卜筮全书
二十二、游魂八卦歌 二十三、帰魂八卦歌
六爻納甲典籍
まず体例書で装卦の手順を握り、それから卦例集へ進む。取用神は断法全体の要となる一手であり、書ごとの処理の違いを対照する価値がある。
卜筮全書 談易斎重訂
是書雖有舊本,然雜亂無序。今木坊敦請百愚姚先生刪繁補缺,迴異他書,上可以闡先聖之玄機,次可以探諸家之秘旨。讀者幸毋忽焉。金閶翁少麓梓行。
この書には古くから旧刻本が流布していたが、惜しむらくは編次が乱雑でまったく条理がなかった。今、書肆は謹んで別号「百愚」の姚際隆先生を聘し、改めて整理させ、繁冗な重複を刪り、残欠・漏脱を補い、世間の同類の占書とは迥異なものにした。上は古代の聖人が卜筮を作った精微な意趣を闡明するに足り、下は歴代各家が吉凶を断ずる不伝の心法を探るに足る。読者は決してこれを等閑に見過ごしてはならない。本書は金閶(今の蘇州閶門一帯)の書肆主人・翁少麓が出資して刻版印行したものである。
序
芝山。卜筮之理,前知之理也。卜世三十,卜季八百,周有前知也。嚴君平日閱數人,百鈔自養,閒肆講老子,漢有前知也。吳範催孫權起兵生擒黃祖,吳有前知也。郭璞授青囊書,洞陰陽之機。淳于智令夏侯藻慟哭,百家人屋崩不死。晉有前知也。
序を作った者は号を「芝山」と題する。卜筮の理は、突き詰めれば未来をあらかじめ知る理である。周の開国・定鼎のとき占って、伝世三十代、享国八百年という卦兆を得、後に果たしてそのとおりになった。これは周代にすでに予知の事があった証である。漢代の厳君平は成都の市に卦店を開き、一日に数人だけを相手にし、百銭を稼いで自給に足れば店じまいし、暇になれば店頭で《老子》を講じた。これは漢代に予知の事があった証である。三国の呉の呉範は孫権に出兵を強く勧め、この行は必ず江夏太守の黄祖を生け捕りにできると断じ、果たしてその言のとおりになった。これは呉に予知の事があった証である。晋代の郭璞は《青嚢書》の伝授を受け、陰陽造化の機要を洞察した。淳于智は夏侯藻に家に帰って放声痛哭せよと命じ、その結果、屋が崩れても百家の人々は一人も死ななかった。これは晋代に予知の事があった証である。
顏□來卜婦云:登高看二水洞洞,惟聞人聲不見形。婦人云:昨汲井胎中有聲。果然。郭□周得河中正云:三字□時月正圓,一麾浞此出□□。時中正初及第。八月十五日,果授知□誥,改秦州。晉魏有前知也。
顔姓の術士が一人の婦人のために占い、断語に「高きに登りて二水の洞洞たるを看れば、ただ人声を聞くのみで形を見ず」とあった。婦人ははじめて思い出し、昨日水を汲んだとき井戸の胎中に音がするのを聞いたと言い、果たして断語と符合した。また郭姓の術士が河中の人・某中正のために推し、断語に「三字□の時月正円、一麾この浞を出でて□□」とあった。当時中正は進士に及第したばかりで、八月十五日の月円の夜、果たして誥命を掌る任命を受け、続けて秦州に転じた。これは晋・魏の間にすでに予知の事があった証である。この段の底本は草書で書かれ、ところどころ字跡を辨識できず、原書では空白をもって示していた。ここではすべて「□」とし、臆断で補わない。
李淳風見赤黑二馬入河,人問二馬何先起。有人筮得離卦,云:離為火,火赤色,赤馬先起。李曰:嘗未然,煙先發,黑馬先起。果然。邵康節觀友人園中牡丹,占之花尚敗於午三刻,俄一馬逸至,踐損眾花。唐宋有前知也。元之範疇,湯通玄,國朝之翟祥。沈景晹,周仲高,皆前知也。
唐代の李淳風は赤い馬と黒い馬が河に入るのを見て、傍の者がどちらが先に上がるかを尋ねた。ある者が卦を立てて《離》卦を得、「離」は八卦のうち火に属し、火の色は赤いから赤馬が先に上がると言った。李淳風は「さにあらず、火が起これば先に立つのは煙、煙の色は黒いから、黒馬が先に上がるはずだ」と言い、果たして黒馬が先に岸に上がった。宋代の邵康節は友人の園で牡丹を観賞し、卦を立ててこの花は翌日の午の三刻に毀敗するであろうと推し、まもなく果たして繋がれを脱した馬が園に奔り込み、満園の花を踏み荒らした。これは唐・宋二代に予知の事があった証である。元代の範疇・湯通玄、本朝(明)の翟祥・沈景晹・周仲高も、みな未来を予知し得た者である。
象姚夫百愚之篡修《卜筮全書》,大要以京房易論為主,以青囊經書輔之,精□矣。而極其明頭。玄奧全而極生簡易。潛心研究之下,直令宇宙生心,造化在手。其為斯世新人計,詳且密全。非考古證今,緣此測彼,因往知來者,孰能興於此。
姚百愚先生が《卜筮全書》を編纂したのを見るに、綱領は漢代の京房一派の納甲易理を主軸とし、《青嚢経》の類の堪舆典籍をもって補助・印证しており、精審というべきである。しかも全書の条理は分明で、説くところの理はきわめて玄奥深微でありながら、用法に落とせばきわめて簡明で行いやすい。読者が潜心して钻研すれば、天地を心に容れ、造化を手に握る境地に至ることができる。彼が当今の易学の後進のために設えた配慮は、詳しくかつ周密で完備していると言えよう。古法を考稽し今事を証験し、これにより彼を推し、往に拠って来を測る人物でなければ、誰がこのような書を編み得ようか。
將見百愚聲鑑,占夫平郭璞諸家,相接式。百愚制述。□怪牒神經,金繩玉策□書,相流播。百愚行藏,偕高人隱士,弘道濟時,潛身利物,相不朽。第書已壽梨,只恐雷雨雲霧中,上事攝六丁神,追□□□□。即青丘元老,不孤秘護,索百愚希耄,一朝如隗。抄書版索精易者,指點屋下之金,如袁□得異人授畫□盟鏡之驗。令人有至誠如神之感。因敘之。
見通せることに、姚百愚の名声と鑑識は、かつての郭璞ら占筮の名家と一脈相伝するであろう。彼の撰述したこの書もまた、神異を記した秘籍や金縄・玉策をもって封蔵された宝典と同じく流布・伝播するであろう。そして彼の出処行止は高人・隠士と伴にし、正道を弘めて時の艱難を済い、己身を潜めて万物を利し、同じく不朽であろう。ただこの書はすでに梨版に寿せられ刻版されたゆえ、天上が雷雨雲霧の中に六丁の神将を派遣し、それを追い返収してしまうのではないかと恐れる。もし青丘一帯の先輩耆宿が秘蔵を惜しまず護持し、姚百愚に求め、彼が高寿の年に至り、一朝にして燕昭王が郭隗を礼遇したように尊崇を得たなら、さらに書版に拠って易学に精通した人を尋ねて伝授すれば、それは人に屋下に埋まった黄金を指し示すに等しい。また袁氏が異人から画符・盟鏡の術を授けられた霊験のごとく、「至誠は神のごとし」の四字を真に体感させるであろう。ここに序を作る所以である。
明第十七主思宗帝三年也。至寶曆十三年,百三十四年也。崇禎庚午夏四月既望,東吳顧宗孟書於蘭玉居中。
時は明の第十七代君主・思宗(崇禎帝)在位第三年、宝暦十三年からすでに百三十四年が経っている。崇禎庚午年・夏四月十六日、東呉の人・顧宗孟が蘭玉居の中で書した。
卜筮全書 凡例
易之為義,從日從月,陰陽之變,會意成名。易曰:變動不居,周流六虛。故卜筮之道貴在融通,勿泥形跡。吾人戴天履地,氣血精神莫不稟承天命。聖人作易以洩造化之妙。故人於日用事物,進退行藏,行天地之正,合天地之宜,一念才萌,神明斯應。今人以非義不軌,而思趨吉避凶,欲求卦之靈驗,未之有也。易不可以占險,其是之謂乎?
「易」という字は、上に「日」、下に「月」からなり、日月の往来・陰陽の変化の意を取った会意文字である。《周易・繋辞》に「変動して居らず、周流して六虚に遍し」とある。だから卜筮の門道は、何より融通・貫通を要とし、卦爻の表面の形迹を固く穿ちすぎてはならない。人は天地の間に生まれ、一身の気血・精神はいずれも天命から禀受したものでないものはない。聖人が《易》を作ったのは、まさに造化の奥妙を漏洩するためである。ゆえに人が日用の事において、進取であれ退守であれ、出仕であれ帰隠であれ、行いが天地の正道に合い、為すことが天地の時宜に合うなら、念頭が動き初めたその瞬間に神明は即座に感応する。今、ある人が不義を心に抱き不軌に行いながら、吉に趨り凶を避け、卦象の霊験を望むなど、かつてその理はない。古人が「易はもって険を占うべからず」と言ったのは、まさにこの意である。
凡有所占,當必誠必敬,齊心盥沐,焚香祈禱,則能感格神明,洞垂玄鑑。苟或不然,難望響應。卜以決疑。既卜之後,若可若否,悉憑卦象。毋率己意,欲其吉而必使之吉,慮其凶而必使之凶,再復再占,以瀆先聖。不惟怠忽神明,抑且反無張主。易曰:初筮告,再三瀆,瀆則不告。
およそ卦を立てて占問するには、必ず誠心敬意をもって、まず心を収攬して清め、手を沐い顔を潔め、香を焚いて祷告しなければならない。こうしてはじめて神明に感通し、明白な啓示を得られる。もしこのようにしなければ、卦の応えを期待してはならない。占卜は疑難を決断するためのものである。すでに卦を立てた以上、事の可否はすべて卦象の言うところに従う。自分の主観的な願いで牽就してはならない。吉を望めば必ず卦を吉に断じ、凶を恐れれば必ず卦を凶に断じ、さらには同じ事を繰り返し再占する。これは先聖を褻ることになる。このようにするのは神明を軽慢するばかりか、かえって自分をより主張なくさせる。《周易・蒙卦》の卦辞に「初筮は告ぐ、再三は瀆る、瀆れば則ち告げず」とある。初めての占問なら神明が告げるが、再三追問すれば褻れであり、褻ればもはや告げない。
凡自占或與人占,事在六親之中,當以用爻推看。或有事出異常,難以生克剖斷者,須將世、應、日辰為主,或旺、生、扶、合,或衰、克、刑、沖,定其吉、凶、悔、吝。玄玄妙妙,惟在人之變通。
自分のために占うにも、他人のために占うにも、問う事が「六親」の範囲に帰着できるなら、相当する「用爻」(用神)を取って推断すべきである。もし離奇怪異で五行の生克だけでは剖判しがたい事に遇ったなら、必ず「世爻」「応爻」「日辰」を主としなければならない。それらが旺相・相生・扶助・会合の側にあるのか、それとも衰弱・受克・被刑・遭冲の側にあるのかを見て、これに拠って事の吉・凶・悔・吝を断ずる。その中の玄妙は、すべて占者が機に応じて変通できるかどうかにある。
卜筮固當鄭重其事,預發虔誠,專心致志。倘事在急迫,又何暇論其時日哉?古有子不問卜之說,亦不足泥會於子日。占驗諸事詳見黃金策注中。
占卜はもとより鄭重に事を処すべきで、あらかじめ一片の誠を存し、卦を立てるときは専心一致する。だがもし事がきわめて緊急なら、日時を選ぶ暇があろうか。古来「子は卜を問わず」という説があるが、子日に卦を立ててはならないと死守する必要もない。各種の事の占断・験例の詳細は、すべて本書《黄金策》各章の注文に載せてある。
是書刪削繁蕪,增刊秘本。始著入門之節要,次列玄奧之篇章,末附吉凶之星曜,條貫有倫,燦然不紊。同志之士一覽自知,無煩絮語。天玄賦等書細注,適足以盡探玄索隱之妙。蓋白文只能綱領大要,便於誦記。善讀者自能詳味,而熟玩焉。
本書は旧本の繁雑・蕪乱な部分を刪り、また未だ流布しなかった秘本を増補して刊入した。冒頭にまず入門必備の要領を講じ、次いで玄奥精深の篇を排列し、最後に吉を主り凶を主る各種の神煞・星曜を付した。条理・層次は分明で、少しも紊れていない。同道の人は一見すれば知るので、口舌を多く費やす必要はない。《天玄賦》などの篇に配した詳細な注文は、まさに玄を探り隠を索める妙味を説き尽くせる。注なき白文は綱領大要を提挈するのみで、誦読・記憶に便であるゆえ、よく書を読む者は自ら細かく体味し、反復して玩索できる。
八卦方位之図
舊刻載有河圖、洛書、蓍室等圖,此上古聖人參贊玄機,非後學所易曉。且以京房、管輅以錢代蓍之法行之,有似乎贅,今故刪去,惟存一圖如上。俾學者知八宮之方隅定位,五行所屬,開卷瞭然,斯亦造詣之捷徑雲。
旧刻本の前には河図・洛書・蓍室などの図式が載っていたが、それは上古の聖人が天地の玄機を参賛した産物であり、後学が容易に看取できるものではない。まして本書は京房・管輅の流の、銅銭をもって蓍草に代える起卦法を採用しており、そのような図を載せればかえって余計に見える。そこで今回はすべて刪り去り、上のこの一幅の「八卦方位之図」だけを残した。学者が一目で乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌の八宮が各々どの方位・角落を占め、どの五行に属するかを知り、書を開けば一目瞭然となる。これも登堂入室の一つの捷径である。
卜筮全書 巻之一 啓蒙節要
吳門逸叟姚際隆刪補,長邑諸生王友校正。
本巻は呉門(今の蘇州)の隠居の士・姚際隆が刪汰・増補を掌り、長洲県の生員・王友が校訂・勘正を掌った。姚際隆は別号「百愚」、本書の輯訂者である。王友は在学の生員の身分をもって校字に参与し、二人の題名は明代刻書の通例に拠って巻首に列する。
一、六十甲子歌
甲子乙丑海中金,丙寅丁卯爐中火,戊辰己巳大林木,庚午辛未路傍土,壬申癸酉劍鋒金,甲戌乙亥山頭火,丙子丁丑澗下水,戊寅己卯城頭土,庚辰辛巳白蠟金,壬午癸未楊柳木,甲申乙酉井泉水,丙戌丁亥屋上土,戊子己丑霹靂火,庚寅辛卯松柏木,壬辰癸巳長流水,甲午乙未砂中金,丙申丁酉山下火,戊戌己亥平地木,庚子辛丑壁上土,壬寅癸卯金箔金,甲辰乙巳佛燈火,丙午丁未天河水,戊申己酉大驛土,庚戌辛亥釵釧金,壬子癸丑桑拓木,甲寅乙卯大溪水,丙辰丁巳沙中土,戊午己未天上火,庚申辛酉石榴木,壬戌癸亥大海水。
これは「六十甲子納音歌」である。十天干と十二地支を配し、一周環すれば六十組の干支を得、隣り合う二組ごとに一つの「納音」五行を共用する。ゆえに六十甲子はちょうど三十の納音に分かれ、甲子・乙丑は同じく「海中金」、丙寅・丁卯は同じく「炉中火」、これに倣って壬戌・癸亥が同じく「大海水」に至る。納音の五行は金・木・水・火・土の五類を取るのみだが、それぞれ海中・炉中・大林・路傍の類の形象の名目を冠して、同一五行の強弱・質地を区別する。同じ金でも剣鋒金は鋭利で砂中金は細碎、同じ火でも霹靂火は迅猛で仏灯火は微弱である。六爻占断において納音は、主に年命の所属・器物の形質を分別し、占う物の性状・材質を推すのに用い、爻に納めた地支そのものの五行属性とは一つではない。学者は決して混同してはならない。全歌は暗誦して純熟し、卦に臨んで随口に取り出せるようにすべきである。
二、五行相生相克
相生:金生水,水生木,木生火,火生土,土生金。相剋:金克木,木克土,土克水,水克火,火克金。
五行相生の次序は、金は熔けて水を生じ、水は潤して木を生じ、木は燃えて火を生じ、火は焚き尽くして灰となり土を生じ、土は鉱脈を蔵して金を生じ、循環して端なし。五行相克の次序は、金は木を斫断し、木は土を穿破し、土は水を壅塞し、水は火を滅ぼし、火は金を熔かし、これも首尾相接である。六爻断卦はすべてこの二つの環鏈の上に建てられている。我を生ずる者は恩、我を克する者は忌、用神は生扶を得れば事が成り、克制されれば事が敗れる。これは全書の一切の推断の根基である。
三、六親相生相克
生我者為父母,我生者為子孫,克我者為官鬼,我克者為妻財,比合者為兄弟。
「六親」とは、卦の属する宮の五行を「我」とし、さらに五行の生克に拠って六爻それぞれに名目を安ずるものである。「我」を生ずる行を「父母」とし、「我」が生ずる行を「子孫」とし、「我」を克する行を「官鬼」とし、「我」が克する行を「妻財」とし、「我」と同類で比合する行を「兄弟」とする。たとえば乾宮は金に属し、土は金を生ずるので土を納める爻は父母、金は水を生ずるので水を納める爻は子孫、火は金を克するので火を納める爻は官鬼、金は木を克するので木を納める爻は妻財、同じく金は即ち兄弟である。六親に「我」自身を加えれば実は五類であり、事を占うときは問う事に応じてその一つを取って用神とする。
四、八卦象例
乾三連,坤六斷,震仰盂,艮覆碗,離中虛,坎中滿,兌上缺,巽下斷。
これは八つの三爻の単卦の卦形を記誦する口訣である。「乾」は三画とも陽爻で、連なった三本の長い横である。「坤」は三画とも陰爻で、六段の短い横に断れる。「震」は下が一陽、上が二陰で、口を上にして物を盛る盂のよう。「艮」は上が一陽、下が二陰で、伏せた碗のよう。「離」は上下が陽で中が陰、中心は空。「坎」は上下が陰で中が陽、中心は実満。「兌」は上の一爻が断缺。「巽」は下の一爻が断缺。この八句を熟記すれば、卦画を見て即座にその名を弁別できる。
五、八宮所属
乾、兌屬金,震、巽屬木,坎屬水,離屬火,坤、艮屬土。
八宮にはそれぞれ固定の五行帰属がある。乾宮・兌宮は金に属し、震宮・巽宮は木に属し、坎宮は水に属し、離宮は火に属し、坤宮・艮宮は土に属する。この帰属は六爻で「六親」を定める起点である。およそ一卦がどの宮に帰るかによって、その宮の五行を「我」とし、さらに卦中六爻に納めた地支の五行を持ち出してそれと生克を比較対照し、はじめて父母・子孫・官鬼・妻財・兄弟を定められる。ゆえに本条は一句にすぎないが、全書において卦を装する根本である。
六、以銭代蓍法
以錢三文,熏於爐上,致敬而祝,祝曰:天何言哉,叩之即應;神之靈矣,感而遂通。今有某人,有事關心,罔知休咎,罔釋厥疑,惟神惟靈,望垂昭報,若可若否,尚明告之。祝畢擲錢:一背為單,畫----;二背為拆,畫--;三背為重,畫0;純字為交,畫X。
銅銭三枚を取り、まず香炉の上で熏し、恭敬に祷告する。祝辞は「天は嘗て言わずや、一たび叩問すれば応えあり。神明かくのごとく霊験あらたかなれば、一たび感通すればよく相应す。今ここに某人、心に一事を掛け、吉か凶かを知らず、疑慮は解くべからず。ただ神明の顕霊を願い、明白なる示報を垂れんことを。可否は明白に告げ給え」と。祷告が済めば銭を擲つ。三銭が落ちて、一枚が裏・二枚が字面なら「単」と記し、一条の陽爻に画く。二枚が裏・一枚が字面なら「拆」と記し、断れた陰爻に画く。三枚とも裏なら「重」と記し、円圏を画く。三枚とも字面なら「交」と記し、叉を画く。「単」「拆」は変わらない静爻、「重」「交」は変わるべき動爻である。
自下而上,三擲內卦成。再祝曰:某宮三象,吉凶未判,再求外象三爻,以成一卦,以決憂疑。祝畢復如前法再擲,合成一卦而斷吉凶。至敬至誠無不感應。訣曰:兩背由來拆,雙眉本是單,渾眉交定位,總背是重安;單單單曰乾,拆拆拆曰坤,單拆單曰離,拆單拆曰坎。餘卦仿此。單變為重,折變為交。
爻を記す次序は下より上へ、三度擲ち尽くせば下の「内卦」が成る。続けてさらに祷告して曰く「某宮の三爻の象はすでに成れり、吉凶はいまだ判明せず。更に上の三爻を求めて、一つの完整な卦に湊え、心の憂疑を決断せん」と。祷告が済めば前法のごとく更に三度擲ち、上下相合して一つの六爻卦となり、これに拠って吉凶を断ずることができる。至敬至誠さえあれば、感応せぬことはない。口訣に曰く、二枚裏は従来「拆」と記す。「双眉」とは二枚の字面が上で裏一つだけ露れるもの、もとは「単」。「渾眉」とは三枚とも字面、定めて「交」の位。三枚とも裏は安じて「重」とす。三爻すべて単なら乾卦、すべて拆なら坤卦、単・拆・単と重なれば離卦、拆・単・拆と重なれば坎卦、その余の卦はこれに準じて類推する。動爻の変化は、陽の「単」は「重」に変じ、陰の「拆」は「交」に変ずる。
七、六十四卦名
乾宮八卦:(俱屬金)乾為天、天風姤、天山遁、天地否、風地觀、山地剝、火地晉、火天大有。坎宮八卦:(俱屬水)坎為水、水澤節、水雷屯、水火既濟、澤火革、雷火豐、地火明夷、地水師。艮宮八卦:(俱屬土)艮為山、山火賁、山天大畜、山澤損、火澤睽、天澤履、風澤中孚,風山漸。震宮八卦:(俱屬木)震為雷、雷地豫、雷水解、雷風恆、地風升、水風井、澤風大過,澤雷隨。
六十四卦は京房の八宮法に拠り八組に分かれ、宮ごとに八卦、同宮の諸卦の五行属性は一律に本宮に随う。乾宮の八卦はすべて金に属し、順に乾為天・天風姤・天山遯・天地否・風地観・山地剥・火地晋・火天大有。坎宮の八卦はすべて水に属し、順に坎為水・水沢節・水雷屯・水火既済・沢火革・雷火豊・地火明夷・地水師。艮宮の八卦はすべて土に属し、順に艮為山・山火賁・山天大畜・山沢損・火沢睽・天沢履・風沢中孚・風山漸。震宮の八卦はすべて木に属し、順に震為雷・雷地豫・雷水解・雷風恒・地風升・水風井・沢風大過・沢雷随。宮ごとの首卦は上下同体の「八純卦」で、その後下より上へと爻ごとに変じて六卦を出し、第七卦は「游魂」、第八卦は「帰魂」である。
巽宮八卦:(俱屬木)巽為風、風天小畜、風火家人、風雷益、天雷無妄,火雷噬嗑,山雷頤,山風蠱。離宮八卦:(俱屬火)離為火,火山旅,火風鼎,火水未濟,山水蒙,風水渙,天水訟、天火同人。坤官八卦:(俱屬土)坤為地,地雷復,地澤臨,地天泰,雷天大壯、澤天夬,水天需,水地比。兌宮八卦:(俱屬金)兌為澤,澤水困,澤地萃,澤山咸,水山蹇,地山謙,雷山小過,雷澤歸妹。
巽宮の八卦はすべて木に属し、順に巽為風・風天小畜・風火家人・風雷益・天雷无妄・火雷噬嗑・山雷頤・山風蠱。離宮の八卦はすべて火に属し、順に離為火・火山旅・火風鼎・火水未済・山水蒙・風水渙・天水訟・天火同人。坤宮の八卦はすべて土に属し(底本は「宮」を誤って「官」と刻す)、順に坤為地・地雷復・地沢臨・地天泰・雷天大壮・沢天夬・水天需・水地比。兌宮の八卦はすべて金に属し、順に兌為沢・沢水困・沢地萃・沢山咸・水山蹇・地山謙・雷山小過・雷沢帰妹。八宮あわせて六十四卦。卦を立てた後はまず得た卦がどの宮に属するかを認識し、はじめて五行と六親を定められる。
八、八卦次序 九、五行次序
乾一,兌二,離三,震四,巽五,坎六,艮七,坤八。水一,火二,木三,金四,土五。
八卦の先天次序の編号は、乾が第一、兌が第二、離が第三、震が第四、巽が第五、坎が第六、艮が第七、坤が第八。この一連の数は先天八卦図より出て、卦を排し数を起こすとき常に用いる。五行の生成の次序は、水が第一、火が第二、木が第三、金が第四、土が第五。この一連の数は《尚書・洪範》に載る五行の序に取り、すなわち河図の「天は一をもって水を生じ、地は二をもって火を生じ、天は三をもって木を生じ、地は四をもって金を生じ、天は五をもって土を生ず」の成数の排列である。占断において生成を論じ旺衰を論ずるのはすべてこれを本とする。
十、六十四卦次第歌
乾坤屯蒙需訟師,比小畜兮履泰否;同人大有謙豫隨,蠱臨觀兮噬嗑賁;剝復無妄大畜頤,大過坎離三十備。咸恆遁兮及大壯,晉與明夷家人睽;蹇解損益夬姤萃,升困井革鼎震繼;艮漸歸妹豐旅巽,兌渙節兮中孚至;小過既濟兼未濟,是為下經三十四。
この歌訣が誦するのは《周易》通行本の上下経六十四卦の先後の次序で、前の八宮分卦の順序とは異なる。学者は分けて識らなければならない。上経は《乾》《坤》より起こり、《屯》《蒙》《需》《訟》《師》《比》《小畜》《履》《泰》《否》《同人》《大有》《謙》《豫》《随》《蠱》《臨》《観》《噬嗑》《賁》《剥》《復》《无妄》《大畜》《頤》《大過》《坎》《離》に接し、合わせて三十卦で備わる。下経は《咸》《恒》《遯》《大壮》より起こり、《晋》《明夷》《家人》《睽》《蹇》《解》《損》《益》《夬》《姤》《萃》《升》《困》《井》《革》《鼎》《震》《艮》《漸》《帰妹》《豊》《旅》《巽》《兌》《渙》《節》《中孚》《小過》《既済》に接し、末は《未済》で収める。合わせて三十四卦。上下を合せてちょうど六十四卦である。
十一、繋辞八卦象類歌
乾為君兮首與馬,卦屬老陽體至剛。坎雖為耳又為豕,艮為手狗男之詳。震卦但為龍與足,三卦皆名曰少陽。陽剛終極資陰濟,造化因知不易量。
この段は《周易・説卦伝》の取象に本づく。「乾」は人事には君主を取り、人身には頭を取り、禽獣には馬を取る。卦体三爻は純陽で「老陽」、性情は至って剛健。「坎」は人身に耳を取り、禽獣に猪を取る。「艮」は人身に手を取り、禽獣に狗を取る。二者とも男類に属す。「震」は禽獣に龍を取り、人身に足を取る。坎・艮・震の三卦は各々一陽をもって二陰を統べ、同じく「少陽」と称す。陽剛が極点に発展すれば、必ず陰柔をもって接済・調剤しなければならない。これにより天地造化の分量は測度しがたいことが知れる。卦を占して用神を取り、人物の形貌と六畜を断ずるには、いずれもこれらの卦象を用いる。
坤為臣兮腹與牛,卦屬老陰體至柔。離雖為目又為雉,兌為口羊女之流。巽卦但為雞與股,少陰三卦皆相伴。陰柔終極資陽濟,萬象蒐羅靡不周。
「坤」は人事には臣下を取り、人身には腹を取り、禽獣には牛を取る。卦体三爻は純陰で「老陰」、性情は至って柔順。「離」は人身に眼目を取り、禽獣に雉を取る。「兌」は人身に口を取り、禽獣に羊を取る。二者とも女類に属す。「巽」は禽獣に鶏を取り、人身に大腿を取る。離・兌・巽の三卦は各々一陰をもって二陽を統べ、同じく「少陰」と称し、前の三つの少陽卦と二二に伴となる。陰柔が極点に発展すれば、同じく陽剛をもって接済・調剤しなければならない。八卦がかくのごとく分門別類に象を取れば、天下の万事万物はすべてこの中に捜羅され、周らざるはない。
十二、十天干 十三、十二地支
甲乙東方木,丙丁南方火,戊己中央土,庚辛西方金,壬癸北方水。子水鼠,丑土牛,寅木虎,卯木兔,辰土龍,巳火蛇,午火馬,未土羊,申金猴,酉金雞,戌土狗,亥水豬。
十天干は方位五行に配す。甲・乙は東方に居り木に属し、丙・丁は南方に居り火に属し、戊・己は中央に居り土に属し、庚・辛は西方に居り金に属し、壬・癸は北方に居り水に属す。十二地支は各々五行と生肖に配す。子は水に属し鼠に配し、丑は土に属し牛に配し、寅は木に属し虎に配し、卯は木に属し兎に配し、辰は土に属し龍に配し、巳は火に属し蛇に配し、午は火に属し馬に配し、未は土に属し羊に配し、申は金に属し猴に配し、酉は金に属し鶏に配し、戌は土に属し狗に配し、亥は水に属し猪に配す。六爻卦中のすべての爻は一つの地支を納めなければならない。卦を断ずるときはすべて地支の五行と生肖に拠って六親を定め、生克を論じ、応期を取り人物事類を断ずる。ゆえにこの二条は必ず熟誦しなければならない。
十四、納甲歌
(其法詳見後逐卦爻象式)乾金甲子外壬午,【子寅辰午申戍】;坎水戊寅外戊申,【寅辰午申戊子】;艮土丙辰外丙戍,【辰午申戍子寅】;震木庚子外庚午,【子寅辰午申戍】;巽木辛丑外辛未,【丑亥酉未巳卯】;離火巳卯外巳酉,【卯丑亥酉未巳】;坤土乙未外癸丑,【未巳卯丑亥酉】;兌金丁巳外丁亥,【巳卯丑亥酉未】。右決每句下小注,凡學者皆宜熟讀。然自下升上,一如點畫卦爻法。
この歌訣は八宮各卦に天干地支を納配する定例を講じる。具体的な配法は後の卦ごとに列する爻象式に詳しい。乾宮は金に属し、内卦三爻は甲を納め初爻の甲子より起こり、外卦三爻は壬を納め四爻の壬午より起こる。六爻の地支は下より上へ順に子・寅・辰・午・申・戌。坎宮は水に属し、内卦は戊を納め戊寅より起こり、外卦も戊を納め戊申より起こる。六支は寅・辰・午・申・戌・子。艮宮は土に属し、内卦は丙を納め丙辰より起こり、外卦は丙を納め丙戌より起こる。六支は辰・午・申・戌・子・寅。震宮は木に属し、内卦は庚を納め庚子より起こり、外卦は庚を納め庚午より起こる。六支は子・寅・辰・午・申・戌。以上の四卦は陽で、地支は一位を隔てて順行する。巽宮は木に属し、内卦は辛を納め辛丑より起こり、外卦は辛を納め辛未より起こる。六支は丑・亥・酉・未・巳・卯。離宮は火に属し、内卦は己を納め己卯より起こり、外卦は己を納め己酉より起こる。六支は卯・丑・亥・酉・未・巳。坤宮は土に属し、内卦は乙を納め乙未より起こり、外卦は癸を納め癸丑より起こる。六支は未・巳・卯・丑・亥・酉。兌宮は金に属し、内卦は丁を納め丁巳より起こり、外卦は丁を納め丁亥より起こる。六支は巳・卯・丑・亥・酉・未。以上の四卦は陰で、地支は一位を隔てて逆行する。句ごとの下の【】内の小注はその宮の六爻が初より上へと納める地支である。学者はみな熟読すべきである。卦を装するときは一律に下より上へ排し、卦爻を画く次序とまったく同じである。
十五、安放世応歌
八卦之首世六當,(謂八純卦,世都在第六爻。)以下初爻輪上揚,(若各宮之第二卦,世在初爻。第三卦世在二爻,餘可類推。)游魂八位四爻立,(每宮第七卦,謂之游魂,世在四爻。)歸魂八卦三爻詳。(各宮第八卦,為歸魂,世在三爻。)世初應四,世二應五,世三應六,世四應初,世五應二,世六應三。
この歌訣は「世爻」の爻位を定める。宮ごとの第一に排する卦、すなわち上下同体の八純卦は、世爻を第六爻(上爻)に安ずる。第二卦より世爻は初爻より始めて卦ごとに上へ推移する。各宮の第二卦は世が初爻、第三卦は世が二爻、第四卦は世が三爻、第五卦は世が四爻、第六卦は世が五爻、その余はこれに準じて類推する。各宮の第七卦は「游魂」卦と称し、世爻は退いて第四爻に安ずる。第八卦は「帰魂」卦と称し、世爻は第三爻に安ずる。「応爻」は世爻と固定して二位を隔てる。世が初爻なら応は四爻、世が二爻なら応は五爻、世が三爻なら応は六爻、世が四爻なら応は初爻、世が五爻なら応は二爻、世が六爻なら応は三爻。世は求測者自身を表し、応は相手方または問う事を表す。両爻の生克は卦を断ずる第一の着眼処である。
假如乾卦:世在六,應在三;姤卦便世在初,應在四;遁卦世在二,應在五;否、觀、剝皆從其序,各進一位。至晉卦,不得上至第六爻,仍縮下安在第四爻,應在初爻,是為游魂卦。至大有卦又退下一爻,世在第三爻,應為第六爻,為歸魂卦。各宮各卦皆依次例推之。
乾宮の八卦を例に挙げる。首卦《乾為天》は世爻が第六爻、応爻が第三爻。第二卦《天風姤》は世爻が初爻に落ち、応爻が第四爻。第三卦《天山遯》は世爻が第二爻、応爻が第五爻。以下《天地否》《風地観》《山地剥》は皆この次序に拠って各々一位ずつ上へ進み、それぞれ世三応六、世四応初、世五応二。第七卦《火地晋》に至り、世爻は更に上りて第六爻に至れず、そこで縮め返して第四爻に安じ、応爻は初爻。これが「游魂」卦である。第八卦《火天大有》に至り、世爻は更に一爻退き、第三爻に安じ、応爻は第六爻。これが「帰魂」卦である。その余七宮の各卦は皆この次序に拠って推排する。
十六、安身訣
子午持世身居初,丑未持世身居二,寅申持世身居三,卯酉持世身居四,辰戌持世身居五,巳亥持世身居六。
これは「世身」を安ずる口訣である。世爻に納めた地支がどれかを見て、「身」を相応の爻位に安ずる。世爻が子または午を納めれば身は初爻に、丑または未を納めれば身は二爻に、寅または申を納めれば身は三爻に、卯または酉を納めれば身は四爻に、辰または戌を納めれば身は五爻に、巳または亥を納めれば身は六爻に安ずる。この法門は世爻をもって身を定めるもので、次条の世爻の陰陽に拠って数を起こして得る「月卦身」とは別物である。学者は決して混同してはならない。世身は近世では用いられることが少なくなったが、古書を読んで「身」の字に遇ったときには、なおその来歴を知っておく必要がある。
十七、起月卦身訣
陰世則從五月起,陽世還從子月(子月乃十一月也)生,欲得識其卦中意,從初數至世方真。看世在交拆爻為陰,在重單爻為陽。俱從初爻上數至世,便知何月卦,即是卦身也。吉神照臨則吉,凶煞克害則凶。假如乾卦世爻是單,便以十一月從初爻數上去,到第六爻世上即是,四月卦也。又如明夷卦,世爻是拆,從初爻以五月數起,至世即八月卦也。
これは「月卦身」を安ずる法則である。まず世爻の陰陽を見る。世爻が交爻または拆爻なら陰に属し、五月(午月)より数を起こす。世爻が重爻または単爻なら陽に属し、子月より数を起こす。子月とは旧暦十一月である。起数は一律に初爻より上へ、世爻のある爻まで数え、数えて到達した支がその月の卦であり、その地支が本卦の「卦身」である。卦中の意旨を真に明白にするには、この数法を用いなければならない。卦身に吉神が照臨すれば吉を主り、凶煞に刑克・傷害されれば凶を主る。例を挙げれば、《乾》卦は世爻が上爻にあり、単爻で陽に属するから、初爻より十一月の子を起こし、二爻に丑、三爻に寅、四爻に卯、五爻に辰と数え、第六爻の世爻に数え至るとちょうど巳である。ゆえに四月卦である。また《明夷》卦は世爻が拆爻で陰に属するから、初爻より五月の午を起こし、未・申と数え上り、世爻に至るとちょうど申である。ゆえに八月卦である。
十八、起六神訣
甲乙起青龍,丙丁起朱雀,戊日起勾陳,己日起螣蛇,庚辛起白虎,壬癸起玄武。(俱從下起至上。)附例:今以甲乙丙丁日起,附載為式,餘仿此:初爻、二爻、三爻、四爻、五爻、六爻。甲乙日例:青龍、朱雀、勾陳、螣蛇、白虎、玄武。丙丁日例:朱雀、勾陳、螣蛇、白虎、玄武、青龍。
「六神」は六獣ともいい、起卦当日の天干に拠って六爻に配する。甲日・乙日は青龍より起こり、丙日・丁日は朱雀より起こり、戊日は勾陳より起こり、己日は螣蛇より起こり、庚日・辛日は白虎より起こり、壬日・癸日は玄武より起こる。「起」とは、初爻より安ずることをいい、それから青龍・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武という固定の次序に拠って下より上へ順に上爻まで排し、玄武まで排し終われば青龍に接ぎ戻る。いま甲乙日と丙丁日の二式を附して範例とし、其余の日はこれに準じて類推する。甲乙日は、初爻青龍・二爻朱雀・三爻勾陳・四爻螣蛇・五爻白虎・六爻玄武。丙丁日は、初爻朱雀・二爻勾陳・三爻螣蛇・四爻白虎・五爻玄武・六爻青龍。六神は吉凶・成敗を主らず、ただ事の性質と人物の情態を分別する補助に用いる。
十九、飛伏神歌
乾坤來往換,艮兌兩邊求,震巽相抽取,坎離遞送流。乾卦伏神從坤卦尋,坤卦伏神從乾卦取。兩宮互相交換,下六宮一如此例。假如乾卦六爻是:子寅辰午申戌,其伏神用坤卦:未巳卯丑亥酉。
「飛神」とは卦上に顕れ出た爻、「伏神」とは卦中で卦に上らず、飛神の下に蔵れた六親である。伏神を取るには八宮の首卦を準とし、二二に相対して互いに換えて取る。乾宮と坤宮は互いに取り、艮宮と兌宮は互いに取り、震宮と巽宮は互いに取り、坎宮と離宮は互いに取る。ゆえに乾卦の伏神は坤卦の中に求め、坤卦の伏神は乾卦の中に取る。この二宮がかくのごとく互いに換われば、其余の六宮も同じ条例に照らす。例を挙げれば、《乾》卦の六爻が初より上へと納める地支は子・寅・辰・午・申・戌であり、その伏神は《坤》卦の未・巳・卯・丑・亥・酉を取り、一爻に一爻を対させて下に伏せる。
又如天風姤卦,外三爻是本宮出現,不必看其伏神;內三爻是巽宮來,方要察其本宮。子寅辰伏在丑亥酉內也。至風地觀、山地剝、火地晉,內外卦皆是別宮,其本宮六爻皆伏藏於內。至火天大有歸魂卦,外三爻是伏藏,內三爻是出現,餘宮各卦可以類推。凡看伏神,因用爻不上卦,或被沖剋,不得已而按索之。學者自宜變通,不可拘泥。
また《天風姤》は乾宮に属し、外卦三爻は依然として乾宮の本体で、六親はすべて卦上に現れているから、改めて伏神を査する必要はない。内卦三爻は巽宮より変じて来たものであるから、ここで初めて本宮の乾卦に返り査する。そこで乾卦の内三爻の子・寅・辰が、それぞれ姤卦の内三爻の丑・亥・酉の下に伏する。《風地観》《山地剥》《火地晋》に至っては、内外の卦とも本宮の体でないから、乾宮の六爻はすべて下に伏蔵する。帰魂卦《火天大有》に至れば、情形は逆で、外三爻が伏蔵し、内三爻が現出する。其余各宮の卦はみなこれに準じて類推できる。およそ伏神を査するのは、用いる用神が卦に上らないか、あるいは卦に上っても日辰・動爻に冲克されるため、やむを得ず捜索するのである。学者は機に応じて変通すべきで、成法を死守してはならない。
二十、不全爻象各卦歌
試論泰復夬需旅,鼎解大畜豫賁推,十卦本來無父母,若卜父母非所宜。以上十卦無父母爻。更有觀剝恆升井,大過六卦弟兄虧,若占兄弟切須忌,縱無大患主災危。以上六卦無兄弟爻。
六十四卦の中には生まれつきある一類の六親を欠く卦があり、この種の卦を占えば、相応の用神が卦に上らないので、伏神に改めて査するほかなく、断語にも格段に留意しなければならない。「父母爻」を欠くのは合わせて十卦、《泰》《復》《夬》《需》《旅》《鼎》《解》《大畜》《豫》《賁》である。およそ父母・尊長を占い、また房屋・車船・文書・契券といった父母を用神とする事を占って、この十卦を得ても合宜とは言えない。「兄弟爻」を欠くのは合わせて六卦、《観》《剥》《恒》《升》《井》《大過》である。およそ兄弟姉妹・朋友同輩を占ってこの六卦を得るのは最も忌むべきで、たとえ大きな禍患に至らなくとも、災病・危険の事を主る。
遁履姤孚漸謙渙,屯睽既濟革明夷,小過咸蒙並蹇卦,十六卦中妻財虧。以上十六卦無妻財爻。無子亦有十六卦,二過否蠱並頤隨,大畜賁觀中孚井,遁升歸妹晉損兒。以上十六卦無子孫爻。小畜未濟家人卦,更逢旅訟渙益頤,八者之中皆無鬼,求官謁貴豈相宜。以上八卦無官鬼爻。
「妻財爻」を欠くのは合わせて十六卦、《遯》《履》《姤》《中孚》《漸》《謙》《渙》《屯》《睽》《既済》《革》《明夷》《小過》《咸》《蒙》《蹇》である。およそ妻妾・財帛・売買の獲利を占ってこれらの卦を得れば、財爻は卦に上らない。「子孫爻」を欠くのも十六卦、《小過》《大過》《否》《蠱》《頤》《随》《大畜》《賁》《観》《中孚》《井》《遯》《升》《帰妹》《晋》《損》。歌中の「二過」とは小過と大過である。およそ子女・六畜・医薬・僧道、および福を求め災を免れることを占うには、みな子孫を用神とし、これらの卦を得れば伏神を査しなければならない。「官鬼爻」を欠くのは合わせて八卦、《小畜》《未済》《家人》《旅》《訟》《渙》《益》《頤》である。官鬼は功名・官職を主ると同時に疾病・鬼祟をも主る。この八卦は鬼がないので、官を求め職を進めること、貴人に謁見することはいずれも自然と不相宜である。
二十一、五類俱全各卦歌
五位各爻兼備者,二十之卦報君知。八純節豐及大有,比臨無妄大壯師。萃卦噬嗑同人困,財官父子兄皆宜。
六十四卦の中で、父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼の五類の六親が一齐に具備して一つも欠漏のないものは、合わせて二十卦ある。いま一一に告げよう。八つの八純卦(《乾》《坎》《艮》《震》《巽》《離》《坤》《兌》)に、《節》《豊》《大有》《比》《臨》《无妄》《大壮》《師》《萃》《噬嗑》《同人》《困》を加える。この二十卦を占えば、問うところが財であれ官であれ、父母であれ子孫であれ兄弟であれ、用神は現成に卦上に並んでおり、改めて伏神を求める必要はなく、推断は最も手に順う。
二十二、游魂八卦歌 二十三、帰魂八卦歌
明夷與頤晉,需訟及中孚,小過並大過,游魂應在初。歸妹及同人,師隨蠱漸輪,比還兼大有,八卦是歸魂。
八宮それぞれの第七卦を「游魂」卦といい、合わせて八つ、《明夷》《頤》《晋》《需》《訟》《中孚》《小過》《大過》で、それらの世爻はみな第四爻にあり、応爻はこのため初爻に落ちる。游魂は心神の定まらぬこと、走動・遷移、事の反復を主り、行人を占い、失物を占い、遷居を占うときに最も留意すべきである。八宮それぞれの第八卦を「帰魂」卦といい、これも八つ、《帰妹》《同人》《師》《随》《蠱》《漸》《比》《大有》で、世爻はみな第三爻にあり、応爻は上爻にある。帰魂は本位への復帰、去ってまた還ること、事の収束を主り、游魂とちょうど相対する。
二十四、年上起月歌
甲己之年丙作首,乙庚之歲戊為頭,丙辛之位從庚上,丁壬壬位順行流,更加戊癸從何起,甲寅之上好追求。假如甲、己年,其正月便是丙寅月,二月是丁卯月,挨順輪去。乙、庚年,正月是戊寅月,二月是己卯月。其餘仿此。
この歌訣は年干から正月の月干を推し出すことを教えるもので、すなわち「五虎遁」である。およそ年干が甲または己のものは正月を丙寅に起こし、年干が乙または庚のものは正月を戊寅に起こし、年干が丙または辛のものは正月を庚寅に起こし、年干が丁または壬のものは正月を壬寅に起こし、年干が戊または癸のものは正月を甲寅に起こす。月支は寅より固定して起こる。夏暦が建寅の月を正月とするからである。例を挙げれば、甲年・己年の正月は丙寅月、二月は丁卯月、以後は六十甲子に拠って順次輪排する。乙年・庚年の正月は戊寅月、二月は己卯月。其余の年はこれに準じて類推する。卦を占って月建を取るには、まず月干支を推せるようにならなければならない。
二十五、日上起時歌
甲己還加甲,乙庚丙作初,丙辛從戊起,丁壬庚子居,戊癸何方發,壬子是真途。假如甲、己日,甲子時起;乙、庚日,丙子時起。餘例推。
この歌訣は日干から子時の時干を推し出すことを教えるもので、すなわち「五鼠遁」である。日干が甲または己のものは子時を甲子に起こし、日干が乙または庚のものは子時を丙子に起こし、日干が丙または辛のものは子時を戊子に起こし、日干が丁または壬のものは子時を庚子に起こし、日干が戊または癸のものは子時を壬子に起こす。子時の干支を定めた後は、其余の各時辰は六十甲子に拠って順次排してゆけばよい。例を挙げれば、甲日・己日は甲子時より起算し、乙日・庚日は丙子時より起算し、其余の日はこれに準じて類推する。卦を占って応期を断じ、時辰の吉凶を取るには、まず時干支を推せるようにならなければならない。
二十六、定寅時法
正九五更二點徹,二八五更四點歇,三七平光是寅時,四六日出寅無別,五月日高三丈地,十月十二四更二,仲冬才到四更初,便是寅時君須記。
古時には時計がなかったので、この歌訣は天色に拠って寅時に至ったか否かを判定することを教える。一日の干支は寅時より起算するので、寅時を定め損えば時辰を排し損えるからである。正月と九月は、五更二点に天が透き明くなる頃が寅時。二月と八月は、五更四点の歇まる寸前が寅時。三月と七月は、天が放明したばかりが寅時。四月と六月は、日の出の頃がちょうど寅時で、前と変わらない。五月は白昼が最も長く、日がすでに三丈高くなってはじめて寅時とする。十月と十二月は、四更二点がすなわち寅時。仲冬すなわち十一月は夜が最も長く、ようやく四更の初めに達しただけですでに寅時である。学者はこの数句を記憶に固めなければならない。
卜筮全書 巻之二 卦爻呈象(附・総判爻辞)
一、納甲法
納甲歌決,見前啟蒙節要內,今以其法俱載,以便學者詳覽。其法皆自下而上,陽甲隔位順輪,陰甲隔位逆轉。卦宮:乾、坎、艮、震(四卦屬陽),坤、巽、兌、離(四卦屬陰)。上爻:戌、子、寅、戌;酉、卯、未、巳。五爻:申、戌、子、申;亥、巳、酉、未。四爻:午、申、戌、午;丑、未、亥、酉。三爻:辰、午、申、辰;卯、酉、丑、亥。二爻:寅、辰、午、寅;巳、亥、卯、丑。初爻:子、寅、辰、子;未、丑、巳、卯。
納甲の歌訣はすでに前の《啓蒙節要》一巻に見えたが、ここに整套の配法をすべて列し、学者が対照して見るのに便とする。配法は一律に下より上へ、陽卦の納める地支は一位を隔てて順に数え、陰卦の納める地支は一位を隔てて逆に数える。乾・坎・艮・震の四宮は陽に属し、坤・巽・兌・離の四宮は陰に属す。爻位に拠って横に見れば、上爻は乾は戌を納め、坎は子を納め、艮は寅を納め、震は戌を納め、坤は酉を納め、巽は卯を納め、兌は未を納め、離は巳を納める。五爻は乾申・坎戌・艮子・震申、坤亥・巽巳・兌酉・離未。四爻は乾午・坎申・艮戌・震午、坤丑・巽未・兌亥・離酉。三爻は乾辰・坎午・艮申・震辰、坤卯・巽酉・兌丑・離亥。二爻は乾寅・坎辰・艮午・震寅、坤巳・巽亥・兌卯・離丑。初爻は乾子・坎寅・艮辰・震子、坤未・巽丑・兌巳・離卯。卦を装するとき、六爻卦の内三爻は下卦の属する宮の前三支を取り、外三爻は上卦の属する宮の後三支を取り、二つが相接して一卦六爻の地支となる。
二、逐卦爻辞
乾宮・乾為天(六冲)
乾為天。乾上,屬金,乾下。壬戌,父母,世。壬申,兄弟,身。壬午,官鬼。甲辰,父母,應。甲寅,妻財。甲子,子孫。六龍御天之卦,廣大包容之象。判曰:乾者,健也。大哉乾元。蔭覆無偏,玄運造化,萬物資始。雲行雨施。變化不言。東西任意,南北安然。
《乾為天》は乾宮の首卦で、上体・下体とも乾、六爻は純陽、金に属し、また「六冲」卦である。卦を装するとき内卦は甲を納め、外卦は壬を納め、初爻より上へ順に甲子・甲寅・甲辰・壬午・壬申・壬戌である。本宮は金に属するから、金をもって「我」とする。土は金を生ずるので、上爻の壬戌土と三爻の甲辰土はともに「父母」。金と金は同類で比すので、五爻の壬申金は「兄弟」。火は金を克するので、四爻の壬午火は「官鬼」。金は木を克するので、二爻の甲寅木は「妻財」。金は水を生ずるので、初爻の甲子水は「子孫」。八純卦は世爻が上に居るので、世は上爻壬戌の父母にあり、応は三爻甲辰の父母にあり、「世身」は五爻に安ず。この卦は「六龍御天」の卦と称し、広大包容の気象がある。判語に曰く、乾とはすなわち剛健である。乾元の徳はなんと宏大なるか、万物を覆庇して少しも偏私なく、玄妙に造化を運転し、万物は皆それに拠って始まる。雲気は流行し雨沢は施布され、一切の変化は無言のうちに成る。この卦を占えば、東へ行き西へ往くもその赴くままに任せ、南より来り北へ去るも皆安然である。
六爻斷:初九:潛龍,勿用。九二:見龍再田,利見大人。九三:君子終日乾乾,夕惕若,厲無咎。九四:或躍在淵,無咎。九五:飛龍在天,利見大人。上九:亢龍有悔。用九:見群龍無首,吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、龍はなお水底に潜伏し、この時は施すところあってはならない。九二、龍はすでに田野に現れ、徳あり位ある大人に進み見るに宜しい。九三、君子は終日勤勉して懈らず、夜に至ってもなお警惕して戒懼し、処境は危険ながら災禍はない。九四、あるいは上りて躍起し、あるいは退いて深淵に返る。進退宜しきに合し、災禍はない。九五、龍はすでに天に飛騰し、徳あり位ある大人に進み見るに宜しい。上九、龍は升ること高すぎて窮極に至り、必ず悔恨を生ず。用九、群龍が皆先んじて首とならぬを見れば吉。按、底本はここに「見龍在田」を「見龍再田」と刻す。今はその旧のまま改めない。
乾宮・天風姤
乾宮:《天風姤》,屬金,乾上巽下。伏神、本卦:父母壬戌土。兄弟壬申金。官鬼壬午火,應。兄弟辛酉金。妻財甲寅木,子孫辛亥水。父母辛丑土,世。風雲相濟之卦,君臣會合之象。判曰:姤者,遇也。以陰遇陽,以柔遇剛,本無所望,而卒然值之,不期而遇。占者得之,所謀無不吉也。
《天風姤》は乾宮の第二卦で金に属し、上体は乾、下体は巽。外三爻は依然として乾体で壬午・壬申・壬戌を納め、内三爻はすでに巽体に変じて辛丑・辛亥・辛酉を納める。乾宮の金をもって「我」として六親を定めれば、上爻壬戌土・初爻辛丑土はともに父母、五爻壬申金・三爻辛酉金はともに兄弟、四爻壬午火は官鬼、二爻辛亥水は子孫。乾宮にもとからある妻財甲寅木はこの卦に上らないので、「伏神」を作して二爻子孫辛亥水の下に伏する。本宮第二卦は世爻が初爻にあるので、世は初爻辛丑父母にあり、応は四爻壬午官鬼にある。この卦は「風雲相済」の卦と称し、君臣会合の気象がある。判語に曰く、姤とはすなわち相遇である。一陰をもって五陽に上り遇い、柔順をもって剛強に遇う。もともと望みはなかったのに忽然として碰う。これは期せずして遇うものである。占者がこの卦を得れば、およそ謀るところ吉ならざるはない。
六爻斷:初六:繫于金柅,貞吉。有攸往,見凶,羸豕乎踟躅。九二:包有魚,無咎,不利賓。九三:臀無膚,其行次且,厲,無大咎。九四:包無魚,起凶。九五:以杞包瓜,含章,有隕自天。上九:姤其角,吝,無咎。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、車を銅製の止輪木に繋ぐように陰を止め、正を守れば吉。もしそれを放って往かせれば凶を見る。あの痩せた雌豚はまさに躁動して徘徊している。九二、厨中に魚を包み、過咎はないが、客人に供するには宜しくない。九三、臀部が傷つき全き皮肉なく、行くこと躇躇として進みがたく、処境は危険だが、大きな災禍はない。九四、厨中に魚さえなく、動けば凶を生ず。九五、高き杞の葉をもって甜瓜を包み、美質を内に含蔵すれば、自ら天降る福慶あり。上九、遇うところはただその犄角のみ、未だ少しの遺憾を免れぬが、災禍はない。
乾宮・天山遯
乾宮:《天山遁》,屬金,乾上艮下。伏神、本卦:父母壬戌土。兄弟壬申金,應。官鬼壬午火。兄弟丙申金。妻財甲寅木,官鬼丙午火,世。子孫甲子水,父母丙辰土。豹隱南山之卦,近善遠惡之象。判曰:遁者,退也。處遁之時,陽道欲虧,惡事即起,善事欲衰。欲進欲退,疑惑難為,以小制大,君子避之。
《天山遯》は乾宮の第三卦で金に属し、上体は乾、下体は艮。外三爻は壬午・壬申・壬戌を納め、内三爻は艮体に従い丙辰・丙午・丙申を納める。金をもって「我」として六親を定めれば、上爻壬戌土・初爻丙辰土は父母、五爻壬申金・三爻丙申金は兄弟、四爻壬午火・二爻丙午火は官鬼。乾宮の妻財甲寅木と子孫甲子水はともに卦に上らず、それぞれ二爻官鬼丙午火の下と初爻父母丙辰土の下に伏する。本宮第三卦は世爻が二爻にあるので、世は二爻丙午官鬼にあり、応は五爻壬申兄弟にある。この卦は「豹隠南山」の卦と称し、善人に親しみ悪人を遠ざける気象がある。判語に曰く、遯とはすなわち退避である。退避すべき時に当たり、陽剛の道は損なわれんとし、悪事は随いて興り、善事は日に衰微す。進もうとするも是ならず、退こうとするも是ならず、疑慮重なりて決断しがたく、小人が君子を圧制するのを見るに至れば、君子は回避の一途あるのみ。
六爻斷:初六:遁尾,厲,勿用有攸往。六二:執之用黃牛之革,莫之勝說。九三:係遁,有疾厲;畜臣妾,吉。九四:好遁,君子吉,小人否。九五:嘉遁,貞吉。上九:肥遁,無不利。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、退避が最後に落ちて、その後を尾うがごとく、危険あり。往くところあるに宜しくない。六二、黄牛の皮をもって作った繩索をもってそれを固く捆めば、誰も解脱できない。九三、心に牽繋あって決然と引退できず、病を抱えるがごとく危険。ただ奴僕・姫妾の類の小事を畜養するに用いれば吉。九四、恋愛する所あれども毅然として引退できれば、君子はかくのごとくなれば吉、小人はできない。九五、退避が宜しさに合して善を尽くせば、正を守って吉。上九、遠く高く飛び去り、从容寛裕に引退すれば、利ならざるはない。
乾宮・天地否(六合)
乾宮:《天地否》(六合),屬金,乾上坤下。伏神、本卦:父母壬戌土,應。兄弟壬申金。官鬼壬午火。妻財乙卯木,世。官鬼乙巳火。子孫甲子水,父母乙未土。天地不交之卦,人口不圓之象。判曰:否者,塞也。天地不交,陰陽閉塞。夫婦不和,別離南北。君子道消,小人道長。人物乖違,不通之象。
《天地否》は乾宮の第四卦で金に属し、上体は乾、下体は坤、また「六合」卦である。外三爻は壬午・壬申・壬戌を納め、内三爻は坤体に従い乙未・乙巳・乙卯を納める。金をもって「我」として六親を定めれば、上爻壬戌土・初爻乙未土は父母、五爻壬申金は兄弟、四爻壬午火・二爻乙巳火は官鬼、三爻乙卯木は妻財。乾宮の子孫甲子水は卦に上らず、初爻父母乙未土の下に伏する。本宮第四卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻乙卯妻財にあり、応は上爻壬戌父母にある。この卦は「天地不交」の卦と称し、家口が団円できない気象がある。判語に曰く、否とはすなわち閉塞である。天は上にあり地は下にありて彼此交わらず、陰陽はこのため壅塞して通ぜず。夫妻は和睦せず、親人は南北の両地に離分す。君子の道は消退し、小人の道は滋長す。人と物は彼此乖違して、一派に不通の象である。
六爻斷:初六:拔茅茹以其匯,貞吉亨。六二:包承,小人吉,大人否,亨。六三:包羞。九四:有命,無咎;疇離祉。九五:休否,大人吉。其亡其亡,繫于苞桑。上九:傾否,先否後喜。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、白茅を拔けば、根鬚は相連なりて同類が斉しく出る。正を守れば吉にして亨通す。六二、内に包容し外に承順すれば、小人はかくのごとくして吉を得、大人は閉塞不通の節を守ってはじめて亨通す。六三、包蔵する所はただ羞愧の事のみ。九四、上天の命令に秉承して事を行えば、災禍はなく、同類の人は皆福祉に沾える。九五、閉塞の局面を止息せしめれば大人は吉を得る。なお常に「敗亡せんとす、敗亡せんとす」の戒懼の心を存してはじめて、叢生する桑根に繋ぐがごとく牢固たりうる。上九、閉塞の局面を傾覆せば、先には否塞し、後には喜慶あり。
乾宮・風地観
乾宮:《風地觀》,屬金,巽上坤下。伏神、本卦:妻財辛卯木。兄弟壬申金,官鬼辛巳火。父母辛未土,世。妻財乙卯木。官鬼乙巳火。子孫甲子水,父母乙未土,應。雲卷晴空之卦,春花競發之象。判曰:觀者,觀也。觀國之光,風在地上,萬物榮昌。財不破散,爵祿加彰。
《風地観》は乾宮の第五卦で金に属し、上体は巽、下体は坤。外三爻は巽体に従い辛未・辛巳・辛卯を納め、内三爻は坤体に従い乙未・乙巳・乙卯を納める。乾宮の金をもって「我」として六親を定めれば、上爻辛卯木・三爻乙卯木は妻財、五爻辛巳火・二爻乙巳火は官鬼、四爻辛未土・初爻乙未土は父母。乾宮の兄弟壬申金と子孫甲子水はともに卦に上らず、それぞれ五爻官鬼辛巳火の下と初爻父母乙未土の下に伏する。本宮第五卦は世爻が四爻にあるので、世は四爻辛未父母にあり、応は初爻乙未父母にある。この卦は「雲巻晴空」の卦と称し、春花が競い咲く気象がある。判語に曰く、観とはすなわち観仰瞻視である。《観》卦六四に「国の光を観る」の辞あり、風は大地の上を行き、万物は繁栄昌盛す。銭財は破損・散失せず、爵位・俸禄はかえってますます顕揚す。
六爻斷:初六:童觀,小人無咎,君子吝。六二:窺觀,利女貞。六三:觀我生,進退。六四:觀國之光,利用賓于王。九五:觀我生,君子無咎。上九:觀其生,君子無咎。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、児童のごとく浅陋に観るのは、小人においては過咎ならず、君子においては遺憾である。六二、門の隙間より窃かに窺い観るのは、ただ女子が正を守るに宜しい。六三、返って自身の為す所を観、これに拠って進むべきか退くべきかを決す。六四、一国の光輝・盛徳を観仰すれば、賓客の礼をもって君王の礼遇を受けるに宜しい。九五、返って自身の為す所を観れば、君子はかくのごとくすれば過咎なし。上九、他人の為す所を観察すれば、君子はかくのごとくすれば過咎なし。
乾宮・山地剥
乾宮:《山地剝》,屬金,艮上坤下。伏神、本卦:妻財丙寅木。兄弟壬申金,子孫丙子水,世。父母丙戌土。妻財乙卯木。官鬼乙巳火,應。父母乙未土。去舊生新之卦,群陰剝盡之象。判曰:剝者,落也。山高岌岌,其形似剝。陰道將盈,陽道衰弱。卦臨九月,霜葉凋落。人離財散,求官失爵。
《山地剥》は乾宮の第六卦で金に属し、上体は艮、下体は坤。外三爻は艮体に従い丙戌・丙子・丙寅を納め、内三爻は坤体に従い乙未・乙巳・乙卯を納める。金をもって「我」として六親を定めれば、上爻丙寅木・三爻乙卯木は妻財、五爻丙子水は子孫、四爻丙戌土・初爻乙未土は父母、二爻乙巳火は官鬼。乾宮の兄弟壬申金は卦に上らず、五爻子孫丙子水の下に伏する。本宮第六卦は世爻が五爻にあるので、世は五爻丙子子孫にあり、応は二爻乙巳官鬼にある。この卦は「去旧生新」の卦と称し、衆陰が一陽を剥ぎ尽くす気象がある。判語に曰く、剥とはすなわち剥落である。山勢は高峻にして墜ちんと欲し、形状は正に剥蝕されたがごとし。陰気はまさに盈満せんとし、陽気は日に衰弱す。この卦は九月に応じ、まさに霜を経た樹葉が凋零・飘落する時である。人口の離散・銭財の耗失を主り、官を求めれば爵位を失う。
六爻斷:初六:剝床以足,蔑貞凶。六二:剝床以辨,蔑貞凶。六三:剝之,無咎。六四:剝床以膚,凶。六五:貫魚以宮人寵,無不利。上九:碩果不食,君子得輿,小人剝廬。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、床を剥蝕し、まず床脚より剥ぎ起こり、正道は滅ぼされて凶を主る。六二、床を剥蝕し、すでに床身と床脚の相連なる処まで剥ぎ至り、正道は滅ぼされて凶を主る。六三、剥落の時に処れども、その上の陽剛に応ずるがゆえに災禍なし。六四、床を剥蝕してすでに臥する者の肌膚に及べば凶。六五、縄をもって魚群を貫串するがごとく、宮中の衆女を率いて順に君王の寵愛を承ければ、利ならざるなし。上九、碩大の果実が残されて喰われず、君子はこのため民衆に車輿のごとく擁載され、小人は己の房舍さえも剥毀される。
乾宮・火地晋(游魂)
乾宮:《火地晉》(游魂),屬金,離上坤下。伏神、本卦:官鬼己巳火。父母己未土。兄弟己酉金,世。妻財乙卯木。官鬼乙巳火。子孫甲子水,父母乙未土,應。龍劍出匣之卦,以臣遇君之象。判曰:晉者,進也。日出於地,柔而上行,巡運照耀,升進其明。居官益位,禍滅福生,利見王侯,任意必亨。
《火地晋》は乾宮の第七卦で金に属し、上体は離、下体は坤、本宮の「游魂」卦である。外三爻は離体に従い己酉・己未・己巳を納め、内三爻は坤体に従い乙未・乙巳・乙卯を納める。金をもって「我」として六親を定めれば、上爻己巳火・二爻乙巳火は官鬼、五爻己未土・初爻乙未土は父母、四爻己酉金は兄弟、三爻乙卯木は妻財。乾宮の子孫甲子水は卦に上らず、初爻父母乙未土の下に伏する。游魂卦は世爻が四爻に退居するので、世は四爻己酉兄弟にあり、応は初爻乙未父母にある。この卦は「龍剣出匣」の卦と称し、臣下をもって君王に遇う気象がある。判語に曰く、晋とはすなわち上進である。太陽は地面より昇り、柔順の徳は上へと進行し、巡行運転して光は四方を照らし、日にその光明を升進す。官にある者は秩を増し位を加えられ、災禍は消除して福は滋生す。王侯に晋見するに宜しく、意のままに為す所は必ず亨通す。
六爻斷:初六:晉如,摧如,貞吉。罔孚,裕無咎。六二:晉如,愁如,貞吉。受茲介福,于其王母。六三:眾允,悔亡。九四:晉如鼫鼠,貞厲。六五:悔亡,失得勿恤,往吉,無不利。上九:晉其角,維用伐邑,厲吉無咎;貞吝。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、進まんと欲して摧抑を遭えば、正を守れば吉。たとえ信任されずとも、从容寛裕である限り災禍なし。六二、進まんと欲して心に憂愁を懐けば、正を守れば吉、終に王母より大福を受けん。六三、衆人みな信従すれば、悔恨は自ら消失せん。九四、鼫鼠のごとく貪多にして技窮きながら上進すれば、固守し続ければ必ず危険あり。六五、悔恨は消失し、得と失とはいずれも掛慮する要なし。往けば吉にして利ならざるなし。上九、上進して頂点に至り触角を外露するがごときは、ただ己の属邑を討伐するに用いるべし。危険あれども終に吉を得て災禍なし。ただし終始このまま固守すれば、遺憾を免れない。
乾宮・火天大有(帰魂)
乾宮:《火天大有》(歸魂),屬金,離上乾下。本卦:官鬼己巳火,應。父母己未土。兄弟己酉金。父母甲辰土,世。妻財甲寅木。子孫甲子水。金玉滿堂之卦,大明中天之象。判曰:大有者,寬也。柔得尊位,官祿日實。掩惡揚善,豐財和義,廣納包容,成物之美。自天佑之,吉無不利。
《火天大有》は乾宮の第八卦で金に属し、上体は離、下体は乾、本宮の「帰魂」卦である。外三爻は離体に従い己酉・己未・己巳を納め、内三爻は依然として乾体で甲子・甲寅・甲辰を納める。金をもって「我」として六親を定めれば、上爻己巳火は官鬼、五爻己未土・三爻甲辰土は父母、四爻己酉金は兄弟、二爻甲寅木は妻財、初爻甲子水は子孫。この卦は父・兄・子・財・官の五類の六親が斉備しており、改めて伏神を求める要なし。帰魂卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻甲辰父母にあり、応は上爻己巳官鬼にある。この卦は「金玉満堂」の卦と称し、太陽が空に当たり普く照らす気象がある。判語に曰く、大有とはすなわち寛宏である。柔順の六五は尊位に居り、官職・俸禄は一日ごとに充実す。他人の過悪を掩蔵し、他人の善行を表彰し、財貨は豊盈にして事に処するは宜しきに合い、広く衆人を容納して万物の美を成就す。上天は自らこれを保佑し、吉利にして利ならざるなし。
六爻斷:初九:無交害,匪咎。艱則無咎。九二:大車以載,有攸往,無咎。九三:公用亨于天子,小人弗克。九四:匪其彭,無咎。六五:厥孚交如,威如,吉。上九:自天佑之,吉,無不利。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、まだ人と交接せず、すなわち損害もなく、過咎とは言えない。ただ艱難の心を守り得れば災禍なし。九二、大車に重物を載せるがごとく重任に堪え、往くところあれば災禍なし。九三、公侯が天子に進献してその享用を蒙る。小人はこのような事を担当しえない。九四、己の盛大を誇耀しなければ災禍なし。六五、その誠信は人と交わり感通し、また威厳を失わず、吉。上九、上天は自らこれを保佑し、吉利にして利ならざるなし。
坎宮・坎為水(六冲)
坎宮:《坎為水》(六沖),屬水,坎上坎下。本卦:兄弟戊子水,世。官鬼戊戌土。父母戊申金。妻財戊午火,應。官鬼戊辰土。子孫戊寅木。船渡重灘之卦,外虛中實之象。判曰:坎者,陷也。逢流則注,遇坎則止。出入艱難,隨坎不已。陰愁伏匿,共相謀計,千里辭家,始免迍否。
《坎為水》は坎宮の首卦で、上下両体とも坎、水に属し、また「六冲」卦である。内外両卦とも戊を納め、初爻より上へ順に戊寅・戊辰・戊午・戊申・戊戌・戊子である。本宮は水に属するから、水をもって「我」として六親を定める。上爻戊子水は兄弟、五爻戊戌土・二爻戊辰土は官鬼、四爻戊申金は父母、三爻戊午火は妻財、初爻戊寅木は子孫で、五類斉備である。八純卦は世爻が上に居るので、世は上爻戊子兄弟にあり、応は三爻戊午妻財にある。この卦は「船渡重灘」の卦と称し、卦体は上下とも虚で中間が実、外虚中実の気象がある。判語に曰く、坎とはすなわち陥落である。水は通流する処に遇えば一路奔注し、坎陥の地に碰えば停まる。出るも入るも艱難で、一つの坎に次いで一つの坎、了結がない。陰柔なる者は憂愁して隠匿し、暗中に彼此謀算す。ただ千里を遠行して家を辞して去るのみ、困頓閉塞を免れられる。
六爻斷:初六:習坎,入于坎窞,凶。九二:坎有險,求小得。六三:來之坎坎,險且枕;入于坎窞,勿用。六四:樽酒簋,貳用缶,納約自牖,終無咎。九五:坎不盈,只既平,無咎。上六:係用徽纆,寘于叢棘,三歲不得,凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、重ね重ねの坎険の中、さらに坑底の小穴に墜入す、凶。九二、坎中に険難あり、ただ小さな収穫を求めるのみ得。六三、来るも往くも坎険で、危険でありかつ停滞して安んぜず、さらに坑中の小穴に落ち込む。この時は有為にしてはならない。六四、一樽の薄酒・二簋の粗食を瓦缶に盛り、窓口より簡約に君上に進献すれば、終に災禍なし。九五、坎中の水はいまだ盈満せず、ただようやく坎口と平らかになるのみ、災禍なし。上六、繩索に捆縛され、荆棘の叢中に囚置され、三年経ても脱身を得ず、凶。
坎宮・水沢節(六合)
坎宮:《水澤節》(六合),屬水,坎上兌下。本卦:兄弟戊子水。官鬼戊戌土。父母戊申金,應。官鬼丁丑土。子孫丁卯木。妻財丁巳火,世。船行風橫之卦,寒暑有節之象。判曰:節者,止也。天地得節,四時所成。節以制度,儉以豐盈。內憂外悅,不出戶庭,於身謹節,無不康寧。
《水沢節》は坎宮の第二卦で水に属し、上体は坎、下体は兌、また「六合」卦である。外三爻は依然として坎体で戊午・戊戌・戊子を納め、内三爻はすでに兌体に変じて丁巳・丁卯・丁丑を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻戊子水は兄弟、五爻戊戌土・三爻丁丑土は官鬼、四爻戊申金は父母、二爻丁卯木は子孫、初爻丁巳火は妻財で、五類斉備である。本宮第二卦は世爻が初爻にあるので、世は初爻丁巳妻財にあり、応は四爻戊申父母にある。この卦は「船行風横」の卦と称し、寒来暑往して各々節度ある気象がある。判語に曰く、節とはすなわち節止である。天地に節度あってはじめて四季が形成される。法度をもって節制し、倹省によって豊盈に致す。内には憂険あれども外には和悦。ただ戸庭を謹守して軽く出ず、自身ところごとに節を知れば、安康ならざるはない。
六爻斷:初九:不出戶庭,無咎。九二:不出門庭,凶。六三:不節若,則嗟若,無咎。六四:安節,亨。九五:甘節,吉。往有尚。上六:苦節,貞凶,悔亡。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、内室の庭戸を出ずれば災禍なし。九二、出るべきなのに出ず、大門の庭戸さえ出ずれば凶。六三、自ら節制を知らなければ、嗟嘆して后悔するのみだが、他人を怨むことはできず、災禍と言うほどでもない。六四、安然として節度の中を行えば亨通す。九五、守る節が甘美にして適中なれば吉。このまま前行すれば嘉尚を受ける。上六、節制を苦渋に堪えがたい地步に推し進め、一味に固守すれば凶。ただし節を守り得る以上、悔恨も消失す。
坎宮・水雷屯
坎宮:《水雷屯》,屬水,坎上震下。伏神、本卦:兄弟戊子水。官鬼戊戌土,應。父母戊申金。妻財戊午火,官鬼庚辰土。子孫庚寅木,世。兄弟庚子水。龍居淺水之卦,萬物始生之象。判曰:屯者,難也。象迍之時,動則難生,如常之事,先易後爭。時方屯難,切忌遠行,婚姻即吉,謀望不亨。
《水雷屯》は坎宮の第三卦で水に属し、上体は坎、下体は震。外三爻は戊午・戊戌・戊子を納め、内三爻は震体に従い庚子・庚寅・庚辰を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻戊子水・初爻庚子水は兄弟、五爻戊戌土・三爻庚辰土は官鬼、四爻戊申金は父母、二爻庚寅木は子孫。坎宮の妻財戊午火は卦に上らず、三爻官鬼庚辰土の下に伏す。およそ財物を占うにはこの伏神を査しなければならない。本宮第三卦は世爻が二爻にあるので、世は二爻庚寅子孫にあり、応は五爻戊戌官鬼にある。この卦は「龍居浅水」の卦と称し、万物が初生して舒展しがたい気象がある。判語に曰く、屯とはすなわち艱難である。まさに迍邅の時に当たり、一動すれば難処を生ず。本来寻常の事も、先ず順で後に争となる。時運はすでに屯難の中にあり、遠行を最も忌む。婚姻を問えば吉、その他の謀求・指望はいずれも亨通せず。
六爻斷:初九:磐桓。利居貞,利建侯。六二:屯如邅如,乘馬班如,匪寇婚媾;女子貞不字,十年乃字。六三:即鹿無虞,惟入于林中,君子幾,不如舍,往吝。六四:乘馬班如,求婚媾,往吉,無不利。九五:屯其膏。小,貞吉;大,貞凶。上六:乘馬班如,泣血漣如。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、徘徊して進まず、安居して正を守るに宜しく、諸侯を建てるに宜しい。六二、艱難して遅疑し、馬に騎って盘旋して前せず。来る者は強盗にあらず、婚を求める人である。女子は正を守り嫁ぐことを肯んぜず、十年を過ぎてはじめて嫁ぐ。六三、野鹿を追逐して虞人の引路なく、ただ徒らに林莽の深處に追い入るのみ。君子はこの苗头を見て、むしろこれを捨てるに如かず。強いて往けば必ず遺憾あり。六四、馬に騎って盘旋して前せず、婚配を求めに往くのである。往けば吉にして利ならざるなし。九五、恩沢を屯積して人に施さざれば、小事を正守すれば尚吉を得るも、大事をかく固守すれば凶。上六、馬に騎って盘旋して前せず、泣涙・泣血して漣漣として止まず。
坎宮・水火既済
坎宮:《水火既濟》,屬水,坎上離下。伏神、本卦:兄弟戊子水,應。官鬼戊戌土。父母戊申金。妻財戊午火,兄弟己亥水,世。官鬼己丑土。子孫己卯木。舟楫濟川之卦,陰陽配合之象。判曰:既濟,合也。水火相遇,會合之義。往渡得船,成功必濟。所求必從,所從必遂。斯不失時,謂之既濟。
《水火既済》は坎宮の第四卦で水に属し、上体は坎、下体は離。外三爻は戊午・戊戌・戊子を納め、内三爻は離体に従い己卯・己丑・己亥を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻戊子水・三爻己亥水は兄弟、五爻戊戌土・二爻己丑土は官鬼、四爻戊申金は父母、初爻己卯木は子孫。坎宮の妻財戊午火は卦に上らず、三爻兄弟己亥水の下に伏す。本宮第四卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻己亥兄弟にあり、応は上爻戊子兄弟にある。この卦は「舟楫済川」の卦と称し、六爻が各々その正を得て、陰陽が二二に相配する気象がある。判語に曰く、既済とはすなわち会合である。水は上にあり火は下にありて両相交遇する。まさに会合の義である。水を渡ろうとしてちょうど船があれば、事は必ず成し得る。求める所は必ず順遂し、従う所は必ず願いのごとくなる。このように時機を失わぬを「既済」と呼ぶ。
六爻斷:初九:曳其輪,濡其尾,無咎。六二:婦喪其茀,勿逐,七日得。九三:高宗伐鬼方,三年克之,小人勿用。六四:繻有衣袽,終日戒。九五:東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,實受其福。上六:濡其首,厲。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、車輪を拖き止めて急進せしめず、狐が水を渡って尾を濡らす。災禍なし。六二、婦人が車の遮蔽の物を失う。追尋する要なし、七日後に自ら失い復た得る。九三、殷の高宗武丁が鬼方を征伐し、三年を用いてはじめて攻克す。この種の事は小人を任用してはならない。六四、华美の衣裳は終に破絮と化す。終日戒備すべし。九五、東の隣国が牛を殺して盛祭するは、西の隣国の簡薄なる禴祭を行うに如かず。後者はかえって実実に福佑を承けた。上六、水を渡るに頭まで浸潤す、危険。
坎宮・沢火革
坎宮:《澤火革》,屬水,兌上離下。伏神、本卦:官鬼丁未土。父母丁酉金。兄弟丁亥水,世。妻財戊午火,兄弟己亥水。官鬼己丑土。子孫己卯木,應。豹變為虎之卦,改舊從新之象。判曰:革者,改也。改故就新,變易之道。交易其所,君子豹變。時有不遇,並宜改革。守舊則凶,從新則吉。
《沢火革》は坎宮の第五卦で水に属し、上体は兌、下体は離。外三爻は兌体に従い丁亥・丁酉・丁未を納め、内三爻は離体に従い己卯・己丑・己亥を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻丁未土・二爻己丑土は官鬼、五爻丁酉金は父母、四爻丁亥水・三爻己亥水は兄弟、初爻己卯木は子孫。坎宮の妻財戊午火は卦に上らず、三爻兄弟己亥水の下に伏す。本宮第五卦は世爻が四爻にあるので、世は四爻丁亥兄弟にあり、応は初爻己卯子孫にある。この卦は「豹変為虎」の卦と称し、旧を除き新を布く気象がある。判語に曰く、革とはすなわち変改である。旧きを革め新しきに就く、まさに変易の理である。彼此その処る位置を交換し、君子は豹のごとく焕然と改観す。時運もし遇わざるあれば、皆これを改革すべし。旧局面を守れば凶、新変化に順えば吉。
六爻斷:初九:鞏用黃牛之革。六二:己日乃革之,征吉,無咎。九三:征凶,貞厲;革言三就,有孚。九四:悔亡,有孚,改命,吉。九五:大人虎變,未占有孚。上六:君子豹變,小人革面,征凶,居貞吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、黄牛の皮をもって固く捆束するがごとく固守すべし。この時は軽々しく変革を言うべからず。六二、己日の時機成熟するを待ってはじめて変革に着手すれば、往けば吉、災禍なし。九三、軽々しく前進すれば凶、一味に固守するも危険。変革の議論を反復討論して三度に皆一致に帰してはじめて、誠信ありと言える。九四、悔恨消失、心に誠信を存して旧命を改易すれば吉。九五、大人の変革は猛虎の換毛のごとく焕然として観るべく、占問せずともすでに人の信を取る。上六、君子の変革は豹紋の漸成するがごとく、小人も随いて面目を改換す。この時さらに軽々しく前進すれば凶、安居して正を守れば吉。
坎宮・雷火豊
坎宮:《雷火豐》,屬水,震上離下。本卦:官鬼庚戌土。父母庚申金,世。妻財庚午火。兄弟己亥水。官鬼己丑土,應。子孫己卯木。日麗中天之卦,背暗嚮明之象。判曰:豐者,大也。日中見斗,幽而不明,此事適大,隱映其形。水中見日,無所取呈。求財未得,事卒難明。
《雷火豊》は坎宮の第六卦で水に属し、上体は震、下体は離。外三爻は震体に従い庚午・庚申・庚戌を納め、内三爻は離体に従い己卯・己丑・己亥を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻庚戌土・二爻己丑土は官鬼、五爻庚申金は父母、四爻庚午火は妻財、三爻己亥水は兄弟、初爻己卯木は子孫で、五類斉備である。本宮第六卦は世爻が五爻にあるので、世は五爻庚申父母にあり、応は二爻己丑官鬼にある。この卦は「日麗中天」の卦と称し、幽暗を背離して光明に趨る気象がある。判語に曰く、豊とはすなわち盛大である。しかるに《豊》卦の爻辞は屡々「日中に斗を見る」と言い、正午にかえって北斗を見る。これは幽暗にして明朗ならざるを説明す。問う所の事は盛大の時に正当るが、その真相は隠約として見えがたい。水中に日を看るがごとく、実在の物を捞い出せない。財を求めても一時に手に至らず、事は終に分明なりがたい。
六爻斷:初九:遇其配主,雖旬無咎,往有尚。六二:豐其蔀,日中見斗;往得疑疾,有孚發若,吉。九三:豐其沛,日中見沫;折其右肱,無咎。九四:豐其蔀,日中見斗;遇其夷主,吉。六五:來章,有慶譽,吉。上六:豐其屋,蔀其家,窺其戶,闃其無人,三歲不覿,凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、己と相配する主人に遇えば、たとえ満旬相処しても災禍なし。往けばさらに嘉尚を受けん。六二、遮蔽物が張ること過大にして、正午に竟に北斗を見る。この時往けば猜疑の患を招く。ただ誠信をもって相手を感発せば吉を得る。九三、遮蔽の帷幔いよいよ厚く重く、正午に小星さえ見える。右臂を折って有為ならざるがごときも、かえってこれにより災禍なし。九四、遮蔽物が張ること過大にして、正午に北斗を見る。己と相当の主人に遇うを得れば吉。六五、文采ある賢才を招来すれば、福慶あり声誉あり、吉。上六、屋宇を造ること極めて高大にして、自家を遮蔽して幽暗无光ならしむ。門の隙より内を覗けば、寂静として人なく、三年経ても人影を見ず、凶。
坎宮・地火明夷(游魂)
坎宮:《地火明夷》(游魂),屬水,坤上離下。伏神、本卦:父母癸酉金。兄弟癸亥水。官鬼癸丑土,世。妻財戊午火,兄弟己亥水。官鬼己丑土。子孫己卯木,應。鳳凰垂翼之卦,出明入暗之象。判曰:明夷者,傷也。火入地中,掩傷明德。君子在厄,三日不食。文王之難,困於叢棘。百凡謀望,且宜止息。
《地火明夷》は坎宮の第七卦で水に属し、上体は坤、下体は離、本宮の「游魂」卦である。外三爻は坤体に従い癸丑・癸亥・癸酉を納め、内三爻は離体に従い己卯・己丑・己亥を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻癸酉金は父母、五爻癸亥水・三爻己亥水は兄弟、四爻癸丑土・二爻己丑土は官鬼、初爻己卯木は子孫。坎宮の妻財戊午火は卦に上らず、三爻兄弟己亥水の下に伏す。游魂卦は世爻が四爻に退居するので、世は四爻癸丑官鬼にあり、応は初爻己卯子孫にある。この卦は「鳳凰垂翼」の卦と称し、光明より幽暗に走入る気象がある。判語に曰く、明夷とはすなわち損傷である。火は地中に沈み、光明の徳は掩蔽され損傷す。君子は困厄に身を処し、三日飯を食らうことを得ず。当年の周文王が難に遭い、羑里の荆棘叢中に囚われたのは、まさにこの象である。およそ種々の謀求・指望は、この時皆しばらく停止すべきである。
六爻斷:初九:明夷于飛,垂其翼。君子于行,三日不食。有攸往,主人有言。六二:明夷。夷于左股,用拯馬壯,吉。九三:明夷于南狩,得其大首,不可疾貞。六四:入于左腹,獲明夷之心,于出門庭。六五:箕子之明夷,利貞。上六:不明晦,初登于天,後入于地。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、光明傷つきの時、翼を振って飛ばんと欲すれども、垂翼す。君子は路上を奔走し、三日飯を食らうことを得ず。往くところあれば、また主人の閑話を招く。六二、光明傷つき、左股に傷つく。健壯の馬をもって救助すれば吉。九三、光明傷つきの時、南方に向かって出猟し、首悪元凶を擒獲す。ただし急ぎ過ぎて一味に正を求めてはならない。六四、幽暗なる者の左腹に入り、彼が光明を傷害する心思を探得す。ここにおいて早く門庭より出でて遠避す。六五、箕子のごとく暗主の下で佯狂自晦して光明を保全すれば、正を守るに宜しい。上六、照明できるばかりか、かえって昏暗に陥る。初めは高く天に登り、後には地下に墜入す。
坎宮・地水師(帰魂)
坎宮:《地水師》(歸魂),屬水,坤上坎下。本卦:父母癸酉金,應。兄弟癸亥水。官鬼癸丑土。妻財戊午火,世。官鬼戊辰土。子孫戊寅木。天馬出群之卦,以寡伏眾之象。判曰:師者,眾也。獨行越師,最不宜動。君子有命,小人勿用。共相剋伐,政道成訟。
《地水師》は坎宮の第八卦で水に属し、上体は坤、下体は坎、本宮の「帰魂」卦である。外三爻は坤体に従い癸丑・癸亥・癸酉を納め、内三爻は依然として坎体で戊寅・戊辰・戊午を納める。水をもって「我」として六親を定めれば、上爻癸酉金は父母、五爻癸亥水は兄弟、四爻癸丑土・二爻戊辰土は官鬼、三爻戊午火は妻財、初爻戊寅木は子孫で、五類斉備である。帰魂卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻戊午妻財にあり、応は上爻癸酉父母にある。この卦は「天馬出群」の卦と称し、一陽が五陰を統べ、少をもって衆を制する気象がある。判語に曰く、師とはすなわち衆である。独自一身にして衆を越えて行い大軍を統領するは、最も妄動すべからず。君子は君命を秉承してはじめて出師すべく、小人は任用すべからず。もし彼此相争い攻伐すれば、政事を処理する正道は訟争に淪落す。
六爻斷:初六:師出以律,否臧凶。九二:在師中,吉,無咎。王三錫命。六三:師或輿尸,凶。六四:師左次,無咎。六五:田有禽,利執言,無咎。長子帥師,弟子輿尸,貞凶。上六:大君有命,開國承家;小人勿用。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、兵を出すには必ず号令・紀律に拠らなければならない。紀律善ならざれば凶。九二、身は軍中にありて中道を持守すれば吉、災禍なし。君王はさらに三度嘉奨の命を頒下す。六三、軍中はあるいは車をもって屍体を載せて帰らんとす、凶。六四、軍隊は便安の地に退駐すれば災禍なし。六五、田中に禽獣が害を為せば、辞を奉じて討伐するに宜しく災禍なし。もし老成なる長子に軍隊を統帥せしめれば可。年少の次子をして手を出させれば、屍を載せて帰らん。固執し続ければ凶。上六、天子は大命を頒下し、功を論じ賞を行う。国を封ずるは国を封じ、家を立つるは家を立つ。小人に対してはただ財帛を賞賜すべく、官に任用すべからず。
艮宮・艮為山(六冲)
艮宮:《艮為山》(六沖),屬土,艮上艮下。本卦:官鬼丙寅木,世。妻財丙子水。兄弟丙戌土。子孫丙申金,應。父母丙午火。兄弟丙辰土。游魚避網之卦,積小成高之象。判曰:艮者,止也。純艮危危,安靜無虧。時止則止,時移則移。錢財散失,失在小兒,尋求不得,東北宜之。
《艮為山》は艮宮の首卦で、上下両体とも艮、土に属し、また「六冲」卦である。内外両卦とも丙を納め、初爻より上へ順に丙辰・丙午・丙申・丙戌・丙子・丙寅である。本宮は土に属するから、土をもって「我」として六親を定める。上爻丙寅木は官鬼、五爻丙子水は妻財、四爻丙戌土・初爻丙辰土は兄弟、三爻丙申金は子孫、二爻丙午火は父母で、五類斉備である。八純卦は世爻が上に居るので、世は上爻丙寅官鬼にあり、応は三爻丙申子孫にある。この卦は「游魚避網」の卦と称し、小より積みて高きを成す気象がある。判語に曰く、艮とはすなわち止である。純艮の卦は両山重畳し、高峻にして危うし。ただ安処静守してはじめて損耗を免れる。止まるべきときは止まり、動くべきときは動く。もし失物を占えば、銭財の散失を主り、多分小孩子の手に失せ、一時に捜索し得ず。東北の方向に往きて尋ねれば合宜。
六爻斷:初六:艮其趾,無咎,利永貞。六二:艮其腓,不拯其隨,其心不快。九三:艮其限,列其夤,厲熏心。六四:艮其身,無咎。六五:艮其輔,言有序,悔亡。上九:敦艮,吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、脚趾がまさに邁動せんとするときに止めれば、災禍なし。長久に正を守るに宜しい。六二、小腿肚を止めるも、随いて乱動する大腿を救う能わず。心このため痛快ならず。九三、腰際に止まり、脊背の筋肉を皆撕裂す。危厳の勢い烈火の心を熏るがごとし。六四、全身躯を止めれば災禍なし。六五、己の口舌・牙床を管束し、言うこと条有理あれば、悔恨は自ら消失せん。上九、敦厚篤実に止道を守れば吉。
艮宮・山火賁
艮宮:《山火賁》,屬土,艮上離下。伏神、本卦:官鬼丙寅木。妻財丙子水。兄弟丙戌土,應。子孫丙申金,妻財己亥水。父母丙午火,兄弟己丑土。官鬼己卯木,世。猛虎負嵎之卦,光明通泰之象。判曰:賁者,飾也。光彩烜赫,火色含丹,文章交錯,應雜其間,進退榮益,束帛戔戔。
《山火賁》は艮宮の第二卦で土に属し、上体は艮、下体は離。外三爻は依然として艮体で丙戌・丙子・丙寅を納め、内三爻はすでに離体に変じて己卯・己丑・己亥を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻丙寅木・初爻己卯木は官鬼、五爻丙子水・三爻己亥水は妻財、四爻丙戌土・二爻己丑土は兄弟。艮宮にもとからある子孫丙申金と父母丙午火はともに卦に上らず、それぞれ三爻妻財己亥水の下と二爻兄弟己丑土の下に伏する。本宮第二卦は世爻が初爻にあるので、世は初爻己卯官鬼にあり、応は四爻丙戌兄弟にある。この卦は「猛虎負嵎」の卦と称し、光明・通达・順泰の気象がある。判語に曰く、賁とはすなわち文飾である。光彩盛大にして人を照らし、火色の中に丹紅を含み、各色の文采交錯して紛然と其間に摻雑す。進退の間に皆栄顕・増益あれども、ただ受くる所は一小束の薄き絹帛に過ぎない。
六爻斷:初九:賁其趾,舍車而徒。六二:賁其須。九三:賁如濡如,永貞吉。六四:賁如皤如,白馬翰如,匪寇,婚媾。六五:賁于丘園,束帛戔戔,吝,終吉。上九:白賁,無咎。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、己の脚趾を文飾し、むしろ乗るべからざる車を捨てて徒歩するを選ぶ。六二、下巴に附して鬚鬢を文飾すれば、ただ人に随って動くのみ。九三、文飾して光潤沢あれば、長久に正を守って吉。六四、文飾して素白无华なれば、白馬馳せて飛ぶがごとく来る。来る者は強盗にあらず、婚を求める人である。六五、文飾を山丘・園圃の類の質朴の処に施せば、用うる所はただ一小束の薄絹、鄙吝に見えども、終に吉を得る。上九、純白をもって飾とし、本色に返帰すれば災禍なし。
艮宮・山天大畜
艮宮:《山天大畜》,屬土,艮上乾下。伏神、本卦:官鬼丙寅木。妻財丙子水,應。兄弟丙戌土。子孫丙申金,兄弟甲辰土。父母丙午火,官鬼甲寅木,世。妻財甲子水。積小成高之卦,龍潛大壑之象。判曰:大畜者,聚也。剛健篤實,積聚豐隆。居官食祿,建立其功。論訟有益。道理亨通。利涉大川,後吉先凶。
《山天大畜》は艮宮の第三卦で土に属し、上体は艮、下体は乾。外三爻は丙戌・丙子・丙寅を納め、内三爻は乾体に従い甲子・甲寅・甲辰を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻丙寅木・二爻甲寅木は官鬼、五爻丙子水・初爻甲子水は妻財、四爻丙戌土・三爻甲辰土は兄弟。艮宮の子孫丙申金と父母丙午火はともに卦に上らず、それぞれ三爻兄弟甲辰土の下と二爻官鬼甲寅木の下に伏する。本宮第三卦は世爻が二爻にあるので、世は二爻甲寅官鬼にあり、応は五爻丙子妻財にある。この卦は「積小成高」の卦と称し、神龍が大壑に潜蔵する気象がある。判語に曰く、大畜とはすなわち蓄聚である。剛健にして篤実、積聚する所は十分に豊厚。官にある者は俸禄を享受し、功業を建立できる。官司を打つは己に利あり、道理上ところごとに亨通す。大江大河を渡渉するに宜しいが、ただ先に凶険ありて後に吉を得る。
六爻斷:初九:有厲,利已。九二:輿說輹。九三:良馬逐,利艱貞,曰閒輿衛。利有攸往。六四:童牛之牿,元吉。六五:豶豕之牙,吉。上九:何天之衢,亨。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、前に危険あれば、止まりて再び前進せぬに宜しい。九二、車廂と車軸の間の伏兎が脱落し、車は行き得ず、止むを得ず自ら止まる。九三、好馬が競い追逐して前奔す。艱難の中に正を守るに宜しい。日ごとに駕車と防衛の事を演習せば、往くところあるに宜しい。六四、小牛の角上に横木を加え、早くその人を觝くを防げば大吉。六五、公猪を去勢せば、その獠牙は自然と人を傷つけず、吉。上九、天に通ずる大道を肩負して、亨通して阻るなし。
艮宮・山沢損
艮宮:《山澤損》,屬土,艮上兌下。伏神、本卦:官鬼丙寅木,應。妻財丙子水。兄弟丙戌土。子孫丙申金,兄弟丁丑土,世。官鬼丁卯木。父母丁巳火。鑿石見玉之卦,握土為山之象。判曰:損者,益也。損上益下,後易先難。本非走失,事主憂官。必損而已,何以為安。
《山沢損》は艮宮の第四卦で土に属し、上体は艮、下体は兌。外三爻は丙戌・丙子・丙寅を納め、内三爻は兌体に従い丁巳・丁卯・丁丑を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻丙寅木・二爻丁卯木は官鬼、五爻丙子水は妻財、四爻丙戌土・三爻丁丑土は兄弟、初爻丁巳火は父母。艮宮の子孫丙申金は卦に上らず、三爻兄弟丁丑土の下に伏す。本宮第四卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻丁丑兄弟にあり、応は上爻丙寅官鬼にある。この卦は「鑿石見玉」の卦と称し、一把の土一把の土が積みて高山を成す気象がある。判語に曰く、損の中にもとより益を含む。《損》卦の義は、上を減損して下を増益すること。ゆえに先難にして後易。もし失物を占えば、本来真に走失したのではない。もし人事を占えば、官事に憂慮するを主る。すでにこの時損失あるは定まれるなり、またどうして安穏を求められよう。
六爻斷:初九:已事遄往,無咎;酌損之。九二:利貞,征凶;弗損益之。六三:三人行,則損一人;一人行,則得其友。六四:損其疾,使遄有喜,無咎。六五:或益之十朋之龜,弗克違,元吉。上九:弗損益之,無咎,貞吉,利有攸往,得臣無家。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、己の事を停止し、速やかに往きて人を助ければ災禍なし。ただし己を損なう分寸を斟酌せよ。九二、正を守るに宜しく、軽々しく往けば凶。己を減損せずとも、すでに上への増益である。六三、三人同行すれば一人を減ずるを要し、一人独行すればかえって相与の伴侶を得る。六四、自身の毛病を減損せば、速やかなれば喜慶あり、災禍なし。六五、ある人が価値十朋の大宝亀を贈る。推辞しても止められず、大吉。上九、己を減損せずして他人を増益できる。災禍なし、正を守れば吉、往くところあるに宜しい。得る所の帰附の人は一家に止まらず多い。
艮宮・火沢睽
艮宮:《火澤睽》,屬土,離上兌下。伏神、本卦:父母己巳火。妻財丙子水,兄弟己未土。子孫己酉金,世。兄弟丁丑土。官鬼丁卯木。父母丁巳火,應。猛虎陷井之卦,二女同居之象。判曰:睽者,背也。志不相得,作事乖違。口舌相伴,財散人離。病者難瘥,行者不歸。
《火沢睽》は艮宮の第五卦で土に属し、上体は離、下体は兌。外三爻は離体に従い己丑・己未・己巳を納め(その中で四爻は己酉を納む)、内三爻は兌体に従い丁巳・丁卯・丁丑を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻己巳火・初爻丁巳火は父母、五爻己未土・三爻丁丑土は兄弟、四爻己酉金は子孫、二爻丁卯木は官鬼。艮宮の妻財丙子水は卦に上らず、五爻兄弟己未土の下に伏す。およそ財物を占うにはこの伏神を査しなければならない。本宮第五卦は世爻が四爻にあるので、世は四爻己酉子孫にあり、応は初爻丁巳父母にある。この卦は「猛虎陷井」の卦と称し、上の離は中女、下の兌は少女で、二女同居して志同行わざる気象がある。判語に曰く、睽とはすなわち乖背である。彼此心志合わず、事を為せばところごとに違逆す。口舌・是非は相随って断えず、銭財は耗散し人事は離析す。病人は痊愈しがたく、出門した者は家に帰るを肯んぜず。
六爻斷:初九:悔亡。喪馬勿逐,自復。見惡人,無咎。九二:遇主于巷,無咎。六三:見輿曳,其牛掣;其人天且劓,無初有終。九四:睽孤;遇元夫,交孚,厲無咎。六五:悔亡,厥宗噬膚,往何咎?上九:睽孤;見豕負塗,載鬼一車;先張之弧,後說之弧;匪寇婚媾。往遇雨則吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、悔恨消失。馬が走失しても追う要なし、自ら帰る。たとえ凶悪の人に遇うとも災禍なし。九二、小巷の裡にて応合すべき主人に遇う、災禍なし。六三、車が拖えられるのを見、車を轡く牛がまた牽掣され、轡手はさらに額を黥し鼻を割く刑を遭う。初めは順ならざれども、終に好結果を得られる。九四、睽違・孤立の時、剛正の善士に遇い、彼此誠信をもって相交すれば、危厳あれども災禍なし。六五、悔恨消失、同宗の人が前来して相合す。親密なること柔らかき肌膚を咬むがごとし。往けばさらに何の災禍かあらん。上九、睽違・孤立の時、猪の背に汚泥満つるを見、また一車に鬼怪を載せたるを見る。先ず弓を張りて射んとし、随いてまた弓を放下す。来る者は強盗にあらず、もとは婚を求める人であった。往くときもし雨に遇えば、陰陽和合してかえって吉を得る。
艮宮・天沢履
艮宮:《天澤履》,屬土,乾上兌下。伏神、本卦:兄弟壬戌土。妻財丙子水,子孫壬申金,世。父母壬午火。兄弟丁丑土。官鬼丁卯木,應。父母丁巳火。如履虎尾之卦,安中防危之象。判曰:履者,禮也。如履虎尾,防慮宜深。堅冰之患,戒慎兢兢。安中防危,憂中望喜。眇而能視,跛而能履。
《天沢履》は艮宮の第六卦で土に属し、上体は乾、下体は兌。外三爻は乾体に従い壬午・壬申・壬戌を納め、内三爻は兌体に従い丁巳・丁卯・丁丑を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻壬戌土・三爻丁丑土は兄弟、五爻壬申金は子孫、四爻壬午火・初爻丁巳火は父母、二爻丁卯木は官鬼。艮宮の妻財丙子水は卦に上らず、五爻子孫壬申金の下に伏す。本宮第六卦は世爻が五爻にあるので、世は五爻壬申子孫にあり、応は二爻丁卯官鬼にある。この卦は「如履虎尾」の卦と称し、安処の中になお危を防ぐべき気象がある。判語に曰く、履とはすなわち礼である。事を行うこと虎の尾を踏むがごとく、防範・思慮は深遠あるべし。霜を踏んで堅氷の至るを知る。戒慎・恐懼して戦戦兢兢たらねばならない。安穏の中に危険を預防し、憂患の中に喜慶を盼望す。一目が瞎えてもなお見え、一腿が跛えてもなお行けるがごとく、能ある所あれども畢竟有限、自恃してはならない。
六爻斷:初九:素履,往無咎。九二:履道坦坦,幽人貞吉。六三:眇能視,跛能履。履虎尾,咥人,凶。武人為于大君。九四:履虎尾,愬愬,終吉。九五:夬履,貞厲。上九:視履考祥,其旋元吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、質朴本色をもって事を行えば、往いても災禍なし。九二、行く所の道は平坦寛濶、幽居守静の人は正を守れば吉。六三、一目が瞎えてもなお見え得ると自以為り、一腿が跛えてもなお行き得ると自以為る。かくして虎の尾を踏めば必ず咬傷されん、凶。これは武夫が強を逞しゅうして妄に大君を充たさんと妄想する写しである。九四、虎の尾を踏めども、戒懼・警惕し得れば終に吉を得る。九五、剛決果断に独りその道を行えば、一味に固守すれば危険あり。上九、己の一生の行いを回顧しその吉凶の徵兆を考察し、もし周全无缺ならば大吉。
艮宮・風沢中孚(游魂)
艮宮:《風澤中孚》(游魂),屬土,巽上兌下。伏神、本卦:官鬼辛卯木。妻財丙子水,父母辛巳火。兄弟辛未土,世。子孫丙申金,兄弟丁丑土。官鬼丁卯木。父母丁巳火,應。鶴鳴子和之卦,事有定期之象。判曰:中孚,信也。天地養育,萬物安居,澤被草木,信及豚魚。利涉大川,厄難消除。
《風沢中孚》は艮宮の第七卦で土に属し、上体は巽、下体は兌、本宮の「游魂」卦である。外三爻は巽体に従い辛未・辛巳・辛卯を納め、内三爻は兌体に従い丁巳・丁卯・丁丑を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻辛卯木・二爻丁卯木は官鬼、五爻辛巳火・初爻丁巳火は父母、四爻辛未土・三爻丁丑土は兄弟。艮宮の妻財丙子水と子孫丙申金はともに卦に上らず、それぞれ五爻父母辛巳火の下と三爻兄弟丁丑土の下に伏する。游魂卦は世爻が四爻に退居するので、世は四爻辛未兄弟にあり、応は初爻丁巳父母にある。この卦は「鶴鳴子和」の卦と称し、事に自ら定期ある気象がある。判語に曰く、中孚とはすなわち誠信である。天地は万物を養育し、万物は各々安居を得る。恩沢は草木に施及し、誠信は小猪と魚のごとき無知の物にまで感通す。大江大河を渡渉するに宜しく、一切の厄難は皆消除できる。
六爻斷:初九:虞吉,有他,不燕。九二:鳴鶴在陰,其子和之。我有好爵,吾與爾靡之。六三:得敵,或鼓或罷,或泣或歌。六四:月幾望,馬匹亡,無咎。九五:有孚攣如,無咎。上九:翰音登于天,貞凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、事に先だち審度周詳なれば吉。もし他に求めあって三心二意ならば、安寧を得られず。九二、鶴が山陰の処に鳴けば、その小鶴は声に応じて相和す。我に一杯の美酒あり、汝と共に分享せん。六三、勢均力敵の対手に遇い、ここに時に鼓を撃ちて進攻し、時に疲弊して兵を罷め、時に悲泣し、時に歌唱す。進退まったく主張なし。六四、月はまさに円ならんとして未だ円ならず、馬は配偶を失いて独行す。災禍なし。九五、誠信を懐き、衆人を牽繋すること手足の相連なるがごとし。災禍なし。上九、鶏鳴の声は徒らに天空に升る。声聞が実を過ぐれば、固守し続ければ凶。
艮宮・風山漸(帰魂)
艮宮:《風山漸》(歸魂),屬土,巽上艮下。伏神、本卦:官鬼辛卯木,應。妻財丙子水,父母辛巳火。兄弟辛未土。子孫丙申金,世。父母丙午火。兄弟丙辰土。高山植木之卦,積小成大之象。判曰:漸者,進也。漸進之義,動靜皆宜。食無求飽,款曲施為,婚姻和合,行人將歸。
《風山漸》は艮宮の第八卦で土に属し、上体は巽、下体は艮、本宮の「帰魂」卦である。外三爻は巽体に従い辛未・辛巳・辛卯を納め、内三爻は依然として艮体で丙辰・丙午・丙申を納める。土をもって「我」として六親を定めれば、上爻辛卯木は官鬼、五爻辛巳火・二爻丙午火は父母、四爻辛未土・初爻丙辰土は兄弟、三爻丙申金は子孫。艮宮の妻財丙子水は卦に上らず、五爻父母辛巳火の下に伏す。帰魂卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻丙申子孫にあり、応は上爻辛卯官鬼にある。この卦は「高山植木」の卦と称し、小より積みて大を成す気象がある。判語に曰く、漸とはすなわち漸進である。循序漸進の義を取り、動くも静まるもいずれも合宜。飲食は飽足を求めず、事を為すは委曲周到にして緩緩に施行す。婚姻を問えば和合し、行人を問えばまさに帰らんとす。
六爻斷:初六:鴻漸于干;小子厲,有言,無咎。六二:鴻漸于磐;飲食衎衎,吉。九三:鴻漸于陸;夫征不復,婦孕不育,凶;利禦寇。六四:鴻漸于木,或得其桷,無咎。九五:鴻漸于陵;婦三歲不孕,終莫之勝,吉。上九:鴻漸于陸;其羽可用為儀,吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、鴻雁は漸く水辺の高岸に飛び至る。年幼者は危険と覚え、また少々の閑話を招くも、終に災禍なし。六二、鴻雁は漸く大磐石に飛び至り、飲食和楽にして从容、吉。九三、鴻雁は漸く高平の陸地に飛び至る。丈夫は遠征して一たび去れば返らず、婦人は孕みても保ち得ず、凶。この時はただ外寇を抵御するに用いるに宜しい。六四、鴻雁は漸く樹木に飛び上り、あるいは平直の椽枝を得て落脚できるか。災禍なし。九五、鴻雁は漸く高陵に飛び至る。婦人は三年孕まざれども、終に彼らの正配の情に勝るものなし、吉。上九、鴻雁は漸く高地に飛び返る。その羽毛は礼儀の装飾に用いうべし、吉。
震宮・震為雷(六冲)
震宮:《震為雷》(六沖),屬木,震上震下。本卦:妻財庚戌土,世。官鬼庚申金。子孫庚午火。妻財庚辰土,應。兄弟庚寅木。父母庚子水。震驚百里之卦,有聲無形之象。判曰:震者,動也。重雷發響,百里飛聲,無事之者,愕然而驚。求謀和遂,官爵難成。空聞其響,不見其形。
《震為雷》は震宮の首卦で、上下両体とも震、木に属し、また「六冲」卦である。内外両卦とも庚を納め、初爻より上へ順に庚子・庚寅・庚辰・庚午・庚申・庚戌である。本宮は木に属するから、木をもって「我」として六親を定める。上爻庚戌土・三爻庚辰土は妻財、五爻庚申金は官鬼、四爻庚午火は子孫、二爻庚寅木は兄弟、初爻庚子水は父母で、五類斉備である。八純卦は世爻が上に居るので、世は上爻庚戌妻財にあり、応は三爻庚辰妻財にある。この卦は「震驚百里」の卦と称し、ただその声を聞きてその形を見ざる気象がある。判語に曰く、震とはすなわち動である。重雷は接続して炸響し、声は百里の外に伝わり、本无事の人も震え愕然と驚かされる。謀求の事は大体成りうるも、官職・爵位は手に至りがたい。得る所は往々にして空しく声を聞くのみで、実在の形迹を見ない。
六爻斷:初九:震來虩虩,後笑言啞啞,吉。六二:震來,厲;億喪貝,躋于九陵,勿逐,七日得。六三:震蘇蘇,震行無眚。九四:震遂泥。六五:震往來,厲;億無喪,有事。上六:震索索,視矍矍,征凶。震不于其躬,于其鄰,無咎。婚媾有言。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、雷震到来して恐懼不安なるも、過ぎれば談笑自若、吉。六二、雷震到来して危険あり。財貨を喪失せんと量られ、止むを得ず高き山陵に登りて避く。失せし物は追う要なし、七日後に自ら復得す。六三、雷震の下に惊惶失措す。もし震懼に因りて謹慎して前行せば、災禍なし。九四、雷震の下に泥淖の中に陥落し、動弹することを得ず。六五、雷震往来已まず、危険あり。估量するに実際の損失なく、ただ少々の事務ありて弁ずべし。上六、雷震の下に戦慄畏縮し、双目惊視して四顧す。この時前行すれば凶。雷震はいまだ己の身に落ちず、ただ隣処に落ちるのみ。早く戒備すれば災禍なし。ただ婚姻の事は閑言を招くを免れがたい。
震宮・雷地豫(六合)
震宮:《雷地豫》(六合),屬木,震上坤下。伏神、本卦:妻財庚戌土。官鬼庚申金。子孫庚午火,應。兄弟乙卯木。子孫乙巳火。父母庚子水,妻財乙未土,世。鸞鳳生雛之卦,萬物發榮之象。判曰:豫者,悅也。雷出於地,開蟄鼓翼,天地順動。日時不忒。先王制禮,殷薦崇德。凡事無疑,上下悅懌。
《雷地豫》は震宮の第二卦で木に属し、上体は震、下体は坤、また「六合」卦である。外三爻は依然として震体で庚午・庚申・庚戌を納め、内三爻はすでに坤体に変じて乙未・乙巳・乙卯を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻庚戌土・初爻乙未土は妻財、五爻庚申金は官鬼、四爻庚午火・二爻乙巳火は子孫、三爻乙卯木は兄弟。震宮の父母庚子水は卦に上らず、初爻妻財乙未土の下に伏する。本宮第二卦は世爻が初爻にあるので、世は初爻乙未妻財にあり、応は四爻庚午子孫にある。この卦は「鸞鳳生雛」の卦と称し、万物が萌発・繁栄する気象がある。判語に曰く、豫とはすなわち和悦である。雷は地下より奮い出て、蟄虫は戸を開き、飛鳥は翼を鼓す。天地は時序に順いて動き、節候・日辰は少しも違わない。先王はこれにより礼楽を制作し、隆く上帝に薦享して盛徳を尊崇す。すべての事は疑慮する要なく、上下ともに歓欣喜悦す。
六爻斷:初六:鳴豫,凶。六二:介于石,不終日,貞吉。六三:盱豫悔。遲有悔。九四:由豫,大有得。勿疑。朋盍簪。六五:貞疾,恆不死。上六:冥豫,成有渝,無咎。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、得意に形を忘れて鳴叫して自夸す、凶。六二、操守は磐石のごとく耿介にして、幾を見て作し、一日の終わるを待たずに決断す。正を守れば吉。六三、諂媚して上位を仰望して安楽を求めれば、必ず悔恨を生ず。もし遅疑して改めざれば、悔恨いよいよ甚だし。九四、衆人の安楽はみな彼によりて来り、大いに得る所あり。猜疑する要なし、朋友は自ら髪簪の髪を聚めるがごとく聚攏して来る。六五、久病に纏われるがごとく人に制せられども、終始して身亡ぶに至らず。上六、昏昧に安楽に沉溺す。もしすでに成った局面をなお改変できれば、災禍なし。
震宮・雷水解
震宮:《雷水解》,屬木,震上坎下。伏神、本卦:妻財庚戌土。官鬼庚申金,應。子孫庚午火。子孫戊午火。妻財戊辰土,世。父母庚子水,兄弟戊寅木。春雷行雨之卦,憂散喜生之象。判曰:解者,散也。出於險難,惡事消散,獄訟可釋,共相歌贊。婚不和諧,人如隔面。久患在床,今當冰泮。
《雷水解》は震宮の第三卦で木に属し、上体は震、下体は坎。外三爻は庚午・庚申・庚戌を納め、内三爻は坎体に従い戊寅・戊辰・戊午を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻庚戌土・二爻戊辰土は妻財、五爻庚申金は官鬼、四爻庚午火・三爻戊午火は子孫、初爻戊寅木は兄弟。震宮の父母庚子水は卦に上らず、初爻兄弟戊寅木の下に伏する。本宮第三卦は世爻が二爻にあるので、世は二爻戊辰妻財にあり、応は五爻庚申官鬼にある。この卦は「春雷行雨」の卦と称し、憂愁が涣散し喜事が滋生する気象がある。判語に曰く、解とはすなわち消散である。すでに険難を走出し、悪事は随いて消散し、牢獄・訟事は開釋できる。衆人は一同に称頌す。ただ婚姻を問えば和諧せず、人と人は一層の面皮を隔てるがごとし。久病して床に臥す者は、今や堅氷の融解するがごとく痊愈すべきである。
六爻斷:初六:無咎。九二:田獲三狐,得黃矢;貞吉。六三:負且乘,致寇至;貞吝。九四:解而拇,朋至斯孚。六五:君子維有解,吉,有孚于小人。上六:公用射隼于高墉之上,獲之,無不利。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、難を解くの初に処り、剛柔相済う、災禍なし。九二、田猟の中に三匹の狐を捕獲し、また黄銅の箭鏃を得る。正を守れば吉。六三、もとより重物を背負うべき小人がかえって大車に乗り、強盗の覬覦を招来す。かく固守し続ければ必ず遺憾あり。九四、脚拇指の牽絆を解脱すれば、志同道合の朋友到来して彼此誠をもって相待す。六五、君子もし小人の糾纏を解除できれば吉。小人さえこのため心服す。上六、王公は高墻の上に弓を張りて鷹隼を射、一挙に射獲す。利ならざるなし。
震宮・雷風恒
震宮:《雷風恆》,屬木,震上巽下。伏神、本卦:妻財庚戌土,應。官鬼庚申金。子孫庚午火。官鬼辛酉金,世。兄弟庚寅木,父母辛亥水。妻財辛丑土。日月長明之卦,四時不忒之象。判曰:恆者,久也。長久安靜,不動為良,四時變化,天道無常。日月運轉,普照其光。君子以立,不易其方。
《雷風恒》は震宮の第四卦で木に属し、上体は震、下体は巽。外三爻は庚午・庚申・庚戌を納め、内三爻は巽体に従い辛丑・辛亥・辛酉を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻庚戌土・初爻辛丑土は妻財、五爻庚申金・三爻辛酉金は官鬼、四爻庚午火は子孫、二爻辛亥水は父母。震宮の兄弟庚寅木は卦に上らず、二爻父母辛亥水の下に伏する。本宮第四卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻辛酉官鬼にあり、応は上爻庚戌妻財にある。この卦は「日月長明」の卦と称し、四季運行して少しも差忒なき気象がある。判語に曰く、恒とはすなわち長久である。長く安静にして軽挙妄動せざるを上策とす。四季は推移・変化するも、天道は一つの様子に停留しない。日月は運転して息まず、光明は普く万方を照らす。君子はこれに取法して挺立自守し、己の方向を改変しない。
六爻斷:初六:浚恆,貞凶,無攸利。九二:悔亡。九三:不恆其德,或承之羞,貞吝。九四:田無禽。六五:恆其德,貞。婦人吉,夫子凶。上六:振恆,凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、初めより恒久の道を深く求め、操ること急ぎ過ぎる。固守すれば凶、得る所の益なし。九二、能く中道を久守すれば悔恨消失す。九三、己の徳行を恒久に保持できず、往々にして羞辱を招く。かくのごとく続ければ必ず遺憾あり。九四、田猟して一も獲る所なし。久しく不当の位に居ればなり。六五、柔順の徳を恒久に保持して正を守る。婦人はかくのごとくすれば吉、男子がかく一味に順従すれば凶。上六、躁動不安に恒久を追求す、凶。
震宮・地風升
震宮:《地風升》,屬木,坤上巽下。伏神、本卦:官鬼癸酉金。父母癸亥水。子孫庚午火,妻財癸丑土,世。官鬼辛酉金。兄弟庚寅木,父母辛亥水。妻財辛丑土,應。靈鳥翱翔之卦,顯達光明之象。判曰:升者,進也。木生於土,萌芽漸長,積小成大,升進而上,宜見王公,褒嘉歡賞。出暗嚮明,亨通之象。
《地風升》は震宮の第五卦で木に属し、上体は坤、下体は巽。外三爻は坤体に従い癸丑・癸亥・癸酉を納め、内三爻は巽体に従い辛丑・辛亥・辛酉を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻癸酉金・三爻辛酉金は官鬼、五爻癸亥水・二爻辛亥水は父母、四爻癸丑土・初爻辛丑土は妻財。震宮の子孫庚午火と兄弟庚寅木はともに卦に上らず、それぞれ四爻妻財癸丑土の下と二爻父母辛亥水の下に伏する。本宮第五卦は世爻が四爻にあるので、世は四爻癸丑妻財にあり、応は初爻辛丑妻財にある。この卦は「霊鳥翱翔」の卦と称し、顕達・光明の気象がある。判語に曰く、升とはすなわち上進である。樹木は土中に生長し、萌芽は漸次長大し、小より積みて大を成し、節節に上昇す。この時は王公に晋見するに宜しく、褒奨・嘉許を得られん。幽暗を走出して光明に趨る、一派に亨通の象である。
六爻斷:初六:允升,大吉。九二:孚乃利用禴,無咎。九三:升虛邑。六四:王用亨于岐山,吉,無咎。六五:貞吉,升階。上六:冥升,利于不息之貞。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、衆の信従する所となりて上昇す、大吉。九二、心に誠信を存せば、たとえ簡薄の禴祭を用いるも合宜、災禍なし。九三、上昇すること空にして守禦なき城邑に入るがごとく、暢通して阻るなし。六四、周王は岐山に祭享を行う、吉、災禍なし。六五、正を守れば吉、階級を拾い上るがごとく歩歩に高升せん。上六、昏昧に一味に升を求めて止まるを知らず。ただこの不息の志を正守・修徳に用いるに宜しい。
震宮・水風井
震宮:《水風井》,屬木,坎上巽下。伏神、本卦:父母戊子水。妻財戊戌土,世。子孫庚午火,官鬼戊申金。官鬼辛酉金。兄弟庚寅木,父母辛亥水,應。妻財辛丑土。珠藏深淵之卦,守靜安常之象。判曰:井者,靜也。邑乃可改,井不可移,安身勿動,守道無虧。所作於人,且宜修之。逃亡難得,應沒還期。
《水風井》は震宮の第六卦で木に属し、上体は坎、下体は巽。外三爻は坎体に従い戊申・戊戌・戊子を納め、内三爻は巽体に従い辛丑・辛亥・辛酉を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻戊子水・二爻辛亥水は父母、五爻戊戌土・初爻辛丑土は妻財、四爻戊申金・三爻辛酉金は官鬼。震宮の子孫庚午火と兄弟庚寅木はともに卦に上らず、それぞれ四爻官鬼戊申金の下と二爻父母辛亥水の下に伏する。本宮第六卦は世爻が五爻にあるので、世は五爻戊戌妻財にあり、応は二爻辛亥父母にある。この卦は「珠蔵深淵」の卦と称し、静を守り常に安んずる気象がある。判語に曰く、井とはすなわち静である。城邑は遷改できるが、水井は移動できない。身を安んじ自ら守り、妄動せず、正道を守れば損耗なし。およそ有為にして他人に渉る者は、皆よく修整すべし。もし逃亡の人を占えば、尋獲しがたく、帰期渺茫たり。
六爻斷:初六:井泥不食,舊井無禽。九二:井谷射鮒,甕敝漏。九三:井渫不食,為我心惻。可用汲,王明並受其福。六四:井甃,無咎。九五:井冽,寒泉食。上六:井收勿幕,有孚元吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、井底は汚泥に満ち、水は飲むべからず。廃棄の旧井には禽鳥さえ来ず。九二、井水はただ山澗のごとく漏射して小魚に与えるのみ、汲水の瓦瓮は破れて漏れる。九三、井はすでに淘洗して乾浄なれども、汲飲する人なし。我が心を惻然たらしむ。この井はもとより取用すべきもの、もし君王が明察ならば、上下ともにその福を同じく受けん。六四、磚石をもって井壁を修砌すれば災禍なし。九五、井水は清冽にして、甘寒の泉水は飲用に供すべし。上六、井水を汲み上げた後は蓋を加える要なし。人の取用に任せ、心に誠信を存せば大吉。
震宮・沢風大過(游魂)
震宮:《澤風大過》(游魂),屬木,兌上巽下。伏神、本卦:妻財丁未土。官鬼丁酉金。子孫庚午火,父母丁亥水,世。官鬼辛酉金。兄弟庚寅木,父母辛亥水。妻財辛丑土,應。寒木生花之卦,本末俱弱之象。判曰:大過者,禍也。四陽過盛,上下不勝,棟橈之象,事卒難明。兩刑兩克,所求不成。枯楊借生,自滅之徵。
《沢風大過》は震宮の第七卦で木に属し、上体は兌、下体は巽、本宮の「游魂」卦である。外三爻は兌体に従い丁亥・丁酉・丁未を納め、内三爻は巽体に従い辛丑・辛亥・辛酉を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻丁未土・初爻辛丑土は妻財、五爻丁酉金・三爻辛酉金は官鬼、四爻丁亥水・二爻辛亥水は父母。震宮の子孫庚午火と兄弟庚寅木はともに卦に上らず、それぞれ四爻父母丁亥水の下と二爻父母辛亥水の下に伏する。游魂卦は世爻が四爻に居るので、世は四爻丁亥父母にあり、応は初爻辛丑妻財にある。この卦は「寒木生花」の卦と称し、本末両端ともに弱き気象がある。判語に曰く、大過は禍患を含む。中間四爻は皆陽にして過度に強盛、上下の二つの陰爻は承受しきれず、まさに屋梁の弯曲して折れんと欲する象、事は到頭に分明なりがたい。刑と克とは二二に相加わり、求める事は成し得ない。枯槁の楊が一時の気を借りて開花するは、かえって自ら滅亡に趨る徵兆である。
六爻斷:初六:藉用白茅,無咎。九二:枯楊生稊,老夫得其女妻,無不利。九三:棟橈,凶。九四:棟隆,吉,有它吝。九五:枯楊生華,老婦得其士夫,無咎無譽。上六:過涉滅頂,凶,無咎。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、祭祀に潔白の茅草をもって器物を襯墊す。謹慎は極処に至り、災禍なし。九二、枯槁の楊の根部に新芽を生ず。老年の男子が年少の妻を娶る。利ならざるなし。九三、屋梁は弯曲してまさに折れんとす、凶。九四、屋梁は隆起して堅挺なれば吉。ただし他に牽累あれば遺憾を免れず。九五、枯槁の楊の梢頭に花を開く。老年の婦人が年少の丈夫を嫁う。災禍と言うべくもなく、称誉と言うべくもなし。上六、水を渉ること深きに過ぎて頂を淹没す、凶。しかるに義を行いて死するがゆえに、他人を怨むことできず。
震宮・沢雷随(帰魂)
震宮:《澤雷隨》(歸魂),屬木,兌上震下。伏神、本卦:妻財丁未土,應。官鬼丁酉金。子孫庚午火,父母丁亥水。妻財庚辰土,世。兄弟庚寅木。父母庚子水。良工琢玉之卦,如水推車之象。判曰:隨者,順也。上剛下柔,隨時之義。改故鼎新,眾美俱至。士子得官,宜增祿位。百事遂意,吉無不利。
《沢雷随》は震宮の第八卦で木に属し、上体は兌、下体は震、本宮の「帰魂」卦である。外三爻は兌体に従い丁亥・丁酉・丁未を納め、内三爻は依然として震体で庚子・庚寅・庚辰を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻丁未土・三爻庚辰土は妻財、五爻丁酉金は官鬼、四爻丁亥水・初爻庚子水は父母、二爻庚寅木は兄弟。震宮の子孫庚午火は卦に上らず、四爻父母丁亥水の下に伏す。帰魂卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻庚辰妻財にあり、応は上爻丁未妻財にある。この卦は「良工琢玉」の卦と称し、水が車を推して勢いに順い行くがごとき気象がある。判語に曰く、随とはすなわち順従である。上体は剛にして下体は柔、随時に動くの義を取る。旧習を革除して新規を創立すれば、種々の好処は一齐に到来す。読書人は官を得られ、さらに俸禄・品位を增添すべし。百事皆心に称い、吉利にして利ならざるなし。
六爻斷:初九:官有渝,貞吉。出門交有功。六二:係小子,失丈夫。六三:係丈夫,失小子。隨有求得,利居貞。九四:隨有獲,貞凶。有孚在道,以明,何咎?九五:孚于嘉,吉。上六:拘係之,乃從維之。王用亨于西山。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、主とする事に変動あり。正を守れば吉。門を出でて人と交往せば、成效あり。六二、下の年少者に牽繋すれば、上の成年人を失う。六三、上の成年人に牽繋すれば、下の年少者を捨てる。かく随う所の求めあれば得られるも、安居して正を守るに宜しい。九四、他人に随いて獲る所あれども、固執し続ければ凶。ただ心に誠信を存し、事を行うに正道に合し、かつ明智をもって処すれば、さらに何の災禍かあらん。九五、誠信をもって美善の人に随えば吉。上六、彼を固く拘繋し、さらに繩索をもって維缚す。周王はこれにより西山に祭享を行う。
巽宮・巽為風(六冲)
巽宮:《巽為風》(六沖),屬木,巽上巽下。本卦:兄弟辛卯木,世。子孫辛巳火。妻財辛未土。官鬼辛酉金,應。父母辛亥水。妻財辛丑土。風行草偃之卦,上行下效之象。判曰:巽者,順也。乃順成天,動用相尚,消息交通,無諸蔽障。惡事不同,風飄其響。所作隨順,進達之象。
《巽為風》は巽宮の首卦で、上下両体とも巽、木に属し、また「六冲」卦である。内外両卦とも辛を納め、初爻より上へ順に辛丑・辛亥・辛酉・辛未・辛巳・辛卯である。本宮は木に属するから、木をもって「我」として六親を定める。上爻辛卯木は兄弟、五爻辛巳火は子孫、四爻辛未土・初爻辛丑土は妻財、三爻辛酉金は官鬼、二爻辛亥水は父母で、五類斉備である。八純卦は世爻が上に居るので、世は上爻辛卯兄弟にあり、応は三爻辛酉官鬼にある。この卦は「風行草偃」の卦と称し、上が如何にすれば下も如何に学ぶ気象がある。判語に曰く、巽とはすなわち順である。順承の徳をもって天道を成就し、一挙一動は人に推重される。消長往来は彼此通達し、種々の遮蔽・阻障なし。悪事はそれと同類ならず、風の過ぎて声響のみ留めるがごとし。為す所は順随ならざるなく、一派に進取・通達の象である。
六爻斷:初六:進退,利武人之貞。九二:巽在床下,用史、巫紛若,吉,無咎。九三:頻巽,吝。六四:悔亡,田獲三品。九五:貞吉,悔亡,無不利。無初有終。先庚三日,後庚三日,吉。上九:巽在床下,喪其資斧,貞凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初六、進退猶疑して定まらず。武人のごとく剛毅に正を守るに宜しい。九二、謙卑に順伏して床下に至り、祝史と巫覡をして紛紛と祷告して神明に通ぜしむれば吉、災禍なし。九三、勉強して屡々卑順すれば、遺憾を免れず。六四、悔恨消失、田猟に三類の猟物を獲る。九五、正を守れば吉、悔恨消失、利ならざるなし。初めは順ならざれども、終に成るあり。庚日の前の三日と庚日の後の三日に審慎に籌画すれば吉。上九、謙卑に順伏して床下に至り、頼りて生を謀る銭財と利斧とをさえ失う。固守し続ければ凶。
巽宮・風天小畜
巽宮:《風天小畜》,屬木,巽上乾下。伏神、本卦:兄弟辛卯木。子孫辛巳火。妻財辛未土,應。官鬼辛酉金,妻財甲辰土。兄弟甲寅木。父母甲子水,世。匣藏寶劍之卦,密雲不雨之象。判曰:小畜者,塞也。密雲不雨,夫婦反覆。信息不通,出行卻伏,求事不成,遲而未速。
《風天小畜》は巽宮の第二卦で木に属し、上体は巽、下体は乾。外三爻は依然として巽体で辛未・辛巳・辛卯を納め、内三爻はすでに乾体に変じて甲子・甲寅・甲辰を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻辛卯木・二爻甲寅木は兄弟、五爻辛巳火は子孫、四爻辛未土・三爻甲辰土は妻財、初爻甲子水は父母。巽宮の官鬼辛酉金は卦に上らず、三爻妻財甲辰土の下に伏す。およそ官訟・功名・疾病を占うにはこの伏神を査しなければならない。本宮第二卦は世爻が初爻にあるので、世は初爻甲子父母にあり、応は四爻辛未妻財にある。この卦は「匣蔵宝剣」の卦と称し、陰雲が密布しながら雨の降らぬ気象がある。判語に曰く、小畜とはすなわち阻塞である。濃雲は天に満ちて雨とならず、夫妻の間は反復して定まらず。音信は通ぜず、本は出行せんと欲してまた蟄伏して動かず。求める事は成し得ず、拖延・遅緩にして快くならない。
六爻斷:初九:復自道,何其咎,吉。九二:牽復,吉。九三:輿說輻,夫妻反目。六四:有孚,血去惕出,無咎。九五:有孚攣如,富以其鄰。上九:既雨既處,尚德載。婦貞厲。月幾望,君子征凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、己の本来の正道に循って返れば、何の災禍かあらん、吉。九二、同類と相牽連りて一同に返れば吉。九三、車輪の輻条が脱落し、車は行き得ず、夫妻は反目して相争う。六四、心に誠信を存せば、傷害は免除を得、憂懼は擺脱を得て、災禍なし。九五、誠信を懐きて人と牽繋相連なり、かつ富足を隣里に分かつ。上九、雨はすでに降り、事は已に止息す。徳を積累して満載の地步に至れり。婦人もし固執して自専すれば危険あり。月はまさに満ちんとして未だ満ちざる時、君子この時出行すれば凶。
巽宮・風火家人
巽宮:《風火家人》,屬木,巽上離下。伏神、本卦:兄弟辛卯木。子孫辛巳火,應。妻財辛未土。官鬼辛酉金,父母己亥水。妻財己丑土,世。兄弟己卯木。入海求珠之卦,開花結子之象。判曰:家人者,同也。陰陽得位,夫婦克隆,田木增廣,財入本宮。婚姻之道,以存始終。不求自合,家慶融融。
《風火家人》は巽宮の第三卦で木に属し、上体は巽、下体は離。外三爻は辛未・辛巳・辛卯を納め、内三爻は離体に従い己卯・己丑・己亥を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻辛卯木・初爻己卯木は兄弟、五爻辛巳火は子孫、四爻辛未土・二爻己丑土は妻財、三爻己亥水は父母。巽宮の官鬼辛酉金は卦に上らず、三爻父母己亥水の下に伏す。本宮第三卦は世爻が二爻にあるので、世は二爻己丑妻財にあり、応は五爻辛巳子孫にある。この卦は「入海求珠」の卦と称し、開花して後に結子する気象がある。判語に曰く、家人は同心の義を取る。陰陽は各々その正位を得、夫妻の道は興隆し、田産・林木は断えず増広し、銭財は自家に流入す。婚姻の道を論ずれば、始めあり終わりありうべし。刻意に合を求めずとも自然と相合し、一家上下は和楽融融たり。
六爻斷:初九:閒有家,悔亡。六二:無攸遂,在中饋,貞吉。九三:家人嗃嗃,悔厲吉;婦子嘻嘻,終吝。六四:富家,大吉。九五:王假有家,勿恤,吉。上九:有孚威如,終吉。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、家を治める初めに防範の規矩を立てれば、悔恨は自ら消失せん。六二、自ら主張して外に成就を為さず、ただ家中に飲食の事を操持す。正を守れば吉。九三、家を治めること嚴厲に過ぎれば、家人は嗷嗷として不満を鳴らす。悔厲あれども終に吉を得る。反対にもし婦人・孩子が嬉笑して度無くんば、最終に必ず遺憾に致る。六四、家道をして富足ならしむるを得れば大吉。九五、君王は至誠をもって感格して家を斉える。憂慮する要なし、吉。上九、家を治める者は内に誠信を懐き外に威厳あり。終に吉を得る。
巽宮・風雷益
巽宮:《風雷益》,屬木,巽上震下。伏神、本卦:兄弟辛卯木,應。子孫辛巳火。妻財辛未土。官鬼辛酉金,妻財庚辰土,世。兄弟庚寅木。父母庚子水。鴻鵠遇風之卦,滴水天河之象。判曰:益者,損也。風雷相舉,益道如然。小人達情,刑獄之愆。君子位變,見善則遷。利有攸往,行人速還。
《風雷益》は巽宮の第四卦で木に属し、上体は巽、下体は震。外三爻は辛未・辛巳・辛卯を納め、内三爻は震体に従い庚子・庚寅・庚辰を納める。木をもって「我」として六親を定めれば、上爻辛卯木・二爻庚寅木は兄弟、五爻辛巳火は子孫、四爻辛未土・三爻庚辰土は妻財、初爻庚子水は父母。巽宮の官鬼辛酉金は卦に上らず、三爻妻財庚辰土の下に伏す。本宮第四卦は世爻が三爻にあるので、世は三爻庚辰妻財にあり、応は上爻辛卯兄弟にある。この卦は「鴻鵠遇風」の卦と称し、涓滴の水が天河に匯入する気象がある。判語に曰く、益と損とは相因りて生ず。風と雷とは互相に激盪して勢いを増す。増益の道はまさにかくのごとし。小人は情実を上達し得るも、多くは刑獄・過失の事に因る。君子はその位を改易し、善行を見れば遷りて従う。この時は往くところあるに宜しく、門外に出でる人もまもなく返らん。
六爻斷:初九:利用為大作,元吉,無咎。六二:或益之十朋之龜,弗克違,永貞吉。王用享于帝,吉。六三:益之用凶事,無咎。有孚中行,告公用圭。六四:中行告公從。利用為依遷國。九五:有孚惠心,勿問元吉;有孚惠我德。上九:莫益之,或擊之。立心勿恆,凶。
六爻の爻辞は次のとおり。初九、これに乗じて大いに有為とするに宜しい。大吉、災禍なし。六二、ある人が価値十朋の大宝亀を贈る。推辞しても止められず、長久に正を守れば吉。君王はこれをもって上帝に祭享す、吉。六三、増益の道を災を救い患を除くの類の凶事に用いれば災禍なし。ただ心に誠信を懐き、行いに中道を守れば、圭を執りて信として王公に禀告すべし。六四、中道を行守して王公に禀告すれば、王公は聴従す。この支持に憑借して国都を遷徙するに宜しい。九五、誠信と恵愛の心を懐けば、占問せずとも大吉を知る。上に誠信・恵愛あれば、下も自然と我が恩徳を感念す。上九、彼に増益する人なく、かえって彼を攻撃する人あり。立心が恒久に一如ならざれば凶。
巽宮・天雷无妄
巽宮:《天雷無妄》(六沖),屬木,乾上震下。【本卦】妻財壬戌土;官鬼壬申金;子孫壬午火,世;妻財庚辰土;兄弟庚寅木;父母庚子水,應。石中蘊玉之卦,守舊安常之象。判曰:無妄者,天災也。天雷震響,驚怖如摧。病勿與藥,雖凶可為。百凡謀望,居安慮危。
《天雷无妄》は「巽宮」の第五卦、「四世卦」に属し、乾が上、震が下。六爻は本宮と二二に相冲するので「六冲」と標し、卦気は木に属す。装卦は上より下へ。上九は「妻財壬戌土」に配し、九五は「官鬼壬申金」に配し、九四は「子孫壬午火」に配してかつ「世」を持ち、六三は「妻財庚辰土」に配し、六二は「兄弟庚寅木」に配して「応」となり、初九は「父母庚子水」に配す。父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼の五類の六親は俱全。「月卦身」は卯木に当たるが卦中に卯なく、卦身は卦に上らず。卦象は「石中藴玉」と称し、美玉は頑石の裡に埋もれ、いまだ剖き開きて顕露の時に至らず。また「守旧安常」と称し、ただ旧局を守るに宜しく、妄動すべからず。判詞に曰く、《无妄》の主る凶は上天の降す災殃で、人が自ら招来するにあらず。天上の雷は轟響し、驚怖して摧折されんとするがごとし。疾病を占えば薬石を乱投する要なく、凶象を現ずともなお有為あり。およそ謀画・希求あるは、皆安穏の時に先だち危険を防ぐべし。
《易經》第二十五卦,無妄,天雷無妄,乾上震下。無妄:元亨,利貞。其匪正有眚,不利有攸往。《彖》曰:“無妄”,剛自外來而為主於內,動而健,剛中而應。大亨以正,天之命也。“其匪正有眚,不利有攸往”,無妄之往,何之矣?天命不佑,行矣哉?《象》曰:天下雷行,物與無妄;先王以茂對時育萬物。
これは《周易》通行本の第二十五卦《无妄》、乾が上、震が下。卦辞に曰く、《无妄》は大いに亨通し、正を守るに利あり。もし行う所が正ならざれば災眚あり、往くところあるに宜しくない。《彖伝》の解釈に曰く、いわゆる「无妄」とは、剛爻が外卦より来りて内卦を主宰し、内の震は能く動き、外の乾は剛健、九五は剛をもって中に居りてかつ六二と相応ず。大いに亨通するもまた正道より出づ、これが上天の意旨である。「其れ匪正に眚あり、攸往するに利あらず」とは、无妄の理に背きて強いて前行せば、どこに行けようか。天命さえ佑助せぬに、行き通りえようか。《象伝》に曰く、天の下に雷声運行し、万物は皆これに随いて各々性命を正しくして虚妄ある所なし。先王はこの象に取法して、勉めて四時に順応して万物を養育す。
六爻斷:初九:無妄,往吉。《象》曰:無妄之往,得志也。六二:不耕穫,不菑畲,則利有攸往。《象》曰:“不耕穫”,未富也。六三:無妄之災;或繫之牛,行人之得,邑人之災。《象》曰:行人得牛,邑人災也。九四:可貞,無咎。《象》曰:“可貞,無咎”,固有之也。九五:無妄之疾,勿藥有喜。《象》曰:無妄之藥,不可試也。上九:無妄,行有眚,無攸利。《象》曰:無妄之行,窮之災也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、虚妄を存せずして往けば吉利。《象伝》に曰く、无妄にして往くは心志を実現し得るなり。六二、収穫を求めて耕すためでなく、熟田を求めて開墾するためでもなく、かくのごとくなれば攸往するに利あり。《象伝》に曰く「耕さずして獲る」とは、富を致すを念とせざるなり。六三、これは无妄の災である。ある人が牛を路傍に繋ぎ、行路人はそれを牽き去り、同邑の人はかえって賊として累を受く。《象伝》に曰く、行人が牛を得たは、まさに邑人の災なり。九四、正固を堅守すべく、過咎なし。《象伝》に曰く「貞にすべし、咎なし」とは、この正固はもとよりそれ自有のものなればなり。九五、端なくして得た病は、薬を服せずとも痊愈す。《象伝》に曰く、无妄の疾を治する薬は軽々しく一試すべからず。上九、すでに无妄の極に至り、さらに行動あれば災眚あり、得る所の利なし。《象伝》に曰く、无妄にして妄行すれば、窮極の招来する災禍なり。
巽宮・火雷噬嗑
巽宮:《火雷噬嗑》,屬木,離上震下。【本卦】子孫己巳火;妻財己未土,世;官鬼己酉金;妻財庚辰土;兄弟庚寅木,應;父母庚子水。日中為市之卦,頤中有物之象。判曰:噬嗑者,齧也。上下相合,物在頤間,飲食之事,聚會相延,財爻持世。求之不難。所為事理,內外俱安。
《火雷噬嗑》は「巽宮」の第六卦、「五世卦」に属し、離が上、震が下、卦気は木に属す。装卦は上より下へ。上九は「子孫己巳火」に配し、六五は「妻財己未土」に配してかつ「世」を持ち、九四は「官鬼己酉金」に配し、六三は「妻財庚辰土」に配し、六二は「兄弟庚寅木」に配して「応」となり、初九は「父母庚子水」に配す。六親俱全、「月卦身」は戌土に当たるが卦中に戌なく、卦身は卦に上らず。卦象は「日中為市」と称し、《繋辞》の言う日中に貨を聚めて交易する義を取る。また「頤中有物」と称し、口の裡に物を含み、咬み断いてはじめて口を合わせられる。判詞に曰く、「噬嗑」とはすなわち啃咬である。上下両唇は合せんと欲するも、偏に物が牙床の間に梗る。ゆえにこの卦は多く飲食・宴聚、往来・相邀の事を主る。卦中の「妻財」は世を持ち、財を求め利を謀るは難くなく、弁ずる事は内外ともに安穏である。
《易經》第二十一卦,噬嗑,火雷噬嗑,離上震下。噬嗑:亨。利用獄。《彖》曰:頤中有物,曰噬嗑。噬嗑而亨,剛柔分,動而明,雷電合而章。柔得中而上行,雖不當位,利用獄也。《象》曰:雷電,噬嗑;先王以明罰敕法。
これは《周易》第二十一卦《噬嗑》、離が上、震が下。卦辞に曰く、《噬嗑》は亨通し、獄を断じ刑を用うるに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、口の中に物を含めば、すなわち「噬嗑」と呼ぶ。梗塞の物を咬み断いてはじめて亨通を得る。この卦は剛爻・柔爻が上下に分居し、内の震は動き、外の離は明るく、雷と電と相合して威勢・光明が彰著である。六五は柔をもって中に居りて上に向かって施行す。陰柔をもって君位を占めて当位ならざれども、ちょうど獄を治するの用に合す。《象伝》に曰く、雷電交作す、すなわち《噬嗑》の象。先王はこれに取法して、刑罰を申明し法令を整飭す。
六爻斷:初九:履校滅趾,無咎。《象》曰:“履校滅趾”,不行也。六二:噬膚滅鼻,無咎。《象》曰:“噬膚滅鼻”,乘剛也。六三:噬臘肉,遇毒,小吝,無咎。《象》曰:“遇毒”,位不當也。九四:噬乾(此處讀幹音。)胏,得金矢,利艱貞,吉。《象》曰:“利艱貞,吉”,未光也。六五:噬乾肉,得黃金,貞厲,無咎。《象》曰:“貞厲,無咎”,得當也。上九:何校滅耳,凶。《象》曰:“何校滅耳”,聰不明也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、脚上に木枷を戴き、脚趾を磨傷す。過咎なし。《象伝》に曰く「校を履みて趾を滅す」とは、彼をして再び前に往きて悪を為す能わざらしむるなり。六二、柔嫩の肉を咬み、深くして鼻さえ陥入す。過咎なし。《象伝》に曰く、これは六二が初九の剛爻の上に乘凌するため、用刑に稍々過ぎるを免れざるなり。六三、風乾の腊肉を咬み、敗壊の味を食らう。略々困窘あれども災禍なし。《象伝》に曰く「毒に遇う」とは、六三の居る位置が正当ならざるなり。九四、骨帯びる乾肉を咬み(「乾」はここに「干」と読む)、金属の箭鏃を咬み出す。艱難の中に正を守るに利あり、吉利。《象伝》に曰く「艱貞に利あり、吉」とは、その道いまだ光大ならざるなり。六五、乾肉を咬みて黄金を得。正を守り危を防げば過咎なし。《象伝》に曰く「貞厲、咎なし」とは、処置当を得たればなり。上九、肩上に木枷を扛ぎ、耳を遮没す、凶。《象伝》に曰く「校を何うて耳を滅す」とは、彼の聴覚はあれども事理を明かさず、教えても改めざるなり。
巽宮・山雷頤
巽宮:《山雷頤》(游魂),屬木,艮上震下。伏神、本卦:兄弟丙寅木;子孫辛巳火,父母丙子水;妻財丙戌土,世;官鬼辛酉金,妻財庚辰土;兄弟庚寅木;父母庚子水,應。龍隱深潭之卦,遷善遠惡之象。判曰:頤者,養也。謹言節食,能養其身。震動艮止,萬物皆春。惡事消散,不害於人。
《山雷頤》は「巽宮」の「游魂卦」で、艮が上、震が下、卦気は木に属す。装卦は上より下へ。上九は「兄弟丙寅木」に配し、六五は「父母丙子水」に配しその下に「子孫辛巳火」が伏し、六四は「妻財丙戌土」に配してかつ「世」を持ち、六三は「妻財庚辰土」に配しその下に「官鬼辛酉金」が伏し、六二は「兄弟庚寅木」に配し、初九は「父母庚子水」に配して「応」となる。本卦には子孫と官鬼が見えず、子息を占い官訟・病災を占うにはいずれも伏神を取りて用を論じ、「月卦身」は酉金に当たるもまた卦に上らず。卦象は「龍隠深潭」と称し、龍は深水に潜み、蓄養して時を待つ。また「遷善遠悪」と称す。判詞に曰く、「頤」とはすなわち頤養である。言語を謹慎し飲食に節あってはじめてこの身を養い得る。内の震は動を主り、外の艮は止を主り、動止宜しきに合すれば、万物は春に逢うがごとし。およそ悪事は皆消散し、人を傷るに至らず。
《易經》第二十七卦,頤,山雷頤,艮上震下。頤:貞吉。觀頤,自求口實。《彖》曰:“頤,貞吉”,養正則吉也。“觀頤”,觀其所養也。“自求口實”,觀其自養也。天地養萬物,聖人養賢以及萬民。頤之時大矣哉!《象》曰:山下有雷,頤;君子以慎言語,節飲食。
これは《周易》第二十七卦《頤》、艮が上、震が下。卦辞に曰く、《頤》は正を守れば吉。人の養う対象を観察し、さらに彼が如何に自ら口中の食を謀るかを見よ。《彖伝》の解釈に曰く「頤、貞吉」とは、養う所が正道に合せば吉を得るなり。「観頤」とは彼が養う者が何人かを見るなり。「自ら口実を求む」とは彼が如何に己を養うかを見るなり。天地は万物を養育し、聖人は賢才を養育して恩沢を万民に及ぼす。頤養の道は時に随いて用い、その意義はなんと宏大なるか。《象伝》に曰く、山の下に雷声響く、《頤》の象なり。君子はこれに取法して、言語を謹慎し飲食に節あり。
六爻斷:初九:舍爾靈龜,觀我朵頤,凶。《象》曰:“觀我朵頤”,亦不足貴也。六二:顛頤。拂經,于丘頤,征凶。《象》曰:六二“征凶”,行失類也。六三:拂頤,貞凶。十年勿用,無攸利。《象》曰:“十年勿用”,道大悖也。六四:顛頤,吉。虎視眈眈,其欲逐逐,無咎。《象》曰:顛頤之吉,上施光也。六五:拂經。居貞吉,不可涉大川。《象》曰:居貞之吉,順以從上也。上九:由頤。厲吉,利涉大川。《象》曰:“由頤,厲吉”,大有慶也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、汝は己の食らわずして生き得る霊亀を棄てて、我を盯め涎を垂らし腮を鼓す、凶。《象伝》に曰く、かく他人の口食を覬覦するは、実に貴重に値せず。六二、顛倒して下に求養し、常理に背き、転じて上りて丘陵のごとき上九に求養す。往けば凶。《象伝》に曰く、六二の「征凶」とは、行動して同類の依応を失えばなり。六三、頤養の道に背けば、正を守るも凶。十年の内は施為あるべからず、得る所の利なし。《象伝》に曰く「十年用うる勿れ」とは、行う所が大いに正道に背けばなり。六四、同じく顛倒して下に求養するも、吉利を得る。虎のごとく目光を下に視て専注して移らず、欲する所は相継いで来る。過咎なし。《象伝》に曰く、顛頤の吉なる所以は、上に在る者の施恵光大なればなり。六五、常理に背きて人を養う能わざれども、安居して正を守れば吉。ただし大川を渉越して険を冒すべからず。《象伝》に曰く、居貞にして吉を得るは、上九に順従して行えばなり。上九、天下は皆彼によりて養いを得る。危地に処れども終に吉利、大川を渉越するに利あり。《象伝》に曰く「頤に由る、厲にして吉」とは、大福慶あればなり。
巽宮・山風蠱
巽宮:《山風蠱》(歸魂),屬木,艮上巽下。伏神、本卦:兄弟丙寅木,應;子孫辛巳火,父母丙子水;妻財丙戌土;官鬼辛酉金,世;父母辛亥水;妻財辛丑土。三蟲食血之卦,以惡害義之象。判曰:蠱者,事也。幹父之體,任用於先,三蟲在器,陰害相連。厭昧之事,其疾難痊。求謀欲起,慮恐相干。
《山風蠱》は「巽宮」の「帰魂卦」で、艮が上、巽が下、卦気は木に属す。装卦は上より下へ。上九は「兄弟丙寅木」に配して「応」となり、六五は「父母丙子水」に配しその下に「子孫辛巳火」が伏し、六四は「妻財丙戌土」に配し、九三は「官鬼辛酉金」に配してかつ「世」を持ち、九二は「父母辛亥水」に配し、初六は「妻財辛丑土」に配す。卦中に「子孫」が見えず、子息を占い災を解くを占うには五爻下の伏神を取りて用を論じ、「月卦身」は寅木に当たり、ちょうど上爻に落つ。卦象は「三虫食血」と称し、皿の中に虫を養いて互いに噬う、積久して弊を生ず。また「悪をもって義を害す」と称す。判詞に曰く、「蠱」とは積弊ありて理を待つことである。子が父の遺した敗局を整治するがごとく、まず事を担い上げなければならない。三虫は一器に同処し、陰毒の害は牽連して断えず。およそ曖昧にして明らかなりがたい事は、その病もまた痊愈しがたい。謀求がまさに発動せんとすれば、先だち人の干擾あるを慮らなければならない。
《易經》第十八卦,蠱,山風蠱,艮上巽下。蠱:元亨,利涉大川。先甲三日,後甲三日。《彖》曰:“蠱”,剛上而柔下,巽而止,蠱。“蠱,元亨”,而天下治也。“利涉大川”,往有事也。“先甲三日,後甲三日”,終則有始,天行也。《象》曰:山下有風,蠱;君子以振民育德。
これは《周易》第十八卦《蠱》、艮が上、巽が下。卦辞に曰く、《蠱》は大いに亨通し、大川を渉越するに利あり。号令を発施するには甲日の前の三日に先だち申明し、甲日の後の三日にさらに復査を加えよ。《彖伝》の解釈に曰く、剛爻は上に居り柔爻は下に居り、内は巽順にして外は艮止、因循・牽就すれば積みて「蠱」を成す。「蠱、元亨」とは、蠱を治して後天下大治なればなり。「大川を渉るに利あり」とは、往けば必ず為すべき事あればなり。「甲に先んずる三日、甲に後る三日」とは、終わりて復た始まり、天道の運行して息まざる理のごとし。《象伝》に曰く、山の下に風吹く、《蠱》の象なり。君子はこれに取法して、民心を振作し徳行を培育す。
六爻斷:初六:幹父之蠱,有子,考無咎,厲終吉。《象》曰:“幹父之蠱”,意承考也。九二:幹母之蠱,不可貞。《象》曰:“幹母之蠱”,得中道也。九三:幹父之蠱,小有悔,無大咎。《象》曰:“幹父之蠱”,終無咎也。六四:裕父之蠱,往見吝。《象》曰:“裕父之蠱”,往未得也。六五:幹父之蠱,用譽。《象》曰:“幹父,用譽”,承以德也。上九:不事王侯,高尚其事。《象》曰:“不事王侯”,志可則也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、父の遺留した弊事を整治すれば、かくのごとき子あれば亡父は過咎なし。危厲あれども最終に吉利。《象伝》に曰く「父の蠱を幹す」とは、その心意は父志を承継するに在り。九二、母の遺した弊事を整治するに、固執して強直たるべからず。《象伝》に曰く「母の蠱を幹す」とは、九二は中に居りて中和の道を行い得ればなり。九三、父の遺留した弊事を整治すれば、稍々悔恨あれども大きな過咎なし。《象伝》に曰く、かくのごとくすれば終に咎あることなし。六四、父の弊事を寛縦して治めざれば、かく続けば必ず困窘に致る。《象伝》に曰く「父の蠱を裕にす」とは、さらに前に往きても一も得る所なし。六五、父の弊事を整治してこれにより称誉を獲る。《象伝》に曰く「父を幹し、誉れを用う」とは、徳行をもって先人を承継すればなり。上九、往きて王侯に事えず、己の操守をより高しと見る。《象伝》に曰く「王侯に事えず」とは、この志節は以て効法の準則となすべし。
離宮・離為火
離宮:《離為火》(六沖),屬火,離上離下。【本卦】兄弟己巳火,世;子孫己未土;妻財己酉金;官鬼己亥水,應;子孫己丑土;父母己卯木。飛禽遇網之卦,大明當天之象。判曰:離者,麗也。光明美麗,不利出師。二鳥同飛,雄失其雌,婚姻未合,易起官非。口舌相尚,財散人離。
《離為火》は「離宮」の首卦で、上下ともに離、「八純卦」に属し、六爻が自ら相冲するので「六冲」と標し、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「兄弟己巳火」に配してまた「世」を持ち、六五は「子孫己未土」に配し、九四は「妻財己酉金」に配し、九三は「官鬼己亥水」に配して「応」となり、六二は「子孫己丑土」に配し、初九は「父母己卯木」に配する。六親がすべて備わり、「月卦身」は巳火に当たり、ちょうど上爻にあって世爻と同位である。卦象は「飛禽遇網」と称し、鳥が羅網に入り、明に処してかえって制せられる。また「大明当門」とも称し、日が中天に麗く。判語に曰く、「離」とはすなわち附麗である。光明にして華美であるが、出兵には利しない。二鳥が並び飛んで雄鳥が雌鳥を失うので、婚姻を占えば多くは成りがたく、また官司を招きやすい。口舌が争い勝を求め、錢財は散じ尽くして人も心離れる。
《易經》第三十卦,離,離為火,離上離下。離:利貞,亨。畜牝牛,吉。《彖》曰:“離”,麗也。日月麗乎天,百穀草木麗乎土,重明以麗乎正,乃化成天下。柔麗乎中正,故亨,是以畜牝牛吉也。《象》曰:明兩作,離;大人以繼明照于四方。
これは《周易》第三十卦《離》で、上下ともに離。卦辞に曰く、《離》は正を守るに利あり、亨通せり。母牛を畜養すれば、吉。《彖伝》の解釈に曰く、「離」とは附着である。日月は天に附麗し、百穀草木は地に附麗し、二重の光明が正道に附麗して、はじめて化育して天下を成就できる。六二・六五の二つの柔爻が中正の位に附麗するので亨通し、母牛の性は柔順なので、これを畜養して吉を得るのは、まさにこの柔順の義を取る。《象伝》に曰く、光明が二度昇るは《離》の象。大人はこれに法り、接続して絶えない光明をもって四方に照臨する。
六爻斷:初九:履錯然,敬之,無咎。《象》曰:履錯之敬,以辟咎也。六二:黃離,元吉。《象》曰:“黃離,元吉”,得中道也。九三:日昃之離,不鼓缶而歌,則大耋之嗟,凶。《象》曰:“日昃之離”,何可久也?九四:突如其來如,焚如,死如,棄如。《象》曰:“突如其來如”,無所容也。六五:出涕沱若,戚嗟若,吉。《象》曰:六五之吉,離王公也。上九:王用出征,有嘉,折首,獲匪其醜,無咎。《象》曰:“王用出征”,以正邦也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、足取りが紛雑に交錯するも、敬慎を持し得れば過ちなし。《象伝》に曰く、錯雑の際にも敬意を存するは、まさに災咎を避けるための用である。六二、黄色の象徴する中道に附麗すれば、大吉。《象伝》に曰く「黄離、元吉」は、六二が居中の道を得たことによる。九三、日の偏西の時の附麗、もし瓦缶を敲いて歓歌して自適できなければ、垂暮の老人の悲嘆のみ残り、凶。《象伝》に曰く、日すでに西斜の光明、なお長久ならんか。九四、来勢が突兀として、烈火の焚くがごとく、身の死するがごとく、弃てられるがごとし。《象伝》に曰く「突如其来如」は、剛暴にして人を逼め天地も容れざるである。六五、涕涙滂沱として、憂傷嗟嘆するも、かえって吉を得る。《象伝》に曰く、六五の吉は、王公の位に附麗して憂惧し自省できるにある。上九、君王が兵を出して征伐し、嘉美の功あり、元凶を斬獲し、俘獲する所はその同類の脅従の人ではなく、過ちなし。《象伝》に曰く「王用出征」は、邦国を匡正するためである。
離宮・火山旅
離宮:《火山旅》,屬火,離上艮下。伏神、本卦:兄弟己巳火;子孫己未土;妻財己酉金,應;官鬼己亥水,妻財丙申金;兄弟丙午火;父母己卯木,子孫丙辰土,世。如鳥焚巢之卦,樂極哀生之象。判曰:旅者,客也。長途落落,羈旅悽悽,火行山上,逐草高低。如鳥焚巢,無枝可棲。雖然先笑,後有悲啼。
《火山旅》は「離宮」第二卦、「一世卦」に属し、離が上、艮が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「兄弟己巳火」に配し、六五は「子孫己未土」に配し、九四は「妻財己酉金」に配して「応」となり、九三は「妻財丙申金」に配して、その下に「官鬼己亥水」が伏し、六二は「兄弟丙午火」に配し、初六は「子孫丙辰土」に配してまた「世」を持ち、その下に「父母己卯木」が伏する。卦中に父母と官鬼が見えず、文書功名・病訟を占うには伏神を取って論断せねばならず、「月卦身」は午火に当たり、二爻に落ちる。卦象は「如鳥焚巢」と称し、また「楽極哀生」とも。判語に曰く、「旅」とはすなわち作客して外にいること。長路漫漫として、羈旅凄清。火が山上を行き、草木の高低に随って蔓延り、定所なし。ちょうど鳥の巣が焼かれて、再び棲息すべき枝头がないがごとし。たとえ初め歓笑しても、後には終に悲啼に帰る。
《易經》第五十六卦,旅,火山旅,離上艮下。旅:小亨,旅貞吉。《彖》曰:“旅,小亨”,柔得中乎外而順乎剛,止而麗乎明,是以“小亨,旅貞吉”也。旅之時義大矣哉!《象》曰:山上有火,旅;君子以明慎用刑,而不留獄。
これは《周易》第五十六卦《旅》で、離が上、艮が下。卦辞に曰く、《旅》は小さく亨通し、客旅の人が正を守れば吉。《彖伝》の解釈に曰く、「旅、小亨」は、六五が柔をもって外卦の中に居り上下の剛爻に順承し、内の艮は止を知り外は光明に附麗するので、「小亨、旅貞吉」と言う。羈旅の時の含む義理は、実に重大である。《象伝》に曰く、山上に火が燃えるは《旅》の象。君子はこれに法り、審明にして慎重に刑を用い、案件を久しく留めて決せしめない。
六爻斷:初六:旅瑣瑣,斯其所取災。《象》曰:“旅瑣瑣”,志窮災也。六二:旅即次,懷其資,得童僕貞。《象》曰:“得童僕貞”,終無尤也。九三:旅焚其次,喪其童僕,貞厲。《象》曰:“旅焚其次”,亦以傷矣。以旅與下,其義喪也。九四:旅于處,得其資斧,我心不快。《象》曰:“旅于處”,未得位也。“得其資斧”,心未快也。六五:射雉,一矢亡,終以譽命。《象》曰:“終以譽命”,上逮也。上九:鳥焚其巢,旅人先笑後號咷。喪牛于易,凶。《象》曰:以旅在上,其義焚也。“喪牛于易”,終莫之聞也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、客旅の人が猥瑣に計較するは、まさに自ら災禍を取る所以。《象伝》に曰く「旅瑣瑣」は、志気が窮蹙してはじめて災殃を招く。六二、客旅が旅舎に住み込み、懐に盤纏を帯び、また忠貞の僮僕を得る。《象伝》に曰く「得童僕貞」は、終に過失なからん。九三、客旅が自分の住む客舎を焼き、また僮僕を失う。正を守っても危うし。《象伝》に曰く「旅焚其次」は、すでに傷ついたり。客旅の身をもって下人に対し剛暴に過ぎれば、彼らを失うのが理の当然。九四、客旅は暫く安身の処を得、また盤纏と防身の利斧を得るも、心は痛快ならず。《象伝》に曰く「旅于処」は正位を得ざるであり、「得其資斧」もなお意に称わず。六五、山鶏を射て、一矢を射失すも、終にこれにより美誉と爵命を獲る。《象伝》に曰く「終以誉命」は、尊上に承って声名が遠く及ぶ。上九、鳥の巣が焼かれ、客旅の人は先に歓笑して後に号啕大哭す。辺邑で牛を容易く失い、凶。《象伝》に曰く、客旅の身をもって高亢の位に居るは、焚かるべき理。「喪牛于易」は、災禍臨頭して竟に聞く所なきである。
離宮・火風鼎
離宮:《火風鼎》,屬火,離上巽下。伏神、本卦:兄弟己巳火;子孫己未土,應;妻財己酉金;妻財辛酉金;官鬼辛亥水,世;父母己卯木,子孫辛丑土。調和鼎鼐之卦,去舊取新之象。判曰:鼎者,定也。鼎象九州,和羹之器,變生為熟,以成香味。鼎乃易溢,不宜爭事,官鬼持世,求官最利。
《火風鼎》は「離宮」第三卦、「二世卦」に属し、離が上、巽が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「兄弟己巳火」に配し、六五は「子孫己未土」に配して「応」となり、九四は「妻財己酉金」に配し、九三は「妻財辛酉金」に配し、九二は「官鬼辛亥水」に配してまた「世」を持ち、初六は「子孫辛丑土」に配して、その下に「父母己卯木」が伏する。卦中に父母が見えず、文書を占うには初爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は丑土に当たり、ちょうど初爻に落ちる。卦象は「調和鼎鼐」と称し、宰輔が調剤する任。また「去旧取新」とも。判語に曰く、「鼎」には安定の義あり。鼎の形制は九州に象を取り、五味を調和する器皿で、生を熟に変えて、もって香美の味を成就す。鼎中の物は満溢しやすいので、是非を争競するに宜しからず。この卦は「官鬼」が世を持ち、官職功名を求取するに最も利あり。
《易經》第五十卦,鼎,火風鼎,離上巽下。鼎:元吉,亨。《彖》曰:“鼎”,象也。以木巽火,亨飪也。聖人亨以享上帝,而大亨以養聖賢。巽而耳目聰明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以元亨。《象》曰:木上有火,鼎;君子以正位凝命。
これは《周易》第五十卦《鼎》で、離が上、巽が下。卦辞に曰く、《鼎》は大いに吉利にして亨通せり。《彖伝》の解釈に曰く、「鼎」は器物の象を取って卦を立てる。木柴をもって火中に送り入るは、まさに烹煮の事。聖人は烹煮して犠牲を作り、もって上帝を祭享し、また大いに烹調してもって聖賢を奉養す。内は巽順にして外は光明ゆえ、耳聡く目明らか。六五は柔をもって進んで上行し、中位に居りまた下に九二の剛に応ずるので、大いに亨通す。《象伝》に曰く、木の上に火燃えるは《鼎》の象。君子はこれに法り、居る位を端正し、受くる命を凝守す。
六爻斷:初六:鼎顛趾,利出否。得妾以其子,無咎。《象》曰:“鼎顛趾”,未悖也。“利出否”,以從貴也。九二:鼎有實,我仇有疾,不我能即,吉。《象》曰:“鼎有實”,慎所之也。“我仇有疾”,終無尤也。九三:鼎耳革,其行塞。雉膏不食,方雨虧悔,終吉。《象》曰:“鼎耳革”,失其義也。九四:鼎折足,覆公餗。其形渥,凶。《象》曰:“覆公餗”,信如何也!六五:鼎黃耳,金鉉,利貞。《象》曰:“鼎黃耳”,中以為實也。上九:鼎玉鉉,大吉,無不利。《象》曰:玉鉉在上,剛柔節也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、鼎を倒して鼎足を上に向かしめれば、ちょうど中の敗物を倒出し得る。妾を娶ってその子を得るがごとく、過ちなし。《象伝》に曰く「鼎顛趾」は理に悖らず、「利出否」は尊貴の新に従うためである。九二、鼎中に実物盛満し、我が仇敵はまさに病を患えて、我に近づく能わず、吉。《象伝》に曰く「鼎有実」は往く所を慎むべく、「我仇有疾」は終に怨を招かざる。九三、鼎耳が形を変え、擡ぐ能わず行く能わず、鲜美の雉肉を喫し得ず。陰陽和洽して雨降るを待てば、悔恨は消減し、終に吉利なり。《象伝》に曰く「鼎耳革」は、九三が有るべき義を失える。九四、鼎足が折断し、王公の美食を打ち翻し、鼎身は沾污して一片、凶。《象伝》に曰く、王公の鼎食を打ち翻す、この信任また如何せん。六五、鼎に黄色の耳と金属の鉉を配し、正を守るに利あり。《象伝》に曰く「鼎黄耳」は、居中の徳を実とする。上九、鼎に玉製の鉉を配し、大吉にして利せざるなし。《象伝》に曰く、玉鉉がその上に高居し、剛と柔と調節宜しきを得る。
離宮・火水未済
離宮:《火水未濟》,屬火,離上坎下。伏神、本卦:兄弟己巳火,應;子孫己未土;妻財己酉金;官鬼己亥水,兄弟戊午火,世;子孫戊辰土;父母戊寅木。竭海求珠之卦,憂中望喜之象。判曰:未濟者,失也。水火不交,剛柔失位,求事未成,多有壅滯。如狐渡水,必濡其尾。積小成大,謂之未濟。
《火水未済》は「離宮」第四卦、「三世卦」に属し、離が上、坎が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「兄弟己巳火」に配して「応」となり、六五は「子孫己未土」に配し、九四は「妻財己酉金」に配し、六三は「兄弟戊午火」に配してまた「世」を持ち、その下に「官鬼己亥水」が伏し、九二は「子孫戊辰土」に配し、初六は「父母戊寅木」に配する。卦中に官鬼が見えず、官訟病祟を占うには三爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は申金に当たり、卦に上がらず。卦象は「竭海求珠」と称し、力を費やして得がたし。また「憂中望喜」とも。判語に曰く、「未済」とはすなわち失序である。水火相済えず、剛爻柔爻ともに位に当たらず、求める事はいまだ成り办らず、多く阻塞あり。譬えば狐の渡河、終に尾を濡らさん。事は一点点に小を積んで大を成すべく、これ正しく「未済」と謂う。
《易經》第六十四卦,未濟,火水未濟,離上坎下。未濟:亨。小狐汔濟,濡其尾,無攸利。《彖》曰:“未濟,亨”,柔得中也。“小狐汔濟”,未出中也。“濡其尾,無攸利”,不續終也。雖不當位,剛柔應也。《象》曰:火在水上,未濟;君子以慎辨物居方。
これは《周易》第六十四卦、また全経の末卦《未済》で、離が上、坎が下。卦辞に曰く、《未済》は亨通せり。小狐は河を渡らんとほぼ済るも、尾を濡らして、利処なし。《彖伝》の解釈に曰く、「未済、亨」は、六五が柔をもって中に居る。「小狐汔済」は、いまだ坎険の中より脱せず。「濡其尾、无攸利」は、事を接続して底に至る能わざる。この卦の六爻は陰陽ともに位に当たらざるも、剛柔は両両に相応す。《象伝》に曰く、火が水の上に在り、各々相済えざるは《未済》の象。君子はこれに法り、慎みて事物を辨别し、各々その所に安んぜしむ。
六爻斷:初六:濡其尾,吝。《象》曰:“濡其尾”,亦不知極也。九二:曳其輪,貞吉。《象》曰:九二“貞吉”,中以行正也。六三:未濟,征凶,利涉大川。《象》曰:“未濟,征凶”,位不當也。九四:貞吉,悔亡。震用伐鬼方,三年有賞于大國。《象》曰:“貞吉,悔亡”,志行也。六五:貞吉,無悔。君子之光,有孚,吉。《象》曰:“君子之光”,其暉吉也。上九:有孚于飲酒,無咎。濡其首,有孚失是。《象》曰:飲酒濡首,亦不知節也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、渡河して尾を濡らす、困窘す。《象伝》に曰く「濡其尾」は、自ら量らずして限度を知らざる。九二、車輪を曳いて急進せしめず、正を守れば吉。《象伝》に曰く、九二の「貞吉」は、中に居って正道を行く能う。六三、事いまだ成らざる時に貿然と前征すれば凶、然れどもこの時まさに大川を渉越して険を出でるを謀るに宜し。《象伝》に曰く「未済、征凶」は、六三の居る位が正しからざる。九四、正を守れば吉を得、悔恨消える。威武を奮い起こして鬼方を討伐し、三年の後に大国の封賞を受く。《象伝》に曰く「貞吉、悔亡」は、心志の施行を得る。六五、正を守れば吉にして悔恨なし。君子の徳輝は外に顕れ、誠信を懐き、吉。《象伝》に曰く「君子之光」は、その光輝が吉慶を齎す。上九、誠信を懐いて飲酒して自楽するは、過ちなし。若し沈湎して頭まで浸湿するに至れば、たとえ誠信ありとも分寸を失う。《象伝》に曰く、飲酒して濡首に至るは、節制を知らざる。
離宮・山水蒙
離宮:《山水蒙》,屬火,艮上坎下。伏神、本卦:父母丙寅木;官鬼丙子水;妻財己酉金,子孫丙戌土,世;兄弟戊午火;子孫戊辰土;父母戊寅木,應。人藏菸草之卦,萬物始生之象。判曰:蒙者,昧也。蒙以養正,山下有泉,回還反覆,迷悶相連。多憂過失,病患相纏,欲進欲追,疑惑不前。
《山水蒙》は「離宮」第五卦、「四世卦」に属し、艮が上、坎が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「父母丙寅木」に配し、六五は「官鬼丙子水」に配し、六四は「子孫丙戌土」に配してまた「世」を持ち、その下に「妻財己酉金」が伏し、六三は「兄弟戊午火」に配し、九二は「子孫戊辰土」に配し、初六は「父母戊寅木」に配して「応」となる。卦中に妻財が見えず、錢財婚事を占うには四爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は酉金に当たり、卦に上がらず。卦象は「人蔵煙草」と称し、蒙昧にして未だ開けず。また「万物始生」とも。判語に曰く、「蒙」とはすなわち昏昧にして明ならず。蒙昧の時はまさにその正を涵養すべく、山下に泉水涌き出で、盤旋回繞して反覆定まらず、迷悶の事は一椿また一椿。占えば多く憂愁過失あり、疾病纏身す。前進せんと欲しまた追趕せんと欲するも、終に疑惑により前に能わず。
《易經》第四卦,蒙,山水蒙,艮上坎下。蒙:亨。匪我求童蒙,童蒙求我。初筮告,再三瀆,瀆則不告。利貞。《彖》曰:“蒙”,山下有險,險而止,蒙。“蒙,亨”,以亨行時中也。“匪我求童蒙,童蒙求我”,志應也。“初筮告”,以剛中也。“再三瀆,瀆則不告”,瀆蒙也。蒙以養正,聖功也。《象》曰:山下出泉,蒙;君子以果行育德。
これは《周易》第四卦《蒙》で、艮が上、坎が下。卦辞に曰く、《蒙》は亨通せり。我が蒙昧の童に求むるにあらず、童が我に求むるなり。初めて求問すればこれに告げ、一再糾纏すればすなわち褻瀆、褻瀆すれば再び告げず。正を守るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「蒙」は山下に険あり、険に遇いて歩を止むるゆえ蒙昧を成す。「蒙、亨」は、亨通の道をもって施行し、時宜の中に恰合す。「匪我求童蒙、童蒙求我」は、九二と六五と志意相応ず。「初筮告」は、九二が剛をもって中に居る。「再三瀆、瀆則不告」は、かくのごとくはかえって啓蒙の事を褻瀆す。蒙昧の時にその正を涵養するは、これ聖人を造就する功業。《象伝》に曰く、山下に泉水涌き出ずるは《蒙》の象。君子はこれに法り、事を行うに果決にして、徳性を培育す。
六爻斷:初六:發蒙,利用刑人,用說桎梏;以往吝。《象》曰:“利用刑人”,以正法也。九二:包蒙,吉。納婦,吉;子克家。《象》曰:“子克家”,剛柔接也。六三:勿用取女,見金夫,不有躬,無攸利。《象》曰:“勿用取女”,行不順也。六四:困蒙,吝。《象》曰:困蒙之吝,獨遠實也。六五:童蒙,吉。《象》曰:童蒙之吉,順以巽也。上九:擊蒙,不利為寇,利禦寇。《象》曰:利用禦寇,上下順也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、蒙昧を啓発するに、宜しく先ず刑罰をもって威を立て、人に畏懼する所を知らしめて脚鐐手錠を脱せしむべし。若し一味に刑を用いて下去れば、困に致らん。《象伝》に曰く「利用刑人」は、法度を端正するため。九二、寛厚をもって蒙昧の者を包容すれば吉。妻室を娶納すれば吉。子は家事を担当する能く。《象伝》に曰く「子克家」は、九二の剛と六五の柔と上下相接する。六三、かかる女子を娶るなかれ。彼女は有銭有勢の男子を見れば身を失いて相従す。利処なし。《象伝》に曰く「勿用取女」は、その行為が順正の道に合せざる。六四、蒙昧の中に困して、困窘す。《象伝》に曰く、困蒙の困窘の所以は、六四が孤单に九二のごとき剛実の才を遠離する。六五、童子のごとく虚心に求教すれば吉。《象伝》に曰く、童蒙の吉を得るは、それが柔順にして謙遜に聴従する能う。上九、猛力をもって蒙昧を撃破するに、強寇のごとく暴を施すに宜しからず、外寇を防御するがごとく正を護るに宜し。《象伝》に曰く、用いて寇を御ぐに宜しきは、かくのごとくは上下相順ぐ能う。
離宮・風水渙
離宮:《風水渙》,屬火,巽上坎下。伏神、本卦:父母辛卯木;兄弟辛巳火,世;妻財己酉金,子孫辛未土;官鬼己亥水,兄弟戊午火;子孫戊辰土,應;父母戊寅木。順水行舟之卦,大風吹物之象。判曰:渙者,散也。逐波隨水,患難將消,惡事離身,獄訟出牢。利涉大川,舟楫遙遙,出入無滯,福德滔滔。
《風水渙》は「離宮」第六卦、「五世卦」に属し、巽が上、坎が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「父母辛卯木」に配し、九五は「兄弟辛巳火」に配してまた「世」を持ち、六四は「子孫辛未土」に配して、その下に「妻財己酉金」が伏し、六三は「兄弟戊午火」に配して、その下に「官鬼己亥水」が伏し、九二は「子孫戊辰土」に配して「応」となり、初六は「父母戊寅木」に配する。卦中に財・鬼の両親はともに卦に上がらず、財を占い訟病を占うにはともに伏神を取るべく、「月卦身」は辰土に当たり、ちょうど二爻に落ちる。卦象は「順水行舟」と称し、また「大風吹物」とも。判語に曰く、「渙」とはすなわち離散である。波に随い流に逐いて下り、患難まさに消解せんとし、悪事は己身を脱離し、牢獄訟事は開釈を得る。大川を渉越するに利あり、舟楫遠行す。出入に阻滞なく、福気徳沢は滔滔として来る。
《易經》第五十九卦,渙,風水渙,巽上坎下。渙:亨。王假有廟,利涉大川,利貞。《彖》曰:“渙,亨”,剛來而不窮,柔得位乎外而上同。“王假有廟”,王乃在中也。“利涉大川”,乘木有功也。《象》曰:風行水上,渙;先王以享于帝立廟。
これは《周易》第五十九卦《渙》で、巽が上、坎が下。卦辞に曰く、《渙》は亨通せり。君王親ら宗廟に至り人心を聚合す、大川を渉越するに利あり、正を守るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「渙、亨」は、九二の剛が外より来り内に居りて困窮に至らず、六四の柔は外に位を得て九五と同心。「王假有廟」は、君王が中正の位に居る。「利渉大川」は、木舟に乗って水を渡りて成功する能う。《象伝》に曰く、風が水面の上を行き、波紋を吹散すは《渙》の象。先王はこれに法り、上帝を祭享し宗廟を建立し、もって渙散の人心を收合す。
六爻斷:初六:用拯,馬壯,吉。《象》曰:初六之吉,順也。九二:渙奔其機,悔亡。《象》曰:“渙奔其機”,得願也。六三:渙其躬,無悔。《象》曰:“渙其躬”,志在外也。六四:渙其群,元吉。渙有丘,匪夷所思。《象》曰:“渙其群,元吉”,光大也。九五:渙汗其大號,渙王居,無咎。《象》曰:王居無咎,正位也。上九:渙其血去,逖出,無咎。《象》曰:“渙其血”,遠害也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、渙散の初めに於て着手して拯救し、借る馬はまた強壮、吉。《象伝》に曰く、初六の吉の所以は、それが柔順にして九二に承順する能う。九二、渙散の時に凭倚すべき几案に奔れば、悔恨消える。《象伝》に曰く「渙奔其机」は、心願を遂げるを得た。六三、自己一身の私念を散去すれば、悔恨なし。《象伝》に曰く「渙其躬」は、その心志が外にあり、意を渙を済すに専らにす。六四、原有の朋党を解散すれば、大吉。散じて復た聚まり、丘陵のごとき大群に聚成するは、これ平常の人の想到し得るにあらず。《象伝》に曰く「渙其群、元吉」は、その道が光明宏大なる。九五、汗出でて返らざるがごとく重大な号令を発布し、君王の積蓄を散尽して天下を済すは、過ちなし。《象伝》に曰く、王居して咎なしは、九五が正位に居る。上九、傷害流血の事を散去せしめ、遠々しく離るれば、過ちなし。《象伝》に曰く「渙其血」は、禍害に遠離る。
離宮・天水訟
離宮:《天水訟》(游魂),屬火,乾上坎下。伏神、本卦:子孫壬戌土;妻財壬申金;兄弟壬午火,世;官鬼己亥水,兄弟戊午火;子孫戊辰土;父母戊寅木,應。縱鷹逐兔之卦,天水相違之象。判曰:訟者,論也。天道西往,水脈東流。求事未遂,心常懷憂。爭訟宜止,可用和休。
《天水訟》は「離宮」の「游魂卦」で、乾が上、坎が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「子孫壬戌土」に配し、九五は「妻財壬申金」に配し、九四は「兄弟壬午火」に配してまた「世」を持ち、六三は「兄弟戊午火」に配して、その下に「官鬼己亥水」が伏し、九二は「子孫戊辰土」に配し、初六は「父母戊寅木」に配して「応」となる。卦中に官鬼が見えず、官非訟事を占うには三爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は卯木に当たり、卦に上がらず。世爻は兄弟で、耗財争競を主る。卦象は「縦鷹逐兎」と称し、両下相争う。また「天水相違」とも。判語に曰く、「訟」とはすなわち是非を争辯すること。天体は自ら東より西に運行し、水脈は却って自ら西より東に流去す。両者は背道して馳す。求める事は遂願しがたく、心に常に憂慮を懐く。争訟の事は早く止息すべく、和解をもって了結するをよしとす。
《易經》第六卦,訟,天水訟,乾上坎下。訟:有孚窒,惕中吉,終凶。利見大人,不利涉大川。《彖》曰:“訟”,上剛下險;險而健,訟。“訟,有孚窒,惕中吉”,剛來而得中也。“終凶”,訟不可成也。“利見大人”,尚中正也。“不利涉大川”,入于淵也。《象》曰:天與水違行,訟;君子以作事謀始。
これは《周易》第六卦《訟》で、乾が上、坎が下。卦辞に曰く、《訟》卦は誠信ありて阻塞せられ、戒惧を存し中途にして止むれば吉、一味に争い尽せば凶。大人に出見して公断を求むるに利あり、大川を渉越して冒険するに利せざる。《彖伝》の解釈に曰く、「訟」は上卦が剛強、下卦が険陥。内に険を懐き外に強を逞しうゆえ訟を成す。「訟、有孚窒、惕中吉」は、九二の剛が外より来りて中位に居るを得る。「終凶」は、争訟の事は尽頭に作るべからず。「利見大人」は、九五の中正を崇尚す。「不利渉大川」は、かくのごとくは深淵に陥入せん。《象伝》に曰く、天は西に転じ水は東に流れ、両相背離するは《訟》の象。君子はこれに法り、事を作すの初に先ず謀を周にして、争端を生ぜしめず。
六爻斷:初六:不永所事,小有言,終吉。《象》曰:“不永所事”,訟不可長也。雖“小有言”,其辯明也。九二:不克訟,歸而逋。其邑人三百戶,無眚。《象》曰:不克訟,歸逋竄也;自下訟上,患至掇也。六三:食舊德,貞,厲終吉。或從王事,無成。《象》曰:“食舊德”,從上吉也。九四:不克訟,復即命,渝,安貞,吉。《象》曰:“復即命,渝,安貞”,不失也。九五:訟,元吉。《象》曰:“訟,元吉”,以中正也。上九:或錫之鞶帶,終朝三褫之。《象》曰:以訟受服,亦不足敬也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、争訟の事を長引かせず、小さく口舌ありと雖も、終に吉利なり。《象伝》に曰く「不永所事」は、争訟は長久すべからず。些許の口角ありと雖も、是非は終に辯明し分かる。九二、訟に勝つ能わず、急いで帰りて避け、その三百戸の小邑は灾を免るるを得る。《象伝》に曰く、訟に勝たざれば帰りて逃避す。在下の身をもって在上の者と争訟すれば、禍患の来るは手を伸べて拾うがごとく易し。六三、旧有の俸禄徳業を安享し、正を守り危を防げば、終に吉利なり。或いは往きて君王の差事を辦理するも、その功を居らず。《象伝》に曰く「食旧徳」は、在上の者に随従してはじめて吉を得る。九四、訟に勝つ能わず、頭を回らして正理に依就し、争訟の心を改変し、正を守るに安んずれば、吉。《象伝》に曰く「復即命、渝、安貞」は、かくのごとくは便ち失う所有らざる。九五、中正の位に居りて訟を聴き獄を断ずれば、大吉。《象伝》に曰く「訟、元吉」は、九五が中正にして偏なきによる。上九、争訟により大帯の栄を賜るを得るも、一朝にして三度剥奪せらる。《象伝》に曰く、争訟を靠って得たる服飾の栄は、また敬重に値せず。
離宮・天火同人
離宮:《天火同人》(歸魂),屬火,乾上離下。【本卦】子孫壬戌土,應;妻財壬申金;兄弟壬午火;官鬼己亥水,世;子孫己丑土;父母己卯木。游魚從水之卦,管鮑分金之象。判曰:同人者,親也。同心之言,其臭如蘭。二人同心,其利斷金。所求皆得,無不稱心。
《天火同人》は「離宮」の「帰魂卦」で、乾が上、離が下、卦気は火に属する。装卦は上から下へ、上九は「子孫壬戌土」に配して「応」となり、九五は「妻財壬申金」に配し、九四は「兄弟壬午火」に配し、九三は「官鬼己亥水」に配してまた「世」を持ち、六二は「子孫己丑土」に配し、初九は「父母己卯木」に配する。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は寅木に当たり、卦に上がらず。卦象は「游魚従水」と称し、相得て相離れず。また「管鮑分金」とも称し、管仲と鮑叔牙と財を分き相知る旧事を用いて、朋友の同心を喻す。判語に曰く、「同人」とはすなわち親和である。《系辞》に同心の人の言う所の言は、気味芬芳として蘭草のごとしと講じ、両人同心すれば、その鋒利は金属を断断するに足ると。この卦を占い得れば、求むる所は皆手に到り、意に称わざるなし。
《易經》第十三卦,同人,天火同人,乾上離下。同人:同人于野,亨。利涉大川,利君子貞。《彖》曰:“同人”,柔得位得中而應乎乾,曰同人。同人曰。“同人于野,亨,利涉大川”,乾行也。文明以健,中正而應,君子正也。唯君子為能通天下之志。《象》曰:天與火,同人;君子以類族辨物。
これは《周易》第十三卦《同人》で、乾が上、離が下。卦辞に曰く、人と和同するは旷野のごとき公にして私なき地方に至るべし、亨通せり。大川を渉越するに利あり、君子の正を守るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、六二は柔をもって正に居り中を得て上に九五の乾に応ずるゆえ「同人」と曰う。(この下の「同人曰」の三字は、底本は通行本の旧を承け、文に脱誤ありて強解すべからず。)「同人于野、亨、利渉大川」は、乾健の徳が推行する。内の離は文明にして外の乾は剛健、六二九五が中正に相応じ、これ正しく君子の正道。ただ君子のみが能く天下人の心志を会通す。《象伝》に曰く、天は上に在り火は炎上し、同じ向に行くは《同人》の象。君子はこれに法り、族類により事物を区分し異同を辨明す。
六爻斷:初九:同人于門,無咎。《象》曰:出門同人,又誰咎也?六二:同人于宗,吝。《象》曰:“同人于宗”,吝道也。九三:伏戎于莽,升其高陵,三歲不興。《象》曰:“伏戎于莽”,敵剛也。“三歲不興”,安行也。九四:乘其墉,弗克攻,吉。《象》曰:“乘其墉”,義弗克也。其吉,則困而反則也。九五:同人先號啕而後笑。大師克相遇。《象》曰:同人之先,以中直也。大師相遇,言相剋也。上九:同人于郊,無悔。《象》曰:“同人于郊”,志未得也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、門を出でて便ち人と和同し、親疎を分かたず、過ちなし。《象伝》に曰く、門を出でて人と和同するは、また誰か責むる能わん。六二、ただ自家の宗族の裏に党を結び相同ずるは、困窘す。《象伝》に曰く「同人于宗」は、これ一条の困吝に通ずる路。九三、兵士を草莽の裏に埋伏し、また高陵に登りて瞭望す、三年して敢えて発動せず。《象伝》に曰く「伏戎于莽」は、相手の九五が太だ剛強なり。「三歳不興」は、かくのごとくは如何して行き通さん。九四、相手の城墻に登り乗るも、終に進攻せず、吉。《象伝》に曰く「乗其墉」は、義理により本より攻むべからず。その吉の所以は、困に遇うて能く法則に返帰す。九五、人と和同して、先に号啕大哭して後に歓笑し、大軍を出動して阻隔に戦勝して後に相遇を得る。《象伝》に曰く、同人が先に号啕するは、九五が中正にして心直し。大軍相遇は、中間の阻隔を克服したを言う。上九、城外の郊野に於て人と和同すれば、悔恨なし。《象伝》に曰く「同人于郊」は、和同の志はいまだ完全に実現する能わず。
坤宮・坤為地
坤宮:《坤為地》(六沖),屬土,坤上坤下。【本卦】子孫癸酉金,世;妻財癸亥水;兄弟癸丑土;官鬼乙卯木,應;父母乙巳火;兄弟乙未土。生載萬物之卦,博厚無疆之象。判曰:坤者,順也。乃順成天,萬物資生。用動則濁,用靜則清。所作有順,萬物皆成。
《坤為地》は「坤宮」の首卦で、上下ともに坤、「八純卦」に属し、六爻が自ら相冲するので「六冲」と標し、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「子孫癸酉金」に配してまた「世」を持ち、六五は「妻財癸亥水」に配し、六四は「兄弟癸丑土」に配し、六三は「官鬼乙卯木」に配して「応」となり、六二は「父母乙巳火」に配し、初六は「兄弟乙未土」に配する。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は亥水に当たり、ちょうど五爻に落ちる。卦象は「生載万物」と称し、また「博厚无疆」とも。判語に曰く、「坤」の徳性は順である。それは天道を順承して化育を成就し、万物は皆それに靠って生長を得る。これをもって妄動すれば、気は濁りて事は乱れ。これをもって静を持すれば、気は清く事は明らかなり。行いが順道に合すれば、万物は皆成就する能く。
《易經》第二卦,坤,坤為地,坤上坤下。坤:元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得,主利。西南得朋,東北喪朋。安貞吉。《彖》曰:至哉坤元!萬物資生,乃順承天。坤厚載物,德合無疆,含弘光大,品物咸亨。牝馬地類,行地無疆,柔順利貞,君子攸行。先迷失道,後順得常。西南得朋,乃與類行。東北喪朋,乃終有慶。安貞之吉,應地無疆。《象》曰:地勢坤,君子以厚德載物。
これは《周易》第二卦《坤》で、上下ともに坤。卦辞に曰く、《坤》は大いに亨通し、宜しく母馬のごとき柔順の正道を守るべし。君子往く所有り、先んじて抢すれば迷失し、後れて跟従すれば得る所有り、かくのごとくはじめて利に主ぜらる。西南に往けば同類の朋助を得、東北に往けば朋類を失う。正を守るに安んずれば吉。《彖伝》の讃嘆に曰く、偉大なるかな坤の元始の徳。万物はそれに依頼して生長し、それは上天を順承す。坤は厚重にして万物を承載し、徳性は広大にして辺際なく、含容宏遠にして光明博大、各類の物品はこれにより皆亨通す。母馬は地に属する物にして、大地を奔行して窮尽なく、柔順にして正を守るに利あり、正しく君子の行うべき道。先んじて妄動すれば正道を迷失し、後れて順従すれば常理に合す。「西南得朋」は、同類と同行する。「東北喪朋」は、朋を捨て陽に従いて終に吉慶を得る。正を守るに安んずるの吉の所以は、大地の無辺の徳性に順応する。《象伝》に曰く、大地の形勢はすなわち坤順、君子はこれに法り、深厚の徳行をもって万物を承載す。
六爻斷:初六:履霜,堅冰至。《象》曰:履霜堅冰,陰始凝也。馴致其道,至堅冰也。六二:直方大,不習無不利。《象》曰:六二之動,直以方也。“不習無不利”,地道光也。六三:含章可貞。或從王事,無成有終。《象》曰:“含章可貞”,以時發也。“或從王事”,知光大也。六四:括囊,無咎,無譽。《象》曰:“括囊,無咎”,慎不害也。六五:黃裳,元吉。《象》曰:“黃裳,元吉”,文在中也。上六:戰龍于野,其血玄黃。《象》曰:“戰龍于野”,其道窮也。用六:利永貞。《象》曰:用六永貞,以大終也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、脚下に霜を履むれば、堅氷まさに至らんと知るべし。《象伝》に曰く、霜を履みて堅氷を知るは、陰気まさに凝結を始む。この路に順い一步步下去すれば、終に堅氷を結成す。六二、正直・方正・宏大にして、学習演練を待たずして利せざるなし。《象伝》に曰く、六二の挙動は、直にして且つ方なり。「不習无不利」は、地道の光明は自然にかくのごとし。六三、文采を含蓄して正を守る能く。或いは往きて君王の差事を辦するも、その成を居らずして終を有する能く。《象伝》に曰く「含章可貞」は、時を待ちて発す。「或従王事」は、その智識が光明宏大なる。六四、口袋を扎緊するがごとく緘黙収斂すれば、過ちなく称誉もなし。《象伝》に曰く「括嚢、无咎」は、謹慎に自守すれば害を招かざる。六五、黄色の下裳を着せば、大吉。《象伝》に曰く「黄裳、元吉」は、文徳が中に蕴含す。上六、龍が郊野の上に争戦し、青黄相雑の血を流出す。《象伝》に曰く「戦龍于野」は、陰道すでに窮極に到る。用六、長久に正を守るに利あり。《象伝》に曰く、用六にして長久に正を守る能うは、広大の徳をもってその終を善くする。
坤宮・地雷復
坤宮:《地雷復》(六合),屬土,坤上震下。伏神、本卦:子孫癸酉金;妻財癸亥水;兄弟癸丑土,應;兄弟庚辰土;父母乙巳火,官鬼庚寅木;妻財庚子水,世。淘沙見金之卦,反覆往來之象。判曰:復者,反也。內悅外順,舉動無違。世應相合,遷官益財。失而復得,往而復來。婚姻占得,夫婦和諧。
《地雷復》は「坤宮」第二卦、「一世卦」に属し、坤が上、震が下、六爻が両両相合するので「六合」と標し、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「子孫癸酉金」に配し、六五は「妻財癸亥水」に配し、六四は「兄弟癸丑土」に配して「応」となり、六三は「兄弟庚辰土」に配し、六二は「官鬼庚寅木」に配して、その下に「父母乙巳火」が伏し、初九は「妻財庚子水」に配してまた「世」を持つ。卦中に父母が見えず、文書屋宅を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は子水に当たり、ちょうど初爻に落ちる。卦象は「淘沙見金」と称し、久しく淘してはじめて得る。また「反覆往来」とも。判語に曰く、「復」とはすなわち返回である。内卦は震動にして喜悦、外卦は坤徳にして柔順、一挙一動皆違逆せず。世爻と応爻と相合し、官職を升遷し錢財を増益するを主る。失えるは重新に得る能く、去れるはなお還り来る。婚姻を占ってこの卦を得れば、夫妻和睦す。
《易經》第二十四卦,復,地雷復,坤上震下。復:亨。出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復。利有攸往。《彖》曰:“復,亨”,剛反。動而以順行,是以“出入無疾,朋來無咎”。“反復其道,七日來復”,天行也。“利有攸往”,剛長也。復其見天地之心乎!《象》曰:雷在地中,復;先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。
これは《周易》第二十四卦《復》で、坤が上、震が下。卦辞に曰く、《復》は亨通せり。陽気は出入して損害を受けず、同類の前来するも過ちなし。往返してその道に循環し、七日すれば一回回復す。往く所有るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「復、亨」は、一陽が卦中に返回す。内は震動し坤順に依て行くゆえ、「出入无疾、朋来无咎」。「反復其道、七日来復」は、天道の運行かくのごとし。「利有攸往」は、陽剛まさに生長す。《復》卦により、大概天地の生生不息の本心を見るべきか。《象伝》に曰く、雷は地中に蔵するは《復》の象。先王はこれに法り、冬至の日に関口を閉鎖し、商旅は出行せず、君主も四方を巡視せずして、一陽を静養せしむ。
六爻斷:初九:不遠復,無祗悔,元吉。《象》曰:不遠之復,以修身也。六二:休復,吉。《象》曰:休復之吉,以下仁也。六三:頻復,厲無咎。《象》曰:頻復之厲,義無咎也。六四:中行獨復。《象》曰:“中行獨復”,以從道也。六五:敦復,無悔。《象》曰:“敦復,無悔”,中以自考也。上六:迷復,凶,有災眚。用行師,終有大敗;以其國,君凶,至于十年不克征。《象》曰:迷復之凶,反君道也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、走ること遠からずして頭を回らせば、大きな悔恨を醸成するに至らず、大吉。《象伝》に曰く、遠からずして復るは、正しく自身を修養するを用う。六二、美善に回帰すれば吉。《象伝》に曰く、休復の吉の所以は、それが己を屈して初九のごとき仁者に下従する能う。六三、屡々失い屡々頭を回らす、危厉ありと雖も過ちなし。《象伝》に曰く、頻復は危なしと雖も、道義上に於ては咎責なし。六四、衆陰の中を走りて独り正道に回帰す。《象伝》に曰く「中行独復」は、正道に随従するため。六五、敦厚篤実に回帰すれば、悔恨なし。《象伝》に曰く「敦復、无悔」は、中に居りて能く自我省察す。上六、方向を迷失して頭を回らすを知らず、凶、災禍有らん。これをもって行軍打仗に用いれば、終に大敗す。これをもって国を治むれば、国君も凶に遭い、十年の久しきに至るまで征伐するに力なし。《象伝》に曰く、迷復の凶の所以は、為君の道に違反する。
坤宮・地沢臨
坤宮:《地澤臨》,屬土,坤上兌下。【本卦】子孫癸酉金;妻財癸亥水,應;兄弟癸丑土;兄弟丁丑土;官鬼丁卯木,世;父母丁巳火。鳳入雞群之卦,以上臨下之象。判曰:臨者,大也。以大臨小,以上臨下,內柔外和,人非欺詐。居官進升,文才和雅。縱有災害,不能相惹。
《地沢臨》は「坤宮」第三卦、「二世卦」に属し、坤が上、兌が下、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「子孫癸酉金」に配し、六五は「妻財癸亥水」に配して「応」となり、六四は「兄弟癸丑土」に配し、六三は「兄弟丁丑土」に配し、九二は「官鬼丁卯木」に配してまた「世」を持ち、初九は「父母丁巳火」に配する。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は丑土に当たり、三爻と四爻の上にともに有り、これ卦身両見なり。卦象は「鳳入鶏群」と称し、才徳衆に出ずるも庸常の中に屈居す。また「以上臨下」とも。判語に曰く、「臨」は大をもって小に臨むの義あり。尊大の者をもって卑小の者に臨み、在上の者をもって在下の者に臨み、内心柔和にして外貌温順なれば、遇う所の人は欺詐の心を存せず。官を為すは升遷を望むべく、文才は温雅にして観るべし。たとえ災害の事ありとも、己の身に惹く能わず。
《易經》第十九卦,臨,地澤臨,坤上兌下。臨:元亨,利貞。至于八月有凶。《彖》曰:“臨”,剛浸而長,說而順,剛中而應。大亨以正,天之道也。“至于八月有凶”,消不久也。《象》曰:澤上有地,臨;君子以教思無窮,容保民無疆。
これは《周易》第十九卦《臨》で、坤が上、兌が下。卦辞に曰く、《臨》は大いに亨通し、正を守るに利あり。八月に至れば凶悪有らん。《彖伝》の解釈に曰く、「臨」は二陽が漸々に生長して上り、内の兌は喜悦にして外の坤は柔順、九二は剛をもって中に居りて上に六五に応ず。大いに亨通にしてまた正道より出ずるは、これ天の法則。「至于八月有凶」は、陽長の勢いまもなく消退に転ずるを言う。《象伝》に曰く、沼沢の上に大地が俯臨するは《臨》の象。君子はこれに法り、人民を教誨するの心に窮尽なく、百姓を容納保育するに疆界なし。
六爻斷:初九:咸臨,貞吉。《象》曰:“咸臨,貞吉”,志行正也。九二:咸臨,吉,無不利。《象》曰:“咸臨,吉,無不利”,未順命也。六三:甘臨,無攸利。 既憂之,無咎。《象》曰:“甘臨”,位不當也。“既憂之”,咎不長也。六四:至臨,無咎。《象》曰:“至臨,無咎”,位當也。六五:知臨,大君之宜,吉。《象》曰:“大君之宜”,行中之謂也。上六:敦臨,吉,無咎。《象》曰:敦臨之吉,志在內也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、感通の心をもって下に臨み、正を守れば吉を得る。《象伝》に曰く「咸臨、貞吉」は、その心志の行う所が正道に合す。九二、感通の心をもって下に臨めば吉にして利せざるなし。《象伝》に曰く、「咸臨、吉、无不利」の所以は、それが一味に上命に順従せず、能く自主してその正を持つ。六三、甜言好臉を用いて下に臨むは、利処なし。すでに憂を知りて改むれば、災禍有らざる。《象伝》に曰く「甘臨」は、六三の居る位が当を得ざる。「既憂之」は、過咎は長久ならざる。六四、身を親しみ切近に下に臨めば、過ちなし。《象伝》に曰く「至臨、无咎」は、六四の居る位が当を得る。六五、明智をもって下に臨むは、これ大君の有るべき作法、吉。《象伝》に曰く「大君之宜」は、事を行うに中道に合するを言う。上六、敦厚篤実に下に臨めば吉にして過ちなし。《象伝》に曰く、敦臨の吉の所以は、その心志が内に向かい、下の二陽を眷顾する。
坤宮・地天泰
坤宮:《地天泰》(六合),屬土,坤上乾下。伏神、本卦:子孫癸酉金,應;妻財癸亥水;兄弟癸丑土;兄弟甲辰土,世;父母乙巳火,官鬼甲寅木;妻財甲子水。天地交暢之卦,小往大來之象。判曰:泰者,通也。天地交泰,陰陽和光,麒麟悉出,丹鳳來翔。小人道滅,君子道昌,求謀順遂,惡事消亡。
《地天泰》は「坤宮」第四卦、「三世卦」に属し、坤が上、乾が下、六爻が両両相合するので「六合」と標し、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「子孫癸酉金」に配して「応」となり、六五は「妻財癸亥水」に配し、六四は「兄弟癸丑土」に配し、九三は「兄弟甲辰土」に配してまた「世」を持ち、九二は「官鬼甲寅木」に配して、その下に「父母乙巳火」が伏し、初九は「妻財甲子水」に配する。卦中に父母が見えず、文書屋宅を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は寅木に当たり、ちょうど二爻に落ちる。卦象は「天地交暢」と称し、また「小往大来」とも。判語に曰く、「泰」とはすなわち通達である。天地の気は交感して通泰し、陰陽調和して各々その明を顕し、麒麟は一斉に出現し、丹鳳は飛翔して来る。小人の道は消滅し、君子の道は昌盛す。謀求する所は順利に遂心し、悪事は自然に消亡す。
《易經》第十一卦,泰,地天泰,坤上乾下。泰:小往大來,吉亨。《彖》曰:“泰,小往大來,吉亨”。則是天地交而萬物通也,上下交而其志同也。內陽而外陰,內健而外順,內君子而外小人,君子道長,小人道消也。《象》曰:天地交,泰;后以財成天地之道,輔相天地之宜,以左右民。
これは《周易》第十一卦《泰》で、坤が上、乾が下。卦辞に曰く、《泰》は陰柔が外に往き陽剛が内に来り、吉利亨通せり。《彖伝》の解釈に曰く、いわゆる「泰、小往大来、吉亨」は、正しく天地の気が相交りて万物通暢し、君臣上下が相交りて心志相同じ。内卦は陽、外卦は陰、内は剛健にして外は柔順、内裏に君子を安置して小人を外に排す。これにより君子の道は生長し、小人の道は消退す。《象伝》に曰く、天地交感するは《泰》の象。君主はこれに法り、裁節して天地の道を成就し、輔佐して天地の宜を調理し、もって百姓を教養輔佐す。
六爻斷:初九:拔茅茹以其匯,征吉。《象》曰:拔茅征吉,志在外也。九二:包荒,用馮河,不遐遺。朋亡,得尚于中行。《象》曰:“包荒”,“得尚于中行”,以光大也。九三:無平不陂,無往不復。艱貞無咎,勿恤其孚,于食有福。《象》曰:“無往不復”,天地際也。六四:翩翩,不富以其鄰,不戒以孚。《象》曰:翩翩不富,皆失實也。“不戒以孚”,中心願也。六五:帝乙歸妹,以祉元吉。《象》曰:“以祉元吉”,中以行願也。上六:城復于隍。勿用師,自邑告命,貞吝。《象》曰:“城復于隍”,其命亂也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、茅草を拔き起こせば、根鬚が同類を牽連してともに出ず、往けば吉。《象伝》に曰く、茅を拔きて征して吉を得るは、心志が外に向かい進取す。九二、荒穢を包容する能く、敢えて徒歩して大河を渉り、疎遠の人を遺漏せず。私党を結ばざれば、はじめて中正の道に配するを得る。《象伝》に曰く「包荒」にして「得尚于中行」は、九二の徳量が光明宏大なる。九三、一直に平坦にして傾斜せざるはなく、一に往きて返回せざるもなし。艱難の中に正を守れば過ちなく、自己の誠信を憂慮するを須いず、禄食を享用して自ら福分あり。《象伝》に曰く「无往不復」は、天地陰陽交接の処は必ずかくのごとし。六四、軽飄飄として群を成して降下し、富厚を待たずして隣伴を帯動し、また告戒を須いずして彼此信従す。《象伝》に曰く、翩翩として富まざるは、衆陰皆陽実を失う。「不戒以孚」は、内心の意願より出づ。六五、帝乙が少女を嫁出せば、これにより福を得、大吉。《象伝》に曰く「以祉元吉」は、六五が中に居りて能く心願を実行す。上六、城墻が倒塌して乾壕に帰る。この時用兵すべからず、ただ自己の邑中より命令を申告するに宜し、正を守るも困吝を免れがたし。《象伝》に曰く「城復于隍」は、政令すでに紊乱せり。
坤宮・雷天大壮
坤宮:《雷天大壯》(六沖),屬土,震上乾下。【本卦】兄弟庚戌土;子孫庚申金;父母庚午火,世;兄弟甲辰土;官鬼甲寅木;妻財甲子水,應。先順後逆之卦,羝羊觸藩之象。判曰:大壯者,志也。羝羊觸藩,其道難全。令人剛強,已成過愆。非利勿貪,善莫大焉。
《雷天大壮》は「坤宮」第五卦、「四世卦」に属し、震が上、乾が下、六爻が両両相冲するので「六冲」と標し、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「兄弟庚戌土」に配し、六五は「子孫庚申金」に配し、九四は「父母庚午火」に配してまた「世」を持ち、九三は「兄弟甲辰土」に配し、九二は「官鬼甲寅木」に配し、初九は「妻財甲子水」に配して「応」となる。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は卯木に当たるも卦中に卯なく、卦身は卦に上がらず。卦象は「先順後逆」と称し、また「羝羊触藩」とも称し、公羊が籬笆を頂いて角が卡住せらる。判語に曰く、「大壮」は志気の剛盛に重きを置く。公羊が角をもって籬笆を撞けば、その路は行き周全しがたし。この卦は人を剛強好勝ならしめ、往々すでに過失を醸成す。自己の得るべき利にあらざれば貪求するなかれ、能くこの一点を守れば、善はこれより大なるはなし。
《易經》第三十四卦,大壯,雷天大壯,震上乾下。大壯:利貞。《彖》曰:“大壯”,大者壯也。剛以動,故壯。“大壯,利貞”,大者正也,正大而天地之情可見矣!《象》曰:雷在天上,大壯;君子以非禮勿履。
これは《周易》第三十四卦《大壮》で、震が上、乾が下。卦辞に曰く、《大壮》は正を守るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、いわゆる「大壮」は、陽の大なる者まさに強盛に当たる。剛健をもって行動するゆえ強盛なり。「大壮、利貞」は、陽大なる者は必ず正に帰せねばならぬを説く。能く正にして且つ大なれば、天地生化の実情もまた清楚に看るべし。《象伝》に曰く、雷が天上に響くは《大壮》の象。君子はこれに法り、およそ礼に合せざる事は一歩も践履せず。
六爻斷:初九:壯于趾,征凶,有孚。《象》曰:“壯于趾”,其孚窮也。九二:貞吉。《象》曰:九二“貞吉”,以中也。九三:小人用壯,君子用罔,貞厲。羝羊觸藩,羸其角。《象》曰:“小人用壯”,君子罔也。九四:貞吉,悔亡。藩決不羸,壯于大輿之輹。《象》曰:“藩決不羸”,尚往也。六五:喪羊于易,無悔。《象》曰:“喪羊于易”,位不當也。上六:羝羊觸藩,不能退,不能遂。無攸利,艱則吉。《象》曰:“不能退,不能遂”,不祥也。“艱則吉”,咎不長也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、強壮の気はただ脚趾の上に逞しく、往けば凶、これは確かに信じるべし。《象伝》に曰く「壮于趾」は、その信じるべき所がまさに必ず窮困に陥るにある。九二、正を守れば吉を得る。《象伝》に曰く、九二の「貞吉」は、それが中に居るによる。九三、小人は一味に強を逞しくし、君子は却って強壮を無物のごとく視、正を守るも危うし。公羊が籬笆を撞いて角が纏まれる。《象伝》に曰く「小人用壮」、君子はそうあらず。九四、正を守れば吉を得、悔恨消える。籬笆が撞き開かれ、角はもはや纏まれず、その強壮は大車の輪下の堅固な伏兎のごとし。《象伝》に曰く「藩決不羸」は、なおもって前往を続けるべし。六五、辺邑で羊を容易く失い、悔恨なし。《象伝》に曰く「喪羊于易」は、六五が柔をもって尊に居り、処る位が当を得ざる。上六、公羊が籬笆に撞き当たり、退く能わず、また冲り過ぎる能わず、利処なし。能く艱難に自処するを知れば吉。《象伝》に曰く「不能退、不能遂」は、好事にあらず。「艱則吉」は、過咎が長久ならざる。
坤宮・沢天夬
坤宮:《澤天夬》,屬土,兌上乾下。伏神、本卦:兄弟丁未土;子孫丁酉金,世;妻財丁亥水;兄弟甲辰土;父母乙巳火,官鬼甲寅木,應;妻財甲子水。神劍斬蛟之卦,先損後益之象。判曰:夬者,決也。乾兌相刑,惡聞其聲。文字契約,事未易成,必須剛斷,始得吉亨。
《沢天夬》は「坤宮」第六卦、「五世卦」に属し、兌が上、乾が下、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「兄弟丁未土」に配し、九五は「子孫丁酉金」に配してまた「世」を持ち、九四は「妻財丁亥水」に配し、九三は「兄弟甲辰土」に配し、九二は「官鬼甲寅木」に配して「応」となり、その下に「父母乙巳火」が伏し、初九は「妻財甲子水」に配する。卦中に父母が見えず、契券文書を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は辰土に当たり、ちょうど三爻に落ちる。卦象は「神剣斬蛟」と称し、一決して害を去る。また「先損後益」とも。判語に曰く、「夬」とはすなわち決断である。乾金と兌金と相刑し、彼此その声を聞けば厭悪す。およそ文書契約の事に渉るは、成り办り易からず、必ず剛毅果断に了断せねば、はじめて吉亨を得る。
《易經》第四十三卦,夬,澤天夬,兌上乾下。夬:揚于王庭,孚號有厲。告自邑,不利即戎,利有攸往。《彖》曰:“夬”,決也,剛決柔也。健而說,決而和。“揚于王庭”,柔乘五剛也。“孚號有厲”,其危乃光也。“告自邑,不利即戎”,所尚乃窮也。“利有攸往”,剛長乃終也。《象》曰:澤上於天,夬;君子以施祿及下,居德則忌。
これは《周易》第四十三卦《夬》で、兌が上、乾が下。卦辞に曰く、小人の罪状を公開して王庭の上に宣揚し、誠心をもって号令し心に危惧を存す。先ず自己の封邑より申告し、直ちに武力を動用するに宜しからず、往く所有るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「夬」とはすなわち決去、これ陽剛が陰柔を決去する。内は乾健にして外は兌悦、能く決断しまた能く和順す。「揚于王庭」は、上六の一柔が五つの剛爻の上に凌駕す。「孚号有厲」は、危惧してその道を知るがはじめて光大。「告自邑、不利即戎」は、武力を崇尚すればかえって窮困に陥入す。「利有攸往」は、陽剛が生長して底に到りてはじめて完成を算す。《象伝》に曰く、沢水が天上に升りてまさに傾瀉せんとするは《夬》の象。君子はこれに法り、俸禄恩沢を下の人に施及し、最も忌むは自らその徳に居る。
六爻斷:初九:壯于前趾,往不勝為咎。《象》曰:不勝而往,咎也。九二:惕號,莫夜有戎,勿恤。《象》曰:有戎勿恤,得中道也。九三:壯于頄,有凶。君子夬夬,獨行遇雨,若濡有慍,無咎。《象》曰:“君子夬夬”,終無咎也。九四:臀無膚,其行次且;牽羊悔亡,聞言不信。《象》曰:“其行次且”,位不當也。“聞言不信”,聰不明也。九五:莧陸夬夬,中行無咎。《象》曰:“中行無咎”,中未光也。上六:無號,終有凶。《象》曰:無號之凶,終不可長也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、強壮の気が前脚趾の上に逞しく、冒進して勝つ能わざれば、すなわち過ちなり。《象伝》に曰く、勝たざるを知りながらなお往くは、自然に咎を招く。九二、心に警惕を懐きて号呼を発せば、たとえ傍晚の時分に兵戎の警ありとも、憂慮するに及ばず。《象伝》に曰く、兵警ありて憂えざるは、九二が中道を得た。九三、剛壮の色が顴骨の上に顕れ、凶あり。君子は決断して果決にし、独り前行して大雨に遇い、淋湿せられて人の慍怒を招くも、過ちなし。《象伝》に曰く「君子夬夬」は、終に咎あらざる。九四、臀部が傷ついて好肉なく、行走は趑趄して前せず。若し羊を牽くがごとく人に随って行く能わば、悔恨は消すべきも、惜しいかな忠言を聞きても肯信せず。《象伝》に曰く「其行次且」は、九四の居る位が当を得ざる。「聞言不信」は、聴覚は在れど見識明ならず。九五、馬歯莧を鏟除するがごとく果断に近旁の柔邪を清除し、中道を行けば過ちなし。《象伝》に曰く「中行无咎」は、九五が上六に比近し、その正中の徳はなお光大に足らず。上六、呼号するも用なく、終に凶有り。《象伝》に曰く、号なきの凶は、孤陰の勢が終に長久する能わず。
坤宮・水天需
坤宮:《水天需》(游魂),屬土,坎上乾下。伏神、本卦:妻財戊子水;兄弟戊戌土;子孫戊申金,世;兄弟甲辰土;父母乙巳火,官鬼甲寅木;妻財甲子水,應。雲靄中天之卦,密雲不雨之象。判曰:需者,須也。雲行於天,見險不前,身將有厄,恐被勾連。大事欲至,憂慮懸懸,光亨貞吉,利涉大川。
《水天需》は「坤宮」の「游魂卦」で、坎が上、乾が下、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「妻財戊子水」に配し、九五は「兄弟戊戌土」に配し、六四は「子孫戊申金」に配してまた「世」を持ち、九三は「兄弟甲辰土」に配し、九二は「官鬼甲寅木」に配して、その下に「父母乙巳火」が伏し、初九は「妻財甲子水」に配して「応」となる。卦中に父母が見えず、文書屋宅を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は酉金に当たり、卦に上がらず。卦象は「雲靄中天」と称し、また「密雲不雨」とも称し、気はすでに聚まりて未だ成らず。判語に曰く、「需」とはすなわち等待である。雲気が天上を行き、前面に険あるを見て再び前進せず。自身まさに厄難有らんとして、ただ牽連せられ入るを恐る。大事まさに臨頭せんとし、憂慮は心上に懸る。ただ光明亨通し正を守りて吉を得れば、なお大川を渉越するに利あり。
《易經》第五卦,需,水天需,坎上乾下。需:有孚,光亨,貞吉。利涉大川。《彖》曰:“需”,須也,險在前也。剛健而不陷,其義不困窮矣。“需,有孚,光亨,貞吉”。位乎天位,以正中也。“利涉大川”,往有功也。《象》曰:雲上於天,需;君子以飲食宴樂。
これは《周易》第五卦《需》で、坎が上、乾が下。卦辞に曰く、《需》は誠信を懐き、光明亨通し、正を守れば吉を得、大川を渉越するに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「需」とはすなわち等待、険難まさに前面に在り。乾体は剛健にして険中に陥らず、その義理によりて便ち困窮せず。「需、有孚、光亨、貞吉」は、九五が天子の位に居りてまた中正なり。「利渉大川」は、往けば必ず成功する能く。《象伝》に曰く、雲気が天上に升りて未だ落下せざるは《需》の象。君子はこれに法り、安んじて飲食宴楽し、従容として時機を等待す。
六爻斷:初九:需于郊,利用恆,無咎。《象》曰:“需于郊”,不犯難行也。“利用恆,無咎”,未失常也。九二:需于沙,小有言,終吉。《象》曰:“需于沙”,衍在中也。雖“小有言”,以終吉也。九三:需于泥,致寇至。《象》曰:“需于泥”,災在外也。自我致寇,敬慎不敗也。六四:需于血,出自穴。《象》曰:“需于血”,順以聽也。九五:需于酒食,貞吉。《象》曰:酒食,“貞吉”,以中正也。上六:入于穴,有不速之客三人來,敬之,終吉。《象》曰:不速之客來,“敬之終吉”。雖不當位,未大失也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、険難に遠離した郊野に於て待つに、恒常を保持するに利あり、過ちなし。《象伝》に曰く「需于郊」は、冒険して行かざる。「利用恒、无咎」は、常道を失わざる。九二、水に近き沙地に於て待ち、稍々口舌の争あり、終に吉利なり。《象伝》に曰く「需于沙」は、九二が寛裕にして中に居る。些許の口角ありと雖も、終に吉を得る。九三、泥濘の中に於て待ち、すでに水険に逼近し、強寇を招来す。《象伝》に曰く「需于泥」は、災患はなお外に在り。これは自ら強寇を招く、ただ敬慎に自持すれば失敗せざる。六四、流血の地に於て待ち、終に陥穴より脱出する能く。《象伝》に曰く「需于血」は、六四が柔順にして聴従するを肯ず。九五、安享して酒食し時を待ち、正を守れば吉を得る。《象伝》に曰く、酒食にして「貞吉」は、九五が中に居りて正を得る。上六、陥穴に落入し、請わずして自来る三位の客人到来す、恭敬にこれらを対待せば、終に吉利なり。《象伝》に曰く、不速の客が来て「敬之終吉」は、上六は位に当たらざると雖も、大なる損失に算せず。
坤宮・水地比
坤宮:《水地比》(歸魂),屬土,坎上下坤。【本卦】妻財戊子水,應;兄弟戊戌土;子孫戊申金;官鬼乙卯木,世;父母乙巳火;兄弟乙未土。眾星拱北之卦,水行地上之象。判曰:比者,和也。撫臨萬國,內通外流,水行於地,本性和柔。先王制禮,以親諸侯,元永貞吉,百事無憂。
《水地比》は「坤宮」の「帰魂卦」で、坎が上、坤が下(底本ここ「坎上下坤」の四字倒置せり、当に「坎上坤下」と作るべし)、卦気は土に属する。装卦は上から下へ、上六は「妻財戊子水」に配して「応」となり、九五は「兄弟戊戌土」に配し、六四は「子孫戊申金」に配し、六三は「官鬼乙卯木」に配してまた「世」を持ち、六二は「父母乙巳火」に配し、初六は「兄弟乙未土」に配する。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は申金に当たり、ちょうど四爻に落ちる。卦象は「衆星拱北」と称し、群星が北辰を環拱す。また「水行地上」とも。判語に曰く、「比」とはすなわち親和である。上位の者は万邦を撫臨し、内裏通達し外は流布す。水は大地上を行走し、本性は和順柔軟。先王は礼制を制定し、もって諸侯を親近す。ただ長久に正を守れば、百事皆憂愁を用いず。
《易經》第八卦,比,水地比,坎上下坤。比:吉。原筮,元永貞,無咎。不寧方來,後夫凶。《彖》曰:“比”,吉也。“比”,輔也,下順從也。“原筮,元永貞,無咎”。以剛中也。“不寧方來”,上下應也。“後夫凶”,其道窮也。《象》曰:地上有水,比;先王以建萬國,親諸侯。
これは《周易》第八卦《比》で、坎が上、坤が下。卦辞に曰く、《比》は吉利なり。再度占問し、若し比する所の者が元善・長久・貞正の徳を具備せば、便ち過ちなし。不安定の邦国もまた前来して帰附し、来ること太だ遅き人は則ち凶。《彖伝》の解釈に曰く、「比」は吉なり。「比」とはすなわち輔助、下の衆陰は九五に順従す。「原筮、元永貞、无咎」は、九五が剛をもって中に居る。「不寧方来」は、上下相応じて来り帰す。「後夫凶」は、その自らの路はすでに尽頭に走り到れり。《象伝》に曰く、地上に水あり、水と地と相亲して間なきは《比》の象。先王はこれに法り、万国を分封し、諸侯を親近す。
六爻斷:初六:有孚比之,無咎。有孚盈缶,終來有他,吉。《象》曰:比之初六,有他吉也。六二:比之自內,貞吉。《象》曰:“比之自內”,不自失也。六三:比之匪人。《象》曰:“比之匪人”,不亦傷乎!六四:外比之,貞吉。《象》曰:外比於賢,以從上也。九五:顯比。王用三驅,失前禽,邑人不誡,吉。《象》曰:顯比之吉,位正中也。舍逆取順,“失前禽”也。“邑人不誡”,上使中也。上六:比之無首,凶。《象》曰:“比之無首”,無所終也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、誠信を懐いて親附に往くは、過ちなし。誠信は充盈して瓦缶に装満するがごとく、終に別に意外の喜有らん、吉。《象伝》に曰く、《比》卦の初六は、別に吉慶有り。六二、内部より九五に親附し、正を守れば吉を得る。《象伝》に曰く「比之自内」は、自らその操守を失わざる。六三、親附する所は正当の人にあらず。《象伝》に曰く「比之匪人」は、豈に人をして痛惜せしめざらんや。六四、外に向かい九五に親附し、正を守れば吉を得る。《象伝》に曰く、外に在りて賢者に親附するは、在上の君位に随従す。九五、光明正大に天下に親附す。君王は田猟してただ三面を駆り一面の網を開き、前面の禽獣を任せて跑掉せしめ、邑中の人も戒備するを須いず、吉。《象伝》に曰く、顕比の吉の所以は、九五が位正しくして中に居る。背離するを放走し帰順するを留下するは、すなわち「失前禽」。「邑人不誡」は、君上が民をして中道に合せしむ。上六、親附するも開頭に帯領する人なく、凶。《象伝》に曰く「比之无首」は、終に好き結局なし。
兌宮・兌為沢
兌宮:《兌為澤》(六沖),屬金,兌上兌下。【本卦】父母丁未土,世;兄弟丁酉金;子孫丁亥水;父母丁丑土,應;妻財丁卯木;官鬼丁巳火。江湖養物之卦,天降雨澤之象。判曰:兌者,悅也。澤潤萬物,恩惠兆民。居上愛下,悅而忻忻。利有攸往,無不亨貞。
《兌為沢》は「兌宮」の首卦で、上下ともに兌、「八純卦」に属し、六爻が自ら相冲するので「六冲」と標し、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「父母丁未土」に配してまた「世」を持ち、九五は「兄弟丁酉金」に配し、九四は「子孫丁亥水」に配し、六三は「父母丁丑土」に配して「応」となり、九二は「妻財丁卯木」に配し、初九は「官鬼丁巳火」に配する。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は亥水に当たり、ちょうど四爻に落ちる。卦象は「江湖養物」と称し、また「天降雨沢」とも。判語に曰く、「兌」とはすなわち喜悦である。沢水は万物を滋潤し、恩惠は万民に遍く及ぶ。上位に在る人は下の人を愛護し、上下歓欣和悦す。この卦は往く所有るに利し、亨通せず正に合せざるなし。
《易經》第五十八卦,兌,兌為澤,兌上兌下。兌:亨,利貞。《彖》曰:“兌”,說也。剛中而柔外,說以利貞,是以順乎天而應乎人。說以先民,民忘其勞;說以犯難,民忘其死。說之大,民勸矣哉!《象》曰:麗澤,兌;君子以朋友講習。
これは《周易》第五十八卦《兌》で、上下ともに兌。卦辞に曰く、《兌》は亨通し、正を守るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「兌」とはすなわち欣悦。剛爻は中に居り柔爻は外に在り、欣悦の道をもって正に合するゆえ、上は天理に順い下は人心に応ず。欣悦の道をもって百姓を率領すれば、百姓は労苦を忘れ。欣悦の道をもって彼らを帯びて難に赴かしめば、百姓は生死を忘る。欣悦の道の作用はかくのごとく大なり、百姓は自然に激勧を受く。《象伝》に曰く、両沢相連なりて互いに潤沢するは《兌》の象。君子はこれに法り、朋友とともに講論切磋し学問を温習す。
六爻斷:初九:和兌,吉。《象》曰:和兌之吉,行未疑也。九二:孚兌,吉,悔亡。《象》曰:孚兌之吉,信志也。六三:來兌,凶。《象》曰:來兌之凶,位不當也。九四:商兌未寧,介疾有喜。《象》曰:九四之喜,有慶也。九五:孚于剝,有厲。《象》曰:“孚于剝”,位正當也。上六:引兌。《象》曰:上六“引兌”,未光也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、中和の道をもって人を待ちて欣悦すれば吉。《象伝》に曰く、和兌の吉の所以は、その行う所に偏私なくして人の疑忌を惹かざる。九二、誠信をもって人に取悦すれば吉、悔恨消える。《象伝》に曰く、孚兌の吉の所以は、その心志が誠実にして信ずべし。六三、身を屈して下に向かい人に歓喜を討求すれば凶。《象伝》に曰く、来兌の凶の所以は、六三の居る位が正当ならざる。九四、両者の間に反覆商量して取舍し未だ安定せず。能く正を守り自守し、陰邪の疾を隔絶せば、便ち喜慶有り。《象伝》に曰く、九四の喜は、終に福慶有らん。九五、竟にあの陽剛を消剥する上六を信任するは、危険有り。《象伝》に曰く「孚于剥」は、九五は位正当にして尊しと雖も、なお戒めざるべからず。上六、他人を牽引して来りて同悦せしむ。《象伝》に曰く、上六の「引兌」は、その道なお光大ならず。
兌宮・沢水困
兌宮:《澤水困》(六合),屬金,兌上坎下。【本卦】父母丁未土;兄弟丁酉金;子孫丁亥水,應;官鬼戊午火;父母戊辰土;妻財戊寅木,世。河中無水之卦,守己待時之象。判曰:困者,危也。水在澤下,萬物不生。君子困窮,小人濫盈。三山幽谷,向暗背明。占者有難,守而勿爭。
《沢水困》は「兌宮」第二卦、「一世卦」に属し、兌が上、坎が下、六爻が両両相合するので「六合」と標し、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「父母丁未土」に配し、九五は「兄弟丁酉金」に配し、九四は「子孫丁亥水」に配して「応」となり、六三は「官鬼戊午火」に配し、九二は「父母戊辰土」に配し、初六は「妻財戊寅木」に配してまた「世」を持つ。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は午火に当たり、ちょうど三爻に落ちる。卦象は「河中无水」と称し、また「守己待時」とも。判語に曰く、「困」とはすなわち危蹙である。水は沢底の下に漏れ、沢中は干涸し、万物は生長する能わず。君子は困に処りて能く窮を固くし、小人は困に処れば便ち放縦妄行す。身は重山幽谷の中に陷るがごとく、光明に背きて幽暗に面す。占う者は眼下に難有り、ただ堅守すべく争競するなかれ。
《易經》第四十七卦,困,澤水困,兌上坎下。困:亨,貞,大人吉,無咎。有言不信。《彖》曰:“困”,剛掩也。險以說,困而不失其所亨,其唯君子乎!“貞,大人吉”,以剛中也。“有言不信”,尚口乃窮也。《象》曰:澤無水,困;君子以致命遂志。
これは《周易》第四十七卦《困》で、兌が上、坎が下。卦辞に曰く、《困》は亨通し、正を守り、大人は吉を得、過ちなし。この時何の言を為すも人は信ぜず。《彖伝》の解釈に曰く、「困」は陽剛が陰柔に掩蔽せらる。険境に身を処りてなお欣悦自安する能く、困しみてもその亨通の道を失わず、大概君子のみが為し得るか。「貞、大人吉」は、九二・九五が剛をもって中に居る。「有言不信」は、困の時に口舌辯説を崇尚すればかえって愈加窮蹙す。《象伝》に曰く、沢中に水なきは《困》の象。君子はこれに法り、たとえ性命を舎棄するも自己の志向を成全す。
六爻斷:初六:臀困于株木,入于幽谷,三歲不覿。《象》曰:“入于幽谷”,幽不明也。九二:困于酒食,朱紱方來,利用亨祀。征凶,無咎。《象》曰:困于酒食,中有慶也。六三:困于石,據于蒺藜,入于其宮,不見其妻,凶。《象》曰:“據于蒺藜”,乘剛也。“入于其宮,不見其妻”,不祥也。九四:來徐徐,困于金車,吝,有終。《象》曰:“來徐徐”,志在下也。雖不當位,有與也。九五:劓刖,困于赤紱,乃徐有說,利用祭祀。《象》曰:“劓刖”,志未得也。“乃徐有說”,以中直也。“利用祭祀”,受福也。上六:困于葛藟,于臲兀,曰動悔有悔,征吉。《象》曰:“困于葛藟”,未當也。“動悔有悔”,吉行也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、臀部が光禿の樹樁に硌えられ難受、退入して幽深の山谷に、三年して人を見ず。《象伝》に曰く「入于幽谷」は、幽暗にして光明を見ず。九二、酒食に困む、恰好に朱紅の蔽膝の使者前来して征聘す。この時祭祀を挙行するに宜し。貿然と前征すれば凶、然れども過ちなし。《象伝》に曰く、酒食に困むは、九二が中に居りて終に福慶有らん。六三、頑石に受困し、また蒺藜の上に坐す。家に帰りて妻子すら見る能わず、凶。《象伝》に曰く「据于蒺藜」は、六三が九二の剛上に乗凌す。「入于其宮、不見其妻」は、不祥の兆。九四、遅遅緩緩として前来し、金飾の車子に中途に阻まれ、困窘す、然れども終に相合する能く。《象伝》に曰く「来徐徐」は、心志が下面の初六に在り。居る位は当を得ざると雖も、畢竟相与の人有り。九五、上は鼻を割かれ下は足を断たるるがごとく受制し、赤色蔽膝の高位に困まり、慢慢地してはじめて解脱を得、この時祭祀を挙行するに宜し。《象伝》に曰く「劓刖」は、心志未だ実現せず。「乃徐有説」は、九五が中に居りて正直なり。「利用祭祀」は、能く福佑を承受す。上六、葛藤に纏まれ、危殆不安の地に処す。ただ一動すれば悔有るを想到して先ず自ら悔改せば、往けば便ち吉。《象伝》に曰く「困于葛藟」は、処る所未だ当ならず。「動悔有悔」は、かくのごとく行けば便ち吉を得る。
兌宮・沢地萃
兌宮:《澤地萃》,屬金,兌上坤下。【本卦】父母丁未土;兄弟丁酉金,應;子孫丁亥水;妻財乙卯木;官鬼乙巳火,世;父母乙未土。魚龍會聚之卦,如水就下之象。判曰:萃者,聚也。內外喜悅,上下俱柔。萬事蕃息,利祿悠悠。求謀有濟,解釋憂愁。
《沢地萃》は「兌宮」第三卦、「二世卦」に属し、兌が上、坤が下、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「父母丁未土」に配し、九五は「兄弟丁酉金」に配して「応」となり、九四は「子孫丁亥水」に配し、六三は「妻財乙卯木」に配し、六二は「官鬼乙巳火」に配してまた「世」を持ち、初六は「父母乙未土」に配する。父・兄・子・財・官の五親すべて備わり、「月卦身」は未土に当たり、初爻と上爻はともに未土、これ卦身両見なり。卦象は「魚龍会聚」と称し、また「如水就下」とも称し、物は自ら来り帰す。判語に曰く、「萃」とはすなわち聚集である。内は坤順、外は兌悦、上下皆柔道をもって相接す。万事皆滋生繁衍する能く、利禄は綿長にして絶えず。謀求の事は成り办るべく、憂愁もまた解开する能く。
《易經》第四十五卦,萃,澤地萃,兌上坤下。萃:亨。王假有廟,利見大人,亨。利貞,用大牲吉,利有攸往。《彖》曰:“萃”,聚也。順以說,剛中而應,故聚也。“王假有廟”,致孝享也。“利見大人,亨”,聚以正也。“用大牲吉,利有攸往”,順天命也。觀其所聚,而天地萬物之情可見矣。《象》曰:澤上於地,萃;君子以除戎器,戒不虞。
これは《周易》第四十五卦《萃》で、兌が上、坤が下。卦辞に曰く、《萃》は亨通せり。君王親ら宗廟に至り人心を聚合す、大人に出見するに利あり、亨通せり。正を守るに利あり、大牲を用いて祭祀すれば吉を得、往く所有るに利あり。《彖伝》の解釈に曰く、「萃」とはすなわち聚合。内は坤順にして外は兌悦、九五は剛をもって中に居りて六二と相応ずるゆえ聚まる能く。「王假有廟」は、孝道を尽くして祖先を祭享す。「利見大人、亨」は、聚合は必ず正道に依るを須う。「用大牲吉、利有攸往」は、天命に順応す。万物の聚合の理を観察すれば、天地万物の実情もまた見るべし。《象伝》に曰く、沢水が地面の上に積むは《萃》の象。君子はこれに法り、兵器を修繕し、意外の変を戒備す。
六爻斷:初六:有孚不終,乃亂乃萃,若號,一握為笑;勿恤,往無咎。《象》曰:“乃亂乃萃”,其志亂也。六二:引吉,無咎,孚乃利用禴。《象》曰:“引吉,無咎”,中未變也。六三:萃如嗟如,無攸利。往無咎,小吝。《象》曰:“往無咎”,上巽也。九四:大吉,無咎。《象》曰:“大吉,無咎”,位不當也。九五:萃有位,無咎,匪孚。元永貞,悔亡。《象》曰:“萃有位”,志未光也。上六:齎諮涕洟,無咎。《象》曰:“齎諮涕洟”,未安上也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、誠信ありても底まで守る能わず、これにより心乱れて胡乱に聚合す。若し能く呼号して応を求めば、一握手の間に便ち泣を転じて笑と為す。憂慮するを須いず、往けば過ちなし。《象伝》に曰く「乃乱乃萃」は、その心志すでに乱れたる。六二、九五に牽引せられて上に聚まり、吉にして過ちなし。心中に誠有れば、たとえ薄祭の禴祭を用いるも可なり。《象伝》に曰く「引吉、无咎」は、六二が居中の徳改まらず。六三、聚まらんと欲して聚まり成らず、ただ嗟嘆あるのみ、利処なし。往けば則ち咎なし、ただ稍々困窘有るのみ。《象伝》に曰く「往无咎」は、上六が柔順にして接納を肯ず。九四、大吉にしてはじめて過ちなし。《象伝》に曰く、必ず「大吉」にして方ど「无咎」を得るは、九四が陽をもって陰に居り、処る位が当を得ざる。九五、尊位をもって天下に聚合す、過ちなし。然れどもなお感孚せられざる人有り、ただ長久に元善貞正を保持せば、悔恨便ち消失す。《象伝》に曰く「萃有位」は、その志いまだ光大ならざる。上六、嘆息哀傷し、涕涙倶に下るも、過ちなし。《象伝》に曰く「齎咨涕洟」は、それが上位に高居して安処を得ざる。
兌宮・沢山咸
兌宮:《澤山咸》,屬金,兌上艮下。伏神、本卦:父母丁未土,應;兄弟丁酉金;子孫丁亥水;兄弟丙申金,世;妻財丁卯木,官鬼丙午火;父母丙辰土。山澤通氣之卦,至誠感神之象。判曰:咸者,感也。天地感應,萬物和平。男女感應,夫婦康寧。感應之事。無有不亨。
《沢山咸》は「兌宮」第四卦、「三世卦」に属し、兌が上、艮が下、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「父母丁未土」に配して「応」となり、九五は「兄弟丁酉金」に配し、九四は「子孫丁亥水」に配し、九三は「兄弟丙申金」に配してまた「世」を持ち、六二は「官鬼丙午火」に配して、その下に「妻財丁卯木」が伏し、初六は「父母丙辰土」に配する。卦中に妻財が見えず、錢財・妻室を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は寅木に当たり、卦に上がらず。卦象は「山沢通気」と称し、また「至誠感神」とも。判語に曰く、「咸」とはすなわち感応である。天地相感じ、万物各々その和を得。男女相感じ、夫妻安康す。およそ両情相感の事に属すれば、亨通せざるなし。
《易經》第三十一卦,咸,澤山咸,兌上艮下。咸:亨,利貞;取女吉。《彖》曰:“咸”,感也。柔上而剛下,二氣感應以相與。止而說,男下女,是以“亨,利貞,取女吉”也。天地感而萬物化生,聖人感人心而天下和平。觀其所感,而天地萬物之情可見矣。《象》曰:山上有澤,咸;君子以虛受人。
これは《周易》第三十一卦《咸》で、兌が上、艮が下。卦辞に曰く、《咸》は亨通し、正を守るに利あり。妻を娶れば則ち吉。《彖伝》の解釈に曰く、「咸」とはすなわち相感。柔爻は上に居り剛爻は下に居り、陰陽の二気は交々相感応して彼此親与す。内は艮止にして外は兌悦、男方が身を屈して女方の下に在るゆえ、「亨、利貞、取女吉」と曰う。天地相感じて万物化育生長し、聖人は人心を感動して天下太平す。万物の相感ずる所以の理を観察すれば、天地万物の実情もまた見るべし。《象伝》に曰く、山上に沢水を蓄え、山は沢の潤を受くるは《咸》の象。君子はこれに法り、虚懐をもって他人を接纳す。
六爻斷:初六:咸其拇。《象》曰:“咸其拇”,志在外也。六二:咸其腓,凶,居吉。《象》曰:雖“凶,居吉”,順不害也。九三:咸其股,執其隨,往吝。《象》曰:“咸其股”,亦不處也。志在隨人,所執下也。九四:貞吉,悔亡;憧憧往來,朋從爾思。《象》曰:“貞吉,悔亡”,未感害也。“憧憧往來”,未光大也。九五:咸其脢,無悔。《象》曰:“咸其脢”,志末也。上六:咸其輔頰舌。《象》曰:“咸其輔頰舌”,滕口說也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、感応はただ脚の大拇指に到り、動意方に萌す。《象伝》に曰く「咸其拇」は、心志すでに外に向かい応を求む。六二、感応は小腿肚に到る、妄動すれば凶、安居して静を守れば吉。《象伝》に曰く、「凶、居吉」と曰うと雖も、ただ柔順に自守すれば害を受けざる。九三、感応は大腿に到る、一味に人に随い動くに執着すれば、往けば必ず困窘に致る。《象伝》に曰く「咸其股」は、それもまた安処する能わず。心志は専ら人に随従するに在り、執守する所は未だ免れて卑下。九四、正を守れば吉を得、悔恨消える。若し心思が紛紛として往来して定まらざれば、ただ相知の朋友があなたの心意に順って来るのみ。《象伝》に曰く「貞吉、悔亡」は、いまだ私感により害を受けず。「憧憧往来」は、その道未だ光明宏大する能わず。九五、感応は背脊の肉に到る、あれは背向して見えざる処ゆえ偏私する所なく、悔恨なし。《象伝》に曰く「咸其脢」は、感ずる所はすでに末梢に在りて私意に渉らず。上六、感応はただ牙床・面頬と舌頭の上に在るのみ。《象伝》に曰く「咸其輔頬舌」は、口舌の説を逞しくするに過ぎず。
兌宮・水山蹇
兌宮:《水山蹇》,屬金,坎上艮下。伏神、本卦:子孫戊子水;父母戊戌土;兄弟戊申金,世;兄弟丙申金;妻財丁卯木,官鬼丙午火;父母丙辰土,應。飛雁銜蘆之卦,背明向暗之象。判曰:蹇者,難也。利往西南,不利東北。向暗背明,多有壅塞。求事未遂,尚多疑惑。
《水山蹇》は「兌宮」第五卦、「四世卦」に属し、坎が上、艮が下、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「子孫戊子水」に配し、九五は「父母戊戌土」に配し、六四は「兄弟戊申金」に配してまた「世」を持ち、九三は「兄弟丙申金」に配し、六二は「官鬼丙午火」に配して、その下に「妻財丁卯木」が伏し、初六は「父母丙辰土」に配して「応」となる。卦中に妻財が見えず、錢財・妻室を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は酉金に当たり、卦に上がらず。世は兄弟を持ち、耗財を主りて事多く阻まる。卦象は「飛雁啣蘆」と称し、雁が蘆草を啣んで矰繳を避くるは、艱難の中に自ら保全を求む。また「背明向暗」とも。判語に曰く、「蹇」とはすなわち行走艱難である。この卦は西南の平易の地に往くに利し、東北の険阻の方に往くに利せず。光明に背きて幽暗に面し、処処阻塞して通ぜず。求める事はいまだ成就せず、心裏はなお疑惑多し。
《易經》第三十九卦,蹇,水山蹇,坎上艮下。蹇:利西南,不利東北;利見大人,貞吉。《彖》曰:“蹇”,難也,險在前也。見險而能止,知矣哉!“蹇,利西南”,往得中也。“不利東北”,其道窮也。“利見大人”,往有功也。當位貞吉,以正邦也。蹇之時用大矣哉!《象》曰:山上有水,蹇;君子以反身修德。
これは《周易》第三十九卦《蹇》で、坎が上、艮が下。卦辞に曰く、《蹇》は西南に利し、東北に利せず。大人に出見するに利あり、正を守れば吉を得る。《彖伝》の解釈に曰く、「蹇」とはすなわち難、険陥まさに前面に横たわる。険難を見て歩を停むる能く、これ実に明智なるかな。「蹇、利西南」は、彼処に往けば中道を得る能く。「不利東北」は、あの路はすでに窮処に走り到れり。「利見大人」は、往けば必ず建功する能く。各爻が位に当たり正を守りて吉を得るは、もって邦国を匡正す。蹇難の時に処してその道を善用するは、意義何等か重大なる。《象伝》に曰く、山上に水あり、行路は艱阻すは《蹇》の象。君子はこれに法り、反りて自己の身上に原因を求め、徳行を修養す。
六爻斷:初六:往蹇,來譽。《象》曰:“往蹇,來譽”,宜待也。六二:王臣蹇蹇,匪躬之故。《象》曰:“王臣蹇蹇”,終無尤也。九三:往蹇,來反。《象》曰:“往蹇,來反”,內喜之也。六四:往蹇,來連。《象》曰:“往蹇,來連”,當位實也。九五:大蹇,朋來。《象》曰:“大蹇,朋來”,以中節也。上六:往蹇,來碩,吉。利見大人。《象》曰:“往蹇,來碩”,志在內也。“利見大人”,以從貴也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、往けば難に遇い、退帰ればかえって美誉を得。《象伝》に曰く「往蹇、来誉」は、この時時機を等待するに宜し。六二、身は王の臣子として蹇難重々、あれは自己一身のための故にあらず。《象伝》に曰く「王臣蹇蹇」は、終に怨咎を招かざる。九三、往けば難に遇い、退帰してはじめて安んず。《象伝》に曰く「往蹇、来反」は、内卦の二つの陰爻皆その帰来を歓喜す。六四、往けば難に遇い、退帰して下面の同伴と相連す。《象伝》に曰く「往蹇、来連」は、六四が柔をもって陰位に居り当を得て内に陽実の依るべき有る。九五、まさに大難の中に当たり、同志の人が前来して相助す。《象伝》に曰く「大蹇、朋来」は、九五が中に居りて節度有る。上六、往けば難に遇い、退帰ればかえって碩大の功有り、吉。大人に出見するに利あり。《象伝》に曰く「往蹇、来碩」は、心志が内に在り九五に帰向す。「利見大人」は、尊貴の人に随従す。
兌宮・地山謙
兌宮:《地山謙》,屬金,坤上艮下。伏神、本卦:兄弟癸酉金;子孫癸亥水,世;父母癸丑土;兄弟丙申金;妻財丁卯木,官鬼丙午火,應;父母丙辰土。地中有山之卦,仰高就下之象。判曰:謙者,退也。謙而受益,滿而受虧。謙謙君子,尊人自卑。利用謙遜,萬事無違。
《地山謙》は「兌宮」第六卦、「五世卦」に属し、坤が上、艮が下、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「兄弟癸酉金」に配し、六五は「子孫癸亥水」に配してまた「世」を持ち、六四は「父母癸丑土」に配し、九三は「兄弟丙申金」に配し、六二は「官鬼丙午火」に配して「応」となり、その下に「妻財丁卯木」が伏し、初六は「父母丙辰土」に配する。卦中に妻財が見えず、財・婚を占うには二爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は戌土に当たり、卦に上がらず。卦象は「地中有山」と称し、高き者はかえって卑下の中に蔵す。また「仰高就下」とも。判語に曰く、「謙」の要義は退譲に在り。謙退の人は増益を得、自満の人は虧損を招く。謙にしてまた謙の君子は、別人を敬重して自己を放低す。凡事謙遜の道を用いれば、万事皆違逆せざる。
《易經》第十五卦,謙,地山謙,坤上艮下。謙:亨,君子有終。《彖》曰:“謙,亨”,天道下濟而光明,地道卑而上行。天道虧盈而益謙,地道變盈而流謙,鬼神害盈而福謙,人道惡盈而好謙。謙尊而光,卑而不可逾,君子之終也。《象》曰:地中有山,謙;君子以裒多益寡,稱物平施。
これは《周易》第十五卦《謙》で、坤が上、艮が下。卦辞に曰く、《謙》は亨通し、君子は能く底まで保持す。《彖伝》の解釈に曰く、「謙、亨」は、天道は下行して物を済しその徳光明、地道は卑下してその気上升す。天道は盈満を虧損して謙退を増益し、地道は盈満を改易して謙下に流注し、鬼神は盈満を加害して謙虚に福を降し、人情は盈満を厭悪して謙遜を喜好す。謙徳は尊者をして更に光大を顕はしめ、卑者をしても越过する能う者なからしむ、これが君子に終有る所以なり。《象伝》に曰く、山は地中に蔵するは《謙》の象。君子はこれに法り、多きを減損し少なきを増補し、事物を衡量して施予を公平ならしむ。
六爻斷:初六:謙謙君子,用涉大川,吉。《象》曰:“謙謙君子”,卑以自牧也。六二:鳴謙,貞吉。《象》曰:“鳴謙,貞吉”,中心得也。九三:勞謙君子,有終吉。《象》曰:“勞謙君子”,萬民服也。六四:無不利,撝謙。《象》曰:“無不利,撝謙”,不違則也。六五:不富以其鄰。利用侵伐,無不利。《象》曰:“利用侵伐”,征不服也。上六:鳴謙,利用行師,征邑國。《象》曰:“鳴謙”,志未得也。“可用行師”,征邑國也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、謙にしてまた謙の君子、この謙徳に凭って大川を渉越せば、吉。《象伝》に曰く「謙謙君子」は、卑下に自守して徳性を養育するをもってす。六二、謙徳は声名に流露し、正を守れば吉を得る。《象伝》に曰く「鳴謙、貞吉」は、内心に真に得る所有りて矯飾にあらず。九三、功労有りてなお謙退する能くの君子は、善終して吉を得る。《象伝》に曰く「労謙君子」は、万民皆彼に帰服す。六四、不利なく、一切に謙道を施行す。《象伝》に曰く「无不利、撝謙」は、かくのごとく為すは法則に違背せず。六五、自己の富厚を待たずして隣邦を帯動して相従せしむ。この時服せざる者を征伐するに利あり、利せざるなし。《象伝》に曰く「利用侵伐」は、帰服を肯ぜざる人を討伐す。上六、謙名遠播せり、この時兵を興すに利し、自己の属邑之国を征討に往く。《象伝》に曰く「鳴謙」は、心志いまだ実現する能わず。「可用行師」は、ただ自己の邑国を征討するに用うるのみ。
兌宮・雷山小過
兌宮:《雷山小過》(游魂),屬金,震上艮下。伏神、本卦:父母庚戌土;兄弟庚申金;子孫丁亥水,官鬼庚午火,世;兄弟丙申金;妻財丁卯木,官鬼丙午火;父母丙辰土,應。飛鳥遺音之卦,上逆下順之象。判曰:小過者,過也。飛鳥翩翩,音徹於天。進則有咎,退則無愆。多憂過失,疾病相纏。出入不利,必有迍邅。
《雷山小過》は「兌宮」の「游魂卦」で、震が上、艮が下、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「父母庚戌土」に配し、六五は「兄弟庚申金」に配し、九四は「官鬼庚午火」に配してまた「世」を持ち、その下に「子孫丁亥水」が伏し、九三は「兄弟丙申金」に配し、六二は「官鬼丙午火」に配して、その下に「妻財丁卯木」が伏し、初六は「父母丙辰土」に配して「応」となる。卦中に財・子の両親はともに卦に上がらず、財を占い子息を占い解災を占うには皆伏神を取るべく、「月卦身」は卯木に当たるもまた卦に上がらず。世は官鬼を持ち、憂疑病訟を主る。卦象は「飛鳥遺音」と称し、また「上逆下順」とも。判語に曰く、「小過」とはすなわち稍々過越有る。飛鳥翩翩として去り、鳴声は直ちに雲天に透る。この時前進すれば咎責有り、退守してはじめて過失なし。占えば多く憂愁過失あり、疾病纏身す。出入皆順利ならず、必ず困頓して行き難き事有らん。
《易經》第六十二卦,小過,雷山小過,震上艮下。小過:亨,利貞。可小事,不可大事。飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉。《彖》曰:“小過”,小者過而亨也。過以利貞,與時行也。柔得中,是以小事吉也。剛失位而不中,是以不可大事也。有飛鳥之象焉,“飛鳥遺之音,不宜上,宜下,大吉”,上逆而下順也。《象》曰:山上有雷,小過;君子以行過乎恭,喪過乎哀,用過乎儉。
これは《周易》第六十二卦《小過》で、震が上、艮が下。卦辞に曰く、《小過》は亨通し、正を守るに利あり。小事を辦すべく、大事を辦すべからず。飛鳥は鳴声を留下し、上に飛ぶに宜しからず、下に落つるに宜し、大吉。《彖伝》の解釈に曰く、「小過」は陰小なる者が稍々過越して亨通を得る。過越してなお正を守るに利するは、時宜に随って行くが故。六二・六五の両柔は中に居るゆえ、小事を辦して吉を得。九三・九四の両剛は位を失いまた中に居らざるゆえ、大事を辦すべからず。この卦は飛鳥の象有り、いわゆる「飛鳥遺之音、不宜上、宜下、大吉」は、上に飛べば則ち勢に逆い、下に落つるはじめて勢に順う。《象伝》に曰く、山上に雷響く、声勢稍々常度を越ゆるは《小過》の象。君子はこれに法り、行為上は寧ろ恭敬に過ぎ、居喪は寧ろ哀戚に過ぎ、用度は寧ろ節儉に過ぎんことを。
六爻斷:初六:飛鳥以凶。《象》曰:“飛鳥以凶”,不可如何也。六二:過其祖,遇其妣;不及其君,遇其臣,無咎。《象》曰:“不及其君”,臣不可過也。九三:弗過防之,從或戕之,凶。《象》曰:“從或戕之”,凶如何也。九四:無咎,弗過遇之;往厲必戒,勿用永貞。《象》曰:“弗過遇之”,位不當也。“往厲必戒”,終不可長也。六五:密雲不雨,自我西郊。公弋取彼在穴。《象》曰:“密雲不雨”,已上也。上六:弗遇過之;飛鳥離之,凶,是謂災眚。《象》曰:“弗遇過之”,已亢也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初六、鳥のごとく急いで高飛し、これにより凶を招く。《象伝》に曰く「飛鳥以凶」は、事すでに此に至り誰も如何とも奈何し得ず。六二、祖父の輩を越过するも、祖母に遇う。君主に及ばざるも、臣属に遇う、過ちなし。《象伝》に曰く「不及其君」は、臣たる者は分を越すべからず。九三、肯じて稍々その分を過ぎて陰柔を防備せず、其の来るに聴任すれば戕害せらるるを得ん、凶。《象伝》に曰く「従或戕之」は、この凶険また如何せん。九四、過ちなく、分を過ぎて強求せず自然に相遇う。再び前に往けば危険有り、必ず警戒せねばならず、固執してこの道を長守すべからず。《象伝》に曰く「弗過遇之」は、九四が陽をもって陰に居り、処る位が当を得ざる。「往厲必戒」は、かくのごとくは終に長久する能わず。六五、濃雲密布するも雨は下り来らず、雲気は我が城邑の西郊より飘来す。王公は帯繩の箭をもってあの洞穴の裏に蔵る獲物を射取す。《象伝》に曰く「密雲不雨」は、陰気すでに上に升到れり。上六、肯じて相遇わず一味に越过す。飛鳥が羅網に遭うがごとく、凶、これを災殃と謂う。《象伝》に曰く「弗遇過之」は、それすでに亢極して返るを知らず。
兌宮・雷沢帰妹
兌宮:《雷澤歸妹》(歸魂),屬金,震上兌下。伏神、本卦:父母庚戌土,應;兄弟庚申金;子孫丁亥水,官鬼庚午火;父母丁丑土,世;妻財丁卯木;官鬼丁巳火。浮雲蔽日之卦,陰陽不交之象。判曰:歸妹者,大也。歸妹未吉,其道將窮。天地不交,閉塞不通。有殃有咎,無始無終。所作不順。必見其凶。
《雷沢帰妹》は「兌宮」の「帰魂卦」で、震が上、兌が下、卦気は金に属する。装卦は上から下へ、上六は「父母庚戌土」に配して「応」となり、六五は「兄弟庚申金」に配し、九四は「官鬼庚午火」に配して、その下に「子孫丁亥水」が伏し、六三は「父母丁丑土」に配してまた「世」を持ち、九二は「妻財丁卯木」に配し、初九は「官鬼丁巳火」に配する。卦中に子孫が見えず、子息・解憂を占うには四爻下の伏神を取るべく、「月卦身」は申金に当たり、ちょうど五爻に落ちる。卦象は「浮雲蔽日」と称し、また「陰陽不交」とも。判語に曰く、「帰妹」の講ずるは女を嫁がせるこの人倫の大事。然れどもこの卦の主ずる所は並びに吉利ならず、その道は窮処に走り到らんとす。天地の気は相交らず、上下閉塞して通ぜず。災殃有り過咎有り、事を作すに頭緒なく結局もなし。行う所すでに順遂ならず、必ず凶険を見るに至らん。
《易經》第五十四卦,歸妹,雷澤歸妹,震上兌下。歸妹:征凶,無攸利。《彖》曰:“歸妹”,天地之大義也。天地不交,而萬物不興;歸妹,人之終始也。說以動,所歸妹也。“征凶”,位不當也。“無攸利”,柔乘剛也。《象》曰:澤上有雷,歸妹;君子以永終知敝。
これは《周易》第五十四卦《帰妹》で、震が上、兌が下。卦辞に曰く、《帰妹》は往けば則ち凶、利処なし。《彖伝》の解釈に曰く、「帰妹」の講ずる嫁娶は、天地間の大道理。天地の気交わらざれば、万物は興起する能わず。女を嫁がせるこの事は、正しく人類の終わりて復た始まるに関係す。内の兌は喜悦にして外の震は動作するにより、嫁ぐ所は少女。「征凶」は、六三・九四等の爻の居る位が当を得ざる。「无攸利」は、柔爻が剛爻の上に凌駕す。《象伝》に曰く、沢上に雷響くは《帰妹》の象。君子はこれに法り、長遠の結局に着眼し、預めその中の弊害を看清す。
六爻斷:初九:歸妹以娣,跛能履,征吉。《象》曰:“歸妹以娣”,以恆也。“跛能履”,吉相承也。九二:眇能視,利幽人之貞。《象》曰:“利幽人之貞”,未變常也。六三:歸妹以須,反歸以娣。《象》曰:“歸妹以須”,未當也。九四:歸妹愆期,遲歸有時。《象》曰:愆期之志,有待而行也。六五:帝乙歸妹,其君之袂,不如其娣之袂良。月幾望,吉。《象》曰:“帝乙歸妹”,“不如其娣之袂良”也,其位在中,以貴行也。上六:女承筐無實,士刲羊無血,無攸利。《象》曰:上六“無實”,承虛筐也。
爻ごとの断辞は次のとおり。初九、女を嫁がせて側室の身份をもって陪嫁す、譬えば跛脚の人はなお行走する能く、往けば吉を得。《象伝》に曰く「帰妹以娣」は、能く常久の道を守る。「跛能履」は、吉道をもって相承す。九二、一只の眼に病ありてなお看る能く、幽居して静を守る人のごとく正道を固守するに宜し。《象伝》に曰く「利幽人之貞」は、常度を改変せざる。六三、女を嫁がせて賤妾の身をもって相待す、只好く退帰して陪嫁の側室を充当す。《象伝》に曰く「帰妹以須」は、処る所は並びに適当ならず。九四、女を嫁がせて婚期を延誤す、遅く出嫁するは自らその時有り。《象伝》に曰く、延期の用意は、合適の時機を待ちて再び行わんと欲する。六五、帝乙が少女を嫁出せり、この君女の衣袖は、なおその陪嫁側室の衣袖の華美に如かず。月はまさに圓らんとして未だ満たず、吉。《象伝》に曰く「帝乙帰妹」にして「不如其娣之袂良」は、六五が中位に居り、尊貴の身をもって謙素の道を行う。上六、女子の捧ぐる筐の中に物なく、男子は羊を宰すも血を見ず、利処なし。《象伝》に曰く、上六の「无実」は、空しく一只の筐を捧ぐ、名有りてその実なし。
卜筮全書 巻之三・通玄妙論
一、鬼無きは気無きなり
鬼者,無形而有用;卦中不可無,宜靜不宜動。帶吉神動,亦能為福;加凶煞動,無不為殃。占身無鬼,資財聚散無常,多招兄弟嫉妒。占婚無鬼,婚難成;縱成,夫當夭折。占官無鬼,功名難就;卦中縱有貴人,終為貴而無位。占失脫無鬼,必自遺失;不然,賊亦難獲。求財無鬼,兄弟必爭權;主在他人手下趁財,財亦薄。占宅無鬼,謂之無氣。鬼者,財之主也。財雖旺,必有主張,然後能聚;無鬼無主也,必主破耗多端、資財不聚。占病無鬼,必無叩告之門,乃天年命盡也,其病難療。惟有占產、出行、行人、田蠶,無鬼方為大吉之兆也。
「官鬼」というこの爻は形跡を見ずして実用有り、卦中これを欠くべからず、然れどもそれは安静に宜しくして発動に宜しからず。それが若し吉神を帯びて動けば、福気を齎す能く。若し凶煞を加えて動けば、災殃を成さざるなし。自身を占いて卦中に鬼無ければ、錢財は聚散定まらず、また兄弟輩の嫉妒を招来し易し。婚姻を占いて鬼無ければ、婚事は成りがたし。たとえ成りても、丈夫は恐らく短命ならん。功名を占いて鬼無ければ、名位は成就しがたし。卦中たとえ貴人星有りとも、終に貴気有りて職位なし。失物を占いて鬼無ければ、多半は自ら遺落したる。たとえ窃盗せられたとしても、賊は抓獲しがたし。財を求めて鬼無ければ、兄弟爻は必ず争奪し、主として他人の手下に生活を討ち、所得の財もまた甚だ微薄なり。家宅を占いて鬼無ければ、これを「無気」と謂う。何となれば「官鬼」は「妻財」の主管なれば。財は旺盛と雖も、また主事する者有りて、然る後に聚住する能く。鬼無ければ便ち主無く、必ず破費多端にして錢財聚まり得ず。疾病を占いて鬼無ければ、祷告求解すべき門路なきに等しく、あれは天年すでに尽き、その病は治しがたし。ただ生産・出行・行人・田蚕を占うこの几様のみ、鬼無きはじめて大吉の兆と算す。
二、絶処生に逢う
且如申日占卦,遇用爻屬木,木見申則絕,木爻無用矣。若得水爻發動來相生,木爻仍復有用。譬人當困窮之際,得遇貴人扶持,必有寒谷回春之象,此乃是絕處逢生也。占婚:遇世應絕處逢生,事將解而後成,意久淡而後濃。或可斷其貧乏無力,得人扶策,其事亦可成。占產:遇子孫絕處逢生,子將死而復生。
例を挙げて言えば、「申」の日に卦を占い、用神爻が木に属すれば、木は申に遇いて便ち「絶」の地に入り、この木爻は用なきに至る。然れども若し卦中に水爻の発動して木を生ずる者有れば、木爻は便ち重新に力量を有す。これは譬えば一人がまさに困窮の際に当たり、忽然として貴人の扶持に遇うがごとく、必ず寒谷が春に重回する気象有らん、これを「絶処逢生」と謂う。婚姻を占うに、世爻と応爻とが絶処逢生に遇えば、婚事は眼に散ぜんとするを看て後にまた成り、情意は冷淡して久しき後にまた濃に転ず。またこの家人は本来貧乏にして力なく、別人の従旁に扶助策応するを得るにより、事情は旧として成る可きと断定するべし。生産を占うに、子孫爻が絶処逢生に遇えば、胎児は眼に保たざらんと看るもまた保住する能く。
妻財:遇妻財絕處逢生,妻將危而有救。財幾失而仍得,先難後獲,其利反厚。非比旺相之財有限,資生之財無窮也。占官:遇父母絕處逢生,文書雖有阻節,終有貴人主張,其事必成。占訟:遇官鬼絕處逢生,訟必有理。若見財動相生,須用資財囑託。出行:遇世爻絕處逢生,本意已懶,被人糾合。行人:若應爻絕處逢生,必遇故人同回。家宅:吉神逢絕處逢生,復有興隆之象;凶神絕處逢生,災欲退而禍復來,病治瘥而官事至。占病:用爻與吉神絕處逢生,病將死而復活。鬼爻與忌神絕處逢生,病欲安而復作。
妻室錢財を占うに、「妻財」爻が絶処逢生に遇えば、妻子はまさに危難有らんとして終に挽救を得。錢財はほとんど失わんとするもなお手に到り、先難にして後得、獲る所の利はかえって豊厚なり。これは本身が旺相の財と同じからず。旺相の財は終に限量有り、生扶により得たる財は源々として絶えず。官職を占うに、「父母」爻(文書告身を主る)が絶処逢生に遇えば、文書は阻滞有ると雖も、終に貴人が出面して主持し、事情は必ず成り办る能く。訴訟を占うに、「官鬼」爻が絶処逢生に遇えば、官司は必ず争うべき理有り。若しまた財爻の発動して鬼を生ずるを見れば、錢財を動用して托請打點せねばならず。出行を占うに、「世」爻が絶処逢生に遇えば、本来自己はすでに動身を懶じるも、人に邀約攛掇せられて行を成す。行人を占うに、「応」爻が絶処逢生に遇えば、必ず旧相識に遇いて結伴して同帰す。家宅を占うに、吉神が絶処逢生すれば、家道は重新に興隆の象有り。凶神が絶処逢生すれば、災禍はまさに退去せんとしてまた巻土重来し、病はちょうど好転して官司また到る。疾病を占うに、用神と吉神とが絶処逢生すれば、病人は死せんと看るもまた活転す。鬼爻と忌神とが絶処逢生すれば、病は好まんと看るもまた復発す。
三、合処に冲に逢う
且如占得雷地豫卦。世應相生,六爻相合,吉無不利,乃事事可成之象也。卻在子日占得,子沖應上午、害世上未,此乃合處逢沖也。占婚遇之,必然被人毀謗,當見將成而解。占官遇官鬼文書暗沖,其中尚有反覆變動。占財遇之,財將入手而不得。謀事遇之,必因人阻滯,將成而有變。惟有占訟與病,喜遇合處逢沖。合則事必成,逢沖災必散。決然事將危而有救、病欲死而復生。吉神合處不可沖,凶神合處喜逢沖也。
例を挙げて言えば、《雷地豫》卦を占い得て、世爻と応爻と相生し、六爻両両相合し、吉利にして宜しからざるなし、本来事事皆成り办るべき卦象なり。然るにこの卦は偏に「子」の日に占い得て、子水が応爻上の午火を冲し、また世爻上の未土を害す、これを「合処逢冲」と謂う。婚姻を占いてこれに遇えば、必ず人に中より毀謗せられ、成らんと看るもまた散ず。官職を占いてこれに遇えるは、「官鬼」と文書の爻とが暗中に冲动せられ、その中になお反覆変動有らん。錢財を占いてこれに遇えば、財はまさに手に到らんとしてまた落空す。事を謀むにこれに遇えば、必ず旁人の阻撓により滞りを生じ、成らんとする際に忽ち変故有らん。ただ官司と疾病を占うのみ、合処逢冲に遇うを喜ぶ。相合すれば事必ず成り、冲に逢えば災必ず散ず、断然として事はまさに危くして救い有り、病人はまさに死せんとして復生す。総じて言えば、吉神の合する所の処は冲せられるべからず、凶神の合する所の処は却って正しく冲に逢うを喜ぶ。
四、官に随いて墓に入る
隨官入墓,其目有三:有身隨鬼入墓,有世隨鬼入墓,有命隨鬼入墓。且如丑日,占得雷水解卦。身鬼俱在五爻,乃身隨鬼入墓也。若未日,占得山天大畜。世在二爻屬木,乃世隨鬼入墓也。又如未日,寅生人占得地雷復,卯生人占得火澤睽,本命皆在鬼爻,此乃命隨鬼入墓也。以上三墓,不問占何事,意皆非吉兆。
「随官入墓」というこの格は三種に分かる。一は「身」が鬼に随いて墓に入る、二は「世」が鬼に随いて墓に入る、三は「命」が鬼に随いて墓に入る。例を挙げて言えば、「丑」の日に《雷水解》卦を占い得て、身爻と鬼爻とともに第五爻上に落ち、丑はまたこの鬼の墓庫なり、これ便ち身が鬼に随いて墓に入るなり。若し「未」の日に《山天大畜》を占い得て、世爻が第二爻に在りて木に属し、未は木の墓なり、これ便ち世が鬼に随いて墓に入るなり。再び同じく「未」の日のごとく、虎に属する(寅年生)人が《地雷復》を占い得、兎に属する(卯年生)人が《火沢睽》を占い得れば、その本命の支は皆鬼爻上に落ち、未は木墓なり、これ便ち命が鬼に随いて墓に入るなり。以上の三種の入墓は、占う所の事何たるを論ぜず、含意は皆吉兆にあらず。
占身遇之,須防目下有災,終身不能顯達。占婚,遇世隨鬼入墓,男家貧乏,女財不備。占產,遇命隨鬼入墓,須防妻命入黃泉。求官遇之,事體難成。雖成,終不能振。若入殺墓,更為大凶。(殺墓者,丁未、戊戌是也。)占訟遇之,有牢獄禁繫之憂,或訟散身危,或訟中有病。求財遇之,勤勞備歷,終歸他人。出行遇之,多是去不成,若去愈為不美,必主去後有病。家宅遇之,宅長有憂。占病遇之,十占九死。略舉一二卦為例,其餘各以類推。
自身を占いてこれに遇えば、眼下に災有るを防ぐべく、一生もまた顕達しがたし。婚姻を占うに、若し世が鬼に随いて墓に入れば、男方は家道貧乏にして、女方の妆奩もまた斉備せず。生産を占うに、若し命が鬼に随いて墓に入れば、産婦の性命保ちがたきを防ぐを須う。官職を求めてこれに遇えば、事情成りがたし。たとえ成りても、終に振作する能わず。若しまた「殺墓」上に落ちれば、更に大凶と為す(いわゆる殺墓は、丁未・戊戌この二つの日辰を指す)。訴訟を占いてこれに遇えば、牢獄拘禁の憂有り、或いは官司は散じて人は却って危殆、或いは官司を打ちつつまた病を生ず。財を求めてこれに遇えば、辛苦奔労を嘗遍し、所得は終に別人に帰す。出行を占いてこれに遇えば、多半は去り得ず。真に去ればかえって更に不妙、走り去りて後に必ず病を生ず。家宅を占いてこれに遇えば、一家の主に憂患有り。疾病を占いてこれに遇えば、十占して九死す。ここにただ一两の卦を挙げて例と為し、其余は各々これに類して推求せよ。
五、冲に逢いて暗動す
且如六爻安靜,不遇沖則不動。若日辰相沖,名曰暗動。暗動者,有吉有凶,各有所用,不可一概而論。若遇凶煞暗動,傷身克世,件件皆非所宜。吉神暗動,合世生身,事事無不為吉。餘推其義,暗者必非明也,乃陰私潛伏也。福來而不知,禍來而未覺。爻吉則暗中有補,爻凶則暗中有傷。
たとえば六爻皆安静にして、冲に遇わざれば動かず。若し当日の日辰に冲せられれば、「暗動」と謂う。暗動は吉も有り凶も有り、各々その用処有り、一概に論ずべからず。若し凶煞が暗動して、身爻を傷り世爻を克せば、則ち样样皆相宜ならず。若し吉神が暗動して、来りて世に合し身を生ぜば、則ち事事皆吉なり。我この道理を推究す。いわゆる「暗」は、本より明処の事にあらず、陰私潜伏の義なり。福気到りて自己はなお知らず、禍事到りて自己もまた覚えず。爻若し吉なれば、すなわち暗中に人の補益有り。爻若し凶なれば、すなわち暗中に人の加害有り。
占婚遇之,吉則暗中有人網維,凶則暗中有人破敗。占產遇胎爻或子孫暗動,必會轉胎。求官遇之,吉則有無心之機會,凶則陰中有人損害。占訟遇之,吉則得人解救,凶則被人暗算。失脫遇之,吉則暗中捕捉可獲,凶則暗味難尋。求財遇之,吉則隱然求之,利益殊厚;凶則被人劫騙,利不可得。行人遇之,吉則心欲動而未發,凶則暗中有阻,未能起身。家宅遇之,吉則暗中有補,福已至而不知;凶則暗中有害,禍欲萌而未覺。占病亦隨其所遇之神,而定其吉凶也。
婚姻を占いて暗動に遇えば、吉の一面は暗中に人があなたのため張羅撮合し、凶の一面は暗中に人が中より破壊す。生産を占うに、若し胎爻或いは子孫爻が暗動すれば、胎位必ず転動せん。官職を求めてこれに遇えば、吉なれば意想外の機縁を得、凶なれば背地裏に人の加害有り。官司を占いてこれに遇えば、吉なれば人が出面して解救し、凶なれば人に暗算せられん。失物を占いてこれに遇えば、吉なれば暗中に追捕して找回する能く、凶なれば線索晦暗にして尋覓しがたし。財を求めてこれに遇えば、吉なれば声色を動せずして求め、利を獲ること格外に豊厚。凶なれば人に劫奪欺騙せられ、利益は手に到らず。行人を占いてこれに遇えば、吉なれば彼の心に動身を想うもいまだ啓程せず、凶なれば暗中に阻碍有りて走り成らず。家宅を占いてこれに遇えば、吉なれば暗中に人の補益有り、福すでに到りて自己はなお知らず。凶なれば暗中に人の加害有り、禍はちょうど萌芽して自己いまだ覚えず。疾病もまた同じく、遇う所が何の神たるに随い、もって吉凶を定む。
六、鬼を助けて身を傷る
生助官鬼者,不過妻財也。不宜發動,動則衰鬼變成旺鬼。旺鬼遇之,其勢愈凶。且如申日占得離卦,鬼臨應爻克世,本非佳兆,更兼妻財發動,生助鬼爻,其凶愈不可當。此乃助鬼傷身也。凡卦鬼克身世者,無財凶有限。若有兩財皆動,其禍不可勝言。倘得子孫發動,福神來解,庶可反凶成吉,轉禍為祥。
「官鬼」を生助する能くするは、ただ「妻財」の一爻のみ。財爻は発動に宜しからず、一動すれば衰弱の鬼を変じて旺鬼と為す。本来旺なる鬼が再びこれに遇えば、その気勢愈加凶悪なり。例を挙げて言えば、「申」の日に《離》卦を占い得て、官鬼が応爻上に落ちて世爻を克すは、本より好き兆頭にあらず、偏に妻財がまた発動して鬼爻を生助するに往き、その凶険は更に挡不住り。これを「助鬼傷身」と謂う。およそ卦中に鬼爻が身を克し世を克するは、若し財爻無ければ、凶険はなお限度有り。若し両個の財爻皆動けば、その禍患は言い尽くし難し。倘もこの時子孫爻が発動し、福神出で来りて化解すれば、なお凶を反して吉と為し禍を転じて祥と為すの希望有り。
七、六親の取用
1、父母:生我者謂之父母也。能為凶,能為吉,各有所用。遇財則有傷本體,逢鬼則增長光輝。發動則克傷子孫,生扶兄弟。審其動靜衰旺,各有所宜,學者自宜詳玩。2、兄弟:比和者謂之兄弟也。大抵不能為福,亦不能為大凶,無非破敗、剋剝、阻滯之神也。怕逢官鬼發動,則受制,喜遇父母興隆,則有依。動則傷克妻財、扶持福德。此理弘深,自宜推測。
第一、「父母」。およそ我を生ずるあの一類の爻を便ち父母と謂う。それは凶を作す能く、また吉を作す能く、各々その用処有り。財爻に遇えばその自身の本体を傷り、鬼爻に遇えばかえってその光彩を増長する能く。それ一たび発動すれば、便ち子孫を克傷し兄弟を生扶す。それが動か静か、衰か旺かを審察するを須い、各々その相宜の処有り、学者は自ら仔細に体味すべし。第二、「兄弟」。およそ我と同類に比する爻を便ち兄弟と謂う。それは大体に於て福気を齎す能わず、また大凶を醸成するに至らず、破財・克剥・阻滞この一類の神に過ぎず。それは官鬼の発動に遇うを怕れ、一たび遇えば便ち受制す。父母の興旺に遇うを喜び、一たび遇えば便ち依靠有り。それ一たび発動すれば、妻財を傷克して子孫を扶持す。ここ裏頭の道理は甚だ深し、学者は自ら細やかに推求すべし。
3、子孫:我生者謂之子孫也。逢之者無不為佳,背之者莫能為福。卦無父母則無克,爻有兄弟則有依,動則生財傷克官鬼。4、妻財:我克者謂之妻財也。諸事逢之無不為吉。惟占父母及文書不宜見之。值兄弟則有損,遇福德則愈佳,逢官鬼則洩氣。動、靜皆吉。雖然動則生鬼,亦不宜發動也。後之學易者,自當通變。
第三、「子孫」。およそ我が生ずる所のあの一類の爻を便ち子孫と謂う。これに遇うは好からざるなし、これに背离するは便ち福を得ず。卦中に父母無ければ、子孫は便ち克制する人無し。爻中に兄弟有れば、子孫は便ち依托する所有り。それ一たび発動すれば、財爻を生じて官鬼を傷克す。第四、「妻財」。およそ我が克する所のあの一類の爻を便ち妻財と謂う。各様の事情これに遇い吉ならざるなし、ただ父母長輩と文書を占う時のみこれを見るに宜しからず。それは兄弟に碰上れば損を受け、子孫に遇えば更に好く、官鬼に逢着すれば便ち気力を泄去せらる。財爻は動も吉、静も吉。ただそれ一動すれば鬼を生ずるを須うゆえ、また軽易に発動に宜しからず。後来《易》を学ぶ人は、自ら通変を懂得すべし。
5、官鬼:克我者謂之官鬼也。大抵為凶處多,為福處少。所畏者福德,所恃者妻財。動則克傷兄弟,生扶父母。然卦中雖凶而不可無,但宜靜而不宜動耳。占身命,帶貴人,當為貴用,加凶煞仍作鬼推。遇吉必進祿加官,逢凶必喪亡疾病。占婚姻為夫。旺相帶青龍者,必聰明俊雅之人。加貴人必有勾當,不然亦是宦家子弟。若在胎養沐浴爻上,今雖末仕,他日必貴。最宜持世,或臨陽象,皆名得地。其餘所占,不及盡述,詳具《天玄賦》總論中。
第五、「官鬼」。およそ我を克するあの一類の爻を便ち官鬼と謂う。それは大体に於て凶を作す時多く、福を作す時少なし。その畏懼する所は子孫、その倚仗する所は妻財。それ一たび発動すれば、兄弟を克傷して父母を生扶す。然れども卦中に於てそれは凶を主ると雖も、またそれ無くんばあるべからず、ただ静に宜しく動に宜しからざるのみ。身命を占う時、鬼爻若し天乙貴人を帯びれば、便ち貴気と作して看るべし。若し凶煞を加えれば、依として旧り鬼に按じて推斷す。それは吉神に遇えば必ず官を加え禄を進め、凶煞に逢えば必ず死喪疾病す。婚姻を占う時、鬼爻は丈夫を代表す。旺相にして青龍を帯ぶれば、必ず聡明俊秀文雅の人。再び貴人を加えれば、必定に官職差事有り、然らざるもまた官宦人家の子弟ならん。若し「胎」「養」「沐浴」これらの長生位上に落ちれば、眼下は雖もいまだ出仕せずとも、日後必定に顕貴ならん。鬼爻は最も好く世を持ち、或いは陽爻の象に臨む、皆「得地」と謂う。其余の各類の占問は一一に言い尽くし能わず、詳細は《天玄賦》の総論に見る。
八、易を断ずる総論
且如四時之旺相,實專八卦之吉凶。春木旺而夏火炎,秋金堅而冬水盛。木火兼用於春天,火土用事於夏月,金水專三秋之令,水木主一冬之權。臨用爻為福不淺,臨忌爻為禍非輕。先定財官出現伏藏,次論支神休囚旺相。父母輔佐於官鬼,子孫輔佐於妻財。父母與官鬼同氣相求,子孫與妻財同聲相應。私用以妻財為主,公用以官鬼為尊。最忌動搖,大宜安靜。
四季の旺相衰囚は、実際に八卦の吉凶を主宰す。春は木気最も旺しく、夏は火気炎盛し、秋は金気堅鋭にして、冬は水気充盈す。故に春は木と火と並用し、夏月は火と土と当令し、金と水と専ら三秋の時令を主り、水と木と整个の冬天の権柄を掌握す。当令の気を用神爻上に加えれば、福気は浅からず。忌神爻上に加えれば、禍患もまた軽からず。卦を看るに先ず妻財・官鬼が卦中に出現するか爻下に伏蔵するかを定め、其次に再び各爻地支の休囚旺相を論ず。父母は官鬼の輔佐、子孫は妻財の輔佐。父母と官鬼とは同気相求め、子孫と妻財とは同声相応ず。およそ私事に属するは妻財を主と為し、およそ公事に属するは官鬼を尊と為す。用神は最も動揺不定を忌諱し、最も好くは安静なり。
出現旺相可為遠日之圖,有氣伏藏只利暫時之用。用神無氣伏藏,急要日辰生合。日辰旺相,方能生合相扶;用爻休囚,最怕逢空沖剋。旺相能克休囚,休囚難克旺相;交重能克單拆,單拆難克交重。伏藏不論旬空,(旬空者:甲子旬中戌亥空之類)出現怕臨月破。(假如正月建寅,用爻是申,為月破也。)用官忌子孫持世,求財忌兄弟臨身。財官若遇生扶,謀望並無阻滯。身世若無救助,所為必主參商。
用神が卦中に出現してまた旺相なれば、長遠の事を謀划するべし。気有ると雖も別爻の下に伏蔵すれば、ただ眼前の一时の用に利するのみ。用神すでに気無くまた伏蔵すれば、急いで日辰がそれを生じそれに合するを需う。而して日辰本身は旺相を須い、はじめて生じ得て動かし合し得て住する。用神若し休囚に逢えば、最も怕るは再び旬空と冲克とに碰上る。旺相の爻は能く休囚の爻を克し、休囚の爻は却って旺相の爻を克しがたし。動爻(重と交)は能く静爻(単と拆)を克し、静爻は却って動爻を克しがたし。伏蔵の爻は旬空を論ずるを須いず(いわゆる旬空は、甲子の一旬の中に戌・亥の二支が落空するの類)。出現の爻は則ち月破に碰上るを怕る(譬えば正月は寅を建て、用神が申なれば、申と寅と冲す、すなわち月破)。官職を占うに子孫の世を持つを忌み、錢財を求むるに兄弟の身に臨むを忌む。財爻・官爻若し生扶を得れば、謀む所望む所に阻滞なし。身爻・世爻若し救助を得ざれば、為す所の事は必定に参商の二星のごとく両相乖違せん。
兄弟動搖,買婢求財空費力;子孫興發,求官應舉枉勞心。父母為饕餮之神,兄弟為剋剝之鬼。尋常占卜不宜父母交重,一應謀為切忌兄爻發作。鬼動禍起,切莫與人交爭;財動耗財,甚勿與人爭訟。父母動,勞心勞力;兄弟興,為詐為虛。用官宜伏父母,用財宜伏子孫。官伏子孫,用官必無成就。財伏父母,用財一半虧傷。用財伏官,怕侵匿之擾。用官伏兄,怕阻隔之撓。用父伏財皆為患,用財伏兄總不中。
兄弟爻が動揺すれば、婢僕を買い錢財を求むるも皆白費の力气。子孫爻が興旺発動すれば、官を求め考に応ずるもまた枉げて自ら心を労す。父母は貪食耗人の神、兄弟は克剥夺財の鬼。平常の占卜は父母の重曡発動に宜しからず、およそ謀む有るは更に切に兄弟爻の発作を忌む。鬼爻一動すれば禍事便ち起る、千万に人と争執するなかれ。財爻一動すればかえって破財を主り、尤其に人と官司を打つなかれ。父母爻動けば、労心労力を主る。兄弟爻興れば、虚詐不実を主る。官鬼を用いて神を作す時は、父母の下に伏するに宜し。妻財を用いて神を作す時は、子孫の下に伏するに宜し。官鬼が子孫下に伏すれば、官を求めて必ず成就なし。妻財が父母下に伏すれば、財を求めて折損一半を要す。財を用いて官鬼下に伏すれば、侵吞隠匿の擾有るを怕る。官を用いて兄弟下に伏すれば、中より阻隔の撓有るを怕る。父母を用いて妻財下に伏すれば皆禍患と成り、妻財を用いて兄弟下に伏すれば終帰して成らず。
用神要拱合生扶,忌神須刑沖剋破。散官治病,全賴子孫。興訟求名,須憑官鬼。口舌是非爭競,為緣兄弟爻興。謀為重迭艱辛,皆因父母爻動。應動事變,託人相反不相從。世動理虧,凡事改求宜改作。世應相生人扶助,世應相剋事遲疑。應空吉凶不成,間動謀為多阻。月建臨於用爻,求官必定遷高職。月破臨於用爻,作事無成病不痊。八純克世克用,作事有始無終。五墓臨世臨身,問病一生九死。
用神に対しては拱扶・相合・相生の助力を須い、忌神に対しては則ち刑・冲・克・破の制伏を須う。官司を消散し疾病を医治するは、全て子孫爻に靠る。訟を興し勝を争い功名を求取するは、便ち官鬼爻に凭らねばならず。口舌是非争競するは、兄弟爻の興起に縁る。謀む所の事が重重に艱辛なるは、皆父母爻の発動するが故。応爻発動すれば則ち事情は変を生じ、人に托して事を辦せしめてかえって聴従を肯ぜず。世爻発動すれば則ち自己は理亏し、凡事門路を改換し別に打算を作すを宜しとす。世応相生するは、人の扶助有るなり。世応相克するは、事情が遅疑して決しがたし。応爻落空すれば、吉凶皆成らず。間爻発動すれば、謀む所多く阻隔有り。月建が用神爻上に加臨すれば、官を求めて必定に高職に升迁す。月破が用神爻上に加臨すれば、事を作して成らず病もまた愈えがたし。八純卦にしてまた世を克し用を克すれば、事を作して頭有りて尾なし。辰戌丑未に日辰の属する五墓を加えて世爻身爻上に臨めば、病を問えば十有九死す。
明用爻之得失、定事體之吉凶。求安求樂求長久,最宜爻象安寧;圖借圖賒圖脫卸,看取用爻興旺。休囚獨發事體遲疑,旺相若興事情急速。世臨五墓如醉如痴,用值三刑遭傷遭損。略言機妙,全在推詳。外演爻辭定六親之象,內占八卦決百事之疑。洞燭纖毫,包含萬象,下通人事,上應天時。
卦を看るの要領は、便ち用神の得失を弄明白にし、拠って事情の吉凶を判定するをもってす。およそ平安を求め快楽を求め長久を求むる事は、最も好くは六爻安静。およそ借貸を要し賖欠を要し担子を推卸して出去せんと欲する事は、則ち用神の興旺なるか否かを看る。休囚の爻が独自発動すれば、事情は便ち遅疑して決しがたし。旺相の爻が一旦興動すれば、事情の来る急速なり。世爻が五墓に落入すれば、人は便ち昏沉して如醉如痴。用神が三刑に値上れば、必ず傷損に遭う。ここにただその中の機要精妙を略説す、全て学者が自ら推詳するに靠る。外に向かい爻辞を推衍すれば、六親の種種の物象を定出するべし。内に向かい八卦を占断すれば、百事の疑難を決断するべし。それは最も細微の処に明察し、万象を包羅し、下は人間の事に通じ、上は天時の運に応ず。
卜筮全書 巻之四・闡奥歌章上
一、碎金賦
子動生財,不宜父擺;兄動克財,子動能解。擺,動也。蓋子動生財,若是父動克子,子不能生財矣。兄動則能克財,若得子動,兄必貪生於子,忘克於財,謂之貪生忘克,而財反得生矣。財動生鬼,切忌兄搖;子動克鬼,財動能消。搖,動也。蓋財動能生鬼,若是兄動克財,鬼不能生矣。若子孫發動,則能克鬼,若得財爻發動,則洩子孫之氣,而生官鬼之精神矣。
賦文に曰く、子孫爻の発動は能く財を生ず、然れども父母爻がこれに跟って動くに宜しからず。兄弟爻の発動して財を克するに来るは、子孫爻動けば能く化解す。姚際隆注、「摆」とはすなわち動なり。子孫動は本来財を生ず、若し父母動が来りて子孫を克せば、子孫は便ち財を生成せず。兄弟動は本来能く財を克す、若し子孫もまた動くを得れば、兄弟は便ち貪りて子孫を生じに往き、財を克するを忘る、これを「貪生忘克」と謂い、財はかえってこれにより生を得る。賦文また曰く、妻財爻の発動は能く鬼を生ず、最も忌むは兄弟爻の揺動。子孫爻の発動は能く鬼を克す、妻財爻一動すればこの層の克を消掉す。姚際隆注、「揺」もまた動なり。財動は本能に鬼を生ず、若し兄弟動が来りて財を克せば、鬼は便ち生を得ず。若し子孫発動すれば、本能に官鬼を克制す、然れども一旦財爻もまた発動せば、財は便ち子孫の気を泄去して転じて官鬼の精神を生ず。
父動生兄,忌財相剋;鬼動克兄,父動能洩。父乃兄之元辰,忌財克之,鬼乃兄之忌神,喜父洩之。父動生兄,若見財爻動,則父無用而不能生兄矣。官鬼發,克兄弟,若見父母動,則漏洩官鬼之氣,而不能為大害矣。鬼動生父,忌子交重;財動克父,鬼動能中。交重,動也。鬼動能生父。若是子動,則剋制官鬼,不能生父矣。財動則能克父。若得鬼動,財必貪生於鬼,忘克於父,是鬼為財之中人也。
賦文に曰く、父母爻の発動は能く兄弟を生ず、忌むは妻財爻の来りて父母を克する。官鬼爻の発動して来りて兄弟を克するは、父母爻一動すれば能く鬼気を泄掉す。姚際隆注、父母は兄弟の「元辰」(我を生ずる神)ゆえ財爻のそれを克するを忌む。官鬼は兄弟の忌神ゆえ父母の往きてそれを泄するを喜ぶ。父母動は本能に兄弟を生ず、若し財爻の発動を見れば、父母自身は失效して兄弟を生ずる能わず。官鬼の発動して来りて兄弟を克するに、若し父母の発動を見れば、便ち官鬼の気を漏泄し来りて、鬼は大害を成す能わず。賦文また曰く、官鬼爻の発動は能く父母を生ず、忌むは子孫爻の発動。妻財爻の発動して来りて父母を克するは、官鬼爻一動すれば能く中より説合す。姚際隆注、「交重」もまた動なり。鬼動は本能に父母を生ず、若し子孫動が来りて官鬼を克制せば、鬼は便ち父母を生成せず。財動は本能に父母を克す、若し鬼爻もまた動くを得れば、財は便ち貪りて鬼を生じに往き、父母を克するを忘る、これは鬼が財と父との間に於て一個の中人を作したなり。
兄動生子,忌鬼搖揚;父動克子,兄動無妨。搖揚,動也。蓋兄動則生子。若鬼動克兄,子失元辰矣。父動能克子孫。若得兄動,則洩減父之凶勢,而子得無妨也。子興克鬼,父動無妨;若然兄動,鬼必遭傷。子動必傷官鬼。若得父動克子,則鬼無事。若兄動生子,子愈有力,其鬼必遭傷害也。
賦文に曰く、兄弟爻の発動は能く子孫を生ず、忌むは官鬼爻の揺動。父母爻の発動して来りて子孫を克するは、兄弟爻動けば妨事ならず。姚際隆注、「揚」もまた動なり。兄弟動は本能に子孫を生ず、若し鬼動が来りて兄弟を克せば、子孫は便ち元辰を失去す。父母動は本能に子孫を克す、若し兄弟の発動を得れば、便ち父母の凶勢を泄減して一層し、子孫は便ち礙事ならず。賦文また曰く、子孫爻の興動して来りて官鬼を克するは、父母爻一動すれば鬼は便ち妨げなし。若し兄弟爻もまた動けば、鬼は必定に傷を受けん。姚際隆注、子孫一動すれば必ず官鬼を傷る、若し父母動が来りて子孫を克するを得れば、鬼は便ち安然として事なし。若し兄弟動が来りて子孫を生ぜば、子孫の力量は更に足り、あの鬼は必定に傷害に遭わん。
財興克父,兄動無憂;若然子動,父命難留。財動必克父。若得兄動克財,財不能克父也。若是子孫發動,生助妻財,其勢轉盛,其父必難救援也。父興克子,財動無事;若是鬼興,其子必死。父動克子。若得財動克父,子孫有救。若是鬼動,愈生父怒,其子必死無疑矣。
賦文に曰く、妻財爻の興動して来りて父母を克するは、兄弟爻動けば憂慮するを須いず。若し子孫爻もまた動けば、父母の命は保ちがたし。姚際隆注、財動は必定に父母を克す、若し兄弟動が来りて財を克するを得れば、財は便ち父母を克し動かず。若し子孫の発動して往きて妻財を生助せば、財勢はかえって更に盛んに、あの父母は必定に救援しがたし。賦文また曰く、父母爻の興動して来りて子孫を克するは、妻財爻動けば便ち事なし。若し官鬼爻興動せば、あの子孫は必ず死せん。姚際隆注、父母動は本より子孫を克す、若し財爻動が来りて父母を克するを得れば、子孫は便ち救い有り。若し鬼爻発動せば、愈々発いて父母の凶焰を助長し、あの子孫は必ず死して疑いなし。
鬼興克兄,子動可救;財若交重,兄弟不久。官動克兄。若子動克鬼,則兄弟有救。若財動生鬼,則鬼惡愈盛,兄必難救。兄興克財,鬼興無礙;若是父興,財遭克害。兄動克財。若得鬼動克兄,財得無事。若父動生兄,其兄愈加狂戾,財必遭於克害也。
賦文に曰く、官鬼爻の興動して来りて兄弟を克するは、子孫爻動けば便ち解救すべし。妻財爻若しもまた発動せば、兄弟は便ち長久を保つ能わず。姚際隆注、官鬼動は本より兄弟を克す、若し子孫動が来りて鬼を克せば、兄弟は便ち救い有り。若し財爻動が来りて鬼を生ぜば、鬼の凶焰は更に盛んに、兄弟は必定に救いがたし。賦文また曰く、兄弟爻の興動して来りて妻財を克するは、官鬼爻興動せば便ち礙なし。若し父母爻興動せば、財は便ち克害に遭わんとす。姚際隆注、兄弟動は本より妻財を克す、若し鬼爻動が来りて兄弟を克するを得れば、財は便ち安然として事なし。若し父母動が来りて兄弟を生ぜば、兄弟は愈々発いて狂横し、財は必定に克害に遭わん。
二、断易通玄賦
易爻不妄成,--易本天機之事,豈妄成也。神爻豈亂發?--卦中六爻,神聖靈機,豈有亂發。體象或既成,--本卦為體,之卦為象。無者形憂色。--所占之事,若不上卦,定可憂也。
賦文に曰く「易爻不妄成」、姚際隆注、《易》は本より天机の寄る所、卦爻豈に胡乱に生成せんや。賦文に曰く「神爻豈乱発」、姚注、卦中の六爻は神明の灵机の寄る所、何ぞ無縁無故に乱動する道理あらん。賦文に曰く「体象或既成」、姚注、占う所の本卦を「体」と謂い、変出の之卦を「象」と謂う。賦文に曰く「无者形憂色」、姚注、占う所の事の用神若し卦に上がらざれば、臉上に憂色を現出すべし、あれは憂うべき兆頭なり。
始須論天喜,--如正月起戌,二月亥,順行十二位是也。次看貴人方。--貴人見後神煞章內。三合百事吉,--三合見後神煞章內。祿馬最為良。--假如甲日有寅爻,則是祿也。即甲祿在寅,乙祿在卯。申子辰日有寅爻,則是馬也。即申子辰馬居寅。若有此爻臨世應,求官可進,名利俱成。祿馬全篇歌訣,俱見後神殺章內。
賦文に曰く「始須論天喜」、姚際隆注、「天喜」星の起法は正月は戌より起り、二月は亥に在り、次に依りて順行して十二位。賦文に曰く「次看貴人方」、姚注、天乙貴人の排法は後の神煞章に見る。賦文に曰く「三合百事吉」、姚注、三合の用法もまた後の神煞章に見る。賦文に曰く「禄馬最為良」、姚注、譬えば「甲」日の卦中に寅爻有れば、寅は便ち禄なり、甲禄は寅に在り乙禄は卯に在るが故に。申子辰日の卦中に寅爻有れば、寅は便ち驛馬なり、申子辰の馬は寅に落つるが故に。若しこのごとき爻が世爻或いは応爻上に加臨せば、官を求めて升進すべく、名と利と皆成就する能く。禄馬の全篇の歌訣は、皆後の神煞章の裏に在り。
爻動始為定,--看卦之動爻,而定其吉凶。次吉論空亡。--吉神忌空,凶煞喜空。彭城有秘訣,切記不可忘。--訣云:子落空亡憂遠行,病值空亡宜作福,久病空亡身【下亡】,財若空亡難把捉,鬼遇空亡官事停,妻值空亡妻有孕,空女空亡有外情,宅值空亡急作福,父母空亡憂病生,兄弟空亡不得力,子孫空亡主伶仃。
賦文に曰く「爻動始為定」、姚際隆注、卦中の哪一爻の発動を看るを須い、これに拠りて吉凶を判定す。賦文に曰く「次吉論空亡」、姚注、吉神は最も落空を忌み、凶煞は倒れて落空を喜ぶ。賦文に曰く「彭城有秘訣、切記不可忘」、姚注、あの口訣に曰く——子孫爻が空亡に落つれば、遠行の事を憂慮するを須う。病人が空亡に逢えば、祈禳して福を作すに宜し。久病の人が空亡に逢えば、性命便ち危険なり。財爻若し空亡に落つれば、錢財は手に抓到せず。鬼爻が空亡に遇えば、官司便ち停息すべし。妻財爻が空亡に逢えば、妻子は多半に孕有り。女子の爻が空に落つれば、主として彼女に別に外情有り。宅爻が空亡に落つれば、急いで福を祈り禳解するを須う。父母爻が空亡すれば、憂は長輩の生病に在り。兄弟爻が空亡すれば、手足の幇忙に指望し得ず。子孫爻が空亡すれば、主として孤单にして靠るなし。
四沖主沖並,--辰戌丑未為四沖,縱然占吉也成凶。刑極俱主傷。--寅申巳亥為四刑,凡作十事無一成。婚姻官事俱不吉,縱得相生也不真。世應俱發動,必然有改張。--世應俱動,定見不寧之兆。龍動家有喜,--青龍動,主有喜慶。虎動主有喪,--白虎動,定有凶傷。勾陳朱雀動,須忌有文章。--勾陳朱雀動,主文字立至。
賦文に曰く「四冲主冲并」、姚際隆注、辰戌丑未のこの四支は両両相冲し、吉事を占い得てもまた凶に転ず。賦文に曰く「刑極倶主傷」、姚注、寅申巳亥のこの四支は互刑し、およそ十件事を作して一件も成る能わず。婚姻と官司と皆吉ならず、たとえ爻位相生するも靠り難し。賦文に曰く「世応倶発動、必然有改張」、姚注、世爻応爻が一斉に発動すれば、必ず動蕩不寧の兆なり。賦文に曰く「龍動家有喜」、姚注、青龍発動すれば、主として喜慶の事有り。賦文に曰く「虎動主有喪」、姚注、白虎発動すれば、必ず凶喪傷損有り。賦文に曰く「勾陳朱雀動、須忌有文章」、姚注、勾陳と朱雀と発動すれば、主として文書が立刻に到る。
日動憂尊長,--看所卜之日辰屬何爻,遇動,則尊長有災咎。辰動損兒郎。--看所卜之時辰屬何爻,遇動,則小兒有損。陽動男人滯,陰動女人殃。--陽爻動,主男人唉。陰爻動,主女人災。出行宜世動,--凡占出行,世動則吉,且無阻隔。歸魂不出疆。--歸魂卦,主躊躇不進。應動值三合,行人立回莊。--應爻若動,行人主在三合日到家。
賦文に曰く「日動憂尊長」、姚際隆注、卦を占う当日の日辰が哪一爻上に落つるを看る、あの一爻若し動けば、長輩に災咎有り。賦文に曰く「辰動損児郎」、姚注、卦を占う当時の時辰が哪一爻上に落つるを看る、あの一爻若し動けば、小児に損傷有り。賦文に曰く「陽動男人滞、陰動女人殃」、姚注、陽爻発動すれば、主として男子に受阻有り。陰爻発動すれば、主として女子に災有り。賦文に曰く「出行宜世動」、姚注、およそ出行を占うに、世爻発動すれば便ち吉、しかも路上に阻隔なし。賦文に曰く「帰魂不出疆」、姚注、帰魂卦を占い得れば、主人は躊躇して前せず、境を走出で得ず。賦文に曰く「応動値三合、行人立回荘」、姚注、応爻若し発動せば、門外に出でる人は三合の日に家に到らん。
占宅青龍旺,豪富冠一鄉。--占宅若見龍旺,定主富貴。父母爻興旺,為官至侯王。--印旺主大貴。天喜若持世,公事定無妨。--天喜持世,訟必有理。勾陳克玄武,捕賊不須忙。--若勾陳克玄武,捕盜易獲。父病嫌大殺,空亡母不長。--父病,殺爻上卦,定死。母病若空亡,定主喪。無鬼病難療,--占病無鬼,定主不治。鬼旺主發狂,--鬼旺財興難保命。
賦文に曰く「占宅青龍旺、豪富冠一郷」、姚際隆注、家宅を占いて若し青龍の旺相を見れば、必ず富貴を主る。賦文に曰く「父母爻興旺、為官至侯王」、姚注、父母は印綬の象、印旺は大貴を主る。賦文に曰く「天喜若持世、公事定无妨」、姚注、天喜星が世を持てば、官司を打てば必定に理有り。賦文に曰く「勾陳克玄武、捕賊不須忙」、姚注、若し勾陳が能く玄武を克せば、盗賊を緝捕して得手に易し。賦文に曰く「父病嫌大殺、空亡母不長」、姚注、父親の病を占うに、凶殺の爻が卦に上がれば、必ず死す。母親の病を占うに、用神若し空亡に落つれば、主として喪事有り。賦文に曰く「无鬼病難療」、姚注、病を占いて卦中に鬼無ければ、必定に治す能わず。賦文に曰く「鬼旺主発狂」、姚注、鬼爻旺しくして財爻また興れば、病人の性命は保ちがたし。
請看考鬼歷,禱謝得安康。--須看考鬼歷,屬何鬼,祭之則吉。占婚嫌財死,--財爻生旺吉,死墓婚不利。占產看陰陽。--子爻,陽男陰女。若要問風水,三四世吉昌,--葬喜三四世卦大吉。長生沐浴訣,--金長生在巳,其法詳見後神煞章內。卦卦要審詳,--言前長生決必要詳察。萬千言不盡,--萬千言豈能盡也。略舉其大綱,--略舉其大綱大目耳。分別各有類,--如後數卷,皆分門別類,以盡世間事也。無物不包藏。--包藏萬象,不出此易卦也。
賦文に曰く「請看考鬼暦、祷謝得安康」、姚際隆注、鬼暦の一類の書を査考するを須い、犯す所は哪一路の鬼神たるを看て、祭祷して謝過すれば吉。賦文に曰く「占婚嫌財死」、姚注、財爻生旺すれば則ち吉、死地墓地に落入すれば則ち婚事不利。賦文に曰く「占産看陰陽」、姚注、子孫爻を看る、陽に属すれば男を生じ陰に属すれば女を生ず。賦文に曰く「若要問風水、三四世吉昌」、姚注、葬事は三世卦・四世卦を得るを喜び、大吉。賦文に曰く「長生沐浴訣」、姚注、金の長生は巳に在るがごとき、その推法の詳細は後の神煞章に見る。賦文に曰く「卦卦要審詳」、姚注、これは前面に講じたる長生訣は必ず卦ごとに細察するを須うを説く。賦文に曰く「万千言不盡」、姚注、千言万語何ぞ説き尽くさん。賦文に曰く「略挙其大綱」、姚注、ただその大綱大目を挙出するのみ。賦文に曰く「分別各有類」、姚注、後の几巻のごとく、皆分門別類にして、もって人間万事を尽くさんとす。賦文に曰く「无物不包蔵」、姚注、万象を包羅し、皆この《易》卦を出でず。
三、諸爻持世の決
世爻旺相主安康,作事亨通大吉昌;謀望諸般皆遂意,縱他刑害不能傷。父母持世事憂否,身帶文書及官鬼;夫妻相剋不和同,到老用求他姓子。子孫持世事無憂,官鬼從今了便休;求失此時應易得,營生作事有來由。鬼爻持世事難安,占身不病也遭官;財物時時憂失脫,骨肉分離會合難。財爻持世益財榮,若問求財定稱心;更得子孫臨應上,官鬼從他斷不成。兄弟持世克妻財,憂官未了事還來;鬼旺正當防口舌,身強必定損其財。
世爻旺相なれば、主として身安く体健やかに、事を作して亨通し大いに吉昌なり。各様の謀望は皆心を遂げる能く、たとえ刑害有りとも彼を傷る能わず。父母爻が世を持てば、凡事憂多く喜少なく、一身は文書と官鬼とに牽挂す。夫妻の間は相克して和しがたく、老に到りてなお過継の別姓の児子に靠るを得ず。子孫爻が世を持てば、諸事憂なく、これより官非了結す。この時失物を尋找すれば手に到り易く、営生し事を作すに皆来由有り。官鬼爻が世を持てば、事事安んじがたく、自身を占うに病を生ぜずとも官司を喫せん。財物は時時失落を擔心し、骨肉は分離して団聚を得がたし。妻財爻が世を持てば、主として財禄を増益し、若し財を求むるを問えば必定に称心なり。再び子孫爻が応爻上に落つるを得れば、あの官司の類の事は断定して成らず。兄弟爻が世を持てば必ず妻財を克し、官非の憂いまだ了えずして新事を生ず。鬼爻の旺しき時は正しく口舌を提防すべく、兄弟の身強ければ必定に錢財を損耗す。
四、世応生克動静空亡の決
世應相生則吉,世應相剋則凶,世應比和事卻中,作事謀為可用。應動他人反變,應空他意難同,世空世動我心慵,只恐自家懶動。
世爻と応爻と相生すれば則ち吉、世爻と応爻と相克すれば則ち凶。世応の五行比和せば、事情は好からず壊れず中に居り、辦む所謀む所はなお行うべしと算す。応爻発動するは、対方が反覆して卦を変ずるなり。応爻落空するは、対方の心思が我と合せざるなり。世爻落空し或いは世爻発動するは、我自己が心裏懶散して勁を提起せず、ただ只怕るはこの椿の事は自家が動身を肯ぜざるなり。
五、世応間爻の決
世應當中兩間爻,發動所求多阻隔,假饒有氣事分明,必定叨叨方始得。世應當中兩間爻,忌神發動莫相交。元辰與用當中動,事到酕醄始得梢。
世爻と応爻の当中に夹着する二つの「間爻」は、すなわち居間に在りて説合する人。間爻一たび発動すれば、求む所の事は多半に阻隔有り。たとえ間爻に気有りて事情分明を看るとも、また必ず反覆囉唣一番してはじめて辦成を得。世応当中の二つの間爻、若し忌神が彼処に在りて発動せば、この中間人は彼と打交道するべからず。若し元辰或いは用神が中間に在りて発動せば、あの事は一直に大醉酩酊・酒酣耳熱の際に拖到して、はじめて一個の收梢有るを算す。
六、身爻喜忌の決
身上臨官不見官,所憂畢竟變成歡,目前凶事終須吉,緊急還來漸漸寬。身臨天喜與青龍,定期喜事入門中。若逢驛馬身臨動,出路求謀事事通。身爻切忌入空亡,作事難成且守常,化入空亡尤要忌,勸君安分守家邦。
身爻上に官鬼臨みても並びに真に官司を喫せず、憂う所の事は到頭にかえって喜事と変成す。眼前は雖も凶象なるも、終に転じて吉と為し、緊急の局面もまた漸々に寛緩して下来らん。身爻若し天喜星と青龍とに臨めば、喜事まさに門に入らんと断定すべし。若し驛馬に逢いまた身爻と同動せば、門外に出でて謀を求むるに事事通達す。身爻は最も空亡に落入するを忌諱す。一たび空に落ちれば、事を作して成りがたく、ただ常規を安守するに宜し。若し変爻また化じて空亡に進めば、更加に忌諱す、占う者に勧め奉るは分を安んじ己を守り、自家の門戸を守住せよ。
七、飛伏生克吉凶の歌
伏克飛神為出暴,飛來克伏反傷身;伏去生飛名洩氣,飛來生伏得長生。爻逢伏克飛無事,用見飛傷伏不寧;飛伏比和為有助,伏藏出現審來因。
伏神が飛神を克するを、「出暴」と謂い、これは伏神が冲出するの圧制の力なり。飛神が反って伏神を克せば、伏神は便ち傷を受く。伏神が往きて飛神を生ずるを、「泄気」と謂い、自身の力量は抽走せらる。飛神が来りて伏神を生ぜば、伏神は便ち長生の助を得るがごとし。爻位上に若し伏神が飛神を克せば、妨げなし。用神若し飛神に傷せられれば、伏神は便ち安寧を得ず。飛神と伏神と五行比和するは、彼此相助有るなり。総じて言えば、用神は究竟に下に伏蔵するか卦中に出現するか、皆その来竜去脈を審察するを須う。
八、易を断ずるに神殺に泥む勿れの歌
易卦陰陽在變通,五行生剋妙無窮;時人不辨陰陽理,神殺將來定吉凶。
《易》卦の道理は全て陰陽の往来変通に在り、五行の間の相生相克、その妙用に窮尽なし。可惜しむらくは当今の人は陰陽生克の正理を辨明せずして、却って一堆の神煞を搬出して吉凶を定む——これ正しく本歌の針砭せんとする所なり。卦を断ずるに神煞に拘泥すべからず。
九、忌神の歌
(忌神,即子為鬼之忌,鬼為兄之忌之類。)看卦先須看忌神,忌神宜靜不宜興;忌神急要逢沖剋,若遇生扶用受刑。(忌爻若遇生扶,用爻便受刑剋。)
いわゆる「忌神」は、すなわち用神を克制するあの一類の爻。例えば官を占う時は子孫が官鬼の忌神、兄弟を占う時は官鬼が兄弟の忌神。歌訣に曰く、卦を看るに先ず忌神が何処に在るかを看清するを須う。忌神は安静に宜しく、興動に宜しからず。忌神に対しては、最も急切なるはそれに冲克に遇わせて受制せしむる。忌神若し反って別爻の生扶を得れば、用神は便ち刑を受け克を受けん。姚際隆自注、忌爻は一旦生扶を得れば、用爻は便ち直ちにその刑克に挨る。
十、元辰の歌
(元辰:即父為兄之元辰,兄為子之元辰之類。)元辰出現志揚揚,用伏藏兮也不妨。須要生扶兼旺相,最嫌沖剋及刑傷。
いわゆる「元辰」は、すなわち用神を生助するあの一類の爻、後世はまた「原神」と称す。例えば兄弟を占う時は父母が兄弟の元辰、子孫を占う時は兄弟が子孫の元辰。歌訣に曰く、元辰が卦中に出現すれば、人の意気は便ち揚々として志を得る。この時用神はたとえ別爻の下に伏蔵するも、礙事ならず。ただ元辰本身は生扶を得てまた旺相せねば管用せず、最も怕るはそれが冲せられ克せられ刑傷せらるること。
十一、用爻泄気の歌
(財動洩子孫之氣,子動洩兄弟之氣之類。)用逢洩氣動搖搖,作事消疏不遂頭,最喜元辰相救助,忌神發動切須愁。
いわゆる「泄気」は、用神が往きてその生ずる所の爻を生じて白白に自己を耗損す。例えば妻財が発動すれば便ち子孫の気を泄し、子孫が発動すれば便ち兄弟の気を泄す。歌訣に曰く、用神が泄気に碰上りてまた揺動定まらざれば、事を辦すれば散漫無力にして頭に到らず。この時最も喜ぶは元辰の出で来りて相救相助有る。若し再び忌神の発動に碰上れば、則ち真に発愁すべし。
十二、六爻安静の訣
卦遇六爻安靜,且看用與日辰,日辰克用及沖刑,其事宜當謹慎。更在世應推究,忌神切莫加臨,世應臨用及元辰,作事斷然昌盛。
六爻皆発動せざる卦を占い得れば、便ち先ず用神と当日日辰との関係を看る。日辰若し用神を克し、或いは用神と相冲相刑せば、占う所の事は格外に謹慎すべし。更に進んで世爻と応爻の上に推究すれば、最も要緊は忌神が世応の上に加臨せざること。世爻応爻若しちょうど用神或いは元辰に臨めば、あの辦む所の事は断然として昌盛す。
十三、六爻乱動の訣
六爻亂動事難明,須向親宮看用神。用若休囚遭克害,須知此事費精神。
六爻が紛紛として乱動し、頭緒が繁雑して、事情はかえって分明を看難し。この時本宮の親爻上に回って用神を認定するを須う。用神若しちょうど休囚に当たり気なく、また別爻の克害に遭えば、便ち知るべし、この椿の事は大いに一番の精神を費やしてはじめて辦り下げ得べしと。
十四、用爻が卦に上がらず或いは空亡に落つるの訣
用象如無或落空,就將本卦六親攻,動爻生用終須吉,若遇交重克用凶。夫用爻者,假如問子孫,則子孫為用爻。動爻生合則吉,沖剋則凶。或用爻不上卦,或落空亡,就將本宮六親用爻審明。飛伏生克,以定吉凶。《玄微賦》云:明用爻之得失,定事體之吉凶。
歌訣に曰く、用神の象若し卦に上がらず、或いは卦に上がっても空亡に落つれば、本卦の六親上より着手して推求せよ。動爻有りて来りて用神を生ぜば、終帰して吉なり。若し動爻の発動して来りて用神を克するに碰上れば、則ち凶。姚際隆注、いわゆる用爻とは、譬えば子孫の事を占問すれば、子孫爻がすなわち用爻なり。動爻有りて来りてそれを生じそれに合すれば便ち吉、来りてそれに冲しそれを克すれば便ち凶。若し用爻が卦に上がらず、或いは空亡に落ちれば、便ち本宮の六親の用爻を審辨清楚し、再び飛神伏神の間の生克関係に按じてもって吉凶を定む。《玄微賦》に曰く、用爻の得失を弄明白にせば、便ち事情の吉凶を判定する能く。
十五、用爻伏蔵の訣
用在旁宮號伏藏,若遭刑剋定非祥,縱然生旺無刑剋,作事平平不久長。卦中無本宮之卦,故曰伏藏。若各宮之第五、第六、第七之卦是也。《玄微賦》云:無氣伏藏,只利暫時之用。
歌訣に曰く、用神が本宮の爻位上に出現せずして、別宮の飛神の下に蔵るるを、便ち「伏蔵」と謂う。伏神若し再び刑に遭い克に遭えば、一定に好き事にあらず。たとえそれが生旺にして刑克なくとも、辦む所の事も不過平平にして長久しがたし。姚際隆注、卦中に本宮の属するあの六親の爻を見ざるゆえ、伏蔵と謂う。各宮の第五卦・第六卦・第七卦に常にこの種の情形有るがごとし。《玄微賦》に曰く、用神気無くしてまた伏蔵すれば、ただ一时の用に応付する能くのみ。
十六、用爻出現の訣
用爻出現在親宮,縱值休囚亦不凶,更得生扶兼旺相,管教作事永亨通。假如庚申日占卦,得寅木子孫為用爻,卻被日辰庚申金克了,是日辰克用,凶也。若得卦中亥子元辰發動,則又無事。又如庚申日占卦,得子水妻財為用爻,卻喜庚申金能生子水。又申子辰三合,是日辰與用相生合也。《玄微賦》云:用爻急要日辰生扶。是也。
歌訣に曰く、用神が堂堂正正と本宮の親爻上に出現せば、たとえ正しく休囚に当たるも凶と算せず。若し再び生扶を得てまた旺相せば、管保して辦む所の事は永久に亨通せん。姚際隆注、譬えば庚申の日に卦を占い、寅木の子孫を取って用神と作すも、却って日辰庚申の金に克せらるるは、これすなわち日辰が用を克す、凶を主る。然れども若し卦中に亥・子水の元辰の発動して寅木を生ずる有らば、便ちまた妨げなし。また同じく庚申の日に卦を占い、子水の妻財を取って用神と作せば、便ちちょうど庚申の金が子水を生ずる能く。況や申子辰の三合が局を成す、これは日辰と用神とすでに相生しまた相合す。《玄微賦》の謂う所の「用爻急要日辰生扶」は、講ずる正しくこの道理なり。
十七、用爻空亡の訣
空在旁宮不斷空,(即伏藏不論空亡也。)空如出現卻為空;忌神最喜逢空吉,用與元辰不可空。春土夏金秋是木,三冬逢火是真空;(春之辰戌丑未,夏之申酉,秋之寅卯,冬之巳午,四季月之亥子,是為真空。)旬中占得真空卦,縱吉須知到底凶。
歌訣に曰く、落空の爻若し別宮に蔵れて伏神を為せば、便ち空亡を按じて論ぜず(姚際隆注、これすなわち伏蔵は空亡を論ぜずの意)。若し卦中に出現して落空せば、あれはじめて真に空と算す。忌神は最も好く空に逢い、空に逢えば便ち吉。用神と元辰とは却って万々に落空すべからず。何をか「真空」と謂うに至っては、春天の土爻・夏天の金爻・秋天の木爻・冬天の火爻は皆真空なり(姚注、春季の辰戌丑未、夏季の申酉、秋季の寅卯、冬季の巳午、四季月の亥子は皆真空と算す)。若し旬空の内に真空の卦を占い得れば、たとえ卦象の看るに吉なるも、また知るべし、到頭に依として凶なるを。
十八、日辰の訣
問卦先須問日辰,日辰克用不堪親,日辰與用相生合,作事何愁不稱心。
卦象を占問するに先ず当天の日辰を問清するを須う、日辰は一卦の主宰なればなり。日辰若し用神を克せば、この卦は便ち親近すべからず、問う所の事は指望有りがたし。日辰若し用神と相生相合せば、然らば事を辦するに何ぞ愁えん意に称わざるを。
十九、六神空亡の訣
青龍空亡家虛喜,朱雀空亡訟得理。勾陳空亡無勾連,螣蛇空亡怪異已。白虎空亡病可痊,玄武空亡盜賊死。
青龍は喜慶を主る、それが空亡に落つれば、家中の喜事は便ち一場の空歓喜。朱雀は口舌文書を主る、それが空亡に落つれば、官司はかえって理を占むる能く。勾陳は牽連を主る、それが空亡に落つれば、牽扯糾纏の事なし。螣蛇は怪夢驚異を主る、それが空亡に落つれば、怪異の事は此に到りて止む。白虎は喪病を主る、それが空亡に落つれば、病人は痊癒すべし。玄武は盗賊陰私を主る、それが空亡に落つれば、盗賊は自敗す。
二十、六神吉凶の訣
青龍百事盡和諧,朱雀文書公事來。勾陳克世爭田土,螣蛇入夢十分乖。白虎主多驚與厄,若言玄武失其財。
青龍が爻に臨めば、百様の事情皆和順にして諧美なり。朱雀が爻に臨めば、主として文書が手に到るか公家の事情が門に找ね来る。勾陳が爻に臨みて世を克せば、主として田地房産のため争執を起す。螣蛇が爻に臨めば、主として惡夢が睡に入り諸事十分に乖違す。白虎が爻に臨めば、多く主として驚恐と災厄。玄武が爻に臨むに至っては、あれは便ち財を破り物を失わんとす。
二十一、六親発動の訣
父動當頭克子孫,病人無藥主昏沉。姻親子息應難得,買賣勞心利不存。觀望行人書信動,論官下狀理先分。士人科舉登金榜,失物逃亡要訴論。子孫發動傷官鬼,占病求醫身便痊。行人買賣身康泰,婚姻喜美是前緣。產婦當生子易養,詞訟私和不到官。遏貴求名休進用,勸君守分聽乎天。
父母爻が当頭に発動すれば便ち子孫を克す。病を占えば則ち薬無く医すべきなきがごとく、昏沉して醒めざるを主る。婚姻子嗣を求めて如願を得がたし。売買を作せば徒然に心を労して利を図るなし。然れども行人を等候するを占えば、則ち書信が先に動くを主る。官司を打ち状子を逓れば、理は先に分明なり。書を読む人は科挙に応じて金榜に登る能く。失物と逃亡の事に至っては、便ち官に告げて理論するを得。子孫爻が発動すれば則ち官鬼を傷る。病を占い医を求めれば、身子便ち痊癒する能く。行人は平安にして売買は順遂、身体康泰なり。婚姻は美満にして、これ前世の縁分なり。産婦が臨盆して子を生むは養い好し。詞訟は私下に和解するべく、公堂に対簿するを須いず。ただ貴人を謁見し功名を求取せんと想うは、この時進用に宜しからず、なお本分を安守して天意に聴凭するを勧め奉る。
官鬼發動克兄弟,婚姻未就生滯疑。病因門庭禍祟來,耕種蠶桑皆不利。出外逃亡定見災,詞訟官非有囚繫。買賣財輕賭博輸,失脫難尋多闇昧。財爻發動克文書,應舉求名總是虛。將本經營為大吉,親姻如意樂無虞。行人在外身將動,產婦求神易脫除。失物靜安家未出,病人傷胃更傷脾。兄弟交重克了財,病人難愈未離災。應舉雷同為大忌,官非陰賊耗錢財。若帶吉神為有助,出路行人尚未來。貨物經商消折本,買婢求妻事不諧。
官鬼爻が発動すれば便ち兄弟を克す。婚事は成らずして阻滞疑慮を生出す。病を生ずるは門庭上に招き来たる禍祟なり。耕種も養蚕も皆順利ならず。門外に出でる或いは逃亡を追捕するは必定に災を見る。詞訟官非は牢獄拘繋の憂有り。売買を作せば利薄く、賭博は必ず輸す。物を丢了すれば找得がたく、多半は下落晦暗にして明ならず。妻財爻が発動すれば便ち文書を克す。考に応じ名を求むるは終帰して落空す。然れども本銭を拏りて経営せば大吉。婚姻親事は如意にして快活無憂。門を出でる人は外に在りてまさに動身せんとす。産婦は神の保佑を求めて順産を得易し。失物はなお静静に家裏に在りて門を出でず。ただ病人は胃を傷りまた脾を傷り易し。兄弟爻が重曡して発動すれば便ち妻財を克掉す。病人は好くなりがたく、災病は未だ離れず。考に応ずる時は最も巻面の雷同を忌む。官非と暗中の小人と一同に錢財を耗損す。若し兄弟が吉神を帯びれば、倒れて幇手有ると算すべし。門外に出でる人はなお帰り来らず。貨を販し商を経るは本を折らん。婢僕を買い妻室を求むるの類の事は皆諧合せず。
二十二、六親持世の歌
父母持世及身宮,旺相文書喜信逢;田宅禾苗皆遂意,占胎問病卻成凶。子孫持世為福神,事成憂散穀財盈;占胎問病重重喜,遏貴求官反不亨。官鬼持世必得官,文書印信兩相看;占婚問病俱凶兆,破宅傷財身不安。陰為妻妾陽為財,持世持身總稱懷;財穀田蠶收百倍,若占病產鬼為胎。陽為兄弟陰姊妹,所問所謀皆退悔;又使凶神同位臨,到頭不遂空勞費。
父母爻が世を持ち或いは身爻に臨めば、若し旺相を得れば、主として文書と喜訊と到来す。田宅・禾苗を占えば皆称心如意。然れども胎孕を占い疾病を問えばかえって凶と成る。子孫爻が世を持てば、それは本より福神なり。事情は辦成を得、憂愁は消散を得、穀物錢財は盈満す。胎孕を占い疾病を問えば重重に是れ喜なり。ただ貴人を謁し官職を求めんと想うはかえって亨通せず。官鬼爻が世を持てば、必ず官職を求め得る能く、なお文書印信を一併に参看するを須う。然れども婚姻を占い疾病を問えば皆凶兆なり、主として家宅を破損し錢財を損傷し自身安からず。陰爻は妻妾を主り陽爻は財物を主り、妻財爻が世を持ち身を持てば総じて称心なり。銭糧・田産・蚕桑は皆収成百倍する能く。不過疾病を占い生産を占う時は、便ち鬼爻を把って胎気と作して看るを須う。陽爻は兄弟を主り陰爻は姊妹を主り、兄弟爻が世を持てば、問う所謀む所は皆退悔を須う。若し再び凶神がそれと同位に加臨有らば、到頭に事情成らず、白白に神を労し力を費やす。
二十三、六親変化の歌
父母化父母,文書定不許;化子進人丁,化鬼身遷舉;化財宅長憂,兄弟本身取。子孫化子孫,人財兩稱情;化父田蠶旺,化財加倍榮;化鬼憂病產,兄弟必相爭。官化官為祿,求官宜疾速;化財占病凶,化父文書逐;化子必傷官,化兄家不睦。妻財化妻財,錢龍入宅來;化官憂戚戚,化子笑哈哈;化父宜家宅,化兄當破財。兄弟化兄弟,凡占無所利;化父父憂驚,化財財未遂;化官身有災,化子卻如意。
父母爻が発動して父母を変出せば、文書の事は定めて批り下されず。子孫を変出せば、主として人を添え口を進む。官鬼を変出せば、自身は升遷薦挙を獲るべし。妻財を変出せば、一家の長に憂有り。兄弟を変出せば、則ち自己の身上に応ず。子孫爻が子孫を変出せば、人丁と錢財と両様皆称心なり。父母を変出せば、田産蚕桑は興旺す。妻財を変出せば、利を獲ること加倍す。官鬼を変出せば、憂は疾病と生産とに在り。兄弟を変出せば、必ず争奪有らん。官鬼爻が官鬼を変出するは禄なり、官を求めて抓紧して早く趁るを須う。妻財を変出せば、病を占えば則ち凶。父母を変出せば、文書は追随して来る。子孫を変出せば、必定に官職を傷らん。兄弟を変出せば、家中は和睦せず。妻財爻が妻財を変出するは、これ銭龍が門に入るなり。官鬼を変出せば、憂愁戚戚たり。子孫を変出せば、笑は顔に逐い開く。父母を変出せば、家宅に宜し。兄弟を変出せば、必定に財を破らん。兄弟爻が兄弟を変出せば、何を占うも好処なし。父母を変出せば、父母に憂驚有り。妻財を変出せば、財は手に到らず。官鬼を変出せば、自身に災有り。ただ子孫を変出するのみ、はじめて称心如意と算すべし。
二十四、六神歌の断
發動青龍萬事通,進財進祿福無窮。臨凶遇殺都無礙,惟忌臨金與落空。朱雀交重文印旺,殺神相併謾勞功。是非口舌皆因此,持水臨空卻利公。勾陳發動憂田土,累歲迍邅遇殺逢。持水落空方脫灑,縱饒安靜也迷濛。螣蛇發動憂縈絆,怪夢陰魔暗裡攻。持木落空方始吉,交重旺相必然凶。白虎交重喪惡事,官司病患必成凶。持金坐世妨人口,遇火臨空便不同。玄武動搖多闇昧,若指旺相賊交攻。土爻相併邪無犯,帶殺依然咎在躬。
青龍が発動すれば則ち万事亨通し、財を進め禄を進め、福気無窮なり。たとえ凶爻悪煞に遇うも皆妨げなし、ただ忌むはそれが金爻に臨む(金は青龍の木を克す)および空亡に落つるを。朱雀が重曡して発動すれば、文書印信の事は興旺す。然れども若し凶煞と併臨せば、便ち白費の力气。一切の是非口舌は皆それにより起る。若し朱雀が水爻に臨みまた空に逢えば、かえって公家の事に利有り。勾陳が発動すれば主として田地房産のため発愁し、若し再び凶煞に遇えば、連年困頓して順ならず。ただそれが水爻に臨みて落空すれば、人は解脱を得る。然らざればたとえ安静不動なるも、事情はもまた一片の迷蒙なり。螣蛇が発動すれば主として牽絆糾纏を受け、怪夢と陰邪と暗中に侵擾す。それが木爻に臨みて落空してはじめて吉と算し、若し重曡して発動しまた旺相せば、必定に凶を主る。白虎が重曡して発動すれば主として喪事悪事、官司と病患とは必ず凶険を成す。それが金爻に臨みまた世爻上に坐せば、家中の人口を妨害す。若し火爻に遇い或いは空亡に臨めば、情形は便ち同じからず。玄武が動揺すれば主として諸事暗昧にして明ならず、若しそれが旺相せば、すなわち盗賊が交相侵擾す。土爻有りてそれと併臨せば、邪祟は便ち相犯する能わず。然れども若し凶煞を帯びれば、災咎は依として旧り自己の身上に落つ。
二十五、年建天符
(太歲爻也。子年即看子爻,主管一年之事。)天符青龍木,發動加官祿;在外益資財,內搖生眷屬。天符朱雀火,文書非小可;殺並是非生,內搖家事瑣。天符勾陳土,田蠶十分許;殺並事勾連,螣蛇同類取。天符白虎金,經營必稱心;殺神如並者,禍患定來侵。天符玄武水,陰私並賊鬼;若於吉神交,變憂而成喜。
「年建天符」とはすなわち太歳爻。子年なれば便ち卦中の子爻を看る、それは一整年の事を主管す。天符が青龍・木爻と相配し、発動すれば便ち官を加え禄を進む。外卦に動けば主として資財を増益し、内卦に動けば主として眷属が丁を添う。天符が朱雀・火爻と相配せば、文書の事は小可に非ざる。若し凶煞と併臨せば便ち是非を生じ、内卦に動けば則ち家中の瑣事絶えず。天符が勾陳・土爻と相配せば、田産蚕桑は十分に可望なり。若し凶煞と併臨せば便ち牽連糾纏の事有り。螣蛇もまた土に属し、これに照らして類推すべし。天符が白虎・金爻と相配せば、経営売買は必定に称心なり。若し凶煞と併臨せば、禍患は一定に来り侵さん。天符が玄武・水爻と相配せば、主として陰私と盗賊の事。然れども若し吉神と交会せば、かえって能く憂を転じて喜と為す。
二十六、月建直符
(正月寅爻動是也。主管一月之事。)月建為青龍,動則不雷同;內搖人口旺,外動祿財豐。前三為朱雀,文書不待約;吉助有升遷,殺交遭繫縛。後三為玄武,所謀皆不許;在外損錢財,在家憂宅主。對宮為白虎,凡占當忌取;外動有憂驚,內搖生疾苦。後一為勾陳,連連碎事侵;旺相尤為咎,休囚禍更深。螣蛇正辰起,逐月逆流行;內外皆為咎,空亡卻稱情。
「月建直符」とは当月の月建の臨む所の爻を指し、例えば正月は寅爻の発動を看る、それは一個月の事を主管す。月建本位はすなわち青龍、それ一動すれば便ち尋常と同じからず。内卦に動けば主として家中の人口興旺し、外卦に動けば主として俸禄錢財豊足す。月建より前に数えて第三位を朱雀と為し、主として文書は約期を待たず自ら到る。吉神の相助有れば便ち升遷を得、凶煞と交并就すれば則ち拘繋捆縛に遭う。後に数えて第三位を玄武と為し、謀む所の事は皆准獲せず。外卦は主として錢財を損失し、内卦は主として憂が宅主に及ぶ。月建と相対する一宮を白虎と為し、およそ占うに皆忌諱に当たるべし。外卦に動けば憂驚有り、内卦に動けば疾苦を生ず。後に数えて第一位を勾陳と為し、主として接連断えざる瑣碎の事が来りて糾纏す。それが旺相の時は咎尤重く、休囚の時は禍患かえって更に深し。螣蛇は正月の辰位より起り、月を逐うて逆行す。内卦外卦の発動を論わず皆咎なり、ただ空亡に落ちてのみかえって称心なり。
二十七、日建伝符
(子日子爻動,管一日之事。)日建加青龍,則祿喜重重;朱雀宜施用,勾陳事未通。螣蛇多怪異,白虎破財凶;玄武陰私撓,應在日辰中。
「日建伝符」とは当日の日辰の臨む所の爻を指し、例えば子日は卦中の子爻の発動を看る、それはこの一天の事を主管す。日建若し青龍に加臨せば、禄位と喜慶と重重にして来る。朱雀に加臨せば、正しく文書言語の用を施展するに宜し。勾陳に加臨せば、事情は便ちなお通暢せず。螣蛇に加臨せば、多く怪異の事有り。白虎に加臨せば、主として財を破りて凶。玄武に加臨せば、則ち陰私の事に攪擾せらる。これらの吉凶の応期は、皆日辰の値する所のあの一天裏に落つ。
二十八、神殺断例
問喜宜天喜,消愁天解星。大殺休施用,咸池莫問婚。病遇天醫瘥,囚因血忌刑。求雨占雷殺,占身忌殺神。往亡休出入,負結好饒人。三丘並五墓,飛簾及浴盆。四般休問病,占孕亦憂驚。公訟忌刑害,亡劫事難伸。天德與財德,萬事得圓成。吉凶隨例斷,慎勿順人情。凶處忌有氣,吉處忌凶神。子旬無戌亥,六甲細推論。
喜慶の事を問うは、最も天喜星を見るに宜し。憂愁を消解せんと要すれば、則ち天解星を看る。大殺に碰上れば、何事も往きて施行するなかれ。咸池に碰上れば、便ち婚姻を問うなかれ。病人は天医星に遇いて痊癒すべく、囚繋せらるるは多く血忌と刑煞とに因る。雨を求むるは雷殺を占うを須い、自身を占えば則ち凶殺の神を見るを忌む。往亡日に逢うて門を出で遠行するなかれ、負結煞に遇えば則ち寛譲して人を饒すに宜し。三丘・五墓・飛帘・浴盆のこの四種の煞は、皆拿りて疾病を問うなかれ。孕育を占いてこれらに遇えばまた憂驚を主る。官司を打つは刑煞害煞を見るを忌み、亡神劫煞に遇えば則ち事情は申雪しがたし。若し天徳・財徳の二神を見れば、万事皆円満に成就する能く。神煞の吉凶は此の定例に按じて断ず、切に人情に順いて好话を説く勿れ。凶神の在る所の処はそれに気有るを怕れ、吉神の在る所の処は凶煞の相冲有るを怕る。旬空の算法は甲子の一旬の中に戌亥無きがごとく、六甲各旬皆仔細に推論するを須う。
附・六爻諸占定位
初爻、二爻、三爻、四爻、五爻、六爻。天時:雲、露、風、雷、雨、天。家宅:井、灶、床、門戶、人口、棟宇。身命:小口、妻妾、兄弟、母、父、廟宇。國事:庶民、士子、大夫、公候、天子、太廟。鬼神:井神、司命、家先、土地、社司、天神。求謀:心事、身事、家事、人事、官事、國事。疾病:足□、腿肢、□、□、心肺、頭腦。六畜:雞、犬、豬、羊、牛、馬。出行:己身、伴侶、行李、車馬、道路、店舍。
これは爻位に按じて占う所の事類を分配する対照の表にして、初爻より六爻に至り依次に排列す。天時を占うに、初爻は雲、二爻は露、三爻は風、四爻は雷、五爻は雨、六爻は天。家宅を占うに、初爻は水井、二爻は爐竈、三爻は床席、四爻は門戸、五爻は家中の人口、六爻は屋梁棟宇。身命を占うに、初爻は幼小の子女、二爻は妻妾、三爻は兄弟、四爻は母親、五爻は父親、六爻は祖廟。国事を占うに、初爻は庶民、二爻は士子、三爻は大夫、四爻は公侯、五爻は天子、六爻は太廟。鬼神を占うに、初爻は井神、二爻は司命竈神、三爻は家の先祖考、四爻は土地、五爻は社司、六爻は天神。事を謀むを占うに、初爻は心中の事、二爻は一身の事、三爻は一家の事、四爻は人と交涉の事、五爻は官府の事、六爻は国家の事。疾病を占うに、初爻は足(次の一字は底本漫漶)、二爻は腿と四肢、三爻・四爻の両処は底本欠字、五爻は心肺、六爻は頭腦。六畜を占うに、初爻は鶏、二爻は犬、三爻は猪、四爻は羊、五爻は牛、六爻は馬。出行を占うに、初爻は自身、二爻は同伴、三爻は行李、四爻は車馬、五爻は道路、六爻は客店。
買賣:行貨、己身、伴侶、中途、店舍、地頭。蠶桑:蠶、苗、葉、□、蔟、繭。田禾:牛、谷種、□、□、□、水。行人:足、身、門、戶、道路、地頭。產育:產婦、胞胎、看生、夫身、收生婆、公婆。斗歐:口舌、罵詈、拳手、梃杖、刀槍、官□。詞訟:耆保、州縣、府、監司、部臺、聖駕。盜賊:家賊、都裡、街市、外縣、外府、外省。逃亡:鄉、市、鎮、縣、州、外境。
売買を占うに、初爻は販ぐ所の貨物、二爻は自身、三爻は同伴、四爻は中途、五爻は客店、六爻は目的地。蚕桑を占うに、初爻は蚕、二爻は桑苗、三爻は桑葉、四爻は底本欠字、五爻は蚕蔟、六爻は蚕繭。田禾を占うに、初爻は耕牛、二爻は穀種、三・四・五爻は底本皆欠字、六爻は水。行人を占うに、初爻は脚、二爻は身、三爻は門、四爻は戸、五爻は道路、六爻は至る所の地。生産を占うに、初爻は産婦、二爻は胎児、三爻は生を看る人、四爻は丈夫、五爻は接生婆、六爻は公婆。闘毆を占うに、初爻は口舌、二爻は対罵、三爻は拳脚、四爻は棍棒、五爻は刀槍、六爻は官府(次の一字は底本漫漶)。詞訟を占うに、初爻は郷里の耆老保正、二爻は州県、三爻は府衙、四爻は監司、五爻は部院台省、六爻は天子。盗賊を占うに、初爻は家裏の賊、二爻は本郷本里、三爻は街市、四爻は外県、五爻は外府、六爻は外省。逃亡を占うに、初爻は本郷に蔵れ、二爻は集市に在り、三爻は鎮上に在り、四爻は県裏に在り、五爻は州中に在り、六爻はすでに境外を出でたり。
卜筮全書 巻之五・闡奥歌章下
一・陰晴雨晦の章(四首)
(一)乾為天象震雷龍,坎兌為陰巽起風。坤艮往來無雨象,火山交動日和融。乍雨乍晴離坎並,半陰半晦兌離重。殺臨未濟終須濟,既濟雖陰雨不充。巽入坎來風後雨,兌臨坤位細濛濛。畜過密雲終不雨,隨臨沾渥歲時豐。天地不交膏不降,陰陽相併荷天公。八純火動游魂木,火傘炎炎張太空。地火明夷天色晦,火雷噬磕電光紅。
第一首。乾卦は晴朗の天象、震卦は雷と龍とを主る。坎・兌の二卦は陰を主り、巽卦一たび来れば便ち風を起す。坤・艮の両卦は往来交錯し、雨を下るの象なし。離火と艮山と交動すれば、則ち日色は和暖融融たり。忽ち雨忽ち晴は、離と坎と並び見るなり。半陰半晦は、兌と離と重曡するなり。凶煞が《未済》上に落つれば、終に依として既済に転じて晴を放たん。占い得て《既済》なれば、天は陰ると雖も雨は下り透らず。巽が坎中に入るは、先ず風を起し後に雨を落す。兌が坤位に臨むは、細雨蒙蒙たり。《小畜》《大畜》を占い得れば、たとえ密雲有りとも終帰して雨せず。《随》卦を占い得れば、則ち雨露沾足して年成豊饒なり。天地の気交わらざれば、甘霖は便ち降り来らず。陰陽彼此に并合すれば、便ち上天の賜に感戴すべし。八純卦にして火爻発動し、游魂卦にして木爻発動すれば、皆主として烈日が火傘のごとく天上に張る。《地火明夷》を占い得れば、天色晦暗す。《火雷噬嗑》を占い得れば、電光通紅なり。
離爻帶殺晴明斷,朱雀飛揚事一同。大有不重天朗朗,同人安靜日烘烘。晉有龍爻終雨少,屯無雷殺只雲濃。龍動澤山咸大吉,虎交天水訟無功。勾陳帶土來持世,縱有陰雲不濟農。玄武水爻霖大作,青龍木德澤無窮。坎宮雷殺交重並,大雨傾盆霹靂攻。最喜子辰來坎位,卻嫌戌午到離宮。陽重陰現陰須準,陰變陽爻陽不從。
離爻が凶煞を帯びれば、天必ず晴を放つと断定すべし。朱雀が飛揚発動すれば、道理はこれと相同じ。《大有》を占い得て爻が重ねて動かざれば、天色朗朗たり。《同人》を占い得て六爻安静なれば、日頭烘烘たり。《晋》卦を占い得ればたとえ青龍の爻有りとも、雨は終に下ること少なし。《屯》卦を占い得て雷煞無ければ、也不過濃雲のみ。青龍が発動しまた《沢山咸》を占い得れば、大吉。白虎が交動しまた《天水訟》を占い得れば、雨を求めて功なし。勾陳が土爻を帯びて来りて世を持てば、たとえ陰雲有りとも農事を接済し得ず。玄武が水爻に臨めば、霖雨大作す。青龍が木徳に合すれば、恩沢無窮なり。坎宮の卦にして雷煞が重曡して併臨せば、必ず大雨傾盆にして霹靂交攻す。最も喜ぶは子・辰の支が坎位上に落つるを、最も嫌悪するは戌・午の支が離宮に跑到するを。陽爻が重曡して陰象顕現せば、陰雨の説は便ち准なり。陰爻が変じて陽爻と成れば、あの陽晴の説はかえって霊ならず。
壬丙電光禾穀潤,乙庚雷雨歲豐隆。應身白虎成虛設,克世勾陳更不中。玄武克身收稻穀,火神傷世損田公。純陽安靜多應旱,發動純陰四海通。內外相生奇偶合,滂沱如注聽淙淙。雷殺水神雙入坎,不憂無雨卻憂洪。火神變水加龍虎,東畔才陰西見虹。不動龍爻玄武水,徒勞舉目望蒼穹。欲占雨信期何日?水旺龍生身對沖。龍水身雷俱不動,九江四瀆被天封。
壬水と丙火と相激して電光を成せば、禾穀は潤を得。乙木と庚金と相合して雷雨を発せば、年歳豊隆なり。白虎が応爻・身爻上に落つれば、虚設にして用無きに等し。勾陳が来りて世爻を克せば、更に中らず用なし。玄武が身爻を克せば、稲穀は収得すべし。火神が世爻を傷れば、田を種る人は損を受くべし。全卦純陽にして安静なれば、多半は天旱に応ず。純陰にして爻爻発動すれば、四海の内雨水通達す。内卦外卦が互相生助し奇偶陰陽相合せば、あれは便ち大雨滂沱にして淙淙の水声を聴くべし。雷煞と水神と一斉に坎宮に入れば、雨無きを愁えず、倒れて大水を発するを愁うべし。火神が変じて水爻を出してまた青龍白虎を加えれば、往往にして東辺はちょうど陰り西辺に便ち虹を出す。青龍の爻動かず玄武の水もまた動かざれば、あれはただ白白に頭を擡げて蒼天を望むのみ。雨の下る日期を占わんと要すれば哪一日か。則ち水爻旺相・龍爻生を得るの日、或いは身爻と相冲する日を看る。若し龍爻・水爻・身爻・雷煞が统统に動かざれば、あれは便ち九江四瀆皆上天に封住せられて、滴雨下らず。
(二)艮火相交可決晴,水衰火旺日光明。占晴但看庚交甲,卜雨休教甲變庚。庚甲互交龍虎助,狂風猛雨聽雷聲。火神搖動加離位,皎皎金烏漾赤輪。(三)凡人占卦問陰晴,水動雨兮火動晴。木動風生土陰晦,金爻發動雨沉沉。
第二首。艮土と火爻と交会せば、天晴を断定すべし。水爻衰えて火爻旺んなれば、日光は明朗なり。天晴を占うはただ庚金の爻が交変して甲木と為るを看る、雨を下るを占えば則ち甲木の爻をして庚金に変ぜしむるなかれ。庚甲が互相交変し、また青龍白虎の相助有れば、則ち狂風暴雨の中の雷声を聴くべし。火神が揺動しまた離位に加臨せば、あれは一輪の皎潔の太陽が赤色の光輪を蕩漾す。第三首。およそ人が卦を占いて陰晴を問えば、水爻動けば雨を主り、火爻動けば晴を主る。木爻動けば則ち風を起し、土爻動けば陰晦し、金爻発動すれば主として細雨沉沉たり。
(四)財興雲雨鬼興雷,子動紅霞霽色開。父動乍晴還乍雨,兄興風雹雪霜摧。占雨:以初爻為雲、二為電、三為風、四為雷、五為雨、六為天。初動雲奔鐵騎,二動電掣金蛇,三動狂風拔木,四動雷撼山川,五動大雨傾盆,六動翻江倒海。
第四首。妻財爻が興動すれば主として雲雨、官鬼爻が興動すれば主として雷を打つ。子孫爻が発動すれば、則ち紅霞天に満ち雨過ぎて晴を放つ。父母爻が発動すれば、忽ち晴れ忽ち雨。兄弟爻が興動すれば、則ち風を起し雹を下し霜雪が摧折す。雨を占うに爻位に按じて分配す。初爻は雲、二爻は電、三爻は風、四爻は雷、五爻は雨、六爻は天。初爻動けば、雲は涌きて鉄騎の奔馳するがごとし。二爻動けば、閃電は金蛇の疾掣するがごとし。三爻動けば、狂風は樹木を拔起す。四爻動けば、雷声は山川を震撼す。五爻動けば、大雨は傾盆して下る。六爻動けば、直にこれ江を翻し海を倒す。
占晴,以初爻為雲、二為露、三為霞、四為虹、五為日月、六為天。初動雲歸巖穴,二動露滴花梢,三動霞明錦繡,四動虹駕津樑,五動日張火傘,六動天浸冰壺。水化火驟雨晴明,火化水晴天變雨。六爻無水火逢空,不晴不雨陰天氣。
天晴を占うに爻位に按じて分配す。初爻は雲、二爻は露、三爻は霞、四爻は虹、五爻は日月、六爻は天。初爻動けば、雲は岩穴に帰りて天開く。二爻動けば、露珠は花梢の上に滴る。三爻動けば、雲霞は明麗にして錦繍のごとし。四爻動けば、長虹は橋のごとく渡口に架かる。五爻動けば、日頭は火傘のごとき暑熱を張る。六爻動けば、長天は澄澈して氷壺の裏に浸るがごとし。水爻が変じて火爻と為れば、急雨は晴明に転ず。火爻が変じて水爻と為れば、晴天は忽然として雨を下る。六爻の中にすでに水爻火爻無く、また皆空亡に逢えば、あれは便ち晴らず雨ならずの陰天なり。
二・禾苗田地の章(四首)
(一)應為種子世為田,世應相生獲萬全。種子克田尤小吉,世來克應儉時年。財爻旺相禾豐足,發動子孫為天福。更得青龍天喜重,高低遠近皆成熟。子孫發動合天符,財與龍爻出現枝。無殺無沖倉廩實,若逢二耗卻成虛。交重官鬼應難斷,金鬼蝗蟲火鬼旱。大殺同宮總不收,發動喜神猶減半。鬼爻扶水水來傷,土木同空卻不妨。鬼化為財宜晚種,財交父母兩重祥。官爻旺相渾無望,鬼落空亡事反常。財在外興遲下種,龍來內發早栽秧。
第一首。農事を占うに応爻をもって種子と為し世爻をもって田地と為し、世応相生すれば便ち万事周全なり。種子の爻が来りて田地の爻を克するは、なお小吉と算す。世爻が来りて応爻を克すれば、則ち歉收の年。妻財爻が旺相なれば、禾稼豊足す。子孫爻が発動すれば、あれは上天の賜福なり。若し再び青龍と天喜星とが重曡するを得れば、高処低処・遠田近田皆成熟する能く。子孫爻が発動して太歳天符と相合し、妻財と青龍の爻とまた枝干の爻位上に出現せば、ただ凶煞無く冲克無ければ、糧倉は必定に充実す。若し大耗小耗の二煞に碰上れば、収成は便ち空と成る。官鬼爻が重曡して発動すれば、収成は実に断定しがたし。金鬼は蝗虫を主り、火鬼は干旱を主る。大殺と鬼と同じ一宮に在れば、終帰して顆粒の収無し、たとえ喜神発動するもただ一半を減軽する能くのみ。鬼爻若し水爻の扶助を得れば、すなわち水が来りて害を為す。土爻木爻が一同に落空すれば、かえって妨事ならず。鬼爻が変じて財爻と成れば、晚く種を下すに宜し。財爻と父母爻と交会するは、これ双重の吉祥。官鬼爻が旺相なれば則ち全く指望無し、鬼爻が空亡に落ちれば、事情かえって転じて好し。財爻が外卦に興動すれば、遅く種を下すに宜し。青龍が内卦に発動すれば、早く秧を栽るに宜し。
六爻安靜禾平吉,亂動青苗必受殃。妻財二耗同爻動,雖熟應知半入倉。財興內卦收千倍,財落空亡必有傷。龍與子孫同類取,克身持世穀無疆。若逢朱雀交重惡,白虎張牙總不良。玄武更加官鬼並,雖收只好辦官糧。火天大有都成熟,地火明夷遍處荒。天地不交休指望,陰陽和合好收藏。吉凶悔吝分明斷,六位旁通更審詳。
六爻安静なれば、禾稼は平平として吉を得。六爻乱動すれば、青苗は必定に殃に遭う。妻財と大耗小耗の二煞と同じ爻に発動すれば、庄稼は成熟すると雖も、ただ一半のみが倉に進む能く。財爻が内卦に興旺せば、収成は千倍を増すべし。財爻若し空亡に落つれば、必ず損傷有らん。青龍と子孫とは同じ一類に属し、合せて看るべし、それらが身爻を克し或いは世爻を持てば、穀物は多得して辺際なし。若し朱雀の重曡発動に碰上れば、あれは凶悪の象。白虎が牙を張り爪を舞わせば、終帰して好き事にあらず。玄武に再び官鬼を加えて併臨せば、たとえ糧を収むるも、ただ官府の賦税に交するに足るのみ。《火天大有》を占い得れば、処処成熟す。《地火明夷》を占い得れば、遍地荒蕪す。天地の気交わらざれば、便ち収成を指望するなかれ。陰陽和合せば、はじめて收割して儲蔵するを得好し。吉・凶・悔・吝は分明に判断するを須い、六個の爻位の間はなお旁通互看し仔細に審詳するを須う。
(二)六爻不可鬼相臨,六爻無鬼最吉。若鬼臨牛位主牛損,餘仿此。若值空亡逐一尋。六爻皆怕空亡,若不空最吉。金世生蟲火世熟。若世爻屬金,主生蟲;屬火則大熟也。木與土世主豐穀。若世爻屬木土,其年十分收成。若無諸殺相沖克,定許其年十倍盈。諸殺:即大耗、小耗等凶神是也。如無,可許十倍收成。若值震離相配合,雷火豐,主大熟之兆。自然豐稔動歡聲。
第二首、歌訣と自注と相間に在り。歌に曰く「六爻不可鬼相臨」、注、六爻の中に鬼爻無きは最も吉。若し鬼爻が耕牛の属する爻位上に落つれば、便ち牛に損傷有るを主り、其余の各爻はこれに照らして類推すべし。歌に曰く「若値空亡逐一尋」、注、六爻皆空亡に落つるを怕れ、落空せざるは最も吉。歌に曰く「金世生虫火世熟」、注、世爻若し金に属せば、主として虫害を生ず。火に属せば便ち大熟を主る。歌に曰く「木与土世主豊穀」、注、世爻若し木或いは土に属せば、こ の一年に十分の収成有り。歌に曰く「若无諸殺相冲克、定許其年十倍盈」、注、いわゆる諸殺とは、すなわち大耗・小耗の一類の凶神。若しそれら無ければ、十倍の収成を彼に許すべし。歌に曰く「若値震離相配合」、注、震上離下はすなわち《雷火豊》卦、これ大熟の兆。歌に曰く「自然豊稔動歓声」、年成豊熟して、処処是れ歓声なり。
(三)凡人占卦問耕田,子旺財明大有年。兄位交重防損壞,父興誠恐不周全。
第三首。およそ人が卦を占いて耕田の事を問うに、ただ子孫爻が旺しく妻財爻が明朗なれば、便ち大豊收の年。兄弟爻が重曡して発動すれば、便ち禾稼の損壊を提防するを須う。父母爻が興動すれば、ただ怕るは収成が周全しがたき——何となれば父母は子孫を克し、子孫は正しく農事の福神なればなり。
(四)世貞為年為田地,應悔為種為荒蕪。世克應兮倉廩積,外克內兮倉廩虛。初爻為田二為種,三為主長四苗秀,五爻為禾主收成,六是田夫主災咎。初爻鬼克田瘦瘠,二爻鬼克重耕植,三爻鬼克多穢土,四爻鬼克費耘力。五爻鬼克阻收成,六爻鬼克憂病疾。金爻為鬼旱蟲多,火爻大旱年荒飢,水鬼水災木鬼耗,土爻為鬼總非宜。大抵鬼空財旺相,豐年稔歲樂無虞。
第四首。世爻は内卦の「貞」、年成と田地とを代表す。応爻は外卦の「悔」、種子と荒地とを代表す。世爻が応爻を克せば、糧倉積満す。外卦が内卦を克せば、糧倉空虚す。爻位に按じて分かつ。初爻は田、二爻は種子、三爻は生長を主り、四爻は苗穂の秀出を主り、五爻は禾稼にして収成を主り、六爻は田を種る人にして災咎を主る。初爻が鬼に克せられれば、田地瘦瘠す。二爻が鬼に克せられれば、重新に耕種するを須う。三爻が鬼に克せられれば、田裏に穢雑の土多し。四爻が鬼に克せられれば、耘鋤の力を白費す。五爻が鬼に克せられれば、収成受阻す。六爻が鬼に克せられれば、憂は人に病疾有るに在り。鬼爻が金に属せば、主として旱にして且つ虫多し。火に属せば、主として大旱にして年荒れ民饑う。水鬼は水災を主り、木鬼は耗損を主り、土爻の鬼たるもまた終帰して宜しからず。大体に於て言えば、ただ鬼爻が落空して財爻旺相なれば、すなわち豊年熟歳にして安楽無憂なり。
三・住居宅第の章(四首・風水一首を附す)
(一)住宅休占火澤睽,鬼臨人口定分離。龍交大壯人財旺,虎並同人宅舍衰。二畜見龍財帛進,殺交兩過棟樑摧。貴持震巽生財本,喜入風雷立福基。離坎交重宜謹慎,艮坤安靜莫遷移。戶無徭役占逢賁,家有餘糧卜得頤。田宅興隆因大有,血傷財損為明夷。乾坤旺相增人口,澤地生成聚寶資。
第一首。住宅を占うに最も忌むは《火沢睽》を占到る。睽はこれ乖離、鬼爻また人を主る爻上に臨めば、家人は一定に分離せん。青龍が交動して《雷天大壮》を占い得れば、人丁と財帛と両旺す。白虎が併臨して《天火同人》を占い得れば、宅舍は便ち衰敗せん。《小畜》《大畜》の両卦を占い得て青龍を見れば、財帛門に入る。凶煞が交動しまた《小過》《大過》の両卦に逢えば、棟梁摧折す。天乙貴人が震・巽の二宮に臨めば、財源の本を生出する能く。天喜星が《風》《雷》の象に入れば、福気の根基を立起すべし。離・坎の二卦が重曡して交動せば、凡事謹慎に宜し。艮・坤の二卦が安静なれば、便ち搬遷するなかれ。《賁》卦を占到れば、家門は徭役を免るべし。《頤》卦を卜得れば、家中に余糧有り。《大有》を占い得れば、田産宅第興隆す。《明夷》を占い得れば、則ち血光の傷・錢財の損を見る。乾・坤の二卦が旺相なれば、人口を增添す。《沢地萃》生成の象は、能く宝貨資財を聚起す。
革鼎長男能幹事,晉升宅長有操持。妻財內旺為財斷,官鬼交興作怪推。木鬼壽棺停有日,金官硬物畜多時。休囚銅鐵皆先定,旺相金銀盡預知。水鬼井池中出現,土官牆壁內偷窺。火官內動無他事,古器多年再發輝。克世克身都不用,生身生世始堪為。水財內旺宜穿井,內發土財堪作池。金旺妻財金玉進,火財內發火光飛。木財到底宜營建,若犯空亡總是非。子若空亡家絕後,父母空亡宅必危。父子妻爻都旺相,豐盈財貨莫猜疑。更兼天喜青龍助,富貴康寧天賜伊。
《革》《鼎》の両卦を占い得れば、家中の長子は能く事を干す。《晋》《升》の両卦を占い得れば、一家の主は操持有り。妻財爻が内卦に旺盛なれば、便ち財を得に按じて断ず。官鬼爻が交相興動すれば、便ち作祟興怪に按じて推す。木爻の鬼たるは、寿棺が家に停放してすでに些かの日子有り。金爻の官鬼たるは、硬質の器物を収蔵して多時なり。鬼爻が休囚なれば、先ず銅鉄の器と断定すべし。鬼爻が旺相なれば、便ち金銀の物と預知すべし。水爻の鬼たるは、井池の中に出現す。土爻の官鬼たるは、墻壁の裏に窺伺す。火爻の官鬼にして内卦に発動せば、別に他事なく、多くは多年の古器が又重新に光を放つ。およそ世を克し身を克するは皆中らず用なし、能く身を生じ世を生ずるはじめて為す可有り。水財が内卦に旺盛なれば、水井を開鑿するに宜し。土財が内卦に発動すれば、池塘を修築すべし。金爻が旺しくして妻財と為れば、主として金玉門に入る。火財が内卦に発動すれば、則ち火光飛揚して火災を防ぐを須う。木財は到頭に依として興造営建に宜し。これら若し空亡を犯せば、便ち统统是非と成る。子孫爻若し空亡に落つれば、家裏は後を絶たん。父母爻が空亡に落つれば、宅舍は必定に危険なり。父母・子孫・妻財の三爻皆旺相なれば、財貨豊盈して猜疑するを須いず。若し再び天喜と青龍の相助を加えれば、あれは上天が彼に富貴康寧を賜うなり。
(二)凡占家宅之凶吉,初井二灶三床蓆。井乃在內之物,故初爻見之。灶又在井之外,故二爻見之。床蓆又在灶之外,故三爻見之。四為門戶五為人,門戶又在床蓆之外,故四爻見之。人乃屋之主,故五爻見之。六為棟宇兼牆壁。棟宇牆壁至外之物,故六爻見之。
第二首、歌句と自注と相間に在り。歌に曰く「凡占家宅之凶吉、初井二竈三床席」、姚際隆注、井は宅中最も裏辺の物、故に初爻に配す。竈また井の外面に在り、故に二爻に配す。床席また竈の外面に在り、故に三爻に配す。歌に曰く「四為門戸五為人」、注、門戸また床席の外面に在り、故に四爻に配す。人は屋子の主人、故に五爻に配す。歌に曰く「六為棟宇兼墻壁」、注、棟梁と墻壁とは最も外層の物、故に六爻に配す。
六爻俱靜人宅安,占家宅,若得六爻安靜,未論其他吉凶,居住定然安穩。好與隨爻仔細看。若值卦中有一爻變動,隨其所動而推詳之,則吉凶不逃藻鑑矣。鬼臨門戶家不寧,若官鬼在第四爻,主有官非口舌之事。螣蛇妖怪夢魂驚。螣蛇本主怪異邪魔之事,若在四爻發動,主妖怪出現,人口夢魘也。
歌に曰く「六爻倶静人宅安」、姚際隆注、家宅を占いて若し六爻安静を得れば、先ず他の吉凶を論ずるを須いず、住み下去れば一定に安穩なり。歌に曰く「好与随爻仔細看」、注、若し卦中に一爻の変動有れば、便ちこの動爻に随いて推詳すれば、吉凶は便ち明察の眼力を逃るる能わず。歌に曰く「鬼臨門戸家不寧」、注、官鬼若し第四爻(門戸の位)に落つれば、主として官司口舌の事有り。歌に曰く「螣蛇妖怪夢魂驚」、注、螣蛇は本来怪異邪魔の事を主る、若し四爻に於て発動せば、便ち主として妖怪の出現有り、家裏の人はなお悪夢を作りて魘せられん。
殺爻旺相官災起,占宅最怕勾陳動。鬼谷起勾陳殺例云:正月起辰二月卯,每月逆行一位。如正月占宅,辰爻動,便是殺旺,主官災起也。殺遇休囚疾病生。旺主官非,衰主疾病。六爻動多帶土木,卦中土木多爻動。若非起造即修營。雖不建造,亦當修理牆垣。六爻動多帶水火,卦中水火爻動。水火之災不暫停。主有水火災厄也。更被空亡並殺害,空亡殺害,俱非吉兆。狼籍破敗少人丁。主人家人丁損失、衰微破耗。
歌に曰く「殺爻旺相官災起」、姚際隆注、家宅を占うに最も怕るは勾陳の発動。《鬼谷》が勾陳殺を起るの例法に曰く、正月は辰より起り、二月は卯に在り、每月逆行して一位。譬えば正月に宅を占いて辰爻が発動せば、あれはすなわち殺神が旺に当たり、主として官災興起す。歌に曰く「殺遇休囚疾病生」、注、殺神旺相は官司を主り、衰弱すれば則ち疾病を主る。歌に曰く「六爻動多帯土木」、注、すなわち卦中の土に属し木に属する爻の動くこと多し。歌に曰く「若非起造即修営」、注、たとえ新建せずとも、また墻垣を修理すべし。歌に曰く「六爻動多帯水火」、注、すなわち卦中の水に属し火に属する爻の発動。歌に曰く「水火之災不暂停」、注、主として水災火災の厄有り。歌に曰く「更被空亡并殺害」、注、空亡に落ちまた殺神の加害に遇うは、皆吉兆にあらず。歌に曰く「狼籍破敗少人丁」、注、主としてこの家は人丁損失して家道衰微破敗す。
初為小口二妻妾。小口至卑,故在初爻。妻妄處小口之上,故在二爻。三為次長弟連兄。次長:乃伯叔兄弟也,位在三爻。四為母位五為父。五爻至尊之位,母本從父而行,故以四爻為母,而五爻為父也。六為祖宅及墳塋。六爻又在尊位之上,舍祖宅墳塋之外,他非所尊,故六爻見之。五行親屬更取用。五行:金木水火土也。以親戚本命所屬,合卦渾天甲所屬取用也。一家禍福自然明。若依上法取用,則一家內外親眷,禍福瞭然可知也。
歌に曰く「初為小口二妻妾」、姚際隆注、幼小の子女は地位最も卑し、故に初爻に配す。妻妾は小口の上に処る、故に二爻に配す(原文の「妻妄」は当に「妻妾」の形近の訛字なるべし)。歌に曰く「三為次長弟連兄」、注、いわゆる次長とは、すなわち伯叔兄弟のこの輩、位は三爻に在り。歌に曰く「四為母位五為父」、注、五爻は最も尊貴の位置、母親は本より父親に随い行くゆえ、故に四爻を母に配し五爻を父に配す。歌に曰く「六為祖宅及墳塋」、注、六爻また尊位の上に在り、祖宅と墳塋を除いては、再びそれより尊きは無し、故に六爻に配す。歌に曰く「五行親属更取用」、注、五行とはすなわち金木水火土。親戚の本命年の属する五行を、卦中の納甲各爻の属する五行に合せて取用す。歌に曰く「一家禍福自然明」、注、若し上面の方法に照らして取用せば、一家の内外親眷の禍福は、便ち一目瞭然なり。
大凡欲要論血財,血財乃六畜也。卦中仔細與推排。卦中造化,當仔細與推詳也。一爻數至四五六,若問六畜,亦當次第論之。雞犬豬羊牛馬畜。初雞、二犬、三豬、四羊、五牛、六馬,看所占何畜,以其爻有氣無氣斷之。有形無氣即傷殘,當看所屬爻分有無形氣。形即畜之本命,氣即看其衰旺耳。有氣無形即生育。雖無本肖,假如占羊,第四爻是財,有氣無形,為吉兆也。仍於十二肖中求。六畜各有生肖,當與求之,依前法斷。
歌に曰く「大凡欲要論血財」、姚際隆注、いわゆる血財とは、すなわち六畜。歌に曰く「卦中仔細与推排」、注、卦中の造化は、当に仔細に推詳すべし。歌に曰く「一爻数至四五六」、注、若し六畜の事を問えば、また爻位に按じて依次に論断するを須う。歌に曰く「鶏犬猪羊牛馬畜」、注、初爻は鶏、二爻は犬、三爻は猪、四爻は羊、五爻は牛、六爻は馬。占う所が哪一种の牲畜たるを看て、便ちあの一爻の気有るか無気かに按じて断ず。歌に曰く「有形无気即傷残」、注、属するあの一爻上に「形」と「気」と有るや無きやを看るを須う——「形」はすなわちこの牲畜の本命生肖、「気」は則ちそれの旺か衰かを看る。歌に曰く「有気无形即生育」、注、たとえ卦中にその本命生肖を見ずとも、譬えば羊を占いて第四爻が妻財なれば、気有りて形無しも、また吉兆と算す。歌に曰く「仍于十二肖中求」、注、六畜は各々その生肖有り、皆前の办法に照らして求め断ずべし。
未為羊兮丑為牛。未羊丑牛,他可類推。坤牛乾馬卦中求。《說卦》坤為牛,乾為馬,此但舉其大概,若以《說卦》考之,雖萬殊可知。更論旺相與休囚。論其衰旺,以斷凶吉。乾兌休囚鼎鐺破。乾兌二卦皆屬金,若遇休囚,主鼎鐺破碎不全。卦如死氣分明課。大凡卦值死氣,豈能為好?當分明與占也。坎衰古井及枯池。坎本水象,休囚,主人家有涸井及枯池。離衰灶鬼將興禍。離為火,若值休囚,主人家灶神欲為禍患。
歌に曰く「未為羊兮丑為牛」、姚際隆注、地支の「未」は羊に属し「丑」は牛に属す、其余はこれに照らして類推すべし。歌に曰く「坤牛乾馬卦中求」、注、《説卦伝》に坤は牛を為し乾は馬を為すと講ず、ここにただ大概を挙ぐるのみ。若し真に《説卦》に按じて考究せば、たとえ物象千差万別なるも皆推知する能く。歌に曰く「更論旺相与休囚」、注、その衰旺を論じ、拠って吉凶を断ず。歌に曰く「乾兌休囚鼎鐺破」、注、乾・兌の両卦は皆金に属す、若し休囚に逢えば、主として家中の鍋鼎は破損残缺す。歌に曰く「卦如死気分明課」、注、大凡卦が死気に逢えば、何処でか好からん。占う時は当に分明に説白すべし。歌に曰く「坎衰古井及枯池」、注、坎は本より水の象、休囚に逢えば便ち主としてこの家に干涸の井と枯竭の池と有り。歌に曰く「離衰竈鬼将興禍」、注、離は火を為す、若し休囚に逢えば、主としてこの家の竈神は作祟して禍を興さん。
震巽傷兮樑棟摧,坤艮傷兮土動來。震巽屬木,若有殺神傷克、及休囚死絕,必主樑崩柱壞也。坤艮屬土,若被沖剋及休囚,必主牆坍土陷也。卦中震巽重重旺,兩宮旺相,乃木象興隆也。興工欲創新樓臺。木爻大發,宜其建造宏麗也。卦中坤艮殺兼鬼,丙丁日得地山謙卦,二爻是鬼,是勾陳殺,則是坤艮殺兼鬼也。因知墳墓欲為災。若鬼殺蘊於坤艮,主人家墳墓不安,興災作禍也。
歌に曰く「震巽傷兮梁棟摧、坤艮傷兮土動来」、姚際隆注、震・巽の両卦は木に属す、若し殺神の傷克有り、或いは休囚死絶に逢えば、必ず梁塌れ柱壊るるを主る。坤・艮の両卦は土に属す、若し冲克せられ或いは休囚に逢えば、必ず墻倒れ土陷るを主る。歌に曰く「卦中震巽重重旺」、注、この両宮皆旺相なれば、これ木象興隆なり。歌に曰く「興工欲創新楼臺」、注、木爻大いに発すれば、正しく大いに土木を興し宏麗に造るに宜し。歌に曰く「卦中坤艮殺兼鬼」、注、譬えば丙・丁の日に《地山謙》卦を占い得て、第二爻は正しく官鬼にしてまた恰好に勾陳殺なり、これを坤艮の上に殺と鬼と兼備すと謂う。歌に曰く「因知墳墓欲為災」、注、若し鬼と殺と皆坤艮の土象上に聚まれば、主としてこの家の墳墓安からずして災を興し禍を作さんとす。
內卦為宅外為人,先有宅,後有人,故以宅為內,人為外。又一說云:若占宅:未住,以外為人。若住:以外為宅。其說亦有理,姑兩存之。內外相生宅可親。若內卦生外卦,則其宅可以相親,如山天大畜是也。宅若克人居不穩。若內克外,則人口連邅,是非疾病,如火澤睽卦是也。人能克宅住無屯。若外克內則吉,乃能整舊鼎新,修營創造,如風澤中孚卦是也。災衰鬼殺交重惡,鬼殺動,故人家陵替災傷也。禍患游魂及八純。占宅得游魂及八純卦,主有連年禍患也。
歌に曰く「内卦為宅外為人」、姚際隆注、先ず宅子有りて後に住む人有るゆえ、故に宅を把って内卦と為し人を外卦と為す。別に一説有り。宅を占う時若し未だ入住せざれば、便ち外卦をもって人と為す。すでに住み入りて了れば、便ち外卦をもって宅と為す。この説法もまた道理有り、姑らく両説を併存す。歌に曰く「内外相生宅可親」、注、若し内卦が外卦を生ぜば、この宅子は便ち親近して入住すべし、例えば《山天大畜》。歌に曰く「宅若克人居不穏」、注、若し内卦が外卦を克せば、家中の人口は接連して倒霉し、是非疾病断えず、例えば《火沢睽》。歌に曰く「人能克宅住无屯」、注、若し外卦が内卦を克せばかえって吉、能く旧屋を整治し故を革め鼎を新たにし修繕営造す、例えば《風沢中孚》。歌に曰く「災衰鬼殺交重悪」、注、鬼と殺と一斉に発動すれば、故にこの家は衰落して傷を受けん。歌に曰く「禍患游魂及八純」、注、宅を占いて游魂卦或いは八純卦を占到れば、主として連年禍患有り。
世在二三為大吉,占宅:二世三世大吉。身居三四守常倫。若身在三四爻,正可安常守靜。世辰克應哪能好,若世克應為不吉。世應相生福可臻。世應相生,福慶綿遠。本宮旺相宅堪居,立春則震旺艮相,占得二宮,宅可住也。卦內休囚禍未除。立春坤休兌囚,占宅得二宮卦,禍未除也。財若動時妻有疾,若值妻財發動,則妻宮有悔也。空亡死氣主兒孤。空亡死氣,子息必孤。
歌に曰く「世在二三為大吉」、姚際隆注、家宅を占いて二世卦・三世卦を得れば大吉。歌に曰く「身居三四守常倫」、注、身爻若し三爻・四爻に在れば、正しく常を安んじ静を守るに宜し。歌に曰く「世辰克応哪能好」、注、世爻が応爻を克するは不吉。歌に曰く「世応相生福可臻」、注、世応相生すれば、福慶は綿長久遠なり。歌に曰く「本宮旺相宅堪居」、注、立春の後は震木が旺に当たり艮土が相と為る、これら両宮の卦を占い得れば、宅子は住むべし。歌に曰く「卦内休囚禍未除」、注、立春の後は坤は休と為り兌は囚と為る、宅を占いてこれら両宮の卦を得れば、禍患はいまだ消除せず。歌に曰く「財若動時妻有疾」、注、若し妻財爻の発動に逢えば、妻子のあの一房は便ち病災懊惱有り。歌に曰く「空亡死気主児孤」、注、空亡に逢いまた死気に値せば、子嗣は必定に孤单なり。
忽逢白虎家防哭,白虎殺例:正月起申、二月酉,順行十二位。若遇此爻動,其家主有哭聲也。更值喪門暴病殂。喪門殺例:正月未,二月辰,三月丑,四月戌。只此四位,輪十二月。若遇此殺在內三爻,更發動,主其家必有暴病死也。陰化為陽憂女子,陰變陽,女子疾。陽化為陰損丈夫。陽變陰,丈夫災。世間占卜能推類,占卜不可一言以盡,但當融通活變。一切事機以例而推。天地神明可感孚。通一而萬事畢。既能類推,則天地神明自然可以感格也。
歌に曰く「忽逢白虎家防哭」、姚際隆注、白虎殺の排法は正月は申より起り、二月は酉に在り、順行して十二位。若しこの一爻の発動に遇上れば、この家は便ち主として哭声有り。歌に曰く「更値喪門暴病殂」、注、喪門殺の排法は正月は未に在り、二月は辰、三月は丑、四月は戌に在り、ただこの四個の位置を用いて十二個月を輪値す。若しこの煞が内三爻上に落ちまた発動せば、主としてこの家は必ず人の暴病身亡する有り。歌に曰く「陰化為陽憂女子」、注、陰爻が変じて陽爻と為れば、主として女子に病有り。歌に曰く「陽化為陰損丈夫」、注、陽爻が変じて陰爻と為れば、主として丈夫に災有り。歌に曰く「世間占卜能推類」、注、占卜の道理は一句の話に説き尽くす能わず、ただ融匯貫通し機に随い活変するに在り、一切の事情の機竅は皆これらの例に照らして推して往く。歌に曰く「天地神明可感孚」、注、一理に通ずれば、万事は便ち皆了然たり。すでに能く触類旁通せば、天地神明は自然に感通すべし。
(三)凡人占卦問家宅,五事俱全不可克。子興有喜沒官非,更無災病與盜賊。財動田園多進退,音書不就家長厄。兄動耗財妻妾病,是非謀望多阻隔。父興小口不安寧,屋廬搖動畜牲沒。鬼動官非災悔來,戶門不利弟兄厄。人能審實此章歌,卦象吉凶無差忒。
第三首。およそ人が卦を占いて家宅を問うに、父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼のこの五類の爻は斉全を須い、しかも彼此相克すべからず。子孫爻が興動すれば主として喜事有り官非無く、更に災病と盗賊と無し。妻財爻が発動すれば、田園産業は進退出退して定まらず、書信は辦成せず、一家の長に厄難有り。兄弟爻が発動すれば、錢財を耗散し妻妾は病を生じ、是非叢生して事を謀むに多く阻隔有り。父母爻が興動すれば、家中の小児安寧ならず、房屋動揺し、牲畜死亡す。官鬼爻が発動すれば、官司災悔は踵を接して至り、門戸不利にして兄弟に厄有り。人若し能くこの一章の歌訣を審辨して落実せば、卦象の吉凶を断ずるに差錯有らざらん。
(四)凡占家宅起蓋同,先尋父母在何宮。最要財爻無損害,子孫出現得榮豐。官鬼交重災禍至,動爻克世主大凶。父動自家多惱聒,絕命游魂最不通。
第四首。およそ家宅を占うと起造して屋を蓋うとを占うは、道理相同じ。先ず父母爻が哪一宮に落つるかを找出するを須う、父母は房屋文契を主ればなり。最も要緊は妻財爻が損害を受けざること、子孫爻がまた卦中に出現すること、かくのごとくはじめて栄華豊足を得。官鬼爻が重曡して発動すれば、災禍便ち来る。動爻有りて来りて世爻を克せば、主として大凶。父母爻が発動すれば、自家は多く煩擾吵嚷有り。若し卦が絶命位に落ち或いは游魂卦を占い得れば、あれは最も通順せざるなり。
六爻無水者,其家溝不流而水不決。無土者,離平地而在高樓。無火者,香火冷而灶不修。無金者,家資乏而人不居。無木者,床榻破而椅桌損。火多則人事煩,木多則人清秀,水多則陰人旺,金多則婦女眾,土多則財帛盛。
六爻の中に若水爻無ければ、この家の溝渠通ぜず積水は排出去らず。土爻無ければ、住処は平地に在らずして高楼の上に在り。火爻無ければ、香火冷落して爐竈失修す。金爻無ければ、家産匱乏して屋子は人の居住無し。木爻無ければ、床榻破舊して桌椅損壊す。火爻多ければ、則ち人事煩擾す。木爻多ければ、則ち家人清秀す。水爻多ければ、則ち女眷興旺す。金爻多ければ、則ち婦女の人數衆多なり。土爻多ければ、則ち財帛豊盛なり。
附・風水
凡占風水要推詳,五件俱全不可傷。財動田園多進退,不然尊長有災殃。父興必是還魂地,小口畜牲總不昌。鬼動弟兄多忤逆,戶門不利惹官妨。兄興財物多消耗,或是陰人主少亡。子動雖然無訟事,兒孫不貴外人殃。但得子孫無損害,枝枝葉葉永無疆。
およそ風水の陰宅を占うにも、また細々に推詳するを須う。父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼の五類の爻は斉全を須い、しかも皆傷を受くべからず。妻財爻が発動すれば、田園産業は進退定まらず、然らざれば便ち長輩に災殃有り。父母爻が興動すれば、必ずこれすでに葬過してまた遷改せんとする「還魂地」なり、家中の小児と牲畜と皆興旺せず。官鬼爻が発動すれば、兄弟の間は多く忤逆不和し、門戸不利にして、なお官司の牽累に惹かん。兄弟爻が興動すれば、財物は多く消耗し、或いは主として家中の女眷夭亡す。子孫爻が発動すれば、官司の憂い無きと雖も、可なりし子孫貴からず、なお外人の殃を受くべし。総じて言えば、ただ子孫爻が損害を受けざれば、こ の一門の枝枝葉葉は便ち永遠に繁衍して窮り無し。
四・移徒の章(三首)
(一)遷居先以動爻求,動爻旺相決無憂。初爻旺相鄉村吉,二爻旺相好居州。三爻市井四坊鎮,五近京師住最優。上爻好向山林住,龍扶子動獲祥休。白虎當頭休妄動,螣蛇纏足莫彺謀。朱雀交重防口舌,玄武遷移被賊偷。朱雀又臨官鬼位,官司口舌有來由。那更克世兼持世,病遭危困訟遭囚。六爻安靜休搬動,亂動移居又不周。
第一首。遷居を占うに先ず動爻上より求む、動爻旺相なれば便ち决然として憂い無し。初爻旺相なれば、郷村に住むに宜し。二爻旺相なれば、州城に居るに宜し。三爻は市井を主り、四爻は坊鎮を主り、五爻は京師に靠近し、あそこに住むは最も好し。上爻は則ち山林裏に往きて住むに宜し。青龍の扶助有り子孫爻発動せば、吉祥美善を獲るべし。白虎が頭に当たれば、便ち軽挙妄動するなかれ。螣蛇が脚下に纏えば、また急いで謀划するなかれ。朱雀が重曡して発動すれば、口舌を提防するを須う。玄武は主として遷移の途中に賊に偸窃せらる。朱雀若しまた官鬼の爻位上に臨めば、官司口舌は便ち来由有らん。再びそれが世爻を克し或いは世を持てば加えて、あれはすなわち病有りて危困に遭い訟有りて囚繋に遭う。六爻安静なれば、搬動するなかれ。六爻乱動すれば、家を搬ぬるもまた周全ならず。
外克內兮應克世,舊宅不如新宅利。內克外兮世克應,遷徒不如居舊地。世應相生內外和,守舊遷居總如意。若教動處落空亡,不利遷移利守常。五世游魂搬則吉,內爻旺相住無妨。若然內外俱衰敗,守又災危搬又殃。此是命途多舛錯,何須怨恨費商量。鬼化子孫移富貴,財爻化鬼住安康。
外卦が内卦を克し応爻が世爻を克するは、あれは旧宅が新宅に如かずして利有り。内卦が外卦を克し世爻が応爻を克するは、あれは搬遷は旧地を守るに如かず。世応相生し内外和洽せば、旧を守るを論わず居を遷すを論わず皆称心如意なり。若し動爻の処が空亡に落ちれば、便ち遷移に利せずして常を守るに利あり。五世卦・游魂卦を占い得れば、家を搬べば便ち吉。内卦の爻旺相なれば、住むもまた妨げなし。倘若内外の両卦皆衰敗せば、あれは守るもまた危険にして搬去るもまた殃に遭う——これは命途が本来多く乖舛するなり、何ぞ必ずしも不平を怨恨し白費に商量せん。
(二)移居須忌鬼交重,世值空亡不可逢。卦入墓中難起離,若逢動處路頭通。內休外旺移終吉,內旺外休行必凶。內外若然俱有氣,縱橫去住任西東。
第二首。家を搬ぶは最も官鬼爻の重曡発動を忌み、また世爻が空亡に落つるに碰上るべからず。卦若し墓庫に入れば、便ち起身して離開しがたし。若し能く爻中に発動の処に遇えば、路頭はじめて通暢と算す。内卦休囚にして外卦旺相なれば、搬遷は終帰して吉を得。内卦旺相にして外卦休囚なれば、動身は必定に凶を招く。内外の両卦若し皆気有れば、あれは便ち来るも去るも自如にして、東に往き西に往き走るも留まるもあなたに随う。
(三)遷徒先將父母推,財興克父必生災。子孫發動須興旺,兄鬼交重禍患來。
第三首。搬遷を占うに先ず父母爻より推し起こす、父母は房舎と文契とを主ればなり。妻財爻が興動して往きて父母爻を克せば、必定に災禍を生出す。子孫爻が発動してまた旺相なれば、はじめて興旺の象なり。若し兄弟爻と官鬼爻とが重曡して発動せば、禍患は便ち頭に臨まんとす。
五・墳墓の章(一首)
若占墳冢靜為強,發動之時便反常。初世出官為大吉,二爻持世次為良。三爻主世平平穩,四爻半吉保安康。五六兩爻懼不吉,游魂後代必為商。歸魂猶自三分好,坎卦占來定不昌。為甚乾坤無忌諱,高低無物不包藏。未葬之前亡在外,既葬須知內是亡。
墳地を占うに六爻安静をもって強と為し、一たび発動すれば反常にして寧からず。一世卦にして世爻が初に在れば、主として官宦を出す、大吉。二爻が世を持てば、次一等の好し。三爻が世を持てば、平平穏当なり。四爻が世を持てば、一半吉利にして安康を保すべし。五爻・六爻が世を持てば皆不吉を怕る。游魂卦を占い得れば、後代は必定に往きて経商せん。帰魂卦はなお三分の好処有ると算し、坎宮の卦を占到れば則ち一定に昌ならず。何を以ってか乾・坤の両卦はかえって忌諱無きや。乾は天にして坤は地、高きも低きも一様としてそれらに包容承載せられざる無きが故なり。いまだ下葬せざる之前は、亡者の位置は外卦に在り。すでに安葬せし之後は、便ち知るべし内卦こそ亡者の所在たるを。
內外相生為上吉,比和決定福難量。殺交內外還相剋,損宅傷財禍幾場。青龍旺相來持世,管取存亡獲吉祥。乾坤不動墳安穩,龍喜交重家道昌。五墓劫神傷子息,三丘陰殺損妻房。世旺身生官入墓,子孫代代入朝堂。殺臨父母憂家長,劫犯陰爻宅母當。鬼爻不動亡人吉,身位安寧祭主康。破家只為財為鬼,發福多因陰變陽。沖破臨身發有礙,合神持世卻無妨。
内卦外卦が互相生助するは上等の吉利、両卦の五行比和せば、福分は更に估量しがたし。若し凶煞交動にして内外また相克せば、則ち宅を損じ財を破り、好幾場の禍事を惹出さん。青龍が旺相にして来りて世を持てば、死者と生者と皆吉祥を獲るを管保す。乾坤の両卦動かざれば、墳地安穩なり。青龍と天喜と重曡して発動せば、家道昌盛す。五墓と劫煞とは子嗣を傷るべく、三丘と陰煞とは妻房を損ずべし。世爻旺しく身爻生を得、官鬼また墓庫に入れば、子孫は便ち代々上朝して官を為す能く。凶煞が父母爻上に臨めば、憂は一家の長に在り。劫煞が陰爻上に犯れば、主婦の身上に応ず。鬼爻動かざれば、亡者安吉なり。身爻の位安寧なれば、主祭の人康泰なり。家業を破敗するはただ財爻が鬼を化じ鬼爻が権に当たるに因り、発達して福を興すは多半は陰爻が変じて陽爻と成るに由る。冲破の神が身爻に加臨し、発動せば起こりて便ち妨礙有り。若し合神が世を持てば、かえって妨げ無し。
闡奥歌章・六 身命の章
占身身世要先知,神殺交重次第推。身旺龍持多吉慶,身衰虎並定憂疑。子孫持世明而喜,兄弟臨身悔足危。切忌勾陳臨鬼旺,卻宜天喜與財依。財臨陽位財源廣,陰位妻交妻妾宜。祿馬貴人三合併,臨身妙義福根基。子孫發動添人口,父母交重官可期。
一人の身世際遇を占問するに、先ず「身爻」が何処に落つるかを弄清し、再び依次に各路の吉神凶殺が卦中に如何に交曡発動するを推究す。「身爻」が旺相にして「青龍」これに臨めば、一生は多く喜慶有り。「身爻」が衰弱にしてまた「白虎」と並居すれば、必定に憂疑断えず。「子孫」が「世爻」を持てば、前程明朗にして喜ぶべし。「兄弟」が身位に臨めば、則ち悔吝叢生して処境は危きに堪へざる。最も忌むは「勾陳」が旺相の「官鬼」と同臨する、最も宜しきは「天喜」と「妻財」と相依る。「妻財」が陽爻の位に落つれば、財源は寛広なり。陰爻に落ちてまた交動せば、則ち妻を娶り妾を納るに宜し。「禄」「馬」と「天乙貴人」の三者が会合し、また身位に臨めば、これ正しく福沢の根基なり。「子孫」が発動すれば、主として家中に丁を添え口を進む。「父母」爻が交動変化せば、則ち功名官職は指望すべし。
內卦為身外為命,身命比和任意為。世為身兮應為命,世應相生更是奇。世命應身刑又克,不傷自己即傷妻。妻財不現財無聚,卦沒子孫難立兒。更將八卦推心屬,內坎機圓心滿足。內兌柔和有主張,內乾果斷無私曲。離明坤厚性融通,巽順艮卑謙自牧。身命但能依此推,青龍天喜皆為福。
一説に内卦をもって「身」を代表し外卦をもって「命」を代表す、内外の両卦が比和して相克せざれば、一生の行事は便ち順遂自如なり。また一説に「世爻」をもって「身」と為し「応爻」をもって「命」と為す、世応の両爻相生すれば、更に得がたき好き卦なり。若し世応の間にすでに刑有りまた克有れば、自己を傷るならざれば、便ち妻室を傷る。卦中に「妻財」爻を見ざれば、錢財は便ち聚り住まず。卦中に「子孫」爻無ければ、子嗣は便ち立住しがたし。再び八卦の卦徳を用いてその人の心性を推斷す。内卦が坎なれば、心机円活にして知足す。内卦が兌なれば、性情柔和にして主張有り。内卦が乾なれば、事を作して果断にして私曲無し。離卦は明達を主り、坤卦は厚重を主り、性情は皆融通する能く。巽卦は柔順、艮卦は謙下、皆自らその徳を守る能く。身と命とはただこれらの条例に依て推して往けば、およそ「青龍」「天喜」の爻に臨むを見れば、一概に福と作して論ず。
闡奥歌章・七 六親の章
立命先推父母鄉,青龍同位最為祥。螣蛇白虎憂尊長,玄武勾陳宅母當。父母休囚離祖早,兩重父母過親房。殺神朱雀同時並,重病如何得起床。子孫持世為全吉,若值青龍子異常。子坐勾陳多樸實,子交朱雀擅文章。螣蛇犯子愚而濁,白虎持孫勇且強。玄武子孫同位發,男為盜賊女猖狂。子孫若值游魂卦,此子生來好遠方。陽化陰爻端正女,陰交陽體秀才郎。
一人の六親を推算するに、先ず「父母」爻より看起す。「青龍」と「父母」と同じ爻は、最も吉祥なり。「螣蛇」「白虎」これに臨めば、便ち長輩のため担忧せねばならず。「玄武」「勾陳」これに臨めば、憂患は母親の身上に応ずべし。「父母」爻が休囚無気なれば、主として早年に祖業を離開す。卦中に両重の「父母」出現せば、多くは別房の親戚に過継せられて撫養せらる。凶殺と「朱雀」と一同に「父母」に併臨せば、長輩は重病纏綿にして床より起きがたし。「子孫」が「世爻」を持つは十全の吉象、若し再び「青龍」に遇えば、生ずる所の子は必ず尋常ならず。「子孫」爻上に「勾陳」坐すれば、その子は朴実なり。「子孫」が交動して「朱雀」を帯びれば、その子は文章を擅長す。「螣蛇」が「子孫」を侵犯せば、この子は愚鈍混濁なり。「白虎」が「子孫」を持てば、この子は勇武剛強なり。「玄武」と「子孫」と同位に発動すれば、男なれば便ち盗賊を作し、女なれば便ち行事猖狂す。「子孫」爻若し游魂卦中に落つれば、この孩子は生来便ち遠行して他郷に往くを好む。陽爻が変じて陰爻と為れば、主として端正の女児を生ず。陰爻が変じて陽爻と為れば、主として能く書を読む秀才郎を生ず。
妻財發動青龍助,因妻致富妙難量。財臨朱雀妻賢慧,妻犯勾陳妻病殃。螣蛇共位妻應拙,白虎同行妻性剛。妻臨玄武多陰暗,心意瞞人必不良。兩位妻財俱旺相,一妻一妾美容光。卦若無妻常獨自,妻財安靜保安康。妻財合世夫妻順,妻位生身家道昌。
「妻財」爻が発動して「青龍」の相助有れば、主として妻子に因りて富を致し、好処は估量しがたし。「妻財」が「朱雀」に臨めば、妻子は賢恵聡慧なり。「妻財」が「勾陳」に犯せられれば、妻子は病災多し。「螣蛇」と「妻財」と同位なれば、妻子は笨拙にして霊便ならず。「白虎」と「妻財」と同行せば、妻子の性情は剛硬なり。「妻財」が「玄武」に臨めば、妻子の行事は多く陰暗にして、心裏に事を存し人を瞞し、必定に好意を懐かず。卦中の両個の「妻財」爻皆旺相なれば、主として一妻一妾、容貌は皆美なり。卦中若し全く「妻財」無ければ、この人は常年独身なり。「妻財」が安静不動なれば、則ち家中平安康泰なり。「妻財」と「世爻」と相合せば、夫妻和順す。「妻財」爻が「身爻」を生ぜば、家道昌盛す。
官鬼青龍同一位,家榮子貴壽延長。朱雀並官多訟事,勾陳帶鬼損田莊。螣蛇犯鬼多縈絆,白虎交官大害傷。玄武當官奸與盜,兩重官鬼必憂喪。若占官府反為吉,福厚官高名譽揚。兄弟加龍猶且可,若同朱雀必相妨。螣蛇白虎皆凶兆,玄武勾陳總不祥。吉處只宜常旺相,凶爻卻要落空亡。
「官鬼」と「青龍」と同じ一爻に在れば、主として家門栄顕して子弟貴盛にして寿数綿長なり。「朱雀」と「官鬼」と併臨せば、多く詞訟有り。「勾陳」が「官鬼」を帯びれば、田産荘園は損を受く。「螣蛇」が「官鬼」を侵犯せば、事事牽纏して清からず。「白虎」と「官鬼」と交動せば、大きの傷害有り。「玄武」が「官鬼」の位に当たれば、主として奸邪盗窃の事。卦中に両重の「官鬼」出現せば、必ず喪事の憂有り。然れども若し仕途中の官府の事を占問すれば、「官鬼」はかえって吉神なり、主として福沢深厚・官位高顕・名誉遠揚す。「兄弟」爻上に「青龍」を加うればなお過ぎて往くを得ると算し、若し「朱雀」と同臨せば、必定に彼此妨害す。「螣蛇」「白虎」が「兄弟」に臨むは皆凶兆、「玄武」「勾陳」これに臨むは終帰して不祥なり。総じて言えば吉神の在る所の爻はただ常に旺相を保つに宜しく、凶殺の在る所の爻は却ってそれをして「空亡」に落ちしめてはじめて好し。
闡奥歌章・八 婚姻の章
內身陽鬼丈夫持,外應財陰總是妻。世應相生婚大吉,比和世應配相宜。青龍六合扶為美,三合子孫臨更奇。應動三刑刑莫問,外交六害害無疑。三爻並偶生成少,六位純陽養育稀。男女合同咸泰益,夫妻反目革睽離。夬宮陽壯妻難保,姤卦陰強家不齊。不有其躬蒙裡斷,夫征不復漸中推。一奇一偶成親順,雙鬼雙財匹配違。殺遇妻財妻子厄,殺臨官鬼丈夫哀。
婚を占う時、内卦の「身爻」が陽に属しまた「官鬼」なるは、丈夫を代表す。外卦の「応爻」が陰に属しまた「妻財」なるは、終帰して妻子を代表す。「世」「応」の両爻相生せば、婚事大吉。世応比和して相克せざれば、また配偶相宜と算す。「青龍」「六合」の扶持有るは最も美しく、再び「三合」局が「子孫」を帯びて卦に入るに遇えば更に奇特なり。「応爻」が発動して「三刑」を犯せば、この門の親事は問うを須いず。外卦が交動して「六害」を成せば、害処は一定なり。三個の爻皆偶数の陰なれば、子息稀少なり。六爻純陽にして陰無ければ、また後代を養育しがたし。《咸》《泰》《益》の類の卦を得れば、男女和合す。《革》《睽》《離》の類の卦を得れば、夫妻反目す。《夬》卦は陽気過盛にして、妻子は保ちがたし。《姤》卦は陰気太強にして、家道は斉からず。《蒙》卦の六三爻辞に「不有躬」と曰い、《漸》卦の九三爻辞に「夫征不復」と曰う、婚を占いて遇えば便ちこの両句に拠ってその不利を断ず。一奇一偶の陰陽相配せば、婚事順成す。両個の「官鬼」或いは両個の「妻財」並び見えば、配偶の事は便ち岔を出さん。凶殺が「妻財」上に落つれば、妻と子とに厄有り。凶殺が「官鬼」に臨めば、丈夫哀むべし。
妻財官鬼青龍助,富貴男兒福德妻。官鬼兩重相剋應,女人曾許兩家期。白虎臨財莫問婚,勾加官位剋夫身。殺臨兄弟多爭競,朱雀臨身公訟因。勾陳陰殺休求女,玄武加財休問親。龍並子孫全吉兆,喜重父母福相鄰。坤變坎宮男破體,乾來離位女非真。欲知女子如何性,坎主心聰艮沉靜。兌必和柔巽必恭,坤爻寬厚乾剛正。文明女子為逢離,智慧男兒因見震。乾宮面部大而寬,坤主魁肥莫小看。艮卦決然身體小,坎爻定是臉團圓。兌家女子瑩而白,震位妻兒奇且端。巽體容顏如瑞雪,離宮和潤可人觀。有亡有劫都無用,無子無財總不堪。
「妻財」と「官鬼」と皆「青龍」の相助を得れば、主として男方は富貴にして女方は福徳有り。卦中に両重の「官鬼」有りてまた「応爻」を克せば、この女子はかつて両家に許配せしこと有り。「白虎」が「妻財」に臨めば、この門の婚事は問うを須いず。「勾陳」が「官鬼」の位に加えば、夫婿を克傷せん。凶殺が「兄弟」爻に臨めば、双方多く争競有り。「朱雀」が「身爻」に臨めば、起因は多く公門の訟事に在り。「勾陳」と陰殺と同臨せば、往きてこの門の親を求むるなかれ。「玄武」に再び「妻財」を加えれば、また往きてこの門の親を問うなかれ。「青龍」と「子孫」と並び見るは全吉の兆、「天喜」が重曡してまた「父母」に臨めば、福気は便ち近旁に在り。坤卦が変じて坎宮に入れば、男子の身体はすでに破れたり。乾卦が離位に来れば、女子は並びに完璧にあらず。女子の性情如何を知らんと要すれば、坎卦は心思聡敏を主り、艮卦は沈静を主り、兌卦は必ず和柔、巽卦は必ず恭順、坤爻は寛厚、乾爻は剛正。離卦に逢えば是れ文采有る女子、震卦を見れば是れ智慧有る男児。再び形貌を看るに、乾宮は面部寛大を主り、坤卦は身材魁偉肥碩を主り、小看すべからず。艮卦は断定して身体矮小、坎爻は必ず円臉。兌卦の女子は肌膚瑩潤白皙、震位の妻児は相貌奇特にして端正。巽卦は容顔潔白にして雪のごとく、離宮は面色和潤にして好看なり。然れども若し卦中に「亡神」有り「劫殺」有れば、これらの好処は皆用い得ず。若しすでに「子孫」無くまた「妻財」無ければ、終帰して堪えず。
陰陽得位俱稱吉,純陰枉使心和力,純陽退悔不成婚,縱使強成終鬱鬱。金爻主妻好容光,木爻瘦小更修長。土主形骸肥且矮,火爻定是髮稀黃。水爻心性多聰慧,六合發動最為昌。青龍旺相臨財位,娶妻萬倍有資妝。若逢天寡天鰥殺,夫婦應知不久長。
陰陽各々その位を得れば、皆吉と称す。卦象純陰なれば、白白に心思力气を耗費す。卦象純陽なれば、男方は中途に反悔し婚事成らず、たとえ勉强に成りても、日後も終日欝欝として楽しまず。再び五行より女方の相貌体格を看るに、「妻財」が金に属せば、妻子は容光煥発す。木に属せば、身材瘦小にして颀長なり。土に属せば、身形肥胖にして矮し。火に属せば、頭髪稀疏にして黄なり。水に属せば、心性聡慧なり。卦が「六合」に逢いまた発動せば、最も昌盛なり。「青龍」が旺相にして「妻財」の位に臨めば、妻を娶りて万倍豊厚の嫁妆を獲るべし。若し「天寡」「天鰥」の両個の凶殺に遇上れば、便ち知るべし、この対の夫婦は長久する能わずと。
凡人占卦問婚姻,財鬼雙全便可成。鬼是夫爻愁子動,財為妻也怕兄興。鬼爻持動女妨害,婦意嫌夫不相愛。財爻持動夫妨妻,此則終身應不泰。鬼旺克財妻不就,子旺傷夫事可疑。八純動者生離別,五世游魂損小兒。占婚本要陰與陽,動時皆動且為良。陽陽不動一財鬼,應陰世陽最吉祥。更得世爻居內卦,團圓男女百年昌。本宮無氣財有氣,婦舍雖貧女容媚。本宮旺相財囚死,婦舍雖貧女不美。
およそ婚姻を占問するに、「妻財」と「官鬼」の両爻倶に全ければ、婚事便ち成るべし。「官鬼」は丈夫の用爻、最も怕るは「子孫」の発動して来りてそれを克する。「妻財」は妻子の用爻、また怕るは「兄弟」爻の興起して来りてそれを奪う。「官鬼」が世を持ちて発動せば、主として女方は妨害を受け、婦人は夫婿を嫌弃して彼此相愛せず。「妻財」が世を持ちて発動せば、主として丈夫は妻子を妨克し、この縁姻は終身皆安泰を得ず。「官鬼」が旺相にして「妻財」を克せば、妻室は娶り成らず。「子孫」が旺相にして「官鬼」を傷れば、事情は疑うべし。八純卦を得て爻動けば、主として夫妻生離死別す。五世卦・游魂卦を得れば、主として幼児を損傷す。婚を占うは本来陰陽相配を講究す、若し発動せんと要せば則ち諸爻斉しく動いてはじめて好し。両陽相対して動かず、卦中にただ一「妻財」一「官鬼」有り、また「応爻」が陰に属し「世爻」が陽に属せば、最も吉祥なり。再び「世爻」が内卦に居るを得れば、男女団円して百年昌盛す。本宮の卦気衰えて「妻財」爻に気有れば、女家は窮すると雖も、女子は却って容貌嫵媚なり。本宮旺相にして「妻財」囚死せば、女家はたとえ窮せずとも、女子は並びに美ならず。
闡奥歌章・九 胎孕の章
占產先須看子孫,子孫旺相吉堪論。母宮無殺為祥兆,子上加龍是善根。易產好占離與兌,難生休卜艮和坤。坎乾龍動身無慮,震兌勾陳命不存。父母莫教臨白虎,子孫切忌坐勾陳。螣蛇持世憂陰殺,玄武臨身忌浴盆。最忌土爻埋子位,更嫌刑殺克兒孫。子孫發動忌空亡,白虎勾陳並不祥。
生産を占問するに、先ず「子孫」爻を看るを須う、「子孫」旺相なれば便ち吉と断ずべし。産母を代表する爻位上に凶殺無ければ、是れ祥瑞の兆。「子孫」爻上に再び「青龍」を加えれば、更に善根なり。離卦・兌卦を得れば、生産し易し。艮卦・坤卦を得れば、便ち難産、再び卜するを須いず。坎・乾の二卦にして「青龍」発動せば、産母の身に顧慮無し。震・兌の二卦にして「勾陳」これに臨めば、性命は便ち保ちがたし。「父母」爻は切に「白虎」に臨むべからず、「子孫」爻もまた切に「勾陳」の上に坐すを忌む。「螣蛇」が「世爻」を持てば、陰殺の作祟するを憂心するを須う。「玄武」が「身爻」に臨めば、洗児浴盆の厄を提防するを須う。最も忌むは土爻が「子孫」の爻位を埋没する、更に嫌うは刑冲凶殺の来りて「子孫」を克する。「子孫」爻が発動して却又「空亡」に落つるは忌むべし、「白虎」「勾陳」が一併に出現するは、皆吉兆にあらず。
子變為官胎裡死,官爻為子產而亡。母動子搖俱難保,母靜子安皆吉祥。子母兩爻都旺相,有龍有喜復安康。陰中陽現奇男子,陽變陰爻好女娘。子與母爻雖變動,青龍持世亦無妨。子孫重見龍交喜,決定齊生子一雙。欲叩孩兒分娩日,胎神沖破子生方。
「子孫」爻が変じて「官鬼」と成れば、胎児は腹中に死す。「官鬼」爻が変じて「子孫」と成れば、生産の時母親に性命の危有り。母親を代表する爻が発動し孩子を代表する爻もまた揺動せば、母子皆保全しがたし。両爻皆安静なれば、則ち母安く子穩やかにして、尽く是れ吉祥なり。子・母の両爻皆旺相にして、また「青龍」有り「天喜」有れば、母子平安康健なり。陰爻の中に陽爻を現出せば、生むるは不凡の男孩。陽爻が変じて陰爻と作れば、生むるは好き女児。子・母の両爻は雖も変動有るも、ただ「青龍」が「世爻」を持てば、また妨礙無し。卦中に「子孫」爻が重復して出現し、また「青龍」と「天喜」との交動に逢えば、一定に一双を生下せん。孩子の哪一天に分娩するを問わんと要せば、便ち「胎神」の冲破せらるるあの一天を看る、便ち降生の期なり。
凡人占卦問六甲,子怕休囚父怕發。財為產母怕兄興,男女陰陽衰旺察。生產未知臨幾許,日月長生子當乳。兄爻旺相母生難,子孫受克兒道苦。飛去克伏子不收,陽卦男兮陰是女。兩爻旺相喜神臨,必是雙胎天賜與。
およそ懐孕生産を占問するに、「子孫」爻は休囚無気を怕れ、「父母」爻は発動して来り克するを怕る。「妻財」は産母を代表し、怕るは「兄弟」爻の興起して相克する。男を生むか女を生むかは、則ち爻の陰陽と衰旺とを看て分辦す。若し何時に臨盆するかを知らざれば、便ち日辰月建の中に「子孫」が長生に逢う時を看る、あれは便ち哺乳の期なり。「兄弟」爻旺相なれば、母親の生産は艱難なり。「子孫」爻が克を受ければ、孩子は苦頭を喫らわん。「飛神」が往きて「伏神」を克せば、この孩子は養い住まず。陽卦を得れば男を生み、陰卦を得れば女を生む。子・母の両爻皆旺相にして、また喜神これに臨めば、必ず上天の賜下したる双胞胎なり。
闡奥歌章・十 蒙童の章
蒙童幼學子先推,子會青龍為上奇。朱雀克身多智慧,勾陳持土大愚痴。卦無父母難垂訓,身犯六神爭禁持。朱雀空亡無學分,青龍旺相有鎡基。龍生身世攻書子,馬旺游魂逃學兒。父母喜神同位動,斷然博學廣聞知。兩重父母多移學,亂動無常不守規。朱雀入離能寫字,青龍入兌會吟詩。坤中變動能修德,乾上交重善滑稽。乾震交重成事早,艮坤安靜立身遲。姤屯蹇困災須準,漸晉需升吉可推。地水火風能主事,前程定作貴人師。
童蒙の就学を占うに、先ず「子孫」爻を推す。「子孫」と「青龍」と会合すれば、是れ上等の奇兆。「朱雀」が「身爻」を克せば、この子は多く智慧有り。「勾陳」また土爻の上に坐せば、則ち大いに愚鈍なり。卦中に「父母」爻無ければ、垂訓教導する人無し。「身爻」が六神に犯せられれば、各方の牽制争擾有り。「朱雀」が「空亡」に落つれば、この子は書を読むの份無し。「青龍」旺相なれば、学業は便ち根基有り、耕作に大鋤有るがごとし。「青龍」が「身爻」「世爻」を生ぜば、是れ能く攻读する孩子。「驛馬」旺しくして卦が游魂に逢えば、是れ逃学せんとする孩子。「父母」爻と喜神と同位にして動けば、この子は博学多聞と断定す。卦中に両重の「父母」有れば、多次師門を転換す。諸爻乱動して常無ければ、この子は規矩を守らず。「朱雀」が離宮に入れば、能く字を写す。「青龍」が兌宮に入れば、詩を吟ずる会す。坤宮の爻動けば、能く徳行を修す。乾宮の爻が重曡して交動せば、善く詼諧戯謔す。乾・震の二卦交動せば、事を成すこと早し。艮・坤の二卦安静なれば、身を立つること遅し。《姤》《屯》《蹇》《困》を得れば、災禍応験して爽わず。《漸》《晋》《需》《升》を得れば、吉利は期すべし。若し地・水・火・風の諸象が能く権に当たり事を主らば、この子の前程は必定に貴人の師傅と作る能く。
闡奥歌章・十一 教授の章
欲求教授訓童兒,情性先將八卦推。離體中虛明且智,坎宮內實信而威。震雷主動常遊學,巽順無常鎮改移。兌澤和柔能講習,艮山沉靜好謙卑。乾元剛果多嚴厲,坤土包容足禮儀。父子空亡都莫用,世身衰敗總休推。
塾師を聘して幼童を教導せんと要すれば、先ず八卦を用いてその性情を推す。離卦の体は中爻が虚空にして、その人は明達にして智有り。坎卦の内は中爻が充実にして、その人は誠信にして威厳有り。震は雷を為し動を主り、こ のような人は常に外に游學す。巽卦は柔順にして常なく、総じて断えず遷移改換す。兌は沢を為し和柔にして、善く講論傳習す。艮は山を為し沈静にして、謙下を喜好す。乾は天を為し剛健果決にして、人と為ること多く厳厲なり。坤は地を為し包容寛厚にして、礼數周全なり。若し「父母」爻と「子孫」爻と皆「空亡」に落つれば、この先生は便ち皆用いる能わず。「世爻」「身爻」が衰敗無気なれば、また推すを須いず。
闡奥歌章・十二 儒業科挙の章
凡占儒業究諸身,身世相生藝必精。父母生身文可立,子孫克世學無成。父爻旺相加朱雀,雄辯高言大有聲。兄動妻交身不旺,卻因聰慧誤前程。陰陽互旺宜參請,內外比和足講明。子旺身空窮措大,財因世廢困書生。弟兄若犯螣蛇上,縱有文章不顯名。玄武克身休合伴,勾陳傷世莫親朋。青龍持世功名大,天喜同宮道業亨。朱雀並財宜作館。勾陳同鬼莫遊行。
およそ書を読み業を挙ぐるを占うに、要は「身爻」上に推究す。「身爻」と「世爻」と相生せば、学藝は必然に精深なり。「父母」爻が「身爻」を生ぜば、文名は立起すべし。「子孫」爻が「世爻」を克せば、学業は則ち成る無し。「父母」爻が旺相にしてまた「朱雀」を帯びれば、この人は雄辯滔々・議論高遠・聲名大いに著わる。「兄弟」が発動し「妻財」が交動して「身爻」旺ならざれば、かえって聡明伶俐に因りて前程を耽誤す。陰陽の両気が交互に旺盛なれば、外出して參訪し請益するに宜し。内外卦が比和せば、学問を講明するに足る。「子孫」旺しくして「身爻」が空に落つるは、是れ窮困の読書人。「妻財」が「世爻」の衰廃に因りて用無きは、是れ困を受くる書生。「兄弟」爻若し「螣蛇」に侵犯せられれば、たとえ好き文章有るも聲名を顯出し能わず。「玄武」が「身爻」を克せば、人と合夥して同処するなかれ。「勾陳」が「世爻」を傷れば、親友に攀附して往くなかれ。「青龍」が「世爻」を持てば、功名遠大なり。「天喜」がこれと同宮なれば、学業道業亨通す。「朱雀」と「妻財」と併臨せば、館に坐して書を教うるに宜し。「勾陳」と「官鬼」と同居せば、外出して游學するなかれ。
世應既和身又旺,上書獻策必成名。日辰龍德俱生旺,縣宰州官照福星。祿馬貴人臨月建,公侯責任職非輕。天符值土應多阻,月建持金必有驚。父母最宜逢六合,世身切忌犯三刑,刑殺克身兼克世,陷身取辱誤平生。朝君不可逢屯蹇,面聖偏宜見晉升。那更天符持木德,高遷重任祿光榮。
「世爻」「応爻」すでに相和し、「身爻」また旺相なれば、書を上りて事を言い策論を進献して必定に名を成す。日辰と「龍徳」と皆生旺の地に処れば、県令を作し州官を作すも皆福星の照臨有り。「禄」「馬」「天乙貴人」が月建の上に臨めば、任ずる所は必ず公侯一級の重責なり。「天符」が土爻に値すれば、事を辦するに多く阻碍有り。月建が金爻を持てば、必定に驚を受く。「父母」爻は最も「六合」に逢うに宜しく、「世爻」「身爻」は最も「三刑」を犯すを忌む。刑殺がすでに「身爻」を克しまた「世爻」を克せば、身を陥れて辱を取り、一生を誤るべし。君王に朝見するに、《屯》《蹇》の卦を得るべからず。聖に面して情を陳するに、偏に《晋》《升》の卦を得るに宜し。若し再び「天符」が木徳の爻を持つを加えれば、すなわち高升重任・俸禄栄顕の象なり。
凡占科舉事如何,子動兄搖榜下過。父發鬼興財又旺,斷然一舉便登科。要問舉人榮達時,先將六爻為根基。主司之位在月建,天子之爻太歲推。一帶喜神來合卦,今秋榮達定無疑。若占南省事如何,六爻旺相始登科。父母發時為印綬,妻財動處必磋跎。空亡入鬼憂空返,劫殺臨官節節蹉。更看子孫如發動,此人平昔枉吟哦。應舉求官問後先,官旺文書有氣前。父作文書為直事,月建扶官作狀元。
およそ科挙考試如何を占うに、「子孫」が発動し「兄弟」が揺動すれば、ただ榜下に落第して過ぐる能くのみ。「父母」爻が発動し「官鬼」爻が興旺し「妻財」また旺相なれば、一挙にして便ち科に登ると断定す。挙人の何時に顕達するを問わんと要せば、先ず六爻をもって根基と為す。主考官の位置は月建を看、天子の爻位は太歳を看る。若し喜神が帯びて来りて卦と相合する有れば、今秋の顕達は是れ疑い無し。若し礼部南省の會試如何を占えば、六爻旺相してはじめて科に登る能く。「父母」爻が発動するは、是れ官家印綬の象。「妻財」爻の動く処は、必定に蹉跎して事を誤る。「空亡」に落ちてまた「官鬼」に入るは、憂うるは白跑の一趟。「劫殺」が「官鬼」に臨めば、則ち節々に受挫す。再び「子孫」を看て若し発動せば、この人は平日の吟誦苦讀皆白費なり。挙に応じ官を求むるは先後の次序を問うを須う。「官鬼」旺んなれば則ち官職は前に在り、文書に気有れば則ち文書は前に在り。「父母」爻が文書を充当すれば、主管するは正経の公事。月建が「官鬼」爻を扶助せば、便ち状元の命なり。
闡奥歌章・十三 仕宦の章
凡占進職與升官,父動為先鬼次看。父鬼旺興須有分,兄財子動枉心歡。求官鬼吏克身賢,初爻是吏,若鬼臨初爻,來克本身,卻主為廉察慈惠賢明官員也。驛馬相扶官職遷。若驛馬扶身,或臨官位,定主升遷也。坎離二卦冬三月,坎陽離陰,水火既濟,宜於冬三月也。震巽明知申酉年。震巽木,得申酉金,官旺也。
およそ升遷進職を占うに、先ず「父母」爻が発動するや否やを看、其次に「官鬼」爻を看る。「父母」と「官鬼」と皆旺相興發せば、この人はじめて官を作すの分有り。若し是れ「兄弟」「妻財」「子孫」が発動せば、便ち空歡喜の一場なり。歌訣に曰く、官を求むるに「官鬼」が吏位に臨みて来りて身を克するはかえって賢良を主ると、原注は解釈して曰く、初爻は吏胥の位、「官鬼」若し初爻に臨みて来りて「身爻」を克せば、かえって主としてこの人は日後に廉明にして事を察し慈愛仁惠の賢良官員なりと。「驛馬」が来りて相扶すれば、官職は必ず遷升す。原注に曰く、「驛馬」若し「身爻」を扶け、或いは「官鬼」の位に臨めば、一定に升遷を主ると。坎・離の二卦を得れば、事は冬三月に応ず。原注に曰く、坎は陽にして離は陰、水火相交じて既済の象を成す、冬季の三個月に宜しと。震・巽の二卦を得れば、明らかに知る事は申年・酉年に応ずるを。原注に曰く、震・巽は皆木に属し、申・酉の金に遇上れば、正しく「官鬼」旺相の時なりと。
世應驛馬相合吉,世應與驛馬合,求官大利也。坎咸復卦定狐疑。此三卦主心中疑惑。申酉辰戌持世吉,任官遇祿好施為。申酉持世及得祿,最吉也。鬼臨身世得官真,卦爻旺相為歡欣。驛馬空亡徒費力,卦遭胎沒枉勞神。若卦遇胎沒,定枉勞神。立春後巽胎離沒,若得家人卦之類是也。
「世爻」「応爻」と「驛馬」と相合するは吉兆なり。原注に曰く、世応の両爻と「驛馬」と相合せば、官を求むるに大いに利有りと。《坎》《咸》《復》の三卦を得れば、心中必定に狐疑して決せず。原注に曰く、この三卦は皆主として心裏疑惑すと。申・酉・辰・戌の四支が「世爻」を持つは吉と為し、任に到りてまた「禄」に逢えば、正好に一番の施施展為有り。原注に曰く、申・酉が世を持ち並びに「禄」を得れば、最も吉利なりと。「官鬼」が「身爻」「世爻」に臨めば、官職は是れ真に手に到るを得、卦爻更に旺相せば便ち更に歓喜すべし。「驛馬」が「空亡」に落つれば、ただ徒然に力を費やす。卦が「胎」「没」の位に逢えば、白白に神を労す。原注に曰く、卦若し「胎」「没」に遇えば、一定是れ精神を枉費す。立春の後は、巽卦は「胎」に当たり離卦は「没」に当たる、比如《家人》卦を占い得るの這一類はすなわち是れなり。
旺爻克應是不良,應入墓時憂死亡。世爻受克遭貶謫,若克他爻倍俸糧。世受克,遭貶罰,世克他爻,主倍得俸糧。人吏空亡難立腳,初為人吏爻,若值空亡,縱使為官清正,吏人無氣,誰與奉行?如樹無枝,所以難立。內外純陰名不揚。陰柔不立之象,若內外卦俱陰,安能振作?是以名不揚也。子爻克鬼無官祿,福德爻交反不昌。子動克傷官鬼,故不昌也。
旺相の爻が往きて「応爻」を克するは好き事にあらず、「応爻」が墓に入るの時は更に死亡を憂慮す。「世爻」が克を受ければ、主として貶謫に遭う。「世爻」がかえって往きて別の爻を克せば、則ち俸禄は加倍す。原注に曰く、「世爻」が克を受ければ便ち貶罰に遭うを須い、「世爻」が他爻を克せば便ち俸糧が翻倍を主ると。吏胥を代表する爻が「空亡」に落つれば、官を作して便ち立足しがたし。原注に曰く、初爻は吏胥の爻、若し「空亡」に逢えば、たとえ官として清正なるも、屬吏は気無く、誰か政令を奉行せん。譬えば樹の枝条無きがごとし、故に站り住まざるなりと。内外卦が純に是れ陰爻なれば、名聲は彰れず。原注に曰く、これは陰柔にして自立する能わざるの象、内外卦皆陰に属せば、怎麼して振作し得べけん。故に名聲揚らずと。「子孫」爻が「官鬼」を克せば、便ち官禄無し。この福徳の爻が一たび交動すれば、かえって昌ならず。原注に曰く、「子孫」発動すれば「官鬼」を克傷する会す、故に昌ならずと。
卦克世身職不安,若卦身所屬,克世爻並身位,定主不能安職。如乾宮遁卦,本屬金,遇世屬火是也。身克人吏百憂攢。太剛則折,若身世克初人吏爻,定主吏皆退避。凡百事業,主有憂攢之兆。白虎動時驚恐至,若白虎旺動,驚恐立至也。子孫持世必隳官。子動,乃求官大忌,必至隳壞也。若問文官並武職,唐符國印求端的。唐符國印,求官必須用之。
卦身が来りて「世爻」「身爻」を克せば、官職は便ち坐り安からず。原注に曰く、卦身の属する五行若し「世爻」と「身爻」とを克せば、一定に職位に安んずる能わざるを主る、例えば乾宮の《遯》卦は本より金に属し、而るに「世爻」は火に属す、すなわちこの種の情形なりと。「身爻」が往きて吏胥の爻を克せば、百様の憂愁聚集す。原注に曰く、太も剛強なれば便ち折断す、「身爻」「世爻」若し初爻の吏胥を克せば、一定に主として屬吏皆退避して前せず、凡百の事業皆憂愁の攅聚の兆有りと。「白虎」が発動の時は、驚恐これに随い至る。原注に曰く、「白虎」旺相にして発動せば、驚恐は立刻に来ると。「子孫」が「世爻」を持てば、官職は必ず毀壞せらる。原注に曰く、「子孫」発動は官を求むるの大忌、一定に官職を敗壞掉せんと。若し文官と武職の分別を問えば、「唐符」「国印」の両神に靠って確實を求むるを須う。原注に曰く、官を求むるは必ず「唐符」「国印」を用いるを須うと。
寅申之年巳亥為,寅申之年,巳為唐符,亥為國印,以下類推。巳亥之年寅申覓。子午之年卯酉求,卯酉之年子午出。辰戌之年丑未方,丑未之年在辰戌。鬼臨符印最為佳,當作朝中資輔翼。宜靜而動必升遷,宜動而靜多掩抑。巽象搖時東與南,乾位交重出西北。
寅年・申年は、「唐符」「国印」は巳・亥の两支に在り。原注に曰く、寅・申の年は、巳は「唐符」、亥は「国印」を為す、以下これに依て類推すと。巳年・亥年は、便ち寅・申の两支に到りて找う。子年・午年は卯・酉上に求め、卯年・酉年は子・午上より出づ。辰年・戌年は丑・未の方に在り、丑年・未年は辰・戌に在り。「官鬼」が「唐符」「国印」に臨むは最も好し、主としてこの人は当に朝中に在りて輔弼の臣を作すべし。本より安静なるべき爻がかえって発動すれば、必定に升遷す。本より発動なるべき爻がかえって安静なれば、多く壓抑を受く。巽象が揺動せば、事は東方と南方とに応ず。乾位が重曡して交動せば、出仕は西北に在り。
君臣世應上下交,世為君、應為臣,上為君、下為臣。若上下相生,主君臣賡歌,噓沸一堂也。練行宜往興功績。練者,訓練士卒也。遇卦中世應相生,有命訓練之行,往之,必建功也。欲知卦內作何官,先向身中仔細看,火是文章喉舌位,火乃文明之象,故主翰苑之官。土為守令漸盤桓。盤桓者,修治城壘。土爻持世,故應此職也。水是江濱巡守職,金帶兵刑生殺權。木主工科司建創,大小皆隨衰旺言。隨動爻之休囚旺相,而定其官爵之尊卑也。
君と臣、「世爻」と「応爻」とは、上下交接して相通ず。原注に曰く、「世爻」は君と為り「応爻」は臣と為り、上卦は君と為り下卦は臣と為る。若し上下相生せば、主として君臣唱和して相答え、満堂融洽熱絡すと。若し兵を練るの行有れば、往きて功績を建立するに宜し。原注に曰く、「練」はすなわち士卒を訓練す、卦中に世応相生せば、若し命を奉じて出でて兵を練れば、前往して必ず功を建つる能くと。卦裏の主る所が甚麼の官たるを知らんと要せば、先ず「身爻」上に向いて仔細に看る。火は文章言論を掌る位置——原注に曰く、火は文明の象、故に翰林院の一類の官を主ると。土は守令の官、事は城壘の修治に在り——原注に曰く、「盤桓」はすなわち城壘を修治す、土爻が「世爻」を持つ、故にこの類の職務に応ずと。水は江辺巡守の職を主り、金は兵刑生殺の権を帯び、木は工部一科を主り營建創制を掌管す。官職の大小は、皆爻の衰旺に随いて定まる。原注に曰く、発動の爻の休囚旺相に随い、以て官爵の尊卑を判定すと。
喜神驛馬臨官鬼,美削重重有知己。美削者,舉紙箋也。因有喜神驛馬臨於官鬼,故美削重重,得知己之多也。就多符印兩爻權,更以唐符國印二爻推之,若果上卦發動,定主符印入手。符印爻所繫重,故再言。早晚當隨詔書起。符印既動,詔書立至。卦無太歲只升遷,太歲上卦,則主入朝,若無,但能遷改。太歲合時見天子。太歲若與世爻合,身位合,主入朝而見天子也。
喜神と「驛馬」と「官鬼」に臨めば、擧薦の文書は一封又一封として、処処に知己有り。原注に曰く、「美削」はすなわち擧薦に用うる紙牋、喜神と「驛馬」と「官鬼」上に臨むに因りて、故に薦書は重重曡曡にして知己衆多なりと。此の外なお多く「唐符」「国印」の両爻の権重を看るを須う。原注に曰く、再び「唐符」「国印」の二爻を用いて推す、若し果然として卦に上がりまた発動せば、一定に符印が手に到るを主る。この両爻は関係重大、故に再び一遍説くと。遅早は詔書の下達に随いて起用せらる。原注に曰く、符印すでに発動せば、詔書は立刻に到ると。卦中に太歳無ければ、便ちただ尋常の升遷。原注に曰く、太歳が卦に上がれば、主として朝に入り君に面す、若し太歳無ければ、便ちただ調遷改任する能くのみと。太歳と世と相合する時は、便ち天子を見る能く。原注に曰く、太歳若し「世爻」と相合し「身爻」の位と相合せば、主として朝に入りて天子を見ると。
更得雷火殺重重,雷火寅豬申巳求,四孟從之遍一周。即時沖破為天后,便見求官驛馬流。其法正月起寅,二月丑,逆數十二位是也。不欲贅言,故以四孟提起。遇動,大吉之兆,應如下文:看看名位至王公。天乙貴人更相合,天乙貴人:正月在巳二月申,三月在亥四月寅。五九依然居巳上,未月至丑三位輪。若還遇動定為吉,子孫代代作公卿。其法只以巳申亥寅四位,周而復始輪行十二位,正月巳,二月申,餘仿此。代代為官受贈封。雷火貴人既合,非惟己身享祿,主代代受封贈也。此是天綱玄妙訣,勸君紬繹莫匆匆。
若し再び「雷火殺」の重重に出現するを得れば、あれは便ち更に好し。原注に起例の歌訣を附して曰く、「雷火」は寅・亥・申・巳のこの四支上より求め、四孟の位に依て一輪を周遍す。当時に冲破せらるる処はすなわち「天后」、これにより便ち官を求むるの「驛馬」が何處に流轉するを看出する能く。その起法は正月は寅より起り、二月は丑に在り、逆に数えて十二位を滿す。多く筆墨を費やさんを欲せず、故にただ四孟を提して綱領と為す。この一凶殺若し発動に遇えば、かえって是れ大吉の兆、応験は便ち下句の説くがごとし。眼を看れば名位は王公を做到するに至るべし。若し「天乙貴人」また来りて相合せば、更に是れ好き事。原注に起例歌訣を附して曰く、「天乙貴人」は正月は巳に在り、二月は申、三月は亥、四月は寅に在り。五月・九月は依として旧り巳上に落ち、未月より起りて丑月に至りて三個の位次上に輪轉す。この一吉神若し発動に遇えば一定に吉と為り、主として子孫は世代皆公卿を作す。その起法はただ巳・申・亥・寅の四個の位次を用い、周して復た始まり輪行して十二個月、正月は巳に在り、二月は申に在り、其余はこれに照らして類推す。是に於て子孫は世代官を作し、朝廷の封贈を受く。原注に曰く、「雷火」と「貴人」とすでに相合せば、只自身が禄位を享受するのみならず、なお主として世代に封を受け贈を受くと。以上のこれらは皆天道綱紀に関わる玄妙の口訣なり、諸君に勧めて細細に其の中の頭緒を抽繹し、匆匆として看過する勿れ。
闡奥歌章・十四 国事の章
若筮國家占天子,卦從本宮世上取。本宮為國世為君,本宮者,看所占之卦,在何宮即為國,世爻即為君王也。旺相比和得聖主。初民二士三大夫,四作公侯君在五。六為宗廟社稷神,動靜剛柔宜得所。六爻各要生合旺相,苟一位不得其所,則一國不寧矣。
若し国家のため天子の事を占問せば、便ち本宮と「世爻」の上より取用す。本宮は国家を代表し、「世爻」は君王を代表す。原注に曰く、いわゆる本宮とは、占う所の卦が八宮中の哪一宮に属するを看る、あの一宮は便ち国家を代表し、「世爻」はすなわち君王なりと。本宮と「世爻」と旺相にしてまた比和せば、便ち聖明の主を得るなり。六爻各々属する所有り。初爻は百姓、二爻は士、三爻は大夫、四爻は公侯、君王は第五爻に在り、第六爻は宗廟社稷の神なり。諸爻の動静剛柔は皆各々その宜を得るべし。原注に曰く、六爻は各自皆生合旺相するを須い、倘若一位其の所を得ざれば、一国は便ち安寧を得ずと。
大殺為災金主兵,大殺:正戌、二巳、三午、四未、五寅、六卯、七辰、八亥、九子、十丑、十一申、十二酉是也。水為昏墊土攻城。水動主有洪水之災,土動主有修治城壘之事。震離坎兌四方見,若遇此四宮,應在邊方也。坤艮宮中事未寧。六爻不動卦無殺,天下人民歌太平。
「大殺」が爻に臨めば主として災禍有り、金爻は主として兵戈を起す。原注に「大殺」の所在を列出す。正月は戌に在り、二月は巳、三月は午、四月は未、五月は寅、六月は卯、七月は辰、八月は亥、九月は子、十月は丑、十一月は申、十二月は酉に在り。水爻は主として水が淹れ溺を陷す、土爻は主として工を興し城を攻む。原注に曰く、水爻発動せば主として洪水の災有り、土爻発動せば主として城壘を修治する事有りと。震・離・坎・兌の四宮は、事は四方に見る。原注に曰く、若しこの四宮に遇えば、事は辺疆に応ずと。坤・艮の二宮の中は、事情はなお安寧を得ず。若し六爻皆発動せず、卦中また凶殺無ければ、あれは便ち天下の百姓斉しく太平を歌う。
出兵交戰子當強,鬼旺他贏我必亡。財是草糧兄莫克,父為旌幟忌搖揚。水爻帶鬼來克我,須防劫寨及攻營。卻看有氣並無氣,方斷兵機輸與贏。若決勝負,以世應日辰官星論之。世為我將,應為彼軍,日辰為我卒,官鬼為彼兵。我克他,我勝。他克我,我負。若財興克父,必斬將奪旌。兄弟交重,必奪糧劫草。
兵を出して交戦するは、「子孫」爻の強旺を要す。「官鬼」旺相は、是れ敵方贏ちて我方必ず敗る。「妻財」は糧草を代表し、「兄弟」爻に克せられべからず。「父母」は旗幟を代表し、揺動を忌諱す。水爻が「官鬼」を帯びて来りて我を克せば、敵の寨を劫し營を攻むるを提防するを須う。なお双方の爻位は気有るか無気かを看て、はじめてこの一仗の輸贏を断定するを得好し。原注に曰く、若し勝負を決斷せんと要せば、「世爻」「応爻」と日辰と「官鬼」とを用いて論ず。「世爻」は我方の主将、「応爻」は対方の軍隊、日辰は我方の士卒、「官鬼」は対方の兵衆。我が彼を克せば、我勝つ。彼が我を克せば、我敗ると。若し「妻財」興旺にして「父母」を克せば、必定に将を斬り旗を奪う。「兄弟」爻が重曡して交動せば、必定に糧を奪われ草を劫せらる。
闡奥歌章・十五 僧道の章
羽士緇流來問占,身安世靜最為先。身爻克世堪謀用,世應比和樂自然。世若克身當退守,財來克世好求緣。六爻不動為清福,一位交重事變遷。財旺正宜收佈施,鬼交偏好謁官員。世臨白虎官司繞,身遇勾陳心事纏。父母克身師接引,青龍持世貴周全。勾陳帶殺遭魔障,玄武臨財被賊冤。
道士と僧人と前に来りて卜を問うは、最も要緊は「身爻」安穩にして「世爻」寧静なる。「身爻」が「世爻」を克せば、謀為する所有るべし。世応比和せば、自然安楽なり。「世爻」若しかえって「身爻」を克せば、便ち退守すべし。「妻財」が来りて「世爻」を克せば、正好に外出して縁を化す。六爻皆発動せざれば、是れ清浄の福。ただ一爻の交動有れば、事情は便ち変遷せん。「妻財」旺相なれば、正しく布施を收受するに宜し。「官鬼」交動すれば、偏に往きて官員を拜謁するに宜し。「世爻」が「白虎」に臨めば、官司は身に纏う。「身爻」が「勾陳」に遇えば、心事は糾結す。「父母」爻が「身爻」を克せば、師長の接引有り。「青龍」が「世爻」を持てば、貴人の周全照應を得。「勾陳」が凶殺を帯びれば、魔障に遭うべし。「玄武」が「妻財」に臨めば、賊人に冤枉せられ損を受けん。
兄弟勾陳同位動,謹防法眷外勾連。貴臨父母師通聖,福德龍交弟子賢。父母重重身受克,斷然身被俗家牽。財空註疏徒勞力,鬼旺營謀枉費錢。亂動坐關為大忌,八純卻好去參玄。艮坤只可棲巖壑,離巽偏宜隱市廛。龍虎交馳宜訪道,坎離輻輳好安禪。游魂帶殺休云水,一世休囚莫置田。
「兄弟」と「勾陳」と同じ一爻に在りて発動せば、同門の法眷が外に在りて人と勾連し事を生ずるを謹防するを須う。「天乙貴人」が「父母」爻に臨めば、師父の道行は神に通ず。「子孫」この福徳の爻と「青龍」と交動せば、弟子賢良なり。卦中に「父母」重重にして「身爻」が克を受ければ、この人は必ず俗家に牽累せらる。「妻財」が空に落つれば、經を講じ注を作すも是れ白費の力气。「官鬼」旺相なれば、一切の營謀皆枉げて錢を費やす。諸爻乱動の時は最も閉關静坐を忌み、八純卦を得れば却って正好に往きて玄理を參究す。艮・坤の二卦を得れば、ただ山巖溝壑に棲身すべし。離・巽の二卦を得れば、偏に市井の中に隠居するに宜し。「青龍」「白虎」交馳せば、外出して道を訪うに宜し。坎・離聚合すれば、安坐して禅を參ずるに宜し。游魂卦また凶殺を帯びれば、往きて雲游行脚を作すなかれ。一世卦にして休囚無気なれば、田産を置買するなかれ。
子動妻交還俗漢,世空身旺地行仙。身空不動頭頭道,應旺無魔處處禪。應偶世奇生又合,神清身靜壽綿綿。忽然負結財身動,未免填還俗債冤。世應不和身妄動。了身達命待驢年。木神太歲臨身命,即日逢神得正傳。太歲火神加父母,天邊恩命定來宣。問予末後天機事,拈筆書將一個緣。
「子孫」発動し「妻財」交動すれば、これは俗に還らんとする人。「世爻」が空に落ちて「身爻」旺相なれば、倒れて是れ地行仙の一流。「身爻」が空にして動かざれば、処処皆道に合す。「応爻」旺相にして魔障無ければ、処処皆禅を參ずべし。「応爻」が偶に属し「世爻」が奇に属し、彼此また生じまた合すれば、神志清明にして身心安静、寿数綿長なり。忽然として旧結を背負うに遇上りて「妻財」と「身爻」と皆動けば、俗世の債冤を償還するを免れず。世応不和にして「身爻」妄動せば、この身を了卻して天命に通達せんと欲するも、あれは驢年馬月を待つを須う。木神と太歳と「身」「命」の上に臨めば、当天に道有る人に遇えば便ち正法の真傳を得る能く。太歳と火神と「父母」爻に加臨せば、朝廷の恩命は一定に天辺より宣下せん。我に最後一句の天機の事を問わば、我ただ筆を提起して来り、一個の「縁」字を写下す。
闡奥歌章・十六 求財売買の章
求財交易財為主,發動臨身財必取。卦若無財及落空,一切營謀不堪許。財爻持世及克世,一買一賣利百倍。克身又得青龍扶,積玉堆金何算計。財爻外動較艱難,財在內興人送至。外生內兮應生世,假使財輕也容易。應克世兮世克身,有財到底難成遂。世應比和身又安,資財平穩無憂滯。財生庫旺聚錢財,子動龍交應稱意。財爻若值廢休囚,貨賤如塵宜措置。
財を求めと交易とは皆「妻財」爻をもって主と為し、「妻財」が発動しまた「身爻」に臨めば、財は一定に取り到る能く。卦中若し「妻財」無く、或いは「妻財」が「空亡」に落つれば、一切の経営謀划皆指望しがたし。「妻財」が「世爻」を持ち或いは来りて「世爻」を克せば、一買一売して百倍の利を獲るべし。若し再び「身爻」を克しまた「青龍」の扶助を得れば、玉を積み金を堆み、多得して計算するなし。「妻財」が外卦に発動せば、財を求むるは較として艱難なり。「妻財」が内卦に興起するは、是れ別人が錢を把って門に送上せるなり。外卦が内卦を生じ「応爻」が「世爻」を生ぜば、たとえ財爻の分量軽くとも、財を得るもなお容易なり。「応爻」が「世爻」を克し「世爻」また「身爻」を克せば、たとえ財有りとも、到頭に成就しがたし。世応比和にして「身爻」安穩なれば、資財平穩にして憂愁滞礙無し。「妻財」が生を得て庫位また旺んなれば、錢財を聚起する能く。「子孫」が発動して「青龍」交動せば、一切称心如意なり。「妻財」爻若し休囚廃絶に値せば、貨物は塵土のごとく賤しく、当に早めに趁りて處置して出手すべし。
財爻旺相貴如金,有貨必須乘早棄。財爻不動財平安,遇殺逢空終破費。外鬼牽將玄武來,官災盜賊重重悔。劫殺臨身兼克身,闇昧陰私須切忌。財爻驛馬木神扶,買賣成交還遇貴。兄弟螣蛇是悔神,財憂散失身憂否。莫教朱雀又當頭,官司口舌相連繫。兄弟化財雖有財,切須忌落人圈圓。折本傷財為甚麼?只為妻財化兄弟。子孫化財宜利多,財化子孫更非細。
「妻財」爻旺相なれば、貨物は黄金のごとく貴しく、手中に貨有れば必ず早めに趁りて脱手するを須う。「妻財」爻動かざれば、財物平安なり。若し凶殺に遇いまた「空亡」に落つれば、終帰して破費せん。「外卦」の「官鬼」が「玄武」を牽引して来れば、官非と盗賊と重重曡曡にして、人をして追悔せしむ。「劫殺」が「身爻」に臨みまた「身爻」を克せば、暗昧陰私の事は一定要切切として避忌す。「妻財」爻に「驛馬」と木神との扶持有れば、売買成交してなお貴人に遇う能く。「兄弟」と「螣蛇」と是れ悔を招く神、これに臨めば則ち財物散失を憂え自身閉塞を憂う。更に「朱雀」をして頭に当らしむるなかれ、あれは官司口舌を招きて接連断えず。「兄弟」が「妻財」を変出せば、財有ると雖も、却って切に別人の圈套に落入るを提防するを須う。何を以ってか本を折り財を傷る。ただ「妻財」が変じて「兄弟」と成るが為のみ。「子孫」が「妻財」を変出せば、利益必ず多し。「妻財」が「子孫」を変出せば、好処は更に小ならず。
卻又青龍水上來,登山涉海多饒利。勾陳交鬼必淹留,行貨臨官被賊偷。忽爾妻財化官鬼,雖然獲利被官收。行商坐賈營財賦,切忌官爻臨本庫。不是官司送禍來,定然被賊偷將去。地頭克身世未周,陰爻必是女人留。滿船載寶榮歸者,蓋為身爻克地頭。欲問錢財何日得?應在身財生旺日。假令乾用木為財,亥卯日辰為準則。
若しまた「青龍」が水爻上より自ら来るを見れば、然らば山に登り海を渡りて売買を作すも皆大いに其の利有り。「勾陳」と「官鬼」と交動せば、必定に滞留耽擱す。販運の貨物が「官鬼」に臨めば、賊に偸去せられん。忽然として「妻財」が変じて「官鬼」と成れば、利を獲たりと雖も、また官府に没收せられん。行商坐賈して財貨を経営するに、最も忌むは「官鬼」爻が本宮の庫位に臨む——是れ官司の惹來する禍事ならざれば、一定に是れ賊に偸走せらる。目的地の爻が「身爻」を克せば、「世爻」上の事は便ち辦り周全せず。あの爻若し陰に属せば、必定に是れ女人に留住せらる。能く船を滿し寶を載せ榮耀して歸るは、「身爻」が目的地の爻を克するに因る。錢財の哪一天に手に到るを問わんと要せば、「身爻」と「妻財」との生旺の日に応ず。譬如乾宮は木をもって「妻財」と為せば、あれは便ち亥日・卯日をもって準と為す。
世應是財求易得,卦若無財少準憑。財爻化鬼成凶象,鬼化為財定吉神。財落空亡難把捉,若逢二殺賊相侵。二殺:乃劫殺、天賊殺。難求外怕財爻動,易覓財時在內興。世若克財休啟齒,財來克世得千金。諸爻若總無財象,子動龍交亦可尋。世應若合最為吉,子孫合時為福德。月德月建要相扶,求財數倍終須得。
「世爻」「応爻」上に便ち「妻財」坐せば、財を求めて手に到り易し。卦中若し「妻財」無ければ、便ち憑準少なし。「妻財」が変じて「官鬼」と成るは凶象、「官鬼」が変じて「妻財」と成るは一定に吉神。「妻財」が「空亡」に落つれば、財は便ち抓不住。若し再び両個の凶殺に逢上れば、なお盗賊の来侵有り。原注に曰く、いわゆる二殺とは、すなわち「劫殺」と「天賊殺」なりと。求めがたき情形は外卦の「妻財」発動、得易き情形は「妻財」が内卦に興起す。「世爻」若し往きて「妻財」を克せば、便ち口を開きて求むるを須いず。「妻財」が来りて「世爻」を克せば、千金を獲るべし。諸爻若し全く「妻財」の象無ければ、「子孫」発動して「青龍」交動せば、またなお求むべし。世応相合するは最も吉利、「子孫」が合に逢えばすなわち福徳なり。再び「月徳」と月建と来りて扶助有れば、財を求むること数倍にして、終究して得る能く。
內為人兮外地頭,人克地頭有淹留,地頭克人兼旺相,若遇求財數倍收。日辰克身貨出手,財克地頭賊相守。青龍發動最為佳,陰陽得位財須有。外爻無氣應克身,若值空亡憂病生。土爻持世如何離,陰爻持世主陰人。土爻持世,主有阻隔,陰爻持世,主為女人淹滯也。
内卦は本人を代表し、外卦は往く所の地頭を代表す。本人の爻が地頭の爻を克せば、滞留して歸りがたし。地頭の爻が本人の爻を克してまた旺相なれば、かくのごとく往きて財を求めば数倍の利を収むべし。日辰が「身爻」を克せば、貨物脱手す。「妻財」が地頭の爻を克せば、則ち賊人の守候して旁に在る有り。「青龍」発動するは最も好し、陰陽各々その位を得れば、財必定有り。外爻気無くして「応爻」また「身爻」を克し、若し再び「空亡」に落つれば、便ち病を生ずるを憂慮するを須う。土爻が「世爻」を持てば、人は怎麼して走り開けん。陰爻が「世爻」を持てば、主として女子に牽絆せらる。原注に曰く、土爻が世を持てば、主として阻隔有り。陰爻が世を持てば、主として女人に耽擱せらると。
凡人占卦問求財,父動艱難鬼動災,子旺財明須得利,兄興遲滯是非來。添人進口要財明,子旺財興便可成。父發兄搖難永遠,鬼爻發動禍相親。凡占買賣與交易,子動財明為大吉。兄鬼爻搖合不成,父興費盡千鈞力。
およそ人が財を求むるを占問すれば、「父母」爻発動せば則ち艱難、「官鬼」爻発動せば則ち災有り。「子孫」旺相にして「妻財」顯明なれば、必ず利を得る能く。「兄弟」興起せば、則ち遲滯して是非を生出す。附録の人口を添る一歌に曰く、丁を添え口を進むるに、「妻財」顯明なるを須う。「子孫」旺しくして「妻財」興れば、事情便ち成る。「父母」発動し「兄弟」揺動せば、添え来る人もまた長久しがたし。「官鬼」爻発動せば、かえって禍事を招きて門に上がる。附録の交易の一歌に曰く、およそ売買交易を占うに、「子孫」発動して「妻財」顯明なれば是れ大吉。「兄弟」「官鬼」の両爻揺動せば、交易は合成らず。「父母」爻興起せば、則ち千鈞の力を費盡するを須う。
闡奥歌章・十七 出行の章
凡卜出行先看身,身爻發動是行人。子孫外動克身世,決定前途獲寶珍。出去當頭憂白虎,歸來足下忌勾陳。內克外兮世克應,臨行有阻去無因。外克內兮應克世,打迭行裝在即辰。身宮見鬼因官去,若不因官定有迍。父母克身父母留,兄弟克身兄弟憂。青龍子孫克身位,一路無虞到地頭。
およそ出行を卜問するに、先ず「身爻」を看る、「身爻」が発動するはすなわち門を出でんとする人なり。「子孫」が外卦に発動して「身爻」「世爻」を克せば、この行の前途は珍宝を獲得するを断定す。出門の時最も怕るは上爻に「白虎」が頭に当たる、回程の時最も忌むは初爻に「勾陳」が足の下に在る。内卦が外卦を克し「世爻」が「応爻」を克せば、行に臨み阻碍有りて去る成らず。外卦が内卦を克し「応爻」が「世爻」を克せば、あれは便ち行装を收拾し即刻に動身すべし。「身爻」の在る所の宮に「官鬼」を見れば、是れ公事に因りて去る。若し公に因らざれば、就一定に迍難有り。「父母」爻が「身爻」を克せば、父母に留住せらる。「兄弟」爻が「身爻」を克せば、兄弟のため担憂す。「青龍」と「子孫」と来りて「身爻」の位を克せば、一路平安無虞にして、目的地に直到す。
乾宮旺相乘肥馬,坎卦克身乘巨舟。震卦克身身便動,坤卦克身徒步遊。艮卦克身行必止,巽卦克身去又休。白虎克身行有厄,青龍克身為大吉。朱雀克身文字摧,玄武克身必遭賊。若見勾陳來克身,事緒勾留行未得。出行謁貴及尋人,兄鬼交重不可親。子旺財興須吉利,父興既去又回程。關津把隘苦難過,且看其中鬼若何,父鬼兄搖休進步,子孫發動莫蹉跎。
乾宮旺相なれば、出行は肥壯の馬に乘る。坎卦が「身爻」を克せば、大船に乘る。震卦が「身爻」を克せば、人は立刻に動身す。坤卦が「身爻」を克せば、ただ徒歩して行く能くのみ。艮卦が「身爻」を克せば、半路に走到して必定に停下す。巽卦が「身爻」を克せば、去りてまた作罷せんとす。「白虎」が「身爻」を克せば、路上に災厄有り。「青龍」が「身爻」を克せば、かえって大吉と為る。「朱雀」が「身爻」を克せば、文書上に受挫す。「玄武」が「身爻」を克せば、必定に賊に遭う。若し「勾陳」の来りて「身爻」を克するを見れば、事情牽纏勾留して、走り成らず。第二首に曰く、門を出でて貴人を拜謁しおよび他人を尋訪するに、「兄弟」「官鬼」の両爻重曡交動すれば便ち親近すべからず。「子孫」旺しくして「妻財」興れば、必定に吉利。「父母」爻興起せば、則ち去りてまた折返るを須う。附録の關津の一歌に曰く、關卡隘口は最も通過しがたし、且つ其の中の「官鬼」爻如何を看よ——「父母」「官鬼」「兄弟」揺動せば、便ち前に往くなかれ。「子孫」発動せば、便ち蹉跎遲疑するを須いず。
闡奥歌章・十八 行人の章
欲卜行人何日回,父克子孫為定期。初爻發動足下動,二爻身動定無疑。三四發動臨門戶,五爻在路較遲遲。上爻心動身猶住,安靜行人定未歸。雖動動臨玄武方,中途定有小人傷。交重白虎多驚恐,發動青龍大吉昌。朱雀爻交先有信,子孫發動喜非常。鬼兄併發多應病,官化為官更不祥。子落空亡身入墓,行人準定不歸鄉。
門を出でた人の哪一天に回來するを卜せんと要せば、便ち「父母」爻が「子孫」爻を克する時をもって定期と為す。初爻発動すれば、是れ行人の脚下すでに動身せり。二爻発動すれば、是れ彼の本身動かんとす、確定して疑い無し。三爻・四爻発動すれば、人はすでに門戸に臨近す。五爻発動すれば、人はなお路上に在り、回來は較として遲し。上爻発動すれば、ただ心裏に動かんと想いて人はなお原処に留まる。六爻皆安静なれば、行人は一定にいまだ回來せず。発動すと雖も、若し「玄武」の方位に動けば、中途に一定に小人の加害有り。「白虎」重曡交動すれば、多く驚恐有り。「青龍」発動すれば、大吉大利。「朱雀」爻交動すれば、先ず音信の来る有り。「子孫」発動すれば、喜事非常なり。「官鬼」と「兄弟」と一併に発動すれば、多半は病を生ずる上に応ずべし。「官鬼」また「官鬼」を変出せば、便ち更不吉なり。「子孫」が「空亡」に落ちて「身爻」が墓に入れば、この行人は是れ准定して家鄕に回る能わず。
子來占父幾時回?父鬼興隆一定來。兄弟搖搖多阻節,父興子動定無歸。子回財動定遲留,父發無歸更可憂。若是子興兄弟動,雙親頓解倚門愁。手足情深久別離,兄興父動是歸期,鬼搖財動無回日,子若興隆定是遲。
兒子が来りて父親の幾時に回來するを占うに、「父母」と「官鬼」の両爻興旺せば、一定に回來す。「兄弟」爻揺動して定まらざれば、路上多く阻隔有り。「父母」爻興りて「子孫」爻動けば、則ち一定に回來らず。父母が兒子の回來を占うに、「妻財」爻発動せば、一定に遲留す。「父母」爻発動せば、便ち歸期無く、更に憂うべし。若し是れ「子孫」爻興旺にして「兄弟」爻発動せば、雙親が門に倚りて盼望の愁緒は立刻に解くべし。兄弟手足の久別を占うに、「兄弟」爻興り「父母」爻動けば、すなわち歸期なり。「官鬼」爻搖り「妻財」爻動けば、便ち回來の日子無し。「子孫」爻若し興旺せば、回來一定に遲し。
妻擲金錢問槁砧,鬼財內發即回程,子興兄動他鄉客,父發歸遲卻有音。主因奴婢特來求,子助財興即轉頭,父發兄搖歸未得,鬼搖阻滯更淹留。凡占家人子墓期,他人來者合為時。震宮子爻言在戊,六合他人言未知。欲知行人何日到?月卦合神年月告。假令丙子水為身,辛丑之辰以時道。若占家親,以子長生有消息。子墓日方到。他人則取六跌蹼殺,正月從酉上合為推起,逆行十二位是也。
妻子が錢を擲りて丈夫を占問すれば、「官鬼」と「妻財」と内卦に発動せば、丈夫は立刻に回程す。「子孫」興り「兄弟」動けば、彼はなお他郷に在りて客を作す。「父母」爻発動せば、歸期遲しと雖も、却って音信有り。主人が奴婢の事のため特に来りて占を求めれば、「子孫」相助けて「妻財」興旺せば、人は立刻に回頭す。「父母」爻発動し「兄弟」爻揺動せば、なお回來らず。「官鬼」爻揺動せば、則ち阻滞更に淹留す。およそ自家人を占うは、「子孫」が墓に入るの日をもって歸期と為す。外人の前来を占うは、則ち相合の時をもって期と為す。震宮の「子孫」爻は、其の応期は戊位上に説くを須う。卦が「六合」に逢い占う所が外人なれば、歸期は便ちなお説き准らず。行人の哪一天に到るを知らんと要せば、月卦と合神とが年月上の応験を看よ。譬如丙子の納音は水に属して「身」と取れば、便ち辛丑この時辰を用いて推説す。原注に曰く、若し自家の親人を占えば、「子孫」爻の長生の日より便ち消息有り、「子孫」が墓に入るの日に到りてはじめて到る。若し外人を占えば、則ち「六跌蹼殺」を取り、正月は酉上より起りて合位を推算し、逆行して十二位すなわち是れなりと。
凡占行人在何處,子變應爻父母擬。變作本宮兄弟邊,若變財爻賤人處。子爻若是本宮子,行人出家寺觀止。行人子孫處鬼爻,必是官僚人吏矣。歸忌煞:正月丑、二月寅、三月巳,只此三位,周而復始。凡行人若世在震宮,及三四爻動,可立候而至。
およそ行人が現在何処に在るを占うに、「子孫」爻が変じて「応爻」と成れば、便ち父母長輩のあそこに在り。変じて本宮の「兄弟」と作れば、便ち兄弟朋友の身辺に在り。若し変じて「妻財」爻と成れば、便ち下人の所在の処に在り。「子孫」爻若し正しく本宮の「子孫」なれば、この行人は是れ出家して寺觀裏に住す。行人の「子孫」爻が「官鬼」の位に落つれば、あれは必定に官吏と一処に同じく在り。原注に「歸忌煞」の起法を附す。正月は丑に在り、二月は寅に在り、三月は巳に在り、ただこの三個の位次を用い、周して復た始まり輪轉す。およそ行人は、若し「世爻」が震宮に在り、或いは三爻・四爻発動せば、皆站りて彼の到来を待つべし。
約定人來何不來,只因兄鬼發如雷。財興子旺須臾到,父動中間書信回。內外之間辨信音,內爻旺相望盈盈。外爻發動相空內,一紙家書抵萬金。若占音信看應父,應父合處是歸期。外陰內陽書即到,外陽內陰書未回。父母生克應爻動,須臾路上信如飛。旺相不入墓爻活,囚死空亡隨水沫。又看上下卦如何,旺相相生行潑潑。卦爻不化入墓中,皆為平善得安隆。反之必死不須望,但去招魂作殯宮。
附録の音信三首。其の一に曰く、約した人は何を以ってか来らざる。ただ「兄弟」「官鬼」の両爻が発動して雷のごとくなるが為のみ。「妻財」興り「子孫」旺んなれば、片刻に到る。「父母」爻発動せば、中途に書信の回來有らん。其の二に曰く、内外の両卦の間は音信を分辦すべし——内爻旺相は、是れ家中の盼望殷切なり。外爻発動して内卦空虚なれば、一紙の家書は便ち万金に抵る。其の三に曰く、音信を占うは「応爻」と「父母」爻とを看るを須う、両者相合の処は便ち歸期なり。外卦が陰に属し内卦が陽に属せば、書信は馬上に到る。外卦が陽に属し内卦が陰に属せば、書信はなお回來せず。「父母」爻と「応爻」と生有り克有りて発動せば、頃刻の間に信は便ち路上に飛奔す。附録の行人健否を問う一首に曰く、用爻旺相にして墓に入らざれば、人は是れ活きたり。囚死無気にしてまた「空亡」に落つれば、人は便ち水に随い漂散する泡沫のごとし。再び上下卦如何を看るに、旺相にしてまた相生せば、この人の行動は活潑有力なり。卦爻変化して墓に入らざれば、皆平善安穩と算す。反せば則ち必ず死して疑い無し、再び指望するを須いず、只管に往きて魂を招き殯を設けよすなわち是れ。
闡奥歌章・十九 六畜の章
凡占六畜畜為身,假使占牛丑是真。喜見子孫並父母,怕逢劫殺及亡神。卦內若無所肖者,卻將八卦象來輪。乾馬坤牛艮狗當,巽雞離雉兌為羊。震龍艮馬一般斷,坎豕離鳥細審祥。巽兌白兮離又赤,乾玄震翠艮坤黃。更有旁通推本位,次推所屬身宮義。本身旺相保無虞,若值死囚災立至。
およそ六畜を占うに、便ちあの牲畜本身をもって用爻と為す。譬如牛を占えば、卦中の丑爻はじめて正用なり。畜を占うに最も喜ぶは「子孫」と「父母」とを見る、最も怕るは「劫殺」と「亡神」とに遇上る。卦裏若し占む牲畜の対応する生肖地支無ければ、便ち改めて八卦の象を用いて輪取す。乾は馬、坤は牛、艮は狗、巽は鶏、離は雉、兌は羊。震もまた竜に当たり艮もまた馬に当たるがごとく論断すべく、坎は猪、離また鳥、皆細細に審辨するを須う。再び毛色を看るに、巽・兌は白を主り、離は赤を主り、乾は黑を主り、震は青翠を主り、艮・坤は黄を主る。此の外なお旁通の法有り、先ず本位の属する所を推し、其次に再びそれが「身爻」の属する宮の意義を推す。牲畜本身の爻旺相なれば、無虞を保すべし。若し死・囚の地に値せば、災禍は立刻に到る。
本身發動子孫持,正是生財長育時。更得青龍相助吉,殺神相併慮傾危。本肖空亡分外愁,交重白虎血財憂。午爻帶殺當憂馬,未慮羊兒丑慮牛。更須推究本宮卦,坤旺牛兮乾旺馬。遇子加龍旺主人,玄武同宮防盜者。死絕休囚本位持,牛不耕兮馬不騎。更遇殺來應病死,十占八九定無疑。
牲畜本身の爻発動してまた「子孫」これを持つ有れば、正しく繁殖して財を生じ長養蕃息するの時。再び「青龍」の相助を得れば更に吉、若し凶殺の併臨有れば、便ち傾覆危亡を顧慮するを須う。占む牲畜の対応する生肖の爻若し「空亡」に落つれば、格外に愁うべし。「白虎」重曡交動せば、則ち血光牲損を憂心するを須う。午爻が凶殺を帯びれば、当に馬を憂うべし。未爻は羊を慮るを須い、丑爻は牛を慮るを須う。なお本宮の卦を推究するを須う。坤卦旺んなれば則ち牛好し、乾卦旺んなれば則ち馬好し。子爻に遇いてまた「青龍」を加えれば、主人興旺す。「玄武」同じ一宮に在れば、盗賊を提防するを須う。牲畜本位の爻が死絶休囚の地に処れば、牛は便ち耕す能わず馬は便ち騎る能わず。再び凶殺の来りて克するに遇えば、病死に応ずべく、十回占問して八九回錯ならず。
青龍旺相生財厚,六爻安靜無殃咎。若逢羊刃及三刑,決定遭他屠子手。財值青龍化子孫,豬羊雞鴨密如林。牛強馬壯無他事,外旺乾剛內旺坤。父母重重化父母,一畜經年三換主。大殺來傷本肖爻,今朝換主明朝死。困頤噬磕及明夷,鬼殺交重定剝皮。縱得青龍來救助,雖無殘害也尫羸。
「青龍」旺相なれば、牲畜は生育して利を獲ること豊厚なり。六爻安静なれば、災殃過咎無し。若し「羊刃」と「三刑」とに遇上れば、この牲口は一定要して屠戸の手裏に落到せん。「妻財」爻が「青龍」に値して「子孫」を変出せば、猪羊鶏鴨は多得して樹林のごとく密なり。牛強く馬壯にして別に他事無きは、外卦の乾金剛健・内卦の坤土旺相の象なり。卦中に「父母」重重にしてまた「父母」を変出せば、一頭の牲口は一年之内に三個の主人を換う。「大殺」が来りて占む牲畜の本位の爻を傷れば、今天主人を換え、明天便ち死す。《困》《頤》《噬嗑》および《明夷》の諸卦を得て、「官鬼」と凶殺と重曡交動せば、この牲口は一定に皮を剥がるべし。たとえ「青龍」の来りて救助するを得るも、宰殺殘害せられざるに至らざると雖も、また必定に瘦弱不堪ならん。
凡人占卦問六畜,有財有子皆為福。父爻旺動不能全,兄鬼交重多不足。但占牛馬泰成殃,坤腹乾頭是倒裝。占牛馬遇泰卦,定主空亡。若值坤乾二卦,所畜牛馬倒裝,無用之物。大抵遇泰卦則是。夬是力強寧畏熱,若值夬卦,牛馬縱遇熱暑,亦主壯健。若逢益卦怕刀傷。若卜得益卦,牛馬必被刀斧傷。離為虛市遭屠殺,若離卦,主虛市,屠家宰殺也。坎卦重爻入鑊湯。若值坎卦重爻,主有湯火之厄。
およそ人が六畜を占問すれば、「妻財」有り「子孫」有るは皆福なり。「父母」爻旺相にして発動せば、牲口は便ち保全する能わず。「兄弟」「官鬼」重曡交動せば、多く欠缺有り。另一首に曰く、單に牛馬を占い、《泰》卦を得ればかえって禍殃と成る、坤が上に在りて腹と為り乾が下に在りて頭と為る、正しく頭が下に腹が上の倒装の象なればなり。原注に曰く、牛馬を占いて《泰》卦に遇えば、一定に落空を主る。若し坤・乾の二卦を得れば、養う所の牛馬は頭尾倒置して、是れ無用の物、大抵《泰》卦に遇えば便ちこのごとしと。《夬》卦を得れば則ち畜力強健にして、暑熱を怕れず。原注に曰く、若し《夬》卦を得れば、牛馬はたとえ炎暑に遇上るも、依として旧り壯健なりと。若し《益》卦に逢えば、便ち刀傷を怕る。原注に曰く、若し《益》卦を卜得れば、牛馬は必ず刀斧に傷せらると。《離》卦を得れば是れ空虚の市集に進みて屠殺に遭う。原注に曰く、若し離卦を得れば、主として虚市、屠戸に宰殺せらると。《坎》卦を得て爻が重動せば、牲口は湯鍋に下るべし。原注に曰く、若し坎卦を得て重爻発動せば、主として湯火の厄有りと。
噬磕頤需咸入鼎,若值此五卦,亦主遭烹宰。怕逢坤艮被分張。怕坤艮二卦,主牛馬各散。如地山謙卦是也。更以刀砧分上下,若無諸殺始為昌。乾兌屬金為刀,震巽屬木為砧。刀在砧上則死,刀在砧下則生。若值大過無妄之類則死,大壯中孚之類則生。買牛買馬隻求財,大怕兄興鬼發災。若是父搖空費力,子孫發動卻佳哉。
《噬嗑》《頤》《需》《咸》《鼎》の五卦を得れば、また主として烹宰せらる。原注に曰く、若しこの五卦に値せば、同じく烹煮宰殺に遭うを主ると。最も怕るは坤・艮の二卦に遇う、牲口は拆散分売せられん。原注に曰く、坤・艮の二卦を怕るは、主として牛馬各自離散す、例えば《地山謙》卦すなわち是れなりと。此の外なお刀と砧との上下の分別を以て断ずるを須う、若し諸般の凶殺無ければはじめて昌吉と算す。原注に曰く、乾・兌は金に属す、是れ刀。震・巽は木に属す、是れ砧。刀が砧の上に在れば則ち死、刀が砧の下に在れば則ち生。《大過》《无妄》の一類のごときは是れ刀が上に在り、死を主る。《大壯》《中孚》の一類は是れ刀が下に在り、生を主ると。末の一首に曰く、牛を買い馬を買うはただ財を求むるが為、最も怕るは「兄弟」爻興り「官鬼」爻發して災を生ずる。若し是れ「父母」爻揺動せば、力気を白費す。「子孫」爻発動せば、あれは便ち好し。
闡奥歌章・二十 蚕桑の章
應為蠶子世為人,世應相生福德臻。財是蠶宮身是主,身財和合獲珠珍。主若生蠶我遂意,蠶兒受克枉勞辛。六爻安靜為平穩,一位交重驗六親。有子有財全吉兆,見凶見鬼大凶徵。交重父母平平斷,旺相休囚逐位輪。財爻若也持身世,管取絲綿千萬斤。更得青龍同位助,獲財百倍大光榮。
蚕桑を占うに、「応爻」は蚕子を代表し「世爻」は蚕を養う人を代表し、世応相生せば則ち福徳斉しく来る。「妻財」は蚕の本宮、「身爻」は蚕の主人、身と財と和合せば、便ち珍宝のごとき絲を收獲する能く。主人の爻若し蚕の爻を生ぜば、事事我が心意に称う。蚕の爻が克を受ければ、便ち白白に辛苦の一場。六爻安静なれば、収成平穩なり。ただ一爻の交動有れば、便ち六親上に於て験看して応ずる所を知るべし。「子孫」有り「妻財」有るは全吉の兆、凶殺を見「官鬼」を見るは大凶の徴。「父母」爻重曡交動せば、ただ平平と作して断ずる能くのみ。旺相休囚に至っては、則ち逐爻依次に輪看す。「妻財」爻若し「身爻」「世爻」を持てば、絲綿千万斤を収むるを管保す。再び「青龍」の同位相助を得れば、利を獲ること百倍にして、大いに榮耀なり。
本宮見子為生氣,財世逢官是耗神。鬼財初爻苗不出,二爻蠶子有災迍。三四鬼爻無桑葉,最上官興繭不成。金爻是鬼二眠亡,木鬼三眠定受殃。水鬼定是遭風雨,土鬼多應病腫黃。鬼落空亡翻作吉,鬼爻休廢反為良。鬼化子孫財帛厚,鬼化妻財大吉昌。鬼化弟兄收一半,鬼化父母晚絲強。
本宮の中に「子孫」爻を見るは、是れ生気の所在。「妻財」と「世爻」上に「官鬼」に遇うは、あれは是れ耗散の神。「官鬼」と「妻財」と初爻に落つれば、桑苗は長り出ず。二爻に落つれば、蚕子に災難有り。「官鬼」が三爻・四爻に在れば、采るべき桑葉無し。「官鬼」が最上の一爻に興れば、繭は便ち結成らず。「官鬼」が金に属せば、蚕は二眠の時に死亡す。「官鬼」が木に属せば、三眠の時に一定に殃を受く。「官鬼」が水に属せば、一定に風雨に遭う。「官鬼」が土に属せば、多半は蚕が病みて發黄腫脹する上に応ずべし。「官鬼」が「空亡」に落つるはかえって是れ吉、「官鬼」爻が休囚廢絶するはかえって是れ好し。「官鬼」が「子孫」を変出せば、財帛豐厚なり。「官鬼」が「妻財」を変出せば、大吉大昌なり。「官鬼」が「兄弟」を変出せば、ただ一半を収むる能くのみ。「官鬼」が「父母」を変出せば、晚蚕の絲はかえって好し。
青龍發動絲綿廣,白虎交重蠶白殭。玄武克蠶憂水厄,勾陳帶殺為蟲傷。水財到底無多利,金土為財些小償。木財旺相財無數,火旺財爻更倍昌。天喜青龍財子合,生身生世獲嘉祥。凡人占卦問蠶桑,子旺財明甚是強。兄鬼交重防損壞,父搖一半落空亡。大率占蠶,須要巳午上卦為吉,發動乃大吉。艮離吉,坎兌凶。
「青龍」発動すれば、絲綿廣多なり。「白虎」重曡交動せば、蚕は白僵死を發せん。「玄武」が蚕を克せば、憂うるは是れ水厄。「勾陳」が凶殺を帯びれば、是れ虫の害して蚕を傷る。「妻財」が水に属せば、到頭に利薄し。金に属し土に属せば、ただ些小の補償有るのみ。木に属して旺相なれば、財多得して數え清むるなし。火に属して旺なれば、収成は更に加倍せん。「天喜」「青龍」と「妻財」「子孫」と相合し、また来りて「身爻」を生じ「世爻」を生ぜば、必ず嘉美の吉祥を獲ん。第二首に曰く、およそ人が蚕桑を占問するに、「子孫」旺しく「妻財」明なれば、最も強旺なり。「兄弟」「官鬼」重曡交動せば、蚕事の損壞を防ぐを須う。「父母」爻揺動せば、収成に一半の落空有らん。原注に曰く、大凡蚕を占うに、巳・午の二支が卦に上がるを須いてはじめて吉、発動せば更是れ大吉。艮・離の二卦を得れば吉、坎・兌の二卦を得れば凶なりと。
闡奥歌章・二十一 舟車の章
船車原以父為尊,父動船車不久存。兄鬼動搖防盜賊,子孫出現免災迍。
船隻と車輌とを占問するに、本来「父母」爻をもって主と為す。「父母」爻が一たび発動すれば、この船車は存留して久しからず。「兄弟」と「官鬼」の両爻揺動せば、盗賊の劫奪を提防するを須う。卦中に「子孫」爻出現せば、便ち災難迍厄を免去する能く。此の章はただこの一首、是れ《闡奥歌章》裏の最も短き一門なり。
闡奥歌章・二十二 疾病の章
疾病先將身命看,逢龍見子放心寬。妻財入命多沉重,官鬼臨身更不堪。身犯勾陳凶有準,命加玄武瘥應難。螣蛇白虎憂喪事,身命空亡定入棺。金鬼值身傷骨節,身臨水鬼血濃攢。貼身火鬼瘡痍惱,木鬼身宮百骨酸。
疾病を占うに、先ず「身爻」と「命爻」とを看る。「青龍」に遇い「子孫」を見れば、便ち放心すべし。「妻財」が「命爻」に入れば、病は多く沉重なり。「官鬼」が「身爻」に臨めば、更に堪えず。「身爻」が「勾陳」に犯せられれば、凶険応験して虚ならず。「命爻」に「玄武」を加えれば、病は痊癒しがたし。「螣蛇」「白虎」これに臨めば、喪事を憂心するを須う。「身」「命」の両爻皆「空亡」に落つれば、一定に棺に入るべし。再び五行を分かちて看るに、金爻の「官鬼」が「身爻」に値せば、傷は骨節に在り。「身爻」が水爻の「官鬼」に臨めば、是れ血膿の積聚なり。「身爻」に緊貼する火爻の「官鬼」は、瘡瘍潰爛に苦しまると為す。木爻の「官鬼」が「身」の宮に臨めば、則ち周身の骨節酸痛なり。
土鬼在身身腫脹,殺刑加命命摧殘。水為腰腎金為肺,火主心經木主肝。土爻脾胃休逢殺,發動交重仔細觀。虎鬼同興應哭泣,龍孫並旺保平安。乾為首兮坤為腹,巽為手兮震為足。兌為口兮艮為鼻,坎主耳兮離主目。
土爻の「官鬼」が「身爻」上に在れば、身体腫脹す。凶殺と刑罰と一併に「命爻」に加えば、性命は便ち摧殘せられん。再び五行をもって臟腑に配す。水は腰と腎とを主り、金は肺を主り、火は心經を主り、木は肝を主り、土爻は脾胃を主る——土爻は切に凶殺に遇上るべからず。およそ爻の発動或いは重曡交動するは、皆仔細に審看するを須う。「白虎」と「官鬼」と一同に興起せば、哭泣喪亡に応ず。「青龍」と「子孫」と一併に旺相せば、平安を保すべし。再び八卦をもって身体部位に配す。乾は頭、坤は腹、巽は手、震は足、兌は口、艮は鼻、坎は耳を主り、離は目を主る。
一宮殺旺一般災,子動龍興保平復。豐兼蠱困及明夷,夬與同人一例推。冬旅春需都困重,夏觀秋剝並傾危。六爻安靜尤難瘥,殺鬼交重便莫醫。財旺身空身必喪,官生命死命應衰。兩重官鬼因勞復,鬼化為兄病不宜。鬼化為財凶有準。鬼爻化子瘥無疑。
哪一宮の凶殺旺相なれば、あの一部位に便ちあの一様の災病有り。「子孫」発動し「青龍」興起せば、平復を保すべし。《豊》《蠱》《困》《明夷》および《夬》《同人》を得れば、皆同じ一個の例に照らして推斷す。冬天に《旅》を得、春天に《需》を得れば、病は皆困重なり。夏天に《觀》を得、秋天に《剝》を得れば、皆傾危の険有り。六爻全く安静なれば、病は尤も好りがたし。凶殺と「官鬼」と重曡交動せば、便ち再び医するを須いず。「妻財」旺しくして「身爻」が空に落つれば、此の身は必ず喪せん。「官鬼」が生を得て「命爻」が死の地に処れば、性命は便ち衰竭せん。卦中に両重の「官鬼」は、是れ病後に勞累して復發す。「官鬼」が変じて「兄弟」と成れば、病情利せず。「官鬼」が変じて「妻財」と成れば、凶険応験して虚ならず。「官鬼」爻が変じて「子孫」と成れば、病は一定に痊癒す。
凡若有人占疾病,先從卦中尋本命。仍看來者是何人,克者是何加世應。福德持世鬼暫退,官旺之日又加進。卦中無鬼病難醫,鬼旺財興難保命。鬼殺臨身五墓侵,鬼神不應藥無靈。一為五臟二皮肉,三為體骨腰並足。四肺心經五六頭,游魂恍惚如神觸。惟有歸魂漸向安,吉凶細細為君囑。
およそ人の来りて疾病を占うは、先ず卦中に病人の本命の爻を找出し、再び卦を問うに来るが甚麼の人たるを看、および哪一爻の克して怎様に「世」「應」に加臨するを看る。「子孫」この福徳の爻が「世爻」を持てば、「官鬼」は暫時退去す。「官鬼」旺相の日子に到れば、病また加重す。卦中に「官鬼」無ければ、病はかえって醫しがたし。「官鬼」旺しくして「妻財」興れば、性命は便ち保ちがたし。「官鬼」と凶殺と「身爻」に臨み、また五行の墓庫に侵犯せられれば、あれは神を祈りて應えず藥を服して靈ならず。六爻各々一處を主る。初爻は五臟、二爻は皮肉、三爻は身骨と腰足、四爻は肺と心經、五爻・六爻は頭なり。游魂卦を得れば、病人は精神恍惚として、鬼神に衝撞せられたるがごとし。ただ歸魂卦を得てのみ、はじめて漸漸に安に轉ず。これらの吉凶は、一一細細に汝に嘱咐す。
占病先須問六親,吉凶須要討分明。父母空亡防父母,財爻無氣損妻身。子孫化鬼須遭死,兄弟殺臨定不貞。明夷蠱夬剝豐同,六卦哪堪占病凶。財鬼二爻俱發動,喪門弔客鬧叢叢。豐觀需節旅賁臨,明夷蠱夬及同人。占病若還逢此卦,歸家急急辦前程。
病を占うに先ず占う所が哪一位の親人たるを問清するを須い、吉凶はじめて討究分明ならん。「父母」爻が「空亡」に落つれば、父母に事有るを防ぐを須う。「妻財」爻氣無ければ、損傷は妻子の身上に在り。「子孫」爻が変じて「官鬼」と成れば、孩子は死亡に遭うべし。「兄弟」爻が凶殺に身を臨まれれば、一定に安寧を得ず。另一首に曰く、《明夷》《蠱》《夬》《剝》《豊》《同人》のこの六卦、病を占いて遇えば皆凶。若し「妻財」「官鬼」の両爻一齊に發動せば、「喪門」「弔客」紛紛として來り鬧さん。再び一首に曰く、《豊》《觀》《需》《節》《旅》《賁》、加えて《明夷》《蠱》《夬》および《同人》、病を占いて若しなおこれらの卦に遇えば、便ち急いで家に回りて後事を料理して往け。
子占親病幾時痊,子要興隆父要安。兄動纏綿難脫體,子興財發入黃泉。子病親來問卦靈,兄興子動死還生。鬼搖父動終難保,財動纏綿病轉增。夫問其妻疾病煎,財明子動便安然。鬼爻發動還沉重,父發兄搖定斷絃。
兒子が父母の病の幾時に痊癒するを占うに、「子孫」爻興旺にして「父母」爻安靜なるを須う。「兄弟」爻發動せば、病は纏綿にして脱き身がたし。「子孫」興りて「妻財」發すれば、雙親は便ち黃泉に入らん。父母が兒子の病のため來りて卦を問うに、「兄弟」爻興り「子孫」爻動けば、死もまた轉生し得。「官鬼」爻搖り「父母」爻動けば、終究して保ちがたし。「妻財」爻動けば、病は纏綿にして而且加重す。丈夫が妻子の病中煎熬を受くるを問うに、「妻財」顯明にして「子孫」發動せば、便ち安然たるべし。「官鬼」爻發動せば、病はなお沉重せん。「父母」爻發し「兄弟」爻搖れは、一定要して弦を斷ち偶を喪わん。
妻占夫病未安寧,鬼靜財興可放心。兄子交重恩義絕,父搖難愈病沉沉。兄弟來占疾病纏,父興兄靜自安全。鬼搖財動黃泉客,子動留連數日眠。奴婢淹延疾病纏,鬼搖疾病更連綿。財安子發無他事,父動兄興不得痊。
妻子が丈夫の病のなお安寧ならざるを占うに、「官鬼」安靜にして「妻財」興旺なれば、便ち放心すべし。「兄弟」と「子孫」と重曡交動せば、夫妻の恩義斷絶す。「父母」爻揺動せば、病は沉重にして癒えがたし。兄弟が來りて手足の病の纏綿を占うに、「父母」爻興り「兄弟」爻靜なれば、自然安全なり。「官鬼」爻搖り「妻財」爻動けば、便ち黃泉の客と作らん。「子孫」爻動けば、ただ留連して牀に臥する幾日のみ。奴婢の病の拖延纏綿するは、「官鬼」爻揺動せば、病は更に連綿斷えず。「妻財」安靜にして「子孫」發動せば、別の事無し。「父母」爻動き「兄弟」爻興れば、便ち好く成らず。
闡奥歌章・二十三 醫藥の章
子孫出現是醫人,生世生身藥必靈。兩個子孫齊發動,換醫困厄即時平。子囚醫拙無功效,子旺醫明有準繩。無子病人難服藥,子空患者便歸程。子孫值土宜丸散,值火須當艾火蒸。遇木咬咀方應病,逢金針刺保亨貞。子孫值水宜湯藥,天喜扶持妙莫評。青龍獨發最為良,持世生身便離床。
醫藥を占うに、卦中に出現する「子孫」爻はすなわち醫生なり、それが來りて「世爻」を生じ「身爻」を生ぜば、藥は一定に靈驗す。兩個の「子孫」爻が一齊に發動せば、醫生を換るれば、困厄は立刻に平なり。「子孫」が囚の地に處れば、醫生は笨拙にして功效無し。「子孫」旺相なれば、醫生は高明にして準則有り。卦中に「子孫」無ければ、病人は藥を服しがたし。「子孫」が空に落つれば、病人は便ち歸途を走上せん。再び五行に依て治法を選ぶ。「子孫」が土に屬せば、丸劑散劑を用るに宜し。火に屬せば、艾灸熏蒸を用るべし。木に屬せば、㕮咀煎劑を用るに宜しく症に對す。金に屬せば、針刺を用るに宜しく安好を保すべし。水に屬せば、湯藥を用るに宜し。若し再び「天喜」の扶持有れば、其の妙は評說しがたし。「青龍」獨自發動するは最も好し、それが「世爻」を持ちまた「身爻」を生ぜば、病人は便ち牀を下る能く。
那更子孫同位發,不須服藥保安康。鬼財安貼無憂慮,身世比和大吉祥。欲問病人何日瘥?鬼衰身旺世生方。夫病欲醫須卦靜,爻須旺相子扶身。應爻及外為醫者,內卦身爻是病人。醫來克病人方愈,病若克醫藥不靈。鬼爻持世人難保,吉曜加臨大利貞。
若し再び「子孫」が同じ爻位に發動有れば、藥を服せずとも安く康寧を保すべし。「官鬼」と「妻財」と皆安貼にして動かざれば、便ち憂慮無し。「身爻」と「世爻」と比和せば、大吉大祥なり。病人の哪一天に痊癒するを問わんと要せば、便ち「官鬼」衰弱し「身爻」旺相にして「世爻」生を得るの時に在り。第二首に曰く、病を醫治せんと要するに、卦爻の安靜を得るを須い、爻位旺相にして「子孫」の來りて「身爻」を扶くるを。「應爻」と外卦とは醫生を代表し、內卦と「身爻」とは病人を代表す。醫生の爻が來りて病人の爻を克せば、病ははじめて好し。病人の爻が反りて往きて醫生の爻を克せば、藥は便ち靈ならず。「官鬼」爻が「世爻」を持てば、人は保全しがたし。吉神の加臨有れば、則ち大いに利有り。
闡奥歌章・二十四 詞訟の章
公訟先推身殺鬼,身克殺爻應有理。劫殺克身理不明,身旺殺空憂散矣。告人切要殺扶身,被訴卻憂刑剋世。身旺殺空訴者輸,身衰殺旺身遭捶。殺身俱旺事遷延,身殺俱空公事止。劫殺臨官官事興,財加劫殺因財起。三刑持世莫興詞,六害臨身休後悔。父母勾陳與劫並,決定爭差田屋契。
官司を打つに先ず「身爻」・凶殺・「官鬼」の三者を推す。「身爻」が凶殺の爻を克せば、自己に理有るを説明す。「劫殺」が來りて「身爻」を克せば、則ち理虧にして明ならず。「身爻」旺しくして凶殺空に落つれば、憂愁は自ら消散せん。別人を告げんと往くに、切に凶殺の來りて「身爻」を扶くるを須う。人に控告せられれば、反りて「世爻」の刑克せらるるを怕る。「身爻」旺しくして凶殺空に落つれば、告狀する一方は輸す。「身爻」衰えて凶殺旺んなれば、自身は打たるるを須う。凶殺と「身爻」と皆旺んなれば、案子拖延す。兩者皆空に落つれば、公事は便ち停む。「劫殺」が「官鬼」に臨めば、官事興起す。「妻財」が「劫殺」に加えば、訟事は財に因りて起る。「三刑」が「世爻」を持てば、訟を興しに往くなかれ。「六害」が「身爻」に臨めば、手を動かして了れば便ち後悔するなかれ。「父母」「勾陳」また「劫殺」と併臨せば、一定是れ田地房屋契券を爭奪するの事。
外來克內被渠傷,內克外因渠不是。弟兄化鬼卒難休,鬼化弟兄多闇昧。玄武臨官防小人,螣蛇犯鬼多淹滯。青龍入鬼遇貴人,白虎臨官受刑制。鬼共勾陳牢獄災,鬼臨朱雀文書累。太歲克官赦解由,月建沖官官恕罪。日辰克鬼脫應難,鬼剋日辰尤不易。身世克刑日下和,相併相沖還又至。
外卦が來りて內卦を克せば、是れ對方に傷害せらる。內卦が往きて外卦を克せば、是れ對方の理虧に因る。「兄弟」が變じて「官鬼」と成れば、訟事は倉促の間に了結しがたし。「官鬼」が變じて「兄弟」と成れば、其の中多く暗昧不明なり。「玄武」が「官鬼」に臨めば、小人を防ぐを須う。「螣蛇」が「官鬼」を侵犯せば、案子は多く淹滯す。「青龍」が「官鬼」に入れば、貴人に遇う能く。「白虎」が「官鬼」に臨めば、刑罰裁制を受くべし。「官鬼」と「勾陳」と同臨せば、牢獄の災有り。「官鬼」が「朱雀」に臨めば、文書に拖累せらる。太歲が「官鬼」を克せば、赦免開釋の緣由有らん。月建が「官鬼」に衝せば、官府は罪責を寬恕せん。日辰が「官鬼」を克せば、身を脱せんと想うも反りて難し。「官鬼」が日辰を克せば、便ち更に容易ならず。「身爻」「世爻」既に克しまた刑すれば、眼下和解すと雖も、一旦再び相併相衝に逢えば、事情はなお再び來らん。
噬磕明夷被杖笞,屯蒙大壯遭囚繫。雖云渙解保無憂,也要世身爻有氣。天喜貴人要生身,大殺亡神莫持世。世應相生內外和,決定兩頭都沒事。劫殺官爻是禍根,空亡卻是相和義。妻財持世喜神扶,卻宜托個人調議。青龍子孫是解星,主世生身謝天地。世旺身生命合神,是日官司當脫離。更有常贏決勝方,訴人被訴都當記。訟心克己最為良,挫銳解紛為至貴。贏盡世間多少人,省財又不傷和氣。
《噬嗑》《明夷》を得れば、棍棒を挨ぐべし。《屯》《蒙》《大壯》を得れば、囚禁せられん。雖も《渙》《解》を得て無憂を保すと曰うも、また「世爻」「身爻」に氣有らねばならず。「天喜」と「貴人」とは來りて「身爻」を生ずるを要し、「大殺」「亡神」は「世爻」を持つを要せず。「世」「應」相生し內外卦和順なれば、兩邊皆事無しと斷定す。「劫殺」と「官鬼」爻とは禍根なり、それらが「空亡」に落つるは反りて是れ和解の義。「妻財」が「世爻」を持ちて喜神の扶持有れば、正しく個人に托して中より調停商議するに宜し。「青龍」と「子孫」と是れ厄を解く星、それらが「世爻」を生じ「身爻」を生ぜば、便ち天に謝し地に謝するべし。「世爻」旺しく「身爻」生を得「命爻」また合神に逢えば、あの一天官司は便ち身を脱すべし。此の外更に一個の常勝決贏の法門有り、告ぐる人と被告の人と皆記住すべし。官司を打つの心思は先ず自己を剋制し、銳氣を挫去り紛爭を化解するは最も可貴なり。かくのごとく能く世上の多少人に贏ち過ぐ——既に錢財を省き、又和氣を傷らず。
禁繫憂官兩未萌,應為對主世為身。鬼旺墓鄉須下獄,官臨歲動達朝廷。鬼爻出現催公判,卦若傷財理不明。應爻坐鬼他遭責,世下藏官我不贏。卦值兩官因舊事,兄爻發動起同人。財多損子災難脫,輕者徒流重死刑。脫事遇官尋福德,父興財發事關身。動爻克世人來損,兄動虛憂假作真。
拘禁と官非の兩樣の憂患皆いまだ發作せざる時に來りて占うは、「應爻」は是れ對方、「世爻」は是れ自身。「官鬼」旺相にして墓鄕に落つれば、必ず獄に下るを要す。「官鬼」が太歲に臨みて發動せば、案子は朝廷に上達せん。「官鬼」爻が卦中に出現せば、公家は判決を催す。卦若し「妻財」を傷れば、理は便ち説き明ならず。「應爻」上に「官鬼」坐すれば、是れ對方の責を受くる。「世爻」の下に「官鬼」伏藏せば、是れ我が這邊贏つ能わず。卦中に兩個の「官鬼」出現せば、是れ舊事の牽連に因る。「兄弟」爻發動せば、是れ同伙の人の挑起す。「妻財」太多くして「子孫」を損傷せば、災禍脱れがたく、輕ければ徒刑流放を判じ、重ければ死刑を處す。身を脱せんと想えば、便ち卦中に「子孫」この福徳の爻を尋ねよ。「父母」爻興り「妻財」爻發すれば、事情は便ち自己身上に關涉せん。發動の爻が來りて「世爻」を克せば、人の來りて加害する有り。「兄弟」爻發動するは、本より是れ虛驚も、また假を弄して真と成さん。
日辰克鬼我身贏,鬼剋日辰他身旺。日辰生鬼事遲延,鬼生日辰事搖漾。日辰與鬼不相剋,此事終須有比和。日辰或與鬼沖並,兩邊相見自消磨。若值解神官事散,更逢天喜樂淘淘。世前為鎖後為關,世前二辰為鎖,世後二辰為關。若逢凶殺發動,主有鎖禁之憂。
日辰が「官鬼」を克せば、我が這一方贏つ。「官鬼」が日辰を克せば、對方の氣勢旺んなり。日辰が「官鬼」を生ぜば、事情遲延す。「官鬼」が日辰を生ぜば、事情反復動蕩して定まらず。日辰と「官鬼」と互いに相克せざれば、この案子は終究して比和して了結する能く。日辰若し「官鬼」と相衝相併せば、兩邊は面を見れば自然に消磨化解す。若し「解神」に遇上れば、官事は便ち散ず。再び「天喜」に逢えば、更是れ快樂無憂なり。「世爻」の前は「鎖」と為り、「世爻」の後は「關」と為る。原注に曰く、「世爻」前面の兩個の地支は「鎖」、後面の兩個の地支は「關」、若し凶殺の發動に逢えば、主として鎖禁せらるるの憂患有りと。
鬼旺克身主脊杖。身克宗廟有刑憲,六爻為宗廟爻。宗廟克身道理強。身衰怕被日辰克,死絕年年獄裡藏。宗廟死絕事當寧,大壯知他理不明。子孫臨身官事散,鬼來克世是輸名。明夷卦主幽囚禁,父母爻交事未亨。鬼在伏中難解脫,財居飛位易調停。眾陽在外無輸象,刑殺臨身自殺刑。
「官鬼」旺相にして「身爻」を克せば、主として脊杖の刑を受くべし。「身爻」が往きて宗廟の爻を克せば、刑法が身に加えらる有らん——原注に曰く、第六爻はすなわち宗廟の爻。反りて宗廟の爻が「身爻」を克せば、則ち是れ對方の道理強し。「身爻」衰弱して最も日辰に克せらるるを怕れ、若し死絶の地に處れば、年年皆獄裏に關せられん。宗廟の爻が死絶に處れば、事情は當に平息すべし。《大壯》卦を得れば、便ち知る彼の理虧にして明ならざるを。「子孫」が「身爻」に臨めば、官事消散す。「官鬼」が來りて「世爻」を克せば、すなわちこの名分の場に輸したり。《明夷》卦を得れば、主として幽禁囚繫す。「父母」爻交動せば、事情はなお亨通せず。「官鬼」伏藏して下に在れば、解脱しがたし。「妻財」が飛神の位に居れば、調停し易し。衆多の陽爻皆外卦に在れば、輸するの迹象無し。刑殺が「身爻」に臨めば、則ち是れ自ら刑罰を取る。
我欲興詞去告人,兄財子動狀難成。父興鬼發須成訟,財動文書斷不成。他人告我果何如?子動兄搖定是虛。父鬼旺興成大訟,財興必定克文書。是非官訟幾時休?父鬼搖揚最可憂。子動旺時容易散,兄興財發事悠悠。青龍動主和,朱雀官偏拗。勾陳公差來,白虎杖比較。螣蛇鐵鎖拘,玄武吏典狡。若依此訣推,百試無不效。
我が狀子を寫して往きて人を告げんと要すれば、「兄弟」「妻財」「子孫」發動せば、狀子は告げ成りがたし。「父母」爻興り「官鬼」爻發すれば、必定に訟を成す。「妻財」爻動けば、文書は斷然として寫り成らず。他人が我を告げれば、結果如何。「子孫」爻動き「兄弟」爻搖れば、一定是れ虛なり。「父母」「官鬼」旺相興發せば、大訟を成さん。「妻財」爻興れば、必定に文書を克傷せん。是非官訟は幾時に了結する。「父母」「官鬼」揺動張揚せば、最も憂うべし。「子孫」爻動きて旺相せば、消散し易し。「兄弟」爻興り「妻財」爻發すれば、事情は便ち悠悠として期無し。末の一首は六神を以て斷ず。「青龍」發動は主として和解、「朱雀」が「官鬼」に臨めば則ち官府は偏執拗、「勾陳」は是れ公差の門に上る、「白虎」は是れ杖責對質、「螣蛇」は是れ鐵鎖拘押、「玄武」は是れ吏胥狡詐。若しこの口訣に依て推して往けば、百試百驗なり。
闡奥歌章・二十五 盜賊の章
占盜先推財鬼鄉,財爻安靜便無妨。內搖不離無安處,外動多因出遠方。鬼化為財須有望,財爻化鬼莫思量。妻財入墓無蹤跡,財犯勾陳在土藏。捉賊提防亡劫害,尋財切慮刃刑傷。子孫旺相終尋見,官鬼休囚必捉將。玄武鬼爻家裡動,原來家賊最難防。兩重官鬼勾連至,鬼落空亡自失忘。
失盜を占うに、先ず「妻財」と「官鬼」との所在を推す。「妻財」爻安靜なれば、便ち妨礙無し。「妻財」が內卦に揺動せば、東西はなお離去せず、ただ原處に放らざるのみ。外卦に發動せば、多半はすでに遠方に帶往せられたり。「官鬼」が變じて「妻財」と成れば、なお指望有り。「妻財」が變じて「官鬼」と成れば、便ち再び想うなかれ。「妻財」が墓に入れば、蹤跡全く無し。「妻財」が「勾陳」に犯せられれば、是れ土裏に藏れたり。賊を捉うは「亡神」「劫殺」の害を為すを提防するを須い、贓を尋ぬるは「羊刃」と刑衝傷克とを顧慮するを須う。「子孫」旺相なれば、終究して找り見るべし。「官鬼」休囚なれば、一定能捉住す。「玄武」と「官鬼」と內卦に發動せば、元來是れ家賊、最も提防しがたし。卦中に兩重の「官鬼」は、是れ內外勾連して來る。「官鬼」が「空亡」に落つれば、あれは是れ自己遺失して忘記せしなり。
一世二世親鄰盜,三世四世不離鄉。五世六世他方賊,鬼若生身必見贓。木鬼東方人是賊,金西水北細推詳。火官本是南方盜,土鬼原來只在房。欲問賊人藏物處,鬼家父母處推詳。譬如火鬼木為父,木竹堆中及樹旁。不懼五行無準則,只愁財物落空亡。
一世卦・二世卦を得れば、是れ親戚鄰居の盜む所。三世卦・四世卦を得れば、賊は本鄕を出でず。五世・六世の卦を得れば、是れ外地より來りし賊。「官鬼」若し來りて「身爻」を生ぜば、一定能して贓物を見る。「官鬼」が木に屬せば、賊は是れ東方人。金に屬すれば西に在り、水に屬すれば北に在り、皆細細に推詳するを須う。火に屬する「官鬼」は本より是れ南方の盜。土に屬する「官鬼」は、元來便ち屋裏に在り。賊人の東西を藏する何處の處たるを問わんと要せば、便ち「官鬼」のあの一行の對應する「父母」爻上より推詳す。譬如火爻の「官鬼」は木を以て「父母」と為せば、あれは便ち木料竹堆の中或いは樹木の旁邊に在り。五行に準則尋ぬる可き無きを怕れず、只怕るは財物の「空亡」に落つるを。
捕盜先推飛伏神,飛伏相生賊不真。飛克伏神須捉住,伏傷飛者反傷身。伏神帶殺休追趕,伏入勾陳賊自陳。內外世身依此例,內還克外定無因。應爻又是偷財者,若來克世屈難伸。欲知捕獲當何日?鬼敗財生定日辰。卜筮遺亡皆準此,身衰財發不由人。
盜を捕ふに先ず「飛神」と「伏神」とを推す。飛伏相生すれば、この賊は捉え実ならず。「飛神」が「伏神」を克せば、一定能捉住す。「伏神」が反りて「飛神」を傷れば、追捕する人は反りて傷を受くべし。「伏神」が凶殺を帶びれば、便ち往きて追趕するなかれ。「伏神」が「勾陳」に入れば、賊は會して自ら招認せん。內外卦と「世爻」「身爻」ともまたこの例に照らして看る。內卦が反りて外卦を克せば、一定に手を下す處無し。「應爻」もすなわち是れ財物を偸む人、それ若し來りて「世爻」を克せば、自己屈を受け伸びがたし。哪一天に捕獲する能くを知らんと要せば、便ち「官鬼」が敗の地に處し「妻財」が生を得るあの日辰に定めよ。およそ遺失の物を卜問するは皆此を以て準と為し、「身爻」衰弱にして「妻財」發動せば、事情は便ち自己に由らず。
凡人占卦問失物,官鬼交重必是賊。父興兄動恐難尋,子發財安必易獲。若是逃亡兼走失,用鬼為賊財為物。財爻在內不空亡,子位交重物終得。鬼在二三鄰里偷,若在初爻未將出。八純奔走他方去,歸魂物不離親戚。世應相生內外和,家中自匿虛啾唧。游魂內外且追尋,木鬼東方人是實。
およそ人が失物を占問すれば、「官鬼」重曡交動すれば、一定是れ賊に偸まれたり。「父母」爻興り「兄弟」爻動けば、恐らく找りがたし。「子孫」爻發動して「妻財」爻安靜なれば、一定に尋獲し易し。若し是れ人の逃亡或いは物の走失せるは、便ち「官鬼」を以て賊と為し「妻財」を以て物と為す。「妻財」爻が內卦に在りて「空亡」に落ちず、「子孫」爻位また重曡交動せば、東西は終究して得。「官鬼」が二爻・三爻に在れば、是れ鄰里の偸める所。若し初爻に在れば、東西はなお門を拿出でず。八純卦を得れば、人は已に他方に奔往せり。歸魂卦を得れば、東西は親戚の外を出でず。「世」「應」相生し內外卦和順なれば、あれは是れ自家人の藏起せし所、白白に一場を鬧せしなり。游魂卦を得れば、便ち內外四處に追尋す。「官鬼」が木に屬せば、賊は是れ東方人、この話は是れ確實なり。
闡奥歌章・二十六 斷易總訣
占卦須占用是誰,卻將出現伏藏推。凶中得吉逢生救,吉里成凶被克欺。若被克欺宜制伏,如逢生救要扶持。有人會得其中意,卦理雖深可盡知。
卦を占うに首さきに占う所の事が誰を以て「用神」と為すべきを弄清し、然る後にこの用神の卦中に出現するや、伏藏して「飛神」の下に在るやを看て、此に據りて推斷す。凶象の中より轉出して吉と成るは、是れそれが生扶救助に逢えばなり。吉象の中より變出して凶と成るは、是れそれが克制欺凌せらるればなり。用神若し克制欺凌せられれば、便ち法を設けてあの克する爻を制伏するを須う。用神若し生扶救助を得れば、便ち勢に順うて往きてそれを扶持するを須う。人この裏面の意思を領會する能く有れば、卦理雖も幽深なりと雖も、また皆盡知すべし。この一首是れ《闡奥歌章》全篇の收束總訣なり。
卜筮全書卷之六 天玄賦上
混沌之初,茫然未判。始因盤古立太極而分兩儀,爰及伏羲定陰陽而畫八卦,周室文王演易,魯幫孔子繫辭。察飛伏於八八六十四卦之中,定吉凶於三百八十四爻之內。包羅天地,可知物外夤緣。道合乾坤,何況人間禍福。
天地混沌の初め、一片茫然として、いまだ分判せず。最初は盤古が太極を立て起こして陰陽兩儀を分出し、伏羲に到りて、陰陽を定出して八卦を畫成し、其の後周朝の文王《周易》を推演し、魯國の孔子《繫辭》を作る。是に於いて人は八八六十四卦の中に「飛神」と「伏神」とを考察し、三百八十四爻の內に吉凶を判定する能く。この一套の道理は天地を包羅し、物外の攀緣牽連さえも推知し得。其の道は乾坤と相合す、況んや人間の禍福、自然に更に其の中に在るをや。
天玄賦上・一 總論提綱
吾人問卜,必因動靜吉凶;學者推占,要識淺深高下。秘旨雖傳於人口,奧妙實出乎天然。事有萬殊,理無二致。須識靜中有動,當明吉處藏凶。靜者動之機,吉者凶之本。如逢卦靜,專尋暗動及空亡;若見爻興,便察吉凶分造化。諸爻並吉,更防吉處藏凶;大象皆凶,須識凶中有吉。
世人の來りて卜を問うは、必定に是れ動靜の間の吉凶の為なり。易を學ぶ人の占を推すは、其の中の深淺高下を分辨する能くするを須う。これらの秘密要旨は雖も人に由りて口耳傳えらると雖も、其の中の奧妙は其の實天然に出ず。事情千差萬別、道理は兩樣無し。靜中に動を含むを認め、吉裏に凶を藏するを明白するを須う。靜は是れ動の先機、吉は是れ凶の根本なり。若し卦爻安靜に遇えば、便ち專ら往きて「暗動」と「空亡」とを尋ねよ。若し爻の興發有るを見れば、便ち其の吉凶如何に造化を分判するを察看せよ。諸爻皆吉なれば、更要して吉處に凶を藏するを提防し、整卦の大象皆凶なるも、また凶中に還りて吉有るを知るを須う。
若逢亂動,先觀用爻。用爻有彼我之分,得失從衰旺而決。六爻上下,吉凶全繫乎日辰;一卦中間,主宰莫逃乎世應。細察生旺墓絕,精詳克害刑沖。吉凶由此而分,禍福從茲而定。貴人乘祿馬,縱非吉慶也無凶;天喜會青龍,雖遇悲哀終有喜。
若し諸爻亂動に遇上れば、先ず「用神」を看る。用神に對方に屬し自己に屬するの分別有り、得失は便ち其の衰旺を憑じて決斷す。六爻上下の吉凶は、全く日辰上に係る。一卦の中の主宰は、「世爻」と「應爻」とを逃出せず。用神の生・旺・墓・絶を細細に考察し、克・害・刑・衝を精詳に推究するを須う。吉凶は此に由りて分判し、禍福は此に由りて判定す。「貴人」が「祿」「馬」に乘れば、縱い是れ喜慶の事にあらずと雖も、また凶無し。「天喜」が「青龍」に會合すれば、即便悲哀の事に遇上ると雖も、終究して還りて喜有り。
白虎動本非佳況,惟孕育反作吉神;子孫興總曰禎祥,問功名偏為惡客。官鬼不宜持世,求名婚娶兩相宜;妻財俱喜扶身,父母文書偏畏忌。玄武陰私兼失脫,螣蛇怪異及虛驚。朱雀本主官非,仕宦當生喜美;勾陳職專田土,行人終見遲留。
「白虎」發動は本來是好光景にあらず、ただ生育を占う時のみそれは反りて是れ吉神なり。「子孫」興發は一般都して禎祥と稱す、獨り功名を問うにのみ它は偏偏是れ惡客なり。「官鬼」は「世爻」を持つに宜しからず、しかれども功名を求め婚娶するこの兩件事上にそれは反りて相宜なり。「妻財」は人人皆それの來りて「身爻」を扶くるを喜び、ただ文書を占うにそれが「父母」を克するは、最も忌諱するを須う。「玄武」は主として陰私隱情と失脫丟物と、「螣蛇」は主として怪異の事と虛驚と。「朱雀」は本來主として官司是非、しかれども仕宦を占うに它は當に喜美の事を生出すべし。「勾陳」は專ら田地土産を管し、行人を占うに它は主として終究遲留して歸らず。
天玄賦上・二 身命の章
凡占身命,先察用爻。造化生物之初,先有人身,而後有萬物。故首章先言身命。未可便將卦名妄斷。剖決高低,必須參究用爻動靜興衰,刑沖剋害,及空亡等象,取其端的,方可決吉凶、禍福、貴賤、賢愚。伯子公侯,從茲定矣。
およそ身命を占うに、先ず「用神」を考察するを須う。原注に曰く、造化の生物の初めは、先ず人身有りて、然る後にはじめて萬物有り、それ故に本篇の頭一章先ず身命を講ずと。卦名を只看て妄下斷語す可からず。一個人の命の高低を剖判せんと要せば、必ず用神の動靜興衰・刑衝克害および「空亡」等等の卦象を參究し、確實の端緒を取得して、はじめて其の吉凶禍福・貴賤賢愚を決斷すべし。將來は伯を做るか子を做るか、還た是れ公を做るか侯を做るか、皆此處より定來す。
刑剋害沖,斷一生之得失;刑者:三刑。子刑卯,卯刑子;寅刑巳,巳刑申,申刑寅;丑刑戌,戌刑未,未刑丑;辰午酉亥自刑。以上所言刑者,為陰陽反德。凡占有日辰刑,動爻刑。若刑父母,則雙親損。刑財爻,則妻妾傷。骨肉逢刑,無不傷殘。卻看在何限中,便知何年刑剋,其餘仿此推詳。
刑・克・害・衝のこの四樣を用いて、一生の得失を斷ず。原注は「刑」を解釋す。すなわち是れ「三刑」——子は卯を刑し卯は子を刑す。寅は巳を刑し巳は申を刑し申は寅を刑す。丑は戌を刑し戌は未を刑し未は丑を刑す。辰・午・酉・亥の四支各々自ら相刑す。以上の所説の刑は、是れ陰陽その德に背反す。およそ占に日辰の來りて刑する有り、また動爻の來りて刑する有り。若し「父母」爻に刑到らば、雙親損を受け、「妻財」爻に刑到らば、妻妾傷を受く。およそ骨肉の爻刑に逢えば、傷殘せざるは無し。再び它が哪一限の中に落つるを看れば、便ち知る哪一年に刑克を受けるに応ずるを、其の餘は皆かくのごとくに照らして推詳す。
克者:陰陽不相和,故相剋也。凡遇財福吉神克我,仍吉;鬼殺凶神克我,大凶。害者:穿心六害也。乃恩未結,怨已生也。子沖午、午合未,是謂子未六害;寅沖申、申合巳,是謂寅巳六害;卯沖酉,酉合辰,是謂卯辰六害。餘皆仿此。六害見之,骨肉情疏,六親分薄,夫妻不協,子息難招。沖者:子午、卯酉、辰戌、丑未、寅申、巳亥,對沖是也。有年月沖、日辰沖、世應沖。凡財福逢沖則凶,鬼殺逢沖則吉。爻雖安靜,見沖則為暗動,動爻遇沖則散,空亡遇沖則不空。沖則動,動則戰,戰則爭矣。
原注は「克」を解釋す。陰と陽と彼此和せず、それ故に相克す。およそ「妻財」「子孫」這些の吉神の來りて我を克するは、仍として吉と算す。「官鬼」凶殺の來りて我を克するは、便是れ大凶なり。原注は「害」を解釋す。すなわち是れ「穿心六害」、意思是れ恩情いまだ結成せざるに、怨恨已に生出せり。子と午と相衝し、而して午また未と相合す、このを子未六害と叫ぶ。寅と申と相衝し、而して申また巳と相合す、このを寅巳六害と叫ぶ。卯と酉と相衝し、而して酉また辰と相合す、このを卯辰六害と叫ぶ。其の餘は皆此に類して推さる。卦中に「六害」見れば、主として骨肉情分疎遠・六親緣分淺薄・夫妻不和・子嗣求めがたし。原注再び「衝」を解釋す。子と午・卯と酉・辰と戌・丑と未・寅と申・巳と亥と、兩兩相對して衝すを、便ち作りて「衝」と曰う。衝に年月の來りて衝する有り、日辰の來りて衝する有り、また「世爻」「應爻」の互衝する有り。およそ「妻財」「子孫」這類の吉爻衝に逢えば便ち凶、「官鬼」凶殺衝に逢えば反りて吉。爻雖も安靜なりと雖も、衝せられれば便ち「暗動」と成す。發動の爻衝に遇えば則ち氣勢衝散し、「空亡」に落つるの爻衝に遇えば反りて空と算せず。衝せられれば便ち動き要し、動けば便ち相戰し要し、相戰せば便ち爭鬥を生ず。
興衰動靜,決三限之榮枯。有大象旺衰,有爻象旺衰。凡卜身命,得大象旺,亦是好處,稱是壯實根基;更得爻象吉利,乃十全之造化。大抵卦旺不如爻旺。人之根源繫於卦,不繫於爻;命之吉凶在乎爻,不在乎象。更看動靜吉凶,三限榮枯,實決於此。
用爻の興衰動靜を用いて、三限の榮枯を決斷す。原注に曰く、整卦大象の旺衰有り、また單爻爻象の旺衰有り。およそ身命を卜するに、大象旺相を得るもまた好處なり、根基壯實と稱すべし。若し再び爻象吉利を得れば、あれは便是れ十全の造化なり。大抵卦旺は爻旺に如かず——一個人の根源は卦上に係り、爻上に係らず。一個人の命の吉凶は卻て爻上に在り、整卦之象上に在らず。再び諸爻の動靜吉凶を看れば、三限の榮枯は、實に便ち此に取决す。
遇財福,則富貴榮華;妻財子孫者,雖為吉神。若遇旺相有氣,或帶貴人並進神,臨於卦中得地之處,卻來生合世爻,貴則加官進祿,富則發福生財。更得日辰、月建青龍同位,乃大發大旺。縱臨螣蛇白虎,亦不為凶。小有盤折,不能傷害大體。但怕沖破並受克,方為無用。凡占須看立於何限中。便知何時發達。若臨正卦外三爻,支卦內三爻,稱為得地。臨於正卦內三爻,名為落陷。若在支卦外三爻,稱為晚景之福。
卦中に「妻財」「子孫」に遇えば、主として富貴榮華す。原注に曰く、「妻財」「子孫」雖も是れ吉神なりと雖も、還た它們の旺相して氣有るか、或いは「貴人」と「進神」とを帶び、卦中の地を得るの位置に臨み、又來りて「世爻」を生合するを看るを須う——かくのごとくすれば、官を做る者は官を加え祿を進め、商を經る者は福を發し財を生す。若し再び日辰・月建と「青龍」と同じ一位に在るを得れば、あれは便ち大發大旺す。縱い「螣蛇」「白虎」に臨むと雖も、また凶と算せず、最多小さく周折有るのみ、大體を傷るに足らず。只怕るは它が衝破せられ或いは克を受くるを、あれははじめて無用の物と成る。およそ占には還た它が哪一限の中に站るを看るを須い、はじめて何時發達するを知る。正卦の外三爻・變卦の內三爻に臨むを、得地と稱す。正卦の內三爻に臨むを、落陷と叫作す。若し變卦の外三爻に在れば、便ち晚年の福と稱す。
遇兄鬼,則貧窮破敗。兄弟官鬼,二者皆非吉神。卦中若遇兄弟發動,爭訟是非,分門割戶;或破耗資財,或生涯冷淡,皆因此也。官鬼主疾病患難。加朱雀、官符,有口舌官災;加玄武、天賊,有逃亡失脫;加白虎、喪門,主喪亡孝服。凡占遇之,無氣不動猶可,旺相發動最凶。若沖散受克,及落空亡,此等限中,以平為福。若正卦外三爻,支卦內三爻遇之,最為不佳。正當成立之時,遭此兇惡之輩,安有發福之象。若在早歲,顛沛災迍,或當暮年,終無結果。
卦中に「兄弟」「官鬼」に遇えば、主として貧窮破敗す。原注に曰く、「兄弟」と「官鬼」兩者は皆吉神にあらず。卦中若し「兄弟」發動に遇えば、爭訟是非・分家割產、或いは資財を破費し、或いは生計冷淡するは、皆它に由りて來る。「官鬼」は則ち主として疾病患難す。「朱雀」「官符」を加えれば、口舌官災有り。「玄武」「天賊」を加えれば、逃亡失脫有り。「白虎」「喪門」を加えれば、主として喪亡と穿孝と。およそ占にて它们に遇上るに、氣無くして動かざれば還た過ごし得、旺相にして又發動すれば最も凶。若し衝散せられ克を受け、或いは「空亡」に落つれば、あれはばこの一限の中に在りて、平平安安なる能く便是れ福なり。若し正卦の外三爻・變卦の內三爻上に它们に遇えば、最も不佳なり——正しく立業するの時に當りてこれらの凶惡の輩に撞上りて、哪裏に還た發福の氣象有らん。若し少年に応ずれば、便是れ顛沛困頓。若し晚年に當らば、便ち終究して結果無し。
世是平生之本,應為百歲之妻。人生一世,貴賤高低,合為何等人物,但將世爻為主。若得天貴祿馬並立,又有吉神生扶,無凶殺沖剋,乃富貴根基,清高品格。若與凶殺並立,或被惡殺刑沖,別無吉神救解,乃貧賤之徵,無成之兆。
「世爻」は是れ一生の根本、「應爻」は是れ百年偕老の妻子なり。原注に曰く、人が一世を活くるに、貴賤高低、該く是れ甚麼樣の人物か、ただ「世爻」を以て主と為して看る。若し「世爻」が「天乙貴人」「祿」「馬」と併立し、又吉神の生扶有り、凶殺の來りて衝克する無ければ、此れ便是れ富貴の根基・清高の品格なり。若し「世爻」が凶殺と併立し、或いは惡殺に刑衝せられ、又別に吉神の來りて救解する無ければ、あれは便是れ貧賤の徵驗・一事無成の兆頭なり。
若遇世空,最為不美,當有大難。唯有九流術士之人,及僧道之輩,反為吉兆。是空手求財,財去財來,終無積聚。世應二爻,乃一卦之主。凡占,以世為已,應為妻。若與青龍吉神並立,其妻必賢;咸池玄武並立,其妻必淫。世爻無氣受應克,必然妻奪夫權。應爻若落空亡,妻宮有損。
若し「世爻」の空に落つるに遇えば、最も不好にして、當に大難有るべし。ただ九流術士および僧道の流のみ、反りて是れ吉兆——他们は本來空手にして財を求め、錢は來り錢は去りて、終究して積蓄有ることなし。「世」「應」兩爻は、是れ一卦の主宰なり。およそ占は、「世爻」を以て自己と為し、「應爻」を以て妻子と為す。「應爻」が「青龍」等の吉神と併立せば、妻子は必定賢惠なり。「咸池」「玄武」と併立せば、妻子は必定淫蕩なり。「世爻」氣無くして「應爻」に克せられれば、必然是れ妻子が丈夫の權を奪ふ。「應爻」若し「空亡」に落つれば、妻室は損傷有らん。
相生相合,必然偕老齊眉;相剋相沖,決定終朝反目。世應二爻,若得相生相合,一生如魚得水。如逢相剋相沖,百歲似冰投炭。生合之處逢沖,始諧和,其後被人搬弄。若應來克世,本不為佳,卻得動爻克應,或被日辰沖破,則始雖不和,以後得人解勸,終歸好合。若世應比和,自然兩無高下。
世應相生相合すれば、夫妻は必定に白頭偕老し相敬して賓のごとし。相克相衝せば、便ち注定して終日反目す。原注に曰く、「世」「應」兩爻若し相生相合する能く有れば、一生は魚水を得るがごとし。若し相克相衝に逢えば、一輩子は便ち冰を炭火に投ぐるがごとし。本來生合するの處また衝に遇えば、起初は還た和諧し、後來人の中より搬弄挑撥する有り。若し「應爻」が來りて「世爻」を克せば、本來好と算せず、卻て動爻の往きて「應爻」を克する有るを得、或いは「應爻」が日辰に衝破せらるれば、あれはば起初雖も不和なりと雖も、以後人の中より勸解する有りて、終究して還た是和好す。若し世應比和せば、自然に兩下裏高低を分かたず。
財爻動,則父母刑傷;兄弟興,則妻宮重迭。財爻持世或動,則父母受克。其人必早失怙恃,或過房離祖,重拜爹孃。若兄弟交重,或臨世位,其人妻宮受傷,必主斷絃再續,晚歲重婚。父母動,則難為子息;官鬼興,則損害弟兄。惟有子孫持世,財爻有氣,一生衣祿自然。親賢近貴,永年和合。
「妻財」爻發動せば、父母は刑傷を受くべし。「兄弟」爻興起せば、妻室は重娶疊配を須う。原注に曰く、「妻財」が「世爻」を持ち或いは發動せば、「父母」爻便ち克を受け、此人は必定早年に父母を失い、或いは別人に過繼して祖家を離れ、另りて爹娘を拜す。若し「兄弟」重曡交動し、或いは「世爻」の位に臨めば、此人は妻室傷を受け、必ず主として妻を喪い再び娶り、晚年重婚す。「父母」爻發動せば、便ち子嗣有りがたし。「官鬼」爻興起せば、便ち兄弟を損害す。ただ「子孫」が「世爻」を持ちて「妻財」爻に氣有るのみ、はじめて一生衣食祿位自ら來り、賢者貴人に親近し、長年和睦す。
若臨旁位,稍減災殃。言前妻財兄弟之類,不臨世上,在他爻發動,其災殃稍可。以是推之,學者自當通變。咸池凶殺臨身,出處必然微賤;咸池殺,見後神殺章內。此殺若臨世爻,或臨父母爻,皆主出身微賤之家,更看卦無貴人吉神,必非高尚之士。
これらの爻若し旁の爻位上に臨めば、災殃は便ち稍減す。原注に曰く、此れ是れ前面所説の「妻財」「兄弟」之類を講ず、若し「世爻」上に臨まず、而も別の爻上に發動して在れば、あの災殃は還た稍々承受すべし。此に由りて類推すれば、學者は自ら當に通變すべし。「咸池」この一凶殺が「身爻」に臨めば、出身は必定微賤なり。原注に曰く、「咸池殺」の起法は後面の神殺章に見ゆ。此の殺若し「世爻」に臨み、或いは「父母」爻に臨めば、皆主として出身微賤の家に在り。再び卦中若し「貴人」吉神無ければ、あれは一定是れ高尚の士にあらず。
祿馬貴人持世,立身須主清高。貴人,天乙貴人,見後神殺章。凡占得貴人持世,祿馬同鄉,必然立身清高,不可斷曰庸人。卦值六沖,半世求謀蹭蹬;子午卯酉之類,為六沖。凡占得之,其人作事有始無終,少成多敗。前卦六沖,三十年前生涯冷淡;後卦六沖,三十年後漸覺蕭條;前後皆值六沖,一世不能成就。爻中縱有吉神,為事亦當蹭蹬。
「祿」「馬」「貴人」が「世爻」を持てば、立身處世は必定清高なり。原注に曰く、此處の「貴人」は「天乙貴人」を指し、起法は後面の神殺章に見ゆ。およそ占に「貴人」の世を持つを得、「祿」と「馬」とまた同じ一處に在れば、必然に立身清高にして、平庸の輩と斷作す可からず。卦が「六衝」に値せば、半生の謀求皆蹉跌せん。原注に曰く、子と午・卯と酉の這一類は、便是れ「六衝」。およそ占に六衝卦を得れば、此人は事を做るに始有りて終無く、成るは少なく敗るるは多し。前卦六衝なれば、三十歲以前生計冷淡す。後卦六衝なれば、三十歲以後漸漸蕭條を覺ゆ。前後兩卦皆是れ六衝なれば、一輩子皆成就有りがたし。爻中縱い吉神有ると雖も、事を做るに一樣に受挫して順ならず。
爻逢六合。一生動用和諧。六合,子與丑合之類。凡占:卦逢六合,其人和悅秀氣,善與人交,謀事多成,行藏無阻。前卦六合,三十年前步步春風,後卦六合,三十年後滔滔發福。前後皆逢六合,一生遂意,到老榮華。
爻が「六合」に逢えば、一生の舉動應用皆和諧順遂なり。原注に曰く、「六合」便是れ子と丑と相合する這一類。およそ占に六合卦を得れば、此人は和悅にして秀氣有り、善く人と交往し、事を謀るに多く成功する能く、出處行止皆阻礙無し。前卦六合なれば、三十歲以前步步春風。後卦六合なれば、三十歲以後滔滔として福を發す。前後兩卦皆六合に逢えば、一生稱心遂意にして、老到するも皆是れ榮華なり。
男帶合,則俊秀聰明,喜見青龍財福;卦中吉凶,不可一概論,亦有淺深之分。且如卦逢六合,爻象皆凶,難以吉斷。然須參究淺深,剖分高下。若占男子命,卦中帶合,必須青龍財福,旺相得地,方可斷曰聰明俊秀之士。依此推之,庶無差忒。
男子の卦に「六合」を帶ぶれば、主として人物俊秀聰明にして、最も再び「青龍」と「妻財」「子孫」とを見るを喜ぶ。原注に曰く、卦中の吉凶は一概に論ず可からず、其の中にも深淺の分有り。譬如卦雖も「六合」に逢うと雖も、而も爻象皆凶なれば、便ち吉と斷じがたし。仍として其の深淺を參究し、其の高下を剖分するを須う。若し男子の命を占いて、卦中に合を帶ぶれば、必ず「青龍」と「妻財」「子孫」と皆旺相得地するを須い、はじめて聰明俊秀の士と斷為すべし。かくのごとく推して往けば、はじめて差錯を出すに至らず。
女帶合,則澆浮淫泆,怕逢玄武咸池。女人得六合,卻不為佳。若有吉神貴人在位,則無虞,反主秀氣聰明,儀容端正。若見玄武咸池在位,必主澆浮淫泆,放蕩無端,行多不正之婦矣。遇進神,則吉盛凶多;遇退神,則吉衰凶減。進神者,甲子、甲午、己卯、己酉。退神者,壬戌、壬辰、丁丑、丁未。凡遇進財福吉神則吉,遇鬼殺凶神則凶。大凡進神遇吉則吉盛,逢凶則凶多。退神遇吉則吉少,逢凶則凶衰減矣。
女子の卦に「六合」を帶ぶれば、反りて主として輕浮放蕩す、最も再び「玄武」「咸池」に遇うを怕る。原注に曰く、女人が六合卦を得るは、反りて好と算せず。若し卦中に吉神「貴人」位に在有れば、便ち妨無し、反りて主として她が秀氣聰明・儀容端正なり。若し「玄武」「咸池」位に在るを見れば、必定輕浮淫蕩・放縱無度にして、是れ行為多く端正ならざる婦人なり。「進神」に遇えば、吉は更に盛ん凶は更に多し。「退神」に遇えば、吉は轉じて衰え凶もまた減ず。原注に曰く、「進神」是れ甲子・甲午・己卯・己酉、「退神」是れ壬戌・壬辰・丁丑・丁未。およそ「進神」が「妻財」「子孫」等の吉神上に加えれば便ち吉、「官鬼」凶殺上に加えれば便ち凶。大抵「進神」は吉に遇えば則ち吉更に盛ん、凶に逢えば則ち凶更に多し。「退神」は吉に遇えば則ち吉減少し、凶に逢えば則ち凶もまた衰減す。
玄武持世,為人慳吝奸雄;白虎扶身,賦性剛強狠毒。青龍持世:為人慈祥愷悌,見人和顏悅色;朱雀持世:急於言詞,多招誹謗;勾陳持世:為人穩重,行事遲鈍;螣蛇持世:為人多心機,無信實,虛浮詐偽;白虎持世:為人剛強好勇,狠戾心毒;玄武持世:為人陰謀暗算,狡譎多端,若與兄弟同居,其人貪財吝嗇。
「玄武」が「世爻」を持てば、為人吝啬にして奸雄なり。「白虎」が「身爻」を扶けば、天性剛強にして狠毒なり。原注逐一に六神持世の性情を列出す。「青龍」持世は、為人慈祥和樂にして、人を待つに和顔悅色。「朱雀」持世は、言語急躁にして、多く人の誹謗を招く。「勾陳」持世は、為人穩重にして、事を做るに遲鈍。「螣蛇」持世は、為人心機多く、信實を講らず、虛浮詐僞。「白虎」持世は、為人剛強好勇にして、凶狠乖戾、心腸毒辣。「玄武」持世は、為人陰謀暗算にして、狡詐多端、若し再び「兄弟」爻と同じ一位に同居せば、この人は便ち財を貪り吝啬なり。
此則一生之禍福,須言三限之榮枯。以上所言吉凶休咎,總論一生禍福,猶未及於三限。此後分別三限,以證前言。得失榮枯,從茲定矣。初爻管五年,二爻管五年,三爻管五年,共十五年。後三爻亦管十五年,共三十年。支卦亦管三十年。卻看爻上無阻,一年一位數至壽終。
以上の講ずる所は是れ一生の禍福、接下して須く三限の榮枯を講ずべし。原注に曰く、以上の所講の吉凶休咎は、是れ總論する一生の禍福にして、いまだ三限に説き到らず。此の後分かちて三限を講じ、以て前面の話を印證せんと用い、得失榮枯は從此より定下す。原注また曰く、初爻は五年を管し、二爻は五年を管し、三爻は五年を管し、合計して十五年。外三爻もまた十五年を管し、共に三十年。變卦も同じく三十年を管す。再び爻上に阻礙無きを看れば、便ち一年一爻に數えて往き、一直に壽終に數え至るまでと。
內三爻管十五年,遇吉神,則大人廕庇;吉神貴人祿馬,幼年廕庇之下,享現成之福。不可便斷發福發財。若動爻臨於鬼殺,自幼多災多患。外三爻管十五載,遇凶神,則小輩欺凌。十六至三十,正當成立之初,未免為人所欺負。若見官鬼凶神發動,多因小人侵侮,大則官府逼脅,當究淺深,斷其凶吉。若是吉神發動,從此享福無窮。
內三爻は頭十五年を管す。若し吉神に遇えば、便ち長輩の庇蔭有り。原注に曰く、吉神・「貴人」「祿」「馬」皆在れば、幼年便ち長輩の庇蔭の下に在りて、現成の福を享く。但し便ち此に就きて發福發財と斷作す可からず。若し動爻が「官鬼」凶殺に臨めば、あれはば幼少より災多病多し。外三爻は接續する十五年を管す。若し凶神に遇えば、便ち小人輩に欺凌せらるるを須う。原注に曰く、十六歲より三十歲に到り、正しく立業の初めに當り、人に欺負せらるるを免れがたし。若し「官鬼」凶神の發動を見れば、多半是れ小人の侵侮、重ければ還た官府の逼迫脅制有り。當に其の深淺を推究し、其の凶吉を斷ずべし。若し是れ吉神發動なれば、從此福を享くること無窮なり。
要知發福發財,支卦內三爻為主宰;人生世間,成立家業,皆在三旬以上,五旬以下。未至此,其力未加。若過此,光陰已錯。凡占論成立,專看支卦內三爻。若財福兼全者,有成之造化,晚景縱不佳,終須有根底。若遇鬼殺空亡,一生虛負心機,徒勞奔走,終無結果收成也。
何時發福發財するを知らんと要せば、變卦の內三爻を以て主宰と為す。原注に曰く、人生在世り、家を成し業を立つるは、皆三十歲以上五十歲以下に在り。この年紀に到らざれば、力量はなお使い上がらず。この年紀を過ぎれば、光陰は已に錯過せり。およそ占に一個人の立業する能くや否やを論ずるに、專ら變卦の內三爻を看る。若し「妻財」「子孫」兩樣俱全なれば、あれは是れ成有るの造化、晚年縱い不佳なりと雖も、終究して還た根底有り。若し「官鬼」凶殺或いは「空亡」に遇えば、あれはば一生白費心機、徒勞奔走して、終究して結果收成無し。
若欲斷生斷死,支卦外三象為提綱。支卦外三爻管十五年。自四十五至六十,稱為晚景,乃結局之時。無毀無譽,不過論壽。凡觀至此,緊著眼看。凶神惡殺,若有克戰,須忌傾危。遇吉神,則見險無危;遇凶神,則逢屯即死。如遇吉神,則雖經險阻之處,亦可轉禍成樣,不至危殆。若遇凶殺,則稍有坎坷,便成大咎,以至絕地。
若し生を斷じ死を斷ぜんと要せば、便ち變卦の外三爻を以て綱領と為す。原注に曰く、變卦の外三爻は十五年を管し、四十五歲より六十歲に至り、晚景と稱し、是れ局を收めるの時なり。この一段は毁譽を謂う所無く、不過壽數を論ずるのみ。およそ此處を看るに到りては、緊緊に盯住するを須う。凶神惡殺若し克戰の象有れば、便ち傾覆危亡を忌諱するを須う。吉神に遇えば、雖も險境に逢うとも危無し。凶神に遇えば、一たび艱難に遇えば便ち死す。原注に曰く、若し吉神に遇上れば、縱い險阻の處を經過すと雖も、も能く禍を轉じて祥と為し、危殆に至らず。若し凶殺に遇上れば、稍々坎坷有れば便ち大禍を成して、以て絶地に陷入するに至る。
後卦如無凶殺,前爻世上重尋;一年一位細推詳,萬死萬生從此決。後一卦如無凶殺,其壽在六旬之上。卻從前卦世上重尋,一年一位,數至壽終。若步步遇吉神,其壽綿遠。若逢凶惡殺,即便喪黃泉。萬死萬生,從茲定矣。莫將緊節,亦比常占。占人之命,關乎大造,非可輕斷。必須潛究根源,察其衰旺、動靜、克害、刑沖,自家把捉得定,方可與人決斷吉凶,剖分得失。若不察其淺深高下,妄行決斷,而無差誤,未之有也。
變卦の中若し凶殺無ければ、便ち本卦の「世爻」上に回りて重新たに數を起す。一年一爻細細に推詳し、萬死萬生皆此に由りて決斷す。原注に曰く、後面の一卦若し凶殺無ければ、此人の壽數は六十歲以上に在り、便ち前卦の「世爻」上より重新たに算起し、一年一爻、壽終に數到るを以て止と為す。若し步步皆吉神に遇えば、壽數は便ち綿長久遠なり。若し凶惡の殺に碰上れば、立刻に命は黃泉に喪わる。是れ生是れ死は、此處より定來す。末に賦文告誡す。かくのごとき要緊の關節を、またもや尋常の占問として看待するなかれと。原注に曰く、人の性命を占うは、天地造化の大事に關涉し、輕率に論斷す可からず。必ず心を沈めて根源を探究し、其の衰旺・動靜・克害・刑衝を考察し、自己の心裏先ず把握定まりて、然る後にはじめて人に吉凶を決斷し得失を剖分するを與うべし。若し其の中の深淺高下を體察せずして、便ち妄下斷語し、還た差錯無からんと想うは、あれは是れ從來有過の事にあらずと。
天玄賦上・三 伉儷の章
天命稟有生之初,非今可易;死生有命,富貴在天。命稟有生之初,非今可易。莫之為而為,非我所能必,但當順受而已。夫婦乃人倫之大,自古為先。有夫婦,然後有父子,故五倫之中首先夫婦。世為婚,應為姻,須要相生相合;世為男家,應為婦家。相生相合,定有成就之象。生合處,須防沖剋,恐將成而被破阻。沖剋處,若得生扶,不成之際得人贊協矣。鬼為夫,財為婦,最嫌相害相刑。財鬼皆要旺相為吉,最嫌三刑六害,發動成凶。
天命是れ人の出生の初めに於いて便ち稟受して下りし所、是れ如今の更改する能く所にあらず。原注は孔門の舊説を引く。死生は命有り、富貴は天に在り。命は出生の初めに便ち已に稟定せられ、今日は改易するに從無し。事情は誰のそれを做し去る無くして自然に成るは、此れは我の勉强決定する能く所にあらず、ただ當に順受するのみ。夫婦是れ人倫の中の大事、古より來りて最前に排せらる。原注に曰く、夫婦有りて、然る後にはじめて父子有り、それ故に五倫の中首先に夫婦を講ずと。婚を占う時は、「世爻」は婦を娶る一方を代表し、「應爻」は女を嫁す一方を代表し、兩者は須く相生相合するを須う。原注に曰く、「世爻」是れ男家、「應爻」是れ女家。相生相合せば、一定に成就の象有り。不過生合の處還た衝克を提防するを須い、怕るるは眼看く將に成らんとするに破壞阻撓せらるるを。衝克の處若し生扶を得る能く有れば、あれはば成らざるの際に反りて人の中より贊助促成する有らん。「官鬼」は丈夫を代表し、「妻財」は妻子を代表し、最もそれらの彼此相害相刑するを嫌う。原注に曰く、「妻財」「官鬼」は皆旺相するを須いてはじめて吉、最も「三刑」「六害」を嫌い、一たび發動すれば便ち凶と成す。
陰陽得位為佳,夫婦俱全協吉。陰陽得位有兩端:有封象外陰內陽,有應陰世陽,二者皆為得位。一陰一陽之謂道,純陰純陽之謂鬼。純陰不生,純陽不化。一陰一陽,為夫為婦。又曰:占婚用爻,首要財鬼。二者俱全,稱為大吉。一云:男占婦以財為主,女占夫以鬼為主,其理仿此。設或財鬼不上卦,或落空亡,其婚難成。縱成,亦為不吉。
陰陽各々其の位を得るを佳と為し、夫婦兩個の用爻俱全してはじめて吉に協す。原注に曰く、陰陽得位に兩種の情形有り。一つは卦象外卦が陰に屬し內卦が陽に屬する、一つは「應爻」が陰に屬し「世爻」が陽に屬する、兩者皆得位と算す。一陰一陽交替するを「道」と叫び、純陰或いは純陽は則ち「鬼」と叫作す。純陰は生ずる能わず、純陽は化する能わず、一陰一陽はじめて其の夫と為り婦と為るを成す。又曰く、婚を占うの用爻は、首要は「妻財」と「官鬼」、兩者俱全して、大吉と稱す。還た一説有り、男子が妻を占うは「妻財」を以て主と為し、女子が夫を占うは「官鬼」を以て主と為す、道理は此と相仿す。倘若「妻財」「官鬼」卦に上らず、或いは「空亡」に落つれば、この門の婚事は便ち成りがたし。縱い成ると雖も、また吉利ならず。
世生應,乃男求女;應生世,乃女貪男。且如應雖生世,奈緣逢墓絕,雖然相貪,尚在躊躇之際。若得動爻相生,必賴媒妁之力。如世爻生應,奈世被日辰沖剋,男意雖濃,被人間阻,事體又在難成也。世位逢空,當見男心退悔;應爻有動,必然女意更張。世空男悔,應空女悔。縱有吉神,亦難成。若世應俱發動,必然事有改張。動處若逢日辰合,任君不願也須成。世應比和,功全資於媒約;陰陽交錯,事亦繫乎因緣。世應比和,本無成就之理。若得媒爻動合世應,其事亦成。陰陽交錯,乃世應不得位也。若大象可成,亦當入贅,不然,夫婦相凌也。
「世爻」が「應爻」を生ずるは、是れ男方の來りて女方を求む。「應爻」が「世爻」を生ずるは、是れ女方の男方を貪慕す。原注に曰く、譬如「應爻」雖も「世爻」を生ずと雖も、無奈何それが墓絶の地に落つれば、雖も彼此相貪すと雖も、事情はなお猶豫の中に在り。若し動爻の來りて相生するを得る能く有れば、あれはば媒人に靠りて中より力を出すを須う。又如「世爻」が「應爻」を生ず、無奈何「世爻」が日辰に衝克せられれば、男方の意思雖も濃しと雖も、卻て人に中より阻攔せられ、事情は又成りがたし。「世爻」の位「空亡」に逢えば、見る可し男方の心裏已に退悔を生ぜしを。「應爻」の變動有る所は、必是れ女方の主意また改めたり。原注に曰く、「世爻」の空は是れ男方の後悔、「應爻」の空は是れ女方の後悔、縱い卦中に吉神有ると雖も、また成りがたし。若し世應兩爻皆發動せば、事情は必然に更改有り。動くの處若し日辰の來りて合するに逢えば、あれはば汝に隨て怎様に願わざるとも、また終歸して成るを要す。「世」「應」比和すれば、事を成すは全く媒人の功勞に靠る。陰陽交錯せば、事情は便ち因緣を看るを須う。原注に曰く、世應比和は、本來成就の道理無し、但し若し媒爻發動して世應と相合する有れば、事情もまた能く成す。所謂陰陽交錯は、便是れ世應其の位を得ず。若し整卦の大象還た成すべければ、あれはまた當に是れ男方の入贅、然らざれば夫妻の間便ち相欺相凌するを要すと。
應旺則女室豐隆,世墓乃男家貧乏。夫占婦,若應位月建旺,乃素封之家。若月建雖旺,日下休囚,必近年稍退資財。若婦占夫,要世爻旺相,則男家豪富;入墓休囚,必主貧乏。本宮雖旺,而世鬼俱衰,止是虛名而已。
「應爻」旺相なれば、女家の家道豊厚なり。「世爻」が墓に入れば、男家貧乏す。原注に曰く、丈夫が妻子を占い、若し「應爻」が月建旺相を得れば、女家是れ素來殷實の家。若し月建雖も旺なりと雖も而も日辰の下に休囚すれば、あれは是れ近年家資稍々退減せり。若し妻子が丈夫を占えば、「世爻」旺相なるを須い、男家はじめて豪富なり。「世爻」が墓に入り休囚せば、必定貧乏す。本宮雖も旺なりと雖も、而も「世爻」と「官鬼」と皆衰えば、あれは不過是れ空に虛名有るのみ。
子孫發動,中途必見傷夫;兄弟交重,異日終須失婦。子孫為福德,卦中不可無,宜靜不宜動。若帶貴臨吉神動,乃妻奪夫權;或鬼旺不受克,若加天寡及凶殺,必主傷夫。旺相則急,休囚則緩。兄弟為克財,若發動必喪其偶。若得鬼動,及日辰沖破,庶可解。
「子孫」爻發動せば、中途に必定に丈夫を克傷せん。「兄弟」爻重曡交動せば、日後終究して妻子を失うを須う。原注に曰く、「子孫」是れ福徳の神、卦中はそれ無くして可ならず、但し靜に宜しく動に宜しからず。それ若し「貴人」を帶び吉神に臨みて動けば、あれは是れ妻子が丈夫の權を奪ふ。若し「官鬼」旺相にして其の克制を受けざれば還た好し、一旦再び「天寡」と別の凶殺とを加えれば、便ち必定に夫を傷る。用爻旺相なれば、應驗するに急なり。休囚なれば、應驗するに緩なり。「兄弟」是れ「妻財」を克する、若し發動せば必ず其の配偶を喪わん。若し「官鬼」發動の來りてそれを制する有る能く、或いは日辰に衝破せられば、還た解救すべし。
財空妻失,鬼空夫亡。財鬼空亡,占婚大忌,本非成就之象。若干支相合,世應相生,半世夫妻也。男子兩財,逢二姓絲蘿之好;陰人兩鬼,再一番桃李之鮮。男占女,見兩財一旺一空,曾作兩度新郎;若兩財不空,唯帶桃花,必一正一偏。女占男,見兩鬼一旺一空,定主重婚再醮;若兩鬼旺不空,日辰刑沖財爻,或動爻克財,必是生離改嫁。
「妻財」が空に落つれば、妻子は失去せん。「官鬼」が空に落つれば、丈夫は亡故せん。原注に曰く、「妻財」「官鬼」が「空亡」に落つるは是れ婚を占うの大忌、本來便ち成就の象にあらず。若干支相合・世應相生せば、亦不過半世の夫妻と做得るのみ。男子の卦中に兩個の「妻財」出現せば、兩姓の女子と絲蘿の好を結爲せん。女子の卦中に兩個の「官鬼」出現せば、また一番の桃李を開くを須う。原注に曰く、男が女を占い、兩個の「妻財」一旺一空を見れば、此人は曾て兩回の新郎と做りし。若し兩個の「妻財」皆空ならず、ただ「桃花」を帶ぶれば、あれは必ず是れ一正妻一偏房。女が男を占い、兩個の「官鬼」一旺一空を見れば、一定に主として重婚改嫁す。若し兩個の「官鬼」皆旺にして空ならずと雖も、卻て日辰の「妻財」爻を刑衝する有り、或いは動爻の來りて「妻財」を克する有れば、あれは必ず是れ生離して改嫁す。
財動則傷克翁姑,父興則難為子息。財爻持世,必不能奉事翁姑。安靜猶可,若發動,則主刑傷也。父母發動,主難於子嗣。若帶凶殺,主生後有損,遇救猶可,逢沖則主無害。財鬼同居一卦,必然親上成親;前後皆值六沖,當見退後還退。財鬼共一卦中,此易成之兆。若世應財鬼相生相合,必然親上成親。前卦值六沖,必曾許聘復退。後卦又六沖,成後又當見退。若被日辰合住,雖欲退悔,不可得也。前卦沖而後卦合,當見退後還就。
「妻財」爻發動せば、公婆を傷克せん。「父母」爻興起せば、便ち子嗣有りがたし。原注に曰く、「妻財」が「世爻」を持てば、この媳婦は必定に公婆を奉事する能わず。安靜なれば還た好し、一たび發動すれば便ち主として刑傷す。「父母」爻發動せば、主として子嗣艱難す。若し凶殺を帶びれば、主として孩子生下の後損有り、救助に遇えば還た好し、衝に逢えば則ち害無し。「妻財」と「官鬼」と同じ一卦に在れば、必是れ親に親を加ふ。前後兩卦皆「六衝」に逢えば、便ち一退再退を須う。原注に曰く、「妻財」「官鬼」共に一卦の中に在るは、是れ成り易きの兆頭。若し世應と財鬼と互相生合せば、必然是れ親上に親を成す。前卦六衝に逢えば、必定曾て聘を許しまた退けし。後卦また六衝に逢えば、成り了るの後還た再び退くを須う。若し日辰に合住せられれば、縱い退悔せんと想うともまた退くこと成らず。前卦衝して後卦合せば、あれは便是れ退け了りの後又重新たに説成せり。
日辰合世,須逢貴客維持;惡殺沖身,必被他人說破。日辰臨天喜,或貴人,合世應,必有權貴之人,前來維持說合。若日辰惡殺,沖剋身世,必有小人破阻。若得動爻來救,則無害也。卦無父母,應無雁幣迎門;父母為主婚,又為聘儀。卦中無父母,必無雁幣之禮。
日辰の來りて「世爻」を合すれば、貴客の中より撐持するに遇わん。惡殺が「身爻」に衝すれば、必定に別人に説かれて事を破壞せん。原注に曰く、日辰が「天喜」或いは「貴人」に臨みて來りて世應を合すれば、一定に權貴の人前に來りて維持説合する有り。若し日辰が惡殺を帶びて「身爻」「世爻」を衝克せば、必ず小人の中より破壞阻撓する有り、但し若し動爻の來りて救うを得れば、便ち妨害無し。卦中に「父母」爻無ければ、便ち雁を執り幣を納るの聘禮の門に迎え到る有ることなし。原注に曰く、「父母」は既に是れ婚を主る人、又聘禮を代表す。卦中に「父母」無ければ、必定に雁幣の禮無しと。
財值青龍,會見鸞妝耀目。財與青龍會合,必妝奩之資茂盛,絢彩奪目。鬼化鬼,終須反覆;兄化兄,見阻方成。鬼本動爻,不宜變動。靜化猶可,動化非宜。必主事體反覆遲滯。兄弟乃阻隔之神。兄又化兄,若大象不吉,婚難成。
「妻財」が「青龍」に値せば、耀眼の嫁妝を見る可し。原注に曰く、「妻財」が「青龍」と會合せば、嫁妝の資財は必定豊盛にして、光彩目を奪わん。「官鬼」が「官鬼」を變出せば、事情終究して反覆するを須う。「兄弟」が「兄弟」を變出せば、阻礙を經過してはじめて成るを須う。原注に曰く、「官鬼」は本來便ち發動の爻、宜しく再び變すべからず。靜にして化するは猶ほ可なり、動して化するは便ち合宜ならず、必ず主として事情反覆遲滯す。「兄弟」是れ阻隔を主る神、「兄弟」また「兄弟」を變出せば、若し整卦の大象不吉なれば、この婚事は便ち成りがたし。
世應三合咸池,擬定先通後娶;財鬼一臨玄武,定知眼去眉來。應與財,若加咸池,臨玄武,與世並鬼合,必是先通後娶。若與旁爻合,必與外人有情。應加咸池玄武,婦淫;世爻夫淫。咸池若逢日辰沖,雖淫不濫。若見貴人動來克,卻不淫,主其人容儀美麗,多情好歡,逢旺尤甚,死絕稍輕。若咸池會進神動來生合,其人淫心蕩漾,恣意非為。若會退神,或退神來克,雖有欲心,未嘗有實,不過眼去眉來。
「世」「應」と「咸池」と三合を結成せば、斷定して是れ先に私通して後に成婚すと爲すべし。「妻財」或いは「官鬼」が一たび「玄武」に臨めば、便ち知る兩人の眉來眼去するを。原注に曰く、「應爻」と「妻財」と若し「咸池」を加え「玄武」に臨み、又「世爻」及び「官鬼」と相合せば、必ず是れ先に通じて後に娶る。若し是れ旁邊の爻と相合せば、あれは便是れ外人と情有り。「應爻」に「咸池」「玄武」を加えれば、是れ婦人淫なり。「世爻」に之を加えれば、是れ丈夫淫なり。「咸池」若し日辰に衝せられれば、雖も淫なりと雖も而も泛濫に至らず。若し「貴人」發動の來りてそれを克するを見れば、反りて淫ならず、ただ主として此人の容貌儀態美麗・多情好歡、旺に逢えば尤其明顯に、死絶の地に處れば便ち輕し。若し「咸池」が「進神」に會して動きて來りて生合すれば、此人は淫心蕩漾して恣意妄爲す。若し「退神」に會し、或いは「退神」の來りて克せられれば、雖も欲念有ると雖も卻ていまだ事を成さず、不過是れ眉來眼去のみ。
要知女貌研媸,推究財臨九曜。推九曜以別研丑。若財帶貪狼【子】:俊好;財帶巨門【丑、亥】:其面貌團圓,顏色紫黑;祿存【寅、戌】:主有疾;廉貞【辰、申】:主淫,貌美;武曲【巳、未】:潔白中貌;破軍【午】:必有破相;文曲【卯、酉】:形貌瘦長,為人柔弱;左輔【亥】右弼【巳】:同巳上。好者忌沖,惡者怕扶。
女方の相貌是れ美是れ醜を知らんと要せば、便ち「妻財」爻の九曜の哪一位上に落つるを推究す。原注に曰く、九曜を用いて美醜を分別す。「妻財」が「貪狼」を帶ぶれば(子に配す)、相貌俊好なり。「巨門」を帶ぶれば(丑・亥に配す)、面龐團圓にして顏色紫黑。「祿存」を帶ぶれば(寅・戌に配す)、主として身上病有り。「廉貞」を帶ぶれば(辰・申に配す)、主として淫にして貌美なり。「武曲」を帶ぶれば(巳・未に配す)、膚色潔白にして容貌中等。「破軍」を帶ぶれば(午に配す)、必ず破相有り。「文曲」を帶ぶれば(卯・酉に配す)、身形瘦長にして爲人柔弱。「左輔」を帶ぶれば(亥に配す)「右弼」(巳に配す)、前面所説と相同なり。相貌好なるは衝せらるるを忌み、相貌差なるは扶けらるるを怕る。
欲識男材長短,參詳鬼值五行。凡人稟五行而生,其形象亦不離於五行,當用推詳。若窮兩處精微,更互六神推究。若遇青龍,為人和氣俊秀,工巧曉事能家;朱雀快言語,多口舌,加殺多招誹謗,喜生是非;勾陳為人純厚穩重、有規矩,不動則無轉變;螣蛇有心機,多疑慮;白虎性急,狠毒不仁;玄武私曲奸邪,若有吉神制,則不然,反主聰明伶俐。
男方の身材の高矮長短を認識せんと要せば、便ち「官鬼」爻の五行中の哪一行に屬するを參詳す。原注に曰く、およそ人は皆五行を稟けて生じ、形貌體象もまた五行を離れず、當に此に據りて推詳すべし。若し男女兩方の精微處を皆窮究せんと要せば、還た交互に六神を用いて推すを須う。原注に曰く、若し「青龍」に遇えば、爲人和氣俊秀にして、手巧みにして事を懂り、能く家を持つ。「朱雀」は、言語敏捷にして口舌多く、凶殺を加えれば則ち多く誹謗を招き、是を惹き非を生ずるを好む。「勾陳」は、爲人純厚穩重にして規矩を守り、動かざれば便ち變化有ることなし。「螣蛇」は、心機有りて多く疑慮す。「白虎」は、性子急にして、狠毒にして仁ならず。「玄武」は、陰私委曲・奸邪不正、若し吉神の制伏する有れば便ち然らず、反りて主として聰明伶俐なりと。
咸恆節泰,百年似魚水之相投。咸恆節泰,但取其陰陽得位。世單應拆,不相奪倫。論財鬼俱全,咸卦未得盡美也。以上四卦,若又有日辰生合,吉神發動者,歡諧到底,如魚得水也。若見用爻落空、凶神沖剋,又不可以一概斷為吉也。睽革解離,一見如炭冰之相遇。睽者,乖也。上火下澤,金火同居,豈無傷克?故不利。革者,變也。革故鼎新之象。占婚遇之,當有爭婚改嫁。解者,散也。占婚宜合不宜分。離者,六沖之卦,純陰之象,故云不吉。
婚を占いて《咸》《恒》《節》《泰》の四卦を得れば、百年の夫妻魚水を得るがごとし。原注に曰く、この四卦の取る所是れ陰陽各々其の位を得——「世爻」は單にして陽に屬し、「應爻」は拆にして陰に屬し、彼此倫次を奪亂せず。若し「妻財」「官鬼」の俱全するや否やを論ぜば、あれはば《咸》卦は還た十全十美と算上せず。以上の四卦、若し再び日辰の來りて生合し吉神發動有れば、便ち歡好和諧して到底に至り、真に魚水を得るがごとし。但し若し用爻の空に落ち凶神の衝克するを見れば、また一概に吉と斷爲す可からず。反りて、婚を占いて《睽》《革》《解》《離》の四卦を得れば、兩人は一見すれば便ち炭と冰との相遇えるがごとし。原注に曰く、《睽》是れ乖違の意思、上卦は火と爲り下卦は澤と爲り、金と火と同じ一處に居りて、怎ぞ傷克無からんや。それ故に利せず。《革》是れ變革の意思、故を革め新を鼎くの象を取り、婚を占いて遇上れば、爭婚改嫁の事有らん。《解》是れ離散の意思、婚を占うは合に宜しく分に宜しからず。《離》是れ六衝の卦、又是れ純陰の象、それ故に不吉と曰う。
間爻旺相,須知月老英豪。世應中間爻象,似乎媒妁,若旺相,主冰人豪俠有力。兄位交重,定是冰人詭譎。兄弟動,主作伐之人從中詐偽也。與世應相生相合,必然一處沾親。間爻與世應生合,必主親朋結契。如雀虎相剋相沖,擬定兩家相怨。朱雀白虎,臨於世應沖剋,雖聯姻眷,終結兩邊怨惡。欲知退步,須察空亡。此說上文世應相生合,及雀虎相沖克。若值空亡,即當退步,不可如彼斷。
「間爻」旺相なれば、知る可し媒を做る月老是れ能幹の人物たるを。原注に曰く、「世」「應」の當中の兩爻は媒人に好比す、若し旺相なれば、主として媒人豪爽有力なり。「兄弟」が間爻を占めて重曡交動せば、この媒人は一定狡詐なり。原注に曰く、「兄弟」爻發動すれば、主として媒を作る人の中より虚を弄し假を作る。間爻が世應と相生相合せば、兩家は必是れ元來便ち親に沾る。原注に曰く、間爻が世應と生合せば、必ず主として親戚朋友の間に姻契を結成す。若し「朱雀」「白虎」が世應と相克相衝せば、斷定して兩家怨を結ぶと爲すべし。原注に曰く、「朱雀」「白虎」世應上に臨みて衝克せば、即便姻親を結成すと雖も、最後に兩邊また怨惡を結下せん。何時退歩するべきを知らんと要せば、便ち須く「空亡」を察看すべし。原注に曰く、此れ是れ上文の所講世應相生合・朱雀白虎相衝克の兩種の情形に就きて言う——若し「空亡」に逢えば、便ち當に退歩すべし、前面のごとくに照らして斷ずる能わずと。
天玄賦上・四 六甲の章
既已論於婚姻,次合占其產育。子孫旺相,若臨陽象定生男;福德休囚,更值陰爻當是女。子孫在單重爻為男,拆交爻為女。或子孫雖屬陰爻,得日辰及動爻天喜扶持,亦主男;子孫雖屬陽爻,被日辰刑沖及動爻克洩,亦主女。
既然已に婚姻を論過せば、接下して便ち當に生育を占うべし。「子孫」爻旺相にして、若し又陽爻に臨めば、一定に男を生ず。「子孫」この福徳の爻休囚にして、又陰爻に値せば、便ち當に是れ女。原注に曰く、「子孫」が單爻・重爻這類の陽爻上に落つれば男と爲り、拆爻・交爻這類の陰爻上に落つれば女と爲す。また「子孫」雖も陰爻に屬すと雖も、卻て日辰および動爻「天喜」の扶持有りて、一樣に主として男を生ず。「子孫」雖も陽爻に屬すと雖も、卻て日辰に刑衝せられ又動爻に克泄せられて、一樣に主として女を生ず。
陰包陽,則桂庭添秀;陽包陰,則桃洞得仙。若子孫爻屬陽,初爻六爻屬陰,此陰包陽也,主生男;子孫爻屬陰,初爻六爻屬陽,此陽包陰也,主生女。發動青龍,當見臨盆有慶;青龍為孕育之神,最宜旺相當權,發動必生貴子。
陰が陽を包むは、是れ桂樹の庭前に一個の秀出の男孩を添ふ。陽が陰を包むは、是れ桃源洞裏に一位の仙女を得。原注に曰く、若し「子孫」爻が陽に屬し、而も初爻と第六爻と皆陰に屬せば、此れ便是れ陰包陽、主として男を生ず。「子孫」爻が陰に屬し、而も初爻と第六爻と皆陽に屬せば、此れ便是れ陽包陰、主として女を生ず。「青龍」發動せば、臨盆の時當に喜慶有るべし。原注に曰く、「青龍」是れ孕育を主る神、最も旺相當權に宜しく、它が一たび發動すれば、必ず貴子を生ず。
交重白虎,乃知坐草無虞。白虎為血刃,他事不宜,唯臨產最喜。若輔於庚申辛酉爻上發動,更快。緣白虎為破胎,為催生,故也。定吉凶於內一卦之中,乾離坎兌則易產;乾為首,離為目,坎為耳,兌為口。此四卦在內象,則易產。言其頭目耳口先出,是順行,故產為易也。
「白虎」重曡交動せば、便ち知る分娩坐草に危險無きを。原注に曰く、「白虎」は主として血光刀刃、別の事は皆それを見るに宜しからず、唯獨臨産の時最もそれを喜ぶ。若し它が庚申・辛酉の爻上に輔きて發動せば、生るること更に快し、因るに「白虎」正是れ胎を破り産を催すの神。生産の吉凶は內卦の中に於て判定するを須う。內卦是れ乾・離・坎・兌なれば、便ち生み易し。原注に曰く、乾は頭、離は目、坎は耳、兌は口、この四卦は內象に在れば便ち生産し易し——説く所は頭・目・耳・口の先ず出づ、順産に屬し、それ故に易しと。
決禍福於外三爻之下,坤艮震巽則難生。坤為腹,艮為手,震為足,巽為股。此四卦若在內象,必是難生,逢旺愈難,有解救半吉。兄弟空,則妻位無傷;父母興,則子宮有損。克妻財,乃兄弟也,兄弟空,其妻無傷。子孫所制者父母,若父母獨發,子孫必不全矣。
禍福は還た外三爻の下に於て判定するを須う。坤・艮・震・巽を見れば、便ち生産しがたし。原注に曰く、坤は腹、艮は手、震は足、巽は股、この四卦若し內象に在れば、必定難産、卦氣は越え旺なれば越え難し、若し解救の神有れば則ちただ半吉と算す。「兄弟」爻が空に落つれば、妻子の爻位便ち傷を受けず。「父母」爻興起せば、子女の爻位便ち損有り。原注に曰く、「妻財」を克するは正是れ「兄弟」なり、「兄弟」が空に落つれば、妻子は便ち傷無し。「子孫」を制する能く是れ「父母」、若し「父母」獨自發動せば、「子孫」は必定に保全しがたし。
若加凶殺,立見刑傷。以上兄弟父母,帶吉神發動,雖凶弗咎;若加凶殺,必定傷胎害母。天喜若值螣蛇,定葉麒麟之夢;螣蛇者,乃虛幻恍惚之神。臨陽鬼,日主虛驚;臨陰鬼,夜生怪夢。更加天喜,必曾感應吉夢,而生麟鳳之子。
この兩爻若し再び凶殺を加えれば、立刻に刑傷を見ん。原注に曰く、以上の所講の「兄弟」「父母」、若し吉神を帶びて發動すれば、雖も凶象有ると雖もまた災を成さず。若し凶殺を加えれば、必定に胎を傷り母を害せん。「天喜」若し「螣蛇」と相値せば、一定に麒麟夢に入るの吉兆に合せん。原注に曰く、「螣蛇」是れ虚虚幻恍惚を主る神——陽性の「官鬼」に臨めば、白天は虚驚を主り、陰性の「官鬼」に臨めば、夜裏は怪夢を生ず。若し再び「天喜」を加えれば、必定曾て吉夢に感應し、因りて麟鳳のごとき貴子を生下せん。
咸池倘臨玄武,必生汗血之駒。咸池玄武,皆淫泆之神。若二神相會合,必生汗血之駒。汗血者,婢妾所生之子。六爻最怕空亡,諸位皆嫌鬼值。六爻之中,初產母,二胞胎,至上皆有關係,故不宜空。鬼為占產所忌,故六爻皆惡之。
「咸池」倘若「玄武」に臨上せば、必定に所謂「汗血の駒」を生下せん。原注に曰く、「咸池」と「玄武」と皆是れ淫佚を主る神、兩神會合せば、必ず汗血の駒を生ず。所謂汗血の駒は、指す所是れ婢妾の生む所の孩子なり。六爻最も「空亡」に落つるを怕れ、各個の爻位もまた皆「官鬼」の來りて値するを嫌う。原注に曰く、六爻の中、初爻是れ産母、二爻是れ胞胎、一直に上爻に到りて皆各々關涉有り、それ故に皆空に落つるに宜しからず。「官鬼」是れ生産を占う時の忌む所、それ故に六爻皆それを惡厭すと。
鬼臨初位,必然產母當災;鬼入二爻,當見胞胎不穩。初爻產母。鬼在初爻,故產母有災;二為胞胎,鬼若臨之,主胞胎不實。空亡必墮胎虛喜,帶殺則臨產艱難。子孫空,及二爻空,主墮胎。若帶殺神,主分娩時受苦。若逢鬼值五爻,始得福生萬匯。五爻為收生婆,官鬼臨之則吉。
「官鬼」初爻に臨めば、産母必定に災有り。「官鬼」二爻に進入せば、胞胎便ち穩當ならず。原注に曰く、初爻は産母を代表し、「官鬼」初爻に在れば、それ故に産母に災有り。二爻是れ胞胎、「官鬼」若し上に臨めば、主として胎氣實ならず。爻「空亡」に逢えば、必定に墮胎して空しく歡喜の一場。凶殺を帶上せば、臨産便ち艱難す。原注に曰く、「子孫」爻が空に落ち、および二爻が空に落つれば、皆主として墮胎す。若し凶殺の神を帶びれば、主として分娩の時受苦す。唯獨「官鬼」若し第五爻に落つれば、反りて萬事福を得。原注に曰く、第五爻は接生婆を代表し、「官鬼」上に臨めば反りて吉なり。
天玄賦上・五 求仕の章
有子萬事足,當如儀儼侃稱喜;無官一身輕,誰佐禹湯及文武。欲作大廷之宰輔,須憑易卦以推詳。謀望利名,先要鬼爻旺相;斟量宣敕,但觀父母興衰。凡卜求官,官鬼是用爻。宜旺不宜衰。喜日辰扶拱,怕刑害克沖。宣敕者,父母是也。卦中不可無,最宜旺相扶世,不加凶殺則吉。若被刑沖,根腳不正;加臨大耗,廣費資財。
兒子有れば便ち萬事滿足、當に竇禹鈞の儀・儼・侃の諸子を教出せしがごとき稱喜すべきがごとし。官職無ければ雖も一身輕鬆と説うも、しかれども誰か往きて夏禹・商湯と周文王・周武王とを輔佐せん。朝廷上の宰輔と做らんと想えば、便ち須く《易》卦に憑りて推詳するを須う。功名と利祿とを謀求するに、先ず「官鬼」爻旺相なるを須い。得る所の是れ宣命是れ敕命を斟酌するは、ただ「父母」爻の興衰を看る。原注に曰く、およそ官を求むるを卜するに、「官鬼」是れ用爻、旺に宜しく衰に宜しからず、日辰の來りて扶助拱夾するを喜び、刑・害・克・衝を怕る。所謂宣敕は、便是れ「父母」爻、卦中はそれ無くして可ならず、最も它の旺相にして「世爻」を扶くるに宜しく、凶殺を加えざれば便ち吉。若し刑衝せられれば、出身の根脚正ならず。若し「大耗」に加臨せば、便ち資財を廣費するを須う。
若太歲月建旺者,多是宣也。若貴人祿馬同鄉,不過是敕也。若雖有吉神,散漫而不當權者,無過是吏掾文書。沖世凶,生克世吉。若不落空亡,縱有艱辛費力,終當成就。印綬旺,則職守彌高;官鬼衰,則聲名卑小。父母官鬼,乃占官之根本,缺一則事難成。二者若逢生旺,必然官職高大;若值休囚,只是卑小職分。若父母強旺,而官鬼無氣,職雖平等,身居鎮靜冷淡衙門,無威耀權柄。若遇進神,聲名益大;如逢退神,必減前任政聲。此舉大綱,後仿此推之。
原注接著して曰く、「父母」爻若し太歲・月建を得て旺相せば、多半是れ皇帝の宣命。若しただ「貴人」と「祿」「馬」と同じ一處に在れば、あれは不過是れ敕命のみ。若し雖も吉神有ると雖も、卻て散漫にして當權ならざれば、あれはば便ちただ吏員の經手する一紙の文書なり。「父母」爻が「世爻」に衝するは凶と爲り、「世爻」を生じ或いは「世爻」を克するは吉と爲す。ただ「空亡」に落ちざれば、縱い艱辛費力すと雖も、終究して成就する能く。「印綬」すなわち「父母」爻旺相なれば、守る所の職位は便ち越え高し。「官鬼」爻衰弱せば、聲名は便ち低微なり。原注に曰く、「父母」と「官鬼」是れ官を占うの根本、一樣を缺けば事情便ち成りがたし。兩者若し皆生旺に逢えば、官職は必然に高大なり。若し休囚に値せば、便ちただ卑小の職分なり。若し「父母」強旺にして「官鬼」氣無ければ、品級は雖も人と相等しきと雖も、人は卻て清閒冷淡の衙門裏に坐して、威望權柄無し。若し「進神」に遇えば、聲名更大なり。若し「退神」に逢えば、必定に前任の政聲より減色す。此處はただ大綱を擧ぐるのみ、後面は皆此に類して推さる。
欲知品秩,無倦推詳。以上兩節,只言大體,精妙之理,具陳於後。祿馬扶身,萬里風雲際會;祿者:十干五行。譬之人生一世,幼壯老死也。於長生為學堂:甲乙生亥,丙丁生寅,戊己壬癸生申,庚辛生巳,皆學堂。喻人之幼而學也。以旺為祿:則甲祿在寅之類。在臨官帝旺之處,喻人之長而食祿也。
官品の高低等級を知らんと想えば、便ち厭倦するなかれ、細細に推詳せよ。原注に曰く、以上の兩節はただ大體を講ず、精妙の道理は皆後面に陳述す。「祿」と「馬」と來りて「身爻」を扶けば、便ち萬里風雲際會の機遇有り。原注は「祿」を解釋す。祿是れ十天干の五行に就きて言う、好比人の一生に幼・壯・老・死の幾個の階段有るがごとし。五行が長生の位に處するを「學堂」と叫ぶ——甲乙は長生亥に在り、丙丁は長生寅に在り、戊己と壬癸とは長生申に在り、庚辛は長生巳に在り、これら皆是れ學堂、比喻人の幼年の讀書。旺の地を以て「祿」と爲し、如くは甲の祿は寅に在り這一類、處臨官・帝旺の地に在り、比喻人の長大成人して俸祿を食す。
馬者:驛馬。如寅午戌馬居申,乃長生,謂之驛馬。若臨身世,或臨官鬼父母,及動來生扶身世,乃大吉,唾手成名之象。大忌空亡與刑害也。貴人持世,九天雨露承恩。貴人有二:有天乙貴人,有福星貴人。宜旺相,怕刑沖。若臨官鬼及文書,主官職高遷,必登相位。福貴持世,主人有福德,一生見險無虞,臨凶無咎也。
原注は「馬」を解釋す。馬便是れ「驛馬」、比如寅・午・戌の三合の驛馬は申に在り、申正是れ長生の位、それ故に驛馬と稱す。「驛馬」若し「身爻」「世爻」に臨み、或いは「官鬼」「父母」に臨み、および發動して來りて「身爻」「世爻」を生扶せば、皆是大吉、是れ功名唾手にして得べきの象なり。最も它の「空亡」に落つるおよび刑せらる・害せらるるを忌む。「貴人」が「世爻」を持てば、便是れ九天の雨露のごとき皇恩を承受す。原注に曰く、「貴人」に兩種有り、一つ是れ「天乙貴人」、一つ是れ「福星貴人」。皆旺相に宜しく、刑衝を怕る。它若し「官鬼」および文書の爻に臨めば、主として官職高升し、必ず宰相の位に登らん。「福星貴人」が世を持てば、主として此人福德有り、一生險に遇うとも危無く、凶に逢うとも咎無し。
青龍動,則事業易成;朱雀空,而文書難就。青龍者:吉慶福德之喜神,其動有三:年建青龍、月建青龍、日建青龍。若見發動,必加官進祿。與天馬並立,自有升騰進益之喜。不宜落空,必主虛喜。若得興隆,事事稱心,吉無不利。朱雀:占官之用爻,宜旺不宜衰。若見空亡,文書必難成就。或被刑剋,文書必遭傷壞。
「青龍」發動せば、事業成就し易し。「朱雀」空に落つれば、文書便ち辦成しがたし。原注に曰く、「青龍」是れ吉慶福徳を主る喜神、它の發動に三種有り——年建青龍・月建青龍・日建青龍。ただそれの發動を見れば、必定に官を加え祿を進めん。「天馬」と併立して一處に在れば、自然に升騰長進の喜事有り。它は空に落つるに宜しからず、空に落つれば必ず主として空歡喜す。若し它の興旺を得れば、便ち事事稱心して、往くところ利ならざる無し。「朱雀」は官を占う時もまた用爻、旺に宜しく衰に宜しからず。若し「空亡」に落つれば、文書は必定に辦成しがたし。若し刑克せられれば、文書は必ず損壞に遭わん。
子孫發動,縱然在任也休官;子孫:乃剝官之神。若發動,雖在任所,亦當休致。其求仕者,不必言也。劫殺交重,當見承恩方損已。劫殺:見後神殺章內。若官鬼臨之發動,必因官損命。妻財持世,誥牒豈得如心?兄弟扶身,俸祿安能稱意?妻財持世克文書,縱成,不如意。兄弟為剋剝之神,俸資必非厚也。
「子孫」爻發動せば、縱い人は任上に在ると雖もまた官を丟せん。原注に曰く、「子孫」是れ官職を剥奪する神、它が一たび發動すれば、雖も任所に在ると雖も當に退休致仕すべし。至りてなお官を求める人は、あれはば更に説くに足らず。「劫殺」重曡交動せば、剛ち恩命を承受するの時に在りて反りて自身を損傷せん。原注に曰く、「劫殺」の起法は後面の神殺章に見ゆ。若し「官鬼」それに臨みて發動せば、必定に官を做るに因りて命を損ず。「妻財」が「世爻」を持てば、誥命任狀怎ぞ稱心せんや。「兄弟」が「身爻」を扶けば、俸祿怎ぞ滿意せんや。原注に曰く、「妻財」が世を持てば文書を克す、縱い事成ると雖もまた意に如かず。「兄弟」是れ克剥の神、俸祿資財は必定に豊厚ならず。
父化父,文書不實;官化官,事體翻騰。父母為文書。父化父,文書虛而不實也。官化官,事體翻騰反覆也。卦中兩父兩官,必是鴛鴦求仕。卦中遇之,必有兩意幹事,此失彼得之兆,此乃鴛鴦求仕。若前鬼旺後鬼空,只宜守舊,不可改謀;前鬼衰而後鬼旺,宜舍舊圖新;前後皆旺,所求遂意。
「父母」が「父母」を變出せば、文書實ならず。「官鬼」が「官鬼」を變出せば、事情翻覆す。原注に曰く、「父母」は文書を代表し、「父母」が「父母」を變ずれば、文書虚にして實ならず。「官鬼」が「官鬼」を變ずれば、事情反覆翻騰す。卦中に兩個の「父母」・兩個の「官鬼」出現せば、必是れ同時に兩處の官處の官職を謀取する「鴛鴦求仕」。原注に曰く、卦中この種の情形に遇上れば、必是れ兩條の心思を抱きて事を辦ず、是れ此處失い彼處得るの兆頭、こ のを鴛鴦求仕と叫ぶ。若し前の一個の「官鬼」旺にして後の一個が空に落つれば、ただ舊きを守るに宜しく、改圖す可からず。前の一個が衰えて後の一個が旺んなれば、舊を舍て新を圖るに宜し。前後兩個皆旺んなれば、求む所は便ち皆意に稱す。
爻上月德月建,須逢獬豸為冠。月德、月建,皆清正之吉神,諸殺莫敢仰視。若見加臨貴人,扶持官鬼及世爻,必非州縣之官,乃風憲之職。更看目下衰旺,便可斷其擢官赴任。此又不忌凶殺,逢殺,則威風凜凜,動止驚人,操權轟烈。
爻上に「月德」「月建」有れば、頭上に便ち獬豸冠を戴きて、往きて執法の官を做るを須う。原注に曰く、「月德」「月建」皆是れ清正の吉神、衆凶殺敢えて仰視せず。若しそれらの「貴人」に加臨し、又「官鬼」と「世爻」とを扶持するを見れば、任ず所は必ず州縣の官にあらず、而も御史臺諫這一類の風憲の職なり。再び眼下の衰旺を看れば、便ち它の何時に擢升赴任するを斷ずべし。こ の一類は反りて凶殺を忌まず。凶殺に遇上れば、反りて主として其の威風凜凜、舉動人を驚かし、權を掌ること轟轟烈烈たり。
太歲動,則在任有除;劫殺空,則逢凶無咎。太歲,地殺之主宰,諸神不敢當。若值青龍月建,加臨父母官鬼發動,雖見居任所,又當升擢美職也。若加劫殺,則當貶責;如落空亡,逢凶無咎。鬼爻持世,應知到任把權;印綬扶身,必定臨庭掌案。持世扶身,卦之主宰。若見用爻加臨,定主到任把權,臨庭掌案也。卦無父母,終無所任之邦;爻隱妻財,未得養廉之俸。父母為任所之地。若不出現,或落空,恐無所任之處。妻財隱伏及落空,養廉之俸未足也。
太歲發動せば、人は任上に在りて還た別に除授有らん。「劫殺」空に落つれば、凶に遇うとも過咎無し。原注に曰く、太歲是れ衆殺の主宰、諸神皆敢えてそれと相抗せず。太歲若し「青龍」・月建に値し、又「父母」「官鬼」に加臨して發動せば、此人は雖も已に任所に在ると雖も、還た再び更に好き職位に升擢せん。若し太歲が「劫殺」を加えば、便ち貶責に遭うを須う。若し「劫殺」が「空亡」に落つれば、あれはば凶に逢うとも咎無し。「官鬼」爻が「世爻」を持てば、知る可し到任の後能く實權を掌るを。「印綬」すなわち「父母」爻が「身爻」を扶けば、必定に公堂に親臨して案牘を掌管せん。原注に曰く、「世爻」を持ち「身爻」を扶くは、本より一卦の主宰、若し用爻の上に加臨するを見れば、一定に主として到任して權を把り、庭に臨みて案を掌る。卦中に「父母」爻無ければ、終究して赴任すべきの處無し。「妻財」爻隱伏して出でざれば、便ち養廉の俸銀を得ず。原注に曰く、「父母」は赴任の地を代表し、若し它が卦中に出現せず、或いは空に落つれば、恐らく任ず可きの處無し。「妻財」が隱伏しおよび空に落つれば、養廉の俸祿便ち足らず。
一世二世,任所非遙;五世八純,仕途遠涉。一、二、三世在內卦,故曰非遙;四、五、八純在外卦,故曰遠涉也。要識宦情好惡,須憑卦象推詳。假如隔手來占,要知本官為人,及形貌性情,但將鬼爻論之。看在何宮,論其形體,並六獸之形貌,情性瞭然可見。奧義開列於後。
一世卦・二世卦を得れば、赴任の地遠からず。五世卦・八純卦を得れば、仕途は遠行するを須う。原注に曰く、一世・二世・三世の世爻は內卦に在り、それ故に遠からずと曰う。四世・五世および八純卦の世爻は外卦に在り、それ故に遠行と曰う。この位の官員の性情好惡を認識せんと要せば、須く卦象に憑りて推詳するを須う。原注に曰く、假如是れ別人の代りて來りて占う、あの位の官員の爲人および形貌性情を知らんと要せば、ただ「官鬼」爻を用いて論ず。それが哪一宮に落つるを看て、此に據りて其の形體を論じ、再び六獸の形貌を合せて看れば、性情は便ち一目瞭然なり。其の中の奧義は後面に開列す。
世在離宮,眼露聰明性急;身居乾象,面圓正大仁慈。離屬火為目,乾屬金為首,各取其體德而言之也。金為武職之官,掌生殺之重柄;火乃文章之士,探禮義之根源。金有斷制之義,故取為武職;火乃文明之象,必職司儒業。
「世爻」離宮に在れば、其の人は眼神外露・聰明にして性急なり。「身爻」乾象に居れば、其の人は面龐圓正・氣度正大にして仁慈なり。原注に曰く、離は火に屬して目と爲り、乾は金に屬して首と爲る、此れ是れ各々其の卦體と卦德とに就きて言う。「官鬼」が金に屬せば、是れ武職の官、生殺の重權を掌握す。火に屬せば、則ち是れ文章の士、禮義の根源を探究す。原注に曰く、金は決斷裁制の意思有り、それ故に取て武職と爲す。火是れ文明の象、それ故に必定に儒學文教の事を執掌す。
天玄賦上・六 詞訟の章
偉哉行事有功,廣播聲名於天下;必也使民無訟,須存正值於心中。大爭,則兵革交征;小競,則文詞相訴。欲分勝負,先將世應推詳;凡爭訟曲直,世克應者,我勝;應克世者,他勝。然應雖克世而世旺,彼雖害我而不能深傷。世靜而克應,而應發動,彼有通變之謀,終不受克。若有吉神扶持,必有貴人倚靠,終不能侵。若世應皆旺,勝敗之機未可決,但究日辰生合何爻,並刑剋哪爻,便知端的。
偉大なるかな、事を做して功業有り、聲名は天下に廣播す。但し真に百姓をして爭訟無からしむるを做り到らんと要せば、還た心中先ず一個の「正直」を存するを須う。大の爭鬥は、是れ兵戈交りに征伐す。小の競爭は、是れ文書狀詞を用いて彼此控告す。勝負を分かたんと要せば、先ず「世爻」「應爻」を推詳せよ。原注に曰く、およそ爭訟曲直、「世爻」が「應爻」を克せば、我が勝ち。「應爻」が「世爻」を克せば、他の勝ち。不過「應爻」雖も「世爻」を克すと雖も、而も「世爻」旺相なれば、あれはば對方雖も我を害せんと想うとも深傷する能わず。若し「世爻」安靜にして往きて「應爻」を克し、「應爻」卻て發動せば、あれは是れ對方に通權達變の謀略有り、終究して我の克を受けず。若し我が這邊に吉神の扶持有れば、必ず貴人の倚靠すべき有り、對方は終究して侵犯する能わず。若し世應兩爻皆旺んなれば、勝敗の關鍵は還た決斷する能わず、ただ日辰の生合する是れ哪一爻、刑克する是れ哪一爻を推究せば、便ち底細を知る。
要決因依,但把鬼爻推究。占訟,以鬼爻為主。更以六神參究來歷,因依瞭然在目矣。青龍鬼:婚姻訟。朱雀鬼:罵詈口舌、文書契約、吏人爭鬥、喧鬧是非。勾陳鬼:田土屋宅、山林樹木訟。若兄化鬼,房族致爭。螣蛇鬼:被人連累。白虎鬼:與人鬥毆殺傷。若帶凶殺動,事屬刑名。玄武鬼:姦淫盜賊訟。
この場の官司の起因缘由を決斷せんと要せば、ただ「官鬼」爻を推究明白にせよ。原注に曰く、訟を占うは「官鬼」爻を以て主と爲し、再び六神を用いて其の來來歷を參究せば、起因缘由は了然として目に在り。「青龍」が「官鬼」に臨めば、是れ婚姻上の官司。「朱雀」が「官鬼」に臨めば、是れ辱罵口舌・文書契約・吏員爭鬥・喧鬧是非。「勾陳」が「官鬼」に臨めば、是れ田地屋宅・山林樹木の訴訟、若し「兄弟」が「官鬼」を變出せば、便是れ同族房分の間の爭を起す。「螣蛇」が「官鬼」に臨めば、是れ人に連累せらる。「白虎」が「官鬼」に臨めば、是れ人と鬬毆殺傷す、若し再び凶殺發動を帶びれば、事情便ち刑事に屬す。「玄武」が「官鬼」に臨めば、是れ奸淫盗竊の官司。
官克應,他人受責;鬼傷世,自己逢屯。凡占訟,世應相剋,以決輸贏。一說:世克應,我訟他;應克世,他訟我。輸贏從官斷。鬼克世,官司不順,我費資財;鬼克應,他人遭責,彼虧我勝。應空不受克,他人亦無妨。世空同斷。又云:世應俱空,兩家退悔,官司將有解散之意。
「官鬼」が「應爻」を克せば、是れ對方の責罰を受く。「官鬼」が「世爻」を傷れば、是れ自己の困厄に遭ふ。原注に曰く、およそ訟を占うは、世應相克を用いて輸贏を決す。一種の説法有り、「世爻」が「應爻」を克するは是れ我の他を告ぐ、「應爻」が「世爻」を克するは是れ他の我を告ぐ。輸贏は則ち「官鬼」上より斷ず。「官鬼」が「世爻」を克せば、官司順ならず、我は錢財を破費するを須う。「官鬼」が「應爻」を克せば、對方責を受け、他は虧を喫して我は勝を得。「應爻」が空に落つれば便ち克を受けず、對方もまた妨礙無し。「世爻」が空に落つれば同樣にかく斷ず。又曰く、世應兩爻皆空に落つれば、兩家皆退悔の心を生じ、官司は將に解散の意思有らんと。
一卦兩官,權柄何曾歸一;六爻無父,文書終久難成。一卦之中,不宜見兩鬼出現。權不歸一,事休反覆。若一鬼旺動,即取其方向,便知哪一官執權。父母為文書案卷。卦無父母,案卷未成。父母旺空,文書未就;休囚空亡,其事不成。或父母逢太歲、月建沖,上司必有駁;父母加太歲動,主上司提案卷。父母帶吉神,終無大咎;凶神同位,則事凶。
一卦の中に兩個の「官鬼」出現せば、權柄何曾に一一處に歸せしや。六爻の中に「父母」無ければ、文書終究して辦成しがたし。原注に曰く、一卦の中は兩個の「官鬼」出現を見るに宜しからず、權は一に歸せず、事情便ち反覆するを須う。若し其の中の一個の「官鬼」旺にして發動せば、便ち其の所在の方位を取り、便知る是れ哪一位の官員の實權を執掌するを。「父母」は文書案卷を代表し、卦中に「父母」無ければ、案卷は還た造成せず。「父母」旺にして空に落つれば、文書は還た辦妥せず。休囚にして又「空亡」に落つれば、この事は便ち辦成せず。或いは「父母」が太歲・月建に衝せられれば、上司は必ず駁回有らん。「父母」が太歲を加えて發動せば、主として上司の案卷を調取す。「父母」が吉神を帶びれば、終究して大禍無し。凶神と同じ一位に在れば、事情便ち凶なり。
他訴訟,看鬼位休囚;我興詞,怕財爻旺相。凡他訟我,要鬼位休囚,不宜旺相,不然其訟必成。妻財本克父母,若我興詞,不宜見之;若逢動或持世,狀詞終不准。若得日辰沖散財爻,我事庶幾可振。又云,他興訴,須要官鬼休囚墓絕,則無大害。
別人の來りて我を告ぐるは、「官鬼」の位の休囚せるや否やを看るを須う。我が往きて狀を告ぐるは、便ち「妻財」爻の旺相を怕る。原注に曰く、およそ別人の我を告ぐるは、「官鬼」休囚するを須い、旺相に宜しからず、然らざればこの場の訟は必定に成立す。「妻財」は本來「父母」を克す、若し我が狀子を寫して人を告げんと要せば、便ちそれを見るに宜しからず。它若し發動し或いは「世爻」を持てば、狀子は終究して准理せられず。若し日辰の「妻財」爻を衝散するを得る能く有れば、我が這邊の事はじめて振作の指望有り。又曰く、別人の來りて訟を興すは、須く「官鬼」が休囚し墓に入り絶の地に處して、はじめて大害無し。
官鬼空亡墓絕,須知無貴主張。凡占,不問原告被告,若官鬼空亡墓絕,或卦無官鬼,決無官府主張其事。鬼雖墓絕,而財爻旺動相生,此之謂絕處逢生,須用資財囑託。姑待官鬼旺相月日,方可成訟。更值子孫發動,仍復無氣,縱然費盡資財,亦無益於事。
「官鬼」が「空亡」に落ち或いは墓に入り絶の地に處せば、便知る貴人官長の來りて此事を主持する無きを。原注に曰く、およそ占は、原告被告を論ぜず、若し「官鬼」が空亡に落ち墓絶に入り、或いは卦中根本より「官鬼」無ければ、決然として官府の來りてこの件の事を主持する無し。「官鬼」雖も墓絶に處すと雖も、而も「妻財」爻旺相發動して來りてそれを生ぜば、こ のを絶處逢生と叫ぶ、須く錢財を用いて往きて囑托求人し、姑且「官鬼」旺相の月日に到りて、はじめて訟を成す能く。若し再び「子孫」の發動に遇上り、而も「官鬼」仍舊氣無ければ、あれはば縱い資財を費盡すと雖も、事情に對しても益無し。
世應帶合比和,終久有人和會。若世應帶合,事體本要成。若但比和,而不相害,兩家有和會之心。若子孫動,當勸和公事。世應比和,而官鬼旺動,克傷世應,兩家欲休,官府不放。若遇解神,庶幾可散。鬼化鬼,移權更案;兄化兄,蕩產傾家。若遇鬼化鬼,其事反覆。或移權更案,事幹兩司;或舊事再發。前卦鬼衰,後卦鬼旺,昔日之事雖小,今日翻成大事;前鬼旺,後鬼衰,其事先重後輕,虎頭蛇尾。
世應が合を帶びて又比和せば、終究して人の出で來りて説和する有らん。原注に曰く、若し世應が合を帶びれば、事情本來便ち成るを要す。若しただ比和にして彼此相害せざれば、兩家皆和を講ずる心有り。若し「子孫」爻發動せば、便ち當に人の來りてこの場の公事を勸和する有るべし。若し世應比和にして、而も「官鬼」旺相發動して世應兩爻を克傷せば、あれは便是れ兩家の手を罷めんと想うも官府卻て放過せず。此の時若し「解神」に遇上れば、事情はじめて消散の望有り。再び變化を説く。「官鬼」が「官鬼」を變出せば、主として主審を換え案を移し判を改む。「兄弟」が「兄弟」を變出せば、主として家家產を蕩盡す。原注に曰く、若し「官鬼」が「官鬼」を變ずるに遇えば、この事は必定に反覆す——或いは權限を移交し案卷を更換し、事情は兩個の衙門に牽涉し、或いは舊案を重新たに翻出す。前卦「官鬼」衰えて後卦「官鬼」旺んなれば、從前の事雖も小なりと雖も、如今は卻て翻りて大事と成す。前面「官鬼」旺にして後面「官鬼」衰えれば、事情便ち先重後輕、虎頭蛇尾なり。
兄弟乃克財之神,若旺動,不免廣費資財,休囚稍可。若又化出兄弟,必主使兩重財,或兩處使錢。更加大耗,主蕩產傾家。若加劫殺及咸池,必被小人陰私,趁勢劫騙。若逢鬼動,終久必知之也。太歲鬼臨,其事必干臺憲;天獄殺動,此身須入牢房。占訟:若鬼加太歲及月建,必干臺憲。鬼衰難用此斷。自宜通變,取人事決之,庶無失矣。天獄殺、關鎖殺,俱見後神殺章內,若動則有鎖禁。
原注接著して「兄化兄」を解釋す。「兄弟」是れ「妻財」を克する神、若し它が旺相發動せば、錢財を大費するを免れず、休囚なれば便ち稍々好し。若し它又「兄弟」を變出せば、必ず主として兩重の錢を花し、或いは兩處に錢を使わん。再び「大耗」を加えれば、便ち家產を蕩盡するを須う。若し再び「劫殺」と「咸池」とを加えれば、必定に小人に暗地裏に於て勢に乘じて敲詐騙取せられん。若し此の時「官鬼」發動に逢えば、日後終究してこれらの事を查明せん。太歲上に「官鬼」臨めば、この案子は必定に御史臺憲を驚動せん。「天獄殺」發動せば、此の身は便ち牢房に進むを須う。原注に曰く、訟を占う時若し「官鬼」が太歲および月建を加えば、必定に臺憲に牽涉す。但し「官鬼」若し衰弱せば、便ちかく斷ずる能わず、自ら當に通權達變して人事を參酌して決斷し、はじめて失誤に至らず。「天獄殺」と「關鎖殺」と、起法は皆後面の神殺章に見ゆ。它們若し發動せば、便ち鎖押監禁せらるるの事有らん。
官旺日,則面折庭諍;鬼休時,則停囚長智。占訟:欲知何日興,何日息,但把鬼爻推究。鬼旺日,其事必興,當見臨庭折證;若值鬼衰,其事必停。鬼值沖,官司有冗,未及究問。鬼值日辰刑,上司有言責,其事稍緩。欲識何時結斷,鬼爻墓絕推詳。占訟:始終成敗,皆從鬼斷。其事有定限,庶可推詳。夫結絕決斷,實為難事,其或動經一年半載。必須先達人事,度其輕重,知其時務,復取其占之卦爻。子孫發動,官鬼空亡,無氣入墓,窮其鬼絕月日,然後方可雍容,推其意而言之。要知不受刑傷,子位興隆剖決。子孫為福德之神。官訟牽連,獄囚禁繫,杖責臨身,此爻發動,一概可免。
「官鬼」旺相の日子、雙方は便ち當堂に對質爭辯せん。「官鬼」休囚の時候、人は便ち牢裏に停りて長く見識せん。原注に曰く、訟を占うは哪一天に興起し哪一天に平息するを知るを須い、ただ「官鬼」爻を推究明白にせよ——「官鬼」旺の日、事情必定に興起し、臨堂對質有らん。若し「官鬼」衰に値せば、事情必定に停下す。「官鬼」衝せられれば、是れ官府事務煩冗にして、還た追究訊問に顧み及ばず。「官鬼」日辰に刑せられれば、是れ上司に話の責備有り、この案子便ち稍々緩まん。至りて何時結案判決するを知らんと要せば、便ち「官鬼」爻の墓・絶上より推詳す。原注に曰く、訟を占うの始終成敗は、皆「官鬼」上より斷ず。事情に一定の期限有りて、はじめて推詳すべし。結案決斷は本より難事、動輒一年半載を拖上するを須う。占う者は必ず先ず人情事理を通達し、事情の輕重を掂量し、當下の時務を知りて、然る後に再び占う所の卦爻を取りて看る。若し「子孫」發動し「官鬼」が「空亡」に落ち、或いは「官鬼」氣無く墓に入れば、便ち「官鬼」の絶地に處するの月日を推究し、かくのごとくしてはじめて從容不迫に其の意を推斷して人に告ぐべし。怎樣にしてはじめて刑傷を受けざるを知らんと要せば、便ち「子孫」爻の興旺せるや否やを看て、此に據りて剖斷す。原注に曰く、「子孫」是れ福徳の神、およそ官司牽連・牢獄禁繫・杖責加身、ただこの一爻發動せば、一概に免除すべしと。
天玄賦上・七 盜賊の章
世上論官訴訟,多因性氣資財;其中闇昧明私,莫出姦淫盜竊。用鬼為賊,須尋來處之蹤由;以鬼為賊。若見持世,乃貼身之賊。在初爻,是家賊;二三爻,鄰里賊。在外是外賊;在六爻,是遠處賊。鬼帶羊刃、劫殺、懸針,是強盜賊。賊來須捕鬼生方。且如鬼屬金,乃西方賊,從東南方上來。看在何爻,卻詳微細之處。其餘仿此。鬼屬陽,日間來;鬼屬陰,夜間來。陰鬼化陽,夜至日方退;陽鬼化陰,日至夜方偷。男賊女賊,亦不出於陰陽推斷。
世上の官司訴訟に論到るは、多半は意氣と錢財とに起因す。其の中のあの暗昧不明・或いは公開或いは隱秘の勾當は、不外は奸淫と盜竊との兩類なり。盜を占うは「官鬼」爻を以て賊と爲し、須く其の來處の蹤跡緣由を尋ねるを須う。原注に曰く、「官鬼」を以て賊と爲す——它若し「世爻」を持てば、是れ貼身の賊。初爻に在れば、是れ家賊。二・三爻に在れば、是れ鄰里の賊。外卦に在れば、是れ外來の賊。第六爻に在れば、是れ遠處の賊。「官鬼」が「羊刃」「劫殺」「懸針」を帶びれば、あれは是れ強盜なり。賊を捕えんと要せば、須く「官鬼」の長生する方向に往きて往くを須う。譬如「官鬼」が金に屬せば、あれは便是れ西方の賊、卻て東南方上より來る。再びそれが哪一爻に落つるを看て、進めて細微の處を詳究し、其の餘は此に照らして類推す。「官鬼」が陽に屬せば、賊は白天に來る。陰に屬せば、夜裏に來る。陰の「官鬼」が陽に變ずれば、是れ夜裏來りて天亮してはじめて退く。陽の「官鬼」が陰に變ずれば、是れ白天來りて夜裏に到りてはじめて手を下す。是れ男賊か還た是れ女賊かも、また不外は陰陽上より推斷す。
推物憑財,當捕墓中之方向。推物,當以財屬五行辨之。欲知其藏匿何方,但尋財墓處便是。且如金財在丑、艮方;木財在未、坤方;水土財在辰、巽方;火財在戌、乾方。凡占欲知何處失財,但看財絕方向是也。財在內,家中失落;居外在外失落。若五爻動,路上遺失。若鬼空亡無氣,日辰扶合財爻,財爻化入墓中,此乃未經賊手,不曾失脫,藏於器皿之中。
失物を推尋するは「妻財」爻に憑るを須い、當に它の墓に入るの方位に到りて捕捉するべし。原注に曰く、物件を推尋するは、當に「妻財」の屬する五行を用いて分辨すべし。それが哪一方に藏るを知らんと要せば、ただ「妻財」の墓地を找れば便是なり。譬如金の「妻財」の墓は丑に在り艮方に在り、木の「妻財」の墓は未に在り坤方に在り、水と土との「妻財」の墓は辰に在り巽方に在り、火の「妻財」の墓は戌に在り乾方に在り。およそ占に何處に在りて財を失ふを知らんと要せば、ただ「妻財」の絶地に處するの方向を看る。「妻財」が內卦に在れば、是れ家中の失落。外卦に在れば、是れ外面に在りて失落。若し第五爻發動せば、是れ路上の遺失。若し「官鬼」が「空亡」に落ちて氣無く、日辰また「妻財」爻を扶合し、「妻財」爻還た變化して墓に入れば、あれは便是れ根本より賊手を經ず、曾て丟失せず、ただ某個の器皿裏に收めて在るのみ。
財化鬼,必無尋路;鬼化財,終可獲賊。凡卦中財化鬼,其物已變化了,至後無蹤跡影響。鬼若逢沖,而日辰扶合財爻,其物未散。若非子孫發動,亦未可知。如鬼動化財,物雖偷去,尚未出藪,終可捕獲。但看其子孫旺、官鬼受制時,自然敗露。
「妻財」が變じて「官鬼」と成れば、便ち尋找の門路無し。「官鬼」が變じて「妻財」と成れば、終究して賊を捉住する能く。原注に曰く、およそ卦中「妻財」が「官鬼」を變ずれば、東西は已に手を轉じて改變し、此の後蹤跡音信無し。若し「官鬼」が衝に逢い、而も日辰また「妻財」爻を扶合せば、あの東西は還た散失せず。不過若し「子孫」の發動ならざれば、また還た說準りがたし。若し「官鬼」發動して「妻財」を變出せば、東西雖も偸走去せられしと雖も、還たこ の一片の窩藪を出でず、終究して捕獲すべし。ただ「子孫」旺相にして「官鬼」制を受くるの時を見て到れり、自然に敗露す。
妻財最怕空亡,官鬼豈宜扶合。財在內卦,不落空亡,其物可見;財在外動,物已去遠,終難得見。鬼若日辰扶合,乃真賊,慣得其中滋味。必有人做腳,須防再來。且日辰合住鬼爻,必有窩頓之家,深藏固閉,賊不易敗也。
「妻財」最も「空亡」に落つるを怕れ、「官鬼」は哪裏に扶せられ合せらるるに適せらんや。原注に曰く、「妻財」が內卦に在りて「空亡」に落ちざれば、東西は還た見る能く。「妻財」が外卦に發動せば、東西は已に去りて遠く、終究して見えがたし。「官鬼」若し日辰に扶合せられれば、あれは個の慣偷、早く嘗慣してこ の裏頭の滋味、必定に人のそれに爲て望風做脚する有り、須く它の再び來るを防ぐべし。而且日辰が「官鬼」爻を合住せば、一定有りて窩藏して贓を銷ずる人家、東西を深く藏め緊く閉ぢて、この賊は容易に敗露せず。
金爻帶鬼,便言割壁穿窬;木位逢官,定是鋤泥掘洞。金爻帶鬼,用刀鐵撬開門戶,挖毀牆垣;木爻屬鬼,鋤泥掘洞,過屋懸樑。其他當以類推。看在哪爻發動,便知何處歸來。如金爻發動,賊向西方來;木爻發動,賊在東方來。
金爻に「官鬼」を帶びれば、便ち説く它は墙壁を割破り、墙を翻りて入る。木爻上に「官鬼」に遇えば、一定是れ土を刨り洞を挖りて進入せり。原注に曰く、金爻に「官鬼」を帶ぶるは、是れ刀鐵を用いて門戸を撬開し墙垣を挖毀す。木爻に「官鬼」屬するは、是れ土を刨り洞を挖り、或いは屋梁を越えて入る。其の餘は皆此に照らして類推す。それが哪一爻に發動するを看れば、便知る賊の何處より來るを。原注に曰く、如く金爻發動せば、賊は西方より來る。木爻發動せば、賊は東方より來る。
子動傷官,日下須當捉獲。子孫為捉賊之人。旺動,必當時下便能捉獲。偷時被人撞見。要知蹤跡,但尋子孫方位,便知著落。如卯爻子孫動,見穿青婦人,便知消息。屬寅,乃穿青男子,或遇草頭及木字旁姓人說消息。若遇巳爻子孫動,必見紅衣女子方知;帶殺,乃曲腳婦人;胎養,乃小女子。
「子孫」發動して「官鬼」を傷れば、眼下便ち當に捉獲すべし。原注に曰く、「子孫」は賊を捉ふ人を代表し、它旺相にして發動すれば、一定當時に便ち捉住する能く、因るに東西を偸む時已に人に撞見せられしなり。賊の蹤跡を知らんと要せば、ただ「子孫」爻の所在の方位を尋ねれば、便知る下落を。譬如卯爻の「子孫」發動せば、一個の青衣を穿つ婦人に遇見し、便ち消息を得る能く。「子孫」が寅に屬せば、是れ青衣を穿つ男子、或いは草字頭・木字旁の姓氏の人に遇上りて來りて消息を説く。若し巳爻の「子孫」發動に遇えば、必定に紅衣女子を見てはじめて消息を知る。若し凶殺を帶びれば、是れ個の跛脚の婦人。若し胎・養の地に處せば、是れ個の小女孩なり。
午乃穿紅男子;旺相,是銀鐵等匠;休囚,乃挑柴炭人問之,可知。申乃穿白衣人,或木匠鐵匠。酉乃賣酒人、持酒人,可知消息。亥乃穿黑衣人,或守田土之人,或挑水之人,或洗衣之人,皆宜問消息。子是穿黑衣不頂帽男子,及釣魚人,靜中看見,問其消息。辰乃竹林木中,墓邊人家可問。戌有黃犬吠人家,或牽引犬人問。丑是守牛人,或是耕夫。未是牧羊人,可知其的。以上當別旺相休囚,可知少壯老弱。若鬼化子孫,必須告官,方能捉獲。勾陳乃捕賊之人,若克玄武,其賊必擒。
原注接著して地支に按じて列擧す。午爻の「子孫」は、是れ紅衣を穿つ男子。旺相の時は是れ銀を打ち鐵を打つの匠人、休囚の時は是れ柴を挑い炭を挑ふ人、它们に向かって打听すれば便知る。申爻は、是れ白衣を穿つ人、或いは木匠鐵匠。酉爻は、是れ酒を賣る或いは酒を提げる人、他の處より消息を得べし。亥爻は、是れ黑衣を穿つ人、或いは田地を看守する人・水を挑ふ人・衣を洗ふ人、皆消息を問ふべし。子爻は、是れ黑衣を穿ち帽を戴かざる男子、および魚を釣る人、僻靜の處に於て看見し、它に向かって消息を打听す。辰爻は、竹林樹木の中・墳墓の旁邊の人家に到りて問ふべし。戌爻は、黃狗の人に對して叫ぶあの戸人家、或いは狗を牽く人は問ふべし。丑爻は、是れ牛を看る人、或いは田を耕す農夫。未爻は、是れ羊を牧する人、它们の處より確訊を得べし。以上還た旺相休囚を分別し、此に據りて此人の是れ少年・壯年還た是れ老弱を判斷す。若し「官鬼」が「子孫」を變出せば、必ず官府に告げてはじめて捉獲する能く。「勾陳」是れ賊を捕ふ人、它若し「玄武」を克せば、この賊は一定に擒まる。
日辰克鬼,當時曾被驚疑。凡日辰沖剋官爻,上盜時,被主家驚覺。如金鬼畏火,若遇日辰沖,上盜時,見燈明,復退隱。若火爻動來沖剋,其時有人燭燈外,窺見形跡。木鬼值日辰沖剋,行竊時會觸銅鐵器皿作聲,賊心驚恐。或金爻空動克鬼,乃人之聲。胎養,小兒啼;庫墓,老人嗽;未敢下手。水鬼值日辰沖剋,畏牆壁堅固,路徑高低,其賊疑懼,終無十分偷掠。若戌土動來克,多是犬吠。帶殺,被犬傷。火鬼被日辰沖剋,主賊人被追落水。土鬼被日辰沖剋,畏門戶牢緊,若見木來克,必聞門戶聲驚疑。以上數端,皆以類而推。唯占者至誠至敬,自然靈驗也。
日辰が「官鬼」を克せば、説明す當時賊は曾て驚疑を受けしを。原注に曰く、およそ日辰が「官鬼」爻を衝克するは、皆是れ賊の手を下し行竊する時主人の家に察覺せられたり。譬如金の「官鬼」は火を怕れ、若し日辰の來りて衝するに遇えば、手を上ぐる時燈の亮るを見て、便ち又退きて回去せり。若し火爻發動の來りて衝克する有れば、あれは是れ人の窗外に燈を掌り、其の形跡を窺見せしなり。木の「官鬼」が日辰に衝克せらるるは、是れ行竊の時銅鐵の器皿に碰到して聲響を發せし、賊の心裏發慌す。或いは金爻の空動して來りて「官鬼」を克するは、あれは是れ人聲なり。胎・養の地に處するは是れ小孩の啼哭、庫・墓の地に處するは是れ老人の咳嗽、賊は此に因りて敢えて手を下さず。水の「官鬼」が日辰に衝克せらるるは、是れ墙壁の堅固・路徑の高低にして行きがたきを怕れ、賊の心疑懼して、終究して大に偸み大に搶せず。若し戌土發動の來りて克するあれば、多半是れ狗叫、若し凶殺を帶びれば、便是れ狗に咬傷せられたり。火の「官鬼」が日辰に衝克せらるるは、主として賊人の追趕せらるる時水に落ちしなり。土の「官鬼」が日辰に衝克せらるるは、是れ門戸の關牢なるを怕る。若し木爻の來りて克するを見れば、必是れ門戸聲響を聽見して驚疑せし。以上のこ の幾條は、皆類推に按じて往け。ただ占う者至誠至敬すれば、自然に靈驗す。
一卦兩官,內外二人謀計。若兩鬼俱動,必是內外勾連,二人同竊。若外鬼動,內鬼不動,不過知情。若兩鬼皆不動,但取其臨玄武、劫殺、當權者為正賊。六爻無鬼,中間恐自遺亡。六爻無鬼,財不空亡,乃自遺失,非人偷也。財旺,可尋。若財帶亡神動,有鬼爻不動,亦是自失。被人獲去,終不可見。
一卦の中に兩個の「官鬼」出現せば、是れ內外兩人の合謀。原注に曰く、若し兩個の「官鬼」皆發動せば、必是れ內外勾連、兩人同伙して行竊す。若し外卦の「官鬼」動きて內卦の動かざれば、あの內應は不過是れ知情のみ。若し兩個の「官鬼」皆動かざれば、便ち其の中の「玄武」「劫殺」に臨み而又當權するあの一個を取りて正賊と作す。六爻の中に「官鬼」無ければ、あれは多半是れ自己の遺失せし。原注に曰く、六爻に「官鬼」無く、而も「妻財」また「空亡」に落ちざれば、あれは是れ自己の遺失、人に偸まれたるにあらず。「妻財」旺相なれば、還た找り回り得。若し「妻財」が「亡神」を帶びて發動せば、卦中雖も「官鬼」有ると雖も卻て動かざれば、亦是れ自己丟の、但し已に別人に撿去せられ、終究して見着かず。
若無鬼而兄弟化鬼,或加青龍動者,非人偷,或曾有人借去,遺亡在彼。若鬼雖動,又兼兄弟旺動,物雖賊偷,非能入已,又被他人將去。財立內爻,珍寶不離於井灶;財居外卦,金珠豈遠於棟樑。財爻在內,其物必在家之井灶間;財爻在外,未動,必藏匿於棟樑上。
原注また曰く、若し卦中に「官鬼」無く、而も「兄弟」が「官鬼」を變出し、或いは「青龍」を加えて發動せば、あれは是れ人に偸まれたるにあらず、是れ曾て人の借りて往きて、他の處に遺失せしなり。若し「官鬼」雖も發動すと雖も、同時に「兄弟」もまた旺相發動せば、あれはば東西雖も賊に偸まれしと雖も、賊は卻て能く己が有に據せず、又別の一個の人に拿去せられたり。「妻財」內爻に立てば、珍寶は便ち井臺竈間を出でず。「妻財」外卦に居れば、金珠もまた棟梁を遠離せず。原注に曰く、「妻財」爻が內卦に在れば、東西は必ず家裏の水井・鍋竈の間に在り。「妻財」爻が外卦に在りて發動無ければ、必定に棟梁の上に藏れて在る。
須教仔細參詳,方可雍容斷決。要占輕微之失脫,更加玄妙之功夫。鬼屬陽,男子偷,細察休囚旺相;鬼屬陰,女子竊,精詳庫墓胞胎。小可失脫,不可一概論。但當分別陰陽,校量衰旺,方知的實;若陽鬼,男子偷;陰鬼,女人竊;鬼旺,後生偷;墓庫,老人偷;胎養,童稚偷。
必ず仔細に參詳して、はじめて從容不迫に斷決すべし。あの輕微の失竊を占わんと要せば、更に玄妙の功夫を用上するを須う。「官鬼」が陽に屬せば、是れ男子の偸み、還た其の休囚旺相を細察するを須う。「官鬼」が陰に屬せば、是れ女子の竊、還た其の處する庫・墓か還た胞・胎かを精究するを須う。原注に曰く、小小の失竊は一概に論ず可からず、ただ應に陰陽を分別し衰旺を比較して、はじめて確實の情形を知るべし。陽の「官鬼」是れ男子の偸み、陰の「官鬼」是れ女人の竊。「官鬼」旺相は、是れ年輕人の偸み。墓庫に處するは、是れ老人の偸み。胎養に處するは、是れ小孩の偸みなり。
若陰化陽,婦人偷,男子將去;陽化陰,男子偷,藏女人處。不然,日間見物,夜間偷;或夜間竊,日中將去。此亦舉其大綱,更宜詳審。定人形以五行推,決面目以六神斷。人形面目,大抵以婚姻內面貌參看。財逢生氣,必亡走獸飛禽。凡論生氣,正月子上順行,一月一位,數至歲終。卦中財臨生氣,必是能走動之物。子與丑合皆言牛,寅與亥合皆言豬,卯與戌合皆言犬,辰與酉合皆言雞。凡遇生氣,其物未曾殺害;若化為死氣庫墓,必被烹宰。死氣者,正月起午上順行,不問是何物,遇之皆不吉。
原注接著して曰く、若し陰の「官鬼」が陽に變ずれば、是れ婦人の偸み男子の拿走せし。陽の「官鬼」が陰に變ずれば、是れ男子の偸み女人の處に藏れし。要不然なれば、便是れ白天に東西を看見して夜裏に來りて偸み、或いは夜裏に偸みて白天に到りてはじめて搬走せし。此もまたただ大綱を擧ぐるのみ、還た當に詳細に審辨すべし。賊人の身形を判定するは五行を用いて推し、其の面貌を判定するは六神を用いて斷ず。原注に曰く、人の形貌面目は、大抵前面の伉儷章裏の相貌を論ずるあの一段を參看すべし。「妻財」が「生氣」に逢えば、丟むは必定是れ走獸飛禽。原注に曰く、およそ「生氣」を論ずるは、正月より子位に在りて順行し、一月一位、年終に數到る。卦中「妻財」が「生氣」に臨めば、丟むは必ず是れ走動する能くの活物。子と丑と相合するは皆説く是れ牛、寅と亥と相合するは皆説く是れ猪、卯と戌と相合するは皆説く是れ狗、辰と酉と相合するは皆説く是れ雞。およそ「生氣」に遇えば、この活物は還た殺害せられず。若し「死氣」に變じ或いは庫墓に入れば、便ち一定已に烹宰せられたり。所謂「死氣」は、是れ正月より午位に在りて順行し、丟む所の是れ何物たるを管せず、遇上れば皆不吉。
墓值刑沖,徒有堅牆固壁。占失脫,最忌財墓逢沖。假如辰日占得震卦,世上財入墓,正被日辰沖散庫中之財,最為不吉。縱有惡犬藩籬,亦難防禦。若見卦無財位,便當推究鬼爻。凡占失物,當究財爻。假若財不上卦,當以鬼爻衰旺決之。
墓地また刑衝に遇えば、縱い堅墻固壁有るとも亦是れ白搭なり。原注に曰く、失竊を占うに最も「妻財」の墓の衝せらるるを忌む。譬如辰日に震卦を占得し、「世爻」上の「妻財」が墓に入り、正好く日辰に庫中の財を衝散せられ、最も不吉——縱い家裏に惡犬有り藩籬有るとも、また防禦しがたし。若し卦中に「妻財」の位無きを見れば、便ち當に「官鬼」爻を推究すべし。原注に曰く、およそ失物を占うは當に「妻財」爻を推究すべく、假若「妻財」卦に上らざれば、便ち「官鬼」爻の衰旺を用いて決斷す。
水鬼興隆,無出綾羅錦繡;火官衰死,不過銅鐵鍋鐺。若卦裡無財,當考鬼之所屬。水鬼興隆,必是綾羅錦繡緞匹之類。若休囚,不過絲綿絹帛。餘鬼仿此推之。火鬼加貴興隆,必是金銀;無氣銅鐵。若在二爻,必是鍋鐺之類。
水の「官鬼」興旺せば、丟むは綾羅錦繡を出でず。火の「官鬼」衰死せば、不過是れ銅鐵の鍋具。原注に曰く、若し卦裏に「妻財」無ければ、便ち當に「官鬼」の哪一行に屬するを考究すべし。水の「官鬼」興旺せば、丟むは必ず是れ綾羅錦繡緞匹の類。若し休囚せば、不過是れ絲綿絹帛。其の餘各行の「官鬼」は皆此に照らして類推す。火の「官鬼」が「貴人」を加えて興旺せば、丟むは必ず是れ金銀。氣無ければ便是れ銅鐵。若し它が第二爻に落つれば、必是れ鍋子の類の炊具なり。
欲知何日亡財,但看鬼逢生旺;要決何時捉獲,精詳官被刑沖。凡占家宅,若鬼臨玄武發動,當有盜賊起心。要知何時,但看官鬼生旺。遠以月斷,近以日推。如特占失脫,不可用月斷,但鬼爻生旺日是也。若卦逢六合,鬼值動爻刑剋,便可斷其動爻生旺日捉捕。凡日辰刑沖最急。若旁爻動來相生,必有人救。若大象可獲,亦待旁爻受制日可捉獲。
哪一天に財を丟むを知らんと要せば、ただ「官鬼」の何時生旺に逢うを看る。何時に捉獲する能くを斷ぜんと要せば、便ち「官鬼」の何時に刑せられ衝せらるるを精究せよ。原注に曰く、およそ家宅を占い、若し「官鬼」が「玄武」に臨みて發動せば、便ち盜賊の動心有らん。在りて甚麼時候たるを知らんと要せば、ただ「官鬼」の生旺を看る——遠ければ月に按じて斷じ、近ければ日に按じて推す。若し是れ專ら失竊の爲に占うは、便ち月に按じて斷ずる能わず、ただ「官鬼」爻生旺のあの一天を取る。若し卦「六合」に逢い、而も「官鬼」が發動の爻に刑克せられれば、便ちあの動爻生旺の日子に於て捉捕すると斷ずべし。およそ日辰の刑衝は、應驗最も急なり。若し旁爻發動の來りて「官鬼」を生ずる有れば、必定に人の它を救ふ有り。若し整卦の大象捉獲すべければ、またあの旁爻の制を受くるの日子に到るを待ちてはじめて捉え得。
天玄賦上・八 求財の章
飢寒起盜心,亦為困窮而至此;富貴享遐福,莫非營運而後能。齎財於蛟龍背上行舟,負命於虎狼叢中取路。欲決心中之疑慮,端詳爻上之吉凶。求財之言艱險,於斯可見。但能信占卜,必無不測之禍。若出外求財,須言禍福之分。在家求財,亦有得失之別。學者可不究哉。卜以決疑,不疑何卜?凡來占者,必有疑慮之事,當詳吉凶衰旺。見財福如值故人,遇兄鬼如逢仇敵。
飢寒交迫する人の盜心を起すは、亦是れ困窮に逼られてこの一歩に到りしなり。富貴の人家の長遠の福を享くる能くは、无非是れ經營運作に靠りてはじめて做り到りしなり。本錢を帶びて蛟龍の脊背上に於て船を行し、性命を背負りて虎狼の叢中に於て路を趕く——心中の疑慮を決斷せんと要せば、便ち卦爻上の吉凶を端詳せよ。原注に曰く、求財の艱難險阻は、こ の兩句裏に一斑を窺ふ可し。ただ占卜を信ずるを肯んずれば、必定に不測の禍無し。若し門外に出でて財を求めれば、須く其の中の禍福を分説し、家中に在りて財を求むるも、また得失の分別有り、易を學ぶ人怎ぞ推究せざらんや。占卜是れ疑を決するに用いらる、疑なければ又何必に卜せんや。およそ來りて占う人は必定に疑慮の事有り、當に卦中の吉凶衰旺を詳審すべし。「妻財」「子孫」を見れば便ち故人に遇えるがごとく、「兄弟」「官鬼」に遇上れば便ち仇敵に碰到するがごとし。
將本求財,妻位偏宜旺相;空拳問利,官爻喜遇興隆。凡占求財,先達人事,然後決斷。若將本求財,必要財爻旺相,克世生世則吉,世克財則凶。若卦有兩財,外財旺而內財沖,本雖少而利則多;若內財旺而外財沖,利息淡薄,但可正本。
本錢を拿りて往きて賣買を做り財を求むるは、「妻財」の位偏に旺相なるを須う。空手にして利を問ふ人は、反りて「官鬼」爻の興旺を喜ぶ。原注に曰く、およそ求財を占うは、先ず人情事理を通達し、然る後にはじめて決斷す。若し是れ本錢を拿りて財を求めれば、必ず「妻財」爻旺相するを須い、它が「世爻」を克し或いは「世爻」を生ずるは皆吉、「世爻」反りて往きて「妻財」を克せば便ち凶。若し卦中に兩個の「妻財」有りて、外卦の旺にして內卦の衝せられれば、あれは是れ本錢雖も少なくして利潤多し。若し內卦の旺にして外卦の衝せられれば、利息淡薄にして、ただ本錢を保住する能くのみ。
若:內外財爻俱死絕,將本生涯斂手折。財不上卦及空亡,買賣經商連本滅。財爻絕處又逢生,利息依然動歡悅。妻財雖旺不克世,卻向爻中看亡劫。先生若也問求財,請看天仙玄妙訣。空手求財者,不過是百工技藝之人,以鬼爻為用,鬼旺則財豐厚。
原注接著して一首の歌訣を引く。內卦外卦の「妻財」爻皆死絶の地に處せば、本錢を帶びて做る生意は只好く手を收め本を賠す。「妻財」卦に上らず或いは「空亡」に落つれば、賣買經商は本錢を連れて皆賠光す。「妻財」爻が絶處に在りて又生に逢えば、利息は依舊人を歡喜せしむ。「妻財」雖も旺なりと雖も卻て「世爻」を克せざれば、あれはば便ち爻中に到りて「亡神」「劫殺」有るや無きやを看るを須う。先生若しも來りて求財を問わば、こ の一篇の天仙玄妙口訣を看よ。至りて空手にして財を求むる人は、不過是れ各行の手藝匠人、便ち「官鬼」爻を以て用神と爲し、「官鬼」旺相なれば、進項は便ち豊厚なり。
鬼化為財,克世須云大吉;財爻化鬼,逢空可謂全凶。鬼化財,從空而至。且來克世,是利追我而走,故云大吉;財化鬼,自有化無。又落空亡,是消磨殆盡,故曰全凶。父化妻爻,當涉艱辛始得;財連兄位,縱然積聚當分。凡父化財,必先難後獲。父旺財衰,則艱辛多而財少;父衰財旺,則用力少而財多。財化弟兄,將有侵奪之患,雖有積蓄,亦當分散也。
「官鬼」が變じて「妻財」と成り、又來りて「世爻」を克せば、須く大吉と稱すべし。「妻財」爻が變じて「官鬼」と成り、再び「空亡」に逢えば、全凶と謂ふべし。原注に曰く、「官鬼」が「妻財」を變ずるは、是れ財の空處より來る。而且それが來りて「世爻」を克するは、是れ利の我を追って跑る、それ故に大吉と曰う。「妻財」が「官鬼」を變ずるは、是れ有より變じて無と爲る。又「空亡」に落つれば、あれは是れ消磨殆盡、それ故に全凶と曰う。「父母」が「妻財」爻を變出せば、艱辛を經歷してはじめて得到す。「妻財」が「兄弟」の位に牽連せば、縱い積攢し起るともまた分掉するを須う。原注に曰く、およそ「父母」が「妻財」を變ずれば、必ず是れ先難後得——「父母」旺にして「妻財」衰えれば、便ち艱辛多くして所得少なし。「父母」衰えて「妻財」旺んなれば、便ち力を用ること少なくして所得多し。「妻財」が「兄弟」を變出せば、將に侵奪せらるるの患有らん、雖も積蓄有るともまた分散するを須う。
凶神沖散財爻,切忌風波險阻;劫殺加臨兄位,須防盜賊相侵。凡凶神來沖剋財爻,行船便見風波之患。世爻若值吉神,身雖無咎,財必飄零。凶神若遇虎蛇克世,財命不可保全。若就家中求,卻不如此斷。必是凶人攪亂,或因財引惹公事。若值解神,卻得無事。劫殺乃求財之大忌,若臨財位,必不可得。若臨兄弟發動,得財之後,防有失脫;若更玄武加臨,必有盜賊劫掠之禍;若得貴人臨鬼持世,雖有賊來,無傷於我;如逢鬼動,兄弟受制,縱有凶神,亦無大患。鬼爻無氣則無權,兄弟依然來作禍。
凶神が「妻財」爻を衝散すれば、切に路上の風波險阻を忌む。「劫殺」が「兄弟」の位に加臨せば、須く盜賊の來侵を防ぐべし。原注に曰く、およそ凶神の來りて「妻財」爻を衝克するは、船を行せば便ち風浪の患に遇上らん。「世爻」若し吉神に値せば、人は雖も咎無しと雖も、財は卻て必定に飄零散失す。凶神若し再び「白虎」「螣蛇」の來りて「世爻」を克する有れば、財と命と皆保ち難し。若し是れ家中に在りて財を求むれば、便ちかく斷せず、あれは多半是れ凶惡の人の來りて攪亂し、或いは財に因りて官司に惹上る。若し「解神」に遇えば、便ち事無し。「劫殺」是れ求財の大忌、它若し「妻財」の位に臨めば、財は必定に求め到らず。若し「兄弟」に臨みて發動せば、財を得るの後丟失を防ぐを須う。若し再び「玄武」を加えれば、必ず盜賊劫掠の禍有らん。若し「貴人」の「官鬼」に臨みて「世爻」を持つを得る能く有れば、縱い賊の來る有るともまた我を傷るに到らず。若し「官鬼」發動して「兄弟」制を受くるに逢えば、縱い凶神有るともまた大患無し。反りて、「官鬼」氣無ければ便ち權無く、「兄弟」照舊來りて禍を作すを要す。
子動會青龍,乃生財之大道;父興臨白虎,為絕利之根源。若卦內無財,而子孫旺動,亦可求謀。更臨青龍,比同有財之卦;若值休囚,更宜斟酌;若鬼化子孫,謂之鬼運財來付好人。蒼屏有歌曰:鬼化為財及子孫,求財最利稱心情。更逢福德來生世,安坐高堂也獲珍。
「子孫」發動して「青龍」に會すれば、是れ財を生ずるの大道。「父母」興起して「白虎」に臨めば、是れ利路を斷絶するの根源。原注に曰く、若し卦內に「妻財」無く、而も「子孫」旺相發動せば、また還た謀求すべし。再び「青龍」に臨めば、便ち「妻財」有るの卦に等同す。若し休囚に値せば、便ち更に斟酌するを須う。若し「官鬼」が「子孫」を變出せば、こ のを「官鬼」が財運を送り來りて好人に交與すと叫作す。蒼屏先生に歌有りて曰く、「官鬼」が變じて「妻財」或いは「子孫」と成れば、財を求むるに最も利有り最も稱心す。再び「子孫」この福徳の爻の來りて「世爻」を生ずるに逢えば、高堂上に安坐してもまた珍寶を得る能く。
若子孫化子孫,財從兩處生。財既是兩處生,宜兩處求,或與人同求,大吉。子孫乃生財之神,比同水之有源,源頭受克則泉竭,泉水旺盛則流長。若財位逢長生,福德臨官,此等求財,綿綿不絕。或財雖旺,子孫死絕,只許一度,後再難求。子孫雖旺,父母來克,謂之絕生財之源,雖有錢財,亦無接濟。若遇日辰相合,庶幾不被克傷。
原注接著して曰く、若し「子孫」また「子孫」を變出せば、財は便ち兩處より生出す。財既然兩處より生ぜば、便ち當に兩處に在りて求め、或いは人と合伙して同求し、大吉。「子孫」是れ財を生ずる神、好比水に源頭有るがごとし——源頭克を受ければ、泉水は便ち枯竭す。泉水旺盛せば、水流は便ち長遠なり。若し「妻財」の位長生に逢い、「子孫」この福徳の爻また臨官の地に居れば、かくのごとく財を求めれば便ち綿綿絶えず。或いは「妻財」雖も旺なりと雖も而も「子孫」死絶に處せば、あれはば便ちただ一次を得るを許すのみ、以後再び求めがたし。「子孫」雖も旺なりと雖も而も「父母」の來りてそれを克する有れば、こ のを財を生ずるの源頭を斷絶すと叫ぶ、雖も錢財有るともまた接濟し上がらず。若し日辰の來りて相合するに遇えば、はじめて克傷せられざるの望有り。
世克動財,若趕沙場之馬;財生靜世,如逢涸澤之魚。大凡求財,財來生世克世則易。財來逐我,如涸澤取魚,伸手便得。若世克動財,是我去逐利,如沙丘劣馬,愈趕愈奔,終難上手。克害刑沖迫兄鬼,則災殃消散;兄鬼:皆求財之忌神。今彼受制,不惟求財有望,抑且災散禍消矣。
「世爻」が往きて發動の「妻財」を克するは、沙場上に奔馬を追趕するに在るがごとし。「妻財」が來りて安靜の「世爻」を生ずるは、乾涸の水塘裏に魚を捉ふるに在るがごとし。原注に曰く、大凡財を求むるは、「妻財」が來りて「世爻」を生じ或いは「世爻」を克すれば便ち容易——財の我を追って跑る、如同涸澤裏に魚を取る、一たび手を伸べれば便ち得。若し「世爻」が往きて發動の「妻財」を克せば、あれは是れ我が往きて利を追ふ、如同沙丘上の劣馬を追ふ、越え趕くれば它越え跑り、終究して手に到らず。克・害・刑・衝を用いて「兄弟」「官鬼」を逼迫せば、災殃は便ち消散す。原注に曰く、「兄弟」「官鬼」皆是れ求財の忌神、如今它们が制を受ければ、不但求財望有り、而且災消え禍散ずと。
生扶拱合輔財福,則貨寶豐盈。妻財子孫,生涯緊要。且有生扶拱合,豈不財貨盈溢,珍寶滿箱。前卦有財後卦無,不利於後;前卦無財後卦有,艱難在前。前卦有財後卦無,宜速求,遲則難得;前卦無財後卦有,宜待時行事,或看財爻旺相年月,方可謀望。財合日辰,方能入手;財逢墓庫,便可歸懷。財與日辰合,財爻入墓日,方可斷其上手。
生・扶・拱・合を用いて往きて「妻財」「子孫」を輔助せば、貨物財寶は便ち豊盈す。原注に曰く、「妻財」「子孫」是れ生計上最も要緊の兩樣、況んや又生扶拱合有るをや、怎ぞ財貨滿溢・珍寶滿箱ならざらん。本卦に「妻財」有りて變卦に無ければ、是れ後來利ならず。本卦に無くて變卦に有れば、是れ艱難前頭に在り。原注に曰く、本卦に「妻財」有りて變卦に無ければ、便ち當に趕緊して往きて求むべく、遲くなれば便ち得がたし。本卦に無くて變卦に有れば、便ち當に時機を等待して事を行い、或いは「妻財」爻旺相の年月を看準して、はじめて謀望すべし。「妻財」が日辰と相合して、はじめて手に到る能く。「妻財」が墓庫に逢えば、便ち懐裏に收進すべし。原注に曰く、「妻財」が日辰と相合するの日、および「妻財」爻が墓に入るの日、はじめて財物の手に到るを斷定すべし。
天玄賦上・九 出行の章
坐賈行商,皆為厭貧求富貴;曉行夜算,只因圖利起經營。欲財溢於千箱,須奔馳於萬里。未卜其中之得失,便言路上之行藏。世克應爻,直到地頭無阻節;鬼臨飛位,未離門戶費趦趄。凡占出行,以世為主。旺相吉,無氣凶。世克應,坦然一路無凶兆;應克世,比同旁爻發動來相剋,當有吉凶之辨。若逢財福克我則吉,鬼殺克我則凶。若當世墓凶方,決不可行。
店に坐する商賈・遠路を走る行商は、皆是れ貧窮を厭惡し富貴を追求す。天いまだ亮きに便ち路を趕き、夜に入りて還た帳を算するは、ただ利を圖るが為に意を起し經營すればなり。財物をして千隻の箱籠に滿たさしめんと想えば、便ち萬里の路上に於て奔波するを得ず。いまだ其の中の得失を占出せざるに、先ず路上の行止を説説せん。「世爻」が「應爻」を克せば、一路直到目的地に到りて皆阻礙無し。「官鬼」が飛神の位に臨めば、人は還た門を出でずして遲疑して前せず。原注に曰く、およそ出行を占うは「世爻」を以て主と爲し、旺相は吉、氣無きは凶。「世爻」が「應爻」を克せば、一路坦然として凶兆無し。「應爻」が「世爻」を克せば、便ち旁爻發動の來りて相克すると一樣、分辨して是れ吉是れ凶を須う——若し是れ「妻財」「子孫」の來りて我を克するは是れ吉、「官鬼」凶殺の來りて我を克するは是れ凶。若し正しく「世爻」が墓に入るの凶方に當れば、あれは是れ決然として動身す可からず。
鬼持世上,多是去不成,若子孫發動來解,庶幾可行。如或鬼爻帶貴,必因貴人遲滯,未得起身。鬼加官符、朱雀,必因官事牽連。鬼加白虎、喪門、弔客、死符、病符,恐有喪亡疾病之事。鬼若臨應,到彼謀事,終難成就。
原注接著して曰く、「官鬼」が「世爻」上に持せば、多半是れ往くこと成らず。若し「子孫」發動の來りて解救する有れば、還た差不多に走るべし。若し「官鬼」爻が「貴人」を帶びれば、必是れ貴人の緣故に因りて耽擱し、一時身を起す能わず。「官鬼」に「官符」「朱雀」を加えれば、必是れ官司に牽連せられたり。「官鬼」に「白虎」「喪門」「弔客」「死符」「病符」を加えれば、恐怕喪亡疾病の事有らん。「官鬼」若し「應爻」に臨めば、あれはばあの邊に到りて事を辦ずとも、終究して成就しがたし。
世爻更值空亡,出往終難成就。世若逢空,多是去不成;縱然強去,終是不得意而回。凡占,必須看何人。若本身出,最忌世空。因經商出行,可謂大凶,必主陷本他鄉,徒勞奔走。若九流藝術,及公家勾當人占,反為吉,但空手得財,不能聚也。
「世爻」再び「空亡」に落つれば、此行終究して成就有りがたし。原注に曰く、「世爻」若し空に逢えば、多半往くこと成らず。縱い勉强して往かんと要すと雖も、最後も亦是れ意を得ずして回る。およそ占は必ず是れ誰に替りて占うを看るを須う。若し是れ本人の出門、最も「世爻」の空に落つるを忌む。經商に因りて出行してこの種の卦に遇上れば、大凶と謂ふべし、必ず主として本錢は外鄕に陷り、徒勞奔走の一場なり。若し是れ九流術藝の人、および公家に替りて差を辦ずる人の來りて占うは、反りて是れ吉——不過是れ空手にして財を得、聚め住む能わざるのみ。
子孫動,則路逢好侶;官鬼興,則途遇凶人。子孫持世,吉無不利,必主善去吉回;若發動,必逢好侶。官鬼為凶人,發動克世,為害非輕,休囚受制,終無大事。父母休囚,揹負一琴登蜀道;妻財持世,腰纏十萬上揚州。父母為行李。旺相則多,休囚則少;一琴一劍,言其少也。妻財為錢鈔。財爻旺相,則腰纏十萬貫,言其多也。
「子孫」發動せば、路上に好同伴に遇ふ。「官鬼」興起せば、途中に凶人に遇ふ。原注に曰く、「子孫」が「世爻」を持てば、吉利ならざる無し、必ず主として平安に往き順利に回る。它若し發動せば、必定に好同伴に遇上らん。「官鬼」は凶人を代表し、發動して「世爻」を克せば、害を爲すこと輕からず。若し它休囚して制を受ければ、終究して大事無し。「父母」爻休囚せば、便ちただ一張の琴を背負りて蜀道を走る。「妻財」が「世爻」を持てば、便ち腰に十萬貫を纏りて揚州に上る。原注に曰く、「父母」は行李を代表し、旺相なれば則ち行李多く、休囚なれば則ち少なし、「一琴一劍」是れ少なきを形容す。「妻財」は錢鈔を代表し、「妻財」爻旺相なれば便ち腰に十萬貫を纏る、是れ多きを形容す。
馬爻發動坤宮,遇吉神,則驛程安逸;木位交重坎位,加白虎,則舟揖傾危。馬在坤象動,必陸路行,更加青龍,一路自然安逸;木在水上動,必是水程,若加白虎,恐遭風浪顛覆之憂。五位逢空,路上淒涼無旅店;六爻臨鬼,地頭寂寞有憂愁。
「驛馬」爻が坤宮に發動し、又吉神に遇えば、一路の驛程安逸なり。木爻が坎位に重曡交動し、再び「白虎」を加えれば、便ち舟船傾覆の危有り。原注に曰く、「驛馬」が坤象上に發動せば、必定に陸路を走り、再び「青龍」を加えれば、一路自然に安逸なり。木爻が水上に發動せば、必定に水路を走り、若し「白虎」を加えれば、恐怕風浪顛覆の憂に遭遇せん。第五爻が空に落つれば、路上凄涼にして旅店を找り到らず。第六爻に「官鬼」臨めば、目的地に到りてもまた冷清にして憂愁す。
初爻空亡無腳子,二爻空亡身有阻;三爻空亡伴侶稀,四爻空亡難出戶;五爻若也值空亡,旅店荒涼受辛苦;更看六爻若逢空,地頭寂寞無人住。六爻俱不落空亡,任意揮鞭千里去。以上論空亡者,不可一概論,必從吉凶分別。凡吉神空則凶,凶神空則吉。依此推之,萬無一失。
原注は歌訣を引きて六爻の空に落つるを分論す。初爻が空に落つれば、脚夫の担を挑く無し。二爻が空に落つれば、本身阻礙有り。三爻が空に落つれば、同伴稀少なり。四爻が空に落つれば、門を出でがたし。第五爻若しも「空亡」に落つれば、旅店荒涼にして一路受苦す。再び第六爻若し空に逢うを看れば、目的地冷清にして人の住む無し。六爻皆「空亡」に落ちざれば、便ち任意に鞭を揚げて千里に往くべし。原注また曰く、以上の「空亡」に落つるを講ずるは、一概に論ず可からず、必ず吉凶に按じて分かちて看待するを須う——およそ吉神の空に落つれば便ち凶、凶神の空に落つれば便ち吉。かくのごとく推して往けば、萬無一失なり。
占出行,不宜見官鬼,六爻遇之,皆不利。初爻:主腳痛。二爻:身有災。三爻:伴侶有疾。四爻:去後戶庭有官事相纏。五爻:道路梗塞。六爻:地頭不利,不得意而歸。參詳一卦吉凶,推究六神持克。青龍臨財發動,滿載而回;朱雀官爻發動,必有是非口舌;勾陳臨水動,必有雨水;螣蛇帶鬼,必有憂驚怪異;白虎帶殺,必有疾病;玄武臨財,必有失脫。以上凶神,持世克世,最忌;旺相亦忌;休囚受制,庶無大事。金爻持世,豈宜遠涉南方;木位安身,唯利高登北闕。南方屬火,金畏之,故不宜往;北方屬水,水生木,故宜去。餘仿此例。
原注に曰く、出行を占うは「官鬼」を見るに宜しからず、六爻中哪一爻に遇上るも皆利ならず——初爻は、主として脚痛す。二爻は、本身災有り。三爻は、同伴病有り。四爻は、人の走り去るの後家裏に官司の身に纏ふ有り。五爻は、道路阻塞す。六爻は、目的地利ならず、ただ意を得ずして歸る能くのみ。一卦の吉凶を參詳せんと要せば、還た六神の如何に爻を持ち如何に相克するを推究するを須う。原注に曰く、「青龍」が「妻財」に臨みて發動せば、滿載して歸る。「朱雀」が「官鬼」爻に臨みて發動せば、必ず是非口舌有り。「勾陳」が水爻に臨みて發動せば、必ず雨水に遇ふ。「螣蛇」が「官鬼」を帶びれば、必ず憂驚怪異有り。「白虎」が凶殺を帶びれば、必ず疾病有り。「玄武」が「妻財」に臨めば、必ず失竊有り。以上の這些の凶神は、最も它们の「世爻」を持ち或いは「世爻」を克するを忌み、旺相もまた忌む。若し休囚して制を受ければ、便ち大事無し。金爻が「世爻」を持てば、哪裏に遠行して南方に適せんや。木爻が身を安ずれば、ただ北上して京城に利有り。原注に曰く、南方は火に屬し、金はそれを畏懼す、それ故に前往するに宜しからず。北方は水に屬し、水は能く木を生ず、それ故に往くに宜し。其の餘は此の例に照らして推さる。
天玄賦上・十 行人の章
秋風颯颯,動行人塞北之悲;夜月沉沉,興遊客江南之夢。剔銀燈,喜占音候;當金釵,為卜歸期。若問子孫,須要福神生旺;或占父母,不宜印綬空亡。父母出行看父母,子孫出行看子孫,兄弟朋友皆看兄弟,奴僕亦看子孫。吉神臨之吉,凶神臨之凶。
秋風颯颯として響きて、遠行人の塞北の悲思を撩動す。夜月沉沉として低垂し、游子の江南の舊夢を勾起す。人の銀燈を挑亮して、歡喜して音信を占問する有り。人の金釵を典當して、是れ一個の歸期を卜するが為なり。若し兒女を問えば、須く「子孫」この福徳の神の生旺するを須う。若し父母を占えば、便ち「父母」この印綬の爻の「空亡」に落つるに宜しからず。原注に曰く、父母の出門は「父母」爻を看、子女の出門は「子孫」爻を看、兄弟朋友は皆「兄弟」爻を看、奴僕もまた「子孫」爻を看る。吉神の上に臨めば便ち吉、凶神の上に臨めば便ち凶。
應動青龍克世,行人立至;父臨朱雀爻交,音信須來。應動克世即來,世動克應未來。青龍臨應動,行人立至。動世克動應,行人往他處。若世應俱靜,但看生剋制化。若世生應克應,決未來;應生世克世,身雖未動,已有歸意。但看沖動月日起程,生旺日必到。父母、朱雀,皆為音信,若見發動,必有信至。克世來速,世克來遲。若當五爻動,有信在路。帶天喜吉神克世,是喜信;加大殺凶神克世,是凶信。若父母朱雀動處逢空,音信雖有,被人沉匿;父母並勾陳發動,音信雖有,帶書有耽擱,稽遲未到也。
「應爻」發動して「青龍」が來りて「世爻」を克せば、行人は馬上に到らん。「父母」が「朱雀」に臨みて爻交動せば、音信は一定に來らん。原注に曰く、「應爻」發動して來りて「世爻」を克するは便是れ將に來らんとす、「世爻」發動して往きて「應爻」を克するは便是れ來らず。「青龍」が「應爻」に臨みて動けば、行人は立刻に到る。發動の「世爻」が發動の「應爻」を克せば、行人是れ別處に往きしなり。若し世應皆安靜なれば、便ちただ彼此の生克制化を看る。若し「世爻」が「應爻」を生じ或いは「應爻」を克せば、斷定して還た來らず。若し「應爻」が「世爻」を生じ或いは「世爻」を克せば、人雖も還た動身せずと雖も、已に回來の意思有り、ただそれを衝動する月日を看れば便是れ起程の期、生旺の日に到りて必定に抵達す。「父母」と「朱雀」と皆音信を代表し、ただ它们の發動を見れば、必ず信の來る有り。它们が「世爻」を克せば、信は來ること快し。「世爻」が它们を克せば、信は來ること慢し。若し第五爻に發動せば、是れ信は已に路上に在り。「天喜」等の吉神を帶びて「世爻」を克せば、是れ喜信。「大殺」等の凶神を加えて「世爻」を克せば、是れ凶信。若し「父母」「朱雀」の發動の處また空に逢えば、音信は雖も有ると雖も卻て人に扣下せられ、「父母」と「勾陳」と一同發動せば、音信は雖も有ると雖も、信を捎ぶ人は卻て耽擱して、遲遲として到らず。
欲知車馬將回,須看門戶;要卜舟船未發,但看地頭。初爻足,二爻身,身足俱動則來。三四為門戶,動則速至。五爻動在途。六爻動在地頭。凡旺動則來速,發動無氣則來遲。或用爻,或應爻,於門戶上動,行人即到。凡動爻亦有吉凶,若動爻克應克用,雖當門戶、亦有遲滯。
車馬の是れ將に回來せんとするや否やを知らんと要せば、須く三爻・四爻のこ の兩個の門戸の位を看るを須う。舟船の是れ還た出發せざるやを卜せんと要せば、便ち第六爻のこ の目的地の位を看る。原注に曰く、初爻是れ脚、二爻是れ身、身と脚の兩爻皆動けば、人は便ち來らんと要す。三・四爻是れ門戸、一たび動けば便ち快到す。第五爻動けば、人は還た途中に在り。第六爻動けば、人は還た目的地に在り。およそ旺相にして動けば、來ること快し。雖も發動すと雖も卻て氣無ければ、來ること慢し。是れ用爻たりと還た是れ「應爻」たりとを論ぜず、ただ門戸の位上に發動すれば、行人は立刻に到る。不過發動の爻もまた各々吉凶有り。若し動爻の往きて「應爻」を克し用爻を克せば、あれはば即便已に門戸の位に到ると雖も、還た遲滯有り。
陰官際遇螣蛇,當有還鄉之夢;咸池若臨玄武,恐逢覓水之歡。陽鬼會螣蛇,當有虛驚;陰鬼會螣蛇,當有夜夢。若在內動,此是家人夢見人回;在外動,必行人有還家之夢。其夢決於鬼生旺日,重動已過,交動未來。用爻若加咸池玄武,行人主有外情牽惹不歸。
陰性の「官鬼」が「螣蛇」に遇上れば、當に還鄕の夢有るべし。「咸池」若し「玄武」に臨めば、恐怕外に在りて別に花を尋ね柳を問ふの歡好有らん。原注に曰く、陽の「官鬼」が「螣蛇」に會せば、當に虛驚有るべし。陰の「官鬼」が「螣蛇」に會せば、當に夜夢有るべし。若し內卦に發動せば、是れ家裏人の行人の回來を夢見し。外卦に發動せば、必是れ行人自ら家に還るの夢を做りし。こ の夢は哪一天に發生するは、便ち「官鬼」生旺の日に取决す。若し是れ重動なれば、夢は已に做り過ぎたり。若し是れ交動なれば、夢は還た到らず。用爻若し「咸池」「玄武」を加えれば、主として行人外に在りて別に情緣の牽扯有り、因りて歸らず。
兄弟動則多費盤纏,官鬼興則不諧同侶。兄弟若當權旺動,決然多費盤纏。若更化兄弟,不免有兩倍之費;不然有分爭之患,休囚無氣稍輕。兄化為鬼,行李至中途必有變,不可託人。若財化兄弟,或加玄武,多是被人誆騙。兄弟若逢刑剋,無害。若官鬼旺,或兄弟空,必路無伴侶,獨自登程。
「兄弟」爻發動せば、便ち盤纏を多花するを須う。「官鬼」爻興起せば、便ち同伴と合はず。原注に曰く、「兄弟」若し當權旺相にして發動せば、一定に盤纏を多費す。若し它又「兄弟」を變出せば、雙倍の錢を花するを免れず、不然なれば便ち爭執の患有り。若し休囚氣無ければ、情形稍々輕し。「兄弟」が變じて「官鬼」と成れば、行李は半路に到りて必定に事を出す、別人に托付す可からず。若し「妻財」が「兄弟」を變出し、或いは再び「玄武」を加えれば、多半是れ人に誆騙せられたり。「兄弟」若し刑克に逢えば、便ち妨害無し。若し「官鬼」旺相にして、或いは「兄弟」空に落つれば、あれは必定に路上同伴無く、ただ獨自登程する能くのみ。
更被凶神持克,須防世墓空亡;若有吉曜來臨,庶免身遭否塞。若作出行人本名占,最忌官鬼、白虎、大殺動來克世,及怕世墓、世空。自身有疾,患難有險。若占他人,怕鬼傷克用爻,及用爻入墓、空亡,須防危難。若得子孫旺動,貴人及解神來相解,或日辰刑沖凶神,庶免身遭否塞。
若し再び凶神に世を持ち世を克せられれば、便ち「世爻」の墓に入ると「空亡」に落つるとを提防するを須う。若し吉星の來臨有れば、はじめて身の困厄阻塞に遭ふを免る可し。原注に曰く、若し是れ出行人本人の名義を用いて來りて占うは、最も「官鬼」「白虎」「大殺」の發動して來りて「世爻」を克するを忌み、また「世爻」の墓に入り「世爻」の空に落つるを怕る——あれはば自身は病を生じ、患難中に危險有らん。若し占う所是れ別人なれば、便ち「官鬼」の用爻を傷克するおよび用爻の墓に入り「空亡」に落つるを怕り、須く危難を防ぐべし。若し「子孫」旺相發動を得る能く、「貴人」と「解神」との來りて解救する有り、或いは日辰があの凶神を刑衝せば、はじめて身の困厄に遭ふを免る可し。
動爻值退,登程復返他鄉;應位逢沖,觸景方思故里。丁丑、丁未、壬辰、壬戌,四者為退神。凡用爻及動爻逢退神,行人登途,仍復返去。若動爻逢空,亦作返去斷。看在哪位爻上空,便知何地轉去。要知行幾里回去,但依生成數推斷,生旺倍加,死絕減半。六爻不動,本無歸意。若日辰沖動應爻,必是睹物思歸。
動爻が「退神」に値せば、行人は路に上りて又他鄕に折回す。「應爻」の位衝に逢えば、是れ他が景に觸れ情を生じてはじめて故鄕を想起せしなり。原注に曰く、丁丑・丁未・壬辰・壬戌のこ の四個是れ「退神」。およそ用爻および動爻が「退神」に逢えば、行人は路に上りて仍舊折返するを要す。若し動爻が空に逢えば、また折返に照らして斷ず。是れ哪一位の爻が空に落つるを看れば、便知る它が甚麼地方に在りて轉回るを。幾多里を走りてはじめて回頭するを知らんと要せば、便ち河圖の生成の數に依りて推斷す。生旺の地に處せば加倍し、死絶の地に處せば減半す。六爻皆動かざれば、本來便ち回來の意思無し。若し日辰が「應爻」を衝動せば、必定是れ甚麼景物を看見してはじめて歸心を動かせしなり。
勾陳發動,若逢位上便淹留;折殺交重,須向途中防跌撲。勾陳發動,必主淹留。若在地頭,未能起離;若在五爻動,半路人留。勾陳旺動,克持用爻及應爻,行人卒急難來。折傷煞云:折傷四體要君知,正月雞棲逆向離;生怕高枝防跌撲,此爻發動恐顛危。謂正月從酉上逆行也。
「勾陳」發動せば、行人は其の所在の爻位に走り到りて便ち滯留せん。「折傷煞」重曡交動せば、途中に跌跤摔傷を提防するを須う。原注に曰く、「勾陳」發動せば必ず主として滯留す——若し第六爻に在れば、人は還た目的地を離れ得ず。若し第五爻に發動せば、是れ半路上に人に留住せられたり。「勾陳」旺相にして動き、又克制し或いは用爻と「應爻」とを持住せば、行人は一時急切の間に到來しがたし。「折傷煞」の歌訣に曰く、手足四肢の折傷は你に留意せしめんと請ふ、正月は酉のこ の雞棲の位より起り、逆に數えて離位に向かふ。最も高枝上に爬到るを怕れ、跌扑摔落を防ぐを須い、こ の一爻發動せば、恐らく顛仆の危有らん。原注に曰く、此れ是れ正月に酉位より起りて逆行するを講ず。
妻財旺動,加玄武,則杳絕音書;福德興隆,遇青龍,則豐盈財寶。財興克父,玄武動傷朱雀,若相併而動,主音書杳絕。望信須看世應中,信來兩處起交重;他興我靜魚傳信,我動他安雁絕蹤。子孫乃福德之神,遇青龍則滿載而回。
「妻財」旺相發動し、又「玄武」を加えれば、音信便ち斷絶無蹤す。「子孫」この福徳の爻興旺し、又「青龍」に遇えば、財寶便ち豊盈す。原注に曰く、「妻財」興起すれば「父母」を克せん、「玄武」發動すれば「朱雀」を傷らん、兩者若し併びて一處に在りて發動せば、便ち主として音信杳無す。原注また歌を引きて曰く、信を盼ぐは「世爻」「應爻」の間を看るを須い、信の來る時兩處皆交動有るを須う。對方のあの一爻興發して我が這邊安靜なれば、便ち魚の尺素を傳ふ有り。我が這邊動きて對方安靜なれば、鴻雁便ち蹤跡を絶つ。「子孫」是れ福徳の神、「青龍」に遇上れば便ち滿載して歸る。
欲詳物數,五行妻位興衰;要決歸期,六合動爻生旺。要知物數,但看財臨五行。旺相多,休囚少,逢生倍加,受克減半。數目照河圖數取,水一、火二、木三、金四、土五。動爻屬金,期在巳日,並申酉日,可到。餘仿此例。錦城雖云樂,不如早還家;茅屋未為貧,但願安樂業。
帶回する幾多の東西を詳細に知らんと要せば、便ち「妻財」の位の哪一行に屬し是れ興是れ衰を看る。歸期を斷定せんと要せば、便ち「六合」と發動の爻との何時生旺を看る。原注に曰く、物數を知らんと要せば、ただ「妻財」の臨む所の五行を看る——旺相なれば便ち多く、休囚なれば便ち少なく、生に逢えば加倍し、克を受ければ減半す。數目は河圖の數に按じて取る。水は一、火は二、木は三、金は四、土は五。若し發動の爻が金に屬せば、歸期は便ち巳日に在り、および申日・酉日に到るべし。其の餘は此の例に照らして推さる。末に賦文感慨す。錦官城雖も快樂と説うとも、早く家に回るに如かず。茅屋に住むもまた貧窮と算するに足らず、ただ願はくは安居樂業せんことを。
卜筮全書卷之七 天玄賦下
天玄賦下・十一 家宅の章
要察卦爻內外,可知人宅興衰。內三爻為宅,外三爻為人。宅去克人,主病患連年,擊括多端;人去克宅,主修居創屋,整舊更新。內卦旺,屋宅多;外卦旺,人丁夥。初觀住宅之根基,相連井位;次睹華堂之境界,兼接灶司。
ただ卦爻の內外を考察せば、便ち人口と宅舍との興衰を知る可し。原注に曰く、內三爻は宅舍を代表し、外三爻は人口を代表す。宅が往きて人を克せば、主として連年病患して、牽累紛擾斷えず。人が往きて宅を克せば、主として屋を修め房を蓋い、舊きを整治して一新す。內卦旺なれば、房屋多し。外卦旺なれば、人丁衆し。先ず初爻を看る、あれは是れ住宅の根基、又水井の位置に連る。再び二爻を看る、あれは是れ廳堂の境界、同時に還た兼ねて竈神を管す。
初爻住宅基址。帶財福吉。井亦相連初爻。屬土則渾濁;水則清冷盈溢;木則井上有樹;火則泉水常幹;金則沉瑩香潔;帶鬼逢空必廢井。二爻為堂屋。生旺則深沉廣闊,無氣則窄狹低猥。帶青龍龍德貴人,必新創整齊;加白虎刑沖剋害,必舊居破敗。二爻灶亦兼焉。生旺則灶修爨鬧,休囚則灶冷無煙。朱雀帶官,定有灶前咒咀,鬼連白虎,須防膿血淋漓。
原注に曰く、初爻是れ住宅の地基、「妻財」「子孫」を帶ぶるを吉と爲す。水井もまた初爻上に連る——初爻が土に屬せば、井水渾濁す。水に屬せば、井水清冷にして滿溢す。木に屬せば、井邊に樹有り。火に屬せば、泉水常に乾く。金に屬せば、井水澄澈瑩潔にして甘香なり。若し「官鬼」を帶び又空に逢えば、必ず是れ一口の廢井なり。二爻是れ堂屋、生旺せば則ち廳堂深廣、氣無ければ則ち狹窄低矮雜亂なり。「青龍」「龍德」「貴人」を帶びれば、必ず是れ新蓋にして整齊。「白虎」および刑衝克害を加えれば、必ず是れ舊屋破敗なり。二爻同時に還た兼ねて竈を管す。生旺せば則ち竈臺整修し炊事熱鬧し、休囚せば則ち竈冷えて煙無し。「朱雀」が「官鬼」を帶びれば、定めて人の竈前に咒罵する有り。「官鬼」が「白虎」に連れば、須く膿血淋漓の傷病を防ぐべし。
三門若值官爻,不離五行分剖;四戶倘臨鬼殺,須加六獸參詳。三爻為大門。與太歲日辰生合,其向大利;與太歲日辰刑沖,其向不吉。帶財福、青龍、吉神動者,決主門庭清吉,人口康寧;加官鬼、白虎、凶神動者,多招口舌官非,迍邅惱聒。加兄弟者,主破耗多端,資財不聚。加父化父者,一合兩樣門扇。逢刑沖或加破軍,必有破壞。
三爻のこ の大門の位若し「官鬼」爻に値せば、便ち五行を用いて剖分するを離れず。四爻のこ の中門の位倘若「官鬼」凶殺に臨めば、還た六獸を加えて參詳するを須う。原注に曰く、三爻是れ大門——太歲・日辰と相生相合せば、門の朝向大いに利有り。太歲・日辰と相刑相衝せば、朝向便ち不吉。「妻財」「子孫」「青龍」等の吉神を帶びて發動するは、一定に主として門庭清吉・人口康寧す。「官鬼」「白虎」等の凶神を加えて發動するは、多く口舌官非を招き、處境艱難にして聒噪煩人す。「兄弟」を加えるは、主として破耗多端にして、錢財聚め住まず。「父母」を加え又「父母」を變出するは、是れ一副の門に兩樣の門扇を装めたり。刑衝に逢い或いは「破軍」を加えれば、門は必定に破損有り。
以上動者甚,靜者輕。若三四爻相沖,有兩門相穿,不生財。第四爻為戶,即中門。帶吉神動吉,連凶煞動凶。五為道路之爻,六為棟樑之位。五爻為路。與世合,則委曲有情;與世沖,則直長帶殺。六爻為棟樑牆壁。帶青龍,則新創整齊;加白虎,則崩頹破敗。
原注に曰く、以上の這些の情形は、爻の發動するは應驗重く、安靜のは應驗輕し。若し三爻と四爻と相衝せば、便是れ兩道の門直對して相穿ち、財を聚めず。第四爻是れ戸、すなわち中門なり。吉神を帶びて動けば便ち吉、凶煞に連りて動けば便ち凶。第五爻是れ道路の爻、第六爻是れ棟梁の位。原注に曰く、五爻は路と爲す——「世爻」と相合せば、路は便ち曲折して情有り。「世爻」と相衝せば、路は便ち筆直にして長く、煞氣を帶ぶ。六爻は棟梁墻壁と爲す——「青龍」を帶びれば、是れ新造にして整齊。「白虎」を加えれば、便ち崩塌破敗す。
雖辨其中之奧妙,須詳就裡之精微。搜索六爻,總是家庭小事;推明一語,可驚王公大人。月建會青龍,當主婚姻妊喜;喪門加白虎,須憂疾病喪亡。月建:即正月建寅之類。與青龍會合一處發動,主重重喜慶。士夫當加官進祿,庶民則增進錢財,成婚姻產育,無不吉也。
雖然已に其の中の奧妙を辨明せりと雖も、還た裏頭の精微を詳究するを須う。逐爻に搜尋すれば、説く所總じて不過是れ家庭の小事。しかれども一句を推明すれば、亦能く王公大人を吃驚せしむ。月建が「青龍」に會合せば、當に婚姻と懷孕との喜事を主るべし。「喪門」に「白虎」を加えれば、便ち疾病喪亡を憂慮するを須う。原注に曰く、所謂月建は、便是れ正月建寅の這一類。它が「青龍」と一處に會合して發動せば、主として重重の喜慶——士大夫は官を加え祿を進め、平民は則ち錢財を增添し、成婚し生育して、吉利ならざる無し。
喪門、白虎:謂之四利三元,乃凶神。見後凶煞內。若見此爻動者,則有病患連綿,喪亡疊至,種種不祥,自當細審。朱雀空,則門絕官災;勾陳旺,則戶增田業。月建朱雀:正月從巳上順行。在內動,主是非口舌;在外加貴人動,主有文書音信之喜。若帶官符官鬼動者,月內必有口舌官事。
原注に曰く、「喪門」「白虎」は「四利三元」の一系に屬し、皆是れ凶神、起法は後面の凶煞章に見ゆ。若しかくのごとき爻の發動を見れば、便ち病患の連綿・喪亡の接連して至る有り、種種の不祥、自ら應に細細に審察すべし。「朱雀」が空に落つれば、家門は便ち官災を斷絶す。「勾陳」旺相なれば、家裏は便ち田產を增添す。原注に曰く、月建「朱雀」是れ正月巳位より起りて順行す。它が內卦に發動せば、主として是非口舌す。外卦に「貴人」を加えて動けば、主として文書音信の喜事有り。若し「官符」「官鬼」を帶びて動けば、この月內に必ず口舌官司有らん。
又云:月建朱雀,即天燭殺。若與日辰朱雀並動,須防火燭。若朱雀空亡,官事無妨,是非潛伏,火燭消烊。月建勾陳:正月從丑上起順行。帶鬼殺內動,主宅神不安,人口不寧;在外動,謀事多見遲滯。若臨財爻旺動克世,其月內必有增進產業之象。更加日建青龍,必然廣置田園,橫發錢穀,大利田土之事。
原注また曰く、月建「朱雀」便是れ「天燭殺」、它若し日辰の「朱雀」と一同發動せば、須く火燭の災を防ぐべし。若し「朱雀」が「空亡」に落つれば、官事は便ち妨礙無く、是非潛伏して發せず、火燭の憂もまた消解す。月建「勾陳」是れ正月丑位より起りて順行す。它が「官鬼」凶殺を帶びて內卦に發動せば、主として家宅の神不安・人口不寧す。外卦に發動せば、事を謀るに多く遲滯有り。若し它が「妻財」爻に臨みて旺相發動して「世爻」を克せば、この月內に必ず產業を增添するの象有り。再び日建「青龍」を加えれば、必然に田園を廣置し、意外に錢穀を發得し、大いに田土の事に利有り。
玄武須防盜賊,加咸池必有私情;螣蛇本主虛驚,遇陰鬼多生怪夢。月建玄武:正月從亥上順行。在內動,主有奴婢走失;在外加鬼殺動,主有穿窬割壁之賊。若玄武與咸池同鄉,主陰私淫亂之事。動來合世,宅長必然不正;若臨財爻,其妻必淫;若臨父母,出處卑賤。或臨福德及第六爻,皆主奴僕有陰私之事。若逢生旺,其事張揚;或值休囚,猶可隱匿;如逢沖散,必然被人說破,不復作矣。
「玄武」は盜賊を提防するを須い、它再び「咸池」を加えれば必ず私情有り。「螣蛇」は本來主として虛驚、陰性の「官鬼」に遇上れば多く怪夢を做る。原注に曰く、月建「玄武」是れ正月亥位より起りて順行す。它が內卦に發動せば、主として奴婢の逃走去る有り。外卦に「官鬼」凶殺を加えて動けば、主として墻を翻り壁を割くの盜賊有り。若し「玄武」が「咸池」と同じ一處に在れば、主として陰私淫亂の事。發動して來りて「世爻」を合せば、家長必定に行爲正ならず。若し「妻財」爻に臨めば、其の妻は必ず淫なり。若し「父母」爻に臨めば、其の出身卑賤なり。或いは「子孫」および第六爻に臨めば、皆主として奴僕に陰私の事有り。こ の類の事若し生旺に逢えば、便ち張揚して開去するを須う。若し休囚に値せば、還た遮掩する能く。若し衝に逢いて散ぜば、必定に人に説破せられ、從此更に做らず。
凡此章皆是非之端,古人所以具述此事者,既造精微之地,不得不言,後學不可妄談。暗藏胸中,以為觀人邪正之法,不宜輕洩。月建螣蛇:正月從辰上逆行。若動,主有牽連事至。遇陰鬼,主夜生怪夢。克世臨世,宅長夜夢不安;克應臨應,宅母夢寐不寧。
原注特に叮嘱す。こ の一章の所講は皆是れ是非の端由、古人のこれらを一一説明せし所以は、是れ既に精微の處に探究到れば、便ち講らざるを得ず。後學の人は卻て拿りて亂説す可からず、ただ應に胸中に暗記し、人品の邪正を觀察するの方法と作爲し、輕易に泄露するに宜しからず。月建「螣蛇」是れ正月辰位より起りて逆行す。它若し發動せば、主として牽連の事の到來有り。陰性の「官鬼」に遇えば、主として夜裏怪夢を生ず。它が「世爻」を克し或いは「世爻」に臨めば、家長は夜裏睡り安穩ならず。「應爻」を克し或いは「應爻」に臨めば、主婦は睡夢寧まらず。
卦列六十四象,怪分一十二宮。六十四卦之中,其怪不過十二宮分。子動鼠怪、寅卯申狐狸怪、巳動蛇怪、午動火光怪、酉是雞怪、戌是狗怪、辰丑未是虛響怪。凡怪爻動處,逢沖則無害也。推占六爻,全憑四季。訣曰:怪爻季是兩頭居,仲月逢之二五隨;三四怪爻當孟月,動成駭怪靜無之。殺神在世災應實,鬼殺傷身禍不虛;更被官爻持世上,怕逢衰病患難除。
卦に六十四象有り、家中の怪異は十二宮に分屬す。原注に曰く、六十四卦の中、怪異は不過十二地支の分に歸入す——子爻動は是れ鼠怪、寅・卯・申爻動は是れ狐狸怪、巳爻動は是れ蛇怪、午爻動は是れ火光の怪、酉是れ雞怪、戌是れ狗怪、辰・丑・未是れ無形の響動の怪。およそ怪を主る爻の發動の處、若し衝に逢えば便ち害無し。六爻を推占するは、全く四季に憑りて定む。原注は訣を引きて曰く、怪を主る爻は季月は初・上の兩頭に落ち、仲月は則ち二爻・五爻に隨い、三爻・四爻の怪爻は孟月に應ず。これらの爻動けば便ち駭人の怪異を成し、靜にして着れば便ち事無し。凶殺の神が「世爻」上に在れば、災應は便ち實處に落着す。「官鬼」凶殺が「身爻」を傷れば、禍事は便ち虚ならず。再び「官鬼」爻に「世爻」上に持せられれば、便ち衰病に遇上るを怕れ、纏綿して除きがたし。
以上所言怪爻,須憑四季。取季月初爻六爻動為怪,仲月二五爻動為怪,孟月三四爻動為怪。其餘發動,不可亂言。既有淺深之辯,莫辭禍福之分。凡有怪異,亦有淺深。怪淺禍亦淺,怪深禍亦深。禍福於斯可辨。
原注解釋して曰く、以上の所講の怪爻は、須く四季に憑りて取るを須う——季月は初爻・第六爻の發動を取りて怪と爲し、仲月は二爻・五爻の發動を取りて怪と爲し、孟月は三爻・四爻の發動を取りて怪と爲す。其の餘各爻の發動は、便ち亂りに怪と説く可からず。既然怪異に深淺の別有れば、便ち煩を嫌うなかれ、還た其の帶來する禍福を分辨するを須う。原注に曰く、およそ怪異有るもまた深淺を分かつ——怪異輕ければ、禍もまた輕し。怪異重ければ、禍もまた重し。禍福は此處より便ち分辨すべし。
世在游魂,常有遷移之意;身居墓庫,終無起離之時。占宅:得游魂卦,主居處不定,常有遷移之意。占移居:怕見世爻入墓,雖言移,終不能動身。外卦興隆,徙舍須云大吉;內爻旺相,移居必見災殃。立春:艮旺、震相、巽胎、離沒、坤死、兌囚、乾休、坎廢。春分:震旺、巽相、離胎、坤沒、兌死、乾囚、坎休、艮廢。立夏:巽旺、離相、坤胎、兌沒、乾死、坎囚、艮休、震廢。夏至:離旺、坤相、兌胎、乾沒、坎死、艮囚、震休、巽廢。
「世爻」游魂卦に落つれば、此人は常に搬遷の念頭有り。「身爻」墓庫に處せば、終究して身を動かし離去するの時無し。原注に曰く、住宅を占いて游魂卦を得れば主として居處定まらず、常に遷移を想ふ。搬家を占いて、便ち「世爻」の墓に入るを見るを怕る、雖も口に搬たんと説うとも、終究して身を動かす能わず。外卦興旺せば、搬家は大吉と稱すべし。內爻旺相なれば、搬家は必ず災殃を見ん。原注此處に八卦の節氣に隨て輪轉する八種の氣數を列出す——旺・相・胎・沒・死・囚・休・廢、盛より衰に由りて依次に排列し、以て某一卦の當令時節に得氣するや失氣するやを判斷す。立春の後、艮卦當旺、震卦次と爲りて相、巽卦胎に處し、離卦沒に處し、坤卦死に處し、兌卦囚に處し、乾卦休に處し、坎卦廢に處す。春分の後、震卦當旺、巽卦相と爲り、離卦胎に處し、坤卦沒に處し、兌卦死に處し、乾卦囚に處し、坎卦休に處し、艮卦廢に處す。立夏の後、巽卦當旺、離卦相と爲り、坤卦胎に處し、兌卦沒に處し、乾卦死に處し、坎卦囚に處し、艮卦休に處し、震卦廢に處す。夏至の後、離卦當旺、坤卦相と爲り、兌卦胎に處し、乾卦沒に處し、坎卦死に處し、艮卦囚に處し、震卦休に處し、巽卦廢に處す。
立秋:坤旺、兌相、乾胎、坎沒、艮死、震囚、巽休、離廢。秋分:兌旺、乾相、坎胎、艮沒、震死、巽囚、離休、坤廢。立冬:乾旺、坎相、艮胎、震沒、巽死、離囚、坤休、兌廢。冬至:坎旺、艮相、震胎、巽沒、離死、坤囚、兌休、乾廢。以上八卦之休旺。凡占移居,外卦旺,宜遷;內卦旺,宜守。反之必見災殃。
立秋の後、坤卦當旺、兌卦相と爲り、乾卦胎に處し、坎卦沒に處し、艮卦死に處し、震卦囚に處し、巽卦休に處し、離卦廢に處す。秋分の後、兌卦當旺、乾卦相と爲り、坎卦胎に處し、艮卦沒に處し、震卦死に處し、巽卦囚に處し、離卦休に處し、坤卦廢に處す。立冬の後、乾卦當旺、坎卦相と爲り、艮卦胎に處し、震卦沒に處し、巽卦死に處し、離卦囚に處し、坤卦休に處し、兌卦廢に處す。冬至の後、坎卦當旺、艮卦相と爲り、震卦胎に處し、巽卦沒に處し、離卦死に處し、坤卦囚に處し、兌卦休に處し、乾卦廢に處す。以上便是れ八卦の休旺の次第。原注に曰く、およそ搬家を占うに、外卦旺なれば便ち遷走に宜しく、內卦旺なれば便ち舊を守るに宜し。反りて做せば、必定に災を招く。
青龍外動宜遷,白虎外動宜靜。大抵青龍為吉,白虎為凶。守舊遷移,隨其變動,而作趨避。刑害翻成六合,挈家去後亨通;游魂化入歸魂,返舍回來大吉。占移居,得三刑六害卦,本非吉兆;若變得六合卦,去後必亨。游魂化歸魂,必當仍還舊地,乃為大吉。欲遂遷居之志,須求分燭之鄰。初爻為左鄰後鄰,四爻為右鄰前鄰。加財福吉神,必慈祥愷悌之家;帶鬼殺凶神,乃無籍兇狠之輩。
「青龍」外卦に發動せば、遷走に宜し。「白虎」外卦に發動せば、靜守に宜し。原注に曰く、大抵「青龍」は吉を主り「白虎」は凶を主る、是れ舊を守るか是れ搬遷するかは、便ちこ の兩者の變動に隨て吉に趨り凶を避く。本來刑有り害有るの卦が翻變して「六合」と成れば、あれはば家を擧げて搬り去るの後亨通す。游魂卦變じて歸魂卦に入れば、舊居に返回して大吉。原注に曰く、搬家を占いて「三刑」「六害」を犯すの卦を得れば、本より吉兆にあらず。若し「六合」卦を變出せば、搬り去るの後必定に亨通す。游魂が歸魂に化すれば、必定に仍ほ原地に搬り回るを要し、あれははじめて大吉なり。遷居の心願を遂げんと要せば、還た一家の火を分かち光を借る可き好鄰居を找るを須う。原注に曰く、初爻是れ左鄰と後鄰、四爻是れ右鄰と前鄰——「妻財」「子孫」等の吉神を加えれば、必是れ慈祥和樂の人家。「官鬼」凶殺を帶びれば、便是れ無賴凶狠の輩。
天玄賦下・十二 香火の章
欲究治家之本,莫過敬鬼為先。卦中三爻,總論天神地鬼;其中六獸,可知作福興災。凡占家宅香火之法,以卦中第三爻為主。若褔德臨之,則家神興旺。以六獸推測鬼神,難以言盡。大率吉神宜發動,凶神宜安靜。
家を治めるの根本を推究するに、鬼神を敬奉するより先に在るは無し。卦中の第三爻は、總じて天神と地鬼とを管す。其の中の六獣は、是れ福を降すか是れ災を興すかを看出すべし。原注に曰く、およそ家宅香火を占うの法は、卦中の第三爻を以て主と爲す——若し「子孫」この福徳の爻上に臨めば、家中の神明便ち興旺す。六獣を用いて鬼神を推測すれば、其の中の變化説き盡くす能わず。大体上は、吉神は發動に宜しく、凶神は安靜に宜し。
單拆須辨陰陽,衰旺可推新舊。鬼爻是單,屬陽,乃天神佛像,或祀典正神。鬼爻見拆,屬陰,必是依草附木,暴死傷亡,投河自縊之鬼。欲知人家神像新舊如何,但依衰旺推究。自長生至帝旺,皆可言新;自衰至墓絕,必須言舊。但以衰病略舊,墓絕最舊。
爻の是れ單是れ拆は、須く此に據りて陰陽を分辨し、爻の衰旺は、則ち神像の新舊を推知すべし。原注に曰く、「官鬼」爻若し是れ單、陽に屬すれば、あれは是れ天神佛像、或いは祀典に列入する正神。「官鬼」爻若し是れ拆、陰に屬すれば、あれは必ず是れ草木に依附する野鬼、或いは暴死傷亡・河に投じ自ら縊るの鬼。人家の供する神像是れ新是れ舊を知らんと要せば、ただ爻の衰旺に依りて推究す。長生より帝旺に到りては、皆新しと説く可し。衰より墓・絶に到りては、便ち須く舊しと説かん——衰・病の地に處するは略舊、墓・絶の地に處するは最舊。
要察神前之供器,更詳卦內之鬼爻。鬼位逢金,必主香爐破損;官爻遇木,決然牌位崩摧。欲察供器,但看三爻臨鬼。要更分別五行,自然必中。鬼位逢金,主香爐破碎;鬼爻遇木,主牌位崩摧;鬼爻臨水,神堂上定有漏處;臨火神,位前供具必有一件被火燒者;臨土,必主塵埃滿案,無人拂拭。修葺重新,庶幾六神安穩興隆。
神位前の供器を察看せんと要せば、更に卦內の「官鬼」爻を詳究するを須う。「官鬼」の位金に遇えば、必ず主として香爐破損す。「官鬼」爻木に遇えば、一定是れ牌位崩壞す。原注に曰く、供器を察看せんと要せば、ただ第三爻上に臨む「官鬼」を看、再び其の五行を分別せば、自然に斷じて準し。「官鬼」の位金に遇えば、主として香爐破碎す。木に遇えば、主として牌位崩摧す。水に臨めば、神堂上一定有りて雨漏るの處。火に臨めば、神位前の供具必ず一件火に燒過せらる。土に臨めば、必定是れ香案上灰塵を積滿して、人の擦拭する無し。これらを修整して一新せば、六神はじめて安穩興旺する能く。
十三、六畜の章
若問家先,內宮看鬼崇奉;百神安妥,自然六畜興隆。雞鴨原在初爻,遇青龍,則四時旺盛;貓犬端居二位,加白虎,則兩件難全。初爻雞鴨位。帶鬼或空亡,難為雞鴨。加大小耗,必有狐狸黃鼠所傷;若臨青龍,大吉。二爻為貓犬。寅爻旁動克戌爻,虎傷犬;戌爻克二爻,犬傷貓。貓爻若加吉殺,必善捕鼠;殺帶鬼,家有惡犬。逢空不利。旺空,有狗無貓,有貓無狗,不能兩全。加白虎,必然有傷;帶青龍,必然旺相。
家中の六畜の興衰を占わんと要せば、先ず祖先の香火と家宅の諸神との安頓妥當なるや否やを問ひ一問するを得。內卦三爻上の「官鬼」を看れば、便知る家先の祭祀奉養を受くるや受けざるやを。百神各々其の安を得れば、六畜自然に孳生興旺す。爻位に就きて言えば、雞鴨は初爻に歸屬し、初爻上若し「青龍」を見れば、一年四季皆孳生旺盛す。猫犬は二爻に歸屬し、二爻上若し「白虎」を加えれば、猫と狗との兩樣便ち齊全しがたし。初爻是れ雞鴨の位。此の爻「官鬼」を帶び或いは「空亡」に落つれば、家中は雞鴨を養ひ住めず。再び「大耗」「小耗」を加えれば、必ず狐狸・黃鼠狼に咬傷せられん。若し「青龍」に臨めば、則ち是れ大吉の象。二爻是れ猫犬の位。旁爻の寅木發動して往きて戌土を克せば、寅は虎に屬し戌は犬に屬し、主として虎の犬を傷る。反りて戌爻が二爻を克せば、便是れ犬の猫を傷る。猫爻若し吉神吉煞を加えれば、この猫は必ず善く鼠を捕ふ。凶煞また「官鬼」を帶びれば、家中の養ふは是れ惡犬。二爻空に逢えば六畜に利ならず。若し旺相にして而又空に落つれば、則ち狗有れば便ち猫無く猫有れば便ち狗無く、兩樣兼ね有る能わず。此の爻「白虎」を加えれば必ず損傷有り、「青龍」を帶びれば必然に旺相す。
三四豬羊,怕見官殺兄弟;五六牛馬,喜逢福德妻財。三爻為豬。帶子孫妻財必旺,帶兄弟豬不長。帶官逢空,豬有損失;帶子孫胎爻,其家豬有胎。若見申酉二爻動,或克三爻,豬決有損失。四爻為羊。帶財福則旺;帶鬼殺則損失。逢空無羊。胎養臨爻,則羊母旺;劫殺臨爻,則羯羊多。朱雀臨大殺在兌宮、乾宮動,羊生臊口。遇青龍動則吉;白虎動則凶。
三爻は猪を主り四爻は羊を主る、最も「官鬼」・凶煞・「兄弟」を見るを怕る。五爻は牛を主り六爻は馬を主る、最も「子孫」福徳と「妻財」とを見るを喜ぶ。三爻は猪と爲す。「子孫」「妻財」を帶びれば、猪は必ず肥壯す。「兄弟」を帶びれば、猪は長大せず。「官鬼」を帶び又空亡に落つれば、猪は折損するを須う。「子孫」を帶び而又「胎爻」に逢えば、こ の家の母猪は已に孕有り。若し申・酉兩爻の發動を見、或いは動きて來りて三爻を克せば、猪は一定に損失有り。四爻は羊と爲す。「妻財」「子孫」を帶びれば則ち羊群興旺し、「官鬼」凶煞を帶びれば則ち折損するを須い、空亡に逢えば則ち家中に羊無し。「胎」「養」二神こ の爻に臨めば、母羊多産す。「劫煞」こ の爻に臨めば、則ち閹過しの羯羊居多し。「朱雀」が「大煞」を帶びて兌宮・乾宮に發動せば、羊は臊口の疾を生ずるを須う。此の爻「青龍」發動に遇えば吉と爲り、「白虎」發動に遇えば凶と爲す。
五爻為牛。帶子孫,其家有子母牛;帶胎爻,其家牛有胎。凡遇青龍財福則吉,鬼殺白虎則凶。青龍臨爻,多是水牛;勾陳螣蛇,多是黃牛。若五爻帶金鬼,主牛夜啼;水鬼敗肚;木鬼腳痛;火鬼因觸熱;土鬼時氣發瘴。兄弟化兄弟,與人相合,牛隻旺相。墓庫,老牛;胎養,小牛。六爻為驢馬。帶財福則吉,帶鬼殺則凶。如子日沖午爻,主走熱飲水,火動則無妨。此一爻,依牛爻斷之。
五爻は牛と爲す。「子孫」を帶びれば、家中に母牛の小牛を帶ぶる有り。「胎爻」を帶びれば、家中の母牛は已に犢を懷けり。およそ此の爻「青龍」及び「妻財」「子孫」に遇うを吉と爲し、「官鬼」凶煞と「白虎」とに遇うを凶と爲す。「青龍」五爻に臨めば、養ふ所多是れ水牛。「勾陳」「螣蛇」爻に臨めば、多是れ黃牛。五爻若し金爻の「官鬼」を帶びれば、主として牛の夜裏哀鳴す。水鬼は主として牛の瀉肚し、木鬼は主として牛の脚痛し、火鬼是れ中暑發熱し、土鬼是れ時令の濕熱の氣熏蒸して瘴病を生ず。「兄弟」が「兄弟」を化出するは、是れ人と合伙して牛を養ふ、牛隻は仍として旺相なり。此の爻墓庫の地に在るは是れ老牛、「胎」「養」の地に在るは是れ小牛。六爻は驢馬と爲す。「妻財」「子孫」を帶びれば則ち吉、「官鬼」凶煞を帶びれば則ち凶。譬如子日に卦を占いて午爻を衝動せば、午は馬と爲り、主として馬の奔走發熱して狂に涼水を飲みて病を致す。若し卦中火爻發動せば、火氣助を得、便ち事に妨げず。こ の一爻其の餘の斷法は、一概に牛爻に比照して之を推す。
最嫌本命逢沖,須忌分宮受克。丑爻為牛;寅爻為虎,亦作貓爻斷;午爻為馬;未爻為羊;酉爻為雞;戌爻為犬;亥爻為豬。以上六畜之本命。怕逢鬼殺、大小耗,相刑相剋;又嫌本命空亡,皆主損折狸傷。一云:初雞鴨,二貓犬,三豬四羊,五牛六馬及驢騾。以上乃分宮也。如本命上卦,當看分宮為主。若吉神動來相生則吉,凶殺動來克害則凶。更得日辰扶挾亦吉,若日辰刑沖則凶。能依此斷,萬無一失。
六畜を占うに最も牲畜の「本命」の爻の衝に遭ふを忌み、また其の屬する「分宮」の克を受くるを提防するを須う。所謂本命は、地支の配する畜類に按じて定む。丑爻は牛と爲り、寅爻は虎と爲りこ こに於いてもまた猫爻と作りて斷じ、午爻は馬と爲り、未爻は羊と爲り、酉爻は雞と爲り、戌爻は犬と爲り、亥爻は猪と爲り、こ の幾支便是れ六畜の本命。本命の爻は「官鬼」凶煞と「大耗」「小耗」とに遇うを怕れ、彼此相刑相克するを怕れ、また本命の「空亡」に落つるを怕る。これらを犯せば皆主として牲畜折損し或いは野獸に咬傷せらる。別に一説有りて爻位に按じて宮を分かつ。初爻は雞鴨、二爻は猫犬、三爻は猪、四爻は羊、五爻は牛、六爻は馬及び驢騾、此れ便是れ分宮の法。若し本命の支恰好にも卦中に出現せば、仍ほ當に分宮を以て主と爲して看るべし。吉神發動して來りて分宮を生ずれば則ち吉、凶煞發動して來りて克害せば則ち凶。再び日辰の扶助夾持を得れば亦吉、若し日辰に刑衝せられれば則ち凶。こ の次第に照らして往きて斷ずる能く有れば、萬無一失なり。
命逢生旺,當別吉凶;生旺若逢本命,本為吉兆。卻看臨財福旺相則吉,臨鬼殺大小耗則凶,反不如不旺。凡吉神扶命旺處,六畜必盛;若加鬼殺,得是休囚,庶幾損折亦輕。凡遇本命旺臨財福,卻加大小殺於其上,此主孳牲雖盛,損失亦多,得失相半之兆。不可概論,而斷其吉凶。
本命の爻長生・帝旺に遇えば、還た其の究竟是れ吉是れ凶を分別するを須う。生旺が本命上に落つるは本より好兆頭、但し再び其の臨む是れ甚麼の神を看るを須う。「妻財」「子孫」に臨みて旺相してはじめて吉。「官鬼」凶煞と「大耗」「小耗」とに臨めば反りて凶、あれはば旺ならざるに還た如かず——凶神越え旺なれば、害を爲すこと越え烈し。およそ吉神が本命を扶助して又當旺せば、六畜必定繁盛す。若し本命に「官鬼」凶煞を加えれば、倒れて寧ろそれの休囚無力ならんを、折損もまた輕し。又如本命旺相にして「妻財」「子孫」に臨み、頭上偏に又「大煞」「小煞」を加えれば、此れ是れ牲口雖も孳生すること多しと雖も損失もまた少なからず、得失各半の象。總じて一概に論ず可からず、須く臨む所の神を合看して、はじめて吉凶を斷定すべし。
爻值刑沖,須分表裡。分宮若日辰刑沖,或動爻刑沖,當有吉凶之辨,表裡之分。凡分宮,會財福、青龍則吉,若逢刑沖則凶。若臨鬼殺白虎逢刑沖,反吉。必主前雖損失,以後必然旺盛。大凡旺處逢沖則損,絕處逢沖則散,空處逢沖則不空。
爻刑衝に遇上れば、還た個の表裏正反を分かつを須う。分宮の爻若し日辰に刑衝せられ、或いは動爻に刑衝せられれば、其の中便ち吉凶の別・表裏の分有り。分宮若し「妻財」「子孫」と「青龍」とに會着せば、本より吉象、再び刑衝に遭えば便ち轉じて凶と爲る。若し分宮の臨む是れ「官鬼」凶煞と「白虎」なれば、本より凶象、刑衝に遭えば反りて變じて吉と爲り、主として先前雖も折損有りしと雖も往後必然に興旺す。大凡の規矩是れ、旺相の處衝に逢えば則ち損を受け、絶地の處衝に逢えば則ち渙散し、空亡の處衝に逢えば反りて空ならず。
六獸可知顏色,斟酌相剋相生;八宮細論身形,定奪居中居外。欲知顏色,不過是豬犬牛馬。凡遇六神所臨,六爻安靜,別無沖破,但言一樣顏色。若動相生相剋,方可言雜色。假如玄武臨用爻,被白虎動來克,此乃黑白相間。玄武旺,則黑多;白虎衰,則白少。兩爻衰旺相決,黑白相半。且如青龍臨用爻,白虎動來克,又加勾陳動來生,此乃三色花,黃白黑相間,即玳瑁色。
「六獣」は以て牲畜の毛色を推知すべく、它们の彼此の生克を斟酌すれば便ち得。八宮の卦象は以て牲畜の身形部位を細論し、花色の何處に生ずるを判定すべし。毛色を知らんと要するに、論ず所不過猪・犬・牛・馬の幾樣。およそ六神の臨む所の爻、若し六爻安靜にして別に衝破無ければ、ただ是れ純一の毛色と説く能く。必ず動爻の來りて相生相克する有りて、はじめて是れ雜色と説く可し。譬如「玄武」用爻に臨み、「白虎」の發動して來りて克せられれば、玄武は黑を主り白虎は白を主る、此れ便是れ黑白相間す。玄武旺なれば則ち黑色多く、白虎衰えれば則ち白色少なく、兩爻の衰旺相當せば、便是れ黑白各半。又如「青龍」用爻に臨み、「白虎」動きて來りてそれを克し、又「勾陳」動きて來りてそれを生ぜば、青龍は青を主り白虎は白を主り勾陳は黃を主る、此れ便是れ三色花、黃白黑相間じ、即ち所謂玳瑁色。
乾首、坤腹、離目、坎耳、兌口及尾、艮前足、震後足、巽腰。凡用爻臨玄武在乾象,更無別爻相剋相生,乃是通身黑色;若逢坤象,白虎動來生克,必是黑頭白腹。若遇休囚,其白少;若逢生旺,通腹白。又如勾陳臨用爻,在坤象,被震宮或艮宮白虎動來相剋,乃黃身白腳。震言前腳,艮言後腳。以上略舉一二以為法,其餘分宮仿此推詳。凡占,須以用爻所臨為本身顏色,若遇別爻沖剋及生扶,方可看其在腳言腳,在腰言腰。
八卦各々牲畜の身上の一處を主る。乾は頭、坤は腹、離は眼、坎は耳、兌は口及び尾、艮は前足、震は後足、巽は腰。およそ用爻が「玄武」に臨みて乾卦の象に落ち、又別爻の來りて生し克する無ければ、あれは便是れ通身純黑。若し坤卦の象に落ち、又「白虎」動きて來りて生克有れば、必是れ黑頭白肚。白虎休囚せば、白色便ち少なし。白虎生旺せば、整個の肚腹皆白。又如「勾陳」用爻に臨みて坤象に在り、震宮或いは艮宮の「白虎」動きて來りて相克せられれば、あれは便是れ黃身白脚——底本此處は震は前脚を指し艮は後脚を指すと説き、上文の所列と略異なり。以上不過略々一兩例を擧げて法式と作爲す、其の餘各宮は此に依りて類推す。およそ毛色を占うは、須く先ず用爻の臨む所の六神を以て牲畜本身の底色を定め、若し另に別爻の來りて衝克し或いは生扶する有れば、はじめて屬する所の卦位に按じて部位を分かちて説く可し。克は脚に在れば便ち脚を説き、克は腰に在れば便ち腰を説く。
十四、田蠶の章
家有千鍾,皆出田中之玉粒;庫藏百寶,安如筐內之銀絲。先言農力之勤勞,熟稻豈辜於八月;次論育蠶之節目,植桑不負於三春。凡占農田:以世為田,以應為天。應爻臨水生世,及加青龍玄武生合世爻,豐稔之歲可卜矣。若見應加朱雀,動克世爻,田禾必損。或世臨勾陳,動克應爻,主缺水。若應爻相合比和,看卦中何爻發動,水動生克世吉,火動生克世凶。占蠶:內卦為蠶,外卦為養蠶人。內生外吉,外克內凶。內生旺,蠶旺;外興隆,人多。內外相生吉,相剋凶。凡占須要巳午上卦為吉,巳午發動乃大吉。艮卦離卦大吉,坎卦兌卦大凶。逢四五月卦大吉。
人家の千鍾の粟を積む能くは、皆田里のあの一粒粒の玉のごとき稻米より出づ。庫中の百般の珍寶を藏する能くは、皆蠶筐裏のあの一縷縷の銀のごとき絲の來るがごとき穩當に如かず。それ故に先ず耕作の勤勞を講ず——人力盡き到れば、八月裏の熟稻は斷じて人を辜負せず。再び養蠶の節候條目を講ず——桑樹種え好ければ、三春の辛苦もまた白費せず。およそ農田を占うは、「世爻」を以て田と爲し「應爻」を以て天と爲す。應爻水に屬して來りて世を生じ、或いは「青龍」「玄武」を加えて世爻を生合せば、こ の一年は豐收の歲と卜すべし。若し應爻に「朱雀」を加えて發動して世を克するを見れば、田里の禾稼は必ず損傷を受けん。或いは世爻「勾陳」に臨みて發動して往きて應爻を克せば、主として天雨を下さず田中水を缺く。若し應爻と世爻とただ相合比和すれば、便ち再び卦中哪一爻の發動を看る。水爻動きて來りて世爻を生克するは吉と爲り、火爻動きて來りて世爻を生克するは凶と爲す。蠶を占うは則ち內卦を以て蠶と爲し外卦を以て養蠶の人と爲す。內が外を生ずるは吉、外が內を克するは凶。內卦生旺せば則ち蠶旺ん、外卦興隆せば則ち人手多し。內外相生すれば吉、相克すれば凶。およそ蠶を占うは須く巳・午の火爻卦に上りてはじめて吉、巳午發動せば更是れ大吉。艮卦・離卦を得れば大吉、坎卦・兌卦を得れば大凶。四月・五月に占して卦を得るも、亦是れ大吉。
剖分內外三爻,總合農桑二事。凡占農:以初爻為種,二爻為秧,三爻為人力,四爻為牛,五爻為天,六爻為水。若占蠶桑:以初爻為種,二為苗,三為人,四為桑,五為箔,六為繭。以上六爻旺相者吉,休囚庫墓者凶。若逢大殺、大耗、小耗,皆為凶兆。
內外兩卦の六爻を剖分して來りて位を配すれば、便ち農事と蠶桑とのこ の兩樁の事を總括する能く。およそ農田を占うに、初爻は種子と爲り、二爻は秧苗と爲り、三爻は人力と爲り、四爻は耕牛と爲り、五爻は天時と爲り、六爻は水利と爲る。若し蠶桑を占えば、初爻は蠶種と爲り、二爻は初生の蠶苗と爲り、三爻は養蠶の人と爲り、四爻は桑葉と爲り、五爻は蠶を承くる竹箔と爲り、六爻は結成する繭と爲る。以上の六爻、旺相なる者は其の事吉、休囚或いは庫墓に落入る者は其の事凶。若し再び「大煞」「大耗」「小耗」に逢えば、皆是れ凶兆。
二卦遭逢鬼殺,可謂全凶;五行不遇官爻,方為大吉。農田:若見鬼在初爻:種不對,或不萌;鬼在二爻:必欠秧;鬼在三爻:農力不到,若加凶殺,田夫有病;鬼在四爻:欠牛力,或牛有損,空亡無牛。鬼化兄,或兄化鬼,與人合牛,工作不利;鬼在五爻:天意不順;鬼在六爻:必缺水。占蠶:鬼在初爻:種不出;在二爻:出後不能旺盛;在三爻:蠶娘有病;在四爻:葉必貴;在五爻:上箔有損;在六爻:財微薄,必無好蠶,亦無好絲。六爻無鬼,田蠶自然興旺。
內外兩卦若し皆「官鬼」と凶煞とに遇上れば、全然の凶象と説く可し。六爻五行の中一個の「官鬼」も見ざれば、はじめて大吉なり。先ず農田を説く。「官鬼」初爻に在れば、是れ種子路に對せず、或いは種を下して發芽せず。鬼が二爻に在れば、秧苗必定短缺す。鬼が三爻に在れば、人力使い上がらず、若し再び凶煞を加えれば、田を種くる人病を生ずるを須う。鬼が四爻に在れば、牛力を缺き、或いは耕牛損傷有り、若し又空亡に逢えば、便是れ根本より牛の用うべき無し。「官鬼」が「兄弟」を化し或いは「兄弟」が「官鬼」を化するは、是れ人と合伙して牛を用ゐ、活を做起すに順利ならず。鬼が五爻に在れば、天時順ならず。鬼が六爻に在れば、一定に水を缺く。再び蠶を占うを説く。鬼が初爻に在れば、蠶種孵り出でず。二爻に在れば、孵り出づの後長じて旺ならず。三爻に在れば、養蠶の婦人病有り。四爻に在れば、桑葉必定價貴し。五爻に在れば、箔に上る時折損するを須う。六爻に在れば、收益微薄にして、既に好き蠶を養ひ出さず、また好き絲を繅り出さず。六爻の中全く「官鬼」無ければ、田事蠶事自然に興旺す。
凡遇鬼爻,須看五行所屬,及觀衰旺動靜。占農:鬼爻屬金:發動持克世爻,主蝗蟲之災;水爻動,帶鬼:狂霖損稼;火鬼:必主亢旱;土鬼:里社興災。占蠶:水鬼,防鼠耗;木鬼,二眠有傷;金鬼,多白僵,其年吃葉多;火鬼,頭黃殼不生;土鬼,蠶沙發熱蒸傷。
およそ卦中「官鬼」爻に遇えば、還た其の五行の甚麼に屬するを看、併びて其の是れ衰是れ旺・是れ動是れ靜を看るを須う。農事を占うに、鬼爻金に屬して發動持世し或いは世を克せば、主として蝗蟲の災有り。水爻發動して又鬼を帶びれば、主として暴雨連綿して莊稼を傷る。火鬼は主として大旱して雨せず。土鬼は主として本鄕土地社神の祟を爲して災を生ず。蠶事を占うに、水鬼は老鼠の蠶種を糟蹋するを防ぐを須う。木鬼は主として蠶の二眠の時傷を受く。金鬼は主として多く白僵の病を生じ、こ の一年蠶の桑葉を喫する格外多し。火鬼は主として蠶頭發黃して繭殼を結成せず。土鬼は主として蠶沙積久して發熱し、蠶を熏蒸して壞す。
陽陰相半,須加四獸參詳;財福俱全,更互六神推究。田蠶皆宜陰陽相和,水火相半,庶能昌盛。純陰不生,純陽不化,陰陽交合,然後萬物生。凡占:得陰陽相半,外陰內陽,內外相生,大吉之兆。占蠶:須看六神持克。倉屏云:“青龍旺相入財福,春蠶盈盈滿筐簇,管取竿頭白雪香,會看箱內銀絲足。朱雀旺相入兄弟,必定桑慳食不濟,若當離象動凶神,蠶室須防火災至。勾陳帶鬼多黃死,若遇財爻黃繭多,卦中發動並遲滯,若值凶神可奈何。”
卦中の陰爻陽爻各々一半を占むる時、還た「四獣」を加えて一併に參詳するを須う。「妻財」「子孫」兩樣俱全の時、更に交互に「六神」を用いて推究するを須う。農事と蠶事と皆陰陽調和・水火各半を以て宜しと爲し、かくのごとくしてはじめて昌盛する能く。純陰の氣は生ずる能わず、純陽の氣は化する能わず、必ず陰陽交合して、然る後萬物はじめて生長す。およそ田蠶を占うに、陰陽各半・外卦陰に屬し內卦陽に屬して內外また相生するの卦を得れば、此れ便是れ大吉の兆。蠶を占うは還た「六神」の何爻に臨み何位を克するを看るを須う。倉屏先生に歌訣有りて曰く、「青龍」旺相にして「妻財」「子孫」に臨めば、春蠶滿滿に筐簇の上に堆り、竿頭に晾り出すの絲潔白として雪のごとく清香鼻を撲し、箱中の銀絲必定に收得充足す。「朱雀」旺相にして「兄弟」に臨めば、必定に桑葉短缺して蠶食足らず、若し又離宮火象上に動きて凶神を出せば、蠶室裏更に走水失火を提防するを須う。「勾陳」が「官鬼」を帶びれば、蠶多く黃病を生じて死す。若し「勾陳」が「妻財」爻に遇えば、則ち黃繭結ぶること多し。卦中此の爻發動して而又遲滯に逢着し、再び凶神に値せば便ち奈何ともする可からず。
螣蛇水鬼害頭蠶,正要烘時卻受寒,縱得絲來筐篚內,明朝絺綌也應難。白虎若臨財福中,箔中多是白頭公,更逢兄弟交重惡,急急祈求一半空。玄武若臨咸池動,多是女人帶厭來,急求蠶福來扶救,庶免春蠶目下災。”田蠶皆以財爻為主,生旺全收,無氣半收,空亡大折。鬼空財旺必稱心,有鬼無財主大損,若遇子孫持世旺,六爻有鬼亦無妨。
歌訣接著して曰く、「螣蛇」水爻の「官鬼」に臨めば、頭一批の蠶便ち害を受く、正しく火を生じて烘暖すべきの時偏偏寒を受け、縱い勉强して些かの絲を繅り出して筐篚に裝むとも、來年織り成して細葛粗葛の布と成さんと想うも難し。「白虎」若し「妻財」「子孫」の中に臨めば、蠶箔裏多是れ白頭にして繭を結ばざるの僵蠶、再び「兄弟」爻の重曡して惡を爲すに逢えば、縱い急急に祈禳すと雖も、收成もまた一半を空ずるを須う。「玄武」若し「咸池」に臨みて發動せば、多半是れ婦人の穢氣を帶びて蠶室を衝犯する有り、須く趕緊に蠶神を祈求して扶救し、はじめて春蠶の眼下に災に遭ふを免れん。總じて田事蠶事は皆「妻財」爻を以て主と爲す。財爻生旺せば則ち全收、氣無ければ則ち半收、空亡に落つれば則ち大に本を折る。「官鬼」空にして「妻財」旺なれば、收成必定稱心す。鬼有りて財無ければ、主として大損す。若し「子孫」の世を持ちて旺なるを得れば、即便六爻の中鬼有るとも、また事に妨げず。
興衰得位,方能保其豐穰;動靜有常,庶可明其得失。凡占先看空亡,次看財鬼衰旺。若鬼財衰,荒歉之徵;財旺鬼衰,豐稔可卜。田蠶二卦,相去不遠,其中所主,各有分辨。占田以世為主,水火不可相勝。水動生世,春有滋育,夏多時雨。水旺克世,淫淋不止,巨侵飄泊。卦中有水火爻生世,水火既濟,豐登可擬。占蠶以巳午為蠶命,發動旺相,皆大吉之象。旁爻動來生有利,來克主有大損。
爻の興衰各々其の位を得て、はじめて豐收を保住する能く。動靜に一定の常有りて、はじめて得失を辨明する能く。およそ田蠶を占うに、先ず「空亡」の有無を看、再び「妻財」と「官鬼」との衰旺を看る。若し鬼盛んにして財衰えれば、是れ荒年歉收の徵。財旺んにして鬼衰えれば、則ち豊稔の年と卜すべし。田を占うと蠶を占うとの兩卦の看法は相去ること遠からず、但し各々の主る所仍ほ分別有り。田を占うは「世爻」を以て主と爲し、水火兩氣は偏に一方に勝る可からず。水爻動きて來りて世を生ぜば、春天雨水滋育し夏天時雨節に應ず。水爻旺にして世を克せば、便是れ淫雨止まず大水泛濫して廬舍を漂沒す。卦中若し水爻火爻皆來りて世を生ぜば、水火既濟にして、豐登を望む可し。蠶を占うは則ち巳・午の二火を以て蠶の性命と爲し、此の二爻發動旺相するは皆是大吉の象。旁爻動きて來りてそれを生ずれば利有り、動きて來りてそれを克せば便ち大損するを須う。
十五、雨晴の章
既言地利之廣博,必假天時以發榮。若問陰晴,全憑水火。若占晴雨,水火二爻乃一卦之主宰。六爻無水必無雨,六爻無火不開晴。若見水爻動來克世,驟雨忽然至,生世乃細雨。又云:水爻旺動是驟雨,無氣是細雨。若水動土亦動,雖雨亦無多。卦中雖有水,若逢土動,決是無雨,只是雨意。若水化水,冬可言冰雪。若火動克世,必遭亢旱。若水火兼動,乃雨順風調之象。水化火,驟雨晴明;火化水,晴天變雨。六爻無水火逢空,不晴不雨陰天氣。故曰:若問陰晴,全憑水火。
上一章既に地利の廣博を説過せり、こ の一章便ち接著して講ず。地力再び厚しと雖も、また天時を借りてはじめて發育榮長する能く。天氣の陰晴を問わんと要せば、全く卦中の水爻と火爻とを看る。晴雨を占う時、水火二爻便是れ一卦の主宰。六爻中に水爻無ければ、必定に雨せず。六爻中に火爻無ければ、天もまた晴を放つ能わず。若し水爻發動して來りて世爻を克するを見れば、是れ驟雨忽然而至す。水爻動きて來りて世を生ずれば、則ち是れ細雨。又一説有り、水爻旺相にして動くは是れ驟雨、水爻氣無きは是れ細雨。若水爻動きて土爻もまた動けば、土は能く水を克し、縱い雨有るともまた下ること多からず。卦中雖も水爻有ると雖も、ただ土爻の發動に逢えば、便ち無雨と斷定し、不過是れ些か雨せんと欲するの意思有るのみ。若水爻が水爻を化出せば、冬月に在りては冰雪と斷ず可し。若し火爻發動して世を克せば、必ず大旱に遭わん。若し水火兩爻齊しく動けば、あれは是れ風調雨順の象。水が火に化するは、是れ驟雨過ぎて後晴に轉ず。火が水に化するは、是れ晴天忽然に雨に變ず。六爻中水無く火無く、或いは水火皆空亡に落つれば、あれはば便ち晴れず雨せざるの陰天。それ故に曰く、陰晴を問わんと要せば、全く水火に憑れと。
動靜生克,測天上之風雲;旺相休囚,決人間之禍福。蒼屏云:世為地,應為天。應克世,無雨;世克應,大雨;動則急,靜則緩。占雨:初爻旺:濃雲密佈;無氣,淡煙薄霧;二旺:飛電揚光;無氣,雲中虛閃:三旺:大風捲屋;無氣,布暖微風;四旺:轟雷大震;無氣,隱隱輕雷;五旺:滂沱大雨;無氣,細雨沾濡。占晴:初旺:天雖晴,雲尚密;無氣,薄雲將散;二旺:草綴露珠;無氣,微施薄露;三旺:朝霞散漫;無氣,日落霞明;四旺:長虹截雨;無氣,半掃浮雲;五旺:大明中照;無氣,日色淡泊;五爻屬陰旺:月轉冰輪;無氣,如紗罩鏡。
爻の動靜と生克とを看れば、以て天上の風雲を測知すべし。爻の旺相休囚を看れば、以て人間の禍福を判定すべし。蒼屏先生曰く、世爻は地と爲り、應爻は天と爲る。應爻が世を克せば則ち雨無く、世爻が應を克せば則ち大雨。爻動けば則ち來ること急に、爻靜なれば則ち來ること緩し。雨を占うは爻位に按じて分かつ。初爻旺なれば、濃雲密布す。初爻氣無ければ、不過是れ淡煙薄霧。二爻旺なれば、閃電空を劃す。氣無ければ、不過是れ雲中の虛閃。三爻旺なれば、大風屋を掀く。氣無ければ、不過是れ和暖の微風。四爻旺なれば、轟雷大震す。氣無ければ、不過是れ隱隱の輕雷。五爻旺なれば、滂沱大雨す。氣無ければ、不過是れ細雨の衣裳に沾る。晴を占うもまた爻位に按じて分かつ。初爻旺なれば、天雖も晴れるとも雲仍ほ密なり。氣無ければ、薄雲將に散ぜんとす。二爻旺なれば、草上露珠を綴滿す。氣無ければ、ただ一層の薄露有り。三爻旺なれば、朝霞天に滿つ。氣無ければ、是れ日落の時の晚霞。四爻旺なれば、長虹雨脚を橫截す。氣無ければ、ただ半天の浮雲を掃開す。五爻旺なれば、日光中天に大明す。氣無ければ、日色淡薄す。五爻若し陰に屬して旺なれば、是れ明月冰輪のごとく升起す。氣無ければ、便ち輕紗を隔てて鏡を看るがごとく朦朧たり。
三沖六位,佇看掣電騰空;四克五爻,會見長虹貫日。三爻動,克初爻,風捲殘雲散九霄;三爻動,生初爻,風送濃雲六合包。二四爻相生,電掣雷轟盡吃驚;三六爻相沖,驟雨傾盆攪六龍。卦中遇晴,卻是初爻動,生二爻;或二爻動,克初爻;必主雲散霧收。五爻動,生三爻,或合三爻,日照霞明。四爻克五爻,長虹貫日。五爻屬陰,被初爻動來克,月當明,也被雲遮。略舉大綱,餘當推究。
三爻往きて六爻を衝せば、立ちて閃電の騰空して起るを等すべし。四爻往きて五爻を克せば、將に長虹の日輪を橫貫するを見んとす。細分すれば、三爻は風を主り、三爻發動して往きて初爻の雲を克するは、是れ風の殘雲を卷き九霄を吹散す。三爻發動して往きて初爻を生ずれば、則ち是れ風の濃雲を送り來りて、六合を包裹す。二爻と四爻と相生するは、是れ電光雷聲一齊に震動し、人人吃驚す。三爻と六爻と相衝するは、是れ驟雨傾盆して、雨を行ふ六條の神龍を攪動す。卦象若し晴兆を顯せば、卻て是れ初爻發動して二爻を生じ、或いは二爻發動して初爻を克す、必ず主として雲散り霧收まる。五爻發動して往きて三爻を生じ或いは三爻を合するは、是れ日光霞を照り天色明朗す。四爻が五爻を克すれば、則ち是れ長虹日を貫く。五爻若し陰に屬して初爻の動きて來りて相克するに被れば、あれは是れ月亮本來當に明亮なるべきも、卻て雲に遮られたり。以上不過略々大綱を擧ぐ、其の餘は還た自己推究するを須う。
推究六神際會,須知五屬參詳。青龍臨水動,甘雨即沾濡;若值木爻動,陰雲亦不舒。朱雀入火動,必然啟大明;飛入土爻發,雲中光射人。勾陳臨土動,陰霧接天涯;若遇卯辰動,光中雲漸開。螣蛇申酉動,掣電走金蛇;縱使天無雨,陰雲盡日遮。白虎臨木動,須防折木風;走入坎宮發,滔滔水接空。玄武臨水動,連朝雨不休;更值鬼爻發,陰雲暗九州。
「六神」の如何に會合するを推究せんと要せば、還た它们の臨む所の爻の五行中の哪一屬に屬するを參詳するを須う。「青龍」水爻に臨みて發動せば、甘霖立刻に大地に沾る。若し青龍木爻に臨みて發動せば、陰雲もまた舒展し開かず。「朱雀」火爻に臨みて發動せば、必然に晴を放ちて天光大明す。若し朱雀土爻に飛入りて發動せば、則ち是れ雲縫裏より光を射出す。「勾陳」土爻に臨みて發動せば、陰霧一直に天邊に接到す。若し勾陳卯・辰の爻に遇い發動せば、則ち是れ光亮の中雲漸漸に散開す。「螣蛇」申・酉の金爻上に發動せば、是れ閃電金蛇のごとく亂走し、縱い天雨を下さずと雖も、陰雲もまた整日遮りて。「白虎」木爻に臨みて發動せば、須く樹木を折斷するの大風有るを防ぐべし。若し白虎坎宮に走入りて發動せば、則ち是れ滔滔の大水天と相接す。「玄武」水爻に臨みて發動せば、連日陰雨停まず。再び「官鬼」爻の同發に遇えば、陰雲は九州を昏暗せんと要す。
卦值六沖,雲雖凝而復散;爻逢六合,雨末至而可期。卦值純陽並六沖,雨未可望。雲煙縱合,亦必解散。若陰化為陽,雖有云意,而雨不至,縱有亦少。凡占,水爻雖動,被日辰並沖,動爻刑害,雖雨亦微。水爻安靜,見沖則有雨。凡遇陰陽相半,故能六合,更看水爻有氣,雨雖未至,可以預期。若陽變為陰,雖靜亦當變雨;縱有火動,亦無久晴。若遇純陰卦靜,則有雨;動則生陽,雨未可望;水動則可許,加大殺白虎,則有暴雨而至。但逢雨順及風調,自然民安而國泰。
卦「六衝」に逢えば、雲雖も已に凝聚すと雖も、還た重新たに散開するを須う。爻「六合」に逢えば、雨雖も未だ到らずと雖も、卻て以て預期すべし。卦純陽を得て又是れ六衝なれば、雨を指望し上がらず、雲煙縱い聚攏すと雖も也また必定に解散す。若し陰爻陽爻に化せば、雖も雨せんと欲するの意有るとも而も雨至らず、縱い有るとも也很少なし。およそ天時を占うに、水爻雖も發動すと雖も、卻て日辰に併臨衝克せられ、或いは動爻に刑害せられれば、縱い雨下るとも也很微弱なり。反りて水爻安靜なれば、一たび衝動に遇えば便ち雨有り。およそ陰爻陽爻各半に遇い、因りて六合を成す能くの卦は、再び水爻氣有るを看れば、あれはば雨雖も未だ至らずと雖も、是れ預期すべし。若し陽爻變じて陰爻と爲れば、卦雖も安靜なりと雖も亦當に雨に轉ずべし。縱い火爻の發動有るとも、亦晴れて長久ならず。若し純陰の卦に遇いて六爻安靜なれば、則ち雨有り。一たび動けば則ち陰極まりて陽を生じ、雨は便ち指望し上がらず。其の中若し是れ水爻發動せば、仍ほ雨有りを許すべし、再び「大煞」「白虎」を加えれば、あれはば便ち暴雨驟至す。總じてただ風調雨順すれば、百姓自然に安居し國家自然に太平す。
十六、國朝の章
五爻為天子,近親賢而遠去奸邪;凡占國家:以本宮為國,世為君。又云:五爻為天子。若帶財福、青龍、貴人者,仁君也。臨太歲、月建、勾陳者,威震天下,守正之君。加大殺、白虎,暴虐之君。帶咸池,淫亂之君。加劫殺,居位不久。若與吉神相生相合,必能親近賢者。若吉神來克,必有賢臣相輔。若動克凶神,必能遠小人,去奸邪。或與凶殺相生相合,及凶殺動來相剋,輔相不得其人,皆奸佞相輔。君爻縱遇吉神,亦不能去奸佞。
五爻是れ天子の位、それを看れば便知る君王の能く賢臣に親近し奸邪を疎遠するや否やを。およそ國家大事を占うは、本卦の屬する宮を以て國と爲し、世爻を以て君と爲す。別に一説有りて、專ら五爻を以て天子と爲す。五爻若し「妻財」「子孫」・「青龍」・「貴人」を帶びれば、是れ仁厚の君。「太歲」「月建」と「勾陳」とに臨めば、是れ天下に威震して正道を持守するの君。「大煞」「白虎」を加えれば、是れ暴虐の君。「咸池」を帶びれば、是れ淫亂の君。「劫煞」を加えれば、則ち位に在ること長久ならず。此の爻若し吉神と相生相合せば、君王必ず能く賢者に親近せん。若し吉神動きて來りてそれを克せば、必ず直臣の輔佐有らん。若しそれが發動して往きて凶神を克せば、必ず能く小人を遠離し奸邪を除去せん。反りて、若し五爻が凶煞と相生相合し、或いは凶煞發動して來りてそれを克せば、あれは便是れ輔政の人其の選を得ず、左右盡く是れ奸佞。此の時君爻縱い亦吉神に遇うとも、また那班の奸佞を除掉するに力無し。
四位列公侯,上忠君而下安黎庶。三公九卿之位,皆在四爻。若臨吉神旺相剋世,乃是敢言敢諫,社稷之臣也。若加鬼殺旺相剋世,乃是欺君僭上,昧主把權之輩也。若世值吉神,庶無大害。四爻若與世相生,阿諛之臣也;縱帶吉神,亦不能規君之過,正君之失;帶凶神,亦不能害君之正,喪君之德。
四爻是れ公侯大臣の位、それを看れば便知る輔臣の能く上は君に忠を盡くし下は百姓を安撫するや否やを。三公九卿こ の一班の重臣は、皆四爻に歸す。四爻若し吉神に臨みて旺相、又來りて世を克せば、あれは是れ敢えて言い敢えて諫め社稷を托付すべきの大臣。若し「官鬼」凶煞を加えて旺相にして世を克せば、あれは便是れ君を欺き僭越し主上を蒙蔽して權柄を竊據する輩——不過此の時世爻若し正しく吉神に値せば、また還た大害を釀成するに至らず。四爻若し世爻と相生せば、あれは是れ一味阿諛奉承の臣子。縱い吉神を帶ぶると雖も、も能く君王の過失を規諫し君王の差錯を匡正する能わず。縱い凶神を帶ぶると雖も、も君王の正道を損害し君王の德行を敗壞するの本事無し。
四爻動生初爻,必有憂民之心;初爻生四爻,民有仰慕之意。四爻加凶殺克初爻,民受無辜之害;初爻動克四爻,民視之如仇讎。四爻生合二爻,必能招賢納士;二爻生四爻,士有景羨之心。四爻生克三爻,必能任用百官,進賢退不肖。以上細心詳察,無不應驗。
國朝の一章裏に、初爻は百姓と爲り、二爻は士人と爲り、三爻は百官と爲る。四爻發動して往きて初爻を生ぜば、この位の大臣必ず小民を憂念するの心有り。初爻反りて四爻を生ぜば、則ち是れ百姓の他に對して心懷仰慕す。四爻凶煞を加えて往きて初爻を克せば、百姓は平白に害を受くるを須う。初爻發動して往きて四爻を克せば、則ち是れ百姓の他を看作して仇敵と爲す。四爻二爻を生合せば、他必ず能く賢士を招納せん。二爻四爻を生ぜば、則ち是れ士人の他に對して心存景仰す。四爻往きて三爻を生克せば、他必ず能く百官を任用し賢才を進用して不肖を斥退せん。以上の諸條ただ細心に詳察せば、應驗せざる無し。
子孫臨大殺,秦扶蘇中趙相之謀;君位合咸池,唐玄宗受楊妃之禍。占國家,以子孫為國嗣。若得日辰扶合,或動爻相生,或臨月建旺相,及加青龍、貴人者,若東宮已立,他日擬登寶位,更無改易。子孫若帶咸池,非正宮所生。福德臨劫殺、大殺,恐有變易。更被四爻傷克,必有趙高謀扶蘇之事。卦無子孫,無國嗣。
「子孫」爻若し「大煞」に臨めば、秦朝の公子扶蘇の丞相趙高の毒計に中りしがごとし。君位の爻若し「咸池」と相合せば、唐玄宗の楊貴妃のあの一場の禍事に遭いしがごとし。國事を占うは、「子孫」爻を以て儲君國嗣と爲す。此の爻若し日辰の扶助會合を得、或いは動爻の來りて生ずる有り、或いは「月建」に臨みて旺相にして、又「青龍」「貴人」を加えれば、あれはば太子既に册立せられ、日後位に登れば便ち更改せず。「子孫」爻若し「咸池」を帶びれば、則ちこの位の儲君は是れ正宮皇后の生む所にあらず。福徳の爻若し「劫煞」「大煞」に臨めば、恐怕儲位は變動有らん。再び四爻大臣の位に傷克せられれば、必ず趙高の扶蘇を謀害せしがごとき事有らん。卦中若し根本より「子孫」爻無ければ、あれは便是れ國に嗣君無し。
世爻與五爻,若帶咸池玄武,上必荒淫。卦有咸池,卻被君爻相剋,雖有西施之美,無害於國政。應爻加咸池,飛入五爻旺相,又兼世爻空亡,必有武氏亂唐之患,後必當見女主治天下。若加吉神,天下庶幾安定。更帶凶神,四海必亂。君位若合咸池,帶殺旺相,必有女禍。如唐皇之於楊貴妃故事也。
世爻と五爻と若し「咸池」「玄武」を帶びれば、君上必然に荒淫無度なり。卦中雖も「咸池」有ると雖も、卻て君爻に克住せられれば、あれはば宮中即便西施のごとき美色有るとも、また國政に害無し。若し應爻「咸池」を加えて飛びて五爻に入り、又旺相に當り、世爻の空亡に落つるを加えれば、必ず武則天の唐を亂りしがごとき禍患有らん、日後一定に女主の朝に臨みて天下を治理するを見ん。こ の種の局面若し再び吉神を加えれば、天下還た勉强して安定すべし。若し更に凶神を帶びれば、四海必定に大亂す。君位の爻若し「咸池」と相合し、又凶煞を帶びて旺相せば、必ず女色に因りて禍を生じ、便ち唐玄宗と楊貴妃との舊事のごとし。
福神克世,重觀折檻之朱雲;將曜加刑,再睹登壇之韓信。子孫發動,傷克世爻,主有直臣奏事,頗類朱雲折檻之風。若與日辰相生合,上必允其奏;與日辰刑沖,龍顏大怒,終遭貶責。子孫臨太歲、月建動克四爻,而生五爻,子孫旺日,必有御史劾權臣。四爻鬼殺旺相不受克,須防有變。寅午戌,午是將星;巳酉丑,酉是將星;申子辰,子是將星;亥卯未,卯是將星。若將加白虎、羊刃生世,必得強將。將星若帶貴人、青龍生世,當得忠良之將。將星若加劫殺,動來克世,須防弒君之禍。此爻將星,名為刺客。以上三節,皆在旺相年月日可見也。
「子孫」福神が世を克せば、以て漢代の朱雲の殿檻を攀折し顏を犯して直諫せしがごとき氣節を重見すべし。「將星」に刑を加えれば、以て韓信の壇に登りて將を拜せられしがごとき名將を再見する能く。子孫爻發動して世爻を傷克せば、主として正直の臣の疏を上りて事を言う有り、頗る朱雲折檻の風骨有り。此の爻若し日辰と相生相合せば、君上必ず其の奏する所を准せん。若し日辰と刑衝せば、則ち天子震怒して、此人は終に貶謫に遭わん。子孫が「太歲」「月建」に臨みて發動し、四爻を克して五爻を生ぜば、子孫旺相の日に到りて、必ず御史の權臣を彈劾する有らん。此の時四爻の「官鬼」凶煞若し旺相にして克制を受けざれば、還た事情の反覆を提防するを須う。將星の法是れ、寅午戌の年月日は午を以て將星と爲し、巳酉丑は酉を以て將星と爲し、申子辰は子を以て將星と爲し、亥卯未は卯を以て將星と爲す。將星若し「白虎」「羊刃」を加えて來りて世を生ぜば、必ず勇猛強將を得。將星若し「貴人」「青龍」を帶びて來りて世を生ぜば、則ち忠良の將を得。將星若し「劫煞」を加えて發動して來りて世を克せば、須く弑君の禍有るを防ぐべし、こ の一爻上の將星便ち叫作して刺客と爲す。以上の三節の所説の應驗は、皆爻神旺相の年月日上に在りてはじめて見るを得。
金爻帶鬼,一方有兵革之興;土位逢凶,四海盡干戈之難。大殺若臨金鬼旺動,必興兵革。世克,庶無大事;克世,必凶。若土鬼帶殺,發動旺相,四海皆亂;克世,必有攻城之賊。卦中有殺無鬼,克世亦凶;有鬼無殺,雖凶弗咎。有神制殺,鬼動無妨;鬼位休囚,財興有害。鬼空殺旺,縱亂無成;鬼旺殺空,雖凶無害。若鬼帶劫殺,或化為兄弟,無過是劫財之賊;若加玄武,是陰私暗害之賊。卦中蛇虎不動,縱有大殺,不為急迫。若並官鬼惡殺動,實為大害。卻以生旺克害何方,方可決斷。
金爻に「官鬼」を帶びれば、一方の地刀兵を起さんと要す。土爻凶に遇えば、四海の內盡く是れ戰亂。「大煞」若し金爻の「官鬼」に臨みて旺相發動せば、必定に兵革を興起せん。世爻能くそれを克せば、還た大事を鬧出すに至らず。它反りて世を克せば、便ち一定に凶險なり。若し是れ土爻の「官鬼」煞を帶び發動して旺相せば、則ち四海皆亂れん。再び來りて世を克せば、必ず城を攻むる賊寇有らん。卦中凶煞有りて「官鬼」無ければ、煞の來りて世を克するも亦凶。「官鬼」有りて凶煞無ければ、雖も凶象有ると雖も卻て災を成さず。若し另に吉神の凶煞を制住する有れば、鬼爻雖も動くともまた妨げず。若し鬼爻本身休囚にして、而も「妻財」興旺して往きてそれを生ぜば、反りて害有り。「官鬼」空に落ちて凶煞旺なれば、縱い亂を作すともまた氣候を成さず。「官鬼」旺にして凶煞空に落つれば、雖も凶象有るとも亦大害無し。鬼若し「劫煞」を帶び、或いは「兄弟」に化せば、不過是れ財を劫する盜賊。若し再び「玄武」を加えれば、則ち是れ暗地裏陰謀して加害するの賊。卦中「螣蛇」「白虎」動かざれば、縱い「大煞」有るとも亦緊迫と算せず。一旦它们が「官鬼」惡煞と同動せば、あれははじめて真正の大害なり。至りて禍の何方に起るを看れば、還た爻神の生旺克害の哪一方位に落つるを看て、然る後にはじめて決斷すべし。
以遏寇賊,全憑將帥專征;要決輸贏,先察世辰相剋。以世為我將,應為彼帥。又云:以子孫為我將,及先鋒。子孫得地旺相,將軍必勝。若加青龍,乃忠良之將;若加白虎,乃勇悍威猛之將。若得持世,雖有鬼亦無傷害;若得旺相發動,決勝千里。更日辰扶拱,有百戰百勝之功。所嫌者,父母發動;雖有子孫,不可當其鋒。若入墓無氣,雖動無傷。
寇賊を遏止せんと要せば、全く將帥の命を受けて征を專らにするに靠る。勝負を判斷せんと要せば、先ず世爻と日辰との間の生克を察せよ。戰陣を占うは世爻を以て我方の主將と爲し應爻を以て敵方の主帥と爲す。別に一説有りて、「子孫」爻を以て我方の將領と先鋒と爲す。子孫爻時を得地を得て旺相せば、我軍の將領必ず勝たん。「青龍」を加えれば、是れ忠良の將。「白虎」を加えれば、是れ勇悍威猛の將。子孫若し世を持てば、卦中縱い「官鬼」有るとも亦我を傷る能わず。若し旺相にして發動せば、以て千里に決勝すべし。再び日辰の扶助拱托を得れば、便ち百戰百勝の功有らん。忌む所是れ「父母」爻の發動——父母は能く子孫を克し、縱い卦に子孫有るとも、亦當に其の鋒芒に住らず。但し父母若し墓に入りて氣無ければ、就算發動すとも亦人を傷る能わず。
凡專征伐:以世為我,應為彼。世克應,我勝;應克世,彼勝。世墓,只宜堅壁自守,不可妄動。若世旺相,應入墓,彼必折人丁。世空我有難,應空彼有傷。世在陰宮,不宜先動;世在陽象,不利後興。世動克應,我必進;應動克世,他欲來。鬼爻克世,他勝我;鬼爻克應,他欲退。鬼持世,須妨圍困。金火持世應,兩家流血交征。世應比和皆旺相,此兩強敵手,勝敗未可決,但以所長斷之。世應相生相合,將帥有允和之心,士卒無攻戰之意。
およそ命を受けて征伐の事を專主するは、「世爻」を以て我方と爲し應爻を以て敵方と爲す。世が應を克せば、我が勝ち。應が世を克せば、敵の勝ち。世爻墓に入れば、ただ堅壁して固守するに宜しく、輕擧妄動す可からず。若し世爻旺相にして應爻墓に入れば、敵方必然に兵員を折損せん。世爻空に落つれば、我方難有り。應爻空に落つれば、敵方傷有り。世爻陰宮に在れば、先に手を動かすに宜しからず。世爻陽象に在れば、後發するに利せず。世爻發動して應を克せば、我軍必然に兵を進めん。應爻發動して世を克せば、敵軍は來り犯さんと想ふ。「官鬼」爻が世を克すれば、是れ敵の我に勝つ。「官鬼」爻が應を克すれば、是れ敵方の退かんと想ふ。「官鬼」が世を持てば、須く圍困せらるるを防ぐべし。金爻火爻分かちて世應を持てば、兩家必是れ流血苦戰す。世應比和にして而又皆旺相なれば、此れ是れ兩個の勢均力敵の强手、勝敗一時に決しがたく、ただ各々其の長ずる所に按じて斷ずる能くのみ。世應相生相合せば、則ち雙方將帥皆和を講ずるの心有り、士卒もまた交戰の意思無し。
妻財發動,當成易幟之功;兄弟交重,須御奪糧之患。父母為旗幟。旺相發動,必然興兵。若在內動,我欲興兵;外動,他行軍馬。克世,欲來侵我;克應,乃回頭之旌幟,他必自退。凡父母不動妻財動,當有奪旗易幟之事。財在內動,克外之父母,我必奪彼之旌旗;妻財外動,克內之父母,彼將奪我旗旌。財為糧草。卦若無財必絕糧;財空糧欲缺;財無氣,糧不多;財動送糧與賊。若兄弟交重,須防劫糧奪草。
「妻財」發動せば、旗を奪い幟を易ふるの功を成すべし。「兄弟」重曡發動せば、則ち須く敵の我が糧草を劫するを防ぐべし。「父母」爻は軍中に旗幟を主る。旺相にして發動せば、必然に兵を興さん。父母が內卦に動けば、是れ我方の兵を出さんと要す。外卦に動けば、是れ敵方の兵馬を調す。它動きて來りて世を克せば、是れ敵方の來りて我を侵犯せんと要す。它動きて來りて應を克せば、則ち是れ頭を掉して回去するの旗幟、敵人必定に自ら退走せん。およそ父母動かずして「妻財」動けば、當に旗を奪い幟を易ふるの事有るべし。財爻內卦に動きて往きて外卦の父母を克せば、是れ我軍の敵人の旌旗を奪得す。財爻外卦に動きて往きて內卦の父母を克せば、則ち是れ敵人の我軍の旗幟を奪はんと要す。「妻財」また糧草を主る。卦中若し財爻無ければ、必ず糧を斷つに至らん。財爻空に落つれば、糧將に短缺せん。財爻氣無ければ、糧草多からず。財爻發動せば、反りて是れ糧を賊寇に送與せり。若し「兄弟」爻重曡發動せば、須く人に糧を劫し草を奪はるるを提防すべし。
聽轟雷之戰鼓,金爻發動逢空;看如雨之炮磚,土位交重逢旺。土為炮石,旺相臨未上發動,方可言之。若帶大殺,必遭傷害;如遇退神,須防自損。金空則鳴,動處逢沖愈鳴。若發動,必然金鼓轟雷,須防戰鬥。金爻發動不空亡,刀刃森森明似雪。內動,我器械備具;外動,彼之兵刃整齊。金爻發動逢刑剋,兵甲雖堅不損人;金爻無氣逢刑剋,甲冑干戈不整齊。以上細細搜求,自然有準。
あの轟雷のごとき戰鼓を聽かんと要せば、金爻發動して而又空に逢うを看よ。あの雨點のごとき砲石磚塊を看んと要せば、土爻重曡發動して而又旺に當るを看よ。土は砲石を主り、須く旺相にして未土の爻に臨み發動して、はじめてかく斷ずるを好し。若し再び「大煞」を帶びれば、必ず砲石に傷せられん。若し「退神」に遇えば、則ち砲石の反りて自家を傷るを防ぐを須う。金屬の器中空なれば則ち能く鳴り、發動の處再び衝に逢えば、鳴ること更に響し。金爻一たび發動せば、必然に金鼓齊鳴して雷のごとく、須く戰事有るを防ぐべし。金爻發動して空亡に落ちざれば、是れ刀刃森森として寒光雪に似たり。內卦に動けば、是れ我方器械齊備す。外卦に動けば、是れ敵方兵刃整齊す。金爻發動して卻て刑克に遭えば、兵甲雖も堅利なりと雖も卻て人を傷る能わず。金爻本來已に氣無く又刑克に遭えば、あれは是れ甲胄干戈殘破不整なり。以上の諸條ただ細細に搜求すれば、自然に應驗準有り。
木乃濟川之舟揖,火為繫馬之軍營。征戰不免登山涉水,若無舟船之便,五月安可渡瀘?凡占:以木為舟揖。發動旺相,必有濟川之利。木爻受沖,舟必破漏;木爻受克,船車難行。卦無水爻恐無水,木爻逢空必無船,木爻帶鬼乃賊船。凡戰于野,不免安營下寨,雖處山谷之險,亦宜卜其吉凶。凡占:以世為主將,火爻為營寨。與世爻相生相合,其地得利;與世爻相剋相沖,不吉。火爻若帶鬼,賊寨必相近。火爻旺相宜寬闊,無氣,宜小結構。
木爻是れ河を渡るの舟楫、火爻是れ馬を繋ぎ兵を屯するの營寨。行軍作戰は登山涉水を免れず、若し舟船の便無ければ、諸葛武侯は五月裏に又怎ぞ瀘水を渡り得たらん。およそ舟船を占うは、木爻を以て舟楫と爲す。木爻發動して旺相せば、必ず渡河の利を得。木爻衝を受ければ、船は必ず破漏す。木爻克を受ければ、舟車行きがたし。卦中水爻無ければ、恐怕あの處根本より渡すべき水無し。木爻空に逢えば、必定に船無し。木爻に「官鬼」を帶びれば、あれは是れ賊人の船。およそ野外に在りて交戰すれば、營を安め寨を下すを免れず、縱い山谷の險を占據すと雖も、也應に先ず一たび吉凶を卜すべし。營寨を占うは世爻を以て主將と爲し火爻を以て營寨と爲す。火爻世爻と相生相合せば、こ の塊の營地は利を得。世爻と相克相衝せば、則ち吉ならず。火爻若し「官鬼」を帶びれば、賊寨必定に便ち附近に在り。火爻旺相せば、營寨は寬濶に扎るに宜し。火爻氣無ければ、則ち小寨を結ぶに宜し。
蒼屏云:“水爻帶鬼來克我,須防劫寨及攻營,卻看有氣並無氣,方可斟量道敗贏”。假如火爻旺相水無氣,縱來克世亦無傷。父加虎殺外興,莫縱軍兵來出陣;鬼帶劫亡內動,須防奸細暗臨城。子孫為我兵卒,官鬼為彼賊徒。子衰兵卒怯,鬼旺賊軍強;鬼空他必滅,子旺我必昌。怕父母帶白虎外動,必克子孫;宜守不宜戰,戰則必傷軍卒。父母若持世動,主將不能養士卒,上下有相離,心未相安之道。若帶凶神,須防自變。
蒼屏先生に歌訣有りて曰く、水爻が「官鬼」を帶びて來りて我を克せば、須く敵の寨を劫し營を攻むるを防ぐべし。不過還たこ の水爻の是れ氣有り是れ氣無きを看て、はじめて勝敗を斟酌するを好し。譬如火爻旺相にして水爻氣無ければ、水縱い來りて世爻を克すとも、亦我を傷る能わず。「父母」爻に「白虎」凶煞を加えて外卦に興動せば、切に軍兵を放縱して陣を出だすなかれ。「官鬼」が「劫煞」「亡神」を帶びて內卦に發動せば、須く奸細の已に悄悄として城中に潛入せしを防ぐべし。戰陣を占うは「子孫」を以て我方の士卒と爲し「官鬼」を以て敵方の賊徒と爲す。子孫衰えれば則ち我が兵怯懦し、官鬼旺なれば則ち賊軍强盛す。鬼爻空に落つれば、敵人必ず滅せん。子孫旺相せば、我軍必ず昌さん。最も父母の「白虎」を帶びて外卦に發動するを怕る、父母は必ず子孫を克す、此の時は守るに宜しく戰ふに宜しからず、出でて戰えば必然に士卒を折損せん。父母若し世を持ちて動けば、主として主將の能く士卒を善養せず、上下心を離れ人心安からず。父母若し再び凶神を帶びれば、還た軍中の自己に變を生ずるを提防するを須う。
亡神殺,正月從亥起順行。劫殺見後。若鬼帶二殺於內動,須防奸細之人在城池之內;若被世克,須探事情,不至漏洩。世爻無氣鬼殺旺,軍機透漏禍終來。內外鬼爻俱發動克世,必有內應外合之患,子動必無妨。鬼爻不帶殺,為害亦不凶。若逢暗動傷身,須遇陰謀刺客。凡鬼爻暗動,更加劫殺、大殺,刑剋世爻,主將須防刺客。卦內若得子孫發動來救,刺客決然被擒。比同燕太子丹使荊軻刺秦王之類。
「亡神煞」の起法是れ正月亥位より起り逐月順行す。「劫煞」の起法は後文の凶煞章に見ゆ。若し「官鬼」がこ の兩個の凶煞を帶びて內卦に發動せば、須く奸細の已に城池の內に在るを防ぐべし。若し此の鬼世爻に克住せられれば、ただ及時に虚實を探聽すれば、還た軍情を泄漏するに至らず。世爻氣無くて鬼煞旺相せば、軍機泄漏の禍終究して來らんと要す。內外兩個の鬼爻皆發動して來りて世を克せば、必ず內應外合の患有らん。此の時若し「子孫」爻發動して能く鬼を制せば、便ち妨げず。鬼爻若し凶煞を帶びざれば、害を爲すこと亦凶と算せず。若し「官鬼」の暗動して來りて世身を傷るに遇上れば、便ち暗中に行刺する刺客を防備するを須う。およそ鬼爻日辰に衝せられて暗動し、再び「劫煞」「大煞」の世爻を刑克するを加えれば、主將は須く刺客を防ぐべし。卦中若し「子孫」爻發動して來りて救ふを得れば、刺客一定に擒獲せられん、好比燕太子丹の荆軻を派して秦王を行刺せしむるも、終究して手を得ず。
若日辰沖動,伏鬼傷飛爻,須防自己手下有人謀己;卦中無救,禍將及身;鬼旺日,決見應驗也。虎蛇皆動,正當離亂之時;世應俱空,宜見昇平之樂。大殺若動,加白虎螣蛇,必是大亂,卒難休息。大殺若當胎養、長生位上,乃喪亂發萌之時;若在臨官、帝旺之地,正當大亂,過此漸息;若當墓、絕位上,將次太平。離亂已經歷過,要知何年離亂最甚,何年稍息,依長生法斷之。六爻無鬼卦無殺,世應俱空即太平。
若し是れ日辰が伏神の鬼を衝動し、伏鬼反りて飛爻を傷克せば、あれはば便ち自己の手下に人の自己を圖謀する有るを防ぐを須う。卦中若し救神無ければ、禍事必ず將に身に及ばんとす、鬼爻旺相の日に到りて一定に應驗せん。「白虎」「螣蛇」皆發動せば、正しく是れ天下離亂の時。世應兩爻皆空亡に落つれば、反りて太平の樂を望見すべし。「大煞」若し發動し、又「白虎」「螣蛇」を加えれば、必定是れ大亂、一時に平息しがたし。亂世の進程を推さんと要せば、便ち大煞の長生十二位の哪一位に坐するを看る。大煞若し「胎」「養」の位に在れば、是れ喪亂剛剛に萌芽するの時。若し「臨官」「帝旺」の地に在れば、正しく大亂の際に當り、此を過ぎれば便ち漸漸に止息す。若し「墓」「絶」の位に在れば、則ち亂事將に盡き天下將に次いで太平せんとす。亂離既に親身經歷せば、哪一年最も亂れ哪一年稍々安んずるを知らんと要せば、便ちこ の長生十二位の法に依りて推斷するを得。六爻の中既に「官鬼」無く、卦裏また凶煞無く、世應二爻また皆空に落つれば、あれは便是れ太平無事の象。
十七、疾病章
國家治亂,莫非風俗紀綱;人壽夭長,豈論尫羸壯盛。養生非道,終有疾病存焉;請禱能占,便見死生決矣。殺臨父母,當憂堂上之親;空及妻財,災慮閨中之婦。凡占疾病,看來者何人。子占父母,要父母上卦。妻占夫看鬼,夫占妻看財,父占子看子,占兄弟看兄弟,占朋友亦看兄弟,占奴僕亦看子孫。凡用爻不上卦,或空亡者,則多凶少吉。凡占何爻空亡,何爻受克,吉凶依此而斷之。
前の章では国家の治乱を論じたが、それは風俗と綱紀によるほかなかった。本章では人の寿命の長短を論じるが、これは形体の痩せ具合や壮健さだけで論じられるものではない。養生が道に合わなければ、ついには病気を生じる。占いと祈祷ができれば、生死を決断できる。凶煞が「父母」爻に臨めば、堂上の両親の病を憂えるべきで、「妻財」爻が空亡に落ちれば、内室の妻に災いを慮る。およそ疾病を占うには、まず卦を求めに来た者が何者かを見て用神を定める。子が父母を占うなら「父母」爻が卦に上がることを要し、妻が夫を占うなら「官鬼」を見、夫が妻を占うなら「妻財」を見、父が子を占うなら「子孫」を見、兄弟を占うなら「兄弟」を見、朋友を占うのも「兄弟」を見、奴僕を占うのも同じく「子孫」を見る。およそ用神が卦に上がらないか、空亡に落ちるのは、皆、凶多く吉少ない。卦中のどの爻が空亡し、どの爻が剋を受けるかによって、吉凶はこの用神の法に依って断ずる。
決輕重存亡之兆,專察鬼爻;定金木水火之鄉,可分症候。鬼爻旺日沉重,庫日困迍,絕日輕可。鬼化鬼,其病進退,或有變症,或舊病發,或症候駁雜。鬼持世,病難除根;鬼爻帶殺持世,此乃瘵疾。卦中鬼爻日辰旺,乃暴病;月建旺,乃經月之疾;鬼爻無氣臨身者,乃久病,卒難痊可。卦中無鬼病難安。鬼動傷身症候急。
病状の軽重と生死の兆を決するには、専ら「官鬼」爻を察する。症候がどの類に属するかを定めるには、それが金木水火土のどの郷に落ちるかを分ける。鬼爻が旺相の日は病状が沉重し、墓庫に入る日は病人が困憊し、鬼爻の絶地の日に至れば病は軽減する。鬼爻が鬼爻を化すれば、病は進退し、あるいは別の症候に変わり、あるいは旧病が発し、あるいは数症が交雑する。鬼爻が世を持てば、病は根除し難い。鬼爻が凶煞を帯びて世を持つのは、虚労骨蒸の類の癆瘵の疾である。卦中の鬼爻が日辰によって旺なら、突然発する急病で、月建によって旺なら、一月を引く病である。鬼爻が気なく身爻に臨むのは、積年の久病で、たちまち痊癒し難い。卦中に全く鬼爻がなければ病も安んじ難い。症候を弁ずる由がないからである。鬼爻が発動して世身を傷剋すれば、症候は急に来る。
凡占,旺鬼不死,則易愈;衰鬼不死,其病難療。欲定症候,須看鬼臨之五行。若金鬼:肺腑病,咳嗽氣,或瘡癤、血光,或筋骨疼痛。木鬼:四肢不利,風氣肝膽,左癱右瘓,口眼歪斜,頭疼發熱,三焦口渴;加朱雀,狂言亂語,陽症傷寒。水鬼:沉寒痼冷,遺精白濁,小便淋瀝,吐瀉嘔逆。火鬼:寒熱往來,脾寒瘧疾。土鬼:乃脾胃發瘴,水腫虛浮,瘟疫時氣。
およそ病を占うに、鬼爻が旺盛なら、人が死ななければ痊愈しやすい。病勢は急でも根柢が明らかだからである。鬼爻が衰弱なら、人は死ななくても病は纏綿して治り難い。症候を定めるには、鬼爻が五行のどの行に属するかを見なければならない。金鬼:肺腑の疾、咳嗽喘息を主り、あるいは瘡癤・血光、あるいは筋骨疼痛。木鬼:四肢の不利、肝胆の風気、半身の癱瘓、口眼の歪斜、頭疼発熱、三焦の燥渇を主る。さらに「朱雀」を加えれば、狂言乱語の陽症傷寒である。水鬼:沈寒痼冷、遺精白濁、小便淋瀝、上吐下瀉の嘔逆を主る。火鬼:寒熱往来、脾寒の瘧疾を主る。土鬼:脾胃の鬱熱が瘴を生じ、水腫虚浮、および瘟疫時気の病を主る。
若前卦火鬼,後卦水鬼,必前之症候為陽,服冷藥過多,變為陰症。若午前占,遇此兩鬼,當言勿服藥;過當,後必有變化。火鬼於火旺月日占是也。青龍得位,終見安康;白虎傷身,必成凶咎。青龍若臨子孫克世,期日痊安。或臨應克世,服藥有效。若臨用爻發動,縱有凶險,亦不傷也。若帶鬼爻,亦非凶惡發狂之病。若在三爻動,香火為福。
もし本卦が火鬼で変卦が水鬼なら、必ず先に患ったのは陽症で、涼薬を過多に服したために陰症に転じたのである。午前に占ってこの前後二つの鬼爻に遇えば、病家にしばらく服薬するなと申し伝えるべきである。薬が過ぎれば、後に必ず変化を生ずる。ここに言う火鬼とは、火の旺な月日に占い得た火鬼を指す。「青竜」がその位を得れば、病人はついに安康を得る。「白虎」が身爻を傷剋すれば、必ず凶咎を成す。「青竜」が「子孫」に臨んで世を剋すれば、応期に至って痊愈する。あるいは青竜が応爻に臨んで世を剋すれば、服薬に効験がある。青竜が用神に臨んで発動すれば、たとえ凶険があっても人を傷らない。青竜は鬼爻を帯びても、患うのは凶悪発狂の病ではない。青竜が三爻に発動すれば、香火の神明を奉祀して福佑を求めるべきである。
蒼屏云:“青龍空亡並福德,病人平日無陰騭。逢土動虎傷身,管取其年有悲泣。君來占病決存亡,白虎加臨主哭喪。臨克父爻當有咎,並財妻位必遭傷。子孫際會終成否,兄弟相逢更不昌。更值官爻持世上,己身須恐有災殃”。凡遇白虎交重,乃占病之大咎,無氣猶可,旺相大凶。若臨喪門、弔客、死符、喪車、持克用爻者,決主不起之兆。若得子孫旺動,月解興隆,庶可回生。月解交重災漸退,天醫發動便回生。月解、天醫,見後吉神章。卦中若得發動持世,或持克用爻者,雖重病不死。旺相最吉,日下即愈;墓絕稍慢,直待旺日方安。若值空亡,其病難療。
蒼屏先生の歌訣に曰く、「青竜」と「子孫」福德がともに空亡に落ちるのは、病人が日頃陰徳を積まなかったことを示し、さらに土爻が発動して「白虎」が身を傷れば、必ずその年に家中に哭泣の事がある。人が来て病の存亡を占うに、「白虎」が加臨すれば哭喪を主る。白虎が「父母」爻を臨剋すれば尊長に咎があり、白虎が「妻財」爻に并臨すれば妻室は必ず損傷を遭い、白虎が「子孫」と相会すれば児女はついに不吉で、白虎が「兄弟」と相逢えば手足はさらに昌ならず、さらに「官鬼」爻が世に持たば、おそらく己身に災殃がある。およそ「白虎」が重ねて交動するに遇うは、占病の大忌で、白虎が気なければまだよいが、旺相なら大凶である。白虎が「喪門」「吊客」「死符」「喪車」などの凶煞に臨んで用神を持剋すれば、必ず床から起きられぬ凶兆である。ただし「子孫」の旺相発動を得、また「月解」の神の興隆あれば、なお回生の望みがある。「月解」の神が重ねて交動すれば災病は漸々退き、「天医」の神が発動すれば人は回生する。月解と天医の二吉神の起法は後の吉神章に見える。この二神が卦中に発動して世を持ち、あるいは用神を持臨・剋制すれば、たとえ病重くても死には至らない。旺相が最も吉で、目下に即愈する。墓・絶の地に落ちれば応験はやや遅く、旺な日を待って病は安らぐ。もしこの二神が空亡に値すれば、その病は治り難い。
明夷、觀、賁、需、臨,切忌世身入墓;大畜、豐、同、蠱、夬,莫逢財鬼俱興。凡占病。怕身世隨鬼入墓,決不瘥也。如風地觀二爻乙巳,鬼身亦在二爻,設或入墓,乃身隨鬼入墓也。山火賁卦,初爻己卯,鬼世亦在初爻,倘入墓,乃世隨鬼入墓也。以上兩卦,舉此為例,餘卦仿此。
《明夷》《観》《賁》《需》《臨》の五卦は、世爻または世身が鬼に随って墓に入ることを最も忌み、《大畜》《豊》《同人》《蛊》《夬》の五卦は、「妻財」と「官鬼」が同時に興動することを忌む。およそ病を占うに、身爻・世爻が鬼爻とともに墓に入るを最も恐れ、それは決して癒えない。たとえば風地《観》卦では二爻が乙巳の「官鬼」で、卦身もまた二爻にあり、もしこの爻が墓に入れば、「身が鬼に随って墓に入る」という。また山火《賁》卦では初爻が己卯の「官鬼」で、世爻もまた初爻にあり、もし墓に入れば、「世が鬼に随って墓に入る」という。ここではこの二卦を例として挙げるに過ぎず、残りの卦はこれに倣う。
蒼屏云:“乾化入艮父憂喪,坤化入巽母憂亡;震化入坤長男厄,巽化入坤長女當。坎化巽中中男厄,離化入乾中女卒;艮化風內少男傾,兌化山中少女卒。此是八宮來入墓,十人得病九人故”。以上所言卦墓,不可以乾化入墓艮,只憂父亡,但看病皆不吉。設若子占父,遇乾化艮,謂之應題,乃大凶。大畜等五卦,占病大忌。財鬼不動,未必喪亡;財鬼空亡,雖病不死。必須把其條貫,方可斷曰全凶。上文所言財鬼發動,亦有吉凶之分。且如雷火豐卦:鬼動忌占兄弟,財動忌占父母及本身;妻占夫,終無凶。餘卦仿此。
蒼屏先生また歌訣に曰く、乾卦が艮卦に化入れば憂うるは父の喪亡、坤卦が巽卦に化入れば憂うるは母の亡故、震卦が坤卦に化入れば長男に厄あり、巽卦が坤卦に化入れば長女に災い当たり、坎卦が巽卦に化入れば中男に厄あり、離卦が乾卦に化入れば中女が卒亡し、艮卦が巽卦に化入れば少男が傾殞し、兌卦が艮卦に化入れば少女が卒亡する――これが八宮の卦が化して墓に入るので、十人の病人に九人が死す。ただし上に言う卦墓は、「乾が艮に化入ればただ父の亡を憂う」と死に物に見てはならない。この種の化墓に遇えば、病を占うは一概に不吉である。ちょうど子女が父の病を占って乾の艮化に遇ったとき、それを「応題」と言い、大凶の兆である。《大畜》などの五卦は占病の大忌だが、その中の「妻財」「官鬼」が動かなければ必ずしも喪命せず、財鬼が空亡に落ちれば、病んでも死なない。必ずこれらの条理を握ってこそ、全くの凶かどうかを断ずることができる。上文に言う「妻財」「官鬼」の発動にもまた吉凶の分がある。たとえば雷火《豊》卦では、鬼爻の発動は兄弟の病を占うに忌み、財爻の発動は父母の病と自身を占うに忌む。妻が夫を占えば、鬼爻はまさに用神で、かえってついに凶なし。残りの卦はこれに倣う。
男怕長生,兼怕未來之節;女嫌沐浴,最嫌過去之辰。男子怕鬼爻長生日得病,與鬼同衰旺。卦無子孫、青龍、天醫發動,鬼爻墓絕日卻死。又云:寅日遇火鬼,巳日遇金鬼,申日水土鬼,亥日木鬼,謂之長生鬼。占者遇之,大凶在後,沉重方來。凡決安危,先以鬼爻衰旺推斷,次以節氣論之。凡男怕未來節,近節必重,過節無傷;節前不重者,必無妨。若是久病,當以四時節候論之。且如木鬼忌秋間節氣,遇節不重,過節必安。女人最忌鬼爻沐浴日得病。
男子は鬼爻の長生の日に病を得ることを怕れ、また将来に至るその節気を怕れる。女子は鬼爻の沐浴の日に病を得ることを嫌い、最も過ぎ去ったその節気を嫌う。男子が長生を怕れるとは、鬼爻の長生日に病を得れば、病勢が鬼爻とともに盛衰して日に加重することを言う。このとき卦中に「子孫」「青竜」「天医」の発動して救うものがなければ、鬼爻の墓・絶の日に至って人はかえって死す。別の説はさらに詳しい。寅日に火鬼に遇い、巳日に金鬼に遇い、申日に水鬼または土鬼に遇い、亥日に木鬼に遇う、これらを「長生鬼」と言う。火が寅に長生し、金が巳に長生し、水土が申に長生し、木が亥に長生するからである。占う者がこれに遇えば、目下は覚えずとも大凶は後にあり、沉重の勢いがまさに来たらんとする。およそ安危を決するには、まず鬼爻の衰旺で推断し、次に節気で論ずる。男子が怕れるのは至らんとして未だ至らぬ節気で、節に近づけば必ず重く、節を過ぎれば傷なし。節前に重くならぬ者は必ず妨げなし。もし久病なら、四時の節候で論ずべきである。たとえば木鬼は秋間の節気を忌み、節に遇って重くなければ、節を過ぎて必ず安らぐ。女子は最も鬼爻の沐浴の日に病を得ることを忌む。
又云:卯日遇火鬼,午日遇金鬼,酉日遇水土鬼,子日遇木鬼,謂之沐浴鬼。遇之難痊,至後反加沉重。次看節後必重,不重無傷。女人極怕過後之節。不宜丘墓同宮,安可雷風合卦。三丘五墓,俱見後。二殺俱動,病人作福也難留。雷風者,棺槨殺也。震為棺,巽為槨,坤為墓,艮為冢。占病若全必死。
別の説では、卯日に火鬼に遇い、午日に金鬼に遇い、酉日に水鬼または土鬼に遇い、子日に木鬼に遇う、これらを「沐浴鬼」と言う。火が卯に沐浴し、金が午に沐浴し、水土が酉に沐浴し、木が子に沐浴するからである。これに遇えば病は痊癒し難く、後にかえって加重する。次に節気を見れば、女子は節を過ぎて必ず重く、過ぎて重くなければ傷なし。ゆえに女子は極めて過ぎ去った節気を怕れると言う。病を占うに「三丘」「五墓」が同宮にあるを宜しとせず、いわんや雷風の二卦が合するをや。三丘・五墓の二煞の起法は皆後文に見える。この二凶煞が同時に発動すれば、病人は法事を行って福を祈っても留め難い。雷風とは棺椁の煞である。震を棺と為し、巽を椁と為し、坤を墓と為し、艮を冢と為す。病を占ってこれらの卦象が揃えば、人は必ず死す。
既論染災之表裡,須言得病之因由。凡占病,先斷症候端的,然後議論病因。更能明此一章,誠可謂通神之卜矣。六獸臨官,當分內外;八宮值鬼,宜別陰陽。但逢鬼臨六神,看在何爻。在內則在家得病,在外則他處招殃。青龍鬼:是酒色過度,或因財有傷,婦人因喜有疾;青龍鬼空,墮胎有患。朱雀鬼:口舌及咒咀。在二爻,灶下咒咀;在三爻,當門咒咀;或家堂神前咒咀。如朱雀臨金鬼動,敲鍋鐺咒咀。
すでに病災の表裏を論じたれば、次に病を得た因由を言わなければならない。およそ病を占うには、まず症候を端的に断じ、しかる後に病因を議論する。能くこの一章を明らかにすれば、誠に神明に通ずる卜と言うべきである。「六獣」が「官鬼」に臨むは、内卦か外卦かを分かち、八宮の中に鬼爻に値うは、陰か陽かを弁ずべきである。およそ鬼爻が六神に臨むに遇えば、まず第几爻かを見る。内卦なら家の中で得た病で、外卦なら他処で招いた殃である。「青竜」鬼:酒色の過度、あるいは財のために労して傷を受けたを主り、婦人は喜事に孕みて病を得る。青竜鬼が空亡に落ちれば堕胎の患あり。「朱雀」鬼:口舌の是非および人に咒罵・詛咒せられたを主る。二爻にあれば灶前の咒罵、三爻にあれば当門の咒罵、あるいは家堂の神位前の咒罵である。「朱雀」が金鬼に臨んで発動すれば、人が鍋鐺を敲いて叫罵するものである。
勾陳鬼:飲食不節,傷飢失飽,脾胃不調。臨木鬼:因修造動土處得病。螣蛇鬼:事務縈心,憂愁思慮,或虛驚怪異,因而染病。此爻多是心家受病。白虎鬼:鬥毆跌撲,傷筋損骨,或寒酸沖肺。玄武鬼:色慾過度,傷飢冒雨。
「勾陳」鬼:飲食に節度なく、飢えたり飽いたりして脾胃の失調を主る。勾陳が木鬼に臨めば、動土修造の所で得た病である。「螣蛇」鬼:心に事務を牽掛し、憂愁思慮の過度、あるいは虚驚を受け怪異に撞遇して染病したを主る。この爻の病は多く心経の損傷である。「白虎」鬼:人と闘殴し、あるいは跌扑して摔傷し、筋を傷り骨を損い、あるいは寒気が肺を侵したを主る。「玄武」鬼:色欲の過度、また飢えたまま雨を冒して奔走して病を致したを主る。
卦若無鬼,其病難醫,症候難決。但以克殺動者斷之;不動,以克用爻者斷,又以伏鬼斷。若鬼伏父母下:憂心得病,或穿衣服得病;過與不及,冬言衣單,夏言衣重。鬼伏兄弟下:賭博爭財;鬼伏子孫下:外情牽惹;鬼伏財下:飲食太過;鬼伏殺下:舊病再發,亦難除根。老人卦忌生旺,小兒卦忌休囚。最宜病人本命上卦,大吉也。值陰鬼,夜重日輕;陽鬼,夜輕日重。陰陽各依爻上看。
卦中に鬼爻がなければ、病は医し難く症候も断じ難い。このときは発動して来り世を剋る凶煞を取って断ずるほかない。動爻がなければ、用神を剋るその一爻を取って断じ、さらに伏蔵の鬼爻を尋ねて断ずる。鬼が「父母」爻の下に伏せば、憂思労心して得た病、あるいは衣服の不適で得た病で、衣服が過ぎるか及ばざるか、冬は単衣過ぎたと言い、夏は厚過ぎたと言う。鬼が「兄弟」爻の下に伏せば、賭博争財から惹き出されたもの。鬼が「子孫」爻の下に伏せば、外の人情に牽扯されたもの。鬼が「妻財」爻の下に伏せば、飲食の過量。鬼が凶煞の下に伏せば、旧病の復発で根除も難い。老人の病を占うに鬼爻の生旺を忌み、小児の病を占うに鬼爻の休囚を忌む。最も良いのは病人の本命の支も卦中に現れることで、それは大吉である。鬼爻が陰爻なら病は夜重く昼軽く、陽爻なら夜軽く昼重い。陰陽は各々爻の属性に従って見る。
世人有疾病者,亦有賢愚之分。賢者以醫藥為重,愚者以禱告為先。占者不可不察其情狀。一覽其人,可知高下,庶幾賢愚,皆可共語,其道方能流行。鬼神者:儒家本不言此,今為患者之占,不得不據理推詳,以為陰功默佑。
世の病む人にも明智と愚昧の分がある。明智の人は医を求め薬を服するを重んじ、愚昧の人は祈祷禳解を先とする。占う者はその情状を体察せざるべからず、来たる人を一目見ればその見識の高下を知り、こうして明智にも愚昧にも言うべき言葉があって、卜筮の道は行われ得るのである。鬼神の一事に至っては、儒家はもとより存して論ぜざるのだが、いま病人のために卦を占うに、道理に依って推詳せざるを得ず、しばらく人のために陰徳を積み、黙々の庇佑を求めるとするのみである。
木主東嶽天齊聖帝,七十二司,三十六案之神,並自吊傷亡。水是河泊水府,沿江七十二廟之神,並溺水傷亡。土是瘟蝗疫癘,中央土府之神,並飢餓絕食傷亡。金是銜刀、五道,飛廉、白虎,金神、七殺,吟呻、三殺,九良星殺,喪殃、喪殺之神,並自刎、被刑、陣亡,一應傷亡。火是南方火部,赤睛朱發鶴神、毛頭毒火之神,並赴湯蹈火傷亡。若二爻鬼為灶神,三爻鬼為香火神,子孫動為福神。依此推之,萬無一失。
鬼爻の五行はさらに犯した神煞を配し得る。木に属すれば、東岳天斉聖帝およびその属する七十二司・三十六案の神明、また縊死した亡魂である。水に属すれば、河伯水府と沿江七十二廟の神明、また溺死した亡魂である。土に属すれば、瘟疫・蝗災・癘気の神と中央土府の神、また飢餓絶食して死した亡魂である。金に属すれば、銜刀煞・五道神・飛廉・白虎・金神七煞・吟呻三煞・九良星煞・喪殃喪煞の諸神、また自刎・受刑・陣亡などの一切横死の亡魂である。火に属すれば、南方火部の諸神、赤眼朱髪の鶴神・毛頭毒火の神など、また湯を赴き火を蹈んで死した亡魂である。このほか、二爻上の鬼は灶神、三爻上の鬼は家堂香火の神、「子孫」が発動すれば護佑の福神である。この次第に従って推せば、万に一つの失いもない。
伏克飛爻,藥奏通神之效;子臨應位,醫逢濟世之才。世為病人,應及外卦為醫藥。藥如克病,病即愈;病者克藥,藥無靈。外卦及應生世,藥雖對症,作效遲。世動克藥,若是水鬼,服藥不納;金鬼無氣,久病犯真,服藥無效;木鬼,其病必犯條貫,雖藥亦無益;火鬼旺相,其症必剛,雖藥不能止其熱;土鬼,其病沉重,藥不對症,不能療病。應爻加鬼克世,則誤藥損人矣。
伏神が飛神を剋し得れば、薬に通神の効がある。「子孫」が応爻に臨めば、世を済う良医に遇ったのである。病を占うに世爻を病人とし、応爻と外卦を医薬とする。薬が病を剋すれば病は立ちどころに癒え、反対に病人が薬を剋すれば薬は霊ならず。外卦と応爻がただ世爻を生ずるに来るなら、その薬は対症でも効き目は遅い。世爻が発動して薬爻を剋しに行けば、五行を分けて見るべきである。水鬼なら、薬を服しても納まらない。金鬼で気なければ、久病ですでに根本を傷り、服薬に効なし。木鬼なら、この病は必ず忌諱の条貫を犯したもので、薬を用いても益なし。火鬼で旺相なら、症勢は必ず剛烈で、薬はその熱を圧し得ない。土鬼なら、病情は沉重で薬が対症せず、治せない。もし応爻に鬼爻が加わって世を剋すれば、それは薬を誤って用いてかえって人を害するのである。
占病以子孫為醫藥,臨應動克世,必遇良醫,其病即痊。卦無子孫,服藥無效。世應比和,卦無子孫,宜換醫人。子孫臨應被世克,雖遇良醫病未療。外卦及應雖克世,卦無福德亦難安;可言有藥須當療,但恐良醫未有緣。子孫雖克世,外爻及應卻不克,雖有良醫,藥餌不中,終無大害。虎殺若臨子孫動,須防醫者不精詳。
病を占うに「子孫」爻を医薬とする。子孫が応爻に臨んで発動し世を剋しに来れば、必ず良医に遇い、病は立ちどころに癒える。卦中に子孫爻がなければ、服薬しても効を見ない。世応が比和して卦中にまた子孫がなければ、別に医を換えるべきである。子孫は応爻に臨むが世爻に剋されるときは、たとえ良医に遇っても病は治らない。外卦と応爻は世を剋しに来るが、卦中に福德の子孫がなければ、病はなお安んじ難く、ただ薬はあり治すべきは治すが、良医と縁なきを恐れるのみと言うべきである。子孫が世を剋すが、外卦の諸爻と応爻が世を剋さなければ、それは良医ありても薬が対路せず、ついに大害もない。「白虎」の凶煞が子孫に臨んで発動すれば、さらに医者が粗心で精細ならぬを提防せねばならない。
必須參究五行,方可攻醫萬病。火鬼宜涼劑;水鬼宜溫劑,或丸藥;木鬼宜針;金鬼宜灸;土鬼宜剉散。火鬼月建旺,宜大寒之劑;無氣,不過清涼之藥。餘仿此推。金鬼利南方醫人,木鬼利西方醫人,水鬼利四散醫人,火鬼利北方醫人,土鬼利東方醫人。若前卦水鬼,後火鬼,先須四散醫治,終於北方醫人收功。
必ず五行を参究してこそ、薬を用いて百病を治し得る。火鬼には涼薬を宜とし、水鬼には温薬を宜とし、あるいは丸剤を服す。木鬼には針刺を宜とし、金鬼には艾灸を宜とし、土鬼には剉碎の散剤を宜とする。火鬼が月建によって旺なら、大寒の剤を用いなければならない。火鬼が気なければ、清凉の薬を少し用いるに過ぎない。残りの各鬼はこれに倣う。さらに医家の方位を論ずる。金鬼には南方の医を請うを宜とし、火の金を剋るの義を取る。木鬼には西方の医を請うを宜とし、金の木を剋るの義を取る。水鬼には四方に散在する医を請うを宜とする。火鬼には北方の医を請うを宜とし、水の火を剋るの義を取る。土鬼には東方の医を請うを宜とし、木の土を剋るの義を取る。もし本卦が水鬼で変卦が火鬼なら、まず四散の医に診治させ、最後に北方から来た医が功を収める。
卦爻安靜,重為濟世之人;土殺俱興,定作黃泉之客。凡占病,六爻安靜為吉,其病可治。一卦中凶殺常多,而吉神常少;吉凶悔吝,皆出乎動,動則成咎。且如六親之中,不過子孫動者吉;六神之中,不過青龍動者吉。餘者未必皆凶,亦不能為福,發動何益於我哉!此乃吉少凶多。不如卦爻安靜,雖有凶煞,終未遭傷。若有吉神當權,自能為福。土殺者,即辰戌丑未是。交相換易,行乎四時之間,占病逢之,多凶少吉。所有諸煞,俱見後凶煞章內。若有一件動,便成凶咎。
卦爻が安静なら、病人はなお改めて世を済う人と為り得る。土爻と凶煞が一斉に興動すれば、それは黄泉の客と定まる。およそ病を占うに、六爻安静を吉とし、その病は治し得る。一卦の中に凶煞は常に多く吉神は常に少なく、《易》の言う吉凶悔吝は皆「動」より生ずる。一動すれば咎を成しやすい。六親で論ずれば、「子孫」の発動のみが吉で、六神で論ずれば、「青竜」の発動のみが吉である。残りの各爻各神は必ずしも凶ではなくとも、福を生ずること能わず、発動して我に何の益かあらん。これ正に吉少なく凶多き勢なれば、六爻安静に如かず。卦中に凶煞あっても、ついに人を傷らず、さらに吉神の権を当てば、自ずから福を招く。土煞とは、辰・戌・丑・未の四つの土支で、交替して四季の間を行く。病を占ってこれに遇えば、凶多く吉少ない。残りの各種凶煞の起法は皆後の凶煞章に見え、一件でも発動すれば凶咎を成す。
十八、地理章
生死稟修於前定,壽夭各盡其天年。陰陽廕庇於後人,理義合憑其地理。天地之間,純陰不生,純陽不化。一陰一陽,二氣交感,化生萬物。且如天欲降生人才,必假地之氣脈;陰陽融結,必有賢者出。故凡人子,須當以親之體安厝得所,則亡者安而生者庇。
人の生死は前定の数に禀受し、寿の長短は各々その天年を尽くす。これは強いて求め得られない。ただし陰陽の二気は後人を蔭庇し得る。道理情義で言えば、これは地理の学に凭るほかない。天地の間に、純陰の気は生せず、純陽の気は化せず。必ず一陰一陽の二気が交感してこそ、万物を化生する。たとえば上天が一人の人才を降生せしめんとすれば、必ず地脈の気を借り重んずる。陰陽の気が融結して穴を成せば、そこに必ず賢人を出す。ゆえに人の子女たる者は、父母の遺体を合宜の処に安葬しなければならない。かくすれば亡き者は安らぎ、生ける者も庇蔭を得る。
凡占風水,漫求玄妙與玄微;且把卦爻端詳,是地不是地。六合則風藏氣聚,六沖則水走沙飛。夫六合者,陰陽相配而不相離。初四、二五、三六,更相朝顧,是為有情。凡地理不過山環水抱,四獸朝迎,拱衛有情,羅城無缺。似此卦中六合之義也,大吉之地。若卦無六合,世在內象,四獸有情者,乃次吉之地也。世爻雖在外象,卻得賓主有情;左右回顧,明堂寬廣,水口關欄,乃小結局,亦可用也。若遇六沖卦,乃山飛水走之地,不必更詳。
およそ風水を占うに、ひたすら玄妙幽微の説を求めるを要せず、しばらく卦爻を端詳して明白にし、まずそれが地か地でないかを断ずる。卦に「六合」に逢えば、風を蔵し気を聚め得る。卦に「六冲」に逢えば、水流れ沙飛び、気散じて聚まらず。六合とは、陰陽相配して相離れぬこと。初爻と四爻、二爻と五爻、三爻と六爻が互いに朝顧照応することを有情と言う。地理の妙は、山環水抱・四獣朝迎・拱衛有情・羅城無缺に過ぎず、正に卦中六合の義に合し、大吉の地である。卦中に六合なしとも、世爻が内卦にあって四獣有情なら、次等の吉地である。世爻たとえ外卦に落ちても、賓主有情・左右回顧・明堂寛広・水口に関欄の収束あれば、小結局の穴でなお用い得る。六冲の卦に遇えば、山飛び水走る地で、再び細看するを要しない。
龍因地勢詳觀,即得天玄妙理。此二句,乃一章之要旨。入山尋水口,不宜六位空亡;到穴看明堂,喜見間爻旺相。第六爻為水口。與世相生相合,是為有情;若加青龍、貴人、財福者,水口重重關鎖;必有奇峰秀嶺,拱照迴環。若第六爻與世相剋相沖,山直無情,地枯無氣。六爻若值空亡,水口散漫,不能聚氣。間爻者,世應中之二爻也。旺相臨月建,謂之萬馬明堂。有云:明堂容萬騎,水口不通風,大吉之地。明堂,眾水所聚。宜靜不宜動,靜則聚高,動則傾瀉。若水帶吉神生克間爻,乃四水入明堂也。
来竜は地势に就いて細かく観看し、看明すれば自ずから天然玄妙の理を得る――この二句は本章の要旨である。山に入ればまず水口を尋ね、六爻の位は空亡に落ちるを宜しとしない。穴場に至って明堂を看るに、「間爻」の旺相を最も喜ぶ。第六爻を水口と為す。それが世爻と相生相合すれば有情と言い、さらに「青竜」「貴人」「妻財」「子孫」を加えれば、水口重々に関鎖し、必ず奇峰秀嶺の拱照回環がある。第六爻が世爻と相剋相冲すれば、山勢は直去して情なく、地気は枯竭する。六爻が正に空亡に値すれば、水口散漫して気を聚められない。間爻とは、世爻と応爻の中間の二爻で、間爻が旺相してまた「月建」に臨めば、万馬明堂と言う。一説に、明堂が万騎を容れ水口が風を通さざれば、すなわち大吉の地。明堂は衆水の汇聚する所で、静を宜として動を宜とせず。静なれば水聚まり気厚く、動けば傾瀉して気泄る。水爻が吉神を帯びて間爻を生剋すれば、四面の水皆明堂に流入するのである。
世乃主山之骨,當明九曜之規模;應為賓對之峰,須察五行之定體。世為坐下之山。又云:初爻二爻為坐山。生旺,坐山高厚;休廢空亡,坐山微薄。世持巳亥寅申,必定山雄地壯;世持辰戌丑未,必居廣闊平洋。世持亥子,穴中出水;世持辰巳帶殺,主有地風;白虎帶殺逢空,主有白蟻。若臨諸吉神,則坐山尊嚴,穴中潔淨。屬木必林茂,屬水必近流泉。當類而推之也。九曜詳婚姻章內。旺相則吉。
世爻は主山の骨干で、「九曜」の規模を明らかにすべきである。応爻は対面の賓峰で、五行の定める星体を察看しなければならない。世爻はすなわち穴場の坐する山で、別説に初爻・二爻を坐山とする。世爻が生旺なら坐山は高厚で、休廃空亡なら坐山は単薄である。世爻が巳・亥・寅・申の四長生の支を持てば、必ず山雄く地壮んである。辰・戌・丑・未の四墓の支を持てば、必ず広闊平洋に処す。世が亥・子水を持てば穴中に水を出し、世が辰・巳を持ち凶煞を帯びれば、穴中に地風ありを主る。「白虎」が煞を帯びまた空に逢えば、穴中に白蟻生ずるを主る。世爻が諸般の吉神に臨めば、坐山尊厳で穴中潔浄。世爻が木に属せば山上は必ず林木茂盛し、水に属せば必ず流泉近し。残りは類に従って推せばよい。九曜の法は婚姻章に詳しく、要するに旺相を吉とする。
案山帶子孫貴人旺相,其山聳拔秀麗。若生世合世,端正有情。空亡,向山不正;帶殺逢沖,乃欹斜破相之山。若應臨墓絕,必是案山低小。應若屬金,即言金星;屬水,即言水星之類是也。向列二十四位,事分百千萬端。木爻持世,主東震,寅甲卯乙。金爻持世,主西兌,申庚酉辛。火爻持世,主南離,午丙巳丁。水爻持世,主北坎,亥癸子壬。辰戌丑未,卻言艮乾巽坤。各有所宜。
応爻の主る案山が、「子孫」「貴人」を帯びて旺相なら、その山は必ず聳拔秀麗である。世を生じ世に合すれば、案山端正有情。応爻が空亡なら、対する向山は正ならず。凶煞を帯びまた冲に逢えば、歪斜破相の山である。応爻が墓・絶の地に臨めば、案山は必ず低小。応爻が金に属せば金星と言い、水に属せば水星と言い、残りはこれに倣う。向位は二十四位に排され、人事は千百万端に分かる。木爻が世を持てば東方震位を主り、すなわち寅・甲・卯・乙の四向。金爻が世を持てば西方兌位を主り、すなわち申・庚・酉・辛の四向。火爻が世を持てば南方離位を主り、すなわち午・丙・巳・丁の四向。水爻が世を持てば北方坎位を主り、すなわち亥・癸・子・壬の四向。辰・戌・丑・未が世を持てば、艮・乾・巽・坤の四維の向を分主する。各々その宜しきあり。
發動青龍,克世須防嫉主;剛強白虎,逢沖切忌昂頭。山間之龍虎,即卦中之龍虎。青龍雖吉,亦忌克世,相生乃妙。白虎太旺,便是昂首剛強,皆為不吉。青龍斷左畔之峰,白虎言右邊之嶂。所喜者,相生相合;所忌者,相剋相沖。青龍旺,帶木,主林木蔥蔚;帶土,則山嶺崔巍;其秀氣從左而來。白虎盛,臨水,主流泉脈遠;加金,則岩石奇麗;其秀氣從右而至。皆喜其相生,最惡其相剋。
「青竜」が発動して世を剋しに来れば、左辺の砂が反り返って主山を欺淩するを防ぐべし。「白虎」は本性剛強で、さらに冲動に逢うときは、昂頭して穴を圧するを切に忌む。山間の青竜・白虎の二砂は、すなわち卦中の青竜・白虎の二神である。青竜は吉神なりとも、世を剋するを忌み、世と相生してこそ妙。白虎が太旺なら、昂首剛強の象で、皆不吉に属す。「青竜」は左辺の山峰を断じ、「白虎」は右辺の屏嶂を言う。喜ぶは世と相生相合すること、忌むは相剋相冲である。青竜が旺にして木を帯びれば、左辺の林木葱鬱を主る。土を帯びれば左辺の山嶺高峻で、秀気は左辺より来る。白虎が盛にして水に臨めば、右辺に流泉あって脈遠きを主る。金を加えれば右辺の岩石奇麗で、秀気は右辺より来る。二者とも相生を喜び、相剋を最も悪む。
鬼在局中,必有伏尸古墓;空臨左右,豈無凹缺招風。若世下,有本宮官鬼伏藏,必有舊穴在下。左右者,龍與虎也。若見何爻空亡,便知有凹缺招風之處。主墓穴不安,為不吉也。勾陳若在世中,一路來龍振起;朱雀加臨應上,兩重對案相迎。勾陳乃龍之祖。若在木爻,或臨世上,來龍必遠也。朱雀為案山。若臨應上,必有兩重對案。若問螣蛇,當為穴法。旺相與吉神共位,乃是真龍;空亡或墓絕問鄉,當為絕穴。卦中以螣蛇為穴。旺相為真龍,休囚為絕穴。
「官鬼」がこの一局の中にあれば、穴下に必ず伏屍の古墓あり。空亡が左右両砂に落ちれば、凹缺して風を招く処なからんや。世爻の下に本宮の「官鬼」が伏蔵すれば、穴底に必ず旧墳あり。左右とは青竜・白虎の二砂を指す。どの爻が空亡かを見れば、どちらの辺に凹缺漏風の処あるかを知り、墓穴不安を主る不吉の象である。「勾陳」が世爻の中に落ちれば、一路の来竜は遠くより振起す。「朱雀」が応爻に加臨すれば、前面に两重の対案が相迎す。勾陳は竜脈の祖で、木爻にあるか世に臨めば、来竜は必ず悠遠。朱雀は案山を主り、応爻に臨めば前に必ず两重の対案あり。「螣蛇」を問わば、それは穴を定める法である。螣蛇が旺相してまた吉神と同位なら真竜結穴で、空亡に落ちるか墓・絶の郷に走れば絶穴である。卦中は螣蛇をもって穴と為し、旺相を真竜とし、休囚を絶穴とする。
論山既備,於水合言。尋亥子,方知有無,觀動靜,可分死活。卦中無亥子,必無池塘溪澗。雖有水爻,卻逢墓絕,乃是乾流之地。但看水爻動者活水,靜者死水而已。要識根源遠近,但看水位興衰;欲推纏繞多情,且察水爻生合。水爻旺相,流脈綿長;水位休囚,根源淺近。水爻相生相合,主委曲有情;若相剋相沖,主直來無氣。若見卦無水位,便當推究玄爻。倘六爻無水,竟將玄武爻推看。遇吉則吉,逢凶則凶。玄武臨吉神,是水於我有益有情,大吉;若臨凶殺,則無益無氣,主凶。
山を論ずることすでに畢われば、次に合わせて水を論ずべし。卦中に亥・子の水爻あるかを尋ねて、水あるかなきかを知り、水爻の動か静かを見て、死水活水を分かつ。卦中に亥・子なければ、そこに必ず池塘溪澗なく、たとえ水爻あっても墓・絶に逢えば、涸竭の旧河道である。ただ水爻の発動するを活水とし、安静のを死水とするのみ。水の根源の遠近を知らんには、ただ水爻の興衰を見、纏繞有情かを推さんには、しばらく水爻の生合を察す。水爻が旺相なら水流の脈絡綿長で、水爻が休囚なら源頭浅近。水爻が世と相生相合すれば水流委曲有情を主り、相剋相冲なら水は直来直去して気なし。もし卦中に全く水爻なきを見れば、「玄武」の爻を推究すべし――六爻に水なければ、玄武の臨む爻を水と見るのである。吉神に遇えば吉、凶煞に逢えば凶。玄武が吉神に臨めば、この水は我に益あり有情で大吉、玄武が凶煞に臨めば益なく気なく、凶を主る。
卜筮全書巻之八 黄金策 上
総断千金賦
明誠意伯劉伯溫先生著。向為秘本,今將公諸天下。總斷千金賦:動靜陰陽,反覆遷變。遷變者,互化也。如乾象三連,下動化巽,上動化兌,中動化離,三爻俱動則化坤,中爻不動則化坎之類。或以安靜卦單化拆,拆化單者非。蓋卦爻有動則變,無動則不變。假如谷之一物,若不動,則終於谷耳。及被舂之則成米,又炊之則成飯。其舂與炊,猶卦爻之動也;其米與飯,猶卦爻之變也。然谷之舂為米也,有成粒而為糧者,有不成粒而為粞者,又有糠粃而不為人所用者;及其米之為飯也,有精糳而為人所愛食者,亦有饐餲而為人所惡食者。是米與飯,皆有美惡不同;猶變出之爻,亦有吉凶不同也。
この一篇の《黄金策》は明代の誠意伯・劉伯温先生の著で、従来は秘本として伝えられなかったが、いま初めて天下に公にする。全篇の総綱を《総断千金賦》と言う。冒頭に曰く、卦の動静陰陽は、反復して遷移変化する。遷変とは、互いに化出することである。たとえば乾卦は三画連なりて断たれぬ象で、下爻が動けば巽に化し、上爻が動けば兌に化し、中爻が動けば離に化し、三爻ともに動けば坤に化し、中爻が動かず上下二爻が動けば坎に化すなど、この類である。ある人が安静の卦をも単爻が拆爻に化し拆爻が単爻に化すと言うのは誤りである。卦爻は動あってこそ変し、動かなければ変しない。たとえば穀というものは、動かさなければ、それはあくまで穀である。舂けば米となり、炊けば飯となる。舂と炊は卦爻の動にたとえ、米と飯は卦爻の変にたとえる。しかし同じ穀を舂いて米とするにも、粒を成して糧と為し得るもの、碎けて粒を成さずただ碎米となるもの、糠秕のみ残って人の要らぬものがある。同じ米を飯とするにも、精白香軟で人皆愛食するもの、餿えて味変わり人皆悪むものがある。米にも飯にも好壞の別あること、まさに卦中の変出の爻にも吉凶の異なる如くである。
予見《天玄賦》有靜化動化之說,是不動亦變矣。今人乃祖其法,每有變安靜之卦者。凡此之類,皆卜易之大,又不可不辨,予故不得已而為之說。又有止變一爻者,若亂動則不變。此又予所不知也。雖萬象之紛紜,須一理而融貫。象:即空刑生合等象;理:即生剋制化之理。
私は《天玄賦》の中に「静化」「動化」の説あるを見た。それに従えば、動かぬ爻も変するのである。今の人はこの法に沿襲して、常に安静の卦をも一遍変えている。この類の説は皆卜易の大関節に関わり、辨明せざるべからず。ゆえに私は已むを得ずこの議論を書いた。またある人はただ一爻を変え、六爻が乱動すればかえって変しないと言うが、これはさらに私の理解し得ぬところである。卦中の万象は紛紜雑出するが、一つの道理をもってそれらを貫通せねばならない。「象」とは、空亡・刑冲・生合などの卦象であり、「理」とは、生・剋・制・化の理である。
夫人有賢、不肖之殊;卦有過、不及之異。太過者,損之斯成;不及者,益之則利。賢、不肖之殊,人生之不齊也;過、不及之異,卦爻之不齊也。人以中庸之德為至,卦以中和之象為美。德至中庸,則無往而不善;象至中和,則何求而不遂哉。故凡卜易,須抑其過,引其不及,歸於中道,則凡事皆不期然而然矣。此卜易之大旨,故揭於篇首。
人に賢と不肖の分別ある如く、卦に太過と不及の差異がある。太過は、これを減損してこそ事を成す。不及は、これを補益してこそ利ある。賢と不肖の別は人の生まれつきの參差、太過と不及の異は卦爻の自体の參差である。人は中庸の徳をもって最高とし、卦は中和の象をもって最美とする。徳行が中庸に合すれば、往くところ善ならぬなく、卦象が中和に達すれば、求めて遂えぬことなし。ゆえにおおよそ卜易は、その太過を抑制し、その不及を扶引して、中道に帰せしめれば、諸事は期せずして成就する。これ卜易の根本宗旨なれば、全篇の首に標挙するのである。
今人但知不及者不成,不知太過者,亦不能成也。何謂過?主事爻重疊太多是。多則不專一,所以不成褔,故宜損之。何謂不及?主事爻即一位,而又不得其時是。不及則無氣,所以不成事,故宜益之。損益之道:生扶拱合,及克害刑沖是。且如土為主事爻,有三五重太過,須得寅、卯月或寅、卯日,或卦有寅、卯爻動克之,然後成事,所為損之也。又如金為主事爻,在夏月令無氣,須得月建、日辰生扶,或動爻合助,方能有成,所為益之也。大抵太過者,吉不能成其吉,凶不能成其凶。
今の人はただ不及の事を成さぬを知り、太過も同じく事を成さぬを知らず。何をか太過と言う。主事の爻が重畳して多すぎることである。多ければ専一ならず、ゆえに福を結ばず、ここに減損を宜とする。何をか不及と言う。主事の爻がただ一位にしてまた時令を得ざることである。不及なれば気なく、ゆえに事を成さず、ここに補益を宜とする。損益の手段は、生・扶・拱・合と剋・害・刑・冲の二套に過ぎない。たとえば土を主事爻とすれば、卦中に土三重五重あれば、それは太過で、寅月卯月あるいは寅日卯日に占い得るか、卦中に寅・卯の木爻が発動してこれを剋しに来てこそ、事が成る。これを損と言う。たとえば金を主事爻とすれば、夏月火令の中に金気なく、「月建」「日辰」の生扶を得るか、動爻の合助あってこそ成る。これを益と言う。大抵太過の爻は、吉もその吉を成さず、凶もその凶を成さない。
生扶拱合,時雨滋苗;生:謂相生。如用爻是金,卻在辰戌丑未日占得,或卦中動爻屬土,是也。扶者:謂卯爻見寅日,酉爻見申日,子見亥,午見巳,丑未見辰戌之類,是也。拱者:如寅爻見卯日,申爻見酉日,亥見子,巳見午之類,是也。合者:二合、六合、三合之類,是也。二合:子與丑合雲。三合:即申子辰合成水局雲。以上四者,皆能維持調護。爻象弱者,遇之則強,衰者見之則旺,伏者見之則起。故如時雨滋苗也。然亦有吉凶之辨。用爻見之則吉,忌爻見之則凶,所謂助桀為虐,其惡愈甚。學者自當辨用。下三條仿此。
「生」「扶」「拱」「合」の四者は、時雨の禾苗を滋潤するが如し。生とは相生のことで、たとえば用爻が金に属するに、辰・戌・丑・未の日に占い得るか、卦中の動爻が土に属すれば、土は金を生ず。扶とは、同類の中で年長のが年幼を助けることで、たとえば卯爻が寅日に遇い、酉爻が申日に遇い、子が亥に遇い、午が巳に遇い、丑未が辰戌に遇う類である。拱とは、同類の中で年幼のが年長を托すことで、たとえば寅爻が卯日に遇い、申爻が酉日に遇い、亥が子に遇い、巳が午に遇う類である。合とは、二合・六合・三合の類で、二合は子と丑の合、三合は申・子・辰の水局を会する如し。以上四者は皆爻神を維持調護し得る。爻象の弱きはこれに遇えば強く、衰えたるはこれを見れば旺し、伏蔵するはこれを見れば起つ。ゆえに時雨の苗を滋ますに譬う。ただしその中にも吉凶の辨あり。用神がこれを得れば吉、忌神がこれを得れば凶。いわゆる桀を助けて虐を為す、悪を為すことさらに甚だし。学者は自ずから分辨して用いるべきである。以下の三条もこの道理に照らして見る。
克害刑沖,秋霜殺草。克者:相剋。五行制壓之神也。害者:六害。地支相凌之神也。刑者:三刑。意同仇敵。沖者:對沖。勢如戰鬥。以上四者:能傷身,能敗德,能制伏,能壞事。故喻之如秋霜殺草。惟忌神見之反吉。長生帝旺,爭如金谷之園;長生、帝旺,十二座星中至吉者也。六爻遇之,雖衰弱者,亦作有氣論。故以金谷譬焉。若推成事,則帝旺主速成,長生為差遲耳。蓋長生猶人初生,未即強盛;帝旺猶壯年之時,血氣方剛,其力進銳。所以,長生遲,而帝旺速也。
「剋」「害」「刑」「冲」の四者は、秋霜の百草を摧殺するが如し。剋とは相剋で、五行の中の制伏圧服の神である。害とは六害で、地支が彼此相凌ぐ神である。刑とは三刑で、その意は仇敵の相待するが如し。冲とは対冲で、その勢いは両軍の交戦するが如し。この四者は人の身を傷り、人の徳を敗し、爻神を制伏し、事情を敗壊し得る。ゆえに秋霜の草を殺すに譬う。ただ忌神がこれらに遇うときは、かえって吉である。爻が「長生」「帝旺」に遇えば、まさしく石崇の金谷園に身を置くが如き富厚である。長生と帝旺は長生十二位の中の最も吉なる二位で、六爻がこれらに遇えば、たとえ自体衰弱でも気あると論ずる。ゆえに金谷園に譬う。事の成就を推せば、帝旺は速成を主り、長生はやや遅し。長生は人の初生に譬えて未だ強盛ならず、帝旺は壮年の時に譬えて血気方剛、その力鋭進するからである。ゆえに長生は慢く帝旺は速し。
死墓絕空,乃是泥犁之地。死、墓、絕,皆從長生起。空是空亡。四者遇之,無不陷溺。雖得時旺相,亦不成事。故以泥犁喻之。蓋死者,亡也。猶人患病而死也。墓者,蔽也。喻人死而葬於墓也。絕者,厭絕也。猶人葬於墓,而根本斷絕也。空者,虛也。猶深淵薄冰處,不可臨之履之也。泥犁,地獄名。言其至凶也。但凶神遇之,則又反為我吉矣。
爻が「死」「墓」「絶」「空」に遇えば、それは泥犁地獄の地である。死・墓・絶は皆長生十二位より起こり、空は旬中の空亡である。爻がこの四者に遇えば、いずれもその中に陷溺して、たとえ当令旺相でも事を成さず。ゆえに泥犁に譬う。死とは亡で、人の病んで死するが如し。墓とは蔽で、人の死して墳墓に葬るが如し。絶とは断絶で、人の墓中に葬り入り、根本ここに断絶するが如し。空とは虚で、深淵薄氷の処に臨むべからず踏むべからざるが如し。泥犁は仏経の中の地獄の名で、凶の極まりを形容する。ただし凶神がこの四者に遇えば、かえって我に利に転ずる。
日辰為六爻之主宰,喜其滅項以安劉。日辰乃卜筮之主。不看日辰,則不知輕重。蓋日辰能沖動安靜卦之爻象,能並起安靜卦之爻神;發動者能制之,凶惡者能抑之,強旺者能挫之,衰弱者能扶之,生合者能破之。古人云:日辰能救事,能壞事者,此也。故為六爻主宰。
日辰は六爻の主宰で、最も喜ぶは漢高祖が項羽を滅して劉家を安んじたが如く、卦中のために凶神を除くことである。日辰は卜筮の主で、日辰を見なければ軽重を分かち得ない。それは安静の卦の爻象を冲动し得、安静の卦の爻神を併起し得、爻が発動すれば制し得、爻が凶悪なれば抑え得、爻が強旺なれば挫き得、爻が衰弱なれば扶け起し得、両爻がすでに生合せばこれを冲破し得る。古人が日辰は事を救い事を壞すと言ったのは、正にこれらを指し、ゆえにこれを六爻の主宰と称する。
且如占文書,卦有財爻發動,是文書壞矣。若得日辰合住財爻,或沖散財爻,或剋制財爻,不使之去傷害父母;故得文書有氣,其事可成。此能救事也。又如占子孫,卦中父母不動,褔爻不空,其兆吉矣。若被日辰沖扶父母,刑害子孫,則變吉為凶,此能壞事也。日辰扶持用爻則吉,扶持忌爻則凶;剋制忌爻則吉,剋制用爻則凶。假如七月乙未日,占兄弟病,得同人之無妄卦。卦中鬼爻動克主象,絕爻又動,其凶可知矣。幸得日辰未土,克壞官爻,合起主象,所謂滅項以安劉也,後果應無事。
たとえば文書を占うに、卦中「妻財」が発動すれば、財は父母を剋し、文書は壞れる。もし日辰が財爻を合住するか、財爻を冲散するか、財爻を剋制して、「父母」を傷るに至らしめなければ、文書は気を保って事は成る。これ日辰の事を救う所以である。また子孫を占うに、卦中「父母」動かず福德の爻また空を落ちざれば、もとより吉兆。もし日辰に冲起されるか父母を扶助されて、また「子孫」を刑害せば、吉より凶に転ず。これ日辰の事を壞す所以である。要するに日辰は用神を扶持すれば吉、忌神を扶持すれば凶、忌神を剋制すれば吉、用神を剋制すれば凶。一卦例を挙ぐ。七月乙未日、人が兄弟の病を占いて、《同人》より《无妄》に変ずるを得た。卦中「官鬼」が発動して用神を剋傷し、また絶爻が同動する。凶険は知るべし。幸いに日辰の未土が官鬼を剋壞し、また用神を合起した。これ正に「項を滅して劉を安んず」と言う所以で、後に果して応験して事なし。
月建乃萬卜之提綱,豈可助桀而為虐。月建乃龍德之神,故卜卦以是為提綱。須詳其有無刑沖剋害,有無生扶拱合;與世身主象,有無干涉,便見吉凶。月建中有,乃是真有。如壞事,乃真正壞事也。且如占財,卦中無財,月建是財,向後終須可得;若卦中有財,月建克財,定主艱阻,須過此一月,方可得財。如卦中無財,月建又無財,而日辰是財,可許當日便有些。財少受克,則不中矣。蓋月建成得事,日辰即可扶也。
月建は一切の占卜の提綱で、どうしてそれを桀を助けて虐を為さしめようか。月建は「龍徳」の神で、ゆえに卜卦はこれを綱領とする。それが卦爻に対して刑冲剋害あるかなきか、生扶拱合あるかなきか、世爻・身爻・用神と牽渉あるかなきかを詳察しなければならない。吉凶はそこより見える。月建の中に有るは真に有り、それが事を壞すは真に事を壞す。たとえば財を求むを占うに、卦中に財爻なしとも月建が正に財なら、後に終に得られる。卦中に財ありて月建が財を剋せば、必ず艱阻あり、その月を過ぎてこそ財を得る。卦中に財なく月建も財ならず、日辰が財なら、当日に少し許し得る。この少しの財また剋を受ければ、用を為さない。要するに月建は一事を成就し、日辰はただ傍より扶助するに過ぎない。
且如五月內,占小兒病,得大過卦。卦中無子孫爻,而月建午火,正旺為主象,不斷其死亡。餘仿此。凡看月建,與日辰同論。亦喜其扶持用爻,剋制忌爻。忌爻旺動而又生扶之,則是助桀為虐,其禍為尤甚也。最惡者歲君,宜靜而不宜動。太歲乃天子之爻。若來沖剋世身主象,主災厄不利,一歲中多不寧靜。故此星為最惡。但貴人反宜見之。若帶三刑六害,其禍尤甚,雖貴人亦不宜。若為主事爻入卦,其事必干朝廷,利於求官謀職。常人用事,多凶少吉。然此爻喜安靜,不喜發動;若被日辰動爻沖起,必有災患。
さらに一例を挙ぐ。五月に人が小児の病を占いて、《大過》卦を得た。卦中に「子孫」爻なし、しかるに月建の午火が正に旺なれば、それを取って用神と為し、ゆえにこの子は死せずと断じた。残りはこれに倣う。およそ月建を看るは、日辰を看ると同一の道理で、同じくそれが用神を扶持し忌神を剋制するを喜ぶ。もし忌神がもとより旺動して月建がまたそれを生扶すれば、それは桀を助けて虐を為すで、禍患は格外深重である。諸神の中で最も悪むべきは「太歳」で、それは静を宜として動を宜とせず。太歳は天子の爻で、それが世爻・身爻あるいは用神を冲剋しに来れば、一年の中の災厄不利・多く安寧ならぬを主る。ゆえにこの星は最悪と言う。ただし身に貴位を居する者はかえってこれを見るを宜とする。太歳が「三刑」「六害」を帯びれば、禍はさらに深重で、貴人と雖も見るを宜とせず。太歳が用神と為りて卦に入れば、占う事は必ず朝廷に関わり、官を求め職を謀るに利あり。尋常の百姓がこれをもって事を為せば、凶多く吉少し。要するにこの一爻は安静を喜び発動を喜ばず、日辰あるいは動爻に冲起されば、必ず災患ある。
最要者身位,喜扶而不喜傷。身:即月卦身也。其法與決,見第一卷。大抵成卦之後,先看卦身現與不現;與月建、日辰、動爻,有無干涉,則吉凶便見。故卜易以身為最要,而不可不看者也。且如占得困卦:身爻在午。兌宮以午火為官鬼;旺則官非,衰則疾病。又如未濟卦:卦身在寅。若日辰是申巳沖刑之,離宮以寅木為父母,便知尊長撓括,或文書相干也。
最も緊要なるは「卦身」の位で、それは扶助を受くるを喜び傷剋を受くるを喜ばず。ここに言う身とは月卦身で、起法と口訣は本書第一巻に見える。大抵卦を排成した後、まず卦身が六爻の中に現るや否やを見、次にそれが月建・日辰・動爻と牽渉あるや否やを見れば、吉凶は分暁を見る。ゆえに卜易は卦身を最要と為して、看ざるべからず。たとえば《困》卦を占い得たとき、卦身は午爻にあり。困は兌宮に属し、兌宮は午火をもって「官鬼」と為す。この爻が旺なれば官司口舌あり、衰なれば疾病あり。また《未済》卦では、卦身は寅爻にあり。日辰が申か巳にしてこれを冲しこれを刑せば、未済は離宮に属し、離宮は寅木をもって「父母」と為す。ゆえに尊長の攪擾するを知り、あるいは文書上の牽連あり。
又如兄弟爻動,與卦身相併,衰則虛詐,旺則口舌怪異也。若出現變動,依五類所主推之。如占人貴賤,身遇財爻,化出父母,必是有藝富人。餘仿此。大凡卦身,占事為事體,占人為人身。喜扶而不喜傷。凡言扶,則生並拱合,皆在其中。而曰傷者,則又兼刑沖剋害而言也。世人多以“子午持世身居初”之身爻用之,多有不驗,且未曉其義。予見卜易玄機,金鎖玄關,明卦身之身,甚為得旨。故舍彼而取此焉。
また「兄弟」爻が発動して卦身と併臨すれば、兄弟が衰なら虚詐欺瞞を主り、兄弟が旺なら口舌是非あるいは怪異の事を主る。卦身が現れてまた変動すれば、父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼の五類が各々主るところに従って推す。たとえば一人の貴賎を占うに、卦身が「妻財」爻に遇って「父母」を化出すれば、それは必ず手藝ある富人である。残りはこれに倣う。およそ卦身は、事を占えば事の本体を代表し、人を占えばその人の身を代表し、皆扶を喜び傷を喜ばず。扶と言えば、生・併・拱・合は皆その中に包まれ、傷と言えば、また刑・冲・剋・害を兼指す。世人は多く「子午持世身居初」の一套の身爻を起す法を用いるが、往々にして験なく、しかもその義理を明白にしない。私は《卜易玄機》《金鎖玄関》の二書の卦身の身を講明するを見て、よく要旨を得たりとす。ゆえにあの一套を捨ててこの一套を取る。
世為己,應為人,大宜契合;卜卦分世應者,賓主之象。世為己,應為人與事。人有彼此,所以辨人情之好惡也。求謀用事,須得生合比和,則有成就。若刑沖剋害,必主艱難。此其所以大宜契合也。海底眼云:世應相剋,縱然好事,也須費力。
世爻は自己を代表し、応爻は他人を代表し、両者は最も契合を宜とする。卜卦に世応を分かつは、主客の象を取る。世は自己、応は他人と事情である。人に彼此の分あれば、正に人の情の好悪を辨別するに用いる。およそ求謀し事を辦ずるには、世応が生合するか比和してこそ成就ある。もし彼此が刑冲剋害なら、必ず艱難である。これすなわち「大いに契合を宜とす」と言う所以の理である。《海底眼》に曰く、世応が相剋すれば、たとえ好事でも、一番の気力を費やさねばならない。
動為始,變為終,最怕交爭。交、重為動。動則陰變為陽,陽變為陰。卦中遇此,當以動爻為事之始,變爻為事之終。如占人來,得小畜之乾卦。辛未爻動,變出壬午子孫合,必婦人帶小兒來。他仿此。最怕交爭者,如主事爻臨子水動,變出未土來克害於我,乃大凶之兆。縱得用爻旺相,後亦不能稱心遂意。餘仿此。
動爻は事情の開頭で、変爻は事情の結局である。最も怕れるは両者の互いに争闘することである。「交」と「重」は皆動爻と算える。一動すれば陰爻は陽に変じ、陽爻は陰に変ず。卦中に動変に遇えば、動爻をもって事の始と為し、変爻をもって事の終と為す。例えば某人の来るか来ぬかを占いて、《小畜》が《乾》に変ずるを得た。辛未爻が発動して、壬午の「子孫」を変出してこれと合すれば、それは必ず一人の婦人が小児を帯びて来る。残りはこれに倣う。最も怕るべき交争とは、たとえば用神が子水に臨んで動するに、未土を変出して回頭して我を剋害せば、それは大凶の兆である。たとえ用神自体は旺相でも、後に称心如意たり得ない。残りはこれに倣う。
應位遭傷,不利他人之事;世爻受制,豈宜自己之謀。應受傷,不利代占,蓋代占以應為主也;世受傷,不利自占,蓋自占以世為主也。若世應逢凶,而遇此者,則勿以此斷之。世應俱空,人無準實;世應二爻,不宜在空亡之地。世空為自己不實,應空為他人不實。世應俱空,彼此皆無準實,謀事必有阻節。若安靜卦,世應空合,謂之失約無誠信。若忌爻發動旺相,則宜其落空也。
応爻が傷剋を遭えば、他人のためにする事に利あらず。世爻が制伏を受ければ、自己の謀る事がどうして順遂せん。応爻の傷を受くるは、人に代わって占うに利あらず。代占は応を主とするからである。世爻の傷を受くるは、自己のために占うに利あらず。自占は世を主とするからである。ただし世応自体がもし凶神に臨むときは、この時かえって傷剋されるべきで、この条に照らして断ずべからず。世応両爻ともに空亡に落ちれば、双方ともに準実なし。世応二爻は空亡の地に落ちるを宜とせず。世の空は自己の実在せず、応の空は相手方の実在せずである。両爻俱に空なれば、彼此ともに準なく、事を謀れば必ず阻碍あり。もし安静の卦にして世応がまた空にして合ならば、それを双方の失約・ともに誠信なしと言う。反対に、もし卦中の忌神が発動して旺相ならば、それは正に世応を空に落としてこれを避けしむべきである。
內外競發,事必翻騰。卦中一爻二爻發動,則變化有常,生克不亂,或吉或凶,自有條理。若內外爻象,紛紛競發,則吉凶靡定,人情不常。必主事體反覆,卒無定論。海底眼云:獨發易取、亂動難尋。是也。世或交重,兩目顧瞻於馬首;應如發動,一心似托於猿攀。世應皆不宜動,動則反變不常。馬首是瞻,或東或西;猿猱攀木,身心靡定。皆言其變遷更改,不能一其思慮也。但世以己言,應以人言。海底眼云:應動他人心易變。以應推之,世可知也。
内外卦が一斉に乱動すれば、事情は必ず反覆する。卦中にただ一两爻の発動あれば、変化に常軌あり生剋も乱れず、あるいは吉あるいは凶自ずから条理あり。もし内外の諸爻が紛紛として争うて発動すれば、吉凶に定準なく人情も反覆無常で、必ず事体の屢変してついに定論なきを主る。《海底眼》に曰く、一爻の独発は断を取り易く、六爻の乱動は繹を尋ね難し、正にこの意である。世爻がもし重畳発動すれば、人は士卒が主将の馬頭を望むが如く、馬頭の東を指せば東し、西を指せば西す。応爻がもし発動すれば、人心は猿猴の樹を攀ずるが如く安んずる所なし。世応両爻ともに動くを宜とせず。一動すれば反覆無常。馬首の瞻る所、忽ち東し忽ち西し。猿猴の木を攀ずる、身心定まらず。言う所は皆変遷更改、思慮の専一たり得ぬことである。ただ世爻は自己に就いて言い、応爻は他人に就いて言う。《海底眼》に曰く、応爻一動すれば、他人の心は便ち変わり易し。応爻より推して行けば、世爻の道理もまた明白になる。
用爻有氣無他故,所作皆成;主象徒存更被傷,凡謀不遂。用爻,即主事爻也。如占文書,或尊長、音信等事,則以父母為主象。求財、妻妾、婦人等事,則以財爻為主象之類是也。喜旺相有氣,不宜衰弱無力。若用爻有氣,別無月建、日辰、動爻刑沖剋害,乃為上吉好卦;從心所欲,無不稱意。若用爻無氣,而又被日辰、動爻克害刑沖,乃是大凶下卦;枉費心力,必無可成之理。蓋用爻衰弱,別無生助,比同空伏之象;雖然出現,亦是無用之物耳。故曰徒存。
用神が気ありてまた別に妨げなければ、為す事皆成る。用神は卦中にあるが衰弱してまた傷剋されれば、およそ謀划皆遂わず。用爻とは主事の爻である。たとえば文書を占うか、尊長・音信の類を占うに、「父母」をもって用神と為す。財を求め、妻妾・婦人の類を占うに、「妻財」をもって用神と為す。残りは類推せよ。用神は旺相にして気あるを喜び、衰弱無力を宜とせず。もし用神に気ありて、また月建・日辰・動爻の来りて刑冲剋害するなければ、それは上吉の好卦で、心より欲する所に従い、称意ならぬなし。もし用神に気なく、また日辰・動爻に剋害刑冲されば、それは大凶の下卦で、心力を枉費して成る理絶無である。用神が衰弱にして生助なければ、落空・伏蔵と同じく、卦中に現れても、過ぎず無用の物で、ゆえに「徒存」と言う。
有傷須救,傷者:身世主象,見傷於他爻也。救者:動爻日辰,制伏於忌爻也。且如用臨申金,而被午火動克,則申爻受傷矣;若得日辰是未字合住之,不使之克;或日辰是子字沖散之,不能來克;或日辰是亥字制伏之,不許其克;皆為有救也。其他刑害等類,皆仿此。若世身主象,見傷於月建日辰者,則真受其禍。蓋二者為卜卦之主,無可救之道也。
傷剋を受くれば、救神あるを要す。傷とは、身爻・世爻あるいは用神が他の爻に傷剣されることである。救とは、動爻あるいは日辰が忌神を制伏することである。たとえば用神が申金に臨んで、午火の発動して剋しに来るに遭えば、申爻は傷を受く。この時もし日辰が未土にして午火を合住すれば、午は剋しに行く能わず。もし日辰が子水にして午火を冲散すれば、午は剋を成さず。もし日辰が亥水にして午火を制伏すれば、午は再び剋するを許されず。これら皆救ありと言う。残りの刑・害の類もこの道理に照らす。ただし身爻・世爻あるいは用神が月建・日辰に傷られるなら、それは真にその禍を受くる。この二者は卜卦の主で、救うべきの法子なきが故である。
無故勿空。夫旬中空亡,有有故而空者,有無故而空者。凡遇日月動爻傷克,而在空亡,謂有故而空,避之可也。若無刑沖剋害,而身世主象自落空亡,此為無故而空。大凶之兆。占病必死,占事不成,占人有難。蓋空則雖有日辰動爻,難以扶持救援之故也。空逢沖而有用;凡遇卦爻空亡,今人不拘吉凶,概以無用論之。殊不知見沖亦有可用之處。蓋沖則必動,動則不空。所以雖空而有用也。假如戊午日,占天時,得升之乾卦。
故なきに空亡に落ちるべからず。旬中の空亡は二種に分かつ。一は故あって空、一は故なくして空である。およそ爻が日建・月建あるいは動爻に傷剣されて、恰好また空亡の中に落つるを、故ある空と言い、傷剣を避けて妨げなし。もし刑冲剋害なきに、身爻・世爻あるいは用神が自ら空亡に落ちれば、これを故なき空と言い、大凶の兆である。病を占えば必ず死し、事を占えば成らず、人を占えば難あり。一たび空に落ちれば、たとえ日辰・動爻傍にあっても、扶持救援し難きが故である。空爻はもし冲に逢えば、かえって用あり。今の人はおよそ卦爻の空亡に遇えば、吉凶を問わず一概に無用と為すが、冲に遇うに可用の処あるを知らず。冲なれば必ず動き、動けば空ならず。ゆえに空なりと雖も用あり。たとえば戊午日に天気を占いて、《升》が《乾》に変ずるを得た。
卦中父母空亡,卻被日辰沖動,定有雨。惟忌火空見沖則不吉。合遭破以無功。卦中有合,所謀易遂。如兩人同心協力,事必克濟。惟恐奸詐小人兩邊破說,則未必不生一二猜忌之心也。故凡遇合,須防刑沖剋害以破之,則不成合。且如寅亥兩爻,本相和合;若有申字動,則申金克了寅木,又害了亥水,故雖合亦無功用矣。三合同看。天玄賦有合處逢沖之論,宜詳味之。
この卦で雨を主る「父母」爻は空亡に落ちたが、日辰に冲动されたので、雨ありと断じた。ただし天時を占うに最も忌むは火爻が空に落ちてまた冲に逢うで、それなら不吉である。爻は相合せど、一旦破られれば功なし。卦中に合あれば、謀る所は成就し易く、二人の同心協力するが如く、事は必ず辦じ得る。ただ奸詐の小人が両辺より挑撥して、一二分の猜忌の心を生ぜしめぬを怕る。ゆえにおおよそ合に遇えば、刑冲剋害がこれを破るを防がねばならない。合は成らざるを得る。たとえば寅・亥の両爻はもと相合すが、もし申爻の発動あれば、申金は寅木を剋しまた亥水を害して、合なりと雖も作用を起し得ない。三合局もこの道理に照らす。《天玄賦》に「合処に冲に逢う」の一段の議論あり、細かに体味すべきである。
自空化空,必成凶咎;六甲空亡,猶深淵大壑,人不可履之地。若世身主象,無故而自入於空;或發動而入於空者;皆為大凶之兆,作事不利。惟忌爻見之反吉。刑合克合,終見乖淫。合者:合和也。凡占見之,無不吉利。然人不知,合中有刑有克。合而有克,畢竟不和;合而有刑,終成乖戾。且如用午字為財爻,未字為褔爻,午與未合,然午帶自刑,名為刑合。占妻妾多不正,占財亦是不正之財也。克合,如丑子之類是也。餘俱仿上。
爻自体が空に落ち、また変化して空に入れば、必ず凶咎を成す。六甲旬中の空亡は、深淵大壑の如く、人の涉足し得ざる地である。もし身爻・世爻あるいは用神が故なくして自ら空亡に落ち入るか、発動の後に空亡に化入すれば、皆大凶の兆で、事を為すに利あらず。ただ忌神がここに落つるはかえって吉である。相合の中に刑と剋を挟めば、ついに乖張失和を見る。合とは和合で、およそ占い見るに吉利ならぬなし。しかるに人は多く知らず、合のうちにも刑あり剋あり。合して剋を帯ぶれば、畢竟和睦し得ず。合して刑を帯ぶれば、ついに乖戻と為る。たとえば午をもって「妻財」と為し、未をもって「子孫」と為せば、午と未はもと六合なり、然れど午はまた自ずから自刑を帯び、これを刑合と言う。妻妾を占えば多くは品行正からず、財を占うも来路正からざる財である。剋合に至っては、丑と子の相合するに丑土が子水を剋するが如し。残りは皆上の道理に推す。
動值合而絆住,大凡動爻不遇合爻,然後為動。若有合,則絆住而不能動矣。故雖動亦作靜爻論之。然有吉有凶,不可一概而論。且如用財而兄弟發,若有日辰合住兄弟,則不能克,而財爻不受其傷矣。子孫發動,而被日辰合住子孫,則不能生,而財爻不蒙其惠矣。故凡所忌之爻動而合住,則不成凶;所喜之爻動而合住,則不濟事。三合,三爻俱動為合住。六合,兩爻俱動為合住。
動爻が合に遇えば、絆される。およそ動爻は合爻の牽絆なきを要してこそ真に動と算え得る。もし合あれば、絆されて動き起きず。ゆえに動なりと雖も静爻として論ず。ただしここに吉あり凶あり、一概に論ずべからず。たとえば財を求むに「兄弟」が発動すれば、兄弟はもと財を剋せんとす。もし日辰が兄弟を合住すれば、それは剋を成さず、財爻は傷を受けない。反対に「子孫」が発動してもと財を生ぜんとす。もし日辰が子孫を合住すれば、それは生を成さず、財爻もその好処を得られない。ゆえに忌む所の爻が動して合住されれば、凶は成らず。喜ぶ所の爻が動して合住されれば、事も辦じられない。三合局は三爻ともに動いてこそ合住と算え、六合は両爻ともに動いてこそ合住と算える。
靜得沖而暗興。大凡占得六爻不動之卦,不可便以為安靜。若被日辰沖之,則雖靜亦動。譬如夜臥之人,無所撓括,則不醒寢。苟或被人沖喚,及推摸搖拽,百計叫醒,莫能安然而熟睡矣。故天玄賦以為逢沖暗動。但不可只以日辰取之,有旺動之爻亦能沖起。其吉凶詳見天玄賦中。
静爻が冲を得れば、暗のうちに興動す。およそ六爻ともに動かざる卦を占い得ても、便ち安静と為すべからず。もし日辰の冲に来るに遭えば、静なりと雖も動と算える。夜に寝る人の、人の攪擾なければ自ずから安穩に睡るが如し。一旦人に呼ばれ推され摇され、百般に醒まされれば、彼は再び安然熟睡すること能わず。ゆえに《天玄賦》はこれを「冲に逢えば暗動」と言う。ただし単に日辰を取りて冲とすべからず。卦中の旺相発動の爻も同じく静爻を冲起し得る。その中の吉凶は、《天玄賦》に詳しい。
入墓難克,墓者,滯也。動爻遇之,亦沉滯而不能脫灑矣。且如寅為主象,而卦中動出酉字、丑字,本嫌酉金克傷寅木,喜得丑乃金之墓庫,則酉貪入墓,而寅木不為其所傷矣。餘仿此推之。刑沖剋害,亦當同看。帶旺匪空。旺者,旺相爻也。謂春月木旺火相,夏月火旺土相,秋月金旺水相,冬月水旺木相,四季之月,土旺金相。古人所謂當生者旺,所生者相是也。此爻空亡,不作空論。以其有氣故也。雖日下見阻,過旬則成。古人云:旺相空亡過一旬。謂值過此一旬則不空,而謀事始成矣。
忌爻が一たび墓に入れば、人を剋動し得ず。墓とは停滞で、動爻がこれに遇えば、沈滞して洒脱たり得なくなる。たとえば寅木をもって用神と為すに、卦中に酉金と丑土を動出せば、もと酉金の寅木を剋傷せんとするを嫌う。幸いに丑は金の墓庫で、酉金はただ墓のうちに投じ入るを顧みて、寅木はそれに傷られない。残りはこれに推し、刑・冲・剋・害も同じく看る。爻が旺相を帯びれば、真空と算えず。旺とは当令旺相の爻で、春月は木旺して火相、夏月は火旺して土相、秋月は金旺して水相、冬月は水旺して木相、辰戌丑未の四季の月は土旺して金相である。古人の言う「生ずる所に当たるは旺、生ぜしむる所は相」はこの意である。このような爻はたとえ空亡に落ちても、空として論ぜず。気あるが故である。眼下に阻碍あっても、この一旬を出れば事は成る。古人の言う「旺相空亡一旬を過ぐ」は、この一旬を過ぎれば空ならず、謀事ここに初めて成るを言う。
有助有扶,衰弱休囚亦吉;此指主事爻而言也。且如主事爻無氣,本為不美;喜得日辰、動爻、月建生扶合併,則雖無氣,不作衰弱論。譬如貧賤之人而遇貴人提拔,則困苦相忘於扶持之下矣。但忌爻無氣,則不可扶也。
生助ありてまた扶持あれば、用神はたとえ衰弱休囚でもなお吉である。この一句は主事の爻に就いて言う。たとえば主事の爻が気なきは、もとより美ならず。幸いに日辰・動爻・月建の来りてこれを生じ、これを扶け、これを合し、これを併するを得れば、それは気なしと雖も、衰弱として論ずべからず。貧賎の人が貴人の提拔に遇えば、従前の困苦はこの一番の扶持の下にまた忘るるが如し。ただし忌神が気なきならば、それは再びこれを扶くべからず。
貪生貪合,刑沖剋害皆忘。刑沖剋害,四者皆凶惡之神。若得傍有生爻合爻,則彼貪生貪合,自不為患矣。故曰忘。假如世坐子,而動出卯字,此正無禮刑,本為凶兆;如得傍爻動出戌字,則卯貪戌合,不暇刑子。此貪合忘刑之例也。又如世坐巳字,而卦中動出寅字,木能生火,所以忘其刑也。又如用臨巳字,動出亥字,亥本沖巳;若得動出亥、卯字,則亥水貪生卯木,不暇沖於巳矣。此乃貪生忘沖之例。餘皆仿此推詳之,可也。
爻が一旦生を貪り合を貪れば、刑冲剋害を皆忘る。刑・冲・剋・害の四者は皆凶悪の神で、もし傍らに別にこれを生ずる爻あるいはこれを合する爻あれば、それはただ生を貪り合を貪るのみで、自ずから患を為しに来ず。ゆえに「忘」と言う。たとえば世爻が子水に坐し、卦中に卯木を動出せば、子は卯を刑し、正に「無礼の刑」と言う所で、もとより凶兆である。もし傍爻にまた戌土を動出せば、卯は戌と相合して、卯はただ戌に合するに忙しく、再び子を刑する暇なし。これ貪合忘刑の例である。また世爻が巳火に坐し、卦中に寅木を動出せば、寅巳はもと相刑するが、木は火を生じ得る。寅はただ巳を生ずるに顧みて、また刑を忘る。また用神が巳火に臨んで、亥水を動出せば、亥はもと巳を冲す。もし同時にまた卯木を動出せば、亥水はただ卯木を生ずるに顧みて、巳を冲する暇なし。これ貪生忘冲の例である。残りは皆このように推詳すればよい。
別衰旺以明克合,辨動靜以定刑沖。夫地支有不和者,無怪乎其相剋也。相沖、相刑、相害是也。然不別衰旺,辨動靜,則謬於所用也。蓋旺爻能克衰爻,衰爻克不得旺爻;旺爻合得起衰爻,衰爻合不起旺爻。動爻刑得靜爻,靜爻刑不得動爻;動爻沖得靜爻,靜爻沖不得動爻。故也。餘皆仿此。又如日辰與卦爻,則又日辰害得卦爻,卦爻害不得日辰。餘亦仿此。
衰旺を分辦してこそ、剋と合の実効を明白にし、動静を辨別してこそ、刑と冲の成立を定め得る。地支の間にもと不和ありて相剋するはもと怪しむに足らず、このほかに相冲・相刑・相害あり。ただし衰旺を分かたず動静を辨ぜずして用いれば、出錯を生ず。旺爻は衰爻を剋し得るも、衰爻は旺爻を剋動し得ず。旺爻は衰爻を合起し得るも、衰爻は旺爻を合起し得ず。動爻は静爻を刑するを得るも、静爻は動爻を刑するを得ず。動爻は静爻を冲动するを得るも、静爻は動爻を冲动し得ず。残りは皆このように看る。また日辰と卦爻の間も、日辰は卦爻を害するを得るも、卦爻は日辰を害するを得ず。残りもこのように推す。
或問:靜與衰爻傷不得動與旺,若遇動爻反衰,靜爻反旺,則如之何。曰:兩爻俱靜,以旺為先;有動,以動為急。蓋動,猶人之起;靜,猶人之伏。彼雖旺,何畏哉。故曰:動爻急如火。如占婚,以間爻為媒。間有兩爻,亦當以此定之。若俱靜俱動,或無旺無衰,則當取動爻,日辰沖之者為正,無沖,則看並起者為媒也。又無合併,然後看日辰生扶之爻。如此,則事歸於一,而無兩端之疑也。此篇乃卜筮之精微處也。故凡此類,不能不辨,不得不載。學易者勿以瑣碎目之,可也。
ある人問う、静爻と衰爻がすでに動爻と旺爻を傷り得ざれば、もし動爻がかえって衰、静爻がかえって旺なるに遇えば、また如何。答えて曰く、両爻ともに静なれば、旺なるをもって先と為し、一爻の動さえあれば、動なるをもって急と為す。動は人のすでに起ち立ちしに譬え、静は人の未だ伏して動かざるに譬う。相手方はたとえ旺なるも、また何の恐るべきかあらん。ゆえに動爻急なること火の如しと言う。たとえば婚姻を占うに「間爻」をもって媒人と為すに、間爻は两位あり、同じくこの法に照らしていずれを取るか定むべし。もし両爻が同静あるいは同動にしてまた旺衰を分かたざれば、発動するその一爻を取る。日辰の来りて冲するその一爻を正と為し、冲なければ、日辰に併起されるその一爻を看て媒と為す。もし合もなく併もなければ、最後に日辰の生扶するその一爻を看る。このようにすれば、事は一処に帰して両可の疑いなし。この一篇は卜筮の最も精微の処で、ゆえにこの類の道理は辨は辨ぜざるべからず載せざるべからず。易を学ぶ人はこれを瑣碎と看るなかれ。
併不併、沖不沖,因多字眼;刑非刑、合非合,為少支神。卦爻即成,未免有合併刑沖類。然多一字,則不成其名;而少一字,亦不成其名也。且如子日卜卦,卦中有一子字,則謂之並。若有二子字,則分開而太過矣。名雖為並,而實不能並也。二午則不沖,二丑則不合,二未則不害,二卯則不刑,二巳則不克。此多一字,而不成其名也。
「併」の如く見えて併ならず、「冲」の如く見えて冲を成さざるは、字数が一つ多きが故である。「刑」の如く見えて実に刑に非ず、「合」の如く見えて実に合に非ざるは、支神が一位少なきが故である。卦爻すでに排定せば、合・併・刑・冲のこれら名目を免れない。しかるに一字多ければすでにその名目を成さず、一字少なければ同じくその名目を成さず。たとえば子日に卦を卜するに、卦中に一つの子字あれば、これを「併」と言う。もし卦中に二つの子字あれば、力量は分散して太過で、名は併と曰えども、実には併び起きず。同理に、二つの午は冲を成さず、二つの丑は合を成さず、二つの未は害を成さず、二つの卯は刑を成さず、二つの巳は剋を成さず。これ一字多くしてその名を成さざるなり。
又如寅巳申為三刑,若有寅巳二字,而無申字;或有寅申兩字,而無巳字;或有申巳兩字,而無寅字;則不成刑。又如亥卯未為三合,或有卯未而無亥,或有亥卯而無未,或有亥未而無卯,則不成合。此少一字,而不成其合也。三刑三合,須見兩爻動,刑合得一爻起;一爻動,刑合不得兩爻起。此又不可不知。三刑古決謂丑刑戌,戌刑未,未刑丑類。最誤初學。蓋三者相見,彼此皆刑。非謂丑能刑戌,而不能刑未;未能刑丑,而不能刑戌也。如辰午酉亥為自刑,《問卜易覽》以辰見辰,午見午,酉見酉,亥見亥定之,尤為謬妄。蓋自刑者,以其自刑,而不與他爻相刑之謂也。又何必見辰見午為刑哉。
たとえば寅・巳・申が合成して三刑を成すに、もし寅・巳のみあって申なし、あるいは寅・申のみあって巳なし、あるいは申・巳のみあって寅なしならば、刑を成さない。また亥・卯・未が合成して三合を成すに、もし卯・未のみあって亥なし、あるいは亥・卯のみあって未なし、あるいは亥・未のみあって卯なしならば、合を成さない。これ一字少なくしてその合を成さざるなり。三刑と三合はさらに両爻の発動を要してこそ、その一爻を刑し起き合し起き得る。もし一爻のみ発動すれば、その両爻を刑し起き得ず合し起き得ない。この一層も知らざるべからず。古の歌訣は三刑を講じて、丑は戌を刑し、戌は未を刑し、未は丑を刑すなどと言い、初学を最も誤らせる。実はこの三支は彼此見合えば皆互いに刑するのであって、丑はただ戌を刑して未を刑し得ず、未はただ丑を刑して戌を刑し得ずというのではない。辰・午・酉・亥の自刑と言う所に至っては、《問卜易覧》は辰が辰を見、午が午を見、酉が酉を見、亥が亥を見てこそ算えると言うが、それはことさら荒謬である。自刑とは、正にそれが自ずから己を刑して別の爻と相刑せぬの意で、何ぞ必ずしも再び一つの辰、一つの午を見てこそ刑と算えんや。
爻遇令星,物難我害;令星者,四時月令之辰。春木、夏火、秋金、冬水。亦是得時健旺之星。雖見刑沖剋害,不能挫其勢。故曰:物難我害,逢空一半力。伏居空地,事與心違。伏,伏神也。卦上六爻為飛神,飛之下本宮六爻為伏神。飛為顯,伏為隱。若卦有主事爻,不必更尋伏神;若不出現,須尋伏在何爻之下;看其虛實,以定吉凶。若六爻既無主象,伏神又臨空亡,事決不成。假如丙申日占文書,得泰卦。六爻無父,而本宮父母卻伏在九二官爻下,仍舊空亡,所以無成也。
爻が「令星」に遇えば、外物は我を傷り得ず。令星とは、四時月令の当值する支で、春は木に属し、夏は火に属し、秋は金に属し、冬は水に属す。すなわち時を得て健旺なる星である。このような爻はたとえ刑冲剋害に遇うても、その気勢を挫き得ない。ゆえに外物は我を害し難しと言う。ただそれが空亡に落ちれば、力量は半分のみ残る。伏神が空の地に落ちれば、事情は心願と相違す。伏とは伏神で、卦上に排出した六爻を飛神と為し、飛神の下の本宮の六爻を伏神と為す。飛は顕、伏は隠である。卦中にすでに主事の爻あれば、さらに伏神を尋ねるを要せず。もし用神が現れざれば、こそそれがどの爻の下に伏するかを尋ね、その虚実を見て吉凶を定む。もし六爻にすでに用神なく、伏神また空亡に落ちれば、事情は必ず成らず。たとえば丙申日に文書を占いて、《泰》卦を得た。六爻の中に「父母」なく、しかるに本宮の父母は九二の官鬼爻の下に伏して、偏にまた空亡に落ちていた。ゆえにその事は成らなかった。
伏無提挈終徒爾,飛不摧開亦枉然。伏神空亡,凡事不利,不須再看。若不空亡,必須沖開飛神,提起伏神,然後有望。假如占文書,得賁卦。六爻無父,而丙午文書,卻伏在六二己丑他宮兄弟下,可言相識把住文書也。得日辰動爻有未,刑沖得丑破,或有寅卯克得丑,方可露出伏神文書為用爻。又須得子沖起午,有未合起午,有寅卯生扶午,方得其力。否則,遲滯難成。不可便指為有用也。故伏要提,飛要開,二者不可偏廢也。
伏神にこれを提起する物なければ、ついに徒らである。飛神が摧破冲開されざれば、また枉然である。伏神が空亡に落ちれば、凡事利あらず、さらに看るを要せず。もし空亡ならざれば、必ずまず飛神を冲開し、再び伏神を提起して、然る後に指望あり。たとえば文書を占いて《賁》卦を得た。六爻の中に「父母」なく、丙午の文書の爻は六二の己丑・他宮「兄弟」の下に伏す。これは熟識の人が文書を扣留したと言うべきである。日辰あるいは動爻の中に未土あって、刑冲して丑土を破開するか、あるいは寅卯木の来りて丑土を剋するを要して、伏せる文書こそ露出して用神と為す。露出した後、さらに子水の午火を冲起し、未土の午火を合起し、寅卯木の午火を生扶するを要して、こそ力を得る。さもなくば依りて遅滞して成り難し。一たび伏神を見れば便ちこれを有用と為すべからず。ゆえに伏神は提ぐべく、飛神は開くべく、両者偏廃すべからず。
六沖最緊,六害不能出,亦不能破,卜易不可不知。六爻所伏,是事情蓋有根有苗,終須再發。無動無伏,無生無化,無旺氣,又世坐空亡,永無再發之理。如十二月甲辰日,占被人訴訟,得賁卦。世坐卯鬼空亡,便為無始,其事已散;卻不知丙午文書,伏在他宮兄弟爻下,當時未曾損壞;又日辰並起空爻下,本宮丙辰兄弟,口舌尚存。春來木鬼旺相,生起文書,其事必再發。此看伏神法也。
六冲の力は最も緊要で、六害に遇えば伏神は出て来られず飛神も破り開けず。卜易の人は知らざるべからず。六爻の下に伏神を蔵すは、この事に根あり苗ありて、ついにさらに発作せんことを説明す。もし卦中に動爻なく伏神もなく、生扶なく変化もなく、また旺気に当たらず、加えて世爻が空亡に落ちれば、それは永く再び起きる理なし。たとえば十二月甲辰日、人が人に官に告げられたを占いて、《賁》卦を得た。世爻は卯木「官鬼」に坐して空亡に落ち、見るに官司は頭を起さず事情はすでに散じたるが如し。しかるに丙午の文書が他宮「兄弟」爻の下に伏して、当時未だ損壊せず、日辰の辰土がまた空爻の下の本宮の丙辰「兄弟」を併起すれば、口舌の根はなお在り。来春に至り木鬼が旺相して文書を生起すれば、この官司は必ず重新に発作す。これ伏神を看る法である。
又如丁亥日占訟,得觀卦。世應比和,父在空亡,謂之兩無心。而世下伏神又落空亡,後必不爭論。此為不再發之例也。學者宜細玩之。空下伏神,易於引拔;伏神若得伏於空亡爻下,易於扶持。蓋飛爻既空,猶無欄絆;蓋一遇日辰動爻生扶沖合,即出為用。不待伏爻上飛神破與不破也,故易於引擢。
たとえば丁亥日に人が官司を占いて、《観》卦を得た。世応は比和して、文書を主る「父母」爻は空亡に落ちる。これを両辺ともに争う心なしと言う。さらに世爻の下の伏神も空亡に落ちるを見れば、後に必ず再び争訟を起さず。これ再び発作せざるの例で、学者は細かに体味すべきである。伏神が空爻の下にあれば、抜擢し出さるること容易である。伏神が空亡の爻の下に伏し得るは、最も扶持し易し。飛爻すでに空に落ちれば、すなわち欄杆の攔ぐことなきに等しく、一たび日辰あるいは動爻の来りて生扶冲合するに遇えば、それは立ちどころに出でて用と為る。さらに飛神の破ると破らざるとを待つを要せず。ゆえに抜擢容易しと言う。
古人論伏神,不看用爻現與不現,皆以世上一爻為飛神,世上本宮一爻為伏神。故八純卦,世下無伏,則有乾家伏神坤家取之說。愚謂:既有用爻,何必又取伏神。因無用爻,不得已而搜索之也。縱然伏神有用,亦成得遲,必主費力;些少受制,便不諧矣。如遇伏神透得出來,而月建日辰又帶用爻,方可以速成斷之。
古人の伏神を講ずるは、用神の現ると現らざるとを問わず、一律に世爻のその一位をもって飛神と為し、世爻の位置上の本宮のその一爻をもって伏神と為す。ここにおいて八純卦は世下に伏神なく、「乾宮の伏神は坤宮に至りて取る」の類の説法を生ず。私は思うに、卦中にすでに用神あれば、何ぞさらに伏神を取らん。正に用神なきがゆえに、已むを得ずそれを捜索するのである。たとえ伏神に用あっても、事の成るは遅く、必ず力を費やす。少しく制約を受くれば、調わざるに至る。ただ伏神が透出し得て、かつ月建・日辰が恰好用神を帯ぶれば、こそそれを速成と断じ得る。
制中弱主,難以維持。用爻休囚,又被月建日辰制伏,縱遇生扶,亦不濟事。蓋衰弱遇克,如人攀枯枝朽木 ,豈不挫折也哉。縱有如膏之雨,難以望其回生。日傷爻,真罹其禍;爻傷日,徒受其名。日辰為六爻主宰,總其事者也。六爻為日辰臣屬,分治其事者也。是以,日辰能刑沖剋害得卦爻,卦爻則不得刑沖剋害乎日辰也。月建與卦爻亦然。
すでに衰弱なる用神がまた制伏されれば、維持し難し。用神が休囚して、さらに月建・日辰に制せられれば、たとえ別に生扶あっても事に済まず。衰弱の爻がまた剋を遭うは、人の枯枝朽木を攀ずるが如く、折断せざることあらんや。たとえ天が甘霖を降すとも、回生を指望し難し。日辰が卦爻を傷れば、卦爻は真に殃を被る。卦爻が日辰を傷れば、過ぎず空しく一つの名を担う。日辰は六爻の主宰にして一切を総攬し、六爻は日辰の臣属にして分頭して事を辦ずればこそ。ゆえに日辰は卦爻を刑冲剋害し得て、卦爻は日辰を刑冲剋害し得ず。月建と卦爻の間もこの理なり。
墓中人,不沖不發;大抵用爻入墓,則被阻滯,諸事費力難成。須得日辰、動爻沖破,或克破其墓,方有用也。假如戊寅日占財,得同人之乾卦。用爻入墓,喜得日辰克破之,果有。此一卦,或見用空入墓,以為無財,殊不知雖空而遇沖,雖墓而克破;沖空則實,破墓則開。所以有用財也。
墓の中に関せられたる人は、冲開せざれば出で来られず。大抵用神が一たび墓に入れば阻滞せられ、諸事は力を費やして成り難し。日辰あるいは動爻がその墓を冲破するか、その墓庫を剋破してこそ、用神は用あり。たとえば戊寅日に財を求むを占いて、《同人》が《乾》に変ずるを得た。用神は墓に入りたれども、幸いに日辰の寅木が墓庫を剋破して、後に果して財を得た。この一卦もし用神のすでに空にしてまた墓に入るを見るのみで、財なしと為さば、それは誤りである。空なりと雖も冲に遇い、墓に入ると雖も墓の剋破さるるを知るべし。空を冲せば空は実に転じ、墓を破れば墓門は開啓す。ゆえにこの卦はなお財あって用い得る。
身上鬼,不去不安。六親中,惟官鬼為凶殺。世爻臨之,若非職役人卜,多凶少吉。須得日辰動爻克去之,然後無事;或忌爻臨於身世者亦然。然亦不可克之太甚,則我亦受傷。先聖有曰:人而不仁,疾之已甚,亂也;惟貴得其中耳。予曾於三月丁丑日占身,得鼎卦,不動;然不數日而洩瀉作。後七月甲戌日占身,亦得鼎卦,不動;乃得安然無事。蓋前丁丑日也,三月正旺,又並動卦中子孫辛丑爻克之,此則克太甚也。七月土衰,所以無事。
身に「官鬼」を帯びて、それを去らざれば安寧を得ず。六親の中に官鬼のみが凶煞で、世爻がそれに臨むは、官職差役ある人の占うに非ざれば、凶多く吉少なし。日辰あるいは動爻がそれを剋去してこそ、然る後に事なし。忌神の身爻世爻に臨むも同じである。ただしまた剋するに太狠を過ごすべからず。太狠なれば我が自己も傷を受く。孔子曰く、不仁の人を痛恨するに過分ならば、また禍乱を招く――貴ぶは正にその中道を得るにあり。私はかつて三月丁丑日に自身を占いて、《鼎》卦を得た。六爻動かざるに、数日を過さずして瀉肚子を起した。後に七月甲戌日に再び自身を占いて、同じく《鼎》卦を得、同じく六爻動かざるに、安然無事であった。故は前の次は丁丑日にして、三月は土が正に旺にして、また卦中の「子孫」辛丑の爻を併動して世を剋せば、これが剋するに太過なり。七月は土すでに衰え、ゆえにかえって無事なり。
又如癸巳日有鄉人,同卜官事者,一人得遁卦,乃受刑責;一人得恆卦,而兩邊和釋。蓋此二卦,官鬼俱帶刑爻持世,皆非吉兆。然遁卦鬼爻雖空,而被日辰扶起,且無去官之爻;恆卦則喜日辰去之,又應生世,所以無事也。德入卦而無謀不遂,德者,德爻也。謂天地合其德也。蓋天干地支,上下皆合是也。亦謂之龍神。生合為妙,克合次之。如戊寅見癸亥,甲子見己丑之類。此爻為主象,所謀皆遂。
たとえば癸巳日、二人の同郷がともに来りて官司を卜す。一人は《遯》卦を得て、後に刑責を受け、一人は《恒》卦を得て、両辺は和解した。この二卦の「官鬼」は皆刑爻を帯びて世を持ち、もとより皆吉兆ならず。ただ《遯》卦は鬼爻が空亡に落ちたが日辰に扶け起されて、卦中に官鬼を去る能う爻なく、《恒》卦は喜んで日辰が鬼を去り、応爻また来りて世を生ず。ゆえに無事なり。「徳」が卦に入れば、謀るに遂わざるなし。徳とは徳爻で、天地のその徳を合するを指し、すなわち天干と地支の上下ともに相合すること、また「龍神」と言う。徳爻が用神と生合するを最妙とし、剋合するを次とする。たとえば戊寅が癸亥に遇い、甲子が己丑に遇う類は、正に戊癸相合して寅亥相合し、甲己相合して子丑相合する。これらの爻がもし用神と為れば、謀る所皆心に遂う。
如九月己酉日,占文書,得小畜之蠱卦。五爻動出丙子文書,與世上辛丑作合;此正天地合其德也。果應在戊子日成了文書。忌臨身而多阻無成。忌者,忌爻也。如用財則兄弟為忌爻,用官則子孫為忌爻之類。此爻持臨身世,不拘公私,皆主阻滯而不順。若或休囚無氣,亦見費力艱難。如旺則必不成矣。其餘所用仿此。
さらに一例を挙ぐ。九月己酉日に文書を占いて、《小畜》が《蛊》に変ずるを得た。五爻が発動して、丙子の「父母」文書の爻を変出し、世爻の辛丑と相合す。丙辛相合、子丑相合、これ正に天地のその徳を合するなり。後に果して戊子日に応じて文書を辦成した。忌神が身世の上に臨めば、多く阻碍して成らず。忌とは忌神で、財を求めれば「兄弟」は忌神、官を求めれば「子孫」は忌神、残りは類推せよ。忌神が身爻世爻に持臨すれば、公事私事を論わず阻滞不順を主る。それは休囚無気なりと雖も、力費やし艱難なるを見る。もし旺相なれば、それは必ず成らず。残りの所用の神もこれに照らして推す。
卦遇凶星,避之則吉;凶星,刑沖剋害是。避之,六甲空亡是。夫空之一字,極有玄妙;若執真空,便失先天之旨。蓋百物自空中來,無中生有,還歸於空。空中不受傷克,反有可成之機。如六爻安靜,用爻無故自空,此為真空,萬事無成。若被日辰動爻刑沖剋害於用爻,而用爻在空,此為避凶而空。《金鎖玄關》所謂:克空為用是也。即是不壞,但目下略阻,過旬即成。如六月壬申日,占子病,得姤之大過卦。父母旺動,用爻無氣,本為凶兆;喜得用爻在空避之,果至丙子日愈。蓋至丙子,則前面已過,又遇用爻帝旺之地,故也。
卦中に凶星に遇い、それを避け得れば吉である。凶星とは刑・冲・剋・害で、避けるとは六甲空亡のうちに落ちることである。「空」のこの一字は極めて玄妙で、もし真空無用の一説に死執すれば、先天の宗旨を失う。万物はもと空中より来り、無中より有を生じ、最後にまた空に帰する。空の中に処れば傷剋を受けず、かえって成るべきの機を蔵する。もし六爻が安静にして用神が故なく自ら空に落ちれば、それは真空で、万事成らず。もし用神が正に日辰あるいは動爻に刑冲剋害されて、それが恰も空中にあれば、それは凶を避けての空である。《金鎖玄関》の言う「剋空をもって用と為す」は正にこの意で、このような用神は壞れず、ただ眼下にやや阻碍あるのみで、この一旬を出れば成る。たとえば六月壬申日に児の病を占いて、《姤》が《大過》に変ずるを得た。「父母」が旺相発動して子孫を剋し、用神自体また気なし。もと凶兆なれども、幸いに用神が正に空亡に落ちてそれを避け、後に果して丙子日に至りて痊愈した。丙子に至れば、空亡のその一旬はすでに過ぎ、また正に用神子水の帝旺の地に遇えばこそ。
爻逢忌殺,敵之無傷。忌爻發動,凡事不利。喜得比肩同類,幫助用爻以敵之,不弱於彼,事亦可成。假如用爻在未,而卦中動出寅卯字,則土被木克,而受其傷矣;若得月建日辰上,有辰戌丑未幫扶未土以敵之,則彼將寡不敵眾,而自止矣。又如七月乙未日,為脫役事,占得損之節卦。官鬼發動,財爻助鬼傷身,本不可脫;喜得日辰未土,六五又變戌土,扶助世上丑土,有氣敵之,鬼不能傷。果應無事。
爻は忌神凶煞に遇うと雖も、力あってこれと抗衡せば、我を傷る能わず。忌神が発動すれば、凡事利あらず。喜ぶ所は同類比肩の爻あって用神を助けてこれと対抗するに、それに弱まざらんことを要し、事はなお成り得る。たとえば用神が未土にあって、卦中に寅・卯木を動出せば、土は木に剋されて傷を受く。もし月建・日辰の上に辰・戌・丑・未あって未土を帮扶してこれと抗衡せば、木は寡にして衆に敵せず、自ずから停まる。また七月乙未日、人が差役を脱免するの事のため卦を占いて、《損》が《節》に変ずるを得た。「官鬼」が発動し、「妻財」がまた鬼を生じて世を傷りに行く。もと脱し得ざるなり。幸いに日辰の未土あり、六五爻また戌土を変出して、一斉に世上の丑土を扶助すれば、土気は鬼に抗するに足るほど旺し。鬼は世を傷る能わず。後に果して応験して事なし。
主象休囚,怕見刑沖剋害;休囚則不能敵殺。故怕見之。如五月乙未日,占財,得泰之大畜卦。用爻無氣,又被日辰克害,果無望。用爻變動,忌遭死墓絕空。死墓絕空,乃陷井之地,大凶神也。死不復生,絕不復續,入墓則不能出,墮空則不能起。若主象發動而化入者,不問公私大小之事,皆主不成。占病逢之,必死無疑。
用神がもし休囚なれば、刑冲剋害を見るを怕る。休囚の爻は凶煞に抵当し得ず。ゆえに見るを怕る。たとえば五月乙未日に財を求むを占いて、《泰》が《大畜》に変ずるを得た。用神は気なく、また日辰に剋害されて、後に果して指望なかりき。用神が発動して変化する時、最も忌むは死・墓・絶・空を変出すること。死・墓・絶・空は陥穽の地、大凶の神である。死せば再び生ぜず、絶せば再び続がず、墓に入れば出で来られず、空に堕てば起きられず。もし用神が発動してこの四者に化入すれば、公事私事・大事小事を論わず成らざるを主る。病を占ってこれに遇えば、必ず死す。
用化用,有用無用;卦中既有用爻,不可再化出來,謂之化去。且不獨用爻自化,或旁爻化出,皆不濟事。故雖有用爻,此同無用爻之卦一般。占病尤忌。空化空,雖空弗空。假如甲辰旬中占卦,卦中寅動空亡,而化出卯字亦空,謂之空化空。可作一半用。蓋本寅字當了空亡,後來卯字不作空矣。故雖空而不為空也。《金鎖玄關》謂:重空不空。亦是此意也。
用神がまた用神を化出するは、用あるが如く見えて実には用なし。卦中にすでに用神あれば、さらに一つを化出すべからず。これを「化去」と言う。しかも単に用神が自ら化出するのみならず、傍爻が用神を化出するも、同じく事に済まず。ゆえに卦中に用神ありと雖も、用神なき卦と一樣で、病を占うに尤も忌む。空爻が空爻を化出するは、空なりと雖もまた空と算えず。たとえば甲辰旬の中に卦を占うに、卦中の寅爻が発動して空亡に落ち、変出の卯爻も空亡に落ちれば、これを「空の空を化す」と言い、一半として用い得る。本位の寅字がすでに空亡を担えば、後頭の変出の卯字は空と為さざればこそ。ゆえに空なりと雖も空と為さず。《金鎖玄関》の言う「重空不空」もこの意である。
養主狐疑,養,涵養之象。即長生中第十二位之星是也。若主象化入此爻,主凡事未決,狐疑不定。決云:金養於辰,木養於戌,火養於丑,水土養於未。若用爻屬申酉金,動而化出之爻是辰字,木動而化入於戌之類。是也。墓多闇昧。大抵凶爻要入墓,吉爻不要入墓。《金鎖玄關》有:人墓、事墓、鬼墓之別。《天玄賦》有身、世、命,隨鬼入墓之論。皆大凶之兆。占病遇之,九死一生;捕獲遇之,深遁難覓;人物遇之,愚蒙不振;失脫遇之,暗藏不見。蓋墓者,滯也。闇昧不明之象。卦中主象帶刑動入墓者,占病必死,占訟入獄。
用神が「養」爻に化入すれば、主人の心に遅疑を生ず。養は涵養の象で、すなわち長生十二位の中の第十二位である。用神がもしこの爻に化入すれば、凡事に主意を拿えず狐疑して決せざるを主る。口訣に曰く、金は辰に養い、木は戌に養い、火は丑に養い、水と土は未に養う。たとえば用爻が申・酉金に属して発動し、変出の爻が辰、あるいは木爻が発動して戌に化入するは、皆この種の情形である。用神が「墓」に入れば、多く暗昧不明。大抵凶爻はそれを墓に入れしむを要し、吉爻はそれを墓に入れしめざるを要す。《金鎖玄関》は人墓・事墓・鬼墓の差別を分かち、《天玄賦》は身・世・命が鬼に随って墓に入るの議論ありて、皆これを大凶の兆と言う。病を占ってこれに遇えば、九死一生。逃犯を捕拿してこれに遇えば、人は深く躲れて尋覓し難し。人物を占ってこれに遇えば、その人は愚昧不振。失物を占ってこれに遇えば、物は暗藏して見えず。墓とは停滞で、暗昧不明の象である。卦中に用神が刑爻を帯びて発動して墓に入れば、病を占うに必ず死し、官司を占うに下獄を要す。
化病兮傷損,病,即長生對沖之神也。主象化出病爻,凡事有損。占病未痊;占物不中;占藥無效;占文書有破綻;占行人未回;占身命帶疾;占婦人必不貞潔;占容貌必有破相。故曰傷損。化胎兮勾連。胎,即長生中第十一位之神也。決云:金胎在卯,木胎在酉,火胎在子,水土胎在午。若主象化入胎爻者,主遲滯不響快。占行人。主象化入胎爻,必有羈絆,未能動身。如占盜賊及失脫,若官鬼化入胎爻者,主外勾裡連也。
用神が「病」爻を化出すれば、傷損ありを主る。病とは、長生と对冲するその一位の神である。用神が病爻を化出せば、凡事に損あり。病を占えば痊愈し得ず、物を占えば物は合用せず、薬を占えば薬は効を見ず、文書を占えば文書に破綻あり、行人を占えば人は未だ帰らず、身命を占えば身に疾を帯び、婦人を占えば必ず貞潔ならず、容貌を占えば顔に必ず破相あり。ゆえに傷損と言う。用神が「胎」爻を化出すれば、牽連糾纏を主る。胎とは、長生十二位の中の第十一位である。口訣に曰く、金は卯に胎し、木は酉に胎し、火は子に胎し、水と土は午に胎す。用神がもし胎爻に化入すれば、事情遅滞して爽快ならざるを主る。行人を占えば、用神が胎爻に化入すれば、その人は必ず羈絆ありて、まだ身を動かし得ず。もし盗賊と失物を占うに、「官鬼」が胎爻に化入すれば、外に人の勾結あり内に人の接応あるを主る。
凶化長生,熾而未散;主事爻化入長生者,皆吉。即是成得遲耳。惟壞事之爻化入長生者,則其禍根始萌,日漸增長,凶惡之勢,必盛而後已。如占病,褔化長生,日漸減可;鬼化長生,日加沉重。直至墓絕日,始殺其勢。吉連沐浴,敗而不成。沐浴,即四敗也。決云:金敗在午,木敗在子,火敗在卯,水土敗於酉。如用爻及所喜之爻化入敗爻者,皆凶。蓋敗之名,即不成之義也。若忌爻化入此爻,則不成凶。或賭博爭鬥,成謀之事,尤為大忌。予卜供膳,得臨之兌卦,應臨財爻生世,本吉;但嫌其化入敗爻,後果應不能濟事。
凶爻が「長生」に化入すれば、凶焔は正に熾りて消散せず。用神が長生に化入するは皆吉で、ただ成ることやや遅きのみ。唯だ事を壞るの爻が長生に化入するは、それは禍根の剛に萌芽し、日に生長して、凶悪の勢いは必ず盛極に至って然る後に罷む。たとえば病を占うに、「子孫」の福神が長生を化すれば、病は日に軽減す。「官鬼」が長生を化すれば、病は日に加重して、鬼爻の墓・絶の日に至るまで、凶勢はこそ煞住し得る。吉爻が「沐浴」に連なれば、敗して成らず。沐浴はすなわち四敗の地で、口訣に曰く、金は午に敗し、木は子に敗し、火は卯に敗し、水と土は酉に敗す。用神および所喜の爻が敗爻に化入するは皆凶を主る。「敗」のこの名目はもと不成の意なればこそ。反対に忌神が敗爻に化入すれば、凶はかえって成らず。およそ賭博争闘・事を謀成するに、化入敗爻を尤も大忌とす。私はかつて膳食を承辦するの事のため卦を占いて、《臨》が《兌》に変ずるを得た。応爻は「妻財」に臨んで世を生じに来る。もと吉なれど、ただそれが敗爻に化入するを嫌う。後に果して事を辦じ得ざりき。
戒回頭之克我,回頭克,乃用爻化出忌爻也。亦謂之本爻受克。凡事遇之不吉。世身亦不宜。如金化火,水化土類也。勿反德以扶人。古人有:“相生須用他生我,相剋須還我克他”之句。若主事爻不生合世身,而反生合應爻;或應爻不生世,而世反生應者,皆謂之反德扶人。凡占遇此等之卦,必主費力艱難。必代人占卦,乃為順利,事必易成。此又學者之所當知也。
変爻が回頭して我を剋るを戒備すべし。回頭剋とは、用神が忌神を化出することで、また本爻の剋を受くと言い、凡事これに遇えば不吉で、世爻・身爻はさらに有るべからず。金爻が火爻を化出し、水爻が土爻を化出する類の如し。また反対に好処を他人に送るべからず。古人に両句あり、相生は須らく他の我を生ずに来るべく、相剋は須らく我の彼を剋しに行くべし。もし主事の爻が世爻身爻を生合せず来らず、反対に応爻を生合しに行き、あるいは応爻が世を生じに来らず、世爻が反対に応を生じに行かば、これらを皆「反徳扶人」と言う。およそ卦を占ってこの類に遇えば、必ず力費やし艱難なるを主る。ただ他人のために占うのみが順利と算えて、事はかえって成り易し。この一層もまた学者の知るべき所である。
惡曜孤寒,怕日辰之並起;刑沖剋害乎我者,為惡殺。非大殺、劫殺類。若得無氣而又孤立無助,雖來傷我,必能敵之。即是不壞。惟怕日辰扶並起來,則必仗其勢而肆毒於我,乃可畏也。用爻重迭,喜墓庫之收藏。用爻重迭太過,若無日辰、動爻損之,必須得墓庫收藏,然後可望。且如丁丑日占財,得益之萃卦。卦中有兩重財,初九、上九又化出兩重財,日辰又是財,共有五重財;本為太過,不濟事;喜得世上有辰字財庫,謂之財有庫藏,主有財也。餘仿此。
悪星はもとより孤单にして援なし。怕るるは日辰がそれを併起するのみ。およそ我を刑冲剋害するに来るは皆悪煞と算え、専ら「大煞」「劫煞」の類を指すにあらず。この種の悪煞はもし自体に気なくまた孤立助なければ、たとえ我を傷りに来ても、我はこれを抵当し得て、壞と算えず。ただ日辰がそれを扶け併起すれば、それは日辰の勢頭を仗けて肆意に我を毒害する。それこそ畏るべし。用神が重畳して多すぎるは、墓庫あってそれを収蔵するを喜ぶ。用神が重畳して太過なれば、もし日辰・動爻がそれを損するなければ、必ず墓庫あって収蔵して然る後に指望あり。たとえば丁丑日に財を求むを占いて、《益》が《萃》に変ずるを得た。卦中にもと两重の財爻あり、初九・上九また两重の財を化出し、日辰の丑土もまた財で、共に五重の財あり。もとより太過に属して事に済まず。幸いに世爻の上に辰字が坐して、正に財爻の庫で、これを財に庫蔵ありと言う。ゆえに彼に財あると断じた。残りはこれに倣う。
事阻隔兮間發,古云:世應當中兩間爻,發動所求多阻隔。蓋此二爻,居世應之中,隔彼此之路,動則兩邊隔絕。故也。要知何人阻節,以五類推之。如父母動,乃尊長之屬。心退悔兮世空。占事,若應不克世,日辰無傷,用爻有氣,而世自落空;其人心墮意懶,不能勇往精進,以成其事也。
事情に阻隔あるは、「間爻」の発動するによる。古語に曰く、世応の中間のその両間爻が一たび発動すれば、求む所の事に阻隔多し。この二爻は世応の間に夾まり、彼此往来の路を隔断して、一動すれば両辺は断絶する。何人か中より阻撓するを知らんには、父母・兄弟・子孫・妻財・官鬼の五類に就いて推す。たとえば「父母」が発動すれば、それは尊長の類の人である。心に退悔を生ずるは、世爻が空に落ちるによる。事を占う時に応爻が世を剋しに来らず、日辰にも傷剋なく、用神にまた気あって、偏に世爻が自ら空亡に落ちれば、それはこの人の心灰意懶にして、勇往精進の勁頭を提起して事を成就する能わざるなり。
卦爻發動,須看交重;凡遇卦不安靜,當以動爻交重論之。交主未來,重主過去。如占逃亡,卦有父動,主有音信。若交爻,當有人報信;如重爻,則信已先知。他仿此。動變比和,當明進退。動爻變出之爻,若比合,則當以進退論之。若寅化卯為進神,卯化寅為退神。進主上前,退主落後。如占行人:用爻發動,若化進神,不日可望;化退神,則雖起程,亦他往未歸也。又如占宅,火在二爻動,可言其家灶常遷改。若化進神,必移於前;化退神,必移於後。他仿此。
卦爻が発動せば、「交」か「重」かを分かつを要す。およそ卦の安静ならざるに遇えば、動爻の交・重に就いて論ずべし。交は未来の事を主り、重は過去の事を主る。たとえば逃亡を占うに、卦中「父母」が発動すれば音信ありを主る。もし交爻ならば、将に人の報信に来らんとす。もし重爻ならば、その消息は実に早く已に知りぬ。残りはこれに倣う。動爻と変爻がもし同類比和なれば、進神と退神の別を明白にすべし。動爻の変出する爻が本爻と比合同類なれば、進退をもって論ず。寅が卯を化すは進神、卯が寅を化すは退神。進は向前を主り、退は落後を主る。たとえば行人を占うに、用神が発動して進神を化せば、日ならずして到家を望み得る。退神を化せば、すでに起程したれど、それは別処へ転往して未だ帰らざるなり。また住宅を占うに、火爻が二爻に発動すれば、この家の灶は常に改建するを断じ得る。進神を化せば必ず前に移り、退神を化せば必ず後に移る。残りはこれに倣う。
殺生身莫將吉斷,用克世勿作凶看。蓋生中有刑害之兩防,而合處有克傷之一慮。夫世身二爻,莫不喜生合,而惡傷克。若執定是法推之,則所謂膠柱調瑟,而不能達其變矣。豈所謂變易之道耶?且如日辰、動爻來生合世、身,而日辰動爻繫是主象之忌神,則雖生合於我,亦何益哉。況生合之中,有刑、有克、有害,故見殺生身者,不以為吉。又如主事爻動來克世克身,乃是事來趕我,必然易成易就,我雖見克,亦何傷哉?故云:克世者不以為凶。此乃卜易之活法,通變之妙理,學者所宜潛玩也。
凶煞が身を生じに来るは、便ち吉と断ずべからず。用神が世を剋しに来るは、凶として看るべからず。生のうちに刑と害の両様の防ぐべきあり、合のうちにも剣傷の一層の慮るべきあればこそ。世爻・身爻は生合を喜び傷剣を悪まざるなし。しかしこの条の法則に死執して推せば、瑟柱を膠住して瑟を調ずるが如く、変化に通じず、何ぞ変易の道ならんや。たとえば日辰・動爻が世身を生合するに来るが、この日辰動爻は恰も用神の忌神なれば、それは我に生合すと雖も、また何の益処かあらん。いわんや生合のうちに刑を夾み、剋を夾み、害を夾むをや。ゆえに凶煞の身を生じに来るを見て、これを吉と為さず。また主事の爻が発動して世を剋し身を剋しに来るは、それは事情が自ずから我を求めて来り、必然に成り易し。我は剣されると雖も、また何の妨げかあらん。ゆえに世を剋るを凶と為さずと言う。これ卜易の活法、通変の妙理で、学者は潜心玩味すべきである。
刑害不宜臨用,凡遇刑爻為主象,必主不利。占事事不成,占物物不好,占病病必死,占人人有疾,占婦人必不貞潔,占文書必有破綻,占訟利必有罪責。害爻為主象,必壞事。大概與刑爻相類。化入者亦然。然又須以衰旺分其輕重詳之。死絕豈可持身;死絕二爻,臨持世身主象者,必不利。占人有難,占病無救,占醫無效,占事不濟。變動化入者亦然。
刑爻・害爻は用神の上に臨むを宜とせず。およそ刑を帯びた爻をもって用神と為せば、必ず不利を主る。事を占えば事成らず、物を占えば物好からず、病を占えば病必ず死し、人を占えば人に疾あり、婦人を占えば必ず貞潔ならず、文書を占えば必ず破綻あり、官司の勝負を占えば必ず罪責あり。害爻をもって用神と為すも必ず事を壞し、大致刑爻と相類す。用神が刑害の爻を化出するも同じ。ただしさらに衰旺に就いて軽重を分かちて細看すべし。「死」「絶」の二位は何ぞ身世に持臨せんや。死・絶の両爻が世爻・身爻あるいは用神に臨持すれば、必ず不利で、人を占えば人に難あり、病を占えば救なく、医を占えば薬に効なく、事を占えば済まず。用神が変動して死絶に化入するも同じ。
動逢沖而事散,沖之一字,不可一例推之。如空爻逢沖則實,動爻逢沖則散,又謂沖脫。靜逢沖則動,又謂沖起。故凡動爻逢沖,吉不成吉,凶不成凶也。絕逢生而事成。大凡世身主象,臨乎死絕之地,而臨遇生扶者,乃為凶中有救,大吉之兆也。《天玄賦》有絕處逢生一篇,苟能沉潛玩味,玄妙自能採取。然所謂生者,不可執定日辰斷之,動爻月建皆是也。且如寅日酉用,而有辰戌丑未爻動,是為絕處逢生也。午日寅用,而有亥子水爻動,是死處逢生也。餘以類推之。
動爻が冲に遇えば、事情は便ち散ず。「冲」のこの一字は一概に論ずべからず。空爻が冲に逢えば虚より実に転じ、動爻が冲に逢えば涣散してまた「冲脱」と言い、静爻が冲に逢えば動きてまた「冲起」と言う。ゆえにおおよそ動爻が冲に逢えば、吉もその吉を成さず、凶もその凶を成さず。爻が絶地にあって生に逢えば、事情はかえって成り得る。およそ世爻・身爻あるいは用神が死絶の地に落ちて、また生扶に遇うは、凶の中に救ある大吉の兆である。《天玄賦》に《絶処逢生》の一篇あり、もし沈潜して玩味せば、その中の玄妙は自ずから領会し得る。ただし「生」と言う所は、死して日辰と認むべからず。動爻と月建も皆算に入る。たとえば寅日にして酉金をもって用神と為すに、卦中に辰・戌・丑・未の土爻が発動して酉を生ぜば、これが絶処逢生である。午日にして寅木をもって用神と為すに、卦中に亥・子の水爻が発動して寅を生ぜば、これが死処逢生である。残りは類に照らして推す。
如逢合住,須沖破以成功;卦中用爻,遇日辰合住,或兩爻自相合住者,不拘喜忌,皆不見效。須待沖破,或克破合爻,然後吉者吉,凶者凶。此下兼言期日之法。且如用爻動來生合世身,凡事易成。若遇合住,則又阻滯。必待沖、克、破合之日,事始有成。
用神がもし合住されば、冲破の後を待ってこそ成功し得る。卦中に用神が日辰に合住されるか、両爻が彼此相合して絆されれば、所喜所忌を論わず効を見ず。必ずそれを冲破するか、それを合住する爻を剋破するを待って、然る後に吉はこそ吉、凶はこそ凶。以下は連帯して応期を定める法を講ず。たとえば用神が発動して世身を生合せば、凡事はもと成り易し。一旦合住されれば、また阻滞を生じ、必ず冲開・剋破・破合の日を待って、事情こそ着落ある。
若遇休囚,必生旺而成事。期日之法。不可執一,當圓變活法推之,庶無差誤。如用爻合住,則以沖破之日斷之矣;若或用爻休囚者,則非生旺不能成其謀。故無氣當以旺相月日斷之。若用爻旺相不動,則以沖動月日斷之;若用爻有氣發動,則以合日斷之,或以本日斷之;若用爻受制,則以制殺月日斷之;若用爻得時旺動,又遇生扶者,此為太旺,當以墓庫月日斷之;若用爻無氣發動,而遇生扶者,即以生扶日斷之;若用爻入墓,則以破墓月日斷之;若用爻空亡,則以沖動月日斷之;若用爻旺空,或空而逢沖、逢並、逢動者,則以過旬斷之;若占散事,又當以用爻死墓絕日斷之。
用神がもし休囚に遇えば、必ずそれが生旺の時を待ってこそ事は成る。応期を定める法は一条に死守すべからず。円活に変通して推してこそ、差誤に至らず。用神が合住されれば、合を冲破する日をもって断ず。もし用神が休囚なれば、生旺に至るに非ざれば事を成さず。ゆえに気なき爻はそれが旺相の月份日子をもって断ずべし。用神が旺相にして動かざれば、それを冲动する月日をもって断ず。用神に気ありて已に発動せば、それと相合する日をもって断ずるか、あるいは占卦の当日をもって断ず。用神が制伏を受くれば、その忌煞を制する月日をもって断ず。用神が時を得て旺相にしてまた発動し、さらに生扶に遇うは、これ太旺で、その墓庫に入る月日をもって断ずべし。用神が気なくして発動しまた生扶に遇えば、それを生扶する日子をもって断ず。用神が墓に入れば、墓庫を冲破する月日をもって断ず。用神が空亡なれば、それを冲动する月日をもって断ず。用神が旺にして空、あるいは空に落ちてまた冲に逢い併に逢い動に逢うは、この一旬を出ずるをもって断ず。もし占う所が事の散せんとするならば、また用神の死・墓・絶の日をもって断ずべし。
以上數節,乃撮其大要,以提醒後人。其中更玄妙之理,學者自當融通活變,分其輕重強弱定之,不可一途而取也。速則動而克世,緩則靜而生身。此亦言日辰之法也。以用爻動靜生合,定遲速緩急。且如占行人,若用爻發動,或應爻發動,可言其人身已起程矣。然來生世,則遲緩,克世即速到。餘仿此。更當以衰旺論之也。
以上のこの几節は過ぎず大要を撮挙して、後人を提醒するに用いる。その中のさらに玄妙の道理は、学者は自ずから融會貫通し、靈活に変化して、爻神の軽重強弱を分かちて定断すべく、ただ死の一条路を認むべからず。事の来ること速きは、用神が発動して世を剋るなり。来ること遲きは、用神が安静にして身を生ずるなり。これも日辰応期の法を講ずるで、用神の動静生合を凭って遲速緩急を定む。たとえば行人を占うに、用神が発動するか応爻が発動すれば、その人はすでに起程したと言い得る。ただそれが世を生じに来れば、行程は遲緩し、それが世を剋しに来れば、到ること速し。残りはこれに倣い、さらに衰旺と併せて論ずべし。
父亡而事無頭緒,福隱而事不稱情。占法曰:“卦無父母事無頭,卦無子孫不喜悅,”蓋父母主事,子孫則喜慶之神也。故無父,則事無頭緒;無褔德,則事不稱情也。鬼雖禍災,伏猶無氣;官鬼雖為禍害,然六爻亦不可無。但宜靜,而不宜動耳。若無官爻,則諸事無氣。故《通玄妙論》有無鬼無氣之論。宜細玩之。子雖福德,多反無功。子孫雖為福德,然不可重迭太多。多則雜,雜則亂而不專一。故曰無功。蓋過猶不及之意也。
卦中に「父母」なければ、事情に頭緒なし。「子孫」が隠伏して現れざれば、事情は称心ならず。占法に曰く、卦に父母なければ、事に頭緒なく、卦に子孫なければ、人は喜悅せず。父母は事情の體統本末を主管し、子孫は喜慶の神なればこそ。ゆえに父母なければ事に頭緒なく、福德なければ事は称心ならず。「官鬼」は禍災を主ると雖も、それが伏蔵して現れざるも同じく気なきが如く見ゆ。官鬼は禍害と為ると雖も、六爻の中にそれなくしてはならず。ただ静を宜として動を宜とせざるのみ。もし卦中に全く官爻なければ、諸事は皆生気なきが如く見ゆ。ゆえに《通玄妙論》に「鬼なく氣なし」の議論あり。細かに玩味すべきである。「子孫」は福德の神なりと雖も、多ければかえって功なし。子孫は福德と為ると雖も、重畳して多くすべからず。多ければ雜、雜なれば乱れて專一ならず。ゆえに功なしと言い、すなわち過ぎたるは猶及ばざるの意なり。
究父母,推為體統;論官鬼,斷作禍殃。財乃祿神,子為福德。兄弟交重,必主謀為多阻滯;此概言五類神之大略也,後卷分明,自有斷法,不及細論。卦身重迭,須知事體兩交關。卦身一爻,為萬事本體。若六爻中有兩爻出現,必是鴛鴦求事,或事於兩處。若帶兄弟,必是與人同謀。兄弟克世,或帶官鬼發動,必有人爭謀其事也。
「父母」を推究するは、事情の體統本末を看る。「官鬼」を論ずるは、禍殃災咎を断ずる。「妻財」は祿食の神、「子孫」は福德の神で、「兄弟」がもし重畳発動せば、謀る所の事は必然に阻滯多し。この数句は五類六親の大略を概説するに過ぎず。後の各巻は分門別類して、自ずから各々の断法ありて、ここに細論に及ばず。卦身が重畳して現れれば、事体の両頭に牽るを知るべし。卦身のこの一爻は万事の本体で、もし六爻の中に両爻ともに卦身を現せば、それは必ず一頭にして両桩の事を為すか、あるいは事情が両処に牽れり。卦身がもし「兄弟」を帯びれば、必ず人と合伙同謀せり。兄弟がまた世を剋しに来るか、「官鬼」を帯びて発動せば、必ず人のこの一桩の事を争奪しに来る。
卦身不出現,事未有定向;出現持世、合世、生世,其事已定。宜出現,不宜變動,動則須防有變。若係喜神,不以此論。遇吉神而化忌爻,主先成後敗;遇凶殺而化吉神,主先難後易。若六爻無卦身,而動爻有化出者,即是此人來言其事也。如子孫為僧道類。卦身持世,或臨本主人,或在本宮內卦,切己之事;臨應爻,他人之事。六爻飛伏,皆無卦身,其事根由未的。卦身空亡,諸事難成;休囚死絕,諸事無氣。大抵卦身,宜作事體看,不可作人身看。若占人,則是其人之身,非來占者之身也。
卦身が現れざれば、事情は未だ定向なし。卦身が現れて世を持ち世に合し世を生ずれば、事情はすでに定まれる。卦身は現るるを宜とし変動を宜とせず。一動すれば変故を生ずるを防ぐべし。もしそれがもと喜神ならば、この条に照らさず。卦身が吉神に遇いて忌神を化出せば、先に成り後に敗るを主る。凶煞に遇いて吉神を化出せば、先に難あり後に易しを主る。もし六爻の中に卦身なくして、動爻の変化のうちに卦身を現ぜば、それはこの変出の爻の代表する人に就いてこの事を言う。たとえば「子孫」を変出せば、僧道の一流の人なり。卦身が世を持つか、当事本人に臨むか、本宮内卦に落ちれば、皆切身の事である。卦身が応爻に臨めば、それは別人の事である。六爻の飛神伏神のうちに卦身を尋ね得ざれば、この事の根由はなお明確ならず。卦身が空亡に落ちれば、諸事成り難し。卦身が休囚死絶すれば、諸事に氣なし。大抵卦身は事体と看るべく、人身と看るべからず。もし人を占うならば、それも占う所の其人の身で、占卦に来る者の自己の身にあらず。
今人莫不以世與身爻同論,則誤矣。但世身,喜生合,忌傷克。則無不同也。凡遇身克世,則吉;世克身,則凶。身若生世、合世,諸事易成;世生合身,難成。虎興而遇吉神,不害其為吉;龍動而逢凶曜,難掩其為凶。玄武主盜賊之事,亦必官爻;朱雀本口舌之神,然須兄弟。疾病大宜天喜,若臨凶殺必生悲;出行最怕往亡,如係吉神終獲利。是故:吉凶神殺之多端,何如生剋制化之一理。
今の人は世爻と身爻を一つの事として論ぜざるなし。それは誤りである。ただ世爻と身爻がともに生合を喜び傷剣を忌むは、この一点において異なりなし。およそ身爻が世爻を剋れば吉、世爻が身爻を剋れば凶に遇う。身爻がもし世を生じ世に合せば、諸事は成り易し。世爻が反対に身爻を生合せば、事は成り難し。賦文に続けて曰く、「白虎」が興動して吉神に遇うは、それが吉と為るを妨げず。「青竜」が発動して凶曜に逢うも、それが実に凶なるを掩う能わず。「玄武」は盗賊の事を主ると雖も、また「官鬼」の相配するを要してこそ算えり。「朱雀」はもと口舌の神なれども、「兄弟」の相配するを要す。疾病を占うに「天喜」を見るを大いに宜とするも、それが凶煞に臨めば照樣に悲を生ず。出行に「往亡」に遇うを最も怕るも、それが吉神に繋がればついに利を得る。ゆえに曰く、吉凶の神煞は名目多しと雖も、何ぞ生剋制化のこの一つの道理の実在するに及ばんや。
大抵卜易,當執定五行六親,不可雜以神殺亂斷。蓋古神殺,至京房先生作易,亂留吉凶星曜,以迷惑後學。如天喜貴人,往亡大殺之類皆是。今人宗之,無不敬信。雖《天玄賦》亦甚用之,其他不足論也。而其不用者,其惟《海底眼》、《卜易玄機》、《金鎖玄關》之三家乎。
大抵卜易は五行と六親を牢牢と把住すべく、神煞を攙雑して断を乱るべからず。古時の神煞は、京房先生が易を作した時に、胡乱に多くの吉凶星曜を留めて、後学を皆迷惑せしめた。「天喜」「貴人」「往亡」「大煞」の類がそれである。今の人はこれを宗として奉じ、敬信せざるなし。《天玄賦》に至っても用いる所多く、他の書はなおさら言うを俟たない。真に神煞を用いざるは、おそらく《海底眼》《卜易玄機》《金鎖玄關》のこの三家のみであろう。
然神殺太多,豈能悉辨。合以六神言之,其法莫不以青龍為吉,白虎為凶,見朱雀以為口舌,見玄武即為盜賊。不分臨持喜忌,概以所性斷之。吾謂其大失先天之妙旨。何則?白虎動,固凶也;若臨其所喜之爻,生扶拱合於世身,則何損於吾。故雖凶,不害其為吉。青龍發動,固吉也;若臨所忌之爻,刑沖剋害乎主象,則何益於事。故雖吉而難掩其為凶。朱雀雖主口舌,然非兄弟則不能;玄武雖主盜賊,若非官鬼則不是。蓋六神之權,依於五行六親故也。
しかるに神煞これほど多ければ、何ぞ辨じ尽くさんや。「六神」を取りて言えば、通行の法は過ぎず青竜を吉とし白虎を凶とし、「朱雀」を見れば便ち口舌と言い、「玄武」を見れば便ち盗賊と言い、それが臨む所が所喜の爻か所忌の爻かを分かたず、一律にその本性に照らして断ずる。私はこれを大いに先天の妙旨を失うと思う。何となれば、白虎が発動すれば固より凶なれども、それがもし我が喜ぶその一爻に臨んで、我が世身を生扶拱合すれば、我に何の損害かあらん。ゆえにそれは凶なりと雖も、結果の吉と為るを妨げない。青竜が発動すれば固より吉なれども、それがもし我が忌むその一爻に臨んで、用神を刑冲剋害せば、事に何の益処かあらん。ゆえにそれは吉なりと雖も、結果の凶を掩う能わず。朱雀は口舌を主ると雖も、「兄弟」を配さざれば闘い起きず。玄武は盗賊を主ると雖も、「官鬼」を配さざれば賊に非ず。見るべし、六神の権力は五行六親の上に依附するを。
又如天喜,吉星也。占病遇之,雖大象凶惡,不以死斷,喜神故也。若臨於所忌之爻動,吾必以為悲,而不以為喜。往亡,凶殺也。出行遇之,雖大象吉利,必阻其行,死亡故也。若臨於所喜之爻動,吾必以為利,而不以為害。蓋神殺之權輕,而五行之權重故也。由是觀之:遇吉則吉,逢凶亦凶。繫於此,而不繫於彼;有驗於理,而無驗於殺。何必徒取幻妄之說哉。不然吾見其紛然繁據,適足以害其理而亂吾心,豈能一一中節耶?
また「天喜」は吉星で、病を占ってこれに遇えば、たとえ卦の大象が凶悪でも人の死を断ぜず。喜神なればこそ。しかしそれが所忌の爻に臨んで発動すれば、私は必ず悲事と断じて喜事と断ぜず。「往亡」は凶煞で、出行にこれに遇えば、たとえ卦の大象が吉利でも必ず行程を阻む。死亡を主ればこそ。しかしそれが所喜の爻に臨んで発動すれば、私は必ず有利と断じて有害と断ぜず。これは神煞の分量が軽く、五行の分量が重きが故である。これより見れば、吉に遇えば吉、凶に逢えば凶、関鍵は五行六親のこの辺に繋がり、神煞のその辺に繋がらず。応験は道理の上にあり、神煞の上に応じず。何ぞ空しくあの虚幻妄誕の説法を取らんや。さもなくば、私はただそれらが紛紛雑雑として一処に堆積して、恰好正理を害し人心を乱すを見るのみで、何ぞ条条皆中たるを得んや。
蓋神殺無憑,徒為斷易之多歧,而不若生剋制化之一理為要。能明其理,則圓神活變,自有條理而不惑矣。六親,本也;六神,末也。至於吉凶神殺,又末中之末也。必欲用之,則當急於本而緩其末,惟六神可也。然六神但可推決事情,至於休咎得失,又當專以六親為主。如此,則本末兼該,斯不失其妙矣。學者詳之。
要するに神煞は凭るべきなく、空しく断易に多くの岐路を増出す。むしろ生剋制化のこの一つの道理の緊要なるに如かず。能くこの道理を明白にせば、便ち圓通靈活にして自ずから条理ありて困惑に至らず。六親は本、六神は末、吉凶神煞に至ってはさらに末中の末である。もし必ず用いんとせば、その本に急にしてその末に緩とすべく、六神を用いるに止まれば足りる。しかも六神はただ事情の情状を推測するに用い得べきのみで、吉凶得失に至っては、なお専ら六親を主とすべし。このように本末兼顧してこそ、卜筮の妙を失わざるなり。学者は細かに体会すべきである。
嗚呼!卜易者知前則易,世人卜筮,皆泥古法,不知通變,達其道者,鮮也。故有龍虎推其悲喜,水火斷其雨晴,空亡執作凶吉,身位定為人論。凡此之類,難以枚舉。予作是書,取理之長,舍義之短,闡古之幽,正今之失。凡庸占俗卜之執迷古法者,亦莫不為之條解。有志是術者,苟能究明前說,自知通變之道矣。其於易也何有,故曰卜易者知前則易。
ああ、卜易の人はまず前のこれらの道理を明白にすれば容易である。世人の卜筮は皆古法に拘泥して通変を知らず、能くその道に通達するは極めて少なし。ここにおいてある人はただ青竜白虎に凭って悲喜を推し、ただ水火に凭って晴雨を断じ、空亡に死抓住して吉凶を定め、強いて卦身を人身と為して論ずる。この類の毛病は数え尽くせぬ。私がこの書を作すは、その義理の長を取りその義理の短を捨て、古人の幽微なる処を闡発し今人の失誤なる処を糾正せんがため。およそ庸師俗卜が古法に執迷する処も、皆一々として彼らのために條分縷析する。志あってこの術に従う者は、ただ前のこれらの説法を明白にせば、自ずから通変の道を識り、然れば《易》に対して何の難しかあらん。ゆえに卜易の人はまずこれらを知れば容易と言う。
求占者鑑後而則靈。推占者,固當通變。而求占者,亦不可不知求卜之道也。後即誠心是也。筮必誠心,聖人作易,幽贊神明,以其道合乾坤故也。故凡卜筮,必須真誠敬謹,專心求之;則吉凶禍福,自無不驗。今人求卜,多有科頭跣足,短衫露身,甚至有不焚香,不盥手者。嗚呼!忽略如此,而欲求神明之感格者,未之有也。神明不格,而欲求吉凶之應者,亦未之有也。可不慎歟。
占いを求める人もまた後のこれらの道理を明白にせねば、卦は靈驗ならず。推占の人は固より通変すべきなれど、占いを求める人もまた求卜の道を知らざるべからず。ここに言う「後」とは、誠心を指す。占筮は必ず誠心を要す。聖人の《易》を作すは、幽然として神明を贊助す。正にその道理が乾坤に合すればこそ。ゆえにおおよそ卜筮は必ず真誠恭敬にして専心して求めねばならず、吉凶禍福は自ずから応験せざるなし。今の人の求卜は、多くは頭を光らせ脚を裸にして、短衫を著て身を露す者有り、甚だしきは香を焚かず手を洗わざる者さえある。ああ、輕忽ここに至らば、さらに神明の感應を求めんとは、未だ嘗て有らざることなり。神明すでに感應せざれば、さらに吉凶の応験を求めんとは、これも未だ嘗て有らざることなり。能く慎重ならざらんや。
何仿子日。陰陽曆書中,有子不問卜之說。故今人多忌此日。愚謂:吉凶之應,皆感於神明,神明無往不在,無日不可格,能格其神,自無不驗矣。故凡卜筮,在人之誠不誠,不在日之子與非子也。且其說,又有辰不哭泣之忌。若辰日臨喪,亦可以笑對吊者耶?此不足信也,明矣。
何ぞまた子日は卜せざるを忌むや。陰陽暦書のうちに「子は卜を問わざる」の説ありて、ゆえに今の人は多くこの日を忌む。私は思うに、吉凶の応験は皆神明に感通し、神明は處ならずとして在らず日として感格すべからざるなく、能く神明を感格せば、自ずから応験せざるなし。ゆえにおおよそ卜筮は、人の誠なるかならざるかに關わり、日の子日なるかならざるかに在らず。いわんやあの一套の説法のうちにはさらに「辰は哭泣せざる」の忌諱あり。辰日に喪事に遇えば、また笑顔をもって弔唁に来る人に対し得べきか。これをもってこの話は信ずるに足らざること、甚だ明白なり。
且如丙子日,袁柳莊卜脫役事,得姤卦安靜。鬼臨應爻,卻被日辰沖動,世受六害,果應難脫。又談朝輔卜訴訟,得蒙之未濟卦。官鬼空亡,果應不成。又戊子日周焚松卜官訟,得離之賁卦。日辰扶起官鬼,沖剋世爻,財爻又動,此必助鬼傷身,果被婦人執罪。又丙子日卜倭寇,得噬嗑卦。鬼爻衰靜,果應不來;但被日帶父爻六害,乃受風雨淋漓之苦也。
試みに几つかの子日の卦例を挙ぐ。丙子日、袁柳莊が差役を脱免するの事を占うに、《姤》卦を得て六爻安静、「官鬼」は応爻に臨みたれど日辰の子水に冲动され、世爻また六害を受く。後に果して役の脱がれざるに応えり。また談朝輔が訴訟を占うに、《蒙》が《未濟》に変じ、「官鬼」は空亡に落ち、後に果して官司の打ち成さざるに応えり。また戊子日、周焚松が官司を占うに、《離》が《賁》に変じ、日辰が「官鬼」を扶起して世爻を冲剋せしめ、「妻財」また発動す。これは必ず財が鬼を助けて身を傷るなり。後に果して一人の婦人に告発されて罪を定められたり。また丙子日に倭寇の来るかを占うに、《噬嗑》卦を得て、鬼爻は衰弱にして安静す。後に果して倭寇の来らざるに応えり。ただ日辰が「父母」爻を帯びて六害を構成せば、ゆえに空しく一場の風雨淋灕の苦を受けたり。
以上數占,皆係子日,未嘗少誤。果如歷家言,何其事乃俱應耶?故凡占卜,貴乎秉誠,不貴擇日。以上全篇,總說斷易之法,乃通章之大旨。不知此,則諸事難決。有志於是者,當先觀此篇。若能沉潛、反覆,熟讀詳味,此理即明,則事至物來,固將迎刃而解矣。其於易也何有。
以上のこの几卦は皆子日に占いたるに、一卦として半点の差錯なし。もし真に暦家の言う如く子日は卜を問うべからざれば、なんぞこれらの事が偏偏として応験せしか。ゆえにおおよそ占卜は、誠心を秉持するを貴び、日子を挑選するを貴ばず。以上全篇は總じて断易の法を説き、通章の大旨なり。これらを明白にせざれば、諸事は断決し難し。志ある人は、まずこの一篇を看るべし。もしその中に沈潛し、反復熟讀し、細かに體味せば、この道理一たび通ぜば、事一たび来り物象一たび現れれば、自ずから刃迎えて解くが如く、《易》に対して何の難しかあらん。
一、天時
天道杳冥,豈可度思夫旱澇?易爻微妙,自能驗彼之陰晴,當究父財,勿憑水火。天時一占,自《卜筮元龜》而下,皆以水火為晴雨之主,而不究六親制化,蓋執一不通之論也。惟《海底眼》有:“天相陰晴父母推”之說,深為得旨。然又引而不發。所以學者多泥古法,而不求其理,良可嘆也。且如古人以水爻為雨,其言旺動驟雨,休囚微雨。然水居冬旺,則雨豈獨驟於秋冬,而輕微於春夏耶?知乎此,不攻自破矣。故凡占天時,當看父財,勿論水火也。
天道は幽深にして測り難し。人は何ぞ空しく旱澇を揣度せんや。幸いに《易》の爻象は精微にして、自ずから陰晴を驗し得る。ただ「父母」と「妻財」を推究すべく、水火の二爻に死守すべからず。天時を占うこの一門は、《卜筮元龜》以下皆水火をもって晴雨の主と為すに、六親の間の制化を推究せず。これ一に執りて通通ぜざるの論である。ただ《海底眼》に「天相の陰晴は父母に推す」の一句あって、深く要旨を得たり。惜しむらくはそれが引きて發せず。ゆえに学者は多く古法に拘泥してその理を求めず。実に嘆くべし。たとえば古人は水爻をもって雨と為し、水の旺相にして動くは驟雨、休囚は微雨と言う。しかるに水は冬季に當旺なれば、何ぞ雨はただ秋冬に急にして春夏に至れば輕しとせんや。この一層を想い通ぜば、あの套の説法は攻めずして自ずから破る。ゆえにおおよそ天時を占うには、「父母」と「妻財」を看るべく、水火を論ずべからず。
妻財發動,八方咸仰晴光;父母興隆,四海盡沾雨澤。占天不以水為雨,而以父為雨者,父母為天,天變則雨。故也。妻財則父母忌爻,動則剋制雨神,所以主晴。卦中父動,主雨;財動,主晴。卦無父母,財爻又空,必然無雨;卦無妻財,父爻又空,必然不晴。應乃太虛,逢空而雨晴難擬;占天時與占人事一般。人事應空則難成,天時應空則難望。如久晴占雨則無雨,久雨占晴則不晴。若卦中雨爻動,其應空,亦主遲緩,世空則來速也。世應俱空,雨晴難擬,須詳父母妻財,及日辰斷之。
「妻財」が發動せば、八方は皆晴光を盼望し得る。「父母」が興旺せば、四海は皆雨澤に沾うことを得る。天を占うに水をもって雨とせず父母をもって雨と為すは、父母は天を為し、天一たび變すれば雨下るが故である。妻財は父母の忌神で、一動すれば雨神を剋制す。ゆえに晴を主る。卦中に父母が發動すれば雨を主り、妻財が發動すれば晴を主る。卦中に父母なければ妻財がまた空に落ちれば、必ず雨なし。妻財なければ父母がまた空に落ちれば、必ず晴れず。應爻は太虛蒼天を代表し、それが一たび空に落ちれば、雨晴は皆擬定し難し。天時を占うと人事を占うとは一つの道理で、人事は應が空なれば事は成り難く、天時は應が空なれば天は望み難し。たとえば久しく晴れて雨を占うに、應が空なれば便ち雨なし。久しく雨して晴を占うに、應が空なれば便ち晴れず。もし卦中に雨を主る爻が發動して應爻が空に落ちれば、また雨の來ること遲緩を主る。世爻が空に落ちれば、來ること速し。世應兩爻ともに空なれば、雨晴は擬定し難く、「父母」「妻財」を詳看して、さらに日辰を合せて斷ずるを要す。
世為大塊,受克則天變非常。應為天,萬物之體也。世為地,萬物之主也。如世受動爻刑剋,必有非常之變。如雨爻刑剋,必是惡雨;風爻刑剋,必遭惡風之類。又如財化火鬼,刑剋世爻,若夏月卜卦,必是酷暑。卦無子孫及父母動者,則是迅雷驚電。餘仿此。日辰主一日之陰晴,日辰乃一日陰晴之主。不可依《金鎖玄關》作太陽論之。若日辰兄弟,其日必有風雲;子孫,其日必有霞彩;官鬼,其日必然陰晦。餘仿此。若動爻刑剋日辰者亦然。如財爻動克則晴,父爻動克則雨類。卦中動爻,被日辰剋制者,其象必不變。倘父母動,日辰生扶之,則大雨。妻財動,日辰生扶之,則烈日。
世爻は大地で、それが一たび剋を受ければ、天は非常の變を為す。應爻は天を為して萬物の依る本體、世爻は地を為して萬物の托する主人である。世爻が動爻に刑剋されれば、必ず反常の天變あり。雨を主る爻に刑剋されれば、必ず惡雨なり。風を主る爻に刑剋されれば、必ず惡風に遭う。この類の如し。また「妻財」が火の「官鬼」を化出して世爻を刑剋すれば、もし夏月に卦を卜せば、必ず酷暑なり。卦中に「子孫」なければ「父母」が發動して、それは迅雷驚電なり。殘りはこれに倣う。日辰はこの一日の陰晴を主管す。日辰は一日の陰晴の主で、《金鎖玄關》の如くこれを太陽と為して論ずべからず。日辰がもし「兄弟」なれば、この日は必ず風雲あり。「子孫」なれば、必ず霞彩あり。「官鬼」なれば、必然に陰晦なり。殘りはこれに倣う。もし動爻が日辰を刑剋すれば、またこの道理に照らす。「妻財」が動きて日辰を剋せば晴、「父母」が動きて日辰を剋せば雨。卦中の動爻がもし日辰に剋制されれば、それが主る氣象は變出し得ず。もし「父母」が發動して日辰がまたこれを生扶せば、それは大雨なり。「妻財」が發動して日辰がこれを生扶せば、それは烈日なり。
子孫管九天之日月。陽宮子孫為日,陰宮子孫為月。旺則皎潔,衰則暗淡;空伏,則雖晴而被蒙蔽。子化子,日照霞明;屬陰則月明星燦。化出墓絕,始雖明朗,終成暗晦也。若論風雲,全憑兄弟;風雲,以兄弟爻論之。旺動,則風高雲密;死絕,則云淡風輕。化出子孫,則清風彩雲;化出官鬼,則頑雲惡風也。要知雷電,但看官爻。官鬼主雷電,動則必有雷聲。旺相,霹靂驚雷;衰弱,雲中虛閃。卦有兩鬼皆動,主雷電交作;鬼化鬼,亦然。鬼化財,或卦無父母,雖雷不雨。
「子孫」は九天の上の日月を管す。陽宮の子孫は太陽、陰宮の子孫は月亮である。旺なれば光明皎潔、衰なれば昏暗無光、空に落つるか伏藏すれば、晴なりと雖も日月は遮蔽される。子孫が子孫を化出するは、日が晚霞を照りて天光明麗なり。陰に屬せば月明星燦なり。子孫が墓・絶の爻を化出すれば、初めは明朗なれども、ついに昏暗に轉ず。もし風と雲を論ずれば、全く「兄弟」爻に憑る。風雲は兄弟爻をもって論ず。旺相發動すれば、風大きく雲密なり。死絶無氣なれば、雲淡く風輕し。兄弟が「子孫」を化出すれば、清風彩雲なり。「官鬼」を化出せば、頑雲惡風なり。雷電を知らんには、ただ「官鬼」爻を看る。官鬼は雷電を主り、一動すれば必ず雷聲あり。旺相は霹靂驚雷、衰弱は雲中の虛閃なり。卦中に兩つの鬼爻ともに動けば、雷電の交作を主る。鬼が鬼を化出するも同じ。鬼が「妻財」を化するか、卦中に「父母」なければ、それはただ雷を打ちて雨下らず。
更隨四季推詳,父母主雨,妻財主晴,四時不易。其子孫、官鬼、兄弟,當隨時推究,不可執一。詳見於後。須配五行參決。凡占天時,固不可以水火為主;若五類所臨,亦憑參究。父母爻,四時主雨。若臨金水,雨乃未止;臨火土,雖雨不久;但臨土,則雨雖止,而云不散;臨木,則有風有雨之象也。
天時を斷ずるはさらに四季に隨って推詳すべし。「父母」は雨を主り「妻財」は晴を主る。この兩樣は四季變わらず。「子孫」「官鬼」「兄弟」に至っては、季節に隨って推究すべく、一説に死執すべからず。詳しくは下文に見える。さらに五行に配して併せて參決すべし。およそ天時を占うに、固より專ら水火を主とすべからざるなれど、五類六親の臨む五行も、なお參究すべし。「父母」爻は四季ともに雨を主る。それが金・水に臨めば、雨は未だ停まらず。火・土に臨めば、雨下ると雖も久しからず。單に土に臨めば、雨は止むと雖も雲は散ぜず。木に臨めば、すなわちまた風あり雨あるの象なり。
妻財爻,四時主晴。臨金,必有煙霧;臨水,必有朝露,或雖晴不久;化出父爻,反主有雨;臨木,晴而有風;臨土,晴而有云;臨火,日麗中天。兄弟爻臨木,四時主風;臨土,四時主雲;臨火,風雲皆有;兄化兄亦然;臨金,主有風沙;臨水,則濃雲也。又夏月新秋,遇火兄,主大熱;冬月初春,遇水兄,主大寒。
「妻財」爻は四季ともに晴を主る。金に臨めば、必ず煙霧あり。水に臨めば、必ず清晨の露水あり、あるいは晴なりと雖も久しからず。もし「父母」爻を化出せば、かえって雨ありを主る。木に臨めば、晴にして風あり。土に臨めば、晴にして雲あり。火に臨めば、麗日の空に當たるなり。「兄弟」爻が木に臨めば、四季ともに風を主る。土に臨めば、四季ともに雲を主る。火に臨めば、風雲ともにあり、兄弟が兄弟を化出するも同じ。金に臨めば、風沙あるを主る。水に臨めば、濃雲なり。このほか、夏月と初秋に火の「兄弟」に遇えば、大熱を主る。冬月と初春に水の「兄弟」に遇えば、大寒を主る。
子孫爻臨金,四時皆為星月;屬陽,則冬與正月為冰霜,夏秋為白雲;臨木,二三月為游絲,餘月皆為日晷日色;臨水,正月與冬季為冰雹雪霜,夏秋與二三月為朝露;臨火,四時皆為日;臨土,夏秋為巧云,二三月為霞,冬月為日。
「子孫」爻が金に臨めば、四季ともに星月を主る。子孫が陽に屬して金に臨めば、冬月と正月は冰霜を主り、夏秋は白雲を主る。子孫が木に臨めば、二三月は空中に飄蕩する游絲を主り、殘りの月份は皆日影日色と看る。水に臨めば、正月と冬季は冰雹雪霜を主り、夏秋と二三月は清晨の露水を主る。火に臨めば、四季ともに太陽を主る。土に臨めば、夏秋は奇巧の雲彩を主り、二三月は彩霞を主り、冬月は太陽を主る。
官鬼爻臨火,及未戌二土,為電;餘皆作雷斷。正月鬼動化父,或與父爻同發,主有春雪;蓋春雪乃殺物之雪,非瑞,故也。若二月春分後,八月秋分前見之,皆以雷斷。春分前,雷聲未發,則溼雲帶雨之象,非雷也;秋分後,雷聲即收,鬼如動,必有狂風拔木,林間震響之惡勢。雷聲即收後,與未發前,若鬼帶三刑六害,乘旺動來克世,雷應非常之變,雖冬月,亦有震驚百里之象。
「官鬼」爻が火に臨み、および未・戌の兩土支に臨むは、閃電と斷ず。殘りは皆雷と斷ず。正月のうちに鬼爻が發動して「父母」を化するか、父母爻と同時に發動すれば、春雪あるを主る。春雪は生物を殺傷する雪で、祥瑞と算えざればこそ。もし二月春分の後・八月秋分の前に鬼動に遇えば、皆雷と斷ず。春分の前は雷聲未だ發せざれば、それは濕雲帶雨の象で、雷に非ず。秋分の後は雷聲すでに收めたれば、鬼爻がもし動けば、必ず狂風が木を拔き林間轟響の惡勢あり。雷聲すでに收めた後と未發の前のこの兩段の時節のうちに、鬼爻がもし「三刑」「六害」を帶び、旺に乘って發動して世を剋しに來れば、その雷は非常の變異に應じ、たとえ冬月に在りとも百里を震驚する聲勢あり。
晴或逢官,為煙為霧;卦得晴兆,鬼亦動者,必有濃煙重霧;或惡風,或陰晦,冬或大寒,夏或大熱;或有日月薄蝕之變。必非風和日麗,天晴月皎之候。雨而遇福;為電為虹。卦得雨兆,子孫亦動者,非有閃電,則有彩虹。蓋子孫主彩色。虹與電,亦有其象,故以類而推之。若執定日月霞彩,則膠柱而調瑟也。
晴卦のうちにまた「官鬼」に遇えば、天上は煙を生じ霧を生ず。卦はすでに晴兆を顯して鬼爻もまた動けば、必ず濃煙重霧あり、あるいは惡風を起し、あるいは陰晦に轉じ、冬はあるいは大寒、夏はあるいは大熱、あるいは日食月食の類の變異あり。要するに風和日麗・天晴月皎の時にはあらず。雨卦のうちに「子孫」に遇えば、天上は電あり虹あり。卦はすでに雨兆を顯して子孫もまた動けば、閃電あるに非ざれば、彩虹あるなり。子孫は彩色を主り、虹と電もまた彩色の象なればこそ。ゆえに類に按って推す。もし子孫はただ日月霞彩を主ると死認定すれば、それは瑟柱を膠住して瑟を調ずるに成る。
應值子孫,碧落無瑕疵之半點;凡遇晴卦,應臨子孫動者,其日必然皎潔。或財臨應動,化出子孫亦然。蓋應為天,子孫為清光皎潔之神。故也。世臨土鬼,黃沙多散漫於千村。晴卦中,世臨土鬼發動,或土鬼動來沖剋世身者,乃是沙落天也;兄弟化出土鬼亦然。秋冬見之,多主陰晦。或從子孫化出,當有云奔鐵騎之象。
應爻が「子孫」に値すれば、碧空の上は半點の瑕疵もなし。およそ晴卦に遇うに、應爻が「子孫」に臨んで發動せば、この日は必然に天色皎潔なり。あるいは「妻財」が應爻に臨んで發動して子孫を化出するも同じ。應爻は天を為し、子孫は清光皎潔の神なればこそ。世爻が土の「官鬼」に臨めば、黃沙は散漫として千村に落ち滿つ。晴卦の中、世爻が土鬼に臨んで發動するか、土鬼が動きて世爻身爻を冲剋するに來れば、それは所謂沙の天に落つるなり。「兄弟」が土鬼を化出するも同じ。秋冬にこれを見れば、多くは陰晦を主る。もし「子孫」より化出したるなれば、鐵騎の奔馳するが如き雲あるを看るべし。
三合成財,問雨那堪入卦;卦有三合成局,依五類推之。如成財局,有霞彩;成鬼局,有雷電類。如久晴占雨,卦遇三合財局,必然無雨。久雨占晴,卦遇三合父局,亦主不晴。如五月甲申日占晴,得隨之咸卦。辰子兩爻俱動,與日辰申字,正合成父局,雨果不止。五鄉連父、求晴怪殺臨空。五鄉:財官父兄子也。五類中,唯父母為雨。此爻空亡,或休囚不動,雨未可望。若遇動爻,化出父母,則主有雨;化出財爻,則主晴也。
三合が會して財局を成せば、雨を問うに它の卦に入るを見るに堪えぬ。卦中にもし三爻の合成して局を成すあれば、五類六親に就いて推す。財局を成せば、霞彩あるを主る。鬼局を成せば、雷電あるを主る。この類の如し。ゆえに久しく晴れて雨を占うに卦が三合の財局に遇えば、必ず雨なし。久しく雨して晴を占うに卦が三合の父母局に遇えば、また晴れざるを主る。一つの卦例を挙ぐ。五月甲申日に晴を占うに、《隨》が《咸》に變じ、辰・子の兩爻ともに發動して、日辰の申字と正に合して父母の水局を成す。後に雨は果して止まざるを下したり。五類の中にもし「父母」に連なれば、晴を求むにまたあの忌煞の空に落ちたるを怪しむ。五鄕とは、妻財・官鬼・父母・兄弟・子孫の五類で、五類の中に父母のみが雨を主る。父母のこの一爻がもし空亡に落ちるか、休囚にして動かざれば、雨は指望なし。もし動爻あって父母を化出せば、雨あるを主り、妻財を化出せば、晴を主る。
財化鬼,陰晴未定;財主晴明,鬼主陰晦。故遇財化鬼,或鬼化財,或鬼財皆動,必主陰晴未定。或先陰後晴,先晴後陰之象。卦無子孫,財反助鬼,必不晴也。父化兄,風雨靡常。父主雨,兄主風。兩爻相化,或俱發動,皆主風雨交作。凡論先後,當以動者為先,變者為後。俱動,則以旺者為先,衰者為後。或曰:旺多衰少。
「妻財」が「官鬼」を化出せば、陰晴は定まり得ず。財は晴明を主り、鬼は陰晦を主る。ゆえに財が鬼を化するか、鬼が財を化するか、財鬼が一齊に發動するに遇えば、必ず陰晴不定を主る。あるいは先に陰にして後に晴、あるいは先に晴にして後に陰。卦中に「子孫」の鬼を制するなければ、財はかえって官鬼を生助して、それは必ず晴れず。「父母」が「兄弟」を化出せば、風雨は變化無常なり。父は雨を主り、兄は風を主る。この兩爻が互いに化出するか、あるいは一齊に發動するは、皆風雨交加を主る。およそ先後を論ずるは、發動するその一爻を先と為し、變出のその一爻を後と為すべし。もし兩爻ともに動けば、旺なるを先と為し衰なるを後と為す。また一説あり、旺は分量多く、衰は分量少なしと。
母化子孫,雨後長虹垂螮蝀;弟連福德,雲中明月出蟾蜍。日月虹霓,皆屬子孫。若遇父爻化出,必然雨後虹見;兄爻化出,則云中漏日。冬月兄化子,是雪片隨風;夏秋,是風捲晴雲。屬陰,則風清月朗;三春屬陽,則風和日暖也。父旺財衰,而兄動化子,當推雲中閃電。更宜細究。
「父母」が「子孫」を化出せば、雨後に便ち長虹の螮蝀の如く天に垂れん。「兄弟」が福德子孫に連なれば、雲縫より便ち蟾蜍の如き明月を露さん。日・月・虹・霓は皆「子孫」に屬す。もし「父母」爻より化出せば、必然に雨後に虹を見る。「兄弟」爻より化出せば、雲中より日を漏らすなり。冬月に兄弟が子孫を化するは、雪片の風に隨って飄飛するなり。夏秋は風が晴雲を卷くなり。子孫が陰に屬せば、風清月朗なり。三春は陽に屬して、風和日暖なり。もし「父母」旺にして「妻財」衰、兄弟また動きて子孫を化出せば、それは雲中の閃電と推すべし。これらはさらに細かに推究すべし。
父持月建,必然陰雨連旬;卦中六親。皆不宜臨月建,唯子孫一爻遇之為吉。其他如父臨之,必主久雨;財臨之,必主久晴。臨父化水則潦,臨財化火則旱。非水火而刑剋世爻亦然。兄坐長生,擬定狂風累日。長生之神,凡事從發萌之始,直至帝旺,然後衰死。故遇長生,卒難止息。如父逢之,雨必連朝;兄逢之,風必累日;官逢之,陰雲不散;財逢之,雨未可望;須至墓絕日,然後雨可止、風可息、雲可開、陰可霽也。化出亦然。
「父母」爻が月建を持てば、必然に連旬の陰雨なり。卦中の六親は皆月建に臨むを宜とせず、「子孫」の一爻のみがこれに遇えば吉。他は父母が月建に臨めば、必ず久雨を主る。妻財が月建に臨めば、必ず久晴を主る。父母に臨んで水爻を化出せば澇と成り、妻財に臨んで火爻を化出せば旱と成る。水火を化せざるとも、ただそれが世爻を刑剋せば、これも同じ。「兄弟」が長生の位に坐すれば、数日の狂風を刮らんと斷じ得る。長生のこの神は、凡事皆萌芽の初めより起算して、帝旺に長ずるまで、然る後に衰え死する。ゆえに爻が長生に遇えば、一時に止息し難し。父母がこれに逢えば、雨は必ず朝を連ね、兄弟がこれに逢えば、風は必ず日を連ね、官鬼がこれに逢えば、陰雲は散ぜず、妻財がこれに逢えば、雨は指望なし。墓・絶の日を待って、然る後に雨は止み風は息み雲は開け陰は晴に轉ず。變化の中より長生を化出するも同じ。
父財無助,旱潦有常;官鬼空伏,父母無氣,而財爻旺動者,必旱;子孫空伏,妻財無氣,而父爻旺動者,必潦。凡遇此象,最怕日月動爻,又來生扶合併,則潦必至浸沒;旱必至枯槁。如父財二爻,雖或旺動,卻有制伏,或居死墓絕地,又無扶助者,雖旱有日,雖潦有時,必不為害。福德帶刑,日月必蝕。子孫帶刑,動化鬼;或官鬼動來刑害,或父帶螣蛇來克,皆主日月有蝕。陽爻日,陰爻月。如八月庚申日,予卜中秋月,得家人之觀卦,果應大雨。
「父母」と「妻財」がともに外助なければ、旱澇に常度あり。「官鬼」が空に落つるか伏藏して「父母」また氣なく、「妻財」が旺相發動するは、必ず旱なり。「子孫」が空に落つるか伏藏して「妻財」また氣なく、「父母」が旺相發動するは、必ず澇なり。およそこの種の卦象に遇うに、最も怕れるは日建・月建と動爻がまた來りて生扶合併すること。然れば澇は必ず田廬を淹沒するに至り、旱は必ず草木の枯槁するに至る。もし父母・妻財の二爻は旺動すと雖も、別にそれらを制伏するあり、あるいは死・墓・絶の地に落ちてまた扶助なければ、旱も旱なること有限、澇も澇なること時ありて、必ず災を成さず。福德の神が刑を帶びれば、日月に必ず食あり。「子孫」が刑を帶びて發動して「官鬼」を化出するか、官鬼が動きて子孫を刑害するか、「父母」が「螣蛇」を帶びて子孫を剋しに來れば、皆日食月食を主る。子孫が陽爻なれば日食を主り、陰爻なれば月食を主る。たとえば八月庚申日、私は中秋の夜の月色を卜して、《家人》が《觀》に變ずるを得、後に果して大雨の下るに應えり。
雨嫌妻位之逢沖,占雨要財爻靜。若被日辰沖動,父母暗傷,雨未可望。父或發動,雨亦不多;不然當日必無雨。至財爻墓絕日,方可有雨也。若父爻安靜,逢沖則有雨。晴利父爻之入墓。墓主晦滯。父爻動入,即是雨意,終不沾濡。財爻動入,亦是陰晴氣候,入墓亦然。如五月丁丑日,占晴,得屯之無妄卦。父母雖動,然坐在墓爻,果應晴而陰滯也。
雨を占うに、「妻財」の位の冲に逢うを嫌う。雨を占うには財爻の安静を要す。もし財爻が日辰に冲動されれば、雨を主る「父母」は暗のうちに傷を受け、雨は指望なし。たとえ父母が發動すとも、雨は多からず、さもなくば當日は必ず雨なく、財爻の墓・絶の日を待ってこそ雨あるを得る。反對に、もし父母爻がもとより安静なれば、冲に逢うかえって雨あり。晴を占うには、「父母」爻の墓に入るを利とす。墓は晦暗停滯を主る。父母爻が動きて墓に入れば、ただ些かの雨意あるのみで、ついに下りて地面を沾濕せず。財爻が動きて墓に入れば、また陰陰晴晴の氣候のみで、同じく爽利ならず。たとえば五月丁丑日に晴を占うに、《屯》が《无妄》に變ずるを得た。父母は發動すと雖も、墓爻の上に坐す。後に果して天は晴に放たると雖も陰氣の滯塞するに應えり。
子伏財飛,簷下曝夫猶抑鬱;大抵占晴,以財為主。若徒有財而無子孫,或居空地而又變弱,此日有陰晴之象。蓋財爻但主晴,不主日。得子孫出現不空,或發動,或旺相,或遇生扶,或逢沖並,然後有日。況無子孫,則財絕生意。官鬼專權,必非久晴之兆也。父衰官旺,門前行客尚趑趄。占雨以父為主。休囚死絕,便不可望。若得官爻當權旺動,生扶父母,亦主有雨。但忌父居空地,或在日辰制伏之鄉,仍為無雨。然亦必有溼雲載雨,凝滯不散之象。
「子孫」が伏藏して「妻財」現れれば、檐下に物を晒すを待つ人はなお悶悶として樂しまず。大抵晴を占うに財爻を主と為す。もし財爻あるのみで子孫なければ、あるいは子孫が空の地に落ちてまた變弱せば、この日は半陰半晴の象のみ。財爻はただ晴を管して、太陽の出づるを管せざればこそ。必ず子孫が現れて空に落ちず、あるいは發動、あるいは旺相、あるいは生扶に遇い、あるいは冲併に逢って、然る後に日頭あり。いわんや子孫なければ、財爻は生意を斷たれ、官鬼は獨り專權して、それは必ず久晴の兆にあらず。「父母」が衰えて「官鬼」旺なれば、門前の行客はなお遲疑して身を起すを敢えてせず。雨を占うに父母を主と為す。父母が休囚死絶すれば、指望するを要せず。もし官爻が權に當たり旺動して父母を生扶しに來れば、なお雨あるを主る。ただ父母が空の地に落ちるか、日辰に制伏せらるるの處に落ちるを忌む。それは依りて雨なし。ただし必ず濕雲が雨を載せて凝滯散ぜざるの象あり。
福合應爻木動交,而游絲漫野;子孫乃曠達之神。若臨木動合應,或在應上生合世身,必是風和日暖、游絲蕩颺之天也。夏月薰風解慍,秋月風清月朗,冬月玉屑呈祥。屬水,可言露珠。鬼沖身位金星會,而陰霧迷空。卦晴。而鬼臨金水爻,動來沖剋世身,或臨卦身沖剋應爻,或就臨應上發動,皆主有濃煙重霧,蔽塞郊野之象。父母動則主雷鳴,非煙霧也。
「子孫」が應爻に合して木爻が交動せば、天上は游絲の野に滿つるが如し。子孫は曠達の神で、それがもし木爻に臨んで發動して應爻と相合するか、應爻の上にて世身を生合せば、必ず風和日暖・游絲飄蕩の好天なり。夏月は熏風の慍を解き、秋月は風清月朗、冬月は玉屑の如き雪花の祥を呈す。子孫が水に屬せば、露珠と言うべし。「官鬼」が身位に冲して金星が會合せば、天上は陰霧の空に迷えるが如し。卦はもと晴を主るに、鬼爻が金爻水爻に臨んで發動して世身を冲剋するか、卦身に臨んで應爻を冲剋するか、あるいは應爻の上にて發動すれば、皆濃煙重霧が郊野を遮塞するの象を主る。もし「父母」が發動すれば、それは雷鳴と斷ずべく、煙霧にあらず。
卦值暗沖,雖空有望;占雨,怕父空;占晴,怕財空。二者皆無成望。若日辰沖之,則沖空不空,過此一日,自有成望。欲定日期,亦以沖日、沖時斷之。爻逢合住,縱動無功。父動有雨,財動須晴,理固然也。若被日辰動爻合之,名合住;雖動,亦依靜看。合住財爻,不晴;合住父爻,不雨。大概是密雲不雨之象。辛丑秋,予寓江東欲返,值颶風大作,丁亥日,卜得困之震卦。兄弟父母俱動,合住應爻,果當日辰時止息。
卦中にもし暗冲に逢えば、用神は空なりと雖もなお望みあり。雨を占うに「父母」の空に落つるを怕れ、晴を占うに「妻財」の空に落つるを怕る。この兩樣が空に落ちれば、成望なし。ただし日辰の來りてこれを冲するあれば、それは空を冲して空ならず、この一日を過ぎて自ずから望みあり。日期を定むるは、またこれを冲する日子・これを冲する時辰をもって斷ず。爻がもし合住されば、たとえ發動すとも功用なし。父母が發動して雨あり、妻財が發動して晴に放たるは、もと常理なれど、もし日辰あるいは動爻に合住されれば、これを合住と言い、動なりと雖も靜爻と看る。財爻を合住せば晴れず、父爻を合住せば雨ならず。大抵密雲して雨ならざるの象なり。辛丑年の秋、私は江東に客居して歸らんと欲するに、正に颶風の大作に遭う。丁亥日に卜して《困》が《震》に變ずるを得た。「兄弟」「父母」ともに發動すれど、應爻を合住す。後に果して當日の辰時に風は停まりぬ。
合父鬼沖開,有雷則雨;父母合住,本主不雨。若遇鬼動,沖破合住,當主將雨未雨,必待雷震,而後有雨也。沖爻是弟,發風則雨;沖爻是子,閃電則雨。日辰沖剋同斷也。合財兄克破,無風不晴。財爻合住,本不晴明。若得卦有兄動克破合爻,或日辰是兄,沖剋破之,則必待風起,然後晴;無風則不晴也。如辛未日占晴,得損之小畜卦。財被合住,喜得日辰帶兄,沖破合爻,果應發風而晴也。
合住されたる「父母」が鬼爻に冲開されれば、雷あれば雨あり。父母が合住せられれば、もと雨下らざるを主る。もし鬼爻の發動してその合を冲破するに遇えば、將に雨ならんとして未だ雨ならざるを主る。必ず雷の一たび震うを待って、然る後に雨下る。それを冲開するが「兄弟」爻なれば、風を起して然る後に雨下る。それを冲開するが「子孫」爻なれば、電を閃して然る後に雨下る。日辰の來りて冲し來りて剋するも、これに照らして斷ず。合住されたる「妻財」が兄爻に剋破されれば、風なければ晴れず。財爻が合住せられれば、もと晴に放たれず。もし卦中に「兄弟」の發動してその合爻を剋破するか、日辰が正に兄弟にして冲剋してこれを破れば、必ず風の起るを待って、然る後に晴れ、風なければ便ち晴れず。たとえば辛未日に晴を占うに、《損》が《小畜》に變ずるを得た。財爻は合住せられたれど、幸いに日辰が兄弟を帶びて合爻を冲破す。後に果して風を起して然る後に晴に放たるに應えり。
坎巽互交,此日雪花飛六出;八卦屬象:乾為天,為晴;坤為地,為陰;坎為水,為雨雪冰雹;離為太陽,霞電;艮為雲;震為雷;巽為風;兌則星月、霧露類也。若冬月卜卦,遇坎化巽,或巽變坎,必有風雪飄揚之象。若父兄交變,而子孫兼動者,亦然。若父動而子化子,則是雪月交輝之象也。
坎卦と巽卦が交互に變化せば、この日は六出の雪花の飛舞あり。八卦は各々屬する象あり。乾は天・晴と為し、坤は地・陰と為し、坎は水・雨雪冰雹と為し、離は太陽・霞・電と為し、艮は雲と為し、震は雷と為し、巽は風と為し、兌は星月霧露の類と為す。もし冬月に卦を卜して、坎の巽に化するか巽の坎に變ずるに遇えば、必ず風雪飄揚の象あり。もし「父母」と「兄弟」が交互に變化して「子孫」また同時に發動するも同じ。もし父母が發動して子孫が子孫を化出せば、それは雪月交輝の象なり。
陰陽各半,今朝霖雨慰三農。雨乃陰陽之象,鬱結而成。故古人有“陰陽和,而後雨澤降”之說。凡占天時,得陰陽相半之卦,必然有雨。然亦必須將財父兼看。純陽卦安靜,占雨不雨,占晴必晴,動則主雨。純陰卦安靜,占晴不晴,占雨必雨,動則主晴。蓋陽動則變陰,陰動則變陽。故也。純陰卦,動出父爻,終有雨;純陽卦,動出財爻,終晴。
陰爻陽爻が各々半を占めれば、今日のこの場の好雨は農家を慰藉す。雨は陰陽の二二氣の鬱結して成る象で、ゆえに古人に「陰陽和して、然る後に雨澤降る」の説あり。およそ天時を占うに、陰陽各半の卦を得れば、必然に雨あり。ただしなお「妻財」「父母」を合せて看るを要す。純陽の卦が安静なれば、雨を占うに雨ならず、晴を占うに必ず晴れ、一動すればかえって雨あるを主る。純陰の卦が安静なれば、晴を占うに晴れず、雨を占うに必ず雨、一動すればかえって晴に放たるを主る。これ陽動すれば陰に變じ陰動すれば陽に變ずるの故なり。純陰の卦がもし「父母」爻を動出せば、ついに雨あり。純陽の卦がもし「妻財」爻を動出せば、ついに晴に放たる。
兄弟木興繫巽風,而馮夷何其肆惡;占天,遇兄弟屬木在巽宮,乘旺動來刑剋世爻,當有颶風之患。更與父爻同發,必成風雨。若化官,定然傷物。化出水,風雨兼作。化出火土,惟云耳。妻財火動屬乾陽,而旱魃胡爾行凶。財臨火動,或從火化,或化火爻,或變入乾卦;而又遇月建、日辰、動爻生扶合助者,必主大旱。若六爻無水,父母死絕,或父與水爻在空,而財福當權旺動亦是。
「兄弟」が木に属して興動し、また巽風の宮に係るときは、河伯・馮夷はなんと酷く暴れることか。天時を占って「兄弟」が木に属し巽宮にあり、旺に乗って発動して世爻を刑克しに来れば、飓風の患があるはずである。再び「父母」爻と同時に発動すれば必ず風雨となる。兄弟が「官鬼」を化出すれば風は必ず物件を傷損し、水爻を化出すれば風雨が揃って来、火爻・土爻を化出せばそれはただ起雲するのみである。「妻財」が火に属して発動し、また乾陽の象に属するときは、旱魃はなぜこのように凶悪をなすのか。財爻が火に臨み発動し、あるいは火爻から化され、あるいは火爻を化出し、あるいは乾卦に変入し、しかも「月建」「日辰」と動爻の生扶合助に遇えば、必ず大旱を主す。もし六爻の中に水爻がなく、「父母」が死絶し、あるいは父母と水爻がともに空に落ち、「妻財」「子孫」が権に当たり旺動すれば、これも大旱の象である。
六龍御天,只為蛇興震卦;震卦又為龍象。若有青龍鰧蛇,在此宮動者,必有龍現。雖非龍蛇,而在辰巳爻上旺動者,亦主有龍。從父化出,先雨後龍現;化出父爻,先龍後雨;父爻安靜,或空伏,龍雖現而無雨。化財亦然。若蛇龍辰巳等爻,臨鬼動者,非龍,乃電掣金蛇也。
六龍が天空を駕御するのは、ただ「螣蛇」が震卦に興動するがゆえである。震卦はまた龍の象である。もし「青竜」「螣蛇」が震宮で発動すれば必ず龍の現れることがある。たとえ青竜螣蛇でなくとも、辰・巳の両爻上で旺相発動すれば、同じく龍有りを主す。それが「父母」爻から化出せば先に雨が降って後に龍が現れ、それが「父母」爻を化出せば先に龍現れて後に雨が降る。もし父母爻が安静であるか、あるいは空に落ち伏蔵すれば、それは龍現るるも雨なしである。化出して「妻財」となるも同じである。もし螣蛇・青竜あるいは辰巳等の爻が「官鬼」に臨んで発動するならば、それは龍ではなく、電光が金蛇の如く乱れ掣くのである。
五雷驅電,蓋緣鬼發離宮。電,雷之光也。有聲曰雷,無聲曰電。若鬼在離宮動,當以五雷驅電斷之。蓋離有彩色之象。故也。火鬼亦然。金化火,火化金,雷電交作。凡鬼爻旺相,雷聲必烈;休囚,其雷稍輕;克世臨金,或帶自刑,雖不旺相,聲亦驚駭。屬土無氣,隱隱輕雷也。《金鎖玄關》及《卜易玄機》,以鬼臨金火,皆作電斷。愚謂:金乃有聲之象,火則然矣,金何理乎?故不敢取。
五方の雷神が電光を駆り立てるのは、みな「官鬼」が離宮で発動するがゆえである。電は雷の光である。声あるを雷と呼び、声なきを電と呼ぶ。もし鬼爻が離宮で発動すれば、五雷駆電をもって断ずべきである。離に彩色の象あるがゆえである。火爻の鬼も同じである。金が火に化し、火が金に化すれば則ち雷電交作す。およそ鬼爻が旺相ならば雷の声は必ず烈しく、休囚ならば雷の声はやや軽い。もしそれが世を克して金に属し、あるいは自刑を帯びれば、たとえ旺相ならずとも声は人を驚かす。土に属して気なければ、それは隠隠たる軽雷である。『金鎖玄関』と『卜易玄機』はともに鬼の金に臨み火に臨むを一概に電と断じているが、私は金は声あるの象であり、火を電とするはまだ通じるも、金は何をもって電とするか。ゆえに敢えて採用しない。
土星依父,雲行雨施之天;木德扶身,日暖風和之景。土主云,父主雨。故土臨父動,有云行雨施之象。木主風,財主晴。故木臨財動,有日暖風和之景。變化者亦然。多霧多煙,爻上財官皆動。財動本晴。若鬼爻亦動,或日辰帶鬼,持克世爻,必先有煙霧而後開晴也。官旺財衰,大霧重如細雨;鬼衰財旺,煙迷少頃開晴。
土星が「父母」に依れば、すなわち雲行雨施の天であり、木徳が身爻を扶ければ、すなわち日暖かく風和やかなる景である。土は雲を主り父は雨を主る。ゆえに土爻が父母に臨み発動すれば雲行雨施の象があり、木は風を主り財は晴を主る。ゆえに木爻が妻財に臨み発動すれば日暖風和の景があり、変化の中から化出するも同じである。霧多く煙多きは、爻上の「妻財」「官鬼」がともに発動するのである。財動はもとより晴を主るも、もし鬼爻も動き、あるいは日辰が鬼を帯びて世爻を持克しに来れば、必ず先に煙霧がありて後に放晴す。官旺にして財衰なれば大霧濃重にして細雨の如く、鬼衰にして財旺なれば煙気迷蒙してしばらくして散開放晴す。
身值同人,雖晴而日輪含耀;世持福德,縱雨而雷鼓藏聲。凡卜天時,被世爻所克者,必無此象。如兄弟持世,則克財爻;財若旺相,亦非皎潔天氣。子孫持世,則克官鬼;官若發動,雖雨必無雷聲。他仿此。世若安靜,或落空亡,皆勿斷。被日辰剋制者,其象必然。
身爻が同類相克の象に値すれば、晴るるといえども日輪の光輝は含みて露われず、世爻が福徳「子孫」を持せば、雨降るといえども雷鼓もその声を蔵す。およそ天時を卜するに、およそ世爻に克たれるその一象は必ず顕れない。たとえば「兄弟」持世ならば、兄弟はすなわち「妻財」を克す。財たとえ旺相なりとも皎潔の好天気ではない。「子孫」持世ならば子孫はすなわち「官鬼」を克す。官鬼たとえ発動すとも雨降るとも雷の声なし。その余はこれに倣う。世爻もし安静なり、あるいは空亡に落ちれば、みなこの条に照らして断じない。世爻もし日辰に克制せられれば、その一象は必然的に顕れない。
父空財伏,須究輔爻;占雨:父為主,鬼為輔;占晴:財為主,子為輔。若財父皆空,或俱不出現,或一空一伏,則雨晴難定;須究輔爻衰旺動靜,庶可推決。如鬼爻旺動,日月動爻又來生合,亦主有雨。子孫旺動,鬼爻墓絕,亦主晴。或官與子俱靜,則有日辰生合沖並者為急。如五月甲戌日,久晴占雨,得屯卦。財不出現,父爻衰空,同是雨晴難定之象。喜得日辰沖並,卦中土鬼暗動,果應有雨。但鬼臨土爻克水,所以雨亦不多矣。
「父母」が空に落ち「妻財」が伏蔵すれば、すなわち補佐の爻を推究しなければならない。雨を占うに「父母」を主とし「官鬼」を輔とし、晴を占うに「妻財」を主とし「子孫」を輔とする。もし財・父がともに空に落ち、あるいはともに現れず、あるいは一つは空に落ち一つは伏蔵すれば、雨晴定め難く、輔爻の衰旺動静を推究して、始めて断決すべきである。鬼爻が旺相発動し、日建月建と動爻とがまた来たり生合せば、これも雨有りを主す。子孫が旺相発動して鬼爻が墓・絶の地にあれば、これも放晴を主す。もし官鬼と子孫とがともに安静ならば、すなわち日辰有りて来り生し来り合し来り沖し来り併するその一つをもって急とする。たとえば五月甲戌日に久晴の後に雨を占い、《屯》卦を得た。財爻現れず、父爻また衰えまた空なり。正に雨晴定め難きの象である。幸いに日辰がまた沖しまた併して、卦中の土「官鬼」が暗動し、後に果して雨有りに応じた。ただ鬼の土爻に臨むは水を克するを要するをもって、ゆえに雨も下ること多からず。
剋日取期,當明占法。占雨,看父爻;占晴,看財爻;占風,看兄爻。久晴占雨:父爻衰弱,生旺日有;父爻安靜,沖動日有;父若發動,合值日有;月建是財,出月斷之;卦無父母,財爻墓絕日有。久雨占晴:財爻衰弱,生旺日止;日辰是財,當日即止;卦無財爻,父母墓絕日止;月建是父,出月止;日辰是父,財雖有氣,當日必不能止也。若衰爻遇有扶起者,即以扶爻斷之。如占一日陰晴,當以時刻取期也。
克応の日に按じて応期を推取するに、当に占法を明かにすべし。雨を占うに「父母」爻を看、晴を占うに「妻財」爻を看、風を占うに「兄弟」爻を看。久晴に雨を占うに、父爻衰弱なればその生旺の日に至りて雨有り、父爻安静なればそれを沖動するの日に至りて雨有り、父爻もし已に発動せば、それと相合するの値日に至りて雨有り。月建もし財爻ならばこの月を出ずれば乃ち雨有りを断ず。卦中もし父母なければ、財爻の墓・絶の日に至りて雨有り。久雨に晴を占うに、財爻衰弱なればその生旺の日に至りて雨止み、日辰もし財爻ならば当日に即ち止む。卦中もし財爻なければ、父母の墓・絶の日に至りて止む。月建もし父爻ならばこの月を出ずれば乃ち止む。日辰もし父爻ならば、財爻たとえ気有りとも当日は必ず止まず。もし衰弱の爻に別にそれを扶起する者あれば、すなわちそのそれを扶ける爻をもって日期を断ず。もしただ一日の内の陰晴を占わば、すなわち当に時辰を以て応期を取るべし。
要盡其詳,別陰陽而分晝夜;陰陽之分,當以卦宮取,勿以爻象論。陽以晝言,陰以夜言。或曰:外卦陽爻,以上午斷;內卦陽爻,以下午斷;外卦陰爻,以上半夜斷;內卦陰爻,以下半夜斷。又陽化陰,晝興夜作;陰化陽,夜興晝作。又曰:陽宮陽爻,午前推之;陽宮陰爻,午後推之。陰宮仿此。欲推其細,明衰旺以定重輕。衰旺以四時言,旺則重,衰則輕也。有氣而又臨生旺之地者愈甚,無氣而又臨墓絕之地者尤微。旺變衰,先重後輕;衰變旺,先輕後重也。能窮易道之精微,自與天機而吻合。
それを推して詳ならんと欲せば、則ち卦の陰陽を分ちて昼夜を定む。陰陽の分は当に卦宮に按じて取るべし。ただ爻象に按じて論ずべからず。陽は白昼を主り、陰は夜間を主る。一説あり、外卦の陽爻は上午に断じ、内卦の陽爻は下午に断じ、外卦の陰爻は上半夜に断じ、内卦の陰爻は下半夜に断ず。また陽が陰に化するは昼に起りて夜に作り、陰が陽に化するは夜に起りて昼に作ると曰う。また一説あり、陽宮の陽爻は午前に推し、陽宮の陰爻は午後に推し、陰宮はこれに類推す。それを推して精ならんと欲せば、則ち衰旺を明辨して軽重を定む。衰旺は四時に按じて言う。旺なれば応じること重く、衰なれば応じること軽し。気有りてしかも生旺の地に落つるは更に重く、気無くしてしかも墓絶の地に落つるは更に軽し。旺が衰に変ずるは先ず重くして後に軽く、衰が旺に変ずるは先ず軽くして後に重し。《易》道の精微を窮究する能くば、自然に天機と吻合して間なし。
二・年時
陰暗晴暑,天道之常;水旱兵災,年時之變。欲決禍福於一年,須審吉凶於八卦。所謂年時,一年中,四時事也。遠則國家,近則官府;大則天道,小則人物;皆在六爻內 。凡推及此,必須仔細。不比人事一端之易,學者宜用心焉。
陰・暗・晴・暑は天道の常態であり、水災・旱災・兵禍は一年の時運の変異である。一年の禍福を判定せんと欲せば、八卦の中に吉凶を審察せねばならない。いわゆる年時とはすなわち一年四季の内の事である。遠くは国家に関係し、近くは本地の官府に関係し、大は天道であり、小は人物であり、全てこの六爻の内にある。およそこの一門に推し及ばんには、必ず格外に仔細ならざるべからず。一樁の人事を占うが如く易しきに比すべからず。学者は当に用心すべし。
初觀萬物,莫居死絕之鄉;萬物屬初爻。臨財福吉,臨鬼殺凶。生旺有氣,五穀豐登,六畜興旺。空亡墓絕,則六畜多災,五穀亦欠收也。受克亦然。次察群黎,喜在旺生之地。二爻為人民之位。遇子孫,四時安樂。逢官鬼,太歲多災;發動克世,民多為盜。自空化空,民多暴死。空動,生合應爻,民多遷徙外郡。火鬼化父,小兒多出痘疹。
先ず初爻の主る万物を看、それをして死・絶の郷に落ちしむるなかれ。万物は初爻に属す。それが「妻財」「子孫」に臨めば則ち吉、「官鬼」凶煞に臨めば則ち凶。生旺気有れば五穀豊登し六畜興旺し、空亡に落ちあるいは墓絶に入れば則ち六畜多く災いあり五穀もまた歉収を要す。初爻が克を受くるも同じ。再び二爻の主る百姓を察す。それが旺相受生の地に落つるを喜ぶ。二爻は人民の位である。「子孫」に遇えば一年四季安楽し、「官鬼」に逢えばこの一年多く災いあり、官鬼発動して世を克せば百姓多く盗賊を為す者有り。二爻が自空してまた空に化せば百姓多く横死す。二爻が空にして発動し、また応爻を生合せば百姓多く外郡に遷徙す。火の「官鬼」が「父母」を化出せば小児多く痘疹を出す。
三言府縣官僚,兄弟則徵科必迫;三爻屬陽,以府官斷;屬陰,以縣官斷。屬陰土,以府州縣僚佐官斷。三爻臨世,或是本宮,以本縣官斷。無故自空,縣必缺任。逢空而遇應上鬼沖,必有外郡官攝政。發動逢空,將已辭印。化進神,有升擢之喜;化退神,有降謫之憂。生合世爻,或初二爻者,有仁民愛物之心;刑剋,則剋制小民。非良吏也。若臨子孫,清廉正直;臨官鬼,酷毒好刑;臨兄弟,貪暴無恥。兄動克世而生合五爻,或歲君者,必主其年官府徵科急迫也。
三爻は府県の官僚を講ず。この位もし「兄弟」に臨めば賦税の徴収は必然に逼迫す。三爻が陽に属せば則ち府一級の官に按じて断じ、陰に属せば県一級の官に按じて断じ、陰土に属せば府州県の佐貳属官に按じて断ず。三爻もし世爻に臨み、あるいは正に本宮の爻なれば、則ち本県の官に按じて断ず。三爻が無縁無故に自ら空亡に落つれば本県は必ず長官を缺き、空に逢うてまた応爻上の「官鬼」に沖せられれば、必ず外郡の官ありて政務を代理す。三爻が発動して空に逢えば、長官は将に印を辞し任を卸さんとす。三爻が進神に化すれば昇遷の喜び有り、退神に化すれば貶謫の憂い有り。三爻が世爻あるいは初爻二爻を生合するは、この官に仁民愛物の心有り。それらを刑克するはすなわち小民を苛刻にして良吏に非ず。三爻が「子孫」に臨むは清廉正直の官、「官鬼」に臨むは酷毒にして刑を好む官、「兄弟」に臨むは貪暴にして恥なきの官である。「兄弟」発動して世を克し、また五爻あるいは太歳を生合せば、必ずこの一年官府の賦税を徴収する格外に急迫なるを主す。
四論朝廷宰相,沖身則巡警無私。三公九卿,上司官,皆在四爻。若能生合世爻、二爻,必有憂民官在朝。生合五爻,刑剋二爻,朝廷皆阿諛之臣。發動,以出巡官斷之。臨子孫,正直無私。生合持世,必能為民除害。兄動化財,與世刑剋,其年當有徵索舊欠官來也。若臨應上,或化空亡,必不入我境界。若與其身相沖,遍巡四境。如遇鬼化鬼,一年官,兩度來;或有兩員官來也。
四爻の論ずるは朝廷の宰輔である。それもし身爻を沖せば、すなわち巡察警戒して偏私する所なし。三公九卿および上司の官はみな四爻に在り。四爻もし世爻と二爻とを生合する能くば、朝中に必ず百姓を憂念するの官有り。もしただ五爻を生合して反って二爻を刑克しに往かば、それ満朝みな阿諛奉承の臣である。四爻発動せば、則ち出京巡察の官に按じて断ず。四爻が「子孫」に臨むは正直無私の官である。それが世爻を生合しあるいは世爻を持臨せば、必ず百姓のために害を除く能し。「兄弟」が発動して「妻財」を化出し、また世爻と刑克せば、この一年当に旧欠を追徴する官員の来る有るべし。この爻もし応爻上に臨み、あるいは空亡に化入せば、その官は必ず我が境内に進まず。もし身爻と相冲すれば、遍く四境を巡らんとす。「官鬼」が「官鬼」を化出するに遇えば、一年の内に官の来ること两趟あり、あるいは两員の官員前来する有り。
五為君上之爻,五爻為天子之位,最不宜動來刑剋世爻,其年必受朝廷剋剝。若臨財福,生合世爻,必有君恩。化出父母,當有赦宥。空動,有名無實。或雖生合世爻,卻被三四爻剋制、合住者,縱有君恩,官府隱瞞,不能下及百姓。制爻衰死,亦主半被侵捺。五爻自空,其年天子有崩傷之憂。化出子孫回頭剋制,必主太子攝位。五爻空動,沖身沖歲,有巡狩出外事。四爻制克五爻,當有奸臣專國。四爻旺,五爻衰,恐謀不軌。
第五爻は君主の位である。一年の年成を占うに最も忌むは第五爻が発動して「世爻」を刑克しに来ること。もしこのようであればこの一年百姓は必ず朝廷の横徴暴斂を受く。第五爻もし「妻財」「子孫」に坐して世爻を生合せば、当年必ず君恩に蒙る。もし「父母」を変出せば則ち朝廷の赦令を頒下するに応ず。第五爻動くといえども「空亡」に落つれば恩沢はただ虚名にして並び実恵なし。第五爻が世爻を生合すれども第三第四爻に克制せられあるいは合住せらるる者あり。それは恩典下るといえども地方官府の隠瞞截留せる所と為り、恵み百姓に及ばず。もしその克制の爻本身衰弱死絶せば、これも恩沢の半分を侵吞せらるるを主す。第五爻が自身空に落つれば当年天子に駕崩あるいは傷に遇うの憂患有り。もし子孫を変出して頭を回りて第五爻を克制せば、太子が君権を代行するを主す。第五爻が空に落ちてまた発動し、「卦身」を沖し「太歳」を沖せば、天子に巡狩出行の事あるを主す。第四爻は大臣の位である。もし第五爻を克制せば、当に権臣の国政を専擅する有るべし。第四爻旺にして第五爻衰なれば、更に恐るべし大臣の不軌を図謀するを。
六為昊天之位。六爻為天。若空,其年必多怪異事。蓋天無空脫之理。所以,主有變異也。如子孫為日食星隕類。若遇兄動,亦主有驚怪不常之變。此於空亡之異,為尤甚也。應亦為天,克世,則天心不順;世還為地,逢空,則人物多災。應爻又作外郡,世爻又作本境看。
第六爻は蒼天の位である。年時を占うに第六爻を以て天を代表す。この爻もし「空亡」に落つれば当年必ず怪異の事多し。天は虚空脱落の理なければなり。一旦空に落つれば則ち天象変異の上に応ず。たとえば第六爻が「子孫」に坐せば、すなわち日食・隕星の類である。第六爻もし「兄弟」の発動に遇えば、これも驚怪反常の変故あるを主す。これは落空の応ずる変異よりも更に甚だし。「応爻」同じく天を代表するを以て、応爻が「世爻」を克すればすなわち天意順ならずである。世爻は則ち地を代表し、世爻が空に落つれば人畜万物多く災い有り。このほか応爻また外地の州郡を看るべく、世爻は本地の境内を看るべし。
太歲逢兄乘旺,有溫州之大颶;太歲,乃一年主星。惟遇子孫為吉,其他皆非所利。如臨兄,出現變動,其年必多惡風;乘旺克世,有颶風之災。若屬金水,或化父母,或與父爻同發,風水之禍,必不能免。化兄一年雨作。流年值鬼帶刑,成漢寢之轟雷。流年,即太歲。若臨官鬼發,其年必多惡雷。帶刑剋世,必傷人物。六親中至凶,莫若官。六爻遇之,皆遭其禍。如初爻遇之,物不利;二爻遇之,人不安。六爻無官,年月不帶,方為大吉。縱有旱潦年災,必不至於大害。出現逢空,或衰絕不動,亦不妨。
「太歳」は一年の主星である。卦中はただ太歳が「子孫」に坐するをもって吉とし、その余の諸爻に坐すればみな利とせず。太歳もし「兄弟」に坐して出現発動せば、当年必ず悪風多し。再び旺に乗りて「世爻」を克せば、即ち飓風の災い有り。温州の歴来遭う所の大飓風の如し。もしこの兄弟爻が金に属し水に属し、あるいは「父母」を変出し、あるいは父母爻と一同に発動せば、風災水患必ず免れ難し。兄弟を変出せば則ち一年陰雨連綿たり。いわゆる「流年」はすなわち太歳である。太歳もし「官鬼」に坐して発動せば、当年必ず悪雷多し。再び刑を帯びて世爻を克せば、必定雷震して人を傷り畜を傷る。漢代の宮寝の雷轟に遭うの事の如し。六親の中に最も凶なるは官鬼より甚だしきはなく、六爻いずれの爻にてもそれに遇えば皆その禍を遭う。初爻に遇えば田産器物利あらず、二爻に遇えば家人安からず。六爻の中いずれも官鬼を見ず、年月もまた官鬼を帯びざるを要すれば、乃ち大吉。たとえ旱涝年災有りとも釀成して大害と為るに至らず。官鬼出現すれども「空亡」に落ち、あるいは衰絶して発動せざれば、また事に妨げず。
發動妻財,旱若成湯之日;交重父母,潦如堯帝之時。財臨太歲,其年雨水必不周遍。更臨火爻,或火化其生扶,而父爻衰弱者,定主亢旱。若父持太歲,其年雨水必多,更化水爻,又臨生旺之地,而財爻空伏無氣者,必主大水。世克如不傷世,則五穀不損。若只占年時水旱,不必拘定太歲,但看財父可也。有動,以動為勝;不動,以旺為勝。克世則可畏。
「妻財」発動すれば旱を主り、「父母」発動すれば涝を主る。妻財爻もし「太歳」に臨めば、当年雨水必ず遍く降る能わず。再加えてそれが火に属し、あるいは火爻有りてそれを生扶し、しかも父母爻また衰弱なれば、一定大旱の年である。商湯の時七年の旱の如し。父母爻もし太歳に臨めば当年雨水必ず多し。再び水爻を変出し、また長生帝旺の地に処り、しかも妻財爻が空に落ち伏蔵して気なければ、必ず大水を発す。堯帝の時の洪水の如し。世爻もしそれを克する能くば、あるいはそれが世爻を傷害せざれば、五穀は受損を致さず。もしただ一年の水旱を占問せば、必ずしも太歳に死守して放さざるを要せず。単に妻財・父母の両爻を看れば即ち可なり。発動する者有れば発動の一爻を以て准とし、ともに動かざれば旺相の一爻を以て准とす。およそ世爻を克するは、乃ち真正に畏るべし。
猛烈火官回祿,興災於熙應;鬼在乾宮,或在六爻上動,當以雷斷,其餘不可亂言。如卦中火鬼動,其年有火災。若與世無干,而與應爻克沖者,乃是外郡被災,與本境無涉也。汪洋水鬼玄冥,作禍於江淮。水鬼發動,其年必有水災。在外卦,或化父母,或沖動父母,是雨水淹沒。在內卦,是河決海翻。若不克世,雖溢無事。如戊午年正月辛亥日,卜年時,得蒙之中孚卦。水鬼與應上父爻俱動,傷克世爻,妻財又伏;其年果應風雨連月,水溢田中,五穀淹腐殆盡也。
火性の「官鬼」は火災を主る。ただし官鬼もし乾宮に在り、あるいは第六爻上で発動すれば、それは雷に断ずるを要す。乱りに火と説くべからず。卦中に火鬼発動せば当年火災有り。もしそれが「世爻」と渉なきも、ただ「応爻」と相冲相克せば、それは外地州郡の災いに遭うと為り、本境と干らず。水性の官鬼は則ち水患を主る。水鬼発動せば当年必ず水災有り。外卦に在り、あるいは「父母」を変出し、あるいは父母爻を沖動せば、雨水氾濫して淹没す。内卦に在れば則ち河堤潰決し海潮倒灌す。もし世爻を克せざれば水泛溢すれども事なし。例えば戊午年正月辛亥日に年成を占問して《蒙》の《中孚》を得たり。水性の官鬼が応爻上の父母爻と一同に発動して世爻を傷克し、「妻財」また伏蔵して出でず。当年果して風雨月を連ね、田中積水し五穀淹泡腐爛してほぼ収穫なし。
尤怕屬金,四海干戈如鼎沸;金鬼發動,其年必不寧靜。蓋金乃兵象,故也。在四五爻上,是大臣謀叛;沖剋應爻,生合五爻,是朝廷征討。在外卦,又屬他宮,是夷狄侵犯中華。鬼化鬼,或兩鬼俱動,必非一處作亂。卦身逢之,四海皆然。太歲逢之,一年不得安靜。空動是虛,或化空絕,化敗病,或化回頭克,或被月建日辰動爻剋制,雖或反亂,終必敗亡。休囚發動,不過強梁盜賊。甲寅正月庚申日,卜倭亂,得困之大過卦。六三午火鬼動,化出酉金兄弟,帶刑剋害,其年果應倭賊大亂。火主燒,金主殺,兄又劫財,所以,其年劫燒殺傷,不可勝計。
最も怕るるは「官鬼」が金に属する。それは天下兵戈四起の象である。金性の官鬼発動せば当年必ず太平ならず。金は兵器を主ればなり。金鬼が第四・第五爻上で発動せば大臣の謀反である。「応爻」を沖克して第五爻を生合せば、朝廷の兵を発して征討するである。外卦に在りてまた他宮に属せば外族が中原に入侵す。官鬼が官鬼を変出し、あるいは两重の官鬼同時に発動せば、乱を作すこと必ず一処に止まらず。「卦身」がそれに遇えば天下到る処騒動し、「太歳」がそれに遇えば一年安寧を得ず。金鬼動くといえども「空亡」に落つれば動もまた虚動なり。あるいは空亡・絶地・敗地・病地に変入し、あるいは回頭克を変出し、あるいは「月建」「日辰」および動爻に克制せらるれば、たとえ叛乱有りとも終に蕩平せらるるを要す。金鬼が休囚無気の時に発動すれば、ただ強盗草寇のみ。甲寅年正月庚申日に倭寇の乱を占って《困》の《大過》を得たり。六三午火の官鬼発動して酉金の「兄弟」を変出し、また刑克害を帯びたり。当年果して倭寇大いに乱れたり。火は焚焼を主り金は殺戮を主り、兄弟はまた財物を劫奪するを主るをもって、ゆえにその一年劫掠・焚焼・殺傷の事は数えて尽くし難し。
更嫌值土,千門疫癘若符同。土鬼發動,其年多瘟疫。生旺為甚,休囚稍可。在艮宮動,瘴氣亦重。克世,人多疫死,世克不妨。鬼帶白虎,亦是瘟疫兆也。逢朱雀而化福爻,財動則旱蝗相繼;鬼帶朱雀動,化子孫,刑剋身世,主有蝗蟲之災。蓋朱雀能飛,子孫又禽蟲之屬,故也。財臨太歲,雖非朱雀,若化子,在生氣爻上亦然。更遇財爻亦動而無制伏者,必主旱蝗相繼之歲。
更に嫌うは「官鬼」が土に属する。それは家家戸戸に瘟疫に染まるを主る。土性の官鬼発動せば当年疫病多し。長生帝旺の地に処れば重く、休囚無気なれば則ち稍軽し。艮宮で発動せば山林の瘴気もまた重し。「世爻」を克せば人病死すること多く、世爻反ってそれを克する能くば妨げず。官鬼が「白虎」を帯ぶるも同じく瘟疫の先兆である。官鬼が「朱雀」を帯びて発動し「子孫」を変出し、また「卦身」「世爻」を刑克せば、蝗災あるを主す。朱雀は飛禽に属し、子孫また禽虫の一類に帰するをもってなり。「妻財」が「太歳」に臨み、朱雀を帯びずともただ子孫を変出し、また生気の爻上に落つればこれも同じ。もし妻財爻同時に発動して制伏する人無ければ、必ず旱災と蝗災と接連して来るの年である。
遇勾陳而加世位,兄興則饑饉相仍。勾陳,職專田土。官鬼逢之,必非大有年。持世克世,必然歉收。財化兄,或與鬼俱動,則是饑饉之年也。若財空福絕,或福空財絕,皆是飢歲。莽興盜起,由玄武之當官;鬼加玄武,動克世爻,其年必多盜賊。屬陰,是穿窬小人,樑上君子;屬陽,是強梁夥盜。若臨土,或化土克世,必主盜賊蜂起。化出金,沖剋歲君,或五爻者,今雖為盜賊,終必謀動干戈,擾亂四海,以犯上也。
「勾陳」は専ら田土を管す。「官鬼」が勾陳を帯びれば当年必ず豊年に非ず。再び「世爻」を持しあるいは世爻を克せば一定歉収なり。「妻財」が「兄弟」を変出し、あるいは財と官鬼とが一同に発動せば、すなわち饑荒の年である。もし財爻が空に落ちて「子孫」が絶に入り、あるいは子孫が空に落ちて財爻が絶に入るも、みな荒年である。官鬼が「玄武」を帯びて発動して世爻を克せば、当年必ず盗賊多し。官鬼が陰に属せば、墻を鑽り壁を翻るの小偷であり、陽に属せば群れを成し伙を結ぶの強盗である。玄武官鬼もし土に属し、あるいは土爻を変出して世を克せば、必定盗賊蜂起す。もし金爻を変出して「太歳」あるいは第五爻を沖克せば、則ち今日は盗賊たりといえども日後終に兵を挙げて乱を作し天下を擾動して上に犯す。西漢末の王莽権を篡んで群盗並び起こるの如し。
宋殄異多,因螣蛇之御世。鰧蛇,乃妖怪之神。在六爻上動,雖非鬼,必主有大變異。鬼在六爻上動,雖非鰧蛇,亦主大變。在乾宮,或化入乾卦者,亦然。不在六爻,不落乾宮,而鬼帶鰧蛇發動,則是世間有變異奇怪。如下文所云也。
「螣蛇」は妖異怪変を主るの神である。螣蛇が第六爻上で発動すれば、「官鬼」を帯びずとも必ず大なる天地の変異あるを主す。官鬼が第六爻上で発動すれば螣蛇を帯びずとも同じく大変を主す。官鬼が乾宮に在り、あるいは乾卦に変入するもこの如し。もし既に第六爻に在らず、また乾宮に落ちず、ただ官鬼が螣蛇を帯びて発動せば、それは人間に種種の反常怪異の事の現るるである。宋末の災異の滅絶多きはすなわちその応なり。いずれの怪異に応ずるかは、下文に分列する各条を看よ。
若在乾宮,天鼓兩鳴於元末;鰧蛇動臨官鬼,若在乾宮,主有天鼓鳴之異。若化金爻子孫,或化入兌卦者,有星月之異。如星入月類。若化火財,與父作合者,有虹霓之異。如吸酒飲釜類。若化火爻子孫,或化入離宮者,有日月之異。如今丙辰秋,數日並出類。鬼爻或屬金者,以雷斷。如擊臺失匙類。鬼爻屬木,或化父母爻者,以雨斷。如雨血雨毛類。鬼爻屬木,或化兄弟者,以風斷。如紅風黑風類。木鬼與世應相沖,有異風之變。如宋季有白氣溺貫百里類。
「螣蛇」が発動して「官鬼」に坐し、もし乾宮に在れば天鼓轟鳴の怪異を主す。元朝末年の二度天鼓の鳴るの如し。もし金爻の「子孫」を変出し、あるいは兌卦に変入せば、星月失常を主す。星辰の月中に侵入するの類の如し。もし火性の「妻財」を変出して「父母」と相合せば虹霓の異を主す。虹の垂れて酒を吸い釜中の水を飲み尽くすの類の如し。もし火爻の子孫を変出し、あるいは離宮に変入せば日月の異を主す。丙辰年秋天の数日並び出づるの類の如し。官鬼もし金に属せば則ち雷に断ず。雷撃楼台して匙鑰を失落するの類の如し。官鬼が木に属しあるいは父母爻を変出せば則ち雨に断ず。天の血雨・毛雨を降らすの類の如し。官鬼が木に属しあるいは兄弟爻を変出せば則ち風に断ず。紅風・黒風の類の如し。木性の官鬼が「世爻」「応爻」と相冲するもまた怪風の変有り。宋末の白気百余里を横貫するの類の如し。
如當震卦,雷霆獨異於國初。鰧蛇鬼,在震宮動者,有雷霆之異。如秋間夏月,無雲而雷霆震類。震卦,又為龍。若臨辰巳爻上,或化辰爻,主有龍現。如龍掛為橋之異。震卦又為木,或臨木爻,或化木爻者,有樹木之異。如戴若實家,柳如牛鳴;趙如初家,柏如鶴鳴之類也。
「螣蛇」官鬼が震宮で発動せば雷霆反常を主す。秋日あるいは夏夜の晴空无雲にして忽ち雷震を発するの類の如し。本朝の開国之初めに即ちこの異有り。震卦はまた龍を代表す。螣蛇官鬼もし辰・巳爻上に落ち、あるいは辰爻を変出せば龍の現身あるを主す。龍身空を横ぎり掛橋の如きの類の如し。震卦はまた木を代表す。螣蛇官鬼もし木爻上に落ちあるいは木爻を変出せば草木の生異を主す。戴若実の家の柳樹の牛鳴の声を発し、趙如初の家の柏樹の鶴鳴の声を発するの類の如し。
艮主山崩,臨應則宋都有五石之隕;鰧蛇鬼,在艮宮動者,其年有山崩之異。如元統間山崩陷為地類。屬金化金,則是石,如山鶴變為石,叱石為羊類。若臨應爻,或在六爻,或化乾卦,是天變也。如星化為石類。坤為地震,帶刑則懷仁有二所之崩。鰧蛇鬼,在坤宮動者,其年必主地震。逢金,則有聲;帶刑,則崩裂。坤卦又為牛,若鬼臨丑,必有牛異。如戴人變牛類。乾坤二卦中,鰧蛇鬼,臨世動,乃是人有異事,非物也。如婦生須,男孕子類。坤乃純陰卦,鰧蛇鬼動,與玄武相合住者,必主晝晦。元末每多此異。
艮は山を為し山崩を主る。「螣蛇」官鬼が艮宮で発動せば当年山崩の異有り。元統年間の山崩して平地に陥るの類の如し。それが金に属しまた金爻を変出せば応ずる所は石に在り。山鶴の石に化し叱石して羊と成すの類の如し。もし「応爻」に落ち、あるいは第六爻に在り、あるいは乾卦に変入せば、それは天上の変である。星墜ちて石に化するの類の如し。宋の都には曾て五塊の隕石の落下する有り。坤は地を為し地震を主る。螣蛇官鬼が坤宮で発動せば当年必ず地震有り。金爻に遇えば地震声有り、刑を帯びれば地裂け陥崩す。懐仁の両処の崩陥の如し。坤卦はまた牛を代表す。官鬼もし丑爻に落つれば必ず牛の怪異有り。戴姓の人の牛形に変作するの類の如し。乾・坤の両卦の中、螣蛇官鬼もし「世爻」に臨み発動せば、それは人身上の出づる怪事にして物怪に非ず。婦人の鬍鬚を生出し男子の懐孕するの類の如し。坤は純陰の卦なり。螣蛇官鬼発動して「玄武」に合住せられれば、必ず白昼昏黒を主す。元朝末年常にこの類の異象有りき。
坎化父爻,雨血雨毛兼雨土;坎卦,在天為雨,在地為水。鰧蛇鬼在此宮動,臨應爻六爻,或化父爻者,皆以雨斷。不然,則是河涸海溢之異。若金鬼化父,當有雷雪同作之異。雨血雨毛雨土,皆元末之異也。巽連兄弟,風紅風黑及風施。鰧蛇鬼,在巽宮動化兄,主有異風。如宋英宗時有赤風,元順帝時有黑風類。若不化兄,不臨應爻六爻,勿作風斷,是草木之異。如武后時,九月梨花開類。震巽二卦,又為禽鳥。若鰧蛇鬼在生氣爻上動者,有諸禽之異。如春秋時,六鷁退飛;唐庫中,金錢化蝶類。
坎は天に在りては雨を為し地に在りては水を為す。「螣蛇」官鬼が坎宮で発動し、また「応爻」あるいは第六爻に臨み、あるいは「父母」爻を変出すれば、みな雨の怪異に断ず。否らざれば便ち河流乾涸し海水暴溢の異である。もし金性の官鬼が父母爻を変出せば、当に雷雪並び作るの怪事有るべし。血雨を降らし毛雨を降らし土雨を降らすは、みな元朝末年に出現したりし異象なり。螣蛇官鬼が巽宮で発動して「兄弟」を変出せば怪風有りを主す。宋英宗の時の赤風、元順帝の時の黒風の類の如し。もし兄弟を変出せずまた応爻と第六爻とに臨まざれば、風に断ずるを要せず。それは草木の異なり。武則天の時の九月梨花盛んに開くの類の如し。震・巽の両卦はまた飛禽を代表す。螣蛇官鬼もし生気の爻上で発動せば鳥類の怪を出すを主す。春秋の時の六隻の鷁鳥退きて飛びて宋都を過ぎる、唐代の府庫中の金銭の蝴蝶に化するの類の如し。
日生黑子,宋恭帝驚離象之反常;鰧蛇鬼,在離宮動者,有日異。如宋恭帝時,日中有黑子類。若非應爻六爻,則有火異也。如大德間,火從空中降下,延燒禾稼數十畝類。邇年蒲州火從平地迸出,居民被燒者,不可勝計。沼起白龍,唐玄宗遭兌金之變異。兌為澤,為井,為池沼。若鰧蛇鬼,在此宮動者,當有唐玄宗時,沼中白龍,乘空而起。元順帝太子寢殿後新甃一井,井中亦有龍出,火焰爍火,變幻不測,宮人見之,莫不震攝類。
「螣蛇」官鬼が離宮で発動せば太陽の怪を出すを主す。宋恭帝の時の日面に黒子の出現するの類の如し。もし「応爻」と第六爻上に在らざれば、それは火の怪異なり。元代の大徳年間に天火空中より降下し、延焼して庄稼数十畝に及ぶ。また近年の蒲州の地火平地より噴出し、居民の焼死するは数え勝たざるの如し。兌は沢を為し井を為し池沼を為す。螣蛇官鬼が兌宮で発動せば当に水沢の怪出ずるに応ずべし。唐玄宗の時の池沼中に白龍騰空して起こる。また元順帝の太子の為に新たに砌つる寝殿の後井中にもまた龍出現し、火光閃爍して変幻測る莫く、宮人これを見て驚駭せざるなし。
發動空亡,乃驗天書之詐;以上鰧蛇鬼動,臨空化空,其怪異事是虛傳,詐說,非真有也。如宋真宗時,天書下降之類。居臨內卦,定成黑眚之妖。鰧蛇鬼,在本宮內卦,妖怪見於家庭。如宋徽、欽時,有黑眚見掖庭類。欲知天變於何方,須究地支而分野。凡遇變異之象,須看見於何方,直以所傷之方定之。如子為齊域,丑為吳域,寅為燕域類。此十二支分野也。當先以克爻定之,無克,以刑爻定之,又無刑,則以本爻斷。刑剋爻空,亦以本爻斷。
以上の各条の言う所の「螣蛇」官鬼発動は、もしそれ自身「空亡」に落ちあるいは空亡に変入せば、則ちこれらの怪異の事はただ訛伝誑語にして真実に有るに非ず。宋真宗の時の偽りて天書降世と称するの類の如し。螣蛇官鬼もし本宮の内卦に落つれば、妖怪はすなわち家宅の内に出現す。宋徽宗・欽宗の時の黒眚の宮掖に現るの類の如し。天変の何方に応ずるを知らんと欲せば、須く地支の分野に按じて推求すべし。およそ変異の象に遇えば、それがいずれの方に応ずるかを看て、直に受傷の方を以て定む。子を斉地と為し丑を呉地と為し寅を燕地と為すの如きは、これすなわち十二地支の分野なり。方位を定むるに先ずそれを克するの一爻を取り、克爻なければ則ちそれを刑するの一爻を取り、既に刑もなくまた克もなければ則ち本爻の属するの地支を以て断ず。刑爻克爻が空に落つるも、また本爻を以て断ず。
身持福德,其年必獲休祥;子孫為褔德之神,以其生財克鬼,故也。若得旺動,其年必有好處。在初爻,萬物吉利;二爻,百姓安寧;三四爻,官吏清明;五爻,君明國正;六爻必有景星慶雲之瑞也。若臨太歲,生合世身;或臨世身,有氣不空,是皆太平之象。世受刑傷,世歲多遭驚怪。世乃年時之主爻。凡三農百姓,五穀六畜,皆繫於此。得時旺相,不臨兄鬼,其年必然稱意。如受太歲、月建、日辰、動爻傷克,其年必多驚險。無故自空,人多暴死。
「子孫」は福徳の神である。それが「妻財」を生じ「官鬼」を克するを以てなり。子孫が旺相発動せば当年必ず好処有り。初爻に在れば万物順遂し、二爻に在れば百姓安寧し、三四爻に在れば官吏清廉し、五爻に在れば君主賢明にして国政清正し、六爻に在れば必ず景星慶雲の類の祥瑞有り。子孫もし「太歳」に臨みて「世爻」「卦身」を生合し、あるいは直接に世爻・卦身上に落ちて気有りて空ならざれば、みな太平の象である。世爻は年成を占うの主爻なり。農事・百姓・五穀・六畜はみなこの一爻に係る。世爻が当令旺相にしてまた「兄弟」「官鬼」に坐せざれば、当年必然称心なり。もし太歳・「月建」・「日辰」あるいは動爻の傷克を受けば、当年必ず驚険多し。もし無縁無故に自ら「空亡」に落つれば、則ち人多く暴死す。
年豐歲稔,財福生旺而無傷;卦中子孫得地,財爻有氣不空,兄鬼凶神衰靜者,必是豐年樂歲。冬暖夏涼,水火休囚而莫助。凡占年時,以財父二爻看水旱,水火二爻看寒暑。若水在死絕,或居空地,其年冬月必暖;火居死絕,或居空地,其年夏月必涼。若加刑害克世,而又居生旺之地者,暑必酷暑,寒必嚴寒。不克世爻,則傷物。此衰旺,不可以節氣論。
卦中の「子孫」が地を得、「妻財」気有りて空に落ちず、「兄弟」「官鬼」等の凶神また衰弱安静なれば、必定是れ五穀豊登の好年成である。一年の年時を占うに、妻財・父母の両爻を用いて水旱を看、水爻・火爻を用いて寒暑を看。水爻が死絶の地に処りあるいは「空亡」に落つれば当年冬天必然に和暖し、火爻が死絶の地に処りあるいは空亡に落つれば当年夏天必然に清凉す。反って水火もし刑害を帯びて「世爻」を克しに往き、また長生帝旺の地に処れば、それは熱必ず酷熱し冷必ず厳寒す。たとえ世爻を克せずとも庄稼牲畜を損傷するを要す。ここに言う所の衰旺は、爻の旺衰に按じて論ず。節気を拿じて推るべからず。
他宮傷克,夷狄侵凌;他宮為夷狄。無他宮,則看外卦。若來傷克本宮,其年夷狄必來侵犯。外生內卦,必多進貢。本卦休囚,國家衰替。本宮為國家。無本宮,則看內卦。旺相,國家強盛;無氣,則國家衰替。陰陽相合,定然雨順風調;凡遇一陰一陽卦,必然世應相生。六爻相合,一卦中,各有配偶。其年必主雨順風調也。更得六爻安靜,財福不空,必是豐登之歲。
卦中の他宮の爻は外族を代表す。卦中もし他宮爻なければ則ち外卦を看。他宮あるいは外卦が来たりて本宮を傷克せば、当年外族は必ず辺境を侵犯しに来る。反って外卦が内卦を生ずれば則ち四夷多く来たりて進貢す。本宮は国家を代表す。卦中もし本宮爻なければ則ち内卦を看。本宮旺相なれば国家強盛し、本宮気無ければ国勢就く衰落す。およそ一陰一陽相間わるの卦は、「世爻」「応爻」必然に相生し、六爻両両相合して、一卦の中各々配偶有り。当年必定風調雨順なり。再加えて六爻安静にして「妻財」「子孫」がともに空に落ちざれば、一定豊収の年である。
兄鬼皆亡,必主民安國泰。兄弟乃剋剝破敗之神,官鬼又禍患災殃之主。二者空亡,或不上卦,必主其年國家無事,兆民安樂,六畜得宜,萬物暢茂,雍熙之世也。唯明天道,能知萬象之森羅;識透玄機,奚啻一年之休咎。
「兄弟」は克剥破耗の神、「官鬼」は禍患災殃の主である。この両爻もしともに「空亡」に落ち、あるいは根本に卦に上がらざれば、当年必定国家事なく万民安楽し六畜興旺して庄稼茂盛し、是れ太平和楽の世道なり。要するにただ天道運行を明白にして、乃ち万象紛紜の所以然を知るべく、其中の玄機を参透すれば、推断する能くする所はまた何ぞただ一年の吉凶禍福のみならんや。
卜筮全書巻之九・黄金策二
三・国朝
君恕則臣忠,共濟明良之會;國泰則民樂,當推禍福之原。雖天地尚知其始終,況國家豈能無興廢?本宮旺相,周文王創八百年之基;大象休囚,秦始皇遺二世主之禍。本宮為國爻。以太歲為君爻,歲合為后爻;月建為臣爻,日建為東宮;子孫為黎庶,父爻為國。若建國時,卜得本宮旺相,如周文王,子孫享國八百年之久也。史記周武王定鼎於洛,卜云:傳位三十,歷年七百。後至赧王亡,共算八百餘年。故曰:周過其歷也。若本宮休囚,大象又凶,則如秦始皇,二世亡國。
君主が寛仁なれば臣下は忠を尽くし、共に君明く臣良しの盛会を成し、国家が安定すれば百姓は安楽す。占う者は正に禍福の根源を推究すべし。天地なお且つ始有り終有り、况んや一の国家、いかんぞ興盛衰亡なからんや。国運を占うに本宮を以て国家の爻と為す。「太歳」は君主の爻、太歳と相合するの爻は皇后の爻、「月建」は大臣の爻、「日建」は太子の爻、「子孫」は百姓、「父母」は国土である。もし開国建邦の時に本宮旺相を占得すれば、便ち周文王の奠基して子孫の国を享くること八百年の久しきが如し。『史記』に周武王の洛邑に鼎を定め、占問の結果は位を伝うること三十世、歴年七百と載す。後に周赧王の亡国に至り、前後を合算して八百余年なり。ゆえに周朝は国を享くること卜辞の定むる年数を過ぎたりと曰う。反って本宮休囚して卦の大象また凶なれば、秦始皇の如く、ただ二世に伝わりて便ち国を亡ぼす。
九五逢陽,當遇仁明之主;四爻值福,必多忠義之臣。五爻為君位。若逢陽象,更遇青龍財福,必是仁明之君。世臨陽象,帶吉神亦然。四爻為臣位,若子孫旺相剋世,乃敢諫直臣。若兄鬼生合世爻,乃阿諛佞臣也。
第五爻は君主の位なり。この爻もし陽爻にしてまた「青竜」および「妻財」「子孫」に坐せば、必ず仁厚英明の君なり。「世爻」もし陽象に属して吉神を帯ぶるもまた同じ。第四爻は大臣の位なり。この爻もし「子孫」に坐して旺相世を克すれば、それは敢えて顔を犯して直諫するの忠臣なり。もし「兄弟」「官鬼」に坐して世爻を生合せば、それは曲意逢迎するの奸佞の臣なり。
歲克衰宮,玉樹後庭花欲謝;本宮衰死,更遇太歲所克,其年國有亂亡之兆。昔陳將亡,後主使諸妃嬪,及女樂與俠客,共賦詩,互相贈答。採其尤豔麗者,被以新聲;選宮女千餘,習而歌之,分部迭奏。其曲有玉樹後庭花,臨春樂等,大略皆美諸嬪妃之容色。君臣酣歌,自夕達旦,以此為常。後為隋所滅。故曰:玉樹後庭花欲謝也。
本宮が衰弱死絶してまた「太歳」に克たるれば、この一年国家に喪乱滅亡の徴有り。昔陳朝の将に亡びなんとするの時、陳後主が衆妃嬪・女楽と門客とに命じて一同に詩を賦し、彼此唱和して、其中の最も艶麗なる篇章を抜びて新曲を配し、宮女一千余人を選んで分部演習し輪番演唱せしむ。曲名に《玉樹後庭花》《臨春楽》等有り、大抵みな妃嬪の容色を称美するの詞なり。君臣酒を縦うし歌を歓び、傍晚より天が明くるに至るまで唱して、以て常と為し、後に終に隋朝に滅せらる。ゆえにこの条は「玉樹後庭花欲謝」を以て国国勢の将に傾かんとするを比喻す。
年傷弱世,鼎湖龍去不多時。太歲刑沖剋害世爻,主國君疾病,或內難將作。若克世爻,而世爻衰弱,必有君崩之憂。史記曰:黃帝乘龍上天。故凡帝崩曰升遐,諱言死也。今日鼎湖龍去,言其不久而崩也。世臨沐浴合妻財,夫差戀西施而亡國;世臨沐浴,或財爻、應爻帶沐浴動,克合世爻,必是國君好色。如夫差戀西施美,拒子胥諫,後為越王勾踐所滅。
「太歳」が「世爻」を刑沖克害すれば、国君の疾病を主す。あるいは宮廷の内乱将に起こらんとす。もし太歳が世爻を克して世爻本身衰弱なれば、必ず君主駕崩の憂有り。『史記』に黄帝が鼎湖に龍に乗りて天に昇ると曰う。ゆえに後世は帝王の去世を「升遐」と称し、諱んで直に死とは説かず。ここに「鼎湖龍去」と講ずるは、すなわち君主久ならずして崩ぜんと説くなり。世爻もし「沐浴」に坐し、あるいは「妻財」「応爻」が沐浴を帯びて発動し来たり世爻を克合せば、必ず国君の女色を貪恋するなり。呉王夫差の西施の美色に迷恋し、伍子胥の勧諫を拒絶し、後に越王勾践に国を滅ぼされるが如し。
應帶咸池臨九五,武后革唐命而為周。應乃皇后之位。若帶咸池,其后必淫。更居九五,乃是後居尊位。如漢呂后,臨朝稱制。更有旺動,刑沖剋害世爻,世或空亡,必如唐武后廢中宗為廬陵王,革唐命為周。游魂遇空,虞舜南巡不返;卦遇游魂,主國君遷都遊蕩巡狩之象。如周穆王巡狩遊行天下。若加凶殺克世,或世動入死墓空絕,則如虞舜南巡,崩於蒼梧之野。
「応爻」は皇后の位なり。応爻もし「咸池」を帯びれば皇后は必然淫乱なり。再び第五爻に居れば、それは皇后の尊位を占據するなり。漢代の呂后の臨朝称制するが如し。もしこの応爻また旺相発動して「世爻」を刑沖克害し、あるいは世爻が「空亡」に落つれば、即ち唐代の武則天の如く中宗を廃して廬陵王と為し、唐を改めて周と為さん。遊魂卦を占得すれば、国君の都を遷し出巡遊蕩するの象を主す。周穆王の天下を巡行するが如し。もし再加えて凶煞が世爻を克し、あるいは世爻が発動して死・墓・空・絶に入れば、それは虞舜の南巡して蒼梧の野に死して返らざるが如し。
歸魂帶煞,始皇返國亡身。若歸魂卦,遇凶神惡殺,動克世身,如始皇求仙海上,返國崩於沙丘之野。子發逢空,張子房起歸山之計;子孫為臣。若逢空動,或四爻臣位空動,更被世爻克害,必是君欲害臣,臣欲避君。如漢張良,托為辟穀,棄職從赤松子遊也。
帰魂卦を占得し、また凶神悪煞有りて発動し来たり「世爻」「卦身」を克せば、秦始皇の東行海上に仙を求め、回程の途中に沙丘に死するが如し。「子孫」は臣子を代表す。子孫が「空亡」に落ちて発動し、あるいは第四爻臣位が空に落ちて発動し、再び世爻に克害せられれば、必ず君主は臣子を加害せんと欲し、臣子は君主を躲避せんと欲す。漢代の張良が辟谷修道を托言し、官を棄てて赤松子に随いて雲遊して去るが如し。
將星被害,嶽武穆抱籲天之冤。將星,如寅午戌日卜,午爻為將星是。餘類推。若將星臨財子,必得忠良智勇之將。將星值官鬼白虎,必強悍之將。若臨父,必老將;遇兄,不過庸常之將。若將星持鬼,克害世爻,必如曹操桓溫,挾天子以令諸侯,多致篡位自立。若將星被動爻克害,或被四爻動克,必如宋岳飛,遇秦檜權奸之害而死也。
いわゆる「将星」は、例えば寅午戌日に卦を占えば午爻は便ち将星、その余の各日はこれに照らして類推す。将星もし「妻財」「子孫」に坐せば、必ず忠良にして智勇双全の大将を得。将星が「官鬼」に坐してまた「白虎」を帯びれば、強悍の将なり。「父母」に坐せば、年高きの老将なり。「兄弟」に坐せば、平庸の将なり。将星もし官鬼に坐して「世爻」を克害せば、それは曹操・桓温の一流、天子を挟持して諸侯に号令し、多くは終に篡位自立に至る。将星もし動爻に克害せられ、あるいは第四爻が発動して来り克せば、必ず宋代の岳飛の秦檜這般の権奸に陥害せられて死し、冤を含みて天を呼ぶが如し。
應旺生合世爻,聖主得椒房之助;應爻,皇后之位。若應爻旺相,生合世爻,更臨財福;主皇后美貌智略,天性慈仁;能規君過,導君以善。如漢馬後。宋宜仁,稱女中堯舜也。後房用椒塗壁,以闢除邪氣。故曰椒房。日辰拱扶子位,東宮攝天子之權。子孫乃臣位。若他宮子孫旺相,更值日辰,生扶拱合,世值胎養空絕,必主少國,疑有大臣攝政。如周公輔成王是。若本宮子孫生旺,更得日辰扶助,必國君厭棄大寶,將欲傳位;太子當國,攝天子事也。
「応爻」は皇后の位なり。応爻が旺相にして「世爻」を生合し、また「妻財」「子孫」に坐せば、皇后の容貌美好にして才智人に過ぎ、天性慈愛にして、君主の過失を規諫し君主を引導して善に向かわしむるを主す。漢代の馬皇后、宋代の宣仁太后の如く、皆女中の堯舜と称せらる。古に皇后の居る所の殿は花椒を用いて泥に和し壁を塗り、その邪気を辟除するを取る。ゆえに「椒房」と称す。「子孫」は臣位なり。他宮の子孫もし旺相にしてまた「日辰」の生扶拱合を得、しかも世爻が正に胎・養・空・絶の地に処れば、国君年幼にして恐らくは大臣の摂政する有るを主す。周公の成王を輔佐するが如し。もし本宮の子孫生旺にしてまた日辰の扶助を得れば、それは国君の帝位に厭倦し意に伝授する有り、太子が国を当たりて天子の権を代行するなり。
世克福爻,唐玄宗有殺兒之事;若本宮子孫,被四爻沖剋刑害,必被讒臣謗訕。若世克本宮子孫,子孫又入死墓空絕,必太子遇讒被害。如唐玄宗信李林甫譖,將太子瑛,鄂王瑤,光王琚,皆廢為庶人,後復賜死於城東驛也。子傷君位,隋楊廣有弒父之心。本宮子孫,帶殺旺動,克害世爻,乃太子有篡位之兆。如隋楊廣弒父,自立為帝。
本宮の「子孫」もし第四爻に沖克刑害せられれば、太子は必ず奸臣の毀謗譏訕に遭う。もし「世爻」が本宮の子孫を克し、子孫また死・墓・空・絶の地に落入れば、太子は必ず谗言に因りて害せられん。唐玄宗の李林甫の誣陥を聴信し、太子李瑛および鄂王李瑶・光王李琚を皆庶人に廃し、後にまた城東駅に死を賜うが如し。反って本宮の子孫が凶煞を帯び旺相発動して世爻を克害せば、それは太子に篡位の兆有り。隋煬帝楊広の父を弑して自ら帝と為るが如し。
一卦無孫,宋仁宗有絕嗣之嘆,卦中無子孫,或子孫休囚,動入墓絕空死,必是國無太子。如宋仁宗無子而嘆。四爻克子,秦扶蘇中趙高之謀。四爻,乃臣位。若旺動,傷克本宮子孫,則如秦太子扶蘇,被趙高矯詔賜死。
卦中に「子孫」を見ず、あるいは子孫が休囚して、発動の後にまた墓・絶・空・死の地に落入れば、必ず国中に太子なし。宋仁宗の子なくして絶嗣の嘆を発するが如し。第四爻は大臣の位なり。この爻もし旺相発動して本宮の子孫を傷克せば、秦太子扶蘇の趙高に遺詔を偽造せられて死を賜うが如く、儲君は権臣の謀に死す。
身值動官,唐太宗禁庭蹀血;世身持官,帶殺旺動,必至殺克兄弟,乃兄弟必不相容之兆。如唐太宗,伏兵玄武門,將建成,元吉射死,血流禁庭,而被軍馬蹀踐也。世安空弟,周泰伯讓國逃荊。世持兄弟空亡,與應相生合,更有吉神動克,必是兄弟推讓天位之象。如周泰伯托為採藥,逃之荊蠻,讓位季歷也。
「世爻」「卦身」が「官鬼」に坐し、また凶煞を帯び旺相発動せば、必ず「兄弟」爻を殺傷するに至る。これは兄弟の間相容るる能わざるの兆なり。唐太宗の玄武門に伏兵して、兄李建成と弟李元吉とを射殺し、血は宮禁に流れて軍馬の践蹋する所と為るが如し。之に反して世爻が兄弟に坐して「空亡」に落ち、また「応爻」と相生相合し、別に吉神有りて発動し来り克せば、必ず兄弟互いに君位を推譲するの象なり。周代の泰伯の入山採薬を托言し、荊蠻の地に逃げ、君位を弟季歴に譲るが如し。
凶神生合世神,玄宗信林甫之佞;若鬼殺動,生合世爻,必是佞臣阿諛,人君信任。如唐玄宗,信任李林甫一十九年,養成天下大亂。君位克傷四位,商紂害比干之忠。四爻為臣。持財子,而被世爻動克,必犯顏之臣,遭剖心之主。有如比干之盡忠,而被紂王之誅也。
「官鬼」が凶煞を帯び発動して「世爻」を生合せば、必ず奸佞の臣の阿諛奉承して君主の信任する所と為るなり。唐玄宗の李林甫を信用すること十九年、終に天下の大乱を釀成するが如し。第四爻は臣位なり。この爻が「妻財」「子孫」に坐して世爻の発動し来り克するに被れば、必ず直言して上を犯すの忠臣有るも、残暴君と剖心の君に遇うなり。正に比干の誠を竭し忠を尽くすも反って商紂王に殺害せらるるが如し。
離宮變入坎宮帶凶殺,而徽欽亡身於漠北;卦中大象皆凶,世應克害刑沖,或世動入死墓空絕,必是國君遭患,死亡之兆。離乃南方,坎乃北方。離化坎,乃南入北。故如宋之徽欽二宗,被金兀朮所擄,幽於五國城,卒老死於沙漠之地。乾象化為巽象有吉曜,而孫劉鼎足於東南。乾宮變巽宮,大象皆吉。當如劉先主,吳孫權,建國東南,與魏三足鼎立也。國之治亂興衰,卦理推詳剖決。
卦の大象全凶にして「世爻」「応爻」また刑沖克害し、あるいは世爻が発動して死・墓・空・絶に入れば、必ず国君の難に遭い身死するの兆なり。離は南方に在り坎は北方に在り。離宮が坎宮に変入すれば、すなわち南よりして北に入るを由とす。ゆえに宋代の徽宗・欽宗の金人に擄去せられ、五国城に囚禁せられ、最後に漠北に老死するに応ずるが如し。之に反して乾宮が巽宮に変入して大象皆吉なれば、乾は西北に居り巽は東南に居るを以て、当に蜀漢の先主劉備と東呉の孫権との如く東南に国を建て、曹魏と天下を三分するが如くすべし。一国の治乱興衰は、皆卦理に依りて逐層推詳し剖断して疑を決すべし。
四・征戦
醫不執方,兵不執法,堪推大將之才能;謀事在人,成事在天,當究先師之妙論。觀世應之旺衰,以決兩家之勝負;將福官之強弱,以分彼我之軍師。世為我,應為彼。世旺克應則勝,應旺克世則負。子孫為我之將軍,官鬼為彼之敵帥。
良医は薬を用うるに死方に拘わらず、良将は兵を用うるに成法を守らず。ここより正に大将の才能を推知すべし。謀るは人に在り、成敗は天に在り。戦陣を占うに当たりては先師の伝うる精妙の論断を細究すべし。戦を占うに「世爻」「応爻」の旺衰を看れば、便ち両軍の勝負を判定すべく、「子孫」「官鬼」の強弱を看れば、便ち我が方と敵方との主帥を分出すべし。世爻は我が方、応爻は敵方なり。世旺にして応を克せば我勝ち、応旺にして世を克せば我敗る。子孫は我軍の将領、官鬼は敵方の主帥なり。
父母興隆,立望旌旗之蔽野;金爻空動,側聽金鼓之喧天。父母為旌旗。旺動主兵起。金空動,則聞金鼓聲。金空則響,故也。財為糧草之本根,兄乃伏兵之形勢。財為糧草。旺多衰少,空為無糧。兄為伏兵,又為奪糧之神,不宜旺動。
「父母」は旌旗を代表す。父母爻が旺相発動せば兵事の興起を主り、眼前に便ち旌旗野を蔽うの象なり。金爻が「空亡」に落ちて発動せば、金鼓の喧天を聴くを主す。金属は中空にして乃ち声を発する能くするがゆえなり。「妻財」は軍糧草料を代表す。旺なれば則ち糧足れり、衰なれば則ち糧少なし、空亡に落つれば便ち断糧なり。「兄弟」は伏兵を代表し、また劫奪銭糧の神なり。ゆえに最も旺相発動すべからざるなり。
木興扶世,濟川宜駕乎輕舟;火旺生身,立寨必安於勝地。木為舟揖。若動來生扶世身,或水爻與子孫動,宜乘舟決戰以取勝;火為營寨。若旺動生扶世身,結寨必得形勝之地也。父母興持,主帥無寬仁之德;子孫得地,將軍有決勝之才。父母持世動,乃主帥不恤士卒,上下離心。若帶兄弟凶神,須防自變。子孫持世身旺動,將軍必決勝千里外。以上數節,出《天玄賦》,不細解。
木は舟楫を代表す。木爻が発動して来り「世爻」「卦身」を生扶し、あるいは水爻と「子孫」とが同動せば、船に乗りて決戦して勝を取るに宜し。火は営寨を代表す。火爻が旺相発動して世爻・卦身を生扶せば、営を扎して必ず形勢険要の地を占得する能し。「父母」持世にして発動せば、主帥が士卒を体恤せず上下心を離るるの象なり。もし再び「兄弟」等の凶神を帯びれば、須く軍中の譁変を防備すべし。「子孫」が世を持し卦身を持して旺相発動せば、主将は勇有り謀有り、必ず千里之外に決勝する能し。以上の这几節はみな『天玄賦』に出づ。前人已に成説有り、ここに再び逐句細解を加えず。
水爻克子子孫強,韓信背水陣而陳餘被斬;卦中水爻動,及世持水爻,或動出水爻克傷子孫,若子孫旺相,得日辰月建生扶,或子孫旺動,則可效韓信背水戰,死中求生而反勝也。陰象持兄兄克應,李愬雪夜走而元濟遭擒。兄為伏兵。如在內象旺動,克應,乃我伏兵;克世,是他伏兵。若兄在陽象,宜日間伏;兄在陰象,宜夜間伏。如唐憲宗朝,李朔雪夜銜枚走,直搗蔡城,以擒吳元濟也。
卦中に水爻発動し、あるいは「世爻」が水爻に坐し、あるいは水爻を変出して「子孫」を克傷し、しかも子孫本身旺相にしてまた「日辰」「月建」の生扶を得、あるいは子孫が旺相発動せば、則ち韓信の水に背きて陣を列し、これを死地に置きて後に生き、反って敗を勝と為すを傚法すべし。当年の陳余を泜水に斬るの役の如し。「兄弟」は伏兵を代表す。内卦に在りて旺相発動して「応爻」を克せば、我が方の設伏なり。世爻を克せば則ち敵方の設伏なり。兄弟爻が陽象に属せば白天に伏を設くるに宜しく、陰象に属せば夜間に伏を設くるに宜し。唐憲宗の時の李愬の雪夜に趁りて枚を銜み疾行し、直に蔡州城を搗ち、呉元済を生擒するが如し。
世持子而被傷,可效周亞夫堅壁不戰;世持子孫,將必才能,可以克敵。若父動克,宜且固守,以避其鋒,不利速戰。如漢景帝朝,七國反,帝使周亞夫,屯細柳以攻之。中夜軍驚,擾亂至帳下,亞夫堅臥不起,深溝高壘,數日乃定,遂破七國之兵。
「世爻」が「子孫」に坐せば、主将は必ず才能有りて以て敵を克するに足る。ただし「父母」が発動して来り克せば、則ち営塁を固守して敵の鋒芒を避くるに宜しく、速戦に利あらず。漢景帝の時の七国の叛乱、景帝が周亜夫を派して兵を屯せしめ討伐せしめ、夜半に軍中驚乱し、喧擾は直に主帥の帳下に鬧るに至るも、周亜夫は安臥して起たず、ただ溝を深く塁を高くして堅守するを管し、数日の後に軍心自ずから定まり、終に七国の兵を撃破するが如し。
應臨官而遭克,當如司馬懿固壘休兵。應持官旺相,彼將才能,我難與敵。雖卦有子孫發動,終不能大勝。如三國時,司馬懿自料才能不如孔明,甘受巾幗之辱,堅壘不戰尚矣。世持衰福得生扶,王翦以六十萬眾而勝楚;世身雖持子孫,衰弱亦難勝敵。若得月建日辰生扶,可效始皇朝,王翦以六十萬眾,卒成勝楚之功。
「応爻」が「官鬼」に坐して旺相なれば、敵将の才能出衆にして我が方は与に匹敵し難し。たとえ卦中に「子孫」発動すれども、終に大勝する能わず。三国の時の司馬懿の自ら才能の諸葛亮に及ばざるを量り、甘んじて巾幗を贈るの羞辱を忍び、壁を堅うして戦わざるは反って上策たりしが如し。「世爻」子孫に坐すといえども、もし衰弱無気なれば、同じく敵に勝ち難し。ただし「月建」「日辰」の生扶を得れば、秦始皇の時の王翦の、兵六十万を統して、終に楚を滅すの功を成就するを傚法すべし。
卦有眾官臨旺子,謝玄以八千之兵而破秦。卦有官鬼,父母雖多,而安靜休囚;子孫雖少,而當權旺動。此乃寡勝眾之象。如晉謝玄、劉牢之,以八千兵渡江,破秦王符堅九十萬眾也。兩子合世扶身,李郭同心而興唐室;子孫為將,世為國君。若卦中有兩子旺動,生扶世身;主國有二將,合謀勝敵之兆。如唐李光弼、郭子儀,二人同心,以忠義自勵,終能靖亂,復興唐室。
卦中に「官鬼」「父母」多しといえども皆安静休囚し、しかも「子孫」少なしといえども当権旺動せば、これは寡を以て衆に勝つの象なり。東晋の謝玄・劉牢之の八千の兵を以て江を渡り、前秦の苻堅の九十万の大軍を撃破するが如し。子孫は将領を代表し、「世爻」は国君を代表す。卦中もし两重の子孫旺相発動して世爻・「卦身」を生扶すれば、国家の两員の大将同心合謀して強敵に勝つを得るを主す。唐代の安史の乱を平定するの時、李光弼と郭子儀との二人同心協力し、忠義を以て互相に激励し、終に禍乱を蕩平して唐室を重振するが如し。
二福刑沖化絕,鍾鄧互隙而喪身家。若有二子爻生旺變動,相沖,相刑、兩化入死墓絕空,雖勝敵將,必爭權奪寵,相殘害之兆。如晉鍾會、鄧艾領兵平蜀,蜀平,而嫌隙互生,乃至自相屠戮、身家俱喪。子化死爻,曹操喪師於赤壁;子孫為我軍卒。若動入死墓空絕敗,應又克世,或鬼父動傷身世;必致三軍喪命,損兵折將之兆。如曹操誇水軍八十萬眾,乘勢襲吳,而為周瑜、黃蓋火攻所敗。
卦中の两重の「子孫」皆生旺発動して、彼此相冲相刑し、また双々死・墓・絶・空に変入せば、則ちたとえ敵将に勝つ能くとも、両将の間も必ず権を争い寵を奪い、自ら相残害す。西晋の鍾会・鄧艾の兵を領して蜀を平げ、蜀地既に平げて嫌隙叢生し、終に互相に屠戮し身死し家破るるに至るが如し。子孫はまた我が方の士卒を代表す。子孫が発動して死・墓・空・絶・敗の地に入り、「応爻」また「世爻」を克し、あるいは「官鬼」「父母」が発動して世爻・「卦身」を傷及せば、必ず三軍の命を喪い兵を損じ将を折るの兆なり。曹操の水軍八十万と号し、勢に乗じて呉を襲うも、周瑜・黄蓋に火攻を以て打敗せらるるが如し。
世逢絕地,項羽自刎於烏江。世乃一國之君,三軍之帥。最宜旺相,克應為吉,若被應爻刑沖剋害,而世又休囚,及動入死墓空絕,主將必然不利。如項羽百戰百勝,而一朝兵散,羞見江東父老,自刎烏江也。水鬼克身,秦符堅有淝水之敗;水鬼旺動,傷克世身,敵兵必得舟揖渡江之利。如秦符堅,以投鞭斷流之眾,而竟敗於謝玄八千渡江之兵也。
「世爻」は一国の君・三軍の主帥を代表す。最も宜しく旺相にして「応爻」を克する能くするを以て吉と為す。もし世爻が応爻に刑沖克害せられ、本身また休囚し、あるいは発動して死・墓・空・絶に入れば、主将は必然不利なり。項羽の百戦百勝して、一朝兵敗れ衆散じ、江東の父老に見るを羞じ、烏江に自刎するが如し。水性の「官鬼」が旺相発動して世爻・「卦身」を傷克せば、敵軍は必ず舟船の江を渡るの利を得。前秦の苻堅の自ら誇りて鞭を江に投ずれば以て流を断つに足るとし、兵衆百万にして、竟に謝玄の八千渡江の兵の手下に敗るが如し。
火官持世,漢高祖遇平城之圍。火爻帶鬼,賊寨必近。若火鬼持世,須防困圍。若得子孫旺動,雖被圍得勝。如田單之下齊城。若子衰官旺,必致困圍。如漢高祖被匈奴圍於平城,七日乃解。應官克世卦無財,張睢陽食盡而斃。應持鬼,克世,卦又無財,乃是食盡死亡之象。如張巡被圍睢陽城也。
火爻が「官鬼」を帯びれば、敵営の已に近きを説明す。火性の官鬼もし「世爻」を持せば、須く囲困せらるるを防ぐべし。この時もし「子孫」が旺相発動せば、囲困せらるるといえどもなお勝を取る能し。田単の困守して反攻して斉国の城邑を収復するが如し。もし子孫が衰えて官鬼が旺なれば、必ず重重囲に陥る。漢高祖の匈奴に平城に囲困せられ、七日にして方に囲を解かるるが如し。「応爻」が官鬼に坐して来り世爻を克し、卦中にまた「妻財」なければ、それは糧尽きて死するの象なり。張巡の睢陽城を困守し、糧絶え城陥ちて殉難するが如し。
世鬼興隆生合應,呂文煥無援而降。旺鬼持世,乃困圍之象。卦又無財,子孫又弱,世又生合應爻,乃兵少食盡降敵之兆。宋呂文煥守襄陽,元兵圍之甚久,賈似道隱蔽不援,城中食盡遂降。外宮子動化絕爻,李陵所以降虜。子在外宮動,而被應克世,是我軍遠征。初雖見勝,終必有敗。又化絕爻,不免降虜。如漢武時李陵往事也。
旺相の「官鬼」が「世爻」を持せば、囲困せらるるの象なり。卦中また「妻財」なく「子孫」もまた衰弱にして、世爻反って「応爻」を生合しに往かば、便ち兵少なく糧尽きて敵に降るの兆なり。宋代の呂文煥の襄陽を鎮守し、元兵の長く城を囲み、賈似道の軍情を隠匿して救兵を発せず、城中糧尽き、呂文煥終に出でて降るが如し。「子孫」が他宮で発動して、しかも応爻また世爻を克せば、それは我軍の遠征外に在り、起初勝つといえども最終必ず敗る。子孫もし再び絶地に変入せば、便ち兵敗れて敵に降るを免れず。漢武帝の時の李陵の匈奴に降るの旧事の如し。
內卦福興生合應,樂毅所以背燕。內卦子孫動,而反生合應爻,傷克身世,是我將卒有背主降敵之兆。如燕將樂毅背燕投趙是也。鬼雖衰而遇生扶,勿追窮寇。官爻雖衰,若遇動爻日辰,生扶拱合,是敵兵雖少,必有救援。子雖旺而遭剋制,毋急興師。子孫雖旺,若被父母日辰動爻克害,彼必有計,不可急攻。攻之,必被摧折;雖不大敗,亦損軍威。宜緩圖之。
内卦の「子孫」が発動して、却って「応爻」を生合しに往き、同時に「卦身」「世爻」を傷克せば、それは我が方の将士に主を背きて敵に降るの兆有り。燕将の楽毅の燕を棄てて趙に投ずるが如し。「官鬼」衰弱すといえども、もし動爻あるいは「日辰」の生扶拱合を得れば、敵兵少なしといえども必ず援軍有るを説明し、窮追すべからず。「子孫」旺相すといえども、もし「父母」「日辰」あるいは動爻に克害せられれば、敵方早く備防の計有るを説明し、急ぎて進攻すべからず。急攻は必然に挫を受け、たとえ大敗を致さずとも、軍威を折損するを要す。当に歩調を放緩し従容としてこれを図るべし。
鬼爻暗動傷身,吳王被專諸之刺。官爻雖靜,而被日辰沖動旺相,克害身世,必若吳王被專諸之刺。若鬼暗動,而被世克,或子動來救,則如荊何刺秦王不中,而反自被誅也。子化官爻克世,張飛遭范張之誅。子孫化官生合應,而克害身世,乃是我兵卒謀殺主帥,而欲降敵之象。如後漢張翼德,素不恤士卒,一日被小卒範強、張達梟首帳下,順流而投孫權也。
「官鬼」安静すといえども、「日辰」に沖起せられて旺相となり、来り「卦身」「世爻」を克害せば、それは呉王僚の専諸に行刺せらるるが如く、主帥に遇刺の危有り。もし官鬼が暗動して「世爻」に克せられ、あるいは「子孫」有りて発動し来り救わば、荆軻の秦王を刺して中たらず、反って自ら誅せらるるが如し。「子孫」が官鬼を変出して「応爻」を生合し、同時に卦身・世爻を克害せば、それは我が方の士卒が主帥を謀殺し意に敵に降らんと図るの象なり。後漢の張飛の平素士卒を体恤せず、一日部卒の范強・張達に帳中に於いて首級を割取せられ、江に順い孫権に投奔するが如し。
要識用兵之利器,五行卦象並推詳。土為炮石,金為刀箭,水木為舟,火為營寨。又乾兌為刀,震巽為弓馬,火槍,坤為野戰類。若此象有克應之神,宜用此器以克敵;應爻官父在此象克世,宜反防敵人用此器也。仁智勇器之將,豈越於此?攻守克敵用兵,當審於時。
いずれの兵器を用うべきかを知らんと欲せば、須く五行と卦象とを合わせて推詳すべし。土は砲石を為し、金は刀箭を為し、水と木は舟船を為し、火は営寨を為す。また乾・兌は刀を為し、震・巽は弓馬火槍を為し、坤は平原野戦の類を為す。卦中もしこの一象に「応爻」を克する能くするの神有れば、則ちこの類の兵器を用いて敵を克しに往くに宜し。之に反して応爻の「官鬼」「父母」がこの一象上に落ちて「世爻」を克しに来れば、反って敵のこの類の兵器を用いて我を攻むるを防備するを要す。仁・智・勇・器の四者兼備の良将は、長ずる所もただこの如し。攻守敵を克し兵を調え将を遣るに至りては、須く時を審し勢を度して後に行うべし。
五・身命
乾坤定位,人物肇生,感陰陽而化育,分智愚於濁清。既富且壽,世爻旺相更無傷;非夭即貧,身位休囚兼受制。人生一世,貧賤高低,合為何等人物,但看世爻為主。若世爻旺相,日辰動爻生扶合助,而不來刑沖剋害者,乃為上吉;必主其人富貴,有福壽。若世爻休囚無氣,而被日辰動爻剋制,主其人非貧即夭,無福壽;無造化人也。
天地既に位を定め、人と万物と始めて產生す。陰陽二気を感受して化生養育し、禀気の清濁に因りて智愚を分出す。一生の貧富高下を占い、究竟是れ何等の人物かは、全て「世爻」を以て主と為す。世爻旺相にして、また「日辰」と動爻とが生扶合助し、しかも刑沖克害なければ、上等の吉象にして、此人は必定富貴にして福寿有り。世爻が休囚無気にして、また日辰・動爻に克制せられれば、此人は貧寒ならざれば便ち夭折して、福なく寿なし、是れ造化なきの人なり。
世居空位,終身作事無成;凡占身命,大忌世身空亡。主一生作事無成,多謀少遂,難立家計。身入墓爻,到老求謀多戾。如世身入墓,主其人如醉如痴,不伶不俐;動靜行藏,必不響快;雖有所為,亦皆不稱心也。卦宮衰弱根基淺,爻象豐隆命運高。卦有大象旺衰,有爻象旺衰。如占身命,得大象旺,亦好;可許他根基壯實。更得六爻中身世在吉地,乃是十全造化。然卦宮旺相,不如爻象旺相。蓋人之根源繫於卦,命之吉凶繫於爻。故卦宮無氣根基薄,爻相得時有氣,命運必高。如立春節,艮旺、震相、巽胎、離沒、坤死、兌囚、乾休、坎廢類。大抵旺勝相胎,沒勝休囚也。
身命を占うに最も忌むは「世爻」「卦身」の「空亡」に落つること。一生事を為すも成ることなく、謀ること多くして遂ぐること少なく、家業を立て難きを主す。世爻・卦身もし墓に入れば、此人は酔うが如く痴るが如く、甚だ伶俐ならず、一挙一動みな爽利ならず。たとえ作為有りともみな称心ならず。卦には大象の旺衰あり、爻には爻象の旺衰あり。身命を占い卦の大象旺相を得るも好し、彼の根基厚実を断ずべし。もし再加えて六爻の中に卦身・世爻ともに吉地に居れば、それは十全の造化なり。ただし卦宮の旺相は爻象の旺相に如かず。人の出身根基は卦に係り、命の吉凶は爻に係るがゆえなり。ゆえに卦宮気無きはただ根基単薄なるのみ。ただ爻が当令気有らば、命運は仍旧高し。たとえば立春の節、艮は旺・震は相・巽は胎・離は没・坤は死・兌は囚・乾は休・坎は廃を為す。大体旺は相と胎とに勝ち、没はまた休と囚とに勝る。
若問成家,嫌六沖之為卦;凡遇六沖卦,必主其人作事有始無終。前卦六沖,前三十年生涯淡泊;後卦六沖,三十年後家業凋零;前後六沖,則一生苦楚,不能發達。安知創業,喜六合之成爻。占身命,得六合卦。主其人春風和氣,交遊必善;謀事多遂,基業開拓。如前合前亨,後合後遂。前後皆合,主一生通達,萬事如心。
成家立業できるや否やを問うに、最も嫌うは六沖卦を占得すること。およそ六沖に遇えば、此人は事を為す必然に始有りて終なし。本卦六沖なれば前三十年は生計冷淡し、変卦六沖なれば三十年以後は家業凋零す。本卦・変卦ともに六沖なれば則ち一生辛苦して発達する由なし。之に反して身命を占い六合卦を得れば、此人の和気春風の如く、交遊は必ず善縁を得、事を謀ること多く願うが如くなる能し、基業日に開拓するを主す。本卦相合なれば則ち前半生亨通し、変卦相合なれば則ち後半生順遂し、前後ともに合せば一生通達して万事称心なり。
動身自旺,獨力撐持;如世爻不遇動爻日辰生扶,而自強自旺,得時發動者;其人必白手成家,無人幫助。衰世遇扶,因人創立。若世爻無氣,而遇日月動爻生扶,必遇好人提拔成家,不能自權自立也。日時合助,一生偏得小人心;歲月克沖,半世未沾君子德。如世身遇年月日時生扶拱合,主上得貴人親愛,下得小人忠敬。如見刑沖剋害,則官府欺凌,小人謗毀。一曰:父來合,得父之蔭;兄來克,受兄之累。餘可類推。
「世爻」に動爻・「日辰」有りて来り生扶せざれども、自身強旺にして当令発動すれば、此人は必ず白手起家にして人の幇襯なし。之に反して世爻無気にして「日建」「月建」および動爻の生扶を得れば、必ず好人の提挈に遇いて乃ち成家立業して、自主自立する能わず。世爻・「卦身」もし年・月・日・時の生扶拱合を得れば、上は貴人の親近愛護を得、下は僕役属員の忠心敬服するを主す。もし刑沖克害を見れば、則ち上は官府の欺凌を受け、下は小人の毀謗に遭う。別に一説有り、「父母」の来り合するは父輩の蔭庇を得るなり、「兄弟」の来り克するは兄弟の拖累を受けるなり、その余の六親の応ずるの事はみなこの例に照らして類推す。
遇龍子而無氣,縱清高亦是寒儒;青龍子孫持世身,必然立志高遠,不慕功名富貴。如邵康節、陶淵明輩。子孫即無氣,亦絕俗超群之寒士也。逢虎妻而旺強,雖鄙俗偏為富客。白虎臨旺財持世,其人雖不知禮義,然必家道殷實。如李澄、蕭寵之徒是。旺財有制伏,亦粗知文墨,勉強向上之流。不可以頑俗論。
「青竜」と「子孫」とが同じく「世爻」「卦身」を持せば、此人は必定志高遠にして功名富貴を慕わず、邵雍・陶淵明の一流なり。子孫たとえ無気なりとも、また流俗を超脱するの清寒の士なり。「白虎」と旺相の「妻財」とが同じく世爻を持せば、此人は礼義に通ぜずとも家道は必ず殷実なり。李澄・蕭寵の類の如し。もしこの旺財に別に爻有りて来り制伏せば、それもまた粗く文墨に通じ勉力して向上するの一流人にして、一概に頑鈍俗人と作りて看るべからず。
父母持身,辛勤勞碌;鬼爻持世,疾病纏綿。遇兄則財莫能聚;見子則身不犯刑。占身,不可見父兄官鬼持世。如遇父,則克傷子,一生不得安逸。鬼為殃禍,遇之,則一生疾病纏身;或主帶疾,或常招官訟;若貴人見之,不以此斷。至兄乃剋剝破敗阻滯之神。世或逢之,主克妻妾,破耗多端,一生不聚財物。惟遇子孫則克官鬼,主一生官刑不犯,安閒自在,衣祿豐盈。大怕休囚,唯貴人不宜犯之。
身命を占うに、最も怕るるは「父母」「兄弟」「官鬼」の持世なり。世爻が父母に坐せば、すなわち「子孫」を克傷するを要し、一生労碌して安逸を得ず。官鬼は災殃禍患にして、世に坐せば則ち一生疾病身に纏わり、あるいは身に残疾を帯び、あるいは常に官司詞訟を惹く。ただし貴人の占得はこの断を作さず。兄弟は克剥破耗・阻滞不通の神にして、世に坐せば妻妾を刑克し財を破ること多端にして、一生財物を聚め住むこと能わざるを主す。ただ子孫に坐するをもって官鬼を克する能く、一生刑獄を犯さず安閑自在にして衣食豊足なるを主す。ただ子孫の休囚無気にして事に済わざるを怕る。ただ貴人の身命を占うも一つの例外にして、反って世爻の子孫に坐するを宜しとせず。子孫はその官星を克するを要するがゆえなり。
祿薄而遇殺沖,奔走於東西道路;占身,以財為祿。若臨死絕無氣爻,則祿薄。而世爻又被惡殺沖動,無一爻吉神救助,此乃至下之命。必主東奔西逐,丐食於街衢者。若世爻動而逢沖,或無沖而世爻衰弱,空動化出惡殺,回頭沖剋,世無助,而殺無制者亦然。福輕而逢凶制,寄食於南北人家。子爻若遇死墓絕空,則福輕。而世爻更被凶神剋制,或世動而被日辰動爻合往,此為受制於人之象。占身遇之,必主其人倚靠富家,寄食於他人也。
身命を占うに「妻財」を以て禄と為す。財爻が死絶無気の地に落つれば、禄はすなわち薄し。再加えて「世爻」が凶煞に沖動せられ、卦中にまた一の吉神も救助なくば、これは最下等の命にして、必定東奔西走して街に沿いて食を乞う。もし世爻が発動してまた沖に逢い、あるいは沖なしといえども世爻が衰弱して、空動の後に凶煞を変出して頭を回りて沖克し、世爻援なくして凶煞制なければ、これも同じ。「子孫」もし死・墓・絶・空の地に落つれば福分はすなわち軽し。世爻が再び凶神に克制せられ、あるいは世爻が発動するも「日辰」・動爻に合住せられれば、それは人に受制するの象なり。身命を占いてこれに遇えば、此人は必定富室に投靠して他人の門下に食を寄せ、南より来り北より往きて、人の鼻息を仰ぎて活を過ごす。
子死妻空,絕俗離塵之輩;占身以福為子,財為妻。二爻若臨死墓絕空之地,乃是刑妻喪子之兆。小兒見之,必絕俗離塵,出家輩也。若僧道見之,反為吉兆,必無俗累之牽惹矣。貴臨祿到,出將入相之人。卦中貴人祿馬。旺臨身世,而官鬼父母又來扶助,或月建日辰生合,必是將相之兆,富貴非常之人。
身命を占うに「子孫」を以て子と為し、「妻財」を以て妻と為す。この両爻もしともに死・墓・絶・空の地に落つれば、是れ妻を刑し子を喪うの兆なり。小児の占得は必定出家して俗を離る。僧道の占得は反って吉兆にして、再び世俗の牽累無きを説明す。之に反して卦中に「貴人」「禄」「驛馬」が旺相にして「卦身」「世爻」上に落ち、また「官鬼」「父母」ありて前来して扶助し、あるいは「月建」「日辰」の生合を得れば、それは便ち将に出て相に入るの兆にして、乃ち富貴非常の人にして、決して尋常の命格の比べるべくもなし。
朱雀與福德臨身,合應乃梨園子弟;子孫乃喜悅之神,朱雀又主言語。若同臨身世主象,其人必然乖巧。若生合應爻,是合歡於他人之象,故為梨園子弟之兆,不然亦是伶俐人也。若應生合,或被日辰動爻來破者,或世應刑沖剋害者,勿以此斷。
「子孫」は喜悅の神にして、「朱雀」はまた言語口舌を主る。両者が同じく「卦身」「世爻」等の主爻上に落つれば、此人は必然口歯乖巧なり。もしまた「応爻」を生合せば、それは人に取悦するの象なり。ゆえに戯班子弟に断ず。たとえ伶人ならずとも、必ず伶俐にして説く能くするの人なり。ただしもし反って応爻が世爻を生合し、あるいはこの生合が「日辰」・動爻に沖破せられ、あるいは世応の間に刑沖克害あれば、則ちこのように断ずべからず。
白虎同父爻持世,逢金則柳市屠人。父母屬金,而帶白虎持世者,必是宰豬殺馬之輩。蓋白虎主喪亡,金為刀劍,而父母又是傷克子孫之神,子孫又為六畜,故為宰殺之象。而加之畜類,以屠夫斷。若父母有制,或子孫旺相發動,或在空避之,勿以此斷。
「父母」が金に属して「白虎」を帯び「世爻」を持せば、此人は必ず猪を宰り馬を殺すの流なり。白虎は死喪を主り、金は刀剣を為し、父母はまた「子孫」を傷克するの神にして、しかも子孫は正に六畜を代表するを合わせれば便ち屠宰の象となるがゆえなり。克する所はまた牲畜なり。ゆえに屠戸に断ず。もしこの父母爻に別に爻有りて制伏し、あるいは子孫が旺相発動し、あるいは子孫が「空亡」に落ちて躲避を得れば、則ちこのように断ずべからず。
世加玄武官爻,必然樑上之君子;身帶勾陳父母,定為野外之農夫。玄武主盜賊之事,而加官鬼臨身,乃樑上君子,穿窬之人也。勾陳職專田土,而加父母,勤苦之神。持世者,乃耕種耘耨之兆也。財福司權,榮華有日;官兄秉政,破敗無常。以上人物,雖有高下不同,然莫不喜財福,而惡兄鬼者。若得財福二爻,得時旺相發動,縱是下等之命,一時淹蹇,終須發達。若見官兄當權旺動,雖上等之命,一時亨利,亦有破敗貧窮之時。卻看在何限中,便知何年發達,何年破敗也。其中有救無救,當自融通活變。
「玄武」は盗竊の事を主り、「官鬼」と同じく「卦身」に臨めば、此人は便ち梁上の君子・穴を鑽ち墻を踰るの輩なり。「勾陳」は専ら田土を管し、「父母」這勤苦労碌の神と同じく「世爻」に落つれば、便ち終年野外に耕耘鋤地するの農夫なり。以上に説く所のこれらの人物は、高下の別有りといえども、「妻財」「子孫」を以て喜と為し「兄弟」「官鬼」を以て忌と為さざるは無し。財・福の両爻もし当令旺相にして発動せば、たとえ下等の命なりとも一時困頓すれど、終に発達するを要す。もし官鬼・兄弟が権に当たり旺動せば、たとえ上等の命なりとも一時通達するも、また終に破敗貧窮の日有り。再看して財福あるいは官兄の早・中・末のいずれの限中に落つるかを看れば、便ちいずれの年に発達しいずれの年に破敗するかを知る。その間に救有り無救なるは、須く占う者自ら融會貫通して卦に随い霊活に取断すべし。
運至中年,凶殺幸無折挫;時當晚景,惡星尤怕攻沖。人命有三限,每一爻管五年。初二三爻,共十五年;外三爻亦管十五年,共三十年。支卦六爻,亦管三十年。正卦內三爻十五年為早限;正卦外三爻十五年,與支卦內三爻十五年為中限;支卦外三爻為末限,變卦為支卦。
中年に運行するは、最も幸なり凶煞の来りて摧折せざるは。晚景に時値するは、尤も怕る悪星の前来して沖克するを。人の一生は三限に分かつ。一爻は五年を管す。本卦の内三爻は共に十五年を管し、外三爻もまた十五年を管し、合して三十年と為す。変卦の六爻同じく三十年を管す。具体の分法は、本卦内三爻の十五年を早限と為し、本卦外三爻の十五年は変卦内三爻の十五年と連ねて中限と為し、変卦外三爻を末限と為す。文中に言う所の「支卦」は、指す所はすなわち変卦なり。
凶殺惡星,即是官鬼兄弟刑沖剋害之類。早限遇之,則早年欠順;中限遇之,則中歲災殃;末限遇之,則晚景迍邅;老無結局。若子孫等吉神,在正卦內三爻,得時旺動,主蔭下得意;在正卦外三爻見,三十年前,福如秋月;在支卦內三爻見,則三十年後財若春潮;至支卦外三爻見,則晚景榮華,康寧壽考。
いわゆる凶煞悪星とは、すなわち「官鬼」「兄弟」および刑・沖・克・害の一類なり。早限に落つれば早年順ならず、中限に落つれば中年災に遭い、末限に落つれば晚境坎坷にして老い来りて結局なし。之に反して「子孫」等の吉神もし本卦内三爻に在りて当令旺動せば、少年時に父祖の蔭庇に倚仗して称心なるを主す。本卦外三爻に出現せば、三十歳以前は福気秋月の明の如し。変卦内三爻に出現せば、三十歳以後は財源春潮の漲の如し。変卦外三爻に出現せば、則ち晚年栄華にして安康長寿なり。
又如早限有惡星,末限有吉星者,必初年蹇滯,老景亨通也。餘仿此。要知吉凶之事,依五類推斷。如逢官爻生扶合助,主貴人提拔。或子孫來刑沖剋害,則有僧道相干之事也,宜通變。若六爻安靜,則當再占一卦以斷之。或以不動之卦,乾化坤、艮化震之類者非。
また早限に悪星有りて末限に吉星有るが如きは、必ず早年困頓して晚年亨通す。その余の情形はこれに照らして類推す。応ずる何事を知らんと欲せば、則ち六親五類に按じて推断す。「官鬼」爻の生扶合助に遇えば、貴人の提拔有るを主す。「子孫」の来りて刑沖克害するに遇えば、則ち僧道方面の牽渉有り。この中間は須く霊活変通すべし。もし六爻安静にして分限する由なければ、則ち別に一卦を占して断ずべし。動かざる卦を拿じて硬に変化を作り、乾は坤に化し艮は震に化すの一類を説く者有るに至りては、それは対ならざるなり。
正內不利,李密髫齔迍邅;正卦內三爻,乃初限。若逢官鬼凶神克戰者,主童年多病。如李密九歲方能行,蓋幼年多疾故也。支卦有扶,馬援耆頤矍鑠。支卦外三爻,乃末限。若有吉神合助,必然老年康健。如馬援年六十二,披甲上馬也。
本卦の内三爻が管するは初限なり。この限中もし「官鬼」等の凶神の克戦に遇えば、童年病多きを主す。李密の九歳に至りて乃ち行歩する能くするが如く、正に幼年に疾病の身に纏わるの故なり。変卦の外三爻が管するは末限なり。この限中もし吉神有りて来り生合扶助せば、晚年は必然康健なり。東漢の馬援の六十二歳にしてなお甲を披き馬に上りて疆場を馳騁する能く、老いと而も精神矍鑠たるが如し。
一卦和同,張公藝家門雍睦;如占身,得六爻安靜,無沖破克害,反相生合,則主其人家門歡好,如張公藝九世同居,上和下睦也。六爻攻擊,司馬氏骨肉相殘。若六爻亂動,卦又沖剋,或三刑六害者,必主親情不和,骨肉相殘,如晉司馬氏八王樹兵,俱遭誅殺屠戮也。
身命を占い六爻安静を得て、彼此に沖破克害なく、反って相生相合せば、此人の家門和睦歡洽なるを主す。唐代の張公芸の九世同居して上下和順するが如し。之に反して六爻乱動し、卦中にまた沖克有り、あるいは三刑六害を犯せば、必ず親族不和・骨肉相残を主す。西晋の司馬氏の八王が各々兵馬を擁して互相に攻伐し、大乱を釀成して、最後に彼此皆誅殺屠戮せらるるに遭うが如し。
閔子騫孝孚內外,父獲生身;占身命,以父爻為生我之親。若世能生合此爻,必然能孝於父母,如閔子騫類也。孔仲尼父友家邦,兄同世合。若世爻與兄相生合,其人必內和兄弟,外信朋友,如孔夫子類。兄爻在本宮內象,以兄弟言;在他宮外象,以朋友言。看內外以別親疏,全在通變。
身命を占うに「父母」爻を以て我を生むの双親と為す。「世爻」もし父母爻を生合する能くば、此人は必ず父母を孝養する能し。孔門弟子の閔子騫の孝行内外に信を取るが如し。世爻もし「兄弟」爻と相生相合せば、此人は必ず内は兄弟を和睦し外は朋友に信を取る。孔子の如く郷邦の朋友に敬服せらるるを為すが如し。兄弟爻もし本宮内卦に在れば則ち兄弟と作りて看、他宮外卦に在れば則ち朋友と作りて看。内外を分ちて親疎を別くは、全て霊活変通に在り。
世應相生,漢鮑宣娶桓氏少君為婦;世是一身之本,應為百歲之妻。若見相生相合,必然夫唱婦隨。悔貞相剋,唐郭暖招昇平公主為妻。世為貞,應為悔。若見相沖相剋,必然琴瑟不調。箕踞鼓盆歌,世傷應位;世持虎蛇,乘旺發動,刑害應爻,應又臨無氣之地,必主克妻。如春秋時,莊周妻死,猶箕踞鼓盆而歌。
「世爻」は自身の本にして、「応爻」は相守百年の妻室なり。世応相生相合せば、必然夫唱い婦随う。漢代の鮑宣の桓少君を娶り、夫妻甘苦を同じくするが如し。古人は内を以て貞と為し外を以て悔と為す。ここに世爻を以て貞と為し応爻を以て悔と為す。世応が相冲相克すれば夫妻は必然琴瑟不調なり。唐代の郭曖の昇平公主を尚り、夫妻屢々争端を起こすが如し。世爻が「白虎」「螣蛇」に坐し、旺に乗り発動して応爻を刑害しに往き、応爻また無気の地に落つれば、必ず妻を克するを主す。荘周の妻死するも反って箕踞して坐し盆を敲きて歌うが如し。
河東獅子吼,應制世爻。應爻剋制世爻,乃是牝雞晨鳴之象,其人必憑妻言語。如宋陳季常河東獅子吼,東坡所戲言也。世值凶而應克,願聽雞鳴;若應雖來克世,而世爻自帶刑害,及兄官虎蛇等凶神者,則是彼來救我之失,去我之病,非有所傷於我。主其人必有賢妻。如齊哀公荒怠慢政,得陳賢妃,有夙夜警戒相成之道。故詩有雞鳴篇。
「応爻」が「世爻」を克制するは、牝鶏晨を司るの象なり。此人は凡事みな妻子に憑りて主を作す。宋人の陳慥の内を懼れ、蘇東坡の戯れにその家に河東の獅吼有りと称するが如し。ただしなお別の一種の情形有り。応爻来り世を克すといえども、世爻本身刑害を帯び、あるいは「兄弟」「官鬼」「白虎」「螣蛇」等の凶神に坐せば、則ち応爻の克は我が失を救い我が病を去りに来るにして、我を傷るに非ず。此人は必ず賢妻を得。斉哀公の政事を荒怠せしも、幸いに陳国の賢妃の朝夕警戒規勧するを得て、相成してその徳を為す。『詩経』因りて《鶏鳴》の一篇有るが如し。
身帶吉而子扶,喜聞鶴和。世帶吉神旺動,子孫又來生扶者,主有賢子共成事業,以濟其美。易云:鳴鶴在陰,其子和之。福遇旺,而任王育子皆賢;占身,以福為子孫。若旺相不空,及無傷害者,主有賢子。如任遙之子昉,王渾之子戎。見稱於阮籍諸賢。
「世爻」が吉神を帯びて旺相発動し、「子孫」また来り生扶せば、賢能の児子有りて自己と共に事業を成し相輔相成するを主す。正に『周易・中孚』に言う所の「鳴鶴陰に在り、其の子これに和す」が如し。身命を占うに子孫を以て児子と為す。子孫が旺相にして空に落ちず、また傷克を受けざれば、賢子有るを主す。任遥の子任昉・王渾の子王戎の如く、皆阮籍等の名士に称許せらるるを為す。
子化兄,而房杜生兒不肖。若子孫動變兄鬼者,其子必不肖。蓋兄弟乃破敗之神,故也。李英公常曰:房杜平生辛苦,然生子不肖。伯道無兒,蓋為子臨空位;卜商哭子,皆因父帶刑爻。凡問子孫,不宜父母發動。若子臨空地,必主無子。如鄧伯道棄子而不生,非有傷也。唯父帶刑害虎蛇等惡神動克,子孫休囚不空者,然後克子。如子夏哭子喪明也。若父有制其庶幾。
「子孫」が発動して「兄弟」「官鬼」を変出せば、その子は必ず器を成さず。兄弟は破敗の神なればなり。唐代の李勣は曾て言わく、房玄齢・杜如晦は一生辛苦するも、偏偏と生む所の児子は不肖なりと。およそ子嗣を問うに、「父母」の発動を宜しとせず。子孫もし「空亡」に落つれば、必ず子無きを主す。鄧攸の子を棄てて終身嗣無きが如く、それは本来より有る無しにして、克傷せらるるに非ず。ただ父母が刑害を帯びおよび「白虎」「螣蛇」等の悪神が発動して来り克し、しかも子孫が休囚にしてまた空に落ちざれば、乃ち真に子を克す。子夏の子を喪いて哭いて双目失明するが如し。もし父母に別に爻有りて制伏せば、或いはなお保全する能くすることあらん。
父如值木,竇君生丹桂五枝芳;若問子多少,當以五行生成數論之。若父爻屬木,則子孫屬土,土數五,主有五子。如竇燕山生儀、儼、稱、僖、侃類。鬼或依金,田氏裂紫荊三本茂。論兄弟,與子孫同。且如鬼爻屬金,則兄弟屬木矣,主有兄弟三人。如田真、田廣、田慶。
子嗣の多少を問わんと欲せば、当に五行の生成の数に按じて推すべし。「父母」爻もし木に属せば、則ち「子孫」は必ず土に属し、土数は五、五個の児子有るを主す。竇禹鈞の儀・儼・称・僖・侃の五子を生み、世に五桂聯芳と称するが如し。兄弟の人数を推するも子孫を推するに理同じ。「官鬼」爻もし金に属せば、則ち「兄弟」は必ず木に属し、木数は三、兄弟三人有るを主す。田真・田広・田慶の三兄弟の如く、家を分かつを議して紫荊枯れ、合居を復して紫荊栄えたり。
兄持金旺,喜看荀氏之八龍;弟倚水強,驚睹陸公之雙壁。六親類,固當以生成數推之,然不可不別衰旺。逢生旺,則當倍加;遇死絕,則當減半。故兄持金旺,則有兄弟八人。蓋金數四,倍則八也。荀淑子八龍似之。若臨水旺相,則是二人。蓋水數一,倍則二也。陸暐與陸恭之雙壁是。他仿此。若旺相而有制,衰死而有扶,又當以本數斷。若旺爻空動,亦以本數斷。不旺不衰而空動,則減半斷之。更宜活變細察。
六親の人数を推するに固に五行生成の数を用うるを要すれども、衰旺を分たざるべからず。生旺に逢えば則ち倍を加え、死絶に遇えば則ち半を減ず。ゆえに「兄弟」爻が金に属して旺相なれば、兄弟八人有るを以てす。金数は四にして倍を加えて八と為すがゆえなり。荀淑の八子の「八龍」と号するが如し。兄弟爻が水に属して旺相なれば、則ち二人なり。水数は一にして倍を加えて二と為すがゆえなり。陸暐と陸恭と兄弟並びに双璧と称するが如し。その余はこれに照らして類推す。もし旺相にして爻有りて制伏し、あるいは衰死にして爻有りて生扶せば、仍お本数に按じて断ず。旺爻が「空亡」に落ちて発動するも、また本数に按じて断ず。旺ならず衰ならずして空動せば、則ち半を減じてこれを断ず。要するになお霊活変通して細心に体察するを要す。
若也爻逢重疊,須現在以推詳。若卦中只有一位,可以五行數推。苟重疊太多,則可即以其數斷也。且如六月丙辰日,卜得損之大畜卦。卦中原有二爻兄弟,六三又化兄弟,日辰月建又是兄弟,共有五重兄弟,則斷五人也。若日辰月建不繫兄弟,則以三兄弟推。宜通變也。
もしある六親の爻が卦中に重畳出現せば、則ち現有の重数に按じて推すべし。卦中にただ一位有るを乃ち五行の数を用いて推するを要す。もし重畳多過ぎれば、則ち直接に重数に按じて断ず。たとえば六月丙辰日に《損》の《大畜》を占得す。卦中に本より两爻の「兄弟」有り、六三また兄弟を変出し、「日辰」「月建」もみな兄弟なり。合計して五重の兄弟なり。便ち兄弟五人と断ず。もし日辰・月建が兄弟に属せざれば、則ちただ三重の兄弟に按じて三人と推す。ここに全て善く変通するに在り。
財動初爻,令伯克親於早年;財動,則傷父母。如在初爻,則早年見克。如李密生孩六月,其父即喪。兄興六位,張瞻喪偶於中年。兄動,則克妻財。如居六位,中年必如張瞻之克妻也。化父生身,柴榮拜郭威為父;卦有父母,又化出父母來生合世身者,其人必重拜父母,身為他人子。如五季時,柴世宗之於周太祖也。
「妻財」が発動すればすなわち「父母」を傷るを要す。もし初爻に於いて発動せば、早年に便ち双親を克するを主す。李密の出生してわずか六個月にして父就く去世するが如し。「兄弟」が発動すればすなわち妻財を克するを要す。もし第六爻に居れば、中年に妻を克するを主す。張瞻の中年に偶を喪うが如し。卦中に本より父母有りて、また父母を変出して「世爻」「卦身」を生合すれば、此人は必定別に父母を拝して過継して他人の子と為る。五代の時の柴栄の郭威を拝して父と為し、後に更に周太祖の帝位を継承するが如し。
化孫合世,石勒養季龍為兒。卦有子,又化出子,世身自去相生合者,主其人必有螟蛉之子。如晉時後趙石勒子石季龍是。然子孫化出,而繫外宮則是,繫於本宮則非也。世陰父亦陰,賈似道母非正室;父與世,皆屬陰者,必是偏生庶出。如宋賈似道也。
卦中に本より「子孫」有りて、また子孫を変出し、しかも「世爻」「卦身」が主動してそれを生合すれば、此人に養子有るを主す。十六国の時の後趙の石勒の石季龍を収養して子と為すが如し。ただし変出の子孫は他宮に属するを以て乃ち養子と算せよ。もし本宮に属せば便ち非なり。「父母」爻と世爻とがともに陰に属せば、此人は必ず庶出偏房の生む所なり。宋代の賈似道の生母の正室に非ざるが如し。
身旺官亦旺,陳仲舉器不凡庸。卦中官爻旺相,世身亦旺相;又逢貴人祿馬文書,生合世爻者;必主異日金榜標名,龍門跳躍。如陳仲舉為不凡之器。欲斷官職,依後功名類推。化子合財,唐明皇有祿山之子;子從化出,乃螟蛉子也。若與財爻相合,或與應爻相合,必與妻妾有情。如安祿山之於楊貴妃也。內兄合應,陳伯常有孺子之兄。兄爻在內卦,乃兄弟,非朋友也。若與應爻或財爻相合,其妻必與兄弟相通。如陳平之盜嫂也。
卦中に「官鬼」旺相にして「世爻」「卦身」もまた旺相にして、また「貴人」「禄」「驛馬」および「父母」文書の爻が世爻を生合せば、日後必定金榜題名して龍門を躍登す。東漢の陳蕃の器局の不凡なるが如し。もし官職の大小を細断せんと欲せば、後面の「功名」の一門に照らして類推す。変出の「子孫」は養子なり。それもし「妻財」と相合し、あるいは「応爻」と相合せば、この養子は必ず妻妾と私情有り。安禄山の楊貴妃を認めて母と為して穢声流播するが如し。「兄弟」爻が内卦に在るは同胞の兄弟を指す。朋友と作りて看るべからず。それもし応爻あるいは妻財と相合せば、妻子は必ず自家の兄弟と暗中私通す。漢初の陳平の曾て人に盗嫂と指摘せらるるが如し。
以下みな婦人の身命を断ず
應帶勾陳兼值福,孟德耀復產於斯時;勾陳主黑丑,子孫主賢淑。故應爻旺相臨之,而無傷損者,其妻必如孟光;貌雖不揚,而其德則美也。財臨玄武更逢刑,楊太真重生於今日。玄武乃淫亂之神,若臨財爻,必不貞潔。更加三刑六害,如楊貴妃汙穢尤甚。
「勾陳」は膚黒く貌醜きを主り、「子孫」は性情賢淑を主る。「応爻」が旺相にしてこの両者に坐し、また傷克を受けざれば、その妻は必ず漢代の孟光の如く、容貌は出衆せずとも徳行は甚だ美好なり。「玄武」は淫乱の神なり。それもし「妻財」に坐せば、妻子は必ず貞潔ならず。再加えて三刑六害すれば、唐代の楊貴妃の一般の如く、穢乱の行は尤も厲害にして、恰も楊太真の今日に重生するが如し。
合多而眾殺爭持,乃許子和之錢樹;卦中有合諸事吉。惟婦人女子見之,主澆浮淫佚,春心蕩漾,不能堅閨門之守。更加玄武,三刑六害,臨持財爻者,乃娼妓之兆。如許子和為妓,臨死謂其母曰:錢樹子倒矣。蓋為娼宿客,得錢,如樹之能生錢也。
卦中に相合有れば凡事みな吉なり。ただ婦女の身命を占いてこれに遇うは、性情軽薄放蕩にして春心揺動し、閨門の防を守る能わざるを主す。もし再加えて「玄武」および三刑六害が同じく「妻財」爻上に落つれば、便ち淪じて娼妓と為るの兆なり。唐代の許子和の妓たりしが、死に臨みて母に対して「銭樹子倒れたり」と曰う。娼家の客を接して銭を得るは、樹の銭を生ずる能くするが如きがゆえなり。
官眾而諸凶皆避,如隋煬帝之採花。凡遇卦中有鬼,日辰月建是鬼,或又化出太過,生合財爻;而財爻不臨玄武等凶神者,必主其婦重婚再醮。如隋煬帝西苑剪採為花,色渝則易以色之新者;喻婦人夫死則再嫁也。若本卦鬼爻不受刑沖剋害,而鬼爻反來沖剋財爻者,乃是生離活別之兆,非夫死再嫁也。
卦中に已に「官鬼」有りて、「日辰」「月建」もまた官鬼にして、あるいは再び官鬼を変出して重畳過多にして、皆「妻財」を生合しに来り、しかも妻財爻本身また「玄武」等の凶神に坐せざれば、この婦人の改嫁再婚せんとするを主す。隋煬帝の西苑に於いて彩絹を用いて剪って花朵と成し、顔色褪せれば便ち新たなるを換上す。正好しきは婦人の丈夫死すれば便ち再嫁するに比す。ただしもし本卦の官鬼が刑沖克害を受けず、反って官鬼の来りて妻財を沖克するは、それは夫妻生離の兆にして、夫死改嫁に非ず。
白虎刑臨,武后淫而且悍;白虎乃強暴之神,婦人見之,必然兇悍;更加刑害臨財爻,必如武則天兇悍且淫也。青龍福到,孟母淑而又慈。青龍乃喜悅慈善之神,子孫又清吉之神。若財臨青龍,化子,或子臨青龍動來生助者,必主其婦慈祥愷悌,淑善賢德。如孟母也。
「白虎」は強暴の神なり。婦人の身命を占いてこれに遇えば、性情は必然凶悍なり。再び刑害を帯びて「妻財」爻上に落つれば、武則天の如くまた凶悍にしてまた淫乱なり。「青竜」は喜悅慈善の神にして、「子孫」はまた清吉の神なり。妻財が青竜に坐して「子孫」を変出し、あるいは子孫が青竜に坐して発動して財爻を生助しに来れば、この婦人の慈祥和易にして賢淑徳有るを主す。孟子の母の如し。
逢龍而化敗兄,漢蔡琰聰明而失節;財遇青龍,本主聰明。但不宜化出兄爻,及敗爻。皆主不貞潔。如伯喈女蔡琰,文章絕冠當時,失節胡虜。或化出刑爻病爻害爻,及玄武等同臨者亦然。化子而生身世,魯伯姬賢德無疵。財動化出子孫,生合世身者,必有懿德。如魯莊公夫人伯姬,言行皆善,無疵可議,見賞於春秋。凡占身,當以財爻為主,不可論應爻世爻等作其身也。
「妻財」が「青竜」に坐するは、本より聡明を主るも、ただ「兄弟」爻と沐浴敗爻とを変出するを宜しとせず。それはみな貞潔ならざるを主す。蔡邕の女蔡琰の如く、文才は当時に冠絶するも、却って匈奴に流落して節を失う。もし刑爻・病爻・害爻を変出し、あるいは「玄武」と同臨するも、これも同じ。之に反して妻財が発動して「子孫」を変出し、また「卦身」「世爻」を生合せば、この婦は必ず美徳有り。魯荘公夫人伯姫の言行倶に善く指摘すべきなく、『春秋』の称許する所と為るが如し。およそ婦人の身命を占うに、皆当に妻財爻を以て主と為すべし。「応爻」「世爻」等を拿じて彼女の本身と作るべからず。
合而遇空,竇二女不辱於盜賊;卦中若遇他爻動來相合,或帶咸池玄武動來克合,本非佳兆。若得財爻在空避之,是彼欲淫我,而我不願之象。如唐奉天竇氏二女,被盜劫之,而自投崖,寧死不受辱也。靜而沖動,卓文君投奔於相如。卦中咸池玄武刑害等殺,臨持財爻,若得休囚不動,或落空亡,庶幾無事。若被日辰動爻沖之,則如卓文君,被相如以琴挑之,欲心因動,不免至夜而亡奔相如,後當壚賣酒。
卦中もし別の爻有りて発動して来り「妻財」と相合し、あるいは「咸池」「玄武」を帯びて発動し来り克合せば、本より好兆頭に非ず。ただし妻財爻が「空亡」に落ちて躲開を得れば、それは便ち相手方の我を汚辱せんと欲するも我は従わざるの象なり。唐代の奉天の竇氏の両個の娘の強盗に劫持せられ、寧ろ崖に投じて死するも辱めを受けざりしが如し。之に反して咸池・玄武および刑害等の凶煞、妻財爻上に落つるといえども、ただ休囚動かずあるいは空亡に落つれば、なお事無きべし。一旦「日辰」あるいは動爻に沖起せらるれば、即ち卓文君の如く、司馬相如に琴音を以て挑動せられ、欲念既に生じ、当夜相如と私奔して、後に壚に当たりて酒を売るに至らん。
福引刑爻發動,衛共姜作誓於柏舟;子帶刑旺動,必主剋夫。然子乃貞潔之神,遇此等爻,而財不值凶者,主守節之象。如衛共姜,作柏舟詩,以死自誓也。身遭化鬼克刑,班婕妤感傷乎秋扇。卦中原有官,與身世相生合,又化官,卻來剋制身世,及財爻。占法以動爻為始,變爻為終。主先親愛,後棄絕之象。如漢班婕妤於武帝,始親愛,後疏絕。所以,見秋扇而感傷作詞,以寓其悽楚之思。
「子孫」が刑を帯びて旺相発動せば、必ず夫を克するを主す。ただし子孫は本より貞潔の神なり。この類の爻に遇いて「妻財」が並びに凶神に坐せざれば、それは便ち節を守るの象なり。衛国の共姜の《柏舟》の詩を作り、死を誓いて再嫁せざるが如し。卦中に原より「官鬼」有りて「卦身」「世爻」と相生相合するも、却って官鬼を変出して卦身・世爻および妻財を克制せば、占法は動爻を以て事の始と為し変爻を以て事の終と為す。これは便ち先に親愛に蒙り後に棄絶せらるるの象なり。漢代の班婕妤の先に寵幸を受け後に疎絶に遭い、因りて秋扇の棄てらるるを見て感傷して詞を作り、凄楚の思を寄托するが如し。
二鬼爭權水父沖,錢玉蓮逢汝權於江滸;卦中若有二鬼發動,俱來生合財爻,又遇水父來刑沖剋害,而財爻在空避之者,必有兩夫爭權之象,父母逼勒之兆。而己有守節之操,故入於空。如孫汝權之於玉蓮類也。六爻競合陰財動,秦弱蘭遇陶谷於郵亭。男帶合,則俊秀聰明;女帶合,則澆浮淫佚。若六合卦而財爻又屬陰者,不動猶可,動則淫濫無恥。如秦弱蘭遇陶學士也。
卦中もし两重の「官鬼」有りて発動して、皆来り「妻財」を生合し、また水性の「父母」有りて来り刑沖克害し、しかも妻財爻が「空亡」に落ちて以て自ら避くれば、それは両夫の娶を争うの象にして、兼ねて父母の強行して嫁を逼るの兆有り。しかも女子自己に節を守るの志有り。ゆえに空亡に躲進す。正に銭玉蓮の江辺に於いて孫汝権の逼迫に遭うの一類の如し。男子の身命を占いて合を帯ぶるは、俊秀聡明を主す。女子の合を帯ぶるは則ち軽薄放蕩を主す。もし六合卦を占得して妻財爻また陰に属せば、動かざれば還だ罷むも、一たび動けば便ち淫濫にして恥なし。秦弱蘭の駅亭の中に於いて陶穀学士を誘うの事の如し。
鬼弱而未獲生扶,朱淑貞良人愚蠢;凡看女人身命,以鬼為夫星。不宜空亡,空亡則難為夫主;又不宜動,動則難為兄弟;亦不宜衰弱,弱則招夫不肖,不能發福。若衰弱而無一生扶合助,兼帶勾陳螣蛇等凶神者,必如朱淑真之夫,愚蒙不正,人物侏儒,因有斷腸之詩。
およそ婦人の身命を看るに、「官鬼」を以て夫星と為す。夫星は「空亡」に落つるを宜しとせず。空に落つれば則ち丈夫の依靠有ること難し。発動を宜しとせず。発動すれば則ち兄弟有ること難し。また衰弱をも宜しとせず。衰弱すれば則ち嫁ぐ所人に非ずして、家を興す能わず。もし官鬼が衰弱にして一爻も生扶合助する無く、また「勾陳」「螣蛇」等の凶神を帯びれば、その丈夫は必ず朱淑真の丈夫の一様の如く、愚昧にして正ならず形貌猥瑣にして、彼女をして《断腸》の詩を写してその怨苦を抒べしむるに致る。
官強而又連龍福,吳孟子夫主賢明。若鬼爻旺相,更逢青龍福德、祿馬貴人等吉神,必主有貴顯賢明之夫。如吳孟子得魯昭公為夫也。若衰而逢助,亦主有賢明之夫。若卜嬰孩之造化,乃將福德為用爻。所喜者兄弟,大要興隆;所忌者父母,最嫌旺動。小兒造化,不過卜其生長難易;若富貴貧賤,固未暇論;故專以子孫一爻為主。若父母動,則來傷克,故忌;兄弟動,則來扶持,故喜。蓋有生扶,則易養。
「官鬼」もし旺相にして、また「青竜」「子孫」および「禄」「驛馬」「貴人」等の吉神相随うあれば、必ず顕貴賢明の丈夫を得。呉孟子の魯昭公に嫁ぐが如し。官鬼衰るといえども生扶有れば、また丈夫の賢明を主す。嬰孩の造化を占うに至りては、則ち子孫を以て用神と為す。喜ぶ所は「兄弟」にして、それの興旺するを要し、忌む所は「父母」にして、最も怕るるはそれの旺相発動なり。小児を占うは不過にそれの順利に長成する能くするや否やを問うのみ。富貴貧賤は一時なお談ずるに及ばず。ゆえに専ら子孫の一爻を以て主と為す。父母が発動すれば便ち来り子孫を克傷す。ゆえに忌む。兄弟が発動すれば子孫を生扶する能し。ゆえに喜ぶ。生扶有ればすなわち養い活かし易きなり。
隨官入墓,未為有子有孫;助鬼傷身,不免多災多病。卦中若見世身隨官入墓者,必死。故曰:未為有子有孫。若遇鬼傷克世身,刑沖主象者,必然多病。更逢財爻助之,大凶之兆。若鬼持世臨身,亦主多病。胎連官鬼,曾輕落地之關;卦中胎爻臨鬼,或化出鬼爻,或鬼來沖剋者;必此兒生時,絕而復甦。俗所謂落地關也。
卦中もし「世爻」「卦身」が「官鬼」に随いて墓に入るを見れば、この児は必ず死す。ゆえに子有り孫有りと算するに足らずと曰う。もし官鬼が世爻・卦身を傷克し、また「子孫」這一の主爻を刑沖せば、この児は必然病多し。更に「妻財」有りて官鬼を生助せば、更に大凶の兆なり。官鬼が直接に世を持し身に臨むも、また病多きを主す。卦中の「胎爻」もし官鬼に坐し、あるいは官鬼を変出し、あるいは発動の官鬼に沖克せられれば、この子の出生の時に必ず曾て一度気絶して後に復甦したり。すなわち俗話に言う所の「落地関」なり。
子帶貴人,自有登天之日。子爻若帶祿馬貴人,主此子他日必能貴顯,頭角崢嶸。遇令星,如風搖幹;逢絕地,似雨傾花。凡遇凶神克戰,若得子孫得地健旺,則必無事;雖見小悔,猶微風搖幹,必不能傷。若在死絕之地,決難生養;一有克戰,則如驟雨傾花,鮮不殘敗。
「子孫」爻もし「禄」「驛馬」「貴人」を帯びれば、この子の日後必ず顕貴する能くして人の頭上に出づるを主す。およそ凶神の克戦に遇うに、ただ「子孫」が当令健旺せば、必定事なし。たとえ小々の災病有りとも、不過に微風の樹幹を揺動するが如く、揺撼すること一陣にして根本を傷ること能わず。もし子孫が死絶の地に落つれば、すなわち養い活かし難し。一旦再び凶神の克戦に遭えば、便ち驟雨の花を摧くが如く、凋零残敗せざること少なし。
子孫化鬼,孝殤十月入冥途;祿貴臨爻,拜住童年登相位。子化出鬼,乃九死一生之兆。如漢殤帝,生才十月即死也。子化出鬼,而貴人祿馬交臨,子又旺相,異日必貴。如元拜住,年十四即為相也。蓋子逢凶而化鬼,謂身化為鬼,故凶;子逢吉而化官,謂身化為官,故吉。
「子孫」が「官鬼」を変出するは、九死一生の兆なり。漢殤帝の出生してわずか十個月にして夭亡するが如し。ただし同じく子孫の官鬼を変出するも、もし「貴人」「禄」「驛馬」が交相に爻に臨み、子孫本身また旺相なれば、日後必定顕貴す。元代の拜住の十四歳にして官宰相に居るが如し。分別は、子孫が凶神に遇いて官鬼を変ずるは、自身が鬼に化するを以てゆえに凶、子孫が吉神に遇いて官鬼を変ずるは、自身が官に化するを以てゆえに吉なり。
凶殺來攢震卦,李魏公至九歲而能行;震為足。若遇官鬼凶神刑剋,走必遲。如李魏公【李密。字令伯。】九歲方能行。蓋為凶神纏擾於足也。吉神皆聚乾宮,白居易未週歲而識字。乾為八卦首。於五行屬金,其數則一,又有純陽之象。陽主上達,金主聰明,一則數之始也;若遇龍德及子孫在此宮者,必然幼敏。如白樂天生七月,便識知無二字。
震卦は足を代表す。震宮もし「官鬼」等の凶神の刑克に遇えば、この児の歩を学ぶは必ず遅し。李密の九歳に至りて乃ち行歩する能くするが如く、正に凶神の足上に纏擾するがゆえなり。乾は八卦の首にして、五行は金に属し、その数は一にして、また純陽の象なり。陽は上達を主り、金は聡明を主り、一はまた数の起始なり。もし「青竜」「天徳」等の吉神が「子孫」と連なりて皆乾宮に聚れば、この子は必然幼年聡敏なり。白居易の出生してわずか七個月にして便ち已に「之」「无」の両個の字を認得し、なお満周歳ならざるに文字を識る能くするが如し。
八純頑劣,晉食我狼子野心;八純卦,六爻相沖。小兒見之,必主頑劣性悍。如晉叔向子食我,心野不馴,猶豺狼之子也。六合聰明,唐李白錦心繡口。大抵六合卦,必然陰陽相半。小兒遇之,聰明智慧;他日文字,當有擲地金聲之妙。如太白文才也。
八純卦は上下同体にして、六爻両两相冲す。小児を占いてこれを得れば、この子は必定頑劣にして性情強悍なり。晋国の叔向の子食我の如く、心性狂野にして馴わず、正に豺狼の子の如し。六合卦は則ち陰陽各半にして、小児を占いてこれを得れば、聡明智慧を主り、日後文を作るに当に地に擲ちて金石の声を作す能くするの妙処有るべし。唐代の李白の如く錦心繍口なり。
陽宮陽象,后稷所以歧嶷;陽主高明,有上達之象,從天數也。占小兒而得純陽卦,子孫又屬陽,必如后稷生於姜嫄,克歧而克嶷也,見《詩.大雅》。陰卦陰爻,晉帝所以戇騃。陰主卑汙,有下達之象,法地故也。占小兒得陰宮卦,子孫又屬陰,主痴愚如惠帝。聞蛙聲而曰:為公為私;見飢人而曰:何不食肉糜。故史以戇騃譏之。
陽は高明を主り、向上通達の象有りて、天に取法す。小児を占いて純陽の卦を得、「子孫」また陽爻に属せば、この児は必ず后稷の如く、姜嫄の生む所にして幼小より岐嶷不凡なり。『詩経・大雅・生民』に見ゆ。陰は卑下を主り、向下沈滞の象有りて、地に取法す。小児を占いて陰宮の卦を得、子孫また陰爻に属せば、痴愚を主す。晋恵帝の蛙鳴を聞きて便ち官家の為に叫ぶか私家の為に叫ぶかと問い、百姓の荒を鬧るを聞きて便ち何ぞ肉粥を食せざると問うが如し。ゆえに史書はその愚傻を譏る。
龍父扶身,效藏燈於祖瑩;青龍為吉神,父母為詩書學館。若臨身世,或動來生合世身福德者,主此兒好學。如祖瑩八歲耽書,父母恐其成疾禁之,乃密藏火,待父母寢後,復燃燈讀之也。歲君值福,希投筆於班超。歲君,乃天子爻,君象也。子孫臨之,此兒必志大。如漢班超,為兒時,嘗投筆嘆曰:“大丈夫當立功異國,安能久事筆硯乎!”後出使西域,果應萬里封侯。
「青竜」は吉神にして、「父母」は詩書学館を代表す。父母が青竜を帯びて「卦身」「世爻」上に落ち、あるいは発動して来り卦身・世爻および「子孫」を生合せば、この子の学を好むを主す。北魏の祖瑩の八歳にして書を嗜み、父母はその読みて病を出さんことを怕れて禁止を加え、彼は便ち火種を偷蔵して、父母の睡り下るを待ちて再び灯を点して夜読するが如し。「太歳」は天子の爻・君主の象なり。子孫が太歳上に落つれば、この子は必定志向遠大なり。漢代の班超の少年時に曾て筆を投じて長嘆するが如く、大丈夫は当に異域に於いて功を立つべし。いかんぞ久しく案に伏して書を抄せんやと。後に西域に出使して、果して万里に侯を封ぜらる。
官鬼無傷,曹彬取印終封爵;歲君值福,固有大志。然卦中官鬼受制,或落空亡,則志雖大,而終莫能遂;官鬼無傷,斯能稱意。如曹彬週歲時,提戈取印,而應出將入相,終封爵也。父身有氣,車胤囊螢卒顯名。龍父扶身,固知好學。然身世主象,及父母官鬼,臨死絕地,則徒取辛勤;必父身有氣,方有成望。如車胤勤學,卒以成業也。
「子孫」が「太歲」上に落つるは固に志大なれども、ただ卦中の「官鬼」もし受制しあるいは「空亡」に落つれば、志向大なりといえども終に実現する能わず。必ず官鬼が傷克を受けざるを須として、乃ち心に称いて志を遂ぐる能し。曹彬の周歳に周を抓るの時に戈と印とを取り、後に果して将に出て相に入りて、終に爵を封ぜらるるが如し。「父母」が「青竜」を帯びて「卦身」を扶けるは固に学を好むを知るべけれども、ただしもし卦身・「世爻」および子孫這一の主爻と父母・官鬼とが皆死絶の地に落つれば、それはただ徒らに辛勤を白費するのみ。必ず父母爻と卦身とが皆気有るを須として、乃ち成名の指望有り。車胤の蛍を嚢として苦読して、終に学業を成就して名を顕わすが如し。
金爻動合,啼必無聲;五行中惟金有聲。且人之五臟,肺主聲,肺屬金。故人聲以金爻取之。若被沖起,或落空亡,聲必響亮;惟動而合住,則主啼哭無聲也。父母靜沖,兒須缺乳。乳以子孫定之。若旺相有氣,乳必多;休囚無氣,乳必少。最怕父動,或靜而逢沖,定須缺乳。克子故也。
五行の中にはただ金のみ声を発する能くして、人の五臓また肺を以て声音を主りて肺は金に属す。ゆえに人の声音は金爻を取りて看る。金爻が沖起せられ、あるいは「空亡」に落つれば、哭声は必然響亮なり。ただ金爻が発動して合住せらるるをもって乃ち啼哭無声を主す。乳汁の多少は「子孫」を以て定む。子孫が旺相気有れば、乳は必ず充足し、休囚無気なれば乳は必ず稀少なり。最も怕るるは「父母」の発動、あるいは安静すといえども沖起せらるるなれば、それは一定乳を缺く。父母は子孫を克するの故なり。
用旺兒肥終易養,主衰兒弱必難為。子孫旺相,殺莫能傷;其兒必肥,故易養。子孫休囚,敵殺之氣無備,必多災悔;不惟羸瘦,亦且難養。身臨父母,莫逃鞠養之辛勤;父母持世,兒必多災;故鞠育之勞,所以不免。蓋父母為辛勤勞碌之神,故為小兒之惡殺也。世遇子孫,終見劬勞之報效。子孫持世,兒必孝順,故劬勞之恩,必然報效。蓋子孫為主象,臨於世者,以其有親親之義也。
「子孫」が旺相なれば、凶煞はそれを傷るを得ず。この子は必定肥壮にして、ゆえに養い大にし易し。子孫が休囚なれば、凶煞の気を抵当する力なく、必ず災病多く、瘦弱するのみならず、しかも養い難し。「父母」が「世爻」を持せば、孩子は必定災多くして、父母たる者の鞠養労苦もまた免れず。父母は正に辛勤労碌の神にして、すなわち小児を占う時の悪煞なればなり。之に反して子孫持世なれば、孩子は必定孝順にして、父母養育の劬労の恩は必ず報答を得。子孫は本より小児を占うの主爻にして、それが世爻上に落つるは、正に骨肉相親し父子相顧みるの義を含むがゆえなり。
若問榮枯,全在六親之決斷;要知壽夭,須憑三限以推詳。六親中,財福為吉,兄鬼為凶。三限:正卦管三十年為初限;互卦管三十年為中限;再以互卦又互一卦為末限,亦管三十年。人生壽夭,須有定數;不看三限,則難取決。如正卦有凶神來克戰,則壽不過三十年前;如正卦無凶殺,而互卦見凶殺克戰,則壽止於六十歲內;正互皆無凶殺,其壽必在六旬外;宜以互卦再互一卦推之。若凶殺不動,則看世爻死絕之年斷之,庶無差謬。命理至微,雖難細述;易爻有準,自在變通。
一生の栄枯を問わんと欲せば、全て六親に憑りて判断す。寿数の長短を知らんと欲せば、須く三限に按じて推詳すべし。六親の中、「妻財」「子孫」を吉と為し、「兄弟」「官鬼」を凶と為す。三限の分法は、本卦は三十年を管して初限と為し、互卦は三十年を管して中限と為し、再び互卦より別に一卦を互出して末限と為し、また三十年を管す。人の寿夭は自ら定数有り、三限を看ざれば判定し難し。本卦もし凶神の克戦有れば、寿数は三十歳以前を過ぎず。本卦に凶煞なくして互卦に凶煞の克戦を見れば、寿数は六十歳以内に止まる。本卦互卦ともに凶煞なければ、寿数は必ず六十歳以外に在り。則ち互卦に再び互出するの彼の一卦を用いて推すべし。もし凶煞並びに発動せざれば、則ち「世爻」の死絶に入るの年份を看て断ず。大致差錯有るべからず。命理精微にして一一細説し難し。卦爻自ら準則有りて、全て霊活変通に在り。
六・婚姻
男女合婚,契於前定;朱陳締結,分在夙成。然非月老,焉知夫婦於當時;不有宓羲,豈識吉凶於今日!欲諧伉儷,必定陰陽。陽奇陰偶,配合成婚。世屬陽,應屬陰;鬼屬陽,財屬陰;內屬陽,外屬陰。陰陽相得,乃成夫婦之道。異日必然大利。
男女成婚は、本より前世の定数に合し、両姓の親を結ぶは、縁分早く已に宿成せり。しかれども月下老人の線を牽くに非ざれば、当時いかんぞ誰と誰とが夫婦を結ぶを知らん。伏羲の卦を画く無くんば、今日また何を憑りてか吉凶を識らん。夫婦の和諧を得んと欲せば、先ず須く陰陽を辨定すべし。陽は奇を為し陰は偶を為し、一陰一陽配合して乃ち婚を成す。「世爻」が陽に属して「応爻」が陰に属し、「官鬼」が陽に属して「妻財」が陰に属し、内卦が陽に属して外卦が陰に属して、陰陽各々その配を得て、乃ち夫婦の道に合し、日後必然大吉なり。
陰陽交錯,難期琴瑟之和鳴;陰陽交錯者:世陰應陽,鬼陰財陽,內陰外陽是。此為反象。成婚後,必主夫凌妻,妻欺夫,終朝反目,不得和順。若變出財鬼不空,主象安靜,亦可用也。內外互搖,定見家庭之撓括。占婚,卦宜安靜。安靜家庭雍睦,必無爭鬥事。若財動,則不和翁姑;鬼動,則不和妯娌;父動,則不和子侄;兄動,則不和夫妻。動加月建日辰,不唯不和,更有剋制。
いわゆる陰陽交錯とは、「世爻」が陰に属して「応爻」が陽に属し、「官鬼」が陰に属して「妻財」が陽に属し、内卦が陰に属して外卦が陽に属することを指す。これはみな顛倒の象なり。成婚以後は必定丈夫が妻子を欺凌し妻子が丈夫を欺圧し、整日反目して和順を得ず。もし変卦に別に財・官を出して空に落ちず、主爻また安静なれば、それもなお用うべし。婚を占うに卦爻の安静を以て宜と為す。安静なれば則ち家庭和睦して争闘有るべからず。もし妻財が発動すれば、則ち公婆と不和し、官鬼が発動すれば則ち妯娌と不和し、「父母」が発動すれば則ち子侄と不和し、「兄弟」が発動すれば則ち夫妻不和す。発動の爻が再び「月建」「日辰」の相助を得れば、不和なるのみならず、なお互いに克制す。
六合則易而且吉;六合卦,一陰一陽,配合成象。世應相生,財官相合。占者得之,必主易成而又吉。六沖則難而又凶。六沖卦,非純陰則純陽也。其象猶二女同居,兩男並處,志必不合。占者得之,必主難成,縱成亦不利。
六合卦は一陰一陽にして配合して象を成し、「世爻」「応爻」相生し、「妻財」「官鬼」相合す。婚を占いてこれを得れば、この門の親事は必定説き成すこと易く、成りて後も吉利なり。六沖卦は純陰ならざれば便ち純陽にして、その象は両個の女子の同住し両個の男子の並び処るに譬ゆ。心志は必ず相投ぜず。婚を占いてこれを得れば、親事成り難きを主り、たとえ勉強して成りともまた順利ならず。
陰而陽陽而陰,偏利牽絲之舉;世與官,宜陽反陰;應與財,宜陰反陽。占娶婦多不利。惟入贅則吉。世合應應合世,終成種玉之緣。世為男家,應為女家。若得相合,是兩願之象,必主易成,後亦吉利。欲求庚帖,豈宜應動應空;欲求庚帖,須得應爻安靜不空,而又生合世爻者,必然允諾,亦易成。若應爻發動,或空亡,或沖剋世爻,皆主不允,事亦難成,或去亦不遇。
「世爻」と「官鬼」は本より陽に属すべきが却って陰に属し、「応爻」と「妻財」は本より陰に属すべきが却って陽に属す。この様の卦は妻を娶るを占うに多く利あらず。ただ男子が女家に入贅するをもって乃ち吉なり。世爻は男家、応爻は女家なり。両爻相合するは双方情愿の象にして、親事は必ず成り易く、成りて後も吉利なり。女家の生辰庚帖を討取せんと欲せば、須く応爻が安静にして空ならずしかも世爻を生合するを得れば、相手方は必ず応允して事も成し易し。もし応爻が発動し、あるいは「空亡」に落ち、あるいは世爻を沖克せば、皆允さざるを主して事は成り難く、甚だしきは往くも人に見るを得ず。
若論聘儀,安可世蛇世弟。螣蛇兄弟,世爻臨之,主男家慳吝,禮必不多;應爻臨之,主女家妝奩淡薄。臨旺發動,亦克妻之兆也。應生世,悅服成親;世克應,用強劫娶。應爻生合世爻,主女家貪男家之象,必易成。不然,是女家先來求親也。若世刑剋應爻,男家必不早來求其女。世旺應衰,乃恃富欺貧,用強劫娶也。若世臨鬼及螣蛇,而財爻得時旺相,青龍得地者;必因其女有姿色,而欲設謀以娶之也。世臨玄武兄弟,必因其家乏財償債,欲謀納其女也。應動或旺,以旺動斷。
聘礼の厚薄を論ずるに、最も怕るるは「世爻」が「螣蛇」あるいは「兄弟」に坐すること。世爻がそれに坐せば男家は吝嗇にして聘礼は必ず薄し。「応爻」がそれに坐せば女家の嫁粧微薄なり。この両者もし旺相発動せば、なお妻を克するの兆なり。応爻が世爻を生合するは、女家の男家を看重するの象にして、親事は必ず成り易し。然らざれば便ち女家の先来りて親を求むるなり。もし世爻が応爻を刑克せば、男家は未だ必ずしも早く往きて娶を求めず。世旺にして応衰なれば、それは富を仗りて貧を欺き強行して娶を逼るなり。もし世爻が「官鬼」および螣蛇に坐し、しかも「妻財」が当令旺相にして「青竜」また地を得れば、必ずその女子の姿色有るに因りて謀を設けて彼女を娶らんと欲するなり。世爻が「玄武」「兄弟」に坐せば、必ず女家の銭を缺きて債を還すに因りてその女を謀娶せんと欲するなり。応爻もしまた発動しあるいは旺相なれば、則ち旺動に按じて断ず。
如日合而世應比和,因人成事;凡遇世生應,是男求女;應生世,是女求男;相合亦然。若世應比和,乃是兩家相成其事。要知何人贊成,以日辰合爻定之。間動辰合,則是媒人也。若父動而子孫墓絕,為嗣求婚。占婚,遇父旺動,子孫若墓絕,異日子息必少。若卜大人婚姻,有此象,乃為無子而娶也。父持身世者亦然。
およそ「世爻」が「応爻」を生ずるは、男家の女家を求むるなり。応爻が世爻を生ずるは、女家の男家を求むるなり。相合の情形もまたこれに照らして看る。もし世応比和なれば、それは両家の共同してこの事を促成するなり。何人の中より撮合するを知らんと欲せば、則ち「日辰」の合する所の彼の一爻を看。もし間爻が発動して日辰と相合せば、それはすなわち媒人なり。婚を占いて「父母」の旺相発動に遇い、しかも「子孫」また墓に入り絶に入れば、日後子嗣は必ず少なし。もし年長の人の婚を占いてこの象有れば、便ち子無きに因りて続娶するなり。父母が「卦身」「世爻」を持するも、これも同じ。
財官動合,先私而後公;凡婚。以官為夫,財為婦。兩爻俱動相合,必是先通後娶。若遇沖剋,外人已知。若臨玄武,則眼去眉來,未通情意。本人自占,而財與世爻動合者,亦然。財爻若與旁爻作合,與他人有情。財遇合多,而化出子孫,必是妓家。蓋化子有從良之象也。
婚を占うに「官鬼」を以て丈夫と為し「妻財」を以て妻子と為す。両爻ともに発動して相合せば、必ず先に私情有りて後に成婚す。もしまた沖克に遇えば、外人已に知るを説明す。もしただ「玄武」を帯ぶれば、それはなおただ眉目に情を伝え未だ款曲を通を通ぜざるなり。当事の人自ら来り占うに、妻財が「世爻」と発動相合するも、これも同じ。妻財もし傍らの別の爻と相合せば、彼女の他人と情有るなり。妻財の遇う所の合多過ぎて、また「子孫」を変出せば、必ず妓女の出身なり。変出して子孫は良に従うの象有るがゆえなり。
世應化空,始成而終悔。世動,生合應爻,男家願成其婚;應動,生合世爻,婦家願妻其女;皆易成之象。但怕變入空亡,必有退悔之意。若得日辰動爻扶助,雖悔,亦可成也。六合而動象刑傷,必多破阻;世沖而日辰扶助,當有吹噓。世爻與應生合,本主吉兆;若遇動爻日辰沖剋,必兩邊有破說,其事難成。世應沖剋,本非吉兆;若遇動爻日辰生合,兩邊必有吹噓,亦可成。要知吹噓破阻之人,依五類推之。如父母,為叔伯尊長類。外宮他卦,以外人言。
「世爻」が発動して「応爻」を生合するは、男家の成婚を願意するなり。応爻が発動して世爻を生合するは、女家の女を嫁がしむるを願意するなり。皆事成り易きの象なり。ただ「空亡」に変入するを怕る。それは必ず反悔退婚の意有り。もし「日辰」あるいは動爻の扶助を得れば、一時反悔すといえども最終になお成るべし。世応本より相生相合するは吉兆にして、もし動爻・日辰の沖克に遇えば、必ず両辺に壊話を説く者ありて中より梗を作り、事は成り難し。世応本より相冲相克するは吉兆に非ざるも、もし動爻・日辰の生合に遇えば、両辺に必ず人ありて中より美言して、親事もまた成る能し。幇腔しあるいは攪局するは何人なるを知らんと欲せば、六親五類に按じて推せ。例えば「父母」はすなわち叔伯尊長の一類なり。もし他宮外卦に落つれば、則ち外人に按じて論ず。
鬼克飛爻,果信綠窗之難嫁;官合財位,方知綺席之易婚。飛爻即世爻。大凡女占男,最不宜鬼爻刑剋世爻,亦不宜應爻克世,皆主不成。蓋女占男,以世為女家,應為男家,故也。如遇此象,主男家不願為婚,所以難嫁。若他有制,我有扶,而大象又吉,亦可成。然其家終是無意於我也。若得官生合世爻,或合財爻,或應爻生合世,方主易成。
ここに言う所の「飛爻」はすなわち「世爻」なり。大凡女家が男家を占うに、最も忌むは「官鬼」の世爻を刑克するなり。また「応爻」の世を克するをも忌む。皆親事成らざるを主す。女が男を占う時は、世爻を以て女家と為し応爻を以て男家と為すがゆえなり。この種の卦象に遇うは、男方のこの門の親を結ぶに意無きを以て、ゆえに女子は嫁ぎ難し。もし相手方に爻有りて制伏し、我が方に爻有りて生扶し、卦の大象また吉なれば、また成る能くするも、ただ男家は終に我に対して意なし。必ず官鬼が世爻を生合し、あるいは官鬼が「妻財」と相合し、あるいは応爻が世爻を生合するを須として、乃ち婚を成すこと易きを主す。
財鬼如無刑害,夫妻定主和諧;財鬼刑沖剋害,夫妻必然不睦。如無此象,然後如魚得水,到老和諧。文書若動當權,子嗣必然蕭索。父母當權發動,子孫在空避之地,乃是事體未定。若不空,而死絕無氣,則被其克,異日必然克子。若在一宮,當有通家之好;若加三合,曾叨會面之親。世應生合比和,財鬼又同宮,是親上親也。不帶三合,雖親不識認;若帶三合,必曾會面者。
「妻財」「官鬼」もし互相に刑沖克害せば、夫妻必然不和なり。これら無くして乃ち水に魚を得るが如くして白頭偕老すべし。「父母」もし当令発動して、しかも「子孫」が「空亡」に落ちて躲開せば、なおただ子嗣の事未定なるのみ。もし子孫が空ならずしてまた死絶無気なれば、則ち父母に克傷せられ、日後必定子を克す。「世爻」「応爻」が相生相合しあるいは彼此比和して、しかも妻財・官鬼また同一宮に在れば、それは便ち親の上に親を加えるの通家の好なり。もし三合を帯びざれば、親戚たりといえども素より相識らず。もし三合を帯びれば、両家は必定早く已に面を会し人を認得したり。
如逢財鬼空亡,乃婚姻之大忌;苟遇陰陽得位,實天命之所關。財鬼二爻,占婚姻之用神。若值空亡,必不吉利。《天玄賦》曰:財空妻失,鬼空夫亡。然不可執法推。蓋男占女,以財為主,鬼空不妨;女占男,以鬼為主,財空不妨。要在用神無損害耳。若財鬼空亡,而干支相合,世應相生,陰陽得位者,此實姻緣;不過半世衾枕,不能偕老;非夫妻刑剋,故也。乃天命所在耳。逢沖遇克謂避空,反不慮。但主其一生該虛設衾枕,或半生在外仕宦工商之類。
「妻財」「官鬼」の両爻は婚を占うの用神なり。「空亡」に落つれば必ず吉利ならず。『天玄賦』に説く、財空なれば則ち妻を失い、鬼空なれば則ち夫を喪うと。ただしこの説に死守すべからず。男が女を占うに妻財を以て主と為し、官鬼の空に落つるは妨げず。女が男を占うに官鬼を以て主と為し、妻財の空に落つるは妨げず。要緊なるはただ用神の損害を受けざるに在り。もし財・鬼空亡に落つるといえども、しかも干支相合し世応相生して陰陽各々その位を得れば、これは仍お真の姻縁なり。不過にただ半世床を同じくする能くするのみにして、白頭して老いたるに到る能わず。これは夫妻の刑克の致す所に非ず。実在に天命この如し。空に落つるの爻の沖に逢い克に遇うに至りては、それを避空と叫ぶ。反って憂慮するに及ばず。ただ一生に枕席を空設して名有りて実無きを主り、あるいは半生外に在りて官を為し商を営むの類なり。
應財世鬼,終須夫唱婦隨;應鬼世財,不免夫權妻奪。世持鬼,應持財,此乃陰陽得位之象。必然夫秉男權,妻操婦道;定能夫唱於前,婦隨於後。若應持鬼,世持財,此同陰陽失位之象。必然夫權妻奪,牝雞晨鳴;惟贅婿反吉。
「世爻」が「官鬼」に坐して「応爻」が「妻財」に坐するは、陰陽各々その位を得るの象なり。丈夫は男子の権を掌り、妻子は婦人の道を守り、必ず夫前に倡いて婦後に随う能し。之に反して応爻が官鬼に坐し世爻が妻財に坐するは、陰陽位を失うの象なり。丈夫の権柄は妻子に奪取せられ、成りて牝鶏晨を司る。ただ入贅の女婿のこの象を占得するは反って吉と為す。
妯娌不和,只為官爻發動;翁姑不睦,定因妻位交重。占婚,以兄為妯娌,父為翁姑。卦有官動,則克兄弟;妯娌間必不利。卦有財動,則克父母;定主翁姑不睦。若旺不受傷克,則是事有反覆;父衰弱不能敵,雙親有刑剋也。父合財爻,異日有新臺之行;世臨妻位,他時無就養之心。占婚遇財父二爻,世帶玄武,動來相合者,異日有翁淫子媳之事。若財臨世身,其婦必不善事翁姑。
婚を占うに「兄弟」を以て妯娌と為し、「父母」を以て公婆と為す。卦中の「官鬼」が発動すれば則ち兄弟を克す。妯娌の間は必然不睦なり。「妻財」が発動すれば則ち父母を克す。公婆とは一定処し好からず。もし父母が旺相にして未だ傷克を受けざれば、不過に事情反復なるのみ。もし父母が衰弱にして抵当し不住えば、双親は則ち真に刑克を受けん。婚を占いて妻財と父母の両爻を見、加えて「世爻」が「玄武」を帯びて発動し来りこれと相合せば、日後公公の児媳に淫するの事有るべし。正に『詩経』の譏る所の新台の醜の如し。もし妻財が世爻・「卦身」上に落つれば、この婦人は必ず公婆を奉養するに善ならず。
空鬼伏財,必是望門之寡婦;動財值虎,定然帶服之婆娘。卦中既有官爻財爻,而財爻又伏空鬼下;其女先曾受聘,未婚夫死,俗謂望門寡;若加白虎動克,則是已嫁而死,必帶孝服者。若伏鬼不空,必是有夫婦女,如被日辰動爻提起,刑剋世爻者,後防爭訟。世應俱空,難遂百年之連理;世空,自不欲成;強成,終不遂意。應空,彼不欲成;得成,日後兩家,必不往來。
卦中に既に「官鬼」有りてまた「妻財」有りて、しかも妻財が「空亡」に落つるの官鬼の下に伏すれば、この女子は先前曾て聘を受けて未婚夫身死せり。俗に望門寡と称す。もし再加えて「白虎」が発動して来り克せば、それは已に出嫁して丈夫死せるにして、必定身に孝服を穿つ。もし伏する所の官鬼が空に落ちざれば、それは便ち已に丈夫有るの婦人なり。もし「日辰」あるいは動爻に提起せられて「世爻」を刑克せば、日後須く官司を打つを防ぐべし。世爻と「応爻」とが皆空亡に落つれば、百年の好を結成し難し。世爻が空なるは、自己の成さんと欲せざるにして、勉強して成りとも終に称心ならず。応爻が空なるは、相手方の成さんと欲せざるにして、たとえ成りとも日後両家も必ず来往せず。
財官疊見,重為一度之新人。男占女,卦有兩財;女占男,卦有兩鬼;必是斷絃再續,重為一度新人。兩財皆無損,必一正一偏;若一旺一空,則前妻已喪。兩鬼發動,必有兩家爭娶。如一旺一空,則前夫已亡。若鬼伏財下,男必有妻在家;財伏鬼下,女必有夫在身。鬼不空,而動爻日辰沖剋妻財,必是生離改嫁;世克鬼,而動爻日辰生合妻財,必是逐婿嫁女。
男が女を占いて卦中に两重の「妻財」有り、女が男を占いて卦中に两重の「官鬼」有れば、必ず断弦の再続にして、重ねて一回の新人を作す。两重の妻財が皆損を受けざれば、それは一妻一妾なり。もし一旺一空なれば則ち前妻已に亡故せり。两重の官鬼が皆発動せば、必ず両家の娶を争う有り。もし一旺一空なれば則ち前夫已に死せり。官鬼が妻財の下に伏するは、男方の家中に必ず已に妻有り。妻財が官鬼の下に伏するは、女方の身辺に必ず已に夫有り。官鬼が空に落ちずして、動爻・「日辰」が妻財を沖克するは、それは夫妻生離して女方改嫁するなり。「世爻」が官鬼を克して、動爻・日辰が妻財を生合するは、それは女婿を逐去して別に女児を人に嫁がしむるなり。
夫若才能,官位占長生之地;妻如丑拙,財爻落墓庫之鄉。要知男女情性容貌,財鬼二爻取之。凡遇月令旺,身必肥;日時旺,貌必美。月令衰,身必瘦;日時衰,貌必丑。月令旺,日時衰者,身肥而貌不揚;月令衰,日時旺,身瘦而貌必美。衰而有扶,丑而才能;旺而入墓,雖美而愚拙。惟觀性情,男以鬼斷,女以財推。
男女の性情容貌を知らんと欲せば、みな「妻財」「官鬼」の両爻を取りて看る。用神が月令上に旺なれば、身材は必ず豊か、日・時上に旺なれば相貌は必ず美なり、月令上に衰なれば身材は必ず痩せ、日・時上に衰なれば相貌は必ず醜し。月令旺にして日時衰なれば、是れ身肥えて貌揚がらず。月令衰にして日時旺なれば、是れ身痩せて貌美し。衰弱して生扶有れば、是れ貌醜くして才干有り。旺相にして墓に入れば、是れ貌美くして愚鈍なり。性情に至りては、男方は官鬼を看、女方は妻財を看。
命旺則榮華可擬,時衰則發達難期。命即男女生命。生旺有氣,必有榮華之日;休囚死絕,必無發達之期。若財旺命衰,其妻貌雖美,而命則平常;鬼衰命旺,其夫雖愚蠢,而衣食豐足。命臨父母,必好技藝;加青龍,則是好詩書也。臨兄,則好賭博,好使錢,不好學。臨官,喜迎官府。臨財福,必善作家。看其現與不現,及五行生剋,六神動靜推之。
ここに言う「命」は男女の本命年支の在る所の爻を指す。本命が生旺気有れば、必ず栄華の日有り。休囚死絶すれば、すなわち発達の期有ること難し。もし「妻財」が旺にして本命衰なれば、妻子の貌美しといえども命は却って平常なり。「官鬼」が衰にして本命旺なれば、丈夫は愚鈍なりといえども衣食豊足す。本命が「父母」に坐せば、必ず手藝を好む。再加えて「青竜」あれば、則ち詩書を読むを喜ぶなり。本命が「兄弟」に坐せば、賭を好み銭を花するを好みて学を好まず。官鬼に坐せば、官府と往来するを喜ぶ。妻財・「子孫」に坐せば、必ず家を持つに善し。それの出現するや否やを看て、再び五行生克・六神動静と合わせて推す。
財化財,一舉兩得;占婚遇財化財,必有僮僕同來,謂贈嫁。財化子,則有小兒帶來,謂之帶幼聘。若化子逢空,雖來不壽;化財遇沖,後亦走失。鬼化鬼,四復三番。大抵鬼化鬼,凡事反覆不定。占婚遇之,決不容易。若大象可成,亦見遲滯。然此象主女家多有更變,難易緩急,皆聽從於彼。
婚を占いて「妻財」が妻財を変出するに遇えば、必ず僮僕の嫁に随いて同じく来る有り。これを贈嫁と叫ぶ。妻財が「子孫」を変出せば、則ち女方が小児を帯びて門を過ぐるにして、これを帯幼聘と叫ぶ。変出の子孫もし「空亡」に落つれば、孩子は帯び来るといえども長寿ならず。変出の妻財もし沖に逢えば、僮僕も日後に走失せん。「官鬼」が官鬼を変出せば、凡事反復不定にして、婚を占いてこれに遇えば、この門の親事は決して容易ならず。たとえ大象成るべくとも、必ず遅滞拖延して、しかも多くは女家の変卦にして、難易快慢は全て相手方に聴凭す。
兄動而爻臨玄武,須防劫騙之謀;鬼爻不動,而兄弟又臨玄武、螣蛇,來刑沖身世者,須防其中奸詐,設計騙財。若世應生合,陰陽得位,財鬼無傷,亦必大費財而可成。應空而卦伏文書,未有執盟之主。父母為主婚人。若不上卦,或落空亡;必無主婚,恐其婦自作主張,不然,主其事必難成就和合也。
「官鬼」動かずして、「兄弟」また「玄武」「螣蛇」に坐して来り「卦身」「世爻」を刑沖せば、須く其中に人ありて詐を使い、計を設けて財物を騙取するを防ぐべし。もし世爻と「応爻」とが相生相合し、陰陽各々その位を得、「妻財」官鬼また傷を受けざれば、それも不過に多く銭財を破費するのみにして、親事は仍お成る能し。「父母」は婚を主るの人なり。父母もし卦に上がらず、あるいは「空亡」に落つれば、便ち婚を主る人なし。恐らくはあの女子の自ら主張を作すなり。然らざれば、この門の親事も必ず説合成就し難し。
兩父齊興,必有爭盟之象;雙官俱動,斯為競娶之端。卦中兩爻父動,或父化父,主有兩人主婚。不然,必兩家庚帖。若兩鬼俱動,則有兩家爭求其婚。不然,主事體多有變。以上若一動一靜,一旺一空,則無言。若卦有官化父,父化官,或官父皆動,恐有爭訟之患。文書兄動,必有口舌。
卦中に两爻の「父母」が皆発動し、あるいは父母が父母を変出せば、両人の来りて婚を主る有るを主す。然らざれば、すなわち両家の庚帖を収めたり。もし两重の「官鬼」が皆発動せば、則ち両家の争いてこの門の親を求むる有り。然らざれば、また事の変故多きを主す。以上の情形は、もし一動一静・一旺一空なれば、便ちこの論を作さず。卦中もし官鬼の父母を変じ父母の官鬼を変ずる有り、あるいは官鬼父母同時に発動せば、争訟の患有るを恐る。父母文書の爻と「兄弟」とが同動せば、必ず口舌是非を生ず。
日逢父合,已期合巹於三星;日辰與父爻作合,或日辰自帶文書,主成婚日期,已預定矣。世獲財生,終得妝奩於百兩。財爻又作妝奩斷,若生合世爻,又得日月動爻扶助,必有妝奩。臨勾陳,必有妝奩田;臨青龍,必美麗;臨螣蛇白虎敗病等爻,則是舊什物也。若財無生助,不可亂言。要推多少,以生合妻財之爻,看衰旺斷之。財之衰旺,僅可推女貌妍媸,不可推妝奩厚薄。
「日辰」と「父母」爻とが相合し、あるいは日辰本身就中文書を帯ぶれば、成婚の吉期は早く已に議定せられを主す。「妻財」はまた嫁粧と作りて看るべし。財爻が「世爻」を生合し、また「日建」「月建」および動爻の扶助を得れば、必ず豊厚の粧奩有り。財爻が「勾陳」に坐せば、陪嫁中に必ず田産有り。「青竜」に坐せば、粧奩は必ず華美なり。「螣蛇」「白虎」および敗爻病爻に坐せば、それはただ些かの旧家什のみ。もし財爻に生なく助なければ、則ち乱りに説くべからず。嫁粧の多少を推せんには、妻財を生合する彼の一爻の衰旺を看て断ず。財爻本身の衰旺はただ女子容貌の美醜を推する能くするのみ、嫁粧の厚薄を推する能わず。
欲通媒妁,須論間爻。占貼,以間爻媒人也。應或相生,乃女家之瓜葛;世如相合,必男室之葭莩。間爻與世生合,多男家親;與應生合,多女家親。世應俱相生合,兩家皆有親。旺相新親,休囚舊眷;本宮至親,他宮外親。
媒人を看んと欲せば、須く両個の間爻を論ずべし。庚帖の事を占うも、また間爻を以て媒人と為す。間爻が「応爻」と相生せば、媒人は多半女家の親戚なり。「世爻」と相合せば、多半男家の親戚なり。世応の両辺皆間爻と生合せば、両家皆親に沾う。間爻が旺相なれば、新近攀りしの親なり。休囚なれば、多年の旧眷なり。本宮に在れば至親、他宮に在れば外親なり。
先觀卦象之陰陽,則男女可決;陽男媒,陰女媒。或問:間爻有二,當以何爻為主?以衰旺動靜取之。又問:衰爻動,旺爻靜,則如何?則動者是也。又問:兩爻皆旺或皆衰,又將何以定之?以沖動者定之。若又無沖,以生合扶起者定之。或一旺一空,以不空者定之。又不遇空,則以長生決法定之。務歸於一,則不雜亂。
先ず間爻の陰陽を看れば、即ち媒人の男なるか女なるかを定むる能し。陽爻は男媒、陰爻は女媒を為す。或る人問う、間爻は両個有り、当にいずれの一爻を以て主と為すべきかと。答えて曰く、衰旺動静に按じて取れと。また問う、衰爻が発動して旺爻が安静ならば、いかんと。答えて曰く、発動するの彼の一爻を取れと。また問う、両爻同じく旺あるいは同じく衰ならば、またいかに定めんと。答えて曰く、沖起せらるるの彼の一爻を取れ。皆沖なければ、則ち生合扶起する有るの一爻を取れ。一旺一空なれば、空に落ちざるの一爻を取れ。皆空に落ちざれば、則ち長生訣の旺衰次第に按じて定む。要するに一爻に帰結するを須として、乃ち頭緒雑乱に至らず。
次看卦爻之動靜,則老幼堪推。交重二爻為老年人,單拆二爻為少年人。或胎養長生為少年,臨官帝旺為中年,墓絕是老年人為媒也。若墓化旺,是老年人先來說;陰化陽,是女人先來說。若此爻動空化空,而自沖動彼一爻,主原媒有故推卻,而他人為媒也。
再看間爻の動静すれば、即ち媒人の老少を推し出す能し。交・重の両種の動爻は老年人を為し、単・拆の両種の静爻は少年人を為す。また十二長生に按じて分かつべし。胎・養・長生に処るは少年、臨官・帝旺なるは中年、墓・絶なるは老年人の媒を作すなり。もし墓より旺に変ぜば、老年人の先来りて親を提するなり。陰より陽に変ぜば、婦人の先来りて親を提するなり。もしこの一爻が空動しあるいは空亡に変入して、却って別の一間爻を沖動せば、元の媒人事有りて推辞し、改めて別人を以て媒を作すを主す。
論貧富,當究身命;決美惡,可驗性情。人生美惡貧富,兩章盡之矣。然非特可觀媒妁而已。若問婦,看財爻;問夫身,看鬼爻;問男家,看世爻;問女家,看應爻。若應旺財衰,可言女家雖富,女貌不揚,餘類推。至於維持破說之旁人,可以刑沖生合之爻推之。
貧富を論ずるに当たりては身命を究め、美醜を判ずるは性情を以て験すべし。人の美醜貧富は、前面の身命・婚姻の両章に已に説き尽くせり。これらの法則もまたただ媒人を看るのみに用うるに非ず。新婦を問えば「妻財」を看、新郎を問えば「官鬼」を看、男家を問えば「世爻」を看、女家を問えば「応爻」を看。たとえば応爻旺にして妻財衰なれば、即ち女家富むといえども女子の貌出衆せずと断ずべし。その余はこれに照らして類推す。傍らより撮合しあるいは中より破壊するの人に至りては、則ちこれと刑沖生合するのそれらの爻を用いて推す。
雀值兄臨,慣在其中得利;間爻如值螣蛇朱雀,及兄弟者,其人必俐齒伶牙,素以媒妁獲利者。興旺必奸詐。世沖應合,浼他出以為媒。間爻安靜,被應世二爻沖動,或生扶合起,及日辰沖並起者,其人無心作伐,必是一邊央他說也。間爻自動者,勿如此斷。
間爻もし「螣蛇」「朱雀」あるいは「兄弟」に坐せば、この媒人は必定伶牙俐歯にして、向來媒を説きて利を取るを以てす。間爻再び旺相なれば、此人は還だ必ず奸詐なり。間爻本より安静にして、「世爻」「応爻」に沖動せられ、あるいはそれらに生扶合起せられ、あるいは「日辰」に沖起・併起せらるれば、媒人は本より伐を作すに心无くして、一方の央托して彼を往きて説合せしむるを説明す。もし間爻が自ら発動せば、則ちこのように断ずべからず。
兩兄同發,定多月老以爭盟;二間俱空,必無通好以為禮。兩間俱動,必有兩媒。臨兄,或兄化兄,或動出兩鬼,主有爭競為媒。須看空亡衰旺,及有制無制,可知那個執權。若間爻安靜,俱在空亡,必無媒人通好。若空動而化出兄鬼,或臨兄鬼空動者,乃是媒欲謝禮作鬼不來,非無媒也。
両個の間爻皆発動せば、必ず両個の媒人有り。間爻が「兄弟」に坐し、あるいは兄弟が兄弟を変出し、あるいは两重の「官鬼」を変出せば、両媒の争いて伐を作すを主す。この時須く誰が「空亡」に落ち誰が旺し誰が衰す、制伏の有無を看れば、便ちいずれが主事する能くするかを知る。もし両個の間爻が皆安静にしてまた皆空亡に落つれば、必ず媒人の往来通好無し。もし間爻が空にして発動しまた兄弟・官鬼を変出し、あるいは本身が兄弟・官鬼に坐して空動せば、それは媒人が謝礼を討らんがために故意に来らざるを装作するにして、並びに真に媒人無きに非ず。
世應不和,仗冰言而通好;世應相沖相剋,難以成親。若得間爻生合解救,其事始難成就,終須得媒人兩邊說合,以通其好,則事亦可成。何謂救解?如應動克世,間爻合住應爻,生扶世爻,餘可類推。間爻受克,總綺語亦無從。凡欲浼媒人說合求親,必得應爻生合間爻。則其言易入,必然聽信;如間爻反被應沖剋,則雖甘言美語,亦不從。
「世爻」「応爻」が相冲相克するは、本より親を成し難し。もし間爻の生合し来りて解救するを得れば、此事は起初難しといえども、終に媒人の両辺説合して通好するに頼りて、親事は仍お成るべし。何をか解救と謂う。たとえば応爻が発動して来り世爻を克するに、間爻が応爻を把りて合住し、転じて来り世爻を生扶するが如き、その余は以て類推すべし。およそ媒人を央托して往きて説合求親せしむるは、須く応爻が間爻を生合するを得れば、媒人の話乃ち聴入れ易く、相手方は必然信従す。もし間爻反って応爻に沖克せられば、則ちたとえ満口の好話有りとも、相手方も肯んじて依従せず。
財官沖剋,反招就裡愆尤;間爻若被日辰動爻刑沖剋害,其媒必然取怨於兩家。世爻沖剋,男家有怨;應爻沖剋,女家有怨。或世來生合,而財爻沖剋者,男家雖吉,異日女家必怨。財官皆沖剋,夫妻俱有怨。世應生扶,必得其中厚惠。凡遇世應、日辰帶財福、青龍,生合間爻,其媒必有兩家酬貺。旺相多,休囚少。若帶兄鬼螣蛇玄武類生合者,不過巧言虛禮,必無實惠。化出財福生合亦吉。男看世爻,女看應爻。世應俱生合,兩家俱有惠。世旺,男家多;應旺,女家多。一卦吉凶,細察精微委曲;百年夫婦,方知到底團圓。
間爻もし「日辰」あるいは動爻に刑沖克害せられれば、この媒人は必ず両頭に嫌を討つ。「世爻」に沖克せられれば男家は彼を埋怨し、「応爻」に沖克せられれば女家は彼を埋怨す。もし世爻が来り生合して「妻財」が去りて沖克せば、男家は満意すといえども日後女家は必ず怨を生ず。財・官ともに来り沖克せば、夫妻両人皆彼を怨む。之に反して世爻・応爻あるいは日辰が妻財・「子孫」・「青竜」を帯びて来り間爻を生合せば、この媒人は必ず両家の酬謝を得。旺相なれば則ち厚く、休囚なれば則ち薄し。もし来り生合するが「兄弟」「官鬼」「螣蛇」「玄武」の一類なれば、それは不過に巧言虚礼にして並び実恵なし。財・福を変出して来り生合するも、また吉なり。男家は世爻を看、女家は応爻を看。世応皆来り生合せば、両家皆酬謝有り。世旺なれば則ち男家の与うること多く、応旺なれば則ち女家の与うること多し。一卦の吉凶は、須く其中の精微曲折を細察すべし。百年夫婦の事、乃ち到底団圓する能くするや否やを知るを得ん。
七・産育(附:老娘 乳母)
首出混沌,判乾坤而生人物;繼興太昊,制嫁娶以合夫妻。迄今數千百年,化生不絕;雖至幾億萬世,絡繹無窮。蓋得陰陽交感,方能胎孕相生。先看子孫,便知男女。陽為男子,掌中探見一珠新;陰是女兒,門右喜看弧帨設。子孫為占產用神。陽爻為男,陰爻為女。
最初に混沌を開闢して、天地を分判して人と万物とを生出し、続いて伏羲興起して嫁娶の礼を制定して以て夫妻を配合す。今日に至りて已に数千百年、生生して絶えず。再び億万世を過ぐるも、またなお絡繹として窮まりなし。これ皆陰陽交感に因りて、乃ち胎を懐け孕を育して代々相生する能し。生産を占うに先ず「子孫」を看れば、即ち男を生むか女を生むかを知る。子孫が陽爻なれば男を生むを主り、掌中に新たに一顆の明珠を得るが如し。陰爻なれば女を生むを主る。古礼は男を生めば門左に弓を挂け、女を生めば門右に佩巾を挂く。子孫は産育を占うの用神にして、陽爻は男を為し陰爻は女を為す。
或更反兆,徒勞鞠育於三年;若遇化空,枉受胚胎於十月。反兆者:占得生男卦,反生女;占得生女卦,反生男是也。皆主不壽,子孫化入空亡者,亦不育。主星生旺,當生俊秀之肥兒;命曜休囚,必產萎靡之弱子。子孫生旺,生子必肥大,異日主俊秀不凡;休囚無氣,生子必弱小,異日主萎靡不振。若子孫無氣,得月建日辰動爻生合扶持,主所生兒始雖弱小,後漸肥大;子孫雖旺,遇月建日辰動爻刑沖剋害,始雖肥大,後漸怯弱。
いわゆる反兆とは、男を生むの卦を占得して反って女を生み、女を生むの卦を占得して反って男を生むを謂う。これは皆子の長寿ならざるを主す。「子孫」が「空亡」に変入するも、また養い活かす能わず。十月の懐胎は白く一場の辛苦を受く。子孫が生旺なれば、生下の子は必然肥壮にして日後俊秀不凡なり。子孫が休囚無気なれば、生下の子は必然痩小にして日後萎靡不振なり。もし子孫無気なりといえども、「月建」「日辰」および動爻の生合扶持を得れば、孩子は起初痩小にして以後に漸々壮実なり来る。之に反して子孫旺なりといえども、月建・日辰および動爻の刑沖克害に遭えば、孩子は起初肥壮にして以後に反って漸々孱弱なり下がる。
古人斷男女生,雖以陰陽為主,然又言:陽爻衰弱,亦主生女;陰爻旺相,亦主生男。以衰旺為主,陰陽為輔。細推其理,非確論。何也?人生稟天地之秀氣,受父母之英精,蓋感陰陽而化育也。得陽精於中,陰血裹之,則成陽胎生男;得陰血於中,陽精裹之,則生女。感其氣之盛而正者,則生子肥大而為賢智;感其氣之不正而微者,則生子弱小而為愚不肖。此為自然之理,而易道豈異是哉!
古人は男女を生むを断ずるに陰陽を以て主と為すといえども、また陽爻衰弱もまた女を生むを主り、陰爻旺相もまた男を生むを主ると説き、衰旺を以て主と作し陰陽を以て輔と作す。細かにその理を推すに、この話は並びに確当ならず。何を以てせん。人は天地の秀気を禀け、父母の精華を受け、本より陰陽二気を感じて化育す。陽精が中に居りて陰血が包裹せば、便ち陽胎と成りて男を生み、陰血が中に居りて陽精が包裹せば、便ち女を生む。感ずる所の気の盛にして純正なるは、生下の子は肥壮にして賢明なり。感ずる所の気の偏にして微弱なるは、生下の子は痩小にして愚劣なり。これは自然の理にして、易道の推断はまた豈にこれと両樣なるべけんや。
故愚謂:子孫屬陽斷生男,或休囚則推弱小;子孫屬陰斷生女,或旺相則推肥大。蓋必以陰陽為主。故也。學者詳之。如無福德,當究胎爻。剖決固以子孫為主。若卦無子孫,當尋胎爻定之。如乾兌宮卦,子孫屬水,胎在午,則午為胎爻。故卦有子孫,則不論胎;或無子孫,又無胎爻,則以第二爻斷之。
ゆえに我は以為らく、「子孫」が陽に属せば則ち男を生むと断じ、もし休囚なれば則ち痩小と推し、子孫が陰に属せば則ち女を生むと断じ、もし旺相なれば則ち肥壮と推すと。要するに必ず陰陽を以て男女を定むるを主と為す。学者は当に細かに体察を加うべし。産を占うに固に子孫を以て主と為す。もし卦中に子孫無ければ、則ち「胎爻」を尋ねて以て定むべし。たとえば乾宮・兌宮の卦は、子孫は水に属し、水の胎位は午に在り。午爻は便ち胎爻なり。ゆえに卦中に子孫有れば則ち胎爻を論ぜず。既に子孫無くまた胎爻無ければ、便ち第二爻を用いて断ず。
雙胎雙福必雙生,卦有兩子爻,又有兩胎爻,雖不發動,亦主雙生。若卦有兩子爻皆動,或子化子,胎化胎者,皆雙生之象。若二爻一陰一陽,則一男一女;一旺一空,則一生一死。一克一刑終一夢。卦無子,占產大忌。若胎爻又被月建日辰動爻刑沖剋害,或無故自空,大凶之兆。故一場春夢,言其子必亡也。子孫衰受克者亦然。
卦中に两重の「子孫」有りてまた两重の「胎爻」有れば、たとえ発動せずとも、また双胞を生むを主す。两重の子孫皆発動し、あるいは子孫が子孫を変出し、胎爻が胎爻を変出すれば、みな双生の象なり。この両爻もし一陰一陽なれば、便ち一男一女なり。一旺一空なれば、便ち一存一亡なり。卦中に子孫無きは、産を占うに最も忌む。もし胎爻また「月建」「日辰」および動爻に刑沖克害せられ、あるいは故なく自ら「空亡」に落つれば、是大凶の兆にして、いわゆる一場の春夢とは、すなわちこの子は必定保ち不住るを説くなり。子孫が衰弱して克を受くるも、これも同じ。
胎臨官鬼,懷胎便有采薪憂;財化子孫,分娩即當勿藥喜。鬼臨胎爻,其婦懷胎常有疾;胎爻被官沖剋亦然。若胎爻雖臨官鬼,化出子孫,或財化福爻,則懷胎時固多疾,分娩即安泰。妻財一位,喜見扶持;胎福二爻,怕逢傷害。財為產母,胎為胞胎,福為兒女。三者皆喜月建日辰動爻生合扶助。則產母安,胞胎穩,子亦易養。若見刑沖剋害,產母多災,胞胎不安,所生子亦難養。化入死墓空絕,大凶之兆。
「官鬼」が「胎爻」に坐せば、孕婦は懐胎の期間常に病を鬧す。胎爻が官鬼に沖克せらるるもこれも同じ。もし胎爻が官鬼に坐すといえども「子孫」を変出し、あるいは「妻財」が子孫を変出せば、則ち懐胎の時は病多しといえども、一分娩せば便ち安泰恙なし。産を占うに妻財を以て産婦と為し、胎爻を以て胞胎と為し、子孫を以て嬰児と為す。この三者はみな「月建」「日辰」および動爻の生合扶助を喜ぶ。さようあれば産婦平安・胎気安穏・孩子養い易し。もし刑沖克害を見れば、それはすなわち産婦災多く胎気安からず、生下の子もまた養い大にし難し。この三爻もし再び死・墓・空・絶の地に変入せば、更に大凶の兆なり。
虎作血神,值子交重胎已破;白虎為血神。若臨子孫或臨胎爻發動,其胎己破,臨財動者亦然。惟臨兄鬼,及帶刑沖剋害,或化官,莫作吉斷。可言此必漏胎。動爻合住,胎雖動而未分娩。龍為喜氣,遇胎發動日將臨。占產以青龍為喜神。若在胎福財爻上動者,生期己迫,必然臨日者也。在父兄官爻上動,勿作吉看。
「白虎」は血神なり。それが「子孫」に坐しあるいは「胎爻」に坐して発動せば、胎水已に破れり。「妻財」に坐して発動するも同じ。ただ白虎が「兄弟」「官鬼」に坐し、あるいは刑沖克害を帯び、あるいは官鬼を変出せば、則ち吉断と作す能わず。それは漏胎と説くを要す。もし発動の爻が別爻に合住せられれば、胎已に動くといえどもなお分娩する能わず。産を占うに「青竜」を以て喜神と為す。青竜が胎爻・子孫・妻財上にて発動せば、産期已に迫りて眼前数日に在り。もし「父母」「兄弟」官鬼上にて発動せば、則ち吉兆と作りて看るべからず。
福遇龍空胎動,乃墮胎虛喜;福臨青龍空亡,而胎爻自發動,或被沖動者,必是墮胎虛喜。福若避空,則不然。要知何故墮胎,以胎爻斷。如臨官鬼白虎,因病墮胎;臨父,則勞傷;臨玄武,則色慾;臨螣蛇,驚嚇之故;臨朱雀白虎者,鬥毆撲跌墮也。
「子孫」が「青竜」に坐して「空亡」に落ち、「胎爻」却って自ら発動しあるいは沖動せられれば、必ず小産落胎にして空しく一場の歓喜なり。もし子孫が凶を避くるがために空に落つるを為れば、則ちこのように断ぜず。何に因りて胎を堕したかを知らんと欲せば、胎爻の坐する所の神煞を看。官鬼」「白虎」に坐するは、病に因りて堕したなり。「父母」に坐するは、操労過度の傷る所なり。「玄武」に坐するは、房事の致す所なり。「螣蛇」に坐するは、驚嚇を受けしなり。「朱雀」「白虎」に坐するは、人と毆闘しあるいは跌撲して堕せしなり。
官當虎動福空,乃半產空娠。白虎臨官發動,或臨財動化官,而子孫空亡,或伏,或動空化空,或被沖散者,當小產。臨月卜卦,乃是其子不育之象也。福已動而日又沖胎,兒必預生於膝下;胎與福若臨龍虎,或有不動,而日辰沖並者,其子已生。若不克世,則勿斷,須再詳支神。如不繫已過占時候,可言當日便產;雖過時,而動爻是重,亦分娩矣。
「白虎」が「官鬼」に坐して発動し、あるいは「妻財」に坐して発動して官鬼を変出し、同時に「子孫」が「空亡」に落ち、あるいは伏蔵し、あるいは空動して空亡に変入し、あるいは沖散せられれば、小産を主す。もし臨盆の月に於いて占得せば、それはこの子養い活かさざるの象なり。「胎爻」と子孫とがもし「青竜」「白虎」に坐し、其中に動かざる者有りて「日辰」に沖起・併起せられれば、孩子は其実已に生下せり。ただしこれらの爻が「世爻」を克せざれば、則ち遽に断語を下すを要せず、還だ日支の値する所を細看するを須す。もし占う所の時辰未だ過去せざれば、当日に即ち生むと説くべし。たとえ時辰已に過ぐとも、ただ動爻が重爻なれば、已に分娩せり。
福被傷而胎仍化鬼,子當早死於腹中。子孫在死墓絕地,又被月建日辰動爻刑沖剋害者,大凶之兆。若胎爻又臨官,或胎化官,必是死胎。更財爻又臨死墓空絕,須防母子俱入黃泉。兄動兮不利其妻,父興兮難為厥子。兄乃克財之神。如動,則產母不安;父為克子之殺。更動,則子宮必損。然二神,以有救無救斷之,可也。
「子孫」が死・墓・絶の地に落ち、また「月建」「日辰」および動爻に刑沖克害せられば、是れ大凶の兆なり。もし「胎爻」が再び「官鬼」に坐し、あるいは胎爻が官鬼を変出せば、必ず死胎なり。再加えて「妻財」もまた死・墓・空・絶の地に落つれば、則ち母子双亡を防ぐを要す。「兄弟」は妻財を克するの神にして、一たび発動すれば産婦便ち安穏ならず。「父母」は子孫を克するの煞にして、一たび発動すれば胎児は必ず損傷を受く。ただしこの両神の応ずる所の軽重は、還だ卦中に救有り無救を看、然る後に乃ち決断すべし。
用在空亡逢惡殺,何妨坐草之虞;父兄發動,本為凶兆。如財福二爻在避空之地,謂空不受克,故云無事。或父兄雖動,而得動爻日辰合住,謂之貪合忘克;縱凶亦虛驚,必無大害。妻臨玄武入陰宮,果應夢蘭之兆。巽離坤兌四宮,財爻臨玄武,或與玄武作合,必僕婢所生,旺相必是淫婦。休囚有吉神救助,只主出身微賤,非是淫亂之婦。
「父母」「兄弟」の発動は本より凶兆なり。ただしもし「妻財」「子孫」の両爻が「空亡」に落ちて以て躲避すれば、空なれば則ち克を受けず、臨盆の険もまた患と為すに足らず。あるいは父母・兄弟動くといえども、動爻あるいは「日辰」に合住せらるれば、これを貪合忘克と叫ぶ。たとえ凶険有りともただ虚驚のみにして、必ず大害なし。巽・離・坤・兌の這四個の陰宮の卦中に、妻財が「玄武」に坐し、あるいは玄武と相合せば、懐く所は必ず婢妾の生む所の子なり。妻財が旺相なれば、那婦人は必然淫蕩なり。もし休囚にして吉神の救助有れば、ただ出身微賤なるのみにして、並びに淫乱の婦に非ず。
克世克身,誕生日迫;凡占生產,得子孫胎爻沖剋身世,生期已迫,當以日時斷之。蓋凡生世主遲,克世主速。克若動而逢空,過日斷。休囚,期在生旺日時;旺相,當以本日斷。又如子孫動,胎爻靜,以動者定其日,沖胎定其時。若胎動而子孫靜,胎爻定其日,沖福定其時。蓋動則速,沖則遲。故也。又如動而合住,則以沖剋破合日斷之,餘類推。
およそ生産を占うに、「子孫」「胎爻」が「卦身」「世爻」を沖克せば、産期已に近し。則ち日・時に按じて定むべし。大凡この両爻は世を生ずれば遅を主り、世を克すれば速を主る。世を克するの爻もし発動して「空亡」に落つれば、空を出ずるの後に乃ち生むを要す。世を克するの爻が休囚なれば、産期はそれの生旺に逢うの日時に在り。旺相なれば、則ち本日に断ず。また子孫が発動して胎爻が安静なるが如きは、発動の子孫を用いて日子を定め、胎爻を沖するの日子を用いて時辰を定む。胎爻が発動して子孫が安静なれば、胎爻を用いて日子を定め、子孫を沖するの日子を用いて時辰を定む。発動するは応ずること速く、沖起するに靠るは応ずること慢きがゆえなり。また発動の爻が合住せらるるが如きは、則ちこの合を沖開・克破するの彼の一日を取りて断ず。その余はこれに照らして類推す。
不沖不發,產日時遲。卦中胎福不動,又無暗沖者,其生產月日未臨,必然遲緩。直待沖動日月,斷其生產。若無胎福二爻,其產亦遲,宜以卦中臨動之爻斷。若又無動爻,則以卦身胎養長生之日斷之。胎福齊興官父合,臨產難生;胎福二爻發動,本主易生。若被官鬼父母合住,或日辰帶父兄鬼合住,皆主臨產難生。直待沖破克破合住日時,方得分娩。若非合住,而胎福自化父母官鬼者,皆主遲滯。
卦中の「胎爻」「子孫」皆動かず、また暗沖無ければ、生産の月日未だ到らざるを説明し、必然遅緩にして、それらを沖動するの日月に等候して乃ち生む。もし卦中に根本に胎爻と子孫と無ければ、産期もまた遅し。則ち卦中の発動するの彼の一爻を取りて断ず。もし動爻も無きに連ねば、則ち「卦身」の胎・養・長生に逢うの日子に按じて断ず。胎爻・子孫が一斉に発動するは、本より生み易きを主る。ただしもし「官鬼」「父母」に合住せられ、あるいは「日辰」が父母・兄弟・官鬼を帯びて合住し来れば、皆臨産に生み難きを主す。須くこの合を沖破・克破するの日時に等候し、方に分娩する能し。もし合住せらるるに非ずして、胎爻・子孫が自ら父母・官鬼を変出するは、亦た皆産期遅滞を主す。
子財皆絕日辰扶,將危有救。占產遇胎福在墓絕之地,固凶。若得日辰動爻生扶,此乃將危有救之兆。如被惡殺旺相刑剋,則不能有救。間合間生,全賴收生之力;老孃收生,以間爻推之。若動而生合財爻,及胎福二爻,必得老孃收生之力,然後快易。如卦有凶神發動,而間爻救制者,必遇收生而後產也。
産を占いて「胎爻」「子孫」皆墓・絶の地に落つるに遇うは、本より凶なり。ただしもし「日辰」あるいは動爻の生扶を得れば、それは危うくして救有るの兆なり。もしまた凶煞に旺に乗じて刑克せられば、則ち救い回らず。接生婆は間爻を看。間爻が発動して「妻財」および胎爻・子孫を生合せば、必ず穏婆接生の力を得て、分娩は則ち快くして順なり。もし卦中に凶神発動有りて間爻がそれを救制する能くば、亦た必ず好穏婆に遇上して後に順利に生下するなり。
官空官伏,定然遺腹之兒。卦無官鬼或在空亡,主產婦丈夫己死,此必遺腹子也。然非財福白虎則勿斷。若有鬼伏在白虎爻下,或龍伏鬼墓爻下,則主夫病臥在床,非死也。旺空,則是有病;鬼爻入墓,或身臨鬼墓,若非有病,只在獄。游魂卦官鬼空亡,乃背爹落地;占產遇游魂卦,官鬼空亡,或鬼空動,或鬼動化入游魂;皆主臨產,其夫出外,不見生產也。若其夫自占:遇世爻空亡者,亦然。如遇游魂卦,變入歸魂,而鬼爻發動者;又主臨產,其夫自外歸也。世動逢合住,得歸不到家。
卦中に「官鬼」無く、あるいは官鬼が「空亡」に落つれば、産婦の丈夫已に死せるを主り、生下のは必ず遺腹子なり。ただしもし「妻財」「子孫」と「白虎」との相配を見ざれば、則ちこのように断ずるを要せず。もし官鬼が白虎爻の下に伏し、あるいは「青竜」が官鬼の墓爻の下に伏せば、それは丈夫の病に臥して牀に在るにして、並びに身死に非ず。官鬼が旺にして空に落つるは、病有り。官鬼が墓に入り、あるいは「卦身」が官鬼の墓上に落つるは、病有るに非ざれば身が牢獄に在るなり。産を占いて遊魂卦を得て官鬼が空亡に落ち、あるいは官鬼が空にして発動し、あるいは官鬼が発動して遊魂に変入すれば、皆臨産の時に丈夫外出して、孩子の出生に趕不上するを主す。もし丈夫自ら来り占うは、「世爻」が空亡に落つるも同じ。もし遊魂卦を得て帰魂卦に変入して官鬼発動せば、それは臨産の際に丈夫正に外地より趕回るを主す。世爻発動するも却って合住せられれば、已に身を動かすといえども家に到る能わず。
發動爻父兄刑害,必攜子歸泉。父兄,占產忌爻。若帶三刑六害,當權旺相而動,財福二爻在死絕之地,而無救助者,主子母俱亡。官化福,胎前多病;財化官,產後多災。未臨月占。鬼化出子孫,主胎前常有病,待產後方安;財化官,則胎前強健,至產後多病。若已臨月,須防產母有不測之患。
「父母」「兄弟」は産を占うの忌神なり。もし三刑六害を帯びて当令旺相発動し、「妻財」「子孫」の両爻また死絶の地に落ちて且つ救助無ければ、母子倶に亡ぶを主す。未だ臨盆の月に至らずして来り占うに、「官鬼」が子孫を変出せば、懐胎の期間常に病み、産後に乃ち安くなるを主す。妻財が官鬼を変出せば、則ち懐胎の時は強健にして、産後反って災病多し。もし已に臨盆の月に於いてこの様の卦を占得せば、則ち産婦に不測の禍有るを防ぐを要す。
三合成兄,兒缺乳;卦有三合成兄弟局者,生子必然乳少。若兄在旁爻無氣發動,亦主缺乳;財福化出兄爻亦然。若三合成父母局,子必衰弱無力。成官鬼局,生產必不快易。惟三合財福局,然後吉。六沖遇子,婦安然。凡占六沖,財福發動;或得日辰六沖暗動,則財有生氣,鬼有剋制;所以產母安然而臥也。
卦中に三爻会して「兄弟」局を成せば、生下の孩子は必然乳を缺く。兄弟が旁爻に在りて無気にして発動するも、また乳を缺くを主す。「妻財」「子孫」が兄弟を変出するも、同じくこの如し。三合会して「父母」局を成せば、孩子は必定衰弱無力なり。会して「官鬼」局を成せば、生産は必ず順快ならず。ただ妻財・子孫の局を会成するをもって、乃ち吉なり。六沖卦を占得して妻財・子孫発動し、あるいは「日辰」の相冲を得て暗動せば、則ち妻財に生気有り官鬼は克制せられ、産婦は便ち安然として分娩する能し。
應若逢空,外家無催生之禮物;占產以應為外家,若逢空,必無催生禮物。臨兄,則是慳吝人,雖有不多。臨財福,更來生合世爻,必有厚惠。旺則外家富,衰則外家貧。與世刑沖,必與外家不和。世如值弟,自家絕調理之肥甘。兄值世衰,則其家貧,欠將息,產婦必難強健。旺則其人慳吝,不肯調理,非無也。動化子,則主其人素雖慳吝;合則肥甘足用。世臨財福空亡,亦乏調理。
産を占うに「応爻」を以て娘家と為す。応爻が「空亡」に落つれば、娘家は催生の礼物を送らず。「兄弟」に坐せば、娘家は吝嗇にして送るといえども多からず。「妻財」「子孫」に坐してまた「世爻」を生合せば、必ず厚礼有り。応爻が旺なれば則ち娘家は富み、衰なれば則ち娘家は貧す。世爻と刑沖すれば、必ず娘家と不和す。世爻が兄弟に坐して衰弱なれば、自家の貧窮にして調養を缺くを説明し、産婦は強健なり難し。世爻が兄弟に坐して旺相なれば、則ち自家人の吝嗇にして肯んじて調理せざるにして、並びに真に無きに非ず。兄弟が発動して「子孫」を変出するは、此人の平素吝嗇なりといえども、合に遇えば肥甘の物もなお供足する能くするなり。世爻が妻財・子孫に坐して空亡に落つるも、同じく調養を缺く。
陽福助青龍,無異桂庭之秀子;陰孫扶月建,何殊桃洞之仙姬。子臨月建青龍,或月建帶青龍,生合子孫者;不拘男女,皆主俊秀聰明。子孫墓絕,或帶刑害,或加虎蛇,或受沖剋,或化兄鬼,皆主醜陋不肖。若卜有孕無孕,須詳胎伏胎飛。凡占胎孕有無,專取胎爻為主,不看子孫。如卦中六爻上下,及年月日時,皆無胎爻者,雖有子孫,亦為無孕。卦中雖無動爻,有化出者,眼下無胎,後必有胎。惟遇胎爻出現旺動,便為有胎。若卦無胎,子孫又空,乃是命中所招,必無子。
「子孫」が「月建」上に落ちてまた「青竜」を帯び、あるいは月建が青竜を帯びて来り子孫を生合せば、男女を論ぜず皆俊秀聡明を主す。男は庭中の丹桂の如く、女は洞裡の仙姫の如し。子孫もし墓に入り絶に入り、あるいは刑害を帯び、あるいは「白虎」「螣蛇」を加え、あるいは沖克を受け、あるいは「兄弟」「官鬼」を変出せば、皆相貌醜陋・品性不肖を主す。もし孕有り無孕を問わば、須く「胎爻」の卦上に顕れるや伏して現れざるやを細看すべし。胎孕の有無を占うに専ら胎爻を以て主と為し、子孫を看ず。もし六爻の中および年・月・日・時に皆胎爻を見ざれば、たとえ子孫有りとも無孕と算す。卦中に動爻無しといえども、変爻より胎爻を化出せば、眼下胎無しといえども日後必ず有り。ただ胎爻の出現して旺相発動するをもって、乃ち已に懐孕せるなり。もし卦中に胎爻無く、子孫また空亡に落つれば、それは命中注定にして、必ず子嗣無し。
出現空亡,將衃而復散;交重化絕,既孕而不成。衃:陰血陽精凝聚成胎之謂。蓋未成形曰衃,已成曰孕。胎爻出現,如遇空亡,主雖有胎,不至成形而又散;若得發動,其胎已成。惟怕變入死墓空絕,則主胎孕雖至成形,不能產育於膝下,是亦不成而已矣。
いわゆる「衃」は、陰血と陽精とが凝聚して胎を成すを謂う。未だ形を成さざるを衃と叫び、已に形を成せるを孕と叫ぶ。「胎爻」已に出現すれども「空亡」に落つれば、已に受孕せりといえども形を成すに及ばずして消散するを主す。胎爻もし已に発動せば、胎の已に形を成せるを説明す。ただそれの死・墓・空・絶の地に変入するを怕る。それはすなわち胎形を成すといえども終に膝下に生養する能わずして、結局は同じく一場の空なり。
姅必逢官,孕傷曰姅。胎臨官,或動官,或被官動來刑沖剋害,皆主胎孕有傷。若非鬼爻,而被月建日辰刑剋,其胎亦有傷損。日辰沖胎,懷胎不安。妉須遇虎。娠婦既孕,月事又通曰妉。若未及月,胎臨白虎,必是漏胎。如遇殺沖,或發動化鬼者,旺相為小產,無氣是漏胎。
胎孕の傷を受くるを「姅」と叫ぶ。「胎爻」が「官鬼」に坐し、あるいは官鬼が発動し、あるいは発動の官鬼に刑沖克害せられれば、皆胎孕の受損を主す。たとえ官鬼に非ずとも、「月建」「日辰」に刑克せられば、胎もまた傷有り。日辰が胎爻を沖すれば、懐胎安穏ならず。孕婦の既に受孕して月事仍お通ずるは、「妉」と叫ぶ。もし月を足らざるに胎爻が「白虎」に坐せば、必ず漏胎なり。もし再び凶煞の相冲に遇い、あるいは胎爻が発動して官鬼を変出せば、旺相なるは小産にして、無気なるは漏胎なり。
帶令星而獲助,存沒咸安;凡占胎孕,胎爻旺相,又有生合扶助,不臨官鬼父母及空亡者,其胎必成。更陽爻則生子。生有養,死有祀。所以存沒咸安。有陰地而無傷,緩急非益。胎爻屬陰,休囚;而得月建日辰動爻生合,再無凶神刑剋者,其胎亦成,但生女。故曰:緩急非益也。
およそ胎孕を占うに、「胎爻」が旺相にして、また生合扶助有り、「官鬼」「父母」に坐せず、また「空亡」に落ちざれば、この一胎は必定坐り得住す。再び陽爻なれば則ち男孩を生み、生の前有りて奉養する人有り、死の後有りて祭祀する人有り。ゆえに存殁ともに安頓を得と曰う。胎爻が陰に属して休囚するも、「月建」「日辰」および動爻の生合を得、また凶神の刑克無ければ、この一胎もまた坐り得住る能し。ただ女を生む。女児は終に出嫁するを要し、緩急の際に彼女に靠る能わず。ゆえに家に於いて益無しと曰う。
如逢玄武,暗裡成胎;若遇文書,此前無子。胎臨玄武,必然暗與人通,及陰司不明;所授之胎,非夫妻正受也。休囚有制,則占婢妾胎孕。若臨父,主此前未嘗有子,或者雖有不存,今始成胎也。孕形於內,只因土並勾陳;胎隱於中,端為迎龍合德。胎臨勾陳,懷胎顯露,更屬土爻,猶甚。胎臨青龍,其胎不露,更逢三合六合,必隱然如未孕者。《天玄賦》曰:“胎爻屬陽,陽氣輕清上浮,胎近胸前;胎爻屬陰,陰氣重濁下降,胎必近下”。此說得之。
「胎爻」が「玄武」に坐せば、必ず暗中に人と私通して来路明白ならず、懐く所の胎は夫妻の正受に非ず。もし胎爻が休囚にして制伏有れば、それは婢妾の胎孕を占うなり。胎爻が「父母」に坐せば、此前に曾て生育せず、あるいは生むといえども存活なく、如今に乃ちまた胎を成すを主す。胎爻が「勾陳」に坐せば、肚腹の顕露すること早く、再び土爻に属せば更に顕なり。胎爻が「青竜」に坐せば、その胎は顕れず、再び三合六合に逢えば、則ち隠然として身孕無きが如し。『天玄賦』に説く、胎爻が陽に属せば、陽気は軽清にして上浮し、胎位は胸前に近付く。胎爻が陰に属せば、陰気は重濁にして沈下し、胎位は必然に下に靠ると。この説法は道理有りて、依从すべし。
若問收生之婦,休將兩間而推;如占代養之娘,須以一財而斷。若占老孃及代婆者,以占產卦中取之,則間爻是也。今人執其迷說,雖單占另卜,亦以間爻論,則失之矣。故凡單占,當以妻財一爻為主,不可又以間爻推之。收生之婦,即今老孃;代養之娘,即今乳母。二者斷法相似,故並云。
もし産を占う同一の卦裡に於いて兼ねて接生婆を看れば、則ち間爻を取る。ただしもし専ら接生婆あるいは乳母のために別に一卦を起こせば、則ち再び間爻を用うる能わず。今人は旧説に拘執して、単独に別占するに連ねても一律に間爻を看れば、則ち錯りなり。ゆえにおよそ単独に卦を起こすは、皆当に「妻財」の一爻を以て主と為すべく、再び間爻を拿じて推るべからず。いわゆる収生の婦とは、すなわち今に説く接生婆なり。代養の娘とは、すなわち今に説く奶妈なり。両者は断法相似たるを以て、ゆえに一処に合わせて講ず。
刑沖剋害,福德要防;死墓絕空,財身宜避。凡占老孃、乳母,雖以財爻為主,然亦重子孫。蓋子孫生扶財,故也。若被日辰月建動爻刑沖剋害,則子必見傷,雖財爻有氣,亦不可用。若子孫不受傷克,而自居死墓空絕之地,則主老孃無手段,乳母不濟事。化入者亦然。
およそ接生婆・乳母を占うに、妻財」を以て主と為すといえども、また甚だ「子孫」を看重す。子孫は妻財を生扶する能くするを以てなり。子孫もし「日辰」「月建」あるいは動爻に刑沖克害せられれば、嬰児は必ず傷損を受け、たとえ妻財に気有りとも、この人は用うべからず。子孫が傷克を受けずといえども、自ら死・墓・空・絶の地に落つれば、それは接生婆の手段高からず、乳母は事に頂がらず。子孫がこれらの地方に変入するも、これも同じ。
兄動兮手低,乳母須防盜物;兄弟發動:占老孃,決然本事必低;占乳母,則主此婦貪財愛物,見財起意;又主貪食,亦非貞潔。又加玄武,必濫。若財爻自動化出兄爻,或臨卦身,依此斷之。父興兮乳少,老孃切恐傷胎。父母發動,占老孃最凶,胞胎必然損傷。更加刑害,兒必為其所害,切不可用。如占乳母,衰則主乳少,旺則無乳,不可用。若化出,及持身世者,同斷。或問:篇中斷乳少,前以兄弟斷,此以父母斷,何也?答曰:大抵卜易貴通變,執一則非。蓋乳固一事,以小兒言為食,屬財,則乳亦當以財爻取;以婦人言,則母乳於孩子,故乳亦以子孫取之。如子平中,亦以我生者為食神,夫豈負本之論哉!
「兄弟」の発動、接生婆を占えば本事は一定低劣なり。乳母を占えば、則ちこの婦人は財を貪り物を愛し財を見て意を起こし、また且つ喫を貪りて、品行もまた端ならず。再加えて「玄武」あれば、必然放蕩なり。もし「妻財」が自動して兄弟を変出し、あるいは兄弟が「卦身」上に落つるも、またこれに照らして断ず。「父母」の発動は、接生婆を占うに最も凶なり。胞胎は必ず損傷せらる。再び刑害を帯びれば、嬰児は一定彼女に害せられん。切に用うべからず。乳母を占うに、父母衰なれば則ち乳少なく、旺なれば則ち乳無し。皆用うべからず。父母が変爻より化出し、あるいは卦身・「世爻」を持するも、断法相同じ。或る人問う、書中に乳を缺くを断ずるに、前面は兄弟を用いて断じ、ここにまた父母を用いて断ずるは、是れ何の道理ぞやと。答えて曰く、卜易は通変を貴び、一説を執定すれば則ち対ならず。乳は本より一事なり。小児の一面より説けば、乳は彼の食物にして、食物は妻財に属す。ゆえに乳は妻財を取るべし。婦人の一面より説けば、是れ母親の孩子を哺育するにして、ゆえに乳はまた「子孫」を取るべし。子平の法もまた我の生ずる所を食神と叫ぶが如く、これ豈に根本に違背するの説ならんや。
子孫發動多乳,手段更高能;大抵子孫旺相發動,不臨空絕,不受制伏,財爻又無傷害者,上吉之卦。老孃手段必高,乳母必主乳多,向後決然稱意。官鬼發動多災,事機猶反覆。官鬼發動,必有禍患。不傷身世,雖凶亦淺;一遭刑害,禍不可言。如兩官皆發動,鬼化鬼,兄化兄,或官兄亂動,必主大凶。占乳母,反覆難成;雖成,必有口舌後患。
大凡「子孫」が旺相発動して、空亡絶地に落ちず、制伏を受けず、「妻財」また傷害を受けざれば、これは上吉の卦なり。接生婆は手段必ず高く、乳母は必然乳汁充足にして、日後一定称心なり。「官鬼」が発動すれば必ず禍患有り。「卦身」「世爻」を傷らざれば、凶しといえども浅し。一旦その刑害に遭えば、禍は則ち言うべからざるなり。もし两重の官鬼皆発動し、あるいは官鬼が官鬼を変じ「兄弟」が兄弟を変じ、あるいは官鬼兄弟が乱動せば、必ず大凶を主す。乳母を占えば則ち反復成り難く、たとえ成りとも日後も必ず口舌後患有り。
財合福爻,善能調護;身生子位,理會維持。卦身與財,生合子孫,最吉。占老孃,手段必高,慣能救死回生;占乳母,主其婦善撫小兒,乳亦多。如逢相剋相沖,決見多災多咎。子孫被財與卦身刑沖剋害,最不利。用之,兒必為其所害。子孫避空,或月建有氣,財身有制,庶幾無虞。占老孃,胎爻亦不可受傷,世持父兄,亦不遂意。
「卦身」と「妻財」とが「子孫」を生合するは、最も吉利なり。接生婆を占えば、手段必ず高くして、死を回し生を起こすを慣会す。乳母を占えば、この婦人の嬰児を撫養するに善くして、乳汁もまた足れるを主す。之に反して子孫が妻財と卦身とに刑沖克害せらるるは、最も不利なり。この人を用うれば、孩子は必ず彼女に害せらるる所なり。ただ子孫が「空亡」に落ちて躲避を得、あるいは子孫が「月建」上に気有り、あるいは妻財・卦身に別に爻有りて制伏するを除きては、乃ち無虞を望むべし。接生婆を占うに、「胎爻」もまた傷を受くべからず。「世爻」もし「父母」「兄弟」に坐せば、同じく称心する能わず。
八・進人口
獨夫處世,休言無子即忘情;君子治家,難道一身兼作僕。必須便嬖,乃足使令於前;若不螟蛉,焉繼宗支於後?老而無子曰獨,過繼他人子曰螟蛉。螟蛉,蟲類也。須別來占,方知主用。過繼小兒,以子孫為主。買婢、僱童僕、買寵妾,及收留迷失之人,皆以財為主。若窩藏有難之人,則看其人:與我相識朋友,以兄弟為主;尊長,父母為主;婦人,妻財為主;在官人,以官鬼為主也。
孤身一人にして日を過ぐるは、子無きを説いて便ち念想を断つべからず。君子の家を治むるは、豈に自己一身をして兼ねて僕役を做さしめんや。総じて須く使喚すべき人有りて跟前に聴命するを要す。もし一個の孩子を過継せざれば、日後また誰に靠りて宗嗣を承継せしめん。老いて子無きを「独」と叫び、別人の児子を過継するを「螟蛉」と叫ぶ。螟蛉は本より虫名なり。この一門を占うに先ず問う所の何人なるを分清して、乃ちいずれの一爻を取りて用神と為すかを知る。小児を過継するは、「子孫」を以て主と為す。婢女を買い童僕を雇い寵妾を納れおよび走失の人を收留するは、皆「妻財」を以て主と為す。もし難有るの人を窩蔵するは、則ち彼の人の身份に按じて取れ。我と相識るの朋友は、「兄弟」を以て主と為す。尊長は、「父母」を以て主と為す。婦人は、妻財を以て主と為す。官に在るの人は、「官鬼」を以て主と為す。
用不宜動,動必難留;用爻發動,其人難托。若遇游魂,或化入游魂者,異日主逃竄。雖螟蛉,亦不為爾子也。僱工借居,則主不久。若來生合世爻,則是吉兆,非逃與難留也。主不可傷,傷須夭折。主象衰弱,而被日辰動爻乘旺來刑傷克害,更無解救者,異日必然夭折。雖借居,亦主其人有大禍。若傷克之爻又無氣,或有制伏,不過災病,非夭折。得用爻在空避之地,無妨。
用神は発動を宜しとせず。一たび動けば此人は便ち留め住まらず。用爻が発動せば、这人は靠り住まらず。もし遊魂卦に遇い、あるいは用爻が遊魂に変入せば、日後必ず逃走するを要し、たとえ過継し来るの養子なりとも、終にあなたの児子と做ることあらず。雇工・借住の人も、また住むこと長久ならざるを主す。ただしもし用爻の発動するが来り「世爻」を生合するを為れば、それは反って吉兆にして、逃走留まり難しの論を作さず。用神もまた傷を受くべからず。傷を受ければ便ち夭折を主す。用爻が衰弱して「日辰」あるいは動爻に旺に乗じて来り刑傷克害せられ、また解救無ければ、日後必定夭亡す。借住の人たりとも、また大禍に遭うを要するを主す。もし彼の傷克の爻本身無気にして、あるいは別に爻有りてそれを制伏せば、不過に一場の災病にして、並びに夭折に至らず。用爻もし「空亡」に落ちて躲避を得れば、亦た妨げ無し。
衰入墓中,擬定萎靡不振;旺臨世上,決然幹蠱有成。用爻入墓,其人性慵懶;衰弱無氣,及臨死絕,主萎靡不振;若得旺相不空,臨身持世,或生合世爻,大吉之兆。立嫡過房,必能成家;買納奴婢,亦能體我心力。動化空亡,有始無終之輩;蛇合官鬼,多謀少德之人。用爻發動,變入空亡,主其人有頭無尾。若臨螣蛇,動合官鬼,其人雖多謀,然奸詐不實,難憑。婦人見之,則主不貞潔。
用爻が墓に入れば、这人は性情懶惰なり。衰弱無気あるいは死絶の地に落つれば、更に萎靡不振なり。もし用爻が旺相にして空に落ちず、また「卦身」に臨み「世爻」を持し、あるいは世爻を生合せば、それは大吉の兆なり。過継立嗣は必ず家を興す能く、買い来るの奴婢もまた主人の心意を体貼して肯んじて気力を出す能し。用爻が発動して「空亡」に変入せば、此人は事を為すに頭有りて尾なく始有りて終なし。用爻が「螣蛇」に坐して発動して「官鬼」と相合せば、此人は機謀多しといえども、奸詐にして実ならず憑信し難し。もし婦人がこの様の用爻を占得せば、還だ彼女の貞潔ならざるを主す。
臨玄武而化兄爻,門戶須防出入;用臨玄武動,化兄弟;主其人貪財好色。托以財物,則必竊取自用,且必淫亂;男女皆然。故門戶防其出入。遇青龍而連福德,資財可付經營。用臨青龍,動化子孫,生合世爻,其人至誠忠厚。托以財物,則守而勿失;使之經營,則利盡歸於主。如占小兒,遇子孫化子孫者,反主多災。
用爻が「玄武」に坐して発動して「兄弟」を変出せば、此人は財を貪り色を好む。銭物を彼に交えば必定偷びて自用し、還だ必ず人と淫乱せん。男女皆是くの如し。ゆえに門戸の出入は多く隄防を加うるを要す。用爻が「青竜」に坐して発動して「子孫」を変出し、また「世爻」を生合せば、此人は至誠忠厚なり。銭財を托付せば守り得住して失わざる能く、彼をして経営せしめれば則ち利益は尽く主人に帰す。ただしもし過継の小児を占うは、「子孫」の子孫を変出するに遇えば、反って孩子の災病多きを主す。
若逢太過及空亡,反主少誠兼懶惰。卦中用爻,有三四重太過,或主象又化主象,皆主其人暗藏機巧,反覆不實,且又事不宜向前。若主象空亡,亦是懶徒。決斷人物,已在前,此又補不足耳。用爻生合世爻,必得其力;主象克沖身象,難服其心。用爻生合世爻,其人可用。凡有事幹,必然用心;雖螟蛉,亦必歡愛於我,大吉之兆。大怕合住沖散,及克壞之。若用爻刑沖剋害世爻,必主其人心不悅服,難以使令。更加旺動,是乃奴婢欺主之象。兼以應亦刑剋,異日必遭其禍。
卦中に用爻の重畳して三四重に到れば則ち太過なり。あるいは用爻がまた用爻を変出せば、皆此人の暗に機巧を蔵し反復して実ならず、しかも事に遇いて肯んじて頭を出さざるを主す。用爻もし「空亡」に落つれば、亦た一個の懶散の徒なり。人物を品評するの通例に至りては、前面の身命の一門に已に講過せり。ここには不過にその未備を補うのみ。用爻が「世爻」を生合せば、此人は用うべし。およそ差遣有れば必然心を尽くし、たとえ過継し来るの養子なりとも、必ず我に親愛なり。是れ大吉の兆なり。最も怕るるはそれの合住せられ沖散せられあるいは克壊せらるるなり。もし用爻が反って世爻を刑沖克害しに往かば、此人は必定心に悦服せず使喚し難し。再加えて旺相発動せば、それはすなわち奴婢の主を欺くの象なり。もし「応爻」もまた来り刑克せば、日後必ず彼の禍害に遭わん。
財化子,攜子偕來;凡占妻妾婢女,財爻化出子孫,必有小兒帶來。若動財生合世爻,而化子反來刑剋者,其婢則可使,其子必頑劣不馴也。世合身,終身寵用。卦身一爻,占事為事之體,古人為人之身。若遇世爻生合,其人必得寵用。不拘借房投靠使婢,若遇世合財爻,其婦必通於家主。
およそ妻妾婢女を占うに、「妻財」が「子孫」を変出せば、此人は必ず小孩を帯びて一同に前来す。もし発動の妻財が「世爻」を生合して、しかも変出の子孫が反って来り世爻を刑克せば、那婢女は用うべく、彼女の帯び来るの孩子は却って必定頑劣馴わず。「卦身」の一爻は、事を占う時は事情の本体を代表し、古人は則ち用いて人の自身を代表せり。卦身もし世爻の生合を得れば、此人は必ず終身寵任を受く。房を借りて居住し、投靠して奴と為り、あるいは婢女を使喚するを論ぜず、ただ世爻と妻財とが相合せば、那婦人は必ず家主と私情有り。
受動變之傷,向後終難稱意;得日月之助,他時定見如心。月建日辰動爻克世,其人不可用;世爻衰,必被其害;若得變動日月生合扶助,然後為吉。若用爻空亦不濟。世與卦身,以和為貴;世身二爻,相合相生,比和為吉。相剋相沖,刑害為凶。
「月建」「日辰」あるいは動爻が来り「世爻」を克せば、这人は用うべからず。世爻もし衰弱なれば、必ず彼に害せられん。必ず変爻・動爻および日月の来り生合扶助するを得て、乃ち吉と算す。ただし用爻もし「空亡」に落つれば、また仍旧事に済わず。世爻と「卦身」の両爻は、彼此に和順を以て貴しと為す。両爻の相生・相合あるいは彼此比和するは皆吉と為し、相克・相冲および刑・害するは則ち凶と為す。
兄同官鬼,惟靜為佳。兄弟一爻者,為破財,為干眾,為虛詐,為阻滯,為是非,為災禍。官兄二爻者,皆不宜動;動必不稱意,有制不妨。兄鬼交重,誠恐將來成訟;三合絆住,須知此去徒勞。兄官或交變,或俱動,或從文書化出,皆主爭論紛壇,而至於成訟則已;若自三合六合絆住動爻,必有人阻檔,雖欲興詞,終不成訟。欲知何人阻住,以合住之爻斷之。
「兄弟」の一爻は財を破るを主り、人多く手雑なるを主り、虚詐を主り、阻滞を主り、是非を主り、災禍を主る。兄弟と「官鬼」の両爻は皆発動を宜しとせず。一たび動けば必ず称心ならず。もし爻有りてそれらを制伏せば、則ち事に妨げず。兄弟・官鬼の互相変化し、あるいは一斉に発動し、あるいは「父母」文書の爻より変出せば、皆争執紛紜を主り、甚だしきは官司を打つに鬧るに至る。もしこれらの動爻が三合・六合に絆住せられれば、必ず人有りて中より阻攔して、状を告げんと欲すといえども終に訟を成す能わず。何人の阻攔するを知らんと欲せば、則ちそれを合住するの一爻を看て断ず。
若在間爻,乃是牙人作鬼;買賣交易,以間爻為牙行人。若臨兄弟官鬼發動,必是牙人作鬼斗謀,或多人爭保,或行人爭財,皆為不利。主事體難成。如居空地,不過賣主爭財。官鬼一爻空動,是賣主假虛空言,欲爭價耳。在間爻以牙人論。若兄鬼動而與應爻相合,必其賣主牙人作鬼論財,遇動爻化兄鬼亦然。
買売交易は間爻を以て経紀牙人と為す。間爻もし「兄弟」「官鬼」に坐して発動せば、必ず牙人の中より鬼を搗ち謀を設け、あるいは多人の争いて保を做し、あるいは同行の利銭を争奪するにして、皆事に利あらず、交易成り難きを主す。「官鬼」の一爻が空にして発動するは、那不過に売主の空話を放ち虚勢を張りて、価を抬げんと欲するのみ。もし空動するが間爻なれば、則ち牙人に按じて論ず。もし兄弟・官鬼が発動して「応爻」と相合せば、必ず売主と牙人とが串通して価銭を講ずるなり。動爻が兄弟・官鬼を変出するも、これも同じ。
卦象兩官兩父,須知事繫兩頭;卦中父母、官鬼,俱有兩爻;或動爻化出官父,重疊太多;或卦無主象,而從官父化出;皆主其人曾經典賣,今是重易也。若父化父亦然。兩鬼俱動生合用爻,皆有人爭競買僱。兄鬼一動一沖,切莫財交一手。卦遇應爻克世,而兄官發動,或被日辰沖動,或臨應爻克世,須防設謀誆騙。故財物不可便交一手去也。
卦中に「父母」「官鬼」各々两爻有り、あるいは動爻より官鬼・父母を変出して重畳多過ぎ、あるいは卦中に本より用神無くして官鬼・父母の中より変出せば、皆这人の先前已に典売せられて、如今は第二次の転手なるを主す。父母が父母を変出するも、亦たこの如し。两重の官鬼皆発動して用爻を生合するは、人有りて我と争いて人を買い人を雇うなり。もし「応爻」が「世爻」を克し、しかも「兄弟」官鬼また発動し、あるいは「日辰」に沖起せられ、あるいは応爻に坐して来り世爻を克せば、則ち相手方の計を設けて誆騙するを防ぐを要す。ゆえに銭物は一手に交清すべからず。
應主世,他來就我;世生應,我去求人。凡占買僱奴婢,交易等事,以應為賣主。應生世是他人來就我,成事最易,吉;若世生應,我去求他,成事實難也。和合易成,最怕日辰沖破;世應生合,凡事易成。生合為上,克合次之。惟不宜世動,則是我去合他,又為難也。若是相合,又被日辰動爻刑害,必有破阻。要知何人,以破合之爻定之。如父母,為長上類。
およそ人を買い人を雇い交易等の事を占うに、「応爻」を以て売主と為す。応爻が「世爻」を生ずるは、相手方の来りて我に就くにして、事は最も成り易くして吉なり。世爻が応爻を生ずるは、我の往きて彼を求むるにして、事は則ち成り難し。世応相生相合せば凡事成り易く、其中は生じてまた合するを上と為し、克中に合を帯びるを次と為す。ただ世爻の発動を宜しとせず。それは我の往きて彼に合するにして、又た転じて難と為る。もし相合すといえども「日辰」あるいは動爻に刑害せられば、必ず阻撓破壞有り。何人の破壞するを知らんと欲せば、則ちこの合を沖破するの彼の一爻を看て定む。たとえば「父母」は、便ち尊長の一類なり。
相沖難就,偏宜動象生扶。世應刑沖剋害,凡事費力難成。若動爻日辰生扶合助,謂之有氣,必有貴人扶持,事亦可成。若當用爻,則是牙人能持其事。如生合爻是兄弟,又須用財囑託,方能成事。兄爻發動,為詐為虛;兄弟為反覆不定之神,故也。卦象亂興,多更多變。亂動則事不定,故多更變。
「世爻」「応爻」が刑沖克害せば、凡事力を費やして成り難し。もし動爻・「日辰」の生扶合助有れば、これを気有りと叫び、必ず貴人の扶持有りて、事情は仍お成るべし。もし来り生扶するが正に用爻なれば、それは牙人のこの樁の事を主持し得住る能くするなり。もし来り生合するが「兄弟」爻なれば、還だ銭を花して打点上嘱托するを得て、事乃ち弁じ成るを得。兄弟の発動は虚詐にして実ならずを主す。兄弟は反復不定の神なればなり。卦爻が乱動すれば則ち事情定まらず。ゆえに多く更改変化有り。
六爻無父,定無主契之人;六爻以父母為文書契券,又為主契之人。若六爻皆無父母,必無主契之人。若無父母而動爻化出者,主有旁主。雖有父母而應爻空亡,亦無正主。兩間俱空,未有作中之子。間爻空亡,必無媒人。空亡而逢沖,必須央浼作媒。世沖,我去央他;應沖,彼去央他。動而空亡,其人假意推託,非真無心做也。
六爻の中に「父母」を以て文書契券と為し、また出面して契を立つるの人を代表す。六爻全く父母無ければ、必定契を主る人無し。本より父母無くして動爻より変出せば、それは一個の旁人の代わりて主を為すなり。父母有りといえども「応爻」が「空亡」に落つれば、また正主無きと算す。両個の間爻皆空亡に落つれば、則ち居間説合の人無し。間爻が空亡に落ちてまた沖に逢えば、必ず往きて人を央求して中を作さしむるを須す。「世爻」に沖せられれば、我の往きて彼を央ぐなり。応爻に沖せられれば、相手方の往きて彼を央ぐなり。間爻が発動して空亡に落つれば、那人は假意推托にして、並びに真に肯んぜざるに非ず。
世獲間生,喜媒人之護向;間爻生世合世,媒人必然向我,生應則向他人。臨子孫旺相發動,必然執持其事。若不生世,而被應克,且居衰弱之地,彼必聽其謀為也。生扶弟出,防喜生之合謀。大抵間爻生合世爻,若卦中凶神不動,則是媒人誠心向我,無他意也。若兄鬼螣蛇玄武動克世,而應爻又來沖刑我者,則是間來生合,假意合謀,非真心也。空動亦非真心。若臨兄弟動化官,或臨父官兄,其言必不可信。
間爻が「世爻」を生じ世爻を合せば、中人は必定我に向う。もし「応爻」を生ずれば、則ち相手方に向うなり。間爻が「子孫」に坐して旺相発動せば、此人は必ず事情を弁成する能し。もし間爻が世爻を生ぜず、反って応爻に克せられ、また衰弱の地に処れば、則ち彼は必然相手方の擺布に聴凭す。大体間爻が世爻を生合するは、ただ卦中の凶神動かざれば、便ち中人の誠心にして我に向いて、別に他意無し。ただしもし「兄弟」「官鬼」「螣蛇」「玄武」が発動して来り世爻を克し、しかも応爻また来り我を沖刑せば、則ち間爻の生合はすなわち假意にして、実は相手方と合謀して、並びに真心に非ず。間爻が空にして発動するも、また真心に非ず。間爻が兄弟に坐して発動して官鬼を変出し、あるいは「父母」・官鬼・兄弟に坐するは、彼の話は皆軽信すべからず。
父化兄,契虛事假;凡遇以上凶卦,而父母又化兄爻者,決主事體不真,文契不實。卦無父母,而從兄弟化出者,亦然。父化父主文書不實,又主交易重疊。兄持世,財散人離。兄弟持世,必然多費錢財,事亦干眾。僱工奴婢,不得力。更帶凶神旺動,必主人離財散。若占交易貨物,亦不正之物。
以上のこれらの凶卦に遇上して、「父母」また「兄弟」を変出せば、事情は一定真ならず文契もまた実ならず。卦中に本より父母無くして兄弟より変出するも、これも同じ。父母が父母を変出するは、文書実ならざるを主り、また同一樁の交易の反復転手するを主す。兄弟が「世爻」を持せば、必定多く銭財を破費して、事情また人多くに牽渉す。雇い来るの工人奴婢もまた力を得ず。再び凶神を帯びて旺相発動せば、必ず人離れ財散ずを主す。もし交易の貨物を占うも、それもまた来路正ならざるの東西なり。
應若空亡,我欲成交徒費力;世如發動,彼來謀合亦難成。凡占交易,若我幹求於彼,而應爻空亡者,其事必不成。如彼欲求謀於我,而世爻空亡者,其事亦不成。蓋空世動,是我心疑惑;應動是他人更變;皆主難成,不為執滯。如或空逢沖動,而遇合,皆謂有解。至此月有成,自空妄動則凶。
およそ交易を占うに、もし我が往きて人を求むるにして「応爻」が「空亡」に落つれば、此事は必ず成らず。もし相手方の来りて我を求むるにして「世爻」が空亡に落つれば、此事も同じく成らず。世爻が空にしてまた動くは、我自己の心に疑慮を存するを以てなり。応爻が発動するは、相手方の変卦せんと要するにして、皆成り難きを主す。一端に拘執するを要せず。もし空に落つるの爻が沖に逢いて動き、あるいはまた相合に遇えば、それは皆解有りと算し、本月に到りてなお成る能し。ただ自ら空亡に落ちて妄動するをもって、乃ち凶なり。
弟因財乏,鬼必疑心。卦遇不成之象,而兄弟持世者,必因資財缺欠,故難成也。六爻無財,或落空亡者,亦然。鬼爻持世,則是心多疑,或進退不定,故難成也。不然必有他事阻,或有不測災病。卦無官鬼,又是無人執持其事,亦主不成。
卦已に不成の象を現出して、「兄弟」が「世爻」を持するは、それは銭の手に湊らざるに因りて、ゆえに成り難し。六爻の中に「妻財」無く、あるいは妻財が「空亡」に落つるも、亦た同じ様の道理なり。「官鬼」持世なれば、則ち自己の心に疑慮多く進退定まらず、因りて成り難し。然らざればまた必ず別の事情有りて中より阻隔し、あるいは意外の災病有り。卦中もし根本に官鬼無ければ、また人無くして出面してこの樁の事を主持する無くして、同じく不成を主す。
四復三番,事機不定;千變萬化,卦象無常。能求不見之數,自喻未來之事。凡占收留遺失子女,最怕鬼臨玄武發動,必是盜賊。用臨玄武,動化鬼爻,亦然。刑剋世爻,必被其害。或有遠方挈家逃來借居者,不論六親,以應為主。臨兄,為欠債來;臨官,為戶役避罪責;加玄武則是盜賊;逢沖,事已敗露;雖臨玄武,不帶鬼,而與財爻合,或臨玄武財爻,為姦情事來也。大抵皆怕兄鬼旺動克世,禍終及己。不傷世,或子孫持世者,不妨。
事情は三番四復にして機変定まらず、卦象は千変万化にして一成不変の常規無し。求めて彼の見えざるの数を得る能くば、自然に未来の事を明白す。およそ走失の子女を收留するを占うに、最も怕るるは「官鬼」の「玄武」に坐して発動するなり。それは必ず盗賊なり。用爻が玄武に坐して発動して官鬼を変出するも、これも同じ。もし再び「世爻」を刑克せば、我は必ず彼に害せられん。もし遠方より家を携えて逃げ来りて借住するの人有れば、六親の如何を論ぜず、一律に「応爻」を以て主と為す。応爻が「兄弟」に坐するは、債を欠きて逃げ来れるなり。官鬼に坐するは、賦役罪責を逃避するなり。再加えて玄武あれば、則ち盗賊なり。もし沖に逢えば、事情は已に敗露せり。応爻が玄武に坐すといえども官鬼を帯びずして、却って「妻財」と相合し、あるいは本身就是れ玄武に坐するの妻財なれば、それは姦情の事の為に来るなり。要するに最も怕るるは兄弟・官鬼の旺相発動して来り世爻を克するなり。禍患は終に自己に連累せんと要す。ただ世爻を傷らざる、あるいは「子孫」持世有れば、則ち事に妨げず。
卜筮全書巻之十・黄金策三
九・疾病
人孰無常,疾病無常;事孰為大,死生為大。占病以官爻為惡殺。凡病:症候輕重,得病根由,皆係此爻。獨發之爻,亦可以此推之。火屬心經,發熱咽乾口燥;水歸腎部,惡寒盜汗遺精。金肺木肝,土乃病侵脾胃;衰輕旺重,動則煎迫身軀。鬼爻屬火,心經受病;其病必發熱,咽乾口燥類。屬水,腎經受病;其病必惡寒,或盜汗,或遺精白濁類。屬金,肺經受病;其症必咳嗽虛怯,或氣喘類。屬木,肝經受病;其症必感冒風寒,四肢不和類。屬土,脾經受病;必虛黃浮腫,瘟疫時氣類。若鬼爻衰弱,病必輕;旺必重。安靜則穩然安臥,發動則煎逼急躁。
人生は豈に一定不変あらん、疾病もまた常態無し。世間の何事か最大ならん、生死が最大なり。病を占うに「官鬼」を以て悪煞と為し、病情の軽重・病を得るの根由は皆この一爻に係る。卦中に独り発するの彼の一爻も、またこれに照らして推断すべし。官鬼が火に属すれば、是れ心経の病を受くるにして、必然発熱・咽乾口燥す。水に属すれば、是れ腎経の病を受くるにして、必然寒を畏れ、あるいは盗汗し、あるいは遺精白濁す。金に属すれば、是れ肺経の病を受くるにして、必然咳嗽虚弱あるいは気喘す。木に属すれば、是れ肝経の病を受くるにして、必ず外感風寒・四肢不適なり。土に属すれば、是れ脾経の病を受くるにして、必ず面色萎黄浮腫・時疫の気なり。官鬼が衰弱すれば則ち病勢軽く、旺相なれば則ち病勢重し。官鬼が安静なれば、病人はなお安穏に躺臥する能し。官鬼が一たび発動すれば、便ち身躯を煎迫して、人をして難受煩躁して安寧を得ざらしめ、坐臥ともに難し。
若在坎宮,中滿血虛兼溼毒;如當離卦,內虛眼赤及尿黃。坎象中滿,故主中滿;離象中虛,故主內虛。然坎宮屬水,火鬼主血虛,水鬼主溼毒。離宮屬火,或火官主眼赤,水鬼主尿黃。坤腹乾頭,兌必喉風咳嗽;艮足震手,巽須癱瘓腸風。鬼在坤宮,腹中有病。火鬼:必患腹癰。水鬼:腹中疼痛。動化財爻,或財化水鬼,必患瀉痢。土鬼:則是癖塊,食積,或沙脹蠱症。木鬼:絞腸痧痛,或大腸有病。金鬼:脅肋痛。在上,胸隔痛;在下,腰痛。此鬼在坤宮斷法,其諸卦仿此推之。
坎卦は一陽が二陰の中に陥して、その象は中満なり。ゆえに脘腹脹満を主す。離卦は中爻虚にして、その象は中虚なり。ゆえに内裏空虚を主す。坎宮は水に属し、その中の火性の「官鬼」は血虚を主り、水性の官鬼は湿毒を主る。離宮は火に属し、その中の火性の官鬼は両眼の紅赤を主り、水性の官鬼は小便の黄赤を主る。坤は腹を為し、乾は頭を為し、兌は口喉を為し、艮は足を為し、震は手を為し、巽は風気を主る。ゆえに兌宮は多く喉風咳嗽し、巽宮は多く癱瘓腸風す。官鬼が坤宮に在れば、是れ腹中に病有り。火鬼は必ず腹内の癰疽を患い、水鬼は腹中の疼痛にして、もし発動して「妻財」を変出し、あるいは妻財が水鬼を変出せば、必ず泄瀉痢疾を患う。土鬼は痞塊・食積にして、あるいは臌脹蠱症なり。木鬼は絞腸痧痛にして、あるいは大腸に病有り。金鬼は脅肋の痛を作し、上爻に在れば則ち胸膈痛み、下爻に在れば則ち腰痛す。これは官鬼の坤宮に在るの断法にして、その余の各卦はこれに照らして類推す。
螣蛇心驚,青龍則酒色過度;勾陳腫脹,朱雀則言語顛狂。虎有損傷,女子則血崩血暈;玄武憂鬱,男人則陰症陰虛。螣蛇鬼:則坐臥不安,心神不定。青龍鬼:則酒色過度,瘦弱無力。勾陳鬼:飽滿腫脹,脾胃不和。朱雀鬼:狂言亂語,身熱面赤。白虎鬼:跌撲打鬥,傷筋損骨;女人則血崩血暈,產後諸症;白虎血神,故也。玄武鬼:色慾太過,憂悶在心;在本宮主陰虛;化子孫,男子必陽痿;蓋玄武又闇昧之神,故也。宜通變。
「官鬼」の帯ぶる所の六神もまた各々一類の病症を主る。官鬼が「螣蛇」を帯ぶれば、坐臥安からず心神恍惚す。「青竜」を帯ぶれば、是れ酒色過度・瘦弱無力なり。「勾陳」を帯ぶれば、是れ脘腹脹満・脾胃不和なり。「朱雀」を帯ぶれば、是れ胡言乱語・身熱面赤なり。「白虎」を帯ぶれば、是れ跌撲鬥毆・傷筋損骨にして、婦人は則ち血崩血暈および産後の諸症なり。白虎は血神なればなり。「玄武」を帯ぶれば、是れ房事過度・憂悶心に在りて、本宮は陰虚を主る。もし「子孫」を変出せば、男子は必ず陽痿を患う。玄武また幽暗不明の神なればなり。以上の各条は臨断の時に還だ卦象を斟酌し、靈活に変通して、死して一説を執るべからず。
鬼伏卦中,病來莫覺;占病遇本宮鬼出現發動,得病初即曉根源。若本宮官鬼不出現,而他宮官鬼出現者,有病必然久伏在身,今因七情四氣感冒而發也。若本宮他宮皆無官鬼,必隱然得病,初莫知何由也。明夷、觀、賁、需、臨,切忌世身入墓;大畜、豐、同人、蠱、夬,莫逢財鬼俱興。
病を占うにもし本宮の「官鬼」が出現して発動せば、病人は起病の初めより病根の所在を知る。もし本宮の官鬼が出現せずして、他宮の官鬼が出現すれば、それは病の早已に身に潛伏して、如今に喜怒憂思等の七情・風寒暑濕等の四気の引動に因りて發作するなり。もし本宮他宮ともに官鬼を見ざれば、それは不知不覺の間に得たるの病にして、起初は緣由さえも説き清むる能わず。病を占うに還だ卦體を留意するを須す。『明夷』『觀』『賁』『需』『臨』を得れば、切に「世爻」「卦身」の墓に入るを忌む。『大畜』『豐』『同人』『蠱』『夬』を得れば、切に「妻財」と官鬼とが一齊に發動するを忌む。
官藏世下,病起如前。本宮鬼官伏在世下,必是舊病重發。若伏鬼不傷用爻,而用爻反被世克者,前日病輕,今日反沉重。如伏鬼刑傷用爻,而用爻反得世爻生扶者,前日病重,今日輕。用爻:妻病看財爻類。若伏妻財,必是傷飢失飽;如藏福德,必然酒醉耽淫。父乃勞傷所致,兄為氣食相侵。鬼伏財下,必是飲食不節,傷飢失飽;或因財物起因,或因婦人得病。鬼伏子下,必是飲酒過度;或恣行房事。夏或露臥,過取風涼;冬或傷暖,過穿裘帛;或過修煉養精等藥所致。鬼伏父下,必是勞心勞力,憂慮傷神。或因動土修造,或因尊長得病。鬼伏兄下,必是口舌爭競,停食感氣;或有咒咀,或因賭博爭財得病。
本宮の「官鬼」が「世爻」の下に伏すれば、必ず舊病の復發なり。もし伏する所の官鬼が並びに用神を傷らずして、用神が反って世爻に克せられれば、それは従前病輕くして如今重きに轉ずるなり。もし伏する所の官鬼が用神を刑傷して、用神が反って世爻の生扶を得れば、それは従前病重くして如今輕きに轉ずるなり。いわゆる用神とは、たとえば妻子の病を占えば則ち「妻財」を看、その余は類推す。官鬼が妻財の下に伏すれば、必ず飲食節ならず飢飽度を失い、あるいは財物の事に因り、あるいは婦人に因りて病を得たり。子孫」の下に伏すれば、必ず飲酒過量あるいは縱欲無度、あるいは夏天に露天に臥して過分に涼を貪り、冬天に裘衣過厚にして溫暖に傷られ、あるいは服食修煉養精の藥の致す所なり。「父母」の下に伏すれば、必ず勞心勞力・憂慮神を傷り、あるいは動土修造に因り、あるいは尊長の事に因りて病を得たり。「兄弟」の下に伏すれば、必ず口角爭競・食積氣を受け、あるいは人の咒罵詛咒に遭い、あるいは賭博爭錢に因りて病を得たり。
官化官,新舊兩病;鬼化鬼,遷變百端。本宮官鬼,仍伏他宮官鬼之下,必是舊病;或因舊病不謹,變生他症;或新舊兩般病。若遇鬼化鬼,其病進退。或有變症,或藥石駁雜,或寒熱不定。化出文書在五爻,則途中遇雨;變成兄弟居三位,則房內傷風。鬼化父母,必在修造之處得病。若在五爻屬水,則在途冒雨而得也。如化兄弟,必因口舌嘔氣,或是傷食。若在三爻屬木,必房中脫衣露體,感冒風寒所致。若化子孫,則在僧道寺院,或漁獵遊戲所致。若化財爻,多因傷食,或因妻奴,或因買賣交易得病。以上六親化出鬼爻,亦依此斷。
本宮の「官鬼」がまた他宮の官鬼の下に伏すれば、必ず舊病なり。あるいは舊病の曾て將養せずして轉じて別の症候を出し、あるいは新病舊病が一齊に發作す。もし官鬼が官鬼を變出せば、病勢は則ち時に進み時に退き、あるいは症候轉變し、あるいは服する所の藥石雜亂し、あるいは寒熱定まらず。官鬼が「父母」を變出せば、必ず是れ修造動土の處に於いて病を得たり。もしこの父母が第五爻に在りてまた水に屬せば、それは途中に雨を冒して得たり。官鬼が「兄弟」を變出せば、必ず口角慪氣に因り、あるいは傷食なり。もしこの兄弟が第三爻に在りてまた木に屬せば、必ず是れ房中に衣を脫ぎ體を露して、風寒に感冒するの致す所なり。官鬼が「子孫」を變出するは、寺觀僧道の處に於いて、あるいは漁獵游玩の時に得たり。官鬼が「妻財」を變出するは、多く傷食に因り、あるいは妻妾奴僕に因り、あるいは買賣交易に因りて病を得たり。反って以上の六親より官鬼を變出するも、またこれに照らして推断す。
本宮為在家得病,下必內傷;他卦為別處染災,上須外感。鬼在本宮,家中得病。在下三爻,必是內傷症候;不然病亦在內。官在外宮,外方得病。更在上三爻,必是外感風邪;不然,亦是外科症候。上下有鬼,內傷兼外感,症候不一。上實下空,夜輕日重;鬼在內宮,病必夜重;鬼在外卦,病必日重;內外有鬼,晝夜不輕。若卦雖有二鬼,一旺一空,或一動一靜,必日輕夜重,或日重夜輕。分上下斷之。
「官鬼」が本宮に在れば、是れ家中に於いて得たるの病なり。下三爻に落つれば、必ず内傷の症候にして、然らざれば病位もまた體内に在り。官鬼が他宮に在れば、是れ外地に於いて染めたるの病なり。再び上三爻に落つれば、必ず外感風邪にして、然らざれば亦た外科の症候なり。上下ともに官鬼有れば、則ち内傷兼ねて外感して、症候は一種に止まらず。官鬼が内卦に在れば、病は必ず夜裡加重す。外卦に在れば、病は必ず白天加重す。內外ともに官鬼有れば、晝夜ともに輕きを見ず。もし卦中に兩重の官鬼有りといえども、一旺一空あるいは一動一靜なれば、それはすなわち白天輕く夜裡重く、あるいは白天重く夜裡輕くして、それらの上に在り下に在りに按じて分別して斷ず。
動生變克,暮熱朝涼。凡占,動爻為始,變爻為終。若卦中動爻生扶用爻,而變爻刑剋用爻者,其病必朝涼暮熱,或日輕夜重也;動克變生,反此斷。凡鬼爻化出所喜爻,所喜爻化出鬼爻,亦然。水化火,火化水,往來寒熱;卦爻水動化火,火動化水;不拘鬼爻,但有干犯世爻或主象者,皆是寒熱往來之症。卦有水火二爻俱動,亦然。水旺火衰,寒多熱少;水受傷,火得助,則常熱乍寒也。坎宮火動,內寒外熱;離宮水動,皮寒骨熱。若帶日辰,必是瘧疾。
およそ卦を占うに動爻を以て事の始めと為し、變爻を以て事の終りと為す。もし動爻が用神を生扶して變爻が用神を刑克せば、この病は必ず早上涼爽にして傍晚發熱し、あるいは白天輕く夜裡重し。動爻が克して變爻が生ずれば、則ち反って斷ず。「官鬼」が喜ぶ所の爻を變出し、あるいは喜ぶ所の爻が官鬼を變出するも、道理相同じ。卦中に水爻が發動して火爻を變出し、あるいは火爻が發動して水爻を變出すれば、官鬼なるや否やを論ぜず、ただ「世爻」あるいは用神を冒犯するや、皆是れ寒熱往來の症なり。卦中に水火の兩爻が同時に發動するも、これも同じ。水旺にして火衰なれば、寒多くして熱少なし。水が傷を受けて火が助を得れば、則ち常に發熱して偶に發冷す。坎宮の火爻が發動すれば、內寒にして外熱す。離宮の水爻が發動すれば、皮膚發冷して骨裡發熱す。もしこれらの爻がまた「日辰」を帶びれば、必ず瘧疾なり。
上沖下,下沖上,內外感傷。上下有鬼,病必內外兩感。俱動俱靜,一同受病。二鬼自相沖者,適感而遂傷也。如內鬼動,沖外鬼,先傷後感;外鬼動,沖內鬼,先感後傷。要分輕重,以刑合斷之,可也。火鬼沖財,上臨則嘔逆多吐;火性炎上,財為飲食。故占病,遇火鬼動克外財,必是嘔吐,重則反胃不食。若財帶螣蛇,吐上兼蟲;財在間爻,則是消渴易飢之症。
上下の兩處ともに「官鬼」有れば、病は必ず內傷外感兼ね有り。兩爻同動あるいは同靜なれば、是れ內外一齊に病を受くるなり。兩重の官鬼が互相衝擊せば、則ち剛く外感を受けて便ちまた內傷す。內卦の官鬼が發動して往きて外卦の官鬼を衝せば、是先に內傷して後に外感す。外卦の官鬼が發動して往きて內卦の官鬼を衝せば、是先に外感して後に內傷す。輕重を分かたんと欲せば、則ち刑と合との關係に按じて斷ず。火性は炎上して、「妻財」は飲食を代表す。ゆえに病を占うに火性の官鬼が發動して往きて外卦の妻財を克するに遇えば、必ず嘔吐にして、重ければ則ち反胃して食を進むる能わず。妻財もし「螣蛇」を帶びれば、嘔吐の中に還だ蟲を夾む。妻財もし間爻に在れば、それは消渴易饑の症なり。
水官化土,下值則小便不通。水官化出回頭土克,在本宮內卦,是小便不通。屬陰,是大便不通。陽宮陰象,陰宮陽象,二便俱不通。若內卦水克,動加白虎,陽爻是尿血,陰爻是瀉血。白虎血神,故也。帶刑是痔漏。若患牙疔,兌鬼金連火殺;鬼在兌宮,口中病。若金鬼化火,或火化金鬼,必患牙疔。不化火爻,則是齒痛。金鬼逢沖,齒必動搖。
水性の「官鬼」が土爻を變出して回頭して來り克するに、もし本宮內卦に在れば、是れ小便不通なり。官鬼が陰に屬せば、則ち是大便不通なり。陽宮にして陰象を配し、陰宮にして陽象を配せば、則ち大小便ともに不通なり。もし內卦の水爻が克を受け、發動してまた「白虎」を加えれば、陽爻は尿血にして陰爻は便血なり。白虎は血神なればなり。再び刑を帶びれば、則ち痔瘡漏管なり。官鬼が兌宮に在れば、病は口中に在り。金性の官鬼が火爻を變出し、あるいは火爻が金性の官鬼を變出せば、必ず牙疔を患う。火爻を變出せざれば、就中ただ牙痛のみ。金性の官鬼が衝に逢えば、牙齒は必然鬆動す。
如生腳氣,震宮土化木星。鬼在震宮,病在足。加勾陳,足必腫;加白虎,必折傷破損。土鬼化木,則患腳氣。木鬼,痠疼麻木;水鬼,必是溼氣;火鬼,必主瘡毒;金鬼,是腳骱膝疼骨痛,或刀刃所傷。鬼在離宮化水,痰火何疑;官來乾象變木,頭風有準。震遇螣蛇仍發動,驚悸顛狂;艮逢巳午又交重,癰疽瘡毒。離宮鬼化水爻,痰火症候;水動化鬼,亦然。乾宮鬼化木爻,頭風眩暈;木動變鬼,亦然。震在外卦,勿依此斷,可言其病坐臥不安,心神恍惚。蓋震主動,故也。更加螣蛇發動,必是顛狂驚癇之症,小兒乃驚風也。逢沖,則有踰牆上屋之患。艮象為山,山高故也。更逢火鬼,必患癰疽。若遇變出土鬼,可言浮腫蠱脹等症。餘可類推。
「官鬼」が震宮に在れば、病は足部に在り。「勾陳」を加えれば、脚は必ず浮腫す。「白虎」を加えれば、必ず骨折外傷なり。土性の官鬼が木爻を變出せば、就ち脚氣を患う。木性の官鬼は酸痛麻木なり。水性の官鬼は濕氣なり。火性の官鬼は瘡毒なり。金性の官鬼は脚踝膝蓋の疼痛骨に入り、あるいは刀刃の傷る所と為る。離宮の官鬼が水爻を變出するは、是れ痰火の症なり。水爻が發動して官鬼を變出するも、これも同じ。乾宮の官鬼が木爻を變出するは、是れ頭風眩暈なり。木爻が發動して官鬼を變出するも、これも同じ。震卦もし外卦に在れば、則ち上面に照らして斷ぜず、這病は坐臥安からず心神恍惚すと説くべし。震は動を主ればなり。再加えて「螣蛇」發動せば、必ず癲狂驚癇の症にして、小兒は則ち驚風なり。もし衝に逢えば、還だ牆を翻し屋に上がるの狂躁の患有り。艮象は山を為して、その高峻を取る。官鬼が艮宮に在りて再び火性の官鬼に遇えば、必ず癰疽を患う。もし土性の官鬼を變出せば、浮腫・臌脹の一類の症候と斷ずべし。その余の各宮は皆これに照らして類推す。
卦內無財,飲食不納;財主飲食。動化官鬼,其病必因酒飲食而得。若遇空亡,飲食不納。若不上卦,不思飲食。財臨身世,或化財爻,雖病重亦能食。間中有鬼,胸膈不寬。世應中間,即病人胸膈處也。官鬼臨之,必然痞塞不通。金鬼胸肋骨痛,土鬼飽悶不寬,木鬼心癢嘈雜,水鬼痰飲填塞,火鬼多是心痛。若化財爻,或財爻化鬼,必是宿食未消,以致胸膈不利。
「妻財」は飲食を代表す。妻財が發動して「官鬼」を變出せば、這病は必ず飲酒飲食に因りて得たり。妻財が「空亡」に落つれば、是れ東西を喫し下る能わず。妻財が根本に卦に上がらざれば、是れ東西を喫せんことを思わず。妻財が「卦身」「世爻」上に落ち、あるいは變爻の中にまた妻財を出せば、則ち病重しといえども仍お食を進むる能し。「世爻」「應爻」の中間の兩個の間爻は、正に病人の胸膈の部位なり。官鬼がここに落つれば、必然痞悶堵塞通ぜず。金性の官鬼は胸脅骨痛み、土性の官鬼は飽悶舒ならず、木性の官鬼は心中嘈雜癢がり、水性の官鬼は痰飲壅塞し、火性の官鬼は多く心口疼痛す。もし官鬼が妻財を變出し、あるいは妻財が官鬼を變出せば、必ず宿食消えずして、以て胸膈暢ならざるに致る。
鬼絕逢生,病體安而復作;鬼在死絕爻,其病必輕。遇日辰動爻生扶,謂絕處逢生,其病必既輕復重,將安復作也。若財生鬼,必因飲食加重,或因婦人重合。故耳。世衰入墓,神思困而不清。世爻入墓,病必昏沉。旺相有氣,無非懶於行動;衰則不言不語。是怕明喜暗,不思食;愛眠,怕起,懶開目。更坐陰宮,必是陰症。用爻入墓亦然。世鬼入墓,鬼墓臨用,皆依此斷。
「官鬼」が死絕の爻に落つれば、病は必ず輕し。ただしもし「日辰」あるいは動爻の來り生扶するに遇えば、それを絕處逢生と叫び、病は就中輕きてまた重く、將に好けんとしてまた犯す。もし是れ「妻財」の來り官鬼を生ずれば、必ず飲食に因りて加重し、あるいは房事に因りて復發す。「世爻」が墓に入れば、病人は必然昏沈す。世爻が旺相氣有れば、不過に行動を懶むのみ。世爻が衰弱すれば、則ち言わず語らず、亮光を見るを怕れて暗處を喜び、飲食を思わず、睡を貪り起きるを怕れ、眼睛さえも睜くを懶む。再び陰宮に坐せば、必ず陰證なり。用神の墓に入るもこれも同じ。世爻が官鬼に隨いて墓に入り、あるいは官鬼の墓が用神上に落つるも、皆これに照らして斷ず。
應鬼合身,纏染他人之症;應臨官鬼,刑剋合世爻,而世爻在交重之位者,必因探訪親友病而纏染也。鬼爻屬土,是時疫。用爻臨應,必病臥他家。世官傷用,重發舊日之災。大抵鬼爻持世,必然原有舊根。更傷用爻,必是舊病再發。否則必難脫體,須用保禳則吉。卦身持鬼,亦是舊病。
「應爻」が「官鬼」に坐して來り「世爻」を刑克しあるいは合住し、しかも世爻また交・重の動爻の位に處れば、必ず是れ親友の病を探望して傳染し上げられたり。この官鬼もし土に屬せば、則ち時行疫病なり。用神が應爻上に落つれば、病人は必ず別人の家中に於いて病に臥せり。大凡官鬼持世は、此人は原本より舊病根有り。再び用神を傷れば、必ず舊病復發す。然らざれば病もまた體を脫し難くして、須く祈禳保安を用いて乃ち吉なり。「卦身」が官鬼に坐するも、同じく舊病なり。
用受金傷,肢體必然痠痛;主遭木克,皮骨定見傷殘。火為仇,則喘咳之災;水來害,則恍惚之症。卦中無鬼,以刑沖剋害用爻者斷。如金動來克,則木爻受傷,肢節痠痛;木動來克,則土爻受制,皮肉傷損。餘可類推。空及第三,此病須知腰軟;第三爻無故自空,為腰軟;有故而空,或旺相而空,為腰痛;不空,而遇動爻日辰官鬼克沖者,乃閃腰痛也;動空亦然。鬼在此爻者,亦主腰痛。
卦中もし「官鬼」無ければ、則ち用神を刑衝克害するの彼の一爻を取りて病を斷ず。金爻が發動して來り克するは、是れ木に屬する用神の傷を受くるにして、四肢關節の酸痛を主す。木爻が發動して來り克するは、是れ土に屬する用神の制を受くるにして、皮肉損傷を主す。火來りて仇を為せば則ち喘咳の災有り、水來りて相害せば則ち神思恍惚す。その余はこれに照らして類推す。第三爻もし緣故無く自ら「空亡」に落つれば、腰部酸軟を主す。もし緣故有りて空にし、あるいは旺相にして空なれば、則ち腰痛なり。第三爻が空に落ちずして、動爻・「日辰」あるいは官鬼に衝克せられれば、それは腰を閃したるの疼痛にして、第三爻が空にして發動するもこれも同じ。官鬼がこの一爻上に落つるも、同じく腰痛を主す。
官傷上六,斯人當主頭疼。上六。大抵不惟鬼爻臨處受病,被傷之處亦有病痛。如克上六,當主頭痛;克間爻,則胸隔不利。餘可類推。財動卦中,不吐則瀉;財在上卦動,主吐;在下卦動,主瀉。若逢合住,則欲吐不吐,欲瀉不瀉;如嘔逆噁心,裡急後重之例。
上六は則ち第六爻なり。大體に於いて「官鬼」の所在の處のみならず病有りて、官鬼に傷られしの部位もまた疼痛す。官鬼が第六爻を克せば、頭痛を主す。間爻を克せば、胸膈舒ならざるを主す。その余はこれに照らして類推す。「妻財」が外卦に發動すれば、嘔吐を主す。內卦に發動すれば、泄瀉を主す。もし別爻に合住せられれば、則ち吐かんと欲して吐き出す能わず、瀉さんと欲して瀉し下る能わず。正に嘔逆惡心・裡急後重の類の如し。
黄金策・十、病體
木興世上,非癢即疼。寅卯二爻屬木,寅木主痛,卯木主癢,若在本宮內卦,又是氣不順也。
木爻が世爻上に發動すれば、病人の身上は癢きに非ざれば疼痛す。十二地支中に「寅」「卯」の兩爻は五行木に屬す。「寅」木は疼痛を主り、「卯」木は瘙癢を主る。いずれの一爻を見るやに就きて、いずれの苦楚を斷ず。倘若この木爻がまた本宮の內卦の內に落つれば、それは還だ氣機順ならず・胸腹壅滯の毛病を兼ね有り。
既明症候,當決安危,再把爻神搜索;箇中玄妙,重加參考,方窮就裡之精微。
前の一門に已に病人の症狀表現を辨明せり。この一門は就中彼の究竟平安なるか危殆なるかを判斷すべし。此の為に必ず卦中六爻の用神・忌神を再び仔細に搜尋一遍するを須す。其中の玄機奧妙は、還だ反復參詳比對して、乃ち病情內裡の那些の細微の關節を窮究する能し。
先看子孫,最喜生扶拱合;子孫能剋制官殺,古人謂解神,又名福德,占病又為醫藥。卦中無此,則鬼無制伏。主服藥不效,禱神不靈。所以先宜看此。要生旺有氣,不要休囚死絕。日辰動爻生扶則吉,沖壞則凶。
病を占うの頭一の事は「子孫」爻を察看するに在り。這一爻は最も生助・扶持と拱合とを得るを喜ぶ。「子孫」は能く「官鬼」の這個の病神を剋制するを以て、古人はこれを「解神」と稱し、また「福德」と作り叫ぶ。病を占う時は它を還だ兼ねて醫藥と作りて看。卦裡もし這一爻無ければ、「官鬼」便ち人無くして管束し、於是乎藥を喫して效驗を見ず、神明に禱告して靈應せず。ゆえに先ず它を看るを要す。「子孫」は須く生旺有氣の位置に處るを須して、休囚死絕の地に落つべからず。日辰あるいは動爻の來り生扶するを得れば則ち吉利にして、衝破損壞せられれば則ち凶險なり。
次觀主象,怕逢克害刑沖。主象即病人。如占夫,以官為主;占妻,以財為主之類。又自占,以世為主;代占,以應為主;亦是主象。刑沖剋害,即病人受症候折磨,故怕見之。若得世爻生合,旁爻扶持,必不至死。
「子孫」を看過して、接著して「主象」を看るを要す。最も怕るるは它の克・害・刑・衝に遭うなり。いわゆる「主象」は、就中卦中に病人本身を代表するの那一爻なり。丈夫の病を替り占うは、「官鬼」を以て主象と為す。妻子の病を替り占うは、「妻財」を以て主象と為す。その余の六親は此に依りて類推す。自己が自己の病を占うは、「世」爻を以て主象と為す。他人の為に代占するは、「應」爻を以て主象と為す。這些も同じく主象と叫ぶ。主象が刑衝克害せらるるは、正に病人の病症の折磨を受くるを象徵す。ゆえに見るを忌諱す。倘若它が能く世爻の生合・旁爻の扶持を得ば、病人は縱然苦しむといえども、亦た必ず喪命に至らず。
世持鬼爻,病縱輕而難療;占病,怕鬼持世,必難脫體。大象縱輕,亦不易愈。若用爻有氣,子孫當權,目下雖可醫愈,日後必不斷根也。
世爻上に「官鬼」坐すれば、病は就中看去輕淺するといえども、亦た醫好し難し。病を占うに最も怕るるは「官鬼」の世爻に臨むなり。それは病氣の自身に附して體を脫する能わざるの象なり。整卦の氣象縱然和緩にして病勢輕きを看るとも、亦た痊愈し易からず。もし用神尚お且つ氣有り、「子孫」爻また當權得勢せば、眼下は還だ醫藥に靠りて治好る能し。ただし日後必定病根を斷つ能わず、早晚還だ復發せん。
身臨福德,勢雖險而堪醫。用爻為身,乃一卦之體。若得子孫臨之,決然無虞。縱然病勢凶險,自可有救,以藥治之,必定痊癒。
卦身上に「福德」臨むれば、病勢雖に險しといえども卻って仍お治すべし。ここに説く所の「身」は、卦中の用爻を指し、它是れ一卦の主體の所在なり。這一爻もし「子孫」臨む有れば、就中斷然危險無し。「子孫」は既是れ解神にしてまた醫藥を主る。因此に病勢縱然看去凶險すとも、自然に救應有るを會し、藥を用いて調治せば、必定能く痊愈するを得。
用壯有扶,切恐太剛則折;凡占皆喜旺相,惟占病則不喜。蓋人在病中,必衰弱;縱或素日強健者,至此必瘦,何旺之有?故凡得時有氣,又遇動爻日辰生扶者,乃太剛則折之兆,至生旺日必凶。若動爻日辰刑剋,則不嫌其旺相。
用神本より已に強壯して、偏にまた生扶を添えれば、就中「過剛易折」を擔心するを要す。別の事情を占うは皆用神の旺相を喜び、唯獨病を占うは喜ばず。人が病中に臥せば、身體は必然衰弱して、就中平日強健の人を算うとも、病この一步に到れば亦た必定消瘦す。哪裡に還だ「旺」を談上するを得んや。ゆえに用神は既に當令有氣にして、又た動爻・日辰の來り生扶に碰上すれば、這正に剛極必折の徵兆にして、用神生旺の那一天に到りて反って凶事を出す要あり。反って説けば、もし動爻あるいは日辰有りて它を刑克せば、則ち用神旺相も亦た忌諱するを必とせず。
主空無救,須防中道而殂。主象若空,占病大忌。必得動爻日辰沖剋,謂之有救。蓋沖空則實,克空為用,故也。否則必死。
主象が「空亡」に落ちてまた人の救應無ければ、就中病人の半途に死去するを隄防するを得。主象が空に逢うは、病を占うの大忌なり。這時は必ず動爻あるいは日辰の來りて它を衝し它を克する有るを須して、乃ち「有救」と作り叫ぶ。空爻が衝せられれば則ち虚より實に轉じ、空爻が克せられれば反って能く作用を起こす。道理は就中ここに在り。倘若既に空亡に落ちて又た衝無く克無ければ、病人は必定治せず。
祿繫妻財,空則不思飲食;壽屬父母,動則反促天年。占病,以妻財為食祿,父母為壽命。卦中不可無,宜靜不宜動。若主象遇絕,或化絕地,財遇之為祿絕,父母遇之為壽絕。大象若凶,此為死兆。卦若無財或落空亡,乃是不思飲食。父母爻動,占病大忌。以其剋制福神,官殺能肆其虐,故也。主服藥不效,禱神不靈。故云反促天年。
病人の食祿は「妻財」爻上に係り、這一爻が空に落ちれば就中飯を喫し下る能わず。病人の壽數は「父母」爻上に屬し、這一爻が發動すれば反って壽限を催促す。病を占う時は「妻財」を以て飲食の祿と為し、「父母」を以て壽命の主と為す。卦中の兩爻は皆缺くべからざるも、皆安靜を宜として發動を宜とせず。もし主象が「絶」地に遇い、あるいは絶地に變化到れば、「妻財」が它に遇うは便ち祿絶にして、「父母」が它に遇うは便ち壽絶なり。整卦の氣象再び凶なれば、這就是れ死亡の兆なり。卦裡もし乾脆財爻無く、あるいは財爻が空亡に落つれば、那是れ病人の飲食を思わざるなり。「父母」爻の發動に至りては、更是れ病を占うの大忌なり。它が「子孫」の這個の福神を剋制するを以て、「官鬼」便ち肆意に逞凶するを得て、於是乎藥を服して效を見ず祈禱して驗無し。ゆえに賦文に它を反って天年を促短せりと説く。
主象伏藏,定主遷延乎日月;用爻不上卦,其病必難安。蓋凡出現之爻,日辰動爻能生能合;若不上卦,雖有生扶,著於何地?故其占如此,病亦是恍惚朦朧,不爽快之症。
主象が伏藏して現れざれば、病情は必定拖延日久なり。用神が卦上に出現せざれば、病は就中安穩し難し。およそ卦中に顯露するの爻は、日辰と動爻と皆能く它を生じ它を合す。もし它が卦に上がらざれば、縱に生扶の力有りとも、又た能くどこに落到せん。ゆえに這種の卦象を占得すれば便ち如此の判斷を作し、而且病情本身も亦た恍惚朦朧・不乾脆爽利の那一類の症候なり。
子孫空絕,必乏調理之肥甘。子孫固為醫,又為酒肉。若在空亡,或臨死絕,或不上卦,其病必乏肥甘調理,亦纏綿難愈。若日辰應爻上帶子孫,生合世爻用爻者,必有饋送禮物資養。
「子孫」爻が既に空亡に落ちて又た死絶に臨めば、病人は必定滋補調養の肥美飲食を缺く。「子孫」は固然醫藥を代表すとも、同時に酒肉之類の養身の物を代表す。它もし空亡に落ち、あるいは死絶の地に臨み、あるいは根本に卦に上がらざれば、病人就中必然肥甘の物を缺きて調理し、病も因此纏綿好し難し。反って、もし日辰あるいは應爻上に「子孫」帶びて、并且世爻・用爻を生合せば、那就中必定人有りて饋送禮物し來りて將養を資助せん。
世上鬼臨,不可隨官入墓;世持官鬼,固非吉兆。若遇日辰帶墓爻,謂隨官入墓;本命爻隨官入墓,亦凶。若世爻用爻,化入鬼墓;及世爻命爻帶鬼動,化入墓者;與用爻命爻世爻,持鬼墓發動者,皆主大凶。
世爻上に「官鬼」臨むれば、最も要緊的是れ不可再「隨官入墓」なり。世爻が「官鬼」持するは本より已に吉兆に非ず。もし再び日辰の墓爻を帶びるに碰上せば、就中「隨官入墓」と作り叫ぶ。本命爻が官鬼に隨いて墓に入るも、同じ樣凶險なり。此の外、世爻あるいは用爻の變化して鬼墓に進入し、世爻・命爻が鬼を帶びて發動して墓中に變入し、および用爻・命爻・世爻が本身就中鬼墓を帶びて發動するが如き、這幾種の情形は皆大凶を主す。
身臨福德,豈宜父動來傷。占病,以子孫為解神。身若臨之,大吉之兆。如父母動來克傷,仍為不美。
卦身上に「福德」臨むれば、哪裡に還だ「父母」爻の發動來りて它を傷るを容得んや。病を占うに「子孫」を以て解救の神と為す。卦身もし這一爻に臨めば、本より是大吉の兆なり。可是れ「父母」は能く「子孫」を克す。一旦「父母」發動して前來克傷せば、這份の吉象就中被打破せられて、仍舊好卦と算るを得ず。
鬼化長生,日下正當沉重;鬼爻發動,病勢必重。若鬼化入長生,乃一日重一日之象,直過帝旺日,然後輕減。鬼在長生爻上發動,亦然。若化衰病,一日輕一日,與福化長生皆吉。
「官鬼」發動して「長生」に變入せば、眼下の病勢は正に一天重き一天の如し。およそ「官鬼」爻發動すれば、病勢は必然加重す。もし它が長生の地に變入せば、那就是れ病氣日漸滋長の象にして、要一直に「帝旺」的那一日を熬過して、病勢乃ち輕きに轉ぜん。「官鬼」本來就中長生爻上に坐して發動するも、道理相同じ。反って、もし「官鬼」が「衰」「病」の爻に變入せば、病便ち一天輕き一天の如し。這は「子孫」の長生に變入すると同じく、皆是れ吉象なり。
用連鬼殺,目前必見傾危。占病,不宜用爻發動,動則病體不安。若又化出鬼爻,謂病人變鬼。卦中更無子孫日辰解救,必死無疑之斷。
用神が接著して「官鬼」凶殺すれば、眼前就中危殆の象を出現せんと要す。病を占うに本より用神の發動を宜とせず。一動すれば就中病體安寧を得ざるを表示す。もし它發動の後又た「官鬼」爻を變出せば、那便ち「病人變鬼」と作り叫ぶ。卦中もし再び「子孫」爻あるいは日辰の前來解救無ければ、就中斷定して必死疑い無しと斷ずべし。
福化忌爻,病勢增加於小愈;子孫發動,制伏官鬼,其病必減。若遇化出忌爻,反來傷克用神者,必因病勢少愈,不能謹慎,以致復加沉重。子孫化官爻,亦然。
「子孫」が發動して却って忌神を變出せば、病は本より已に略か好けたれど、却又た加重す。「子孫」が發動すれば能く「官鬼」を制伏し、病勢は本當に減輕すべし。けだしもし它が忌神を變出して、反って用神を傷克せば、それは必定病情稍か起色有る時に謹慎將養を知らず、以て重新に加重するに致るなり。「子孫」が「官鬼」爻を變出するも、亦た同じ樣の道理なり。
世撓兄弟,飲食減省於平時。兄弟持世,飲食必減。其病亦是貪食而得。若不動又無氣,而卦中財福爻旺者,則不然。乃是氣短力弱之症,不易痊可。
世爻が「兄弟」に攪擾せられれば、病人の飲食は平時より減少す。「兄弟」爻が世を持せば、胃口は必然減退し、しかも這病本身も往往貪食して脾を傷るより得來せり。倘若「兄弟」が發動せず又た氣勢無くして、卦中の「妻財」「子孫」兩爻が反って旺相なれば、則ち這樣に斷ずる能わず。那是れ氣短力弱の一類の虚症にして、容易く速かに痊愈し難し。
用絕逢生,危而有救;大抵用爻,不宜死絕之地,以其一克則倒,故也。卦中動爻生助,謂絕處逢生,凶中回吉之象,病必將危有救。
用神雖に「絶」地に臨むとも又た生に逢えば、是れ危險の中に仍お救應有り。大體に説けば、用神は死絶の處に落つるを宜とせず。彼時に它已に虚弱して一克に經えず、一克すれば就ち倒るるを以てなり。此時卦中もし動爻有りて前來生助せば、便ち「絶處逢生」と作り叫び、是れ凶中に吉に轉ずるの象にして、病人縱然將に危殆ならんとすとも、亦た終に救有り。
主衰得助,重亦何妨。用爻雖不宜太旺,亦不宜太弱。弱則病人體虛力怯,卒難痊可。若得日辰動爻生合扶助最吉,縱是十分重病,亦不至死。
主象が衰弱して幇扶を得る能くば、病再び重しとも妨げ無し。用神は固然太旺を宜とせざるも、可もまた太弱を宜とせず。太弱なれば就中病人體虚力怯を表示して、一時に復原し難し。這時もし能く日辰あるいは動爻の來り生合扶助するを得ば、最も吉利にして、縱然十分沉重の病なりとも、亦た送命に至らず。
鬼伏空亡,早備衣冠防不測;官鬼一爻,固是惡殺,然亦不可無。蓋凡得症因由,症候虛實,疾病安危,鬼神情狀,皆決於此。若不上卦,即當尋伏,庶可推測。若伏爻又空,其病必不能痊。縱有良醫,亦不能達其病源;縱有鬼神,亦無叩告之門,天年命盡。若病輕不在此論。
「官鬼」既に伏して又た空亡に落つれば、當に早く壽衣冠冕を備下して以て不測を防ぐべし。「官鬼」の這一爻は固然悪殺なるも、可も病を占う時は它無くんばあらず。病を得るの緣由・症候の虚實・疾病の安危・作祟する鬼神の情狀は、全て都要りて這一爻に憑りて決斷す。它もし卦に上がらざれば、就中伏神を找し往かば、好歹還だ一二を推测する能し。もし伏神に連ねて亦た空に落つれば、這病は必定痊愈する能わず。縱に良醫有りとも、亦た病根の所在を摸る能わず。縱然真に鬼神有りとも、亦た叩問禱告すべきの門路無くして、只だ天年の頭に到るに聽憑するのみ。當然、病輕きは此の例に在らず。
日辰帶鬼,急為祈禱保無虞。日辰帶鬼,生合世爻,世爻看帶何等神,便知得何者為治。如帶父母,必須經籙符醮保扶則愈。如帶子孫,必須用藥調理。如帶兄弟,必須戒暴怒,節飲食。如帶財爻,必須好好將息。帶官鬼,祈禱鬼神。世持鬼,亦宜先禱。但世鬼是先曾許下,日辰鬼是未曾許下。要知求何神鬼,有福力,以日辰推之。如子為北斗或北陰;亥或溺死鬼,察其為河伯,或劃龍船。蓋亥水中有甲木,故也。餘仿此。
日辰が「官鬼」を帶びれば、就中趕緊に祈禱禳解して方に能く平安を保得せん。日辰が鬼を帶びて來り世爻を生合する時は、世爻上に帶ぶるが哪一類の神なるを看れば、就中何の法子を用いて醫治すべきを知る。「父母」を帶ぶるは、須く經を誦し符を佩び醮を建て祈保して乃ち好し。「子孫」を帶ぶるは、須く藥を服して調理すべし。「兄弟」を帶ぶるは、須く暴怒を戒除し飲食を節制すべし。「妻財」を帶ぶるは、須く好く將養休息すべし。「官鬼」を帶ぶるは、就中鬼神に禱告すべし。世爻が鬼を持する時も、亦た先に祈禱を行うを宜とす。區別は、世爻上の鬼は先前已に願を許過して未だ還さず、日辰上の鬼は則ち還だ曾て願を許さず。該當に哪一位の神鬼に祈求して乃ち福力有るに至りては、就中日辰の地支に憑りて推す。たとえば「子」水は北斗星君あるいは北陰の神を主り、「亥」水はあるいは溺死の鬼を主り、還だ再び是れ河伯の神なるを辨じ、是要れ龍船を劃りて禳送するを辨ずべし。「亥」水中に甲木を藏する有るを以て、故に舟楫の象有り。その余は此に依りて類推す。
動化父來沖剋,勞役堪憂;卦中動爻,化出文書沖剋世爻,宜自在,少勞碌。不然,病即復來,反加沉重。若化財來沖剋,須防食復;更加玄武,宜防色復;若化子孫克沖,被藥誤矣;若化兄弟沖剋,惱氣即復也。以上若日辰帶刑沖,不可依此斷。可言因此而復加沉重。蓋日辰是鬼在也。
動爻が「父母」を變出して來り世爻を衝克せば、就中勞累に因りて復發するを擔心するを要す。卦中の動爻が文書即ち「父母」爻を變出して世爻を衝克すれば、病人は便ち安閑自在にして事勞碌少なきを宜とす。然らざれば病は必ず復發して、而且先前より更に重し。もし「妻財」を變出して來り衝克せば、飲食過度に因りて復發するを防ぐを要す。再加上「玄武」あれば、還だ房事に因りて復發するを防ぐを要す。もし「子孫」を變出して來り衝克せば、那是れ藥に誤られしなり。もし「兄弟」を變出して來り衝克せば、就中惱怒生氣に因りて復發するなり。以上の幾條は、倘若衝克の來るが刑衝を帶びたる日辰よりすれば、便ち此に照らして「復發」と斷ずべからず。只だ因此に病勢を加重せしむと説く能くするのみ。日辰上は鬼氣仍お在るの緣故なればなり。
日加福去生扶,藥醫則愈。日辰臨子孫,生扶用爻,必得藥力而安也。
日辰上に「福德」加わりて往きて用神を生扶せば、藥を用いて醫治すれば就中痊愈する能し。日辰が「子孫」爻に臨みて、しかも這「子孫」また來り用神を生扶すれば、「子孫」は既に醫藥を主り、便ち病人必定藥力を借りて安に轉ずる能くするを説明す。
身上飛伏雙官,膏肓之疾;凡遇卦身持鬼,而本宮官鬼爻又伏世下;或世持官鬼,而本宮官伏用爻之下;或自占遇世爻飛伏,上下皆值官鬼;總謂雙官夾身,最為不利。若大象不死,亦是沉困之疾,考終之患也。
卦身上に飛神伏神ともに「官鬼」なれば、那是れ藥力到り難きの膏肓重疾なり。およそ卦身が鬼を持し、しかも本宮の「官鬼」爻また世爻の下に伏し、あるいは世爻が鬼を持して本宮の官爻が用神の下に伏し、あるいは自占の時に世爻の飛神・伏神の上下皆「官鬼」なるは、這幾種は皆「雙官夾身」と作り叫び、最も不利なり。這樣の卦はたとえ整體の氣象還だ死に至らずとも、亦た是れ沉重困頓の疾にして、是要れ終を送るの禍患なり。
命入幽明兩墓,泉世之人。以日時看,身隨鬼入墓,命隨鬼入墓,世隨鬼入墓;有卦墓、鬼墓、世墓、主墓。凡遇動出卦中者,人皆見之,其墓為明;變入墓中者,人所不見,其墓為幽。不拘幽明,皆非吉兆。大象不死,病亦危困。若大象既凶,又逢墓動,或世爻主象俱入墓者,必死。得動爻日辰沖破墓爻,庶幾無事。
本命爻が幽墓と明墓とに落進せば、那已に是れ黃泉路上の人なり。要するに日辰・時辰を以て看る。卦身が鬼に隨いて墓に入り、本命が鬼に隨いて墓に入り、世爻が鬼に隨いて墓に入り、此の外還だ卦墓・鬼墓・世墓・主墓の幾種を分かつ。およそ墓爻が卦中に發動して現出する在るは、人人皆見るを得、這種の墓は「明」と作り叫ぶ。およそ變爻が墓中に變進して去るは、旁人は看るに出來ず、這種の墓は「幽」と作り叫ぶ。幽墓明墓を論ぜず、皆吉兆に非ず。整卦の氣象もし死に至らざれば、病も必定危重困頓なり。もし整卦本より已に凶險にして、又た墓爻發動に碰上し、あるいは世爻と主象とが一同に墓に入れば、那就中必死疑い無し。只だ動爻あるいは日辰の墓爻を衝破するを得て、乃ち勉强に無事を望むべし。
應合而變財傷,勿食饋來之物;應爻動來生合世爻,當有問安之人。帶財福,必有饋送;兄弟,清訪而已。若應雖生合,而變出妻財,反來刑世克世;或應爻生合世爻,而刑剋主象;倘有饋送,切宜戒食。否則反能傷害。若上尊長,尤宜忌之。或加應值妻財,為變爻沖剋主象者,亦然。
應爻雖に來り生合すとも、却って「妻財」を變出して反って自身を傷れば、饋送し來るの食物は切に喫すべからず。應爻が發動して前來世爻を生合するは、人來りて病を探し安を問う有るを主す。應爻が「妻財」「子孫」を帶ぶるは、必定禮物饋送有り。「兄弟」を帶ぶるは、不過に空手に來り看望するのみ。もし應爻が雖に世爻を生合すとも、却って「妻財」を變出して反って世を刑し世を克し、あるいは應爻が世爻を生合して却って往きて主象を刑克するは、這時もし人有りて喫食を送り來れば、務必口を戒めて食せざれば、然らざれば反ってその害を受く。もし送り來るが尊長の服用に給ふるなれば、尤其に忌むを要す。另に一種の情形有り。應爻が本身就是れ「妻財」にして、しかも它的變爻が主象を衝克せば、同じく此に照らして口を忌むを要す。
鬼動而逢日破,何妨見險之虞。官爻發動,其禍成矣。若得日辰動爻沖之,謂沖散;主其病雖見凶,必不至死。忌爻發動,遇沖亦吉。若不遇沖,而得日辰動爻,或合住,或制克,皆是見險無虞之象。
「官鬼」雖に發動すとも、日辰に衝破せられれば、險に遇うとも妨げ無し。官爻が一發動すれば、禍患便ち已成形せり。此時もし日辰あるいは動爻の來り它を衝するを得ば、便ち「衝散」と作り叫び、病情雖に一度凶象を顯出すとも、終に喪命に至らざるを主す。忌神發動して衝に遇うも、同じ樣吉なり。就中衝に遇わざる無しとも、只だ日辰あるいは動爻有りて它を合住し、あるいは加以制克せば、亦た皆雖に危險を見て實に妨礙無きの象に屬す。
欲決病痊,當究福神之動靜;要知命盡,須詳鬼殺之旺衰。此二句,乃言大略。此處最宜活潑推斷。且如子孫得時旺相,更動,就以本爻斷其愈;無氣發動,以生旺日月斷。若得子孫安靜,不得地,賴有扶持為福者,當以扶持之爻斷。如卦中不賴子孫為福,而用所喜之爻相助,以成其吉者,即以所喜之爻斷。
病の何時に好くるを斷定せんと想えば、就中「子孫」の這個の福神の動と靜とを考察するを要す。壽命の何時に終了するを知らんと欲せば、就中「官鬼」凶殺の旺と衰とを詳審するを得。這兩句は只だ個の大概を説くのみにして、實際推断の時は最も靈活を宜とす。譬如「子孫」が當令旺相にして又た發動せば、就中直接に這一爻の值する所の日辰を以て痊愈の期を斷ず。もし它發動するも氣勢無ければ、便ち它の生旺に逢うの月日を以て斷ず。もし「子孫」安靜にして又た地を得ざれば、全靠りて別の爻の扶持して乃ち其の福を成すに至れば、就中那扶持の爻を以て日期を斷ずべし。又如卦中に並びに「子孫」を以て福と為さずして、而是れ所喜の某一爻の相助に靠りて乃ち吉象を成就するに至れば、那就中所喜の爻を以て斷ず。
又如卦爻凶險,遇殺神忌爻動來傷克,得別爻沖散剋制,或合住救得,惡爻無事,即當以制伏惡殺之爻斷。若鬼爻忌爻雖動無氣,亦無剋制,而用爻旺相不受傷克者,又當以鬼爻墓絕者斷。若忌爻不動,用爻不傷,而但衰絕無氣者,當以用爻生旺之日斷死期。餘仿此。
再如卦爻本來凶險にして、殺神・忌神發動して前來傷克する有れば、幸に另に別爻有りて它を衝散・克制し、あるいは合住して救い下れば、惡爻再び害を為さず、那就中惡殺を制伏するの那一爻を以て應期を斷ずべし。もし「官鬼」と忌神と雖に發動すとも氣勢無く、卦中も亦た人無くして它を克制せず、しかも用神旺相にして並びに傷を受けざれば、那就中「官鬼」の墓に入るあるいは絶に臨むの日子を以て斷ずべし。もし忌神根本に動かず、用神も亦た傷を受けず、只是れ自身衰絶無氣なれば、那就要りて用神の生旺に逢うの日子を以て死期を斷ず。その余の情形は皆這個の法子に照らして推す。
黄金策・十一、醫藥
病不求醫,全生者寡;藥不對症,枉死者多。欲擇善者而從之,須就蓍人而問也。
病を生じて却って醫を求めずして往かざれば、性命を保全する能くする人は少なし。藥を用いて却って症候に對せざれば、冤枉に命を送る人は多し。衆多の醫家中に一個の高明を挑びて投奔せんと想えば、就中先ず占筮の人に向かって一卦を問うを得て、卦象に憑りて取捨を定む。這是れ『黄金策』「醫藥」の一門の總冒にして、這一門の占う所は病本身に非ずして、而是れ醫家と藥餌との應驗するや否やを説明す。
應作醫人,空則閒亡而不遇;子為藥餌,伏則扞格以無功。凡占病,以子孫為醫藥。占醫藥,以應爻為醫人,子孫為藥餌。如卜請醫,應空,醫人必不來。發動生合世,醫必從命。動空化空,必然他出。克世沖世,皆主不來。無子孫,服藥無效,空亦無功。
「應」爻は醫生を代表し、它が空亡に落つれば、人就中閑散にして在らず、請うとも請うに到らず。「子孫」爻は藥物を代表し、它が伏して現れざれば、藥と病と便ち格格不入して、喫しても亦た功效無し。およそ病を占うは、「子孫」を以て醫藥と為す。專ら醫藥の一事を占うは、則ち「應」爻を以て醫人と為し「子孫」を以て藥餌と為す。譬如醫を請うを占卜せば、應爻が空に落つれば、醫生必定來らず。應爻發動して世爻を生合せば、醫生必定應召して至る。應爻既に動きて空にして、又た空に變入せば、那是れ醫生の出門在外に在るなり。應爻が世を克し世を衝するは、皆醫生の肯んじて來らざるを主す。卦中もし「子孫」無ければ、藥を服して效を見ず。「子孫」が空に落つれば、同じ樣功無し。
鬼動卦中,眼下速難取效;占藥,要鬼爻安靜,無氣為吉。若遇發動,其病正熾。雖有良醫妙藥,卒難取效。休囚少可,旺則愈凶。待鬼爻墓絕,用藥方有功。或強服藥,病必加重。
卦中「官鬼」發動すれば、眼下藥を用いて很に迅速に效を見ること難し。藥を占うに「官鬼」の安靜無氣を以て吉と為す。もし它發動せば、病勢正に熾盛を説明して、縱に良醫妙藥有りとも、一時に效を取る亦た難し。「官鬼」休囚の還だ稍か好些して、旺相の就中更に凶し。要りて「官鬼」の墓に入るあるいは絶に臨むの時候に等到して、藥を用いて乃ち功效有り。もし鬼旺の時に勉强藥を服せば、病は反って加重せん。
空臨世上,心中強欲求醫。世爻空亡,必不專心求醫;無故自空,決請不成;勉強為之,藥亦不效。如占服藥,而世空者,乃是藥不對症也。
「空亡」が世爻上に臨めば、醫を求むるは不過に心裡勉强敷衍するのみ。世爻が空に落つれば、病家必定肯んじて專心醫を求めず。もし無緣無故の自空なれば、那連れ醫生も亦た斷然請い成さず。就中勉强に請い來るも、藥も亦た效を見ず。もし占う所が服藥の一事にして世爻が空に落つれば、那就中藥の症に對せざるなり。
官旺福衰,藥餌輕而病重;占藥,官爻無氣,子孫旺相,藥能勝病,庶有效。若子孫休囚,官爻反旺者,乃是藥輕病重,雖或服之,必不能奏功也。
「官鬼」旺にして「子孫」衰なれば、那是れ藥力太輕にして病勢太重なり。藥を占う時もし官爻無氣にして「子孫」旺相なれば、藥力の病を壓住し得を説明して、服し下去せば大致效驗有るを會す。反ってもし「子孫」休囚にして官爻反って旺相なれば、那就中藥輕病重にして、就中服すを算うとも、亦た必定奏效する能わず。
應衰世旺,病家富而醫貧。世為病家,應為醫家。相合相生,非親則友;相沖相剋,親不往來。若應旺世衰,病家貧乏,醫必富;應衰世旺,反此斷。
應爻衰にして世爻旺なれば、是れ病家富足にして醫家貧寒なり。醫藥を占う時は「世」を以て病家と為し「應」を以て醫家と為す。兩者相生相合せば、這醫生は病家と同じく親戚に非ざれば朋友なり。兩者相衝相克せば、就中親戚を算うとも亦た素來往來無し。もし應旺にして世衰なれば、那是れ病家貧乏にして醫家富有なり。もし應衰にして世旺なれば、就中反って斷ず。
父母不宜持世,鬼殺豈可臨身?卦身與世,皆不宜臨官父二爻。若有所遇,藥便不中。父母持世,可許經醮保禳。鬼爻持世,可禱鬼神護佑,然後服藥方有驗。
「父母」は世爻上に持するを宜とせず、「官鬼」凶殺は更に卦身上に臨むべからず。卦身と世爻とは、皆「官鬼」「父母」の這兩爻に臨むを忌諱す。「父母」は「子孫」を克し、「官鬼」即ち病神にして、一旦遇上せば、藥就中路に對せず。「父母」持世のは、可に經を誦し醮を建てて以て祈保禳解を許す。「官鬼」持世のは、可に鬼神に禱告してその護佑を求む。先ず這些を辦して、然る後藥を服して乃ち驗有るを會す。
官化官,病變不一;醫藥卦中,遇官化官,其病必有更變。或症候不一,或病勢不定,用藥亦不見效。
「官鬼」發動して又た「官鬼」を變出せば、病情は必然反復變化す。醫藥を占うの卦裡に官が官に化するに遇上せば、這病必定變更の所有り。あるいは症候前後一ならず、あるいは病勢忽ち輕く忽ち重く捉摸定まらずして、藥を用うるも亦た效驗を見るに到らず。
子化子,藥雜不精。子孫,乃占藥用神。只喜一位出現。有氣不空,日辰動爻扶持,即上吉之兆。若卦中重疊太過,或子孫重化子孫,乃是醫不精,用藥雜而無功也。
「子孫」發動して又た「子孫」を變出するは、是れ藥味龐雜にして精專ならざるなり。「子孫」是れ藥を占うの用神にして、只だ一位の出現を宜とす。它氣有りて空ならず、又た日辰・動爻の扶持を得ば、便ち上吉の兆なり。もし卦中「子孫」重疊太多にして、あるいは「子孫」又た「子孫」を變出せば、那就中醫家の醫術精ならず、開く所の藥龐雜無章を説明して、因此功無し。
福化忌爻,誤服殺身之惡劑;世人皆疑《海底眼》誤服藥之句,殊不知此說極有理。蓋有動則有變。變出父母,回頭來克;變出財爻,扶持官鬼;變出兄弟,藥不精潔;變出官殺,藥反助病。子變子,乃用藥太駁雜,不能見效。此所以不若安靜為妙。若變爻或傷世克用者,必致因藥傷命之禍。
「子孫」發動して却って忌神を變出するは、那是れ誤りて能く命を致さんの壞藥を服したるなり。世人多く『海底眼』裡の「誤服藥」那句の話を懷疑す。其實這話は極めて道理有り。およそ發動有れば就中變化有り。「子孫」一動せば、「父母」を變出すれば便ち回頭して來り它を克し、「妻財」を變出すれば便ち往きて「官鬼」を扶持し、「兄弟」を變出すれば便ち藥物精潔ならざるなり、「官鬼」を變出すれば更に是れ藥反って病勢を助長するなり、「子孫」の「子孫」に變ずるは、則ち藥を用うるに過於駁雜にして效を見る能わざるなり。正に此に因りて、「子孫」は還だ安靜と為るに妙ならざるは如からず。倘若變爻竟に往きて世を傷り用を克せば、那就中必定藥に因りて命を傷るの禍事を招來せん。
應臨官鬼,防投增病之藥湯。應臨官,必非良醫。更來刑剋身世主象,須防誤藥損人。或化忌爻,或化官鬼,皆不宜此人之藥。
應爻上に「官鬼」臨むれば、他の開き出す反って病を加重せしむるの湯藥を隄防するを要す。應爻が官に臨めば、這醫生必定高明ならず。他もし還だ來りて卦身・世爻あるいは主象を刑克せば、就中他の藥を錯用して人を傷るを防備するを得。應爻もし忌神を變出し、あるいは「官鬼」を變出せば、這人の藥は皆服するを宜とせず。
鬼帶日辰,定非久病;鬼帶日辰,動出卦中者,必是日下暴得之病。若日辰雖是官鬼,不現卦中,則不然。可言其病眼下正熾,必須過此,方可用藥。
「官鬼」が日辰を帶びれば、這病必定積久の疾に非ず。もし「官鬼」が日辰を帶びて又た卦中發動して現出せば、那一定是れ近日突然得たるの急病なり。倘若日辰雖に官鬼に屬すとも、卦中却って官爻の出現を見ざれば、就中這樣に斷ずる能わず。只だ病勢眼下正に熾盛を説いて、必ず這段の時候過去するを等して乃ち好く藥を用うべしと説く能くするのみ。
應臨月建,必是官醫。應持父母,必是僧道家,或兼藝術。應持兄弟,乃是庸醫,或先求藥價。持財爻,富貴醫人,或女醫。應臨子孫,專門醫士,或僧道。應持太歲,必是世醫。持日辰,而太歲刑剋者,初學醫。持月建,是官醫;更臨子孫,用藥神效。醫人老少,以生旺墓絕推之。
應爻上に月建臨むれば、請い到るは必是れ官家供職の醫生なり。もし應爻が「父母」を持せば、多半是れ僧人道士にして、あるいは兼ねて別の技藝に通ず。應爻が「兄弟」を持せば、那是れ庸醫にして、而且往往先に藥錢を討る。應爻が「妻財」を持せば、是れ富貴人家の醫生にして、あるいは是れ女醫なり。應爻が「子孫」に臨めば、是れ專門行醫の士にして、也可能是れ僧道なり。應爻が太歲を持せば、必是れ世代行醫の名家なり。もし應爻が日辰を持して太歲の刑克を受ければ、那是れ剛く醫を學びしの新手なり。月建を持するは是れ官醫にして、もし再び「子孫」に臨めば、藥を用うる更に神效なり。醫生の年紀の老少に至りては、就中爻の長生・帝旺・入墓・臨絶に憑りて推断す。
世下伏官,子動則藥雖妙,而病根常在;大抵動爻日辰,能生得克得飛爻,不能生克得伏神。蓋伏神,隱伏之義。占病遇鬼伏世下,其病必不能斷根。雖有子孫發動,但能取效目前,過後伏鬼旺相月日,其病必再發。
世爻の下に「官鬼」伏すれば、就中「子孫」發動し藥再高妙なるを算うとも、病根仍舊留る。大體説來、動爻と日辰とは能く飛神を生じ得克し得するも、卻って伏神を生じ得ず亦た克し得ず。「伏」本來就是れ隱藏不露の意思なればなり。病を占うに鬼の世爻底下に伏するに遇上せば、這病必定根を斷つ能わず。縱に「子孫」發動有りとも、亦た只だ一時に收效する能くして、伏著する那个の鬼の旺相の月份日子に逢うに等到すれば、病必定重新發作せん。
衰中坐鬼,身臨則病雖輕,而藥力難扶。卦身臨鬼,病不脫體。衰弱無氣,纏綿難愈,淹滯之象。世旺相出現,久臥床縟,雖有良醫亦無效。世持,及主象身臨持官墓者,皆然。
衰弱の中又た「官鬼」坐して、卦身再び臨み上去せば、病雖に輕しとも卻って藥力に靠りて扶起し難し。卦身が鬼に臨めば、病氣便ち身を脫する能わず。再加えて衰弱無氣せば、就中纏綿愈え難く久拖不決の象なり。世爻雖に旺相出現すとも、人も亦た只だ長く病榻に臥すに能くして、縱に良醫有りとも亦た效驗無し。世爻が鬼を持し、および主象・卦身が官墓に臨むるのは、皆同じ樣の斷法を作す。
父若伏藏,名雖醫而未諳脈理;卦有父母,子孫不能專權,固非吉。卦中又不可無,宜靜不宜動。何也?蓋人氣脈,皆屬父母。故占醫,若無此爻,必是草澤醫人。雖能用藥,脈理未明,必以意度者。
「父母」もし伏藏して現れざれば、此人雖に醫生の名頭を掛くとも、其實並びに脉理に通曉せず。卦中に「父母」有れば、「子孫」就中獨り大權を掌る能わずして、固然吉と算せざるも、可も卦裡又た它無くんばあらず。只是れ靜を宜として動を宜とせず。為什麼。人身の氣脉は皆「父母」爻の管に歸するを以てなり。ゆえに醫家を占う時もし這一爻缺けば、來るは必是れ江湖草醫なり。他雖に亦た方を開き藥を用うるを會すとも、脉理は却って明白ならずして、全憑りて意思を以て猜度し去る。
鬼不出現,藥縱用而莫識病源。官鬼固凶殺,然亦不可無。出現在卦,則子剋制,日辰刑制,用藥有效。若不上卦,其病隱伏;根因不知,症候莫決,率意用藥,亦難取效。
「官鬼」卦上に出現せざれば、縱然藥を用うとも亦た病根の所在を認清する能わず。官鬼固然是れ凶殺なるも、可も卦裡亦た它無くんばあらず。它卦中に出現して、乃ち「子孫」有りて往きて它を克制し、日辰有りて往きて它を刑制して、藥を用う方に能く效有り。它もし卦に上がらざれば、病就中隱伏不明にして、起因既に知らず、症候も亦た判定するに從無し。隨意に藥を投ずれば、自然效を取ること難し。
主絕受傷,虛醫難救;主象在休囚死墓絕之地,而被日辰動爻乘旺刑剋者,其病必死。雖有良醫,亦無效。主象變死墓空絕者,亦然。
主象が既に「絶」地に臨みて又た傷克を受ければ、醫家縱に虚名有りとも亦た救い回る能わず。主象が休囚・死・墓・絶の這些の地方に落ちて、又た當旺の日辰あるいは動爻に勢を乘じて刑克せられれば、這病は必定治せず。縱に良醫有りとも亦た效驗無し。主象が發動して死・墓・空・絶に變入するも、一樣に看待す。
父興得地,扁鵲無功。父母發動,子孫受制,藥必不效。若得子孫有氣,日辰動爻沖合父母,救得有用,庶幾可活。然亦必須多服為妙。父化子孫,亦是醫人太慢。
「父母」發動して又た當令得地なれば、就中扁鵲の再世なりとも亦た能くする所無し。「父母」一動すれば、「子孫」制を受けて、藥必定效を見ず。もし「子孫」自身氣有りて、又た日辰あるいは動爻有りて往きて「父母」を衝開・合住し、「子孫」を救いて用いる能くし得れば、病人は還だ勉强活すべし。ただし亦た須く多く幾劑を服して乃ち好し。「父母」發動して「子孫」を變出するは、則ち醫生の行事拖沓遲慢なり。
察官爻而用藥,火土寒涼;火土官爻,其病必熱,宜寒涼藥攻之;金水官爻,其病多寒,必溫熱之劑治之。然火必寒,土必涼,水必熱,金必溫劑,可也。又如火鬼在生旺之地,又遇生扶者,必用大寒之藥攻之;休囚死絕,則用涼藥。水鬼在生旺之地,又遇合助者,須用大熱之藥;休囚死絕,則用溫劑攻之。如火鬼在陰宮陰爻,乃是陰虛火動之症,可用滋陰降火之藥。水鬼在陽宮內卦,乃是血氣虛損之症,可用補中益氣之藥。宜通變,餘仿此。
要りて「官鬼」爻の五行を察看して以て藥性を定む。火に屬し土に屬するは、就中寒涼の劑を用うべし。火土の官爻は、病必ず熱に屬して、寒涼の藥を用いて往きて攻るを宜とす。金水の官爻は、病多く寒に屬して、須く溫熱の藥を用いて來り治するを須す。細分し來れば、火鬼は寒藥を用い、土鬼は涼藥を用い、水鬼は熱藥を用い、金鬼は溫藥を用いれば、這樣就中妥當なり。再び一層を進めば、火鬼もし生旺の地に居りて、又た生扶を得ば、大寒の藥を用いて它を攻むるに非ざれば可ならず。もし休囚死絶なれば、涼藥を用いて即ち足る。水鬼もし生旺の地に居りて、又た合助を得ば、須く大熱の藥を用いるを須す。もし休囚死絶なれば、溫劑を用いて它を攻めば便ち可なり。又如火鬼が陰宮陰爻に落つれば、那是れ陰虚火動の症にして、滋陰降火の方子を用うべし。水鬼が陽宮內卦に落つれば、那是れ血氣虚損の症にして、補中益氣の方子を用うべし。總之須く卦に隨いて變通し、その余はこれに照らして類推す。
驗福德以迎醫,丑寅東北。凡占服藥,看子孫在何爻,便知何處醫人可治。如在子爻,宜北方醫人;丑爻,東北方醫人類。又如寅爻子孫,五行屬木,其醫是木旁草頭姓名,或是虎命者;雖非東北,皆能醫。餘仿此。
要りて「福德」爻に憑りて哪個の方向に往きて醫を迎うるを定む。「丑」「寅」に落つれば、就中東北方に往きて請う。およそ服藥を占うに、「子孫」の哪一爻に落つるを看れば、就中哪一方の醫生治し得好るを知る。たとえば「子」爻に落つれば、北方の醫生を請うを宜とし、「丑」爻に落つれば、東北方の醫生を請うを宜として、此に依りて類推す。又如「寅」爻上の「子孫」は、五行木に屬す。則ち這醫生は多半姓名に木旁あるいは草頭を帶び、あるいは生肖屬虎なり。這樣の人は縱然東北に在らずとも、一樣に治す能し。その余は此に照らして推求す。
水帶財興,大忌魚鮮生冷;財為飲食,資以養生。然動則生助鬼爻,反為所害。若更屬水,必忌魚鮮生冷,藥始見功。如值木爻,忌動風之物。忌值火,忌炙煿熱物。值金爻,忌堅硬鹽物。值土爻,忌油膩滑物。財如不動,不可妄言。又忌鬼爻生肖物,如丑忌牛,酉忌雞類。餘仿此。
「妻財」水に屬して又た發動すれば、最も魚蝦生鮮と生冷の物とを忌む。「妻財」は飲食を代表し、本來是れ它に靠りて生を養う。可も它一發動すれば就中往きて「官鬼」を生助して、反って成りて人を害するの東西なり。もし這財爻また水に屬せば、就中必ず口を忌みて魚鮮生冷せざれば、藥乃ち功を見るを得。もし財爻が木に屬せば、風を發し氣を動かすの物を喫するを忌む。火に屬せば、煎炒燒烤の燥熱の物を喫するを忌む。金に屬せば、堅硬と過鹹の物とを喫するを忌む。土に屬せば、油膩滑膩の物を喫するを忌む。財爻もし安靜不動なれば、就中口に隨いて亂りに忌口を説くべからず。此の外還だ「官鬼」爻の屬する所の生肖の物を忌むを要す。たとえば鬼が「丑」に在れば就中牛肉を忌み、「酉」に在れば就中鶏肉を忌む之類にして、その余はこれに照らして類推す。
木加龍助,偏宜舒暢情懷。青龍為喜悅之神,更臨木爻,生合世爻主象;病人必拋卻家事,放寬情懷,然後服藥有效。
木爻上に「青龍」加わりて相助すれば、病人は最も心懷を放寬舒暢するを宜とす。「青龍」本來是れ歡喜愉悅の神にして、它又た木爻上に臨みて、來り世爻あるいは主象を生合す。木は生發條達を主り、龍は喜悅を主る。合わせて來れば就中病人に家中の瑣事を拋開して、心情を放寬せしむるを要し、這樣にして再び藥を服して乃ち效有るを會す。
財合用神居外動,吐之則痊;財在外動,主吐。若得生合世爻用爻,以藥吐之則愈。如在內卦,疏利為妙。若財爻動來刑剋世與主象,在外則主服藥不納;在內則主藥後發瀉也。
「妻財」用神を生合して又た外卦に發動すれば、吐法を用いて治療すれば就中痊愈する能し。財爻が外卦に發動するは、上出して吐を為すを象徵す。它もし又た世爻あるいは用神を生合せば、就中催吐の藥を用うべし。吐き出せば病即ち好し。もし財爻が內卦に發動すれば、下行を象徵して、疏導通利の法を用うるを妙と為す。反って、もし財爻發動して卻って來り世爻と主象とを刑克せば、外卦に在るは藥を喫し下去れば就中吐き服し進まざるを主り、內卦に在るは藥を服するの後腹瀉止まらざるを主す。
子逢火德寓離宮,灸之則愈。子孫屬火,又在離宮,宜用熱藥療之。若在他宮,又居外卦,必用艾灸則愈。如在內卦,或雖在外,而繫本宮者,皆依此斷。
「子孫」既に火德に屬して又た離宮に寄居せば、艾灸の法子を用いて就中治好る能し。「子孫」五行火に屬して、又た火に屬するの離宮に落つれば、溫熱の藥を用いて療治するを宜とす。もし它別の卦宮に落ちて又た外卦に居れば、就中必ず艾灸を用いて乃ち痊愈する能し。它の內卦に落つるに至り、あるいは雖に外卦に在るとも仍お本宮に屬するは、皆這個の法子に照らして判斷す。
坎卦子孫,必須發汗;木爻官鬼,先要疏風。子孫在坎卦發動,不拘五行,皆宜表汗;官鬼屬木,須散風邪,用藥有效。舉其一端,五行八卦皆仿此推之。
「子孫」坎卦に落つれば、治法は必ず發汗するを須す。「官鬼」木に屬せば、則ち先ず風邪を疏散するを要す。「子孫」坎宮に發動するは、它本身の五行何に屬するを管せず、皆解表發汗の法を用うるを宜とす。「官鬼」木に屬せば、木は風を主り、就中須く先ず風邪を散去して、藥を用いて乃ち效有り。ここに不過に一兩個の例子を舉出するのみにして、その余五行と八卦との配法は、皆此に照らして推演す。
用旺有扶,勿再補;用爻休囚墓絕,必是補藥方效。若得時旺相,又有生扶合助,須克伐之藥治之。若又補,則反害。
用神既に旺相にして又た生扶有れば、就中再び補藥を用うべからず。用神もし休囚・入墓・臨絶の地に落つれば、那必ず補藥を用いて乃ち效を見るを得。可も它もし當令旺相にして、又た生扶合助有れば、就中攻伐克削の藥を用いて治すべし。這種の時候に再び往きて進補せば、反って害有り。
鬼衰屬水,莫行針。子孫屬金,利用刀針。鬼爻屬水,而用刀針,則金能生水,反助其勢,病必增重。土鬼忌用熱藥,水鬼忌用寒藥,火鬼忌用風藥,金鬼忌用丸藥。
「官鬼」衰弱して又た水に屬せば、針砭を施用すべからず。「子孫」金に屬し、金は刀刃を主る。ゆえに刀圭針石を用うるを宜とす。可も「官鬼」もし水に屬して、還だ往きて刀針を動かせば、金は反って水を生じて、病勢を助長するに等しく、病必ず加重す。此の外、土鬼は熱藥を用うるを忌み、水鬼は寒藥を用うるを忌み、火鬼は風を發するの藥を用うるを忌み、金鬼は丸劑を用うるを忌む。
福鬼俱空,當不治而自愈;子官皆動,宜內補而外修。占病,子官二爻俱空,乃吉兆。或俱衰靜,無沖無並者,其病自愈,不用服藥。若二爻俱動,非藥不對病,乃是神祟間隔,故無功;必須服湯藥,又祈禱鬼神得痊。俗謂外修內補也。
「子孫」と「官鬼」と同時に空に落つれば、病は治療せずとも亦た自ら好く。「子孫」と「官鬼」と同時に發動すれば、就中一面に內服湯藥し一面に外に祈禳するを要す。病を占う時這兩爻皆空亡に落つるは、是れ吉兆なり。あるいは兩爻皆衰弱安靜にして、既に衝無く亦た併無ければ、病は自然に好く。藥を喫するを用着せず。もし兩爻同時に發動せば、那並びに是れ藥の病に對せざるに非ずして、而是れ神祟有りて中より梗を作す。ゆえに藥を喫して功無くして、必ず一面に湯藥を服し一面に鬼神に禱告して、病乃ち痊愈する能し。民間の説く所の「外修內補」就中這個を指すなり。
卦動兩孫,用藥須當間服;卦有二爻子孫發動,用藥不必連服,以其分權故也,須多服見效。或用兩般湯藥,相間服之則效。如占瘡疽腫毒,可言內用托里,外用敷貼。
卦中に兩個の「子孫」爻發動有れば、藥を用うるに就中間隔して服するを要す。兩爻の子孫同時に發動せば、藥力は權を分けらる。ゆえに必ず一劑接一劑に連服するを要せずして、須く多く幾次を服して乃ち效を見るを須す。あるいは乾脆兩種の湯藥を備下して、交替間服せば、反って效有り。もし占う所が瘡疽腫毒の一類なれば、就中內服托裡の劑・外用敷貼の藥にして、內外並行すと説くべし。
鬼傷二間,立方須用寬胸。官鬼動來沖剋間爻,必然胸隔不利,須用寬中湯藥。鬼在二間爻動,亦然。間爻逢兄弟發動,則是氣不順也,藥宜調氣。
「官鬼」兩個の間爻を傷れば、方を開く時須く寛胸理膈の藥を用うるを須す。間爻は世應の間に居りて、正に人身胸膈の部位に應ず。「官鬼」發動して來り它を衝克せば、胸膈必定暢ならずして、須く中を寛くするの湯藥を用うるを須す。「官鬼」本身就中兩個の間爻上に發動するも、道理相同じ。もし間爻上が「兄弟」發動なれば、那是れ氣機順ならざるにして、藥を用うるに宜しく調氣を以て主と為すべし。
父合變孫,莫若閉門修養;卦中福爻空亡,官爻衰靜,若有父母動來生合世身主象者,不須服藥。更化子孫,不若拋棄家事,靜養深山;或入寺觀閉門修養,勿藥自安。
「父母」來り生合して又た「子孫」を變出せば、其れ藥を喫するより、如かず門を閉じて靜養せん。卦中「子孫」爻が空に落ち「官鬼」爻が衰弱安靜にして、もし「父母」發動して來り世爻・卦身あるいは主象を生合せば、就中藥を服するを用着せず。「父母」もし再び「子孫」を變出せば、那更に家中の事務を拋開して、深山裡に到りて靜養し、あるいは寺觀に進みて門を閉じて修養せば、藥を喫せずして自然に好く。
五興化福,可用路遇醫人。子孫出現逢空,而五爻變出子孫,卻不空者,不須選求名醫服藥,不如過路草醫,反能治之。若子孫不出現,六爻不化出,而日辰帶子孫生合者,不意中自有醫來治也。
第五爻發動して「福德」を變出せば、可就便に路上遇う所の醫生を請うべし。卦中「子孫」雖に出現すとも卻って空に落ち、しかも第五爻の變出の「子孫」偏偏空ならざれば、那就中必ず心を費やして名醫を挑選して藥を服するを要せず。反って是れ路過の草澤醫人の治し得好るなり。もし「子孫」既に出現せず、六爻中も亦た「子孫」を變出する無く、只だ日辰の「子孫」を帶びて來り生合する有れば、那就中意料の外に自ら醫生有りて上門して來り治せん。
世應比和無福德,須用更醫;世應比和,卦無福德,此藥無損無益,服與不服,只是一般。須是更換醫人,別求治療,方可得痊。
世應兩爻の五行比和して卦中又た「福德」無ければ、就中另に醫生を換うべし。世應比和は、是れ彼此生せず克せず。卦裡又た「子孫」缺けば、那這付の藥は既に害處無く亦た益處無くして、喫と喫せざると全く分別無し。必ず一位の醫生を換え、另に診治を求めて、病乃ち好くを得。
財官發動子孫空,徒勞服藥。財官俱動,其勢已凶。子孫又空,服之無益;縱有良醫,必無功效。不如不服之漸愈。
「妻財」と「官鬼」と皆發動して「子孫」が空に落つれば、藥を喫する只是れ氣力を白費するのみ。財爻動けば則ち官鬼を生助し、官爻動けば則ち病勢方に張る。兩爻齊しく動けば、情勢已に凶險なり。「子孫」の這個の解神又た空に落ちて、藥を服して毫も益處無くして、縱に良醫有りとも亦た必定功無し。倒れ乾脆服せざるに如かずして、它をして慢慢自ら好轉せしめん。
黄金策・十二、鬼神
徼福鬼神,乃當今之所尚;禱爾上下,在古昔而皆然。
鬼神に向かって福佑を求取するは、是れ當今世人の崇尚する所の風氣なり。上は天神に告げ下は地祇に禱るは、這在りて古時も亦た人人の做す所の事なり。這是れ『黄金策』「鬼神」の一門の總冒にして、祟を占問して祈禳する由は、古今皆其の例有りて、並びに俗人の臆造に非ざるを説明す。
不質正於易爻,亦虛行乎祀典;先看卦內官爻,便知鬼神情狀。官鬼能為實禍,能為福佑。故觀此亦知其情狀也。
《易》卦の爻象を拿じて往きて核實印證せざれば、那祭祀祈禳の種種の典禮も亦不過に白く一場を做すのみ。辨明して犯す所何の祟なるを明らかにせんには、先ず卦內の「官鬼」爻を看れば、便ち鬼神の來歷情狀を知るべし。「官鬼」の這一爻は既能く實在に禍を降し、亦能く實在に福を賜す。ゆえに只だ它を觀察すれば、就中作祟あるいは護佑する者の情狀を推知する能し。
旺神衰鬼,方隅乾巽堪推;陰女陽男,老幼旺衰可決。凡鬼爻旺相,為神。休囚,為鬼。陽為男,陰為女。臨長生,少年鬼;臨帝旺,壯年鬼;臨衰弱,老年鬼;胎養,小兒鬼。乾宮,西北方;巽宮,東南方鬼也。
旺のは神と算し、衰のは鬼と算して、所在の方位は乾・巽等の八宮に憑りて推すべし。陰爻は女に屬し陽爻は男に屬し、年紀の老少も亦た旺衰に憑りて斷定すべし。およそ「官鬼」爻旺相の就是れ神明にして、休囚の就是れ鬼魅なり。爻の陽に屬する是れ男にして、陰に屬する是れ女なり。「長生」に臨む是れ少年の鬼にして、「帝旺」に臨む是れ壯年の鬼にして、「衰」に臨む是れ老年の鬼にして、「胎」「養」に臨む是れ小兒の鬼なり。鬼が乾宮に在れば、西北方より來れり。鬼が巽宮に在れば、東南方より來れり。
若在乾宮,必許天燈斗願;如居兌卦,定然口願傷神。坎是北朝,艮則城隍宅土;離為南殿,坤則土地墳陵。震恐樹神,或杖傷之男鬼;巽必縊死,或癲僕之陰人。
「官鬼」もし乾宮に在れば、必是れ天燈を點し星斗を拜するの願を許し過ぎたり。もし兌卦に在れば、一定是れ口頭願を許して未だ還さず、あるいは傷神を觸犯せり。坎宮に在るは、是れ北方朝禮の聖像なり。艮宮に在るは、是れ城隍と宅神土地なり。離宮に在るは、是れ南方殿宇の神祇なり。坤宮に在るは、是れ土地神と墳陵の鬼なり。震宮に在るは、恐怕是れ樹神にして、あるいは是れ杖責に打死せらるるの男鬼なり。巽宮に在るは、必定是れ自縊して亡び、あるいは是れ癲狂跌仆して死せるの女子なり。
八宮仔細推詳,諸鬼自能顯應。此以八卦推之。乾象為天,鬼在此宮,值火,許點天燈類。金鬼亦然。木鬼許放風箏。子丑二爻,許拜北斗。坤土屬陰,故是墳陵土地。艮土屬陽,故是城隍宅土。離居南,故推南殿。坎子地,故推北朝聖象。震為木,故樹神;帶白虎或自刑,則杖死之鬼。巽為繩,故主縊死之鬼;不帶鰧蛇,或非刑爻,則是風症死者。兌為口,故有呪咀口願,又屬金,故推傷神。蓋乾三連,是渾成之金;兌象上缺,是傷損之金;故以兌為傷神,而不以乾為傷神。
八宮の卦象を把りて仔細に推詳すれば、各類の鬼神は自然に顯露出來せん。上面這段は八卦に按じて推せるなり。乾卦は天を象り、鬼が乾宮に在りて又た火に屬せば、就中天燈を點ずる一類の願を許したるにして、金鬼も亦た一樣なり。木鬼は則ち風箏を放つを許し過ぎたり。鬼が「子」「丑」の兩爻に落つるは、是れ北斗を拜するの願を許したるなり。坤は土にして陰に屬す。ゆえに墳陵と土地の神とを主す。艮同じく土なれど陽に屬す。ゆえに城隍と宅神とを主す。離は南方に居る。ゆえに南方殿宇の神と推す。坎は北方の子位に居る。ゆえに北方朝拜の聖像と推す。震は木を為す。ゆえに樹神を主す。もし「白虎」を帶びあるいは自刑せば、就中杖に打たれて死せるの鬼なり。巽は繩索を為す。ゆえに自縊の鬼を主す。もし「螣蛇」を帶びず、又た刑爻に非ざれば、那就中風症に死せるの人なり。兌は口を為す。ゆえに咒罵と口頭許願とを主す。兌又た金に屬す。ゆえに傷神と推す。ここの分別は、乾卦は三畫相連して、是れ完整無缺の金にして、兌卦は上爻中斷して、是れ殘缺受傷の金なり。ゆえに兌を把りて傷神と作すにして、乾を把りて傷神と作さざるなり。
更值勾陳,必有土神見礙;如臨朱雀,定然呪咀相侵。白虎血亡,玄武則死於不明之鬼。青龍善願,螣蛇則犯乎施相之神。此以六神推之。勾陳職專田土,鬼爻臨之,乃是土神為禍。朱雀為口舌,故有呪咀。白虎為血神,故有帶血女傷;居陽則兇暴惡死之鬼也。玄武是幽暗,故有不明死鬼;化兄弟,或從兄弟化出,則是盜賊。青龍是喜神,故有善願。鰧蛇推施相之神,今俗禱謝,必以面作小蛇,獻之取驗。
「官鬼」もし再び「勾陳」に值すれば、必ず土神有りて中より梗を作す。もし「朱雀」に臨めば、一定是れ人に咒罵衝犯せらるるなり。「白虎」に臨むは、是れ血光に因りて亡ぶるの鬼なり。「玄武」に臨むは、是れ死因不明の鬼なり。「青龍」に臨むは、是れ許し過ぎの善願未だ還さず。「螣蛇」に臨むは、則ち是れ施相の神を觸犯せるなり。這一段は六神に按じて推せるなり。「勾陳」は專ら田土を管し、鬼爻臨み上去せば、就中土神作祟なり。「朱雀」は口舌を主る。ゆえに咒罵の事に應ず。「白虎」是れ血神なり。ゆえに血を帶びて死せるの女子の傷を主り、もし陽爻に居れば則ち凶暴惡死の鬼なり。「玄武」は幽暗不明を主る。ゆえに是れ死因不明の鬼なり。它もし「兄弟」を化出しあるいは「兄弟」より化出せば、那就中是れ盜賊の鬼なり。「青龍」是れ喜神なり。ゆえに善願を主す。「螣蛇」は施相の神と推す。如今民間這位の神に禱謝するに、必定麵を用いて捏ねて小蛇を成して獻上して、説く所甚だ靈驗なり。
金乃傷司,火定灶神香願;木為枷鎖,水為河伯江神。此以五行推之。金主刀兵所傷之鬼;旺是傷神,衰是傷司部眾。火鬼在二爻,是灶君,其餘香信。本宮內卦,是本境土地,神佛香願;他宮,別境香願。在六爻,遠方香信。在五爻,途中所許。持世當境,社會中香願也。午火衰弱,必是燒死之鬼。木鬼,東方神鬼。化金,或從金化,是械鎖鬼。帶鰧蛇,吊死之鬼。木化木,又加白虎,夾死鬼。水鬼旺相,江神河伯;衰弱,落水鬼。在震巽二宮,或木化水,必是船上墮水死鬼。
「官鬼」の金に屬する是れ傷司の神にして、火に屬する定めて是れ竈神あるいは香火の願なり。木に屬するは枷鎖刑具を主り、水に屬するは河伯江神を主る。這一段は五行に按じて推せるなり。金は刀兵の傷る所の鬼を主り、旺相の是れ傷神本尊にして、衰弱の是れ傷司手下の部衆なり。火鬼が第二爻に落つる是れ竈君にして、別爻に落つれば則ち別處の香火信願なり。本宮內卦に在れば、是れ本境土地と神佛の香願にして、他宮に在れば則ち外境の香願なり。第六爻に在れば是れ遠方の香信にして、第五爻に在れば是れ途中許下せるにして、世を持する則ち是れ本地社廟裡の香願なり。「午」火にして衰弱のは、必是れ燒死の鬼なり。木鬼是れ東方の神鬼なり。它金に化しあるいは金より化し來れば、是れ枷鎖を帶びたる囚鬼なり。「螣蛇」を帶ぶる是れ吊死鬼なり。木化木又た「白虎」を加えれば、是れ夾壓して死せるの鬼なり。水鬼旺相の是れ江神河伯にして、衰弱の是れ落水の鬼なり。もし震・巽の兩宮に在り、あるいは木化水なれば、那必定是れ船上より水に墜ちて死せるの鬼なり。
若見土爻,當分廠類。土爻臨鬼,陰是陰土,陽是陽土。在震巽二宮,或從木化皆然,或樹頭土。臨應沖世,或日辰帶土鬼相沖相剋,是飛來土。若日月動變皆帶土,五方土也。
もし「官鬼」土爻上に落つるを見れば、就中它の哪一類の土神に屬するを分辨すべし。土爻鬼に臨めば、爻の陰に屬する是れ陰土の神にして、陽に屬する是れ陽土の神なり。它もし震・巽の兩宮に在り、あるいは木爻より化出せば、皆同じ樣に看待して、亦た可能是れ樹根下の土煞なり。もし土鬼が應爻上に臨みて世を衝し、あるいは日辰土鬼を帶びて來り衝し來り克せば、那是れ外面飛來の土煞なり。もし日建・月建および動爻變爻皆土を帶びれば、那就中五方土神齊しく動きしなり。
鬼墓乃伏尸為禍;財庫則藏神不安。鬼爻屬金,卦有丑動是鬼墓。妻財屬木,卦有未動是財庫。他仿此。二事見家宅決中,今不盡述。然不傷世則不為禍。
「官鬼」の墓庫發動するは、是れ地下伏尸作祟なり。「妻財」の庫地發動するは、是れ家中所藏の神不安なり。例を舉げて説けば、「官鬼」爻金に屬し、金墓は丑に在り。卦中もし「丑」爻發動有れば、那就中鬼墓なり。「妻財」爻木に屬し、木庫は未に在り。卦中もし「未」爻發動有れば、那就中財庫なり。その余五行は此に照らして類推す。這兩件事は「家宅」の一章裡已に講過せり。ここに再び詳述せず。不過要緊の一點は、只だ它來り世爻を傷らざれば、就中禍患と成らざるなり。
修造動土,必然殺遇勾陳;口舌起因,乃是土逢朱雀。此亦言土鬼也。加勾陳,必因修造動土,以致不安。在初爻,穿井不安。二爻,作灶動土。三爻四爻,當門動土。五爻,路邊動土。六爻籬笆牆下動土。兌宮,開池動土。艮宮,築牆動土。坤宮,造墳動土。坎宮加玄武,坑廁動土。以上若臨朱雀,則是動土時,暗有口舌,呪咀。或多口惹事,以致為禍。
修造動土に因りて祟を招くは、必定是れ凶殺「勾陳」に遇うなり。口舌に因りて禍を起こすは、則ち是れ土爻「朱雀」に遇うなり。ここに説く仍お是れ土鬼なり。土鬼加「勾陳」は、必是れ修造動土に因りて乃ち家宅不安を招致せり。再び爻位に按じて分かてば、初爻に在れば是れ井を鑿き土を動かし、二爻に在れば是れ竈を砌り土を動かし、三爻四爻に在れば是れ門に當りて土を動かし、五爻に在れば是れ路邊土を動かし、六爻に在れば是れ籬笆牆下土を動かす。卦宮に按じて分かてば、兌宮是れ池を開き土を動かし、艮宮是れ牆を築き土を動かし、坤宮是れ墳を造り土を動かし、坎宮再び「玄武」を加うれば是れ坑廁土を動かす。以上各種の情形もし臨む所が「朱雀」なれば、那就中動土の時暗中人有りて口舌咒罵し、あるいは自己多嘴して事を惹き、因而に禍患を招來せるなり。
或犯井神,水在初爻遇鬼;或幹司命,火臨二位逢官。若在門頭,須犯家堂部屬;如臨道上,當求五路神祗。四遇世沖,鬼必出門撞見;六逢月合,神須遠地相干。此以六爻推之也。初爻水鬼,井泉童子不安。二爻火鬼,灶神見責。三爻為門,官鬼臨之,當犯家堂香火。四爻為戶,若遇官克世沖世,必曾出門撞見鬼崇。五爻臨金鬼,五道;火鬼,五聖;木鬼,五郎神眾;水鬼,五路神司。衰弱,則道路邊鬼。在六爻,定遠方鬼。月建日辰生合,乃天神中有願。
初爻是水爻にして又た「官鬼」に逢えば、那是れ井神を衝犯せるなり。二爻是れ火爻にして又た「官鬼」に逢えば、那是れ竈王司命を干犯せるなり。「官鬼」もし第三爻の門位に落つれば、是れ家堂香火の部屬を觸犯せるなり。もし道路の位に落つれば、就中五路の神祇に祈求すべし。第四爻の鬼が世爻と相衝するは、必是れ出門在外に邪祟に撞見せるなり。第六爻の鬼が月建と相合するは、那是れ遠地の神明の相干せるなり。這一段は六爻の位次に按じて推せるなり。初爻水鬼は、是れ井泉童子不安なり。二爻火鬼は、是れ竈神見怪なり。三爻は門を為して、「官鬼」それに臨むは、當に是れ家堂香火を衝犯せるなり。四爻は戶を為して、もし官爻世を克し世を衝せば、必定曾て出門の時鬼祟に撞見せり。五爻上に臨む金鬼是れ五道神にして、火鬼是れ五聖にして、木鬼是れ五郎神衆にして、水鬼是れ五路神司なり。もし衰弱無力なれば、就中只是れ路旁の野鬼なり。鬼が六爻に在れば、一定是れ遠方の鬼なり。もし月建・日辰の生合を得れば、那是れ天神の一類にして、曾て之に對して願を許し過ぎたり。
鬼克身,冤家債主;身克鬼,妻妾陰人。我去生他,卑幼兒童僧道;他來生我,祖宗尊長爹孃。若無生合克刑,必是弟兄朋友。此以卦身推之。鬼生卦身為父母,卦身生鬼為子孫;鬼克卦身為冤仇,卦身克鬼為妻妾。二者比和為兄弟朋友;陰爻是妯娌姊妹之鬼。子孫,小口卑幼之鬼。父母,尊長祖宗之鬼。財爻,妻妾、陰人之鬼。惟鬼克身,冤家債主之鬼,必難退遣。病亦未易安。
「官鬼」來り卦身を克するは、是れ前世の冤家債主なり。卦身往きて「官鬼」を克するは、是れ妻妾の一類の女鬼なり。卦身往きて它を生ずるは、是れ晚輩幼童あるいは僧道の鬼なり。它來り卦身を生ずるは、是れ祖宗尊長父母の鬼なり。もし彼此既に生合せず亦た克刑せざれば、那必是れ兄弟朋友の鬼なり。這一段は卦身に按じて推せるなり。鬼が卦身を生ずれば、「父母」と作りて看。卦身が鬼を生ずれば、「子孫」と作りて看。鬼が卦身を克するは、是れ冤仇なり。卦身が鬼を克するは、是れ妻妾なり。兩者五行比和すれば、就中兄弟朋友なり。もし陰爻なれば、則ち妯娌姊妹の鬼なり。「子孫」に屬する是れ小孩晚輩の鬼にして、「父母」に屬する是れ尊長祖宗の鬼にして、「妻財」に屬する是れ妻妾女子の鬼なり。其中唯獨鬼の卦身を克する這一種は、是れ冤家債主の鬼にして、最も禳送退遣し難く、病も亦た安好し容易からず。
刑不善終;鬼帶刑爻,必非善終之鬼。辰是牆壁壓死鬼,午是湯火燒燙鬼,酉是刀箭所傷鬼,亥是投河落水鬼。寅或虎噬,巳或蛇傷,戌或犬咬,丑或牛觸。旺則為神道,劉郡王猛將之神。
「官鬼」刑爻を帶ぶれば、那是れ非命に死せるの鬼なり。およそ鬼爻刑を帶ぶれば、必定是れ壽終正寢に非ず。「辰」に在る是れ牆壁倒塌に壓死せらるるの鬼にして、「午」に在る是れ沸湯烈火に燒燙死せらるるの鬼にして、「酉」に在る是れ刀劍箭矢に傷られて死せるの鬼にして、「亥」に在る是れ河に投じ水に落ちて淹死せるの鬼なり。「寅」に在るあるいは是れ虎に咬まれて死し、「巳」に在るあるいは是れ蛇に咬まれて死し、「戌」に在るあるいは是れ犬に咬まれて死し、「丑」に在るあるいは是れ牛に抵れて死す。倘若這刑を帶びたる鬼爻反って旺相なれば、那就中惡鬼と為るの論を作さずして、而是れ神道にして、劉郡王の一類の猛將の神の如し。
絕則無祀。鬼不上卦,看伏何爻下,便知是何鬼崇。如伏父下,為家先。伏福下,為小口類。若伏空下,乃是無收管之鬼,是孤魂野鬼。若臨絕爻,乃無祀之鬼。
「官鬼」絶地に臨むれば、那是れ祭祀する人無きの孤鬼なり。鬼爻もし卦に上がらざれば、就中它の哪一爻の底下に伏するを看れば、便ち作祟する是何の鬼なるを知る。「父母」下に伏するは、是れ自家の先人なり。「子孫」下に伏するは、是れ幼小晚輩の一類なり。もし空に落つるの爻の下に伏せば、那是れ収管する人無きの鬼にして、即ち孤魂野鬼なり。もし它「絶」爻上に落つれば、那就中香火を斷え祭祀する人無きの鬼なり。
如臨日月,定然新死亡靈;卦無官鬼,而日辰是鬼者,必然新死亡人為禍。若日辰是鬼,而卦中又有鬼,必因祈禱,而近日新許之願未酬。
「官鬼」もし日辰・月建上に臨めば、作祟する定めて是れ新近亡故の魂靈なり。卦中に官鬼無くして、日辰恰も官鬼なれば、那必定是れ新死の人の作祟せるなり。倘若日辰是れ鬼にして、卦中同時にまた鬼爻の出現有れば、那就中是れ曾て祈禱し往きて、近日新たに許下せるの願未だ還さざるに因るなり。
自入墓刑,決是獄中囚犯。如未日占卦,得木爻官鬼,謂鬼自入墓。必是死於囹圄囚人之鬼。更帶刑爻,必死於非命,或死於墳墓間者。旺相發動,則是廟神。
「官鬼」自ら墓に入りて又た刑を帶ぶれば、作祟するは斷然是れ牢獄裡に死せるの囚犯なり。譬如「未」日に卦を占して木爻の「官鬼」を得ば、木墓は未に在り、這就中鬼の自ら墓に入ると作り叫ばるるにして、那必定是れ監牢に死せるの囚人の鬼なり。もし再び刑爻を帶上せば、那就是れ非命に死し、あるいは墳墓の間に死せるなり。反って、這鬼爻もし旺相にして發動せば、就中囚鬼に非ずして、而是れ廟裡の神明なり。
傍爻財合,必月下之情人;應位弟生,乃社中之好友。財爻動合鬼爻,或財化鬼,鬼化財,自相作合者,必與病人私通之人為禍。若被世克,而帶玄武,乃因奸致死之鬼。餘仿此。
旁邊の「妻財」爻來りて鬼と相合せば、那是れ月下私會の情人の鬼なり。應爻上の「兄弟」來りて鬼を生ずるは、那是れ社廟同夥中の朋友の鬼なり。財爻發動して往きて鬼爻に合し、あるいは財化鬼・鬼化財して、彼此自ら相作合せば、那作祟するは必定是れ曾て病人と私通せしの人なり。もし這財爻が世爻に克せられ、又た「玄武」を帶びれば、那便ち是れ姦情に因りて死せるの鬼なり。その余の情形はこれに照らして類推す。
化出鬼爻臨玄武,則穿窬之鬼;變成父母遇螣蛇,則魘魅之精。鬼動,化出六親,即以化出者斷。如化兄,為朋友兄弟,妯娌姑嫜類。若化鬼,加玄武,必是盜賊。化父母,是伯叔六親;加鰧蛇,乃是其家屋中,匠人作魘魅出現,以致人口不安。父化官,雖非鰧蛇,亦是匠人作弊。
鬼動きて變出する仍お是れ「官鬼」にして又た「玄武」に臨めば、那是れ牆を穿ち壁を翻するの盜賊の鬼なり。變出する是れ「父母」にして又た「螣蛇」に遇えば、那是れ魘鎭魅惑の精怪なり。およそ鬼爻發動して六親を化出せば、就中化出するの那一位に按じて斷ず。「兄弟」を化出するは、是れ朋友兄弟・妯娌公婆の一類なり。「官鬼」を化出して又た「玄武」を加うるは、必是れ盜賊なり。「父母」を化出するは、是れ伯叔等の六親にして、もし再び「螣蛇」を加えれば、那就中這家の屋子裡に工匠有りて魘魅の手脚を做し、因而に家口不安を弄せるなり。「父母」發動して「官鬼」を化出するは、縱然「螣蛇」を帶びずとも、亦た仍お是れ工匠の鬼を搗ち弊を作すなり。
太歲鬼臨,乃祖傳之舊例;日辰官並,是口許之初心。若太歲日辰俱帶鬼,則日下許酬祖例,尚未完其事。
太歲上に「官鬼」臨むれば、那是れ祖上傳下の舊例願心なり。日辰上に「官鬼」併ぶれば、那是れ當初口頭許下の心願なり。もし太歲と日辰と皆鬼を帶びれば、那就中眼下正に祖傳の舊例を酬還せんと許諾して、事情却って未だ辦完せざるなり。
持世則未酬舊願,伏為有口無心;變財乃不了心齋,空則有頭無尾。鬼爻持世,亦非舊例,乃是先曾許過口願,未得酬也。若無鬼,世下卻伏本宮之鬼,亦是舊欠。但是有口無心,再不介意,故致愆責。若鬼爻化出妻財,必齋修不了,土殺之欠,或破戒不淨。變財空亡,必雖許而口不戒,有頭無尾也。
鬼爻持世は、是れ舊願未だ還さず。鬼爻伏して現れざるは、是れ當初口有りて心無し。鬼爻「妻財」を變出するは、是れ齋戒許して未だ了せず。變出の財また空に落つるは、則ち是れ頭有りて尾無し。鬼爻持世は、並びに祖傳舊例と算せずして、而是れ自己先前許し過ぎの口願にして、一直に酬還せず。もし卦中鬼無くして、世爻底下に本宮の鬼伏すれば、那同じ樣是れ舊欠にして、只不過當時不過に口に隨りて一説して、事後毫も心上に放らず、因此に責罰を招來せるなり。もし鬼爻「妻財」を化出せば、那必是れ齋戒修持做完せずして、土煞の願を欠下し、あるいは中途破戒不潔せるなり。もし變出の財また空亡に落つれば、那就中雖に願を許すとも根本に忌口せずして、頭有りて尾無し。
鬼在宅中,住居不穩;官臨應上,朝向不通。內卦第二爻為宅。若動鬼臨之,宅不安,常有病。若沖剋之爻,或應爻臨鬼,其宅朝向不利,宜改。
「官鬼」宅爻上に落つれば、住處就中安穩を得ず。「官鬼」應爻上に臨めば、房屋の朝向就中利に通ぜず。內卦の第二爻是れ宅爻にして、もし發動の鬼爻臨みて上面に在れば、這宅子就中安寧ならず、家裡常に人の生病有り。もし來り宅爻を衝克するの那一爻上に鬼有り、あるいは應爻上に鬼臨めば、那就中這宅子の朝向利ならずにして、改動すべし。
兌卦金龍幹佛像;兌西方卦,佛又金身,故遇兌宮金鬼,神佛中必有善願。帶青龍勾陳,裝塑;帶鰧蛇,是欲圖畫;化父,是描寫;不然,則是經文。若化財福,是欲修舍。
兌卦中の金爻「青龍」を帶ぶれば、干犯する所是れ佛像の願なり。兌是れ西方の卦にして、佛また金身と稱す。ゆえに兌宮の金鬼に遇えば、必定是れ神佛の面前に善願を許し過ぎたり。它「青龍」「勾陳」を帶ぶるは、是れ金身を裝塑するを許下せるなり。「螣蛇」を帶ぶるは、是れ圖像を繪製せんと想うなり。「父母」を化出するは、是れ描摹繪寫を許下し、然らざれば是れ經文を抄寫するを許下せり。もし「妻財」「子孫」を化出せば、那是れ房舍を修造するを許下せるなり。
坎宮木動犯劃舟。木在坎宮發動,舟楫之象。必劃龍船,上三相公見咎。送之則吉。若艮巽卦中,水鬼臨青龍動,及木化水,水化木,鬼在水上皆是。
坎宮裡の木爻發動せば、干犯する所是れ龍船を劃るの願なり。木坎宮に發動するは、木水に浮ぶ、正に舟楫の象にして、必定是れ龍船を劃るを許し過ぎ、上三位相公の神を得罪せり。它を禳送出去せば就ち吉利なり。此の外艮宮・巽宮の中水鬼「青龍」に臨みて動き、および木化水・水化木・鬼爻水上に坐するの如きは、皆同一類に屬す。
水土交加,在乾宮則三元大帝;火金互動,於兌卦為五道傷官。三官,天地水三官。乾宮土化水,水化土,而遇官爻者,是其象。五道是刀劍之神。在兌宮互相發,而遇官爻者,是其象。
水と土と交相變化して乾宮に落つるは、犯す所是れ三元大帝なり。火と金と交互發動して兌卦に落つるは、犯す所是れ五道傷官の神なり。いわゆる「三官」、就中天官・地官・水官の三位なり。乾宮の中土化水・水化土して、又た官爻に遇うは、就中三官の卦象なり。「五道」是れ刀劍を掌るの神にして、兌宮の中火金互相發動して、又た官爻に遇うは、就中五道の卦象なり。
三空無香火之堂;凡占病,遇三爻空亡者,其象不供香火之堂。動空化空,似有若無。旺相空亡,供器不全。餘見家宅章。
第三爻空に落つれば、家中便ち香火を供奉するの廳堂無し。およそ病を占うに三爻空亡に遇えば、卦象就中這家香火堂を設けざるを顯示す。もし三爻是れ動きて空に逢い、あるいは空亡に變入せば、那是れ似有若無・形同虚設なり。もし它雖に旺相すとも仍お空亡に落つれば、那是れ堂有りて供器齊全ならざるなり。その余の推法は「家宅」の一章に見よ。
怪動有不祥之禍。怪爻季是兩頭居,初與六爻是。仲月逢之二五隨,孟月只宜三四是。動爻成怪靜無之。臨父母,必有怪器。加玄武是盜人之物。凡遇此爻動,雖非鬼爻,必是怪事。鰧蛇又動臨鬼爻,然後可言有怪。
「怪爻」發動せば、家中就中不祥の怪事有り。怪爻の定位は口訣有り。季月卦を占えば、怪爻両頭に在り、也就中初爻と第六爻なり。仲月卦を占えば、怪爻第二爻と第五爻とに隨う。孟月卦を占えば、怪爻只だ第三・第四爻に在り。這幾爻は要として發動して乃ち其の怪と為り、安靜なれば就中怪事無し。怪爻上に「父母」臨むれば、家裡必ず怪異の器物有り。再加えて「玄武」あれば、那是れ別人の偷來せしの東西なり。およそ這一爻發動に遇えば、就中它鬼爻に非ざるを算うとも、亦た必定怪事發生有り。もし「螣蛇」同時に發動して又た鬼爻に臨めば、那乃ち斷定して確かに怪有りと作す可し。
龍遇文書,獨發經文可斷;凡占有何鬼神,不持鬼爻斷,獨發之爻亦可推。如父母獨發,祖宗求祀。臨青龍,則有善願經文。本宮鬼爻,又伏世下,而在胎養生旺之地者,必有新死亡人,討求經懺薦度也。伏鬼屬水,棺尚暴露,空則不然。
「青龍」文書爻に遇い、もし這一爻獨發せば、可就中誦經の願と斷ず。およそ何の鬼神に犯るを占うに、單に鬼爻に憑りて斷せず、獨自發動の那一爻同じ樣以て推すべし。譬如「父母」獨發すれば、是れ祖宗祭祀を要求す。もし又た「青龍」に臨めば、那就中是れ誦經の善願を許し過ぎたり。もし本宮の鬼爻世爻の下に伏して、而且胎・養・長生・帝旺の這些の氣有るの地に處れば、那必定是れ新近亡故の人にして、經懺を做して超度するを討求す。伏著の鬼もし水に屬せば、棺柩還だ暴露して外に在り未曾安葬せるを説明す。這伏鬼もし空亡に落つれば、就中此の斷を作さず。
蛇逢官鬼,屬陰夢寐當推。鬼臨鰧蛇,必有虛驚怪異。若在陰宮陰象,則有夢寐。沖剋世爻用爻,必夢中所見神崇。鰧蛇臨鬼動,則是吊死鬼。
「螣蛇」「官鬼」に遇い、もし又た陰に屬せば、就中夢寐の一路に往きて推すべし。鬼爻「螣蛇」に臨めば、家中必ず虚驚怪異の事有り。もし這一爻陰宮陰象に落つれば、那就中夢中に應ず。它もし世爻あるいは用神を衝克せば、那必定是れ夢裡見る所の神祟なり。「螣蛇」鬼爻に臨みて發動するは、則ち是れ上弔して死せるの鬼なり。
動入空中值鬼,恐失孝思之禮;官爻動空化空,皆主先亡中,有失禴祀,或逢忌日不設祭也。若在他宮外卦,則是眷屬中曾有祀禮,今卻除之,不設其位。或曾饋送褚帛,今無之。皆有此象。
鬼爻發動して卻って空亡に落進せば、恐怕是れ先人を追念するの孝禮を失せるなり。官爻動きて空に逢い、あるいは空亡に變入するは、皆已亡の先人に對して虧欠する所有るを主す。あるいは四時祭祀荒廢し、あるいは忌日に碰上して卻って祭を設けざるなり。もし這鬼爻他宮外卦に落つれば、那就中親眷の中原本祭祀の禮有りしも、如今卻って撤除して、再び他の為に神位を設立せず。あるいは從前曾て紙錢布帛を焚化して供奉せしも、如今亦た斷えり。這幾種の情形は皆會す這樣の卦象を現出せん。
靜居宅上臨木,家停暴露之棺。木爻官鬼,靜臨二爻,或木鬼伏於父母下,其家必然停柩在堂,舉之則安。衰則座席,起之,家宅安泰。依此斷,萬無一失。
木爻安靜して宅爻上に坐すれば、這家必ず一口の停放未葬・暴露在外の棺木有り。木爻「官鬼」安靜して第二爻宅位上に臨み、あるいは木鬼「父母」爻の下に伏すれば、這家裡必定靈柩を停めて堂に在り。它を安葬出去せば就中平安なり。もし這木鬼衰弱無氣なれば、那停むる不過に一副の坐席の類の舊物にして、它を移走せば、家宅亦た安泰なり。這個の法子に照らして判斷せば、萬無一失なり。
黄金策・十三、種作
農為國本,食乃民天。五穀不同,孰識異宜而播種;一年所繫,全憑卦象以推詳。
農事是れ國を立つるの根本にして、糧食是れ百姓の天なり。五穀各々其の性情有り、誰か能く樣樣它らの不同の宜忌を懂得して時に適いて種を下さんや。一年の生計は全く此に係る。只好く完全に卦象に憑りて吉凶を推詳す。這是れ『黄金策』「種作」の一門の總冒にして、這一門は專ら農事の豐歉を占うを説明す。
旺相妻財,豐登可卜;妻財乃占農之本。不拘種水旱物,先看主爻現與不現,有傷無傷,便知凶吉。若得出現旺相,有生無損,主其年必成熟。然此一爻雖不可無,亦不宜動,動則官鬼有氣,終有損耗。若得變出福爻,則吉。
「妻財」爻旺相なれば、就中豐收を卜るを得。「妻財」是れ農事を占うの根本にして、種る所是水田作物にせよ旱地作物にせよを論ぜず、先ず這個の主爻の出現するや否や・受傷するや否やを看れば、吉凶便ち知るべし。它もし出現して又た旺相にして、生扶有りて損傷無ければ、這一年必定五穀成熟すを主す。不過這一爻雖に缺くべからざるも、卻って亦た發動を宜とせず。財動けば就中「官鬼」を生助し、鬼一たび氣有れば終に損耗有るを要せばなり。もし它發動して「子孫」爻を變出せば、那乃ち吉と算す。
空亡福德,損耗難憑。子孫為福德,占田之輔爻。最喜生旺發動為吉。若遇空亡,則財無生氣,官鬼當權,定多損耗。財爻縱旺,亦不能全收。若得官爻亦不上卦,或落空亡,庶幾小吉。如福德空,而財爻衰弱受傷,虛度一年,徒勞工本,決無成望。旺空動空,主半收半熟。
「福德」空亡に落つれば、損耗多少就中個の準數無し。「子孫」即ち「福德」にして、是れ田事を占うの輔助の爻にして、最も它の生旺發動するを喜ぶ。它もし空に落つれば、「妻財」便ち它を生ずるの源頭を失い、「官鬼」反って當權して、損耗必定少なからず。財爻縱然旺相すとも亦た齊全に収むる能わず。這時もし「官鬼」亦た恰好卦に上がらず、あるいは同じ樣空に落つれば、那還だ勉强小吉と算す。倘若「福德」空に落ちて財爻又た衰弱受傷せば、那就中是れ白白に一年を虚度して、工夫本錢全て白費して、絶に收成の指望無し。もし旺相にして空、發動して空なれば、則ち収成一半・成熟一半を主す。
父母交重,耘耔徒知費力。父母為辛勤勞苦之神。動則必主費力,多用耘耔。大要衰弱。臨持身世,若旺動,財雖有氣,亦減分數。蓋子孫被其傷克,故也。若在空避之地為吉。
「父母」爻重疊發動せば、草を除き土を培う只是れ氣力を白費す。「父母」是れ辛勤勞苦を主るの神にして、一發動すれば必定多く力を花するを要して、草を鋤い根を壅ぐの活兒格外繁重なり。ゆえに這一爻大體上衰弱を以て好しと為す。它もし卦身あるいは世爻上に臨みて又た旺相發動せば、則ち財爻縱然氣有りとも、収成亦た折扣を打つを要す。「子孫」它に克傷せらるるを以てなり。只だ它空亡等の避讓の地に落つるを以て、乃ち吉利と算す。
兄爻發動,年時莫望全收。兄弟劫財,占種忌爻。大怕發動,縱得福與財旺,亦非全熟年時。若臨世,主治田之人,種作不精,不然欠工本也。
「兄弟」爻發動せば、這一年就中全収を指望するべからず。「兄弟」專ら錢財を劫奪するを主り、是れ種作を占うの忌神にして、最も它の發動を怕る。一動すれば、縱然「子孫」と「妻財」と皆旺なりとも、亦た十成収成の好年景に非ず。它もし世爻上に臨めば、那就中田を種る人本身農活做りて精細ならず、要不然就是れ工本を缺少せるなり。
鬼在旺鄉,遇水神而禾苗淹腐;鬼爻發動,所種之初,必有損害。若臨水爻,其田必被水淹。沖剋身世,蓋必為淹腐也。更逢月建日辰動爻生扶,當有洪水橫流之患。化出福爻生合鬼,後重生長。化出火來刑剋,恐澇後又遭大旱;有救,雨雖多無事。
「官鬼」旺地に處りて又た水爻に遇えば、禾苗就中水に淹れ爛れんと要す。鬼爻發動すれば、種を下すの初必ず損害有り。它もし水爻上に臨めば、田裡必定水淹に遭わん。もし它再び卦身あるいは世爻を衝克せば、那就中一定是れ禾苗泡爛せらるるなり。倘若又た月建・日辰あるいは動爻の來り它を生扶するを得ば、那就要りて洪水橫流の大患有らん。もし它「子孫」爻を變出して反って鬼を生合せば、那是れ水退くの後禾苗還だ重新長起する能し。もし火爻を變出して來り刑克せば、恐怕是れ澇し過ぎの後又要りて大旱に遭わん。もし別爻救應有れば、則ち雨水多しといえども亦た災と成るに至らず。
官居生地,加火殺而稼穡焦枯。鬼在生旺之地,而臨火爻動者,必主缺水。沖剋刑剋,恐有焦禾殺稼之禍。有制伏,雖旱不妨。變出水爻刑剋身世,旱後必有苦雨淹沒。
「官鬼」生旺の地に居りて、又た火爻凶殺を加えれば、莊稼就中旱きて焦枯せんと要す。鬼爻長生・帝旺の位に處りて、而且火爻に臨みて發動せば、必ず田裡水を缺くを主す。它もし再び世身を衝克刑克せば、恐怕就中禾苗焦死・莊稼絶収の禍有らん。もし卦中別爻有りて它を制伏せば、縱然天旱なりとも亦た妨げ無し。倘若它水爻を變出して來り卦身・世爻を刑克せば、那就中是れ旱し過ぎの後又た連綿苦雨有りて田を淹掉せるなり。
土忌克身,水旱不調之歲;土鬼發動,必主水旱不調。克世,必有傷損。化火,缺水時多,滋潤時少;化水,淹沒時多,乾旱時少。蓋土能瀉火之氣,制水之勢,故也。又主里社興災,須祈禱則吉。否則,田地荒蕪欠熟。
土爻「官鬼」最も卦身を克傷するを忌む、那是れ水旱失調の年成なり。土鬼發動すれば、必ず一年の中水旱調わざるを主す。它もし世爻を克せば、田裡必ず損傷有り。它火爻を變出するは、水を缺くの日子多く潤を得るの日子少なし。水爻を變出するは、淹れらるるの日子多く乾旱の日子少なし。這是れ土能く火の氣を泄し、又た能く水の勢を制するの緣故なればなり。此の外土鬼還だ鄉里社廟災を興し祟を作すを主り、須く祈禱禳解して乃ち吉利なり。然らざれば田地就中荒蕪欠収せんと要す。
金嫌傷世,螟蝗交括之年。金鬼發動克世,有蟲傷。應臨及六爻,或五類中化出者,是蝗蟲。不傷身世,財又旺不動,乃經過此地,不為害也。
金爻「官鬼」最も世爻を傷克するを忌む、那是れ螟蟲蝗蟲一齊に害を為すの年頭なり。金鬼發動して來り世爻を克せば、田裡就中蟲害有り。もし它應爻と第六爻上に臨み、あるいは第五爻一類の位次上より變化出れば、那便ち是れ蝗災なり。倘若它並びに卦身と世爻とを傷らずして、「妻財」又た旺相にして發動せざれば、那不過に蝗群の此地を路過するにして、並びに災を成さず。
木則風摧,靜須谷秕,生扶合世,方許無虞。木爻發動,傷克世身,所種物,必遭惡風摧挫。若化水爻,或水化木爻,或與木爻同發,當有風潮顛沒之患。木鬼不動,亦主虛秕。蓋木爻五穀主星,更若福靜財衰,必主苗而不秀,或秀而不實。財福動空化空,俱是虛秕,空好看之象。火持鬼爻,與土金鬼爻安靜,被動爻日辰傷克沖並,皆有虛損。如棉花暗蛀,菽豆延日,荸薺腐爛類。
木爻害を為せば則ち莊稼風に摧折せられ、木爻安靜するも亦た只だ個の空殻秕穀を落得、唯有りて它世を生扶合すれば、乃ち憂無きを許すべし。木爻發動して來り世爻・卦身を傷克せば、種る所の物必ず惡風の摧折に遭わん。もし它水爻を變出し、あるいは水爻木爻を變出し、あるいは水木兩爻同時に發動せば、那就要りて風潮有りて莊稼を掀倒淹沒するの禍患有らん。木鬼就中動かずと算うとも、亦た穀粒空秕を主す。木爻本來是れ五穀の主星なればなり。もし再加上「子孫」安靜・「妻財」衰弱せば、那就中必定只だ苗を長して穂を抽かず、あるいは穂を抽き了れど卻って結實せず。「妻財」「子孫」動きて空に逢い、あるいは空亡に變入するも、皆亦た空殻秕穀・只だ中看にして中用ならざるの象なり。火爻鬼を持し、および土爻・金爻の鬼雖に安靜すとも動爻・日辰に傷克衝併せらるるに至りては、同じ樣皆虚耗損失有り。譬如棉花蟲に暗蛀せられ、豆類遲遲熟せず、荸薺腐爛す之類。
二爻坐鬼,必難東作於三春;五位連官,定阻西成於八月。以二爻為種作始事,五爻為收成之事。第二爻為內卦之主,第五爻為外卦之主。畫卦自下而上,種作自春而秋收也。以爻象言之:初爻為種子,二爻為秧苗,三爻為人力,四爻為耕牛,五爻為成熟之日,六爻為百事之天時也。
第二爻上に「官鬼」坐せば、三春の春耕必定順遂し難し。第五爻上に「官鬼」連なれば、八月の秋収一定阻を受けん。這是れ第二爻を把りて手を動かし耕種するの事と作し、第五爻を把りて収穫成熟の事と作すなり。第二爻是れ內卦の主にして、第五爻是れ外卦の主なり。卦を畫くに下より上り、種作も亦た春よりして秋収に至る。兩者の次序正に相應す。再び爻位に按じて物象を分派すれば、初爻是れ種子、二爻是れ秧苗、三爻是れ人力、四爻是れ耕牛、五爻是れ成熟の日、六爻則ち是れ百事に關するの天時なり。
凡遇鬼在初爻,種子不對,或多敗壞;鬼在二爻,難以耕種,或因阻節失時,秧苗有損;鬼在三爻,農力不到,欠工;鬼在四爻,牛必有病,難以耕作;鬼在五爻,收成有阻;鬼在六爻,收時天氣不順。內卦無官方大吉。二爻五爻,若被日辰刑傷沖剋,其種作收成之時,必有阻節失宜。更看何爻傷克,便知何事阻之。如兄弟為口舌,官鬼為官訟類。
這個の爻位次序に依りて推せば、鬼初爻に在れば、是れ種子選び得て對せず、あるいは多く霉壞す。鬼二爻に在れば、是れ種を下し耕作し難く、あるいは故に因りて耽擱して農時を誤り、秧苗損を受く。鬼三爻に在れば、是れ人力足らず工夫を欠缺す。鬼四爻に在れば、是れ耕牛必定病を生じ、田に下ること難し。鬼五爻に在れば、是れ収成阻を受く。鬼六爻に在れば、是れ収割の時天氣順ならず。要りて內卦全く官爻無くば、乃ち大吉と算す。第二爻と第五爻もし日辰に刑傷衝克せられれば、則ち種を下し収穫するの時候必定波折失宜有り。再看哪一爻の來り傷克するを看れば、就中何事に阻まるを知る。たとえば「兄弟」は口舌爭執を主り、「官鬼」は官府訟事を主る之類。
且如四月丙戍日卜禾,得大過之困卦。酉官動變午火,旱之兆也,日辰帶財,剋制二爻,後將插蒔,果為陰人少財而去,踰三四日而天則亢旱難用矣。此上海孫西疇所卜。依此斷之,萬無一失。
個の實例を舉げん。四月丙戌日に禾稻を占卜して、『大過』の『困』に變ずるを得たり。「酉」金官爻發動して「午」火を變出し、火金を克して當令す。正に天旱の兆頭なり。日辰「妻財」を帶びて、第二爻の秧苗位を克制す。後來該當秧を插すの時節に到りて、果然家中の婦人錢財を短かりて事を誤り走開するに因り、又た三四天を過ぎて、天就大旱して秧を插すに法無し。這一卦是上海孫西疇の占せる所なり。這個の法子に照らして推断せば、萬無一失なり。
初旺則種子有餘,初爻旺相,種子有餘。衰則不多,空則欠少。占種旱物,二爻空者,主重種;動空化空者,出後有損。三爻旺相,人齊力到;休囚空絕,芟鋤欠工。以上俱要生扶,皆嫌傷克。若卦有子孫,而初爻空者,種必不出,非無也。二爻空,秧必缺少。
初爻旺相なれば、種子就中富餘有り。初爻旺相なれば、種子綽綽として餘有り。衰弱すれば則ち種子多からず、空に落つれば則ち短缺足らず。旱地作物を種るを占う時、第二爻空に落つる主りて重新補種するを要す。動きて空に逢い空亡に變入するは、苗を出すの後還だ損を受くるを要するを主す。第三爻旺相なれば、人手齊全して力使い到れる。第三爻休囚空絶すれば、草を割き地を鋤くの工夫就中跟上がらず。以上各爻は皆要りて生扶有るを好しと為し、皆傷克を受くるを忌諱す。另に一種の情形有り。卦中明明に「子孫」有りて初爻空に落つれば、那是れ種子苗を出す能わずにして、並びに種子無きに非ず。第二爻空に落つれば、則ち是れ秧苗必定足らざるなり。
四空則耕牛未辦。四爻旺相,牛必強壯。衰則不濟,空則未有。兄化鬼,鬼化兄,與人合牛。空動化出子孫,或化丑爻,而與應爻作合,多是租佃他人之牛也。五爻空亡,收成多阻。更遇財福死絕,兄鬼旺動者,大凶之兆。所望一空,必無收穫。六爻空亡,必有驚怪,非常之變。蓋天無空脫之理,故也。餘以應爻同看,極有準。
第四爻空に落つれば、耕牛就中未だ落著せざるなり。第四爻旺相なれば、牛必定強壯なり。衰弱すれば則ち用に頂がず。空に落つれば則ち根本に未だ有らず。這一爻もし是れ「兄弟」化「官鬼」あるいは「官鬼」化「兄弟」なれば、那是れ人と合伙して牛を用うるなり。もし動きて空に逢い又た「子孫」を變出し、あるいは「丑」爻を變出して應爻と相合せば、多半是れ別人の牛を租佃するなり。第五爻空に落つれば、収成多く阻礙有り。もし再び「妻財」「子孫」死絶して「兄弟」「官鬼」旺動に碰上せば、那是れ大凶の兆にして、一切の指望空に落ち、必定顆粒の収無し。第六爻空に落つれば、必ず驚怪反常の變有り。天道本來空脱の理無きを以て、一旦空に落つれば就中異象なればなり。その余還だ應爻を連ねて一併に參看すべく、極めて準驗なり。
應爻生合世,天心符合人心;當以應為天,以世為地。應爻生合世爻,治田遇好天。沖剋世爻,則凡有所作為,非風即雨。如丙子日,予卜棉花,得無妄之訟卦。應爻沖剋世爻,自始至終,凡遇耘耕收穫,輒遇雨。未嘗得快作幾日也。
應爻來り世爻を生合するは、就中天意と人願と相合するなり。農事を占うに當に「應」を以て天と為し「世」を以て地と為すべし。應爻が世爻を生合せば、田を種る便ち好天氣に遇う。應爻が世爻を衝克せば、則ち但凡手を動かし事を做するに、風を刮らざれば則ち雨を落とす。譬如丙子日に我が棉花を占い、『无妄』の『訟』に變ずるを得、應爻正に世爻を衝克せり。結果自始至終、毎に草を鋤き耕作し収穫せんと要するに逢えば、偏偏落雨に碰上して、曾て幾天か痛快に活を干すの日子有らざりき。
卦象迭財爻,多壅爭如少壅。卦中財爻,重疊太過,不宜多加埡壅。財爻無壞不空,兄弟卦中不動,而遇子孫發動者,多壅多收,少壅少收,無壅無收也。
卦中財爻重々疊々なれば、多く土を培い根を壅ぐは反って少壅に如かず。財爻もし重疊すること太過なれば、就中宜しく再び多く培壅を加うべからず。然らざれば過ぎて猶お及ばざるなり。反って、もし財爻既に損を受けず亦た空に落ちず、卦中「兄弟」又た安靜不動にして、「子孫」發動せば、那就中壅し多ければ収多く、壅し少なければ収少なく、壅せざれば便ち収無し。全く幾多の工夫を下すを看る。
日帶父爻,一倍工夫一倍熟;父母若臨日辰,或坐世上,必主辛勤勞苦。若非勤作,決主少收。蓋一倍工夫耘耔,則有一倍熟也。子旺動,父死絕,則不費工夫而自熟。
日辰上に「父母」爻帶びれば、一分の工夫を下せば就ち一分の収成を得。「父母」もし日辰上に臨み、あるいは世爻上に坐せば、必ず辛勤勞苦を主す。もし勤力耕作を肯んぜざれば、収成一定少なし。多く一倍の草鋤き土培うの工夫を下せば、就多く一倍の成熟を得るを以てなり。反って、もし「子孫」旺相發動して「父母」死絶の地に處れば、那就中必ず幾多の氣力を費やすを要せず、莊稼自然に熟す。
財臨帝旺,及時耕種及時收。凡遇財在胎養長生爻上,不宜種作太早,早則不利,遲則少收矣。蓋胎養長生,一日有氣一日,雖遲不妨。帝旺雖有氣,過此則一日衰一日,故宜早種。在帝旺衰爻上,不宜種遲。
「妻財」「帝旺」に臨めば、就中時に及んで耕種し時に及んで収割すべし。およそ財爻「胎」「養」「長生」の這些の爻上に落つるは、種を下すに太早きを宜とせず。早ければ反って利ならず、可も亦た太遲るべからず。遲れば収成就中少なし。胎・養・長生是一天一天氣有るを以て、稍か晚些る妨げ無し。しかるに「帝旺」は雖に氣有りとも、這個の頂點を過ぎれば一天弱き一天の如し。ゆえに早く種るを宜とす。財爻帝旺乃至衰に轉ずるの爻上に落つれば、切に種ること太遲るべからず。
要知終始吉凶,但看動爻變化;動爻變財福吉,變兄鬼凶。兄化兄,偷盜損折;鬼化鬼,蟲害殘傷。父化兄鬼,辛勤不熟;父化財福,辛勤有收。財化兄,子化官,始則暢茂,終則空虛;兄化財,官化子,先遭傷損,後必稱意。五爻財旺化兄爻,年穀豐登而價賤。
種を下すより収割に到るの這一程の吉凶を知らんと欲せば、只だ動爻怎樣に變化するを看れば是れなり。動爻「妻財」「子孫」を變出するは吉と為し、「兄弟」「官鬼」を變出するは凶と為す。「兄弟」化「兄弟」は、偷盜損折せらるるを主す。「官鬼」化「官鬼」は、蟲害殘傷を主す。「父母」化「兄弟」あるいは「官鬼」は、是れ辛苦一場して卻って成熟を得ざるなり。「父母」化「妻財」あるいは「子孫」は、是れ辛苦して収成有るなり。「妻財」化「兄弟」・「子孫」化「官鬼」は、起初長じて茂盛なれど、末了卻って個の空を落つ。「兄弟」化「妻財」・「官鬼」化「子孫」は、先に損傷に遭い、後來必定称心なり。第五爻上財爻旺相にして「兄弟」を變出するは、那是れ年成豐收して穀價低賤なり。
欲識栽培可否,須詳子位持臨。凡占種植何物,以子孫推之。如臨金水,宜種水物;臨火土,宜種旱物;臨木爻,水旱皆宜。子孫能生財克官,故不看財。若不上卦,方以財論。
栽種せんと要するの作物合適なるか否かを知らんと欲せば、就中「子孫」爻の何に臨むを詳審するを得。およそ何の東西を種るべきを占うは、皆「子孫」爻を用いて推す。它金爻水爻に臨めば、水田作物を種るを宜とし、火爻土爻に臨めば、旱地作物を種るを宜とし、木爻に臨めば、則ち水旱兩宜なり。ここに「妻財」を看ざるの所以は、「子孫」既能く財を生じ能く官を克するを以て、它を看準せば財自然に其中に在ればなり。只だ「子孫」卦に上がらざるの時、乃ち改めて財爻を用いて論ず。
世值三刑,農須帶疾;世為治田之人,被日辰動爻刑沖剋害者,最為不利。如財爻傷克,必有陰人財物事。福爻傷克,必有小口六畜僧道事,故有妨農事。兄弟為口舌爭鬥,父母為尊長、文書、屋宅事情,官鬼為病訟、火盜類。若帶白虎三刑,農夫必然帶疾。世持官爻亦有疾,否則必有職役在身。加朱雀,恐是官訟。世持父母,慣知農業。持兄弟,必欠工本,或種作不精。持財福,或得財生福合,皆大吉。自空化空,農夫有大難。不然其田必種不成,種亦必不利也。
世爻三刑に值すれば、田を種る人身上必ず疾病を帶ぶ。世爻は田を治むるの人を代表し、日辰あるいは動爻に刑衝克害せらるるは、最も不利なり。看哪一類の爻の來り它を傷る。「妻財」傷克は、必ず婦人あるいは錢財の事に因りて心を分かつ。「子孫」傷克は、必ず小孩・六畜あるいは僧道の事に因りて牽扯し、因而に農事を妨礙す。「兄弟」は口舌爭鬥を主り、「父母」は尊長・文書・房屋の事を主り、「官鬼」は疾病・訟事・火災盜賊の一類を主す。もし世爻「白虎」を帶びて又た三刑に值せば、農夫必定病を帶びて身に在り。世爻官爻を持する亦た病有りて、然らざれば就中身上差役を攤著せり。再加えて「朱雀」あれば、恐怕還だ官司有らん。世爻「父母」を持するは、是れ農活を做るに慣れしの老手なり。「兄弟」を持するは、必定工本を缺き、あるいは種ること精細ならず。「妻財」「子孫」を持するは、あるいは財を得て來り生じ福を得て來り合すれば、皆是れ大吉なり。世爻もし自空して又た空亡に變入せば、農夫必ず大難有らん。然らざれば這田も亦た一定種り成さず、勉强種るも亦た一定利ならず。
爻逢兩鬼,地必同耕。凡卜種作,卦有兩鬼出現,其田必與人合種。世爻空動,而鬼臨應上,動來作合,必有人包種此田。日辰帶鬼爻合住亦然。世爻空亡,而被兄弟沖並,皆是包攬與人種也。
卦中に兩個の「官鬼」出現せば、這塊の地必定是れ人と合伙して耕種するなり。およそ種作を占うに、卦に兩鬼出現せば、田就中合種なり。もし世爻動きて空に逢い、しかも「官鬼」應爻上に臨みて發動して前來相合せば、那必定人有りて這塊の田を包下して種らんと要す。日辰鬼爻を帶びて世爻を把りて合住するも、亦た同じ樣なり。もし世爻空に落ちて、又た「兄弟」に衝併せられれば、那都是れ田を包攬出去して別人をして種らしむるなり。
父在外爻水輔,地雖高而潮溼;父居內卦日生,田固小而膏腴。父母為田段。在外卦,其田必高;在內卦,其田必低。生旺田肥,墓絕田瘦。臨木田形必長,臨土田形必短。臨火是乾旱地,臨水是潮溼地,臨金是白沙地。日辰沖剋,人不顧戀;日辰生合,必是好田,大家要種。依此斷之,萬無一失。
「父母」外卦に在りて水爻有りて相輔すれば、地勢雖に高しとも卻って仍お潮濕なり。「父母」內卦に在りて日辰の生扶を得れば、田塊雖に小なりとも卻って十分肥沃なり。田を占うに「父母」を以て田段と為す。它外卦に在れば、田必ず高處に在り。內卦に在れば、田必ず低處に在り。它生旺なれば則ち田肥え、墓に入り絶に臨めば則ち田痩す。它木爻に臨めば、田形必ず狹長なり。土爻に臨めば、田形必ず短方なり。火爻に臨む是れ乾旱の地にして、水爻に臨む是れ潮濕の地にして、金爻に臨む是れ白沙の地なり。もし日辰に衝克せられれば、這田人の肯んじて要る無し。もし日辰の生合を得れば、必ず是れ好田にして、人人皆種らんと想う。這個の法子に照らして判斷せば、萬無一失なり。
父化父,一丘兩段;父動化父,必是一丘兩段之田。卦有兩父亦然,或是種作兩處。卦身出現重迭,亦然兩處耕種。
「父母」發動して又た「父母」を變出するは、是れ一塊の田分かちて兩段と作すなり。「父母」動きて「父母」に化するは、那必定是れ同一丘の內に分かれて兩段と成せるの田なり。卦中に兩個の「父母」爻出現するも一樣にして、あるいは是れ兩處の地方に各々一塊を種るなり。卦身出現して又た重疊するも、同じ樣兩處に於いて耕種するを主す。
沖並沖,七坎八坑。日辰動爻克沖父母,其田必不平坦。非七高八低,則主人不照顧,田不值錢。或六畜損傷,或行人踐踏類。
田爻屢屢衝併に遭えば、那田裡便ち七高八低・坑窪不平なり。日辰あるいは動爻「父母」爻を克衝すれば、這田必定平整ならず。もし是れ高一塊低一塊に非ざれば、那就中是れ主人心無くして照料し、田も亦た錢に值せず。此の外還だ可能是れ牲畜壞を踩し、あるいは行人踏損す一類の情形なり。
陽象陽爻,此地必然官斗則;父母在陽宮陽爻,是官田;在陰宮陰爻,是民田。若陽宮陰爻,原官田,今改民田。陰宮陽爻,原民田,今改官田斗則也。
卦是れ陽宮・爻又た陽に屬せば、這塊の地必定是れ官田稅則に按じて科を起こすなり。「父母」爻陽宮陽爻に在れば、是れ官田なり。陰宮陰爻に在れば、是れ民田なり。もし陽宮に在りて卻って陰爻に屬せば、那是れ原本の官田如今改作して民田と為せるなり。もし陰宮に在りて卻って陽爻に屬せば、那是れ原本の民田如今改めて官田の稅則に按じて科を起こすなり。
或空或動,其田還恐屬他人。父母空亡,田種不成,否則必非己產。臨世發動,其田必有更變。化入空亡或空合應爻,當賣與人。世臨勾陳動,亦主田有更變。此一節百發百中,無不應驗。如乙亥日卜種水田,得既濟之屯卦。父母空亡,果種不成。又如卜種麰麥,得姤之乾卦。世上父動化空,至正月果被原主回贖。又如辛亥日,卜觀之訟。世上父母動,化出午火,生合應爻,又遇官鬼旺動,遂與鄰人構訟,其田果應賣與他人。又如癸巳日,卜頤之噬嗑。世臨勾陳,土財發動,其田果因田主自種,而不得成也。
「父母」爻あるいは空に落ちあるいは發動せば、這田恐怕終に別人に歸せんと要す。「父母」空に落つれば、田就中種り成さず。然らざれば亦た必定自己の產業に非ず。它世爻上に臨みて發動せば、這田必定變動有るを要す。它空亡に變入し、あるいは空にして往きて應爻に合せば、那就中別人に賣與すべし。世爻「勾陳」に臨みて發動するも、同じ樣田產更易有るを要するを主す。這一節百發百中にして應驗せざる無し。譬如乙亥日に水田を種るを占い、『既濟』の『屯』に變ずるを得、「父母」空に落ちて、果然種り成さざりき。又如大麥を種るを占い、『姤』の『乾』に變ずるを得、世爻上「父母」發動して空亡に變入し、正月に到りて果然原主に贖い回去せらる。又如辛亥日に『觀』の『訟』に變ずるを占得し、世爻上「父母」發動して「午」火を變出して往きて應爻を生合し、又た「官鬼」旺動に碰上し、於是乎鄰人と官司を打起して、那田果然應驗して別人に賣與せられり。又如癸巳日に『頤』の『噬嗑』に變ずるを占得し、世爻「勾陳」に臨みて土財發動し、那田果然田主自己要りて種るに因りて租り成さざりき。
坐落胎養,開闢未久;父母安靜,若遇卦中胎養爻動,來沖起者,乃是新闢之田。父在胎養動,亦然。否則必是新置者。若父持太歲月建,乃是祖遺產業。卦無父母,從世化出,自己置買。若財化出,妻家妝奩。從兄化出,合戶之田。從鬼化出,官家田地。不然,乃官斗則也。應爻化出,必是他人之田。
田爻「胎」「養」の上に坐せば、這田開墾せる還だ久しからず。「父母」爻本來安靜にして、もし卦中胎・養の爻有りて發動して前來它を衝起せば、那就中是れ新たに開闢せるの田なり。「父母」自身胎養爻上に坐して發動するも、亦た一樣なり。再不然れば就中是れ新近置買せるなり。もし「父母」太歲あるいは月建を持せば、那是れ祖上遺留の產業なり。卦中本來「父母」無くして世爻より變化出來るは、是れ自己買下せるなり。「妻財」より化出するは、是れ妻家陪嫁の奩田なり。「兄弟」より化出するは、是れ同族合戸共有の田なり。「官鬼」より化出するは、是れ官府の田地にして、然らざれば就中官則に按じて科を起こすの田なり。應爻より化出するは、必定是れ別人の田なり。
變成福德,溝洫分明。父母動出子孫,必然溝洫分明,其地亦善。化財亦吉,其田必得高價。化兄,田不值錢,或未分析,或與他家之田合段。若係卦身,則是與人合種也。化官,其田不美,分五行取之。如化金鬼,必多瓦礫;化木鬼,必是雜草;化水鬼,溝道不明,水難洩瀉;化火鬼,必有尸骸燒化,或蕩田,或廢宅;化土鬼,必有伏尸古墓;或溝塍畦岸莫辨;或浮土難為耕種;或有六畜踐踏;或官吏人田。否則不然也。化官空亡,不妨。
「父母」「福德」を變出せば、田間の溝渠界限清清楚楚なり。「父母」發動して「子孫」を變出せば、那必定溝洫分明にして、地も亦た是れ好地なり。「妻財」を變出する同じ樣吉利にして、這田必ず高價に賣る能し。「兄弟」を變出するは、田錢に值せず、あるいは是れ尚未分家析產、あるいは是れ別家の田と連なりて一段と成すなり。もし這一爻又た係りて卦身なれば、那就中是れ人と合種するなり。「官鬼」を變出するは、田好からずして、還だ五行を分かちて細看するを要す。金鬼を化するは、田裡多く瓦礫有り。木鬼を化するは、雜草叢生す。水鬼を化するは、溝道清ならず積水排し難し。火鬼を化するは、必ず尸骨曾て此に於いて焚化せり、あるいは是れ蕩田、あるいは是れ廢宅基なり。土鬼を化するは、必ず埋尸古墓有り、あるいは田埂畦岸分辨清ならず、あるいは是れ浮土耕種し難く、あるいは常に牲畜の踐踏有り、あるいは本來是れ官吏の人の田なり。這些の情形に屬せざれば就中另に論を當て別とす。もし變出の官爻空亡に落つれば、便ち皆妨げ無し。
若是坎宮,必近江湖之側;父在乾宮,其田必高;縱在內卦,亦非窪下低田。父在坎宮,田必傍江河;父在離宮,田邊窯冶;父在艮宮,田在山林左右;父在震巽宮,田邊必有樹木;父在坤宮,田在郊外,田心之田也;父在兌宮,田邊有官溝,或傍池沼,或以八方定其種所。
「父母」もし坎宮に落つれば、這田必定江湖水邊に靠近す。它乾宮に在れば、田必定地勢高くして、縱然內卦に落つとも、亦た窪下の低田に非ず。坎宮に在れば、田必ず江河に傍う。離宮に在れば、田宮に在れば、田邊に窯灶冶坊有り。艮宮に在れば、田山林附近に在り。震宮・巽宮に在れば、田邊必定樹木有り。坤宮に在れば、田郊野の外に在りて、是れ大片田心の中の田なり。兌宮に在れば、田邊に官家の溝渠有り、あるいは池塘に傍う。亦た直接に八卦の主る所の方位に按じて以て這田の所在を定むべし。
若伏兄弟,乃租鄰里之田。此條為租種而言。若父母出現,看父爻本宮所伏之神,則知何人家之田。如官伏父下,為職役人家田之類。卦無父母,須看伏在何爻之下,則可知矣。如伏兄下,為鄰里人家之田類。若無父,而動爻有化出者,即是其人之田也。如財爻化出,婦人之田。餘仿此。
「父母」もし「兄弟」の下に伏せば、那是れ鄰里人家の田を租種するなり。這一條是れ專ら租種に就きて説くなり。もし「父母」卦上に出現せば、就中本宮這父爻の下に伏する是何の神なるを看れば、便ち是れ誰家の田なるを知る。たとえば「官鬼」父爻下に伏せば、那是れ差役職分有るの家の田なり。もし卦中根本に「父母」無ければ、就要りて它の哪一爻の下に伏するを看れば、亦た明白なり。たとえば「兄弟」下に伏するは、是れ鄰里人家の田なり。もし既に父爻無くして、動爻の中變化して父爻を出來る有れば、那這田就中化出する者の代表する那个人のなり。たとえば「妻財」より化出せば、便ち是れ婦人の田なり。その余はこれに照らして類推す。
黄金策・十四、蠶桑
既言種植,合論蠶桑。採飼辛勤,只為絲綿而養育;吉凶眩惑,因憑卜筮於蓍龜。蠶桑一占,諸家皆忌坎宮之卦;意以坎象屬水,故也。殊不知育蠶,惟以春季,何忌之有?凡占蠶,當以財福為主,不須以卦宮論。
上の一門既に田間種植を説過せり、接著就中蠶を養い桑を種るを論ずべし。桑を採り蠶に喂する這樣の辛苦は、無非是れ絲を抽ち綿を作らんが為に乃ち這般に養育す。其間の吉凶人をして迷惑辨え難からしむれば、只好く蓍草龜甲に憑りて一卦を占問す。前人蠶を占うに、各家皆坎宮の卦を得るを忌諱す。理由是れ坎卦水に屬し水寒して蠶を克するを以てなり。殊不知蠶を養う只だ春季一時に在りて、哪里に它を忌むを用着せんや。およそ蠶事を占うに、當に「妻財」「子孫」の兩爻を以て主と為すべく、必ず卦宮を拿じて論斷するを要せず。
初論火爻,得地則蠶苗必利;凡占蠶,必看火爻者,蠶為蜀女所化,故也。昔蜀人殺馬,曝皮於庭,忽掩其女飛去掛於桑上,遂化為蠶。食葉作繭,後人取其繭為絲,遂傳其種。塑女像以祀之,名馬頭娘,即是蠶也。故諸家皆取巳午爻為蠶命。卦無火爻,蠶必不旺;出現發動,乃為吉兆。更臨財福,或持身世,大吉之兆也。
蠶を占うに先ず火爻を論ず。火爻當令得地なれば、蠶苗必定順利なり。およそ蠶を占うに一定要りて火爻を看るは、相傳蠶蜀地の女子に化せるに由るを以てなり。從前蜀人馬を殺して、馬皮を庭中に曬せり。那皮忽然卷起して主人の女兒を裹住して飛去り、桑樹に挂りて、就中蠶と變成せり。蠶桑葉を喫して繭を作り、後人繭を取りて絲を抽ち、蠶種便ち這樣に傳下せり。人々女子の像を塑起して她を祭祀し、「馬頭娘」と稱す。説く所是れ蠶神なり。ゆえに各家皆「巳」「午」の火爻を取りて以て蠶の本命と作す。卦中もし火爻無ければ、蠶必定旺ならず。火爻出現して又た發動するは、乃ち吉兆なり。它もし再び「妻財」「子孫」に臨み、あるいは卦身・世爻上に持せば、那就中是大吉の兆なり。
次尋水位,當權則寒溼多災。大抵蠶性喜幹惡溼,喜熱惡寒,自蟻至繭皆然。故育之者,則有火倉之制。推卜易書,不離此義。所以占蠶遇水爻當權發動,必有寒溼之病,其蠶必難旺盛。若或空伏死絕皆凶。可依此斷。
火爻を看過して、接著水爻の位置を找るを要す。水爻もし當令得權せば、蠶就多く寒濕の災を犯す。大體上蠶の習性是れ乾を喜び濕を怕れ、暖を喜び冷を怕る。初生の蟻蠶より繭を結ぶに直到るまで皆是くの如し。ゆえに蠶を養う人家乃ち火倉を設けて以て烘暖す。卜易の書蠶事を推断するも、亦た這個の道理を出ず。因此に蠶を占うにもし水爻當權發動に遇えば、蠶必ず寒濕の病を生じ、旺盛なり難し。火爻反って空に落ち伏藏し死絶するに至りては、那亦た皆是れ凶象にして、此に照らして判斷すべし。
福德要興,更喜日辰扶助;子孫為蠶命,卦中用神也。有氣發動,蠶必興旺。更得日辰動爻生扶合助,大吉之兆。雖有鬼爻,亦不妨害。古人云:有人制殺,雖動無妨。惟怕父母,及日辰刑傷,蠶必有損。又子孫宜臨火土二爻,木爻次之,大忌金水爻。
「福德」要りて興旺にして、更に日辰の扶助を得るを喜ぶ。「子孫」是れ蠶の本命にして、亦た這一卦の用神なり。它氣有りて又た發動せば、蠶必定興旺して、再び日辰・動爻の生扶合助を得ば、便ち大吉の兆なり。這時縱に「官鬼」卦に在る有りとも、亦た妨げ無し。古人説く、只だ人有りて凶殺を管住し得ば、凶殺縱然發動すとも亦た妨げ無しと。怕る所只是れ「父母」爻と日辰と來り刑傷するにして、那蠶必定損有り。此の外「子孫」は火爻・土爻に臨むを宜とし、木爻に臨むを次之とし、最も金爻・水爻に臨むを忌む。
妻財怕絕,尤嫌動象刑沖。占蠶以財為絲綿、桑葉。凡遇休囚死絕,或日辰動爻刑沖剋害,利必微薄。更若子孫衰空不動,必無好繭,亦無好絲,又主葉缺。須得生旺有氣,不受傷克。大吉。
「妻財」最も絶に臨むを怕れ、尤其に發動の爻に刑衝せらるるを忌諱す。蠶を占うに財爻を以て絲綿と桑葉とを代表す。它もし休囚死絶の地に落ち、あるいは日辰・動爻に刑衝克害せられれば、獲利必定微薄なり。もし再加上「子孫」衰弱落空して又た發動せざれば、那就中既に好繭を結ぶ出來ず、亦た好絲を繅る出來ずして、還だ桑葉短缺を主す。必ず財爻生旺有氣にして、傷克を受けざるを須して、乃ち大吉なり。
兄弟扶身,葉費而絲還微薄;兄弟發動,必主多費桑葉,又主其年葉貴。克世傷世,必然缺飼,異日作繭必薄,絲綿必少。最不宜持世發動,縱財爻旺相,亦不稱心。父母持世,心勞而蠶必難為。父母傷子,蠶必難為,不易養育。須看五行,則知有何傷損,當依官鬼同斷。若臨身世,雖或安靜,亦非佳兆。然父母又勞勤之神。衰靜空亡制伏,庶幾蠶苗不勞自旺。否則必費收拾,倍加勤勞,然後可望三分。雖日月不宜值之。
「兄弟」爻卦身上に扶せば、桑葉費やすこと多くして絲反って出ること少なし。「父母」爻世爻上に持せば、人白く心を操して蠶總じて養い好からず。「兄弟」發動すれば、必ず桑葉を多耗するを主り、亦た這一年葉價昂貴を主す。它もし世を克し世を傷れば、必定葉を缺きて喂養し、日後結ぶの繭必ず薄く、出るの絲綿必ず少なし。最も它持世して又た發動するを宜とせず。那樣なれば縱使財爻旺相すとも、亦た称心する能わず。「父母」に至りては、它「子孫」を克傷せば、蠶就中養い難く成り難し。還だ它の五行屬性を看、乃ち究竟何の損傷を受くるを知る。推法は「官鬼」と相同じ。它もし卦身・世爻上に臨めば、就中安靜なるを算うとも、亦た好兆頭に非ず。不過「父母」又た是れ勤勞を主るの神にして、它衰弱安靜・空に落ちあるいは制伏せらるれば、蠶苗乃ち勞せずして自ら旺なるを望むべし。然らざれば就中必ず收拾を費盡し辛勤を加倍して、然る後も亦た只だ三分の収成を指望するを得。總之日建・月建上皆這一爻に值するを宜とせず。
五行如遇官爻,必遭傷損;官鬼發動屬金,蠶必多食桑葉;或有霧露沖絕,以致蠶多僵死。屬木,桑葉必費;或門窗不謹,蠶冒風寒,以致落簇變蛹之類。屬水,須防鼠耗;或食溼葉,以致蠶瀉;或火倉不熱,以致寒溼相承,蠶苗遲長。屬火克世,須防火災;不然則是火倉太熱,不通風氣;或曬照閃爍,以致蠶眠遲起慢,頭黃難脫之病。屬土及鬼,寒暖失宜,飼葉不勻,眠起不齊;或分抬遲緩,以致蠶沙發熱蒸傷。若鬼臨太歲,當有常例未還。日辰帶鬼沖剋世爻,或日辰值鬼發動,或太歲動變鬼爻,或世持官鬼;皆有願心,祈之則吉。
五行の中もし「官鬼」爻に遇えば、蠶必定損傷を受け、具體的に哪裡に損するは、要りて鬼爻の五行に按じて分辨す。鬼爻發動して金に屬するは、蠶會す格外に桑葉を多喫し、あるいは霧露の侵襲に遇い、以て大批に僵死するに致る。木に屬するは、桑葉必定費やすこと多く、あるいは門窗關じて嚴ならず、蠶風寒を受け、因而に簇に落ち蛹に變ず。水に屬するは、老鼠の糟蹋を防ぐを要し、あるいは蠶濕を帶びたる葉を喫して瀉痢し、あるいは火倉燒きて熱ならず、寒濕交侵して、蠶苗遲遲大ならず。火に屬して又た世を克するは、火災を防ぐを要し、然らざれば就中火倉太熱・屋裡通風せず、あるいは日光晃照閃爍して、蠶をして眠ること遲く起きること慢く、頭髮黃して皮を蜕ぐ能わざらしむ。土に屬するの鬼は、則ち寒暖調節當を失し・葉を喂して均ならず・眠起齊しからず、あるいは箔を分かち蠶を抬ぐこと太遲にして、以て蠶沙發熱して蠶を蒸傷するに致る。此の外、鬼爻もし太歲に臨めば、那是れ歷年の常例願心未だ還さず。日辰鬼を帶びて世爻を衝克し、あるいは日辰鬼に值して發動し、あるいは太歲動きて鬼爻を變出し、あるいは世爻官鬼を持する、這幾種は皆願身に在有るを表示して、祈禱還願すれば就中吉利なり。
一卦皆無鬼殺,方始亨佳。占蠶以初爻為蠶種。臨財福,蠶種必好,蟻出必齊;臨死絕,必不齊;臨父母,一半出;臨鬼死絕處,已變亦不能出。二爻臨鬼下,蟻得必難長盛,雖已黑其頭,亦有損害;臨父母亦然。若動而化出,則頭眠起後有損。三爻臨鬼,停眠時有損;若三爻得吉神生扶,二爻遇凶殺剋制者,始雖不旺,至此日則盛。
一卦の中全く「官鬼」凶殺無ければ、蠶事乃ち亨通美滿と算す。蠶を占うに初爻を以て蠶種と為す。它「妻財」「子孫」に臨めば、蠶種必ず好く、蟻蠶出ること齊整なり。死絶の地に臨めば、出ること就中齊しからず。「父母」に臨めば、只だ一半を出す。鬼に臨みて又た死絶の處に在れば、就中卵已に色を轉ずるを算うとも、亦た孵り出來ず。第二爻もし鬼爻の下に在れば、蟻蠶長旺し難く、縱然頭部已に黑に轉ずるを算うとも、亦た仍お損害有り。「父母」に臨むも亦た一樣なり。もし這一爻發動して鬼を變出せば、那就中是れ頭眠起身の後損を受くるを要するなり。第三爻鬼に臨めば、眠を停するの時損有り。不過もし第三爻吉神の生扶を得て、しかも第二爻上の凶殺又た克制せらるれば、那就中起初雖に旺ならずとも、這時に到りて反って興盛起來るなり。
四爻臨鬼,蠶女入眠,必多損失;無故自空,前功俱廢;臨財化空,食加而葉缺。五爻臨鬼上,箔有損;鬼帶水爻,簇汗;鬼帶木爻,必多遊走;鬼帶土爻,必多腐爛;鬼帶金爻,白僵死;鬼帶火爻,繭必輕薄。六爻臨鬼,絲必難織,蟻必難出。以上六爻,須當互看,大抵皆怕空絕,皆要財福,皆忌官父持克。
第四爻鬼に臨めば、蠶將に大眠に入らんとする時必ず損失多し。這一爻もし無故自空せば、先前の工夫全て白費なり。もし「妻財」に臨みて空亡に變入せば、那是れ蠶食量大増して偏偏桑葉接上がらざるなり。第五爻上鬼に臨めば、蠶箔毛病を出さんと要す。鬼水爻を帶ぶるは、蠶簇上返潮して汗を出す。木爻を帶ぶるは、蠶多く爬散亂走す。土爻を帶ぶるは、多く腐爛有り。金爻を帶ぶるは、白を發して僵死す。火爻を帶ぶるは、結ぶの繭必定輕薄なり。第六爻鬼に臨めば、絲織り成し難く、蟻蠶も亦た出齊し難し。以上六爻は要りて彼此對照して看、大體上皆空に落ち絶に臨むを怕れ、皆要りて「妻財」「子孫」有らんことを、皆「官鬼」「父母」の臨持克傷を忌む。
日主沖身,切忌穢人入室;世身遇日辰相沖,或應爻動克,須防穢汙人帶魘入室,觸犯蠶花,以致變壞。世帶水土動沖子孫,乃蠶婦自身不潔,非他觸也。世爻合應,必然汙婦臨蠶。世爻為養蠶婦。墓庫老年婦;胎養長生,少年女子;臨太歲財爻,必是慣家;臨子孫,必然精制。臨兄,老年懶飼。臨父母,雖多辛勤,然恐多傷蠶苗。臨官鬼,蠶姑必有病。世爻無故自空,或化死墓絕空,蠶姑當有大難;不然,必懶於抬飼。若帶自刑,身亦病。臨胎化胎,必有孕。日辰相沖,將及分娩。若與鬼爻應爻,及日辰作合者,蠶婦必與外人有情。遇有沖剋,其事已露。世在陽宮,又臨陽爻,是蠶主淫亂,非蠶婦也。
日辰卦身を衝克すれば、切に不不潔の人の蠶室に進入するを忌む。世爻と應爻と相合すれば、必是れ不潔の婦人蠶箔に臨近せるなり。世爻・卦身日辰の相衝に遇い、あるいは應爻發動して來り克するに被れば、就中穢污の人晦氣を帶びて屋に進み、蠶神を衝犯して、以て蠶變壞するに致るを防備するを得。もし是れ世爻自ら水土を帶びて發動して往きて「子孫」を衝すれば、那便ち是れ蠶を養う婦人自身不潔にして、並びに外人の衝犯に非ず。世爻は蠶を養うの婦人を代表す。它墓庫上に坐する是れ老年の婦人にして、胎・養・長生上に坐する是れ年輕の女子なり。太歲に臨みて又た是れ財爻のは、必是れ蠶を養うの老手なり。「子孫」に臨むは、手藝精細なり。「兄弟」に臨むは、是れ年老して喂飼を懶むなり。「父母」に臨むは、雖に辛勤なりとも、卻って恐怕蠶苗を傷らん。「官鬼」に臨むは、這蠶姑必定病有り。世爻もし無故自空し、あるいは死墓絶空に變入せば、蠶姑大難有るを要し、然らざれば亦た必定箔を抬き蠶に喂するを懶む。もし自刑を帶びれば、本人亦た病有り。它「胎」爻に臨みて又た「胎」爻を變出するは、婦人必定身孕を懷けり。日辰再び來り相衝せば、就中將に分娩せんとす。世爻もし鬼爻・應爻あるいは日辰と作合せば、這蠶婦必ず外人と私情有り。もし又た衝克に遇えば、那事情已に敗露せり。世爻陽宮に落ちて又た陽爻に臨むるに至りては、那便ち是れ蠶主本人淫亂にして、蠶婦の事に干からず。
子受暗沖,每遇分抬須仔細;子孫為蠶身。出現不動,而被動爻日辰暗沖者,主分抬時不加仔細,蠶多傷損。蓋沖福之爻不遇父母官鬼,非吉神故也。動而逢沖,蠶多遊走。無沖然後為吉。
「子孫」暗中衝を受ければ、毎に箔を分かち蠶を抬ぐに逢えば就中格外小心するを得。「子孫」は蠶の身體を代表し、它卦上に出現するも卻って安靜不動にして、偏に動爻あるいは日辰に暗中衝擊せられれば、就中分抬の時手脚細致ならず、少なからず蠶を傷らしむるを主す。來り「子孫」を衝するの那一爻は、就中「父母」「官鬼」に非ざるを算うとも、亦た終に吉神に非ざればなり。もし「子孫」本身發動して又た衝に逢えば、那是れ蠶多く爬散走失す。衝無きを要して、乃ち吉利と算す。
財逢傷克,凡占物價必騰增。凡占葉價貴賤,但看財爻。若遇動爻日辰相剋,去後必然葉貴。或財空亡,或衰無氣,或化入死墓空絕,皆主葉貴。若財爻旺相,兄弟不動,則葉必賤。凡遇兄弟發動,葉必不敷。
「妻財」傷克に遭えば、およそ物價を占うに必定上漲す。桑葉價錢の貴賤を占らんと要せば、只だ財爻を看れば是れなり。它もし動爻・日辰に克せらるれば、往後葉價必ず貴し。財爻空亡に落つるは、衰弱無氣にして、あるいは死・墓・空・絶に變入するも、亦た皆葉價上漲を主す。反って、財爻旺相にして「兄弟」又た發動せざれば、葉價必定便宜なり。およそ「兄弟」發動に遇えば、桑葉一定用い足らず。
兄弟值空亡,絲番白雪;凡遇財福旺相,豐稔可推。然有兄弟父母官鬼,亦難許為吉兆。必得三者死絕空伏不動,方成大吉之象。則蠶無所傷,利有所望,而絲亦好也。卦身臨巳午,繭積黃金。巳午臨身,蠶命得地,更會財福,大吉之卦。世爻臨之亦好。
「兄弟」爻空亡に落つれば、繅り出すの絲白きこと雪の如し。卦身「巳」「午」の火爻に臨めば、堆起の繭貴きこと黄金の如し。およそ「妻財」「子孫」旺相に遇えば、就中蠶事豐稔を推知する能し。不過卦中もし還だ「兄弟」「父母」「官鬼」有れば、亦た吉兆と許し難し。必ず這三者皆死絶・落空・伏藏して發動せざるを得て、乃ち大吉の象と成り、那樣なれば蠶傷を受けず利指望有りて、絲の成色も亦た好し。「巳」「午」の二爻是れ蠶の本命にして、它卦身上に臨めば、就中蠶命地を得るなり。もし再び「妻財」「子孫」を會合せば、便ち大吉の卦なり。世爻上に臨む同じ樣是れ好事なり。
父動化財,不枉許多勤苦;父動克子,本非吉兆;若化財爻,則主辛勤,終有成望。化子亦吉。父化父,廣養薄收;父化官,徒自辛勤,必多傷損。父化兄,兄化父,鬼化父,財化兄,日後必賤。財化鬼,子化官,先吉後凶。如蠶雖旺,入箔則多變爛類。兄化兄,則主折本。
「父母」發動して「妻財」を變出せば、先前の那許多の辛苦總算して白費に非ざりき。「父母」發動は本來「子孫」を克して、是れ吉兆に非ず。けれども它もし財爻を變出せば、那就中是れ雖に辛勤なりとも、終に成果有りて望むべし。「子孫」を變出するも亦た吉なり。もし「父母」化「父母」は、是れ養うこと多くして収むること少なし。「父母」化「官鬼」は、是れ白白辛苦一場して、損傷必ず多し。もし「父母」化「兄弟」・「兄弟」化「父母」・「官鬼」化「父母」・「妻財」化「兄弟」は、往後絲價必ず賤し。もし「妻財」化「官鬼」・「子孫」化「官鬼」は、那是れ先吉後凶にして、譬如蠶看るに雖に旺なりとも、一たび蠶箔に上れば就中多半爛掉す。「兄弟」化「兄弟」に至りては、那就中虧本折財を主す。
官興變福,亦遭幾度虛驚。官鬼發動,必有損耗。若化子孫,庶幾無事;亦有虛驚。鬼化財,雖損有收;父化財,亦然。兄化財,多費桑葉則有利。子化子,蠶不旺;財化財,絲必薄;子化財,財化子,則稱心也。大抵子孫太過,財爻無氣,多養少收。子孫旺相,財爻太多,多收少價。子孫死絕,財爻太旺,葉多蠶少。財爻死絕,子孫太旺,蠶多葉少。若官父兄重疊太過,反不妨也。
「官鬼」發動して「福德」を變出せば、雖に大礙無しとも、亦た總じて幾場の虚驚を受くるを要す。鬼爻一たび動けば必ず損耗有り。もし它「子孫」を變出せば、大致事を出すに至らざるも、可れども虚驚仍お免れ難し。「官鬼」化「妻財」は、雖に損失有るも還だ是れ収成有り。「父母」化「妻財」も亦た一樣なり。「兄弟」化「妻財」は、雖に多く桑葉を費やすも卻って終に利有り。「子孫」化「子孫」は、蠶旺ならず。「妻財」化「妻財」は、絲必ず薄し。「子孫」化「妻財」あるいは「妻財」化「子孫」は、那就中称心如意なり。大體説けば、「子孫」太過して財爻氣無きは、是れ養うこと多くして収むること少なし。「子孫」旺相して財爻太多きは、是れ収むること多くして卻って價に賣り上がらず。「子孫」死絶して財爻太旺なるは、是れ葉多く蠶少なし。財爻死絶して「子孫」太旺なるは、是れ蠶多く葉少なし。「官鬼」「父母」「兄弟」重疊太過するに至りては、反って妨げ無し。
卦出乾宮,若養夏蠶偏吉利;乾兌宮卦,子孫屬水。其性皆逆,春蠶必難興旺,故利夏蠶。蓋春與夏不同。春蠶怕冷,大忌水爻;夏蠶要涼,不忌水爻。春蠶若冷,多病難養;夏蠶若涼,少病易旺。所以,夏蠶宜子孫屬水。
卦乾宮に出づれば、もし養う是れ夏蠶なれば反って吉利なり。乾宮・兌宮の卦は、「子孫」爻水に屬し、水性と蠶性と相逆すれば、春蠶必定旺なり難し。ゆえに只だ夏蠶を養うに利あり。這是れ春夏の兩季情形同じからざるを以てなり。春蠶冷を怕れて、最も水爻を忌み、夏蠶涼を要して、就中水爻を忌まず。春蠶冷を受ければ、多く病して養い難く、夏蠶涼を得れば、少く病して旺なり易し。ゆえに夏蠶を養う反って「子孫」の水に屬するに宜し。
母居刑地,如言蠶室定崩摧。蠶房以父母論。生旺有氣,修治整齊;死絕刑害,崩損破敗。帶水自刑,蠶室必漏。水化父,父化水,皆作前斷。看臨何爻,便知何時有雨。如在初爻,生蟻時,多被陰雨傷蠶。餘仿此。
「父母」爻刑地に落つれば、那就中蠶室必定坍塌破損するを説くに等し。蠶房是れ「父母」爻を用いて看るなり。它生旺有氣なれば、房屋修葺せられて齊整なり。它死絶して又た刑害に遭えば、房屋就中崩壞破敗す。它水を帶びて又た自刑するは、蠶室必定雨漏りす。水化「父母」・「父母」化水は、皆前面の這樣に照らして斷ず。再び它の第幾爻に臨むを看れば、就中何の時候雨下るを知る。譬如初爻に落つれば、就中是れ蟻を孵すの時多く陰雨に蠶を傷られしなり。その余はこれに照らして類推す。
蠶繭獻功,三合會財福而旺相;卦宮定位,六爻隨動靜以推詳。卦有三合,最怕會成父、兄、官局,大為不利。蓋會起之爻,不論四時,皆為有氣;以被二爻扶持,故也。旺相遇之,其勢愈甚。故占蠶,得三合財福二局,大吉之兆。更若凶殺有制,可作十分吉斷。
蠶繭大功を獻上せんと要せば、須く三合會成して「妻財」「子孫」にして又た旺相なるを得べし。卦宮既に定位せられ、六爻還だ其の動靜に隨い逐一推詳するを要す。卦中に三合局出現すれば、最も「父母」局・「兄弟」局あるいは「官鬼」局と會成するを怕る。那是れ大いに不利を為すなり。會合して起るの爻は、論せず哪個の季節に處るとも皆氣有りと算す。它同局の另外兩爻に扶持せらるるの緣故なり。もし這局本身又た旺相なれば、氣勢就中更に盛んなり。ゆえに蠶を占うに三合の「妻財」局あるいは「子孫」局を得る能わば、是れ大吉の兆なり。倘若卦中の凶殺又た制伏有れば、那就中十分の吉と斷作すべし。
黄金策・十五、六畜
道形萬物,理總歸於一心;易盡三才,占豈遺乎六畜?惟能精以察之,自得明而著矣。凡占六畜,專以財福為主。不可依諸家,以分宮本命斷推。蓋本命分宮,古人為家宅內看吉凶,故立此例。今人不究其理,雖只占一物,亦以分宮斷之,則失其旨。學者詳之。
大道萬物を生成し、其の理最終に皆一心の上に歸結す。『易』能く天地人三才の道を窮むれば、占卜又た豈に馬牛羊雞犬豕の這六畜を漏落さんや。只だ能く精細に往きて體察すれば、自然に看ること明明白白を得。およそ六畜を占うに、專ら「妻財」「子孫」の兩爻を以て主と為し、不可なり各家の説法に照らし、分宮と本命とに按じて推断するは。分宮本命を配するの那一套は、是れ古人家宅の內各項の吉凶を看るが為に乃ち立てしの條例にして、如今の人它の本意を追究せず、哪怕只だ一樣の牲口を占うとも、亦た分宮を拿じて斷ずれば、那就中本旨を失せり。易を學ぶの人要りて仔細に分辨すべし。
命在福神,若遇興隆須長養;禽蟲六畜之命,皆屬子孫。旺相有氣,不空,必然長養易大。休囚墓絕,決然不濟。若不上卦,或落空亡,未買勿置,已蓄勿蓄。利歸財位,如逢囚死定輕微。大抵此占,惟牛馬為力,其他為利而占。然力與利,同歸財爻。最怕休囚死絕,去後財利必薄;雖力氣亦不多。旺相不空,方為大吉。
六畜の本命は「福神」即ち「子孫」爻上に在り。這一爻もし興旺隆盛なれば、牲口就中養い得住大きく長ず。六畜の利益は「妻財」爻上に歸す。這一爻もし休囚死地に落つれば、所得必定微薄なり。およそ禽鳥蟲豸と六畜の性命は、皆「子孫」爻に歸し管す。它旺相有氣にして又た空に落ちざれば、牲口必然養い大に易し。它休囚入墓臨絶すれば、就中斷然養い好からず。它もし根本に卦に上がらず、あるいは空亡に落つれば、則ち還だ買わざれば就中買うなかれ、已に養い著るも亦た再び養い下去するなかれ。財爻に至りては、牛馬を占う多半是れ它の力を出すを圖り、其の他の牲畜を占う多半是れ它の利を得るを圖るも、しかるに力氣も好し利息も好し、皆同じく財爻上に歸到す。財爻最も休囚死絶を怕る。那樣なれば往後財利必ず薄く、連れて力を出すも亦た有限なり。須く旺相不空なるを得て、乃ち大吉なり。
二者不可相無,一般皆宜出現。無福則難養,無財則利少。財福不空俱出現,禽蟲六畜總相宜。財旺福衰,雖瘦弱而善走;財空福動,縱遲鈍而可觀。凡占牛馬,子孫爻旺相,主肥;休囚主瘦;動則強健輕跳,必有可觀。財爻旺相,則主有力,又主善走,後亦有益。休囚則無力,而不善走,亦不濟。財若空亡,愈見遲鈍不濟。
「妻財」「子孫」の兩爻は一も缺くべからずして、一樣に皆卦上に出現するを要す。「子孫」無ければ就中養い活し難く、「妻財」無ければ就中得利少なし。兩爻皆空に落ちずして又た皆出現せば、則ち論せず禽鳥蟲豸にせよ還だ是れ六畜にせよ、樣樣皆合宜なり。財旺にして福衰するは、牲口雖に瘦弱なりとも卻って跑ること快し。財空にして福動するは、縱然遲鈍なるも亦た還だ看るに過ぎ去るべし。およそ牛馬を占うに、「子孫」爻旺相は膘肥を主り、休囚は瘦弱を主り、發動すれば則ち強健輕捷にして必ず可觀有り。財爻旺相は力氣有るを主り、又た善く奔走するを主り、日後亦た益處有り。財爻休囚なれば就中力氣無く跑り動かず、亦た中用ならず。財爻もし空亡に落つれば、那就中更加に遲鈍無用なり。
財若空亡,雖利暫時無遠力;財爻發動,亦是善走之象。但不宜化入空亡,則主有頭無尾,先勤後惰,必無久遠之力。若財爻旺空動空,又是用不兩全之象,非無長力。如牛則善車戽,不善犁耙;馬善疾行,不善緩行類。福臨刑害,若非齾鼻定凋肥。子孫爻帶自刑,或化敗病等爻,其畜主有破相。如凋齾穿蹄,破脊單照類。
財爻もし空亡に落つれば、牲口一時還だ用有るも、卻って長遠の力氣無し。「子孫」爻もし刑害に臨めば、這牲口是れ豁鼻缺齒に非ざれば、就中是れ掉膘瘦損なり。財爻發動は本も亦た善走の象にして、只だ是れ空亡に變入するを宜とせず。那樣なれば就中頭有りて尾無し・先勤後懶にして、必定長久の力氣を使出せず。もし財爻是れ旺して空に逢い動きて空に逢うは、那又た是れ用處能く兩全せざるの象にして、並びに全く長力無きに非ず。譬如牛只だ善く車を拉し水を汲みて、善く田を犁き地を耙くならず、馬只だ善く疾馳して善く緩行せざるの類なり。「子孫」爻自刑を帶び、あるいは「敗」「病」一類の爻を變出するに至りては、這牲口就中破相有るを主す。譬如豁唇缺齒・蹄甲穿裂・脊背破損・單眼失明の類なり。
相合相生,必主調良且善;相沖相剋,定然頑劣不馴。子孫生合世爻,六畜馴善,於我有益。若來刑沖剋害,必主性劣不馴。如牛則縮車縮犁,馬則前失後失類。要知蹄足身形,須看臨持八卦;欲別青黃白黑,須參生克六神。乾為頭,坎為耳,震為前足,艮為後足,巽為腰,離為目,坤為腹,兌為口。青龍色青,白虎色白,朱雀赤,玄武黑,勾陳螣蛇色黃。凡占以子孫所臨為本身顏色,以他動來生克者,斷別處有異色。如子孫臨玄武在乾宮,而被坤宮動克之,乃是黑身黃足;若被艮宮白虎動克,可言黃身白足。他仿此。凡克處多於生處,衰處少於旺處。自宜通變。
「子孫」と世爻と相生相合せば、牲口必定調順良善なり。相衝相克すれば、就一定頑劣馴え難し。「子孫」世爻を生合せば、六畜馴良にして、主人に對して益有り。它もし來り刑衝克害せば、必ず性子頑劣にして管に服せざるを主す。譬如牛車を拉し地を犁くに縮著して肯んじて走らず、馬前に蹄を失し後に足を失すの類なり。牲口蹄足身形何處に異有るを知らんと要せば、須く它の八卦の哪一宮に臨むを看、它の青黃白黑什麼の毛色を辨ぜんと要せば、須く六神の生克を參看すべし。八卦部位を分かつ。乾是れ頭と為し、坎是れ耳と為し、震是れ前足と為し、艮是れ後足と為し、巽是れ腰と為し、離是れ眼と為し、坤是れ腹と為し、兌是れ口と為す。六神顏色を分かつ。青龍青・白虎白・朱雀赤・玄武黑・勾陳と螣蛇黄なり。およそ占うに「子孫」の臨む所の六神を以て牲口本身の毛色を定め、再び來り它を生じ它を克するの那一爻を以て、別處另に雜色有るを斷ず。譬如「子孫」「玄武」に臨みて乾宮に在り、坤宮の動爻に來り克せらるれば、那就中是れ黑身黃足なり。もし艮宮「白虎」を帶びたるの動爻に來り克せらるれば、就可く説きて是れ黃身白足と為す。その余はこれに照らして類推す。大體上克せらるるの處の雜色は生を受くるの處より多く、衰弱の處の雜色は旺相の處より少なし。自ら當に靈活に變通すべし。
陰陽有雌雄牝牡之分;馬曰雌雄,獸曰牝牡。以子孫屬陰屬陽。如陽爻子孫,占牛為牡牛,占馬為牡馬,騾為叫騾類。胎養為駒犢羔雛之類。馬子曰駒,牛子曰犢,羊子曰羔,雞鴨子曰雛。凡遇子孫在胎養爻上,必是此類。若以口齒,長生,是三齒;冠帶,四齒;帝旺是斬齊口;墓庫則老矣。
爻陰陽を分かてば、牲口便ち雌雄牝牡の別有り。爻胎養に在れば、占する多半是れ駒・犢・羔・雛の一類の幼畜なり。馬は雌雄と稱し、獸は牝牡と稱す。全く「子孫」爻の陰に屬するや還だ是れ陽に屬するやに憑りて定む。「子孫」是れ陽爻なれば、牛を占えば就中公牛にして、馬を占えば就中公馬にして、騾を占えば就中叫ぶ能きの公騾の類なり。幼畜に至りては、馬の仔は駒と叫び、牛の仔は犢と叫び、羊の仔は羔と叫び、雞鴨の仔は雛と叫ぶ。およそ「子孫」「胎」「養」の兩爻上に落つれば、占する必ず是れ這一類なり。もし要りて牙口に按じて年歲を推せば、「長生」是れ三齒にして、「冠帶」是れ四齒にして、「帝旺」是れ牙口長じ齊うにして、墓庫上に落つれば就中老牲口なり。
身生子胎,必是受胎之六畜;如占牛,子孫在胎爻上,必童牛。自生,子孫在胎爻上,則是牛有胎,原非童牛也。化出胎爻,或子孫沖胎,動於卦中者,亦然。子化子,則是子母牛也。福臨鬼墓,須知有病於一身。福臨鬼墓,畜必有病。如臨病爻,或被鬼爻沖剋,皆主有病也。
卦身「子孫」を生じて「子孫」又た胎爻に坐せば、占する必是れ已に胎を懷けたるの牲口なり。「福德」鬼墓の上に臨めば、就中這牲口渾身是れ病なるを知るべし。譬如牛を占うに、「子孫」胎爻上に在れば、那是れ尚未長成せるの小牛なり。可れどももし是れ本身自生して「子孫」又た胎爻上に坐せば、那就中是れ母牛已に懷胎して、並びに小牛に非ず。もし卦中胎爻を變出し、あるいは「子孫」發動して往きて胎爻を衝すれば、亦た同じ樣懷胎と作して斷ず。「子孫」再び「子孫」を變出せば、那便ち是れ母牛小牛を帶びたるなり。「子孫」鬼爻の墓庫上に臨むるに至りては、牲口必定病有り。它「病」爻に臨み、あるいは鬼爻に衝克せらるるも、亦た皆病有るを主す。
父動有傷,子絕則徒勞碌;父母發動,必傷用神,必有損失。更遇子孫墓絕無氣,必主死亡,雖能牧養,亦徒勞碌。得子孫在空避之地,方為吉。兄興不長,財空則反生扶。兄弟發動,六畜不長。若得財值空爻,不受傷克,則反生扶子孫,其畜必然易養,利亦不失。
「父母」發動すれば就中損傷有り、「子孫」再び絶地に臨めば、牧養一場只是れ白辛苦なり。「兄弟」發動すれば牲口長ち大ならず、可れども財爻もし恰好空に落つれば、反って轉じて來り「子孫」を生扶す。「父母」一たび動けば必ず用神を傷り、牲口必ず損失有り。もし再び「子孫」入墓臨絶・毫も氣力無きに碰上せば、那就要りて死掉せん。縱然肯んじて心を用いて牧養すとも、亦た是れ氣力を白費す。只だ「子孫」空亡等の避讓の地に落つるを以て、乃ち吉利と算す。「兄弟」發動すれば、六畜長じ好からず。但し若し財爻正に空爻に值して又た傷克を受けざれば、它就中再び「子孫」を耗損せずして、反って來り「子孫」を生扶す。這牲口必然養い易くして、利息も亦た空に落ちざらん。
世若空傷,到底終須失望;世爻無故自空,必不稱意。大象若凶,則有大難。鬼如發動,從來弗克如心。鬼爻發動,占畜大忌。或六畜自有疾病,或因事而起禍端。日後必不如願,詳具於下。
世爻もし空に落ちて又た傷を受ければ、到頭來終に失望するを要す。「官鬼」一旦發動すれば、從來就中称心如意する能わず。世爻無故自空せば、事情必定心願に合せず。もし整卦氣象又た凶なれば、那就要りて大難を出さん。鬼爻發動するに至りては、是れ牲畜を占うの大忌なり。あるいは牲口自身病を生じ、あるいは這牲口に因りて禍端を惹出して、日後總じて願を遂ぐる能わず。具體の分別は下文に詳見す。
逢金生旺,當慮齧人;值土交重,須憂病染。金鬼發動,有蹼脾之患。若克世爻,必難觸犯。世爻更絕,必被傷人。木鬼發動,主有草結之病。若在外卦,毛色不善;更加螣蛇,必有惡毛,旋螺,有礙相水法。水鬼發動,主有寒病,如激心黃瀉薄糞之類。火鬼發動,必主畏熱,或有熱結病類。土鬼發動,須防瘟病類。或曰:鬼在初爻足有病;在二爻臀髀有病;三爻腰股有病;四爻前脾背脊有病;五爻頭項峰領有病;六爻頭上有病。若在震坎二宮,上橋下水,皆宜仔細。
「官鬼」金に屬して又た生旺に逢えば、要りて牲口の人を咬むを擔心すべし。「官鬼」土に屬して重々發動せば、要りて瘟疫傳染を憂慮すべし。金鬼發動すれば、牲口蹄爪一類の毛病有り。它もし世爻を克せば、這牲口觸犯するを得ず。世爻もし再び絶に臨めば、必定它に咬傷せらるるを要す。木鬼發動すれば、草を喫して結滯消えざるの病有るを主す。它もし外卦に在れば、毛色好からず、再加えて「螣蛇」あれば、必ず惡毛旋螺を生じて、相畜の法を妨礙す。水鬼發動すれば、寒症有るを主す。譬如心口涼を發し黃稀糞を拉すの類なり。火鬼發動すれば、牲口必定熱を怕れ、あるいは熱結の病有り。土鬼發動すれば、就要りて瘟疫を防ぐべし。另に一説有りて是れ爻位に按じて部位を分かつ。鬼初爻に在れば是れ脚上病有り、二爻に在れば是れ臀腿病有り、三爻に在れば是れ腰胯病有り、四爻に在れば是れ前腿背脊病有り、五爻に在れば是れ頭頸肩峰病有り、六爻に在れば是れ頭頂病有り。這鬼もし震宮・坎宮に落つれば、則ち橋を過ぎ水に下るの時皆格外小心するを要す。
官加蛇雀,必因成訟成驚;日帶螣蛇發動,異日此畜必有怪異驚駭。若臨朱雀,必因此致口舌爭訟。臨玄武,防偷盜。臨白虎,防跌撲。如七月乙巳日,因雞瘟,卜得噬嗑之頤卦。日辰並起子孫,果應不死。後因夜啼,而妻病作。予初不知,及後八月收養蜜蜂,壬寅日卜得屯之坤卦。兄鬼發動,卦無財,凶不必言。未半日,群蜂滿身攢聚,驚惶無措。因驗之。乃知前者螣蛇鬼動,而雞夜鳴;今亦螣蛇鬼動,而致此異也。況孟月四爻,仲月五爻,正臨怪爻發動,所以然也。自後屢驗皆應,始知螣蛇真怪異之神也。
「官鬼」加えて「螣蛇」「朱雀」あれば、必ず這牲口に因りて訟事と驚嚇とを惹出す。日辰「螣蛇」を帶びて發動せば、日後這牲口必ず怪異驚駭の事有り。もし「朱雀」に臨めば、必ず它に因りて口舌爭訟を招來す。「玄武」に臨めば、要りて盜せらるるを防ぐべし。「白虎」に臨めば、要りて跌撲受傷を防ぐべし。個の親歴の例子を舉げん。七月乙巳日雞瘟に因りて占卜して、『噬嗑』の『頤』に變ずるを得、日辰「子孫」を併起し、果然應驗して雞死せざりき。後來雞卻って夜裡啼叫して、接著妻子病せり。我起初並びに緣故を明白せず。八月に到りて蜜蜂を收養し、壬寅日に『屯』の『坤』に變ずるを占得し、「兄弟」「官鬼」發動して卦中財無し。凶險自ら説くを須せず。半天到らずして、群蜂滿身に攒聚上來して、人をして驚慌失措せしめり。這兩回の印證を經て、乃ち先前是れ「螣蛇」鬼動して雞夜鳴せしを知り、這一回も亦た是れ「螣蛇」鬼動して這般の怪事を生出せしなり。何况孟月の怪爻第四爻に在り、仲月の怪爻第五爻に在りて、正好く是れ怪爻發動せり。ゆえに乃ち這樣なりき。此の後屢試屢驗して、這才に「螣蛇」確かに是れ怪異を主るの神なるを明白せり。
福變兄財,可驗食粗食細。子孫化出兄弟,主口嬌食細;化出財爻,主食粗口雜。財連兄弟,乃芻豢之失時;子化兄,是口嬌不食;財化兄,乃人之豢養失時,以致飢餓,非不食也。子化父母,必勞心之太過。子孫發動,其畜必良。若化父回頭來克,又是人不愛惜,過勞力以致其傷。
「子孫」「兄弟」あるいは「妻財」を變出せば、可く驗出す這牲口食を喫う是れ精細なるや還だ是れ粗雜なるやを。「子孫」化出の「兄弟」は、口刁にして只だ肯んじて細料を喫うを主す。化出の「妻財」は、口雜にして什麼の粗料も皆喫うを主す。「妻財」連なりて「兄弟」は、那是れ喂養時辰を失せるなり。「子孫」化「兄弟」是れ牲口口刁にして肯んじて喫わざるにして、「妻財」化「兄弟」則ち是れ人喂ること時に按せずして、牲口をして餓著せしめたるにして、並びに它の肯んじて喫わざるに非ず。「子孫」化出の「父母」は、是れ使喚すること太過なり。「子孫」發動すれば、牲口本當是れ良畜なるべし。可れども它もし「父母」を變出して回頭來り克せば、那就中是れ人愛惜を知らず、過度に役使して以て牲口をして累傷せしむるなり。
福連官鬼,須防竊取之人;鬼化子孫,恐是盜來之畜。子孫化鬼,其畜日後必然被人盜去,否則必主病死。若官化子,則主其畜是人盜來者。生世合世,必有利益;沖世克世,必受其累。然必卦中原無子孫方可斷。
「子孫」連なりて「官鬼」は、要りて人有りて來り偷まんを提防すべし。「官鬼」化出の「子孫」は、這牲口恐怕是れ別人の偷來せしなり。「子孫」變出の「官鬼」は、這牲口日後必定人に偷走去られん。然らざれば亦た必定病死せん。反って「官鬼」變出の「子孫」は、那就中這牲口是れ別人の偷來轉賣せしを主す。這變出の爻もし世を生じ世に合せば、自己還だ些かの利益を得る能し。もし世を衝し世を克せば、就要りて它の連累を受けん。不過要りて卦中原本「子孫」爻無くば、乃ち可く這樣に斷ずべし。
官兄交變,難逃口舌之相侵;卦中兄動變鬼,鬼變兄,或二爻俱動,必因此畜而有是非口舌。若文書亦動,必然成訟。世爻入墓,恐有牢獄拘禁之禍。日月並刑,豈免死亡於不測。月建日辰動爻帶殺,俱來刑剋子孫,而無救者,必死。要知何故而死,以刑剋子孫者斷。如金為蹼脾死,木為草膨死,水為寒凍死,土為瘟病死。如鵝鴨等,則丑為牛踏,寅為鷹搏,申為狐竊,戌為犬咬死類。若被世爻刑剋,則是人自傷之死也。
「官鬼」と「兄弟」と交互變化せば、口舌上門有るを免れ難し。日建月建一齊に來り刑せば、牲口就中意外死亡を免れず。卦中「兄弟」發動して「官鬼」を變出し、あるいは「官鬼」「兄弟」を變出し、あるいは兩爻同時に發動せば、必定這牲口に因りて是非口舌を生出す。もし「父母」文書も亦た發動せば、那就中必定官司を打成せん。世爻再び墓に入れば、恐怕還だ牢獄拘禁の禍有らん。月建・日辰と動爻と皆凶殺を帶びて、一齊に來り「子孫」を刑克して又た人の救應無きに至りては、牲口必ず死せん。它何に因りて死するを知らんと欲せば、就中「子孫」を刑克する是れ什麼の五行なるを看よ。金に屬する是れ蹄爪の疾にして死し、木に屬する是れ草を喫して氣を脹らして死し、水に屬する是れ寒を受け凍死し、土に屬する是れ瘟疫病にして死す。もし占する是れ鵝鴨の一類なれば、則ち「丑」是れ牛に踩死せられ、「寅」是れ鷹に抓死せられ、「申」是れ狐貍に叼去られ、「戌」是れ狗に咬死せらる。倘若是れ世爻に刑克せらるれば、那就中是れ主人自己弄死せしなり。
若占置買,亦宜福動生身;凡占置買六畜,子孫發動,出產必多。要來生合世爻,必然好買易成;與世沖剋,定難置買。應爻空亡,則無主人。應爻生合世爻,而子孫或空或伏者,牙人與我最相契,而無畜可買也。兄鬼發動,不惟買之不利,且有禍患,不宜買之。若問利時,最怕妻興化絕。財爻出現不空,有氣持世生合,世不受傷克,不變兄鬼,即為有利。若不出現,或落空亡,或化死墓絕空,或被兄克弟劫,皆主不利。
もし牲口を買進むを占わば、亦た「子孫」發動して來り世爻を生ずるを宜とす。もし將來獲利を問わば、最も「妻財」發動して卻って絶地に變入するを怕る。およそ六畜を置買するを占うに、「子孫」發動は出産の牲口多きを説明す。它要りて來り世爻を生合して、乃ち買い得て称心・成交容易なり。它もし世爻と衝克せば、就一定買い難し。應爻空に落つれば、是れ賣主無し。應爻世爻を生合して「子孫」卻って空に落ちあるいは伏藏するは、那是れ牙行經紀自己と很投合するも、偏偏牲口買う可き無きなり。「兄弟」「官鬼」發動するは、不但買うこと利ならずして、還だ禍患を惹出すを要し、買うを宜とせず。財爻に至りては、它出現して空に落ちず、氣有りて世を持し又た來り生合し、世爻傷克を受けず、亦た「兄弟」「官鬼」を變出せざれば、那就中是れ利有り。之に反して、它出現せず、あるいは空亡に落ち、あるいは死・墓・絶・空に變入し、あるいは「兄弟」に克奪せらるれば、皆利ならざるを主す。
或賭或斗,皆宜世旺財興;北人好鬥鵪鶉、雞、羊,南人好鬥促織、黃頭鳥。凡遇占此,要世爻有氣克應,子孫發動,即是我勝。世雖不克,得月建日辰動爻,刑剋應爻,亦勝。若世被應克,子孫空伏,官鬼發動,日月動爻,反來刑剋,是他勝。最怕父母帶殺旺動,則禽蟲有鬥死之患。財爻持世生合皆吉,兄鬼持世是我輸。世應比和,六爻安靜,子孫空伏,賭斗不成。世應俱空,亦賭不成。
およそ勝を賭け牲を鬥わすは、皆世爻旺相・財爻興隆を宜とす。北方人鶉を鬥わし雞を鬥わし羊を鬥わすを愛し、南方人蟋蟀を鬥わし黃頭鳥を鬥わすを愛す。およそ這類の事を占うに、要りて世爻氣有りて應爻を克し、「子孫」又た發動せば、那就中是れ我方取勝す。世爻雖に應爻を克動せざるも、但し月建・日辰あるいは動爻有りて往きて應爻を刑克するは、亦た照樣勝つ。もし世爻反って應爻に克せらるるに被り、「子孫」又た空に落ち伏藏し、「官鬼」發動して、日月動爻反って來り我方を刑克せば、那就中是れ對方勝つなり。最も「父母」の凶殺を帶びて旺相發動するを怕る。那樣なれば鬥るの禽蟲當場鬥死の患有り。財爻世を持しあるいは來り生合するは、皆是れ吉なり。「兄弟」「官鬼」世を持するは、那是れ我輸くなり。もし世應兩爻五行比和・六爻安靜・「子孫」空伏せば、這場の賭鬥根本に鬥り成さず。世應兩爻皆空に落つるも、亦た一樣賭り成さず。
或獵或漁,總怕應空福絕。凡占漁獵,要應生世,世克應,子孫生財,便主有得。若應爻空亡,子孫受克,或臨死絕,必然空出空回,無所獲也。鬼爻旺動克世,須防猛獸害人。兄弟發動,雖有不多。得子孫動,臨身世則吉。
論せず打獵にせよ還だ是れ捕魚にせよ、總じて應爻の空に落ち「子孫」の絶に臨むを怕る。およそ漁獵を占うに、要りて應爻世爻を生じ世爻應爻を克し「子孫」又た財爻を生じて、乃ち収穫有るを主す。もし應爻空に落ち、「子孫」克を受けあるいは死絶の地に落つれば、那必定空手にして出門し空手にして回來り、一も得る所無し。「官鬼」旺相發動して世爻を克するは、還だ猛獸の人を傷るを防ぐを要す。「兄弟」發動するは、縱に収穫有るも亦た多からず。もし「子孫」發動して又た卦身・世爻上に臨むを得ば、那就中吉利なり。
乳抱者,宜胎福生旺而無傷;凡占畜養母豬羊,及抱雞鴨鵝卵類,要胎福二爻生旺,不受刑剋,便無損失。若自空或帶鬼,必難生育。化空絕化鬼,則生後有損。旺空一半無事。福旺財空,雛出好而利輕。醫治者,要父官衰絕而有制。六畜有病,占醫治療,要子孫旺相有氣,不落空亡,不遭刑剋,而父母官鬼休囚墓絕,或雖動而有制伏,不死。若子孫無故自空,或化死墓空絕,或化官鬼,或父母帶殺,乘旺動克,皆不能救。雖用醫治,亦必死。應爻空亡,及被世克者,醫必不來。
産乳孵抱を占うに、「胎」爻と「子孫」との生旺にして傷を受けざるを宜とす。牲畜を醫治するを占うに、則ち要りて「父母」「官鬼」の衰絶するかあるいは制伏せらるるを。「およそ母豬母羊を畜養し、および雞鴨鵝蛋を孵す一類を占うに、要りて「胎」「福」の兩爻生旺にして刑克を受けざれば、乃ち損失無し。這兩爻もし自空しあるいは「官鬼」を帶びれば、必定生育し難し。空・絶に變入しあるいは「官鬼」を變出するは、生れ下るの後も亦た損有るを要す。もし只だ旺して空に逢うは、那還だ一半事無し。「子孫」旺にして財爻空に落つるは、幼雛出ること好しとも獲利多からず。醫治を占うに至りては、六畜病有りて醫を求むに、要りて「子孫」旺相有氣・空亡に落ちず・刑克に遭わずして、「父母」「官鬼」休囚入墓臨絶し、あるいは雖に發動すとも卻って制伏有れば、牲口就中死すること能わず。もし「子孫」無故自空し、あるいは死・墓・空・絶に變入し、あるいは「官鬼」を變出し、あるいは「父母」凶殺を帶びて旺に乘じ發動して來り克せば、那就中救い回る能わず。縱然醫を請い調治すとも、亦た必ず死して疑い無し。應爻もし空亡に落ち、あるいは世爻に克せらるれば、醫生根本に來る會わざらん。
卜筮全書巻之十一・黄金策四
黄金策・十六、求名
書讀五車,固欲致身於廊廟;胸藏萬卷,肯甘遁跡於丘園。要相國家,當詳易卦。父爻旺相,文成擲地金聲;鬼位興隆,家報泥金喜捷。凡占功名,以父為文章,鬼為官職。二者一卦之主,缺一則不成。若父爻旺相,文章必佳;官鬼得地,功名有望。士人及第,以泥金灼字附家書以報,謂之喜信,故借引之。非以鬼為音信也。讀是篇者,勿以辭害義可也。
五車の書を讀了せり、本來就想う自己を送進めて朝堂に入らんと。胸中に萬卷の學問を藏すれば、哪に肯んぜん甘心して山林田園に隱沒せんや。能く國家を輔佐するや否やを看んと要せば、就中『易』卦を細詳すべし。「父母」爻旺相なれば、文章寫成すれば便ち金石を擲つが如く地に聲有り。「官鬼」爻興隆なれば、家中就中泥金書報の捷音を収到する能し。およそ功名を占うに、「父母」を以て文章と為し、「官鬼」を以て官職と為す。這兩爻是れ一卦の主にして、一樣を缺けば就中成らず。「父母」旺相なれば、文章必定出色なり。「官鬼」地を得れば、功名就中指望有り。古時讀書人考中すれば、泥金にて字を燙きて家書に附して喜を報じ、「喜信」と稱す。賦文不過に這個の典故を借用するにして、並びに「官鬼」を把りて音信と當てて看るに非ず。這篇の賦を讀むの人、不要に詞句に因りて本意を妨礙するなかれ。
財若交重,休望青錢之中選;福如發動,難期金榜之題名。財福二爻,凡占皆喜見之,惟卜功名,反為惡殺。蓋財能克父,子能克鬼。故也。但宜休囚安靜則吉,當權發動,決無成望。兄弟同經,乃奪標之惡客;五行同類者為兄弟。求名見之,乃是與我同經之人。若不上卦,或落空亡死絕,大象遇吉者,必中魁首。如發動,或月建日辰俱帶兄弟,則同經者多,必能奪我之標,不得中矣。縱大象可成,名亦落後。
「妻財」もし重疊發動せば、就中望むなかれ青錢の如く萬選萬中せんと。「子孫」もし發動起來れば、金榜題名も亦た份有り難し。「妻財」「子孫」の這兩爻は、別の事を占うに皆見るを喜ぶも、唯獨功名を占うに反って惡殺と成る。財能く「父母」文章を克し、「子孫」能く「官鬼」官職を克するを以てなり。這兩爻只だ休囚安靜なるを宜として乃ち吉にして、一旦當權發動せば、就中斷然成名の指望無し。「兄弟」に至りては、用神と五行同類の就是れ它にして、名を求むる時它を見れば、就是れ我と同一部の經書を治むるの同場の舉子なり。它もし卦に上がらず、あるいは空亡死絶に落ちて、しかも整卦氣象又た吉なれば、那必定榜首に高中せん。它もし發動し、あるいは月建日辰皆「兄弟」を帶びれば、那就中是れ同經の人多くして、必定我の名次を奪去して、考中せざらん。縱然整卦還だ事を成す能くとも、名次も亦た後面に落つるを要す。
日辰輔德,實勸駕之良朋。日辰為卜卦之主。能成事,亦能壞事。如父母官鬼無氣,事必難成。若得日辰扶起,剋制惡殺,仍舊有望。故曰輔德。或世爻衰靜,得日辰生合;或世爻空亡,得日辰沖實;主其人必不上前求名,而有親友勸其進取;或資助盤費,輔其前往求名也。
日辰來り用神の德を輔助するは、那正に是れ人を勸めて路に上り考に赴かしむるの好友なり。日辰是れ一卦の主にして、既能く事を成し、亦能く事を壞す。譬如「父母」「官鬼」皆氣無くして、事情本來成り難し。可れどももし日辰を得て它らを扶起し、又た惡殺を克制せば、仍お指望有り。ゆえに「輔德」と稱す。又あるいは世爻衰弱安靜にして日辰の生合を得、あるいは世爻空に落ちて日辰の衝實を得ば、那就中這人本來意無くして出頭し功名を求取せんとするも、卻って親友有りて他を勸めて上進せしめ、あるいは他を資助して盤纏路費を與えて、他を幫著して前去應試せしむるを主す。
兩用相沖,題目生疏而不熟;求名卦,以官父為用爻,喜合而不喜沖。若見兩官兩父相沖,主出題生澀不熟也。六爻競發,功名恍惚以難成。占官,六爻皆喜安靜。只要父母官鬼有氣不空,月建日辰,不來傷克則吉。如有一爻發動,便不順利。且如財動則傷父,子動則傷官,兄動則他人有所先,鬼動則事體有變,父動則文不純正。凡動則有變。變出之爻,又有死墓空絕刑剋等爻,皆為破敗。故凡亂動卦,不必仔細推究,其不吉大概可知矣。
兩個の用神彼此相衝せば、考場出るの題目就中生僻にして熟せず。六爻相爭い發動せば、功名便ち恍恍惚惚にして成就し難し。名を求むるの卦は「官鬼」「父母」を以て用爻と為し、相合を喜びて相衝を喜ばず。もし兩個の官爻あるいは兩個の父爻互衝を見れば、就中出るの題目生澁にして熟せざるを主す。功名を占う時六爻皆安靜を以て好しと為し、只だ「父母」「官鬼」氣有りて空ならず、月建日辰又た來り傷克せざれば、就是れ吉なり。只だ一爻發動有れば、事情便ち順利ならず。財動けば就中「父母」文章を傷り、「子孫」動けば就中「官鬼」官職を傷り、「兄弟」動けば就中別人有りて前頭に搶り、「官鬼」動けば則ち事情變故を生ずるを要し、「父母」動けば則ち文章純正ならず。およそ發動有れば就中變化有り、變出來るの爻もし又た死・墓・空・絶に落ちあるいは刑克を帶びれば、那都是れ破敗の象なり。ゆえにおよそ亂動の卦に遇えば、必ず細々推究するを要せず、大概就中它の吉ならざるを知る。
月克文書,程式背而不中;父旺不空,動爻日辰又不沖剋,其文字字錦繡。若遇兄弟刑沖,文章陳腐,無鮮麗之句。妻財傷克,必多破綻。子孫刑害,乃是弄巧成拙。不宜月建沖剋,其文自行已意,必不中試官之程式也。凡帶父刑害敗病等爻,及化出者,其文皆有敗破,不能錄取。世傷官鬼,仕路窒而不通。世乃求名之人。大忌財福臨之,必難稱意。若持官鬼,或得官鬼生合,方有指望。若臨子孫剋制官鬼,是仕路未通,徒去求謀無濟也。
月建文書爻を克傷せば、作り出すの文章便ち程式に違背して落榜す。世爻反って往きて「官鬼」を傷克せば、仕途就中壅塞して通ぜず。「父母」旺相不空にして、動爻と日辰と又た來り衝克せざれば、那文字字錦繡なり。もし「兄弟」に刑衝せられれば、文章陳腐にして、鮮活漂亮の句子無し。「妻財」に傷克せられれば、文中必ず破綻多し。「子孫」に刑害せられれば、那是れ巧を弄して拙と成すなり。尤其に月建の來り衝克するを宜とせず。那樣寫出の文章一味自ら己意を逞うして、必定考官の定めたる程式に合せず。およそ「父母」刑・害・敗・病の一類の爻を帶び、あるいは這類の爻を變化出せば、文章皆敗筆破綻有りて、錄取せらるる能わず。世爻に至りては、它名を求むるの人本身を代表して、最も「妻財」「子孫」の上面に臨むを忌む。那樣なれば必ず称心し難し。它もし「官鬼」を持し、あるいは「官鬼」を得て來り生合せば、乃ち指望有り。もし它「子孫」に臨みて往きて「官鬼」を克制せば、那就中是れ仕途未だ通ぜずして、白く往きて鑽營するも亦た事に濟う無きなり。
妻財助鬼父爻空,可圖僥倖;父母空亡,名不可望。若得財爻發動生扶,鬼爻有氣,其事僥倖可成。然須子孫安靜,則可許。蓋財不嫌發動者,以文書在空,故也。福德變官身位合,亦忝科名。卦無官鬼,若得子孫發動,變出官鬼,生合世身,事亦有成。然須得文書有氣,無損則吉。此二條,名雖有望,皆不可許其高中魁甲。蓋以卦象不出自然,故也。
「妻財」往きて「官鬼」を生助して「父母」爻恰好空に落つれば、功名還だ可く僥倖に圖得せん。「福德」「官鬼」を變出して又た卦身と相合せば、亦能く勉强科名に挂上せん。「父母」空に落つるは、本來是れ名望むべからず。可れどももし財爻有りて發動して來り生扶し、「官鬼」又た氣有れば、事情便ち僥倖成るべし。不過還だ須く「子孫」安靜なるを以て乃ち許すを得。之這時財爻發動を嫌わざるの所以は、正に文書爻已經空に落ちて、財爻克るべきの父無きの緣故なり。卦中本來「官鬼」無きに至りては、もし「子孫」發動して「官鬼」を變出して來り世爻卦身を生合せば、事情も亦た成る能し。只是れ仍お須く文書氣有りて損傷を受けざれば乃ち吉なり。這兩條雖に功名望有りと説くとも、卻って皆他に高中魁首を許す可からず。卦象是れ自然天成に出づるに非ざるの緣故なればなり。
出現無情,難遂青雲之志;卦中官父俱全,固是吉兆。若不臨持身世,或不生合世身,或被世爻沖剋,或被月日破壞,或臨死墓空絕,皆謂無情。雖在卦中,與我無益。所以,難遂青雲之志也。伏藏有用,終辭白屋之人。官父不全,功名難望。但看所伏者有用、無用斷之。如飛神不遇沖開,伏神不遇提起,謂之無用,決主不成。若飛神沖剋得開,伏神提挈得起,謂之有用,終是可成。若得月建提起最吉,日辰次之,動爻又次之。更得伏上飛爻在空,尤妙。
用神雖に出現するも卻って我と情無ければ、青雲の志便ち遂げ難し。用神雖に伏藏するも仍お任用に堪えれば、終に寒門を脱離する能し。卦中「官鬼」「父母」の兩爻齊全は、固然是れ吉兆なり。可れども它らもし卦身世爻上に臨まず、あるいは來り世身を生合せず、あるいは反って世爻に衝克せられ、あるいは月建日辰に破壞せられ、あるいは死・墓・空・絶の地に落つれば、皆「無情」と作り叫ばる。雖に卦中に在るとも、我に對して卻って益無し。ゆえに青雲の志を遂げ難し。反って、「官鬼」「父母」全からざる時功名本來指望し難し。但し要りて伏する所の那一爻有用なるや無用なるやを看。もし飛神曾て衝開せられず伏神曾て提起せられざれば、那叫ぶ「無用」にして、斷然成らず。もし飛神能く衝克開せられ伏神能く提挈起せられれば、那叫ぶ「有用」にして、終に成る可し。伏神を提起するは月建を得るを以て最吉とし、日辰之に次ぎ、動爻又た之に次ぐ。もし伏神上頭壓著するの飛爻恰好空に落つれば、那就中更に妙なり。
月建克身當被責;月建為考試官。若在身爻發動,刑剋世爻,而官父失時者,必遭杖責。若化子孫,必遭斥逐。若化兄弟,廩膳生最忌之,輕則革糧,重則追罰。財如生世必幫糧。卦中父母避空,而財爻發動,生合世爻者,必有幫糧之喜。月建帶財化財,或官化財生合世爻,皆吉。大抵廩生小試,最不宜兄弟發動。或臨卦身世爻,或臨日辰月建,皆是革糧之兆。財爻無故自空,亦然。若得財臨身世,或伏世下,雖不稱情,糧必如舊。
月建卦身を克傷せば、試に應するの人責罰を挨くるを要す。財爻來り世爻を生ずれば、必定廩糧の補助を得著す。月建は主考官を代表す。它もし卦身爻上に於いて發動して世爻を刑克し、しかも「官鬼」「父母」又た皆當令せざれば、那必定杖責に遭わん。它「子孫」を變出するは、必ず斥退驅逐せらる。它「兄弟」を變出するは、廩膳を喫するの生員最も忌諱して、輕ければ則ち廩糧を革去し、重ければ則ち還だ追繳罰款せんと要す。之に反して、卦中「父母」空亡の地に避けて、しかも財爻發動して來り世爻を生合せば、那必ず增補廩糧の喜有り。月建財を帶びて又た財に化し、あるいは「官鬼」財爻を化出して來り世爻を生合するも、亦た皆吉利なり。大體上廩生小考に參加するは、最も「兄弟」發動を宜とせず。它論せず卦身世爻上に臨むにせよ、還だ是れ日辰月建上に臨むにせよ、皆是れ廩糧革除の兆頭なり。財爻無故自空するも、亦た一樣なり。もし財爻卦身世爻上に臨み、あるいは世爻の下に伏せば、則ち事情雖に盡く如意ならずとも、廩糧總じて還だ舊に照る。
父官三合相逢,連科及第;卦有可成之象,而又有三合爻動,會成官鬼局者,必主連科及第,大吉之兆。會成父局,亦吉。會成財福二局,不利。會成兄弟局者,惟廩生忌之,餘皆無損益。龍虎二爻俱動,一舉成名。青龍白虎,俱在卦中動來生合世爻,必中魁選。若持官父,或持身世尤妙。此固非理,但借龍虎榜之象耳。然亦有驗。
「父母」「官鬼」の兩爻會成して三合と為るは、接連中式を主す。「青龍」「白虎」の兩爻一齊に發動するは、一舉成名を主す。卦中本來成る可きの象有りて、又た三爻發動して「官鬼」局を會成する有れば、必ず連科及第を主して、是れ大吉の兆なり。「父母」局を會成するも亦た吉なり。「妻財」局あるいは「子孫」局を會成するは、不利なり。「兄弟」局を會成するは、只だ廩生忌諱して、其の余の人損無く亦た益無し。「青龍」「白虎」皆卦中に於いて發動して來り世爻を生合するに至りては、必定榜首に考中す。它らもし又た「官鬼」「父母」を持し、あるいは卦身世爻を持せば、就中更に妙なり。這一條本來義理有りて講るべき無くして、不過に「龍虎榜」の意象を借用するのみなれども、しかるに亦た頗る應驗有り。
殺化生身之鬼,恐發青衣;占官,以子孫為殺。乘旺發動,必遭斥退。若得本宮官鬼伏在世下,或卦身持鬼,或子孫自化鬼爻生世,終不脫白,無過降青衣而已。卦有財動合住子孫,可用資財謀幹,庶復舊職。歲加有氣之官,終登黃甲。太歲乃天子之爻。凡占功名,最喜見之。若臨鬼爻,是人臣面君之象。更得生旺有氣,必然名姓高標。
凶殺能く世爻を生ずるの「官鬼」を變出せば、恐怕只だ個の降充青衣を落せん。太歲上氣有るの「官鬼」を加うれば、終に黄甲に登上する能し。功名を占うに「子孫」を以て凶殺と為し、它旺に乘じ發動せば、必ず斥退に遭わん。不過もし本宮の「官鬼」世爻の下に伏し、あるいは卦身「官鬼」を持し、あるいは「子孫」自己鬼爻を變出して來り世を生ぜば、那就中終に功名を褫奪して白丁に淪るに至らずして、不過に降充して青衣生と為るのみ。卦中もし財爻有りて發動して「子孫」を把りて合住せば、還だ可く錢財を用いて打點謀劃して、或いは能く原來の職名を恢復せん。太歲に至りては、那是れ天子の爻にして、功名を占うに最も見るを喜ぶ。它もし鬼爻に臨めば、正に是れ人臣君に面するの象なり。再び生旺有氣を得ば、必定姓名榜首に高標せん。
病阻試期,無故空臨於世位;動爻日辰不傷世爻,而世爻自落空亡者,謂無故自空。大凶之兆。試前占:去不成,強去終不利;輕則病,重則死。如在本宮內卦,在家即病;在三四爻,出門病;在五爻,途中病;在六爻,到考處病;在應爻,又屬他宮,則臨考有病,不得入試。若試後占:其事必不成。大象吉,名成身喪。
病に因りて考期を耽誤するは、是れ「空亡」の無緣無故に世爻上に臨むなり。動爻と日辰と皆曾て世爻を傷らずして、しかも世爻自己空亡に落つるは、這叫ぶ「無故自空」にして、是れ大凶の兆なり。もし考試の前に占得せば、這一趟去り成さずして、硬に往かんと要すも亦た終に不利にして、輕ければ則ち病を生じ、重ければ則ち命を送る。再び爻位に按じて病の何處に在るを看れば、世爻本宮內卦に在るは、家に在りて就中病倒す。第三・第四爻に在るは、門を出れば就中病す。第五爻に在るは、路上病を得。第六爻に在るは、考場の所在地に到著して乃ち病す。應爻に在りて又た他宮に屬するは、則ち考に臨む時患病して、考場に進み入る能わざるなり。もし考試の後に占得せば、這件事必定成らず。縱然整卦氣象吉利なるも、那亦た是れ功名手に到りて人卻って亡故す。
喜添場屋,有青龍合於身爻。青龍主喜慶事。若大象既吉,更得龍動來生合世身,必然別有喜事並臨,不但名成而已。若空動為虛喜。財伏逢空,行糧必乏;六爻無財,本宮伏財,又居空地,其人必乏路費。若世爻更在衰弱之鄉,則是貧窮之士。如逢月建日辰動爻生合扶助,必得親友資其費用。若得應爻動來生合,多是妻家看覷周全。
考場の上更に喜慶を添うるは、那是れ「青龍」來り卦身と相合するなり。「青龍」是れ喜慶の事を主る。整卦氣象既に吉利たり、又た「青龍」發動して來り世爻卦身を生合するを得ば、那必定另に喜事有りて一同門に臨み、單に功名手に到るのみならず。不過它もし是れ動きて空に逢えば、就只だ是れ一場の空歡喜なり。之に反して、財爻伏藏して又た空に落つれば、考に趕くの盤纏必定短缺す。六爻の中財を見ず、本宮の伏財又た空地に落つれば、這人必定路費を缺く。世爻もし還だ衰弱の鄉に處れば、那就中是れ個の貧寒の士なり。倘若月建・日辰あるいは動爻の來り生合扶助するに遇えば、必定親友有りて他の費用を資助せん。もし是れ應爻發動して來り生合するは、那多半是れ妻家の照拂周全なり。
身興變鬼,來試方成。卦遇不成之兆,而得卦身,或世爻,變出官鬼有氣,而本宮父母不壞者,今雖未成,下次必然中試也。卦值六沖,此去難題雁塔;爻逢六合,這回必佔鰲頭。凡事遇合則聚,逢沖則散。故占功名,得六沖卦,必難求;六合卦,必易得也。然大體,須以衰旺動靜參之,不可執滯。
卦身發動して「官鬼」を變出せば、要りて下一科試に應じて乃ち成名する能しを待つ。卦象本來已に不成の兆を現出せり。可れどももし卦身あるいは世爻氣有るの「官鬼」を變出して、しかも本宮の「父母」爻又た損壞無ければ、則ち這一回雖に成らずとも、下一次必定考中す。もし卦六沖に逢えば、這一趟就中雁塔上に題名し難し。もし爻六合に逢えば、這一回必定獨り鰲頭に占せん。およそ事合に遇えば則ち聚攏し、沖に逢えば則ち離散す。ゆえに功名を占うに六沖卦を得れば必定求め難く、六合卦を得れば必定得易し。不過大體上還だ須く用神の衰旺動靜を參看して、可ならず一條を死守して變通を知らざるは。その余仍お世爻と一併に參看す。
父旺官衰,可惜劉蕢之下第;父衰官旺,堪嗟張奭之登科。父母官鬼,皆要有氣無損,然後可成。若父雖旺相,官鬼空亡,或不上卦,是其人文字雖好,奈命無官星,亦不能中。如劉蕢之錦繡文章,竟不登第也。若父雖衰弱,得官爻旺動,扶起文書,是其人文字雖平常,而命中官星發現,可許有成。如張奭之文章,雖欠精美,反登高第也。若官旺父空,決至下第也。
「父母」旺にして「官鬼」衰なれば、惜しむべし唐代劉蕡の如く文章絶好にして卻って名孫山に落つ。「父母」衰にして「官鬼」旺なれば、又可く嘆ず張奭の如く文章平平にして反って高中するを。「父母」と「官鬼」と皆要りて氣有り損無くば、功名乃ち成るを得。もし「父母」雖に旺相なりとも、「官鬼」卻って空亡に落ちあるいは卦に上がらざれば、那就中是れ這人文章雖に好しとも、無奈何命中官星無くして、亦た考中せず。正に劉蕡一手の錦繡文章を寫きて、終に登第する能わざりしが如し。もし「父母」雖に衰弱なりとも、卻って「官鬼」旺相發動して來り文書爻を扶起するを得ば、那就中是れ這人文章雖に平常なりとも、命中の官星卻って顯現出來りて、可く他に成有るを許す。正に張奭の文章並びに精美ならざりしも、反って上第に高中せしが如し。但し若し「官鬼」旺にして「父母」空に落つれば、那就中斷然落榜するを要す。
應合日生,必資鶚薦,動傷日克,還守雞窗。父官死絕,名必不成。若應爻動爻,或月建日辰扶起官鬼,必須浼人推薦,或用財禮買求,方許有成。若遇月日,動變傷克,縱然官爻有氣,亦是難求。世動化空用旺,則豹變翻成蝶夢;求名以官父用爻,若得旺相不遭刑剋,必中科第。如遇世爻發動,變入死墓空絕,恐名成後,不能享福。游魂卦,死於途中;歸魂卦,到家而死;墓絕是太歲,逾年而死也。
應爻相合し日辰來り生ずれば、必ず他人の上表薦擧を得。動爻來り傷り日辰來り克せば、就只好く回りて書窗を守りて苦讀せん。「父母」「官鬼」もし皆死絶せば、功名必定成らず。もし應爻・動爻有り、あるいは月建・日辰「官鬼」を把りて扶起せば、那就中須く人に央えて推薦し、あるいは財禮を備下して往きて求めて、乃ち成有るを許す。倘若月建日辰あるいは動爻變爻の來り傷克するに碰上せば、縱然官爻氣有るも、亦た終に求め難し。世爻發動して空亡に變入して用神卻って仍お旺相なるに至りては、那便ち是れ豹變成文の榮耀反って化作して一場の蝴蝶春夢と為すなり。名を求むるに「官鬼」「父母」を以て用爻と為して、它ら旺相にして刑克に遭わざれば、必ず科第に中せん。可れどももし世爻發動して死・墓・空・絶に變入せば、恐怕功名手に到るの後福を享くる能わず。遊魂卦を得るは途中に死し、歸魂卦を得るは家に到りて死し、もし墓絶の處正に是れ太歲なれば、那就中一年を過ぎて死す。
身官化鬼月扶,則鵬程連步蟾宮。卦身為萬事之體,功名尤宜看之。最怕臨財臨福,便不容易。如得官父臨之,必有成望。更若出現發動,又化官爻,而得月建生合者,大吉之兆。必主聯科及第,非特京省一捷而已。更詳本主之爻神,方論其人之命運。本主者,求名本人之主爻也。自占固以世爻論,若代占,則看是何人。如子侄求名,看子;朋友,看兄類。此爻最怕化出忌殺,雖大吉象,未可易許。其餘世爻同看。如此搜索,吉凶自然應驗。雖賦數言,總論窮居之得失;再將八卦,重推致用之吉凶。
卦身上の「官鬼」發動して又た「官鬼」を變出し、再び月建の扶助を得ば、那就中是れ鵬程萬里・連步月宮に登上して桂を折るなり。卦身是れ萬事の主體にして、功名を占う尤其に它を看るを要す。它最も「妻財」「子孫」に臨むを怕る。那樣なれば便ち事を成し易からず。もし「官鬼」「父母」の臨著するを得ば、必ず成名の指望有り。もし它既に出現して又た發動して、還だ官爻を變出し、又た月建の來り生合を得ば、那就中是れ大吉の兆にして、必ず接連中式を主り、不只是れ京城あるいは省城一榜得中のみならず。此の外還だ「本主」の這一爻神を詳審して、乃ち好く此の人の命運を論ずべし。所謂「本主」、就是れ名を求むる本人の主爻にして、自己占自然に世爻を以て主と為し、もし人に替りて代占せば、就中占する是れ什麼の人なるを看る。譬如子侄に替りて名を求むるに「子孫」を看、朋友に替りて名を求むるに「兄弟」を看るの類なり。這一爻最も忌神凶殺を變出するを怕る。那樣なれば就中卦象大吉なるを算うとも、亦た可ならず輕易に他に許すは。その余仍お世爻と一仍お世爻と一併に參看して、這樣に層層搜求せば、吉凶自然に應驗す。以上雖に只だ寥寥數語なりとも、總算して寒士功名を求取するの得失を一遍論遍せり。下面再び八卦を拿じて、重新用を致すの吉凶を推演せん。
黄金策・十七、仕宦
為國求賢,治國之本;致身輔相,祿養為先。旺相妻財,必得千鍾之粟;未仕求名,不要財爻;已仕貴人,要見財爻。蓋有爵必有祿,未有無俸而得官者。故凡占官卦,得此爻旺相,俸祿必多;休囚定然微薄。卦中無財,或落空亡,未得俸祿;財動逢沖,任後因事減俸。或日辰月建沖財,而刑害世爻及官爻者,恐有停俸罷職之患。
國家に替りて賢才を訪求するは、是れ國を治むるの根本なり。士人身を獻じて君相を輔佐するは、則ち俸祿を以て家を養うを先務と為す。「妻財」爻旺相なれば、必ず千鐘の祿米を領到する能し。ここに要りて分清楚にせよ。還だ官を做らずして名を求むるを占うは、財爻を要せず。已に官を做れるの貴人は、卻って要りて財爻を見んことを。爵位有れば必ず俸祿有り、從來官を做して卻って俸を領せざる無きを以てなり。ゆえにおよそ官職の卦を占うに、財爻旺相なれば、俸祿必ず厚し。財爻休囚なれば、俸祿定んに微薄なり。卦中もし財爻無く、あるいは財爻空に落つれば、那是れ還だ俸祿を領到せざるなり。財爻發動して沖に逢うは、是れ任に到るの後事に因りて俸を減ぜらるなり。もし日辰あるいは月建來り財爻を衝して、同時に又た世爻と官爻とを刑害せば、恐怕還だ俸祿停發乃至罷官の禍患有らん。
興隆官鬼,定居一品之尊。鬼為官爵。旺相有氣,官高爵大;休囚死絕,官小職卑。發動生合世爻,或得月建日辰生扶,必有升擢,遠播都下;安靜不動,而被月建日辰克害者,或世爻刑沖剋害者,必無聲名聞望。
「官鬼」興旺隆盛なれば、必定一品の尊に位列す。鬼爻は官職爵位を代表す。它旺相有氣なれば、官位就中高く爵秩就大なり。它休囚死絶なれば、官位就中小く職分就中卑し。它發動して來り世爻を生合し、あるいは月建・日辰の生扶を得ば、必定升遷提拔有りて、名聲京師に遠播せん。之に反して、它安靜不動にして月建・日辰に克害せられ、あるいは世爻に刑衝克害せられれば、那就中必定什麼の聲望名氣無し。
子若交重,當慮剝官削職;子孫乃傷官之殺。最喜空亡墓絕,尤宜安靜受制則吉。若在卦中發動,所謀必不遂意。未仕則不能除選,已仕則有奪官褫職之禍。鬼爻更若無氣,必至除名落籍,非但貶責降罰而已也。
「子孫」もし重疊發動せば、就中官職を剝奪せらるるを擔心するを得。「子孫」是れ「官鬼」を傷克するの凶殺にして、最も它の空亡に落ち墓庫に入り絶地に臨むを喜び、尤其に安靜にして又た人の制伏を受くるを宜として、那乃ち吉利なり。它もし卦中に於いて發動せば、謀る所の事必定意を遂ぐる能わず。還だ官を做らざるは缺に選上せられず、已に官を做れるは就中奪官革職の禍有り。倘若「官鬼」爻本身又た氣無ければ、那就要りて除名削籍の地步に到らん、不只是れ貶斥责罰のみならず。
兄如發動,須防減俸除糧。兄弟乃劫財之神。空亡不上卦,或臨死絕安靜則吉。若發動,未免費財,多招誹謗,俸祿亦不稱意。更與子孫同發,或就化子孫,必有除糧減俸之事也。持世臨身皆不利。
「兄弟」もし發動せば、就要りて俸を減じ糧を除かるるを防著すべし。「兄弟」是れ財物を劫奪するの神にして、它空亡に落ち卦に上がらず、あるいは死絶に臨みて又た安靜なれば、乃ち吉利と算す。它一たび發動すれば、錢財を破費するを免れず、還だ多く人の非議を招き、俸祿も亦た称心する能わず。もし它再び「子孫」と同時に發動し、あるいは干脆「子孫」を變出せば、那就中必定廩糧を除去し俸祿を削減するの事有らん。它世爻上に持しあるいは卦身上に臨むも、皆不利なり。
父母空亡,休望差除宣敕;父母為印緩、文書、誥牒、宣敕、奏疏、表章。卦中不可無,宜旺不宜衰,扶世最吉。若持太歲有氣生合世爻,主有朝廷宣召。如加月建,多是敕制及上司獎勵之類。最怕沖空化空,則多不實。衰靜空亡,必無宣敕,亦無差除。卦無父母,休望遷選。
「父母」爻空亡に落つれば、就中望むなかれ差遣任命の詔敕の下來らんを。「父母」は官印綬帶・文書・誥命牒文・宣敕・奏疏・表章の這一類の東西を代表して、卦中缺くべからずして、旺を宜として衰を宜とせず、能く世爻を扶助するを最吉とす。它もし太歲を持して又た氣有りて來り世爻を生合せば、朝廷の宣召有るを主す。もし月建を加えれば、多半是れ敕書制誥あるいは上司の獎勵の一類なり。最も它の空に沖成せられ、あるいは空に變入するを怕る。那多半是れ虚にして實ならず。它もし衰弱安靜して又た空亡に落つれば、必定既に詔敕無く亦た差遣無し。卦中根本に「父母」無きは、升遷選任更に必ず指望するを要せず。
官爻隱伏,莫思爵位升遷。官爻為占官之象。若得臨持身世,或來生合世爻,不受月建日辰沖剋者,凡有謀望,必然稱意。若不上卦,或落空亡,雖出現墓絕無氣,及受剋制,皆不如意。世身沖剋亦凶。
「官鬼」爻隱伏して現れざれば、就中想うなかれ爵位升遷せんと。官爻是れ官職を占うの主象なり。它もし卦身世爻上に臨持し、あるいは來り世爻を生合して、而又た月建・日辰に衝克せられざれば、則ちおよそ圖謀有る所必定称心なり。它もし卦に上がらず、あるいは空亡に落ち、あるいは雖に出現すとも卻って墓に入り絶に臨み毫も氣力無く、および人の克制を受くれば、就中皆如意する能わず。もし世爻・卦身反って往きて它を衝克せば、同じ樣是れ凶なり。
月建生身,當際風雲之會;歲君合世,必承雨露之恩。太歲乃人君之象,月建是執政之官。若得生合世身爻,必有好處。惟怕沖剋世身,必遭貶謫。如月建扶出官爻世爻者,必是風憲之職。太歲加父母扶出官鬼及世爻者,必有天恩。更得日下生旺之地,尤美。衰絕逢空無用。
月建來り卦身を生ずれば、正に當る風雲際會・君臣相得の時なり。太歲來り世爻に合せば、必定朝廷雨露の如きの恩澤を承受せん。太歲是れ人君の象にして、月建是れ當權執政の官なり。它らもし來り世爻卦身を生合せば、必ず好處有り。只怕る它らの世爻卦身を衝克せば、那就中必ず貶謫に遭わん。もし月建官爻と世爻とを扶起せば、任する所必是れ御史臺諫の一類の風憲の職なり。もし太歲「父母」を加えて「官鬼」と世爻とを扶起せば、那必ず天子の恩典有らん。這些の爻もし再び當日の生旺の地に落つれば、就中更に美滿なり。もし衰絶して又た空に逢えば、那就中用無し。
世動逢空,官居不久;未任:卦中世動,必無京官牧守;若是出巡之職,反為順利。已任:遇之,居官不久。更遇日辰動爻相沖,必不久任政事。身空無救,命盡當危。世爻無故自空,不拘已任未任,必有大難,甚至死亡。若欲求謀幹事,則主不成。
世爻發動して又た空に逢えば、這官做ること長久ならず。卦身空に落ちて救應無ければ、那是れ壽數將に盡きんとして性命危づかし。還だ任に到らざるの人は、卦中世爻發動せば、必定京官あるいは一方の牧守に當る能わず。もし謀る是れ出巡外に在るの差使なれば、反って順利なり。已に任に到れるの人は、世動空に逢うに遇上せば、官就中做ること久しからず。もし再び日辰あるいは動爻の來り衝するに碰上せば、必定長久政事を主持する能わず。世爻無故自空するに至りては、論せず已任未任にせよ、皆必ず大難有りて、甚だしきは命を喪うに至る。もし是れ什麼の事を謀干せんと想うは、那就中主と為して辦り成さず。
鬼化福沖當代職;出巡官,宜鬼爻發動;牧守官,宜鬼爻安靜。若鬼動化子,必有別官代職。不然,亦被他人所先也。子動化鬼,則先難後易,或先凶後吉。官福皆動,亦主有官替代。財臨虎動必丁憂。凡占官,不可無財,亦不可發動。若鬼爻有氣,而得財動扶起,必須用財謀幹,方得升遷。若父母衰弱,而遇此爻加臨白虎旺動者,必有丁憂之事。財化子,子化財,或財臨世動,或子動而父母無故自空者,皆主丁憂。
「官鬼」「子孫」を變出して來り相衝するは、就中人有りて自己の職位を接替せん。「妻財」「白虎」に臨みて發動すれば、必定要りて父母の喪に遭わん。出巡外に在るの官は、「官鬼」發動を宜とす。一方に坐鎮するの守牧の官は、「官鬼」安靜を宜とす。もし鬼爻發動して「子孫」を變出せば、必ず別の官有りて來り接替せん。然らざれば亦た是れ人に前頭に搶られしなり。もし「子孫」發動して「官鬼」を變出せば、那是れ先難後易・先凶後吉なり。「官鬼」「子孫」皆發動するも、亦た人有りて來り官職を接替するを主す。財爻に至りては、官を占うに它無くんば可からざるも、可れども亦た它の發動を宜とせず。もし鬼爻氣有りて財爻發動して扶起するを得ば、那就中必ず錢財を動用して打點して、乃ち升遷する能し。倘若「父母」衰弱にして、偏に又た財爻「白虎」を加えて旺相發動するに碰上せば、那必定丁憂守制の事有らん。此の外財爻化「子孫」・「子孫」化財爻し、あるいは財爻世に臨みて動き、あるいは「子孫」發動して「父母」無故自空するも、亦た皆丁憂を主す。
日辰沖剋,定然誹謗之多招;日辰刑沖剋世,必招誹謗。依五類推之。如帶兄弟,因貪賄賂,或徵科太急。帶財爻,因無調度,或財賦不起。帶子孫,嗜酒好遊,怠於政事。帶父母,因事繁劇,不能料理。帶官鬼,非酷刑,則同僚不和。以上皆招誹謗,聲名必不能振。若得世臨月建,雖有誹謗,不能為害。
日辰來り世爻を衝克すれば、官を做る必定許多の毀謗を招來す。日辰刑衝克世すれば、一定要りて人に非議せられ、因りて何に議せらるるに至りては、六親五類に按じて推す。日辰「兄弟」を帶ぶるは、是れ賄賂を貪圖するに因り、あるいは賦稅を徴收し催逼すること太緊なり。「妻財」を帶ぶるは、是れ調度方無きに因り、あるいは錢糧徴して上がらざるなり。「子孫」を帶ぶるは、是れ酒を嗜み遊を貪りて、政事を怠慢するなり。「父母」を帶ぶるは、是れ公事繁重にして、料理し過來る能わざるなり。「官鬼」を帶ぶるは、是れ刑を用うること苛酷に非ざれば、就中是れ同僚と和不和す。以上這些は皆毀謗を招き、聲譽必定振作起來る能わず。不過もし世爻月建に臨めば、雖に毀謗有るも亦た他を害する能わず。
鬼殺傷身,因見災殃之不免。官鬼發動,生合世爻為用神,傷克世爻為鬼殺。用神扶世,必有進取;鬼殺傷身,必有凶禍。以化出六親斷之。如化子有貶謫之憂,化財有陰人之禍,化兄主失財,化父憂小口類。以上不然,則自身決有災病,得世爻空避不妨。
「官鬼」化作して凶殺と為り來り身を傷れば、災殃就中免れ難し。同是れ官鬼發動にして、來り世爻を生合する就是れ用神にして、來り世爻を傷克する就是れ鬼殺なり。用神世爻を扶助せば、必ず進取升遷有り。鬼殺自身を傷克せば、必ず凶禍有り。禍何より來る、它の變出する所の六親に按じて斷ず。「子孫」を變出するは貶謫の憂有り、「妻財」を變出するは女子の引起するの禍事有り、「兄弟」を變出するは破財を主り、「父母」を變出するは小兒を憂うるの類を主す。もし這些の情形に屬せざれば、那就中是れ自身必定災病有らん。只だ世爻恰好空に落ちて避くるを以て、乃ち妨げ無し。
兄爻化鬼無情,同僚不協;兄弟為僚屬之官。卦中鬼動,化出兄弟,沖剋世爻,主同僚不和。或兄弟化鬼,刑沖剋害;或兄帶三刑六害傷世,皆然。世克兄爻,是我欺他,而不和也。太歲加刑不順,貶責難逃。太歲出現,動傷世爻,必遭貶責。更加刑害虎蛇等殺,必有鎖扭擒拿之辱。世爻入墓,必受囚繫,得動爻日辰有救,庶幾無事。但怕化出子孫,罪終不免。月建同看。
「兄弟」爻「官鬼」を變出して我と情無ければ、同僚の間就中合い來らず。太歲上又た刑を加えて順ならざれば、貶斥责罰就中逃れ難し。「兄弟」は同僚屬官を代表す。卦中鬼爻發動して「兄弟」を變出して來り世爻を衝克するは、同僚不和を主す。あるいは「兄弟」「官鬼」を變出して來り刑衝克害し、あるいは「兄弟」三刑六害を帶びて世を傷るも、亦た皆一樣なり。反ってもし世爻往きて「兄弟」を克するは、那是れ我他を欺壓して、因而に和せざるなり。太歲に至りては、它卦中に出現して發動して世爻を傷れば、必ず貶責に遭わん。もし再加上刑害および「白虎」「螣蛇」等の凶殺せば、必有りて枷鎖擒拿の屈辱を受けん。世爻もし墓に入れば、必定要りて囚禁せらるるを得て、動爻あるいは日辰の救應を得て乃ち勉强事無し。最も怕る是れ「子孫」を變出するにして、那樣なれば罪責終に免れ掉る能わず。月建の看法は太歲と相同じ。
卦靜世空,退休之兆;身空殺動,避禍之徵。凡遇世爻空亡,未任未有選期。已任若六爻安靜,月日歲君無傷而遇之,乃是休官改政之象。若鬼爻發動,月日歲君傷克而遇之者,是避禍脫災之兆。卦靜日沖,欲歸而不放;殺動日合,欲避而不能。
六爻安靜にして世爻空に落つるは、是れ老を告げ退休するの兆頭なり。卦身空に落ちて凶殺發動するは、是れ禍事を躲避するの徵象なり。およそ世爻空亡に遇うに、還だ任に到らざるは、是れ缺を選ぶに期無し。已に任に到れるは、もし六爻安靜にして、月建・日辰・太歲又た皆來り傷克せざれば、那就中是れ官を辭し歸隱して・改弦更張するの象なり。もし是れ鬼爻發動して、月建日辰太歲又た來り傷克せば、那就中是れ禍を避け災を脱するの兆なり。此の外還だ兩種の反象有り。卦雖に安靜なりとも日辰來り衝するは、是れ走らんと想うも卻って走り脱ぐ能わず。凶殺雖に動くとも日辰來り合するは、是れ躲けんと想うも卻って躲け開く能わず。
身邊伏鬼若非空,頭上烏紗終不脫。凡遇凶兆,或得鬼爻臨身持世,或本宮鬼伏世下,雖見責罰,官職猶在。若不臨持身世,或不伏於世下,或雖伏仍遇空亡者,必革官帶為民,非止罪責。
身邊伏著の「官鬼」只だ空に落ちざれば、頭上這頂の烏紗終に摘み掉る能わず。およそ卦中已に凶兆を現せば、もし還だ鬼爻有りて卦身に臨みあるいは世爻上に持し、あるいは本宮の鬼世爻の下に伏せば、則ち縱然責罰を受くとも、官職還だ保ち得住。倘若鬼爻既に卦身世爻に臨持せず、亦た世爻の下に伏せず、あるいは雖に伏著すとも卻って又た空亡に落つれば、那就中必定官職冠帶を革去して平民に貶して、不只是れ責罰を受くるのみならず。
財空鬼動,聲名振而囊篋空虛。凡得官鬼動來生合世爻,日月動變,又無沖剋者,為官必有聲名聞望。更得財爻生扶合助,有氣不空,則既會做官,又會賺錢;內實貪賂,外不喪名。若財爻或空或伏,或臨死絕,則主聲名雖有,賄賂卻無也。
財爻空に落ちて「官鬼」發動すれば、官を做る名聲很響くとも、錢袋子卻って是れ空し。およそ「官鬼」發動して來り世爻を生合して、しかも月建・日辰・動爻・變爻又た皆來り衝克せざれば、這人官を做る必ず聲望名氣有り。もし再び財爻を得て來り生扶合助して、財爻又た氣有りて空ならざれば、那就中是れ既に官を做るを會し又た錢を撈るを會して、暗裡に賄を貪りて面子上並びに名を失わず。之に反して、財爻もし空に落ち伏藏し、あるいは死絶の地に落つれば、那就中是れ名聲雖に有るも、賄賂の財卻って分文無し。
官旺父衰,職任高而衙門冷落。父母旺相,衙門必大;休囚,衙門必小。若官旺父衰,又非小去處,乃是冷落閒靜衙門。蓋官旺則職高,故也。官衰父旺,則主職雖卑微,卻在大衙門中治政。官父俱衰,職卑衙小,必非風憲之地。
「官鬼」旺にして「父母」衰なれば、官職雖に高しとも衙門冷清なり。「父母」旺相なれば、衙門必定大なり。「父母」休囚なれば、衙門必定小なり。もし「官鬼」旺にして「父母」衰なれば、那亦た什麼の小地方に非ずして、而是れ一處の冷落清閒の衙門なり。官旺なれば就中職位高きを表示するを以てなり。反って、「官鬼」衰にして「父母」旺なれば、那是れ職位雖に卑微なりとも、卻って一個の大衙門裡に在りて事を辦すなり。もし「官鬼」「父母」皆衰なれば、那就中是れ職位既に卑く衙門又た小にして、必定御史臺諫の那樣の風憲要地に非ず。
職居風憲,皆因月值官爻;大抵官鬼旺相,不臨月建,定非風憲之職。若臨月建,又得扶出世爻,決是風憲之任,必非府縣官也。更在日下生旺之地,尤為風憲。如帶刑爻,多是鎮守邊陲之職,或掌兵權,或居刑部。在外,亦是司刑之職。官在貳司,只為鬼臨旁位。鬼在世應爻上,或帶月建日辰者,必是掌印正官。若被世合,或在旁爻,則是佐貳之職。六爻無鬼,而動爻有化出者,亦然。
能く風憲の職に任ずるは、皆月建上正に「官鬼」に值するに因る。只だ能く個の佐貳の官に當るは、只だ鬼爻旁爻上に落つるに因る。大體説けば、「官鬼」縱然旺相すとも、只だ月建に臨まざれば、就中斷然風憲の職に非ず。它もし月建に臨みて、又た能く世爻を扶起せば、那一定是れ御史臺諫の任にして、必是れ府縣地方官に非ず。它もし再び當日の生旺の地に落つれば、就中更に是れ風憲なり。倘若它刑爻を帶びれば、多半是れ邊疆を鎮守するの職務にして、あるいは兵權を掌り、あるいは刑部に在りて任職す。外任上に在るも、亦た是れ刑名を主管するの差使なり。官位高低に至りては、鬼爻世爻・應爻上に在り、あるいは月建日辰を帶ぶるは、必是れ印を掌るの正官なり。もし它世爻に合せられ、あるいは旁爻上に落つれば、那就中是れ副職佐貳なり。六爻の中本來鬼爻無くして、動爻に由りて變化出來るも、亦た這樣に照らして看よ。
撫綏百姓,兄動則難化愚頑;凡任牧民之職,要財爻旺而不動,父母扶而不空,必是豐地富方;財爻空絕,父爻受制,則地瘠民貧。父母動臨世上,政必繁劇。兄弟持世,財賦不起。日帶兄爻沖剋世爻,手下人必要侮文弄法,壞我政事。若兄在旁爻動來沖剋,則主頑民難治。兄化子,子化兄,而刑剋世身,恐有下民訟我之兆。更若世應沖剋,與鄉宦亦多不睦。
要りて百姓を安撫するに、「兄弟」一たび動けば就中那些の頑愚の民を教化し難し。およそ百姓を牧養するの地方官を擔任するに、要りて財爻旺相にして發動せず、「父母」能く扶助して空に落ちざれば、那必是れ物阜民豐の富庶の地なり。もし財爻空に落ち絶に臨み父爻又た制を受ければ、那就中是れ土地瘠薄にして百姓貧困なり。「父母」發動して世爻上に臨めば、政務必定繁重なり。「兄弟」世を持せば、錢糧賦稅徴して上がらず。日辰「兄弟」を帶びて世爻を衝克せば、手下の吏員必定要りて文を舞い法を弄して、我の政事を敗壞せん。もし「兄弟」旁爻上に於いて發動して來り衝克せば、那就中是れ刁民治め難し。「兄弟」化「子孫」・「子孫」化「兄弟」して而又た世爻卦身を刑克するは、恐怕百姓有りて我を告ぐるの兆頭有らん。もし再加上世應相衝相克せば、那本地の鄉紳縉紳と亦た多半是れ處し好からず。
巡察四方,路空則多憂驚險。欽差出巡,或封王採木,皆怕世應逢空。若路爻空之卦,主途中驚險。世在五爻自空,須防身死於外,有沖剋則不然。凡遇世在五爻動,及游魂卦世動者,皆是出巡之職。
命を奉じて四方を巡察するに、路爻もし空に落つれば就多く驚險にして憂うべし。欽差出巡し、あるいは奉派して往きて藩王を冊封し木材を採辦する一類の差事は、皆世爻・應爻の空に落つるを怕る。もし路爻空に落つるの卦を得ば、途中驚險有るを主す。世爻もし第五爻上に於いて無故自空せば、還だ要りて外に在りて死するを防ぐべし。不過它もし衝克を受くれば、就中此の斷を作さず。およそ世爻第五爻上に於いて發動し、および遊魂卦にして世爻發動するに遇うは、任する所皆是れ出巡外に在るの職務なり。
出征剿捕,福德興而寇賊殲亡;凡任將帥之職,或征討之官,平居卜問,不宜子孫發動,主有降調貶責;亦不宜應動克世,主有不測變故。若歲君月建沖動官鬼,或世爻,主有敕命征討之事。如臨敵卜問,則喜子孫發動,必成剿捕之功,更得歲君月建生合,仍有升賞。官鬼不作爵位,當作賊寇論之。世克應亦吉。
兵を出し征剿して盜を捕るに、「福德」興旺なれば則ち賊寇殲滅せらる。およそ將帥の職あるいは征討の官を擔任するは、平日家に在りて占問するに、「子孫」發動を宜とせず。那降職貶責を主す。亦た應爻發動して來り世爻を克するを宜とせず。那意外變故有るを主す。もし太歲あるいは月建「官鬼」あるいは世爻を衝動せば、那就中詔命有りて下來りて要りて師を出して征討せんを主す。可れどももし是れ陣に臨み敵に對するの時占問するは、反って「子孫」發動を喜ぶ。那必ず能く剿捕の功を建成して、再び太歲・月建の生合を得ば、還だ升遷賞賜有らん。這種の時候「官鬼」再び官爵と當てて看ずして、而要りて賊寇と當てて論ずべし。世爻應爻を克するも亦た是れ吉なり。
鎮守邊陲,卦爻靜而華夷安泰。鎮守地方,不拘文官武職,皆宜六爻安靜;世應生合比和,日辰月建,不相沖克,則鼾睡邊庭,安然無警,世應空亡亦吉。若遇官鬼發動,世應沖剋,必多侵擾,宜通變斷之。
邊疆を鎮守するに、六爻安靜なれば則ち中原と四夷と皆安泰なり。およそ一方を鎮守するに、論せず文官武職にせよ、皆六爻安靜を宜として、世應兩爻相生相合しあるいは五行比和して、日辰月建も亦た來り衝克せざれば、那就可以して邊庭上高枕酣睡して、安然事無し。世應兩爻空に落つる同じ樣是れ吉なり。倘若「官鬼」發動・世應互相衝克するに碰上せば、邊地必定多く侵擾有りて、要りて卦に隨い靈活に判斷すべし。
奏陳諫諍,那堪太歲刑沖;凡欲奏對、陳疏,上章、諫諍,及赴召面君類,皆忌動爻沖剋太歲,亦忌刑剋世爻。若太歲月建生合世爻,必見詳允。一來沖剋,須防不測之禍。歲君衰靜,不帶刑害虎蛇,主則不見取用,非有大害。動空化空,亦是虛驚。或有制伏沖散合住,必得大臣申救。應動沖剋世爻,更防人奏劾。
上奏して言を陳じ直諫して爭辯すれば、哪里に禁えんや太歲の來り刑衝するを。およそ要りて面奏對答し・上疏陳情し・遞章進諫し、および召を奉じて入りて天子を見る一類の事は、皆動爻の往きて太歲を衝克するを忌み、亦た動爻の世爻を刑克するを忌む。もし太歲・月建來り世爻を生合せば、奏する所必ず詳察准許を蒙る。一旦衝克有れば、就中不測の禍を防ぐを得。太歲もし衰弱安靜にして、又た刑害および「白虎」「螣蛇」を帶びざれば、那不過に言う所採納せられざるにして、並びに大害無し。衝克の爻もし是れ動きて空に逢い空亡に變入するも、亦た只是れ一場の虚驚なり。もし它制伏せられ・衝散せられ・合住せられれば、那必ず大臣有りて出面して申救せん。もし應爻發動して來り世爻を衝克せば、還だ要りて人有りて本を上げて彈劾するを防ぐべし。
僧道醫官,豈可文書發動。僧道醫官,及陰陽官,皆要子孫出現,有氣不空為吉。父母發動,必有災悔。父帶太歲月建日辰,則非身有災病,乃外來禍也。子孫自空,亦有大難。然子孫只宜安靜,官鬼不宜空伏。雖兩全,仔細為妙。但隨職分以推詳,可識仕途之否泰。
僧官・道官・醫官の這一類は、哪里に文書爻の發動するを容れんや。僧官・道官・醫官および天文歷算を執掌するの陰陽官は、皆要りて「子孫」出現し氣有りて空ならざれば乃ち吉なり。這些の職分本來「子孫」を以て主象と為すを以てなり。「父母」一たび發動すれば、必ず災禍悔吝有り。「父母」もし太歲・月建あるいは日辰を帶びれば、那就中自身病を生ずるに非ずして、而是れ外來の禍事なり。「子孫」もし無故自空せば、同じ樣大難有り。不過「子孫」只だ安靜を宜とし、「官鬼」も亦た空に落ち伏藏するを宜とせず。就中兩者皆齊全なるを算うとも、仍お仔細推詳するを以て妙と為す。總之只だ各の人の職分に順いて推詳すれば、就中仕途の通と塞とを看出す能し。
黄金策・十八、求財
居貨曰賈,行貨曰商,總為資生之計;蓍所以筮,龜所以卜,莫非就利之謀。要問吉凶,但看財福。財為利息,福為財源。二者占財用神。財旺福興,不問公私皆稱意;財空福絕,不拘營運總違心。凡遇財爻旺相,子孫發動,便是吉卦。不拘公私,財皆得稱意。二者若財空爻,或臨墓絕,即是凶卦。不拘作何買賣,皆違心願也。
貨を囤えて坐して買主を待つを「賈」と叫び、貨を販じて四方に奔走するを「商」と叫ぶ。皆不過に生を謀るの計策なり。蓍草用いて筮し龜甲用いて卜するも、亦た無非是れ利に趨くの打算なり。財を求むるの吉凶を問わんと要せば、只だ「妻財」と「福德」の兩爻を看よ。財爻是れ利息にして、「子孫」是れ財源なり。這兩爻就中財を占うの用神なり。財爻旺・「子孫」興なれば、論せず公事を做すとも私事を做すとも皆称心なり。財爻空・「子孫」絶なれば、論せず什麼を經營するとも皆願を遂げず。およそ財爻旺相にして「子孫」發動するに遇えば、便ち是れ吉卦にして、論せず公私にせよ、財を求めて皆称心する能し。這兩爻もし空爻上に落ち、あるいは墓・絶の地に臨めば、那就中是れ凶卦にして、論せず什麼の買賣を做すとも、皆要りて心願に違背せん。
有福無財,兄弟交重偏有望;財為用神,而不上卦,必無可望。若得兄弟發動,無財可劫,則反生扶福德,財源有氣,仍舊有望,但主遲滯耳。兄動而財空,謂之避空。過旬生旺日,財亦可得。財若不空不伏,而遇兄劫,則為下卦。
「子孫」有りて「妻財」無ければ、「兄弟」重疊發動する反って指望有り。財爻是れ財を求むるの用神にして、它もし卦に上がらざれば、本來毫も指望無し。可れども這時「兄弟」發動すれば、既に劫奪す可きの財無くして、它反って往きて「福德」を生扶し、財源就中生氣有りて、仍お望有り。只不過に來ること遲緩なるのみ。もし「兄弟」發動して財爻恰好空に落つれば、那叫ぶ「避空」にして、這一旬を過ぎて財爻生旺の日に到れば、財も亦た照樣手に到らん。倘若財爻既に空に落ちず又た伏藏せずして、卻って硬に「兄弟」の來り劫するに碰上せば、那就中是れ下等の卦なり。
有財無福,官爻發動亦堪求。子孫藏伏,財無生氣,一遇兄弟,便被劫盡。須得卦有官動,或日辰是鬼剋制兄爻,則用神無損,亦可求謀。卦有子孫而官鬼動,則有阻節,反不易矣。此象鬼爻生旺日得財。
「妻財」有りて「福德」無ければ、「官鬼」發動するも亦た還だ可く求めん。「子孫」伏藏して現れざれば、財爻就中它を生ずるの源頭無くして、一たび「兄弟」に碰上れば便ち劫奪乾淨せらる。這時須く卦中「官鬼」發動有るか、あるいは日辰本身就中是れ鬼來りて「兄弟」爻を克制して、用神乃ち損を受けずして、還だ可く謀求せん。反って、卦中もし本來「子孫」有りて「官鬼」又た發動せば、那就中阻礙梗節有りて、財を求むる反って容易ならず。這種の卦象は、要りて鬼爻生旺の日子に到りて乃ち財を得。
財福俱無,何異守株而待兔;財福二爻,占財主象。有財無福,財必有限;有福無財,財必不實;財福俱無,焉能有望?守株待兔,喻妄想也,空亡亦然。父兄皆動,無殊緣木以求魚。父母為絕源殺,兄弟為劫財神。二者發動,財福俱傷。用神既損,求之必如緣木求魚,必不可得。父化兄,兄化父,亦然。
「妻財」「福德」の兩爻全く皆無ければ、那跟して樹樁を守りて兔子の撞上がるを待つと分別無し。「父母」「兄弟」の兩爻一齊に發動すれば、就更に象く樹に爬上りて魚を捉えんとするが如し。這兩爻是れ財を占うの主象なり。財有りて福無ければ、財必定有限なり。福有りて財無ければ、財必定不實在なり。兩爻皆無ければ、哪里に還だ指望を談ずるに及ばんや。「守株待兎」是れ痴心妄想を比喻す。兩爻空亡に落つるも亦た一樣なり。「父母」に至りては、它是れ財源を斷絶するの凶殺にして、「兄弟」は、它是れ錢財を劫奪するの惡神なり。這兩者一たび發動すれば、「妻財」「子孫」皆傷損せられ、用神既に損を受ければ、財を求むる縁木求魚の如くして、斷然求め到らず。「父母」化「兄弟」・「兄弟」化「父母」も、亦た一樣なり。
月帶財神,卦雖無,而月中必有;月建為提綱。若帶財爻得時有氣,縱遇兄弟,衰不敵旺,必主財利厚。雖卦中無財,月中必然有。得出現尤妙。日傷妻位,財雖旺,而當日應無。財爻旺相,生合持世,乃是必得之象。若被日辰剋制其財,縱現,必然無有。須過此日,然後有得。
月建上財神を帶びれば、卦中雖に財爻を見ずとも、這一個月裡必定財有り。日辰妻財の位を傷れば、財爻縱然旺相すとも、當日亦た手に到らず。月建是れ一卦の提綱なり。它財爻を帶びて又た當令有氣なれば、縱然「兄弟」に碰上するも、衰の亦た旺に敵せずして、必ず財利豐厚を主す。ゆえに卦中雖に財無しとも、月内必然財有り。もし財爻還だ能く卦上に出現せば、那就中更に妙なり。反って、財爻旺相にして又た世を生合持するは、本是れ必得の象なり。可れども它もし日辰に克制せられれば、則ち縱然卦上に出現するも亦た終に無くして、須く這一天を過ぎて、然る後乃ち得る所有らんを待つ。
多財反覆,必須墓庫以收藏;卦中財只一位,有氣不空,生合持世皆美。若三五重太過,其財反覆難求。必須卦中有財庫爻發動,謂財有庫藏,必得厚利。財化財,亦主反覆不定。無鬼分爭,又怕交重而阻滯。無鬼之卦,兄必專權,財雖有氣,亦多虛耗。兄更發動,必有爭奪買賣,分散財物之患。然雖不可無,官又不宜動,動則必有阻隔。若有剋制,或被沖散,或被合住,雖阻不妨。
財爻太多ければ反って反復無常にして、必ず須く墓庫有りて來り收藏せんことを。卦中鬼無ければ便ち人有りて爭奪し、可れども鬼爻重疊發動せば又た它の阻滯を怕る。卦中財爻只だ一位有りて、氣有りて空ならず、又た來り生合しあるいは世爻上に持せば、那都是れ美事なり。もし財爻三重五重にして得ること太過なれば、這財反って反復して求め難く、必ず須く卦中財の庫爻發動有りて、「財庫藏有り」と作り叫ばれて、乃ち厚利を得る能し。財爻發動して又た財爻を變出するも、亦た反復不定を主す。「官鬼」に至りては、鬼爻無きの卦は、「兄弟」便ち獨り大權を攬して、財爻縱然氣有るも亦た多く虚耗す。「兄弟」もし再び發動せば、必ず人有りて來り這樁の買賣を爭奪し這份の財物を分去らん。ゆえに鬼爻無くんば可からざるも、可れども亦た發動を宜とせず。一動すれば必ず阻隔有り。除非它克制せられ・衝散せられ・合住せられば、那樣雖に阻礙有るも亦た妨げ無し。
兄如太過,反不克財;兄弟乃占財忌殺,若有一位旺動,最為不利。若月日動變,俱帶兄弟,重疊太過,則不專一,反不克劫。至財爻生旺日可得。身或兄臨,必難求望。卦身一爻,占財體統。若持兄弟,不拘作何買賣,問何財物,皆無利益。持世亦然。惟臨財福,方為吉兆。臨父主勞祿,若占六畜血財,則有損失。臨官,大利公門求財,餘皆險阻不利。
「兄弟」もし得ること太過なれば、反って財を克する能わず。卦身上もし「兄弟」に臨めば、那就中必定難く指望有らず。「兄弟」是れ財を占うの忌神凶殺にして、只だ一位旺相發動有れば、就中最も不利なり。可れどももし月建・日辰・動爻・變爻皆「兄弟」を帶びて、重疊すること太過なれば、力量反って專一ならずして、倒れて財爻を克劫する動かざらん。財爻生旺の日子に到りて照樣財を得。卦身に至りては、它是れ財を占うの整體格局の所在なり。它もし「兄弟」を持せば、論せず什麼の買賣を做すとも・什麼の財物を問うとも、皆利益無くして、世爻上に持するも亦た一樣なり。只だ「妻財」「子孫」に臨むを以て、乃ち是れ吉兆なり。卦身「父母」に臨むは勞碌辛苦を主り、もし占する是れ六畜の類の血財なれば、還だ要りて損失有らん。「官鬼」に臨むは、大いに官府衙門に向きて財を求むるに利して、其の余の門路就中皆險阻不利なり。
財來就我,終須易;我去尋財,必是難。凡遇財爻生合世爻,克世持世,皆謂財來就我,必然易得。若雖動出財爻,而與世爻不相干者,謂我去尋財,必難望也。身遇旺財,似取囊中之物;世持動弟,如撈水底之針。世為求財之人。若臨財爻,雖或無氣,亦主易得;旺相更美。若臨兄弟,雖或安靜,亦主難得;發動尤甚。
財自己門に送上して來れば就中容易にして、要りて自己出去して財を找れば就中難し。卦身上旺相の財爻に遇えば、財を取ること嚢を探りて物を取るが如く、世爻上發動の「兄弟」を持せば、財を求むること水底に鍼を撈るが如し。およそ財爻來り世爻を生合し、あるいは來り世を克し世を持するは、皆「財來り我に就く」と作り叫ばれて、必然容易に手を得。もし卦中雖に財爻を變出するも、卻って世爻と毫も相干せざれば、那就中「我往きて財を尋く」と叫ぶにして、必定難く指望有らず。世爻は財を求むるの人を代表す。它財爻に臨めば、縱然氣無くとも亦た財を得易きを主り、旺相なれば就中更に好し。它「兄弟」に臨めば、縱然安靜なるも亦た得難きを主り、發動すれば就中更に嚴重なり。
福變財生,滾滾財源不竭;占財,得子孫發動,利必久遠。更化財爻,生合身世,乃綿綿不絕之象,盡求則盡有也。財化子亦妙。兄連鬼克,紛紛口舌難逃。兄弟變出官鬼,刑沖剋世,不惟無財,且有口舌。父爻更動,必訟於官。若有救制,庶幾無害。鬼化兄,或兄鬼皆動,亦然。朱雀臨兄鬼動變,有口舌。
「福德」「妻財」を變出して來り相生せば、財源就中滾滾として斷えず。「兄弟」連なりて「官鬼」來り世を克せば、紛紛の口舌就中躲け掉る能わず。財を占うに「子孫」發動を得れば、獲利必定長久なり。它もし再び財爻を變出して來り卦身・世爻を生合せば、那便ち是れ綿綿不絶の象にして、幾多を要すれば幾多有らん。財爻「子孫」を變出するも亦た一樣妙なり。反って、「兄弟」「官鬼」を變出して世を刑衝克すれば、不但財無きのみならず、還だ口舌を惹くを要す。「父母」爻もし亦た發動せば、那必定要りて官府に打ち到らん。もし卦中救應制伏有れば、乃ち勉强害無し。「官鬼」「兄弟」を變出し、あるいは「兄弟」「官鬼」同時に發動するも、亦た是くの如し。「朱雀」發動あるいは變出の「兄弟」「官鬼」上に臨むも、同じ樣口舌を主す。
父化財,必辛勤而有得;父化財,不自然而得,必勤勞後得。兄化財,先散後聚;或利於後,不利於前。官化財,最利公門謁貴,及九流藝術之人,求財十分有望。私財,則先驚後喜,或先阻後得。
「父母」「妻財」を變出せば、必定要りて辛苦一番して乃ち得る所有らん。「父母」化財は、財自然にして來るに非ずして、必ず勤勞の後乃ち手に到る能し。「兄弟」化財は、是れ先に散じ後に聚まり、あるいは後頭利有りて前頭利無し。「官鬼」化財は、最も官府衙門に到りて貴人に謁見するに利し、亦た三教九流手藝に靠りて生を謀るの人に利して、這類の人財を求むる十分に望有り。もし求める是れ私下の財なれば、那就中是れ先に驚き後に喜び、あるいは先に阻礙を受けて而後手を得るなり。
財化鬼,防耗折而驚憂。財化官最凶。主損折虛耗,自有驚險。更傷世爻,切恐因財致禍。財化兄,主與人分利;或先聚後散;或利於前,不利於後。財化父,主得後艱辛;或只許一度。財化死墓空絕,是有虛名,無實利之象。若得生合世爻,則上前有功,稍遲則無也。
「妻財」「官鬼」を變出せば、要りて虧耗折本して并且驚を受け憂を擔うを防ぐべし。財化官最も凶にして、虧折虚耗を主り、自身還だ驚險有り。它もし再び世爻を傷克せば、就中恐怕財に因りて禍を招かん。財化「兄弟」は、主として人と利を分かち、あるいは先に聚まり後に散じ、あるいは前頭利有りて後頭利無し。財化「父母」は、手を得るの後仍お艱辛を主り、あるいは只だ這一回の成功を許す。財爻死・墓・空・絶に變入するは、那是れ空しく虚名有りて實利無きの象なり。不過它もし仍お來り世爻を生合せば、那就中是れ早きに趁いて上前すれば還だ功有りて、稍か一たび遲慢すれば就中無し。
財局合福神,萬倍利源可取;卦有三合,會成財局,而子孫亦在合中動者,上吉之卦。主財利綿綿不竭。更得財旺,可許萬倍財利。會成福局,而財爻又在合中,動來生合世爻者,亦然。若會鬼局,則多阻隔。會成兄局,則主分散。會成父局,艱辛難得。歲君逢劫殺,一年生意無聊。凡占久遠買賣,最怕太歲臨持兄弟,主一年無利。出現變動,必然損耗。歲持官鬼,一年驚憂。持父一年艱辛。歲持財福,生意滔滔,一年順利也。
三合會成して財局と為りて又た「福神」に合すれば、可く萬倍の利源を取到せん。太歲上財を劫するの凶殺に碰上せば、一年の生意皆索然として味無し。卦中三爻會合して「妻財」局を成し、しかも「子孫」も亦た這合局の中に在りて發動せば、那是れ上吉の卦にして、財利綿綿不斷を主す。もし財爻再び旺なれば、可く萬倍の利を許せん。「子孫」局を會成して財爻も亦た合中に在り、發動して來り世爻を生合するも、亦た一樣なり。もし「官鬼」局を會成せば、就多く阻隔有り。「兄弟」局を會成すれば、財分散せらるるを主す。「父母」局を會成せば、就中艱辛にして得難し。太歲に至りては、およそ長久の買賣を占うに、最も太歲の「兄弟」に臨むを怕る。那整整一年利無きを主り、它もし出現して又た變動せば、必定虧耗す。太歲「官鬼」を持するは、一年驚憂なり。「父母」を持するは、一年艱辛なり。「妻財」「子孫」を持するは、生意滔滔として、一年順利なり。
世應二爻空合,虛約難憑;世空,有財難得;應空,難靠他人;世應俱空,艱辛無準實。空動帶合,謂之虛約。化入空亡,亦是心口不相應之象。主人一位刑傷,往求不遇。主人:如求貴人,財鬼為主;求婦人財,財為主類。若主人遇動爻日辰刑剋,或自空化空,皆主不遇,遇亦不利。須得生合世爻,財為契愛,求必易得。主人化出財爻,生合世爻,最吉。不知主人,以應爻論之。
世應兩爻空に落ちて又た相合すれば、那不過に一句の空口約定にして、靠るに足らず。主人を代表するの那一爻刑傷を受ければ、往きて他を求むるも亦た見る能わず。世爻空に落つれば、財有るも亦た得難し。應爻空に落つれば、別人に指望し上がらず。世應皆空に落つれば、那就中辛苦一場して毫も落著無し。もし兩爻是れ動きて空に逢いて又た相合を帶びれば、就中「虚約」と作り叫ばる。空亡に變入するも、同じ樣嘴上は一套にして心裡は一套なり。所謂「主人」、是れ求むる所の對象の那一爻を指す。貴人に向きて財を求むるは、財爻・鬼爻を以て主人と為し、婦人に向きて財を求むるは、財爻を以て主人と為す。その余類推す。主人爻もし動爻・日辰に刑克せられ、あるいは自空し・空亡に變入せば、皆人に見る能わざるを主り、見えども亦た順利ならず。須く它の來り世爻を生合するを得て、那是れ對方投契相愛して、求むれば必定容易なり。主人爻もし還だ財爻を變出して來り世爻を生合せば、那是れ最吉なり。もし主人哪一爻を看るべきを清楚せざれば、就中應爻を用いて論ず。
世持空鬼,多因自己遲疑;鬼爻持世,財必相生,凡求必易。若遇空亡,乃是自不上前,遲疑退懶,故無成也。世持空財亦然。辰合動財,卻被他人把住。要財動來生合,固是易得之兆;若被動爻日辰合住,其財必有人把持主張,不能與我也。要知何人把持,以合爻定之。如父母合住,為尊長把持類。卦若無財,看伏何爻下,亦可推之。如伏官下,為貴人把持之類。
世爻空に落ちたるの「官鬼」を持するは、多半是れ自己遲疑して前に進まず。日辰發動の財爻を把りて合住せば、那財卻って別人に把持せらる。鬼爻世を持せば、財必ず來り它を生じて、およそ求むる所有る皆容易なり。可れども它もし空亡に落つれば、那就中是れ自己肯んじて上前せず、猶豫退縮して懶惰するにして、ゆえに辦り成さず。世爻空に落ちたるの財爻を持するも亦た一樣なり。財爻發動して來り生合するに至りては、本是れ容易に手を得るの兆なり。もし它動爻あるいは日辰に合住せられれば、這筆の財必定人有りて把持して主を做して、我の手裡に到らず。是れ誰の把持するを知らんと要せば、就中它を合住するの那一爻を看よ。譬如「父母」合住せば、那是れ尊長の把持するの類なり。卦中もし根本に財無ければ、就中財の哪一爻底下に伏するを看れば、亦た能く推し出來る。譬如「官鬼」の下に伏するは、那是れ貴人の把持するの類なり。
要知何日得財,不離旺衰生合;財爻有氣,合日得財;或本日得財。太旺,墓庫日得;休囚,生旺日得;太過,收藏日得;合住入墓,破合破墓日得;旺空,過旬日得;伏藏,提起日得。財爻死絕,而得子孫動來扶起,即以子孫爻斷。卦無財爻,而得兄弟生扶子孫財源者,即以兄弟爻斷。更宜通變。
哪一天財を得るを知らんと欲せば、總じて財爻の旺衰と生合とを看るに外ならず。財爻氣有るは、它と相合するの日子に財を得、あるいは當日就中得。財爻太旺なるは、它墓庫に入るの日子に到りて得。休囚なるは、它生旺に逢うの日子に到りて得。重疊太過するは、收藏の日に到りて得。合住せられあるいは已に墓に入れるは、合を衝破し墓を衝破するの日子に到りて得。旺にして空に落つるは、這一旬を過ぎて乃ち得。伏藏して現れざるは、伏神提起せらるるの日子に到りて得。もし財爻已に死絶の地に在れば、全く「子孫」發動して來り它を扶起するに靠る。那就中改めて「子孫」爻を用いて日期を定む。もし卦中根本に財無ければ、全く「兄弟」往きて「子孫」の這個の財源を生扶するに靠る。那就中改めて「兄弟」爻を用いて日期を定む。總之還だ須く靈活に變通すべし。
欲決何時有利,但詳春夏秋冬。凡占貨物何時得價,以財臨五行斷之。如木財,春月得價,一陽後亦好。土財,夏月有利,六月更美。餘仿此。又如財臨辰土,二月不如三月;財臨酉金,七月不如八月。餘亦仿此。又如財主日下長生之地,此貨一日得價一日;若坐帝旺,眼下正及時,稍遲則賤而無利。
什麼の時候利圖る可きを斷定せんと想えば、只だ須く春夏秋冬四時を詳審すべし。およそ貨物幾時に價に賣り上がるを占うは、就中財爻の屬する所の五行に按じて斷ず。譬如財爻木に屬せば、春月に在りて價を得、冬至一陽生の後も亦た好し。財爻土に屬せば、夏月に在りて利有り、六月更に佳なり。その余はこれに照らして類推す。又如財爻「辰」土に臨めば、則ち二月三月に如かず。財爻「酉」金に臨めば、則ち七月八月に如かず。その余も亦たこれに照らして類推す。再如財爻正に當日の長生の地に處れば、這批の貨就中一天一天價を漲す。もし它帝旺の上に坐せば、眼下正に是れ手を脱するの時候にして、稍か一たび遲延すれば就要りて價を跌きて利圖る可き無からん。
合夥不嫌兄弟;凡占合夥買賣,若世應俱財爻,必然稱意。兄臨卦身,世爻安靜不妨。蓋合必至分財,故也。動則不宜。世應兩動,必合不久,空亡亦然。相沖相剋,後必不睦。化出兄官,必多私心。世應生合,而被動爻日辰刑沖剋害者,必有挑唆破說也。
合伙して生意を做るは、倒れて必ず「兄弟」爻を忌諱するを要せず。およそ合伙買賣を占うに、もし世應兩爻皆是れ財爻なれば、必定称心如意なり。「兄弟」卦身上に臨むは、只だ世爻安靜なれば亦た妨げ無し。合伙本來就要りて財を分かつを以て、「兄弟」正に是れ同夥の象なり。但し它發動すれば就中好からず。世應兩爻皆發動せば、這夥必ず合すること長久ならず。兩爻空亡に落つるも亦た一樣なり。世應相衝相克するは、日後必定和睦ならず。「兄弟」「官鬼」を變出するは、各人必定多く私心有らん。世應本來相生相合するも、卻って動爻あるいは日辰に刑衝克害せられれば、那必定人有りて中より挑唆離間せん。
公門何慮官爻。占財皆忌官動,主有阻隔。惟求公門之財,必然倚托官府。若無鬼爻,或落空亡,則雖財爻有氣,亦難到手。必得旺相,生合世身則吉。刑剋世爻,主有杖責。死絕亦不濟事,須得財鬼兩全,方為大吉。
要りて官府衙門裡に於いて財を求むるに、就用るる所無し「官鬼」爻を怕るるは。財を占う一般に皆鬼爻發動を忌み、那阻礙有るを主す。唯獨衙門裡の財を求むるは、本來就得りて官府に倚靠すれば、ゆえに反って要りて鬼有らんことを。卦中もし鬼爻無く、あるいは鬼爻空亡に落つれば、則ち財爻縱然氣有るも亦た手に到り難し。必ず須く鬼爻旺相にして、又た來り世爻卦身を生合して、乃ち吉なり。它もし世爻を刑克せば、反って主として杖責を挨くるを要す。它死絶の地に落つるも亦た用に頂がず。總じて要りて「妻財」「官鬼」の兩爻齊全なれば、乃ち是れ大吉なり。
九流術士,偏宜鬼動生身;百工九流求財,以鬼爻為主顧,無鬼最不利。出現發動,生合世爻,必然稱意。更化財爻,決得大利。須忌刑剋世爻,或化兄,皆主惹是招非,不能遂意。應空尤不吉。大抵空手求財,雖要官爻,然須財爻旺相,兄弟不動,方主有財。否則空好看,終無財利。
三教九流手藝に靠りて生を謀るの人は、偏偏「官鬼」發動して來り自身を生ずるに宜し。百工九流財を求むるに、鬼爻を以て主顧雇主を代表して、鬼爻無き最も不利なり。鬼爻出現して又た發動して、來り世爻を生合せば、必定称心なり。它再び財爻を變出せば、那就中決定して能く大利を得ん。忌む所是れ它の世爻を刑克し、あるいは「兄弟」を變出するにして、那皆是非を惹き招きて願を遂ぐる能わざるを主す。應爻空に落つる更に是れ不吉なり。大體説けば、空手にして錢を掙ぐの人雖に官爻を需要すとも、可れども還だ得りて財爻旺相・「兄弟」不動なれば、乃ち真正に財有り。然らざれば不過に徒らに場面有るのみにして、終に實在の利無し。
六畜血財,尤喜福興持世。凡占販賣牲口,蓄養六畜,皆要子孫旺相不空,則吉。持世臨身尤好。父母發動,則有傷損。化出土鬼,須防瘟死。福旺財空。六畜雖好而無利。
六畜の這類の血財の營生を做るは、尤其に「福德」興旺にして又た世爻上に持するを喜ぶ。およそ牲口を販賣し・六畜を畜養するを占うに、皆要りて「子孫」旺相にして空に落ちざれば乃ち吉なり。它世爻上に持しあるいは卦身上に臨めば就中更に好し。「父母」もし發動せば、牲口就中傷損有り。它土爻の「官鬼」を變出せば、還だ要りて瘟疫死亡を防ぐべし。もし「子孫」雖に旺なりとも財爻空に落つれば、那是れ牲口養い得て好しとも卻って利息賺ぐ可き無きなり。
世應同人,放債必然連本失;凡放私債,最忌世應值兄弟,必無討處。財爻更絕,連本俱失。世應值空,亦然。須得應爻生合世爻,妻財有氣,子孫發動則吉。間臨兄鬼動,恐放頭抽分財利。卦中無財,而官爻變出者,必訟於官府而後可取。
世應兩爻皆是れ「兄弟」の這個の同類の人なれば、債を放ち出去すれば必定連れて本錢も亦た賠掉せんと要す。およそ私債を放つに、最も世應兩爻「兄弟」に值するを忌む。那樣なれば必定討い回り來らず。財爻もし再び絶に臨めば、本を連れ利を連れて全て折る。世應兩爻空に落つるも、亦た一樣なり。須く應爻の來り世爻を生合し・「妻財」氣有り・「子孫」發動して、乃ち吉と算す。もし間爻上「兄弟」「官鬼」に臨みて發動せば、恐怕中間の經手人一份の利錢を抽去らん。卦中本來財爻無くして官爻に由りて財を變出するは、那必定一場の官司を打ちて、然る後乃ち討い回り來るを得。
日月相合,開行定主有人投。開行牙人占財,世應要不空,財福要全備,官鬼要有氣,父兄要衰靜,斯為上吉卦。更得月建日辰動爻生合世爻,則近悅遠來,人皆投我,財利必順。卦若無財,而世得月日動爻生合者,不過門頭鬧熱,無實利。鬼旺財空,亦然。動出兄官,常有是非口舌,或有惡人攪擾。世應空,開不成。
日建月建皆來り相合せば、牙行を開設すれば必定人有りて門に上りて投靠せん。行を開き經紀を當てるの人財を占うに、要りて世應兩爻空に落ちず・「妻財」「子孫」齊備し・「官鬼」氣有り・「父母」「兄弟」衰弱安靜して、這才に是れ上吉の卦なり。再び月建・日辰あるいは動爻の來り世爻を生合するを得ば、那就中近處の人喜悅し遠處の人前來して、人人皆投奔して我の這裡に到りて、財利必定順遂なり。倘若卦中財無くして、しかも世爻只だ是れ月建日辰動爻の生合を得れば、那不過に門前熱鬧にして、並びに實利無し。「官鬼」旺にして財爻空なるも、亦た一樣なり。もし「兄弟」「官鬼」を變出せば、那就中常に是非口舌有り、あるいは惡人有りて來り攪擾す。世應兩爻空に落つるは、這行根本に開き成さず。
應落空亡,索借者失望。求索假借,不宜應空,應動。動則更變,空則不遇。生合世爻,慨然不吝。必得物爻不空為妙。如衣服經史看父爻,六畜酒器看福爻,其餘財物看財爻。又如花果看木爻,磚瓦看土爻類,亦是。
應爻空亡に落つれば、往きて東西を討借するの人只だ失望する能きのみ。およそ人に向きて索取しあるいは借貸するに、皆應爻の空に落つるを宜とせず、亦た應爻の發動を宜とせず。發動すれば就要りて卦を變じて反悔し、空に落つれば就中人に見る能わず。應爻もし來り世爻を生合せば、對方必定慷慨にして吝嗇ならず。此の外還だ須く借る所の物の那一爻空に落ちざれば乃ち妙なり。譬如衣服・經書史籍を借るに「父母」爻を看、六畜・酒器を借るに「子孫」爻を看、その余の錢財貨物は「妻財」爻を看よ。又如花果を借るに木爻を看・磚瓦を借るに土爻を看るの類も、亦た是れ這個の辦法なり。
世遭刑剋,賭博者必輸。凡占賭博,要世旺應衰,世動應靜。世克應我勝,應克世他勝。兄鬼動來刑剋世爻,或臨兄弟,或臨自空,皆主不勝。世應靜空,賭博不成。世坐官爻,防他合謀騙我。間爻動出兄弟官鬼,多主爭鬥。內外俱無財,亦不能勝。更遇世應空動,必是賭賒。兄鬼化財,先敗後勝;財化兄鬼,先勝後敗。坐方宜財福之地,世變財福,更宜易換賭色。大怕卦身臨兄弟,任換賭色,終是輸兆。
世爻刑克に遭えば、賭博するの人必定要りて輸けん。およそ賭博を占うに、要りて世爻旺にして應爻衰・世爻動にして應爻靜ならんことを。世應を克するは是れ我勝ち、應世を克するは是れ他勝つなり。もし「兄弟」「官鬼」發動して來り世爻を刑克し、あるいは世爻「兄弟」に臨み、あるいは世爻無故自空せば、皆贏くる能わざるを主す。世應兩爻既に靜にして又た空なれば、這場の賭局根本に賭り成さず。世爻官爻に坐するは、要りて對方の合伙して局を設けて我を騙すを防ぐべし。間爻「兄弟」「官鬼」を變出するは、多半要りて爭鬥を起さん。內外卦皆財爻無きも、亦た贏くる能わず。もし再び世應動きて空に逢うに遇上せば、那必定是れ賒賬の賭なり。「兄弟」「官鬼」財爻を變出するは、先に輸け後に贏つ。財爻「兄弟」「官鬼」を變出するは、先に贏ち後に輸く。座を落すの方位は「妻財」「子孫」の所在の地を取るを宜とす。世爻もし「妻財」「子孫」を變出せば、更に一種の賭法を換うるを宜とす。最も怕る是れ卦身「兄弟」に臨むにして、那樣なれば任憑に怎樣に賭法を換うるとも、終に是れ輸くるの兆頭なり。
鬼克身爻,商販者必遭盜賊;販賣經商,要世應生合,鬼爻空伏,動爻日辰不傷乎我,則安然無事。更得財旺福興,大吉之兆。遇兄鬼發動,玄武交重,必遇劫竊之人。更克世爻,決有大禍。世若空亡,庶可迴避。鬼動五爻,途中仔細。
「官鬼」卦身を克傷せば、商を行じ貨を販ずるの人必定盜賊に遇上せん。販賣經商するに、要りて世應兩爻相生相合し、鬼爻空に落ちあるいは伏藏し、動爻と日辰と皆來り我を傷らざれば、乃ち安然事無し。再び財爻旺・「子孫」興を得ば、便ち是大吉の兆なり。もし「兄弟」「官鬼」發動・「玄武」又た重疊發動するに碰上せば、那必定搶劫偷竊の人に遇わん。它ら再び世爻を克せば、就一定大禍有らん。世爻もし恰好空に落つれば、倒れて還だ可く避け開くを得。鬼爻もし第五爻上に於いて發動せば、那是れ路途の位にして、一路上格外小心するを要す。
間興害世,置貨者當慮牙人。買貨者,應要生合世爻,必然易成。刑剋世,必難置買。物爻太過,其貨必多;物爻不及,其貨必少;物爻空伏,其貨必無。物爻者,六畜看子孫,五穀看財爻,絲綿布帛看父母類。最怕兄鬼交重,須防光棍誆騙。在間爻,則是牙人虛詐不實,或有口舌爭競。傷克世爻,當慮牙人謀劫財物。出路買貨,應空多不順利。
間爻發動して來り世爻を害せば、貨物を置辦するの人就中中間の經紀を提防すべし。貨を買うの人は、要りて應爻の來り世爻を生合して、交易必然成り易し。應爻世爻を刑克せば、就一定買い難し。再び貨物を代表するの那一爻を看れば、物爻重疊太過すれば、貨必定多し。物爻及ばざれば、貨必定少なし。物爻空に落ちあるいは伏藏すれば、貨必定無し。所謂物爻、是れ六畜「子孫」を看、五穀「妻財」を看、絲綿布帛「父母」を看るの類なり。最も「兄弟」「官鬼」の重疊發動を怕り、須く無賴に誆騙せらるるを防ぐべし。它らもし間爻上に落つれば、那就中是れ牙行經紀虚僞にして實ならず、あるいは口舌爭執有り。它らもし世爻を傷克せば、就中經紀の我の財物を謀奪するを提防すべし。門を出て外に在りて貨を買うに、應爻空に落つれば多半順利ならず。
停榻者,喜財安而鬼靜;積貨不宜財動,亦不宜空亡,又不宜動爻日辰克劫。更得坐於胎養長生爻上,後必得利。若遇兄官交變,或俱發動,須防竊盜。兄弟獨發,則多耗折。水爻父母刑剋世爻,主被雨水淹腐。財化死墓空絕,後必價賤。
貨を囤えて售を待つの人は、財爻安穩にして鬼爻安靜なるを喜ぶ。貨物を積存するに財爻發動を宜とせず、亦た它の空亡に落つるを宜とせず、更に動爻・日辰に克奪せらるるを宜とせず。它もし能く「胎」「養」「長生」爻上に坐せば、日後必定獲利せん。もし「兄弟」「官鬼」の交互變化に碰上し、あるいは兩爻一齊に發動せば、就要りて偷盜を防ぐべし。「兄弟」單獨發動するは、則ち多く耗損折本有り。もし水に屬するの「父母」爻世爻を刑克せば、貨物雨水に泡爛せらるるを主す。財爻もし死・墓・空・絶に變入せば、往後貨價必定下跌せん。
脫貨者,宜財動而身興。脫貨財動,則主易脫。應空,無人置買;世空,自賣不成;動變日辰,俱來生合,有人爭買。若遇刑沖,則主多破阻難成。財在內動,宜在本處賣;在外動,宜向他處脫之。動而遇合,將成不成;動而逢空,欲賣不賣。卦無官鬼,亦是難成之象。
手を出し貨を脱するの人は、財爻發動して卦身興旺なるを宜とす。貨を脱するの時財爻發動すれば、貨就容易に手を出す。應爻空に落つれば、人無くして來り買わず。世爻空に落つれば、自己這邊賣り成さず。もし動爻・變爻・日辰皆來り生合せば、那就中人有りて爭い著て買わん。倘若刑衝に遇上せば、就多く破阻有りて成交し難し。財爻內卦に於いて發動するは、本地に在りて賣るを宜とす。外卦に於いて發動するは、別處に運び到りて手を脱するを宜とす。財爻動きて合に遇うは、眼に看て將に成らんとすれど又た成らず。動きて空に逢うは、賣らんと想うも卻って又た賣り掉る能わず。卦中もし「官鬼」無ければ、亦た是れ成り難きの象なり。
路上有官,休出外;五爻為路。臨官發動,途中必多驚險,出外求財大宜避之。要知有何災咎,以所臨六神斷。如白虎為風波,玄武為盜賊類。路爻空亡,亦不宜出外。惟臨財福則吉。宅中有鬼,勿居家。二爻為宅。在家求財,鬼動此爻,必然不利。以所臨五行斷。如火鬼忌火燭,水鬼忌盜賊類。得子孫持世發動,庶幾無害。宅爻空亡,只宜出鋪。
路爻上「官鬼」有れば、就中遠門を出るなかれ。宅爻上「官鬼」有れば、就中家裡に守るなかれ。第五爻是れ道路の位にして、它「官鬼」に臨みて發動せば、途中必定多く驚險有りて、外に出でて財を求むる最も好く避開す。會す什麼の災咎に遭うを知らんと要せば、就中它の臨む所の六神を看よ。譬如「白虎」は風波を主り、「玄武」は盜賊を主るの類なり。路爻もし空亡に落つれば、亦た門を出るを宜とせず。只だ它「妻財」「子孫」に臨むを以て乃ち吉なり。第二爻是れ住宅の位にして、家に在りて財を求むるに鬼爻這一爻に於いて發動せば、必定不利にして、要りて它の屬する所の五行に按じて斷ずべし。譬如火鬼は火燭の災を忌み、水鬼は盜賊を忌むの類なり。もし能く「子孫」世を持して又た發動するを得ば、乃ち勉强害無し。宅爻もし空亡に落つれば、那就中只だ外に出でて鋪子を開くを宜とす。
內外無財伏又空,必然乏本;六爻無財,本宮財爻又伏空地,其人雖欲經營,必無資本。勉強為之,亦無利息。若得動爻化出,主有小小財利。父兄有氣財還絕,莫若安貧。父兄二爻,占財大忌。有發動刑沖剋害,利必不多。財爻更弱,恐防折本。故不若安貧守分之為高也。生計多端,占法不一。但宜誠敬以祈求,自可預知其得失。
內外卦皆財爻を見ず、伏神又た空に落つれば、那就中必定本錢無し。「父母」「兄弟」氣有りて財爻反って絶地に臨めば、倒不如清貧に安んずるが如し。六爻の中財無く、本宮の伏財又た空地に落つれば、這人縱に買賣を做らんと想うとも、亦た必定本錢を拿出す能わず、勉强去做するも亦た利息賺ぐ可き無し。もし動爻變化して財を出來る有れば、那還だ些かの小小の財利有り。「父母」「兄弟」の這兩爻に至りては、是れ財を占うの大忌なり。它ら發動して刑衝克害せば、獲利必定多からず。財爻もし再び衰弱すれば、還だ要りて虧本を防ぐべし。ゆえに倒不如貧に安んじ分を守るを高しと為す。總之生を謀るの門路千頭萬緒にして、占法も亦た一種に止まらず。只だ誠心敬意に祈求すれば、自然に能く其中の得失を豫知せん。
黄金策・十九、家宅
創基立業,雖本人之經緯;關風斂氣,每由宅以肇端。故要知人宅之興衰,當察卦爻之內外。內為宅,外為人,詳審爻中之真假;凡內卦:初爻為宅基,二爻為宅舍,三爻為門外。外卦:四爻為父母,五爻為兄弟,六爻為妻財。內卦宅生人吉,外卦宅克人凶。
基業を開創するは、固然本人の苦心經營に靠るを要す。可れども風勢を關攔し・地氣を收斂するは、卻って往往住宅より開端す。ゆえに人と宅との興衰を知らんと要せば、就中卦中內外兩卦の爻位を考察すべし。內卦は住宅を代表し、外卦は家人を代表して、要りて仔細に爻中の示す所の眞假虚實を分辨すべし。內卦の分派は、初爻是れ宅基地と為し、二爻是れ宅舍房屋と為し、三爻是れ門外と為す。外卦の分派は、四爻是れ父母と為し、五爻是れ兄弟と為し、六爻是れ妻室と為す。內卦の宅往きて外卦の人を生ずるは、是れ吉なり。外卦反って宅に克せらるるは、是れ凶なり。
合為門,沖為路,不論卦內之有無。合為門,沖為路。卦爻內不必明見沖合。且如天風姤卦,二爻辛亥水為宅;寅與亥合,以寅為門;已亥相沖,以巳為路。卦內本無寅巳二爻,不明見。姤屬金,以寅木為財,巳火為鬼殺。如化財,此亦吉凶相半之兆。
宅爻と相合するの地支就中是れ門にして、宅爻と相衝するの地支就中是れ路なり。必ず卦中明現する這兩爻有るか否かを管するを要せず。ここに所謂合を門と為し沖を路と為すは、是れ説く卦爻の裡必ずしも明白明白に相衝相合の爻を見るを要せずと。譬如『天風姤』卦、第二爻辛亥水是れ宅爻なり。「寅」と「亥」と相合せば、就中「寅」を取りて門と為し、「巳」と「亥」と相衝すれば、就中「巳」を取りて路と為す。卦裡本來「寅」「巳」の兩爻無くして、並びに明現せずとも、照樣這樣に取る。『姤』卦金に屬して、「寅」木を以て「妻財」為り、「巳」火を以て「官鬼」凶殺と為す。もし財を變出せば、那亦た是れ吉凶各半の兆頭なり。
龍德貴人乘旺,嶽嶽之侯門;官星父母長生,潭潭之相府。青龍、印綬、官星、貴人、太歲、天德、月德、月建、日辰、歲德,臨宅爻、身命爻上,生旺有氣,主有官職之家。宜以分別高下,貴人:即天乙貴人;官星:即甲見辛類是也。
「青龍」「天德」と「貴人」と旺氣に乘ずれば、那是れ巍然高峻の侯門なり。官星と「父母」印綬と長生に居れば、那是れ深邃闊大の相府なり。およそ「青龍」・印綬・官星・貴人・太歲・天德・月德・月建・日辰・歲德の這些の吉神は、宅爻あるいは身命爻上に臨みて而又た生旺有氣なれば、這一家是れ官職有るの門第なるを主す。還だ要りて吉神の多寡強弱に按じて門第の高下を分辨すべし。ここに説く所の「貴人」、就中是れ天乙貴人なり。説く所の「官星」、就中是れ甲日辛を見るの這一類正官を以て取用するの配法なり。
門庭新氣象,重交得合青龍;交重青龍,在日辰旬內,得長生帝旺,主鼎新創造。生旺在休囚之中,主修舊合新門之象。臨財,新修舊廚灶;臨父,新修舊堂;臨兄,新修門戶;臨子,新修房舍;臨官,新修廳堂屋宇。
門庭煥然として新なりは、是れ發動の爻「青龍」を得著して來り合するに因る。「青龍」もし動爻上に在り、又た日辰の屬する所の這一旬の內に在り、還だ長生・帝旺の位に處れば、那就中這家正に土木を大興して新居を創建するを主す。もし它雖に生旺に居るとも卻って休囚の中に夾まれば、那是れ舊屋を修葺して新門を配上するの象なり。再び它の什麼の六親に臨むを看れば、「妻財」に臨むは、是れ新修の舊廚灶なり。「父母」に臨むは、是れ新修の舊堂屋なり。「兄弟」に臨むは、是れ新修の門戸なり。「子孫」に臨むは、是れ新修の廂房なり。「官鬼」に臨むは、是れ新修の廳堂殿宇なり。
堂宇舊規模,宅舍重侵白虎。白虎交重,在日辰旬外,休囚絕無生旺,主遠年遷造,破舊不整。休囚在生旺之中,亦主拆舊換新。若臨兄,舊門戶;臨子,舊牆壁;臨官,皆除破損;臨父,舊堂宇;臨財,舊廚灶;或破古戶牖,低土地。化空,移高就低;水爻,池塘填也。
堂屋還だ是れ舊日の規模なりは、那是れ因る宅舍上又た重々「白虎」を疊著するに。「白虎」もし動爻上に在り、又た日辰の屬する所の這一旬の外に落ち、休囚に處りて全く生旺の氣無ければ、那就中房子是れ多年以前造れるにして、如今破舊不整を主す。もし它雖に休囚なるも卻って生旺の中に夾まれば、那亦た主要りて舊を拆きて新に換うるを。「再び六親に按じて分かてば、「兄弟」に臨む是れ舊門戸にして、「子孫」に臨む是れ舊墻壁にして、「官鬼」に臨む是れ各處皆已に破損し、「父母」に臨む是れ舊堂屋にして、「妻財」に臨む是れ舊廚灶にして、あるいは是れ破敗の老門窗・低窪の地基なり。它もし空亡に變入すれば、是れ高處の屋子を低處に遷すなり。もし是れ水爻なれば、那是れ池塘を填平して屋を蓋うなり。
土金發動,開闢之基;土化金,金化土,為開闢之基。土化土,為墳之基。土化空,移高就低。餘仿此。父母空房,租賃之宅。父母為文書,逢空為無氣。更逢應爻為得日辰動爻化文書,與宅相生相合,主是租賃之地。
土爻金爻發動すれば、是れ新たに開闢出來るの基地なり。「父母」爻空に落つれば、是れ租賃して來るの房子なり。土爻金爻に變じ金爻土爻に變ずるは、皆這塊の地是れ新闢を主す。土爻土爻に變ずるは、原是れ墳地改めて基と為せるを主す。土爻空亡に變入するは、是れ高處を低處に遷すなり。その余はこれに照らして類推す。「父母」に至りては、它房契文書を代表して、空に逢えば就中氣無し。もし再び應爻に碰上し、あるいは日辰・動爻文書爻を變出して來り、しかも這文書爻又た宅爻と相生相合せば、那就中這處の房子是れ租賃せるを主す。
門庭熱鬧,財官臨帝旺之鄉;財鬼龍德貴人乘旺,長生之位,臨宅生命、世爻,主家門熱鬧。家道興隆,福祿在長生之地。福即福德,祿即祿元。同龍貴在生旺之位,臨宅人生身命世爻,主家宅興隆。財鬼龍旺,臨宅身命世爻,主一家熱鬧。交重發旺亦美。
門庭熱鬧なりは、是れ「妻財」「官鬼」の帝旺の鄉に臨むに因る。家道興隆なりは、是れ福神と祿元と長生の地に處るに因る。「妻財」「官鬼」再加えて「青龍」「天德」「貴人」旺氣に乘じ・長生の位に居して、又た宅爻上に臨みて往きて本命爻・世爻を生ぜば、那就中門庭熱鬧を主す。所謂「福」即ち「福德」にして、就中是れ「子孫」なり。所謂「祿」即ち祿元にして、是れ本命の食祿の神なり。它ら「青龍」「貴人」と同じく生旺の位に在りて、又た宅爻上に臨みて往きて人の身命爻と世爻とを生ぜば、那就中家宅興隆を主す。「妻財」「官鬼」と「青龍」と皆旺にして、宅爻・身命爻・世爻上に臨むは、合家熱鬧を主す。這些の爻重疊發動して而又た旺相なるも、同じ樣是れ美事なり。
交重生克,重新更換廳堂;生為父,父為堂;克為官,官為廳。且如乾金:土為父,為堂;火鬼為廳。帶日辰交重,主更改再換。世應比和,一合兩般門扇。比和:乃兄弟。世應化兄弟,俱臨宅爻,或世應為兄弟爻,俱合宅爻,主一合兩般門扇。
發動の爻生有り克有れば、廳堂要りて重新改換するを主す。世應兩爻五行比和せば、一副の門框上兩樣の門扇を裝著するを主す。ここに説く所の「生」是れ我を生ずるの爻を指し、即ち「父母」にして、「父母」是れ堂屋を主る。「克」是れ我を克するの爻を指し、即ち「官鬼」にして、「官鬼」是れ廳事を主る。譬如乾卦金に屬す。土能く金を生ずれば、土就中是れ「父母」にして、堂屋を主る。火能く金を克すれば、火鬼就中廳事を主る。這兩爻もし日辰を帶びて重疊發動せば、就中主要りて改建更換するを。「比和」に至りては、指す所是れ「兄弟」爻にして、世應兩爻「兄弟」を變出して皆宅爻上に臨み、あるいは世應本身就中是れ「兄弟」爻にして皆來り宅爻に合せば、那就中一副の門框上兩樣の門扇を配著するを主す。
門路與日辰隔斷,偏曲往來;宅基與世應交臨,互相換易。且如巽卦:辛亥水為宅,以寅合為門,以巳沖為路。日辰與動爻臨卯辰二位,隔斷寅巳二位,主偏門戶,曲折還魂路也。若臨宅臨用破,即當破家。宅臨之爻在世,世臨之爻在日,宅並日辰動爻,主換易宗族之家基地。應臨之爻在宅,宅臨之爻在應,並日辰動爻,易換外人基地。
門と路との地支日辰に隔斷せらるれば、出入就中偏斜曲折を繞りて走るを得。宅基の爻と世爻・應爻と交相臨著せば、宅地就要りて彼此對換せん。譬如巽卦、辛亥水是れ宅爻にして、「亥」と相合するの「寅」を取りて門と為し、「亥」と相衝するの「巳」を取りて路と為す。もし日辰と動爻と正に「卯」「辰」の兩位上に落ちて、恰好「寅」「巳」の兩位を隔斷せば、那就中門偏處に開きて、路も亦た曲曲折折に繞り回り來るを主す。這些の爻もし又た宅爻あるいは用爻に臨みて衝破に遭えば、那就中家を敗くるに當べし。もし宅爻の臨む所の地支正に世爻上に在り世爻の臨む所の地支又た正に日辰上に在りて、宅爻再び日辰・動爻と併起せば、那就中主要りて本族人と宅基を對換せん。もし應爻の臨む所の地支宅爻上に在り宅爻の臨む所の地支應爻上に在りて、再び日辰・動爻と併起せば、那就中是れ外人と宅基を對換す。
世與日辰克宅,破祖不寧;世爻與日辰同去克宅爻,主破祖不寧。宅臨月破克身,生災不已。月建相沖為月破,若動克世爻,及繫占人身命爻,主生災未已。應飛入宅,合招異姓同居;應爻外飛入宅爻,主有異姓人同居合住。宅動生身,決主近年遷住。宅爻動,日辰之位在旬中主世身,必主近年遷住。
世爻と日辰と一同に往きて宅爻を克するは、祖業を敗破し家宅不寧を主す。宅爻月破に逢いて又た卦身を克傷するは、災禍接連不斷を主す。應爻外卦より宅爻に飛進するは、主要りて異姓の人を招きて同住せん。宅爻發動して卦身を生ずるは、近年就要りて家を搬かんを主す。分かちて説けば、世爻と日辰と同じく往きて宅爻を克するは、就中祖を破り寧からざるなり。月建に沖せらるるの爻を「月破」と作り叫ぶ。宅爻もし月破に逢いて又た發動して來り世爻を克し、あるいは占卜するの人の身命爻に克到せば、那就中災禍生じて還だ生ぜんと要するを主す。應爻外卦に由りて宅爻に飛入するは、外姓の人有りて一處に合住するを主す。宅爻發動して、しかも日辰の所在の位又た這一旬の中世爻卦身を主管すれば、那就中必定近年內遷居するを要す。
門逢三破,朽敗崩頹;三破:為年月日沖破也。並動爻臨宅,或克宅,主破舊崩頹。臨官,主廳破;臨父,主堂屋破,或蓋覆傾頹;臨兄,主門戶破,牆壁毀;臨子財,主房舍廂廊煙廚破壞也。宅遇兩空,荒閒虛廢。卦體宅爻,在日辰旬之空,更在命旬之空亡。主荒閒虛廢,或是逃亡死絕之屋。白虎刑刃,劫殺耗神,喪門弔客大殺,主大凶。
門爻三重衝破に遇上せば、房屋就中朽壞崩榻す。宅爻兩重空亡に碰上せば、屋子就中荒廢閒置す。所謂「三破」、是れ太歲・月建・日辰の三者の衝破にして、它ら動爻を連ねて一起に宅爻上に臨み、あるいは往きて宅爻を克せば、就中房屋破舊崩頽を主す。六親に按じて分かてば、「官鬼」に臨む是れ廳事破損にして、「父母」に臨む是れ堂屋破損しあるいは屋頂塌陷し、「兄弟」に臨む是れ門戸損壞・墻壁毀圮し、「子孫」「妻財」に臨む是れ廂房走廊と廚房と損壞す。所謂「兩空」、是れ卦中の宅爻既に日辰の屬する那一旬の空亡裡に落ち、又た本命の那一旬の空亡裡に落つるにして、那就中房屋荒廢閒置し、あるいは是れ逃亡絶戸人家の房子を主す。もし再加上「白虎」・刑・羊刃・劫殺・耗神および喪門・弔客の這些の大凶の殺せば、那就中大凶を主す。
世臨外宅,離祖分居;宅爻與正卦世臨之爻相同,或與變卦世臨之爻相同。如明夷卦:二爻己丑為宅,世臨四爻發,為世臨外宅。又如離變姤卦:己丑為宅,變卦世在辛丑,亦為世臨外宅。以上二卦為例,餘仿此。動則離祖分居,不動則主偏宅。
世爻外面の宅位上に臨むは、祖居を離れ家を分かち別に住するを主す。ここに説く是れ宅爻の地支と本卦の世爻の臨む所の爻と相同なるか、あるいは變卦の世爻の臨む所の爻と相同なるを説く。譬如『明夷』卦、第二爻己丑是れ宅爻にして、しかも世爻第四爻上に臨みて發動すれば、這就中是れ「世外宅に臨む」なり。又如『離』の『姤』に變ずるは、己丑是れ宅爻にして、變卦の世爻辛丑上に落つるも、亦た是れ「世外宅に臨む」なり。以上兩卦是れ例子にして、その余はこれに照らして類推す。這樣の爻もし發動せば、就中祖宅を離れ家を分かつを主す。もし發動せざれば、就只だ別に一處の偏宅有るを主す。
應入中庭,外人同住。應爻為宅爻,或宅爻為應臨之爻相同。且如巽卦變離卦:內卦辛亥水為宅,變卦應居己亥水,故為應入中庭。應臨宅爻,為應爻相同。如剝卦內坤,應臨二爻乙巳火。又如巽卦變離:辛亥臨宅,之卦內離己亥臨應,為應入中庭,主外人同居,日辰同臨,為寄居也。
應爻中庭裡に進入して來るは、外人同住有るを主す。這是れ説く應爻本身就中是れ宅爻なるか、あるいは宅爻の地支と應爻の臨む所の爻と相同なるを。譬如『巽』の『離』に變ずるは、內卦辛亥水是れ宅爻にして、變卦の應爻正に己亥水上に落つれば、這就中是れ「應中庭に入る」なり。所謂應宅爻に臨む、就中是れ應爻と宅爻と是れ同一爻にして、譬如『剥』卦內卦是れ坤にして、應爻正に第二爻乙巳火上に臨む。再如『巽』の『離』に變ずるは、辛亥宅位に臨みて、變出の卦の內離己亥又た應位に臨めば、這亦た是れ「應中庭に入る」にして、外人同住有るを主す。もし日辰も亦た一同ここに臨めば、那就中是れ外人此に寄居す。
宅合有情之玄武,門庭柳陌花街;木臨無氣之螣蛇,宅舍茅簷蓬戶。宅爻鴛鴦,合玄武門庭桃花動爻,主女人淫慾,如花街柳陌人也。寅午戌,兔從卯裡出之類是。螣蛇木爻,死氣臨宅,主甕牖繩樞之地。
宅爻情を含むの「玄武」と相合せば、這門庭就成りて花街柳巷と為す。木爻上氣無きの「螣蛇」に臨めば、這宅舍就是れ茅檐蓬門の窮家なり。宅爻もし鴛鴦の合を成して、又た「玄武」を帶びたるの桃花動爻に合せば、家中女子淫佚放縱にして、煙花巷裡の人の一般なるを主す。所謂桃花、是れ「寅午戌」年月日兎卯裡より出るの這一類口訣に照らして取るなり。もし「螣蛇」木爻上に臨みて、又た死氣を帶びて宅爻に臨めば、那就中這是れ一處の破瓮を用いて窗と為し繩を以て戸を繫ぐの貧寒の家を主す。
鬼有助而無制,鬼旺人衰;且如木命人占乾兌卦,以火為官。木能生火,為鬼有助。若卦體無水生命,為鬼無制,主人衰弱。卦無子孫,財爻兩動,亦為鬼有助,而無制也。若金命人,助離宮水鬼;水命人,助坤宮木鬼;火命人,助坎宮土鬼類。宅無破而逢生,宅興財旺。歲月日三破,不臨宅爻;更逢三件動爻生宅爻,與財爻旺相有氣,為宅興財旺。
「官鬼」人の幫扶有りて人の制伏無ければ、那就中鬼旺にして人衰なり。宅爻破損無くして又た生に逢えば、那就中宅興して財旺なり。譬如木命の人乾卦・兌卦を占得すれば、卦金に屬して、火を以て「官鬼」為り。木能く火を生ずれば、這就中是れ鬼幫助有るなり。此の時卦中もし水無くして來り本命を生ぜざれば、就中鬼人の制無きにして、人丁衰弱を主す。卦中もし「子孫」無くして財爻又た兩爻發動せば、亦た同じ樣是れ鬼助有りて制無し。その余金命の人往きて離宮の水鬼を幫し、水命の人往きて坤宮の木鬼を幫し、火命の人往きて坎宮の土鬼を幫する如きは、皆是れ一個の道理なり。反って、太歲・月建・日辰の這三重衝破皆宅爻に臨まずして、又た這三者の化する所の動爻有りて來り宅爻を生じ、財爻還だ旺相有氣なれば、那就中是れ宅興財旺なり。
有財無鬼,耗散多端;有財則生鬼,無鬼不聚財。若無鬼爻,為宅無氣,必主家中財物耗散。有鬼無財,災生不已。鬼不宜動,財不可無。若鬼動,無財爻,更克世身,克宅爻,主連生災咎。
「妻財」有りて「官鬼」無ければ、財物就中四散耗失す。「官鬼」有りて「妻財」無ければ、災禍就中接連不斷なり。這是れ財有れば就能く鬼を生じ、しかも鬼無ければ就中財を聚め住む能わざるを以てなり。卦中もし鬼爻を缺けば、宅就中氣勢無くして、必ず家中錢財耗散を主す。反って説けば、鬼爻發動を宜とせず、財爻卻って缺少する可からず。もし鬼爻發動して卦中偏偏財爻無くして、它又た往きて世爻・卦身と宅爻とを克せば、那就中災禍一樁一樁を接えて生じ出來るを主す。
有人制鬼,鬼動無妨;且如木命人,占得坎卦,以土為鬼。木命人克土鬼殺。如或化木鬼,雖重而無害。金命人則制坤艮宮木鬼。但以本命克鬼為制,乃無害也。助鬼傷身,財多何益。以金命人,占得乾卦。以火為鬼,以木為財。木能生火,火能克金,有財為助鬼傷身,縱然財多何益。況鬼動財興,金在何益。
人能く「官鬼」を制伏すれば、鬼爻縱然發動すとも亦た妨げ無し。財爻反って往きて鬼を助け身を傷れば、財再び多きも又た什麼の益處有らんや。譬如木命の人坎卦を占得すれば、坎水に屬して、土を以て「官鬼」為り。木能く土を克すれば、正に是れ木命の人克得住る這土鬼凶殺を。就算它木鬼を變出來るとも、鬼雖に重疊すとも亦た妨害無し。同じ樣、金命の人能く坤宮・艮宮の木鬼を制す。總之只だ本命能く鬼を克すれば、就算制有りと為して、便ち妨害無し。反って説けば、金命の人乾卦を占得して、火を以て「官鬼」為り木を以て「妻財」為り。木能く火を生じ火又た來り金を克せば、則ち這財爻正に是れ鬼を助け身を傷るにして、縱然財多きも何の益有らんや。何况鬼一たび發動して財又た興旺なれば、金命の人還だ什麼の好處を剩下せんや。
忌鬼爻交重臨白虎,須防人眷刑傷;忌鬼爻變,乃克身之鬼。並白虎交重發動,值喪門弔客,主人眷災殃。催尸殺身命入黃泉,大忌墓門開合。鬼動克身命,為催尸殺。動逢死氣,為黃泉路。鬼克身命逢死氣,忌身命爻沖開墓門。一沖一合,日辰動爻合墓,為墓門開合。凡卦中必見墓爻,若暗墓一沖一合,便是。如甲子生人,甲子日卜是也。
最も鬼爻重疊發動して而又た「白虎」に臨むを忌む。那要りて家眷の刑傷に遭うを防ぐべし。「催尸殺」身命爻を把りて黄泉に送入するは、尤其に墓門一開一合を忌諱す。所謂鬼變爻を忌むは、就中那卦身を克傷するの鬼なり。它再び「白虎」と一同に重疊發動して、又た喪門・弔客に值せば、就中家眷災殃有るを主す。鬼爻發動して來り身命爻を克するを、「催尸殺」と作り叫ぶ。它發動して又た死氣に逢うは、就中是れ黄泉の路なり。鬼身命を克して又た死氣に逢うの時、最も身命爻の往きて墓門を衝開するを忌む。所謂墓門開合、是れ一邊衝有り一邊合有りにして、日辰あるいは動爻墓爻を把りて合住して而も另に爻有りて來り它を衝するなり。およそ卦中總じて墓爻を見る能し。就中不明現の暗墓なるを算うとも、只だ一沖一合あれば就算す。譬如甲子年生人甲子日に卦を占う就是れなり。
木金年命,最嫌乾兌卦之火爻;木金年命人,占得乾兌卦,以火為鬼爻。木生火爻,為鬼能助火克金,為殺傷身。但本命生鬼為助,本命受鬼克為傷身。金年木命皆然。木命人忌震巽宮鬼,水命忌坎宮鬼是也。水火命人,不怕震巽宮之金鬼。水火命人,占得震巽卦,以金為鬼。金能生水,火能克金。故水火命人,不怕二宮之鬼也。
木命・金命の人は、最も乾卦兌卦中の火爻を嫌う。水命・火命の人は、卻って震宮巽宮裡の金鬼を怕れず。木命あるいは金命の人乾卦・兌卦を占得すれば、卦金に屬して、火を以て鬼爻為り。木往きて火を生ずるは、是れ本命反って鬼を助けて、しかも火又た來り金を克するは、是れ凶殺自身を傷るなり。總之本命鬼を生ずれば就中「助」と叫び、本命鬼に克せらるれば就中「身を傷る」と叫ぶ。金年生人と木命生人と皆是れ這個の理なり。同じ樣、木命の人は震宮・巽宮の鬼を忌み、水命の人は坎宮の鬼を忌む。反って、水命・火命の人震卦・巽卦を占得すれば、卦木に屬して、金を以て鬼為り。金能く水を生ずれば、水命の人它の相生を得。火能く金を克すれば、火命の人制得住る它を。ゆえに水火の兩命の人這兩宮の鬼を怕れず。
官星佩印居玉堂,乃食祿之人;玉堂乃天乙貴人,官星乃甲用辛為官,印乃三傳之印綬。應爻之數,若有官,有貴人,有祿有印綬,並太歲生身命,登金門而步玉堂之人。身命受制,主先寵後辱。親月建,外郡官;親日辰,縣宰官。有印無祿,有官無俸,有官無印,有祿無任人,日辰並子孫動。主官有剝削之失。日辰並財爻動,主遷擢升職之變也。
官星印綬を佩帶して玉堂に居れば、那是れ俸祿食む可きの人有るなり。ここに説く所の「玉堂」就中是れ天乙貴人にして、「官星」是れ甲日辛を以て正官と為すの這一類の配法にして、「印」是れ三傳中の印綬なり。應爻上の具する所の神煞を數えよ。もし既に官星有り・又た貴人有り、還だ祿有り・印綬有りて、再加えて太歲來り身命爻を生ぜば、那就中是れ能く金馬門に登り玉堂署に步むの人なり。もし身命爻反って制伏を受ければ、就中先に寵を得て後に辱を受くるを主す。這官星月建に親近するは、是れ外郡の官なり。日辰に親近するは、是れ縣令の一類の地方官なり。もし印有りて祿無ければ、那是れ官職有りて卻って俸給無し。もし官有りて印無ければ、那是れ空しく祿名有りて實任無し。日辰と「子孫」と併起して發動するは、官職削奪せらるるの失有るを主す。日辰と「妻財」と併起して發動するは、遷轉升升職の變有るを主す。
貴刃加刑控寶馬,必提兵之將。貴:貴人。刃:羊刃、飛刃。刑:三刑。貴人同得吉星相輔,刃加三刑臨貴人之位,受太歲之生,旁爻有馬,乃提兵將帥也。財化福爻,入公門多致淹留;日辰三合得財爻而無上選,子孫為元祿。蓋財生鬼,財為正選,無財則無正選。子孫制鬼,若財化子,不利仕官公門之人。
貴人と羊刃と加えて三刑にして而又た寶馬の爻を控すれば、那必定是れ兵を統べるの將帥なり。ここの「貴」指す是れ貴人にして、「刃」指す是れ羊刃と飛刃とにして、「刑」指す是れ三刑なり。貴人同時に別の吉星の輔助を得て、羊刃三刑を加えて貴人の位上に臨みて、又た太歲の生扶を受け、旁邊の爻上還だ驛馬有れば、那就中是れ兵を領するの將帥なり。「妻財」「福德」を變出するに至りては、衙門に進みて事を辦する多半要りて拖延滯留せん。日辰三合會成して財爻を成すも卻って好缺に選上せらるる能わざるは、是れ「子孫」乃ち是れ元祿の神なるに因る。財能く鬼を生ずれば、ゆえに財有れば乃ち正式の銓選有りて、財無ければ就中正選無し。可れども「子孫」偏偏「官鬼」を克制すれば、ゆえに財爻一旦「子孫」を變出せば、官を做ると衙門に在りて差を當てるの人に對して就中不利なり。
貴印加官,在仕途必然遷轉。官帶印,貴人臨世,並日辰旬中發動,在仕途,必然遷轉之喜兆也。子承父業,子有跨灶之風;子命爻臨五爻之位,臨父母之身,相生相合,主有跨灶之風。相剋相刑,主有悖逆不孝,或不肖。不能克紹箕裘之業。父母之命爻臨子孫爻之身,主子承父蔭。生合刑剋,依此斷之,萬無一失。
「貴人」と「印綬」と一同に官爻に加臨すれば、占問する者もし身仕途に在れば、必定升遷調轉の喜有らん。所謂「官印を帶ぶ」、是れ官爻上印綬を帶びて、又た「貴人」世爻に臨み有りて、并且日辰と同旬にして發動す。已に出仕するの人に對しては、這就中是れ官を遷り任を轉ずるの喜兆なり。「子父業を承く」の一句説く是れ兒子父に勝るの氣概有るを。兒子を代表するの命爻第五爻に居りて、又た父母の身爻に臨みて、兩者相生相合せば、便ち此の子「竈を跨ぐ」の風有りて、本領其の父を超出するを主す。もし兩爻相克相刑せば、則ち他悖逆不孝にして、あるいは根本に材を成さずして、父祖傳下の家業を承繼する能わざるを主す。反って、父親の命爻子孫爻の身位上に臨めば、兒子父蔭を承受するを主す。およそ生・合・刑・克に遇うは、皆這個の法子に照らして推断して、萬無一失なり。
妻奪夫權,妻有能家之兆。妻命臨夫身五爻之上,與夫相生相合,得內助能家之兆。若妻剋夫爻,主妻凌夫,或破夫家也。弟紾乃兄之臂,身命相傷;弟身爻起臨兄之命爻,或兄身爻起臨弟之命爻,若相刑相剋,主不友不恭;若相生相合,主兄弟怡怡如也。
妻子丈夫の權柄を奪うは、那是れ妻子能く家業を操持するの徵兆なり。妻子を代表するの命爻丈夫の身爻の所在の第五爻上に臨みて、夫爻と相生相合すれば、就中是れ賢內助を得て能く家を興すの象なり。倘若妻爻反って夫爻を克せば、便ち妻子丈夫を欺凌し、甚だしきは夫家を敗破するを主す。「弟乃兄の臂を紾く」是れ説く弟弟兄長の手臂を扭傷す。兄弟の身爻命爻互相損傷す。弟弟の身爻兄長の命爻上に起こり、あるいは兄長の身爻弟弟の命爻上に起こりて、兩者もし相刑相克せば、就中兄友ならず弟恭ならざるを主す。もし相生相合せば、則ち兄弟和睦融洽して、一團の和氣を主す。
婦僭姑嫜之爻,家聲可見。二為媳婦之命爻。臨姑之身爻,相刑相沖,主凌尊上,悖逆不孝;相生相合,主順婦道也。妻犯夫家之殺,妻破夫家;夫家破耗二殺所臨之位,妻身命爻犯之,剋夫身命爻,主破夫家也。
媳婦の爻公婆の爻位を僭越せば、這一家の門風如何なるか便ち以て看出す可し。第二爻是れ媳婦の命爻にして、它もし婆婆の身爻上に臨みて相刑相衝すれば、就中媳婦尊長を欺凌し悖逆不孝を主す。もし相生相合せば、則ち她婦と為るの道を恪守するを主す。「妻夫家の殺を犯す」是れ説く妻子夫家の凶煞を衝犯して、因而に夫家を敗破す。夫家「破」「耗」の兩種の凶煞の臨む所の爻位に、妻子の身爻命爻もし正に上面に犯して、又た往きて丈夫の身命の爻を克せば、就中她夫家を敗光せんと要するを主す。
夫臨妻祿之爻,夫食妻祿。祿乃甲祿在寅,食乃甲食丙之類。如甲子生,妻祿在寅,夫身命爻臨之,遇食神,乃食祿順。食不逢空鬼破耗等殺,更值生旺有氣者,主夫食妻祿。若逢梟神羊刃,空鬼耗破殺,雖食妻祿,亦無用矣。
丈夫の爻妻子の「祿」爻上に臨むは、丈夫要りて妻子の財祿に靠りて活を過せんを主す。ここに説く「祿」、是れ甲日の祿寅に在りの這一類の干祿にして、説く「食」、是れ甲丙を以て食神と為すの這一類なり。譬如甲子年生人、妻子の祿位寅に在りて、丈夫の身爻命爻正に這一爻上に臨みて、又た食神に遇えば、這便ち食と祿と相順ずと叫ぶ。食神もし空亡・官鬼・破・耗等の凶煞に逢わずして、并且正に生旺有氣の時に當れば、就中丈夫妻子の財祿を享用するを主す。倘若食神「梟神」「羊刃」に碰上し、あるいは空亡に落ち・鬼に沖せられ・耗破の諸煞に遇えば、則ち縱然名義上妻財を喫著するも、實際亦た用に派せらるる能わず。
交重兄弟克妻身,再理絲絃;妻身爻起臨兄弟之爻,發動傷身命,或夫臨兄弟爻,克妻之身命,主琴絃再續也。內外子孫生世位,多招財物。內外子孫發動,並日辰生身世之財爻,無空破沖剋,多招財物。有氣必有不期而會也。
「交」「重」の兩種の動爻上の兄弟往きて妻子の身爻を克するは、丈夫要りて弦を續ぎ再娶せんを主す。妻子の身爻兄弟爻上に起これば、兄弟爻一たび發動すれば便ち她の身命を傷る。あるいは丈夫の爻兄弟爻上に臨みて、往きて妻子の身命の爻を克する。這皆原配保ち難くして、必ず須く斷弦を重續せんを主す。「內外子孫世位を生ず」説く是れ內卦外卦の子孫爻皆來り世爻を生助して、多く財物を招進するを主す。內外兩處の子孫同時に發動して、又た日辰と一起に世身の下の財爻を生助して、其間空亡・破損・沖克無ければ、就中進財頗多を主す。財爻只だ氣有れば、還だ常に意料之外の橫財手に到らん。
世為日辰飛入宅,鵲據鳩巢;如大畜之泰卦,內卦甲寅木爻為宅,外卦丙寅爻持世發動,或並日辰與鬼飛入宅爻,主他人之屋,不是祖居。自創之屋,或租賃之宅。假如大過卦,內巽辛亥為宅,外兌丁亥持世發動,是也。
世爻と日辰と一同に宅爻に飛入するは、是れ「鵲鳩巢に據る」の象にして、居する所並びに自家の舊宅に非ず。譬如大畜卦を占得して泰卦に變ずるは、內卦甲寅木爻是れ宅爻にして、外卦丙寅爻世を持して發動す。あるいは世爻と日辰・官鬼と一同に宅爻に飛入せば、就中住する所是れ別人の房子にして、並びに祖上傳下の居所に非ず。若くは非ずば自己新置せば、便ち是れ租賃して得來るなり。又如大過卦、內卦巽の辛亥爻宅と為し、外卦兌の丁亥爻世を持して發動するも、亦た正に是れ這種の情形なり。
應臨父母動生身,龍生蛇腹。應臨父母,居偏下之爻,占者身爻臨之,得本爻生之,或即動生子身命,主偏生庶出,或隔胎之子,前後父母生也。身命俱臨父母,重拜雙親。世應隔異,兄弟多因兩姓。如晉卦己酉金是世。假如乙未應隔申字之遁卦,壬申金應真兄弟。假如晉卦之遁卦,外離為假子,何也?離己酉金,假弟遁卦,外有乾卦壬甲金持世,是真兄弟。假又如姤之明夷卦,壬申金是真兄弟,明夷外卦有癸亥水,是假,不合中旬,酉字亦為隔異之間,並日辰應有親兄弟,或日月建動爻隔斷,亦依此斷。姤卦應隔兄弟,明夷卦應隔兄弟是。餘皆仿此。
應爻父母爻に臨みて發動して來り身爻を生ずるは、是れ「龍蛇腹に生ず」の象なり。應爻上父母に臨みて、又た偏下の爻位に居りて、占卜する者の身爻正にここに臨みて、本爻の生助を得、あるいは它一たび發動すれば便ち往きて占者の身命の爻を生ずれば、就中此の人是れ庶出偏房の生む所なるか、あるいは是れ隔胎の子にして、前後兩位の父母に由りて養い大にせられしを主す。もし身爻命爻皆父母爻に臨めば、則ち主要りて兩重の雙親を拜せん。「世應隔異」説く是れ世應の間別の爻に隔開せられて、兄弟往往兩姓より出づるを。譬如晉卦己酉金を以て世と為す。又如乙未應爻申字に隔開せらるるの遁卦、其の壬申金應爻乃ち是れ同胞兄弟なり。再如晉卦遁卦に變ずるは、外卦離是れ假子にして、何を以てか。離宮是れ己酉金にして、假弟に屬し、しかも遁卦外乾卦の壬甲金有りて世を持するは、那乃ち是れ眞兄弟なればなり。又如姤卦明夷卦に變ずるは、壬申金是れ眞兄弟にして、明夷外卦の癸亥水便ち是れ假にして、它中旬と合せず、酉字も亦た正に隔異の間に處るを以てなり。もし應爻と日辰と同併せば、就中親兄弟有るに當べし。あるいは月建・日建・動爻に隔斷せらるるも、亦た這個の法子に照らして推断す。姤卦是れ應爻兄弟を隔て、明夷卦も亦た是れ應爻兄弟を隔つ。その余皆此の例に仿照す。
應爻就妻相合,外人入舍為夫;應爻飛入宅,與妻身命相生相合,主招外人入舍為夫。假宮有子飛來,異姓過房作嗣。假如子孫帶占身命,或日辰是假宮飛來,伏在身命爻下,主為人異姓過房之子;帶日辰旬真宮飛來,主過人家之子;飛動應爻,過房與人也。
應爻妻爻に就きて之と相合するは、主要りて外人を招きて入贅して丈夫と做らせん。應爻宅爻に飛入して、妻子の身爻命爻と相生相合せば、就中家中要りて一個の外姓人を招きて門に進めて夫と為さんを主す。「假宮子有りて飛來る」説く是れ他宮より飛來るの子孫爻にして、異姓過繼して來り嗣を承ぐるを主す。譬如子孫爻占者の身命を帶び、あるいは日辰の臨む所の爻「假宮」即ち他宮より飛來りて、身命爻の下に伏せば、就中此の人是れ異姓人家に過繼せるの兒子なるを主す。もし日辰の旬を帶びて眞宮即ち本宮より飛來れば、則ち是れ別人家より過繼進來るの兒子を主す。もし應爻上に飛動到れば、那便ち是れ自家の孩子を別人に過繼するなり。
妻帶子臨夫位,引子嫁人;妻命帶子孫,動臨夫位,並日辰,主妻引子嫁人是也。夫身起合妻爻,將身就婦。夫身爻起臨妻命爻,或夫命爻動臨妻身爻動,並日辰,為之將身嫁婦也。本命就中空子,見子應遲;子孫同我生之爻,在日辰命旬之空,主見子遲。若胎絕,主孤害刑剋也。
妻爻子孫爻を帶びて丈夫の爻位上に臨到するは、婦人前夫の孩子を帶びて改嫁して來るを主す。妻子の命爻上子孫を帶びて、一たび發動すれば便ち夫位に臨到して、又た日辰と相併すれば、就是れ妻子兒女を領きて人に嫁ぐの象なり。「夫身起こりて妻爻に合す」則ち是れ相反して、是れ男子女家に入贅す。丈夫の身爻妻子の命爻上に起こり、あるいは丈夫の命爻發動して妻子の發動する身爻上に臨到して、再び日辰と相併すれば、這便ち自身を把りて婦家に嫁到すと作り叫ばる。「本命就中空子」説く是れ本命の所在の旬中子孫空に落ちて、子を得る必ず遲し。子孫爻正に是れ我の生ずる所の那一爻にして、它もし日辰と本命の屬する旬の空亡の中に落つれば、就中子を見ること較晚を主す。もし它又た胎・絶の地に逢えば、那更に孤單刑克を主りて、子嗣を留住し難し。
身爻合處逢妻,娶婚必早。夫身爻起處合妻之命爻,見妻必早。妻身爻起合夫之命爻,婦嫁必早。夫婦合爻見鬼,婚配不明;夫合之爻,妻合之爻,見鬼,主婚姻不明。但有合爻見鬼是也。子孫絕處刑傷,兒多不育。子孫逢死絕爻,更受傷刑剋害,主子多不育難招。
身爻の起こる處正に妻爻と相合すれば、成婚必ず早きを主す。丈夫の身爻の起こる處妻子の命爻に合すれば、就中他早く妻を娶るを主す。妻子の身爻の起こる處丈夫の命爻に合すれば、就中她早く嫁すを主す。「夫婦合爻鬼を見る」是れ相合の處「官鬼」を夾むにして、這樁の婚配來路明かならざるを主す。丈夫の合する所の那一爻・妻子の合する所の那一爻上鬼を見れば、就中婚姻不淸不白を主して、只だ合爻上鬼有れば便ち算す。「子孫絶處刑傷」説く是れ子孫爻絶地に落ちて又た刑傷に遭うにして、生む所の孩子多く養い大さる能わざるを主す。子孫死絶の爻に逢いて、再び刑・克・害の傷損を受ければ、就中兒女多く不育にして、招養して人と成らしむること難きを主す。
夫妻反目,互見刑沖;兄弟無情,互相凌制。夫身爻並日辰動刑妻命,主夫不和妻;妻身爻並日辰動刑夫命,主妻不和夫。或妻命沖夫身,夫命沖妻身,主夫妻反目。如風天小畜九三爻是也。兄帶日辰克弟身命爻,弟帶日辰克兄身命爻,主兄弟不和,互相凌虐。
夫妻反目して仇と成るは、是れ兩造の爻互に刑衝を見るに因る。兄弟毫も情分無きは、是れ彼此互に凌制するに因る。丈夫の身爻と日辰と相併して發動して、往きて妻子の命爻を刑せば、就中丈夫と妻子と不和を主す。妻子の身爻と日辰と相併して發動して、往きて丈夫の命爻を刑せば、就中妻子と丈夫と不和を主す。あるいは妻命夫身を衝き夫命妻身を衝くるも、亦た夫妻反目を主して、風天小畜卦の九三爻の如く就是れなり。兄長の爻の日辰を帶びて往きて弟弟の身命の爻を克し、弟弟の爻の日辰を帶びて往きて兄長の身命の爻を克するに至りては、那就中兄弟失和して、彼此欺凌虐待するを主す。
日將與世身相生,當主雙胎;身命與世應同爻,多應兩姓。身世起合與日辰動爻同位,兩生命者,主雙胎,同年之子,或雙頂是也。身臨世命臨應,或命臨世身臨應是。身命兩臨世應,主有兩姓。
日辰の月將と世爻・身爻と相生すれば、雙胞胎を生むを主す。身爻命爻と世爻應爻と同じく一位に處れば、則ち多く此の人兩姓に牽連するを主す。身爻世爻の起こる處相合して、又た日辰・動爻と同在りて一位に在り、兩個の生命の象を顯出せば、就中雙胎を主して、亦た就中是れ同年生む所の兩個の孩子にして、あるいは所謂「雙頂」なり。所謂身命と世應と同じ爻なるは、指す是れ身爻世に臨みて命爻應に臨み、あるいは命爻世に臨みて身爻應に臨む。身命の兩爻分かれて世應の上に落つれば、就中兩個の姓氏に分屬するを主す。
妻財發動,不堪父值喪門;父母交重,最忌子臨死絕。上有父母,不堪財爻發動,更兼父母值喪門弔客爻,主有克害之患。妻克世身重合應,妻必重婚;妻爻動剋夫命,主剋夫。並日辰又與應相合,主妻再嫁。若帶咸池與應爻相合,並日辰動爻,帶亡劫刑刃等殺,剋夫身命爻,主妻與外人謀殺夫主。臨交爻,主未來之事。
「妻財」爻一たび發動せば、最も「父母」爻又た「喪門」に值るを怕る。「父母」爻交重發動せば、最も「子孫」爻死絶の地に落つるを忌む。家中尚ほ父母在堂有るの時、本來財爻發動を宜とせざるは、財能く父を克するを以てなり。もし「父母」爻再び「喪門」「弔客」の兩個の凶煞に值上せば、就中父母を克傷するの患有るを主す。「妻世身を克し重ねて應に合す」説く是れ妻爻世身を克して而又た應爻と相合するにして、妻子必ず要りて改嫁せんを主す。妻爻發動して丈夫の命爻を克するは、本來已に夫を克すを主り、再び日辰と相併し・應爻と相合せば、就中她要りて另に他人に嫁せんを主す。倘若妻爻「咸池」を帶びて應爻と相合して、又た日辰・動爻と同併し、身上亡神・劫煞・三刑・羊刃の一類の凶煞を帶びて、往きて丈夫の身命の爻を克せば、那便ち妻子と外人と合謀して親夫を害死せんと要するを主す。此の象もし「交」爻上に臨めば、説く是れ尚未だ發生せずして日後乃ち應ずるの事なり。
夫刑妻命兩逢財,夫當再娶。妻身命臨夫家刑殺之爻,更逢克處兩財,主夫克兩妻。並日辰合傍爻之財,主再娶。夫並日辰動爻,帶劫刃刑等殺,傷妻命爻,主遭夫毒手也。妻與應爻相合,外有私通;妻身命爻與應相合咸池玄武桃花,主妻有外情。夫並日辰克妻,與應爻,主獲妻奸。夫並世應在三合之爻,主從良為娼。日辰臨交爻,主心意未絕。妻帶財生應爻,妻以財誘外人;應帶財生妻爻,外人以財誘妻。應自外宮來,主遠方人;應自內來,近親之人。世爻動帶鬼隔斷,為家人間阻;應爻動帶鬼隔斷,為外人間阻其情。
丈夫の爻妻子の命爻を刑克して、卦中又た兩重の財爻を見れば、丈夫要りて再娶せんを主す。妻子の身命の爻夫家刑煞の所在の爻上に臨みて、又た受克の處兩個の財爻を遇えば、就中這位の丈夫要りて兩位の妻子を克死せんを主す。もし再び日辰と相併し・旁邊の財爻に合すれば、便ち他必定續娶するを主す。反って、丈夫の爻と日辰・動爻と相併して、身劫煞・羊刃・三刑等の凶煞を帶びて往きて妻子の命爻を傷れば、那就中妻子要りて丈夫の毒手に遭わんを主す。「妻應爻と相合す」説く是れ妻爻と應爻と相合して、妻子外に在りて另に私情有るを主す。妻子の身命の爻と應爻と相合して、又た「咸池」「玄武」「桃花」を帶ぶれば、就中她外遇有るを主す。丈夫の爻と日辰と相併して往きて妻爻を克し、同時に又た應爻を克するは、丈夫當場奸情を捉住するを主す。丈夫の爻と世應と同じく三合の局に處れば、則ち婦人良家より淪れて娼妓と爲るを主す。日辰「交」爻上に臨めば、她心の意未だ斷えざるを主す。妻爻財を帶びて往きて應爻を生ずるは、是れ妻子錢財を拿りて外人を勾引す。應爻財を帶びて往きて妻爻を生ずるは、是れ外人錢財を拿りて妻子を引誘す。應爻もし外宮より飛來れば、是れ遠方の人なり。內卦より來れば、則ち是れ近親の人なり。世爻發動して「官鬼」を帶びて兩者を隔斷するは、是れ家裡の人中より阻攔す。應爻發動して鬼を帶びて隔斷するは、則ち是れ外人這段の私情を阻撓す。
男臨女子互爻,內多淫慾。男身爻起臨女命爻,女身爻起臨男命爻,謂互尊卑失序,主有淫亂事。若夫妻互相合,主先奸後娶。據理而詳可也。青龍水木臨妻位,多獲奩財;如財臨青龍,水木有氣,夫命臨之,更有氣,主得妻財多。命帶玄武財爻,有暗來妻財。如辛丑日下,得恆觀卦是。
男女の兩造の爻彼此交錯せば、家內多く淫亂の事有るを主す。男子の身爻女子の命爻上に起こり、女子の身爻男子の命爻上に起こるを、這互相錯位・尊卑失序と作り叫びて、就中淫亂の情事有るを主す。もし夫妻の兩爻互に作合すれば、則ち先に私情有りて後に婚を成すを主す。這一類皆要りて情理に按じて細細に分辨すべし。「青龍水木妻位に臨む」説く是れ青龍と水木の爻と妻位に臨みて、多く妻家の陪嫁を得るを主す。財爻青龍に臨みて、水木の爻又た氣有りて、丈夫の命爻も亦た上面に臨みて而且旺相なれば、就中妻を娶りて大筆の妝匳を得るを主す。もし命爻上玄武を帶びたるの財爻あれば、則ち暗中送來の妻財有るを主して、例如辛丑日恒卦・觀卦を占得すれば、便ち是れ這種の情形なり。
玄武桃花犯命中,荒淫酒色。身命帶玄武桃花,主貪酒色。男則粘紅綴綠,女則葉人牽惹。世應妻爻三合,當招偏正之夫;為世應財爻三合妻爻,更逢兩鬼合身命,主有偏正之夫。財交世應六沖,必是生離之婦。妻身命爻值鬼爻,與世應並日辰動破合;重重相沖,與財兩合;或妻身命爻,與世應動爻相沖,或日辰相沖,主是生離之婦也。
「玄武」と「桃花」と本命を衝犯すれば、此の人酒色に荒淫するを主す。身爻命爻上玄武・桃花を帶ぶれば、就中杯中の物と床笫の歡とを貪戀するを主して、男子は花に沾り草を惹き、女子は外人を招引す。「世應妻爻三合」説く是れ世應と妻爻と三合を結成して、一婦にして兼ねて正夫偏夫有るを主す。世應兩爻の財爻と妻爻と三合局を成して、又た兩重の「官鬼」來り身命の爻に合するに碰上せば、就中此の婦既に正夫有りて又た偏夫有るを主す。「財世應に交り六沖」則ち是れ相反して、必是れ生離の婦なり。妻子の身命の爻「官鬼」に值して、世應および日辰と相併して衝破せらるるかあるいは合住せらるるかして、重々相衝の中又た兩個の財爻と相合す。あるいは妻子の身命の爻世應の動爻と相衝し、あるいは日辰に沖せらるるも、皆她要りて丈夫と生生分離するの人を主す。
世應為妻爻相隔逢沖,必招外郡之人;世應在日辰旬中隔斷妻爻,或與夫爻相隔,在日辰旬外逢沖,主是外郡之人。夫隔妻爻,妻動在游魂世應之外,主他州人也。夫妻與福德相逢帶合,必近親鄰之女。男與財爻相近,俱在本宮,或卦中,主婚姻近處。就中合見子孫,主因親致親,或故親為媒。
世應妻爻を隔開して而又た沖に逢えば、必定要りて外府外縣の人を娶らん。世應日辰の屬する所の旬內妻爻を隔斷し、あるいは妻爻と夫爻とを隔開して、而も日辰の旬の外又た衝撃に遭えば、就中娶る所是れ外郡の人を主す。丈夫の爻と妻爻と相隔たりて、妻爻又た遊魂卦世應の外に在りて發動せば、那更には別州の人なるを主す。反って、夫妻の兩爻と「福德」即ち子孫爻と相遇して合を帶ぶれば、必定娶る所是れ近處の親戚鄰里の女なり。男方の爻と財爻と相近き、同じく本宮に在り、あるいは同じく一卦の中に在れば、就中婚事近邊に結ぶを主す。其中もし合處子孫爻を見れば、則ち親に由りて親に及び、あるいは舊親出來て媒を作るを主す。
命逢死氣,最嫌煞忌當頭;身臨命家日家逢死氣,若日辰動爻並殺,倘克身命,主有死亡之禍。鬼入墓鄉,尤忌身爻濺血。命爻帶鬼入墓,怕身爻帶殺或受制,最不吉之兆。惡莫惡於三刑迭刃;刑無刃不能傷人,刃無刑禍亦不大。若刑刃兩全,帶殺克身,臨官主犯官符刑憲事。玄武傷財,劫賊圖財致命之事。世並日辰動爻,克應帶殺,主我傷他人;應並日辰動爻,帶殺克世,主他人殺我。為官掌生死之權,名揚夷夏。若漁獵技藝之人,禍當滅沒;否則疲癃殘疾之人。若龍德發動,凶中則有吉之象。
命爻死氣に逢えば、最も凶煞忌神當頭して壓來るを忌む。身爻本命の家・日辰の家に臨みて死氣に遇上して、もし日辰・動爻又た凶煞と相併して、一旦身命の爻に克到せば、就中死亡の禍有るを主す。「鬼墓鄉に入る」説く是れ命爻鬼を帶びて墓に入るにして、尤其に身爻血光を見るを忌諱す。命爻「官鬼」を帶びて墓庫に進入するは、最も身爻上又た凶煞を帶びあるいは制伏せらるるを怕れて、這是れ最不吉利的の兆頭なり。諸凶の中、最惡のもの「三刑」と「羊刃」と層層相疊するに若くは莫し。單に刑有りて刃無ければ、人を傷る能わず。單に刃有りて刑無ければ、禍も亦た大ならず。刑・刃の兩樣俱全して、又た凶煞を帶びて來り身爻を克せば、則ち官位上に落つれば就中官符に觸犯し刑憲に遭受するを主り、玄武を帶びて財を傷れば就中強盜財を劫し命を害するを主す。世爻と日辰・動爻と相併して、煞を帶びて往きて應爻を克するは、我他人を傷害するを主す。應爻と日辰・動爻と相併して、煞を帶びて來り世爻を克するは、他人害を我に加うるを主す。這樣の格局もし官を做るの人の身上に落つれば、便是れ生殺の權を執掌し・名中外に揚ぐるなり。もし漁獵工匠の一流人の身上に落つれば、就要りて禍に遭い命を喪わん。再び然らざれば、亦た個の衰弱多病・殘疾纏身の人なり。倘若卦中「龍德」發動せば、那就中是れ凶中吉を帶ぶの象なり。
凶莫凶於四虎交加。日家應家白虎,即胎神;月破白虎,六神白虎,太歲白虎,命家白虎,即日神。白虎化白虎,重重臨宅克身,主刑剋伏制之事。若帶鬼殺重重,並喪吊凶神,舉家遭禍死亡,庶十幾八九。若卦中龍德動,主喜事至,則稍輕,是悲喜相半之兆。
諸凶の中、最凶のもの四重白虎交相に加臨するに若くは莫し。所謂四虎、指す日家と應家との白虎にして、亦た就中是れ胎神なり。月破白虎・六神白虎・太歲白虎。および命家の白虎にして、亦た就中是れ日神なり。白虎再び白虎を變出して、重々宅爻上に臨みて往きて身爻を克せば、就中刑克・人に壓制せらるるの事有るを主す。もし再び「官鬼」凶煞を帶びて層層疊加して、又た「喪門」「弔客」等の凶神に併えば、則ち全家禍に遭い死亡するの可能、十有八九なり。倘若卦中「龍德」發動せば、喜事到來有るを主して、凶象便ち稍稍減輕して、悲喜參半の兆と成る。
四鬼貼身,防生災咎;貼身鬼帶破碎殺,主有破相之疾。乾主頭面小腸,喘急咳嗽之疾;坎主兩耳,腎間之疾;艮主背肋,手指之疾;震主下部,腰足痛之疾;巽主兩股兩腿,頭髮血氣之疾;離主眼目,心經之疾;坤主腸間,脾胃之疾;兌主口齒,及唇之疾。餘仿此。
四重の「官鬼」身爻に緊貼すれば、要りて災禍を生出せんを提防すべし。貼身の「官鬼」再び「破碎」の凶煞を帶上せば、就中破相の一類の疾病有るを主す。病の何處に在るかに至りては、八宮に按じて分配す。乾宮は頭面と小腸とを主して、多く氣喘咳嗽の疾なり。坎宮は兩耳を主して、多く腎臓の疾なり。艮宮は背脊肋骨を主して、多く手指の疾なり。震宮は下身を主して、多く腰腿疼痛の疾なり。巽宮は兩股兩腿を主して、多く頭髮と血氣の疾なり。離宮は眼目を主して、多く心經の疾なり。坤宮は腸腹を主して、多く脾胃の疾なり。兌宮は口歯および嘴唇の疾を主す。その余はこれに依りて類推す。
三傳克世,易惹災危。三傳:太歲月建日辰。帶殺帶鬼,克世身命,主宅丁人眷災危。太歲連年之禍,月建主累月之災殃也。劫亡兩賊傷身,青草墳頭之鬼;身命兩空遇殺,黃泉路上之人。身命逢絕,在旬中空亡;亡神劫殺,帶鬼傷身克命,主有死亡之患。勾陳傷玄武之身財,女多凶禍;白虎損青龍之官鬼,男忌死亡。
「三傳」來り世爻を克せば、容易に災禍危難に惹上せん。三傳指す太歲・月建・日辰の這三樣にして、它ら凶煞を帶び・「官鬼」を帶びて來り世爻と身命の爻とを克せば、就中一家人口災有り險有るを主す。其中太歲は接連數年の禍患を主り、月建は連月不斷の災殃を主す。「劫亡兩賊身を傷る」説く是れ劫煞と亡神の這兩個の賊星身爻を傷るにして、人便ち成りて青草墳頭の孤鬼と爲る。身爻命爻雙雙空に落ちて又た凶煞に遇えば、那就中是れ黄泉路上の人なり。身命の爻絶に逢いて、又た本旬の空亡裡に落ちて、再加上亡神・劫煞「官鬼」を帶びて來り身を傷り命を克せば、就中死亡の患有るを主す。「勾陳」損傷する「玄武」の臨む所の身爻と財爻は、女子多く凶禍有るを主す。「白虎」損傷する「青龍」の臨む所の「官鬼」爻は、則ち男子須く死亡を忌むべし。
黄金策・二十、墳墓
葬埋之禮,乃先王之所設;雖為送死,而然風水之因。特後世之所興,禍福吉凶攸繫。故墳占三代,穴有定爻。一世二世,子孫出王侯將相之英;世四世三,後嗣主富貴繁華之茂。絕嗣無人,端為世居五六;為商出外,只因世在游魂。八純凶兆,歸魂亦作凶推。吉兆相生,相合亦將吉斷。
埋葬の禮制、是れ古代先王の設立する所なり。它本來亡者を送別するを爲りて設けられ、風水の説卻って是れ後世乃ち興起せし、然れども一族の禍福吉凶確實に此に係わる。ゆえに墳墓を占うに祖・父・己の三代を看るを要して、而も墓穴卦中に自ら固定的の爻位有り。世爻初爻・二爻に在るは、子孫の裡要りて王侯將相の一類の英才を出せん。世爻四爻・三爻に在るは、後代富貴繁華興盛を主す。もし世爻五爻・六爻に居れば、就中絶嗣無後を主す。世爻遊魂卦上に落つれば、就中子孫經商外出を主す。八純卦是れ凶兆にして、歸魂卦も亦た凶の一面に照らして推断す。反って、卦中吉兆を呈して而又た相生するか、あるいは彼此相合すれば、那就中皆吉利に按じて斷ず。
初子孫,二母,三兄弟,四妻妾,五墳,六祖宗。以前穴爻從定為正。如遇日辰長生之神,持金,不必有石。或休囚死氣,更無別物。為穴有定爻,穴葬之處為墓。卦各有其名,而無其位。如金穴取金墓在丑便是。不必明見丑。餘仿此。又占墳,飛得之傳屬木,亡命屬土,不宜應上命,子孫不利。六太婆,五太公,四婆,三公,二母,一父。又云:六太婆,五太公,四公,三父,二婆,一母。
墳墓の一門の六爻分位は、初爻子孫を主り、二爻母親を主り、三爻兄弟を主り、四爻妻妾を主り、五爻墳を主り、六爻祖宗を主す。前面の説く所の穴爻、就中這個の分法を以て正例と定む。倘若日辰の臨む所の長生の神に遇上して、而も該の爻又た金に屬せば、穴中未必真に石頭有らず。もし該の爻休囚にして死氣を帶ぶれば、那更に別の東西無し。既に穴固定的の爻位有ると説けば、葬る所便ち是れ墓なり。各卦皆自ら名目有りて、卻って不必定墓の位置を顯出せず。譬如金穴便ち金墓丑に在るを取りて、不必卦上明々に丑爻を見るを要せず。その余はこれに依りて類推す。另外墳を占うに、もし飛爻の傳する所木に屬して、亡者の本命土に屬せば、就中應爻本命の上に壓するを宜とせず。那樣子孫に對して不利なり。墳中先人の排列に至りては、一説は六爻太婆・五爻太公・四爻婆・三爻公・二爻母・初爻父と爲し、又一説は六爻太婆・五爻太公・四爻公・三爻父・二爻婆・初爻母と爲す。
穴騎龍,龍入穴,穴正龍真;穴帶龍來入穴,更遇世臨穴爻,相生相合,龍虎抱衛,有情,為龍真穴旺。又例:若龍起穴,在五黃中宮,亦是。若逢沖動,則又非。若得龍起於穴爻,則為吉地是也。
穴龍脉の上に騎して、龍氣又た穴中に進入すれば、這便ち是れ穴位端正・來龍真確なり。具體的に説けば、穴爻「青龍」を帶びて一同に穴位に進入して、又た世爻穴爻に臨むに碰上して、兩者相生相合し、左龍右虎環抱護衛して、形勢情有れば、就中龍真穴旺と作り叫ぶ。另に一例有り、「青龍」もし穴上に起こりて五黃中宮に落つるも、亦た這種の吉象と算す。可れども它一旦衝動せらるれば、就不是れなり。總之只だ「青龍」穴爻上に起これば、便ち吉地と斷ず可し。
山帶水,水連山,山環水抱。山帶水為朝帶,來山與穴相合是。山環水抱,重合生氣,帶財福貴,乃為吉地。交重逢旺氣,聞雞鳴犬吠之聲;動逢生氣旺相,水火爻見廚磚,聞雞鳴犬吠之聲。
山勢水を帶びて、水流山に連なれば、便ち山環水抱の局を成す。所謂「山水を帶ぶ」、指す朝案の山帶の般に環繞して、來山と穴爻と正に相配合するを。「山環水抱」則ち是れ層層相合して生氣聚集し、又た財爻・福德・貴人を帶ぶれば、這就中是れ吉地なり。「交重旺氣に逢う」説く是れ動爻旺氣に遇上して、穴旁能く雞鳴狗叫を聞かん。動爻生氣に碰上して旺相して、水爻火爻又た廚灶磚瓦の象を現出せば、近處人家煙火有るを説明して、ゆえに能く雞犬の聲を聞く。
世應拱穴爻,有虎踞龍蟠之勢。世應帶龍虎穴,居世應之間,生合有情,主龍蟠虎踞之勢。三合更兼六合,聚氣藏風;賓主山與龍虎日辰動爻,逢三合六合穴爻,若合,主藏風聚氣之勢。
世應兩爻穴爻を拱護せば、便ち虎踞龍蟠の氣勢有らん。世爻應爻上「青龍」「白虎」を帶びて、而も穴位正に世應の間に居り、彼此生合情有れば、就中此の地是れ龍蟠虎踞の形局を主す。「三合更に六合を兼ぬ」説く是れ卦中既に三合を結び又た六合有るにして、此の地氣を聚め風を藏すを主す。賓山・主山と「青龍」「白虎」および日辰・動爻、同じく穴爻と三合あるいは六合を結成して、只だ合得住せば、就中風を藏し氣を聚むるの好形勢を主す。
來山反作朝山,回頭顧祖。應在朝山帶來山,有回頭顧祖之勢。死絕之鬼,邊有荒墳;長生之爻,中有壽穴。戊己鬼,死絕無氣之鬼。主邊近有荒古之墳。穴中有長生旺氣,主有壽穴。內卦有生墓之穴法也。
來龍の山反って朝案の山を充當するは、那是れ「回頭して祖を顧る」の形形勢なり。應爻朝山の位に落ちて而又た來山を帶ぶれば、就中回頭して祖を望ぐの象有らん。「死絶の鬼、邊に荒墳有り」説く是れ「官鬼」死絶に落ちて、戊己土の「官鬼」もし死絶無氣の地に處れば、就中穴旁近處荒蕪の古墳有るを主す。「長生の爻、中に壽穴有り」則ち是れ説く穴中もし長生旺氣有れば、就中此の地作りて生基壽穴と爲す可きを主して、內卦の中自ら生と墓と相配するの穴法有り。
合處與應爻隔斷,內外之向不同;內為穴,外為墓,合為向。假如己未土為穴,合午為向;庚辰土為墓,合酉為向。若午酉之間應爻並日辰爻隔斷,主金井陽門向背不同。穴中為世日沖開,左右之穴相反。穴臨己未二爻,世並日辰臨午爻,分開左右之穴。主穴道相反也。
相合の處應爻に隔斷せらるれば、穴の內向と外向と便ち一致せず。ここに內卦を以て穴と爲し、外卦を以て墓と爲し、之と相合するの爻を以て向と爲す。譬如己未土を以て穴と爲せば、之と相合するの午就中是れ向なり。庚辰土を以て墓と爲せば、之と相合するの酉就中是れ向なり。もし午と酉との間應爻日辰の爻を連ねて隔斷せらるれば、就中金井と陽門との兩處の朝向彼此相背するを主す。「穴中世日衝開を爲る」説く是れ穴爻世爻と日辰とに衝開せらるるにして、左右兩穴の方位便ち顚倒相反す。穴己・未の兩爻上に臨みて、而も世爻と日辰と同じく午爻に臨みて、左右の穴を分割開來せば、就中穴道左右相反を主す。
穴道得山形之正,重逢本象之生:龍山龍形,虎山虎穴。重逢本宮卦象之生,及動爻之生,為穴得山形之正。世應把山水之關,宜見有情之合。世應臨水口之關爻,若帶合,主有關鎖,有情之勢。如寅為龍,見亥則生頭角,坐見火為洩氣,為擺尾。
穴道正に好く山の形勢に合して、又た重々本卦の象の生助を得るは、這是れ上等の格局なり。龍形の山龍形の穴を配し、虎形の山虎形の穴を配して、再加上本宮卦象來り生じ・動爻も亦た來り生ずれば、就中穴山形の正を得ると作り叫ぶ。「世應山水の關を把る」説く是れ世應兩爻山水の關口を把守して、應當有情の相合を見るに當べし。世應水口の關爻上に臨みて、もし又た合を帶ぶれば、就中水口關鎖有りて形勢情有るを主す。譬如寅を以て龍と爲し、亥水に遇見せば便ち頭角を生出す。もし坐下一見火すれば、那是れ氣を泄し、成りて「尾を擺る」の象と爲る。
坐山有氣,怕穴逢空廢之爻;且如坎山,所得申爻臨穴,為坎居水,生申有氣。最怕爻臨廢神空亡之位。若然逢此,主棄毀不用也。本命逢生,忌運入刑傷之地。凡占生墓,要本生年,得穴之生旺氣,山所有生旺之氣。忌山運與卦爻相沖相剋,尤忌傷刑本命爻。若山運與本命爻相生有氣為吉,若遇空亡,卻不怕空,反為吉地。
坐山雖に氣有るも、卻って穴爻空亡廢弃の位に落つるを怕る。譬如坎卦の山、得る所の申爻穴上に臨めば、坎水に屬して申能く水を生ずればに因りて故に氣有りと爲す。最も這一爻廢神・空亡の位置に臨むを怕れて、一旦這上頭に落つれば、就中此の地要りて弃置毀壞せられ能く再用するを主ず。「本命生に逢う」説く是れ主人の本命の爻生を得て、最も山運刑傷の地に走入するを忌む。およそ生基壽墓を占うに、要りて本人生年の爻穴の生旺の氣を得るを要して、亦た山中本來生旺の氣有るを要す。最も山運と卦爻と相衝相克するを忌み、尤其に本命の爻を傷刑するを忌諱す。もし山運と本命爻と相生して氣有れば、便ち是れ吉象なり。此の時縱然空亡に遇上すとも、反って空を怕れずして、仍ほ吉地と算す。
青龍擺尾,就中逢洩氣子孫;白虎昂頭,落處逢生身父母。若青龍臨子孫重重有氣,有擺尾之勢,與白虎同。若白虎爻,遇父母爻重重生身者,必有昂頭之勢,與青龍同。後來龍餘氣未盡,有玄武吐舌之形;來龍並日辰入穴,明堂兼脫氣,為玄武吐舌之形,或來脤不住。前朝案動爻逢沖,為朱雀開口之象。朝山主爻發動,並日辰逢沖刑害,主有朱雀開口之象。
「青龍尾を擺る」、是れ龍爻の中泄氣の子孫爻に碰上するなり。「白虎頭を昂ぐ」、是れ虎爻の落つる處身を生ずるの父母爻に遇見するなり。もし「青龍」子孫に臨みて重々氣有れば、便ち尾を擺るの勢を現出して、「白虎」子孫に臨むの時同じ樣此の然り。もし「白虎」の爻父母爻重々身を生ずるに遇上せば、必然頭を昂ぐの勢を現出して、「青龍」父母に臨むの時も亦た是れ一樣なり。這兩句是れ六神の臨む所の六親を借りて、以て左右砂山の頭を抬くると擺動と的形態を判断す。背後來龍の餘氣還だ收盡せざれども、就中「玄武舌を吐く」の形狀を現出す。來龍日辰と一同に穴中に進入して、明堂又た氣を脱すの象を兼ぬれば、這便ち是れ玄武舌を吐くにして、亦た就中是れ來脈收束住らざるなり。「前朝案動爻沖に逢う」説く是れ前方朝案の所在の動爻沖に遇いて、成りて「朱雀口を開く」の象と爲る。朝山の主する所の那一爻發動して、又た日辰と相併して沖・刑・害に遭えば、就中前案破碎豁口して、正に是れ朱雀口を開くの形勢を主す。
世坐勾陳之土局,破坎田園:世坐穴,若勾陳之爻,或臨土局,必是破坎田園。應臨玄武之水爻,溝坑池井。若應臨玄武之爻,或並水爻,主有泉源溝坑之水。白虎在破耗之位,古墓墳瑩;若臨月破白虎之位,主是古舊墳瑩。在歸魂卦,或鬼飛入穴,為還魂葬地。鰧蛇臨父母之爻,交加產業。鰧蛇為索帶交加之象,父母為文書契字,主重重疊買,交加產業。
世爻「勾陳」の土局の上に坐すれば、這塊の地是れ田園の中より破土して開出せるを主す。世爻穴位に坐りて、もし正に是れ「勾陳」の臨む所の爻なるか、あるいは三合の土局に臨めば、那必定是れ田園を破開して得來るの地なり。「應玄武の水爻に臨む」説く是れ應爻「玄武」に臨みて而又た水に屬して、附近溝坑池井有るを主す。應爻玄武の爻上に臨み、あるいは水爻と同併せば、就中那裡泉源溝渠の一類の水有るを主す。「白虎」破耗の位置に落つれば、那裡是れ古墓舊墳を主す。もし月破の白虎の位に臨めば、就中這塊の地原是れ前人の墳塋を主す。もし又た歸魂卦中に在るか、あるいは「官鬼」穴爻に飛入すれば、那便ち是れ「還魂」の葬地にして、即ち舊墳重葬の處なり。「鰧蛇父母の爻に臨む」説く是れ鰧蛇父母爻に臨みて、産業交錯重疊を主す。鰧蛇本來是れ繩索纏繞交加の象にして、「父母」爻文書契約を主り、兩者相合せば、就中這塊の地幾經轉買して産業契約彼此交錯するを主す。
勾陳土鬼,冢墓累累;勾陳戊己土鬼,逢死絕之爻,為古墓。游魂鬼動逢沖空,傍有改葬之地。日辰克白虎穴爻,有崩頹之墓。青龍爻動,主有新墳。若歸魂飛入穴爻,主有還魂改葬之地。
「勾陳」土鬼を配すれば、墳塚一座一座を連ぬるを主す。勾陳の臨む所の戊己土「官鬼」、もし死絶の爻に逢えば、那就中是れ古墓なり。遊魂卦中「官鬼」發動して而又た沖に遇い・空に遇えば、旁邊遷改せしの葬地有るを主す。日辰「白虎」の臨む所の穴爻を克すれば、附近崩塌頽壞の墳墓有るを主す。「青龍」の爻發動すれば、新墳有るを主す。もし歸魂卦の爻穴爻に飛入せば、就中此の處是れ還魂改葬の地を主す。
玄武金神,巖泉滴滴。金為石,玄武為水,主有滴瀝自出之泉。乘旺,主穴中有水,官有他井。白虎臨亥子水爻,亦主有水,或近泉巖。青龍發動臨子孫,決主新遷;若青龍臨交爻動,或值子孫,必是新遷未遷之象。如飛起在穴,亦依此斷。
「玄武」金神を配すれば、岩石の間泉水滴瀝有るを主す。金石を主り、玄武水を主り、兩者相併せば就中石縫より滲滴出來るの泉有るを主す。もし它旺に乘れば、更に穴中水有るを主り、官爻還だ別處另に水井有るを主す。「白虎」亥・子等の水爻上に臨めば、同じ樣水有るを主り、あるいは泉岩に靠近す。「青龍發動して子孫に臨む」説く是れ青龍發動して子孫爻に臨みて、斷定して主墳要りて新遷せんを主す。「青龍」「交」爻上に臨みて發動し、あるいは正に子孫爻に值すれば、必是れ剛遷あるいは將遷の象なり。もし它飛起して穴爻上に落つるも、亦た這個の法子に照らして判断す。
朱雀飛來帶官鬼,必然爭訟。朱雀鬼並動爻日辰,或臨官符,主有爭訟事。克應得理,克世失理。穴爻之內見朱雀官符官鬼等殺,日辰飛入穴,亦依此斷之。應爻加水臨玄武,前有溪橋:若應爻並木爻臨玄武,逢沖剋,主墓前有溪橋。
「朱雀」飛來して又た「官鬼」を帶ぶれば、必定要りて爭訟を起さん。朱雀の臨む所の「官鬼」と動爻・日辰と相併し、あるいは「官符」に臨めば、就中墳地を爲りて訟を興すを主す。它往きて應爻を克すれば、是れ我方理を占む。往きて世爻を克すれば、是れ我方理虧なり。穴爻の內朱雀・官符・「官鬼」の一類の凶煞を見るか、あるいは日辰穴中に飛入するも、亦た這個の法子に照らして判断す。「應爻水を加えて玄武に臨む」説く是れ應爻水を帶びて又た玄武に臨みて、墓前溪流橋梁有るを主す。應爻木爻と同併して玄武に臨みて、再び沖克に逢えば、就中墳前溪有り橋有るを主す。
日辰沖土鎮鰧蛇,邊通道路。鰧蛇為路。並日辰,辰戌丑未之爻,與日辰動爻沖剋,主近道路。又云:動爻帶來山,日辰沖;日辰帶來山,動爻沖;為應庫龍路。子午為來山,日辰帶殺,與卯酉沖;卯酉為來山,子午沖;為腰路。子卯見午酉沖,午酉見子卯沖,為曲尺路。破穴為掃肋路。子為穴,丑亥見己未沖;午為穴,己未見丑亥沖;為扭械路。
日辰土爻を沖動して「鰧蛇」を壓すれば、墳邊道路に通ずるを主す。鰧蛇本來就中道路を主して、它日辰と相併して、辰・戌・丑・未の這四個の土爻上に落ちて、又た日辰あるいは動爻に沖克せらるれば、就中墳旁道路に臨近するを主す。另一説更に詳しく講れば、動爻來山を帶びて日辰に沖せらるるか、あるいは日辰來山を帶びて動爻に沖せらるるか、這「應庫龍路」と叫ぶ。子・午を以て來山と爲し、日辰煞を帶びて卯・酉と相衝するか、あるいは卯・酉を以て來山と爲して子・午に相衝せらるるか、這「腰路」と叫ぶ。子・卯午・酉に遇いて相衝し、午・酉子・卯に遇いて相衝するを、這「曲尺路」と叫ぶ。穴爻を衝破するを「掃肋路」と叫ぶ。子を以て穴と爲して丑・亥己・未に沖せらるるか、午を以て穴と爲して己・未丑・亥に沖せらるるか、這「扭械路」と叫ぶ。
辰酉見卯戌沖,卯戌見辰酉沖,為交叉路。沖穴為當胸路,沖馬為驛路。橫直沖為十字路,為四沖路。交為新路,重為舊路。震為大路,艮為邊路。沖剋穴爻,為白虎帶索之類也。又如子為穴爻,巳動亥為日辰沖,亦為扭械路。辰為穴爻,卯日酉動為交叉路。
辰・酉卯・戌に遇いて相衝し、卯・戌辰・酉に遇いて相衝するを、這「交叉路」と叫ぶ。直に穴位を衝するを「當胸路」と叫び、驛馬を衝するを「驛路」と叫ぶ。橫衝直撞交會するを「十字路」と叫び、亦た「四衝路」と叫ぶ。動爻是れ「交」なるは新路を主り、是れ「重」なるは舊路を主す。震卦大路を主り、艮卦邊路を主す。およそ穴爻を沖克するは、皆「白虎索を帶ぶ」の這一類の凶象に屬す。再び兩個の例子を擧ぐれば、子を以て穴爻と爲して巳爻發動して亥日辰を爲りて來り沖するも、亦た扭械路と算す。辰を以て穴爻と爲して卯日にして酉爻發動すれば、便ち是れ交叉路なり。
朱雀火爻發動,廚庭炊爨之傍:青龍財庫相生,店肆庫倉之畔。朱雀火爻發動臨財,或朱雀空,為廚庭煙灶之所。青龍為四墓,逢財相生有氣,為瓦鋪酒肆。若遇庚申癸酉金,丁酉金,為倉庫之畔。
「朱雀」の臨む所の火爻發動すれば、墳廚房炊爨の旁に在るを主す。「青龍」と財庫と相生すれば、墳店鋪倉廩の側に在るを主す。朱雀火爻發動して財爻に臨み、あるいは朱雀空に落つれば、就中那裡是れ廚房煙灶の所在を主す。「青龍」もし辰・戌・丑・未の四墓上に落ちて、財爻相生して氣有るに逢えば、就中近處是れ瓦房酒肆を主す。もし庚申金・癸酉金あるいは丁酉金に遇上せば、那便ち是れ倉庫の旁邊なり。
玄武世飛入穴,暗地偷埋:勾陳土動落空,依山淺葬。玄武世爻,並日辰動飛入穴,主偷埋盜葬。或者暗地瞞人出殯。勾陳土動,或空,或發動,必是依山淺葬也。日合鬼爻有氣,近神廟社壇之傍:鬼旺有氣,或臨青龍貴人,與日辰相合,主近神廟,或古跡靈壇之所。動臨華蓋逢空,傍佛塔琳宮之所。華蓋穴爻,鬼動逢空,乘旺有氣,主近寺觀。若華蓋帶劫殺刃,為匠藝人家,有響應之聲。
「玄武」の臨む所の世爻穴中に飛入すれば、是れ暗地裡に偷偷埋葬するを主す。「勾陳」の土爻發動して而又た空に落つれば、是れ山勢に依りて淺々安葬するを主す。玄武世爻に臨みて、日辰と一同に發動して穴位に飛入せば、就中埋を偷み葬を盜み、あるいは人を瞞きて暗中出殯するを主す。勾陳の臨む所の土爻、空に落つるを論ぜず發動を論ぜず、只だ動けば、必定是れ山に靠りて淺葬して土に入ること深からず。日辰と「官鬼」と相合して「官鬼」氣有れば、墳神廟社壇の附近に在るを主す。「官鬼」旺相有氣するか、あるいは「青龍」「貴人」に臨みて、又た日辰と相合せば、就中近處神廟有るか、あるいは是れ古蹟靈壇の類を主す。「動華蓋に臨みて空に逢う」説く是れ動爻「華蓋」に臨みて空に落ちて、墳旁佛塔道觀有るを主す。穴爻上華蓋を帶びて、「官鬼」發動して卻って又た空に逢いて、氣勢卻って仍ほ旺相なれば、就中寺觀に靠近するを主す。もし「華蓋」劫煞・羊刃を帶ぶれば、那便ち是れ工匠藝人の家にして、附近常に敲撃作響の聲有らん。
世應逼左右之山欺穴,龍虎磕頭:世應在重龍重虎之位,逢白虎寅爻為龍虎磕頭。交重並旬內之水傷身,溝河插腳。水爻動在日辰旬中,居穴之前;或日辰旬中之水,並動爻居穴之前;主有溝河插腳之水。
世應兩爻左右の山を逼住して穴位を欺壓するは、那是れ「龍虎頭を磕く」の象なり。世應重々の龍砂虎砂の位置に落ちて、又た「白虎」の臨む所の寅爻に逢えば、就中龍虎頭を磕くと作り叫びて、砂頭穴場を俯壓す。「交重併せて旬內の水身を傷る」説く是れ動爻と本旬の內の水と一同に身爻を傷るにして、穴前溝河直に插するを主す。水爻日辰の屬する所の旬中發動して、正に穴の前方に居り、あるいは日辰旬中の水と動爻と一同に穴前に居れば、就中前面溝河脚を插すの水有るを主す。
生生福合三傳上,百子千孫:褔德逢穴爻之生,更在三傳之位,相合有氣,主有百子千孫。重重墓在一爻中,三墳四穴。六親世應,日辰動爻,重重墓在一爻之內,主有三墳四穴。鬼父同墓,主始祖與父同,太祖祖父同葬。財鬼同墓,始祖與祖同葬。財父同墓,主始主與父同葬。或公姑媳婦同葬。陰為女,陽為男。財為太始祖妣,又為子孫妻兒曾孫。鬼世同墓爻,主家人同葬。應鬼同墓爻,主外人同葬。中間未能盡述,臨應可詳斷。
生氣不斷にして「福德」又た三傳と相合すれば、子孫衆多・百子千孫を主す。子孫爻穴爻の生助を得て、又た正に太歲・月建・日辰の這三傳の位置上に落ちて、彼此相合して氣有れば、就中此の地能く百子千孫を蔭出するを主す。「重重の墓一爻中に在り」説く是れ墓庫層層同一爻上に聚まるにして、一處三墳四穴有るを主す。六親・世應・日辰・動爻の帶ぶる所の墓庫重々疊々皆一爻の內に落つれば、就中這塊の地裡三墳四穴を葬るを主す。「官鬼」と「父母」と同じく一個の墓庫に在れば、始祖と父親と合葬し、あるいは太祖と祖父と合葬するを主す。「妻財」と「官鬼」と同じ墓なれば、始祖と祖父と合葬するを主す。「妻財」と「父母」と同じ墓なれば、始祖と父親と合葬するを主して、亦た可能公婆と媳婦と合葬するなり。男女を分辨すれば則ち爻の陰陽を看て、陰爻を以て女と爲し陽爻を以て男と爲す。財爻既に太始祖母を代表して、亦た子孫の妻兒と曾孫とを代表す可し。「官鬼」と世爻と同じく墓爻に在れば、自家人合葬するを主す。「官鬼」と應爻と同じく墓爻に在れば、外姓の人と合葬するを主す。其中の情形一々に説盡す能わずして、事に臨み變に應じ、自ら詳しく推断する可し。
神不入墓,游魂之鬼逢空:亡命作鬼,逢空穴爻化鬼爻,墓處逢空,及臨游魂,主鬼不入墓。游魂鬼乃在外卦,應爻動空,主客外死,或葬他鄉。空穴空墓,主無埋葬之地。若帶凶殺克身,必主惡死。鬼已歸山,本命之爻逢合。亡命穴爻,相生相合,並鬼爻逢墓,為鬼已歸山。主魂安埋葬畢也。外卦游魂鬼動,穴爻逢空,墓在外卦世爻,主招魂安葬。若在內卦應爻,亦主附葬也。
亡魂墓に進入する能わざるは、是れ遊魂卦裡の「官鬼」空に落つるに因る。亡者の本命「官鬼」と化作し、穴爻空に逢いて又た鬼爻を變出して、墓庫の所在の處も亦た空に落ちて、再加上卦遊魂に屬せば、就中鬼魂歸墓する能わざるを主す。遊魂の鬼外卦に落ちて、應爻發動して空なれば、此の人外に客死し、あるいは他鄉に葬るを主す。穴空にして墓も亦た空なれば、那更には一塊の骨を埋むるの地も無きを主す。もし再び凶煞を帶びて來り身爻を克せば、必定是れ凶死惡終なり。「鬼已に山に歸る」則ち是れ相反して、是れ本命の爻合に遇うにして、亡者の本命と穴爻と相生相合して、「官鬼」の爻又た正に墓庫に逢えば、這便ち鬼已に山に歸ると叫びて、亡魂安寧・喪事辦畢を主す。もし外卦遊魂の鬼發動して、穴爻空に逢いて、而も墓外卦の世爻上に落つれば、就中主要りて招魂の法を用いて安葬せん。もし內卦の應爻上に落つれば、則ち人家の墳側に附葬するを主す。
日帶應爻劫殺入穴,劫冢開棺:日辰並玄武應爻,帶殺飛入穴,或動爻破穴破墓,主劫冢開棺。沖剋亡命,主暴棄尸骸。世應並日辰之殺,動破穴爻,主自家起墓開棺,盜財移葬。若克亡命,必主暴露不葬。用並世象動爻克應,侵人作穴。用為世爻並日辰動爻克應,主侵人墳地作穴。動與應爻並日辰克世克穴,主他人侵自己墳地而埋葬。
日辰應爻と劫煞とを帶びて一同に穴中に飛入すれば、墳塚劫せられ・棺木開かるるを主す。日辰と「玄武」の臨む所の應爻と相併して、凶煞を帶びて穴位に飛入し、あるいは動爻穴爻を衝破し・墓庫を破れば、就中人の墳を劫し棺を開く有るを主す。もし又た亡者の本命を沖克せば、那更に尸骸拋弃暴露せらるるを主す。世應と日辰の煞と相併して、發動して穴爻を衝破せば、則ち是れ自家人墳を起き棺を開き・隨葬の物を盜取して再行移葬するを主す。這凶煞もし往きて亡命を克せば、必ず尸骨暴露して安葬を得ざるを主す。「用世象動爻に併びて應を克す」説く是れ用神と世爻・動爻と一同に往きて應爻を克するにして、別人の地を侵占して穴と作るを主す。用神即ち世爻にして、日辰・動爻と一起に應を克せば、就中自己他人の墳地を侵占して下葬するを主す。反って、動爻と應爻と日辰と同じく一起に來り世を克し・穴を克せば、那便ち別人自家の墳地を侵占して埋葬するを主す。
客土動而墓爻合,擔土為墳:客土者,外卦土,應土是也。與穴爻墓爻發動,相合相生,主是擔土為墳,或傍土為左右臂。朝山尊而穴法空,貪峰失穴。朝山在貪狼貴人位,主前有貴峰聳秀。若穴空,主有貪峰失穴之象。苟或不空,卻朝山聳秀之美乎。然貪狼,乃是長生也。
外來の客土發動して墓爻と相合すれば、這座の墳是れ土を挑きて堆成せるを主す。所謂「客土」、指す外卦の土爻・應爻の土爻にして、它穴爻・墓爻と一同に發動して、彼此相合相生せば、就中此の墳擔來の土を用いて堆築し、あるいは堆土に傍きて左右兩臂の護砂に充當するを主す。「朝山尊にして穴法空なり」説く是れ前朝の山雖に尊貴なるも而も穴位卻って空に落つれば、那便ち是れ「峰を貪りて穴を失う」なり。朝山「貪狼」貴人の位に落つれば、穴前秀麗高聳の貴峰有るを主す。可れども穴爻もし空に落つれば、就中只だ遠峰を貪看して真穴を丢きたるを主す。倘若穴空に落ちざれば、那朝山の聳秀便ち是れ十足の美景なり。ここに説く所の「貪狼」指す所就中是れ長生の位なるを知るを要す。
子孫空在日辰之後,穴在平洋:子孫在日辰之後逢空,或勾陳親戊己土爻,或爻在明堂寬大之地,多主平地作穴。兄弟爻落世應之間,墳遷兩界。世應同臨穴爻,更有兄弟之爻,或在世應之間,主墳遷兩界。或在日辰前後,兩旬之爻,依此斷。
子孫爻日辰の後に落ちて而又た空に逢えば、穴位平洋の地に開くを主す。子孫爻日辰の後に排して空に逢うか、あるいは「勾陳」戊己土爻に貼近するか、あるいは該の爻明堂寬闊の處に處るか、多く平地に在りて穴を作して、山岡に在らざるを主す。「兄弟爻世應の間に落つ」説く是れ兄弟爻世應の中間に夾まるにして、墳地兩界の上に遷るを主す。世應同じく穴爻に臨みて、中間又た兄弟の爻有るか、あるいは兄弟爻正に世應の間に落つれば、就中此の墳兩處の地界の交接處に遷るを主す。もし兄弟爻日辰の前後・兩旬に分屬するの爻上に落つるも、亦た這個の法子に照らして推断す。
日辰與動爻破穴破墓,定合重埋;世應並穴道沖尸沖棺,當行改葬。日辰發動沖破墓爻,世應相剋,沖尸沖棺;或父化父,兄化兄,鬼化鬼,財化財;皆主重埋改葬。又云:金為尸首木為棺,土為墓兮仔細看。重交生穴經營,非一日之功:交重生穴,兩重爻發動,皆生穴爻,並日辰,主加工用事,非一日之可成。
日辰と動爻と一同に穴爻を衝破し・墓庫を破れば、必定要りて重新安葬せん。世應穴道を連ねて往きて尸を衝き棺を衝けば、那就中該當改葬すべし。日辰發動して墓爻を衝破して、世應彼此相克して尸首棺木に沖及するか、あるいは「父母」「父母」を化し・「兄弟」「兄弟」を化し・「官鬼」「官鬼」を化し・「妻財」「妻財」を化す。這皆重埋改葬を主す。舊説還だ講えば、金爻尸首を代表し、木爻棺木を代表し、土爻墓穴を代表して、須く仔細に分辨すべし。「重交穴を生じ經營して、一日の功に非ず」説く是れ「重」「交」の兩種の動爻皆來り穴を生ずるにして、兩重の爻同時に發動して、皆穴爻を生助して、又た日辰と相併せば、就中這座の墳要りて大いに修治用工して、一天兩天にて完成する能わざるを主す。
龍德臨財遷造,為萬年之計。青龍臨財爻子孫,生旺有氣,與穴相合相生,主遷造之墳,美麗悠久。若逢四廢神臨穴,必然措而無用也。應飛入穴,必葬他人:如應爻飛入穴爻,主外人同葬,或是他人之地。不然,是他人舊墳邊。
「龍德」財爻に臨みて營造遷葬するは、這是れ保ちて萬年の長久の計なり。「青龍」財爻・子孫爻上に臨みて、正に生旺有氣に當りて、又た穴爻と相合相生せば、就中遷る所造る所の墳墓華美にして能く長久たるを主す。倘若「四廢」の神穴上に臨むに碰上せば、那便ち是れ工夫を白費して修するも亦た用無し。「應穴に飛入る」説く是れ應爻穴爻に飛進して、必ず是れ要りて他人と合葬せん。應爻穴位に飛入するは、外姓人同葬有るを主し、あるいは這塊の地本來就中是れ別人の物なり。再び然らざれば、亦た是れ別人の舊墳に緊挨着するなり。
煞動臨爻,凶逢小鬼。凶煞犯亡人死絕之位,更帶鬼克之命,主遲小鬼。火土鬼帶日旬,主瘟疫死。金帶刃,主刀兵死。水鬼帶浮沉殺,主水鬼。木鬼並鰧蛇勾絞殺,主縊死。金鬼白虎帶殺,主虎口死。旺金主勞死。土鬼,主咽喉脾胃,黃腫死;若沖,主魘鬼死。火鬼燒死,熱症死,或化葬。木鬼沖刑,主被物打死,及跌蹼死。白虎持世鬼,鰧蛇鬼,應爻克身穴,主被人打死。金未鬼帶三刑羊刃,年月朱雀鬼符克身,主刑杖死。金刃並專刃,主自刎死。可以逐類詳斷。如胎生為稚子,旺為中年人,衰為老者。然卯前為勾,酉後為絞是殺。
凶煞發動して爻上に臨めば、遇著する所是れ夭亡の小鬼なり。凶煞亡人死絶の位置を衝犯して、又た「官鬼」を帶びて往きて本命を克せば、就中此の處の葬る所是れ夭折の小鬼を主す。死因に至りては、五行に按じて分辨す可し。火鬼・土鬼日旬を帶ぶれば、瘟疫に死するを主す。金鬼羊刃を帶ぶれば、刀兵に死するを主す。水鬼浮沉煞を帶ぶれば、是れ溺水の鬼を主す。木鬼鰧蛇・勾絞煞と相併せば、是れ自縊して死するを主す。金鬼「白虎」を配して又た煞を帶ぶれば、虎口に死するを主す。旺金則ち勞瘵して死するを主す。土鬼咽喉脾胃の病・黃腫して死するを主り、もし又た沖に逢えば、則ち夢魘驚嚇して死するを主す。火鬼燒死・熱病死を主り、あるいは火化して葬る。木鬼沖に遇い刑に遇えば、物件に打し死すか、あるいは跌撲摔死するを主す。「白虎」世を持するの鬼・鰧蛇の鬼に、加上應爻來り身爻穴爻を克せば、人に毆打されて致死するを主す。金爻あるいは未爻の鬼三刑・羊刃を帶びて、年月の朱雀鬼・官符又た來り身を克せば、刑杖の下に死するを主す。金爻刃を帶びて又た專刃に併へば、自刎して死するを主す。以上皆逐類に細斷す可し。此外還だ年歲を看るを要す。胎・生の地に處るは是れ幼童にして、旺相なるは是れ中年人にして、衰弱なるは是れ老人なり。卯の前を「勾」と叫び酉の後を「絞」と叫ぶに注意すべく、這便ち是れ勾絞兩煞の分法なり。
犯天地四大空亡之煞,骸骨不明:穴遇三傳刑刃之空,尸首有損。甲午乙丑,甲申乙亥,甲戌乙酉,壬子癸丑,壬寅癸未,壬辰癸巳,以上乃天地空亡。子午旬無水,寅甲不見金。四位:如四大空亡。三傳:乃太歲月建日辰也。三刑羊刃。
天地空亡と四大空亡の這兩種の凶煞を衝犯せば、骸骨下落不明を主す。穴位三傳の帶ぶる所の刑・刃に遇上して而又た空に落つれば、尸首殘損する所有るを主す。所謂天地空亡、指す甲午乙丑を配し・甲申乙亥を配し・甲戌乙酉を配し・壬子癸丑を配し・壬寅癸未を配し・壬辰癸巳を配するの這幾組なり。四大空亡則ち如く子午旬中水を見ず・寅甲の位金を見ず。ここに説く「四位」、就中是れ指す四大空亡を。説く「三傳」、就中是れ太歲・月建・日辰にして、再加上三刑と羊刃と、合せて便ち是れ這一條の忌む所の凶神なり。
且如己卯日,占得坤卦:甲子亡命,穴臨上六,癸酉金乃甲戌旬中空金,乃甲寅旬之空。甲子天干日從乾上起,順飛至乾,乾遇得癸。地支子從坎上類起,順飛至坎,遇金住。天干乃遇乾,地支遇坎,乃乾中有壬,坎中有子,壬子乃天地空亡。又類至乾卦有甲,坎卦有申,乃甲申為空亡。三傳帶刑刃,凶殺傷克本命六爻,或又在日辰旬之空亡,主骸骨不明,尸首有損。乾宮卦無甲午,只有壬午,壬申。甲申,甲午為天地空亡。甲子旬中見水為四大空亡。命見乙酉,穴見己丑,亦是天地空亡也。
例子を擧げて説けば、己卯日坤卦を占得して、亡者本命是れ甲子にして、穴位上六爻に臨めば、那一爻の癸酉金正に是れ甲戌旬中の空する所の金にして、亦た是れ甲寅旬の空する所の處なり。推法是れ這樣にして、甲子の天干乾宮より起こりて、順に飛び去りて、乾宮に飛到するの時癸に遇上し、地支の子坎宮より起こりて、同じ樣順飛して、坎宮に到りて金に遇いて止まる。天干乾に落ち地支坎に落ちて、而も乾中壬を藏め坎中子を藏めれば、壬子便ち是れ天地空亡なり。再び此に照らして類推すれば、乾卦甲有り・坎卦申有りて、於是甲申も亦た空亡と成る。此の時三傳もし刑・刃を帶びて、凶煞本命の所在の六爻を傷克し、あるいは本命又た正に日辰の旬の空亡裡に落つれば、就中骸骨下落不明・尸首損有るを主す。另外知るを要す、乾宮の諸卦甲午無くして、只だ壬午・壬申有りて、ゆえに甲申・甲午此に於いて天地空亡と算し、甲子旬中水爻を見れば則ち四大空亡と算す。もし本命乙酉を見て、穴位己丑を見れば、那亦た是れ天地空亡なり。
五空:乾:壬申,戌亥;兌:丁酉;艮:丙丑,寅;離:巳午;坎:戊子;坤:乙未,申;震:寅卯;巽:辰巳。逢沖逢克,怕犯凶神:用爻為凶神,逢克逢沖,或逢刑,為凶惡之兆。相合相生,真為吉兆。青龍褔德為吉神,相生相合,或扶或拱,為吉處之兆。
八宮の「五空」の位分かれて是れ、乾宮を以て壬申と戌・亥と爲し、兌宮を以て丁酉爲り、艮宮を以て丙丑と寅爲り、離宮を以て巳・午爲り、坎宮を以て戊子爲り、坤宮を以て乙未と申爲り、震宮を以て寅・卯爲り、巽宮を以て辰・巳爲りと爲す。「沖に逢い克に逢いて、凶神を犯すを怕る」説く是れ用爻本身もし就是れ凶神ならば、再び克に遇い・沖に遇いあるいは刑に遇えば、那便ち是れ凶惡の兆なり。反って「相合相生、真に吉兆と爲る」、指す是れ「青龍」と「福德」の這一類の吉神にして、もし用爻と相生相合し、あるいは來り扶助し・來り拱護せば、那就中是れ吉慶の所在の徵兆なり。
爻生之子孫逢官逢貴,臨三傳必作官人:穴生之爻臨子孫,逢官星貴人,臨三傳生本命,作印綬,主官職之榮。穴中之象數合祿合財,若兩全當為財主。穴臨旺氣,有子孫財官爻在五爻下,若子孫相生相合,若財祿兩全,當積金寶之人,乃富家之子。
穴爻の生ずる所の子孫爻を得て、もし又た官星と貴人とに遇上して、并且三三傳に臨めば、後人必定出仕して官を做らん。穴爻の生ずる所の那一爻子孫に臨みて、官星・貴人に碰上して、又た太歲・月建・日辰の三傳の位に落ちて往きて本命を生じて、印綬の象を構成せば、就中後代官官職の榮を享有するを主す。「穴中の象數祿に合し財に合す」説く是れ穴中の爻象既に祿に合して又た財に合して、兩樣俱全せば便ち大財主を出すを主す。穴爻旺氣に臨みて、五爻の下子孫・妻財・「官鬼」の三爻有りて、子孫又た之と相生相合して、財と祿と兩全せば、那就中後人是れ金寶を積攢するの人にして、富貴の家に生まるるを主す。
游魂福德空沖,主流蕩逃移:子孫逢空沖並,日辰一沖在游魂卦,主逃離之人。空亡主流蕩不歸鄉。若生旺見財貴吉神,亦主廢離逃亡之人也。惡鬼凶神變動,見死亡凶橫。白虎鰧蛇凶神,並鬼克身世,為鬼神。發動臨爻,主凶橫死亡之橫禍。用爻帶凶神動變,亦不為吉兆。
遊魂卦中「福德」空に落ちて又た沖せられれば、後人外に流蕩し・逃亡遷徙するを主す。子孫爻既に空に逢いて又た沖併せられて、日辰一たび沖して卦又た遊魂に屬せば、就中家中出逃避散するの人有るを主す。空亡に落つる更には漂泊流蕩して・故鄉に回らざるを主す。縱然子孫生旺して、又た財爻・貴人等の吉神を見るも、亦た仍ほ是れ家業を廢弃して・外に逃亡するの人を主す。「惡鬼凶神變動」説く是れ凶神惡鬼發動變化して、死亡横禍を見るを主す。「白虎」「鰧蛇」の這一類の凶神、「官鬼」と一同に來り身爻世爻を克せば、便ち作祟するの鬼神と成る。它ら發動して爻に臨めば、就中凶死横禍有るを主す。用爻凶神を帶びて發動變化するも、同じ樣是れ吉兆に非ず。
損父母子孫之財鬼,鰥寡孤獨:卦內父受損,兼不上卦,出孤兒。子孫受傷,兼不上卦,出傷絕。財爻受傷,兼不上卦,出鰥夫。鬼爻受傷,兼不上卦,出寡婦。要指引明白,不可概論。
財爻と「官鬼」と「父母」爻・「子孫」爻を損傷せば、後人便ち鰥・寡・孤・獨の苦有らん。卦裡「父母」爻損を受けて、又た根本に卦に上がらざれば、就中家孤兒を出すを主す。子孫爻傷を受けて卦に上がらざれば、子嗣斷絶を主す。財爻傷を受けて卦に上がらざれば、家鰥夫を出すを主す。「官鬼」爻傷を受けて卦に上がらざれば、家寡婦を出すを主す。這幾樣要りて一々指點清楚して、籠統に一概に論ずる可からず。
疊刃刑鬼破之劫亡,疲癃殘疾。鬼臨破碎殺,兼三刑六害,疊刃亡劫,同克用爻;或乾宮,主頭面喘急,咳嗽小腸之疾。坎宮主臂面兩耳,小便氣血,腰痛肋心之疾。艮宮主鼻瘡,手指腿足之疾。震宮主骨足肝腿,三焦笑言之疾。巽宮主鬚鬢膝,血氣風邪之疾。離宮主脾胃癰疽,眼目痛,心驚心懼熱症,陽火氣疾。坤宮主肚腹嘔吐,便血瀉痢,黃腫之疾。兌宮主口齒缺,唇掀,皮膚之疾。金鬼乘旺,勞漱;木鬼,風邪;火鬼,熱症;水鬼,吐瀉;土鬼,黃浮腫之疾。中間不可盡述,依理推詳。
羊刃層疊して・三刑と「官鬼」と相加して、又た「破」「劫」「亡」の諸煞を帶ぶれば、後人衰弱多病・殘疾纏身を主す。「官鬼」「破碎」の凶煞に臨みて、兼ねて三刑六害有りて、羊刃重疊して、亡神劫煞一齊に來り用爻を克せば、就要りて卦宮に按じて病處を分辨すべし。乾宮に在れば、頭面の病・氣喘咳嗽と小腸の疾とを主す。坎宮に在れば、手臂面部と兩耳、および小便・氣血・腰痛・肋痛・心疾を主す。艮宮に在れば、鼻瘡と手指腿脚の疾とを主す。震宮に在れば、筋骨手足・肝と腿、および三焦と言語失常の疾とを主す。巽宮に在れば、鬚髮鬢角と膝蓋、および血氣風邪の疾とを主す。離宮に在れば、脾胃癰疽・眼目疼痛・心驚心悸の熱症と陽火の疾とを主す。坤宮に在れば、肚腹嘔吐・便血瀉痢と黃腫の疾とを主す。兌宮に在れば、口歯殘缺・嘴唇掀翻と皮膚の疾とを主す。再び五行に按じて分かてば、金鬼旺に乘れば痨病咳嗽を主り、木鬼風邪を主り、火鬼熱症を主り、水鬼吐瀉を主り、土鬼黃腫浮腫を主す。其中一々に説盡す能わずして、須く理に依りて細細に推詳すべし。
玄武遇咸池之劫殺,即盜且娼:青龍臨華蓋之空亡,非僧則道。玄武無頭並劫殺,拱位在世爻,在坎,出外盜,或因盜至死。玄武並咸池帶合,主女墮風塵,或淫奔。世爻並胎神受克,主有墮胎產難之厄。青龍華蓋孤神值空亡有氣,是為僧道類。
「玄武」「咸池」に遇上して又た劫煞を帶ぶれば、後人賊を做るに非ずば便ち娼と爲る。「青龍」「華蓋」に臨みて空亡に落つれば、後人和尚を做るに非ずば便ち道士を做らん。玄武頭無くして劫煞と相併して世爻の位に拱して、又た坎宮に居れば、就中外に出でて盜を爲し、あるいは偷盜に因りて命を喪うを主す。玄武と咸池と相併して又た合を帶ぶれば、女子風塵に淪落し、あるいは私奔淫佚するを主す。世爻と胎神と相併して克を受ければ、墮胎・難産の厄有るを主す。「青龍」「華蓋」と孤神と同じく空亡に值して而も仍ほ氣有れば、那就中是れ出家僧道の一類の人なり。
月卦勾陳之土鬼,瘟疫相侵:月卦是月將勾陳,土鬼臨世身爻,主時災瘟疫相侵。陽宮朱雀之凶神,火災頻數。朱雀怕臨火,更在火位,或臨燭火殺,主生火災之患。父母臨子孫之絕氣,嗣後伶仃:父母以為孤殺,且加子孫爻屬火,火絕在亥,若父母臨亥爻動,主後嗣伶仃斷。
月卦上「勾陳」の帶ぶる所の土鬼、時疫の來侵するを主す。所謂月卦、就中是れ月將と勾陳と相合するの位にして、土鬼世爻・身爻上に臨めば、就中時令の災氣・瘟疫の侵擾を主す。「陽宮の朱雀の凶神」説く是れ陽宮裡「朱雀」凶神と爲して出現して、屢屢火災を發生するを主す。朱雀最も火爻に臨むを怕れて、もし又た火位に落ち、あるいは「燭火」の凶煞に臨めば、就中火災の患を生出するを主す。「父母子孫の絶氣に臨む」説く是れ「父母」爻子孫の絶地に臨みて、後嗣孤單を主す。「父母」爻此に於いて孤煞と看る當りて、再加上子孫爻火に屬して、而も火亥に絶えれば、もし「父母」爻正に亥爻に臨みて發動せば、就中後代零丁孤苦と斷ず。
褔德臨兄弟之旺宮,假枝興旺。若子孫爻臨命,或在兄弟爻臨旺相,自假宮來,主假枝興也。動並旬中之凶殺,立見災危:劫亡刑刃傷吊月破等殺,在日辰旬中發動,若占者被沖刑傷克身命,主見災危,劫殺之事。餘仿此。穴臨日下之進神,當臻吉慶。進神者,甲子甲午,己卯己酉為進神。逢財褔德,主人有財之興進,當得康寧。且如戊寅日,占得己卯逢龍德財福是也。
「福德」兄弟の旺宮上に臨めば、旁支反って興旺を主す。子孫爻本命に臨み、あるいは兄弟爻上に落ちて旺相に當りて、并且是れ「假宮」即ち他宮より飛來れば、就中此の家正脉旺ならずして旁枝發達するを主す。「動旬中の凶殺に併ぶ」説く是れ動爻本旬の凶煞と相併して、眼前立ちに災危を見るを主す。劫煞・亡神・三刑・羊刃・喪門・弔客・月破の這些の凶煞、日辰の屬する所の旬中發動して、占者もし它らに身命の爻を沖・刑・傷・克到せらるれば、就中立刻災を見るを主して、多く是れ劫に遭い害に遇うの事にして、その余はこれに依りて類推す。「穴日下の進神に臨む」則ち是れ吉象なり。所謂進神、指す甲子・甲午・己卯・己酉の這四組にして、穴爻進神に臨みて、又た財爻と「福德」とに遇上せば、就中家中財物日漸興旺して、安康を得可きを主す。譬如戊寅日己卯の爻を占得して、又た「龍德」と財・福とに逢えば、正に是れ這種の格局なり。
看已形之既往,察過去之未來。觀已往可見之形,察吉凶過去未來之兆,無不驗。事與世應互同,可見卦中之體用;世為體,應為用。看體用發動,繫於事體如何,方可詳斷。動與日辰相應,方知爻內之吉凶。動爻與日辰互相副應,則吉凶悔吝之事可見。不可拘執而斷。古聖人之意,未可發明,此係隱君子之賢,更宜斟酌。則無差無誤矣。
已に顯現せるの過往の形跡を看れば、就能く過去と未來の吉凶を察知す。已往の那些の看得見の形勢を觀察して、再び吉凶の過去と將來とに在るの徵兆を推断すれば、應驗せざる無し。「事と世應と互に同ず」説く是れ占する所の事と世應兩爻と相通じて、卦中の體と用と便ち以て看出す可し。世爻を以て體と爲し應爻を以て用と爲して、要りて體用哪の一方發動するを看て、再び事情本身の情形に聯繫して、乃ち好く詳細に判断するを得。「動と日辰と相應ず」説く是れ動爻と日辰と彼此呼應して、爻中の吉凶乃ち能く確定す。動爻と日辰と互相配合照應せば、吉・凶・悔・吝の事便ち一目瞭然なり。不過判断するの時執泥死板する可からず。古聖人法を立つるの深意、ここに還だ未だ盡數闡發する能わずして、這門の學問原是れ隱居賢者の傳うる所にして、讀者更に應當反覆斟酌して、如此乃ち能く差不らず誤らず。
卜筮全書巻之十二・黄金策五
黄金策・二十一、求師
捐金饌食教養,雖賴乎嚴君;明善復初啟發,全資於先覺。凡求師傅,須究文書。文書即卦中父母,此爻為師道,為書籍,為學館,而又有尊長之意,故為主象。如居弱地,必範不範而模不模;若在旺鄉,則矜可矜而式可式。父母休囚,其師必然畏懼侷促,不能為人之模範。旺相有氣,則魁梧雄偉,堪為學者矜式。
錢を出し飯を備えて子弟を養い大にして教え好するは、固然嚴父に靠るを要す。可れども他要りて善道を明白にし・本心を恢復して啟發を受けしめんと要せば、那就中全く仰ぎて先知先覺の老師に仗るを要す。およそ老師を延請するを占問するは、必ず須く「文書」の這一爻を細究すべし。文書就中是れ卦中の「父母」爻にして、這一爻既に師道を主り、又た書籍・學館を主りて、還だ尊長の意を含有すれば、ゆえに是れ這一門の主象なり。它もし衰弱の地に居れば、那位の老師便ち是れ想い規矩を立てんとして立つる能わず・想い楷模を作らんとして作る成さず。もし旺相の鄉に居れば、那就中真に敬重に值して師表に堪う。具體的に説けば、「父母」爻休囚せば、這位の先生必然畏縮局促して、別人の榜樣を做る能わず。「父母」爻旺相有氣なれば、那便ち相貌堂堂・氣度雄偉にして、足りて學生をして敬仰效法せしむ。
臨刑臨害,好施檟楚之威;檟楚:儆頑之杖。父帶刑害白虎,其師性暴少慈,必好笞撻,旺動尤甚。臨青龍,則是儆戒弟子,非妄撻。逢歲逢身,業擅束脩之養。父母卦身或持太歲,其師專以嚴訓為業,務得束脩以為養家者。
「父母」爻刑に臨み・害に臨めば、這位の老師板子を動かし威を立つるを愛す。「槚楚」就中是れ用いて頑劣の學生を警戒するの木杖なり。「父母」爻刑・害を帶びて又た「白虎」を配せば、那位の先生性情暴躁にして慈愛少くして、必定學生を鞭打するを喜びて、旺相にして又た發動する更には厲害を爲さん。もし臨む所是れ「青龍」なれば、那便ち是れ警戒管教より出でて、並びに是れ胡亂に責打するに非ず。「歲に逢い身に逢う」説く是れ「父母」爻卦身あるいは太歲に臨むにして、這樣の老師專ら嚴格訓導を以て業と爲して、一心要りて束修を掙足して來り家を養わんとす。
兌金震巽,雜學堪推;離火乾坤,專經可斷。凡推師之專經雜學,不可依《金鎖玄關》以本宮他宮言之。當以父母在震巽艮坎兌五卦為雜學,乾坤離三宮為專經。蓋巽兌二卦屬陰,而陽爻反多;震艮坎三卦屬陽,而陰爻反多;雜而不純,所以為雜學之師。離雖不純,而有文書之象;乾坤則不雜,而有資生資始之功;所以為專經。若父母在乾坤離卦之中,縱或雜學,亦是良師。不在乾坤離卦之內,縱是專經,亦非才士。
「父母」爻兌金と震・巽の中に落つれば、雜學の師と推す可し。離火と乾・坤の中に落つれば、専治一治一經の師と斷ず可し。およそ老師是れ專經か還だ是れ雜學かを推断するに、『金鎖玄關』の那樣に照らして只だ本宮他宮を分かちて講る可からずして、應當「父母」爻震・巽・艮・坎・兌の這五卦に落つるを以て雜學爲りと爲し、乾・坤・離の三宮に落つるを以て專經爲りと爲すべし。道理在りて説けば、巽・兌の兩卦本來陰に屬して、陽爻反って多く居り、震・艮・坎の三卦本來陽に屬して、陰爻反って多く居りて、陰陽駁雜不純なれば、ゆえに雜學の師を主す。離卦雖に亦た不純なるも、卻って文書の象有りて、乾・坤の兩卦則ち純にして雜ならずして、兼ねて萬物を資生し・萬物を資始するの功有れば、ゆえに專經を主す。ゆえに「父母」爻もし乾・坤・離の三卦の中に落つれば、縱然此の人の學駁雜なるも、亦た仍ほ是れ良師なり。這三卦の內に在らざれば、縱然一經を專治するも、亦た真に才學の士有ると算すに足らず。
本象同鄉在內,則離家不遠;本宮異地在外,則隔屬須遙。本宮父母,本鄉人氏;外宮父母,外郡人。在本宮而居外卦,雖是本鄉,離家必遠;在他宮而居內卦,雖是外郡,必不遙遠,亦是鄰邦。他仿此。與世相生,非親則友;與世父爻相生相合,其師必與求師之家有親;若係他宮外卦,或與世爻不同宮者,相識朋友。父爻持世,亦是非親則友。
「父母」爻本宮の象に屬して內卦に居れば、老師就中同鄉に在りて、家離れること遠からず。「父母」爻他宮に屬して外卦に居れば、那就中府を隔て縣を隔てて、路途遙遠なり。具體的に説けば、本宮の「父母」爻是れ本鄉人氏にして、外宮の「父母」爻是れ外郡人なり。本宮に在りて卻って外卦に居れば、雖に是れ本鄉人なるも、家卻って離れること遠し。他宮に在りて卻って內卦に居れば、雖に外郡に屬するも、亦た必定遠きと算えずして、不過是れ鄰近の州縣罷りて、その余はこれに依りて類推す。「世と相生して、親に非ずば則ち友」説く是れ「父母」爻と世爻と相生するにして、父爻と世爻と相生相合せば、這位の老師必ず請師の家と親に沾る。もし他他宮外卦に屬し、あるいは世爻と宮を同じくせざれば、那就中是れ相識の朋友なり。父爻世を持するも、同じ樣是れ親に非ずば即ち友なり。
與官交變,不貴亦榮。父化官爻,其師異日必貴。卦無父母,而鬼帶貴人化出,多是生員。不帶貴人,或臨衰絕,必是吏人。加白虎或帶刑害,則是有病之人。父持月建,更加青龍,必有前程在身。父臨生旺,又得月建日辰生扶者,今雖未貴,後必榮達。若化空亡,雖貴不顯。
「父母」爻と「官鬼」爻と交互に變化せば、這位の老師即便ち顯貴ならざるも必ず榮光有らん。「父母」「官」爻を化出すれば、其の師日後必ず富貴を得ん。卦中もし「父母」爻無くして、「官鬼」貴人を帶びて化出せば、多半是れ個の生員なり。貴人を帶びざるか、あるいは衰絶の地に臨めば、那必是れ個の吏員なり。もし「白虎」を加えあるいは刑・害を帶ぶれば、那便ち是れ個の病有るの人なり。父爻月建を持して、再加えて「青龍」せば、此の人身上必ず功名前程有らん。父爻生旺に臨みて、又た月建・日辰の生扶を得れば、眼下雖に未だ顯貴ならざるも、日後必定榮達せん。倘若空亡に化入せば、那就中是れ雖に貴なるも顯れざるなり。
靜合福爻,喜遇循循之善誘;動加龍德,怕逢凜凜之威嚴。父母與子孫作合最吉。必能博文約禮,循循善誘,甚得為師之道。必主師徒契合。惟怕發動,則克子孫。更加白虎刑害,必然難為子弟。若不旺相,而得青龍輔之,雖動不妨。但主其師嚴毅方正,凜然不可少犯。
「父母」爻安靜にして「子孫」爻と相合せば、喜ぶ所是れ循循善誘の良師に遇上するを。「父母」爻發動して「龍德」を加えれば、怕る所是れ凛然犯し難きの嚴師に碰上するを。「父母」と「子孫」と作合する最も吉利にして、這樣の先生必ず能く學生をして文に博學し・禮を以て之を約せしめ、循循善誘して、深く師と爲るの道を得て、師徒の間も亦た必然情意相投せん。只だ「父母」爻發動するを怕れて、一たび動けば就要りて「子孫」を克せん。再加上「白虎」と刑・害とせば、那學生更に難く承受せん。もし父爻並びに旺相ならずして、「青龍」有りて旁邊より輔助せば、縱然發動すとも亦た事に妨げずして、只だ這位の老師嚴毅方正にして、凛然として稍も冒犯を容れざる罷りなり。
父入墓中,邊孝先愛眠懶讀;父爻入墓,其師惟愛安逸,懶於教訓。逢空化墓,皆然。得日辰沖破墓爻,又主聰察。財臨身上,李老聃博古通今。凡求師,以財為師之才學。六爻無財,必欠學問。若得財臨卦身,或居生旺之地,其師必多才學。更得父爻有氣,乃非常之師。
「父母」爻墓中に落入せば、這位の老師就中邊孝先の樣に睡を貪り讀を懶む。父爻墓に入れば、其の師只だ安逸を圖りて、教導に懶し。空に逢いて墓を化するも、情形一樣なり。もし日辰墓爻を衝破するを得れば、那又た轉じて聰明善察と爲る。「財身上に臨む」則ち是れ相反して、是れ財爻卦身に臨みて、老師李耳老聃の一般に博古通今を主す。およそ師を求むるを占うに、財爻を以て老師の才學を代表す。六爻財無ければ、此の人必定學問欠缺せん。もし財爻卦身に臨み、あるいは生旺の地に居れば、其の師必然才學豐富なり。再び父爻氣有るを得れば、那就中是れ不同尋常の名師なり。
母化子孫,必主能詩能賦;父化福爻,其師善作雜文。帶刑害敗病等爻,雖能作文,必多破綻。子帶月建,又加青龍,必然出口成章。子孫休囚,得月建日辰生扶,其文必得改削潤色,而後可觀。若子孫胎養爻上與父作合,其師必有小兒帶來。
「父母」爻「子孫」爻を變出せば、這位の老師必定能く詩能く賦せん。父「子孫」を化すれば、其の師各體の文章を寫るに擅長す。もし刑・害・敗・病等の爻を帶ぶれば、雖に能く文を作るも、文中必ず破綻多からん。「子孫」月建を帶びて、又た「青龍」を加えれば、那便ち是れ口を出でて章を成すの才子なり。「子孫」休囚して、卻って月建・日辰の生扶を得れば、他的文章必ず須く人の修改潤色を經て乃ち眼に入る可し。倘若「子孫」胎・養の爻上に落ちて父爻と作合せば、那這位の先生館に赴くの時必定小孩を帶びて同來せん。
鬼連兄殺,定然多詐多奸。凡遇兄動化鬼,鬼動化兄,皆主其師奸詐。刑剋世爻,必有是非口舌。卦中兄鬼皆動,或父化兄鬼傷世者,俱不可用。若不傷世,則主奸詐,非凶也。心是口非,臨空亡而發動;父母一爻,宜靜不宜動,宜旺不宜空。動空不誠實,靜空懶教訓;化空,始嚴終怠;旺空,羊質虎皮;外有餘,內不足。避空則不然。
「官鬼」「兄弟」の這個の凶煞に連なれば、這位の老師定然多詐多奸なり。およそ「兄弟」發動して「官鬼」を化出するか、あるいは「官鬼」發動して「兄弟」を化出するに遇えば、皆其の師奸詐を主す。もし又た世爻を刑克せば、必有是非口舌あらん。卦中「兄弟」と「官鬼」と皆發動するか、あるいは「父母」兄鬼を化出して來り世爻を傷るか、這樣の先生皆用る能わず。もし世爻を傷らざれば、那只だ是れ爲人奸猾にして、還だ凶と算せず。「心是れ口非」説く是れ「父母」爻空亡に落ちて而又た發動するにして、「父母」の這一爻靜を宜として動を宜とせず、旺を宜として空を宜とせず。發動して又た空に落つるは誠實ならずして、安靜にして空に落つるは教導に懶くして、空亡に化入するは起初嚴厲にして後來懈怠し、旺にして空に落つるは、是れ羊質虎皮にして、外表餘有りて內裡足らず。もし「避空」の情形に屬せば、就中這樣に斷ずる能わず。
彼延此請,持世應而興隆。世應俱持父母,主有兩家爭延之象。世動應靜,我先請;應動世靜,彼先請。兩爻俱動,重爻先請;一旺一空,可知哪一邊可成;兩爻俱空皆不成。若只有一爻父母,而世應俱動生合,亦主兩家爭請。或一爻父母,而世應比和、同合者,是兩家合延一師也。父母與世同宮,設帳於此;與應同宮,設帳於彼。
世爻應爻皆「父母」を持せば、兩家爭いて延請して、這位の老師身價興隆なり。世應兩爻同時に「父母」を持せば、兩家爭請するの象有るを主す。世動して應靜なれば、是れ我這邊先に聘を下す。應動して世靜なれば、是れ對方先に聘を下す。兩爻皆動けば、則ち「重」爻の那一方を以て先請爲りと爲す。一旺一空なれば、就中哪の一邊成る能くを知る。兩爻皆空に落つれば、兩邊皆成る能わず。もし卦中只だ一爻の「父母」有りて、而も世應皆發動して來り它を生じ它に合せば、同じ樣兩家爭請を主す。もし只だ一爻の「父母」有りて、而も世應彼此比和して・共同それと相合せば、那就中是れ兩家合せて一位の先生を請す。「父母」爻と世爻と同宮なれば、學館這一邊に設けらる。應爻と同宮なれば、學館那一邊に設けらる。
應值母而生世,須知假館;父臨應上,而世爻動來生合者,必館於他家,而欲附學也。父在外而福合,必是擔囊。凡卜求師,若子弟自占,以世為生徒,不看福爻。父兄來占,以子孫為生徒,不看世爻。若父在外卦,又係他宮安靜,而子孫動來相合,必遊學他方,擔囊負笈以從師也。若父爻發動,或子孫逢合住,皆不然也。
應爻上「父母」爻に值して來り世爻を生ずれば、這是れ人家の館舍を借るなるを知るを要す。「父母」爻應上に臨みて、世爻發動して前來り它を生じ它に合せば、那就中必定要りて別人家の設くるの館裡に附讀せん。「父外に在りて福合す」説く是れ父爻外卦に在りて子孫來り合するにして、必是れ行囊を背負いて遠遊して學を求めん。およそ師を求むるを占うに、もし是れ子弟自ら來り占えば、就中世爻を以て學生を代表して、「子孫」爻を看ず。もし是れ父兄他に替わりて來り占えば、就中「子孫」爻を以て學生を代表して、世爻を看ず。父爻もし外卦に在りて、又た他宮に屬して安靜にして、「子孫」卻って發動して前來り之と相合せば、那必定要りて他鄉に遊學して、書箱行囊を背負いて往きて師に從わん。もし父爻發動し、あるいは「子孫」合住せらるれば、就中皆此の斷と作さず。
鬼化文書克世,則訟由乎學;鬼動固凶,若又化出父母,刑剋世爻,異日必至爭訟。父化鬼爻,或官父皆動,有傷世者,懼是爭訟之象,若有沖散,或得合住,或遇制伏,或化空亡;則雖欲興詞,終有和釋,必不成訟。
「官鬼」文書を變出して來り世爻を克せば、日後必ず學を求むるの事に因りて官司に惹上せん。「官鬼」發動本來已に是れ凶にして、もし又た「父母」を化出して來り世爻を刑克せば、日後必ず爭訟に至らん。父爻「官鬼」を化出するか、あるいは官・父の兩爻皆動して世爻に傷及するか、皆是れ爭訟の象なり。不過もし爻有りて來り衝散し、あるいは合住せらるるか、あるいは制伏に遇い、あるいは空亡に化入せば、則ち縱然告狀するの意有るも、終究亦た和解せんとて、訟事必ず成らず。
月扶福德日生,則青出於藍。大抵求師,不可專看父爻。須得子孫有氣不空,又遇月建日辰動爻生合,則學有進益。若父爻反衰,弟子反勝於師,如青出於藍,而青於藍也。父旺子衰,徒學而已,必不長進。子孫自空,當有大難。
「子孫」爻月建の扶助を得て又た日辰の相生を得れば、學生便ち青藍より出づる。大抵師を求むるを占うに、只だ父爻を看る可からずして、還だ須く「子孫」爻氣有りて空に落ちざるを要して、又た月建・日辰・動爻に遇いて來り生合せば、學業乃ち長進有らん。もし父爻反って衰弱せば、那就中是れ弟子師に勝るにして、正に靛青藍草より取りて顏色藍より更に深きが如し。父旺にして子衰なれば、學生不過是れ跟隨して學んで個の樣子を爲るのみにして、必ず長進有らず。「子孫」自ら空に落つれば、那更に要りて大難有らん。
刑剋同傷父子,必罹其害;合生為助官鬼,莫受其扶。父為師,子為徒,受傷皆不利。如鬼爻來傷,因學成病;父爻來傷,因師有禍;福爻來傷,因徒惹災;兄爻來傷,則有是非口舌,或多費財物,不然則學無進益。惟遇生扶則吉。然兄鬼有扶,又為不利,助桀為虐故也。異日賓主不投,師徒不合,或有口舌官訟,皆由乎此。縱不傷世,亦非吉兆。若世與父爻生合,則賓主自投,乃閒人斗喋間阻而已。
刑克一齊に「父母」と「子孫」とに傷着せば、師生皆害を受害せん。生合反って往きて「官鬼」を幫扶するは、切莫に這種の扶助を領受すべからず。「父母」老師を代表し、「子孫」學生を代表して、兩爻傷を受くる皆不利なり。「官鬼」來り傷れば、書を讀むに因りて病を生ずを主す。父爻來り傷れば、老師に因りて禍を招くを主す。「子孫」來り傷れば、學生に因りて災を惹くを主す。「兄弟」來り傷れば、則ち是非口舌有るを主り、あるいは錢財を多費し、再び然らざれば就是れ學業毫も長進無し。只だ生扶に遇う乃ち吉利なり。然れども「兄弟」「官鬼」もし生扶を得れば、反って不利にして、那是れ紂を助けて虐を爲すを以てなり。日後賓主投緣せず・師徒不和睦し、あるいは口舌官司を鬧出すの、根子皆此に在り。縱然它世爻を傷らざるも、亦た吉兆と算上せず。もし世爻と父爻と生合せば、則ち賓主自然投契して、至多不過是れ閒人中より挑撥阻撓する罷りなり。
或擊或沖父母,逢之不久;父母雖要有氣,然不宜動變,動則必不久。若在本宮內卦,或臨世上,而有此象,乃見師無坐性,非不永也。值游魂卦,或化入游魂者,尤甚。游魂化游魂,則一年遷一館。或空或陷世身,見之不成。世身空亡,延師不成。父母無故自空,亦難成。或父與世爻相沖相剋,或應爻自空,皆見難成之象。
「父母」爻あるいは衝撃せらるるかあるいは衝散せらるるか、請到せるの老師も亦た待つこと長久ならず。「父母」雖に要りて氣有るも、卻って發動變化を宜とせず、一たび動けば必定能く久留する能わず。もし它本宮內卦に在るか、あるいは世上に臨みて這種の動象有れば、那是れ老師坐り住まざるにして、倒って是れ留ること長からざるに非ず。もし遊魂卦に值するか、あるいは遊魂卦に變入すれば、尤其に此の如し。遊魂再び遊魂を化せば、那就中一年一處の館を換う。「或は空し或は陷る世身、之を見れば成らず」説く是れ世爻卦身空に落ちあるいは陷落して、事必ず成らず。世爻・卦身空亡に落つれば、師を延くるの事辦じ成さず。「父母」爻無緣無故自ら空亡に落つるも、亦た成り難し。あるいは父爻と世爻と相衝相克し、あるいは應爻自ら空に落つるは、皆是れ成り難きの象なり。
財化父爻,妻族薦之於不日;凡占求師,以他宮外卦之財爻,為師之學問;以本宮內卦之財爻,為酬師之束脩,及主人之妻妾。若卦有父母,遇本宮財爻又化一重父母者,不日間妻家又薦一師來也。兄弟化出,則朋友薦來。動爻是重,已薦過矣;動爻是交,將薦來也。生旺日斷之。卦無父母,而遇動爻有化出者,不可言又有先生薦來。本宮,其師即是其人薦者,如子孫化出,為僧道薦之類。他仿此。
財爻「父母」爻を變出せば、不日の間妻族便ち一位の老師を薦來せん。およそ師を求むるを占うに、他宮外卦の財爻を以て老師の學問を代表し、本宮內卦の財爻を以て老師に酬謝するの束修および主人の妻妾を代表す。もし卦中已に「父母」有りて、又た本宮の財爻另に一重の「父母」を化出するに遇えば、那就中不久妻家還だ要りて再び一位の先生を薦來せん。もし是れ「兄弟」爻化出すれば、便ち是れ朋友薦來するなり。動爻是れ「重」なるは、已に薦過せるを説明して、動爻是れ「交」なるは、將に薦來せんを説明して、應期就中生旺の日を取る。卦中原本「父母」無くして、而も動爻「父母」を化出するは、另に先生薦來有ると斷作す可からず。もし化出する者本宮に屬せば、則ち這位の老師就中那人の薦ずる所にして、譬如「子孫」化出せば便ち是れ僧道の薦ずる所にして、その余はこれに依りて類推す。
母藏福德,僧家設帳於先年。卦無父母,當看伏神,可知消息。如父爻伏在子爻下,其師前年必設帳於僧房道觀。如伏在官下,必曾在職役人家教授之類。若與世爻同宮,必與其家相近。與世比和,則與其主人相識。或生或合,非親則友。,父伏世下,必是舊師。
「父母」爻「子孫」爻の下に藏るれば、這位の老師往年是れ僧家に在りて館を設け徒を授けしなり。卦中「父母」爻無ければ、就中該當伏神を看るべく、中より便ち消息を知らん。譬如父爻「子孫」爻下に伏せば、其の師前幾年必定僧房道觀裡に在りて館を設けし。もし「官鬼」の下に伏せば、必ず曾て職役有るの人家に於いて書を教えし。伏神もし世爻と同宮なれば、其人必ず這一家と相近し。世爻と比和すれば、就是れ主人と相識なり。あるいは生じあるいは合せば、那便ち親に非ずば即ち友なり。父爻世爻の下に伏するは、必定是れ從前教過せるの舊師なり。
搜索六爻,無過求理;思量萬事,莫貴讀書。凡求師,不可專指道學之師。如欲投學,百工技藝,及拜僧道為師類,皆是。但師之主象不異父母,而學者主象,則不可專取子孫一爻,當以世爻看之。如隔手來占,須問是何人。如是來占者之朋友兄弟,則以兄爻為主類。皆要師弟二主,相生相合則吉;相沖相剋則凶。父母要旺相不空有助,而月建日辰動爻無傷者,不拘是何藝業,必是高手。臨月建,則是聞名者。衰則不濟,空則難成。
遍く六爻を搜る、非ずば是れ事理を求得せんと要するなり。萬事を思量するに、讀書より貴きは未だ有る莫し。およそ師を求むるを占うに、只だ道道學を講ずるの老師を指す可からずして、往きて師に投じて各種の手藝技術を學ばんと想い、あるいは僧道に拜して師と爲すも、皆內に算す。老師の主象一律に「父母」爻にして、這分別無し。可れども學生の主象卻って專ら「子孫」の一爻を取る可からずして、應當世爻を以て來り看るべし。もし是れ一手を隔てて人を托して來り占えば、須く占する所是れ誰かを問清すべし。もし是れ來占するの人の朋友あるいは兄弟なれば、就中「兄弟」爻を以て主象と爲して、その余類推す。總之師・弟の兩個の主象相生相合すれば便ち吉にして、相衝相克すれば便ち凶なり。「父母」爻要りて旺相にして・空に落ちず・幫扶有りて、而も月建・日辰・動爻皆來り它を傷らざれば、則ち學ぶ所是れ哪の一行なるを論ぜず、此の人必是れ高手なり。父爻月建に臨めば、更には遠近聞名の人物なり。父爻衰弱すれば則ち濟事せずして、空に落つれば則ち成事し難し。
世應宜生合,卦身宜旺相,二主不可傷,兄鬼不可動,如此則吉兆無疑矣。若父母不臨本藝之人,必非專門名家。如學拳光棍及木匠類,不臨本爻,或震宮是也。父化兄,或兄持世,必先盡謝禮而後可成。間動生合,必須用變,化出文書,須立契券。
世應兩爻應當相生相合して、卦身應當旺相にして、師・弟の這兩個の主象皆傷を受くる可からず、「兄弟」と「官鬼」の兩爻皆發動する可からずして、能く這樣なれば便ち是れ無疑の吉兆なり。倘若「父母」爻本行本藝の屬する所の爻に臨まざれば、此の人必ず是れ專門名家に非ずして、譬如拳棒を學び・木匠を學ぶの這一類にして、父爻本行の對應するの爻上に落ちざるか、あるいは震宮に在らざれば、就是れ如此なり。父爻「兄弟」を化出するか、あるいは「兄弟」世を持せば、必ず須く先に謝禮を送足して乃ち辦成するを得。間爻發動して來り生合せば、那就中變通を用るに非ずば可ならず。もし文書を化出せば、則ち須く契約字據を訂立すべし。
『黄金策』第二十二・求館(束修を附す)
學得明師,可繼程風於滿座;師非良館,難期賈粟之盈倉。故欲筆耕,先須蓍筮。世為西席,如逢父母必明經;凡占書館,以世爻為西席之位。如臨父,其先生必是明經之人。世在乾坤離三宮,亦然。臨官帶貴,或本宮官伏世下,多是秀才。
明らかな師を得てこそ、程門のように満座の学子が学風を承け継ぐことができる。師が良い学館を得られなければ、商人が糧を蓄えるように倉廩を充実させることは望めない。ゆえに筆耕で生計を立てようとするなら、まず蓍草で一卦を占うべきである。「世は西席」とは、世爻が坐館の先生を表すということである。書館を占うには世爻を西席の位とし、世爻が父母に臨めば、その先生は必ず経義に精通した明経の士である。世爻が乾・坤・離の三宮に落ちても同様である。世爻が官鬼に臨んで貴人を帯びるか、本宮の官鬼が世爻の下に伏していれば、たいてい秀才である。
應乃東家,若遇官爻須作吏。應爻為占館東家主人。若臨官,必是官吏戶役人家;加白虎,則是病人;在三爻現,病在床;休囚受制,則有孝服在身;加玄武,必與盜賊往來。應臨父母加勾陳,種田人家;加朱雀,讀書人家;加白虎,宰殺人家;加螣蛇,工藝人家。
応爻は東家を表し、官鬼爻に遇えば、その家はたいてい吏役の出である。応爻はすなわち占う学館の東家主人である。これが官鬼に臨めば、必ず官吏か戸役の差事をもつ家である。「白虎」を加えれば病人であり、第三爻に現れれば寝たきりの病である。応爻が休囚して制を受ければ、その人に孝服があることを主る。「玄武」を加えれば、必ず盗賊と往来がある。応爻が父母に臨んで「勾陳」を加えれば田を耕す家、「朱雀」を加えれば読書の家、「白虎」を加えれば屠殺の家、「螣蛇」を加えれば工匠・藝人の家である。
應臨子屬金,僧道作主;加朱雀玄武,是打獵人家;不然,則後生輩也。應臨財爻,更在陰宮,又臨陰爻,而卦無官鬼者,必是婦人作主;有官則是富貴人家。財化財,財化子,做買賣人家。若被月建日辰動爻制伏,乃是奴僕為主。
応爻が子孫に臨んで五行が金に属すれば、僧道が東家である。「朱雀」「玄武」を加えれば狩猟の家であり、さもなければ若い後生の輩である。応爻が財爻に臨み、陰宮に落ちて陰爻に臨み、卦中に官鬼がなければ、必ず婦人が家を切り盛りしている。官鬼があれば富貴の家である。財爻が財を化し、財爻が子孫を化するのは、商売をする家である。もし応爻が月建・日辰・動爻に制伏されれば、奴僕が家を取り仕切っているのである。
應臨兄弟,平常人家;加朱雀,賭博人家;繫本宮,弟兄姊妹家;繫他宮,朋友鄰里家。若論住宅,依家宅章斷。臨官兮少壯,休囚則貧乏之家;墓庫兮高年,旺相則富豪之主。應爻在臨官帝旺爻,主人必然強壯。如臨墓庫,必是高年。五行無氣,其家貧乏;五行旺相,其家富厚;重加財福,必然鉅富。德性以五類六神參斷。
応爻が兄弟に臨めば、尋常の人家である。「朱雀」を加えれば賭博を好む家、本宮に属すれば兄弟姉妹の家、他宮に属すれば朋友・隣里の家である。その住宅を論じるなら、家宅の章の法にしたがって断ずる。「臨官兮少壮」以下の几句は、旺衰から東家の年齢と貧富を見るのである。応爻が臨官・帝旺の爻に落ちれば、主人は必ず年壮で力が強い。墓庫に臨めば、必ず年を取った人である。五行が無氣ならその家は貧乏、五行が旺相ならその家は富厚である。さらに財爻と福徳を加えれば、必ず巨富である。品性・德行については、五類の六親と六神を参酌して併せて判断する。
值土火空,無父母;逢金水絕,少兒孫。卦中六親,即人六親。然有兩人繫於一卦者,則彼此六親宜不同矣。又當何以定之?不過生之理而已。且如占館,以應為東家。應爻屬土,火能生土,不拘卦中有無,亦不拘是財官父子,皆作父母斷,生我者故也。應爻屬金,金能生水,不拘卦中有無,亦不拘財官父兄,皆作子孫斷,我生故也。
応爻が土に属して火爻が空に落ちれば、東家に父母がいないことを主る。応爻が金に属して水爻が絶に逢えば、東家に児孫が少ないことを主る。卦中の六親はもともと人事上の六親であるが、一卦の中に二人が関わるときは、双方の六親を混同してはならない。ではどう分け定めるか。要するに「相生」の理に依るだけである。たとえば学館を占い、応爻を東家とする。応爻が土に属せば火は土を生ずるから、卦中に火爻があるか否か、またその火爻が財・官・父・子のいずれであるかを問わず、すべて東家の父母として断ずる。我を生ずる神だからである。応爻が金に属せば金は水を生ずるから、卦中に水爻があるか否か、それが財・官・父・兄のいずれであるかを問わず、すべて東家の子孫として断ずる。我が生ずる者だからである。
如火爻旺空、沖空、動空,主父母不全,衰空必無父母。火化火,兩重父母。帶官鬼旺,以貴斷,衰以病言。帶兄弟,其父好賭博,無廉恥,欠學問。帶財爻,其父不富厚,則業貿易。帶子孫,其父則甚慈善,慷慨有為。餘皆仿此。但不可以六爻總看,當以在應宮者為彼六親,在世宮者皆我六親也。一宮三爻,只餘二爻,此宮不現者,不可遂斷為有無,惟空亡乃是真無也。其貴賤壽夭,性情容貌,依常例推之。他如兄弟妻妾子息,亦仿此推之。
上の例に倣って推し進める。父母を表す火爻が旺でありながら空に落ちるか、冲されて空になるか、発動して空になるなら、東家の父母が揃わないことを主る。衰えて空に落ちれば、必ず父母ともに亡い。火がさらに火を化すれば、二重の父母がある。火爻が官鬼を帯びて旺なら顕貴として断じ、衰なら患病として言う。兄弟を帯びれば、その父は賭博を好み、廉恥を知らず、学問がない。財爻を帯びれば、その父は富厚でなければ商売人である。子孫を帯びれば、その父は慈悲深く、慷慨にして有為である。その余もみなこれに倣って類推する。ただし六爻をひとまとめに見てはならない。応爻の宮に属するものを相手方の六親とし、世爻の宮に属するものをすべて我方の六親とするべきである。各宮にはもともと三爻があり、卦上に二爻しか現れなければ、現れない一爻をそのまま有無と断じてはならない。空亡に落ちてこそ初めて真に無いのである。貴賤・寿夭・性情・相貌は常例に依って推せばよい。その余の兄弟・妻妾・子息もこの法に倣って推す。
不拱不和,決定主賓不協;相生相合,必然情意相投。世應二爻刑沖剋害,異日賓主不合。加以兄官發動,大凶之兆。若得生合比和,情意必然相投。生而化克,始和終不和;沖而化合,始疏而後密。世與子亦宜生合,則師弟間恩義兼盡。若見沖剋,亦多不睦也。
世応が互いに拱護せず和順でなければ、主宾の間は決して合わない。相生相合すれば、必ず情意が投合する。世応の両爻が互いに刑・冲・剋・害すれば、後日宾主は不和となる。さらに兄弟・官鬼が発動すれば、大凶の兆である。生合比和を得れば、情意は必ず投契する。生じて剋を変出すれば、初め和して後に不和。冲して合を変出すれば、初め疎遠で後に親密である。世爻と子孫爻もまた生合すべきであり、そうすれば師生の間で恩義が両全する。冲剋を見れば、たいてい仲が悪い。
財作束脩,不宜化弟;占館以妻財為束脩。旺相多,休囚少。要知斤兩,以生成數推之,生旺倍加,絕死減半。在陽宮以生數斷,在陰宮以成數斷。今人但言水一、火二、木三、金四、土五,而不言六七八九十,是舉其生數,而遺其成數也。
財爻は束修を表し、兄弟を変出すのは宜しくない。学館を占うには妻財を束修とする。旺相なら多く、休囚なら少ない。具体的な斤両の数を算するには、五行の生数・成数で推す。生旺は倍にし、死絶は半減する。陽宮では生数で断じ、陰宮では成数で断じる。近ごろの人は水一・火二・木三・金四・土五だけを言い、六・七・八・九・十を言わない。これは生数だけを挙げて成数を漏らしたのである。
獨怕兄弟發動,或財化兄,主束脩不皆入己,必有人抽分費用。不然,則有名無實,亦不能盡取之也。財爻無氣,而遇月建日辰動爻生扶者,束脩雖不多,四季節禮反周備也。易云:天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十,生也。
束修は兄弟爻の発動を最も恐れ、あるいは財爻が兄弟を化出すれば、その修金は全く自分に帰さず、必ず人が間から頭を抽いて費用する。さもなければ有名無実で、揃って取れもしない。反対に、財爻が無氣でも、月建・日辰・動爻が生扶しに来れば、束修の数は多くなくても、四季の節令の贈り物はかえって周到的である。『易』に「天一・地二、天三・地四、天五・地六、天七・地八、天九・地十」とあるのが、生成の数の由来である。
父為書館,豈可逢空。占館,不可以父母為師,當作書館論之。旺相有氣,則有好書館。卦無父或落空,必無書館,事亦難成。若占其年書館有無,全要此爻出現,有氣不空,必然有得。更得應來生合世爻,自有人來延請;世爻生合應爻,及父爻,必須自去訪求,無人相請。
父母爻は書館を表す。どうして空に落ちてよかろうか。学館を占うときは父母をもはや師として見ず、館舎として論ずべきである。これが旺相で氣があれば良い書館がある。卦中に父爻がないか父爻が空に落ちれば、必ず館舎がなく、事も成し難い。その年に館に坐れるか否かを占うなら、すべてこの一爻が現れるか否かにかかる。氣があって空でなければ、必ず行き先がある。さらに応爻が世爻を生合しに来れば、自然に人が上门して延請する。反対に世爻が応爻と父爻を生合しに行けば、自分で出て訪ね求めなければならず、請いに来る人はいない。
卦無父,而動爻有化出者,不意中有人推薦也。若父化父,必有兩處書館,卦有兩爻亦然。館有定期,而遇父化父,館必兩處。本宮化入他宮,由近及遠;他宮化入本宮,自外以入內也。鬼動合身,須得貴人推薦;官鬼發動,當有間阻。然來生合世身,又主其館必得貴人推薦,而後可成;應如克世,父或落空,雖薦不成。
卦中にもともと父爻がないのに動爻が父爻を化出すのは、思いがけず人が推薦に来ることである。父が父を化すれば、必ず二か所の書館が選べる。卦中にもともと二つの父爻があっても同じである。坐館にはもともと一定の期限がある。父化父に遇えば、館は必ず二か所である。本宮が他宮に化入れば近から遠へ、他宮が本宮に化入れば外から近くへ転じる。「鬼動合身」とは、官鬼が発動して卦身を合しに来ることで、貴人の推薦を要する。官鬼の発動はもともと阻隔を主るが、それが世爻・卦身を生合しに来れば、この館は必ず貴人の挙薦を得て初めて成立する。もし応爻が世を剋しに来るか、父爻が空に落ちれば、推薦する人がいても成らない。
兄興臨應,決多同類侵謀。凡占學館,應持兄動,必有同道之人爭謀其館;兄臨卦身亦然。若在間爻動,沖剋世,則主有破說,其事難成。官如藏伏,應無督集之人;鬼能生扶父母,故占館以此爻為糾率子弟之人。若不出現,或落空,必主無人聚集生徒,以成學館。其事難成,又主無人推薦。若空而逢沖,伏而提起,必須央浼其人,方許出來糾集。
兄弟爻が興旺して応に臨めば、必ず多くの同行が争いに来る。およそ学館を占って、応爻が兄弟を持して発動すれば、必ず同道の人がこの館を争い謀る。兄弟が卦身に臨んでも同じである。兄弟が間爻の上で発動し、また世爻を冲剋すれば、人が間から悪口を言うことを主り、事は成り難い。「官如蔵伏」とは、官鬼が伏して現れなければ、学生を督促し集める人がいないということである。官鬼は父母を生扶するから、館を占うにはこの一爻を子弟を糾集して入学させる人とする。これが現れないか空亡に落ちれば、必ず生徒を招き集めて学館を成す人がいないことを主り、事は成り難く、また推薦する人もいないことを主る。これが空に落ちて冲に逢うか、伏蔵して提起されれば、必ずその人に懇求してこそ、彼は出て召集してくれる。
應若空亡,未有招延之主。應爻空亡,無人延請。更若父不出現,或落空,必難成就。應爻動空化空,是假言作主也。不然,亦主不終其事。凡遇父母臨身,或遇動來生合世身,大吉之兆,主其館易成。有此象而應空鬼動,雖有糾集之人,而無招延之主,宜自開館。若鬼爻空伏,而應來生合,雖有延請之家,而無糾集之人,宜有招致。
応爻が空亡に落ちれば、まだ出て延請する東家がいない。応爻が空亡なら請いに来る人がいない。さらに父爻が現れないか空に落ちれば、必ず事を成し難い。応爻が発動して空になり空を化すのは、人が東家になると偽って言うことであり、さもなければこの事が有頭無尾であることを主る。およそ父母爻が卦身に臨むか、発動して世爻・卦身を生合しに来れば、みな大吉の兆で、この館は容易に成立することを主る。この象があって応爻が空・官鬼が動なら、学生を召集する人はいるが東家が出て延請しないので、自分で館を開くのがよい。官鬼が空に落ちるか伏蔵していて、応爻が世爻を生合しに来れば、延請したい家はあるが生徒を召集する人がいないので、自分で招攬するのがよい。
動象臨財,難稱意;文書為占館用神。若遇財動,則被克壞。未成者,不能成;已成者,不遂意。世身日月皆忌臨之。若得父持月建,或臨生旺,庶亦可成。空爻持世,豈如心。卦中父母出現,應來生合,而世爻空亡者,非館不成,乃是自不上前,或雖成不去也。應不生合,父母重疊,而世爻空亡者,為有別館,故不成此事。無故自空,必不可成,雖成終不如意。
動爻の上に財が臨めば、事は心にかなわない。文書すなわち父母爻は館を占う用神であり、財爻が発動すれば用神が剋され壊れる。未成は成らず、已成も意に従わない。世爻・卦身・日辰・月建の上はみな財に臨むことを忌む。父爻が月建を持するか、生旺の地に臨むことを得れば、まだ辛うじて成る。「空爻持世、豈如心」とは、世爻が空に落ちれば事がどうして心にかなおうか、ということである。卦中に父母が現れ応爻が生合しに来るのに、あえて世爻が空に落ちるのは、館が成らないのではなく、自分が進み出たくないか、成っても行かないのである。応爻が生合しに来ず、父母爻が重なり合い、世爻が空に落ちれば、別の所に館があるゆえにこの一か所が成らないのである。世爻が理由なく自ら空亡に落ちれば、必ず成らない。たとえ成っても、ついに意にかなわない。
身位受傷,雖成不利;世身被月建日辰動爻刑剋,雖有可成之象,日後亦不稱意。如鬼爻刑剋,有官非疾病類。間爻有動,縱吉難成。間爻動,事多阻隔,故難成。鬼或化兄,備禮先酬乎薦館;凡遇鬼爻動出兄弟,必得禮物先酬薦館之人,則可成。兄臨世身,亦主先費財物。兄臨應上,則是東家好利,必得禮儀饋送,而後可成也。
卦身の位が傷つけられれば、館はたとえ成立しても利がない。世爻・卦身が月建・日辰・動爻に刑剋されれば、成るべき象があっても後日意にかなわない。官鬼が刑剋しに来れば、官司是非・疾病の類がある。「間爻有動、縦吉難成」とは、間爻が一たび動けば事に阻隔が多く、ゆえに成り難いということである。「鬼或化兄」とは、官鬼が兄弟を変出せば、まず礼を備えて館を薦めた人に酬謝せねばならないということである。およそ官鬼が発動して兄弟を化出すのに遇えば、まず禮物を送って推薦の人に謝して初めて事が成る。兄弟が世爻・卦身に臨んでも同様に先ず錢財を破费することを主る。兄弟が応爻の上に臨めば、東家が利を貪るので、礼数を十分に送らねば話が成らない。
世如變鬼,央人轉薦於東家。鬼爻出現,而世又化出者,必須再得推薦,乃可成。卦無官,而動爻有化出者,初未有人推薦,亦必待央人薦之,則可成。若鬼化鬼,父化父,又主反覆難成。世無生合,謾看白眼之紛紛;凡遇應不克世,父母不空,兄鬼不動,而月建日辰動爻,並不生合世爻者,其事可成。但主人不欽敬,皆以白眼待之也。
世爻が官鬼を変出せば、人に託して東家へ転薦してもらわねばならない。官鬼がすでに現れているのに世爻がさらに一重の官鬼を化出せば、必ず再び人の推薦を得て初めて成る。卦中にもともと官鬼がないのに動爻が官鬼を化出すのは、初めは薦める人がいなくても、人に託して薦めてもらって初めて成る。鬼が鬼を化し父が父を化せば、さらに反復不定・成事困難を主る。「世無生合」とは、世爻が生合を得られず、空しく人の白眼を見るだけということである。およそ応爻が世を剋せず、父母が空に落ちず、兄弟・官鬼が発動せず、しかも月建・日辰・動爻がすべて世爻を生合しに来なければ、この事はなお成る。ただ主人が先生を敬重せず、至るところ白眼をもって遇するだけである。
福或興隆,會見青矜之濟濟。占館以福爻為門生。旺相多,休囚少。空亡不上卦,雖是其人作主,未必其家子弟也。子化子,生徒必多。帶殺動來克世,日後恐有操戈入室者。衰逢扶起,日加鼓篋之徒;子孫旺相,卻被日辰動爻刑剋,主生徒始雖多集在館,日後漸自減少。子孫休囚,卻繫日辰動爻生合扶起,則主始雖不多,開館後日漸增進也。
子孫爻が興旺すれば、学子が一堂に満ちるのを見るだろう。館を占うには子孫爻を門生とする。旺相なら人多く、休囚なら人少ない。子孫が空亡に落ちるか卦に上がらなければ、その家が東をするとしても、来る者は必ずしも他家の子弟ではない。子孫が子孫を化すれば、生徒は必ず非常に多い。子孫が凶煞を帯びて発動し世爻を剋しに来れば、後日、戈を反らして相対し、学んだことをもって師を攻める学生がいることを恐れる。「衰逢扶起」とは、衰弱した子孫が扶助を得ると、学生が日に日に増えるということである。子孫がもとより旺相なのに日辰・動爻に刑剋されれば、生徒は初め多く聚まるが後日だんだん減ることを主る。子孫がもとより休囚なのに日辰・動爻に生合され扶起されれば、初めは人少ないが開館の後一日ごとに増えることを主る。
動遇沖開,時減執經之子。子孫爻動,固是吉兆,若被日辰動爻沖散,其徒必有背師而去者。如被世沖散,是先生叱退其徒,非弟子自背其師也。子孫動變空亡,則弟子中有半途而廢者,是歇學,非叛去。
子孫爻が発動して冲開に遇えば、時折学生が流失する。子孫爻の発動はもともと吉兆だが、日辰・動爻に冲散されれば、学生の中に必ず師を背いて去る者がいる。世爻に冲散されれば、先生が学生を斥退したのであり、弟子が自ら師を背いたのではない。子孫が発動して空亡に変入れば、弟子の中に半途で廃する者がいる。それは停学であり、叛離ではない。
逢龍則俊秀聰明,遇虎則剛強頑劣。子臨青龍,其徒必然聰明俊秀;更逢月建日辰生合,而又臨金水爻者,必有穎悟非常之子。若臨白虎,則多頑劣不馴;發動,其性必野,難以教訓。凡遇青龍,必有禮貌;遇白虎,必不盡禮。
子孫爻が「青竜」に遇えば学生は俊秀で聡明、「白虎」に遇えば学生は剛強で頑劣である。子孫が青竜に臨めば、その学生は必ず聡明俊秀である。さらに月建・日辰の生合に逢い、また金爻・水爻に臨めば、必ず格別に頴悟の良い苗がある。白虎に臨めば、たいてい頑劣で馴れない。一たび発動すれば、性は必ず野放図で管教し難い。およそ青竜に遇えば学生は必ず礼儀があり、白虎に遇えば必ず礼を尽くさない。
陽卦陽爻居養位,座前有劉恕之神童;陰宮陰象化財爻,帳後列馬融之女樂。子孫在陽宮陽爻,而臨胎養及金水二爻,旺相不空,有扶者,其徒必有出類拔萃,如劉恕之神童在門。若在陰宮陰爻,而又化財者,必有女兒受學;不化財爻而在兌宮者,亦有女徒。
陽卦の陽爻が胎養の位に落ちれば、座前に劉恕のような神童がいる。陰宮の陰象が財爻を変出せば、帳後に馬融のような女樂が列する。子孫が陽宮の陽爻の上に落ち、また胎・養の位および金・水の二爻に臨み、旺相で空でなく扶助があれば、その学生の中に必ず抜群に秀でた劉恕のごとき神童がいる。子孫が陰宮の陰爻の上に落ちて財爻を化出せば、必ず女孩子が学びに来る。財爻を化さなくても、兌宮にいる限り同様に女学生がいる。
兩福自沖,鬼谷值孫臏龐涓之弟子;子孫皆合,伊川遇楊時游酢之門生。卦有兩爻子孫,俱動相沖,弟子中,必多不合;更加白虎螣蛇,數有爭鬥。若來傷世,必然責及先生。如遇二爻俱來生合世爻,則門生自盡弟子之禮,尊師重傳,必不輕背其師也。
二つの子孫爻が互いに冲击すれば、鬼谷子の門下に孫臏と龐涓が出たようである。二つの子孫爻が互いに相合すれば、伊川先生の門下に楊時と游酢を得たようである。卦中に二爻の子孫があって、ともに発動して相冲すれば、弟子の間は必ず不和が多い。さらに「白虎」「螣蛇」を加えれば、しきりに打ち闘う。これらが世爻を傷つけに来れば、争闘の責は必ず先生の身に累が及ぶ。反対に二爻がともに世爻を生合しに来れば、門生は一人残らず弟子の礼を恪くし、師を尊び道を重んじ、決して軽々しく師門を背かない。
世動妻爻,決主親操井臼;世臨財動,是自炊爨,非供膳也。若占供膳,又主供得膳成。惟怕兄動,或雖不動,而持身世者,皆主供不成。大凡占館,遇財爻持世,又主西席家眷同至。
世爻の上で妻財が発動すれば、先生が自ら米を舂き水を汲む事を取り仕切ると断ずる。世爻が財に臨んで発動すれば、自分で火を起こして飯を炊くのであり、東家が食事を供するのではない。もし專ら東家が膳を供するかを占うなら、これも膳食が供され得ることを主る。ただ兄弟爻の発動を恐れ、あるいは兄弟は動かなくても卦身・世爻を持せば、みな供膳が成らないことを主る。だいたい館を占って財爻が世を持せば、さらに先生が家眷を連れて同行することを主る。
應生財值,定然供膳饔餐。財爻臨應生合世身,定主供膳,財為飲食故也。若月建日辰動爻,俱帶妻財,必非一家東道供膳,乃諸生輪流供也。財爻旺相,款待必厚;休囚,款待必薄;財化子,必豐潔;財化鬼,無美味;財化父,必淡薄;財化兄,常食而已。
応爻が財爻を生助すれば、東家が飯食を供給すると断ずる。財爻が応の上に臨んで世爻・卦身を生合しに来れば、必ず東家の供膳を主る。財はもともと飲食を表すからである。月建・日辰・動爻がすべて妻財を帯びれば、一家の東道が伙食を一手に引き受けるのではなく、衆学生が輪番で供給するのである。財爻が旺相なら款待人は必ず豊厚、休囚なら款待人は必ず微薄である。財が子孫を化せば飯食は豊かで清潔、財が官鬼を化せば美味がなく、財が父母を化せば必ず清淡で寡薄、財が兄弟を化せば、ただの家常便飯に過ぎない。
如索束脩,可把妻財推究;若居伏地,還求朋友維持。凡占取索束脩,以財爻為主。若不出現,不拘伏在何爻下,皆主費力難索。必須浼求朋友,同行取討,則或可得。蓋凡伏藏,須得月建日辰動爻,提起伏神,如同飛神,然後得出為用,故也。
束修を取り立てるには妻財爻から推究できる。財爻が伏して現れなければ、さらに朋友に央めて出面して周旋してもらわねばならない。およそ束修を取り立てるのを占うには財爻を主とする。これが現れなければ、どの爻の下に伏していようと、力を費やして討え難いことを主り、必ず朋友に懇求して一緒に取り立てに行かせて、あるいは初めて取れる。およそ伏蔵の神は、みな月建・日辰・動爻に伏神を提起してもらい、飛神のごとく顕露させて、然る後に作用を起こすことができるからである。
出現不傷,旺相生身,名曰吉;入空無救,休囚化絕,號為凶。凡占束脩,得財爻出現,旺相不空,而月建日辰動爻,不帶兄弟傷克,則不缺欠。更得財爻生世合世,大吉之兆。若財雖出現,卻被克劫,或居絕地,或空亡,或變出死墓絕爻,皆不遂意。世持兄克,尤難取討。得子孫旺動,亦好。
財爻が現れて傷を受けず、旺相でまた世を生じに来れば、これを吉という。財爻が空に落ちて救いがなく、休囚でまた絶地に変入れば、これを凶という。およそ束修を占い、財爻が現れて旺相で空でなく、月建・日辰・動爻が兄弟を帯びて傷剋しに来なければ、修金は缺けない。さらに財爻が世を生じ世を合すれば、なお大吉の兆である。財爻が現れても、剋され劫され、あるいは絶地に居り、あるいは空亡に落ち、あるいは死・墓・絶の爻を変出すれば、みな意に従わない。世爻が兄弟を持してまた財を剋しに来れば、格外に討え難い。このとき子孫が旺相発動を得れば、情形もまだ良い方である。
變出父爻,書債必然償貨物;財動化父,或父動化財,主束脩必無金銀寶物,多是貨物準折,乃有名無實之象。卦中兄弟更動,雜貨物亦不盡得。化成兄弟,硯田定主欠收成。兄弟乃劫財之神。若發動或持世,皆難入手。財化兄,有名無實,或得一半。卦若無財,遇兄化出,則主有人抽分。
財爻が父母爻を変出せば、欠いた修金は必ず貨物で抵償される。財が動して父を化し、あるいは父が動して財を化すれば、束修の中に金銀財宝はなく、たいてい貨物を折價して帳を抵るのであり、有名無実の象に属する。卦中の兄弟がさらに発動すれば、あの雑貨も揃って取れない。「化成兄弟」とは、財爻が兄弟を変出せば、筆耕の硯田はきっと歉收するということである。兄弟はもともと錢財を劫奪する神であり、これが発動するか世を持せば、修金はみな手に入り難い。財が兄弟を化せば有名無実、あるいは半分しか取れない。卦中にもともと財がないのに兄弟から化出すれば、人が間から頭を抽くことを主る。
身空應空財福空,必成虛度;凡占束脩,遇卦身應爻,及子孫妻財,或空或不上卦,主束脩無得。蓋財為用神,身為事主,應為諸生父兄,而子孫又生財之神,今皆空休,其能取乎?故成虛度。日克月克動變克,恐受刑傷。月建日辰動變諸爻,皆來刑剋世爻者,占館必不可成。占束脩,恐被諸生父兄呵責,宜慎之。
卦身が空・応爻が空・財爻と福徳も空なら、この年は必ず空しく虚度する。およそ束修を占い、卦身・応爻および子孫・妻財が空亡に落ちるか卦に上がらなければ、束修を取る術がないことを主る。財は用神、卦身は事主、応爻は衆学生の父兄であり、子孫はまた財を生ずる神である。いまこれらがすべて空に落ちて歇息するのに、どうして討えようか。ゆえに一年を虚度するという。「日剋月剋動変剋」とは、日辰・月建・動爻・変爻が一斉に剋しに来ることである。これらが皆世爻を刑剋しに来れば、館を占って必ず成らない。束修を占うなら、学生の父兄に呵責されることを恐れ、謹慎すべきである。
鬼化財生,非訟則學金休矣;卦中無財,而遇兄鬼文書亂動,有化出財爻,生合世爻者,必須訟訴公庭,然後可得束脩。官爻獨發生世合世,亦然。子連父合,因學而才思加焉。凡占學館,世若衰絕無氣,而遇子孫動化,父母生扶,合起世爻者,主先生才學本不克贍,因教訓子弟,而其才思日加進益。卦有財動則不然。
官鬼が財爻を変出して世を生じれば、官司を打たなければ学金が取れない。卦中に財爻がないのに兄弟・官鬼・文書が乱動し、その中に財爻を化出して世爻を生合しに来るものがあれば、必ず官府に告げて然る後に束修を討ち返せる。官爻が単独で発動して世を生じ世を合しに来るのも情形は同じである。「子連父合」とは、子孫が父母に連なって世を合しに来れば、教えることによって自己の才思が増長するということである。およそ学館を占い、世爻が衰絶無氣なのに、子孫が発動変化し父母が前に来て生扶し世爻を合起すれば、この先生はもともと才学が充実していなかったのに、子弟を教導するゆえに学問が日に長進することを主る。ただし卦中に財爻の発動があれば、このように断じてはならない。
『黄金策』第二十三・詞訟
小忍不懲,必至爭長競短;大虧既負,寧不訴枉申冤?欲定輸贏,須詳世應。卦中世應,即狀中原被告人,須看此,則兩邊勝負可知。應乃對頭,要見休囚死絕;世為原告,宜臨帝旺長生。占訟:以世為原告,應為被告。若被告占,以世為自己,應為對頭。應旺世衰,他強我弱;世旺應衰,我強他弱。逢兄遇鬼,雖強理短;臨財持福,雖弱理長。
小さな争いを懲戒しなければ、必ず長短を争う事になる。大きな損害をすでに受けたのに、どうして冤枉を申訴しないでいられようか。官司の勝ち負けを断ずるには、必ず世応の両爻を細かく見ねばならない。卦中の世爻と応爻は、すなわち狀紙の上の原告と被告である。この二爻を見極めれば、双方の勝敗が分かる。応爻は対頭を表すから、休囚死絶するのがよい。世爻は原告を表すから、帝旺・長生の地に臨むのが宜しい。訟を占うには世を原告・応を被告とする。被告が占いに来れば、世をもって自己を表し、応をもって対頭を表す。応が旺で世が衰なれば、彼が強く我が弱い。世が旺で応が衰なれば、我が強く彼が弱い。兄弟に逢い官鬼に遇うのは、強くても理に欠けることである。妻財に臨み子孫を持するのは、弱くても理が直いことである。
相剋相沖,乃是欺凌之象;世爻刑剋應爻,未必我勝,乃是欺他之象;必得鬼克應爻,方為我勝。應爻刑剋世爻,未必他勝,乃是欺我之象,必須鬼克世爻,方為他勝。世應遇三刑六害六沖,兩爻俱動者,是鷸蚌相持之勢,兩不相讓之象。
世応が互いに剋し互いに冲すれば、一方が他方を欺凌する象である。世爻が応爻を刑剋しても、必ずしも我が勝つとは限らず、ただ我が彼を欺圧する様子である。必ず官鬼が応爻を剋しに行って初めて我が勝つとする。応爻が世爻を刑剋しても、必ずしも彼が勝つとは限らず、ただ彼が我を欺圧する様子である。必ず官鬼が世爻を剋しに行って初めて彼が勝つとする。世応の間に三刑・六害・六冲に遇い、両爻がともに発動すれば、すなわち鷸蚌相持の勢いで、双方は互いに譲らない。
相生相合,終成和好之情。世應生合,原被有和釋之意。世生應,我欲求和;應生世,他欲求和。世應雖生合,而變爻刑沖者,口和心不和也;世應雖沖剋而變爻相合者,始不和,而終和也。生中帶刑,合中帶克,而動空化空者,俱是假意言和,未嘗信任之也。
世応が相生相合すれば、終に和好の情を成就する。世応が生合すれば、原告・被告ともに和解の意がある。世が応を生じに行くのは我が和を求めること、応が世を生じに来るのは彼が和を求めることである。世応が生合しても変爻が刑冲するのは、口先で和して心では和していないことである。世応が冲剋しても変爻が相合するのは、初めは和さず終に和することである。生の中に刑を帯び、合の中に剋を帯び、また動して空に落ち空亡に化入るのは、みな仮意に和を言うのであって真心ではなく、軽く信じてはならない。
世應比和官鬼動,恐公家捉打官司;世應比和,亦是和解之象。卦無財,或落空,是財用不給,而欲和也。但得子動,月建日辰不相刑剋,必成和好。若世應生合比和,而官鬼卻動者,主官府捉打官司,不依和議。鬼爻休囚,是主詞人刁蹬。若有制,終成和議。
世応が比和して官鬼が発動すれば、おそらく官府が出て人を捕えて官司を打つ。世応の比和はもともと和解の象である。卦中に財爻がないか財爻が空に落ちれば、錢糧が足りないゆえに和したいのである。ただ子孫が発動し、月建・日辰が刑剋しに来なければ、必ず和好が成就する。しかし世応が生合比和しても官鬼があえて発動すれば、官府が人を捕えて案を問い、両造の和議に依らないことを主る。官鬼が休囚なら、出て告げた側が難題を吹っかけ苦しめるのである。それが制伏を受けさえすれば、終にまた議和できる。
卦爻安靜子孫興,喜親友勸和公事。世應生合比和,而六爻安靜者,不勸自和。世應雖不生合,而子孫發動者,必有勸和之人,和釋兩邊也。與世同宮,及世爻化出,是我親友;與應同宮,及應爻化出,是彼親友;在間爻,則是中證人也。若被世應動克,或鬼旺福衰,雖或勸和,不能依允。卦無子孫,及落空亡,必然無人兜留。
卦爻が安靜で子孫が興旺すれば、喜ばしいのは親友が出てこの官司を勧和することである。世応が生合比和し、六爻がみな安靜なら、人に勧められなくても自然に和する。世応が生合しなくても、子孫が発動すれば、必ず人が出て勧和し、両方のために化解する。勧和する人は誰か。子孫が誰と同宮かを見る。世と同宮か世爻から化出したのは我の親友、応と同宮か応爻から化出したのは相手方の親友、間爻の上に落ちるのは中人証人である。もし子孫が世応の動爻に剋され留められるか、官鬼が旺で子孫が衰なれば、勧和する人がいても両方は肯じ依らない。卦中に子孫がないか子孫が空亡に落ちれば、必ず出て取り持ち挽留する人がいない。
世空則我欲息爭;世空我欲息爭,應空他欲息爭。世應俱空,兩願消散,未成訟。世空告不成,應空事無頭緒。初告狀,世空,必有悔心,或遇變故,官司不理;應空,到頭走閃,不成訟。世空恐無主意,不能取勝;應空人不能齊,或對頭躲閃,不能結訟。
世爻が空に落ちるのは、我が事を息め人に寧らかにしたいことである。世が空なら我が訟を罷めたいこと、応が空なら彼が訟を罷めたいことである。世応がともに空に落ちれば、両方とも消停を願い、官司は起こせない。世が空なら狀を告げて成らず、応が空なら事に緒がない。まさに狀を告げようとする時、世が空なら必ず心に悔意が生じ、あるいは変故に遇い、官府は受理しない。応が空なら、結局相手が逃げ避け、訟事は成らない。世が空なら、おのれが主意を定められず勝てないことを恐れる。応が空なら、相手の人が揃わないか対頭が隠れて、官司が結案できない。
應動則他多機變。世動我必使心用謀。若化鬼,或化兄,回頭刑剋,反為失計。應動他有謀略,加月建,必有貴人倚靠;反傷世,必致大禍,宜世空避之則吉。間傷世位,須防硬證同謀;鬼克間爻,且喜有司明見。
応爻が発動すれば、相手の機変が多端であることを説明する。世爻が発動すれば、我は必ず心思を用い計謀を使う。それが官鬼を化出するか兄弟を化出して、回頭して自身を刑剋すれば、かえって失策である。応爻が発動すれば、彼に謀略がある。さらに月建を加えれば、彼には必ず倚靠できる貴人がいる。それが反って世爻を傷つければ、必ず大禍に至る。このとき世爻が空に落ちるのが宜しく、躲避するのを吉とする。「間傷世位、須防硬証同謀。鬼剋間爻、且喜有司明見」の二句は、間爻の上の中人証人について言うのである。中証が我を傷つけに来れば、彼が相手と串通して証言することを防がねばならない。官鬼が間爻を剋し留めれば、官府がその偽を明察するのを喜ぶべきである。
間爻為中證人。生世合世,必然向我;生應合應,則必向他。與世沖剋,與我有仇;與應沖剋,與彼有隙。若旺爻生應,衰爻合世,是助彼者有力,助我者無功。或靜生應,動克世,是向彼者雖不上前,怪我者偏來出頭也。若沖剋之爻反去生應合應,或與應爻比和,須防彼與中證人同謀陷害;若得鬼爻剋制,或被日辰沖散合住,是官府不聽其言,我得無事。間爻若受三刑六害,沖剋,中證必遭杖責。
間爻は中人証人を表す。それが世を生じ世を合せば、必ず我に向く。応を生じ応を合せば、必ず彼に向く。世と冲剋すれば我に仇があり、応と冲剋すれば彼に隙がある。旺爻が応を生じに行き衰爻が世を合しに来れば、彼を助けるのは有力で、我を助けるのは無用である。あるいは靜爻が応を生じ動爻が世を剋すれば、彼に向く者は頭を出さないのに、我を責める者だけが飛び出してくる。我を冲剋するその一爻が反って応を生じ応を合するか、応爻と比和すれば、相手方が中証人と合謀して陥れるのを防がねばならない。官鬼がそれを剋制するか、日辰に冲散・合住されれば、官府が彼の言葉を聴かないので、我は無事でいられる。間爻が三刑六害と冲剋を受ければ、中証人は必ず板子を食らう。
身乃根因事體,空則情虛;卦身一爻,乃詞訟根由。旺則事大,衰則事小;動則事急,靜則事緩。空亡不出現,皆是虛捏事故。飛伏俱無。毫釐不實;旺相空亡,一半真假。要知為何起訟,以所臨六親斷之。
卦身はこの官司の起因と事体であり、それが空に落ちれば事はもともと虚である。卦身のこの一爻は、すなわち詞訟の根由である。旺なら事は大きく、衰なら事は小さい。動なら事は急ぎ、靜なら事は緩い。それが空亡に落ちて現れなければ、すべて空から捏造した事故である。飛神・伏神がともになければ、さらに実据がまったくない。旺相でありながら空亡に落ちれば、半分が真・半分が偽である。一体なぜ訟を起したかを知るには、それが臨むのがどの六親かを見る。
如臨父母:是田房樹木,或為尊長起訟。臨兄:爭財鬥毆,門戶役事,或為兄弟朋友起訟。臨子:是漁獵六畜,僧道醫藥,卑幼起訟。臨財:是婚姻財物,妻妾奴僕起訟。臨官:是撇青放火,人命賊盜官災,或功名徭役起訟;婦人占,必為夫事;若臨螣蛇,則是被人牽連之事;持世切己事,臨應他人事。
卦身が父母に臨むのは、田地・房屋・樹木のために訟を起すか、尊長の事で訟を起す。兄弟に臨むのは、財を争い鬥毆するか門戸の差役の事、あるいは兄弟朋友のために訟を起す。子孫に臨むのは、漁獵・六畜・僧道・醫藥の事、あるいは卑幼のために訟を起す。妻財に臨むのは、婚姻・財物の事、あるいは妻妾・奴僕のために訟を起す。官鬼に臨むのは、「撇青」の投毒・放火して人を傷つける・人命案・盗賊・官府の災禍、あるいは功名・徭役のために訟を起す。婦人が占いに来れば、必ず丈夫の事である。官鬼が「螣蛇」に臨めば、人に牵连されて入った事である。卦身が世を持するのは切身の事、応に臨むのは他人の事である。
父為案卷文書,伏須未就。卦無父,案卷未成;父母旺空,文書未就;休囚空亡,其事不成。如帶刑爻,或臨敗病,必多破綻。化財亦然。化兄還欠筆削。死墓衰絕,皆不濟事。若被月建太歲沖剋,上司必要駁。太歲月建作合,上司必吊卷。有沖散,或克破,皆不依允。
父母爻は案卷文書を表し、それが伏蔵して現れなければ、案卷はまだ成っていない。卦中に父爻がなければ案卷は未成、父母が旺で空に落ちれば文書は未だ就かず、休囚でまた空亡に落ちればこの事は根本的に成らない。父爻が刑爻を帯びるか敗・病の地に臨めば、狀紙には必ず破綻が多い。財爻を化出しても同じである。兄弟を化出せば、文字はなお修改を欠く。父爻が死・墓・衰・絶に落ちても事に濟わない。それが月建・太歳に冲剋されれば、上司は必ず駁回する。太歳・月建に作合されれば、上司は必ず卷宗を調閲する。およそ冲散あるいは剋破に遇えば、みな准允されない。
鬼作問官,克應則他遭杖責;官為聽訟官。克世我遭責,訟必他勝;克應他遭責,訟必我勝。世應俱被傷,原被皆受責。若鬼爻雖刑剋,而文書卻有情,杖責須有,罪名則無。日為書吏,傷身則我受刑名。
官鬼は案を審く官員を表し、それが応爻を剋しに行けば、相手は板子を食らう。官鬼は訟を聴く官である。世爻を剋せば我が責罰を受け、官司は必ず彼が勝つ。応爻を剋せば彼が責罰を受け、官司は必ず我が勝つ。世応がともに傷つけられれば、原告・被告ともに責を受ける。官鬼が刑剋しに来ても文書の一爻が我と情があれば、板子は免れないが罪名は着けられない。「日為書吏、傷身則我受刑名」の一句は、日辰を衙門の書吏と見なすのであり、それが世爻を傷つければ我は官刑を食らう。
日辰能救事,能壞事。原被皆要此爻有情,則必有人看顧。若臨庭爭訟,則當以此爻為吏書。生合世爻,於我有益;生合應爻,於彼有益。沖剋應,沖壞彼事;沖剋世,沖壞我事。又如鬼動克世,而得日辰剋制,沖散合住者,是官府有怒於我,卻得傍人一言解之,而得寬宥也。
日辰は事を救うこともできれば、事を壊すこともできる。原告・被告ともにこの一爻と情があってこそ、照應する人がいる。すでに公堂で対訟に至れば、この一爻を書吏と見るべきである。それが世爻を生合すれば我に有益、応爻を生合すれば彼に有益、応爻を冲剋すれば彼の事を冲壊し、世爻を冲剋すれば我の事を冲壊する。またたとえば官鬼が発動して世爻を剋しに来るのに、日辰がそれを克制するか冲散するか合住することを得れば、それは官府がすでに我に怒りを動かしたのを、幸いに傍人の一言が間から解勸して、因りて寛宥を獲たのである。
逢財,則理直氣壯;占訟,以財為理。臨世我有理,臨應他有理。臨世而休囚死絕,我雖懦怯有濟;臨應而鬼來刑害,彼雖有理,而官府不聽。若遇兄,則主不能分辨。如占下狀,則財為忌爻。或發動,或持世,或值日辰,或帶月建,皆主不成。
卦中に財爻に遇えば、すなわち理直で氣が壮んである。訟を占うには財爻を「理」とする。財が世爻に臨めば我に理があり、応爻に臨めば彼に理がある。財が世爻に臨んで休囚死絶すれば、我は懦弱膽怯でも事は終に落ち着きがある。財が応爻に臨んでさらに官鬼が刑害しに来れば、彼は理があっても官府は肯じて聴かない。兄弟爻に遇えば、辨説が清まらないことを主る。ただし狀紙を遞せるか否かを占うなら、財爻はかえって忌神となる。それが発動するか世を持するか日辰に値するか月建を帯びるかすれば、みな狀子が遞せないことを主る。
遇兄,則財散人離。兄弟,破敗耗散之神。若在身世爻上,事必干眾;動則廣費資財;更化兄,或加白虎,必主傾家蕩產,財散人離。臨應爻,則以彼斷之。世入墓爻,難免獄囚之繫;世爻入墓化墓,或臨鬼墓,卦象凶者,必有牢獄之禍。墓爻衰弱,是箍禁籠中。臨白虎,在獄有病;自空化空,死於獄中。
卦中に兄弟爻に遇えば、財が散り人が離れる。兄弟はもともと破敗耗散の神である。それが卦身・世爻の上に落ちれば、事は必ず衆人に牵连する。一たび発動すれば大いに錢財を費やす。さらに兄弟を化出するか「白虎」を加えれば、必ず傾家蕩産・財散り人離れる。それが応爻の上に臨めば、相手方の情形に倣って断ずる。「世入墓爻」とは、世爻が墓に入れば牢獄の災いを免れないということである。世爻が墓に入るか墓を化するか鬼墓に臨み、かつ卦象が凶なら、必ず牢獄の禍がある。墓爻が衰弱なら、箍鎖で籠の中に囚禁される。「白虎」に臨めば獄中で病に罹る。自ら空亡に落ちるか空亡に化入れば、獄中で死ぬことになる。
官逢太歲,必非州縣之詞。鬼在本宮內卦,本州本縣詞;本宮外卦,事在本府;第五爻,撫按三司;六爻,事幹省部。外宮外卦,必發於外縣他州官問。官逢太歲,必干朝廷;逢月建,必涉臺憲。
官鬼爻が太歳に逢えば、この官司は必ず州縣の一級にとどまらない。官鬼が本宮の内卦にあれば本州本縣の訟事、本宮の外卦にあれば事は本府まで闹ぐ。第五爻に落ちれば巡撫・巡按と三司を牽動し、第六爻に落ちれば事は省部の衙門に關涉する。他宮の外卦にあれば、必ず外縣別州に發して審問する。官鬼が太歳に逢えば必ず朝廷に牵连し、月建に逢えば必ず臺諫・憲司に渉る。
內外有官,事涉一司終不了。官不上卦,無官主張。內外有官,權不歸一。主事體反覆,必經兩司,然後了事。不然,則有舊事再發,或被他人又告。官化官亦然。空則勿斷。上下有父,詞興兩度始能成。官父二爻不宜重見,主有轉變不定之象,其事必主纏綿,率難了結。如占告狀,遇有此象,再告方成。若月日動變,諸爻俱帶文書,重疊太過者,雖告數次,亦不能成。
内外卦にともに官鬼があれば、事は二つの衙門に牵涉して、終に了結できない。官鬼が卦に上がらなければ、主持する官員がいない。内外にともに官鬼があれば、事権が一か所に帰せず、案情が反復することを主り、必ず二つの衙門を経て初めて了結できる。さもなければ舊案が重發するか、また別人に一狀告げられる。官鬼が官鬼を化しても情形は同じである。空亡に落ちればこの断は作さない。「上下有父、詞興両度始能成」とは、上下にともに父母爻があれば、狀子は二回告げて初めて成るということである。官・父の両爻はいずれも重見するのが宜しくない。それは轉變不定の象で、事は必ず糾纏して了結し難い。狀を告げるのを占ってこの卦象に遇えば、さらに一度告げて初めて成る。月建・日辰・動爻・変爻の各爻がみな文書を帯びて重疊が甚だしければ、たとえ幾度告げても、依然として告げ成らない。
官父兩強,詞狀表章皆准理;妻財一動,申呈訴告總徒勞。凡欲上表申奏,申呈告訴等事,皆要官父兩全,有氣不空,則准理,缺一便不成。最怕財動則傷父,必不可成。若父雖旺相,財爻持世,或父動化財,皆主詞理未善,宜更改可成。卦無財爻,月建日辰帶財,亦不能成。
官鬼と父母の両爻がともに強ければ、詞狀と奏章はいずれも受理を獲られる。妻財が一たび動けば、申呈・告訴はすべて徒労となる。およそ表を上げて事を奏する・申呈して狀を告げる類は、いずれも官・父の両爻が俱全し、氣があって空に落ちなくて初めて准理され、一つを缺いても成らない。最も恐れるのは財爻が発動して父爻を傷つけに行くことで、それは必ず辦り成らない。父爻が旺相でも財爻が世を持するか、父爻が発動して財爻を化出すれば、みな狀詞の説理が周密でないことを主り、修改を加えて初めて成る。卦中に財爻がなくても、月建・日辰が財を帯びていれば、同様に成らない。
父旺官衰,雀角鼠牙之訟;父旺相,官休囚,詞狀幞頭雖大,事實細,故乃鼠才雀角之訟。父旺官空,或有父無官,主同狀雖善,官府卻不放告受詞。變衰動旺,虎頭蛇尾之人。凡世應旺動,是有併吞六國之勢。若變入死墓空絕,乃先強後弱,虎頭蛇尾之象。應以彼言,世以己言斷之。
父母が旺で官鬼が衰なら、雀角鼠牙の類の小さな訟である。父爻が旺相で官爻が休囚なら、狀紙の架構は大きく鋪いても実情は極めて瑣細である。ゆえに鼠牙雀角の争いという。父が旺で官が空に落ちるか、父があって官がなければ、狀子はよく書けても官府は告げを放して受理しないことを主る。「変衰動旺、虎頭蛇尾之人」とは、発動する時は旺相なのに変出したものは衰弱であることである。およそ世応が旺相で発動すれば、もともと六國を併呑する氣勢がある。死・墓・空・絶に変入れば、すなわち先強後弱・虎頭蛇尾の象である。応爻がかくの如きなら相手方を断じ、世爻がかくの如きなら自己を断ずる。
世若逢生,當有貴人倚靠;應衰無助,必無奸惡刁唆。世爻衰弱,遇月建日辰動爻生合,必有貴人扶持,彼亦無可奈何。應爻遇之,是彼有人扶持,我亦不能制勝於彼也。間爻生合,可得中證人力。鬼生合,得官府中人力也。
世爻が生扶を得れば、自然に倚靠できる貴人がある。応爻が衰弱で助ける人がなければ、奸惡の徒が傍から挑唆することはない。世爻が衰弱でも、月建・日辰・動爻が生合しに来るのに遇えば、必ず貴人の扶持があり、相手方もどうすることもできない。応爻がこのような生合に遇えば、それは彼に扶持する人がいるのであり、我も彼を壓し倒せない。間爻が生合しに来れば、中証人の助力を得られる。官鬼が生合しに来れば、官府の中の人の助力を得られる。
無合無生,縱旺何殊獨腳虎;有刑有克,逢空當效縮頭龜。應爻旺動,若無一點生合者,彼雖剛強有謀,乃是獨腳之虎,不足畏也。世無生合,是我勢孤無助。若遇月日動變,刑剋世爻,其象最凶。得世在空爻,謂空避。如訟未成,不告為上;若已成訟,當效縮頭之龜,勿與對理可也。否則必遭罪責。應逢刑剋而避空者,是彼有躲避之計,我亦不能施其謀也。
合もなく生もなければ、たとえ旺相でもただの独脚の虎である。刑もあり剋もあり、空に逢えば頭を縮める亀を学ぶべきである。応爻が旺相で発動しても、少しの生合もなければ、彼は剛強に謀があっても、ただの独脚の虎で恐るるに足らない。世爻が生なく合なければ、我は孤立して援がない。さらに月建・日辰・動爻・変爻が世爻を刑剋しに来れば、卦象は最も凶である。この時世爻がちょうど空爻の上に落ちていれば、これを「空避」という。官司がまだ起きていなければ、告げないのが上策である。すでに訟となっていれば、頭を縮める亀を学んで相手と堂で対質せず、さもなければ必ず罪責に遭う。反対に、応爻が刑剋に遇って落空で躲避するのは、相手方に別に躲蔵の計があるのであり、我も謀略を施展できない。
兄在間中,事必干眾;兄弟在間爻,詞內干犯牽連眾多。動則中證人貪索賄賂。沖剋應爻,索彼之財物也。兄弟逢空,事雖干眾,到官者少。化官傷世,若不用財買囑他人,必被其害。父臨應上,彼欲興詞。父母為文書。臨世,我欲告理;臨應,他欲申訴。動則事已行矣。化入死墓空絕,必不成事。若逢合住剋制,必有阻留者。
兄弟爻が間爻の中に挟まれば、この事は必ず衆人に牵连する。兄弟が間爻に落ちれば、狀詞に干犯し牽扯する人が多い。それが一たび発動すれば、中証人は賄を索ることを貪る。応爻を冲剋しに行けば、相手方に財物を索取するのである。兄弟が空に逢えば、事は衆人に牵连しても真に官府へ行く者は少ない。それが官鬼を化出して世爻を傷つければ、錢を出して人を買通しなければ、必ず彼の亏を食らう。「父臨応上、彼欲興詞」とは、父母爻が応の上に臨めば相手方が告げようと来るということである。父母は文書を表し、世に臨めば我が理を告げに行きたいこと、応に臨めば彼が申訴しに行きたいことである。一たび発動すれば、事はすでに辦められている。それが死・墓・空・絶に化入れば必ず事を成さず、合住されるか克制されれば、人が間から阻攔し滞留させるのである。
父動而官化福爻,事將成而偶逢兜勸;父空而身臨刑殺,詞未準而先被笞刑。凡占告訴,遇官父兩動,其事可成。若父化子傷克官,或官化子刑沖父,必主身到公門,將投詞而有人兜勸。若父化空亡墓絕,官鬼刑剋世爻,或帶自刑,或被日辰沖剋,告狀且不准,先遭杖責也。若官父皆旺,而有此象,雖被杖責,事必可成。
父母爻が発動して官鬼が子孫を化出せば、事が成ろうとする時にあえて人が出て勧阻する。父母爻が空に落ちて卦身が刑煞に臨めば、狀子がまだ准じられないうちに先に板子を食らう。およそ狀を告げるのを占い、官・父の両爻がともに発動するのに遇えば、この事は成る。父爻が子孫を化出して官爻を傷剋しに行くか、官爻が子孫を化出して父爻を刑冲しに行けば、必ず人がすでに衙門口に到り、まさに狀紙を投遞しようとする時に人が上って勧解するのである。父爻が空亡・墓絶に化入り、官鬼がまた世爻を刑剋するか自刑を帯びるか日辰に冲剋されれば、狀子は准じられず、かえって先に一頓の杖責を食らう。ただし官・父の両爻がともに旺相でこの象が現れれば、板子を食らっても事は終に辦り成る。
妻動生官,須用資財囑託;父母有氣,不帶刑害,不臨敗病,不被沖剋,則詞理中式,事必可成。若鬼休囚死絕,亦難准理。遇有財動生扶,可用資財謀幹,然後有望。若訟已成,卦有此象,必須用財囑託官吏,姑待鬼爻生旺月日,方能成事。更遇子孫發動,仍復無氣,雖費資財,亦無所益。
妻財爻が発動して官鬼を生じに行けば、必ず錢財を動かして請託し打點せねばならない。父母爻に氣があって刑害を帯びず、敗・病の地に臨まず、冲剋もされなければ、狀詞は格式に合して事は必ず辦り成る。官鬼が休囚死絶なら、受理を獲ることも難しい。この時財爻が発動して官鬼を生扶しに来るのに遇えば、錢財をもって謀り打點して、然る後に望みがある。官司がすでに起きて卦中にまたこの象があれば、必ず錢を用いて官吏に託請し、さらに辛抱して官鬼が生旺する月日を待って初めて事が辦り成る。さらに子孫が発動して官鬼が反って無氣なら、錢財はたとえ使っても毫も益がない。
世興變鬼,必因官訟亡身。世持鬼,我失理;應持官,他失理。世變鬼,恐因官事而喪命;應變鬼,以彼斷之。無故自空,亦有大難。若世臨鬼爻克應,或應臨鬼克世,主兩邊俱有罪責。鬼在世,我做招頭;鬼在應,他做招頭也。
世爻が発動して官鬼を変出せば、この官司のために命を送ることを恐れる。世爻が官鬼を持せば我が理に欠け、応爻が官鬼を持せば彼が理に欠ける。世爻が官鬼を変出せば、おそらく官司のために命を喪う。応爻が官鬼を変出せば、相手方に倣って断ずる。世爻が故なく自ら空亡に落ちても、大難があることを主る。世爻が官鬼に臨んで応を剋しに行くか、応爻が官鬼に臨んで世を剋しに来れば、両方ともに罪責があることを主る。官鬼が世爻にあれば我が首犯をなし、官鬼が応爻にあれば彼が首犯をなす。
子在身邊,到底不能結證;官伏世下,訟根猶未芟除。卦身臨福德,其事必不見底;出現發動,隨即消散。若占散事,得子動或世空,皆吉。惟怕本宮鬼伏世下,則訟根常在。目下雖不成訟,至官旺相月日,仍舊舉發也。
子孫爻が卦身の傍にあれば、この案は到底結ばれない。官鬼が世爻の下に伏せば、訟事の根はまだ剷除されていない。卦身が「福徳」に臨めば、この事は必ず底が見えない。子孫が現れて発動すれば、官司はたちどころに消散する。専らこの事の了結を占うなら、子孫の発動か世爻の落空を得れば、みな吉とする。最も恐れるのは本宮の官鬼が世爻の下に伏することであり、そうなれば訟の根は始終まだ在る。目下は訟とならなくても、官鬼が旺相する月日を待てば、舊事は依然として發作する。
墓逢日德刑沖,目下即當出獄;歲挈福神生合,獄中必遇天恩。世墓鬼墓爻動,皆是入獄之象。若得日辰刑沖剋破,目下即當出獄,不久禁錮也。在獄占卜,最喜太歲生合世爻,主有天恩赦宥。月建生合,上司審出;日辰生合,有司饒恕;父母生合,必須申訴而後獲免也。
墓爻が日辰の徳の刑冲に遇えば、目下にも出獄すべきである。太歳が福神を携えて生合しに来れば、獄中で必ず皇恩に遇う。世墓・鬼墓の爻が発動するのは、みな入獄の象である。日辰の刑・冲・剋・破を得れば、目下にも出獄すべきで久しく禁じられない。獄中で占うには、太歳が世爻を生合するのを最も喜び、天恩の赦免があることを主る。月建が生合するのは、上司が審を提して釋されること。日辰が生合するのは、本管の衙門が寛饒すること。父母が生合するのは、必ず狀を遞して申訴した後に初めて罪を免れられることである。
若問罪名,須詳官鬼;凡卜罪名輕重,以鬼爻定之。旺則罪重,衰則罪輕。帶刑加白虎旺動克世,金受極刑;火主充軍;木主笞杖;水土徒罪。須以衰旺,有制無制斷之,不可執滯。
罪名の軽重を問うなら、官鬼爻を細かく見ねばならない。およそ罪名の軽重を卜るには、いずれも官鬼爻をもって断ずる。旺なら罪は重く、衰なら罪は軽い。それが刑を帯び「白虎」を加えて旺相発動して世を剋しに来れば、金に属するのは極刑を主り、火に属するのは充軍を主り、木に属するのは笞杖を主り、水と土に属するのは徒刑を主る。なおその衰旺・制の有無に依って判断せねばならず、條文に死守してはならない。
要知消散,當看子孫。要知消散日期,若福動鬼靜,以子孫生旺月日斷;鬼動福靜,以官墓月日斷。二爻俱靜,若鬼旺福衰,以鬼爻墓絕日斷;福旺鬼衰,以沖動福爻日斷。二爻俱動,若福有制伏,則看鬼爻;鬼有制伏,則看制伏之爻。見官日則專看鬼爻;出獄日期則看破墓月日,或生合世爻月日。卦象既成,勝負瞭然明白;訟庭一剖,是非判若昭彰。
官司がいつ消散するかを知るには、子孫爻を見るべきである。消散の日期を推斷するには、子孫が発動して官鬼が安靜なら、子孫が生旺する月日をもって断ずる。官鬼が発動して子孫が安靜なら、官鬼が墓に入る月日をもって断ずる。両爻がともに安靜なら、官鬼が旺で子孫が衰なら官鬼が墓絶する日をもって断じ、子孫が旺で官鬼が衰なら子孫を冲动する日をもって断ずる。両爻がともに発動すれば、子孫がすでに制伏されていれば官鬼を見、官鬼がすでに制伏されていればそれを制伏した爻を見る。何日に堂を過ぎて官に見えるかは専ら官鬼爻を見、何日に出獄するかは墓爻を冲破する月日か世爻を生合する月日を見る。卦象がすでに排定されれば勝負は一目了然であり、訟庭の上で一たび剖断されれば、是非曲直もまた昭然として分明である。
『黄金策』第二十四・避亂(避役を附す)
人有窮通,世有否泰。自嗟薄命,適當離亂之秋;每嘆窮途,聊演變通之易。因錄已驗之卦爻,為決當今之倭寇。承平日久,莫識亂離之苦。不幸海倭竊發,橫行吳越之間,剽掠村落,縱肆淫殺,不忍見聞。
人には困厄と顕達があり、世道には閉塞と通泰がある。私は自ら命の薄さを嘆き、ちょうど離亂の年頭に出くわした。常々行き場のないことを感慨し、しばらくこの変通の道を講ずる『易』を推演する。そこでかつて應驗した卦爻を記録して、当今の倭寇の患を判断するのに用いた。天下が太平で久しく、人びとはすでに亂離の苦しみを知らない。不幸にして海上の倭寇が突然興り、吳越の間で横行し、村落を掠め、ほしいままに姦淫殺戮し、その惨状は見るに忍びず聞くに忍びない。
數年以來,人情洶湧,避亂不暇。有在家而遭其燒劫者,有在途而被其擄掠者。或死非命,或致傷殘,或夫妻之不顧,或父子而相離。割恩舍愛,惟命是逃。然則伯道之棄兒,豈虛語乎!予賴卜筮,未嘗遭遇,此因不幸中之萬幸也。因以平日所驗者,錄述此篇,以為卜倭張本。而凡以患難之慾避者,亦仿其占。云:須憑五類,勿論六神。
ここ数年来、人心は惶惶として逃難も間に合わない。家中で彼らに焚き掠められた者、路の上で彼らに虜にされた者もいる。ある者は非命に死に、ある者は傷殘を負い、ある者は夫妻が互いに顧みられず、ある者は父子がそのまま失散した。人びとはみな恩愛を割き、ただ命を保って逃奔する。これを見れば、晉人の鄧伯道が亂中に子を捨てたことは、どうして虚言であろうか。私は卜筮に倚仗したおかげでこれらに遭遇せず、実に不幸中の幸いであった。そこで平日に應驗した例を記してこの一篇とし、倭患を占う根本とした。およそ患難に遇って避けようとする者も、この法に倣って占えばよい。冒頭にすぐ言う。「須らく六親五類を憑むべし、六神を論ずるに及ばず」と。
世之占者,皆以玄武為倭賊,予則以官論。玄武倘臨福德,亦作倭斷耶。故憑五類,勿論六神。鬼位興隆,賊勢必然猖獗;官爻墓絕,人心始得安康。以鬼為倭者,鬼能興災致禍,倭亦傷人害物,故也。旺相發動,勢必猖獗,縱橫出入,莫能御止;若得休囚安靜,日辰動爻又不沖並,則安枕而臥,必無驚恐。
世の占う人はみな「玄武」をもって倭寇とするが、私は「官鬼」をもって論ずる。もし玄武が臨むのが「福徳」なら、それもまた倭寇と断ずるのか。ゆえに六親五類を憑むべし、六神を論ずるに及ばずというのである。「鬼位興隆」とは官鬼が旺盛で、賊勢は必ず猖獗するということである。「官爻墓絶」とは官鬼が墓絶に入って初めて人心が安定できるということである。官鬼をもって倭寇を表すのは、官鬼が災いを興し禍を惹くことができ、倭寇もまた人を傷つけ物を害するから、その性情が同じである。官鬼が旺相で發動すれば、賊勢は必ず猖獗し、縦横に出没して抵当できない。それが休囚安靜で、日辰・動爻もまた冲しに来ず併せに来なければ、高枕して臥せることができ、必ず驚恐はない。
路上若逢,休出外;宅中如遇,勿歸家。凡占,以卦中二爻為宅,五爻為路。鬼在路上動,出外必遇,不如避於家中;在宅上動,必然在家撞見,不如出外避之。動來刑害,從教智慧也難逃;變入空亡,縱被拘留猶可脫。卦中鬼動,若不傷世,任彼猖獗,不遭其禍;如被刑沖剋害,必難逃避。若變入死墓空絕,則是虎頭蛇尾,雖凶無咎之兆,虛驚則不免焉。若變生旺,妻財等爻,則為可畏。
官鬼が路の上に落ちれば、出門するな。宅の中に落ちれば、家に帰るな。およそ亂を避けるを占うには、卦中の第二爻を住宅とし、第五爻を道路とする。官鬼が路爻の上で發動すれば、門を出れば必ず撞見するから、家に隠れているに如かず。官鬼が宅爻の上で發動すれば、必ず家の中で遭うから、門を出て躲避するに如かず。「動來刑害」とは、官鬼が發動して前に来て世爻を刑害すれば、あなたにどれほど智謀があっても逃れられないということである。「變入空亡」とは、それが空亡に變入れば、たとえ捉えられてもなお身を脫することができるということである。卦中に官鬼が發動しても、世爻を傷つけさえしなければ、彼がどんなに猖獗しても我が頭上に落ちては来ない。それに刑・冲・剋・害されれば、必ず避け難い。それが死・墓・空・絶に變入れば、それは虎頭蛇尾であり、凶險ではあっても災禍はなく、ただ虚驚一場は免れない。もしそれが生旺の地に變入り、あるいは妻財などの爻を變出すれば、それは恐ろしい。
日辰制伏,何妨卦裡刑傷;月建臨持,勿謂爻中隱伏。官鬼動來刑剋世爻,固是凶兆。若得動爻日辰剋制之,或沖散合住之,皆謂有救,雖見凶惡,必不為害。惟怕月建日辰帶鬼刑剋世爻,則雖卦中無鬼,亦必遭其毒手。月建為甚,日辰次之,出現則不可當也。
日辰がそれを制伏し留めてくれれば、卦の中の刑傷も何の妨げがあろうか。月建が自らそれを帯びていれば、それが爻中に隱伏しているから無事だと思うな。官鬼が發動して世爻を刑剋しに来るのは、固より凶兆である。しかし動爻や日辰がそれを克制するか、冲散するか合住するかを得れば、みな有救という。凶險を見ても必ず害とはならない。最も恐れるのは月建・日辰そのものが官鬼を帯びて世爻を刑剋しに来ることであり、そうなれば卦中に鬼爻を見なくても、必ず彼の毒手に遭う。月建が鬼を帯びるのが最も甚だしく、日辰がそれに次ぐ。鬼爻がなお明らかに卦上に現れていれば、さらに抵当できない。
所惡者提起之神,所賴者死亡之地。鬼爻伏藏,固是吉兆。若被動爻日辰沖開飛神,提起伏神,仍被其害。必得鬼伏死墓絕,或臨空亡,則雖提之,亦不能起,方無事也。且如甲申日卜得渙卦,六爻安靜,又無官鬼,豈非吉兆?殊不知本宮己亥鬼,伏於六三空亡爻下,既已透出,又遇申日提起,且又沖剋世爻,所謂變吉為凶,果被婦人引禍及己。蓋申金乃離宮妻財,故也。
最も憎むべきはあの伏神を提起する爻であり、最も倚賴すべきは死絶の地である。官鬼が伏蔵しているのはもともと吉兆である。しかし動爻や日辰が飛神を冲開して伏神を提起すれば、依然としてその害を受ける。必ず官鬼の伏する處が死・墓・絶に當たるか、あるいは空亡に落ちていなければならない。そうすればたとえ提起されても起き上がれず、これで初めて無事という。たとえば甲申の日に渙卦を卜して得て、六爻は安靜で卦上にまた官鬼がなければ、どうして吉兆でなかろうか。殊不知、本宮の己亥の官鬼がまさに六三の空亡爻の下に伏していて、すでに透露し、また申日がそれを提起し、しかも世爻を冲剋する。これがいわゆる吉を変じて凶と為すである。後に果たして一人の婦人に禍事を引き來され、自己の身に牵连した。その原因は申金がまさに離宮の妻財であることにある。
自持鬼墓,墳中不可潛藏;或值水神,舟內猶當仔細。官父自持鬼墓者,如水土墓在辰,鬼在辰爻動是也。凡遇此象,不可避在墳墓中;土鬼皆然,雖宇宙之內,亦不宜也。木鬼:不可避在草木叢中;水鬼:不可避在舟中;金鬼:不可避在寺觀中;火鬼:不可避在窯冶中;水化水,不可避在夾內;乾宮鬼化父,不可避在樓閣中,否則必然遇見。餘當仿此推。
世爻が自ら鬼墓に坐していれば、墳の中に隠れてはならない。官鬼が值るのが水神なら、船の上に藏れるのも格別に小心せねばならない。いわゆる官爻・父爻が自ら鬼墓を持すとは、たとえば水土の墓が辰にあり、官鬼がまさに辰爻の上で發動するのがそうである。およそこの卦象に遇えば、墳墓の中に隠れてはならない。およそ土鬼はみな同じで、甚だしきは天地の間のいかなる土穴も適さないという。木鬼は草木の叢の中に隠れてはならない。水鬼は船の上に隠れてはならない。金鬼は寺觀の裏に隠れてはならない。火鬼は窯竈・冶坊の中に隠れてはならない。水がまた水を化するのは、夾牆・夾層の內に隠れてはならない。乾宮の官鬼が父母を化出すのは、樓閣の上に隠れてはならない。さもなければ必ず撞見される。その余はみなこれに倣って類推する。
子爻福德北宜行,午象官爻南勿往。官鬼所臨地,倭寇出入之所,宜避之。如臨午爻,勿往南方類。子孫所臨地,倭寇不到之處,宜往之。如臨子爻,宜往北方類。餘仿此。鬼逢沖散,何須剋制之鄉;福遇空亡,莫若生扶之地。
子爻の上が「福徳」なら、北方へ往くのが便宜である。午爻の上が官鬼なら、南方へ往くな。官鬼の臨む方位は、倭寇が出沒する所だから避けるべきである。たとえばそれが午爻に臨めば、南方へ往くな。子孫の臨む方位は、倭寇の到らぬ所だから往くべきである。たとえばそれが子爻に臨めば、北方へ往くのが宜しい。その余もこれに依って類推する。「鬼逢冲散、何須剋制之鄕。福遇空亡、莫若生扶之地」の二句は、子孫に望みがないとき別に方位を擇ぶ變通の法を講ずるのである。
取子孫之地為吉者,以其剋制官爻也。若發動則取之。若福靜官動,而卦有沖散合住官爻者,即以沖合之方為吉。以其為得用之神,故也。若卦無子孫,或落空亡,或衰靜受制,不得其力,而鬼爻又無沖散合住之類者,則取生合世爻之方為吉;但不宜在鬼爻刑剋沖害之地耳。
子孫のある方位を吉とするのは、子孫が官鬼を克制できるからである。子孫が發動すれば自然にそれを取る。もし子孫が安靜で官鬼が發動し、卦中に別の爻が官鬼を冲散するか合住すれば、その冲爻・合爻のある方位をもって吉とする。それこそがこの時得用の神だからである。卦中に全く子孫がないか、子孫が空亡に落ちるか、衰弱安靜でまた制を受けて、その力に望みがなく、官鬼もまた冲散・合住の類の制約を受けていなければ、世爻を生合するその方位を取って吉とする。ただ官鬼の刑・剋・冲・害する方位に落ちるのは宜しくない。
旺興內卦,終來本境橫行;凡占倭夷到此地否,若官在本宮內卦發動,必到此地;在他宮外卦,則不入我境。內卦持世,值到宅邊;內卦應臨,雖來不入我室;卦身臨之,彼此俱遭其禍。動化退神,必往他鄉剽掠。官鬼發動,其勢必來。若化退神,乃是往於他處劫掠也;如化進神,倭必速到,宜早避之。
官鬼が旺盛で内卦に發動すれば、賊は終に本地に來て横行する。およそ倭寇がこの地に來るか否かを占い、官鬼が本宮の内卦で發動すれば必ず到來する。他宮の外卦なら我が境內に入らない。内卦が世を持するのは、賊が住宅の傍まで來る。内卦が応に臨むのは、賊は來ても我が家門に入らない。卦身が官鬼に臨むのは、彼此ともに殃に遭う。「動化退神」とは、官鬼が發動して退神を變出せば、必ず別處へ往って搶掠するということである。官鬼が一たび發動すれば、賊勢は必然として來る。退神を化すれば、それは他處へ轉じて劫掠する。進神を化すれば、倭寇は必ずまもなく到るから、早めに躲避するのが宜しい。
官連旺福合生身,反凶為吉;官爻發動克世,必遭毒手。若得化出子孫,或化子財,反來生合世身者,必然因禍致福。或得財物,或得子女。陽化陰財刑剋世,弄假成真。官爻發動,不傷世爻;而化妻財,反傷世爻者;必因貪得財物,而惹禍也。若陽鬼化陰財,陰鬼化陽財,須防倭賊假裝婦人,哄誘鄉民,因而遇之,不能避也。得世在空避之,庶幾可脫。
官鬼が旺相の子孫に連なって世身を生合しに來れば、反って凶を転じて吉と為す。官爻が發動して世を剋すのは、もともと必ず毒手に遭う。それが子孫を化出すか、あるいは子孫と妻財を化出して、反って世爻・卦身を生合しに來れば、必ず禍に因りて福を得る。あるいは財物を得、あるいは子女を得る。「陽化陰財刑剋世」はこれと反対で、假を弄して真と為すである。官爻が發動してもとは世爻を傷つけないのに、妻財を化出して反って世を傷つけに來れば、それは必ず財物を貪ったために禍を惹いたのである。陽鬼が陰財を化出し、陰鬼が陽財を化出すれば、倭寇が婦人に假扮して鄕民を誑かし當てさせ、因りて彼らに撞當り、避けようにも避けられないことを防がねばならない。この時世爻が落空して躲避を得てこそ、脫身の望みがある。
賊興三合爻中,必投陷井;卦有三合爻動,最怕鬼動其中,或會成鬼局,必主倭夷四邊合來。雖欲避之,前遭後遇,左沖右撞,不能脫離。卦有兩鬼俱動克世,亦然。三合兄局,身雖無事,財物失散。三合父局,小兒仔細。三合財局,生合世爻,反主得財;刑剋世爻,則主父母失散。三合子局,則傷鬼最吉也。
賊勢が三合の爻の中に興れば、人は必ず陷阱に落ち込む。卦中に三合の爻が發動すれば、最も恐れるのは官鬼がその中に動くか、あるいは會して官鬼の局を成すことで、それは必ず倭寇が四面から合圍して來ることを主る。たとえ躲避しようとしても、前で遭遇し後で撞當り、左に冲き右に突いても身を脫せない。卦中に二つの官鬼が一齊に發動して世を剋しに來ても、情形は同じである。三合が會して兄弟の局を成せば、人身は無事でも財物は散失する。會して父母の局を成せば、小さな子供を格別に當心せねばならない。會して妻財の局を成して世爻を生合しに來れば、反ってこれに因りて財を得ることを主り、世爻を刑剋すれば父母と失散することを主る。會して子孫の局を成せば、それは官鬼を剋傷するので最も吉利である。
身在六旬空處,終脫樊籠。身世空亡,雖見刑剋,不能為害,避空故也。如癸亥日卜得損之臨卦,日辰扶助官鬼,動克世爻,並無救制,豈非凶兆?然而世坐空亡,果應無事。官鬼臨身,任爾潛蹤猶撞見;官爻持世,乃是倭賊臨身,如何可避?如被捉去而占,亦不能脫彼而回。
卦身が本旬の空亡の處に落ちれば、終に牢籠を掙脫できる。身爻・世爻が空亡に落ちれば、たとえ刑剋を見ても人を傷つけられない。落空がちょうどよく躲避できるからである。たとえば癸亥の日に損卦を卜して臨卦に變じた例では、日辰が官鬼を扶助し、官鬼が發動して世爻を剋しに來て、卦中にまた救援制伏が毫もない。どうして凶兆でなかろうか。しかし世爻がまさに空亡に坐していたため、結局果たして平安無事であった。「官鬼臨身」はこれと反対で、官鬼が世爻の上に持しているのは、あなたがどんなに蹤跡を藏しても撞見されるということである。官爻が世を持すれば、倭寇が自己の身に貼り付いているも同然で、どうして避けられようか。すでに捉えられた後に占いに來たなら、なお脫身して歸ることは断じてできない。
子孫持世,縱然對面不相逢。子孫持世,不動亦吉,發動尤妙。若臨月建,或帶日辰,或在旁爻旺動,皆吉。卦中雖有鬼動,亦不足畏。大怕空亡,則不幹事。兄變官爻,切恐鄉人劫掠;卦中無鬼,或落空亡,而遇兄動變出者,須防鄰人乘機劫盜財物,非真倭賊也。兄在內卦,近鄰人;在外卦,遠方人也。
子孫が世を持せば、たとえ賊と當面して過ぎても撞わない。子孫が世を持するのは、發動しなくても吉、發動すればなお妙である。それが月建に臨むか、日辰を帯びるか、旁爻の上で旺相發動するのは、みな吉象である。この時卦中にたとえ官鬼の發動があっても、畏れるに足らない。最も恐れるのはそれが空亡に落ちることで、そうなれば頼りにならない。「兄變官爻」とは、兄弟爻が官鬼を變出せば、同郷の人が亂に乘じて劫掠するのを防がねばならないということである。卦中にもともと官鬼がないか、官鬼が空亡に落ちているのに、兄弟が發動して鬼を變出すのに遇えば、隣居が機に乘じて財物を搶奪するのを防ぐべきである。これは真の倭寇ではない。兄弟が内卦にあれば近鄰、外卦にあれば遠處の人である。
財連鬼殺,須防臧獲私藏。卦中無鬼,財變官爻者,恐是家中奴婢,假妝倭子,劫掠財物,或在亂中被其藏匿也。在外卦,乃鄰里婦人。日辰沖剋財爻,妻奴失散,動象刑傷福德,兒女拋離。官鬼動,必有驚險。不拘日辰動爻,被其傷處,即不太平。如沖剋財爻,主妻奴失散。沖剋子孫,主兒女拋離之象。
財爻が官鬼・凶煞に連なれば、家の奴僕が私に財物を蔵るのを提防せねばならない。卦中に官鬼がないのに財爻が官鬼を變出せば、おそらく家裏の奴婢が倭寇に假扮して財物を搶掠しに來るか、あるいは亂に乘じて物を藏してしまう。外卦にあれば、それは鄰里の婦人である。「日辰冲剋財爻」とは、日辰が財爻を冲剋しに行けば、妻子・奴僕が失散することを主るということである。「動象刑傷福徳」とは、動爻が子孫を刑傷しに行けば、児女が離散することを主るということである。官鬼が一たび發動すれば、必ず驚險がある。日辰であれ動爻であれ、およそそれに傷つけられた處は太平でない。財爻を冲剋すれば妻奴の走失を主り、子孫を冲剋すれば児女が抛離する象である。
火動克身,恐有燎毛之苦;水興傷世,必成滅首之凶。卦中火加凶殺,動來克世,主有火燒之禍。火帶財爻,或化妻財,或卦無父母,或父落空亡,房屋必成灰燼。若水加凶殺克世,主有溺水之患;更遇世衰無救,必至溺死。水帶父母動於外卦,則受風雨淋漓之苦。
火爻が發動して身爻を剋しに來れば、おそらく毛髮を燒き焦がす苦しみがある。水爻が興旺して世爻を傷つけに來れば、必ず滅頂の凶と成る。卦中の火爻が凶煞を加えて發動し世を剋しに來れば、火燒の禍を主る。火爻が財を帯びるか、妻財を化出すか、卦中に父母爻がないか、父爻が空亡に落ちれば、房屋は必ず灰燼と化する。水爻が凶煞を加えて世を剋しに來れば、溺水の患を主る。さらに世爻が衰弱無救に遇えば、必ず淹死に至る。水爻が父母を帯びて外卦で發動すれば、風に吹かれ雨に打たれる苦しみを主る。
父若空亡,包裹須防失脫;妻如落陷,財物當慮遺亡。父爻空亡,包裹必然亡失;不然,則父母有不測之禍。財空,財物恐有失散;不然,則妻妾有不測之禍。子孫空亡,憂小口;兄弟空亡,憂手足。以上避空則勿斷,惟官鬼空亡為大吉。
父母爻が空亡に落ちれば、行李包裹の丟失を防がねばならない。妻財爻が陥落すれば、財物も遺失を心配せねばならない。父爻が空亡なら包裹は必ず失落する。さもなければ父母に不測の禍がある。財爻が空に落ちれば財物はおそらく散失し、さもなければ妻妾に不測の禍がある。子孫が空に落ちれば憂うるのは小さな子供、兄弟が空に落ちれば憂うるのは手足である。以上の数條は、「避空」の情形に屬すればこの断を作さない。唯獨官鬼が空亡に落ちるのは大吉である。
五位交重,兩處身家無下落;凡遇五世及游魂卦,世爻發動,脫身在外;東奔西走,避亂不暇。身宅兩處,不顧財業。更遇日辰動爻沖散世爻,必無安身下落之處。空動尤甚。六沖亂動,一家骨肉各東西。八純六沖卦,六爻亂動者,主父子夫妻,兄弟骨肉,各自逃命,不能聚於一處。六合卦,雖離,一家骨肉,必不分散。以上五條,必須卦有官動,方有此象。不動,不可亂言。
第五爻の上で「交」「重」が發動すれば、人と家の兩處ともに落ち着きがない。およそ五世卦および游魂卦に遇い世爻が發動すれば、主人はすでに身を脫して外にあり、東奔西走して逃難に暇がない。身と宅が兩處に分かれて、家産財業を顧みられない。さらに日辰・動爻が世爻を冲散するに遇えば、必ず身を安んじ落ち着く所さえなくなる。動して空に落ちるのはなおさら甚だしい。「六冲亂動、一家骨肉各東西」の一句が説くのは、六冲卦の裏で六爻が亂動する凶象である。八純卦と六冲卦で六爻が亂々と發動すれば、父子・夫妻・兄弟の骨肉が各自命を逃れて一處に聚まれないことを主る。六合卦なら、たとえ一時離散しても、一家の骨肉は終に失散しない。以上のこの五條は、必ず卦中に官鬼の發動があって初めてこの象が現れる。官鬼が動かなければ、乱に言ってはならない。
福臨鬼位刑沖帶殺,則官兵不道;子動固吉兆。若帶刑害虎蛇等殺,沖剋世爻,而又變出官鬼者,乃是官兵乘亂擄掠,非關倭寇事也。子孫雖不傷世,化鬼卻來刑剋者,亦然。且如五月戊寅日,有卜倭,得明夷之謙卦。二鬼俱靜,子孫獨發,皆欣喜。予獨戒其,慎之。蓋子孫雖動,被日辰扶起克世,則非吉兆。況變官爻,繫是世墓;世臨病爻,謂之帶病入墓,其凶可知。但官從子化出,必非倭夷之禍,乃官兵之禍也。已而果然。
子孫が鬼位に落ちて刑冲・凶煞を帯びていれば、その禍事は法度を守らない官兵の身に出る。子孫の發動はもともと吉兆だが、それが刑・害と「白虎」「螣蛇」などの凶煞を帯びて世爻を冲剋しに行き、また官鬼を變出せば、それは官兵が亂に乘じて擄掠するのであり、倭寇とは關わりがない。子孫がたとえ世爻を傷つけなくても、官鬼を化出して刑剋しに來る限りは同じである。たとえば五月の戊寅の日に、ある人が倭情を占問して明夷卦を得て謙卦に變じた。卦中の二つの官鬼はみな安靜で、ただ子孫の一爻のみが獨發し、衆人はみな歡喜したが、唯獨私は彼に謹慎するよう勸めた。子孫は動するものの日辰に扶起されて世を剋しに行くので、もとより吉兆ではない。何を況や、それが變出した官爻はまさに世爻の墓であり、しかも世爻がまた「病」爻に臨んでいる。これを帯病入墓といい、凶險は想うに知れる。ただあの官鬼は子孫から化出したものだから、倭寇の禍ではなく官兵の禍と断じた。後に果たして應驗した。
官變兄爻克合傷財,則妻妾遭淫。官爻發動,刑剋世爻,合住財爻,則身被擒獲,妻遭淫汙;如不傷世,而但合住財爻者,身雖無事,妻必被辱也。更化兄爻,既奸而又不放回也;若鬼雖不合妻財,而化兄帶合剋制者,亦然。子化官合財,恐受官兵之辱也。財化子必不順從。
官鬼が兄弟爻を變出して、また世を剋し財爻を合住すれば、それは妻妾が姦污されることである。官爻が發動して世爻を刑剋し、同時に財爻を合住すれば、自身が擒にされ妻子が污されることを主る。それが世爻を傷つけずただ財爻を合住するだけなら、自身は無事でも妻子は必ず辱めを受ける。それがさらに兄弟爻を化出せば、姦污した後も放ち還さない。官鬼が妻財を合しに行かなくても、兄弟を化出して合を帯び又克制を加えれば、情形は同じである。子孫が官鬼を化出して財爻を合しに行けば、おそらく官兵の凌辱を受ける。財爻が子孫を化出せば、その婦人は必ず肯じて順從しない。
妻去生扶,只為貪財翻作禍;鬼爻發動,最喜休囚死絕,決無深傷。若有財動生扶,必為貪彼財物,而惹成禍患也。世以己言,應以人言。若在旁爻,及日辰帶財者,又是婦人引惹禍來,非為財物也。在內卦,自家妻妾;在外卦,是他家婦人。
妻財爻が前に行って官鬼を生扶すれば、ただ財を貪って反って禍を惹き出す。官鬼が發動するときは、それが休囚死絶するのを最も喜び、そうなれば決して深重な傷害はない。財爻が發動してそれを生扶しに來れば、必ず相手の財物を貪ったために禍患を惹き成したのである。財が世爻にあれば自己を断じ、応爻にあれば他人を断ずる。財が旁爻に落ちるか、日辰が財を帯びていれば、それはまた婦人が引き來した禍事であり、財物のためではない。財が内卦にあれば自家の妻妾、外卦にあれば别人家の婦人である。
子來沖動,皆因兒哭惹成災。官鬼安靜,幸也。若被子孫沖動,必有小兒啼哭,因而知覺,乃被其害。世爻沖動,自身惹災;應爻沖動,他人惹禍;兄爻沖動,同伴惹禍;日辰沖動,亦然。
子孫が前に來て官鬼を冲动すれば、みな小さな子供が啼哭して禍を惹き出すからである。官鬼がもとより安靜なのはもともと萬幸である。子孫に冲动されれば、必ず小兒が啼哭し、これに因りて賊に察覺され、ここにおいて害に遭う。世爻がそれを冲动しに行けば、自己が惹いた災い。応爻が冲动すれば、他人が惹いた禍。兄弟爻が冲动すれば、同伴が惹いた禍。日辰が冲动しても同じである。
得值六親生旺,雖陷何妨;如臨四絕刑傷,逢屯即死。凡動爻日辰傷克,必有災咎。若受傷之爻,生旺而有氣,縱有驚險,不致傷命。惟怕臨於四絕之地,或在月令衰弱之爻,一克即倒,必然喪命。
六親の爻がまさに生旺に當たれば、たとえ賊手に陷っても妨げない。四絶の地に臨んでまた刑傷に遭えば、一たび困厄に遇えば命を送る。およそ動爻・日辰に傷剋されれば、必ず災禍がある。ただ傷を受けたその一爻が生旺で氣があれば、たとえ驚險があっても命を喪うには至らない。最も恐れるのはそれが四絶の地に臨むか、まさに月令の衰弱の時に當たることで、そうなれば一剋すれば倒れ、必然として命を喪う。
如五月庚寅日,卜得大壯之小過卦,日辰妻財,生扶動鬼,刑沖子孫,又克兄弟,果被獲去,一弟一子。然子坐絕地,而夏月庚金正弱,兄臨土爻正旺,所以子死菲命,而弟得回來也。世爻亦被動爻沖剋,而無事者,世得避空,故也。
たとえば五月の庚寅の日に大壯卦を卜して小過卦に變じた例では、日辰は妻財であって發動する官鬼を生扶しに行き、また子孫を刑冲し、さらに兄弟を剋した。結果、一人の弟と一人の息子がみな虜にされた。しかし子孫は絶地に坐し、夏月の庚金はもとより衰弱であり、兄弟の臨む土爻はまさに旺相に當たっていた。ゆえに息子は非命に死に、弟は帰ることを得た。世爻が同じく動爻に冲剋されながら安然無事であったのは、世爻が落空を得て躲避したためである。
世遇亂離,既已逐爻而決矣;時遭患難,亦當隨象以推之。平居無事,何暇占卜?倘或刑戮所加,戶役所累,或官府擒拿,仇家報復,或禍起於無辜,殃生於不測,苟不避之,終為所害。是以不能無避難之占也。然大概與避亂相似。故並附於此。
身が亂離に逢うことは前にすでに爻ごとに断じた。平時に患難に遭遇したなら、また卦象に照らして推すべきである。平安無事の日には、どうして占う暇があろうか。もし刑戮が身に加わり戸役に拖累し、あるいは官府が緝拿し仇家が報復し、あるいは禍が無辜から起り殃が意外から生ずれば、これらの事は避けなければ、終にその害を受ける。ゆえに難を避ける占法がなくてはならない。それはだいたい亂を避けるに似ているので、一つに併せてここに附する。
最怕官爻克世,則必難迴避;不拘脫役避禍,若遇官鬼動來刑沖剋世,皆不可避,持世亦難。必須鬼爻空亡,或不上卦,或衰絕不動,然後為吉。若鬼雖空絕安靜,卻遇本宮官鬼伏於世下者,目下無事,日後必然舉發。
最も恐れるのは官爻が世爻を剋しに來ることで、そうなれば必ず避けられない。差役を脱免しようとするか禍事を躲避しようとするかを問わず、官鬼が發動して前に來て世を刑・冲・剋するのに遇えば、みな避けられない。官鬼が世を持しても同様に避け難い。必ず官鬼が空亡に落ちるか、卦に上がらないか、衰絶して發動しなくて初めて吉とする。官鬼が空絶安靜でも、また本宮の官鬼が世爻の下に伏していれば、目下は無事でも後日必ず發作する。
大宜福德臨身,則終可逃生。子為解神。若臨身世,或在旁爻發動,或值月建日辰,則雖遇官鬼,亦不妨事。大怕空亡墓絕,或被父動剋制,則為無用。官化父沖,必有文書挨捕;父母旺動,名字已入憲冊,必有官批在外;鬼爻亦動,事體正急,宜速避之。父化官、官化父,刑剋世爻者,必著公差挨捕,宜慎防之。世爻空亡,雖捕不獲。
最も宜しいのは「福徳」が自身に臨むことで、そうすれば終に生きて逃れられる。子孫は厄を解く神である。それが身爻・世爻に臨むか、旁爻で發動するか、月建・日辰に値すれば、たとえ官鬼に遇うても事に妨げない。最も恐れるのはそれが空亡に落ちるか墓絶に入るか、父母爻に發動して克制されることで、そうなれば用がない。「官化父冲、必有文書挨捕」とは、官鬼が父母を化出して世を冲すれば、必ず公文の緝捕があるということである。父母爻が旺相で發動すれば、名字がすでに官府の冊子に登されており、外に必ず拘捕の批文があることを説明する。官鬼も發動すれば、その事はまさに緊急で、速やかに躲避するのが宜しい。父が官を化し官が父を化して世爻を刑剋するのは、必ず公差を派して家ごとに搜捕するので、謹慎して提防せねばならない。世爻が空亡に落ちれば、捕捉しに來ても捉えられない。
日沖官散,必多親友維持。卦中官動,固難逃避。若得日辰動爻沖散之,或剋制合住之,必有心腹親友,與我周旋幹事,或解釋、或阻擋,不使之累我也。要知何人,以沖合制鬼之爻定之。鬼帶月建,雖阻無益。
日辰が官鬼を冲散すれば、必ず多くの親友が出て周旋する。卦中に官鬼が發動すれば、もともと躲避し難い。日辰や動爻がそれを冲散するか、克制するか合住することを得れば、必ず心腹の親友が我のために奔走して事を辦じ、あるいは間から解釋し、あるいは出て阻擋し、この禍事が我に牵连するのを許さない。それが何人かを知るには、あの官鬼を冲し・合し・制伏する爻をもって定める。もし官鬼が月建を帯びていれば、人が阻攔しても事に濟わない。
鬼伏而兄弟沖提,禍由骨肉;鬼爻動,要見沖合;鬼爻靜,怕見沖合。如兄弟沖動鬼來刑剋世爻,是自家骨肉,搜蹤捕跡,恐難逃避。若鬼伏藏,而遇動爻,日辰沖開提起者,亦以六親,定其害我之人。世爻自去提起者,必是自不小心,撞見之也。
官鬼が伏蔵しているのに兄弟に冲起・提出されれば、禍事は自家の骨肉の身に出る。官鬼が發動する時は、冲・合がそれを制するのを見る。官鬼が安靜する時は、冲・合がそれを驚動するのを恐れる。たとえば兄弟爻が官鬼を冲动して世爻を刑剋しに來れば、それは自家の骨肉があちこち蹤跡を搜尋しているのであり、おそらく躲避し難い。官鬼がもともと伏蔵なのに動爻や日辰が飛神を冲開してそれを提起するに遇えば、同じく六親に照らして我を害するのが何人かを判定する。世爻が自らそれを提起したなら、それは必ず自己の不小心で撞き當ったのである。
官靜而旁爻刑剋,事出吏書。鬼動,其事必由官府;鬼靜,而卦中動爻日辰刑剋世爻者,乃是下司本局,自作主張,或是仇家陷害也。若化兄爻,或卦中兄兼動者,是欲索詐財物也。
官鬼が安靜で旁爻が刑剋しに來れば、事は衙門の胥吏の身に出る。官鬼が發動すれば、事は必ず官府から出る。官鬼が安靜で、卦中の動爻・日辰が世爻を刑剋しに來れば、それは下屬の衙門・本局の人が自ら主意して為すか、あるいは仇家の陥害である。それが兄弟爻を化出するか、卦中の兄弟が併せて發動すれば、それは錢財を敲詐しようとするのである。
應若遭傷當累眾;官鬼傷克應爻,必然累及親友。日辰刑剋應爻,亦然。妻如受克定傷財。妻財如遇兄弟動,必主破費財物。財爻合住官爻,或沖散官鬼,或化子剋制官鬼,皆宜用財買求,方得無事。
応爻が損傷に遭えば、必ず衆人を連累する。官鬼が応爻を傷剋すれば、必然として親友に牽累する。日辰が応爻を刑剋しても同じである。「妻如受剋定傷財」とは、財爻が剋を受ければ必ず財を破るということである。妻財が兄弟の發動に遇えば、必ず錢財を破費することを主る。財爻が官爻を合住するか、官鬼を冲散するか、子孫を化出して官鬼を克制すれば、この数種はいずれも錢財をもって打點し疏通すべきで、禍患を免れることができる。
偏喜六爻安靜,六爻不動,鬼爻無沖並者,患難可避,戶役可脫,大吉之兆。又宜一卦無官。無鬼,則無官主張,事必平安。空亡亦吉。或身世之逢空,世爻空亡,百事消散,縱有鬼動,亦不妨事。《海底眼》之世空世動其憂脫,正謂此。
この一門が最も喜ぶのは六爻の安靜である。六爻がともに動かず、官鬼がまた冲されず併せられなければ、患難は避けられ、差役は脱免でき、大きな吉の兆である。次いでまた一卦の中に官鬼がないのが宜しい。鬼がなければ官府の主使がなく、事は必ず平安である。官鬼が空亡に落ちても吉とする。さらにその次は身爻・世爻が空に逢うことである。世爻が空亡に落ちれば百事は消散し、たとえ官鬼が發動しても事に妨げない。『海底眼』に説く世爻が落空・世爻が發動すれば憂患は自ら解けるとは、まさにこの種の情形を指す。
或用神之得地。卦中得用之神旺相有氣,不逢刑剋沖害,不化死墓空絕,皆為得地,必得此人之力。如占避居何處,亦以此方為吉。如鬼爻發動,得父爻合住,則父爻為用神也。餘仿此。天來大事也無防,海樣深仇何足慮。此二句,總結上四條。卦中有一象。決然無事也。事有百端,理無二致。潛心玩索,若能融會貫通,據理推占,自得圓神不滯。
さらにもう一つの吉象は用神が地を得ることである。卦中に取った用神が旺相で氣があり、刑・剋・冲・害に遭わず、死・墓・空・絶に變入らなければ、みな得地といい、必ずこの一爻の表す人の助力を得られる。どこへ躲すべきかを占うにも、この一爻のある方位をもって吉とする。たとえば官鬼が發動しても、父爻がそれを合住することを得れば、父爻がすなわち用神である。その余もこれに依って類推する。「天來大事也无防、海樣深仇何足慮」の二句は、上の四條を總括するのである。卦中にそのうち一つの象を具えさえすれば、断じて事はない。天下の事は千百種あれど、道理に二様はない。ただ心を潜めて玩味し探索し、融會貫通を得て、理に依って占を推せば、自然に円通・靈活して滯礙に至らない。
『黄金策』第二十五・逃亡
寬以御眾,侮慢斯加;嚴以治人,逃亡遂起。故雖大聖之有容,尚謂小人之難養。須察用爻,方知實跡。用爻者,妻妾奴婢逃亡,看財爻類是也。若臨午地,必往南方;或化寅爻,轉移東北。
人を待つに寛厚なれば、下人は怠慢にして無禮となる。下を御するに嚴苛なれば、逃亡の事はそれに随いて起る。ゆえに大聖人のような寬容の氣度をもってしても、なお小人は豢養し難しと言う。逃亡を占うには必ず用神を細察してこそ実情を知り得る。いわゆる用神とは、妻妾・奴婢が逃げれば財爻を取る類で、逃げた者の身分に依って相応の六親を取る。用神が午爻に臨めば、その人は必ず南方へ往く。寅爻を變出せば、東北方に転移したのである。
凡占逃亡,用爻安靜,以所臨之地為逃亡去向。如坎北方,午南方類。用爻發動,以變爻定其方向。如臨午動變出寅,可言初去在南方,今移於東北方也。獨發之爻,亦可定方。六爻安靜,卦無主象,則以應爻定之。
およそ逃亡を占い、用神が安靜なら、それが臨む方位をもって逃げた去向を定める。たとえば坎は北方・午は南方の類である。用神が發動すれば、變爻をもって方向を定める。たとえばそれが午爻に臨んで發動して寅爻を變出せば、この人は初め南方に逃れ、いま已に東北方に移ったと言える。卦中にただ一爻のみが獨發すれば、それをもって方位を定めることもできる。六爻がともに安靜で卦中にまた主象の取れるものがなければ、応爻をもって定める。
木屬震宮,都邑京城之內;金居兌象,庵院寺觀之中。用爻在乾宮:尊長家,或在父族,或隱於樓閣上。坎宮:兄弟家,或在船上,或水亭中。艮宮:少男家,或在山間,或在高崗煙去處,或石匠人家。震宮:竹木林中,或鬍鬚人處,或城市間。離官:姊妹妯娌家,或窯冶所在。金爻,銅鐵匠家。巽宮:花園蔬圃之內,死絕柴草之中,或在賣履織蓆之家。坤宮:老陰人家,或在母族,或在曠野墳墓去處。兌宮:在女人家,旺相寺觀中,休囚庵院內。更宜通變,不可執滯。
用神が木に属して震宮にあれば、人は都邑・京城の內に隠れている。金に属して兌象に居れば、人は庵院・寺觀の中に隠れている。宮を分けて細かく説く。用神が乾宮にあれば、尊長の家か、父親の一族か、あるいは樓閣の上に藏れている。坎宮にあれば、兄弟の家か、船の上か、水亭の中である。艮宮にあれば、少男の家か、山の間か、高岡に炊煙のある處か、石匠の人家である。震宮にあれば、竹木の林中か、鬚のある人の處か、城市の間である。離宮にあれば、姊妹妯娌の家か、窯竈・冶坊のある所か、金爻なら銅鐵匠の家である。巽宮にあれば、花園・菜圃の內か、死絶の柴草の堆の中か、あるいは履を賣り蓆を織る人家である。坤宮にあれば、年老いた婦人の家か、母親の一族か、あるいは曠野・墳墓のあたりである。兌宮にあれば、女人の家であり、旺相なら寺觀の中、休囚なら庵院の內である。以上はなお靈活に變通せねばならず、拘泥して死守してはならない。
鬼墓交重,廟宇中間隱匿;休囚死絕,墳陵左右潛藏。用持鬼墓,其人必在聖堂神廟中;死絕無氣,則在墳墓左右。用爻入墓化墓,乃在人家牆圈內住;不然,亦主深居不出而難尋。
用神が鬼墓を持して「交」「重」の動爻の位に落ちれば、人は廟宇の中に藏れている。休囚死絶なら、墳陵の左右に潜伏している。用神が鬼墓を持せば、その人は必ず神堂・廟宇の裏にいる。死絶無氣なら、墳墓の附近にいる。用神が墓に入るか墓を化するのは、人家の院牆の圈子の內に住んでいることである。さもなければ、この人が深居して出ないことを主り、なかなか見つけ難い。
如逢四庫,當究五行;四庫:辰戌丑未是。如用爻屬木,卦有未動類。凡遇墓庫,不可一例推。如辰為水土庫,必在水邊墓側人家。戌為火庫,乃在寺廟香火去處。丑為金庫,是在銅鐵銀匠家,或在冶坊內。未為木庫,則在園林柴草間,或木工蔑匠之家。以上用臨土爻,亦依此斷。凡占逃亡盜賊,若遇墓爻,決難尋覓。直待沖破墓爻月日,方可覓。
もし四つの墓庫に碰當れば、さらに進んで五行を推究すべきである。四庫とは辰・戌・丑・未である。たとえば用神が木に属して、卦中に未爻の發動がある類である。およそ墓庫に遇えば、一概に論じてはならない。辰は水土の庫で、人は必ず水辺・墓の傍の人家にいる。戌は火庫で、人は寺廟の香火のある處にいる。丑は金庫で、人は銅鐵・銀匠の家か、あるいは冶鍊の作坊の內にいる。未は木庫で、人は園林・柴草の間か、あるいは木工・篾匠の家にいる。以上、用神が土爻に臨むのも、この法に照らして断ずる。およそ逃亡と盗賊を占い、墓爻に遇えば、決して尋ね難く、必ず墓爻を冲破する月日を直待して初めて見つかる。
倘伏五鄉,豈宜一類。卦無主象,須看伏在何爻下,便知其人在於何處。如伏鬼下,在管倉庫家中;旺加月建,官戶人家;休囚無氣,公吏人家。伏父下,叔伯父母尊長家,不然在手藝人家。伏兄下,兄弟姊妹,相識朋友家。伏財下,奴婢妻妾陰人處,或富戶人家。伏子下,在寺觀中,卑幼處也。又如伏於鬼墓下,不在廟宇中,則在寺庵內。又如伏於財庫爻下,不在倉庫中,則在富豪家也。
もし用神が別の爻の下に伏していれば、各處の情形はどうして同じであろうか。卦中に主象がなければ、それがどの爻の下に伏しているかを見れば、その人がどこに藏れているか分かる。官鬼の下に伏すれば、倉庫を管する人家である。官鬼が旺相でまた月建を加えれば、官職のある人家であり、休囚無氣なら公門の胥吏の人家である。父母の下に伏すれば、叔伯・父母の尊長の家であり、さもなければ手藝人の家である。兄弟の下に伏すれば、兄弟姊妹か相識の朋友の家である。妻財の下に伏すれば、奴婢・妻妾などの婦人の處か、富戶の人家である。子孫の下に伏すれば、寺觀の中か、卑幼の人の處である。またたとえば鬼墓の下に伏すれば、廟宇の中でなければ寺庵の內である。財庫の爻の下に伏すれば、倉庫の中でなければ富豪の家である。
木興水象,定乘舟揖而逃;用爻屬木,在坎宮動者,必乘舟逃去。木化水,水化木,或木在水宮動,或水動木宮者,皆然。用爻若臨火土,乃是陸地潛行。用爻沖動水爻,涉水逃去;沖動火爻,踰牆越籬而去;水爻刑剋用爻,必曾溺水。
木爻が興旺して水象の中に落ちれば、この人はきっと船に乘って逃げたのである。用神が木に属して坎宮で發動すれば、必ず船に坐って逃げ去った。木が水を化し水が木を化すか、木爻が水宮で發動するか、水爻が木宮で發動するのは、みなこれと同じである。用神が火爻・土爻に臨めば、それは陸路から潜行したのである。用神が水爻を冲动するのは、水を渉って逃げた。火爻を冲动するのは、牆を翻えし籬を越えて去った。水爻が用神を刑剋すれば、この人は必ずかつて水に落ちたことがある。
動合伏財,必拐婦人而去。用爻動來與本宮財爻作合,其人必拐婦人逃去。財若伏於世下,必是妻妾;應爻下,鄰家婦人;在旁爻,使令女子。主象變出之爻,與卦中財合者,亦然。若婦人逃亡,遇財官相合,亦是暗約情人而去也。
用神が發動して伏蔵する財爻を合しに行けば、この人は必ず婦人を拐帶して一緒に逃げたのである。用神が發動して本宮の財爻と作合すれば、その人は必ず婦人を拐って逃げ去った。財が世爻の下に伏していれば、それは彼自身の妻妾。応爻の下に伏していれば、鄰家の婦人。旁爻に落ちれば、使いの女子である。主象が變出した爻と卦中の財爻が相合するのも同じである。逃げたのがもとより婦人なら、財爻と官爻が相合するのに遇うのも、また暗に情人と約して一緒に去ったのである。
內近外遠生世,則終有歸期;用爻在本宮內卦,人在本地,或在宗族之中。初爻在鄰里,二爻在鄉黨。本宮外卦,本府別縣去。他宮內卦,外縣交界處。他宮外卦,別府州縣。更在六爻,遠方逃去。若臨世上,其人未曾出窟。最喜生世合世,其人雖去,常思故里。日後當自歸,尋亦易見也。
用神が内卦にあれば逃げた先は近く、外卦にあれば逃げた先は遠い。それが世爻を生じに來る限り、終に歸って來る日がある。用神が本宮の内卦にあれば、人は本地にいるか、あるいはなお宗族の內にいる。初爻にあれば鄰里に、二爻にあれば本郷にいる。本宮の外卦にあれば、本府の別縣へ往った。他宮の内卦にあれば、外縣の交界の處にいる。他宮の外卦にあれば、別の府・州・縣である。さらに第六爻にあれば、それは遠方へ逃げ往いた。用神が世爻の上に臨めば、その人はまだ窩を出ていない。最も喜ぶのはそれが世を生じ世を合することで、そうすれば人は去ったものの常に故郷を思念し、後日自ら歸って來る。尋ねに行っても容易に見える。
靜易動難坐空,則必無尋路。用爻不動,其人易尋。動則遷徙無常,指東言西,或更名改姓,必難尋獲。若落空亡,杳無蹤跡;動入空亡,逃後必死,亦有大難。有故空亡,恐人察識,遂深避之;無故空亡,必有歸日。
用神が安靜なら見つけ易く、發動すれば尋ね難い。空亡の上に坐していれば、なおさら尋訪の路子がない。用神が動かなければ、その人は見つけ易い。一たび動けば遷徙して定まらず、東を指して西と言い、あるいは改名換姓して、必ず尋獲し難い。それが空亡に落ちれば、杳として蹤跡がない。發動して空亡に入れば、逃走の後必ず死す。あるいは大難があることをも主る。緣故ある空亡は、人に認められるのを怕れて、因りてさらに深く隠れる。緣故なき空亡は、終に歸って來る日がある。
合起合住,若非容隱即相留;靜爻逢合則合起,動爻逢合則合住。若日辰動爻合起主象,必有窩藏容隱在家者,卒難尋覓;如被合住,則有人相留在家,不致放竄也。要知相留容隱之人,以合爻定之。如子孫為僧道,官鬼為巡捕類。合爻與世沖剋,決不來報。
用神が合起されるか合住されれば、人に窩藏されているか、あるいは人が彼を留めて住ませているのである。靜爻が合に逢うのを「合起」といい、動爻が合に逢うのを「合住」という。日辰や動爻が主象を合起すれば、必ず人が家裏に彼を窩藏・隱匿しており、一時になかなか見つからない。合住されれば、それは人が彼を家中に留めて住ませており、彼をさらに流窜させない。彼を留め彼を藏するのは何人かを知るには、その合爻をもって定める。たとえば子孫は僧道・官鬼は巡捕の類である。その合爻が世爻と冲剋すれば、決して信を報じに來ない。
沖動沖開,不是使令當敗露。靜爻逢沖為沖動,動爻逢沖為沖開。用爻遇動爻日辰沖動,家中必有人使令逃亡者。如父是尊長,財是妻妾類。若被沖開,有人喝破,去後必當敗露。沖爻是兄,或化兄,必被索詐財物。更帶刑爻,或加蛇虎,仍被鞭撻。動空化空,終必釋放。
用神が冲动されるか冲開されれば、家の人が彼に行くよう指嗾したか、あるいは行蹤が敗露する。靜爻が冲に逢うのを「冲动」といい、動爻が冲に逢うのを「冲開」という。用神が動爻・日辰に冲动されれば、家中に必ず人がいて彼に逃げるよう指嗾した。冲爻が父母なら尊長であり、妻財なら妻妾の類である。冲開されれば、それは人に喝破されたのであり、逃走の後必ず敗露する。冲爻が兄弟であるか兄弟を化出すれば、必ず人に錢財を敲詐される。さらに刑爻を帯びるか「螣蛇」「白虎」を加えれば、なお一頓の鞭打ちを食らう。それが動して空に落ち空亡に化入れば、最終には必ず釋放される。
動爻刑剋,有人阻彼登程;日建生扶,有伴糾他同去。用爻遇動爻,日辰相剋,必被他人責打;逢沖,被人喝破;遇克,被人捉住。有扶有並,有人同去;有生有合,有人糾他同去。以上刑剋等爻,與世有情,必來報我;與世無緣,雖阻何益?若在五爻,宜路上候之。
動爻が來て用神を刑剋すれば、人が彼を路に上がるのを攔阻する。日建が來て用神を生扶すれば、同伴が彼を邀えて一緒に走る。用神が動爻や日辰の相剋に遇えば、必ず他人に責打される。冲に逢うのは人に喝破されること、剋に遇うのは人に捉えられることである。扶があり併があれば、同行する人がいる。生があり合があれば、彼を邀約して一緒に走る人がいる。以上の刑剋の爻が世爻と情があれば、必ず來て我に信を報じる。世爻と縁がなければ、それは攔阻しても我に何の用があろうか。これらの爻が第五爻の上に落ちれば、路の上で彼を守候すべきである。
間爻作合,原中必定知情;間爻為原保人,無保以鄰里斷之。如與用爻相合,必知其情;更與世爻沖剋,必是此人誘去。空合或化空亡,始雖知情,今卻不知其去也。世應相沖,路上須當撞見。世應俱動相沖,途中必然撞見,用爻與世動沖,亦然。世爻動克用爻,或世旺應衰,必然擒拿;應旺世衰,或用爻克世,雖能遇見,不能捕之。
間爻が用神と作合すれば、原保の人はきっと知情である。間爻は原保の人を表し、保人がなければ鄰里に照らして断ずる。それが用神と相合すれば、必ず内情を知っている。さらに世爻と冲剋すれば、それは必ずこの人が彼を誘い去ったのである。空合であるか空亡に化入れば、それは當初は知情でも、今は彼がどこへ往ったかを知らない。「世応相冲、路上須當撞見」とは、世応の両爻がともに發動して相冲すれば、途中で必ず撞見するということである。用神と世爻が發動相冲するのも同じである。世爻が發動して用神を剋しに行くか、世が旺で応が衰なら、必ず人を擒えることができる。応が旺で世が衰なら、あるいは用神が反って世を剋しに來れば、遇うことはできても彼を捉えられない。
無沖無破,居六位則一去不回;有克有生,在五爻則半途仍走。用爻不受刑沖剋害,又不生合世爻,而世爻不克應者,是逃者不思歸,尋者不得見,乃一去不回之象。若動爻日辰剋制用爻,是可擒之象。若遇變出之爻,反生合用爻者,主捕後仍被逃走。在五爻,途中斷;在內卦,到家斷;持世爻,則捕歸而復逃也。
用神が冲なく破なく第六爻に居れば、それは一去囘らない。剋もあり生もあって第五爻に落ちれば、それは半路の上でまた走った。用神が刑・冲・剋・害を受けず、また世爻を生合せず、世爻も応爻を剋さなければ、これは逃げた人が歸りたくない・尋ねる人も見られないので、一往して返らない象に属する。動爻・日辰が用神を克制できれば、それは擒獲できる象である。ただし變出の爻が反って用神を生合すれば、捉えた後も依然として彼に逃脫されることを主る。この情形が第五爻に落ちれば、半路の上で走ったと断じ、内卦に落ちれば家に到ってから走ったと断じ、用神が世を持するのは、捉え還した後にまた逃げたのである。
主象化出主象,歸亦難留;卦有用爻,不宜再化出來,謂化去,必難捕獲;若被世爻動爻日辰剋制,庶可尋覓。但捉歸之後,亦不久留。本宮化入本宮,去應不遠。本宮仍化本宮卦,其人逃在本處地方,必不遠出別境;若用爻在他宮動,而又化入他宮者,遠去他方,不在本鄉也。
主象がまた一重の主象を化出せば、人は捉え還しても留められない。卦中にすでに用神があれば、さらにもう一つを化出すのは宜しくない。それを「化去」といい、必ず捕獲し難い。世爻・動爻・日辰に克制されれば、まだ辛うじて見つかるが、捉え還した後も久しくはいられない。「本宮化入本宮、去応不遠」とは、本宮卦が依然として本宮卦に變ずれば、その人は本地に逃げて、必ず遠く別境に出ないということである。用神が他宮で發動してまた他宮に變入れば、それは遠く他方へ走って、本郷にいないのである。
歸魂卦用仍生合,不捕而自回;游魂卦應又交重,能潛而會遁。凡遇歸魂卦,其人有還鄉意。若世應比和生合,或主象生合世爻者,必自歸,尋之亦易見。惟遇游魂卦,其人必無存心,決不思歸。更若應爻發動,必能東遷西徙,隱諱實跡。能潛會遁,尋之必難見面。若得世爻旺動克應,日辰動爻制伏主象,庶可尋獲,亦不費力。
歸魂卦の裏で用神がまた世爻を生合しに來れば、捉えに行かなくても彼は自ら歸る。游魂卦の裏で応爻がまた「交」「重」發動すれば、彼は藏れ遁れることに善い。およそ歸魂卦に遇えば、その人に郷に歸る意がある。世応が比和生合するか、主象が世爻を生合すれば、必ず自ら歸って來て、尋ねに行っても容易に見える。唯獨游魂卦に遇えば、その人には全く歸心がなく、決して還ることを思わない。応爻がさらに發動すれば、彼は必ず東に遷り西に徙して真実の行蹤を隱匿し、能く藏れ能く遁れて、尋ねても必ず見ることが難しい。ただし世爻が旺相發動して応爻を剋しに行き、また日辰・動爻が主象を制伏することを得れば、むしろなお尋獲でき、しかもあまり費力しない。
世克應爻,任爾潛身終見獲;應傷世位,縱然對面不相逢。世克應,是我制住他,去不甚遠,尋之易見;應克世,是他得志,去有自由之象,尋之難見。父母空亡,杳無音信;父母必有信,動空化空,皆是虛信;旺相空亡,半真半假;休囚空亡,杳無音信。父化父,或兩父動,必有兩處人來報信。若遇日辰合住,必被人阻,不能來報。用爻化父,或卦無用爻,而遇父母化出,當出招子候緝,然後有信。
世爻が応爻を剋し留めれば、彼がどんなに身を藏しても終に抓獲される。応爻が反って世位を傷つければ、たとえ當面して過ぎても認められない。世が応を剋すのは、我が彼を制したのであり、彼は遠くまで走れず、尋ねれば容易に見える。応が世を剋すのは、彼が勢を得て去就が自由であり、尋ねても見難い。「父母空亡、杳無音信」とは、父母爻が空に落ちれば、少しの消息もないということである。父母爻はもともと音信を主り、それが動して空に落ち空亡に化入るのは、みな虚偽の信である。旺相で空亡に落ちるのは、半真半假である。休囚でまた空亡に落ちるのは、それこそ真に杳として音信がない。父が父を化し、あるいは二つの父爻がともに發動すれば、必ず二處の人が信を報じに來る。父爻が日辰に合住されれば、それは信を送る者が人に攔められて來られない。用神が父母を化出すか、卦中に用神がなくて父母から化出せば、招帖と賞格を張り出して緝訪を待つべきで、然る後に初めて信がある。
子孫發動,當有維持。子孫臨身世,則好去好回,自然順利。如在旁爻動,或繫日辰生合世爻,必有維持調護之人。縱有逆事,不能為害。眾殺傷身,切恐反遭刑辱;動變月日,刑沖剋害世爻者,眾殺傷身也,須防反遭刑辱;得世爻空避,庶可脫免其禍。
子孫爻が發動すれば、自然に人が間から維護する。子孫が身爻・世爻に臨めば、それは行くも順い歸るも順いで、一切が自然に順利である。それが旁爻で發動するか、日辰がそれを帯びて世爻を生合しに來れば、必ず人が維護し調停する。たとえ順ならぬ事に遇うても、人を害することはない。「衆殺傷身」とは、衆多の凶煞が世爻を傷つけるので、おそらく反って刑辱に遭うということである。動爻・變爻・月建・日辰が一齊に世爻を刑・冲・剋・害すれば、それを衆煞傷身といい、人を尋ねて成らず反って刑辱を受けるのを防がねばならない。この時世爻が落空して躲避を得てこそ、禍を免れる望みがある。
動兄持世,必然廣費資財。兄弟持世,費財可尋。旺相發動,必然廣費資財;若加玄武乘旺動克,須防有人劫騙。世化兄,自家失脫;世臨無故自空,亦有遺亡之患。父動變官,必得公人捕捉;卦中父化官,官化父,或官父俱動,必須興詞,告官差捕,然後可獲也。
兄弟爻が發動して世を持せば、必ず大いに錢財を破る。兄弟が世を持すのは、錢を費やしてこそ尋ね還せる。それが旺相發動すれば、必然として資財を大費する。さらに「玄武」を加えて旺に乘じ發動して剋しに來れば、なお人が機に乘じて劫騙するのを防がねばならない。世爻が兄弟を化出すのは、自家に失落がある。世爻が故なく自ら空亡に落ちるのも、遺失の患がある。「父動變官、必得公人捕捉」とは、父爻が發動して官鬼を變出することである。卦中で父が官を化し官が父を化すか、官・父の両爻がともに發動すれば、必ず狀を遞して官に告げ、人を差して緝捕させて、然る後に初めて捉えられる。
世投入墓,須防窩主拘留。凡遇凶卦,而世入墓者,必有反被拘留之辱;卦吉而遇此象,則尋見之後,身有災病。世應比和不空,必潛於此;凡卜逃人在此處否,須得世應生合比和,用爻出現不空,必在此處。若用爻或空或伏,或被日辰動爻刑剋,其人決不敢往。兄弟獨發,亦不在此處。若用爻變出之爻,與應爻作合,或與日辰相合,必曾潛住於此,則轉移他處矣。世應空亡獨發,徒費乎心。逃亡世空,去尋不成;應空,尋亦不見。世應俱空,必主空回,決無尋處。兄弟獨發,虛詐不實,亦不見也。但能索隱探幽,何慮深潛遠遁?
世爻が自ら墓の中に投じれば、反って窩主に扣留されるのを防がねばならない。およそ凶卦に遇い世爻が墓に入れば、必ず反って拘留される羞辱がある。卦がもとより吉でこの象が現れれば、それは人を見つけた後に自身に災害・病が生ずることである。「世応比和不空、必潜于此」が講ずるのは、ある處に人を藏しているか否かを占うことである。およそ逃げた人がこの處にいるか否かを卜るには、世応が生合比和し、用神がまた現れて空に落ちなければ、必ずここにいる。用神が空であるか伏するか、あるいは日辰・動爻に刑剋されれば、その人は決してここへ往く勇氣がない。ただ兄弟の一爻のみが獨發しても、人はこの處にいない。用神が變出した爻が応爻と作合するか、日辰と相合すれば、それは彼がかつてここに藏れていたが、今已に別處に轉じたのである。「世応空亡獨發、徒費乎心」とは、心力を空費することである。逃亡して世爻が空に落ちれば、尋ねに行っても成らない。応爻が空に落ちれば、尋ねても見えない。世応がともに空に落ちれば、必ず空手で歸り、もともと尋ねるべき處がない。ただ兄弟のみが獨發すれば、それは虚詐不實であり、また人に見えない。要するに能く沈を鉤き隱を索め幽を探り微を發すれば、彼が深く藏れ遠く逃げるのを何を愁えようか。
『黄金策』第二十六・失脱(盗賊・捕盗・捉賊を附す)
民苦飢寒,每有穿窬之輩;物忘檢束,亦多遺失之虞。要識其中之得失,須詳卦上之妻財。財爻為所失之物,一卦之主。自空化空,皆當置而勿問;日旺月旺,縱未散而可尋。財爻無故自空,或動化空,皆尋不見,固當置而勿問。若財爻得月令有氣,或在日下生旺之地者,其物未散,必然可尋。旺相空亡,可得一半。
百姓が饑寒に苦しめば、常に牆を穿ち窓を翻える竊賊がある。物を置いて檢點し收束しなければ、遺失の虞も免れない。失い物が取り戻せるか否かを知るには、必ず卦上の妻財爻を細看せねばならない。財爻は失した物を表し、この一卦の主象だからである。「自空化空」とは、財爻が自ら空亡に落ちるか空亡に變入れば、それは丟開して再び問うに及ばないということである。「日旺月旺」とは、それが日辰・月建の旺を得て、物はまだ散失しておらず、なお尋ね還せるということである。財爻が故なく自ら空亡に落ちるか、發動して空亡に化入れば、みな見つからず、もとよりこれを置いて問わずべきである。財爻が月令を得て氣があるか、日辰の下の生旺の地に處れば、物件はまだ散らず、必ず尋ね還せる。それが旺相でありながら空亡に落ちれば、半分しか取り戻せない。
內卦本宮,搜索家庭可見;他宮外卦,追求鄰里能知。財在內卦,又屬本宮,其物未出家庭,尋之必見。財在外卦,又屬他宮,物已出外,尋之便見難矣。在間爻,鄰里人家可尋。若財雖在內,不在本宮,其物在屋之外,不在屋之內。財雖在外,卻屬本宮,其物在宅之內,不在宅之外。更宜通變。
財爻が内卦にあってまた本宮に属すれば、自家の屋裏を搜せば見つかる。他宮にあってまた外卦に属すれば、鄰里に追問して初めて聞き及ぶ。財が内卦にありまた本宮に属すれば、物は家門を出ておらず、尋ねれば必ず見える。財が外卦にありまた他宮に属すれば、物はすでに門を出ており、尋ねるのは難しい。財が間爻に落ちれば、鄰里の人家に尋ねに行ける。財が内卦にあっても本宮に属さなければ、その物は屋外にあって屋内にない。財が外卦にあっても本宮に属すれば、その物は宅内にあって宅外にない。これらはなお靈活に變通せねばならない。
五路四門,六乃棟樑閣上,財在六爻,繫本宮,物在屋上。屬金:在壁頭上;加螣蛇,在瓦楞下。屬木:在樑上;加勾陳,在斗拱上;日辰作合,在閣板上。屬水:在屋漏處;加玄武,在坑屋上。屬火:在天窗邊,或在廚灶屋上。屬土:在燕窩中。
第五爻は道路を主り、第四爻は門戸を主り、第六爻は屋梁・樓閣の上である。財爻が第六爻にあって本宮に属すれば、物は屋上にある。金に属すれば牆頭の上にあり、「螣蛇」を加えれば瓦楞の下にある。木に属すれば梁の上にあり、「勾陳」を加えれば斗拱の上にあり、日辰と作合すれば閣樓の板上にある。水に属すれば屋漏れ・滲水の處にあり、「玄武」を加えれば坑廁の屋上にある。火に属すれば天窓の辺か、あるいは廚房・竈屋の上にある。土に属すれば燕の巣の裏にある。
六爻繫外宮,物在遠方。屬土:在牆邊。屬木:在籬邊。財臨五爻,物在路邊,動則去遠。繫本宮,在家中巷裡,或人常走動處。財臨四爻,物在門前。繫他宮,則在牆門外也。初井二灶,三為閨閫房中。
第六爻が外宮に属すれば、その物は遠方にある。土に属すれば牆の辺、木に属すれば籬の辺である。財が第五爻に臨めば、物は路の辺にあり、發動すれば遠くへ去ったのである。本宮に属すれば、自家の巷の中か、人の常に往來する處である。財が第四爻に臨めば、物は門の前にある。他宮に属すれば、牆門の外である。「初井二竈、三為閨閫房中」とは、初爻は水井を主り、二爻は竈頭を主り、三爻は內室の房中を主るということである。
財臨三爻,繫本宮,物在房內。屬金:鐵器中;屬木:在床邊,有合在箱籠廚櫃中;屬水:在榪子下;屬火:在香火堂中,或火爐內,燈架邊;屬土:房中酥泥內。外宮則以屋外事斷。如金為街砌類。
財が第三爻に臨んで本宮に属すれば、物は房內にある。金に属すれば鐵器の中、木に属すれば牀の辺、合を帯びれば箱籠・櫥櫃の中である。水に属すれば牀頭の横木の下、火に属すれば香火堂の中か、火爐の內・燈架の辺である。土に属すれば房中の酥土泥の裏である。外宮に属すれば、屋外の情形に照らして断ずる。たとえば金爻なら街道・煉瓦砌りの類と断ずる。
財臨二爻,物在廚灶邊。屬金:碗盞缸甏中;屬木:五穀木器內;屬水:盛汲漿水器中;屬火:煙樓灶肚內;屬土:灰堂泥土中。財臨初爻,物必蓋地。屬金:在磚石堆內;屬水:在井中,父母作合,在陰溝內;屬木:在地臺下;屬火:灰堆中,或灶基下;屬土:埋藏土中。生旺方埋,墓絕埋久,胎養方欲起意埋藏,未曾下手。
財が第二爻に臨めば、物は廚房・竈の辺にある。金に属すれば碗盞・缸壇の中、木に属すれば五穀か木器の裏、水に属すれば水や漿を盛る器皿の中、火に属すれば煙囪・竈膛の內、土に属すれば灰堂・泥土の中である。財が初爻に臨めば、物は必ず地下に蓋れている。金に属すれば磚石の堆內、水に属すれば井の中、父母と作合すれば陰溝の裏、木に属すれば地臺の下、火に属すれば灰の堆の中か竈基の底下、土に属すれば土裏に埋められている。生旺の爻は埋めてから間もなく、墓絶の爻は埋めて久しく、胎養の爻は埋藏の念を動かしたばかりでまだ下手していない。
水失於池,木乃柴薪之內;土埋在地;金為磚石之間。財臨水爻:生旺,物在池沼中;墓絕,物在溝渠內;逢沖,長流中;合住,是汲盛死水中。財臨木爻:生旺,竹木林中;死絕,柴薪內;又陽木竹條內,陰木草叢中;繫本宮,則竹木器中,五穀囤內。
水に属すれば池塘に失い、木に属すれば柴薪の內にあり、土に属すれば地下に埋まり、金に属すれば磚石の間にある。財爻が水爻に臨むのは、生旺なら物は池沼の中、墓絶なら溝渠の內、冲に逢えば長流の活水の中、合住されれば汲み盛ってある死水の器中である。財爻が木爻に臨むのは、生旺なら竹木の林中、死絶なら柴薪の堆內、陽木なら竹條の內、陰木なら草叢の中、本宮に属すれば竹木の器具の中か五穀の囤裏である。
財臨金爻:內卦旺相,在銅鐵錫器中;休囚,缸甏瓶罐內;外卦旺相,磚石內;休囚,瓦礫中。財臨火爻:必近香火,或在灶邊。財臨土爻:丑臨金庫,必銅鐵器中,或蕭牆內,磚壁腳跟;辰為水庫,在陽溝內,溪畔埋藏;不然,亦是窳下所在;未為木庫,必埋蔬果園中,或埋田野草中,或米麥囤底;戌為火庫,必埋灶底,或埋灰內,或埋高泥墩上。此斷義理不能盡述,當各以類推之。
財爻が金爻に臨むのは、内卦にあって旺相なら銅・鐵・錫器の中、休囚なら缸壇・瓶罐の內である。外卦にあって旺相なら磚石の裏、休囚なら瓦礫の中である。財爻が火爻に臨むのは、必ず香火に近いか竈の辺である。財爻が土爻に臨むのは、四庫に照らして分辨する。丑は金庫で、必ず銅鐵器の中か、照壁の內・磚牆の脚下にある。辰は水庫で、陽溝の內・溪畔に埋まっており、さもなければ低窪の處である。未は木庫で、必ず蔬果園の中に埋まっているか、田野の草間に埋まっているか、米麥の囤底にある。戌は火庫で、必ず竈底に埋まっているか、灰の內に埋まっているか、高い土墩の上に埋まっている。ここの義理は一々に言い尽くせない。各自類に照らして推求すればよい。
動入墓中,財深藏而不現;大抵妻財所臨之爻,或在其中,或在其傍,未可必也。惟財爻入墓化墓,或伏墓下,必在器物中,不可以邊旁近側言。要知何物內,以前五爻四庫推之。靜臨世上,物尚在而何妨。凡占失脫,財爻不宜動,動則更變難尋。若得安靜,持世生世合世,其物皆主未散,必易尋。生旺不空尤妙。衰絕受制,亦不濟事。
財爻が發動して墓の中に入れば、物件は深く蔵れて露れない。大抵を言えば、妻財の臨むその一爻に、物はその中にあるかその傍にあるかで、一口に決めてはかかれない。唯獨財爻が墓に入るか墓を化するか墓爻の下に伏すれば、その物は必ず器物の內にあり、傍の近側とは言えない。何に装っているかを知るには、前に講じた五爻の方位と四墓庫をもって推す。「靜臨世上」とは、財爻が安靜で世爻の上に臨めば、物はなお在って妨げないということである。およそ失物を占い、財爻は發動するのが宜しくない。一たび動けば變來變去して見つけ難い。安靜を得てまた世を持し・世を生じ・世を合すれば、みな物が散失していないことを主り、必ず見つけ易い。生旺で空でなければなおよい。それが衰絶して制を受ければ、それもまた濟わない。
鬼墓爻臨,必在墳邊墓側;財臨鬼墓,其物必在神廟中。無氣則在墳墓內。如係本宮內卦,則在柩傍,或在坐席上。更加螣蛇,恐在神圖佛像之前;在三爻,香火堂中。日辰合住,定然器掩遮藏。財爻發動,遇日辰合住,必然有物遮掩。合而又沖,半露半遮。要知何物掩蓋,以合爻定之。如火爻父母作合,為衣服掩蓋類。旁爻動來作合者,亦然。
財爻が鬼墓に臨めば、物は必ず墳の辺・墓の側にある。財が鬼墓に臨めば、その物件は必ず神廟の中にある。無氣なら墳墓の裏にある。本宮の内卦に属すれば、靈柩の傍か坐席の上にある。さらに「螣蛇」を加えれば、おそらく神像・佛像の前にある。第三爻に落ちれば、香火堂の中である。「日辰合住」とは、財爻が日辰に合住されれば、物は必ず器物に遮蓋されているということである。財爻が發動して日辰の合住に遇えば、必然として物がそれを蓋っている。合でありまた冲なら、半露半遮である。何が蓋っているかを知るには、その合爻をもって定める。たとえば火爻の父母が作合しに來れば、衣服が蓋っている類である。旁爻が發動して前に來て作合するのも同じである。
子爻福變妻財,須探鼠穴;酉地財連福德,當檢雞棲。凡占失脫,財化福,福化財,其物必在禽獸巢窟中。如值子爻,是鼠銜去;更在初爻,在地穴中;寅是貓銜去;丑在牛欄內;午在馬廄中;未在羊牢;酉在雞棲;亥在豬圈類也。有合則在內,無合則在傍。
子爻の上で子孫が妻財を變出せば、鼠の洞を掏って探すべし。酉位の上で財爻が福徳に連なれば、鶏の巣を檢査すべし。およそ失物を占い、財が子孫を化し子孫が財を化すれば、その物は必ず禽獸の巢穴の窩にある。たとえば子爻に値すれば、鼠が銜って行ったのであり、さらに初爻にあれば地洞の中にある。寅爻なら猫が咥って行った。丑爻なら牛欄の內。午爻なら馬廄の中。未爻なら羊圈の裏。酉爻なら鶏の巣。亥爻なら猪圈である。その余も類推する。合を帯びるのは窩の裏面にあり、合を帯びないのは窩の傍邊にある。
鬼在空中,世動則自家所失;卦無官,或落空,而世爻動者,自家遺失,非人偷。要知何故失落,以世臨六神定之。如臨青龍,酒醉失,或因喜事失;臨白虎,因病失,或因喪事,或因跌而失;臨勾陳,因起造失,因耕種失;臨螣蛇,與應沖剋,爭扭失;與應生合,嬉戲失;臨朱雀,口舌爭競失;臨玄武,或因竊盜失也。
官鬼が空に落ちて世爻がまた發動すれば、それは自家が丟失したのである。卦中に官鬼がないか官鬼が空に落ち、世爻が發動すれば、それは自己が遺失したのであって人に偸まれたのではない。なんの緣故で失落したかを知るには、世爻が臨む六神を見る。「青竜」に臨めば、醉飽して丟したか、喜事を辦じて丟したのである。「白虎」に臨めば、病に因って丟したか、喪事を辦じたか、跌跤に因って丟したのである。「勾陳」に臨めば、家を蓋うことや耕種に因って丟したのである。「螣蛇」に臨んで応爻と冲剋すれば、争奪・拉扯する時に丟し、応爻と生合すれば、嬉戲・玩鬧する時に丟したのである。「朱雀」に臨めば、口舌の争吵の時に丟したのである。「玄武」に臨めば、それは人に竊盜されて失したのである。
財伏應下,世合則假貸於人。官鬼或空或伏,或死絕不動,而財臨應上,或伏應下,其物非人偷,乃自借於人也。要知何人假借,以應臨六親定之。如臨子,為僧道巫醫,或卑幼小兒借去類。世應沖剋,則勿斷。若官空伏,而財化官爻,是自遺失,被人拾去。
財爻が応爻の下に伏して、世爻がまた相合しに來れば、それは人に貸したのである。官鬼が空に落ちるか伏蔵するか死絶して發動せず、財爻が応爻の上に臨むか応爻の下に伏すれば、その物は人に偸り去られたのではなく、自分で人に貸したのである。何人に貸したかを知るには、応爻が臨む六親を見る。たとえば子孫に臨めば、僧道・巫醫か卑幼の小兒が借りて行った類である。世応の間が冲剋すれば、このようには断じない。もし官鬼が空伏して財爻が官鬼を化出せば、それは自己が遺失して後に人が拾い去ったのである。
若伏子孫,當在僧房道院;如伏父母,必遺書笈衣箱。財不上卦,須尋伏在何處。若伏子爻下,物在寺院中;休囚在六畜門內,胎養小兒誤失。如伏父下,物在正屋中,或在尊長處;無合,衣服書卷中;有合,書箱衣箱等內。若伏兄下,本宮姊妹兄弟處,他宮相識朋友處;如三四爻在門戶邊;外卦則在牆籬下。若伏財下,物在婦人處;或在妻妾家;或在五穀內;或在廚灶內。若伏鬼下,物在職役人家;或在廳堂內;或在病人處。土鬼在墳墓廟堂中。
財爻が子孫の下に伏していれば、物は僧房・道院にあるべきである。父母の下に伏していれば、必ず書箱・衣箱の裏に遺落している。財爻が卦に上がらなければ、それがどこに伏しているかを尋ねねばならない。子孫爻の下に伏していれば、物は寺院の中にあり、休囚なら六畜の欄圈の內、胎養に落ちるのは小児に誤って取られて失落したのである。父母爻の下に伏していれば、物は正屋の中か尊長の處にある。合を帯びないのは衣服・書卷の裏、合を帯びるのは書箱・衣箱などの物の內である。兄弟爻の下に伏していれば、本宮に属するのは姊妹・兄弟の處、他宮に属するのは相識・朋友の處である。三・四爻にあれば門戸の辺、外卦にあれば牆根・籬の下である。妻財爻の下に伏していれば、物は婦人の處か、妻妾の家か、五穀の內か、廚房・竈間にある。官鬼爻の下に伏していれば、物は職役ある人家か、廳堂の內か、病人の處にある。土鬼なら墳墓・廟堂の中である。
在內則家中失脫,在外則他處遺亡。財在內卦,失於家中;財在外卦,失在他處。在初爻井邊失,二爻灶邊失,三爻房內失,四爻門前失,五爻途中失,六爻遠方失。又如初爻財動化子,或子動來作合,其物必先失在井邊,後被小兒拾去。餘仿此推。
財爻が内卦にあれば、家中で失落したのである。外卦にあれば、別處で遺失したのである。財が内卦にあれば家の中で失い、財が外卦にあれば他處で失った。初爻に落ちれば井の辺で丟し、二爻は竈の辺で丟し、三爻は房內で丟し、四爻は門の前で丟し、五爻は路の上で丟し、六爻は遠方で丟した。またたとえば初爻の財が發動して子孫を化出するか、子孫が發動して前に來て作合すれば、その物は必ず先に井の辺で丟れ、後に小児が拾い去ったのである。その余もこれに照らして類推する。
財伏逢沖,必是人移物動;財伏卦中,遇動爻日辰暗沖者,若鬼爻衰靜,其物被人移動他處,非人偷也。要知移動之人,以沖爻定之。沖爻逢空,或化空亡者,移物之人,必不在家。
財爻が伏蔵して冲に遇えば、必ず人が物を挪動したのである。財爻が卦中に伏していて、動爻や日辰が暗中にそれを冲するのに遇い、この時官鬼が衰弱安靜なら、その物は人が別處に挪して行ったのであり、偸まれたのではない。挪動したのは何人かを知るには、その冲爻をもって定める。冲爻が空に逢うか空亡に化入れば、物を挪した人は必ず家にいない。
鬼興出現,定為賊竊人偷。凡占失脫,鬼不上卦,或落空,或衰絕不動,皆不是人偷。游魂卦多是忘記。若鬼爻變動,方是人偷。或雖安靜,若乘旺相,或被日辰沖並,或被動爻合起,亦是人偷。
官鬼が興旺して卦上に現れれば、それは賊に偸まれたと断ずる。およそ失物を占い、官鬼が卦に上がらないか、空に落ちるか、衰絶して發動しないのは、いずれも人の偸みではない。游魂卦に遇えばたいてい自分がどこに置いたか忘れたのである。ただ官鬼が發動變化してこそ人の偸みである。あるいはそれが安靜でも、まさに旺相に乘じているか、日辰に冲・併されるか、動爻に合起されれば、それも人の偸みである。
陰女陽男,內卦則家人可決;生壯墓老,他宮則外賊無疑。鬼爻屬陽男子偷,屬陰女人偷。陰化陽,女偷與男;陽化陰,男偷寄女處。生旺,壯年人偷;墓絕,老人偷;胎養,小兒偷;帶刑害,有病人偷。本宮內卦,家中人偷;他宮內卦,宅上借居人偷;或家中異姓人偷。本宮外卦,親戚人偷,與世沖剋,雖親不和。他宮外卦,外人為賊。在間爻,鄰里賊;在六爻,遠方賊;持世,貼身賊。
官鬼が陰に属すれば女賊、陽に属すれば男賊であり、内卦に落ちれば家裏の人と斷定できる。生旺は壮年、墓に入れば老人、他宮に落ちれば疑いなく外賊である。官鬼が陽に属するのは男子が偸み、陰に属するのは女人が偸むことである。陰が陽を化するのは女が偸んで男に与え、陽が陰を化するのは男が偸んで女人の處に寄放したのである。生旺は壮年の人が偸み、墓絶は老人が偸み、胎養は小児が偸み、刑害を帯びるのは病ある人が偸んだのである。本宮の内卦は家中の人が偸み、他宮の内卦は宅に借住する人か家中の異姓人が偸んだのである。本宮の外卦は親戚が偸み、世爻と冲剋すれば、それは親しくても和睦しない者である。他宮の外卦は外人が賊をなし、間爻に落ちれば鄰里の賊、第六爻に落ちれば遠方の賊、世を持するのは貼身の人が賊をなすのである。
乾宮鬼帶螣蛇,西北方瘦長男子;巽象官加白虎,東南上肥胖陰人。八卦定賊之方隅,六神定賊之形狀。如男在乾宮,西北方人;在巽宮,東南方人。帶螣蛇,身長面瘦;帶白虎,身胖面白。旺相肥大,休囚瘦小。餘見身命章。陰陽以爻象論,勿以卦宮推。
乾宮の官鬼が「螣蛇」を帯びれば、賊は西北方から來た痩せて長い男子である。巽卦の官鬼に「白虎」を加えれば、賊は東南方から來た肥胖の婦人である。これは八卦をもって賊の方位を定め、六神をもって賊の形貌を定めるのである。たとえば男賊が乾宮にあれば西北方の人、巽宮にあれば東南方の人である。「螣蛇」を帯びるのは身が長く面が痩せ、「白虎」を帯びるのは身が胖え面が白い。旺相なら肥大、休囚なら痩小である。その余は身命の章を参看せよ。男女は爻の陰陽をもって論ずべきで、卦宮をもって推してはならない。
與世刑沖,乃是冤仇相聚;與福交變,必然僧道同謀。鬼爻與世刑沖,其賊素與我有仇隙者;與世生合,乃是兼親帶故之人。鬼化子,子化鬼,必有僧道雜在其中;子孫帶合,是還俗僧道。
官鬼が世爻と刑冲すれば、それは冤家・仇人が一處に聚ったのである。官鬼と子孫が交互に變化すれば、必ず僧道の流が同謀している。官鬼が世爻と刑冲するのは、この賊が素より我と仇隙があることである。官鬼が世爻と生合すれば、それは親を沾わせ故を帯びた熟人である。官鬼が子孫を化し子孫が官鬼を化すのは、その中に必ず僧人・道士が夾雜している。子孫が合を帯びれば、それは還俗した僧道である。
鬼化父,父化鬼,是老年人,或手藝人;不然,則是祖父相承為賊者;父臨胎養,乃是書童。鬼化財,財化鬼,是婦人,或人家奴婢。鬼化兄,兄化鬼,在內是兄弟姨妹,在外是鄰里相識。鬼化鬼,公門走動人,或曾被人告發;更加玄武,賊名已著,專以竊盜為計。若被父母三刑六害,必經刺字。
官鬼が父母を化し父母が官鬼を化すれば、賊は老年の人か、あるいは手藝人である。さもなければ祖輩・父輩が相承して盗をなす世家である。父爻が胎・養の地に臨めば、それは一個の書童である。官鬼が妻財を化し妻財が官鬼を化すれば、賊は婦人か、あるいは人家の奴婢である。官鬼が兄弟を化し兄弟が官鬼を化すれば、内卦では兄弟姊妹、外卦では鄰里の熟人である。官鬼が官鬼を化すれば、賊は常に衙門に走り回る人か、あるいはかつて人に首告されたことがある者である。さらに「玄武」を加えれば、それは賊名がすでに遠く揚がり、專ら偷盗をもって生と為す慣犯である。もし彼が父母爻と三刑六害に制されれば、それは必ず面上にすでに字を刺されている。
鬼遇生扶,慣得中間滋味;鬼爻無氣,又臨死絕,而生扶合助者,其賊必為飢寒所迫,故至此也。若遇動爻日辰扶起者,乃是此賊慣得其中滋味者。帶月建,是強盜;加太歲,是世襲不良。動爻日辰無氣作合,必有人牽腳來偷。
官鬼が生扶に遇えば、この賊は偷盗の甜頭を嘗め慣らした者である。官鬼がもともと無氣でまた死絶の地に臨むのに、爻があってそれを生扶・合助すれば、この賊は必ず饑寒に逼迫されて初めてこの歩に至ったのである。動爻・日辰に遇ってそれを扶起されれば、それはこの賊がすでに久しくその中の滋味を嘗め慣らしたのである。官鬼が月建を帯びるのは強盗、太歳を加えるのは世代非を為し歹を作す家である。動爻・日辰が無氣でも作合しに來れば、必ず人が內應をなし道を引いて偸ませたのである。
官興上下,須防裡外勾連。六爻上下有兩重官者,必非一人偷盜。兩爻俱動,是外勾裡連,二賊同謀。內動外靜,是家人偷與外人去;外動內靜,乃家中有人知情,非同偷也。木克六爻,窬牆而入;金傷三位,穿壁而來。
上下にともに官鬼が興れば、内外が串通するのを防がねばならない。六爻の上下に各々一重の官鬼があれば、偷盗するのは必ず一人に止まらない。両爻がともに發動すれば、外が裏に勾結した二つの賊の同謀である。内卦が動して外卦が靜なら、家裏の人が物を偸んで外人に渡して帯び去らせた。外卦が動して内卦が靜なら、家中の人が知情だが併せて下手しなかったのである。「木剋六爻、窬牆而入。金傷三位、穿壁而來」の二句は、五行の相剋に照らして賊がどこから入ったかを判断することを講ずるのである。
木鬼克土,踰牆掘洞;金鬼克木,割壁鑽籬;火鬼克金,劈環開鎖;水鬼克火,灌水滅燈;土鬼克水,涉溪跳澗;木火交化,明燈執杖。更宜通變。要知何處進入,以鬼克處定之。如木鬼克六爻,踰垣而入;克初爻,是後門掘洞而進也。
木鬼が土を剋すれば、牆を翻え洞を掘って入った。金鬼が木を剋すれば、板壁を割破し籬を鑚開した。火鬼が金を剋すれば、門環を劈斷し門鎖を撬げ開けた。水鬼が火を剋すれば、水を灌いで燈火を澆滅した。土鬼が水を剋すれば、溪を渉り澗を跳んで來た。木火が交互に變化するのは、明燈を提げ棍棒を持って來たのである。これらはなお靈活に變通せねばならない。賊がどこから入ったかを知るには、官鬼が剋したその一爻をもって定める。たとえば木鬼が第六爻を剋すれば、牆を越えて入った。初爻を剋すれば、後門から洞を掘って入ったのである。
世去沖官,失主必曾驚覺;世沖鬼爻,家主知覺;應沖鬼爻,宅母知覺;旁爻沖鬼,家人知覺。要知因何而覺,以鬼爻臨五行斷之。如木為門戶聲,金為銅鐵響,土為蹼跌,火為明亮,水為水聲。又如戌為犬吠,酉為雞叫類。宜分六爻斷之。
世爻が官鬼を冲しに行けば、失主は當時必ず驚醒して察覺する。世爻が鬼爻を冲すれば家主が察覺し、応爻が鬼爻を冲すれば主婦が察覺し、旁爻が鬼爻を冲すれば家裏の別の人が察覺する。なにに因って察覺したかを知るには、官鬼が臨む五行に照らして断ずる。木に属すれば門戸が響き動く聲、金に属すれば銅鐵が碰撞する響き、土に属すれば人が跌倒し摔くこと、火に属すれば亮光を見たこと、水に属すれば水聲を聞いたことである。またたとえば戌爻は狗の吠え、酉爻は鶏の鳴く類である。なお六爻の位置を分かちて断ずべきである。
日來克鬼,賊心亦自驚疑。鬼被動爻日辰刑剋,偷時賊必驚疑。如日辰動爻屬金,必觸缸甏響,而畏家主知覺。金空乃是人聲,胎養小兒啼,墓庫老人嗽,未敢下手。屬木,是畏門戶牢閉,或聞開門而驚也。屬水,必有登廁小解飲水類,因而撞見。屬火,必見燈火而復退,或火光下穴窺見影響形跡。屬土,乃牆壁堅固,地道險阻,其賊疑懼也。若戍土刑剋,必被犬傷。
日辰が前に來て官鬼を克制すれば、賊もまた自心の裏に驚疑する。官鬼が動爻・日辰に刑剋されれば、竊み行う時この賊は必ず心が慌て疑懼する。たとえば日辰・動爻が金に属すれば、それは缸壇を碰響させて家主に聞かれるのを怕れたのであり、金爻が空に落ちれば人聲であり、胎養に落ちれば小児の啼哭、墓庫に落ちれば老人の咳嗽で、彼をして下手する勇氣を失わせる。木に属すれば、門戸の關まるの牢なのを怕れるか、門を開く聲を聞いて驚いたのである。水に属すれば、必ず人が夜に起きて小解し水を飲む類で、因りて撞上したのである。火に属すれば、必ず燈火を見て退き還ったか、あるいは火光の下で洞口から人影の動靜を窺い見たのである。土に属すれば、それは牆壁が堅固・地道が險阻で、賊が因りて疑懼して前に進まないのである。戌土が刑剋しに來れば、彼は必ず狗に咬傷されたのである。
子動丑宮,問牧童必知消息;福興酉地,見酒客可探情由。子動,其人有人撞見,詢之可知消息。如在子爻,可問科頭男子,或捕魚人。在丑爻,可問牧童,或築牆人。在寅爻,是木客木匠,或擔竹木器人。在卯爻,問織蓆賣屨人,或挑柴砟草人。在辰爻,問開池鑿井人,或傍河鋤地人。在巳爻,問穿紅女子,或弄蛇乞丐人。
子孫爻が發動して丑宮に落ちれば、牛を放つ子供に問えば必ず消息を知る。福徳が酉位に興れば、酒を飲む客に逢えば情由を探れる。子孫が一たび發動すれば、あの賊に人が撞見したことがあると説明するので、尋ね問えば消息を得られる。たとえば子孫が子爻にあれば、頭巾を着けない男子か魚を打つ人に問うべし。丑爻にあれば、牧童か牆を築く人に問うべし。寅爻にあれば、木材を販る客商・木匠か、担いで竹木の器具を運ぶ人である。卯爻にあれば、蓆を織り鞋を賣る人か、柴を挑み草を砍る人に問うべし。辰爻にあれば、池を開き井を鑿る人か、河に傍いて地を鋤る人に問うべし。巳爻にあれば、紅衣を穿つ女子か、蛇を弄ぶ乞食に問うべし。
在午爻,問燒窯、乘馬人,或討火提燈人。在未爻,問挑灰耕種人,或牧羊人。在申爻,問銅鐵匠,或弄猴人。在酉爻,問針工酒客,或抱雞人。在戌爻,問挑泥鋤地者,或牽狗人。在亥爻,或擔水踏車人,或洗衣沐浴人。
子孫が午爻にあれば、窯を燒く人・馬に骑る人か、火を讨い燈を提げる人に問うべし。未爻にあれば、灰を挑み耕種する人か、羊を放つ人に問うべし。申爻にあれば、銅鐵匠か、猴を弄ぶ人に問うべし。酉爻にあれば、針線をなす工匠・酒を飲む客か、鶏を抱く人に問うべし。戌爻にあれば、泥を挑み地を鋤る人か、狗を牽く人に問うべし。亥爻にあれば、水を挑み水車を踏む人か、衣を洗い沐浴する人に問うべし。これらの人はたいていかつて近くで賊の蹤跡を見たことがあり、彼らに尋ねれば綫索がある。
兄動劫財,若卜起贓無覓處;卜起贓,占尋物,皆怕兄動。或傷世,或世帶日辰,或鬼化兄,或財化兄,皆主財物已散,卒難尋覓。蓋兄能劫財,故也。官興克世,如占捕盜反傷身。凡占捕盜,要世旺鬼衰,世動鬼靜,則易於捕獲。若鬼爻乘旺動,來刑剋世爻,須防反被其害。得世空避之,或子動解救,庶幾可免傷害。
兄弟爻が發動して財物を劫奪しに來れば、贓物を追繳するのを占っても尋ねる處がない。贓を起すを占い、物を尋ねるを占い、いずれも兄弟の發動を怕れる。それが世爻を傷つけても、世爻が日辰の兄弟を帯びても、官鬼が兄弟を化しても、財爻が兄弟を化しても、みな財物がすでに散じて一時に尋ね還し難いことを主る。兄弟は本能的に財を劫するからである。「官興剋世」とは、官鬼が興旺して世爻を剋しに來れば、盗を捕えるを占って反って自身を傷つけるということである。およそ盗を捕えるを占い、世爻が旺で官鬼が衰、世爻が動して官鬼が靜であってこそ、擒获し易い。官鬼が旺に乘じ發動して前に來て世爻を刑剋すれば、反って彼に害されるのを防がねばならない。この時世爻が落空して躲避を得るか、子孫が發動して解救しに來れば、辛うじて傷害を免れられる。
世值子孫,任彼強梁何足慮;子為捕賊人。當權旺動,或臨世,或帶月建日辰,則鬼有制,賊必可獲;縱是兇惡強盜,不足畏也。若鬼旺福衰,鬼動福靜,則不能幹事也。鬼臨墓庫,縱能巡捕亦難擒。鬼爻入墓,或臨卦墓,或與鬼墓俱動,或化入墓,或伏墓下,皆主其賊深藏不出,卒難巡捕。得動爻日辰沖破墓爻,庶幾可獲。
世爻の上に子孫が値すれば、彼がどんなに強横でも憂うるに足らない。子孫は賊を捕える人を表す。それが權を當たり旺相で發動するか、世爻に臨むか、月建・日辰を帯びれば、官鬼はすなわち制伏を受け、賊は必ず捉えられる。たとえ凶惡の強盗でも畏れるに足らない。官鬼が旺で子孫が衰なら、あるいは官鬼が動して子孫が靜なら、事を成せない。「鬼臨墓庫」とは、官鬼が墓庫に落ちれば、たとえ巡捕を出動させても擒拿し難いということである。官鬼が墓に入るか、卦墓に臨むか、鬼墓とともに發動するか、墓の中に化入るか、墓爻の下に伏すれば、みなこの賊が深く蔵れて出ないことを主り、一時に緝捕し難い。動爻や日辰が墓爻を冲破することを得てこそ、辛うじて擒获できる。
日合賊爻,必有窩藏之主;鬼為賊爻。捕盜遇合,賊必有人窩藏在家,不能得見。合臨於世應月日,是地主窩藏;在旁爻,則隱在其家莊上;不然,亦非地方有名之家也。要知窩主,以合爻定之。如財合,是富家,或婦人窩主之類。
日辰が賊爻と相合すれば、必ず彼を窩藏する主人がいる。官鬼はすなわち賊爻であり、盗を捕える時合に遇えば、その賊は必ず人が家に窩藏しており、面が見えない。合爻が世・応あるいは月建・日辰に臨めば、それは地方に身分ある人家が窩藏している。旁爻にあれば、その人の家の莊子に蔵れている。さもなければ、本地に名望ある人家でもない。窩主が誰かを知るには、合爻をもって定める。たとえば財爻が合しに來れば、それは富戶か、あるいは婦人が窩主をなす類である。
動沖鬼殺,還逢指示之人。鬼遇動爻日辰沖剋,必有人指示其賊隱處。要知何人指示,以克沖爻定之。如丑為牽牛人,亥為洗衣人,木在水上動,是舟人類。鬼若旺動,不受沖剋,雖知其賊,不能捕獲。
動爻が鬼煞を冲剋すれば、さらに綫索を指點する人に遇う。官鬼が動爻や日辰の冲剋に遇えば、必ず人がこの賊の蔵身の處を指出する。指點するのは何人かを知るには、その冲剋の爻をもって定める。たとえば丑爻は牛を牽く人、亥爻は衣を洗う人、木爻が水の上で發動すれば、それは船家の類である。もし官鬼が旺相發動して冲剋を受けなければ、賊が誰かを知っても彼を捕えられない。
卦若無官,理當論伏;財如發動,墓處推詳。捕盜無官,賊必隱藏蹤跡,難以尋獲。須看伏在何爻,便知賊在何處。如伏財下,在妻家類。若卦中無鬼,動爻有化出者,即以變爻論之,不須看伏。如子化出,在寺觀中類。若卜起贓,見財爻發動,看其墓在何處,便知藏在何方。如財爻屬金,旁邊丑爻又動,金墓在丑,丑寅為艮,艮居東北,便斷在東北方。
卦中に官鬼がなければ、理當伏神を見るべきである。財爻が發動すれば、墓庫のある所から細かく推詳する。盗を捕える時卦中に官鬼がなければ、その賊は必ず蹤跡を隱藏して尋獲し難い。それがどの爻の下に伏しているかを見れば、賊がどこにいるか分かる。たとえば財爻の下に伏していれば彼の妻家にいる類である。卦中に鬼がないのに動爻の中に官鬼を化出するものがあれば、直ちに變爻をもって論じ、伏神を再び見るに及ばない。たとえば子孫が化出したのは、寺觀の中にいる類である。贓物を追繳するを占い、財爻の發動を見れば、その墓がどこにあるかを見て、贓物がどの方に蔵れているかを知る。たとえば財爻が金に属し、傍の丑爻がまた發動すれば、金の墓は丑にあり、丑・寅はともに艮卦に属し、艮の位は東北にあるから、贓物は東北方にあると断ずる。
伏若克飛,終被他人隱匿;飛如克伏,還為我輩擒拿。此伏只論鬼爻,此飛只論世爻。伏克飛,子孫雖動亦難尋獲;飛克伏,子孫雖靜亦可擒拿。或曰:飛神只論伏上之爻,亦通理。
伏神が飛神を剋すれば、贓物は終に別人に蔵匿される。飛神が伏神を剋すれば、その賊はなお我らに擒えられる。ここに言う伏神はただ官鬼を指し、飛神はただ世爻を指す。伏が飛を剋せば、子孫はたとえ發動しても尋獲し難い。飛が伏を剋せば、子孫はたとえ安靜でも擒拿できる。ある人の言に、飛神はただ伏神の上に壓るその一爻を指すともいい、この話もまた講じ通る。
若伏空爻,借賃屋居非護賊;鬼伏空爻下,是借賃其家屋住,非為窩藏。不然,其賊雖或潛住他家,亦不與之容隱,後終敗露。旺空是不知情,空動是不在家也。如藏世下,提防竊盜要留心。
官鬼が空爻の下に伏していれば、その家はただ房子を彼に租賃しただけで、窩藏・包庇したのではない。官鬼が空爻の下に伏すれば、賊がその家の屋子を賃借りして住んだのであり、窩藏には算えない。さもなければ、その賊は暫く别人家に蔵れていても、その家は彼のために隱瞞してくれず、後日終に敗露する。空爻が旺相なのは主人が知情でないこと、空爻が發動するのは主人が家にいないことである。「如蔵世下、提防竊盗要留心」の一句は、官鬼が世爻の下に伏する時は、盗を防ぐに格別の留心を要するということである。
凡占防盜,最要鬼爻無氣不動,或落空,或日辰沖散,或動爻合住,或子孫剋制,或世空亡,皆為吉兆。若鬼爻無制,動克世爻,鬼爻生旺日,當受其害。若卦無鬼,卻伏在世下,目下雖無事,至鬼爻生旺日,或沖動月日,宜防之,故要留心。伏又空亡,始無憂慮。
およそ盗を防ぐを占い、最も要するのは官鬼が無氣で發動しないか、空亡に落ちるか、日辰に冲散されるか、動爻に合住されるか、子孫に克制されるか、世爻が空に落ちるかで、これらはみな吉兆である。官鬼に制伏する人がなく、また發動して世爻を剋しに來れば、官鬼が生旺する日に至ってその害を受ける。もし卦中にもともと官鬼がないのに、それが世爻の下に伏していれば、眼下は無事でも、官鬼が生旺する日か冲动される月日を待てば提防すべきだから、留心を要するというのである。この伏神が同時にまた空亡に落ちれば、それこそ真に憂慮がない。
倘失舟車衣服,不宜妻位交重;或亡走獸飛禽,切忌父爻發動。失脫,不可專以財為用爻。若失舟車衣服,文書券契,則以父母為用爻。財動便難尋。若失飛禽走獸,及六畜之類,則以子孫為用爻。父動亦不見矣。更宜通變為妙。卦爻仔細搜求,盜賊難逃捉獲。
もし失ったのが船・車・衣服なら、妻財爻の「交」「重」發動は宜しくない。走失したのが飛禽・走獸なら、父母爻の發動を切に忌む。失脱を占うには一概に財爻を用神とすることができない。失ったのが船・車・衣服・文書・契券なら、父母爻をもって用神とし、この時財爻が一たび動けば尋ね還し難い。失ったのが飛禽・走獣および六畜の類なら、子孫爻をもって用神とし、この時父母爻が一たび動けばまた見つからない。要するにさらに靈活に變通するを妙とする。卦中の六爻を仔細に搜求し一遍すれば、盗賊も捉拿を逃れ難い。
卜筮全書卷之十三・黄金策六
『黄金策』第二十七・出行
人非富貴,焉能坐享榮華;苟為利名,寧免奔馳道路。然或千里之迢遙,夫豈一朝之跋涉。途中休咎,哪個能知。就裡災祥,神靈有準。父為行李,帶刑則破損不中;妻作盤纏,生旺則豐盈足用。
人がもし生まれながらの富貴でなければ、どうして家に坐して榮華を享受できようか。一たび名利のために奔走すれば、またどうして道路上に奔波するを免れられようか。況んや路途はあるいは千里の遠さがあり、それも一朝一夕に跋涉し尽くせるものではない。途中の吉凶を、誰が豫め知り得ようか。その中の災殃と祥瑞は、神靈のみが准信を持つ。「父為行李」とは、父母爻が行李を表し、刑煞を帯びれば破損して合用に堪えないということである。「妻作盤纏」とは、妻財爻が盤纏を表し、生旺なら充裕して足りるということである。
出行以父爻為行李。旺相多,休囚少,空亡無。旺空,雖有而不多;帶刑害,及被傷克,破損舊物。父化兄,與人同睡;兄化父,與人合用。若就他人借行李,不宜財爻持世,及動,必難假借,帶合終可得之。妻財為財物本錢類。旺相充滿,休囚微少,空亡無有。卦若無財,兄弟化出,必是合本,或是借來,非己之物。世如衰弱,那堪水宿風餐;世為出行人。生旺有氣則吉。若休囚死絕,克則易倒,傷則易損。所以,不堪勞碌奔波,不耐風霜早晚。
出行では父爻をもって行李を表す。旺相なら行裝が多く、休囚なら少なく、空亡に落ちればない。旺で空に落ちるのは、あっても多くない。刑・害を帯びるか傷剋されるのは、破損した舊物である。父爻が兄弟を化するのは、人と同床して睡ること。兄弟が父爻を化するのは、人と一套の行裝を合用することである。もし人に行李を借りようと謀れば、財爻が世を持するか發動するのは宜しくない。そうすれば必ず借り難い。ただし合を帯びるのは終に借り得る。妻財は財物・本錢の類を表す。旺相なら充足し、休囚なら微薄、空亡に落ちればない。卦中にもともと財がないのに兄弟から化出せば、それは必ず合伙の本錢か、あるいは借りて來たもので、自己の物ではない。「世如衰弱、那堪水宿風餐」とは、世爻が衰弱なら旅途の風霜に堪えられないということである。世爻は出行の人を表し、生旺で氣があって初めて吉である。休囚死絶すれば、一たび剋されれば倒れ、一たび傷つけられれば損なわれる。ゆえに勞碌・奔波に經えられず、早晚の風霜にも耐えられない。
『黄金策』第二十七・出行(續)
應若空亡,難望謀成事就。應爻為所往之地。在震宮,城郭市鎮,熱鬧之地。坤宮,四野冷落所在。在艮宮,山上。坎宮,水鄉。餘仿此。最怕空亡,主地頭寂寞,謀事難成,必不得意而回。間爻安靜,往來一路平安;間爻為往來經歷所在,動則途中必阻隔遲滯。若得安靜不空,則一路平安,往來無阻。
応爻が「空亡」に落ちれば、地頭に到って事を謀り成すことを望むな。応爻はこの行が往こうとするその處を表す。応爻が「震」宮にあれば、往く處は城郭・市鎮の類の賑やかな所。「坤」宮にあれば、四野が冷落し空曠な所。「艮」宮にあれば、山の上。「坎」宮にあれば、水郷である。その余の各宮もこれに依って類推する。最も恐れるのは応爻の空亡で、それは目的地が冷清寂寞し、謀る事が成り難く、この行が必ず心にかなわず返ることを示す。世爻と応爻の間の兩爻を「間爻」という。間爻が安靜不動なら、往來の一路はみな平安である。「間爻」は往返の途中に經歷する地段を表し、それが一たび發動すれば、路の上に必ず阻隔・耽擱がある。安靜でまた空亡に落ちなければ、一路平安で來去无阻である。
太歲克沖,行止終年撓括。太歲出現,發動沖剋世爻,其人出外終年不利。更加鬼殺,白虎凶神,尤非吉兆。若為求官謀職而往,最宜此爻生合世身,必有成就之兆。世傷應位,不拘遠近總宜行;應克世爻,無問公私皆不利。世克應,是我制他,所向通達。更得間爻不動,鬼殺不興,去無阻節。克世,是我不得專志,所向梗塞。更遇動爻日辰,刑沖剋害,必不順利。
「太歳」が世爻を冲剋しに來れば、この一年は門外に出ても牽掣・糾纏を受ける。卦中に太歳の爻が現れ、また發動して世爻を冲剋しに來れば、この人は外出して一年の頭から終まで順利でない。太歳がさらに「官鬼」の凶殺・「白虎」などの凶神を帯びれば、さらに吉兆ではない。ただし官を求め職を謀るために外出するなら、反って最も太歳のこの一爻が世爻と卦身を生扶し合住するのを喜び、それは必ず功名成就の兆がある。世爻が応爻を剋傷すれば、路程の遠近を問わず起行に適する。応爻が反って世爻を剋せば、公事・私事を問わず利がない。世爻が応爻を剋すのは、我が相手方を制服するのであり、往く所は暢通して阻まない。さらに間爻が動かず「官鬼」の凶殺が發動しなければ、この往きは毫も阻礙・關節がない。応爻が世爻を剋すのは、我が自主・專行できず、向う所處處に梗塞する。さらに動爻や日辰が刑・冲・剋・害しに來るに遇えば、それは一定に順利でない。
八純亂動,在處皆凶;八純乃六沖之卦,內外爻不相和合。凡百謀望,皆主難成。且又六爻亂動,何吉之有?不拘所向,皆非宜也。遠行尤忌。兩間齊空,獨行則吉。間爻不宜空亡,主道路梗塞,行程必不快利。如金水空亡,水路不通;火土空亡,旱路不通;兩間俱空,多是半途而返。然間爻又是伴侶,若一身獨行,不挈伴侶,是為應象,反主吉兆。只慮世克應位耳。
「八純卦」を占得して六爻がまた亂動すれば、どこへ行ってもみな凶である。八純卦とは八宮の首卦で、「六冲」の卦に属し、内卦の三爻と外卦の三爻が彼此相冲して和合しないから、凡百の謀求はみな成り難いことを主る。況んや六爻がまた亂々と發動すれば、どこに吉利があろうか。どの方向へ往こうが合宜でなく、遠行はことに忌むべきである。兩つの間爻が同時に空に落ちれば、獨り身で路に上がるのが反って吉利である。間爻はもとより空亡を宜しくせず、空なら道路の梗塞を主り、行程は必ず快捷で順利でない。たとえば空亡の間爻が金・水に属すれば水路が通じず、火・土に属すれば旱路が通じない。兩つの間爻がともに空なら、たいてい半途で折返す。ただし間爻は同時に同行の伴侶をも表すから、もし只身獨行で伴侶を帯びなければ、応爻をもって准として見るべきで、間爻が空なのは反って吉兆となる。この時ただ世爻が応爻を剋しているか否かを顧慮すればよい。
世動訂期,變鬼則自投羅網;官臨畏縮,化福則終脫樊籠。世爻不動,行期末定,動則期已訂矣。世應俱動,宜速行;旁爻動,宜緩行。若世動變出鬼爻,去後必遭禍患。或鬼持世,乃是逡巡畏縮之象,欲行不行,必懷疑貳。休囚則難起身,生旺多是去不成,發動恐無伴而不去。更臨應爻,到彼不利。鬼化子孫,雖有災患不足患。
世爻が發動すれば、行期がすでに定まったことを説明する。世爻が「官鬼」を變出せば、この往きは自ら羅網に投ずるがごときである。世爻が動かなければ、出行の日期はまだ定まっていない。一たび動けば、日期はすでに訂まった。世爻と応爻がともに動けば、趕緊に身を動かすが宜しい。ただ旁爻のみが動けば、從容に緩行するが宜しい。もし世爻が發動して鬼爻を變出せば、往って後必ず禍患に遭遇する。あるいは「官鬼」が直ちに世を持すれば、それは遲疑・徘徊・畏縮して前に進まぬ象で、行きたくても行けず、心裏に必ず兩可の疑慮を懐く。鬼爻が休囚なら起きることが難しく、鬼爻が生旺ならたいてい往けず、鬼爻が發動すればおそらく同伴が見つからず往かない。鬼爻がさらに応爻の上に臨めば、たとえ往ってあそこに到っても利がない。鬼爻が「子孫」を變出すに至っては、災患があっても患と為すに足らない。
靜遇日沖,必為他人而去;動逢間合,又因同伴而留。世爻安靜,遇日辰動爻暗沖者,是別人來浼他,非為自己謀也。日辰並起合起,皆然。要知何人央他,以沖並爻定之。如父母為長上類。若世爻發動,遇動爻日辰合住者,是將行而有事羈絆,未能起程。要知何事絆住,以合爻定之。如鬼爻為官府中事類。又如勾陳動來合住,為田土事類。在間爻,多因同伴而阻。
世爻がもとより安靜なのに、日辰に暗中で冲动されれば、その行は必ず他人のために走るのである。世爻が發動したのに間爻に合住されれば、同伴の緣故で留められたのである。世爻が安靜で、日辰や動爻が暗中に相冲するのに遇えば、他人が來て彼に央求して行かせたのであり、自己のために事を謀るのではないと説明する。日辰が世爻と相併して帶起するか、相合して帶起するのも、道理は同じである。誰が來て彼に託したかを知るには、あの來て冲し來て併す爻がなんの六親かを見る。たとえば「父母」爻なら、すなわち尊長の類の人である。もし世爻がすでに發動したのに、動爻や日辰がそれを合住するのに遇えば、將に身を動かさんとして事の牽絆があり、起程できなかったのである。なんの事が絆したかを知るには、あの來て合した爻を見る。たとえば「官鬼」爻なら、官府・衙門の中の事。またたとえば「勾陳」が發動して合住しに來れば、田地・屋土の類の事である。間爻が合しに來れば、たいてい同伴に因って阻まれたのである。
世若逢空,最利九流出往;世空去不成,強去終不得意而回。若本身占卜,最忌世空,雖經出行,陷本他鄉,徒勞奔走。若九流藝術,及公門勾當人占,反為吉利之兆;主空手拿財,鬧處得財。然亦不得積聚,逢沖則妙。土如遇福,偏宜陸地行程。卦中火土爻動,是陸行;水木爻動,是水行。若火土臨財福,則宜陸地;鬼殺臨水土,不宜舟行。土火化空,須防跌蹼;水土化空,須防沉溺。更宜通變。
世爻が「空亡」に落ちれば、九流の術業の人が出門するのに反って最も有利である。世爻が空なら、一般には往くことを成さない。強いて往けば、終に意を得ずして歸る。本人が自ら占卜するなら、最も忌むのは世爻の空亡で、たとえ真に出門しても、他郷で本錢を賠折し、空しく奔走する一場となる。ただし九流・藝術の士、および官府の裏で差事を辦ずる人が占うなら、世が空なのは反って吉利の兆で、両手を空しくして財を取り、鬧熱の處で財を得ることを主る。ただこのような財も積聚できず、冲開に逢えばなお妙である。世爻が土に属してまた「子孫」の福神に遇えば、それは偏に陸路を行くのに宜しい。卦中の「火」「土」の爻が發動すれば旱路を行き、「水」「木」の爻が發動すれば水路を行く。火土の爻が「妻財」「子孫」に臨めば、陸地を行くのが宜しく、「官鬼」の凶殺が水土の爻に臨めば、船に乘るのが宜しくない。土爻・火爻が空亡に變入れば、跌跤・摔傷を防がねばならない。水爻・土爻が空亡に變入れば、落水・沉溺を防がねばならない。これらはみな靈活に變通して見るべきである。
鬼地墓鄉,豈堪踐履;財方父向,恰可登臨。鬼地者,世屬金,南方是也。墓鄉者,世屬火,西北方是也。他仿此。若往此方,必有災咎。若求財利,要行財方。如世屬土,北方是也。求官見貴,要行父向。如世屬水,西方是也。餘亦仿此。凡鬼殺所臨之地,宜避之;財福所臨之地,宜往之。
「官鬼」のある方位と「墓庫」のある方位には、どうして踏み入れられようか。「妻財」のある方位と「父母」のある方位は、ちょうど往くべきである。いわゆる「鬼地」とは、世爻を剋するその方位を指す。たとえば世爻が金に属せば、火は金を剋し、火は南方にあるから、南方がすなわち鬼地である。いわゆる「墓鄕」とは、世爻が墓に入るその方位を指す。たとえば世爻が火に属せば、火の墓は戌にあり、戌は西北にあるから、西北がすなわち墓鄕である。その余の五行もこれに依って類推する。もしこの二つの方向へ往けば、必ず災禍がある。もし財利を求め取るなら、「妻財」の方位を行かねばならない。たとえば世爻が土に属せば、土の剋する所は水であり、水は北方にあるから、北方がすなわち財方である。もし官を求め貴に謁するなら、「父母」の方位を行かねばならない。たとえば世爻が水に属せば、水を生ずる者は金であり、金は西方にあるから、西方がすなわち父向である。その余もこれに照らして推す。要するにおよそ「官鬼」の凶殺の臨む方位はみな回避すべきであり、「妻財」「子孫」の臨む方位はみな前往すべきである。
官挈玄爻刑剋,盜賊驚憂;凡占出行,最怕鬼爻出現,休囚安靜則吉。猶不可動,動則必有禍患。如臨青龍,酒色中惹禍;臨朱雀,言語中招非;臨螣蛇,多驚恐;臨白虎,多疾病;臨玄武,主失脫。勾陳臨水動,途中必多風雨。以上持世克世最忌,旺相亦忌;休囚受制,不傷世身,終無大禍。不過伴侶有災耳。世空不受克,亦主伴侶有災。
「官鬼」が「玄武」を帶びて世爻を刑剋しに來れば、路の上に盗賊の驚がある。およそ出行を占い、最も恐れるのは鬼爻が卦中に現れることである。たとえ現れても、休囚でまた安靜なら、まだ吉利と算えられる。ただしなお發動してはならず、一たび動けば必ず禍患がある。鬼爻の臨む六神が同じでなければ、禍事も同じでない。「青竜」に臨めば酒色の上に禍を惹き、「朱雀」に臨めば言語の上に是非を招き、「螣蛇」に臨めば虚驚・恐懼が多く、「白虎」に臨めば疾病が多く、「玄武」に臨めば失盗して物を丟うことを主る。「勾陳」が水爻に臨んで發動すれば、途中に必ず風雨が多い。以上の諸般の情形で、最も忌むのは鬼爻が世を持するか世を剋することで、鬼爻が旺相なのも忌む。鬼爻が休囚でまた制伏を受け、世爻と卦身を傷つけられなければ、終に大禍はなく、ただ同行の伴侶に災があるだけである。世爻が空で剋を受けなければ、また同伴に災があることを主る。
兄乘虎殺交重,風波險阻。兄加白虎動,或鬼在木爻動,或木化鬼來刑沖,或鬼在巽宮動克,皆有風波險阻。在三四爻,出門便見;在間爻,途中遇;在五爻,一路不安;在上爻,或應上,直至地頭見也。旁爻動,不傷世身,只是險阻。乘旺沖剋,須防沒溺。鬼化兄,兄化鬼,不惟途中風浪驚憂,且有盜賊。
「兄弟」爻が「白虎」の凶殺を帶びて發動すれば、路の上で風波・險阻に遇う。兄弟爻が白虎を加臨して發動するか、「官鬼」が木爻の上で發動するか、木爻が鬼爻を變出して刑冲するか、鬼爻が「巽」宮で發動して剋しに來れば、みな風波・險阻があることを主る。それが第幾爻にあるかを見れば、どこで遇うかが分かる。三爻・四爻なら門を出ればすぐ碰上し、間爻なら途中で遇い、五爻なら一路安寧を得ず、上爻や応爻の上なら、目的地に一直到って初めて碰上する。ただ旁爻の發動のみなら、世爻・卦身を傷つけず、ただの險阻に過ぎない。それが旺に乘じて冲剋しに來れば、沈船・落水を提防せねばならない。鬼爻が兄弟を變じ兄弟が鬼爻を變ずるに至っては、ただ途中の風浪・驚恐のみならず、また盗賊に遇う。
妻來克世,莫貪無義之財;財合變官,勿戀有情之婦。妻財動來刑剋世爻,因財致禍,勿貪可也。若世與財爻相合,而財爻變出鬼來刑剋者,因色招殃。勿戀可也。父遭風雨之淋漓,舟行尤忌;父為辛勤勞苦之神。動則跋涉程途,不能安利。刑剋世爻,必遭風雨阻節而然。父為舟,克世,行船又不順利;更加白虎木爻,或化官,必有風波之險。得子動來解救,庶可化凶為吉。
「妻財」爻が世爻を剋しに來れば、來路の正しくない錢財を貪ってはならない。財爻が世爻と相合するのに「官鬼」を變出せば、多情の婦人を戀してはならない。妻財爻が發動して世爻を刑剋しに來るのは、財に因って禍を招くのであり、貪らなければ事はない。世爻と財爻がもとより相合するのに財爻が鬼爻を變出して世爻を刑剋しに來れば、それは色に因って殃を招くのであり、戀し留まらなければ事はない。「父母」爻は風雨に淋漓する苦しみを受けることを主り、船に坐って出行するには殊にそれを忌諱する。父母は辛勤・勞苦の神で、一たび發動すれば長途の跋涉を意味し、安逸・順利を得られない。それが世爻を刑剋すれば、必ず風雨に遭遇して阻隔・擱擔される緣故である。父母爻はまた船を表し、父母が世を剋せば、船を行くのが順利でない。さらに「白虎」に臨むか木爻に属するか、鬼爻を變出すれば、必ず風波の險がある。「子孫」爻が發動して前に來て解救することを得れば、なお凶を化して吉と為せる。
福遇和同之伴侶,謁貴反凶。子孫持世,吉無不利,主吉去善轉。發動,必逢好侶。在三四爻,出門便逢;在五爻,途中遇;在六爻,地頭得好人扶持。若為謁貴出行,則不宜子動,謂之傷主,反為不利之兆。艮宮鬼坐寅爻,虎狼仔細;官在震宮及艮宮,遇寅爻動,主有虎狼之患。若無氣有制伏,或不傷世,或世在避空者,終不傷命,但有虛驚耳。
「子孫」の福神は和睦して相與える良い伴侶に遇えることを主るが、唯獨貴人に謁見しに行くには反って凶である。子孫が世を持せば、吉利で順わぬことなく、この往きが吉利で事が善く始まり善く終ることを主る。子孫が發動すれば、きっと良い同伴に碰上る。三爻・四爻なら門を出ればすぐ遇い、五爻なら途中で遇い、六爻なら地頭に到って良い人の扶持がある。ただし貴人に謁見するための出行なら、子孫の發動は宜しくない。それを「傷主」といい、子孫は官鬼を剋し、官鬼はまさに貴人だから、反って不利の兆となる。「艮」宮の鬼爻が「寅」爻の上に坐すれば、虎狼に小心せよ。官鬼が「震」宮か「艮」宮にあって、また寅爻の發動に遇えば、虎狼の患を主る。鬼爻が無氣でまた制伏を受けるか、世爻を傷つけられないか、世爻がちょうど落空して躲けおおせれば、終に性命を傷つけず、ただ一場の虚驚に過ぎない。
震卦兄逢蛇殺,光棍宜防。兄主劫財。若加螣蛇動,必有光棍劫拐財物。在震宮,其光棍在市鎮上;在坤宮,鄉里中人;應臨,地頭主人;五爻,途中被騙。化出官,則是盜賊。無氣,須防剪綹。鬼動間中,不諧同伴;官在間爻動,伴侶不和,或伴中有病。兄空不受剋制,則主自己有災難,非伴中有事也。兄興世上,多費盤纏。兄爻持世,必費資財。臨蛇雀,恐有呼廬虛費;青龍玄武,酒色費財。餘則盤纏多費耳。若為財利出行,最不吉。休囚不動,猶可;乘旺發動,則且空費盤纏,徒勞奔走,必無所得。
「震」卦の裏で「兄弟」爻が「螣蛇」の凶殺に遇えば、無頼の光棍を提防せよ。兄弟爻は錢財の劫奪を主り、さらに「螣蛇」を加えて發動すれば、必ず光棍が來て財物を劫奪・拐騙する。兄弟爻が「震」宮にあれば、この光棍は市鎮の上にいる。「坤」宮にあれば、郷里の中の人。応爻に臨めば、目的地の主人。五爻にあれば、途中で騙される。兄弟爻が「官鬼」を變出せば、それは真の盗賊である。無氣なら、扒竊・割包されるのを防がねばならない。「官鬼」が間爻で發動すれば、同伴と處り合えない。官鬼が間爻の上で發動すれば、同伴の間が和睦せず、あるいは伴中に人が病む。兄弟爻が空でまた克制を受けなければ、それは自己に災難があるのであって、伴中に事が出るのではない。兄弟爻が世爻の上で發動すれば、路費は多く花する。兄弟が世を持せば、必ず錢財を破費する。「螣蛇」「朱雀」に臨めば、おそらく賭博の類の白花費がある。「青竜」「玄武」に臨めば、酒色の上に財を費やす。その余の情形は、ただ盤纏を多花するに過ぎない。財利のために出行するなら、兄弟が世を持するのは最も不吉利である。それが休囚して動かなければまだよい。一たび旺に乘じて發動すれば、盤纏を空費するうえ空しく一趟を走り、必ず一つの得る所もない。
一卦如無鬼殺,方得如心;官鬼凶神,出行不宜見之。在初爻,腳必痛;二爻,身有災;三爻,伴侶病;四爻,去後家有官事相擾;五爻,道路梗塞;六爻,地頭謀望不利。六爻無鬼,方為大吉之兆也。六爻不見福神,焉能稱意。子為福德,又為解神。若不上卦,或落空亡,則鬼殺專權;凡有災禍,必無救援。故《海底眼》云:卦無子孫不喜悅。
一卦の中に「官鬼」の凶殺がなければ、初めて心にかない意のままである。官鬼は凶神であり、出行を占うにそれを見るのは宜しくない。それが初爻にあれば脚上に必ず疼痛があり、二爻にあれば身上に災があり、三爻にあれば同伴が病み、四爻にあれば出門して後家裏に官司が來て擾し、五爻にあれば道路が梗塞し、六爻にあれば目的地に到って謀る所が利ならない。六爻の中にみな鬼爻がなくて初めて大吉の兆とする。六爻の中に「子孫」の福神を見なければ、またどうして意にかなおうか。子孫は福徳の神であり、また厄を解く神である。それが卦に上がらないか、空亡に落ちれば、「官鬼」の凶殺が權柄を獨攬し、およそ災禍があっても救援がない。ゆえに『海底眼』に言う。卦中に子孫がなければ喜悅の言うべきなしと。
主人動遇空亡,半途而返;隔手來占,須看何人出行。如僧道子侄,則看福是主人。餘仿此。主人空動,行至半途,仍復回來。動化退神,亦然。動化空,則主去後不利。退神者:卯化寅,酉化申類。財氣旺臨月建,滿載而回。出行,若得財爻旺相,生合持世,不臨空亡,不受刑剋,異日必有生意。更加月建,定主滿載歸家。但能趨吉避凶,何慮登高涉險!
出行の人を表すその一爻が發動してまた「空亡」に逢えば、この行は半路に折返す。隔手して別人のために占うなら、まずなんの人が出行するかを見ねばならない。たとえば出行するのが僧道や子姪なら、「子孫」爻をもって主人とする。その余の身分もこれに依って類推する。主人爻が空でまた動すれば、半路まで行って依然として帰って來る。動して「退神」を變出しても、情形は同じである。動して空亡に變入れば、往って後利がないことを主る。いわゆる退神とは、「卯」が「寅」に變じ「酉」が「申」に變ずるの類の退き返る變化である。「妻財」爻が旺相でまた「月建」に臨めば、この行は滿載して歸る。出行を占う時、財爻が旺相で、また來て世爻を生扶し合住し、空亡に落ちず、刑剋を受けなければ、後日必ず賣買を成し得る。さらに「月建」に臨めば、それはきっと滿載して歸る。ただ吉に趨り凶を避けられさえすれば、またどうして高きに登り險を渉るを憂えようか。
『黄金策』第二十八・行人
人為利名,忘卻故鄉生處樂;家無音信,全憑周易卦中推。要決歸期但尋主象。官員公吏看官爻,僧道卑幼看福爻,妻妾奴婢看財爻,兄弟朋友看兄爻,尊長老人看父爻。不在六親之中者,看應爻。
人は名利のために外で奔波し、竟に故郷・生長の地の安樂を忘れてしまう。家中に久しく音信がなければ、全く『周易』の卦象に憑って推斷するのみである。行人の歸期を判定するには、ただ彼を代表するその一爻、すなわち「用神」の主象を見定めればよい。占うのが官員・衙門の公吏なら「官鬼」爻を見、僧道や晩輩・幼小なら「子孫」爻を見、妻妾・奴婢なら「妻財」爻を見、兄弟・朋友なら「兄弟」爻を見、尊長・老人なら「父母」爻を見る。問う人が六親の列にいなければ、応爻を見る。
主象交重身已動;用爻安靜未思歸。用爻即主象。動則行人已行。看在何爻,便知人在何處。如在初二爻,方發足;在三四爻,將到門;在五爻,在中途;在六爻,還在地頭,歸期尚遠。用爻不動,日辰動爻又無沖並者,安居異鄉,未有歸念也。克速生遲,我若制他難見面;用爻動,歸期可擬。日辰若克世,人必速至;生世合世,人必歸遲。最怕世爻剋制用爻,乃未能歸。
主象の爻が發動すれば、人はすでに路に上がっている。用爻が安靜不動なら、人はまだ郷に歸る念を動かしていない。用爻とは前に言う主象である。それが一たび發動すれば、行人がすでに起程したと説明する。それがどの爻に落ちているかを見れば、人がどこに到ったかが分かる。初爻・二爻なら、ようやく身を動かしたばかり。三爻・四爻なら、家門に近づく。五爻なら、なお半途にある。六爻なら、依然として他郷に滯留し、歸期はなお遠い。用爻が動かず、日辰と動爻がまたみなそれを冲しに來ず併せに來なければ、それは異郷に安居して、まだ歸ろうと思っていない。用爻が來て世を剋すのは到るのが早く、來て世を生ずるのは歸るのが遲い。我の方が反って彼を制すれば、見ることが難しい。用爻がすでに動せば、歸期は推測できる。日辰が世爻を剋せば、人は一定にすぐ到る。世を生じ世を合せば、人は反って歸るのが遲い。最も恐れるのは世爻が反って用爻を克制することで、そうなれば歸って來ない。
三門四戶,應如合世即還家。三爻為門,四爻為戶。臨用爻動,歸程已近。更得應爻動爻克世生世,而用爻又無制伏者,人即到家,可立而待也。動化退神,人既來而復返;凡寅動化卯,巳動化午類,謂進神;酉動化申,子動化亥類,謂退神。用爻若化進神,行人急急回來,不日可望;化退神,行人雖來仍復返;空動亦然。看臨何爻,便知何處轉去。要知行幾里路去,以生成數斷之。如一六水數,二七火數,三八木數,四九金數,五十土數。陽爻以天數推,陰爻以地數推;生旺倍加,死絕減半。
三爻を門とし、四爻を戸とする。応爻が來て世爻と相合すれば、人はまもなく家に到る。三爻を「門」といい、四爻を「戸」という。用爻がこの兩爻の上に臨んで發動すれば、歸程はすでに甚だ近い。さらに応爻や動爻が來て世を剋し世を生じ、用爻がまた制伏されていなければ、その人は立刻に家に到る。立って待てばよい。用爻が發動して「退神」を變出せば、人はすでに路の上にあるがまた折返す。およそ「寅」が動して「卯」に變じ、「巳」が動して「午」に變ずる類の順に前へ往くのを「進神」といい、「酉」が動して「申」に變じ、「子」が動して「亥」に變ずる類の退き返るのを「退神」という。用爻が進神を化すれば、行人は急いで歸り赶り、數日ならずして盼える。退神を化すれば、行人はすでに身を動かしたがなお返回する。用爻が空で發動するのも同じである。それがどの爻に臨むかを見れば、どこから折返したかが分かる。彼が何里の路を行ったかを推算するには、五行の生成の數をもって断ずる。一と六は水數、二と七は火數、三と八は木數、四と九は金數、五と十は土數である。陽爻は天數を取って推算し、陰爻は地數を取って推算する。爻が生旺に逢えば倍にし、死絶に逢えば半減する。
靜生世位,身未動而懷歸。六爻安靜,人必未歸。若應生世合世,或世應比和,用爻生合世爻者,身雖未動,已有歸意。但看沖動月日起程,生旺旬日必來。有氣主速到,無氣主遲滯。若遇暗沖,睹物起傷情之客況;卦爻不動,本無歸意。若得日辰沖動應爻或用爻者,必然睹物思鄉,方欲起意回家。日辰雖沖,而月建動爻剋制者,縱有客況,亦難起程也。
用爻が安靜なのに來て世爻を生ずれば、人はまだ身を動かしていないが、心裏にはすでに歸ろうと思っている。六爻がともに安靜なら、人は一定にまだ歸って來ない。ただし応爻が世を生じ世を合するか、世応の兩爻が五行相同で比和するか、用爻が來て世爻を生合すれば、人は未だ身を起さないが歸意は已に有る。どの月日にそれを冲动し得るかを見れば、それが起程の期である。爻が生旺に逢えば、十天の內に必ず到る。用爻に氣があれば到るのが速いことを主り、無氣なら遲滯を主る。日辰が暗中に來て冲するのに遇えば、それは他郷で景を見て情を生じ、傷感を動かしたのである。卦爻がともに動かなければ、もとより歸意がない。日辰が応爻や用爻を冲动することを得れば、それは必ず景に觸れて鄉を思い、ようやく家に歸る念頭を起したのである。ただ日辰が來て冲しても、「月建」や動爻がまた來て克制すれば、たとえ客中の愁緒を滿懐しても、なお起程し難い。
如逢合住,臨行有塵事之羈身。用爻發動,固是歸兆。若遇動爻日辰作合,謂之合住。其人雖欲回家,因事絆住,不得歸來也。如被父母合住,必因長上所留,或因文書阻滯;財爻合住,必因婦人迷戀,或因財物淹留;兄弟合住,多因朋友同伴,口舌所阻;子孫合住,必因小口,六畜僧道所阻;官鬼合住,帶吉,則貴人所留;加凶,是火盜官災絆住。
用爻が合住されれば、それは臨行に俗務が身に纏ったのである。用爻が發動するのは、もとより歸來せんとする征兆である。動爻や日辰がそれと相合するのに遇えば、それを「合住」という。その人は家に歸りたいと思うが、事に絆されて歸れない。なんの爻に合住されたかを見れば、なんの事かが分かる。「父母」爻に合住されれば、必ず尊長が挽留したか、文書・公文に因って耽搁されたのである。「妻財」爻に合住されれば、必ず婦人に迷戀したか、財物のために滯留したのである。「兄弟」爻に合住されれば、たいてい朋友・同伴か、口舌・是非の阻挠による。「子孫」爻に合住されれば、必ず小兒女・牲畜か、僧道の事に阻まれたのである。「官鬼」爻に合住されれば、吉神を帶びれば貴人の挽留であり、凶神を加えれば火災・盗賊・官司が彼を絆したのである。
世克應而俱動,轉往他方;凡占行人,卦爻宜動不宜靜。世動歸心必切,應動身已登程。若動世克動應,行人雖來,而往他處,非歸家也。用爻動而生合應爻者,同此推斷。應比世而皆空,難歸故里。應為客鄉,世為家鄉。應爻生世合世,是行人思家之象,可望其歸也。世應比和,本非歸兆,必得用爻動來克世合世,乃能歸耳。惟怕應爻空亡,雖來亦必遲緩。更與世爻皆空,則欲來不來,必無準實,難望其歸來也。若應不空,而世獨空亡者,又主行人已離彼處,反主歸速也。用爻更動,可立而待也。
世爻と応爻がともに發動して世がまた応を剋すれば、行人は別處へ轉じて往ったのである。およそ行人を占い、卦爻は動を宜とし靜を宜としない。世爻が動すれば、家裏の歸を盼ぐ心は必ず切である。応爻が動すれば、人はすでに登程した。ただし發動する世爻が發動する応爻を剋していれば、その行人は路の上にはいるが別處へ往くのであって、家に歸るのではない。用爻が發動して応爻を生合しに往くのも、これに照らして断ずる。応爻と世爻が比和して兩爻がまたともに空なら、故里に歸り難い。応爻は客居の他郷を表し、世爻は家郷を表す。応爻が世を生じ世を合すれば、行人が家を思う象で、彼の歸りを盼ぐことができる。世応が比和すれば、もとより歸來の兆ではなく、必ず用爻が發動して世を剋し世を合しに來て初めて歸って來られる。最も恐れるのは応爻が空亡に落ちることで、そうなればたとえ歸って來ても一定に遲緩である。さらに世爻までも空なら、それは來たいが來られず、毫も准信がなく、彼が歸來するのを望み難い。もし応爻が空でなくただ世爻のみが空なら、反って行人がすでにあの處を離れたことを主り、歸期は反って早い。用爻がさらに發動すれば、立って待つだけである。
遠行最怕用爻傷,尤嫌入墓;遠出行人,若得用爻出現,不臨空亡,不受傷克,卦有財福,便主在外吉利,雖歸遲無妨。在死墓絕地,或日月動變刑剋,皆主不利。若用爻無故自空,或變入死墓空絕,或忌爻乘旺帶殺發動,或卦無用爻,應又空者,皆當以死斷之。近出何妨主象伏,偏利逢沖。家內近出行人,用爻伏藏,必有事故不歸。若得日辰動爻沖之,則便歸。或無日辰動爻相沖,至沖動日時即到。用爻安靜,亦依此斷。不歸事,詳見下。
遠行の人を占い、最も恐れるのは用爻が傷つくことで、殊にそれが墓に入るのを忌諱する。遠く出て外にいる人は、用爻が明らかに卦中に現れ、空亡に落ちず、傷剋を受けず、卦中にまた「妻財」「子孫」があれば、彼が外で吉利であることを主り、たとえ歸期が遲くても妨げない。用爻が死・墓・絶の地に落ちるか、あるいは日辰・月建・動爻・變爻に刑剋されれば、みな不利を主る。もし用爻が故なく自ら空亡に落ちるか、あるいは死・墓・空・絶に變入るか、あるいはそれを剋する忌爻が旺に乘じ凶殺を帶びて發動するか、あるいは卦中にそもそも用爻がなく応爻がまた空なら、これら幾つかの情形はみな人が已に亡故したとして断ずる。近處に出門した人に至っては、用爻が伏蔵してもむしろ妨げなく、反って冲に遇うを喜ぶ。家門の附近へ出た行人は、用爻が伏して現れなければ、必ず事があって耽搁して歸らないのである。日辰や動爻が來てそれを冲するを得れば、人は立刻に歸る。當下に日辰・動爻の相冲がなければ、それを冲动するその日時を待てば到る。用爻が安靜不動なのも、これに照らして断ずる。歸らない種種の緣由に至っては、下文に詳しく見るべし。
若伏空鄉,須究卦中之六合;用爻空亡,必須中間克破伏上飛神,方得露出伏神為用。否則終被把住,雖有提起之爻,亦何用哉!若得伏於空亡爻下,一遇動爻日辰六合,即出為用,行人可望其歸。六沖尤妙。更決歸期,亦以沖合月日定之。若伏神自遇空亡,恐作他鄉之鬼,必無歸日。如藏官下,當參飛上之六神。用爻伏官鬼爻下,必為凶事所羈。如臨青龍,必因酒色成病不歸;臨朱雀,必因官非口舌不歸;臨勾陳,蹼跌損傷;臨螣蛇,牽連驚恐;臨白虎,臥病不起;臨玄武,被盜失財不歸。凡遇土鬼為病,火鬼為訟,勿論六神可也。卦無官鬼,亦依上斷。
用爻が空亡の處に伏していれば、卦中に「六合」があるか否かを見ねばならない。用爻が空亡の時は、必ず別の爻がその中から伏神の上に壓る「飛神」を剋破してこそ、伏神は顯露して用神として使える。さもなければ伏神は終に飛神に把持され、たとえそれを提起し得る爻があっても何の用かあろう。もし伏神がまさに一個の空亡の飛神の下に伏していて、一たび動爻や日辰がそれと六合するに遇えば、それは立刻に出て用を為し、行人は歸來を望み得る。「六冲」に逢って飛神を冲開すれば、それはさらに妙である。歸期を推定するに至っても、相冲・相合の月日をもって定める。もし伏神自身がまた空亡に逢えば、おそらく已に他郷の鬼と作り、歸來の日は絶えてない。用爻が「官鬼」の下に蔵れていれば、その上に壓るその飛爻が臨む六神を参看せねばならない。用爻が官鬼爻の下に伏すれば、必ず凶事に羈絆されている。「青竜」に臨めば、必ず酒色に因って病を致して歸らず、「朱雀」に臨めば、必ず官司・口舌に因って歸らず、「勾陳」に臨めば、跌仆・損傷であり、「螣蛇」に臨めば、牽連されて驚恐し、「白虎」に臨めば、病に臥して起きず、「玄武」に臨めば、盜まれ財を失って歸らない。およそ土爻の鬼に遇えば疾病を主り、火爻の鬼は訴訟を主り、この二種は六神を再び論ずるに及ばない。卦中にもともと官鬼がなくても、上のように断ずる。
兄弟遮藏,緣是非而不返;用爻伏在兄爻下,必有是非口舌,爭鬥事不歸。加朱雀為賭博,化官鬼為失財,臨白虎為風波。子孫把住,由樂酒以忘歸。用爻伏於子孫下,必為遊樂、飲酒、田獵、串戲、走馬而不歸也。不然,亦為六畜之故,小兒之事,僧道之阻,所以不得歸家。
用爻が「兄弟」爻に遮蓋・蔵住されれば、是非・糾紛のために歸らないのである。用爻が兄弟爻の下に伏すれば、必ず是非・口舌、争鬪・打鬧の事があって彼を歸らせない。兄弟爻にさらに「朱雀」を加えれば賭博であり、「官鬼」を變出せば錢財を丟したのであり、「白虎」に臨めば風波に遇ったのである。用爻が「子孫」爻に把持されれば、遊びと酒を貪って家に歸るを忘れたのである。用爻が子孫爻の下に伏すれば、必ず遊樂・飲酒・打獵・看戲・跑馬のこれらの事のために歸らない。さもなければ、また牲畜・小兒女の事のためか、あるいは僧道に牽絆を受けて、ゆえに家に歸れないのである。
父為文書之阻滯;用爻伏於父爻下,必為文書阻節,或為手藝不歸。不然,則是尊長所留。卦無父母,或落空亡,必無路引。動化空,路引己失;父化父,兩人合一引。財因買賣之牽連。用爻伏於妻財下,必為經營買賣之故而不歸。財爻空亡,或遇兄劫,多因折本。財臨有氣,或遇生扶,必有利息,故忘家也。若臨青龍玄武,必是迷花不返。
用爻が「父母」爻の下に伏すれば、文書・公文に阻滯されたのである。これは必ず文書の手續が卡ったか、あるいは手藝の活計のために身を脫せられない。さもなければ、尊長に留められたのである。卦中にそもそも父母爻がないか、父母爻が空亡に落ちれば、通行の路引文書がないのである。父母爻が動して空に變ずれば、路引は已に遺失した。父母爻が父母爻を變出せば、二人が一張の路引を合用している。用爻が「妻財」爻の下に伏すれば、賣買・生意に牽連されたのである。これは必ず經營・賣買の緣故で歸らないのである。財爻が空亡するか「兄弟」爻に劫奪されれば、たいてい本を折った。財爻に氣があるか生扶を得れば、それは必ず賺頭があるから、樂しんで家を忘れたのである。財爻がさらに「青竜」「玄武」に臨めば、それは必ず女色に迷戀して歸ろうとしない。
用伏應財之下,身贅他家;用爻伏於應上,妻財之下,必然身贅他家,不思歸也。財動生合世爻,掣婦歸家。財爻若與伏神不相生合,乃是與人掌財,或是倚靠他家,非婚婿也。主投財庫之中,名留富室。用爻伏於財庫下,其人必在富家掌財。伏神衰絕無氣,則是傍他度活耳。若得用爻出現,在財庫爻動,異日必然滿載而回。更加青龍月建,尤為稱意。
用爻が応爻の「妻財」の下に伏すれば、この人は他家に入贅したのである。用爻が応爻の上・妻財爻の下に伏すれば、必然として他家に招贅されて歸ろうと思わない。財爻が發動して世爻を生合しに來れば、それは媳婦を帶びてともに家に歸るのである。もし財爻と伏神が相生・相合しなければ、それはただ人のために錢財を掌管するか、あるいは投告・依傍して别人家についているのであり、女婿を為すのではない。用爻が「財庫」の中に投ずれば、名を富室に挂けたのである。用爻が財庫の爻の下に伏すれば、この人は必ず富貴の人家で財物を掌管している。伏神が衰絶無氣なら、それはただ人家に依傍して口の飯を混じて食うに過ぎない。用爻が顯露し出て、また財庫の爻の上で發動するを得れば、後日必ず滿載して歸る。さらに「青竜」と「月建」を加臨すれば、殊に意にかない心のままである。
五爻有鬼,皆因途路之不通;鬼在五爻動,必是途路梗塞不通,故不歸也。五爻若遇忌殺發動,亦然。五爻空亡,亦是道路不通之象也。一卦無財,只為盤纏之缺乏。卦中動變月日,皆無財爻者,為無路費,故不歸。有財無故自空者,亦然。行人原為財利者,必不遂意。墓持墓動,必然臥病呻吟;用爻入墓化墓,或持鬼墓,或卦有鬼墓爻動,或用伏於鬼墓爻下,皆主病臥他家,故不回也。若伏官爻下,亦然。帶朱雀,或化文書,必在獄中,非病也。
五爻の上に「官鬼」があれば、みな道路が通じないためである。鬼爻が五爻で發動すれば、必ず路途が梗塞して行き通えず、ゆえに歸らない。五爻が用神を剋する忌殺の發動に遇うのも同じである。五爻が空亡に落ちるのも、同じく道路不通の象である。一卦の中に「妻財」がなければ、それはただ盤纏が乏しいのである。卦中の動爻・變爻および月建・日辰に、すべて財爻が見えなければ、路費がないので歸って來られない。卦中に財があるのに故なく自ら空亡に落ちるのも同じである。行人はもともと財利のために出たのだから、それでは必ず願いのごとくならない。用爻が墓を帶びまた墓に化入れば、人は必ず病に臥して呻吟する。用爻が墓に入りまた墓に變入るか、あるいは鬼墓を帶びるか、あるいは卦中に鬼墓の爻が發動するか、あるいは用爻が鬼墓の爻の下に伏すれば、みな彼が别人家で病に倒れたことを主り、ゆえに歸って來られない。官鬼爻の下に伏しても情形は同じである。さらに「朱雀」を帶びるか、あるいは文書の爻を變出せば、それは牢の中に關められたのであって、病ではない。
世合世沖,須用遣人尋覓。用爻安靜,得世爻發動,沖起合起者,必須自去尋覓,方能歸。用爻伏藏,得世爻提起;用爻入墓,得世爻破墓;皆用尋覓方回。合逢玄武,昏迷美色不思鄉;六合卦,玄武財動;或用臨玄武,動而遇財爻合住;或用伏玄武財下;或卦有三合財局,而玄武亦動其中者;皆主行人在外貪花戀色,不思故鄉也。若得動爻日辰,沖破克破合爻,庶有歸日。若用臨玄武化鬼,或伏玄武鬼下,而財爻不相合者,其人在外,必為盜賊。不然,亦被盜攀害,故不歸也。
世爻が用爻を合しに往き、用爻を冲しに往けば、それは人を遣って前に尋ねなければならない。用爻が安靜不動で、世爻の發動に靠ってそれを冲起あるいは合起させれば、必ず家裏の人が自ら尋訪に往いてこそ、人は歸って來られる。用爻が伏蔵して世爻に靠ってそれを提起させ、用爻が墓に入って世爻に靠って墓を冲破させるのも、みな尋訪に往いてこそ接して還せる。卦が「六合」に逢ってまた「玄武」に遇えば、人は美色に迷って郷に歸るを思わない。およそ六合卦を占得して玄武が財爻に臨んで發動するか、あるいは用爻が玄武に臨んで發動するのに財爻に合住されるか、あるいは用爻が玄武の財爻の下に伏するか、あるいは卦中に三合の財局を結成して玄武もその中にあって發動すれば、みな行人が外で女色を貪戀して故郷を思わないことを主る。動爻や日辰があの來合する爻を冲破・剋破するを得てこそ、歸來の日がある。もし用爻が玄武に臨んで「官鬼」を變出するか、あるいは玄武の鬼爻の下に伏して、財爻がまたそれと相合していなければ、それはこの人が外で必ず盗賊を為したのであり、さもなければ盗賊に攀扯・陷害されたので、歸って來ないのである。
卦得游魂,漂泊他方無定跡。游魂卦應爻發動,行人東遊西走,不在一方。用在五爻動,亦然。游魂化游魂,行跡不定;游魂化歸魂,遊遍方歸。日並忌興休望到;身臨用發必然歸。剋制主象者,為忌爻。若在卦中發,或臨身世,或帶日辰,或被日辰沖並,皆主不歸。若得用臨卦身,出現發動,則必回來。若持世動,亦可望其歸。
「游魂卦」を占得すれば、人は外に漂泊して定まらず、行蹤は尋ね難い。游魂卦で応爻がまた發動すれば、行人は東に游び西に盪い、一處に固定しない。用爻が五爻の上で發動しても同じである。游魂卦が游魂卦を變出せば、行跡はさらに飄忽として定まらない。游魂卦が歸魂卦を變出せば、それは游び遍してから歸るのである。忌爻が日辰に併起されて興旺すれば、彼が家に到るのを望むな。卦身が用爻に臨んで發動すれば、人は必ず歸來する。およそ主象・用神を克制するものを「忌爻」という。忌爻が卦中で發動するか、卦身と世爻に臨むか、日辰を帶びるか、日辰に冲起・併起されれば、みな人が歸らないことを主る。用爻がまさに「卦身」に臨んで、また顯露して發動すれば、それは一定に歸る。用爻が世を持して發動しても、彼の歸來を盼ぐことができる。
父動卦中,當有魚書之寄;凡占行人,卦有父動,必有音信寄來。生世合世,持世克世,皆主來速;世生世克,則來遲。化出喜爻,或化福爻,是喜信;或化忌爻,或化官爻,是凶信。動空化空,是虛信;加螣蛇化兄,亦恐未的。父化父,兩次信來。若逢合住,音信被人沉匿;或帶書人有事,稽延在途,未能到也。若逢沖散,書信已失。重爻則已報過。財興世上,應無雁信之來。凡占望信,遇父爻衰靜,或空或伏,或有財動,或財爻旺臨身世,皆主無信。卦有動爻,化出父母生合世爻,即是其人傳信也。如兄化出,朋友寄來類。
卦中の「父母」爻が發動すれば、書信が寄せられて來るべきである。およそ行人を占い、卦に父母の發動があれば、必ず音信が寄到する。父母が來て世を生じ世を合するか、あるいは世を持し世を剋すれば、みな信が來るのが速いことを主る。反って世爻からそれを生じそれを剋しに往けば、信は來るのが遲い。父母が喜神の爻や「子孫」の福爻を變出すれば、喜信である。忌爻や「官鬼」爻を變出せば、凶信である。父母が動して空に落ち、變じて空に入れば、虚信である。さらに「螣蛇」を加えまた「兄弟」を變出せば、おそらく確實でもない。父母が父母を變ずれば、前後二回の來信である。父母が合住されれば、信は人に扣壓・藏匿されたか、あるいは信を捎ぶ人に事があって路の上で耽搁し、まだ送り屆かれないのである。冲散されれば、書信は已に遺失した。父母爻が「重」爻なら、それは已に報じた舊信である。「妻財」が世爻の上で發動すれば、書信は來ない。およそ音信を盼望するを占い、父母爻が衰弱安靜なのに遇うか、空亡か伏蔵か、あるいは卦中に財爻の發動があるか、あるいは財爻が旺相で卦身・世爻に臨むかすれば、みな信がないことを主る。卦中に動爻があって父母を變出して世爻を生合せば、それはこの人が彼のために傳えた信である。たとえば「兄弟」爻が父母を變出すれば、すなわち朋友が捎て來たのである。
欲決歸期之遠近,須詳主象之興衰。用爻旺相,歸必速;休囚,歸必遲。生旺墓日歸;休囚死絕,生旺日歸。安靜,沖動日歸。發動,即以本爻定其月日。或入墓,或合住,以破墓破合日定之。靜而有沖者,以六合日斷之;動而剋制者,以三合日斷之。代占,以應爻論之。遠以年月斷,近以日時推。獨發之爻,亦可推之。如子爻動,即取子日為歸期。動處靜中,含蓄許多凶吉象;天涯海角,羈留多少利名人。
歸期の遠近を判定しようとすれば、用神・主象の旺衰を細看せねばならない。用爻が旺相なら、歸來は必ず速い。休囚なら、歸來は必ず遲い。用爻が生旺なら、それが墓に入るその日を取って歸るとし、用爻が休囚死絶なら、反ってそれが生旺するその日を取って歸るとする。用爻が安靜なら、それを冲动するその日を取って歸るとし、用爻が發動なら、この一爻自身の地支に照らして月日を定める。用爻が墓に入ったか合住されれば、墓庫を冲破し合局を冲破するその日を取る。用爻が安靜で爻が來てそれを冲するのは、それと六合するその日をもって断じ、用爻が發動して克制されたのは、それと三合を結成するその日をもって断ずる。別人に代わって占うなら、応爻をもって論ずる。歸期の遠いのは年月をもって断じ、近いのは日時をもって推す。卦中の唯一發動するその一爻もまた、これに據って推算できる。たとえば「子」爻が發動すれば、すなわち子の日を取って歸期とする。動靜の間に、許許多多の吉凶の象が含蔵されている。天涯・海角に、多多少少の名利に奔逐する人が羈留しているのである。
『黄金策』第二十九・舟船
凡卜買船,斷同船戶。凡卜買船吉凶,與船戶人占一同推斷。若船戶自來占卜,要同家宅,斷之為是。六親持世,可推新舊之由;財福持世,是新船;父母持世,是舊船;兄弟持世,半新半舊;鬼爻持世,災驚不利。諸鬼動臨,可識節病之處。金鬼釘少,土鬼灰少,木鬼有縫,水鬼有漏孔處,火鬼有燥裂。初二爻為前艙,要持財福;五六爻為後舵,怕見官兄。以上皆要臨青龍天喜,貴人財福則吉。主有富貴之人上船,吉利。四爻三爻為中艙,亦要帶財福。
およそ船を買うを占い、断法は船戶の人家を占うのと同じである。およそ船を買う吉凶を卜するのは、船戶本人のために占卦するのと同じく推斷する。船戶が自ら前に來て占卜するなら、まさに「家宅」を占う法子に照らして断ずべきである。どの六親が世を持するかを見れば、船が新か舊かを推知できる。「妻財」「子孫」が世を持すれば新船、「父母」が世を持すれば舊船、「兄弟」が世を持すれば半新半舊、「官鬼」が世を持すれば災禍・驚恐で不利を主る。各種五行の鬼爻の發動を見れば、船の毛病がどこに出るかを見出せる。金爻の鬼は釘の打つことが少なく、土爻の鬼は抹る桐油・石灰が少なく、木爻の鬼は船板に縫があり、水爻の鬼は水の漏る孔洞があり、火爻の鬼は木料が干い裂ける。初爻・二爻は前艙で、「妻財」「子孫」の臨むことを要する。五爻・六爻は船尾・舵位で、「官鬼」「兄弟」を見るを怕れる。以上のこれらの位置はみな「青竜」「天喜」に臨むことを要し、貴人と財福があってこそ吉で、富貴の人が船に上がることを主り、吉利である。三爻・四爻は中艙で、また財福を帶びてこそよい。
父作梢公,不宜傷克;父母為船,又作梢公。要生旺,不被日辰動爻傷克為吉。占買船,要財靜,則船好,無損壞處。龍為船尾,豈可空刑。青龍為船尾。生旺動持生合世,皆主利益稱意。螣蛇辨索纜之堅牢;螣蛇為索纜。空則枯爛不好,旺則堅牢美利。白虎為帆檣之順利。白虎屬風,故取為風帆。若生旺帶財福吉神,動持生合世身,則船有好帆,使風順快。若白虎帶凶鬼惡殺,旺動克害世身,大不利;主遭失風傾覆之患。勾陳為鐵錨。休囚空亡,船無鐵錨;帶鬼克世,鐵錨為怪;化空絕有失。
「父母」爻は船の老大を表し、傷剋を受けるのが宜しくない。父母爻は既に船を表し、また船を撑る梢公を表す。生旺でまた日辰・動爻に傷剋されなくて初めて吉とする。船を買うを占うには、また財爻が安靜であることを要し、その船がよく損壞する處がない。「青竜」は船尾を表す。どうして空に落ち刑を受けることができようか。青竜は船尾を為し、それが生旺・發動・世を持しあるいは世爻を生合すれば、みな獲利し意にかなうことを主る。「螣蛇」は纜繩が結實かどうかを辨別するのに用いる。螣蛇は索纜を表し、空に落ちれば繩索が枯朽・腐爛して惡く、旺相なら堅固で用に堪える。「白虎」は帆檣が順利かどうかに關わる。白虎の五行は風に属するから、それを取って風帆と為す。もし白虎が生旺してまた「妻財」「子孫」などの吉神を帶び、發動するか世を持し・世爻・卦身を生合すれば、それは船に良い帆があり、風を使い起してまた順でまた速い。もし白虎が凶鬼・惡殺を帶びて、旺相發動して世爻・卦身を剋害しに來れば、大いに不利で、失風して船を翻す患に遭遇することを主る。「勾陳」は鐵錨を表す。勾陳が休囚・空亡なら、船上に鐵錨がないこと。鬼を帶びて世を剋すれば、鐵錨が怪異を出したこと。空・絶に變入れば、錨が丟失せんとすることである。
六爻皆吉不傷身;四海遨遊無阻滯。六爻生合,財福吉神又生旺,持世身,動爻又不來傷克,則無往不利。雖遠遊於四海五湖,亦皆吉利。若子水持世,其船損人丁。每驗卦法,又看行船出入避忌爻。如鬼兄白虎臨太歲爻,動來刑沖剋害世身,必有風波險惡。更有凶神克世,大凶。
六爻がみな吉利で卦身を傷つけなければ、四海に遊遨して滯阻なくできる。六爻が彼此相生・相合し、「妻財」「子孫」などの吉神がまた生旺して世爻・卦身に臨み、動爻もまた傷剋しに來なければ、往く所利なくことなく、たとえ四海五湖に遠く游んでもみな吉利である。唯獨「子」水が世を持するのは、この船が人口を損傷する。卦法を驗證するごとに、また船を行いて出入するに回避すべきそれらの爻を見ねばならない。たとえば「官鬼」「兄弟」や「白虎」が太歳の爻の上に臨んで、發動して世爻・卦身を刑・冲・剋・害しに來れば、それは必ず風波が險惡である。さらに凶神が世を剋すれば、大凶である。
『黄金策』第三十・娼家
養身於花柳之中,曰娼與妓;識禍福於幾微之際,惟蓍與龜。花街托跡,柳巷安身。門外紛紛,總是風流子弟;窗前濟濟,無非歌舞佳人。若要安寧,必得世無沖剋;欲求稱意,還須應去生扶。凡遇娼家,卜住居家宅生意類,皆以世為主娼之人,應為宿娼之客。若得月建日辰動爻,俱不刑沖剋世,必主家宅吉利,人口安寧。更遇應來生合,乃十全好卦,凡事稱心。雖常人占宅,亦要應爻生合世爻,則主謀望有成,所求多遂。應空多不利。
花柳の叢の中で生活を讨う者を、娼と妓という。事がまだ顯露しないうちに禍福を看清し得るのは、蓍草と龜甲のみである。彼女らは花街に身を寄せ、柳巷に家を安んず。門外に往來するのは、みな風流の子弟。窗前に擠擠と挨うのは、歌舞の佳人に過ぎない。家宅の安寧を要すれば、必ず世爻が冲剋を受けないことを須とする。事事意にかなうを要すれば、また応爻が前に來て生扶することを須とする。およそ娼家が占いに來るに遇い、住處・家宅あるいは生意の類を問うを問わず、みな世爻をもって娼寮を開く主人を表し、応爻をもって娼に宿る客を表す。もし「月建」「日辰」と動爻がみな世爻を刑・冲・剋・害しなければ、必ず家宅が吉利で人口が平安を主る。さらに応爻が來て世を生じ世を合するに遇えば、それは十全十美の好卦で、凡事が心にかなう。たとえ尋常の人家が宅を占うでも、同じく応爻が世爻を生合することを要してこそ、謀る所が成り求める所が多く遂ぐることを主る。応爻が空に落ちれば、たいてい不利である。
卦見六沖,往來亦徒迎迓;六沖卦,來往人多,但主空來空往。更若兄動,恐有無籍棍徒攪擾。若遇六沖,而世應爻空,或財爻發動,必主住居不久,或不安。爻當六合,晨昏幸爾盤桓。娼家得六合卦最吉。蓋合則情份相投,必主人多顧戀。內外和同,家門雍睦。得三合,六合太過者,尤利。常人占宅,反忌之,必主家中淫亂。娼家則以此為主。所以,斷法不同也。
卦が「六冲」に逢えば、客人は往來するもただ空しく迎え空しく送るに過ぎない。六冲卦は往來の人が多いが空しく來て空しく去り、實惠を得られないことを主る。さらに「兄弟」爻の發動があれば、おそらく無頼の光棍が前に來て攪擾することもある。六冲に逢ううえ世爻・応爻がまた空なら、あるいは財爻が發動すれば、それは必ず長く住めないか、あるいは住むのが安穩でないことを主る。卦爻が「六合」を結成すれば、客人は早晚ここに盤桓するを樂しむ。娼家が六合卦を占得するのは最も吉利で、「合」とは情分が相投ずることだから、必ず客人に眷戀が多く、内卦・外卦が和同して一門の上下が和睦することを主る。さらに「三合」を得れば、合が過ぎるほど反ってさらに有利である。この一条はもし尋常の人家が宅を占うに換えれば、むしろ忌諱で、家中の淫亂を主る。唯獨娼家はこれを要と為すから、ゆえに兩者の断法が同じでないのである。
財若空亡,錢樹子慎防傾倒;財為娼妓。無故自空,或衰絕受克,主妓女喪亡。財若重疊,妓女必多。旺相則顏色美麗,衰則容貌不妍,刑則有病。月日動爻無生無合,人不眷戀。胎養年少,若逢墓庫,老年娼妓。凡遇火爻善歌,木爻善舞,水爻則體態輕盈,金則肌膚白淨,土則容儀渾厚。動則善於奉承。其餘詳見性情篇。官如墓絕,探花郎那得棲遲。官為宿客,生意之主。若得動來生合世爻,必多宿客下顧。更得日辰來扶,必有貴人招接。惟怕空亡墓絕,則宿客不多,縱有亦非富貴豪客。若得變出財爻生合,必是舍財大俠也。
「妻財」が空亡に落ちれば、この搖錢樹は倒れるを提防せねばならない。財爻は娼妓本人を表す。故なく自ら空亡に落ちるか、あるいは衰絶して剋を受ければ、妓女の死亡を主る。財爻が重複して現れれば、妓女は必ず一人に止まらない。財爻が旺相なら容顔が美麗で、衰弱なら容貌が佳らず、刑を受ければ身上に病がある。月建・日辰・動爻がみなそれを生じ合しに來なければ、すなわち彼女に眷戀する人がいない。財爻が「胎」「養」の位に落ちるのは年少で、「墓」「庫」の位に落ちれば年老の娼妓である。およそ財爻が火に属するのは唱を善くし、木に属するのは舞を善くし、水に属するのは體態が輕盈で、金に属するのは肌膚が白淨で、土に属するのは容貌・儀態が渾厚である。財爻が發動するのは、逢迎・奉承を善くする。その余は『性情篇』を参看せよ。「官鬼」が墓絶に落ちれば、芳を尋ねる客人はどうして留まろうか。官鬼は宿に來る客を表し、この門の生意の主顧である。もし官鬼が發動して世爻を生合しに來れば、必定として宿客が多く門に上がる。さらに日辰が來て扶助するを得れば、必ず貴人が前に來て光顧する。最も恐れるのは官鬼の空亡や墓絶で、そうなれば宿客は多くなく、たとえあっても富貴・豪客ではない。もし官鬼が財爻を變出して世爻を生合しに來れば、それは必ず財を散ずるを肯んずる豪俠の客である。
妻財官鬼,二者不可相無;無財,主無出色之故;無官,主無貴客招接。皆主錢財不聚,破耗多端。若財官俱無,或一空一伏,是時運不濟,定當守困。財鬼父兄,子孫皆宜不動。住居得安靜卦,必然人口平安,門庭清吉。若見交重,定多駁雜。蓋六親中惟子孫為吉。常人占,雖喜發動;而娼家又非所宜,以其剋制宿客故也。但得五類俱全,六爻不動,財鬼有氣,世身有助,便是上吉之卦。
「妻財」と「官鬼」のこの兩者は一つも缺くべからず。財爻がなければ出色の妓女がいないことを主り、官爻がなければ貴客が門に上がらないことを主る。兩種の情形はみな錢財が聚まらず破費が繁多することを主る。もし財・官の兩樣がともになく、あるいは一つが空亡して一つが伏蔵すれば、それは時運が濟わず、困守して日を度ると注定されている。「妻財」「官鬼」「父母」「兄弟」および「子孫」に連なって、みな動かないを宜とする。住處で安靜の卦を占得すれば、必然として人口が平安で門庭が清淨吉利である。諸爻が交錯して發動するを見れば、一定に雜事が紛紜する。六親の中にもともと子孫のみが吉神で、尋常の人家が占卦するにはまたその發動を喜ぶが、娼家はそうでは宜しくない。子孫は官鬼を克制し、すなわち宿客を克制するからである。ただ六親・五類が齊全して六爻がともに發動せず、財爻・鬼爻に氣があり、世爻・卦身にまた幇扶があれば、それは上等の吉卦である。
鬼殺傷身,火盜官災多恐怖;鬼爻生合世爻,是宿客顧戀之象,雖動亦吉。若沖刑剋害,則是鬼殺為禍。重則官災火盜,輕則是非口舌。以五行六神參看,並見前篇。日辰沖父,住居屋宅有更張。父母為居處屋宅。若在卦中發動,或被日辰沖剋,或父母化出財爻,皆主所居屋宅,當有更變。如占住居,必住不久。否則,所居屋宅,亦必破壞。
「官鬼」の凶殺が卦身を傷つければ、火災・盗賊・官司の類の怕るべき事が多い。鬼爻が來て世を生じ世を合すれば、それは宿客が眷戀する象で、たとえ發動しても吉である。來て冲・刑・剋・害すれば、それは鬼殺が禍を作すのである。重ければ官司・火災・盗劫、輕ければ是非・口舌である。具體の断法はなお五行と六神を参看するを要し、前の各篇に已に詳説がある。日辰が「父母」爻を冲动すれば、住む房屋に變動があるべきである。父母爻は居住の房屋を表す。それが卦中で發動するか、あるいは日辰に冲剋されるか、あるいは父母が財爻を變出すれば、みな住む所の屋宅に變更があるべきことを主る。もし占うのが住處なら、必ず長く住めない。さもなければ、住む房子も必ず破損する。
兄弟交重,罄囊用度;兄弟主生涯冷淡,破耗多端。更有生扶,則罄資用度,亦無了日。變出鬼爻,常招是非口舌;所來之人,亦無好客。有制稍可。大抵兄弟不動,財爻衰弱,或變死墓空絕,皆主生意不濟。兄弟發動則尤不濟。子孫藏伏,蹙額追陪。子孫為褔德喜悅之神。娼家雖不宜動,然不可空亡隱伏;主家宅不安,住居不穩,生涯不旺,虛度光陰,蹙額過日而已。若見刑殺克世身,不嫌此爻發動。
「兄弟」爻が發動すれば、家の底を掏空にして開銷する。兄弟爻は生意が冷清で破費が繁多することを主る。さらに別の爻の生扶を得れば、それは本錢を花し精光にしてなお了結の日がない。兄弟が「官鬼」爻を變出すれば、常に是非・口舌を招き、來る客人も好客がない。爻があってそれを制伏すれば、情形は初めて稍よい。大抵兄弟はたとえ動かなくても、財爻が衰弱するか、あるいは死・墓・空・絶に變入れば、みな生意が濟わないことを主る。兄弟が一たび發動すればさらに濟わない。「子孫」爻が蔵伏して現れなければ、ただ愁眉を苦臉して強いて笑臉を陪するしかない。子孫は福徳・喜悅の神で、娼家はその發動を宜しくしないが、それを空亡に落とし隱伏して出ないようにもできない。それは家宅が安からず住處が穩かでなく生意が旺でないことを主り、空しく光陰を虛度し眉を皺して日子を過ごすのみである。ただし卦中に刑殺が現れて世爻・卦身を剋しに來れば、それは子孫のこの一爻の發動を嫌わない。
財化福爻,家出從良之妓;財不宜動,動則妓女走失。若化父,妓必精曉彈唱,善能迎接。化兄,不善奉侍,禮貌粗俗,言語多詐,彈唱亦低。化鬼,須防妓女不測災禍。化財,謂用化用,恐有逃亡走閃之事。若逢沖剋,或臨空動,皆然。化子,有從良之志;雖在風塵,亦是強為也。卦無財,而本宮財伏子下,或從子化出者,亦然。官居刑地,門招惡病之人。鬼帶刑爻生合世身,多招帶病之人來往。與世生合,與財刑沖,須防妓亦沾染。鬼化鬼,或化忌爻刑剋世身,恐因宿客致禍。有制不妨,有救可解。
「妻財」が「子孫」の福爻を變出せば、家の裏に良に從う妓女が一人出る。財爻はもとより發動を宜しくせず、一たび動けば妓女が走失することを主る。それが何を變出するかを見る。「父母」を變出せば、この妓女は必ず彈唱に精通し應酬して客を迎えるを善くする。「兄弟」を變出せば、服侍を善くせず、禮貌が粗俗で、言語に欺詐が多く、彈唱も惡い。「官鬼」を變出せば、妓女に意外の災禍があるのを防がねばならない。「妻財」を變出せば、「用化用」といい、おそらく逃亡・走失の事があり、さらに冲剋に逢うか、あるいは空に臨んで動しても、みなこの結果である。「子孫」を變出せば、良に從う志があり、風塵に身在するも、勉めてこれを為すに過ぎない。卦中に財爻がないのに、本宮の財爻が子孫の下に伏するか、あるいは子孫爻から變出しても、情形は同じである。「官鬼」が刑を帶びる位置に落ちれば、門裏に惡疾ある客人を招く。鬼爻が刑爻を帶びて世爻・卦身を生合しに來れば、多く病を染む人が往來する。それが既に世爻と生合して、また財爻と刑冲すれば、妓女もまた傳染されるのを提防せねばならない。鬼爻が鬼爻を變ずるか、あるいは忌爻を變出して世爻・卦身を刑剋すれば、おそらく宿客に因って禍を惹く。爻があってそれを制伏すれば妨げなく、救神があればすなわち解せる。
忌動衰空,閒是閒非閒撓括;忌則剋制世爻之神。凡事皆怕見之。若在卦中發動,必不吉利。如得休囚無氣,而又空亡,雖動不妨。但主閒事閒非,虛災虛禍而已,必無大害。財興克世,有財有利有驚疑。凡遇財爻旺相,住宅必有生意。但不宜動來傷克耳。蓋財乃生禍之端,所以,雖吉而有所忌也。如帶刑害虎蛇等殺,乘旺動克身世,必然因財致禍。以上十二條,非此一事為然。常人家宅同此推斷。能將玄理以精詳,真乃黃金而不易。
忌爻が發動しながらまた衰弱・空亡なら、それはただ閒是閒非の無謂の糾纏に過ぎない。いわゆる「忌」とは、世爻を克制するその神である。凡事にそれを見るを怕れ、それが卦中で發動すれば必定として吉利でない。ただしそれが休囚無氣でまた空亡に落ちれば、たとえ發動しても妨げなく、ただ閒事・閒非、虚驚・虚禍を主るのみで、必ず大害はない。「妻財」が旺動して世爻を剋しに來れば、財あり利あるもまた驚疑ありである。およそ財爻の旺相に遇えば、この住處に必ず生意を為すことがある。ただそれが發動して世爻を傷剋しに來るのを宜しくしないのみである。財はもとより禍を生ずる端由だから、ゆえに吉神に属すも忌諱する處がある。もしそれが刑・害および「白虎」「螣蛇」などの凶殺を帶びて、旺に乘じ發動して卦身・世爻を剋害すれば、必然として財に因って禍を招く。以上のこれら十二條は、娼家のこの一事のみに適用するのではなく、尋常の人家が家宅を占うのもこれに照らして推斷する。その中の玄妙の道理を講じ得ることこのように精詳なら、真に字字が黄金で移易すべからずと謂うべし。
附・闡幽精要
『闡幽精要』一・觀人斷法
先天妙訣少人知,但看來人急與遲;喜笑一聲將吉斷,慌忙煩惱作凶推。入門坐定寬容問,斷他災禍盡消除;若見著衣並束帶,出入功名事事宜。若見並肩挽手過,合本求財利有餘;僧尼道姑如何斷,斷他離祖又刑妻。
先天の卦法の外にまた一層の妙訣があるが、知る人は少ない。ただ卦を求めに來る人の擧止が急か緩かを見るのみである。彼が一たび門に入り笑聲を帶びて話せば、吉の處に向かって断ずる。慌張し面に愁煩が滿ちれば、凶の處に向かって推す。もし彼が門に入り坐を定め、從容として發問すれば、彼の災禍がみな消除できると断ずる。彼が衣冠が整齊で腰に帶子を束ねて來るのを見れば、その出仕して名を求めるも進退・行止も样样みな相応しい。兩人が肩を並べ手を挽いてともに前に來るのを見れば、それは本を合わせて經商し財を求めるのであり、必定として獲利して餘りがある。僧尼・道姑に至ってはどう断ずるか。彼が祖業・家門を離れ、また妻室を刑剋することを主ると断ずる。
『闡幽精要』二・六神情性賦
青龍持世:為人愷悌,有仁有德;朱雀持世:一生好訟,招是招非;勾陳持世:為人穩重,行事遲鈍;鰧蛇持世:為人少信,有頭無尾;白虎持世:一生剛強好勇,志短無謀;玄武持世:為人慳吝奸雄,吝小失大。
「青竜」が世爻に臨む人は、性情が和樂で平易、仁心があり徳行がある。「朱雀」が世爻に臨む人は、一辈子官司を打つのを好み、動すれば是非を招惹する。「勾陳」が世爻に臨む人は、人となり穩重だが、事を起せば遲緩で笨拙である。「螣蛇」が世爻に臨む人は、人となり誠信が少なく、事を為して頭あって尾なしである。「白虎」が世爻に臨む人は、一生剛強で勇を好み狠を鬪わすが、志向が短淺で謀略を缺く。「玄武」が世爻に臨む人は、人となり吝嗇でまた奸猾にして詐りが多く、小處を舍てるに忍びず、反って大處を失う。
『闡幽精要』三・身命章
既富且壽,世爻旺相更無傷;非夭則貧,身位休囚嫌受制。卦宮衰弱根基淺,爻象興隆命運強。世居空地,終身作事無成;身人墓鄉,到老求謀未遂。若問成家,嫌六沖之為卦;要知創業,喜六合之成爻。旺世助身,強自撐持;衰世有扶,因人創立。日時合助,一生偏得小人心;歲月克沖,半世未沾君子澤。父母持世,辛勤勞碌;兄弟持世,疾病連綿。遇兄興,則錢財莫聚;見子動,則身不犯刑。
また富みまた壽の長いのは、世爻が旺相で毫も傷剋を受けないこと。短壽ならぬ貧寒は、卦身の位が休囚でまた制伏されること。卦宮の属する所が衰弱なら、根基が淺薄である。爻象が興隆なら、命運が強旺である。世爻が空亡の地に落ちれば、一辈子事を為して成らない。卦身が墓鄕に入れば、老に到って求め謀る所も願いのごとくならない。家を成し業を立て得るかを問えば、「六冲」の卦を占得するを嫌う。基業を開創し得るかを知るには、爻象が「六合」を結成するを喜ぶ。世爻が旺相で卦身を幇扶するのは、自己に靠って強く撑る。世爻が衰弱で別の爻の扶助があるのは、別人に靠って初めて立てられる。日辰・時辰が來て合し來て幇すれば、一生偏に小人の歡心を得る。太歳・月建が來て剋し來て冲すれば、半世も君子の恩澤に沾えない。「父母」が世を持すれば、一生辛勤・勞碌する。「兄弟」が世を持すれば、疾病が接續して絶えない。兄弟の興旺に遇えば、錢財は聚まらない。子孫の發動を見れば、身上に刑傷を犯さない。
子死妻亡,絕俗離塵之輩;貴臨祿到,出將入相之人。遇龍福而無氣,縱清高亦是寒儒;逢虎財而旺強,雖粗俗而還富客。朱雀與福德臨身,合作梨園子弟;白虎逢父爻持世,定為柳柏屠夫。世加玄武官爻,必樑上之君子;身持勾陳父母,是野外之農夫。財福司權,榮華有日;兄官秉政,破敗無常。運至中年,凶殺莫交折挫;時當晚景,惡星尤忌攻沖。妻水加龍,必是詩書顯達;土財月建,定知店業營生。若臨華蓋空亡,當知僧道;但逢青龍月德,定為郎官。
子孫が死絶し妻財が亡失するのは、紅塵を棄絶して出家する輩である。「天乙貴人」が爻に臨んで「祿神」がまた到れば、出でて將を為し入りて相を為す人物である。「青竜」と「子孫」の福神に遇うも無氣なら、たとえ清高でもただの寒酸な書生である。「白虎」と「妻財」に逢って旺相強盛なら、粗俗でもなお金ある人である。「朱雀」が「子孫」の福徳とともに卦身に臨めば、合當梨園の裏で戲を唱う子弟である。「白虎」が「父母」爻の上に加わり世を持せば、一定是刀を操り屠宰する人である。世爻の上に「玄武」と「官鬼」を加えれば、必ず梁上の君子――盗賊である。卦身の上に「勾陳」と「父母」を帶びれば、田野の間の農夫である。「妻財」「子孫」が權を當り令を得れば、榮華・富貴は日を指して待つべし。「兄弟」「官鬼」が局面を把持すれば、破敗して常なし。運が中年に走れば、凶殺の交加して折挫しに來るを許してはならない。時が晩景に到れば、殊に惡星の攻冲しに來るを忌諱する。財爻が水に属しまた「青竜」を加えれば、必ず詩書に靠って顯達した。財爻が土に属しまた「月建」に臨めば、店を開き賣買を為して生と為すと定かに知れる。財爻が「華蓋」に臨んでまた空亡なら、この人が僧か道かを知るべし。「青竜」と「月徳」に逢えば、一定に郎官である。
『闡幽精要』四・家宅說
財逢死絕之鄉,兒孫冷淡;世值空亡之兆,家計荒涼。鰧蛇鬼動於子孫,家人自縊;玄武爻興於子息,婦女風流。咸池與白虎同居,呼廬好飲;天乙與青龍共位,足義多仁。火興為宅屋之傍,土動乃園林之側。宅臨巳午,非窯灶,則近於廚堂;木值空亡,因斧斤,遂敗於古墓。絕臨金位,師巫寺觀之傍;鬼在火鄉,社廟神壇之所。
「妻財」が死絶の地に落ちれば、兒孫は一辈子冷落・蕭條する。世爻が空亡の兆に値すれば、家業・生計は一片に荒涼である。「螣蛇」が「官鬼」を帶びて「子孫」爻の上で發動すれば、家裏に上縊する人がいる。「玄武」が子息の爻の上で興旺すれば、婦女の行為が放蕩である。「咸池」が「白虎」と同じ一爻に處すれば、この人は賭博を好みまた飲酒を好む。「天乙貴人」が「青竜」とともに一位を占めれば、この人は義氣を重んじ仁厚が多い。火爻が興旺なら、住宅・屋舍の傍邊に火がある。土爻が發動すれば、園林の側に土工がある。宅爻が「巳」「午」に臨めば、窯竈でなければ廚房に近い。木爻が空亡に落ちれば、斧斤に砍伐されて、於是に古墓の處で敗壞した。「絶」が金爻の位に落ちれば、宅の傍に巫師・廟宇・道觀がある。「官鬼」が火爻の郷にあれば、附近に社廟・神壇がある。
不見人多惡疾,須知女落風塵。虎伴交重,乃是重喪之殺;龍居金位,名為進寶之鄉。勾陳帶土,而進益於田園;青龍持世,乃新修之宅舍。凡卦數推之陰陽,更加細看。世為宅,而言禍福;應為人,而定吉凶。青龍爻動,而近日新修;白虎爻興,而經年破漏。旺相者,則資財進益;休囚者,則倉庫空虛。宜視衰旺,以明吉凶。父母子孫俱旺,老者安,少者康;鰧蛇白虎安靜,災不生,禍不作。午為馬,丑為牛,酉為雞,亥為豬,戌為犬,巳為蛇。吉神生旺,每歲增添;爻值空亡,連年退損。
卦中に吉象を見なければ、家裏に惡疾の人が多く、また女子の風塵に淪落するがあるを知るべし。「白虎」がその同伴の凶殺とともに發動すれば、それは接續して喪亡する凶殺である。「青竜」が金爻の位に居れば、名づけて進寶の鄕という。「勾陳」が土爻を帶びれば、田園に增益あることを主る。「青竜」が世爻に臨めば、新修の宅舍である。およそ卦中の爻數は、みな陰陽に按って分別して推算し、さらに細看せねばならない。世爻は住宅を表し、用いて禍福を説く。応爻は人口を表し、用いて吉凶を定める。青竜の爻が發動すれば、近日剛に翻修した。白虎の爻が興旺なら、多年失修して破漏した。爻が旺相なら、資財は日に日に增益する。爻が休囚なら、倉庫は空虛である。總じて衰旺を見てこそ吉凶を明らかにできる。「父母」と「子孫」がともに旺なら、老人は安泰し少者は康健する。「螣蛇」「白虎」がともに安靜なら、災は生ぜず禍は作さない。地支の属する六畜は、「午」は馬、「丑」は牛、「酉」は雞、「亥」は猪、「戌」は犬、「巳」は蛇である。これらの爻が吉神に臨んでまた生旺すれば、家裏の牲畜は年年增添する。空亡に落ちれば、連年折損する。
巳午為之湯火,申酉為之刀砧。水湯火災,子午爻動;雞鳴犬吠,酉戌鬼臨。天喜貴臨內卦,後堂新修;破碎空臨外象,正屋琅璫。竹木園林,寅卯同斷;池塘穴坎,亥子同推。玄武為後,左是青龍,朱雀為前,白虎居右。陰陽動靜,仔細推詳;禍福吉凶,分明察斷。
「巳」「午」の兩支は開水と火燙の災を主り、「申」「酉」の兩支は刀刃・砧板の傷を主る。開水に燙けられ火に燒かれるのは、「子」「午」の兩爻の發動が應じたもの。雞が叫び犬が吠えて寧まらないのは、「酉」「戌」の兩爻が「官鬼」に臨んだものである。「天喜」と「天乙貴人」が内卦に臨めば、後堂が新近に修められた。「破碎」の凶煞と空亡が外卦に臨めば、正房が殘破で門窗が零落して響く。竹木・園林は、「寅」「卯」の兩爻を一同に断ずる。池塘・水坑は、「亥」「子」の兩爻を一同に推す。方位は、「玄武」が後にあり、左辺は「青竜」、「朱雀」が前にあり、「白虎」が右に居る。陰陽・動靜はみな仔細に推詳してこそ、禍福・吉凶が分明に断じ出せる。
『闡幽精要』五・柳神經
凡占家宅,先觀鬼神之機,次辨六爻所用。父化父,人家兩姓;鬼化鬼,家宅多災。父為宅宇之基,財是灶廚之所。子孫為井,兄弟為門。父爻值墓,家多疾病之人;財位臨空,宅住貧窮之輩。子逢金旺,便知鏡子光明;子值木衰,可見秤無星兩。子是長流,須分前後;亥為塘浦,要辨方隅。丑為田園,寅為樹木,卯為蓬蒿,辰為平地,巳為焰煙,午為火意,未為山嶺,申為金銀,酉為銅鐵,戌為穴坑。交重詳察。重是曲圓,交是方直;陰土為坑,陽土為宅。
およそ家宅を占い、まず鬼神の作祟する機兆を見、次に六爻の各自主る所の事を分辨する。「父母」が「父母」を變ずれば、この戶人家は兩姓が合居する。「官鬼」が「官鬼」を變ずれば、この家宅は災多く難多い。父母爻は房屋の根基であり、妻財爻は竈房・廚下の所であり、子孫爻は水井を表し、兄弟爻は門戸を表す。父母爻が墓地に落ちれば、家裏に病人が多い。妻財爻が空亡に臨めば、住むのは貧窮の人家である。子孫爻が金に属して旺なら、家中の鏡子が明亮なのを知る。子孫爻が木に属して衰なら、秤桿の上の星點が磨れて看清えないのを見るべし。「子」水は長流の水で、宅の前か宅の後かを分清せねばならない。「亥」水は池塘・港汊で、どの方位にいるかを辨明せねばならない。「丑」は田園、「寅」は樹木、「卯」は蓬蒿・雜草、「辰」は平地、「巳」は煙焰、「午」は火光、「未」は山嶺、「申」は金銀、「酉」は銅鐵、「戌」は地穴・土坑である。これらはなお爻が「交」か「重」かを見て仔細に分辨せねばならない。「重」爻は形狀が彎曲・圓轉することを主り、「交」爻は形狀が方正・平直することを主る。陰土の爻は坑であり、陽土の爻は宅である。
父居坎位,四圍有水汪洋;父臨木爻,繞屋樹林森茂。財福吉神內象,必然先富而後貧;兄鬼煞虎內宮,以定先貧而後富。父入勾陳土位,豐稔田園;日刑木父休囚,損傷桌凳。父臨入墓,墳冢為殃;鬼生世象,家神作崇。鰧蛇入木,家招縊死之人;玄武臨身,必出投河之鬼。火炎旺動人多,木位興隆樹茂。火爻伏鬼,定生目疾之人;水位隱官,必有盲聾之輩。二姓同居,必有兩重兄弟;爹孃又見,宮中父母再逢。父入子宮,必主後孃來就;子臨父位,定主隨母嫁人。子見兩重,螟蛉亦有;兄爻單見,雁侶難同。
「父母」爻が「坎」宮に居れば、屋子の四圍に汪洋たる大水がある。父母爻が木爻に臨めば、屋を繞ってみな茂密の樹林である。「妻財」「子孫」などの吉神がただ内卦にあれば、必然として先に富み後に貧す。「兄弟」「官鬼」および凶煞の「白虎」が内卦に聚れば、先に貧し後に富むと断ずる。父母爻が「勾陳」の属する土位に入れば、田園は豐收する。日辰が木爻の父母を刑剋して父母がまた休囚なら、家中の卓子・板凳に損壞がある。父母爻が墓に入れば、墳塚が作祟して殃を為す。官鬼爻が世爻を生助する象は、家神が怪を作しているのである。「螣蛇」が木爻に入れば、家裏に上縊して死ぬ人を招く。「玄武」が卦身に臨めば、必ず河に投じて死ぬ鬼を出す。火勢が炎炎として旺相發動すれば、家中の人口が多い。木爻が興隆なら、屋外の樹木が繁茂する。火爻の下に官鬼が伏していれば、眼病を患う人を定かに生ず。水爻の下に官鬼が隱れていれば、必ず耳聾・眼瞎の輩がある。兩姓が一屋に同住するのは、必ず卦中に兩重の「兄弟」がある。父母が雙重に現れるのは、本宮の「父母」爻が重複して相逢したのである。父母爻が子孫の宮に入れば、必ず後娘が門に進むことを主る。子孫爻が父母の位に落ちれば、定かに子供が母親について改嫁することを主る。子孫が兩重を見れば、家中にも抱養の義子がある。兄弟がただ一爻を見れば、兄弟は雁行のごとく群を成し難い。
兄化鬼以空亡,兄弟空房;父臨空以化鬼,父娘作故。陰兄化入陽兄,嫂贅晚夫同舍;陰子變入陽子,女招婿而同家。父化父,外娘晚位;財化財,當娶雙妻。喪門殺動,本是災非孝服;天喜星臨,必然嫁娶添丁。披頭動,要出瘋癲;五鬼興,必生暗眼。羊刃臨財,定是屠酤之輩;咸池入酉,必然花酒生涯。財入咸池化鬼,女多獨守;子臨寡宿化官,男主孤虛。驛馬值世,奔波不定;貴人生身,好享榮華。世應兩沖,家門括擾;爻逢六合,和氣相同。子入鬼關,小口豈無傷損;財臨大殺,婦人必有產亡。
「兄弟」が「官鬼」を變出してまた空亡に落ちれば、兄弟が空房を守っている。「父母」が空に臨んでまた官鬼を變出すれば、父母の雙親は已に亡故した。陰爻の兄弟が陽爻の兄弟に變ずれば、寡嫂が後夫を招いて一屋に同住する。陰爻の子孫が陽爻の子孫に變ずれば、女兒が女婿を招いて家の中に住む。「父母」が「父母」を變ずれば、繼母が後に來て門に進む。「妻財」が「妻財」を變ずれば、この人は兩房の妻室を娶るべし。「喪門」の凶殺が發動すれば、もとより災禍と孝服の兆である。「天喜」の吉星が爻に臨めば、必然として嫁娶・添丁の喜がある。「披頭」の煞が發動すれば、家裏に瘋癲の人を出す。「五鬼」が興旺すれば、必ず青光眼の類の見えない眼病を生ず。「羊刃」が財爻に臨めば、定かに屠戶か酒販の輩である。「咸池」が「酉」の上に落ちれば、必然として花酒の生涯に靠って日を度る。財爻が「咸池」に入ってまた官鬼を變出すれば、家中の女子はたいてい獨り空房を守る。子孫が「寡宿」に臨んでまた官鬼を變出すれば、男子は孤單で偶なきことを主る。「驛馬」が世爻に値すれば、一生奔波して定まらない。「貴人」が卦身を生扶すれば、榮華を好く享ける。世応の兩爻が相冲すれば、家門の裏は紛擾して寧まらない。爻象が「六合」に逢えば、一家和氣して融洽する。子孫が「鬼關」の煞に落ち入れば、小兒女はどうして傷損を受けずにいられようか。財爻が「大殺」に臨めば、婦人に必ず難産して亡ぶ事がある。
辛未持世,大路當門;戊戌五爻,竹木當路。蛇入屋來,四爻鰧蛇土動;鵲巢當戶,六爻朱雀木興。青龍六位巽宮,家有頭風之疾;玄武初爻鬼動,必生腳溼之人。鰧蛇木鬼臨門,家出自縊;白虎土殺入戶,家有血光。火燒家堂,子入火鄉化火;鼠來害物,鬼宮化出子爻。南上邪神,朱雀鬼臨火動;北方之鬼,玄武動而水興。金鬼西方之佛像,木鬼東嶽之至尊。福世當年獲慶,殺鬼每日閒災。兄動而奸人脫漏,福興而吉事頻來。鬼化亥未,願欠豬羊;子化申辰,佛前燈願。
「辛未」が世を持せば、門の前はちょうど一條の大路に對している。「戊戌」が五爻に落ちれば、路の上に竹木が遮攔している。蛇が屋裏に爬り進んで來るのは、四爻の「螣蛇」が土爻に臨んで發動したのである。喜鵲が門戸の上で窩を作るのは、六爻の「朱雀」が木爻に臨んで興旺したのである。「青竜」が第六爻にあってまた「巽」宮に属すれば、家裏に頭風病を患う人がいる。「玄武」が初爻にあって「官鬼」を帶びて發動すれば、必ず脚上に濕瘡を生ずる人を出す。「螣蛇」が木爻の鬼を帶びて門位に臨めば、家中に上縊する人を出す。「白虎」が土爻の凶殺を帶びて戶位に進入すれば、家裏に血光を見る。火が家堂の神位に燒き到るのは、「子孫」爻が火郷に落ちてまた火爻を變出したのである。老鼠が來て物を咬壞するのは、官鬼のある宮が子孫爻を變出したのである。南方から來る邪神は、「朱雀」が鬼を帶びて火爻に臨んで發動したのである。北方から來る鬼祟は、「玄武」が發動して水爻が興旺したのである。金爻の鬼は西方の佛像で、木爻の鬼は東嶽大帝のこの一尊である。「子孫」の福神が世に臨めば、當年にすなわち喜慶がある。凶殺が鬼を帶びて世に臨めば、天天に閒災がある。「兄弟」が發動すれば、家中有奸人が財物を偸漏する。「子孫」が興旺すれば、吉事が接續して絶えない。官鬼が「亥」「未」を變出すれば、猪羊の願を欠いて未だ還さないのである。子孫が「申」「辰」を變出すれば、佛前に燈を點ずる願を許したのである。
沖開丙戌丁亥,牆倒壁穿;合扶己卯戊寅,城堅土厚。沖動丙寅,香爐破損;旺搖庚戌,首飾鮮明。戌化土金,犬多黃色;金鬼化子,鼠作妖聲。初爻鬼武,雞鴨人偷;三位官空,養豬無畜。二爻鬼殺,犬必傷人;四位殺官,羊多猝死。五位休鬼,耕牛不興;六位虎鬼,馬無乘坐。心氣病,火鬼動;脾胃災,土鬼搖。初位殺空,小兒難養;六爻木鬼,老者中風。上透金爻,終年眼暗;五爻火鬼,癆瘵纏身。青龍木鬼,必是觀音;玄武水鬼,恐其玄帝。寅為神,神帶虎行;午為神,神騎馬走。太歲臨鬼克世,一年非事即陰司;日辰福德扶身,四季開眉而興旺。
「丙戌」「丁亥」が冲開されれば、牆が倒れ壁が穿つことを主る。「己卯」「戊寅」が合を得扶を得れば、牆垣が堅固で土基が厚實することを主る。「丙寅」が冲动されれば、香爐に破損がある。「庚戌」が旺相で搖動すれば、首飾が光明鮮亮である。「戌」爻が土爻・金爻を變出せば、家裏の狗は多く黄色である。金爻の鬼が子孫を變出せば、老鼠が怪聲を發する。初爻が鬼を帶びまた「玄武」に臨めば、雞鴨が人に偸まれ去る。三爻の官鬼が空に落ちれば、猪を養うて成らない。二爻に鬼があって凶殺を帶びれば、狗は必ず人を咬傷する。四爻に凶殺があって官鬼を帶びれば、羊は多く暴死する。五爻の鬼爻が休囚なら、耕牛は養うて旺ならない。六爻が「白虎」の鬼を帶びれば、馬は骑乘できない。心口が氣悶する病は、火爻の鬼が發動したのである。脾胃に災があるのは、土爻の鬼が搖動したのである。初爻に凶殺があってまた空亡なら、小兒は養い活し難い。六爻に木爻の鬼があれば、老人は中風するべし。上爻に金爻が透出すれば、一年の頭から終まで眼睛が昏花する。五爻に火爻の鬼があれば、癆病に纏まれる。「青竜」が木爻の鬼を帶びれば、供えるのは必ず觀音である。「玄武」が水爻の鬼を帶びれば、恐らく供えるのは玄天上帝である。「寅」爻が神を表せば、この神は虎を帶びて同行する。「午」爻が神を表せば、この神は馬に骑って走る。太歳が官鬼を帶びて世爻を剋しに來れば、一年の內は官司・口舌でなければ陰間の事である。日辰が「子孫」の福徳を帶びて卦身を扶助すれば、一年四季みな眉を開き眼を笑い、家道が興旺する。
『闡幽精要』六・參玄賦
一卦能推吉凶,六爻可分禍福。凡占家宅,先觀神鬼之機;欲問人煙,須究旺相之象。父為屋宇之基,財是灶廚之所。父爻入墓,家多疾病之人;財位臨空,宅有產亡之鬼。旺相宅新,休囚宅舊。兄作為門,更怕日辰沖損;子孫為器,最憂月破加臨。子逢金旺,便言鏡必光明;福值木衰,可見秤無星兩。金鬼休囚,香爐破損;木官旺相,神像無傷。父母安靜,祖先神主安寧;官鬼爻興,家宅人丁不穩。父入土爻旺相,豐稔田園;日沖木父休囚,破損桌凳。父臨丘墓,家冢為殃;木動坎宮,橋樑作礙。
一個の卦で吉凶を推出し得、六個の爻で禍福を分辨し得る。およそ家宅を占い、まず神鬼の作祟する機兆を見る。人丁の興衰を問うには、爻象が旺相かどうかを細究せねばならない。「父母」爻は房屋の根基であり、「妻財」爻は竈房・廚下の所である。父母爻が墓に入れば、家裏に病人が多い。妻財爻が空亡に臨めば、宅中に難産して死んだ鬼魂がある。爻が旺相なら房子は新しく、休囚なら房子は舊い。「兄弟」爻は門戸として用いられ、最も日辰が來て冲損するを怕れる。「子孫」爻は家中の器物を表し、最も「月破」が上に加臨するを憂える。子孫爻が金に属して旺なら、鏡子が必ず明亮と言う。子孫爻が木に属して衰なら、秤桿の上の星點が已に磨れて没したのを見るべし。金爻の鬼が休囚なら、香爐に破損がある。木爻の官が旺相なら、神像は完好で傷なし。父母爻が安靜なら、祖先の神主・牌位は安寧である。官鬼の爻が興旺なら、家宅の人丁は安穩でない。父母爻が土爻の上に落ちて旺相なら、田園は豐收する。日辰が木爻の父母を冲剋して父母が休囚なら、卓子・板凳は破損する。父母爻が墳丘・墓庫に臨めば、自家の祖墳が作祟して殃を為す。木爻が「坎」宮で發動すれば、橋梁が路を擋んだのである。
木臨朱雀,匣藏契券為殃;木入青龍,家有船車往泛。官伏土中,磉磚不利;鬼藏木下,棺槨為妖。更將一例推占,須著六爻分究。鬼臨初位暗興,宅有伏尸古煞;官遇六爻暗動,匠工作弊為殃。巽宮木動,當生縊頸之人;坎卦水興,必出投河之鬼。離宮水動,湯澆死;但遇火鬼,火湯傷。官臨土旺,斷言土府搶攘;鬼值木興,詳會樹神作礙。鬼入坤來,定有墳塋之崇;官臨艮上,必逢獄禁之魂。鬼附鰧蛇生怪夢,官臨朱雀惹閒非。貴人官,當生拔萃之兒郎;劫殺鬼,須慮穿窬之盜賊。鬼克兄,門當破損;官衰世,宅有多災。
木爻が「朱雀」に臨めば、箱匣の裏に收藏する地契・文券に事が出るべし。木爻が「青竜」に入れば、家裏に船あり車ありで往來・行駛する。「官鬼」が土爻の中に伏していれば、柱礎・磚石が不利である。官鬼が木爻の下に蔵れていれば、棺椁が妖を作すのである。なおこの例に照らして逐條に推占し、六爻に按って分かちて細究せねばならない。官鬼が初爻に臨んで暗中に興れば、宅の下に埋められた尸骸と陳年の凶煞がある。官鬼が第六爻で暗動すれば、匠人が工を為す時に手脚を做して殃を為したのである。「巽」宮の木爻が發動すれば、上縊・自縊する人を生ずべし。「坎」卦の水爻が興旺すれば、必ず河に投じて死ぬ鬼を出す。「離」宮の水爻が發動すれば、開水に澆がれて死んだのである。火爻の鬼に遇えば、火と開水に燙傷されたのである。官鬼が土爻に臨んで旺なら、動土して土神を冲犯したと断ずる。官鬼が木爻に値して興れば、細究して樹神が梗を作したのである。官鬼が「坤」宮に入れば、定かに墳墓の作祟がある。官鬼が「艮」宮に臨めば、必ず牢獄の中の冤魂に遇う。官鬼が「螣蛇」に附着すれば、すなわち常に怪夢を生ず。官鬼が「朱雀」に臨めば、すなわち閒氣・是非を惹く。官鬼が「天乙貴人」を帶びれば、類を拔萃する好兒郎を生ずべし。官鬼が「劫殺」を帶びれば、牆を鑚り洞を挖る盗賊を提防せねばならない。官鬼が「兄弟」を剋すれば、門戸に破損あるべし。官鬼が衰弱して世爻が剋を受ければ、家宅に災が多い。
財龍旺相,必是潤屋之家;妻虎休囚,定是枯茅之舍。財旺初爻,雞鵝作畜;妻衰外象,豕畜多虧。天乙財爻,定出縉紳之子;咸池妻位,應生娼妓之人。子臨二位,乃知犬吠生人;福值坎爻,定有貓啣耗鼠。兄是門牆土壤,弟為口舌鄰房。交重土弟休囚,必定牆壁坍塌;發動木兄死廢,定還門戶歪斜。又兼月建克沖,斷為破戶;喜見日辰生助,決是新門。兄臨月建坎宮,曾支坑廁;弟在水爻浴位,必砌浴缸。間兄發動克沖,鄰家嫉妒;兄弟扶持身世,朋友忻偕。兄克金財妻有病,弟臨火應友多非。劫臨兄動,謹備賊徒;空值弟興,定分門戶。
「妻財」が「青竜」を帶びて旺相なら、必ず家資が豐潤の人家である。妻財が「白虎」を帶びて休囚なら、定かに茅草が枯敗する破屋である。財爻が初爻で旺なら、家中に雞鵝を養う。財爻が外卦で衰なら、猪の類の牲口に多く虧損がある。財爻が「天乙貴人」を帶びれば、定かに仕宦の人家の子弟を出す。財爻が「咸池」を帶びれば、娼妓を為す人を生ずべし。「子孫」爻が第二爻に臨めば、生人に對して狂吠する狗があるのを知る。子孫爻が「坎」水の爻に値すれば、耗子を捕咬する猫が定かにある。「兄弟」爻は門牆・土垣を表し、また口舌と鄰居をも表す。土爻の兄弟が發動して休囚なら、必定として牆壁が坍塌する。木爻の兄弟が發動して死廢すれば、一定に門戸が歪斜する。さらに「月建」が來て剋し來て冲すれば、破敗の門戸と断ずる。もし「日辰」が來て生し來て助するを見るを喜べば、それは必ず新装の門である。兄弟爻が「月建」に臨んでまた「坎」宮にあれば、かつて茅坑・廁所を修めたことがある。兄弟爻が水爻の「沐浴」の位にあれば、家中に必ず浴缸を砌えてある。間爻の兄弟が發動して來て剋し來て冲すれば、鄰家の嫉妬である。兄弟爻が卦身・世爻を扶持すれば、朋友と相處して欣然として和睦する。兄弟が金爻の財を剋すれば、妻子に病がある。兄弟が火爻に臨んで応の位にあれば、朋友に是非が多い。「劫殺」が兄弟に臨んで發動すれば、賊人を謹防せねばならない。兄弟が空に落ちてまた興動すれば、一定に家を分かち別に門戸を立てる。
六爻無水溝渠塞,一卦無金鼎鑊傷。木位興隆多樹木,火爻旺相足人煙。日克火爻,當生眼疾;日沖坎位,定主耳聾。日克木財床榻損,日沖木弟拄榰傷。若問何方,須詳爻象;要知何處,定察墓爻。但值兩妻之火,兩處煙廚;或臨二父之離,二家屋宇。不然二姓更同居,須把六神分仔細。
六爻の中に水爻がなければ、溝渠は一定に淤塞する。一卦の中に金爻がなければ、鍋鼎の類の炊具に損傷がある。木爻が興隆なら、屋外の樹木が多い。火爻が旺相なら、家中の人烟が旺である。日辰が火爻を克制すれば、家中に眼病を生ずべし。日辰が「坎」水の位を冲动すれば、定かに耳聾する人がいることを主る。日辰が木爻の財を剋すれば、牀榻が損壞するべし。日辰が木爻の兄弟を冲すれば、支撑する柱脚に損傷があるべし。事がどの方位に應ずるかを問えば、爻象の属する所を細察せねばならない。どの處にあるかを知るには、墓爻がどこに落ちるかを見ればよい。もし卦中に火に属する「妻財」が兩個現れれば、それは兩處の竈間・煙火がある。あるいは「離」に属する「父母」が兩個現れれば、それは兩家の屋宇がある。さもなければ兩姓の人が一處に合住するのであり、これには六神を分辨して仔細にせねばならない。
『闡幽精要』七・家宅秘訣
凡占家宅,細察五行。木合父爻變申酉,瓦簷草脊;金生母位逢福德,玉砌雕欄。間坐寅卯衰又克,窗檻橫斜;應臨亥子木相逢,池橋出入。主象無傷,且喜來占有慶;忌爻有制,須知見險無虞。六爻安靜,則門庭清吉;五類俱全,則宅眷安寧。鬼墓臨身,常有陰人伏枕;日辰生世,每多喜事臨門。最怕歲君克世身,一年不利;尤嫌鬼殺逢發動,合宅多災。世受克沖,家主終遭患難;財逢刑害,妻奴必見災危。陰鬼主陰司之病症,陽鬼為戶役之官非。金則凶傷,水須失脫。巳午憂火燭之虛驚,土木恐田桑之欠熟。若出二爻湯火中,切宜仔細;如加六位棟樑下,須慎崩摧。
およそ家宅を占い、五行の属する所を細察せねばならない。木爻が「父母」爻と相合して「申」「酉」の金爻を變出すれば、それは瓦作の屋檐・草苫の屋脊である。金爻が父母の位を生助してまた「子孫」の福徳に逢えば、それは玉石の臺階・雕花の欄干である。間爻が「寅」「卯」の上に坐してまた衰弱して剋を受ければ、窗子・門檻が歪斜である。応爻が「亥」「子」に臨んで木爻と相逢えば、出入は池塘の上の橋を經るを要する。用神・主象が傷を受けなければ、喜ぶべく來て占う人に吉慶がある。忌爻が制伏されれば、たとえ險に遇っても妨げないのを知る。六爻が安靜なら、門庭は清淨で吉利である。六親・五類が齊全なら、一家の老小は安寧である。鬼爻の墓庫が卦身に臨めば、家中に常に婦人が病に臥している。日辰が世爻を生扶すれば、往々として喜事が門に臨む。最も恐れるのは「太歳」が世爻・卦身を剋すことで、その一年はみな利がない。殊に忌諱するのは「官鬼」の凶殺の發動で、全宅に災が多い。世爻が剋を受け冲を受ければ、家長は終に患難に遭う。財爻が刑に遭い害に遭えば、妻子・僕婢に必ず災危が見える。陰爻の鬼は陰間に由って起こる病症を主り、陽爻の鬼は差役・賦稅の類の官非を主る。鬼爻が金に属すれば凶傷を主り、水に属すれば失竊・走脱を防がねばならない。鬼が「巳」「午」にあれば、憂えるのは燈火の虚驚である。鬼が土爻・木爻にあれば、恐れるのは田地・桑蠶の收成がよくないことである。もしこの凶象が二爻の湯火の位に出れば、務めて小心せねばならない。もし六爻の棟梁の下に加われば、房屋の崩塌を謹防せねばならない。
壁壓牆頃,卻被土沖兄克;蛇傷虎咬,皆因巳害寅刑。遭壬午之官,乘馬難逃跌蹼;遇戊寅之鬼,行船必被風波。官爻藏伏,財耗而冢墓荒蕪;妻位殺官,家中每逃亡奴婢。動出子孫胎,當有陰人妊子;助成門戶鬼,須防橫禍臨門。福應生身,且喜添增人口;土財合世,定知廣置田園。世值動妻屋不賣,而雙親有損;世臨空福身無傷,而小口有災。財鬼一同生合,慶及婚姻;兄弟兩見刑沖,災連眷屬。鬼在門頭,日日駁駁雜雜;官居宅上,時時唧唧噥噥。
牆壁が傾倒して人を壓すのは、土爻が來て冲し「兄弟」が來て剋した所致的である。蛇に咬まれ虎に傷つけられるのは、みな「巳」が來て相害し「寅」が來て相刑したためである。「壬午」の官鬼に碰上れば、馬に骑って跌跤するを免れない。「戊寅」の鬼爻に遇えば、船を行いて必ず風波に遭う。官鬼の爻が蔵伏して現れないのは、錢財が耗散して祖墳が荒蕪したのである。妻財の位が凶殺・官鬼を帶びれば、家裏に常に奴婢が逃走する。卦中に子孫の「胎」爻が動出すれば、婦人の懷孕あるべし。門戸の位を助成する官鬼には、橫禍が門に臨むのを防がねばならない。「子孫」が応爻の上で卦身を生扶すれば、人口を添うを喜ぶべし。土爻の財が世爻と相合すれば、田産を廣く置くことを定かに知る。世爻が發動の妻財に値すれば、房屋は賣らないが雙親に損傷がある。世爻が空亡の子孫に臨めば、本身は傷を受けないが小兒女に災がある。財爻と鬼爻がともに來て世爻を生合すれば、喜慶の事は婚姻の上に應ずる。兄弟が兩次現れてまた刑に逢い冲に逢えば、災禍が接續して家眷を牽累する。官鬼が門の位に守れば、天天に紛紛雜雜として清淨を得ない。官鬼が宅爻の上に居れば、時時に嘀咕として口角が斷えない。
無路則不宜遠出,無宅則利往他鄉。財化財爻,遇玄武須防剪綹;陰合陰位,加官殺切莫貪花。子卯夫妻,日下當遭反目;辰戌兄弟,月中定見鬩牆。印綬合官扶世,仕途亨通;妻財化福持身,貴人淹滯。若問血財,當詳血肖。遇吉則長養無疑,遇凶則猥攮有損。更兼制化,方窮就裡之精微;能達變通,了談人間之禍福。
卦中に道路を表す爻がなければ、遠門に出るのが宜しくない。宅舍を表す爻がなければ、反って他郷に遷往するに利がある。「妻財」が妻財を變出してまた「玄武」に遇えば、扒手に割包されるのを提防せねばならない。陰爻と陰位が相合して、さらに「官鬼」の凶殺を加えれば、切に女色を貪戀してはならない。「子」と「卯」が相刑して夫妻の位に落ちれば、眼下に夫妻が反目する。「辰」と「戌」が相冲して兄弟の位に落ちれば、この月の內に定かに兄弟が鬩牆して相争うを見る。「父母」の印綬が官鬼と相合して世爻を扶助すれば、仕途は亨通する。「妻財」が「子孫」を變出して卦身に臨めば、反って貴人を擋り前程を滯塞する。牲畜・家禽の類の活きた財物を問えば、その属する生肖の爻を細看すべし。吉神に遇えば長養して疑いなく、凶神に遇えば宰殺・刺傷されて折損があるべし。さらに制伏と變化を兼ねて見てこそ、その中の精微を窮究できる。通達して變通し得れば、人間の禍福を盡情に談論できる。
『闡幽精要』八・家宅六爻賦
六沖六合,不離五行,要識玄微,細推生克。初爻是井,切忌勾陳。青龍則泉水生香,白虎則乾枯坍塌。朱雀一雙在宅,勾陳填沒無尋。鰧蛇主怪異深藏,玄武有器皿埋沒。欲知枯井年深,須察子孫久遠。二爻是灶,切忌克沖。子孫發動,主灶不利家丁;官鬼空亡,定害陰人小口。兄弟動,則重立灶基;父母興,則灶將坍塌。朱雀臨爻,必主陰人哭灶;鰧蛇坐世,定然釜甑虛鳴。玄武主偷鍋盜釜;白虎主破損東廚。勾陳定見虛驚,朱雀多招口舌。
卦が「六冲」「六合」に逢うも、五行の生剋を離れられない。その中の玄妙・精微を識るには、生と剋を細細に推究せねばならない。初爻は水井を表し、最も「勾陳」がそれに臨むを忌む。井の上に「青竜」が臨めば、泉水は甘美で香を生ず。「白虎」に臨めば、井は干枯して坍塌する。「朱雀」に臨めば、宅中に兩口の井がある。「勾陳」に臨めば、井は已に塡沒されて尋ね見られない。「螣蛇」に臨めば、井の中に怪異が深蔵することを主る。「玄武」に臨めば、井の裏に器皿が埋まっていることを主る。この枯井が荒廢して何年になるかを知るには、「子孫」爻の離れの遠近・久暫を見ねばならない。二爻は竈を表し、最も剋され冲されるを忌む。「子孫」が發動すれば、竈が家中の人丁に不利を主る。「官鬼」が空亡なら、定かに婦人と小兒女を損害する。「兄弟」が發動すれば、竈基を砌め直さねばならない。「父母」が興旺すれば、竈は將に坍塌せんとする。「朱雀」がこの一爻に臨めば、必ず婦人が竈に對して哭泣するを主る。「螣蛇」が世爻の上に坐すれば、定かに鍋甑が故なく響く。「玄武」は鍋釜が偸まれるを主る。「白虎」は東廚が破損するを主る。「勾陳」は定かに虚驚を見、「朱雀」は多く口舌を招く。
三門四戶,細看沖刑。子孫發動,門臨綠水青山;爻值青龍,戶對高樓聳閣。父母臨爻,宅近街衢市井;伏連官鬼,家鄰古墓神壇。勾陳發動,必多破損;朱雀興隆,定主倒裝。要知閥閱侯門,須看青龍興旺;欲識鐵石庭戶,細察蛇臨位興。五為道路,怕犯六神。朱雀持世,南方遠路衝門;玄武克身,北地相親宅宇。青龍喜巽地來龍,白虎怕西南走動。勾陳遇鬼,家中有路可行人;玄武來沖,宅內有橋通大路。鰧蛇若值飛爻,溝壑必生災咎。六是樑棟,切忌空亡。子孫發動,必主畫棟雕樑;父母興隆,定是松楠雜木。財動則換舊更新,兄興定幫梁接柱。土父空亡,牆壁坍塌;木官沖剋,接斗斷梁。
三爻は門、四爻は戸で、冲あるか刑あるかを細看せねばならない。「子孫」が發動すれば、門の前に綠水・青山が臨む。爻が「青竜」に値すれば、門戸は高樓・聳閣に對する。「父母」がこの兩爻に臨めば、住宅は街市に近い。下に「官鬼」が伏していれば、家は古墓・神壇に鄰する。「勾陳」が發動すれば、門戸は必ず破損が多い。「朱雀」が興隆なら、定かに門が反に裝されたのである。世家・侯門かどうかを知るには、「青竜」が興旺かどうかを見ねばならない。鐵石のごとき堅固の門庭かどうかを識るには、「螣蛇」の臨位が興旺かどうかを細察する。五爻は道路を表し、六神に触犯するを怕れる。「朱雀」が世を持せば、南方に遠路が大門を直冲する。「玄武」が卦身を剋すれば、北面に人家が自宅と相鄰する。「青竜」は東南の「巽」方から龍が來るを喜び、「白虎」は西南方で走動するを怕れる。「勾陳」が官鬼に遇えば、家中有通行できる路がある。「玄武」が來て冲すれば、宅內に橋があって大路に通ずる。「螣蛇」が飛爻の上に値すれば、溝壑の處に必ず災咎を生ず。六爻は梁棟で、最も空亡に落ちるを忌む。「子孫」が發動すれば、必ず畫棟・雕梁である。「父母」が興隆なら、定かに松木・楠木などの雜木で造ったものである。「妻財」が發動すれば舊を換え新たにする。「兄弟」が興旺すれば一定に梁を加固し柱を接續せねばならない。土爻の父母が空亡なら、牆壁が坍塌するべし。木爻の官鬼が來て冲剋すれば、斗拱は接を要し房梁は斷れるべし。
『闡幽精要』九・搜精六爻
初爻論根基,鬼動卻非宜;宅邊有古墓,災殃損小兒。陽圓陰方地,合方長生基;沖凹刑尖削,克破合圓基。克五宅長病,克二宅母危;世爻若值此,兩處起根基。有水必有井,明堂有井鬼;白虎同臨位,定主有橋頹。動化日辰合,暗井掩無泥;初爻父子吉,兄鬼外人基。更若初爻動,坍損有高低;財值身旺地,休囚值不宜。玄武臨初位,溝潭不利時;更值鰧蛇上,樹根穿破基。
初爻は宅基・根基を論ずるのに用いられ、「官鬼」がここで發動すれば合宜でなく、宅の辺に古墓があり災殃が小児を傷損することを主る。初爻が陽爻なら、地基は圓形である。陰爻なら、地基は方形である。合に逢えば方正の地、長生に逢えば完整の基である。冲に逢えば地基は凹陷し、刑に逢えば地基は尖削し、剋破に逢ってまた合に逢えば圓形の基である。初爻が五爻を剋すれば、家長に病がある。二爻を剋すれば、主母が危險である。世爻がまさに初爻に落ちれば、それは兩處に分かちて地基を起したのである。卦中に水爻があれば必定に井がある。「明堂」の位に水ありまた鬼あれば、井の上に必ず蹊蹺がある。「白虎」もまたこの位に同臨すれば、定かに橋の塌るべきを主る。初爻が動して日辰と相合する爻を變出すれば、一口の暗井が掩われたが泥も塡められていないのである。初爻が「父母」「子孫」なら吉で、「兄弟」「官鬼」なら地基はもとは外人のものである。初爻がまた發動すれば、地基は坍損して高低平らかでない。財爻が卦身の旺相の地に落ちればよく、休囚なら宜しくない。「玄武」が初爻に臨めば、溝渠・水潭の一帶が不利である。さらに「螣蛇」が上に値すれば、樹根が穿透して地基を破壞したのである。
二爻為宅母,財祿終有吉;殺鬼動交重,宅母防災厄。值鬼灶跨梁,小口生啾唧;兄在二三爻,坑灶近相逼。玄武合水爻,暗井無人識;玄武入土爻,穢汙豬羊室。旺新休舊灶,虛灶腳不實;一卦兩重財,二灶煙火出。子孫日辰沖,灶邊路不吉;生扶兩眼灶,玄武溝潭塞。財爻卦內凶,有灶無廚食;二爻入興動,此灶曾修葺。二爻被金沖,鍋破當知識;二爻值空亡,廢灶無差失。應若臨二爻,外姓人同室;財福坐清高,兄破人無益。朱雀火動空,灶復重置立;兄弟化兄弟,兩門合出入。財爻克世身,媳婦欺婆力;世鬼值此爻,總是離家室。
二爻は主婦を表し、また竈位をも表す。この爻に財あり祿あれば終に吉利である。凶殺・官鬼がここで發動すれば、主婦は災厄を提防せねばならない。二爻が官鬼に値すれば、竈は梁の下に跨がるように砌められており、小兒女は哭鬧して病を生ず。「兄弟」が二爻・三爻にあれば、廁坑と竈が靠り合って近すぎる。「玄武」が水爻と相合すれば、一口の暗井があって人の知るなし。「玄武」が土爻に落ちれば、猪圈・羊欄の類の汚穢の處である。二爻が旺相なら新竈、休囚なら舊竈である。爻が虚なら竈脚は實ならない。一卦の中に兩重の財爻が現れれば、兩個の竈が火を燒いているのである。「子孫」が日辰に冲动されれば、竈の辺の過道が吉利でない。子孫が生を得扶を得れば、一個の雙眼竈である。「玄武」がここにあれば溝渠・水潭が堵塞する。財爻が卦中で凶なら、竈はあるが飯を食うなし。二爻がまさに發動すれば、この竈はかつて修葺したことがある。二爻が金爻に冲されれば、鍋が破れているのを知るべし。二爻が空亡に落ちれば、一口の廢棄して用いない竈で、断じて差錯なし。応爻が二爻に臨めば、外姓の人が一屋に同住する。「妻財」「子孫」が清高に坐するのに「兄弟」が來て冲破すれば、人に對して益なし。「朱雀」が火爻に臨んで發動して空に落ちれば、竈は砌め直さねばならない。「兄弟」が「兄弟」を變出すれば、兩家が一個の門を合用して出入する。財爻が世爻・卦身を剋すれば、媳婦が婆婆を欺壓する。世爻が鬼を帶びてこの爻に値すれば、總じて歸ってこの家を離るべきである。
若是二爻空,子定無娘力;化出父母爻,屋後被人出。父母龍德臨,必是公侯宅;空休與應同,搭角屋相及。木死逢蛇陳,中蓋是端的;二爻木化木,廣起樓臺屋。二爻鬼化鬼,前後廳堂室;土金臨此動,必定主開闢。木爻朱雀動,市井相連跡;二爻日月破,災禍無休日。欲識換人居,日辰沖世宅;財子同父兄,亦然主換宅。二爻財化父,必是建新宅;爻休六神旺,半舊半新室。龍臨長短居,蛇是牽連屋;玄武是空居,朱雀多開闢。二爻休化旺,前舊後新宅;龍德貴人臨,家中足衣食。財福吉神空,貧窮日相逼。
もし二爻が空に落ちれば、兒子は一定に母親の助力を得られない。二爻が「父母」爻を變出すれば、房子の後面に人が別に出路を開いた。父母爻が「青竜」と「天徳」に臨めば、必ず公侯の家の宅第である。父母爻が空に落ち休囚してまた応爻と相同なら、人と搭角して相連する房子である。木爻が死絶して「螣蛇」「勾陳」に逢えば、中間に一層を加蓋して確鑿として疑いなし。二爻の木爻が木爻を變ずれば、土木を大興して樓臺を蓋起した。二爻の鬼爻が鬼爻を變ずれば、前後にともに廳堂・房室がある。土爻・金爻がここに臨んで發動すれば、必定として工を開き興建するを主る。木爻が「朱雀」を帶びて發動すれば、宅子は街市と相連する。二爻が「日破」「月破」に遭えば、災禍に停歇の日がない。人家を換えて住んだかどうかを知るには、日辰が世爻・宅位を冲动したかどうかを見る。「妻財」「子孫」と「父母」「兄弟」が同時に現れるのも、同じく換宅するを主る。二爻の財爻が父母を變出すれば、必ず新建の住宅である。爻が休囚で六神が旺相なら、半舊半新の房子である。「青竜」がそれに臨めば長短が齊わない屋、「螣蛇」がそれに臨めば牽連して相接する屋、「玄武」がそれに臨めば空いて人の住まない屋、「朱雀」がそれに臨めば多く開闢・興造がある。二爻が休囚から旺相に變ずれば、前面は舊く後面は新しい宅子である。「青竜」「天徳」「貴人」がここに臨めば、家中の衣食は充足する。「妻財」「子孫」などの吉神が空に落ちれば、貧窮は一天一天と門に逼りて來る。
三爻為門戶,龍旺主光新;休囚沖破損,財子福相臻。若值龍蛇上,捆縛必有繩;沖二居為路,合二定為門。四爻來沖破,相對有穿心;三四俱兄弟,出入有兩門。玄武臨其上,門上漏相侵;三四俱發動,意要更改新。兄弟主破耗,空亡無大門;不然主破碎,左有右無存。若是逢沖剋,出入欠正行;三爻俱龍木,床帳必然新。若臨申酉位,破損不須論;不正偏倚損,日辰沖破刑。鰧蛇臨鬼動,怪異及虛驚;若臨玄武鬼,作怪在陰人。玄武臨其上,穢汙地不清;卯木三爻上,神堂下床停。不然樓板上,樓板上安尋;子午卯酉正,辰戌丑未橫。
三爻は門戸を表し、「青竜」が旺相なら門面は光鮮で嶄新である。爻が休囚してまた冲されれば、門は破損する。「妻財」「子孫」があれば福氣が來到する。三爻が「青竜」「螣蛇」の上に値すれば、捆扎・繫縛に必ず繩を用いる。三爻が二爻を冲すれば、この位は路である。二爻を合すれば、この位は定かに門である。四爻が來て三爻を冲破すれば、門と門が正相對して穿心の勢を成す。三爻・四爻がともに「兄弟」なら、出入に兩道の門がある。「玄武」がこの一爻に臨めば、門の上で雨が漏る。三爻・四爻がともに發動すれば、意ありて改建・更新せんとする。「兄弟」は破財・耗散を主り、空亡に落ちれば大門がない。さもなくとも門戸が破碎して左辺あり右辺缺ける。冲に逢い剋に逢えば、出入の路が正しくない。三爻がみな「青竜」の木爻なら、牀帳は必定に新しい。「申」「酉」の金位に臨めば、門戸の破損は多く言うに及ばない。門が裝まれて正しくなく偏斜・損壞するのは、日辰が來て冲し來て破し來て刑する所致的である。「螣蛇」が鬼爻に臨んで發動すれば、怪異の事と虚驚がある。「玄武」の鬼に臨めば、怪を作すのは婦人である。「玄武」がこの爻に臨めば、地面は汚穢で潔からない。「卯」木が三爻の上にあれば、神堂の下面に牀が停められている。さもなければ樓板の上にあり、ただ樓板の上に向かって尋ねればよい。「子」「午」「卯」「酉」は正向に擺放し、「辰」「戌」「丑」「未」は横向に擺放する。
寅申巳亥位,必主落角停;三爻論香火,不宜逢四土。不靜犯家堂,外鬼常興禍;無鬼及空亡,家堂無神主。二鬼卦裡生,兩處分香火;一卦無子孫,不信神佛助。玄武亥子位,漏溼家堂主;不然北斗神,值武宜詳護。入旺朱雀神,或燒或犯鼠;水值此爻興,五聖為神禍。外有三四鬼,其家有分處;三鬼若坐爻,弟兄不得力。龍德貴人臨,添新喜生戶;劫殺鬼相干,弟兄疾病苦。三爻財動旺,宅屋必高古;三爻值世財,外喜內憂苦。守常終是吉,次第為數數。
「寅」「申」「巳」「亥」の四支が位にあれば、必ず角落に斜めに放つことを主る。三爻はまた香火を供奉する家堂を論ずるのに用いられ、四爻の土爻に遇うを宜しくしない。この爻が安靜でなければ、家堂を冲犯したのであり、外來の鬼祟が常に來て禍を作す。卦中に鬼爻がないか鬼爻が空亡に落ちれば、家堂の上に神主・牌位を供えていない。卦の裏に兩個の鬼爻が生じれば、兩處に分かちて香火を供えている。一卦の中に「子孫」がなければ、この家の人は神佛を信じず庇佑を求めない。「玄武」が「亥」「子」の水位に落ちれば、家堂の神主が漏雨に浸濕されている。さもなければ供える所の北斗の神で、「玄武」に値する時は仔細に維護すべきである。三爻が旺に入って「朱雀」の神に臨めば、火に燒かれたか老鼠に冲犯されたのである。水爻がこの爻で興旺すれば、五聖の神が禍を作している。外卦に三四個の鬼爻があれば、この家の人は分居して各處にある。三個の鬼爻が同坐すれば、兄弟の間は指望できない。「青竜」「天徳」「貴人」がここに臨めば、新居を添置して喜んで門戸を生ず。「劫殺」が鬼爻と相干犯すれば、兄弟は疾病に苦しむ。三爻の財爻が發動して旺なら、宅屋は必定に高大で古舊である。三爻がまさに世爻でまた財爻なら、外に見れば風光だが內裏は憂苦である。總じて常法を守って断ずれば終に吉で、次第に依って一條條數え下ればよい。
外戶值四爻,財子福滔滔;龍德貴人旺,必定主清高。惡殺臨鬼動,叔伯悔煎熬;母位還依次,龍德福迢迢。朱雀臨此動,官訟是非招;有氣人丁旺,休囚悔莫逃。兄弟臨蛇動,坑破外人拋;玄武臨兄上,水邊溝水淘。沖刑並伏鬼,推此用心高。
外門が四爻の上に落ちれば、この爻に「妻財」「子孫」があれば福氣は滔滔たる。「青竜」「天徳」「貴人」が旺相なら、この家は必定に門第が清高である。惡殺が「官鬼」を帶びてここで發動すれば、叔伯の輩は懊惱・煎熬に遭うべし。母親の位は依然として次序に依って見るべし。「青竜」「天徳」があれば福澤は綿長である。「朱雀」がここに臨んで發動すれば、官司・是非を招惹するべし。この爻に氣があれば人丁が興旺し、休囚なら悔恨は逃れ難い。「兄弟」が「螣蛇」に臨んで發動すれば、茅坑が破損して外人に抛棄されて用いられない。「玄武」が兄弟爻の上に臨めば、水辺の溝渠が水に淘刷されている。冲・刑および伏している鬼爻に至っては、これらを推斷するにはさらに心思を費やすを要する。
五爻是主人,家長長房親;青龍福德旺,家長喜氣新。克宅人口吉,災生宅克人;官鬼帶殺動,家長受災迍。五爻坐兄父,長房妻子刑;坐財傷父母,妻妾要損身。五爻值休廢,必是無力人;虎劫刑沖剋,知有痴雙親。子孫臨此位,人少不須論;五爻值陰世,陰人起家門。沖刑在二爻,夫婦不和寧;若值相生合,夫妻永太平。財世若值此,入舍女夫身;五爻值身世,必是女招金。五爻加世位,人數此中尋;五爻看數目,克減旺加新。此爻若有水,宅近水溝津;兄弟在此位,牆內有坑存。鰧蛇沖剋破,申酉亦傷身;無氣兼刑剋,破落必遭刑。生扶並伏化,有氣福應臻。
五爻は家主を表し、すなわち家長と長房の至親である。「青竜」と「子孫」の福徳が旺相なら、家長はすなわち喜氣一新する。五爻のこの人爻が往って二爻の宅爻を剋するは吉である。反って宅爻が人爻を剋すれば、災を生ず。「官鬼」が凶殺を帶びて五爻で發動すれば、家長は災厄に遭うべし。五爻に「兄弟」「父母」が坐すれば、長房の妻子が刑剋を受ける。「妻財」が坐して父母を傷つければ、妻妾が身體を損傷するべし。五爻が休囚・廢絶なら、家長は必ず無能為力の人である。「白虎」「劫殺」が來て刑・冲・剋・害すれば、雙親の中に癡呆の人がいるのを知る。「子孫」がこの位に臨めば、家裏の人口が少なく、多く論ずるに及ばない。五爻が陰爻でまた世爻なら、婦人が家を當り業を立てる。冲刑が二爻の上に落ちれば、夫婦は和睦しない。五爻と二爻が相生・相合すれば、夫妻は長久に太平である。財爻が世を持してまたこの爻に落ちれば、入贅の女婿の身である。五爻がまさに卦身・世爻に値すれば、必ず女子が婿を招く。五爻に世位を加えれば、家裏の人數はここから推尋する。五爻はまた數目を見るのに用いられ、剋を受ければ減じ、旺相なら加える。この爻が水に属すれば、宅子は水溝・渡口に近い。「兄弟」がこの位にあれば、牆の裏に坑がある。「螣蛇」が來て冲し來て剋し來て破するか、あるいは「申」「酉」の金爻に遇っても、また身を傷するべし。この爻が無氣でまた兼ねて刑剋を受ければ、家道は破落し還って必ず刑傷に遭う。生扶を得、また伏して化し得れば、この爻に氣ありて福氣は自然に來到する。
六爻為虛位,永為祖父婆;柱樑牆屋地,籬笆亦是他。身爻值父母,離祖自成家;子孫化官鬼,陰小受災磨。白虎帶鬼旺,災病及公婆;更值申酉位,六畜不完多。沖剋並刑害,家中有破鍋;朱雀官鬼動,瘋癲女人磨。此理通玄妙,潛心細吟哦。
六爻は虚懸の高位で、向より祖父・祖母を代表する。柱子・梁木・牆壁・屋地、および籬笆に至るまで、みなそれに帰して管せられる。卦身が「父母」に臨んでこの爻に落ちれば、この人は祖業を離れて自ら門戸を立てる。「子孫」が「官鬼」を變出すれば、婦人・小児に災難があるべし。「白虎」が鬼を帶びて旺なら、災病は公婆の身に落ちるべし。さらに「申」「酉」の位に値すれば、六畜に多く殘缺・不全がある。この爻が冲・剋および刑・害に遭えば、家中有破れた鍋がある。「朱雀」が官鬼を帶びて發動すれば、瘋癲の女人が來て纏磨する。ここの裏頭の道理は玄妙に通ずる。心を潜めて細細に吟味せねばならない。
『闡幽精要』十・船家宅
既明住宅之根因,再看船居之奧妙。青龍父母,袓代居船;白虎妻財,初當船戶。要識安居平穩,須觀褔德青龍。初是船頭,必須子孫興旺;六為後舵,定因褔德交重。父母刑沖,必主風狂浪急;妻財克陷,定然惹是招非。若逄兄弟交重,怪木必須重換;但遇鬼爻臨用,魘禱急宜祈祥。二為獵木,須要堅方;若遇螣蛇,多生怪異;但逄朱雀,口舌災殃。青龍利益加添,白虎損人招禍,玄武憂疑盜賊,勾陳耗散資財。三為倉口,怕逢刑剋沖害。四為桅杆,喜遇拱合生扶。五為毛纜,六為櫓蓬;若得相生,行船必定致富;如逢沖剋,船居多主災殃。
住宅の根本の因由を既に弄明白にした上で、さらに船をもって家と為すの奥妙を見る。「青竜」が「父母」に臨めば、祖輩・世代が船をもって家と為す。「白虎」が「妻財」に臨めば、剛に船戶を為して間もない。船上に住んで安穩かどうかを知るには、「子孫」の福徳と「青竜」を見ねばならない。初爻は船頭で、必ず「子孫」が興旺することを要する。六爻は船尾の舵で、また「子孫」の福徳が發動してこそよい。「父母」爻が刑に遭い冲に遭えば、必ず風が狂い浪が急なことを主る。「妻財」爻が剋され陷れられれば、定かに是を惹き非を招く。「兄弟」爻の發動に逢えば、怪を作すその一根の木料は必ず換えねばならない。一旦鬼爻が用神に臨むに遇えば、まさに趕緊に祈禳・禱告して吉祥を求むべし。二爻は船を撑る篙木で、堅實・方正を須とする。ここで「螣蛇」に遇えば、多く怪異を生ず。「朱雀」に逢えば、口舌・災殃がある。「青竜」に逢えば利益が增添し、「白虎」に逢えば人を損し禍を招き、「玄武」に逢えば盗賊を憂疑し、「勾陳」に逢えば資財を耗散する。三爻は船艙の口で、刑・剋・冲・害に逢うを怕れる。四爻は桅杆で、拱合・生扶に遇うを喜ぶ。五爻は纜繩で、六爻は櫓と船篷である。各爻が相生すれば、船を行いて必ず富に致る。冲剋に遇えば、船に住んで多く災殃を主る。
世爻發動,宜棄舊而從新;應位興隆,宜世居而迪吉。世臨玄武,盜賊相侵;持世勾陳,翻船損舵。白虎防墮水不虞,青龍主臨危有救。螣蛇爻動,主暴病之憂;朱雀爻興,有斷桅之禍。初位逄空,船頭破損;二爻遇鬼,繩纜損傷。三爻最忌刑沖,倉內平基作崇;四位怕逢凶煞,破蓬發漏須防。五為毛纜,逢空必有驚疑;六是舵門,遇煞定當修換。若能依此而推,船居必無他事。
世爻が發動すれば、舊船を棄てて新船に換えるが宜しい。応爻が興隆なら、世世代代住み就いて行くが宜しく、自ら吉利である。世爻が「玄武」に臨めば、盗賊が來て侵す。「勾陳」が世を持すれば、船を翻し舵を折る。「白虎」は不測に落水するを防ぎ、「青竜」は危に臨んで人の搭救あることを主る。「螣蛇」の爻が發動すれば、急病の憂あるを主る。「朱雀」の爻が興旺すれば、桅杆を折斷する禍がある。初爻が空に逢えば、船頭が破損する。二爻が鬼に遇えば、繩纜が損傷する。三爻は最も刑冲を忌み、艙內の底板が作祟する。四爻は凶煞に逢うを怕れ、破篷・漏雨を防がねばならない。五爻は纜繩で、空に逢えば必ず驚疑がある。六爻は舵位で、凶煞に遇えば一定に修理して更換せねばならない。この法子に照らして推して行けば、船に住んで必ず別の事は出ない。
『闡幽精要』十一・疾病論
凡占疾病,先禱上下神祗。謁卜卦人,欲問生死禍福,須詳得病之由,次告先賢之驗。金木動,骨骼疼酸;水火興,皮膚寒熱。交重丑未必傷脾,發動戌辰因破腹。巽鬼興隆,乃為股痛;震官旺動,足疾不瘳。離宮旺相,內爻發動,瘡痍之疾;火鬼休囚,外象交重,心目之災。發動兌官因面病,交重坎鬼腹中災。土伏土爻生腫毒,金藏金位動心胞。妻在土興嘔吐,官臨土動遲疑;木下木多寒燠,水伏水多冷淋。乾官旺相因頭痛,坤鬼興隆為肚疼。坎卦水興只緣耳疾,艮宮土發必為手災。須將五行論身肢,專執六神分疾病。財逢玄武及咸池,病為貪花因戀色。妻值青龍並日建,患因耽酒及傷身。發動金兄氣喘,交重木鬼身疼。勾陳若臨土木,病因爭地爭田。鰧蛇若入火土,災乃逢驚逢怪。
およそ疾病を占い、まず天地・上下の神祇に禱告せねばならない。卦を求めに來る人が生死・禍福を問わんとすれば、まず病を得た緣由を弄清し、次に先賢の傳えた應驗の法に依って彼に告げねばならない。金爻・木爻が發動すれば、骨節が酸痛する。水爻・火爻が興起すれば、皮膚が忽ち寒く忽ち熱する。「丑」「未」の兩爻が發動すれば、必定として脾臟を傷した。「戌」「辰」の兩爻が發動すれば、腹瀉して腹を破ったのである。「巽」宮の鬼爻が興隆なら、それは大腿が疼痛する。「震」宮の官鬼が旺相發動すれば、脚上の毛病が見えて好くならない。「離」宮が旺相で内卦の爻が發動すれば、瘡を生じ潰爛する疾である。火爻の鬼が休囚で外卦が交動すれば、心臟と眼目の災である。「兌」宮の官鬼が發動すれば、臉面の上の病である。「坎」宮の鬼爻が發動すれば、腹中の災である。土爻の下に土爻が伏していれば、生ずるのは腫毒である。金爻の中に金爻が蔵れて發動すれば、病は心包にある。「妻財」が土爻の上で興起すれば、嘔吐を主る。「官鬼」が土爻に臨んで發動すれば、病情が反復して遲疑して愈え難いことを主る。木爻の下に木が多ければ、忽冷忽熱を主る。水爻の下に水が伏すれば、小便が冷澁して淋瀝することを主る。「乾」宮の官鬼が旺相なら、頭痛である。「坤」宮の鬼爻が興隆なら、肚子疼である。「坎」卦の水爻が興旺なら、ただ耳疾による。「艮」宮の土爻が發動すれば、必ず手上に傷がある。五行をもって身體の各個の部位を論じ、專ら六神をもって病症の性質を分辨せねばならない。財爻が「玄武」と「咸池」に逢えば、病は花を貪り色を戀することに因って起こった。財爻が「青竜」に値してまた「日建」を併せれば、病は酒を嗜み過度して身を傷したのである。金爻の「兄弟」が發動すれば、氣喘を主る。木爻の「官鬼」が交動すれば、身上の疼痛を主る。「勾陳」が土爻・木爻に臨めば、病因は地を争い田を争うことに由って起こった。「螣蛇」が火爻・土爻に入れば、災は驚を受けるか怪異に遇うことに因って來た。
虎動臨財,因喪而得;龍興遇鬼,喜處染來。財為祿命怕空亡,伏是命爻防克害。先將十死卦為凶,莫比一般爻是吉。最凶者,用爻不見與空亡;有救者,福位扶持生得力。春忌需蒙,夏嫌觀蠱,秋憂剝節,冬畏旅臨。祿命隨官難救,世身入墓難醫。官逢大殺忌傷身,鬼入用爻當主死。須忌催尸之殺,怕臨病者之爻。春辰夏未最難當,秋戌冬丑興還死。又嫌天地轉殺,最是凶神;乃遇日辰旺相,便言死處。春忌卯爻卯日,夏嫌午位午爻,秋金酉日最忌凶,冬子爻中逢子日。不論白面少年人,可惜雪鬢老年容。縱有家資過百斗,也須一命見閻君。
「白虎」が發動して財爻に臨めば、この病は喪事の上から沾染して來た。「青竜」が興起して鬼爻に遇えば、この病は喜慶の場合から染めて來た。財爻は祿命を表し、最も空亡に落ちるを怕れる。伏神がもし命爻なら、剋され害されるを防がねばならない。まず「十死卦」を凶兆として看て、尋常の爻象と同じく吉を論じてはならない。最も凶なのは、用爻が卦に上がらないか空亡に落ちること。救あるは、「子孫」福神の位が來て扶持し相生して力あること。春は『需』『蒙』を占得するを忌み、夏は『觀』『蠱』を嫌い、秋は『剝』『節』を憂え、冬は『旅』『臨』を畏れる。祿命の爻が官鬼に隨って走れば、救治し難い。世爻・卦身が墓に入れば、醫し好し難い。官鬼が「大殺」に逢えば、それが卦身を傷つけるを忌む。鬼爻が用爻に侵入すれば、死亡を主るべし。なお「催尸殺」を忌諱して、それが病人の属するその一爻に臨むを怕れる。春は「辰」にあり夏は「未」にあって最も承當し難く、秋は「戌」にあり冬は「丑」にあって、一たび興ればなお死である。また「天轉」「地轉」の二殺を嫌い、それは最も凶の神である。さらに日辰の旺相に遇えば、すなわち死期と断ずる。春は「卯」爻が卯日に逢うを忌み、夏は「午」位が午爻に逢うを嫌い、秋は金に属して「酉」日を忌むのが最も凶で、冬は「子」爻の中にまた子日に逢う。これらは白面の少年を論わず、またあの雪鬢の老人を惜しむもなし。たとえ家産が百斗を超えても、終に一命をもって閻王に見えねばならない。
要推神鬼之由,便知天道地道。乾宮發動,願欠天庭;坤鬼興隆,動乾地府;艮鬼傷身,路神作禍;震宮克世,獄司降災。鬼臨五位路頭神,官在三爻家內崇。坎鬼動,須求溺水之魂;巽鬼興,當祭懸樑之崇。月破入官求七殺,日辰帶鬼告三司。日值貴官,可告城隍當境;歲臨官貴,宜求五道家堂。兌象官興,急還口願;火爻鬼動,速祀灶君。離鬼休囚持世,值須祈斗禱花窮;乾鬼旺相剋身,宜告天神還素願。
なんの神・なんの鬼が作祟するかを推究するには、まず天道と地道の分を知らねばならない。「乾」宮の鬼爻が發動すれば、天庭の願を欠いたのである。「坤」宮の鬼爻が興隆なら、地府を驚動したのである。「艮」宮の鬼爻が身を傷つければ、路神が禍を作すのである。「震」宮の鬼爻が世を剋すれば、牢獄の司が降した災である。鬼爻が第五爻に臨めば、路頭の神である。鬼爻が第三爻にあれば、家內の作祟である。「坎」宮の鬼爻が發動すれば、溺れて死んだ鬼魂を超度せねばならない。「巽」宮の鬼爻が興起すれば、上縊して死んだ冤祟を祭祀すべし。鬼爻が「月破」に逢えば、「七殺」を禳解せねばならない。日辰が鬼爻を帶びれば、三司の神明に向かって告解せねばならない。日辰が貴神・官爻に値すれば、本境の城隍に向かって稟告できる。太歳が官爻・貴神に臨めば、五道の神と家堂を求むるが宜しい。「兌」宮の官爻が興起すれば、趕緊に許した口願を還せ。火爻の鬼が發動すれば、速く竈君を祭祀しに行け。「離」宮の鬼爻が休囚で世を持せば、すなわち北斗に祈禱し香花を供獻して厄を解くを求めねばならない。「乾」宮の鬼爻が旺相で卦身を剋すれば、天神に向かって稟告し素願を還し清めるが宜しい。
衰官外動別宮來,便言外崇;休鬼內興本宮動,可辨家親。坎宮本為交重,船車之鬼;艮象土爻發動,路獄之魂。應鬼克身逢外鬼,官爻生世是連親。日辰沖發為無主,土位塞興定有墳。土動死囚牢獄,火興臨沒產亡。但知旺日看四時,細察休囚尋八節。乾金之鬼,白髮老翁;坎鬼休囚,耳聾鬼崇。艮鬼手癱,震官腳疾;巽爻官發,折腿腰跎;離象鬼興,眼昏目暗;坤土之鬼花蒼母,兌金死鬼缺唇魂。
衰弱の官鬼が外卦・別宮から發動して來れば、すなわち外來の邪祟と説く。休囚の鬼爻が内卦・本宮で發動すれば、すなわち自家の亡親と断じ得る。「坎」宮・本宮の爻が發動すれば、船車の上で死んだ鬼である。「艮」宮の土爻が發動すれば、路の上か牢獄の中で死んだ魂である。応爻の鬼が來て卦身を剋し、また外卦の鬼に逢えば、それは外來のものである。官爻が來て世爻を生ずれば、それは血緣に牽連ある親人である。鬼爻が日辰に冲动されて起きれば、主なき孤魂である。土爻の位が壅塞して興起すれば、そこに定かに墳がある。土爻が發動すれば、牢獄の裏で死んだのである。火爻が興起して陷没の象に臨めば、難産して亡んだのである。ただ四季に按ってそれが何日に旺かを見、さらに休囚の爻を細察して、八個の節氣の上から尋ねればよい。「乾」宮の金爻の鬼は、白髮の老翁である。「坎」宮の鬼爻が休囚なら、耳聾の鬼が作祟する。「艮」宮の鬼は手の癱えたもので、「震」宮の官は脚に毛病あるものである。「巽」宮の官爻が發動すれば、腿を折り腰を駝らせたものである。「離」宮の鬼爻が興起すれば、眼目が昏花して看清えないものである。「坤」宮の土爻の鬼は白髮蒼蒼たる老母で、「兌」宮の金爻の死鬼は嘴唇を缺いた魂である。
要見祖宗叔伯,須將父母推詳。如求姨母妻奴,更把財爻決斷。陽爻男子,陰爻女流。白虎喪門親座席,青龍天乙貴家親。龍雀名為素願,虎勾定是暈盟。雀虎入乾離興動,只言拜願燒香;勾陳臨震巽交重,便說願心枷鎖。鬼靜生身還是吉,官興克世告神凶。亦求子位同推,反作藥爻以治。子旺福神而得力,子衰扁鵲以難醫。深詳大象如何,要察吉凶休咎。
祖宗か叔伯の作祟かを見るには、「父母」爻の上から推詳せねばならない。姨母・妻室・婢僕の類を尋ねようとすれば、「妻財」爻をもって判斷する。陽爻は男子で、陰爻は女流である。「白虎」が「喪門」を帶びれば、新亡の親人が來て席に入り祭を受ける。「青竜」が「天乙貴人」を帶びれば、顯貴の家親である。「青竜」「朱雀」は名づけて素願といい、許した清素の願である。「白虎」「勾陳」は定かに葷盟で、許した血食の誓である。「朱雀」「白虎」が「乾」「離」の兩宮に入って興起・發動すれば、ただ願を拜し香を燒くと説く。「勾陳」が「震」「巽」の兩宮に臨んで發動すれば、すなわち許願の事が枷鎖のごとく身に纏うと説く。鬼爻が安靜にして來て卦身を生ずれば、還って吉と算う。官爻が興起して來て世爻を剋すれば、それは神明に禱告せねばならず、凶を主る。また「子孫」の位に連なって一同に推算し、反ってそれを藥爻として病を治する。子孫が旺相なら、福神は力を得る。子孫が衰弱なら、たとえ扁鵲でも醫し難い。深く細かく整個の卦象が如何なるかを察してこそ、吉凶・休咎を審明にし得る。
『闡幽精要』十二・五行論病歌
金鬼興隆牙與頭,更兼白虎血膿流。木鬼動時風疾症,頭眩眼暗幾時休。水興寒熱多因瘧,痢疾傷風未易療。火鬼虛勞兼弱症,眼目疼痛有來由。土鬼脾胃虛黃腫,間動須當膈病愁。
金爻の「官鬼」が興隆なら、病は牙齒と頭部にある。さらに「白虎」を帶びれば、また血を流し膿を流す。木爻の鬼爻が發動する時は、中風の類の病症で、頭暈・眼花していつ幾時に好くなるか知れない。水爻が興起すれば、忽冷忽熱してたいてい瘧疾で、また痢疾・傷風もあって、みな容易に治し難い。火爻の鬼爻は虚勞に兼ねて體弱の症を主り、眼睛の疼痛もまた來由がある。土爻の鬼爻は脾胃の虚弱・面黃・浮腫を主る。それが間爻の上で發動すれば、膈食して下らない毛病を愁えねばならない。
『闡幽精要』十三・六神論神鬼心決
青龍善願是觀音,上聖三官總是神,斷鬼產亡並帶血,交重必是本堂臨。朱雀家堂並灶君,花幡香願素存心,鬼為吐血兼勞怯,目疾傷亡並有因。勾陳土地及城隍,土神同斷亦無傷,鬼為痢疾兼蠱脹,遇土因知咽塞亡。鰧蛇本是飛來土,遇鬼七殺金作三,逢官縊死火勞怯,孩童湯火必然傷。虎臨太歲大將軍,五路傷司五聖神,經文香信家堂願,橫死傷亡肚飽魂。玄武就名真武帝,水仙五聖佛經祈,鬼作落水傷亡斷,活法全憑智略推。
「青竜」の主る所の善願は觀音菩薩で、上界の三官大帝もまたみなそれのこの一路の神に属する。それが鬼を帶ぶ時は難産して亡びあるいは血光を帶びる鬼と断じ、發動すれば必定に自家・本堂の神主である。「朱雀」の主る所は家堂神と竈君で、また花幡を挂け香を燒き素願を許すこれらの平素心に置く事である。それが鬼を帶ぶれば吐血に兼ねて虚勞・怯弱を主り、眼病と傷亡もまたみなその緣由がある。「勾陳」の主る所は土地と城隍で、土神もまた一併にこのように断じて、差はあるまい。それが鬼を帶ぶれば痢疾に兼ねて腹脹・蠱症を主り、土爻に遇えば咽喉が阻塞して死んだと知るべし。「螣蛇」はもとより飛來の土神で、鬼に遇う時は「七殺」をもって論じ、金爻に逢えば「三」の數をもって論ずる。官鬼に逢えば上縊して死んだを主り、火爻に逢えば虚勞・怯弱を主り、小児は必定に開水か火に燙傷される。「白虎」が太歳に臨めばすなわち大將軍で、また五路・傷亡の司と五聖の神を主る。それの應ずる所は誦經・進香・家堂の許願の類で、鬼を帶ぶれば橫死・傷亡、餓死・脹死の魂である。「玄武」はすなわち真武大帝の名で、また水仙・五聖を主り、佛經を誦して祈禳せねばならない。それが鬼を帶ぶれば水に落ちて死んだ傷亡と断ずる。活用の法は、全く各人の智謀に憑って推演する。
『闡幽精要』十四・六神論神崇決
青龍爻動及黃泉,得病先占問禍原,舊年佛願相催討,急告東廚及祖先。朱雀爻興禍不輕,遊方五鬼立門庭,夢中口願相催討,正照傍臨本命星。勾陳爻動禍難當,土地家堂及灶王,時疫五瘟求祭祀,家堂蹤跡被蟲傷。鰧蛇爻發病纏身,東廚土地及家親,天曹口願相催討,是非口舌夢中驚。白虎爻興事不祥,神前有願佛前香,福德五道求祭祀,土地北殿及乖張。玄武爻興病患凶,家中人物不和同,急靠北陰求土地,守命家親在此中。
「青竜」の爻が發動して黄泉の位に臨めば、病を得てまず禍事の根源を占問せねばならない。それは往年に許した佛願が催討しているので、趕緊に竈神と祖先に稟告せねばならない。「朱雀」の爻が興起すれば、禍事は輕くない。それは游方の五鬼が門庭の前に立っており、夢裏に口願が催討しており、正冲または旁臨して本命の星に及ぶ。「勾陳」の爻が發動すれば、禍事は當り難い。それは土地・家堂と竈王で、また時疫・五瘟に祭祀を求めねばならず、家堂の香火の痕跡が蟲に蛀傷された。「螣蛇」の爻が發動すれば、病が身に纏い着く。それは竈神・土地および自家の亡親で、天曹の口願が催討し、夢中にまた是非・口舌の驚がある。「白虎」の爻が興起すれば、事は祥ならず。それは神の前に願を許し、佛の前に香を進めたので、福德正神と五道の神に祭祀せねばならず、また土地・北殿の神が梗を作している。「玄武」の爻が興起すれば、病患は凶險である。それは家中の人口が和睦せず、趕緊に北方の陰位に靠って土地神を求めねばならず、性命を守る自家の亡親がすなわちこの裏頭にいる。
『闡幽精要』十五・占風水要決
凡占風水要推詳,五事俱全不可傷。財動田園多進退,不然尊長有災殃。父興必是還魂地,小口畜牲總不昌。鬼動弟兄多忤逆,戶門不利惹官方。兄興財物多消耗,或是陰人主少亡。子動必然無訟事,兒孫定貴少災殃。
およそ墳塋の風水を占い、仔細に推詳せねばならない。六親・五類が齊全してまた傷剋を受けなくてこそよい。「妻財」が發動すれば、田園・産業が忽ち進み忽ち退き、さもなければ尊長に災殃がある。「父母」が興起すれば、必定に一塊の「還魂地」で、葬り下せば反復を出すべし。小兒女と牲畜は總じて興旺しない。「官鬼」が發動すれば、兄弟の間に忤逆・不和が多く、門戸は不利でまた官司に惹き上がる。「兄弟」が興起すれば、財物に多く消耗があるか、あるいは家中の婦人の早亡を主る。「子孫」が發動すれば、必然として訴訟の事はなく、兒孫は一定に顯貴で災殃が少ない。
『闡幽精要』十六・何知章
何知人家父母疾?白虎臨爻兼刑剋。何知人家父母殃?財爻發動殺神傷。何知人家有子孫?青龍福德爻中論。何知人家無子孫?六爻不見福神臨。何知人家子孫疾?父母爻動來相剋。何知人家子孫災?白虎當臨福德來。何知人家小兒死?子孫空亡加白虎。何知人家兄弟亡?用落空亡白虎傷。何知人家妻有災?虎臨兄弟動傷財。何知人家妻有孕?青龍財臨天喜神。何知人家有妻妾?內外兩財旺相決。休知人家損妻房?財爻帶鬼落空亡。何知人家訟事休?空亡官鬼又休囚。何知人家訟事多?雀虎持世鬼來扶。何知人家旺六丁?六親有氣喜神臨。何知人家進人口?青龍得位臨財守。
どうしてこの家の父母に病あるを知るか。「白虎」が「父母」爻に臨み、また兼ねて刑を受け剋を受けることによる。どうしてこの家の父母に災殃あるを知るか。「妻財」爻が發動し、凶殺の神が來て父母を傷つけることによる。どうしてこの家に子孫あるを知るか。「青竜」と「子孫」の福徳の爻の上から論ずることによる。どうしてこの家に子孫ないを知るか。六爻の中に福神の臨位を見ないことによる。どうしてこの家の子孫に病あるを知るか。「父母」爻が發動して來て子孫を剋することによる。どうしてこの家の子孫に災あるを知るか。「白虎」がまさに福徳の爻の上に臨むことによる。どうしてこの家の小児が夭折するを知るか。子孫が空亡に落ちまた「白虎」を加えることによる。どうしてこの家の兄弟が亡故するを知るか。用神が空亡に落ちて「白虎」に傷られることによる。どうしてこの家の妻子に災あるを知るか。「白虎」が「兄弟」に臨んで發動して來て財爻を傷つけることによる。どうしてこの家の妻子が懷孕したを知るか。「青竜」が財爻に臨んでまた「天喜」の神を帶ぶことによる。どうしてこの家に妻あり妾あるを知るか。内卦・外卦の兩個の財爻がともに旺相なのに據って判定する。どうしてこの家が妻室を損傷するを知るか。財爻が鬼を帶びてまた空亡に落ちることによる。どうしてこの家の官司が了結したを知るか。「官鬼」が空亡に落ちてまた休囚なことによる。どうしてこの家の官司が多いを知るか。「朱雀」「白虎」が世を持して鬼爻が來て扶することによる。どうしてこの家の人丁が興旺するを知るか。六親がみな氣ありてまた喜神が位に臨むことによる。どうしてこの家が人口を添うるを知るか。「青竜」が位を得てまた財爻に臨んで守ることによる。
何知人家大豪富?財爻旺相又居庫。何知人家田地增?勾陳入土天喜臨。何知人家進產業?青龍臨財旺相說。何知人家進外財?外卦龍臨福德來。何知人家喜事臨?青龍福德在門庭。何知人家富貴昌?佛像子孫青龍上。何知人家多貧賤?財爻帶耗休囚見。何知人家無依倚?卦中福德落空死。何知人家灶破損?玄武帶鬼二爻悃。何知人家鍋破漏?玄武入水鬼來就。何知人家屋宇新?父入青龍旺相真。何知人家屋宇敗?父入白虎休囚壞。何知人家墓有風?白虎空亡巽巳攻。何知人家墓有水?白虎空亡臨亥子。何知人家無香火?卦中六爻不見火。何知人家無風水?卦中六爻不見水。
どうしてこの家が豪富なるを知るか。「妻財」爻が旺相でまた庫位の上に坐することによる。どうしてこの家の田地が增添するを知るか。「勾陳」が土爻に入って「天喜」が位に臨むことによる。どうしてこの家が産業を添置するを知るか。「青竜」が財爻に臨んでまた旺相なるに據って説く。どうしてこの家が外財を進めるを知るか。外卦の「青竜」が「子孫」の福徳に臨んで來ることによる。どうしてこの家に喜事が門に臨むを知るか。「青竜」と福徳が門戸の位に落ちることによる。どうしてこの家が富貴・昌盛なるを知るか。佛像・「子孫」がみな「青竜」の上にあることによる。どうしてこの家が貧賤多きを知るか。財爻が耗神を帶びてまた休囚なことによる。どうしてこの家が依る無く靠る無きを知るか。卦中の福徳が空亡・死絶に落ちることによる。どうしてこの家の竈が破損したを知るか。「玄武」が鬼を帶びて二爻の上に困ることによる。どうしてこの家の鍋が破れ漏れたを知るか。「玄武」が水爻に入って鬼爻が凑り來ることによる。どうしてこの家の房屋が新しいを知るか。「父母」が「青竜」に入って旺相なれば、確鑿として疑いなし。どうしてこの家の房屋が敗落したを知るか。父母が「白虎」に入って休囚・破壞したことによる。どうしてこの家の墳墓に風が進んだを知るか。「白虎」が空亡して「巽」「巳」が來て攻することによる。どうしてこの家の墳墓に水が進んだを知るか。白虎が空亡して「亥」「子」の水に臨むことによる。どうしてこの家が香火を供えないを知るか。卦中の六爻に火爻を見ないことによる。どうしてこの家に好い風水がないを知るか。卦中の六爻に水爻を見ないことによる。
何知人家兩爨戶?卦中必主兩重火。何知人家不供佛?金鬼爻落空亡決。何知二姓共屋居?兩鬼旺相卦中推。何知一家有兩姓?兩重父母卦中臨。何知人家雞亂啼?鰧蛇入酉不須疑。何知人家犬亂吠?鰧蛇入戌又逢鬼。何知人家見口舌?朱雀持世鬼來掇。何知人家口舌到?卦中朱雀帶木笑。何知人家多爭競?朱雀兄弟持世應。何知人家小人生?玄武官鬼動臨身。何知人家遭賊徒?玄武臨財鬼旺扶。何知人家災禍生?鬼臨應爻來克世。何知人家痘疹病?鰧蛇爻被火燒定。何知人家病要死?身命世鬼入墓推。何知人家多夢寐?鰧蛇帶鬼來持世。何知人家出鬼怪?鰧蛇白虎臨門在。
どうしてこの家に兩處の竈火あるを知るか。卦中に必ず兩重の火爻がある。どうしてこの家が佛を供えないを知るか。金爻の鬼が空亡に落ちるを見れば断じ得る。どうして兩姓が一屋に合住するを知るか。卦中に兩個の鬼爻が旺相するを見れば推知し得る。どうして一家の裏に兩個の姓あるを知るか。卦中に兩重の「父母」爻が臨むことによる。どうしてこの家の雞が亂に叫ぶを知るか。「螣蛇」が「酉」に入れば、疑うに及ばない。どうしてこの家の狗が亂に吠ゆるを知るか。「螣蛇」が「戌」に入り、また鬼爻に逢う。どうしてこの家が口舌を起すを知るか。「朱雀」が世を持して鬼爻が來て攅掇することによる。どうしてこの家の口舌が將に至らんとするを知るか。卦中の「朱雀」が木爻を帶びて笑うにある。どうしてこの家に争鬪が多いを知るか。「朱雀」と「兄弟」が世爻・応爻を占むることによる。どうしてこの家に小人を出すを知るか。「玄武」が「官鬼」を帶びて發動して卦身に臨むことによる。どうしてこの家が賊に遭うを知るか。「玄武」が財爻に臨んで鬼爻が旺相に來て扶することによる。どうしてこの家に災禍を生ずるを知るか。鬼爻が応爻に臨んで來て世爻を剋することによる。どうしてこの家に痘疹を出すを知るか。「螣蛇」の爻が火に燒かれる、断じ得る。どうしてこの家の病人が死ぬを知るか。卦身・命爻・世爻が鬼を帶びて墓に入る上から推す。どうしてこの家の人に夢が多いを知るか。「螣蛇」が鬼を帶びて來て世を持つことによる。どうしてこの家に鬼怪を出すを知るか。「螣蛇」と「白虎」が門戸の位に臨むことによる。
何知人家人投水?玄武入水殺臨鬼。何知人家有吊頸?鰧蛇木鬼世爻臨。何知人家孝服來?喪門弔客臨鬼排。何知人家見失脫?玄武帶鬼應爻發。何知人家失衣裳?勾陳玄武入財鄉。何知人家損六畜?白虎帶鬼臨所屬。何知人家失了牛?五爻丑鬼落空愁。何知人家失了雞?初爻帶鬼玄武欺。何知人家無牛豬?丑亥空亡兩位虛。何知人家無雞犬?酉戌二爻空亡卷。何知人家人不來?世應俱落空亡排。何知人家宅不寧?六爻俱動亂紛紛。仙人造出何知章?留與後人作飯囊。禍福吉凶真有驗?時師句句細推詳。
どうしてこの家に水に投ずる人あるを知るか。「玄武」が水爻に入って凶殺が鬼爻に臨むことによる。どうしてこの家に上縊する人あるを知るか。「螣蛇」が木爻の鬼を帶びて世爻に臨むことによる。どうしてこの家に孝服が來るべきを知るか。「喪門」「吊客」が鬼爻に臨んで排列することによる。どうしてこの家が失竊・走脱するを知るか。「玄武」が鬼を帶びて応爻の上で發動することによる。どうしてこの家が衣裳を丟したを知るか。「勾陳」「玄武」が財爻の郷に入ることによる。どうしてこの家が六畜を損したを知るか。「白虎」が鬼を帶びてあの牲畜の属する地支の爻に臨むことによる。どうしてこの家が牛を丟したを知るか。五爻の上の「丑」土の鬼が空に落ちて、人をして愁えしめる。どうしてこの家が雞を丟したを知るか。初爻が鬼を帶びて「玄武」に欺かれることによる。どうしてこの家に牛なく猪なきを知るか。「丑」「亥」の兩位が空亡に落ちて虚なことによる。どうしてこの家に雞なく狗なきを知るか。「酉」「戌」の兩爻が空亡に收卷することによる。どうしてこの家の人が歸らないを知るか。世爻・応爻がともに空亡に落ちて排列することによる。どうしてこの家宅が安寧でないを知るか。六爻がみな發動して亂紛紛たることによる。仙人はなんのためにこの篇の『何知章』を造出したか。後人に留めて飯を装う口袋と為し、家を養い口を糊ぐるに好くせしめんがためである。禍福・吉凶は真にこのように應驗するか。當世の術士が句句に細細に推詳し得るかどうかを看るのみである。
何知是奧妙,奧妙生克料,若是吉和凶,六神甲子條。一宮分八卦,一卦六爻挑,世為內住場,應作賓對曜。木住東方地,火向南方位,水向北方流,金向西方敘。世前有官爻,案前神廟居,世爻水帶鬼,有鬼水中淚。金木水火土,父兄子財鬼,六神兼六親,禍福日辰取。仔細逐爻詳,其中奧無比。
『何知章』の奥妙はどこにあるか。奥妙は全く生と剋の料度の上にある。吉と凶を断じようとすれば、六神と六十甲子のこれらの條目に靠る。一宮は分かちて八個の卦を出し、一卦は挑みて六個の爻を出す。世爻は自家の裏邊の住處で、応爻は我と相對する賓客の那一方である。木爻は東方の地に住し、火爻は南方の位に朝着し、水爻は北方に向かって流れ、金爻は西方に陳列する。世爻の前面に若し官爻あれば、案の前はちょうど神廟に對する。世爻が水に属してまた鬼を帶びれば、水の中に冤鬼あって哭す。金・木・水・火・土の五行に、「父母」「兄弟」「子孫」「妻財」「官鬼」の五類を配し、さらに六神と六親を兼ねて看れば、禍福の應期は日辰の上から取る。このように仔細に逐爻に推詳すれば、その中の奥妙は比擬すべからざるものである。
『闡幽精要』十七・妖孽賦
知之者罕,用之者難,傳入其門,百發百中。卦卦有怪,若非神授,莫窺其奧,學者細詳。乾蛇鬼,巳沖刑,蓬頭赤腳夜驚人,化豬化馬作妖精。多拮括,宅不寧,逆釵賴鏡損人丁。坎蛇鬼,午來沖,沒頭沒尾成何用,黑而矮,又無蹤,拖漿弄水空聲哄。艮蛇鬼,若遇申,妖聲似犬夜狺狺,空中常拍手,家鬼弄家人。狗作怪,家業傾,拋磚弄瓦何曾定。震蛇鬼,酉沖刑,空中椅桌動聞聲,踢踏響,似人行。大蛇常出現,窯器響驚人,桶箱作孽人丁病。
この門の法訣は知る人が少なく、用い得る人はさらに得難い。一旦傳授を得て門に入れば、断じれば百發百中である。每個の卦に各各その怪異があり、師承・神授あるにあらざれば、その中の奥妙を窺い見えず。學者は細細に體會せねばならない。「乾」宮の「螣蛇」が鬼を帶び、「巳」に來て冲され刑される。夜に蓬頭・赤脚のものがあって人を驚嚇し、變じて猪と為り變じて馬と為って妖精を作す。家裏に牽扯・糾纏が多く、宅子は安寧でなく、また舊釵・殘鏡の類の邪物があって人丁を損傷する。「坎」宮の螣蛇が鬼を帶び、「午」に來て冲される。頭なく尾なき怪物が現れ、また黑くまた矮く、眼を轉じれば蹤影がなく、ただ泥を拖び水を帶びる聲響を聞いて空しく人を哄かす。「艮」宮の螣蛇が鬼を帶び、もし「申」に遇えば、怪聲が狗のごとく夜に狺狺と叫び、半空の中に常に拍手の聲あり、自家の鬼が自家の人を捉弄するのである。狗が怪を作さんとして、家業は傾敗し、磚を抛り瓦を弄して曾て停歇したことがない。「震」宮の螣蛇が鬼を帶び、「酉」に來て冲され刑される。空中に卓椅が移動する聲音を聞き、踢踢踏踏として人が走路するがごとし。大蛇が常に出現し、陶器が故なく響いて人を驚かし、桶と箱子が作祟して人丁を病ませる。
巽蛇鬼,亥又沖,雞聲報煬火,鬼怪起狂風。縊死之鬼擾虛空,床下響,及房中。離蛇鬼,子來刑,鍋釜作妖聲,空中忽見火光焰,紅衣者,是何人,年深龜鱉以成精。坤蛇鬼,沖遇寅,鍋灶上,作妖精,似牛嘆氣是亡人,虛黃大肚鬼,出現不安寧。兌蛇鬼,受卯刑,空中嘆氣重而輕,羊出現,囐嘴瓶,骨殖苦暴露,刀石更成精,移南換北幼亡魂。
「巽」宮の「螣蛇」が鬼を帶び、また「亥」に來て冲される。雞が叫んで火燭の災を報じ出し、鬼怪が狂風を刮起す。上縊して死んだ鬼が虚空の中で擾攘し、牀の底下と房中にみな響動がある。「離」宮の螣蛇が鬼を帶び、「子」に來て刑される。鍋釜が妖異の聲を發し、空中に忽然と火光・焰影を見る。あの紅衣を穿つは何人ぞ。多年養いし龜鱉が精と成ったのである。「坤」宮の螣蛇が鬼を帶び、冲位が「寅」に遇う。鍋臺・竈の上で妖精を作起し、牛のごとく嘆息するは亡故の人である。また面色が虚黃・大肚子の鬼が出現して、家裏は安寧を得ない。「兌」宮の螣蛇が鬼を帶び、「卯」に來て刑を受く。空中の嘆息の聲が忽ち重く忽ち輕く、羊の出現あり、また口を缺いた瓶子あり。尸骨は暴露して外に苦しみ、刀と石頭もまた精と成る。これは南辺から北辺に遷り幼年に夭亡した魂が作祟するのである。
『闡幽精要』十八・搜鬼論
觀鬼爻發動為實。子:作怪鼠咬屋,黃昏忌火災,小兒夜裡叫,簷前禍鬼催。丑:古墓西北方,牛欄又接倉,開土有墳穴,伏尸夜作殃。寅:蛇虎來作怪,六畜血財亡,人口有病患,急須保安康。卯:隔牆帶血鬼,作災母病床,破傘並櫥櫃,及有死人床。辰:雞犬灶中死,神廟不燒香,穢犯神龍位,有禍小兒郎。巳:買得舊衣裳,亡人身上物,作怪蛇入屋,防損豕牛羊。
鬼爻の發動を見てこそ、断ずる所が確實と算えられる。鬼が「子」にあり。怪を作すは老鼠が房屋を咬壞し、黃昏の時に火災を防ぎ、小児が夜裏に啼哭するは、屋檐の前に禍鬼があって催逼する。鬼が「丑」にあり。西北方に古墓あり、牛欄がまた緊く穀倉に挨り、土を動かす時に墳穴を挖るに至り、埋められた尸骸が夜に殃を作す。鬼が「寅」にあり。蛇と虎が來て怪を作し、牲畜の類の活きた財が死亡せんとし、家裏の人口に病患ありて、趕緊に平安を祈保せねばならない。鬼が「卯」にあり。隔壁の牆の向うに血を帶びる鬼あり、災を作起して母親が牀に臥し病み、また破傘・舊櫥櫃および人の死んだことある牀がある。鬼が「辰」にあり。雞狗が竈間に死し、神廟の裏に久しく香を燒かず、汚穢が神龍の位を冲犯して、小児子が禍に遭うべし。鬼が「巳」にあり。舊衣裳を買い歸れり、それは死人の身の上の物である。怪を作すは蛇が屋裏に爬り進み、また猪牛羊を損傷するを防がねばならない。
午:作怪鼠咬屋,不覺火燒裳,急遣白虎去,人口卻安康。未:小兒奴婢走,甑叫沸鍋湯,外來門與廚,在家作禍殃。申:客亡鬼入屋,作怪在家堂,黃昏雞啼叫,枯木被風傷。酉:家有鼠咬櫃,燈檠不成雙,灶有三條折,咒咀一女娘。戌:飛禽來入屋,遺糞汙衣裳,灶破並鍋漏,神燈被鼠傷。亥:公婆歸塵土,從來不裝香,小兒穢觸犯,引鬼作怪殃。
鬼が「午」にあり。怪を作すは老鼠が房屋を咬壞し、一たび留意しなければ衣裳が火に燒き着けられる。趕緊に「白虎」の凶神を送り去ってこそ、家裏の人口は安康を得る。鬼が「未」にあり。小児と奴婢が走失し、蒸鍋が響き開水が翻滾するは、外來の門戸と廚竈が家裏で禍殃を作出したのである。鬼が「申」にあり。外に客死した鬼が屋に進み入り、家堂の上で怪を作し、黃昏の時に雞がすなわち啼叫し、枯樹が風に吹損される。鬼が「酉」にあり。家裏に老鼠が櫃子を咬み、燈臺が一對を成さず、竈の上に三處の折損あり、また一個の女子が咒罵している。鬼が「戌」にあり。飛鳥が屋に進み入り、糞便を拉下して衣裳を弄汚し、竈は破れ鍋は漏れ、神を供える燈もまた老鼠に弄壞された。鬼が「亥」にあり。祖父母は已に土に入り、家裏は從來香を上げず、小児子が汚穢して彼らを觸犯して、鬼を招引して怪を作し殃を為さしめた。
『闡幽精要』十九・參約爻・之卦・互卦例
參約爻:參者:二三爻是也;約者:四五爻是也。之卦:即變卦。一爻動觀變,二爻動不觀變。互卦:即去上爻、初爻是也。上取其三、四、五;下取其二、三、四。不論動靜。四時之錯行,如日月之逮明。
まず「參爻」と「約爻」を説く。いわゆる「參」とは、第二爻と第三爻を指す。いわゆる「約」とは、第四爻と第五爻を指す。次に「之卦」を説く、すなわち變卦である。ただ一爻が發動した時のみ變卦を見、兩爻が發動すれば變卦を見ない。次に「互卦」を説く、すなわち上爻と初爻を去った後に取る卦である。上互は第三・四・五爻を取り、下互は第二・三・四爻を取る。これらの爻が動か靜かを論わず照らして取る。四季はこのように交錯して運行し、日月が輪替して各々その明を得るがごとし。
卜筮全書卷之十四・神煞歌例(吉神)
以下皆吉神。吉則為神,卦中見吉。天元祿:凡事遇之大吉。甲祿在寅乙祿卯,丙戊祿在巳,丁己祿居午,庚祿居申,辛祿在酉,壬祿在亥,癸祿在子。驛馬:出行及占行人,俱要看之。寅午戌,馬居申;申子辰,馬居寅;巳酉丑,馬在亥;亥卯未,馬在巳。
以下に列する所はみな吉神である。吉に属するをすなわち「神」といい、卦中にそれを見れば吉利である。「天元祿」。およそ何事を占うにもそれに遇えば大吉である。その起法は、甲日の祿は「寅」にあり、乙日の祿は「卯」にあり、丙日と戊日の祿は「巳」にあり、丁日と己日の祿は「午」にあり、庚日の祿は「申」にあり、辛日の祿は「酉」にあり、壬日の祿は「亥」にあり、癸日の祿は「子」にある。「驛馬」。出行を占いおよび行人を占い、みなそれを看る。その起法は日支か年支の三合局に按って取る。「寅」「午」「戌」日は、馬は「申」にあり。「申」「子」「辰」日は、馬は「寅」にあり。「巳」「酉」「丑」日は、馬は「亥」にあり。「亥」「卯」「未」日は、馬は「巳」にある。
天乙貴人:謁貴用之。甲戊兼牛羊,乙己鼠猴鄉,丙丁豬雞位,壬癸兔蛇藏,庚辛逢馬虎,此是貴人方。福星貴人:求仕用之。甲虎乙豬牛,丙同犬鼠遊,丁雞戊猴走,己羊庚馬頭,辛蛇癸愛兔,壬日占龍樓。天德貴人:凡占諸事,化凶成吉。正丁二申宮,三壬四辛同,五亥六甲上,七癸八寅逢,九丙十歸乙,子己丑庚中。月德貴人:從寅上起,丙甲壬庚,逐月順行,周而復始。凡有所占,轉凶為吉。寅午戌月丙,申子辰月壬,亥卯未月甲,巳酉丑月庚。
「天乙貴人」。貴人に謁見するを占う時にそれを用いる。歌訣にいう、甲日・戊日の貴人は「丑」(牛)と「未」(羊)にあり、乙日・己日は「子」(鼠)と「申」(猴)にあり、丙日・丁日は「亥」(猪)と「酉」(雞)にあり、壬日・癸日は「卯」(兔)と「巳」(蛇)にあり、庚日・辛日は「午」(馬)と「寅」(虎)にあり、これがすなわち貴人のある方位である。「福星貴人」。官職を求め取るを占う時にそれを用いる。歌訣にいう、甲日は「寅」(虎)、乙日は「亥」(猪)と「丑」(牛)、丙日は同じく「戌」(犬)と「子」(鼠)、丁日は「酉」(雞)、戊日は「申」(猴)、己日は「未」(羊)、庚日は「午」(馬)、辛日は「巳」(蛇)、癸日は「卯」(兔)に喜び、壬日は則ち「辰」(龍)の位を占す。「天徳貴人」。およそ諸事を占い、凶を化して吉と為し得る。歌訣にいう、正月は「丁」にあり、二月は「申」にあり、三月は「壬」にあり、四月は同じく「辛」にあり、五月は「亥」にあり、六月は「甲」にあり、七月は「癸」にあり、八月は「寅」に逢い、九月は「丙」にあり、十月は「乙」に歸り、十一月(子月)は「己」にあり、十二月(丑月)は「庚」にある。「月徳貴人」。「寅」月から起り、丙・甲・壬・庚の次序に依って月ごとに順行し、周して復た始まる。およそ占う所あれば、みな凶を轉じて吉と為し得る。歌訣にいう、「寅」「午」「戌」月は「丙」にあり、「申」「子」「辰」月は「壬」にあり、「亥」「卯」「未」月は「甲」にあり、「巳」「酉」「丑」月は「庚」にある。
月德合:從寅上起,辛己丁乙,逐月順行,周而復始。百事遇之,和合大吉。寅午戌月辛,申子辰月丁,亥卯未月己,巳酉丑月乙。天福貴人:占身命遇之,生福祿綿綿。甲愛金雞乙愛猴,丁豬丙鼠己寅頭,戊尋玉兔庚壬馬,辛癸逢蛇福自優。天喜:百事有喜,占胎尤要看之。春戌夏丑為天喜,秋辰冬未二三指;世上遇此必歡欣,百事得之皆有理。天馬:凡占仕宦,遇此必有升遷之兆。寅申月在午,卯酉月在申,辰戌月在戌,巳亥月在子,子午月在寅,丑未月在辰。
「月徳合」。「寅」月から起り、辛・己・丁・乙の次序に依って月ごとに順行し、周して復た始まる。百事それに遇えばみな和合して大吉である。歌訣にいう、「寅」「午」「戌」月は「辛」にあり、「申」「子」「辰」月は「丁」にあり、「亥」「卯」「未」月は「己」にあり、「巳」「酉」「丑」月は「乙」にある。「天福貴人」。身命を占いてそれに遇えば、一生福祿が綿綿たり。歌訶にいう、甲日は「酉」(金雞)を喜び、乙日は「申」(猴)を喜び、丁日は「亥」(猪)、丙日は「子」(鼠)、己日は「寅」、戊日は「卯」(玉兔)を尋ね、庚日と壬日は「午」(馬)、辛日と癸日は「巳」(蛇)に逢えば、福氣は自然に優厚である。「天喜」。百事にみな喜あり、胎孕を占うに殊にそれを看る。歌訣にいう、春は「戌」にあり夏は「丑」にありてこれ天喜、秋は「辰」にあり冬は「未」にあり、この兩三處を指點して清楚せよ。世爻の上でそれに遇えば必定に歡欣し、百事それを得ればみな情理に合す。「天馬」。およそ官を為す事を占い、それに遇えば必ず升遷の兆あり。歌訣にいう、「寅」月・「申」月は「午」にあり、「卯」月・「酉」月は「申」にあり、「辰」月・「戌」月は「戌」にあり、「巳」月・「亥」月は「子」にあり、「子」月・「午」月は「寅」にあり、「丑」月・「未」月は「辰」にある。
唐符國印:唐符,值年之星。國印,朝廷之印。占仕宦若持身世,大吉之兆。若問文官並武職,唐符國印求端的。寅申之年巳亥為,巳亥之年寅申覓;子午之年卯酉求,卯酉之年子午出;辰戌之年丑未方,丑未之年在辰戌。鬼臨符印最為佳,當作朝中資輔翼。天醫:占病遇此爻,動雖凶有救。天醫正卯二豬臨,三月隨丑四未尋,五蛇六兔七居亥,八丑九羊十巳存,十一再來尋卯上,十二亥上作醫人。天赦:獄訟遇之,大吉。正五九月在戌方,二六十月到於羊,三七十一居龍位,四八十二在牛場。卦中臨應仍搖動,獄訟勾連竟不妨。皇恩大赦:諸事遇之吉。正月戌兮二月丑,三月虎兮四蛇走,五月酉兮六卯位,七鼠八馬各看守,九亥十辰十一申,十二未上君知否。
「唐符」「國印」。唐符は年を值する星で、國印は朝廷の印信である。官職を占う時それが卦身・世爻に臨めば、大吉の兆である。歌訣にいう、文官と武職を問わば、唐符・國印の確切なる位置を求めよ。「寅」年・「申」年は「巳」「亥」にあり、「巳」年・「亥」年は「寅」「申」に往きて找せ。「子」年・「午」年は「卯」「酉」を求め、「卯」年・「酉」年は「子」「午」に出づ。「辰」年・「戌」年は「丑」「未」の方にあり、「丑」年・「未」年は「辰」「戌」にある。官鬼が符印に臨むが最もよく、朝中の輔弼の臣と断ずべし。「天醫」。病を占う時この一爻に遇えば、たとえそれが發動して凶を帶びても救あり。歌訣にいう、天醫は正月「卯」にあり、二月は「亥」(猪)に臨み、三月は「丑」に隨い、四月は「未」を尋ね、五月は「巳」(蛇)にあり、六月は「卯」(兔)にあり、七月は「亥」に居り、八月は「丑」にあり、九月は「未」(羊)にあり、十月は「巳」に存し、十一月は再び來て「卯」を尋ね、十二月は「亥」の上にあって醫人を作す。「天赦」。牢獄・訴訟を占いてそれに遇えば、大吉。歌訣にいう、正・五・九月は「戌」の方にあり、二・六・十月は「未」(羊)に到り、三・七・十一月は「辰」(龍)の位に居り、四・八・十二月は「丑」(牛)の場にある。卦中にそれが応爻に臨んでまた搖動すれば、牢獄・訟事の牽連も妨げない。「皇恩大赦」。諸事それに遇えばみな吉。歌訣にいう、正月は「戌」にあり、二月は「丑」にあり、三月は「寅」(虎)にあり、四月は「巳」(蛇)にあり、五月は「酉」にあり、六月は「卯」にあり、七月は「子」(鼠)にあり、八月は「午」(馬)にありて、各々守定す。九月は「亥」にあり、十月は「辰」にあり、十一月は「申」にあり、十二月は「未」の上にある。汝知るや否や。
赦文:同前看。正戌二丑三辰昌,四未五酉六卯強,七子八午九寅位,十月巳上大吉祥,十一申上十二亥,此神持世永無妨。十干天赦:同前。甲己東方兔,乙庚亥上求,丙辛居酉位,丁壬未上流,戊癸蛇作伴,萬事不須憂。四季天赦:凡占百事,凶中化吉。春戊寅,夏甲午,秋戊申,冬甲子。天耳天目:占尋人看之。目則見面,耳則有音信。春天耳巳目從亥,夏天耳寅目居申,秋天耳亥目從巳,冬天耳申目居寅。
「赦文」。前の「皇恩大赦」と同じく看る。歌訣にいう、正月は「戌」にあり、二月は「丑」にあり、三月は「辰」にありて昌なり、四月は「未」にあり、五月は「酉」にあり、六月は「卯」にありて強なり、七月は「子」にあり、八月は「午」にあり、九月は「寅」の位にあり、十月は「巳」の上にありて大吉・大祥、十一月は「申」の上にあり、十二月は「亥」にあり。この神が世を持せば永遠に妨げなし。「十干天赦」。用法は前に同じ。歌訣にいう、甲日・己日は東方の「卯」(兔)にあり、乙日・庚日は「亥」の上に往きて求め、丙日・辛日は「酉」の位に居り、丁日・壬日は「未」の上にあり、戊日・癸日は「巳」(蛇)と伴を作し、萬事みな憂慮を須いざる。「四季天赦」。およそ百事を占い、凶の中に化して吉と為し得る。春は「戊寅」にあり、夏は「甲午」にあり、秋は「戊申」にあり、冬は「甲子」にある。「天耳」「天目」。人を尋ねるを占う時にそれを看る。「天目」に遇えばすなわち面に見得、「天耳」に遇えば則ち音信を得る。歌訣にいう、春は天耳「巳」にあり天目「亥」にあり、夏は天耳「寅」にあり天目「申」にあり、秋は天耳「亥」にあり天目「巳」にあり、冬は天耳「申」にあり天目「寅」にある。
天福貴人:求官用之。此首出《天玄賦》。甲丙相邀入虎鄉,更逢子穴最高強,戊申己未丁宜亥,乙癸逢牛福祿昌,庚趁馬頭辛帶巳,壬騎龍背喜非常。天解神:以下諸解神,官事俱看之。春寅夏巳秋月申,三冬值亥天解神。四生之局名為例,憂中化喜不須嗔。地解神:正未二申三月酉,四戌五亥六子尋,七丑八寅九卯地,十辰十一巳上明,十二月邊逢午位,此是卦中地解神。月解神:月解正二起於申,三四還從酉上輪,五六之月從戌上,七八能行亥上存,九十之月臨午位,子丑兩月未宮尊,若值此辰官事散,縱然重病也離身。
「天福貴人」。官を求めるを占う時にそれを用いる。この一首は『天玄賦』に出づ。歌訣にいう、甲日・丙日は相邀えてともに「寅」(虎)の鄕に入り、さらに「子」のこの穴位に逢えば最も高強である。戊日は「申」にあり己日は「未」にあり丁日は「亥」を宜とし、乙日・癸日は「丑」(牛)に逢えば則ち福祿は昌盛す。庚日は「午」(馬頭)に趁り、辛日は「巳」を帶び、壬日は「辰」(龍背)の上に骑って喜慶は非常なり。「天解神」。以下の這幾種の解神は、およそ官司の事を占うにみな看るべし。歌訶にいう、春は「寅」にあり、夏は「巳」にあり、秋月は「申」にあり、冬季三月は「亥」に値す。これがすなわち天解神である。それは四生の局を取って體例と為し、憂愁の中に化して喜慶と為り、惱怒するを須いざる。「地解神」。歌訣にいう、正月は「未」、二月は「申」、三月は「酉」、四月は「戌」、五月は「亥」、六月は「子」を尋ね、七月は「丑」、八月は「寅」、九月は「卯」の地にあり、十月は「辰」、十一月は「巳」の上に分明にあり、十二月は邊に「午」の位に逢う。これがすなわち卦中の地解神である。「月解神」。歌訣にいう、月解は正月・二月「申」に起り、三月・四月は還って「酉」の上から輪し、五月・六月は「戌」の上から起り、七月・八月は行いて「亥」の上に到り、九月・十月は「午」の位に臨み、子月・丑月は「未」宮をもって尊と為す。この支辰に値せば、官司はすなわち散じ、たとえ重病でも身を離れ得る。
日解神:甲己逢蛇乙庚猴,丙辛逢虎丁壬牛,戊癸雞啼官事散,病人無藥不須憂。內解神:甲乙蛇頭戊己寅,庚辛酉位丙丁申,壬癸但從卯位是,官非消散始安寧。外解神:正五九月居子上,二六十月在巳宮,三七十一辰位是,四八十二居申中。解脫神:甲己日亥乙庚申,丙辛日丑丁壬未,戊癸辰逢官訟消,病人不必生憂慮。雷火神:占訟,若與日辰相合旺動,主官事消散。正五九月火居寅,二六十月亥宮存,三七十一從申位,四八十二巳宮輪。
「日解神」。歌訣にいう、甲日・己日は「巳」(蛇)に逢い、乙日・庚日は「申」(猴)にあり、丙日・辛日は「寅」(虎)に逢い、丁日・壬日は「丑」(牛)にあり、戊日・癸日は「酉」(雞啼)にあれば則ち官司は消散し、病人はたとえ藥なくとも憂愁を須いざる。「内解神」。歌訣にいう、甲日・乙日は「巳」(蛇頭)にあり、戊日・己日は「寅」にあり、庚日・辛日は「酉」の位にあり、丙日・丁日は「申」にあり、壬日・癸日はただ「卯」の位の上から取る。それを得れば、官非は消散して初めて安寧を得る。「外解神」。歌訣にいう、正・五・九月は「子」の上に居り、二・六・十月は「巳」宮にあり、三・七・十一月は「辰」の位で、四・八・十二月は「申」の中に居る。「解脱神」。歌訶にいう、甲日・己日は「亥」にあり、乙日・庚日は「申」にあり、丙日・辛日は「丑」にあり、丁日・壬日は「未」にあり、戊日・癸日は「辰」に逢えば、官司・訴訟はすなわち消解し、病人は更に憂慮を生ずるを必せざる。「雷火神」。訴訟を占う時、それが日辰と相合してまた旺相發動すれば、官司の消散を主る。歌訣にいう、正・五・九月は火が「寅」に居り、二・六・十月は「亥」宮に存し、三・七・十一月は「申」の位から、四・八・十二月は「巳」宮に輪す。
喝散神:春巳夏居申,秋豬冬到寅;官事若發動,喝散不由人。日喝散:甲己逢寅乙庚申,丙辛戊癸向蛇尋,丁壬亥上婚姻忌,一見公私定不成。開獄神:獄神夏馬春兔挨,秋雞冬鼠獄門開,卦中若得此爻動,長久囚人放出來。活曜星:六甲遇動則產,疾病遇動則痊。正卯二辰三月巳,四午五未六居申,七酉八戌九亥上,十子一丑十二寅。
「喝散神」。歌訣にいう、春は「巳」にあり、夏は「申」に居り、秋は「亥」(猪)にあり、冬は「寅」に到る。官司の事が發動してそれに遇えば、一聲喝して退けばすなわち散じ、人に由らしめざるなり。「日喝散」。歌訣にいう、甲日・己日は「寅」に逢い、乙日・庚日は「申」にあり、丙日・辛日と戊日・癸日は「巳」(蛇)の上に往きて尋ね、丁日・壬日は「亥」の上にある。這一位は婚姻に忌諱で、一たびそれを見着れば、公事・私事ともに定かに成らず。「開獄神」。歌訣にいう、獄神は夏は「午」(馬)にあり、春は「卯」(兔)に挨り、秋は「酉」(雞)にあり、冬は「子」(鼠)にあれば、獄門はすなわち開く。卦中にこの一爻の發動を得れば、關押久しい囚人も放し出され得る。「活曜星」。婦人の臨産を占いてそれの發動に遇えば順産し、疾病を占いてそれの發動に遇えば痊愈す。歌訣にいう、正月は「卯」、二月は「辰」、三月は「巳」、四月は「午」、五月は「未」、六月は「申」に居り、七月は「酉」、八月は「戌」、九月は「亥」の上にあり、十月は「子」、十一月は「丑」、十二月は「寅」。
卜筮全書卷之十四・神煞歌例(凶煞)
以下皆凶神,凶則為煞。歲前神煞:其法皆從太歲上起。假如子年,就子上是太歲,劍鋒伏尸。丑是太陽天空,寅是喪門主孝服。逐一順輪,周而復始。太歲劍鋒伏尸同,二曰太陽並天空,三是喪門主孝服,四為勾絞貫索凶,五位官符兼五鬼,六曰死符小耗攻,七是欄干並大耗,八為暴敗天厄中,九是飛廉同白虎,十為褔德捲舌從,十一天狗並弔客,十二病符切莫逢。駕後神煞:浮沉血刃,戌上起子逆行。披頭五鬼,辰上起子逆行。天哭,午上起子逆行。血刃浮沉戌上游,披頭五鬼在辰求,天哭逆數起於午,凡占切忌動當頭。天哭殺:占病大忌。哭聲正五九居羊,二六十月在猴鄉,三七十一雞啼叫,四八十二犬猖狂。
以下に列する所はみな凶神である。凶に属するをすなわち「煞」という。「歳前神煞」。起法はみな太歳の那一支の上から始める。たとえば子年なら、すなわち「子」の上が太歳で、同宮にまた「劍鋒」「伏尸」あり。「丑」の上は「太陽」「天空」。「寅」の上は「喪門」で、孝服を穿つことを主る。このように一位ずつ順に輪排し、周して復た始まる。歌訣にいう、第一位は太歳と劍鋒・伏尸が同宮し、第二位は太陽と天空を併せるといい、第三位は喪門で孝服を主り、第四位は勾絞・貫索で凶を為し、第五位は官符に兼ねて五鬼、第六位は死符・小耗が來て攻すといい、第七位是欄干に併せて大耗、第八位是暴敗・天厄がその中にあり、第九位是飛廉と白虎を同じくし、第十位是福徳・卷舌が相隨い、第十一位是天狗に併せて吊客、第十二位是病符で切にそれに遇上してはならない。「駕後神煞」。「浮沉」「血刃」は、「戌」の上に起って子年に逆行す。「披頭」「五鬼」は、「辰」の上に起って子年に逆行す。「天哭」は、「午」の上に起って子年に逆行す。歌訶にいう、血刃・浮沉は戌の上を游走し、披頭・五鬼は辰の上に往きて求め、天哭は逆に數えて午から起る。およそ占卜は最もそれが頭上に動くを忌む。「天哭殺」。病を占うに大忌。歌訶にいう、哭声は正・五・九月は「未」(羊)に居り、二・六・十月は「申」(猴)の鄕にあり、三・七・十一月は「酉」(雞)が啼叫し、四・八・十二月は「戌」(犬)が猖狂す。
天獄殺:官訟大忌。正五九月居亥位,二六十月在申藏,三七十一飛巳上,四八十二到寅方。天賊:出行與求財,俱忌。正丑二子三月亥,四戌五酉六居申,七未八午九蛇地,十辰一卯十二寅。四季天賊:忌同前。正辰二酉三虎鄉,四未五子六蛇藏,七犬八兔九申位,十牛子馬丑豬忙。四季小殺:占病忌之。春忌羊兮夏忌龍,秋牛冬犬哭重重,卦中值此臨身命,任是輕災也見凶。日下大殺:凡事忌之。日下大殺細推詳,甲乙豬兮丙丁羊,戊己犬見庚辛虎,壬癸蛇為大殺方。
「天獄殺」。官司・訴訟を占うに大忌。歌訶にいう、正・五・九月は「亥」の位に居り、二・六・十月は「申」に蔵れ、三・七・十一月は「巳」の上に飛び、四・八・十二月は「寅」の方に到る。「天賊」。出行と求財を占うにみなそれを忌む。歌訶にいう、正月は「丑」にあり、二月は「子」、三月は「亥」、四月は「戌」、五月は「酉」、六月は「申」に居り、七月は「未」、八月は「午」、九月は「巳」(蛇)の地にあり、十月は「辰」、十一月は「卯」、十二月は「寅」。「四季天賊」。忌諱は前と同じ。歌訶にいう、正月は「辰」、二月は「酉」、三月は「寅」(虎)の鄕にあり、四月は「未」、五月は「子」、六月は「巳」(蛇)に蔵れ、七月は「戌」(犬)、八月は「卯」(兔)、九月は「申」の位、十月は「丑」(牛)、十一月は「午」(馬)、十二月は「亥」(猪)。「四季小殺」。病を占うにそれを忌む。歌訶にいう、春は「未」(羊)を忌み、夏は「辰」(龍)を忌み、秋は「丑」(牛)、冬は「戌」(犬)にして哭声が重重なり。卦中にそれに値してまた卦身・命爻の上に臨めば、たとえ輕微の災でも凶を見るべし。「日下大殺」。凡事にみなそれを忌む。歌訶にいう、日下大殺は細細に推詳せねばならない。甲日・乙日は「亥」(猪)にあり、丙日・丁日は「未」(羊)にあり、戊日・己日は「戌」(犬)を見、庚日・辛日は「寅」(虎)を見、壬日・癸日は「巳」(蛇)をもって大殺の方と為す。
天狗殺:凡事忌之。正卯二申三丑鄉,四午五亥六辰藏,七酉八寅九未的,十鼠子巳丑犬防。三丘五墓:占病大忌。春丑夏辰秋即未,三冬逢戌是三丘;卻與五墓對宮取,病人作福也難留。墓門殺:甲乙見金墓門開,丙丁見水哭哀哀,戊己見木須防厄,庚辛見火孝服來,壬癸見土難迴避,病人不死也傷財。喪車殺:喪車春雞夏鼠來,秋兔冬馬好安排;人來占病無他斷,教君作急買棺材。沐浴殺:沐浴殺難當,春辰夏未殃,秋戌冬丑是,發動病人亡。
「天狗殺」。凡事にみなそれを忌む。歌訶にいう、正月は「卯」にあり、二月は「申」、三月は「丑」の鄕、四月は「午」、五月は「亥」、六月は「辰」に蔵れ、七月は「酉」、八月は「寅」、九月は「未」にありて確鑿として疑いなし。十月は「子」(鼠)、十一月は「巳」、十二月は「戌」(犬)で、みな提防せねばならない。「三丘」「五墓」。病を占うに大忌。歌訶にいう、春は「丑」にあり、夏は「辰」にあり、秋はすなわち「未」にあり、冬は「戌」に逢う。これは三丘である。五墓は則ちその對宮の那一支を取る。病人はたとえ法事を做して福を祈っても留め難い。「墓門殺」。歌訶にいう、甲日・乙日は金爻を見れば墓門はすなわち開く。丙日・丁日は水爻を見れば哭声は哀哀たり。戊日・己日は木爻を見れば災厄を防ぐを須とす。庚日・辛日は火爻を見れば孝服は將に來らんとす。壬日・癸日は土爻を見れば回避し難い。病人はたとえ死なずとも破財せねばならぬ。「喪車殺」。歌訶にいう、喪車は春は「酉」(雞)にあり、夏は「子」(鼠)にあり、秋は「卯」(兔)、冬は「午」(馬)にあって、早く安排を作るを要す。人が來て病を占してそれに遇えば他の断なく、汝に勸めて趕緊に棺材を買いに行け。「沐浴殺」。歌訶にいう、沐浴殺は實に當り難し。春は「辰」にあり、夏は「未」にありて殃を成し、秋は「戌」にあり、冬は「丑」にあり。それが一たび發動すれば病人はすなわち亡故せんとす。
關鎖殺:占訟忌之。春關牛與蛇,(丑關,巳鎖。)夏月龍猴嗟,(辰關,申鎖。)秋忌豬羊位,(亥關,未鎖。)冬犬虎交加。(戌關,寅鎖。)劫殺:凡事忌之。申子辰兮蛇開口,亥卯未兮猴速走,寅午戌嫌豬而黑,巳酉丑兮虎哮吼。咸池殺:占婚大忌,主婦人淫亂。寅午戌兔從卯裡出,巳酉丑躍馬南方走,申子辰雞叫亂人倫,亥卯未鼠子當頭忌。鰥寡殺:占姻事忌之。春牛不下田,夏龍飛上天,秋羊草枯死,冬犬厭殘年。孤辰寡宿:婚姻犯之,主無子。亥子丑兮忌寅戌,寅卯辰兮巳丑尋,巳午未兮申辰忌,申酉戌兮亥未臨。陰殺:生產忌之。正七寅兮二八辰,三九馬頭四十申,五十一逢犬伴立,六十二月鼠為鄰。
「關鎖殺」。訴訟を占うにそれを忌む。歌訶にいう、春の關と鎖は「丑」(牛)と「巳」(蛇)で、丑は關を為し巳は鎖を為す。夏月は嘆くべく「辰」(龍)と「申」(猴)で、辰は關を為し申は鎖を為す。秋は「亥」(猪)「未」(羊)の位を忌み、亥は關を為し未は鎖を為す。冬は則ち「戌」(犬)「寅」(虎)が交加し、戌は關を為し寅は鎖を為す。「劫殺」。凡事にみなそれを忌む。歌訶にいう、「申」「子」「辰」局は「巳」(蛇が口を開く)にあり、「亥」「卯」「未」局は「申」(猴が速く走る)にあり、「寅」「午」「戌」局は「亥」(猪にして黑し)を嫌い、「巳」「酉」「丑」局は「寅」(虎が哮吼す)にある。「咸池殺」。婚姻を占うに大忌で、婦人の淫亂を主る。歌訶にいう、「寅」「午」「戌」局は、兔は「卯」の裏から出づ。「巳」「酉」「丑」局は、馬は南方の「午」の上に向かって跑る。「申」「子」「辰」局は、雞は「酉」の上で叫んで人倫を亂す。「亥」「卯」「未」局は、鼠は「子」の上に當頭して、忌むべし。「鰥寡殺」。婚姻の事を占うにそれを忌む。歌訶にいう、春は「丑」(牛)は田に下らず、夏は「辰」(龍)は天に飛び上がり、秋は「未」(羊)は草枯れ死するに遇い、冬は「戌」(犬)は殘年に厭倦す。「孤辰」「寡宿」。婚姻がそれを犯せば、子嗣なきを主る。歌訶にいう、「亥」「子」「丑」年は「寅」と「戌」を忌み、「寅」「卯」「辰」年は「巳」と「丑」の上に往きて尋ね、「巳」「午」「未」年は「申」と「辰」を忌み、「申」「酉」「戌」年は「亥」と「未」に臨む。「陰殺」。生産を占うにそれを忌む。歌訶にいう、正月・七月は「寅」にあり、二月・八月は「辰」にあり、三月・九月は「午」(馬頭)にあり、四月・十月は「申」にあり、五月・十一月は「戌」(犬)に逢いて伴と為し、六月・十二月は「子」(鼠)をもって鄰と為す。
捶門官符:正七虎行村,二八鼠當門,三九居戌位,四十弄猴孫,五十一逢騎馬走,六十二月透龍門。勾陳殺:從辰上起,正月逆輪。占病及訟大忌。正辰二卯三月寅,四丑五子六亥程,七戌八酉九申位,十羊子馬丑蛇行。白虎殺:從申順輪。占病大忌。正申二酉三戌鄉,四亥五子六丑傷,七寅八卯九辰上,十巳一馬十二羊。受死:凡事忌之。正戌二辰三亥死,四巳五子六午宮,七丑八未九寅是,十申子卯丑酉逢。三刑:主六親刑陷,大凶。寅刑巳上巳刑申,丑戌相刑未丑刑,子刑卯上卯刑子,辰午酉亥自相刑。六害:六親相害,百事敗壞。六害子未不堪親,丑害午兮寅巳嗔,卯害辰兮申害亥,酉戌相逢轉見深。
「捶門官符」。歌訶にいう、正月・七月は「寅」(虎)にありて村に行き、二月・八月は「子」(鼠)にありて門に當り、三月・九月は「戌」の位に居り、四月・十月は「申」(猴孫)の上で擺弄し、五月・十一月は「午」(馬に骑って走る)に逢い、六月・十二月は「辰」(龍門)を透す。「勾陳殺」。「辰」の上から正月を起し、逆に輪排す。病を占いと官司を占いにみな大忌。歌訶にいう、正月は「辰」、二月は「卯」、三月は「寅」、四月は「丑」、五月は「子」、六月は「亥」、七月は「戌」、八月は「酉」、九月は「申」、十月は「未」(羊)、十一月は「午」(馬)、十二月は「巳」(蛇)。「白虎殺」。「申」の上から順に輪排す。病を占うに大忌。歌訶にいう、正月は「申」、二月は「酉」、三月は「戌」の鄕、四月は「亥」、五月は「子」、六月は「丑」、七月は「寅」、八月は「卯」、九月は「辰」の上、十月は「巳」、十一月は「午」(馬)、十二月は「未」(羊)。「受死」。凡事にみなそれを忌む。歌訶にいう、正月は「戌」、二月は「辰」、三月は「亥」を死と為し、四月は「巳」、五月は「子」、六月は「午」宮、七月は「丑」、八月は「未」、九月は「寅」、十月は「申」、十一月は「卯」、十二月は「酉」に逢う。「三刑」。六親が互相に刑剋・陷害することを主り、大凶。歌訶にいう、「寅」は「巳」を刑し、「巳」は「申」を刑す。「丑」と「戌」は相刑し、「未」と「丑」は相刑す。「子」は「卯」を刑し、「卯」は「子」を刑す。「辰」「午」「酉」「亥」は則ち各々自ら本支と相刑す。「六害」。六親が互相に妨害して、百事は敗壞す。歌訶にいう、六害の中「子」と「未」は親近し能わず、「丑」は「午」を害し、「寅」と「巳」は相惱り、「卯」は「辰」を害し、「申」は「亥」を害し、「酉」と「戌」は相逢えば害することさらに深し。
四刑:如寅世巳應之類是也。寅申巳亥為四刑,所作百事無一成;婚姻官事俱不吉,縱得相生也不寧。四沖:辰戌丑未為四沖,縱然占吉也為凶;或是相生或兄弟,也須被破事無終。四極:子午卯酉為四極,凡占百事皆無益;雖然世應得相生,決定多凶主少吉。六沖:子午相沖,丑未相沖,寅申相沖,卯酉相沖,辰戌相沖,巳亥相沖。
「四刑」。たとえば世爻が「寅」にあって応爻が「巳」にあるの類がすなわちこれである。歌訶にいう、「寅」「申」「巳」「亥」の四支が互見するを四刑といい、為す所の百件の事は一件も成らず。婚姻と官司もみな吉利でなく、たとえ世応が相生しても安寧を得ず。「四冲」。歌訶にいう、「辰」「戌」「丑」「未」の四支が互見するを四冲といい、たとえ吉象を占得しても變じて凶と為る。彼此相生しても、あるいは同じく「兄弟」爻でも、冲破されて事は始あって終なきを要す。「四極」。歌訶にいう、「子」「午」「卯」「酉」の四支が互見するを四極といい、およそ百事を占うに益あることなし。世爻・応爻が相生し得るも、決定して凶多く吉少なし。「六冲」。「子」と「午」は相冲し、「丑」と「未」は相冲し、「寅」と「申」は相冲し、「卯」と「酉」は相冲し、「辰」と「戌」は相冲し、「巳」と「亥」は相冲す。
隔神:占失物忌爻。正七從亥二八酉,三九羊頭四十蛇,五十一月尋卯上,六十二午定吁嗟。大耗:田蠶六畜,大忌發動。正申二酉三戌邊,四亥五子六牛聯,七寅八卯九辰位,十巳子馬丑羊眠。小耗:遇此發動,損害田禾。正未二申三月酉,四戌五亥六子游,七丑八寅九卯上,十辰一巳丑午牛。破碎殺:子午卯酉在蛇頭,辰戌丑未屬於牛,寅申巳亥雞頭碎,破耗資財件件憂。
「隔神」。失物を占う時にそれをもって忌爻と為す。歌訶にいう、正月・七月は「亥」から起り、二月・八月は「酉」にあり、三月・九月は「未」(羊頭)にあり、四月・十月は「巳」(蛇)にあり、五月・十一月は「卯」の上に往きて尋ね、六月・十二月は「午」にありて、定かに長く嘆息の一聲を要す。「大耗」。田蠶・六畜を占う時、大いにその發動を忌む。歌訶にいう、正月は「申」、二月は「酉」、三月は「戌」の邊、四月は「亥」、五月は「子」、六月は「丑」(牛)に連なり、七月は「寅」、八月は「卯」、九月は「辰」の位、十月は「巳」、十一月は「午」(馬)、十二月は「未」(羊)に安眠す。「小耗」。それの發動に遇上れば、田裏の莊稼を損害す。歌訶にいう、正月は「未」、二月は「申」、三月は「酉」、四月は「戌」、五月は「亥」、六月は「子」の上を游走し、七月は「丑」、八月は「寅」、九月は「卯」の上、十月は「辰」、十一月は「巳」、十二月は「午」(牛馬の位)。「破碎殺」。歌訶にいう、「子」「午」「卯」「酉」年は「巳」(蛇頭)にあり、「辰」「戌」「丑」「未」年は「丑」(牛)に属し、「寅」「申」「巳」「亥」年は「酉」(雞頭)の上で破碎し、錢財・資産は件件にみな耗損して憂うべし。
旌旗殺:春卯夏子,秋酉冬午,占病遇動,不期即死。暴敗殺:婚姻大忌,男克婦,女傷夫。豬羊犬吠春三月,蛇鼠龍憂夏月當,申酉丑逢秋必敗,虎馬兔兮冬季防。六甲空亡:用爻惡空,忌爻喜空。甲子旬中戌亥空,甲戌旬中申酉空,甲申旬中午未空,甲午旬中辰巳空,甲辰旬中寅卯空,甲寅旬中子丑空。截路空亡:出行大忌。甲己申酉最為愁,乙庚午未不須求,丙辛辰巳君休去,丁壬寅卯一場憂,戊癸子丑高堂坐,時犯空亡萬事休。
「旌旗殺」。春は「卯」にあり、夏は「子」にあり、秋は「酉」にあり、冬は「午」にあり。病を占いてその發動に遇えば、約定の日期を待つを用いず、隨にすなわち死す。「暴敗殺」。婚姻を占うに大忌で、男は妻を剋し女は夫を傷つけるを主る。歌訶にいう、春季三個月は「亥」(猪)「未」(羊)「戌」(犬吠)を忌み、夏月は當に「巳」(蛇)「子」(鼠)「辰」(龍)を忌むべし。秋は「申」「酉」「丑」に逢えば必ず敗れ、冬季は則ち「寅」(虎)「午」(馬)「卯」(兔)を提防せねばならない。「六甲空亡」。用神の爻は空に落ちるを厭惡し、忌神の爻は反って空に落ちるを喜ぶ。歌訶にいう、甲子旬の中は「戌」「亥」が空、甲戌旬の中は「申」「酉」が空、甲申旬の中は「午」「未」が空、甲午旬の中は「辰」「巳」が空、甲辰旬の中は「寅」「卯」が空、甲寅旬の中は「子」「丑」が空。「截路空亡」。出行を占うに大忌。歌訶にいう、甲日・己日は「申」「酉」が最も人をして愁えしめ、乙日・庚日は「午」「未」は求めに行くを必せず、丙日・辛日は「辰」「巳」は身を動かすなかれ、丁日・壬日は「寅」「卯」は一場の憂愁、戊日・癸日は「子」「丑」は老實に高堂の上に坐せ。時辰が空亡を犯せば、萬事はみな休なり。
馬前神殺:十二神各有所用。如占出行及行人,專看驛馬之類。申子辰馬居寅(寅上起驛馬,卯六害,順輪為例。)寅午戌馬居申,巳酉丑馬在亥,亥卯未馬在巳。一驛馬,二六害,三華蓋,四劫殺,五災殺,六天殺,七地殺,八年殺,九月殺,十亡神,十一將星,十二攀鞍。四利三元:年上起。如午年,即午上起太歲,掌輪為便。一太歲,二太陽,三喪門,四太陰,五官符,六死符,七歲破,八龍德,九白虎,十褔德,十一吊客,十二病符。
「馬前神殺」。這十二個の神は各々その用あるを得。たとえば出行を占いおよび行人を占えば、すなわち專ら「驛馬」の這一類を看る。起法は、「申」「子」「辰」局は驛馬は「寅」にあり、すなわち寅の上に驛馬を起し、卯の上は六害で、これに照らして順に輪排す。「寅」「午」「戌」局は、驛馬は「申」にあり。「巳」「酉」「丑」局は、驛馬は「亥」にあり。「亥」「卯」「未」局は、驛馬は「巳」にある。次序は、第一は驛馬、第二は六害、第三は華蓋、第四は劫殺、第五は災殺、第六は天殺、第七は地殺、第八は年殺、第九は月殺、第十は亡神、第十一は將星、第十二は攀鞍。「四利三元」。年支の上から起る。たとえば午年なら、すなわち「午」の上に太歳を起し、手掌をもって輪排するが最も方便である。次序は、第一は太歳、第二は太陽、第三は喪門、第四は太陰、第五は官符、第六は死符、第七是歳破、第八は龍徳、第九は白虎、第十是福徳、第十一是吊客、第十二是病符。
長生沐浴:長生,沐浴,冠帶,臨官,帝旺,衰,病,死,墓,絕,胎,養。假如火長生在寅,從寅上起長生,卯沐浴,辰冠帶,依次順行。木長生在亥,從亥起。其餘可類推。三合成局:寅午戌,合成火局;申子辰,合成水局;巳酉丑,合成金局;亥卯未,合成木局。天干合:甲與己合,乙與庚合,丙與辛合,丁與壬合,戊與癸合。地支合:子與丑合,寅與亥合,卯與戌合,辰與酉合,巳與申合,午與未合。
「長生沐浴」。十二個の階段は依次に長生・沐浴・冠帶・臨官・帝旺・衰・病・死・墓・絶・胎・養である。たとえば火の長生は「寅」にあり、すなわち寅の上から長生を起し、「卯」は沐浴、「辰」は冠帶で、次序に依って順行して下る。木の長生は「亥」にあり、すなわち亥の上から起る。その余の各種の五行はみなこれに照らして類推し得る。「三合成局」。「寅」「午」「戌」は合して火局を成し、「申」「子」「辰」は合して水局を成し、「巳」「酉」「丑」は合して金局を成し、「亥」「卯」「未」は合して木局を成す。「天干合」。甲と己は合し、乙と庚は合し、丙と辛は合し、丁と壬は合し、戊と癸は合す。「地支合」。「子」と「丑」は合し、「寅」と「亥」は合し、「卯」と「戌」は合し、「辰」と「酉」は合し、「巳」と「申」は合し、「午」と「未」は合す。
