癸酉、辛酉、己卯、乙亥是也。其餘變化,不能盡述,類而推之可也。
ただ單に一個の食神を用いるに至っては、あれを「食神有氣」と呼ぶ。行運が財鄕に走り到れば便ち富し、財鄕に走り到らざれば便ち貧す。また一種は印が來て食を奪い、財を透し出て來て解救するもあり、また能く富貴ありて、須らく全局の形勢に就いて判斷すべし。食神格にして官と煞と一齊に冒し出るも、また以て局を成しえ、ただ太過貴ならざるのみ。さらに食神が煞を合掉して財を保住するありて、是れ最も貴格なり。食神格すでに七煞を透し出て、もともとさらに財の來て煞を黨するを見るを忌むに至っては、然るに若し財が前にあり煞が後にあり、中間に食神を隔てば、財は煞に及ばず煞を黨し得ずして、また能く貴を取る。例として劉提臺の命。癸酉・辛酉・己卯・乙亥、己日主が酉月に生まれ、辛金は食神、時干の乙木は七煞、年上の癸水の財は前に在りて、辛食に隔てられて、煞は終究に財の接濟を得ず。殘りの變化は說き盡し難し、この路子に照らして類推するのみ。
三十八、食神の取運を論ず
食神取運,即以食神所成之局,分而配之。食神生財,財重食輕,則行財食,財食重則喜幫身。官煞之方,俱為不美。食用煞印,運喜印旺,切忌財鄉。身旺,食傷亦為福運,行官行煞,亦為吉也。食傷帶煞,喜行印綬,身旺,食傷亦為美運,財則最忌。若食太重而煞輕,印運最利,逢財反吉矣。食神太旺而帶印,運最利財,食傷亦吉,印則最忌,官煞皆不吉也。若食神帶印,透財以解,運喜財旺,食傷亦吉,印與官煞皆忌也。
食神格の取運も、また食神の成す所の具體の局面に按じて分別に運を配す。第一種「食神生財」。財重くて食輕きは、便ち財食の運を走る。財と食とともに重きは、便ち身を幫すの運を喜ぶ。此の一格は官煞の方を走るもみな美ならず。第二種「食神用煞印」。運は印旺を喜び、切に財鄕を忌む、財は印を去りて煞を生ずるがゆえ。身旺の運・食傷の運もまた福運と算し、官運煞運を走るもまた吉なり。第三種「食傷帶煞」。印綬の運を走るを喜び、身旺の運・食傷の運もまた美運なり、獨り財運のみ最も忌む。若し食神が太過重して煞が偏輕なれば、則ち印運が最も利あり、印は能く食を抑え煞を護るがゆえ。此の時に財運に逢えば反って吉なり。第四種「食神太旺して印を帶ぶ」。運は最も財を利とし、食傷の運もまた吉なり、印運は最も忌み、官煞の運はみな吉ならず。第五種「食神帶印、財を透して以て解す」。運は財旺を喜び、食傷の運もまた吉なり、印運と官煞の運はみな忌なり。
三十九、偏官を論ず
煞以攻身,似非美物,百大貴之格,多存七煞。蓋控制得宜,煞為我用,如大英雄大豪傑,似難駕馭,而處之有方,則驚天動地之功,忽焉而就。此王侯將相所以多存七煞也。七煞之格局亦不一:煞用食制者,上也,煞旺食強而身健,極為貴格。如乙亥、乙酉、乙卯、丁丑,極等之貴也。
七煞は來て身を攻する者で、看るに善き物に非ざるかのごとし、然るに大貴の格裏に偏偏と多くは七煞を帶ぶ。これはただ控制が宜しきを得れば、煞は便ち我の為に用いらるるがゆえなり。大英雄・大豪傑に譬えれば、看るに駕馭し難しと雖も、一たび調度に方あれば、驚天動地の功業は轉眼の間に成す。王侯將相の命に多く七煞を帶ぶるは、道理は即ちここに在り。七煞の格局もまた一種のみならず。第一種、また上等の一種は、「煞用食制」なり。煞が旺で食神が強く日主がまた健なれば、是れ極貴の格なり。例として乙亥・乙酉・乙卯・丁丑、乙日主が酉月に生まれ、酉金は七煞、日支に卯に坐して刃と為し年支の亥は長生、日主は健旺して、時干の丁火食神が來て煞を制す――これは極品の貴なり。
煞用食制,不要露財透印,以財能轉食生煞,而印能去食護煞也。然而財先食後,財生煞而食以制之,或印先食後,食太旺而印制,則格成大貴。如脫脫丞相命,壬辰、甲胡、丙戌、戊戌,辰中暗煞,壬以透之,戊坐四支,食太重而透甲印,以損太過,豈非貴格?若煞強食洩而印露,則破局矣。
煞用食制の此の一格は、さらに財を露しさらに印を透することなく。財は食神の力量を轉じ過ぎて去って煞を生じ、印は食神を奪掉して反って來て煞を護るがゆえ。ただし若し財が前にあり食が後にあれば、財は煞を生ずと雖も後面に食神ありて來て制す。あるいは印が前にあり食が後にありて、食神が太過旺して印を用いて稍く抑制を加うれば、格局は反って大貴なり。例として脱脱丞相の命。壬辰・甲辰・丙戌・戊戌(底本の月柱は「甲胡」に作る、下文の「辰中暗煞」に據れば當に甲辰の訛と為すべし、今照錄して改めず)。丙日主が辰月に生まれ、辰中に暗藏する水氣は煞にして、年干の壬水に由りて透し出す。戊土食神は重疊して地支に坐し、食は太過重なれば、便ち月干の甲木の印を用いて來てその太過を損す、豈に貴格に非ずや。反對に、若し煞がもともと強く食神が氣を泄する足らざるに、却って印を露して來て食を奪わば、格局は便ち破れる。
有七煞用印者,印能護煞,本非所宜,而印有情,便為貴格。如何參政命,丙寅、戊戌、壬戌、辛丑,戊與辛同通月令,是煞印有情也。亦有煞重身輕,用食則身不能當,不若轉而就印,雖不通根月令,亦為無情而有情。格亦許貴,但不大耳。有煞而用財者,財以黨煞,本非所喜,而或食被制,不能伏煞,而財以去印存食,便為貴格。
第二種は「七煞用印」。印は能く煞を護る、もともと用いるべからず。然るに若しこの印が煞と配して有情あれば、便ち貴格を成す。例として何參政の命。丙寅・戊戌・壬戌・辛丑。壬日主が戌月に生まれ、戊土は七煞、時干の辛金は印、戊と辛とは同じく戌月中に通根して、煞と印とは同氣相連す、これが即ち煞印有情なり。また一種の情形あり。煞が重くて日主が輕く、食神を用いて去って煞を制せば日主は其の泄耗を承受し堪えず、轉じて來て印を用いるに如かず――印はすなわち煞を化しまた身を生ず。このようの印はたとい月令に通根せずとも、また無情より轉じて有情と成したと算す。格局は或いは貴ならん、ただ貴なること大ならざるのみ。
如周丞相命,戊戌、甲子,丁未、庚戌,戊被制不能伏煞,時透庚財,即以清食者,生不足之煞。生煞即以制煞,兩得其用,尤為大貴。又有身重煞輕,煞又化印,用神不清,而借財以清格,亦為貴格。如甲申、乙亥、丙戌、庚寅,劉運使命是也。更有雜氣七煞,干頭不透財以清用,亦可取貴。
第三種は「煞にして財を用いる」。財は七煞を黨助する、もともと喜ぶ所に非ず。然るに若し命中の食神が印に制住せられて煞を制し得ざれば、此の時に財を用いてあの印を去掉し、食神を解放し出せば、便ち貴格を成す。例として周丞相の命。戊戌・甲子・丁未・庚戌。丁日主が子月に生まれ、子中の癸水は七煞、年干の戊土食神はもともと煞を制しえたるに、月干の甲木に制せられて力を使い得ず。時上に庚金の財星を透し出て、一面に甲木を去掉して以て食神を澄清し、一面にまたもともと足らざる七煞を生助す――すなわち煞を生じまた食神を腾かし出して來て煞を制し、兩頭ともに用を得て、所以に格外に大貴なり。また一種あり。日主が重くて煞が輕く、煞がまた印に化されて、用神が清からず、ここにおいて財を借りて來て格局を澄清すれば、また貴格なり。例として甲申・乙亥・丙戌・庚寅、これは劉運使の命。さらに雜氣の中に七煞を藏して、天干上に財を透して來て局を攪さず、用神に因って清純なるありて、同じく以て貴を取りえ。
有煞而雜官者,或去官,或去煞,取清則貴。如嶽統制命,癸卯、丁巳、庚寅、庚辰,去官留煞也。夫官為貴氣,去官何如去煞?豈知月令偏官,煞為用而官非用,各從其重。若官格雜煞而去官留煞,不能如是之清矣。如沈郎中命,丙子、甲午、辛亥、辛卯,子沖午而克煞,是去煞留官也。有煞無食制而用印當者,如戊辰、甲寅、戊寅、戊午、趙員外命是也。至書有制煞不可太過之說,雖亦有理,然運行財印,亦能發福,不可執一也,乃若棄命從煞,則於外格詳之。
第四種は「煞にして正官を夾雜す」。あるいは官を去り、あるいは煞を去り、清純を取れば便ち貴なり。例として岳統制の命。癸卯・丁巳・庚寅・庚辰。庚日主が巳月に生まれ、巳中の丙火は七煞、月干の丁火が透し出て正官と為す、此の局は官を去りて煞を留む。ある人問う、官は貴氣なり、官を去るはどうして煞を去るに比すべきや。須知、ここに月令はもともと偏官が權を當て、煞こそは用神にして官は併して用神に非ざるを、各々分量の重きあの一つに按じて取るなり。反對に、若しもともと正官格にして煞を夾雜したるに、却って官を去りて煞を留めば、則ち清に此の地步に到る能くなし。またたとえば沈郎中の命。丙子・甲午・辛亥・辛卯。辛日主が午月に生まれ、午中の丁火は七煞、年干の丙火は正官。年支の子が來て午を衝し、七煞を衝剋し掉す、これは煞を去りて官を留む。また一種は煞にして食神の制伏なく、改めて印を用いて擔當せしむるなり。例として戊辰・甲寅・戊寅・戊午、これは趙員外の命。書上に「煞を制するに太過可ならず」と說くに至っては、雖もまた道理あれども、行運が財印の地に走り到れば照樣に福を發しえ、一死の說を執すべからず。「命を棄てて煞に從う」に至っては、《論雜格》の一篇に留めてさらに詳しく說かん。
四十、偏官の取運を論ず
取運偏官取運,即以偏官所成之局分而配之。煞用食制,煞重食輕則助食,煞輕食重則助煞,煞食均而日主根輕則助身。忌正官之混雜,畏印綬之奪食。煞用印綬,不利財鄉,傷官為美,印綬身旺,俱為福地。七煞用財,其以財而去印存食者,不利劫財,傷食皆吉,喜財怕印,透煞亦順。其以財而助煞不及者,財已足,則喜食印與幫身;財未足,則喜財旺而露煞。煞帶正官,不論去官留煞,去煞留官,身輕則喜助身,食輕則喜助食。莫去取清之物,無傷制煞之神。煞無食制而用刃當煞,煞輕刃重則喜助煞,刃輕煞重,則宜制伏,無食可奪,印運何傷?七煞既純,雜官不利。
七煞格の取運も、また偏官の成す所の具體の局面に按じて分別に運を配す。第一種「煞用食制」。煞重くて食輕ければ便ち食を助け、煞輕くて食重ければ便ち煞を助け、煞と食と勢い均しくて日主が根輕ければ便ち身を助く。正官の運を走りて來て混雜するを忌み、印綬の運を走りて來て食を奪うを怕る。第二種「煞用印綬」。財鄕を利あらずとす、財は去って印を掉すがゆえ。傷官の運を走れば反って美なり、印綬の運・身旺の運はみな福地なり。第三種「七煞用財」。若し本命が財を用いて去って印を掉し食神を保住するなれば、則ち劫財の運を利あらずとし、傷食の運はみな吉、財を喜び印を怕れ、運裏にさらに七煞を透すもまた順なり。若し本命が財を用いて去って足らざる之煞を補助するなれば、則ち財すでに用に足る時は食・印と身を幫すの運を喜び、財なお足らざる時は財旺してまた煞を露するの運を喜ぶ。第四種「煞帶正官」。本命が官を去りて煞を留むるか煞を去りて官を留むるかを論ぜず、日主輕ければ便ち身を助くるの運を喜び、食神輕ければ便ち食を助くるの運を喜ぶ。切に運を走りてあの清を取るに用いる字を去掉せしむる莫れ、またあの煞を制するの神を傷るる莫れ。第五種「煞に食制なくして羊刃を用いて來て抵擋す」。煞輕刃重ければ便ち煞を助くるの運を喜び、刃輕煞重ければ便ち當に制伏の運を走るべし。此の一格はすでに食神の奪わるべきなくば、印運を走るもまた何の妨害あらんや。最後の一條。七煞すでに純淨を取得せば、運裏にさらに正官を夾雜すれば便ち利あらず。
四十一、傷官を論ず
傷官雖非吉神,實為秀氣,故文人學士,多於傷官格內得之。而夏木見水,冬金見火,則又為秀之尤秀者也。其中格局比他格多,變化尤多,在查其氣候,量其強弱,審其喜忌,觀其純雜,微之又微,不可執也。故有傷官用財者,蓋傷不利於民,所以為凶,傷官生財,則以傷官為生官之具,轉凶為吉,故最利。只要身強而有根,便為貴格,如壬午、己酉、戊午、庚申,史春芳命也。
傷官は吉神に非ずと雖も、實際には却って一股の秀氣なり、所以に文人學士の命は多く半は傷官格裏に出ず。しかるに夏の木日主の水を見る、冬の金日主の火を見るは、それはさらに秀中の秀なり。傷官格の具體の格局は別の格よりも多く、變化は尤も繁複なり。寒暖の氣候を察看し、日主の強弱を掂量し、喜忌の所在を審辨し、用神の純雜を觀察するを要して、精微の極にして、一端を死執すべからず。第一種は「傷官用財」。傷官の凶たる所以は、それが官星を剋傷するに在り――底本は「蓋傷不利于民」、「民」は「官」の訛で、「蓋傷不利于官」に作るべき。然るに一たび傷官が去って財を生ぜば、傷官は便ち官を生ずるの工具と變じ、凶を轉じて吉と為す、所以に最も利あり。ただ日主が身強して根あれば、即ち貴格なり。例として壬午・己酉・戊午・庚申、これは史春芳の命。戊日主が酉月に生まれ、酉金は傷官、年干の壬水は財。
至於化傷為財,大為秀氣,如羅狀元命,甲子、乙亥、辛未、戊子,干頭之甲,通根於亥,然又會未成局,化水為木,化之生財,尤為有情,所以傷官生財,冬金不貴,以凍水不能生木。若乃化木,不待於生,安得不為殿元乎?至於財傷有情,與化傷為財者,其秀氣不相上下,如秦龍圖命,己卯、丁丑、丙寅、庚寅,已與庚同根月令是也。
さらに一步進めて、傷官を整個に化して財と為すは、あれは極大の秀氣なり。例として羅狀元の命。甲子・乙亥・辛未・戊子。辛日主が亥月に生まれ、亥中の壬水は傷官。天干の甲木は亥に通根し、地支の亥はまた未と會して木局を成し、水を化して木と為して、傷官は直接に化して財と成り、尤も有情なり。一般に傷官生財は、冬の金日主は貴ならず、凍り住した水は木を生じえざるがゆえ。然るに此の一造は乾脆に化して木と為して、さらに水に頼って去って生ずるを用いず、どうして殿試第一に中らざらんや。財と傷官と配して有情あるに至っては、その秀氣は傷を化して財と為すと上下相いならず、例として秦龍圖の命。己卯・丁丑・丙寅・庚寅、丙日主が丑月に生まれ、己土傷官と庚金財星とは丑月中に同根す。
有傷官佩印者,印能制傷,所以為貴,反要傷官旺,身稍弱,始為秀氣。如孛羅平章命,壬申、丙午、申午、壬申、傷官旺,印根深,身又弱,又是夏木逢潤,其秀百倍,所以一品之貴。然印旺極深,不必多見,偏正疊出,反為不秀,故傷輕身重而印綬多見,貧窮之格也。有傷官兼用財印者,財印相剋,本不併用,只要干頭兩清而不相礙;又必生財者,財太旺而帶印,佩印者印太重而帶財,調停中和,遂為貴格。
第二種は「傷官佩印」。印は能く傷官を制住す、所以に貴と為す。此の一格は反って傷官が旺で日主が稍しく弱きを要し、はじめて秀氣と算す。例として孛羅平章の命。壬申・丙午・甲午・壬申(底本の日柱は「申午」に作る、「申」は當に「甲」の訛と為すべし、今照錄して改めず)。甲日主が午月に生まれ、丙火の傷官は旺にして、二個の壬水の印は兩申に通根して根深く、日主はまた弱く、加うるに夏の木が水の滋潤を得て、秀氣は百倍す、所以に一品の貴あり。ただし印は一たび旺んで根深ければ、便ちさらに多見するを要せず。正印偏印が重重疊出すれば、反って秀ならず。だから傷官輕く日主重くして印綬が重重なるは、あれは貧窮の格なり。第三種は「傷官兼用財印」。財と印はもともと相剋して併用する能くなれども、ただ天干上に兩邊が各自に清爽して互いに妨礙せざれば即可なり。しかも必ず是れこのようの配法を要す。財を生ずるを以て主と為すは、財が太過旺なるに因ってはじめて一個の印を帶びて來て平衡す。印を佩むを以て主と為すは、印が太過重なるに因ってはじめて一個の財を帶びて來て平衡す。調停して中和を得れば、便ち貴格を成す。
如丁酉、己酉、戊子、壬子,財太重而帶印,而丁與壬隔以戊已,兩不礙,且金水多而覺寒,得火融和,都統制命也。又如壬戌、己酉、戊午、丁巳,印太重而隔戊已,而丁與壬不相礙,一丞相命也。反是則財印不併用而不秀矣。有傷官用煞印者,傷多身弱,賴煞生印以邦身而制傷,如己未、丙子、庚子、丙子,蔡貴妃也。煞因傷而有制,兩得其宜,只要無財,便為貴格,如壬寅、丁未、丙寅,夏閣老命是也。
例として丁酉・己酉・戊子・壬子のこの命。戊日主が酉月に生まれ、酉金は傷官、二個の子水は財、財は太過重なれば、所以に一個の丁火の印を帶びて來て平衡す。丁と壬とは中間に戊・己の兩土を隔て、彼此相妨礙せず。しかも金水が多すぎて寒を顯すに、丁火を得て來て融和し局を暖む――これは都統制の命。またたとえば壬戌・己酉・戊午・丁巳のこの命。印は太過重して財を帶び、同じく戊己の相隔るあり、丁と壬とは互いに妨礙せず――これは一位の丞相の命。若し配置が反對なれば、財と印と挨り併って互相に剋して、便ち併用する能くなく、また便ち秀ならず。第四種は「傷官用煞印」。傷官が多くて日主が弱ければ、便ち七煞に頼って去って印を生じ、印は一面に身を幫し一面に傷を制す。例として己未・丙子・庚子・丙子、これは蔡貴妃の命。此の一格裏に七煞は傷官の牽制あるに因って肆虐するに至らず、兩頭ともに其の宜しきを得、ただ財の來て煞を黨するなくば、即ち貴格なり。例として壬寅・丁未・丙寅(底本の此の造はただ三柱を存すのみ、時柱はすでに佚す)、これは夏閣老の命。
有傷官用官者,他格不用,金水獨宜,然要財印為輔,不可傷官並透。如戊申、甲子、庚午、丁丑,藏癸露丁,戊甲為輔,官又得祿,所以為丞相之格。若孤官無輔,或官傷並透,則發福不大矣。若冬金用官,而又化傷為財,則尤為極秀極貴。如丙申、己亥、辛未、己亥,鄭丞相命是也。然亦有非金水而見官,何也?化傷為財,傷非其傷,作財旺生官而不作傷官見官,如甲子、壬申、己亥、辛未,章丞相命也。至於傷官而官煞並透,只要干頭取清,金水得之亦清,不然則空結構而已。
第五種は「傷官用官」。別の格局はみな此のよう用いるべからず、獨り金水傷官のみ相宜なり。ただし財と印ありて來て輔佐するを要し、しかも傷官は官星と一齊に天干上に透す可からず。例として戊申・甲子・庚午・丁丑。庚日主が子月に生まれ、子中の癸水は傷官にして藏して露せず、時干の丁火の正官は透し出て、年干の戊土は印・月干の甲木は財、兩下に輔佐して、官星はまた午に坐して祿を得る――所以に丞相の格なり。反對に、若し官星が孤零零して輔佐なく、あるいは官と傷と一齊に透し出れば、福を發すること大ならず。若し是れ冬の金日主が官を用いて、同時にまた傷官を化して財と成せば、即ち極秀極貴なり、例として丙申・己亥・辛未・己亥、これは鄭丞相の命。また金水日主に非ずして官星を見て妨なきもあり、何ぞや。傷官すでに化して財と成り、あの傷官はすでに其の傷官たるを成さず、全局は財旺生官に按じて論じ、傷官見官に按じて論ぜざるがゆえ、例として甲子・壬申・己亥・辛未、これは章丞相の命。傷官格にして官と煞と一齊に透し出るに至っては、ただ天干上に清純を取得しえれば善し。金水日主が此の種の情形に遇うもまた清と算し、然らざれば則ちただ個の空架子のみ。
四十二、傷官の取運を論ず
傷官取運,即以傷官所成之局,分而配之。傷官用財,財旺身輕,則利印比;身強財淺,則喜財運,傷官亦宜。傷官佩印,運行官煞為宜,印運亦吉,傷食不礙,財地則凶。傷官而兼用財印,其財多而帶印者,運喜助印,印多而帶財者,運喜助財。傷官而用煞印,印運最利,傷食亦亨,雜官非吉,逢財即危。傷官帶煞,喜印忌財,然傷重煞輕,運喜印而財亦吉。惟七根重,則運喜傷食,印綬身旺亦吉,而逢財為凶矣。傷官用官,運喜財印,不利食傷,若局中官露而財印兩旺,則比劫傷官,未紿非吉矣。
傷官格の取運も、また傷官の成す所の具體の局面に按じて分別に運を配す。第一種「傷官用財」。財旺して日主輕ければ、便ち印と比劫の運を走りて來て身を幫すに利あり。日主強くて財淺ければ、便ち財運を走るを喜び、傷官の運を走るもまた相宜なり。第二種「傷官佩印」。運は官煞を走るを最も相宜と為す、官煞は能く印を生ずるがゆえ。印運もまた吉、傷食の運は礙なく、財地を走れば則ち凶、財は印を壞すがゆえ。第三種「傷官兼用財印」。本命に財多くして印を帶ぶは、運は印を助くるを喜ぶ。本命に印多くして財を帶ぶは、運は財を助くるを喜ぶ。第四種「傷官用煞印」。印運は最も利あり、傷食の運もまた亨通し、官星を夾雜すれば便ち吉ならず、一たび財運に逢えば便ち危險あり。第五種「傷官帶煞」。印を喜び財を忌む。ただし若し傷重くて煞輕ければ、運は印を喜ぶと雖も、財運を走るもまた吉なり。獨り七煞の根重なるのみ、運は便ち傷食の去って煞を制するを喜び、印綬と身旺の運もまた吉なり、しかるに財に逢えば便ち凶――底本は「惟七根重」、「七」の下に當に「煞」の字を脱す、今照錄して改めず。第六種「傷官用官」。運は財と印を喜び、食傷を利あらずとす。若し命局中に官星すでに露して財印兩旺なれば、則ち比劫を走り傷官の運を走るも、また必ずしも吉ならざらず。
四十三、陽刃を論ず
陽刃者,劫我正財之神,乃正財之七煞也。祿前一位,惟五陽有之,故為旭刃。不曰劫而曰刃,劫之甚也。刃宜伏制,官煞皆宜,財印相隨,尤為貴顯。夫正官而財印相隨美矣,七煞得之,夫乃甚乎?豈知他格以煞能傷身,故喜制伏,忌財印;陽刃用之,則賴以制刃,不怕傷身,故反喜財印,忌制伏也。
「陽刃」は我の正財を搶奪するあの神で、正財の七煞に等し。それは日干の臨官の祿の前の一位に落ち、ただ甲丙戊庚壬の五個の陽干のみこれあり、所以に陽刃と呼ぶ(底本は「旭刃」、「旭」は當に「陽」の訛と為すべし、今照錄して改めず)。劫財と呼ばずして刃と呼ぶは、それが一般の劫財よりもさらに狠なるがゆえ。羊刃は制伏に宜しく、正官を用い七煞を用いるもともに可なり。若しさらに財と印の相隨るあれば、尤も貴顯なり。ある人問う。正官格に財印の相隨するは固より美なり、七煞格もまた此のようならば、豈に太過に非ずや。須知、別の格局裏の七煞は身を傷らんとする者で、所以に制伏を喜び財印の去ってそれを資助するを忌む。然るに陽刃格裏に在っては、七煞は刃を制するの幫手に用いられ、それが身を傷るを怕れず、所以に反って財印の來て七煞を資助するを喜び、しかるに七煞を制伏するの路子を走るを忌諱す。
陽刃用官,透刃不慮;陽刃露煞,透刃無成。蓋官能制刃,透而不為害;刃能合煞,則有何功?如丙生午月,透壬制刃,而又露丁,丁與壬合,則七煞有貪合忘克之意,如何制刃?故無功也。然同是官煞制刃,而格亦有高低,如官煞露而根深,其貴也大;官煞藏而不露,或露而根淺,其貴也小。若己酉、丙子、壬寅、丙午,官透有力,旺財生之,丞相命也。又辛酉、甲午、丙申、壬辰,透煞根淺,財印助之,亦丞相命也。
陽刃格が正官を用いるは、命裏にさらに一個の刃を透し出すもまた顧慮するを要せず。陽刃格が七煞を露するは、さらに刃を透し出れば便ち格を成す能くなし。これは正官が能く羊刃を管住して、一個多き刃あるもそれはまた壓住しえ、しかるに羊刃は能く七煞と相合して、煞が刃に合し住められれば、なお何の刃を制するの功を談ぜんや。たとえば丙日主が午月に生まれ、壬水の七煞を透して來て午中の刃を制すに、天干にまた丁火を露し出れば、丁は正に午中の刃の透し出たるで、丁は壬と相合して、七煞は便ち合を貪り剋を忘るるの心思を起こし、さらにどうして去って刃を制せんや。所以に功なし。ただし同じく官煞を用いて刃を制するも、格にもまた高低あり。官煞が明露して根深きは、貴なること大なり。官煞が暗藏して露せず、あるいは露すと雖も根淺きは、貴なること小なり。例として己酉・丙子・壬寅・丙午のこの命。壬日主が子月に生まれて羊刃に坐し、年干の己土正官が透し出て力ありて、また丙火の旺財ありて來てそれを生ず――これは丞相の命。またたとえば辛酉・甲午・丙申・壬辰のこの命。丙日主が午月に生まれて羊刃に坐し、時干の壬水七煞が透し出て根淺く、辛金の財と甲木の印に頼って來て幫襯す――これもまた丞相の命。
然亦有官煞制刃帶傷食而貴者,何也?或是印護,或是煞太重而裁損之,官煞輕而取清之,如穆同知命,甲午、癸酉、庚寅、戊寅,癸水傷寅午之官,而戊以合之,所謂印護也。如賈平章命,甲寅、庚午、戊申、甲寅,煞兩透而根太重,食以制之,所謂裁損也。如丙戌、丁酉、庚申、壬午,官煞競出,而壬合丁官,煞純而不雜。況陽刃之格,利於留煞,所謂取清也。
ただしまた官煞が刃を制し、命裏にさらに傷食を帶びて依舊貴なるもあり、何ぞや。あるいは印ありて官煞を保護するに在り、あるいは煞が太過重して食傷を用いて一たび裁損するに在り、あるいは官煞が輕して食傷を用いて多餘の一個を去掉して以て清を取るに在り。例として穆同知の命。甲午・癸酉・庚寅・戊寅。庚日主が酉月に生まれて羊刃に坐し、寅午の會成する火は即ち官煞、月干の癸水傷官は來てそれを傷らんとするに、幸いに時干の戊土ありて癸と相合す――これが即ち印の保護する在り。またたとえば賈平章の命。甲寅・庚午・戊申・甲寅。戊日主が午月に生まれ、二個の甲木七煞が透し出て根がまた太過重して、庚金の食神を用いて來て制す――これが即ち裁損なり。またたとえば丙戌・丁酉・庚申・壬午のこの命。庚日主に對しては丙は七煞・丁は正官、官煞が一齊に冒し出て、時干の壬水が丁と相合して、正官を合し去り、殘る煞は純にして雜ならず。何况陽刃格はもともと煞を留むるに利あり――これが即ち清を取るなり。
其於丙生午月,內藏己土,可以克水,尤宜帶財佩印,若戊生午月,干透丙火,支會火乙,則化刃為印,或官或煞,透則去刃存印其格愈清。倘或財煞並透露,則犯去印存煞之忌,不作生煞制煞之例,富貴兩空矣。更若陽刃用財,格所不喜,然財根深而用傷食,以轉刃生財,雖不比建祿月劫,可以取貴,亦可就富。不然,則刃與財相搏,不成局矣。
丙日主が午月に生まれ、午中にさらに己土の傷官を藏して、能くあの刃を制しに來る壬癸水を克制するに至っては、所以に尤も當に財を帶び印を佩んで去って官煞を扶助すべし。またたとえば戊日主が午月に生まれ、天干に丙火を透し出て、地支にさらに會して火局を成せば、午中の刃は便ち化して印と為る、丙火は正に戊土の印なればなり。此の時に官を透すと煞を透すとを論ぜず、みな刃を去掉して印を保留するに等しく、格局は愈發清純なり(底本は「支會火乙」、「乙」の字は疑はく「局」の訛か、今照錄して改めず)。倘若財と煞と一齊に透露し出れば、則ち「印を去り煞を存す」の忌諱を犯し、さらに煞を生じ煞を制するのあの套に按じて來て論ずる能くなし、結果は富貴の兩頭ともに落空す。さらに陽刃格が財を用いるを言えば、もともと格局の喜ぶ所に非ず。ただし若し財の根深く、また傷食を用いて羊刃の氣を轉じ過ぎて去って財を生ぜしめば、建祿月劫格のあのよう取貴しうるに比ぶる能くなしと雖も、またなお富を致しえ。若し此のようの安排ならざれば、刃と財と便ち正面に相搏し、格局は根本に立ち上がる能くなし。
四十四、陽刃の取運を論ず
陽刃用官,則運喜助官,然命中官星根深,則印綬比劫之方,反為美運,但不喜傷食合官耳。陽刃用煞,煞不甚旺,則運喜助煞;煞若太重,則運喜身旺印綬,傷食亦不為忌。陽刃而官煞並出,不論去官去煞,運喜制伏,身旺亦利,財地官鄉反為不吉也。
陽刃格が正官を用いるは。運は官星を幫助するを喜ぶ。ただし若し命中の官星が根基すでに深ければ、則ち印綬・比劫の方を走れば反って美運、ただ傷食の運を走りて去って官を傷り、あるいは官星を合し去り得る運を走るを喜ばざるのみ。陽刃格が七煞を用いるは。煞は甚だ旺と算せざれば、運は便ち七煞を幫助するを喜ぶ。煞が若し太過重ければ、運は便ち身旺と印綬の地を喜びて來て煞を化して身を生じ、傷食の運を走りて去って煞を制するもまた忌と算せず。陽刃格にして官と煞と一齊に冒し出るは。本命が官を去るか煞を去るかを論ぜず、運はみな制伏の地を走るを喜び、身旺の運もまた利あり。反って財地・官鄕を走るは吉ならず、財と官とはみな官煞の勢いを助長するを得るがゆえ。
四十五、建祿月劫を論ず
建祿者,月建逢祿堂也,祿即是劫。或以祿堂透出,即可依以用者,非也。故建祿與月劫,可同一格,不必加分,皆以透干支,別取財官煞食為用。祿格用官,干頭透出為奇,又要財印相隨,不可孤官無輔。
「建祿」は即ち月建が正好日干の祿堂上に落ち、即ち月支と日干と同氣なり。しかるに此の祿は其實劫財なり。ある人は祿堂の氣が天干上に透して來れば便ち直ちにそれを拿て用神に當てうると以為す、それは對ならず――自己は自己を拿て用神と作す能くなし。だから建祿と月劫とは合して一格を成しえ、細分するを要せず、一律に天干地支上に透し出會し出た何かを看て、別に財・官・煞・食を取りて來て用神と作す。祿格が官星を用いるは、官星の天干上に透するを以て奇と為し、しかも財と印の相隨るあるを要し、官星を孤零零にして輔佐なからしむ可からず。
有用官而印護者,如庚戌、戊子、癸酉、癸亥,金丞相命是也。有用官而財助者,如丁酉、丙午、丁巳、壬寅,李知府命是也。有官而兼帶財印者,所謂身強值三奇,尤為貴氣。三奇者,財官印也,只要以官隔之,使財印兩不相傷,其格便大,如庚午、戊子、癸卯、丁巳,王少師命是也。
官を用いて印を以て來て保護するあり。例として庚戌・戊子・癸酉・癸亥、これは金丞相の命。癸日主が子月に生まれて建祿と為り、月干の戊土は正官、年干の庚金と日支の酉金は印で、官星を護る。官を用いて財を以て來て資助するあり。例として丁酉・丙午・丁巳・壬寅、これは李知府の命。丁日主が午月に生まれて建祿と為り、時干の壬水は正官、年支の酉金は財にして來て官を生ず。また官星が同時に兼ねて財と印を帶ぶもあり、即ち所謂「身強して三奇に值う」で、尤も貴氣なり。三奇とは財・官・印の此の三樣を指す。ただ官星を中間に夾ませて財と印を隔て、財印をして彼此相傷せざらしむれば、格局は大なり。例として庚午・戊子・癸卯・丁巳、これは王少師の命。
祿劫用財,須帶食傷,蓋月令為劫而以財作用,二財相剋,必以傷食化之,始可轉劫生財,如甲子、丙子、癸丑、壬辰,張都統命是也。至於化劫為財,與化劫為生,尤為秀氣。如己未、已巳、丁未、辛丑,丑與巳會,即以劫財之火為金局之財,安得不為大貴?所謂化劫為財也。如高尚書命,庚子、甲申、庚子、甲申,即以劫財之金,化為生財之水,所謂化劫為生也。
祿劫格が財を用いるは、必ず食傷を帶ぶを要す。月令は本身に劫財なれども、却って財を拿て來て用神と作さんとするに、劫と財と正面に相剋すれば、必ず食傷を用いて中間に化解して、はじめて劫財の氣を轉じ過ぎて來て財を生じしむるを得。例として甲子・丙子・癸丑・壬辰、これは張都統の命。劫財を整個に化して財と為し、あるいは化して財を生ずるの物と為すに至っては、それはさらに秀氣なり。例として己未・己巳・丁未・辛丑。丁日主が巳月に生まれて建祿と為り、巳と丑と會して金局を成して、もともと劫財に屬する巳火は便ち金局の財と變ず、どうして大貴ならざらんや。これを「劫を化して財と為す」と呼ぶ。またたとえば高尚書の命。庚子・甲申・庚子・甲申、庚日主が申月に生まれて建祿と為り、もともと劫財に屬する申金は化して子中の水と為り、水はさらに去って甲木の財を生ず、これを「劫を化して生と為す」と呼ぶ。
祿劫用煞,必須制伏臺,如婁參政命,丁巳、壬子、癸卯、己未,壬合丁財以去其黨煞,卯未會局以制伏是也。至用煞而又財,本為不美,然能去煞存財,又成貴格。戊辰、癸亥、壬午、丙午,合煞存財,袁內閣命是也。其祿劫之格,無財官而用傷食,洩其太過,亦為秀氣。唯春木秋金,用之則貴,蓋木逢火則明,金生水則靈。如張狀元命,甲子、丙寅、甲子、丙寅,木火通明也;又癸卯、庚申、庚子、庚辰,金水相涵也。
祿劫格が七煞を用いるは、必ず制伏あるを要す(底本は「制伏台」、「台」の字は疑はく衍か、今照錄して改めず)。例として婁參政の命。丁巳・壬子・癸卯・己未。癸日主が子月に生まれて建祿と為り、時干の己土は七煞。月干の壬水と年干の丁火の財と相合して、七煞を黨助する財を牽き去り、地支の卯と未と會して木局を成して來て己土を制伏す――これが即ち制伏して法を得るなり。煞を用いて命中にまた財あるに至っては、もともと美ならず。然るに若し能く煞を去掉して財を保住せば、反って貴格を成す。例として戊辰・癸亥・壬午・丙午、これは袁內閣の命。壬日主が亥月に生まれて建祿と為り、年干の戊土は七煞、月干の癸水がそれと相合して煞を合し去り、丙火の財を留下す――これが即ち煞を合して財を存すなり。祿劫格に若し財なくまた官なくば、便ち傷食を用いて來て過旺の氣を泄掉し、同じく秀氣なり。ただし春の木・秋の金のみ此のように用いてはじめて貴なり、木は火に遇いてはじめて明亮を顯し、金は水を生じてはじめて靈秀を見るがゆえ。例として張狀元の命。甲子・丙寅・甲子・丙寅、これは木火通明なり。またたとえば癸卯・庚申・庚子・庚辰、これは金水相涵なり。
更有祿劫而官煞競出,必取清方為貴格。如一平章命,辛丑、庚寅、甲辰、乙亥、合煞留這也;如辛亥、庚寫、甲申、丙寅,制煞留官也。倘或兩官競出,亦須制伏,所謂爭正官不可無傷也。若夫用官而孤官無輔,格局更小,難於取貴,若透傷食便不破格。然亦有官傷並透而貴者,何也?如己酉、乙亥、壬戌、庚子,庚合乙而去傷存官,王總兵命也。用財而不透傷食,便難於發端,然干頭透一位而不雜,地支根多,亦可取富,但不貴耳。用官煞重而無制伏,運行制伏,亦可發財,但不可官煞太重,致令身危也。
また祿劫格にして官と煞と一齊に冒し出るあり、必ず清を取ってはじめて貴格を成す。例として某平章の命。辛丑・庚寅・甲辰・乙亥、甲日主が寅月に生まれて建祿と為り、年干の辛金は正官・月干の庚金は七煞、時干の乙木が庚と相合す、これは煞を合して官を留む(底本は「合煞留這」、「這」は當に「官」の訛と為すべし、今照錄して改めず)。またたとえば辛亥・庚寅・甲申・丙寅、時干の丙火食神が庚煞を制住して辛官を留下す、これは煞を制して官を留む(底本の月支は「寫」に作る、當に「寅」の訛と為すべし、今照錄して改めず)。倘若冒し出るは二個の正官なれば、また加えて制伏するを要す、これ即ち所謂「正官を爭うは傷なかる可らず」なり。官を用いて官星が孤單にして輔なきに至っては、格局はさらに小さく、貴を取り難し。此の種の情形に傷食を透し出れば反って破格と算せず。ただしまた官と傷と一齊に透し出で依舊貴なるもあり、何ぞや。例として己酉・乙亥・壬戌・庚子、壬日主が亥月に生まれて建祿と為り、年干の己土は正官・月干の乙木は傷官、時干の庚金が乙と相合して、傷を去り官を存す――これは王總兵の命。祿劫格が財を用いて傷食を透せざれば、起步し難し。ただし若し天干にただ一位の財を透して駁雜せず、地支の根がまた多ければ、また以て富を取りえ、ただ貴ならざるのみ。若し官煞を用いて官煞が太過重く、命中にまた制伏なくば、行運が制伏の地に走り到るを待てばまた能く財を發す。ただ官煞は終究に太過重可ならず、太過重なれば便ち自身に危及するを要す。
四十六、建祿月劫の取運を論ず
祿劫取運,即以祿劫所成之局,分而配之。祿劫用官,印護者喜財,怕官星之逢合,畏七煞這相乘。傷食不能為害,劫比未即為凶。財生喜印,宜官星之植根,畏傷食之相侮,逢財愈見其功,雜煞豈能無礙?祿劫用財而帶傷食,財食重則喜印綬,而不書法比肩;財食輕則宜助財,而不喜印比。逢煞無傷,遇官非福。
祿劫格の取運も、また祿劫の成す所の具體の局面に按じて分別に運を配す。第一種「祿劫用官にして印ありて相護る」。財運を走るを喜ぶ、印あるに因って、財の轉じて來て官を生ずる太過を怕れざるがゆえ。官星の運裏に合し去らるるを怕れ、また七煞の隙に乘じて來るを畏る(底本は「畏七煞這相乘」、「這」は當に「之」の訛と為すべし、今照錄して改めず)。此の一格は傷食の運を走るも大害を造り成せず、劫財・比肩の運を走るもまた必ずしも凶ならず、印ありて中間に關を通ずるがゆえ。第二種「祿劫用官にして財を以て來て官を生ず」。印運を走りて身を幫すを喜び、また官星の運裏に根を得るを宜とし、傷食の來て官星を欺凌するを畏る。さらに財運に逢えば、功效は愈發顯著なり。運裏に七煞を夾雜するに至っては、どうして妨礙なからんことを得んや。第三種「祿劫用財にして傷食を帶ぶ」。財と食とともに重きは、運は印綬の來て身を幫すを喜び、比肩のさらに來て財を奪うを宜とせず(底本の「不書法比肩」の四字は訛あり、今照錄して改めず)。財と食とともに輕きは、運は財を助くるを宜とし、印と比劫を喜ばず。此の一格は七煞の運に逢うも傷なく、官星の運に遇うは反って福に非ず。
祿劫用煞食制,食重煞輕,則運宜助煞;食輕煞重,則運喜助食。若用煞而帶財,命中合煞存財,則傷食為宜,財運不忌,透官無慮,身旺亦亨。若命中合財存煞,而用食制,煞輕則助煞,食輕則助食則已。祿劫而用傷食,財運最宜,煞亦不忌,行印非吉,透官不美。若命中傷食太重,則財運固利,而印亦不忌矣。祿劫而官煞並出,不論合煞留官,存官制煞,運喜傷食,比肩亦宜,印綬未為良圖,財官亦非福運。
第四種「祿劫用煞にして食神を以て制伏す」。食重煞輕なれば、運は煞を助くるを宜とし。食輕煞重なれば、運は食を助くるを喜ぶ。若し是れ煞を用いてまた財を帶ぶれば、なおさらに兩路を分かつを要す。本命すでに煞を合して財を存するは、傷食の運を走れば相宜、財運もまた忌まず、運裏に官を透すも顧慮するに及ばず、身旺の運もまた亨通す。本命が財を合掉して七煞を保留して食神を用いて來て制するなれば、則ち煞輕ければ煞を助け食輕ければ食を助く、此の如く而已。第五種「祿劫にして傷食を用いる」。財運は最も宜しく、煞運もまた忌まず、印運を走れば吉ならず、運裏に官を透すもまた美ならず。若し本命の傷食が太過重なれば、則ち財運は固より利ありて、印運を走りて去って傷食を抑制するもまた忌とせず。第六種「祿劫にして官煞一齊に冒し出る」。本命が煞を合して官を留むるか、官を留めて煞を制するかを論ぜず、運はみな傷食の來て清を取るを喜び、比肩の運もまた相宜なり。印綬の運は良策と算せず、財運官運もまたみな福運に非ず。
四十七、雜格を論ず
雜格者,月令無用,以外格而用之,其格甚多,故謂之雜。大約要干頭無官無煞,方成格,如有官煞,則自有官煞為用,列外格矣。若透財尚可取格,然財根深,或財透兩位,則亦以財為重,不取外格也。
所謂「雜格」とは、月令裏に用神を取り出せず、已まず外格を改め用いて取用するを。此の類の格は名目繁多なれば、統べて雜と稱す。大體上に必ず天干上に正官なくまた七煞なくしてはじめて、外格は乃ち成立しえ。一たび官煞あれば、自然に便ち官煞を以て用神と為し、さらに何の外格を列するを用いず。若し天干上にただ財を透するのみならば、なお勉强して外格を取りえ。ただし要是れ財の根が甚だ深く、あるいは財が兩位を透せば、それもまた財を以て重きと為すを要し、さらに外格を取らず。
試以諸格論之,有取五行一方秀氣者,取甲乙全亥卯未、寅卯辰,又生春月之類,本是一派劫財,以五行各得其全體,所以成格,喜印露而體純。如癸亥、乙卯、乙未、壬午,吳相公命是也。運亦喜印綬比劫之鄉,財食亦吉,官煞則忌矣。
今逐一に來りてこれらの外格を說かん。第一種は五行の某一方の秀氣を取るを。たとえば甲乙木の日主、地支に亥卯未の三合を凑齊し、あるいは寅卯辰の三會を凑齊し、また春月に生まるるの類。これはもともと滿盤に比肩劫財なれども、正に一行の氣が完整の形體を得るに因って、所以に反って格を成す。此の種の格は天干に印を露して來てそれを生ずるを喜び、全局の氣象ははじめて純粹なり。例として癸亥・乙卯・乙未・壬午、これは呉相公の命。行運もまた印綬と比劫の鄕を喜び、財と食神の運を走るもまた吉、獨り官煞の運のみ忌と為す、官煞は來て此の一片の純氣を破壞せんとするがゆえ。
有從化取格者,要化出之物,得時乘令,四支局全。如丁壬化木,地支全亥卯未、寅卯辰,而又生於春月,方為大貴。否則,亥未之月亦是木地,次等之貴,如甲戌、丁卯、壬寅、甲辰,一品貴格命也。運喜所化之物,與所化之印綬,財傷亦可,不利官煞。
第二種は「從化」に取格するを。關鍵は化し出たあの一行が必ず時を得て令に當たるを要し、地支にまた會して完整の一局を成すを要す。たとえば丁と壬と相合して木を化し、地支に亥卯未あるいは寅卯辰を凑齊し、また春月に生まれれば、はじめて大貴と算す。然らざれば、亥月・未月の此の類の木に根あるの地に生まれても、また次一等の貴と算しえ、例として甲戌・丁卯・壬寅・甲辰、これは一品貴格の命。丁壬が合化して木と為り、卯月に生まれ、地支の寅卯に氣あり。行運は所化のあの一行を走るを喜び、および此の一行を生ずるの印綬を。財と傷官の運を走るもまた以て可なり、獨り官煞を利あらずとす、官煞は來て化神を剋傷せんとするがゆえ。
有倒沖成格者,以四柱列財官而對面以沖之,要支中字多,方沖得動。譬如以弱主邀強官,主不眾則賓不從。如戊午、戊午、戊午、戊午,是沖子財也;甲寅、庚午、丙午、甲午,是沖子官也。運忌填實,餘俱可行。
第三種は「倒衝」に成格するを。命中にもともと財官なく、便ち四柱の現有する地支を用いて去って對面のあの財官を藏する支を衝して、それを衝し出して我の用と為す。これは地支中に同じ一個の字が數量夠多くしてはじめて衝し動かしえ。勢單力薄の一個の主人が一位の顯赫の賓客を請動せんとするに、主人の此の邊の人多からざれば、客人は肯んじて來らざるに譬え。例として戊午・戊午・戊午・戊午、四個の午が去って子を衝し、子中の癸水を衝し出して財と為す。又如甲寅・庚午・丙午・甲午、三個の午が去って子を衝し、子中の癸水を衝し出して官と為す。此の一格の行運は最も「填實」を忌む、即ち運裏に真にあの衝せらるる字を現出するを、一たび填實すれば反って靈ならず。殘りの各運はみな走りえ。
有朝陽成格者,戊去朝丙,辛日得官,以丙戊同祿於巳,即以引汲之意。要干頭無木火,方成其格,蓋有火則無待於朝,有木財觸戊之怒,而不為我朝。如戊辰、辛酉、戊子,張知縣命是也。運喜土金水,木運平平,火則忌矣。
第四種は「朝陽」に成格するを。戊土を用いて去って丙火を朝引せしめ、辛日主をして官星を得せしむ。丙と戊と同じく巳を以て祿と為すに因って、時上に戊あれば便ち丙火を引汲して來るを得。此の一格は天干上に木なくまた火なくしてはじめて成立しえ。火あれば、官星はすでに現成して、去って朝するを用いず。木あれば、木は戊土を剋して戊の怒を觸れて、戊はまた便ち肯んじて我に替わりて去って朝せず。例として戊辰・辛酉・戊子(底本の此の造はただ三柱を存すのみ)、これは張知縣の命。行運は土・金・水を喜び、木運は平平、火運は則ち忌と為す。
有合祿成格者,命無官星,借干支以合之。戊日庚申,以庚合乙,因其主而得其偶。如己未、戊辰、戊辰、庚申,蜀王命是也。癸日庚申,以申合巳,因其主而得其朋,如己酉、癸未、癸未、庚申,起丞相命是也。運亦忌填實,不利官煞,理會不宜以火克金,使彼受制而不能合,餘則吉矣。
第五種は「合祿」に成格するを。命裏に官星なく、便ち干支を借りて去って官星を合し來る。戊日主が庚申時に逢えば、庚を用いて去って乙木を合す――乙は戊の正官で、庚の此の主人に憑ってその配偶たる乙を請し來るに等し。例として己未・戊辰・戊辰・庚申、これは蜀王の命。癸日主が庚申時に逢えば、申を用いて去って巳を合す――巳中の戊土は癸の正官で、申の此の主人に憑ってその朋友たる巳を請し來るに等し。例として己酉・癸未・癸未・庚申、これは趙丞相の命(底本は「起丞相」、「起」は當に姓氏の訛と為すべし、今照錄して改めず)。此の一格の行運は同じく填實を忌み、また官煞を利あらずとす。理に照らせばさらに火運を走りて去って金を剋するを宜しとせず、金は一たび制を受ければ便ち合を成しえず。殘りの各運はみな吉なり。
有棄命保財者,四柱皆財而身無氣,舍而從之,格成大貴。若透印則身賴印生而不從,有官煞則亦無從財兼從煞之理,其格不成。如庚申、乙酉、丙申、乙丑,王十萬命造也。運喜傷食財鄉,不宜身旺。
第六種は「命を棄てて財に從う」(底本は「命を棄てて財を保す」)。四柱がことごとく財にして日主に毫も氣力なく、索性に自身を舍弃して財勢に順從す、格は一たび成れば大貴なり。然るに若し天干に印を透し來れば、日主に印の依るべきありて便ち肯んじて從わず。命中に若し官煞あれば、また既に財に從いまた兼ねて煞に從うの道理なく、格は便ち成らず。例として庚申・乙酉・丙申・乙丑、これは王十萬の命造。丙日主が酉月に生まれ、滿盤の金財にして丙火は根なし。行運は傷食と財鄕を喜び、身旺の運を走るを宜しとせず。
有棄命從煞者,四柱皆煞,而日主無根,舍而從之,格成大貴。若有傷食,則煞受制而不從,有印則印以化煞而不從。如乙酉、乙酉、乙酉、甲申,李侍郎命是也。運喜財官,不宜身旺,食傷則尤忌矣。
第七種は「命を棄てて煞に從う」。四柱がことごとく七煞にして日主に根なく、索性に自身を舍弃して煞勢に順從す、格は一たび成れば大貴なり。若し命中に傷食あれば、煞は制住せられて、日主は便ち肯んじて從わず。若し印あれば、印は煞を化し掉して、また肯んじて從わず。例として乙酉・乙酉・乙酉・甲申、これは李侍郎の命。乙木日主が酉月に生まれ、滿盤の金煞にして乙木は根に依るべきなし。行運は財と官を喜び、身旺の運を走るを宜しとせず、食傷の運は尤も忌と為す、一たび煞を制せば、從格は便ち破れるがゆえ。
有井攔成格者,庚金生三七月,方用此格。以申子辰沖寅午戌,財官印綬,合而沖之,若透丙丁,有巳午,以現有財官,而無待於沖,乃非井攔之格矣。如戊子、庚申、庚申、庚申,郭統制命也。運喜財,不利填實,餘亦吉也。
第八種は「井欄」に成格するを。庚金日主が三月あるいは七月に生まれてはじめて此の一格を用い上げ得。地支の申子辰の三合水局を用いて去って寅午戌の火局を衝し、寅午戌裏に庚金の財・官・印綬を藏して、會齊して一齊に去って衝して、それらを衝し出して我の用と為す。若し天干にすでに丙丁を透し出て地支にすでに巳午あれば、即ち財官は現成して、去って衝するを用いず、また便ち井欄格と算せず。例として戊子・庚申・庚申・庚申、これは郭統制の命。行運は財を喜び、填實を利あらずとし、殘りの各運もまた吉なり。
有刑合成格者,癸日甲寅時,寅刑巳而得財官,格與合祿相似,但合祿則喜以合之,而刑合則硬以致之也。命有庚申,則木被沖剋而不能刑;有戊已字,則現透官煞而無待於刑,非此格矣。如乙未、癸卯、癸卯、甲寅,十二節度使命是也。運忌填實,不利金鄉,餘則吉矣。
第九種は「刑合」に成格するを。癸日主が甲寅時に逢えば、寅を用いて去って巳を刑し、巳中の丙火財・戊土官を刑し出して我の用と為す。此の一格は合祿格と相似れども、ただ合祿は好言を以て相邀して和氣にそれを請し來るに、刑合は却って硬くそれを拽し來る。命中に若し庚申あれば、寅木は衝剋せられて、便ち刑し動かす能くならず。若し戊・己の二字あれば、官煞はすでに現成に透し出て、さらに去って刑するを用いず、また便ち此の格に非ず。例として乙未・癸卯・癸卯・甲寅、これは十二節度使の命。行運は填實を忌み、また金鄕を利あらずとす、金は木を剋すれば刑は成らざるがゆえ。殘りの各運はみな吉なり。
有遙合成格者,巳與丑會,本同一局,丑多則會巳而辛丑處官,亦合祿之意也。如辛丑、辛丑、辛丑、庚寅,章統制命是也。若命是有子字,則丑與子合而不遙,有丙丁戊已,則辛癸之官煞已透,而無待於遙,另有取用,非此格矣。至於甲子遙已,轉輾求俁,似覺無情,此格可廢,因羅御史命,聊復存之。為甲申、甲戌、甲子、甲子,羅御史命是也。
第十種は「遙合」に成格するを。巳と丑とは同じく金局に屬してもともと一家なれば、所以に丑多ければ便ち巳を遙かに會し來るを得、巳中の丙火は便ち辛日主の官星なり(底本は「辛丑處官」、文字に訛あり、今照錄して改めず)、道理は合祿格と相仿す。例として辛丑・辛丑・辛丑・庚寅、これは章統制の命。若し命中に子の字あれば、丑は先づ子と合し住みて、便ち遙し動かす能くならず。若し丙丁戊己あれば、辛日主の官煞はすでに現成に透し出て、さらに遙するを用いず、別に取用の法ありて、また便ち此の格に非ず。所謂「甲子の巳を遙す」に至っては、輾轉迂回して去って求取するを要して、看るに實に無情、此の一格はもともと廢掉しえたるも、ただ羅御史の此の命例あるに因って、姑く保留下す。それは即ち甲申・甲戌・甲子・甲子、羅御史の命。
若夫拱祿、拱貴、趨乾、歸祿、夾戌、鼠貴、騎龍、日貴、日德、富祿、魁罡、食神時墓、兩干不雜、干支一氣、五行具足之類,一切無理之格,既置勿取。即古人格內,亦有成式,總之意為牽就,硬填人格,百無一是,徒誤後學而已。乃若天地雙飛,雖富貴亦有自有格,不全賴此。而亦能增重基格,即用神不甚有用,偶有依以為用,亦成美格。然而有用神不吉,即以為凶,不可執也。
拱祿・拱貴・趨乾・歸祿・夾戌・鼠貴・騎龍・日貴・日德・富祿・魁罡・食神時墓・兩干不雜・干支一氣・五行俱足の此の類に至っては、ことごとく道理を講じ出しえざる格で、一概に擱き下して取らず。たとい古人の書にもまたこれらの成式を列すとも、說き到底すればみな随意に牽合し、硬く人の八字を格裏に填むるで、一條も立ち得なく、空しく後學を耽誤す。所謂「天地雙飛」の此の類に至っては、命主は縱に富貴なりとも、また自ら正經の格局ありて、併して全くそれに靠らず。ただそれは確かに能く本格に些かの分量を添え。たとい用神が本身に甚だ用あると算せずとも、偶くそれに依託して取用を來たせば、また能く美格を凑成しえ。然るに反對に、若し用神がもともと不吉なれば、則ち凶を成し、ここに同じく一端を死執すべからず。
其於傷官傷盡,謂是傷盡,不宜一見官,必盡力以傷之,使之無地容身,現行傷運,便能富貴,不知官有何罪,而惡之如此?況見官而傷,則以官非美物,而傷以制之,又何傷官之謂凶神,而見官之為禍百端乎?予用是術以歷試,但有貧賤,並無富貴,未輕信也,近亦見有大貴者,不知何故。然要之極賤者多,不得不觀其人物以衡之。
また所謂「傷官傷盡」の說法あり。すでに傷盡と呼ぶ以上は、一個の官星も見る能くなし、非ずんば拼命して去ってそれを傷り、官星を傷りて容身する地なきに至り、さらに傷官の運を行えば、據說に便ち能く富貴す。然るに官星は究竟に何の罪を犯したる、要して此のようにそれを痛恨するや。何况彼らの講法に按ずれば、官を見れば即ち去って傷るべし、それは即ち官星の善き物に非ざるを承認して傷官を用いて來てそれを制するを要すに等し。すでに然る、また何に憑って反って來て傷官は凶神なりと說き、官を見れば百般の禍患を招致すと說くや。此の兩頭は自相矛盾す。我は此の套の辦法を用いて一々に驗證し過ぎ、貧賤のを見るのみ、富貴のを見ざりき、所以に一直に敢えて輕信せず。近來にも倒れて此の說に按じて大貴なるを見たるあり、何の緣故なるかを知らず。ただ總の說來に、極賤なるは多數を居る、所以になお此の人の本身の品格氣象を參看して以て權衡を加うるを已まざるなり。
