Libo

周易述

清 · 惠栋

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

乾卦・八純卦、天の象、消息四月

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

『周易述』元和の恵棟が撰す

巻一・周易上経

乾卦・八純卦、天の象、消息四月

乾元亨利貞。注:元,始;亨,通;利,和;貞,正也。乾初為道本,故曰元。息至二升坤五,乾坤交,故亨。乾六爻二四上匪正,坤六爻初三五匪正。乾道變化,各正性命,保合大和,乃利貞。傳曰:利貞,剛柔正而位當也。

経文:乾は、元・亨・利・貞である。恵棟の自注:「元」は始まり、「亨」は通達、「利」は諧和、「貞」は正しさに固いこと。乾卦の初九は天道の根本なので「元」と称する。陽気が生長(「息」)して第二爻に至れば、上昇して坤卦の第五爻の天子の位を占めるべきものであり、乾坤両卦がこれによって交わり通じるので「亨」と称する。乾卦六爻のうち二・四・上の三爻は陽爻が陰位に居て当位せず、坤卦六爻のうち初・三・五の三爻は陰爻が陽位に居てこれも当位しない。乾道が運行変化して、万物それぞれに本性と天命を端正させ、太和の気を養い保つのが「利貞」である。『易伝』にいう、利貞とは剛爻・柔爻がいずれも正に帰り爻位がすべて相当することである。

疏:《繋》上曰:「大衍之數五十,其用四十有九。分而為二以象兩,掛一以象三,揲之以四以象四時,歸奇於扐以象閏。」又《繋》下曰:「易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦。」虞翻注云:「兩儀,乾坤也。庖羲幽贊於神明而生蓍,演三才五行而為大衍之數五十,其一大極,故用四十有九,即蓍之數也。」

恵棟の疏証:『繫辞上伝』にいう、「大衍の蓍数は五十、実際に用いるのは四十九本のみである。まず随意に二束に分けて天地の両儀を象り、そのうち一本を抜き取って指の間に掛けて天・地・人の三才を象り、さらに四本ずつに数えて春夏秋冬の四時を象り、四本に満たない余りを指の間に挟んで暦法の置閏を象る。」『繫辞下伝』にまたいう、「『易』に太極あり、太極は両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。」虞翻がそこに注していう、「両儀とは乾と坤である。伏羲は神明の理を深く究めて蓍占を創り、三才・五行の数を推演して大衍の数五十を得た。そのうちの一本は太極を表して動かないので、実際に用いるのは四十九のみ、これが蓍草の用数である。」

大極生兩儀,故分而為二以象兩;又分天象為三才,故掛一以象三;播五行於四時,故揲之以四以象四時;乾坤之筴當期之日,以閏月定四時成歲,故歸奇於扐以象閏,所謂兩儀生四象也。四營而成易,十有八變而成卦,是生八卦而小成,所謂四象生八卦也。引信三才,至萬有一千五百二十而六十四卦備矣。此聖人作八卦之事也。

太極が両儀を生ずるゆえに、蓍草を二束に分けて両儀を象る。また天象を天・地・人の三才に分けるゆえに、一本を掛け出して三才を象る。五行は四時の中に布散するゆえに、四本ずつ数えて四時を象る。乾の策二百十六と坤の策百四十四を合わせると、ちょうど一周年の日数に当たり、さらに閏月によって四時を校定して一歳を成すゆえに、零数を指の間に挟んで閏月を象る――これが「両儀生四象」である。四つの営求の手続きで一変が成り、十八変で一卦が成り、まず八卦を得て「小成」と称する――これが「四象生八卦」である。これから三才の数を牽引伸展して、万一千五百二十の数に至り、六十四卦が備わる。以上は聖人が八卦を創制した事を述べたものである。

乾坤,陰陽之本,故首乾坤。元始、亨通、利和、貞正,子夏義也。元始,《釋詁》文。亨者,乾坤交也。乾天坤地,天地交為泰。《序卦》曰:「泰者,通也。」故知亨為通也。《說文》曰:「利從刀,和然後利,從和省。」《文言》曰:「利者,義之和也。」又曰:「利物足以和義。」故知利和也。貞正也者,《師》彖傳文。

乾坤両卦は陰陽の本源であるから、『周易』は乾坤を首に置く。「元」を始、「亨」を通、「利」を和、「貞」を正と訓じるのは、『子夏易伝』の解法である。「元」を「始」と訓じるのは『爾雅・釈詁』に見える。「亨」が通であるのは、乾坤の交感を説くからである。乾は天、坤は地、天地が交合して『泰』卦を成し、『序卦伝』に「泰はすなわち通」とあるから、「亨」は「通」と訓ずべきことが分かる。『説文解字』にいう、「利の字は刀に従い、諧和したのちに利があり、字形は『和』の字の省写を取る。」『文言伝』にいう、「利とは、義理の諧和である。」またいう、「万物をして各々その利を得しめれば、足りて義理を諧和する。」よって「利」は「和」と訓ずべきである。「貞」を「正」と訓じるのは『師』卦の『彖伝』に出る。

乾初謂初九也。初,始也;元亦始也。何休注《公羊》曰:「元者,氣也,天地之始。」故傳曰:「大哉乾元,萬物資始。」《說文》曰:「元從一。」故《春秋》一年稱元年。《說文》又曰:「唯初大始,道立於一,造分天地,化生萬物。」董子對策曰:「謂一為元者,視大始而欲正本。」是乾初為道本,故曰元也。初九注云:「大衍之數虛一不用,謂此爻。」故謂之道本。

「乾初」とは乾卦の初九を指す。「初」は始まり、「元」も始まりである。何休が『春秋公羊伝』に注していう、「元とは気であり、天地の始まりである。」ゆえに『彖伝』にいう、「大いなるかな乾元、万物はこれによって始まりを得る。」『説文解字』にいう、「元の字は一に従う。」ゆえに『春秋』の紀年は、最初の年を「元年」と称する。『説文』にまたいう、「太初は最大の始まりであり、道は『一』に創立し、これより天地を剖判し万物を化育する。」董仲舒の対策にいう、「『一』を『元』と呼ぶのは、太初に着眼して根本を正そうとしたのである。」これにより乾卦初九がまさに天道の根本であることが分かるので「元」と称する。恵棟は初九爻の注にいう、「大衍の数で一本を虚置して用いないのは、この爻を指す。」ゆえにこれを「道本」と称する。

乾坤,消息之卦。乾息坤消,息至二當升坤五為天子,乾坤交通,故亨。經凡言亨者,皆謂乾坤交也。「乾六爻二四上匪正,坤六爻初三五匪正」,虞翻義也。二四上以陽居陰,初三五以陰居陽,故皆不正。乾變坤化,六爻皆正,故各正性命。乾為性,巽為命也。乾坤合德,六爻和會,故保合太和。正即貞,和即利,故乃利貞。

乾坤は「消息」の卦である。乾は陽気の生長(息)を主り、坤は陰気の退減(消)を主る。陽気が生長して第二爻に至れば、上昇して坤卦第五爻の天子の位に坐すべきであり、乾坤はこれにより交通するので「亨」という。経文で「亨」に言及する所は、すべて乾坤の交感を指す。「乾の六爻中二・四・上は正ならず、坤の六爻中初・三・五は正ならず」――これは虞翻の説である。二・四・上はもと陰位であるのに陽爻が居し、初・三・五はもと陽位であるのに陰爻が居るので、いずれも不当位とする。乾爻が変じ坤爻が化した後、六爻が各々その正に帰るので「各正性命」という――乾は本性を象り、巽は天命を象る。乾坤両徳が会合し、六爻が和洽して相聚まるので「保合太和」という。「正」はすなわち貞、「和」はすなわち利、ゆえに「乃利貞」というのである。

傳曰「利貞,剛柔正而位當也」者,《既濟》彖傳文。六爻皆正,故剛柔正而位當。經凡言利貞者,皆爻當位,或變之正,或剛柔相易。經惟《既濟》一卦六爻正而得位,故云剛柔正而位當。乾用九,坤用六,成既濟定,《中庸》所謂「致中和,天地位焉,萬物育焉」是也。此聖人作易之事也。

『彖伝』に「利貞、剛柔正にして位当たる」というのは、『既済』卦の『彖伝』の原文である。六爻がすべて当位するので、剛爻柔爻が各々正しく位次が相当するという。経文で「利貞」を説く所は、すべて爻がすでに当位しているか、あるいは不正から変じて正に帰るか、あるいは剛柔両爻が互いに位を換えることを指す。六十四卦の中で『既済』一卦のみが六爻俱に正しく各々その位を得るので、「剛柔正にして位当たる」というのである。乾の用九・坤の用六は、変化の後に『既済』の定局を成就する。すなわち『中庸』のいう「中和に至れば、天地は各々その位に安んじ、万物は育まれる」である。以上は聖人が『周易』を創作した事を述べたものである。

初九潛龍勿用。注:易逆數也,氣從下生,以下爻為始,乾為龍,陽藏在下,故曰潛龍。其初難知,故稱勿用。大衍之數虛一不用,謂此爻也。九二見龍在田,利見大人。注:坤為田,大人謂天子。二升坤五,下體離,離為見,故曰見龍在田。群陰應之,故曰利見大人。

経文:初九、潜伏する龍は作用を施さない。恵棟の自注:『易』は逆らって上に数を推すもので、気は下より生ずるゆえ、最下の爻を起点とする。乾は龍を象り、この時陽気が下位に潜蔵するので「潜龍」という。発端したばかりで形迹が見え難いので「勿用」という。大衍の数で一本を虚置して用いないのは、まさにこの爻をいう。経文:九二、龍が田野に現れ、大人に見るに利あり。恵棟の自注:坤は田を象り、「大人」は天子を指す。九二が上昇して坤卦の五位に居り、下卦は離体を成し、離に顕現・相見の象があるので「見龍在田」という。坤の衆陰爻がみなこれに応ずるので「利見大人」という。

九三君子終日乾乾,夕惕若夤,厲無咎。注:三於三才為人道,有乾德而在人道,君子之象。惕,懼;夤,敬;厲,危也。離為日,坤為夕,以乾接乾,故曰乾乾。四變坎為惕,乾為敬,故夕惕若夤。三多凶,故厲;因時而惕,故無咎。俗本脫夤,今從古。

経文:九三、君子は終日勤勉して懈らず、夕暮れになってもなお警惕して恭敬し、境遇は危ないが過咎はない。恵棟の自注:第三爻は天・地・人の三才のうち人道に属し、乾の剛健の徳を備えて人道の位に居る、まさに君子の象である。「惕」は戒惧、「夤」は恭敬、「厲」は危険である。離は白日を象り、坤は日暮を象る。九三は外卦の乾に上接し、乾をもって乾に承るので「乾乾」という。第四爻が一変すれば坎を成し、坎に憂惕の象がある。乾にまた敬慎の義があるので「夕惕若夤」という。三爻は凶が多いので「厲」と称し、時に応じて戒惧できるので災禍を招かない。通行の俗本は「夤」の字を脱漏しているが、ここでは古文本に従う。

九四或躍在淵無咎。注:躍,上也;淵謂初。四失位,故上躍。居五者,欲下居坤初,求陽之正,故無咎。九五飛龍在天,利見大人。注:五體離,離為飛,五在天,故曰飛龍在天。二變應之,故利見大人。虞氏謂文王書經繋庖犧於乾五,造作八卦,備物致用,以利天下,天下之所利見是也。

経文:九四、あるいは躍り起き、あるいはなお深淵に処る、咎なし。恵棟の自注:「躍」は上へ向かうこと、「淵」は初爻を指す。九四は陽をもって陰に居り位を失うので、上へ躍動する。いわゆる五位に居らんと欲するのは、本意は下りて坤卦の初位を占めて陽爻を各々その正を得せしめようとするもので、ゆえに咎がない。経文:九五、飛龍が天に昇り、大人に見るに利あり。恵棟の自注:九五のある上体は離で、離に飛挙の象があり、五はまた天位に居るので「飛龍在天」という。九二が変じてこれに応ずるので「利見大人」。虞翻は文王が経を作り、伏羲を乾卦九五の下に係属させたと考え、彼が八卦を創作し器物を備えてその用を尽くし天下を利したのは、まさに天下人が見ることを喜ぶ大人であるとした。

上九忼龍有悔。注:窮高曰忼。陽極於上,當下之坤三,失位無應,窮不知變,故有悔。用九。注:九六者,爻之變。坤為用,發揮於剛柔而生爻,立地之道,故稱用也。見群龍無首吉。注:群龍,六龍也。時乘六龍以御天,故曰見群龍。乾為首,坤下承之,故無首吉。象曰:天德不可為首也。

経文:上九、高亢した龍は悔恨がある。恵棟の自注:高き極まるを「忼」という。陽気が最上に昇って窮極し、もともと坤卦第三爻に降るべきであるのに、今位を失い応爻もなく、窮極して変通を知らないので悔がある。経文:用九。恵棟の自注:九と六は爻の変動をいう。坤は「用」であり、剛柔の間にあって発揮して爻を生成し、大地の道を確立するので「用」と称する。経文:群龍が現れて、いずれも首領を以て自ら居らず、吉。恵棟の自注:「羣龍」とは六条の龍である。『彖伝』に時に乗じて六龍を駕して天道を御するというので「見羣龍」という。乾は頭首を象り、坤は下にあってこれに承奉するので「无首」にして吉を得る。『象伝』にいう、天の徳は先んじて首となるべからざるものである。

疏:「易逆」至「爻也」。《說卦》云:「易逆數也。」注云:「易氣從下生,故云逆數。」《繋》上曰:「錯綜其數。」虞翻彼注云:「逆上曰錯,卦從下升,故曰錯綜其數。」《乾鑿度》曰:「易氣從下生。」鄭玄注云:「易本無形,自微及著,故氣從下生,以下爻為始」是也。

恵棟の疏証(自注「易逆数也」から「謂此爻也」一段を疏解):『説卦伝』にいう、「『易』は逆らって数を推すものである。」注文に解釈していう、易の気機は下より上へ生ずるので「逆数」という。『繫辞上伝』に「錯綜其数」といい、虞翻がそこに注していう、「逆らって上へ向かうを『錯』という。卦は下より上へ生長するので『錯綜其数』という。」『乾鑿度』にいう、「易の気は下より生ず。」鄭玄が注していう、「易はもともと形体なく、細微より顕著に至るので、気は下より生起し、最下の爻を起点とする。」まさにこの理である。

乾為龍,九家《說卦》文。乾之所以取象於龍者,《管子》曰:「伏闇能存而能亡者,蓍龜與龍是也。龜生於水,發之於火,於是為萬物先,為禍福正。龍生於水,被五色而遊,故神。欲小則化如蠶蠋,欲大則藏於天下,欲尚則陵於雲氣,欲下則入於深泉,變化無日,上下無時,謂之神。龜與龍,伏闇能存而能亡者也。」

「乾為龍」は九家本『説卦伝』に出る。乾が龍に象を取る所以は、『管子』が明白に説いている。「幽暗に潜伏して存することも亡することもできるものは、蓍・亀と龍である。亀は水に生まれながら、火をもって灼かれて初めて兆象を発し、よって万物の先に居り、禍福の正否を判定できる。龍は水に生まれ、五色を被って游行するので神妙である。小さくなろうとすれば蚕蠋のごとく化し、大きくなろうとすれば天下の間に隠れ、昇れば雲気の上に凌ぎ、降れば深泉の中に潜入し、変化は日を拘らず升降は時を選ばない、これを神という。亀と龍は、まさに幽暗に潜伏して存亡しうるものである。」

若然,乾之取象於龍,以其能變化也。《荀子》曰:「變化代興,謂之天德。」天德,元也。天之元兼五色,故龍被五色。《文言》曰:「潛龍勿用,下也。」又曰:「陽氣潛藏。」故曰潛龍。「其初難知」,下《繋》文。初尚微,故難知。

このように見れば、乾が龍に象を取るのは、その変化しうるを取るのである。『荀子』にいう、「陰陽が変化して交替し興るを、天徳という。」天徳とは、すなわち「元」である。天の元は五色を兼含するので、龍は五色を被る。『文言伝』にいう、「潜龍勿用とは、最下位に居るからである。」またいう、「陽気がなお潜蔵している。」ゆえに「潜龍」と称する。「其初難知」の語は『繫辞下伝』に出る。初爻の気象はなお細微なので、見え難いのである。

荀爽注「大衍之數五十」云:「乾初九潛龍勿用,故用四十九。」初九,元也,即太極也。太極函三為一,故大衍之數虛一不用耳。若然,用九之義六龍皆御,而初獨不用者,但易有六位,乾稱六龍,六位之成、六龍之御皆有其時,初當潛隱,故稱勿用。然萬物所資始,王位在德元,以一持萬,以元用九,吾道之貫、天下之治,皆是物也。

荀爽が「大衍之数五十」に注していう、「乾卦初九は潜龍勿用であるので、四十九のみを用いる。」初九はすなわち「元」、すなわち太極である。太極は三を含んで一に帰するので、大衍の数は一本を虚置して用いない。このようにいえば、用九の意はもともと六龍が一斉に天道を駕御することであるのに、なぜ初九のみ用いないのか。それは『易』に六つの爻位があり、乾は六龍と称し、六位の成就・六龍の駕御は各々その時があるからである。初九はまさに潜隠の時に当たるので「勿用」という。しかし万物は皆これによって始まりを得、王者の位も「徳元」に係り、一をもって万有を統摂し、元をもって九を運用する。孔子のいう「吾道一以貫之」、および天下が治まる所以は、皆この同一の事を説くのである。

「坤為」至「大人」。此荀爽義也。與坤旁通,坤土稱田。《釋言》曰:「土,田也。」《太玄》曰:「觸地而田之。」故曰坤為田也。許慎《五經異義》曰:「《易》孟京說,有君人五號:帝,天稱也;王,美稱也;天子,爵號,三也;大君者,與上行異,四也;大人者,聖明德備,五也。」其說本《乾鑿度》。是大人與天子同在五號之中,故云大人謂天子。王肅謂聖人在位之目,義亦同也。

恵棟の疏証(自注「坤為田」から「利見大人」一段):これは荀爽の説である。乾と坤は「旁通」し、すなわち両卦の六爻の陰陽が全く相反し互いに表裏を為す。坤は土で、土はすなわち田と称す。『爾雅・釈言』にいう、「土とは、田である。」『太玄』にいう、「土地に触れてこれを耕す。」ゆえに坤を田という。許慎『五経異義』にいう、「『易』家の孟氏・京氏の説は、君主を呼ぶに五つの名号がある。『帝』は天に配する称呼、『王』は美称、『天子』は爵号で第三に居り、『大君』は上文に列した行輩と別で第四に居り、『大人』は聖明にして徳行の備わった者を指して第五に居る。」この説は『乾鑿度』に本づく。よって「大人」と「天子」は同じく五号の中にあるので、大人は天子を指すという。王粛は「大人」を聖人が位にある名目とするが、意も一致する。

九二陽不正,故當升坤五。五降二體離,《說卦》曰:「相見乎離。」故離為見。二升坤田,故見龍在田。坤群陰應之,故利見大人也。「三於」至「之象」。此鄭玄義也。五爻皆有龍象,三獨稱君子者,以易有三才,三於三才為人道。《文言》曰:「君子行此四德者,故曰乾元亨利貞。」是君子為有乾德而在人道者。經凡言君子皆謂九三也。

九二は陽爻をもって陰位に居り正ならないので、坤卦五位に上昇すべきである。坤五が二位に降れば、下卦は離体を成す。『説卦伝』に「相見于離」というので、離に「見」の象がある。九二が坤の田位に昇るので「見龍在田」といい、坤の衆陰爻がみな来応するので「利見大人」。恵棟の疏証(自注「三于三才為人道」から「君子之象」一段):これは鄭玄の説である。乾卦の他の五爻は皆龍象を取るが、独り第三爻のみ「君子」と称するのは、『易』が天・地・人の三才に分かれ、第三爻が三才のうち人道に属するからである。『文言伝』にいう、「君子は元亨利貞の四つの徳行を行うので、乾元亨利貞という。」よって「君子」とは乾徳を備えて人道の位に居る者を指す。経文で「君子」に言及する所は、皆九三を指す。

「惕懼」至「從古」。惕懼,鄭義也。《說文》曰:「夤,敬惕也。」《文言》曰:「雖危無咎。」故知厲為危也。「離為日,坤為夕」,虞翻義也。虞以陽息至三,二變成離,離為日。《繫》上曰:「剛柔者,晝夜之道也。」荀彼注云:「乾為晝,坤為夜。」《說文》:「夜從夕。」襄十三年《春秋傳》曰:「窀夕之事。」杜預注云:「夕,夜也。」是夕與夜同義,故知坤為夕也。

恵棟の疏証(自注「惕、惧;夤、敬」から「今従古」一段):「惕」を戒惧と訓ずるのは鄭玄の説である。『説文解字』にいう、「夤とは、敬慎警惕である。」『文言伝』に「危険ではあるが過咎はない」というので、「厲」は危と訓ずべきことが分かる。「離為日・坤為夕」は虞翻の説である。虞翻は陽気が第三爻に生長し、第二爻が一変して離を成せば離は日となると考えた。『繫辞上伝』にいう、「剛と柔とは、昼夜の交替の道である。」荀爽がそこに注していう、「乾は白昼、坤は黑夜である。」『説文』に「夜」の字は「夕」に従うという。『春秋左伝』襄公十三年に「窀夕之事」の説があり、杜預が注していう、「夕とは、夜である。」よって「夕」と「夜」は同義で、坤が日暮を象りうることが分かる。

三與外體接,以乾接乾,故曰乾乾。荀氏謂承乾行乾,義亦同也。「坎為惕,乾為敬」,亦虞義也。《說卦》曰:「坎為加憂。」故為惕。乾為天,《周語》曰:「言敬必及天。」又曰:「象天能敬。」韋昭注云:「象天之敬,乾乾不息。」故知乾為敬也。寅本訓敬,今從夕,敬不衰於夕,夕惕之象。

九三は外卦に相接し、乾をもって乾に承るので「乾乾」という。荀爽は乾道を承奉し乾道を践履すると解し、意も同じである。「坎為惕・乾為敬」も虞翻の説である。『説卦伝』に「坎為加憂」というので、坎は警惕を象りうる。乾は天で、『国語・周語』に「敬を論ずれば必ず天に及ぶ」といい、また「天を法って能く敬する」といい、韋昭が注していう、「天の敬慎を法るとは、剛健して息まないことである。」ゆえに乾が敬を象りうることが分かる。「寅」の字はもと敬と訓じ、「夤」の字はその上に「夕」を加え、敬慎の心が夕暮れになっても減衰しない意を取る、まさに「夕惕」の象である。

俗本皆脫夤字。《說文》夕部引《易》曰:「夕惕若夤。」案許慎敘曰:「其偁《易》孟氏古文也。」是古文《易》有夤字。虞翻傳其家五世孟氏之學,以乾有夤敬之義,故其注《易》以乾為敬。俗本脫夤,今從古增入也。

通行の俗本はみな「夤」の字を脱漏している。『説文解字』夕部が『易』を引くに正しく「夕惕若夤」と作る。許慎の自叙にいう、「書中に称引する『易』は、孟氏の古文本を用いる。」よって古文『易』に確かに「夤」の字があることが分かる。虞翻の家伝する孟氏易学はすでに五代を経ており、乾に敬慎の義があるので、彼が『易』に注するに乾をもって敬とする。俗本がすでに「夤」を脱したので、今古本に依拠してこれを経文に補い戻す。

「躍上」至「無咎」。此荀義也。躍,上,《廣雅》文。荀以地下稱淵,故謂淵為初。四本陰位,故非上躍居五者,即欲下居坤初。五與初皆陽之正位,故《文言》曰:「上下無常,非為邪也。」

恵棟の疏証(自注「躍、上也」から「故无咎」一段):これは荀爽の説である。「躍」を「上」と訓ずるのは『広雅』に出る。荀爽は地面以下を淵というので、「淵」を初爻と解する。第四爻はもと陰位なので、ここでは上へ躍って五位に居るのではなく、下りて坤卦の初位に居らんと欲するのである。五位と初位はいずれも陽爻の正位なので、『文言伝』にいう、「上下するに定准なく、邪僻の事を為さんとするに非ず。」

荀氏易例:乾在二者當上升坤五,在四者當下居坤初,在上者居坤三;坤在五者當下居乾二,在三者居乾上,在初者居乾四。如是則爻皆得位。乾四當居初,今以或躍為居五者,案乾寳注此經云:「初九,復也;九二,臨也;九三,泰也;九四,大壯也;九五,夬也;上九,乾也。坤初六,遘也;六二,也;六三,否也;六四,觀也;六五,剝也;上六,坤也。」消息十二卦實乾坤十二爻。九四體大壯,經云「藩泆不羸,壯於大轝之腹」,謂居五也,是四亦有居五之義矣。

荀爽の易例は、乾爻が二位に居る者は坤五に昇るべく、四位に居る者は坤初に降るべく、上位に居る者は坤三に居るべく、坤爻が五位に居る者は乾二に降るべく、三位に居る者は乾上に往くべく、初位に居る者は乾四に居るべきとする。こうすれば各爻は皆その正位を得る。この例によれば乾四はもと初位に下居すべきであるが、今「或躍」を居五と説くのは、干宝がこの経文に注していう、「初九は『復』卦に相当し、九二は『臨』に、九三は『泰』に、九四は『大壮』に、九五は『夬』に、上九は『乾』に相当する。坤の初六は『遘』(即ち『姤』)に、六二は(底本ここに一卦名を脱す、『遯』と作るべし)に、六三は『否』に、六四は『観』に、六五は『剥』に、上六は『坤』に相当する。」十二消息卦は実は乾坤の十二爻である。九四は『大壮』に相当し、『大壮』九四の経文に「藩籬が衝き開かれ羊角が纏われず、壮健が大車の腹軸にある」といい、まさに五位に居るを指すので、第四爻にも居五の意があることが分かる。

「五體」至「是也」。《說文》釋龍曰:「春分而登天,秋分而潛淵。」陽息至五體夬,夬三月卦,龍已登天,故有是象。四變五體離,《說卦》曰:「離為雉。」郭璞《洞林》曰:「離為朱雀。」是離有飛鳥之象,故曰飛。五於三才為天道,又天位也,故飛龍在天。此上虞義也。二已變正應五,故利見大人。

恵棟の疏証(自注「五体離」から「天下之所利見是也」一段):『説文解字』が「龍」の字を解していう、「春分に天に登り、秋分に深淵に潜る。」陽気が第五爻に生長すれば卦体は『夬』を成し、『夬』は三月の卦で、この時龍はすでに天に登るのでこの象がある。第四爻が一変すれば、第五爻のある上体は離体を成す。『説卦伝』に「離為雉」といい、郭璞『洞林』に「離為朱雀」というので、離に飛鳥の象があり、よって「飛」という。第五爻は三才のうち天道に属し、またまさに天子の位なので「飛龍在天」という。以上は皆虞翻の説である。九二がすでに変じて正を得て九五に上応するので「利見大人」。

《乾鑿度》曰:「三畫已下為地,四畫已上為天,物感以動,類相應也。動於地之中則應於天之中,動於地之上則應於天之上。初以四,二以五,三以上,此之謂應。」是言六爻相應之義也。易重當位,其次為應,故彖傳言應者十有七卦。六十四卦之中,有當位而應者,有當位而不應者,有不當位而應者。若皆陰皆陽謂之敵應,《艮》彖傳所謂「上下敵應,不相與」也。

『乾鑿度』にいう、「三画以下は地に属し、四画以上は天に属し、物類は彼此感動し同類は相応する。地の中位に発動すれば天の中位に応じ、地の上位に発動すれば天の上位に応ずる。初爻は四爻に応じ、二爻は五爻に応じ、三爻は上爻に応ずる、これを『応』という。」これは六爻の相応の理を説く。『易』は最も爻位の得当を重んじ、その次に相応を説くので、『彖伝』が「応」に言及するのは合計十七卦ある。六十四卦の中には、当位であって応のあるもの、当位であって応なきもの、不当位であって応あるものがある。もし相対する両爻が同じく陰または同じく陽ならば、「敵応」という、すなわち『艮』卦の『彖伝』のいう「上下敵応し、彼此相亲与せず」である。

今乾二五敵應而稱利見大人者,乾用九,坤用六,乾二升五而應坤,坤五降二而應乾,故皆云利見大人。例諸他卦,或兩爻敵應,亦得變而相應也。虞氏以卦辭爻辭皆文王所作,庖犧德合乾五,故繋於九五。《冠禮記》曰:「天下無生而貴者。」《天問》曰:「登立為帝,孰道尚之。」王逸注云:「言伏羲始作八卦,修行道德,萬民登以為帝,誰開道而尚之。」是伏羲亦自下升也。

今乾卦の二・五両爻は同じく陽で、もと敵応に属するが、なお「利見大人」というのは、乾が九を用い坤が六を用いるからである。乾二が五位に昇れば坤に応じ、坤五が二位に降れば乾に応ずるので、両箇所とも「利見大人」という。これを他の卦に類推すれば、両爻がもと敵応であっても、変動を経て相応に転じうる。虞翻は卦辞・爻辞は皆文王の手に出たと考え、伏羲の徳が乾五に合うので、彼を九五爻の下に係した。『儀礼・士冠礼』の記文にいう、「天下に生まれながら尊貴なる者はなし。」『楚辞・天問』にいう、「擁立されて帝となった者を、誰が開導し推崇したか。」王逸が注していう、「伏羲が最初に八卦を創作し、道徳を修行し、万民が推挙して帝とした、いったい誰が開導して推崇したのかというのである。」よって伏羲もまた下位より昇ったことが分かる。

象曰:「大人造也。」《文言》曰:「聖人作而萬物覩。」聖人作,是造作八卦也;萬物覩,是利見大人也。「窮高」至「有悔」。窮高曰忼,王肅義也。忼,高也,極也,故曰窮高。「陽極於上,當下之坤三」,此九家義也,荀氏例亦如此。九居上為失位,應在三,三陽爻,故無應。《繋》下曰:「易窮則變。」窮不知變,猶言知進而不知退也,故有悔。京房《見積算》曰:「靜為悔,發為貞。」是有悔為不變之義也。

『象伝』にいう、「大人は興作する所あり。」『文言伝』にいう、「聖人が興れば万物は皆瞻仰する。」いわゆる「聖人作」とは、八卦を創作すること。いわゆる「万物覩」とは、大人に見るに利ありということ。恵棟の疏証(自注「窮高曰忼」から「故有悔」一段):窮極して高きを「忼」と称するのは、王粛の説である。「忼」は高であり極であるので「窮高」という。「陽が最上に昇って窮極し、坤卦第三爻に降るべき」は九家易の説で、荀爽の通例もまた然り。陽爻が上位に居れば位を失い、その応爻は第三にあり三もまた陽爻なので、相応しない。『繫辞下伝』に「易は窮極すれば変ずる」というので、窮極して変通を知らないのは、進むを知って退くを知らざるに等しく、ゆえに悔がある。京房『見積算』にいう、「静止して動かざるを悔といい、発動して変通するを貞という。」よって「有悔」はまさに変通を知らざるの意である。

「九六」至「用也」。《乾鑿度》曰:「陽動而進,變七之九;陰動而退,變八之六。」是九六者,爻之變也。坤,陰消之卦,起遘終乾,萬物成熟,成熟則給用,故坤為用。六畫稱爻,庖犧分天象為三才,以地兩之,為六畫。爻有剛柔,故發揮於剛柔而生爻。立地之道曰柔與剛,剛柔地道,故稱用也。

恵棟の疏証(自注「九六者、爻之変」から「故称用也」一段):『乾鑿度』にいう、「陽爻は発動して前進し、七より変じて九と為り、陰爻は発動して後退し、八より変じて六と為る。」よって九と六は、まさに爻の変動を説く。坤は陰気消退の卦で、『遘』より始まり坤に終わる(底本は「終乾」と作る)、万物はここに成熟し、成熟すれば取用に供しうるので、坤は「用」を象る。六画を「爻」と称す。伏羲は天象を三才に分かち、さらに地道をもって倍し、よって六画と為る。爻は剛柔に分かれるので、剛柔の間にあって発揮して爻を生成するという。『説卦伝』に「地道を立つるを柔与剛という」といい、剛柔はすでに地道に属するので、これを「用」と称す。

「群龍」至「首也」。乾六爻皆龍,故曰群龍,是群龍即六龍也。荀注九二見龍云:「見者,居其位。」是見群龍亦謂六龍皆居天位也。但龍之潛、見、惕、躍、飛、忼各有其時,是以彖傳、文言皆云「時乘六龍以御天」。六龍乘時御天,即用九見群龍之義也。乾為首,《說卦》文。乾位天德,坤下承之,故無首吉。《漢書》張竦曰:「德無首者襃不檢。」義與此同。引象傳者,明坤不可為天德之首也。

恵棟の疏証(自注「羣龍、六龍也」から「天徳不可為首也」一段):乾卦六爻は皆龍象を取るので「羣龍」という、よって羣龍はすなわち六龍である。荀爽が九二の「見龍」に注していう、「いわゆる見とは、それが居るべき位次に居ることである。」このようにいえば、「見羣龍」とは六龍が各々天位に居ることをいう。ただ龍の潜・見・惕・躍・飛・忼は各々その時があるので、『彖伝』と『文言伝』に皆「時に乗じて六龍を駕して天道を御する」という。六龍が時に乗じて天を御するは、まさに用九の「見羣龍」の意である。「乾為首」は『説卦伝』に出る。乾は天徳の位に居り、坤は下にあってこれに承奉するので「无首」にして吉を得る。『漢書』に載る張竦の言にいう、「徳行の盛大にしてその先に居る者なきは、これを褒揚するに常格を拘らない。」意はこれと通ずる。恵棟が『象伝』を引くのは、坤が天徳の首領を充てるべからざるを表明するためである。

樂出於易,易之乾坤十二爻即樂之十二律也。《周語》伶州鳩論六律六呂之義曰:「為之六間,以揚沈伏而黜散越也。元間大呂,助宣物也。」韋昭注云:「六間,六呂在陽律之間。呂,陰律,所以侶間陽律,成其功。十二月大呂,坤六四也。元,一也。陰繫於陽,以黃鐘為主,故曰元間,以陽為首,不名其初,臣歸功於上之義也。」是言陰無首以陽為首,與用九之義同也。

音楽は『易』に源出し、『易』中の乾坤十二爻は楽律の十二律に相当する。『国語・周語』に伶州鳩が六律六呂の意義を論じたのを記していう、「六間を立てて、沈伏する気を発揚し散越する音を排除するに用いる。第一間は大呂で、万物の宣発を助ける。」韋昭が注していう、「いわゆる六間とは、六呂が六陽律の間に挟まることである。呂は陰律に属し、陽律に相伴い相間して陽律の功を成す。十二月の大呂は、坤卦六四に相当する。『元』はすなわち一である。陰は陽に依係し、黄鐘を主とするので『元間』という。これは陽を首とし、自ら初と称さない――まさに臣子が功を君上に帰するの意である。」これは陰が自ら首と居らず陽を首とするを説明し、用九の「无首」の意と同じである。

坤卦・八純卦、地の象、消息十月

坤元亨。注:乾流坤形,坤凝乾元,終亥出子,品物咸亨,故元亨。利牝馬之貞,君子有攸往。注:坤為牝,乾為馬,陰順於陽,故利牝馬之貞。乾來據坤,故君子有攸往。先迷後得主,句。利。注:坤為迷,消剝艮為迷復,故先迷。震為主,反剝為復,體震,故後得主。利。

経文:坤は、元・亨である。恵棟の自注:乾気が流行して坤がこれに成形を為し、坤はまた乾の元気を凝聚する。陰気は亥に終尽し、陽気は子に出生し、万類はこれにより皆通達するので「元亨」という。経文:母馬のごとく正を守るに利あり、君子は往く所あり。恵棟の自注:坤は雌性を象り、乾は馬を象り、陰は陽に順従するので「利牝馬之貞」。乾が来て坤位を占めるので「君子有攸往」。経文:先ず方向を迷い後に主を得る(恵棟は「主」の字の下に「句」の字を標し、ここで断句すべきを示す)、利あり。恵棟の自注:坤に迷乱の象があり、陰が『剥』に消し上体が艮を成すは「迷復」の象なので「先迷」という。震は主を象り、『剥』が反転すれば『復』を成し、下体はまさに震なので「後得主」という、ゆえに利あり。

西南得朋,東北喪朋,安貞吉。注:爻辰初在未,未,西南陰位,故得朋;四在丑,丑,東北陽位,故喪朋。地闢於丑,位在未,未沖丑為地,正承天之義也,故安貞吉。虞氏說此經以納甲,雲此易道陰陽消息大要也,謂陽月三日變而成震出庚,至月八日成兌見丁,庚西丁南,故西南得朋,謂二陽為朋,故兌君子以朋友講習,彖曰「乃與類行」。二十九日消乙入坤,滅藏於癸,乙東癸北,故東北喪朋,謂之以坤滅乾,坤為喪也。

経文:西南に往けば朋友を得、東北に往けば朋友を喪う、安んじて正を守れば吉。恵棟の自注:「爻辰」の法によれば、坤の初六は未に値し、未は西南にあり陰位に属するので朋を得、六四は丑に値し、丑は東北にあり陽位に属するので朋を喪う。大地は丑に開闢し、坤位は未にあり、未は丑と相冲して同じく地道の位に属す、これはまさに上天に承奉する意を含むので「安貞吉」。虞翻は「納甲」をもってこの経文を解し、これを易道の陰陽消息の大綱とする。毎月初三の黄昏に、月象は変じて震を成し庚方に出で、初八に至り兌を成して丁方に見ゆ。庚は西、丁は南にあるので「西南得朋」という――二つの陽爻は同類相聚まれば朋である。ゆえに『兌』卦に君子は朋友をもって相講習するといい、『彖伝』に「才能は同類と同行する」という。二十九日に至り、月光は乙に消尽して坤に入り、癸に隠滅潜蔵する。乙は東、癸は北にあるので「東北喪朋」という――これを坤をもって乾を滅すといい、坤はゆえに喪亡の象がある。

疏:「乾流」至「元亨」。此虞義也。坤為形,乾之坤成坎,坎水流坤,是乾流坤形也。坤消乾自初,初為元,坤初六傳曰「陰始凝也」,是坤凝乾元也。坤終於亥,出乾初子,陰陽氣通,品物咸亨,故元亨。

恵棟の疏証(自注「乾流坤形」から「故元亨」一段):これは虞翻の説である。坤は形体を主り、乾は坤中に往いて坎を成し、坎は水で、水は坤地の上を流行する、これが「乾流坤形」である。坤が乾を消蝕するのは初爻より始まり、初爻はまさに「元」である。坤卦初六の『象伝』に「陰気は凝聚を始める」といい、これが「坤凝乾元」である。坤気は亥位に終尽し、乾の初爻は子位に出生し、陰陽二気はこれにより貫通し、万類は皆通達を得るので「元亨」という。

「坤為」至「攸往」。坤為牝,九家《說卦》文;乾為馬,《說卦》文。坤,順也,故為牝;乾,健也,故為馬。以陰順陽,傳曰「柔順利貞」,故利牝馬之貞也。凡卦辭爻辭言利者,《繋》下云「變動以利言」,故乾坤變動皆言利也。君子謂陽,陰順於陽,陽來據坤初三五之位,故君子有攸往也。

恵棟の疏証(自注「坤為牝」から「君子有攸往」一段):「坤為牝」は九家本『説卦伝』に出、「乾為馬」は今本『説卦伝』に出る。坤の徳性は柔順なので雌性を象り、乾の徳性は剛健なので馬を象る。陰をもって陽に順従し、『彖伝』に「柔順にして正を守るに利あり」というので「利牝馬之貞」。およそ卦辞・爻辞で「利」を説く所は、『繫辞下伝』に「変動は利害を就けて言う」というので、乾坤に変動あれば皆「利」という。「君子」は陽爻を指す。陰は陽に順従し、陽爻が来て坤卦の初・三・五のもと陽に属する位次を占めるので「君子有攸往」という。

「坤為」至「主利」。坤為迷,九家《說卦》文。剝上體艮,消剝為坤。剝上九曰「小人剝廬」,虞注云:「上變滅艮,坤陰迷亂,故小人剝廬。」是消剝為迷復,先迷之象也。《序卦》曰:「主器者莫若長子,故受之以震。」是震為主也。剝窮上反下為復,故反剝復初體震,震為主,故後得主乃利也。

恵棟の疏証(自注「坤為迷」から「故後得主、利」一段):「坤為迷」は九家本『説卦伝』に出る。『剥』卦の上体は艮で、陰気が『剥』に消しさらに前へ進めば『坤』を成す。『剥』卦上九の爻辞に「小人は己の廬舎を剥落する」といい、虞翻が注していう、「上爻が一変すれば艮象は随い消滅し、坤の陰気は迷乱するので、小人剥廬という。」よって陰の消が『剥』に至るはまさに「迷復」、すなわち「先迷」の象である。『序卦伝』にいう、「宗廟の祭器を主るに長子に如くはなく、ゆえに『震』卦をもって後に承ぐ。」よって震は主を象る。『剥』は上爻に窮極して下に返り『復』を成すので、『剥』より反転すれば『復』の初爻は震体を成し、震は主である。ゆえに「後得主」といい利あり。

「爻辰」至「故也」。此劉歆義,歆說詳《三統暦》也。爻辰者,謂乾坤十二爻所值之辰。乾貞於十一月子,間時而治六辰;坤貞於六月未,亦間時而治六辰。乾左行,坤右行。十一月子,乾初九也;十二月丑,坤六四也;正月寅,乾九二也;二月卯,坤六五也;三月辰,乾九三也;四月己,坤上六也;五月午,乾九四也;六月未,坤初六也;七月申,乾九五也;八月酉,坤六二也;九月戌,乾上九也;十月亥,坤六三也。二卦十二爻而朞一歲。鄭氏說易專用爻辰十二律,取法於此焉。

恵棟の疏証(自注「爻辰初在未」から「故安貞吉」一段):これは劉歆の説で、その説は詳しく『三統暦』に見える。いわゆる「爻辰」とは、乾坤十二爻が各々値する地支を指す。乾坤両卦は合わせて十二爻で、ちょうど十二辰・十二月に配し、両卦の爻は交錯相間して排されるので、乾は子・寅・辰・午・申・戌の六陽辰を得、坤は丑・卯・巳・未・酉・亥の六陰辰を得る。乾は十一月の子を起点とし、一辰おきに一辰を管し合わせて六辰を管する。坤は六月の未を起点とし、同じく一辰おきに一辰を管し合わせて六辰を管する。乾は左より順行し、坤は右より逆行する。具体的な配法は、十一月の子を乾初九に配し、十二月の丑を坤六四に、正月の寅を乾九二に、二月の卯を坤六五に、三月の辰を乾九三に、四月の巳を坤上六に、五月の午を乾九四に、六月の未を坤初六に、七月の申を乾九五に、八月の酉を坤六二に、九月の戌を乾上九に、十月の亥を坤六三に配する。両卦十二爻はちょうど一年を周遍する。鄭玄が『易』を解するに専ら爻辰をもって十二律に配するのは、この一套を取法したのである。

坤初六在未,未值西南,又坤之位,故得朋。六四在丑,丑值東北陽位,故喪朋。《漢書·天文志》曰:「東北,地事天位」是也。子為天正,丑為地正,初在未,四在丑,地正適其始,沖氣相通也。沖猶對也,《淮南·天文》曰:「其對為沖。」天開於子,地闢於丑,承天之義。漢楊震疏曰:「臣聞師言,坤者陰精,當安靜承陽。」彖傳注謂安於承天之正是也。

坤の初六は未に値し、未は西南にありまたまさに坤卦自体の方位なので「得朋」。六四は丑に値し、丑は東北にあり陽位に属するので「喪朋」。『漢書・天文志』に「東北は地の天に事える位次」といい、まさにこの意である。子は天の正月、丑は地の正月である。初六は未にあり、六四は丑にあり、地正の丑はちょうどその起点で、相冲の気がゆえに彼此相通ずる。「冲」とは相対することで、『淮南子・天文』に「それと相対するを冲という」という。天は子に開闢し、地は丑に開闢し、その中に上天に承奉する意を含む。漢代の楊震の奏疏にいう、「臣は師に聞く、坤は陰の精気であり、安静にして陽に承奉すべしと。」『彖伝』の注のいう天に承るの正に安んずるは、この理である。

註釋得喪,正以坤之卦爻皆有承天之義,則此得朋喪朋當指坤之一卦而言,故用劉氏之說,獨以爻辰釋之。後世王弼、崔憬之徒,舍坤象之卦爻,廣求之於方位,尋其歸趣,雖強附於得喪,未見承天之象。今既刋落俗說,唯是易含萬象,所託多塗,虞氏說經獨見其大,故兼採之以廣其義。

恵棟の注がこのように得朋・喪朋を解する所以は、まさに坤卦の卦爻が処処に上天に承奉の義を含むからで、然らばここの得朋・喪朋は坤という一卦それ自体に就いて説くべきで、ゆえに劉歆の説を採り、専ら爻辰をもって解釈する。後世の王弼・崔憬の輩は、坤象の卦爻を抛却して顧みず、広く方位の上に根拠を求めた。彼らの帰趣を推究すれば、強いて得失に附会しうるけれども、上天に承奉する象は見えない。今すでにこれらの俗説を删汰したが、『易』は万象を包羅し寄托の途はもともと多いので、虞翻の経解は独りその大体を見るに能く、ゆえに併せて採録し、もってその意義を推広する。

虞以易道在天,八卦三爻已括大要,故以得朋喪朋為陰陽消息之義。謂月三日之暮,震象出於庚方;至月八日,二陽成兌,見於丁方。生明於庚,上弦於丁,庚西丁南,故西南得朋,謂兌二陽同類為朋,又兩口對,有朋友講習之象,傳曰「乃與類行」是也。十五日乾體盈甲,六十日旦消乾成巽,在辛二十三日成艮,在丙二十九日消乙,入坤滅藏於癸,乙東癸北,故東北喪朋。坤消乾喪於乙,故坤為喪也。

虞翻は易道は天にあり、八卦三爻がすでに大要を囊括して余さないと考え、ゆえに「得朋・喪朋」を陰陽消息の義に講じた。彼の言に、毎月初三の黄昏に、新月は震象のごとく庚方に現れ、初八に至り両陽が兌を成して丁方に見ゆ。月光は初めて庚に生じ、上弦は丁にある。庚は西に属し丁は南に属するので「西南得朋」という――兌卦の二つの陽爻は同類で、まさに朋である。兌はまた両口が相対する象で、朋友講習の象があり、『彖伝』に「才能は同類と同行する」というのはこの意である。十五日に月は圓し、乾体は盈満して甲に納する。十六日(底本は「六十日」と作る)平旦に、乾体は消減を始めて巽を成し辛に納し、二十三日に艮を成して丙に納し、二十九日に乙に消尽し、坤に入って癸に隠蔵する。乙は東に属し癸は北に属するので「東北喪朋」という。坤は乾を消蝕して乙に喪亡するので、坤に喪の象がある。

初六履霜堅冰至。注:初為履霜者,乾之命也。初當之乾四,履乾命令而成堅冰也。六二直方大,不習無不利。注:乾為直,坤為方,故曰直方。陽動直而大生焉,故曰大。習,重也,與襲通,《春秋傳》曰:「卜不襲吉。」三動坎為習,坤善六二,故不習無不利。

経文:初六、霜を踏めば、堅氷が至らんとする。恵棟の自注:初爻が「履霜」と称する所以は、それが乾の下した命令を奉行するからである。初六はもと乾卦第四位に往くべく、乾の命令を践行して堅氷に凝結する。経文:六二、正しく方正にして宏大、占問を重ねずとも利あらざるなし。恵棟の自注:乾は直を象り、坤は方を象るので「直方」という。陽気が一動して正直となり、「大」はこれより生ずるので「大」という。「習」は重複で、「襲」と通じ、『春秋左伝』に「占卜は吉を重ねて求めない」という。第三爻が一動すれば下体は坎を成し、坎に重習の象がある。坤徳は六二をもって最善とするので「不習无不利」。

六三含章可貞,或從王事,無成有終。注:貞,正也。以陰包陽,故含章。三失位,發得正,故可貞。乾為王,坤為事,三之上終乾事,故或從王事,無成有終。《文言》曰:「地道無成而代有終也。」六四括囊,無咎無譽。注:括,結也。謂泰反成否,坤為囊,艮為手,巽為繩,故括囊。在外多咎,得位承五,繫於包桑,故無咎。陰在二多譽,今在四,故無譽。

経文:六三、文采を内含して正を守るべし。あるいは王家の事務に従い、成を自ら居らずして終を保つを得る。恵棟の自注:「貞」はすなわち正である。陰爻をもって陽を包裹するので「含章」という。六三は位を失い、発動の後にその正を得るので「可貞」という。乾は王を象り、坤は事を象り、六三は上位に往きて乾の事業を終結するので「或従王事、无成有終」という。『文言伝』にいう、「地道は敢えて功を成すに居らず、ただ天に代わって終局を完成するのみ。」経文:六四、口袋を括り結び、過咎もなく称誉もなし。恵棟の自注:「括」は括結である。これは『泰』が反転して『否』を成すをいう。坤は口袋を象り、艮は手を象り、巽は繩索を象るので「括囊」という。外卦に身を処せばもと咎害多いが、六四は位を得て九五に上承し、桑樹の叢根に係るがごとく牢固なので過咎はない。陰爻は二位にあれば多く称誉を受けるが、今四位にあるので「无誉」。

六五黃裳元吉。注:坤為裳,黃,中之色;裳,下之飾。五當之乾二而居下中,故曰黃裳。降二承乾,陰陽位正,故元吉。上六龍戰于野,其血玄黃。注:消息坤在亥,亥乾之位,為其兼於陽也,故稱龍。戰者,接也。《說卦》曰:「戰乎乾。」乾西北之卦,稱野。陰陽相薄,故有是象。血以喻陰也。玄黃,天地之雜,言乾坤合居也。用六利永貞。注:永,長也。陰利居正承陽則永,故用六利永貞。京氏謂六偶承奇是也。

経文:六五、黄色の下裳、大吉。恵棟の自注:坤は下裳を象る。黄は居中の色、裳は下体の服飾である。六五は乾の二位に下降して下卦の中に居るべきなので「黄裳」という。それが二位に降りて乾陽に承奉し、陰陽各々正位を得るので「元吉」。経文:上六、龍が郊野の上に交接搏闘し、流出する血は青黒と黄と相雑る。恵棟の自注:消息の序によれば、坤は亥に終わり、亥はまたまさに乾の位次で、陽を兼含するので「龍」と称する。「戦」とは交接である。『説卦伝』に「戦于乾」といい、乾は西北方の卦なので「野」と称する。陰陽二気が相迫るのでこの象がある。血は陰を比喩する。玄と黄とは天色地色の相雑るをいい、乾坤が一処に合居するを説く。経文:用六、長久に正を守るに利あり。恵棟の自注:「永」は長久である。陰爻は正位に居り陽爻に承奉するに利あり、かくのごとくして長久を得るので「用六利永貞」という。京房のいう偶数が奇数に承奉するは、この理である。

疏:「初為」至「冰也」。爻例,初為足,為趾,為拇。履,踐也,足所以踐,故初為履霜者乾之命也。已下九家義也。乾居西北之地,為寒為冰,是霜與冰皆是乾氣加坤而成者,故曰霜者乾之命也。

恵棟の疏証(自注「初為履霜者」から「而成堅氷也」一段):爻位の通例によれば、初爻は足を象り、脚趾を象り、大拇趾を象る。「履」は踩踏で、脚はまさに踩踏に用いるので、初爻は「履霜」と称し、この霜は乾の命令に出る。以下は九家易の説である。乾は西北の地に居り、寒を主り氷を主る、よって霜と氷はいずれも乾気が坤に加わって初めて形成するので、霜は乾の命を奉じて降るという。

劉向《鴻範五行傳》曰:「九月陰至五,通於天位,其卦為剝,剝落萬物,始大殺矣。」明陰從陽命,臣受君令而後殺也。若然,坤之消乾皆順乾命而成者,故《文言》曰「蓋言順也」。君子疾其末則正其本,易繫此爻,正以示戒。

劉向『洪範五行伝』にいう、「九月に陰気は第五爻に昇り、天子の位に通達し、卦象は『剥』を成し、万物を剥落してこれより大いに粛殺する。」これは陰が陽の命令を聴従し、臣下が君主の号令を受けてのちに殺伐を行うを説明する。このように見れば、坤の乾を消蝕するは、皆乾の命令に順って完成するので、『文言伝』に「これはおそらく一つの『順』の字を講じたのであろう」という。君子は末流の禍害を憎悪すれば、その根本を端正する。『周易』がこの爻辞を初六の下に係したのは、まさに警告を示すためである。

「乾為」至「不利」。與乾旁通。「乾為直,坤為方」,九家《說卦》文。《繋》上曰「乾其動也直」,故乾為直。《文言》曰:「坤至靜而德方。」虞氏云「陰開為方」,故坤為方。陽動直而大生,陰動闢而廣生,方有廣義,故云直方大。

恵棟の疏証(自注「乾為直、坤為方」から「不習无不利」一段):坤と乾は「旁通」し、すなわち両卦の六爻の陰陽が全く相反し互いに表裏を為す。「乾為直、坤為方」は九家本『説卦伝』に出る。『繫辞上伝』に「乾は動くとき直である」といい、ゆえに乾は直を象る。『文言伝』に「坤は極めて静にして徳性方正」といい、虞翻は「陰は開闢して方を成す」といい、ゆえに坤は方を象る。陽は動いて直となり、「大」はこれより生ず。陰は動いて開闢し、「広」はこれより生ず。方はもと広の意を含むので「直方大」という。

習者,重襲,故與襲通。《春秋傳》者,哀十年傳文。《禮·表記》曰:「卜筮不相襲。」鄭注《大司徒》云:「故書襲為習。」是習為古文襲。習吉猶重吉也。《士喪禮》曰:「筮者三人。」《公羊傳》曰:「求吉之道三。」故經有初筮、原筮之文。不習者,言不煩再筮也。「坎為習」,虞義也。三可貞,動體坎,故坎為習。乾坤二卦唯九五六二為天地之中、陰陽之正,故云坤善六二,不習無不利也。

「習」とはすなわち重複叠加で、ゆえに「襲」と通ずる。引く所の『春秋伝』は、哀公十年の伝文である。『礼記・表記』に「卜と筮とは互相いに重複しない」といい、鄭玄が『周礼・大司徒』に注していう、「古本は『襲』を『習』と作る。」よって「習」はまさに古文の「襲」の字で、「習吉」は吉を重ねて求めるに等しい。『儀礼・士丧礼』に「筮する者三人あり」といい、『公羊伝』に「吉を求める途に三条あり」というので、経文に「初筮」「原筮」などの説がある。「不習」とは、わざわざ二度目の筮を煩わす必要がないという。「坎為習」は虞翻の説である。六三は変じて正を得べく、一動すれば下体は坎を成すので、坎に重習の象がある。乾坤両卦の中、九五と六二のみが天地の中に居り陰陽の正を得るので、坤徳は六二をもって最善とし「不習无不利」という。

「貞正」至「終也」。此虞義也。貞,正也,釋見上。荀氏云:「六三陽位,下有伏陽,故以陰包陽。」以六居三為失位,象曰「以時發」,故云發得正也。荀氏例坤三當之乾上,蓋六三九四不中不正,故彖象二傳言不當位者,獨詳於此二爻。三凡十四卦,四凡八卦也。

恵棟の疏証(自注「貞、正也」から「无成有終」一段):これは虞翻の説である。「貞」を正と訓ずるのは、解釈はすでに前文に見えた。荀爽のいう、「六三はもと陽位で、下にまた陽爻が伏するので、陰をもって陽を包裹する。」陰爻をもって三位に居るは位を失うに属し、『象伝』に「時機を待って発動する」といい、ゆえに一発動すればその正を得るという。荀爽の通例によれば、坤三は乾の上位に往くべきである。大抵六三・九四は中に居らず当位もしないので、『彖伝』『象伝』が「不当位」を説くに、尤もこの両爻に詳しい。第三爻の不当位を説くは合計十四卦、第四爻の不当位を説くは合計八卦である。

《說卦》曰:「乾為君。」又曰:「乾以君之。」故乾為王。坤致役,故為事。荀子曰:「主道知人,臣道知事。」坤,臣道,故坤為事。京房曰:「陰為事也。」三為三公,得從王事。乾立於巳,爻辰上六亦在巳,故云三之上終乾事,又引《文言》為證也。

『説卦伝』に「乾為君」といい、また「乾は君道をもって万物を統御する」というので、乾は王を象る。坤は労役の事を主るので「事」を象る。荀子にいう、「君たるの道は人を知るにあり、臣たるの道は事を知るにあり。」坤は臣道に属するので、坤は事を象る。京房にいう、「陰とはすなわち事である。」第三爻の位次は三公に相当し、王家の事に従うに足る。乾は巳位に建立し、爻辰の法によれば坤の上六も巳に値するので、六三が上位に往きて乾の事業を終結するという。恵棟はまた『文言伝』の「地道は成を為さずして終に代わる」を引いて傍証とする。

「括結」至「無譽」。此虞義也。括,結,《廣雅》文。《說文》曰:「括,絜也。」絜與結古文通,故鄭注《大學》曰:「絜猶結也。」《禮·經解》曰:「絜靜精微,易教也。」絜者括絜,絜靜,坤也;精微,乾也。坤元絜靜,乾元精微,故云易教也。

恵棟の疏証(自注「括、結也」から「故无誉」一段):これは虞翻の説である。「括」を「結」と訓ずるのは『広雅』に出る。『説文解字』にいう、「括とは、すなわち絜(束扎)である。」「絜」と「結」は古文に相通ずるので、鄭玄が『大学』に注していう、「絜は結のごとし。」『礼記・経解』にいう、「潔静精微なるは、『易』の教えである。」いわゆる「絜」とは、すなわち括束である。潔静は坤に属し、精微は乾に属す。坤元は潔静、乾元は精微なので、これを『易』の教えという。

坤為囊,九家《說卦》文。坤《文言》曰:「天地閉,賢人隱。」虞彼注云:「謂四泰反成否,故賢人隱也。」艮為手,巽為繩,恆故為繩。以手持繩,括絜嚢口,故曰括嚢。四近五故多咎,五休否,繋於包桑,四居陰得位,上承九五,存不忘亡,故無咎也。《繋》下云:「二與四同功,二多譽,四多懼。」今在四,故無譽也。

「坤為嚢」は九家本『説卦伝』に出る。坤卦の『文言伝』にいう、「天地閉塞して、賢人は隠退す。」虞翻がそこに注していう、「第四爻が『泰』を反転して『否』を成すをいうので、賢人は隠退する。」艮は手を象り、巽は繩索を象る――巽はその恒常にして挺としたを取るので、繩と為す。手をもって繩を握り、口袋の口を括り緊めるので「括嚢」という。第四爻は君位に逼近するので咎が多い。九五は否閉の勢いを休止しうること、叢生する桑根に係るがごときの穏固さ。六四は陰をもって陰に居り位を得て、上へ九五に承奉し、生存するに覆亡の危を忘れないので、過咎がない。『繫辞下伝』にいう、「二と四とは功用同じくして、二は誉れ多く、四は惧れ多し。」今四位に身を処すので「无誉」。

「坤為」至「元吉」。九家《說卦》曰:「乾為衣,坤為裳。」「黃,中之色;裳,下之飾」,昭十二年《春秋傳》文。九家《說卦》曰:「坤為黃。」《文言》曰:「天玄而地黃。」案坤為土,《月令》曰:「中央土。」《郊特牲》曰:「黃者中也。」故云黃,中之色。經凡言黃者,皆謂陰爻居中也。毛萇《詩傳》曰:「上曰衣,下曰裳。」故云裳,下之飾。五居下中,故取象於黃裳也。降二承乾,陰陽位正,故元吉,謂承陽之吉也。

恵棟の疏証(自注「坤為裳」から「故元吉」一段):九家本『説卦伝』にいう、「乾は上衣、坤は下裳である。」「黄は居中の色、裳は下体の服飾」、これは『春秋左伝』昭公十二年の原文である。九家本『説卦伝』に「坤為黄」といい、『文言伝』に「天の色は青黒く地の色は黄」という。坤は土に属し、『礼記・月令』に「中央は土に属す」といい、『郊特牲』に「黄とは、すなわち中である」というので、黄を居中之色という。経文で「黄」を説く所は、すべて陰爻が中位に居るを指す。毛萇『詩伝』にいう、「上に身に着けるを衣といい、下に身に着けるを裳という。」ゆえに裳を下体の服飾という。六五は降りて下卦の中に居るべきなので、黄裳に象を取る。それが二位に降りて乾乾陽に承奉し、陰陽各々その位を正にするので「元吉」、まさに陽爻に承奉して得た吉を指す。

「消息」至「居也」。坤消卦也,上六在亥,故曰消息在亥。《乾鑿度》曰:「陽始於亥,形於丑。」乾位在西北,陽祖微據始,是以乾位在亥。《文言》曰:「為其兼於陽也。」乾為龍,故稱龍。《說文》曰:「壬位北方,陰極陽生,易曰龍戰于野。」戰者,接也。上六行至亥與乾接,《說卦》「戰乎乾」,謂陰陽相薄也。

恵棟の疏証(自注「消息坤在亥」から「言乾坤合居也」一段):坤は陰消の卦で、上六は亥に値するので、消息の序がここに亥に在るという。『乾鑿度』にいう、「陽気は亥に始まり生じ、丑に成形す。」乾位は西北にあり、陽気の本原は微弱にして開端を据守するので、乾位はすなわち亥に落ちる。『文言伝』に「それ陽を兼含するが故に」といい、乾は龍を象るので、ここに「龍」と称す。『説文解字』にいう、「壬位は北方にあり、陰極まりて陽生じ、『易』に『龍戦于野』という。」「戦」とはすなわち交接である。上六は行いて亥位に至り乾と相接し、『説卦伝』に「戦于乾」というは、陰陽二気の彼此相迫るを説く。

卦無傷象,王弼謂與陽戰而相傷,失之。毛萇《詩傳》曰:「郊外曰野。」乾位西北,故為野。血以喻陰,已下九家義也。《文言》曰:「猶未離其類也,故稱血。」焉知血以喻陰也。《乾鑿度》曰:「乾坤氣合戌亥。」故曰合居。

卦象の中に損傷の意はなく、王弼は陰と陽が交戦して彼此損傷するとしたが、解を誤ったものである。毛萇『詩伝』にいう、「郊の外を野という。」乾位は西北にあるので、野を象る。「血は以て陰に喩う」以下は九家易の説である。『文言伝』にいう、「それいまだ陰の類属を離れざるが故に、『血』と称す。」これにより血はまさに陰に喩うに用いることが分かる。『乾鑿度』にいう、「乾坤二気は戌亥の間に交合す。」ゆえに「合居」という。

「永長」至「是也」。永,長,《釋詁》文。《文言》曰:「坤道其順乎,承天而時行。」是坤之六爻皆當居陰位而承乾也。陰承陽則可長,故用六利永貞。京氏者,京房《律術》文。案《律術》一卷,虞翻為之注,其言曰:「陽以圓為形,其性動;陰以方為節,其性靜。動者數三,靜者數二,皆參天兩地,圓蓋方覆,六偶承奇之道」是也。《禮》《易》生人曰偶以承奇,易家用九用六即律家合辰合聲之法也。

恵棟の疏証(自注「永、長也」から「京氏謂六偶承奇是也」一段):「永」を「長」と訓ずるのは『爾雅・釈詁』に出る。『文言伝』にいう、「坤道はおそらく一つの『順』の字であろう、上天に承奉して時に行う。」よって坤の六爻は皆陰位に居り乾に承奉すべきことが分かる。陰が陽に承奉して初めて長久を得るので「用六利永貞」という。いわゆる「京氏」とは、京房『律術』の文字を指す。『律術』一巻は、虞翻がかつてこれに注を為し、書中にいう、「陽は円をもって形体と為し、その性は動を主る。陰は方をもって節度と為し、その性は静を主る。動の数は三、静の数は二で、いずれも『参天両地』の義を取る。円は方を覆う、これが偶数が奇数に承奉するの道である。」まさにこの意である。『礼』『易』は人の化生を説き、また偶をもって奇に承るという。易家の用九・用六は、律家の合辰・合声の法に相当する。

屯卦・坎宮二世卦、消息内卦十一月・外卦十二月

屯元亨利貞。注:坎二之初,六二乘剛,五為上弇,故名屯。三動之正,成既濟定,故元亨利貞。勿用有攸往,利建侯。注:震一夫之行也,動而遇坎,小事不濟,故勿用有攸往。震為侯,建侯應四,往吉無不利矣。古諸侯不世,賢則建之,二之初,故云建。

経文:屯は、元・亨・利・貞である。恵棟の自注:この卦は『坎』卦の第二爻が初位に往きて生成したものである。六二が初九の剛爻を凌乗し、九五がまた上六に遮掩されるので、「屯」と名づく。第三爻が一動して正に帰れば『既済』の定局を成すので「元亨利貞」という。経文:往く所あるべからず、諸侯を分封するに利あり。恵棟の自注:震は一個の匹夫が独行するを象り、一動すれば坎険に撞当し、小事さえ成し得ないので「勿用有攸往」。震はまた諸侯を象り、諸侯を建立して第四爻と相応すれば、往けば必ず吉で利あらざるなし。古は諸侯の位は世襲せず、誰か賢能なればそれを立てた。この卦は二爻が初位に来るので「建」という。

疏:「坎二」至「利貞」。卦自坎來,故云坎二之初。之卦之說本諸彖傳,詳見於荀氏、虞氏、姚信、范長生、盧氏等注,而虞氏尤備。乾坤者,諸卦之祖。乾二五之坤成震坎艮,坤二五之乾成巽離兌,則六子皆自乾坤來也。

恵棟の疏証(自注「坎二之初」から「故元亨利貞」一段):この卦は『坎』より変じて来たので「坎二之初」という。いわゆる「之卦」――某爻が某位に往きて他の卦を生成する――の説は、『彖伝』に本づき、荀爽・虞翻・姚信・范長生・盧氏らの注の中に皆見え、虞翻のものが最も完備している。乾坤両卦は衆卦の祖宗である。乾の二・五両爻が坤中に往けば、震・坎・艮を生成し、坤の二・五両爻が乾中に往けば、巽・離・兌を生成する。よって六子卦は皆乾坤より来たことが分かる。

復、臨、泰、大壯、夬,乾息之卦;遘、否、觀、剝,坤消之卦。而臨觀二陽四陰,大壯四陽二陰,泰否三陽三陰,又以例諸卦。自臨來者四卦,明夷、解、升、震也;自來者五卦,訟、無妄、家人、革、巽也;自泰來者九卦,蠱、賁、恆、損、井、歸妹、豐、節、既濟也;自否來者九卦,隨、噬嗑、咸、益、困、漸、旅、渙、未濟也;自大壯來者五卦,需、大畜、暌、鼎、兌也;自觀來者四卦,蹇、萃、艮也。

『復』『臨』『泰』『大壮』『夬』は乾陽の生長する卦で、『遘』『否』『観』『剥』は坤陰の消退する卦である(底本はここに『遯』卦を脱す)。そして『臨』『観』は二陽四陰に属し、『大壮』は四陽二陰に属し、『泰』『否』は三陽三陰に属するので、それらを用いてその余の各卦を統例する。『臨』より変じて来たものに四卦あり、すなわち『明夷』『解』『升』『震』。『(底本は「遯」の字を脱す)』より変じて来たものに五卦あり、すなわち『訟』『无妄』『家人』『革』『巽』。『泰』より変じて来たものに九卦あり、すなわち『蠱』『賁』『恒』『損』『井』『帰妹』『豊』『節』『既済』。『否』より変じて来たものに九卦あり、すなわち『随』『噬嗑』『咸』『益』『困』『漸』『旅』『渙』『未済』。『大壮』より変じて来たものに五卦あり、すなわち『需』『大畜』『暌』『鼎』『兌』。『観』より変じて来たものに四卦あり、すなわち『蹇』『萃』『艮』(底本は三卦のみを列して一卦名を脱す)。

自乾坤來而再見者,從爻例也。卦無剝、復、夬、遘之例,故師、同人、大有、嗛從六子例,亦自乾坤來。小畜,需上變也;履,訟初變也。豫自復來,乃兩象易,非乾坤往來也。頤、小過,四之初、上之三也;大過、中孚,訟上之三、四之初也。此四卦與乾坤坎離反覆不衰,故不從臨觀之例。

それら乾坤より直接に変じて来て、また他処に重出する卦は、爻位の通例に依って按排する。卦変の例には『剥』『復』『夬』『遘』という一檔がないので、『師』『同人』『大有』『嗛』は六子卦の例に依り、これも乾坤より来たと算す。『小畜』は『需』の上爻の変、『履』は『訟』の初爻の変である。『豫』は『復』より来る、あれは「両象易」――上下両卦体が互いに対調する――であって、乾坤の往来ではない。『頤』『小過』は、四爻が初位に往き上爻が三位に往く。『大過』『中孚』は、『訟』の上爻が三位に往き四爻が初位に往く。この四卦は乾・坤・坎・離と同じく、卦形が翻転してもなお変わらないので、『臨』『観』の例に依らない。

師二升五成比,噬嗑上之三折獄成豐,賁初之四進退無恆而成旅,皆據傳為說,故亦從兩象易之例。因繫辭彖傳而復出者二:暌自無妄來,蹇自升來,皆二之五。

『師』の二爻が五位に昇れば『比』を成し、『噬嗑』の上爻が三位に往き、断獄の義を取って『豊』を成し、『賁』の初爻が四位に往き、進退無常の義を取って『旅』を成す――これらは皆『易伝』に依拠して説を立てるので、「両象易」の例に帰入する。『繫辞』『彖伝』のゆえに重複して現れるものに二卦あり。『暌』は『无妄』より来、『蹇』は『升』より来る、いずれも二爻が五位に往く。

此卦坎二之初,虞義也。案當從四陰二陽臨觀之例,而云坎二之初者,因彖傳「剛柔始交」,乃乾始交坤成坎,故知自坎來也。屯,難也,規固不相通之義。卦二五得正而名屯者,以二乘初剛,五弇於上,不能相應,故二有屯如之難,五有屯膏之凶,名之曰屯也。三變則六爻皆正,陰陽氣通,成既濟之世,故云元亨利貞。卦具四德者七:乾、坤、屯、隨、臨、無妄、革,皆以既濟言也。

この卦は『坎』の二爻が初位に往く、これは虞翻の説である。理によればそれは四陰二陽の『臨』『観』の例に依るべきであるが、ここでは「坎二之初」というのは、『彖伝』が「剛柔始めて交合す」という、まさに乾が始めて坤に交して坎を成すを講じているので、それが『坎』より来たことを知る。「屯」は艱難で、拘執固塞して彼此通ぜざるの意を含む。この卦は二・五両爻とも正位を得るが、なお「屯」と名づくのは、六二が初九の剛を凌乗し、九五が上六に遮掩されて、二五が相応し得ないので、六二に「屯如」の艱難があり、九五に「屯其膏」の凶険がある。ゆえにこれを「屯」と命名する。第三爻が一変すれば六爻がすべて当位し、陰陽の気が貫通して『既済』の局面を成就するので「元亨利貞」という。卦辞に元亨利貞の四徳を具えるもの合計七卦ある。『乾』『坤』『屯』『随』『臨』『无妄』『革』で、いずれも『既済』を成すに就いて講じたものである。

「震一」至「云建」。卦內震外坎,震為夫,故曰一夫,言微也。動而遇坎,坎險在前,一夫舉事必不能成,故曰小事不濟也。《晉語》司空季子說此卦云:「小事不濟,壅也。」故曰「勿用有攸往,一夫之行也」,此注所據矣。

恵棟の疏証(自注「震一夫之行也」から「二之初故云建」一段):この卦は内卦が震、外卦が坎である。震は丈夫を象るので「一夫」といい、その力量の単薄を形容する。一動すればすぐ坎に遇い、坎険が前面に横たわるので、一個の匹夫が事を弁ずれば必ず成功し得ない。ゆえに「小事不済」という。『国語・晋語』に司空季子がこの卦を解説したのを記していう、「小事が成らないのは、壅塞されたからである。」ゆえに「往く所あるべからず、それはただ一個の匹夫が独行するに過ぎないから」という。これがまさに恵棟の注を為す時に依拠した所である。

震為侯,虞義也。後漢司徒丁恭曰:「古帝王封諸侯不過百里,故利以建侯,取法於雷。」逸《禮·王度記》曰:「諸侯封不過百里。」象雷震百里,故震為侯。初正應四,建侯則貴得正得民,故往吉無不利矣,謂初往也。

「震為侯」は虞翻の説である。後漢の司徒丁恭にいう、「古代帝王の諸侯分封は百里を超えず、ゆえに建侯に利あり、取法したのはまさに雷である。」逸『礼・王度記』にいう、「諸侯の封地は百里を超えず。」雷声が震動する範囲はまさに百里なので、震は諸侯を象る。初九は当位にして六四と相応し、諸侯を建立するはその正位を得その民心を得るを貴ぶので「往吉无不利」、初爻の往くを説く。

《禮運》孔子曰:「大道之行也,天下為公,選賢與能。」天下為公,如二升五之類也;選賢與能,如利建侯之類也。是說古侯不世,賢則建之之義也。昭八年《春秋傳》曰:「嗣吉何建,建非嗣也。」今二之初,故云建。《韓非子》曰:「樹禾有曼根,有直根,根者書之所謂柢也。柢也者,木之所以建生也。」初在下,故云建,是其義也。

『礼記・礼運』に孔子の言を記していう、「大道が通行する時、天下は公有であり、賢者を選挙し能者を任用した。」「天下為公」とは、二爻が五位に昇るといった類、「選賢与能」とは、建侯に利ありといった類である。これがまさに古代の諸侯が世襲せず、誰か賢能なればそれを立てる理を説明する。『春秋左伝』昭公八年にいう、「嫡嗣あって継ぐべきがあれば、何ぞ別に立てん。『建』は承嗣に非ず。」今この卦は二爻が初位に来るので「建」と称す。『韓非子』にいう、「庄稼を種すれば蔓生する根あり、直下する根あり。いわゆる根とは、古書のいう『柢』である。柢とは、樹木がこれに頼って立定して生長するものである。」初爻は最下にあるので「建」と称す、まさにこの意である。

初九般桓,利居貞,利建侯。注:應在艮,艮為石,震為阪,故般桓。艮為居,二動居初,故利居貞。震為諸侯,居正應四,故利建侯。六二屯如亶如,乘馬驙如,匪寇昏冓,女子貞不字,十年乃字。注:乘馬,乘初也。二乘剛,故屯如亶如。馬重難行,故驙如。匪,非也。五體坎,坎為寇,二應五,故匪寇。陰陽得正,故婚冓。字,許嫁也。二乘初馬,初非正應,故貞不字。坤數十,三動反正,陰陽氣通,故十年乃字。象曰:反常也。

経文:初九、盤桓して進み難く、安居して正を守るに利あり、諸侯を分封するに利あり。恵棟の自注:初九の応爻は艮体にあり、艮は石頭を象り、震は山坡を象るので「般桓」という――坡石の間に盤旋すること。艮はまた安居を象り、六二が一動して初位に居るので「利居貞」。震は諸侯を象り、初九は正に居り上へ六四に応ずるので「利建侯」。経文:六二、艱難遅疑して、馬に乗りて徘徊して前へ進まず。来たるは強盗に非ず、婚を求める者である。女子は正を守り嫁を許さず、十年を過ぎて乃ち嫁を許す。恵棟の自注:「乗馬」は初九を凌乗するを指す。六二が剛爻を凌乗するので「屯如亶如」。馬が重荷を負い行き難いので「驙如」。「匪」はすなわち非。九五は坎体の中にあり、坎は盗寇を象り、六二は九五と相応するので「匪寇」という。陰陽各々その正を得るので「婚冓」である。「字」は嫁を許すこと。六二は初九という馬を凌乗するが、初九はその正応ではないので「貞不字」。坤の数は十で、第三爻が一動して正位に返帰し、陰陽の気が貫通するので「十年乃字」。『象伝』にいう、これは常道に回復することである。

六三即鹿無虞,惟入于林中。注:即,就也。虞,山虞也。艮為山,山足曰鹿,鹿,林也。三變體坎,坎為藂木山下,故稱林中。坤為兕虎,震為麋鹿,艮為狐狼。三應上,上乘五馬,故無虞。三變禽入于林中,故即鹿無虞,惟入于林中矣。君子機不如舍,往吝。注:君子謂陽已正。機,虞機;舍,舍拔。上不應三,張機舍拔,言無所獲,往必吝也。

経文:六三、山麓に追い至るも虞人の導きなく、ただ空しく林中に入る。恵棟の自注:「即」は近づく・追逐すること。「虞」は山林を掌る山虞の官を指す。艮は山を象り、山脚を「鹿」(即ち「麓」)といい、山脚に林があるので「鹿」はすなわち林である。第三爻が一変すれば下体は坎を成し、坎は山下にあって叢生の樹木を象るので「林中」と称す。坤は兕と虎を象り、震は麋鹿を象り、艮は狐狼を象る。六三は上へ上六に応ずるが、上六はまた九五という馬を凌乗するので「无虞」。六三が一変すれば禽獣は皆林中に逃げ入るので「即鹿无虞、惟入于林中」という。経文:君子が弩機を張るは、いっそ放り捨てるに如かず、往けば必ず憾惜あり。恵棟の自注:「君子」はすでに変じて正を得た陽爻を指す。「機」は虞人が射猟に用う弩機、「舎」は箭尾を放つこと。上六は六三と相応せず、たとえ弩機を張り箭括を放っても、これも一獲なく、往けば必ず憾惜を致す。

六四乘馬班如,求昏冓,往吉無不利。注:乘初也。班,別也。求,初求四也。之外稱往,四正應初,初建侯,故往吉無不利。九五屯其膏,小貞吉,大貞凶。注:屯者,固也。坎雨稱膏。二五貞也而皆屯,二之屯,女子之貞也,故小貞吉;五陽也,陽主施,五之屯,膏澤不下於民,故大貞凶。上六乘馬班如,泣血如。注:乘五也。上於五非昏因之正,初雖乘馬,終必泣血。三變體離,離為目,坎為血,艮為手,弇目流血,泣之象也。

経文:六四、馬に乗りて徘徊して分かれ行かんとし、前へ婚を求め、往けば吉利で利あらざるなし。恵棟の自注:「乗」は初九を凌乗するを指す。「班」は分別である。「求」とは、初九が来て六四を求めること。内卦より外卦へ往くを「往」という。六四は初九と正しく相応し、初九にまた建侯の象があるので「往吉无不利」。経文:九五、己の膏沢を屯積し、小さく正を守れば吉、大きく正を守れば凶。恵棟の自注:「屯」とはすなわち固守して通して通ぜざること。坎は雨を為す、ゆえに「膏」と称す。二・五両爻とも正を得て「貞」と称するが、皆「屯」に陥る。六二の屯は、女子が身を守るの貞なので「小貞吉」。九五は陽爻で、陽は施与を主る。九五の屯は、膏沢が百姓に下達し得ないことなので「大貞凶」。経文:上六、馬に乗りて徘徊して分かれ行かんとし、泣血漣漣たり。恵棟の自注:「乗」は九五を凌乗するを指す。上六の九五に対するは礼に合う婚配に非ず、初めは馬に乗りて来たれども、終わりには必ず泣血に至る。第三爻が一変して離体を成し、離は眼目を象り、坎は血を象り、艮は手を象り、手をもって目を掩いて血が流るるは、まさに哭泣の象である。爻辞の「泣血如」に按ずるに、底本は「漣」の字を脱す。

疏:「應在」至「建侯」。般桓,馬融以為旋也。應在艮,四體艮,艮為石。《說卦》曰:「震為阪生。」阪,陵阪也,故震為阪。古文《尚書·禹貢》曰:「織皮西傾因桓是來。」鄭玄彼注云:「桓是隴阪名,其道盤旋曲而上,故名曰桓。」此經般桓亦謂陵阪旋曲,故云般桓也。

恵棟の疏証(自注「応在艮」から「故利建侯」一段):「般桓」は、馬融は盤旋と解す。初九の応爻は艮体にあり――六四のある上体は互出して艮を成し、艮は石頭を象る。『説卦伝』に「震為阪生」といい、「阪」はすなわち丘陵の斜面なので、震は山坡を象る。古文『尚書・禹貢』にいう、「織皮の貢は西傾山より桓水に沿いて来る。」鄭玄がそこに注していう、「桓は隴地の山坡の名で、あの道は盤旋曲折して上るので、名づけて桓という。」ここの経文の「般桓」も、丘坡に沿い盤旋曲折するをいうので「般桓」という。

二失位,動居初得正,故利居貞。震,諸侯象,得正應四,以貴下賤,大得民,故利建侯也。荀氏以為般桓者,動而退也,謂陽從二動而退居初,義亦通也。

六二は位を失い、一動して初位に居ればその正を得るので「利居貞」。震は諸侯の象で、初九は正を得て上へ六四に応じ、尊貴の身をもって卑下に屈居し、大いに民心を得るので「利建侯」。荀爽は「般桓」を動にして後退とし、陽爻が二位より発動して初位に退居するをいうとし、このように講じても意は通ずる。

「乘馬」至「常也」。陰陽相求,有昏冓之道。二、四、上,陰爻,故皆言乘馬。虞氏亦謂二乘初,故曰乘馬也。鄭《箴膏肓》曰:「天子以至大夫皆有留車反馬之禮。」又云《士昏禮》云:「主人爵弁纁裳緇衣乘車,從車二乘,婦車亦如之。」此婦車出於夫家,則士妻始嫁乘夫家之車也。

恵棟の疏証(自注「乗馬、乗初也」から「反常也」一段):陰と陽とは互いに追求し、もとより婚配の道がある。二・四・上三爻はいずれも陰爻なので、皆「乗馬」を説く。虞翻もまた六二が初九を凌乗すると認め、ゆえに「乗馬」という。鄭玄『箴膏肓』にいう、「上は天子より下は大夫に至るまで、皆留車・返馬の礼あり。」また『儀礼・士昏礼』を引いていう、「主人は爵弁を戴き浅紅の下裳と黒色の上衣を着け、車に乗り、従者の車両二乘、新婦の車もまたこれに照らして弁ず。」この新婦の車は夫家より出る、よって士人の妻は初嫁の時に夫家の車に乗ることが分かる。

注以乘馬為乘初者,亦是乘初之車。但二與初非昏因之正,故云屯如亶如、乘馬驙如。馬氏云:「亶如,不進之貌。」《說文》曰:「驙者,馬重難行。」震為馬馵足,故驙如也。「坎為寇」,虞義也,《說卦》云「坎為盜」,故為寇。「匪,非」,虞義也,匪與非古今字。應在坎,故匪寇。陰陽得正,故昏冓。

恵棟の注は「乗馬」を初九を凌乗すると講じ、すなわち初九の車に乗ることである。ただ六二と初九は礼に合う婚配に非ず、ゆえに「屯如亶如、乗馬驙如」という。馬融にいう、「亶如とは、前進を肯んぜざるの貌である。」『説文解字』にいう、「驙とは、馬が重荷を負い行き難きこと。」震は後左足の白き馬を象るので「驙如」という。「坎為寇」は虞翻の説で、『説卦伝』に「坎為盗」というので、引き申して寇と為す。「匪を非と訓ず」も虞翻の説で、「匪」と「非」とは古今字である。六二の応爻は坎体にあるので「匪寇」といい、陰陽各々その正を得るので「昏冓」である。

虞氏又謂字,妊娠。案妊娠為已嫁,虞氏非也。《曲禮》曰:「女子許嫁,笄而字。」是字為許嫁,故易虞義也。二不許初,故貞不字。《繋》上曰:「天九地十。」故云坤數十。三動成既濟,故陰陽氣通。虞氏曰:「三動反正,故十年乃字。」謂成既濟定是也。

虞翻はまた「字」を怀孕と講じた。怀孕はすでに出嫁した後の事なので、虞翻のこの説は当たらない。『礼記・曲礼』にいう、「女子は婚を定めれば、笄礼を行い表字を取る。」よって「字」はすなわち嫁を許すことなので、恵棟は虞翻の解釈を改易した。六二は初九に応ぜないので「貞不字」。『繫辞上伝』に「天の数は九、地の数は十」というので、坤の数は十である。第三爻が一動すれば『既済』を成し、よって陰陽の気が貫通する。虞翻にいう、「第三爻が一動して正位に返帰するので、十年にして乃ち嫁を許す。」まさに『既済』の定局を成就するを指す。

「即就」至「中矣」。此虞義也。《論語》曰:「亦可以即戎矣。」包咸注云:「即,就也。」《儀禮·鄉飲酒禮》曰:「眾賓序升即席。」《王制》:「必即天倫。」鄭氏皆訓為就,故云即,就也。《周禮》地官有山虞,掌山林之政令及弊田,植虞旗於中,致禽而珥焉。虞氏謂虞,虞人,掌禽獸者,即山虞也。

恵棟の疏証(自注「即、就也」から「惟入于林中矣」一段):これは虞翻の説である。『論語』に「もって彼らを戦わしむる可し」といい、包咸が注していう、「即とは、すなわち走向である。」『儀礼・郷飲酒礼』に「衆賓は次いで堂に登り席に就く」といい、『礼記・王制』に「必ず天倫に依循す」といい、鄭玄は皆「即」を「就」と訓ずるので、「即」は近づく・走向である。『周礼』の地官の属に「山虞」を設け、山林の政令を掌らしめ、田猟の終わるに至り、猟場の中央に虞旗を樹てて、猟獲の禽獣を聚集し左耳を割取して功を計る。虞翻のいう「虞」とは虞人を指し、すなわち禽獣を掌る官、すなわち山虞である。

鹿,王肅本作麓,故云山足曰鹿,鹿、麓古今字。山足有林,故云鹿,林也。三變下體成坎,九家《說卦》曰:「坎為叢棘。」故曰叢木。木在山足,故稱林中。兕,野牛也。坤為牛,為虎,故為兕虎。麋鹿善驚,震者震驚,故為麋鹿。京房《易傳》曰:「震遂泥,厥咎國多麋。」九家《說卦》曰:「艮為狐。」狐狼皆黔喙之屬,故為狐狼也。

「鹿」の字は、王粛本は「麓」と作る、ゆえに山脚を「鹿」といい、「鹿」「麓」は古今字である。山脚に樹林があるので、「鹿」はすなわち林である。第三爻が一変すれば下体は坎を成し、九家本『説卦伝』に「坎為叢棘」というので「叢木」と称す。樹木は山脚に生ずるので「林中」という。「兕」は野牛である。坤は牛を象り、また虎を象るので、兕虎の象がある。麋鹿は驚き易く、震はまさに震動驚駭なので、震は麋鹿を象る。京房『易伝』にいう、「雷震して泥淖に陥るは、その咎征は国中に麋鹿多きこと。」九家本『説卦伝』に「艮為狐」といい、狐と狼は皆黒嘴の猛獣の類に属するので、艮に狐狼の象がある。

三體震互坤艮,艮為山,三變體坎,坎為叢木,艮象不見,故曰林中,又無震坤,禽皆走入于林中矣。「君子」至「吝也」。《乾鑿度》九三為君子,三變之正,故曰君子,此虞義也。機,一作幾,鄭本作機,雲弩也,故曰機,虞機。荀氏曰:「震為動。」故為機。

六三は震体の中に処り、また互出して坤・艮を成し、艮は山を象る。第三爻が一変すれば坎体を成し、坎は叢木を為し、艮象はもはや見えないので「林中」という。この時震・坤の象もなくなり、禽獣は皆林中に逃げ込む。恵棟の疏証(自注「君子謂陽已正」から「往必吝也」一段):『乾鑿度』は九三をもって君子と為し、六三が変じて正を得れば陽爻を成すので「君子」と称す、これは虞翻の説である。「機」の字は一本は「几」と作り、鄭玄本は「機」と作り、弩と解するので「機」はすなわち虞人の弩機である。荀爽は「震為動」というので、震に弩機の象がある。

《緇衣》引逸書《太甲》曰:「若虞機張,往省括於厥度則釋。」鄭彼注云:「虞人之射禽,弩已張,從機間視括與所射,參相得乃後釋。」釋,古文作舍,故云舍,舍拔。《詩·駟鐵》曰:「舍拔則獲。」毛傳云:「拔,矢末也。」上乘五馬,故不應三。凡爻相應而相得者稱獲、稱得。今君子張機不能獲禽,不如舍者舍拔而已,言無所獲。無獲而往必困窮矣,故云往吝也。

『礼記・緇衣』に逸『書・太甲』を引いていう、「虞人が弩機を張り、まず箭括が法度に合するかを察看し、然る後に箭を放つがごとし。」鄭玄がそこに注していう、「虞人が禽を射るに、弩はすでに張られ、弩機の缺口より望み出でて、箭括と射る所の物を察看し、三者が対準し得て然る後に放つ。」「釈」の字は古文は「舎」と作るので、「舎」はすなわち箭括を放つことである。『詩経・駟鉄』に「一たび箭括を放てば猟獲あり」といい、毛伝にいう、「抜とは、箭の末端である。」上六は九五という馬を凌乗するので、六三と相応しない。およそ両爻が相応して彼此合を得るを、初めて「獲」と称し「得」と称す。今君子は弩機を張るも禽獣を射得ず、いっそ箭括を放り捨てるに如かず、意は一獲もなしということ。すでに獲る所なくしてなお往かんとすれば、必ず困窮に陥るので「往吝」という。

「乘初」至「不利」。四與初應,故乘初,謂乘初車也。馬將行,其群分乃長鳴,故襄十八年《春秋傳》曰「有班馬之聲」,班猶分別也。昏禮男先於女,初以貴下賤,故云求,初求四也。「之外稱往」,虞義也。許慎《五經異義》曰:「《春秋》公羊說云:自天子至庶人,娶皆親迎,所以重昏禮也。」《禮戴記》:「天子親迎。」初求四,行親迎之禮,故往吉無不利也。

恵棟の疏証(自注「乗初也」から「往吉无不利」一段):六四は初九と相応するので「乗初」といい、すなわち初九の車に乗ること。馬が出発に臨み、同群の馬が離れんとすれば長声嘶鳴するので、『春秋左伝』襄公十八年に「班馬の声を聞く」の説あり、「班」とはすなわち分別である。婚礼は男が先に女に求む。初九は尊貴の身をもって卑下に屈居するので「求」といい、初九が来て六四を求めること。「内卦より外卦へ往くを往という」は虞翻の説である。許慎『五経異義』にいう、「『春秋』公羊家の説は、上は天子より下は庶人に至るまで、妻を娶れば皆親迎して、もって婚礼を重んずるを表す。」『大戴礼記』にも「天子親迎」という。初九が来て六四を求むるは、まさに親迎の礼を行うなので「往吉无不利」。

「屯者」至「貞凶」。閔元年《春秋傳》曰:「初,畢萬筮仕於晉,遇屯之比,辛廖占之曰:屯固比入,吉孰大焉。」固者,規固。《曲禮》曰:「毋固獲。」鄭注云:「欲專之曰固」是也。卦之所以名屯者以二五:二貞不字,五屯其膏,皆有規固之義,故云屯者固也。

恵棟の疏証(自注「屯者、固也」から「故大貞凶」一段):『春秋左伝』閔公元年にいう、「初め、畢万が晋国に出仕するのを占筮して、『屯』の『比』を得た。辛廖が占断していう、屯は穏固、比は親附、これより大きなる吉利あらんや。」いわゆる「固」とは、すなわち拘執固守である。『礼記・曲礼』に「固執して猟獲を独占する勿れ」といい、鄭玄が注していう「独占せんと欲するを固という」、まさにこの義である。この卦の「屯」と名づく所以は、二・五両爻を取る。六二は正を守りて嫁を許さず、九五は膏沢を屯積し、いずれも拘執固守の意を含むので「屯はすなわち固」という。

坎雨稱膏,虞義也。又虞引《詩》曰:「陰雨膏之。」膏者,膏潤,雨以潤之,故稱膏也。二五得正,故云貞;而皆固,故云屯。陰稱小,二乘初,守貞不字,女子之貞,故小貞吉。陽稱大,天施地生,故陽主施。孟康釋此爻曰:「大貞,君也,遭屯難饑荒,君當開倉廩振百姓,而反吝則凶。」膏澤不下於民,屯膏之象也。

「坎為雨、故稱膏」は虞翻の説で、虞翻はまた『詩経』の「陰雲雨を降らしてこれを潤沢す」を引いて証と為す。「膏」とはすなわち膏潤で、雨水が万物を滋潤するので「膏」と称す。二・五両爻とも正位を得るので「貞」と称し、そして両爻はともに固塞して通ぜないので「屯」と称す。陰は「小」と称す。六二は初九を凌乗し、貞正を守りて嫁を肯んぜざるは、これ女子の貞なので「小貞吉」。陽は「大」と称す。天は施与し地は化生するので、陽は施与を主る。孟康がこの一爻を解していう、「いわゆる大貞とは、君主を指す。屯難饑饉に遇うに、君主は倉廩を開いて百姓を賑済すべきに、反って吝惜して発せざれば、すなわち凶である。」膏沢が百姓に下達し得ないは、まさに「屯其膏」の象である。

「乘五」至「象也」。上乘五馬,故云乘。五上體坎,《說卦》震坎皆有馬象,故皆云乘馬也。上不應三而乘五馬,故云非昏因之正。桓寛《鹽鐵論》曰:「小人先合而後忤。」初雖乘馬,後必泣血,是其義也。《說文》曰:「泣,下也。」離為目以下,九家義也。虞氏曰:「三變時離為目,坎為血,震為出,血流出目,故泣血如。」義略同也。

恵棟の疏証(自注「乗五也」から「泣之象也」一段):上六は九五という馬を凌乗するので「乗」という。九五のある上体は坎で、『説卦伝』の中で震と坎は皆馬の取象があるので、これらの爻は皆「乗馬」という。上六は六三と相応せずに九五の馬を凌乗するので、これは礼に合う婚配に非ずという。桓寛『塩鉄論』にいう、「小人は初めは相合し、後には抵触す。」初めは馬に乗りて来たれども、後には必ず泣血に至るは、まさにこの意である。『説文解字』にいう、「泣とは、眼涙の流下である。」「離為目」以下は九家易の説である。虞翻にいう、「第三爻が変ずる時、離は眼目を象り、坎は血を象り、震は出を象り、血が眼中より流出するので、泣血如という。」意はおおむね同じである。

蒙卦・離宮四世卦、消息正月

蒙亨。注:艮三之二,六五為童蒙,體艮,故云蒙。蒙,物之穉也。五應二,剛柔接,故亨。匪我求童蒙,童蒙求我。注:我謂二,艮為求。五應二,故匪我求童蒙,童蒙求我。禮,有來學無往教。虞氏以二體師象,坎為經,謂二為經師也。初筮告,再三瀆,瀆則不告。注:初筮謂初,再三謂三四,二之正故不告。利貞。注:二五失位,利變之正,故利貞。

経文:蒙は、亨る。恵棟の自注:この卦は『艮』の第三爻が二位に往きて生成したものである。六五は幼稚の童蒙で、卦体はまた艮を含むので「蒙」と称す。「蒙」は万物の幼嫩なる時である。六五は九二と相応し、剛柔が交接するので「亨」。経文:我が童蒙を求むるに非ず、童蒙が我を求む。恵棟の自注:「我」は九二を指し、艮に求の意象がある。六五は九二と相応するので、我が童蒙を求むるに非ず童蒙が我を求むという。礼によれば、学生が来り就学するのみあって、先生が上门して教を施すの理はない。虞翻は二より五に至り互出して『師』卦の象を為し、坎はまた経書を象るので、九二を「経師」というと考えた。経文:初めて占問すればこれに告げ、二度三度と問うはすなわち瀆、瀆すればすなわち告げず。恵棟の自注:「初筮」は初爻を指し、「再三」は三・四両爻を指す。九二は変じて正を得るので告げず。経文:正を守るに利あり。恵棟の自注:二・五両爻はともに位を失い、変じて正に帰るに利あるので「利貞」という。

疏:「艮三」至「故亨」。卦自艮來,九三之二,此虞義也。此亦當從四陰二陽臨觀之例,而云艮三之二者,以六五童蒙,二以亨行時中,故知自艮來也。名蒙者,以六五童蒙體艮,艮為少男。鄭氏云:「蒙,幼小之貌。」故名蒙。「蒙,物之穉也」者,《序卦》文,鄭氏謂孩稚也。

恵棟の疏証(自注「艮三之二」から「故亨」一段):この卦は『艮』より変じて来た、九三が二位に往く、これは虞翻の説である。理によればそれもまた四陰二陽の『臨』『観』の例に依るべきであるが、ここに「艮三之二」というのは、六五が童蒙で、九二はまた亨通の道をもって「時中」を推行するので、それが『艮』より来たことを知る。「蒙」と名づく所以は、六五が童蒙で卦体が艮を含み、艮は少年男子を象るからである。鄭玄にいう、「蒙とは、幼小の貌である。」ゆえに名づけて「蒙」という。「蒙とは、万物の幼嫩なる時」の句は『序卦伝』に出、鄭玄は孩童稚幼と解す。

卦之所以亨者有兩義焉:當其為師,則二剛五柔,以志相應;當其為婦,則五剛二柔,以禮相接。皆有亨道,故云亨。傳曰「以亨行時中」,兼兩義也。「我謂」至「師也」。二五相應,五求二,故我謂二。艮兌同氣相求,故艮為求。以取女言,則陽求陰,咸彖傳「男下女」是也;以發蒙言,則陰求陽,此經「匪我求童蒙,童蒙求我」是也。

この卦が亨通する所以は、二層の意を含む。師弟の義に就いて講じれば、九二は剛で六五は柔で、両者は心志が相応ず。夫婦の義に就いて講じれば、二五が変正した後に五剛二柔を成し、両者は礼をもって相接す。二層ともに亨通の道があるので「亨」という。『彖伝』に「亨通の道をもって時中を行う」というは、まさにこの二層を兼括する。恵棟の疏証(自注「我謂二」から「謂二為経師也」一段):二・五が相応し、六五が来て九二を求むるので、「我」は九二を指すという。艮と兌は同気相求なので、艮に「求」の意象がある。女を娶るに就いて言えば、陽が往きて陰を求むるで、『咸』卦の『彖伝』のいう「男が身を降して女に下る」がそうである。啓蒙に就いて言えば、則ち陰が来て陽を求むるで、ここの経文の「我が童蒙を求むるに非ず、童蒙が我を求む」がそうである。

禮有來學無往教,虞氏據《曲禮》釋經也。二至五有師象,故二體師。《乾鑿度》曰:「坎離為經,震兌為緯。」故坎為經。虞謂二為經師,經者六經,師者師長,六經取義於經緯,故《周書·諡法》曰「經緯天地曰文」是也。

「学生が来り就学するのみあって、先生が上门して教を施すなし」は、虞翻が『礼記・曲礼』に依拠して経を解するものである。二より五に至り互出して『師』卦の象を為すので、九二は「師」の体の中に処るという。『乾鑿度』にいう、「坎離は経線、震兌は緯線である。」ゆえに坎は経を象る。虞翻は九二を「経師」という。「経」は六経を指し、「師」は師長を指す。六経の名は織物の経緯に義を取るので、『周書・謚法』に「天地を経緯しうるを文という」という、まさにこの意である。

《周禮·小司徒》云:「五旅為師。」與易師卦同義。《太宰》九兩:一曰牧,以地得民;二曰長,以貴得民;三曰師,以賢得民。師與牧長同稱,教人以道可為民長,亦猶師之丈人,丈有長義,故經師之師亦得是稱。漢時通經有家法,故五經皆有師,謂之經師,虞氏以二為經師,借漢法為況也。

『周礼・小司徒』に「五旅を編して一師と為す」といい、『易』の『師』卦と意義同じ。『周礼・太宰』に「九両」の九種の民心を維繋する法を講じる。第一は「牧」、土地をもって民を得、第二は「長」、尊貴をもって民を得、第三は「師」、賢徳をもって民を得る。「師」は「牧」「長」と並称し、道をもって人を教えうる者は民衆の長たりうる、またまさに『師』卦のいう「丈人」――「丈」はもと長者の義を含むので、「経師」の「師」もまたこの称呼に当たる。漢代は経を通ずるに家法を重んじたので、五経各々師承があり、「経師」と称す。虞翻が九二を経師というは、漢代の制度を借りて喩と為す。

「初筮」至「不告」。三之二據初,初發成兌,兌為講習,故告。「再三謂三四」,荀義也。五應二,有求之之道,故童蒙吉;二據初,有告之之義,故初筮告;三四非應非據,故瀆。瀆,古文黷也。二之正除師學之禮,故不告,詳彖傳疏也。「二五」至「利貞」。此虞義,說見上也。

恵棟の疏証(自注「初筮謂初」から「二之正故不告」一段):九三が二位に来て初爻を据有し、初爻が発動すれば兌体を成し、兌に講習の象があるので「告」。「再三は三・四両爻を指す」は荀爽の説である。六五は九二と相応し、来て教を求むるの途があるので、童蒙は吉を得る。九二は初爻を据有し、告教の意義があるので「初筮告」。三・四両爻は九二と相応せず、また九二の据有する所でもないので「瀆」という。「瀆」とはすなわち古文の「黷」である。九二が一旦変じて正を得れば、師弟受学の礼はすなわち完畢するので、もはや相告げない、詳しくは『彖伝』の疏に見よ。恵棟の疏証(自注「二五失位」から「故利貞」一段):これは虞翻の説で、解釈はすでに前文に見えた。

初六發蒙,利用刑人,用說桎梏,以往吝。注:發蒙之正體兌,兌為刑人,坤為用,故曰利用刑人。坎為桎梏,初發成兌,坎象毀壞,故曰用說桎梏。之應歴險,故以往吝。九二包蒙,納婦吉,子克家。注:九居二據初應五,故包蒙。伏巽為婦,二本陰位,變之正,故納婦吉。五體艮,艮為子,二稱家,故子克家也。

経文:初六、蒙昧を啓発し、人に刑罰を施用して彼に脚鐐手銬を解脱せしむるに宜し。もし一味に往かんとすれば憾惜あり。恵棟の自注:初六は啓蒙してかつその正を得、下体は兌を成し、兌に行刑の人の象があり、坤は「用」を象るので「利用刑人」という。坎は桎梏を象り、初爻が一発動して兌を成せば、坎象は随いて毀壊するので「用説桎梏」という。しかしそれが応爻に往けば坎険を経歴するので「以往吝」。経文:九二、蒙昧を包容し、婦を納れれば吉、子は家業を撑持しうる。恵棟の自注:陽爻が二位に居り、下に初六を据え上に六五に応ずるので「包蒙」。震の下に巽が潜伏し、巽は婦を象る。二はもと陰位で、変じて正を得るので「納婦吉」。六五は艮体にあり、艮は子を象り、二位は「家」と称すので「子克家」という。

六三勿用娶女,見金夫不有躬,無攸利。注:誡上也。初發成兌,故三稱女。兌為見,陽稱金,震為夫,坤身稱躬。五變坤體壞,故見金夫不有躬。失位多凶,故無攸利。六四困蒙吝。注:遠於陽故困,困而不學,民斯為下,故吝。六五童蒙吉。注:蒙以養正,故吉。上九擊蒙,不利為寇,利禦寇。注:擊,三也。體艮為手,故擊。謂五已變,上動成坎,稱寇而逆乘陽,故不利為寇。御,止也。上應三,三體坎,行不順,故利禦寇。《明堂月令》曰:「兵戎不起,不可從我始。」

経文:六三、この女子を娶る勿れ。彼女は金ある男子を見れば自身を失い、益ある所なし。恵棟の自注:これは上九を告誡する。初爻が発動して兌を成すので、第三爻は「女」と称す。兌に顕現の象があり、陽爻は「金」と称し、震は丈夫を象り、坤は身体を象って「躬」と称す。六五が一変すれば坤体は毀壊するので「見金夫不有躬」という。六三は位を失い凶多し、ゆえに「无攸利」。経文:六四、蒙昧に困り、憾惜あり。恵棟の自注:六四は陽爻より最も遠いので困む。困頓してなお学ばんと肯んぜざれば、斯かる人は下等に落ちるので憾惜あり。経文:六五、童蒙が来て教を求む、吉。恵棟の自注:蒙昧の時にその純正を培養するので吉。経文:上九、蒙昧を撃破す。劫寇を為すに宜しからず、劫寇を御ぐに宜し。恵棟の自注:撃つ所は六三である。上九は艮体にあり、艮は手を象るので「撃」という。これは六五がすでに変じ、上九が一動すれば坎を成し、坎は寇と称し、それがまた逆に陽爻を凌乗するので「不利為寇」。「御」は制止である。上九は六三と相応し、六三は坎体の中にあり、行事順ならざるので「利御寇」。『明堂月令』にいう、「兵戎を挑起するを得ず、我より先に手を動かすべからず。」

疏:「發蒙」至「往吝」。此虞義也。初,蒙也。《文言》曰:「六爻發揮。」《說卦》曰:「發揮於剛柔。」虞注云:「發,動也。」動之正,故曰初發成兌,二陽為兌也。兌正秋,《周書·小開武》曰:「秋以紀殺。」故為刑人。「坎為桎梏」,九家《說卦》文,虞氏謂震足艮手,互與坎連,故稱桎梏。兌成則坎毀,故云坎象毀壞,用說桎梏之義也。坎為險,初應四,四困蒙,故之應歴險則吝也。

恵棟の疏証(自注「発蒙之正体兌」から「故以往吝」一段):これは虞翻の説である。初爻はまさに蒙昧である。『文言伝』に「六爻発揮変化」といい、『説卦伝』に「剛柔の間に発揮す」といい、虞翻が注していう、「発とは、すなわち動である。」動にして正を得るので、初爻が一発動すれば兌体を成すという――両陽一陰はすなわち兌である。兌は正秋の位に当たり、『周書・小開武』に「秋は刑殺を主管す」というので、兌は行刑の人を象る。「坎為桎梏」は九家本『説卦伝』に出る。虞翻は震が足を象り艮が手を象り、互体がまた坎と相連なるので桎梏と称すると考えた。兌が一たび成れば坎象はすなわち毀すので「坎象毀壊」といい、これがまさに「用説桎梏」の意である。坎は険を象り、初六は上へ六四に応ずるが、六四はまさに蒙昧に困るので、応爻に往けば険難を経歴する、ゆえに憾惜あり。

「九居」至「家也」。九居二,有師道;據初,故初發蒙;應五,故五童蒙吉:包蒙之象也。巽伏震下,故伏巽為婦也。彖曰利貞,以二五失位變之正,則五剛二柔,故納婦吉,子克家。婦謂二,子謂五也。《文言》稱陰為妻道也,臣道也,蓋言妻臣一例也。

恵棟の疏証(自注「九居二據初応五」から「故子克家也」一段):陽爻が二位に居り、師たるの道を具える。それは初六を据有するので、初六は「発蒙」しうる。また上へ六五に応ずるので、六五は「童蒙吉」――これがすなわち「包蒙」の象である。巽は震の下に潜伏するので、伏巽は婦を象るという。『彖伝』に「利貞」というは、二・五がともに位を失い、変じて正に帰した後に五剛二柔を成すので「納婦吉、子克家」。ここの「婦」は二爻を指し、「子」は五爻を指す。『文言伝』は陰を妻道・臣道と称す、よって妻道と臣道はもと一つの道理であることが分かる。

高誘注《呂覽》曰:「師道與天子遭時見尊,不可常也。」師道無常,故有臣而為師者,亦有師而為臣者。《學記》曰:「君之所不臣於其臣者二,當其為師則弗臣也。」是臣而為師也。《孟子》曰:「湯之於伊尹,學焉而後臣之。」是師而為臣也。二五之正則蒙反為聖,師反為臣,妻臣一例,故五始求師而繼納婦也。

高誘が『呂氏春秋』に注していう、「師たるの道と天子の尊とは、いずれも時機に逢うて初めて尊崇されるので、永久に変わらざるは能わず。」師たるの道はすでに常ならざれば、身は臣子にして師を為す者もあり、もと師にして臣子を為す者もある。『礼記・学記』にいう、「君主が臣子を臣子として見做さざる情形に二種あり、その一つは彼が己の師を為す時である。」これは臣子にして師を為す。『孟子』にいう、「商湯は伊尹に対して、まず彼に学び、然る後に彼を臣として用いた。」これは師にして臣子を為す。二・五両爻が各々その正に帰れば、蒙昧は聖明に転じ、老師は臣子に転ず。妻道と臣道はもと一例なので、六五は初めは師を求め、続いてはすなわち納婦となる。

五體艮,艮少男,故稱童,又稱子,子與童皆未成君之稱。「二稱家」,虞義也。《乾鑿度》曰:「二為大夫。」鄭注《禮記》曰:「大夫稱家。」又在內,《雜卦》曰:「家人,內也。」故二稱家。五應二,故子克家也。

六五は艮体にあり、艮は少年男子を象るので「童」と称し、また「子」と称す。「子」と「童」とは、いまだ君主と為らざる時の称呼である。「二位称家」は虞翻の説である。『乾鑿度』に「二位は大夫に相当す」といい、鄭玄が『礼記』に注していう「大夫の封邑を家と称す」。二爻はまた内卦に居り、『雑卦伝』に「家人とは、内を講じたもの」というので、二位は「家」と称す。六五は九二と相応するので「子克家」という。

「誡上」至「攸利」。三應上,三不正,故誡上。兌為少女,故稱女。《雜記》曰:「兌,見。」虞注云:「兌陽息二,故兌為見。」陽稱金者,兌之陽爻稱金也。坤為身,荀子引逸詩云:「妨其躬身。」躬身同物,故又為躬。此皆虞義也。三體坤,五之正坤體壞,故見金夫不有躬。三多凶,六居三為失位,故云失位多凶,無攸利也。

恵棟の疏証(自注「誡上也」から「故无攸利」一段):六三は上九と相応し、そして六三は当位せざるので、これは上九を告誡する。兌は少女を象るので「女」と称す。『雑記』(『雑卦伝』の「兌見而巽伏」を指すべし)に「兌とは、顕現である」といい、虞翻が注していう、「兌は陽気が第二爻に生長して成るので、兌に顕現の象がある。」陽爻を「金」と称すといい、指す所は兌卦の陽爻を金と称す。坤は身を象り、荀子が逸詩を引いていう「彼の躬身を妨害す」、「躬」と「身」とはもと一つの事なので、坤はまた躬を象る。以上は皆虞翻の説である。六三は坤体の中に処り、六五が変じて正を得れば坤体は毀壊するので「見金夫不有躬」という。三爻は凶多く、陰爻が三位に居るはまた位を失うに属するので、位を失い凶多く益ある所なしという。

「遠於陽」至「故吝」。陽謂二,二包蒙,四獨遠之,故困。二之正,再三瀆,故吝。「困而不學,民斯為下」,《論語》文。「蒙以」至「故吉」。二之正,五變應之,蒙以養正,優入聖域,故吉也。變應者,由不正而之正也。二五失位,二之正,五變應之,則各得其正。《荀子·不苟篇》曰:「詩曰:左之左之,君子宜之;右之右之,君子有之。此言君子能以義詘信變應故也。」是變應之義矣,易之例也。

恵棟の疏証(自注「遠于陽故困」から「故吝」一段):「陽」は九二を指し、九二は群蒙を包容するが、独り六四のみそれより最も遠いので困む。九二は変じて正を得、六四は却って二度三度と来て問うて瀆を成すので、憾惜あり。「困頓してなお学ばんと肯んぜざれば、斯かる百姓は下等に落ちる」は『論語』に出る。恵棟の疏証(自注「蒙以養正」から「故吉」一段):九二は変じて正を得、六五もまた随いて変じてそれに応ずる。蒙昧の時に純正を培養し、従容として聖人の境地に入るので吉。いわゆる「変応」とは、不正より変じて正に帰ること。二・五はもと皆位を失い、九二が変じて正を得、六五も変じてそれに応ずれば、両爻はすなわち各々正を得る。『荀子・不苟篇』にいう、「『詩』にいう、左に往けば左に、君子は適わざるなく、右に往けば右に、君子は具わらざるなし。これは君子が義理に依って或いは屈し或いは伸び、時に随いて変応しうるを説く。」これがまさに「変応」の意、また『易』の通例である。

「擊三」至「我始」。上應三,三行不順,故擊三也。艮為手,《說卦》文。坎為寇,三體坎,五上變亦為坎,故爻辭有二寇,一謂上,一謂三也。五變上動乘之,是乘陽也,乘陽為逆,故曰逆乘陽。韋注《魯語》曰:「御,止也。」《釋詁》曰:「御,禁也。」禁有止義。此上皆虞義也。御,御三也。上應三,三行不順,是寇也,非昏冓也,故利御之。引月令者,蒙於消息為正月卦,《月令》孟春令曰:「兵戎不起,不可從我始。」是不利為寇、利禦寇之事也。

恵棟の疏証(自注「撃、三也」から「不可従我始」一段):上九は六三と相応し、六三は行事順ならざるので、撃つ所は六三である。「艮為手」は『説卦伝』に出る。坎は寇を象り、六三は坎体の中にあり、六五と上九が一変すればまた坎を成すので、この爻辞には二つの「寇」あり、一つは上九を指し、一つは六三を指す。六五が変じた後に上九が発動してその上を凌乗する、これがすなわち陽を乗ずる。陽を乗ずるは逆に属するので「逆乗陽」という。韋昭が『国語・魯語』に注していう、「御とは、制止である。」『爾雅・釈詁』にいう、「御とは、禁止である。」禁は止の意を含む。以上は皆虞翻の説である。いわゆる「御」とは、六三を抵御すること。上九は六三と相応し、六三は行事順ならざれば、あれは寇であって婚配に非ず、ゆえにそれを御ぐに宜し。恵棟が『月令』を引くは、『蒙』が消息の序において正月の卦に属し、『月令』孟春の令に「兵戎を挑起するを得ず、我より先に手を動かすべからず」というによる。これがまさに「不利為寇、利御寇」の事である。

需卦・坤宮游魂卦、消息内卦正月・外卦二月

需有孚光,句。亨貞吉,利涉大川。注:大壯四之五,與比旁通。需,須也。乾陽在下,坎險在前,乾知險,故須四之五。坎為孚,離為光,故有孚光。坎為雲,雲須時欲降,乾須時當升。三陽既上,二位天位,故亨貞吉。坎為大川。

経文:需は、誠信あって光明(恵棟は「光」の字の下に「句」の字を標し、ここで断句すべきを示す)、亨通し、正を守れば吉、大河を渡るに利あり。恵棟の自注:この卦は『大壮』の第四爻が五位に往きて生成し、『比』卦と旁通する。「需」とはすなわち待つことである。乾の陽気は下にあり、坎の険難は前にある。乾は険難を識別しうるので、第四爻が五位に往くを待つ。坎は誠信を象り、離は光明を象るので「有孚光」という。坎は雲を象り、雲は時機を待ちて将に下がらんとする。乾は時機を待ちて上るべし。三つの陽爻がすでに上行し、九二はすなわち天子の位に居るので「亨貞吉」。坎はまた大河を象る。

疏:卦自大壯來,從四陽二陰之例也。案大壯九四「貞吉悔亡,壯於大轝之腹」,虞注云:「失位悔也,之五得中,故貞吉而悔亡矣。震四上處五則藩毀壞,故決不羸。坤為大轝,為輹,四之五折坤,故壯於大轝之輹。」是其事也。

恵棟の疏証:この卦は『大壮』より変じて来た、四陽二陰の通例に依る。『大壮』九四の爻辞に「正を守れば吉、悔恨は消え、壮健は大車の腹軸にある」と按ずるに、虞翻が注していう、「位を失うゆえに悔あり。五位に往きて中を得るので、正を守り吉を得て悔恨が消える。震の第四爻が五位に上行すれば、藩籬は衝き毀されるので『衝決して纏われざる』という。坤は大車を象り車軸を象り、第四爻が五位に往けば坤体を折断するので『壮于大轝之輹』という。」まさにこの事を講じたのである。

需,須也,彖傳文。京房《易傳》曰:「需者,待也。」須亦待也。「乾知險」,下《繋》文。乾下坎上,乾當上升以知險,故需而不遽進,彖傳所謂「剛健而不陷」是也。卦氣需當驚蟄,《太玄》準為,范望注云:「是時陰尚在上,萬物滋生,猶以為難。」是需之義也。

「需はすなわち須(待つこと)」は『彖伝』に出る。京房『易伝』にいう、「需とは、すなわち待つこと。」「須」もまた待つことである。「乾は険難を識別しうる」は『繫辞下伝』に出る。この卦は乾が下、坎が上にあり、乾はもと上るべきだが、険難を識るがゆえに、待ちて冒然と前進せず、『彖伝』のいう「剛健にして険に陥らざる」はまさにこの意である。卦気の説によれば、『需』は驚蟄の候に当たり、『太玄』は某首をもってこれに准す(底本はここに『太玄』の首名を脱す)、范望が注していう、「この時陰気はなお上にあり、万物は萌生するも、なお艱難と為す。」これがまさに「需」の意である。

大壯四之五體坎互離,坎信故有孚,離日故稱光。坎在上為雲,在下為雨,上下無常,是以荀注乾彖傳曰:「乾升於坤曰云行,坤降於乾曰雨施。」是坎有升降之理,故此卦之義坎當降,乾當升,升降有時,因名為需。需,須也,雲出自穴則入于穴,是須時欲降也;須道已終,陽當上升,是須時當升也。

『大壮』の第四爻が五位に往けば、卦体は坎を成し互出して離を成す。坎は誠信を主るので「有孚」、離は日なので「光」と称す。坎は上にあればすなわち雲、下にあればすなわち雨で、昇降に定准なし、ゆえに荀爽が『乾』卦の『彖伝』に注していう、「乾が坤中に昇るを『雲行』といい、坤が乾中に降るを『雨施』という。」よって坎にもとより昇降の理あることが分かる。ゆえにこの卦の意は、坎は下るべく乾は上るべく、昇降各々その時あり、よって名づけて「需」という。「需」とはすなわち待つこと。雲は穴中より出でて、終わりにはまた穴中に帰る、これは時機を待ちて将に下降せんとする。待つの道が尽きれば、陽気はすなわち上昇すべし、これは時機を待ちて上昇すべきことである。

以亨貞吉為二居五者,因彖爻辭皆有貞吉之文而知之。五為天位,故彖傳曰「位乎天位以正中也」。彖之正中、象之中正,皆謂二居五矣。《說卦》曰:「坎為溝瀆。」《考工記》:「匠人為溝洫,專達於川。」故坎為大川。宣十二年《春秋傳》曰:「川壅為澤。」杜預注云:「坎為川」是也。乾升涉坎,故利涉大川。此兼用荀虞義也。

「亨貞吉」を九二が上りて五位に居ると講ずるは、『彖伝』と爻辞に皆「貞吉」の字様あるによりて推知した。五は天子の位なので、『彖伝』に「天位に居りて正しく中を守る」という。『彖伝』のいう「正中」、『象伝』のいう「中正」は、いずれも九二が上りて五位に居るを指す。『説卦伝』に「坎為溝渠」といい、『考工記』に「匠人は溝洫を開き、終わりに皆川に通ず」というので、坎は大河を象る。『春秋左伝』宣公十二年に「川は壅塞すればすなわち沢と為る」といい、杜預が注していう「坎為川」、まさにこの意である。乾は上昇して坎水を渉越するので「利渉大川」。ここは荀爽・虞翻両家の義を兼取する。

尋用九用六之法,無兩體升降之例。荀子需、泰、升三卦皆然,案泰、升二卦九二升五,不當言一體俱升。唯需之外卦為坎,取象於雲之出入,坎當下降,乾當上升。上六「不速之客三人」,謂乾三爻也。乾升坎降而一卦五爻皆失位,然乾升在上,君位以定;坎降在下,當循臣職,合於天尊地卑之義,故傳曰「雖不當位,未大失也」。是需卦獨取義於兩體升降,至泰、升二卦,荀義雖然,今不用也。

用九・用六の法を推尋すれば、もと上下両卦体が全体として昇降する例はない。荀爽は『需』『泰』『升』の三卦に皆この講法を用いた。『泰』『升』両卦は九二が五位に昇るのみで、卦体全体が一斉に上昇するとはいうべからざる。独り『需』は外卦が坎で、雲の出入に象を取るので、坎は下るべく乾は上るべし。上六に「請わざるに自ら来たる三人の客あり」というは、乾の三つの陽爻を指す。乾が昇し坎が降した後、一卦の中に五爻が皆当位せざるがある。しかし乾が上に昇れば、君位はこれにより定まり、坎が下に降れば、理として臣職に循るべし。これは天尊地卑の理に合うので、『象伝』に「位次当たらざると雖も、大なる過失なし」という。よって『需』卦のみが上下両体の昇降の義を取ることが分かる。『泰』『升』両卦に至っては、荀爽もまたこのように講じたが、ここでは採用しない。

初九需于郊,利用恆,無咎。注:乾為郊,初變體恆,故曰利用恆。需極上升得位承五,故無咎。九二需于,小有言,終吉。注:謂坎五,水中之剛,故曰。二當升五,故需於。四體兌,兌為口,為小,故小有言。二終居五,故終吉。

経文:初九、郊野に待つ、恒常を保つに利あり、咎なし。恵棟の自注:乾は郊野を象る。初爻が一変すれば下体はすなわち『恒』を成すので「利用恒」という。待つこと尽きれば上昇に向かい、位を得て九五に承奉するので、過咎はない。経文:九二、沙上に待つ、やや言語の争あり、終わりに吉を得る。(底本はここ「需于」の下に「沙」の字を脱す、下文も同じ。)恵棟の自注:いわゆる沙とは、九五を指し、水中の剛爻なので、これを沙と称す。九二は五位に上昇すべきなので「需于沙」という。第四爻は兌体にあり、兌は口を象り小を象るので「小有言」。九二は終わりに五位に居るので「終吉」。

九三需于泥,致寇至。注:親與坎接,故稱泥。須止不進,不取於四,不致寇害。六四需于血,出自穴。注:坎為血,故需于血。雲從地出,上升於天,自地出者莫不由穴,故出自穴。九五需于酒食,貞吉。注:五互離,坎水在火上,酒食之象。需者飲食之道,故坎在需家為酒食也。五以酒食需二,舉坎以降,二上居正,故曰貞吉。

経文:九三、泥濘の中に待つ、寇敵を招き致す。恵棟の自注:九三は坎体に緊隣してこれと相接するので「泥」と称す。それは歩を止めて前へ進まず、六四を攀取しに往かなければ、寇敵の禍害を致さざるを得る。経文:六四、血の中に待ち、洞穴より出づ。恵棟の自注:坎は血を象るので「需于血」という。雲は地の中より起こり、上に天に騰る。およそ地下より出づる者は、洞穴を経由せざるはなく、ゆえに「出自穴」という。経文:九五、酒食の中に待つ、正を守れば吉。恵棟の自注:九五は互出して離体を成し、坎水は離火の上にあり、まさに酒食を烹煮するの象である。「需」はもと飲食の道を含むので、坎は『需』卦の中にあって酒食を象る。九五は酒食を備えて九二を等候し、坎体を挙げて下降し、九二は上りて正位に居るので「貞吉」という。

上六入于穴,有不速之客三人來,敬之終吉。注:需道已終,雲當入穴。三人謂下三陽也。不速猶不戒,須時當升,非有召者,故曰不速之客。乾往居上,故稱客;坎為主人,故稱來。乾升在上,君位以定;坎降在下,當循臣職,故敬之終吉。乾為敬也。

経文:上六、洞穴に入る、請わざるに自ら来たる三人の客至る、恭敬してこれを待てば終わりに吉を得る。恵棟の自注:待つの道はここにすでに尽き、雲は洞穴に帰入すべし。「三人」は下卦の三つの陽爻を指す。「不速」とはすなわち事先に約請せざること。彼らは時機が上昇すべきに至るを待ちて自ら前来し、召す者なかったので「不速之客」という。乾は上に居るを要すので「客」と称し、坎は主人なので「来」と称す。乾が上に昇れば、君位はこれにより定まり、坎が下に降れば、理として臣職に循るべし、ゆえに恭敬してこれを待てば終わりに吉を得る。乾はまさに敬慎の象あり。

疏:「乾為」至「無咎」。乾位,西北之地,故稱郊。需于郊則不犯坎難。虞注九二曰:「四之五,震象半見。」故初變體恆。需時當升,初居四得位承五,故無咎。《繋》下云:「爻象動乎內,吉凶見乎外。」虞彼注云:「內初外上也,陽象動內則吉見外,陰爻動內則凶見外。」初之無咎、二之終吉,皆據需道已成言之,是吉凶見外之例也。

恵棟の疏証(自注「乾為郊」から「故无咎」一段):乾位は西北の地にあるので「郊」と称す。郊野に待てば、坎の険難に触犯せず。虞翻が九二に注していう、「第四爻が五位に往けば、震象は半ばのみ顕る。」ゆえに初爻が一変すれば『恒』体を成す。待つの時機が一たび至ればすなわち上昇すべし、初九は第四に昇居して位を得、上に九五に承るので過咎なし。『繫辞下伝』にいう、「爻象は内卦に発動し、吉凶は外卦に顕現す。」虞翻がそこに注していう、「内は初爻を指し、外は上爻を指す。陽象が内に発動すれば吉は外に顕れ、陰爻が内に発動すれば凶は外に顕る。」初九の「无咎」、九二の「終吉」は、いずれも待つの道がすでに成就したに就いて講じたもので、まさに吉凶が外に顕現する例である。

「謂」至「終吉」。古文沙,《說文》:「,沙或字。」譚長說沙或從□,當據古文易也。坎之中爻乃水中之剛者,故曰,謂五。二當升五,故需於。隔於六四,故小有言。知小有言為四者,京房《易傳》曰:「三陽務上而隔於六四,路之險也。」蓋四方出穴,故云路之險。「兌為小」,虞義也。上六入穴,三陽上升,二當居五,上為終,故終吉。此皆荀義,荀惟以小有言謂三,與注異也。

恵棟の疏証(自注「謂坎五」から「故終吉」一段):爻辞のこの字は古文の「沙」で、『説文解字』はこれを「沙」の異体とし、譚長は「沙」の異体は別の偏旁に従うといい、古文『易』に依拠して定むべきである。(底本のここに論ずる二つの異体字はすでに缺け、その一は□号のみ存す。)坎の中爻はまさに水中の剛爻なので、これを「沙」と称し、九五を指す。九二は五位に昇るべきなので「需于沙」といい、それは六四に阻隔されるので「小有言」。「小有言」が第四爻を指すを知るは、京房『易伝』にいう、「三つの陽爻は上進せんと力めるも、六四に阻隔せらる、これは道路上の険阻である。」おそらく六四はまさに穴を出るの処に当たるので、道路上の険阻という。「兌為小」は虞翻の説である。上六は穴に入り、三陽は上昇し、九二は五位に居るべし。上爻は終わりなので「終吉」。以上は皆荀爽の説であるが、ただ荀爽は「小有言」を第三爻と講じ、恵棟の注と異なる。

「親與」至「寇害」。此荀義也。坎為水,泥,水旁之地,三以乾接坎,故云親與坎接。三知險,故須止不進;三當上升,故不取於四;雖有寇至,不為害也。「坎為」至「自穴」。《說卦》曰:「坎為血卦。」故為血。「雲從地出」以下,九家義也。坎為坎窞,故為穴;坤為地,乾二五之坤為坎,上坎為雲,故云雲從地出,上升於天。《公羊傳》曰:「觸石而出,扶寸而合。」故云自地出者,莫不由穴也。

恵棟の疏証(自注「親与坎接」から「不致寇害」一段):これは荀爽の説である。坎は水を象り、「泥」は水に靠る所である。九三は乾体をもって坎体に緊隣するので「坎に緊挨して相接す」という。九三は険難を識るので歩を止めて前へ進まず、九三はもと上昇すべきなので六四を攀取しに往かず、たとえ寇敵の来ることあれども、禍害と為らざるを得る。恵棟の疏証(自注「坎為血」から「故出自穴」一段):『説卦伝』に「坎は血卦」というので、血を象る。「雲は地の中より起こる」以下は九家易の説である。坎は坎穴土窟を象るので洞穴を象り、坤は地を象り、乾の二・五両爻が坤中に往けばすなわち坎を成し、上体の坎はすなわち雲なので、雲が地の中より起こり上に天に騰るという。『公羊伝』にいう、「雲は山石に触れて出で、一寸余ばかりにして聚合す。」ゆえにおよそ地下より出づる者は、洞穴を経由せざるなしという。

「五互」至「貞吉」。此荀義也。昭二十年《春秋傳》曰:「水火酰醢鹽梅以烹魚肉,燀之以薪,宰夫和之。」故知水在火上,酒食之象。「需者,飲食之道」,《序卦》文。荀彼注曰:「坎在乾上,中有離象,水火交和,故為飲食之道。」以需有飲食之道,故知坎在需家為酒食也。需,須也,酒食者,享食之禮也。禮,速客之辭曰「主人須矣」,故知需于酒食為五需二也。五為坎主,舉坎以降,三陽上升,二正居五,故曰貞吉也。

恵棟の疏証(自注「五互離」から「故曰貞吉」一段):これは荀爽の説である。『春秋左伝』昭公二十年にいう、「水・火・醯・醢・塩・梅をもって魚肉を烹煮し、柴薪をもって火を炊き、厨師はこれを調和す。」ゆえに水が火の上にあるはまさに酒食の象であることを知る。「需は飲食の道を含む」は『序卦伝』に出、荀爽がそこに注していう、「坎は乾の上にあり、中間にまた離象あり、水火は交相調和す、ゆえに飲食の道あり。」すでに『需』は飲食の道を含むので、坎が『需』卦の中にあって酒食を象ることを知る。「需」とはすなわち待つことで、「酒食」は享宴の礼を指す。礼によれば、客人を席に請うの措辞は「主人すでに等候しております」なので、「需于酒食」は九五が九二を等候するを知る。九五は坎体の主で、坎体を挙げて下降し、三陽は上昇し、九二は端正に五位に居るので「貞吉」という。

「需道」至「敬也」。此荀義也。爻終上六,故曰需道已終;雲升極當降,故曰云當入穴。乾為人,故三人謂三陽也。《儀禮·鄉飲酒》曰:「主人戒賓。」《士冠禮》曰:「乃宿賓。」宿賓之法,前期二日,亦作肅,故《禮記·祭統》曰:「先期旬有一日,宮宰宿夫人。」鄭注讀宿為肅,云:「肅猶戒也。」《泰》六四曰:「不戒以孚。」故知不速猶不戒也,速與肅通。

恵棟の疏証(自注「需道已終」から「乾為敬也」一段):これは荀爽の説である。爻位は上六に至りて終わるので「待つの道すでに尽き」という。雲は極処に昇ればすなわち下降すべきなので「雲は洞穴に帰入すべし」という。乾は人を象るので「三人」は三つの陽爻を指す。『儀礼・郷飲酒礼』に「主人は事先に賓客を告請す」といい、『士冠礼』に「ここに再度賓客を約請す」という。賓客を約請するの規矩は正日の前二日で、「宿」の字はまた「粛」と作る、ゆえに『礼記・祭統』に「正日の前十一日に、宮宰は夫人を約請す」といい、鄭玄の注は「宿」を「粛」と読みていう、「粛は预先告請するがごとし。」『泰』卦の六四に「事先に約請せざるにすでに誠信あり」という。これにより「不速」はすなわち「不戒」に等しく、「速」と「粛」とは相通ずることを知る。

五爻皆有需象,上不言需,稱不速之客,北音讀速為須,聲之轉也。易例,內為主,外為客;內為來,外為往。今乾在內卦,稱客稱來者,以乾往居上,故稱客;客對主言,坎為主人,據主召客,故稱來也。乾升在上,二位天位,故君位以定;坎降在下,二變體坤應五,坤為臣道,故當循臣職。乾為敬,虞義也。

前五爻は皆「需」の字の象あり、独り上爻のみ「需」と云わず、「不速之客」という。北方の口音は「速」を「須」と読む、是れ声音の転変である。『易』の通例によれば、内卦を主と為し外卦を客と為し、内卦を来と為し外卦を往と為す。今乾は内卦にあるも、「客」と称し「来」と称すは、乾は上に居るを要するので「客」と称し、「客」は「主」に対していうのであって、坎は主人であり、主人が客人を召喚するの角度より着眼するので「来」と称す。乾が上に昇れば、九二は天位に居るを得るので、君位はこれにより定まるという。坎が下に降れば、九二は一変して坤体を成し上に五位に応じ、坤は臣道に属するので、理として臣職に循るべしという。「乾為敬」は虞翻の説である。

訟卦・離宮游魂卦、消息三月

訟有孚,句。窒惕,句。中吉終凶。注:三之二。孚謂二。窒,塞止也。惕,懼也。坎為悔,為惕。二失位,故不言貞。將成否,三來之二得中,故中吉。六爻不親,故終凶。利見大人,不利涉大川。注:大人謂五。二與四訟,利見於五,故利見大人。坎為大川。五爻失位,不變則入於淵,故不利涉大川。

経文:訟は、誠信あり(恵棟は「孚」の字の下に「句」の字を標し、ここで断句すべきを示す)、阻塞されて心に戒惧を懐く(「惕」の字の下にまた「句」の字を標す)、中途にて訟を止めれば吉、争訟を底まで遂げれば凶。恵棟の自注:この卦は『遯』の第三爻が二位に往きて来る(底本は「遯」の字を脱す)。「孚」は九二を指す。「窒」は堵塞・止住、「惕」は戒惧。坎は悔を象り、また戒惧を象る。九二は位を失うので「貞」と云わず、さらに消してゆけばすなわち『否』を成す。今第三爻が二位に来て中を得るので「中吉」。六爻は彼此相亲せざるので「終凶」。経文:大人に見るに利あり、大河を渡るに利あらず。恵棟の自注:「大人」は九五を指す。九二は九四と争訟し、九五に見えて評断せしむるに利あるので「利見大人」。坎は大河を象る。この卦は五爻が位を失い、変動を加えざればすなわち深淵に陥るので「不利渉大川」。

疏:「三」至「終凶」。此虞義也。卦自來,亦四陽二陰之例。九三來之二體坎,坎為孚。虞注夬卦曰:「陽在二五稱孚。」坎陽在二五,故孚謂二。《說文》曰:「窒,塞也。」塞有止義,故云塞止也。坎心為悔,又為加憂,故為惕。九二陽不正,故不言貞。陰消二及三,故將成否。三來之二得中,有孚窒惕,故中吉。

恵棟の疏証(自注「遯三之二」から「故終凶」一段):これは虞翻の説である。この卦は『遯』より変じて来る(底本は「遯」の字を脱す)、また四陽二陰の例に属す。九三が二位に来て坎体を成し、坎は誠信を象る。虞翻が『夬』卦に注していう、「陽爻が二位・五位にあればすなわち『孚』と称す。」坎の陽爻はまさに二・五の位にあるので、「孚」は九二を指すという。『説文解字』にいう、「窒とは、堵塞である。」堵塞は止住の義を含むので、「塞止」という。坎は人身にあっては心であり、悔を象り、また加重憂慮を象るので、戒惧を象る。九二は陽をもって陰に居り正ならざるので「貞」と云わず。陰気が二爻に消蝕し、さらに三爻に至れば、すなわち『否』を成す。第三爻が二位に来て中を得、有孚・窒・惕の意を具えるので「中吉」。

卦惟九五中正,餘皆失位,六爻不親,故訟。初不永所事,三四易位則終吉;若終止不變,是謂終訟,故凶。傳曰「訟不可成」也。「大人」至「大川」。此荀義也。五為天子,故大人謂五。二四爭三,故二與四訟。五陽中正,故利見於五。「坎為大川」以下虞義也。卦中五爻失位,初為淵,不變,自初始陷於坎險,故入于淵也。

全卦の中、九五のみが中にして正しく、その余の各爻は皆位を失い、六爻は彼此相亲附せざるので、訟を成す。初六は争訟の事を拖長せず、三・四両爻は互いにその位を換えれば、すなわち終吉を得べし。もし始終停住して変わらざれば、あれはすなわち官司を底まで打つと叫ぶので凶。『彖伝』に「争訟は底まで打つべからず」という。恵棟の疏証(自注「大人謂五」から「故不利渉大川」一段):これは荀爽の説である。五は天子の位なので「大人」は九五を指す。九二は九四と三公の位を争奪するので、二と四と争訟すという。九五は陽剛中正なので、往きて彼に見るに利あり。「坎為大川」以下は虞翻の説である。全卦に五爻の位を失う者あり、初爻はまさに深淵である。もし変動を加えざれば、初爻より起こりて坎険に陥るので「入于淵」という。

初六不永所事,小有言,終吉。注:永,長也。坤為事,初失位而為訟始,變之正,故不永所事。體兌,故小有言。二動應五,三食舊德,故終吉。九二不克訟,歸而逋其邑,句。人三百戶,無眚。注:二與四訟,失位,故不克訟。坎為隱伏,故歸而逋其邑。三百戶,下大夫之祿,二本大夫,守至薄之祿,不與上訟,故無災眚。

経文:初六、争う所の事を拖長せず、やや言語の争あり、終わりに吉を得る。恵棟の自注:「永」は長久である。坤は事を象る。初六は位を失いて争訟の開頭に処り、変じて正に帰するので「不永所事」。それは兌体にあり、ゆえに「小有言」。九二が一動して上へ九五に応じ、六三は旧有の俸禄を安享するので「終吉」。経文:九二、官司に勝ち得ず、己の封邑に逃げ帰りて隠蔵す(恵棟は「邑」の字の下に「句」の字を標し、ここで断句すべきを示す)、あそこは三百戸ばかりに過ぎず、災禍なし。恵棟の自注:九二は九四と争訟して自ら位を失うので、勝ち得ず。坎に隠伏の象あり、ゆえに封邑に逃げ帰りて隠蔵す。三百戸は下大夫の俸禄である。九二はもと大夫で、極微薄の俸禄を安守し、上位に在る者と争訟せざるので、災禍なし。

六三食舊德,貞厲,終吉。注:乾為舊德,三動得位,四變食乾,故食舊德。體坎故貞厲,得位故終吉。或從王事,無成。注:乾為王,坤為事,故或從王事。訟不可成,故無成也。九四不克訟,復即命,渝安貞吉。注:二以惡德受服,九五中正,奪二與四,故不克訟,復即命。渝,變也。四變體巽為命,得位承五,故渝安貞吉。坤為安。九五訟元吉。注:聽訟得其中正,故元吉。

経文:六三、旧有の俸禄を安享し、正を守りて危を知り、終わりに吉を得る。あるいは王家の事務に従い、成を自ら居らんと敢てせず。恵棟の自注:乾は旧有の徳沢俸禄を象る。六三が一動すればすなわち正位を得、第四爻が一変すれば則ち乾体は侵蝕せられたがごとし、ゆえに「食旧徳」という。それは坎体に処るので「貞厲」。すでに位を得たので「終吉」。乾は王を象り、坤は事を象るので「或従王事」という。争訟は底まで打つべからざるので「无成」。経文:九四、官司に勝ち得ず、回頭して命令に遵従し、態度を改めて安んじて正を守れば吉。恵棟の自注:九二は称せざる徳行を凭みて命服を受け、九五は中正なので、二・四両爻の手の中より命服を奪回す、ゆえに九四は官司に勝ち得ず、ただ回頭して命に遵うのみ。「渝」は改変である。第四爻が一変して巽体を成し、巽は命令を象る。それは位を得て上に九五に承るので「渝安貞吉」。坤は安を象る。経文:九五、争訟を処理す、大吉。恵棟の自注:訴訟を聴断して中正を為しうるので「元吉」。

上九或錫之盤帶,終朝三拕之。注:二四爭三,三本下體,取之有緣,以三錫二,於義疑矣。爭競之世,分理未明,故或以錫之。終朝者,君道明;三者,陽功成也。拕,奪也。君明道盛,則奪二與四,故曰終朝三拕之也。盤帶,宗廟之服,拕二服者五也。上為宗廟,故發其義於此爻耳。

経文:上九、あるいは彼に一条の大帯を賜うも、一朝にして三度奪い取らる。恵棟の自注:九二は九四と三公の位を争奪し、そして三公の位はもと下体に属し、九二が往きてこれを取るは縁由あるなり。しかし三公の命服を九二に賜うは、義理の上に終に疑わしきあり。これは争競の時世で、名分事理はなお分明ならざるので「或いは彼に賜う」という。「終朝」は君道の昌明をいい、「三」は陽の功業のすでに成るをいう。「拕」は奪取である。君主が英明にして治道隆盛なれば、二・四両爻の手中より命服を奪回するので「一朝にして三度これを奪う」という。「盤帯」は宗廟祭祀の服で、九二のこの服飾を奪い去る者はまさに九五である。上爻の位次は宗廟に相当するので、この爻の上にこの義を発明する。

疏:「永長」至「終吉」。永,長也,《釋詁》文。坤為事,謂坤也。陰消之卦,初六為訟始,利變之正,故云不永所事,此上虞義也。兌為小,為口,故小有言。二動應五,三食舊德,兌象毀壞,故終吉也。

恵棟の疏証(自注「永、長也」から「故終吉」一段):「永」を長と訓ずるは『爾雅・釈詁』に出る。坤は事を象る、指す所は『遯』卦中の坤体である(底本はここに「遯」の字を脱す)。『遯』は陰気消退の卦で、初六は争訟の開頭に処り、変じて正に帰するに利あるので「不永所事」という。以上は虞翻の説である。兌は小を象り口を象るので「小有言」。九二が一動して上へ九五に応じ、六三は旧禄を安享し、兌象は随いて毀壊するので「終吉」。

「二與」至「災眚」。此荀鄭義也。爻例,二為大夫,三為三公,四為諸侯。二失位,與四爭三公之服,是無德而爭,故不克訟,義弗克也。坎為隱伏,《說卦》文。九五中正奪二服,故歸而逋其邑。

恵棟の疏証(自注「二与四訟」から「故无災眚」一段):これは荀爽・鄭玄の説である。爻位の通例によれば、二位は大夫に相当し、三位は三公に相当し、四位は諸侯に相当す。九二は位を失いながら、九四と三公の命服を争奪せんとする、これは徳なくして争うなので勝ち得ず――義理の上で勝ち得ざるのである。「坎為隠伏」は『説卦』に出る。九五は中正にして九二の命服を奪回するので、九二は封邑に逃げ帰りて隠蔵す。

鄭注云:「下大夫采地方一成,其定稅三百家,故三百戶。一成,九百夫,宮室塗巷山澤三分去一,餘六百夫。地有不易、一易、再易,通率一家受二夫之地,故一成定稅三百家。」是下大夫之祿也。苟自藏隱不與上爭,故無災眚。所以取象三百戶者,虞注云:「乾為百,坤為戶,三爻,故三百戶。坎化為坤,故無眚。」坎化為坤者,變之正也。

鄭玄が注していう、「下大夫の采地は方円一成で、核定の賦税は三百家より出るので三百戸という。一成の地は九百夫を容れ、房舎・道路・山林川沢が三分の一を占め、余るは六百夫の地。田地には輪休を要せざるもの、休耕一年のもの、休耕二年のものあり、通算すれば一家は両夫の地を分得するので、一成の地は核定賦税を三百家と為す。」これがすなわち下大夫の俸禄である。ただ己が隠蔵して上位に在る者と相争わざれば、災禍なし。三百戸を取象と為す所以は、虞翻が注していう、「乾の数は百、坤は門戸を象り、合わせて三爻なので三百戸である。坎は坤に化するので无眚。」いわゆる坎が坤に化するとは、すなわち変じて正に帰することである。

「乾為」至「終吉」。乾為久,為德,故為舊德。四變食乾,讀如「日月有食之」之食,四變乾體壞,如有食之者,故云食乾,此皆虞義也。許慎《五經異義》曰:「爻位三為三公,曰食舊德,食父故祿也。」乾為父,三失位,動而承乾,有食舊德之象。二四之正,三變體坎,虞氏謂正危貞厲是也。三為下卦之終,得位故終吉,與初同占也,此亦虞義。

恵棟の疏証(自注「乾為旧徳」から「得位故終吉」一段):乾は長久を象り徳を象るので、「旧徳」を象る。「四変食乾」の「食」は、読法は「日月有食之」の「食」と同じ。第四爻が一変すれば乾体は毀壊し、侵蝕せられたがごとくなるので「食乾」という。以上は皆虞翻の説である。許慎『五経異義』にいう、「爻位の第三は三公に相当す。『食旧徳』というは、父輩の原有の俸禄を享用することである。」乾は父を象り、六三は位を失い、一動すればすなわち上に乾体に承り、まさに旧禄を享用するの象あり。二・四両爻は各々その正に帰り、六三は一変して坎体を成し、虞翻のいう「正を得るも危に処るので貞厲」はこの意である。三は下卦の終位で、位を得るので「終吉」、初六の占断と同じ。これも虞翻の説である。

「乾為王」至「無成也」。乾為王,坤為事,虞義也。訟不可成,變之正,不克訟,是無成之義也。「二以」至「為安」。《緇衣》曰:「兌命曰:爵無及惡德。」鄭彼注云:「言君祭祀賜諸臣,無與惡德之人,古者賜爵服必於太廟。」二失位,上九或錫之盤帶,注謂錫二,是二以惡德受服也。五中正,故不克訟,奪二與四,故復即命,謂受盤帶之命服也。渝,變也,《釋言》文。巽彖傳曰:「重巽以申命。」故巽為命。四變得位,安於承乾之正,故渝安貞吉。坤為安,虞義也。

恵棟の疏証(自注「乾為王、坤為事」から「故无成也」一段):「乾為王、坤為事」は虞翻の説である。争訟は底まで打つべからざるので、変じて正に帰すれば、官司は打ち成らざる、これがまさに「无成」の意である。恵棟の疏証(自注「二以悪徳受服」から「坤為安」一段):『礼記・緇衣』にいう、「『説命』に講ず、爵位は徳行の称せざる者に授与する勿れ。」鄭玄がそこに注していう、「君主が祭祀する時に群臣を賞賜するに、徳行の称せざる者に賜う勿れをいう。古は爵を賜い服を賜うは必ず太廟にて挙行す。」九二は位を失いながら、上九の爻辞に「或いは彼に大帯を賜う」といい、恵棟の注は賜う所がまさに九二と為す、これがすなわち九二が称せざる徳行をもって命服を受くるである。九五は中正なので九二は官司に勝ち得ず、九五は二・四両爻の手中より命服を奪回するので、九四は「復即命」、賜大帯の命服を接受するを指す。「渝」は変で、『爾雅・釈言』に出る。『巽』卦の『彖伝』に「重畳の巽はもって命令を反復申明す」というので、巽は命を象る。第四爻が一変して正位を得、乾陽の正に承奉して安んずるので「渝安貞吉」。「坤為安」は虞翻の説である。

「聽訟」至「元吉」。卦惟九五一爻中正,是聽訟得其中正者,故元吉。「二四」至「爻耳」。此荀義也。二與四爭,爭三公之服,故云二四爭三。三與二比,故取之有緣。以三公之服而錫二之大夫,故云於義疑矣。在訟家,故云爭競之世。以大夫而受三公之服非其分,故云分理未明。

恵棟の疏証(自注「聴訟得其中正」から「故元吉」一段):全卦の中、九五一爻のみが中にして正しく、まさに訴訟を聴断して中を守り正を持する者なので「元吉」。恵棟の疏証(自注「二四争三」から「故発其義于此爻耳」一段):これは荀爽の説である。九二は九四と相争い、争う所は三公の命服なので「二四争三」という。六三は九二と比隣するので、九二が往きてこれを取るは縁由あり。しかるに三公の命服を大夫たる九二に賜うは、ゆえに「義理の上に疑わしきあり」という。『訟』卦に身を処するゆえに、これを「争競之世」という。大夫の身分をもって三公の服飾を受くるは、その名分に合せざるので「名分事理なお分明ならず」という。

或以錫之。「或」之者,疑之也。《尚書大傳》曰:「歲之朝,月之朝,日之朝,則后王受之。」鄭彼注云:「自正月盡四月為歲之朝,上旬為月之朝,平旦至食時為日之朝。」故終朝為君道明。《春秋元命包》曰:「陽成於三。」故云「三者陽功成也」。

恵棟の疏証:いわゆる「或いはこれに錫う」とは、この鞶帯は必ずしも賜い下るとは限らぬをいう。爻辞が一つの「或」の字をもって発端するは、まさに疑いていまだ定まらざるを表す。『尚書大伝』にいう、「一年の開端、一月の開端、一日の開端、君王はこの三種の時に朝見を受く。」鄭玄が『大伝』に注を為していう、「正月より四月底までを歳之朝と算し、毎月の上旬を月之朝と算し、夜明けより早より早飯を喫するまでの一段を日之朝と算す。」ゆえに爻辞の「終朝」は一日之朝を取り、まさに君道の顕明なる時である。『春秋元命包』にいう、「陽数は三に成る。」ゆえに注文は「三とは、陽の功用がすでに成就した」という。

「拕奪」,鄭義也。四為諸侯,諸侯入為三公,宜服三公之服,故君明道盛,剛奪二與四。陽道方長,故三拕之也。「盤帶」,大帶,服以祭者,故曰宗廟之服。五拕二服,不發於二五爻者,以上與三應,三體巽,巽為要帶,上為宗廟,故發義於宗廟。爻三變巽體壞,有拕之象。「拕」俗作「禠」,今從古。

「拕」を奪取と訓ずるは、鄭玄の解説である。第四爻の位次は諸侯で、諸侯は入朝すればすなわち三公と為り、理として三公の礼服を穿つべし。今君徳は昭明にして王道隆盛なれば、九五の剛は二・四両爻の服飾を奪回す。陽道はまさに生長するので、三度褫奪すという。「鞶帯」とはすなわち大帯で、祭祀する時に系る、ゆえに宗廟之服と称す。五は二の服飾を奪い去るが、経文は二・五両爻の上にこの意を発せざるは、上九は九三と相応し、九三は巽体を具え、巽象は腰帯を為し、上位はまた宗廟なので、この義理を宗廟の爻の上に安んじて講じる。第三爻が一変すれば巽体は毀壊し、まさに褫奪せらるるの象に合す。「拕」の字は俗本は「褫」と作る、ここは古本に依拠して「拕」と作る。

巻二 元和の恵棟が撰す

周易上経

師卦 坎宮帰魂卦 消息四月

師句,貞丈人句,吉無咎。注:乾二之坤,與《同人》旁通。丈之言長。丈人謂二,二體震為長子,故云「丈人」。二失位當升,五居正,故云「貞丈人吉無咎」。疏:乾二五之坤成坎,坤二五之乾成離,故《師》《同人》《比》《大有》皆從乾坤來。蜀才謂《師》自《剝》來,案虞氏論之卦無一陽五陰之例。其注《象傳》「君子以容民畜眾」云:「君子謂二,陽在二,寛以居之。」故知是乾二之坤也。

経文:「師、貞丈人、吉、无咎。」(文中の「句」は恵棟が標した断句符号である。)恵棟の自注:『師』卦は乾の九二爻が入りて坤位に居りて成し、『同人』卦と旁通す。「丈」の字の意は長である。「丈人」は九二を指し、九二は震体を具え、震は長子を為すので丈人と称す。九二は陽をもって陰に居り、位を失いて上昇すべく、五位は中に居りて正を得るので、卦辞に「貞丈人吉无咎」という。恵棟の疏証:乾の二・五両爻は坤に入りて坎を成し、坤の二・五両爻は乾に入りて離を成す。よって『師』『同人』『比』『大有』の四卦は皆乾坤両卦より変じて来た。蜀才は『師』卦は『剥』卦より来たるとすれども、虞翻の卦変を講ずるを考察するに、「一陽五陰」といった通例はなし。虞翻が『大象伝』の「君子以容民畜衆」に注していう、「君子は九二を指し、陽は第二爻に居り、寛厚をもって自処す。」これにより『師』は確かに乾二の坤に入る所成なることを知る。

與《同人》旁通,虞義也。服虔《左氏解誼》說此卦曰:「坎為水,坤為眾,互體震,震為雷。雷,鼓類,又為長子。長子帥眾,鳴鼓巡水而行,《師》之象也。」丈之言長,鄭義也。《大戴禮·本命》曰:「丈者長也,言長萬物也。」丈人,老人,年長者。震為長子,長丈同物,故云「丈之言長」。丈人謂二,荀虞義也。《象》之丈人即爻之長子,故知丈人謂二。二中而不正,上升坤五則正矣,故云「貞丈人吉無咎」也。

『師』と『同人』とが旁通すといい、これは虞翻の説である。服虔『左氏解誼』がこの卦を解説していう、「坎は水、坤は衆。互体は震を成し、震は雷、雷は撃鼓の類に属し、震はまた長子を為す。長子は衆人を率領し、鼓を撃ちて水に沿いて行く、これがすなわち『師』卦の取象である。」「丈」を長と訓ずるは、鄭玄の説である。『大戴礼記・本命』にいう、「丈とはすなわち長、指す所は万物をして生長せしめること。」丈人はすなわち老人・年長の人である。震は長子を為し、「長」と「丈」とはもと一物なので、「丈の意はすなわち長」という。「丈人は九二を指す」といい、荀爽・虞翻の説である。『彖伝』の中の丈人はすなわち爻辞の中の長子なので、丈人が九二を指すを知る。九二は中に居るも当位せざる、坤の五位に上昇すればすなわち端正するので、卦辞に「貞丈人、吉、无咎」という。

初六:師出以律,否臧凶。注:震為出,坎為律。臧,善也。初失位故不臧,凶。九二:在師中句,吉無咎,王三錫命。注:長子帥師,故在師中。以中行和,故吉無咎。王謂二。三者,陽德成也。德純道盛,故能上居王位而行錫命也。

初六の爻辞:「師出以律、否臧凶。」恵棟の自注:震は出を為し、坎は律を為す。「臧」は善の意である。初六は陰をもって陽に居り位を失うので、不善、よって凶。九二の爻辞:「在師中、吉、无咎、王三錫命。」(「句」はなお断句符号である。)恵棟の自注:長子は軍旅を統率するので、師中に身在りという。居中の徳を凭みて和順の道を推行するので、吉にして災禍あらざるを得る。「王」は九二を指す。爻辞に「三」というは、陽徳が三に至りて成就するによる。徳性純粋にして道用隆盛なれば、上に王位に居りて冊命を頒行しうる。

六三:師或輿尸,凶。注:坤為尸,坎為車多眚。同人離為戈兵,為折首。失位乘剛無應,尸在車上,故車尸凶。一說尸,主也。坤坎皆有輿象,師以輿為主也。六四:師左次,無咎。注:震為左。次,舍也。二與四同功,四承五,五無陽,故呼二舍於五,四得承之,故無咎。

六三の爻辞:「師或輿尸、凶。」恵棟の自注:坤は尸を為し、坎は車を為してまた多く災眚を主る。旁通の『同人』に離あり、離は戈兵を為し折首を為す。六三は位を失い、また九二の剛を凌乗し、かつ上爻と応なし、尸首は車上に横たわるので、車は尸を載せて凶。別に一説あり、「尸」を主と訓ず。坤と坎とには皆車輿の象あり、兵を用うるは車輿を主と為す。六四の爻辞:「師左次、无咎。」恵棟の自注:震は左を為す。「次」とはすなわち駐扎止舎である。二と四とは功同じく、六四は五位に上承し、そして五位に陽爻なし、ゆえに九二を招呼して五位に止舎せしめ、六四はすなわちそれに承奉するを得、よって過咎あらざるを得る。

六五:田有禽,利執言,無咎。注:田,獵也。二欲獵五,五利度二之命,執行其言,故無咎。長子帥師,弟子輿尸,貞凶。注:五已正而稱長子,據五自二升也。長子帥師而弟子主之,明使不當而貞凶。上六:大君有命,開國承家,小人勿用。注:二升五為大君。坤為國,二稱家。二之五處坤之中,故曰開國。五降二得位承五,故曰承家。小人謂三與初。

六五の爻辞:「田有禽、利執言、无咎。」恵棟の自注:「田」とはすなわち田猟である。九二は五位を猟取せんと欲し、五位はすなわち九二の命令を揣度し、その言辞を執行するに宜し、ゆえに過咎あらざるを得る。爻辞に続いていう、「長子帥師、弟子輿尸、貞凶。」恵棟の自注:五位はすでに端正するもなお長子と称すは、五位が九二の上昇するに由るに就いて説く。長子が兵を統べて弟子をして事を主らしむは、用人当たらざるを表明す、たとえ正を守るもなお凶険あり。上六の爻辞:「大君有命、開国承家、小人勿用。」恵棟の自注:九二が五位に昇ればすなわち大君である。坤は国を為し、二位は家と称す。九二が五位に往きて坤体の中に処るので開国という。五位が二位に下降し、位を得て五に承奉するので承家という。「小人」は六三と初六を指す。

疏:「震為」至「臧凶」○震為出,虞義也。初為出師之始,故云出。坎為律,《九家說卦》文。律者,同律也。《周禮·太師》曰:「大師執同律以聽軍聲而詔吉凶。」鄭注云:「大師,大起軍師。」

以下は恵棟の疏証が自注の「震為出」より「否臧凶」一段を解する。○「震為出」は虞翻の説である。初爻は出兵の開端なので出という。「坎為律」は『九家説卦』に出る。いわゆる律とは、同律を指す。『周礼・太師』にいう、「大師は同律を手執し、もって軍中の声気を聴辨して吉凶を預告す。」鄭玄の注にいう、「大師とは、すなわち大規模に軍旅を興起すること。」

《兵書》曰:「王者行師出軍之日,太師吹律,合音商則戰勝,軍士強;角則軍擾多變,失士心;宮則軍和,士卒同心;征則將急數怒,軍士勞;羽則兵弱,少威明。」《史記·律書》曰:「王者制事立法,壹稟於六律,六律為萬事根本,其於兵械尤重。」是師出以律之事也。臧,善,《釋詁》文。爻例初九為善,初六為不善。宣十二年《春秋傳》,晉知莊子說此爻曰:「執事順成為臧,逆為否。」初失位,故不臧凶也。

『兵書』にいう、「君王が師を興し兵を出すの日、太師は律を吹いて占測す。律声が商音に合すればすなわち取勝しうく、軍士は強健。角音に合すれば則ち軍中は騒擾して変多く、士卒の心を失う。宮音に合すれば則ち全軍は和睦し、士卒は心を同じくす。徵音に合すれば則ち将帥は急躁して屡々怒り、軍士は疲労す。羽音に合すれば則ち兵勢は衰弱し、威厳を缺少す。」『史記・律書』にいう、「君王が事務を処置し法度を訂立するは、一概に六律に取則し、六律は万事の根本で、兵器軍旅に用いるに尤も吃重なり。」これらはまさに「師出以律」の講ずる事である。「臧」を善と訓ずるは、『爾雅・釈詁』に見よ。爻位の通例によれば、初九は善、初六は不善。『春秋左伝』宣公十二年、晋国の知荘子がこの一爻を解説していう、「事を弁ずるに理に順って成功するを臧といい、違逆するを否という。」初六は位を失うので、不善にして凶。

○「長子」至「命也」○此荀虞義也。長子帥師而居中,故云在師中。師克在和,二以中德而行和道,群陰順從,故吉無咎,爻辭與彖辭同占也。二當升五,故王謂二。陽成於三,故三者陽德成。二盛德也,五盛位也,德純道盛,中和之行應於盛位,故能上居王位而行錫命。《乾鑿度》說此爻曰:「師者,眾也。言有盛德,行中和,順民心,天下歸往之,莫不美命為王也。行師以除民害,賜命以長世德之盛。」是其義也。

○この一段は荀爽・虞翻の説である。長子が兵を統べて中位に居るので「在師中」という。兵を用うるに勝しうるか否かは和に在り、九二は居中の徳をもって和順の道を推行し、衆陰爻は順従するので、吉にして過咎あらざるを得る――爻辞と『彖伝』の断ずる占義とは一致する。九二は五位に昇るべきなので「王」は九二を指す。陽徳は三に至りて成るので、「三」は陽徳すでに成れるをいう。二は盛徳、五は盛位である。徳性純粋にして道用隆盛、中和の行は尊盛の位に応合し、よって上に王位に居りて冊命を頒行しうる。『乾鑿度』がこの一爻を解説していう、「師とはすなわち衆。彼に隆盛の徳あり、中和を施行し、民心に順応し、天下は皆彼に帰附し、彼の命を称美して彼を王と尊ぶならざるなしを説く。師を興すは百姓の禍害を除去するためで、命を賜うはその世代徳業の盛を増長するためである。」まさにこの理である。

○「坤為」至「主也」○坤為身,為喪,身喪故為尸。坎為車多眚,《說卦》文。虞本輿為車,故云車也。與《同人》旁通,故《同人》離為戈兵。《說卦》曰:「離為折上稿。」《離》上九曰:「有嘉折首。」離折乾首,故為折首。三以陰居陽而乘二剛,又不與上應,故失位、乘剛、無應。坤尸在坎車之上,故車尸凶也。此上虞義也。

○坤は身を為し、また喪を為し、身死すればすなわち喪と為るので、坤は尸象を取る。「坎為車、多眚」は『説卦』に出る。虞翻の本は「輿」を「車」と作るので、ここでは車という。『師』と『同人』とは旁通するので、『同人』中の離象を取る。離は戈兵を為す。『説卦』にいう、「離為折上稿。」『離』卦の上九にいう、「有嘉折首。」離は乾の首を折断しうるので、折首を為す。六三は陰爻をもって陽位に居り、また九二の剛を凌乗し、かつ上六と相応せざるので、それ位を失い・剛を乗じ・応なしという。坤の尸は坎の車上に横たわるので、車は尸を載せて凶。以上は皆虞翻の説である。

一說尸,主也,《釋詁》文。《戰國策》曰:「寧為雞尸。」故知尸主也。《說卦》坤為大轝,坎其於輿也為多眚,故坤坎皆有輿象。轝輿古今字。師以輿為主者,師之進退以輿為主,凡帥師謂之帥賦輿,故曰輿尸。楚令尹南轅反斾,王用伍參之言改轅而北,則師之進退在輿也。三失位,以弟子主師,故「或」之。乘剛無應,有帥不從,眾所不與,故凶,義亦通也。

別に一説あり、「尸」を主と訓ず、『爾雅・釈詁』に見よ。『戦国策』にいう、「鶏の頭と為るに寧し。」これにより尸に主の意あるを知る。『説卦』に坤は大車を為すといい、また坎は「車輿の上に多く災眚を表す」というので、坤と坎とには皆車輿の象あり。「轝」と「輿」とは古今字である。軍旅が車輿を主と為すといい、一軍の進退が兵車に取決するによる。およそ兵を統ぶるを、皆征発する所の兵車を率領すると叫ぶので「輿尸」と称す。当年楚国の令尹はすでに車轅を掉して南帰し、旗を巻いて後撤せんとしたが、楚王は伍参の進言を採納して轅を改めて北に向けた、よって一軍の進退は全て車輿に在ることが分かる。六三は位を失いながら、弟子をして軍事を主持せしむるので、爻辞は「或」の字を用いて疑を存せしむ。それは剛爻を凌乗して応援なし、主帥あるも服従せず、衆人は親附し肯んぜず、よって凶――このように解釈すれば義理の上にもまた講じ通る。

○「震為」至「無咎」○此荀義也。《管子》曰:「春生於左,秋殺於右。」董子曰:「木居左,金居右。」二體震,震為春,為木,故為左。荀氏謂陽稱左,義亦同也。《少儀》曰「軍尚左」,故師左次。莊三年《春秋傳》曰:「凡師一宿為舍,再宿為信,過信為次。」次雖多日,亦是舍義,故云次舍也。二與四同功,《繋》下文。四近承五,五虛無陽,故四呼二舍於五云「師左次」也。二既升五,四順承之,以陰承陽,故無咎也。

○この一段は荀爽の説である。『管子』にいう、「春は生発を左にし、秋は粛殺を右にす。」董仲舒にいう、「木位は左に居り、金位は右に居る。」九二は震体を具え、震は春を為し木を為すので、左を為す。荀爽は陽を左と称し、意もまた同じ。『礼記・少儀』に「軍中は左を尚ぶ」というので、師旅は左に止舎すという。『春秋左伝』荘公三年にいう、「およそ軍隊は一宿するを舎といい、二宿するを信といい、信に過ぐるを次という。」「次」は多くの日を住むを指すと雖も、なお止舎の義なので、次はすなわち舎という。「二与四同功」は『繫辞下伝』に出る。六四は五位に切近して承奉し、そして五位は空虚にして陽なし、ゆえに六四は九二を招呼して五位に止舎せしめ、よって「師左次」という。九二がすでに五位に昇れば、六四はすなわちそれに順承し、陰をもって陽に承るので、過咎あらざるを得る。

○「田獵」至「無咎」○此荀義也。坤為田。田獵者,為田除害。獵之言獲也,凡爻相比相應而相得者謂之獲,獲亦得也,又謂之田。二與五應,二當升五,故二欲獲五;五當降二,故利度二之命,執行其言。所執之言即王與大君之命也。在上謂之命,在下謂之言,尊卑之義也。二執五言,故無咎。

○この一段は荀爽の説である。坤は田を為す。いわゆる田猟とは、田地のために禽獣の害を除去すること。「猟」の意はすなわち獲取である。およそ爻位が相邻相比し、上下相応して彼此相得するを皆獲と叫び、獲はすなわち得で、また田と称しうる。九二は六五と相応し、九二は五位に昇るべきなので、九二は五を猟獲せんと欲するという。五位は二位に下降すべきなので、九二の命令を揣度しその言辞を執行するに宜し。執行する所の言辞は、まさに爻辞の中の「王」と「大君」の下す所の命である。上位に在りて発するを命と叫び、下位に在りて陳述するを言と叫ぶ、これは尊卑の別である。九二は五位の言を執行するので、過咎あらざるを得る。

○「五已」至「貞凶」○卦中稱王及大君者皆指二,而此獨稱長子者,明其自二升五,據震為長子而言也。二已正五位,任賢使能,當得其人,如長子帥師而弟子主之,是謂所使不當,雖貞亦凶。

○『師』卦の中、およそ「王」と「大君」と称するは皆九二を指す。独りこの一処のみ「長子」と称すは、それが二より五に昇るを点明せんと欲し、すなわち震の長子を為すという象に就いて説く。九二はすでに五位を端正したれば、賢能を任用するに人を当つべし。もし長子が兵を統べて弟子をして事を主らしむるがごときは、すなわち派遣する所の人に非ず、たとえ本身が正道を持守するも、結果はなお凶なり。

○「二升」至「與初」○《乾鑿度》曰:「大君者,君人之盛者也。」荀氏曰:「大君謂二。」故知二升五為大君也。坤為國,二稱家,虞義也。二之五為《比》,五建國,故云開國。二為大夫,五降二承五,故曰承家,此宋衷義也。小人謂三與初者,但二之三錫以四,二四為國而二為家也;五之執言以三,初三無功而初失律也。一以正功,一以示戒,用命賞於祖,故總其義於宗廟爻也。

○『乾鑿度』にいう、「大君とは、天下に君臨する人の中の最も尊盛なる者。」荀爽にいう、「大君は九二を指す。」これにより九二が五位に昇ればすなわち大君となるを知る。「坤為国、二称家」は虞翻の説である。九二が五位に往けばすなわち『比』卦を成し、五位は邦国を建立するので開国という。二位は大夫の位で、五位が二に下降して五に承奉するので承家という――これは宋衷の説である。「小人は六三と初六を指す」といい、九二が三位に往きて四位を相賞賜するに、二と四と合わせて国と為り、そして二自身は家と為す。五位の執行する言は三爻に施及し、初と三とは皆戦功なし、初六はまた軍律に違失す。一句は功賞を端正するためで、一句は告誡を顕示するため。受命行賞は祖廟にて挙行するを須いとするので、この意を総じて上六という宗廟の爻の上に帰して講じる。

比卦 坤宮帰魂卦 消息四月

比吉。注:師二上之五得位,眾陰順從,比而輔之,故吉。原筮元永貞無咎。注:原,再也,二為原筮。初九為元,坤為永。二升五得正,初在應外,終來有它吉,故原筮元永貞無咎,與《萃》五同義。

経文:「比、吉。」恵棟の自注:『師』卦の九二が五位に上行して正を得、衆陰は順従して、親比してこれを輔助するので吉。経文にまたいう、「原筮、元永貞、无咎。」恵棟の自注:「原」は再びの意、九二のこの回の占問はすなわちいわゆる原筮である。初九は「元」を為し、坤は「永」を為す。九二は五位に昇りて正を得、初爻は相応の外にあり、終わりに帰来して別に吉慶あるので「原筮元永貞无咎」という、これは『萃』卦の九五爻辞と義同じ。

不寧方來後夫凶。注:不寧,寧也。坤安為寧,一陽在上,眾陰比之,故不寧方來。坤為方也。後夫謂上,在五後,故曰後夫。乘陽無應,故凶。《周官·大司馬》建太常,比軍眾,誅後至者,蓋三代之法歟。

経文:「不寧方来、後夫凶。」恵棟の自注:「不寧」の説く所は実はまさに寧である。坤は安を主るので寧象を取る。一陽が上位に居り、衆陰は皆来り親附するので四方より帰するという。坤は方を為す。「後夫」は上六を指し、それは五位の後に排するので後夫と叫ぶ。それは陽爻を凌乗してまた応援する所なし、よって凶。『周礼・大司馬』に太常之旗を竪て、軍衆を比校し、遅刻する者を誅殺するを記載す、これはおそらく夏商周三代に相承するの法度であろう。

疏:「師二」至「故吉」○此虞義也。凡一陰一陽之卦皆自乾坤來,故《九家易》注坤六五曰:「若五動為《比》,乃事業之盛。」則《比》實自坤來,如乾五動之坤五為《大有》也。此從兩象易,故云師二上之五。九居二為失位,升五為得位。二正五位,眾陰順從。傳曰:「比,輔也,下順從也。」以五陰比一陽,故曰比;以五陰順一陽,故曰吉也。

以下は恵棟の疏証が自注の「師二上之五得位」より「故吉」一段を解する。○これは虞翻の説である。およそ一陰のみあるいは一陽のみの卦は、皆乾坤両卦より変じて来る。よって『九家易』が坤卦六五に注していう、「もし五爻が変動して『比』を成せば、それは事業隆盛の象である。」これにより『比』が確かに坤より来るを知り、まさに乾の五爻が変動して坤五に入れば『大有』を成すがごとし。ここでは「両象易」の方法を用いるので、『師』の九二が上行して五位に至るという。陽爻が二位に居るは失位で、五位に昇ればすなわち位を得る。九二が五位を端正すれば、衆陰は順従す。『彖伝』にいう、「比とはすなわち輔、下に在る者は皆順従す。」五つの陰爻をもって一つの陽爻に親比するので、卦名を比と称し、五陰が一陽に順従するので吉という。

○「原再」至「無咎」○原,再也,《釋言》文。《周禮·馬質》曰「禁原蠶者」,《文王世子》云「未有原」,鄭彼注並云:「原,再也。」漢有原廟,亦謂再立廟。古訓原皆為再。其原田之原,古文作●;原泉之原,《說文》作灥。俗混為一,古學之亡久矣。

○「原」を再と訓ずるは『爾雅・釈言』に見よ。『周礼・馬質』に「一年に二度蚕を養う者を禁止す」といい、『礼記・文王世子』に「未有原」といい、鄭玄はこの二カ所に注を為して皆いう、「原とはすなわち再。」漢代にいわゆる原廟あり、これもまた再度廟を立てるを指す。古訓に「原」は一率して再と訓ず。原田の「原」に至っては、古文は●と作り、原泉の「原」は『説文』は「灥」と作る。後世俗写はこれらを一字に混同し、古学の失伝はすでに久し。

《蒙》初筮謂初,故知《比》原筮謂二。僖三十一年《公羊傳》曰:「求吉之道三。」故《易》有初筮、原筮之文。初九乾元,故為元;坤利永貞,故為永。師二升五得正,初在應外變之正,五孚盈缶,終來有它吉,故原筮元永貞無咎。《萃》九五爻辭元永貞,亦謂初變之正,故同義也。

『蒙』卦のいう「初筮」は初爻を指す、これにより『比』卦のいう「原筮」は九二を指すを知る。『公羊伝』僖公三十一年にいう、「吉を求むるの途は三種あり。」よって『周易』に初筮・原筮の説あるを得る。初九は乾の元なので「元」と為し、坤の卦辞に「利永貞」というので「永」と為す。『師』の九二は五位に昇りて正を得、初爻は相応の外にあり、変動して正に帰し、九五の誠信は酒漿の缶に充つるがごとく盈満し、終わりに帰来して別に吉慶あるので「原筮元永貞无咎」という。『萃』卦の九五爻辞中の「元永貞」も、同じく初爻の変動して正を得るを指し、ゆえに両カ所は義同じ。

○「不寧」至「法歟」○不寧言寧,猶不顯為顯。下體坤,坤為安,故為寧。聖人在上,萬國咸寧,四方來同,故云方來。坤為方,《九家說卦》文。荀氏云:「後夫謂上六。」虞氏云:「後謂上,夫謂五也。」上後於五,故稱後夫。乘五故曰乘陽。應在三,三匪人,故曰無應。傳曰:「後夫凶,其道窮也。」

○「不寧」といいながら実際指す所はまさに寧である、『詩経』が「不顕」といいながら実際顕を指すがごとし。下体は坤で、坤は安を主るので寧象を取る。聖人が上位にあれば万国は皆安寧を得、四方は前來して会同す、ゆえに「方来」という。「坤為方」は『九家説卦』に出る。荀爽にいう、「後夫は上六を指す。」虞翻にいう、「後は上爻を指し、夫は五爻を指す。」上爻は五爻の後に排するので後夫と称す。それは五位を乗凌するので陽を乗ずるという、その応爻は第三にあり、そして六三は「匪人」なので応なしという。『彖伝』にいう、「後夫凶は、その道すでに窮まればなり。」

引《周官》而云三代之法者,文王彖爻辭皆據唐虞夏商之法,嫌引《周禮》以為周法,故上推之三代。《魯語》仲尼曰:「昔禹致群神於會稽之山,防風氏後至,禹殺而戮之。」是知夏商以前朝會師田亦誅後至者也。

恵棟が『周礼』を征引しながらこれを三代の法度と称するは、文王の繋した彖辞・爻辞は皆唐虞夏商の旧制に依拠するによる。彼は人が誤会して『周礼』を引けばすなわちこれを周代一朝の法と為すを恐れ、ゆえに上は三代に推す。『国語・魯語』に孔子の言を記していう、「昔日大禹は会稽山に群神を会合し、防風氏は遅刻し、禹はすなわち彼を殺して屍を陳して衆に示す。」これにより夏商以前、およそ朝会・用兵・田猟にも同じく遅刻する者を誅殺したを知る。

初六有孚比之無咎。注:孚謂五,初失位變得正,故無咎。有孚盈缶終來有它吉。注:坤器為缶,以喻中國。初動屯為盈,故盈缶。孚既盈滿中國,終來及初非應,故曰它。

初六の爻辞:「有孚比之、无咎。」恵棟の自注:「孚」は九五を指す。初六は位を失い、変動の後正に帰るので、過咎を致さざるを得る。爻辞にまたいう、「有孚盈缶、終來有它吉。」恵棟の自注:坤の取る器物はすなわち瓦缶で、もって中国に喩う。初爻が一動すれば卦体は『屯』を成し、『屯』に盈満の義あり、ゆえに「盈缶」という。九五の誠信すでに中国に盈満し、終わりに初爻に延及し、そして初爻はその正応に非ず、ゆえに「它」と称す。

六二比之自內貞吉。注:二比初,故自內;正應五,故貞吉。六三比之匪人。注:六三乙卯,坤之鬼吏,故曰匪人。六四外比之貞吉。注:外謂五,四比五,故外比之;正應初,故貞吉。

六二の爻辞:「比之自内、貞吉。」恵棟の自注:六二は初爻に親比するので「自内」という。それは九五と正しく相応するので、正を守りて吉。六三の爻辞:「比之匪人。」恵棟の自注:六三は納甲にて乙卯を配して木に属し、坤土の鬼吏なので「匪人」という。六四の爻辞:「外比之、貞吉。」恵棟の自注:「外」は九五を指し、六四は九五に親比するので「外比之」という。それは初爻と正しく相応するので、正を守りて吉。

九五顯比王用三驅失前禽邑人不戒吉。注:五貴多功,得位正中,初三已變體重明,故顯比,謂顯諸仁也。坎五稱王。三驅謂驅下二陰不及於初,故失前禽。初變成震,震為鹿,為奔走,鹿斯之奔,失前禽也。坤為邑,師震為人。不戒猶不速也。師時坤虛無君,使師二上居五中,故不戒吉。

九五の爻辞:「顕比、王用三駆、失前禽、邑人不戒、吉。」恵棟の自注:五位は尊貴にして功業多く、位を得て中に居り正を守る。初・三の両爻すでに変動し、卦体は上下二重の離と為るので「顕比」と称す、すなわち『繫辞』のいう「顕諸仁」。坎の第五爻は王と称す。「三駆」とは、下の二つの陰爻を駆逐して初爻に及ばざるをいう、ゆえに「失前禽」。初爻は変動して震を成し、震は鹿を為し奔走を為す、「鹿斯之奔」はまさに前面のあの禽を失うの景である。坤は邑を為し、『師』卦の震は人を為す。「不戒」はすなわち招請せざるをいうがごとし。『師』卦の時坤体は空虚にして君なく、そこで『師』の九二をして上に五位の中に居らしめ、よって招請せずして自ら吉なり。

上六比之無首凶。注:上為首,乘陽無首,故凶。疏:「孚謂」至「無咎」○此虞義也。初與五比,故孚謂五。荀氏謂初在應外,以喻殊俗也。六居初為失位,變之正,故無咎。

上六の爻辞:「比之无首、凶。」恵棟の自注:上位は首を為し、上六は陽爻を乗凌してこれを承奉せざるは、无首に等しいので凶。以下の疏証は自注の「孚謂五」より「无咎」一段を解す。○これは虞翻の説である。初爻は九五と相亲比するので、「孚」は九五を指す。荀爽は初爻が相応の外に処るは、もって風俗殊異の遠方に喩うとす。陰爻が初位に居るは失位で、変動して正に帰るので、過咎を致さざるを得る。

○「神器」至「曰它」○此荀虞義也。《繋上》曰「形乃謂之器」,又曰「形而下者謂之器」,皆指坤,故知坤為器。坤為土,為器,缶者土器,故曰坤器為缶也。坤為國,故以缶喻中國。初動體屯,《序卦》曰:「屯者,盈也。」盈缶之象。

○この一段は荀爽・虞翻の説である。『繫辞上伝』に「成形して後これを器と叫ぶ」といい、また「形而下を器と叫ぶ」といい、指す所は皆坤なので、これにより坤が器を為すを知る。坤は土を為し器を為し、そして缶はまさに陶土の焼成せる器皿なので、坤の取る器はすなわち缶という。坤はまた国を為すので、缶をもって中国に喩う。初爻が一動すれば卦体は『屯』を成し、『序卦』にいう、「屯とはすなわち盈満。」これがまさに「盈缶」の取象である。

九五之信既盈滿中國,初雖在殊俗不與五應,而五之誠信足以及之,故云終來及初。《穀梁傳》曰:「來者,接內也。」五來初,故曰終來。初正應四而遠應五,故曰非應。子夏云:「非應曰它。」

九五の誠信すでに中国に盈満し、初爻は遠く風俗殊異の地に在りかつ九五と相応せざると雖も、九五の誠信は足りてこれを感及するゆえに、終わりに帰来して初爻に及ぶという。『穀梁伝』にいう、「いわゆる来とは、内に接納すること。」九五は初爻に来たるので「終來」と叫ぶ。初爻の正応はもと六四にあり、九五とはただ遠く相感通するのみなので、「非応」という。子夏にいう、「正応に非ざればこれを它と叫ぶ。」

《後漢書·魯恭傳》曰:和帝初立,議遣車騎將軍竇憲擊匈奴,恭上疏諫曰:「夫人道乂於下則陰陽和於上,祥風時雨,覆被遠方,夷狄重譯而至矣。《易》曰『有孚盈缶終來有它吉』,言甘雨滿我之缶,誠來有它而吉已。」亦是說遠方為它,當有誠信以及之也。

『後漢書・魯恭伝』に記載す:漢和帝が剛ち即位した時、朝廷は車騎将軍竇憲を派して匈奴を出撃せんと議し、魯恭は上疏して劝阻していう、「人道は下にて治理当たり得れば、陰陽は上にて調和し、そこに祥和の風・応時の雨あり、遠方を覆い、夷狄もまた転訳を重ねて朝貢に来たる。『易』にいう『有孚盈缶、終來有它吉』とは、甘雨が我が瓦缶に注ぎ満ち、誠意の至る所、もと正応に非ざる遠人すら帰附して吉を得るをいう。」これは同じく遠方を「它」と看なし、必ず先ず誠信あって後これらを感及しうるを説明す。

○「二比」至「貞吉」○內謂初,故云比初。二正應五,故曰貞吉,所以別於它也。○「六三」至「匪人」○此干寶義也。案《火珠林》坤六三乙卯木,乾又云《比》者坤之歸魂也。坤為土,土以木為官,故云坤之鬼吏。此與《否》六三同義,故二卦皆云匪人。虞氏注《否》之匪人云:「謂三比坤滅乾,故為匪人。」與《比》三同義是也。坤六三不云匪人者,坤用六三之上終乾事,故不與《比》《否》同也。○「外謂」至「貞吉」○五在四外,四與五比,故云外比之。又初變得位,四正應初,故云貞吉。二四皆以當位為貞也。

○「内」は初爻を指す、ゆえに六二が初爻に親比するという。六二は九五と正しく相応するので、正を守りて吉という、かように講ずるは上文の「有它」の爻と相区別せんがためである。○以下「六三」より「匪人」一段を疏証す:これは干宝の説である。『火珠林』の納甲に按ずるに、坤卦の六三は乙卯を配して五行は木に属し、干宝はまた『比』は坤宮の帰魂卦とす。坤は土に属し、土は木を官鬼と為すので、六三は坤の鬼吏という。これは『否』卦の六三と義同じく、ゆえに両卦は皆「匪人」という。虞翻が『否』卦の「匪人」に注していう、「第三爻が坤に親附して乾を消亡せしむるをいうので、匪人と叫ぶ。」『比』卦の六三と義同じく、説く所正し。坤卦の六三は匪人と称せざるは、坤の用六は六三が上行して乾の事を成就しに往くをもってするので、『比』『否』両卦と同じからず。○以下「外謂五」より「貞吉」一段を疏証す:九五は六四の外にあり、六四は九五と相亲比するので「外比之」という。また初爻は変動して位を得、六四は初爻と正しく相応するので、正を守りて吉という。二・四両爻は皆当位をもって貞と為す。

○「五貴」至「戒吉」○此虞義也。《繋上》曰:「卑高以陳,貴賤位矣。」虞彼注云:「乾高貴五,五多功。」故五貴多功。初三失位,當變有兩離象,故體重明也。

○これは虞翻の説である。『繫辞上伝』にいう、「卑と高と各々次に依りて分列し、貴と賤ともまた各々その位を得る。」虞翻がその一句に注していう、「乾位は高くして五位を尊貴ならしめ、五位は功業多し。」ゆえに五位は尊貴にして功多しという。初・三両爻は位を失い、理として変動すべく、一変すれば上下は各々一つの離を成すので、卦体に二重の光明ありという。

《說文》字下云:「案微,杪也,從日中視絲,古文以為顯字。」卦自下升微而之顯。顯從日,離為日,日中視絲,案見微杪,故九五稱顯比。《繋上》曰「顯諸仁」亦謂重離也。

『説文』は釋する所のあの字の下にいう、「細微とは、極小の末梢で、字形は日光中に糸を看るの意を取り、古文はこれをもって『顕』の字と為す。」(底本はここに釋せらるる字頭を脱す。)卦は下より上に昇り、幽微より顕著に趨る。「顕」の字は日に従い、離は日を為し、日光中に糸を看れば、始めて極細微の末梢を察見しうる、ゆえに九五は「顕比」と称す。『繫辞上伝』のいう「顕諸仁」も、指す所はこの二重の離象である。

乾為王,乾五之坤五成坎,坎五即乾五,故坎五稱王。二升五,歴三爻皆陰,故云三陰。五自二升,故不及初。三驅之法,三面驅禽,獨開前面,故失前禽。初在二前,前禽之象。

乾は王を為し、乾の第五爻は坤の第五爻に入りて坎を成し、坎の五位はすなわち乾の五位なので、坎五は王と称す。九二が五位に上昇し、経由する所の三爻は皆陰爻なので、三陰という。五位は二位より昇り来たるものなので、初爻に及ぶに足らず。「三駆」の礼法は三面より禽獣を駆逐し、単に正前の一方を敞開するので、「失前禽」という。初爻は九二の前にあり、まさに前面のあの禽の象である。

二升五,初變體震,震為鹿,故稱禽。震為驚,為作足,故為奔走。鹿斯之奔,詩小弁文也。不戒猶不速者,需上六稱不速之客,謂乾三爻升也。今師二升五,故亦云不戒。凡主延賓稱戒稱速,今師二升五為比之主,非賓客之比,故稱不戒也。

九二が五位に昇り、初爻は変動して震体を成し、震は鹿を為すので禽と称し、震は驚懼を為し快步動足を為すので、奔走の象を取る。「鹿斯之奔」は『詩経・小雅・小弁』の中の句である。「不戒」といい、すなわち招請せざるに等しい:『需』卦の上六は「不速之客」と称し、乾の三つの陽爻が下より上昇するを指す。今『師』の九二は五位に昇るので、また「不戒」という。およそ主人が賓客を延請するにのみ「戒」「速」といった字を用う、今『師』の九二が五に昇るは、自ら『比』卦の主と為り、賓客の類に属せざるので、「不戒」という。

○「上為」至「故凶」○爻例上為首。乾用九曰「見群龍無首吉」,謂六龍皆見,六耦承之,故無首吉。但陰無首,以陽為首,上乘五,是陰不承陽為無首也,故凶。陽為首者,《春秋保乾圖》曰:「咮謂鳥陽,七星為頸。」宋均注云:「陽猶首也。柳謂之咮,咮,鳥首也。」故知陽為首也。

○爻位の通例に按ずるに、上爻は首を為す。乾卦の用九に「群龍を見るに首なし、吉」といい、六条の陽龍が皆顕現し、六つの陰耦が下にてこれらを承奉するをいうので、「无首」は却って吉。しかし陰は自身に首なく、陽をもって首と為すを要す。上六は九五を乗凌し、これは陰が陽を承奉せざるなり、そこに无首と為るので凶。陽を首と為すというは、『春秋保乾図』にいう、「咮とはすなわち鳥の陽位で、七星はその頸である。」宋均の注にいう、「陽はすなわち首のごとし。柳宿はまた咮と名づく、咮はすなわち鳥頭。」これにより陽が首を為すを知る。

小畜卦 巽宮一世卦 消息四月

小畜亨。注:需上變為巽,與《豫》旁通。陰稱小。畜,斂聚也,以陰畜陽,故曰小畜。一陰劣,不能固陽,四五合力,其志得行,乃亨。密雲不雨自我西郊。注:需坎為雲,上變為陽,坎象半見,故密雲不雨。我謂四,四體兌,兌為西,乾為郊。雲西行則雨,自我西郊,畜道未成。傳曰:「施未行也。」

経文:「小畜、亨。」恵棟の自注:『小畜』は『需』卦の上爻が変じて巽と為りて成し、『豫』卦と旁通す。陰は小と称す。「畜」は収斂聚集で、陰爻をもって陽爻を畜聚するので、小畜と叫ぶ。一つの陰爻は力薄弱にして、牢固に陽を繋住し得ず、四・五両爻の合力に倚り、その志向は乃ち推行し得て、ここに亨通す。経文にまたいう、「密雲不雨、自我西郊。」恵棟の自注:『需』卦の坎は雲を為し、上爻は陽に変じ、坎象は半ばのみ残るので、密雲にして雨降らず。「我」は六四を指す。六四は兌体を具え、兌は西を為し、乾は郊を為す。雲は西に往けば本雨降るべきに、今我が西郊より來りて雨せざるは、畜聚の道なお未成に因る。『彖伝』にいう、「恩沢はなお推行せられざるなり。」

疏:「需上」至「乃亨」○此京虞義也。凡一陰五陽、一陽五陰之卦皆自乾坤來,故虞注《嗛》卦云「乾上九來之坤」,又注《大有》上九云「乾五動成大有」是也。卦無剝復夬遘之例,此卦一陰五陽,故不云自《夬》《遘》來,而云需上變為巽也。旁通者,卦之反,義見乾卦。《小畜》與《豫》相反,故云旁通。

以下は自注の「需上変為巽」より「乃亨」一段を疏証す。○これは京房・虞翻の説である。およそ一陰五陽・一陽五陰の卦は皆乾坤両卦より変じて来る。ゆえに虞翻が『謙』卦に注して「乾の上九は坤中に来たる」といい、また『大有』の上九に注して「乾の五爻は変動して大有を成す」というは、皆この理である。卦変に『剥』『復』『夬』『姤』より来るの通例なく、此卦は一陰五陽なので、それが『夬』『姤』より来るとは云わず、『需』卦の上爻が変じて巽と為るという。いわゆる旁通とは、すなわち六爻の陰陽が全く反するの卦で、義例はすでに乾卦に見ゆ。『小畜』は『豫』と正に相反するので、両卦は旁通すという。

卦惟一陰,陰稱小。陰道斂聚,故云畜,斂聚也。一陰畜五陽,故曰小畜。《京房易傳》曰:「小畜之義在於六四,陰不能固,三連同進。」傳曰:「密雲不雨,尚往也。」陸績謂一陰劣,不能固陽,是以往也。九五剛中,四與合志,畜乾至上九而畜道成。陸績謂外巽積陰,能固陽道,成在上九。傳曰「剛中而志行乃亨」,謂柔道亨也。

全卦にただ一つの陰爻あるのみ、陰は小と称す。陰の性情は収斂聚集に在るので畜と叫び、畜はすなわち斂聚である。一つの陰爻が五つの陽爻を畜聚するので、卦名を小畜と叫ぶ。『京房易伝』にいう、「小畜の関鍵は六四に在り、陰力は足らずして陽を固住し得ず、下の三つの相連なる陽爻は一同に上進す。」『彖伝』にいう、「密雲不雨とは、陽気なお上に往くなり。」陸績は一つの陰爻は力単薄にして陽を固住し得ず、ゆえに陽は依然として上行すとす。九五は剛健にして中に居り、六四はそれと志同じくして、乾陽を畜聚して上九に至るまで、畜聚の道は乃ち完成を告ぐ。陸績は外卦の巽が陰気を積聚して陽道を固住しうく、上九にて成るとす。『彖伝』に「剛中にして志行わる、乃ち亨」といい、講ずる所はまさに柔道の亨通し得るなり。

○「需坎」至「行也」○需時坎在上為雲,上變坎象半見。四體兌,兌為密,故密雲不雨。四為卦主,故我謂四。兌正秋,消息兌在西,故兌為西。乾位西北之郊,故為郊。《呂氏春秋》曰:「雲氣西行雲云然。」高誘云:「雲西行則雨。」今自我西郊而不雨者,由陰劣不能固陽,畜道未成,故彖傳謂施未行也。

○『需』卦の時坎は上体にあり、雲象を取る。上爻が一変すれば、坎象はその半ばを見るのみ。六四は兌体を具え、兌は密を為すので、密雲不雨という。六四は全卦の主なので、「我」は六四を指す。兌は正秋に当たり、十二消息の位に按ずれば兌は西方にあり、ゆえに兌は西を為す。乾位は西北の郊にあり、ゆえに郊象を取る。『呂氏春秋』にいう、「雲気は西に流行し、浩然として一片なり。」高誘の注にいう、「雲は西に往けばすなわち雨降るべし。」今雲は我が西郊より來りて雨せざるは、陰爻の力弱く陽を固住し得ず、畜聚の道未成に由る、ゆえに『彖伝』は恩沢なお推行せられざるなりという。

初九復自道何其咎吉。注:謂從豫四之坤初成復卦,故復自道。出入無疾,朋來無咎,何其咎吉。乾為道也。九二牽復吉。注:變至二與初同復,故牽復。至五體需,二變應之,故吉。

初九の爻辞:「復自道、何其咎、吉。」恵棟の自注:これは旁通の『豫』卦の第四爻が坤の初位に入りて『復』卦を成すをいうので、「復自道」という。『復』の卦辞に「出入无疾、朋來无咎」の言あり、ゆえにいずくんぞ過咎あらん、その占は吉という。乾は道を為す。九二の爻辞:「牽復、吉。」恵棟の自注:第二爻に変ずる、初爻と同じく復なので、牽連して復すると叫ぶ。五位に上行すればすなわち『需』体を成し、五位は剛正にして、九二は変動してそれと相応するので吉。

九三轝說腹。注:腹讀為輹。豫坤為轝,為輹。至三成乾,坤象不見,故轝說輹。馬君及俗儒皆以乾為車,非也。夫妻反目。注:豫震為夫,為反;巽為妻,離為目。今夫妻共在四,離火動上,目象不正,巽多白眼,故反目。

九三の爻辞:「輿説腹。」恵棟の自注:「腹」は「輹」と読むべし。旁通の『豫』卦に坤あり、坤は車輿を為し、また車下の伏兎を為す。第三爻に変ずれば下体は乾を成し、坤象はすなわち見えず、ゆえに車は伏兎を脱落すという。馬融および一般の俗儒は皆乾を車と為す、これは誤りである。爻辞にまたいう、「夫妻反目。」恵棟の自注:『豫』の震は夫を為し反を為し、巽は妻を為し、離は目を為す。今夫と妻とは同じく第四爻の上に処り、離火は上に騰動し、目の象はすなわち端正ならず、巽はまた白眼多し、ゆえに反目という。

六四有孚血去惕出無咎。注:孚謂五。血讀為恤,豫坎為恤,為惕;震為出。變成小畜,坎象不見,故恤去惕出。得位承五,故無咎。九五有孚攣如富以其鄰。注:有孚,下三爻也。攣,連也。鄰謂四。五以四陰作財與下三陽共之,故曰富以其鄰。

六四の爻辞:「有孚、血去惕出、无咎。」恵棟の自注:「孚」は九五を指す。「血」は「恤」と読むべし、旁通の『豫』卦の坎は憂恤を為し警惕を為し、震は出を為す。『小畜』と変成して後坎象は見えず、ゆえに憂恤離去し警惕解除すという。六四は位を得て上に九五を承奉するので、過咎を致さざるを得る。九五の爻辞:「有孚攣如、富以其鄰。」恵棟の自注:いわゆる有孚とは、下の三つの陽爻を指す。「攣」は牽連の意である。「鄰」は六四を指す。九五は六四のこの陰爻を財貨と作し、下の三つの陽爻と共に享用するので、「富以其鄰」という。

上九既雨既處尚得載婦貞厲。注:畜道已成,故既雨既處尚得載。四順故稱婦,得位故言貞。上已正坎成巽壞,故婦貞厲。月近望君子征凶。注:近讀為既。坎為月。十五日乾象盈甲,十六日巽象退辛,故月近望。君子謂三,陰盛消陽,故君子征凶。

上九の爻辞:「既雨既處、尚得載、婦貞厲。」恵棟の自注:畜聚の道すでに完成したので、雨すでに落ち・陽すでに止息し・車はまた物を載せうるという。六四は柔順なので婦と称し、それは位を得るので貞という。上九すでに正に帰し、坎象は結成して巽体は敗壊す、ゆえに婦は正を守ると雖もなお危険ありという。爻辞にまたいう、「月近望、君子征凶。」恵棟の自注:「近」は「既」と読むべし。坎は月を為す。納甲の法に按ずるに、十五日に乾象は甲方に盈満し、十六日に巽象は辛方に退落す、ゆえに月はすでに望を過ぐという。「君子」は九三を指す。陰気は転盛にして陽気を消損するので、君子は往く所有ればすなわち凶に遇う。

疏:「謂從」至「道也」○此虞義也。需與豫旁通,豫復兩象易也,故云從豫四之坤初成復卦。兩象易者,本諸《繋辭下傳》大壯、大過、夬三蓋取,與《無妄》《中孚》《履》兩象易,此漢法也。《復》彖曰「出入無疾,朋來無咎」,故云何其咎吉。乾初體震,震開門為大塗,故為道也。○「變至」至「故吉」○變至二謂從旁通變也。陽息至二,故與初同復,為牽復也。二變失位,至五體需,五剛居正,二變應之,故吉。《象》曰「亦不自失也」。

以下は自注の「謂從豫四之坤初」より「乾為道也」一段を疏証す。○これは虞翻の説である。『需』は『豫』と旁通し、そして『豫』は『復』と両象互易の関係なので、『豫』の第四爻が坤の初位に入りて『復』を成すという。いわゆる「両象易」は、根拠は『繫辞下伝』の「蓋取諸」一章の挙ぐる所の『大壮』『大過』『夬』の三卦にあり、それらは各々『无妄』『中孚』『履』と両象互易す、これは漢代易家の法則である。『復』の卦辞に「出入无疾、朋來无咎」といい、ゆえにいずくんぞ過咎あらん・その占は吉という。乾の初爻は震体を具え、震は開門を為し大路を為すので、道象を取る。○以下「變至二」より「故吉」一段を疏証す:第二爻に変ずるというは、旁通の卦変に就いて講ずるなり。陽気は生息して第二爻に至るので、初爻と同じく復なり、そこに牽復と叫ぶ。九二の変動はもと失位に属すと雖も、五位に上行すればすなわち『需』体を成し、五位は剛をもって正に居り、九二は変じてそれと相応するので吉。『小象伝』に「亦た自ら失ありと為さざるなり」という。

○「豫坤」至「非也」○此虞義也。腹,古文輹,故讀為輹。坤為大轝,車轝同物。子夏曰:「輹,車下伏莬。」虞氏以為車之鉤心夾軸之物,故坤為大轝,為輹。從旁通變至三,則下體成乾,乾成坤毀,故坤象不見。轝,所以載者,說輹則不能載也。馬君及俗儒以三體乾,而《漢書·王莽傳》有乾文車坤六馬之文,因謂乾為車。易無乾為車坤為馬之例,故云非也。

○これは虞翻の説である。「腹」は古文の「輹」の字なので、輹と読む。坤は大車を為し、車と輿とはもと一物である。子夏にいう、「輹は車底下の伏兎。」虞翻はそれを車上にて車心を鈎連し車軸を夾持する部件と為す、これにより坤はすでに大車を為し、また輹を為す。旁通の卦より第三爻に変ずれば、下体はすなわち乾を成し、乾成りて坤毀るるので、坤象は見えず。車はもって物を載す、伏兎を脱落せばすなわち物を載動し得ず。馬融および一般の俗儒は、第三爻が乾体に属するを因とし、また『漢書・王莽伝』に「乾文車、坤六馬」の言あるを見て、すなわち乾を車と為す。『周易』には乾を車と為し坤を馬と為すの義例なく、ゆえに彼らの講法は誤りという。

○「豫震」至「反目」○此虞義也。《晉語》曰:「震,一夫之行。」故為夫。震為反生,故為反。巽婦為妻。四體離為目。豫震為夫,小畜巽為妻,故同在四。豫變為小畜,故離火動上,又在四,故目象不正。巽多白眼,《說卦》文。虞氏謂巽為白,離目上向,故多白眼。經曰反目,反目為眅。《說文》曰:「多白眼也。」

○これは虞翻の説である。『国語・晋語』にいう、「震は、一男子の独行の象。」ゆえに震は夫を為す。震は反生を主るので反を為す。巽は婦を為し、ここではすなわち妻。第四爻は離体を具え、離は目を為す。『豫』卦の震は夫を為し、『小畜』の巽は妻を為し、両者は同じく第四爻の上に落つ。『豫』は『小畜』と変成し、そこに離火は上に騰動し、また恰も第四爻に在り、ゆえに目の象は端正ならず。「巽多白眼」は『説卦』に出る。虞翻は巽は白を為し、離の目は上に翻るので白眼を多く露すとす。経文は反目といい、反目はすなわち「眅」の字である。『説文』は「眅」を解釈していう、「眼白多し。」

○「孚謂」至「無咎」○此虞義也。五陽居中,故孚謂五。血讀為恤,讀從馬氏,蓋古文恤作血也。坎為加憂,故為恤,為惕。萬物出乎震,故震為出。四以一陰乘乾,乾陽尚往,不為所畜,故為恤,為惕。旁通變至上成小畜,坎象不見,故恤去惕出。四陰得位,上承九五,與五合志,故無咎也。

○これは虞翻の説である。九五は陽をもって中に居るので、「孚」は九五を指す。「血」は「恤」と読むは、馬融の読法に依従し、古文に「恤」はまさに「血」と作るによる。坎は憂慮を增添するので、憂恤・警惕の象を取る。万物は震より出づるので、震は出を為す。六四は一つの陰爻をもって乾陽を乗凌し、そして乾陽は依然として上に往かんと要し、それに畜住せらるるを肯んぜず、ゆえに憂恤と警惕とを生出す。旁通の卦より上爻に変じて『小畜』を成せば、坎象は見えず、ゆえに憂恤離去し警惕解除す。六四のこの陰爻は居位当を得、上に九五を承奉し、九五と志向相合す、ゆえに過咎を致さざるを得る。

○「有孚」至「其鄰」○此九家義也。畜乾者,四五貴在上,與四合志,五之孚及於下,故云有孚,下三陽也。攣連,馬義也,連下三陽故攣如。《釋名》曰:「鄰,連也,相接連也。」四近五故鄰謂四。《繋下》曰「何以聚人曰財」,彼注云:「財爻與人同制之爻,故以聚人。」《火珠林》巽屬木,六四辛未土巽之財也,故云以四陰作財,與下三陽共之為富以其鄰也。

○これは『九家易』の説である。乾陽を畜聚するは六四なり。九五は尊貴にして上に居り、六四と志同じくし、九五の誠信は衆陽に下達す、ゆえに「有孚」という、指す所はまさに下の三つの陽爻である。「攣」を連と訓ずるは馬融の説である:それは下の三つの陽爻を牽連するので、「攣如」という。『釈名』にいう、「鄰とはすなわち連、彼此相接連す。」六四は九五に緊鄰するので、「鄰」は六四を指す。『繫辞下伝』に「何をもって人を聚むる、財をもってす」といい、その一句の注にいう、「財爻とは人と共同支配するの爻なので、人を聚めうる。」『火珠林』の納甲に按ずるに、巽卦は木に属し、六四は辛未を配して土に属し、土はまさに巽木の財爻なので、六四のこの陰爻を財貨と作し、下の三つの陽爻と共享するをいう、すなわち「富以其鄰」。

○「畜道」至「貞厲」○以巽畜乾至上而成,故云畜道已成。昔之不雨者既雨矣,昔之尚往者既處矣,昔之說輹者得載矣。上言婦,三言妻,皆指四。《白虎通》曰:「妻者,齊也,與夫齊體。婦者,服也,服有順義。」《昏義》曰「明婦順」,故四順稱婦也。四得位,故言貞。上變體坎,坎成巽壞,故婦貞厲。蓋一陰畜眾陽,雖正亦危也。

○巽を用いて乾陽を畜聚し、上爻に至りて始めて完成を告ぐ、ゆえに畜聚の道すでに成るという。従前密雲にして雨降らざりしは、今すでに雨落ちた。従前一味に上行せしは、今すでに安處せり。従前伏兎を脱落せしは、今また物を載せうる。上九は「婦」といい、九三は「妻」といい、指す所は皆六四である。『白虎通』にいう、「妻とはすなわち斉、丈夫と地位相斉し。婦とはすなわち服、服は順従の義を含む。」『礼記・昏義』に「為婦の順を申明す」というので、六四は柔順にして婦と称す。六四は位を得るので貞という。上爻が一変すれば卦体は坎を成し、坎成りて巽体は敗壊す、ゆえに婦は正を守ると雖もなお危険ありという。大抵一つの陰爻をもって衆陽を畜聚するは、縦令自身は正に居ると雖も、処境は依然として危殆なり。

○「近讀」至「貞凶」○近讀為既,謂既望。孟喜以為十六日也。《詩·嵩高》曰「往近王舅」,鄭氏讀如「彼記之子」之記,毛傳云「已也」。近音近既,既有已義,故讀從之。卦內乾外巽,十五日乾象盈甲,十六日巽象退辛,此納甲法也。

○「近」は「既」と読み、既望を指す。孟喜は既望は十六日と為す。『詩経・大雅・崧高』に「往近王舅」といい、鄭玄はこの「近」を「彼記之子」の「記」と読み、『毛伝』は「已」と訓ず。「近」の読音は「既」と相近く、そして「既」はまさに「已経」の意あるので、これに依りて改読す。此卦の内体は乾を為し外体は巽を為す:十五日に乾象は盈満して甲を配し、十六日に巽象は退落して辛を配す――これはすなわち納甲の法で、八卦をもって天干に配し、卦象をもって月相の盈虧に対応す。

魏伯陽《參同契》曰:「十五乾體就,盛滿甲東方。蟾蜍與兔魄,日月氣雙明。七八道已訖,屈折低下降。十六轉受統,巽辛見平明。」是其義也。上應三,故君子謂三。以陰畜陽之卦,故畜道成則陰盛陽消,君子不可以有行也。

魏伯陽『参同契』にいう、「十五の日に乾体は完成し、月輪は盛満して象は甲に配し位は東方に在り。蟾蜍と兎魄とは交映し、日月の気は双双光明なり。七に八を加えて恰も十五に満ち、月道はすでに尽き、そこに屈折して下に低降す。十六日より転じて巽が統緒を承接し、巽は辛に配し、月は黎明時に西方に現る。」講ずる所はまさにこの理である。上九は九三と相応するので、「君子」は九三を指す。これは陰をもって陽を畜するの卦なので、畜聚の道は一たび完成を告げば、すなわち転じて陰気日に盛んにして陽気漸く消する、君子は行動有るべからず。

履卦 艮宮五世卦 消息六月

履虎尾不咥人亨利貞。注:坤三之乾,與《嗛》旁通。以坤履乾,故曰履,彖曰:「履,柔履剛也。」坤之乾成兌,兌為虎,初為尾,以乾履兌,故履虎尾。咥,齕也。乾為人,兌說而應,虎口與上絶,故不咥人亨。五剛中正,履危不疚,故利貞。王弼本脫利貞。

経文:「履虎尾、不咥人、亨、利貞。」恵棟の自注:『履』卦は坤の第三爻が乾に入りて成し、『謙』卦と旁通す。坤を用いて乾を踩踏するので履と叫び、『彖伝』にいう、「履とは、柔が剛を踩踏すること。」坤爻は乾に入り、下体は兌を成し、兌は虎を為し初爻は尾を為す。乾をもって兌を践履するので、虎尾を踩むという。「咥」は噛咬である。乾は人を為す。兌は和悦にして上と相応し、虎口は上爻と隔絶す、ゆえに老虎は人を咬まずして亨通す。九五は剛健中正にして、身は危地を履みて病咎なく、ゆえに正を守るに利あり。王弼本は「利貞」の二字を脱漏す。

疏:此荀虞義也。荀注《嗛》彖傳曰:「陰去為離,陽來成坎。」陰去為離成《履》,陽來成坎為《嗛》,則《履》乃坤三之乾。虞於《嗛》卦引彭城蔡景君說剝上來之三,此當自《夬》來,虞無一陰五陽之例,故不云自《夬》來也。虞用需上變巽為《小畜》之例,謂變訟初兌也。坤三之乾,以柔履剛,故名履,而引彖傳以明之。

恵棟の疏証:この一段は荀爽・虞翻の説である。荀爽が『謙』卦の『彖伝』に注していう、「陰爻は去ればすなわち離を成し、陽爻は来ればすなわち坎を成す。」陰去りて離を成すはすなわち『履』、陽来りて坎を成すはすなわち『謙』、これにより『履』はまさに坤の第三爻の乾に入るなりを知る。虞翻は『謙』卦に彭城人蔡景君の説を引き、『剥』の上爻が下来りて第三位に至るという。これに照らして『履』を推せばすなわち『夬』より来ると言うべきに、しかし虞翻には一陰五陽の卦变通例なく、ゆえに『履』は『夬』より来るとは云わず。虞翻は『需』の上爻が変じて巽と為り『小畜』を成すの成例を套用し、『履』は『訟』卦の初爻を兌に変ずるとす。坤の第三爻は乾に入り、柔をもって剛を践むので、名づけて履という、恵棟は併せて『彖伝』を引きて印証す。

郭璞《洞林》曰:「朱雀西北,白虎東起。」注云:「離為朱雀,兌為白虎。」白虎西方宿,兌正西,故云虎。《洞林》皆以兌為虎。虞注此經云「俗儒以兌為虎」,蓋漢儒相傳以兌為虎,虞氏斥為俗儒,非是。虞氏據旁通謂《嗛》坤為虎,今不用也。

郭璞『洞林』にいう、「朱雀は西北にあり、白虎は東辺より昇起す。」その注にいう、「離は朱雀を為し、兌は白虎を為す。」白虎は西方の星宿で、兌はまさに西方に当たる、ゆえに兌は虎を為すという。『洞林』は通篇皆兌を虎と為す。虞翻がこの一節に注して却って「俗儒は兌を虎と作す」という、実は漢代経師は相承して兌をもって虎と為す、虞翻がこれを俗儒と斥するは、妥当ならず。虞翻は旁通に依拠し、『謙』卦の坤を虎と為す、ここではその説を採用せず。

爻例近取諸身,則初為趾,上為首;遠取諸物,則初為尾,上為角。今言虎尾,故知尾謂初。以卦言之,坤三之乾,以柔履剛,故名履;以爻言之,坤之乾體兌,兌為虎,初為尾,以乾履兌,故履虎尾。所以取義於虎尾者,《序卦》曰:「履者,禮也。」《荀子·大略》曰:「禮者,人之所履也,失所履則顛蹶陷溺。所失微而其為亂大者,禮。」是以取義於虎尾也。

爻位取象の通例に按ずるに:近く人身に取るは、初爻は脚趾を為し上爻は頭を為す。遠く物類に取るは、初爻は尾を為し上爻は角を為す。ここは虎尾というので、「尾」は初爻を指すを知る。整卦に就いて言えば、坤の第三爻は乾に入り、柔をもって剛を践むので名を履と為す。爻位に就いて言えば、坤爻は乾に入りて下体は兌を成し、兌は虎を為し初爻は尾を為し、乾をもって兌を践履するので、虎尾を踩むという。虎尾に取義せんとする所以は、『序卦』に「履とはすなわち礼」というによる。『荀子・大略』にいう、「礼は人の践行する所の路で、一旦践む所の礼を失えば、すなわち跌倒陷溺す。失う所は看れば細微にして醸成する禍乱は極大なるは、まさに礼なり。」ゆえに虎尾のごとき凶険の処境に取義す。

咥,齕,馬義也。人象乾德而生,故乾為人。兌為和,說而應乾剛。三為虎口,與乾異體,故與上絶。三不當位,故咥人凶;兌說而應,故不咥人亨。九五貞厲,是履危也;以剛中正,故不疚。彖傳剛中正以下正以釋利貞之義。王弼本脫利貞字,荀氏有之,今從古也。

「咥」を噛咬と訓ずるは馬融の説である。人は乾徳を禀受して生ず、ゆえに乾は人を為す。兌は和を為し、和悦にして乾剛と相応す。第三爻は虎口で、乾と同体に属せず、ゆえにそれは上爻と隔絶すという。六三は位に当たらざるので「咥人凶」。兌は和悦にして相応あり、ゆえに「不咥人、亨」。九五の爻辞に「貞厲」といい、まさに身は危地を履むなり。その剛健中正なるに因り、ゆえに病咎なし。『彖伝』の「剛中正」以下の数句は、まさに「利貞」の義理を解釈するに用う。王弼本は「利貞」の二字を脱す、荀爽本には之あり、ここは古本に依従す。

初九素履往無咎。注:初為履始,故云素。應在四,四失位變得正,故往無咎。九二履道坦坦幽人貞吉。注:二失位變成震,為道,為大塗,故履道坦坦。虞氏謂履自訟來,訟時二在坎獄中,故稱幽人。之正得位,震出兌說故貞吉。

初九の爻辞:「素履、往无咎。」恵棟の自注:初爻は践履の起点なので「素」という。その応爻は六四にあり、六四は位を失い、変動の後正に帰るので、往けば過咎を致さざるを得る。九二の爻辞:「履道坦坦、幽人貞吉。」恵棟の自注:九二は位を失い、変動の後震を成し、震は道を為し大路を為す、ゆえに行く所の路は平坦寛濶という。虞翻は『履』は『訟』卦より変じて来るとし、『訟』卦の時第二爻は坎の牢獄の中に困るので「幽人」と称す。それは変じて正に帰し居位当を得、震は出を主り兌は悦を主るので、正を守りて吉を得る。

六三眇而眂跛而履履虎尾咥人凶。注:離目不正,兌為小,故眇而視。巽為股,訟坎為曳,故跛而履。位在虎口中,故咥人凶。武人為于大君。注:三失位變成乾,乾為武人。應在上,乾為大君,故武人為于大君。外傳曰:「武人不亂。」

六三の爻辞:「眇而視、跛而履、履虎尾、咥人、凶。」恵棟の自注:離は目を為して居位正ならず、兌は小を為す、ゆえに一目眇小にして斜視す。巽は大腿を為し、『訟』卦の坎は拖曳を為す、ゆえに跛足にて歩行す。それが処する位はまさに虎口の中にあり、ゆえに老虎は人を咬みて凶。爻辞にまたいう、「武人為于大君。」恵棟の自注:六三は位を失い、変動の後乾を成し、乾は武人を為す。その応爻は上にあり、乾は大君を為す、ゆえに武人は大君の任用する所と為るという。『国語』にいう、「武人は乱を作さず。」

九四履虎尾愬愬終吉。注:愬愬,敬懼貌。體與下絶,乾為敬,四多懼,故愬愬。變體坎,得位承五應初,故終吉。九五夬履貞厲。注:三上已變體夬象,故夬履。四變五在坎中,故貞厲。上九眂履考詳其旋元吉。注:考,稽;詳,征也。應在三,以三之視履稽其禍福之詳。三上易位,故其旋元吉。象曰「大有慶也」。

九四の爻辞:「履虎尾、愬愬、終吉。」恵棟の自注:「愬愬」は恭敬戒惧の貌である。九四の属する体は下卦と隔絶し、乾は敬を主り、第四爻は戒惧多し、ゆえに愬愬という。それが変動の後坎体を成し、居位当を得、上に九五を承奉し下に初九に応ず、ゆえに終わりに吉を得る。九五の爻辞:「夬履、貞厲。」恵棟の自注:三・上両爻すでに変動し、卦体はすなわち『夬』象を現出す、ゆえに「夬履」という。第四爻が一変すれば、九五はすなわち坎中に落つ、ゆえに正を守ると雖も危あり。上九の爻辞:「視履考詳、其旋元吉。」恵棟の自注:「考」は稽考、「詳」は征験である。その応爻は六三にあり、六三の行う所の履に就きて禍福の征応を稽考す。三と上とは位置を互換す、ゆえに「其旋元吉」という。『小象伝』に「大有慶也」という。

疏:「初為」至「無咎」○《乾鑿度》曰:「太素者,質之始。」鄭注《尚書大傳》曰:「素猶始也。」初為履始,故云素,素亦始也,故云素履。「應在四」以下,虞義也。初與四應,九四失位,愬愬終吉,是變得正,初往應四,故往無咎也。

以下は自注の「初為履始」より「故往无咎」一段を疏証す。○『乾鑿度』にいう、「太素とは、形質の開端。」鄭玄が『尚書大伝』に注していう、「素はすなわち始のごとし。」初爻は践履の開端なので素といい、素はすなわち始なので、「素履」と称す。「應在四」以下は虞翻の説である:初爻は四爻と相応し、九四はもと位を失うも、しかして爻辞はそれが戒惧して終に吉という、これによりそれがすでに変動して正を得るを見る。初爻は前往して九四に応和す、ゆえに往けば過咎を致さざるを得る。

○「二失位」至「貞吉」○此虞義也。二變體震,乾為道,震得乾之初,故為道,為大塗。《倉頡篇》曰:「坦,著也。」陽在二,大道著明,故履之坦坦。幽人,幽繫之人。《尸子》曰:「文王幽於羑里。」《荀子》曰:「公侯失禮則幽。」訟時二體坎,坎為獄,二在坎獄中,故稱幽人。俗謂高士為幽人,非也。二失位變之正,故為得位。震出兌說,出獄而喜,貞吉之象。

○これは虞翻の説である。九二は変動の後震体を成す。乾は道を為し、震は乾の初爻を承接したので、震もまた道を為し大路を為す。『倉頡篇』にいう、「坦とはすなわち顕著。」陽爻は第二位に居り、大道は昭著分明なり、ゆえに行く所の路は平坦寛濶という。「幽人」は幽禁せらるる人である。『尸子』にいう、「文王は羑里に囚禁せらる。」『荀子』にいう、「公侯は礼を失えばすなわち幽禁せらるべし。」『訟』卦の時第二爻は坎体に属し、坎は牢獄を為し、九二は身は坎獄の中に在るので、幽人と称す。世俗は隠居の高士を幽人と叫ぶ、ここに用うるは誤りである。九二は位を失い変動して正に帰し、そこに位を得る。震は出を主り兌は悦を主り、出獄して欣喜す、まさに正を守りて吉を得るの景である。

○「離目」至「咥人凶」○此虞義也。離在二五稱正,今在三故不正。《說文》曰:「眇,一目小也。」兌為小,小目不正,故為眇。古而能通,故眇而視謂視上也。巽為股,坎為曳,皆《說卦》文,行以股而曳跛之象,故跛而履。虞氏據旁通以《嗛》震為足,今不用也。兌三為口,故云位在虎口中。眇而視,非禮之視也;跛而履,非禮之履也。以位不當,故有是象。《象》曰:「咥人之凶,位不當也。」

○これは虞翻の説である。離は二・五の位に処りて始めて正と称す、今第三爻に在るので正ならず。『説文』にいう、「眇とは、一只の眼が偏小。」兌は小を為し、小眼にして位正ならず、ゆえに眇象を取る。「古而能通」一句は底本は疑わしく訛字あり、大意は「眇而視」は強いて眼を擡げて上爻を仰望するを指すをいう。巽は大腿を為し坎は拖曳を為すは、皆『説卦』に出る。腿に倚りて行走り拖曳するは、まさに跛の貌なり、ゆえに跛足にて歩くという。虞翻は旁通に依拠し、『謙』卦の震を足に取る、ここでは採用せず。兌の第三爻は口を為す、ゆえに身は虎口の中に処るという。目を瞇りて看るは、礼に合せざる看法なり。跛足にて歩くは、礼に合せざる走法なり。爻位の当たらざるに因り、始めてかかる象あり。『小象伝』にいう、「咬まるるの凶は、位置の当たらざるに由る。」

○「三失」至「不亂」○兌三變成乾。《楚語》曰:「天事武。」韋昭云:「乾稱剛健,故武。」乾為人,為武,故為武人。《說卦》曰「乾以君之」,故乾為大君。應在上,是為于大君也。俗說謂三為大君,非是。「武人不亂」,《晉語》文,引之者證武人非三也。

○兌の第三爻は一変すればすなわち乾を成す。『国語・楚語』にいう、「天の主する事は武なり。」韋昭の注にいう、「乾は剛健と称す、ゆえに武を為す。」乾は人を為しまた武を為し、合わせてすなわち「武人」。『説卦』に「乾はもって万物を統君す」というので、乾は大君を為す。六三の応爻は上位にあり、ゆえに武人は大君の用うる所と為るという。世俗の説は第三爻を大君と作す、誤りである。「武人不乱」は『国語・晋語』の中の言で、恵棟がこれを引くは、武人は決して第三爻を指さざるを証明せんと要す。

○「愬愬」至「終吉」○《序卦》曰:「履者,禮也。」《白虎通》曰:「以履踐而行。」禮以敬為主,不敬則禮不行,故卦名為履。此卦之義,柔履剛則咥人,乾履兌則不咥人,敬與不敬之殊也。

○『序卦』にいう、「履とはすなわち礼。」『白虎通』にいう、「礼は践行に倚りて乃ち実現しうる。」礼を行うは恭敬をもって根本と為し、恭敬ならざれば礼は推行し得ず、ゆえに卦名を履と叫ぶ。此卦の義理はすなわちここに在り:柔が剛を踩めばすなわち咬まれ、乾が兌を踩めばすなわち咬まれず、分別はただ恭敬と不恭敬との間に在るのみ。

子夏曰:「愬愬,恐懼貌。」宣六年《公羊傳》曰:「靈公望見趙盾,愬而再拜。」何休注云:「知盾欲諫,以敬拒之。」是愬愬者,恐懼行禮,兼有敬義,故云敬懼貌。乾與兌絶體,故云體與下絶。兌為虎,初為尾,四履兌初敬懼愬愬,是履虎尾不咥人之象。四失位,變體坎,上承九五,下應初九,故終吉,此兼虞義也。

子夏にいう、「愬愬とは、恐懼の貌。」『公羊伝』宣公六年に記載す、「晋霊公は遠く趙盾を望見し、愬然として再拝す。」何休の注にいう、「霊公は趙盾の来りて進諫せんとするを知り、恭敬の姿態をもって彼を擋る。」これにより「愬愬」は恐懼を懐いて礼を行うにして、敬意を兼含するを知る、ゆえにそれを恭敬戒惧の貌という。乾と兌とは両体に分属す、ゆえに九四の体は下卦と隔絶すという。兌は虎を為し初爻は尾を為す。九四は兌の初爻の上を踩みて恭敬戒惧す、まさに虎尾を踩みて咬まれざるの象である。九四は位を失い、変動の後坎体を成し、上に九五を承奉し下に初九に応ず、ゆえに終わりに吉を得る――この一段は虞翻の説を兼取す。

○「三上」至「貞厲」○此虞義也。夬履兩象易也,故三上易位體夬。象曰夬履,蓋制禮之人也。四變五體坎,坎為疾為災,故貞厲。以乾履兌,五在乾體,有中正之德而又常存危厲之心,此其所以履帝位而不疚歟。

○これは虞翻の説である。『夬』と『履』とは両象互易の関係なので、三・上両爻は位置を互換し、卦体はすなわち『夬』象を現出す。『小象伝』のいう「夬履」とは、指す所はおそらく礼法を裁断制作しうる人であろう。第四爻が一変すれば、九五はすなわち坎中に落つ、坎は疾病を為し災患を為す、ゆえに正を守ると雖も危あり。乾をもって兌を践履し、九五は身は乾体に在り、すでに中正の徳あり、また常に危惧の心を懐く、これはおそらくまさにそれが「帝位を履みて疚あらざる」ことのできる所以であろう。

○「考稽」至「慶也」○此虞義也。考,稽,《小爾雅》文。《廣雅》曰:「稽,考問也。」字本作卟,《說文》曰:「卜以問疑也,從口卜,讀與稽同。」《書》云「卟疑」。《大戴》《四代》曰:「天道以視,地道以履,人道以稽。」所謂人與天地相參也。

○これは虞翻の説である。「考」を稽と訓ずるは『小爾雅』に出る。『広雅』にいう、「稽とはすなわち考問。」この字はもと「卟」と作り、『説文』にいう、「卟は卜問をもって疑を決す、字形は口に従い卜に従い、読音は稽と同じ。」『尚書』に「卟疑」の説あり。『大戴礼記・四代』にいう、「天道は観察に倚り、地道は践行に倚り、人道は稽考に倚る。」これがすなわちいわゆる人と天地との三者並立相参である。

詳,古文祥。《呂氏春秋》曰:「天必先見祥。」高誘云:「祥,徵應也。」故謂詳為征也。《中庸》曰「國家將興必有禎祥」,是吉祥也;《豐》上六象傳曰「天際祥也」,昭十八年《春秋傳》曰「將有大祥」,《尚書大傳》曰「時則有青眚青祥」,是凶祥也。則祥兼吉凶,故云以三之視履,稽其禍福之祥。旋,反也。三位不當,故視履皆非禮;上亦失位,兩爻易位,各反於正,故其旋元吉。二四已正,三上易位成既濟,故傳曰大有慶也。

「詳」は古文の「祥」の字である。『呂氏春秋』にいう、「上天は必ず先ず兆を顕す。」高誘の注にいう、「祥とはすなわち征応。」ゆえに「詳」を征験と解す。『中庸』に「国家は将に興隆せんとすれば、必ず吉兆あり」という、これは吉祥である。『豊』卦の上六『小象伝』に「天際祥也」といい、『春秋左伝』昭公十八年に「将に大祥あらんとす」といい、『尚書大伝』に「その時すなわち青色の災眚と青色の妖祥とあり」という、これらは凶祥である。これにより「祥」は吉凶両面を兼含するを知る、ゆえに六三の行う所の履に就きて、その禍福の征応を稽考すという。「旋」は返回である。六三は位当たらず、ゆえにその看と走と皆礼に合せず。上九も同じく位を失う。両爻は位置を互換し、各々正当の処に帰る、ゆえに「其旋元吉」という。二・四両爻はもとすでに正に帰し、三・上は再び一たび換位すれば、全卦はすなわち『既済』を成す、ゆえに『小象伝』に大有喜慶という。

泰卦 坤宮三世卦 消息正月

泰小往大來吉亨。注:陽息坤,反否也。坤陰詘外為小往,乾陽信內稱大來。天地交,萬物通,故吉亨。疏:此虞義也。泰息卦,卦自坤來,故云陽息坤。《雜卦》曰「否泰反其類也」,虞注云:「否反成泰,泰反成否。」故云反否,在他卦則云旁通是也。

経文:「泰、小往大來、吉、亨。」恵棟の自注:『泰』は陽気が坤に生息して成し、『否』と互いに反卦を為す。坤陰は屈縮して外卦にあればすなわち「小往」、乾陽は伸展して内卦にあればすなわち「大来」と叫ぶ。天地は交感し、万物は通暢す、ゆえに吉にして亨通す。恵棟の疏証:これは虞翻の説である。『泰』は十二消息中の息卦に属し、卦は坤より来る、ゆえに「陽息坤」という。『雑卦』に「否と泰とは彼此相反の類なり」といい、虞翻の注にいう、「『否』は反して『泰』を成し、『泰』は反して『否』を成す。」ゆえに「反否」という、同じくこの関係は他の卦に在ればすなわち旁通と叫ぶ。

息卦坤詘乾信,陰為小,陽為大。坤在外,故坤陰詘,外為小往;乾在內,故乾陽信內為大來。爻在外曰往,在內曰來也。二五失位,二升五,五降二,天地交,萬物通,成既濟定,故吉亨。

息卦の格局は坤が屈縮して乾が伸展す:陰は小と称し、陽は大と称す。坤は外卦に在るので、坤陰は屈縮して外に往くはすなわち「小往」。乾は内卦に在るので、乾陽は伸展して内に在るはすなわち「大来」。爻は外卦に処るを往と叫び、内卦に処るを来と叫ぶ。二・五両爻は皆位に当たらず、九二は五に上昇し六五は二に下降し、天地は交感し万物は通暢し、六爻は各々その正に帰して『既済』の定局を成す、ゆえに吉にして亨通す。

初九拔茅茹以其征吉。注:初在泰家,故稱拔。否巽為茅。茹,茅根。艮為手。類也。二升五,故拔茅茹以其。震為征,得位應四,故征吉。九二苞巟。注:巟,虛也。五虛無陽,二上苞之。

初九の爻辞:「拔茅茹、以其彚、征吉。」(底本はここに「彚」の字を脱す、下同。)恵棟の自注:初爻は身は『泰』卦の中に在るので、拔という。旁通の『否』卦に巽あり、巽は茅を為す。「茹」は茅根である。艮は手を為す。あの脱せる字は「類」と訓ず。九二が五位に昇るので、茅草を拔き起こし根に連ねてその同類を帯びるという。震は征を為し、初爻は位を得て六四と相応するので、前行して吉を得る。九二の爻辞:「苞巟。」恵棟の自注:「巟」は空虚である。五位は空虚にして陽なく、九二は下よりこれを包住す。

用馮河不遐遺。注:馮河,涉河。遐,遠。遺,亡也。失位變得正體坎,坎為河,震為足,故用馮河。乾為遠,故不遐遺。朋亡得尚于中行。注:五降二,故朋亡。五為中,震為行。朋亡而下則二得上居五而行中和矣。

爻辞は続いていう、「用馮河、不遐遺。」恵棟の自注:「馮河」は徒歩にて水を渉りて河を渡ること。「遐」は遠、「遺」は亡失である。九二は位を失い、変動の後正を得て坎体を成し、坎は河を為し震は足を為す、ゆえに徒歩にて河を渉るという。乾は遠を為す、ゆえに遠方の人を遺棄せずという。爻辞にまたいう、「朋亡、得尚于中行。」恵棟の自注:六五は二位に下降するので「朋亡」という。五は中を為し、震は行を為す。六五は朋類を離れて下降し、九二はすなわち上に五位に居りて中和の道を推行するを得る。

九三無平不陂無往不復。注:陂,傾也。應在上,平謂三,陂謂上。往謂消外,復謂息內,從三至上體復象,故無平不陂,無往不復。艱貞無咎勿恤其孚于食有福。注:艱,險;貞,正;恤,憂;孚,信也。二之五三體坎,為險,為恤,為孚。乾為福。三得位,故艱貞無咎,勿恤其孚,于食有福也。

九三の爻辞:「无平不陂、无往不復。」恵棟の自注:「陂」は傾斜である。九三の応爻は上六にあり、「平」は九三を指し、「陂」は上六を指す。「往」は陽気が外卦にて消退するを指し、「復」は陽気が内卦にて生息するを指す。第三爻より上爻に数えて、卦体は『復』象を現出す、ゆえに一率して平坦にして傾斜せざるはなく、また一往して回返せざるはなしという。爻辞にまたいう、「艱貞无咎、勿恤其孚、于食有福。」恵棟の自注:「艱」は険難、「貞」は守正、「恤」は憂慮、「孚」は誠信である。九二が五位に往きて後、九三はすなわち坎体に属し、坎は険を為し憂恤を為し誠信を為し、乾は福を為す。九三は位を得るので、艱難に処りて正を守りて災禍を致さず、己が誠信を憂うるに及ばず、食禄の上に自ら福分ありという。

六四偏偏不富以其鄰。注:五不正,故云偏偏。坤虛無陽,故不富。鄰謂四上。不戒以孚。注:坤邑人不戒,故使二升五,信來孚邑,故不戒以孚。

六四の爻辞:「偏偏不富、以其鄰。」(通行本は「偏偏」を「翩翩」と作る。)恵棟の自注:六五は位に当たらず、ゆえに「偏偏」といい、すなわち偏斜不正である。坤は空虚にして陽なく、ゆえに不富という。「鄰」は六四と上六とを指す。爻辞にまたいう、「不戒以孚。」恵棟の自注:坤は邑を為し、邑中の人は告誡を待たず、ゆえに九二をして五位に昇らしめ、誠信は到来して邑人を信服せしむ、これにより告誡を用いずしてすでに相孚るという。

六五帝乙歸妹以祉元吉。注:震為帝,坤為乙。歸,嫁也。震為兄,兌為妹,故歸妹。祉,福也。五下嫁二,上承乾福,故以祉元吉。上六城復於堭。注:否艮為城,坤虛稱堭。泰反成否,乾壞為坤,故城復於堭。勿用師自邑告命貞吝。注:二動體師陰乘陽,故勿用師。邑,天子之居也,坤為邑。否巽為告,為命。政教不出於國門,故自邑告命,雖貞亦吝。

六五の爻辞:「帝乙歸妹、以祉元吉。」恵棟の自注:震は帝を為し、坤は天干の乙を納するので、乙と為す。「歸」は出嫁である。震は兄を為し、兌は妹を為す、ゆえに嫁妹という。「祉」は福である。六五は二位に下嫁し、上に乾陽の福を承奉するので、福に因りて大吉。上六の爻辞:「城復于隍。」恵棟の自注:旁通の『否』卦の互体に艮あり、艮は城を為す。坤は空虚なので隍と称す。『泰』は一たび反転すればすなわち『否』を成し、乾は壊れて坤と変為するので、城墻は干壕の裏に塌れ返る。爻辞にまたいう、「勿用師、自邑告命、貞吝。」恵棟の自注:九二が一動すれば卦体は『師』を成し、陰爻は陽爻を乗凌す、ゆえに軍隊を動用する勿れという。「邑」は天子の居する所を指し、坤は邑を為す。『否』の巽は告を為し命を為す。政令教化は国都の門より伝出し得ず、ゆえにただ己が城邑より号令を発するのみ、縦令正を守るも憾を免れざるという。

疏:「初在」至「征吉」○初剛難拔,故文言於乾初九曰「確乎其不可拔,潛龍也」。潛龍之志,不易世,不成名,故難拔。泰二拔茅而連初,君子道長,故云初在泰家稱拔也。卦稱家者,易以道陰陽,陰陽五行皆稱家,故劉向《別録》有陰陽家,《後漢書》有明帝五家要說章句,即為五行之家,蓋漢學如此。

以下は自注の「初在泰家」より「故征吉」一段を疏証す。○初爻は剛強にして拔動し難し、ゆえに『文言』は乾卦の初九の下に「堅定にして拔動し得ざる、これがすなわち潜龍」という。潜龍の志向は、時世に因りて改変せず、また名声の成就を図らず、ゆえに拔き難し。『泰』の九二は茅草を拔き起こして初爻に牽連し、君子の道はまさに生長す、ゆえに初爻は身は『泰』卦の中に在りて拔と称すという。卦の「家」と称する所以は、『易』の講ずる所はすなわち陰陽で、陰陽五行は皆家と称しうるによる:ゆえに劉向『別録』に陰陽家あり、『後漢書』は明帝の『五家要説章句』を著録す、すなわち五行の家である。漢代の学術はすなわちかように称呼す。

否巽為茅以下虞義也。泰反否,故云否巽。巽為草木,剛爻為木,柔爻為草,故巽為茅。爻例取象植物則初為本,上為末,根本同義,故云茹茅根,根謂初也。艮為手,《說卦》文,據否艮拔茅以手也。否泰反其類,三陽三陰為類,故云類也,今文作彚。

「否巽為茅」以下は虞翻の説である。『泰』は反転すればすなわち『否』、ゆえに『否』の巽という。巽は草木を為し、剛爻は木象を取り柔爻は草象を取る、ゆえに巽は茅を為す。爻位の植物に取象する通例に按ずるに、初爻は本を為し上爻は末を為す。根と本とは義同じく、ゆえに「茹」はすなわち茅根という、根は初爻を指す。「艮為手」は『説卦』に出る、『否』卦の艮に依りて言うなり、手をもって茅を拔くを表示す。『否』『泰』両卦は相反而各々その類を成し、三陽と三陰と各々一類を為す、ゆえにあの字は「類」と訓ず――今文は「彚」と作る。

九二拔茅而連初,故云拔茅茹。初與三皆其類也,故云以其。二升五則六爻得位,陰陽氣通,故有是象,非謂三陽俱升也。荀氏注九二不遐遺,謂三體俱上,失其義矣。震為行,《釋言》曰:「徵,行也。」初得位而應四,故征吉。

九二は茅草を拔き起こして初爻に牽連す、ゆえに「拔茅茹」という。初爻と三爻と皆その同類なので、「以其彚」という。九二が五位に昇れば、六爻はすなわち皆当位し、陰陽の気は貫通し、始めてかかる取象あり、決して三つの陽爻が一斉に上昇すると講ずるに非ず。荀爽が九二の「不遐遺」に注して、三つの陽爻が整体上行すというは、すなわち本義を失う。震は行を為し、『爾雅・釈言』にいう、「征とはすなわち行。」初爻は位を得て六四と相応するので、前行して吉を得る。

○「巟虛」至「苞之」○此翟元義也。元字子元,名在九家,有易義注,不詳何人。巟,鄭讀為康,雲虛也。《釋詁》曰:「康,虛也。」翟氏從鄭所讀字,故訓為虛。《詩·桑柔》云「具贅卒荒」,毛傳曰:「荒,虛也。」乾盈坤虛,故五虛無陽。二當升五,故上苞之。

○これは翟元の説である。翟元は字を子元といい、『九家易』の中に名列し、『易義注』を著わし、その人の生平はすでに詳考し難し。「巟」の字は鄭玄は「康」と読み、虚と訓ず。『爾雅・釈詁』にいう、「康とはすなわち虚。」翟元は鄭玄の改読した字に依従するので、また虚と訓ず。『詩経・大雅・桑柔』に「具贅卒荒」といい、『毛伝』にいう、「荒とはすなわち虚。」乾は盈満を主り坤は空虚を主るので、五位は空虚にして陽なし。九二はまさに五位に昇るべきなので、下よりこれを包住す。

○「馮河」至「遐遺」○此虞義也。《釋訓》曰:「馮河,徒涉。」故云涉河。遐,遠,《釋詁》文。《詩·谷風》曰「棄予如遺」,毛傳訓為遺亡,故云遺亡也。二變體坎,坎為河,《九家說卦》文,彼文作可,乃河字磨滅之餘也。震為足,《說卦》文。二升五歴坎而上,故用馮河。荀氏謂陽性慾升,陰性慾承,馮河而上,不用舟航,是也。天道遠,故乾為遠。荀氏謂自地昇天,道雖遼遠,不能止之,是也。

○これは虞翻の説である。『爾雅・釈訓』にいう、「馮河とはすなわち徒歩にて渉水。」ゆえに渉河という。「遐」は遠と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ。『詩経・邶風・谷風』に「棄予如遺」といい、『毛伝』は「遺」を亡失と訓ず、ゆえに遺はすなわち亡という。九二は変動して坎体を成し、坎は河を為す、これは『九家説卦』の文字である。あの書の中には「可」と作る、実は「河」の字の磨損残缺の後に残れる部分である。「震為足」は『説卦』に出る。九二が五位に昇るは、坎水を経て上行するを要す、ゆえに徒歩にて河を渉るという。荀爽は陽の性情は上昇を要し陰の性情は承奉を要す、ゆえに徒渉して上り、舟船を借らずとす、説く所正し。天道は高遠なり、ゆえに乾は遠を為す。荀爽は地より天に昇る、路は遼遠と雖も、それを阻止しうる者なしとす、また説く所正し。

○「五降」至「和矣」○此荀虞義也。兌為用,坤喪為亡。虞氏謂坤虛無君,欲使二上,故朋亡,蓋五離其朋類而下,如坤之喪朋也。尚,上也。朋亡而下,故二上居五而行中和。中和謂六二九五,合言之則二五為中,相譍為和;分言之則五為中,二為和。

○これは荀爽・虞翻の説である。兌は用を為し、坤は喪を主る、ゆえに「亡」の義を取る。虞翻は坤体は空虚にして君なく、九二をして上行せしめんと要す、ゆえに「朋亡」という――あれは六五が己が朋類を離れて下降するなり、まさに坤卦のいう「喪朋」のごとし。「尚」はすなわち上。六五は朋を離れて下り、九二はすなわち上に五位に居りて中和の道を推行するを得る。いわゆる中和とは、六二と九五とを指す:合わせて言えば、二・五は皆中位に居るはすなわち「中」、両爻は相応するはすなわち「和」。分けて言えば、則ち五は中を為し二は和を為す。

故《周禮·大宗伯》曰:「以天產作陰德,以中禮防之。以地產作陽德,以和樂防之。」天地者,二五也。天交乎地,天產作陰德也,五為中,故以中禮防之;地交乎天,以地產作陽德也,二為和,故以和樂防之。又曰「以禮樂合天地之化,百物之產」,中庸所謂「致中和,天地位焉,萬物育焉」是也。

ゆえに『周礼・大宗伯』にいう、「天産の物を用いて陰徳を成就し、中礼をもってこれを節制す。地産の物を用いて陽徳を成就し、和楽をもってこれを節制す。」ここにいう天地とは、すなわち二・五両爻である。天は下に地と交わり、これは天産をもって陰徳を成就するなり、五は中位に居るので、中礼をもって節制す。地は上に天と交わり、これは地産をもって陽徳を成就するなり、二は和を為すので、和楽をもって節制す。『大宗伯』にまた「礼楽をもって天地の化育・百物の生成を会合す」といい、すなわち『中庸』のいわゆる「中和を致せば、天地は各々その位に安んじ、万物は各々その生に遂う」である。

漢儒皆以二五為中和,故易乾鑿度於師之九二曰「有盛德,行中和,順民心」,於臨之九五曰「中和之盛應於盛位,浸大之化行於萬民」,揚子亦云「中和莫尚於五」是也。

漢代経師は一概に二・五両爻をもって中和と為す。ゆえに『易乾鑿度』は『師』卦の九二の下に「隆盛の徳あり、中和を施行し、民心に順応す」といい、『臨』卦の九五の下に「中和の盛は尊盛の位に応合し、浸潤広大の教化は万民に施行す」といい、揚雄もまた「中和を論ずるは五位より高きなし」という、講ずる所は皆この意である。

○「陂傾」至「不復」○鄭注《樂記》曰:「陂,傾也。」三應上,上者,泰之極而否之始也。平謂三,虞氏謂天地分,故平也。陂謂上,上六城復於堭,陂之象也。往謂消外,坤為消也;復謂息內,乾為息也。三至上體復象,互體也。

○鄭玄が『礼記・楽記』に注していう、「陂とはすなわち傾斜。」九三は上六と相応し、そして上六はまさに『泰』のすでに極処に到り・『否』の将に始まらんとするの関口に処る。「平」は九三を指し、虞翻はこれを天地各々その位を分かつというので、平と為す。「陂」は上六を指し、上六の爻辞に城墻は干壕に塌れ返るといい、まさに傾斜の象である。「往」は陽気が外卦にて消退するを指し、坤は消を主る。「復」は陽気が内卦にて生息するを指し、乾は息を主る。第三爻より上爻に至るは、卦体は『復』象を現出す、これは互体に就いて講ずるなり。

○「艱險」至「福也」○此虞義也。艱,難也;險亦難也,故云艱險。恤,憂;孚,信,《釋詁》文。坎彖傳曰「習坎,重險也」,故為險。《說卦》曰「坎為加憂」,故為恤。坎為信,故為孚。乾為積善,故為福。二變三體坎,故為艱為恤。得位承上,故言貞,言無咎,言有孚。食讀如食舊德之食。三二皆體乾,二之五,五以祉元吉,故三食乾福也。

○これは虞翻の説である。「艱」は難、「険」もまた難、ゆえに合わせて艱険と称す。「恤」は憂と訓じ、「孚」は信と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ。『坎』卦の『彖伝』に「習坎とは、重重の険陷」というので、坎は険を為す。『説卦』に「坎為加憂」というので、憂恤を為す。坎はまた誠信を為すので、孚を為す。乾は積善を主るので、福を為す。九二が一変すれば、九三はすなわち坎体に属し、そこに艱難・憂恤の象あり。九三は位を得て上に陽爻を承奉するので、守正といい・過咎なしといい・誠信ありという。「食」は「食旧徳」の食と読み、食禄を享受するの意である。三と二とは皆乾体に属し、九二は五位に往き、六五は下嫁に因りて福を獲て大吉す、ゆえに九三もまた乾の帯来する所の福分を享用す。

○「五不」至「四上」○上體以五為主,故偏偏謂五。鴻範曰「毋偏毋頗,遵王之義」,是不正為偏。《京房易傳》曰「陽實陰虛」,故坤虛無陽為不富,虞氏云然也。四上同在坤體,故不富以其鄰,鄰謂爻之連比者也。○「坤邑」至「以孚」○此虞義也。戒者,主召客之詞。二升五為卦主,故稱不戒。坤為邑,邑人不戒,故二升五信行於坤,故云孚。虞云與比邑人不戒同義,亦謂師二升五也。

○上卦は五爻をもって主と為す、ゆえに「偏偏」は六五を指す。『尚書・洪範』に「不偏不頗、王者の義に遵循す」といい、これにより正ならざるを偏と叫ぶを知る。『京房易伝』に「陽為実、陰為虚」というので、坤は空虚にして陽なければすなわち不富、虞翻もまたかように講ず。六四と上六とは同じく坤体に在るので、不富にして鄰爻に連及す、「鄰」は爻位の相連相比するあれらの爻を指す。○以下「坤邑人不戒」より「不戒以孚」一段を疏証す:これは虞翻の説である。「戒」は主人の賓客を招請するの用語である。九二が五位に昇りて卦主と為るので、招請を用いるに及ばずという。坤は邑を為し、邑中の人は告誡を待たず。九二が五位に昇れば、誠信はすなわち坤に通行す、ゆえに孚という。虞翻はこれは『比』卦の「邑人不戒」と義同じという、あそこもまた同じく『師』卦の九二が五位に昇るを指す。

○「震為」至「元吉」○此虞九家義也。帝出乎震,故震為帝。坤納乙,故坤為乙。隱二年《公羊傳》曰:「婦人謂嫁曰歸。」故云歸嫁也。體震兌,震長男,故為兄;兌少女,故為妹。六陰爻,五貴位,陰之貴者莫如帝妹,貴而當降者亦莫如帝妹。坤,妻道也,臣道也,故六居五必降。

○これは虞翻および『九家易』の説である。「帝出乎震」なるがゆえに、震は帝を為す。坤は天干の乙を納するので、坤は乙を為す。『公羊伝』隠公二年にいう、「婦人は出嫁するを歸と叫ぶ。」ゆえに歸はすなわち嫁という。卦体は震・兌を兼備し、震は長男なので兄を為し、兌は少女なので妹を為す。第六爻は陰爻、第五位は尊貴の位である。陰爻の中、最も尊貴なるは帝王の妹よりするなく、しかして地位尊貴にして理として下降すべきは、また帝王の妹よりするなし。坤は為妻の道・為臣の道を代表す、ゆえに陰爻は五位に居れば必ず下降すべし。

素問謂君位臣則順,臣位君則逆,逆則其害速,順則其害微,故君可居臣位,臣不可居君位。樂本乎易,五音宮,君也;商,臣也。宮可居商位,商不可居宮位。故周禮大司樂有四宮、四均而無商,非無商也,商不為均也。商不為均,猶六不居五。

『素問』に君が臣位に居るは順、臣が君位に居るは逆という。逆なれば禍害は来ること急にして、順なれば禍害は軽し。ゆえに君は臣位に屈居しうく、臣は君位に僭居すべからず。楽理は『易』に本づく:五音の中、宮は君、商は臣。宮は商の位置を占めうく、商は宮の位置を占むべからず。これにより『周礼・大司楽』はただ四宮・四均を列して商なきは、決して商音なきに非ず、商はもって均調を作さざるなり。商は均を作さず、まさに陰爻の六が五位に居らざるがごとし。

故聖人於坤泰歸妹繫黃裳歸妹之詞以明六五之當降。兩漢經師皆如此說。魏晉以來,王弼韓伯之輩始改師法而易之,大義乖矣。祉,福,《釋詁》文。五下嫁二,二上升五,以陰承陽,故云上承乾福,與坤黃裳元吉同義也。

ゆえに聖人は『坤』『泰』『歸妹』の三カ所に「黄裳」「歸妹」のごとき辞を繋え、もって六五の下降すべきを表明す。両漢経師は皆かように講ず。魏晋以来、王弼・韓康伯の輩は始めて師法を更改して別に新説を立て、『易』の大義はここに乖違せり。「祉」は福と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ。六五は二位に下嫁し、九二は五位に上昇し、陰をもって陽を承奉す、ゆえに上に乾陽の福を承奉すという、『坤』卦の六五の「黄裳元吉」と義同じ。

帝乙,虞氏據左傳以為紂父,秦漢先儒皆以為湯。故乾鑿度曰:「泰,正月之卦也。陽氣始通,陰道執順,故因此見湯之嫁妹,能順天地之道,敬戒之義。自成湯至帝乙,帝乙,湯之玄孫之孫也,此帝乙即湯也。殷錄質以生日為名,順天性也。玄孫之孫外恩絶矣,疏可同名。湯以乙生,嫁妹本天地,正夫婦,夫婦正而王教興矣。」

「帝乙」に関し、虞翻は『左伝』に依拠して紂王の父と為すも、秦漢先儒は皆成湯と為す。ゆえに『乾鑿度』にいう、「『泰』は正月の卦で、陽気は始めて通達し、陰道は柔順を執守す、これによりこの一卦を借りて成湯の嫁妹が天地の道に順応しうく、恭敬戒惧の義を含有するを見出す。成湯より帝乙に至る、帝乙は成湯玄孫の孫で、そしてここの帝乙はすなわち成湯である。殷代制度は質を尚び、出生の日の天干をもって名を取るは、天性に順応す。玄孫の孫は、すでに服属の外にあり、恩義はすでに尽き、疎遠なればすなわち同名しうる。成湯は乙日に生まる。彼が嫁妹するは天地に取法して夫婦の倫を端正するなり、夫婦の倫は一たび正しければ、王者の教化は興起す。」

故曰易之帝乙為成湯,書之帝乙六世王同名,不害以明功。疏猶所也。晉賀循議曰:「案殷紀成湯已下至於帝乙,父子兄弟相繼為君,合十二世而正世唯六,故乾鑿度曰『殷帝乙六世王』,不數兄弟為正世也。」子夏京房荀爽皆同。易說世本湯名天乙,故稱帝乙,則先儒之說不為無據。古人通經有家法,左氏傳春秋不如易家之審也。

ゆえに『易』の中の帝乙は成湯、『尚書』の中の帝乙は殷代第六世の王という、両者は同名にして各々その功業を表明するを妨げず。「疏」はすなわち「所」というがごとし。晋人の賀循が議論していう、「『史記・殷本紀』を考するに、成湯以下より帝乙に至る、父子兄弟は相継いで君と為り、合わせて十二代にして正統はただ六世のみ、ゆえに『乾鑿度』は『殷帝乙は六世の王』といい、兄弟の相継ぐを正世に算入せざるなり。」子夏・京房・荀爽の講法は皆相同じ。『易説』と『世本』とは皆成湯の名は天乙と記す、ゆえに帝乙と称しうる、これにより先儒の説は決して根拠なきに非ざるを知る。古人が経を通ずるに各々家法あり、『左氏』が『春秋』を解説するは、この一点にて『易』を治むる諸家の精審に如かず。

泰婦妹二卦皆言歸妹者,歸妹九月卦,泰正月卦。荀子曰:「霜降逆女,冰泮殺內。」家語曰:「霜降而婦功成,嫁娶者行焉;冰泮而農事起,婚禮殺於此。」自秋至春,辛壬癸甲皆嫁娶之時,故易獨舉泰婦妹二卦以明之也。

『泰』と『歸妹』との両卦は皆「歸妹」を講ずるは、『歸妹』は九月の卦、『泰』は正月の卦なるがによる。荀子にいう、「霜降の時節に新婦を迎娶し、氷融の後に婚事を停止す。」『孔子家語』にいう、「霜降して婦功は告成し、嫁娶の事はすなわちこの時に挙行す。氷融して農事は興起し、婚礼はここに止む。」秋より春に至る、辛・壬・癸・甲のこれらの日は皆嫁娶の期なので、『周易』は単に『泰』と『歸妹』との両卦を挙げてこの層の意を表明す。

○「否艮」至「於堭」○否互艮,故云否艮。艮為城,虞義也。虞云:「堭,城下溝。」亦作隍。《釋言》曰:「隍,壑也。」郭璞云:「城池空者為壑。」《釋詁》云:「隍,虛也。」是隍是土之虛者,故云坤虛稱堭。上六泰之終,故云泰反為否。泰反為否則乾壞為坤,城復於堭之象也。

○『否』卦に互体の艮あり、ゆえに「否艮」という。「艮為城」は虞翻の説である。虞翻にいう、「隍とは、城下の護城溝。」この字はまた「隍」と作る。『爾雅・釈言』にいう、「隍とはすなわち壑。」郭璞の注にいう、「城池の干涸して水なきを壑と叫ぶ。」『爾雅・釈詁』にいう、「隍とはすなわち虚。」これにより隍は土地の凹空の処なるを知る、ゆえに坤は空虚にして隍と称すという。上六は『泰』の終点なので、『泰』は反転して『否』を成すという。『泰』が反して『否』を成せば、乾はすなわち敗壊して坤と変為す、まさに城墻の干壕に塌れ返るの景である。

○「二動」至「亦吝」○二動體師,互體也。坤三陰乘陽,故勿用師。人主所居謂之邑,故云邑,天子之居也。逸書言西邑夏、大邑周,多士言天邑商,皆謂天子之居。周公作周禮始以四井為邑爾。坤為邑,巽為告,皆虞義也。重巽以申命,故巽為命。泰反為否,政教陵夷,一人僅亦守府,號令不出於國門,上六雖得位亦為吝也。

○九二が一動すれば卦体はすなわち『師』を成す、これは互体に就いて講ずるなり。坤の三つの陰爻は陽爻を乗凌す、ゆえに軍隊を動用する勿れという。君主の居する所を邑と称す、ゆえに「邑」は天子の居所という。逸『書』に「西邑夏」「大邑周」の説あり、『尚書・多士』に「天邑商」あり、指す所は皆天子の居所である。周公が『周礼』を制作して後、始めて四井の地を邑と叫ぶ。「坤為邑」「巽為告」は皆虞翻の説である。『巽』卦の『大象』に「重巽以申命」というので、巽は命を為す。『泰』は反転して『否』を成し、政令教化は衰頽敗壊し、天子一人もまた勉めて先王の旧業を守るのみ、号令は国都の門より伝出せず、上六は位を得ると雖も、憾恨を遺すを免れず。

否卦 乾宮三世卦 消息七月

否之匪人不利君子貞大往小來。注:陰消乾,又反泰也。謂三比坤滅乾,以臣弒君,以子弒父,故曰匪人。君子謂五,陰消陽,故不利君子貞。陽詘陰信,故大往小來。

経文:「否之匪人、不利君子貞、大往小來。」恵棟の自注:『否』は陰気が乾陽を消損して成し、また『泰』と互いに反卦を為す。いわゆる「匪人」とは、第三爻が坤に親附して乾を消亡せしむるをいい、臣をもって君を弑し子をもって父を弑するに等し、ゆえに匪人と叫ぶ。「君子」は九五を指す。陰気は陽気を消損するので、君子が正を守るに利あらず。陽は屈縮して陰は伸展す、ゆえに大なる者往き小なる者来るという。

疏:此虞義也。否消卦,卦自乾來,故云陰消乾。泰反成否,故云反泰,與泰旁通也。匪人謂三,陰消至三成坤,故云比坤滅乾。臣謂坤,子謂艮也。弒父弒君,人道滅絶,故曰匪人。

恵棟の疏証:これは虞翻の説である。『否』は十二消息中の消卦に属し、卦は乾より来る、ゆえに「陰消乾」という。『泰』は反転して『否』を成す、ゆえに「反泰」という、両卦はまた互いに旁通す。「匪人」は第三爻を指す:陰気は第三爻に消ゆれば、下体はすなわち坤と変為す、ゆえに坤に親附して乾を消亡せしむるという。臣は坤を指し、子は艮を指す。父を弑し君を弑すれば、人倫の道は断絶す、ゆえに匪人と叫ぶ。

虞氏謂與比三同義,尋比乃坤歸魂也,六三為鬼吏,故曰匪人。否乾世以三為財,其謂匪人以消乾也,義各有取,虞氏非是。外體三爻唯五得正,故君子謂五。陰消至五,故不利君子貞,爻辭其亡其亡是也。五大人而稱君子者,陰陽消息之際,君子小人之辯宜明,故稱君子也。陽詘在外,故曰大往;陰信在內,故曰小來。

虞翻は『否』の六三は『比』の六三と義同じとす。細かく究むれば、『比』は坤宮の帰魂卦で、その六三は鬼吏なので匪人と叫ぶ。『否』は乾宮の世に属し、第三爻をもって財爻と為し、それが匪人と称するは消損乾陽に就いて言うなり――両カ所の取義は各々拠る所有り、虞翻がこれらを混同するは誤りである。外卦の三爻の中、ただ第五爻のみ正を得る、ゆえに「君子」は九五を指す。陰気は一路第五爻に消ゆるので、君子が正を守るに利あらず、九五の爻辞に「其亡其亡」といいまさにこの意である。第五爻はもと大人の位にしてここは君子と称すは、まさに陰陽消長の関口に当たり、君子と小人との分辨は顕明なるべきなので、特に君子と称す。陽は屈縮して外卦に在るので「大往」といい、陰は伸展して内卦に在るので「小来」という。

初六拔茅茹以其貞吉亨。注:初惡未著,與二三同類承五,變之正,猶可亨,故曰貞吉亨。六二苞承小人吉大人否亨。注:二正承五,為五所苞,故曰苞承。小人謂初二,拔茅及初,初之正故吉。大人謂五。否,不也。乾坤分體,天地否隔,故大人否亨。

初六の爻辞:「拔茅茹、以其彚、貞吉亨。」恵棟の自注:初爻の悪はなお顕露せず、それは二・三両爻と同類にして共に九五を承奉し、一変して正に帰せば、依然として亨通しうる、ゆえに正を守りて吉を得て亨という。六二の爻辞:「苞承、小人吉、大人否亨。」恵棟の自注:六二は居位当を得て上に九五を承奉し、九五に包まるるを被る、ゆえに「苞承」という。「小人」は初六と六二とを指す。茅を拔きて初爻に牽連し、初爻は変じて正に帰す、ゆえに吉。「大人」は九五を指す。「否」はすなわち不。乾坤は各々分体し、天地は閉塞して通ぜず、ゆえに大人は亨通を得ず。

六三苞羞。注:否成於三,坤恥為羞。今以不正為上所苞,故曰苞羞。九四有命無咎離祉。注:,類。離,麗。祉,福也。巽為命,乾為福。四受五命以據三陰,故無咎。四失位變應初,與二同功。二離爻,故同類皆麗乾福矣。

六三の爻辞:「苞羞。」恵棟の自注:『否』は第三爻に至りて成る、坤は恥を主るので羞を為す。今六三は不正の身をもって上位に包まるるを被る、ゆえに「苞羞」という。九四の爻辞:「有命无咎、疇離祉。」(底本は「疇」の字を古文字形と作す、一般の字庫は顕示し得ず。)恵棟の自注:「疇」は類と訓じ、「離」は附麗と訓じ、「祉」は福と訓ず。巽は命を為し、乾は福を為す。九四は九五の命を承受して下の三つの陰爻を拠有す、ゆえに過咎を致さざるを得る。九四は位を失い、変動の後初爻と相応し、また六二と功同じ。六二は離爻なので、同類の各爻は皆乾の賜う所の福に附麗す。

九五休否大人吉。注:陰欲消陽,五處和居正以否絶之。乾坤異體,升降殊隔,卑不犯尊,故大人吉也。其亡其亡繫于苞桑。注:消四及五,故其亡其亡。巽為桑。桑者,喪也。坤為喪,以陽苞陰,故曰苞桑。繋者,坤繫於乾,不能消乾使亡也。荀氏謂苞者,乾坤相苞也。桑者,上玄下黃,乾坤相苞以正,故不可亡。

九五の爻辞:「休否、大人吉。」恵棟の自注:陰気は陽気を消滅せんと要す、九五は事に処して和順にして居位正を得、閉塞の道を用いてそれを隔絶す。乾坤は各々異体に属し、一昇一降して彼此隔絶し、卑者は尊者を冒犯し得ず、ゆえに大人は吉を得る。爻辞にまたいう、「其亡其亡、繫于苞桑。」恵棟の自注:陰は第四爻に消えて将に第五爻に逼らんとす、ゆえに再三「亡なんとす、亡なんとす」という。巽は桑を為す。桑と喪とは同音相通ず。坤は喪を主り、陽をもって陰を包住す、ゆえに「苞桑」という。いわゆる「繫」とは、坤は乾に繫属し、そこに乾を消滅してそれを亡なしむる能わず。荀爽は則ち「苞」は乾坤が互相包裹すとす。桑葉は上は青く下は黄く、一如天玄地黄なり、乾坤は相包みて各々その正を得るので、滅亡に至らず。

上九傾否先否後喜。注:否終必傾,應在三,故先否。下反於初成益,體震,民說無疆,故後喜。疏:「初惡」至「吉亨」○坤為積惡,初尚微,故惡未著。二拔茅而及茹,茹謂初,以其是初與二三同類承五也。初四失位變之正則猶可亨,故曰貞吉亨。否初言亨者,否陰消之卦,陰消成坤,坤至柔而動也剛,天地盈虛,與時消息,故否初獨言亨也。

上九の爻辞:「傾否、先否後喜。」恵棟の自注:閉塞は尽頭に至れば必ず傾覆す。上九の応爻は六三にあり、ゆえに先ずは閉塞。上九は初位に下返すればすなわち『益』卦を成し、卦体に震あり、『益』卦の『彖伝』に「民悦无疆」という、ゆえに随いて歓喜す。以下の疏証は自注の「初惡未著」より「貞吉亨」一段を解す。○坤は積悪を主り、初爻はなお微弱なり、ゆえに悪はなお顕露せず。九二は茅草を拔き起こして茹に牽連す、「茹」は初爻を指す。「以其彚」というは、初爻が二・三両爻と同類にして共に九五を承奉するによる。初・四両爻は位を失い、一変して正に帰せばすなわち依然として亨通しうる、ゆえに正を守りて吉を得て亨という。『否』卦の初爻は竟に亨というは、『否』は陰消の卦で、陰は消えて尽頭に至ればすなわち純坤を成し、そして坤は極めて柔順なれども動けば剛健なり。天地は盈あり虚あり、時に随いて消長す、ゆえに独り『否』の初爻のみ亨という。

○「二正」至「否亨」○二得位,故二正承五。五苞桑,故為五所苞也。苞二承五,故曰苞承。乾鑿度遘初為小人,觀遘皆消卦,故觀初亦為小人,否之小人指初也。荀氏以二為小人,案二得位,故乾鑿度以二為君子,荀氏非也,或傳寫之訛耳。初惡未著,辨之早,故吉。

○六二は居位当を得る、ゆえにそれが端正に九五を承奉するという。九五の爻辞は「繫于苞桑」を講ず、ゆえに六二は九五の包む所と為る。六二を包住して六二は九五を承奉す、これにより「苞承」と叫ぶ。『乾鑿度』は『姤』卦の初爻をもって小人と為す。『観』と『姤』とは皆消卦なので、『観』の初爻もまた小人、これにより『否』のいう小人は初六を指すを知る。荀爽は六二を小人と作す、しかるに六二は居位当を得るを考え、『乾鑿度』はまさに六二をもって君子と為す、これにより荀爽の説は誤りを知る、あるいは伝写が誤を致したか。初六の悪はなお顕露せず、早く辨明しうる、ゆえに吉。

大人者,君人五號之一,故謂五。否,不,虞義也,否亨言不亨也。乾坤分體以下荀義也。乾陽坤陰,分陰分陽,故云分體。天地不交,故云否隔。凡乾與坤交則稱亨,否隔之世三陰雖同類承五,五不下應,故大人否亨。

「大人」は天下に君臨する者の五種の称号の中の一種なので、九五を指す。「否」を「不」と訓ずるは虞翻の説である:「否亨」はすなわち亨通を得ざるなり。「乾坤分體」以下は荀爽の説である:乾は陽に属し坤は陰に属し、陰と陽とは各々分立す、ゆえに分体という。天地は相交わらず、ゆえに閉隔という。およそ乾と坤と相交わりて始めて亨と称す。閉隔の世に在りては、三つの陰爻は同類にして共に九五を承奉すると雖も、九五は肯んじて下にこれらに応ぜず、ゆえに大人は亨通を得ず。

○「否成」至「苞羞」○陰消至三成否,故云否成於三。坤為恥,虞義也。《廣雅》曰:「羞,恥也。」故云坤恥為羞。三不正,為上所苞,以陽苞陰,是苞羞也。孟子曰「無羞惡之心,非人也」,故彖以三為匪人。

○陰気は第三爻に消ゆれば卦体はすなわち『否』を成す、ゆえに『否』は第三爻にて成るという。「坤為恥」は虞翻の説である。『広雅』にいう、「羞とはすなわち恥。」ゆえに坤の恥はすなわち羞という。六三は位に当たらず、上位に包まるるを被り、陽をもって陰を包む、これがすなわち「苞羞」。孟子にいう、「羞悪の心なければ、人と算えず。」ゆえに『彖伝』は第三爻を「匪人」と断ず。

○類至福矣○此九家義也。說文云:,古文疇。虞書「帝曰:諮」,又鄭氏尚書酒誥曰「若圻父」,今皆讀為疇。《漢書·律曆志》曰「疇人子弟分散」,李奇云「同類之人」,是疇為類也。坤彖傳曰「乃與類行」,《繋上》曰「方以類聚」,此卦曰、曰,皆以三陰為類矣。

○以下は自注の「疇、類」より「皆麗乾福矣」一段を疏証す。これは『九家易』の説である。『説文』はこの古文字形はすなわち「疇」の字という(底本はなお古文原形を存す、一般の字庫は顕示し得ず)。『虞書』「帝曰:疇咨」、および鄭玄本『尚書・酒誥』の「若疇圻父」、その中のこの字は今皆「疇」と読む。『漢書・律暦志』に「疇人子弟は四散す」といい、李奇の注は「同類の人」という、これにより疇はすなわち類なるを知る。『坤』卦の『彖伝』に「乃ち類と行く」といい、『繫辞上伝』に「方は類をもって聚まる」という。此卦の爻辞と注文との両カ所にこの「疇」の字を用うは、皆三つの陰爻を同類と看なすなり。

說卦曰:「離者,麗也。」故云離麗。九家謂離,附也,麗為附著,其義同也。四近五,受五命以據三陰,故無咎,九家謂無命而據則有咎也。《繋下》曰「二與四同功」,謂同是陰位。鄭氏易例乾四初震爻,五二坎爻,上三艮爻也;坤四初巽爻,五二離爻,上三兌爻也。初與二三同類承五,四變應之,故與二同功。二離爻,故同類三爻皆麗乾福矣。

『説卦』にいう、「離とはすなわち附麗。」ゆえに離は麗と訓ずという。『九家易』は離は依附、麗は附着、両者の意思は相同じとす。九四は九五に切近し、五の命令を承受して下の三陰を拠有す、ゆえに過咎を致さざるを得る。『九家易』はもし君命なかりて擅自に拠有せば、すなわち過咎あらんとす。『繫辞下伝』に「二与四同功」といい、二・四は同じく陰位に属すをいう。鄭玄の易例に按ずるに、乾卦の四・初両爻は震爻と算し、五・二两爻は坎爻と算し、上・三两爻は艮爻と算す。坤卦の四・初両爻は巽爻と算し、五・二两爻は離爻と算し、上・三两爻は兌爻と算す。初爻は二・三と同類にして共に九五を承奉し、九四は変動して初と相応す、ゆえに六二と功同じ。六二は離爻なので、同類の三爻は皆乾の賜う所の福に附麗す。

○「陰欲」至「吉也」○此九家義也。否者消卦,故陰欲消陽。以九居五,故處和居正。休者,止息;否者,閉隔,故以否絶之謂之休否。乾坤異體,猶分體也。乾上升,坤下降,故云升降殊隔。否七月,萬物已成,乾坤位定,卑不犯尊,故大人吉也。盛明之世,小人當遠,大人利見,今小人以志君為吉,大人以休否為吉,此義唯施諸於否家,蓋不如是則君臣之道息矣。

○これは『九家易』の説である。『否』は消卦なので、陰気は陽気を消滅せんと要す。陽爻をもって第五位に居るので、それが事に処して和順にして居位正を得るという。「休」は止息、「否」は閉隔。閉塞の道を用いて陰を隔絶するを、「休否」と叫ぶ。「乾坤異体」は分体というがごとし。乾は上に昇往し、坤は下に降往す、ゆえに昇降は各別にして彼此隔絶すという。『否』は七月に当たり、万物はすでに成熟し、乾坤は各々その位を定め、卑者は尊者を冒犯するを敢えてせず、ゆえに大人は吉を得る。昌明の盛世に在りては、小人は理として疎遠せらるべく、大人は出現に利あり。今『否』の世に小人は君上に趨附するをもって吉と為し、大人は閉塞を止息するをもって吉と為す――この義例はただ『否』卦一家に適用するのみ、かようにせざれば君臣の道は断絶するに因る。

○「消四」至「可亡」○荀氏曰:「陰欲消陽,由四及五,故曰其亡其亡。」巽為桑,虞義也。桑者,喪也,《漢書·五行志》文。《尚書大傳》曰:「武丁時桑谷生於朝,祖乙曰:桑谷,理草也,野草生於朝,亡乎。」是桑者,喪亡之象。坤喪於乙,故為喪。否內坤外乾,故曰坤繫於乾。凡言繋者皆陰繋於陽,陰繋於陽,為陽所苞,故曰繋于苞桑。亡者保其存者也。五為陽位,處和居正,坤繋於乾,故不能消乾使亡也。

○荀爽にいう、「陰気は陽気を消滅せんと要し、第四爻より第五爻に逼る、ゆえに『其亡其亡』という。」「巽為桑」は虞翻の説である。桑と喪とは相通ず、これは『漢書・五行志』に見ゆ。『尚書大伝』にいう、「武丁の時、桑樹と穀樹と忽ち朝堂の上に生ず、祖乙にいう、桑と穀とは皆野草の類、野草は朝堂の上に長ず、国家はおそらく亡びんとするか。」これにより桑はまさに喪亡の象なるを知る。坤は乙方に喪す、ゆえに喪義を取る。『否』卦の内体は坤・外体は乾なので、坤は乾に繫属すという。およそ「繫」というは、皆陰の陽に繫ぐなり。陰は陽に繫げば、すなわち陽に包まるるを被る、ゆえに「繫于苞桑」という。常に将に亡びんとするの懼を懐くは、まさにその存在を保全するの縁由である。第五爻は陽位で、事に処して和順にして居位正を得、坤は乾に繫属す、ゆえに陰は乾を消滅してそれを亡なしむる能わず。

荀氏謂苞者乾坤相苞者,參同契文。文言曰「天玄而地黃」。考工記畫繪之事有五色,天曰玄,地曰黃,言桑之色象乾坤也。《繋上》曰「天尊地卑,乾坤定矣」,荀彼注云:「謂否卦也,乾坤各得其位定矣。」是相苞以正,故不可亡也。

荀爽は「苞」は乾坤が互相包裹すという、これは『参同契』に出る。『文言』に「天は玄色にして地は黄色」といい、『考工記』は絵画の配色に五色あり、天は玄を用い地は黄を用いると講ず――桑葉の上青下黄の顔色はまさに乾坤に象るをいう。『繫辞上伝』に「天尊地卑にして乾坤の位置はすなわち確定す」といい、荀爽がその一句に注していう、「講ずる所はまさに『否』卦、乾坤は各々その定位を得る。」これがすなわち彼此相包みて各々その正を得るなり、ゆえに滅亡に至らず。

○「否終」至「後喜」○高誘注淮南曰:「傾猶下也。」上反初,故曰傾否。否終必傾,虞據傳釋經也。卦體下為先,上為後。應在三,否成於三,故先否。益自否來,故云下反於初,成益體震,民說無疆,說有喜意,故後喜,此虞義也。

○高誘が『淮南子』に注していう、「傾はすなわち下のごとし。」上九は初位に返回す、ゆえに「傾否」と叫ぶ。閉塞は尽頭に至れば必ず傾覆すというは、虞翻が『彖伝』に依拠して経文を解釈するなり。卦体に就いて言えば、下は先を為し上は後を為す。上九の応爻は六三にあり、そして『否』は第三爻にて成る、ゆえに先ずは閉塞。『益』卦は『否』卦より変じて来る、ゆえに上九は初位に下返すという。『益』と成りて後卦体に震あり、『益』卦の『彖伝』に「民悦无疆」といい、「悦」は喜の意を含有す、ゆえに随いて歓喜す。これは虞翻の説である。

同人卦 離宮歸魂卦 消息七月

同人于野亨。注:坤五之乾,與師旁通。天在上,火炎上,是其性同也。巽為同,乾為人,為野。坤五之乾,柔得位得中而應乎乾,故同人于野。同性則同德,同德則同心,同心則同志,故亨。傳曰:「同人親也。」利涉大川。注:四上失位,變而體坎,故利涉大川。利君子貞。注:君子謂二五。

経文:「同人于野、亨。」恵棟の自注:『同人』は坤の第五爻が乾に入りて成し、『師』卦と旁通す。天は上にあり、火性もまた上に燃ゆ、二者の性質は相同じ。巽は同を為し、乾は人を為しまた野を為す。坤の五爻は乾に入り、柔爻は位を得て中に居り上に乾に応ず、ゆえに人と同ずるを曠野にてすという。性相同じければ徳相同じく、徳相同じければ心相同じく、心相同じければ志相同じく、ゆえに亨通す。『雑卦伝』にいう、「同人とは、相親むこと。」経文:「利渉大川。」恵棟の自注:四・上両爻は位を失い、変動の後坎体を成す、ゆえに大河を渡るに利あり。経文:「利君子貞。」恵棟の自注:「君子」は九二と九五とを指す。

疏:「坤五」至「親也」○蜀才謂自夬來,案無一陰五陽之例,當是坤六五降居乾二成同人,如坤二變之乾成師也。與師旁通,虞義也。乾陽上升,火性炎上,故其性同,此鄭氏服虔義也。巽為同,乾為人,為野,皆虞義。巽風同聲相應,故為同。乾西北之卦,故為野。坤五之乾,得位得中而應乎乾,故云同人于野。

以下は自注の「坤五之乾」より「同人親也」一段を疏証す。○蜀才は『同人』は『夬』卦より変じて来るとす、しかし卦変を考するに一陰五陽の通例なく、まさに坤の六五が下降して乾の二位に居りて『同人』を成すべし、まさに坤の二爻が乾に変入して『師』を成すがごとし。「『師』と旁通」は虞翻の説である。乾陽は上に昇騰し、火性もまた上に燃焼す、ゆえに両者の性質は相同じという、これは鄭玄・服虔の説である。「巽為同」「乾為人、為野」は皆虞翻の説である:巽は風で、同声は相応ず、ゆえに同を為す。乾は西北方の卦で、その地は空曠なり、ゆえに野を為す。坤の五爻は乾に入り、位を得て中に居り上に乾に応ず、ゆえに人と同ずるを曠野にてすという。

同性則同德,同德則同心,同心則同志,晉語文,彼文同性作同姓,古文通。天在上,火炎上,是性同也;文明以健,是德同也;中正而應,二人同心,是心同也;通天下之志,是志同也。經凡言亨皆謂乾與坤交,同人之家以同德合義為亨,故引晉語以明之,義詳見下也。傳曰已下雜卦傳文,引之以證同姓之為親也。

「性相同じければ徳相同じく、徳相同じければ心相同じく、心相同じければ志相同じ」は『国語・晋語』の言である。あそこは「同性」を「同姓」と作る、古文は両字相通ず。天は上にあって火は上に向かう、これは性相同じ。文明にしてまた剛健、これは徳相同じ。中に居り正を守りて彼此相応し、両人は心同じ、これは心相同じ。天下人の心志を貫通す、これは志相同じ。経文はおよそ「亨」といえば、皆乾と坤とが相交わるを指す、しかして『同人』の一卦は同徳合義をもって亨と為す、ゆえに恵棟は『晋語』を引きて説明す、詳細なる義理は下文に見ゆ。「伝曰」以下は『雑卦伝』の文字で、これを引くは同姓がすなわち相親むを証明せんがためである。

○「四上」至「大川」○此虞義也。坎為大川,四上變,五體坎,二往應之,故利涉大川。○君子謂二五○知君子謂二五者,乾為君子。繋辭釋九五爻義曰「君子之道,或出或處」,二五得正,故稱君子。彖傳曰「君子正也」。

○これは虞翻の説である。坎は大川を為す。四・上両爻が一変すれば、五位はすなわち坎体に属し、九二は前往してそれと相応す、ゆえに大河を渡るに利あり。○「君子」が九二と九五とを指すを知るは、乾が君子を為すによる。『繫辞』は九五の爻義を解釈して「君子の道は、あるいは出でて事を任じ、あるいは退きて家に処る」という、二・五両爻は皆正を得る、ゆえに君子と称す。『彖伝』もまた「君子正也」という。

初九同人于門無咎。注:乾為門。謂同於四,四變應初,故無咎。六二同人于宗吝。注:乾為宗,二五同性,故為宗。合義不合姓,合姓吝也,故曰同人于宗吝。

初九の爻辞:「同人于門、无咎。」恵棟の自注:乾は門を為す。これは初九と九四とが同類で、九四は変動して初九と相応するをいう、ゆえに過咎を致さざるを得る。六二の爻辞:「同人于宗、吝。」恵棟の自注:乾は宗を為す。二・五両爻は同性なので宗と称す。人と同ずるは義に合するべくして姓に合するべからず、ただ同姓に凭りて相合せばすなわち吝を取るの道なり、ゆえに同宗の人と同ずれば憾ありという。

九三伏戎于莽升其高陵三歲不興。注:巽為草莽,離為戎。謂四變時三在坎中隱伏自藏,故伏戎于莽也。巽為高,震為陵,以巽股升其高陵。乾為歲。興,起也。師震為興,三至上歴三爻,故三歲不興也。

九三の爻辞:「伏戎于莽、升其高陵、三歳不興。」恵棟の自注:巽は草莽を為し、離は兵戎を為す。これは九四が変動するの時、九三は坎中に落ちて隠伏自蔵するをいう、ゆえに兵馬を草莽の裏に埋伏すという。巽は高を為し、震は陵を為し、巽の腿脚に凭りてあの高き丘陵に登る。乾は歳を為す。「興」は起である。旁通の『師』卦の震は興を為す。第三爻より上爻に数ゆるに三つの爻を経るを要す、ゆえに三年も起兵し得ずという。

九四乘其庸弗克攻吉。注:巽為庸,四在巽上,故乘其庸。與初敵應,變而承五應初,故弗克攻吉。九五同人先號咷而後笑大師克相遇。注:應在二,巽為號咷,乾為先,故先號咷。師震在下,故後笑。乾為大,同人反師,故大師。二至五體遘遇,故相遇。

九四の爻辞:「乘其墉、弗克攻、吉。」恵棟の自注:巽は墻を為し、九四は巽の上に在るので、墻の上に乘るという。それは初九と同じく陽剛にして相敵す。変動の後上に九五を承奉し下に初九に応ず、ゆえに攻め成らずして却って吉を得る。九五の爻辞:「同人先號咷而後笑、大師克相遇。」恵棟の自注:九五の応爻は六二にあり、巽は號咷を為し、乾は先を為す、ゆえに先ずは號咷。旁通の『師』卦の震は下体に在るので、後に歓笑す。乾は大を為し、『同人』は『師』と相反す、ゆえに大師と称す。第二爻より第五爻に至る、卦体は『姤』を成し、姤はすなわち遇なので、相遇うという。

上九同人于郊無悔。注:乾為郊,失位無應,當有悔,同心之家,故無悔。疏:「乾為」至「無咎」○此虞義也。《繋下》曰「乾坤其易之門邪」,《參同契》曰:「乾坤者,易之門戶,眾卦之父母。」故云乾為門。四體乾,初應四,故同於四。四初敵剛,困而反則,故變應初無咎也。

上九の爻辞:「同人于郊、无悔。」恵棟の自注:乾は郊を為す。上九は位を失い応援なく、もと悔あるべきに、しかしそれは身は同心の一家の中に在るので、悔恨なし。以下は自注の「乾為門」より「无咎」一段を疏証す。○これは虞翻の説である。『繫辞下伝』に「乾坤はおそらく『易』の門戸なるか」といい、『参同契』にいう、「乾坤は『易』の門戸、衆卦の父母。」ゆえに乾は門を為すという。九四は乾体に属し、初九は四と相応す、ゆえに四と同類という。四と初とは同じく陽剛にして相敵し、困に処りて法則に返帰す、ゆえに九四は変動の後初九と相応し、すなわち過咎なし。

○「乾為」至「宗吝」○乾為宗,虞義也。二五同姓已下許慎義也。慎字叔重,東漢汝南召陵人,太尉南閣祭酒。其所撰五經異義曰:「易曰『同人于宗吝』,言同姓相取,吝道也。」王逸楚辭注曰:「同姓為宗。」性與姓通。五陽二陰,二五相應,有昏冓之道,以在同人家,有同姓之義。

○「乾為宗」は虞翻の説である。「二五同姓」以下は許慎の説である。許慎は字を叔重といい、後漢の汝南召陵人で、官は太尉南閣祭酒。彼の撰する『五経異義』にいう、「『易』のいう『同人于宗、吝』とは、同姓の間に相娶るをいい、乃ち吝を取るの道なり。」王逸『楚辞注』にいう、「同姓を宗と叫ぶ。」「性」と「姓」とは古字相通ず。九五は陽・六二は陰で、二五はまた彼此相応し、もと婚配の理あり。ただ身は『同人』の一卦に処るに因りて、便ち同姓の意味を帯ぶ。

故繋上釋九五曰「同心之言,其臭如蘭」。襄八年春秋傳曰:「季武子謂晉君曰:今闢於草木,寡君在君,君之臭味也。」又二十二年鄭公孫僑曰:「敝邑邇在晉國,闢諸草木,吾臭味也。」皆謂同姓為臭味。

ゆえに『繫辞上伝』は九五を解釈して「同心の人の出ずる所の言は、気味は蘭のごとく芬芳」という。『春秋左伝』襄公八年に記載す、「季武子は晋君に對していう、今もし草木をもって比と為せば、敝国の国君は您に対して、まさに同一種の気味なり。」襄公二十二年にまた鄭国の公孫僑が言を記していう、「敝邑は晋国に緊鄰す、もし草木をもって相比すれば、我らはもと同一種の気味なり。」これらは皆同姓をもって「臭味」と称す。

是以晉語胥臣曰:「異姓則異德,異德則異類,異類雖近,男女相及以生民也。同姓則同德,同德則同心,同心則同志,同志雖遠,男女不相及,畏黷敬也。黷則生怨,怨亂毓災,災毓滅姓。是故取妻闢其同姓,畏亂災也。」故異德合姓,同德合義。

ゆえに『国語・晋語』の中、胥臣にいう、「姓同じからざれば則ち徳同じからず、徳同じからざれば則ち族類同じからず。族類は相近ると雖も、男女は婚配して人民を生育しうる。姓同じければ則ち徳同じく、徳同じければ則ち心同じく、心同じければ則ち志同じく、心志は同じと雖も相隔ること遥遠にして、男女は婚配し得ず、これは彼此の敬意を褻瀆するを恐るるなり。褻瀆すればすなわち怨恨を生じ、怨恨と禍乱とは災殃を孕育し、災殃は再び孕育して下ればすなわち姓族を滅絕せんとす。ゆえに妻を娶るに同姓を避くるを要す、まさに乱と災とを招来するを恐るるなり。」これによりいう、徳同じからざる者のみ婚姻を結び、徳同じなる者は則ち道義に合す。

必知同人為同姓者,雜卦曰「同人親也」,同姓為親。此卦象傳云「君子以類族辨物」,族,族姓;物姓之同異,辨,別也。郊特牲曰:「取於異姓,所以附遠厚別。男女有別,然後父子親,父子親然後義生。」故異德合姓,同德合義,同姓故同德,同德故同心,故繋上以二五為同心,比之臭味,猶同姓也。

『同人』の講ずる所がまさに同姓と断定するは、根拠はここに在り:『雑卦』に「同人とは、相親むこと」といい、しかして同姓のみが親と叫ぶ。此卦の『大象伝』に「君子以類族辨物」といい、「族」はすなわち族姓、「物」は姓の異同を指し、「辨」は分別である。『礼記・郊特牲』にいう、「異姓に娶るは、疏遠に親附して男女の別を加重せんがため。男女は別あって後、父子は相親し、父子は相親して後、義理は発生す。」ゆえに徳同じからざるは婚姻を結び、徳同じなるは道義に合す。同姓に因りて同徳、同徳に因りて同心、ゆえに『繫辞上伝』は二・五両爻をもって同心と為し、気味を拿りてこれらに比擬す、まさに同姓のごとくなり。

宗者,廟門內西牆也,主祭宗子取義焉。殷法在五世以後始通昏,二五同姓,在五宗之內,當合義而成事,不當合姓而成昏。若同德合姓則有災毓滅姓之事,故吝也。

いわゆる「宗」とは、もと宗廟の門内の西辺のあの一墻を指し、祭祀を主持する宗子はすなわちここより取義して名を得る。殷代の礼法は五世以後に至りて始めて通婚しうる。二と五とは同姓にして、なお五宗の内に在り、理として道義に合して共に大事を成すべく、同姓に凭りて婚姻を結ぶべからず。倘若徳相同じくしてしかも婚姻を結ばば、すなわち災殃の孕育・姓族の滅絕の禍を招き致す、ゆえに吝という。

○「巽為」至「興也」○此虞義也。巽為草莽亦虞義,虞此注謂震為草莽,義並通也。離為甲冑,為戈兵,故為戎。四上失位,當變之正,故四變三體坎,坎為隱伏,是伏戎于莽。應在上,上剛敵應,故有是象也。

○これは虞翻の説である。「巽為草莽」もまた虞翻の説で、虞翻はここの注の中にまた震を草莽と為す、両種の取象は義理の上に皆講じ通る。離は甲冑を為し戈兵を為す、ゆえに兵戎を為す。四・上両爻は位を失い、理として変じて正に帰すべし、ゆえに九四が一変すれば、九三はすなわち坎体に属し、坎は隠伏を為す、これがすなわち兵馬を草莽の中に埋伏するなり。九三の応爻は上九にあり、上九は同じく陽剛にして相敵す、ゆえにかかる象あり。

巽為高,說卦文。又說卦云震為反生,虞作阪,云:「陵,阪也。」故震為陵。巽為股,故以巽股升其高陵。歲三百六十合乾坤之筴,陽統陰,故乾為歲。興,起也,釋詁文。雜卦曰「震,起也」,興起同義,故震為興。三至上歴三乾,師震在下,故三歲不興,言上不應三,三亦不能興也。

「巽為高」は『説卦』に出る。『説卦』にまた震は反生を為すといい、虞翻本は「阪」と作り、注にいう、「陵とはすなわち山坡。」ゆえに震は陵を為す。巽は大腿を為す、ゆえに巽の腿脚に凭りてあの高陵に登るという。一年は三百六十日で、正に乾坤両卦の策数の和に合す。陽は陰を統攝す、ゆえに乾は歳を為す。「興」は起で、『爾雅・釈詁』に見よ。『雑卦』に「震とは、起なり」といい、興と起とは義同じく、ゆえに震は興を為す。第三爻より上爻に至るに三つの乾爻を経るを要し、しかして旁通の『師』卦の震は下体に在る、ゆえに三年起兵し得ずという――意思是上九は九三に応ぜず、九三もまた起事するに由なし。

○「巽為」至「攻吉」○此虞義也。虞氏注易廣逸象二百二十八,皆說卦所無,如巽為庸之類,今仍其說,不敢強通。廟中之牆亦謂之庸。尚書大傳曰「天子賁庸」,鄭彼注云:「賁,大也。牆謂之庸,大牆,正直之牆。」庸,今作墉。

○これは虞翻の説である。虞翻が『易』に注するに、逸象を拡充して二百二十八条に多く達し、皆『説卦』の有せざる所なり、「巽為庸」のごときはすなわちこの類に属す。ここは依然としてその説を沿用し、敢えて強いて牽合して解釈せず。宗廟の裏の墻もまた庸と叫ぶ。『尚書大伝』に「天子賁庸」といい、鄭玄の注にいう、「賁は大なり。墻を庸と叫び、賁庸はすなわち大墻、すなわち端正筆直の墻。」「庸」の字は今は「墉」と作る。

尚書杍材曰「既勤垣墉」,馬融注云:「卑曰垣,高曰墉。」釋宮曰:「牆謂之墉。」義並同也。巽為庸,四在巽上,故乘其庸,欲攻初也。四與初皆陽,故敵應。初得位,四無攻初之義,變而承五應初,故弗克攻吉也。

『尚書・梓材』に「既勤垣墉」といい、馬融の注にいう、「矮きを垣と叫び、高きを墉と叫ぶ。」『爾雅・釈宮』にいう、「墻はすなわち墉と叫ぶ。」数カ所の意思は皆相同じ。巽は墻を為し、九四は巽の上に在るので、墻の上に乘るという、初九を攻めんと欲するなり。四と初とは同じく陽爻なので、彼此相敵して応と為す。初九は居位当を得、九四にはそれを攻むるの理由なし。九四は変動の後上に九五を承奉し下に初九に応ず、ゆえに攻め成らずして却って吉を得る。

○「應在」至「相遇」○此虞義也。五正應二,故應在二。巽申命行事,號告之象,故為號咷。乾陽先唱,故為先。震為後,為笑,故後笑。師震在下,謂旁通也。同人與師旁通而稱反師者,猶否泰反其類,故云反也。

○これは虞翻の説である。九五は六二と正しく相応す、ゆえに応爻は二に在りという。巽は命令を申布し政事を推行するを主り、呼号告諭の象あり、ゆえに號咷を為す。乾陽は率先して倡導す、ゆえに先を為す。震は後を為し笑を為す、ゆえに後に歓笑す。「『師』の震は下体に在り」というは、旁通に就いて講ずるなり。『同人』と『師』とはもと旁通なれども、ここは却って「反師」と称す、まさに『否』『泰』の互いに反類を為すがごとし、ゆえに反という。

晉語胥臣曰:「昔少典取於有蟜氏,生黃帝炎帝。黃帝以姬水成,炎帝以姜水成,成而異德,故黃帝為姬,炎帝為姜。二帝用師以相濟也,異德之故也。」三與上敵,四欲攻初,是在同人家而異德,所謂同生而異性也,故五用師克之。五與二同性,故相遇也。遘彖傳及雜卦曰「遘,遇也」,故云二至五體遘遇據互體。

『国語・晋語』の中、胥臣にいう、「昔日少典は有蟜氏に娶り、黄帝と炎帝とを生む。黄帝は姫水の辺にて長成し、炎帝は姜水の辺にて長成す。長成の後徳性は各異にして、ゆえに黄帝は姫をもって姓と為し、炎帝は姜をもって姓と為す。両帝は各々兵を用いて以相互に制衡す、まさに徳性の相同じからざるに因る。」九三と上九とは相敵し、九四はまた初九を攻めんと要す、これがすなわち身は『同人』の一卦の中に在りて徳性は相異なり、すなわちいわゆる同一源より出でて姓氏は各別なる、ゆえに九五は大軍を動用して彼らに戦勝せんと要す。九五と六二とは同姓なので、相遇うを得る。『姤』卦の『彖伝』と『雑卦』とに皆「姤とは、すなわち遇」という、ゆえに二爻より五爻に至るの卦体は『姤』を成して遇義を取るという、これは互体に依りて講ずるなり。

○「乾為」至「無悔」○此虞義也。乾位西北之郊,故為郊。九居上為失位,與三敵剛故無應。虞氏謂與乾上九同義,當有悔也。變而體坎,三得應上,利涉大川,在同心之家,故無悔也。

○これは虞翻の説である。乾位は西北の郊野に在るので、郊を為す。陽爻は上位に居るは失位で、それはまた九三と同じく陽剛にして相敵す、ゆえに応援なし。虞翻はこれは乾卦の上九「亢龍有悔」と義同じとし、もと悔あるべし。しかし上九は変動の後坎体を成し、九三は上に応ずるを得、正に「利渉大川」に合す。況んやそれは身は同心の一家の中に在るをや、ゆえに悔恨なし。

大有卦 乾宮歸魂卦 消息内卦四月外卦五月

大有元亨。注:乾五變之坤成大有,與比旁通。柔得尊位大中,應天而時行,故元亨。疏:此虞義也。虞例無一陰五陽之例,故云乾五變之坤成大有。文王書經繫庖犧於乾五,五動之離,有天地日月之象,乾坤坎離反覆不衰,天道助順,人道助信,故自天右之,吉無不利,其義備於上九爻也。

経文:「大有、元亨。」恵棟の自注:『大有』は乾の第五爻が変じて坤に入る所成で、『比』卦と旁通す。柔爻は尊位に居るを得て広大にして中に居り、天道に順応して時に依りて行う、ゆえに大いに亨通す。恵棟の疏証:これは虞翻の説である。虞翻の卦変義例に一陰五陽の卦の通例なし、ゆえに乾五の変じて坤に入りて『大有』を成すという。文王は経文を写定し、伏羲の事を乾の第五爻の上に繋え、五爻が一動して離を成せば、すなわち天地日月の象あり。乾・坤・坎・離は循環往复して衰竭せず。天道は順従の人を助け、人道は誠信の人を助く、ゆえに「自天佑之、吉无不利」という、この層の義理は上九爻の下にて最も完備に講ず。

初九無交害匪咎艱則無咎。注:害謂四,初四敵應,故無交害。害在四,故匪咎。四變應初,故艱則無咎。九二大轝以載有攸往無咎。注:比坤為大轝,乾來積上,故大轝以載。往謂之五,二失位得正應五,故有攸往無咎。

初九の爻辞:「无交害、匪咎、艱則无咎。」恵棟の自注:「害」は九四を指す。初と四とは同じく陽にして相敵す、ゆえに彼此交往せずして害を言う。禍害は九四のあの一辺に在る、ゆえに初九自身は並に過咎なし。九四が一変すればすなわち初九と相応す、ゆえに艱難に処りて正を守れば災禍を致さざるを得る。九二の爻辞:「大車以載、有攸往、无咎。」恵棟の自注:旁通の『比』卦の坤は大車を為し、乾陽は下より来りて上に積聚す、ゆえに大車を用いて装載すという。「往」は五位に前往するをいう。九二はもと位を失い、変じて正を得てまた五と相応す、ゆえに往く所有るも過咎を致さざるを得る。

九三公用亨于天子小人弗克。注:三公,位也。天子謂五,小人謂四。二變體鼎象,故公用亨于天子。四折鼎足覆公餗,故小人弗克。九四匪其尩無咎。注:尩,體行不正。四失位折震足,故尩。變而得正,故無咎。尩或作彭,旁聲,字之誤。

九三の爻辞:「公用亨于天子、小人弗克。」恵棟の自注:三は三公の位である。「天子」は六五を指し、「小人」は九四を指す。九二が一変すれば、卦体はすなわち『鼎』象あり、ゆえに公侯は天子に献享すという。九四は鼎足を折断して公家の美食を打覆す、ゆえに小人は担当し得ず。九四の爻辞:「匪其尩、无咎。」恵棟の自注:「尩」は身体の行走ること正ならず。九四は位を失いて震の足を折る、ゆえに尩と為す。それが変動の後正を得るので、過咎を致さざるを得る。「尩」はある本子は「彭」と作る、あれは声旁の相近きに因りて写し誤れる字である。

六五厥孚交如威如吉。注:孚,信也。發而孚二,故交如。乾稱威,發得位,故威如吉。上九自天右之吉無不利。注:謂乾也。右,助也。大有通比,坤為自,乾為天,兌為右,故自天右之。比坤為順,乾為信,天之所助者順,人之所助者信,履信思順,又以尚賢,故自天右之吉無不利。

六五の爻辞:「厥孚交如、威如、吉。」恵棟の自注:「孚」は誠信である。六五は一たび発動すればすなわち九二と相孚る、ゆえに交相感孚すという。乾は威厳と称す。発動の後居位当を得るので、威あって畏る可くして吉。上九の爻辞:「自天佑之、吉无不利。」恵棟の自注:ここにいう天はすなわち乾。「右」はすなわち佑助である。『大有』は『比』と旁通し、坤は自を為し、乾は天を為し、兌は右を為す、ゆえに天より降下して佑助すという。『比』の坤は順を為し、乾は信を為す。上天の佑助する所は順従の人、衆人の佑助する所は誠信の人、誠信を践行して心は順従を念い、また賢者を尊崇しうる、ゆえに自天佑之、吉无不利。

疏:「害謂」至「無咎」○此虞義也。虞云「四離火為惡人」,謂離九四為惡人,故害謂四。虞氏又謂比坤為害,蓋取義於四,取象於坤也。陰陽相應為交,初四敵應不相與,故無交害。虞據從旁通變以比初動震為交。

以下は自注の「害謂四」より「艱則无咎」一段を疏証す。○これは虞翻の説である。虞翻は「第四爻は離火に処りて悪人と為る」という、指す所は『離』卦の九四は悪人、ゆえに「害」は九四を指す。虞翻はまた旁通の『比』卦の坤を害と為す、あれは第四爻に取義して坤に取象するなり。陰と陽と彼此相応して始めて交と叫ぶ。初と四とは同じく陽にして相敵し、相亲与する能わず、ゆえに交往の害なしという。虞翻は則ち旁通の卦より起変するに依拠し、『比』卦の初爻が変動して震を成すをもってこの「交」の字を解釈す。

坤為害也。匪,非也。害始於四,非初之咎,故曰匪咎。艱,難也。虞以比初動成屯難,四變得位應初,故艱則無咎也。○「比坤」至「無咎」○此虞義也。虞彖傳注云:比初動成震,至二成兌,至三成乾,故云乾來積上。乾積坤上,為坤所載也。自內稱往,故往謂之五。二失位,故有咎。變之正應五,故有攸往無咎矣。

『大有』の初九爻辞「无交害、匪咎、艱則无咎」、恵棟の疏証にいう、坤は傷害の象あり、ゆえに「害」という。「匪」はすなわち「不是」。禍害は九四のあの一爻より起こり、決して初九自身の過咎に非ず、ゆえに爻辞は「匪咎」という。「艱」は艱難で、虞翻は『比』卦の初爻が変動して『屯』を成すをもってこれを解す――『屯』はまさに難生の象。初九は変じて正位を得、上に向かいて九四と相応し、艱難の中に正道を守り得る、ゆえに「艱則无咎」という。以下の一条は「比坤」より「无咎」のあの一段の注文を疏解し、用うる所は虞翻の説である。虞翻の『大有・彖伝』の注にいう、『比』卦の初爻は変動して震を成し、第二爻に変じて兌を成し、第三爻に変じて乾を成す、ゆえに「乾來積上」という。乾は坤の上に積み、まさに坤に載負せらるるの象。内卦より外卦に往くを「往」と叫び、ゆえに「往」は九五を指す。九二は陽をもって陰に居りその正位を失う、もと咎あるべきに、変じて正を得・上に九五に応ず、ゆえに九二の爻辞に「有攸往、无咎」という。

○「三公」至「弗克」○此虞義也。爻例三為三公,故云三公位也。五為天子,故天子謂五。四不正,故曰小人。鼎彖傳曰:大亨以養聖賢。三賢人,二變體鼎,養賢之象,故云公用亨于天子。僖二十四年春秋傳卜偃說此卦云:天子降心以逆公。五履信思順,又以尚賢,故有降心逆公之事。三應上,上為宗廟,天子亨諸侯必於祖廟也。虞注鼎九四云:四變震為足,二折入兌,故鼎折足覆公餗。是小人不克當天子之亨也。

以下は「三公」より「弗克」のあの一段の注文を疏解し、用うる所は虞翻の説である。爻位の通例に按ずるに、第三爻は「三公」の位に相当す、ゆえに注文は三は三公の位という。第五爻は天子の位なので、「天子」は九五を指す。九四は陽をもって陰に居り居位正ならず、ゆえにそれを「小人」と称す。『鼎・彖伝』に「大亨以養聖賢」といい――第三爻は賢人を為し、第二爻が変動すれば互体は『鼎』を成し、まさに養賢の象、ゆえに『大有』の九三に「公用亨于天子」といい、三公は天子の処にて宴享の礼を受く。『春秋左伝』僖公二十四年に卜偃が此卦を解説したを記していう、「天子は心を降して以公を逆ぇ。」九五は誠信を践履し柔順を思慮し、また賢者を崇尚す、ゆえに天子が己を屈して心を降して公侯を迎接するの事あり。九三は上に上九に応じ、上爻は宗廟を為し、天子が諸侯を宴享するは必ず祖廟にて挙行す。虞翻が『鼎』の九四に注していう、四爻が変すれば則ち震を成し、震は足を為す。二爻は兌に折入す、ゆえに「鼎折足、覆公餗」の象あり――これがまさに小人は天子の宴享の礼を担い得ざるの意である。(案:ここに『鼎・彖伝』の一句を引く、底本はおそらく脱字あり。)

○「尩體」至「之誤」○此虞義也。說文曰:尩,跛曲脛也,從大,象偏曲之形。足尩故體行不正。四失位,體兌折震足,故足尩也。變而得正,故云匪其尩無咎。本今作彭,子夏作旁。乾寳云:彭,亨,驕滿貌。姚信云:彭,旁。是皆讀彭為旁。彭、尩音相近,故云字之誤。

以下は「尩體」より「之誤」のあの一段の注文を疏解し、用うる所は虞翻の説である。『説文解字』にいう、「尩とは跛脚にして脛骨の彎曲す、字は「大」に従い、人身の偏斜彎曲の形に象る。」脚すでに跛曲せば、身体の行走るは端正ならず。『大有』の九四は位を失い、兌体の中に処りて震足を折断す、ゆえに「足尩」という。変動して正位を得るので、「匪其尩、无咎」という、再びあの跛曲の象に非ざれば、すなわち過咎なし。今伝本の経文はこの字を「彭」と作り、『子夏易伝』は「旁」と作る。干宝にいう、「彭」は「亨」と読み、驕矜自満の様子。姚信は「彭」はすなわち「旁」という。これにより彼らが皆「彭」を「旁」と読むを知る。「彭」と「尩」とは読音相近し、ゆえにこれを字形伝写の誤という。

○「孚信」至「如吉」○此虞義也。四變坎為孚。孚,信也,釋詁文。二五失位,二變應五,五發而孚二,故交如也。乾陽剛武,故稱威。五變體乾發得位,故威如吉。荀子強國篇曰:威有三,有道德之威者,有暴察之威者,有狂妄之威者,此三威者不可不熟察也。呂刑曰:德威維畏。及此經威如之吉,皆道德之威也。

以下は「孚信」より「如吉」のあの一段の注文を疏解し、用うる所は虞翻の説である。九四が変動すれば則ち坎を成し、坎は「孚」を為す。「孚」はすなわち誠信、これは『爾雅・釈詁』の訓解である。二・五両爻は皆位を失い、九二は変じて上に九五に応じ、九五は発動して九二と相孚る、ゆえに『大有』の六五に「交如」といい、上下は誠信をもって交接す。乾は陽で性剛にして威武なり、ゆえに「威」と称す。九五は変動して乾を体し発動して正位を得るので、「威如、吉」という。『荀子・強国篇』にいう、威に三種あり、道徳の威あり、暴察の威あり、狂妄の威あり、この三種の威は仔細に分辨せざるべからず。『尚書・呂刑』に「徳威維畏」といい、徳あるの威のみが真に人を敬畏せしむ。本経のいう「威如之吉」を連ねて、講ずる所は皆道徳の威である。

○「謂乾」至「不利」○此虞義也。乾五之坤,故謂乾也。天之所助以下,上繋文。賢謂三。天道助順,人道助信。五履信思順,三亨于天子,故又以尚賢,宜為天之所右,故吉且和也。

以下は「謂乾」より「不利」のあの一段の注文を疏解し、用うる所は虞翻の説である。乾の第五爻は往きて坤位に居る、ゆえに注の中に「謂乾」という。「天之所助」以下の数句は『繫辞上伝』に出る。「賢」は九三を指す。天道は柔順の人を助け、人道は誠信の人を助く。九五は誠信を践履し柔順を思慮し、九三はまた天子の処にて享を受けて重んぜらる、これは賢人を崇尚するなり、ゆえに理として上天の祐助する所と為るべし、これにより『大有』の上九はすでに吉利を得、また和順に帰す。

巻三

嗛(謙)卦 兌宮五世卦 消息十二月

嗛亨。注:乾上九來之坤。嗛,謙也。上九亢龍,盈不可久,虧之坤三,故為嗛。天道下濟,故亨。虞氏曰:彭城蔡景君說剝上來之三。君子有終。注:君子謂三。艮終萬物,故君子有終。

経文にいう、『嗛』卦、亨通す。恵棟の自注:此卦は乾卦の上九の一爻が下来りて坤の第三爻に居りて成る。「嗛」はすなわち謙。上九は亢極の龍で、盈満の勢は長久なるべからず、そこに己を減損して下りて坤の第三爻に至る、ゆえに『嗛』卦を成す。天道は下行して万物を済助す、ゆえに亨通す。虞翻にいう、彭城人蔡景君の説は『剥』卦の上爻が来りて第三爻に居るとす。経文にまたいう、君子は終わりあり。恵棟の自注:「君子」は九三を指す。艮は万物を終成しうる、ゆえに君子は始めあり終わりありという。

疏:「乾上」至「之三」○乾上九來之坤,虞義也。用九之義,乾上九當之坤三。嗛,謙也,子夏義也。卦名嗛者,正以上九一爻亢極失位,天道盈而不溢,虧之坤三,致恭以存其位,故以嗛名卦。盈者嗛之反,上之三盈為嗛,在人為謙,故曰嗛,謙也。

恵棟の疏証は「乾上」より「之三」のこの一段の注文を解す:乾の上九が来りて坤位に居るは、虞翻の説である。「用九」の義に按ずるに、乾の上九はまさに下りて坤の第三爻に居るべし。「嗛就是謙」は『子夏易伝』の説である。この一卦の名を「嗛」と取る所以は、まさに上九の一爻が亢極して位を失うに因る。天道は盈満すと雖も外溢せしめず、そこに上爻を減損して下りて第三爻に至り、恭敬自処を用いてその位を保全す、ゆえに「嗛」を拿りて卦に命名す。「盈」は「嗛」の反面なり。上爻は三爻に下り、盈満の処を損け下来ればすなわち「嗛」、人事に落とせばすなわち謙遜、ゆえに「嗛、謙也」という。

天道下濟,故亨,虞義也。乾為天道,來之坤,故下濟。以乾通坤,故亨。蔡景君傳易先師,景君言剝上來之三。剝之上九即乾也,以消息言之,故云剝上來之三。案虞論之卦無剝、復、夬、遘之例,景君之說,虞所不用也。○「君子」至「有終」○三於三才為人道,故君子謂三。說卦曰:終萬物始萬物者莫盛乎艮。三體艮,故艮終萬物。三秉勞謙,終當升五,故君子有終也。

「天道下済、所以亨通」もまた虞翻の説である:乾は天道を為し、下来りて坤に居る、ゆえに「下済」と叫ぶ。乾気をもって坤体を貫通す、ゆえに亨通す。蔡景君は『易』を伝うるの先師で、彼は『剥』卦の上爻が来りて第三爻に居るという――『剥』の上九はもと乾爻なり、十二消息卦の角度より言えば、ゆえに「剥上來之三」と講ず。しかし虞翻が卦変を論ずるを考察するに、『剥』『復』『夬』『遘』を取りて来源と為すの体例なし、これにより蔡景君のこの一説、虞翻は採用せざるを知る。以下は「君子」より「有終」のあの一段の注文を疏解す:第三爻は天・地・人の三才の中、人道に属す、ゆえに「君子」は九三を指す。『説卦伝』にいう、万物を終結してまた万物を開始するは、艮より盛大なるなし。九三は艮体に処る、ゆえに艮は万物を終わらすという。九三は勤労謙退の徳を秉持し、終わりにはまさに第五爻に昇るべし、ゆえに「君子有終」という。

初六嗛嗛君子,用涉大川,吉。注:變之正在下,故嗛嗛。君子謂陽三,體坎為大川,歴三應四,故用涉大川吉。六二鳴嗛,貞吉。注:三體震為善鳴,故鳴嗛。三居五,二正應之,故貞吉。九三勞嗛君子有終,吉。注:體坎為勞,故曰勞嗛。嗛尊而光,卑而不可踰,君子之終故吉也。

経文:初六、謙にしてまた謙なる君子、この徳行を用いて大川を渉渡す、吉。恵棟の自注:初六は位を失い、変じて正を得るもなお最下に居るので「嗛嗛」と叫ぶ。「君子」は陽爻の九三を指す。互体は坎を成し、坎は大川を為す。第三爻を経て上に九四に応ず、ゆえに「用渉大川、吉」という。経文:六二、謙の声名あらわる、正を守れば吉。自注:九三は震体に処り、震は善く鳴くを為す、ゆえに「鳴嗛」という。九三は上に第五爻に居り、六二は正にこれと相応す、ゆえに「貞吉」。経文:九三、勤労にして謙退の君子は始めあり終わりあり、吉。自注:九三は坎体に処り、坎は労を為す、ゆえに「勞嗛」という。謙徳は尊位に居りて愈々光明を顕し、卑下に処りて人の逾越しうるなし、これがすなわち君子の善終なり、ゆえに吉。

六四無不利,撝嗛。注:撝,舉也。四得位處正,家性為嗛,故無不利。陰欲撝三使上居五,故曰撝嗛。六五不富以其鄰,利用侵伐,無不利。注:鄰謂四上,自四以上乘陽失實,故皆不富。五虛無君,利三來侵伐,無敢不利之者。上六鳴嗛,利用行師征邑國。注:應在震,故鳴嗛。體師象,震為行,坤為邑國。五之正,已得從征,故利用行師征邑國。

経文:六四、利あらざるなし、謙徳を挙揚す。恵棟の自注:「撝」は挙揚である。六四は陰をもって陰に居り、位を得て正に処り、その卦家の性は謙なので、利あらざるなし。衆陰は皆九三を挙揚して上に第五爻に居らしめんと欲す、ゆえに「撝嗛」という。経文:六五、己は富足せざるも鄰爻の相助を得、兵を興して征討するに利あり、利あらざるなし。自注:「鄰」は六四と上六とを指す。第四爻より上は皆陽爻を乗凌してその実を失う、ゆえに皆「不富」と称す。第五爻は空虚にして君なく、九三の前来して征伐するに利し、敢えて順従せずしてそれを不利ならしむる者なし。経文:上六、鳴謙、師を興して邑国を征討するに利あり。自注:上六は下に震体に応ず、ゆえに「鳴嗛」という。卦中に互いに師卦の象あり、震は行動を為し、坤は邑国を為す。九三が上に第五爻に居りて正を得て後、上六はすなわち随いて出征しうる、ゆえに「利用行師征邑国」という。

疏:「變之」至「川吉」○初失位,故變之正。荀云:初最在下為嗛。上之三嗛也,初之正而在下又嗛焉,故曰嗛嗛。初正陽位,故曰君子。坎為大川,歴三應四,故利涉大川吉也。○「三體」至「貞吉」○說卦曰:震為善鳴。夏小正曰:雉震呴。傳曰:震也者,鳴也;呴也者,鼓其翼也。是震為鳴也。卦凡言嗛者皆謂陽居下位,二以陰承陽,蒙三之義,故曰鳴嗛,此姚信義也。三上居五,二正應之,中心相得,故貞吉也。

恵棟の疏証は「變之」より「川吉」のこの一段の注文を解す:初六は位を失う、ゆえに変じて正を得るを要す。荀爽にいう、初爻は最下に処り、本身就是謙なり。上爻は三爻に下りてすでに謙、初爻はまた変正してなお下位に居るは、謙の上に謙を加う、ゆえに「嗛嗛」と叫ぶ。初位はもと陽位で、正を得て陽と為るので、「君子」と称す。坎は大川を為し、第三爻を経て上に九四に応ず、ゆえに「利渉大川、吉」という。以下は「三體」より「貞吉」を疏解す:『説卦伝』に震は善く鳴くを為すという。『夏小正』に「雉震呴」といい、伝文は解釈していう、「震」はすなわち鳴叫、「呴」は翅膀を鼓動す。これにより震は鳴叫の取象あるを知る。この一卦におよそ「嗛」というは、皆陽爻が下位に居るを指す。六二は陰爻をもって陽爻を承奉し、九三を蒙受するの義を取る、ゆえに「鳴嗛」という、これは姚信の解説である。九三は上に第五爻に居り、六二は正にこれと相応し、彼此中心相得す、ゆえに正を守りて吉を得る。

○「體坎」至「吉也」○說卦曰:勞乎坎。三體坎,故曰勞嗛,此荀義也。成卦之義在於九三,彖辭君子有終,正指三也。傳言嗛尊而光,卑而不可踰,正謂三上升五,君子之終故吉也。○「撝舉」至「撝嗛」○此荀義也。撝以手舉,亦從手,故云撝,舉也。太玄八十一家各有剛柔之性,故稱家性,六十四卦亦然。以六居四,故得位處正而在嗛家,家性為嗛,故無不利也。眾陰皆欲三居五,而撝之者四,故曰撝嗛。

「體坎」より「吉也」を疏解す:『説卦伝』に「労乎坎」といい、九三は坎体に処る、ゆえに「勞嗛」という、これは荀爽の解説である。全卦の成卦の関鍵は九三に在り、卦辞の「君子有終」はまさに九三を指す。『彖伝』は謙徳の尊に居りて光顕し卑に処りて逾越し得ざるを講ず、まさに九三が第五爻に上昇するをいう、これがすなわち君子の善終なり、ゆえに吉。以下は「撝舉」より「撝嗛」までを疏解し、用うる所は荀爽の説である:「撝」は手を用いて挙げ、字もまた手に従う、ゆえに「挙」と訓ず。揚雄『太玄』の八十一家は各々剛柔の性あり、ゆえに「家性」と称し、六十四卦もまたこのごとし。六四は陰爻をもって第四位に居る、ゆえに位を得て正に処りて身は謙卦の家に在り、家性は謙なので、利あらざるなし。衆陰爻は皆九三の上に第五爻に居るを希望し、しかして真に力を出してそれを挙揚するは六四なり、ゆえに「撝嗛」という。

○「鄰謂」至「之者」○此荀義也。四上為五之鄰,故鄰謂四上。自四以上皆乘三陽,故曰乘陽。泰六四曰:偏偏不富,皆失實也。故知不富為失實。五離爻,離為甲冑,為戈兵,故云侵伐。五虛無君,三來侵伐坤之邑國,眾陰同志承陽,故云無敢不利之者。坤為用也。○「應在」至「邑國」○此虞義也。上應三,三體震,故曰鳴嗛。二至上有師象,師二居五,與嗛三同義。三來之五,上得從征,故利用行師征邑國也。

「鄰謂」より「之者」までを疏解し、用うる所は荀爽の説である:六四と上六とは六五の近鄰なので、「鄰」は四と上とを指す。第四爻より上は皆九三のこの陽爻を乗凌す、ゆえに「乘陽」という。『泰』卦の六四に「偏偏不富、皆失実也」といい、これにより「不富」はすなわち実質を失うを知る。第五爻は離爻に属し、離は甲冑を為し戈兵を為す、ゆえに「侵伐」という。第五爻は空虚にして君なく、九三は前来して坤の象する邑国を征伐し、衆陰は同心にて陽爻を承奉す、ゆえに敢えて順従せざる者なしという。坤はまた「用」を為す。以下は「應在」より「邑国」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:上六は下に九三に応じ、九三は震体に処る、ゆえに「鳴嗛」という。二より上まで互いに師卦の象あり、『師』卦の九二が上に第五爻に居るは、『嗛』卦の九三と義同じ。九三が来りて第五爻に居れば、上六はすなわち随いて出征するを得る、ゆえに「利用行師征邑国」という。

豫卦 震宮一世卦 消息内卦二月、外卦三月

豫利建侯行師。注:復初之四,與小畜旁通。豫,樂也。震為諸侯,初至五體比象,四利復初,故利建侯。三至上體師象,故行師。疏:此虞鄭義也。一陰五陽、一陽五陰之卦皆自乾坤來,師、嗛、大有、同人是也。此卦復四之初,乃從繋辭兩象易之例,非乾坤往來也。

経文:『豫』卦、諸侯を建立し師を出して兵を用うるに利あり。恵棟の自注:本卦は『復』卦の初爻が往きて第四爻に居るより来り、『小畜』と旁通す。「豫」は歓楽である。震は諸侯を為し、初より五まで互いに比卦の象あり、第四爻は初位に回るに利あり、ゆえに「利建侯」。三より上まで互いに師卦の象あり、ゆえに「行師」という。恵棟の疏証:これは虞翻・鄭玄の説である。一陰五陽・一陽五陰の卦はもと皆乾坤より来る、『師』『嗛』『大有』『同人』はすなわちこのごとし。しかしこの一卦は『復』卦の四爻と初爻とが互易するなり、走る所は『繫辞伝』のいう「両象易」の体例で、決して乾坤往来に非ず。

晉語,司空季子解此經云:豫,樂也。故太玄準之以樂。鄭氏謂喜豫悅樂是也。卦之取義於豫者有三焉:漢書五行志云,雷以二月出,其卦曰豫,言萬物隨雷出地皆逸豫,一也;取象制樂,樂者,樂也,薦之神祗祖考,與天地同和,二也;震上坤下,母老子強,居樂出威,三也。故曰豫,樂也。

『国語・晋語』に司空季子がこの一条の経文を解説したを記していう、「豫」とはすなわち楽。ゆえに揚雄『太玄』は「楽」の首を用いてこれに対応し、鄭玄のいう「喜豫悦楽」もまたこの意である。この一卦の「豫」に取義するは三層あり:『漢書・五行志』に雷は二月に地を出で、その卦は『豫』と為すといい、万物は雷に随いて地を出で、安逸歓暢ならざるなしをいう、これは第一層。雷の地を出でて奮起するの象を取りて音楽を制作す、「楽」はすなわち快楽で、これを用いて神祇祖考に進献し、天地とその和諧を同じくす、これは第二層。震は上に在り坤は下に在り、母親年老いて児子強壮のごとく、安楽に居りて威勢を発出す、これは第三層。ゆえに「豫、楽也」という。

震為諸侯。初至五體比,象比建萬國親諸侯。二欲四復初,初為建,故利建侯。卦體本坤,四之初,坤象半見,故體師象,利行師也。虞注晉上九曰:動體師象。例與此同。半象之說,易例詳矣。

震は諸侯を為す。初より五まで互体は『比』を成し、『比』卦の『象伝』「先王以建万国、親諸侯」の義を取る。九二は九四の初位に回らんことを希望し、初位は「建」を為す、ゆえに「利建侯」という。卦体はもと坤より来り、四爻は初爻に下り、坤象は半ばを顕現するのみ、ゆえに師卦の象あり、行師に利ありという。虞翻が『晋』卦の上九に注して「動体師象」という、体例はこれと相同じ。この「半象」の説法は、『易』例の中にすでに詳細なる討論あり。

初六鳴豫,凶。注:應震善鳴,失位,故鳴豫凶。六二介于石,不終日,貞吉。注:介,纖也。與四為艮,艮為石,故介于石。應在五,終變成離,離為日。二得位,欲四急復初,已得休之,故不終日貞吉。六三盱豫悔,遲有悔。注:盱,睢盱,視上而不正,故有悔。變之正,遲則有悔也。

経文:初六、鳴叫して逸楽を放縦す、凶。恵棟の自注:初六は上に震体に応じて震は善く鳴く、自身はしかし位を失う、ゆえに「鳴豫凶」。経文:六二、介然として石のごとく、一日を終わるを待たずして機を見て動く、正を守りて吉を得る。自注:「介」は纎微である。六二と九四とは艮体を構成し、艮は石を為す、ゆえに「介于石」という。それは下に第五爻に応じ、終わりに変動して離を成し、離は日を為す。六二は位を得、九四の速やかに初位に回るを希望し、己はすなわち休美を得る、ゆえに「不終日、貞吉」。経文:六三、目を張りて上を望んで楽を求む、悔あり。遅疑して改めざれば、なお悔あり。自注:「盱」は目を張りて仰視す、上に在る者を仰看して心術正ならず、ゆえに悔あり。変じて正を得ればすなわち悔なく、遅疑して変ぜざれば悔あり。

九四由豫,大有得,勿疑,朋盍戠。注:由,自也。大有得,得群陰也。坎為疑,據有五陰,坤以眾順,故勿疑。小畜兌為朋,坤為盍。盍,藂合也。坎為藂,坤為眾,眾陰並應,故朋盍戠。戠,舊讀作撍,作宗也。

経文:九四、衆人は彼によりて楽を得、大いに獲る所有り、疑慮する勿れ、朋類は聚合して来る。恵棟の自注:「由」はすなわち自・従。「大有得」は衆陰爻を獲得したをいう。坎は疑を為し、九四は五つの陰爻を拠有し、坤はまた衆多をもって柔順にて相従す、ゆえに「勿疑」という。旁通の『小畜』に兌あり、兌は朋を為す。坤は「盍」を為し、「盍」は聚合である。坎は叢聚を為し、坤は衆多を為し、衆陰は一倂に来りて応ず、ゆえに「朋盍戠」という。「戠」のこの字は、旧時「撍」と読む者あり、また「宗」と読む者あり。

六五貞疾,恆不死。注:恆,常也。坎為疾,應在坤,坤為死。震為反生,位在震中,與坤體絶,故貞疾恆不死也。上六冥豫成,有渝,無咎。注:冥讀為瞑,應在三,坤為冥冥。豫,瀆也。渝,變也。三失位無應多凶,變乃得正,體艮成,故成有渝無咎。

経文:六五、正を守りて疾病あり、長久なるも死に至らず。恵棟の自注:「恒」は長久である。坎は疾病を為し、六五は下に坤体に応じ、坤は死亡を為す。震は反生の象あり、六五は位は震体の中に在り、坤体と隔絶す、ゆえに「貞疾、恒不死」という。経文:上六、逸楽に昏冥して習と為る、もし変改しうれば、過咎なし。自注:「冥」は「瞑」と読み、上六は下に九三に応じ、坤は幽冥昏暗を為す。逸楽は過度なればすなわち褻瀆に流る。「渝」は変改である。九三は位を失い応する所なくまた凶多し、変動して始めて正位を得、艮体を成就す、ゆえに「成有渝、无咎」という。

疏:「應震」至「豫凶」○此虞義也。夏小正曰:震也者,鳴也。四體震,震為善鳴,初獨應四,意得而鳴,失位不當,故凶也。○「介纖」至「貞吉」○此虞義也。繫上曰:憂悔吝者存乎介。謂纖介也。介謂初,石謂四。二在艮體,艮為石,故介于石。二應小畜,五伏陽,故應在五。豫體震,震特變,故終變成離,離為日。二以陰居陰,故得位。四復初體復,復六二曰:休復吉。欲四復初,故已得休之也。

恵棟の疏証は「應震」より「豫凶」のこの一段の注文を解し、用うる所は虞翻の説である:『夏小正』の伝は「震」はすなわち鳴叫という。九四は震体に処り、震は善く鳴くを為し、初六は独り九四と相応し、得意にして鳴く。しかしそれは位を失い当たらず、ゆえに凶。以下は「介纖」より「貞吉」までを疏解し、また虞翻の説である:『繫辞上伝』に「悔吝を憂うる者は介に存す」といい、指す所はまさに纎微の幾である。「介」は初六を指し、「石」は九四を指す。六二は艮体の中に在り、艮は石を為す、ゆえに「介于石」という。六二は旁通の『小畜』と相応し、『小畜』の第五爻は陽爻を伏有す、ゆえに「應在五」という。『豫』は震体あり、震は独自に変動す、ゆえに終わりに変じて離を成し、離は日を為す。六二は陰爻をもって陰位に居る、ゆえに位を得る。九四が初位に回れば則ち『復』体を成し、『復』の六二に「休復、吉」といい、六二はまさに九四の初位に回るを希望す、ゆえに己は休美を得る。

二得位得中,上交不諂,下交不瀆。欲四復初,是不諂也;已得休之,是不瀆也。二五無應,四為卦主,故發其義於此爻也。○「盱睢」至「悔也」○向秀注云:盱,睢盱,小人喜悅佞媚之貌。說文曰:盱,張目也;睢,仰目也。應在上,三張目仰視,視上之顏色為佞媚,所謂上交諂也。三位不正,故有是象。變之正則無悔,下經所云成有渝無咎是也。

六二はすでに位を得また中を得、上に交接して諂媚せず、下に交接して軽慢せず。九四の初位に回るを希望す、これは不諂媚。己はこれに因りて休美を得、これは不軽慢。二と五とはもと応なし、しかして九四は全卦の主なので、この層の義理を六二のこの一爻の上に発揮す。以下は「盱睢」より「悔也」までを疏解す:向秀の注に「盱」はすなわち「睢盱」、小人の喜悦諂媚の神态である。『説文解字』にいう、「盱」は目を張開し、「睢」は目を仰起す。六三は上に上爻に応じ、それが目を張りて仰視し、上に在る者の顔色を察看して媚を取るは、すなわち『繫辞伝』のいわゆる「上交諂」。六三は居位正ならず、ゆえにこの象あり。変じて正を得ればすなわち悔なし、下文の上六爻辞に「成有渝、无咎」といいまさにこの意である。

爻之失位猶人之有過,過以速改為善,故四不終日貞吉,三遲有悔。遲速之間,吉凶判焉。孔子曰:不善不能改,是吾憂也。○「由自」至「宗也」○此虞義也。由,自也,釋詁文。卦唯一陽,五陰皆為陽所得,故云大有得,得群陰也。坎為心,為加憂,故為疑也。乾九四文言曰:或之者,疑之也。豫四失位與乾四同,故云疑。然一陽據五陰,坤以眾而順從,其志得行,故勿疑也。

爻の失位は人の過咎あるに譬ゆ、過咎は迅速に改正するをもって善と為す、ゆえに六二は終日を待たずして正を守りて吉を得、六三は遅疑すれば悔恨を留む。遅と速との間、吉凶はここに判分す。孔子にいう、不善ありて改むる能わざるは、我が憂うる所なり。以下は「由自」より「宗也」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:「由」は「自」と訓じ、『爾雅・釈詁』に出る。全卦にただ一つの陽爻あり、五つの陰爻は皆この陽爻に獲取せらる、ゆえに「大有得、得羣陰也」という。坎は心を為し加憂を為す、ゆえに「疑」に取る。『乾』の九四『文言』に「或之者、疑之也」といい、『豫』の九四の失位は『乾』の九四の情形と相同じ、ゆえに「疑」という。しかし一陽は五陰を拠有し、坤は衆多をもって順従し、その志は推行を得る、ゆえに「勿疑」という。

小畜兌為朋者,據旁通兌兩口相對,有似朋友講習之象,故曰朋。盍與闔同,闔戶謂之坤,故坤為盍。釋詁云:盍,合也。九家說卦曰:坎為藂棘,故為藂。坤為合,故曰戠。藂,合也;戠猶植也。鄭氏禹貢曰:厥土赤戠墳。今本作埴。考工記:用土為瓦謂之摶埴之工。

注文は『小畜』の兌を朋と為すというは、旁通の卦『小畜』に兌体あり、兌は口を為し、両口は相対し、酷似朋友の互相講習切磋するの象、ゆえに「朋」と称す。「盍」は「闔」と相通じ、『繫辞伝』に「闔戸を坤と謂う」といい、ゆえに坤は「盍」に取象す。『爾雅・釈詁』にいう、「盍」はすなわち合。『九家易』の説卦逸象は坎を叢生の荊棘と為す、ゆえに坎は「藂」に取象す。坤は合を為す、ゆえに「戠」という。「藂」は聚合、「戠」は「植」のごとく、黏土を指す。鄭玄が『尚書・禹貢』に注して「厥土赤戠墳」と作る、今伝本は「埴」と作る。『周礼・考工記』にいう、黏土を用いて瓦器を焼制する工匠を「摶埴之工」と叫ぶ。

弓人云:凡暱之類不能方先。鄭云:故書暱作樴。杜子春云:樴讀為不義不暱之暱,或為。。黏也。鄭氏謂樴脂膏敗之,亦黏也。說文引春秋傳曰:不義不。。猶暱也。故先鄭讀膱為暱。若然,樴讀為戠,讀為埴,易作戠,書作埴,考工作樴,訓為。字異而音義皆同。

『考工記・弓人』に「凡そ昵の類は方先し得ず」といい、鄭玄にいう、故書の「昵」は「樴」と作る。杜子春にいう、「樴」は『左伝』の「不義不昵」の「昵」と読むべし、また別字に写す者あり(底本はここに一字を脱す)、意思は皆黏である。鄭玄は「樴」を脂膏の敗壊したる様子と為す、また黏着の義を取る。『説文解字』は『春秋伝』の「不義不某」を引く(底本はここに同じく一字を脱す)、「昵」と義同じく、ゆえに先鄭(鄭衆)は「膱」を「昵」と読む。かように見れば、「樴」は「戠」と読み、あの脱字は「埴」と読むべし:『易』の中には「戠」と作り、『尚書』の中には「埴」と作り、『考工記』の中には「樴」と作り、訓釈の義は相同じ(底本はここにまた一字を脱す)。字形は同じからざると雖も、読音と意義とは却って完全に一致す。

易為王弼所亂,都無戠字。說文戠字下缺,鄭氏古文尚書又亡,考工故書偏傍有異,故戠字之義學者莫能詳焉。以土合水為培,謂之摶埴。坤為土,坎為水,一陽倡而眾陰應,若水土之相黏著,故云朋盍戠。京房作撍,荀氏作宗,故云舊讀作撍、作宗。王弼從京氏之本又訛為簪,後人不識字,訓為固冠之簪。爻辭作於殷末,已有秦漢之制,異乎吾所聞也。

『周易』の経文は王弼に改乱せられ、通行本の中にはすでに完全に「戠」の字を見ざるに至れり。『説文解字』の「戠」の字の下の解説は残缺し、鄭玄の注せる古文『尚書』もまた亡佚し、『考工記』の故書の偏旁の写法もまた各々相同じからず、これに因りて「戠」の字の含義は学者は皆説き明し得ず。土を用いて水を摻和して培と為すを、「摶埴」と叫ぶ。坤は土を為し、坎は水を為し、一つの陽爻が倡導して衆陰は響応す、まさに水土の互相黏合するがごとし、ゆえに「朋盍戠」という。京房本はこの字を「撍」と作り、荀爽本は「宗」と作る、ゆえに注の中に旧来「撍」と読み・「宗」と作るという。王弼は京房の本子を沿用してまた訛変して「簪」と為り、後人はこの字を認めず、便ち束髪固冠の簪子と訓す。要するに爻辞は殷代の末年に作られ、あのように解釈すれば、殷末の爻辞の中に竟に先んじて秦漢の冠制あり、これは我が聞く所の古制に合せず。

○「恆常」至「死也」○此虞義也。恆,常也,釋詁文。坎為多眚,為心病,故為疾。下體坤,故應在坤。月滅藏於癸為既死魄,故為死。震為反生,說卦文。一陽在下,故曰反生。五體震,故位在震中。坤體在下,故與坤體絶。震三日生魄,又於四正為春,春生於左,故貞疾恆不死也。

以下は「恒常」より「死也」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:「恒」は「常」と訓じ、『爾雅・釈詁』に出る。坎は多災眚を為し心病を為す、ゆえに疾に取象す。下卦は坤なので、「應在坤」という。納甲の法に按ずるに坤は癸を納し、月亮は晦滅して癸に潜蔵す、これは「既死魄」なので、坤は死を為す。震は反生を為し、『説卦伝』に見ゆ:一つの陽爻は最下に生ず、ゆえに「反生」と叫ぶ。六五は震体に処る、ゆえに位は震体の中に在りという。坤体は下に在るので、坤体と隔絶す。月亮は震の納する庚位に至り初三の日に重新に光魄を生出す、震は四正卦の中また春季を主り、春気は東方より左旋して生ず、ゆえに「貞疾、恒不死」という。

○「冥讀」至「無咎」○瞑,古眠字。說文冥從冖,故讀為瞑。說文曰:翕目曰瞑。知瞑即今之眠也。應在三,坤為冥,虞義也。釋言曰:晦,冥也。坤三十日,故為晦也。說文冥從日從六,冖聲,日數十,十六日而月始虧幽也。納甲之義,退辛消艮入坤,故坤為冥。

以下は「冥讀」より「无咎」までを疏解す:「瞑」は古「眠」の字である。『説文解字』に「冥」の字は「冖」に従うといい、ゆえに「瞑」と読みうる。『説文』にまた眼皮を合上するを「瞑」と叫ぶといい、これにより「瞑」はすなわち今の「眠」を知る。上六は下に九三に応じ、坤は幽冥を為す、これは虞翻の説である。『爾雅・釈言』にいう、「晦」はすなわち冥。坤は月終の三十日を配す、ゆえに晦を為す。『説文』は「冥」の字は日に従い・六に従い・冖の声と講ず:日数は十で、十に六を加うればすなわち十六日、月亮はこの日より開始して亏缺して幽暗に転ず。納甲の義理に按ずるに、月光は辛の配する巽に退き艮に消え、最後に坤に入る、ゆえに坤は冥暗を為す。

上應在三,冥豫極樂,是下交瀆也。渝變也以下皆虞義也。渝變,釋言文。三失位,兩陰無應,又多凶,故云失位無應多凶。三變之正,下體成艮,艮,萬物之所成,終而所成始,故云變乃得正,體艮成也。三之正,上交不諂,下交不瀆,故得無咎也。

上六は下に九三に応じ、逸楽に昏冥して快楽は極処に至る、まさに『繫辞伝』のいわゆる「下交瀆」――下に交接して軽慢に失するなり。「渝、變也」以下は皆虞翻の説である:「渝」は「變」と訓じ、『爾雅・釈言』に出る。九三は位を失い、上六と同じく陰爻にして相応なく、第三爻もまた多凶の位なので、「失位无應多凶」という。九三は変じて正を得、下卦はすなわち艮体を成し、艮は万物の終成する処で、すでに一段を終結してまた一段を開啓す、ゆえに変動して始めて正位を得・艮体を成就すという。九三が正を得て後、上に交接して諂媚せず、下に交接して軽慢せず、ゆえに過咎なきを得る。

隨卦 震宮歸魂卦 消息二月

隨元亨利貞無咎。注:否上之初,二繫初,三繫四,上繫五,陰隨陽,故名隨。三四易位成既濟,故元亨利貞無咎。疏:卦自否來,從三陽三陰之例,否上爻之坤初。卦名隨者,爻辭六二係小子,小子謂初,是二繫初也;六三係丈夫,丈夫謂四,是三繫四也;上六拘係之,乃從維之,乾鑿度謂上六慾待九五拘係之、維持之,是上繫五也。

経文:『隨』卦、大いに亨通し、正を守るに利あり、過咎なし。恵棟の自注:本卦は『否』卦の上爻が下りて初位に居るより成る。六二は初九に繋がり、六三は九四に繋がり、上六は九五に繋がる、皆陰爻が陽爻に随従するなり、ゆえに名を「隨」と取る。三・四両爻はその位を互換すればすなわち『既済』を成す、ゆえに「元亨利貞、无咎」という。恵棟の疏証:此卦は『否』より来り、三陽三陰の卦の通例に遵循す、『否』の上爻が下りて坤の初位に至るなり。「隨」と取名する所以の理由は爻辞に在り:六二に「繫小子」といい、小子は初九を指し、これは二が初に繋ぐなり。六三に「繫丈夫」といい、丈夫は九四を指し、これは三が四に繋ぐなり。上六に「拘繫之、乃従維之」といい、『乾鑿度』は上六は九五の来りてそれを拘繫し維持するを待つを要すと為す、これは上が五に繋ぐなり。

三陰繫於三陽,虞氏謂隨家陰隨陽,故名隨。太玄準為從,其辭曰:日嬪月隨。亦陰隨陽也。陰繫陽猶婦繫夫。曲禮曰:大夫曰孺人。鄭彼注云:孺之言屬,言其繋屬人也。又曰:女子許嫁纓。亦謂婦人質弱不能自固,必有繋屬,故許嫁時繋纓也。故鄭注內則云:婦人有纓,示繋屬也。

三つの陰爻は各々三つの陽爻に繋属す、虞翻はこれに因りて『隨』卦一家の義理は陰が陽に随従すとす、ゆえに卦名を「隨」と叫ぶ。揚雄『太玄』は「従」の首を用いてそれに相配し、辞の中に「日嬪月隨」といい、講ずる所もまた陰の陽に随なり。陰は陽に繋属す、まさに婦人の丈夫に繋属するがごとし。『礼記・曲礼』に大夫の妻は「孺人」と称すといい、鄭玄の注にいう、「孺」はすなわち「属」、それが人に繋属するをいう。『曲礼』にまた女子は許嫁すればすなわち纓帯を繫ぐといい、同じく婦人は体質柔弱にして自立し得ず、必ず繋属する所有るを要するに因り、ゆえに許嫁の時纓を繫ぐ。これにより鄭玄が『礼記・内則』に注していう、婦人は纓を佩るは、繋属する所有るを表示す。

杜預釋例曰:婦人無外於禮,當繋夫之諡以明所屬。皆是婦繋夫之事,故初九、九四、九五比之小子丈夫也。隨家陰隨陽,夫婦之道,故九五孚于嘉吉。傳曰:君子以嚮晦入宴息。夫婦之道而以既濟言者,夫婦者君臣父子之本,正家而天下定,故中庸曰:君子之道造端乎夫婦,及其至也,察乎天地。是言既濟之事也。

杜預『春秋釈例』にいう、婦人は礼に依りて外に対する独立の名分なく、まさに丈夫の諡号を繫えて所属を表明すべし。これらは皆婦の夫に繋ぐの事例なので、爻辞は初九・九四・九五をもって「小子」と「丈夫」とに比す。『隨』卦一家の義理は陰が陽に随従す、これがまさに夫婦の道なので、九五に「孚于嘉、吉」という。『象伝』に「君子以向晦入宴息」という。夫婦の道を講ずるも要して『既済』に帰結するは、夫婦は君臣父子関係の根本で、家道は端正なれば則ち天下は安定す、ゆえに『中庸』にいう、君子の道は夫婦に発端し、極処に推せば、すなわち天地に明察す。これが講ずる所はまさに『既済』の成す所の事である。

初九官有渝貞吉出門交有功。注:水以土為官。渝,變也。陽來居初,以震變坤,故官有渝。上之初得正,故貞吉。震為出,為交,為開門。交謂乾坤交也。上繫於五,五多功,陰往之上亦不失正,故出門交有功。六二係小子失丈夫。注:小子謂初,丈夫謂五。五體大過老夫,故稱丈夫。

経文:初九、官守は変動所有り、正を守れば吉、門を出でて人と交接すればすなわち功を建つ。恵棟の自注:五行の説に按ずるに、水は土をもって官鬼と為す。「渝」は変動である。陽爻は来りて初位に居り、震をもって坤に取代わる、ゆえに「官有渝」という。上爻は下りて初位に至りて正を得るので「貞吉」。震は出を為し、交を為し、開門を為す。「交」は乾坤の相交わるをいう。上六は九五に繋属し、第五爻は功多く、陰爻は上位に前往するもその正を失わず、ゆえに「出門交有功」という。経文:六二、小子に繋がり、丈夫を失う。自注:「小子」は初九を指し、「丈夫」は九五を指す。九五は大過の体に処りて老夫の象あり、ゆえに「丈夫」と称す。

六三係丈夫失小子隨有求得利居貞。注:三之上無應,上繫於四,失初小子,故係丈夫失小子。艮為居,為求。三隨四,為四所求而得,故隨有求得。三四失位,故利居貞。九四隨有獲貞凶有孚在道以明何咎。注:獲,獲三也。失位相據,在大過死象,故貞凶。孚謂五,初震為道。三已之正,四變應初,得位在離,故有孚在道以明何咎也。

経文:六三、丈夫に繋がり、小子を失う。随従して求むる所の獲あり、安居して正を守るに利あり。恵棟の自注:六三と上六とは同じく陰にして応なく、上に向かいて九四に繋がり、初九のこの小子を失う、ゆえに「繫丈夫、失小子」という。艮は居を為し求を為す。六三は九四に随従し、九四に求めらるるを被りて獲得す、ゆえに「隨有求得」という。三・四両爻は皆位を失う、ゆえに「利居貞」。経文:九四、随従して獲る所有り、これを守れば則ち凶。誠信ありて正道上に行い事理を明察せば、また何の過咎あらん。自注:「獲」は六三を獲得すること。九四は位を失いて六三と相拠し、大過の死亡の象の裏に処る、ゆえに「貞凶」。「孚」は九五を指し、初九の震体は道路を為す。六三はすでに変じて正を得、九四は変動すればすなわち初九と相応し、位を得て離体に処る、ゆえに「有孚在道以明、何咎」という。

九五孚于嘉吉。注:坎為孚,乾為嘉。嘉禮所以親成男女,隨之時義也,故云孚于嘉吉。上六拘係之乃從維之。注:易說謂二月之時隨德施行,藩決難解,萬物隨陽而出,故上六慾待九五拘係之、維持之。明被陽化而陰欲隨之,是其義也。王用亨于西山。注:否乾為王,謂五也。有觀象,故亨。兌為西,艮為山,故王用亨于西山。禮器曰:因名山升中於天。既濟告成之事也。

経文:九五、誠信を嘉美の事に施す、吉。恵棟の自注:坎は孚を為し、乾は嘉を為す。嘉礼はもって男女の事を親和成就するに用う、正に『隨』卦の時義に合す、ゆえに「孚于嘉、吉」という。経文:上六、彼を拘繫し、また進んで彼を繩維す。自注:『乾鑿度』に二月の時随順の徳は施行し、藩籬は衝決し険難は消解し、万物は陽気に随いて出づ、ゆえに上六は九五の来りてそれを拘繫し維持するを待つを要すという。これは陰が陽の化育を受けて甘んじて陽に随従するを表明す、すなわちこの層の意である。経文:王は西山にて享祭を挙行す。自注:『否』卦の乾は王を為し、九五を指す。卦中に観の象あり、ゆえに「亨」といい、すなわち享祭である。兌は西を為し、艮は山を為す、ゆえに「王用亨于西山」という。『礼記・礼器』に「名山に因りて中を天に升ぐ」といい、これは『既済』の成功を告ぐるの事である。

疏:「水以」至「有功」○此九家虞義也。官,官鬼也。參同契曰:水以土為鬼,土鎮水不起。京房謂世應官鬼福德之說皆始於文王,火珠林亦云。故九家易曰:震為子,得土之位,故曰官。是也。卦自否來,震初庚子水得否坤乙未土之位,水以土為官,以震易坤,故官有渝也。上來居初得正,故貞吉,九家之義亦然也。

恵棟の疏証は「水以」より「有功」のこの一段の注文を解し、兼ねて『九家易』と虞翻との説を用う:「官」はすなわち納甲筮法の中の官鬼である。『周易参同契』に「水は土をもって鬼と為し、土は水を鎮めて起たざらしむ」という。京房は世応・官鬼・福徳のあの一套は皆文王より起こると為し、『火珠林』もまたかように講ず。ゆえに『九家易』にいう、震は子を為し、土の位置を占得す、これにより「官」と叫ぶ。此卦は『否』より来り、震の初爻は庚子を納して水に属し、『否』卦の坤初爻の乙未の土に属する位置を占拠す、水は土をもって官と為す。今震をもって坤に取代わる、ゆえに「官有渝」という。上爻は来りて初位に居りて正を得るので「貞吉」、『九家易』の義理もまたこのごとし。

帝出乎震,故震為出。初爻交坤,故為交。震方伯之卦,當春分,春分在卯,說文曰:戼象開門之形。二月為天門,故震為開門。否,天地不交,初上易位,是乾坤交。鄭氏謂震當春分陰陽之所交,義亦通也。上六拘係之,是陰往之上而繫於五也。凡言功者皆指五,五多功,陰往居上,繫於五而得位,故交有功也。

『説卦伝』に「帝出乎震」というので、震は出を為す。初爻は坤と相交わる、ゆえに「交」に取象す。震は四方伯の卦で、春分を主り、春分は卯に在り、『説文解字』に「戼」の字は双扇門の開啓する形に象るという。二月は天門を為す、ゆえに震は開門を為す。『否』卦は天地の相交わらざるなり、今初爻と上爻とは位置を互換す、これがすなわち乾坤の相交わるなり。鄭玄は震は春分に値りまさに陰陽交会の時とす、義理もまた講じ通る。上六の「拘繫之」は、陰爻が上位に前往して九五に繋属するなり。およそ「功」を講ずるは皆第五爻を指し、いわゆる「五多功」である。陰爻は前往して上位に居り、九五に繋がりてその正位を得る、ゆえに「交有功」という。

○「小子」至「丈夫」○陽大陰小,易之例也。今謂初陽為小者,繋下云:復小而辯於物。虞彼注云:陽始見,故小。是小子謂初也。二至上體大過,大過九二云:老夫得其女妻。虞彼注云:乾老,故稱老夫。丈夫猶老夫也。四五本乾,故稱丈夫。二繫於初,初陽尚小,故係小子。不兼與五,故失丈夫也。

以下は「小子」より「丈夫」までを疏解す:陽は大を為し陰は小を為す、これは『易』の通例である。今却って初九のこの陽爻を「小」と称するは、『繫辞下伝』に「復、小而辯于物」といい、虞翻の注は陽気は始めて顕現する所以小と称すというによる。これにより「小子」は初九を指すを知る。二より上まで互体は『大過』を成し、『大過』の九二に「老夫得其女妻」といい、虞翻の注は乾は老を為すので老夫と称すという、「丈夫」もまたすなわち老夫に相当す。四・五両爻はもと乾体に属す、ゆえに丈夫と称す。六二は初九に繋属し、しかして初九は陽気なお微なり、ゆえに「繫小子」という。それは同時に九五を兼繫し得ず、ゆえに「失丈夫」という。

○「三之」至「居貞」○三上皆陰,故云無應。四在三上,故上繫於四而不與初,故失初小子。艮為宮室,故為居。艮兌同氣相求,故為求。已上皆虞義也。三繫於四,是三隨四也。下經云:隨有獲。獲猶得也,故知為四所求而得也。三雖係四而皆失位,非陰陽之正,利變之正,故利居貞。內體為貞也。

以下は「三之」より「居貞」までを疏解す:六三と上六とは皆陰爻なので、応なしという。九四はすなわち六三の上に在る、ゆえに六三は上に向かいて九四に繋がりて初九に親せず、これにより初九のこの小子を失う。艮は宮室を為す、ゆえに「居」に取象す。艮と兌とは同気相求む、ゆえに「求」に取象す。以上は皆虞翻の説である。六三は九四に繋がる、すなわち三が四に随従す。下文の九四爻辞に「隨有獲」といい、「獲」はすなわち得、これにより六三が九四に求めらるるを被りて獲得せらるを知る。六三は九四に繋がると雖も、しかし両爻は皆位を失い、陰陽の正位に合せず、変動して正に帰するに宜し、ゆえに「利居貞」という、内卦は「貞」と称す。

○「獲謂」至「咎也」○此虞義也。陰為陽得,稱獲稱禽。儀禮鄉射禮曰:獲者,坐而獲。鄭彼注云:射者中則大言獲。獲,得也。射講武田之類,是以中為獲。詩:舍拔則獲。射中禽獸亦曰獲。比五田有禽,此經隨有獲,皆陰為陽得,故云獲,獲三也。

以下は「獲謂」より「咎也」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:陰爻は陽爻に得らるるを被れば、すなわち「獲」と称し「禽」と称す。『儀礼・郷射礼』に「獲者、坐而獲」といい、鄭玄の注にいう、射者は射中し、唱靶人は便ち高声に「獲」と報ず。「獲」はすなわち得。射箭は講习武事・田猟の類に属す、ゆえに射中をもって「獲」と為す。『詩経』に「舍抜則獲」といい、禽獣を射中するもまた「獲」と叫ぶ。『比』卦の九五「田有禽」、および本経の「隨有獲」は、皆陰爻が陽爻に獲取せらるるなり、ゆえに「獲」と称す――獲する所はすなわち六三。

鄭氏謂大過之象上六在巳,巳當巽位,巽又為木,二木在外以夾四陽,四陽互體為二乾,乾為君,為父,二木夾君父,棺槨之象。三四在大過中,故云死象,貞凶之義也。五孚于嘉,故孚謂五。震為大塗,故為道。三利居貞,是巳之正。四變則與初應,得位體離,離為明,故有孚在道以明何咎。五為卦主,三四易位成既濟,故歸其功於五也。

鄭玄は『大過』の象を為して曰く、上六は巳位に在り、巳はまさに巽位に当たり、巽はまた木を為し、両重の木は外に在りて中間の四つの陽爻を夾住す。四陽は互体にて二つの乾を成し、乾は君を為し父を為す、両木は君父を夾む、まさに棺椁の象なり。六三・九四は皆『大過』の中に在る、ゆえにこれを死亡の象という、すなわち「貞凶」の道理である。九五の「孚于嘉」によりて、「孚」は九五を指す。震は大路を為す、ゆえに「道」に取象す。六三は居貞に利あり、すなわちすでに変じて正を得るなり。九四が再変すればすなわち初九と相応し、位を得て離体を成し、離は明を為す、ゆえに「有孚在道以明、何咎」という。九五は全卦の主で、三・四が易位すればすなわち『既済』を成す、ゆえにこの份の功労を九五の身上に帰す。

○「坎為」至「嘉吉」○坎為孚,虞義也。乾為嘉,虞義也。嘉屬五禮,周禮大宗伯以嘉禮親萬民,以昏冠之禮親成男女。隨之時義,陰繫於陽,合於嘉禮,故云孚于嘉吉。五為卦主,故總論一卦之義也。文二年公羊傳曰:娶者,大吉也,非常吉也。娶必告廟,故云吉。孚于嘉吉,兼二禮也。唐虞三禮,至周始有五禮。周公作周禮,其法於易乎。

以下は「坎為」より「嘉吉」までを疏解す:坎は孚を為すは虞翻の説、乾は嘉を為すもまた虞翻の説である。嘉礼は五礼の一で、『周礼・大宗伯』に嘉礼を用いて万民を親和し、昏礼・冠礼を用いて男女を親和し成就すという。『隨』卦の時義は陰が陽に繋属するに在り、正に嘉礼の義に合す、ゆえに「孚于嘉、吉」という。九五は全卦の主なので、この一爻の上に全卦の義理を総論す。『公羊伝』文公二年にいう、妻を娶るは大吉の事で、尋常の吉に非ず。妻を娶るは必ず先ず宗廟に告ぐ、ゆえに吉という。「孚于嘉、吉」は嘉礼と告廟とのこの両重の礼意を兼含す。唐虞の時代はただ三礼あるのみ、周代に至りて始めて五礼を具備す。周公が『周礼』を制作するは、おそらくまさに『易』に取法するか。

○「易說」至「義也」○易說者,乾鑿度文也。隨於消息為二月卦,故云二月之時。雲隨德施行、藩決難解者,案鄭彼注云:大壯九三爻主正月,陰氣猶在,故羝羊觸藩而羸其角也;至於九四主二月,故藩決不羸也。言二月之時,陽氣已壯,施生萬物而陰氣漸微,不能為難以障閉陽氣,故曰藩決難解也。

以下は「易說」より「義也」までを疏解す:いわゆる「易說」とは、すなわち『乾鑿度』の文字である。『随』は十二消息の中、二月の卦に属す、ゆえに「二月之時」という。「隨徳施行、藩決難解」の一句に至っては、鄭玄が『乾鑿度』に注するを考するにいう、『大壮』の九三のこの爻は正月を主り、この時陰気はなお在り、ゆえに「羝羊触藩、羸其角」の象あり。九四に至りて二月を主り、藩籬はすでに衝決せられ、再び牽累を受けず。これは二月の時陽気すでに強壮にして、万物を施生し、しかして陰気は漸々衰微して、再び作梗して陽気を阻隔する能わずをいう、ゆえに「藩決難解」という。

萬物當二月之時隨陽而出,故上六慾待九五拘繋之、維持之。言繫而又言維者,虞氏云:兩繫稱維。三四易位則五維二,初維四,六爻皆正,中和之化行,既濟之功成矣。虞氏又謂隨家陰隨陽,是被陽化而陰欲隨之,彖傳所云大亨貞無咎而天下隨之是也。

万物は二月の時に当たり陽気に随いて出づ、ゆえに上六は九五の来りてそれを拘繫し維持するを待つを要す。すでに「繫」といいまた「維」という、虞翻は解釈していう、両重の繫属を始めて「維」と叫ぶ。三・四が易位して後、九五は六二を維繫し、初九は九四を維繫し、六爻は全く正を得、中和の化は推行を得、『既済』の功はここに告成す。虞翻はまた『隨』卦一家の義理は陰が陽に随従すといい、すなわち陰は陽の化育を受けて甘んじてそれに随従す、『彖伝』のいう「大亨貞、无咎、而天下隨之」はまさにこの意である。

○「否乾」至「事也」○王謂夏商之王,乾鑿度謂文王,非也,詳見升卦。卦自否來,否之九五本乾也,乾為君,故為王。二至五體觀,觀卦辭云:觀盥而不觀薦。虞彼注云:盥,沃盥;薦,羞牲。沃盥羞牲皆亨帝亨親之事,故云亨也。體兌互艮,兌為西,艮為山,故云西山。

以下は「否乾」より「事也」までを疏解す:ここの「王」は夏・商の王を指し、『乾鑿度』は文王とす、並に正からず、詳細なる辨析は『升』卦に見よ。此卦は『否』より来り、『否』の九五はもと乾爻で、乾は君を為す、ゆえに王と為す。二より五まで互体は『観』を成し、『観』の卦辞に「観盥而不観薦」といい、虞翻の注にいう、「盥」は手を沃し地に灌ぐの礼、「薦」は牲体を進献す。沃盥・薦牲は皆天帝を享祭し先親を享祭するの事に属す、ゆえに「亨」といい、すなわち享である。卦中に兌体ありまた互いに艮体を出し、兌は西を為し艮は山を為す、ゆえに「西山」という。

乾鑿度曰:崇至德,顯中和之美,當此之時,仁恩所加,靡不隨從,咸說其德,得用道之王,故言王用亨于西山也。已上皆虞義也。禮器因名山升中於天,是言太平封禪之事。三四易位成既濟定,亦是太平功成,故云既濟告成之事也。盧植注禮器云:封太山,告太平,升中和之氣於天。王者致中和,天地位,萬物育,故升其氣於天,亦是既濟之事也。

『乾鑿度』にいう、極致の徳を崇尚し、中和の美を顕揚す。このような時に在りては、仁恩の施及する所は随従せざるなし、人人は皆その徳行を喜悦し、道を行いうる君王に遇う、ゆえに「王用亨于西山」という。以上は皆虞翻の説である。『礼記・礼器』に「名山に因りて中を天に升ぐ」といい、講ずる所は天下太平にして封禅の事を行うなり。三・四が易位すればすなわち『既済』を成して爻位は皆定まる、またまさに太平功成なり、ゆえにこれを『既済』の成功を告ぐるの事という。盧植が『礼器』に注していう、泰山に封祭し、天下の太平を報告し、中和の気を天に上昇せしむ。君王は中和を達致しうれば、天地は各々その位に安んじ万物は各々その生に遂う、これに因りてこの股の和気を天に升献す、これもまた同じく『既済』の事である。

盧氏言封太山,太山在東而經云西山者,禮器言名山,不言太山。周頌之般,班固亦以為封禪之詩,其詩云:於皇時周,陟其高山。毛傳云:高山,四嶽也。是四嶽名山皆可封禪,不必專指太山。且古大、太字無別,則大山猶名山也。封禪非常之典,其說自古莫能詳。其言太山者唯見管子、莊子諸書,經傳無文,非義據也。

盧植のいう所は泰山を封するなり、泰山は東方に在る、しかして経文は却って「西山」という。これは『礼器』はただ「名山」と言うのみで、並に泰山と言わざるによる。『周頌』の中の『般』篇は、班固もまたこれを封禅の詩と為す、詩の中に「于皇時周、陟其高山」といい、毛伝は解釈していう、高山とはすなわち四岳。これにより四岳のこれらの名山は皆封禅しうるを知り、必ずしも専ら泰山を指さず。況んや古時「大」「太」の二字は分かたず、「大山」もすなわち「名山」に等しきをや。封禅はもと非常の典で、その原委は自古誰も説き清むる能わず。封禅の地を泰山と講ずるは、ただ『管子』『荘子』の類の書に見ゆ、経伝の中には並に明文なく、義理の根拠と為すに足らず。

蠱卦 巽宮歸魂卦 消息三月

蠱元亨。注:泰初之上,與隨旁通。蠱者,事也。尚書傳曰:乃命五史以書五帝之蠱事。剛上柔下,乾坤交,故元亨。利涉大川。注:二失位,動而之坎,故利涉大川。

経文:『蠱』卦、大いに亨通す。恵棟の自注:本卦は『泰』卦の初爻が上行して上位に至るより成り、『隨』と旁通す。「蠱」はすなわち事である。『尚書大伝』にいう、そこに五位の史官に命じて五帝の蠱事を記録せしむ。剛爻は上行し柔爻は下降し、乾坤は交合す、ゆえに「元亨」。経文:大川を渉渡するに利あり。恵棟の自注:九二は位を失い、変動して坎に入る、ゆえに「利渉大川」。

先甲三日後甲三日。注:先甲三日,巽也,在乾之先,故曰先甲;後甲三日,兌也,在乾之後,故曰後甲。虞氏謂初變成乾,乾為甲,至三成離,離為日,謂乾三爻在前,故先甲三日,賁時也;變三至四體離,至五成乾,乾三爻在後,故後甲三日,無妄時也。

経文:甲に先だつ三日、甲に後る三日。恵棟の自注:先甲三日は巽を指し、巽は乾の前に在るので「先甲」と叫ぶ。後甲三日は兌を指し、兌は乾の後に在るので「後甲」と叫ぶ。虞翻は則ちいう、初爻が変ずれば則ち乾を成し、乾は甲を納す。第三爻に変じて離を成し、離は日を為し、乾の三爻は前に排する、ゆえに「先甲三日」という、これは『賁』卦の時である。再び第三爻より第四爻に変じて離体を成し、第五爻に変じて乾を成し、乾の三爻は後に排する、ゆえに「後甲三日」という、これは『无妄』の時である。

疏:「泰初」至「元亨」○卦自泰來,亦從三陽三陰之例,初九之上,上六之初,與隨旁通,此虞義也。蠱者,事也,序卦文。尚書傳者,伏生書大傳文。上古結繩而治,五帝以後時既漸澆,物情惑亂,事業因之而起。故昭元年春秋傳曰:於文皿蟲為蠱。坤器為皿,之初成巽,巽為風,風動蟲生,故為蠱卦。

恵棟の疏証は「泰初」より「元亨」のこの一段の注文を解す:此卦は『泰』より来り、また三陽三陰の卦の通例に遵循す、初九が上行して上位に至り上六が下来りて初に居るなり、『隨』卦と旁通す、これは虞翻の説である。「蠱就是事」は『序卦伝』に出る。いう所の『尚書伝』とは、伏生の『尚書大伝』を指す。上古は繩を結んで治め、五帝以後世風は漸く澆薄に趨り、物情は惑乱し、事業は便ちこれに因りて生ず。ゆえに『左伝』昭公元年にいう、字形より見れば、皿の中に虫を生ずはすなわち「蠱」。坤は器を為し、皿に取象す。上爻は下りて初位に至りて巽を成し、巽は風を為し、風は一吹動すれば虫はすなわち生出す、ゆえに『蠱』卦を成す。

二五不正,初上失位,以巽女而惑艮男,以巽風而落艮果,故昭元年春秋傳曰:女惑男,風落山,謂之蠱,皆同物也。剛上柔下以下,虞義也。○「二失」至「大川」○此虞義也。二失位當之五,動成坎,故云動而之坎,謂涉坎也。坎為大川,故利涉大川,言利之五而得正位也。

二・五両爻は正ならず、初・上両爻は位を失う。巽の長女をもって艮の少男を迷惑し、巽の風をもって艮山の果実を吹落す、ゆえに『左伝』昭公元年にいう、女子は男子を迷惑し、風は山木を吹落すを、「蠱」と叫ぶ、これらは皆同類の事である。「剛上柔下」以下は虞翻の説である。以下は「二失」より「大川」までを疏解し、また虞翻の説である:九二は位を失い、まさに第五爻に上行すべし、一動すればすなわち坎体を成す、ゆえに「動而之坎」という、すなわち坎険を渉過す。坎は大川を為す、ゆえに「利渉大川」、意思是上に五に行きて正位を取得するに利あり。

○「先甲」至「後甲」○甲謂乾也,乾納甲。泰內卦本乾,乾三爻,故三日。先甲三日,辛也,巽納辛,故云巽也。坤上之初成巽,在乾之先,故先甲也。後甲三日,丁也,兌納丁,故云兌也。四體兌,在乾之後,故後甲也。

以下は「先甲」より「後甲」までを疏解す:「甲」は乾を指し、納甲の法は乾が甲を納するによる。『泰』の内卦はもと乾で、乾に三爻あり、ゆえに「三日」という。先甲三日は辛日で、巽は辛を納す、ゆえに注の中に巽という。坤の上爻は下りて初位に至りて巽を成し、巽は乾の前に在る、ゆえに「先甲」と叫ぶ。後甲三日は丁日で、兌は丁を納す、ゆえに注の中に兌という。第四爻は兌体に処り、乾の後に在る、ゆえに「後甲」と叫ぶ。

虞以卦體巽而互震,震雷巽風,雷風無形,故卦特變。初變體乾,乾納甲,變至三體離,離為日,成山火賁,內卦為先,乾三爻在前,故先甲三日,賁時也。變三至四有離象,至五體乾,成天雷無妄,外卦為後,故後甲三日,無妄時也。

虞翻は則ち卦体に着眼す:『蠱』の下体は巽にして中間に震を互出し、震は雷・巽は風で、雷と風とは皆固定の形体なく、ゆえにこの一卦は爻変に倚りて取象するを要す。初爻が一変して乾体を成し、乾は甲を納す。第三爻に変じて離体を成し、離は日を為し、全卦は山火『賁』を成し、内卦は先を為し、乾の三爻は前に排する、ゆえに「先甲三日」という、これは『賁』の時である。再び第三爻より第四爻に変じて、離の象あり。第五爻に変じて乾体を成し、全卦は天雷『无妄』を成し、外卦は後を為す、ゆえに「後甲三日」という、これは『无妄』の時である。

初六乾父之蠱有子考無咎厲終吉。注:乾,正蠱事也。泰乾為父,坤為事,故乾父之蠱。初上易位,艮為子,父死大過稱考,故有子考。變而得正,故無咎厲終吉也。九二乾母之蠱不可貞。注:應在五,泰坤為母,故乾母之蠱。失位,故不可貞。九三乾父之蠱小有悔無大咎。注:兌為小,無應,故有悔;得位,故無大咎。

経文:初六、父輩の遺留した蠱壊の事を匡正す、かかる子あれば、先父は過咎なし。危厲あると雖も、終わりに吉を得る。恵棟の自注:「乾」はすなわち蠱壊の事を匡正すること。『泰』の乾は父を為し、坤は事を為す、ゆえに「乾父之蠱」という。初爻と上爻とはその位を互換し、艮体を成し、艮は少男を為す、ゆえに子と為す。父親はすでに故ありて大過の体に処れば則ち「考」と称す、ゆえに「有子考」という。変じて正を得るので「无咎、厲終吉」。経文:九二、母輩の蠱事を匡正す、固守すべからず。自注:九二は上に第五爻に応じ、『泰』の坤は母を為す、ゆえに「乾母之蠱」という。九二は位を失う、ゆえに「不可貞」。経文:九三、父輩の蠱事を匡正す、やや悔恨あり、大いなる過咎なし。自注:兌は小を為し、九三は応なし、ゆえに悔あり。しかしそれは位を得る、ゆえに大いなる咎なし。

六四裕父之蠱往見吝。注:裕,不能爭也。四陰體大過,本末弱,故裕父之蠱。兌為見,應在初,初變應四則吝,故往見吝。六五乾父之蠱用譽。注:坤為用,譽謂二也。二五失位,變而得正,故用譽。上九不事王侯高尚其事。注:泰乾為王,坤為事。應在三,震為侯。親老歸養,故不事王侯。不得事君,君猶高尚其所為之事。

経文:六四、父輩の蠱事を寛縦す、往けば必ず羞吝に見う。恵棟の自注:「裕」は諫諍し得ざること。第四爻は陰で、大過の体に処り、首尾は皆柔弱なり、ゆえに「裕父之蠱」という。兌は見を為し、六四は下に初九に応じ、初九が一変して来りて六四に応ぜばすなわち吝あらん、ゆえに「往見吝」という。経文:六五、父輩の蠱事を匡正し、これに因りて称誉を得る。自注:坤は用を為し、「誉」は九二を指す。二・五は皆位を失い、変動して正を得る、ゆえに「用誉」という。経文:上九、王侯に事えず、己が守る所の事を高尚す。自注:『泰』の乾は王を為し、坤は事を為す。上九は下に九三に応じ、九三は震体に処り、震は諸侯を為す。双親の年老いたるに因りて家に帰りて奉養す、ゆえに王侯に事えず。臣子は君に事うるを得ざると雖も、君主は却って彼の守る所のこの事を推重す。

疏:「乾正」至「吉也」○此虞義也。師彖傳曰:貞,正也。文言傳曰:貞者,事之乾也。知乾即正也。蠱自泰來,故泰乾為父。初之上體艮,艮為少男,故為子。曲禮曰:生曰父母,死曰考妣。初至四體大過,是父死大過稱考也。初本乾也,變而得正,故無咎厲終吉也。

恵棟の疏証は「乾正」より「吉也」までを解し、用うる所は虞翻の説である:『師・彖伝』に「貞、正也」といい、『文言伝』に「貞者、事之乾也」といい、これにより「乾」はすなわち「正」なるを知る。『蠱』は『泰』より来る、ゆえに『泰』の乾を父と為すという。初爻は上行して上位に至りて艮体を成し、艮は少男を為す、ゆえに子に取象す。『礼記・曲礼』にいう、在世の時は父母と称し、去世の後は考妣と称す。初より四まで互体は『大過』を成す、これがすなわち父親すでに死して大過に処りて「考」と称するの由来である。初爻はもと乾に属し、変じて正を得る、ゆえに「无咎、厲終吉」という。

○「應在」至「可貞」○此虞義也。五本坤也,故曰泰坤為母。應在五,故乾母之蠱。二五失位,故不可貞,言當變之正也。○「兌為」至「大咎」○虞氏逸象曰:兌為小。兌為小女,故為小。三上皆陽,故無應而小有悔也。三得位,故雖在大過中而無大咎也。

以下は「應在」より「可貞」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:第五爻はもと坤爻なので、『泰』の坤を母と為すという。九二は上に第五爻に応ず、ゆえに「乾母之蠱」という。二・五は皆位を失う、ゆえに「不可貞」、意思是まさに変動して正に帰すべし。以下は「兌為」より「大咎」までを疏解す:虞翻の逸象は兌を小と為す、兌は少女なるに因り、ゆえに小に取象す。三と上とは皆陽爻なので、応なくしてただやや悔恨あるのみ。九三は位を得る、ゆえに身は『大過』の中に在ると雖も、大いなる過咎なし。

○「裕不」至「見吝」○此虞義也。虞注晉初六曰:坤弱為裕。孝經,孔子曰:父有爭子則身不陷於不義。四陰柔弱,不能爭父之過,故云裕不能爭也。大過初上皆陰,故本末弱。雜卦曰:兌見。故兌為見。初本乾也,四裕父蠱,陰弱不振,故初變應四則吝也。○「坤為」至「用譽」○此虞義也。繋下云:二多譽。故譽謂二。二五皆失位,二升居五,五降居二,是變而得正,故用譽也。

以下は「裕不」より「見吝」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:虞翻が『晋』卦の初六に注して「坤柔弱為裕」という。『孝経』の中、孔子にいう、父親に敢えて諫諍するの子あれば、自身は不義に陷入せざるに至る。六四は陰柔軟弱にして、父親の過失を諫諍し得ず、ゆえに「裕」は諫諍し得ざるなりという。『大過』の初爻と上爻とは皆陰なので、首尾柔弱なり。『雑卦伝』に「兌見」というので、兌は見を為す。初爻はもと乾に属し、しかして六四は父蠱を寛縦して陰柔は振作し得ず、ゆえに初爻が一変して来りて六四に応ぜばすなわち吝あらん。以下は「坤為」より「用誉」までを疏解し、また虞翻の説である:『繫辞下伝』に「二多譽」といい、ゆえに「誉」は九二を指す。二・五は皆位を失い、九二は上昇して五に居り、六五は下降して二に居る、これがすなわち変じて正を得るなり、ゆえに「用誉」という。

○「泰乾」至「之事」○此虞鄭義也。泰乾為王,坤為事。應在三,三體震,震為侯,故有王侯之象。此上皆虞義。虞氏謂坤象不見,故不事王侯也。鄭氏云:上九艮爻辰在戌,得乾氣,父老之象。虞謂泰坤為父,與鄭異也。

以下は「泰乾」より「之事」までを疏解し、兼ねて虞翻と鄭玄との説を用う:『泰』の乾は王を為し、坤は事を為す。上九は下に九三に応じ、九三は震体に処り、震は諸侯を為す、ゆえに王侯の象あり。以上は皆虞翻の説である。虞翻は坤象はすでに顕現せざると為し、ゆえに王侯に事えずという。鄭玄は則ちいう、上九は艮爻で、爻辰は戌に落ち、乾気を秉受す、まさに父親年老の象なり。虞翻は『泰』の坤を父と為す、鄭玄の取象と相同じからず。

詩四牡云:王事靡盬,不遑將父。又云:王事靡盬,不遑將母。蓼莪序云:刺幽王也,民人勞苦,孝子不得終養云云。若然,人臣事君,不以家事辭王事,故四牡有不遑將父、不遑將母之詩。至蓼莪之詩不能終養作詩刺王,是人臣親老,人君有聽其歸養之義。故王制載三王養老之事云:八十者一子不從政,九十者其家不從政。是不事王侯之事也。小雅笙詩序云:南陔,孝子相戒以養也;白華,孝子之潔白也。是親老歸養乃事之最高尚者,故臣不得事君,君猶高尚其所為之事也。此上皆鄭義也。

『詩経・四牡』に「王事靡盬、不遑將父」といい、また「王事靡盬、不遑將母」という。『蓼莪』の詩序にいう、これは周幽王を諷刺するなり、民人は労苦し、孝子は父母のために終を送り奉養する能わずなど。これに照らして見れば、人臣は君に事え、家事を拿りて王事を推辞し得ず、ゆえに『四牡』に始めて父を奉養する暇なし・母を奉養する暇なしの哀歎あり。『蓼莪』に至っては、則ち双親を終養し得ざるに因りて詩を作りて君王を諷刺す。これにより人臣の双親が年老いたる時、君主は彼を聴任して家に帰りて奉養せしむるの義理あるを知る、ゆえに『礼記・王制』は三代君王の養老の事を記載していう、八十歳の老人は、一子をして公職に服せざらしむるを得。九十歳の老人は、全家は皆公職に服せず。これがすなわち「不事王侯」の具体的所指である。『小雅』の笙詩の詩序にいう、『南陔』とは、孝子の互相勉励して双親を奉養するなり。『白華』とは、孝子の洁白の行なり。これにより双親年老いて家に帰りて奉養するは、まさに天下の最高尚の事なるを知る、ゆえに臣子は君に事うるを得ざると雖も、君主は却って更に彼の守る所のこの事を推重す。以上は皆鄭玄の説である。

臨卦 坤宮二世卦 消息十二月

臨元亨利貞。注:陽息至二,與旁通。臨者,大也,陽稱大。二陽升五,臨長群陰,故曰臨。三動成既濟,故元亨利貞。至于八月有凶。注:臨消於。六月卦也,於周為八月,弒君父,故至于八月有凶。

経文:『臨』卦、大いに亨通し、正を守るに利あり。恵棟の自注:陽気は第二爻に生長し、『遯』と旁通す(底本はここに「遯」の字を脱す)。「臨」は大で、陽は大と称す。二つの陽爻は第五爻に上昇し、衆陰を君臨して統率す、ゆえに「臨」と叫ぶ。第三爻が一変動すればすなわち『既済』を成す、ゆえに「元亨利貞」という。経文:八月に至りて凶あり。自注:『臨』は消退して『遯』を成す(底本はここにまた「遯」の字を脱す)、『遯』は六月の卦で、周暦にて八月なり。その時に臣の君を弑し子の父を弑するの象あり、ゆえに「至于八月有凶」という。

疏:「陽息」至「利貞」○臨,陽息之卦,息初為復,至二成臨,故云陽息至二,與遯旁通,此上虞義也。臨者,大也,序卦文。陽息稱大。坤虛無君,二當升五以臨群陰,卦之所以名臨也。二升五,三動成既濟,故云元亨利貞也。

恵棟の疏証は「陽息」より「利貞」のこの一段の注文を解す:『臨』は陽気生長の卦で、陽は初爻に生ずるは『復』、第二爻に長ずればすなわち『臨』を成す、ゆえに「陽息至二」という、それは『遯』と旁通す。以上は虞翻の説である。「臨是大」は『序卦伝』に出る。陽気は生長して「大」と称す。第五爻は空虚にして君なく、九二はまさに五位に上昇して衆陰を統臨すべし、これがすなわち此卦の名を「臨」と取るの縁故である。九二が五位に昇り、第三爻が変動すればすなわち『既済』を成す、ゆえに「元亨利貞」という。

○「臨消」至「有凶」○此虞義也。臨與旁通。者,陰消之卦,於消息為六月,於殷為七月,於周為八月。故鄭氏注云:臨卦斗建丑而用事,殷之正月也。當文王之時,紂為無道,故於是卦為殷家著興衰之戒,以見周改殷正之數雲。臨自周二月用事,訖其七月,至八月而遯卦受之。是其義也。若然,周後受命而建子,其法於此乎。

以下は「臨消」より「有凶」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:『臨』は『遯』と旁通す(底本は「遯」の字を脱す)。『遯』は陰気の陽を消すの卦で、十二消息の中、六月に属し、殷暦にて七月、周暦にて八月なり。ゆえに鄭玄が注していう、『臨』卦は斗柄は丑を建てて用事す、まさに殷暦の正月なり。文王の時に当たり、紂王は道なし、ゆえにこの一卦を借りて殷王朝のために興衰の鑑戒を立つ、またこれにより周朝が殷暦の正朔を改動するの用意を見出しうる。『臨』は周暦二月より用事を起こし、七月を歴経し、八月に至れば便ち『遯』卦が接手す。すなわちこの意である。かように見れば、周朝が後に受命して建子の月をもって歳首と為すは、その法度はおそらくすなわちここより取れるか。

陰消至。艮子弒父,至三成否,坤臣弒君,故云弒君父。遯於周為八月,故至于八月有凶也。臨言八月,復言七日者,復陽息之卦,故言日;臨之八月。也,陰消之卦,故言月。詩豳風:一之日,周正月也;二之日,殷正月也;三之日,夏正月也;四之日,周四月也。皆稱日。陰始於巳,故自夏四月建巳以下則稱月,與易同也。

陰気は消退して『遯』に至る(底本は「遯」の字を脱す)、艮に子の父を弑するの象あり。再び第三爻に消えて『否』を成せば、坤に臣の君を弑するの象あり、ゆえに「弑君父」という。『遯』は周暦にて八月なので、「至于八月有凶」という。『臨』は「八月」を講じて『復』は「七日」を講ずるは、『復』は陽息の卦なので「日」と称し、『臨』の指す所の八月は『遯』(底本は「遯」の字を脱す)で、陰消の卦に属すので「月」と称す。『詩経・豳風』の中の「一之日」は周暦正月、「二之日」は殷暦正月、「三之日」は夏暦正月、「四之日」は周暦四月で、皆「日」と称す。陰気は巳に生じ始む、ゆえに夏暦四月の巳を建てて以後便ち改称して「月」と為す、これは『易』の用法と一致す。

初九咸臨貞吉。注:咸,感也。得正應四,故貞吉。九二咸臨吉無不利。注:陽感至二,當升居五,群陰相承,故無不利。六三甘臨無攸利既憂之無咎。注:甘謂二也,二升五臨三,故曰甘臨。三失位無應,故無攸利。坎為憂,動成泰,故既憂之無咎。

経文:初九、感応の徳をもって下に臨む、正を守りて吉を得る。恵棟の自注:「咸」は感応である。初九は正位を得て上に六四に応ず、ゆえに「貞吉」。経文:九二、感応の徳をもって下に臨む、吉、利あらざるなし。自注:陽気は第二爻に感生し、まさに上昇して第五爻に居るべし、衆陰は一斉に承奉す、ゆえに「无不利」。経文:六三、甘悦の態をもって下に臨む、利あるなし。すでに憂懼警戒すれば、過咎なし。自注:「甘」は九二を指す。九二は五に上昇して三に臨む、ゆえに「甘臨」という。六三は位を失いまた応なし、ゆえに「无攸利」。坎は憂を為し、六三は変動すれば則ち息して『泰』を成す、ゆえに「既憂之、无咎」という。

六四至臨無咎。注:至,下也,謂下至初應,當位有實,故無咎。六五知臨大君之宜吉。注:坤為知,五者帝位,大君謂二也,宜升上居五位,吉。以乾通坤,故曰知臨大君之宜吉也。上六敦臨吉無咎。注:應在三,上欲因三升二,過應於陽,敦厚之意,故曰敦臨吉無咎。

経文:六四、至臨、過咎なし。恵棟の自注:「至」は下で、下に向かいて初九と相応するを指す。六四は居位当を得、応する所もまた陽実なので、咎なし。経文:六五、明智をもって下に臨む、これは大君の宜しき所、吉。自注:坤は智を為す。第五爻は帝王の位で、「大君」は九二を指し、上昇して五位に居るに宜し、ゆえに吉。乾気をもって坤体を貫通す、ゆえに「知臨、大君之宜、吉」という。経文:上六、敦厚の徳をもって下に臨む、吉、過咎なし。自注:上六は下に九三に応ず。それは九三を借りて九二の上昇を促成せんと欲し、本位を越えて陽爻に応ず、これは敦厚の用心なり、ゆえに「敦臨、吉、无咎」という。

疏:「咸感」至「貞吉」○此虞義也。咸,感也,咸彖傳文。感猶應也。卦惟初與四、二與五二氣感應,故謂之咸。初應四,故咸臨。得位,故貞吉也。○「陽感」至「不利」○此荀義也。二正應五,五虛無君,故云陽感至二當升居五也。二升五位,群陰承之,故無不利也。

恵棟の疏証は「咸感」より「貞吉」までを解し、用うる所は虞翻の説である:「咸」は感で、『咸・彖伝』に出る。感はすなわち相応である。此卦はただ初と四・二と五とのこの両組の二気が相感相応するのみ、ゆえに「咸」と称す。初九は上に六四に応ず、ゆえに「咸臨」という。それはまた正位を得るので「貞吉」。以下は「陽感」より「不利」までを疏解し、用うる所は荀爽の説である:九二は正に六五に応ずるも、しかして第五爻は空虚にして君なし、ゆえに陽気は第二爻に感生し・まさに上昇して五位に居るべしという。九二が五位に昇れば、衆陰は皆来りてこれを承奉す、ゆえに「无不利」。

○「甘謂」至「無咎」○董子曰:甘者,中央之味也。二居中行和,故甘謂二。二升五而臨三,故曰甘臨。三位不當,無應於上,故無攸利。五體坎,坎為加憂,故為憂。董子曰:凡人有憂而不知憂者凶,有憂而深憂之者吉。三知不正,息泰得正,憂釋咎除,故無咎也。

以下は「甘謂」より「无咎」までを疏解す:董仲舒にいう、甘は中央の味なり。九二は中に居りて行事和順なり、ゆえに「甘」は九二を指す。九二は五に上昇して六三に臨む、ゆえに「甘臨」という。六三は居位当たらず、上に向かいてまた相応なし、ゆえに「无攸利」。第五爻は坎体に処り、坎は加憂を為す、ゆえに憂に取象す。董仲舒にまたいう、およそ人は憂うべき事ありて憂を知らざるは凶、憂うべき事ありて深く自ら憂懼しうるは吉なり。六三は自ら正ならざるを知り、陽息に随いて『泰』を成せばすなわちその正を得、憂慮は消釋し咎害は除去す、ゆえに「无咎」。

○「至下」至「無咎」○此虞義也。至從一,一,地也,初為地,在下,故云至下也。四正應初,故謂下至初。應初陽為實而又當位,故云當位有實而無咎也。○「坤為」至「吉也」○坤為知,虞義也。知讀為智。中庸曰:唯天下至聖為能聰明睿知足以有臨。故曰知臨也。

以下は「至下」より「无咎」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:「至」の字は「一」に従い、「一」は地を代表す。初爻は地を為し、最下に処る、ゆえに「至」は下という。六四は正に初九に応ず、ゆえに下に向かいて初爻に至るという。応する所の初九は陽爻にして実を為し、六四は自身もまた居位当を得る、ゆえに「當位有實」にして咎なし。以下は「坤為」より「吉也」までを疏解す:坤は知を為すは虞翻の説で、「知」は「智」と読む。『中庸』にいう、ただ天下の最も聖明なる人のみが、聡明睿智にして足りて上に居りて下に臨むを得。ゆえに「知臨」という。

五者帝位以下荀義也。五為天子,故云帝位。乾鑿度曰:臨者,大也,陽氣在內,中和之盛應於盛位,浸大之化行於萬民,故言宜處王位,施大化為大君矣,臣民欲被化之辭也。又曰:大君者,與上行異也。鄭彼注云:臨之九二有中和美異之行應於五位,故曰百姓欲其與上為大君。皆言二升五之義,故云大君謂二也。

「五者帝位」以下は荀爽の説である:第五爻は天子の位なので、帝位という。『乾鑿度』にいう、臨とはすなわち大。陽気は内に在り、中和の盛徳は尊盛の位に応合し、浸潤広大の教化は万民に推行す、ゆえにそれは王位に居りて大化を施し大君と為るに宜し――これは臣民が教化を承受せんことを希望するの口気である。『乾鑿度』にまたいう、いわゆる大君とは、上に在る者の行事と相同じからず。鄭玄の注にいう、『臨』の九二は中和美異の行ありて上に五位に応ず、ゆえに百姓はそれが上に在る者と一同に大君と為るを希望すという。これらは皆九二の五に上昇するの義理を講ずるに在り、ゆえに「大君」は九二を指す。

以乾通坤,故曰知臨。二居五位而施大化,成既濟之功,是大君之宜,故曰吉也。○「應在」至「無咎」○此荀義也。上本應三,兩陰無應。二本陽也,上欲因三升二,故云過應於陽。升二而成既濟之功,是上敦厚之意。鄭注樂記云:敦,厚也。坤為厚,故曰敦臨吉無咎也。

乾気をもって坤体を貫通す、ゆえに「知臨」という。九二は五位に居りて大化を施行し、『既済』の功を成就す、これがまさに大君の宜しき所なり、ゆえに「吉」という。以下は「應在」より「无咎」までを疏解し、用うる所は荀爽の説である:上六はもと六三に応ずべきに、しかし両爻は同じく陰にして、実は応なし。九二はもと陽爻で、上六は六三を借助して九二の上昇を促使せんと欲す、ゆえに本位を越えて陽爻に応ずという。九二が一たび昇ればすなわち『既済』の功を成就す、これがすなわち上六の敦厚の用心なり。鄭玄が『礼記・楽記』に注していう、「敦」は厚なり。坤は厚を為す、ゆえに「敦臨、吉、无咎」という。

觀卦 乾宮四世卦 消息八月

觀盥而不觀薦。注:觀,反臨也。以五陽觀示坤民,故稱觀。盥,沃盥;薦,羞牲也。坎為水,坤為器,艮手臨坤,坎水沃之,盥之象也,故觀盥而不觀薦。馬氏謂盥者,進爵灌地以降神也。祭祀之盛莫過於初盥,及神降薦牲,其禮簡略,不足觀也。故孔子曰:禘自既灌而往者,吾不欲觀之矣。有孚顒若。注:孚信謂五。顒顒,君德有威;容貌若順也。

経文:『觀』卦、その灌祭を観てその薦牲を観ず。恵棟の自注:『觀』は『臨』の反覆の卦である。第五爻の陽徳をもって坤の象する下民に観るべきの範を顕示す、ゆえに「觀」と称す。「盥」は手を沃し地に灌いで神を降するの礼で、「薦」は牲体を進献す。坎は水を為し、坤は器を為し、艮の手は坤の上に臨み、坎水を用いて澆沃す、まさに灌盥の象なり、ゆえに「觀盥而不觀薦」という。馬融は「盥」を爵を進めて酒を地に灌いで神を降すと為す。祭祀の隆盛は初盥に過ぐるなし。神すでに降臨して牲体を進献するに及べば、あの礼節は却って簡略にして、再び観るに足らず。ゆえに孔子にいう、禘祭は灌礼以後の部分は、吾は観んと欲せず。経文:誠信ありて粛敬を仰慕す。自注:「孚信」は九五を指す。「顒顒」は君徳に威厳あるをいい、「若」は容貌の柔順なるをいう。

疏:「觀反」至「之矣」○此虞馬義也。雜卦曰:否泰反其類也。卦有反類,故復彖傳曰:剛反動。虞彼注云:剛從艮入,坤從反震。是艮為反震也。觀六二窺觀利女貞,虞注云:臨兌為女,兌女反成巽。是兌為反巽也。又虞註明夷曰反也,注益曰反損也,注漸曰反歸妹也。一說復亨剛反,復為反剝,與此經觀反臨皆卦之反也。

恵棟の疏証は「觀反」より「之矣」までを解し、兼ねて虞翻と馬融との説を用う:『雑卦伝』に「否泰反其類也」といい、これにより卦に反覆同類の関係あるを知る。ゆえに『復・彖伝』に「剛反動」といい、虞翻の注は剛爻が艮より進入し、坤は震に由りて反覆して成るをいい、これがすなわち艮を反震と為すなり。『觀』の六二「窺觀、利女貞」、虞翻の注は『臨』の兌を女と為し、兌女は反覆すれば則ち巽を成す、これがすなわち兌を反巽と為すなり。虞翻はまた『明夷』に注してそれが『晋』に反するという(底本は「晋」の字を脱す)、『益』に注してそれが『損』に反するといい、『漸』に注してそれが『帰妹』に反するという。別に一説あり:『復』卦の「亨、剛反」、『復』は『剥』に反す。これらを連ねて本経の『觀』が『臨』に反するは、皆卦の反覆に属す。

若荀氏之義,其注繫上鼓之舞之以盡神云:鼓者,動也;舞者,行也。謂三百八十四爻動行相反,其卦所以盡易之蘊。此謂六十四卦動行相反,乃乾坤屯蒙之類,非僅反類之謂。又否泰之反類則兼旁通,唯觀反臨,明夷反,益反損,漸反歸妺,復反剝,艮反震,兌反巽乃反卦,非旁通也。又虞註上繋同人九五爻辭云:同人反師。又以旁通為反卦,所未詳也。

荀爽の説に至っては、彼が『繫辞上伝』の「鼓之舞之以盡神」に注して曰く、「鼓」は動で、「舞」は行である。意思是三百八十四爻の動と行とは彼此相反し、各卦はこれに因りて『易』の蘊奧を窮尽しうるなり。これは六十四卦の動行の相反するを講じ、乾と坤・屯と蒙のあのごとき対を成して排列する卦を指し、ただ反覆同類のみに非ず。さらに『否』『泰』の反類はまた旁通の関係を兼有す。ただ『觀』の『臨』に反し、『明夷』の『晋』に反し(底本は「晋」の字を脱す)、『益』の『損』に反し、『漸』の『帰妹』に反し、『復』の『剥』に反し、艮の震に反し、兌の巽に反するのみが、純粋の反覆の卦にして、並に旁通に非ず。別に虞翻が『繫辞上伝』の引く所の『同人』九五爻辞に注して「同人反師」というは、あれはまた旁通をもって反卦と為す、この一点はなお弄明せず。

彖傳曰:中正以觀天下。中正謂五,坤為民,故以五陽觀示坤民名為觀也。鄭氏謂艮為鬼門,又為宮闕,地上有木而為鬼門宮闕者,天子宗廟之象。此取觀象而言。釋宮曰:觀謂之闕。虞義或當然也。

『觀・彖伝』に「中正以觀天下」といい、「中正」は九五を指す。坤は民を為す、ゆえに第五爻の陽徳をもって坤民に観るべきの範を顕示すという、これに因りて『觀』と命名す。鄭玄は艮を鬼門と為し、また宮闕を為す。地の上に木ありて鬼門宮闕と為るは、まさに天子の宗廟の象――これは宗廟台観に取象するに就いて言うなり。『爾雅・釈宮』にいう、門旁の台観を「闕」と叫ぶ。虞翻は台観の義を取る、あるいはまたまさにかように理解すべし。

祭統曰:獻之屬莫重於祼。字亦作灌,義取於坤地之觀。周禮鬱人掌祼器,凡祼事沃盥,故云盥,沃盥。郊特牲曰:既灌然後迎牲,迎牲而後獻薦。是薦在灌後,故云薦,羞牲也。上之三,五體坎,故坎為水。形而下謂之器,故坤為器,謂沃盥器也。以艮於臨坤器而以坎水沃之,故云盥之象也。

『礼記・祭統』にいう、進献の礼は祼より隆重なるなし。「祼」の字もまた「灌」と作り、坤地の灌降を承受するの観象に取義す。『周礼』の中、郁人は祼祭の器を掌管し、およそ祼祭を行うに皆手を沃す、ゆえに注の中に「盥」はすなわち沃盥という。『郊特牲』にいう、先ず灌礼を行い、然る後牲を迎う。牲を迎えて後始めて薦牲を進献す。これにより薦は灌の後なるを知る、ゆえに注の中に「薦」は牲体を進献すという。上爻は下りて第三爻に至り、五爻は便ち坎体を成す、ゆえに坎は水を為す。形而下の具体の器具を「器」と叫ぶ、ゆえに坤は器を為し、指す所は沃盥の器である。艮の手を用いて坤器の上に臨みて坎水をもって澆沃す、ゆえにこれを灌盥の象という。(案:「以艮于臨坤器」の句、底本はおそらく一の「手」の字を脱す。)

鬱人祼事沃盥,故盥與灌通。觀灌而不觀薦,乃禘禮配天之祭。故馬氏謂盥者進爵灌地以降神也。配天之禘灌禮最盛,古文作祼。周監二代而制禮,大宗伯以肆獻祼享先王,典瑞祼圭有瓚以肆先王,以祼賓客,則祼一事有三節:肆者,實而陳之;祼者,將而行之;獻者,奉而進之。實以彝祼之陳,將以瓚祼之行,獻以爵祼之成,故曰肆祼獻祭。

郁人は祼祭の事を主持して沃盥を行うを要す、ゆえに「盥」は「灌」と相通ず。灌を観て薦を観ずといい、言う所は禘礼の中の天に配するの祭なり、ゆえに馬融は「盥」を爵を進めて酒を地に灌いで神を降すとす。天に配する禘祭の中、灌礼は最も隆盛にして、古文は「祼」と作る。周朝は夏・殷二代を参酌して礼を制す:『周礼・大宗伯』に「肆献祼以享先王」といい、『典瑞』に祼圭は玉瓚を配して、用いて先王に陳献し、また用いて賓客を祼祭すという。これにより祼のこの一事に三つの環節あるを知る:「肆」は牲体を充実して陳設する、「祼」は器を執りて施行する、「献」は爵を奉りて進上する。彝器を用いて祼の陳設を完成し、玉瓚を用いて祼の施行を完成し、爵を用いて祼の最後の一節を完成す、ゆえに「肆祼献祭」という。

天無灌而禘有灌者,宣三年公羊傳說配天之義云:王者曷為必以其祖配。自內出者無匹不行,自外至者無主不止。自內出者無匹不行,南郊配天也;自外至者無主不止,明堂配天也。明堂之配天帝,異饌亦異其禮,故天無灌而祖有灌。以灌禮降神,推人道以接天,所謂自外至者無主不止,故云祭祀之盛,莫過於初盥也。

天を祭るに灌礼なく禘祭に灌礼あるは、『公羊伝』宣公三年に天に配するの義を解説する時にいう、君王は何に因りて必ず己の祖先を用いて配享するか。内より出ずるは、配偶なくんば成行し得ず。外より至るは、主人なくんば停留し得ず。いわゆる「自内出者无匹不行」とは、南郊の天に配するを指す。いわゆる「自外至者无主不止」とは、明堂の天に配するを指す。明堂は天帝を配祭し、供饌は同じからず、礼数もまたこれに随いて同じからず、ゆえに天を祭るに灌なく祖を祭るに灌あり。灌礼を用いて神霊を招降するは、人事の道を推して上天を接引するなり、正に「従外至者无主不止」の理に合す、ゆえに祭祀の隆盛は初盥に過ぐるなしという。

禘行於春夏,物未成孰,薦禮獨略,故云神降薦牲,其禮簡略,不足觀也。引孔子語者,論語文。穀梁傳曰:常視曰視,非常曰觀。灌禮非常,薦為常禮,故曰觀盥而不觀薦。吾不欲觀,非不欲觀也,所以明灌禮之特盛,與此經觀盥而不觀薦同義,故虞氏王弼亦皆引以為證。孔安國謂魯禘亂昭穆,聖人不欲觀,失其義矣。

禘祭は春夏の交に挙行し、万物はいまだ成熟せず、進献の礼は格別簡略なり、ゆえに注の中に神の降臨するを待ちて牲体を進献する時、礼節は簡略にして観るに足らざるという。注の中の引く所の孔子の話は『論語』に出る。『穀梁伝』にいう、尋常の看を「視」と叫び、非常の事を始めて「觀」と叫ぶ。灌礼は非常の礼で、薦牲は則ち常礼なり、ゆえに「觀盥而不觀薦」という。孔子のいう「吾不欲觀」は、並に真に観んと欲せざるに非ず、しかるにこれを借りて灌礼の特別隆盛なるを表明す、本経の「觀盥而不觀薦」と同一の義理なり、ゆえに虞翻・王弼は皆これを引きて証と為す。孔安国はこれを魯国の禘祭が昭穆の序を乱りて聖人は観んと欲せざるに因るとす、則ち本義を失う。

○「孚信」至「順也」○此虞義也。坎為孚,故孚信謂五。虞彖注引詩云:顒顒卬卬,如珪如璋。珪璋,祼玉。君祼以圭瓚,亞祼以璋瓚。顒顒,溫貌;卬卬,盛貌,祼之儀也。鬱人詔之,故謂君德有威,容貌若順也。釋詁文,謂觀君子之德容而順其化也。

以下は「孚信」より「順也」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:坎は孚を為す、ゆえに「孚信」は九五を指す。虞翻の『彖伝』の注は『詩経』を引いていう「顒顒卬卬、如珪如璋」――珪・璋は祼礼を行うに用うるの玉で、国君は圭瓚を用いて祼を行い、亜献者は璋瓚を用いて祼を行う。「顒顒」は温和の貌、「卬卬」は盛大の貌、皆祼を行う時の儀容である。郁人は旁に在りて儀節を詔告す、ゆえに君徳に威あり容貌は柔順という。「若」は順と訓じ、『爾雅・釈詁』に出る、下民が君子の徳容を観看してその教化に順従するをいう。

馬氏云:孚,信也;顒,敬也。以下觀上,見其至盛之禮,萬民信敬,故有孚顒若。馬以孚信顒敬為萬民信敬,即下觀而化之事。虞以孚與顒顒屬君,若屬民,與馬異也。

馬融は則ちいう、「孚」は信、「顒」は敬。下位より上位を仰観し、あの至る隆盛の礼儀を見れば、万民はこれに因りて信服敬畏す、ゆえに「有孚顒若」という。馬融は「孚」の信・「顒」の敬を皆万民に帰す、まさに『彖伝』のいう下民の観仰して化を受くるの事である。虞翻は則ち「孚」と「顒顒」とを君主に帰属し、ただ「若」の字を民衆に帰属す、馬融の解釈と同じからず。

初六童觀小人無咎君子吝。注:艮為童,以小觀上,故童觀。初位賤,又陰爻,故小人無咎,君子則吝矣。馬氏以為童,獨也。六二窺觀利女貞。注:竊觀稱窺。二離爻,離為目,為中女。互體艮,艮為宮室,坤為闔戶,女目近戶,窺觀之象。二陰得正應五,故利女貞,利不淫視也。

経文:初六、孩童のごとき浅陋に観看す、小人は過咎なく、君子は則ち羞吝あり。恵棟の自注:艮は童を為し、卑小の身をもって上に在る者を仰観す、ゆえに「童觀」という。初爻は地位卑賤にして、また陰爻なので、小人に在りては咎なく、君子に在りてはすなわち羞吝。馬融は則ち「童」を独と為す。経文:六二、門縫より窺看す、女子の正を守るに利あり。自注:見を偸むを「窺」と叫ぶ。第二爻は離爻で、離は目を為し中女を為す。互体は艮を成し、艮は宮室を為し、坤は閉合の門戸を為す――女子の眼は門戸に貼近す、まさに窺看の象なり。六二は陰をもって陰に居りて正を得・上に九五に応ず、ゆえに「利女貞」、利は邪視を作さざるに在り。

六三觀我生進退。注:我謂五。臨震為生,巽為進退。觀於五,故進;下於四,故退。象曰:未失道也。六四觀國之光利用賓于王。注:坤為國。上之三體離,離為光,故觀國之光。王謂五,四陽稱賓,變坤承五,坤為用,為臣,故利用賓于王。

経文:六三、我が生養の道を観察して進退を定む。恵棟の自注:「我」は九五を指す。反覆の『臨』に震体あり、震は生を為す。巽は進退を為す。上に向かいて九五を観仰するは、すなわち進。退きて第四爻の下に居るは、すなわち退。『象伝』にいう、これは並に正道を失わざるなり。経文:六四、国家の光華を観仰す、君王の賓客と為るに利あり。自注:坤は国を為す。上爻が下りて第三爻に至れば則ち離体を成し、離は光を為す、ゆえに「觀國之光」という。「王」は九五を指す。第四爻はもと陽爻なので「賓」と称す。それは坤に変じて九五を承奉し、坤は用を為し臣を為す、ゆえに「利用賓于王」という。

九五觀我生君子無咎。注:大觀在上,為群陰所觀,故觀我生。五正位處中,故君子無咎。上九觀其生君子無咎。注:應在三,三體臨震,故觀其生。君子謂三,之三得正,故無咎。

経文:九五、我が生養の道を観察す、君子は過咎なし。恵棟の自注:大徳の君は上に在りて観るべきの表と為り、衆陰に仰観せらる、ゆえに「觀我生」という。九五は正位に居りて中に処る、ゆえに「君子无咎」という。経文:上九、彼が生養の道を観察す、君子は過咎なし。自注:上九は下に六三に応じ、六三は反覆の『臨』の震体に処る、ゆえに「觀其生」という。「君子」は九三を指す。上爻が下りて三位に至れば正を得るので、咎なし。

疏:「艮為」至「獨也」○艮少男,故為童。童觀,觀五也。呂氏春秋曰:上尊下卑則不得以小觀上。以小觀上,故曰童觀。初為元士,故位賤。又陰爻為小人,故無咎。陽稱君子,故吝。此兼虞義。初稱獨,故馬氏以為童獨也,義亦通耳。

恵棟の疏証は「艮為」より「獨也」までを解す:艮は少男なので、童に取象す。いわゆる「童觀」とは、すなわち九五を仰観す。『呂氏春秋』にいう、上尊下卑にして、卑小の身分をもって上に在る者を平視し得ず。初六はまさに卑小の身をもって上を仰観す、ゆえに「童觀」という。初爻の爵位は元士に相当す、ゆえに位卑いという。それはまた陰爻にして小人に象る、ゆえに小人に在りては咎なし。陽のみが君子と称す、ゆえに君子に在りては羞吝。ここは兼ねて虞翻の義を取る。初爻に別に「獨」の意思あり、ゆえに馬融は「童」を解して独と為す、義理もまた講じ通る。

○「竊觀」至「視也」○竊觀稱窺,虞義也。竊觀非正視,故曰窺。方言曰:窺,視也。凡相竊視,南楚謂之窺。故知竊觀稱窺。說文云:窺,閃也。閃亦不正之義。六二離爻,離為目,為中女,皆說卦文。艮為宮室,坤為闔戶,亦虞義也。二以離目窺坤戶,窺觀之象。二陰為女,居中得正,上應九五,故利女貞。曲禮曰:毋淫視。邪視曰淫視。利女貞,謂不淫視也。此兼虞義。

以下は「竊觀」より「視也」までを疏解す:見を偸むを「窺」と称すは虞翻の説である。見を偸むは端正に看るに非ず、ゆえに「窺」と叫ぶ。『方言』にいう、「窺」はすなわち視。およそ互相偸看するは、南楚の一帯は「窺」と叫ぶ。これにより偸看を窺と称するを知る。『説文解字』にいう、「窺」は縫隙の裏より閃視す、「閃」もまた不正の義を含有す。六二は離爻で、離は目を為し中女を為す、皆『説卦伝』に出る。艮は宮室を為し坤は閉合の門を為す、また虞翻の取象なり。六二は離の象する眼をもって坤の象する門戸を窺看す、まさに窺觀の象なり。第二爻は陰にして女子に象り、中に居りて正を得、上に九五に応ず、ゆえに「利女貞」という。『礼記・曲礼』に「毋淫視」といい、眼を斜にして看るを「淫視」と叫ぶ。「利女貞」はすなわち利は邪視を作さざるに在り。ここは兼ねて虞翻の義を取る。

○「我謂」至「道也」○此荀虞義也。五為卦主,爻辭與五同,故我謂五。虞氏謂坤為我,非也。震為反生,故為生。生猶性,故京氏謂性行是也。巽為進退,說卦文。三陽位,陽主進;六陰爻,陰主退,故有進退之義。進觀於五,進也;退居四下,退也。故曰觀我生進退。進退皆合於道,故象曰:未失道也。

以下は「我謂」より「道也」までを疏解し、兼ねて荀爽と虞翻との説を用う:九五は全卦の主で、六三の爻辞は九五の爻辞と相同じ、ゆえに「我」は九五を指す。虞翻は坤を我と為す、正からず。震は反生を為す、ゆえに「生」に取象す。「生」はすなわち「性」なので、京房はこれを解して性行と為す。巽は進退を為し、『説卦伝』に出る。第三位は陽位で、陽は前進を主り、六は陰爻で、陰は後退を主る、ゆえに進退の義あり。上進して九五を観仰するは進、退きて第四爻の下に居るは退、ゆえに「觀我生、進退」という。進むも退くも皆正道に合す、ゆえに『象伝』に「未失道也」という。

○「坤為」至「於王」○聘禮記歸大禮之日有請觀之禮。吳季札聘魯請觀於周樂,晉韓起聘魯觀書於太史氏皆其事。鄭氏謂聘於是國欲見宗廟之好,百官之富,故曰觀國之光。謂之觀光者,禮樂詩書光於千古,威儀辭氣光在一身。蓋以大觀在上,故急欲觀其盛焉。此觀光謂朝也。

以下は「坤為」より「于王」までを疏解す:『儀礼・聘礼』は大礼を帰還するのあの日に観を請うの礼あるを記載す。呉国の季札は魯に聘して周楽を観んことを請い、晋国の韓起は魯に聘して太史氏のあそこにて書を観せり、皆この類の事に属す。鄭玄はある国に出聘して、それが宗廟の美好・百官の富盛を見識せんと欲すと為す、ゆえに「觀國之光」という。「觀光」と称する所以は、礼楽詩書の光輝は千古に照耀し、威儀辞気の光彩は一身に顕るに因る。まさに大徳の君は上に在りて観るべく、ゆえに急いでそれが盛美を見識せんと要す。ここの「觀光」とは、朝聘の事を指す。

上之三體離,離為日,故為光。五本乾也,乾為王,故王謂五。四陽為否四也,陰在下,故四陽稱賓,姤初六不利賓是也。陰消乾體,坤上承九五,故云消乾承五。坤為用,為臣,虞義也。

上爻が下りて第三爻に至れば則ち離体を成し、離は日を為す、ゆえに光に取象す。第五爻はもと乾に属し、乾は王を為す、ゆえに「王」は九五を指す。第四爻の陽はもと『否』卦の第四爻の陽で、今陰は下に処る、ゆえに第四位の陽を「賓」と称す、『姤』卦の初六に「不利賓」というはすなわちこの用法である。陰気は乾体を消蝕し、坤は上行して九五を承奉す、ゆえに乾を消して五を承ぐという。坤は用を為し臣を為す、これは虞翻の取象である。

觀之言灌,大饗有祼賓之禮,故典瑞雲祼圭有瓚以肆先王,以祼賓客。四為三公,上公王禮再祼。洛誥:祼於太室。太室者,明堂之中央室也。而稱王賓,則賓于王者惟祼禮為盛,故利用賓于王也。

「觀」の字は灌祭の義を含有し、大饗の礼の中に祼賓のこの一節あり、ゆえに『周礼・典瑞』に祼圭は玉瓚を配して、用いて先王に陳献し、また用いて賓客を祼祭すという。第四爻は位は三公に当たり、上公は王礼に按りて両度の祼を行うを要す。『尚書・洛誥』に「祼于太室」といい、太室はすなわち明堂の正中のあの一間。しかして経文は「王賓」と称す、これにより君王の賓と為るに、ただ祼礼が最も隆盛なるを見出しうる、ゆえに「利用賓于王」という。

○「大觀」至「無咎」○五以陽居上,陽稱大,故大觀在上。四陰仰五陽,是為群陰所觀,故云觀我生也。觀陰消之卦,乾鑿度剝五為小人,消觀成剝,則有咎矣。今五正位處中,故君子無咎也。○「應在」至「無咎」○此虞義也。其謂三也。上應在三,三體臨震,謂反臨三體震也。震為生,故觀其生。君子謂三者,三失位,上之三得正,故稱君子無咎也。

以下は「大觀」より「无咎」までを疏解す:九五は陽爻をもって上位に居り、陽は大と称す、ゆえに「大觀在上」という。四つの陰爻はこの一陽爻を仰望す、すなわち衆陰に観ぜらるるを被るなり、ゆえに「觀我生」という。『觀』は陰消の卦に属し、『乾鑿度』は『剥』の第五爻をもって小人と為す。もし『觀』が再び消えて『剥』を成せば、すなわち咎あらん。今九五は正位に居りて中に処る、ゆえに「君子无咎」という。以下は「應在」より「无咎」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:「其」は九三を指す。上九は下に第三爻に応じ、注に「三體臨震」といい、意思是『觀』が反覆して『臨』を成し、その第三爻は震体に処る。震は生を為す、ゆえに「觀其生」という。「君子」が九三を指すという所以は、九三は位を失い、上爻が下りて三位に至れば便ち正を得るに因り、ゆえに君子咎なしと称す。

噬嗑卦 巽宮五世卦 消息十月

噬嗑亨利用獄。注:否五之初,頤中有物曰噬嗑。五之初,剛柔交,故亨。坎為獄,艮為手,離為明。四以不正而繫於獄,上當之三,蔽四成豐,折獄致刑,故利用獄。坤為用也。

経文:『噬嗑』卦、亨通し、刑獄を施用するに利あり。恵棟の自注:本卦は『否』卦の第五爻が下りて初位に居るより成る。口頤の中に物を含むを、「噬嗑」と叫ぶ。五爻は下りて初位に至り、剛柔は交合す、ゆえに亨通す。坎は牢獄を為し、艮は手を為し、離は明察を為す。第四爻は居位正ならずして獄中に拘繫せられ、上爻はまさに下りて第三爻に至りて第四爻を裁断して『豊』を成すべし、正に獄を折りて刑を用うの義に合す、ゆえに「利用獄」といい、坤は「用」に取象す。

疏:卦自否來,九五之坤初。二陽四陰,外實中虛,頤象也。九四以不正閒之,象頤中有物。彖傳曰:頤中有物曰噬嗑。物謂四也。噬,囓也,囓而合之,故曰噬嗑。乾剛坤柔,乾五之坤初,坤初之乾五,剛柔交,故亨也。

恵棟の疏証:此卦は『否』より来り、『否』の九五が下りて坤の初位に至るなり。全卦は両陽四陰で、外囲は充実して中間は空虚なり、まさに頤口の象。九四は不正の爻をもってその中に梗塞し、口の中に物を含むに象る。『彖伝』に「頤中有物曰噬嗑」といい、「物」はすなわち九四を指す。「噬」は嚙咬で、咬み開いて後上下は合攏す、ゆえに「噬嗑」と叫ぶ。乾は剛を為し坤は柔を為し、乾の五爻は下りて坤初に至り、坤の初爻は上りて乾五に至る、剛柔は交合す、ゆえに亨通す。

九家說卦曰:坎為律,為叢棘。叢棘,獄也,故坎為獄。折獄從手,故艮為手。離為日,故為明。四體坎,以陽居陰而在坎中,故繫於獄。蔽,斷也。虞注豐彖曰:豐三從噬嗑上來之三,折四於坎獄中而成豐,故君子以折獄致刑。噬嗑所謂利用獄者,此卦之謂。是虞合兩卦以發明折獄之義。坤為器,故為用。此兼虞義也。

『九家易』の説卦逸象にいう、坎は法律を為し、叢生の荊棘を為す。叢棘はすなわち牢獄なので、坎は獄を為す。「折」の字は手に従い、獄を断するに手を動かして裁断するを要す、ゆえに艮は手を為す。離は日を為す、ゆえに明を為す。九四は坎体に処り、陽をもって陰位に居りて身は坎中に在る、ゆえに獄に拘繫せらるという。「蔽」は裁断である。虞翻が『豊・彖伝』に注していう、『豊』の第三爻は『噬嗑』の上爻が下りて三位に至るより来り、第四爻を坎獄の中にて裁断して『豊』を成す、ゆえに『豊』に「君子以折獄致刑」という。『噬嗑』のいう「利用獄」は、講ずる所はまさにこの一卦のこの層の義理である。これは虞翻が両卦を合して折獄の義を闡発するなり。坤は器を為す、ゆえに用に取象す。ここは兼ねて虞翻の義を取る。

初九屨校滅止無咎。注:屨,貫;校,械;止,足也。坎為械,初為止。坤初消陽,五來滅初,故屨校滅止。震懼致福,故無咎。六二噬膚滅鼻無咎。注:膚,脅革肉。艮為膚,為鼻。二無應於上,滅坎水中而乘初剛,故噬膚滅鼻。得正多譽,故無咎。

経文:初九、脚上に刑械を貫き、脚趾を遮没す、過咎なし。恵棟の自注:「屨」は貫着、「校」は刑械、「止」は脚である。坎は刑械を為し、初爻は脚を為す。坤の初爻は陽爻を消去し、五爻は下来りて初爻を滅掉す、ゆえに「屨校滅止」という。震に驚懼して後に福を得るの義あり、ゆえに咎なし。経文:六二、皮肉を咬嚙して鼻子を遮没す、過咎なし。自注:「膚」は脅間の皮を帯びた肉である。艮は膚を為し鼻を為す。六二は第五爻と同じく陰にして応なく、坎水の中に沈没してまた初九の剛を乗凌す、ゆえに「噬膚滅鼻」という。それは正を得て多譽の位に居るので、咎なし。

六三噬肉遇毒小吝無咎。注:三在膚裡,故稱肉。離日熯之為。坎為毒。應在上,故噬肉遇毒。失位承四,故小吝。與上易位,利用獄成豐,故無咎。荀氏以肉謂四也。九四噬乾胏得金矢利艱貞吉。注:肉有骨謂之胏。乾為金,離為矢。四惡人在坎獄中,上之三折四,故噬乾胏得金矢。艱,險;貞,正也。坎為險,四失位變之正,故利艱貞吉。

経文:六三、乾肉を咬嚙して毒に遇う、やや羞吝あり、過咎なし。恵棟の自注:六三は皮膚の裏層に在るので「肉」と称す。離の象する日光は烘烤して乾肉を成す(底本はここに一字を脱す)、坎は毒を為す。六三は上に上九に応ず、ゆえに「噬肉遇毒」という。それは位を失いて九四を承奉す、ゆえにやや羞吝あり。上爻とその位を互換し、獄を用うるに利ありて『豊』を成す、ゆえに咎なし。荀爽は則ち「肉」を九四と為す。経文:九四、骨を帯びた乾肉を咬嚙して、金と矢とを得る、艱険の中に正を守るに利あり、吉。自注:骨を帯びた肉を「胏」と叫ぶ。乾は金を為し、離は矢を為す。九四は悪人にして身は坎獄の中に在り、上爻は下りて第三爻に至りてそれを裁断す、ゆえに「噬乾胏、得金矢」という。「艱」は険で、「貞」は正である。坎は険を為し、九四は位を失いて変動して正に帰す、ゆえに「利艱貞、吉」。

六五噬乾肉得黃金貞厲無咎。注:陰稱肉,位當離日中烈,故乾肉也。黃,中;厲,危也。變而得正,故無咎。上九何校滅耳凶。注:為五所何,故曰何校。五體坎為耳,上據坎,故何校滅耳。上以不正,陰終消陽,故凶。

経文:六五、乾肉を咬嚙して、黄金を得る、正を守るは危厲あると雖も、しかし過咎なし。恵棟の自注:陰爻は「肉」と称す。六五はまさに離の位置に当たりて日中炎烈なり、ゆえに乾肉と為る。「黄」は中色で、「厲」は危である。変動して正を得るので、咎なし。経文:上九、頸上に刑枷を荷い、耳朵を遮没す、凶。自注:上九は六五に荷載せらるるを被る、ゆえに「何校」という。第五爻は坎体に処りて耳を為し、上九は坎体を拠凌す、ゆえに「何校滅耳」という。上九は居位正ならず、陰気は終わりに陽爻を消尽せんと要す、ゆえに凶。

疏:「屨貫」至「無咎」○乾寳注云:屨校,貫械也。以械為屨,故曰屨校。漢謂之貫械,後漢書李固傳云:渤海王調貫械上書。是也。止與趾同,故云足。以械為屨,足沒械下,故云滅止。九家說卦曰:坎為桎梏,故為校。校即械也。

恵棟の疏証は「屨貫」より「无咎」までを解す:干宝の注にいう、「屨校」はすなわち刑械を貫上す。刑械を靴として脚上に穿く、ゆえに「屨校」と叫ぶ、漢代はこれを「貫械」と称す。『後漢書・李固伝』に渤海王劉調は刑械を戴きて上書すといい、すなわちこの説法である。「止」は「趾」と相同じ、ゆえに注の中に脚と訓ず。刑械を靴として穿けば、脚はすなわち刑械の下に埋没す、ゆえに「滅止」という。『九家易』の説卦逸象に坎は桎梏を為すといい、ゆえに「校」に取象す、「校」はすなわち刑械である。

伏義始作八卦,近取諸身,故此卦之義,初為止,五為耳。卦本否也,故坤初消陽,乾五之初,是滅初。五來滅初體震,震彖傳曰:震來虩虩,恐致福也。震為征,小懲大誡,故無咎。

伏羲は最初に八卦を画作し、取象は就近して人身に取る、ゆえにこの一卦の取義は:初爻は脚を為し、第五爻は耳を為す。卦はもと『否』より来る、ゆえに坤の初爻は陽爻を消去す。乾の五爻は下りて初位に至る、すなわち初爻を滅掉す。五爻は下来りて初を滅して震体を成し、『震・彖伝』に「震來虩虩、恐致福也」といい、震はまた征伐を為し、小さく懲創を加えて人をして大いに警戒せしむ、ゆえに咎なし。

○「膚脅」至「無咎」○爻辭曰膚曰肉,曰乾胏,曰乾肉,故知膚為脅革肉。案少牢饋食禮曰:雍人倫膚九實於一鼎。又云:膚九而俎亦橫載革順是也。艮為膚,為鼻,九家說卦文。二五皆陰,故云無應。體艮而在坎下,故云滅坎水中。又乘初剛,噬膚滅鼻之象也。以陰居二,二多譽,故云得正多譽而無咎也。

以下は「膚脅」より「无咎」までを疏解す:爻辞の中に「膚」というあり、「肉」というあり、「乾胏」というあり、「乾肉」というあり、これにより「膚」は脅間の皮を帯びた肉なるを知る。『儀礼・少牢饋食礼』を考するにいう、雍人は膚九塊を挑選し、一隻の鼎の中に盛放す。また膚九塊は俎上に盛るといい、また横放して、皮を帯びた一面は順にして上に向く。艮は膚を為し鼻を為す、『九家易』の説卦逸象に出る。二・五は皆陰爻なので、応なしという。六二は艮体に処りて位は坎の下に在る、ゆえに坎水の中に沈没すという。それはまた初九の剛を乗凌す、まさに膚を噬い鼻を滅するの象なり。陰爻をもって第二位に居り、しかして二は多譽の位なので、正を得て多譽にして咎なしという。

○「三在」至「四也」○此虞義也。三體艮,艮為膚,三在膚裡,謂肉在膚理,故稱肉也。說文曰。。乾肉也,從殘肉,日以晞之。馬氏曰:晞於陽而於火曰肉。故云離日熯之為。坎為多眚,故為毒。周語,單子曰:厚味實臘毒。臘,籀文。肉久稱。味厚者為毒久,故噬肉遇毒。

以下は「三在」より「四也」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:六三は艮体に処り、艮は膚を為し、六三は膚の裏層に在る、肉は皮膚の内里に在るをいう、ゆえに「肉」と称す。『説文解字』にいう、某字(底本はここに一字を脱す)は乾肉で、字形は残余の肉に従い、日光を用いてこれを晒乾す。馬融にいう、阳光下に晒乾して再び火を用いて烘烤するを某肉と叫ぶ(底本はまた一字を脱す)、ゆえに注文は「離日熯之為」某という。坎は多災眚を為す、ゆえに毒に取象す。『国語・周語』の中、単子に「厚味実腊毒」といい、「腊」は籀文の写法で、肉の存放する久しきの名称を指す(ここに底本もまた一字を脱す)、味道の厚重の毒性は積むこと久し、ゆえに「噬肉遇毒」という。

乾鑿度曰:陰陽失位皆為不正其應,實而有之皆失義。鄭注云:陰有陽應,陽有陰應,實者也。既非其應,設使得而有之,皆為非義而得也。三陰上陽,此失義之應,上辠大惡極而三遇之,是遇毒也。四亦不正而三承之,故小吝。上來之三,是易位也。折四成豐,明罰飭法,故無咎也。荀氏以肉謂四者,謂三噬四,法當遇罪,故遇毒,義亦通也。

『乾鑿度』にいう、陰陽の位を失うは、皆正当の相応と算せず。縦然実にその応ありて己有に拠るも、皆失義に属す。鄭玄の注にいう、陰爻に陽爻の来りて応ずるあり、陽爻に陰爻の来りて応ずるあり、これを始めて「実」と叫ぶ。すでにそれが応有の対象に非ざれば、便ち獲得して占有するも、皆義理に合せざる所得なり。六三は陰にして上九は陽なり、これは失義の応である。上九は罪大悪極にして六三は偏にそれと相応す、これがすなわち「遇毒」である。九四もまた居位正ならずして六三はそれを承奉す、ゆえにやや羞吝あり。上爻は下来りて第三爻に至る、すなわちその位を互換す。第四爻を裁断して『豊』を成し、刑罰を明確にし法度を整飭す、ゆえに咎なし。荀爽は「肉」を九四と為し、六三が九四を嚙咬して法に依りて罪罰を受くべしをいう、ゆえに「遇毒」、かように講ずれば義理もまた通ず。

○「肉有」至「貞吉」○肉有骨謂之胏,馬義也。離又為乾卦,故云乾胏。乾為金,說卦文。離為矢,馬、王、虞義也。周禮大司寇:禁民訟,入束矢;禁民獄,入鈞金。矢取其直,不直者入束矢;金能見情,無情者入鈞金。

以下は「肉有」より「貞吉」までを疏解す:骨を帯びた肉を「胏」と叫ぶは馬融の解釈である。離体の中また乾象を含す、ゆえに「乾胏」という。乾は金を為し、『説卦伝』に出る。離は矢を為すは馬融・王粛・虞翻の共同の取象である。『周礼・大司寇』に規定す、民間の争訟を制止するに、一束の箭を交納するを要す。民間の争獄を制止するに、三十斤の銅を交納するを要す。箭はその正直を取り、理曲にして直ならざるのみ束矢を罰交す。金は実情を照見しうる、実情なきのみ鉤金を罰交す。

四離火,惡人而體坎,故在坎獄中而不服罪,若噬有骨之乾胏。上來之三折四成豐,故得金矢。四以陽居陰,故失位,無應於下而弇於五,故利艱貞吉也。○「陰稱」至「無咎」○五,陰也,故陰稱肉。五正離位,故云位當離日中烈為乾肉也。五陰居中,故為黃。位不當,故厲。變而得正,故無咎。象曰:得當也。此兼虞義。

九四は離火に属し、もと悪人にして身は坎体に処る、ゆえに坎獄の中に在りて罪に服せず、まさに骨を帯びた乾胏を嚙咬するがごとく咬合し難し。上爻は下りて第三爻に至り・第四爻を裁断して『豊』を成す、ゆえに「得金矢」という。九四は陽をもって陰に居る、ゆえに位を失う。下は相応する所なく、上はまた六五に掩蔽せらる、ゆえに「利艱貞、吉」という。以下は「陰稱」より「无咎」までを疏解す:第五爻は陰なので、陰は肉と称すという。六五はまさに離の位置に当たる、ゆえに位は離日中天に当たりて炎烈という、これに因りて乾肉と為る。六五は陰をもって中に居る、ゆえに黄色に取象す。居位当たらず、ゆえに危厲あり。変動して正を得るので、咎なし。『象伝』に「得當也」という。ここは兼ねて虞翻の義を取る。

○「為五」至「故凶」○何讀為荷。上據五,故為五所何,曰何校,此荀義也。上為首,故五為耳。又體坎,坎亦為耳。荀氏謂據五滅坎,故何校滅耳也。卦本否也,五上不正,無德以休之,滅坎體剝,陰終消陽,惡積而不可弇,罪大而不可解,故凶。魏河南尹李勝以屨校滅趾為去足刖刑。若然,何校滅耳為大辟之刑,義或然也。

以下は「為五」より「故凶」までを疏解す:「何」は「荷」と読む。上九は六五を拠凌す、ゆえに五に荷載せらるるを被るという、「何校」と叫ぶ、これは荀爽の説である。上爻は頭を為す、ゆえに第五爻は耳を為す。第五爻はまた坎体に処り、坎もまた耳に取象す。荀爽は上九は六五を拠凌して坎を滅掉すと為す、ゆえに「何校滅耳」」という。卦はもと『否』より来り、五・上両爻は皆正ならず、それを止息せしむべきの徳行なし。坎は滅せらるるを被りて剥落の体を成し、陰気は終わりに陽爻を消尽せんと要す、悪事は掩盖し得ざるに積累し、罪過は解脱し得ざるに重大なり、ゆえに凶。魏国の河南尹李勝は「屨校滅趾」を断足の刖刑と解す。あのように講ずれば、「何校滅耳」はすなわち頭を殺る大辟の刑なり、義理はあるいはまたこのごとし。

賁卦 艮宮一世卦 消息八月

賁亨小利有攸往。注:泰上之二。賁,黃白色,文章雜也。柔來文剛,陰陽交,故亨。小謂五四,分乾剛而上飾坤柔,兼據二陰,故小利有攸往。

経文:『賁』卦、亨通し、小さく往く所有れば則ち利あり。恵棟の自注:本卦は『泰』卦の上爻が下りて第二爻に居るより成る。「賁」は黄白相間の色で、文采の錯雑を指す。柔爻は下来りて剛爻を文飾し、陰陽は交合す、ゆえに亨通す。「小」は六五・六四を指す。分取して乾の剛爻を上行せしめて坤の柔爻を文飾し、またこの二つの陰爻を兼拠す、ゆえに「小利有攸往」という。

疏:卦自泰來,上六之乾二,九二之坤上。賁,黃白色,王肅義也。太玄曰:黃不純。范望注云:火色黃白,故不純。引此經云:山下有火,黃白色也。傅氏曰:賁,古班字,文章貌。

恵棟の疏証:此卦は『泰』より来り、上六が下りて乾の第二爻に至り・九二が上りて坤の上位に至るなり。「賁是黄白色」は王粛の説である。『太玄』に「黄不純」といい、范望の注にいう、火の顔色は黄の中に白を帯ぶ、ゆえに不純なり。併せて本経の『象伝』「山下有火」を引きてこれが黄白の色を説明す。傅氏にいう、「賁」は古「班」の字で、文采の斑駁なる貌を形容す。

呂氏春秋曰:孔子卜得賁,曰不吉。子貢曰:夫賁亦好矣,何謂不吉乎。孔子曰:夫白而白,黑而黑,夫賁又何好乎。高誘注云:賁,色不純也。物相雜謂之文。京房易傳曰:五色不成謂之賁,文采雜也。其後孔子經論六經以垂後代萬世,觀人文之化,成其賁之徵乎。

『呂氏春秋』に記載す、孔子は卜筮して『賁』卦を得、吉ならざるとす。子貢は問う、『賁』もまた好き卦なり、何に因りて吉ならざるというか。孔子にいう、白はすなわち純白なり、黒はすなわち純黒なり、この雑色の『賁』はまた何の好さあらん。高誘の注にいう、賁とは顔色の純ならざるなり。事物は互相錯雑すればすなわち「文」と叫ぶ。『京房易伝』にいう、五色は純成就し得ざるを「賁」と叫ぶ、文采の駁雑を指す。後に孔子は六経を刪述して後世万代に垂範し、人們は人文の化を観て天下を成す、おそらくまさに『賁』卦のこの一兆徴に応えたるか。

柔來文剛已下虞義也。自內曰來,上之二,柔來文剛。乾陽坤陰,陰陽交,故亨也。五四皆陰,陽大陰小,故小謂五四。賁者,飾也。彖傳曰:分剛上而文柔。故云分乾剛而上飾坤柔也。兼據二陰,荀義也。五四二陰,利二上來文柔,故小利有攸往。

「柔來文剛」以下は虞翻の説である:内卦より来るを「来」と叫ぶ、上爻が下りて第二爻に至るは、まさに柔の来りて剛を文飾するなり。乾は陽・坤は陰で、陰陽は交合す、ゆえに亨通す。五・四は皆陰爻で、陽は大を為して陰は小を為す、ゆえに「小」は五と四とを指す。「賁」はすなわち文飾で、『彖伝』に「分剛上而文柔」といい、ゆえに注の中に分取して乾剛を上行せしめて坤柔を文飾すという。「兼拠二陰」は荀爽の説である:五・四のこの二つの陰爻は、九二の上来してそれらを文飾するに利あり、ゆえに「小利有攸往」という。

初九賁其止舍車而徒。注:初為止,坤為車,應在坤。上之二,坤體壞,故舍車而徒。六二賁其須。注:須謂五,五變應二,二上賁之,故賁其須。九三賁如濡如永貞吉。注:離文自飾,故賁如;坎水自潤,故濡如。體剛履正,故永貞吉。

経文:初九、彼が脚趾を文飾し、車子を舎てて徒歩にて行走す。恵棟の自注:初爻は脚を為し、坤は車を為し、初九は上に坤体に応ず。上爻が下りて第二爻に至れば、坤体は便ち毀壊す、ゆえに「舎車而徒」という。経文:六二、彼が鬍鬚を文飾す。自注:「須」は六五を指す。六五は変動して六二と相応し、六二は上去してそれを文それを文飾す、ゆえに「賁其須」という。経文:九三、文飾して潤沢し、長久に正を守れば吉。自注:離は文を為して自ら文飾を作す、ゆえに「賁如」という。坎は水を為して自ら潤沢を加う、ゆえに「濡如」という。九三は体質剛健にして履む所は正を得る、ゆえに「永貞吉」。

六四賁如皤如白馬翰如匪寇昏冓。注:馬作足橫行曰皤。四乘剛,故賁如皤如。震為馬,巽為白,故白馬翰如。坎為寇,得位應初,故匪寇昏冓。六五賁于丘園束帛戔戔吝終吉。注:五已正,應在二。坎為隱,坤土為丘,木果曰園,艮山震林,賁飾丘陵以為園圃,隱士之象。坤為帛,其數十,故束帛。戔戔,委積貌,艮為多,故戔戔。失位,故吝;之正應二,尊道勤賢,故終吉。

経文:六四、文飾して素白にして、白馬は飛のごとく奔驰す、来るは強寇に非ず、婚配を求むるなり。恵棟の自注:馬は足を挙げて横行するを「皤」と叫ぶ。六四は剛爻を乗凌す、ゆえに「賁如皤如」という。震は馬を為し、巽は白を為す、ゆえに「白馬翰如」という。坎は寇を為す。六四は位を得て下に初九に応ず、ゆえに「匪寇昏冓」という。経文:六五、丘園にて文飾し、一束の薄帛は堆疊す、羞吝あると雖も、終わりに吉を得る。自注:六五はすでに正に帰し、下に九二に応ず。坎は隠伏を為し、坤土は丘を為し、木果の長ずる処を園と叫ぶ。艮は山を為し震は林を為し、丘陵を修飾して園圃と為す、まさに隠士の象なり。坤は帛を為し、その数は十なり、ゆえに「束帛」という。「戔戔」は堆積の貌で、艮は多を為す、ゆえに「戔戔」という。六五は位を失う、ゆえに吝あり。変じて正を得・下に九二に応じ、道義を尊崇し殷勤に賢を求む、ゆえに終わりに吉を得る。

上九白賁無咎。注:巽為白。上者,賁之成,功成於素,故曰白賁。變而得位,故無咎。疏:「初為」至「而徒」○王肅曰:在下故稱止,義見噬嗑。坤為車,謂泰坤也。四體坤,故應在坤。上之二,坤體壞,故舍車。徒,徒步也。王肅曰:既舍其車,又飾其止,是徒步也。

経文:上九、純白をもって飾と為す、過咎なし。恵棟の自注:巽は白を為す。上爻は『賁』卦の終成の処で、一切の文飾の功は最終に素質に成る、ゆえに「白賁」という。変動して位を得るので、咎なし。恵棟の疏証は「初為」より「而徒」までを解す:王粛にいう、初爻は下に在るので「止」と称す、その義はすでに『噬嗑』に見ゆ。坤は車を為す、指す所は『泰』卦の坤である。第四爻は坤体に処る、ゆえに上に坤に応ずという。上爻が下りて第二爻に至れば、坤体は毀壊す、ゆえに車子を舎弃すという。「徒」はすなわち徒歩。王粛にいう、すでにその車を舎ててまたその脚を文飾す、これにより徒歩にて行くを見出しうる。

○「須謂」至「其須」○說文曰:須,面毛也。爻位近取諸身,初為止,五當為須,故知須謂五。五失位,故變應二,二上賁五,是賁其須也。○「離文」至「貞吉」○此虞義也。彖傳曰:文明以止。故離為文,離文自飾,是賁如也。互體坎,坎水自潤,是濡如也。三以陽居陽,是體剛履正,故永貞吉也。

以下は「須謂」より「其須」までを疏解す:『説文解字』に「須」は面上の毛という。爻位の取象は就近して人身に取り、初爻は脚を為し、第五爻はまさに須を為すべし、ゆえに「須」は六五を指すを知る。六五は位を失う、ゆえに変動して六二と相応す。六二は上去して六五を文飾す、これがすなわち「賁其須」である。以下は「離文」より「貞吉」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:『彖伝』に「文明以止」といい、ゆえに離は文を為す。離は自ら文飾を作す、すなわち「賁如」。互体は坎を成し、坎水は自ら潤沢を加う、すなわち「濡如」。九三は陽爻をもって陽位に居る、まさに体質剛健にして履む所は正を得る、ゆえに「永貞吉」。

○「馬作」至「昏冓」○馬作足橫行曰皤,董遇義也。董讀皤為盤。震為馬,為作足。應在初而乘三剛,作足橫行不前,故賁如皤如。鄭氏謂四欲飾以適初,進退未定,故皤如,義亦同也。檀弓曰:殷人尚白,戎事乘翰。鄭彼注云:翰,白色馬也。巽為白,故白馬翰如。鄭氏謂六四巽爻也。三體坎為寇,四既得位,初又正應,雖乘坎剛,終當應初,故云匪寇昏冓也。

以下は「馬作」より「昏冓」までを疏解す:「馬は足を挙げて横行するを皤と叫ぶ」は董遇の説で、董遇は「皤」を「盤」と読む。震は馬を為し、足を挙ぐを為す。六四は下に初九に応じるもまた九三の剛を乗凌し、足を挙げて横行して前進し得ず、ゆえに「賁如皤如」という。鄭玄は六四は己を修飾して初九に就かんと欲し、進退はいまだ定まらずと為す、ゆえに「皤如」、意思もまた相同じ。『礼記・檀弓』にいう、殷人は白色を崇尚し、兵事は白馬に乘る。鄭玄の注にいう、「翰」は白色の馬なり。巽は白を為す、ゆえに「白馬翰如」といい、鄭玄は六四を巽爻とす。九三は坎体に処りて寇を為す。六四はすでに位を得、初九はまたそれと正しく相応す、坎の剛を乗凌すと雖も、終わりにまさに初九に帰すべし、ゆえに「匪寇昏冓」という。

○「五已」至「終吉」○此荀、虞、王義也。五失位無應,今已之正,故應在二。二在坎下,坎為隱伏,故為隱。爾雅釋地曰:非人為之丘。郭璞云:地自然生。說文曰:丘,土之高也。故云坤土為丘。虞氏謂艮為山,五半山故稱丘。揚子曰:丘陵學山而不至於山。半山為丘,義亦通也。

以下は「五已」より「終吉」までを疏解し、兼ねて荀爽・虞翻・王粛の三家の説を用う:六五は位を失いて応する所なく、今すでに変じて正に帰す、ゆえに下に九二に応ずという。九二は坎の下に在り、坎は隠伏を為す、ゆえに隠に取象す。『爾雅・釈地』にいう、人力の築成するに非ざるを「丘」と叫び、郭璞の注は土地の自然生成するをいう。『説文解字』にいう、「丘」は高起の土なり。ゆえに注の中に坤土を丘と為すという。虞翻は則ち艮を山と為し、第五爻は半山の位に処るので丘と称す。揚雄にいう、丘陵は高山に学ばんと欲して山の高度に達せず。半山をもって丘と為す、義理もまた講じ通る。

艮為木果,園圃毓草木,故云木果為園。艮為山,震為林,隱士在山林,故云賁飾丘陵以為園圃隱士之象也。坤為帛,九家說卦文。莊二十二年春秋傳曰:庭實旅百,奉之以玉帛。杜注云:坤為布帛。是也。鄭注聘禮曰:凡物十曰束。坤數十,故云束帛。

艮は木果を為し、しかして園圃はまさに草木を養育するの処なので、注の中に木果あるの処を園と為すという。艮は山を為し、震は林を為し、隠士は山林の間に棲居す、ゆえに丘陵を修飾して園圃と為すは、まさに隠士の象なりという。坤は帛を為し、『九家易』の説卦逸象に出る。『左伝』荘公二十二年に「庭実旅百、奉之以玉帛」といい、杜預の注は坤を布帛と為す、すなわちこの取象である。鄭玄が『儀礼・聘礼』に注していう、およそ物十件を一束と叫ぶ。坤の数は十なり、ゆえに「束帛」という。

吳薛綜解此經云:古招士必以束帛加璧於上。戔戔,委積貌。薛虞謂禮之多也。艮為多節,故為多。五失位,故吝;變而得正應二,荀氏謂五為勤賢之主、尊道之君,故終吉而有喜。是也。○「巽為」至「無咎」○五變體巽,故巽為白。卦成於上,故云上者賁之成。考工記曰:畫繪之事後素功。論語曰:繪事後素。鄭彼注云:素,白採也。後布之為其易漬汙。是功成於素之事也。失位不正,變而得位,故無咎也。

呉人の薛綜はこの一条の経文を解釈していう、古代は隠士を招聘するに、必ず束帛を用いてその上に玉璧を加放す。「戔戔」は堆積の貌で、薛虞は礼物の多きを言うと為す。艮は多節を為す、ゆえに多に取象す。六五は位を失う、ゆえに吝あり。変動して正を得・下に九二に応じ、荀爽は六五を殷勤に賢を求むるの主・道義を尊崇するの君と為す、ゆえに終わりに吉を得て喜慶あり、まさにこの意である。以下は「巽為」より「无咎」までを疏解す:六五が一変すれば便ち巽体を成す、ゆえに巽は白を為すという。全卦は上爻に至りて告成す、ゆえに上爻は『賁』の終成という。『考工記』にいう、絵画の事は、最後に白色を施す。『論語』に「絵事後素」といい、鄭玄の注にいう、「素」は白色の采で、最後に始めて塗り上ぐ、それが汚を沾り易きに因る。これがすなわち功は素に成るの道理である。上九は位を失い正ならず、変動して位を得るので、咎なし。

巻四 元和恵棟撰

周易上經

剥卦 乾宮五世卦 消息九月

剝不利有攸往。注:陰消乾也,與夬旁通。以柔變剛,小人道長,上往成坤迷復,故不利有攸往。疏:剝本乾也,陰消至五成剝,故云陰消乾也。夬陽決陰,剝陰剝陽,故與夬旁通。柔變剛,彖傳文;小人道長,否彖傳文,此傳亦云小人長也。陰消之卦大往小來,不利有攸往,謂上也。剝上反初為復,復剛長,故利有攸往。坤為迷,上往成坤為迷復,小人道長,故不利有攸往也。此兼虞義。

経文:『剥』卦、往く所有るに利あらず。恵棟の自注:これは陰気が乾陽を消蝕するの卦で、『夬』と旁通す。柔爻をもって剛爻を変去す、小人の道は増長す。上爻が再び往けばすなわち純坤を成して迷復の象あり、ゆえに往く所有るに利あらず。恵棟の疏証:『剥』はもと乾より来り、陰気が第五爻に消えればすなわち『剥』を成す、ゆえに「陰消乾」という。『夬』は陽が陰を決去し、『剥』は陰が陽を剥蝕し、両者は相対す、ゆえに『夬』と旁通す。「柔變剛」は『彖伝』に出、「小人道長」は『否・彖伝』に出、本卦の『彖伝』もまた「小人長也」という。陰消の卦は大往小来なので、往く所有るに利あらず、ここの「往」は上爻を指す。『剥』の上爻が初位に返回すればすなわち『復』を成し、『復』は剛爻の生長なので、『復』に始めて「利有攸往」という。坤は迷を為し、上爻が再び往けば便ち純坤を成してこれは迷復なり。小人の道は増長す、ゆえに往く所有るに利あらず。ここは兼ねて虞翻の義を取る。

初六剝床以足蔑貞凶。注:動成巽,巽木為床,初為足。坤消初,故剝床以足。蔑,無;貞,正也。失位無應,故蔑貞凶。六二剝床以辨蔑貞凶。注:指間稱辨。剝二成艮,艮為指,二在指間,故剝床以辨。無應在剝,故蔑貞凶也。六三剝無咎。注:眾皆剝陽,三獨應上,無剝害意,故無咎。

経文:初六、床身を剥蝕するに床脚より開始す、正道を滅弃す、凶。恵棟の自注:初爻は巽に変動し、巽は木を為して床に象り、初爻は脚を為す。坤は初爻より陽を消す、ゆえに「剥床以足」という。「蔑」は无で、「貞」は正である。初六は位を失いて応なし、ゆえに「蔑貞凶」。経文:六二、床身を剥蝕するに床干に至る、正道を滅弃す、凶。自注:指と指との間を「辨」と叫ぶ。第二爻に剥して艮を成し、艮は指を為し、六二は指間に処る、ゆえに「剥床以辨」という。それは応する所なく身は剥卦の中に在る、ゆえに「蔑貞凶」。経文:六三、剥して過咎なし。自注:衆陰は皆陽を剥す中、独り六三は上九と相応し、剥害の意なく、ゆえに咎なし。

六四剝床以膚凶。注:辨上稱膚,艮為膚。以陰變陽,至四乾毀,故剝床以膚凶。六五貫魚以宮人寵無不利。注:剝消觀五。巽為魚,為繩,艮手持繩貫巽,故貫魚也。艮為宮室,人謂乾五,以陰代陽。五貫乾為寵人,陰得麗之,故以宮人寵。動得正成觀,故無不利。

経文:六四、床身を剥蝕するに肌膚に至る、凶。恵棟の自注:辨の上は「膚」と称し、艮は膚を為す。陰爻をもって陽爻を変去し、第四爻に消えれば則ち乾体は毀壊す、ゆえに「剥床以膚、凶」という。経文:六五、串魚のごとく宮人を統領して寵を受く、利あらざるなし。自注:『剥』は『觀』がその第五爻を消して成る。巽は魚を為し繩を為し、艮の手は繩を持ちて巽魚を貫穿す、ゆえに「貫魚」という。艮は宮室を為し、「人」は乾の第五爻を指し、今陰をもって陽に取代わる。第五爻は乾体を貫串して寵を受くるの人と為り、陰は陽に附麗するを得る、ゆえに「以宮人寵」という。それが一動して正を得れば便ち復た『觀』を成す、ゆえに利あらざるなし。

上九碩果不食。注:艮為碩果,陽道不絶,故不食。君子德車小人剝廬。注:夬乾為君子,為德。坤為車,乾在坤上,故以德為車。小人謂坤,艮為廬,上變滅艮,坤陰迷亂,故小人剝廬也。

経文:上九、碩大の果実は食われず。恵棟の自注:艮は碩果を為し、陽道は断絶せず、ゆえに食われず。経文:君子は車輿を得、小人は廬舎を剥落す。自注:旁通の『夬』に乾あり、乾は君子を為し徳を為す。坤は車を為し、乾は坤の上に在る、ゆえに徳をもって車輿と為す。「小人」は坤を指し、艮は廬舎を為す。上爻が一変すれば、艮体はすなわち滅掉し、坤陰は迷乱して道を失う、ゆえに「小人剥廬」という。

疏:「動成」至「貞凶」○說文曰:床,安身之坐者也。卦本乾也,初動成巽,巽為木。坤西南卦,設木於西南之奧,乾人藉之,床之象也。初在下,故為足。坤消乾自初始,故剝床以足。剝亦取象人身,初足二辨四膚,故參同契曰:剝爛肢體,消滅其形。是也。詩大雅板曰:喪亂蔑資。毛傳云:蔑,無也。初陽在下為貞,為坤所滅,無應於上,故蔑貞凶也。此兼虞義。

恵棟の疏証は「動成」より「貞凶」までを解す:『説文解字』にいう、床は身体を安放するの坐具。卦はもと乾より来り、初爻が一動すれば便ち巽を成し、巽は木を為す。坤は西南の卦で、木を西南の室隅に設置し、乾の象する人はその上に凭藉す、まさに床の象なり。初爻は最下に在るので、脚を為す。坤が乾を消すは初爻より開始するなり、ゆえに「剥床以足」という。『剥』もまた人身に取象す:初は足を為し、二は辨を為し、四は膚を為す、ゆえに『周易参同契』に「剥爛肢體、消滅其形」といい、すなわちこの道理である。『詩経・大雅・板』に「喪亂蔑資」といい、毛伝にいう、「蔑」は无なり。初爻の陽は下に在りて貞を為し、坤に滅せられ、上に向かいてまた応する所なし、ゆえに「蔑貞凶」という。ここは兼ねて虞翻の義を取る。

○「指間」至「凶也」○此虞義也。辨本作●,說文曰:象獸指爪分別也,讀若辨。古文作●,古文尚書辨章、辨秩字皆作●,魏晉以後亂之,讀為平也。●在指間分別之象,故讀為辨,辨亦別也。

以下は「指間」より「凶也」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:「辨」はもと別の一字に作る(底本はこの字を欠き、ただ符号を存すのみ)、『説文解字』はそれが獣類の指爪の分開する形に象るといい、読音は「辨」のごとし。古文にまた別の形を作り、古文『尚書』の中の「辨章」「辨秩」のこの字は皆あの形に作る。魏晋以後はこれを混乱せしめて「平」と読む。この字は指と指との間の分別する象を取る、ゆえに「辨」と読み、「辨」はすなわち分別の義である。

剝二成艮,艮為指,說卦文。二體艮在指間,故剝床以辨。鄭氏謂足上稱辨,近取諸身,初為足,二在足上,義亦通也。陰消至五,故無應在剝。五陽為正,消五,故蔑貞凶也。○「眾皆」至「無咎」○此荀義也。周語曰:人三為眾。自三以上皆曰眾也。卦有五陰,故眾皆剝陽。三雖不正,獨與上應,故云三獨應上。陰陽相應則和,故無剝害意而言剝無咎也。

第二爻に剥して艮を成し、艮は指を為し、『説卦伝』に出る。六二は艮体に処りて指間に居る、ゆえに「剥床以辨」という。鄭玄は足の上を「辨」と称するを為し、取象は就近して人身に取る:初爻は足を為し、二爻は足の上に在り、かように講ずれば義理もまた通ず。陰気は第五爻に消える、ゆえに応する所なく身は剥中に在りという。第五爻の陽はもと正位で、今それをも消去す、ゆえに「蔑貞凶」という。以下は「衆皆」より「无咎」までを疏解し、用うる所は荀爽の説である:『国語・周語』に三人を衆と為すといい、三より以上は皆衆と叫ぶ。此卦に五つの陰爻あり、ゆえに衆陰は皆陽を剥すという。六三は居位正ならざると雖も、却って独り上九と相応す、ゆえに三は独り上に応ずという。陰陽が相応すればすなわち和洽し、ゆえに剥害の意なく、これに因りて爻辞に「剥、无咎」という。

○「辨上」至「膚凶」○此虞義也。辨在指間,不可言膚。四在上體,故云辨上稱膚。陰消之卦自遯至觀體巽,故巽為床。至剝皆體艮,故艮為膚。消至四而乾之上體壞,故云以陰變陽,至四乾毀也。乾為人,王肅曰:剝床盡以及人身,為敗滋深,故曰剝床以膚凶也。

以下は「辨上」より「膚凶」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:「辨」は指と指との間に在り、膚と叫ぶべからず。第四爻はすでに上体に進入す、ゆえに辨の上は膚と称すという。陰消の卦は『遯』より『觀』に至るまで皆巽体あり、ゆえに巽は床を為す。『剥』に消えれば則ち皆艮体を成す、ゆえに艮は膚を為す。第四爻に消えると、乾の上体は便ち毀壊す、ゆえに陰をもって陽を変じ、第四爻に至りて乾体は毀壊すという。乾は人を為し、王粛にいう、床は剥尽せられればすなわち人身に波及し、敗壊は更に深し、ゆえに「剥床以膚、凶」という。

○「剝消」至「不利」○此虞義也。消觀五為剝,故云剝消觀五。巽謂觀巽也。郭璞洞林曰:魚者,震之廢氣也。巽王則震廢,故巽為魚。又巽多白眼,故為魚也。巽為繩,說卦文。艮為手,消巽成艮,故云艮手持繩貫巽為貫魚也。艮為門闕,門闕宮象,故為宮室。乾為人,故人謂乾五。觀巽為床,床第不踰閾,宮人之象,故取義於宮人。陰消之卦,故以陰代陽。陰至於五。

以下は「剥消」より「不利」までを疏解し、用うる所は虞翻の説である:『觀』がその第五爻を消掉すればすなわち『剥』を成す、ゆえに「剥消觀五」という。ここの「巽」は『觀』卦の巽体を指す。郭璞『洞林』にいう、魚は震の廃気の化する所なり。巽は令に当たれば則ち震は廃す、ゆえに巽は魚を為す。また巽卦に白き眼多きに因りて、ゆえに魚に取象す。巽は繩を為し、『説卦伝』に出る。艮は手を為し、巽は消えて艮を成す、ゆえに艮の手が繩を持ちて巽魚を貫穿すという、すなわち「貫魚」。艮は門闕を為し、門闕は宮室の象なので、宮室に取象す。乾は人を為す、ゆえに「人」は乾の第五爻を指す。『觀』の巽は床を為し、床笫の事は門限を越えず、まさに宮人の象なので、宮人に取義す。『剥』は陰消の卦なので、陰をもって陽に取代わり、陰気は一直に第五爻に消える。(本片の源文はここにて中断し、下は第四片に接ぐ。)

通於天位,故云五貫乾為寵人。承君之寵,陰得麗之,故以宮人寵。《乾鑿度》所謂「陰貫魚而欲承君子」是也。五失位,動得正成《觀》,故無不利也。

『剥』卦の六五のこの一爻は上に君位に通ず、ゆえに六五は「貫魚」の象をもって群陰を統率して上に乾陽を承え、寵幸を承受する人と為ったという。それは君上の寵愛を承受し、衆陰は皆依附して来る、ゆえに爻辞は「宮人受寵」を取りて象と為す。『乾鑿度』は「陰爻は魚のごとく貫連して列を成し君子を承事せんと欲す」を講じ、言う所はまさにこの層の意である。六五は陰爻をもって陽位に居るはもと失位に属す、一旦変動すれば便ち正に帰して『觀』卦を成す、ゆえに爻辞に「无不利」といい、行き通らざる所なし。

○「艮為」至「不食」○碩與石同。艮為石,為果蓏,故為碩果,此虞義也。《白虎通》曰:「陽道不絶,陰道有絶。十月純坤,謂之陽月。」《文言》釋《坤》上六曰「為其兼於陽」,此陽道不絶之義也。卦本乾也。虞氏謂三已后位有頤象,頤中無物,故不食,此解食義也。乾為木果,謂上九也;艮之碩果亦指上也。剝之上即復之初,窮上反下,故在上為木果,在下為萌牙。《乾鑿度》曰:「剝當九月之時,陽氣衰消而陰終不能盡陽,小人不能決君子。」此碩果所以不食也。

恵棟の疏証は自注の中の「艮為」より「不食」一節を解す:「碩」と「石」の両字は通用す。『説卦』は艮を石と為し、また瓜果の類を為すと講じ、ゆえに上九は「碩果」に取象す、これは虞翻の解釈である。『白虎通』にいう、陽気の道は断絶せず、陰気の道は却って断絶するなり。十月は純『坤』の月で、古人はなおこれを「陽月」と称す。『文言』は『坤』卦の上六を解釈して、あれは坤の中にまた陽を兼含するに因るという、これがまさに陽道絶えざるの意である。『剥』卦の本体は乾に出づ。虞翻は第三爻以上の位次は『頤』卦の象を含むと為し、しかして頤口の中は空しく一物なし、ゆえに「不食」という、これは爻辞の中の「食」の字の取義を解釈するなり。乾は樹上の果を為し、指す所は上九。艮の取る所の碩果も、同じく上九を指す。『剥』の上爻はすなわち『復』の初爻で、陽気は上に窮極すれば便ち下に返帰す、ゆえに上に居る時は枝頭の果実で、下に落とせばすなわち萌芽に化す。『乾鑿度』にいう、『剥』卦は九月の時に当たり、陽気は衰減消退すと雖も、陰気は却って終わりに陽を吃尽し得ず、小人もまた君子を徹底に決去し得ず。これがすなわち碩果の「不食」なる所以の道理である。

○「夬乾」至「廬也」○此虞義也。夬乾謂旁通也,應在三,君子謂乾三。乾為德,故夬乾為君子,為德。坤為大轝,故為車,本或作轝也。《禮運》曰:「天子以德為車。」乾在坤上,乾德坤車,故以德為車也。消乾小人長,故小人謂坤。艮為舍,乾為野,舍在野外,廬之象。上變則艮滅為純坤,坤為迷、為亂,小人剝廬之象也。

自注の中の「夬乾」より「剥廬」一節を疏証す:これは虞翻の説である。いわゆる「夬乾」とは、『剥』と『夬』とは六爻の陰陽が全然相反し、両卦は互いに「旁通」を為すを指す。上九の正応は第三爻に落ち、「君子」はすなわち『夬』卦の九三を指す。乾徳は剛健なので、乾は徳を為し、「夬乾」は君子と称すべくもし徳と称すべくもする。坤は大車を為す、ゆえに車に取象し、別の本子は「車」もまた「轝」と作る。『礼記・礼運』にいう、「天子以徳為車。」乾体は坤体の上に居り、乾は徳にして坤は車なので、「以徳為車」という。乾陽は消退して小人は滋長す、ゆえに「小人」は坤を指す。艮は屋舎を為し、乾は郊野を為し、屋舎は郊野の外に立つ、すなわち茅廬の象なり。上九が一変すれば、艮象は便ち消滅して純坤を成し、坤に昏迷あり紊亂の象あり、これがまさに小人が自己の棲身する茅廬をも剥毀殆尽の景象である。

復卦・坤宮一世卦消息十一月

復,亨。注。陽息坤,與姤旁通,剛反交初,故亨。出入無疾。注。謂出震成乾,入巽成坤。坎為疾,十二消息不見坎象,故出入無疾。

『復』の卦辞に「亨」という。恵棟の自注:『復』は陽気が坤の中に息長するの卦で、『姤』卦と旁通す。一つの剛爻は上位より返回して初位と相交わり、乾坤の気はこれに由りて貫通す、ゆえに「亨」という。卦辞にまた「出入无疾」という。自注:陽気は震位より出発し、一路息長して乾を成す。再び巽位より進入し、一路消退して坤を成す。坎は疾病を主るが、しかして乾坤十二消息卦の卦象の中には根本に坎を見ず、ゆえに出入は皆疾患なしという。

崩來無咎,反復其道。注。自上下者為崩。剝艮反初得正,故無咎。反復其道,有崩道也。虞氏作「朋來」,雲兌為朋,在內稱來,五陰從初,初陽正息而成兌,故朋來無咎。乾成坤,反於震,陽為道,故復其道。

卦辞に「崩來无咎、反复其道」。恵棟の自注:上位より下位に墜落するを「崩」と叫ぶ。『剥』卦の艮体は初位に返回して正を得る、ゆえに過咎を致さざるを得る。「反复其道」とは、その中に崩落して後に返回するの道理を含有するをいう。虞翻の本子は「崩來」を「朋來」と作り、兌は朋類を為し、爻は内卦に在るを「來」と称し、五つの陰爻は皆初九に跟従し、初爻の陽はまさに息長して兌体を成す、ゆえに「朋來无咎」という。乾徳は上に完成し、坤体は初より消え、陽気は震に返帰し、陽はすなわち道なり、ゆえに「復其道」という。

七日來復。注。陽稱日。消乾六爻為六日,至初為七日,故七日來復。鄭氏謂建亥之月純陰用事,至建子之月陽氣始生,隔此純陰一卦,卦主六日七分,舉其成數言之而云七日也。利有攸往。注。陽息臨成乾,君子道長,故利有攸往。荀氏謂利往居五也。

卦辞に「七日來復」。恵棟の自注:陽爻は「日」と称す。乾陽は午位より消退し、六爻を歴経するはまさに六日で、初位に退けば便ち第七日なり、ゆえに「七日來復」という。鄭玄は則ち卦気に依りて説を立つ:亥を建つるの十月は純陰が令に当たり、子を建つるの十一月に至りて陽気は始めて萌生す、中間に隔てる一つの純陰の卦あり、每卦は六日七分を主事し、その整数を取りて言えば便ち七日と称す。卦辞に「利有攸往」。自注:陽気は息長して『臨』と為り、一直に息長して乾を成すに至り、君子の道はまさに増長す、ゆえに往く所有るは利あり。荀爽は則ち為して曰く、「利往」は前往して第五爻の位に居るを指すと。

疏。「陽息」至「故亨」○此虞義也。復,陽息之卦而自坤來,故云「陽息坤」。與姤為旁通,一陽自上而反而交於坤初,乾坤氣通,故亨。○「謂出」至「無疾」○此虞義也。陽出於震,至巳而乾體就,故出震成乾;至午入巽,至亥成坤。出震,震也,息至二體兌,至三成乾入巽;巽也,消至二體艮,至三成坤。十二消息謂乾坤十二畫,有震有兌,有乾有巽,有艮有坤,獨無坎離。故納甲之法坎戊離己居中央,王四方。《參同契》曰:「坎離者乾坤之二用,二用無爻位,周流行六虛。」又云:「故推消息,坎離滅亡。」是其義也。坎為疾,十二消息不見坎象,故出入無疾也。

恵棟の疏証は「陽息」より「故亨」一節を解す:これは虞翻の説である。『復』は陽気の息長する卦で、坤卦より変じて来る、ゆえに「陽息坤」という。それは『姤』卦と旁通し、一つの陽爻は上位より返回して坤の初位と相交わり、乾坤の二気はこれに因りて相通ず、ゆえに卦辞に「亨」という。また「謂出」より「无疾」一節を疏証す:これもまた虞翻の説である。陽気は震位より生出し、巳位に行きて乾体は完成す、ゆえに「出震成乾」という。午位に至れば便ち巽に入り、亥位に至れば便ち坤を成す。いわゆる「出震」は、震卦を講ず:陽気は第二爻に息長して兌体を成し、第三爻に至りて乾を成して巽に入る。いわゆる「入巽」は、巽卦を講ず:陰気は第二爻に消退して艮体を成し、第三爻に至りて坤を成す。「十二消息」は乾坤両卦の十二画に就いて言うなり、その中に震あり兌あり・乾あり巽あり・艮あり坤あり、独り坎と離と無し。ゆえに納甲の法は坎を戊に配し離を己に配して中央に安放し、四方を統轄す。『参同契』にいう、「坎離は乾坤の両種の功用で、この両種の功用は爻位を占めず、上下六虚の間に周流運行す。」またいう、「ゆえに消息を推排すれば、坎離は便ち隠没して見えず。」まさにこの道理である。坎は疾病を主るが、しかして十二消息卦の中に坎象を見ず、ゆえに「出入无疾」という。

○「自上」至「其道」○自上下者為崩,京房義也。京《剝傳》曰:「小人剝廬,厥妖山崩。」《復傳》曰:「崩來無咎,自上下者為崩,厥應大山之石顛而下。」陽極於艮,艮為石,為山,剝之上九消艮入坤,山崩之象。《春秋》僖十四年沙鹿崩,《穀梁傳》曰:「高曰崩。」故知崩自上而下也。

「自上」より「其道」一節を疏証す:「上位より下位に墜るを崩と叫ぶ」は京房の説である。京房の『剥卦伝』にいう、「小人剥廬、その災異の象は山崩なり。」『復卦伝』にいう、「崩來无咎、上より下に自るを崩と叫ぶ、その応験は大山の上の石頭の翻滾墜落なり。」陽気は艮に至りて窮極し、艮は石を為し山を為し、『剥』卦の上九の一爻は消尽し、艮体は坤の中に入る、まさに山崩の象なり。『春秋』僖公十四年は沙鹿山の崩塌を記載し、『穀梁伝』にいう、「高き処より塌れ下るを始めて崩と叫ぶ。」これにより「崩」は上より墜落するなるを知る。

自上而下者,非爻自上反初,乃消艮入坤出震耳。故虞於《彖傳》注云:「陽不從上來反初,故不言剛自外來。」知非爻自上反初也。若然,《序卦》言剝窮上反下,亦云消艮入坤出震也。正陽在下為聖人,故云剝艮反初得正。《穀梁傳》曰:「沙鹿崩,無崩道而崩,故志之。」復卦乾息坤,乾為道,故云反復其道,有崩道也。

いわゆる「自上而下」とは、並に某一爻が真に上位より初位に跳返するに非ず、しかるに艮体が消尽して坤に入り、再び坤の中より震を生出するなり。ゆえに虞翻は『彖伝』の注の中にいう、「陽は並に上位より下来りて初位に返回するに非ず、ゆえに『彖伝』は『剛自外來』と言わず。」これにより爻が上より初に反るに非ざるを知る。すでにこのごとくあれば、『序卦伝』は『剥』卦が上に窮極して下に返るを講じ、言う所は同じく艮を消して坤に入り復た震を出ずるなり。純正の陽爻は下位に居り、聖人に象徴す、ゆえに「剥艮反初得正」という。『穀梁伝』にいう、「沙鹿はもと崩るべきの理なくして崩れたり、ゆえに史官は特にこれを記したり。」『復』卦は乾陽が坤の中に息長し、乾は道を為す、ゆえに「反复其道」といい、その中に崩落して返るの道を含す。

虞氏作「朋來」,兌二陽同類,故為朋。在外曰往,在內曰來。初為卦主,故五陰從初。初得正,陽息在二成兌,故云初陽息正而成兌,朋來無咎也。乾成於上,坤消自初,故云乾成坤滅藏於坤,從下反出體震,故反出於震。乾為道,陽即乾也,出震成乾,故復於道。虞以朋來為陽息兌,今知不然者,下雲七日來復,則方及初陽,何得先言息二成兌?至「利有攸往」,乃可云息臨成乾。虞氏非,是當從京氏作「崩來」也。

虞翻本は「朋來」と作る:兌卦に二つの陽爻あり、同類は相聚す、ゆえに「朋」と称す。爻が外卦に走るを「往」と叫び、内卦に走るを「來」と叫ぶ。初九は一卦の主なので、五つの陰爻は皆これに跟従す。初爻は正を得、陽気は第二爻に息長すれば便ち兌体を成す、ゆえに初爻の陽は息長して正を得て兌を成すという、そこに「朋來无咎」。乾徳は上位に完成し、坤体は初位より消退を開始す、ゆえに乾は成して坤は滅し坤中に潜蔵し、再び下面より返出して震体を成す、ゆえに「反出于震」と称す。乾は道を為し、陽はすなわち乾、震を出でて後乾を成す、ゆえに道上に返帰すという。虞翻は「朋來」を陽息して兌を成すと講ず、今これが正しからざるを断定しうる:下文すでに「七日來復」といえば、あれは方に初爻の一陽を講じたるに、どうして先んじて陽息して二爻に至りて兌を成すを言えんや。「利有攸往」の一句に至るを要して、始めて息長して『臨』を成し以て乾を成すに及ぶを談じ得。虞翻はここに誤りあり、なおまさに京房本に依りて「崩來」と作るべし。

○「陽稱」至「日也」○七日,七月也。陽稱日,陰稱月。《詩·七月》云:「一之日觱發,二之日栗烈。」又云:「三之日於耜,四之日舉趾。」毛傳曰:「一之日,周正月也;二之日,殷正月;三之日,夏正月也;四之日,周四月也。」此皆陽息之月,故謂之日。又曰:「四月秀葽,五月鳴蜩。」五月已下,陰消之月,故稱月。四月亦稱月者,以夏四月建巳,陰生於巳故也。消乾自午至亥為六月,故云消乾六爻為六日;至初建子首尾七月,故云七日來復也。

「陽稱」より「日也」一節を疏証す:ここの「七日」は実は七箇月を指す。陽は「日」と称し、陰は「月」と称す。『詩経・豳風・七月』にいう、「一之日は寒風大作し、二之日は寒気凛冽なり。」またいう、「三之日は耒耜を修治し、四之日は田に下りて足を挙ぐ。」毛伝は解釈す、一之日は周暦正月、二之日は殷暦正月、三之日は夏暦正月、四之日は周暦四月なり。これらは皆陽気の息長する月なので、これを「日」と称す。詩の中にまた「四月に葽草は結実し、五月に蝉声は斉鳴す」といい、五月以下は陰気の陽を消す月に属す、ゆえに「月」と称す。四月もまた月と称するは、夏暦四月は巳位に建てられ、陰気はまさに巳位より萌生を開始するに因る。乾陽は午位より亥位に消退するに共に六箇月なので、乾を消すの六爻はすなわち六日という。初位に退くは子を建つるの月で、首尾は合計七箇月なり、ゆえに「七日來復」という。

鄭氏據六日七分,謂建亥之月純陰用事,乃坤卦也;至建子之月陽氣始生,謂復卦也;隔此純陰一卦,謂中孚也。是以《易稽覽圖》曰:「甲子卦氣起中孚,六日八十分日之七。」鄭彼注云:「六以候也。八十分為一日,日之七者,一卦六日七分也。」

鄭玄は「六日七分」の卦気の説に依拠して立論す:亥を建つるの十月は純陰が令に当たり、あれはすなわち『坤』卦なり。子を建つるの十一月に至りて陽気は萌生を開始す、あれはすなわち『復』卦なり。中間の隔てる所のあの一つの純陰の卦は、指す所は『中孚』である。ゆえに『易稽覧図』にいう、「甲子日の卦気は『中孚』より起算し、每卦は六日また八十分の七日なり。」鄭玄はあの書に注を為していう、「『六』は六つの物候に就いて言うなり。一日を八十分に分成し、いわゆる『日之七』とは、すなわち一卦は六日零七分を占む。」

又《易是類謀》曰:「冬至日在坎,春分日在震,夏至日在離,秋分日在兌。」四正之卦,卦有六爻,爻主一氣;餘六十卦,卦主六日七分八十分日之七。歲有十二月三百六十五日四分日之一,六十而一周。

『易是類謀』にまたいう、「冬至のあの日は坎に値り、春分は震に値り、夏至は離に値り、秋分は兌に値る。」坎・離・震・兌は四方の正卦で、每卦六爻、一爻は一個の節気を主る。その余の六十卦は、每卦は六日また八十分の七日を主る。一年十二箇月は共に三百六十五また四分の一日で、六十卦は輪値一遍して恰好週りて復た始まる。

尋易緯之義,坎離震兌各主一方,爻主一氣,二十四爻主二十四氣。其餘六十卦卦有六爻,爻主一日,凡主三百六十日。餘有五日四分日之一者,以八十分為日法,五日分為四百分,四分日之一又分為二十分,是四百二十分。六十卦分之,六七四十二,卦別各得七分,是毎卦六日七分也。

易緯の用意を推尋するに:坎・離・震・兌は各々一方を主り、每爻は一個の節気を主り、四卦二十四爻は恰好二十四節気を主る。その余の六十卦は每卦六爻、一爻は一日を主り、共に三百六十日を主る。残る五また四分の一日は、八十分をもって一日の分母と為し、五日は四百分に折成し、四分の一日はまた二十分に折成し、合計四百二十分なり。六十卦を用いて分攤し、六は七を乗じて四十二を得、每卦は各々七分を得、ゆえに每卦は六日七分という。

中孚至復六日七分,已在七日之限,故云舉其成數言之而云七日也。《易》之《剝》,《太玄》準之以《割》,其辭曰:「陰氣割物,陽形縣殺,七日幾絶。」七日謂中孚一卦,是子云亦用卦氣六日七分之說。

『中孚』より『復』に推すに六日七分で、すでに第七日の範囲に跨進す、ゆえにその整数を取りて「七日」と称すという。『周易』の『剥』卦は、『太玄』は『割』の首をもってこれに相当す、賛辞にいう、「陰気は万物を割を割傷し、陽の形体は懸空して戮を受く、七日ほぼ断絶せんとす。」ここの「七日」はまさに『中孚』の一卦を指し、これにより揚雄もまた卦気六日七分の説を採用するを知る。

○「陽息」至「攸往」○此虞義也。陽息二成臨,至泰成乾,泰小往大來,故君子道長,謂往成乾,故利有攸往也。○「荀氏」至「五也」○利往居五,亦謂陽息至五得位得中,則君子道長、小人道消,非謂初居五也。陽息至五成夬,《雜卦》曰:「夬,決也,剛決柔也,君子道長,小人道消也。」知義與虞同也。

「陽息」より「攸往」一節を疏証す:これは虞翻の説である。陽気は第二爻に息長して『臨』を成し、再び『泰』に至り、一路乾を成すに至る。『泰』卦は小き者は往き大き者は来るなので、君子の道は増長し、「往」はすなわち前に往きて息長して乾を成す、これに因りて「利有攸往」という。また「荀氏」より「五也」一節を疏証す:荀爽の講ずる「利往居五」は、同じく陽気が第五爻に息長するをいい、すでに位を得また中を得、そこに君子の道は増長し小人の道は消退す、並に初九の一爻が走り去りて五位を占拠するをいうに非ず。陽息して五に至ればすなわち『夬』を成し、『雑卦伝』にいう、「夬は決断で、剛爻は柔爻を決去し、君子の道は増長し小人の道は消退す。」これにより荀爽の意思は虞翻と一致するを知る。

初九:不遠復,無祗悔,元吉。注。有不善未嘗不知,知之未嘗復行,故不遠復。祗,辭也。「震無咎者,存乎悔」,故無祗悔。得位應四,故元吉。六二:休復,吉。注。休,美也。乾為美,比初為休復,得中下仁,故吉。六三:頻復,厲,無咎。注。頻,顣也。三失位,故頻復。厲,動而之正,故無咎。一曰:頻,比也。

初九の爻辞:「不遠復、无祗悔、元吉。」恵棟の自注:君子は不善あれば自ら知らざるなし、察覚の後は便ち再び重犯せず、ゆえに「走ること遠からずして返回す」と称す。「祗」はただ語助の詞で、並に実義なし。『繫辞』は「震動して過咎なきを得るは、関鍵は悔を知るに在り」を講じ、ゆえに「无祗悔」といい、悔恨を留下せざるを得る。初九は陽をもって陽に居りて位を得、また六四と相応す、ゆえに大吉。六二の爻辞:「休復、吉。」自注:「休」は美好の義で、乾徳は美を為し、六二は初九に緊鄰してその美を沾る、ゆえに「休復」と称す。それは柔をもって下卦の中位に居り、また俯就して初九の仁に就くを得る、ゆえに吉。六三の爻辞:「頻復、厲、无咎。」自注:「頻」はすなわち「顣」、眉を皺めて前まざるの様子。六三は陰をもって陽に居りて位を失う、ゆえに眉を皺めて一再に返回す。危厲あると雖も、しかし一動すれば便ち正に帰す、ゆえに災を成さざるに至る。別に一説あり:「頻」はまさに「比」と訓すべく、すなわち緊鄰相接す。

六四:中行獨復。注。中謂初,震為行。初一陽爻,故稱獨。四得位應初,故曰中行獨復,以從道也。俗說以四位在五陰之中而獨應復,非也。四在外體,又非內象,不在二五,何得稱中行?

六四の爻辞:「中行獨復。」恵棟の自注:ここの「中」は初九を指し、初九は震体に属して震は行を為す。初爻にただ一つの陽爻あるのみ、ゆえに「独」と称す。六四は陰をもって陰に居りて位を得、また下に初九に応ず、ゆえに「中道に行きて独自来復す」という、『象伝』はこれを「以従道也」と講じ、すなわち初九の道に跟従す。世俗の説は六四が五つの陰爻の正中に処りて独独『復』の初爻に応ずと為す、これは正しからず:六四は身は外卦に在り、内卦の象に属せず、また二・五の位に居らず、何を凭りて「中行」と称せんや。

六五:敦復,無悔。注。過應於初,故曰敦復。五失位,變之正,故無悔。上六:迷復,凶,有災眚。注。坤為迷,高而無應,故凶。五變正時坎為災,故有災眚。用行師終有大敗,以其國君凶。注。三復位體師,故用行師。上行師而距於初,陽息上升必消群陰,故終有大敗。國君謂初也。受命復道,當從下升;今上六行師,王誅必加,故以其國君凶也。至于十年不克征。注。坤為至,為十年。坤反君道,故不克征。

六五の爻辞:「敦復、无悔。」恵棟の自注:六五は正応を越えて遥かに初九に応ず、ゆえに「敦厚にして来復す」と称す。それは陰をもって陽に居りて位を失うも、一変すれば便ち正に帰す、ゆえに悔恨なし。上六の爻辞:「迷復、凶、有災眚。」自注:坤は昏迷を為し、上六は卦頂に高居して下に正応なし、ゆえに凶。六五が正に変ずるを待ちて、上卦は坎を成し、坎は災害を為す、ゆえに天災人禍ありという。爻辞にまた「用行師、終有大敗、以其國君凶」といい。自注:六三は正位に回り、二より四まで便ち互いに師体を成す、ゆえに「用行師」という。上六は兵を出して初九に抵拒せられ、陽気は息長して上昇し、必定に群陰を消尽せんとす、ゆえに終わりに大敗あり。「國君」の指す所は初九である。天命を承受して正道に復帰す、もと下より上に昇るに当たる。今上六は擅自に兵を興せば、王者の誅伐は必然に身に加わる、ゆえに「以其國君凶」という。爻辞は最後に「至于十年不克征」という。自注:坤は「至」を為し、また十年の数を為す。上六は君と為るの道に背離す、ゆえに十年も出征する力なし。

疏。「有不」至「元吉」○有不善未嘗不知,知之未嘗復行,下《繋》文。震無咎者存乎悔,上《繋》文。虞彼注云:「震,動也。初動得正,故無祗悔。正應在四,中行獨復,故元吉。」○「休美」至「故吉」○休,美,《釋詁》文。乾以美利利天下,故乾為美。初陽在下,為聖人。二無應於上而比於初,故為休復。以柔居中,故曰得中。《象》曰:「休復之吉,以下仁也。」得中下仁,故吉也。

恵棟の疏証は「有不」より「元吉」一節を解す:「有不善未嘗不知、知之未嘗復行」の両句は『繫辞下』に出、「震无咎者存乎悔」の一句は『繫辞上』に出る。虞翻は『繫辞』の注の中にいう、「震はすなわち動。初爻が一動すれば便ち正位を得、ゆえに悔恨なし。その正応は六四に在り、六四は中行独復す、ゆえに大吉。」また「休美」より「故吉」一節を疏証す:「休」は「美」と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ。乾は美好の利益をもって天下に施恵しうる、ゆえに乾は美を為す。初九の陽爻は下位に居り、聖人に象徴す。六二は上に正応なくして下に初九と緊鄰す、ゆえに「休復」と称す。それは柔爻をもって下卦の中位に居る、ゆえに「得中」という。『象伝』にいう、「休復の吉なる所以は、己を屈して仁者に親近しうるに因る。」すでに中位を得、また下に仁人に就きうる、ゆえに吉。

○「頻顣」至「無咎」○此虞義也。頻古作●。《說文》曰:「●,水厓,人所賓附●顣不前而止,從頁從涉。」三以陰居陽,故失位。無應於上,●顣而復,故厲。動正成乾,故無咎。鄭作「顰」,義亦同也。○「一曰頻比也」○頻字古有兩義,一見上。《廣雅》曰:「頻,比也。」三與初二相比而復失位,故厲;之正,故無咎,義亦得通,故曰「頻,比也」。載一說者,所以廣字義,明二義之外,皆俗訓也。

「頻顣」より「无咎」一節を疏証す:これは虞翻の説である。「頻」は古字は「●」に作る、すなわち「顰」の初文。『説文解字』にいう、「●は水辺・人の依傍する処なり。引申して眉を皺めて前まずして止步す、字形は頁に従い渉に従う。」六三は陰爻をもって陽位に居る、ゆえに位を失う。上はまた正応なし、ただ眉を皺めて折返すのみ、これに因りて危厲あり。それが一動して正に帰して乾を成す、ゆえに災を招かざるを得る。鄭玄本は「顰」と作る、取義もまた相同じ。また「一曰頻比也」の一句を疏証す:「頻」の字は古来両種の訓釈あり、一種はすでに上文に見ゆ。『広雅』にいう、「頻はすなわち比鄰。」六三は初九・六二と緊鄰して返り、自身は位を失う、ゆえに危厲。一旦正に変ぜば、過咎なし、この解釈もまた講じ通る、ゆえに「頻、比也」という。一説を併存する所以は、字義を拡充せんがため、これら両種の訓釈以外は皆俗解に属するを説明す。

○「中謂」至「中行」○此虞義也。二五,一卦之中也;姤復,天地之中也。故《彖傳》曰:「復其見天地之心。」董子以二至為天地之中,云:「中者,天地之太極。」《三統曆》曰:「太極元氣,函三為一。」一,元也;極,中也,即復之初也。元為仁,故二云「以下仁也」;極為中,故四云「中行獨復」,皆指初也。

「中謂」より「中行」一節を疏証す:これは虞翻の説である。二爻と五爻とは一卦の中なり。『姤』『復』両卦は夏至の一陰生・冬至の一陽生に対応す、則ち天地の中なり。ゆえに『彖伝』にいう、「『復』卦よりおそらく天地の生生の心を見るを得んか。」董仲舒は冬至・夏至のこの両至をもって天地の中と看なしていう、「いわゆる中とは、すなわち天地の太極。」『漢書・三統暦』にいう、「太極元気は天地人の三者を包含して渾然一を為す。」ここの「一」はすなわち元、「極」はすなわち中、指す所はまさに『復』卦の初九である。元は仁に対応す、ゆえに六二の『象伝』に「以下仁也」といい、極は中に対応す、ゆえに六四に「中行獨復」といい、両処は皆初九を指す。

聖人以復之初九喻顏子。顏子擇乎中庸,得一善則拳拳服膺一善,即復初也。初「不遠復」,擇乎中庸之謂也,故謂中為初。初體震,故震為行。初微謂之獨,初即一也,一猶獨也,故云「初一陽爻稱獨」。四得位應初,故曰「中行獨復」,《象》曰「以從道也」,謂從初。

孔子は『復』卦の初九を拿りて顔回に比喩す。顔回は中庸の道を選択し、一件の善事を得れば便ち牢牢に胸前に捧げて時刻に忘れず、これがすなわち『復』の初九である。初九の「不遠復」は、まさに「擇乎中庸」の写照なので、「中」を解して初九と為す。初九は震体に属す、これに因りて震は「行」を為す。初爻は幽微なり、ゆえに「独」と称す。初はすなわち一、「一」もすなわち「独」なので、「初爻はただ一個の陽爻のみ、独と称す」という。六四は位を得て下に初九に応ず、ゆえに「中行獨復」といい、『象伝』は「以従道也」を講じ、初九に跟従するをいう。

俗說已下,鄭氏義也。鄭氏謂爻處五陰之中,度中而行,四獨應初,故云「四位在五陽之中而獨應復」,「復」當作「初」也。虞氏以其說非是而駁之曰:四在外體,外體中者五;又非內象,內象中者二。卦唯二五稱中行,既不在二五,何得稱中行?明《易》無是例也。

「俗說」以下の駁する所は、鄭玄の解釈である。鄭玄は六四が五つの陰爻の当中に処り、中位を度量して行き、また独独初爻に応ずと為す、ゆえに恵棟はその語を引きて「四位在五陽之中而獨應復」と作る、句中の「復」の字はまさに「初」と作るべし。虞翻は此説を正しからずと為して駁斥を加う:六四は身は外卦に在り、外卦の中位は九五なり。それはまた内卦の象に属せず、内卦の中位は六二なり。全『易』にただ二・五両爻のみが「中行」と称するを得、六四はすでに二に在らずまた五に在らず、何を凭りて「中行」と叫ばんや。これにより『易』の中に並にこのような体例なきを見る。

尋鄭氏註釋五經為東漢諸儒之冠,而於易獨疎者,案鄭自序曰:黨錮事解,注《古文尚書》《毛詩》《論語》,為袁譚所逼,來至元城,乃注《周易》。在軍旅之中,匆匆結撰,故其注易獨疎於諸經,時使之也。

推究するに、鄭玄は五経に注解して東漢の群儒の首と称すべし、独り『易』の注は疏略に顕る、縁由は彼の自序に見ゆ:党錮の禍が解除せられて後、彼は先ず『古文尚書』『毛詩』『論語』に注せり。後に袁譚に逼迫せられ、輾転して元城に来りて、始めて手を動かして『周易』に注せり。当時人は軍旅の中に在りて、倉促に書を成す、ゆえに彼の『易』注は他の各経より皆疏略なり、これは時勢の迫る所である。

○「過應」至「無悔」○初為卦主,五在復家而非其應,故曰過應。敦厚於陽,故曰敦復,與臨艮上九同義也。五以陰居陽,故曰失位,變之正,故無悔也。○「坤為」至「災眚」○此虞義也。坤為迷,九家《說卦》文。虞氏謂坤冥,為迷也。剝消艮入坤為先迷,故為迷。五爻皆復,上往不反,襄二十八年《春秋傳》曰「復歸無所,是為迷復」是也。居上,故曰高。三上皆陰,故無應。五之正,上體坎,坎為災,故有災眚也。

「過應」より「无悔」一節を疏証す:初九は一卦の主で、六五は身は『復』卦の中に在るも初九の正応に非ず、ゆえに「越位相應」という。それは陽爻を厚待す、これに因りて「敦復」と称し、『臨』卦・『艮』卦の上九の取義と相同じ。六五は陰をもって陽に居る、ゆえに位を失うという。一変して正に帰すれば、便ち悔恨なし。また「坤為」より「災眚」一節を疏証す:これは虞翻の説である。坤は迷を為し、九家本『説卦』に出る。虞翻は坤は幽冥を主ると為し、これに因りて迷を為す。『剥』卦は艮体を消尽して坤に入る、すなわち『坤』の卦辞のいう所の「先迷」なので、坤は迷象あり。五つの陰爻はすでに皆復に帰し、独り上六は一味に前往して頭を回さず、『左伝』襄公二十八年に「帰り来りて帰るべきの処なし、これを迷復と叫ぶ」といい、まさにこの事を指す。上六は卦頂に居る、ゆえに「高」という。三と上とは同じく陰爻にして、同性は相応せず、ゆえに応なし。六五が正に変じて後上卦は坎を成し、坎は災害を為す、ゆえに「有災眚」という。

○「三復」至「凶也」○三復位互體師,坤為用,震為行,故用行師,此虞義也。「上行師」已下荀義也。荀以坤為眾,故用行師。行師自上而為初所距,故距於初。初乾息坤,故陽息上升。陽長則陰消,故必消群陰。上為終,故終有大敗也。

「三復」より「凶也」一節を疏証す:六三は正位に返回し、二より四まで便ち互いに師卦の体を成し、坤は「用」を為し、震は「行」を為す、ゆえに「用行師」という、これは虞翻の解釈である。「上行師」以下は則ち荀爽の説である。荀爽は坤を衆人と為す、ゆえに「用行師」と称す。上六は上位より兵を出すも、却って初九に抵拒せらる、ゆえに「距于初」という。初九は乾陽が坤中に息長するなり、ゆえに陽気は節節に上昇す。陽は増長すれば則ち陰は消退し、これに因りて必定に群陰を消尽せんとす。上位は一卦の終わりなので、「終有大敗」という。

震為諸侯國君之象,故國君謂初。虞氏本作「邦君」,君謂姤乾,與荀異也。震受乾命而復自道,易氣從下生,自下升上,故云受命。復道當從下升,今上六專君命而擅用師,王誅之所必加。《春秋》五十凡曰:「凡師能左右之曰以。」臣擅君命,是以其國君凶也。○「坤為」至「克徵」○《說文》曰:「至,從高下至地,從一。」一猶地也。《坤·彖傳》曰「至哉坤元」,故坤為至也。《繋上》曰「天九地十」,故為十年。此上虞義也。行師當奉君命,上反君道,故十年不克征。不克者,義弗克也。

震は諸侯国君に象徴す、ゆえに「國君」は初九を指す。虞翻本は「邦君」と作り、「君」を解して『姤』卦の乾と為す、荀爽と相同じからず。震は乾の命令を承受して自己の道路に循りて返回し、『易』の気機は下より生じ・下より上に昇る、ゆえに「受命」という。返回の道はもと下より上昇すべきに、今上六は却って独り君命を攬して擅自に兵を興せば、王者の誅伐は必然にその頭上に落つ。『春秋』の五十条の凡例にいう、「およそ軍隊が人に随意に指揮せられうるは、すなわち『以』の字を用いて記載す。」臣下は擅自に君命を用う、ゆえに「以其國君凶」という。また「坤為」より「克征」一節を疏証す:『説文解字』にいう、「至とは、高き処より地面に下落するをいい、字形は一に従う。」この「一」はすなわち地に相当す。『坤・彖伝』に「至哉坤元」といい、ゆえに坤は「至」を為す。『繫辞上』に「天九地十」といい、ゆえに坤は十年の数を為す。以上は皆虞翻の説である。兵を出して征伐するはもと君命を秉承すべきに、上六は却って君と為るの道に違背す、ゆえに十年も出征するに従えず。いわゆる「不克」とは、道義の上にかように為し得ざるを講ずるなり。

无妄卦・巽宮四世卦消息九月

無妄,元亨利貞,其匪正有眚,不利有攸往。注。上之初。妄讀為望,言無所望也。四已之正成益,利用大作;三上易位成既濟,雲行雨施,品物流形,故曰元亨利貞。其謂三,三失位,故匪正。上動成坎,故有眚。體屯難,故不利有攸往。災及邑人,天命不右,卦之所以為無望也。《雜卦》曰:「無妄,災也。」

『无妄』の卦辞:「元亨利貞、其匪正有眚、不利有攸往。」恵棟の自注:此卦は上爻が初位に返降するより成る。「妄」は「望」と読み、望む所なしをいう。九四は正に帰せば便ち『益』卦を成し、『益』の初九は「利用為大作」を講ず。三と上とが位置を互換すれば便ち『既済』を成し、雲気は流行し雨沢は降落し、万物は各々その形を顕す、ゆえに「元亨利貞」という。「其」は六三を指し、六三は位を失う、ゆえに「匪正」と称す。上九が一動して坎を成す、ゆえに「有眚」という。全卦は『屯』の艱難の体を含す、ゆえに「不利有攸往」という。災禍は邑人に波及し、天命は佑助するを肯ぜず、これがまさに此卦の名を「无望」と為すの縁由である。『雑卦伝』にいう、「无妄のこの一卦は、講ずる所は災なり。」

疏。卦自來。上九一爻來反於初,與後世卦變之例不同,此虞義也。妄讀為望,馬、鄭義也。九四可貞,故云四已之正。四之正成益,益初九「利用為大作」,虞彼注云:「大作謂耕播耒耨之利,蓋取諸此。」三上易位成既濟,乾升為雲行,坤降為雨施,品物流形,群生暢遂,此神農既濟之時也,故曰元亨利貞。

恵棟は卦変を疏証す。ここに底本は脱文あり、自注の「上之初」に按ずるに、句中はまさに「卦自遯來」と作るべし:すなわち上九の一爻が初位に返回到るなり、後世の通行の卦変体例と相同じからず、これは虞翻の説である。「妄」は「望」と読み、馬融・鄭玄の訓釈である。九四の爻辞に「可貞」といい、ゆえに九四はすでに正に帰したるという。九四が正に帰すればすなわち『益』卦を成し、『益』の初九爻辞「利用為大作」、虞翻はあそこに注して曰く、「大作は耕種播撒・耒耜耘耨の利を指し、おそらくまさにこれに取象するか。」三と上とは位置を互換して『既済』を成し、乾気は上昇して雲の流行なり、坤気は下降して雨の施降なり、万物は各々その形を顕し、衆生は暢達順遂す、これがまさに神農氏天下既済の時代なり、ゆえに「元亨利貞」という。

卦有既濟之道而名無妄者,以三上二爻耳。其謂三,三以陰居陽,失位不正,故云其匪正。四之正,上動成坎,坎為多眚,故有眚。體屯,《說文》曰:「屯,難也,象艹木之生,屯然而難。」《易》曰:「屯,剛柔始交而難生。」故曰體屯難。「不利有攸往」,《屯》卦辭。屯指初,此指上也。

此卦はもと『既済』の道を含す、しかして名を『无妄』と為すは、関鍵はただ三・上両爻に在る。「其」は六三を指し、六三は陰爻をもって陽位に居り、位を失い正ならず、ゆえに「其匪正」という。九四が正に帰して後、上九が一動すれば便ち坎を成し、坎は多災眚を為す、ゆえに「有眚」という。全卦は『屯』体を含し、『説文解字』にいう、「屯は艱難で、字形は草木の初生に象り、屯屯然として破土し難し。」『易・屯・彖伝』にいう、「屯は剛柔が初めて交合して艱難がこれに随いて生ず。」ゆえに「體屯難」という。「不利有攸往」はもと『屯』卦の卦辞なり。ただ『屯』が言う所は初爻で、ここが言う所は上爻なり。

災成於三窮於上。三曰「邑人之災」,上曰「行有眚」。《彖傳》云:「天命不右,行矣哉。」故云災及邑人,天命不右,卦之取義於無妄者此也。引《雜卦》者,證無妄為災之義也。王充《論衡》曰:「易無妄之應,水旱之至自有期節。」充雲易無妄者,謂《易》之《無妄傳》也。劉逵《吳都賦》注引《易無妄》曰:「災氣有九,陽阨五,陰阨四,合為九,一元之中四千六百一十七歲各以數至。」

災禍は六三に形成し、上九に至りて窮極す。六三に「邑人之災」といい、上九に「行有眚」といい、『彖伝』に「天命は佑助するを肯ぜず、また何の作為あらん」という。ゆえに自注は災は邑人に及び・天命は佑せずを講じ、此卦の「无望」に取義する所以はまさにこれに在り。恵棟が『雑卦伝』を引くは、「无妄」に災禍の義あるを印証せんがためである。王充『論衡』にいう、「『易』无妄の応験、水旱の来るは自ら一定の期数節律あり。」王充のいわゆる「易无妄」とは、指す所は『易』の『无妄伝』である。劉逵が『呉都賦』に注して『易无妄』を引いていう、「災気は共有九項あり、陽戹は五項、陰戹は四項、合すればすなわち九なり。一元の四千六百一十七年の中に在りて、各々その数に按りて依次に到来す。」

《漢書·律曆志》云:「易九戹,日初入元百六,陽九。」孟康注云「易傳也」,所謂「陽九之戹,百六之會」。尋九戹當作無妄,即《易無妄》,故孟康以為易傳。篆「無妄」與「九戹」相似,故誤從之。《易無妄傳》疑七十子之門人所撰,如魏文侯之《孝經傳》也。《律曆志》又云:「經歲四千五百六十,災歲五十七。」故一元之中四千六百一十七歲,所謂《易無妄》之應也。

『漢書・律暦志』にいう、「『易』の九戹、日子は初めて一元の第一百六六年に入る、すなわち陽九の戹なり。」孟康の注に「これは易伝の話」といい、すなわち通常のいわゆる「陽九之戹・百六之會」である。推究するに、「九戹」の二字はまさに「无妄」と作るべく、すなわち『易无妄』なので、孟康はこれを易伝と看なす。篆文の「无妄」と「九戹」とは字形相近し、これに因りて誤を致し、後人もまたそれに沿襲す。『易无妄伝』はおそらく孔門七十子の門人の撰する所で、魏文侯の伝うる所の『孝経伝』のごとし。『律暦志』にまたいう、「常経の年は四千五百六十、災變の年は五十七。」両数を相加えば、ゆえに一元の中に共に四千六百一十七年あり、これがすなわち『易无妄』の講ずる所の災異応期である。

初九:無妄,往吉。注。謂應四也。四變得位,承五應初,故往吉。在外稱往。六二:不耕穫,不菑畬,凶,則利有攸往。注。有益耕象,遭無妄之世,故不耕穫、不菑畬凶。應五則利,故則利有攸往。六三:無妄之災,或繫之牛,行人之得,邑人之災。注。應在上,上動體坎,故稱災。坤為牛,乾為行人,坤為邑人。牛所以資耕菑也,繋而弗用,為行人所得,故災。天子所居曰邑,邑人災,天下皆災矣。

初九の爻辞:「无妄、往吉。」恵棟の自注:これは初九が上に九四に応ずるをいう。九四が一変すれば便ち正位を得、上に九五を承奉し下に初九に応ず、ゆえに前往すれば吉利。爻が外卦に走るを「往」と称す。六二の爻辞:「不耕獲、不菑畬、凶、則利有攸往。」自注:卦の中に『益』卦の耕作の象を含す、ただ身は「无望」の世に処るに因り、耕して収獲し得ず・開荒して成熟の田に成し得ず、これに因りて凶。それは上に九五に応ぜばすなわち利を得、ゆえに「則利有攸往」という。六三の爻辞:「无妄之災、或繫之牛、行人之得、邑人之災。」自注:六三の応爻は上九に在り、上九が一動して坎体を成す、ゆえに災と称す。坤は牛を為し、乾は行人を為し、坤は邑人を為す。牛はもと耕田開荒に供せらるるの用なり、今拴えて用いず、過路人に牽き去らるるを被る、これに因りて災を成す。天子の居するの地を「邑」と叫び、邑人は災に遭えば、すなわち天下は皆災に遭うを意味す。

九四:可貞,無咎。注。動則正,故可貞。承五應初,故無咎。九五:無妄之疾,勿藥有喜。注。坎為疾。君以民為體,邑人災,君之疾也,故曰無妄之疾。巽為木,艮為石,故稱藥。得位得正,故勿藥有喜。陽稱喜也。上九:無妄,行有眚,無攸利。注。動成坎,故行有眚。乘剛逆命,故無攸利。天命不右,行矣哉。

九四の爻辞:「可貞、无咎。」恵棟の自注:九四が一動すれば便ち正位に帰す、ゆえに「可貞」という。それは上に九五を承奉し下に初九に応ず、ゆえに過咎を致さざるを得る。九五の爻辞:「无妄之疾、勿藥有喜。」自注:坎は疾病を主る。君主は百姓をもって自己の身体と為し、邑人が災に遭うはすなわち君主の病むるに等し、ゆえに「无妄之疾」という。巽は木を為し、艮は石を為し、草木砭石は皆薬と為しうる、ゆえに薬に取象す。九五は位を得また中正を得る、ゆえに服薬せずとも自ら喜慶あり。陽爻は「喜」と称す。上九の爻辞:「无妄、行有眚、无攸利。」自注:上九が一動して坎を成す、ゆえに「行有眚」という。それは剛爻の上に凌駕し、巽の出す所の命令に違逆す、ゆえに利べきの所なし。『彖伝』に天命は佑助するを肯ぜず、また何の作為あらんという。

疏。「謂應」至「稱往」○此虞義也。初正應四,兩陽敵應,四變之正,故得位。上承五,下應初,初往則吉,故往吉。四在外,故云在外稱往。在外曰往,在內曰來,易之例也。○「有益」至「攸往」○有益耕象,虞義也。謂四之正體益,故云有益耕象,義見上也。《釋地》曰:「一歲曰菑,二歲曰新田,三歲曰畬。」孫炎注云:「菑,始災殺其草木也。新田,新成柔田也。畬,和也,田舒緩也。」凶,凶年也。遭無妄之世,天下雷行物與無妄,不能耕而獲,不能菑而畬,故凶也。舊脫凶字,故卦義不明,《禮記·坊記》有之,蓋七十子所傳,當得其實也。二正應五,故應五則利;在外曰往,故則利有攸往,謂往五也。

恵棟の疏証は「謂應」より「稱往」一節を解す:これは虞翻の説である。初九の正応は九四に在り、両つの陽爻は同性相敵し、九四が一変して正に帰せば便ち正位を得。それは上に九五を承奉し下に初九に応ず、初九は前往すればすなわち吉、ゆえに「往吉」という。九四は身は外卦に在る、ゆえに「在外稱往」という。爻が外卦に走るを「往」と叫び、内卦に走るを「來」と叫ぶ、これは『易』の通例である。また「有益」より「攸往」一節を疏証す:「有益耕象」は虞翻の説で、九四が正に帰して後『益』卦の体を成すを指し、ゆえに『益』卦の耕作の象を含有すという、取義はすでに前文に見ゆ。『爾雅・釈地』にいう、「開墾は第一年を菑と叫び、第二年を新田と叫び、第三年を畬と叫ぶ。」孫炎の注にいう、「菑とは、剛に地上の草木を焼殺するなり。新田とは、新近に整治し好くれた鬆軟の田なり。畬とは、和順で、田土は舒緩して耕し好し。」「凶」は荒年を指す。身は「无望」の世に処り、天下は雷の声は運行し万物は皆无望と相応すと雖も、しかし耕して獲あり得ず・開荒して熟田に成し得ず、ゆえに凶。旧本は「凶」の字を脱し、卦義はこれに因りて不明なり。『礼記・坊記』の引文の中にこの字を保留す、おそらく七十子の伝うる所に出づ、まさに本来の面目に合すべし。六二の正応は九五なので、五に応ぜば則ち利あり。外卦に走るを「往」と叫ぶ、ゆえに「則利有攸往」といい、前往して九五に応ずるを指す。

○「應在」至「災矣」○三與上應,故應在上。上動體坎,坎為災,故稱災。坤為牛,《說卦》文。乾為人,故為行人。坤為邑,故為邑人。已上皆虞義也。《海內經》曰:「后稷是播百穀,稷之孫叔均是始作牛耕。」郭璞注云:「始用牛犂。」故云牛所以資耕菑也。孔子弟子冉伯牛名耕。《新書》鄒穆公曰:「百姓飽牛而耕。」則牛耕始於三代矣。無妄之世,故繋而弗用,為行人所得,不耕不菑,故災也。

「應在」より「災矣」一節を疏証す:六三は上九と相応す、ゆえに応爻は上に在りという。上九が一動して坎体を成し、坎は災害を為す、これに因りて災と称す。坤は牛を為し、『説卦伝』に見よ。乾は人を為す、ゆえに行人に取象す。坤は邑を為す、ゆえに邑人に取象す。以上は皆虞翻の説である。『山海経・海内経』にいう、「后稷は百穀を播種し、后稷の孫叔均は最早に牛を用いて田を耕したり。」郭璞の注にいう、「これは牛犁を使用するを開始するなり。」ゆえに自注は牛は耕種開荒に供せらるるの用を講ず。孔子の弟子冉伯牛は名を「耕」と曰く、また牛と耕との相連なるを見出しうる。賈誼『新書』は鄒穆公の話を記していう、「百姓は牛を飼い飽かして地を耕せしむ。」これにより牛耕は夏商周三代よりすでに有れるを知る。身は「无望」の世に処る、ゆえに牛は拴えられて使用を加えず、却って過路人に牽き去らるるを被り、田はすでに耕さず荒もまた墾せず、これに因りて災を成す。

夏商天子之居名邑。《詩·殷武》曰:「商邑翼翼,四方之極。」毛傳曰:「商邑,京師也。」是以《白虎通》曰:「夏曰夏邑,殷曰商邑,周曰京師。」《尚書》曰「率割夏邑」,謂桀也;「在商邑」,謂殷也。文王演《易》據夏商之禮,故以天子所居為邑,舉邑以概天下,故云邑人災,天下皆災矣。

夏・商の両代の天子の居処は「邑」と称す。『詩経・商頌・殷武』にいう、「商邑は整粛秩序あり、四方の準則なり。」毛伝にいう、「商邑はすなわち京師。」ゆえに『白虎通』にいう、「夏代は夏邑と叫び、殷代は商邑と叫び、周代に始めて京師と叫ぶ。」『尚書』に「大いに夏邑を残害す」といい、指す所は夏桀。「在商邑」といい、指す所は殷都。文王が『周易』を推演するに、依拠する所は夏商の礼制なり、ゆえに天子の居する所を「邑」と称す。「邑」を挙ぐるはもって天下を概括せんがため、これに因りて邑人が災に遭うは、天下もまた皆災に遭うという。

○「動則」至「無咎」○此虞義也。○「坎為」至「喜也」○坎折坤體,故為疾。《漢書·武帝紀》曰:「君者,心也;民猶支體,支體傷則心憯怛。」故云君以民為體,邑人災則支體傷,故云君之疾也。巽為木,艮為石,故稱藥,虞義也。《說卦》曰:「巽為木,艮為小石。」草木所以治病,《春秋》襄二十三年傳曰:「美疢不如惡石。」服虔注云:「砭,石也。」故知木石為藥。九居五,故得位得正。五乾為先王,以茂對時育萬物,故勿藥有喜。陽稱喜,亦虞義也。

「動則」より「无咎」一節を疏証す:これは虞翻の説である。また「坎為」より「喜也」一節を疏証す:坎は坤体を折断す、ゆえに疾病を主る。『漢書・武帝紀』にいう、「君主は心に譬へ、百姓は四肢に譬ゆ。四肢は傷を受くれば、心は便ち痛楚す。」ゆえに自注は君主は百姓をもって身体と為すを講じ、邑人が災に遭うはすなわち四肢が傷を受くるなり、これに因りて君主の疾と称す。巽は木を為し、艮は石を為す、ゆえに薬に取象す、これもまた虞翻の説である。『説卦伝』にいう、「巽為木、艮為小石。」草木は病を治しうる。『左伝』襄公二十三年にいう、「甜美の疾病は苦口の砭石に如かず。」服虔の注にいう、「砭はすなわち石針。」これにより木と石とは皆薬を作りうるを知る。九爻は第五位に居る、ゆえにすでに位を得また正を得る。九五の乾は先王に象徴し、勉力して天時に順応して万物を化育しうる、ゆえに用いて薬せずとも自ら喜慶あり。陽爻は「喜」と称す、同じく虞翻の説である。

○「動成」至「矣哉」○此虞義也。四已正,故上動成坎。坎為多眚,故行有眚。上柔乘剛,逆巽之命,故無攸利。《彖傳》「天命不右,行矣哉」,正謂上也,故引以釋行有眚,而無妄之義亦可見矣。

「動成」より「矣哉」一節を疏証す:これは虞翻の説である。九四はすでに正に帰す、ゆえに上九が一動すれば便ち坎を成す。坎は多災眚なり、これに因りて「行有眚」という。上爻は柔をもって剛爻の上に凌駕し、巽の代表する所の命令に違逆す、ゆえに「无攸利」。『彖伝』に「天命は佑助するを肯ぜず、また何の作為あらん」といい、まさに上九に就いて言うなり、ゆえに恵棟は引きて「行有眚」を解釈す。『无妄』の一卦が災を取義とするの道理も、またすなわちこれに由りて清楚なり。

大畜卦・艮宮二世卦消息八月

大畜,利貞。注。大壯初之上,與萃旁通。陽稱大,謂艮上也。以艮畜乾,故曰大畜。二五失位,故利貞。不家食吉。注。二稱家,體頤養居外,是不家食吉而養賢。利涉大川。注。二變體坎,故利涉大川。

『大畜』の卦辞:「利貞。」恵棟の自注:此卦は『大壮』の初爻が上位に升るより成り、『萃』卦と旁通す。陽は「大」と称し、上九の艮体を指す。艮止を用いて乾健を蓄住す、ゆえに「大畜」と叫ぶ。二・五両爻は皆位を失う、ゆえに「利貞」という。卦辞に「不家食吉」。自注:第二爻は「家」と称す、全卦に『頤』の養育の象ありて賢者は外卦に居る、ゆえに家に留まりて自食せざるのみ吉という、あれは朝廷にて賢を養うなり。卦辞に「利渉大川」。自注:九二が一変すれば便ち坎体を成す、ゆえに「利渉大川」という。

疏。「大壯」至「利貞」○卦自大壯來,初九之上,傳謂其德剛上也,與萃為旁通,此上虞義也。卦有小畜、大畜,陰稱小,陽稱大。小畜謂四,四陰故小;大畜謂上,上陽故大。上體艮,艮為止,畜者斂聚,有止義,以艮畜乾,謂之大畜也。又有畜養之義,故取義於畜德養賢。二五失位,故利貞,亦虞義也。

恵棟の疏証は「大壮」より「利貞」一節を解す:此卦は『大壮』より変じて来り、初九が上位に升るなり、『彖伝』のいわゆる「其徳剛上」はまさにこの事を指す。それは『萃』卦と旁通す。以上は皆虞翻の説である。『易』の中に『小畜』あり『大畜』あり、陰は「小」と称し、陽は「大」と称す。『小畜』の畜主は六四に在り、四は陰爻なので小と称す。『大畜』の畜主は上九に在り、上は陽爻なので大と称す。上卦は艮を為し、艮は止で、「畜」は収斂聚積で、もと止の意を含有す、艮止を用いて乾健を蓄住するを、「大畜」と叫ぶ。「畜」にまた畜養の義あり、ゆえに此卦は徳行を積蓄し賢才を畜養するに取義す。二・五は位を失う、ゆえに「利貞」といい、これもまた虞翻の説である。

○「二稱」至「養賢」○二稱家,虞義也,義見蒙卦。「體頤養」已下,鄭義也。三至上體頤,頤者養也,而在外卦,是不家食吉而養賢,言人君有大畜積,不唯與家人食之而已,當與賢者共之,故得吉也。○「二變」至「大川」○此京義也。二變有坎象,坎為大川,涉坎居五,故利涉大川。

「二稱」より「養賢」一節を疏証す:第二爻は「家」と称すは虞翻の説で、取義はすでに『蒙』卦に見ゆ。「體頤養」以下は則ち鄭玄の説である。三爻より上爻まで互いに『頤』体を成し、「頤」はすなわち養。しかしてそれは外卦に居る、ゆえに「不家食吉」にして賢を養いうるという、意思是国君は大量の積蓄あり、ただ留めて家人と享用すべからず、まさに賢者と共享すべし、これに因りて吉を得。また「二變」より「大川」一節を疏証す:これは京房の説である。九二が一変すれば便ち坎象あり、坎は大川を為し、坎険を渡過して五位に居る、ゆえに「利渉大川」という。

初九:有厲,利已。注。厲,危;已,止也。二變四體坎,故有厲。應在艮,艮為止,故利已。九二:轝說腹。注。萃坤為轝,為腹。坤消乾成,故轝說腹。腹或作輹也。九三:良馬逐,利艱貞,曰閒輿衛,利有攸往。注。乾為良馬。逐,進也。二已變,三在坎中,故利艱貞。曰讀為日,離為日。坎為閒,習坎為車輿,乾人在上,震為驚,衛,講武閒兵,故日閒輿衛也。往,往應上。

初九の爻辞:「有厲、利已。」恵棟の自注:「厲」は危険で、「已」は停止である。九二が一変すれば、第四爻は便ち坎体を成す、ゆえに危険あり。初九の応爻は艮に在り、艮は止を主る、ゆえに停止するのみ利あり。九二の爻辞:「轝說腹。」自注:旁通の『萃』卦の坤体は車を為し、また車腹を為す。坤は消えて乾を成す、ゆえに車と車腹とは脱開す。「腹」はある本子は「輹」と作る。九三の爻辞:「良馬逐、利艱貞、曰閑輿衛、利有攸往。」自注:乾は良馬を為す。「逐」は奮進である。九二はすでに変じ、九三は便ち坎中に処る、ゆえに艱難の中に正を守るに宜し。「曰」は「日」と読み、離は日を為す。坎は熟習を為し、重坎はまた車輿を為し、乾人はその上に乘り、震は驚動を為す。「衛」は武事を講習し兵器を操演するを指す、ゆえに日々車輿と衛戍とを演練すという。「往」とは、前往して上九に応ずるなり。

六四:童牛之告,元吉。注。艮為童,萃坤為牛。告謂以木輻其角。大畜,畜物之家惡其觸害,巽為木,施木於牛角,故曰童牛之告。得位承五,故元吉。六五:豶豕之牙,吉。注。豕子曰豶。二變坎為豕。牙,杙也,以杙繋豕,故豶豕之牙。動而得位,故吉。上九:何天之衢,亨。注。乾為首,首肩之間,荷物處。乾為天,艮為徑路,天衢象,故何天之衢亨。上變坎為亨也。

六四の爻辞:「童牛之告、元吉。」恵棟の自注:艮は幼小を為し、旁通の『萃』卦の坤体は牛を為す。「告」は牛角の上に横木一本を綁す。『大畜』が講ずる所は牲畜を畜養するの家で、最も牛が角を用いて人を抵傷するを怕れ、巽は木を為し、木を牛角の上に加う、ゆえに「童牛之告」という。六四は位を得て上に九五を承奉す、ゆえに大吉。六五の爻辞:「豶豕之牙、吉。」自注:小き猪を「豶」と叫ぶ。九二が一変して坎を成し、坎は豕を為す。「牙」は木桩で、木桩を用いて猪を拴住す、ゆえに「豶豕之牙」という。六五が一動すれば便ち正位を得、ゆえに吉。上九の爻辞:「何天之衢、亨。」自注:乾は頭を為し、頭と肩との間はまさに東西を負荷するの部位なり。乾は天を為し、艮は小路を為し、合して天上通衢の象を成す、ゆえに「何天之衢、亨」という。上九が一変して坎を成し、坎は通達を為し、ゆえに亨。

疏。「厲危」至「利已」○厲,危,義見乾卦。趙岐注《孟子》曰:「已,止也。」應在四,二變故四體坎,坎為疾,為災,故厲。四體艮,故應在艮。《說卦》曰:「艮,止也。」故艮為止。以艮畜乾而又在初,故利已。乾為利也。○「萃坤」至「輹也」○此虞義也。旁通萃,故萃坤為轝為腹。變從旁通,故坤消乾成為轝說腹,與小畜同義也。腹讀為輹。腹,古文;輹,今文,故云腹或為輹也。

恵棟の疏証は「厲危」より「利已」一節を解す:「厲」は危と訓じ、取義はすでに『乾』卦に見ゆ。趙岐が『孟子』に注していう、「已はすなわち止。」初九の応爻は六四に在り、九二が一変すれば、第四爻は便ち坎体を成し、坎は疾患を為し災害を為す、ゆえに危厲あり。四はまた艮体に属す、ゆえに応爻は艮に在りという。『説卦伝』にいう、「艮はすなわち止。」ゆえに艮は止を為す。艮止を用いて乾健を蓄住し、しかして初九はまた最下に居る、ゆえに停止するのみ利あり。乾は利を為す。また「萃坤」より「輹也」一節を疏証す:これは虞翻の説である。本卦は『萃』と旁通す、ゆえに『萃』の坤体を取りて車と為し車腹と為す。爻変を取るは旁通の卦の上より見るを要す、ゆえに坤は消えて乾を成すはすなわち車と車腹との脱離なり、『小畜』の「輿說輻」の取義と相同じ。「腹」は「輹」と読み、「腹」は古文の写法で、「輹」は今文の写法なので、「腹」はある本子は「輹」と作るという。

○「乾為」至「應上」○乾為良馬,《說卦》文。乾善,故良;又為馬,故為良馬,此虞義也。逐,進,京義也。應在上,上尚賢,故三進良馬逐之象也。「二已變」以下虞義也。二變三體坎,坎為艱,三得正,故利艱貞。曰讀為日,虞、鄭讀也。離為日,《說卦》文。馬、鄭皆云:「閒,習也。」坎稱習坎,故為閒習。《尚書大傳》曰:「戰鬬不可不習,故於搜狩以閒之。」是也。坤為大轝,故為車輿。二居五,故乾人在上。震驚百里,故為驚衛。《晉語》曰:「車有震武。」震為講論,故講武閒兵,鄭氏謂日習車徒是也。三正應上,故云往,往應上。

「乾為」より「應上」一節を疏証す:乾は良馬を為し、『説卦伝』に見よ。乾徳は美善なり、ゆえに「良」と称す。乾はまた馬を為し、合すれば便ち良馬なり、これは虞翻の説である。「逐」は進と訓ずは京房の説である。九三の応爻は上九に在り、上九は賢者を崇尚す、ゆえに九三は奮力して上進し、良馬の追逐するの象あり。「二已變」以下もまた虞翻の説である:九二が一変すれば、九三は便ち坎体に処り、坎は艱難を為し、九三は正を得る、ゆえに艱難の中に正を守るに宜し。「曰」は「日」と読み、虞翻・鄭玄の読法である。離は日を為し、『説卦伝』に見よ。馬融・鄭玄は皆いう、「閑はすなわち習。」坎は「習坎」と称す、ゆえに熟習の義あり。『尚書大伝』にいう、「作戦は演練を加えざるべからず、ゆえに春搜冬狩を借りて操演す。」まさにこの意である。坤は大車を為す、ゆえに車輿に取象す。九二は升りて五位に居る、ゆえに乾人はその上に乘るという。『震』卦は「震驚百里」を講じ、ゆえに驚動・衛戍の象を取る。『国語・晋語』にいう、「車の上には震攝の武を載す。」震はまた講論を主る、ゆえに武事を講習し兵器を操演すという、鄭玄の講ずる「日々車馬徒卒を操練す」はすなわちこの意である。九三の正応は上九に在る、ゆえに「往」といい、すなわち前往して上九に応ずるなり。

○「艮為」至「元吉」○此虞義也。蒙六五體艮為童蒙,故知艮為童。旁通萃,故萃坤為牛。《說文》曰:「告,從牛從口,牛觸人,角著橫木,所以告。」故云告謂以木楅其角也。《周禮·封人》曰:「凡祭祀飾其牛牲,設其楅衡。」鄭彼注云:「楅設於角。」《詩·閟宮》曰「夏而楅衡」,毛傳云:「楅衡,設牛角以楅之。」所謂木楅其角也。告俗作牿,今從古。

「艮為」より「元吉」一節を疏証す:これは虞翻の説である。『蒙』卦の六五は艮体に属して「童蒙」と称す、これにより艮は幼童を為すを知る。本卦は『萃』と旁通す、ゆえに『萃』の坤体を取りて牛と為す。『説文解字』にいう、「告の字は牛に従い口に従う、牛は角を用いて人を抵る、すなわち角の上に横木一本を綁し、用いて警を示す。」ゆえに自注は「告」は木頭を用いて牛角を夾住すという。『周礼・封人』にいう、「およそ祭祀には、用うる所の牛牲を修飾して、それに楅衡を安上するを要す。」鄭玄の注にいう、「楅は牛角の上に装す。」『詩経・魯頌・閟宮』に「夏にすなわち牛に楅衡を加う」といい、毛伝にいう、「楅衡とは、牛角の上に加えて約束するを加うるの器具。」これがすなわちいわゆる牛角の上に木を夾するなり。「告」の字は俗は「牿」と作る、ここは古字に依従す。

大畜之家取象牛豕,義取畜養。豕交獸畜,亦有畜義,故云畜物之家。牛觸抵人,故惡其觸害。巽為木,鄭義也。五之正,四體巽,故施木於牛角,防其觸害也。四得位,上承九五,故元吉。初利已,故不言應初也。

『大畜』のこの一家は牛と猪とに取象し、用意は皆畜養に在り。猪に待つがごとく交接し・獣に待つがごとく畜養するは、同じく「畜」の意思を含有す、ゆえにそれを牲畜を畜養するの家と称す。牛は角を用いて人を抵る、ゆえにそれが人を傷るを悪む。巽は木を為すは鄭玄の説である。六五が正に帰して後、第四爻は便ち巽体を成す、ゆえに木を牛角の上に施加して、それが人を抵傷するを防ぐという。六四は位を得、上に九五を承奉す、ゆえに大吉。初九の爻辞は「利已」を講じ、止むるに宜し、ゆえにここに六四が下に初九に応ずるを提せず。

○「豕子」至「故吉」○《釋獸》曰:「豕子,豬、豶、麼、幼。」郭璞云:「俗呼小豶豬為子,最後生者為么豚。」故云豕子為豶。豶豕猶童牛也。坎為豕,虞義也。牙者,畜豕之杙,故云牙杙也。東齊海岱之間以杙繋豕,防其唐突,與童牛之告同義也。動而得位,故吉,虞義也。五失正,動得位,故吉。

「豕子」より「故吉」一節を疏証す:『爾雅・釈獣』にいう、「猪崽を猪と叫び、別に豶・么・幼等の名目あり。」郭璞にいう、「俗話は小き閹猪を『子』と叫び、最後に生下するを『幺豚』と叫ぶ。」ゆえに猪崽を「豶」と称すという。「豶豕」と「童牛」とは同類の説法で、皆幼小の牲口を指す。坎は豕を為すは虞翻の説である。「牙」は猪を拴するに用うるの木桩なので、自注は「牙はすなわち杙」という。東斉の海岱の一帯は木桩を用いて猪を拴住し、それが乱衝乱撞するを防ぐ、小き牛角の上に木を夾するは同一の用意なり。六五が一動すれば便ち正位を得、ゆえに吉、これもまた虞翻の説である:六五はもと正を失うも、一動すればすなわち位を得、これに因りて吉。

○「乾為」至「亨也」○此鄭虞義也。乾為首,《說卦》文。何讀為荷。首之下,肩之上,荷物之處。六爻初為足,上為首,故取象於何也。乾為天,艮為徑路,皆《說卦》文。衢者,九交之道,天有九道,天衢之象,故云何天之衢也。坎為通,唯心亨,上變體坎,故坎為亨。《象》曰:「道大行也。」

「乾為」より「亨也」一節を疏証す:これは鄭玄と虞翻との説である。乾は頭を為し、『説卦伝』に見よ。「何」は「荷」と読み、すなわち負載。頭以下・肩以上は、まさに東西を負荷するの部位なり。六爻の中、初爻は足に象り、上爻は頭に象る、ゆえに「荷」を用いて取象す。乾は天を為し、艮は小路を為し、皆『説卦伝』に出る。「衢」は九路の交会する通道で、天上に九条の道路あり、恰好天衢の象に合す、ゆえに「何天之衢」という。坎は通達を為し、『坎・彖伝』は「維心亨」を講じ、上九が一変すれば便ち坎体を成す、ゆえに坎は亨を為す。『象伝』にいう、「道路は大いに通行す。」

頤卦・巽宮遊魂卦消息十一月

頤,貞吉。注。晉四之初,與大過旁通。卦互兩坤,萬物致養,故名頤。三之正,五上易位,故頤貞吉,養正則吉也。反覆不衰,與乾、坤、坎、離、大過、小過、中孚同義,故不從臨觀四陰二陽之例。或以臨二之上。觀頤,自求口實。注。離為目,故觀頤,觀其所養。或以卦自觀來,故觀頤。大過兌為口,或以臨兌為口。口實,頤中物,謂其自養。

『頤』の卦辞:「貞吉。」恵棟の自注:此卦は『晋』卦の第四爻が初位に降るより成り、『大過』と旁通す。卦中二より五まで互いに二つの坤を出し、万物はこれに由りて養育を得、ゆえに名を「頤」と取る。六三は正に帰し・五と上とが位置を互換すれば、六爻は便ち皆正を得、ゆえに「頤貞吉」といい、『彖伝』は「養い正を得ればすなわち吉」を講ず。此卦は上下翻転してもなお本卦にして改変せず、『乾』『坤』『坎』『離』『大過』『小過』『中孚』と同例なので、『臨』『觀』のあの四陰二陽の卦変通例に依らず。ある人はまたそれが『臨』卦の第二爻が上位に升るより成るという。卦辞に「觀頤、自求口實」。自注:離は眼目を為す、ゆえに「觀頤」といい、すなわちそれが養う所の対象を観察す。ある人はまた此卦は『觀』より来ると為す、ゆえに「觀頤」という。『大過』に兌体ありて口を為し、ある人はまた『臨』の兌体をもって口と為す。「口実」は口中の物で、言う所は自己が自己を養うなり。

疏。「晉四」至「之上」○知晉四之初者,初九「舍爾靈龜」,虞彼注云:「晉離為龜,四之初,故舍爾靈龜。」是知卦自晉來,與大過旁通也,此上虞義也。卦自二至五有二坤,京氏謂地之氣萃在其中是也。《說卦》曰:「坤也者,地也,萬物皆致養焉。」頤者,養也,故名頤,此鄭義也。六爻三五上失正,三之正,五上易位,則六爻皆正,故曰頤貞吉。傳曰「養正則吉也」,須養乃正,故不言元亨利貞,而六爻之象亦不皆以正言也。

恵棟の疏証は「晋四」より「之上」一節を解す:此卦が『晋』の第四爻の初位に降るなるを知る所以は、初九の爻辞に「舎爾靈龜」といい、虞翻はあそこに注して曰く、「『晋』の離体は亀を為し、四爻は初位に降る、ゆえに爾の霊亀を舎弃すという。」これにより卦は『晋』より来るを知り、併せて『大過』と旁通す、以上は皆虞翻の説である。此卦は第二爻より第五爻に至るまで二つの坤を含有し、京房のいわゆる「大地の気はその中に聚集す」はまさにこれを指す。『説卦伝』にいう、「坤はすなわち地、万物は皆それに由りて養育を得。」「頤」はすなわち養なので、卦名を『頤』と叫ぶ、これは鄭玄の説である。六爻の中、三・五・上の三爻は正を失い、六三は正に帰し・五と上とが位置を互換すれば、六爻はすなわち皆正を得、ゆえに「頤貞吉」という。『彖伝』に「養い正を得ればすなわち吉」といい、必ず先ず養いて後に正しきを得るを要す、ゆえに卦辞は「元亨利貞」と言わず、六爻の爻象もまた並に皆「正」を用いて言を立つるに非ず。

卦有反覆,如泰反為否,否反為泰,故《雜卦》曰:「否泰反其類也。」反覆不衰,謂反覆皆此卦也。故《繋上》曰:「古之聰明睿知神武而不殺者夫。」殺讀為衰,虞彼注云:「在坎則聰,在離則明,神武謂乾,睿知謂坤,乾坤坎離,反覆不衰,故而不殺者夫。」四卦之外,又有頤、大過、小過、中孚,故云反覆不衰,與乾、坤、坎、離、大過、小過、中孚同義。頤與七卦同義,故不從臨觀四陰二陽之例,臨觀二卦皆四陰二陽也。又載或說曰:若從是例,則自臨二之上成頤也。此上皆虞義也。

卦に翻転の別あり、例えば『泰』を翻転して来れば『否』を成し、『否』を翻転して来れば『泰』を成す、ゆえに『雑卦伝』にいう、「否と泰とは互いに反覆の類を為す。」いわゆる「反复不衰」とは、上下を翻転して後もなおこの一卦なるをいう。ゆえに『繫辞上』にいう、「古のあの聡明睿智・神武にして殺を肆せざる者か。」「殺」は「衰」と読み、虞翻はあそこに注して曰く、「坎に在りてはすなわち聡、離に在りてはすなわち明、神武は乾を指し、睿智は坤を指す。乾坤坎離の四卦は翻転して来るも皆改変せず、ゆえに『神武にして衰えざる者か』という。」この四卦を除くの外、また『頤』『大過』『小過』『中孚』あり、ゆえに翻転して改めず、『乾』『坤』『坎』『離』『大過』『小過』『中孚』と同例という。『頤』はすでにこの七卦と同例なれば、すなわち『臨』『觀』のあの四陰二陽の卦変通例に依らず、『臨』『觀』の両卦は皆四陰二陽の卦なり。恵棟はまた別の一種の説法を記す:もし必ずあの通例に依らば、則ち『頤』はすなわち『臨』の第二爻が上位に升るより成る。以上は皆虞翻の説である。

○「離為」至「自養」○離為目,晉離也。「觀頤,觀其所養」,《彖傳》文,此上虞義也。頤而言觀,故或以卦自觀來,亦從四陰二陽之例也。「大過兌為口」已下亦虞義也。頤與大過旁通,大過體兌,故兌為口;臨兌亦為口,故並著或說也。口中之實如頤中有物,故云口實頤中物。傳曰:「自求口實,觀其自養也。」義詳彖傳。

「離為」より「自養」一節を疏証す:離は眼目を為し、指す所は『晋』卦の中の離である。「觀頤、觀其所養」は『彖伝』の原文で、以上は皆虞翻の説である。すでに『頤』は「觀」を講ずるを要すれば、ゆえに或る人は卦は『觀』より来ると為す、あれもまた四陰二陽の卦変通例に依るなり。「大過兌為口」以下も同じく虞翻の説である:『頤』は『大過』と旁通し、『大過』に兌体あり、ゆえに兌は口を為す。『臨』の兌体もまた口なので、この一説を併せて記す。口中の実物は頤口の中に物を含むに象る、ゆえに「口実」は頤中の物という。『彖伝』にいう、「自己より口中の食を求取するは、彼が如何に自養するを観察す。」詳細なる含義は『彖伝』の一節に見よ。

初九:舍爾靈龜,觀我朵頤,凶。注。晉離為龜,四之初,故舍爾靈龜。我謂上,頤下垂為朵,上由頤,故觀我朵頤。求養於上,失所養也,故凶。或說頤本末皆剛,象物外骨,故云龜。六二:顛頤句,拂經於丘句,頤征凶。注。顛謂上。拂,違也。坎為經,丘謂五。二宜應五,過五而養於上,故曰顛頤。違常於五,故拂經於丘。往上則凶,故頤征凶。

初九の爻辞:「舎爾靈龜、觀我朵頤、凶。」恵棟の自注:『晋』の離体は亀を為し、第四爻は初位に降る、ゆえに爾の霊亀を舎弃すという。「我」は上九を指し、頤口は下垂するを「朵」と叫び、上九は全卦の養育の自ら出ずる所なり、ゆえに上九を仰観して涎を垂れて食を欲すという。初九は上九に養を求めて、却って自養の道を丢掉す、ゆえに凶。別に一説あり:『頤』卦の初・上の両端は皆剛爻で、外面に硬き殻を裹る動物のごとし、ゆえに亀に取象す。六二の爻辞:「顛頤、拂經于丘、頤征凶。」原文の両処の「句」の字は恵棟の標出する断句の符号なり。自注:「顛」は上九を指す。「拂」は違背である。坎は常経を為し、「丘」は六五を指す。六二はもと上に六五に応ずべく、却って六五を越えて上九に養を求む、ゆえに「顛倒求養」という。それは六五のあそこにて常道に違背す、ゆえに「拂經于丘」という。上九に往けばすなわち凶、ゆえに「頤征凶」という。

六三:拂頤貞凶,十年勿用,無攸利。注。三失位體剝,故拂頤不正,相應弒父弒君,故貞凶。坤為十年,動無所應,故十年勿用無攸利也。六四:顛頤吉,虎視眈眈,其欲浟浟,無咎。注。四得位而養於上,故顛頤吉。坤為虎,離目為視,坎為欲。虎眂,眂上也。眈眈,視之專也。浟浟,求而遂也。上施而得其欲,故無咎。

六三の爻辞:「拂頤貞凶、十年勿用、无攸利。」恵棟の自注:六三は位を失いて『剥』体の中に処る、ゆえに養道に違背す。それ自身は正ならず、応する所の上九もまた正ならず、両つの不正の爻は相応し、すなわち父を弑し君を弑するの象あり、これに因りて固守すと雖も凶。坤は十年の数を為し、六三が一動して上に応する所なし、ゆえに十年も作為あるべからずという、利べきの所なし。六四の爻辞:「顛頤吉、虎視眈眈、其欲浟浟、无咎。」自注:六四は位を得て上九に養を求む、ゆえに顛倒して養を求めて却って吉。坤は虎を為し、離目は視を為し、坎は欲望を為す。老虎は注視す、注視する所は上九。「眈眈」は目光の専注する様子で、「浟浟」は求むる所が遂願を得るなり。上九は施予してそれはその欲する所を得償す、ゆえに過咎を致さざるを得る。

六五:拂經,居貞吉,不可涉大川。注。失位無應,故拂經。艮為居,與上易位,故居貞吉。坎為大川,養道成於上,故不可涉大川。上九:由頤,厲吉,利涉大川。注。由,自也。上為卦主,眾陰順承,故由頤。失位故厲,變之正故吉。之應歴五,故利涉大川。

六五の爻辞:「拂經、居貞吉、不可渉大川。」恵棟の自注:六五は位を失い、下に六二と応なし、ゆえに常道に違背す。艮は安居を為し、それは上九と位置を互換す、ゆえに安居して正を守れば吉。坎は大川を為し、養育の道は上九に至りて始めて完成す、ゆえにこの時大川を渡越すべからず。上九の爻辞:「由頤、厲吉、利渉大川。」自注:「由」は従・自である。上九は一卦の主で、衆陰は皆それを順承す、ゆえに万物の養育は皆それに由りて来るという。それは陽をもって陰に居りて位を失う、ゆえに危厲あり。一変して正に帰すればすなわち吉。それは前往して正応するに第五位を経過するを要す、ゆえに「利渉大川」という。

疏。「晉離」至「雲龜」○卦自晉來,故曰晉離。離為龜,《說卦》文。四體離,離為龜,四之初,故舍爾靈龜。龜稱靈者,蓍神為陽,龜靈為陰,故禇先生據傳曰:「上有搗蓍,下有神龜。」《管子》曰「伏闇能存能亡者,蓍龜與龍」是也。龜生於水,發之於火,於是為萬物先,為禍福正,故謂之靈龜也。此上虞義也。

恵棟の疏証は「晋離」より「云龜」一節を解す:此卦は『晋』より来る、ゆえに「晋離」と称す。離は亀を為し、『説卦伝』に見よ。『晋』の第四爻は離体に属し、離は亀を為し、四爻は初位に降る、ゆえに「舎爾靈龜」という。亀が「霊」と称する所以は、蓍草の神は陽に属し、亀の霊は陰に属するに因り、ゆえに褚少孫は旧説に依拠していう、「上頭に蓍を擣ち、下頭に神亀あり。」『管子』に「幽暗に潜伏して存し得亡し得るは、蓍・亀と龍と」といい、講ずる所はまさにこの類の霊物である。亀は水の中に生長すと雖も、しかし火を用いて灼焼して始めて兆紋を現出す、そこに万物の先・禍福の準繩と為る、ゆえにそれを「霊亀」と叫ぶ。以上は皆虞翻の説である。

上為卦主,故我謂上。朵,下垂貌。震為動,「觀我朵頤」,動於欲也。龜養於內者,初舍之而求養於上,失自養之義,故凶。「或說」以下,廣異義也。《說卦》離為龜,取外剛內柔,頤初上兩陽而包四陰,故云本末皆剛。《考工記》外骨龜屬,故取象於龜。損二至上、益初至五,皆有頤象,故損之六五、益之六二皆言龜,義或然也。然漢學無有及此者。

上九は一卦の主なので、爻辞の中の「我」は上九を指す。「朵」は下垂の様子である。震は動を主り、「觀我朵頤」は欲望に牽動せらるるを被るなり。亀は内気に倚りて自養するの動物で、初九は却ってそれを舎弃して上九に養を求む、自養の義を失掉す、ゆえに凶。「或說」以下は、別の一種の解釈を拡充せんがためである。『説卦伝』は離を亀と為すと講じ、取る所は外剛内柔の象なり。『頤』卦の初・上の二つの陽爻は中間の四つの陰爻を包住す、ゆえに首尾は皆剛という。『考工記』は甲殻の外に長ずるの動物を亀類に帰入す、ゆえに亀に取象す。『損』卦の二爻より上爻・『益』卦の初爻より五爻は、皆『頤』象を含有す、ゆえに『損』の六五・『益』の六二は皆亀を提起す、この解釈はあるいはまた講じ通る。ただ漢代の易学の中に並にこの一層を説到する者なし。

○「顛謂」至「征凶」○《釋言》曰:「顛,頂也。」郭璞注云:「頭上。」《廣雅》曰:「顛,末也。」上為頂,為末,故顛謂上。拂,違,王肅義也,字本作咈,與拂通。坎為經,虞義也。虞注賁六五曰:「五體艮,艮為山,五半山,故稱丘。」王肅亦以丘為六五也。二正應五,今過五而求養於上,故曰顛頤。經,常也,過應於上則違常於五,故云拂經於丘矣。徵,行也,震為行,求養而往則凶,故頤征凶也。

「顛謂」より「征凶」一節を疏証す:『爾雅・釈言』にいう、「顛はすなわち頂。」郭璞の注にいう、「頭頂の上を指す。」『広雅』にいう、「顛はすなわち末端。」上爻はすでに頂にしてまた末なので、「顛」は上九を指す。「拂」は違背と訓ずは王粛の説で、この字はもと「咈」に作り、「拂」と通用す。坎は常経を為すは虞翻の説である。虞翻が『賁』卦の六五に注していう、「五爻は艮体に属し、艮は山を為し、五は山の半腰に在るので、丘と称す。」王粛も同じく「丘」を看なして六五と為す。六二の正応はもと六五で、今六五を越えて上九に養を求む、ゆえに「顛頤」という。「經」は常道で、位を越えて上九に応ずれば、すなわち六五のあそこにて常道に違背す、ゆえに「拂經于丘」という。「征」は行走で、震は行を為し、養を求めて前往すればすなわち凶、ゆえに「頤征凶」という。

○「三失」至「利也」○此虞義也。三陰不正,故失位。二至上體剝,違於養道,故拂頤。三既失正,上亦不正,故不正相應。陰消至二,艮子弒父;至三成否,坤臣弒君,故貞凶。易凡言貞吉者,皆得位,或變之正,故吉;其言貞凶者,皆謂不正而凶。故荀注巽上九貞凶云:「正如其故則凶。」亦謂上失正不變而凶也。俗說雖正亦凶,失其義矣。坤數十,故為十年。動而與上敵應,故動無所應。坤為用,故十年勿用無攸利也。

「三失」より「利也」一節を疏証す:これは虞翻の説である。六三は陰爻が陽位に居りて正ならず、ゆえに位を失う。第二爻より上爻に至るまで『剥』体を構成し、養育の道に違背す、ゆえに「拂頤」という。六三はすでに正を失い、上九も同じく正ならず、ゆえに両つの不正の爻の相応するなり。陰気が陽を消して第二爻の時艮を成し、児子が父を弑するの象あり。第三爻に消えて『否』を成せば、臣下が君を弑するの象あり、ゆえに固守すと雖も凶。『易』の中およそ「貞吉」というは、皆位を得るか、あるいは変じて正に帰す、これに因りて吉。およそ「貞凶」というは、皆正ならざるに因りて凶を致すを指す。ゆえに荀爽が『巽』の上九「貞凶」に注していう、「一直にその原來の様子を保持すればすなわち凶。」もまた上爻が正を失いて変ぜんと肯ぜず、これに因りて凶をいう。世俗の説は便ち守正するも凶と為す、則ち本義を講失す。坤の数は十なので、十年を為す。六三が一動すれば便ち上九と同性相敵す、ゆえに動して応する所なしという。坤は「用」を為す、ゆえに十年は作為あるべからずという、利べきの所なし。

○「四得」至「無咎」○四得位而養於上,故顛頤吉。不言違常於初者,五為天位,以陰居之,故拂經。與上易位則養道之成,成於上,實成於五。二正應五而養於上,故亦曰拂經。初亦求養於上,故四不以不應初為違常也。至養道既成,六爻皆正,各得其應矣,故《彖傳》云「養正則吉」,《象傳》云「大有慶也」。

「四得」より「无咎」一節を疏証す:六四は位を得て上九に養を求む、ゆえに顛倒して養を求めて却って吉を得。爻辞にそれが初九のあそこにて常道に違背すと言わざるは、第五爻は天子の位で、陰爻をもって之に居るはもと常に失するに因り、ゆえに六五に始めて「拂經」という。六五は上九と位置を互換して、養育の道は始めて完成を告ぐ。表面上は上九に成るも、実際上は六五に成る。六二はもと正に六五に応ずべく、却って転じて上九に養を求む、ゆえにまた「拂經」という。初九は同じく上九に養を求む、ゆえに六四は決して初九に応応ぜざるに因りて違常と算せず。養道が完成するを待ちて、六爻は各々その正に帰し、彼此は皆正応を得、ゆえに『彖伝』に「養い正を得ればすなわち吉」といい、『象伝』に「大有喜慶」という。

坤為虎,離目為眂,坎為欲,皆虞義也。《京房易傳》曰:「坤為虎刑。」高誘注《淮南》曰:「虎,土物也。」坤為土,故為虎。「虎眂,眂上」者,初遠於上,故曰觀;四近於上,故曰眂。浟浟,虞喜曰:「浟當為逐。」是浟為古文逐也。虎養於外者,眈眈眂之,專言求養之專;浟浟求而遂,言得所欲也。四養於上,上施之而得其欲,故無咎。《象》曰:「上施光也。」

坤は虎を為し、離目は「眂」すなわち注視を為し、坎は欲望を為す、皆虞翻の説である。『京房易伝』にいう、「坤為虎刑。」高誘が『淮南子』に注していう、「虎は土に属するの動物。」坤は土を為す、ゆえに虎を為す。自注は「虎眂、是注視上九」と講ず:初九は上九より遠し、ゆえに「觀」の字を用う。六四は上九より近し、ゆえに「眂」の字を用う。「浟浟」に至っては、虞喜にいう、「浟はまさに逐と作るべし。」これにより「浟」は「逐」の古文なるを知る。虎は外に在りて食を覓りて自養するなり、それが眈眈然として注視するは、一つの「専」の字は求養の専注を点出す。「浟浟」は追求して遂を得るで、言う所は願のごとくその欲する所を得るなり。六四は上九に養を求め、上九は施予してそれはその欲する所を得償す、ゆえに過咎を致さざるを得る。『象伝』にいう、「上九の施予は広大にして光輝あり。」

○「失位」至「大川」○五失位,與二無應,故拂經。艮為宮室,故為居,此上虞義也。五上易位,謂養正也,故居貞吉。五之正體坎,坎為大川。上由頤,故養道成於上。四陰皆養於上,五雖之正,養道未成,故不可涉大川。○「由自」至「大川」○此虞義也。由,自也,《釋詁》文,與豫九四同義。眾陰,四陰也,四陰互兩坤,有致養之義,而主之者上也,故為卦主。坤為順,眾陰承上,故由頤也。上失位,故厲;與五易位,變之正,故吉。三五已正,五正應二,上正應三,故利涉大川,蓋養道至是而始成也。

「失位」より「大川」一節を疏証す:六五は位を失い、六二と同性にして応なし、ゆえに「拂經」。艮は宮室を為し、これに因りて「居」に取象す、以上は虞翻の説である。五と上とが位置を互換すれば、すなわちいわゆる「養い正を得る」なり、ゆえに安居して正を守れば吉。六五が正に帰して後坎体を成し、坎は大川を為す。上九は養育の由りて出ずる所なので、養道は上九に至りて始めて完成す。四つの陰爻は皆上九に仰賴して養を求む、六五はすでに正に帰すと雖も、養道は却っていまだ成就せず、ゆえに大川を渡越すべからずという。また「由自」より「大川」一節を疏証す:これは虞翻の説である。「由」は「自」と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ、『豫』卦の九四「由豫」と義同じ。「衆陰」は四つの陰爻を指し、四陰は互いに二つの坤を出し、万物を養致するの義を含有し、しかしてそれらを主宰するは上九なので、上九は一卦の主なり。坤は順を為し、衆陰は皆上九を順承す、ゆえに養育は皆それに由りて来るという。上九は陽をもって陰に居りて位を失う、ゆえに危厲あり。六五と位置を互換し、変じて正に帰す、ゆえに吉。三・五はすでに正に帰し、六五は正に六二に応じ、上九は正に六三に応ず、ゆえに「利渉大川」といい、養育の道はここに至りて始めて真正に成就す。

大過卦・震宮遊魂卦消息十月

大過,棟橈。注。大壯五之初,或兌三之初,與頤旁通。大謂陽,大過,陽爻過也。棟橈謂三,巽為長木稱棟,初上陰柔,本末弱,巽橈萬物,故棟橈。利有攸往,亨。注。謂二也。剛過而中,失位無應,利變應五,之外稱往,故利有攸往乃亨。

『大過』の卦辞:「棟橈。」恵棟の自注:此卦は『大壮』の第五爻が初位に降るより成り、あるいは『兌』の第三爻が初位に降るより成るといい、『頤』卦と旁通す。「大」は陽を指し、「大過」は陽爻の太過・太盛なり。「棟橈」の言う所は九三で、巽は長木を為し、棟梁に取象す。初爻と上爻とは皆陰柔に属し、首尾は軟弱なり。巽風は万物を撓曲しうる、ゆえに棟梁は彎曲す。卦辞に「利有攸往、亨」。自注:これは九三に就いて言うなり。それは剛爻の過盛にして中位に居り、位を失いまた正応なし、変爻して九五と相応するに宜し。外卦に往くを「往」と称す、ゆえに往く所有るのみ亨通すという。

疏。「大壯」至「棟橈」○卦自大壯來,六五之初,又與乾坤坎離同義,反覆不衰,不從四陽二陰之例,故云或兌三之初旁通頤也,此上虞義也。陽大陰小,故大謂陽。大過,陽爻過,鄭義也。謂二取初,五取上,三棟橈,四有它吝,四陽爻皆失之過,故名大過。虞氏謂大謂二,二失位,故大者過,與鄭異也。

恵棟の疏証は「大壮」より「棟橈」一節を解す:此卦は『大壮』より変じて来り、第五爻が初位に降るなり。それはまた『乾』『坤』『坎』『離』と同例で、上下を翻転してもなお本卦なので、四陽二陰の卦変通例に依らず、これに因りて「あるいは『兌』の第三爻が初位に降る」といい、併せて『頤』と旁通す。以上は皆虞翻の説である。陽は大と称し陰は小と称す、ゆえに「大」は陽を指す。「大過」は陽爻の太過なり、これは鄭玄の説である:九二は初六を取り、九五は上六を取り、九三は棟梁が彎曲し、九四は別に吝惜あり、四つの陽爻は皆過に失す、ゆえに卦名を『大過』と為す。虞翻は則ち「大」は専ら九二を指すと為し、九二は位を失う、ゆえに大き者に過ありという、鄭玄と同じからず。

「棟橈謂三」已下,虞義也。九三棟橈,故知棟橈謂三。巽為長為木,故為長木。棟,屋檼,以長木為之,故巽為長木稱棟。初上陰柔,初為本,上為末,故本末弱。《說卦》曰:「橈萬物者莫疾乎風。」是巽橈萬物者,故云棟橈。橈,曲折也。○「謂二」至「乃亨」○此虞義也。二失位,故利有攸往。謂二剛過而中,《彖傳》文。二失位而與五敵應,故失位無應,變與五應則利,故利變應五。之外曰往,在內曰來,二之五是之外,故利有攸往乃亨。

「棟橈謂三」以下は虞翻の説である。九三の爻辞は正に「棟橈」を言う、ゆえに卦辞の「棟橈」は九三を指すを知る。巽はすでに長にしてまた木を為す、ゆえに長木を為す。「棟」は屋脊の梁で、長木を用いて做成す、ゆえに巽の長木は棟と称すべし。初・上両爻は皆陰柔に属し、初は根本を為し、上は末梢を為す、ゆえに首尾軟弱という。『説卦伝』にいう、「万物を撓曲しうるは風より迅疾なるなし。」これがすなわち巽は万物を撓曲しうるなり、ゆえに棟梁は彎曲すという。「橈」はすなわち彎曲折損。また「謂二」より「乃亨」一節を疏証す:これは虞翻の説である。九二は位を失う、ゆえに往く所有るに宜し。いわゆる九二の「剛過而中」は『彖伝』の話である。九二は位を失いて九五と同性相敵す、ゆえに位を失い応なしという。変爻の後九五と相応しうればすなわち利あり、ゆえに変じて五に応ずるに宜しという。外卦に往くを「往」と叫び、内卦に往くを「來」と叫ぶ、九二が第五位に前往するはすなわち外に往く、ゆえに往く所有るのみ亨通すという。

初六:藉用白茅,無咎。注。位在下稱藉。巽柔白為茅,故藉用白茅。失位咎也,與四易位,故無咎。九二:枯楊生梯,老夫得其女妻,無不利。注。梯謂初發孚也。巽為楊,乾為老,老楊故枯。二體乾老稱老夫。巽長女,生梯為女妻。老夫得其女妻,得初也。過以相與,故無不利。虞氏以兌上為女,謂二過五應上。

初六の爻辞:「藉用白茅、无咎。」恵棟の自注:爻位は最下に在る、ゆえに「墊藉」と称す。巽の柔爻は草を為し、また白を為す、ゆえに白茅を用いて墊と作すという。初六は陰をもって陽に居るはもと咎あるべきに、九四と位置を互換すれば便ち正に帰す、ゆえに過咎を致さざるを得る。九二の爻辞:「枯楊生梯、老夫得其女妻、无不利。」自注:「梯」は初六を指し、草木の初生の嫩芽なり。巽は楊樹を為し、乾は老を為し、老楊はゆえに枯槁す。九二は乾体に属して乾は老を為す、ゆえに「老夫」と称す。巽は長女を為し、嫩芽を長出せば便ち「女妻」なり。老夫は少妻を娶得す、すなわち九二が初六を獲得するなり。『大過』の世はもと過分に相与するを常と為す、ゆえに不利あるなし。虞翻は則ち『兌』の上爻を女と為し、九二が九五を越えて上六に応ずという。

九三:棟橈,凶。注。應在上,末弱;過應初,本弱,故棟橈凶。九四:棟隆,吉,有它吝。注。巽高為隆,故棟隆。初四易位,故吉;應上非正,故有它吝。九五:枯楊生華,老婦得其士夫,無咎無譽。注。兌反巽為枯楊,柔在上故生華。巽為婦,乾為老,故稱老婦。士夫謂五,大壯震為夫,兌為少,故為士夫。老婦得其士夫,謂上得五也。五得位故無咎,陰在二多譽,今在上故無譽。虞氏以巽初為老婦,謂五過二應初。上六:過涉滅頂,凶,無咎。注。一為過,再為涉,三而弗改,故滅頂凶,上為頂也。乘剛咎也,得位故無咎。

九三の爻辞:「棟橈、凶。」恵棟の自注:九三の正応は上六に在り、上六は柔弱にして、末梢弱なり。それはまた位を越えて初六に応ず、初六もまた柔弱にして、根本弱なり、ゆえに棟梁は彎曲して凶。九四の爻辞:「棟隆、吉、有它吝。」自注:巽は高を為す、ゆえに「隆」を取る、棟梁の高起するの象なり。初と四とが位置を互換し、両爻は皆正に帰す、ゆえに吉。それは上に上六に応ずるも正応に非ず、ゆえに別に可惜の処あり。九五の爻辞:「枯楊生華、老婦得其士夫、无咎无譽。」自注:兌は巽の反象なので、同じく枯楊を取る。柔爻は上に在る、ゆえに開花す。巽は婦を為し、乾は老を為す、ゆえに「老婦」と称す。「士夫」は九五を指し、『大壮』の震は丈夫を為し、兌は年少を為し、合すれば便ち少壮の男子なり。「老婦得其士夫」とは、上六が九五を獲得するをいう。九五は位を得る、ゆえに過咎なし。陰爻は二位に居りて多く称誉あるも、今上位に在る、ゆえに称誉を談ぜず。虞翻は則ち巽の初爻を老婦と為し、九五が九二を越えて初六に応ずという。上六の爻辞:「過渉滅頂、凶、无咎。」自注:一歩を跨ぐを「過」と叫び、両歩を跨ぐを「渉」と叫び、三歩はなお頭を回することを肯ぜず、ゆえに水は頭頂を没して凶。上爻はすなわち頭頂である。上六は剛爻の上に凌駕するはもと咎あるべきに、しかしそれは陰をもって陰に居りて位を得る、ゆえにまた過咎を致さざるを得るという。

疏。「位在」至「無咎」○《周禮·鄉師》云:「大祭祀共茅藉。」鄭興注云:「祭前藉。」藉在下,故云位在下稱藉,以象初也。巽之柔爻為草,又為白,故云巽柔白為茅,此上虞義也。初失位當有咎也,與四易位得正故無咎也。

恵棟の疏証は「位在」より「无咎」一節を解す:『周礼・郷師』にいう、「大祭祀の時に茅草を供給して墊と作す。」鄭興の注にいう、「祭品の前に先んじて墊を鋪設す。」墊子は下に鋪く、ゆえに自注は位は最下に在りて「藉」と称すという、用いて初六に象徴す。巽の柔爻は草を為し、また白色を主る、ゆえに巽の柔白の象はすなわち白茅という、以上は皆虞翻の説である。初六は位を失うはもと咎あるべきに、九四と位置を互換すれば便ち各々その正を得、ゆえに過咎を致さざるを得る。

○「梯謂」至「應上」○梯,鄭氏作荑,雲木更生。梯荑古文通而在下,故梯謂初。《夏小正》曰:「梯發孚也。」巽為楊,九家《說卦》文。兌為澤,巽之剛爻為木,澤木,楊也。四月乾已老,故乾為老。《方言》曰:「乾,老也。」義出《易》,郭璞音乾,失之。虞氏謂陽在二,臨十二月時,周之二月,兌為雨澤,枯楊得澤,復生梯也。

「梯謂」より「應上」一節を疏証す:「梯」の字は鄭玄本は「荑」と作り、草木の重新に生発するを解釈す。「梯」と「荑」とは古文相通じ、しかしてそれは下位に居る、ゆえに「梯」は初六を指す。『夏小正』にいう、「荑芽は苞殻を綻出す。」巽は楊樹を為し、九家本『説卦』に出る。兌は水沢を為し、巽の剛爻は木を為し、水沢の辺に長ずる樹木はすなわち楊なり。四月の時乾陽はすでに老いたり、ゆえに乾は老を為す。『方言』にいう、「乾はすなわち老。」この訓釈は『易』に出づ。郭璞はこれを乾湿の乾と読む、読み誤れり。虞翻は陽爻は第二位に在りて、『臨』卦の十二月に相当し、すなわち周暦の二月で、兌は雨沢を為し、枯楊は雨沢の滋潤を得、便ち重新に嫩芽を抽出すと為す。

二體乾,故老夫謂二。巽為長女而生梯,故為女妻。二與初比而得初,故云老夫得其女妻,謂得初也。大過之家過以相與,女妻有子繼世承祀,故無不利。虞氏謂大過之爻得過其應,以兌上為少女,故曰女妻,二過五應上而取上之女妻,義亦通也。

九二は乾体に属す、ゆえに「老夫」は九二を指す。巽は長女を為してまた嫩芽を生出す、ゆえに「女妻」と称す。九二は初六と緊鄰して初六を獲得す、ゆえに老夫は少妻を娶得すという、指す所はまさに初六を獲得するなり。『大過』の一家は常度を超出して相与するを特色と為し、少妻は子を生んで世系を延続し祭祀を承奉しうる、ゆえに不利あるなし。虞翻は則ち『大過』の各爻は自己の正応を越え得と為し、彼は『兌』の上爻を少女と為し、これに因りて「女妻」と称し、九二が九五を越えて上六に応じ上六を娶りて妻と為すをいう、この講法もまた説き通る。

○「應在」至「橈凶」○三應在上,上柔爻,故末弱;過上應初,初亦柔爻,故本弱。傳曰「本末弱」,正指三所應之爻,所應皆弱,故凶也。○「巽高」至「它吝」○隆,高也,巽為高,故云巽高為隆,棟隆之象。初四二爻皆失位,易位則吉,故棟隆吉。過應上則橈,故有它吝,非應稱它也。

「應在」より「橈凶」一節を疏証す:九三の正応は上六に在り、上六は柔爻なので、末梢軟弱なり。それはまた上六を越えて初六に応ず、初六もまた柔爻なので、根本軟弱なり。『彖伝』に「本末弱」といい、まさに九三の応する所のこの両つの爻を指し、応する所は皆柔弱なり、これに因りて凶。また「巽高」より「它吝」一節を疏証す:「隆」は高で、巽は高を為す、ゆえに巽の高はすなわち「隆」、すなわち棟梁の隆起するの象なり。初六と九四の両爻は皆位を失い、位置を互換すれば便ち皆正に帰す、ゆえに棟梁は隆起して吉。それは位を越えて上六に応ずればすなわち彎曲するを要す、ゆえに別に可惜の処あり。正応に非ざればすなわち「它」と称す。

○「兌反」至「應初」○虞注觀六二曰:「臨兌為女,兌女反成巽。」是兌為反巽也。故荀注中孚云:「兩巽對合大過者中孚。」兩象易亦得有兩巽也。二五體巽乾,故皆取象於枯楊。柔在初為本,故稱梯;柔在上為末,故稱華。「巽為婦」已下皆虞義,虞唯初為老婦為異也。

「兌反」より「應初」一節を疏証す:虞翻が『觀』卦の六二に注していう、「『臨』の兌体は女を為し、兌女は翻転して来ればすなわち巽を成す。」これは兌が巽の反象なるを説明す。ゆえに荀爽が『中孚』に注していう、「二つの巽は相対して『大過』を合成するは、すなわち『中孚』なり。」上下の両象は互易すれば、同じく二つの巽を得るを得る。九二と九五とは各々巽体と乾体とに属す、ゆえに皆枯楊を取りて象と為す。柔爻は初位に在るは根本なので、「梯」と称す、すなわち嫩芽。柔爻は上位に在るは末梢なので、「華」と称す、すなわち開花。「巽為婦」以下は皆虞翻の説で、ただ初六を当てて老婦と為すのこの一点は別家と同じからず。

二五兩爻之義,馬氏、荀氏與虞不同。馬取一卦之義,以初為女妻,上為老婦。荀以初陰失正當變,數六為女妻;二陽失正,數九為老夫;以五陽得正位不變,數七為士夫;上陰得正,數八為老婦。尋六為老陰而稱女妻,八為少陰而稱老婦,荀氏之說於理有乖,故虞氏同之。俗說虞以上為梯,初為華,於卦義亦不足。今兼取三家之說而折中焉。

九二・九五両爻の取義に関しては、馬融・荀爽と虞翻とは各々相同じからず。馬融は整卦に就りて義を立て、初六をもって「女妻」と為し、上六をもって「老婦」と為す。荀爽は則ち筮数を用いて説を立つ:初六は陰爻が正を失いて変ずるに当たり、その数は六なので、女妻なり。九二は陽爻が正を失い、その数は九なので、老夫なり。九五は陽爻が正位を得て変ぜず、その数は七なので、士夫なり。上六は陰爻が正を得、その数は八なので、老婦なり。しかし推究するに、六は老陰にして却って「女妻」と称し、八は少陰にして却って「老婦」と称す、荀爽の講法は理に合せず、ゆえに虞翻は苟同するを肯ぜず(底本はここに「同之」と作る、文意に按ずるにまさに「異之」と作るべし)。俗説は虞翻が上六を当てて嫩芽と為し・初六を当てて花と為すと為すに至っては、あれは卦義の上にもまた講じ通らず。今兼ねて馬・荀・虞の三家の説を採りて折中して義を取る。

○「一為」至「無咎」○《風俗通》曰:「涉始於足,足率長十寸,十寸則尺,一躍三尺,法天地人,再躍則涉。」所謂一為過,再為涉,三而弗改謂至上也。案涉從水,從步,步長六尺,以長為深則涉深六尺,過涉則水益深,故滅頂凶。兌澤稱滅者,《周語》太子晉曰:「澤,水之鍾也。」《象傳》曰:「澤滅木。」木尚可滅,則有滅頂之義也。此上漢趙溫義也。

「一為」より「无咎」一節を疏証す:『風俗通』にいう、「水を渉るは脚より起步し、脚は一般に十寸を長と為し、十寸はすなわち一尺、一跨は三尺、天・地・人の三才に取法し、両度跨ぐをすなわち渉と叫ぶ。」これがすなわちいわゆる一歩を「過」と為し両歩を「渉」と為し、三歩はなお改むるを肯ぜざればすなわち上爻に走至す。「渉」の字は水に従い歩に従うを考するに、一歩は六尺を長と為し、長度を深度に折算すれば、則ち水を渉るは便ち六尺の深さあり。「過渉」は則ち水は更に深し、ゆえに水は頭頂を没して凶。兌は沢を為して「滅」というは、『国語・周語』の太子晋に「沢は水の汇聚するの処」をいうに因る。『大過・象伝』にいう、「沢水は樹木を淹没す。」樹木はなお淹没せられうる、すなわち更に頭頂を淹没するの意あり。以上は漢代の趙温の説である。

頂,首也。《釋言》曰:「顛,頂也。」故知上為頂。上乘四剛,故有咎;以陰居陰得位,故無咎。此上虞義也。虞注過涉滅頂云:「大壯震為足,兌為水澤,震足沒水,故過涉也。乾為頂,頂沒兌水中,故滅頂凶。」虞以五乾為頂而沒上兌水中,故滅頂,不以上為頂,於卦義稍闕也。

「頂」はすなわち頭である。『爾雅・釈言』にいう、「顛はすなわち頂。」これにより上爻は頂を為すを知る。上六は四つの剛爻の上に凌駕す、ゆえに咎あり。しかしそれは陰爻をもって陰位に居りて位を得る、ゆえにまた過咎を致さざるを得るという。以上は虞翻の説である。虞翻が「過渉滅頂」に注していう、「『大壮』の震は足を為し、兌は水沢を為し、震足は水の中に没入す、ゆえに過渉と叫ぶ。乾は頭頂を為し、頭頂は兌水の中に淹没す、ゆえに頂を滅して凶。」虞翻は九五の乾を当てて頭頂と為し・上六の兌水の中に淹没せらるるを被ると為す、これに因りて頂を滅すといい、並に上爻をもって頂と為さず、これは卦義の上にやや欠缺を嫌う。

坎卦・八純卦象水消息冬至

習坎,有孚。注。乾二五之坤,與離旁通,於爻觀上之二。習,重也。孚,信,謂二五。維心亨。注。坎為心,乾二五旁行流坤,陰陽會合,故亨。行有尚。注。行謂二,尚謂五。二體震為行,動得正,故行有尚,往有功也。

『習坎』の卦辞:「有孚。」恵棟の自注:此卦は乾の二・五両爻が坤の中に進入するより成り、『離』卦と旁通す。もし爻変に依りて言えば、則ち『觀』の上爻が第二位に降るなり。「習」は重疊で、上下は皆坎なり。「孚」は誠信で、九二と九五とを指す。卦辞に「維心亨」。自注:坎は心を為し、乾の二・五両爻は横向に坤の中に流入し、陰陽は交会融合す、ゆえに亨通す。卦辞に「行有尚」。自注:「行」は九二を指し、「尚」は九五を指す。九二は互いに震体を出して震は行を為し、一動すれば便ち正を得、ゆえに出行して人に推崇せられ、前往すればすなわち功を建つを得る。

疏。「乾二」至「二五」○此虞義也。坎離自乾坤來,乾二五之坤成坎,與離旁通。若從四陰二陽之例,則觀之上爻之二,故云於爻觀上之二。習坎重險,故云習重也。虞謂習為常,於象義不協,故易之也。孚,信,《釋詁》文。二五剛中,故孚信謂二五。虞氏謂水行往來,朝宗於海,不失其時,如月行天,故習坎有孚也。

恵棟の疏証は「乾二」より「二五」一節を解す:これは虞翻の説である。坎・離の両卦は皆乾坤より来り、乾の二・五両爻が坤の中に進入すれば便ち坎を成し、それは『離』と旁通す。もし四陰二陽の卦変通例に依らば、すなわち『觀』の上爻が第二位に降るなり、ゆえに「于爻為觀上之二」という。『習坎』は重疊の険陷なので、「習」は重という。虞翻は「習」を「常」と訓ず、卦象の義に合せず、ゆえに恵棟は改めて「重」の義を用う。「孚」は信と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ。九二・九五は皆剛爻にして中に居る、ゆえに「孚信」はこの両爻を指す。虞翻は流水は往来して息まず、終わりに海に帰趨し、従来時時節を錯過せず、まさに月亮の天に運行するがごとし、ゆえに『習坎』は誠信ありとす。

○「坎為」至「故亨」○此虞義也。《說卦》坎為極心,故為心。乾二五之坤成坎,坎水流坤,故旁行流坤。乾交於坤,陰陽會合,故亨也。○「行謂」至「功也」○此虞義也。行謂二,尚與上通,二上與五,故尚謂五。二體震為行,謂互震也。二失位,動得正應五,行有尚,往有功也,《彖傳》文。

「坎為」より「故亨」一節を疏証す:これは虞翻の説である。『説卦伝』は坎を「亟心」と講じ、ゆえに心に取象す。乾の二・五両爻は坤の中に進入して坎を成し、坎水は坤地に流行す、ゆえに横向に坤に流入すという。乾は坤と交合し、陰陽は会聚す、ゆえに亨通す。また「行謂」より「功也」一節を疏証す:これもまた虞翻の説である。「行」は九二を指す。「尚」は「上」と相通じ、九二は上に向かいて九五と配合す、ゆえに「尚」は九五を指す。九二は震体に属して震は行を為し、指す所は互体の震である。九二はもと位を失うも、一動すれば便ち正を得て九五と相応す、ゆえに出行して人に推崇せられるという。「往有功也」は『彖伝』の原話である。

初六:習坎,入于坎窞,凶。注。在重坎之家,故曰習坎。坎為入,坎中小穴稱窞。初以陰居下,故入于坎窞凶。九二:坎有險,求小得。注。陽陷陰中,故有險。陰稱小,二據初陰,故求小得。六三:來之坎坎,險且枕,入于坎窞,勿用。注。在內曰來,往來皆坎,故來之坎坎。枕,止也,艮為止。三失位乘二則險,承五隔四,故險且枕。居上坎之下,故入于坎窞。勿用者,誡上也。

初六の爻辞:「習坎、入于坎窞、凶。」恵棟の自注:初六は重坎の家に処る、ゆえにまた「習坎」と称す。坎は進入を為し、坎陷の中の小き洞を「窞」と叫ぶ。初六は陰爻をもって最下に居る、ゆえに坎の中の小穴に陥進して凶。九二の爻辞:「坎有險、求小得。」自注:陽爻は両陰の間に陥す、ゆえに険あり。陰は「小」と称し、九二は下の初六の陰を拠有す、ゆえに求むる所の小事は得あるを得る。六三の爻辞:「來之坎坎、險且枕、入于坎窞、勿用。」自注:内卦に往くを「來」と叫ぶ、この爻は往来の両辺は皆坎なり、ゆえに「來之坎坎」という。「枕」は停止で、艮は止を為す。六三は位を失いて九二を凌駕すれば便ち険、上に九五を承奉せんと欲するもまた六四に隔断せらる、ゆえにすでに険にしてまた受阻す。それは上坎の最下の処に居る、ゆえに坎の中の小穴に陥進す。「勿用」といい、上六に誥誡するなり。

六四:尊酒簋貳用缶,內約自牖,終無咎。注。震主祭器,故有尊簋。坎為酒。貳,副也,禮有副尊。坤為缶,故貳用缶。內,入也。坎信為約,艮為牖,薦信於鬼神,奠於牖下,故內約自牖。得位承五,故無咎。九五:坎不盈,禔既平,無咎。注。盈,溢也。艮為止,謂水流而不盈。坎為平,艮止坤安,故禔既平。得位正中,故無咎。

六四の爻辞:「尊酒簋貳用缶、内約自牖、終无咎。」恵棟の自注:震は祭器を主管す、ゆえに酒尊と黍簋とあり。坎は酒を為す。「貳」は副貳で、礼制の中に副尊を設く。坤は瓦缶を為す、ゆえに副尊は缶を用う。「内」は納入である。坎は誠信を為し、「約」はすなわち信。艮は窓牖を為し、誠信を鬼神に進献し、祭品を窓下に陳設す、ゆえに「内約自牖」という。六四は位を得て上に九五を承奉す、ゆえに過咎を致さざるを得る。九五の爻辞:「坎不盈、禔既平、无咎。」自注:「盈」は漫溢である。艮は止を為し、水は流動すと雖も漫溢せざるをいう。坎は平を為し、艮は止を主り坤は安を主る、ゆえにすでに安定にしてまた平正なり。九五は位を得て中に居りて正を得る、ゆえに過咎を致さざるを得る。

上六:繋用徽纆,寘于叢棘,三歲不得,凶。注。繋,拘也。巽為繩,坤為黑,故為徽纆。寘,示也。坎為叢棘,艮為門闕,門闕之內有叢木,是天子外朝左右九棘之象也。應在三,三體比匪人,故縛以徽纆,示于叢棘而使公卿以下議之。害人者加明刑,任之以事,上罪三年而舍,中罪二年而舍,下罪一年而舍。不得者,謂不能改而不得出獄。艮止坎獄,乾為歲,歴三爻,故三歲不得凶。

上六の爻辞:「繋用徽纆、寘于叢棘、三歳不得、凶。」恵棟の自注:「繋」は拘捕である。巽は繩索を為し、坤は黒色を為し、合すれば便ち「徽纆」のこの黒繩なり。「寘」はすなわち「示」、すなわち陳示。坎は叢棘を為し、艮は門闕を為す。門闕の内に叢生の樹木を種うるは、まさに天子の外朝の左右に各々九棵の棘樹を植うるの形象なり。上六の正応は六三に在り、六三は『比』卦の「比之匪人」の位置に処る、ゆえに黒繩を用いて捆縛し、棘樹の下に陳示して、公卿以下の官員をして共に罪を議せしむ。他人を傷害するは明刑を加えて、彼に労役に服するを罰す:重罪は三年にして釈放し、中罪は両年にして釈放し、軽罪は一年にして釈放す。いわゆる「不得」とは、悔改むるを肯ぜずして出獄し得ざるをいう。艮は止を為し、坎は牢獄を為し、乾は年歳を為し、三爻より上爻に至るまで三位を経歴す、ゆえに三年は獄を出るを得ずして凶。

疏。「在重」至「窞凶」○卦名習坎,故云在重坎之家。坎為入,坎中小穴稱窞,皆虞義也。《字林》曰:「窞,坎中小坎也。」初本陰爻而又在下,陰稱小人,於坎窞之象失位無應,故凶也。○「陽陷」至「小得」○此虞義也。《說卦》曰:「坎,陷也。」乾二之坤二,是陽陷陰中,故有險。陽大陰小,故陰稱小,初陰也。二據初陰,故求小得,謂得初。

恵棟の疏証は「在重」より「窞凶」一節を解す:此卦は名を『習坎』と叫ぶ、ゆえに初六は身は重坎の家に処るという。坎は進入を為し、坎陷の中の小き洞を「窞」と称す、皆虞翻の説である。『字林』にいう、「窞は坎中の小き坎。」初六はもと陰爻にしてまた最下に居り、陰は小人に象徴し、恰好坎窞に陥入するの形象に合す。それはすでに位を失いまた正応なし、ゆえに凶。また「陽陷」より「小得」一節を疏証す:これは虞翻の説である。『説卦伝』にいう、「坎はすなわち陷。」乾の第二爻は坤の第二位に進入す、まさに陽は陰の中に陥す、ゆえに険あり。陽は大と称し陰は小と称す、ゆえに「小」は陰を指し、ここは初六を指す。九二は下の初六の陰を拠有す、ゆえに求むる所の小事は得ありという、すなわち初六を得るなり。

○「在內」至「上也」○在外曰往,在內曰來,易例也。言內則有外之辭,往來皆坎,故來之坎坎。人臥以枕薦首則止,故云枕止也。互艮,艮為止。三以陰居陽,故失位。二坎有險,故乘二則險。陸績云:「枕有閡礙之貌。」三上承五隔於六四,故險且枕。此上虞義也。以坎接坎,三居上坎之下,故入于坎窞。《乾鑿度》坤三不正為小人,小人勿用。應在上,故誡上勿用也。

「在内」より「上也」一節を疏証す:外卦に往くを「往」と叫び、内卦に往くを「來」と叫ぶ、これは『易』の通例で。「内」を言えば、すなわち「外」をもその裏頭に包含す。この爻は往来の両辺は皆坎なり、ゆえに「來之坎坎」という。人は躺下して枕頭を用いて頭を墊せばすなわち静止して動かず、ゆえに「枕」は止と訓ず。二より四まで互いに艮体を出し、艮は止を為す。六三は陰爻をもって陽位に居る、ゆえに位を失う。九二の坎はもと険あり、ゆえに六三はその上を凌駕すれば便ち険なり。陸績にいう、「枕とは、阻隔妨礙あるの様子。」六三は上に九五を承奉せんと欲するも、六四に隔断せらる、ゆえにすでに険にしてまた受阻す。以上は虞翻の説である。坎は坎に接し、六三は上坎の最下の処に居る、ゆえに坎の中の小穴に陥進す。『乾鑿度』は坤の第三爻の正ならざるはすなわち小人で、小人は作為あるべからずを講ず。六三の正応は上六に在る、ゆえにこれは上六に妄動すなかれを誥誡するなり。

○「震主」至「無咎」○此虞義也。《序卦》曰:「主器者莫若長子。」謂主祭器,故震主祭器。尊、簋、缶皆祭器也。祭尚玄水,坎水為酒。貳,副也,注酒於尊中曰副。《周禮·酒正》云:「大祭三貳,中祭再貳,小祭壹貳。」鄭彼注云:「貳,副益之也。」《弟子職》曰:「周旋而貳。」故云禮有副尊。坤器為缶,義見比卦。

「震主」より「无咎」一節を疏証す:これは虞翻の説である。『序卦伝』にいう、「宗廟の礼器を主持するは長子より適したるなし。」ここの「器」は祭器を指す、ゆえに震は祭器を主管す。酒尊・黍簋・瓦缶は皆祭器に属す。祭祀は清水をもって上と為し、坎水はここに便ち酒に充当す。「貳」は副貳で、酒を尊の中に添注するを「副」と叫ぶ。『周礼・酒正』にいう、「大祭は三添し、中祭は両添し、小祭は一添す。」鄭玄の注にいう、「貳とは、すなわち副貳添益。」『管子・弟子職』にいう、「周旋往復して酒を添う。」ゆえに礼制の中に副尊を設くという。坤は器皿を為して缶に取象す、取義はすでに『比』卦に見ゆ。

坎為入,入內同物,故云內入也。坎為信約者,約,信也,故坎信為約。虞以四陰小,故約非其義,故易之也。隱二年《春秋傳》曰:「苟有明信,澗溪沼沚之芼,蘋蘩荇藻之菜,可薦於鬼神。」是薦信於鬼神之事。坤為鬼,乾為神也。《詩·采蘋》曰:「於以奠之,宗室牖下。」毛傳云:「奠於牖下。」是內約自牖之義也。四得位上承九五,故有是象而無咎也。

坎は進入を為し、「入」と「内」とは同一の事なので、自注は「内はすなわち入」という。坎が「信約」を為す所以は、「約」の意思がすなわち信に因る、ゆえに坎の信は便ち「約」と称す。虞翻は「四は陰にして小と為す」を用いて「約」の字を解す、本義に合せず、ゆえに恵棟は彼の講法を改む。『左伝』隠公二年にいう、「ただ真誠の信実あらば、便ち澗溪池沼の裏に採来の水草、苹・蘩・荇・藻のこの類の菜蔬も、また鬼神に進献しうる。」これがまさに誠信を鬼神に進献するの事である。坤は鬼を為し、乾は神を為す。『詩経・召南・採苹』にいう、「どこにそれを陳設せんや、宗廟の窓下に在り。」毛伝にいう、「窓牖の下に陳設す。」これがすなわち「内約自牖」の意思である。六四は位を得て上に九五を承奉す、ゆえにこのような爻象ありて過咎を致さざるを得る。

○「盈溢」至「無咎」○此虞義也。水泛溢為盈,故云盈溢也。體坎互艮,坎流艮止,故流而不盈。水性平,故坎為平。京房、許慎皆云「禔,安也」。《坤》卦辭云「安貞吉」,故艮止坤安,既安且平,水之德也。五得位得中,故其象雖不盈而有安平之德為無咎也。

「盈溢」より「无咎」一節を疏証す:これは虞翻の説である。水は汎濫して外溢するを「盈」と叫ぶ、ゆえに「盈はすなわち溢」という。本卦は坎体にして互いに艮を出し、坎は流動を主り艮は静止を主る、ゆえに水は流動すと雖も漫溢せず。水性は平なので、坎は平を為す。京房・許慎は皆いう、「禔はすなわち安。」『坤』の卦辞に「安貞吉」といい、ゆえに艮の止は坤の安に合い、すでに安定にしてまた平正なり、これがまさに水の徳性である。九五は位を得また中を得、ゆえにその爻象は「不盈」と雖も、しかし安平の徳を具備し、これに因りて過咎を致さざるを得る。

○「繋拘」至「得凶」○此鄭虞九家義也。隨上六曰「拘繋之」,故云繋拘也。巽為繩,觀巽也。坤為黑,《說卦》文。虞云:「徽纆,黑索也。」巽繩坤黑,故云徽纆。「示,寘也」者,《詩·鹿鳴》曰「示我周行」,鄭箋云:「示當為寘。」《禮記·中庸》曰「治國其如示諸掌乎」,鄭注云:「示讀如寘之河之乾之寘。」是示、寘、置三字同物,故劉表、張璠或作示,或作置也。

「繋拘」より「得凶」一節を疏証す:これは鄭玄・虞翻及び九家易の説である。『随』卦の上六に「拘繋之」といい、ゆえに「繋」はすなわち拘捕。巽は繩索を為し、指す所は『觀』卦の中の巽。坤は黒色を為し、『説卦伝』に見よ。虞翻にいう、「徽纆とは、すなわち黒繩。」巽の繩は坤の黒に配う、ゆえに「徽纆」と称す。「示はすなわち寘」に至っては:『詩経・小雅・鹿鳴』に「示我周行」といい、鄭玄の箋注にいう、「示はまさに寘と作るべし。」『礼記・中庸』に「国を治むるはおそらく物を手掌の上に置きて人に看せしむるがごとき容易か」といい、鄭玄の注にいう、「示は『寘之河之乾』の寘と読む。」これにより示・寘・置の三字は指す所相同なるを見る、ゆえに劉表本は「示」と作り、張璠本は「置」と作る。

坎為叢棘,九家《說卦》文。艮為門闕,《說卦》文。《周禮》秋官朝士掌建邦外朝之法,左九棘,孤卿大夫位焉;右九棘,公侯伯子男位焉。外朝在皋門之內,故云門闕之內有叢木,是天子外朝左右九棘之象也。朝上又云「左嘉石平罷民焉,右肺石達窮民焉」,鄭氏謂罷民,邪惡之民也。

坎は叢棘を為し、九家本『説卦』に出る。艮は門闕を為し、『説卦伝』に見よ。『周礼』の秋官の朝士の一職は国家の外朝の法度を建立するを掌管す:左に九棵の棘樹を種え、孤・卿・大夫はあそこに位に就く。右に九棵の棘樹を種え、公・侯・伯・子・男はあそこに位に就く。外朝は皐門の内に設く、ゆえに門闕の内に叢生の樹木あり、まさに天子の外朝の左右に各々九棵の棘樹の形象なり。同じ一段にまた「左に嘉石を設けて不良の民を感化し、右に肺石を設けて无告の民を通達す」といい、鄭玄は「罷民」を解して邪悪の民と為す。

上應在三,二動三體,比匪人,有邪惡之罪,故縛以徽纆,示于叢棘。鄭氏謂外朝者所以詢事之處,故使公卿以下議之,劉表亦云「眾議於九棘之下」也。「害人者加明刑」已下至「下罪一年而舍」,皆秋官司圜文也。鄭彼注云:「明刑,書其罪惡於大方版,著其背。任之以事,若今時罰作。舍,釋之也。」

上六の正応は六三に在り、九二が一動すれば、六三は便ち別に一体を成し、『比』卦の「比之匪人」の象を構成し、邪悪の罪を帯び、ゆえに黒繩を用いて捆縛し、棘樹の下に陳示す。鄭玄は外朝は国事を諮詢するの場所という、ゆえに公卿以下をして共に罪を議せしむ。劉表もまた「衆人は九棵の棘樹の下に評議す」という。「害人者加明刑」以下より「下罪一年而舍」に至るまで、皆『周礼』秋官司圜の原文なり。鄭玄の注にいう、「明刑とは、その罪悪を大き方板に写して、その背後に掛ぐ。任之以事とは、当今の罰作労役のごとし。舍とは、すなわち釈放。」

《司圜》又云:「其不能改而出圜土者殺。」故不得者,謂不能改而不得出獄。艮止坎獄,言止於獄也。乾為天,天數十二,歲有十二月,故乾為歲。三之上歴三爻為三歲,三歲不改則不得出獄,出獄則殺,故凶也。

『司圜』にまたいう、「あの悔改むるを肯ぜずして擅自に圜土を逃出するは、死を処す。」ゆえに「不得」は悔改し得ざるに因りて獄を出づるを得ざるを指す。艮は止を為し坎は牢獄を為し、合すればすなわち獄中に拘止せらるるを被るなり。乾は天を為し、天の数は十二にして、一年に十二箇月あり、ゆえに乾は年歳を為す。第三爻より上爻に至るまで三位を経歴すれば便ち三年で、三年はなお悔改せざればすなわち獄を出るを得ず、強いて獄を出らんとすればすなわち死を処せらるるを被る、ゆえに凶。

離卦・八純卦象火消息夏至

離,利貞亨,畜牝牛吉。注。坤二五之乾,與坎旁通,於爻遯初之五。四五上失正,利出離為坎,故利貞亨。畜,養也。坤為牝牛,乾二五之坤成坎體頤養,故畜牝牛吉。

『離』の卦辞:「利貞亨、畜牝牛吉。」恵棟の自注:此卦は坤の二・五両爻が乾の中に進入するより成り、『坎』卦と旁通す。もし爻変に依りて言えば、則ち『遯』の初爻が第五位に升るなり。四・五・上の三爻は皆正を失い、離に変じて坎を成すに宜し、ゆえに「利貞亨」という。「畜」は畜養である。坤は母牛を為し、乾の二・五両爻は坤の中に進入して坎を成し、卦の中に『頤』の養育の体を含す、ゆえに母牛を畜養すれば吉利という。

疏。此虞荀義也。離自坤來,坤二五之乾成離,與坎旁通。若從四陽二陰之例,則遯初爻之五,故云於爻遯初之五。離外三爻失位,利變之正,與坎旁通,出離為坎,則成既濟,故利貞亨。坤為牝,九家《說卦》文;又《說卦》坤為子母牛,故為牝牛。與坎旁通,乾二五之坤成坎,二至上體頤養象,故畜牝牛。出離為坎,重明以麗乎正,乃化成天下,故吉也。

恵棟の疏証:これは虞翻と荀爽との説である。『離』卦は坤より来り、坤の二・五両爻が乾の中に進入すれば便ち離を成し、それは『坎』と旁通す。もし四陽二陰の卦変通例に依らば、すなわち『遯』の初爻が第五位に升るなり、ゆえに「于爻為遯初之五」という。『離』の外卦の三爻は皆位を失い、変じて正に帰するに宜し。それは『坎』と旁通し、離を変じて坎と為せば、すなわち『既済』を成す、ゆえに「利貞亨」という。坤は雌を為し、九家本『説卦』に出る。『説卦伝』にまた坤は子母牛を為すと講じ、ゆえに母牛に取象す。本卦は『坎』と旁通し、乾の二・五両爻は坤の中に進入して坎を成し、第二爻より上爻まで『頤』の養育の象を含す、ゆえに母牛を畜養すという。離を変じて坎と為し、両重の光明にして正道に依附して、始めて天下を化育成就しうる、ゆえに吉。

初九:履錯然,敬之無咎。注。初為履,履,禮也。錯,置也。初得正,故履錯然。乾為敬,與四敵應,四如,故敬之無咎。六二:黃離,元吉。注。二在下中,故曰黃。離五動應二,故元吉,與坤五同義。九三:日昊之離,不擊缶而歌,則大耊之差。注。三不中,故曰日昊。艮手為擊,坤為缶,震為音聲,兌為口,故不擊缶而歌。乾老為耊,體大過,故大耊之差。

初九の爻辞:「履錯然、敬之无咎。」恵棟の自注:初爻は足に象る、ゆえに「履」を為し、「履」はすなわち礼。「錯」は安置である。初九は陽をもって陽に居りて正を得、ゆえに歩を挙ぐるに各々安措あり。乾は恭敬を為す。初九は九四と同性相敵し、九四に「如」の象あり(底本はここに一「突」の字を脱し、九四の爻辞はもと「突如其來如」)、ゆえに恭敬をもって相待すれば過咎を致さざるを得る。六二の爻辞:「黄離、元吉。」自注:六二は下卦の中に居る、ゆえに黄色を取る。『離』の六五が一動すれば便ち六二と相応す、ゆえに大吉、『坤』卦の六五「黄裳元吉」と義同じ。九三の爻辞:「日昊之離、不擊缶而歌、則大耊之差。」自注:九三は中位に居らず、ゆえに太陽の西斜するをいう。艮は手を為し、敲撃の象を取る。坤は瓦缶を為し、震は声音を為し、兌は口を為す、ゆえに缶を敲かずして声を放ちて高歌すという。乾は老を為す、ゆえに「耊」と称す。卦の中に『大過』の体を含す、ゆえに老耄の人の嗟嘆あり。

九四:如其來如,焚如,死如,棄如。注。不順忽出也。四震爻失正,故如。與初敵應,故來如。離焰宣揚,故焚如。體大過死象,故死如。火息灰損,故棄如。不孝之罪五刑莫大,燒殺棄之,不入於兆也。六五:出涕沱●,戚差●,吉。注。五失位,出離為坎。震為出,離為目,坎涕出目,故出涕沱●。坎憂為戚,震為聲,兌為口,故戚差●。動得正尊麗陽,故吉也。

九四の爻辞:「如其來如、焚如、死如、弃如。」底本は「如其來如」の上に一個の「突」の字を脱去す、通行本は「突如其來如」と作る。恵棟の自注:いわゆる「突」とは、順服せずして突然に冒出するなり。九四は震爻にしてまた正を失う、ゆえに「突如」という。それは初九と同性相敵す、ゆえに「來如」という。離の火苗は上揚す、ゆえに「焚如」という。卦の中に『大過』の死亡の象を含す、ゆえに「死如」という。火は熄滅して後に余灰は残損す、ゆえに「弃如」という。不孝の罪は五刑の中に最も重し、かかる人を烧死し抛弃せむとす、祖墳塋域に葬入するを許さず。六五の爻辞:「出涕沱●、戚差●、吉。」両処の「●」は底本の缺字の符号で、通行本は「若」と作る。自注:六五は位を失い、離に変じて坎を成す。震は出を為し、離は眼目を為し、坎水は化作して眼泪を為して目中より流出す、ゆえに涕泪の滂沱という。坎は憂愁を主る、ゆえに「戚」を取る。震は声を為し、兌は口を為す、ゆえに悲嗟の象あり。六五が一動すれば便ち正を得、尊位をもって陽に依附す、ゆえに吉。

上九:王用出征,有嘉折首,獲匪其醜,無咎。注。五已正,乾為王,坤眾為師,震為出,故王用出征。乾上為首,兌為折,上變體兌折。乾應在三,故有嘉折首。丑,類也。獲,獲四也,以上獲四,故匪其醜。爻皆得正,故無咎。

上九の爻辞:「王用出征、有嘉折首、獲匪其丑、无咎。」恵棟の自注:六五はすでに正に帰し、乾は君王を為し、坤は衆を為して軍隊に象徴し、震は出発を為す、ゆえに君王は兵を出して征討すという。乾の上爻は頭を為し、兌は折断を為し、上九が一変すれば便ち兌を成して折断の象あり。乾の正応は第三爻に在る、ゆえに嘉美の功ありて敵首を斬獲すという。「丑」は同類である。「獲」は九四を俘獲す、上九を用いて九四を俘獲す、ゆえに俘獲する所は自己の同類に非ざるという。六爻は皆正に帰す、ゆえに過咎を致さざるを得る。

疏。「初為」至「無咎」○鄭《禮記序》曰:「禮者,體也,履也。統之於心曰體,踐而行之曰履。」初為足,故為履。此經錯字,馬氏音七路反。《序卦》曰:「履者,禮也。」又曰:「有上下然後禮義有所錯。」故云錯,置也。離為火,火行禮,初得正,履有所錯,故履錯然。乾為敬,義見乾卦。坤二五之乾,初本乾也,故乾為敬。初四皆陽,故敵應。四如其來如與初相犯,故敬之無咎,禮以敬為主也。○「二在」至「同義」○九家《說卦》曰:「坤為黃。」黃者中之色,而在二為下中,故曰黃離。應在五,五失位,動應二,故元吉。坤黃裳元吉,亦是降乾二而上承五,與離二同義也。

恵棟の疏証は「初為」より「无咎」一節を解す:鄭玄の『礼記序』にいう、「礼とは、すなわち体、すなわち履。内心に統摂するを体と叫び、外面に践行するを履と叫ぶ。」初爻は足に象る、ゆえに「履」を為す。ここの経文の「錯」の字、馬融は音を七路反に注し、「措」と読む。『序卦伝』にいう、「履はすなわち礼。」またいう、「上下の分あれば、然る後に礼義は安放するの処あり。」ゆえに「錯」は安置と訓ず。離は火を為し、火は礼の施行を代表す。初九は正を得、歩を挙ぐるに安措する所有り、ゆえに「履錯然」という。乾は恭敬を為し、取義はすでに『乾』卦に見ゆ。坤の二・五両爻は乾の中に進入して離を成し、初爻はもと乾に属す、ゆえに乾は敬を為す。初と四とは皆陽爻なので、同性相敵す。九四は「突如其來如」にして初九を侵犯す、ゆえに恭敬をもって相待すれば過咎を致さざるを得る、礼はもと敬をもって根本と為す。また「二在」より「同義」一節を疏証す:九家本『説卦』にいう、「坤為黄。」黄は中に居るの色で、六二は下卦の中に居る、ゆえに「黄離」と称す。その応爻は六五で、六五は位を失うも、一動すれば便ち六二と相応す、ゆえに大吉。『坤』卦の六五「黄裳元吉」は、もまた乾の第二爻の下降して上に五位を承奉するなり、『離』卦の六二と同一の取義なり。

○「三不」至「之差」○荀云:「初為日出,二為日中,三為日昊。」三不中,故云昊,謂過中也。艮,坎艮也,艮為手,故艮手為擊。坤器為缶。震,坎震也,震善鳴,故為音聲。兌上開似口,故不擊缶而歌。乾為老,《釋言》曰:「耊,老也。」僖九年《春秋傳》曰「以伯舅耊老」,故知乾老為耊。二至五體大過,大過死象,故云大耊之差。差,古文嗟。《釋詁》云也。三為下體之終,又艮爻,艮終萬物,故有是象。俗本差下有凶字者,衍文也。

「三不」より「之差」一節を疏証す:荀爽にいう、「初爻は日出、二爻は日中、三爻は日斜。」九三は中位に居らず、ゆえに「昊」といい、太陽はすでに中天を過ぐるを指す。ここの艮は、坎の中の互い出づる艮なり。艮は手を為す、ゆえに「艮手」は敲撃の象を取る。坤は器皿を為して缶に象る。ここの震も、同じく坎の中の互い出づる震なり。震は声を発するに善し、ゆえに声音を為す。兌の上爻は口を開き、形状は人の口に象る、ゆえに缶を敲かずして声を放ちて歌唱すという。乾は老を為し、『爾雅・釈言』にいう、「耊はすなわち老。」『左伝』僖公九年に「伯舅の年紀老邁なるを以て」といい、これにより乾の老はすなわち「耊」なるを知る。第二爻より第五爻に至るまで互いに『大過』を成し、『大過』に死亡の象あり、ゆえに老耄の人の嗟嘆という。「差」は「嗟」の古文で、『爾雅・釈詁』に相応の訓釈あり(底本はここに被釈の字を脱去す)。九三は下卦の終わりで、また艮爻にして、艮は万物を終結しうる、ゆえにこのような象あり。俗本は「差」の字の下に一個の「凶」の字を多出す、あれは衍文である。

○「不」至「兆也」○此鄭、荀、許慎、如淳義也。《說文》曰:「●,不順忽出也,從倒子,或從●。」即古文易突字。突猶沖也,《太玄》曰:「沖沖兒遇不肖子也。」四震爻,鄭氏謂震為長子,爻失正,譬之倒子,故云。又云四為巽,巽為進退,不知其如,故如也。自內曰來,與初敵應,故來如。離為火,離焰宣揚故焚如。體大過死象,故死如。火息則灰損當棄之,故棄如。

「突」より「兆也」一節を疏証す(底本は領起の処に「突」の字を脱去す):これは鄭玄・荀爽・許慎・如淳の説である。『説文解字』にいう、「●は順服せずして突然に冒出するをいい、字形は倒写の『子』に従い、また別の形に作るもあり。」これがすなわち古文『易』の「突」の字である。「突」は衝撞に猶ほし、『太玄』にいう、「衝衝然の小児、遇う所は不肖の子なり。」九四は震爻で、鄭玄は震を長子と為し、この爻は正を失い、頭を下にして倒生するの孩子に譬へ、ゆえにかように説を立つ。彼はまた四爻は巽に属し、巽は進退不定を主り、それが究竟如何なるを知らず、ゆえに「如」の字を用うという。内卦より来るを「來」と叫び、九四は初九と同性相敵す、ゆえに「來如」という。離は火を為し、火焰は上揚す、ゆえに「焚如」という。卦は『大過』の死亡の象を含す、ゆえに「死如」という。火は熄滅して後余灰は残損して丢弃すべし、ゆえに「弃如」という。

《孝經》曰:「五刑之屬三千,而罪莫大於不孝。」故云不孝之罪五刑莫大焉。如淳曰:「焚如、死如、棄如者,謂不孝子也,不畜於父母,不容於朋友,故燒殺棄之。」《周禮》秋官掌戮曰:「凡殺其親者焚之。」故鄭氏謂焚如,殺其親之刑。刑人之喪不居兆域,不序昭穆,故燒殺棄之,不入於兆也。《說文》曰:「棄,捐也,從,逆子也。」此倉頡制字之義也。

『孝経』にいう、「五刑の属するの罪名は三千条あり、しかして不孝より大なるの罪なし。」ゆえに自注は不孝の罪は五刑の中に最も重しという。如淳にいう、「焚如・死如・弃如とは、講ずる所は不孝の子なり:彼は父母に養はれず、また朋友に容れられず、ゆえに烧死して彼を抛弃す。」『周礼』秋官掌戮にいう、「およそ自己の親人を殺害するは、すなわち彼を烧死す。」ゆえに鄭玄は「焚如」を殺親の刑と為す。刑を受けたる人は死して後祖墳塋域に葬るを許されず、また昭穆の次序に按りて排列せられず、ゆえに烧死抛弃して、墓地に葬進するを許さず。『説文解字』にいう、「弃は捐弃で、字形の従う所の部件は、忤逆の子を表示す。」(底本はここに脱文あり。)これがすなわち倉頡の字を造るの本義である。

四所以取義於子者,火有養母之法。《白虎通》曰:「子養父母何法?法夏養長木。」是以荀爽對策曰:「離在地為火,在天為日。在天者用其精,在地者用其形。夏則火王,其精在天,溫暖之氣養生百木,是其孝也;冬時則廢,其形在地,酷烈之氣焚燒山林,是其不孝也。」蓋其義矣。

九四が「子」に取義する所以は、火にその母を奉養するの法則あるに因る。『白虎通』にいう、「児子は父母を奉養するに何を效法するや、夏天の火気が樹木を養育して長大せしむるを效法す。」ゆえに荀爽は対策の中にいう、「離は地上に在りては火、天上に在りては日。天に在るはその精気を用い、地に在るはその形質を用う。夏天は火は令に当たり、精気は天に在り、温暖の気は百木を養育して生長せしむ、これがすなわちその孝なり。冬天は火気は衰廃し、形質は地上に留在し、酷烈の気は山林を焚燒す、これがすなわちその不孝なり。」おそらくすなわちこの道理である。

○「五失」至「吉也」○此荀虞義也。《彖傳》曰:「柔麗乎中正,故亨。」虞彼注云:「柔謂五陰,中正謂五伏。」陽出在坤中,故出離為坎,謂離化為坎也。帝出乎震,故震為出。鄭氏云:「自目曰涕。」坎水為涕,坎從離出,故坎涕出目。●,古文若。若,詞也。鄭注《尚書·金縢》云:「戚,憂也。」坎為加憂,故為戚。震聲兌口,戚差之象。五失位動得正,柔麗乎中正尊麗陽,故吉也。

「五失」より「吉也」一節を疏証す:これは荀爽と虞翻との説である。『彖伝』にいう、「柔順なる者は中正の位に依附す、ゆえに亨通す。」虞翻はあそこに注して曰く、「柔は六五の陰を指し、中正是六五の伏する爻を指す。」陽気は坤の中に出現す、ゆえに離に変じて坎を成すという、すなわち離は坎に化す。『説卦伝』は「帝出乎震」を講じ、ゆえに震は出を為す。鄭玄にいう、「眼睛の裏より流出するを涕と叫ぶ。」坎水は泪水に化し、坎はまた離より自り変出す、ゆえに坎の泪水は眼の中より流出すという。「●」は「若」の古文で、「若」はここにただ語助詞なり。鄭玄が『尚書・金縢』に注していう、「戚はすなわち憂。」坎は「加憂」を為す、ゆえに「戚」を取る。震は声を為し兌は口を為し、合して悲戚嗟嘆の象を成す。六五は位を失うも、一動すれば便ち正を得、柔順なる者は中正に依附し・尊位をもって陽に依附す、ゆえに吉。

○「五已」至「無咎」○五已出離,坎五本乾,故云五已正。乾為王,坤為眾,《說卦》文。師,眾也,故坤眾為師。震為出,故王用出征。爻例上為首,五正上體乾,故云乾上為首。兌為毀折,故為折。上變體兌,正應在二,為嘉,以兌折乾,故有嘉折首。《學記》曰「比物丑類」,《周語》曰「況爾小丑」,韋昭云:「丑,類也。」四不順,故云獲,獲四也。爻相應者曰類,上非四應,故獲非其丑。出離為坎,爻皆得正,故無咎也。

「五已」より「无咎」一節を疏証す:六五はすでに離を変じて坎と為し、坎の第五爻はもと乾に属す、ゆえに五爻はすでに正に帰したるという。乾は君王を為し、坤は衆人を為し、『説卦伝』に見よ。「師」はすなわち衆なので、坤の衆は軍隊を作りうる。震は出を為す、ゆえに君王は兵を出して征討すという。爻位の通例に按ずるに上爻は頭を為し、六五が正に帰して後上卦は乾を成す、ゆえに乾の上爻は頭を為すという。兌は毀折を為す、ゆえに「折」を取る。上九が一変して兌体を成し、その正応は第二爻に在る、ゆえに「嘉」と称す。兌の折を用いて乾首を折断す、ゆえに嘉美の功ありて敵首を斬獲すという。『礼記・学記』に「事物を比列し・その類を分別す」といい、『国語・周語』に「いはんや爾らのこれら小醜の輩をや」といい、韋昭にいう、「丑はすなわち類。」九四は順服せず、ゆえに「獲」といい、九四を俘獲するを指す。爻と爻とが相応するのみ同類と叫ぶ、上九は九四と並に相応に非ず、ゆえに俘獲する所は自己の同類に非ずという。離を変じて坎と為し、六爻は皆正に帰す、ゆえに過咎を致さざるを得る。

巻五 元和恵棟撰

周易下經

咸卦・兌宮三世卦消息五月、咸至遘六日七分

咸,亨,利貞,取女吉。注。咸,感也。坤三之上成女,乾上之三成男,乾坤氣交以相與,止而說,男下女,故通利貞取女吉。

『咸』の卦辞:「亨、利貞、取女吉。」恵棟の自注:「咸」は感応である。坤の第三爻が上位に升れば便ち少女の兌を成し、乾の上爻が第三位に降れば便ち少男の艮を成す。乾坤の二気は交感して彼此相与し、下卦は艮止・上卦は兌悦、男方は身を屈して女方の下に居る、ゆえに亨通して正を守るに宜し、妻を娶れば吉利。

疏。此虞義也。咸,感也,《彖傳》文。卦自否來,否三之上,三本坤也,故云坤三之上成女,成兌女也;上本乾也,故云乾上之三成男,成艮男也。否三之上,乾坤氣交以相與,止艮說兌,艮男下兌女,故通利貞。取女吉,謂五取上,三取二,初四易位,初取四也。

恵棟の疏証:これは虞翻の説である。「咸はすなわち感」は『彖伝』の原話である。此卦は『否』より変じて来り、『否』の第三爻が上位に升るなり。第三爻はもと坤に属す、ゆえに坤の三爻は升りて上に至りて女を成すという、成す所は兌の少女なり。上爻はもと乾に属す、ゆえに乾の上爻は降りて来りて男を成すという、成す所は艮の少男なり。『否』の三が上に升りて後、乾坤の二気は交感して相与し、下面は艮止にして上面は兌悦、艮男は兌女の下に屈居す、ゆえに亨通して正を守るに宜し。いわゆる「取女吉」とは、九五は上六を娶り、九三は六二を娶り、初と四とが位置を互換すればすなわち初六は九四を娶るをいう。

初六:咸其母。注。母讀為拇,足大指也。初足為母,坤亦為母,四感初故咸其母。六二:咸其腓,凶,居吉。注。腓,膊腸也。二為腓,三感二故咸其腓。失五正應故凶。艮為居,得位居中,故居吉。九三:咸其股,執其隨,往吝。注。三為股,巽亦為股,二感三,故咸其股。巽為隨,艮手稱執,故執其隨。初四變三歴險,故往吝。

初六の爻辞:「咸其母。」恵棟の自注:「母」は「拇」と読み、脚の大趾を指す。初爻は足に象る、ゆえに「拇」と称す。坤はまた母を為し、両義は相通ず。九四は初六に感応す、ゆえに脚趾に感応すという。六二の爻辞:「咸其腓、凶、居吉。」自注:「腓」は小腿肚である。第二爻は小腿に象り、九三は六二に感応す、ゆえに小腿に感応すという。それはこれに因りて九五との正応を丢開す、ゆえに凶。艮は安居を為し、六二は位を得て下卦の中に居る、ゆえに安処して動かざればすなわち吉。九三の爻辞:「咸其股、執其随、往吝。」自注:第三爻は大腿に象り、巽はまた股を為し、六二は九三に感応す、ゆえに大腿に感応すという。巽は跟随を為し、艮は手を為して「執」と称す、ゆえに自己の跟随する所を執守すという。初と四とが位置を変換して後、九三は前行して坎険を経歴するを要す、ゆえに前往すれば可惜の処あり。

九四:貞吉悔亡,憧憧往來,朋從爾思。注。失位悔也,應初動得正,故貞吉而悔亡矣。憧憧,往來貌。四之初為來,初之四為往,故憧憧往來矣。兌為朋,四於位為心,故云思;初之四體坎亦為思,故朋從爾思也。九五:咸其脢,無悔。注。脢,心之上,口之下也。五為脢,上感五,故咸其脢。五弇於上,宜有悔矣,得正故無悔。上六:咸其輔頰舌。注。輔頰舌謂上也。兌為輔頰,為口舌。五與上比,上不之三,故咸其輔頰舌。《象》曰:「媵口說也。」

九四の爻辞:「貞吉悔亡、憧憧往來、朋従爾思。」恵棟の自注:九四は陽をもって陰に居りて位を失う、もと悔あるべきに、それは下に初六に応じ、一動すれば便ち正を得、ゆえに正を守りて吉を得て悔恨は消失す。「憧憧」は往来不定の様子である。四爻は初位に降るを「來」と叫び、初爻は四位に升るを「往」と叫ぶ、ゆえに往来憧憧という。兌は朋友を為し、第四爻は爻位の上に心に対応す、ゆえに「思」という。初爻は四位に升れば便ち坎体を成し、坎はまた思を為す、ゆえに朋友は爾の心思に順従すという。九五の爻辞:「咸其脢、无悔。」自注:「脢」は心以上・口以下の背脊の肉である。第五爻は脢に象り、上六は九五に感応す、ゆえに脢に感応すという。九五は上六に掩覆せられて下に在り、理に照らし悔あるべきに、しかしそれは位を得て正し、ゆえに悔恨なし。上六の爻辞:「咸其輔頰舌。」自注:輔・頰・舌は皆上六を指す。兌は牙牀と面頰とを為し、また口舌を為す。九五は上六と緊鄰し、上六は第三位に下降するを肯ぜず、ゆえにただ口舌の間に感応するのみ。『象伝』にいう、「あれは不過に口舌の説を逞ふするのみ。」

疏。「母讀」至「其母」○母,古文拇,子夏作,與拇同,馬、鄭、虞皆云足大指也。伏羲作《易》,近取諸身,下經人事首咸,故一卦六爻皆取象於人身:初為足,二為腓,三為股,四為心,五為脢,上為輔頰舌是也。虞云坤為拇,《說卦》坤為母,母拇同物,故云坤亦為母。初與四應,四感初,初為足,故咸其母也。

恵棟の疏証は「母讀」より「其母」一節を解す:「母」は「拇」の古文で、『子夏易伝』は別に一字を写す(底本はここに該字を脱去す)、「拇」と相同じ。馬融・鄭玄・虞翻は皆それが脚の大趾を指すという。伏羲が『易』を作るに、就近して人身に取象し、下経は人事を講じて『咸』卦をもって領首と為す、ゆえにこの一卦の六爻は皆人の身体に取象す:初爻は足、二爻は小腿、三爻は大腿、四爻は心、五爻は背脊の肉、上爻は牙牀・面頰と舌。虞翻は坤を拇と為し、『説卦伝』は坤を母と為すと講じ、「母」と「拇」とはもと一物なので、坤はまた母を為すという。初六は九四と相応し、九四は初六に感応し、初爻は足に象る、ゆえに脚趾に感応すという。

○「腓膊」至「居吉」○腓,膊腸,鄭義也。腳膊次於母上,二之象,故二為腓。三據二,故咸其腓。二正應五而比於三,失五正應,故凶。以陰居二得位居中,故居吉也。○「三為」至「往吝」○股而次於腓,上三之象,故三為股。巽為股,《說卦》文。三體巽,故巽亦為股。二感三,故咸其股。二感三而三亦感二,《彖傳》所云「二氣感應以相與」也。足行而股隨,故巽為隨,女隨男亦為隨也。艮為手,以手執物,故為執。初四易位,四體坎三,歴險應上,故往吝。又三已據二,不兼與上也。此兼虞義。

「腓膊」より「居吉」一節を疏証す:「腓」は小腿肚で、これは鄭玄の訓釈である。小腿は脚趾の上に緊接し、正に第二爻の位置に合す、ゆえに二爻は腓を為す。九三は六二を拠有す、ゆえに小腿に感応すという。六二はもと九五と正応するも、却って九三と相鄰してその感を受く、九五のこの正応を丢開す、ゆえに凶。それは陰爻をもって第二位に居り、すでに位を得また中に居る、ゆえに安処して動かざればすなわち吉。また「三為」より「往吝」一節を疏証す:大腿はまた小腿の上に在り、正に第三爻の位置に合す、ゆえに三爻は股を為す。巽は股を為し、『説卦伝』に見よ。九三は巽体に属す、ゆえに巽はまた股を為す。六二は九三に感応す、ゆえに大腿に感応すという。六二は三に感じ三はまた二に感ず、これがまさに『彖伝』のいう所の「二気は互相感応して彼此相与す」なり。脚が一歩を邁ぐれば大腿はすなわち走りに跟す、ゆえに巽は跟随を為す。女子が男子に随従するも「随」と叫ぶ。艮は手を為し、手を用いて物を執持す、ゆえに「執」を為す。初と四とが位置を互換して後、四爻は坎に属し、九三は坎険を越えて上六に応ずるを要す、ゆえに前往すれば可惜の処あり。いはんや九三はすでに六二を拠有し、同時にまた上六と相与するを得ず。ここは兼ねて虞翻の説を採る。

○「失位」至「思也」○四失位宜有悔,與初易位,故應初動得正,貞吉而悔亡矣。《廣雅》曰:「憧憧,往來也。」之內曰來,故四之初為來;之外曰往,故初之四為往,憧憧往來之象也。咸至姤六日七分,陰消之卦,與時消息,故取義於往來耳。兌二口相對為朋,四於爻位為心,故云思。初之四體坎,坎亦為思,故朋從爾思也。此兼虞義。

「失位」より「思也」一節を疏証す:九四は位を失う、もと悔あるべきに、それは初六と位置を互換す、ゆえに下に初六に応じ・一動して正を得るという、そこに正を守りて吉を得て悔恨は消失す。『広雅』にいう、「憧憧はすなわち往来。」内卦に往くを「來」と叫ぶ、ゆえに四爻が初位に至るは「來」なり。外卦に往くを「往」と叫ぶ、ゆえに初爻が四位に至るは「往」なり、これがすなわち往来憧憧の象である。『咸』より『姤』に推すに正に六日七分で、皆陰気の陽を消すの卦に属し、時令に随いて消長す、ゆえにこの爻は「往来」に取義す。兌の二つの口は相対して便ち「朋」を成し、第四爻は爻位の上に心に対応す、ゆえに「思」という。初爻は四位に升れば便ち坎体を成し、坎はまた思を為す、ゆえに朋友は爾の心思に順従すという。ここは兼ねて虞翻の説を採る。

○「脢心」至「無悔」○脢,心之上,口之下,王弼義也。四為心,上為口,五在其中,故云心之上口之下。五與上比,上感五,故咸其脢。五陽上陰。

「脢心」より「无悔」一節を疏証す:「脢」は心の上・口の下に在る、これは王弼の解釈である。第四爻は心を為し、上爻は口を為し、第五爻は恰好両者の中間に夾在す、ゆえにそれは心以上・口以下に位するという。九五は上六と緊鄰し、上六は九五に感応す、ゆえに脢に感応すという。九五は陽爻にして、上六は陰爻にして、一剛一柔は緊挨して一処に在り、これがまさに上下の相感するの由来なり。

咸卦 上六(上片に接ぐ)

故五弇於上,宜有悔矣。得正得中,故無悔也。○輔頰至說也○虞云:耳目之間稱輔頰。又《說文》曰:「輔,頰也。」尋輔近口在頰前,故《淮南子》曰「靨輔在頰前則好」是也。耳目之間為權,權在輔上,故曹植《洛神賦》云「靨輔承權」。《夬》九三「壯于頄」,頄即權也。頰所以含物,輔所以持口,輔頰舌三者並言,明各為一物,是輔近頰而非頰。虞以權為輔,《說文》以輔為頰,皆非也。上為首,故輔頰舌謂上也。兌為輔頰,《九家說卦》文。五與上比,上不之三,故咸其輔頰舌,徒以言語相感而已。傳曰「媵口說也」,言徒送口說。

九五の陽は上体の中に掩蔵す、もと悔あるべきに、ただそれがすでに正位に居りまた中位を得るに因りて、ゆえに爻辞は悔恨なしという。以下の一段の疏文は、注文の「輔頰」より「說也」のこの一節に至るを疏証するなり。虞翻にいう、耳と目との間の部位を輔頰と叫ぶ。『説文解字』にまたいう、「輔はすなわち頰。」考察するに、輔は口に靠近して頰の前方に在る、ゆえに『淮南子』に「酒窝は頰前に生じて始めて美好なり」といい、まさにここを指す。耳目の間を「権」と叫び、権は輔の上方に在る、ゆえに曹植の『洛神賦』に「酒窝は顴骨を承托す」という。『夬』卦の九三爻辞「壮于頄」の「頄」は、すなわち権なり。頰の功用は食物を含住するにあり、輔の功用は口部を撑持するにあり、爻辞は輔・頰・舌の三者を併列す、各々一個の部位なるを説明す、これにより輔は頰に靠近するも並に頰に非ざるを見る。虞翻は権を当てて輔と為し、『説文』は輔を当てて頰と為す、皆正しからず。上爻は一卦の中に頭首に象徴す、ゆえに「輔頰舌」の指す所は上六なり。兌は輔頰に取象す、これは『九家易』が『説卦』を解するの文字なり。五は上と比鄰し、上六は下に九三に応ぜず、ゆえにただ「咸其輔頰舌」のみにしうる、僅かに言語を憑りて相感応するのみ。『象伝』に「媵口說也」といい、上六はただ一番の口舌の言を送出するのみなるをいう。

恒卦

震宮三世卦,消息內卦六月、外卦七月。恆,亨,無咎,利貞,利有攸往。注:泰初之四,與益旁通。恆,震世也,巽來承之。長男在上,長女在下,陰陽會合,故通無咎。初四二五失位,利變之正,故利貞。之外曰往。

此卦は京房の八宮の中に震宮の第三世卦に属し、卦気の配する所の消息の月は、内卦は六月に当たり、外卦は七月に当たる。経文:『恒』卦、亨通し、過咎を致さず、正を守るに宜しく、往く所有るに宜し。恵棟の自注にいう:『恒』は『泰』卦の初九と六四とが互換するより来り、『益』卦と六爻の陰陽は全然相反し、両卦は互いに旁通を為す。『恒』は震宮の世卦で、下体の巽卦は上りて来りてそれを承接す。震は長男を為して上体に居り、巽は長女を為して下体に居り、一陰一陽は交会配合す、ゆえに通達して災禍を生を生ぜざるを得る。初・四・二・五のこの四爻は皆居位当ならず、各々正位の上に変ずるに宜し、ゆえに「利貞」という。内卦より外卦に走向するを「往」と叫ぶ、ゆえに「利有攸往」の文あり。

疏:泰初之四,與益旁通,虞義也。恆,震宮三世卦,故云震世。一世豫,二世解,三世而下體巽,故云巽來承之。內巽外震,震長男,巽長女,故云長男在上,長女在下。男女會合,天地交而萬物通,故通無咎,此上荀義也。初四二五四爻失位,利變之正,故利貞。初利往之四,二利往之五,四五皆在外卦,故云之外曰往。

恵棟の自疏にいう:注文の「泰初之四、與益旁通」の一句は虞翻に本づく。『恒』は震宮の第三世卦なので、注文はそれを「震世」と称す——震宮の一世は『豫』を為し、二世は『解』を為し、三世に至る時下体は便ち巽卦に変成す、ゆえに「巽來承之」という。内卦は巽・外卦は震で、震は長男を為し巽は長女を為す、ゆえに注文は「長男在上、長女在下」という。男女は交会配合し、まさに天地が相交じて万物の暢通するがごとし、これに因りて通達して過咎なし、以上の拠る所は荀爽の義例なり。初・四・二・五の四爻は皆居位当ならず、正位に変ずるに宜し、ゆえに「利貞」という。初六は往きて四位に居るに宜しく、九二は往きて五位に居るに宜しく、四位・五位は皆外卦に在る、ゆえに注文は「由內往外叫作往」という。

《彖傳》曰:恆,久也。尋恆體震巽,八卦諸爻唯震巽變,故虞注六五及《彖傳》曰終變成益是也。六爻皆變,不可為恆而名恆者,其義有三焉。夫婦之道不可以不久恆,震夫巽婦,陰陽會合,雜而不厭,一也。卦唯三上得正,上震恆凶,則守正者唯九三一爻耳,故《象傳》曰「君子以立不易方」,二也。終變成益,則初四二五皆得位,《繋下》曰:易窮則變,變則通,通則久。恆者,久也,故都其義於五曰恆其德,三也。有此三義,故名恆也。

『彖伝』にいう、「恒とは、すなわち長久。」『恒』卦を考察するに震・巽の両体より構成され、しかして八卦の各爻の中にただ震・巽の両体の爻のみ変動しうる、ゆえに虞翻は六五の爻と『彖伝』とに注する時「終變成益」といい。すでに六爻は皆変動するを要せば、もと「恒」と叫ぶべからず、しかしなお「恒」をもって名と為すは、理由に三層あり。その一、夫妻の道は長久恒常ならざるべからず、震は夫を為し巽は妻を為し、陰陽は交会配合して、混処相与して厌弃を生ぜず。その二、全卦にただ九三と上六とが居位正を得、しかして上六の爻辞は「振恒、凶」ならば、則ち真に正を守りうるはただ九三の一爻のみ残る、ゆえに『象伝』に「君子以立不易方」という。その三、六爻は終わりに『益』卦に変成し、初・四・二・五は便ち皆位を得、『繋辞下伝』に「『易』道は窮極すればすなわち変化し、変化すればすなわち通達し、通達すればすなわち長久す」といい、「恒」はまさに長久の義なので、全卦の義旨を六五の爻辞「恒其徳」に帰総す。この三層の意思あれば、これに因りて卦名を『恒』と為す。

初六:浚恆,貞凶,無攸利。注:陰在初稱浚,浚,深也。四之初,故浚恆貞凶無攸利。九二:悔亡。注:失位悔也,動而得正,處中多譽,故悔亡。九三:不恆其德,或承之羞,貞吝。注:三體乾為德,變失位,故不恆其德。坤恥為羞,變至四體坤,故或承之羞。三多凶,變失位,與上敵應,故貞吝。

初六の爻辞:一味に深処に向かいて恒久を求め、固執して下れば凶険あり、利益ある所なし。恵棟の注:陰爻は初位に居るを「浚」と称し、「浚」は深の意思なり。九四は下りて初位に至る、ゆえに「浚恒貞凶无攸利」という。九二の爻辞:悔恨は消失す。注:九二は陽をもって陰に居りて位を失う、もと悔あるべきに、一旦変動すれば便ち正を得、また下卦の中に処りて多く称誉を得、ゆえに悔恨は消失す。九三の爻辞:自己の徳行を恒守し得ず、或る人はこれに羞辱を加う、固執して下れば必ず憾惜あり。注:九三は乾体の中に処り、乾は徳に取象す、一変すればすなわち位を失う、ゆえに「不恒其徳」という。坤に恥辱の象あり、ゆえに「羞」に取象し、四位に変ずれば便ち坤体を成す、ゆえに「或承之羞」という。第三爻はもと凶険多く、一変してまた位を失い、且つ上六と同性相敵して相応し得ず、ゆえに「貞吝」という。

九四:田無禽。注:田,獵也。五坤為田,四欲獵五,五已之正,故田無禽。六五:恆其德,貞,婦人吉,夫子凶。注:動正成乾,故恆其德。婦人謂巽初,終變成益,震四復初,婦得歸陽,從一而終,故貞婦人吉也。震乾之子而為巽夫,故曰夫子。震四從巽死於坤中,故夫子凶也。上六:震恆,凶。注:在震上,故震恆。五動乘陽,故凶。

九四の爻辞:田猟して一獲するところなし。注:「田」はすなわち打猟。六五はもと坤より来り、坤は田地を為し、九四は六五を猟取せんと欲すも、しかし六五はすでに正位の上に変ず、ゆえに田猟して獲る所なし。六五の爻辞:その徳を恒守し、占問の結果は婦人は吉・男子は凶。注:六五は変動して正を得ればすなわち乾体を成す、ゆえに「恒其徳」という。「婦人」は下体巽卦の初爻を指し、六爻は終わりに『益』卦に変成し、震体の四爻は初位に回り、婦人は陽に帰附するを得て一に従りて終わる、ゆえに「貞、婦人吉」という。震は乾の子にしてこの卦の中に巽の夫を充当す、ゆえに「夫子」と称す。震の四爻は巽婦に随従して坤体の中に死す、ゆえに「夫子凶」という。上六の爻辞:振動して已まずして恒久を求む、凶。注:上六は震体の上に居る、ゆえに「震恒」と叫ぶ。九五が一変動すれば、上六は便ち陽爻の上に凌駕す、ゆえに凶あり。

疏:「陰在」至「攸利」○陽在初為潛為淵,皆深也,故虞注《上繋》曰:深,陽也。浚與浚通。莊九年《公羊傳》曰:浚之者何?深之也。故云陰在初稱浚。浚,深也,《釋言》文。深為陽,本體四陰之初浚而後深,故浚恆貞凶無攸利也。○失位至悔亡○此虞義也。二多譽,故處中多譽。

恵棟の自疏:この一節は注文の「陰在」より「攸利」一段に至るを疏証す。陽爻は初位に在りて「潜」「淵」の象あり、皆深の意味を含す、ゆえに虞翻が『繋辞上伝』に注して「深は陽に属す」という。「濬」と「浚」の二字は相通ず。『春秋公羊伝』庄公九年にいう、「浚とは何ぞや、すなわちそれを加深するをいう。」ゆえに注文は陰爻は初位に在りて「浚」と称すといい、「浚」は深と訓ず、これは『爾雅・釈言』の訓解なり。深はもと陽に属し、しかして此卦の初位は四陰の首で、先ず浚治を経て後に始めてその深を見る、ゆえに爻辞に「浚恒、貞凶、无攸利」という。以下は注文の「失位」より「悔亡」一段に至るを疏証す:これは虞翻の義例である。第二爻は多く称誉あるを要す、ゆえに注文は「處中多譽」という。

○三體至貞吝○三本乾也,又互乾,乾為德,為久。變失位,故不恆其德。爻例無有得位而變者,以巽於諸爻特變,故云變失位耳。羞者,恥辱,坤為恥,故云坤恥為羞。終變成益,變之四則三體坤,故或承之羞。三多凶,《下繋》文。變至三,與上敵應,立心勿恆,為上所擊,故貞吝也。

この一節は注文の「三體」より「貞吝」に至るを疏証す。九三はもと乾体の中に在り、また上下爻と互いに乾体を成し、乾は徳に取象し久に取象す。一変すれば便ち位を失う、ゆえに「不恒其徳」という。爻変の通例に按ずるに、もと位を得たるの爻は変ずべからざるなり、ただ巽体は各爻の中に特に変動し易きに因りて、ゆえに注文は始めて「變失位」という。「羞」はすなわち恥辱で、坤に恥辱の象あり、ゆえに注文は「坤恥為羞」という。六爻は終わりに『益』卦に変成し、第四爻に変ずる時、三爻は便ち坤体の内に落る、ゆえに「或承之羞」という。「三多凶」は『繋辞下伝』の話である。第三爻に変じて、上六と同性相敵して相応し得ず、心を立てて恒久するを得ず、却って上六に撃たるるを被る、ゆえに「貞吝」という。

○田獵至無禽○田者,田獵,故曰田,獵也。坤土為田,五本坤也,故五坤為田。陰陽相比相應,陰為陽得,稱獲,稱得,稱禽。四與五比而欲獵五,二五易位,五已之正,故田無禽,言無所得也。

この一節は注文の「田獵」より「无禽」に至るを疏証す。「田」の指す所は田猟なので、注文は「田、就是獵」という。坤は土地を為す、ゆえに田に取象す。六五はもと坤爻より来る、ゆえに「五坤為田」という。陰と陽とが彼此比鄰して相応和するの時、陰は陽に取得せられ、すなわち「獲」と称し・「得」と称し・「禽」と称す。九四は六五と比鄰して六五を猟取せんと欲すも、しかし二と五とが位置を交換して後、六五はすでに正位の上に変ず、ゆえに「田无禽」といい、意思是無所得なり。

○動正至凶也○此虞義也。益自否來,五本否乾,故云動正成乾,又凡五之正皆為乾也。乾為德,為久,故恆其德。初體巽,巽為婦,故婦人謂巽初。終變成益,初四得正,震四復初,初為一,巽四從陽,故從一而終。《穀梁傳》曰:婦人以貞為行者。故貞婦人吉也。震為長子,又為夫,故云震乾之子為巽夫曰夫子也。終變成益,則震為巽,互乾為坤,坤為死,震四從巽婦而死於坤中,故夫子凶也。

この一節は注文の「動正」より「凶也」に至るを疏証し、用うる所は虞翻の義例である。『益』卦は『否』卦より変じて来り、六五はもと『否』卦の乾体の中の一爻なり、ゆえに「動正成乾」という。再びおよそ五爻が正位に変ずるは皆乾体を成す。乾は徳に取象し久に取象す、ゆえに「恒其徳」という。初六は巽体の中に在り、巽は婦を為す、ゆえに「婦人」の指す所は巽の初爻なり。六爻は終わりに『益』卦に変成し、初と四とは皆正を得、震体の四爻は初位に回り、初位は「一」で、巽の四爻は陽に随従す、ゆえに「從一而終」という。『穀梁伝』に「婦人は正を守るをもって行事の準則と為す」といい、ゆえに「貞、婦人吉」という。震は長子を為し、また夫を為す、ゆえに注文は震は乾の子にして巽の夫と為り、合して「夫子」と称すという。六爻は終わりに『益』に変成し、震体は巽に化し、互体の乾は坤に化し、坤に死亡の象あり、震の四爻は巽婦に随従して坤体の中に死す、ゆえに「夫子凶」という。

○在震至故凶○此虞義也。虞注《說卦》曰:震內體為專,外體為躁。震,動也,在震上處動極,故震恆。五之正則上乘陽,故五動乘陽,乘陽不敬,故凶也。震亦作振,古文震、振、祇三字同物同音。祇有耆音,故《說文》引《易》作榰恆也。

この一節は注文の「在震」より「故凶」に至るを疏証し、用うる所は虞翻の義例である。虞翻が『説卦』に注していう、震の内体は専一に表現し、外体は躁動に表現す。震はすなわち動で、上六は震体の上に居り、正に動の極点に処る、ゆえに「震恒」と叫ぶ。九五は正位に変じ、上六は便ち陽爻の上に凌駕す、ゆえに注文は「五動乘陽」という。陰をもって陽に乘ずるは不恭敬なので、凶あり。「震」はまた「振」と作るも、古文の中に震・振・祇の三字は同物同音なり。「祇」にまた「耆」の読音あり、ゆえに『説文解字』が『易』のこの句を引いて「榰恒」と作る。

遯卦

乾宮二世卦,消息六月。亨。注:陰消遘二也。艮為山,巽為入,乾為遠,遠山入藏,故。五陽當位,正應在二,故亨。小利貞。注:陰稱小,利正居二,與五相應。疏:「陰消」至「故亨」○。陰消之卦,消遘及二,故云陰消遘二也。艮為山,巽為入,乾為遠,遠山入藏,故,皆虞義也。陽長為進,陰消為退,有退義,故《序卦》曰:者,退也。以陽居五,故五陽當位,與二正應,乾坤交通,故亨。消至三則天地否隔,不能通矣,故二利居正,與五相應,此荀義也。

此卦は京房の八宮の中に乾宮の第二世卦に属し、卦気は六月を配る。経文はただ一個の「亨」の字のみ——底本はここ以下およそ卦名の「遯」の字は皆脱落す、読む時は自ら補出するを要す。注:これは陰気の陽を消し、『遘』卦より再び第二爻に消えて成るの卦なり。艮は山を為し、巽は入を為し、乾は遠を為し、山を遠ざかりて隠入潜蔵す、ゆえに卦名を『遯』と為す。九五は陽をもって五に居りて位を得、また六二と正に相応す、ゆえに亨通す。経文:小利貞。注:陰は「小」と称し、六二は安居して正位に居るに宜しく、九五と相応す。疏:この一節は注文の「陰消」より「故亨」に至るを疏証す。『遯』は陰気の陽を消すの卦で、第二爻に消える、ゆえに注文は「陰消遘二」という。「艮為山、巽為入、乾為遠、遠山入藏、故遯」は、皆虞翻に本づく。陽気は増長するを「進」と叫び、陰気は消退するを「退」と叫び、『遯』は退避の義を含す、ゆえに『序卦伝』に「遯、就是退」という。陽爻をもって第五位に居る、ゆえに「五陽當位」といい、それは六二と正応し、乾坤の二気は交通するを得、これに因りて亨通す。もし陰気が再び第三爻に消えばすなわち『否』卦を成し、天地は閉塞して相通じ得ず、ゆえに六二は安居して正位に居るに宜しく、九五と相応す——これは荀爽の義例なり。

初六:尾厲,勿用有攸往。注:初為尾,尾微也,故尾。初失位,故危之。應成坎為災,故勿用有攸往。六二:執之用黃牛之革,莫之勝說。注:艮手稱執,坤為黃牛,艮為皮,故執之用黃牛之革。莫,無;勝,能;說,解也。二得中應五,固志守正,故莫之勝說。

初六の爻辞:退避するに最後に在りて尾巴のごとし、危険あり、往く所有るに宜からず(底本は「遯」の字を脱し、まさに「遯尾」と作るべし、以下同例)。注:爻位の通例に按ずるに、初爻は尾に象徴し、尾は微小の義なり、ゆえに「遯尾」と叫ぶ。初六は陰をもって陽に居りて位を失う、ゆえにその処境は危険という。その応する所の九四が一変すれば便ち坎体を成し、坎は災患を為す、ゆえに往く所有るに宜からず。六二の爻辞:黄牛皮の做る所の繩索を用いてそれを捆住すれば、誰も解開し得ず。注:艮は手を為す、ゆえに「執」と称す。坤は黄牛を為し、艮は皮を為す、ゆえに「執之用黄牛之革」という。「莫」は无で、「勝」は能で、「說」は解开である。六二は下卦の中に居りて上に九五に応じ、志向は堅定にして正道を守持す、ゆえに誰もそれを解開し得ず。

九三:繫有疾厲,畜臣妾吉。注:二繫三,故繫。三多凶,四變三體坎為疾,故有疾厲。陰剝陽,三消成坤,與上易位。坤為臣,兌為妾,上來之三,據坤應兌,故畜臣妾吉。九四:好,君子吉,小人否。注:乾為好,陰得位為君子,失位為小人。動之初,故君子吉;消成否,故小人否。

九三の爻辞:退避して牽係を受く、疾患の危あり、臣妾を畜養すれば則ち吉。注:六二は九三を牽係す、ゆえに「係遯」という。第三爻は多凶険にして、九四が一変すれば、三爻は便ち坎体の中に処り、坎は疾病を為す、ゆえに「有疾厲」という。陰気は陽気を剥蝕し、三爻は消去して坤体を成し、また上九と位置を交換す:坤は臣を為し、兌は妾を為し、上九は下りて来りて三位に居り、坤を拠有して上に兌に応ず、ゆえに臣妾を畜養して吉を得。九四の爻辞:心の好む所有りてもなお退避し得るは、君子は吉を得、小人は則ち然らず。注:乾は好に取象し、陰爻は位を得れば便ち君子、位を失えば便ち小人。初位に変動す、ゆえに君子は吉。陰気は継続して消去して『否』卦を成す、ゆえに小人は吉ならず。

九五:嘉貞吉。注:陰陽相應為嘉,剛當位應二故嘉貞吉。上九:飛,無不利。注:應在三,四變三體離為飛,上失位變之正,故飛。《九師道訓》曰:而能飛,吉孰大焉。故無不利,乾為利也。疏:「初為」至「攸往」○爻例初為尾,上為角。《說文》曰:尾,微也。古文通。《尚書》「鳥獸孳尾」,《史記》作「字微」,《論語》有微生高,《莊子》作尾生,微猶隱也。陽伏初,故云尾。六居初為失位,故危。應在四,初之四體坎,坎為災,故勿用有攸往也。

九五の爻辞:嘉美の退避、占問して吉を得。注:陰陽は彼此相応するを「嘉」と叫び、九五は剛爻をもって正位に居りて下に六二に応ず、ゆえに「嘉遯貞吉」という。上九の爻辞:高く飛び遠く避く、利あらざるなし。注:上九の応する所は九三に在り、九四が一変すれば、三爻は便ち離体を成し、離は飛を為す。上九は位を失いて正位に変ず、ゆえに「飛遯」という。『九師道訓』にいう、退避しうるにまた高く飛ぶを得、これより大なる吉利あらんや。ゆえに「无不利」。乾は利に取象す。この一節は注文の「初為」より「攸往」に至るを疏証す。爻位の通例に按ずるに、初爻は尾に象徴し、上爻は角に象徴す。『説文解字』にいう、「尾とは、すなわち微。」尾・微の二字は古文の中に相通ず:『尚書』の「鳥獸孳尾」を『史記』は引きて「字微」と作す。『論語』の裏に微生高あり、『荘子』は則ち尾生と写す——「微」はまた隠蔵の義を含す。陽気は初位に潜伏す、ゆえに「遯尾」という。六をもって初位に居るは位を失う、ゆえに危あり。初六の応する所は九四に在り、初は四位に往けば便ち坎体を成し、坎は災を為す、ゆえに往く所有るに宜からず。

○艮手至勝說○二體艮,艮為手,故艮手稱執。坤為黃,《九家說卦》文,又為子母牛,故為黃牛。艮為皮,虞義也,《九家說卦》曰:艮為膚。皮膚同義,故執之用黃牛之革。《考工記》:攻皮之工五,函、鮑、韗、韋、裘。始拆謂之皮,已乾謂之革,既熟謂之韋,其實一物也。莫,無;勝,能;說,解,皆虞義也。二得位得中,正應在五,固志守正,無能解說,故莫之勝說,彖辭小利貞正此義也。

この一節は注文の「艮手」より「勝說」に至るを疏証す。六二は艮体の中に処り、艮は手を為す、ゆえに「艮手稱執」という。坤は黄色に取象す、これは『九家易』が『説卦』を解するの文字なり。坤はまた子母牛を為す、ゆえに黄牛に取象す。「艮為皮」は虞翻に出づ、『九家易』が『説卦』を解して「艮為膚」といい、皮と膚とは義同じ、ゆえに「執之用黄牛之革」という。『周礼・考工記』にいう、皮を治するの工匠に五種あり、すなわち函人・鮑人・韗人・韋人・裘人。剛に剥き下るを「皮」と叫び、晾き乾すを「革」と叫び、鞣し熟すを「韋」と叫ぶ、その実は同一の物なり。「莫」は无と訓じ、「勝」は能と訓じ、「說」は解と訓じ、皆虞翻に本づく。六二はすでに位を得また中に居り、正応は九五に在り、志向は堅定にして正道を守持して、人の解き得る者なし、ゆえに「莫之勝說」という。卦辞の「小利貞」はまさにこの意思である。

○二繫至妾吉○成於二,二陰三陽,二繫於三,故繫。遘初繋二,亦是陰繫於陽也。三多凶,故危。四變三體坎以下,虞義也。坎多眚為疾,故有疾厲。。陰消之卦,故陰剝陽。三消成坤,與上易位者,三互巽特變,故從《家人》《漸》之例。三動上反三,故三消成坤,與上易位也。三消成坤,坤為臣;與上易位,上體兌,兌為妾。上來之三,據下之坤,應上之兌,故畜臣妾吉。荀氏謂潛之世,但可居家畜養臣妾也。

この一節は注文の「二係」より「妾吉」に至るを疏証す。『遯』卦は第二爻に成り、二爻は陰にして三爻は陽、二は三に牽係す、ゆえに「係遯」という。『遘』卦は初爻が二爻を牽係す、同じく陰の陽を牽係するなり。第三爻は多凶険、ゆえに危という。「四變三體坎」以下は皆虞翻の義例である:坎は多災眚、ゆえに疾に取象し、「有疾厲」という。ここに底本はまた一「遯」の字を脱す——『遯』は陰が陽を消すの卦なので、陰気が陽気を剥蝕すという。いわゆる「三消成坤、與上易位」とは、三爻が互いに巽体を成して特に変動しうるをいい、これに因りて『家人』『漸』の両卦の先例に依り、三爻が一動すれば、上九は便ち反りて下りて三位に居る。三爻は消去して坤を成し、坤は臣を為す。上と位置を交換して後、上体は兌を成し、兌は妾を為す。上九は下りて来りて三に居り、下の坤を拠有し、上に外卦の兌に応ず、ゆえに「畜臣妾吉」。荀爽はこれを退隠潜蔵の時世と為し、ただ家に居りて臣妾を畜養するのみなりとす。

○乾為至人否○乾為好,虞義也。賈逵《左傳》注曰:好生於陽。故乾為好。《乾鑿度》觀四為君子,否三為小人,故知陰得位為君子,失位為小人。四失正,動之四得位,承五故君子吉。消陰及否,三失位為小人,故小人否。鄭氏讀否為《否》卦之否也。

この一節は注文の「乾為」より「人否」に至るを疏証す。「乾為好」は虞翻に出づ。賈逵の『左伝注』にいう、好は陽より生ず。ゆえに乾は好に取象す。『乾鑿度』は『觀』卦の四爻を君子と為し・『否』卦の三爻を小人と為す、これにより陰爻は位を得れば便ち君子・位を失えば便ち小人なるを知る。四爻は居位正ならず、変動して位を得、上に九五を承奉す、ゆえに君子は吉を得。陰気は一路『否』卦に消え、三爻は位を失い便ち小人を成す、ゆえに小人は吉ならず。鄭玄は爻辞のこの「否」を『否』卦の「否」と読む。

○陰陽至貞吉○《文言》曰:亨者,嘉之會也。昏禮為嘉,陰陽相應,義同昏冓,故為嘉。五剛當位,正應在二,故嘉貞吉也。○應在至利也○三已變上之三,故應在三。四之初,故四變三體離,離有飛鳥之象,故為飛。六居上為失位,變之正故飛,謂去而遷也。《九師道訓》,淮南王聘明《易》者九人所作。微則厲,繫則疾,飛則吉。荀注乾九五曰:飛者,喻無所拘也。上體乾,故乾為利也。

この一節は注文の「陰陽」より「貞吉」に至るを疏証す。『文言伝』にいう、「亨とは、衆美の会聚。」婚礼は嘉礼に属し、陰陽は彼此相応し、意義は婚配に等同す、ゆえに「嘉」と称す。九五は剛爻をもって正位に居り、正応は六二に在る、ゆえに「嘉遯貞吉」という。以下は注文の「應在」より「利也」に至るを疏証す。三爻はすでに変じ、上九は下りて三位に居る、ゆえに「應在三」という。九四は下りて初位に至る、これに因りて四爻が一変すれば、三爻は便ち離体の中に処り、離に飛鳥の象あり、ゆえに飛に取象す。六をもって上位に居るは位を失い、正位に変ず、ゆえに「飛遯」と称し、指す所は離去して遷徙するなり。『九師道訓』とは、淮南王が九位の『易』学に通暁する人を延聘して作らせたるなり、その説は為して曰く、微小なれば則ち危厲、牽係すれば則ち疾を生じ、高く飛べば則ち吉を得、と。荀爽が乾卦の九五に注していう、「飛とは、拘束する所なきを比喻す。」上九は乾体の中に在る、ゆえに乾は利に取象す。

大壮卦

坤宮四世卦,消息二月。大壯,利貞。注:陽息泰也。壯,傷也。大謂四,失位為陰所乘,兌為毀折,故傷。與五易位乃得正,故利貞也。疏:此虞義也。陽息泰成大壯。馬氏亦云:壯,傷也。《方言》曰:凡草木刺人,北燕朝鮮之間謂之策,或謂之壯。郭璞注云:今淮南亦呼壯為傷。是也。陽大陰小,故大謂四。以九居四為失位,五陰乘之,陰氣賊害,又體兌,兌為毀折,故名大壯。《太玄》準之以《夷》,夷亦傷也。四當升五,與五易位,則各得其正,故利貞也。

此卦は京房の八宮の中に坤宮の第四世卦に属し、卦気は二月を配る。経文:『大壮』、正を守るに宜し。注:これは陽気の増長して、『泰』卦より再び一爻を息して成るの卦なり。「壮」は傷の意思である。「大」は九四を指し、それは位を失いて上の陰爻に乘凌せられ、兌は毀折を為す、ゆえに「傷」という。九四は六五と位置を交換して始めて各々その正を得、ゆえに「利貞」という。疏:これは虞翻の義例である。陽気は『泰』卦より増長して『大壮』を成す。馬融もまた「壮、就是傷」という。『方言』にいう、およそ草木が人を刺すは、北燕・朝鮮の一帯は「策」と称し、また「壮」と称するもあり。郭璞の注にいう、如今淮南の一帯もまた「壮」を「傷」と叫ぶ。正にこの義に合す。陽は大を為し陰は小を為す、ゆえに「大」は九四を指す。九をもって四に居るは位を失い、六五の陰はその上に乘凌し、陰気は賊害し、加うるに九四はまた兌体の中に在り、兌は毀折を為す、ゆえに卦名を『大壮』と為す。揚雄の『太玄』は『夷』の首をもって此卦に相配し、「夷」もまた傷の意思なり。九四はまさに五位に上升して六五と交換すべく、両爻は便ち各々その正を得、ゆえに「利貞」という。

初九:壯於止,征凶,有孚。注:初為止。應在四,震足亦為止為徵。初四敵應,故壯於止征凶。四上之五成坎,已得應四,故有孚。九二:貞吉。注:變得位故貞吉。九三:小人用壯,君子用罔,貞厲。注:應在上也。三陽君子,小人謂上。二變三體離,離為罔。上乘五,故用壯;三據二,故用罔。體乾夕惕,故貞厲。羝羊觸藩,羸其角。注:兌為羊,陽息之卦,故云羝。藩謂四也。羸讀為累。三欲觸四而應上,故羸其角。角謂上也。

初九の爻辞:壮盛の力は足趾の上に用い、出行すれば凶険あり、しかし誠信あり。注:爻位の通例に按ずるに、初爻は足趾に象徴し、ここの「止」はすなわち「趾」なり。初九の応する所は九四に在り、九四は震体に在り、震は足を為す、ゆえにすでに足趾に取象しまた行進に取象す。初と四とは同じく陽爻にして、両々相敵して相応し得ず、ゆえに「壮于趾、征凶」という。九四は上行して五位に至れば便ち坎体を成し、初九はすでに四爻の応和を得るを得、ゆえに「有孚」という。九二の爻辞:占問して吉を得。注:九二は陽をもって陰に居り、一変すれば便ち位を得、ゆえに「貞吉」という。九三の爻辞:小人は一味に剛壮を使用し、君子は則ち羅網のごときの謀略を用い、固執して下れば危厲あり。注:九三の応する所は上六に在り。三爻は陽にして、君子なり。「小人」は上六を指す。九二が一変すれば、三爻は便ち離体の中に処り、離は羅網を為す。上六は九五の上に凌駕す、ゆえにそれを「用壮」という。九三は九二を拠有す、ゆえにそれを「用罔」という。九三は乾体に在り、「夕惕若厲」の象あり、ゆえに「貞厲」という。爻辞にまたいう:公羊は籬笆に衝撞して、その角を纏住せらる。注:兌は羊に取象す。此卦は陽気の増長する卦なので、「羝」と称す、すなわち牡羊。「藩」は九四を指す。「羸」は「累」と読み、纏繞束縛の義なり。九三は九四に衝撞して上に上六に応ぜんと欲す、ゆえに「羸其角」という。「角」は上六を指す。

九四:貞吉,悔亡,藩決不羸,壯於大轝之腹。注:失位悔也,之五得中,故貞吉而悔亡矣。體夬象,故藩決。震四上處五則藩毀壞,故藩決不羸。腹讀為輹。坤為大轝為腹,四之五折坤,故壯於大轝之腹。

九四の爻辞:占問して吉を得、悔恨は消失し、籬笆はすでに衝開せられて纏繞せず、壮盛の力は大車の車輹の上に発揮す。注:九四は陽をもって陰に居りて位を失う、もと悔あるべきに、上行して五位に至れば便ち中に居る、ゆえにすでに吉にしてまた无悔。此爻は上下にすでに『夬』卦の象を具え、ゆえに「藩決」という。震体の第四爻は上に五位に処れば、籬笆はすなわち毀壊せらる、ゆえに「藩決不羸」という。「腹」は「輹」と読み、すなわち車軸の下の伏兎。六五はもと坤より来り、坤は大車に取象し、また車輹に取象す、九四は上に五位に至れば便ち坤体を折断す、ゆえに「壮于大轝之輹」という。

六五:喪羊于易,無悔。注:四動成泰,坤為喪也。乾為易。四上之五,兌還屬乾,故喪羊于易。動各得正而處中和,故無悔。上六:羝羊觸藩,不能退,不能遂,無攸利,艱則吉。注:應在三,故羝羊觸藩。遂,進也。變之巽,巽為進退,故不能退不能遂。五動上乘剛,故無攸利。坎為艱,藩決難解,得位應三,故艱則吉。

六五の爻辞:平易の地に羊を丢失す、悔恨なし。注:九四は変動すれば便ち『泰』卦を成し、坤に喪亡の象あり。乾は平易をもって徳と為す、ゆえに「易」に取象す。九四は五位に上升し、兌体は重新に乾に帰属す、ゆえに「喪羊于易」という。両爻は各自変動して皆正位を得、六五はまた中和の地に処る、ゆえに悔恨なし。上六の爻辞:公羊は籬笆に衝撞し、退りて回るを得ず、また進みて上るを得ず、利益ある所なし、処境は艱難にして却って吉を得。注:上六の応する所は九三に在る、ゆえに「羝羊觸藩」という。「遂」は前進の義である。上六が一変すれば便ち巽を成し、巽の取象は進退不定なり、ゆえに「不能退、不能遂」。九五が変動して後、上六は剛爻の上に凌駕す、ゆえに「无攸利」。坎は艱に取象し、籬笆はすでに衝開せらるるもなお解脱し難し。しかし上六は位を得て下に九三に応ず、ゆえに「艱則吉」という。

疏:「初為」至「有孚」○爻例初為止。應在四,四體震,震為足為行,故震足為止為徵。初四皆陽,敵應無與,故壯於止征凶。四之五成坎,坎為孚,初正應四,故有孚也,此兼虞義。○變得至貞吉○此虞義也。

恵棟の自疏:この一節は注文の「初為」より「有孚」に至るを疏証す。爻位の通例に按ずるに、初爻は足趾に象徴す。初九の応する所は九四に在り、九四は震体に処り、震は足に取象し・行走に取象す、ゆえに注文は震足はすでに「趾」を為しまた「征」を為すという。初と四とは皆陽爻にして、同性相敵して応与する所なし、ゆえに「壮于趾、征凶」という。九四は上に五位に至りて坎体を成し、坎は誠信を為し、初九は四と正に相応す、ゆえに「有孚」という——ここは兼ねて虞翻の義例を採る。以下は注文の「變得」より「貞吉」に至るを疏証す:これは虞翻の説である。

○三陽至貞厲○此虞義也。三正應上,三陽君子謂乾三也。小人謂上者,上得位,不得為小人,以大壯陽息之卦,息至五體夬,夬上為小人,故雜卦曰:夬,決也,剛決柔也,君子道長,小人道消也。是上為小人也。二變三體離,包犧作結繩以為罔罟,蓋取諸離,故離為罔。五已正,上逆乘陽,故用壯;三得位據二,故用罔。三多凶體乾,三夕惕有危象,故貞厲也。

この一節は注文の「三陽」より「貞厲」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。九三は上六と正に相応し、いわゆる「三陽君子」の指す所は乾体の第三爻なり。上六を「小人」と叫ぶに至っては、理に按ずるに上六は居位当を得、もと小人たるべからず。ただ『大壮』は陽気の増長する卦に因りて、増長して第五爻に至れば便ち『夬』体を成し、しかして『夬』の上爻はまさに小人なり、ゆえに『雑卦伝』にいう、「夬はすなわち決断で、剛爻が柔爻を決去するなり。君子の道は増長して小人の道は消退す。」これにより上六はすなわち小人なるを知る。九二が一変すれば、三爻は便ち離体に処り、伏羲は繩を結びて網罟を作れり、おそらく離に取象せり、ゆえに離は「罔」に取象す。九五はすでに正に居り、上六は却って逆に陽爻を乘凌す、ゆえにそれを「用壮」という。九三は位を得て九二を拠有す、ゆえにそれを「用罔」という。第三爻は多凶にしてまた乾体に在り、正に「夕惕若厲」の危象に合す、ゆえに「貞厲」という。

○兌為至上也○三體兌,息至五上亦體兌,兌為羊,故三五上皆有羊象。說文曰:羝,牡羊也。陽息之卦,故曰羝。馬氏云:藩,籬落也。四體震,震為萑韋,為竹木,故為藩也。羸讀為累,讀從鄭虞,故馬氏云大索也。四之五,上變體巽,巽為繩,故為羸。四為藩,三欲觸四而應上,故羸其角,爻例上為角也。此兼荀義,荀唯以角謂五為異也。

この一節は注文の「兌為」より「上也」に至るを疏証す。九三は兌体に処り、陽気は第五爻に増長する時上体もまた兌を成し、兌は羊に取象す、ゆえに三・五・上の三爻は皆羊象を帯び。『説文解字』にいう、「羝とは、すなわち公羊。」此卦は陽気の増長する卦で、陽性は剛健なり、ゆえに「羝」と称す。馬融にいう、「藩とは、すなわち籬笆。」九四は震体に在り、震は荻葦に取象し・竹木に取象す、ゆえに籬笆に取象す。「羸」は「累」と読み、鄭玄・虞翻の読に従う、ゆえに馬融は「大繩索」と訓ず。九四は上に五位に至り、上爻が一変すれば便ち巽体を成し、巽は繩を為す、ゆえに「羸」に取象す。九四は籬笆で、九三は九四に衝撞して上に上六に応ぜんと欲す、ゆえに「羸其角」という。爻位の通例に按ずるに、上爻は角に象徴す。ここは兼ねて荀爽の説を取り、荀爽はただ「角は九五を指す」のこの一点のみ虞翻と同じからず。

○失位至之腹○此虞義也。四失位,宜有悔,之五得正得中,故貞吉而悔亡矣。初至五體夬,夬者,決也,故藩決。四體震,之五則震體壞,故藩決不羸。古腹、輹、復字止作復,而此經輹字或又作腹,故云腹讀為輹。五本坤也,坤為大轝,為輹,四之五體坎,坎折坤體,故壯於大轝之腹也。

この一節は注文の「失位」より「之腹」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。九四は陽をもって陰に居りて位を失う、もと悔あるべきに、上に五位に至りてすでに正を得また中に居る、ゆえにすでに吉にしてまた悔亡。初爻より五爻に至るまで『夬』体を構成し、「夬」はすなわち決開なので、「藩決」という。九四は震体に在り、一旦上に五位に至れば、震体は便ち破壊せらる、ゆえに「藩決不羸」という。古時は「腹」「輹」「復」の三字は皆ただ「復」と作るのみ、しかして此経の「輹」の字はある本子はまた「腹」と作る、ゆえに注文は「腹讀為輹」という。六五はもと坤より来り、坤は大車に取象し、また車輹に取象す。九四は上に五位に至れば便ち坎体を成し、坎は坤体を折断す、ゆえに「壮于大轝之輹」という。

○四動至無悔○此虞義也。四失位動成泰,外體坤,坤喪於乙,故為喪也。乾以易知,故乾為易,鄭氏謂易,佼易也。四上之五體坎,坎五乾也,故兌還屬乾,喪羊于易也。四五易位,動各得正,五處中應和,故無悔矣。

この一節は注文の「四動」より「无悔」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。九四は位を失い、一動すれば便ち『泰』卦を成し、外卦は坤なり。納甲の法に按ずるに坤は乙の方に喪す、ゆえに「喪」に取象す。『繫辞』は乾は平易をもって人に知らるとす、ゆえに乾は「易」に取象す。鄭玄は「易」を「佼易」に解す、すなわち平易和楽。九四は上に五位に至りて坎体を成し、坎の第五爻はもと乾に属す、ゆえに兌は重新に乾に帰属す、これがすなわち「喪羊于易」なり。四と五とは位置を交換し、各自変動して皆正を得、六五はまた中に居りて応和す、ゆえに悔恨なし。

○應在至則吉○此虞義也。上應在三而隔於四,四為藩,故羝羊觸藩。遂有進往之義,故云進也。五已正,上變體巽,震巽特變,故云變也。巽為進退,說卦文。應三隔四,故不能退。進窮於上,故不能遂,羸其角之象也。乾為利,五動正位,上乘五剛,故無攸利。五正,上體坎為艱,藩決難解,乾鑿度文。四之五故藩決難解,不變之巽,得位應三,故艱則吉也。

この一節は注文の「應在」より「則吉」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。上六の応する所は九三に在るも、九四に隔断せられ、九四はまさに籬笆なり、ゆえに「羝羊觸藩」という。「遂」は前進の意思を含す、ゆえに注文は「進」と訓ず。九五はすでに正に居り、上六が一変すれば便ち巽体を成す——震・巽の両体は特に変動しうる、ゆえに注文は「變」という。巽の取象は進退不定なり、これは『説卦伝』の文字である。上六は九三に応ぜんと要すも九四に隔たるるを被る、ゆえに退りて回るを得ず。前進せんと要すもまたすでに上位に窮極す、ゆえに進みて上るを得ず、これがまさに「角を纏住せらる」の景象である。乾は利に取象し、九五は正位に変じ、上六は五爻の剛を乘凌す、ゆえに「无攸利」。九五は正に居り、上体は坎を成し、坎は艱に取象す。「藩決難解」の一語は『乾鑿度』に出づ。九四は上に五位に至る、ゆえに籬笆は開くと雖もなお解脱し難し。上六はもし巽に変ぜざれば、便ち位を得て下に九三に応ず、ゆえに「艱則吉」という。

晋卦

乾宮游魂卦,消息二月。康侯用錫馬蕃庶,晝日三接。注:觀四之五。。進也。康讀如康周公之康,廣也,坤為廣。四為諸侯,觀四賓王。四五失位,五之正,以四錫初,初動體屯,震為諸侯,故康侯。坎為馬,坤為用,故用錫馬。艮為多,坤為眾,故蕃庶。離日在上,故晝日。三陰在下,故三接矣。

此卦は京房の八宮の中に乾宮の遊魂卦に属し、卦気は二月を配る。経文:安国の侯は大量の車馬を賜獲し、一日の内に三度接見を受く(卦名の「晋」の字は底本の中に脱落し、下文およそこの字の処は皆同じ)。注:『晋』は『觀』卦の六四と九五とが互換するより来る。「晋」はすなわち進。「康」は『礼記・祭統』の「康周公」の「康」と読み、広大と訓じ、坤に広大の象あり。爻位の通例に按ずるに、四爻は諸侯を為し、『觀』卦の六四に「利用賓于王」の文あり、ゆえに「觀四賓王」という。此卦の四・五両爻は皆位を失い、五爻は正位に変じ、四爻を初爻に賜予す。初爻が一動すれば、初より五に至るまで便ち『屯』体を成し、屯の下の震は諸侯を為す、ゆえに「康侯」と称す。坎は馬を為し、坤は用を為す、ゆえに「用錫馬」という。艮は多を為し、坤は衆を為す、ゆえに「蕃庶」という。離は日を為して上体に在る、ゆえに「晝日」という。坤の三陰は下体に在る、ゆえに「三接」という。

疏:卦自觀來,從四陰二陽之例。觀六四進居五,故曰進也。康讀如祭統康周公之康,鄭氏注禮引此為證,故讀從之。又鄭注康侯云:康,廣也,謂襃廣其車服之賜也。坤廣生,故曰廣。爻例四為諸侯。觀之六四利用賓于王,故觀四賓王。四之五而皆失位,五之正,以四錫初,謂初四易位也。初動體屯,謂初至五體屯也。屯下體震,震為侯,卦辭曰利建侯。四為諸侯,以四錫初,初震亦為侯,康侯之象也。

恵棟の自疏:此卦は『觀』卦より変じて来り、依る所は「四陰二陽の卦は皆『觀』『臨』より来る」の通例なり。『觀』卦の六四は上進して五位に居る、ゆえに「晋、就是進」という。「康」は『礼記・祭統』の「康周公」の「康」と読み、鄭玄が『礼記』に注する時かつてこの爻を引きて証と為せり、ゆえにその読法に従う。鄭玄はまた「康侯」に注していう、「康はすなわち広で、優厚に彼に賜う所の車馬服飾を拡大するを指す。」『繫辞』は坤は広大をもって万物を生育すといい、ゆえに坤は広に取象す。爻位の通例に按ずるに、第四爻は諸侯に象徴す。『觀』卦の六四爻辞に「利用賓于王」あり、ゆえに「觀四賓王」という。『觀』の四は上に五位に至りて後両爻は皆位に当たらず、そこに五爻は正位に変じ、四爻を初爻に賜予す、すなわち初と四とが位置を交換す。いわゆる「初動體屯」とは、初爻が一動すれば、初爻より五爻に至るまで便ち『屯』体を構成するをいう。『屯』の下体は震で、震は侯に取象し、『屯』の卦辞は正に「利建侯」という。四爻はもと諸侯で、今四を初に賜えば、初爻の成す所の震もまた侯なり、これがすなわち「康侯」の取象である。

坎為馬美脊,坤為用,故用錫馬。錫讀納錫、錫貢之錫。侯享王之禮,覲禮匹馬卓上九馬隨之是其事也。蕃,多也;庶,眾也。艮為多,坤為眾,故蕃庶。雜卦曰:,晝也。離日在地上,故晝日。坤三陰在下,故三接。

『説卦伝』は坎は馬に在りて美脊を為すといい、ゆえに坎は馬に取象す。坤は用に取象す、ゆえに「用錫馬」という。「錫」は『尚書・禹貢』の「納錫」「錫貢」の「錫」と読み、進献と賞賜とが相通ずるの義なり。諸侯が天子に朝享するの礼节は、『儀礼・覲礼』の記する所の「匹馬は卓立して前に在り・九馬は随行して後に在り」は、まさにこの事である。「蕃」は多で、「庶」は衆なり。艮は多に取象し、坤は衆に取象す、ゆえに「蕃庶」という。『雑卦伝』に「晋、就是白晝」といい(ここの「晋」の字は底本は脱去す)。離は日を為して地面の上に在る、ゆえに「晝日」という。坤の三つの陰爻は皆下体に在る、ゆえに「三接」という。

周禮大行人曰:上公之禮,廟中將幣三享,出入三問三勞;諸侯三享,再問再勞;諸子三享,壹問壹勞。是天子三接諸侯之禮也。此兼虞鄭義。一說三接,王接諸侯之禮:覲禮延升,一也;覲畢致享升致命,二也;享畢王勞之升成拜,三也。

『周礼・大行人』にいう、上公の礼は、廟の中に幣を奉りて三回の享献の礼を行い、往来の間に三問三労あり。諸侯は三享にして再問再労、诸子は三享にして一問一労なり。これがすなわち天子が諸侯を三回接待するの礼节である。以上は兼ねて虞翻と鄭玄の両家の義を採る。別に一説あり、「三接」の指す所は王が諸侯を接待するの三道の程序なり:『覲礼』の中に王は諸侯を延請して堂に升らしむ、是れ第一次。朝覲は完畢し、諸侯は堂に升りて享礼を致送し君命を転達す、是れ第二次。享礼は完畢し、王は諸侯を慰労し、諸侯は堂に升りて成拜の礼を行う、是れ第三次。

初六:如摧如,貞吉,罔孚,裕無咎。注:進摧退也。初進居四,故如;四退居初,故摧如。動得位故貞吉。罔,無也。四坎稱孚,坤弱為裕。五之正成巽,初受其命,故無咎也。六二:如愁如,貞吉。注:坎憂為愁,應在坎上,故愁如。五變應之,故貞吉。

初六の爻辞:進みてまた挫折を受く、占問して吉を得。誠信を見ず、従容宽裕すれば過咎なし(爻辞の句首に「晋」の字を脱し、まさに「晋如摧如」と作るべし)。注:「晋」は進で、「摧」は退である。初六は上進して四位に居る、ゆえに「晋如」という。九四は退下して初位に居る、ゆえに「摧如」という。変動の後位を得、ゆえに「貞吉」。「罔」はすなわち无。九四は坎体に在り、坎は誠信と称す。坤性は柔弱なり、ゆえに宽裕に取象す。九五は正位に変じて便ち巽体を成し、巽は命を為し、初爻はその命令を承受す、ゆえに過咎なし。六二の爻辞:進みてまた憂愁す、占問して吉を得。注:坎は憂を為す、ゆえに愁に取象す。六二の応する所の九五は坎体の上に在る、ゆえに「愁如」という。九五が一変すれば便ち二と相応す、ゆえに「貞吉」。

受茲介福于其王母。注:乾為介福。艮為手,坤為虛,故稱受。謂五已正中,乾為王,坤為母,故受茲介福于其王母。六三:眾允,悔亡。注:坤為眾,土性信,故眾允。三失正,與上易位,故悔亡。九四:如碩鼠,貞厲。注:四體坎艮,艮為碩鼠,在坎穴中,故如。碩鼠失位,故貞厲。六五:悔亡,矢得勿恤,往吉無不利。注:失位悔也,動之正,故悔亡。矢,古誓字,信也。勿,無;恤,憂也。五變得正,坎象不見,故誓得勿恤。五正二受介福,故往吉無不利。上九:其角,維用伐邑,厲吉無咎,貞吝。注:上為角,坤為邑,動體豫,利行師,故維用伐邑。失位,故危;變之正,故厲吉無咎。動入冥豫,故貞吝。

爻辞にまたいう:その王母よりこの大福を承受す。注:乾は大福に取象す。艮は手を為し、坤は中虚にして、手は虚にして始めて承接しうる、ゆえに「受」と称す。これは九五がすでに中に居りて正を得、乾は王を為し、坤は母を為すをいう、ゆえに「受茲介福于其王母」という。六三の爻辞:衆人は信服し、悔恨は消失す。注:坤は衆に取象し、土の徳性は誠信なり、ゆえに「衆允」という。六三は居位正ならず、上九と位置を交換すれば便ち各々その正を得、ゆえに悔恨は消失す。九四の爻辞:進むこと大老鼠のごとし、占問すれば危厲あり(句首に「晋」の字を脱す)。注:九四は兼ねて坎体と互体の艮との中に在り、艮は大鼠に取象し、また坎の洞穴の裏に処る、ゆえに「晋如」という。大鼠は居位当ならず、ゆえに「貞厲」という。六五の爻辞:悔恨は消失し、得失は皆憂慮するを要せず、前往すれば則ち吉、利あらざるなし。注:六五は陰をもって陽に居りて位を失う、もと悔あるべきに、正位に変動す、ゆえに悔恨は消失す。「矢」は古の「誓」の字で、誠信と訓ず。「勿」は无で、「恤」は憂である。五爻が一変すれば便ち正を得、坎象はこれに随いて見えず、ゆえに「誓得勿恤」という。九五は正に居り、六二は前往して五に応じて大福を領受す、ゆえに「往吉无不利」。上九の爻辞:進みて頭角の上に至る、ただ属邑を討伐するに用うるのみ、危厲ありて終わりに吉を得・過咎なし、固執すれば則ち吝惜あり。注:上爻は角に象徴し、坤は邑に取象す。上九が一動すれば便ち『豫』体を成し、『豫』は師を行うに利あり、ゆえに「維用伐邑」という。上九は位を失う、ゆえに危あり。正位に変ずれば、ゆえに厲と雖も吉・過咎なし。一動すれば便ち『豫』卦の上六「冥豫」の境地に落入す、ゆえに「貞吝」という。

疏:「進」至「咎也」○進,彖傳文。何妥曰:摧,退也。初四失位,初之四為進,故如;四之初為退,故摧如。二爻得位,故貞吉。罔,無,馬義也。四體坎為孚,四之初,故罔孚。中互兩坤,坤弱為裕。五之正成巽,巽為命,初受其命,故無咎。此兼虞義。

恵棟の自疏:この一節は注文の「進」より「咎也」に至るを疏証す。「晋、就是進」は、もと『彖伝』の文字なり。何妥にいう、「摧とは、すなわち退。」初・四の両爻は皆位を失い、初は四位に往くは上進なので、「晋如」という。四は初位に回るは退下なので、「摧如」という。両爻は交換の後各自位を得、ゆえに「貞吉」。「罔」は无と訓ず、これは馬融の説である。九四は坎体に在りて坎は誠信を為し、四が一旦下りて初位に至れば、坎体は便ち毀す、ゆえに「罔孚」という。卦の中に互いに二つの坤を出し、坤性は柔弱なり、ゆえに宽裕に取象す。九五は正位に変じて巽体を成し、巽は号令を為し、初爻はその号令を承受す、ゆえに過咎なし。ここは兼ねて虞翻の義例を採る。

○坎憂至貞吉○二正應五,故如。坎為加憂,說文曰:愁,憂也。五在坎上,二五敵應,故愁如。五失位,變之正,與二相應,故貞吉。此兼虞義。○乾為至王母○此虞九家義也。馬氏云:介,大也。乾為大,為福,故為介福。艮為手,坤陰為虛,手虛能受,故稱受。五已正,體乾為王,坤為母,二受五福,故受茲介福于其王母矣。

この一節は注文の「坎憂」より「貞吉」に至るを疏証す。六二は九五と正に相応す、ゆえに「晋如」という。『説卦』は坎を加憂と称し、『説文解字』に「愁はすなわち憂」といい。九五は坎体の上に在り、二と五とはもと敵応なり、ゆえに「愁如」という。九五は位を失い、一変して正位に至れば便ち六二と相応す、ゆえに「貞吉」。ここは兼ねて虞翻の義を採る。以下は注文の「乾為」より「王母」に至るを疏証す:これは虞翻と『九家易』との説である。馬融にいう、「介とは、すなわち大。」乾は大に取象し福に取象す、ゆえに合して「介福」と称す。艮は手を為し、坤は陰にして中虚、手の中は空虚にして始めて承接しうる、ゆえに「受」と称す。九五はすでに正に居り、乾体を成して王と為り、坤は母を為し、六二は五爻の福を承受す、ゆえに「受茲介福于其王母」という。

○坤為至悔亡○此虞義也。釋詁曰:允,信也。坤為眾,為土,土性信,故眾允。以六居三為失正,與上易位,各得其正,故悔亡也。○四體至貞厲○四體坎互艮,艮為碩為鼠,故為碩鼠。詩碩鼠序曰:貪而畏人若大鼠。四本三公之位,以陽居陰而據坤田,有似碩鼠。坎窞為坎,四體坎,虞注說卦曰:鼠似狗而小,在坎穴中,晉九四是也。四失位不正而危,故貞厲也。

この一節は注文の「坤為」より「悔亡」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。『爾雅・釈詁』にいう、「允とは、すなわち信。」坤は衆に取象し土に取象し、土の徳性は誠信なり、ゆえに「衆允」という。六をもって三に居るは正を失う、上九と位置を交換して後両爻は各々その正を得、ゆえに悔恨は消失す。以下は注文の「四體」より「貞厲」に至るを疏証す。九四は坎体の中に在りて互いに艮を出し、艮は大に取象し鼠に取象す、ゆえに合して「碩鼠」を成す。『詩経・碩鼠』の小序にいう、貪婪にしてまた人を畏る、大き老鼠のごとし。九四はもと三公の位で、しかして陽爻をもって陰位に居りて坤田を拠有す、まさに一只の碩鼠のごとし。坎中の坎を「窞」と叫び、すなわち深穴で、九四はまさに坎体に在り、虞翻が『説卦』に注していう、「鼠は狗に像りて小さし、坎の洞穴の中に蔵す、『晋』卦の九四はすなわちこれ。」九四は位を失い正ならずして処境は危険なり、ゆえに「貞厲」という。

○失位至不利○六居五為失位,宜有悔也。五之正,故悔亡。論語「夫子矢之」,孔安國注云:矢,誓也。矢誓同物同音,故知矢為古誓字。誓以著信,故云信。五體坎為憂,變得正,坎象不見,故誓得勿恤。五已之正,二往應五受介福,故往吉無不利,乾為利也。此兼虞義。

この一節は注文の「失位」より「不利」に至るを疏証す。六をもって五に居るは位を失う、もと悔あるべきに、五爻は正位に変ず、ゆえに悔恨は消失す。『論語』に「夫子矢之」の一句あり、孔安国の注にいう、「矢とは、すなわち発誓。」矢・誓の二字は同物同音なり、これにより「矢」は古の「誓」の字なるを知る。発誓は信実を昭明するためなので、注文は「矢」を信と訓ず。九五は坎体に在りて坎は憂を為し、一変して正を得れば、坎象は便ち復た存在せず、ゆえに「誓得勿恤」という。九五はすでに正に居り、六二は前往して五に応じて大福を領受す、ゆえに「往吉无不利」。乾は利に取象す。ここは兼ねて虞翻の義を採る。

○上為至貞吝○爻例上為角。虞氏謂五已變之乾為首,位在首上,故稱角,義亦通也。坤土為邑,上動體豫,豫彖曰:利建侯行師。行師侵伐,故維用伐邑也。動入冥豫,荀義也。豫上六曰:冥豫。故云動入冥豫。兩陰無應,故貞吝也。

この一節は注文の「上為」より「貞吝」に至るを疏証す。爻位の通例に按ずるに、上爻は角に象徴す。虞翻は則ち九五はすでに変じて乾を成し、乾は首を為し、上爻の位は頭首の上に在ると為し、ゆえに「角」と称す、この講法もまた説き通る。坤は土地を為す、ゆえに邑に取象す。上九が一動すれば便ち『豫』体を成し、『豫』卦の『彖伝』に「利建侯行師」といい、行師はすなわち征伐なので、「維用伐邑」という。「動入冥豫」は荀爽の義例である:『豫』卦の上六爻辞は正に「冥豫」と作る、ゆえに一動すれば便ち昏冥の『豫』に落入すという。上九は六三と皆変じて後両陰は相対して応和する所なし、ゆえに「貞吝」という。

明夷卦

坎宮游魂卦,消息九月。明夷。注:臨二之三而反晉也。夷,傷也,明入地中,故傷。利艱貞。注:謂三也。三得正體坎為艱,故利艱貞。疏:「臨二」至「故傷」○此虞義也。卦自臨來,亦從四陰二陽之例。臨九二之三而反晉者,易例有卦之反,爻之反。卦之反,反卦也,艮反震,兌反巽,明夷反晉之類是也。

此卦は京房の八宮の中に坎宮の遊魂卦に属し、卦気は九月を配る。経文:『明夷』。注:此卦は『臨』卦の九二と六三とを互換し、再び『晋』卦の整个を倒転して来りて成る。「夷」は傷で、光明は地中に沉入す、ゆえに傷という。経文:利艱貞。注:これは九三に就いて言うなり。九三は正を得て坎体に処り、坎は艱難に取象す、ゆえに「利艱貞」という。疏:この一節は注文の「臨二」より「故傷」に至るを疏証し、用うる所は虞翻の義例なり。此卦は『臨』卦より変じて来り、同じく「四陰二陽の卦は『臨』『觀』より来る」の通例に依る。「臨九二之三而反晋」と言うに至っては、『易』例の中に「卦之反」と「爻之反」の両種あるに因る。いわゆる卦之反とは、整卦を倒転して来るの反卦で、艮は倒転して震を成し・兌は倒転して巽を成し・『明夷』は倒転して『晋』を成すの類のごとし。

爻之反,旁通也,比、大有之類是也。否、泰則旁通而兼反卦者也。此不用旁通而用反卦者,以上六初登于天為晉時,後入于地為明夷時,故用反卦,與否泰反其類為一例也。夷,傷也,序卦文。離滅坤下,六五失則九三升,五不可疾正,故明傷也。

いわゆる爻之反とは、六爻の陰陽が全部相対するの旁通で、『比』と『大有』との類のごとし。『否』『泰』の両卦に至っては、則ちすでに旁通にしてまた互いに反卦を為す。ここに旁通を用いずして反卦を用うるは、上六の爻辞に「初めは天上に升り、後に地下に落入す」といえばに因る——天上に升るはまさに『晋』の時位で、地下に落入するは始めて『明夷』の時位なり、ゆえに反卦を取りて説を立つ、『否』『泰』の「反其類」とは同一体例なり。「夷、就是傷」は『序卦伝』に出づ。離明は坤に滅せられて下体に沉在し、六五は位を失えば則ち九三はまさに升るに当たり、五爻はまた正を急求すべからず、ゆえに光明は傷を受く。

○謂三至艱貞○彖傳謂文王箕子以正人蒙難,故利。艱貞謂三。三陽得正為君子而在坎獄中,坎為艱。文王蒙難而得身全,箕子內難而正其志,利艱貞之義也。此兼虞義,虞唯指五為異也。

この一節は注文の「謂三」より「艱貞」に至るを疏証す。『彖伝』は文王と箕子とは皆正直の身をもって患難に遭逢すといい、ゆえに「利」という。「艱貞」の指す所は九三なり:三爻は陽にして正を得、是れ君子にして、しかして身は坎獄の中に陥る、坎は正に艱難に取象す。文王は難に遭いて終わりにその身を保全し得、箕子は宗族内部の患難の中に処りてその志を正守し得——これがすなわち「利艱貞」の意思である。ここは兼ねて虞翻の義を採る、ただ虞翻は「艱貞」を指して六五と為す、恵氏と同じからず。

初九:明夷于飛,垂其翼,君子于行,三日不食。注:離為飛鳥,故曰于飛。為坤所抑,故垂其翼。陽為君子。三者,陽德成也。震為行,離為日。晉初動體噬嗑食,明夷反晉,故曰君子于行三日不食。

初九の爻辞:光明が傷を受くるの時外に飛行し、その翅膀を垂下す。君子は路途に在り、三天は飯を吃上せず。注:離は飛鳥に取象す、ゆえに「于飛」という。離明は坤に压抑せらる、ゆえに「垂其翼」という。陽爻は君子に象徴す。「三」と言うは、陽徳は第三爻に至りて始めて完成を算するに因る。震は行走に取象し、離は日に取象す。『晋』卦の初爻が一動すれば便ち『噬嗑』を成し、『噬嗑』に「食」の義あり。しかして『明夷』はまさに『晋』の倒転なので、その義を反して「君子于行、三日不食」という。

有攸往,主人有言。注:應在四,故有攸往。四體震為主人為言,故主人有言。六二:明夷睇於左股,用抍馬壯吉。注:旁視為睇,離為目。陽稱左,謂九三也。三在辰得巽氣為股,二承三故睇於左股。震為馬,二正應五,三與五同功,二以中和應天合眾,欲升三以壯於五,故曰用抍馬壯吉。

爻辞にまたいう:往く所有れば、主人は責難の言あらん。注:初九の応する所は六四に在る、ゆえに「有攸往」という。六四は震体に在り、震は長子を為して祭器を主る、ゆえに主人に取象し、また言語に取象す、ゆえに「主人有言」という。六二の爻辞:光明が傷を受くるの時左の大腿を斜視し、用いて拯救するの馬は強壮にして、吉。注:斜めに看るを「睇」と叫び、離は目に取象す。陽爻は「左」と称し、ここは九三を指す。爻辰の法に按ずるに、三爻は辰位に値りて巽気を得、巽は股を為し、六二は上に九三を承奉す、ゆえに「睇于左股」という。震は馬に取象し、六二は九五と正に相応し、しかして三と五とは爻位同功なり、六二は中正をもって和順に上に天位に応じ・衆爻を会合して、九三を推挙して上升して五位を壮大ならしめんと欲す、ゆえに「用拯馬壮、吉」という。

九三:明夷于南守,得其大首,不可疾貞。注:守,獵也。離南方卦,故曰南守。三上獵五,乾為大首,故得其大首。自暗復明,當以漸次,不可卒正,故曰不可疾貞。六四:入于左腹,獲明夷之心,于出門庭。注:左謂三,坤為腹,四欲上三居五,故入于左腹。三獲五體坎為心,故獲明夷之心。震為出晉,艮為門庭,故于出門庭,言三當出門庭升五君位。

九三の爻辞:光明が傷を受くるの時南方にて田猟し、あの首悪を猟獲す、急ぎて正を求むべからず。注:「守」はすなわち狩猟。離は南方の卦なので、「南狩」という。九三は上に向かいて六五を猟取し、乾は大を為し・首を為す、ゆえに「得其大首」という。昏暗より光明に回るに、まさに循序漸進すべく、倉卒に正を求むべからず、ゆえに「不可疾貞」という。六四の爻辞:左の腹地に進入し、明夷の心を獲得して、門庭の中より走出来す。注:「左」は九三を指し、坤は腹に取象す。六四は九三をして上に五位に居らしめんと欲す、ゆえに「入于左腹」という。九三は五位を取得すれば便ち坎体を成し、坎は心を為す、ゆえに「獲明夷之心」という。震は出に取象す(『晋』卦の震)、艮は門庭に取象す、ゆえに「于出門庭」といい、意思是九三はまさに門庭を走出来して五位の君位に升居すべきなり。

六五:其子之明夷,利貞。注:其讀為亥,坤終於亥,乾出於子,故其子之明夷。三升五得正,故利貞。馬君俗儒讀為箕子,涉彖傳而訛耳。上六:不明晦,初登于天,後入于地。注:應在三,離滅坤下,故不明晦。晉時在上麗乾,故登於天。今反在下,故後入于地。

六五の爻辞:亥子の交の明夷、正を守るに宜し。注:「其」は「亥」と読み、坤は亥に終結し、乾は子に発生す、ゆえに「亥子之明夷」という。九三は五位に升れば便ち正を得、ゆえに「利貞」という。馬融のこの類の俗儒はこれを「箕子」と読む、『彖伝』の文字に牽連せられて誤を致すなり。上六の爻辞:光明を見ずして昏暗あるのみ、初めは天上に升り、後に地下に落入す。注:上六の応する所は九三に在り、離明は坤に滅せられて下体に沉在す、ゆえに「不明晦」。『晋』の時位の上に在りては、離日は上に在りて乾に附麗す、ゆえに「登于天」という。今倒転して来りて下体に落す、ゆえに「后入于地」という。

疏:「離為」至「不食」○此荀虞義也。說卦曰:離為雉。郭璞洞林曰:離為朱雀。故為飛鳥。明入地中,為坤所抑,故垂其翼。昭五年春秋傳曰:日之謙當鳥,飛不翔,垂不峻,翼不廣。初體離而在坤下,故有是象也。

恵棟の自疏:この一節は注文の「離為」より「不食」に至るを疏証し、荀爽と虞翻との義例なり。『説卦伝』に「離為雉」といい、郭璞の『洞林』に「離為朱雀」といい、ゆえに離は飛鳥に取象す。光明は地中に沉入し、坤に压抑せらる、ゆえに「垂其翼」という。『春秋左伝』昭公五年にいう、日の謙下は鳥象に対応し、飛びて高翔し得ず、垂れて高挙し得ず、翅膀もまた張開し得ず。初九は離体に在りて坤の下に処る、ゆえにこのような取象あり。

泰彖傳曰:君子道長。君子謂三陽。春秋傳曰:象日之動,故曰君子于行。是知陽為君子。陽成於三,故云三者陽德成也。晉初動體噬嗑,雜卦曰:噬嗑,食也。明夷反晉,故不食。荀氏謂:不食者,不得食君祿也。陽未居五,陰暗在上,初有明德,恥食其祿,故曰君子于行,三日不食,是其義也。

『泰』卦の『彖伝』に「君子道長」といい、あそこの君子の指す所はまさに三つの陽爻なり。『春秋左伝』に「太陽の運行に取象す」といい、ゆえに爻辞は「君子于行」という。これにより陽爻は君子に象徴するを知る。陽徳は第三爻に至りて始めて完成を告ぐ、ゆえに注文は「三、是陽徳的完成」という。『晋』卦の初爻が一動すれば便ち『噬嗑』体を成し、『雑卦伝』に「噬嗑はすなわち吃」といい。『明夷』は『晋』の倒転なので、反して来りて「不食」という。荀爽は為して曰く、いわゆる不食とは、君主の俸禄を享用するを肯ぜざるなり。陽爻はいまだ五位に居り至らず、陰暗の気は上に盘踞し、初九は光明の徳を懐きて、その俸禄を食するを恥と為す、ゆえに「君子于行、三日不食」という——すなわちこの意思である。

○應在至有言○初正應四,自內曰往,故有攸往。震主器,故為主人。四互震而在坤體,躁人之辭多,故主人有言也。○旁視至壯吉○此鄭九家義也。夏小正曰:來降燕乃睇。傳曰:睇者,眄也。說文曰:眄,衺視也,秦語。故鄭注內則亦曰:睇,傾視也。離為目,故為睇。

この一節は注文の「應在」より「有言」に至るを疏証す。初九は六四と正に相応し、内卦より外卦に走向するを「往」と叫ぶ、ゆえに「有攸往」という。震は長子を為して祭器を主掌す、ゆえに主人に取象す。六四は互いに震体を出してまた坤体の中に在り、『繫辞』は浮躁の人は言辞多しといい、ゆえに「主人有言」という。以下は注文の「旁視」より「壮吉」に至るを疏証す:これは鄭玄と『九家易』との説である。『夏小正』に「飛来の燕子はそこに斜視す」といい、その伝は解釈していう、「睇とは、すなわち斜看。」『説文解字』にいう、「眄とは、斜めに看るなり、これは秦地の方言。」ゆえに鄭玄が『礼記・内則』に注してもいう、「睇とは、側目して視るなり。」離は目に取象す、ゆえに「睇」に取象す。

管子宙合曰:君立於左,臣立於右。此君臣之分,是左陽右陰,故陽稱左。周書武順曰:天道尚左。九三陽爻,故為左也。爻辰三在辰,孝經援神契曰:清明後十五日斗指辰為穀雨,後十五日斗指巽為立夏。是辰近巽,巽為股,故云得巽氣為股。三為左股,二承三,故睇於左股。

『管子・宙合』にいう、国君は左辺に立ち、臣子は右辺に立つ。これは君臣の分位で、これにより左は陽に属し・右は陰に属するを見る、ゆえに陽爻は「左」と称す。『逸周書・武順』にいう、「天道は左方を崇尚す。」九三は陽爻なので、左に取象す。爻辰の法に按ずるに、第三爻は辰位に値る。『孝経援神契』にいう、清明の後十五日に北斗は辰位を指向し、是れ穀雨。再び十五日を過ぎて北斗は巽位を指向し、是れ立夏。これにより辰位は巽位に緊鄰するを見、巽は大腿に取象す、ゆえに注文は三爻は「巽気を得て股と為す」という。三爻はすでに左股にして、六二はまた上に九三を承奉す、ゆえに「睇于左股」という。

三體震為馬,三升五,二正應之,故云二正應五。三與五同功,下繋文。三五同功,故得升五。若然,臨、泰諸卦二升五以其應也,大壯四升五以陽息之卦也,義各有取,皆以五虛無君而得升也。二執中含和,上應九五以合眾爻,故云二以中和應天合眾。拯之言升,三升五則二得其應,故欲升三以壯於五而曰用抍馬壯。五變之正,故吉也。坎折坤體,故曰壯。

九三は震体に在り、震は馬に取象す。三爻は五位に上升し、六二は便ちこれと正に相応す、ゆえに注文は「二正應五」という。「三與五同功」は『繫辞下伝』の話である:三・五両爻は功用相同し、これに因りて三爻は五位に升るを得。もし此例に依らば、『臨』『泰』の諸卦は二爻が五に升る、二五はもと相応するに因る。『大壮』は四爻が五に升る、それは陽気の増長する卦なるに因る——各々その取義あり、共同点は皆五位が空虚にして君なきに在り、ゆえに下爻は上昇するを得るを得。六二は中道を持守して和気を含藴し、上に九五に応じて衆爻を会合す、ゆえに注文は「二以中和應天合衆」という。「拯」の意思はすなわち上升で、三爻は五位に升り、六二は便ちその応を得、ゆえに九三を推挙して五位を壮大ならしめんと欲して、「用拯馬壮」という。五爻は正位に変ず、ゆえに吉を得。坎は坤体を折断しうる、ゆえに「壮」という。

○守獵至疾貞○九家曰:歲終田獵名曰守。故曰守,獵也。離,南方卦,說卦文。三體離,離,南方之卦,故曰南守。三陽五陰,五虛無君,陰為陽得,故三上獵五。九五為乾,乾陽為大為首,三上獵五,故得其大首。明夷之世用晦而明,當以漸次,不可卒正,言不可卒正五位,故曰不可疾貞。此兼九家義也。

この一節は注文の「守獵」より「疾貞」に至るを疏証す。『九家易』にいう、一年の終了する時の田猟を「狩」と叫ぶ。ゆえに注文は「狩」を猟と訓ず。「離是南方之卦」は『説卦伝』に出づ。九三は離体に在り、離はすでに南方の卦なので、「南狩」という。三爻は陽にして・五爻は陰にして、五位は空虚にして君なく、陰は陽に猟取せらる、ゆえに九三は上に向かいて六五を猟取す。九五の位はもと乾に属し、乾の陽は大に取象し首に取象す、三爻は上に五位を猟す、ゆえに「得其大首」という。『明夷』の世は光芒を収斂して明智を内蔵するを要し、まさに循序漸進すべく、倉卒に正を求むべからず——意思は急ぎて五位を正しに行くべからず、ゆえに「不可疾貞」という。ここは兼ねて『九家易』の義を採る。

○左謂至君位○二爻辭左股謂三,故知此左亦謂三。坤為腹,說卦文。荀氏謂四得位,比三處於順首欲上,三居五,五體坤,為腹,故入于左腹。三南守獲五體坎,坎為心,故獲明夷之心。

この一節は注文の「左謂」より「君位」に至るを疏証す。六二の爻辞の「左股」の指す所は九三なり、これにより六四の爻辞の「左」もまた九三を指すを知る。「坤為腹」は『説卦伝』に出づ。荀爽は六四は居位当を得、九三に緊鄰して柔順の首に処り、上行するの意ありて、九三をして五位に居らしむと為す。五爻は坤体の中に在り、坤は腹を為す、ゆえに「入于左腹」という。九三は南に向かいて狩猟して五位を取得すれば便ち坎体を成し、坎は心を為す、ゆえに「獲明夷之心」という。

說卦曰:帝出乎震。故震為出。又曰:艮為門闕。莊二十五年春秋傳曰:庭實旅百。杜預注云:艮為門庭是也。三居五出在應門之內,立於門內之中庭南面,故云于出門庭,升五君位也。此兼荀氏及九家義。

『説卦伝』に「帝出乎震」といい、ゆえに震は出に取象す。また「艮為門闕」といい。『春秋左伝』庄公二十五年に「庭中に陳列するの礼物は成百なる」の文あり、杜預の注に「艮為門庭」といい、まさにこの象なり。九三は五位に升居す、走り出て応門の内に至り、門内の中庭の上に立ちて南方に面向す、ゆえに「于出門庭」といい、すなわち五位の君位に升上するなり。ここは兼ねて荀爽と『九家易』との義を採る。

其讀至訛耳。蜀才從古文作其子,今從之。其,古音亥,故讀為亥,亦作箕。劉向曰:今易萁子作荄茲。荀爽據以為說,蓋讀萁子為荄茲。古文作萁子,其與亥,子與茲,字異而音義同。淮南子曰:爨萁燧火。高誘注云:箕音該備之該。該、荄同物,故三統曆曰:該閡於亥,孳萌於子。是也。

以下は注文の「其讀」より「訛耳」に至るを疏証す。蜀才は古文本に依りて「其子」と作り、今その説に従う。「其」の古音は「亥」と同じ、ゆえに亥と読み、また「箕」と作るもあり。劉向にいう、今本『易』の「萁子」は、古本は「荄茲」と作す。荀爽はすなわちこれに拠りて説を立て、「萁子」を「荄茲」と読む。古文本はもと「萁子」と作り、「其」と「亥」と・「子」と「茲」とは、字形は同じからざると雖も音義は相同じ。『淮南子』に「萁草を燒きて火を取る」といい、高誘の注にいう、「箕の読音は『該備』の『該』と同じ。」該と荄とはもと一物なので、『三統暦』に「陽気は亥に該蔵し、子に萌生す」といい、まさにこの義なり。

五本坤也,坤終於亥,乾出於子,用晦而明,明不可息,故曰其子之明夷。明夷反晉,晉,晝也;明夷,晦也。以十二辰言之,七日來復則當子;以十日言之,自暗復明則當旦。故昭五年春秋傳卜楚丘論此卦以為明夷當旦,亦此義也。五失位,三之五得正,故利貞。

六五はもと坤より来り、坤は亥位に終結し、乾は子位に発生し、光芒を収斂して明智を内含し、光明は終究に止息せず、ゆえに「亥子之明夷」という。『明夷』は『晋』の倒転なり:『晋』は白昼を為し、『明夷』は昏夜を為す。十二辰をもって言えば、「七日來復」は正に子時に当たる。十日をもって言えば、昏暗より光明に回復するは正に清晨に当たる。ゆえに『春秋左伝』昭公五年の卜楚丘が此卦を論ずるに、『明夷』はまさに天明の時に当たると為す、もまたこの意思なり。六五は位を失い、九三は上に五位に至れば便ち正を得、ゆえに「利貞」という。

馬融俗儒不識七十子傳易之大義,以彖傳有箕子之文,遂以箕子當五。尋五為天位,箕子臣也,而當君位,乖於易例,逆孰大焉。謬說流傳,兆於西漢。西漢博士施讎讀其為箕,時有孟喜之高弟蜀人趙賓述孟氏之學,斥言其謬,以為箕子明夷陰陽氣無箕子,其子者,萬物方荄茲也。賓據古義以難諸儒,諸儒皆屈。

馬融のこの類の俗儒は七十子が『易』を伝えたるの大義を懂せず、ただ『彖伝』の裏に「箕子」の二字あるに因りて、便ち箕子を六五に配当す。細究するに、五は天子の位で、箕子はただ臣子のみ、臣子をして君位を占拠せしむるは、『易』の義例に違背す、またこれより悖逆なるあらんや。この種の謬説の流伝は、西漢に肇端す:西漢の博士施讐は「其」を「箕」と読み、当時孟喜の高足・蜀人の趙賓は孟氏の学を伝述し、その誤を指斥して、陰陽の気を講ずるの「箕子明夷」の裏に根本に箕子のこの人を有せずと為す。「其子」は万物がまさに亥子の交に萌蔵するを言うなり。趙賓は古義に拠りて諸儒と弁難し、諸儒は皆駁倒せらる。

於是施讎、梁丘賀咸共嫉之。讎、賀與喜同事田王孫而賀先貴,又傳子臨,從讎問薦,讎為博士。喜未貴而學獨高,施、梁丘皆不及喜,所傳卦氣及易家候陰陽災異書皆傳自王孫,以授梁人焦延壽者,而梁丘惡之,謂無此事,引讎為證,且以此語聞於上。於是宣帝以喜為改師法,不用為博士,中梁丘之譖也。

そこに施讐・梁丘賀は皆趙賓を嫉恨す。施讐・梁丘賀は孟喜と同じく田王孫の門下に在りて業を受け、しかして梁丘賀は先んじて顕貴し、また学問を児子の梁丘臨に伝え、梁丘臨は施讐に請教して併せて挙薦を加え、施讐はこれに因りて博士に任ずるを得。孟喜は当時いまだ顕貴せざるも学問は独り高し、施讐・梁丘賀は皆彼に比ぶるを得ず。孟喜の伝うる所の卦気の説と易家の占候陰陽災異の書とは、皆田王孫より来り、また梁人の焦延寿に伝授し、梁丘賀は却って彼を悪み、強いてこの事なしと言い、また施讐を引きて証と作し、併せてこの話を朝廷に上達す。そこに漢宣帝は孟喜が擅に師法を改ると認定し、彼を博士と為すに任用せず——孟喜は実は梁丘賀の讒言に中たりしなり。

讎、賀嫉喜而並及賓。班固不通易,其作喜傳亦用讎、賀之單詞,皆非實録。劉向別録猶循孟學,故馬融俗說,荀爽獨知其非,復賓古義,讀其子為荄茲,而晉人鄒湛以為漫衍無經,致譏荀氏。但魏晉已後,經師道喪,王肅詆鄭氏而禘郊之義乖,袁準毀蔡服而明堂之制亡,鄒湛譏荀諝而周易之學晦,郢書燕說,一倡百和,何尤乎後世之紛紜矣。

施讐・梁丘賀は孟喜を嫉恨し、連帯してまた趙賓に波及す。班固は『易』学に通ぜず、彼の作る所の孟喜伝もまたただ施・梁丘の一面の詞を采信するのみ、皆実録に非ず。劉向の『別録』はなお孟氏の学を遵循す、ゆえに馬融のあの套の俗説に面するに、ただ荀爽のみその錯誤を看出し、趙賓の古義を恢復して、「其子」を「荄茲」と読む。しかして晋人の鄒湛は却って荀爽を散漫無拠・経義に合せずと譏諷す。しかるに魏晋以後は経師の道は淪喪す:王粛は鄭玄を詆毀し、禘祭郊祀の義理は便ち乖謬せり。袁準は蔡邕・服虔を詆毀し、明堂の制度は便ち亡失せり。鄒湛は荀爽を譏諷し、『周易』の学は便ち晦暗せり。郢人の錯簡を把りて燕相の高論と為す、一人倡導すれば百人附和す、則ち後世の紛紛擾擾、また誰を怪責するを得んや。

○應在至於地○此虞義也。三體離,上正應三,故云應在三。坤滅藏於癸,坤上離下,故離滅坤下。坤冥為晦,故不明而晦也。日月麗乎天,晉時在上麗乾,故登於天。明夷反晉,故反在下,後入于地也。

この一節は注文の「應在」より「于地」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。九三は離体に在り、上六は三と正に相応す、ゆえに注文は「應在三」という。納甲の法に按ずるに、坤は癸の方に沉滅潜蔵す。此卦は坤は上に在り・離は下に在る、ゆえに「離明は坤に滅せられて下に沉在す」という。坤色は幽冥なり、ゆえに晦に取象し、光明を見ずして昏暗あるのみという。『繫辞』は日月は天に附麗すといい、『晋』の時位の上に離日は上に居りて乾に附麗す、ゆえに「登于天」という。『明夷』は『晋』の倒転なので、反して来りて下体に落す、すなわち「后入于地」なり。

家人卦

巽宮二世卦,消息五月。家人,利女貞。注:四之初,女謂離巽,二四得正,故利女貞。疏:此虞義也。卦自來,九四之初,二稱家,離二正,內應在乾,乾為人,故名家人。馬氏謂木生火,火以木為家,故曰家人,義亦通也。離中女,巽長女,故女謂離。巽二體離,四體巽,二四得正,故利女貞。馬氏云:家人以女為奧主,長女中女各得其正,故特曰利女貞矣。

此卦は京房の八宮の中に巽宮の第二世卦に属し、卦気は五月を配る。経文:『家人』、女子が正を守るに宜し。注:此卦は『遯』卦の九四が下りて初位に至るより成る(底本はここに「遯」の字を脱落す、以下同じ)、「女」は離と巽とを指し、六二・六四は皆正位を得、ゆえに「利女貞」という。疏:これは虞翻の義例である。此卦は『遯』より変じて来り、『遯』の九四は下りて初位に至る。二爻は「家」と称し、離の第二爻は正に居り、内卦は上に乾に応じ、乾は人を為す、ゆえに卦名を『家人』と為す。馬融は木は火を生じ得・火は木をもって家と為すと為し、ゆえに『家人』と叫ぶ、この講法もまた説き通る。離は中女で、巽は長女なので、「女」は離を指す。六二は離体に在り、六四は巽体に在り、二・四は皆正を得、ゆえに「利女貞」という。馬融にいう、一家の中は主婦をもって内室の主と為し、長女と中女とは各々居位して正を得、ゆえに特に「利女貞」という。

初九:閒有家,悔亡。注:閒,闌也,防也。陰消至二,艮子弒父,四來閒初,故閒有家悔亡。六二:無攸遂,在中饋,貞吉。注:遂讀如大夫無遂事之遂。婦道無成,故無攸遂。饋,饋祭也。二在下中,故在中饋。正應五,故貞吉。

初九の爻辞:防範をもって家を治む、悔恨は消失す。注:「閑」は欄干で、引申して防備と為す。『遯』卦は陰気が第二爻に消え、二爻は艮体を成し、艮は少子を為し、子が父を弑するの象あり。九四は下りて来りて初に防閑す、ゆえに「閑有家、悔亡」という。六二の爻辞:自ら主張を作さず、家の中に飲食祭祀を主持す、占問して吉を得。注:「遂」は「大夫无遂事」の「遂」と読む。丈夫と児子とは事宜を主断し、婦人の道は順従に在りて自専せず、ゆえに「无攸遂」という。「饋」は饋食の祭である。六二は下卦の中に居る、ゆえに「在中饋」という。それは九五と正に相応す、ゆえに「貞吉」。

九三:家人熇熇,悔厲吉,婦子喜喜,終吝。注:熇熇,盛烈也,乾盛故熇熇。三多凶,故悔;厲得位,故吉。喜喜,喜笑也。巽為婦,動體艮子,家人毀壞,故婦子喜喜終吝。六四:富家大吉。注:三動坤為富,四得位應初,順五乘三,比據三陽,故富家大吉。

九三の爻辞:家を治むるに過度に厳厲にして火の熾盛のごとし、悔厲あると雖も終わりに吉を得。もし婦人孩子が嘻嘻哈哈するは、最終に必ず憾惜あり。注:「熇熇」は熾盛猛烈で、九三は乾体に在り、乾道は剛盛なり、ゆえに「熇熇」という。第三爻は多凶なので、悔あり。危厲あると雖も居位は当を得、ゆえに吉を得。「喜喜」はすなわち嬉笑である。巽は婦を為し、九三が一動すれば便ち艮体を成して艮は少子を為し、一家の法度はこれに随いて毀壊す、ゆえに「婦子嘻嘻、終吝」という。六四の爻辞:家を富ましむ、大吉。注:九三が一動すれば便ち坤体を成し、坤は富を為す。六四は位を得て下に初九に応じ、九五を順承して九三を乘凌し、比鄰して初・三・五の三つの陽爻を併据す、ゆえに「富家大吉」という。

九五:王假有家,勿恤吉。注:乾為王。假,大也。三變受上,五體坎,坎為恤。五得尊位,據四應二,以天下為家,故王假有家。天下正之,故勿恤吉。上九:有孚威如,終吉。注:坎為孚,故有孚。乾為威,自上之坤,故威如。易而得位,故終吉。

九五の爻辞:君王はその家を光大す、憂慮するを要せず、吉。注:乾は王に取象す。「假」は大と訓ず。九三が一変して上九を承受すれば、五爻は便ち坎体に処り、坎は憂恤に取象す。九五は尊位に居り、六四を拠有して下に六二に応じ、天下をもって一家と為す、ゆえに「王假有家」という。天下は皆彼に因りて正に帰す、ゆえに憂うる所なくして吉を得。上九の爻辞:誠信を懐きて威厳畏べし、終わりに吉を得。注:坎は誠信を為す、ゆえに「有孚」という。乾道は威厳なり、ゆえに威に取象す。上九は下りて坤位に至る、ゆえに「威如」という。上と三とが位置を交換して後皆正を得、ゆえに「終吉」。

疏:「閒闌」至「悔亡」○閒,闌也,防也,此馬義也。卦自來,陰消二體艮,故艮子弒父。四來閒初,弒逆不行,故閒有家悔亡也。案:虞注訟彖曰:三之二,將成否,則子弒父,臣弒君;三來之二得中,弒不得行,故中吉。義與此同也。

恵棟の自疏:この一節は注文の「閑闌」より「悔亡」に至るを疏証す。「閑」は欄干・防備で、これは馬融の訓解なり。此卦は『遯』より変じて来り、『遯』の陰気は第二爻に消え、二爻は艮体を成す、ゆえに艮子が父を弑するの象あり。九四は下りて来りて初に防閑すれば、弑逆の事は便ち行き通らず、ゆえに「閑有家、悔亡」という。按ずるに、虞翻が『訟』卦の『彖伝』に注していう、三爻は下りて二位に至り、将に『否』を成さんとす、あれはすなわち子が父を弑し・臣が君を弑するなり。今三爻は下りて二位に至りて中に居り、弑逆は行き通らず、ゆえに「中吉」という。義理はここと相同じ。

○遂讀至貞吉○大夫無遂事讀從桓八年公羊傳文。彼文云:遂者何?生事也。何休注云:生猶造也,專事之辭。夫子制義,婦道無成,故無攸遂。古文論語曰:詠而饋。舊注云:詠,歌;饋,祭也。

この一節は注文の「遂讀」より「貞吉」に至るを疏証す。「大夫无遂事」の読は、『春秋公羊伝』桓公八年の文より取る。あそこにいう、「遂とは何ぞや、すなわち節外に事を生ずるをいう。」何休の注にいう、「生とは造作で、専断して行事するの説法。」丈夫と児子とは事宜を主断し、婦人の道は順成に在りて自専せず、ゆえに「无攸遂」という。古文本『論語』に「咏而饋」の一句あり、旧注にいう、「咏は歌唱で、饋は祭祀。」

周禮籩人有饋食,儀禮有特牲、少牢饋食之禮,皆謂薦孰,故云饋,饋祭也。二居下中而有婦道,昏禮云:昏者,將合二姓之好,上以事宗廟。是饋祭為婦職。二居下體之中,故在中饋。執中含和,正應九五,故貞吉也。

『周礼』の籩人の職に「饋食」あり、『儀礼』に特牲饋食礼・少牢饋食礼あり、皆熟食を進献するの祭を指す、ゆえに注文は「饋、就是饋食之祭」という。六二は下卦の中に居りて婦人の道を具う。『儀礼・昏礼』にいう、「婚姻とは、両姓の歓好を結合し、上はもって宗廟を奉事するを要す。」これにより饋食の祭はまさに主婦の職分なるを見る。六二は下体の中位に処る、ゆえに「在中饋」という。それは中道を持守して和気を含藴し、九五と正に相応す、ゆえに「貞吉」。

○熇熇至終吝○犍為舍人注爾雅曰:熇熇,盛烈也。乾道威嚴,故熇熇。三處多凶之地而過於嚴,故悔厲;以其得位,故吉。喜喜,喜笑,鄭義也,喜讀為嬉。巽為婦,動體艮為子,故婦子喜喜,此虞義也。動失位,家人毀壞,故終吝,上之三則終吉也。

この一節は注文の「熇熇」より「終吝」に至るを疏証す。犍為舍人が『爾雅』に注していう、「熇熇とは、熾盛猛烈。」乾道は威厳なり、ゆえに「熇熇」を用いて形容す。九三は多凶の位に処りてまた家を治むるに過度に厳酷なり、ゆえに悔あり厲あり。しかしその居位は当を得るに因りて、ゆえに終究に吉を得。「喜喜」はすなわち嬉笑で、これは鄭玄の解釈で、「喜」は「嬉」と読む。巽は婦を為し、九三が一動すれば便ち艮体を成して艮は少子を為す、ゆえに「婦子嘻嘻」といい、これは虞翻の説である。三爻が一動すれば便ち位を失い、一家の法度はこれに随いて毀壊す、ゆえに「終吝」。もし上九が下りて三位に至れば、始めて「終吉」なり。

易例爻得位者不言變,今三動受上者,彖傳曰:正家而天下定。謂既濟也。此卦五爻得位,所較上爻耳。三動受上成既濟,則六爻皆正,所謂正家而天下定也。故虞注漸上九曰:三變受成既濟,與家人彖同義。

『易』例に按ずるに、およそ爻がすでに位を得れば則ちそれが変ずるを言わず。ここに却って九三が変動して上九を承受すと言うは、『彖伝』に「家道は端正して後天下は安定す」といい、指す所はすなわち『既済』に因る。此卦はすでに五爻が位を得、差する所はただ上爻のみ。九三が一動して上九を承受すれば便ち『既済』を成し、六爻はすなわち全部正に居る、これがまさに「正家而天下定」なり。ゆえに虞翻が『漸』卦の上九に注していう、「三爻は変じて上爻を承受すれば便ち『既済』を成す。」『家人』『彖伝』とは同一の義理なり。

又云三已得位,又變受上,權也。桓十一年公羊傳曰:權者,反於經然後有善者也。三得位而動,反於經也;動受上而成既濟,所謂反於經然後有善者也。是易之變例矣。○三動至大吉○三動體坤,坤為富者,禮運曰:天生時而地生財。誥志曰:地作富。坤為地,故富也。六以陰居四,故得位。應在初,上承五而在三上,故云應初,順五乘三。初三五皆陽,故比據三陽。陽稱大稱吉,故大吉也。此兼虞義。

虞翻はまたいう、九三はもとすでに位を得、しかしてまた変動して上九を承受す、これは「権」なり。『春秋公羊伝』桓公十一年にいう、「いわゆる権とは、先ず常法に違背して後に始めて善果あるの做法。」九三はすでに位を得てなお変動す、これがすなわち常法に違背す。一動して上九を承受すれば便ち『既済』を成し、正に「常法に違背して後に善果あり」の義に合す。これは『易』の変例なり。この一節は注文の「三動」より「大吉」に至るを疏証す。九三が一動すれば便ち坤体を成し、坤が富に取象する所以は、『礼記・礼運』に「天は時令を生じて地は財貨を生ず」といい、『誥志』に「大地は富有を造就す」といえばに因る。坤は地を為す、ゆえに富に取象す。六をもって四に居るは陰爻が陰位に居るなので、位を得。その応する所は初九に在り、また上に九五を承奉して九三の上に凌る、ゆえに注文は「應初、順五乘三」という。初・三・五は皆陽爻なので、「比據三三陽」という。陽は大と称し・吉と称す、ゆえに「大吉」という。ここは兼ねて虞翻の義を採る。

○乾為至恤吉○此虞陸義也。乾為王,謂乾也。假,大也,釋詁文。詩商頌那曰:湯孫奏假。毛傳云:假,大是也。三變受上則五體坎,坎為加憂,馬氏云:恤,憂也。故坎憂為恤。五為天子,故得尊位。據四應二,群陰順從,王者以天下為家,故王大有家。正家而天下定,故無所憂而吉也。○坎為至終吉○此虞義也。虞氏謂三已變,與上易位成坎,坎信為孚,故有孚。乾為君,君德威嚴,故威如。自上之坤,三上易位而皆得正,故終吉也。

この一節は注文の「乾為」より「恤吉」に至るを疏証し、虞翻と陸績との義例なり。「乾為王」とは、言う所はすなわち乾体なり。「假」は大と訓じ、『爾雅・釈詁』に見よ。『詩経・商頌・那』に「成湯の孫は大楽を奏進す」といい、毛伝に「假はすなわち大」といい、まさにこの訓なり。九三が一変して上九を承受すれば、五爻は便ち坎体に処り、『説卦』は坎を加憂と称し、馬融に「恤はすなわち憂」といい、ゆえに坎の憂はすなわち「恤」なり。五は天子の位なので、「得尊位」という。九五は六四を拠有して下に六二に応じ、群陰は順服し、王者は天下をもって一家と為す、ゆえに「王大有家」という。家道は端正にして天下は安定す、ゆえに憂慮する所なくして吉を得。この一節は注文の「坎為」より「終吉」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。虞翻は九三はすでに変じ、再び上九と位置を交換すれば便ち坎体を成し、坎は信実を主る、ゆえに孚に取象して「有孚」というと為す。乾は君に取象し、君徳は威厳なり、ゆえに「威如」という。上九は上位より下りて坤位に至り、三と上とが交換して後両爻は皆正を得、ゆえに「終吉」という。

睽卦

艮宮四世卦,消息十二月。睽,小事吉。注:大壯上之三,在繋蓋取無妄二之五也。小謂五,陰稱小,得中應剛,故小事吉。疏:此虞義也。卦自大壯來,上六之三,此從四陽二陰之例也。雲在繋蓋取者,繋,繋詞也;蓋取謂十三蓋取也。繋下曰:弦木為弧,剡木為矢,弧矢之利以威天下,蓋取諸睽。虞彼注云:無妄五之二也。彖傳謂柔進上行,故據繋辭蓋取以明之。六五陰爻,故小謂五。陽大陰小,故陰稱小。五得中而應乾五之伏,陽得中應剛,故小事吉。

此卦は京房の八宮の中に艮宮の第四世卦に属し、卦気は十二月を配る。経文:『睽』、小事は吉を得。注:此卦は『大壮』の上六と九三とが互換するより来る。しかして『繫辞』が「蓋取」を講ずる時、則ちそれを『无妄』の九二と六五とが互換するに取るという。「小」は六五を指し、陰は小と称す。それは中に居りて上に剛爻に応ず、ゆえに「小事吉」という。疏:これは虞翻の義例である。此卦は『大壮』より変じて来り、上六は下りて三位に至る、依る所は「四陽二陰の卦」の通例なり。いわゆる「在繋蓋取」とは、「繋」は『繫辞伝』を指し、「蓋取」は『繫辞下伝』の列する所の十三卦の「蓋取諸某」を指す。『繫辞下伝』にいう、「木を彎めて弓と為し・木を削りて箭と為し、弓箭の威力はもって天下を威服す、おそらく『睽』に取象せり。」虞翻はあそこに注して曰く、「是れ『无妄』の九五と六二とが互換するなり。」『彖伝』に「柔爻は上進して行き」といい、ゆえに恵氏は『繫辞』の「蓋取」に拠りてそれを説明す。六五は陰爻なので、「小」は六五を指す。陽は大を為し陰は小を為す、ゆえに陰は小と称す。六五は中に居りて乾五の伏する所の陽爻に応じ、陽は中を得て剛と相応す、ゆえに「小事吉」という。

初九:悔亡,喪馬勿逐自復,見惡人無咎。注:無應悔也,四動得位,故悔亡。應在坎,坎為馬,四失位之正入坤,坤為喪,坎象不見,故喪馬。震為逐,艮為止,故勿逐。坤為自,二至五體復象,二動震馬來,故勿逐自復也。離為見,惡人謂四,動入坤,初四復正,故見惡人無咎也。

初九の爻辞:悔恨は消失し、馬は走失すも追うを要せず、それ自ら回り来らん。凶悪の人を接見す、過咎を致さざるを得る。注:初九は九四と同性にして応なし、もと悔あるべきに、九四が一動すれば便ち位を得、ゆえに悔恨は消失す。初九の応するの爻は坎体に在り、坎は馬に取象す。九四は位を失いて正位に変じて便ち坤体に入り、坤は喪亡を為し、坎象はこれに随いて見えず、ゆえに「喪馬」という。震は追逐に取象し、艮は停止に取象す、ゆえに「勿逐」という。坤は「自」に取象し、二爻より五爻に至るまで『復』象を構成し、九二が一動して震を成して震馬は帰来す、ゆえに「勿逐自復」という。離は見に取象し、「惡人」は九四を指す。九四が一動すれば便ち坤に入り、初と四とが各自正位に回る、ゆえに「見惡人、无咎」という。

九二:遇主于巷,無咎。注:二動體震,震為主,艮為宮,為徑路,宮中有徑路,故稱巷。二動五變應之,故遇主于巷。變得正,故無咎。六三:見輿曳,其牛。注:離為見,坎為與,為曳,故見輿曳。四動坤為牛,牛角一俯一卬曰,離上而坎下,故其牛也。

九二の爻辞:巷道の中に主人に遇う、過咎なし。注:九二が一動すれば便ち震体を成し、震は長子を為して祭器を主る、ゆえに主に取象す。艮は宮室に取象し・小路に取象し、宮室の中に小路あり、ゆえに「巷」と称す。九二は変動し・六五もまた変じてこれと相応す、ゆえに「遇主于巷」という。両爻は変じて後皆正を得、ゆえに過咎なし。六三の爻辞:大車の拖曳せらるるを見、あの牛の角は一俯一仰す(爻辞の「牛」の下に一「觢」の字を脱す)。注:離は見に取象し、坎は車に取象し・拖曳に取象す、ゆえに「見輿曳」という。九四が一動して坤を成して坤は牛を為す。牛角の一低一昂をすなわち「觢」と叫ぶ——離は上に在りて坎は下に在り、一仰一俯す、ゆえに「其牛觢」という。

其人天且劓,無初有終。注:其人謂四惡人也。黔額為天,割鼻為劓。無妄乾為天,震二之乾五,以陰墨其天;乾五之震二毀艮,割其鼻也。兌為刑人,故其人天且劓。失位動得正,故無初有終。

爻辞にまたいう:あの人は額上の刺墨と割鼻の刑を受く、初めは順ならずして終わりに成あるを得。注:「其人」は九四のこの悪人を指す。額頭の上に墨を刺すを「天」と叫び、鼻子を割去するを「劓」と叫ぶ。『无妄』卦の乾は天に取象し、震の第二爻は上に乾の第五爻に至り、陰爻をもって彼の額の上に墨を刺す。乾の第五爻は下りて震の第二爻に至り、艮体を毀壞し、艮は鼻を為す、すなわち彼の鼻子を割掉す。兌は刑を受くるの人に取象す、ゆえに「其人天且劓」という。九四は位を失いて変動して正を得、ゆえに「无初有終」という。

九四:睽孤,遇元夫,交孚厲無咎。注:孤,顧也。在兩陰間,睽五顧三,故曰睽孤。震為元,夫謂二,已變動而應震,故遇元夫也。震為交,坎為孚,動得正,故交孚厲無咎。六五:悔亡,厥宗噬膚,往何咎。注:失位悔也,變之正,故悔亡。乾為宗,二動體噬嗑,故曰噬。四變時,艮為膚,故厥宗噬膚,言與二合也。二往應之,故往何咎。

九四の爻辞:乖離して孤立し、元善の大丈夫に遇い、交りに誠信す、危厲あると雖も過咎なし。注:「孤」は「顧」と訓じ、すなわち回望。九四は両つの陰爻の間に夾在し、すでに六五と乖離し、また六三を回望す、ゆえに「睽孤」という。震は元始に取象し、「夫」は九二を指す。九二はすでに変じて動き、震と相応す、ゆえに「遇元夫」という。震は交に取象し、坎は孚に取象し、九四は変動して正を得、ゆえに「交孚、厲、无咎」という。六五の爻辞:悔恨は消失し、同宗の人は皮膚を啮咬するがごとき親合、前往すれば何の過咎あらん。注:六五は陰をもって陽に居りて位を失う、もと悔あるべきに、正位に変ず、ゆえに悔恨は消失す。乾は宗に取象し、九二が一動すれば便ち『噬嗑』体を成す、ゆえに「噬」という。九四が変動するの時艮は膚を為す、ゆえに「厥宗噬膚」といい、意思是九二と相合するなり。九二は前往して五に応ず、ゆえに「往何咎」という。

上九:睽孤,見豕負塗,載鬼一車。注:睽三顧五,故曰睽孤。離為見,坎為豕,為雨,四變時坤為土,土得雨為泥塗,四動艮為背,豕背有泥,故見豕負塗矣。坤為鬼,坎為輿,變在坎上,故載鬼一車也。

上九の爻辞:乖離して孤立し、背の上に泥汚を満たしたる一頭の猪を見、また一車に鬼を載せたるを見。注:上九は六三と乖離して六五を回望す、ゆえに「睽孤」という。離は見に取象し、坎は猪に取象し・雨に取象す。九四が変動するの時坤は土を為し、土は雨水を得れば便ち泥涂を成す。四爻が一動して艮を成して艮は背を為し、猪背は泥汚に沾満す、ゆえに「見豕負涂」という。坤は鬼に取象し、坎は車に取象し、上九は変動して後坎体の上に処る、ゆえに「載鬼一車」という。

先張之弧,後說之壺。注:謂五已變乾為先。應在三,坎為弓,離為矢,張弧之象也,故先張之弧。四動震為後。說猶置也。兌為口,離為大腹,坤為器,大腹有口,坎酒在中,壺之象也,故後說之壺。匪寇昏冓,往遇雨則吉。注:坎為寇,之三歴險,故匪寇。陰陽相應,故昏冓。三在坎下,故遇雨。與上易位,坎象不見,各得其正,故則吉也。

爻辞にまたいう:起先に弓を張開して彼に対し、後に酒壺を放下して彼を款待了す。注:六五はすでに変じて乾を成し、乾は先を主る、ゆえに「先」という。上九の応する所は六三に在り、坎は弓に取象し、離は箭に取象し、まさに弓を張くの形象なり、ゆえに「先張之弧」という。九四が一動して震を成し、震は後を主る、ゆえに「后」という。「說」は放置に猶ほす。兌は口に取象し、離は大腹に取象し、坤は器皿に取象し、大き肚にして口あり、坎水の酒はその中に盛る、まさに酒壺の形象なり、ゆえに「后說之壺」という。爻辞にまたいう:来るは強盗に非ずして求婚の者なり、前往して雨に逢えばすなわち吉。注:坎は強盗に取象し、上九は下りて三位に至るに坎険を経歴するを要す、ゆえに「不是強盗」という。陰陽は彼此相応す、ゆえに「婚媾」という。六三は坎水の下に在る、ゆえに「遇雨」という。三と上とが位置を交換し、坎象は復た存在せず、両爻は各々その正を得、ゆえに「則吉」という。

疏:「無應」至「咎也」○此虞義也。初四皆陽,故曰無應。四失正,動得位,故悔亡。四體坎,故應在坎。說卦曰:坎於馬也為美脊。故為馬。四變入坤,坤為喪,坎化為坤,故喪馬。震為奔走,故為逐;艮為止,故勿逐。坤為自,四已變,故二至五體復。二動初體震,故震馬來勿逐自復之象也。

恵棟の自疏:この一節は注文の「无應」より「咎也」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。初と四とは皆陽爻なので、「无應」という。九四は居位正ならず、一動すれば便ち位を得、ゆえに悔恨は消失す。九四は坎体に在る、ゆえに初九の応するの爻は坎に在りという。『説卦伝』に「坎在馬為美脊」といい、ゆえに坎は馬に取象す。九四が一変すれば便ち坤体に入り、坤は喪亡を為し、坎は坤に化成す、ゆえに「喪馬」という。震は奔走に取象す、ゆえに「逐」を為す。艮は静止に取象す、ゆえに「勿逐」を為す。坤は「自」に取象す。九四はすでに変じ、二爻より五爻に至るまで便ち『復』体を構成し、九二が一動して初爻は震を成し、そこに震馬の帰来・追逐するを要せずして自行返回するの景象あり。

喪馬勿逐自復,此商法也,周監二代而因之。故周禮朝士職曰:凡獲得貨賄人民六畜者,委於朝,告於士。鄭彼注云:委於朝待來識之。尚書枈誓曰:馬牛其風,臣妾逋逃,勿敢越逐,祇復之。是其事也。說卦曰:相見乎離。故離為見。四離火不正,如來如,故惡人謂四。四當居坤初,故動入坤初,此易例也。坤初來居四復正,故見惡人無咎也。

「馬を丢して追うを要せず・それ自ら回り来る」は、これはもと商代の法度で、周朝は夏商の両代に沿襲してこれを承用す。ゆえに『周礼』の朝士の職にいう、およそ財貨・走失の人口と六畜とを拾獲するは、皆朝廷に寄放し、士官に報告す。鄭玄の注にいう、朝廷に寄放して、失主の来りて認領するを待つ。『尚書・費誓』にいう、馬牛は走失し・臣妾は逃亡す、擅自に越境して追捕するを許さず、ただ原主に還帰するを要すのみ。言う所はまさにこの事である。『説卦伝』に「相見乎離」といい、ゆえに離は見に取象す。九四は離火にして居位正ならず、往来は常なし、ゆえに「惡人」は九四を指す。九四はもと坤の初位に回るに当たる、ゆえにそれが一動すれば便ち坤初に進入すという、これは『易』の通例なり。坤の初爻は上りて来りて四位に居れば便ち正位に回復す、ゆえに「見惡人、无咎」という。

○二動至無咎○此虞義也。震主器,二動體震,震為主,故遇主謂五遇二也。釋宮曰:宮中巷謂之壺。艮為宮,為徑路,宮中有徑路,故稱巷。巷亦作衖,巷衖同物,故又作衖。離騷經曰:五子用失夫家巷。巷讀為衖也。

この一節は注文の「二動」より「无咎」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。震は長子を為して祭器を主掌し、九二が一動すれば便ち震体を成し、震は主に取象す、ゆえに「遇主」とは六五が九二に遇うをいう。『爾雅・釈宮』にいう、「宮室の中の巷道を壺と叫ぶ。」艮は宮室に取象し・小路に取象し、宮室の中に小路あり、ゆえに「巷」と称す。「巷」はまた「衖」と作るも、二字はもと一物なので、また「衖」と作す。『離騒経』に「五子はこれに因りて家巷を失去す」といい、あそこの「巷」はすなわち「衖」と読む。

隱四年穀梁傳曰:遇者,志相得也。二五相應而皆失位,二動五變應之,故遇主于巷而皆得正,故無咎。虞唯以震為大塗為異耳。俗說以五為主,此謬也。大夫稱主君,故昭廿九年春秋傳曰:齊侯使高張來唁公,稱主君。子家子曰:齊卑君矣,君祇辱焉。知五非主也。

『春秋穀梁伝』隠公四年にいう、「いわゆる遇とは、心志の彼此相得するをいう。」九二は六五ともと相応するも両爻は皆位を失い、九二は変動し・六五もまた変じてこれと相応す、ゆえに「遇主于巷」といい、両爻は皆これに因りて正を得、ゆえに過咎なし。虞翻はただ「震為大涂」のこの一点の上に講法同じからず。俗説は六五を当てて「主」と為す、これは錯誤なり。大夫のみ「主君」と称すを得、ゆえに『春秋左伝』昭公二十九年に記載す、斉侯は高張を派して魯昭公を慰問せしめ、彼を「主君」と称す。子家子にいう、「斉国は国君を看軽せり、君上はただ自ら辱を取るのみ。」これにより六五はいわゆる「主」に非ざるを知る。

○離為至也○此虞義也。說文曰:曳,臾曳也,束縛捽抴為臾。坎為輿多眚,故見輿曳。卦互離,坎牛角,有俯有仰,離上為仰,坎下為俯,故其牛。三不正,故有曳之形,象曰:位不當也。○其人至有終○此虞義也。惡人當蒙罪,故其人指四惡人。馬氏云:剠鑿其額曰天。剠與黥同,故曰黥額為天。鄭氏注周禮司刑曰:劓,截其鼻也。故曰割鼻為劓。夏之黥即周之墨。

この一節は注文の「離為」より「也」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。『説文解字』にいう、「曳とは、すなわち臾曳。」捆縛して揪扯するを「臾」と叫ぶ。坎は車に取象してまた多災眚、ゆえに「見輿曳」という。此卦は互いに離体を出し、坎は牛を為し、牛角は一低一昂す:離は上に在るは仰で、坎は下に在るは俯なり、ゆえに「其牛觢」という。六三は居位正ならず、ゆえに拖曳せらるるの形あり、『象伝』に「位不當也」という。この一節は注文の「其人」より「有終」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。悪人は理に刑罪を蒙受すべし、ゆえに「其人」の指す所は九四のこの悪人なり。馬融にいう、「額頭の上に墨記を刺鑿するを『天』と叫ぶ。」「剠」と「黥」とは同一の字なので、「黥額為天」という。鄭玄が『周礼・司刑』に注していう、「劓とは、すなわち彼の鼻子を割掉す。」ゆえに「割鼻為劓」という。夏代のいわゆる黥刑は、すなわち周代のいわゆる墨刑なり。

乾五為天,二陰之五,故以陰墨其天。無妄二體艮,艮為鼻,五之二,故毀艮割其鼻也。兌為刑人,五刑有黥劓之法,加於四之惡人,故其人天且劓也。三四失位動得正,故無初有終。易例爻初失位為無初,變得位為有終也。

乾の第五爻は天に取象し、すなわち額頭。陰爻は上に五位に至る、ゆえに「陰爻をもって彼の額の上に墨を刺す」という。『无妄』卦の二爻は艮体に在り、艮は鼻に取象す。五爻は下りて二位に至り、艮体は毀壊せらる、ゆえに「彼の鼻子を割掉す」という。兌は刑を受くるの人に取象し、五刑の中に黥・劓の両種あり、九四のこの悪人の身に加う、ゆえに「其人天且劓」という。三・四の両爻はもと位を失い、変動の後各々その正を得、ゆえに「无初有終」という。『易』例に按ずるに、一爻が初めに位を失えばすなわち「无初」と叫び、変じて位を得ればすなわち「有終」と叫ぶ。

○孤顧至無咎矣○此虞義也。孤,顧,劉熙釋名文,謂顧,望也。兩陰謂三五,五乘四,故睽;五四據三,故顧三。說文云:顧,還視也。震初為元為夫,二變初體震,四動而應之,故遇元夫。遇者,志相得,初四正應,故亦云遇也。震初陽始交於坤,故為交。坎信為孚,四交於初,故云交孚。二爻得正,故雖危無咎也。

この一節は注文の「孤顧」より「无咎矣」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。「孤」を「顧」と訓ずるは、劉熙の『釋名』に出づ、「顧」はすなわち回望。いわゆる「兩陰」は六三と六五とを指す:六五は九四を乘凌す、ゆえに「睽」という。九四は六三を拠有す、ゆえに「顧三」という。『説文解字』にいう、「顧とは、回頭して看るなり。」震の初爻は元に取象し・夫に取象し、九二が一変して初爻は便ち震体を成し、九四は変動してこれと相応す、ゆえに「遇元夫」という。「遇」は心志の相得で、初と四とは正に相応す、ゆえにまた「遇」と称す。震の初爻は陽気が始めて坤に交わるなり、ゆえに交に取象す。坎は信実を主る、ゆえに孚に取象す。九四は初九と相交わる、ゆえに「交孚」という。両爻は皆正を得、ゆえに危厲あると雖も過咎なし。

○失位至何咎○此虞義也。五動體乾。宗,尊也,乾為天,天尊,故為宗。厥宗者,二之宗也。二動體噬嗑,噬嗑者,合也。四變二體艮,艮為膚,五來合二,故厥宗噬膚。二艮為巷,五乾為宗。巷者,宮中之道;宗者,廟內之牆。二五易位,五君二臣,君為元首,臣為股肱,本一體之親,有肌膚之愛,故曰噬膚也。二往合五,故往何咎,自外曰往也。

この一節は注文の「失位」より「何咎」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。六五が一動すれば便ち乾体を成す。「宗」は尊崇の義で、乾は天に取象し、天は最も尊し、ゆえに宗に取象す。いわゆる「厥宗」とは、指す所は九二の宗主なり。九二が一動すれば便ち『噬嗑』体を成し、「噬嗑」はすなわち合。九四が一変すれば、二爻は便ち艮体に処り、艮は肌膚に取象し、六五は下りて来りて九二と相合す、ゆえに「厥宗噬膚」という。九二の在る所の艮は巷に取象し、六五の変ずる所の乾は宗に取象す。巷は宮室の中の通道で、宗は宗廟の内の牆垣なり。二と五とは位置を交換し、五は君にして・二は臣なり。君は頭首に譬へ、臣は手足に譬ゆ、もと一体の至親にして、肌膚の相連なるの情意あり、ゆえに「噬膚」という。九二は前往して六五と会合す、ゆえに「往何咎」という——外卦の方向より言いてこれを「往」と称す。

○睽三至車也○此虞義也。三失位,故睽三;上據五,故顧五。坎為豕,為雨,坤為土,土得雨為泥塗。詩角弓曰:如塗塗附。毛傳云:塗,泥是也。艮彖曰:艮其背。故為背。豕背有泥,故負塗。坤為鬼,坎為車,四變在坎上,坤為載,故載鬼一車。於禮為魂車,既夕薦車,鄭彼注云:今之魂車。載而往,迎而歸,如慕如疑,乖違之家有是象也。

この一節は注文の「睽三」より「車也」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。六三は位を失う、ゆえに上九はこれと乖離す。上九は六五を拠有す、ゆえに五爻を回望す。坎は猪に取象し・雨に取象し、坤は土に取象し、土は雨水に遇えば便ち泥涂を成す。『詩経・角弓』に「泥の上に更に泥を涂るがごとし」といい、毛伝に「涂はすなわち泥」といい、まさにこの義なり。『艮』卦の『彖伝』に「艮其背」といい、ゆえに艮は背に取象す。猪背は泥汚に沾満す、ゆえに「負涂」という。坤は鬼に取象し、坎は車に取象し、九四が一変すれば便ち坎体の上に処り、坤は承載に取象す、ゆえに「載鬼一車」という。礼制の中にこれは載魂の車に相当し、『儀礼・既夕礼』に薦車の儀あり、鄭玄の注にいう、「すなわち今天の魂車。」霊柩を載せて前往し、また魂魄を迎えて帰来す、すでに思慕に像りてまた疑惑に像る——乖違の家は正にこのようなの景象あり。

○謂五至之壺○此虞義也。釋詁曰:說,舍也。郭注云:舍,放置。說舍同義,故云說猶置也。壺俗作弧,今從古。阮諶三禮圖曰:方壺受一斛,腹圜足口方;圜壺受一斛,腹方足口圜。若然,壺有口有腹,故云兌為口,離為大腹。

この一節は注文の「謂五」より「之壺」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。『爾雅・釈詁』にいう、「說とは、すなわち舍。」郭璞の注にいう、「舍とは、放下安置するなり。」說・舍は義同じ、ゆえに注文は「說猶放置」という。「壺」の字は俗本は「弧」と作り、今古本に従りて壺と作す。阮諶の『三礼図』にいう、方壺は一斛を容れ、腹は圓にして足口は方。圓壺は一斛を容れ、腹は方にして足口は圓。かように言えば、壺はすでに口ありまた腹あるの器物なので、注文は兌は口を為し・離は大腹を為すという。

昏禮設尊,是為壺尊。揚子太玄曰:家無壺,婦承之姑。測曰:家無壺,無以相承也。若然,說壺者,婦承姑之禮與。壺器大腹有口,盛坎酒於中,故後說之壺也。○坎為至吉也○此虞義也。坎為寇,初失位之三歴險,故云寇。由後言之,故云匪寇也。變之正,陰陽相應,故昏冓。始則拒之如外寇,終則禮之如內賓,始睽終合之象也。三在坎下而應上,故遇雨。三上易位,坎象不見,陰陽和會而得其正,故則吉也。

『儀礼・昏礼』は酒器を陳設す、用うる所はまさに壺尊なり。揚雄の『太玄』にいう、「家の中に壺なければ、媳婦は何を憑りて婆婆を承奉せん。」その『測』辞にいう、「家の中に壺なければ、すなわち相承奉するに従なし。」これに照らして看れば、「說壺」はおそらくまさに媳婦が婆婆を承奉するの礼节か。壺のこの器皿は大き腹にして口あり、坎水の象する酒をその中に盛る、ゆえに「後來放下酒壺」という。この一節は注文の「坎為」より「吉也」に至るを疏証し、虞翻の義例なり。坎は強盗に取象し、上九は起先は位を失いて下りて三位に至るに坎険を経歴するを要す、ゆえに「寇」という。しかし結局より回頭して言えば、実は強盗に非ず、ゆえに「匪寇」という。正位に変じて後陰陽は彼此相応す、ゆえに「婚媾」という。起先は相手を外来の強盗のごとく拒斥し、最後は却って内賓を迎接するがごとく礼をもって相待す、これがまさに始めは乖離し・終わりは契合するの景象なり。六三は坎水の下に在りて上に上九に応ず、ゆえに「遇雨」という。三と上とが位置を交換し、坎象は復た存在せず、陰陽は和洽して会合して各々その正を得、ゆえに「則吉」という。

巻六 元和恵棟撰

周易下經

蹇(けん)卦(源文では「寋」と作る)

兌宮四世卦,消息十二月。寋,利西南,不利東北。注:升二之五,或說觀上反三,與睽旁通。西南謂坤,東北艮也。二往居坤,故利西南。卦有兩坎,坎為險,下坎在前,直艮東北之地,故不利東北。

この卦は京房八宮では兌宮の第四世卦に属し、卦気は十二月に配される。経文:『蹇』(源文は卦名を「寋」と作る。以下同じ)は西南に利あり、東北に利あらず。注:この卦は『升』卦の九二と六五が入れ替わって成ったもので、別の説では『観』卦の上九が倒れ下って三位に居るともいう。また『睽』卦と六爻の陰陽がすべて異なり、互いに旁通する。西南は坤方を指し、東北は艮方を指す。九二が進んで坤位に居るので「西南に利あり」という。この卦は互体を含めて二つの坎があり、坎は象を険に取る。下坎が目前にあって、艮の主る東北の地に正対しているので「東北に利あらず」という。

虞氏謂五在坤中,坎為月,月生西南,故利西南。往得中,謂西南得朋也。東北謂三也,月消於艮,喪乙滅癸,故不利東北,其道窮也,則東北喪朋矣。利見大人,貞吉。注:大人謂五,二得位應五,故利見大人。五當位正邦,故貞吉。

虞翻(ぐはん)は納甲の法によって説く。九五は坤体の中に処り、坎は象を月に取り、月は西南に生まれるので「西南に利あり」という。『彖伝』の「往けば中を得る」とは、『坤』卦辞のいう「西南に朋を得る」である。東北は九三を指し、月の光は艮方で消退し、乙位の月は既に喪われ癸位の月はまた滅するので「東北に利あらず」という。『彖伝』の「その道窮まるなり」とはすなわち「東北に朋を喪う」である。経文:大人を見るに利あり、貞にして吉。注:「大人」は九五を指し、六二は位を得て上に九五に応ずるので「大人を見るに利あり」という。九五は位に当たりて能く邦国を正すので「貞にして吉」という。

疏:「升二」至「朋矣」○卦自升來。升六五貞吉,升階,虞氏謂二之五,故云升。此卦二之五,與師二上之五成比同義也。或說觀上反三,虞義也,此從四陰二陽之例矣。坤西南卦,故西南謂坤;艮東北之卦,故東北艮也。

恵棟(けいとう)の自疏:この節は注文の「升二」から「朋矣」までを疏証するものである。この卦は『升』卦から変じて来た。『升』の六五爻辞に「貞吉、階を升る」とあり、虞翻は二爻が五位に升ると解するので、注文は「升二の五」という。この卦の二爻が五位に上るのは、『師』卦の九二が五位に上って『比』となるのと同一の義例である。別説の「観上反三」も虞翻の説で、「四陰二陽の卦」の通例による。坤は西南の卦なので「西南」は坤を指し、艮は東北の卦なので「東北」は艮を指す。

二往居坤得位得中,故利西南。卦有兩坎,兼互體也。坎陷為險,下坎在前,艮東北卦正直其地,故不利東北。象曰:其道窮也。此荀義也。虞氏據納甲謂五在坤中,故曰西南;體坎為月,出庚見丁,故月生西南。五往得中,故利西南。往得中,睽兌為朋,故西南得朋也。三體艮,故東北謂三。退辛消丙,故月消於艮。乙東癸北,喪乙滅癸,當月之晦,天道之終,故不利東北,其道窮也。東北喪朋謂五六三十也。

九二が進んで坤位に居り、位を得て中にあるので「西南に利あり」という。この卦に二つの坎があるというのは互体も算入するからである。坎の本義は陥落なので象を険に取る。下坎が目前にあり、艮は東北の卦であってその地に正対するので「東北に利あらず」という。『彖伝』に「その道窮まるなり」——以上は荀爽(じゅんそう)の義例である。虞翻は納甲に拠って説を立てる。九五が坤体の中に処るので西南といい、坎体が象を月に取り、月は庚方に初めて出て丁方に漸く顕れるので「月西南に生ず」という。五爻が進んで中に居るので「西南に利あり」という。往きて中を得るにあたり、『蹇』が旁通する『睽』に兌体があり、兌は朋なので「西南に朋を得る」という。九三は艮体にあり、ゆえに「東北」は三爻を指す。月は辛方に退隠し丙方に消尽するので「月艮に消ゆ」という。乙は東に、癸は北にあり、乙の月は既に喪われ癸の月はまた滅して、ちょうど月終わりの晦に当たる。これ天道の終尽なので「東北に利あらず、その道窮まるなり」という。いわゆる「東北に朋を喪う」とは、五と六とを乗じて三十の数を得ることを指す。

○大人至貞吉○此虞義也。大人天子,故謂五。五居尊位,二正應之,故利見大人。五當位居正,群陰順從,故貞吉也。初六:往寋來譽。注:譽謂二。初失位,應陰往歴坎險,故往寋。變得位比二,故來譽。

この節は注文の「大人」から「貞吉」までを疏証するもので、虞翻の義例である。「大人」は天子を指すので九五をいう。九五は尊位に居り、六二がこれに正しく応ずるので「大人を見るに利あり」という。九五は位に当たりて正を守り、群陰が皆順服するので「貞にして吉」という。初六爻辞:往けば蹇難、来れば誉れあり。注:「誉」は六二を指す。初六は位を失い、応ずる六四もまた陰爻で、往けば必ず坎険を経るので「往蹇」といい、変じて位を得れば六二に比隣するので「来誉」という。

六二:王臣寋寋,匪躬之故。注:五為王,坤為臣為躬,坎為寋,之應涉坤,二五俱坎,故王臣寋寋。二上折坤得正相應,故匪躬之故。九三:往寋來反。注:應正歴險,故往寋。反身據二,故來反。六四:往寋來連。注:連,輦;寋,難也。在兩坎間,進則無應,故往寋。退初介三,故來連也。九五:大寋朋來。注:當位正邦,故大寋。睽兌為朋,故朋來。上六:往寋來碩,吉,利見大人。注:陰在險上,變失位,故往寋。碩謂三,艮為碩,退來之三,故來碩。得位有應故吉也。離為見,大人謂五,故利見大人矣。

六二爻辞:王臣蹇蹇として已まざるは、自らの躬の故にあらず。注:九五は王で、坤は象を臣に身に取り、坎は象を蹇難に取る。六二の応ずる道は坤体を渉り、二と五はまたともに坎体の中にあるので「王臣蹇蹇」という。六二が五位に升って坤体を折って正を得、九五と相応するので「躬の故にあらず」という。九三爻辞:往けば蹇難、来ればその身に反る。注:九三の応ずる上六は正しいが、往けば険陷を経るので「往蹇」といい、身を反して六二に拠るので「来反」という。六四爻辞:往けば蹇難、来れば連なる。注:「連」はすなわち「輦(れん)」で、「蹇」は難である。六四は二つの坎体の間に挟まり、進んでも応ずるところがないので「往蹇」といい、退いて初に応じようとしても九三に隔てられるので「来連」という。九五爻辞:大蹇の中に朋類が来る。注:九五は位に当たりて邦国を匡正するので「大蹇」といい、『蹇』の旁通する『睽』に兌体があり、兌は朋なので「朋来」という。上六爻辞:往けば蹇難、来れば碩大にして吉、大人を見るに利あり。注:上六は陰をもって険体の上に居り、一たび変ずれば位を失うので「往蹇」という。「碩」は九三を指し、艮は象を碩大に取る。上六が退き下って三位に至るので「来碩」といい、位を得てまた応があるので吉である。離は象を見に取り、「大人」は九五を指すので「大人を見るに利あり」という。

疏:「譽謂」至「來譽」○此虞義也。二多譽,故譽謂二。三體坎,坎為寋,初失位而應六四之陰,往歴坎險,故往寋。變之正而與二比,故來譽也。○五為至之故○此虞義也。九五乾也,故為王。坤,臣道也,故為臣;又為身,故為躬。坎,難也,寋亦難也,故坎為寋。五本坤也,故之應涉坤。三五體坎,故王臣寋寋。二升五折坤之躬,得正相應,公耳忘私,故匪躬之故。虞唯上反三折坤體為異耳。

恵棟の自疏:この節は注文の「誉謂」から「来誉」までを疏証するもので、虞翻の義例である。第二爻は誉れを多く称されるので、「誉」は六二を指す。九三は坎体にあり、坎は象を蹇難に取る。初六は位を失いかつ上に六四の陰に応ずるので、往けば必ず坎険を経る。ゆえに「往蹇」といい、正位に変ずれば六二に比隣するので「来誉」という。以下は注文の「五為」から「之故」までを疏証するもので、これも虞翻の義例である。九五はもと乾に属するので象を王に取る。坤は臣道なので象を臣に取り、坤はまた象を身に取るので躬の象となる。坎の本義は難で、蹇もまた難なので、坎は象を蹇に取る。六五はもと坤より来るので、六二が五に応ずる道は坤体を渉る。三と五はまたともに坎体の中にあるので「王臣蹇蹇」という。六二が五位に升って坤の象する身躯を折り、正を得て上に応ずるのは、一心に公のためにして私の身を忘れることなので「躬の故にあらず」という。虞翻はただ「上爻が倒れ下って三位に居りて坤体を折る」という一点においてのみ説を異にする。

○應正至來反○此虞義也。三正應上而歴五險,故往寋反身。據二舍應從比,故來反,即象傳所云反身修德也。虞唯以觀上反三為反身異耳。○連輦至連也○此虞義也。馬云:連,難也。連古音輦,輦亦難也,故云連輦寋難也。四在兩坎之閒,應在初,故進則無應。介,閒也,退應初而閒於三,故退初介三。往來皆難,故云往寋來連。終得初應,故象曰當位實也。

この節は注文の「応正」から「来反」までを疏証するもので、虞翻の義例である。九三は上六と正しく相応するが、往けば五爻の険陷を経るので「往蹇」となり、身を反すほかない。遠い応を捨てて比隣の六二に拠るので「来反」といい、『象伝』のいう「その身を反して徳を修む」である。虞翻はただ「反身」を『観』の上爻が倒れ下って三位に居ると解する点でのみ説を異にする。以下は注文の「連輦」から「連也」までを疏証するもので、これも虞翻の義例である。馬融(ばゆう)は「連とは難である」と言う。「連」は古音「輦」に同じく、「輦」もまた艱難の義を含むので、注文は「連は即ち輦、蹇は即ち難」という。六四は二つの坎体の間に挟まり、応ずるところは初六にあるので、前進しても応和するところがない。「介」とは間隔である。退いて初に応じようとしても九三に中間を隔てられるので「退初介三」という。来も往も難なので「往蹇来連」というが、終に初爻の応和を得るので『象伝』に「位に当たりて実なり」という。

○當位至朋來○此虞義也。五在寋家,處中得正,當位正邦,故大寋。旁通睽,故睽兌為朋。乾氏謂比上據四應二,眾陰並至,故朋來也。○陰在至大人○此虞義也。五坎為險,故陰在險上。自外曰往,故上變稱往。變失正,故往蹇。諸爻以遇坎為寋,此爻以失位為寋也。三體艮,艮為碩,故碩謂三。退應三,故來碩。寋終則解,得位有應,故吉也。大人謂五,之三歴五,故利見大人,言應三則吉,比五則利也。

この節は注文の「当位」から「朋来」までを疏証するもので、虞翻の義例である。九五は蹇難の世に身を処し、中に居りて正を得、位に当たりて能く邦国を匡正するので「大蹇」という。『蹇』は『睽』と旁通し、『睽』に兌体があり、兌は朋なので「朋来」という。荀氏の説では、この爻は『比』卦の上が六四に拠り下が六二に応じて衆陰が一斉に帰附するのと同様なので「朋来」という。以下は注文の「陰在」から「大人」までを疏証するもので、これも虞翻の義例である。九五は坎体にあって坎は険なので、上六は陰をもって険体の上に居るという。内より外に出るを「往」というので、上爻が一たび変ずれば「往」と称し、変ずれば正を失うので「往蹇」という。他の各爻はみな坎体に遭うことをもって蹇とするが、ただこの爻のみ位を失うことをもって蹇とする。九三は艮体にあり、艮は象を碩大に取るので「碩」は三爻を指す。上六が退き下って三爻に応ずるので「来碩」という。蹇難は尽きれば解散する。上六は位を得てまた応があるので吉を得る。「大人」は九五を指し、上六が三位に下るには五爻を経るので「大人を見るに利あり」という——これは三に応ずれば吉を得、五に親比すれば利を得るという意である。

解(かい)卦

震宮二世卦,消息二月。解,利西南。注:臨初之四,坤西南卦,初之四得坤眾,故利西南,往得眾也。無所往,其來復吉。注:謂四本從初之四,失位於外而無所應,故無所往。宜來反初,復得正位,故其來復吉。二往之五,四來之初,成屯體復象,故云復也。

この卦は京房八宮では震宮の第二世卦に属し、卦気は二月に配される。経文:『解』は西南に利あり。注:この卦は『臨』卦の初九が四位に上って成ったものである。坤は西南の卦で、初爻が四位に上れば坤の衆を得るので「西南に利あり」といい、『彖伝』のいう「往けば衆を得る」である。経文:往くところなければ、その来復は吉。注:これは九四について言う。九四はもと初爻より上って来たもので、外卦に居りて位を失い、また応和するところがないので「往くところなし」という。初位に帰って再び陽爻の正位を得るべきなので「その来復吉なり」という。九二が五位に往き、九四が初位に帰れば、全卦は『屯』となりて内に『復』の象を含むので「復」という。

有攸往,夙吉。注:謂二也。夙,早也。離為日,為甲,日出甲上,故早也。二失位,早往之五則吉,故有攸往夙吉,往有功也。疏:「臨初」至「眾也」○此虞義也。卦自臨來,初九之四。乾鑿度曰:坤位在西南。故坤西南卦。四體坤,坤為眾,初之四得坤眾,彖傳曰利西南往得眾是也。

経文:往くところあるときは、夙(はや)くすれば吉。注:これは九二について言う。「夙」は早いことである。離は象を日に甲に取り、太陽は甲の字の上に出るので象を「早」に取る。九二は位を失い、早く五位に往けば吉を得るので「往くところあれば夙に吉」といい、『彖伝』に「往けば功あり」という。恵棟の自疏:この節は注文の「臨初」から「衆也」までを疏証するもので、虞翻の義例である。この卦は『臨』卦より変じて来て、『臨』の初九が四位に上る。『乾鑿度』に「坤の位は西南にあり」とあるので、坤は西南の卦である。四爻は坤体にあり、坤は象を衆に取る。初爻が四位に上れば坤の衆を得るので、『彖伝』のいう「西南に利あり、往けば衆を得る」とはまさにこの意である。

○謂四至復吉○此虞義也。四以陽居陰而在外卦,故失位於外;進則無應,故無所應。失位無應,故無所往。宜來反初而復正陽之位,故其來復吉也。二已往之五,故四來之初而成屯。屯初至四體復象,故云復。

この節は注文の「謂四」から「復吉」までを疏証するもので、虞翻の義例である。九四は陽爻をもって陰位に居りしかも外卦にあるので「位を外に失う」といい、さらに進んでも応ずる爻がないので「応ずるところなし」という。位を失いかつ応なし、ゆえに「往くところなし」という。帰り来て初位に返り、再び陽爻の正位を得るべきなので「その来復吉なり」という。九二がすでに五位に往けば、九四は初位に帰って全卦は『屯』となる。『屯』は初爻から四爻までが『復』の象を構成するので「復」という。

○謂二至功也○此虞義也。之外曰往,故往謂二。夙,早,釋詁文。離為日為甲,古文早作□,說文曰:,晨也,從日在甲上是也。二既失正,早往之五則吉。解者,緩也,故言夙。五多功,二據五解難,故有功也。

この節は注文の「謂二」から「功也」までを疏証するもので、虞翻の義例である。内卦より外卦に向かうを「往」というので、「往」は九二を指す。「夙」は早と訓じ、『爾雅・釈詁』に見える。離は象を日に甲に取る。古文の「早」の字は「□」(底本ではこの字が欠ける)と作り、『説文解字』はその字を「晨」の意とし、字形はまさに日が甲の上にあることを取る。九二はすでに正を失い、早く五位に往けば吉を得る。「解」は緩散の義である。まさに緩むべきゆえにこそ「夙」という。第五爻は功を多くし、九二が五位に拠って患難を解除するので「功あり」という。

初六:無咎。注:二已之五,四來復初,故無咎。九二:田獲三狐,得黃矢,貞吉。注:臨坤為田。田,獵也。變之正,艮為狐,坎為弓,離為黃矢,矢貫狐體。二之五歴三爻,故田獲三狐。得黃矢之正得中,故貞吉。或說坎為狐。

初六爻辞:咎なし。注:九二がすでに五位に上り、九四がまた初位に帰るので咎がない。九二爻辞:田獵して三匹の狐を獲て、黄色の矢を得、貞問して吉。注:『臨』卦の坤は象を田に取り、「田」とは狩りである。正位に変じてのち、艮は狐、坎は弓、離は黄色の矢で、矢は狐の身を貫く。九二が五位に上るには三爻を経るので「田に三狐を獲」といい、黄矢を得てまた正に居り中を得るので「貞吉」という。別の一説では坎をもって狐とする。

六三:負且乘。注:負,倍也。二變時,艮為背,謂三以四艮倍五也。五來寇三時,坤為車,三在坤上,故負且乘。致寇至,貞吝。注:五之二成坎,坎為寇盜。上嫚五,下暴二,嫚藏誨盜,故致寇至。失位,故貞吝。

六三爻辞:物を負うてしかも大車に乗る。注:「負」は「倍」と読み、すなわち背向である。九二が変動するとき艮は象を背に取り、六三が四爻の艮体に憑藉して九五に背向することをいう。九五が来て六三を侵奪するとき、坤は象を車に取り、六三は坤車の上に坐するので「負うて且つ乗る」という。爻辞はまたいう:盗賊を招き、固執すれば吝惜あり。注:五爻が二位に下れば坎体を成し、坎は象を盗賊に取る。六三は上に対して九五を輕慢し、下に対して九二を欺凌する。財物を収蔵して慎まざるはまさに盗賊を招き寄せることなので「寇を致すに至る」という。六三は位を失うので「貞にして吝」という。

九四:解而母,朋至斯孚。注:初為四母,與初易位,故解而母。臨兌為朋,謂二也,二已之五成坎,坎為孚,故朋至斯孚。六五:君子維有解,吉,有孚于小人。注:陰得位為君子,失位為小人。兩繫稱維,謂五與初也。五之二,初之四,故君子維有解。變之正,故吉。小人謂三,二四正,三出為坎,故有孚于小人。

九四爻辞:その足の拇を解き、朋類が至って誠信あり。注:初六は九四の「拇」である。四と初が位置を交換するので「而の拇を解く」という。『臨』卦の兌は象を朋に取り、九二を指す。九二がすでに五位に上れば坎体を成し、坎は誠信なので「朋至り斯く孚あり」という。六五爻辞:君子はただ険難を解散し得れば吉、小人に対しても誠信を顕わす。注:陰爻は位を得れば君子、位を失えば小人である。二箇所の牽繫を「維」と呼び、六五と初六を指す。五爻が二位に下り、初爻が四位に上るので「君子維に解あり」といい、正位に変ずるので吉である。「小人」は六三を指す。二と四の両爻は既に正しく、三爻が出て坎を成し、坎は誠信なので「小人に孚あり」という。

上六:公用射隼于高庸之上,獲之,無不利。注:上應在三,公謂三伏陽也。離為隼。三失位,動出成乾,貫隼入大過死象。巽為高庸,故公用射隼于高庸之上,獲之無不利也。疏:「二已」至「無咎」○二夙吉,故云二已之正。四來之初成復,復崩來無咎,義並同也。○臨坤至為孤○臨五本坤,二上獵五,故稱田。田者,田獵,故云田,獵也。二之五,四體艮,艮為狐,九家說卦文。坎為弓輪,故為弓。離二黃離,故為黃。

上六爻辞:王公が高墉の上に隼を射て、之を獲て利あらざるなし。注:上六の応ずるところは六三にあり、「公」は六三の下に伏する陽爻を指す。離は象を隼に取る。六三は位を失い、一たび動き出れば乾体を成し、矢は隼身を貫いて『大過』の死亡の象に入る。巽は象を高に墻垣に取るので「公、用いて隼を高墉の上に射て、之を獲、利あらざるなし」という。恵棟の自疏:この節は注文の「二已」から「无咎」までを疏証するものである。九二は早く往くをもって吉とするので、注文は「二已の正」という。九四が初位に帰れば『復』体を成し、『復』卦に「休復」「頻復」の義がありて崩壊ののち来帰する者は咎なしという義理はここに同じ。以下は注文の「臨坤」から「為狐」までを疏証するものである。『臨』卦の五爻はもと坤に属し、九二が上に向かって五位を獵取するので「田」と称す。「田」とは田獵なので注文は「田は猟なり」という。九二が五位に上ったのち、四爻は艮体にあり、艮は象を狐に取る。これは『九家易』が『説卦』を解する文字である。坎は象を弓輪に取るので弓の象となり、離の第二爻は「黄離」なので象を黄に取る。

馬王注易皆云離為矢。三體離,四體艮,故矢貫狐體。二之五歴艮三爻為三狐,故田獲三狐。二獵五,離體壞,故得黃矢。五得正得中,故貞吉。此兼虞義。九家說卦坎亦為狐,卦有兩坎,二四正,三出又為坎,故田獲三狐,義亦通也。

馬融・王粛の『易』注はいずれも離が象を矢に取るとする。三爻は離体にあり、四爻は艮体にあるので「矢が狐の身を貫く」という。九二が五位に上るには艮の三つの爻を経る、これが「三狐」なので「田に三狐を獲」という。九二が五位を獵取すれば離体はこれに随って毀れるので「黄矢を得」という。五爻は正を得てまた中に居るので「貞吉」という。ここでは虞翻の義を兼ね採る。『九家易』が『説卦』を解するとき坎もまた象を狐に取る。この卦は二つの坎があり、二・四の両爻が正に居り、三爻が出てまた坎を成すので「田に三狐を獲」という——この説法もまた通る。

○負倍至且乘○此虞義也。負讀為倍,與倍同物同音。漢書載禹貢倍尾山,史記作負尾,俗作陪,字隨讀變。禮記明堂位負斧依,負又作倍,故云負,倍也。二變體艮,艮為背,背讀為倍,又通於負,故鄭註明堂位曰:負之言背。古人訓詁音義相兼也。

この節は注文の「負倍」から「且乗」までを疏証するもので、虞翻の義例である。「負」は「倍」と読み、二字はもと一物で同音である。『漢書』に載る『禹貢』の「倍尾山」は、『史記』では「負尾」と作り、俗本はまた「陪」と作る。字形が読みに随って変わるのである。『礼記・明堂位』の「斧依を負う」の「負」もまた「倍」と作るので、注文は「負は即ち倍」という。九二が一たび変ずれば艮体を成し、艮は象を背に取る。「背」は「倍」と読み、また「負」と相通ずるので、鄭玄が『明堂位』を注して「負の意は即ち背である」という。古人の訓詁はもともと音・義を兼ね取るものである。

三四不正,四為艮背,五在其後,故三以四背五。五來寇三者,案繋上子曰:為易者其知盜乎。虞彼注云:否上之二成困,三暴嫚,以陰乘陽,二變入宮為萃,五之二而奪三成解。故云五來寇三時,坤為車,謂萃坤也。若然,此注不言自萃來者,注從四陰二陽之例,故不言自萃來也。三不正而乘坤車,故負且乘,謂小人而乘君子之器也。

三・四の両爻はいずれも位に当たらず、四爻は艮の象する背で、九五はその背後にあるので、六三が四爻に憑藉して九五に背向するという。「五来りて三を寇す」については、『繋辞上伝』に孔子が「易を作りし人はほぼ盗賊の理を知りしか」と言い、虞翻がそこに注して:『否』卦の上爻が二位に下れば『困』を成し、三爻が凌暴輕慢して陰をもって陽に乗り、二爻がさらに変じて本宮に入りて『萃』を成し、五爻が二位に下りて三爻を奪うとき『解』を成す、とする。ゆえに「五来りて三を寇するとき坤は象を車に取る」といい、指すところはまさに『萃』卦の坤である。しかるにここで注文が『解』は『萃』より来ると言わないのは、注文が「四陰二陽の卦」の通例に依って説を立てるからで、『萃』より来るとは言わない。六三は居位正しからざるに坤の象する大車に坐するので「負うて且つ乗る」といい、すなわち小人でありながら君子の器物に乗ることである。

○五之至貞吝○此虞義也。萃五之二成坎,坎為寇為盜。繋上曰:上嫚下暴。又曰:嫚藏悔盜。坎為暴,三上嫚五,下暴於二。坎心為悔,坤為藏,嫚藏悔盜,故致寇至。失位不變,故貞吝也。○初為至斯孚○母,古文拇而女也。初上應四,四之母也,故云初為四母。初繫於二,四解初繫,與初易位,故解而母也。知初繫於二者,五爻辭言君子維有解,兩繫稱維,故知初繫二,五亦係四也。二陽同類,故朋謂二。二之五,兩繫皆解,坎信為孚,故朋至斯孚也。

この節は注文の「五之」から「貞吝」までを疏証するもので、虞翻の義例である。『萃』卦の五爻が二位に下れば坎体を成し、坎は象を寇に盗に取る。『繋辞上伝』に「上を輕慢し下を凌暴す」とあり、また「収蔵して慎まざるは即ち盗賊を教唆するなり」という。坎は象を凌暴に取り、六三は上に対して九五を輕慢し、下に対して九二を凌暴する。坎は心にして象を「悔」に取り、坤は象を収蔵に取る——輕慢にしてまた収蔵に度なきは、まさに盗賊を招き寄せることなので「寇を致すに至る」という。六三は位を失いしかも変じようとしないので「貞にして吝」という。この節は注文の「初為」から「斯孚」までを疏証するものである。「母」は古文の「拇」の字で女旁に従う。初六は上に九四に応じ、四爻の「拇」なので、注文は「初は四の母となる」という。初六は九二に牽繫し、九四が初爻の牽繫を解き初と位置を交換するので「而の拇を解く」という。初六が九二に牽繫すると知るのは、六五爻辞に「君子維に解あり」とあり、二箇所の牽繫をもって「維」と呼ぶからで、これにより初が二に繫がり、五もまた四に繫がると知れる。九二と九四は同じ陽爻で同類相求むるので「朋」は九二を指す。九二が五位に上れば二箇所の牽繫はいずれも解ける。坎は信実を主るので象を孚に取り、「朋至り斯く孚あり」という。

○陰得至小人○鄭注乾鑿度曰:三十二君之率,陽得正為聖人,失正為庸人;陰失正為小人,得正為君子。故知此君子謂五與初也。虞注隨上六曰:兩繫稱維,五繫四,初繫二,五之二,初之四,兩繫皆解,故君子維有解。

この節は注文の「陰得」から「小人」までを疏証するものである。鄭玄が『乾鑿度』を注して言う:三十二君の通例に就いて言えば、陽爻は正を得れば聖人、正を失えば庸人、陰爻は正を失えば小人、正を得れば君子である。これによりここの「君子」は六五と初六を指すと知れる。虞翻が『随』卦の上六に注して言う:二箇所の牽繫をもって「維」と称し、五は四に牽繫し、初は二に牽繫する。五爻が二位に下り初爻が四位に上れば、二箇所の牽繫はいずれも解けるので「君子維に解あり」という。

陰繫陽而得言解者,以在解家故也。虞本維作惟,讀為思惟之惟,今不用也。六三負且乘,繋上釋此爻云:負也者,小人之事也。故知小人謂三。二四已正,三出為坎,坎為孚,故有孚于小人。

陰爻が陽爻に牽繫するはもともと悪事ではないが、ここで「解」というのは、身が『解』卦という時世に在るが故である。虞翻の本では「維」を「惟」と作り、思惟の「惟」と読むが、今は採用しない。六三爻辞に「負うて且つ乗る」とあり、『繋辞上伝』がこの爻を解して「物を負うは小人の事なり」という。これにより「小人」は六三を指すと知れる。二・四の両爻はすでに正に居り、三爻が出て坎を成し、坎は象を誠信に取るので「小人に孚あり」という。

○上應至利也○此虞義也。三失位當變之正,上應在三,故發其義於上爻。三為三公,六三陽位,下有伏陽,故謂三伏陽也。釋鳥曰:鷹隼丑,其飛也翬。離為飛鳥,故為隼。五之二成坎弓離矢,三動成乾貫離隼,體大過,故入大過死。庸,牆也。三動下體成巽,巽為高,為庸,故公用射隼于高庸之上。虞氏謂三陰小人乘君子器,故上觀三出,射去隼,兩坎象壞,故無不利也。

この節は注文の「上応」から「利也」までを疏証するもので、虞翻の義例である。六三は位を失い正位に当たり変ずべきであり、上六の応ずるところはまさに三爻にあるので、この一層の義理を上爻の辞に発したのである。第三爻は三公の位で、しかも六三はもと陽位で、その下に陽爻が潜伏するので「三は伏陽」という。『爾雅・釈鳥』に「鷹隼の類、その飛ぶや翅を振りて疾く挙がる」とある。離は象を飛鳥に取るので隼の象となる。五爻が二位に下りて坎を成し、坎は弓で離は矢である。三爻が一たび動けば乾を成し、矢は離の象する隼を貫き、全体はまた『大過』を成すので『大過』の死象に落ちるという。「墉」とは墻である。三爻が一たび動けば下体は巽を成し、巽は象を高に墻垣に取るので「公、用いて隼を高墉の上に射る」という。虞翻は六三を陰柔の小人で君子の器物に乗る者と見るので、上六は三爻が出て変ずるを察し、一箭を射て隼鳥を獲、二つの坎象はこれに随って毀れる。ゆえに「利あらざるなし」という。

損(そん)卦

艮宮三世卦,消息七月。損,有孚,元吉,無咎,可貞,利有攸往。注:泰初之上,損下益上,其道上行而失位,故名損。二坎爻,坎為孚,故有孚。與五易位,故元吉無咎。上之正故可貞。三往之上故利有攸往。

この卦は京房八宮では艮宮の第三世卦に属し、卦気は七月に配される。経文:『損』は誠信あり、大いに吉、咎なし、貞なるべし、往くところあるに利あり。注:この卦は『泰』卦の初九が上位に上って成ったもので、下体を減損して上体を増益し、乾道は上に向かって運行して爻位が当たらないので、卦名を『損』という。九二は坎体の爻で、坎は象を誠信に取るので「孚あり」という。六五と位置を交換するので「元吉にして咎なし」。上爻が正位に変ずるので「貞なるべし」といい、六三が上位に往くので「往くところあるに利あり」という。

曷之用?二簋可用享。注:坤為用。二體震,震為木,乾為圓,木器而圓,簋象也。震主祭器,故為簋。二簋者,黍與稷也。五離爻,離為火,火數二,故二簋。上為宗廟,謂二升五為益,耒槈之利既成,用二簋盛稻粱以享於上。上右五益三而成既濟,故云二簋可用享也。

経文:何をもって用いんや。二簋の薄祭をもって献享すべし。注:坤は象を用に取る。九二は震体にあり、震は象を木に取り、乾は象を円に取る。木製にして円なる器皿はまさに簋(き)の形象である。震は長子にして祭器を主掌するので象を簋に取る。いわゆる「二簋」とは黍(しょ)と稷(しょく)の二様を指す。六五は離体の爻で、離は象を火に取り、火の成数は二なので「二簋」という。上爻は宗廟を象徴する——九二が五位に上升すれば『益』卦を成し、耒耜耕作の利がすでに告成するので、二簋に稻粱を盛って上に献享する。上九は六五を佑助して六三を増益し『既済』を成すので「二簋は用いて享すべし」という。

疏:「泰初」至「攸往」○卦自泰來,泰初九之上,乾道上行而失位。序卦曰:緩必有所失。損者失也,故名損。二坎爻,坎信為孚。二失位,咎也,與五易位,各得其正,故元吉無咎也。上當益三之正,故可貞。三往居上,故利有攸往,上爻辭利有攸往正指三也。

恵棟の自疏:この節は注文の「泰初」から「攸往」までを疏証するものである。この卦は『泰』より変じて来て、『泰』の初九が上位に上り、乾道は上に向かって運行して爻位が当たらない。『序卦伝』に「緩散すれば必ず失うところあり」とあり、「損」とは失なので、卦名を『損』という。九二は坎体の爻で、坎は信実を主るので象を孚に取る。九二が位を失うはもと過咎であるが、六五と位置を交換したのち両爻は各々その正を得るので「元吉にして咎なし」という。上九は六三を増益して正を得させるべきなので「貞なるべし」といい、六三が上位に往き居るので「往くところあるに利あり」という——上九爻辞の「往くところあるに利あり」とはまさに六三を指す。

○坤為至享也○坤為用,虞義也。三體震,震春為木。說卦曰:乾為圓。木器而圓,簋象,鄭義也。三禮圖曰:簋受斗二升,足高一寸,中圓外圓,挫其四角,漆赤中,其飾如簠。蓋簋以木為之,內外皆圓,故知木器而圓簋象也。

この節は注文の「坤為」から「享也」までを疏証するものである。「坤は用となる」は虞翻の説である。三爻は震体にあり、震は春季を主り五行において木である。『説卦伝』に「乾は円となる」とある。木製にして円なる器皿はまさに簋の象である、これは鄭玄の説である。『三礼図』に言う:簋の容量は一斗二升、圏足の高さ一寸、内も外も円く、四角を磨き去り、内は赤漆を髹し、文飾は簠(ほ)と同じ、と。これより簋は木料をもって制され内外ともに円いことが分かるので、「木器にして円」はまさに簋の形象と知れる。

荀氏曰:簋者,宗廟之器。震長子,主祭器,故為簋。明堂位曰:周之八簋。祭義曰八簋之實。鄭注云:天子之祭八簋。簋有八而稱二者,三禮圖簠盛稻粱,簋盛黍稷,故知二簋者,舉黍與稷也。

荀爽が言う:簋は宗廟の礼器である。震は長子にして祭器を主掌するので象を簋に取る。『礼記・明堂位』に「周代は八簋を用う」とあり、『祭義』に「八簋の盛るところの物」とあり、鄭玄の注に「天子の祭は八簋を用う」という。簋はもと八あるのにここではただ「二」というのは、『三礼図』によれば簠は稻粱を盛り簋は黍稷を盛るので、これにより「二簋」は黍と稷の二様を挙げて言うと知れる。

五離爻,故又取象火數以釋二簋。上為宗廟,二升五成益,益者,神農蓋取以興耒槈之利而成既濟者也,故云耒槈之利既成,用二簋盛稻與粱以享於上。五象傳曰:六五元吉,自上右也。五為一卦之主,上之三成既濟,則五之功成,故知上右五益三而成既濟也。

六五は離体の爻なので、また火の成数をもって「二簋」を解する。上爻は宗廟を象徴する。九二が五位に上升すれば『益』卦を成し、『益』はまさに『繋辞』のいう神農氏が象を取りて耒耜の利を興し、進んで『既済』を成就したその卦である。ゆえに注文は「耒耜の利既に告成し、二簋に稻と粱を盛りて上に献享する」という。『損』の六五『象伝』に「六五の元吉は上爻の佑助を得るなり」とある。六五は一卦の主で、上九が三位に下れば『既済』を成し、五爻の功業はここに告成する。これにより「上九が六五を佑助して六三を増益し『既済』を成す」と知れる。

初九:巳事遄往,無咎,酌損之。注:巳讀為祀,祀謂祭祀。坤為事,謂二也。遄,速;酌,取也。二失正,初利二速往合志於五,已得之應,故遄往無咎。二居五酌上之剛以益三,故酌損之。九二:利貞,征凶,弗損益之。注:失位當之正,故利貞。徵,行也。震為征,失正毀折故不徵,之五則凶。二之五成益,小損大益,故弗損益之。六三:三人行則損一人。注:泰乾三爻為三人,震為行,故三人行。損初之上,故則損一人。

初九爻辞:祭祀の事は遄かに往き、咎なし、酌量して己を損して人を益す。注:「巳」は「祀」と読み、祀は祭祀を指す。坤は象を事に取り、九二をいう。「遄」は快速で、「酌」は取用である。九二が居位正しからざるゆえ、初九は九二をして迅速に往かせ、六五とその心志を合わせるに宜しい。さすれば初爻もまた応和を得るので「遄かに往き咎なし」という。九二が五位に居たのち、上爻の剛を酌取して六三を増益するので「酌りて之を損す」という。九二爻辞:貞なるに利あり、行けば凶、己を損せずして人を益す。注:九二は位を失い正位に当たり変ずべきなので「貞に利あり」という。「征」は行くことで、震は象を行に取る。しかし九二は正を失い毀折の象があるので行くに宜しからず、直に五位に上れば却って凶となる。九二が五位に上れば『益』卦を成し、損する所は小さく益する所は大きいので「損せずして之を益す」という。六三爻辞:三人行けば一人を損す。注:『泰』卦乾体の三つの陽爻がすなわち「三人」で、震は象を行走に取るので「三人行く」という。初爻を減損して上位に上るので「則ち一人を損す」という。

一人行則得其友。注:一人爻不旅行也。兌為友。損二之五,益上之三,各得其應,故一人行則得其友。天地壹●,萬物化醇,言致一也。六四:損其疾,使遄有喜,無咎。注:四謂二也。四得位遠應初,二速上五已得承之。

爻辞はまたいう:一人行けばその伴侶を得。注:いわゆる「一人」とは、爻が伴を結んで行かないことをいう。兌は象を朋友に取る。九二を減損して五位に上り、上九を増益して三位に下れば、両爻は各々応和を得るので「一人行けば則ちその友を得」という。『繋辞』に「天地絪缊交感し、万物化育醇厚なり」(ここに底本は『壹』の下一字が漫漶)とあるのは、まさに専一に相与する理を説く。六四爻辞:その疾を損し、遄かに来らしめば喜びあり、咎なし。注:ここの「四」は九二を指す。六四は位を得て遠く初九に応じ、九二が速かに五位に上れば、六四はそれに承奉し得る。

謂二之五。三上覆坎為疾也。陽在五稱喜,故損其疾,使遄有喜。得正承五,故無咎。六五:或益之十朋之龜,弗克違,元吉。注:二五已變成益,故「或益之」。坤為十,兌為朋。三上失位,三動離為龜。十謂神、靈、攝、寳、文、筮、山、澤、水、火之龜,故云「十朋」。「弗克違」,不違龜筮也。三上易位成既濟,故弗克違元吉矣。或說二至五有頤象,故云龜。

上文の六四の注に承って言う:いわゆる「その疾を損す」とは、九二が上行して五位に至ることを指す。三爻と上爻が各々本位に復帰したのち、下に改めて坎体を結成し、坎は『説卦』において疾患を主るので「疾」という。漢易の通例により、陽爻が五位に居れば「喜」と称す。六四が自らの病患を減損しようとすれば、九二をして速かに上行せしめなければならず、こうして初めて「喜あり」となる。六四は陰をもって陰に居りて正を得、また上に九五の陽を承くので過咎がない。 以下は六五爻辞:「或るいは之を益す十朋の亀、克く違えず、元吉。」恵棟の自注に言う:二・五の両爻が一たび変動すれば『損』は転じて『益』卦となるので、爻辞は「或るいは之を益す」といい、人が外より来て之を增益するがごとし。下卦の坤は『易』数において十に当たり、兌は朋友の象を取るので「十朋」あり。三爻と上爻はともに正位を失い、三爻が一たび動けば離体を結成し、離は亀甲を主るので「亀」の象あり。いわゆる「十」とは、『爾雅』に列する神亀・霊亀・摂亀・寶亀・文亀・筮亀・山亀・沢亀・水亀・火亀の十類を指すので「十朋」と称す。「克く違えず」とは人事の謀画が亀卜蓍筮に相違背しないことをいう。三爻と上爻が位置を交換すれば『既済』を成し、六爻は各々その正を得るので「克く違えず、元吉」という。別の一説:二爻より五爻に数えて『頤』卦の象があり、『頤』の辞は屡々亀を言うので、ここでも亀と称す。

上九:弗損益之,無咎,貞吉。注:損極則益,故「弗損益之」,謂損上益三也。上失正之三得位,故無咎貞吉。「利有攸往,得臣無家。」注:謂三往之上,故「利有攸往」。二五已動成益,坤為臣。三變據坤成家人,故「得臣」。上動應三成既濟,則家人壞,故曰「無家」。

上九爻辞:「損せずして之を益し、咎なし、貞吉。」恵棟の自注:減損が極に至れば転じて増益となるので「損せずして之を益す」といい、卦爻に落とせば上九を減損して六三を増益することである。上九はもと陽をもって陰に居り正位を失うが、一たび下行して三位に至れば正を得るので、咎なく正を守りて吉という。 爻辞は続けて「往くところあるに利あり、臣を得て家なし」という。自注:これは六三が上行して上位に至るを説くので「往くところあるに利あり」。二・五の両爻がすでに変動して『益』卦を成し、その中の坤体は『説卦』において臣属を主る。六三が一たび変ずれば、下は坤体に憑拠して『家人』卦を結成するので「臣を得」という。しかし上九が一たび動きて六三に応じに往けば、全卦『既済』を成し、『家人』の体はこれに随って破壊するので、また「家なし」という。

疏:「巳讀」至「損之」○「巳讀為祀」者,古文省,故鄭《詩譜》云:「孟仲子,子思弟子。」子思論《詩》「於穆不巳」,孟仲子曰「於穆不祀」,知「巳」與「祀」通,故讀為祀。「祀,祭祀」已下虞義也。《釋詁》曰:「祀,祭也。」上為宗廟,經曰「二簋可用享」,謂二居五體觀,以二簋享於宗廟,故祀謂祭祀。「遄,速」,《釋詁》文。「酌」與「勺」同,《說文》曰:「挹,取也。」《坊記》曰:「上酌民言。」鄭注云:「酌,猶取也。」《春秋》僖八年「鄭伯乞盟」,《公羊傳》曰:「蓋酌之也。」訓與《說文》鄭氏同,故云「酌,取也」。

以下は恵棟の自疏で、疏する所は初九注文のうち「巳読」より「損之」までの一段である。 注文が「巳」を「祀」と読むのは、古文の書写が簡に従い偏旁を省いたためである。鄭玄『詩譜』は孟仲子を子思の弟子という。子思が『詩経』を講じて「于穆不巳」と作るところを、孟仲子は「于穆不祀」と作る。これより「巳」と「祀」の二字は古より相通ずると見えるので、ここでは祀と読む。注文「祀は祭祀」以下は虞翻の説を採る。『爾雅・釈詁』に「祀」はすなわち「祭」という。上爻の位は宗廟を象徴し、卦辞の「二簋は用いて享すべし」とは、九二が五位に居りて全卦に『観』の象あり、二簋の薄物をもって宗廟に献享することを指すので、「祀」は祭祀に落ち着く。「遄」は「速」と訓じ、『爾雅・釈詁』に出る。「酌」と「勺」はもと一字で、『説文解字』は「挹」を「取」と訓ず。『礼記・坊記』に「上は民言を酌む」とあり、鄭玄の注に「酌は猶お取のごとし」という。『春秋』僖公八年に「鄭伯、盟を乞う」と記し、『公羊伝』は「蓋し之を酌むなり」と解し、訓釈は『説文』・鄭玄と一致するので、注文は「酌は取なり」という。

初與四應,初利二速往合五,已得應四。初曰「遄往」,四曰「遄喜」,皆謂二速往五而喜也。陰陽得正,故無咎。二居五,取上益三,故二與上皆云「弗損益之」,謂益二也。酌損上以益三,故曰「酌損之」也。

初九と六四はもと相応する一対である。初九は九二が速やかに上行して五位と会合することを望む。さすれば己もまた六四と正常に感応し得る。ゆえに初九爻辞は「遄かに往け」といい、六四爻辞は「遄かに喜あり」といい、いずれも九二が迅速に五位に升りて因って喜を生ずるを説く。陰陽が各々その応有の位に帰るので過咎がない。九二が五位に居たのち、上九の陽を取りて六三を補益するので、九二と上九の爻辞はともに「損せずして之を益す」といい、意は反転して九二のこの側を增益するにある。斟酌して上九を減損して六三を増益するので、初九爻辞は「酌りて之を損す」という。

○「失位」至「益之」○此虞義也。二失位,當之五得正,故「利貞」。「徵,行」,《釋言》文。震為行,故為徵。二失正體兌,兌為毀折,故云「失正毀折」。二當之五,故云「不征之五則凶」。「不徵」言徵,猶「不如」言「如」,郭璞所謂詁訓義有反覆旁通者也。二之五體益,五辭「或益之」是也。初之上為小,損上之三為大益,故「弗損益之」,謂成既濟也。

以下に疏するは、九二注文のうち「失位」より「益之」までの一段で、虞翻の説を用いる。九二は陽をもって陰に居り、正位を失い、上行して五位に至りて初めて正を得べきなので、爻辞は「貞に利あり」という。「征」は「行」と訓じ、『爾雅・釈言』に見え、震は行動を主るので震象はすなわち「征」である。九二は既に正を失い、下体はまた兌を成し、兌は毀折を主るので、注文は「正を失い毀折す」という。九二はもと上行して五位に至るべきなので、爻辞の「征凶」を「征せずして之五せば則ち凶」と講ずる、すなわち上行して五位に至らなければ却って凶險がある。「不征」をもって「征」を表すは、古書が「不如」をもって「如」を表すがごとき、まさに郭璞のいう訓詁において意義が反覆して旁通し得る現象である。九二が五位に升れば全卦『益』を成し、六五爻辞の「或るいは之を益す」はまさにこの事を指す。初九が上行して上位に至る所損は甚だ小さく、上九を減損して六三を補益する所得は甚だ大きいので「損せずして之を益す」といい、終に六爻皆正の『既済』を指向する。

○「泰乾」至「一人」○此虞義也。乾為人,故泰乾三爻為三人。震為行,泰陽息之卦,三陽並進,故「三人行」。損初九而之坤上,故「損一人」。○「一人」至「一也」○一爻為一人,三則疑謂旅行也,爻不旅行,故稱「一人」,非謂止一爻也。兌朋友講習,故為友。損二之五,益上之三,則六爻各得其應,故云「一人行則得其友」也。「天地壹●」已下繋下文。天地謂泰,乾坤也。乾坤交而成既濟,故「萬物化醇」。一者,天地合也,故云「言致一」也。

以下に注文の「泰乾」より「一人」までの一段を疏解するも、仍ほ虞翻の説を用いる。乾は『説卦』において人の象を取るので、『泰』卦下体乾の三本の陽爻がすなわち「三人」である。震は行動を主り、『泰』は陽気の生長する卦で、三陽が並び肩をして上進するので、爻辞は「三人行く」という。初九を減損してこれを坤体の上位に上行せしめるので「一人を損す」という。 再び「一人」より「一也」までの一段を疏す:一本の爻がすなわち一人である。「三」というは却って伴れて同行すると誤解され易く、しかも爻はもと伴れて行かないので「一人」と称す。全卦にただ一爻のみ残るというのではない。兌は『説卦』において朋友の間の講習切磋を象徴するので「友」の象を取る。九二を減損して上行して五位に至らせ、上九を増益して下行して三位に至らせれば、六爻は各々その対応を見出すので「一人行けば則ちその友を得」という。注文の引く「天地壹●」(底本ここに一字漫漶)以下の言については『繋辞下伝』に出る。「天地」とは『泰』卦を指し、すなわち乾と坤である。乾坤が交感して『既済』を成すので「万物化醇」という。いわゆる「一」とは天地が合して一となることで、ゆえに『繋辞』は「言、一を致すなり」という。

○「四謂」至「無咎」○此虞義也。二五為卦主,故「四謂二」。四以陰居陰,得位應初。二祀事遄往,故云「二速上五」。四近於五,故已得承之。二之五,三上覆體坎,坎為疾,陽在五稱喜,六爻皆正則坎不為害,故「損其疾,使遄有喜」也。四得正承五,故無咎。

以下に六四注文の「四謂」より「无咎」までの一段を疏解するも、これも虞翻の説である。二爻と五爻はこの一卦の主爻なので、注文は六四の講ずる対象がすなわち九二であるという。六四は陰爻をもって陰位に居り、位は当たりており、また初九と相応する。九二はまさに祭祀の事のために急速に上行するので、注文は「二は速やかに五に上る」という。六四は五位に緊接するので、上行ののち自ら九五を承接し得る。九二が五位に升れば、三爻と上爻は各々本位に帰り、改めて坎体を結成し、坎は疾病を主る。しかし陽が五位に居るを「喜」と称し、六爻が既に皆正を得れば、坎はもはや害をなさないので、爻辞は「その疾を損し、遄かに喜あらしむ」という。六四は正を得て上に九五を承くので過咎がない。

○「二五」至「雲龜」○此虞義也。在損家而稱益者,以二之五成益,故云「或益之」也。坤數十,兌為朋,故云「十朋」。三動體離,離為龜。馬、鄭釋「十朋之龜」,據《爾雅·釋魚》曰:「一曰神龜,二曰靈龜,三曰攝龜,四曰寳龜,五曰文龜,六曰筮龜,七曰山龜,八曰澤龜,九曰水龜,十曰火龜。」故云「十謂神、靈、攝、寳、文、筮、山、澤、水、火之龜」。《爾雅》之文蓋以釋《易》,故引之。

以下に六五注文の「二五」より「云亀」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。人が『損』卦の中にありながら「益」というのは、九二が五位に升ったのち全卦が転じて『益』となるからで、ゆえに爻辞は「或るいは之を益す」という。坤は『易』数において十に当たり、兌は朋友の象を取るので「十朋」という。六三が一たび動けば上に離体を結成し、離は亀甲を主る。馬融・鄭玄が「十朋の亀」を解するに、いずれも『爾雅・釈魚』の分類に拠る:第一は神亀、第二は霊亀、第三は摂亀、第四は寶亀、第五は文亀、第六は筮亀、第七は山亀、第八は沢亀、第九は水亀、第十は火亀。ゆえに注文は「十」とは神・霊・摂・寶・文・筮・山・沢・水・火の十種の亀を指すという。『爾雅』のこの段はもともと『易』を解するがために設けられたがごときなので、漢儒は引きて証とする。

一說:兩貝曰朋,朋直二百一十六。《漢書·食貨志》曰:「元龜岠冉,長尺二寸,直二千一百六十,為大貝十朋。」《易》「十朋」者,元龜之直,義亦通也。「弗克違,不違龜筮」者,此增虞義。「不違龜筮」,《表記》文。二五之正,三上易位成既濟,人謀既協,龜墨又順,故「弗克違」。「元,吉」也。「或說」已下,義詳《頤》卦。《益》初至五亦有頤象,卦辭皆云龜,漢儒無說,疑不能明也。

別の一つの解釈:貝二枚を合せて一「朋」と為し、一朋は二百十六銭に値する。『漢書・食貨志』は元亀「岠冉」を記し、長さ一尺二寸、価値二千一百六十銭で、ちょうど大貝十朋に合する。『周易』のいう「十朋」とはすなわち元亀の価値で、この説法もまた通る。「克く違えず、亀筮に違わず」の一句については、恵棟が虞翻の旧注の外に補い出したものである。「亀筮に違わず」の四字は『礼記・表記』に出る。二爻と五爻が各々正に帰り、三爻と上爻が位置を交換して『既済』を成せば、人の謀議は既に一致し、亀甲の墨画の卜兆もまた相順うので、違背し得ないという。「元」はここではすなわち「吉」である。注文「或説」以下の内容について、詳しい解釈は『頤』卦に見る:『益』卦も初爻より五爻まで同じく『頤』の象があり、両卦の辞の中にいずれも亀に言及するが、漢代の経師はこれに説明を留めず、ただ疑を存するのみで、敢えて強いて解を作らない。

○「損極」至「貞吉」○「損極則益」,王肅義也。上者損之極,損極則益,故「弗損益之」,《序卦》所云「損而不已則益」是也。「損上益三」已下虞義也。上失正為損咎也,之三得位,故「無咎貞吉」。○「謂三」至「無家」○此虞義也。自內曰往,三之上,故「利有攸往」。二五已動成益,中互坤,故坤為臣。三變則據坤而體家人,是「得臣」也。上動應三,六爻皆正,故成既濟,家人體壞,故曰「無家」。谷永釋此經云:「言王者臣天下,無私家也。」王肅謂得臣則萬方一軌,故「無家」也。

以下に上九注文の「損極」より「貞吉」までの一段を疏解する。「損極まれば則ち益す」は王粛の解説に取る。上九は減損の極点に処り、減損が極に至れば転じて増益となるので「損せずして之を益す」といい、すなわち『序卦伝』の講ずる「損して已まざれば必ず益す」である。注文「上を損し三を益す」以下は虞翻の説である:上九は陽をもって陰に居り正位を失う、これはまさに「損」が齎す過失である。一たび三位に下れば正を得るので、咎なく正を守りて吉となる。 再び「謂三」より「无家」までの一段を疏すも、同じく虞翻に出る。内卦より外卦に往くを「往」といい、六三が上行して上位に至るので「往くところあるに利あり」。二・五の両爻が既に変動して『益』を成し、中間に互いに坤体を出し、坤は『説卦』において臣属を主る。六三が一たび変ずれば、下は坤体に憑拠して『家人』を結成する、これが「臣を得」である。上九が一たび動きて六三に応じに往けば、六爻は悉く正を得て『既済』を成し、『家人』の体もまたこれに随って瓦解するので「家なし」という。漢代の谷永はこの経文を解して言う:君王は天下人をもって臣と為し、もともと一己の私家なし、と。王粛は臣属を得れば万方の政令が一軌に帰するので「家なし」と称すと見る。

益(えき)卦

巽宮三世卦,消息正月。

京房八宮の排列によれば、『益』は巽宮の第三世卦に属す。漢易卦気の説によれば、その配当する消息の月は夏歴正月である。いわゆる「消息」とは十二辟卦における陰陽の消退と生長を指し、正月は『泰』で、天地交通し万物萌動し、『益』はまさにこの時令の気を取る。

《益》:利有攸往。注:否上之初,與恆旁通。損上益下,其道大光。二利往應五,故「利有攸往,中正有慶」也。「利涉大川。」注:謂三失正,動成坎體渙,坎為大川,故「利涉大川」。渙,舟楫象,「木道乃行」也。

『益』卦の卦辞:「往くところあるに利あり。」恵棟の自注:この卦は『否』卦の上九が初位に下って来たもので、『恒』卦と互いに旁通し、すなわち六爻の陰陽が一々相反する。上位の陽が初位に下るはまさに「上を損し下を益す」なので、『彖伝』は「その道大いに光あり」という。九二は上行して九五に応ずるに利あるので「往くところあるに利あり」といい、『彖伝』はまた「中正にして慶あり」という。 卦辞「大川を渉るに利あり」、自注に言う:六三は正位を失い、一たび動けば坎体を成して『涣』の象あり。坎は大川を主るので「大川を渉るに利あり」。『涣』は舟楫の象なので、『彖伝』は続けて「木道乃ち行る」という。

疏:「否上」至「慶也」○此虞義也。否上爻之初成益,虞注否上九曰「否終必傾,下反於初成益」是也。與恆旁通,又兩象易也。上之初,故「損上益下」。乾為大明,以乾照坤,故「其道大光」。五乾中正,二利往應之,故「利有攸往」。乾為慶,故「中正有慶」也。

以下自疏するに、まず注文の「否上」より「慶也」までの一段を解するに、虞翻の説を用いる。『否』卦の上爻が初位に下れば『益』卦を成し、虞翻が『否』の上九に注して「否の道は尽きれば必ず傾覆し、上爻が初位に返回すれば『益』を成す」というは、まさにこの事を説く。『益』は『恒』と互いに旁通し、同時に両卦はまた「両象易」で、すなわち上下二つの経卦が互いに対調して成る。上爻が初位に下るので「上を損し下を益す」という。乾は大明の象で、乾の光をもって坤体に照臨するので『彖伝』は「その道大いに光あり」という。九五は乾体の爻で、中に居りて正を得、九二は上行してこれに応ずるに利あるので「往くところあるに利あり」という。乾はまた福慶を主るので「中正にして慶あり」という。

○「謂三」至「行也」○此虞義也。三陰失位,動而成坎,有渙象。坎水為大川,乾為利,故「利涉大川」。「舟楫之利以濟不通,蓋取諸渙」,故渙,舟楫象。巽木得水,故「木道乃行」也。

再び注文の「謂三」より「行也」までの一段を疏するに、仍ほ虞翻に拠る。六三は陰爻をもって陽位に居りて正を失い、一たび動けば坎体を成し、全卦ここに『涣』の象あり。坎は水にして大川、乾は利益を主るので「大川を渉るに利あり」という。『繋辞下伝』に「舟楫の利をもって通ぜざるを済るは、蓋し涣に取る」とあるより、『涣』はまさに舟楫の象と見える。下卦の巽は木で、木は水を得て能く浮行するので、『彖伝』は「木道乃ち行る」という。

初九:利用為大作,元吉,無咎。注:大作謂耕播,「耒耨之利,蓋取諸此」也。坤為用,乾為大,震為作,故「利用為大作」。體復初得正,故「元吉無咎」。震,三月卦,「日中星鳥,敬授民時」,故以耕播也。

初九爻辞:「用いて大作を為すに利あり、元吉、咎なし。」恵棟の自注:いわゆる「大作」とは耕田播種のごとき農事を指し、『繋辞下伝』の講ずる「耒耨の利」はこの一卦より象を取ったものである。坤は『説卦』において「用」を主り、乾は「大」を主り、震は「作」を主るので「用いて大作を為すに利あり」という。初九の所在する下体は『復』卦の初爻の象を有し、また陽をもって陽に居りて正を得るので「元吉、咎なし」という。震は夏歴三月に配当する卦で、『尚書・堯典』の講ずる「日中星鳥」「敬授民時」はまさに春分に時を授ける事をいうので、「大作」を耕種播撒に落ち着ける。

六二:或益之十朋之龜,弗克違,永貞吉。注:謂上從外來益初也,故「或益之」。二得正,遠應利三之正,已得承之。坤數十,損兌為朋,謂三變離為龜,故「十朋之龜」。坤為永,上之三得正,故「永貞吉」。「王用亨於帝,吉。」注:震稱帝,王謂五。否乾為王,體觀象祭祀。益,正月卦,王用以郊天,故「亨於帝」。得位故吉。

六二爻辞:「或るいは之を益す十朋の亀、克く違えず、永く貞にして吉。」恵棟の自注:これは上九が外卦より下り来りて初九を增益するをいうので「或るいは之を益す」という。六二は陰をもって陰に居りて正を得、九五と遥かに相応じ、同時にまた六三の正に帰るに利あり、さすれば己は上に陽爻を承け得る。坤は『易』数において十に当たり、『損』卦の兌は朋の象を取り、六三が一たび変ずれば離体を結成して亀となるので、合せて「十朋の亀」と称す。坤はまた長久を主り、上九が三位に下りて各々その正を得るので「永く貞にして吉」という。 爻辞はまた「王、用いて帝に亨す、吉」という。自注:震は『説卦』において「帝」と称し、「王」は九五を指す。『否』卦の乾体は王者を主り、全卦はまた『観』の象を有して祭祀を主る。『益』は夏歴正月に配当する卦で、君王はこの月に天に郊祭するので「帝に亨す」といい、九五は位を得るので吉である。

六三:益之用凶事,無咎。注:坤為事,三多凶,上來益三得正,故「益用凶事無咎」。「有孚中行,告公用圭。」注:公謂三。三動體坎,故「有孚」。震為行,初至四體復,故曰「中行」。震為告,坤為用,乾為圭,上之三,故「告公用圭」。禮,含者執璧將命,賵者執圭將命,皆西面坐,委之宰,舉璧與圭,此凶事用圭之禮。

六三爻辞:「之を益すに凶事を用う、咎なし。」恵棟の自注:坤は『説卦』において事務を主り、しかも三爻は『繋辞』の通例により「凶多し」。上九が下り来りて六三を增益し、これを正位に帰らせるので、凶喪の事に用いるも過咎なしという。 爻辞はまた「孚ありて中行し、圭をもって公に告ぐ」という。自注:「公」は六三を指す。六三が一たび動けば坎体を結成し、坎は誠信を主るので「孚あり」という。震は行動を主り、初爻より四爻まで『復』体を結成し、『復』の六四に「中行して独り復る」とあるので「中行」と称す。震はまた告語を主り、坤は使用を主り、乾は玉圭を主る。上九が三位に下るので「圭をもって公に告ぐ」という。礼制により、喪家に含玉を贈る者は璧を手執りて礼を行い、車馬の物を贈る者は圭を手執りて礼を行い、いずれも面を西に向けて坐し、礼物を主人の家宰に交付し、璧と圭を挙げる。これが凶喪の事に玉圭を使用する礼節である。

六四:中行,告公從。注:體復四,故亦云「中行」。三為公,震為從。三上失位,四利三之正,已得從初,故「告公從」。「利用為依遷邦。」注:坤為邦,「遷,徙」也。三動坤徙,故「利用為依遷邦」。《春秋傳》曰:「我周之東遷,晉鄭是依。」

六四爻辞:「中行し、公に告げ從う。」恵棟の自注:六四はまさに『復』卦の六四の位に当たり、『復』の六四に「中行して独り復る」とあるので、ここでも「中行」と称す。三爻は公で、震は随從を主る。三爻と上爻はともに正位を失い、六四は六三をして正に帰らせるに利あり、己もまた初九に随從し得るので「公に告げ從う」という。 爻辞はまた「用いて依りて邦を遷るに利あり」という。自注:坤は『説卦』において邦国を主り、「遷」は「徙」と訓ず。六三が一たび動けば坤体はこれに随って遷移するので「用いて依りて邦を遷るに利あり」という。『左伝』は周室の東遷を記し、すべて晋・鄭両国の扶持に頼った、まさにこの爻辞を印証し得る。

九五:有孚惠心,勿問,元吉。注:謂三上也。震為問,三上易位,三五體坎,已成既濟,坎為心,故「有孚惠心,勿問,元吉」。《象》曰:「勿問之矣。」「有孚惠我德。」注:坤為我,乾為德,三之上體坎為孚,故「惠我德」。《象》曰:「大得志也。」

九五爻辞:「孚ありて心を恵み、問うこと勿れ、元吉。」恵棟の自注:ここで言うは六三と上九の両爻である。震は詢問を主る。三と上が位置を交換したのち、三爻より五爻まで坎体を結成し、全卦はすでに『既済』を成し、坎は『説卦』において心を主るので、心に誠信を懐きて恵を施し、占問するまでもなく大いに吉という。『小象伝』は因って「之を問う勿れ」という。 爻辞の下句「孚ありて我が徳を恵む」。自注:坤は「我」を主り、乾は徳行を主る。六三が上行して上位に至りて坎体を結成し、坎は誠信を主るので、誠信をもって我が徳に恵を施すという。『小象伝』に「大いに志を得るなり」という。

上九:莫益之。注:「莫,無」也。自非上,無益初者,故「莫益之」。「或擊之。」注:上不益初,則以剝滅乾,艮為手,故「或擊之」。「立心勿恆,凶。」注:旁通恆,益初體復心。上不益初,故「立心勿恆」。傷之者至,故凶。

上九爻辞:「之を益す莫し。」恵棟の自注:「莫」は「无」と訓ず。上九を除いて初九を增益し得る者なく、今上九は肯んじて下を益さないので「之を益す莫し」という。 爻辞「或るいは之を撃つ」。自注:上九が初九を增益せず往かなければ、陰気は一路に陽爻を消蝕して『剥』を成し、ここにおいて『剥』をもって乾体を剥滅する。『剥』の上体の艮は『説卦』において手を主るので、人が来て之を撃つという。 爻辞「心を立るに恒なければ凶」。自注:『益』は『恒』と互いに旁通し、しかも『益』は初爻より起って『復』体を結成し、『復・彖伝』に「復は其れ天地の心を見る」とある。上九が既に肯んじて初九を增益せず、立る所の心は持久し得ないので「心を立るに恒なし」といい、之を害する者はこれに随って至る、ゆえに凶。

疏:「大作」至「播也」○此虞義也。《尚書·堯典》曰:「平豑東作。」《周語》虢文公曰:「民之大事在農。」故云「大作謂耕播」。《繋下》曰:「斵木為耜,揉木為耒,耒耨之利以教天下,蓋取諸益。」故云「耒耨之利取諸此」也。《九家易》曰:「陰者起遘終坤,萬物成孰,成孰則給用,故坤為用。」震作足,故為作。乾為利,故「利用為大作」。

以下自疏するに、まず初九注文の「大作」より「播也」までの一段を解するに、虞翻の説を用いる。『尚書・堯典』に「平豑にして東作す」とあり、春に耕作を始めるを講ず。『国語・周語』の虢文公が「民の大事は農にあり」と言う。ゆえに注文は「大作」を耕田播種と解す。『繋辞下伝』に言う:木を斫り削りて耜を為し、木を揉み曲げて耒を為し、耒耨のごとき農具の利をもって天下を教え導くは、『益』卦より象を取ったものである。ゆえに注文は「耒耨の利」はまさにこれに取るという。『九家易』に講ず:陰気は『姤』より生じ始め、『坤』に至りて終わり、万物はこれにより成熟し、成熟すれば人の取用に供せられるので、坤は「用」の象を取る。震は『説卦』において「作足」なので「作」の義あり。乾は利を主るので、合せて「用いて大作を為すに利あり」という。

《乾鑿度》曰:「坤變初六,復曰正陽在下,為聖人。」故體復。初得正,復「崩來無咎」,「初九無祇悔元吉」,故「元吉無咎」。震,四正方伯卦,鄭注《易通卦驗》云:「春分於震直初九,清明於震直六二,穀雨於震直六三。」故震三月卦。「日中星鳥」、「敬授民時」,皆《尚書·堯典》文,所以證大作耕播之時也。

『易緯・乾鑿度』に言う:坤卦の初六が一たび変ずれば『復』を成し、いわゆる「正陽下にあり」は聖人を象徴する。ゆえに注文は初九が「復を体す」という。初九は陽をもって陽に居りて正を得、『復』卦辞に「崩れ来て咎なし」(今本は「朋来无咎」と作る)とあり、『復』の初九爻辞に「祇の悔なく、元吉」とあるので、ここでは「元吉、咎なし」という。震は四正の方伯の卦で、東方の一季を主管する。鄭玄が『易緯・通卦験』を注して言う:春分の気は震卦初九に当たり、清明の気は震卦六二に当たり、穀雨の気は震卦六三に当たる、と。ゆえに震は夏歴三月に配当する。「日中星鳥」「敬授民時」の二句はいずれも『尚書・堯典』に出て、恵棟は引きて耕播大作の時令を印証する。

○「謂上」至「貞吉」○此虞義也。《象》曰:「或益之,自外來也。」故云「謂上從外來益初」也。二遠於五而得位正應,故「得正」。遠應三失位,故「利三之正」。陰利承陽,故「已得承之」。《繋上》云「天九地十」,故坤數十。益不通損而云「損兌」者,案損六五爻辭與益二略同,虞氏彼注云「謂二五已變成益,故或益之」,損而不已必益,故兼損象言也。

以下に六二注文の「謂上」より「貞吉」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。『小象伝』に「或るいは之を益すは自外より来るなり」とあるので、注文はこれが上九の外卦より下り来りて初九を增益することを講ず。六二は九五に遠隔しながら位は当たりて五と正しく相感応するので「正を得」という。遠き応爻あるのみならず、六三はまた位を失うので、六三をして正に帰らせるに利あり。陰爻は陽爻に承奉するをもって利と為すので「已に之を承くを得」という。『繋辞上伝』に「天九地十」と講ずるので、坤は数において十に当たる。『益』は『損』と旁通しないが、注文は「損兌」という。その故は、『損』の六五の爻辞が『益』の六二と大体同じく、虞翻が『損』の六五に注して「二・五已に変じて『益』を成す、ゆえに或るいは之を益すという」とするからである。減損已まざれば必ず転じて増益となるので、ここでは連帯して『損』卦の象を用いて講ずる。

兌二陽息坤,故為朋。三變體離,離為龜,故「十朋之龜」。十朋義見損卦。雲坤用六「利永貞」,故為永。上之三,六爻皆正,故「永貞」。損六五,乾也,故云「元吉」;益六二,坤也,陰承陽則永,故云「永貞吉」也。

兌は二本の陽爻が坤体の中より生長して成るので、朋友の象を取る。六三が一たび変ずれば離体を結成し、離は亀甲を主るので、合せて「十朋の亀」と称す。「十朋」の含義はすでに『損』卦において講じた。注文は坤卦の用六に「永貞に利あり」の辞ありとして、坤に「永」の義ありとする。上九が三位に下り、六爻はすべて正に帰るので「永貞」という。『損』の六五の当たる所は乾なので爻辞は「元吉」と称し、『益』の六二の当たる所は坤で、陰爻は陽爻に承奉して初めて長久し得るので爻辞は「永貞吉」と称す。

○「震稱」至「故吉」○「帝出乎震」,故震稱帝。否乾為王,故王謂五。乾以君之,故為王也。觀,禘祭天神之卦,二至上有觀象,故「體觀象祭祀」。此上虞義也。孟喜卦圖益正月之卦。《易乾鑿度》曰:「孔子曰:益者,正月之卦也。天氣下施,萬物皆盛。言王者法天地,施正教而天下被陽德,蒙王化,如美寳莫能違害,永貞其道,咸受吉化,德施四海,能繼天道也。王用亨於帝者,言祭天也。三王之郊,一用夏正。天氣三微而成一著,三著而成一體。方此之時,天地交,萬物通,故泰益之卦皆夏之正也。此四時之正,不易之道也。」

以下に六二後半の注文の「震称」より「故吉」までの一段を疏解する。『説卦伝』に「帝は震に出乎」と講ずるので、震は「帝」と称し得る。『否』卦の乾体は王者を主るので「王」は九五を指す。『文言』に乾は「之を君とす」とあるので、乾は王となる。『観』は天神に禘祭する卦で、二爻より上爻まで『観』の象あり、ゆえに注文は「観象を体して祭祀す」という。以上はいずれも虞翻の説である。孟喜の卦気図によれば、『益』は正月に配当する卦である。『易緯・乾鑿度』は孔子の言を記す:『益』は正月の卦で、天気は下降して施与し、万物はいずれもこれにより繁盛する。これは王者が天地を效法し、正教を施行して、天下をして皆陽気の徳と王者の化に蒙らせるを講ずる。よき珍宝に之に侵害を加え得る者なく、長くこの正道を守持して、人々は皆吉祥の教化を受け、徳沢は四海に遍く、能く天道を承継する、と。いわゆる「王、用いて帝に亨す」とは祭天をいう。夏・商・周三代の郊祭は一律に夏歴の正月を採用した。天気は三度の微動を経て一次の顕著な変化を成し、三次の顕著な変化をもって一つの整体を成す。まさにこの時に当たり天地は交通し万物は暢達するので、『泰』と『益』の両卦はともに夏歴の正月に配当する。これは四時の正軌にして、更易すべからざる常道である。

若然,「王用亨於帝」乃郊天之祭,故蔡邕《明堂月令論》曰:「易正月之卦曰泰,其經曰王用亨於帝吉。孟春令曰:乃擇元日祈谷於上帝。是郊天享帝之事也。」爻辭,文王所作,所云王者乃夏商之王,三王郊用夏正故也。後儒據此謂文王郊天事,此誤以周公作爻辭而附會其說也。

既にしかれば、「王、用いて帝に亨す」と講ずるは郊祭上天の礼である。ゆえに蔡邕は『明堂月令論』において言う:『周易』の正月に配当する卦は『泰』で、しかるに『益』の経文に「王、用いて帝に亨す、吉」とあり、『月令』の孟春の令はまた「乃ち元日を擇びて穀を上帝に祈る」という。これよりこれはまさに天に郊し帝を享する事と見える。爻辞は文王の手に出て、その称する所の「王」は夏・商両代の君王である。三代の郊祭がいずれも夏歴正月を採用するが故である。後の儒者はこれに拠りて文王かつて郊天の礼を行いたりと為すも、これは誤りて爻辞を周公の作と為し、さらにこの誤りに順って敷衍して出した説である。

案虞溥《江表傳》曰:嘉禾元年冬,群臣奏議宜修郊祀。權曰:「郊祀當於土中,今非其所,於何施此。」重奏曰:「王者以天下為家,昔周文王郊於酆鎬,非必土中。」權曰:「武王伐紂,即阼於鎬京而郊其所也。文王未為天子,立郊於酆,見何經典。」

虞溥『江表伝』の記載を考えるに:孫呉の嘉禾元年の冬、群臣が奏上し、郊祀の礼を挙行すべしと主張した。孫権は言った:郊祀は天下の中たる地に行うべし、今ここはその地にあらず、どうしてここで礼を行い得よう。群臣は再び上奏して言った:王者は天下をもって家と為す、昔周文王は酆・鎬の一帯に郊祭した、必ずしも天下の中でなくともよい、と。孫権は言った:武王が紂を伐ったのち鎬京に即位して、初めてその所在の地に就いて郊祭を行った。文王は当時まだ天子ではなく、彼が酆に郊を立てたというのは、いずれの経典に見えるか。

復奏曰:「伏見《漢書·郊祀志》,匡衡奏從甘泉、河東郊於酆。」權曰:「文王性謙讓,處諸侯之位,明未郊也。經傳無明文,匡衡俗儒意說,非典籍正義,不可用也。」是言無文王郊天之事,而此經「王用亨於帝」為夏商之王明矣。「得位故吉」亦虞義也。享帝而稱吉者,不敢以其私事上帝之義也。

群臣はまた上奏して言った:臣らは『漢書・郊祀志』を見るに、匡衡かつて甘泉・河東の祭地を酆に改めて郊祭すべしと建議したことがある。孫権は言った:文王は生来謙譲で、諸侯の位に身を処し、明らかに郊天の礼を行ったことはない。経伝には明文なく、匡衡はただ俗儒の臆測の説に過ぎず、典籍の正解と言うに足らず、採用すべからず。これらの言は文王の郊天という事がないことを説明し、然らば『益』卦経文の「王、用いて帝に亨す」の「王」は夏・商の君であることもまた明らかである。注文の末句「位を得れば故に吉」もまた虞翻に出る。上帝を享祭して「吉」と称すのは、「敢えて一己の私事をもって上帝に仕う」ならざるの意を取る。

○「坤為」至「無咎」○此虞義也。坤致役,故為事。「三多凶」,下《繋》文,彼文又云「其柔危,其剛勝邪」。上來益三得正,是以剛稱其位,故「益用凶事無咎」。凶事謂喪事。喪事有進無退而云「益」者,以喪禮哀死亡,是益之之義也。

以下に六三注文の「坤為」より「无咎」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。『説卦』は坤を「役を致す」と講ずるので、坤は事務の象を取る。「三は凶多し」は『繋辞下伝』に出て、そこは続けてまた「その柔は危うく、その剛は勝つか」とあり、意は三位に柔をもって居れば危うく、剛をもって居れば勝任し得る。上九が下り来りて六三を增益し、これを正位に帰らせるはまさに陽剛をもってその位と相称するので、凶事に用いるも過咎なしという。いわゆる「凶事」とは丧事を指す。丧礼には推進するのみあって退還はない。ここで「益」というのは、丧礼の表わす所が死者への哀悼で、この心意そのものが一つの增益だからである。

○「公謂」至「之禮」○《乾鑿度》曰「三為三公」,故知公為三。坎為孚,三動體坎,故「有孚」。震為作足,故為行。復「中行獨復」,中行謂初,初至四體復,故曰「中行」。震善鳴,故為告。乾為玉,故為圭。三為公,上之三,故告公用圭。此上虞義也。「禮,含者執璧將命,賵者執圭將命,皆西面坐,委之宰,舉璧與圭」者,皆《雜記》文。此諸侯相含且賵,經云凶事,此凶事用圭之禮,故引以為證也。

以下に六三後半の注文の「公謂」より「之礼」までの一段を疏解する。『易緯・乾鑿度』に「三は三公と為る」とあり、爻辞の「公」が六三を指すと知れる。坎は誠信を主り、六三が一たび動けば坎体を結成するので「孚あり」という。震は『説卦』において「作足」なので行走の義あり。『復』卦の六四に「中行して独り復る」とあり、そこの「中行」は初爻に向かう。ここでは初爻より四爻まで『復』体を結成するので、また「中行」と称す。震はまた善く鳴くので告語の象を取り、乾は玉なので玉圭の象を取る。六三は「公」で、上九が三位に下るので「圭をもって公に告ぐ」という。以上はいずれも虞翻の説である。「礼により、含玉を贈る者は璧を手執りて礼を行い、車馬を贈る者は圭を手執りて礼を行い、いずれも西に朝きて坐し、礼物を家宰に交付し、璧と圭を挙げる」という数句については、すべて『礼記・雑記』に出る。そこに講ずるは諸侯の間に含玉を贈りまた賵物を贈る事で、爻辞はまさに「凶事」という。これよりこれは丧凶の礼において圭を用いる儀節と見えるので、引きて佐证と為す。

○「體復」至「公從」○此虞義也。復六四「中行獨復」,四體復,故云「中行」。閔二年《春秋傳》曰:「太子奉冢祀,故曰冢子。君行則守,有守則從。」震長子主器,故為從。三上失位,四利三之正復四,《象》曰「中行獨復,以從道也」,故云「已得從四」。三為公,故「告公從」也。

以下に六四注文の「体復」より「公從」までの一段を疏解するに、仍ほ虞翻に拠る。『復』卦の六四に「中行して独り復る」とあり、『益』の六四はまさに『復』の六四の位に当たるので、また「中行」と称す。『左伝』閔公二年に記す:太子は宗廟の大祭を主持するので冢子と称し、国君が出行すれば太子は留守し、留守する者あるときは太子は随行する、と。震は長子にして宗器を主掌するので随從の象を取る。三爻と上爻はともに位を失い、六四は六三をして正に帰らせ四位に回復するに利あり。『復』の六四『小象伝』に「中行して独り復るは道に從うなり」とあるので、注文は「已に四に從うを得」と講ず。六三は「公」なので爻辞は「公に告げ從う」という。

○「坤為」至「是依」○坤為土,為民,民以土服,故為邦。「遷,徙」,《釋詁》文,謂遷國也。三體坤,三動坤徙,故「利用為依遷邦」也。此上虞義也。《春秋傳》曰「我周之東遷,晉鄭焉依」者,隱六年傳文;《外傳》曰「晉鄭是依」,引之以證「依遷邦」之義也。四為諸侯,猶周之晉鄭;若然,「告公從」猶周之七姓從王也。此遷邦當指《商書序》云盤庚五遷,是有遷邦之事也。

以下に六四後半の注文の「坤為」より「是依」までの一段を疏解する。坤は土地を主り、また民衆を主り、民衆は土地に依附して帰服するので、坤は邦国の象を取る。「遷」は「徙」と訓じ、『爾雅・釈詁』に出て、ここでは国都を遷移することを指す。六三は坤体の中に処り、六三が一たび動けば坤体はこれに随って遷徙するので「用いて依りて邦を遷るに利あり」という。以上は虞翻の説である。引く所の「我が周の東遷に晋・鄭に依れり」は『左伝』隠公六年の文字で、『国語』では「晋・鄭是れ依れり」と作る。恵棟は引きて「依りて邦を遷る」の含義を印証する。四爻は諸侯の位で、たとえば周室の晋・鄭両国のごとし。かく見れば「公に告げ從う」もまた、周室の東遷に際し七姓の諸侯が王室に随從したがごときである。ここに講ずる遷邦は、『尚書・商書序』に記す盤庚の五回の遷都を指すべきで、あれこそ真実に国を遷する事である。

○「謂三」至「之矣」○此虞義也。五為卦主,「爻象動內,吉凶見外」,三上易位,成既濟之功,故九五爻辭謂三上也。「問言而以言」,震為言,故為問。《周書·諡法》曰「愛民好與曰惠」,損上益下,故曰惠。三上易位,體坎成既濟,坎為孚,在益之家,故「有孚惠心」。「卜不習吉」,故「勿問元吉」。《象》曰「勿問之矣」,所以著元吉之義也。

以下に九五注文の「謂三」より「之矣」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。九五はこの一卦の主爻で、『繋辞』に「爻象は内に動き、吉凶は外に見る」と講じ、三と上が位置を交換すれば『既済』の功を成就するので、九五の爻辞は実は三・上の両爻に就いて言を立てたものである。『繋辞』はまた「之に問わんには言をもってす」とあり、震は言語を主るので、震象はすなわち「問」である。『逸周書・諡法解』に「民を愛し与を好むを惠といい」とあり、上位が己を減損して下位を増益するはまさに「惠」である。三と上が位置を交換し、坎体を結成して『既済』を成し、坎は誠信を主り、また身は『益』卦の中に処るので「孚ありて心を恵む」という。『尚書』に「卜は習うに吉あらず」と講じ、既に吉なれば重ねて卜する必要なく、ゆえに「問うこと勿れ、元吉」という。『小象伝』に「之を問う勿れ」というは、まさに「元吉」の分量を点明するものである。

○「坤為」至「志也」○此虞義也。坤為身,《釋詁》曰「身,我也」,故為我。乾陽為德,「民說無疆」,故「有孚惠我德」。《象》曰「大得志也」,此著既濟之功成也。○「莫無」至「益之」○此虞義也。爻義不言上益三而云益初者,據《繋辭》專論益自否來也。《詩·殷其靁》云「莫敢或皇」,鄭箋云「無敢或閒暇時」,故知「莫,無」也。

以下に九五後半の注文の「坤為」より「志也」までの一段を疏解するも、仍ほ虞翻の説である。坤は身を主り、『爾雅・釈詁』に「身」はすなわち「我」とあるので、坤は「我」の象を取る。乾の陽は徳行を主り、『彖伝』に「民説ぶに疆なし」と講ずるので「孚ありて我が徳を恵む」という。『小象伝』に「大いに志を得るなり」というは、まさに『既済』の功が已に告成したを点明する。 再び上九注文の「莫无」より「益之」までの一段を疏すも、同じく虞翻に出る。爻義は上九が六三を增益すると言わずして初九を增益するというのは、『繋辞』に拠って専ら『益』が『否』卦より来ることに就いて論を立てるからである。『詩経・殷其靁』に「敢えて或るいは皇なき莫れ」の一句あり、鄭玄は箋注して「敢えて片刻の閑暇あることなし」とする。これより「莫」はすなわち「无」と見える。

損益,盛衰之始。益自否來,否終則傾,故上必益初,所謂「安其身而後動,易其心而後語,定其交而後求」,自上下下,民說無疆,君子修此三者,故全也。傾否之道自非上無益初者,故「莫益之」。否之上九「先否後喜」,所以基益之盛;益之上九「立心勿恆」,所以極否之衰。損益盈虛,與時偕行之義也。

減損と増益はまさに盛衰転換の起点である。『益』は『否』卦より変じて来て、『否』の道は尽きれば必ず傾覆するので、上爻は必ず下り来りて初爻を增益せねばならない。『繋辞』のいう「まず身を安んじて後に動き、まず心志を平らげて後に言を発し、まず交情を定めて後に求むるあり」はまさにこの理を講ずる。上位の者が己を屈して下位に就けば、民衆の歓悦は窮りなく、君子はこの三つの事を修養して、それにより能く周全する。否塞の局を傾覆せんとするに、上九を除いて初九を增益し得る者なく、今上九は肯んぜないので「之を益す莫し」という。『否』卦の上九に「先ず否く後に喜ぶ」とあるは、『益』の盛なるの根基を奠めるである。『益』卦の上九に「心を立るに恒なし」とあるは、『否』の衰を極処に推すである。損と益、盈と虚はもともと時勢とともに運行する理である。

○「上不」至「擊之」○此虞義也。上不益初則消四及五成剝,故「以剝滅乾」。剝艮為手,故「或擊之」。○「旁通」至「故凶」○益初至四體復,「復其見天地之心」,故「體復心」。恆體震巽,震巽特變,終變成益。九三「立不易方」,變而失位,「或承之羞」,故「立心勿恆」。「勿,網」也。上不益初,民莫之與,傷之者至,故凶也。

以下に上九注文の「上不」より「撃之」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。上九が肯んじて初九を增益せざれば、陰気は一路に四爻・五爻まで消蝕して『剥』卦を成すので「剥をもって乾を滅す」という。『剥』の上体の艮は手を主るので「人が来て之を撃つ」という。 再び「旁通」より「故凶」までの一段を疏す。『益』卦は初爻より四爻まで『復』体を結成し、『復・彖伝』に「復は其れ天地の心を見る」とあるので、注文は「復の心を体す」と講ず。『恒』卦は震・巽の両体より構成し、震・巽が各々変化して終に『益』に変ずる。『恒』の九三『小象』に「その徳を恒にせざれば容るるところなし」とあり、しかも『文言』は君子の「立てて方を易えず」を講ず。この爻は一たび変ずればその正位を失い、『恒』の九三爻辞はまさに「或るいは之に羞を承く」というので、『益』の上九は「心を立るに恒なし」という。「勿」の字の本義は「網」で、禁止の義を取る。上九が初九を增益せざれば、民衆は彼に親附せんと肯ずる者なく、之を害する人はこれに随って至る、ゆえに凶あり。

夬(かい)卦

坤宮五世卦,消息三月。

京房八宮の排列によれば、『夬』は坤宮の第五世卦に属す。十二消息卦の説によれば、夏歴三月に配当する。このとき五陽が下より生長し、ただ上六の一陰のみが最上面に懸る、まさに陽盛にして陰を決する時節である。

《夬》:揚于王庭。注:陽決陰,息卦也。剛決柔,與剝旁通。「揚,越」也。乾為王,剝艮為庭,陰爻越其上,故「揚于王庭」矣。「孚號有厲。」注:陽在二、五稱孚,孚謂五也。二失位動體巽,巽為號。決上者五也,危去上六,故「孚號有厲」。「告自邑,不利即戎。」注:陽息動復,剛長成夬,夬從復升。坤逆在上,民眾消滅。震為告,坤為自邑,故「告自邑」。二變離為戎,故「不利即戎,所尚乃窮」也。「利有攸往。」注:陽息陰消,君子道長,故「利有攸往,剛長乃終」也。

『夬』卦の卦辞:「王庭に揚ぐ。」恵棟の自注:この卦は陽爻が陰爻を決去するもので、陽気の生長する消息卦に属す。陽剛が陰柔を裁決し、『剥』卦と互いに旁通する。「揚」は「越」と訓ず。乾は王者を主り、『剥』の上体の艮は庭院を主り、上六というこの陰爻が五陽の上に高く踞るので「王庭に揚ぐ」という。 卦辞「孚号して厲あり」、自注:陽爻が二位・五位に居ればいずれも「孚」と称し、ここの「孚」は九五を指す。九二は陽をもって陰に居りて位を失い、一たび動けば巽体を成し、巽は号令を主る。真に上六を裁決するは九五である。上六という危害を除かんとするので「孚号して厲あり」という。 卦辞「邑より告ぐ、戎に即くに利あらず」、自注:陽気の生長は『復』卦より発動し、陽剛は不断に増長して『夬』を成すので、『夬』は『復』より一路升りて来たものである。坤陰は逆行して最上に居り、民衆の象はこれに随って消亡する。震は告語を主り、坤は自身・城邑を主るので「邑より告ぐ」という。九二が一たび変じて離を成し、離は兵戈を主るので「戎に即くに利あらず」といい、『彖伝』は「尚ぶところ乃ち窮まる」と断ず。 卦辞「往くところあるに利あり」、自注:陽長じ陰消え、君子の道は日に盛んなので「往くところあるに利あり」、『彖伝』に「剛長じて乃ち終る」という。

疏:「陽決」至「庭矣」○此虞鄭義也。五陽決一陰,兌為附決,故「陽決陰」。復、臨、泰、大壯、夬、乾皆陽息之卦,故云「息卦」也。陽息坤,坤為柔,乾為剛,故「剛決柔」。《釋言》曰「越,揚也」。《詩·公劉》曰「干戈戚揚」,毛傳云「揚,戉也」。古「越」、「鉞」皆作「戉」,故云「揚,越」也。乾君為王,夬旁通剝,故云「剝艮為庭」。上六一陰爻踰於五陽之上,故「揚于王庭」矣。

以下自疏するに、まず卦辞注文の「陽決」より「庭矣」までの一段を解するに、虞翻・鄭玄両家の説を兼ね取る。五本の陽爻が共に一本の陰爻を決去する。兌は『説卦』において「附決」の象あり、ゆえに「陽陰を決す」という。『復』『臨』『泰』『大壮』『夬』『乾』はいずれも陽気の逐増する卦なので「息卦」と称す。陽気は坤体の中より生長し、坤は柔で乾は剛なので「剛柔を決す」という。『爾雅・釈言』に「越は揚なり」とある。『詩経・公劉』に「乾戈戚揚」の一句あり、毛伝は「揚」を「戉」と解し、すなわち斧鉞である。古く「越」「鉞」はともに「戉」と作るので、注文は「揚は越なり」という。乾は君なので王と称す。『夬』は『剥』と旁通するので『剥』の艮体を庭という。上六というこの一陰爻が五本の陽爻の上に凌駕するので「王庭に揚ぐ」という。

○「陽在」至「有厲」○此虞荀義也。「陽在二五稱孚」,易例也。坎為信,故稱孚,此孚指五也。二以陽居陰,故失位;動體巽,巽申命為號。陰爻越其上,五陽皆決上而五為主,五息成乾,故云「決上者五也」。危去上六不為所弇,故「孚號有厲」。《象》曰:「其危乃光也。」

以下に「陽在」より「有厲」までの一段を疏解するに、虞翻と荀爽の説を兼ね取る。「陽爻が二位・五位に居れば孚と称す」は『易』の例である。坎は誠信を主るので孚と称し、ここの孚は九五を指す。九二は陽をもって陰に居るので位を失い、一たび動けば巽体を結成し、巽に「申命」の象あるので号令の義を取る。上六というこの陰爻は衆陽の上に凌駕し、五本の陽爻はいずれもこれを裁決しようとし、九五を以て主と為す。九五がさらに生長すれば純乾を成すので「上を決する者は五なり」という。険を冒して上六を除き、陽徳がそれに遮蔽されぬようにするので「孚号して厲あり」という。『彖伝』は因って「その危きは乃ち光なり」という。

○「陽息」至「窮也」○此虞義也。陽息初,復「亨,剛反」,故「陽息動復」。復「利有攸往,剛長」也,故「剛長成夬」。震善鳴,為告;坤為自,為邑,故為自邑。陽息自復,故「夬從復升」。陰逆不順而乘陽,故「坤逆在上」。復時坤有民眾,乾來消坤,故「民眾消滅」。二變體離,離甲冑戈兵,故為戎。復上六「用行師,終有大敗」,故「不利即戎」。卦窮於上,故「所尚乃窮」也。○「陽息」至「終也」○此虞義也。夬陽息陰消之卦,陽為君子,君子道長,故「利有攸往」。剛長成乾,上為終,故「剛長乃終」也。

以下に「陽息」より「窮也」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。陽気は初位において生長し、『復』卦辞に「亨、剛反す」とあるので、注文は「陽息して復を動かす」と講ず。『復・彖伝』はまた「往くところあるに利ありは剛長なるなり」とあるので、陽剛は一路増長して『夬』を成す。震は善く鳴響するので告語の象を取り、坤は自身・また城邑を主るので「自邑」と称す。陽気は『復』より生じ始めるので、『夬』は『復』より升りて来たという。陰爻は逆勢にして順わず陽に凌乗するので「坤逆して上に在り」という。『復』卦の時は坤体なお在りて、坤に民衆の象あり。乾は一路上って坤体を消去するので「民衆消滅」という。九二が一たび変じて離体を結成し、離は甲冑戈兵を主るので「戎」と為す。『復』の上六に「用いて師を行えば終に大敗あり」とあるので「戎に即くに利あらず」。卦気は上爻に至りて已に窮尽するので『彖伝』は「尚ぶところ乃ち窮まる」という。 再び「陽息」より「終也」までの一段を疏すも、同じく虞翻の説である。『夬』は陽長陰消の卦で、陽は君子を象徴し、君子の道は日に益々生長するので「往くところあるに利あり」。陽剛がさらに増長すれば純乾を成し、上爻は終点なので「剛長じて乃ち終る」という。

初九:壯於前止,往不勝為咎。注:初為止,夬變大壯,位在前,故「壯於前止」。初欲四變,已往應之,四聞言不信,故「往不勝為咎」。九二:惕號,莫夜有戎,勿恤。注:「惕,懼」,「莫,晚」也。二失位故惕,變成巽故號。剝坤為莫夜,二動成離,離為戎,變而得正,故「有戎」。無坎象,故「勿恤」。

初九爻辞:「前止に壮んにして、往きて勝たざれば咎を為す。」恵棟の自注:爻例により初位は足を象り、足はすなわち「止」なので、初九は「止」と為す。『夬』を下に遡れば『大壮』で、初九の位置は前に在るので「前止に壮んにす」という。初九は九四の変動を望み、己は上ってこれに応じんとするも、九四は言を聞きて肯んじて信じない、ゆえに「往きて勝つ能わず、因って咎あり」。 九二爻辞:「惕えて号し、莫夜に戎あれど恤う勿れ。」自注:「惕」は「懼」と訓じ、「莫」は「晚」と訓じ、すなわち傍晚に夜に入る時である。九二は陽をもって陰に居りて位を失うので警惕する。一たび変じて巽体を成し、巽は号令を主るので「号」という。旁通する『剥』卦の坤体は暮夜を主るので「莫夜」あり。九二が一たび動きて離を成し、離は兵戈を主るので「戎」と為す。変動ののちその正位を得るので「戎あれど」害を受けるに至らず。卦中に坎の象なく、坎は憂患を主るので「恤う勿れ」という。

九三:壯于頄,有凶。注:「頄,面」也,謂上。三往壯上,故「有凶」。「君子夬夬,獨行遇雨若濡,有慍,無咎。」注:乾為君子,三五同功,俱欲決上,故「君子夬夬」。陽息自復,震為獨行。息至三與上應,為陰所施,故「遇雨」。雖為陰所濡,能慍不說,得無咎也。

九三爻辞:「頄(きゅう)に壮んにして凶あり。」恵棟の自注:「頄」とは面頬で、ここでは上六を指す。九三は上前して上六を逼壮するので凶あり。 爻辞「君子夬夬たり、独行して雨に遇い濡るるがごとく、愠あり、咎なし」。自注:乾は君子を主る。三と五は『繋辞』において「同功」の位に属し、ともに上六を裁決しようとするので「君子夬夬」といい、決してまた決す。陽気は『復』卦より生長し、『復』の下体の震は独行を主る。陽気が三位に長じてちょうど上六と相応し、陰気の沾施を受けるので「雨に遇う」という。陰気に沾濡されながらも、心に愠怒を存して之と歓好しないので、過咎がない。

九四:臀無膚,其行次且。注:上體之下故曰臀。剝艮為膚,毀滅不見,故「臀無膚」。大壯震為行,失位不正,不變應初,兌為毀折,故「其行次且」。「牽羊悔亡,聞言不信。」注:四體兌為羊,初欲牽之,故「牽羊」。變應初,故「悔亡」。四變坎為聞,震為言,今四不變,故「聞言不信」,坎孚為信也。

九四爻辞:「臀に膚なく、その行くや次且(ししょ)たり。」恵棟の自注:九四は上体の最下に処るので「臀」の象を取る。旁通する『剥』卦の艮は皮膚を主るが、今艮体は已に毀滅して見えないので「臀に膚なし」という。『大壮』の震は行走を主る。九四は陽をもって陰に居り、位を失いて正しからず、また肯んじて変動して初九に応ぜず、しかもその処する兌体は毀折を主るので「その行くや次且たり」といい、歩めども趑趄して進み難い。 爻辞「羊を牽けば悔亡ぶ、言を聞きて信ぜず」。自注:九四は身を兌体に在らしめ、兌は羊で、初九はこれを牽き来らんと欲するので「羊を牽く」という。九四がもし肯んじて変動して初九に応ぜば悔恨は消える。九四が一たび変じて坎体を結成し、坎は耳にして聴聞を主り、震は言語を主るので「言を聞く」の象あり。今九四は変動しないので「言を聞きても肯んじて信ぜず」、坎の誠信の象はまさにこの一変より来るが故である。

九五:莧陸夬夬,中行無咎。注:「莧,說」也,讀如「夫子莧爾而笑」之莧。「陸」讀為「睦」,和睦也。震為笑言,兌為說,故「莧陸」。三夬決上,故「夬夬」。大壯震為行,五在上中,故「中行」。動而得正,故「中行無咎」。上六:無號,終有凶。注:遘時巽為號,復亨剛反,巽象伏藏,故「無號」。至夬而乾成,剛長乃終,故「終有凶」。或說二動三體巽為號,三不應上,內外體絶,故「無號」。位極乘陽,故「終有凶」。

九五爻辞:「莧陸夬夬たり、中行して咎なし。」恵棟の自注:「莧」は「説」と訓じ、すなわち喜悦で、読みは『論語』の「夫子莧爾として笑う」の「莧」に同じ。「陸」は「睦」と読み、和睦の意である。震は笑語を主り、兌は喜悦を主るので、合して「莧陸」の象を成す。九三と九五はともに上六を裁決するので「夬夬」という。『大壮』の震は行走を主り、九五は上卦の中に居るので「中行」と称す。九五は変動してその正位を得るので「中行して咎なし」という。 上六爻辞:「号なく、終に凶あり。」自注:『姤』卦の時は下体は巽で、巽は号令を主る。『復』卦に至り「亨、剛反す」と、巽象は已に潜伏隠蔵するので「号なし」という。『夬』卦に及びて乾体将に成らんとし、陽剛の増長は尽頭に至るので「終に凶あり」。別の一つの解釈:九二が一たび動けば、三爻の所在もまた巽体を結成して号令の象あるも、九三は上六と相応せず、内外両体は断絶して通ぜないので「号なし」という。上六は位は極点に処りて陽爻に凌乗するので「終に凶あり」。

疏:「初為」至「為咎」○爻例初為足,足,止也,故初為止。「夬變大壯,位在前,故壯於前止」者,虞義也。大壯陽息陰而成夬,故夬變大壯。易氣從下生,以下為前,上為後,初位在前,故「壯於前止」。初四敵剛,初欲四變,已往應之,四不知變,聞言不信,初往不勝,故有咎也。

以下自疏するに、まず初九注文の「初為」より「為咎」までの一段を解する。爻位の通例により、初位は足を象り、「足」はすなわち「止」なので、初九は「止」と称す。「『夬』を遡れば『大壮』で、初九の位置は前に在り、ゆえに前止に壮んにすという」は、虞翻の説である。『大壮』よりさらに上りて陽をもって陰を消せば『夬』を成すので、『夬』は『大壮』より変じて来たという。『易』の気機は下より上に向かって生発するので、以下を前と為し以上を後と為す。初九は最前に処るので「前止に壮んにす」という。初九と九四は同じ陽剛にして彼此敵応し、初九は九四の変動を望み、よく上ってこれに応ぜんとするも、九四は変通を知らず、言を聞きても信ぜず、初九の往きて終に勝つ能わざる所以、咎あり。

○「惕懼」至「勿恤」○此虞義也。「惕,懼」,《廣雅·釋詁》文。《詩·蟋蟀》曰「歲聿其莫」,薛君《章句》:「莫,晚也。」二以陽居陰失位,故惕。二變成巽,巽為申令,故號。坤喪於乙,滅藏於癸,故為暮夜。二動體離,離為甲冑,為戈兵,故為戎。二變得正,故「有戎」。「恤,憂」也,坎為加憂,九四不變,卦無坎象,故「勿恤」也。

以下に九二注文の「惕懼」より「勿恤」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。「惕」は「懼」と訓じ、『広雅・釈詁』に見る。『詩経・蟋蟀』に「歳聿その莫なり」とあり、薛君の『韓詩章句』は「莫」を「晚」と解す。これよりここの「莫夜」はすなわち傍晚に夜に入ることと見える。九二は陽をもって陰に居りて位を失うので、心に警惕を懐く。九二が一たび変じて巽を成し、巽に命令を申布する象あるので「号」という。納甲の法により、坤は乙に喪い癸に潜蔵し、ちょうど日暮夜半に当たるので暮夜の象を取る。九二が一たび動きて離体を結成し、離は甲冑・戈兵を主るので「戎」と為す。九二は変じて正を得るので「戎あれど」害なし。「恤」は憂慮で、坎は「加憂」を主る。今九四は変動せず、全卦に坎の象なし、ゆえに「恤う勿れ」という。

○「頄面」至「有凶」○此翟元義也。翟云「面顴頰閒骨」,故云面也。爻例上為首,故頄謂上。眾陽決陰,三獨壯上,故有凶也。○「乾為」至「咎也」○此荀義也。乾陽為君子,三佐五,故同功。三應上,故有壯頄之象,其實三與五俱欲決上者,故「君子夬夬」也。陽息自復,復初體震,震為行,初一稱獨,故為獨行。息至三與上應,上體兌,兌為雨澤,為兌所施,故「遇雨」。《廣雅》沾、濡同訓,為陰所施故濡。《韓詩·車舝》曰「以慍我心」,薛君《章句》云「慍,恚也」。雖為陰所施,能慍不說,不與上應,得無咎也。

以下に九三注文の「頄面」より「有凶」までの一段を疏解するに、翟元(てきげん)の説を用いる。翟元は「頄」を面頬と顴骨の間の部位と講ずるので、注文は「面」と訓ず。爻例により上爻は頭首を象るので「頄」は上六を指す。衆陽は力を合せて陰爻を裁決するも、ただ九三は上前して上六を逼壮するので凶あり。 再び「乾為」より「咎也」までの一段を疏すも、これは荀爽の説である。乾の陽は君子を象徴する。九三は九五を輔佐するので、『繋辞』は三と五を「同功」という。九三は上六と相応じ、因って「頄に壮ん」の象あり。実は三と五はともに上六を裁決しようとするので「君子夬夬」という。陽気は『復』卦より生長し、『復』の初爻は震体に処り、震は行走を主り、しかも「初」は一にして独一の義あるので「独行」と称す。陽気が三位に長じて上六と相応し、上体は兌で、兌は雨沢を主り、兌の沾施を受けるので「雨に遇う」という。『広雅』において「沾」と「濡」は同訓で、陰気に沾施されるので「濡」と称す。『韓詩・車舝』に「以て我が心を愠らしむ」とあり、薛君『章句』は「愠」を「恚」と解し、すなわち忿怒である。九三は陰気に沾施されながらも、能く忿りて悦ばず上六と相応しないので、過咎がない。

○「上體」至「次且」○爻例初在下體之下,故象止;四在上體之下,故象臀。「艮為膚」,《九家說卦》文。艮滅兌下,故「臀無膚」。大壯四體震,震為行。四以陽居陰,故失位不正,不變應初。四體兌,兌為毀折,故「其行次且」,王肅以為行止之礙也。

以下に九四注文の「上体」より「次且」までの一段を疏解する。爻位の通例により、初爻は下体の最下に処るので足止の象を取り、四爻は上体の最下に処るので臀部の象を取る。「艮は膚となる」は『九家易』に伝える『説卦』の佚文に出る。旁通する『剥』卦の艮体は兌体の下に消滅するので「臀に膚なし」という。『大壮』の時は四爻は身を震体に在らしめ、震は行走を主る。九四は陽をもって陰に居り、位を失いて正しからず、また肯んじて変動して初九に応ぜず、しかもその在る兌体は毀折を主るので「その行くや次且たり」という。王粛は則ち行走と停止とがいずれも阻礙を受けると理解する。

○「四體」至「信也」○四在兌體,兌為羊,四應初,故初欲牽之。虞氏謂二變巽為繩,剝艮為手,故「牽羊」。四變應初得位,故「悔亡」。四變體坎,坎耳為聞,震為言,故「聞言」。四失位不變,更無坎象,故「聞言不信」。坎孚為信,無坎象,故不信也。

以下に九四後半の注文の「四体」より「信也」までの一段を疏解する。九四は身を兌体に在らしめ、兌は羊である。九四は初九と相応するので、初九はこれを牽き来らんと欲する。虞翻は九二が一たび変じて巽を成し、巽は繩索で、旁通する『剥』卦の艮は手で、手に繩索を執る、ゆえに「羊を牽く」という。九四がもし変動して初九に応ぜばその正位を得る、因って「悔亡ぶ」。九四が一たび変じて坎体を結成し、坎は耳にして聴聞を主り、震は言語を主るので「言を聞く」の象あり。しかし九四は位を失いて肯んじて変ぜず、卦中に終始坎の象なし、ゆえに「言を聞きても信ぜず」。坎の誠信の象は「信」の来源であり、坎の象なき以上、信を取る由もなし。

○「莧說」至「無咎」○此虞義也。傳曰「健而說」,故云「莧,說」也。《論語》「夫子莧爾而笑」,亦是說子游之以禮樂治民,故讀從之。今本《論語》「莧」作「莞」,字之誤也。《易》亦有作「莞陸」者。「陸」讀為「睦」,古文通,漢《唐扶頌》、《嚴舉碑》皆以「陸」為「睦」。傳云「決而和」,故云「陸,和睦」也。震為笑言,兌為說,莧睦之象,故云「莧睦」。三五同心決上,故「夬夬」。大壯震為行,五在上中,故曰「中行」。大壯五動得正,故「無咎」也。

以下に九五注文の「莧説」より「无咎」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。『彖伝』は『夬』を「健にして説」と講ずるので、注文は「莧」を「説」と訓じ、すなわち喜悦である。『論語』に「夫子莧爾として笑う」と記すは、孔子が子游の礼楽をもって武城を治めるに喜悦したをいうので、ここではその読みに依る。今本『論語』は「莧」を「莞」と作るは字形上の訛誤である。『周易』にも「莞陸」と作る本あり。「陸」は「睦」と読み、二字は古文に相通じ、漢代の『唐扶頌』『厳挙碑』はいずれも「陸」をもって「睦」に用う。『彖伝』はまた『夬』を「決して和す」と講ずるので、注文は「陸」を「和睦」と訓ず。震は笑語を主り、兌は喜悦を主り、まさに「莧睦」の象に合するので「莧睦」という。九三と九五は心を同じくして上六を裁決するので「夬夬」という。『大壮』の震は行走を主り、九五は上卦の中に居るので「中行」と称す。『大壮』の五爻は一たび動けばその正位を得るので過咎なし。

○「二動」至「有凶」○夬,倒遘也。遘下體巽,巽為號。至復而一陽生,故「復亨剛反」。巽陰在下伏藏,故「無號」也。陽息夬而乾體大成,坤陰消盡,上為終,剛長乃終,故「終有凶」也。所以取義於夬者,若陰陽消息之道,倒夬為遘,遘九三夬時為九四,其詞皆曰「臀無膚,其行次且」。四變體坎為豕,故遘之初六云「羸豕孚」,是二卦相因之義也。

以下に上六注文の「二動」より「有凶」までの一段を疏解する。『夬』を倒転して見ればすなわち『遘(こう)』である。『遘』の下体は巽で、巽は号令を主る。『復』卦に至りて一陽始めて生ず、ゆえに『復』卦辞は「亨、剛反す」といい、その時巽の陰爻は已に下に潜蔵する、因って『夬』の上六は「号なし」という。陽気は一路増長して『夬』に至り、乾体は将に大成せんとし、坤陰は消蝕殆ど尽く。上爻は終点で、陽剛の長はここに至りて止まるので「終に凶あり」という。『夬』の上においてこの一層の義を取る所以は、陰陽消息にもと倒転の道あるが故である。『夬』を颠倒せばすなわち『遘』、『遘』の九三はすなわち『夬』の時の九四で、両処の爻辞はいずれも「臀に膚なく、その行くや次且たり」と作る。四爻が一たび変じて坎体を結成し、坎は豕なので『遘』の初六は「羸豕孚」という。これはまさに両卦が彼此に因承する明証である。

或說者以此卦二五相應,二動巽為號,故二「惕號」,五「孚號」。二動三亦體巽,三慍不說,故不應。上,內乾外兌,別體體異,家氣不相通,故「無號」也。位乘乘陽,故「終有凶」。虞義,位極於上而乘五剛,故「終有凶」也。

別に一派の解釈あり:この卦は二爻と五爻と相応じ、九二が一たび動けば巽を成して号令の象あり、ゆえに九二は「惕号」といい九五は「孚号」という。九二が一たび動けば三爻の所在もまた巽体を結成するも、九三は心に忿怒を存して歓悦せず、ゆえに上六と相応せず。上六に就いて見れば、内卦は乾で外卦は兌、両体は各別にして性質は相異し、卦気は彼此通ぜないので「号なし」という。上六はまた陰をもって陽爻に凌乗するので「終に凶あり」。虞翻の講法に依れば、上六は位は至極に処りて五本の陽剛に凌乗するので「終に凶あり」。

遘(こう)卦

乾宮一世卦,消息五月。

京房八宮の排列によれば、『遘』(通行本は『姤』と作る)は乾宮の第一世卦に属す。十二消息卦の説によれば、夏歴五月に配当する。このとき一本の陰爻が五陽の下に始めて生じ、陰気が陽気を消蝕し始める起点である。

《遘》:女壯。注:消卦也,與復旁通。巽長女。「女壯,傷」也,陰傷陽,柔消剛,故「女壯」也。「勿用取女。」注:一陰承五陽,一女當五男,苟相遇耳,故「勿用取女」,婦人以婉娩為其德也。疏:「消卦」至「壯也」○此虞義也。遘始消乾,故云「消卦」也。下體巽,巽為長女。「壯,傷」也,故云「女壯,傷」也。陰傷陽,柔消剛,是傷之義,故「女壯」也。

『遘』卦の卦辞:「女壮なり。」恵棟の自注:これは陰気が陽を消する卦で、『復』と互いに旁通する。下体の巽は長女の象を取る。「女壮」の「壮」は「傷」と訓ず。陰来りて陽を傷つけ、柔来りて剛を消すので「女壮」という。 卦辞「女を取るに用うる勿れ」、自注:一本の陰爻が五本の陽爻に承奉するは、一女子が五男子に対するに等しく、偶然の相遇に過ぎないので、かかる女子を娶るに宜しからずという。婦人は言語の温婉・容貌の柔順をもってその徳と為すべし。 以下自疏するに、まず「消卦」より「壮也」までの一段を解するに、虞翻の説を用いる。『遘』は陰気が乾体を消蝕し始める卦なので「消卦」と称す。下体は巽で、巽は長女である。「壮」は「傷」と訓ずるので、注文は「女壮とは傷なり」という。陰が陽を傷つけ柔が剛を消すはまさに「傷」の含義なので「女壮」という。

○「一陰」至「德也」○此鄭義也。卦唯一陰在下,故「一陰承五陽」。初六巽為女,九二、九五坎爻,坎為中男;九三、上九艮爻,艮為少男;九四震爻,震為長男,故「一女當五男」。桓八年《穀梁傳》曰「不期而會曰遇」,傳曰「遘,遇也」,故「苟相遇耳」。不以義交乃淫女也,故「勿用取女」。《內則》曰:「女子十年不出,姆教婉娩聽從。」鄭彼注云:「婉謂言語也,娩之言媚也,媚謂容貌。」又鄭注《周禮》九嬪四德婦容云「婦容謂婉娩」,故「婦人以婉娩為其德」也。

以下に「一陰」より「徳也」までの一段を疏解するに、鄭玄の説を用いる。全卦にただ一本の陰爻のみ最下に居るので「一陰、五陽を承く」という。爻辰の配する象に就いて見れば:初六は巽体にあり巽は女、九二・九五は坎爻で坎は中男、九三・上九は艮爻で艮は少男、九四は震爻で震は長男。合せてまさに「一女子が五男子に対する」である。『春秋』桓公八年の『穀梁伝』に「期せずして会するを遇といい」とあり、『彖伝』はまた「遘とは遇なり」というので、注文は「ただ偶然相遇するに過ぎず」と講ず。男女が正当の名分に循わず結合するはすなわち淫奔の女なので「女を取るに用うる勿れ」という。『礼記・内則』に講ず:女子は十歳に長ずれば閨門を出ず、女師が之に言語の温婉・挙止の柔順・教導に聴從することを教える、と。鄭玄の注に言う:「婉」は言語を指し、「娩」は妖媚の意ありて容貌を指す、と。鄭玄が『周礼』九嬪四徳の「婦容」に注するときも、婦容はすなわち婉娩という。ゆえに注文は婦人は婉娩をもってその徳と為すと講ず。

初六:繫於金鑈,貞吉。注:鑈謂二,乾為金,巽木入金鑈之象。陰繫陽,故稱繫,言初宜繫二也。初四失位,易位乃吉,故「貞吉」。「有攸往,見凶。」注:以陰消陽,往謂成坤。子弒父,否臣弒君。夬時三動離為見,故「有攸往,見凶」。「羸豕孚。」注:三夬之四,在夬動而體坎,坎為豕、為孚,巽繩操之,故稱羸。巽為舞,為進退,操而舞,故「羸豕孚」,以喻遘女望於五陽,如豕也。

初六爻辞:「金鑈に繋る、貞吉。」恵棟の自注:「鑈」は九二を指し、乾は金で、巽木が金鑈の中に嵌入するはまさにこの象である。陰爻が陽爻に繋がるので「繋」と称し、初六は九二に繋ぐべしをいう。初六と九四はともに正位を失い、両爻が位置を交換して初めて吉なので「貞吉」という。 爻辞「往くところあれば凶を見る」。自注:これは陰気が陽気を消蝕する卦で、「往」は一路消して『坤』を成すを指す。その時に至りて艮の子がその乾の父を弑し、『否』卦の坤の臣がその乾の君を弑する。『夬』卦の時に回れば、三爻が一たび動きて離を成し、離は相見を主るので「往くところあれば凶を見る」という。 爻辞「羸豕孚」。自注:『遘』の九三はすなわち『夬』の九四で、『夬』の時その爻はもし動けば坎体を結成し、坎は豕にしてまた誠信を主る。巽は繩索にして牽制を加えるので「羸」と称す。巽はまた舞動・進退を主り、繋縛されて躁動已まないので「羸豕孚」といい、以て『遘』卦のこの女子が五本の陽爻に企望を懐き、躁動する猪のごとしを喩える。

九二:苞有魚,無咎,不利賓。注:巽為魚,二下苞之,故「苞有魚」。二雖失位,陰陽相承,故「無咎」。一陰在下,五陽為賓,遘陰消陽,故「不利賓」。九三:臀無膚,其行次且,厲,無大咎。注:夬時三在四為臀,艮為膚,二折艮體,故「臀無膚」。復震為行,其象不正,故「其行次且」。三得正位,雖則危厲,無大咎也。

九二爻辞:「苞に魚あり、咎なし、賓に利あらず。」恵棟の自注:巽は『説卦』において魚を主り、九二は下に向かいこれを包裹するので「苞に魚あり」という。九二は陽をもって陰に居りて位を失うも、上下の陰陽は相承するので過咎なし。一本の陰爻が下に在りて主と為り、五本の陽爻は却って賓客となる。『遘』は陰消陽の卦なので「賓に利あらず」という。 九三爻辞:「臀に膚なく、その行くや次且たり、厲あり、大咎なし。」自注:『夬』卦の時、この爻はまさに四位に当たりて臀の象を取った。艮は皮膚で、九二が艮体を折損したので「臀に膚なし」という。旁通する『復』卦の震は行走を主るも、この爻の象は正しからず、ゆえに「その行くや次且たり」という。九三は陽をもって陽に居りてその正位を得、処境危厲なりと雖も、大きな過咎に至らず。

九四:苞無魚,起凶。注:魚謂初,四欲應初,為二所苞,故「無魚」。復震為起,四失位,故「起凶」。九五:以杞苞瓜,含章,有隕自天。注:巽為杞,在中稱苞,乾圜為瓜,四變體巽,故「以杞苞瓜」。含章謂五,五欲使初四易位,以陰含陽,已得據之,故曰「含章」。初之四體兌口,故稱含。「隕,落」也,乾為天,謂四隕之初,初上承五,故「有隕自天」。上九:遘其角,吝,無咎。注:上稱角,失位無應,故吝;動得正,故「無咎」。

九四爻辞:「苞に魚なし、起きて凶。」恵棟の自注:「魚」は初六を指す。九四はもと初六と相応せんと欲するも、初六は已に九二に包裹し去られたので「魚なし」という。旁通する『復』卦の震は起動を主り、九四はまたその正位を失うので、一たび起動すれば凶あり。 九五爻辞:「杞をもって瓜を苞く、章を含み、隕ること天よりあり。」自注:巽は杞木である。上下卦の中に居れば「苞」と称す。乾体は渾円にして瓜と為す。九四が一たび変じて巽体を結成するので「杞をもって瓜を苞く」という。「章を含む」は九五を指す。九五は初六と九四とを位置交換せしめ、陰爻に陽爻を含ませ、己はその上に憑拠し得るので「章を含む」という。初六が上行して四位に至れば兌体を結成し、兌は口なので「含」と称す。「隕」は「落」と訓じ、乾は天で、九四が初位に墜落することをいう。初六が上行したのち転じて九五に承奉するので「隕ること天よりあり」という。 上九爻辞:「その角に遘う、吝、咎なし。」自注:上爻は角の象を取る。上九はその正位を失い、下にまたこれと相応する爻なし、ゆえに吝あり。一たび動けば正位を得る、因って過咎なし。

疏:「鑈謂」至「貞吉」○此虞九家義也。鑈,《說文》作「檷」,古文通「絡」,絲趺也。「趺」與「跗」同,趺當謂初。而云「鑈謂二」者,經云「金鑈」,乾為金,二體乾,故「鑈謂二」。其趺其上為木,巽木入金,故曰「金檷」。《九家易》曰:「絲繫於檷,猶女繫於男。」隨卦三陰三陽,陰皆係陽,故稱繫。「繫於金鑈」,言初繫二也。此卦初四失位,二爻相易,各得其正,故「貞吉」也。

以下自疏するに、まず初六注文の「鑈謂」より「貞吉」までの一段を解するに、虞翻と『九家易』の説を兼ね取る。「鑈」の字は『説文解字』に「檷」と作り、古文は「絡」と相通じ、糸を繞く架座を指す。「趺」と「跗」は一字で、器物の底座を指し、本来初爻に対応すべきである。注文は「鑈は二を謂う」という。その故は、経文が「金鑈」と作り、しかも乾は金で、九二は身を乾体に在らしめるので、「鑈」を九二に落ち着ける。架座の下端と上端はともに木で、巽木が金中に嵌入するので「金檷」と称す。『九家易』に言う:糸を檷に繋るは、女子が男子に系属するがごとし、と。『随』卦は三陰三陽で、陰爻はいずれも陽爻に繋がるので「繋」の称あり。「金鑈に繋る」とは初六が九二に繋ぐをいう。この卦は初六と九四がともに位を失い、両爻が互換したのち各々その正を得るので「貞吉」という。

○「以陰」至「見凶」○此虞義也。陰消陽之卦,故云「以陰消陽」。陰消至成艮,至三成否,下體為坤,故「往謂成坤」。艮為乾子,乾為父,陰消乾,故艮子弒父。坤,臣道,乾為君,否坤消乾,故坤臣弒君。遘九四即夬九三,故夬時三動成離,「相見乎離」,故離為見。往成坤,故「有攸往,見凶」矣。上云「貞吉」,此云「見凶」者,言易位則吉,消乾則凶也。

以下に初六注文の「以陰」より「見凶」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。『遘』は陰が陽を消する卦なので「陰をもって陽を消す」という。陰気が引き続き消蝕し、二爻に至りて艮を成し、三爻に至りて『否』を成し、下体は全て変じて坤となるので「往は坤を成すを謂う」という。艮は乾の子で、乾は父である。今陰気が乾体を消去するは、艮というこの児が父を弑殺するに等しい。坤は臣道に属し、乾は君主で、『否』卦は坤が下に在りて乾を消すは、坤というこの臣が君主を弑殺するに等しい。『遘』の九四はすなわち『夬』の九三なので、『夬』の時三爻が一たび動けば離を成し、『説卦』は「相見ること離において」と講じ、ゆえに離は「見」を主る。一路下に消去すれば純坤を成すので「往くところあれば凶を見る」という。上句は「貞吉」といい、この句は「凶を見る」という。意は、初六と九四が位を換えれば吉で、陰気が乾体を消去するに任せれば凶である。

○「三夬」至「也」○此虞義也。夬,倒遘也。遘三夬時為四,故云「三夬之四」。夬四「聞言不信」,則不知變,而云「動而體坎」者,初欲四變,「牽羊悔亡」,是四有當變之義,故云「動體坎」。坎為豕,坎信為孚。遘巽為繩,巽繩操之,故為羸。「羸,索」也。陰消巽為舞,又為進退,舞有進退之容,故「羸豕孚」。不靜也。陰陽相求,故遘女望於五陽如豕也。

以下に初六注文の「三夬」より句末までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。『夬』を倒転すればすなわち『遘』で、『遘』の三爻は『夬』の時まさに四爻なので、注文は「三は夬の四」という。『夬』の九四爻辞は「言を聞きて信ぜず」と講じ、それが変通を解さないと見える。注文は「動きて坎を体す」という。その故は、初九が九四の変を望み、しかも『夬』の九四に「羊を牽けば悔亡ぶ」の辞あり、四爻にもと変動すべき道理あると見えるので、「一動すれば坎体を結成する」という。坎は豕で、坎の誠信の象はすなわち「孚」である。『遘』の巽は繩索で、繩索をもって之を牽制するので「羸」と称し、「羸」とはすなわち繩索にて捆縛するの意である。陰気が陽を消する時、巽は舞動を主り、また進退を主る。舞動の中に自ら進退の容あるので「羸豕孚」という——底本ここに脱文あり、僅かに「静ならざるなり」の三字を存し、それが躁動して安まないを形容する。陰と陽は互いに求合するので、『遘』卦のこの女子は五本の陽爻を企望して、躁動する猪のごとし。

○「巽為」至「利賓」○巽為魚,虞義也。魚謂初,二下苞之,故「苞有魚」。初二失位,以陽苞陰,以陰承陽,陰陽相承,故「無咎」,此亦虞義也。一陰在下為主,故五陽為賓。樂本於易,五月之律名蕤賓,高氏注《月令》云:「仲夏陰氣萎蕤在下,象主人;陽氣在上,象賓客。」故《參同契》曰:「遘始紀序,履霜最先,井底寒泉,午為蕤賓。」賓服於陰,陰為主人,是其義也。遘陰消陽成坤,故「不利賓」,此初所以宜繫於二也。

以下に九二注文の「巽為」より「利賓」までの一段を疏解する。「巽は魚となる」は虞翻の説である。「魚」は初六を指し、九二は下に向かいこれを包裹するので「苞に魚あり」という。初六と九二はともにその正位を失い、九二は陽をもって陰を包裹し、初六は陰をもって陽に承奉し、上下の陰陽は相承するので過咎なし。これも虞翻に出る。一本の陰爻が下に在りて主と為り、五本の陽爻は反って賓客となる。楽律の学はもと『易』と源を同じくし、五月の律名は「蕤賓」である。高誘が『月令』に注して言う:仲夏に陰気は萎弱して下に伏し、まさに主人に象り、陽気は上位に居り、まさに賓客に象る、と。ゆえに『周易参同契』に言う:『遘』卦は一年の次第を啓き、『坤』卦の「霜を履みて堅氷」の戒は最も先に応験し、井底已に寒泉を生じ、午月は蕤賓に配当す、と。賓客は反って陰に服从し、陰は倒して主人を為す、まさにこの意である。『遘』卦は陰気が陽を消し、ひたすら消して『坤』を成すに至るので「賓に利あらず」という。これもまた初六が九二に繋ぐべきの故である。

○「夬時」至「咎也」○此虞義也。易例三無臀象而云臀者,據夬時三在四而為臀也。初消二成艮,艮為膚,二折艮體,故「臀無膚」。復震為行,三在夬時失位,故其象不正,其行次且也。遘三得正,「三多凶」,雖危厲,以其得正,故「無大咎」也。

以下に九三注文の「夬時」より「咎也」までの一段を疏解するに、虞翻の説を用いる。『易』の例により、三爻はもと「臀」という取象なし。ここで臀というのは、『遘』の三爻が『夬』の時まさに四位に当たり、四位にこそ臀の象あるが故である。陰気は初爻より二爻に消し及ぶと艮を成し、艮は皮膚である。九二が艮体を折損したので「臀に膚なし」という。旁通する『復』卦の震は行走を主るも、この爻は『夬』の時その正位を失うので、象は端正ならず、歩めども趑趄して行き難い。『遘』卦に至りて三爻は陽をもって陽に居りて正を得る。『繋辞』に「三は凶多し」といい処境危厲なりと雖も、その正を得るが故に、大きな過咎に至らず。

○「魚謂」至「起凶」○初體巽,巽為魚。四與初雖不當位,剛柔相應,四欲應初,初為二所苞,故四無魚也。《雜卦》曰「震,起也」,故震為起。四失位無魚,故「起凶」也。○「巽為」至「自天」○此虞義也。杞,杞柳,木名,巽木為杞。二五在中,故皆稱苞。乾為圜,故乾圜稱瓜。四變五體巽,故「以杞苞瓜」。以陰苞陽為含章。含章謂五者,以五欲使初四易位,四陰含五,故「以陰含陽」;四陰承五,故五得據之。初之四體兌,兌為口,有含象也。「隕,落」,《釋詁》文。莊七年《穀梁傳》曰:「著於下不見於上謂之隕。」四在乾體,乾為天,四隕之初嫌不見於上,故云「自天」也。○「上稱」至「無咎」○爻例上為角,上失位,無應於下,故吝;動而得正,故「無咎」,此兼虞義也。

以下に九四注文の「魚謂」より「起凶」までの一段を疏解する。初六は身を巽体に在らしめ、巽は魚である。九四と初六はともに位に当たらざれど、一剛一柔にして正しく相感応する。九四は初六に応じに往かんと欲するも、初六は已に九二に包裹さる、ゆえに九四は「魚なし」。『雑卦伝』に「震とは起きるなり」とあるので、震は起動を主る。九四は位を失いまた魚を得ず、ゆえに一たび起動すれば凶あり。 再び九五注文の「巽為」より「自天」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。「杞」は杞柳にして一種の樹木である。巽は木なので巽は杞と為る。二爻と五爻は上下卦の中に居るので、いずれも「苞」と称す。乾体は渾円なので瓜の象を取る。九四が一たび変ずれば五爻の所在に巽体を結成するので「杞をもって瓜を苞く」という。陰をもって陽を包裹するを「章を含む」という。「章を含む」が九五を指す所以は、九五が初六と九四とを位を換えしめ、換位ののち四位の陰爻が四五を含み、まさに「陰をもって陽を含む」、四位の陰爻が九五に承奉するので、九五はその上に憑拠し得るからである。初六が上行して四位に至れば兌体を結成し、兌は口で、自ら「含」の象あり。「隕」は「落」と訓じ、『爾雅・釈詁』に出る。『春秋』莊公七年の『穀梁伝』に言う:下に附着して上に見えざるを、之を「隕」と呼ぶ、と。九四は身を乾体に在らしめ、乾は天で、九四が初位に墜落するはまさに「上に見えず」の義に合するので「天より」という。 再び上九注文の「上称」より「无咎」までの一段を疏す:爻例により上爻は角の象を取る。上九はその正位を失い、下にまた相応する爻なし、ゆえに吝あり。一たび動きて正を得れば、過咎なし。この一段もまた虞翻の説を兼ね採る。

萃(すい)卦

兌宮二世卦,消息八月。

京房八宮の排列によれば、『萃』は兌宮の第二世卦に属す。卦気の説によれば、夏歴八月に配当する。八月は陰気漸く盛んにして万物は聚斂して蔵に入る、まさに「萃」が聚集の義に合する。

《萃》:王假有廟。注:觀上之四也。觀乾為王,「假,至」也,艮為廟,體觀享祀,上之四,故「假有廟,致孝享」也。「利見大人,亨,利貞。」注:大人謂五,三四失位,利之正變成離,離為見,故「利見大人,亨,利貞,聚以正」也。初未變,故不言元。「用大牲吉,利有攸往。」注:坤為牛,故曰大牲。四之三折坤得正,故「用大牲吉」。三往之四,故「利有攸往,順天命」也。

『萃』卦の卦辞:「王、廟に假る。」恵棟の自注:この卦は『観』卦の上九が四位に下って来たものである。『観』の乾体は王者を主り、「假」は「至」と訓じ、艮は宗廟である。全卦に『観』の象ありて献享祭祀を主り、上爻が四位に下るので、君王が宗廟に来るといい、『彖伝』は「孝享を致すなり」と断ず。 卦辞「大人を見るに利あり、亨、貞に利あり」、自注:「大人」は九五を指す。六三と九四はともにその正位を失い、各々変じて正に帰るに利あり。変正ののち離体を結成し、離は相見を主るので「大人を見るに利あり、亨、貞に利あり」といい、『彖伝』は「聚るに正をもってするなり」と断ず。初爻はいまだ変動せず、ゆえに卦辞は「元」を提げない。 卦辞「大牲を用いれば吉、往くところあるに利あり」、自注:坤は牛なので「大牲」と称す。九四が三位に下りて坤体を折損し、各々その正を得るので「大牲を用いれば吉」という。六三が上行して四位に至るので「往くところあるに利あり」、『彖伝』は「天命に順うなり」と断ず。

疏:「觀上」至「享也」○此下皆虞義也。觀上九來之四。觀者,乾世,故觀乾為王。「假,至」,《釋詁》文。鄭氏謂艮為鬼門,又為宮闕,鬼門宮闕,天子宗廟之象,故為廟。五至初體觀,象「觀盥而不薦」,乃明堂配天之禘,故「體觀享祀」。上之四,四體艮,故「假有廟」。傳曰「致孝享也」。陸氏謂王五廟上,《乾鑿度》曰「上為宗廟」,義亦通也。

以下自疏するに、まず卦辞注文の「観上」より「享也」までの一段を解す。以下すべて虞翻の説を用いる。『観』卦の上九が下りて四位に至れば『萃』を成す。『観』は京房八宮において乾宮の所轄する卦なので、『観』の乾体は王者を主るという。「假」は「至」と訓じ、『爾雅・釈詁』に出る。鄭玄は艮を鬼門と為し、また宮闕と為すと見る。鬼門と宮闕はまさに天子宗廟の象なので、艮は廟と為る。五爻より初爻まで『観』体を結成し、『観』卦辞の「盥して薦せず」の象を取る。あれはまさに明堂において祖をもって天に配する禘祭なので「観を体して享祀す」という。上爻が四位に下り、四爻は艮体の中に処るので「廟に假る」という。『彖伝』に「孝享を致すなり」という。陸績は天子の五廟は上位に当たると見、『易緯・乾鑿度』もまた「上は宗廟と為る」という。この講法もまた通る。

○「大人」至「言元」○乾五為大人,故「大人謂五」。六三九四失位,利變之正,三四易位體離,「相見乎離」,故離為見。三五同功,四上承五,故「利見大人」。三四之五,故「利貞」也。傳曰「聚以正也」,正以釋利貞之義。此上虞義也。初為元,三四已正,初變成既濟,當言「元亨利貞」;今初未變,故不言元而言「亨利貞」也。○「坤為」至「命也」○下體坤為牛,《說文》曰「牛,大牲也」。四之三坤體壞,離為折,故「折坤得正」。坤為用,故「用大牲吉」。三往之四,自外曰往,故「利有攸往」。傳曰「順天命也」。

以下に「大人」より「言元」までの一段を疏解する。乾の五爻は大人と為るので「大人」は九五を指す。六三と九四はともに位を失い、変じて正に帰るに利あり。三・四が位置を交換すれば離体を結成し、『説卦』は「相見ること離において」と講ずるので、離は「見」を主る。三と五は『繋辞』において「同功」の位に属し、四はまた上に九五を承くので「大人を見るに利あり」という。三・四はともに五位に趨向するので「貞に利あり」という。『彖伝』の講ずる「聚るに正をもってするなり」は、まさに「正」をもって「貞に利あり」を釈する。以上は虞翻の説である。初爻は「元」を主る。三・四が既に正に帰り、初爻がさらに一変すれば『既済』を成し、その時理応「元亨利貞」というべし。今初爻はいまだ変動せず、ゆえに卦辞は「元」を提げずしてただ「亨・利・貞」という。 再び「坤為」より「命也」までの一段を疏す:下体の坤は牛を主り、『説文解字』に「牛とは大牲なり」とある。九四が三位に下れば坤体は因って破壊し、離は折断を主るので「坤を折りて正を得」という。坤はまた「用」を主るので「大牲を用いれば吉」という。六三が上行して四位に至るは、ここでは外卦の一側より言を立てて「往」と称すので「往くところあるに利あり」という。『彖伝』は「天命に順うなり」と断ず。

初六:有孚不終,乃亂乃萃。注:孚謂五也。初四易位,五坎中,故「有孚」。失正當變坤為終,故「不終」。「萃,聚」也,坤為聚、為亂,故「乃亂乃萃」。失位不變則相聚為亂,故《象》曰:「其志亂也。」「若號一握為笑,勿恤,往無咎。」注:握當讀為「夫三為屋」之屋。巽為號,初稱一,初動成震,震為笑,坤三爻稱一屋。二引坤眾順說應五,故「一屋為笑」。四動成坎,坎為恤,初之四得正,故「勿恤往無咎」。

初六爻辞:「孚ありて終らず、乃ち乱れ乃ち萃まる。」恵棟の自注:「孚」は九五を指す。初六と九四が位置を交換したのち、九五は坎体の中に処り、坎は誠信を主るので「孚あり」という。初六はその正位を失い、もと変じて坤を成して以て終に代わるべきなので「終らず」という。「萃」とはすなわち聚集で、坤は衆を聚めるを主り、また混乱を主るので「乃ち乱れ乃ち萃まる」という。位を失いしかも肯んじて変動せず、聚まりて乱局を成すので、『小象伝』は「その志乱るるなり」という。 爻辞「若し号せば一握して笑を為す、恤う勿れ、往きて咎なし」。自注:「握」はまさに『周礼』の「三夫屋を為す」の「屋」と読むべし。巽は号呼を主り、初爻は「一」と称す。初六が一たび動きて震を成し、震は笑楽を主る。坤の三本の爻は合して「一屋」と称す。六二は坤体の衆を牽引して、順って欣悦して九五に応ずるので「一屋して笑を為す」という。九四が一たび動きて坎体を結成し、坎は憂恤を主る。初六が上行して四位に至りて正を得るので「恤う勿れ、往きて咎なし」という。

六二:引吉,無咎。注:巽為繩,艮為手,二引坤眾應五,故「引吉」。初三失位,二中未變,故「無咎」。「孚乃利用禴。」注:孚謂五。「禴,夏祭」也。體觀象,離為夏,故「利用禴」。二孚於五,得用薄祭以祀其先,不用大牲,降於天子也。

六二爻辞:「引きて吉、咎なし。」恵棟の自注:巽は繩索で、艮は手で、手に繩索を執るはまさに牽引の象である。六二は坤体の衆を牽引して上に九五に応ずるので「引きて吉」という。初六と六三はともに位を失うも、六二は中に居りていまだ変動せず、ゆえに過咎なし。 爻辞「孚あれば乃ち禴を用うるに利あり」。自注:「孚」は九五を指す。「禴」は夏の祭名である。全卦に『観』の象あり、離は夏季に配当するので「禴を用うるに利あり」という。六二は誠信をもって九五に感応し、因って薄祭をもって自らの祖先を祭祀し得る。大牲を動員せざるは、天子に比して一等を降する要あるが故である。

六三:萃如差如,無攸利,往無咎,小吝。注:坤為聚,故「萃」。巽為號,無應,故「差如」。失正,故「無攸利」。動得位,故「往無咎」。小吝謂往之四。九四:大吉,無咎。注:以陽居陰,宜有咎矣;動而得正,承五應初,故「大吉而無咎」矣。

六三爻辞:「萃如として嗟如たり、利あるところなし、往きて咎なし、小吝。」恵棟の自注:坤は聚集を主るので「萃如」という。巽は号呼を主るも、六三は上に相応する爻なく、ただ空しく嗟嘆するのみなので「嗟如」という。六三は陰をもって陽に居りて正を失うので「利あるところなし」。一たび動けばその正位を得るので「往きて咎なし」。いわゆる「小吝」とは、それが上行して四位に至るこの事を指す。 九四爻辞:「大吉、咎なし。」自注:九四は陽をもって陰に居り、理により咎あるべし。しかし一たび動けば正位を得、上に九五を承け下に初六に応ずるので「大吉にして咎なし」という。

九五:萃有位,無咎,匪孚,元永貞,悔亡。注:五得位居中,上下皆聚而歸之,故「萃有位無咎」。「匪孚」謂初也。四五易位,初變之正,則六體皆正。初為元,坤永貞,故「元永貞」。悔亡與比彖同義。上六:齎諮涕洟,無咎。注:自目曰涕,自鼻曰洟。兩陰無應,故「齎諮」。三之四體離,坎離為目,艮為鼻,乘陽不敬,坎水流鼻目,故「涕洟」。三變應上,故「無咎」。

九五爻辞:「萃まりて位あり、咎なし、孚あらず、元永貞、悔亡ぶ。」恵棟の自注:九五は位を得て中に居り、上下の衆爻はいずれも聚まりてこれに帰附するので「萃まりて位あり、咎なし」という。「孚あらず」とは初六を指す。九四と九五が位置を交換し、初六がさらに変じて正に帰れば、六爻は悉く端正となる。初爻は「元」を主り、坤は「永貞」を主るので「元永貞」という。ここの「悔亡ぶ」は『比』卦の『彖伝』の意と同じである。 上六爻辞:「齎咨として涕洟す、咎なし。」自注:眼より流出するを「涕」と呼び、鼻より流出するを「洟」と呼ぶ。上六と六三は同じ陰爻にして相応せず、ただ咨嗟歎息するのみである。六三が上行して四位に至れば離体を結成し、坎と離はいずれも目の象を取り、艮は鼻の象を取る。上六は陰をもって陽爻に凌乗して恭敬を失し、坎水は鼻目より流出するので「涕洟」という。六三が一たび変じて上六と相応ずるので、過咎なし。

疏:「孚謂」至「亂也」○此虞義也。陽在二五稱孚,故「孚謂五」。初失正應在四,與四易位體坎,故五在坎中,坎為孚,故「有孚」。初以陰居陽,故失正,當變坤代終,故為終。代終者,初當之四,今失位不變,故「不終」。初在五應外,故有是象也。坤眾為聚,又為亂,不變則「乃亂乃萃」。坎為志,故《象》曰「其志亂也」。

以下自疏するに、まず初六注文の「孚謂」より「乱也」までの一段を解するに、虞翻の説を用いる。陽爻が二位・五位に居れば「孚」と称すので、ここの「孚」は九五を指す。初六はその正位を失い、その応爻は四にあり、九四と位置を交換したのち坎体を結成し、九五は便ち坎体の中に落ち、坎は誠信を主るので「孚あり」という。初六は陰をもって陽に居るので正を失い、もと変じて坤を成すべく、坤は「終に代わる」の義あるので「終」の象を取る。いわゆる代終とは、初六が理応上行して四位に至るをいい、今それが位を失いしかも変を肯んぜないので「終らず」という。初六は九五の応爻の外に処るので、かかる象を有する。坤は衆を主りゆえに聚と為り、また乱を主る。肯んじて変動せざれば落成して「乃ち乱れ乃ち萃まる」。坎は心志を主るので『小象伝』は「その志乱るるなり」という。

○「握當」至「無咎」○「握當讀為夫三為屋之屋」,此鄭讀也。案《周禮·小司徒》曰「考夫屋」,鄭彼注云:「夫三為屋,屋三為井。」又鄭注《考工·匠人》云:「三夫為屋,屋具一井之地,三屋九夫,三三相具,以出賦稅。」《戰國策》曰「堯無三夫之分」,三夫為一屋也。一屋謂坤三爻。若然,益六三云「三人行」,虞彼注云「泰乾三爻為三人」,此不稱三人而稱一屋者,乾為人,故三爻為三人;坤陰,無稱人之例,故云「一屋」也。

以下に初六注文の「握当」より「无咎」までの一段を疏す。「握はまさに三夫が屋を為すの屋と読むべし」は鄭玄の読みである。『周礼・小司徒』に「夫屋を考う」の文あるを考えるに、鄭玄の注に言う:三夫を一屋と為し、三屋を一井と為す、と。彼が『考工記・匠人』に注してまた言う:三夫を一屋と為し、一屋はちょうど一井の地を占め、三屋は九夫を合し、三三相配して以て賦税を納める、と。『戦国策』に「堯に三夫の分なし」というがあれば、三夫はすなわち一屋と見るべし。いわゆる「一屋」とは、坤の三本の爻を指す。既に然るがゆえに、『益』の六三は「三人行く」といい、虞翻の注はそこに「『泰』卦の乾体の三爻すなわち三人」と講ず。ここで「三人」といわずして「一屋」というは、乾が人の象を取るので三爻は三人と為し、坤は陰に属して『易』例に坤をもって人と称するなし、ゆえに改めて「一屋」という。

巽申命為號,故「若號」。初爻稱一,初失位,動成震,震春喜樂為笑。六二「引吉」,故「二引坤眾順說應五」。坤利永貞,初三變之正,故「一屋為笑」。四動體坎,坎加憂為恤,初四得正,故「勿恤往無咎」矣。此皆虞義。虞只讀「一握」如字,與鄭異也。

巽は号令を申布するの象あるので「若し号せば」という。初爻は「一」と称す。初六はその正位を失い、一たび動けば震体を成し、震は春の喜楽を主るので、因って笑楽の象を取る。六二爻辞は「引きて吉」というので、注文は六二が坤体の衆を牽引して、順って欣悦して九五に応ずると講ず。坤は「利永貞」を主り、初六と六三は各自変じて正に帰るので「一屋して笑を為す」という。九四が一たび動きて坎体を結成し、坎は「加憂」を主るので因って「恤」の象を取る。初六と九四が各々その正を得るので「恤う勿れ、往きて咎なし」という。以上は皆虞翻の説である。ただし虞翻は「一握」を本字に拠って読むのみで、鄭玄の「屋」と読むに異なる。

○「巽為」至「無咎」○巽為繩,艮為手,虞義釋「引」字也。二在坤體,坤為眾,二引坤眾應五,故「引吉」也。初三失位,二居中未變,一屋為笑,故「無咎」也。○「孚謂」至「子也」○五坎中,故「孚謂五」。《爾雅》祭名曰「夏祭曰礿」,故云「禴,夏祭」也。上至初體觀象,觀,祭祀之卦。四之三體離,離於四正為夏,故「利用禴」。二正應五,故「孚於五」。既濟九五曰「東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭」,故知禴為薄祭。二為大夫,故不用大牲,降於天子也。

以下に六二注文の「巽為」より「无咎」までの一段を疏す。巽は繩、艮は手と為すは、虞翻が以て爻辞の「引」の字を解する取象である。六二は身を坤体に在らしめ、坤は衆を主る。六二は坤体の衆を牽引して上に九五に応ずるので「引きて吉」という。初六と六三はともに位を失うも、六二は中に居りていまだ変動せず、また「一屋して笑を為す」の象あるので、過咎なし。 再び「孚謂」より「子也」までの一段を疏す:九五は坎体の中に処るので「孚」は九五を指す。『爾雅』は祭名を記して「夏の祭を礿という」というので、注文は「禴」は夏祭と講ず。上爻より初爻まで『観』象を結成し、『観』はまさに祭祀を主る卦である。九四が三位に下れば離体を結成し、離は四正の卦の中に夏季を配当するので「禴を用うるに利あり」という。六二と九五は正しく相感応するので「五に孚あり」という。『既済』九五は「東隣、牛を殺すも、西隣の禴祭に如かず」といい、禴は簡薄の祭と見るべし。六二は大夫の位に処るので、大牲を動員せず、天子に比して一等を降するを要す。

○「坤為」至「之四」○此虞義也。三體坤,坤為眾,故「萃如」。巽為號,兩陰無應,故「嗟如」。以陰居陽,故「無攸利」。動得位應上,故「往無咎」。「悔吝者,言乎其小疵也」,三不正而之正,故「小吝謂往之四」,陰稱小也。○「以陽」至「咎矣」○此虞義也。「無咎者,善補過也」,以陽居陰,宜有咎;動而得正,上承五,下應初,是補過之義,故「大吉而無咎」。四承五陽,下應初陽,故稱大吉也。

以下に六三注文の「坤為」より「之四」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。六三は身を坤体に在らしめ、坤は衆を主るので「萃如」という。巽は号呼を主るも、上六と六三は同じ陰爻にして彼此応ぜず、ただ空しく嗟嘆するのみなので「嗟如」という。六三は陰をもって陽に居るので「利あるところなし」。一たび動けば正位を得て上六と相応ずるので「往きて咎なし」。『繋辞』に「悔吝とは、それ小疵を言うなり」という。六三はもと正ならざれども正に趨るので、「小吝」とはそれが上行して四位に至るこの事を指す——陰爻は『易』例において「小」と称す。 再び九四注文の「以陽」より「咎矣」までの一段を疏すに、同じく虞翻に出る。『繋辞』に「咎なきとは、過を補うに善きなり」という。九四は陽をもって陰に居り、理により咎あるべし。しかるにそれ一たび動けば正位を得、上に九五を承け下に初六に応ずるは、まさに過を補うの意なので「大吉にして過咎あらず」という。九四は上に九五の陽を承け、下に応ずる初爻も変正ののち陽となり、両辺ともに陽の助けを得るので「大吉」と称す。

○「五得」至「同義」○乾上九《文言》曰「貴而無位」,易例以陰居陰、以陽居陽為有位。五得位居中,上下五爻聚而歸之,故「萃有位」。五弇於上,宜有咎矣,以其得中,故「無咎」也。初失位,五為孚,初在應外,故「匪孚謂初」。初九為元,卦辭云「亨利貞」,不言元,則初猶未變也。坤利永貞,四五易位,初變之正,則六體皆正,故「元永貞」。「震無咎者存乎悔」,故「悔亡」也。比卦辭「原筮元永貞」亦謂初在應外,失位之正,五孚及之,故「原筮元永貞」,與萃五同義也。

以下に九五注文の「五得」より「同義」までの一段を疏す。『乾』上九『文言』に「貴にして位なし」といい、『易』例は陰爻が陰位に居り陽爻が陽位に居るをもって始めて「位あり」と算えると見える。九五は位を得て中に居り、其余の五爻は皆聚まりてこれに帰附するので「萃まりて位あり」という。九五は上六に掩蔽されて下に在り、理により咎あるべし。しかるにそれ中に居りて道を得るが故に、過咎なし。初六はその正位を失い、九五は「孚」で、しかも初六は九五の応爻の外に処るので「匪孚」は初六を指す。初爻は「元」を主り、卦辞はただ「亨利貞」というのみにして「元」を提げず、初爻がいまだ変動せざると見える。坤は「利永貞」を主る。九四と九五が位置を交換し、初爻がさらに変じて正に帰れば、六爻は悉く端正となるので「元永貞」という。『繋辞』は「咎なきは悔に存するなり」と講ずるので「悔亡ぶ」という。『比』卦卦辞の「原筮元永貞」も、同じく初爻が応爻の外に処りて位を失いしかも正に帰るべく、九五の誠信がそれに施及することを講ずるので、「原筮元永貞」という。『萃』九五と取義を同じくす。

○「自目」至「無咎」○「自目曰涕,自鼻曰洟」,虞鄭義也。鄭云:「齎諮,嗟嘆之辭。」兩陰無應,故三「嗟如」,上「齎諮」。案履六三「眇而視」,虞彼注云「視上應也」;上九「視履考詳」,虞彼注云「三先視上,故上亦視三」,亦謂三上有相應之義,故其辭同也。三之四有離坎象,離目,艮鼻,上六乘五陽為不敬,坎水流鼻目,離目為涕,艮鼻為洟也。三變應上,故「無咎」,三爻辭亦云「往無咎」也。

以下に上六注文の「自目」より「无咎」までの一段を疏す。「眼より流出するを涕と呼び、鼻より流出するを洟と呼ぶ」は、虞翻と鄭玄に共通の訓釈である。鄭玄に言う:「齎咨」は嗟嘆の語辞なり、と。上六と六三は同じ陰爻にして相応せざるので、六三は「嗟如」といい、上六は「齎咨」という。『履』卦六三に「眇にして視る」あるを考えるに、虞翻の注はそれが上面の応爻を看ると講じ、上九に「履を視て祥を考う」あり、虞翻の注は三爻が先ず上爻を看るので、上爻もまた回りて三爻を看ると講ず——同じく三と上の間に相応の義あるを講じ、ゆえに両処の辞語は彼此呼応する。六三が上行して四位に至れば、卦中に離・坎の象あり。離は目を取り、艮は鼻を取る。上六は陰をもって五本の陽爻に凌乗して恭敬を失し、坎水は鼻目より流出す——離の目の出づるを涕と為し、艮の鼻の出づるを洟と為す。六三が一変して上六と相応ずるので過咎なく、六三の爻辞もまさに「往きて咎なし」という。

升(しょう)卦

震宮四世卦,消息十二月。

京房八宮の排列によれば、『升』は震宮の第四世卦に属す。卦気の説によれば、夏歴十二月に配当する。この時、陽気は地下より逐層上行し、まさに「升」が上進の義に合する。

《升》:元亨。注:臨初之三,又有臨象。剛中而應,故「元亨」。「用見大人,勿恤。」注:二當之五為大人,離為見,坎為恤,二之五得正,故「用見大人,勿恤有慶」也。「南征吉。」注:離南方,二之五成離,故「南征吉,志行」也。

『升』卦の卦辞:「元亨。」恵棟の自注:この卦は『臨』卦の初九が上行して三位に至ったもので、卦中になお『臨』の形象を保留す。九二は陽剛にして中に居りて六五と相応ずるので「元亨」という。 卦辞「大人を見るに用い、恤う勿れ」、自注:九二は理応上行して五位に至りて「大人」と為る。離は相見を主り、坎は憂恤を主る。九二が五位に升ればその正を得るので「大人を見るに用い」といい、『彖伝』は「恤う勿れ、慶あるなり」と断ず。 卦辞「南征吉」、自注:離は南方の卦で、九二が五位に升れば離体を結成するので「南征吉」といい、『彖伝』は「志行わるるなり」と断ず。

疏:「臨初」至「元亨」○此以下皆虞義也。升從四陰二陽之例,故云「臨初之三」。二至上體臨,故「又有臨象」。臨卦辭曰「元亨」,彖傳云「剛中而應,是以大亨」,與升象略同,故亦云「元亨」也。○「二當」至「慶也」○坤虛無君,故「二當之五為大人」。二之五體離坎,故離為見,坎為恤。二之五得正,坤為用,故「用見大人,勿恤有慶」,陽稱慶也。

以下自疏するに、まず卦辞注文の「臨初」より「元亨」までの一段を解す。此下は皆虞翻の説を用いる。『升』は四陰二陽の卦の変例により、『臨』卦の初九が上行して三位に至ったものなので、注文は「臨初の三」という。二爻より上爻までなお『臨』体を結成するので「また臨の象あり」という。『臨』卦辞はまさに「元亨」と作り、『彖伝』は「剛中にして応ず、是をもって大亨」と講じ、『升』の象と大体相同じきなので『升』もまた「元亨」という。 再び「二当」より「慶也」までの一段を疏す:坤体は虚にして君なく、ゆえに九二は理応上行して五位に至りて「大人」を充当すべし。九二が五位に升れば卦中に離体と坎体を結成するので、離は見と為り坎は恤と為るという。九二が五に升りて正を得、坤はまた「用」を主るので「大人を見るに用い、恤う勿れ、慶あり」という。陽爻は『易』例において「慶」と称す。

○「離南」至「行也」○離,方伯,南方之卦,二之五體離,自二升五,故「南征吉」。坎為志,震為行,故「志行」也。荀氏之義,以為此本升卦,巽當升坤上,故六四與眾陰退避當升者。荀於需泰二卦言乾體上升,坎坤下降,尋升需泰三卦唯需有乾升坎上之象,餘所不用也。

再び「離南」より「行也」までの一段を疏す:離は四正方伯の卦にして南方を主管す。九二が五位に升れば離体を結成し、二位より直に五位に升るので「南征吉」という。坎は心志を主り、震は行動を主るので『彖伝』は「志行わるるなり」という。荀爽の講法は、この卦はもと「升」の義を取り、巽体は理応坤体の上に上昇し、ゆえに六四と衆陰は退譲して、上昇すべきものを升らしむ、と為す。荀爽は『需』『泰』両卦においても乾体の上昇・坎と坤の下降を講ず。しかし細かく『升』『需』『泰』三卦を考えるに、ただ『需』のみ確かに乾が坎上に升るの象あり、其余は恵棟いずれも採用せず。

初六:升,大吉。注:進也。初變之正,進應四,故「升」。二之五,初與四合志承五,故「大吉」。九二:孚乃利用禴,無咎。注:「禴,夏祭」也。孚謂二之五成坎為孚,離為夏,故「乃利用禴」。二升五得位,故「無咎」也。九三:升虛邑。注:坤稱邑,五虛無君,利二上居之,故「升虛邑,無所疑」也。

初六爻辞:「升、大吉。」恵棟の自注(底本ここに訓釈さるべきその字を脱す):升とはすなわち上進である。初六は一変して正位に帰り、上進して六四と相応ずるので「升」という。九二が五位に升り、初六と六四は心志相合して共に九五を承奉するので「大吉」。 九二爻辞:「孚あれば乃ち禴を用うるに利あり、咎なし。」自注:「禴」は夏の祭名である。いわゆる「孚」は、九二が五位に升りて坎体を結成し誠信の象あるを指す。離は夏季を配当するので「乃ち禴を用うるに利あり」という。九二が五位に升りてその位を得るので過咎なし。 九三爻辞:「虚邑に升る。」自注:坤は城邑と称す。五位は空虚にして君主なく、九二が上りてこれを占拠するに利あるので「虚邑に升る」といい、『小象伝』は「疑うところなきなり」と断ず。

六四:王用亨于岐山,吉,無咎。注:王謂二升五也。巽為岐,艮為山,故「王用亨于岐山」。陽稱吉,四順承五,故「吉無咎」也。以人事明之,此王謂夏后氏也。岐山,冀州之望。亨者,二升五受命告祭也。六五:貞吉,升階。注:二升五,故「貞吉」。坤為階,陰為陽作階,使升居五,故「升階」也。上六:冥升,利于不息之貞。注:坤性闇昧,今升在上,故曰「冥升」也。二升五,積小以成高大,故曰「不息」。陽道不息,陰之所利,故曰「利于不息之貞」。

六四爻辞:「王、岐山に用いて亨す、吉、咎なし。」恵棟の自注:「王」は九二が五位に升ったのちを指す。巽は分岐の象を取り、艮は山なので「王、岐山に用いて亨す」という。陽爻は「吉」と称す。六四は柔順に九五を承奉するので「吉にして過咎なし」。人事に落として講ずれば、ここの「王」は夏后氏を指す。岐山は冀州境内の望祭せらるる名山である。いわゆる「亨」は、九二が五位に升りて天命を受けて告祭を行うである。 六五爻辞:「貞吉、階に升る。」自注:九二が五位に升るので「貞吉」。坤は台阶の象を取り、陰爻が陽爻のために台阶を築成し、それをして拾級して上りて五位に居らしむるので「階に升る」という。 上六爻辞:「冥升、息まざるの貞に利あり。」自注:坤の性質は幽暗昏昧にして、今また最上に升るので「冥升」という。九二が五位に升るは、細小を積累して高大を成就すなので「息まず」という。陽道は運行止まず、まさに陰爻の倚頼する利なので「息まざるの貞に利あり」という。

疏:「進」至「大吉」○《說文》曰:「進也,從□,□,進趣也。」初失位變之正,進與四應,故「升」。陽稱大稱吉,二之五,初與四合志承五,故「大吉」。《象》曰「上合志」也。○「禴夏」至「咎也」○此虞義也。陽在二、五稱孚,故「孚謂二之五」,成坎為孚,坎陽在二五也。離直夏,夏祭曰禴,故「孚乃利用禴」。二失位宜有咎,升五得位,故「無咎」也。

以下自疏するに、まず初六注文の「進」より「大吉」までの一段を解す。『説文解字』はこの字を「進」と訓し、それがある偏旁より義を得、その偏旁自体に進趨の意あるという——底本ここに訓釈さるべき字と偏旁と已に残欠し、ただ「□」をもって疑を存するのみ。初六は位を失いしかも変じて正位に帰り、上進して六四と相応ずるので「升」という。陽爻は「大」と称し「吉」と称す。九二が五位に升り、初六と六四は心志相合して共に九五を承奉するので「大吉」。『小象伝』は「上に志を合するなり」という。 再び九二注文の「禴夏」より「咎也」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。陽爻が二位・五位に居れば「孚」と称すので、「孚」は九二の五位に升るを指す。升りて坎体を結成すればすなわち「孚」、坎の陽爻がまさに二・五の位に落つるが故である。離は夏季に値当し、夏の祭祀を「禴」というので「孚あれば乃ち禴を用うるに利あり」という。九二は位を失いもと咎あるべきも、五位に升ればその位を得るので過咎なし。

○「坤稱」至「疑也」○此荀義也。坤土稱邑,陽實陰虛,故「五虛無君」。三利二陽上居五位,故「升虛邑」,謂升坤邑也。升五得正,故《象》曰「無所疑也」。○「王謂」至「無咎」○乾為王,二升五即乾五也,故云「王謂二升五」也。巽為股,股下岐,故為岐。二升五下體成艮,故艮為山。二受命告祭,四順承之,故「吉無咎」,《象》曰「順事也」。荀氏之義,以巽升坤上體觀享祀,上巽為岐,下艮為山,故「王用享于岐山」也。

以下に九三注文の「坤称」より「疑也」までの一段を疏すに、荀爽の説を用いる。坤は土と為り、ゆえに城邑と称す。陽爻は充実にして陰爻は虚空なので、五位空虚にして君主なしという。九三は九二というこの陽爻が上りて五位を占拠するに利あるので「虚邑に升る」といい、すなわち坤の象する城邑に升入るである。九二が五位に升れば正を得るので『小象伝』は「疑うところなきなり」という。 再び六四注文の「王謂」より「无咎」までの一段を疏す:乾は王と為り、九二が五位に升ればすなわち乾の五爻なので、注文は「王」は九二の五に升るを指すという。巽は股の象を取り、両股の下に分岔あるので「岐」の義を取る。九二が五位に升ったのち、下体は艮を結成するので艮は山と為るという。九二は天命を受けて告祭の礼を行い、六四は柔順にこれを承奉するので「吉にして過咎なし」、『小象伝』は「順事するなり」という。荀爽の講法はこれに則る:巽体が坤体の上に升り、全卦に『観』象ありて献享祭祀を主り、上の巽は岐と為り、下の艮は山と為るので「王、岐山に用いて享す」という。

○「以人」至「祭也」○孟喜《易章句》曰:「易本乎氣而後以人事明之。」文王爻辭皆據夏商之制,故云「此王謂夏后氏」也。必知為夏后氏者,哀六年《春秋傳》仲尼曰:「《夏書》曰:惟彼陶唐,帥彼天常,有此冀方。」服虔《解誼》云:「堯居冀州,虞夏因之。」皇甫謐《帝王世紀》曰:「夏與堯舜同在河北冀州之城,不在河南也。」

以下に六四注文の「以人」より「祭也」までの一段を疏す。孟喜『易章句』に言う:『周易』は陰陽の気に本づき、然るのち人事をもって以て説明を加う、と。文王の繋せる爻辞は皆夏・商両代の制度に依拠するので、注文はここの「王」は夏后氏を指すという。夏后氏と断定し得る所以は、『左伝』哀公六年に孔子が『夏書』を引くを記して言う:あの陶唐氏は、上天の常道に遵循し、冀州というこの地を拠有せり、と。服虔『春秋解誼』に言う:堯は冀州に都を建て、虞・夏両代は皆之に沿襲せり、と。皇甫謐『帝王世紀』もまた言う:夏朝は堯・舜と同じく黄河以北の冀州の地に在りて、河南に在らず、と。

故《五子歌》曰「惟彼陶唐,有此冀方,今失厥道,亂其紀綱,乃底滅亡」,言禹至太康與唐虞不易都城也。謐據偽《尚書》以為太康,若杜預之義,滅亡謂夏桀,知夏后氏咸都冀州,與唐虞同也。《禹貢》曰「冀州既載」,又云「壺口治梁及岐」。《爾雅·釋山》曰「梁山,晉望也」。諸侯三望,天子四望,梁山為晉望,明梁山、岐山皆冀州之望。

ゆえに『尚書・五子之歌』に言う:あの陶唐氏は、冀州というこの地を拠有せり。今その正道を丢失し、その綱紀を擾乱し、終に滅亡に走向せり、と。これは禹より太康に至るまで、終始唐・虞の旧都を更改せざりしをいう。皇甫謐は偽古文『尚書』に依拠して、ここの亡国の君を太康に定む。杜預の解釈に照らせば、「滅亡」は夏桀を指す。要するに夏后氏は世々冀州に都を建て、唐・虞と同じと知るべし。『尚書・禹貢』に「冀州既に載す」といい、また「壺口、梁及び岐を治む」という。『爾雅・釈山』に「梁山は晋の望なり」という。礼制により、諸侯は境内三座の名山を望祭し、天子は四座を望祭す。梁山は既に晋国の望山たれば、梁山・岐山は皆冀州境内の望祭すべき名山に属すると見える。

故僖三十一年《公羊傳》曰「天子有方望之事,無所不通」,知冀州之望得有梁岐,故云「岐山,冀州之望」也。《詩·時邁序》曰:「巡守告祭,祡望也。」鄭箋云:「巡守告祭者,天子巡行邦國,至於方嶽之下而封禪也。」彼言封禪,此云受命者,王者受命亦有告祭山川之事,今二升五,故云「受命告祭」也。

ゆえに『春秋』僖公三十一年『公羊伝』は「天子に方望の礼あり、通ぜざるところなし」といい、これにより冀州の望祭する山の中にもと梁山と岐山を包含し得ると知るべく、因って注文は「岐山は冀州の望」という。『詩経・時邁』の小序に言う:巡守の時の告祭とは、すなわち柴を焼きて天を祭り、山川を望祭す、と。鄭玄の箋注に言う:いわゆる巡守告祭とは、天子が各邦国を巡行し、四方の山岳の下に到達して封禅を行うなり、と。あそこに講ずるは封禅で、ここでは「受命」という。王者が天命を受くるの初めに同じく告祭山川の礼あるが故である。今九二が五位に升るは、まさに受命の象に合するので「受命告祭」という。

○「二升」至「階也」○此虞荀義也。二失正,升五得正,故「貞吉」。虞註上《繋》節初九曰「坤為階」,尋坤為土,古者土階,故坤為階也。階所以升者,五陰為二陽作階,使升居五,故有升階之象也。

以下に六五注文の「二升」より「階也」までの一段を疏すに、虞翻と荀爽の説を兼ね取る。九二はもとその正位を失い、五位に升れば正を得るので「貞吉」という。虞翻が『繋辞上伝』の引く『節』卦初九に注する時「坤は階と為る」という。其の故を推究するに、坤は土と為り、古人の台阶はもと夯土をもって築成せり、ゆえに坤は台阶の象を取る。台阶は人の拾級して上るに供するもので、五位の陰爻が二位の陽爻のために台阶を築成し、それを升らしめて五位に居らしむるので「升階」の象あり。

○「坤性」至「之貞」○上體坤,坤喪乙滅癸,故性闇昧。居上體而在升家,故「冥升」,此上荀義。案《中庸》言「至誠無息」而先言「積」,如天之昭昭,地之撮土,山之卷石,水之一勺,所謂積也。繼之云「維天之命,於穆不已」,又云「於乎不顯,文王之德之純」,純亦不已,不已即不息。二升五,積小以成高大,有不息之義。升五得正,故云「不息之貞」。上比於五,五陽不息,陰之所利,故「利于不息之貞」也。

以下に上六注文の「坤性」より「之貞」までの一段を疏す。上体は坤で、納甲の法により坤は乙に喪し癸に潜滅するので、その性質は幽暗昏昧である。上六は上体に居りしかも身を『升』卦に処るので「冥升」という。以上は荀爽の説である。『中庸』の講ずる「至誠息まず」を考えるに、しかも先ず「積」の一字を講ず。天は多くの細小なる光明の積累に過ぎず、地は多くの土塊の積累に過ぎず、山は多くの卷石の積累に過ぎず、水は多くの勺水の積累に過ぎず、これすなわちいわゆる「積」である。続いてまた『詩』を引いて「天の命を維れ、穆として已まず」といい、また「嗚呼顕ならざらんや、文王の徳の純」という。純粋はすなわち不已で、「不已」はまさに「不息」である。九二が五位に升るは、細小を積累して高大を成就し、まさに「不息」の義を含む。五位に升りて正を得るので「不息の貞」という。上六は九五に紧邻し、九五の陽は運行息まず、これまさに陰爻の倚頼する利なので「息まざるの貞に利あり」という。

巻七 元和恵棟撰

周易下経三

困(こん)卦

坎宮四世卦,消息九月。

京房八宮の排列によれば、『困』は坎宮の第四世卦に属す。卦気の説によれば、夏歴九月に配当する。九月は陽気漸く衰えて陰気に掩わるる、まさに「困」が陽剛の掩蔽さるるの義に合する。

《困》:亨。注:否上之二,剛為陰弇,故困。上之二乾坤交,故亨。傳曰「困窮而通」也。「貞,大人吉,無咎。」注:大人謂五,在困無應,宜靜則無咎,故「貞,大人吉,無咎」。「有言不信。」注:乾為信,震為言,折入兌,故「有言不信,尚口乃窮」也。荀氏謂陰從二升上成兌為有言,失中為不信。

『困』卦の卦辞:「亨。」恵棟の自注:この卦は『否』卦の上九が下りて二位に至ったもので、陽剛が陰柔に掩蔽さるるので「困」と称す。上爻が下りて二位に至り、乾と坤は交感を得るので「亨」。『彖伝』は「困窮にして通ず」と講ず。 卦辞「貞、大人吉、咎なし」、自注:「大人」は九五を指す。九五は身を困境に処りてこれと相応ずる爻なく、安静に自守するに宜しく、かくすれば過咎あらざるので「貞、大人吉、咎なし」という。 卦辞「言ありて信ぜられず」、自注:乾は誠信を主り、震は言語を主る。震体は折損されて兑体に併入するので「言ありて信ぜられず」といい、『彖伝』は「口を尚べば乃ち窮す」と断ず。荀爽はこれに則らず、坤陰が二位より上位に升りて兑体を結成し、兑は言説を主るので「言あり」、升ったのち中位を失うので「信ぜられず」と為す。

疏:「否上」至「通也」○卦自否來,上九之二,二五之剛為陰所弇,故困。否天地不變不能通氣,上之二乾坤交,故亨。傳曰「困窮而通」者,《繫下》文,謂陽窮。否上變之二成坎,坎為通,故「窮而通」也,此兼虞義。若鄭氏之義,謂坎為月,互體離,離為日,兌為闇昧,日所入,今上弇日月之明,猶君子處亂世,為小人所不容,故謂之困。

以下自疏するに、まず卦辞注文の「否上」より「通也」までの一段を解す。この卦は『否』より変じ来たり、『否』上九が下りて二位に至り、二・五両処の陽剛は皆陰爻に掩蔽さるるので「困」と称す。『否』卦は天地交わらず気機通ぜず。上爻が下りて二位に至ったのち乾坤交感するので「亨」。『彖伝』は「困窮にして通ず」と講じ、語は『繋辞下伝』に出で、陽気の窮尽の処に至るを講ず。『否』上爻が変じて下りて二位に至れば坎体を結成し、坎は通達を主るので「窮して通ず」という。この一段は虞翻の説を兼ね採る。鄭玄の講法に至れば:坎は月と為り、互体は離を成し、離は日と為り、兑は幽暗昏昧にして太陽の入る処と為る。今上体が日月の光明を掩蔽するは、君子が乱世に身を処りて小人に容れられざるがごとし、ゆえに之を「困」と称す。

云「兌為闇昧日所入」者,案古文《尚書·堯典》曰「分命和叔,宅西曰昧谷」,鄭彼注云:「西者,隴西之西,今人謂之兌山。」兌西方卦,故云「日所入」。尋彖傳云「困,剛弇也」,今鄭謂上體之兌弇下體之坎離以釋困字,違彖傳剛弇之義,故不用也。

鄭玄が「兑は幽暗昏昧にして太陽の落ち入る処」と講ずるの依拠は:古文『尚書・堯典』に「分かちて和叔に命じ、西に宅るを昧谷という」と講じ、鄭玄の注は「西」は隴西以西を指し、当時の人はあそこを兑山と称せり、と。兑は西方の卦なので、あれを太陽の落下する処という。しかし細かく考するに『彖伝』は「困とは剛の弇せらるるなり」という、明らかに陽剛の掩せらるるを講ず。鄭玄は却って上体の兑が下体の坎と離を掩蔽すと説き、このをもって「困」の字を解するは、便ち『彖伝』の「剛掩せらる」の本義に違背す、ゆえに恵棟は彼の説を採用せず。

○「大人」至「無咎」○此虞義也。乾五為大人,故「大人謂五」。五在困家,與二敵應,故無應。正居其所則吉,故云「宜靜則無咎」也。案京房《易積算》曰「靜為悔,發為貞」,故凡卦爻辭言貞者皆謂變之正。今以「貞大人」為「宜靜則無咎」者,師彖傳曰「貞,正也」。九五處困之家,近無所據,遠無所應,以其體剛得中,宜正居五位則吉無咎。若師之「貞丈人」者,謂當升坤五為貞,是已正而守正與未正而當正皆謂之貞。荀氏之義亦與虞同。

以下に卦辞注文の「大人」より「无咎」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。乾の五爻は大人と為るので「大人」は九五を指す。九五は身を『困』卦に処り、九二と同じ陽剛にして彼此敵応し、応爻なきに等し。安んじてその位に処れば吉なので、注文は安静に自守するに宜しく、かくすれば過咎あらざると講ず。京房『易積算』の「静は悔と為り、発は貞と為る」を考えるに、ゆえに凡そ卦爻辞の「貞」を講ずるは、多く変じて正に帰るを指す。ここでは却って「貞、大人」を「静なるに宜しければ咎なし」と講ず。その依拠は『師』卦『彖伝』の「貞とは正なり」である。九五は身を困境に処り、近くは凭拠するところなく、遠くは感応するところなし。それが陽剛にして中に居るに憑り、ただ端正に五位を守りさえすれば吉にして咎なし。『師』卦の講ずる「貞丈人」に至れば、九二が理応坤体の五位に升って始めて「貞」と算えるを指す。已に正にして能く正を守ると、いまだ正ならずして正に帰るべきと、いずれも「貞」と呼び得ると見える。荀爽の講法もまた虞翻と同じ。

○「乾為」至「窮也」○此虞義也。震息成兌,故「折入兌」,兌為毀折也。乾為信,上之二乾體壞,故「有言不信」。彖曰「尚口乃窮」也。○「荀氏」至「不信」○荀氏據卦自否來,坤陰從二升上體兌,說卦曰「說言乎兌」,故成兌為有言。二五為中,二之上失中為不信,故「有言不信」。虞氏以震為言,與荀異也。

以下に卦辞注文の「乾為」より「窮也」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。震は一路生長して兑を成すので「折れて兑に入る」という。兑は毀折を主るが故である。乾は誠信を主り、上爻が下りて二位に至ったのち乾体は破壊するので「言ありて信ぜられず」という。『彖伝』は「口を尚べば乃ち窮す」と断ず。 再び「荀氏」より「不信」までの一段を疏す:荀爽はこの卦の『否』より来たるに依拠し、坤の陰爻が二位より上位に升りて兑体を結成す。『説卦伝』は「説き言うこと兑において」というので、兑を成せばすなわち「言あり」の象あり。二位と五位は上下卦の中位で、陰爻が二位より上位に升れば中位を失う、ゆえに「信ぜられず」。虞翻は則ち震の言語を主るをもってし、荀爽と取象を同じくせず。

初六:臀困于株木。注:臀謂四,乾為老,巽為木,故為株木。初失位,應在四,四困於三,故「臀困于株木」。九家謂三體為木,澤中無水,兌金傷木,故枯為株也。「入于幽谷,三歲不覿。」注:初動體兌,坎水半見,出於口,故為谷。坎為入,為三歲,坎陽入陰,為陰所弇,故「入于幽谷,三歲不覿」。

初六爻辞:「臀、株木に困む。」恵棟の自注:「臀」は九四を指す。乾は年老を主り、巽は木で、老木はすなわち枯桩なので「株木」の象を取る。初六はその正位を失い、その応爻は四位にあり。九四はまた六三に困まるるので「臀、株木に困む」という。『九家易』はこれに則らず、六三の所在が巽木の体を結成し、沢中に水なく、兑金また来りて巽木を克傷し、木は枯死して樹桩と為ると為す。 爻辞「幽谷に入りて、三歳觌れず」。自注:初六は一たび動けば兑体を結成し、坎水は一半のみ顕れ、口より流出するので「谷」の象を取る。坎は進入を主り、また三年を主る。坎の陽爻は陰中に陥りて陰気に掩蔽さるるので、幽深の山谷に落ちて三年天日を見ざるという。

九二:困于酒食,朱紱方來。注:坎為酒食,二為大夫,坤為采地。上之二,坤為坎,故為酒食。初變坎體壞,故「困于酒食」,以喻采地薄,不足已用也。乾為朱,坤為紱,朱紱謂五,二變應五,故「朱紱方來」。「利用享祀,征凶,無咎。」注:二變體觀享祀,故「利用享祀」。二失位無應,故「征凶」。變之正,與五應,故「無咎」,《象》曰「中有慶」也。荀氏謂二升在廟,五親奉之,故「利用享祀」。

九二爻辞:「酒食に困み、朱紱方に来たる。」恵棟の自注:坎は酒食を主り、二位は大夫の位で、坤は大夫に封給する采邑を主る。上爻が下りて二位に至り、坤は変じて坎と為るので酒食の象あり。初六が一変すれば坎体は便ち破壊するので「酒食に困む」といい、以て采邑の微薄にして自用に足らざるを喩える。乾は大赤を主りて朱と為り、坤は布帛を主りて紱と為す。「朱紱」は九五を指し、九二は一変すれば九五と相応ずるので「朱紱方に来たる」という。 爻辞「享祀を用うるに利あり、征せば凶、咎なし」。自注:九二が一変すれば、卦中に『観』象ありて献享祭祀を主るので「享祀を用うるに利あり」という。九二は位を失いしかも応なし、ゆえに「征せば凶」。変じて正に帰したのち九五と相応ずるので過咎なく、『小象伝』は「中にして慶あるなり」という。荀爽はこれに則らず、二爻が上位の宗廟に升りて、九五は自ら祭を奉ずと為すので「享祀を用うるに利あり」という。

六三:困于石,據于蒺藜。注:三承四,二變體艮為石,故「困于石」,《春秋傳》曰「往不濟也」。下乘二剛,二體坎為蒺藜,非所據而據,故「據于蒺藜」,《春秋傳》曰「所恃傷也」。「入于其宮,不見其妻,凶。」注:巽為入,二動艮為宮,兌為妻,三上無應,離象毀壞,隱在坤中,死其將至,故「不見其妻,凶」也。

六三爻辞:「石に困み、蒺藜に拠る。」恵棟の自注:六三は上に九四を承く。九二が一変すれば、四爻の所在は便ち艮体を結成し、艮は石なので「石に困む」といい、『左伝』のこの句を引くは「往けど済らざるなり」と断じ、前去すれば必ず事を成し能わず。六三は下に九二の剛に凌乗し、九二は身を坎体に在らしめて蒺藜の象を取る。もと凭拠すべからざるを却って凭拠するので「蒺藜に拠る」といい、『左伝』は「恃むところ傷くなり」と断じ、倚仗するものはまさに己を傷害するものである。 爻辞「その宮に入りて、その妻を見ず、凶」。自注:巽は進入を主り、九二が一たび動きて艮体を結成して宮室と為り、兑は妻の象を取る。六三と上六は同じ陰爻にして相応せず、離象は已に毀壊し、坤体の中に隠没し、死期将に至らんとす、ゆえに己の屋に進み入りて却って妻子を見ず、因って凶ありという。

九四:來徐徐,困于金轝,吝,有終。注:來欲之初,「徐徐,舒遲」也,見險故來徐徐。否坤為轝之應,歴險故用於金轝。各易得位,故「吝,有終」矣。九五:劓刖,困于赤紱。注:劓刖當為倪,不安也。赤紱謂二,否乾為赤,二未變應五,故「倪,困于赤紱」。「乃徐有說,利用祭祀。」注:兌為說,坤為徐,二動應巳,故「乃徐有說」。陸氏謂二言享祀,此言祭祀,經互言耳。上六:困于葛藟,于倪。注:巽為草莽,稱葛藟,謂三也。三不應上,故「困于葛藟,于倪」。「曰動悔有悔,征吉。」注:乘陽故動悔,變而失正故有悔。三已變正,已得應之,故「征吉」。

九四爻辞:「来たること徐徐たり、金轝に困む、吝、終わりあり。」恵棟の自注:「来」は初位に下らんと欲するである。「徐徐」はすなわち舒緩遅疑で、前面に険阻あるを見るが故に来たること遅緩である。『否』卦の坤は車輿にして、まさにそれと相応ず。一路、険境を経歴する所以なので「金車に困む」という。九四と初六は各自位を換えれば皆正を得るので「吝、終わりあり」という。 九五爻辞:「劓刖、赤紱に困む。」自注:「劓刖」はまさに「倪」と読むべく、惶惑不安の貌である。「赤紱」は九二を指し、『否』卦の乾は大赤を主るので赤と為る。九二はいまだ変動して九五に応ぜざるので、九五不安にして赤紱に困むという。 爻辞「乃ち徐に説あり、祭祀を用うるに利あり」。自注:兑は欣悦を主り、坤性は安舒にして因って徐と為る。九二が一たび動けば九五と相応ずるので「乃ち徐に説あり」という。陸績は九二が「享祀」といい九五が「祭祀」というは、経文は互文にして義を見るに過ぎずと為す。 上六爻辞:「葛藟に困み、倪にあり。」自注:巽は草莽を主り、因って葛藟と称し、六三を指す。六三は上六と相応せざるので「葛藟に困み、倪にあり」という。 爻辞「動悔あれど悔ありと曰い、征せば吉」。自注:上六は陽爻に凌乗するので、一たび動けば悔あり。変動ののちまたその正位を失うので「悔あり」という。六三が既に変じて正に帰するを待てば、上六は便ちそれと相応じ得るので「征せば吉」。

疏:「臀謂」至「株也」○臀謂四,九家據易例也。否乾為老,巽為木,木老故為株也。初以陰居陽,故失位。初應在四,四困於三,故「臀困于株木」,亦九家義也。九家亦以三體巽為木,上體兌為金,兌金傷木,故枯為株,義亦通也。

以下自疏するに、まず初六注文の「臀謂」より「株也」までの一段を解す。「臀」の九四を指すは、『九家易』が爻位の通例に依拠して定めたるである。『否』卦の乾は年老を主り、巽は木と為る。樹木は老朽すれば枯桩と成るので「株」の象を取る。初六は陰をもって陽に居るので位を失う。初六の応爻は四位にあり、しかも九四はまた六三に困まるるので「臀、株木に困む」という。これもまた『九家易』の説である。『九家易』に別の一解あり:六三の所在は巽体を結成して木と為り、上体の兑は金と為り、兑金は巽木を克傷し、木は枯死して樹桩と成る。この講法も同じく説き通る。

○「初動」至「不覿」○初動體兌,坎水半見,謂坎半象也。《說文》谷字下云:「泉水出通川為谷,從水半見出於口。」與坎半象同義,故亦取象於谷也。「坎為入,為三歲」,皆虞義也。上之二成坎,坎陽入陰而弇於三,故「入于幽谷,三歲不覿」也。

以下に初六注文の「初動」より「不觌」までの一段を疏す。初六が一たび動きて兑体を結成し、坎水は一半のみ顕るるは、坎の半象を指す。『説文解字』は「谷」の字の下に言う:泉水流出して川流に通ずる処を谷と呼び、字形は「水」の一半を取りて、「口」の上に露出せり、と。これは坎の半象と含義相同じきなので、またここより谷の象を取る。「坎は進入を主り、また三年を主る」は皆虞翻の説である。上爻が下りて二位に至れば便ち坎体を結成し、坎の陽爻は陰中に陥りて三爻に掩蔽さるるので、幽深の山谷に落ちて三年天日を見ざるという。

○「坎為」至「方來」○需九五「需于酒食」謂坎也,故坎為酒食。二為大夫,爻例也。坤田為采地,二之上,坤變為坎,故為酒食。古者分田制祿,采地祿所入,故《乾鑿度》曰「困于酒食者,困於祿也」,鄭彼注云「因其祿薄故無以為酒食」。云「初變坎體壞,故困于酒食,以喻采地薄不足己用」也者,此兼用鄭義。鄭說本《乾鑿度》,唯釋酒食以初辰在未,未上值天廚酒食象,此據爻辰二十八宿所值而言,今不用也。

以下に九二注文の「坎為」より「方来」までの一段を疏す。『需』卦九五「酒食に需く」がまさに坎を講ずるなので、坎は酒食を主る。二位は大夫の位と為るは爻位の通例である。坤は田土を主り、因って采邑を象徴す。二爻と上爻は互いに易え、坤は変じて坎と為るので酒食の象あり。古は田ヘによりて俸禄を定め、采邑はすなわち俸禄の来源なので、『易緯・乾鑿度』は「酒食に困むとは、すなわち俸禄に困むなり」といい、鄭玄の注は俸禄微薄なるが故に酒食を置辦するに由なしと講ず。注文の講ずる「初六一変すれば坎体便ち壊れ、因って酒食に困む。以て采邑の微薄にして自用に足らざるを喩う」は、ここに鄭玄の義を兼ね採る。鄭玄の説は『乾鑿度』に本づくも、ただ彼が酒食を解するに爻辰に改用す。初爻は地支の未に当たり、未位の上に天厨の星を値し、天厨はまさに酒食の象である。あれは爻辰の配する二十八宿に依りて説を立つるで、恵棟ここに採用せず。

乾為大赤,故為朱。坤為紱,皆虞義也。《九家說卦》曰「坤為帛」,故為紱。《乾鑿度》曰「天子三公九卿朱紱」,故「朱紱謂五」。二五敵應,二變則與五相應,故「朱紱方來」,自外曰來也。○「二變」至「享祀」○二變有觀象,觀,享祀之卦,故「利用享祀」。二失位無應,故征行則凶。變之正與五應則五有慶,二受福,故無咎也。荀氏據卦自否來,六二升上,上為宗廟,故「二升在廟」;五以上為宗廟,故親奉之。若然,「利用享祀」謂五也。

乾は大赤を主るので朱色の象を取る。坤は紱を主る、これらは皆虞翻の説である。『九家易』の伝うる『説卦』は「坤は帛と為る」と講ずるので、坤は以て紱と為り得る。『易緯・乾鑿度』に天子・三公・九卿は皆朱紱を佩ぶというので、「朱紱」は九五を指す。九二と九五は同じ陽剛にして彼此敵応す。九二は一変すれば九五と相応ずるので「朱紱方に来たる」といい、外卦の一側より過ぎ来るを「来」と呼ぶ。 再び「二変」より「享祀」までの一段を疏す:九二が一変すれば卦中に『観』象あり、『観』は献享祭祀を主る卦なので「享祀を用うるに利あり」という。九二は位を失いしかも応なし、ゆえに往きて行動すれば凶あり。変じて正に帰し九五と相応ずれば、九五は便ち福慶を有し、九二もまた之に随いて福を受くるので過咎なし。荀爽はこの卦の『否』より来たるに依拠す。六二が上位に升り、上位は宗廟を象徴するので「二升って廟に在り」という。九五は上位をもって宗廟と為し、ゆえに自ら祭を奉ず。かくのごとく講ずれば、「享祀を用うるに利あり」の講ずるは九五である。

○「三承」至「傷也」○陰當承陽,故「三承四」。石謂四,二變四體艮,艮為石,三為四所困,故「困于石」。云「《春秋傳》曰往不濟也」者,襄廿五年傳文。自內曰往,謂三往承四,為四所困,故「往不濟」也。若然,「臀困于株木」,四為三所困;今三又困于石者,陸氏所謂六爻迭困是也。蒺藜謂二,三下乘九二之剛。易例,陰乘陽,陽據陰,今三乘剛而云據,失其義,故《繫下》云「非所據而據焉」。陰當承陽而反據之,必為陽所傷,故《春秋傳》云「所恃傷也」。

以下に六三注文の「三承」より「傷也」までの一段を疏す。陰爻はもと陽爻を承奉すべきなので「三は四を承く」という。「石」は九四を指す。九二が一変すれば、四爻の所在は便ち艮体を結成し、艮は石と為る。六三は九四に困まるるので「石に困む」という。注文の引く「『左伝』は往けど済らざるなりという」は、襄公二十五年の伝文である。内卦より外に去るを「往」と呼び、六三が前に往きて九四を承奉し、反って九四に困まるるをいうので「前往して事を成し能わず」。既に然るがゆえに、初六の「臀、株木に困む」は九四の六三に困まるるで、今六三また石に困むは、これ陸績のいわゆる六爻交互相困である。「蒺藜」は九二を指し、六三は下に九二の剛に凌乗す。『易』例により、陰の陽上に在るを「乘」と呼び、陽の陰上に在るを「拠」と呼ぶ。今六三は分明に剛に乘るも、経文は却って「拠」という、本義に失あり。ゆえに『繋辞下伝』は始めて「拠すべき所に非ざるを拠る」という。陰はもと陽を承奉すべきに、反って往きて之を凌拠すれば、必ず陽に傷られん。『左伝』の「恃むところ傷くなり」という所以である。

○「巽為」至「凶也」○此虞義也。坎巽皆有入象,初體坎,故爻辭「入于幽谷」,坎也;三體巽,故此象「入于其宮」,巽也。九家云「艮為門闕」,宮之象也,故「二動艮為宮」。應在上,上體兌,兌少女為艮妻,故兌為妻。三上皆陰,故無應。二動,故離象毀壞。三又體坤,故隱在坤中,坤喪於乙為既死霸,故「死其將至」也。

以下に六三後半注文の「巽為」より「凶也」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。坎と巽はともに「入」の取象あり。初六は身を坎体に在らしめるので爻辞は「幽谷に入る」といい、あれは坎を取る。六三は身を巽体に在らしめるのでここに「その宮に入る」といい、あれは巽を取る。『九家易』の講ずる「艮は門闕と為る」はまさに宮室の象なので、九二が一たび動きて艮体を結成して宮と為るという。六三の応爻は上位にあり、上体は兑で、兑は少女にして艮と相配して妻と為るので、兑は妻の象を取る。しかるに六三と上六は皆陰爻なので、相応せず。九二が一たび動けば、離象も之に随いて毀壊す。六三はまた身を坤体に在らしめるので、坤中に隠没すという。納甲の法により坤は乙に喪し、まさに月魄消尽の「既死霸」に当たるので、死期将に至らんとすという。

○「來欲」至「終矣」○此虞義也。應在初,故「來欲之初」。徐、舒同物同音,故云「徐徐,舒遲」也。初體坎,坎為險,見險故「來徐徐」也。兌為金,否坤為轝,故為金轝。四之初歴坎險,故「困于金轝」。昏禮,諸侯親迎乘金車,四與初有昏因之道,故以金轝為喻。二爻失位,故吝;各易得正,故「有終」矣。

以下に九四注文の「来欲」より「終矣」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。九四の応爻は初位に在るので「来は初位に下らんと欲する」という。「徐」と「舒」はもと同一の詞・同一の音なので、注文は「徐徐」を「舒遅」と訓す。初六は身を坎体に在らしめ、坎は険陥を主る。前面に険あるを見るので、来たること遅緩である。兑は金と為り、『否』卦の坤は車輿と為り、合すればすなわち「金轝」である。九四が初位に下るは坎険を経過するを要するので「金轝に困む」という。婚礼により、諸侯の親迎は金車に乘坐す。九四と初六の間に婚配相応の道あるので、金車をもって比喻と為す。九四と初六の両爻は皆その正位を失うので吝あり。各自位を換えれば皆正を得るので「終わりあり」という。

○「劓刖」至「赤紱」○「劓刖當為倪」,從鄭讀也。荀、陸、王肅本皆作臲,雲不安貌。「倪」與「臲」,與,古今字,故云「倪,不安」也。九五人君不當有劓刖之象,故從鄭讀為倪也。四為諸侯,諸侯赤紱,而云「赤紱謂二」者,《乾鑿度》曰「其位在二」,故以大夫言之。乾為大赤,故為赤。二未變應五,五無據無應,故倪不安,為二所困,故「困于赤紱」也。

以下に九五注文の「劓刖」より「赤紱」までの一段を疏す。「劓刖はまさに倪と読むべし」は、鄭玄の読みに依従する。荀爽・陸績・王粛の本子は皆「臲」と作り、不安の貌と解す。「倪」と「臲」の両写法は彼此古今字の関係なので、注文は「倪はすなわち不安」という。九五は人君の位にして、鼻割り足断ちのごとき刑残の象あるべからず、ゆえに鄭玄に依りて「倪」と改読す。四位は諸侯の位にして、諸侯のみ赤紱を佩ぶ。注文は却って「赤紱は九二を指す」という。それは『易緯・乾鑿度』の講ずる「その位は二に在り」によるので、大夫に拠りて説を立つ。乾は大赤を主るので赤色を取る。九二はいまだ変動して九五に応ぜず、九五は近く凭拠するところなく遠く感応するところなし、ゆえに惶惑不安にしてまた九二に困まるる。因って「赤紱に困む」という。

○「兌為」至「有說」○此虞義也。五體兌,兌為說,坤安舒泰,故為徐。二動與五應,故「乃徐有說」,所謂貞大人也。○「陸氏」至「言耳」○九五「利用享祀」,荀氏謂二升在廟,五親奉之,則二之享祀即五之祭祀,故陸績云「互言耳」。

以下に九五注文の「兑為」より「有説」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。九五は身を兑体に在らしめ、兑は欣悦を主る。坤性は安詳舒緩なので「徐」の象を取る。九二が一たび動けば九五と相応ずるので「乃ち徐に説あり」という——これまさに卦辞の講ずる「貞、大人吉」である。 再び「陸氏」より「言耳」までの一段を疏す:恵棟はここに九五をも併せて「享祀を用うるに利あり」と称す。荀爽が二爻の上位の宗廟に升りて九五自ら祭を奉ずと為すが故に、然らば九二の講ずる享祀もまたすなわち九五の講ずる祭祀なので、陸績はこの両処は互文にして義を見るに過ぎずという。

○「巽為」至「倪」○此虞義也。巽剛爻為木,柔爻為草,故巽為草莽。葛藟,延蔓之草,故巽為草莽,稱葛藟。三體巽,故謂三也。三上皆陰,故三不應上,上為三困,故「困于葛藟,于倪」也。○「乘陽」至「征吉」○此虞義也。二之上乘五陽,故「動悔」。上變應三則失正,故「有悔」。三變應上則各得其正,故云「三已變正,已得應之」,謂往應三則吉,故「征吉」也。

以下に上六注文の「巽為」より「倪」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。巽の陽爻は木の象を取り、陰爻は草の象を取るので、巽は以て草莽と為り得る。葛藟は蔓延叢生の藤草なので、巽の草莽の象より「葛藟」の称を引出す。六三は身を巽体に在らしめるので「葛藟」は六三を指す。六三と上六は皆陰爻なので、六三は上六と相応せず。上六は反って六三に困まるるので「葛藟に困み、倪にあり」という。 再び「乘陽」より「征吉」までの一段を疏すに、同じく虞翻に出る。二爻が上位に升れば五本の陽爻に凌乗するので、一たび動けば悔あり。上六若し変じて去りて六三に応ぜば、反ってその正位を失うので「悔あり」という。六三が変動して上六に応ずるを待てば、両爻は各々その正を得るので、注文は「六三既に変正せば、上六は便ちそれと相応じ得る」という。すなわち往きて六三に応合すれば吉なので「征せば吉」という。

井(せい)卦

震宮五世卦,消息五月。

京房八宮の排列によれば、『井』は震宮の第五世卦に属す。卦気の説によれば、夏歴五月に配当する。『井』は下に巽・上に坎で、巽木は坎水の中に深く入り、汲養窮まらざるの義を取り、配する月令はまさに泉脈深沉の時に当たる。

《井》。注:泰初之五,與噬嗑旁通。坎為水,巽木為桔槔,離為瓶,兌為泉口,桔槔引瓶下入泉口汲水而出,井之象。「改邑不改井。」注:坤為邑,乾初之五折坤,故「改邑」。初為舊井,四應甃之,故「不改井」。「無喪無得,往來井井。」注:初之五,坤象毀壞,故「無喪」。五之初,失位無應,故「無得」。坎為通,故「往來井井」,往謂之五,來謂之初。

『井』卦。恵棟の自注:この卦は『泰』卦の初九が上行して五位に至ったもので、『噬嗑』と互いに旁通する。坎は水、巽木は汲水の桔槔を象徴し、離は中虚にして瓶と為り、兑は泉口である。桔槔が水瓶を牽引して泉口に下し、汲水して再び提げ上ぐるは、まさに一口の水井の形象である。 卦辞「邑を改めて井を改めず」、自注:坤は城邑で、『泰』卦乾の初爻が上りて五位に至りて坤体を折損するので「邑を改む」という。初爻は旧井で、四爻は理応往きてこれを修砌すべきなので「井を改めず」という。 卦辞「喪うことなく得ることなく、往き来たりて井井たり」、自注:初爻が上りて五位に至れば、坤象は之に随いて毀壊するので「喪うことなし」という。五爻が下りて初位に至れば、その正位を失いしかもまた応なし、ゆえに「得ることなし」という。坎は通達を主るので「往き来たりて井井たり」といい、「往」は上りて五位に至るを指し、「来」は下りて初位に至るを指す。

「汽至亦未繘井。」注:「汽,幾」,謂二也。巽繩為繘,幾至初而未及泉,故「未繘井」。「累其瓶,凶。」注:瓶謂初,初欲應五為二拘累,故凶。虞氏謂「累,鉤羅」也,艮為手,巽為繘,離為瓶,手繘折其中,故「累其瓶」,體兌毀缺,故凶矣。

卦辞「汽の至るもいまだ井を繘げず」、自注:「汽」は「几」と訓じ、将に近づかんとするの意で、九二を指す。巽は繩索にして、すなわち汲水の井繩である。将に初位に及ばんとするもいまだ泉水に触れざるので「いまだ井を繘げず」という。 卦辞「その瓶を累し、凶」、自注:「瓶」は初六を指す。初六はもと上に九五に応ぜんと欲するも、九二に牽制拘係せられ、ゆえに凶あり。虞翻は則ち「累」を「鈎羅」と解し、すなわち勾挂纒繞である。艮は手、巽は井繩、離は瓶である。手と繩が半途にて折断するので「その瓶を累す」という。卦中の兑体は毀折残欠を主るので、因って凶あり。

疏:「泰初」至「之象」○此虞鄭義也。卦自泰來,初九升五,六五降初。所以取象於井者,以坎為水,巽木為桔槔。桔槔者,莊子所謂「鑿木為機,後重前輕,挈水若抽,數如泱湯,其名為槔」是也。互體離兌,離外堅中虛,瓶也;兌為暗,澤,泉口也。云「桔槔引瓶,下入泉口,汲水而出」者,是言取象於井之義,故云「井之象」也。

以下自疏するに、まず卦辞注文の「泰初」より「之象」までの一段を解するに、虞翻と鄭玄の説を兼ね取る。この卦は『泰』より変じ来たり。初九が五位に升り、六五が初位に降る。ここより井の象を取る所以は、坎は水で、巽木は桔槔を象徴するが故である。いわゆる桔槔とは、すなわち『荘子』の講ずるかの器械である。木を鑿ちて機関を作し、後端重く前端軽く、水を提ぐること抽引のごとく軽快にして、水の出づる急速なること沸涌のごとし。その名を槔という。卦中に離・兑両体を互出し、離は外面堅実にして中間空虚、まさに瓶である。兑は幽暗にして沢と為り、まさに泉口である。注文の「桔槔、水瓶を牽引して泉口に下し、汲水して上ぐ」というは、象を井に取るの道理を説明するなので、之を「井之象」と称す。

○「坤為」至「改井」○此虞義也。泰坤為邑,乾初之五折坤體,故「改邑」。初本乾也,乾為舊,故「初為舊井」。四「井甃」,故「四應甃之」,四來修初,故「不改井」也。○「初之」至「之初」○此虞義也。坤為喪,故云「初之五坤象毀壞,故無喪」。五以陰居初,與四敵應,故失位無應,無應故無得也。初之五成坎,坎為通,「往來不窮謂之通」,故「往來井井」。自內曰往,故「往謂之五」;自外曰來,故「來謂之初」也。

以下に「坤為」より「改井」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。『泰』卦の坤は城邑で、乾の初爻が上りて五位に至りて坤体を折損するので「邑を改む」という。初位はもと乾爻にして、乾は陳旧を主るので、初爻は旧井という。六四爻辞は「井甃」を講じ、すなわち磚石をもって井を砌るなので、四爻は理応往きてこれを修砌すべしという。四爻が下りて初爻を修治するので「井を改めず」という。 再び「初之」より「之初」までの一段を疏すに、同じく虞翻に出る。坤は喪失を主るので、注文は初爻が上りて五位に至り坤象毀壊し、因って「喪うことなし」という。五爻は陰をもって初位に居り、六四と同じ陰にして彼此敵応するので、位を失い応なし。既に応なければ、また得るところなし。初爻が上りて五位に至れば便ち坎体を結成し、坎は通達を主り、『繋辞』は「往き来たりて窮まらざるを之を通と謂う」というので「往き来たりて井井たり」という。内卦より外に往くを「往」と呼ぶので「往」は上りて五位に至るを指し、外卦より回り来るを「来」と呼ぶので「来」は下りて初位に至るを指す。

○「汽幾」至「繘井」○此虞義也。《詩·民勞》曰「汽可小康」,鄭箋云「汽,幾也」。《釋詁》云:「汽也。」孫炎注云「汽,近也」。幾音期,訓為近。鄭云「繘,綆也」,《方言》曰「關西謂綆為繘」,郭璞注云「汲水索也」。巽為繩,故「巽繩為繘」。五坎為泉,初六井泥本不及泉,二幾至初,亦未及泉,故「未繘井」。

以下に「汽几」より「繘井」までの一段を疏すに、虞翻の説を用いる。『詩経・民労』に「汽に小康すべし」あり、鄭玄の箋注は「汽」はすなわち「几」、将に近づかんとするの意という。『爾雅・釈詁』にもまた「汽」と訓ずるの一条あり(底本ここに訓釈さるべき字已に残欠し)、孫炎の注は「汽」は「近」なりという。「几」は期と読み、接近と訓ず。鄭玄は「繘」はすなわち「綆」、すなわち井繩という。『方言』は関西一帯は綆を繘と呼ぶと講じ、郭璞の注はあれは汲水の繩索なりという。巽は繩なので「巽繩を繘と為す」という。五位の坎は泉水で、初六爻辞は「井泥」を講じ、もと泉に及ばず。九二は将に初位に及ばんとするも、同じく泉に及ばざるので「いまだ井を繘げず」という。

○「瓶謂」至「故凶」○此荀義也。初二易位,初體離為瓶,故「瓶謂初」。初二易位,故初欲應五,五「井冽寒泉食」,有引瓶汲水之象。今二不變,初為二拘累,上不能應五,故「累其瓶凶」也。○「虞氏」至「凶矣」○虞氏本「累」作「羸」,云「羸,鉤羅」也。噬嗑艮為手,巽為繘,艮折巽體,故手繘折其中,則鉤羅其瓶也。互體離兌,兌為毀折,瓶缺漏,故凶,九二「雍敝漏」是也。

以下に「瓶謂」より「故凶」までの一段を疏すに、荀爽の説を用いる。初爻と二爻が位置を交換したのち、初爻は身を離体に在らしめて瓶と為るので「瓶は初六を指す」という。まさに初・二は位を換え得るが故に、初六は始めて上に九五に応ぜんと想う。九五爻辞は「井冽として寒泉食らう」を講じ、まさに瓶を牽りて水を汲むの象あり。今九二は肯んじて変動せず、初六はそれに牽制拘係せられ、上に九五に及ばざるので「その瓶を累し、凶」という。 再び「虞氏」より「凶矣」までの一段を疏す:虞翻の本子は「累」を「羸」と作り、「鈎羅」と解し、すなわち勾挂纒繞である。旁通の『噬嗑』卦の艮は手、巽は井繩である。艮は巽体を折断するので、手と繩は半途にて折断し、井瓶は便ち勾挂せらる。卦中に離・兑を互出し、兑は毀折を主り、瓶は因って残欠渗漏するので凶あり——九二爻辞の講ずる「雍敝漏」はまさにこの意である。

初六:井泥不食,舊井無禽。注:「食,用」也,四坎為泥,巽為木果,乾為舊,在下無應,故「井泥不食,舊井無禽」。九二:井谷射鮒,雍敝漏。注:兌為谷,巽為鮒。

初六爻辞:「井泥、食らわれず、旧井禽なし。」恵棟の自注:「食」は「用」と訓ず。四位の坎は泥を主り、巽は樹上の果実を主り、乾は陳旧を主る。初六は全卦の最下に居りて上に応爻なく、ゆえに井底は淤泥に尽きて取用に堪えず、禽鳥すら肯んじて光顧せざる廃井という。 九二爻辞:「井谷、鮒を射る、雍敝漏。」自注:兑は山谷の象を取るので「井谷」と称し、巽は鮒魚の象を取るので「鮒を射る」という。

鮒,蝦蟇也。離為雍,雍瓶毀缺,「羸其瓶,凶」,故「雍敝漏」也。九三:「井渫不食,為我心惻。」注:乾為清,三得正,故「井渫」。二累其瓶,故「不食」。坤為我,坎心為惻,故「為我心惻」。

「鮒」はすなわち蝦蟆である。離の取象は「雍」、すなわち水を盛る瓦器で、ここに瓦瓶已に破損残欠せり、ゆえに卦辞は「その瓶を羸し、凶」といい、爻辞は「雍敝漏」という——汲水の器皿破れて下に漏る。九三爻辞:「井渫して食らわれず、我が心のために恻たり。」恵棟の自注に言う:乾に清潔の義あり、九三はまた陽をもって陽に居りて正を得るので「井渫」と称し、井水已に淘洗し清浄なるをいう。九二はあの瓦瓶を拖累し、井水清しと雖も汲み来る人なし、ゆえに「食らわれず」という。坤は「我」と為り、坎は心・憂傷と為るので「我が心のために恻たり」といい、人はこの好井のために痛惜す。

「可用汲,王明,並受其福。」注:乾為王,為福,離為明。初二易位成既濟定,五來汲三,故「王明,並受其福」。六四:「井甃,無咎。」注:以瓦甓壘井稱「甃」。坤為土,初之五成離,離火燒土為瓦,故「井甃」。初已正,四為修之,故「無咎」。

九三爻辞は続いて言う:「用いて汲むべし、王明れば、并せてその福を受く。」恵棟の自注:乾は君王にしてまた福沢と為り、離は光明と為る。初爻と二爻は位置を互換すれば、全卦は便ち既済の定局と成り、九五は下りて九三の井水を汲取するので、君王明察にして上下同じくこの井の福沢を受くという。六四爻辞:「井甃、咎なし。」自注:磚瓦をもって井壁を砌治するを「甃」という。坤は土で、初爻が五位に升りて離を成し、離は火で、火は土を焼けば便ち瓦と成るので「井甃」と称す。初爻は既に変じて正を得、六四はそれに替わりて井壁を修砌するので過咎なし。

九五:「井冽,寒泉食。」注:「冽」,水清也。五坎為泉,五月陰氣在下,乾為寒,故曰「寒泉」。通《噬嗑》食,故「冽寒泉食」矣。上六:「井收勿幕,有孚元吉。」注:「幕」,蓋也。「收」謂以鹿盧收繘也。坎為車應,巽繩為繘,故「井收勿幕」。「有孚」謂五。坎初二已變,五正應二,故「有孚元吉」。

九五爻辞:「井冽として、寒泉食らう。」自注:「冽」は水の清澈である。九五は坎体に処り、坎は水泉である。『井』は夏歴五月に配し、一陰已に下に生じ、乾はまた寒を主るので「寒泉」という。『井』は『噬嗑』と旁通し、『噬嗑』は「食」の義を取るので、泉水清冽にして飲むべしという。上六爻辞:「井を収めて幕する勿れ、孚ありて元吉。」自注:「幕」は覆蓋で、「收」は轆轤をもって汲繩を絞り上ぐるを指す。轆轤は円転すること車輪のごとし、ゆえに坎車の象を取る。上六の応ずるところに巽あり、巽は繩にしてすなわち井を汲む繩索である。ゆえに繩を絞りて水を取りて蓋を加えずという。「孚あり」は九五を指す。坎体の初・二両爻は既に変正し、九五と九二は正応と成るので「孚ありて元吉」。

疏:「食用」至「無禽」○井為人用,故云「食用」也。坎折坤體,虞氏「坤土得水為泥」,故《需》九三「需于泥」,《震》九四「震遂泥」,皆謂坎初應在四,故四坎為泥。古者井樹木果,故《孟子》「井上有李,禽來食之」,故云巽為木果。初不應四,故不食。初本乾也,故乾為舊,在下無應,四不汲初,故「舊井無禽」。井壞不治,故無木果樹於側,亦無禽鳥來也。若四來修初,旁植樹果,禽鳥來食矣。此兼虞義。尋井與《噬嗑》旁通,《噬嗑》,食也,故初、三、五皆言食。初二不變,故初、三皆云「不食」。初二易位,王明受福,故五「冽寒泉食」矣。

以下は恵棟の自疏にして、まず自注中の「食用」より「无禽」までの一段を疏す。井は人の取用に供するものなので、注文は「食用」という。坎は坤体を陽爻の分割して成るで、虞翻は「坤土、水を得」を以て泥と為す。ゆえに『需』卦九三は「泥に需く」といい、『震』卦九四は「震、遂に泥す」といい、皆坎の初爻の上に四爻に応ずるを指し、因って四位の坎象は泥と為る。古人は井辺に果木を種え、『孟子』にも「井上に李あり、禽鳥飛来し啄食す」の語あるので、注文は巽を木果と為すという。井卦の初六と九四は相応せず、果実を取食する人なし。初爻はもと乾体に属し、乾は陳旧の義あり。それ下に居りてまた応援なく、九四は来りて初爻の水を汲取せざるので、爻辞は「旧井禽なし」という。井已に荒廃して整治する人なく、傍らには果木なく、便ち禽鳥の飛来するなし。仮使九四が下りて初爻を修治し、井傍に果木を補種せば、禽鳥は自ら食を覓めに来たらん。この一説は虞翻の義を兼ね取る。再び看るに『井』と『噬嗑』両卦は旁通し、『噬嗑』は「食」の義を取るので、『井』の初・三・五の三爻は皆「食」に及ぶ。初・二両爻は変ぜざるので、初・三両爻は皆「食らわれず」という。初・二が位を易えて正に帰し、君王明察にして上下同じくその福を受くるを待ち、九五は始めて「冽たる寒泉食らう」の象あり。

○「兌為」至「漏也」○此《子夏》、虞氏義也。兌有坎半象,故為谷。巽蟲為鮒,「鮒,蝦蟇」,《子夏》義。井,五月卦,故有蝦蟇。鄭云:「雍,停水器也。」《說文》曰:「汲瓶也。」二不變應五,故雍瓶毀缺,卦辭所謂「累其瓶」是也。水下注不汲,故「雍敝漏」也。

以下に自注中の「兑為」より「漏也」までの一段を疏すに、本ずるところは『子夏易伝』と虞翻である。兑は坎の半象を含むので、山谷に取象す。巽は虫と為り、虫類の中に「鮒」を取る。「鮒はすなわち蝦蟆」は『子夏易伝』の説である。『井』は五月に配し、まさに蛙類繁盛の時に当たるので、卦中に蝦蟆の象あり。鄭玄に言う:「雍は水を貯える器皿なり。」『説文解字』は則ちそれを汲水の瓶という。九二は肯んじて変正して九五に応ぜざるので、汲瓶は破損残欠し、すなわち卦辞の講ずる「その瓶を累す」である。水は下に漏りて汲取する人なし、ゆえに「雍敝漏」という。

鄭氏之義以鮒為小鮮,云:「九三,艮爻也。艮為山,山下有井,必因谷水,水所生,無大魚,但多鮒魚耳。夫感動天地,此魚之至大;射鮒井谷,此魚之至小,故以相況。」鄭據六日七分,謂《中孚》十一月卦,卦辭「豚魚吉」,巽為魚,巽以風動天,故云「感動天地,此魚之至大」。井,五月卦,九二失位,不與五應,故「射鮒井谷」,言微陰尚未應卦,不能動天地,故云「此魚之至小」也。

鄭玄の解釈は則ち「鮒」を小魚と看作し、彼は言う:「九三は艮位の爻で、艮は山、山下に井あり、必ず谷中の水を引取す。谷水の生養するに大魚なく、ただ鮒魚多きのみ。天地を感動する能くするは、魚中の最大なり。井谷の裡に小鮒を射取するは、魚中の最小なり。両者はまさに相互に対照す。」鄭玄これ卦気の「六日七分」の法に依りて説を立つ。『中孚』は十一月に配し、卦辞は「豚魚吉」といい、巽は魚にして巽はまた風気をもって上天を鼓動するので、あれは天地を感動する能くする至大の魚という。『井』は五月に配し、九二は位を失い、また九五と相応せざるので、ただ「井谷に鮒を射る」のみ能くす。意はこの時初生の微陰はなお全卦と相応ずるに足らず、天地を感動する能わず、ゆえにこれを至小の魚という。

○「乾為」至「心惻」○乾為天,天清明無形,故為清。三、五得正,故三稱「井渫」,五稱「井冽」。三井雖渫,二不變應五而累其瓶,故「不食」。「惻」,傷悼也,張璠謂「惻然傷道未行」也。○「乾為」至「其福」○此虞、荀義也。五乾為王,為福德;離嚮明,故為明。「可用汲」謂五可用汲三也。初二失位,各易得正成既濟定,則五來汲三,故「王明並受其福」,謂諸爻受五福也。

以下に自注中の「乾為」より「心恻」までの一段を疏す。乾は天を象り、天は清朗にして形なきので「清」の義を取る。三・五両爻は皆陽をもって陽に居りて正を得るので、九三は「井渫」と称し、九五は「井冽」と称す。九三の井水は已に淘浄せりと雖も、九二は肯んじて変正して上に九五に応ぜず、反って瓦瓶を拖累し、井水は便ち汲み来る人なし。「恻」は悲傷痛惜で、張璠は心中恻然として、大道の施行能わざるを傷感すと解す。再び下に「乾為」より「其福」までの一段を疏すに、虞翻と荀爽に本づく。九五は乾に属し、乾は君王にしてまた福徳と為る。離は向明の卦なので「明」の義を取る。「用いて汲むべし」は九五が下りて九三の水を汲取し得るをいう。初・二両爻はもと位を失い、各々互いに易えて正に帰すれば、全卦は便ち既済定局と成り、九五は是に於て下に九三を汲むので、君王英明にして上下共にその福を受くといい、すなわち諸爻は皆九五の施す福を承受する。

○「以瓦」至「無咎」○此虞義也。馬融云:「甃為瓦,裹下達上。」是以瓦甓壘井也。甃以瓦甓,故云「離火燒土為瓦」。初「舊井無禽」,變之正與四應,四來修初,故「無咎」也。

以下に「以瓦」より「无咎」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。馬融に言う:「甃はすなわち瓦、下より上に層層包砌す。」これにより「甃」はまさに磚瓦をもって井壁を壘砌する。「井を砌るに磚瓦を用う」既に然れば、注文は始めて離を火と為し、火は坤土を焼きて瓦と成るという。初六はもと「旧井禽なし」の廃井で、変じて正を得たのち六四と相応じ、六四は前来りてそれに替わりて修治するので、六四は過咎あらざるべし。

○「冽水」至「食矣」○《說文》曰:「冽,水清也。」五體坎,故坎為泉。初井泥,二井谷,三渫井,四修井,至五而後水清可食。井,五月卦,故五月陰氣在下。《參同契》曰:「遘始紀序,履霜最先,井底寒泉。」五乾為寒,故曰「寒泉」。井與《噬嗑》旁通,《噬嗑》,食也,故「冽寒泉食」矣。此兼虞義。虞唯以初二變體《噬嗑》食,故「冽寒泉」,此取震半象,不取旁通,今不用也。

以下に「冽水」より「食矣」までの一段を疏す。『説文解字』に言う:「冽とは、すなわち水清なり。」九五は坎体に処り、坎は水泉なので泉の象を取る。全卦の六爻はまさに一口の井の廃より成るに至る次第である。初六は井底淤泥、九二は井壁谷のごとし、九三は井水を淘浄し、六四は井壁を修砌し、九五に至りて始めて水清にして飲むべし。『井』は五月に配し、一陰始めて下に生ずるので、五月陰気下に在りという。『周易参同契』に言う:「姤卦は一年の紀序を啓き、霜を履むの戒最も先に現れ、井底已に寒泉を生ず。」九五はまた乾体に属し、乾は寒を主るので「寒泉」と称す。『井』は『噬嗑』と旁通し、『噬嗑』は「食」の義を取るので泉清にして食らうべしという。この一条は虞翻の説を兼ね取る。虞翻はただ初・二両爻の変じて『噬嗑』と成るをもって「食」を講ずるのみで、因って「冽たる寒泉」といい、あれは震の半象を取り、旁通の例を用いず、ここに採らず。

○「幕蓋」至「元吉」○此虞義也。幕以覆井,故云「蓋」也。馬融云:「收,汲也。鹿盧,圓轉木,所以汲水。」以鹿盧收繘而汲水,故云「收」也。取象坎車,故坎為車。五應在二,故應巽繩為繘。鹿盧收繘,泉自下出,故「井收勿幕」。陽在二,五稱孚,故「有孚」謂五。坎初二已變成既濟,二五相孚,故「有孚元吉」。《象》曰:「大成也。」

以下に「幕蓋」より「元吉」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。幕は以て井口を覆蓋するに用うるものなので、注文は「蓋」と訓す。馬融に言う:「收はすなわち汲、鹿盧はすなわち轆轤、一種の円転し得る木架にして、以て水を汲むに用う。」轆轤をもって井繩を絞り上げて水を打つを、「收」と呼ぶ。この象は坎の車と為るより取り、轆轤の円転すること車輪のごとくするが故である。九五の応ずるところは九二にあり、二は巽体に処り、巽は繩にしてまさに井を汲む索である。轆轤は繩を絞り、泉水は井底より湧出するので、爻辞は「井を収めて幕する勿れ」という——ただ水を取るを管し、蓋を加うるを必ずしもせず。陽爻が二位に居り、五爻に対しては「孚」と称すので「孚あり」は九五を指す。坎体の初・二両爻は既に変正して既済と成り、二と五は彼此相信ずるので「孚ありて元吉」。『象伝』は因ってこれを井道の「大成」という。

革(かく)卦

坎宮四世卦,消息三月。

これは恵棟の標出せる『革』卦の定位である(この句の前、底本にもと私用区の符号一つあり、まさに『革』の卦画なるべし):京房八宮卦例により、『革』は坎宮の第四世卦に属す。消息卦の月に配する例により、それの値するは夏歴三月にして、すなわち消息卦『夬』の当令する月份である。

革。注:上之初,與《蒙》旁通。「革」,改也,水火相息而更用事,故謂之「革」。「巳日乃孚,元亨利貞,悔亡。」注:二體離,離象就巳為「巳日」。「孚」謂五,三以言就五。「乃」者,難也,故「巳日乃孚」。「悔亡」謂四也,四失正,動得位,故「悔亡」。已成旣濟,「乾道變化,各正性命,保合大和,乃利貞」,故「元亨利貞悔亡」矣,與《乾》彖同義。

『革』卦。恵棟の自注:本卦は上爻が下りて初位に居りて成り、『蒙』卦と旁通す。「革」は変改で、水と火は互相に消長し輪流に当令するので、「革」と呼ぶ。卦辞「巳の日に乃ち孚あり、元亨利貞、悔亡ぶ」、自注に言う:九二は離体に処り、納甲の例により離象は十二支の巳に配すので「巳日」と称す。「孚」は九五を指し、九三は言辞をもって九五に帰就す。「乃」の字は艱難遅重の意を含むので、巳日に至って始めて人に信を取るという。「悔亡ぶ」は九四に就いて言う。九四はもと位を失い、一たび動けば正位を得、悔恨自ら消失す。ここに至りて全卦は已に既済と成り、まさに『乾』彖の講ずる「乾道変化して、各々その性命を正しくし、大和を保合し、乃ち利貞」に合するので、『革』の「元亨利貞悔亡」は『乾』彖辞と取義を同じくす。

疏:「上」至「之革」○此虞、鄭義也。卦自來,上九來之初,旁通《蒙》也。九四「有孚改命吉」,此卦以四變改命為吉,故云「革,改也」。「息」,長也,謂水火相長而更用事也。

恵棟の自疏、まず自注中の「上」より「之革」までの幾句を疏すに、本ずるところは虞翻と鄭玄の説である。「卦は□より来たる」の句、底本は卦名を脱す。まさに本卦の某卦より変じ来たるをいうべし。上九が下りて初位に居り、全卦は『蒙』と旁通す。九四爻辞は「孚ありて命を改むれば吉」という。本卦は九四の変動・旧命を改易するを以て吉とするが故に、注文は「革はすなわち改」という。「息」はここに生長と訓じ、水と火の互相に生長し交替して当令するを指す。

此卦之取義有四焉:水火相息,四時更代,彖辭「天地革而四時成」,象辭「治暦明時」,一也;王者受命,改正朔,易服色,亦謂之革,彖辭「湯武革命」,二也;《鴻範》曰「從革作辛」,馬融彼注云「金之性從火而更可銷鑠也」,兌金離火,兌從離而革,三也;鳥獸之毛,四時更易,故《說文》解革字義云「獸皮治去其毛」,初「鞏用黃牛之革」,五、上「虎變」「豹變」,四也。卦象兼此四義,故云「革」也。

本卦の「革」の義を取るに凡そ四層あり。その一は水火の相消長・四時の相更代なので、彖辞は「天地革まりて四時成る」といい、大象辞は「暦を治めて時を明らかにす」という。その二は帝王の天命を受けて興り、正朔を改換し服色を変易す、これもまた革と呼び、彖辞のいわゆる「湯武革命」はすなわちこれを指す。その三は五行の革で、『尚書・洪範』は「革に従いて辛を作す」といい、馬融があの句に注解して言う:金の性質は火に随いて改変し、熔鋳すべし、と。本卦は兑は金に属し離は火に属し、兑金は離火に随いて変ず。その四は毛革の革で、鳥獣の皮毛は四季に随いて更換す、ゆえに『説文解字』は「革」の字を釈して「獣皮、治めてその毛を去る」とし、初九は「鞏めるに黄牛の革を用う」といい、九五・上六は「虎変」「豹変」といい、皆この一層を取る。卦象は兼ねてこの四重の意思を含むので、命名して『革』と為す。

○「二體」至「同義」○此虞義也。二體離為日,「晦夕朔旦,坎象就戊;日中則離,離象就巳」,故為「巳日」。陽在二,五稱孚,故「孚」謂五。二「革言三就,有孚」,故以言就五。二正應五,三孚於五,故「巳日乃孚」。六爻唯四當革:初「鞏用黃牛之革」,《象》曰「不可以有為也」;二「巳日乃革之」,「乃」者,難也,宣八年《公羊傳》文,難者,重難,言尚未可以革也。

以下に「二体」より「同義」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。九二は離体にあり、離は日である。納甲の例により、晦夕朔旦の際、坎象は戊に納し、日が正中に至れば離象は当値して巳に納するので「巳日」と称す。陽爻が二位に在り、五爻に対しては「孚」と称す、ゆえに「孚」は九五を指す。二爻より数え起こせば、九三は「革の言三たび就き、孚あり」といい、まさに言辞をもって九五に帰就す。九二と九五はもと正応で、九三はまた九五に信を取るので「巳の日に乃ち孚あり」という。六爻の中にただ九四のみ変革の任を担当す。初九は「鞏めるに黄牛の革を用う」といい、『象伝』は「以て為すあるべからず」という。六二は「巳の日に乃ち之を革む」といい、「乃」の字は艱難を表示す、これは宣公八年『公羊伝』の訓釈で、いわゆる「難」は鄭重遅疑にして、この時なお変革すべき時に至らざるを表示す。

三以言就五,人事應而天命未改,必至四而後改命吉,成既濟定也。「乾道變化」:乾坤,元也;變化,亨也;「各正性命」,貞也;「保合大和」,利也。四革之正,故「元亨利貞悔亡」矣。《乾·文言》曰「乾道乃革」,謂四體革,乾元用九,故云「同義」也。

九三は言辞をもって九五に帰就す。この時人事は已に相応じ、天命はなおいまだ改易せず、必ず九四の変動・命を改めて吉を得るに至りて、全卦始めて既済の定局と成る。注文の引く『乾』彖の「乾道変化」の一段は、四徳を分かちて説く。乾坤自身すなわち「元」、変化すなわち「亨」、「各々その性命を正しくす」すなわち「貞」、「大和を保合す」すなわち「利」。九四は変じて正を得、四徳俱に備わるので「元亨利貞悔亡」という。『乾・文言』は「乾道乃ち革まる」といい、指すところはまさに九四の処する革体である。乾元は用九の道を発揮し、ゆえに恵棟は『革』と『乾』彖の取義相同じきという。

初九:「鞏用黃牛之革。」注:「鞏」,固也。《蒙》坤為黃牛,艮皮為革。得位無應,未可以動,故「鞏用黃牛之革」。六二:「巳日乃革之,征吉,無咎。」注:二體離為巳,故「巳日乃革之」。四動二應五,故「征吉無咎」。

初九爻辞:「鞏めるに黄牛の革を用う。」自注:「鞏」は牢固に捆縛するである。本卦は『蒙』と旁通し、『蒙』に坤あり、坤は黄にしてまた牛、合して黄牛と為る。艮は皮にして、皮すなわち革である。初九は陽をもって陽に居りて位を得るも、上の九四も同じ陽爻にして敵応に属し正応に非ず、応援する所なきに等しく、この時軽々しく動くに宜しからず、ゆえに黄牛の革をもって牢に縛り住まうを用う。六二爻辞:「巳の日に乃ち之を革む、征せば吉、咎なし。」自注:六二は離体にあり、離は巳に配するので「巳の日に乃ち之を革む」という。九四の変動して正に帰するを待てば、六二は便ち上に九五に応じ得るので、前に往きて吉を得、過咎なし。

九三:「征凶,貞厲。」注:應在上而隔於四,故「征凶」;動而失正,故「貞厲」。「革言三就,有孚。」注:《蒙》震為言,歴三爻故「革言三」,就五。坎為孚,故「有孚」。九四:「悔亡,有孚改命,吉。」注:「革而當,其悔乃亡。」巽為命,四動五坎改巽,故「改命吉」。

九三爻辞:「征せば凶、貞なれども厲。」自注:九三の応ずるは上六にあり、中間は却って九四に阻隔せらるので、前進すれば凶あり。九三は一たび動けば正位を失うので、たとえ常を守るもまた危厲あり。爻辞は続いて「革の言三たび就き、孚あり」といい、自注:旁通の『蒙』卦に震あり、震は言語である。初爻より数え歴て三爻に至るは、まさに「革の言三」で、帰就する所は九五である。坎は誠信なので「孚あり」という。九四爻辞:「悔亡び、孚ありて命を改むれば吉。」自注:彖伝は「革まりて当たれば、その悔乃ち亡ぶ」という。巽は号令で、九四が一たび動けば五位は坎を成してもとの巽体は改めらる、まさに旧命を改易するの象なので「命を改むれば吉」。

九五:「大人虎變,未占有孚。」注:乾為大人,謂五也。《蒙》坤為虎,變四巳之正,故「未占有孚」。陸氏謂兌為虎。上六:「君子豹變。」注:陰得位為君子,《蒙》艮為豹,從乾而更,故「君子豹變」。陸氏謂兌之陽爻稱虎,陰爻稱豹。「小人革面,征凶,居貞吉。」注:「面」謂上。初為小人,之上得正,順以從五,故「革面」。應在三,四未變,故「征凶」。上得位,故「居貞吉」,《蒙》艮為居也。

九五爻辞:「大人虎変す、占わずして孚あり。」自注:乾は大人で、ここは九五を指す。旁通『蒙』卦の坤は虎の象を取り、九四は変動して已に正に帰するので、占問を待たずして已に誠信の憑るべきあり。陸績は則ち兑を以て虎と為す。上六爻辞:「君子豹変す。」自注:陰爻が陰位に居りて正を得るを君子と称す。『蒙』卦の艮象は豹にして、乾体に随いて更易するので、君子は豹の毛文を更換するがごとしという。陸績の講法は、兑卦の陽爻は虎と称し、陰爻は豹と称す。爻辞また「小人革面す、征せば凶、居りて貞なれば吉」といい、自注:「面」は上六の位を指す。初九は正を失うので小人なり。それが上行して上位に至れば正を得、順服して九五に帰従するので「革面」という。上六の応ずるは九三にあり、しかも九四はいまだ変正せず、ゆえに前に往けば凶あり。上六は自ら位を得、安んじて処りて正を守れば吉、『蒙』卦の艮象はまさに止居の義あり。

疏:「鞏固」至「之革」○「鞏,固」,《釋詁》文。坤為黃,又為子母牛,故為黃牛。艮為膚,故艮皮為革。九居初得位,與四敵應,故無應。六爻唯四當革,所謂「革而當,其悔乃亡」。四不變,故初未可以動,守之宜固,故「鞏用黃牛之革」也。此兼虞、乾義。

恵棟の自疏、まず「鞏固」より「之革」までの一段を疏す。「鞏」を「固」と訓ずるは『爾雅・釈詁』に出る。坤は黄色にしてまた子母牛なり、合すればすなわち黄牛。艮は皮肤なので、艮皮すなわち革という。九は初位に居り、陽をもって陽に居りて位を得るも、上に九四と同じ陽爻にして、敵応にして正応に非ず、ゆえに応爻なしという。六爻の中にただ九四のみ変革の任を担当す、すなわち彖伝の講ずる「革まりて当たれば、その悔乃ち亡ぶ」である。九四この時なおいまだ変動せず、初九は自ら軽挙妄動すべからず、守持の道は牢固を以て宜しと為すので、黄牛の革をもって縛り緊むを用うという。この一条は虞翻と干宝の説を兼ね採る。

○「二體」至「無咎」○二體離,離象就巳,故離為巳。「乃」者,難也,故「巳日乃革之」。四革之正,二正應五,故「征吉無咎」。《象》曰:「巳日革之,行有嘉也。」明四已正,二得往應五也。○「應在」至「貞厲」○三正應上,為四所隔,四在離為惡人,故「征凶」。三逼於四,動而失正,故「貞厲」也。

以下に「二体」より「无咎」までの一段を疏す。六二は離体に処り、離象は巳に納するので離は巳と為るという。「乃」の字は艱難を表示するので、爻辞は巳日に至って始めて手を動かして変革するという。九四の変じて正を得るを待てば、六二は便ち九五と正応と為るので、出行して吉を得て過咎なし。『象伝』は「巳の日に之を革む、行きて嘉あるなり」といい、まさに九四已に正に帰し、六二始めて往きて五に応じ得るを説明す。以下に「応在」より「貞厲」までの一段を疏す:九三と上六はもと正応なるも、九四に隔断せらる。九四は離体にあり、離は兵戈の象ありて悪人と為るので、九三は前に往けば凶あり。九三はまた九四に緊逼し、一たび動けば正位を失うので、正を守ると雖もまた危厲あり。

○「蒙震」至「有孚」○革道成於四,自初至三歴三爻,故「革言三」。「就」謂就五也。陽在二,五稱孚,五坎為孚,故「有孚」。尋六二「巳日乃革」之,二正應五,五為天,「順乎天」也;九三「革言三就」,三於三才為人道,「應乎人」也。二天應至而人事未盡,三人事至而天命未改,故《象》曰「革言三就,又何之矣」,言尚未可以革也。

以下に「蒙震」より「有孚」までの一段を疏す。変革の道は九四に至って始めて成を告ぐ。初爻より三爻まで数えてちょうど三爻を経歴するので「革の言三」という。「就」は九五に帰就するである。陽爻が二位に在り、五爻に対しては「孚」と称し、九五はまた坎体に居り、坎は誠信を主るので「孚あり」という。再び看るに六二の「巳の日に乃ち之を革む」:六二と九五は正応で、五位は天と為り、まさに彖伝のいわゆる「天に順う」に合す。九三の「革の言三たび就く」:三は天地人三才の中に人道に属し、まさに彖伝のいわゆる「人に応ず」に合す。六二のこの層は天意の感応已に至りて人事なおいまだ尽くさざるで、九三のこの層は人事已に尽きて天命なおいまだ改易せざるなので、『象伝』は「革の言三たび就く、また何か之かん」といい、意はこの時なお真に手を動かして変革する能わずという。

○「革而」至「命吉」○此虞義也。彖傳「革而當,其悔乃亡」,謂四也。「有孚」謂五。四體巽,四動成坎,巽體壞,故五坎改巽。巽為命,故「改命吉」。

以下に「革而」より「命吉」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。彖伝は「革まりて当たれば、その悔乃ち亡ぶ」といい、指すところはまさに九四である。「孚あり」は則ち九五を指す。九四はもと巽体の中にあり、それ一変動すれば、五位は坎を成してもとの巽体は便ち破壊さるるので、注文は五位の坎をもって巽を改換せりという。巽は号令・命と為り、巽体既に改まるは、まさに旧命を改易するの象なので、因って「命を改むれば吉」という。

○「乾為」至「為虎」○乾二五稱大人,五為大人,二升坤五亦為大人,故「乾為大人謂五」也。坤為虎刑,故《蒙》坤為虎變。「變」謂毛希,革而易新。四動改命,其命維新,故五虎變也。五本坎也,四動坎為孚,故「未占有孚」。此兼虞義。陸績以兌西方為白虎,五體兌,故虎變,與虞異也。

以下に「乾為」より「為虎」までの一段を疏す。乾卦の二・五両爻は皆「大人」と称す。五位は固より大人なり、二爻が坤の五位に升るもまた大人と称すので、注文は乾は大人と為りしかもここは専ら九五を指すという。坤は刑殺を主り、虎の象あるので、旁通の『蒙』卦の坤は「虎変」を取る。いわゆる「変」とは、獣毛の稀疏にして脱換し、旧毛去りて新毛生ずるをいう。九四は変動して命を改むるは、まさに『詩経』のいわゆる「その命惟新なり」のごとく、ゆえに九五に虎変の象あり。九五はもと坎体に処り、九四が一たび動けば、坎は誠信を主るので、占問を待たずして已に孚信あり。この一条は虞翻の説を兼ね取る。陸績は則ち兑は西方に属し四象において白虎と為し、九五は兑体に在るをもって、因って虎変と称し、虞翻と取象を同じくせず。

○「陰得」至「稱豹」○《乾鑿度》曰:「一聖,二庸,三君子,四庸,五聖,六庸,七小人,八君子,九小人,十君子,十一小人,十二君子。」鄭彼注云:「陽得正為聖人,失正為庸人;陰失正為小人,得正為君子。」若然,一聖,復也,得正,故曰聖人,《乾鑿度》云「正陽在下為聖人」是也。二庸,臨也,失正,故曰庸人。三君子,泰也,當云聖人而稱君子者,三正而不中,故稱君子,泰「君子道長」謂三也。四庸,大壯也,失正故曰庸人。五聖,夬也,得正故曰聖人。六庸,乾也,失正故曰庸人也。

以下に「陰得」より「称豹」までの一段を疏す。『乾鑿度』に言う:「第一位は聖、第二位は庸、第三位は君子、第四位は庸、第五位は聖、第六位は庸、第七位は小人、第八位は君子、第九位は小人、第十位は君子、第十一位は小人、第十二位は君子。」鄭玄があの段に注して言う:「陽爻は正を得ればすなわち聖人、正を失えばすなわち庸人。陰爻は正を失えばすなわち小人、正を得ればすなわち君子。」この体例に照らして十二消息卦を推すに:第一位の「聖」は『復』、初九は正を得るので聖人と称し、『乾鑿度』のいわゆる「正陽下に在りて聖人と為る」はすなわちこれを指す。第二位の「庸」は『臨』、九二は正を失うので庸人と称す。第三位の「君子」は『泰』、理により聖人と称すべきにただ君子と称するは、九三は正を得ると雖も中位に居らざるが故に、『泰』彖のいわゆる「君子の道長ず」はまさに九三を指す。第四位の「庸」は『大壮』、九四は正を失うので庸人と称す。第五位の「聖」は『夬』、九五は正を得るので聖人と称す。第六位の「庸」は『乾』、上九は正を失うので庸人と称す。

七小人,遘也,失正曰小人。八君子,也,得正故曰君子。九小人,否也,失正故曰小人,否「小人道長」謂三也。十君子,觀也,得正故曰君子。十一小人,剝也,失正故曰小人。十二君子,坤也,得正故曰君子。革上六陰得正,故為君子。《蒙》艮為豹,從乾而更,故「君子豹變」,此虞義也。艮為黔喙之屬,故為豹。《蒙》體艮,革互乾,故從乾而更,豹變之象。陸績以虎豹皆為兌,陽大稱虎,陰小稱豹,雲豹,虎類而小者也。五陽爻,故為虎;上陰爻,故為豹。君子小於大人,故五稱虎,上稱豹也。

第七位の「小人」は『姤』、初六は正を失うので小人と称す。第八位の「君子」は、底本ここに卦名を脱す。十二消息の序によりまさに『遯』なるべし、六二は正を得るので君子と称す。第九位の「小人」は『否』、六三は正を失うので小人と称し、『否』彖のいわゆる「小人の道長ず」はまさに六三を指す。第十位の「君子」は『観』、六四は正を得るので君子と称す。第十一位の「小人」は『剥』、六五は正を失うので小人と称す。第十二位の「君子」は『坤』、上六は正を得るので君子と称す。『革』卦の上六は陰をもって陰に居りて正を得るので君子なり。旁通の『蒙』卦に艮あり、艮は豹にして、乾体に随いて更易するので、因って「君子豹変す」という。これは虞翻の講法である。艮は黒嘴の類の猛獣に属するので豹の象を取る。『蒙』に艮体あり、『革』の中に乾体を互出すので、乾に随いて更換すといい、まさに豹変の象を成す。陸績は則ち虎豹を皆兑に帰す。陽爻は大にして虎と称し、陰爻は小にして豹と称す。彼は豹は虎の同類にして形体小なりと講じ、九五は陽爻なので虎と称し、上六は陰爻なので豹と称す。君子の分量は大人より小なり、ゆえに九五は虎と称し上六は豹と称す。

○「面謂」至「居也」○面為上,易例也。卦自來,初失正,故為小人。初之上得正,陰順於陽,故順以從五。上變,故「革面」也。上應在三,三爻辭「征凶」,謂四未變也。六以陰居上,故「居貞吉」。若然,三得正而「貞厲」者,近於四而不相得也;上得正而吉者,四已之正,革道至上而成,故稱吉也。

以下に「面謂」より「居也」までの一段を疏す。「面」をもって上位を指すは、これ『易』の通例である。「卦は□より来たる」の句、底本も同じく卦名を脱す。初九は正を失うので小人と称す。それが上行して上位に至れば正を得、陰柔は陽剛に順従し、因って順服して九五に帰従すという。上爻が一変すれば、すなわち「革面」である。上六の応ずるは九三にあり、しかも九三爻辞の「征せば凶」というは、九四いまだ変正せざるが故である。上六は陰柔をもって上位に居るので「居りて貞なれば吉」。これに照らして見れば、九三も同じく正を得るも「貞厲」というは、それが九四に逼近して彼此相得ざるが故である。上六は正を得て吉と称するは、九四已に変じて正に帰し、変革の道は上爻に至って始めて完成を告ぐるが故に、吉と称す。

鼎(てい)卦

離宮二世卦,消息內卦五月,外卦六月。缺。

『鼎』卦の定位(句の前、底本にもと私用区の符号一つあり、まさに『鼎』の卦画なるべし):京房八宮卦例により離宮の第二世卦に属す。卦気の月に配するにより、内卦は夏歴五月に当たり、外卦は六月に当たる。その下、底本はただ「缺」の一字を標すのみ。これにより恵棟の『鼎』卦の一節の注疏原稿は已に散佚し、本書はここに目を存して文を闕くと見える。

周易述巻八 元和恵棟撰

彖上伝

彖上伝・乾

「大哉乾元,萬物資始,乃統天。」注:陽稱大。「資」,取;「統」,始也。大衍之數五十,其用四十有九,其一元也,故六十四卦萬一千五百二十筴,皆取始於乾元。乾為天,天地之始,故「乃統天」。一說,統,本也,筴受始於乾,猶萬物之生本乎天。「雲行雨施,品物流形。」注:乾二五之坤成坎,上坎為雲,下坎為雨,故「雲行雨施」。乾以雲雨流坤之形,萬物化成,故「品物流形」。

『彖上伝』の『乾』を釈するに:「大いなるかな乾元、万物これに資りて始まり、乃ち天を統ぶ。」恵棟の自注:陽は大なので「大」と称す。「資」は取と訓じ、「統」は始と訓ず。大衍の数は総じて五十、実際に動用するはただ四十九、剩下して用いざるその一本すなわち「元」である。ゆえに六十四卦合計一万一千五百二十の策は、皆乾元より発端す。乾の取象は天で、天は天地万物の開端なので「乃ち天を統ぶ」という。別の一説は「統」を本と訓ず。蓍策の起始は乾に受く、まさに万物の生成は天に本づくがごとし。伝文また「雲行き雨施し、品物流形す」といい、自注:乾の二・五両爻は往きて坤位に居りて坎を成し、上の坎は雲と為り、下の坎は雨と為るので「雲行き雨施す」という。乾は雲雨をもって滋潤し、坤の形体をして流動化生せしめ、万物はこれにより形を成すので「品物流形す」という。

「大明終始。」注:乾為大明。坤二五之乾成離,離為日,坎為月,「日月之道,陰陽之經,所以終始萬物」,故曰「大明終始」。「六位時成。」注:九六之變登降於六體,乾息坤消,以時而成。「時乘六龍以御天。」注:乾六爻稱六龍。「時乘」者,六龍乘時也。「御」,進也,言六龍皆當進居天位,升降以時,不失其正。

伝文「大明終始」、自注:乾はすなわち大明である。坤の二・五両爻は往きて乾位に居りて離を成し、離は日、坎は月である。いわゆる「日月運行の道はすなわち陰陽の経緯にして、万物の終始はそれに主宰せらる」なので「大明終始」という。伝文「六位時成」、自注:九と六の変化は六爻の体の中に升降往来し、乾気は生長し坤気は消退し、皆時序に依りて成就す。伝文「時に六龍に乗りて以て天を御す」、自注:乾の六爻は六龍と称す。「時乗」は六龍が時に乗りて行くをいう。「御」は進と訓じ、六龍は皆理応上進して天位に居り、升降各々その時に依りて、その正を失わざるをいう。

「乾道變化,各正性命,保合大和,乃利貞。」注:乾為性,巽為命。乾變坤化成既濟定,剛柔位當,故「各正性命」;陰陽合德,故「保合大和」,是利貞之義矣,故曰「乃利貞」。「首出庶物,萬國咸寧。」注:乾為首,震為出,坤為萬國。帝出乎震,萬物亦出乎震,故「首出庶物」。震,元也,謂乾元用九而天下治,故「萬國咸寧」。

伝文「乾道変化して、各々その性命を正しくし、大和を保合し、乃ち利貞」、自注:乾は性と為り、巽は命と為る。乾は変を主り坤は化を主り、変化既に成りて卦は定まりて既済と為り、剛爻柔爻は各々その位を得るので「各々その性命を正しくす」という。陰陽両気は交合して徳性相配するので「大和を保合す」という——これまさに「利貞」の含義なので、因って「乃ち利貞」という。伝文「庶物に首出でて、万国咸く寧んなり」、自注:乾は首、震は出、坤は万国と為る。『説卦』は「帝は震より出づ」という。万物も同じく震より出づるので「庶物に首出でず」という。震はすなわち元で、乾元が用九の道を発揮して天下大いに治まるをいうので「万国咸く寧んなり」。

疏:「陽稱」至「乎天」○陽大陰小,故《泰》《否》二卦稱大小往來。「資,取」,鄭義也。《小爾雅》曰:「資,取也。」《孝經》曰:「資於事父以事君。」《孟子》曰:「居之安則資之深。」資皆訓為取。隱元年《公羊傳》曰:「何言乎王正月?大一統也。」何休注云:「統者,始也。」元亦始也,王者所以通三統,故云「統,始」也。

恵棟の自疏、まず自注中の「陽称」より「乎天」までの一段を疏す。陽は大にして陰は小なので、『泰』『否』両卦に「小往き大来たる」「大往き小来たる」の説法あり。「資」を「取」と訓ずるは鄭玄の解釈である。『小雅爾』は「資はすなわち取」といい、『孝経』は「父に事うるに資りて以て君に事う」といい、『孟子』は「これに居りて安んずれば則ちこれに資ること深し」という。これらの「資」の字は皆取と訓ず。隠公元年『公羊伝』に言う:「何を以てか王正月と言うや、大一統を尊崇せんがためなり。」何休の注に言う:「統はすなわち始なり。」「元」もまた始と訓じ、帝王はまさにこれを以て三統を貫通す、ゆえに注文は「統は始と訓ず」という。

大衍之數五十,謂日十、辰十二、星二十八,三辰之數凡五十也。三辰合於三統,三統會於一元,故《三統暦》曰:「太極元氣,函三為一。」一即天地人之始,所謂元也。《乾鑿度》曰:「易始於一。」謂太極也;「分於二」,謂兩儀也;「通於三」,謂三才也。故三才之道兼之為六畫,衍之為大衍,合之為太極。太極函三為一,故一不用,其用四十有九也。

大衍の数を五十と為すは、十天干・十二地支・二十八宿・日月星の三辰の数を合計してちょうど五十を指す。三辰は上に三統に応じ、三統はまた一元に彙帰するので、劉歆『三統暦』に言う:「太極元気は、天・地・人の三者を包含して一と為す。」この「一」はすなわち天地人の開端にして、すなわちいわゆる「元」である。『乾鑿度』は「易は一に始まる」といい、太極を指す。「二に分かつ」といい、両儀を指す。「三に通ず」といい、三才を指す。ゆえに三才の道は両々相重ねて六画と成り、推衍して開けばすなわち大衍の数、収攏すればすなわち太極である。太極は三を含みて一と為し、この「一」は存して用いず、ゆえに実際に動用するは四十九根の蓍策である。

「六十四卦萬一千五百二十筴,皆取始於乾元」,荀義也。二篇六十四卦,萬一千五百二十筴,當萬物之數,彖傳所稱萬物即二篇之筴也。《說文》曰:「道立於一,化生萬物。」故萬一千五百二十筴皆取始於乾元。《呂氏春秋》曰:「凡彼萬形,得一後成。」董子以元為萬物之本,又以天地人為萬物之本,亦此義也。何休注《公羊》曰:「元者,天地之始。」故乾坤皆言元。《春秋》正月、二月、三月三代稱元,是統天之義。

「六十四卦は共に一万一千五百二十策にして、皆乾元より発端す」、これは荀爽の説である。上下両篇の六十四卦、策数は共に一万一千五百二十にして、まさに万物の数に合するので、彖伝の講ずる「万物」は、実はすなわち両篇の蓍策である。『説文解字』に言う:「道は一に立ち、化生して万物と為る。」ゆえにこの一万一千五百二十策は皆乾元を以て起点と為す。『呂氏春秋』に言う:「凡そかの形形色色の物は、皆この『一』を得て然るのちにして形を成す。」董仲舒は元を以て万物の本と為し、また天・地・人を以て万物の本と為し、講ずるところもまたこの層の意である。何休が『公羊伝』に注して言う:「元はすなわち天地の開始なり。」ゆえに『乾』『坤』両卦は皆「元」を講ず。『春秋』は正月・二月・三月に分かちて三代の改元の事を記すは、まさに「天を統ぶ」の含義である。

「一說」已下,鄭、荀義也。《荀子·君道篇》曰:「四統者俱而天下歸之,四統者亡而天下去之。」又《議兵篇》曰:「未有本統。」統皆訓為本。《郊特牲》曰:「萬物本乎天。」故筴受始於乾,猶萬物之生本乎天也。

注文中の「一説」以下は、鄭玄・荀爽の講法を採る。『荀子・君道篇』に言う:「四統斉備すれば、天下は彼に帰向し、四統喪失すれば、天下は彼を離棄す。」『議兵篇』にまた言う:「根本の統緒なし。」ここの「統」の字は皆「本」と訓ず。『礼記・郊特牲』に言う:「万物は天を以て本と為す。」ゆえに蓍策の起始は乾に受くるは、まさに万物の生成が天を以て本と為すがごとし。

○「乾二」至「流形」○此虞義也。乾二五之坤成兩坎,坎在上為雲,「雲雷,屯」是也;在下為雨,「雷雨,解」是也。《說文》曰:「品,眾庶也。」坤為形,乾流坤形,萬物成形,皆出於坤,故「品物流形」也。

以下に「乾二」より「流形」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。乾の二・五両爻は往きて坤位に居れば、便ち二つの坎象を成す。坎は上に在ればすなわち雲で、『屯』卦大象の「雲雷、屯」がそれである。坎は下に在ればすなわち雨で、『解』卦大象の「雷雨、解」がそれである。『説文解字』に言う:「品とは、すなわち众多なり。」坤は形体と為り、乾は雲雨をもって坤の形体をして流動せしめ、万物は因って形を成し、しかも成形は皆坤より出づるので「品物流形す」という。

○「乾為」至「終始」○「乾為大明」,虞義也。離麗乾,離為明,陽稱大,故為大明。上云「乾二五之坤成坎」,此云「坤二五之乾成離」,則有日月象。「離為日」已下,《乾鑿度》文,彼謂上經始《乾》《坤》,終《坎》《離》,乾始坎而終於離,坤始離而終於坎,故曰「日月之道,陰陽之經,所以終始萬物」。日月謂坎離,坎離為經,故曰「陰陽之經」也。

以下に「乾為」より「終始」までの一段を疏す。「乾は大明と為る」は虞翻の説である。離は乾に附麗し、離は光明を主り、陽はまた大と称すので、合して大明と称す。上文は「乾の二・五は往きて坤に居りて坎を成す」といい、ここは「坤の二・五は往きて乾に居りて離を成す」といい、是に於て日月の象俱に備わる。「離は日と為る」以下の諸語は『乾鑿度』に出づ。あそこは上経は『乾』『坤』を以て開端と為し、『坎』『離』を以て収束と為し、乾は坎より起りて離に終り、坤は離より起りて坎に終ると講ずるので、「日月運行の道はすなわち陰陽の経緯にして、万物の終始はそれに主宰せらる」という。いわゆる日月はすなわち坎離を指し、坎離は天地の経緯なので、因って「陰陽の経」という。

○「九六」至「而成」○「九六之變登降於六體」,《三統暦》文。六位,六爻之位,又謂之六體。九六,爻也。乾坤十二爻登降於六體,乾息於子,成於巳;坤消於午,成於亥,故云「以時而成」也。

以下に「九六」より「而成」までの一段を疏す。「九六の変は六体に升降す」の句は『三統暦』に出づ。いわゆる六位とは、すなわち六爻の位次にして、また六体とも呼ぶ。九と六は則ち陽爻・陰爻の代称である。乾坤十二爻はこの六位の中に上下升降す。乾気は子月より生長し、巳月に至りて極盛。坤気は午月より消退し、亥月に至りて極盛。ゆえに注文は「時序に依りて成就す」という。

○「乾六」至「其正」○經曰「見群龍」,鄭氏注云:「六爻皆體乾,群龍之象。」故知六龍為乾六爻。《尚書大傳》「龍屬王極」,王,君也,乾亦君也。《說卦》曰「乾以君之」,又曰「乾為君」,故《九家》曰:「乾者,君卦也,六爻皆當為君。」是乾六爻有君象,皆當進居天位,故曰「時乘六龍以御天」。六龍是君,非君所乘,故以「時乘」為六龍乘時,合於「見群龍」之義也。

以下に「乾六」より「其正」までの一段を疏す。『乾』用九爻辞は「群龍を見る」といい、鄭玄の注に言う:「六爻皆乾体にして、まさに群龍の象なり。」これにより六龍はすなわち乾の六爻と知るべし。『尚書大伝』は「龍は王極に属す」といい、王はすなわち君、乾もまた君を代表す。『説卦』は「乾はこれを君とす」といい、また「乾は君と為る」というので、『九家易』に言う:「乾は君卦にして、六爻は皆君たるべし。」これにより乾の六爻は皆君象ありて、皆上進して天位に居るべしと見えるので「時に六龍に乗りて以て天を御す」という。六龍自身すなわち君にして、君の騎乘する対象に非ず、ゆえに「時乗」を六龍の時に乗りて行くと講ずれば、始めて「群龍を見る」の意に合す。

許慎《五經異義》曰:「《易》孟、京說,天子駕六,《易》『時乘六龍以馭天』。謹案《王度記》云,天子駕六,與《易》同。」鄭氏駁云:「元之聞也,《易經》『時乘六龍』者,謂陰陽六爻上下耳,豈故為禮制。《王度記》云今天子駕六者,自是漢制,與古異。」漢世天子駕六非常法,是鄭以「時乘六龍」為六爻乘時上下,非乘六龍也。

許慎『五経異義』に言う:「『易』学の中、孟喜・京房の一派は天子の車駕は六馬を用うと為す。『易』に『時に六龍に乗りて以て天を御す』の文ありて証と為す。謹んで按ずるに『王度記』は天子六を駕すといい、『易』説と相合す。」鄭玄は駁斥して言う:「玄の聞くところ、『易経』のいわゆる『時に六龍に乗る』は、陰陽六爻の上下升降を講ずるに過ぎず。豈に特意をもって礼制のために説を立てんや。『王度記』の講ずる当今の天子六を駕すは、あれは漢代の制度にして、古制と同じからず。」漢代の天子六を駕すは古来の常法に非ざるなので、鄭玄は「時に六龍に乗る」を六爻の時に乗りて上下すと解し、六条の龍に騎乘するに非ずと見える。

班固《幽通賦》曰:「登孔、顥而上下兮,緯群龍之所經。」孔為匹夫,隱在乾初,故下;顥為天子,繫乾九五,故上:是群龍上下之事也。蔡邕《獨斷》曰:「御,進也。」升降謂乾升坤降也,乾升曰御天,坤降曰承天,升降以時,不失其正,所以釋乘時之義。

班固『幽通賦』に言う:「あるいは孔子に登り、あるいは唐堯に登りて上下往還せりや、群龍の運行する経緯を織出す。」孔子は匹夫にして、乾卦初爻の位に隠処するので下に属す。顓すなわち唐堯は天子にして、乾卦九五の位に繋がるので上に属す。これまさに群龍の上下升降の事である。蔡邕『独断』に言う:「御とは、すなわち進なり。」いわゆる升降とは、乾気の上昇・坤気の下降を指す。乾の上昇は「天を御す」と呼び、坤の下降は「天を承く」と呼ぶ。升降は各々その時に依りてその正を失わず、これすなわち注文が「時に乗る」を解釈するの用意である。

○「乾為」至「利貞」○性命於天,故乾為性。「重巽以申命」,故巽為命。巽者坤初,乾伏於下,命稟於生初,故巽為命也。「一陰一陽之謂道」,言乾道者兼坤也。虞註上繫云:「在天為變,在地為化。」故乾言變,坤言化。乾變坤化成既濟定,六爻皆正,故剛柔位當,是「各正性命」;六爻皆合,故陰陽合德,是「保合大和」。和即利也,乾不言利,故謂之大和,皆釋利貞之義,故曰「乃利貞」者也。

以下に「乾為」より「利貞」までの一段を疏す。人の性は天に禀受するので乾は性と為る。『巽』卦大象は「巽を重ねて以て命を申ぶ」というので巽は命と為る。巽はもと坤の初爻より変じ来たり、乾は潜伏して下に在り、天命は生命の初めに禀受するので、因って巽は「命」の象を取る。『繋辞』は「一陰一陽を之を道と謂う」というので、「乾道」を講ずる時、実は坤を兼ね含む。虞翻が『繋辞上』に注して言う:「天に在りては変と呼び、地に在りては化と呼ぶ。」ゆえに乾は変を講じ、坤は化を講ず。乾変坤化して卦は定まりて既済と為り、六爻は皆正位を得、剛柔各々その所に当たる、これすなわち「各々その性命を正しくす」。六爻は両々相配し、陰陽の徳性契合す、これすなわち「大和を保合す」。「和」もまたすなわち「利」で、『乾』彖ここに直に利と言わざるので、「大和」と称す。これらの幾句は皆「利貞」の含義を解釈するなので、因って「乃ち利貞」という。

○「乾為」至「咸寧」○虞注《比》象曰:「坤為萬國。」坤為地,地有九州島,故曰萬國。乾初九,震也,震為帝,故「帝出乎震」。初九乾元,萬物資始,故萬物亦出乎震。《晉語》曰:「震,雷,長也,故曰元。」是震為元。帝出乎震,即乾元也。乾元用九而天下治,是「萬國咸寧」之象也。

以下に「乾為」より「咸寧」までの一段を疏す。虞翻が『比』卦大象に注して言う:「坤は万国と為る。」坤は地を代表し、大地は九州に分かつ(底本「九州」の下に「島」の一字を衍す)ので万国と称す。乾の初九はすなわち震、震は帝と為るので『説卦』は「帝は震より出づ」という。初九はまさに乾元で、万物はこれにより発端するので、万物もまた震より出づ。『国語・晋語』に言う:「震は雷にして、長養の義あり、ゆえに元と称す。」これにより震はすなわち元、「帝は震より出づ」もすなわち乾元と見える。乾元は用九の道を発揮して天下大いに治まる、これまさに「万国咸寧」の気象である。

彖上伝・坤

「至哉坤元,萬物資生,乃順承天。」注:坤為地,「至」從一,一亦地也,故曰「至哉」。乾坤相併,俱生合於一元,故萬一千五百二十筴皆受始於乾,由坤而生也。天地既分,陽升陰降,坤為順,故「順承天」。「坤厚載物,德合無疆。」注:坤為大輿,故為載。「疆」,竟也。乾為德,坤為無疆,坤順承天,乾德合坤,故「德合無疆」。

『彖上伝』の『坤』を釈するに:「至れるかな坤元、万物これに資りて生じ、乃ち順にて天を承く。」恵棟の自注:坤は地を代表し、「至」の字は「一」に従い、あの「一」もまたすなわち地なので「至れるかな」という。乾と坤は并列して同時に生成し、一斉に同一の元に会合するので、一万一千五百二十策は皆乾に始めを受くると雖も、坤によりて始めて生じ出づるを得る。天地既に判分し、陽気上昇し陰気下降し、坤の徳性は順なので「順にて天を承く」という。伝文「坤は厚く物を載せ、徳合して疆なし」、自注:坤は大車なので「載」の義を取る。「疆」は境界と訓ず。乾は徳、坤は无疆と為り、坤は天に順承し、乾徳は便ち坤と相合するので「徳合して疆なし」という。

「含弘光大,品物咸亨。」注:「弘」,含容之大也。「光大」謂乾坤含光大,凝乾之元,終於坤亥,出乾初子,天地交,萬物通,故「品物咸亨」。「牝馬地類,行地無疆。」注:地用莫如馬,故曰「地類」。順而健,故曰「行地無疆」。「柔順利貞,君子攸行。」注:謂坤爻本在柔順陰位,利正之乾,則陽爻來據之,故曰「君子攸行」。

伝文「弘を含み光大にして、品物咸く亨る」、自注:「弘」は包容の広大である。「光大」は坤が乾の光大を含み、乾元の気を凝聚し、坤の納する亥位に至りて告終し、また乾の納する初爻子位より重ねて生出すをいう。天地交感し万物貫通するので「品物咸く亨る」という。伝文「牝馬は地の類、地を行くこと疆なし」、自注:陸行の用は馬より便捷なるなし、ゆえに馬は地類に属すという。牝馬は柔順にしてまた強健なので、それ「地を行くこと疆なし」という。伝文「柔順にして貞に利あり、君子の往くところ」、自注:坤の爻はもと柔順の陰位に処り、乾の陽位に上りて正に帰するに宜しく、かくすれば陽爻は便ち下りて坤位を占拠するをいうので「君子の往くところ」という。

「先迷失道,後順得常,西南得朋,乃與類行,東北喪朋,乃終有慶。」注:乾為道,坤為常。未西南陰類,故「乃與類行」。喪朋從陽,故「乃終有慶」,陽稱慶也。虞氏謂陽得其類,月朔至望從震至乾,與時偕行,故「乃與類行」;陽喪滅坤,坤終復生,謂月三日震象出庚,故「乃終有慶」。「安貞之吉,應地無疆。」注:坤道至靜,安於承天之正,陽出初震,震為應,故「應地無疆」。

伝文「先に迷いて道を失い、後に順にて常を得、西南に朋を得、乃ち類とともに行き、東北に朋を喪い、乃ち終に慶あり」、自注:乾は道、坤は常と為る。地支の未位は西南に在りて陰類に属すので「同類とともに行く」という。陰類の朋を喪失して陽に帰従するので「終に慶あり」といい、陽のみ慶と称するが故である。虞翻は則ち納甲の法に依りて説を立つ。陽がその同類を得るは、初三に庚方より出づる震象より一路生長して十五の月満つる乾象に至り、朔より望に至るまで時とともに偕行するので「乃ち類とともに行く」という。陽気喪尽して坤象滅没するを待つも、坤は終りてまた生ず——すなわち次の月の初三に震象また庚に出づ——ゆえに「乃ち終に慶あり」という。伝文「安貞の吉は、地に応じて疆なし」、自注:坤道は極めて安静にして、天を承くる正位に安処す。陽気は初爻の震象より生出し、震は感応を主るので「地に応じて疆なし」という。

疏:「坤為」至「承天」○地稱一者,亦謂天地皆始於一。《說文》曰:「至,從高下至地,從一。」一猶地也。故乾稱大,坤稱至。「乾坤相併俱生」,《乾鑿度》文。「易有太極」,極即一也;「是生兩儀」,兩儀天地也,故云「相併俱生」。何休《公羊》注云:「元者,氣也,天地之始也。」故云「合於一元」。

恵棟の自疏、まず自注の「坤為」より「承天」までの一段を疏す。地をもまた「一」と称する所以は、天と地は皆「一」に発端するをいう。『説文解字』に言う:「至の字は鳥の高き処より下落して地に至るを象り、字形は一に従う。」この「一」はまさに地を代表す。ゆえに『乾』彖は「大いなるかな」と称し、『坤』彖は「至れるかな」と称す。「乾坤相并びて俱に生ず」の一句は『乾鑿度』に出づ。『繋辞』は「易に太極あり」といい、「極」はすなわち「一」である。「是に両儀を生ず」といい、両儀はすなわち天地である。ゆえに乾坤は并列して同時に生成すると講ず。何休が『公羊伝』に注して言う:「元はすなわち気にして、天地の開端なり。」ゆえに注文は「同一の元に会合す」という。

《素問》曰:「天氣始於甲,地氣始於子。」甲子初九為乾之元,即坤之元也。《三統暦》曰:「陰陽合德,氣鍾於子,化生萬物。」故萬一千五百二十筴皆受始於乾,由坤而生也。「天地既分」而下,亦約《乾鑿度》而為言,彼文云:「太極分而為二,故生天地,輕清者上為天,濁重者下為地。」是天地既分之初,即具升降之理,坤之所以順承天也。

『黄帝内経・素問』に言う:「天気は甲より始まり、地気は子より始まる。」甲子相配する乾の初九は既に乾の元たれば、すなわちまた坤の元なり。『三統暦』に言う:「陰陽徳性契合し、気は子位に聚り、化生して万物と為る。」ゆえに一万一千五百二十策は皆乾に始めを受くると雖も、坤によりて生出せらるるなり。注文の「天地既に分かつ」以下もまた『乾鑿度』を概括して説を立つ。あそこに言う:「太極は一分かちて二と為し、是に於て天地を生ず。軽清なるは上昇して天と為り、重濁なるは下沉して地と為る。」これにより天地剛に判分の初めに、已に升降の理を具備すと見える、これまさに坤の能く天に順承する所以の縁故である。

○「坤為」至「無疆」○「坤為大輿」,《說卦》文。輿所以載物,坤主載,故取義於此。「疆,竟」,《小爾雅》文。昭元年《公羊傳》曰:「疆運田者何?與莒為竟也。」何休注亦云:「疆,竟也。」「坤為無疆」,虞義也。上云「乃順承天」,坤承乾而乾與之合德,故「德合無疆」也。

以下に「坤為」より「无疆」までの一段を疏す。「坤は大車と為る」は『説卦』に出づ。車は以て物を載するに用い、坤は承載を主るのでこれに取象す。「疆」を「竟」と訓ずるはすなわち辺界で、『小雅爾』に出づ。昭公元年『公羊伝』に言う:「いわゆる疆運田とは何を謂うや、莒国と辺界を划定するなり。」何休の注もまた「疆はすなわち竟」という。「坤は无疆と為る」は虞翻の説である。上文は「乃ち順にて天を承く」といい、坤は既に乾に承奉し、乾は便ちそれと徳性相合するので「徳合して疆なし」という。

○「弘含」至「咸亨」○此虞、荀義也。《釋詁》曰:「弘,大也。」弘有容義,又有廣義,故曰「含容之大」也。「凝乾之元,終於坤亥」,皆謂坤含乾也。出乾初子始交於坤,化生萬物,萬物棣通,故「品物咸亨」。

以下に「弘含」より「咸亨」までの一段を疏すに、虞翻・荀爽に本づく。『爾雅・釈詁』に言う:「弘はすなわち大なり。」「弘」の字は既に容納の義あり、また広博の義あるので、注文は「包容の広大」という。いわゆる「乾元の気を凝聚し、坤の納する亥位に至りて終る」は、皆坤の乾を含むを講ず。乾の納する初爻子位より生出して始めて坤と交感し、化生して万物と為り、万物は暢達せざるなきので「品物咸く亨る」という。

○「地用」至「無疆」○「地用莫如馬」,《漢書·食貨志》文。馬行於地者,故曰「地類」。坤為牝,乾為馬,牝馬順而健,乾坤合德之象,故「行地無疆」。○「謂坤」至「攸行」○此《九家》義也。虞注下繫云:「乾六爻二四上非正,坤六爻初三五非正。」故言坤爻本當在柔順陰位,利居乾之二四上則得正,故曰「利正之乾」。乾來居坤初三五之位,則六爻皆正矣。君子謂陽爻,乾來據坤,故「君子有攸往」也。

以下に「地用」より「无疆」までの一段を疏す。「地上の用は馬より便捷なるなし」は『漢書・食貨志』に出づ。馬は地上を行走するものなので、地類に属すという。坤は雌牝、乾は馬と為り、牝馬は既に柔順にしてまた強健、まさに乾坤徳性相合の象なので「地を行くこと疆なし」という。以下に「謂坤」より「攸行」までの一段を疏すに、『九家易』に本づく。虞翻が『繋辞下』に注して言う:「乾六爻の中、二・四・上の三爻は正を得ず。坤六爻の中、初・三・五の三爻は正を得ず。」ゆえに坤爻はもと柔順の陰位に処るべく、乾の二・四・上の三位に上りて行きて始めて正を得るに宜しく、これすなわち「利正の乾」である。乾爻は下りて坤の初・三・五の位を占住すれば、六爻は便ち皆正を得る。君子は陽爻を指し、乾爻前来りて坤位を拠有するので「君子往くところあり」という。

○「乾為」至「有慶」○「乾為道」,虞義也;「坤為常」,荀義也。坤消乾毀,故「先迷失道」;後順於主,合於常道,故「後順得常」。未本坤之正位,故曰「陰類」。《郊特牲》曰:「天地合而後萬物興焉。」沖丑承乾以合於子,則十二爻皆和會,歷家以之合辰,樂家以之合聲,中和之道行,化育之功茂,故「乃終有慶」。「陽稱慶」亦虞義,喪朋從陽,故稱慶也。

以下に「乾為」より「有慶」までの一段を疏す。「乾は道と為る」は虞翻の説、「坤は常と為る」は荀爽の説である。坤気は増長すれば則ち乾体は消毀するので「先に迷いて道を失う」という。此の後、君主に帰順して常道に合するので「後に順にて常を得」という。地支の未位はもと坤の正位なので「陰類」と称す。『礼記・郊特牲』に言う:「天地交合して後に万物興起す。」未の对冲は丑で、丑は上に乾に承きて子と相合し、是に於て十二爻彼此和会す。暦法家はこれに拠りて辰次を合定し、楽律家はこれに拠りて声音を諧和し、中和の道は推行を得、化育の功は茂盛を得るので「乃ち終に慶あり」という。「陽のみ慶と称す」もまた虞翻の説である——陰朋を喪失して陽に帰従するので慶と称す。

「虞氏」以下據納甲為言。「陽得其類」謂一陽以至三陽成也。月朔至望,乾體已就,「終日乾乾,與時偕行」,故「乃與類行」。「陽喪滅坤」,謂乙癸也。「坤終復生」,五六三十,終竟復始,三日而震象出庚,乾之餘慶,故「乃終有慶」也。○「坤道」至「無疆」○坤靜故安,又坤道以承天為正,故「安於承天之正」。陽出初震,震同聲相應,故為應。坤為地,初爻交坤,故「應地無疆」也。

注文中の「虞氏」以下は納甲の法に依りて説を立つ。「陽はその類を得」は、一陽より生長して三陽に至りて乾体告成するを指す。月朔より月望に至るまで、乾体已に完具し、まさに『乾』九三の「終日乾乾」と『文言』の「時とともに偕行す」の意に合するので「乃ち類とともに行く」という。「陽喪滅坤」は、坤の納する乙・癸両干を指す。「坤は終りてまた生ず」は、五六相乗じて三十と為し、一月三十日走り尽くせば便ち重ねて開始し、初三に至りてまた震象庚方に出づをいい、あれは乾の遺留する余慶なので「乃ち終に慶あり」という。以下に「坤道」より「无疆」までの一段を疏す:坤は静を主るので「安」という。坤道はまた天に承奉するを以て正と為すので「天を承くる正位に安処す」という。陽気は初爻の震象より生出し、震は同声相応の義あるので「応」の象を取る。坤は地と為り、初爻は坤と相交るので「地に応じて疆なし」という。

彖上伝・屯

「屯,剛柔始交而難生,動乎險中,大亨貞,雷雨之動滿形。」注:乾剛坤柔,乾二五之坤,是剛柔始交也。成坎險,故難生。九二降初,動乎險中。三之正,故「大亨貞」。屯者,盈也,故稱滿。坤為形,雷動雨施,品物流形,故「滿形」,俗訛為「盈」。「天造草昧,宜建侯而不寧。」注:「造」,造生也;「草」,草創物也。乾始交坤,坤冥為昧,故「天造草昧」。震位承乾,建侯扶屯。三反正成既濟定,故曰「不寧」,言寧也。

『彖上伝』の『屯』を釈するに:「屯とは、剛柔始めて交わりて難生ず、険中に動く、大亨貞、雷雨の動きて形に満つ。」恵棟の自注:乾は剛、坤は柔と為り、乾の二・五両爻は往きて坤位に居るは、まさに剛柔始めて交合す。交わりて坎を成し、坎は険陥なので、艱難は之に随いて生ず。九二は下降して初位に至るは、険中に動くに在り。九三は変じて正を得るので「大亨貞」という。「屯」は盈満の義あるので「満」と称す。坤は形体と為り、雷動きて雨施し、万物流布して形を成すので「形に満つ」といい、世俗の伝本は訛りて「盈」と作る。伝文「天造草昧、侯を建てて寧からざるに宜し」、自注:「造」は創生で、「草」は万物を草創するである。乾は始めて坤と交合し、坤は幽暗にして昧と為るので「天造草昧」という。震は長子の位に居りて乾に承奉し、まさに諸侯を建立して以て屯難を扶助するに宜し。九三は返帰して正位に就きて既済の定局を成すので「寧ならず」という——この「寧ならず」が講ずるはまさに安寧である。

疏:「乾剛」至「為盈」○「乾剛坤柔」,《雜卦》文。乾二五之坤,是乾始交坤,故云「剛柔始交」也。成兩坎,天險地險,故云「坎險」。坎者,陷也,陽陷陰中,故云「難生」。《春秋說題辭》曰:「易者氣之節,上經象天,下經計歷,文言立符象,岀期節,彖言變化,繫設類跡。」彖言變化,故彖傳皆言之卦,下放此。卦自坎,九二降初,坎險震動,故「動乎險中」,中謂二也。三變之正成既濟,故「大亨貞」。「屯者,盈也」,《序卦》文。盈天地之間者唯萬物,故云盈也。「坤為形」已下,虞義也。俗訛為盈,盈滿同義,滿下不合迭盈字,今從虞氏本改為形也。

恵棟の自疏、まず自注の「乾剛」より「為盈」までの一段を疏す。「乾剛坤柔」は『雑卦伝』に出づ。乾の二・五は往きて坤位に居るは、まさに乾の始めて坤と交合すなので「剛柔始めて交わる」という。交わるのち二つの坎象を成し、天険・地険の義あるので「坎険」という。坎の意は陥で、陽爻は陰爻の当中に陥るので「難生ず」という。『春秋説題辞』に言う:「『易』は気の節度なり。上経は天に取象し、下経は暦数を推算す。『文言』は符験の象を確立し、期節を標出す。彖辞は変化を講じ、『繋辞』は類別の蹤跡を設立す。」彖辞は既に変化を講ずれば、ゆえに彖伝は皆卦変を講ずるを要し、以下の各卦これに仿う。本卦は坎より変じ来たり、九二は初位に下降し、坎険にして震動するので「険中に動く」といい、「中」は二位を指す。九三は変じて正を得れば既済を成すので「大亨貞」。「屯はすなわち盈」は『序卦伝』に出づ。天地の間に充盈するは万物のみあるので、盈と訓ず。「坤は形と為る」以下は虞翻の説である。世俗の伝本は訛りて「盈」と作る——盈と満は同義にして、「満」の字の下に更に「盈」の一字を重出すべからず、ゆえに今虞翻の本に依りて「形」と改作す。

○「造造」至「寧也」○此荀、虞義也。屯者物之始生,故云「造」。「造」,生也,陽造陰化,王砅《玄珠密語》曰「陽為造生,陰為化源」是也。《序卦》曰:「屯,物之始生。」乾始交坤,故云「草創物」。坤納乙癸,月三十日晦,《釋言》曰:「晦,冥也。」晦冥同義,故云「坤冥為昧」,昧亦冥也。震長子繼世,故承乾得正得民,是建侯扶屯之事。三已正,六爻得位,萬國咸寧,故曰「不寧」。不寧為寧,猶言不顯為顯,此古訓也。

以下に「造造」より「寧也」までの一段を疏すに、荀爽・虞翻に本づく。屯は万物の始めて生長する階段なので「造」という。「造」は生と訓ず。陽は創造を主り陰は化育を主り、王氷『玄珠密語』のいわゆる「陽は造生の力、陰は化育の源」すなわちこれである。『序卦伝』に言う:「屯とは、万物の初生なり。」乾は始めて坤と交合するので「万物を草創す」という。坤は乙・癸両干を納し、毎月三十日を晦と為し、『爾雅・釈言』は「晦はすなわち冥」といい、晦と冥は同義なので「坤は幽暗にして昧と為る」といい、昧もまたすなわち冥である。震は長子にして家業を承継し、因って能く乾に承奉して正を得民を得、これまさに諸侯を建立して以て屯難を扶助するの事である。九三は既に正に帰し、六爻各々その位を得、万国は安寧するので「寧ならず」という——「寧ならず」はまさに「寧」で、譬うれば『詩経』の「顕ならず」というが実は「顕」なるがごとき、これ古人の訓詁の通例である。

彖上伝・蒙

「蒙,山下有險,險而止,蒙。蒙亨,以亨行時中也。」注:險坎止艮。卦自艮來,三之二為剛中,變之正為柔中,故「以亨行時中」。《中庸》曰:「君子而時中。」「匪我求童蒙,童蒙求我,志應也。」注:五變上動體坎,坎為志,故曰「志應」,謂五應二。「初筮告,以剛中也。再三瀆,瀆則不告,瀆蒙也。」注:二以剛居中,故告;變之正除師禮,故不告。「蒙以養正,聖功也。」注:體頤故養。二志應五,五之正,反蒙為聖,故曰「聖功」,五多功也。

『彖上伝』の『蒙』を釈するに:「蒙とは、山下に険あり、険にして止まる、蒙なり。蒙は亨る、亨をもって時中に行く。」恵棟の自注:「険」は坎を指し、「止」は艮を指す。本卦は艮より変じ来たり、三爻が下りて二位に至ればすなわち剛が中位に居る。若し変じて正を得れば、則ち柔が中位に居る。ゆえに「亨をもって時中に行く」という。『中庸』に言う:「君子にして時中す。」伝文「我童蒙を求めるに匪ず、童蒙我を求む、志応なり」、自注:五爻が変じ上爻が動けば坎体を成し、坎は心志なので「志応」といい、九五が九二を感応するを指す。伝文「初めて筮すれば告げ、剛中をもってす。再び三たびすれば瀆し、瀆せば則ち告げず、蒙を瀆すなり」、自注:九二は剛をもって中位に居るので肯んじて告ぐ。若し変じて正を得れば陰と同類と為り、師生の礼を解除すべきなので告げず。伝文「蒙をもって正を養うは、聖の功なり」、自注:二より上まで頤の卦象あり、頤は養を主るので養という。九二の心志は上に九五に応じ、九五は変じて正を得、蒙昧は翻転して聖明と為るので「聖功」という。『繋辞』に「五は功多し」の文あり。

疏:「險坎」至「時中」○《說卦》曰:「坎,險也;艮,止也。」注云「險坎止艮」,先言險而後言止者,易氣從下生也,彖傳例皆然,下放此。「時」者,變動不居之義。二有師道,剛中謂九居二也;又有婦道,變之正,故曰柔中也。二剛則五柔,二柔則五剛,二五應剛柔接,故「以亨行時中」也。引《中庸》者,言執中有權也。

恵棟の自疏、まず「険坎」より「時中」までの一段を疏す。『説卦』に言う:「坎は険、艮は止。」注文は「険は坎を指し、止は艮を指す」と作り、先に険を言いしかるのちに止を言うは、『易』の気機が下より上に生発するが故に、彖伝の体例は皆此のごとし、以下の各卦これに仿う。「時」は変動して居らざるの意である。九二は人の師と為るの道あり、いわゆる剛中は陽爻をもって二位に居るをいう。それは同時にまた人の婦と為るの道あり、変じて正を得れば便ち柔中である。二爻剛なれば五爻柔、二爻柔なれば五爻剛、二と五は相応じて剛柔相接するので「亨をもって時中に行く」という。『中庸』の一句を引くは、中道を執守するに能く権に通じ変に達するを要するをいう。

○「五變」至「應二」○「坎為志」,虞義也。二體坎,五變上動亦體坎,坎為志,故云「志應」。嫌二求五,故云「五應二」。○「二以」至「不告」○二剛中有師道,故告。變之正與陰同類,當除師學之禮,故不告也。《尚書大傳》曰:「散宜生、閎夭、南宮适三子者,相與學訟於太公。太公見三子,知三子之為賢人,遂酌酒切脯,除師學之禮,約為朋友。」是除師禮之事也。

以下に「五変」より「応二」までの一段を疏す。「坎は志と為る」は虞翻の説である。九二はもと坎体に処り、五爻変じ上爻動かしたのちもまた坎体を成し、坎は心志を主るので「志応」という。誤会して九二が往きて九五を求むと為るを免れんがため、ことさらに「九五が九二を感応す」という。以下に「二以」より「不告」までの一段を疏す:九二は剛にして中に居り、師と為るの道を具有するので肯んじて告ぐ。一旦変じて正を得れば、便ち陰爻と同類と為り、師生の礼を解除すべきなので、更に告げず。『尚書大伝』は記す:「散宜生・閎夭・南宫适の三人は、同じく太公に向かい訟獄の学を請教す。太公は三人を見、彼ら皆賢者なるを知り、是に於て酒を斟り肉を切り、師生の礼を解除し、彼らと朋友と結ぶ。」これすなわちいわゆる師礼を解除するの事である。

○「體頤」至「功也」○此釋利貞也。二至上有頤象,頤者,養也。《序卦》曰:「頤,養正也。」虞彼注云:「謂養三五,五之正為功,三出坎為聖,故由頤養正。」虞謂與蒙「養正聖功」同義也。《洪範》休徵曰「聖,時風若」,咎徵曰「蒙,恆風若」,是蒙與聖反也。《乾鑿度》九五為聖人,陰反為陽,猶蒙反為聖,故曰「聖功」。《呂氏春秋》曰:「學者師達而有材,吾未知其不為聖人。」是也。「五多功」,下繫文。不言二之正者,二養正也。

以下に「体頤」より「功也」までの一段を疏す、これは卦辞中の「利貞」を解釈する。二爻より上爻まで頤の卦象あり、頤の意は養である。『序卦伝』に言う:「頤はその正を養うなり。」虞翻があの句に注して言う:「これは三爻と五爻を養うをいう。五爻が正に帰すればすなわち功、三爻が坎体より出づれば便ち聖を成す、ゆえに頤によりて正を養うという。」虞翻はこれを『蒙』彖の「蒙をもって正を養うは、聖の功なり」と取義相同じきと為す。『尚書・洪範』は祥瑞の徴を講じて「聖明なれば、則ち風雨調順す」といい、災異の徴を講じて「蒙昧なれば、則ち久風止まず」という。蒙と聖は正反対と見える。『乾鑿度』は九五を以て聖人と為し、陰は翻転して陽と為り、まさに蒙昧の翻転して聖明と為るがごとし、ゆえに「聖功」という。『呂氏春秋』に言う:「学を求むる人、若し明達の師を得てしかも自身また才質あらば、彼の聖人と為らざるを吾信ぜず。」まさにこの意である。「五は功多し」は『繋辞下』に出づ。ここに九二の正に帰すを言わざるは、九二がまさに正を養うの責を担うが故である。

彖上伝・需

「需也,險在前也。」注:險在前,故不進。「剛健而不陷,其義不困窮矣。」注:剛健,乾也;坎為陷。乾知險,需時而升,故不陷。陽陷為困。「需有孚光」句,「亨貞吉,位乎天位,以正中也。利涉大川,往有功也。」注:五多功,故「往有功」。

『彖上伝』の『需』を釈するに:「需とは、険前に在るなり。」恵棟の自注:険陥は前面に横たわるので前進せず。伝文「剛健にして陥らず、その義は困窮せざるなり」、自注:剛健は乾を指し、坎は陥である。乾は能く険難を予知し、時機を等待してしかるのち上昇するので、陥落に至らず。陽爻の陥落するを始めて困と呼ぶ。伝文「需、孚あり光」、恵棟ここに「句」の一字を標し、「光」の字に断句すべきを表示す。下に接ぎて「亨貞吉、位は天位に在り、正中をもってすなり。大川を渉るに利あり、往きて功あるなり」、自注:『繋辞』は「五は功多し」というので、往きて功ありという。

疏:「險在」至「不進」○《雜卦》曰:「需,不進也。」虞注云:「險在前也,故不進。」○「剛健」至「為困」○「大哉乾元,剛健中正」,內體乾,故知剛健為乾。《說卦》「坎,陷也」,故知坎為陷。《繫下》云:「乾,天下之至健也,德行恆易以知險。」險在前,需時而升,故不困窮也。《太玄》「凖,需也」,其詞曰:「陽氣能剛能柔,能作能休,見難而縮。」是也。○「五多」至「有功」○「五多功」,《下繋》文。二往居五,故「往有功」。

恵棟の自疏。まず「険在」より「不進」までを疏す:『雑卦伝』は「需とは進まざるなり」といい、虞翻の注は「険陥前に在るので進まず」という。次に「剛健」より「為困」までを疏す:『乾・文言』は「大いなるかな乾元、剛健中正」といい、『需』の内卦はまさに乾体なので、「剛健」が乾を指すと知る。『説卦』は「坎とは、すなわち陥なり」というので、坎は陥と為ると知る。『繋辞下』に言う:「乾は天下の最も剛健なるにして、その德行は恒常平易、因って能く険難を識別す。」険陥は前に在り、時機を等待してしかるのち上昇するので困窮に至らず。揚雄『太玄』は「凖」の首をもって『需』卦に准配し、その辞に言う:「陽気は能く剛にして能く柔、能く興作して能く止息し、艱難に遇えば便ち退縮す。」まさにこの意である。末に「五多」より「有功」までを疏す:「五は功多し」は『繋辞下』に出づ、九二は前往して五位に居るので「往きて功あり」という。

彖上伝・訟

「訟,上剛下險,險而健,訟。」注:險而健謂二四。「訟有孚」句,「咥惕」句,「中吉,剛來而得中也。」注:三之二。「終凶,訟不可成也。」注:失位不變,故訟成。「利見大人,尚中正也。」注:中正謂五。「不利涉大川,入于淵也。」注:坎在下為淵。

『彖上伝』の『訟』を釈するに:「訟とは、上剛下険、険にして健、訟なり。」恵棟の自注:険にして健は九二と九四を指す。伝文「訟、孚あり」を一句と為し、「咥惕」を一句と為す——この二つの「句」の字は恵棟の標せる断句である——下に接ぎて「中吉、剛来りて中を得るなり」、自注:これは九三が下りて二位に至るである。伝文「終に凶、訟は成すべからざるなり」、自注:諸爻は位を失いしかも変正を肯んぜざれば、訟事は便ち打成す。伝文「大人を見るに利あり、中正を尚ぶなり」、自注:中正は九五を指す。伝文「大川を渉るに利あらず、淵に入るなり」、自注:坎は下卦に在り、まさに深淵の象である。

疏:「險而」至「二四」○所以致訟,二四也。二體坎故險,四體乾故健。○「三之二」○卦自遯,三之二,在內曰來。○「失位」至「訟成」○訟成謂獄訟成也。《九家》曰:「初二三四皆不正,以不正故訟。初變『不永所事』,二變『無眚』,三變『食舊德』,四變『安貞吉』。」以訟不可成,利變之正,不變則終凶也。○「中正謂五」○五象傳曰:「訟元吉,以中正也。」故知中正謂五。○「坎在下為淵」○此荀義也。

恵棟の自疏。まず「険而」より「二四」までを疏す:争訟を造成するは九二と九四で、九二は坎体に在るので険、九四は乾体に在るので健。次に「三之二」を疏す:本卦は『遯』より変じ来たり、三爻が下りて二位に至る。凡そ外卦より内卦に入るを「来」と呼ぶ。次に「失位」より「訟成」までを疏す:いわゆる「訟成」とは獄訟の打成するを指す。『九家易』に言う:「初・二・三・四の四爻は皆正を得ず、正ならざるが故に争訟あり。初爻変ずれば爻辞は『その事を永くせず』と作り、二爻変ずれば『眚なし』と作り、三爻変ずれば『旧徳を食らう』と作り、四爻変ずれば『安貞吉』と作る。」訟事は打成すべからざる既に然れば、各爻は変じて正に帰するに宜しく、変ぜざれば終に凶を帰せん。次に「中正謂五」を疏す:九五『象伝』は「訟元吉、中正を以てなり」といい、これにより「中正」は九五を指すと知るべし。末に「坎は下に在りて淵と為る」を疏す:これは荀爽の説である。

彖上伝・師

「師,眾也;貞,正也。能以眾正,可以王矣。」注:坤,眾也;坎亦為眾,故云「師,眾也」。二失位,變之五為比,故「能以眾正,可以王矣」。「剛中而應,行險而順。」注:據卦變。「以此毒天下而民從之,吉又何咎矣。」注:謂二也。坎為毒,毒,治也。用師以毒天下,群陰順從,吉又何咎也。

『彖上伝』の『師』を釈するに:「師とは衆なり。貞とは正なり。能く衆を以て正しくすれば、以て王たるべし。」恵棟の自注:坤は衆、坎もまた衆なので「師はすなわち衆」という。九二は位を失い、変じて五位に升れば『比』卦を成すので「能く衆を以て正しくすれば、以て王たるべし」という。伝文「剛中にして応ず、険を行きて順なり」、自注:これは卦変に拠りて説を立つ。伝文「これを以て天下を毒して民之に従う、吉、また何の咎かあらん」、自注:九二を指す。坎は毒と為り、「毒」はここに治と訓ず。用兵の道をもって天下を整治し、衆陰は順従し、自ら吉を得、また何の過咎かあらん。

疏:「坤眾」至「王矣」○「坤,眾也」,《說卦》文。《晉語》曰:「坎,水也,眾也。」故知坎亦為眾也。「二失位」已下,虞義也。彖曰「貞丈人」,二中而不正,故失位。上之五體比,得正得中,「徵」之為言正也,以師正天下,故云「能以眾正,可以王矣」。○「據卦變」○蜀才注曰:「此本剝卦,上九降二,六二升上,是剛中而應,行險而順也。」

恵棟の自疏、まず「坤衆」より「王矣」までの一段を疏す。「坤は衆」は『説卦』に出づ。『国語・晋語』に言う:「坎は水にして、また衆なり。」これにより坎もまた衆と為ると知るべし。「二は位を失う」以下は虞翻に本づく。卦辞は「貞丈人」といい、九二は中に居るも位に当たらず、ゆえにそれ位を失うという。五位に升れば『比』体を成し、既に正を得また中を得る。「征」の字の意はすなわち「正」で、軍旅をもって天下を匡正するので「能く衆を以て正しくすれば、以て王たるべし」という。以下に「卦変に拠る」の一句を疏す:蜀才の注に言う:「この卦はもと『剥』より来たり、上九は下降して二位に至り、六二は上昇して上位に至り、是に於て剛中にして応あり、険を行きて能く順なるの象を成す。」

○「謂二」至「咎也」○長子帥師,故毒天下謂二。「坎為毒」,虞義也;「毒,治」,馬義也。凡藥之攻疾者謂之毒藥,《周禮》醫師聚毒藥是也。用師旅以除暴,猶用藥石以除疾,故《呂氏春秋》論兵曰:「若用藥者,得良藥則活人,得惡藥則殺人。義兵之為天下良藥也,亦大矣。」是毒天下為治疾之義也。上云「能以眾正,可以王矣」,王者天下所歸往,二以長子帥師,五陰順從,故「毒天下而民從之,吉,又何咎矣」。

以下に「謂二」より「咎也」までの一段を疏す。爻辞に「長子師を帥ゆ」の文あるので「天下を毒す」は九二を指す。「坎は毒と為る」は虞翻の説、「毒は治と訓ず」は馬融の説である。凡そ疾病を攻治する薬は皆毒薬と呼ばれ、『周礼』の講ずる医師の毒薬を聚むるはすなわちこの義である。軍旅を動用して暴乱を去除するは、薬石を用いて疾病を去除するがごとし。ゆえに『呂氏春秋』の兵を論ずるに言う:「譬うれば薬を用うるがごとし。良薬を得れば能く人を救活し、悪薬を得れば便ち人を害死せん。義兵は天下の良薬たると為り、功用もまた算えて大なり。」これにより「天下を毒す」はまさに病を治するの義と見える。上文は「能く衆を以て正しくすれば、以て王たるべし」といい、いわゆる王とは、すなわち天下人の帰往する所である。九二は長子の身份を以て軍隊を統率し、五つの陰爻は彼に順従するので「これを以て天下を整治して百姓帰従し、吉を得、また何の過咎かあらん」という。

彖上伝・比

「比,吉也;比,輔也,下順從也。」注:下謂五陰。「原筮元永貞無咎,以剛中也。」注:剛中謂師二。「不寧方來,上下應也。」注:上謂三四五,下謂初。「後夫凶,其道窮也。」注:上為窮。

『彖上伝』の『比』を釈するに:「比とは吉なり。比とは輔なり、下の順従するなり。」恵棟の自注:「下」は五つの陰爻を指す。伝文「原筮元永貞咎なし、剛中を以てなり」、自注:いわゆる剛中は『師』卦の九二を指す。伝文「寧からざる方来たる、上下応ずるなり」、自注:「上」は三・四・五の三爻を指し、「下」は初爻を指す。伝文「後夫凶、その道窮まるなり」、自注:上爻はまさに窮極の地である。

疏:「下謂五陰」○卦有五陰,一在上,四在下,而皆謂之下者,師上體坤。《繫上》曰:「天尊地卑,乾坤定矣。」是則天尊為上,地卑為下,故翼奉封事曰:「上方之情樂也,下方之情哀也。」孟康注謂陽為上、陰為下是也。此總卦義,故謂五陰為下。下傳分言之則有上下、後夫之殊也。

恵棟の自疏、まず「下は五つの陰爻を指す」の一句を疏す。全卦に五つの陰爻あり、一つは上位に在り四つは下体に在るも、一概に「下」と称するは、『比』と相覆する『師』卦の上体がまさに坤なるが故である。『繋辞上』に言う:「天尊く地卑し、乾坤の位次は便ち定まる。」天尊きを上と為し地卑しきを下と為す既に然れば、ゆえに翼奉の上封事は言う:「上方の情性は楽なり、下方の情性は哀なり。」孟康の注解は陽を上と為し陰を下と為すと作り、まさにこの意である。ここは全卦の大義に就いて総説するなので、五つの陰爻を皆「下」と呼ぶ。下文の彖伝に至りて分かちて講じ、始めて上・下の別と「後夫」の殊あり。

○「剛中謂師二」○蜀才注云:「此本師卦,六五降二,九二升五。」案九二剛中而不正,故「原筮元永貞」乃得「無咎」也。○「上謂」至「謂初」○據二升五時,三四五在上,初在下,二正五位,故「上下應」也。○「上為窮」○虞氏云:「迷失道,故其道窮。」

以下に「剛中は『師』卦の九二を指す」の一句を疏す:蜀才の注に言う:「この卦はもと『師』より来たり、六五は下降して二位に至り、九二は上昇して五位に至る。」按ずるに九二は剛にして中に居ると雖も、位に当たらず、ゆえに「原筮元永貞」を経過し、然るのち始めて過咎なきを得る。以下に「上は三・四・五を指し、下は初を指す」を疏す:これは九二の五に升るの時に就いて言う。その時三・四・五は上に在り、初爻は下に在り、九二は五位を端正したので、上下皆来りて相応ずという。末に「上爻は便ち窮極」を疏す:虞翻に言う、上爻は迷惑して道を失うので、その路は尽頭に走り至れり、と。

彖上伝・小畜

小畜。「柔得位而上下應之,曰小畜。」注:柔謂四,四為卦主,少者為多之所宗,故上下應之。「健而巽,剛中而志行,乃亨。」注:剛中謂五,坎為志,乃者難也。「密雲不雨,尚往也;自我西郊,施未行也。」注:尚往謂初二,不雨故施未行。

『小畜』。彖伝に言う:「柔位を得て上下之に応ず、小畜と曰う。」恵棟の自注:「柔」は六四を指し、六四は全卦の主である。少なき一方は多き一方に共に尊まるる所と為るので、上下の五つの陽爻は皆来りてこれに応ず。伝文「健にして巽、剛中にして志行わる、乃ち亨」、自注:剛中は九五を指し、坎は心志、「乃」の字は艱難を表示す。伝文「密雲雨せず、尚お往くなり。我が西郊より、施いまだ行われざるなり」、自注:「尚お往く」は初九と九二を指す。雲は密なりと雖もいまだ雨を成さず、ゆえに恩沢はなおいまだ施行せず。

疏:「柔謂」至「應之」○卦惟一陰,故為卦主,京氏謂「成卦之主」是也。「少者為多之所宗」,《京房易傳》文。宗,主也。一陰五陽,陰少陽多,故陰為陽主。王氏謂「體無二陰以分其應」,故上下應之是也。尋初二尚往而言上下應之者,畜道至上而成,五陽終為陰畜,卦所以名小畜也。

恵棟の自疏、まず「柔謂」より「応之」までの一段を疏す。全卦にただ一つの陰爻あるのみなので、それは成卦の主たり、京房のいわゆる「成卦の主」はすなわちこれを指す。「少なき一方は多き一方に共に尊まるる所と為る」は『京房易伝』に出づ、「宗」はすなわち主である。一陰五陽にして陰少なく陽多し、ゆえに陰は反って陽の主宰と成る。王弼に言う「卦体の中に第二の陰爻なくて衆陽の応従を分散せしむ」ゆえに上下皆来りて相応ず、まさにこの意である。初九・九二が分明になお上行中なるに至りて、上下皆相応ずというは、畜止の道が上爻に至って始めて完成を告ぐるが故に、五つの陽爻は終にこの一つの陰爻に畜せらる、卦名の『小畜』と呼ぶ所以である。

○「剛中」至「難也」○一陰劣,不能固陽,九五剛中,四與合志,同力畜乾,至上而成,其志得行,乃始亨也。「坎為志」,虞義也,上變體坎,故坎為志。「乃者難也」者,宣八年《公羊傳》曰:「乃者何?難也。」難猶重難,言非剛中而志行不能亨也。○「尚往」至「未行」○卦自需來,需者,乾升坎降。今上變為巽,則一陰為主而眾陽同應之,故能以小畜大。然初二體乾,初「復自道」,二「牽復」,故有尚往之象。雲行雨施,今不雨,故施未行也。

以下に「剛中」より「難也」までの一段を疏す。一つの陰爻は力量単薄にして、衆陽を固住するに足らず。九五は剛にして中に居り、六四はそれと同心し、合力して乾体を畜止し、上爻に至りて始めて成を告げ、六四の心志は推行を得、これに始めて亨通す。「坎は志と為る」は虞翻の説である。上爻は一変すれば坎体を成すので、坎は志と為る。いわゆる「乃の字は艱難を表示す」は宣公八年『公羊伝』に出づ:「『乃』とは何を謂うや、艱難なり。」「難」はすなわち鄭重遅難にして、若し剛中にして心志行わるるに非ざれば、便ち亨通する能わずをいう。以下に「尚往」より「未行」までの一段を疏す:本卦は『需』より変じ来たり、『需』は乾升坎降の象である。今上爻は変じて巽と為り、一つの陰爻は卦主と成りて衆陽は一同にこれに応ずるので、能く小をもって大を畜す。しかるに初・二両爻はなお乾体に在り、初九は「道より復る」といい、九二は「牽復す」といい、ゆえに引き続き上行するの象あり。雲行はもと雨施すべきに、今雲密にして雨せず、ゆえに恩沢はなおいまだ施行せず。

彖上伝・履

「履,柔履剛也。」注:柔謂三,剛謂二,《兌》彖傳曰「剛中而柔外」。「說而應乎乾,是以履虎尾不咥人,亨。」注:乾履兌,兌說應之,故不咥人。「剛中正,履帝位而不疚,光明也。」注:剛中正謂五,五帝位,離為光明。以乾履兌,五剛中正,故「履帝位而不疚,光明」也。

『彖上伝』の『履』を釈するに:「履とは、柔の剛を履むなり。」恵棟の自注:「柔」は六三を指し、「剛」は九二を指し、『兑』卦彖伝の「剛中にして柔外」は以て証と為すべし。伝文「説びて乾に応ず、是をもって虎の尾を履むも人を咥えず、亨」、自注:乾は上に在りて兑を踩み、兑は和悦をもって相応ずるので、老虎は人を咬まず。伝文「剛中正、帝位を履みて疚しからず、光明なり」、自注:剛にして中正は九五を指し、五は帝王の位で、離は光明である。乾をもって兑を踩み、九五はまた剛健中正なので「帝位を履みて疚しからず、光明」という。

疏:「柔謂」至「柔外」○虞氏據旁通坤柔乾剛,嗛坤籍乾,故柔履剛,且云兌為剛滷非柔,以柔為兌三者非是。尋兌之二陽為剛,非指三也。《兌》彖傳明言剛中柔外,則柔履剛為兌三之柔履二之剛明矣,虞氏非也。○「乾履」至「咥人」○義具履卦。

恵棟の自疏、まず「柔謂」より「柔外」までの一段を疏す。虞翻は旁通に依りて象を取り、坤を以て柔と為し乾を以て剛と為し、『謙』卦の坤は乾に憑借して、因って「柔は剛を履む」と成ると講ず。彼はまた兑は剛鹵の鹽地にして柔に非ずといい、「柔」を兑の三爻と講ずるは是ならざると為す。しかし細かく究むるに、兑の二つの陽爻こそいわゆる「剛」で、この「剛」は三爻を指すに非ず。『兑』彖伝は明らかに「剛中にして柔外」といい、これにより「柔は剛を履む」はまさに兑の六三の柔が九二の剛の上を踩むと見える。虞翻の講法は是ならず。以下に「乾履」より「咥人」までの一段を疏す:その義は已に『履』卦の経注部分に講じたり。

○「剛中」至「明也」○此一節釋利貞之義。二五皆剛中而稱剛中正,故知謂五。以陽居五故履帝位,以上虞義也。三體離,離為日,故云光明。以乾履兌,兌為虎,五在乾體履危之象,故云疚。以其剛中得正,故「履帝位而不疚,光明」也。

以下に「剛中」より「明也」までの一段を疏す。この一節は卦辞の「利貞」の含義を解釈する。二・五両爻は皆剛にして中に居るも、伝文はことさらに「剛中正」と称す。これにより指すところは九五と知るべし。陽爻をもって五位に居るので「帝位を履む」という。以上は皆虞翻の説である。三爻は離体にあり、離は日なので「光明」という。乾をもって兑を踩み、兑は虎の象あり、九五は身を乾体に在らしめ、まさに危険の象を踩むなので「疚」といい、すなわち病患である。ただそれ剛健にして中に居りしかもまた正を得るが故に「帝位を履みて疚しからず、光明」。

彖上伝・泰

「泰,小往大來,吉亨,則是天地交而萬物通也。」注:乾二之坤五,坤五降乾二,是天地交。雲行雨施,品物咸亨,故萬物通。「上下交而其志同也。」注:二上交五,下交坎為志,否巽為同,故「上下交而其志同」。

『彖上伝』の『泰』を釈するに:「泰とは、小往き大来たる、吉亨、則ち是れ天地交わりて万物通ずるなり。」恵棟の自注:乾の二爻は上りて坤の五位に至り、坤の五爻は下りて乾の二位に至る、これすなわち天地の相交わるである。是に於て雲行き雨施し、万物咸く通ずるので「万物通ず」という。伝文「上下交わりてその志同じきなり」、自注:九二は上に五と交わり、六五は下に二と交わり、交わるのち坎を成し、坎は心志である。旁通の『否』卦の中に巽あり、巽は斉同と為る。ゆえに「上下交わりてその志同じ」という。

「內陽而外陰,內健而外順。」注:乾陽息內,坤陰消外,故「內陽而外陰」。乾健居正,坤順承天,故「內健而外順」。「內君子而外小人。」注:君子謂三,小人謂五。「君子道長,小人道消也。」注:陽息至三,故君子道長;至五成夬,故小人道消。

伝文「内陽にして外陰、内健にして外順」、自注:乾陽は内卦に生長し、坤陰は外卦に消退するので「内陽にして外陰」という。乾は剛健にして正位に居り、坤は柔順にして天に承奉するので「内健にして外順」という。伝文「内君子にして外小人」、自注:君子は九三を指し、小人は六五を指す。伝文「君子の道長じ、小人の道消ゆなり」、自注:陽気は第三爻に生長するので君子の道は増長す。再び第五爻に長じれば『夬』を成すので、小人の道は消退す。

疏:「乾二」至「物通」○卦乾下坤上,乾天坤地,乾二之坤五,坤五降乾二成坎離,天地以離坎交陰陽,故天地交。乾升曰云行,坤降曰雨施,雲雨澤物,品物咸亨,故萬物通,謂已成既濟也。《月令》孟春曰:「天氣下降,地氣上騰。」亦說天地交事。彼據二五易位之後而言,義並通也。俗儒謂三陽在下為下降,三陰在上為上騰,非也。

恵棟の自疏、まず「乾二」より「物通」までの一段を疏す。本卦は乾下坤上で、乾は天・坤は地である。乾の二爻は上りて坤五に至り、坤の五爻は下りて乾二に至り、是に於て坎・離両象を成し、天地は離坎を借りて陰陽を交合するので、天地交わるという。乾の上昇は「雲行」と呼び、坤の下降は「雨施」と呼ぶ。雲雨は万物を潤沢し、万物咸く通ずるので「万物通ず」といい、指すところは已に既済の局を成したるである。『礼記・月令』孟春に言う:「天気下降し、地気上騰す。」講ずるところもまた天地相交の事である。あれは二・五が位を易えたのちに就きて説を立つるで、ここの義と互いに通じ得る。俗儒は三つの陽爻の下に在るを「下降」と講じ、三つの陰爻の上に在るを「上騰」と講ずるは誤りである。

○「二上」至「志同」○上下交有二義:二升五為上交,五降二為下交,此一義;二升五,五降二,二五相應,亦是上下交,此又一義。二義並通,以後義為正解也。「坎為志」「否巽為同」,皆虞義。二五易位體坎,故其志同。

以下に「二上」より「志同」までの一段を疏す。「上下交」に両層の意思あり。九二が五位に升るを上交と呼び、六五が二位に降るを下交と呼ぶ、これは一層である。九二が五に升り六五が二に降るのち、二と五は彼此相応ず、これもまた上下交と算う、また一層である。両義ともに講じ通ずるも、後の一義を以て正解と為す。「坎は志と為る」と「『否』卦の巽は同と為る」は皆虞翻の説である。二・五が位を易えたのち坎体を成すので、彼らの心志相同じきという。

○「乾陽」至「外順」○《九家易》曰:「陽稱息者,長也,起復成巽,萬物盛長也。陰言消者,起姤終乾,萬物成熟,成熟則給用,給用則分散,故陰用特言消也。」乾陽息內,故內陽;坤陰消外,故外陰。九二升五,是乾健居正;六五降二,是坤順承天。二在內,故內健;五在外,故外順。

以下に「乾陽」より「外順」までの一段を疏す。『九家易』に言う:「陽が『息』と称する所以は、息はすなわち生長なるが故である。『復』卦より起りて巽体形成に至り、万物は繁盛生長す。陰が『消』と称する所以は、『姤』卦より起りて乾体に終るが故に、万物は成熟し、成熟すれば便ち人に取用に供し、取用すれば便ち离散す、ゆえに陰の作用はことさらに『消』の字を用いて言う。」乾陽は内卦に生長するので内陽といい、坤陰は外卦に消退するので外阴という。九二が上昇して五位に至るは、すなわち乾健の正位に居るである。六五が下降して二位に至るは、すなわち坤順の天に承奉するである。九二は内に在るので内健といい、六五は外に在るので外順という。

○「君子」至「謂五」○《乾鑿度》以泰三為君子,謂陽得位也;剝五為小人,以陰失位也。泰五失位,與剝五同,故亦為小人。○「陽息」至「道消」○陽息至三,故君子道長;至五成夬,故小人道消。《雜卦》曰:「夬,決也,剛決柔也。」君子道長,小人道消,義並同也。

以下に「君子」より「謂五」までの一段を疏す。『乾鑿度』は『泰』卦の九三を以て君子と為し、陽爻の位を得るが故に、『剥』卦の六五を以て小人と為し、陰爻の位を失うが故である。『泰』の六五も同じく位を失い、『剥』の六五と情形相同じきなので、また小人と算う。以下に「陽息」より「道消」までの一段を疏す:陽気は第三爻に生長するので君子の道は増長す。第五爻に生長すれば便ち『夬』卦を成すので、小人の道は消退す。『雑卦伝』に言う:「夬はすなわち決にして、剛爻の柔爻を決去するなり。」君子の道は増長し小人の道は消退し、両処の取義相同じし。

彖上伝・否

「否之匪人,不利君子貞,大往小來,則是天地不交而萬物不通也。」注:乾上升,坤下降,故天地不交。獨陰不生,獨陽不生,故萬物不通也。「上下不交而天下無邦也。」注:三苞羞,五休否,故上下不交。坤為邦,坤反君道,故無邦。

『彖上伝』の『否』を釈するに:「否の人に匪ざる、君子の貞に利あらず、大往き小来たる、則ち是れ天地交わらずして万物通ぜざるなり。」恵棟の自注:乾気は一味に上昇し、坤気は一味に下降し、両々相接せざるので天地は交わらず。孤陰は生育する能わず、孤陽もまた生育する能わず、ゆえに万物通ぜず。伝文「上下交わらずして天下邦なきなり」、自注:六三爻辞は「羞を包む」といい、九五爻辞は「否を休む」といい、一つは下に在りて上交を肯んぜず、一つは上に在りて下交を肯んぜず、ゆえに上下交わらず。坤は邦国で、この時坤はまた君道に違反するので「邦なし」という。

「內陰而外陽,內柔而外剛。」注:立地之道曰柔與剛,坤成乾毀,故變健順,言柔剛矣。「內小人而外君子,小人道長,君子道消也。」注:小人謂三,君子謂五。

伝文「内陰にして外陽、内柔にして外剛」、自注:『説卦』は「地の道を立つるは柔と剛と曰う」という。この時坤体は長成して乾体は消毀するので、『泰』彖の「健」「順」の二字を改換して「柔」「剛」をもって講ず。伝文「内小人にして外君子、小人の道長じ、君子の道消ゆなり」、自注:小人は六三を指し、君子は九五を指す。

疏:「乾上」至「通也」○宋衷象傳注曰:「天氣上升不下降,地氣沈下不上升,二氣特隔,故云否。」是天地不交之義也。《月令》曰:「天氣上騰,地氣下降,天地不通。」亦此義耳,《月令》舉於孟冬者,終言之耳。「獨陽不生,獨陰不生」,莊二年《穀梁傳》文。《乾鑿度》曰:「天地不變,不能通氣。」鄭彼注云:「否卦是也。天地之氣合則能生物,不變則不能生物。」故萬物不通也。

恵棟の自疏、まず「乾上」より「通也」までの一段を疏す。宋衷が『否』卦大象に注して言う:「天気は上昇して下降せず、地気は沈降して上昇せず、両気は各々隔絶す、ゆえに之を否と呼ぶ。」これまさに天地不交の含義である。『礼記・月令』に言う:「天気上騰し、地気下降し、天地通ぜず。」講ずるところもまたこの層の意である。『月令』はこれを孟冬に繋ぐは、一年の終に就いて言う。「孤陽は生ぜず、孤陰は生ぜず」は莊公二年『穀梁伝』に出づ。『乾鑿度』に言う:「天地変化せざれば、便ち気息を交通する能わず。」鄭玄があの句に注して言う:「『否』卦はすなわちこのごとし。天地の気交合すれば便ち物を生じ得、変化せざれば便ち物を生ずる能わず。」ゆえに万物通ぜずという。

○「三苞」至「無邦」○否成於三,故三「苞羞」為下不上交,五「休否」為上不下交,是上下不交也。「坤為邦」,虞義也。坤反君道,「以其國君凶」,故無邦也。○「立地」至「剛矣」○「立地之道曰柔與剛」,《說卦》文。泰彖傳曰「內健而外順」,順者順乎乾;今坤消乾,坤成則乾毀,柔剛屬坤,故變健順言柔剛矣。

以下に「三苞」より「无邦」までの一段を疏す。否道は六三に至りて成るので、六三の「羞を包む」は下に在る者が上交を肯んぜず、九五の「否を休む」は上に在る者が下交を肯んぜず、これすなわち上下不交である。「坤は邦と為る」は虞翻の説である。坤は君道に違反し、『復』上六のいわゆる「その国君を以てすれば凶」はまさにこの象なので「邦なし」という。以下に「立地」より「剛矣」までの一段を疏す:「地の道を立つるは柔と剛と曰う」は『説卦』に出づ。『泰』彖伝は「内健にして外順」といい、いわゆる順はすなわち乾に順従するである。今坤気は乾体を消蝕し、坤体は長成すれば則ち乾体は毀壊し、しかも柔と剛は同じく坤の主する地道に属するので、「健」「順」を改換して「柔」「剛」をもって講ず。

○「小人」至「謂五」○《乾鑿度》以否三為小人,夬五為聖人,故小人謂三,君子謂五。對小人且承泰傳而言,故不言大人也。陰消至三,故小人道長;至五成剝,故君子道消也。否泰反其類,故君子小人互為消長,荀子曰「君子小人之反」是也。

以下に「小人」より「謂五」までの一段を疏す。『乾鑿度』は『否』卦の六三を以て小人と為し、『夬』卦の九五を以て聖人と為すので、小人は六三を指し君子は九五を指すという。ここは既に小人と対挙し、また『泰』彖伝の説法に承接するので、ただ君子というのみにして大人といわず。陰気は第三爻に消蝕するので小人の道は増長し、第五爻に消すれば便ち『剥』卦を成すので君子の道は消退す。『否』『泰』両卦の属する類はまさに相反し、因って君子と小人は互いに消長す。『荀子』の講ずる「君子と小人は正反対」はすなわちこの理である。

彖上伝・同人

「同人,柔得位得中而應乎乾,曰同人。」注:五之二得位得中而與乾應,故曰同人。「同人曰:同人于野,亨,利涉大川,乾行也。」注:四上變乾為坎,故曰乾行。「文明以健,中正而應,君子正也。」注:謂二五。「唯君子為能通天下之志。」注:唯,獨也。四變成坎,坎為通、為志,故能通天下之志。

『彖上伝』の『同人』を釈するに:「同人とは、柔位を得中を得て乾に応ず、同人と曰う。」恵棟の自注:坤の五爻は下りて二位に至り、既に正位を得また中に居り、しかも乾と相応ずるので『同人』と呼ぶ。伝文「同人に曰く、野に同人す、亨、大川を渉るに利あり、乾行くなり」、自注:四爻と上爻が変ずれば、乾は便ち化して坎と為るので「乾行く」という。伝文「文明を以て健、中正にして応ず、君子の正なり」、自注:六二と九五を指す。伝文「惟君子は能く天下の志を通ずるを為す」、自注:「唯」は独と訓ず。四爻が変じて坎を成し、坎は通にしてまた志なので、能く天下人の心志を貫通す。

疏:「五之」至「同人」○坤六五失位,降居乾二,是柔得位得中而應乎乾,故曰同人。乾為人,二與五應,五體乾,故應乎乾。二同於五,同性同德,故曰同人也。○「四上」至「乾行」○「同人于野」,乾為野;四上變體坎,坎從乾來,故曰乾行。

恵棟の自疏、まず「五之」より「同人」までの一段を疏す。坤の六五はもと位を失い、下降して乾の二位に居る、これすなわち柔の正位を得中に居りて上に乾に応ずるなので『同人』と呼ぶ。乾は人を代表し、六二と九五は相応じ、九五はまた乾体に在るので「乾に応ず」という。六二と九五は相同じく、性情相同じく徳行相同じきなので『同人』と呼ぶ。以下に「四上」より「乾行」までの一段を疏す:「野に同人す」は、乾は郊野と為る。四爻と上爻が変じて坎体を成し、坎は乾より変じ来たるなので「乾行く」という。

○「謂二五」○二體離,離為文明;五體乾,乾為健,故曰「文明以健」。二下中,五上中,故曰「中正而應」。陰陽得位為君子,故曰「君子正」也。○「唯獨」至「之志」○此虞義也。《大學》曰「此謂唯仁人能愛人」,鄭注云「獨仁人能之」,是唯為獨也。「坎為通」,《說卦》文。坎為心,故為志。四上變成既濟定,六爻位正,故能通天下之志。

以下に「六二と九五を指す」の一句を疏す:六二は離体にあり、離は文明と為る。九五は乾体にあり、乾は剛健と為る。ゆえに「文明を以て健」という。六二は下卦の中に居り、九五は上卦の中に居るので「中正にして応ず」という。陰爻陽爻は各々その位を得れば便ち君子なので「君子正」という。以下に「唯獨」より「之志」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。『大学』は「これを惟仁人の能く人を愛するを為すと謂う」といい、鄭玄の注は「ただ仁人のみ能くし得るなり」といい、これにより「唯」は独と訓ずと見える。「坎は通と為る」は『説卦』に出づ。坎はまた心と為るので「志」の象を取る。四爻と上爻が変じて既済の定局を成し、六爻各々正位を得るので、能く天下人の心志を貫通す。

彖上伝・大有

「大有,柔得尊位大中而上下應之,曰大有。」注:柔謂五,五為尊位,陽稱大,五為上中,故曰大中。比初成震,震為應,乾五變之坤成大有,天道助順,人道助信,故上下應之曰大有。「其德剛健而文明,應乎天而時行,是以元亨。」注:謂五以日應乾而行於天也。時謂四時也。比初動成震為春,至二成兌為秋,至三離為夏,坎為冬,故曰時行。以乾亨坤,是以元亨。

『彖上伝』の『大有』を釈するに:「大有とは、柔は尊位大中を得て上下之に応ず、大有と曰う。」恵棟の自注:「柔」は六五を指し、五は尊位である。陽は大と称し、五はまた上卦の中に居るので「大中」という。旁通の『比』卦の初爻は動きて震を成し、震は感応を主る。乾の五爻は変じて往きて坤位に居れば、便ち『大有』を成す。『繋辞』は天道は順なるを佑助し人道は信なるを佑助すと講ずるので、上下皆来りて相応じて『大有』と称す。伝文「その徳は剛健にして文明、天に応じて時に行く、是をもって元亨」、自注:これは六五が日の象を以て上に乾体に応じて天に運行するをいう。「時」は四時を指す。『比』卦の初爻は動きて震を成し、震は春である。二爻に至りて兑を成し、兑は秋である。三爻に至りて離を成し、離は夏で、坎は則ち冬である。ゆえに「時に行く」という。乾の気を以て坤に亨通するので「元亨」という。

疏:「柔謂」至「大有」○庖犠位乾五,五動見離,離麗乾,故柔得尊位。天道助順,是上應也;人道助信,是下應也。○「謂五」至「元亨」○此虞義也。五動見離,故五以日應乾而行於天也。大有與比旁通,比變歴四時,故曰時行。乾五之坤,故以乾亨坤也。

恵棟の自疏、まず「柔謂」より「大有」までの一段を疏す。伏羲の位は乾の五爻に在り、五爻一たび動けば便ち離象を現じ、離は乾に附麗するので、柔爻の尊位を得たるという。「天道は順なるを佑助す」は上面より来りて応ずるで、「人道は信なるを佑助す」は下面より来りて応ずるである。以下に「謂五」より「元亨」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。五爻一たび動きて離象を現ずるので、六五が日の象を以て上に乾体に応じて天に運行すという。『大有』と『比』は旁通し、『比』卦の爻変は四時を歴遍するので「時に行く」という。乾の五爻は往きて坤位に居るので、乾を以て坤に亨通すという。

彖上伝・嗛

「嗛亨,天道下濟而光明,地道卑而上行。」注:乾上之三,故下濟而光明;坤三之上,故卑而上行。「天道虧盈而益嗛,地道變盈而流嗛,鬼神害盈而福嗛,人道惡盈而好嗛。」注:盈者嗛之反。「嗛尊而光,卑而不可踰,君子之終也。」注:德成而上。

『彖上伝』の『謙』を釈するに——恵棟は漢人の古文に依りて「嗛」と作る:「嗛は亨る、天道は下済して光明、地道は卑にして上行す。」恵棟の自注:乾の上九は下りて三位に至るので「下済して光明」という。坤の六三は上りて上位に至るので「卑にして上行す」という。伝文「天道は盈を虧きて嗛を益し、地道は盈を変じて嗛に流れ、鬼神は盈を害して嗛に福し、人道は盈を悪みて嗛を好む」、自注:盈はまさに嗛の反面である。伝文「嗛は尊くして光あり、卑にして踰え難し、君子の終なり」、自注:これすなわち『礼記』の講ずる「徳成りて上る」である。

疏:「乾上」至「上行」○乾上九之坤三,以乾照坤,故下濟而光明;坤六三之乾上,天尊地卑,故卑而上行也。○「盈者嗛之反」○嗛,虛也,盈嗛猶盈虛。盈,滿也。《荀子·仲尼篇》曰:「滿則慮嗛,平則慮險,安則慮危。」滿與嗛,平與險,安與危,皆義之相反者,故云「盈者嗛之反」。古文謙皆作嗛,昭元年《春秋傳》曰「謙不足」,則嗛與謙同物也。

恵棟の自疏、まず「乾上」より「上行」までの一段を疏す。乾の上九は下りて坤の三位に至り、乾の光明を以て坤体を照臨するので「下済して光明」という。坤の六三は上りて乾の上位に至り、天はもと尊にして地はもと卑、卑なる者は上行するので「卑にして上行す」という。以下に「盈は嗛の反面」の一句を疏す:「嗛」はすなわち虚で、「盈嗛」は盈虚と言うがごとし。「盈」はすなわち満である。『荀子・仲尼篇』に言う:「満盈の時には謙虚を想い、平順の時には険阻を想い、安穏の時には危亡を想え。」満と嗛・平と険・安と危は、皆意義相反する一対なので「盈は嗛の反面」という。古文の裡「謙」は皆「嗛」と作り、昭公元年『左伝』に「謙足らず」の語あるを見れば、嗛と謙はもと一物と知るべし。

虞注云:「乾盈於上,虧之坤三,故虧盈;貴處賤位,故云益嗛。嗛三以坤變乾盈,坎動而潤下,水流溼,故流嗛。鬼謂四,神為三,坤為鬼害,乾為神福,故鬼神害盈而福嗛。乾為好、為人,坤為惡,故人道惡盈而好嗛。」是其義也。○「德成而上」○《樂記》文。韓嬰《易傳》曰:「五帝官天下。」又曰:「官以傳賢。」三有嗛德以升五,故尊而光,卑而不可踰,是德成而上之事,故云君子之終也。

虞翻の注に言う:「乾はもと上位に盈満す。今之を虧損して下りて坤の三位に至るので『盈を虧く』という。尊貴なる者は卑賎の位に屈処するので『嗛を益す』という。三爻は坤体を以て乾の盈満を改変し、坎水は動きて下に向かい滋潤し、水は低湿の処に往き流るるので『嗛に流る』という。鬼は四爻を指し、神は三爻を指し、坤は鬼を主りて害と為し、乾は神を主りて福を降すので『鬼神は盈を害して嗛に福す』という。乾は好と為りまた人と為り、坤は悪と為るので『人道は盈を悪みて嗛を好む』という。」これすなわちあの幾句の取象の義である。以下に「徳成りて上る」の一句を疏す:この句は『礼記・楽記』に出づ。韓嬰『易伝』に言う:「五帝は天下を以て公器と為す。」また言う:「官職は賢者に伝う。」九三は謙の徳ありて因って五位に升るを得るので「尊くして光あり、卑にして踰え難し」——これまさに徳行成就して上位に居るの事なので「君子の終」という。

彖上伝・豫

「豫,剛應而志行,順以動,豫。」注:剛謂四,四為卦主,五陰應之,其志大行,故「剛應而志行」,坎為志也。「豫順以動,故天地如之,而況建侯行師乎。」注:小畜乾為天,坤為地,如之者謂天地亦動以成四時;而況建侯行師,言其皆應而豫也。

『彖上伝』の『豫』を釈するに:「豫とは、剛応じて志行わる、順にて動く、豫なり。」恵棟の自注:「剛」は九四を指し、九四は全卦の主にして、五つの陰爻は皆来りてこれに応じ、その心志は大行するので「剛応じて志行わる」という。坎は心志である。伝文「豫は順にて動く、ゆえに天地これに如し、而るを況んや侯を建て師を行うをや」、自注:旁通の『小畜』に乾あり、乾は天で、『豫』に坤あり、坤は地である。「之に如し」は天地もまた順動して四時を成就するを照様するをいう。天地なおかくのごとし、況んや諸侯を建立し師衆を興動するごとき人事をや、あれは衆爻に応ぜずして歓悦せざるなきをいう。

「天地以順動,故日月不過而四時不貣。」注:豫變通小畜,坤為地,動初至三成乾,故「天地以順動」。過,失度;貣,差也。謂變初至需,離為日,坎為月,皆得其正,故「日月不過」。動初時震為春,至四兌為秋,至五坎為冬,離為夏,四時為正,故「四時不貣」,「通變之為事」蓋此之類。

伝文「天地は順を以て動く、ゆえに日月過たずして四時貣れず」、自注:『豫』は『小畜』に変通す。坤は地で、初爻より三爻に動きて、下体は乾を成すので「天地は順を以て動く」という。「過」は常度を失うで、「貣」は差錯である。爻変は初爻より五爻に推して『需』を成し、『需』に離ありて日と為り、『豫』に坎ありて月と為る。日月は皆各々その正を得るので「日月過たず」という。初爻の動く時は震を成し、震は春である。四爻に至りて兑を成し、兑は秋である。五爻に至りて坎を成し、坎は冬にして離は夏である。四時は皆正に帰するので「四時貣れず」という。『繋辞』は「変に通ずるを之を事と謂う」といい、大抵この類ならん。

「聖人以順動,則刑罰清而民服。」注:復初為聖人。清猶明也。動初至四,兌為刑,至坎為罰,坎兌體正,故「刑罰清」。坤為民,乾為清,以乾據坤,故民服。「豫之時義大矣哉。」注:順動天地,使日月四時皆不過差,刑罰清而民服,故義大。

伝文「聖人は順を以て動く、則ち刑罰清にして民服す」、自注:『復』卦の初爻はすなわち聖人である。「清」は「明」と言うがごとし。初爻より四爻に動きて、兑は刑である。再び五爻に至りて坎を成し、坎は罰である。坎・兑両体は皆正を得るので「刑罰清」という。坤は民、乾は清と為り、乾体を以て坤体を拠有するので百姓帰服す。伝文「豫の時の義大なるかな」、自注:順動して天地に合し、日月四時をして皆度を失い差錯せしめず、刑罰清明にして百姓帰服す、ゆえにその意義の重大をいう。

疏:「剛謂」至「志也」○卦唯一陽,故知剛謂四,又為卦主,統制五陰,同心應之,象傳所云「由豫大有得,志大行也」,故云「剛應而志行」。坤順震動,母老子強,居樂出威,故為豫也。○「小畜」至「豫也」○此虞義也。《說文》曰:「如,從隨也。」豫與小畜旁通,小畜乾為天,豫坤為地。卦有中和之德,故豫順以動。中和者天地也,故天地如之,謂天地亦動以成四時,如下文所云是也。建侯行師,群陰皆應而說樂,故云皆應而豫也。

恵棟の自疏、まず「剛謂」より「志也」までの一段を疏す。全卦にただ一つの陽爻あるのみなので、「剛」は九四を指すと知る。それはまた成卦の主にして五つの陰爻を統摂し、衆陰は同心にこれに応ず、まさに『象伝』の講ずる「豫によりて大有りて得る、志大行するなり」なので「剛応じて志行わる」という。坤は柔順にして震は奮動し、母老して子強きがごとく、居処安楽にして号令を発するに威あるので『豫』と呼ぶ。以下に「小畜」より「豫也」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。『説文解字』に言う:「如とは、すなわち随従なり。」『豫』と『小畜』は旁通し、『小畜』の乾は天、『豫』の坤は地である。この卦は中和の徳を具有するので能く順にて動く。中和はまさに天地の徳なので、天地もまたかくのごとしといい、すなわち天地は同じく順動して四時を成就し、まさに下文の講ずるがごとし。諸侯を建立し師衆を興動するに至れば、衆陰は応ぜずして歓悦せざるなし、ゆえに皆来りて相応じて歓豫すという。

○「豫變」至「之類」○此虞義也。豫旁通小畜體巽,豫體震,震巽特變,終變成小畜也。坤為地,謂豫坤也。動初至三,下體成乾,乾為天,故「天地以順動」。《續漢書·律曆志》曰:「兩儀既定,日月始離,初行生分,積分成度。」又曰:「察日月俱發度端,日行十九周,月行二百五十四周,復會於端,無失度之事。」故云「過,失度」也。

以下に「豫変」より「之類」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。『豫』の旁通する『小畜』に巽体あり、『豫』自身に震体あり。震と巽は各々変動し、最終に『小畜』に変成す。坤は地と為り、『豫』卦の坤を指す。初爻より三爻に動きて下体は乾を成し、乾は天なので「天地は順を以て動く」という。『続漢書・律暦志』に言う:「両儀既に定位し、日月始めて分かちて行き、初行は分数を生出し、分を積みて度数を成す。」また言う:「日月を考察するに同じく一つの度端より出発し、太陽は十九周を行き、月亮は二百五十四周を行き、また重ねて原点に会合し、並に度を失うの事なし。」ゆえに注文は「過はすなわち常度を失う」という。

《月令》孟春曰「宿離不貸」,鄭注云:「離讀如儷偶之儷,宿儷謂相與宿偶,當審候伺,不待過差。」故云「貣,差」也,貣與貸通。「變初至需」謂至五也,需離為日,豫坎為月,日月皆得其正,故不過也。初動體震,震為春;至四體兌,兌為秋;至五體坎,坎為冬,離為夏,此覆述上文也。

『礼記・月令』孟春は「宿離貸れず」といい、鄭玄の注に言う:「離は儷偶の儷と読む。宿儷とは彼此相配して偶と為るを謂い、理応仔細に観測守候して、過差あるを致さしめず。」ゆえに注文は「貣はすなわち差錯」といい、「貣」と「貸」は相通ず。いわゆる「初を変じて需に至る」は、一路第五爻まで変ずるをいい、『需』に離ありて日と為り、『豫』に坎ありて月と為る。日月は皆各々その正を得るので度を失わず。初爻が動きて震体を成し、震は春である。四爻に至りて兑体を成し、兑は秋である。五爻に至りて坎体を成し、坎は冬にして離は夏である。これは上文の話を重述するである。

貣者,《參同契》所謂「纖介不正,悔吝為賊,二至改度,乖錯委曲,隆冬大暑,盛夏霜雪,二分縱橫,不應漏刻」,今四時皆正,故不貣也。「通變之謂事」,上繫文,虞彼注云:「事謂變通,趨時以盡利也。」不過不貣皆以時言,故云「蓋此之類」。

いわゆる「貣」とは、すなわち『周易参同契』の講ずるかの情形である:「絲毫正ならざれば、悔吝は便ち禍害を成す。冬至夏至は常度を改易して、節候は便ち乖違糾錯し、隆冬は反って酷熱し、盛夏は反って霜雪し、春分秋分は錯乱颠倒して、漏刻の刻度と対せず。」今四時は皆正に帰するので、差錯を生ぜず。「変に通ずるを之を事と謂う」は『繋辞上』に出づ。虞翻があの句に注して言う:「事はすなわち変通、時宜に趨合して以てその利を尽くす。」「過たず」「貣れず」は皆時序に就いて言うなので、注文は「大抵この類ならん」という。

○「復初」至「民服」○《乾鑿度》曰:「孔子曰:坤變初六曰復,正陽在下,為聖人四利之初。」復初「龍德而隱」,故為聖人。「清猶明也」以下皆虞義也。《說文》云:「清,朗也。」《釋言》云:「明,朗也。」清明同訓,故云「清猶明也」。兌正秋,秋殺於右,故為刑,《晉語》以蓐收為天之刑人亦此義也。坎為法,罰者施法之罪名,故為罰。五體坎,四體兌而皆得正,故刑罰清。

以下に「復初」より「民服」までの一段を疏す。『乾鑿度』に言う:「孔子曰く、坤の初爻は変じて六と為りて『復』と為る、正陽下に在り、これ聖人四利の開端なり。」『復』の初爻はまさに『乾』初九の「龍徳にして隠る」のかの人なので、聖人と称す。「清は猶お明のごとし」以下は皆虞翻の説である。『説文解字』は「清はすなわち朗」といい、『爾雅・釈言』は「明はすなわち朗」といい、清と明は同訓なので「清は猶お明のごとし」という。兑はまさに秋令に当たり、秋は西方に於て粛殺を主るので刑の象を取る。『国語・晋語』は蓐収を以て上天の刑を行う神と為すもまたこの意である。坎は法と為り、「罰」は法に依りて定め出ずる罪名なので坎は罰と為る。五爻は坎体に在り四爻は兑体に在りて皆正を得るので「刑罰清」という。

《楚語》曰:「命火正黎司地以屬民。」故坤為民。乾為天,《乾鑿度》曰:「輕清者上為天。」故乾為清。豫下體坤,動初至三成乾,是乾據坤之象,坤為民,故民服也。○「順動」至「義大」○「法象莫大乎天地」,今天地順動矣;「縣象著明,莫大乎日月」,今日月不過矣;「變通莫大乎四時」,今四時不貣矣;「備物致用莫大乎聖人」,今聖人以順動,刑罰清而民服矣。皆義之大者,故云義大。此上皆虞義也。

『国語・楚語』に言う:「火正重黎に命じて地事を掌せしめ以て民衆を統領せしむ。」ゆえに坤は民と為る。乾は天で、『乾鑿度』は「軽清なるは上昇して天と為る」というので、乾もまた清と為る。『豫』の下体は坤で、初爻より三爻に動きて乾を成すは、まさに乾の坤を拠有するの象である。坤は民なので百姓帰服す。以下に「順動」より「義大」までの一段を疏す:『繋辞』は「法を取り象を成すに天地より大なるはなし」といい、今天地は順動せり。「物象を懸掛して昭著光明なるは日月より大なるはなし」といい、今日月は度を失わず。「変通は四時より大なるはなし」といい、今四時は差錯せず。「器物を備弁しその用を推致するは聖人より大なるはなし」といい、今聖人は時に順いて動き、刑罰清明にして百姓帰服せり。これらは皆意義重大の事なので「義大」という。以上は皆虞翻の説である。

彖上伝・随

「隨,剛來而下柔,動而說,隨。」注:否乾上來之坤初,故「剛來而下柔」,動震說兌也。「大亨貞無咎,而天下隨之。」注:陽降陰升,嫌於有咎,三四易位成既濟,故天下隨之。「隨之時義大矣哉。」注:用九用六之法,陽唱而陰和,男行而女隨,故義大。

『彖上伝』の『随』を釈するに:「随とは、剛来りて柔に下り、動きて説ぶ、随なり。」恵棟の自注:『否』卦乾の上九は来りて坤の初位に居るので「剛来りて柔に下る」という。「動」は下体の震を指し、「説」は上体の兑を指す。伝文「大亨貞咎なし、而して天下之に随う」、自注:陽爻は下降し陰爻は上昇し、もと過咎あるを疑う。しかし三・四両爻は互いに易えて既済を成すので、天下は皆来りて随従す。伝文「随の時の義大なるかな」、自注:ここに用うるは用九・用六の法である——陽は倡導して陰は附和し、男は先行して女は随従す、ゆえにその意義の重大をいう。

疏:「否乾」至「兌也」○此虞義也。乾剛坤柔,卦自否來,否乾上九來之坤初,是剛來下柔,動震說兌,故名隨也。○「陽降」至「隨之」○《乾鑿度》曰:「形變之始,清輕者上為天,濁重者下為地。」是陽升陰降,易之理也。今陽來降初,陰往升上,陽降陰升,非理之常,故嫌於有咎。而云「大亨貞無咎」者,以三四易位,六爻皆正,成既濟定,雲行雨施而天下平,是天下隨之也。此兼荀義。

恵棟の自疏、まず「否乾」より「兑也」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。乾は剛・坤は柔と為り、本卦は『否』より変じ来たり。『否』卦乾の上九は来りて坤の初位に居るは、まさに剛来りて柔下に屈居するである。下体の震は動を主り、上体の兑は悦を主るので、卦名を『随』と呼ぶ。以下に「陽降」より「随之」までの一段を疏す:『乾鑿度』に言う:「形体変化の初、清軽なるは上昇して天と為り、重濁なるは下沉して地と為る。」これにより陽升陰降こそ『易』の常理と見える。今陽爻は反って下降して初位に至り、陰爻は反って上昇して上位に至り、陽降陰升は常理に合せざるので、過咎あらんを疑う。伝文は却って「大亨貞咎なし」という。それは三・四両爻の互易ののち六爻皆正にして既済の定局を成し、雲行き雨施して天下太平たれば、これすなわち天下皆来りて随従す。この説は荀爽の義を兼ね採る。

○「用九」至「義大」○用九者,用乾之六爻而居五三初之位;用六者,用坤之六爻而居二四上之位,故虞氏註文言曰「乾坤六爻成兩既濟」是也。「陽唱而陰和,男行而女隨」,《乾鑿度》文。乾為陽,坤為陰,乾成男,坤成女,既濟六爻,陰皆承陽,女皆隨男。隨家有此義,故云「隨之時義大矣哉」。

以下に「用九」より「義大」までの一段を疏す。いわゆる用九とは、乾の六爻を用いて五・三・初のこの三つの陽位を占拠するをいう。いわゆる用六とは、坤の六爻を用いて二・四・上のこの三つの陰位を占拠するをいう。ゆえに虞翻が『文言』に注して「乾坤両卦の六爻は各々一つの既済を成す」というは、まさにこの意である。「陽は倡導して陰は附和し、男は先行して女は随従す」は『乾鑿度』に出づ。乾は陽、坤は陰と為る。乾は男を成し、坤は女を成す。既済卦の六爻は、陰爻は皆陽爻を承奉し、女子は皆男子に随従す。『随』のこの卦はまさにこの層の意を含むので「随の時の義大なるかな」という。

彖上伝・蠱

「蠱,剛上而柔下,巽而止,蠱。」注:泰初之上,故剛上;坤上之初,故柔下。上艮下巽,故「巽而止,蠱」也。「蠱元亨而天下治也。」注:以乾交坤,故元亨。爻多失正,故不言利貞,而諸爻皆有乾正之事,故天下治也。「利涉大川,往有事也。」注:二往乾五,故有事。「先甲三日,後甲三日,終則有始,天行也。」注:乾為始,坤為終,故終則有始。乾為天,震為行,故天行也。

『彖上伝』の『蠱』を釈するに:「蠱とは、剛上にして柔下、巽にして止まる、蠱なり。」恵棟の自注:『泰』卦の初爻は上りて上位に至るので「剛上」という。坤の上爻は下りて初位に至るので「柔下」という。上体は艮・下体は巽なので「巽にして止まる、蠱」という。伝文「蠱は元亨にして天下治まるなり」、自注:乾を以て坤に交合するので「元亨」。本卦は爻多く正を得ず、ゆえに彖辞は「利貞」を言わず。しかるに各爻は皆乾道を以て匡正するの事あるので天下は治を得る。伝文「大川を渉るに利あり、往きて事あるなり」、自注:九二は前に往きて乾の五位に至るので事ありという。伝文「甲に先だつ三日、甲に後るる三日、終れば則ち始あり、天の行なり」、自注:乾は始、坤は終と為るので「終れば則ち始あり」という。乾は天、震は行と為るので「天の行」という。

疏:「泰初」至「蠱也」○此虞義也。○「以乾」至「治也」○剛上柔下,是以乾交坤,故元亨也。爻之二五初上皆失正,故彖不言利貞,而初二三五皆有乾正父母之事,亦是利貞之義。《孝經》「子曰:先王有至德要道以順天下,民用和睦,上下無怨」,至德要道出於孝,故殷仲文注云:「窮理之至以一管眾為要。」然則至德要道即乾元也,乾元用九,故天下治也。

恵棟の自疏、まず「泰初」より「蠱也」までの一句を疏すに、虞翻に本づく。以下に「以乾」より「治也」までの一段を疏す:剛は上に在りて柔は下に在るは、まさに乾を以て坤に交合するなので「元亨」。全卦の二・五・初・上の四爻は皆正を失うので、彖辞は「利貞」を言わず。しかも初・二・三・五の諸爻は皆乾道を以て父母の過を匡正するの事あり、あれもまたすなわち「利貞」の義である。『孝経』は記す「孔子曰く、先王に至高の徳・切要の道あり、以て天下を順治し、百姓因って和睦し、上下怨恨なし」、この至徳要道は孝より出づ、ゆえに殷仲文の注に言う:「事理を窮究して極処に至るを便ち『至』と為し、一を以て衆を統ぶを便ち『要』と為す。」かくのごとく講ずれば、至徳要道はすなわち乾元である。乾元は用九の道を発揮するので天下大いに治まる。

○「乾為」至「行也」○此虞義也。乾納甲,故為始;坤納癸,故為終。先甲者在甲前,故云終;後甲者在甲後,故云始。甲者乾也,乾為天,互震為行,故天行也。因是而知聖人事天之道本乎易也。《白虎通》曰:「《春秋傳》曰『以正月上辛』,《尚書》曰『丁巳用牲於郊』。」先甲三日辛也,後甲三日丁也,皆接事昊天之日,故傳曰「天行」也。

以下に「乾為」より「行也」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。納甲の例を按ずるに、乾は甲を納し、ゆえに始と為る。坤は癸を納し、ゆえに終と為る。「先甲」は甲日の前に在るので終に属し、「后甲」は甲日の後に在るので始に属す。甲はすなわち乾、乾は天で、卦中に互出する震は行なので「天行」という。これにより聖人の上天に事奉する道は『易』に本づくと知るべし。『白虎通』に言う:「『春秋伝』は『正月上旬の辛日を用う』といい、『尚書』は『丁巳日に郊祭に牲を用う』という。」甲に先だつ三日はまさに辛日で、甲に後るる三日はまさに丁日で、皆昊天上帝に承事する日なので、伝文は「天行」という。

彖上伝・臨

「臨,剛浸而長。」注:剛謂二。浸,漸也,陽息陰,故浸而長。「說而順,剛中而應。」注:說兌,順坤也。剛中謂二,四陰皆應之,故曰「而應」。「大亨以正,天之道也。」注:二升五,三動成既濟,乾元用九,乃見天則,故曰「天之道」。「至于八月有凶,消不久也。」注:陽息則消,故消不久。

『彖上伝』の『臨』を釈するに:「臨とは、剛浸やかに長ず。」恵棟の自注:「剛」は九二を指す。「浸」は漸漸で、陽気は逐歩に陰気を消去するので「浸やかに長ず」という。伝文「説びて順、剛中にして応ず」、自注:「説」は下体の兑を指し、「順」は上体の坤を指す。剛中は九二を指し、四つの陰爻は皆来りてこれに応ずるので「而して応ず」という。伝文「大亨以て正なるは、天の道なり」、自注:九二は五位に升り、九三は変動して既済を成し、乾元は用九の道を発揮して始めて上天の法則に見えたるので「天の道」という。伝文「八月に至りて凶あり、消久しからざるなり」、自注:陽気は極処に増長すれば便ち消退せんとす、ゆえに消退の期は遠からずという。

疏:「剛謂」至「而長」○陽長陰消皆以積漸而成,文言曰:「其所由來者漸矣。」故云「浸,漸」也。《陰符經》曰:「天地之道浸,故陰陽勝。」遯彖傳曰「小利貞,浸而長也」,此謂陰浸而長也。○「說兌」至「而應」○《說卦》曰:「坤,順也;兌,說也。」故云「說兌順坤」也。二以剛居中,故知剛中謂二。二當升五,群陰應之,故「剛中而應」也。

恵棟の自疏、まず「剛謂」より「而長」までの一段を疏す。陽の増長と陰の消退は皆逐歩積累して成る。『坤・文言』は「その由り来るは漸漸に積成するなり」というので「浸はすなわち漸」という。『陰符経』に言う:「天地の道は漸進なり、ゆえに陰陽は能く互相に勝過す。」『遯』卦彖伝は「小利貞、浸やかに長ずるなり」といい、あれは陰気の漸漸増長するを講ず。以下に「説兑」より「而応」までの一段を疏す:『説卦』は「坤は順、兑は悦」というので、注文は「説は兑を指し、順は坤を指す」という。九二は陽剛をもって中位に居るので、「剛中」は九二を指すと知る。九二はまさに五位に升るべく、衆陰は皆来りてこれに応ずるので「剛中にして応ず」という。

○「二升」至「之道」○此釋元亨利貞之義。凡卦具四德者,皆以既濟言之。二升五,三動成既濟則六爻皆正。乾元用九謂用九而居五三初之位,天以中和育萬物,易以中和贊化育,天之道猶天之則,故引文言以明之。○「陽息」至「不久」○陽息不久則消,故云消不久。天地盈虛,與時消息,故臨言凶,言亨也。

以下に「二升」より「之道」までの一段を疏す、これは「元亨利貞」の含義を解釈する。凡そ四徳を具備する卦は、皆既済を以て講ず。九二は五位に升り、九三は変動して便ち既済を成し、六爻は全部正を得る。いわゆる乾元用九とは、九を用いて五・三・初のこの三つの陽位を占拠するをいう。上天は中和の気を以て万物を化育し、『易』は中和の道を以て化育を賛助す。「天の道」もまたすなわち「天の則」なので、恵棟は『乾・文言』を引いて以て説明す。以下に「陽息」より「不久」までの一段を疏す:陽気は増長して久しからずして便ち消退せんとすので、消退の期は遠からずという。天地に盈有り虚有り、時に随いて消長するので、『臨』彖は凶に及ぶと雖も、講ずるところは実は亨である。

彖上伝・観

「大觀在上,順而巽,中正以觀天下。」注:陽稱大,九居五,故「大觀在上」。順坤也。中正謂五,五以天之神道觀示天下,咸服其化,賓于王庭。「觀盥而不觀薦,有孚顒若,下觀而化也。」注:巽為進退,容止可觀,進退可度,則下觀其德而順其化。

『彖上伝』の『観』を釈するに:「大観上に在り、順にして巽、中正を以て天下を観る。」恵棟の自注:陽は大と称し、九は五位に居るので「大観上に在り」という。「順」は坤を指す。中正は九五を指し、九五は上天の神道を以て天下に昭示し、天下は皆その教化に心服し、来りて王庭に朝す。伝文「盥を観て薦を観ず、孚ありて顒若たり、下は観て化するなり」、自注:巽は進退で、儀容挙止は瞻仰に供し、進退動静は法度と為り得れば、則ち下に在る人は便ちその德行を瞻仰してその教化に順従す。

「觀天之神道而四時不貣。」注:貣,差也。神道謂五。臨震兌為春秋,三上易位,坎冬離夏,日月象正,故四時不貣。「聖人以神道設教而天下服矣。」注:聖人謂乾,退藏於密而齊於巽,以神明其德教,故聖人設教。坤民順從而天下服矣。

伝文「天の神道を観て四時貣れず」、自注:「貣」は差錯で、「神道」は九五を指す。『観』と相覆する『臨』卦に震・兑あり、震は春・兑は秋である。『観』の三爻と上爻は互易ののち坎・離を成し、坎は冬・離は夏で、日月の象は各々その正を得るので、四時は差錯を生ぜず。伝文「聖人は神道を以て教を設けて天下服す」、自注:聖人は乾を指し、それは隠密に退蔵して巽に斎潔し、神明を以て己の徳教を彰顕するので、聖人教を設くという。坤は百姓を代表し、百姓は順従すれば、天下は便ち帰服す。

疏:「陽稱」至「王庭」○陽大陰小故陽稱大。大謂九,上謂五,以九居五故「大觀在上」。順坤也。中正謂五,虞義也。不賞而民勸,不怒而民威於鈇鉞,是天下咸服其化。六四「賓王」,是賓于王庭也。

恵棟の自疏、まず「陽称」より「王庭」までの一段を疏す。陽は大にして陰は小なので、陽は大と称す。「大」は陽九を指し、「上」は五位を指し、陽九を以て五位に居るので「大観上に在り」という。「順」は坤を指す。「中正は九五を指す」は虞翻の説である。『中庸』は賞賜を用いずして百姓自ら勉め、怒を発せずして百姓之を刀斧よりも畏ると講じ、これすなわち天下皆その教化に心服すである。六四爻辞は「王に賓たるを用うるに利あり」といい、まさに来りて王庭に朝するの象である。

○「巽為」至「其化」○此虞義也。「巽為進退」,《說卦》文。「容止可觀,進退可度」,襄三十一年《春秋傳》文。《說文》引易曰:「地可觀者莫可觀於木。」《漢書·五行志》曰:「說曰:木,東方也,於易地上之木為觀,其於王事威儀容貌亦可觀者也。」九五有人君之德,實貌相應,其下畏而愛之,則而象之,故下觀其德而順其化也。

以下に「巽為」より「其化」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。「巽は進退と為る」は『説卦』に出づ。「儀容挙止は瞻仰に供し、進退動静は法度と為り得」は襄公三十一年『左伝』に出づ。『説文解字』は『易』を引いて言う:「地上の瞻仰に供するは、樹木より観るべきはなし。」『漢書・五行志』に言う:「解説する者は言う:木は東方に属し、『易』の裡に地上の木は便ち『観』卦なり。王者の事に就いて言えば、威儀容貌もまたまさに瞻仰に供するなり。」九五は人君の徳を具有し、実質と儀表相称し、下に在る人は既に敬畏しまた愛戴し、取って法と為し依って象と為すので、下に在る者はその德行を瞻仰してその教化に順従すという。

○「貣差」至「不貣」○此虞義也。「貣,差也」,釋見豫彖傳。五本乾也,乾為神為道,故神道謂五。臨體震兌,震為春,兌為秋,故云「臨震兌為春秋」。三上易位,體坎離,坎為冬,離為夏,約象為既濟,日月象正,故四時不貣也。

以下に「貣差」より「不貣」までの一段を疏すに、虞翻に本づく。「貣はすなわち差錯」、解釈は已に『豫』卦彖伝の疏文に見ゆ。九五はもと乾に属し、乾は神にしてまた道なので、「神道」は九五を指す。『臨』卦に震・兑両体あり、震は春・兑は秋なので、「『臨』の震兑はすなわち春秋」という。『観』の三爻と上爻は互易ののち坎・離両体を成し、坎は冬・離は夏で、約してその象を取ればすなわち既済、日月の象は各々その位を正しくするので、四時は差錯を生ぜず。

○「聖人」至「服矣」○《乾鑿度》乾九五為聖人,故聖人謂乾。「退藏於密」,繫上文;「齊於巽」,說卦文。陽動入巽,巽為退伏,坤為閉戶,故退藏於密。齊者,齊戒之義,聖人以此齊戒,以神明其德,形德於已而設教於民。下體坤,坤民順從,故天下服矣。

以下に「聖人」より「服矣」までの一段を疏す。『乾鑿度』は乾の九五を以て聖人と為すので、聖人は乾を指すという。「密に退蔵す」は『繋辞上』に出づ、「巽に斉う」は『説卦』に出づ。陽気は動きて巽に入り、巽は退伏の義あり、坤はまた閉戸と為るので「密に退蔵す」という。「斉」は斎戒の意である。聖人はこれに借りて斎戒して以て己の徳性を神明にし、先ず自身に德行を成就し、しかるのち民に教を施す。下体は坤で、坤は百姓を代表し、百姓順従するので天下帰服す。

尋神道設教謂祭祀也。《祭義》曰:「宰我曰:吾聞鬼神之名,不知其所謂。子曰:氣也者,神之盛也;魄也者,鬼之盛也。合鬼與神,教之至也。因物之精,制為之極,明命鬼神,以為黔首,百眾以畏,萬民以服。」鄭注云:「合鬼神而祭之,聖人之教致之。」是其義也。

再び推究すれば、「神道設教」が指すところはまさに祭祀である。『礼記・祭義』に言う:「宰我曰く、我は鬼神の名称を聞くも、それが究竟何を指すか明白ならず。孔子曰く、気とは神の盛顕なり、魄とは鬼の盛顕なり。鬼と神を合して祭るは、始めて教化の極致なり。万物の精気に依りて、最高の准則を制定し、明白に之を鬼神と称し、用いて百姓の表率と為し、衆人是によりて敬畏し、万民是によりて帰服す。」鄭玄の注に言う:「鬼と神を合して祭るは、聖人の教化の促成するなり。」まさにこの意である。

彖上伝・噬嗑

「頤中有物曰噬嗑。」注:物謂四。「噬嗑而亨,剛柔分。」注:據自否來。「動而明,雷電合而章。」注:動震明離。章,明也,雷動而威,電照而明,故「雷電合而章」。「柔得中而上行。」注:柔謂初,中謂五。「雖不當位,利用獄也。」注:初之五故不當位,上之三故利用獄也。

『彖上伝』の『噬嗑』を釈するに:「頤中に物あるを噬嗑と曰う。」恵棟の自注:「物」は九四を指す。伝文「噬嗑して亨る、剛柔分かつ」、自注:これは本卦の『否』より変じ来たるに拠りて説を立つ。伝文「動きて明、雷電合して章たり」、自注:「動」は下体の震を指し、「明」は上体の離を指す。「章」は明と訓ず。雷動きて威を生じ、電照りて明を生ずるので「雷電合して章たり」という。伝文「柔は中を得て上行す」、自注:「柔」は初爻を指し、「中」は五位を指す。伝文「位に当たらずと雖も、獄を用うるに利あるなり」、自注:初爻は上りて五位に至り、陰をもって陽に居るので位に当たらず。上爻は下りて三位に至るので獄を断ずるに宜し。

疏:「物謂四」○此虞義也,虞謂所噬乾胏也。○「據自否來」○乾剛坤柔,否乾五降初,坤初升五,故剛柔分也。○「動震」至「而章」○下震上離,故動震明離。古文《尚書·堯典》曰「辨章百姓」,鄭注云:「章,明也。」《說卦》曰:「震為雷,離為電。」《晉語》司空季子曰:「車有震,武也。」韋昭云:「震,威也。」又云:「居樂岀威。」故知震為威也。震動而威,電動而明,宋衷義也。電有光明,故云電照。宋氏又謂用刑之道,威明相兼,故須雷電併合而噬嗑備。《尚書·呂刑》曰:「德威維畏,德明維明。」是用刑在乎威明也。

恵棟の自疏。まず「物は九四を指す」を疏す:これは虞翻の説で、虞翻は咬む所はまさに九四爻辞の裡の「乾胏」なると為す。次に「本卦の『否』より変じ来たるに拠る」を疏す:乾は剛・坤は柔と為り、『否』卦乾の五爻は下降して初位に至り、坤の初爻は上昇して五位に至るので、剛柔分かちて開くという。次に「動震」より「而章」までを疏す:下体は震・上体は離なので「動は震を指し、明は離を指す」という。古文『尚書・堯典』は「百姓を辨章す」といい、鄭玄の注は「章はすなわち明」という。『説卦』は「震は雷、離は電と為る」という。『国語・晋語』は司空季子の「車上に震の象あり、あれは武なり」を記し、韋昭の注は「震はすなわち威」といい、また「居処安楽にして号令を発するに威あり」といい、これにより震は威と為ると知るべし。雷動きて威を生じ電動きて明を生ずは、宋衷の説である。電はもと光明あるので「電照」という。宋衷また言う、用刑の道は威と明を並び重んずるを要し、ゆえに必ず雷電合発して、噬嗑の義始めて完備と算う、と。『尚書・呂刑』に言う:「徳を以て威を立つれば、人始めて敬畏し、徳を以て明を致せば、政始めて昭明す。」これにより用刑の関鍵は威と明に在ると見える。

○「柔謂」至「謂五」○初本坤柔,故柔謂初;初之五,故中謂五。自下而上,故上行也。○「初之」至「獄也」○初之五以陰居陽,故不當位。上之三成豐折獄,故刑用獄也。

以下に「柔謂」より「謂五」までの一段を疏す:初爻はもと坤の柔爻なので「柔」は初を指す。初爻は上りて五位に至るので「中」は五を指す。下より上に至るので「上行」という。以下に「初之」より「獄也」までの一段を疏す:初爻は上りて五位に至り、陰爻をもって陽位に居るので位に当たらず。上爻は下りて三位に至れば便ち『豊』卦を成し、『豊』の大象に「獄を折りて刑を致す」の文あるので、刑を用い獄を断ずるに宜し。

彖上伝・賁

「賁亨,柔來而文剛,故亨;分剛上而文柔,故小利有攸往。」注:自外曰來,坤柔從上來,居乾之中,文飾剛道,交於中和,故亨也。分乾之二,居坤之上,上飾柔道,故小利有攸往。

『彖上伝』の『賁』を釈するに:「賁は亨る、柔来りて剛を文る、ゆえに亨。剛を分かちて上りて柔を文る、ゆえに小さく往くところあるに利あり。」恵棟の自注:外卦より内卦に進入するを「来」と呼ぶ。坤の柔爻は上面より下り来り、乾体の中に居り、剛健の道を文飾し、中和と相交るので亨通す。また乾の第二爻を分出し、升りて坤体の上に居り、上に在りて柔順の道を文飾するので「小さく往くところあるに利あり」という。

「天文也。」注:謂五利變之正成巽體離,艮為星,離日坎月,巽為高,五天位,離為文明,日月星辰高麗於上,故稱天之文也。「文明以止,人文也。」注:人謂三,泰乾為人,文明離,止艮也。震動離明,五變據四,二五分則止文三,故以三為人文也。

伝文「天文なり」、自注:六五は変じて正を得るに宜しく、変ずるのち巽体と離体を成すをいう。艮は星、離は日・坎は月、巽は高、五はまた天位で、離は文明である。日月星辰は高く上に附麗するので、天の文采と称す。伝文「文明を以て止まるは、人文なり」、自注:「人」は九三を指す。本卦は『泰』より変じ来たり、『泰』の乾は人と為る。「文明」は離を指し、「止」は艮を指す。震は動を主り離は明を主り、六五は変じて六四を拠有し、二と五既に分かれ、便ち止まりて九三を文飾するので、九三を以て人文と為す。

「觀乎天文以察時變。」注:日月星辰為天文也。泰震春,兌秋,賁坎冬,離夏,巽為進退,日月星辰進退盈縮,謂朓側朏也,歴象在天成變,故以察時變矣。「觀乎人文以化成天下。」注:乾為人,五上動體既濟,賁離象,重明麗正,故以化成天下。

伝文「天文を観て以て時変を察す」、自注:日月星辰はすなわち天文である。『泰』卦に震ありて春、兑ありて秋、『賁』卦に坎ありて冬、離ありて夏である。巽は進退を主り、日月星辰の運行は進有り退有り・盈有り縮有り、すなわち暦家の講ずる「朓」(月行超前)・「側匿」(月行落後)と「朏」(新月始明)である。暦象は天上に種種の変化を形成するので、能くこれに借りて時序の推移を考察す。伝文「人文を観て以て天下を化成す」、自注:乾は人と為る。五爻と上爻が変動すれば既済の体を成し、『賁』はもと離象あり、両重の光明は正位に附麗するので、能く天下を化育成就す。

疏:「自外」至「攸往」○自外曰來,虞義也;坤柔已下,荀義也。賁者飾也,泰坤上下居乾二文,飾乾剛之道,居二得中,故云交於中和。

恵棟の自疏、「自外」より「攸往」までの一段を疏す。「外卦より内卦に進入するを来と呼ぶ」は虞翻の説、「坤の柔爻」以下は荀爽の説である。「賁」はすなわち文飾である。『泰』卦坤の上爻は下り来りて乾の第二位に居りて文采を成し、乾の剛健の道を文飾す。それは二位に居りて中を得るので「中和と相交る」という。

賁卦 彖伝(前に承く)

乾坤交,故亨也。分者,剛柔分也。分乾之九二居坤之上,上飾坤柔之道。小者,五四二陰利上來飾坤,故小利有攸往。○「謂五」至「文也」○此虞義也。五失位,故利變之正,兼有巽離,故成巽體離。艮主斗,斗建十二辰。艮為人,斗合於人統。星主斗,故艮為星。互坎體離,離日坎月。巽為高,《說卦》文。五虛無君,故為天位。下雲文明以止,文明謂離。日月星辰皆麗於天,故為天之文也。

乾坤両卦は交互に往来するので、『賁』卦は「亨」を得る。いわゆる「分」は、剛爻柔爻の分布を講ず。乾卦の九二を分出して、坤卦の上位に安放し、剛爻をして上より坤の柔道を文飾せしむ。いわゆる「小」は、第五・第四の両陰爻が上行して坤体を文飾するに宜しきを指すので、卦辞は「小さく往くところあるに利あり」という。以下に疏するところは「謂五」より「文也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。九五は陽爻をもって陰位に居りて正を失うので、変動して正に帰するに宜し。変ずるのち卦中に巽・離両象を兼ね含み、是に於て既に巽体を成しまた離体を成す。艮は星象の上に於て北斗を主管し、北斗の斗柄は旋指して十二地支に及ぶ。艮はまた人に取象し、北斗は「人統」と相配す。衆星は斗を以て主と為すので、艮もまた星に取象す。卦中の互体に坎を見、卦体は離を含み、離は太陽、坎は月亮である。巽に「高」の取象あるは、これ『説卦』の原文である。第五位は空虚にして居守する君主なきので「天位」と称す。下文は「文明を以て止まる」といい、「文明」が指すところはすなわち離である。日月星辰は皆天上に附麗するので、これを上天の文采という。

○「人謂」至「大也」○三於三才為人道,故人謂三。卦自泰來,故云泰乾。人象乾德而生,故乾為人。互有震,故云震動離明。五變為陽,故據四。二五分體,五據四,二文三,故云則止文三,以三為人文之象也。

以下に疏するところは「人謂」より「大也」までのこの一段の注文である。九三は天・地・人三才の位次の中に人道に属するので、注文の講ずる「人」は九三を指す。『賁』卦は『泰』卦より変じ来たるので「泰乾」と称す。人は乾徳に取法して生まるるなので、乾はまた人に取象す。卦中の互体に震あるので「震動離明」という。九五は変じて陽爻と為ったのち、便ち六四に憑拠し得る。二と五は内外両体に分処し、五は四に憑拠し、二は三を文飾するので、注文は「則ち止まりて三を文る」といい、九三を以て人文の象徴と為す。

○「日月」至「變矣」○此虞義也。體離,艮互坎,離日坎月艮星,故云日月星辰為天文也。時,四時也。泰互震兌,故震春、兌秋;賁有坎離,故坎冬離夏。巽陽已進而陰初退,故為進退。日月星辰有進退盈縮。《漢書·天文志》曰:陽用事則進,陰用事則退,早出為盈,晚出為縮也。「朓側朏」,朏當作匿,字之誤也。《尚書大傳》曰:晦而月見西方謂之朓,朔而月見東方謂之側匿。鄭彼注云:朓,條也,條達行疾貌;側匿猶縮,縮,行遲貌。所謂時變也。歷,數也。象,法也。《考工記》曰:天時變。故云曆象在天成變,所以察時變也。

以下に疏するところは「日月」より「変矣」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。『賁』卦本体は離を含み、艮体は坎を互出し、離は日・坎は月・艮は星なので、日月星辰はすなわち天上の文采という。注文中の「時」は四季を指す。『泰』卦の互体に震あり兑あり、震は春を主り兑は秋を主る。『賁』卦に坎あり離あり、坎は冬を主り離は夏を主る。巽卦は陽気已に前進して陰気剛に退却し始めるなので、「進退」の象を取る。日月星辰の運行はもと前進後退・盈満縮減あり。『漢書・天文志』に言う:陽気当令の時は天体の運行は提前し、陰気当令の時は運行は滞后す。出現する早きを「盈」と呼び、出現する遅きを「縮」と呼ぶ。注文の裡の「朓側朏」は、「朏」はまさに「匿」と作るべし、字形の致誤である。『尚書大伝』に言う:月末にして月亮は西方に出現するを「朓」と呼び、月初にして月亮は東方に出現するを「側匿」と呼ぶ。鄭玄があの段に注解して言う:「朓」はすなわち「條」、運行の通暢にして快速なるを形容す。「側匿」は「縮」に近く、「縮」は運行遅緩の貌である。これらはすなわちいわゆる時序の変化である。「暦」は推算で、「象」は法度である。『考工記』は「天時変ず」というので、注文は暦数星象は天上に種種の変化を形成し、人はこれに憑りて時序の推移を考察すという。

○「乾為」至「天下」○此虞義也。五上體乾,故云乾為人。二爻皆不正,動謂變之正也。動成既濟定,則賁互兩離。《離》彖傳云:重明以麗乎正,乃化成天下。虞彼注云:兩象故重明。正謂五陽,陽變之坤來化乾以成萬物,謂離日化成天下。彼以正為五陽變坤來化乾,此以既濟互離,則正謂五陽無變坤來化乾之事也。

以下に疏するところは「乾為」より「天下」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。九五・上九は同じく乾体に属するので、乾は人に取象すという。二・五両爻は皆位に当たらず、注文の講ずる「動」はすなわち変動して正位に帰するである。変動して『既済』を成し六爻安定するに至れば、『賁』卦は便ち二つの離象を互出す。『離』卦彖伝に言う:「重明以て正に麗り、乃ち天下を化成す。」虞翻があの一句に注解して言う:上下両体は皆離象なので「重明」と呼ぶ。「正」は九五の陽を指し、陽爻は坤中に変入して乾体を化育し以て万物を生成す、すなわち離日の天下を化成するである。虞翻は『離』卦のかそこに於ては「正」を五陽の変じて坤して乾を化すと解すも、ここでは『既済』の互出する離象に就きて説を立つるので、「正」はただ九五の陽を指すのみにして、坤を変じて乾を化すのこの一層の事なし。

剥卦 彖伝

剝,剝也,柔變剛也。注:陰外變五,五者至尊,為陰所變,故曰剝。不利有攸往,小人長也。注:小人謂群陰。順而止之,觀象也。注:坤順艮止,謂五消觀成剝,故觀象也。君子尚消息盈虛,天行也。注:乾為君子,乾息為盈,坤消為虛,故君子尚消息盈虛天行也。

彖伝に言う:「『剥』は剥なり、柔は剛を変ずるなり。」恵棟の自注:陰気は外卦より上侵し、一直に第五爻に変じ至る。五は最も尊貴の君位にして、今陰爻に変ぜらるるので「剥」と呼ぶ。彖伝に言う:「往くところあるに利あらず、小人長ずるなり。」自注:「小人」は下面のあの一群の陰爻を指す。彖伝に言う:「順にてこれを止むるは、象を観るなり。」自注:坤性は順・艮性は止である。講ずるところは第五位の消蝕せられ、『観』卦は是に於て『剥』卦に変成す、ゆえにここに『観』卦の象を取る。彖伝に言う:「君子は消息盈虚を尚ぶ、天の行なり。」自注:乾は君子に取象し、乾陽の滋長するはすなわち「盈」、坤陰の消退するはすなわち「虚」なので、君子は消息盈虚を推重す。これまさに天道の運行なるが故である。

疏:「陰外」至「曰剝」○此荀義也。陰消乾至外卦而及五,故曰陰外變五。《喪服傳》曰:君至尊也。五為天子,故曰至尊。五為陰所變,《乾鑿度》云:剝之六五言盛殺萬物皆剝墮落,故云剝也。○「小人謂群陰」○群陰在內,一陽在外,陽往則陰來,故不利有攸往,謂小人長也。

恵棟の自疏:疏するところは「陰外」より「曰剥」までのこの一段の注文で、採用するは荀爽の説である。陰気は乾陽を消蝕し、一直に推進して外卦に至りて第五爻に侵及するので「陰外変五」という。『儀礼・喪服伝』は「君とは至の尊なり」といい、第五爻は天子の位なので「至尊」と称す。第五位は陰爻に変ぜらる、『乾鑿度』に言う:『剥』卦の六五が講ずるは粛殺の気大いに盛んにして、万物は皆剥落して地に墜つ、ゆえに名を取りて「剥」と為す、と。以下に疏するところは「小人は羣陰を謂う」の一句である。衆陰爻は内に在り、ただ一陽を外に余すのみ。陽は上に往きて走れば陰は便ち跟いて上るので「往くところあるに利あらず」、これすなわちいわゆる小人の勢力増長である。

○「乾為」至「行也」○此虞義也。消息者,乾坤也。先儒據《易》曰:伏羲作卜言之教曰乾坤震巽坎離艮兌消息。若然,自有八卦便有消息。《史記·曆書》謂黃帝起消息,義或然也。卦有十二實,乾坤十二畫也。復、臨、泰、大壯、夬、乾皆息卦也,而皆乾,故乾為息;姤、遯、否、觀、剝、坤皆消卦也,而皆坤,故坤為消。乾盈於甲,故乾為盈;陽實陰虛,故坤為虛。觀消為剝,剝消為坤,觀不得不變為剝,剝不得不變為坤。天之道即消息盈虛之道,故曰天行也。

以下に疏するところは「乾為」より「行也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。いわゆる「消息」とは、指すところはすなわち乾と坤である。前輩の儒者は『易』に依拠して言う:伏羲は卜筮の教を創立し、講ずるところは乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兑の消長なり、と。この説法に照らせば、八卦有るより自ら、已に消息の説あり。『史記・暦書』は消息の法は黄帝に起るといい、道理あるいはかくのごとしか。「十二消息卦」は共に十二爻の実にして、まさに乾坤両卦の十二画である。『復』『臨』『泰』『大壮』『夬』『乾』は皆陽気滋長の息卦にして、しかも彼らは最終に皆乾に帰するので、乾は「息」を主る。『姤』『遯』『否』『観』『剥』『坤』は皆陽気消退の消卦にして、しかも彼らは最終に皆坤に帰するので、坤は「消」を主る。納甲の法により、月円なるの時、乾象は甲位に配するので乾は「盈」と為る。陽爻は充実にして陰爻は虚空なので坤は「虚」と為る。『観』は再び消すれば『剥』を成し、『剥』は再び消すれば『坤』を成す。『観』は『剥』に変ぜざるを得ず、『剥』は『坤』に変ぜざるを得ず。天の運行の規律はすなわち消息盈虚の規律なので、これを「天行」という。

復卦 彖伝

復亨,剛反,動而以順行。注:剛從艮入,坤從反震,故曰反動。坤順震行,故而以順行。陽不從上來反初,故不言剛自外來,是以明不遠之復入坤出震義也。是以出入無疾,朋來無咎,反復其道,七日來復,天行也。注:天行謂自午至子。利有攸往,剛長也。注:剛道浸長。復其見天地之心乎。注:冬至復加坎,坎為極心,乾坤合於一元,故見天地之心。心猶中也,董子以二至為天地之中是也。

彖伝に言う:「復は亨る、剛反る、動きて以て順に行く。」恵棟の自注:この一剛爻は艮体より坤中に入り、再び坤中より返出して震を成すので「反動」と呼ぶ。坤性は順・震は行を主るので「動きて以て順に行く」という。こここの陽爻は上爻より下りて初位に返回するに非ず、ゆえに彖伝は「剛は外より来たる」を言わず、まさに『復』卦の「遠からずして復る」は乃ち陽気が坤に入りまた震より出づの道理を要点明するである。彖伝に言う:「是を以て出入に疾なく、朋来たりて咎なし、反復してその道に復り、七日にして来復す、天の行なり。」自注:「天行」は午位より子位に至るこの一段の消長の歴程を指す。彖伝に言う:「往くところあるに利あり、剛長ずるなり。」自注:剛陽の道はまさに逐漸増長中にある。彖伝に言う:「復はそれ天地の心を見るか。」自注:冬至の一節は『復』卦を配して坎卦の上に加え、坎は北方の極に居りて中心と為り、乾坤はここに於て同一の元気に合するので、天地の心を見る能し。「心」はすなわち「中」で、董仲舒は冬至・夏至の両至を以て天地の中と看作す、講ずるところはまさにこの意である。

疏:「剛從」至「義也」○此虞義也。剛謂剝上九,上九體艮,消艮入坤,故云剛從艮入。坤滅出復震,故從反震。艮者震之反也。坤為順,震為行,故而以順行。彖傳多言適變而此言消息,故云陽不從上來反初。若上來反初則當云剛自外來,今不云來,明不從適變之例也。若然,泰之小往大來亦據消息而云來者,否泰反其類,彼對否大往小來亦是消息,非適變也。從上反初則遠,今入坤出震,七日來復,正明覆之不遠,故云是以明不遠之復入坤出震義也。○「天行」至「至子」○天行謂消息,坤消自午,陽息於子,故云自午至子,謂七日也。

恵棟の自疏:疏するところは「剛従」より「義也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。この「剛」は『剥』卦の上九を指す。上九は艮体に処り、艮体は消蝕せられて坤に入るので「剛は艮より入る」という。坤体は極処に至りて陽気は再び出づ、震と成るので「反りて震に従う」という——艮はまさに震の倒反の象である。坤性は順・震は行を主るので「動きて以て順に行く」という。彖伝は大率爻位往来の「適変」を講ずるも、ここに講ずるは十二消息なので、注文は陽爻は上爻より下りて初位に返回するに非ずという。仮に真に上より初に返らば、まさに「剛は外より来たる」というべし。今「来」を言わざるは、まさに『復』卦は適変の通例に依らざるを表明す。若し人の問わんに:『泰』卦彖辞の「小往き大来たる」もまた消息に依りて説を立つるに「来」の字を用うは、それは『否』『泰』両卦の互いに反覆するが故に、『否』卦の「大往き小来たる」と相対し、同じく消息に属して適変に属さず。上爻より初爻に返回すれば、路途便ち遠し。今陽気は坤に入りて震に出づ、七日にして回還す、まさに『復』卦は「遠からずして復る」を説明す、ゆえに注文はこれを要点明して「遠からざるの復」は乃ち坤に入り震に出づの義なりという。以下に疏するところは「天行」より「至子」までの一段である:「天行」は消息の道を指し、坤陰は午位より陽気を消蝕し始め、陽気は子位に至りて重ねて滋生するので「午より子に至る」といい、すなわち「七日」である。

○「冬至」至「是也」○《易緯·是類謀》曰:冬至日在坎,春分日在震,夏至日在離,秋分日在兌。《魏書·律曆志》推四正卦術曰:因冬至大小餘即坎卦用事日。求次卦加坎,大餘六,小餘五千五百二十九,小分十四,微分滿五從小分,小分滿氣法從小餘,小餘滿蔀法從大餘,命以紀算外即復卦用事日。大壯加震,姤加離,觀加兌,如復加坎。冬至復加坎,是其義也。

以下に疏するところは「冬至」より「是也」までのこの一段の注文である。『易緯・是類謀』に言う:冬至の時は太陽は坎卦に当値し、春分は震卦に当値し、夏至は離卦に当値し、秋分は兑卦に当値す。『魏書・律暦志』の載する四正卦を推求する算法に言う:冬至のあの日の得る大余・小余に依拠せば、すなわち坎卦の当値の日なり。次の卦を推さんと欲せば、便ち坎卦の得る数の上に累加し、大余六・小余五千五百二十九・小分十四を加う。微分は五に満てば便ち小分に進め、小分は一「気法」に満てば便ち小余に進め、小余は一「蔀法」に満てば便ち大余に進む。紀首より算を起こすの外の得る日は、すなわち『復』卦の当値の日なり。『大壮』は震上に加え、『姤』は離上に加え、『観』は兑上に加え、まさに『復』の坎上に加うるがごとし。冬至にして『復』卦を坎に加うるは、講ずるところはすなわちこの道理である。

荀氏《說卦》曰:坎為極心。注云:極,中也。《繫上》曰:易有太極,是生兩儀。虞氏注云:兩儀謂乾坤也。太極生兩儀,故《乾鑿度》曰:乾坤相併俱生。彖傳曰:大哉乾元。又曰:至哉坤元。故云乾坤合於一元。乾為天,坤為地,冬至天地之中,故云天地之心,心即中也。知天地之心即天地之中者,以成十三年《春秋傳》曰:民受天地之中以生,所謂命也。天地之中即乾坤之元,萬物資始,乾元;資生,坤元,所謂民受之以生,故知天地之心即天地之中。不曰中而曰心者,陽尚潛藏,故曰心也。

荀爽が『説卦』に注して「坎は極心と為る」といい、注文は解釈して言う:「極」はすなわち「中」なり。『繋辞上伝』に言う:「易に太極あり、是に両儀を生ず。」虞翻の注解に言う:両儀が指すところはすなわち乾と坤なり。太極は両儀を生出するので、『乾鑿度』は乾坤は相并びて同時に生成するという。彖伝は乾を賛して「大いなるかな乾元」といい、また坤を賛して「至れるかな坤元」というので、乾坤は同一の元気に合すという。乾は天、坤は地で、冬至はまさに天地の中に当たるので「天地の心」と称し、「心」もまたすなわち「中」である。天地の心がすなわち天地の中なるを知る所以は、『左伝』成公十三年に言うが故である:百姓は天地中和の気を禀受して生ず、これすなわちいわゆる「命」なり、と。天地の中はすなわち乾元と坤元である。万物は乾元に憑りて開始し、坤元に憑りて生成す、これまさに百姓のそれを禀受して生を得るなり。これにより天地の心はすなわち天地の中と知るべし。「中」と言わずして「心」というは、この時陽気はなお下に潜蔵するが故に、一つの「心」の字を用う。

董子謂二至為天地之中者,見《春秋繁露》。其文曰:陽之行始於北方之中,而止於南方之中;陰之行始於南方之中,而止於北方之中。陰陽之道不同,至於盛而皆止於中,其所始皆必於中。中者,天地之太極,是以二至為天地之中也。荀氏注此云:復者,冬至之卦,陽起初九為天地心,萬物所始,吉凶之先,故曰見天地之心。義亦同也。

恵棟の講ずる董仲舒が冬夏二至を當作して天地の中と為すは、出処は『春秋繁露』に在り。あの段の文字は言う:陽気の運行は北方の中に起りて、しかして南方の中に止まる。陰気の運行は南方の中に起りて、しかして北方の中に止まる。陰陽の路径は相反すと雖も、極盛の処に到れば皆「中」に停まり、起点もまた必ず「中」に在り。「中」はすなわち天地の太極なり、因って冬至・夏至を以て天地の中と看作す、と。荀爽がこの句に注して言う:『復』卦は冬至の卦にして、陽気は初九より興起す、すなわち天地の心にして、万物の開端・吉凶の先兆なり、ゆえに「天地の心を見る」という。彼の意思は董仲舒ともまた一致す。

无妄卦 彖伝

無妄,剛自外來而為主於內,動而健,剛中而應。注:上之初,故自外來。震為主,故為主於內。剛中謂五,應應二。大亨以正,天之命也。注:乾為天,巽為命,三上易位,乾坤交而成既濟,故大亨以正,合於天地之中,故曰天之命也。其匪正有眚,不利有攸往。無妄之往,何之矣,天命不右行矣哉。注:體屯難,故無所之。右,助也。災成於三,窮於上,故天命不右。馬氏謂天命不右行,非也。

彖伝に言う:「『无妄』は、剛は外より来りて内に主と為る、動きて健、剛中にして応ず。」恵棟の自注:上爻は降りて初位に至るので「外より来たる」という。震は祭器を主るの象なので「内に主と為る」という。「剛中」は九五を指し、「応」は六二と相応ずるを指す。彖伝に言う:「大亨以て正なるは、天の命なり。」自注:乾は天、巽は命と為る。三と上は位置を互換し、乾坤相交りて『既済』を成すので「大亨以て正」。これはまさに天地の中和の気に合するので「天の命」と称す。彖伝に言う:「それ正に匪ざれば眚あり、往くところあるに利あらず。无妄の往く、何の之かん、天命右行せざるなり。」自注:卦は『屯』の艱難の象を体現するので、往くべきところなし。「右」は佑助の意である。災禍は九三に成り、上九に窮尽するので、天命は佑助を加えず。馬融はこの句を「天命右行せず」と読むは是ならず。

疏:「上之」至「應二」○上在外卦,故自外來。震主器,上之初,二在內,故為主於內。動震健乾,五以剛居中,故知剛中謂五。二利有攸往,五之正應也,故應謂應二。○「乾為」至「命也」○此言既濟之事。四已正,三上易位,乾坤交,故大亨;六爻皆正,故以正也。五為天中,二為地中,天地之中,民所受以生者,所謂命也,故曰天之命也。

恵棟の自疏:疏するところは「上之」より「応二」までのこの一段の注文である。上爻はもと外卦に在るので「外より来たる」という。震は祭器を主管するの象である。上爻は降りて初位に至り、しかも六二は内卦に在るので「内に主と為る」という。「動」は震を指し「健」は乾を指す。九五は陽剛を以て中位に居るので、「剛中」が講ずるは九五と知る。六二爻辞は「往くところあるに利あり」といい、六二はまさに九五の正応なので、注文中の「応」は六二と相応ずるを指す。以下に疏するところは「乾為」より「命也」までの一段である:ここに講ずるは『既済』を成すの事である。六四は已に正を得、再び三と上をして位置を互換せしめば、乾坤是に於て交通す、ゆえに「大亨」という。六爻は全部位に当たるので「以て正」という。第五爻は天の中、第二爻は地の中で、天地の中和の気はまさに百姓の禀受して以て生ずるものにして、すなわちいわゆる「命」なので「天の命」という。

○「體屯」至「非也」○四已正,上動成坎,故體屯難。《屯》卦辭曰:不利有攸往。故無所之。右,助,鄭義也。三匪正,故災成於三。上傳曰:窮之災也。故云窮於上。乾為天,巽為命,虞氏謂上動逆巽命,故天命不右行矣哉,言不可行也。馬氏已下,虞駁馬義也。右讀為佑,馬如字,屬下讀,雲天左旋不右行,非傳義,故虞駁之。尋馬氏之義,謂天左旋不右行,右行為反天命,故災,義亦得通也。

以下に疏するところは「体屯」より「非也」までのこの一段の注文である。六四は已に正を得、上爻一たび動けば坎を成すので、卦は『屯』の艱難を体現す。『屯』卦辞は「往くところあるに利あらず」というので、往くべきところなし。「右」を佑助と訓ずるは鄭玄の解説である。九三は位に当たらざるので災禍は九三に成る。上九『象伝』は「窮の災なり」というので、上九に窮尽すという。乾は天、巽は命と為り、虞翻は上爻が変動すれば便ち巽の象徴する天命に違逆すと為すので、「天命右行せざるなり」といい、あれはこの路は行き通ぜずをいう。「馬氏」以下の幾句は、虞翻が馬融の説を駁斥するである。虞翻は「右」を「佑」と読み、馬融は則ち本字に依りて読み、しかも「右」の字を下句に連属させ、天体左旋して右行せずと講ず。これは彖伝の本義に合せず、ゆえに虞翻は彼を駁斥す。ただし馬融の用意を推尋すれば、天は左旋して右行せず、若し竟然として右行せば便ち天命に違反し因って災を生ずというにあり、かく講ずれば実もまた説き通る。

大畜卦 彖伝

大畜,剛健篤實輝光日新。注:剛健謂乾,篤實謂艮,二之五體離,離為日,故輝光日新。其德剛上而尚賢。注:乾為德,初之上,故其德剛上。賢謂三,上變合三,故尚賢。能健止,大正也。注:健乾止艮也,二五易位,故大正。舊讀言能止健,誤也。不家食吉,養賢也。注:賢謂二,三至上有頤象,二升五故養賢。利涉大川,應乎天也。注:五天位,故應乎天。

彖伝に言う:「『大畜』は、剛健篤実にして輝光日新なり。」恵棟の自注:「剛健」は下体の乾を指し、「篤実」は上体の艮を指す。九二が升りて五位に居れば便ち離体を成し、離は太陽なので、光輝煥発にして日日更新すという。彖伝に言う:「その徳は剛上にして賢を尚ぶ。」自注:乾は徳に取象す。初爻は上行して上位に居るので「その徳剛上」という。「賢」は九三を指し、上爻は変動して九三と相合するので「賢を尚ぶ」という。彖伝に言う:「能く健止す、大正なり。」自注:「健」は乾を指し、「止」は艮を指す。二・五両爻は位置を互換するので「大正」と称す。旧本はこの句を「能く健を止む」と読むは誤りである。彖伝に言う:「家に食わずして吉、賢を養うなり。」自注:「賢」は九二を指す。三爻より上爻まで『頤』卦の象を含み、九二は五位に升るので、是れ賢を養うなり。彖伝に言う:「大川を渉るに利あり、天に応ずるなり。」自注:第五爻は天位なので「天に応ず」という。

疏:「剛健」至「日新」○此虞義也。剛健篤實謂兩象也,故剛健謂乾,篤實謂艮。輝光日新謂二五易也,離為日,為光,故輝光日新。管輅曰:朝旦為輝,日中為光也。日新俗讀屬下,失之。○「乾為」至「尚賢」○乾為龍德,故為德。初之上,故其德剛上,虞義也。初剛居上,故其德剛上也。乾為賢人,上應三,故賢謂三。三上敵應,故上變合三而尚賢。傳曰:上合志也。

恵棟の自疏:疏するところは「剛健」より「日新」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。「剛健篤実」は上下両体に就きて象を取るなので、「剛健」は乾を指し「篤実」は艮を指す。「輝光日新」が講ずるは二・五互換以後の象である。離は日にしてまた光なので、光輝日新と称す。管輅に言う:清晨の日光を「輝」と呼び、正午の日光を「光」と呼ぶ。世俗は「日新」の二字を下の一句に連ねて読むは読み誤るなり。以下に疏するところは「乾為」より「尚賢」までの一段である:乾は龍徳あるので徳に取象す。初爻は上行して上位に居るので「その徳剛上」といい、これは虞翻の説である。初爻の陽剛は上位に居り、因って「その徳剛上」という。乾はまた賢人に取象し、上九は九三と相応ずるので「賢」は九三を指す。三と上は同じ陽爻にしてもと敵応に属して相与せざるので、上爻をして陰に変じて始めて九三と相合し得るを要し、これすなわち「賢を尚ぶ」である。『象伝』は「上に志を合するなり」といい、まさにこの事を指す。

○「健乾」至「誤也」○此虞義也。易氣從下生,故彖傳之例先下,而上傳曰能健止,故知健謂乾,止謂艮。二五失正,上下易位,故大正。舊讀言能止健,不合彖例,故云誤也。○「賢謂」至「養賢」○乾為賢人,二稱家,故知賢謂二。二不正而稱賢者,中和為聖賢,二不正,升五為聖賢。又三至上體頤,頤者,養也,二升五故養賢,孟子所謂王公之尊賢是也。○「五天」至「乎天」○此京義也。二升五,五降二而應之,五為天位,故云應乎天。俗謂六五應九二,非也。

以下に疏するところは「健乾」より「誤也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。『易』の気機は下より上に生発するので、彖伝の通例は先ず下体を言い後に上体を言う。しかるに上面の伝文は「能く健止す」と作る。これにより「健」は下体の乾を指し「止」は上体の艮を指すと知るべし。二・五両爻は皆正を失い、上下位置を互換するので「大正」と称す。旧本は「能く健を止む」と読むは、彖伝の先下後上の体例に合せざるので、それ誤りという。以下に疏するところは「賢謂」より「養賢」までの一段である:乾は賢人に取象し、第二爻はまた「家」の称谓あるので、「賢」は九二を指すと知る。九二はもと位に当たらざるに「賢」と称するは、中に居りて和を得れば便ち聖賢と称し得るが故である。九二は位に当たらずと雖も、五位に升れば聖賢と成る。また三爻より上爻まで『頤』体を成し、『頤』はすなわち養で、九二は五位に升るので「養賢」と呼び、すなわち孟子の講ずる王公の賢者を尊礼するの意である。以下に疏するところは「五天」より「乎天」までの一段で、採用するは京房の説である。九二は五位に升り、もとの六五は二位に降りて来りてこれと相応ず。第五爻は天位なので「天に応ず」という。世俗は六五の下に九二に応ずと解するは是ならず。

頤卦 彖伝

頤貞吉,養正則吉也。注:爻不正,故養正則吉。觀頤,觀其所養也。注:所養謂三五上。自求口實,觀其自養也。注:自養謂三之正,五上易位。天地養萬物。注:天地位,萬物育,故天地養萬物。聖人養賢以及萬民。注:乾為聖人,坤陰為民,養成賢能使長治萬民,是養賢以及萬民也。頤之時大矣哉。注:養正則吉,成既濟定,故頤之時大矣哉。

彖伝に言う:「『頤』は貞にして吉、正を養えば則ち吉なり。」恵棟の自注:卦中に爻位正ならざるあり、ゆえに之を養いて正に帰せしめて始めて吉。彖伝に言う:「頤を観るは、その養う所を観るなり。」自注:養うべき所は三・五・上の三爻である。彖伝に言う:「自ら口実を求むは、その自養を観るなり。」自注:「自養」は九三の変じて正を得、五と上の位置を互換するを指す。彖伝に言う:「天地は万物を養う。」自注:天地は各々その位に安んじ、万物は各々生育を遂ぐるので、天地は万物を養育すという。彖伝に言う:「聖人は賢を養いて以て万民に及ぶ。」自注:乾は聖人に取象し、坤は陰に属して民に取象す。賢能の士を培养出して、彼らをして往きて百姓を統領治理せしむ、これすなわち賢を養いて恩沢は万民に普及す。彖伝に言う:「頤の時は大なるかな。」自注:養いて正に帰せしめれば吉、六爻は正に帰して『既済』安定の局を成すので、『頤』の時義の盛大をいう。

疏:「爻不」至「則吉」○爻不正以歸於正,謂之養正。《蒙》二五,蒙以養正,及頤養正則吉是也。○「所養」至「五上」○三五上不正,所當養者,故云所養謂三五上。虞注《雜卦》頤養正也,下雲謂養三五而不及上,以上由頤故也。但五上易位,言三五則上可知已。

恵棟の自疏:疏するところは「爻不」より「則吉」までのこの一段の注文である。爻位が正ならざるにそれをして正に帰せしむ、これを「養正」と呼ぶ。『蒙』卦の二爻五爻の講ずる「蒙を以て正を養う」、および『頤』卦の講ずる「正を養えば則ち吉」は、皆この道理である。以下に疏するところは「所養」より「五上」までの一段である:三・五・上の三爻は皆位に当たらず、まさに応に調養すべき対象なので、注文は養う所は三・五・上の三爻という。虞翻が『雑卦』の「頤とは、正を養うなり」の一条に注するに、下文はただ三・五両爻を養うを言うのみにして上爻に提えず、それは上爻がもとより「頤」の所在なるが故である。ただし五と上は位置を互換するを要し、三・五を言えば、上爻は自らその中に包含さる。

○「自養」至「易位」○頤者養也,自養則吉,求養則凶。三五上不正,故以自養為義,所謂養正則吉也。養正則為聖賢,故《蒙》言聖功,《頤》言養賢。《周禮》鄉大夫三年大比,考其德行、道藝是觀,其自養之事。○「天地」至「萬物」○天地位謂爻得正也,萬物育謂既濟定也。○「乾為」至「民也」○乾為聖人謂大過乾也,坤陰為民,此上虞義。《周禮》鄉大夫使民興賢,出使長之;使民興能,入使治之,是養成賢能使長治萬民,所謂養賢以及萬民也。○「養正」至「矣哉」○三五上養正則六爻皆正,成既濟定,是養之大者,故云大矣哉。

以下に疏するところは「自養」より「易位」までのこの一段の注文である:『頤』はすなわち養である。自ら自らを養えば則ち吉、他人を仰頼して養われんとすれば則ち凶。三・五・上の三爻は位に当たらざるので、「自養」を取りて義を立つ、すなわち「正を養えば則ち吉」である。養いて正に帰せば聖賢と成る能し、ゆえに『蒙』卦は「聖功」といい、『頤』卦は「養賢」という。『周礼』は郷大夫が三年ごとに一回の大考核を挙行し、百姓の徳行と道芸を考察するを記す、これまさに「自養」の具体的事項である。以下に疏するところは「天地」より「万物」までの一段である:「天地位」は爻の各々その正を得るを指し、「万物育」は『既済』を成して六爻安定するを指す。以下に疏するところは「乾為」より「民也」までの一段である:乾は聖人と為すというは、『大過』の自出する乾体に就いて言う。坤は陰に属して民に取象す——以上は皆虞翻の説である。『周礼』の郷大夫の職は、百姓をして賢者を推挙せしめ、選び出して彼らをして長官を為さしめ、百姓をして能者を推挙せしめ、収め入れて彼らをして治事の官に任ぜしむ——これすなわち賢能を培养して以て万民を統領治理せしむ、すなわち「賢を養いて万民に及ぶ」である。以下に疏するところは「養正」より「矣哉」までの一段である:三・五・上の三爻は養いて正に帰せしめれば、六爻は便ち全部位に当たり、『既済』安定の局を成す、これは養道の中の最大なり、ゆえに「大なるかな」という。

大過卦 彖伝

大過,大者過也。注:謂四陽爻皆失之過。棟橈,本末弱也。注:本末謂初上。剛過而中,巽而說行,利有攸往,乃亨。注:二失位過也,處二中也,說兌也,震為行,大壯五之初,故巽而說行。大過之時大矣哉。注:喪事取諸大過,送死當大事,故大矣哉。

彖伝に言う:「『大過』は、大なる者の過なり。」恵棟の自注:講ずるは卦中の四つの陽爻が皆過盛に失するである。彖伝に言う:「棟橈むは、本末弱きなり。」自注:「本末」は初六と上六を指す。彖伝に言う:「剛過ぎて中、巽にて説びて行く、往くところあるに利あり、乃ち亨。」自注:九二の位を失うはすなわち「過」で、それが下体の中に居るはすなわち「中」である。「説」は上体の兑を指し、震は行を主る。この卦は『大壮』の九五が降りて初位に居るより来たるので「巽にて説びて行く」という。彖伝に言う:「大過の時は大なるかな。」自注:丧葬の礼は『大過』に取象し、亡者を送別するは人生の大事に当たり得るので「大なるかな」という。

疏:「謂四」至「之過」○四陽爻皆失之過,故名大過。若然,初六過慎,上六過涉,亦有過義而不言者,陰以陽為主也。○「本末」至「初上」○《繫下》曰:其初難知,其上易知,本末也。初上皆柔,故知本末謂初上。所以取義於本末者,《說文》曰:木下曰本,從木,一在其下;木上曰末,從木,一在其上。故取義於本末也。○「二失」至「說行」○二剛失位,故云過;而在下中,故云中。巽,巽也;說,兌也。卦自大壯來,大壯體震,震為行,故云巽而說行也。

恵棟の自疏:疏するところは「謂四」より「之過」までのこの一段の注文である。四つの陽爻は皆過盛に失するので、卦名を『大過』と呼ぶ。このごとく講ずれば、初六の過ぎて謹慎するを講じ、上六の河を渡りて頂を滅するを講ずるも、皆「過」の意を含むに、注文は提えず、それは陰爻が陽爻を以て主と為すが故である。以下に疏するところは「本末」より「初上」までの一段である:『繋辞下伝』は「その初は知り難く、その上は知り易し、本末なり」という。初・上両爻は皆柔爻なので、「本末」は初六と上六を指すと知る。借りて「本末」を以て義を立つる所以は、『説文』が言うが故である:樹の下部を「本」と呼び、字は木より従い、一画を用いて木の下面に標す。樹の上端を「末」と呼び、字は木より従い、一画を用いて木の上面に標す。ゆえに就いて「本末」を取りて義と為す。以下に疏するところは「二失」より「説行」までの一段である:九二は陽剛を以て位を失うので「過」という。しかしそれは下体の中位に処るのでまた「中」という。「巽」はすなわち巽卦、「説」はすなわち兑卦である。この卦は『大壮』より変じ来たり、『大壮』は震体を含み、震は行を主るので「巽にて説びて行く」という。

○「喪事」至「矣哉」○《繫下》曰:古之葬者厚衣之以薪,藏之中野,不封不樹,喪期無數,後世聖人易之以棺槨,蓋取諸大過。蓋後世聖人易古葬喪之禮,有衣衾,有棺槨,有封有樹,有喪期,是喪事取諸大過也。孟子曰:養生者不足以當大事,唯送死可以當大事。趙岐注云:送終如禮,則為能奉大事。喪事取諸大過,故大矣哉。虞氏謂國之大事在祀與戎,藉用白茅,女妻有子繼世承祀,故大矣哉,義亦通也。

以下に疏するところは「喪事」より「矣哉」までのこの一段の注文である。『繋辞下伝』に言う:上古は死者を埋葬するに、柴薪を用いて厚く裹住し、荒野の中に葬り、墳頭を堆くらず樹を植えず、服喪に定期なし。後代の聖人は棺椁に改易して用い、大概『大過』に取象せん、と。これは後代の聖人が上古の葬喪の礼を変革し、衣衾あり、棺椁あり、封土と植樹あり、守喪の期限あるをいい、これすなわち喪事が『大過』に取象するである。孟子に言う:在世の双亲を奉養するはなお大事と算うに足らず、ただ亡故の双亲を送別するのみ始めて大事に当たり得る、と。趙岐の注解に言う:終を送るに礼に合する能ければ、すなわち大事を担当する能し、と。喪事は『大過』に取象するので「大なるかな」という。虞翻は則ち国家の大事は祭祀と征戦に在りといい、『大過』初六の「白茅を藉用す」はまさに祭祀の事で、九五の「老夫その女妻を得る」はしかも子嗣あり、世を継ぎて宗廟の祀を承担し得るので「大なるかな」という——かく講ずるもまた説き通る。

習坎卦 彖伝

習坎,重險也。注:兩象也,天險地險,故曰重險。水流而不盈。注:謂五也。行險而不失其信。注:謂二也。震為行,謂陽來為險而不失中,中稱信也。維心亨,乃以剛中也。注:剛中謂二五。行有尚,往有功也。注:功謂五,二動應五,故往有功。天險不可升也。注:五為天位,五從乾來,體屯難,故天險不可升也。地險山川丘陵也。注:坤為地,乾二之坤,故曰地險。艮為山,坎為川,半山稱丘,丘下稱陵,故曰地險山川丘陵。王公設險以守其邦。注:王公謂二五,坤為邦,乾二五之坤成坎險,震為守,有屯難象,故王公設險以守其邦。險之時用大矣哉。注:用險以時,故曰時用。

彖伝に言う:「『習坎』は、重険なり。」恵棟の自注:上下皆坎象にして、天に天の険あり地に地の険あるので「重険」と呼ぶ。彖伝に言う:「水は流れて盈ちず。」自注:九五を指す。彖伝に言う:「険を行きてその信を失わず。」自注:九二を指す。震は行を主り、講ずるは陽爻が来りて居りて険を成すも、中道を失わず、中に居ればすなわち「信」と称す。彖伝に言う:「心を維りて亨る、乃ち剛中を以てなり。」自注:「剛中」は九二と九五を指す。彖伝に言う:「行きて尚ぶところあり、往きて功あるなり。」自注:「功」は九五を指す。九二は変動して上に九五に応ずるので「往きて功あり」という。彖伝に言う:「天険は升る可からざるなり。」自注:第五爻は天位にして、この爻は乾より来たり、卦は『屯』の艱難を体現するので、天険は攀升する可からずという。彖伝に言う:「地険は山川丘陵なり。」自注:坤は地と為る。乾の九二は入りて坤位に居るので「地険」という。艮は山、坎は川で、山の半腰の処を「丘」と称し、丘の下を「陵」と称すので「地険山川丘陵」という。彖伝に言う:「王公は険を設けて以てその邦を守る。」自注:「王公」は二・五両爻を指し、坤は邦国に取象す。乾の二・五両爻は入りて坤中に居りて坎険を成し、震は守に取象し、また『屯』難の象あるので、王公は険阻を設置して以て邦国を守衛すという。彖伝に言う:「険の時用は大なるかな。」自注:険を用うるは時宜に合するを要するので「時用」という。

疏:「兩象」至「重險」○此虞義也。習,重也,重險謂內外兩象。《乾鑿度》曰:三畫以下為地,四畫以上為天。天險地險,故曰重險也。○「謂五也」○乾五之坤五,故水流謂流坤也。陽陷陰中,故不盈。九五坎不盈,虞氏謂水流而不盈,故知謂五也。○「謂二」至「信也」○此虞荀義也。九二坎有險,故知行謂二。二體震為行,乾二之坤,陽來為險而在二,故而不失中。卦有中孚,孚信在中,故云中稱信也。○「剛中謂二五」○義見本卦。○「功謂」至「有功」○此虞義也。五多功,故功謂五。

恵棟の自疏:疏するところは「両象」より「重険」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。「習」はすなわち重疊で、「重険」は内外二つの坎象を指す。『乾鑿度』に言う:一卦六画、下面の三画は地に属し、上面の三画は天に属す。天に険あり地に険あるので「重険」と呼ぶ。以下に疏するところは「謂五也」の一句である:乾の九五は入りて坤の五位に居るので、「水流」が講ずるは坤中に流入するである。陽爻は両陰の間に陥るので「盈ちず」。九五爻辞はまさに「坎は盈ちず」と作り、虞翻はこれに拠りて「水は流れて盈ちず」を解す。これにより注文が指すは九五と知るべし。以下に疏するところは「謂二」より「信也」までの一段で、兼ねて虞翻と荀爽の説を採る:九二は坎に処りて険あるので「行」は九二を指すと知る。九二は震体の中に在り、震は行を主る。乾の九二は入りて坤位に居り、陽爻は来りて居りて険を成し、まさに第二位に落つるので「中を失わず」という。卦中に『中孚』の象を含み、誠信は中位に居るので、中に居ればすなわち「信」と称すという。以下に疏するところは「剛中は二五を謂う」の一句である:この層の意思は已に本卦爻辞の解説に見ゆ。以下に疏するところは「功謂」より「有功」までの一段で、採用するは虞翻の説である:第五爻は多く功業あるので「功」は九五を指す。

○「五為」至「升也」○此虞義也。《需》彖傳曰:位乎天位。大壯四之五位乎天位,故知五為天位。《乾鑿度》曰:五為天子也。乾五之坤五,故五從乾來,乾又為天。二至上體屯,《說文》曰:屯,難也。故體屯難。震為足,艮為止,震足止於下,故不可升也。○「坤為」至「陵也」○此虞義也。坤為地,《說卦》文。乾二之坤成坎險,故曰地險。互艮體坎,故為山川。丘高半於山,故曰半山稱丘。大阜曰陵,《爾雅》溴梁河墳備八陵之數,知陵又下於丘,故曰丘下稱陵。皆地之險,故曰地險山川丘陵也。

以下に疏するところは「五為」より「升也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。『需』卦彖伝は「位は天位に在り」といい、『大壮』の九四は五位に升ればすなわち「位は天位に在り」なので、第五爻は天位と知るべし。『乾鑿度』に言う:五は天子の位なり。乾の九五は入りて坤の五位に居るので、第五爻は乾より来たるといい、乾はまた天に取象す。第二爻より上爻まで『屯』体を成し、『説文』は「屯とは、難なり」というので、卦は『屯』の艱難を体現すという。震は足に取象し、艮は止に取象し、震足は下に止めらるるので攀升する可からず。以下に疏するところは「坤為」より「陵也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:坤は地と為る、これは『説卦』の原文である。乾の九二は入りて坤位に居りて坎険を成すので「地険」という。卦中の互体に艮あり本体は坎なので、山と川の象を取る。丘の高度はただ山の半に及ぶのみなので「半山を丘と称す」という。大きい土山を「陵」と呼び、『爾雅』の記する溴梁・河墳等は八陵の数を凑足す、陵はまた丘より低しと知るべし、ゆえに「丘の下を陵と称す」という。これらは皆地上の険阻なので「地険山川丘陵」という。

○「王公」至「其邦」○此虞義也。五乾為王,二大夫而稱公者,二體屯初建侯扶屯,古者王室多故,諸侯入為三公共和王室,故二得稱公也。爻例三為三公,公不謂三者,三失正繫於徽纆故也。坤為土為民,民以土服,故坤為邦。乾二五之坤成坎險,故王公設險。震守宗廟社稷,故為守,守其邦。邦舊作國,尋邦與升陵韻,漢避諱改為國,虞氏本正作邦也。○「用險」至「時用」○艮為時,坤為用,王弼謂非用之常,用有時也,言險有時而用不可為常,故吳起曰:在德不在險。坎當合離為既濟也。

以下に疏するところは「王公」より「其邦」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。第五爻は乾に属するので王と称す。第二爻はもと大夫の位にして「公」と称するは、九二が『屯』体に処るが故に、『屯』卦初九は「侯を建てるに利あり」を講じて以て屯難を扶助す。古時は王室多難にして、諸侯は朝に入れば便ち三公に任じ、共に王室を匡輔したので、九二は「公」と称し得る。爻位の通例を按ずれば、第三爻こそ三公の位なり、ここに「公」は九三を指さざるは、九三が正を失いて繩索に係縛せらるるが故である。坤は土にしてまた民と為り、百姓は土地に依附して服属するので、坤は邦国に取象す。乾の二・五両爻は入りて坤中に居りて坎険を成すので、王公は険阻を設置すという。震は宗廟社稷を守衛するを主るので守に取象し、すなわち「その邦を守る」である。「邦」の字は旧本は「国」と作る。細かく察すればここに「邦」は上文の「升」「陵」と韻を協え、これにより漢代に高祖劉邦の名諱を避けて「国」と改作せしと知るべし、虞翻の本子はまさに「邦」と作る。以下に疏するところは「用険」より「時用」までの一段である:艮は時に取象し、坤は用に取象す。王弼はこれを常行の用に非ずして時有りて用いると講じ、意は険阻はただ特定の時にのみ用い得べく、常法と為す能わずをいい、ゆえに呉起に言う:国家の倚仗する所は徳政に在りて地勢の険に在らず、と。坎は終に離と配合して『既済』を成すべし。

離卦 彖伝

離,麗也。注:陰麗於陽,故曰麗也。日月麗乎天。注:乾五之坤成坎為月,離為日,日月麗天也。百榖草木麗乎地。注:震為百榖,巽為草木,坤為地。乾二五之坤成坎,震體屯,屯者盈也,盈天地之間唯萬物,萬物出震,故百榖草木麗乎地。重明以麗乎正,乃化成天下。注:兩象故重明,麗乎正謂旁通坎也。坎上離下,嚮明而治,故乃化成天下。坤為化也。柔麗乎中正,故亨,是以畜牝牛吉也。注:柔謂五陰,中正謂五伏陽出在坤中,故亨。

彖伝に言う:「『離』は麗なり。」恵棟の自注:陰爻は陽爻に附麗するので「麗」と呼ぶ。彖伝に言う:「日月は天に麗る。」自注:乾の九五は入りて坤の五位に居りて坎を成し、坎は月・離は日で、日月は皆天上に附麗す。彖伝に言う:「百穀草木は地に麗る。」自注:震は百穀に取象し、巽は草木に取象し、坤は地と為る。乾の二・五両爻は入りて坤中に居りて坎を成し、震と相連なりて『屯』体を成し、『屯』はすなわち充盈で、天地の間に充満するは万物のみにして、しかも万物は震より出づ、ゆえに百穀草木は地に附麗すという。彖伝に言う:「重明以て正に麗り、乃ち天下を化成す。」自注:上下両体は皆離象なので「重明」と呼ぶ。「正に麗る」が講ずるは『坎』卦と旁通するである。坎は上に在り離は下に在り、君主は光明に面向して天下を治理するので、能く天下を化育成就す。坤は化育に取象す。彖伝に言う:「柔は中正に麗る、ゆえに亨、是を以て牝牛を畜すれば吉なり。」自注:「柔」は六五の陰を指す。「中正」は六五の伏する陽爻が坤中に出るを指す、ゆえに能く亨通す。

疏:「陰麗」至「麗也」○此荀義也。麗者附麗,坤二五之乾,故陰麗乎陽也。○「震為」至「乎地」○此虞義也。震為百為稼,故為百榖。巽剛爻為木,柔爻為草。卦自坤來,故坤為地,與坎旁通。乾二五之坤成坎震,坎互震也。雲雷屯,故體屯。屯者,盈也。盈天地之間唯萬物,皆《序卦》文。雷雨之動滿形,故屯者盈也。萬,盈數也,故盈天地之間唯萬物。萬物出震,《說卦》文。舉天地者,坎離為乾坤二用,所以明既濟之功,下乃言化成天下也。

恵棟の自疏:疏するところは「陰麗」より「麗也」までのこの一段の注文で、採用するは荀爽の説である。「麗」はすなわち附着依托である。坤の二・五両爻は入りて乾中に居るので、陰は陽に附麗す。以下に疏するところは「震為」より「乎地」までの一段で、採用するは虞翻の説である:震は「百」に取象しまた庄稼に取象するので「百穀」と称す。巽の剛爻は木に取象し、柔爻は草に取象す。この卦は坤より来たるので坤は地と為り、しかも『坎』卦と旁通す。乾の二・五両爻は入りて坤中に居りて坎を成し震を成し、坎の互体はまさに震である。『屯』卦は雲雷の象なので、『屯』体を成すという。「屯とは盈なり」「天地の間に盈つるは惟万物のみ」は、皆『序卦伝』の原文である。雷雨は鼓動して万物は形体充満するので、『屯』は充盈という。「万」は数目の中の最も盈満なるなので、天地の間に充満するは万物のみという。「万物は震に出づ」は『説卦』の原文である。ここにことさら天地を挙出するは、坎・離乃ち乾坤両卦の功用の寄る所なるが故に、用いて『既済』を成すの功效を点明す、ゆえに下文は接続して天下を化成すを講ず。

○「兩象」至「化也」○兩象故重明,虞義也。《說卦》曰:離也者,明也。兩象皆離,故曰重明。離外三爻不正,故麗乎正,謂旁通坎也。出離為坎,坎上離下成既濟定。《說卦》曰:聖人南面而聽,天下向明而治。聖人謂坎五,離,南方之卦,故南面而聽。天下向明而治謂行明堂月令之法而天下治,故乃化成天下。坤化成物,故坤為化也。○「柔謂」至「故亨」○此虞義也。六五陰不正,故柔謂五陰。坎伏離下,故中正謂五伏陽,坎外三爻皆正也。六五為坤中出離為坎,故出在坤中。乾坤交,故亨。虞氏謂出在坤中畜牝牛,是以畜牝牛吉也。

以下に疏するところは「両象」より「化也」までのこの一段の注文である。「上下両体は皆離象なので重明と呼ぶ」は虞翻の説である。『説卦』に言う:「離とは明なり。」上下両体は皆離なので「重明」と呼ぶ。『離』卦の外体三爻は位に当たらざるので「正に麗る」を要す、すなわち『坎』卦と旁通すである。離は出でて坎と為り、坎は上に在り離は下に在れば、『既済』を成して六爻安定す。『説卦』に言う:「聖人は南面して聴き、天下は明に向かいて治まる。」「聖人」は坎の第五爻を指す。離は南方の卦なので、能く南面して政を聴く。「天下は明に向かいて治まる」は、明堂月令のあの一套の政令を推行して天下大いに治まるを指すので、天下を化育成就すという。坤は能く万物を化育成就するので、坤は化に取象す。以下に疏するところは「柔謂」より「故亨」までの一段で、採用するは虞翻の説である:六五は陰を以て陽に居りて位に当たらざるので、「柔」は六五の陰を指す。坎は離の下面に伏蔵するので、「中正」は六五の伏する陽爻を指し、坎の外体三爻は皆位に当たるなり。六五はもと坤中に在り、離は変出して坎と為るので「坤中に出づ」という。乾坤是に於て相交るので亨通す。虞翻は坤中より出づるをすなわち母牛を畜養するなりと為すので「牝牛を畜すれば吉」という。

周易述巻九 元和恵棟撰

彖下伝

咸卦 彖伝

咸,感也。注:陰始感陽。柔上而剛下,二氣感應以相與。注:三之上故柔上,上之三故剛下。二氣謂乾坤,乾坤交而成咸,故感應以相與,與猶親也。止而說,男下女,是以亨利貞,取女吉也。注:止艮說兌,艮男兌女,男先於女,故男下女。天地感而萬物化生。注:有天地然後有萬物,故天地感而萬物化生。聖人感人心而天下和平。注:乾為聖人,初四易位成既濟,坎為心為平,故聖人感人心而天下和平,此保合太和品物流形也。觀其所感而天地萬物之情可見矣。注:謂四之初,以離日見天,坎月見地,縣象著明,萬物見離,故天地萬物之情可見矣。

彖伝に言う:「『咸』は感なり。」恵棟の自注:陰気は始めて陽気を感動す。彖伝に言う:「柔上にして剛下、二気は感応して以て相与す。」自注:『否』卦の六三は上行して上位に至るので「柔上」という。上九は下降して三位に至るので「剛下」という。「二気」は乾と坤を指し、乾坤は交通して『咸』を成すので、感応して相親附すといい、「与」はすなわち親近である。彖伝に言う:「止まりて説ぶ、男は女に下る、是を以て亨利貞、女を取るに吉なり。」自注:「止」は艮を指し、「説」は兑を指す。艮は男・兑は女で、男は女の先に居るので、男は女の下に降るという。彖伝に言う:「天地感じて万物化生す。」自注:天地ありてしかるのちに万物あるので、天地交感して万物化育生成すという。彖伝に言う:「聖人は人心を感じて天下和平す。」自注:乾は聖人に取象す。初と四は位置を互換すれば『既済』を成し、坎は心に取象しまた平に取象するので、聖人は人心を感動して天下太平すという——これまさに『乾』卦彖伝の講ずる「太和を保合し、品物は流形す」の境地である。彖伝に言う:「その感ずる所を観れば天地万物の情見るべし。」自注:講ずるは九四が下降して初位に至り、離日を以て天を見、坎月を以て地を見るである。天象は高く懸かりて昭著分明にして、万物は皆離中に顕現するので、天地万物の実情は見るべし。

疏:「陰始感陽」○咸至姤六日七分當夏至陰始生,故云陰始感陽,卦之名咸以此,故云咸感也,咸感古今字耳。○「三之」至「親也」○據自否來,乾剛坤柔,坤三之上故柔上,乾上之三故剛下。太極分而為二,故二氣謂乾坤。乾坤交而成咸,故感應以相與,以起下取女吉也。與猶親,鄭義也。

恵棟の自疏:疏するところは「陰は始めて陽を感ず」の一句である。卦気の法に依り、『咸』より『姤』に推すに、每卦は六日七分に当値し、まさに夏至一陰始めて生ずるの時に当たるので、陰気は始めて陽気を感動すという。卦名の『咸』と呼ぶ所以もまたまさにこれに因る、ゆえに「咸とは感なり」といい——「咸」と「感」は不過古今字の分别である。以下に疏するところは「三之」より「親也」までの一段である:この卦は『否』卦に依りて変じ来たり、乾爻は剛・坤爻は柔と為る。坤の六三は上行して上位に至るので「柔上」。乾の上九は下降して三位に至るので「剛下」。太極は一を分かちて二と為るので「二気」は乾と坤を指す。乾坤は交通して『咸』を成すので感応して相親附すといい、用いて下文の「女を取るに吉」を引起す。「与」を親近と訓ずるは鄭玄の解説である。

○「止艮」至「下女」○艮少男,兌少女,故云艮男兌女。案《士昏禮》,壻御婦車,授綏御輪三周,先候於門外,皆男下女之事。《郊特牲》曰:男子親迎,男先於女,剛柔之義也,天先乎地,君先乎臣。卦例下為先,上為後。《比》九五失前禽,前禽謂初,是下為先也;卦辭云後夫凶,後夫謂上,是上為後也。易氣從下生,故以下為先,上為後。今艮男在下,兌女在上,男先於女,故曰男下女也。

以下に疏するところは「止艮」より「下女」までのこの一段の注文である。艮は少男、兑は少女なので、艮は男・兑は女と為すという。『儀礼・士昏礼』を考するに、新郎は新娘の為に車を駕り、車に上るの繩索を彼女に遞して、親ら車を駕りて三周繞行し、しかるのち先に門外に趕えて等候す——これらは皆男が女の下に降るの礼節である。『礼記・郊特牲』に言う:男子は親ら娶を迎え、男は女の先に在り、これは剛柔の義理である。まさに天の地に先だち、君の臣に先だつがごとし。卦例を按ずるに、下位は先と為り、上位は後と為る。『比』卦九五は「前禽を失う」といい、「前禽」は初六を指し、これにより下位は先と見える。『比』卦卦辞は「後夫凶」といい、「後夫」は上六を指し、これにより上位は後と見える。『易』の気機は下より上に生発するので、下を以て先と為し上を以て後と為す。今艮男は下に在り兑女は上に在り、男は女の先に居るので「男は女に下る」という。

○「有天」至「化生」○有天地然後有萬物,《序卦》文。虞彼注云:謂天地否也,謂否反成泰,天地,萬物化醇,故有萬物,是其義也。○「乾為」至「形也」○此虞義也。乾為聖人,謂否五也。初四易位,六爻皆正,故成既濟。既濟有兩坎象,坎為心,為平。聖人以禮樂化民,移風易俗,天下皆寧,故感人心而天下和平。保合太和,品物流形,皆既濟之事,故引以證天下和平之義也。○「謂四」至「見也」○此虞義也。四之初體離坎,故云離日坎月。乾天也,坤地也,坤之乾成離,故以離日見天;乾之坤成坎,故坎月見地,此天地之情可見也。縣象著明,莫大於日月,離者,明也,萬物皆相見,故萬物見離,此萬物之情可見也。

以下に疏するところは「有天」より「化生」までのこの一段の注文である。「天地ありてしかるのち万物あり」は『序卦伝』の原文である。虞翻があの句に注解して言う:指す所は天地不交の『否』卦なり。『否』は反覆して『泰』を成し、天地は交通し、万物は化育醇厚す、ゆえに万物あり——まさにこの意である。以下に疏するところは「乾為」より「形也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:乾は聖人に取象し、指すところは『否』卦の九五である。初と四は位置を互換し、六爻は全部位に当たるので『既済』を成す。『既済』の中に二つの坎象を含み、坎は心に取象しまた平に取象す。聖人は礼楽を用いて百姓を教化し、風俗を移易して、天下は皆安寧を得るので、人心を感動して天下太平すという。「太和を保合し、品物は流形す」は皆『既済』境地の裡の事なので、引きて以て天下和平の意を印証す。以下に疏するところは「謂四」より「見也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:九四は下降して初位に至り、卦中に離体と坎体あるので、離日坎月という。乾は天・坤は地である。坤爻は乾に入りて離を成すので、離日を用いて以て天を見る。乾爻は坤に入りて坎を成すので、坎月を用いて以て地を見る——これすなわち天地の情の見るべきである。天象は高く懸かりて昭著分明にして、日月より大なるはなし。離はすなわち明にして、万物は皆その中に相見ゆるので、万物は離に顕現すという——これすなわち万物の情の見るべきである。

恒卦 彖伝

恆久也,剛上而柔下,雷風相與,巽而動,剛柔皆應,恆。注:初九升四,故剛上;六四降初,故柔下。震雷巽風,同聲相應,故相與。動震也。剛柔皆應,雜而不厭,故可久。恆亨無咎利貞,久於其道也。注:變之正,故久於其道。乾為道為久也。天地之道恆久而不已也。注:泰乾坤為天地。利有攸往,終則有始也。注:終變成益,益上為終;初變成乾,乾為始,故終則有始。

彖伝に言う:「『恒』は久なり。剛上にして柔下、雷風相与し、巽にて動き、剛柔皆応ず、恒なり。」恵棟の自注:初九は上昇して四位に至るので「剛上」という。六四は下降して初位に至るので「柔下」という。震は雷・巽は風と為り、同類の声は互相に呼応するので「相与す」という。「動」は震を指す。剛柔各爻は両両相応じ、錯雑交居すと雖も相厭棄せざるので能く長久す。彖伝に言う:「恒は亨りて咎なし利貞、久しくその道に在るなり。」自注:位を失うの爻は変じて正に帰するので能く長久にその常道を守る。乾は道に取象しまた久に取象す。彖伝に言う:「天地の道は恒久にして已まざるなり。」自注:『泰』卦の乾坤はすなわち天地である。彖伝に言う:「往くところあるに利あり、終れば則ち始あるなり。」自注:終りて変ずれば『益』を成し、『益』に就いて言えば上爻は終である。初爻が変ずれば乾を成し、乾は開始なので、終わりてまた重ねて始まるという。

日月得天而能久照。注:動初成乾為天,至二離為日,至三坎為月,故日月得天而能久照。四時變化而能久成。注:春夏為變,秋冬為化。變至二離夏,至三兌秋,至四震春,至五坎冬至,故四時變化而能久成,謂乾坤成物也。聖人久於其道而天下化成。注:聖人謂乾,乾為道。初二已正,四五復位成既濟定。乾道變化,各正性命,有兩離象,重明麗正,化成天下也。觀其所恆而天地萬物之情可見矣。注:與咸同義。

彖伝に言う:「日月は天を得て能く久照す。」恵棟の自注:初爻は変動して下体は乾を成し、乾は天である。推して第二爻に至りて離を成し、離は日である。推して第三爻に至りて坎を成し、坎は月である。ゆえに日月は天の運を得て能く長久に照耀すという。彖伝に言う:「四時は変化して能く久成す。」自注:春夏は陽に属して「変」と呼び、秋冬は陰に属して「化」と呼ぶ。推して第二爻に至りて離を成し、離は夏を主る。第三爻に至りて兑を成し、兑は秋を主る。第四爻に至りて震を成し、震は春を主る。第五爻に至りて坎を成し、坎は冬至を主る。ゆえに四時は更迭変化して能く長久に万物を成就すといい、すなわち乾坤の万物を生成するである。彖伝に言う:「聖人は久しくその道に在りて天下化成す。」自注:「聖人」は乾を指し、乾は道に取象す。初・二両爻は已に正を得、四・五両爻は再び各々その位に復すれば『既済』を成して六爻安定す。『乾』卦彖伝のいわゆる「乾道は変化して、各々その性命を正しくす」は、この時卦中に二つの離象を含み、重明にして正に附麗するので、能く天下を化育成就す。彖伝に言う:「その恒なる所を観れば天地万物の情見るべし。」自注:『咸』卦の講ずると同一の義理である。

疏:「初九」至「可久」○乾剛坤柔,乾初九升四,是剛上也;坤六四降初,是柔下也,此蜀才義。《說卦》曰:震為雷,巽為風。故云震雷巽風。《文言》曰:同聲相應。虞彼注云:謂震巽也。相應猶相與,與猶親也。巽而動,動震也。九家謂初四二五雖不正而剛柔皆應。《繫下》曰:恆雜而不厭。雜,錯雜也。荀氏謂夫婦雖錯居不厭之道,卦之所以名恆也。○「變之」至「久也」○久於其道正以釋利貞之義,四爻失正,變之正,故久於其道,亦恆義也。○「泰坤」至「天地」○此虞義也,即天地以明卦義。○「終變」至「有始」○震巽卦特變,故終變成益,在益上,上為終;初變成乾,乾為始;變至四體復,復初亦為始,故終則有始也。

恵棟の自疏:疏するところは「初九」より「可久」までのこの一段の注文である。乾爻は剛・坤爻は柔と為る。乾の初九は上昇して四位に至るはすなわち「剛上」、坤の六四は下降して初位に至るはすなわち「柔下」——これは蜀才の解説である。『説卦』は「震は雷と為る」「巽は風と為る」というので、震雷巽風という。『文言』は「同じき声は相応ず」といい、虞翻があの句に注解して指すところはすなわち震と巽という。「相応」は「相与」と言うがごとく、「与」はすなわち親近である。「巽にて動く」の「動」は震を指す。九家『易』は初と四・二と五は皆位に当たらずと雖も、剛柔はなお旧ら各々相応ずると為す。『繋辞下伝』は「恒とは雑にして厭わず」といい、「雑」はすなわち錯雑である。荀爽は夫婦は錯雑同居すと雖も相厭棄せざると解し、卦名の「恒」と呼ぶはまさにこれに因る。以下に疏するところは「変之」より「久也」までの一段である:「久しくその道に在る」はまさに用いて「利貞」を解釈するである。卦中の四爻は正を失い、変じて正に帰するので、能く長久にその道を守る、これもまた「恒」の義理である。以下に疏するところは「泰坤」より「天地」までの一段で、採用するは虞翻の説にして、天地に就きて言を立てて以て卦義を闡明す。以下に疏するところは「終変」より「有始」までの一段である:震・巽両卦は別に特変の例あるので、終りて変ずれば便ち『益』を成す。『益』に就いて言えば上爻を終と為る。初爻が変ずれば則ち乾を成し、乾は開始と為る。第四爻に変じ至ればまた『復』体を成し、『復』の初爻もまた開始なので、終わりてまた重ねて始まるという。

○「動初」至「久照」○此虞義也。諸卦旁通則從旁通卦變,故虞注《小畜》初九復自道云:從豫四之初成。《復》卦九三云:至三成乾。注《大有》彖傳云:比初動成震為春,至二兌為秋,至三離為夏,坎為冬,故曰時行是也。恆與益旁通,則從恆變以震巽卦特變故也。動初成乾,乾為天,大壯時也;至二體離,離為日,豐時也;至三成坎,坎為月,震時也。以乾照坤,故日月得天而能久照也。

以下に疏するところは「動初」より「久照」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。凡そ旁通の卦あるものは、通例は旁通卦に依りて変を推す。ゆえに虞翻が『小畜』初九の「道より復る」に注して、これは『豫』の九四より来りて初位に居りて成るという。『復』卦九三に注して推して第三爻に至りて乾を成すという。『大有』彖伝に注して『比』卦の初爻は変動して震を成して春と為り、第二爻に至りて兑を成して秋と為り、第三爻に至りて離を成して夏と為り、坎は冬と為る、ゆえに「時に行く」と呼ぶ——皆この体例である。『恒』と『益』は旁通するも、ここに却って『恒』自身に依りて変を推すは、震・巽両卦が別に特変の例あるの縁故である。初爻は変動して乾を成し、乾は天で、まさに『大壮』の時に当たる。推して第二爻に至りて離体を成し、離は日で、まさに『豊』の時に当たる。推して第三爻に至りて坎を成し、坎は月で、まさに『震』の時に当たる。乾の明を以て坤に照臨するので、日月は天の運を得て能く長久に照耀すという。

○「春夏」至「物也」○此虞義也。陽變陰化,春夏陽也,故為變;秋冬陰也,故為化。四時謂四正,《易是類謀》曰:夏至日在離,故變至二離夏至;秋分日在兌,故至三兌秋;春分日在震,故至四震春;冬至日在坎,故至五坎冬至。兩儀生四象,四時乃乾坤所生。乾知大始,坤化成物,故乾坤成物也。○「聖人」至「下也」○此虞義也。聖人謂乾,指乾五也。乾道變化,故乾為道。初二已正,四五復位,則六爻皆正,故成既濟定。乾道變化,各正性命,所謂久於其道也。既濟互兩離,重明麗正,化成天下,亦是既濟之事,明天下化成為既濟也。○「與咸同義」○此虞義也。虞謂以離日照乾,坎月照坤,萬物出震,故天地萬物之情可見矣,是與咸同義也。

以下に疏するところは「春夏」より「物也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。陽は変を主り、陰は化を主る。春夏は陽に属するので「変」と呼び、秋冬は陰に属するので「化」と呼ぶ。「四時」は四正卦を指す。『易是類謀』は夏至は太陽は離卦に当値すというので、推して第二爻に至りて離を成せば便ち夏至である。秋分は兑卦に当値すので、第三爻に至りて兑を成せば便ち秋である。春分は震卦に当値すので、第四爻に至りて震を成せば便ち春である。冬至は坎卦に当値すので、第五爻に至りて坎を成せば便ち冬至である。両儀は四象を生出し、四時はまさに乾坤の生ずる所である。『繋辞』は乾は万物の開創を主宰し坤は化育して万物を成就すといい、ゆえに乾坤は万物を生成すという。以下に疏するところは「聖人」より「下也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:「聖人」は乾を指し、確かに乾の第五爻を指す。乾道は運行変化するので、乾は道に取象す。初・二両爻は已に正を得、四・五両爻は各々その位に復し、六爻は便ち全部位に当たるので『既済』を成して安定す。「乾道は変化して、各々その性命を正しくす」はまさにいわゆる「久しくその道に在る」である。『既済』は二つの離象を互出し、重明にして正に附麗し、天下を化育成就す、これもまた『既済』境地の裡の事なので、「天下化成」が講ずるはすなわち『既済』を成すと見える。以下に疏するところは「咸と義を同じくす」の一句で、採用するは虞翻の説である:虞翻は離日を以て乾に照臨し坎月を以て坤に照臨し、万物は震より出づるなので、天地万物の実情は見るべしと為す、これは『咸』卦の講ずると同一の義理である。

遯卦 彖伝

亨而亨也,剛當位而應,與時行也。注:剛謂五而應二,艮為時,故與時行矣。小利貞,浸而長也。注:浸而長則將消陽,故利貞。之時義大矣哉。注:唯聖者能之,故時義大。

『遯』卦彖伝の通行本は「遯は亨る、遯にして亨るなり」と作るも、底本はここに「遯」の字を脱去し、径に「亨にて亨るなり、剛は位に当たりて応ず、時と行くなり」と作る。恵棟の自注:「剛」は九五を指し、それは六二と相応ず。艮は時に取象するので、時に随いて行くという。彖伝に言う:「小は貞に利あり、浸やかに長ずるなり。」自注:陰気は逐漸増長して便ち陽気を消蝕せんとす、ゆえに正を守るに宜し。彖伝の通行本は「遯の時義は大なるかな」と作るも、底本は同じく「遯」の字を脱去して「の時義は大なるかな」と作る。自注:ただ聖者のみ能くし得るので、時義の盛大をいう。

疏:「剛謂」至「行矣」○此虞義也。以九居五為當,故剛謂五。五正應二,故而應二。艮動靜不失其時,故為時。○「浸而」至「利貞」○此荀義也。浸而長則將消陽,謂消及否也。二固志守正,不為否,利貞之義也。○「唯聖」至「義大」○《中庸》曰:君子依乎中庸,世不見知而不悔,唯聖者能之。過則素隱行怪,不及則半塗而廢,故曰唯聖者能之。古唯伊尹太公之流乃足當之。艮為時,坤為義,故時義大。

恵棟の自疏:疏するところは「剛謂」より「行矣」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である。陽九を以て第五位に居るは位に当たるなので、「剛」は九五を指す。九五と六二は正応なので「二に応ず」という。艮の動と静は皆その時機を失わざるので、時に取象す。以下に疏するところは「浸而」より「利貞」までの一段で、採用するは荀爽の説である:陰気は逐漸増長して便ち陽気を消蝕せんとす、講ずるところは一路『否』卦に消し至るである。九二は心志を堅定し正道を固守し、それをして『否』に変成せしめず、これすなわち「利貞」の用意である。以下に疏するところは「唯聖」より「義大」までの一段である:『中庸』に言う、君子は中庸の道に依循し、世を避け隠居して人に知られずとも悔恨せず、ただ聖者のみ能くし得る、と。やり過ごせば便ち隠僻を钻研し行事怪异に流れ、足らざればまた半途にして廃す、ゆえにただ聖者のみ能くし得るという。古人の中に、ただ伊尹・太公の一流の人物のみ之に够う。艮は時に取象し、坤は義に取象するので、時義の盛大をいう。

大壮卦 彖伝

大壯,大者壯也,剛以動,故壯。注:剛乾動震。大壯利貞,大者正也。注:謂四進之五乃得正,故大者正也。正大而天地之情可見矣。注:正大謂四之五成需,以離日見天,坎月見地,故天地之情可見也矣。

彖伝に言う:「『大壮』は、大なる者壮なり。剛以て動く、ゆえに壮なり。」恵棟の自注:「剛」は下体の乾を指し、「動」は上体の震を指す。彖伝に言う:「大壮は貞に利あり、大なる者の正なり。」自注:講ずるは九四が前進して五位に至りて始めて位に当たると算う、ゆえに大なる者は正に帰すという。彖伝に言う:「正大にして天地の情見るべし。」自注:「正大」は九四が五位に進みて『需』卦を成すを指し、是に於て離日を以て天を見、坎月を以て地を見るので、天地の実情は見るべし。

疏:「剛乾動震」○以乾之剛加震之動而為陰所弇,又體兌毀折,宜其傷也,故壯釋所以傷之故。○「謂四」至「正也」○此虞義也。○「正大」至「也矣」○此虞義也。正謂五,大謂陽,四之五以陽居正成需,需自大壯來也。需體離坎,故離日見天,坎月見地。利貞者情性,故正大而天地之情可見也矣。

恵棟の自疏:疏するところは「剛乾動震」の一句である。乾の剛健を用い震の奮動を加うるも、上面の陰爻に掩覆せられ、卦中にまた兑体の毀折の象あるので、傷害を受くるを怪しむに足らず——ゆえに「壮」の字はまさに傷害の縁由を交代す。以下に疏するところは「謂四」より「正也」までの一段で、採用するは虞翻の説である。以下に疏するところは「正大」より「也矣」までの一段で、もまた虞翻の説を採用す:「正」は第五位を指し、「大」は陽爻を指す。九四は五位に進み、陽爻を以て正に居りて『需』卦を成し、『需』はまさに『大壮』より変じ来たる。『需』卦は離体と坎体を含むので、能く離日を以て天を見、坎月を以て地を見る。『乾』卦『文言』は「利貞とは性情なり」といい、ゆえに正にしてしかも大なれば天地の実情は見るべしという。

晋卦 彖伝

進也,明出地上,順而麗乎大明。注:離為明,順坤麗離也。乾為大,明離麗乾,故麗乎大明。柔進而上行,是以康侯用錫馬蕃庶晝日三接也。注:柔謂四,觀四之五,故進而上行。

『晋』卦彖伝の通行本は「晋とは進なり」と作るも、底本はここに卦名の「晋」の字を脱去し、径に「進なり、明は地上に出で、順にて大明に麗る」と作る。恵棟の自注:離は明に取象す。「順」は坤を指し、「麗」は離を指す。乾は大に取象し、離は乾に附麗するので「大明に麗る」という。彖伝に言う:「柔進みて上行す、是を以て康侯は馬を錫うて蕃庶にして昼日三接すなり。」自注:「柔」は六四を指す。この卦は『観』の六四が五位に升るより来たるので「進みて上行す」という。

疏:「離為」至「大明」○《說卦》曰:離也者,明也。虞彼注云:離為日,為火,故明。坤麗乾為離,乾藏坤為坎,離日坎月,日月得天而能久照,日月之明皆天之明也。陽稱大,故乾為大明。縣象著明莫大乎日月,故日月亦為大明。觀五本乾,觀四之五,離麗乾,故麗乎大明。○「柔謂」至「上行」○四陰為柔,四之五,故柔進而上行。四之五以陰居陽,故不言進得位,利變之正,以四錫初,故有康侯用錫馬蕃庶晝日三接之象也。

恵棟の自疏:疏するところは「離為」より「大明」までのこの一段の注文である。『説卦』に言う:「離とは明なり。」虞翻があの句に注解して言う:離は日・火と為るので明を主る。坤爻は乾に附麗して離を成し、乾爻は坤に潜蔵して坎を成す。離は日・坎は月で、日月は天の運を得て能く長久に照耀し、日月の明は実は皆天の明である。陽爻は「大」と称すので乾は「大明」と為る。『繋辞』は象を懸けて昭著なるは日月より大なるはなしといい、ゆえに日月もまた「大明」と称し得る。『観』卦の第五爻はもと陽爻にして乾に属し、『観』の六四は五位に升れば、離は便ち乾に附麗するので「大明に麗る」という。以下に疏するところは「柔謂」より「上行」までの一段である:第四爻は陰なので「柔」と称す。四は五位に升るので柔進みて上行すという。四が五位に升るは陰爻を以て陽位に居るなので、彖伝は「進みて位を得」を言わず。それは更に変じて正に帰するに宜しく、変正ののち四爻を以て初爻に賜うので、「康侯は馬を錫うて蕃庶にして昼日三接す」の卦象あり。

明夷卦 彖伝

明入地中,明夷,內文明而外柔順,以蒙大難,文王以之。注:文明,離也;柔順,坤也。三喻文王,大難謂坤,三幽坎中,故蒙大難,似文王之拘羑里。利艱貞,晦其明也。內難而能正其志,箕子以之。注:坤為晦,離為明,應在坤而在內卦,故云內難。坎為志,三得正體坎,故能正其志,似箕子為奴。

彖伝に言う:「明は地中に入る、『明夷』。内は文明にして外は柔順、以て大難を蒙るは、文王之を以てす。」恵棟の自注:「文明」は下体の離を指し、「柔順」は上体の坤を指す。九三は文王に比擬す。「大難」は坤を指し、九三は坎中に幽囚せらるるので大難を蒙るという、譬うれば文王の羑里に囚わるるがごとし。彖伝に言う:「艱貞に利あり、その明を晦ますなり。内難にして能くその志を正しくすは、箕子之を以てす。」自注:坤は晦冥に取象し、離は光明に取象す。九三の応ずる所は坤に在りて、しかもそれ自身は内卦に処るので「内難」という。坎は志に取象し、九三は位に当たりて坎体に処るので能くその志を守正す、譬うれば箕子の奴隷に淪せしがごとし。

疏:「文明」至「羑里」○坤為文,坤二五之乾成離為日,故文明謂離。《雜卦》曰:乾剛坤柔。《序卦》曰:坤順也。故柔順謂坤。三喻文王已下,虞義也。三為三公,故喻文王。坤為死,故大難謂坤。鄭氏云:蒙猶遭也。三體坎,坎為獄,三幽坎獄中,故遭大難。以,從鄭荀讀為似。三在獄中,似文王為紂所囚拘於羑里,故曰文王以之也。

恵棟の自疏:疏するところは「文明」より「羑里」までのこの一段の注文である。坤は文采に取象し、坤の二・五両爻は入りて乾中に居りて離を成し、離は日なので「文明」は離を指す。『雑卦伝』は「乾は剛にして坤は柔」といい、『序卦伝』は「坤とは順なり」といい、ゆえに「柔順」は坤を指す。「三は文王を喻す」以下は虞翻の説である:第三爻は三公の位なので、用いて文王に比擬す。坤は死喪に取象するので「大難」は坤を指す。鄭玄に言う:「蒙」は「遭」と言うがごとし。九三は坎体に処り、坎は牢獄に取象し、九三は坎獄の中に幽囚せらるるので大難に遭遇すという。「以」の字は鄭玄・荀爽に依りて「似」と読む。九三は身を獄中に在らしめ、譬うれば文王の紂王に羑里に囚禁せらるるがごとし、ゆえに「文王之を以てす」という。

○「坤為」至「為奴」○坤為晦,虞義也。坤既死魄,故為晦。離為明而滅坤下,故晦其明。三應坤而在內卦,坤為大難,故云內難。三體坎,坎為志,以陽居三得正,故能正其志,似箕子仁人而為紂所奴,故云箕子以之。虞氏從俗說謂箕子為五臣,居天位,失其義矣。

以下に疏するところは「坤為」より「為奴」までのこの一段の注文である。坤は晦冥に取象すは虞翻の説である:坤は月魄の全然隠没するの時に当たるので晦と為る。離はもと光明なるも、坤の下面に熄滅するので「その明を晦ます」という。九三の応ずる所は坤に在りてしかもそれ自身は内卦に処り、坤はまた大難なので「内難」という。九三は坎体に処り、坎は志に取象す。陽爻を以て第三位に居りて当位得正するので、能くその志を守正す、譬うれば箕子のかのごとき仁人にして紂王に奴隷と為されしがごとし、ゆえに「箕子之を以てす」という。虞翻は世俗の説を沿用して、「箕子」を六五に指為し、彼は人臣の身を以て天子の位に居るというは、則ち本義を失えり。

家人卦 彖伝

家人,女正位乎內,男正位乎外。注:內謂二,外謂五。男女正,天地之大義也。注:乾為天,三動坤為地,男得天正於五,女得地正於二,故天地之大義也。家人有嚴君焉,父母之謂也。注:嚴,猶尊也。父母謂乾坤,乾為嚴,為君;坤為後,後亦君也,故曰父母之謂。《孝經》曰:親生之膝下,以養父母日嚴。

彖伝に言う:「『家人』は、女は位を内に正しくし、男は位を外に正しくす。」恵棟の自注:「内」は六二を指し、「外」は九五を指す。彖伝に言う:「男女正しきは、天地の大義なり。」自注:乾は天で、九三は変動すれば則ち坤を成し、坤は地である。男は第五位に於て天道の正を得、女は第二位に於て地道の正を得るので、これを天地の大義という。彖伝に言う:「家人に厳君ありとは、父母の謂なり。」自注:「厳」はすなわち尊である。「父母」は乾と坤を指す:乾は厳・君に取象す。坤は后に取象し、「后」もまたすなわち君である。ゆえにこれは父母に指して言うという。『孝経』に言う:親愛の心は父母の膝下に生じ、父母を奉養するの時敬意は日に増す、と。

父父子子,兄兄弟弟,夫夫婦婦,而家道正,正家而天下定矣。注:乾為父,艮為子,三五位正,故父父子子。三動時震為兄,艮為弟,初位正,故兄兄弟弟。震又為夫,巽四為婦,初四位正,故夫夫婦婦。傳曰:有天地然後有萬物,有萬物然後有男女。天地,父母也;女正位乎內,男正位乎外,男女也;有男女然後有夫婦,夫夫婦婦也;有夫婦然後有父子,父父子子也;有父子然後有君臣,嚴君之謂也。三動而兄弟具,上之三成既濟定,故家道正。九五王假有家,交相愛也,謂父子兄弟夫婦各得其正,故正家而天下定矣。

彖伝に言う:「父は父たり、子は子たり、兄は兄たり、弟は弟たり、夫は夫たり、婦は婦たりて、家道正し。家を正しくして天下定まるなり。」恵棟の自注:乾は父に取象し、艮は子に取象す。三・五両位は正を得るので、父は父道を尽くし子は子道を尽くす。九三の変動するの時、震は兄に取象し、艮は弟に取象す。初位は正を得るので、兄は兄道を尽くし弟は弟道を尽くす。震はまた夫に取象し、第四爻の巽は婦に取象す。初と四は皆正位を得るので、夫は夫道を尽くし婦は婦道を尽くす。『序卦伝』に言う:天地ありてしかるのち万物あり、万物ありてしかるのち男女あり。天地とはすなわち父母である。「女は位を内に正しくし、男は位を外に正しくす」とはすなわち男女である。男女ありてしかるのち夫婦ありとはすなわち「夫は夫たり婦は婦たり」である。夫婦ありてしかるのち父子ありとはすなわち「父は父たり子は子たり」である。父子ありてしかるのち君臣ありとはすなわち「厳君」の説である。九三は変動して兄弟の象は斉備し、上爻は再び三位に降れば『既済』を成して六爻安定するので家道端正す。九五爻辞は「王に家有るを假す」といい、『象伝』は「交わり相愛すなり」といい、父子・兄弟・夫婦は各々その正を得るので、家道端正して天下安定す。

疏:「內謂」至「謂五」○此王弼義也。王氏謂家人之義以內為本,故先說女,此望文為義耳。易氣從下生,是以彖傳之例皆先內而後外,亦以卦名家人,故先女而後男,如王氏之旨也。二五皆得正,故云正位。此男女亦是乾坤所成,故下雲男女正天地之大義也。○「乾」至「義也」○此虞義也。卦自來,故據乾。三動體坤,故坤為地。五於三才為天道,故男得天正於五;二於三才為地道,故女得地正於二。乾天坤地,故天地之大義也。

恵棟の自疏:疏するところは「内謂」より「謂五」までのこの一段の注文で、採用するは王弼の説である。王弼は『家人』の義は内を以て根本と為すと為すので、先ず女を言い、これは不過文を望みて義を生ずるのみである。『易』の気機は下より上に生発するので、彖伝の通例は皆先内後外である。また卦名は「家人」と呼ばるるが故に、先ず女を言い後に男を言い、恰好王弼の旨と相合す。二・五両爻は皆正位を得るので「位を正しくす」という。こここの男女もまた皆乾坤の変化の成す所なので、下文は「男女正しきは天地の大義なり」という。以下に疏するところは「乾」より「義也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:「卦は自りて来たる」の一句の下に底本は自りて来たるの卦名を脱去し、その意はこの卦は来る所有るをいうなので、乾に依拠して説を立つ。九三は変動すれば則ち坤体を成すので坤は地と為る。第五位は三才の中に天道に属するので、男は第五位に於て天道の正を得。第二位は三才の中に地道に属するので、女は第二位に於て地道の正を得。乾は天・坤は地なので、これを天地の大義という。

○「嚴猶」至「日嚴」○鄭注《大傳》曰:嚴猶尊也。《說卦》曰:乾天也,故稱乎父;坤地也,故稱乎母。故父母謂乾坤。君道威嚴,故乾為嚴。《說卦》曰:乾以君之。故乾為君。《泰》彖傳曰:后以裁成天地之道。《復》彖傳曰:后不省方。後皆指坤。《釋詁》曰:後,君也。乾父坤母,乾坤皆嚴君之義,故曰父母之謂。孟喜卦圖有十二闢卦,即乾坤十二畫闢君也,知乾坤皆為君也。《孝經》者,聖治章文,引之者,證母有嚴義,不特父也。

以下に疏するところは「厳猶」より「日厳」までのこの一段の注文である。鄭玄が『大伝』に注して言う:「厳」はすなわち尊なり。『説卦』に言う:乾は天なので以て之を父と称し、坤は地なので以て之を母と称す。因って「父母」は乾と坤を指す。君と為るの道は威厳を貴ぶので、乾は厳に取象す。『説卦』は「乾は以て君たる」というので乾は君に取象す。『泰』卦伝文は「后は以て天地の道を裁成す」といい、『復』卦伝文は「后は方を省せず」といい、両処の「后」は皆坤を指す。『爾雅・釈詁』に言う:「后とは君なり。」乾は父・坤は母にして、乾坤は皆厳君の義を含むので、これは父母に指して言うという。孟喜の卦気図は十二辟卦を列え、まさに乾坤十二画の主する君卦なので、乾坤は皆君と為り得ると見える。引く所の『孝経』は『聖治章』の文字で、これを引くは以て母もまた尊ぶべきの義あるを証明せんが為、ただ父のみかくのごとしに非ず。

○「乾」至「定矣」○覆述乾者,見一卦備有六戚也。五乾為父,三艮為子,亦謂艮也。父子得正,故父父子子。三動體震,震一索故為兄,艮三索故為弟。震初得正,故兄兄弟弟。震一夫之行,故為夫;四體巽為婦,夫婦位正,故夫夫婦婦。若然,上文男女指二五,此夫婦指初四者,上言天地,此言家道,義各有取也。以上皆虞義。

以下に疏するところは「乾」より「定矣」までのこの一段の注文である。注文が再び乾を挙出するは、以て一卦の中に六種の親属関係を具備するを顕示せんとす。第五爻は乾に属するので父と為る。第三爻は艮に属するので子と為る——ここに講ずるもまた艮である。父子は各々その正を得るので、父は父道を尽くし子は子道を尽くす。九三は変動すれば則ち震体を成す:震は乾坤の一索して得るなので兄と為り、艮は三索して得るなので弟と為る。震の初爻は正を得るので、兄は兄道を尽くし弟は弟道を尽くす。震に一夫独行の象あるので夫に取象す。第四爻は巽体に属するので婦に取象す。夫婦は各々正位を得るので、夫は夫道を尽くし婦は婦道を尽くす。若しこの説に照らせば、上文の男女は二・五両爻を指し、こここの夫婦は却って初・四两爻を指す、それは上文は天地に就きて言を立て、ここは家道に就きて言を立て、取義各々主する所有るが故である。以上は皆虞翻の説である。

傳曰者,《序卦》文。漢儒以乾至離為上經,天道;咸至未濟為下經,人道也。故《序卦》自咸恆而下皆敘人事。有天地然後有萬物,虞彼注云:謂天地否也,謂否反成泰,天地,萬物化醇,故有萬物。有萬物然後有男女,注云:謂泰已有否,否三之上反正成咸,艮為男,兌為女,故有男女,家人有嚴君焉,父母之謂,故曰天地父母也。女正位乎內,男正位乎外,故曰男女也。有男女然後有夫婦,注云:咸反為恆,震為夫,巽為婦,故有夫婦也。有夫婦然後有父子,注云:謂咸上覆乾成,乾為父,艮為子,故有父子,家人之父父子子是也。有父子然後有君臣,家人之嚴君是也。三動體震為兄,艮為弟,故兄弟具,所謂兄兄弟弟也。

注文の「伝曰」というは、『序卦伝』の文字を指す。漢代の儒者は『乾』より『離』までを定めて上経と為し、講ずるは天道で、『咸』より『未済』までを定めて下経と為し、講ずるは人道である。ゆえに『序卦伝』は『咸』『恒』以下は皆人事を叙述す。「天地ありてしかるのち万物あり」に虞翻の注解して言う:指すところは天地不交の『否』卦、『否』は反覆して『泰』を成し、天地交通して万物は化育醇厚す、ゆえに万物あり。「万物ありてしかるのち男女あり」に虞翻の注解して言う:『泰』中に已に『否』を含み、『否』の三爻は上行して正に帰して『咸』を成し、艮は男・兑は女なので男女あり。『家人』は「厳君ありとは父母の謂」といい、ゆえに天地はすなわち父母という。「女は位を内に正しくし、男は位を外に正しくす」とは、講ずるはすなわち男女である。「男女ありてしかるのち夫婦あり」に虞翻の注解して言う:『咸』は反覆して『恒』を成し、震は夫・巽は婦なので夫婦あり。「夫婦ありてしかるのち父子あり」に虞翻の注解して言う:『咸』の上爻は復帰して乾に於て成り、乾は父・艮は子なので父子あり、『家人』の講ずる「父は父たり子は子たり」はまさにこの意である。「父子ありてしかるのち君臣あり」は、『家人』の講ずる「厳君」がまさにこの意である。九三は変動して震体を成して兄と為り艮は弟と為るので、兄弟の象は斉備す、すなわちいわゆる「兄は兄たり弟は弟たり」である。

是以《繫下》云:天地之大德曰生。注云:天地爻也。聖人之大保曰位。注云:福德爻也。所謂父父子子也。何以守位曰人。注云:專爻也,助福德者故曰守位。所謂兄兄弟弟也。何以聚人曰財。注云:財爻也,與人同制之爻,故曰聚人。所謂夫夫婦婦也。理財正辭禁民為非曰義。注云:繫爻也,財所生者謂之鬼,吏制於福德,與福德為君臣。所謂嚴君也。一卦六爻備有六戚,家人卦具,故詳言之。三動受上,上之三,六爻位正,故成既濟定,所謂父父子子兄兄弟弟夫夫婦婦而家道正也。而其義在九五一爻,九五王假有家,王者以天下為家,而父子兄弟夫婦各得其正,正家而天下定,是言既濟之事也。

因って『繋辞下伝』は「天地の大徳は生と曰う」といい、旧注はこれを「天地爻」という。「聖人の大保は位と曰う」といい、旧注はこれを「福徳爻」という、すなわちいわゆる「父は父たり子は子たり」である。「何を以て位を守るかは人と曰う」といい、旧注はこれを「専爻」という、それが福徳を輔助するが故に「位を守る」と呼び、すなわちいわゆる「兄は兄たり弟は弟たり」である。「何を以て人を聚むるかは財と曰う」といい、旧注はこれを「財爻」という、人と共同に管制するの爻なので「人を聚む」と呼び、すなわちいわゆる「夫は夫たり婦は婦たり」である。「財を理し辞を正しくし民の非為を禁ずるを義と曰う」といい、旧注はこれを「係爻」という、財の生出するを鬼と呼び、官吏は福徳に受制して福徳と君臣を構成す、すなわちいわゆる「厳君」である。一卦六爻はもとより六種の親属関係を具備す、しかして『家人』の一卦は最も斉備す、ゆえに恵棟はここに於て詳しく申説す。九三は変動して上爻を承受し、上爻は三位に降り、六爻は各々その位を得、是に於て『既済』を成して安定す、これすなわちいわゆる「父は父たり子は子たり、兄は兄たり弟は弟たり、夫は夫たり婦は婦たりて家道正し」である。しかしてこの卦の精義は全く九五の一爻に在り:九五は「王に家有るを假す」といい、王者は天下を以て一家と為し、父子・兄弟・夫婦は各々その正を得、家道端正して天下安定す——講ずるはまさに『既済』を成すの事である。

睽卦 彖伝

睽,火動而上,澤動而下。注:二動之五體離,故火動而上;五動之二體兌,故澤動而下。二女同居,其志不同行。注:二女離兌也,坎為志,無妄震為行,巽為同,艮為居,二五易位,震巽象壞,故二女同居,其志不同行也。說而麗乎明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以小事吉。注:說兌麗離也,明謂乾,柔謂五,無妄巽為進,從二之五,故上行。剛謂應乾五伏陽,非應二也,與鼎五同義。

彖伝に言う:「『睽』は、火は動きて上り、沢は動きて下る。」恵棟の自注:九二は変動して升りて五位に至れば便ち離体を成し、離は火なので火性は上に向かうという。六五は変動して降りて二位に至れば便ち兑体を成し、兑は沢なので沢性は下に向かうという。彖伝に言う:「二女同居するも、その志は同行せず。」自注:「二女」は離と兑を指す。坎は志に取象し、『无妄』の震は行に取象し、巽は同に取象し、艮は居に取象す。二・五両爻は位置を互換すれば、震・巽の象は便ち壊れるので、両女は一処に同居するも志向の趨く所は各々相同じからずという。彖伝に言う:「説びて明に麗り、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず、是を以て小事吉なり。」自注:「説」は兑を指し、「麗」は離を指す。「明」は乾を指し、「柔」は六五を指す。『无妄』の巽は進に取象し、六五は二位より五位に升るので「上行」という。「剛」は応ずる所は乾五の伏する陽爻なるを指し、並びに下に九二に応ずるに非ず、『鼎』卦の六五と同一の義例である。

天地暌而其事同也。注:五動乾為天,四動坤為地,故天地睽。坤為事,五動體同人,故其事同也。男女暌而其志通也。注:四動艮為男,兌為女,故男女睽。坎為志,為通,故其志通也。萬物睽而其事類也。注:四動萬物出乎震,故萬物睽。坤為事,為類,故其事類也。睽之時用大矣哉。注:非義之常,故曰時用。

彖伝に言う:「天地は睽れどもその事同じきなり。」恵棟の自注:六五は変動すれば則ち上体は乾を成し、乾は天である。九四は変動すれば則ち互体は坤を成し、坤は地なので、天地乖違すという。坤は事に取象し、六五は変動すれば則ち『同人』の体を成すので、その成す所の事は相同じきという。彖伝に言う:「男女は睽れどもその志通ずるなり。」自注:九四は変動すれば則ち艮を成し、艮は男、兑は女なので、男女乖違すという。坎は志に取象しまた通に取象するので、心志相通ずという。彖伝に言う:「万物は睽れどもその事類たるなり。」自注:九四は変動すれば則ち万物は震より出づるので、万物乖違すという。坤は事に取象しまた類に取象するので、その事は同類という。彖伝に言う:「睽の時用は大なるかな。」自注:これは常道の能く範囲する所に非ず、ゆえに「時用」という。(経文中の「暌」はすなわち「睽」の字の異写にして、注文は一律に「睽」と作る。)

疏:「二動」至「而下」○卦自無妄來,二上之五體離,離為火,故火動而上也;五下之二體兌,兌為澤,故澤動而下也。○「二女」至「行也」○此虞義也。二五易位,無妄為睽,震為行,巽為同,震巽體壞,故二女同居,其志不同行也。○「說兌」至「同義」○此虞義也。乾為大明,故明謂乾。《晉》彖傳曰:順而麗乎大明。此不言大明者,虞氏謂麗於晉,故不言大明也。柔謂五,五本二也,卦從無妄來,二之五,故上行。乾伏五下,六五得中而應,乾五之伏陽,故云得中而應乎剛。必知應乾五伏陽者,卦之二五皆失位,例變之正,若五柔應二剛,非法也,故云應乾五伏陽。五動之乾,二變應之,陰利承陽,故小事吉也。

恵棟の自疏:疏するところは「二動」より「而下」までのこの一段の注文である。この卦は『无妄』より変じ来たり:九二は上行して五位に至れば便ち離体を成し、離は火なので火性は上に向かうという。六五は下行して二位に至れば便ち兑体を成し、兑は沢なので沢性は下に向かうという。以下に疏するところは「二女」より「行也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:二・五は位置を互換すれば『无妄』は便ち『睽』に変成す。震は行に取象し、巽は同に取象す。今震・巽の体は皆壊れたので、両女は同居するも志向は同じからずという。以下に疏するところは「説兑」より「同義」までの一段で、もまた虞翻の説を採る:乾は大明に取象するので「明」は乾を指す。『晋』卦彖伝は「順にて大明に麗る」といい、ここに「大明」を言わざるは、虞翻はこの処の附麗する所は『晋』に属するが故に「大」の字を省去すと為す。「柔」は六五を指し、六五はもと二位の爻である。この卦は『无妄』より変じ来たり、二は五に升るので「上行」という。乾は五爻の下に潜伏し、六五は中に居りて応ずる所有り、応ずるはまさに乾五の伏する陽爻なので「中を得て剛に応ず」という。応ずる所を乾五の伏陽と断定する所以は、この卦の二・五両爻は皆位を失い、例に按れば応に変じて正に帰すべし。若し六五の柔が下に九二の剛に応ずと言わば、便ち法度に合せず、ゆえに応ずる所は乾五の伏陽という。六五は変動して乾を成し、九二は再び変じてこれと相応ず。陰爻は陽爻を承奉するに宜しきなので、小事は吉利という。

○「五動」至「類也」○此皆虞義也。五動體乾,故乾為天;四動互坤,故坤為地。乾上坤下,象天地否,故曰天地睽。否終則傾,故其事同也。四動艮為男,兌為女,咸兩象易,故男女睽。異德合姓,故其志通也。五動乾為天,四動萬物出乎震,象無妄,萬物皆死,故萬物睽。時育萬物,故其事類也。俗說天地睽為天高地下,男女睽為男外女內,萬物睽為殊形各象,乃理之常,非睽之時用也。○「非義」至「時用」○天地男女萬物皆有乖違之象,非義之常,惟盡性之聖人能用以盡人性盡物性而贊化育,故曰大也。

以下に疏するところは「五動」より「類也」までのこの一段の注文で、全部虞翻の説を採用す。六五は変動すれば則ち上体は乾を成すので乾は天と為る。九四は変動すれば則ち互体は坤を成すので坤は地と為る。乾は上に在り坤は下に在り、まさに天地不交の『否』象なので天地乖違すという。『否』は尽頭に到れば便ち傾覆せんとすので、その成す所の事は相同じきという。九四は変動して艮を成して男と為り、兑は女と為る、これは『咸』卦の上下両象が互易するに相当するので、男女乖違すという。男女は異姓異徳にして婚姻を結ぶので、心志相通ずという。六五は変動して乾を成して天と為り、九四は変動すれば則ち万物は震より出づ、其の象は『无妄』に類似し、『无妄』に万物皆死するの象あるので、万物乖違すという。しかして天時はまた能く季に按じて万物を養育するので、その事は同類という。世俗は「天地睽」を天高く地下くと講じ、「男女睽」を男は外を主り女は内を主ると講じ、「万物睽」を形状各別・物象不同と講ず。あれらは皆常理にして、並びに『睽』卦の「時用」の意に非ず。以下に疏するところは「非義」より「時用」までの一段である:天地・男女・万物は皆乖違の象あり、これは常道の能く範囲する所に非ず。ただ能く本性を窮尽するの聖人のみ、始めてそれを運用して以て人の性を窮め物の性を窮めて天地の化育を賛助し得るので「大」という。

蹇卦 彖伝

寋,難也,險在前也。見險而能止,知矣哉。注:前謂三,離為見,艮為止,故見險而能止。知謂坤也,坤知阻,故知矣哉。寋利西南,往得中也。注:二動往居坤五,故得中。不利東北,其道窮也。注:天道窮於東北。利見大人,往有功也。注:二往應五,五多功,故往有功。當位貞吉,以正邦也。注:坤為邦,五當尊位正吉,群陰順從,故以正邦。寋之時用大矣哉。注:用當其時則濟,故大。虞氏謂坎月生西南而終東北,終而復始,以生萬物,故用大矣。

彖伝に言う:「『寋』は難なり、険前に在るなり。険を見て能く止まるは、知なるかな。」——「寋」はすなわち「蹇」の異写である。恵棟の自注:「前」は九三を指し、離は見に取象し、艮は止に取象するので、険難を見て能く停住すという。「知」は坤を指し、坤は能く険阻を識別するので、これを明智という。彖伝に言う:「寋は西南に利あり、往きて中を得るなり。」自注:九二は変動して前往して坤の五位に居るので「中を得」という。彖伝に言う:「東北に利あらず、その道窮まるなり。」自注:天道は東北に至れば便ち窮尽す。彖伝に言う:「大人を見るに利あり、往きて功あるなり。」自注:九二は前往して上に九五に応じ、第五爻は多く功業あるので、往きて功ありという。彖伝に言う:「位に当たりて貞吉、以て邦を正しくすなり。」自注:坤は邦国に取象す。九五は尊位に居りて当位得正し故に吉、衆陰爻は皆彼に順従するので、能く邦国を端正すという。彖伝に言う:「寋の時用は大なるかな。」自注:用いて時宜に合せば便ち能く難を済すので「大」という。虞翻は則ち納甲の法に依りて、月象は西南に生じて東北に終り、終りてまた始まり、以て万物を化生すといい、ゆえにその用の盛大をいう。

疏:「前謂」至「矣哉」○三在五前,又體坎,坎為險,故險在前。乾仁坤知,故知謂坤也。卦有坎艮,地險山川丘陵,艮為山陵,坎為水,坤德行恆簡以知阻,故知矣哉。尋六爻皆有蹇象,唯九五當位正邦,餘皆利止,見險而止之義也。○「二動」至「得中」○此荀義也。自內為往,二往居中,五為上中,故得中。○「天道」至「東北」○消息,艮在亥,又東北之卦,萬物成終,故天道窮於東北。

恵棟の自疏:疏するところは「前謂」より「矣哉」までのこの一段の注文である。九三は九五の前に在り、また坎体に処り、坎は険なので、険難は前面に在るという。乾は仁を主り坤は智を主るので「知」は坤を指す。この卦に坎あり艮あり、まさに『坎』卦彖伝の講ずる「地険山川丘陵」に合す:艮は山にして陵、坎は水である。『繋辞』は坤の德行は恒常簡易にして能く険阻を知るといい、ゆえに「知なるかな」という。細かく察すれば六爻は皆蹇難の象あり、ただ九五のみ位に当たりて能く邦国を端正し、其の余の各爻は皆停止するを以て宜しと為す、これまさに険を見て止まるの道理である。以下に疏するところは「二動」より「得中」までの一段で、採用するは荀爽の説である:内卦より出づるを「往」と呼び、九二は前往して中位に居る。第五爻は上体の中なので「中を得」という。以下に疏するところは「天道」より「東北」までの一段である:消息の法を按ずれば、艮の位は亥に在り、また東北の卦で、万物はここに至りて終を成すので、天道は東北に窮尽すという。

○「二往」至「有功」○此虞義也。○「坤為」至「正邦」○坤為邦,虞義也,已下荀義也。○「用當」至「大矣」○初象傳曰:宜待時也。亦以在寋家宜待時而動。《釋言》曰:濟,成也。用當其時則成,如二有功而五正邦,故大。虞氏已下亦據納甲,《參同契》曰:五六三十度,度竟復更始。故云終而復始也。

以下に疏するところは「二往」より「有功」までの一段で、採用するは虞翻の説である。以下に疏するところは「坤為」より「正邦」までの一段である:坤は邦国に取象すは虞翻の説、この一句以下は則ち荀爽の説である。以下に疏するところは「用当」より「大矣」までの一段である:初六『象伝』は「時を待つに宜しきなり」といい、もまた身が蹇難の世に処るが故に、応に時機を等待してしかるのち動くべし。『爾雅・釈言』に言う:「済とは成なり。」用いて時宜に合せば便ち能く事を成す、例えば九二に功ありて九五は能く邦を正しくするがごとし、ゆえに「大」という。「虞氏」以下も同じく納甲に依りて説を立つ:『参同契』は五六は相乗じて共に三十度、度数は走り尽きてまた重ねて始まるといい、ゆえに「終りてまた始まる」という。

解卦 彖伝

解,險以動,動而免乎險,解。注:險坎動震,震出險上,故動而免乎險。解利西南,往得眾也。注:坤為眾。無所往,其來復吉,乃得中也。注:中謂二五。有攸往夙吉,往有功也。注:五多功,據五解難,故往有功。天地解而雷雨作,雷雨作而百果草木皆甲宅。注:解二月,雷以動之,雨以潤之,故雷雨作。木實曰果,皮曰甲,根曰宅。乾為百果,震為草木,離為甲,艮為宅,萬物出震,故百果草木皆甲宅。荀氏謂解者震世仲春之月,草木萌牙,故甲宅也。俗作甲坼,古文宅壞字。解之時大矣哉。注:天地解之時故大。

彖伝に言う:「『解』は、険以て動き、動きて険を免る、解なり。」恵棟の自注:「険」は坎を指し、「動」は震を指す。震は動きて坎険の上に出づるので、動きて険難を脱離すという。彖伝に言う:「解は西南に利あり、往きて衆を得るなり。」自注:坤は衆に取象す。彖伝に言う:「往くところなく、その来復すれば吉、乃ち中を得るなり。」自注:「中」は二・五両爻を指す。彖伝に言う:「往くところあれば夙に吉、往きて功あるなり。」自注:第五爻は多く功業あり、九五に憑拠して以て患難を解除するので、往きて功ありという。彖伝に言う:「天地解れて雷雨作り、雷雨作りて百果草木は皆甲宅す。」自注:『解』は二月に当たり、雷は来りて鼓動し雨は来りて滋潤するので、雷雨興作すという。樹上の果実を「果」と呼び、果実の外皮を「甲」と呼び、根部を「宅」と呼ぶ。乾は百果に取象し、震は草木に取象し、離は甲に取象し、艮は宅に取象す。万物は震より出づるので、百果草木は皆甲を萌し根を生ずという。荀爽は『解』は震宮に属し仲春の月に当たり、草木は発芽するので「甲宅」と呼ぶという。俗本は「甲坼」と写作す、あれは古文の「宅」の字が残壊したるに因る。彖伝に言う:「解の時は大なるかな。」自注:これは天地の舒解するの時なので盛大という。

疏:「險坎」至「乎險」○此虞義也。震為出,震動而出坎上,故動而免乎險,解之義也。○「坤為眾」○謂臨坤也。○「中謂二五」○二已之五得中,故四來成復也。○「五多」至「有功」○此荀義也。荀氏謂五位無君,二陽又卑,往據之者則吉,五多功,二據五而解坎難,故有功也。一說解反寋也,二據五而解寋難,義亦通也。

恵棟の自疏:疏するところは「険坎」より「乎険」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である:震は出に取象し、震は動きて坎の上に出づるので、動きて険難を脱離すといい、これすなわち「解」の含義である。以下に疏するところは「坤は衆と為る」の一句である:指すところは『臨』卦の坤体である。以下に疏するところは「中は二五を謂う」の一句である:九二は已に上行して五位に至りて中を得たので、第四爻は下り来れば便ち『復』を成す。以下に疏するところは「五多」より「有功」までの一段で、採用するは荀爽の説である:荀爽は第五位の上に君主なく、九二は陽爻と雖もしかも位また卑下し、前往して五位に憑拠すれば則ち吉と為す。第五爻は多く功業あり、九二は五位に憑拠して坎陥の難を解除するので功あり。別に一説あり:『解』は『寋』の反覆の卦にして、九二は五位に憑拠して蹇難を解除す、かく講ずるもまた説き通る。

○「解二」至「壞字」○解消息在二月,《漢書·五行志》曰:雷以二月出。雷動而雨隨之,故雷雨作,此虞義也。《說文》曰:果,木實也。宋衷注《說卦》曰:木實謂之果,草實謂之蓏。馬融謂桃李之屬是也。皮在外,故云甲;根在下,故云宅。宅,居也。此上鄭義也。乾為百,為木果,故乾為百果。震者木德,又為草莽,故為草木。甲者,孚甲,《月令》孟春,其日甲乙,鄭注云:時萬物皆孚甲,因以為日名。《三統曆》曰:出甲於甲。《說文》曰:甲,東方之孟,陽氣萌動,從木戴孚甲之象。是其義也。離剛在外,故為甲;艮為居,故為宅。萬物出乎震,百果草木甲宅之象也。

以下に疏するところは「解二」より「壊字」までのこの一段の注文である。『解』は十二消息の中に二月に当たる。『漢書・五行志』に言う:雷は二月に於て始めて声を発す。雷は一たび動けば雨は随いて至るので、雷雨興作すという——これは虞翻の説である。『説文』に言う:「果とは木実なり。」宋衷が『説卦』に注して言う:樹上に結ぶを「果」と呼び、草上に結ぶを「蓏」と呼ぶ。馬融はすなわち桃李の類という。果皮は外に在るので「甲」と呼び、根須は下に在るので「宅」と呼ぶ、「宅」はすなわち居処である——以上は鄭玄の説である。乾は「百」に取象しまた木果に取象するので乾は百果と為る。震は木徳に属し、また草莽に取象するので草木と為る。「甲」はすなわち孚甲である。『礼記・月令』は孟春の月を講じて「その日は甲乙」といい、鄭玄の注に言う:この時万物は皆孚甲の中に在り、因って「甲」を用いて以て日辰を命名す。『三統暦』は「甲に於て甲を出づ」という。『説文』に言う:甲は東方の首にして陽気は萌動し、字形は草木が種殻を頂戴するの象を取る、と。皆この意である。離の剛爻は外に在るので甲に取象す。艮は居処に取象するので宅に取象す。万物は震より出づるは、まさに百果草木の甲を萌し根を生ずるの象である。

解,震宮二世卦,故荀氏謂解者震世。雷以二月出,萬物隨之而出,故仲春之月草木萌牙也。俗本甲宅作甲坼。案《說文》云:宅古文作。故云古文宅壞字,猶鄭氏注《檀弓》云衣為壞字也,字壞而為坼,作坼者,訛也。○「天地」至「故大」○解二月卦,天地解緩,萬物甲宅,故云大也。

『解』は震宮の第二世卦なので、荀爽は『解』は震宮の世に属すという。雷は二月に声を発し、万物は随いて出づるので、仲春の月に草木は発芽す。俗本は「甲宅」を「甲坼」と写作す。『説文』を査するに「宅」の古文は某の形に写作す——底本はここに古文字形を缺き、刻出する能わず——ゆえに恵棟は「坼」は古文の「宅」の字が残壊して成るといい、まさに鄭玄が『檀弓』に注して某の字は「衣」の字の残壊の致す所と講ずるがごとし。字形は一たび壊れれば便ち「坼」と成り、「坼」と写作するは訛誤である。以下に疏するところは「天地」より「故大」までの一段である:『解』は二月の卦にして、天地の気は舒解和緩し、万物は甲を萌し根を生ずるので「大」という。

損卦 彖伝

損,損下益上,其道上行。注:乾道上行。損而有孚,元吉無咎可貞,利有攸往,曷之用,二簋可用享,二簋應有時。注:時謂春秋也。損二之五,震二月,益正月春也;損七月,兌八月秋也。謂春秋祭祀,以時思之。艮為時,震為應,故應有時也。損剛益柔有時。注:謂冬夏也。二五已易成益,坤為柔,損上之剛益三之柔成既濟,坎冬離夏,故損剛益柔有時。損益盈虛,與時偕行。注:乾為盈,坤為虛,損剛益柔,故損益盈虛。謂泰初之上,損二之五,益上之三,變通趣時,故與時偕行。

彖伝に言う:「『損』は、下を損して上を益し、その道は上行す。」恵棟の自注:乾の道は上に向かい運行す。彖伝に言う:「損にして孚あり、元吉咎なし貞すべし、往くところあるに利あり、曷ぞ之を用いん、二簋は用いて享すべし、二簋は応に時あらん。」自注:「時」は春秋両季を指す。『損』の九二は五位に升り、震は二月に当たり、『益』は正月に当たり、皆春に属す。『損』は七月に当たり、兑は八月に当たり、皆秋に属す。講ずるところは春秋両季の祭祀にして、時節に按じて先人を追思するを要す。艮は時に取象し、震は応に取象するので「応に時あり」という。彖伝に言う:「剛を損し柔を益するに時あり。」自注:ここに講ずるは冬夏である。二・五両爻の互換ののち『益』を成し、その中に坤体を互出し、坤は柔である。再び上爻の剛を減損して以て三爻の柔を增益すれば『既済』を成し、坎は冬を主り離は夏を主るので、剛を損し柔を益するに各々その時ありという。彖伝に言う:「損益盈虚は、時と偕に行く。」自注:乾は盈に取象し、坤は虚に取象す。剛爻を減損して柔爻を増益しに往かしむるので、損益盈虚という。これは『泰』の初爻が上行して上位に至りて『損』を成し、『損』の二爻が五位に升りて『益』を成し、『益』の上爻が三位に降りて『既済』を成すを指す。卦に随いて変通して時宜に趨合するので、時と同行すという。

疏:「乾道上行」○乾謂泰乾也,泰初之上乾為道,故乾道上行。○「時謂」至「時也」○此虞義也。時謂四時,春禘秋嘗,故謂春秋也。損二之五,以二簋享上,卦體震,兌二之五成益,故震二月,益正月春也;損七月,兌八月秋也。震兌,四正也;益損,消息也。春秋祭祀,以時思之,《孝經》文。《祭義》曰:春禘秋嘗,霜露既降,君子履之,必有悽愴之心;春雨露既濡,君子履之必有怵惕之心,如將見之。此以時思之之事。艮動靜不失其時,故為時;震同聲相應,故為應,謂上之三六爻相應也。

恵棟の自疏:疏するところは「乾道上行」の一句である:「乾」は『泰』卦の乾体を指し、『泰』の初爻は上行して上位に至り、乾は道に取象するので、乾の道は上に向かい運行すという。以下に疏するところは「時謂」より「時也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:「時」は四時を指す。春祭を「禘」と呼び秋祭を「嘗」と呼ぶので、講ずるは春秋である。『損』の九二は五位に升り、両簋の薄物を用いて上位を享祭す。卦体に震ありまた兑あり、二が五に升れば『益』を成すので、震は二月に当たり『益』は正月に当たり、同じく春に属す。『損』は七月に当たり兑は八月に当たり、同じく秋に属す。震と兑は四正卦に属し、『益』と『損』は消息卦に属す。「春秋の祭祀は、時を以て之を思う」は『孝経』の原文である。『礼記・祭義』に言う:春禘秋嘗、秋の日は霜露降下して君子はこれを踩みて行けば必ず凄愴の感を生じ、春の日は雨露沾湿して君子はこれを踩みて行けば必ず惕然の心を生じ、髣髴として将に親人を見んとするがごとし——これすなわち「時を按じて追思する」の具体的事項である。艮の動静は皆その時を失わざるので時に取象す。震は同じき声の相応ずるを主るので応に取象し、講ずるところは上爻が三位に降るのち六爻は両両相応ずるである。

○「謂冬」至「有時」○此虞義也。冬夏謂既濟也。二五已易成益,中互坤,故坤為柔。損上九之剛以益六三之柔而成既濟,坎離四正卦,既濟坎上離下,坎冬時,離夏時,故損剛益柔有時。損先難而後易,故經言遄,傳又言時,疾貞者其義,有待者其時也。○「乾為」至「偕行」○此虞義也。十五乾盈甲,故乾為盈;月虛為晦,坤喪乙滅癸,故坤為虛。損乾剛以益坤柔,故損益盈虛。泰初之上成損,損二之五成益,益上之三成既濟,變通趣時,故與時偕行也。

以下に疏するところは「謂冬」より「有時」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である:「冬夏」が講ずるは『既済』である。二・五の互換ののち『益』を成し、中間に坤体を互出するので坤は柔と為る。上九の剛を減損して六三の柔を増益しに往かしむれば『既済』を成す。坎・離は四正卦に属し、『既済』は坎は上に在り離は下に在り、坎は冬時を主り離は夏時を主るので、剛を損し柔を益するに各々その時ありという。『損』は先難にして後易なので、経文は「遄」(従速)を講じ、伝文はまた「時」(待時)を講ず:急いで正を守るは義理に就いて言い、時機を待たざるべからずは時勢に就いて言う。以下に疏するところは「乾為」より「偕行」までの一段で、採用するは虞翻の説である:納甲の法に按ずれば、十五日は月円にして乾象は甲に於て盈満するので乾は盈と為る。月光は亏尽するを晦と為し、坤は乙に喪われて癸に滅するので坤は虚と為る。乾の剛を減損して坤の柔を増益しに往かしむるので損益盈虚という。『泰』の初爻は上行して上位に至りて『損』を成し、『損』の二爻は五位に升りて『益』を成し、『益』の上爻は三位に降りて『既済』を成す。卦に随いて変通して時宜に趨合するので、時と同行すという。

益卦 彖伝

益,損上益下,民說無疆。注:上之初,坤為無疆,震為喜笑,以貴下賤,大得民,故說無疆矣。自上下下,其道大光。注:乾為大明,以乾照坤,故其道大光。或以上之初離為大光矣。利有攸往,中正有慶。注:中正謂五而二應之,乾為慶也。利涉大川,木道乃行。注:謂三動成渙,渙,舟楫象,巽木得水,故木道乃行也。益動而巽,日進無疆。注:震三動成離,離為日,巽為進,坤為無疆,日與巽俱進,故日進無疆。天施地生,其益無方。注:乾下之坤,震為出生,萬物出震,故天施地生。陽在坤初為無方,日進無疆,故其益無方矣。凡益之道,與時偕行。注:上來益三,四時象正,艮為時,震為行,與損同義,故與時偕行也。

彖伝に言う:「『益』は、上を損して下を益し、民は説びて疆なし。」恵棟の自注:上爻は下降して初位に至り、坤は無辺無際に取象し、震は歓喜笑語に取象す。尊貴の身を以て卑賤の下に屈居し、因って大いに民心を得るので、百姓は喜悦して窮りなしという。彖伝に言う:「上より下に下る、その道大いに光なり。」自注:乾は大明に取象し、乾の明を以て坤に照臨するので、その道は広大光明という。或る人はまた上爻が初位に降りて離を成し、離は光なので「大光」と呼ぶと為す。彖伝に言う:「往くところあるに利あり、中正にして慶あり。」自注:「中正」は九五を指し、しかして六二はこれと相応ず。乾は福慶に取象す。彖伝に言う:「大川を渉るに利あり、木道乃ち行く。」自注:講ずるは九三が変動して『渙』を成し、『渙』に舟楫の象あるである。巽木は坎水を得るので、木道は通行を得るという。彖伝に言う:「益は動きて巽、日進みて疆なし。」自注:震の第三爻は変動して離を成し、離は日、巽は進、坤は無疆である。日は巽と一同に前進するので、日日増進して窮尽なしという。彖伝に言う:「天は施し地は生ず、その益は方なし。」自注:乾爻は下降して坤に入り、震は出・生に取象し、万物は震より出づるので、天は気を施して地は物を生ずという。陽爻は坤の初位に居れば便ち「方なし」で、日日増進して窮尽なきので、その増益は定所なきという。彖伝に言う:「凡そ益の道は、時と偕に行く。」自注:上爻は下り来りて三爻を增益し、四時の象は因って斉正す。艮は時に取象し、震は行に取象し、『損』卦と同一の義理なので、時と同行すという。

疏:「上之」至「疆矣」○此以下皆虞義也。坤為地,故為無疆。上之初體震,震春喜樂,故為喜;笑言啞啞,故為笑。陽貴陰賤,坤為民,震初九以貴下賤,得坤民,故說無疆矣。○「乾為」至「先矣」○陽稱大,離為明,故乾為大明。坤陰晦冥,乾象盈甲,日月雙明,以乾照坤,故其道大光。或以上之三體離,乾為大,離為光,故為大光,義亦通也。○「中正」至「慶也」○五以中居正,故中正謂五。二正應五,故利有攸往。陽稱慶,故乾為慶也。

恵棟の自疏:疏するところは「上之」より「疆矣」までのこの一段の注文で、ここより以下は皆虞翻の説である。坤は地に取象するので無辺無際と為る。上爻は降りて初位に至りて震体を成す:震は春を主りて歓楽の意あるので喜に取象す。『震』卦辞は「笑言唖唖」といい、ゆえに笑に取象す。陽爻は尊貴にして陰爻は卑賤、坤は民に取象す。震の初九は尊貴の身を以て卑賤の下に屈居し、因って坤の象徴する民心を得るので、百姓は喜悦して窮りなしという。以下に疏するところは「乾為」より「先矣」までの一段である(起訖語の中の「先」はまさに「光」と作るべし):陽爻は「大」と称し、離は明に取象するので乾は大明と為る。坤は陰に属して晦暗、乾象は納甲の中に於て甲に盈満し、日月は同時に発光し、乾の明を以て坤に照臨するので、その道は広大光明という。或る人はまた上爻が三位に降りて離体を成し、乾は大・離は光なので「大光」と呼ぶと為す——かく講ずるもまた説き通る。以下に疏するところは「中正」より「慶也」までの一段である:九五は中位を以て正に居るので「中正」は九五を指す。六二と九五は正応なので「往くところあるに利あり」。陽爻は「慶」と称すので、乾は福慶に取象す。

○「謂三」至「行也」○三動成渙,舟楫之利蓋取諸此,故渙,舟楫象。巽為木,坎為水,巽木得水而行,故木道乃行也。○「震三」至「無疆」○震三動體離,離為日,巽為進退,故為進。坤地為無疆,三動有巽,離象日,與巽俱進,故日進無疆也。

以下に疏するところは「謂三」より「行也」までのこの一段の注文である:九三は変動して『渙』を成し、『繋辞』の講ずる舟楫の利は大概このに取象するなので、『渙』に舟楫の象あり。巽は木に取象し、坎は水に取象す。巽木は水を得て始めて能く行駛するので、木道は通行を得るという。以下に疏するところは「震三」より「无疆」までの一段である:震の第三爻は変動すれば則ち離体を成し、離は日である。巽はもと進退に取象するも、ここはただ「進」の一面を取るのみ。坤は地なので無疆と為る。三爻一たび動けば卦中に巽あり、離象は日と為り、日は巽と一同に前進するので、日日増進して窮尽なしという。

○「乾下」至「方矣」○否乾為天,坤為地,陽主施,乾下之坤,是天施也。帝出乎震,故震為出;震春生月,三日生明,故為生。坤元萬物資生,萬物出震,故天施地生也。坤為方,故陽在坤初為無方,日進無疆與其益無方同義也。○「上來」至「行也」○下雲與損同義,益震為春,損兌為秋,上來益三成坎離象,坎冬離夏,故四時象具。互艮為時,震為行,損二之五益上之三,變通趣時,故與損同義。《損》彖傳曰:損益盈虛,與時偕行。是同義也。

以下に疏するところは「乾下」より「方矣」までのこの一段の注文である:『否』卦の乾は天・坤は地である。陽は施与を主り、乾爻は下降して坤に入る、これすなわち「天施」である。『説卦』は「帝は震に出づ」といい、ゆえに震は出に取象す。震は春生の月を主り、月は三日に出でて明を生ずるので、生に取象す。『坤』卦彖伝は「万物は資て生ず」といい、万物はまた震より出づるので、天は気を施して地は物を生ずという。坤は方に取象するので、陽爻は坤の初位に居ればすなわち「方なし」。「日進みて疆なし」と「その益は方なし」は同一の義理である。以下に疏するところは「上来」より「行也」までの一段である:下文は『損』と義を同じくすという——『益』に震ありて春、『損』に兑ありて秋である。上爻は下り来りて三爻を增益せば、便ち坎・離の象を成し、坎は冬を主り離は夏を主るので、四時の象は斉備す。互体の艮は時に取象し、震は行に取象す。『損』の二爻は五位に升り、『益』の上爻は三位に降り、皆卦に随いて変通して時宜に趨合するので、『損』と義を同じくすという。『損』卦彖伝は「損益盈虚は時と偕に行く」といい、まさに同一の義理である。

夬卦 彖伝

夬,決也,剛決柔也。注:乾決坤。健而說,決而和。注:健乾說兌也,以乾陽獲陰之和,故決而和。揚于王庭,柔乘五剛也。注:一陰乘五陽。孚號有厲,其危乃光也。注:三變離為光,危去上六陽乃光明。告自邑,不利即戎,所尚乃窮也。注:窮謂上,陽勝陰負,故所尚乃窮。利有攸往,剛長乃終也。注:乾體大成以決小人,終乾之剛,故乃終也。

彖伝に言う:「『夬』は決なり、剛は柔を決するなり。」恵棟の自注:乾の剛は坤の柔を決去す。彖伝に言う:「健にて説び、決して和なり。」自注:「健」は下体の乾を指し、「説」は上体の兑を指す。乾陽を以て陰の和悦の相応を獲得するので、決断して和順を失わずという。彖伝に言う:「王庭に揚ぐるは、柔は五剛に乘るなり。」自注:一つの陰爻は五つの陽爻の上に凌駕す。彖伝に言う:「孚ありて號すに厲あり、その危は乃ち光なり。」自注:九三は変動すれば則ち離を成し、離は光である。心に危惧を存して上六を除去せば、陽道始めて光明を得る。彖伝に言う:「邑より告げるは、戎に即くに利あらず、尚ぶ所は乃ち窮まるなり。」自注:「窮」は上六を指す。陽は勝ち陰は負けるので、その崇尚する所は終に窮尽す。彖伝に言う:「往くところあるに利あり、剛長じて乃ち終なり。」自注:乾体は已に完全に長成し、用いて小人を決去す。乾の剛をして終にその功を成らしむるので「乃ち終」という。

疏:「乾決坤」○此虞義也。乾剛坤柔故乾決坤。○「健乾」至「而和」○此虞義也。陽為陰施,故以乾陽獲陰之和,九五莧陸夬夬,是決而和也。○「一陰乘五陽」○一陰越五陽之上,宜決去之,故卦名夬也。○「三變」至「光明」○此荀虞義也。九五傳曰:中行無咎,中未光也。陽為陰弇,必危去上六陽乃光明也。○「窮謂」至「乃窮」○卦窮於上,故窮謂上。坤利行師,陽息之卦,陰道日負,故所尚乃窮也。○「乾體」至「終也」○此虞義也。陽息成乾,內外體備,故乾體大成。陽為君子,陰為小人,《雜卦》曰:夬決也,剛決柔也,君子道長,小人道消。故以決小人。四月乾成,卦終於上,終乾之剛,故乃終也。

恵棟の自疏:疏するところは「乾は坤を決す」の一句で、採用するは虞翻の説である:乾爻は剛・坤爻は柔と為るので、乾は坤を決去すという。以下に疏するところは「健乾」より「而和」までの一段で、もまた虞翻の説を採る:陽は施与して陰は承受するので、乾陽を以て陰の和悦を獲得すという。九五爻辞の「莧陸夬夬」は、まさに決断してなお能く和順するである。以下に疏するところは「一陰は五陽に乘る」の一句である:一つの陰爻は五つの陽爻の上に越居す、理応それを決去すべし、ゆえに卦名を『夬』と呼ぶ。以下に疏するところは「三変」より「光明」までの一段で、兼ねて荀爽と虞翻の説を採る:九五『象伝』は「中行して咎なし、中いまだ光ならざるなり」といい、陽は陰に掩覆せられ、必ず心に危惧を存して上六を除去して、陽道始めて光明を得る。以下に疏するところは「窮謂」より「乃窮」までの一段である:一卦は上爻に窮尽するので「窮」は上六を指す。坤は師を行い兵を用うるに宜しきも、しかして『夬』は陽気滋長の卦にして、陰道は一日々々敗退するので、その崇尚する所は終に窮尽す。以下に疏するところは「乾体」より「終也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:陽気は滋長して乾を成し、内外両体は斉備するので、乾体大成すという。陽は君子、陰は小人である。『雑卦伝』は「夬とは決なり、剛は柔を決するなり、君子の道長じ小人の道消ゆ」といい、ゆえに用いて小人を決去すという。四月に乾体は長成し、一卦はまた上爻に終り、乾の剛をして終にその功を成らしむるので「乃ち終」という。

姤卦 彖伝

遘,遇也,柔遇剛也。勿用取女,不可與長也。注:以柔遇剛,不期而會,苟相遇耳,故不可與長。巽為長。天地相遇,品物咸章也。注:乾成於巽而舍於離,坤出於離,與乾相遇,南方離位,萬物章明也。剛遇中正,天下大行也。注:剛謂二,中正謂五,乾為天,復震為行,建午之月,陽氣盛大,故天下大行。遘之時義大矣哉。注:日長至,陰陽爭,死生分,故時義大。

彖伝に言う:「『遘』は遇なり、柔は剛に遇うなり。女を取るを用うる勿れ、與に長くする可からざるなり。」——「遘」はすなわち「姤」の異写にして、恵棟本は一律に「遘」と作る。自注:柔を以て剛に遇うは、約定せずして相会し、ただ偶然碰上するのみなので、これと長久する能わず。巽は長に取象す。彖伝に言う:「天地相遇し、品物咸く章なり。」自注:納甲の法に按ずれば、乾は巽位に成りて離に止舎し、坤は離より出でて乾と相遇う。離は南方の位に居り、万物はここに於て昭彰顕明す。彖伝に言う:「剛は中正に遇う、天下大いに行くなり。」自注:「剛」は九二を指し、「中正」は九五を指す。乾は天で、『復』卦の震は行に取象す。建午の月は陽気最も盛大なので、天下大いに行くという。彖伝に言う:「遘の時義は大なるかな。」自注:この時白晝は最も長く、陰陽交争して死生は分判するので、時義の盛大をいう。

疏:「以柔」至「與長」○桓八年《穀梁傳》曰:不期而會曰遇。以柔遇剛,不期而會,匪以禮接,故云苟相遇耳,此兼鄭義。巽為長,而云不可與長者,但遘消乾成坤,陽出復震,息至夬而陰道消亡,《說文》長從●,●倒亡也。夬之上六傳云:無號之凶,終不可長也。至此而倒●為亡,故云不可與長也。○「乾成」至「明也」○此荀義也。九家謂陽起子,運行至四月六爻成乾,巽位在巳,故言乾成於巽。既成轉舍於離,萬物皆盛大,坤從離出,與乾相遇,故言天地遇也。坤起於離,故從離出。離為明,萬物皆相見,故章明也。

恵棟の自疏:疏するところは「以柔」より「与長」までのこの一段の注文である。『穀梁伝』桓公八年は「約定せずして相会するを『遇』と呼ぶ」といい、柔を以て剛に遇うは約定せずして相会し、礼を以て相接するに非ず、ゆえにただ偶然碰上するのみという——ここに兼ねて鄭玄の説を採る。巽はもと長に取象するも、注文は却って「與に長くする可からず」といい、それは『遘』が一路乾体を消蝕して坤を成し、陽気は再び『復』の震体より出でて、滋長して『夬』に至るの時陰道は便ち消亡するが故である。『説文』は「長」の字は某の部件より従い、あの部件は倒過すれば便ち「亡」の字と為るという(底本はこここの二処の字形は闕如して、「●」を以て之に代う)。『夬』卦上六『象伝』は「號なきの凶は終に長くする可からざるなり」といい、この歩に到れば、あの部件は一たび倒転すれば「亡」と成るので、「與に長くする可からず」という。以下に疏するところは「乾成」より「明也」までの一段で、採用するは荀爽の説である:九家『易』は陽気は子月に起り、運行して四月に至りて六爻は全て乾体を成すと為す。巽の方位は巳に在るので、乾は巽に於て成るという。乾は既に長成すれば、便ち転じて離に止舎し、万物は皆盛大す。坤は離より出でて乾と相遇うので天地相遇すという。坤は離に起始するので「離より出づ」という。離は明に取象し、万物は皆ここに相見ゆるので、昭彰顕明すという。

○「剛謂」至「大行」○陰消之卦,初陰繫二,二不以失位為嫌,故剛謂二。五以中居二,故中正謂五。乾為天,復震為行,建午之月,陽氣盛大用事,聖人南面而聽天下,嚮明而治,天子當陽,諸侯用命,故天下大行也。○「日長」至「義大」○日長至,陰陽爭,死生分者,《月令》仲夏文。夏至晝漏六十五刻,夜漏三十五刻,故日長至。鄭彼注云:爭者,陽方成,陰欲起也。蔡氏章句云:感陽氣而長者生,感陰氣而成者死,故死生分。分猶半也,言陽氣盛大之時,一陰始生於下,出陽知生,入陰知死,幾微之際,唯明君子而後知之,故遘之時義大也。

以下に疏するところは「剛謂」より「大行」までのこの一段の注文である:『遘』は陰の陽を消すの卦にして、初六の陰は九二に係属し、九二は便ち位を失うを以て嫌と為さず、ゆえに「剛」は九二を指す。第五爻は中道を以て自ら居るので「中正」は九五を指す。乾は天で、『復』卦の震は行に取象す。建午の月は陽気盛大にして当令し、聖人は南面して政を聴き明に向かいて治め、天子は陽位に居り諸侯は聴命奉行するので、天下大いに行くという。以下に疏するところは「日長」より「義大」までの一段である:「日は長至にして陰陽争い、死生分かつ」は『礼記・月令』仲夏の月の文字である。夏至のあの日の白晝の漏刻は六十五刻にして、夜間は三十五刻なので、白晝は最も長しという。鄭玄があの段に注解して言う:いわゆる「争」とは、陽気は剛に長成して陰気は便ち興起せんと欲す。蔡邕の『章句』に言う:陽気を感受して生長するは活し、陰気を感受して成形するは死す、ゆえに「死生分かつ」という。「分」は猶お一半のごとく、講ずるは陽気最も盛なるの時、一陰は已に下面より始めて生出す。陽より出づれば便ちその生を知り、陰に入れば便ちその死を知る。この幾微の間の消息は、ただ明達の君子のみ能く察覚す、ゆえに『遘』の時義の盛大をいう。

萃卦 彖伝

萃,聚也,順以說,剛中而應,故聚也。注:坤為聚,順坤說兌,五以剛居中,二帥眾陰順說而從之,故聚也。王假有廟,致孝享也。注:享,享祀也,五至初有觀象,謂享,坤牛,故致孝享矣。利見大人亨,聚以正也。注:三四之正,故聚以正。用大牲吉,利有攸往,順天命也。注:坤為順,巽為命,三往之四,故順天命也。觀其所聚而天地萬物之情可見矣。注:三四易位成離坎,坎月離日,日以見天,月以見地,故天地萬物之情可見矣,與大壯咸恆同義。

彖伝に言う:「『萃』は聚なり。順以て説び、剛中にして応ず、ゆえに聚なり。」恵棟の自注:坤は聚に取象す。「順」は坤を指し「説」は兑を指す。九五は陽剛を以て中位に居り、六二は衆陰爻を率いて順從喜悦して彼に帰附するので能く聚む。彖伝に言う:「王は廟に假るは、孝享を致すなり。」自注:「享」はすなわち祭祀である。第五爻より初爻に数えて『観』卦の象を含むので「享」という。坤は牛に取象するので、孝享の礼を尽くすという。彖伝に言う:「大人を見るに利あり亨、聚は以て正なり。」自注:三・四两爻は変じて正を得るので、正道に聚合すという。彖伝に言う:「大牲を用いて吉、往くところあるに利あり、天命に順うなり。」自注:坤は順に取象し、巽は命に取象す。六三は前往して四位に居るので、天命に順承すという。彖伝に言う:「その聚む所を観れば天地万物の情見るべし。」自注:三・四は位置を互換すれば便ち離・坎を成し、坎は月・離は日で、日を以て天を見月を以て地を見るので、天地万物の実情は見るべし——これは『大壮』『咸』『恒』と同一の義理である。

疏:「坤為」至「聚也」○坤眾故為聚。內順外說,故順坤說兌。二正應五,九五剛中,六二引吉,帥其眾而應之,既順且說,故聚也。○「享享」至「享矣」○此虞義也。卦自觀來,五至初又有觀象。觀盥而不薦,明堂禘祀之卦,天子大廟即明堂也。郊禘用繭栗,故享,坤牛。唯聖人謂能饗帝,唯孝子謂能饗親,故致孝享矣。

恵棟の自疏:疏するところは「坤為」より「聚也」までのこの一段の注文である:坤は衆に取象するので聚と為る。内卦は順・外卦は悦なので、「順」は坤を指し「説」は兑を指すという。六二と九五は正応にして、九五は陽剛にして中に居る。六二爻辞は「引きて吉」といい、それのあの一群の陰爻を率いて来りて九五に応和し、既に順從しかつ喜悦するので能く聚む。以下に疏するところは「享享」より「享矣」までの一段で、採用するは虞翻の説である:この卦は『観』より変じ来たり、第五爻より初爻に数えてまた『観』象を含む。『観』卦辞は「盥して薦せず」といい、もと明堂禘祭の卦にして、天子の太廟はすなわち明堂である。郊祭と禘祭は角が繭栗のごとき小牛を用いるので「享」といい、しかして坤はまさに牛に取象す。ただ聖人のみ始めて上帝を祭饗するに配え、ただ孝子のみ始めて双亲を祭饗するに配えるので、孝享の礼を尽くすという。

○「三四」至「以正」○此虞義也。三四失位變之正,故聚以正也。○「坤為」至「命也」○此虞義也。三往之四承五,坤為順,乾為天,巽為命,故順天命也。○「三四」至「同義」○此虞義也。三四易位有坎離象,離日見天,坎月見地,縣象著明,萬物見離,故天地萬物之情可見。大壯四之五,咸四之初,恆初二已正,四五復位,皆有離坎象,故云同義也。

以下に疏するところは「三四」より「以正」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である:三・四两爻は位を失いて変じてその正に帰するので、正道に聚合すという。以下に疏するところは「坤為」より「命也」までの一段で、もまた虞翻の説を採る:六三は前往して四位に居りて上に九五を承奉す。坤は順に取象し、乾は天、巽は命なので、天命に順承すという。以下に疏するところは「三四」より「同義」までの一段で、仍ほ虞翻の説を採る:三・四は位置を互換すれば便ち坎・離の象あり、離日を以て天を見、坎月を以て地を見る。天象は高く懸かりて昭著分明にして、万物は皆離中に顕現するので、天地万物の実情は見るべし。『大壮』は九四が五位に進み、『咸』は九四が初位に降り、『恒』は初・二両爻已に正にして四・五両爻各々その位に復す、この幾卦は皆離・坎の象あるので、同一の義理という。

升卦 彖伝

柔以時升。注:柔謂坤五也,升謂二,坤邑無君,二當升五虛,震兌為春秋,二升坎離為冬夏,四時象正,故柔以時升也。巽而順,剛中而應,是以大亨。注:順坤也,二以剛居中而應五,故能大亨,上居尊位也。用見大人勿恤,有慶也。注:大人,天子,謂升居五見為大人。坎為恤,陽稱慶,群陰有主,無所服憂而有慶也。南征吉,志行也。注:二之五坎為志,震為行,故志行也。

彖伝に言う:「柔は時を以て升る。」恵棟の自注:「柔」は坤の第五爻を指し、「升」は九二を指す。坤は邑に取象してしかもその位に君なし、九二は応に升りて往きて第五位の空虚を填補すべし。卦中の震・兑は春秋を主り、九二は升りて往きて坎・離を成せば則ち冬夏を主り、四時の象は因って斉正するので、柔順なる者は時に按じて上昇すという。彖伝に言う:「巽にて順、剛中にして応ず、是を以て大亨す。」自注:「順」は坤を指す。九二は陽剛を以て中位に居りて上に六五に応ずるので、能く大いに亨通し、升りて往きて便ち尊位に居る。彖伝に言う:「大人を見るを用いて恤る勿れ、慶あるなり。」自注:「大人」はすなわち天子にして、九二が升りて五位に居りて人に大人と見らるるを指す。坎は憂恤に取象し、陽爻は「慶」と称す。衆陰爻は君主有れば、便ち憂惧する所なきにして福慶あり。彖伝に言う:「南征吉、志行くなり。」自注:九二は五位に升りて坎を成し、坎は志に取象し、震は行に取象するので、心志は施行を得るという。

疏:「柔謂」至「升也」○此虞義也。乾剛坤柔,故柔謂坤五也。卦自臨來,無柔爻上升之義,故升謂二。坤稱邑,又臣道,故坤邑無君。陽實陰虛,故二當升五虛。六五貞吉升階,陰為陽作階,使二升五位,是柔以時升之義也。卦互震兌,震春兌秋,故震兌為春秋。二升五體坎離,坎冬離夏,故二升坎離為冬夏。震兌坎離為四正,故四時象正。升必以時,故柔以時升也。

恵棟の自疏:疏するところは「柔謂」より「升也」までのこの一段の注文で、採用するは虞翻の説である:乾爻は剛・坤爻は柔と為るので、「柔」は坤の第五爻を指す。この卦は『臨』より変じ来たり、もと柔爻の上昇するの道理なきなので、「升」は九二を指す。坤に「邑」の称谓あり、また臣道に属するので、坤邑の中に君主なきという。陽爻は充実にして陰爻は虚空なので、九二は応に升りて往きて第五位の空虚を填補すべし。六五爻辞は「貞吉、階に升る」といい、陰爻は陽爻の為に台阶を搭起し、九二をして五位に升らしむ、これまさに「柔は時を以て升る」の意である。卦中に震・兑を互出し、震は春を主り兑は秋を主るので、震兑は春秋と為すという。九二は五位に升れば便ち坎・離の体を成し、坎は冬を主り離は夏を主るので、升りて往きて坎離を成して冬夏と為すという。震・兑・坎・離は四正卦なので、四時の象は斉正すという。上昇は必ず時宜に合するを要するので、柔順なる者は時に按じて上昇すという。

○「順坤」至「位也」○此荀義也。《說卦》:坤順也。內巽外坤,故云巽而順。剛中謂二,二應在五,故二以剛居中而應五。二以天德而居天位,故能大亨,上居尊位也。○「大人」至「慶也」○此荀義也。王肅曰:大人,聖人在位之目。故大人天子。坤為用,離為見,二升居五為大人,故用見大人。坎加憂為恤,凡言喜慶皆陽爻,故陽稱慶。坤虛無君,二升居五,故群陰有主,無所復憂而有慶也。○「二之」至「行也」○此虞義也。二之五體坎,故坎為志;互體震,故震為行。

以下に疏するところは「順坤」より「位也」までのこの一段の注文で、採用するは荀爽の説である:『説卦』は「坤とは順なり」という。内卦は巽・外卦は坤なので「巽にて順」という。「剛中」は九二を指し、九二の応ずる所は六五に在るので、それは陽剛を以て中に居りて上に五位に応ずという。九二は天徳を具備して天位に升居するので、能く大いに亨通し、上りて往けば便ち尊位に居る。以下に疏するところは「大人」より「慶也」までの一段で、もまた荀爽の説を採る:王粛は「大人」は聖人の位に在るの時の名目というので、大人はすなわち天子という。坤は用に取象し、離は見に取象す。九二は升りて五位に居りて大人を成すので「大人を見るを用う」という。坎に加憂の象あるので憂恤に取象す。凡そ喜慶を講ずるは皆陽爻を指すので、陽は「慶」と称すという。坤位は虚にして君なく、九二は升りて五位に居り、是に於て衆陰爻は君主有り、更に憂愁あることなくして福慶を得る。以下に疏するところは「二之」より「行也」までの一段で、採用するは虞翻の説である:九二は五位に升れば便ち坎体を成すので坎は志に取象す。卦中の互体に震あるので震は行に取象す。

困卦 彖伝

困,剛弇也。注:謂二五為陰所弇也。險以說,困而不失其所亨,其唯君子乎。注:險坎說兌,此本否卦,上之二,天地交,二之正,上下交,故困而不失其所亨。天地有常行,君子有常度,故唯君子乎。貞大人吉,以剛中也。注:謂五弇於陰,近無所據,遠無所應,體剛得中正居五位則吉無咎也。有言不信,尚口乃窮也。注:兌為口,上動乘陽,故尚口乃窮。

彖伝に言う:「『困』は、剛の弇なり。」恵棟の自注:講ずるは二・五の二つの陽爻が陰爻に掩覆せらるるである。彖伝に言う:「険以て説ぶ、困にしてその亨る所を失わず、それ惟君子か。」自注:「険」は坎を指し、「説」は兑を指す。この卦はもと『否』より変じ来たり:上爻は二位に降り、天地是に於て交通す。九二は再び変じて正に帰し、上下是に於て交通するので、身を困厄に処りてその亨通の道を失わず。天地に恒常の運行あり、君子に恒常の法度あるので、これは大概ただ君子のみ能くし得るという。彖伝に言う:「貞にして大人吉、剛中を以てなり。」自注:講ずるは九五が陰爻に掩覆せられ、近処に憑拠する所なく遠処に感応する所なし。しかしそれは体質剛健にして中に居り正を得て五位に処るので、吉利にして過咎有ることなし。彖伝に言う:「言ありて信ぜられず、口を尚べば乃ち窮まるなり。」自注:兑は口に取象し、上爻は変動して陽爻の上に凌駕するので、口舌を崇尚して反って窮困すという。

疏:「謂二」至「弇也」○此荀義也。弇,古文揜。○「險坎」至「子乎」○卦自否來,否天地上下不交,乾上之坤二,是天地交也;二變之正與五應,是上下交也。在困家而言亨,故云不失其所亨。天地不以遭困運而變其常行,君子不以遭困世而改其常度,君子取法天地,故云其唯君子乎。○「謂五」至「咎也」○此荀義也。五為上弇,故謂五雖弇於陰,四二皆陽爻,故近無所據,遠無所應,以其體剛得中正居五位則吉無咎,《鴻範》所謂用靜吉也。○「兌為」至「乃窮」○此荀義也。乾變為兌,兌為口,上九動而乘陽,故尚口乃窮,卦窮於上故也。

恵棟の自疏:疏するところは「謂二」より「弇也」までのこの一段の注文で、採用するは荀爽の説である:「弇」は「揜」の古文にして掩盖の意である。以下に疏するところは「険坎」より「子乎」までの一段である:この卦は『否』より変じ来たり、『否』は天地上下相交わらざるなり。乾の上爻は下降して坤の二位に至るは、これすなわち天地の交通である。九二は再び変じて正に帰し九五と相応ずるは、これすなわち上下の交通である。身を困厄の世に処りてなお「亨」を言う、ゆえにその亨通の道を失わずという。天地は困厄の気運に遭逢するを以て恒常の運行を改変せず、君子は困厄の時世に遭逢するを以て恒常の法度を改変せず。君子は天地に取法するので、これは大概ただ君子のみ能くし得るという。以下に疏するところは「謂五」より「咎也」までの一段で、もまた荀爽の説を採る:九五は上六に掩覆せらるるので、それは陰に覆わるると雖も、しかして四・二両位はまた皆陽爻なので、因って近処に憑拠する所なく遠処に感応する所なし。しかしそれの体質剛健・中に居り正を得て五位に処るに憑れば、便ち能く吉利にして過なし——これまさに『尚書・洪範』の講ずる安静自守すれば則ち吉の道理である。以下に疏するところは「兑為」より「乃窮」までの一段で、仍ほ荀爽の説を採る:乾は変じて兑と為り、兑は口に取象す。上爻は変動して陽爻の上に凌駕するので、口舌を崇尚して反って窮困すといい、一卦は総じて上爻に窮尽するが故である。

井卦 彖伝

巽乎水而上水,井。注:巽乎水謂陰下為巽也,而上水謂陽,上為坎也,木入水出,井之象也。井養而不窮也。注:兌口飲水,坎為通,往來井井,故養不窮也。改邑不改井,乃以剛中也。注:初之五以剛居中,故以剛中。無喪無得,往來井井,汔至亦未繘井,未有功也。注:二未變應五,故未有功。累其瓶,是以凶也。

彖伝に言う:「水に巽りて水を上ぐるは、井なり。」恵棟の自注:「水に巽る」が講ずるは陰爻が下に在りて巽を成すで、「水を上ぐる」が講ずるは陽爻が上に在りて坎を成すである。木桶は水の中に入りて水は提出せらる、まさに水井の象である。彖伝に言う:「井は養いて窮まらざるなり。」自注:兑は口に取象し、以て水を飲む可し。坎は通達に取象す。人々は往来して汲取するも井水は常に清きなので、人を養いて窮竭せずという。彖伝に言う:「邑を改むとも井を改めず、乃ち剛中を以てなり。」自注:初爻は上行して五位に至り、陽剛を以て中位に居るので「剛中を以てす」という。彖伝に言う:「喪うなく得るなく、往来井井なり、汔と至るもいまだ井を繘せず、いまだ功あるならざるなり。」自注:九二はいまだ変ぜずして九五と相応ぜざるので、いまだ功效を見ずという。彖伝は接続して言う:「その瓶を累せば、是を以て凶なり。」——「累」は通行本は「羸」と作る。本片の源文はここに至りて中断し、この一句の下面の注と疏は後文に見ゆ。

注:初二不變,則既濟之功不成,故凶。疏:「巽乎」至「象也」○此荀義也。巽為鹿盧,故木入;坎為泉,故水出。○「兌口」至「窮也」○此虞義也。互兌在坎下,故兌口飲水。○「初之」至「剛中」○初之五以剛居中,釋改邑之義;五之初不改井義,舉諸此矣。○「二未」至「有功」○此虞義也。五多功,二未變應五,故未有功。○「初二」至「故凶」○井以養人為功,初二變則井洌寒泉食,既濟功至,傳曰大成也;不變則雍漏行惻,無王明受福之事,故凶也。

恵棟の自注に言う:初爻と二爻は若し変動せざれば、『井』の転成して『既済』と為るの功效は成就する由なきので、凶と断ず。自疏に言う:「巽乎」より「象也」までのこの一段の注は、荀爽の説に本づく——巽は木にして汲水の轆轤に象るので「木入」と称し、坎は泉なので「水出」と称す。「兑口」より「窮也」までのこの一段は、虞翻の説に本づく——互体の兑卦は坎水の下に位し、兑は口なので、口を以て水に就きて飲むの象を取る。「初之」より「剛中」までのこの一段は講ずる:初爻は五位に升り、陽剛の質を以て中位に居る、まさに卦辞の「邑を改むとも井を改めず」の中の「邑を改む」の含義を解釈す。五爻は初位に降りて井体は動かず、「井を改めず」の道理は、全て皆ここより領会し得べし。「二未」より「有功」までのこの一段もまた虞翻の説である——五は多功の位にして、九二はいまだ変正して九五に応ぜず、ゆえに「いまだ功あらず」という。「初二」より「故凶」までのこの一段は講ずる:井の功用は人を養うに在り、初・二両爻は変じて正を得れば、便ち九五の「井洌にして寒泉食らわる」の局面あり、既済の功は是に於て円満し、『象伝』は因って「大成」と称す。両爻は若し変ぜざれば、井は便ち壅塞渗漏し、ただ九三の「我が心の惻たるを為す」の嘆惜を落得るのみにして、また上六の「王明らかにして并びにその福を受く」のかのごとき事も有ることなく、ゆえに凶なり。

革,水火相息。注:息,長也。離為火,兌為水。繫曰「潤之以風雨」,風巽雨兌也。四革之正,坎見,故獨於此稱水也。二女同居,其志不相得曰革。注:二女,離、兌。體同人象,蒙艮為居,故二女同居。四變體兩坎,象二女有志。離火志上,兌水志下,故其志不相得。坎為志也。

『革』卦『彖伝』に言う:「革とは、水火相息すなり。」恵棟の自注:「息」は生長・滋長の意である。上体の離は火、下体の兑は水である。『繋辞上伝』は「之を風雨を以て潤す」といい、風は巽象を取り、雨は兑象を取る。九四は変じて正を得、坎象は顕現するので、『彖伝』はただこの処に於て「水」と称す。『彖伝』はまた言う:「二女同居するも、その志は相得ず、革と曰う。」自注:いわゆる二女とは、すなわち離と兑である。革卦は初爻より五爻まで互体に『同人』の象を成す。革と旁通する『蒙』卦に艮あり、艮は止にして居処なので、「二女同居」という。九四は一たび変ずれば、卦中に二つの坎体を現じ、二女が各々志向を懐くを象徴す。離火性は炎上なので、離女の志は上に向かい、兑水性は潤下なので、兑女の志は下に向かう、因って「その志は相得ず」という。坎は漢易の中に正しく「志」に取象す。

巳日乃孚,革而信之。注:巳日乃革之。坎孚為信,故革而信之。文明以說,大亨以正,革而當,其悔乃亡。注:文明謂離,說兌也。大亨謂乾。四動成既濟定,故大亨以正革而當位,故悔乃亡也。

『彖伝』に言う:「巳日に乃ち孚あり、革にてこれを信ず。」自注:「巳日」のこの一天に至りて始めて変革を施行す。坎に「孚」の象あり、孚はすなわち誠信なので、変革してしかるのち能く人の信を取るという。『彖伝』はまた言う:「文明以て説び、大亨以て正、革にて当なれば、その悔乃ち亡ぶ。」自注:「文明」は下体の離を指し、「説」は上体の兑を指し、「大亨」は乾徳を指す。九四は一たび動けば、六爻は各々その正を得て『既済』を成し、卦体は安定にして移らざるので、大通して正道に合し変革して爻位当を得れば、本応あるべき悔恨もまた消滅すという。

天地革而四時成。注:謂五位成乾為天,蒙坤為地。震春兌秋,四之正,坎冬離夏,則四時具。坤革而成乾,故天地革而四時成也。湯武革命,順乎天而應乎人。注:湯武謂乾,乾為聖人。天謂五,人謂三四。動順五應三,故順天應人。巽為命也。革之時大矣哉。注:革天地,成四時,誅二叔,除民害,天下定,武功成,故大矣哉。

『彖伝』に言う:「天地革して四時成る。」自注:五位の在る上体は乾を成し得、乾は天である。旁通の『蒙』卦に坤あり、坤は地である。震は東方に於て春を主り、兑は西方に於て秋を主る。九四が変じて正を得たのち、坎は北方に於て冬を主り、離は南方に於て夏を主り、四時は便ち斉備す。坤体は変革して乾体を成すので、天地変革して四時生成すという。『彖伝』に言う:「湯武は命を革む、天に順い人に応ず。」自注:商湯・周武王は乾徳を以て之に当たり、乾はまた聖人と為る。「天」は九五を指し、「人」は三・四两爻を指す。九四は一たび動けば、上は九五に順い下は九三に応ずるので、天に順い人に応ずという。巽に「命」の象あるので「革命」と称す。『彖伝』は最後に賛嘆す:「革の時は大なるかな。」自注:天地を変革し、四時を成就し、管叔・蔡叔の叛乱を誅除し、百姓の禍害を剗除し、天下は此によりて安定し、武功は此によりて告成するので、それを大と称す。

疏:「息長」至「水也」○此虞義也。息讀為消息之息,故云長也。兌為坎半象,故為水。坎為川,川雍為澤,故為澤雲。繋曰潤之以風雨者,上繫文。昭元年春秋傳曰:「六氣陰陽,風雨晦明也。」賈逵、服虔以為風東方,雨西方,兌正西,故云風巽雨兌也。兌言澤而稱水者,卦無坎象,四革之正,坎兩見,故不曰澤而曰水也。

自疏に言う:「息長」より「水也」までのこの一段○虞翻の説を採る。「息」は「消息」の「息」と読み、生長・滋長の義なので、注文は「長」と訓ず。兑は坎の半象にして、坎の中に一陽を含み、兑の下二爻はまさに坎の下半と同じなので、兑は水象を取り得。坎は川流と為り、川流は壅聚すれば便ち沼沢を成すので、兑はまた沢と為る。注文の引く「『繋』に曰く之を風雨を以て潤す」は『繋辞上伝』に見ゆ。『春秋左伝』昭公元年は医和の言を載す:「六気とは、陰陽風雨晦明なり。」賈逵・服虔は風は東方に属し雨は西方に属すと為し、しかして兑はまさに西方の位に当たるので、風は巽象を取り雨は兑象を取るという。兑はもと「沢」と称すも、こここの処は却って「水」と称す、革卦自身に坎体なきが故である。九四が変じて正を得るを待ち、卦中に両見の坎象あるので、『彖伝』は「沢」を言わずして「水」という。

○「二女」至「志也」○此虞義也。離中女,兌少女,故云二女。離兌初至五體同人,蒙艮為居,故二女同居,謂同在革家也。四變體兩坎象,坎為志,兩坎為兩志,故云二女有志。火動而上,故離火志上;澤動而下,故兌水志下。二女各有志,故其志不相得,是水火相息而更用事之義也。

「二女」より「志也」までのこの一段○同じく虞翻の説を採る。『説卦』は離を以て中女と為し、兑を以て少女と為すので「二女」と称す。革卦は離下兑上にして、初爻より五爻に数え至り、互体に『同人』を成す。旁通の『蒙』卦は艮を含み、艮は居処なので、「二女同居」といい、指すところは両女の同じく革のこの一家の中に処するである。九四は一たび変ずれば、卦中に二つの坎体を現じ、坎の取象は「志」で、両坎は便ち二つの志向なので、二女は各々その志ありという。火の性質は動きて上に炎するなので、離女の志は上行す。沢の性質は動きて下に流るるなので、兑女の志は下に趨く。両女の志向は相背するので、因って「その志は相得ず」といい、これまさに水火の互相消長し輪番当権するの意である。

○「巳日」至「信之」○巳日謂二,孚謂三。二應五,巳日乃革之,順乎天也;三孚五革,言三就有孚,應乎人也。五坎孚為信,故革而信之。○「文明」至「亡也」○此虞義也。坤為文,離之文坤也。離嚮明,故文明謂離。說謂兌也。元,大也;貞,正也。四動剛柔正而位當,故大亨以正。四不當位,宜有悔也,動得正,故云革而當其悔乃亡也。

「巳日」より「信之」までのこの一段○「巳日」は九二を指し、「孚」は九三を指す。九二は上に九五に応じ、巳日に至りて始めて変革を施行す、これは天道に順応するである。九三と九五は相孚して共に変革を成し、九三爻辞は「革の言は三に就く、孚あり」を講じ、これは人心に順応するである。九五は坎体に居り、坎に孚の象あり、孚はすなわち信なので、変革して人をして信服せしむという。「文明」より「亡也」までのこの一段○虞翻の説を採る。坤に文采の象あり、離の文采はまさにそれと旁通する坤より来たる。離はまた向明の卦なので「文明」は離を指す。「説」はすなわち兑の和悦である。卦辞の「元亨利貞」の「元」は大と訓じ、「貞」は正と訓ず。九四は一たび動けば、剛柔は各々その位に帰して爻位相当するので「大亨以て正」という。九四はもと陽を以て陰に居りてその位当たらず、理応悔有るべし。一たび動きて正を得るので、変革して位に当たれば悔恨は是に於て消亡すという。

○「謂五」至「成也」○此虞義也。五體乾,故五位成乾為天;蒙體坤,故蒙坤為地。蒙又體震,革體兌,故震春兌秋。四動成坎,故四之正,坎冬離夏,則四時具也。蒙為革,故坤革而乾成。乾天坤地,故云天地革而四時成也。

「謂五」より「成也」までのこの一段○虞翻の説を採る。九五の在る上体は乾を成し得るので、五位は乾を成して天と為るという。旁通の『蒙』卦に坤体あるので、蒙の坤は地と為るという。蒙卦はまた震体を含み、革卦は兑体を含み、震は春を主り兑は秋を主る。九四は一たび動きて坎を成すので、四爻が変正したのち、坎は冬を主り離は夏を主るという。かくのごとくすれば則ち春夏秋冬の四時は斉備す。蒙は変じて革と為るは、すなわち坤体の変革して乾体生成するである。乾は天・坤は地なので、天地変革して四時成るという。

○「湯武」至「命也」○此虞義也。乾為君,故湯武謂乾;聖人謂乾,五陽得位為聖人,故乾為聖人。二巳日乃革之,二正應五,故天謂五;三革言三就,故人謂三。四動,六爻皆正,故順五應三,謂四順五、上應三也。或謂皆指上,革道成於上,彖傳順以從君,是順五之事,義亦得通。

「湯武」より「命也」までのこの一段○虞翻の説を採る。乾は君と為るので、乾徳を用いて商湯・周武を指代す。聖人もまた乾象を取り、九五は陽爻を以て陽位に居りて正を得、まさに聖人の位なので、乾は聖人と為るという。九二爻辞は「巳日に乃ち之を革む」、九二は正を得て上に九五に応ずるので、「天に順う」の「天」は九五を指す。九三爻辞は「革の言は三に就く」なので、「人に応ず」の「人」は九三を指す。九四は一たび動けば、六爻は皆その正を得、是に於て上は九五に順い下は九三に応ず、すなわち四は五に順從し上は三に応ずである。或る人はまた「天に順い人に応ず」は皆上六に就いて言うと為す:変革の道は上位に於て成就し、上六は「小人は面を革め、順にて君に従う」、まさに九五に順從するの事なので、かく解釈するもまた講じ通る。

周易述巻十 元和恵棟撰

象上伝

天行健,君子以自強不息。注:消息之卦,故曰天行。乾健也,故曰天行健。君子謂三。乾健故強。天一日一夜過周一度,君子莊敬日強,故自強不息。子路問強,子曰:「南方之強與?北方之強與?抑而強與?」而強即自強也。易備三才,至誠無息,所以參天地與。

『象伝』に言う:「天行は健なり、君子は以て自強して息まず。」恵棟の自注:乾は十二消息卦の根本にして、陽気は運行して已まざるので「天行」と称す。『説卦』は乾を「健」と訓ずるので、合して「天行健」と称す。こここの「君子」は九三を指す。乾徳は剛健なので能く強し。天体は一昼夜に運行して、周天よりも一度多く走る。君子は端荘敬慎にして、徳業もまた一天ごとに強健するので「自強して息まず」という。『礼記・中庸』は子路の強を問うを載し、孔子は反って彼に問う:「南方の強か、北方の強か、抑も而の強か。」「而強」の「而」はすなわち「爾」で、「而強」もまたすなわち自強である。『周易』は天地人三才の道を兼備し、至誠の徳は運行して息まざるは、まさに君子が天地と并びて三と為るの憑借である。

疏:剝彖傳曰「君子尚消息盈虛,天行也」,乾坤消息之卦,故曰天行。乾健,說卦文,以天之運行為言,故不曰乾而曰健雲也。乾鑿度有一聖、二庸、三君子之目:一聖,初九也,得正故聖人;二庸,九二也,失正故庸人;三君子,九三也,得正故君子也。

自疏に言う:『剥』卦『彖伝』は「君子は消息盈虚を尚ぶ、天の行なり」を講じ、乾・坤は十二消息卦の根本なので、『象伝』は「天行」と称す。「乾とは健なり」に至れば『説卦』に出づ。こここの処は天体の運行に就きて言を立つるので、直に「乾」を言わずして「健」という。『易緯乾鑿度』は乾の下三爻を分かちて一聖・二庸・三君子と作る:初九は「一聖」にして、陽は陽位に居りて正を得るので聖人と称す。九二は「二庸」にして、陽は陰位に居りて正を失うので庸常の人と称す。九三は「三君子」にして、陽は陽位に居りて正を得るので君子と称す。『象伝』の講ずる君子は、まさに九三のこの一爻を指す。

虞注說卦云「精剛自勝,動行不休,故健」,乾健故強。太玄凖之以強,強亦健也。天一日一夜過周一度,此虞義也。周天三百六十五度四分度之一,在天成度,在歷成日。天一日一夜過周一度,日亦一日一夜起度端終度端,在天為不及一度,是天為健。樂記曰「著不息者天也」,君子法天之行,莊敬日強,故自強不息也。

虞翻が『説卦』に注して言う:「精純剛勁にして能く自ら勝り、運行止まず、以て健と為す。」乾徳は剛健なので強という。揚雄『太玄』は「強」の首を以て乾に相配し、これにより強もまたすなわち健と見える。「天は一日一夜に周を過ぎる一度あり」の一句は虞翻に本づく。周天は共に三百六十五度また四分度の一である:天体の上に於ては「度」と表現し、暦法の上に於ては「日」と表現す。天は一昼夜運行して、周天よりも一度多く走る。太陽は一昼夜に某の一度の端より起り、仍ほあの度の端に終り、天体に相対して便ち一度少なく走る、これにより天の運行は最も剛健と見える。『礼記・楽記』は「息まざるを著するは天なり」といい、君子は天の運行を效法して、端荘敬慎にして徳業は日に強し、ゆえに「自強して息まず」という。

引中庸者,證自強之合於中和也。子路問強,夫子反詰之曰「抑而強與」,而,女也,因告之曰「故君子和而不流,強哉矯;中立而不倚,強哉矯」,是強有中和之義。君子法天之健,合於中和,即至誠之無息也。

注文が『中庸』を征引するは、以て「自強」がまさに中和の道に合するを証明せんとす。子路は何をか強と為すを問い、孔子は反って彼に「抑も而の強か」を詰問す、「而」はすなわち「你」である。接続して彼に告げて言う:「君子は和して流れず、強なるかな矯たり。中立して倚らず、強なるかな矯たり。」これにより「強」は自身に中和の意味を含有すると見える。君子は天の剛健を效法し、また中和に合す、これは便ち『中庸』の講ずる至誠の徳が永く停息せざるの境地である。

故又取三才之說以申之。乾坤諸卦之祖,而象皆稱君子者,以君子備三才。故荀子王制篇曰:「天地者生之始也,禮義者治之始也,君子者禮義之始也。為之,貫之,積重之,致好之,君子之始也。故天地生君子,君子理天地,君子天地之參也。」孟子曰:「夫君子所過者化,所存者神,上下與天地同流。」皆言君子參天地之事,趙岐注云「君子通於聖人」是也。

ゆえに恵棟はまた三才の説を取りて以て申説を加う。乾・坤は衆卦の祖宗にして、しかして『象伝』は一概に「君子」と称すは、君子が天地人三才の徳を兼備するが故である。『荀子・王制』篇に言う:「天地は万物を生養するの開端、礼義は政治教化の開端、君子は礼義の開端なり。礼義を践行し礼義を貫通し礼義を積累加厚し礼義を篤好するは、すなわち君子の開端なり。ゆえに天地は君子を生じ、君子は天地を治理し、君子は天地と并びて三と為るなり。」『孟子・尽心上』に言う:「君子の経過する所、人は自ら感化せられ、存心する所、徳化は神妙にして測り難く、上下は天地とその運行を同じくす。」これらの話は皆君子の天地を参賛するの事を講ず。趙岐がこの句に注解して「君子は聖人に通ず」というは、まさにこの意である。

潛龍勿用,陽在下也。注:陽在下,故勿用。見龍在田,德施普也。注:二升坤五,臨長群陰,德施於下,無所不徧。終日乾乾,反復道也。注:反覆天道,原始及終。或躍在淵,進無咎也。注:陽道樂進,故進無咎。

『象伝』に言う:「潜龍は用うる勿れ、陽下に在るなり。」自注:陽爻はなお最下の位に処るので、施用する可からず。「龍は田に見ゆ、徳の施し普きなり。」自注:九二は升りて坤体の五位に入りて君と為り、衆陰爻を監臨統率し、徳沢は下に施して、周遍せざるところなし。「終日乾乾たり、道に反復するなり。」自注:天道を反復して行き、万物の開端を窮究し、もまたその終結に推及す。「或いは淵に躍る、進みて咎なきなり。」自注:陽の性情は上進を好むので、前進して過咎を招致せず。

飛龍在天,大人造也。注:造,作也。天者首事造制,大人造作,見居天位,聖人作而萬物覩,是其義也。忼龍有悔,盈不可久也。注:乾為盈,忼極失位,降為三公。天道虧盈,故不可久。用九,天德不可為首也。注:天德,乾元也。萬物之始莫能先之,故不可為首。

『象伝』に言う:「飛龍天に在り、大人の造るなり。」自注:「造」は興作の意である。天は万事の首にして万物を創制し、大人は興作する所有れば、便ち九五のこの天子の位に顕現す。『文言』は「聖人作りて万物覩る」を講じ、まさにこの道理である。「亢龍悔あり、盈は久しき可からざるなり。」自注:乾徳は充盈し、上九は亢極して位を失い、理応下降して三公の位に居るべし。天道は盈満を虧損するので、盈満は長久する能わず。「用九は、天徳は首と為る可からざるなり。」自注:「天徳」はすなわち乾元である。乾元は万物創生の本源にして、それに先んじて居る能くするものなきので、首と為る可からずという。

疏:「陽在」至「勿用」○陽謂龍,下謂潛。以象言之曰潛龍,以消息言之曰陽在下也。陽尚在下故,曰勿用。○「二升」至「不徧」○此荀義也。益彖傳曰「天施地生」,是陽主施。晉語曰「臨長晉國」,韋昭注云:「臨,監也;長,帥也。」二升坤五為君,臨長群陰,體純能施,德博而化,故德施普。普,徧也。

自疏に言う:「陽在」より「勿用」まで○「陽」はすなわち龍、「下」はすなわち潜である。物象の上より言えば「潜龍」と呼び、消息卦気の上より言えば「陽は下に在り」と呼ぶ。陽気はなお下位に処るので「用うる勿れ」という。「二升」より「不徧」まで○荀爽の説に本づく。『益』卦『彖伝』は「天は施し地は生ず」を講じ、これにより施与は陽の職分と見える。『国語・晋語』に「晋国を臨長す」の語あり、韋昭の注:「臨は監臨、長は統率なり。」九二は升りて坤体の五位に入りて君と為り、衆陰爻を監臨統率し、乾体は純陽にして能く施与し、徳沢は広博にして能く化育するので「徳施普」という。「普」はすなわち周遍である。

○「反覆」至「及終」○此乾寳義也。卦有反覆,如反泰為否、反否為泰之類是也。唯乾坤坎離,反覆不衰,故云反覆天道。經曰「終日乾乾夕惕若夤」,文言曰「知至至之,知終終之」,是通乎晝夜之道而知者,故云原始及終。○「陽道」至「無咎」○此荀義也。乾鑿度曰「陽動而進」,故樂進居五得中,故無咎也。

「反復」より「及終」まで○干宝の説に本づく。卦に倒転反覆の関係あり、例えば『泰』を倒せば『否』を成し『否』を倒せば『泰』を成すの類である。ただ乾・坤・坎・離の四卦は倒転したのち卦形は変らずその徳は衰えざるので、「天道に反復す」という。九三爻辞は「終日乾乾たり、夕に惕若として夤る」を講じ、『文言』は「至るを知りて之に至り、終るを知りて之に終る」を講じ、これまさに昼夜の道に通暁して知る所有るの人なので、注文は「原より始め終りに及ぶ」という。「陽道」より「无咎」まで○荀爽の説に本づく。『乾鑿度』は「陽は動きて進む」といい、ゆえに陽性は上進を楽しみ、進みて五位に居りて中を得れば、もまた過咎有ることなし。

○「造作」至「義也」○此荀義也。釋詁曰「作造為也」,是造作同義。聖人制作皆本於天,故天者首事造制,大人造法所以效天也。五為天位,文言曰「聖人作而萬物覩」,作謂造作八卦,故曰大人造也。萬物覩,是利見大人也。

「造作」より「義也」まで○荀爽の説に本づく。『爾雅・釈詁』は「作・造とは為なり」といい、これにより「造」と「作」は同義と見える。聖人の一切の制作は皆天を以て本と為すので、天は万事の首にして万物を創制すという。大人は法度を創立し、まさに上天を效法するなり。五は天子の位にして、『文言』は「聖人作りて万物覩る」を講じ、「作」は八卦の創作を指すので、『象伝』は「大人造」という。万物は皆来りて瞻仰す、すなわち爻辞の講ずる「大人を見るに利あり」である。

○「乾為」至「可久」○剝彖傳曰「君子尚消息盈虛」,乾息坤消,乾盈坤虛,又納甲十五乾盈甲,故乾為盈。乾鑿度曰「三為三公」,上失位當下居坤三,故云降為三公。董子曰:「君不能奉天之命則廢而為公,王者之後是也。」後世封先代之後為公,其取法於此歟。天道虧盈,嗛彖傳文,虞彼注云「乾盈上虧之坤三」,故虧盈是其義也。

「乾為」より「可久」まで○『剥』卦『彖伝』は「君子は消息盈虚を尚ぶ」を講ず:乾は陽息を主り、坤は陰消を主り、乾は盈満・坤は虚空と為る。再び納甲に就いて言えば、月は十五日の望日に至りて円満し、乾は甲を納してまさにこの時に当たるので、乾は「盈」の象を取る。『乾鑿度』は「三は三公」と作り、上九は位を失い、応に下降して坤の三位に居るべし、ゆえに注文は「降りて三公と為る」という。董仲舒に言う:「国君は天命を奉行する能わざれば、便ち廃黜せられて降りて公と為る、前代の王者の後裔が公に封ぜらるるは便ち例なり。」後世は前代帝王の後代を封じて公爵と作すは、大概まさにここに取法す。「天道は盈を虧く」は『謙』卦『彖伝』の文句にして、虞翻があの句に注して「乾は上に盈み、虧損して降りて坤の三位に入る」といい、いわゆる「盈を虧く」はすなわちこの意である。

○「天德」至「為首」○乾為首,釋詁曰「元,首也」,文言曰「乾元用九」,故知天德為乾元也。萬物之始已下,宋衷義也。乾為先,乾元萬物資始,故云萬物之始莫能先之。陽唱而陰和,男行而女隨,此乾坤二用之大義也。

「天徳」より「為首」まで○『説卦』は乾を以て首と為し、『爾雅・釈詁』は「元とは首なり」といい、『文言』は「乾元は九を用う」を講ず。これにより「天徳」はすなわち乾元と知るべし。注文の「万物の始」以下の幾句は、宋衷の説に本づく。乾は諸卦の先に居り、乾元はまた万物の頼りて創始するの本源なので、万物の開端はそれに先んずる能くするものなきという。陽は先に倡して陰は応和し、男は先行して女は随従す、これすなわち乾の「用九」・坤の「用六」の両条の通例の含する大義である。

地勢坤,君子以厚德載物。注:地有高下,故稱勢。君子謂二。坤為厚,乾為德,坤轝為載,故以厚德載物。中庸稱至誠曰博厚,所以載物也。虞氏謂勢力也。

『象伝』に言う:「地勢は坤なり、君子は厚徳を以て物を載す。」恵棟の自注:大地に高有り低あるので「勢」と称す。こここの「君子」は六二を指す。坤は厚と為り、坤と旁通する乾は徳と為り、坤はまた大車に取象し、車は用いて承載するなので「厚徳を以て物を載す」という。『中庸』は至誠の徳を賛称して「博厚とは、以て物を載するなり」といい、まさにこれと相合す。虞翻は則ち「勢」を勢力と解す。

疏:地有高下,楚語文。漢書敘贊曰「坤作墜勢,高下九則」是也。高下者,地之勢也。白虎通曰「地有三形高下平」,卦有兩坤,故以勢言之。乾鑿度六二為君子,坤主二,故君子謂二。坤為地,地廣厚,故為厚。與乾旁通,故乾為德。坤為大轝,轝所以載,故以厚德載物。引中庸至誠者,所以備三才也。虞氏訓勢為力。案:鬼谷子論捭闔之義云「以陽求陰,苞以德也;以陰結陽,施以力也」,是言地以勢力疑乾,義亦通也。

自疏に言う:「地に高下あり」の一語は『国語・楚語』に出づ。『漢書・叙伝』の賛語は「坤は墜勢を作し、高下は九則なり」といい、まさにこの意である。いわゆる高下とは、すなわち大地の形勢である。『白虎通』は「地に三種の形態あり:高・下・平なり」といい、坤卦は上下両体とも坤なので、「勢」に就きて言を立つ。『乾鑿度』は六二を以て君子と為し、坤はまた二爻を以て主と為すので、「君子」は六二を指す。坤は地と為り、大地は広博深厚なので「厚」の象を取る。坤は乾と旁通するので、乾を借りて「徳」の象を取る。坤はまた大車と為り、車は用いて承載するなので「厚徳を以て物を載す」という。注文が『中庸』の至誠を論ずる語を征引するは、以て三才の義を兼備せんとす。虞翻は「勢」を力と訓す。按すに:『鬼谷子』は捭闔の道を論じて「陽を以て陰を求む、徳を以て之を包む。陰を以て陽に結ぶ、力を以て之を施す」といい、これは大地が勢力を以て乾と相匹敵すを講ずるなので、かく解釈するもまた講じ通る。

履霜堅冰,陰始凝也;馴致其道,至堅冰也。注:馴,順也。乾為道。履霜者,陰凝陽之始也,順陽之命,至十月而堅冰至矣。六二之動,直以方也;不習無不利,地道光也。注:陽動而陰應之,故直以方也。坤主二稱地道。二離爻,離麗乾,故曰光。

『象伝』に言う:「霜を履みて堅氷、陰始めて凝るなり。馴として其道を致せば、堅氷に至るなり。」自注:「馴」は順の意である。乾は道に取象す。霜の上に踏むは、陰気が陽気を凝聚するの開端である。陰は陽の命令に順從し、十月に至りて陰気は極盛にして、堅氷は便ち到来す。「六二の動、直にて方なり。習わずして利あらざるなし、地道は光なり。」自注:陽は先に動きて陰はこれに応和するので、正直して端方という。坤は二爻を以て主と為すので、二は「地道」と称す。二は離爻にして、離は乾に附麗するので「光」という。

含章可貞,以時發也;或從王事,知光大也。注:發得正故以時發。三終乾事,故知光大也。括囊無咎,慎不害也。注:坤為害,四慎承五,故不害。黃裳元吉,文在中也。注:坤為文,降居乾二處中應五,故曰文在中。龍戰于野,其道窮也。注:陰道窮於上。用六永貞,以大終也。注:陽稱大,地道代終,故以大終。

『象伝』に言う:「章を含みて貞すべし、時を以て発するなり。或いは王事に從う、知は光大なり。」自注:変動してその正を得るので「時を以て発す」と呼ぶ。六三は終に乾の事業を成すので、智慧は広大という。「囊を括して咎なし、慎にて害せられざるなり。」自注:坤に害の象あり、六四は謹慎に九五を承奉するので、損害を受けず。「黄裳は元吉、文中に在るなり。」自注:坤に文采の象あり、坤の五は下降して乾の二位に居り、中に処りて上に九五に応ずるので、文采は中に在りという。「龍は野に戦う、その道窮まるなり。」自注:陰道は上位に至りて窮尽す。「六を用うるは永貞、大を以て終るなり。」自注:陽は大と称す。地道は自らその成に居らずして天に代わりて事を終えるので「大を以て終る」という。

疏:「馴順」至「至矣」○馴順也,九家義。古文馴順通,文言曰「蓋言順也」,義與此同。乾為道,虞義也。坤凝乾自初始至上六而與乾接矣,故初曰陰始凝,上曰陰疑於陽必戰也。初順乾命,乾為道,故曰馴致其道。月令「孟冬之月水始冰,地始凍」,乾為寒為冰,故十月而堅冰至,亦謂陰順陽之性而成堅冰也。

自疏に言う:「馴順」より「至矣」まで○「馴」を「順」と訓ずるは、九家易の説法である。古文中は「馴」「順」の二字は通用し、『文言』は「蓋し順なりを言う」といい、義理はこれと相同じき。「乾は道と為る」は虞翻に出づ。坤陰は乾陽を凝聚し、初爻より開始し、上六に至れば便ち乾と正面相接するので、初六『象伝』は「陰始めて凝る」といい、上六『文言』は「陰は陽に疑えば必ず戦う」という。初六は乾の号令に順從し、乾は道と為るので「馴として其道を致す」という。『礼記・月令』は「孟冬の月、水は始めて氷し、地は始めて凍る」を講じ、乾は寒・氷に取象するので、十月に至りて堅氷は便ち至り、これもまた陰が陽の性情に順いて堅氷を結成すを講ずるなり。

○「陽動」至「曰光」○荀氏云「二應五,五下動之則應陽出直」,是六二之動為五動而二應,故直以方也。乾坤二卦惟乾五坤二為天地之中,故五稱天德,二稱地道。離麗乾,亦虞義也。坤之乾成離,離者,麗也,故離麗乾。二離爻,離為光,故地道光也。

「陽動」より「曰光」まで○荀爽に言う:「六二は上に九五に応じ、五爻は下に動き、二は便ち応和して陽気は直に出づ。」これにより六二の動は、五爻が発動し二爻が応和するにより、ゆえに正直して端方という。乾坤両卦の中に、ただ乾の九五・坤の六二は天と地の各々の中位なので、五は「天徳」と称し二は「地道」と称す。「離は乾に麗る」もまた虞翻の説である:坤爻は変じて乾に入りて離を成し、「離」の本義はすなわち附麗なので、離は乾に附麗すという。二は離爻にして、離は光に取象するので「地道は光」という。

○「發得」至「大也」○京房曰「靜為悔,發為貞」,發者,變動之義,故文言曰「六爻發揮」,說卦曰「發揮於剛柔而生爻」,發為動,揮為變。象辭言發者皆謂發得正也。變動有時,故以時發。知謂坤,光大謂乾,三之上終乾事,故知光大也。

「発得」より「大也」まで○京房は「静は悔と為り、発は貞と為る」といい、これにより「発」は変動の意と見える。ゆえに『文言』は「六爻は発揮す」といい、『説卦』は「剛柔に発揮して爻を生ず」という——「発」は動、「揮」は変である。『象伝』は凡そ「発」に説き及ぶは、皆変動してその正を得るを指す。変動に各々その時あるので「時を以て発す」という。「知」は坤象を取り、「光大」は乾象を取る。六三は上行して終に乾の事業を成すので「知は光大」という。

○「坤為」至「不害」○虞注嗛彖傳曰「坤為害」,陰消至四,謹慎承五,繫于苞桑,故不害。說苑曰「慎勝害」是也。○「坤為」至「在中」○坤為文,說卦文。楚語曰「地事文」,韋昭云「地質柔順,故文」。五降乾二,柔順處中,上應九五,故曰文在中,謂下中也。王肅曰「五在中」,非也。

「坤為」より「不害」まで○虞翻が『謙』卦『彖伝』に注して「坤は害と為る」という。陰気は陽を消して第四爻に至り、六四は謹慎に九五を承奉し、『否』の九五の「苞桑に係る」のごとく牢固なので、害を致されず。『説苑』は「慎は害に勝つ」といい、まさにこの意である。「坤為」より「在中」まで○「坤は文と為る」は『説卦』に出づ。『国語・楚語』は「地は文に事う」といい、韋昭の注に「大地は質性柔順なので文あり」。坤の五は下降して乾の二位に至り、柔順にして中に居り、上に九五に応ずるので「文は中に在り」といい、指すところは下卦の中である。王粛はこれを五爻の中に居るを指すといい、並びに正しからず。

○陰道窮於上○後漢書朱穆奏記曰:「易經龍戰之會,其文曰龍戰于野,其道窮也。」謂陽道將勝而陰道負也。陰窮於上,故云負;陽復於下,故云勝。終亥出子之義也。○「陽稱」至「大終」○坤承乾,乾為大。地道無成而代有終,故以大終。

「陰道は上に窮まる」の一句○『後漢書』の載する朱穆の奏記に言う:「『易経』は龍戦の会を講じて、その文に曰く『龍は野に戦う、その道窮まるなり』と。」これは陽道が将に取勝せんとして陰道は敗北すを講ずるなり。陰気は上位に至りて窮尽するので敗という。陽気は下位より復生するので勝という。これまさに陰の亥月に終り、陽の子月に生ずるの道理である。「陽称」より「大終」まで○坤は乾を承奉し、乾は大と称す。地道は自ら成功に居らずして天に代わりて終にその事を成すので「大を以て終る」という。

雲雷屯,君子以經論。注:三陽為君子,謂文王也。經論大經,以立中和之本而贊化育也。中庸曰「唯天下至誠為能經論天下之大經,立天下之大本,知天地之化育」,三之正成既濟是其事矣。

『象伝』に言う:「雲雷は屯なり。君子は以て経論す。」恵棟の自注:陽爻を以て三位に居るは君子にして、こここの処は周文王を指す。いわゆる「経論するは大経」は、天下の大倫常を経緯治理し、用いて中和の根本を確立して天地の万物を化育するを賛助す。『中庸』は「ただ天下の至誠は、能く天下の大経を経綸し、天下の大本を立て、天地の化育を知るを為す」といい、屯卦の六三は変��て正を得、全卦は『既済』を成す、まさにこの事である。

疏:乾鑿度曰「乾三為君子」,君子謂陽,三已正,故云三陽為君子。繫下曰「易之興也,其當殷之末世,周之盛德邪,當文王與紂之事邪」,虞彼注云「謂文王書易六爻之辭也」。末世乾上,盛德乾三,故知三謂文王也。

自疏に言う:『乾鑿度』は「乾の三は君子と為る」を講じ、「君子」は陽爻の象を取り、三爻はまた已に正を得たので、注文は「三陽は君子と為る」という。『繋辞下伝』は「易の興るや、それ殷の末世・周の盛徳に当たるか、文王と紂の事に当たるか」といい、虞翻がこの句に注して「指すところは文王の『易』六爻の爻辞を写作するである」という。「末世」は乾の上爻に当たり、「盛徳」は乾の三爻に当たるので、三爻の指すは文王と知る。

經論大經謂文王演易也。白虎通曰:「文王所以演易何也?文王時受王不率仁義之道,失為人法矣,己之調和陰陽尚微,故演易,使我得卒至於大平,日月之光明如易矣。」是文王經論大經為既濟也。九五屯膏以喻受德,初九建侯以喻文王,三動反正為既濟,是其事矣。

「経論するは大経」が講ずるは、文王の『周易』を推演するである。『白虎通』に言う:「文王は何の故に『易』��推演するや。文王が世に在るの時、紂王は仁義の道を遵わず、已に人と為るの法度を失う。文王は自ら陰陽を調和するの力量はなお微弱なので、『易』を推演し、我が周をして終に太平の世に到達せしめ、『易』の示すごとき日月のごとき光明のごとくせむ。」これにより文王の大経を経緯するは、まさに既済の治を成就せんとす。屯の九五「其の膏を屯す」は、紂王の受徳を比喻す。初九「侯を建てるに利あり」は、文王を比喻す。六三は一たび動きて返りて正位に帰すれば便ち『既済』を成し、所指はすなわちこの事である。

中和之本者,中和謂二五,本謂乾元也。乾元用九,坎上離下,六爻得正,二五為中和。聖人致中和,天地位,萬物育,故能贊化育也。中庸唯天下至誠已下是言孔子論譔六經之事。孔子當春秋之世,有天德而無天位,故刪詩述書,定禮理樂,制作春秋,贊明易道。戴宏春秋解疑論所云「聖人不空生受命而制作,所以生斯民,覺後生也」。

いわゆる「中和の本」は、「中和」は二・五の二つの中位を指し、「本」は乾元を指す。乾元は九を用い、六爻は変じて各々その正を得、坎上離下の『既済』を成し、二・五は中に居りて中和と為る。聖人は中和を推致し、是に於て天地は各々その位に安んじ万物は各々その生に遂ぐるので、能く天地の化育を賛助す。『中庸』の「ただ天下の至誠」以下は、孔子の六経を論定編次するの事を講ず。孔子は春秋の世に生当たり、天賦の徳ありて天子の位なきなので、『詩』を刪定し『書』を伝述し『礼』を釐定し『楽』を整理し『春秋』を制作し『易』道を賛明す。戴宏『春秋解疑論』の講ずる「聖人は白白降生生るることなく、天命を受けて制作する所有り、用いて斯の民を養育し後人を啓覚す」は、講ずるはまさにこの層の意である。

其孫子思知孔子之道在萬世,故作中庸以述祖德云「仲尼祖述堯舜,憲章文武」,極而至於天地之覆載,四時之錯行,日月之代明,言其制作可以配天地。繼乃舉至聖至誠以明之:至聖,堯舜文武也;至誠,仲尼也;大經,六經也;大本,中也;化育,和也。以無天位曰立,曰知,而其本已裕也。

孔子の孫子思は深く孔子の道が万世に垂るるを知るので、『中庸』を作りて以て祖徳を称述し、「仲尼は尭舜を祖述し、文武を憲章す」といい、一直に天地の覆載・四時の交錯運行・日月の更替照臨に推及す、意は孔子の制作は足りて天地と相配す。接続してまた「至聖」「至誠」を挙出して以て闡明を加う:「至聖」は尭・舜・文王・武王を指し、「至誠」は孔子を指す。「大経」は六経を指し、「大本」は中を指し、「化育」は和を指す。孔子は天子の位なきに因り、ただ「立」を言い、ただ「知」を言うも、しかしその根本は已に充裕にして欠缺なし。

以經論象雲雷者,揚子法言曰:「雷震乎天,風薄乎山,雲徂乎方,雨流乎淵,其事矣乎。」李軌注云:「言此皆天之事矣,人不得無事也。」天事雷風雲雨,人事詩書禮樂也,故以經論象雲雷也。

「経論」を用いて雲雷に取象するは、揚雄『法言』に言うが故である:「雷は天に震動し、風は山に逼近し、雲は四方に行き、雨は深淵に流入す、これすなわち天の事業か。」李軌の注:「これらは皆天の事業を講じ、人もまた自らの事業なき能わずと言うなり。」天の事業は雷・風・雲・雨、人の事業は『詩』『書』『礼』『楽』なので、「経論」を以て雲雷に取象す。

必知經論大經為既濟者,隱元年公羊傳曰「所見異辭,所聞異辭,所傳聞異辭」,何休注云:「所見者謂昭定哀時事也,所聞者謂文宣成襄時事也,所傳聞者謂隱桓莊閔僖時事也。於所傳聞之世,見治起於衰亂之中,用心尚麤觕,故內其國而外諸夏,先詳內而後治外,録大略小,內小惡書,外小惡不書,大國有大夫,小國略稱人,內離會書,外離會不書是也。」

「経論するは大経」を既済を成就すと断定する所以は、根拠は『春秋公羊伝』隠公元年の「見る所は辞を異にし、聞く所は辞を異にし、伝聞する所は辞を異にす」に在り、何休の注解して言う:「見る所の世とは、昭公・定公・哀公の時の事を指す。聞く所の世とは、文公・宣公・成公・襄公の時の事を指す。伝聞する所の世とは、隠公・桓公・荘公・閔公・僖公の時の事を指す。伝聞する所の世に於て、治道が衰乱の中に興起するを見るは、用心はなお比較的粗略なので、本国を以て内と為し諸夏を以て外と為し、先ず内部を詳備してしかるのち外部を治理し、大事を記し小事を略す。本国の小悪は記するも、外国の小悪は記さず。大国は大夫を称し、小国はただ籠統に人を称す。本国の私下の盟会は記するも、外国の私下の盟会は記さず。」

於所聞之世見治昇平,內諸夏而外夷狄,書外離會,小國有大夫,宣十一年秋。晉侯會狄於攢函。襄二十三年邾婁我來奔是也。至所見之世,著治太平,春秋進至於爵,天下遠近小大若一,用心尤深而詳,故崇仁義,譏二名,晉魏曼多仲孫何忌是也。

聞く所の世に到れば、治道が升平に進むを見、便ち諸夏を以て内と為し夷狄を以て外と為し、外国の私下の盟会もまた記し、小国もまた大夫を称す、例えば宣公十一年秋の「晋侯は狄を攒函に会す」、襄公二十三年の「邾婁我が奔す」は便ちこれである。見る所の世に到れば、治道已に太平に臻るを昭示し、『春秋』は夷狄に連なりてもその爵位を進めて書写し、天下は遠近大小を論わず一律に看待し、用心は尤其深細周詳なので、仁義を推崇し、双名を譏刺し、晋国の魏曼多・魯国の仲孫何忌の貶書せらるるは便ち例である。

是言孔子作春秋亦如伏羲神農黃帝堯舜禹湯有既濟之功,故以所傳聞之世見治起於衰亂之中,所聞之世見治昇平,所見之世著治太平為既濟也。孟子言一治一亂以治屬禹周公孔子。子思作中庸謂堯舜文武之既濟人知之,仲尼之既濟人不知之,故曰「苟不固聰明聖知達天德者,其孰能知之」,言非至聖如堯舜文武,不能知至誠之孔子。故鄭氏據公羊傳亦以為堯舜之知君子也。

これは孔子の『春秋』を作るが、もまた伏羲・神農・黄帝・尭・舜・禹・湯のごとく既済の功あるを講ずるなので、伝聞する所の世は治道が衰乱の中に興起するを見、聞く所の世は治道の升平を見、見る所の世は治道の太平を昭示するを、既済の歴程と看作す。『孟子』は天下一治一乱を講じ、「治」を禹・周公・孔子に帰属す。子思は『中庸』を作り、尭舜文武の既済の功は人人見え、孔子の既済の功は却って少なくも人に識らるると為す、ゆえに「苟くも固く聡明聖知にして天徳に達する者にあらずんば、それ孰か能く之を知らん」といい、意は若し尭舜文武のごとき至聖に非ずんば、便ち真に至誠の孔子を認識する能わず。ゆえに鄭玄は『公羊伝』に依拠し、もまたこれをただ尭舜のごとき人のみ君子を識得すと為す。

何氏於定六年注云「春秋定哀之間文致太平」,即是此傳。君子以經論成既濟,中庸經論大經贊化育之事,何氏傳先師之說,知孔子作春秋文致太平,後儒無師法不能通其義也。

何休は定公六年の注の中に「『春秋』は定公・哀公の間に於て文辞を以て太平を致す」といい、講ずるはすなわちこの伝義である。『象伝』のいわゆる君子は経論を以て既済を成就し、『中庸』のいわゆる大経を経綸して化育を賛助すは、皆同じ一事である。何休は先師の旧説を承伝するので、孔子の『春秋』を作るは文辞を以て太平を致すを懂得す。後世の儒者は師法の依る可きなきので、便ちその中の義理を講じ通せず。

雖般桓,志行正也;以貴下賤,大得民也。注:坎為志,震為行,退居正,故云雖般桓志行正也。陽貴陰賤,故云以貴下賤,大得民也。坤為民。六二之難,乘剛也;十年乃字,反常也。注:反從正應,故反常。即鹿無虞,以從禽也;君子舍之,往吝窮也。注:禽,鳥獸之總名。上為窮。求而往明也。注:體離故明。屯其膏,施未光也。注:為上弇,故施未光。泣血,如何可長也。注:陰承陽故不可長。

『象伝』に言う:「般桓すと雖も、志行は正しきなり。貴を以て賤に下る、大いに民を得るなり。」自注:坎は志に取象し、震は行に取象す。初九は退いて初位に処りて正を得るので、槃桓して進まずと雖も、その志と行は皆正に合すという。陽は貴・陰は賤と為るので、尊貴の身を以て卑賤の下に屈居し、因って大いに民心を得るという。坤は民に取象す。「六二の難は、剛に乘るなり。十年に乃ち字る、常に反るなり。」自注:六二は返り来りて���の正応の九五に順從するので、常道に復帰すという。「鹿に即くも虞なく、禽に従うなり。君子は之を舍つ、往けば吝にして窮まるなり。」自注:「禽」は鳥獣の総名である。上爻は窮極の位である。「求めて往く、明なり。」自注:六四の在る所は離体を成し、離は明である。「其の膏を屯す、施していまだ光ならざるなり。」自注:九五は上六に掩蔽せられ、ゆえに恩の施しは能く広大ならず。「血を泣く、如何ぞ長くする可けん。」自注:陰は須らく陽を承奉して始めて久長す、上六は反って陽の上に居るので、長久する可からず。

疏:「坎為」至「為民」○般桓,退也。居初是居正也。陽貴陰賤,荀義也。董子曰「陽貴而陰賤」,荀子君子篇曰「爵當賢則貴,不當賢則賤」。二以陽居初,建侯當位而下坤民,故云以貴下賤。宣十二年春秋傳曰「其君能下人,必能信用其民矣」,故云大得民也。坤為民,虞義也。○「反從」至「反常」○二正應五,反從正應,是反歸常道,故云反常。二體震為反也。

自疏に言う:「坎為」より「為民」まで○「般桓」は退いて進まざるである。初位に処るは、まさに各々その位に当たる。「陽は貴にして陰は賤」は荀爽に出づ:董仲舒は「陽は貴にして陰は賤なり」といい、『荀子・君子』篇は「爵位と賢能と相称すれば便ち貴、相称せざれば便ち賤」という。この爻は陽剛を以て最下に居り、建侯の象ありて爻位は当を得、その下はまさに坤衆の民なので、尊貴を以て卑賤に屈居すという。『左伝』宣公十二年は「その君は能く人に下る、必ず能くその民を信用す」といい、ゆえに大いに民心を得るという。「坤は民と為る」は虞翻に出づ。「反従」より「反常」まで○六二はもと九五と正応にして、返り来りてその正応に順從するは、すなわち常道に回帰するなので「常に反る」という。六二は震体に処り、震に反復の義あり。

○「禽鳥」至「為窮」○白虎通曰「禽,鳥獸之總名,為人所禽制也」。比九五曰「王用三驅失前禽」。周禮大司馬曰「大獸公之,小禽私之」,又大宗伯云「以禽作六摯,卿執羔,大夫執鴈」。曲禮曰「猩猩能言,不離禽獸」。月令「戮禽」「祭禽」,禽皆是獸,是禽獸通名也。若別而言之,則釋鳥云「二足而羽謂之禽,四足而毛謂之獸」也。卦窮於上,故謂窮而上。三應上,上不應三,故云往吝窮也。

「禽鳥」より「為窮」まで○『白虎通』は「禽は鳥獣の総名にして、それらが人に擒制せらるるが故」という。『比』卦九五は「王は三駆を用いて前禽を失う」という。『周礼・大司馬』は「大獣は公家に献じ、小禽は私人に帰す」といい、『大宗伯』は「禽を以て六種の見面の礼と作し、卿は羔を執り大夫は雁を執る」という。『礼記・曲礼』は「猩々は能く言うと雖も禽獣を離れず」という。『月令』に「禽を戮す」「禽を祭る」の文あり、所指は皆走獣なので、禽獣はもと通名と見える。若し分けて講ずれば、『爾雅・釈鳥』は「両足にして羽あるを禽と呼び、四足にして毛あるを獣と呼ぶ」という。一卦は上爻に至りて窮極するので、窮は上位に在りという。六三は上に上六に応ずるも、上六は六三に応ぜず、ゆえに往けば則ち吝にして困窮すという。

○體離故明○此虞義也。三變初體離,離為明。昏禮,先納幣而後親迎。納幣,求也;親迎,往也,故云求而往明也,言明於禮。○「為上」至「未光」○陽為陰弇,陽主施,屯其膏,故施未光也。○「陰乘」至「可長」○上不應三而乘五馬,是乘陽也。用六利用貞,陰承陽則永,乘陽故不可長。

「離の体ゆえに明」の一句○これは虞翻の説である。六三は一たび変ずれば、初爻より起りて便ち離体を成し、離は明である。婚礼の次序は先ず納幣してしかるのち親迎する:納幣はすなわち「求」、親迎はすなわち「往」なので「求めて往く、明なり」といい、意は礼制に通暁するを謂う。「為上」より「未光」まで○九五の陽は上六の陰に掩蔽せらる。陽の職分はもと施与に在るも、今「其の膏を屯す」して能く下に施すことなきので、恩の施しはいまだ広大ならずという。「陰乗」より「可長」まで○上六は六三に応ぜずして九五の馬に乗凌す、これすなわち陰を以て陽に乗るである。坤の「六を用うる」は「永貞に利あり」といい、陰は陽に順承して始めて長久す。上六は陽に乗るので、長久する可からず。

山下出泉,蒙。注:泉之始出者曰蒙。君子以果行育德。注:君子謂二。艮為果,震為行。育,養也。體頤養,故以果行育德也。疏:「泉之」至「曰蒙」○禮斗威儀曰「君乘土而王,其政太平,則蒙水出於山」,宋均注云「蒙,小水也,出可為灌注,無不植也」。小水可以灌注,猶童蒙可以作聖,此實象也。

『象伝』に言う:「山下に泉出づ、蒙なり。」恵棟の自注:泉水が剛に冒出するの時を「蒙」と呼ぶ。「君子は以て行を果し徳を育す。」自注:「君子」は九二を指す。艮は果実に取象し、震は行に取象す。「育」はすなわち養である。二より上まで互体に『頤』を成し、頤に養の義あるので、果決の行動を以て徳性を培育すという。自疏に言う:「泉之」より「曰蒙」まで○『礼緯斗威儀』は「人君は土徳に乘りて王たり、政治は清平なれば、便ち蒙水有りて山中より湧出す」といい、宋均の注:「蒙は細小の水流にして、流出して以て灌溉し得、万物は生長せざるなし。」小水は以て灌溉し得、まさに童蒙の以て聖人に修成し得るがごとし、これは実実在在の物象である。

○「君子」至「德也」○此虞義也。乾鑿度九二為庸人,今九居二而稱君子者,二以亨行時中變之正,六居二為君子,故謂君子為二也。艮為果蓏,故為果。育,養也,釋詁文。二至上體頤,頤者,養也。彖傳曰「蒙以養正」,果行育德,養正之義也。

「君子」より「徳也」まで○これは虞翻の説である。『乾鑿度』は九二を以て庸人と為すも、今陽が二位に居りて却って君子と称すは、九二が亨通の道を以て「時中」の義を行い変じて正を得るが故である。陰爻が二位に居れば便ち君子なので、「君子」は二爻を指すという。艮は瓜果に取象するので「果」と称す。「育」は養と訓じ、『爾雅・釈詁』に出づ。二爻より上爻まで互体に『頤』を成し、「頤」はすなわち養である。『彖伝』は「蒙は以て正を養う」といい、いわゆる行を果して徳を育すは、まさに正を養うの意である。

利用刑人,以正法也。注:坎為法,初發之正,故正法也。子克家,剛柔接也。注:剛柔謂二五。勿用娶女,行不順也。注:震為行,坤為順,坤體壞,故行不順。困蒙之吝,獨遠實也。注:陽稱實。童蒙之吉,順以巽也。注:五體坤動而成巽,故順以巽。利用御宼,上下順也。注:自上御下故順。

『象伝』に言う:「刑人を用いるに利あり、以て法を正しくすなり。」自注:坎は法に取象し、初六は変動して正を得るので、法度を端正すという。「子は家を克す、剛柔接するなり。」自注:剛柔は九二と六五を指す。「女を娶るを用うる勿れ、行きて順ならざるなり。」自注:震は行、坤は順である。坤体は破壊せられたので、行事は順ならず。「困蒙の吝は、独り実に遠きなり。」自注:陽は実と称す。「童蒙の吉は、順以て巽るなり。」自注:六五はもと坤体に在り、一たび動きて巽を成すので、柔順にして能く巽入すという。「宼を御するを用いるに利あり、上下順なるなり。」自注:上位より下位を駕御するので、順という。

疏:「坎為」至「法也」○此虞義也。九家說卦曰「坎為律」,釋言曰「坎律,銓也」,樊光云「坎卦水,水性平,律亦平,銓亦平也」。坎為水,故古刑法議之字皆從水。法律同義,故坎為法也。初失位,發得正,故以正法。○剛柔謂二五○焦氏易林曰「剛柔相呼,二姓為家」,變之正,五剛二柔,故云接。接,際也。

自疏に言う:「坎為」より「法也」まで○これは虞翻の説である。九家『説卦』は「坎は律と為る」を講じ、『爾雅・釈言』は「坎・律とは銓なり」を講じ、樊光の注:「坎卦は水に属し、水性は平なり。律もまた平、銓もまた平なり。」坎は水と為るので、古文の中に「刑」「法」「議」等の字は皆水の旁より従る。法と律は同義なので、坎は法に取象す。初六は位を失い、変動して正を得るので、法度を端正すという。「剛柔は二五を謂う」の一句○焦延寿『易林』は「剛柔相呼し、二姓は家を為す」といい、二・五は変じて各々その正を得れば、則ち五は剛二は柔なので「接」という——接はすなわち交際相接である。

○「震為」至「不順」○說見上。○陽稱實○陽實陰虛,故陽稱實。柔之為道不利遠者,四獨遠陽,故困也。○「五體」至「以巽」○五動體巽,故云動而成巽,此虞義也。○「自上」至「故順」○此虞義也。上御三是自上御下。虞氏謂「巽為高,艮為山,登山備下順,有師象」是也。三不順上,御之則順矣。五以應二為順,上以御三為順,其義一也。

「震為」より「不順」まで○解説は前文に見ゆ。「陽称実」の一句○陽は実・陰は虚と為るので、陽は実と称す。柔の道理は陽剛に遠離するに利せず、六四は独り陽爻に遠離するので困頓す。「五体」より「以巽」まで○六五は一たび動けば便ち巽体を成すので、動きて巽を成すといい、これは虞翻の説である。「自上」より「故順」まで○もまた虞翻の説である。上九は六三を駕御す、すなわち自ら上にて下を御す。虞翻は「巽は高、艮は山と為り、山に登りて下に戒備すれば則ち順、師旅の象あり」といい、まさにこの意である。六三はもと上九に順從せざるも、駕御を加えれば便ち順なり。六五は九二に応ずるを以て順と為し、上九は六三を駕御するを以て順と為し、両者の道理は一致す。

雲上於天,需。注:雲上於天,須時而降。君子以飲食宴樂。注:君子謂二。坎為飲食,五需二衍在中,故以飲食宴樂。陽在內稱宴。疏:「雲上」至「而降」○此宋衷義也。六四出於穴,是雲上於天也;上六入于穴,是須時而降也。

『象伝』に言う:「雲は天に上る、需なり。」自注:雲気は天上に升り、時機を等候して始めて降りて雨と為る。「君子は以て飲食して宴楽す。」自注:「君子」は九二を指す。坎は飲食に取象す。九五は酒食を以て九二を等待し、延請を受くる九二は中位に居るので、飲食宴楽すという。陽は内卦に在れば「宴」と称す。自疏に言う:「雲上」より「而降」まで○これは宋衷の説である。六四の「穴より出づ」は、すなわち雲は天に上るである。上六の「穴に入る」は、すなわち時機を等候して降るである。

○「君子」至「稱宴」○九二陽不正,需時升五,故稱君子。序卦曰「需者,飲食之道也」。荀氏謂坎在需家為酒食,故坎為飲食。五象曰「需于酒食」,是五以酒食需二。二需於衍在上中,故謂宴樂為二。陽在內稱宴,虞義也。

「君子」より「称宴」まで○九二は陽を以て陰に居りて位正しからず、須らく時機を待ちて五位に升るべし、ゆえに君子と称す。『序卦』は「需とは飲食の道なり」という。荀爽は坎が需卦の中に於て酒食に取象すと為すので、坎は飲食と為るという。九五『象伝』は「酒食に需む」といい、これにより五は酒食を以て二を待つと見える。九二は延請を受けて上卦の中に処るので、「宴楽」を二に帰属す。陽は内卦に在れば「宴」と称すは、虞翻の説法である。

需于郊,不犯難行也;利用恆,未失常也。注:坎為難。常猶恆也。初變失位,上居四,故未失常。需於衍,在中也。注:衍讀為延,在後詔侑曰延。五需二,故衍在中。雖小有言,以吉終也。需于泥,災在外也。注:外謂坎。自我致戎,敬慎不敗也。注:五離為戎,坎為多眚,故敗。三不取四,故敬慎不敗。乾為敬也。需于血,順以聽也。注:雲雖昇天,終當入穴,順以聽五,五為天也。酒食貞吉,以中正也。注:謂乾二當升五,正位者也。不速之客來敬之終吉,雖不當位,未大失也。注:上降居三,雖不當位,承陽有實,故無大失。

『象伝』に言う:「郊に需む、難を犯して行かざるなり。恒を用いるに利あり、いまだ常を失わざるなり。」自注:坎は難に取象す。「常」は猶お「恒」のごとし。初九は若し変ぜば則ち位を失い、上昇して四に居れば便ち位を得るので、いまだ常道を失わずという。「衍に需む、中に在るなり。」自注:「衍」は「延」と読み、後面より告請勧進するを「延」と呼ぶ。九五は九二を延請するので「衍は中に在り」という。「小さき言有ると雖も、吉を以て終るなり。」「泥に需む、災は外に在るなり。」自注:「外」は外卦の坎を指す。「我より戎を致す、敬慎して敗れざるなり。」自注:五は離体に処り、離は兵戎と為る。坎は多く災眚を主るので敗の象あり。九三は往きて六四を攻取せず、ゆえに敬慎して敗れず。乾は敬に取象す。「血に需む、順にて聴くなり。」自注:雲は天上に升ると雖も、終に穴に入るを要す。六四は柔順にして九五に聴命し、五はすなわち天位である。「酒食は貞吉、中正を以てなり。」自注:乾の九二が応に五位に升るべきを指し、あれは始めて正位である。「速ならざる客は来りて之を敬せば終に吉、位に当たらずと雖も、いまだ大いに失わざるなり。」自注:上爻は下降して三に居り、爻位は当たらずと雖も、能く陽剛を承奉してその実有るので、大なる過失なし。

疏:「坎為」至「失常」○初應四,四坎為難,初不取四,故不犯難行。初變失位,上居四為得位,故未失常。恆本訓常,故下經恆卦太玄凖之以常。永常猶恆也,反覆相訓。

自疏に言う:「坎為」より「失常」まで○初九と六四は相応じ、四は坎体に処りて難と為り、初九は往きて四を取らざるので、難を冒して行かずという。初九は一たび変ずれば則ち位を失い、上昇して四に居れば則ち位を得るので、いまだ常道を失わずという。「恒」はもとより「常」と訓ず、ゆえに下経の『恒』卦を揚雄『太玄』は「常」の首を以て相配す。「永」と「常」は皆「恒」と同じく、三字は以て反覆互訓し得べし。

○「衍讀」至「在中」○周禮大祝九祭,二曰衍祭,鄭注云「衍當為延,讀從主人延客祭之延」,古文衍延同物也。特牲饋食禮曰「祝延尸」,鄭彼注云:延進,在後詔侑曰延。五需二,五在二後,自後詔二延登居二,故衍在中。雖隔於六四之險,終當升上,故以吉終。○外謂坎○坎為災,在外卦,故云災在外也。

「衍読」より「在中」まで○『周礼・大祝』の載する九種の祭法に、第二を「衍祭」と呼び、鄭玄の注:「衍は延と作るべし、『主人は客を延して祭る』の延のごとく読め。」古文中は「衍」「延」はもと一字である。『儀礼・特牲饋食礼』は「祝は尸を延す」といい、鄭玄はあの句に注して「延はすなわち進」といい、後面より告請勧進するを「延」と呼ぶ。九五は九二を延請し、五は二の後に在りて、後面より告請して九二を延引して登進してその位に就かしむるので「衍は中に在り」という。中間に六四の険を隔つると雖も、終に上昇するを要するので、吉を以て終結す。「外は坎を謂う」の一句○坎は災に取象し、しかして坎は外卦に居るので、災は外に在りという。

○「五離」至「敬也」○離為戎,虞義也。三至上有坎離象,坎為寇,離為戎,故經言寇,傳言戎。說卦曰「坎其於輿也為多眚」,虞注云「眚,敗也」。三體乾,乾為敬,不取於四,故敬慎不敗也。○「雲雖」至「天也」○此九家義也。象曰「順以德也」,四陰故順。坎為耳,耳主聽,故順以聽五。五指乾二升五,乾為天,嫌謂坎五,故云五為天也。

「五離」より「敬也」まで○「離は戎と為る」は虞翻の説である。三爻より上爻まで兼ねて坎・離の象を具う:坎は寇、離は戎なので、爻辞は「寇」を言い、『象伝』は「戎」という。『説卦』は「坎のそれは輿に於て多眚と為る」を講じ、虞翻の注は「眚はすなわち敗」。九三は乾体に処り、乾は敬と為る。往きて六四を攻取せざるので、敬慎して敗れず。「雲雖」より「天也」まで○これは九家易の説法である。『象伝』に「順は徳を以てなり」の文あり、六四は陰爻なので順と為る。坎は耳に取象し、耳は聴聞を司るので、柔順にして五に聴命すという。この「五」は乾の九二が五位に升るを指し、乾は天である。人をして誤りて坎の五爻と為さんことを恐れるので、特に「五は天」を点明す。

○「謂乾」至「者也」○此九家義也。○「上降」至「大失」○此荀義也。六居三為失位,故云不當位。上降承乾,故承陽有實。失謂不當位,未大失,以其承陽也。

「謂乾」より「者也」まで○これは九家易の説法である。「上降」より「大失」まで○これは荀爽の説である。陰爻は三位に居れば便ち位を失うので「位に当たらず」という。上爻は下降して乾陽を承奉するので、陽を承りて実有りという。「失」の指すは位を失うである。「いまだ大いに失わず」と言う所以は、まさにそれが能く陽剛を承奉するが故である。

天與水違行,訟。注:水違天猶子違父、臣違君,故訟。君子以作事謀始。注:君子謂乾。三來變坤為作事,坎為謀,初為始,二據初,剛柔易,故以作事謀始。疏:「水違」至「故訟」○坎者乾再索而得,有子道,坤有臣道。下三爻皆失位,故云猶子違父、臣違君而成訟也。

『象伝』に言う:「天と水とは違行す、訟なり。」自注:水と天とは背道して行くは、譬えば兒子の父に違逆し臣下の君主に違逆するがごときなので、訟を生ず。「君子は以て事を作して始を謀る。」自注:「君子」は乾を指す。三爻は来りて変じて坤を成し、坤は事と為る。坎は謀と為る。初爻は始と為る。九二は初六を拠有し、剛柔はその位を互換するので、事を作して開端に謀るを要すという。自疏に言う:「水違」より「故訟」まで○坎は乾が再度坤に求めて得る所の中男にして、子と為るの道あり。坤は則ち臣と為るの道あり。訟卦の下三爻は皆位を失うので、譬えば兒子の父に違逆し臣下の君主に違逆して訟を成すがごとしという。

○「君子」至「謀始」○此虞義也。坤謂遯坤,坤為事,三來變坤,故為作事。鴻範謀屬水,坎為水,為心,故為謀。卦自下生,故初為始。三來之二據初,剛柔易,謂二與初易位,初不永所事,謀始之義也。

「君子」より「謀始」まで○これは虞翻の説である。講ずる所の坤は『遯』卦の含む坤を指し、坤は事に取象す。三爻は来りて変じて坤を成すので「事を作す」と称す。『尚書・洪範』の五行の中に「謀」は水に配属す。坎は水、また心と為るので謀と為る。卦体は下より上に向かいて生成するので、初爻は始と為る。三爻は来りて二位に至りて初爻を拠有し、剛柔は位置を互換す、すなわち二と初とその位を交易す。初六爻辞の「その事を永くせず」は、まさに開端に謀るの意である。

不永所事,訟不可長也;雖小有言,其辯明也。注:初辯之早,故其辯明。不克訟,歸逋竄也;自下訟上,患至惙也。注:上謂乾。惙,憂也。食舊德,從上吉也。注:從,順。復即命渝,安貞不失也。注:變得正,故不失。訟元吉,以中正也。以訟受服,亦不足敬也。注:服謂盤,乾象毀壞,故不足敬。

『象伝』に言う:「その事を永くせず、訟は長くする可からざるなり。小さき言有ると雖も、その弁は明なり。」自注:初六は弁白すること早きなので、その弁白は分明である。「訟に克たず、帰りて逋竄す。下より上を訟う、患至りて惙たり。」自注:「上」は乾を指す。「惙」は憂惧である。「旧徳を食らう、上に従いて吉なり。」自注:「従」は順従である。「復りて命に即き渝す、安貞にして失わざるなり。」自注:変動して正を得るので失わず。「訟は元吉、中正を以てなり。」「訟を以て服を受く、もまた敬うに足らざるなり。」自注:「服」は鞶帯の類の祭服を指す。乾象は毀壞したので、敬重するに値せず。

疏:「初辯」至「辯明」○坤消陰自初始,變之正,辯之早矣。二變應五,三食舊德體離,離為明,故其辯明矣。○上謂乾,惙,憂也○二訟四,四體乾,故上為乾。惙,憂,鄭義也。詩曰「憂心惙惙」,俗作掇,今從古。○從,順○三失位變從上,故吉,此上亦謂乾也。從訓順者,昭五年春秋傳曰「使亂大從」,服虔解誼云「使亂大和順之道」,故知從為順也。

自疏に言う:「初弁」より「弁明」まで○坤陰は陽を消して初爻より開始し、初六は変じて正を得る、これにより弁白すること早きと見える。九二は変じて九五に応じ、六三は「旧徳を食らう」にして離体に処り、離は明なので、弁白は分明という。「上は乾を謂う、惙とは憂なり」の一句○九二と九四は相訟し、四は乾体に処るので「上」は乾を指す。「惙」を憂と訓ずるは鄭玄の説にして、『詩経』に「憂心惙惙」の句あり、俗本は「掇」と写作す、こここの処は古字に依従す。「従とは順」の一句○六三は位を失い、変じて上に順従するので吉、この「上」もまた乾を指す。「従」を「順」と訓ずるの依拠は、『左伝』昭公五年の「大乱を従にせしむ」にして、服虔は「悖乱の事をして大いに和順の道に帰せしむる」と解釈す、これにより「従」はすなわち順と知るべし。

○變得正故不失○失謂失位。○「服謂」至「足敬」○此虞義也。盤,祭服,故服謂盤。遯三體乾,乾為衣,故云服也。三食舊德,四變食乾,故乾體壞。乾為敬,乾體壞,故不足敬也。

「変じて正を得る故に失わず」の一句○こここの「失」は位を失うを指す。「服謂」より「足敬」まで○これは虞翻の説である。「盤」は祭祀の時に係る所の鞶帯の服なので、「服」は盤を指す。『遯』卦の第三爻は乾体に処り、乾は衣に取象するので「服」と称す。六三は「旧徳を食らう」、九四は一たび変じて乾体を侵食し、因って乾体は破壊す。乾はまた敬に取象し、乾体は既に壊れたので、敬重するに値せず。

地中有水,師。注:坎在坤內,故曰地中有水。師,眾也,坤中眾者莫過於水。君子以容民畜眾。注:君子謂二。坤為民,坎為眾。容,寛也;畜,養也。二升五寛以居之,故以容民。五降二萬物致養,故以畜眾。

『象伝』に言う:「地の中に水あり、師なり。」自注:坎は坤の裏面に在るので、地の中に水ありという。「師」はすなわち衆にして、坤地の中の最も衆多なるは水に過ぐることなし。「君子は以て民を容れ衆を畜う。」自注:「君子」は九二を指す。坤は民、坎は衆と為る。「容」は寛、「畜」は養である。九二は五位に升りて寛厚を以て之に居るので、百姓を容納すという。九五は二位に下降して、万物是に於て養を得るので、衆庶を畜養すという。

疏:「坎在」至「於水」○此宋衷義也。坎為水,坤為地,坎在坤內,是水行地中之象。楊泉物理論曰「水,浮天載地者也」,故地之眾者莫過於水,以況人之眾者莫過於師。眾有二訓:周語曰「人三為眾」,一也;釋詁曰「黎庶烝多師旅,眾也」,又曰「洋觀裒眾那,多也」,是庶多亦曰眾,二也。坤坎所以取象於師,以眾多為名也。

自疏に言う:「坎在」より「于水」まで○これは宋衷の説である。坎は水、坤は地、坎は坤の中に在るは、まさに水が地中に行くの象である。楊泉『物理論』は「水は天地を浮載するのものなり」といい、ゆえに地上の最も衆多なるは水に過ぐることなく、用いて人間の最も衆多なるは軍旅に過ぐることなきに比况す。「衆」の字に両種の訓釈あり:『国語・周語』は「人三たばねて衆と為る」といい、これはその一である。『爾雅・釈詁』は「黎・庶・烝・多・師・旅とは衆なり」といい、また「洋・観・裒・衆・那とは多なり」といい、これにより「庶」「多」もまた衆と称し得ると見え、これはその二である。坤・坎の師に取象する所以は、まさに衆多を以て名と為すである。

○「君子」至「畜眾」○此虞義也。二為庸人而稱君子者,以其升五也。坤陰故為民。容,寛也,鴻範五行傳文。詩日月曰「畜我不卒」,毛傳云「畜,養也」。卦自乾來,文言乾九二「寛以居之」,亦謂二升五居上,以寛是容民之義也。萬物致養,說卦文。五體坤,坤陰廣博,含養萬物,五降二,萬物致養,是畜眾之義也。

「君子」より「畜衆」まで○これは虞翻の説である。九二は『乾鑿度』に依ればもと庸人の位にして、こここの処は却って君子と称すは、それが五位に升居せんと欲するが故である。坤は陰に属するので民に取象す。「容とは寛なり」は『洪範五行伝』に出づ。『詩経・日月』は「我を畜いて卒せず」といい、毛伝:「畜とは養なり。」師卦は乾より変じ来たり、『文言』は乾の九二は「寛を以て之に居る」といい、もまた二が五に升りて上位に居るを指す。寛厚を以て下に待するは、まさに民を容れるの意である。「万物は養いを致す」は『説卦』の文字である。九五は坤体に処り、坤陰は広博にして万物を含容養育す。五は二位に降りて、万物は各々その養を得るは、まさに衆を畜うの意である。

師出以律,失律凶也。注:初失位故曰失律。在師中吉,承天龍也;王三錫命,懐萬邦也。注:龍,和也。二以盛德行中和,眾陰承之,故承天龍。居王位而行錫命,眾陰歸之,故懐萬邦。師或輿尸,大無功也。注:三五同功,三多凶,故大無功。左次無咎,未失常也。注:得位承五,故未失常。長子帥師,以中行也;弟子輿尸,使不當也。注:震為行,居中,故曰中行。三失位,故不當。五已正,使不當,故貞凶。大君有命,以正功也;小人勿用,必亂邦也。注:五多功,五動正位,故以正功。坤為亂。

『象伝』に言う:「師は律を以て出づ、律を失えば凶なり。」自注:初六は位を失うので律を失うという。「師の中に在りて吉、天の龍を承るなり。王は三たび命を錫う、万邦を懐うなり。」自注:「龍」は和と訓ず。九二は盛大の徳を以て中和を推行し、衆陰爻はそれを承奉するので、上天の和を承奉すという。それは王位に居りて賜命を頒行し、衆陰は帰附するので、万邦を安撫すという。「師あるいは尸を輿す、大いに功なきなり。」自注:三と五とは功を同じくするも、しかして三は凶多きなので、大いに功なしという。「左に次して咎なし、いまだ常を失わざるなり。」自注:六四は位を得て九五を承奉するので、いまだ常道を失わず。「長子は師を帥る、中を以て行くなり。弟子は尸を輿す、使いて当たらざるなり。」自注:震は行と為り、九二は升りて中に居るので「中を以て行く」という。六三は位を失うので当たらず。五は既に正を得たるも、却って位を失うの三爻を任用す、これすなわち人を用いて当たらざるなので、貞にして凶。「大君は命有り、以て功を正しくすなり。小人は用うる勿れ、必ず邦を乱らん。」自注:五は多功の位にして、五は動きて正位に居るので、功勲を論定すという。坤は乱に取象す。

疏:「初失」至「失律」○爻例失位曰失,又曰不當。師初二三五皆失位,故初曰失,三曰不當。二五易位,故曰貞丈人,又曰以正功也。

自疏に言う:「初失」より「失律」まで○爻例を按ずれば、位を失うを「失」と称し、もまた「不当」と称す。師卦の初・二・三・五の各爻は皆位を失うので、初六は「失」を言い、六三は「不当」を言う。二と五とは爻位を交換して各々その正を得るので、卦辞は「丈人に貞す」といい、『象伝』はまた「以て功を正しくす」という。

○「龍和」至「萬邦」○詩長發曰「何天之龍」,毛傳云「龍,和也」。二當升五,五為天,以盛德行中和,眾陰承之,故承天和。錫命者,開國承家皆當有錫命之事。居王位而行錫命,眾陰歸之,故懐萬邦。禮器曰「物無不懐仁」,周語曰「無所依懐」,鄭韋皆訓懐為歸。坤為萬邦,虞義也。

「龍和」より「万邦」まで○『詩経・商頌・長発』は「天の龍を荷う」といい、毛伝:「龍とは和なり。」九二は応に五位に升るべし、五は天位である。盛徳を以て中和を推行し、衆陰爻はそれを承奉するので、上天の和を承奉すという。いわゆる「錫命」は、国を開き侯を封じ家を承け卿を立つるに皆賜命の事あるを講ずるを言う。王位に居りて賜命を頒行し、衆陰は帰附するので、万邦を安撫すという。『礼記・礼器』は「物は仁を懐かざるなし」といい、『国語・周語』は「依懐する所なし」といい、鄭玄と韋昭は皆「懐」を帰附と訓ず。「坤は万邦と為る」は虞翻の説である。

○「三五」至「無功」○師勝敵稱功。周禮大司馬曰「若師有功,愷樂獻於社;若師不功,則厭而奉主車」,鄭注云「功,勝也」。三五同功,五多功,三賤多凶,故大無功也。

「三五」より「无功」まで○軍隊は敵を戦勝して始めて「功」と称す。『周礼・大司馬』は「若し軍隊は勝を得れば、便ち凱楽を奏して捷を社に献ず。若し軍隊は勝たざれば、便ち喪礼の意を以て載主の車を奉迎す」といい、鄭玄の注:「功はすなわち勝。」『繋辞』は三と五とは功を同じくすを講ずるも、しかして五は多功の位にして、三は位卑下して凶多きなので、大いに功なしという。

○「得位」至「失常」○四得位,故云未失。二升五而四承之,陰承陽為常道,故曰未失常也。○「震為」至「貞凶」○二升居五,故曰中行。已正五位而用失位之三,是使不當,故貞凶也。○「五多」至「為亂」○此虞義也。

「得位」より「失常」まで○六四は陰を以て陰に居りて位を得るので、いまだ失わずという。九二は五位に升りて六四はそれを承奉し、陰が陽を承るはまさに常道なので、いまだ常を失わずという。「震為」より「貞凶」まで○九二は升りて五位に居るので「中を以て行く」という。既に五位を端正し了れりしかしてまた位を失うの六三を任用す、これすなわち人を用いて当たらざるなので、貞にして凶。「五多」より「為乱」まで○これは虞翻の説である。

地上有水,比。注:地得水而柔,水得地而流,故曰比。先王以建萬國親諸侯。注:先王謂五。初陽已復,震為建,為諸侯,坤為萬國。比,四月卦也。比,輔也,輔成五服,故以建萬國。比,比也,有孚盈,故以親諸侯。

『象伝』に言う:「地の上に水あり、比なり。」恵棟の自注:地は水を得れば便ち柔潤し、水は地を得れば便ち流行するので「比」と呼ぶ。「先王は以て万国を建て諸侯を親しむ。」自注:「先王」は九五を指す。初爻の陽は已に復生し、震は建立・諸侯に取象し、坤は万国に取象す。比は四月の卦である。「比」に輔助の義あり、輔助して五服の制を成すので、万国を建立すという。「比」はまた親近の義あり、九五は孚信充盈するので、諸侯を親近すという。

疏:「地得」至「曰比」○此子夏義也。傳又云「夫凶者生於乖爭,今既親比,故云比吉也」。杜林曰「比者,言性不相害」,但爻之相比不相害而相親,故曰比也。

自疏に言う:「地得」より「曰比」まで○これは『子夏易伝』の説法である。あの伝はまた言う:「凶険は乖違争闘より生じ、今既に親比し相輔すれば、ゆえに比して吉を得るという。」杜林は「いわゆる比とは、彼此の性情が互いに相害せざるを講ずる」といい、まさに爻と爻と相隣りて相害せず、反って相亲するが故に、「比」と呼ばるる。

○「先王」至「諸侯」○先王謂夏先王也。五為天子,故先王謂五。初變之正體震,震為建侯,初剛難拔,故云建。震為諸侯,義見屯卦。坤為地,地有九州島,夏時九州島有萬國,故坤為萬國。此上虞義也。

「先王」より「諸侯」まで○「先王」は夏代の先王を指す。五は天子の位なので「先王」は九五を指す。初爻は変じて正を得れば便ち震体を成し、震に建侯の象あり。初爻の陽剛は堅固にして抜き難きなので「建」という。震は諸侯に取象し、義例は『屯』卦に見ゆ。坤は地と為り、大地は九州に分かれ、夏代の九州は共に万国あるので、坤は万国に取象す。以上は皆虞翻の説である。(按:底本は「九州」の下に「島」の一字を衍す、今その旧のごとくす。)

比,四月卦,據消息。孟喜卦氣圖曰:十一月未濟、蹇、頤、中孚、復;十二月屯、嗛、睽、升、臨;正月小過、蒙、益、漸、泰;二月需、隨、晉、解、大壯;三月豫、訟、蠱、革、夬;四月旅、比、小畜、乾;五月大有、家人、井、咸、姤;六月鼎、豐、渙、履、遯;七月恆、節、同人、損、否;八月巽、萃、大畜、賁、觀;九月歸妹、無妄、明夷、困、剝;十月艮、既濟、噬嗑、大過、坤是也。

比が四月の卦と講ずるは、依拠するは消息卦気である。孟喜『卦気図』の配属は:十一月は『未済』『蹇』『頤』『中孚』『復』に配す。十二月は『屯』『謙』『睽』『升』『臨』に配す。正月は『小過』『蒙』『益』『漸』『泰』に配す。二月は『需』『随』『晋』『解』『大壮』に配す。三月は『豫』『訟』『蠱』『革』『夬』に配す。四月は『旅』『比』『小畜』『乾』に配す。五月は『大有』『家人』『井』『咸』『遘』に配す。六月は『鼎』『豊』『渙』『履』『遯』に配す。七月は『恒』『節』『同人』『損』『否』に配す。八月は『巽』『萃』『大畜』『賁』『観』に配す。九月は『帰妹』『无妄』『明夷』『困』『剥』に配す。十月は『艮』『既済』『噬嗑』『大過』『坤』に配す。『比』はまさに四月の一組の中に列す。

古文尚書皋陶謨曰「成五服,至於五千,州有十二師,外薄四海,咸建五長」,鄭彼注云:「敷土既畢,廣輔五服而成之,面方各五千里,四面相距為方萬里。師,長也。九州島州立十二人為諸侯,師以佐其牧;外則五國立長,使各守其職。」堯初制五服,服各五百里,要服之內方四千里,曰九州島,其外荒服曰四海,此禹所受。

『古文尚書・皋陶謨』は「五服を成し、五千に至り、州に十二師あり、外は四海に薄く、咸く五長を建つ」といい、鄭玄はあの段に注解して言う:「土地を平治し已に完毕し、便ち広く五服の制を輔成し、毎一面は各々五千里にして、四面は相距れば便ち方円万里なり。『師』はすなわち長なり。九州は毎州に十二人を設立して諸侯と為し、師の身分を以て州牧を輔佐す。州の外は則ち毎五国に一長を立てて、各々その職を守らしむ。」尭は最初に五服を制定し、毎服は各々五百里にして、要服以内は方円四千里を九州と呼び、その外の荒服を四海と呼ぶ、これすなわち大禹の承受する疆域である。

地記書崑崙山東南地方五千里,名曰神州者,禹五服之殘數,亦毎服者合五百里,故有萬里之界,萬國之封。春秋傳曰「禹朝群臣於會稽,執玉帛者萬國」,言執玉帛者則九州島之內諸侯也。其制特置牧,以諸侯賢者為之師,蓋百國一師,州十有二師,則州千二百國也。八州凡九千六百國,其餘四百國在圻內,此禹時建萬國之事也。

『地記』の類の書は昆崙山の東南は方円五千里にして、神州と名づくるといい、あれは禹の五服以外の余数である。毎一服もまた皆五百里に合す、ゆえに始めて万里の疆界・万国の封建有り。『左伝』は「禹は会稽に於て群臣を会合し、玉帛を執りて来朝するは万国なり」といい、いわゆる玉帛を執る者は、すなわち九州以内の諸侯である。当時の制度は特に州牧を設け、また諸侯の中に賢能なる者を選びて「師」を充任せしむ:約毎一百国に一師を設け、一州に十二師あれば、則ち一州に便ち一千二百国あり。八州は共に九千六百科、其の余の四百国は王畿の内に在り。これすなわち禹の時の万国を建立するの実情である。

四月以建萬國者,明堂月令曰「立夏之日,天子親帥三公九卿大夫以迎夏於南郊,還反賞封諸侯」,蓋夏殷法也。白虎通曰「封諸侯以夏何?陽氣盛養,故封諸侯盛養賢也」。襄廿六年春秋傳曰「賞以春夏,刑以秋冬」,是慶賞封建皆以夏也。王肅聖證論亦同此說。

四月に於て万国を建立する所以は、『明堂月令』が「立夏のあの日、天子は三公九卿大夫を親率して南郊に至りて夏を迎え、朝に回るのち賞を行い侯を封ず」を講ずるが故にして、これは大概夏・商両代の旧法である。『白虎通』に言う:「何の故に夏季に於て諸侯を分封するや。夏天は陽気旺盛にして生養を主るに因り、ゆえにこの時に於て諸侯を分封し、まさに盛んに賢才を養うの義を取る。」『左伝』襄公二十六年は「賞賜は春夏に在り、刑罰は秋冬に在り」といい、これにより慶賞と封建は皆夏季に於て挙行すと見える。王粛『聖証論』もまた同じ説法を主張す。

禹成五服,與比同。說文曰:輔信也。輔成五服,此建萬國之象。比,比也,序卦文。九五孚信之德盈滿中國,四海會同,遠人賓服,此親諸侯之象也。

大禹は五服の制を完成し、『比』の義理と相合す。『説文』は「輔信なり」と訓ず——こここの処の底本は訓ずる所のあの字を脱去し、ただ訓解を存す。輔助して五服を成すは、まさに万国を建立するの象である。「比」はすなわち親比にして、『序卦』に出づ。九五の孚信の徳は中国に充盈し、四海の諸侯は会同して来朝し、遠方の人もまた来りて賓服す、これまさに諸侯を親近するの象である。

比之初六,有它吉也。注:信及非應然後吉。比之自內,不自失也。注:得位故不自失。比之匪人,不亦傷乎。注:爻失其正辰,體陰賊,故傷。外比於賢,以從上也。注:上謂五。顯比之吉,位正中也。注:謂離象明,正上中也。舍逆取順,失前禽也。注:背上六,故舍逆;據三陰,故取順;不及初,故失前禽。邑人不戒,上使中也。比之無首,無所終也。注:坤道代終,比之無首,故無所終。

『象伝』に言う:「比の初六、それ吉あるなり。」自注:誠信は正応に非ざるの爻に推及して、しかるのち始めて吉。「内より之を比す、自ら失わざるなり。」自注:六二は位を得るので、自らその正を失わず。「其の人に匪ざるを比す、亦た傷ざらんや。」自注:六三は爻位が正を失い、その爻辰はまた陰賊の気に属するので、傷を受く。「外に於て賢に比す、以て上に従うなり。」自注:「上」は九五を指す。「顕比の吉は、位は正中なり。」自注:離象の光明を指し、九五は端正にして上卦の中に居る。「逆を舍て順を取る、前禽を失うなり。」自注:上六に背离するので逆を舍つという。下面の三つの陰爻を拠有するので順を取るという。恩沢は初六に及ばざるので、前面の禽を失うという。「邑人は戒めず、上は中を使うなり。」「之を比すに首なし、終る所なきなり。」自注:坤道は乾を承奉して天に代わりて終にその事を成すは、今比相して首なきなので、もまた終る所なし。

疏:「信及」至「後吉」○此荀義也。案五爻辭云「失前禽」謂初也。三四,五所據也;二,五所應也;初在應外,故失前禽。前禽雖失,初六終來盈之孚也。王者之德不及殊俗則未至,故信及非應然後吉也。○「得位」至「自失」○桓十七年穀梁傳曰「蔡季自陳歸於蔡,自陳,陳有奉焉爾」。二得位自內,比初而外應五,正而後行事,故不自失也。

自疏に言う:「信及」より「後吉」まで○これは荀爽の説である。九五爻辞を按ずれば「前禽を失う」を講じ、所指は初六である。三・四两爻は九五の拠有する所と為り、二爻は九五の正応にして、ただ初六のみ応与の外に在るので、前禽を失うという。前禽は失うと雖も、初六は終に来りて九五の孚信を充盈せん。王者の徳は若し異俗の遠方に覆及する能わざれば、便ちなお到りて位せずと算うべし、ゆえに誠信は応に非正応の爻に推及して、しかるのち始めて吉。「得位」より「自失」まで○『穀梁伝』桓公十七年は「蔡季は陳より蔡に帰る。『陳より』と言うは、陳国が彼に対して奉戴する所有るに因る」といい、六二は位を得て内卦に居り、下に初六を親比し外に九五を応和し、先ず己を正しくしてしかるのち事を行うので、自らその正を失わず。

○「爻失」至「故傷」○此乾寳義也。翼奉封事曰「東方之情怒也,怒行陰賊,亥卯主之」,孟康注云「本生於亥,盛於卯,木性受水氣而生,貫地而出,以陰氣賊害土,故為陰賊」。坤為土,六三乙卯,坤之鬼吏,草木怒生而賊害土,故云傷也。

「爻失」より「故傷」まで○これは干宝の説である。翼奉の封事は「東方の情は怒と為り、怒れば則ち陰賊を行い、亥・卯の二辰より之を主る」といい、孟康の注:「木はもと亥に生じ、卯に盛んなり。木性は水気を承受して生じ、土地を貫穿して出で、陰気を以て土に賊害す、ゆえに陰賊と呼ぶ。」坤は土に取象し、六三の爻辰は乙卯に配し、坤の鬼吏である。草木は怒生して土気を賊害するので「傷」という。

○上謂五○繫上曰「可大則賢人之德,可久則賢人之業」,姚信注云「上賢人謂乾五,下賢人謂坤二」。乾五之坤成坎,坎五猶乾五,故稱賢。二比初,四不比三者,三匪人,故不比也。○「謂離」至「中也」○此虞義也。初三已變體重明,故謂離象明。五在上,得位居中,故正上中也。

「上は五を謂う」の一句○『繋辞上伝』は「大なる可きは則ち賢人の徳、久しき可きは則ち賢人の業」といい、姚信の注:「上の一処の賢人は乾の九五を指し、下の一処の賢人は坤の六二を指す。」乾の五は坤に入りて坎を成し、坎の五爻は仍ほ乾五と等同するので、賢と称す。六二は初六を親比するも、しかして六四は六三を親比せざるは、六三が「匪人」なるに因り、ゆえにそれと相せず。「謂離」より「中也」まで○これは虞翻の説である。初・三両爻は已に変じ、卦体は重畳して明を成すので、離象の光明という。九五は上卦に居り、位を得て中に処るので、端正にして上卦の中に居るという。

○「背上」至「前禽」○此虞義也。上六逆乘陽故稱逆,而在五後,故稱背。四三二皆順承陽而五據之,故云取順。初在應外,五不及初,故失前禽。邑人不戒,上使中也,義見上經。○「坤道」至「所終」○上為終,坤承乾而代終,以乾為首故也。今比之無首,則是無所終也。

「背上」より「前禽」まで○これは虞翻の説である。上六は逆にして陽剛に乗凌するので「逆」と称し、また九五の後に処るので「背」と称す。四・三・二の三爻は皆陽剛に順承して九五の拠有する所と為るので「順を取る」という。初六は応与の外に在り、九五の沢は初に及ばざるので「前禽を失う」という。「邑人は戒めず、上は中を使うなり」に至れば、義例は上経に見ゆ。「坤道」より「所終」まで○上爻は終と為り、坤は乾を承奉して天に代わりて終にその事を成すは、まさに乾を以て首と為すが故である。今比相して首なければ、あれは終る所なし。

風行天上,小畜。注:風者,天之命令也,今行天上則是令未下行,畜而未下,小畜之象。君子以懿文德。注:懿,美也。豫坤為文,乾為德。卦以柔畜剛,君子法之,故修美文德,積久而施自行。疏:「風者」至「之象」○此九家義也。巽為風,巽彖傳曰「重巽以申命」,故云風者天之命令也。今風行天上,則是令未行於下,畜道未成,故畜而未下。以小畜大,謂之小畜也。

『象伝』に言う:「風は天上に行く、小畜なり。」自注:風は上天の号令にして、今ただ天上に於て運行するのみは、すなわち号令はいまだ下達施行せず、蓄聚して能く下に及ばざる、これまさに小畜の象である。「君子は以て文徳を懿しくす。」自注:「懿」は美である。旁通の『豫』卦は坤を含み、坤は文と為る。乾は徳と為る。この卦は柔爻を以て剛爻を畜止し、君子はそれに取法するので、自らの文徳を修美し、積蓄既に久しければ、徳の施しは自然に通行す。自疏に言う:「風者」より「之象」まで○これは九家易の説法である。巽は風と為り、『巽』卦『彖伝』は「巽を重ねて以て命を申す」といい、ゆえに風は上天の号令という。今風は天上に於て行くは、すなわち号令は能く下に施行せざり、畜止の道はなお成就せざるなので、蓄聚して能く下に及ばずという。小なる者を以て大なる者を畜止するので、「小畜」と呼ぶ。

○「懿美」至「自行」○說文曰「懿,專久而美也」。豫坤為文,據旁通也。乾有四德,故為德,此上虞義也。四為柔,故云以柔畜剛。君子欲懐柔天下,不以武功而以文德,故云修美文德。彖傳曰「施未行也」,巽柔善入,積之久而德施於物,物無不化,故云施自行。

「懿美」より「自行」まで○『説文』は「懿は専一にして久しくして美好なり」という。「豫の坤は文と為る」は、旁通に依拠して取象す。乾は元亨利貞の四徳を具備するので、徳に取象す。以上は皆虞翻の説である。六四は柔爻なので、柔を以て剛を畜すという。君子は天下を懐柔するを要し、武功に憑らずして文徳に憑るので、文徳を修美すという。『彖伝』は「施していまだ行かれざるなり」という。巽性は柔順にして渗入に善く、積蓄既に久しければ、徳沢は便ち万物に施及し、万物はその化育を受けざるなきなので、徳の施しは自然に通行すという。

復自道,其義吉也。注:陽為吉。牽復在中,亦不自失也。注:失位變應五,故不自失。亦者,亦初也。夫妻反目,不能正室也。注:妻當在內,夫當在外,今妻乘夫而出在外,故不能正室。有孚惕出,上合志也。注:上謂五,坎為志。有孚攣如,不獨富也。既雨既處,得積載也。君子征凶,有所疑也。注:積猶畜也,坎為疑。

『象伝』に言う:「自ら道に復る、その義は吉なり。」自注:陽は吉と為る。「牽復して中に在る、もまた自ら失わざるなり。」自注:九二は位を失い、変じて上に九五に応ずるので、自ら失わず。「亦」を言うは、初九を連同して併せて言うである。「夫妻は目を反する、能く室を正しくせざるなり。」自注:妻はもと応に内に居るべく、夫はもと応に外に居るべし。今妻は夫の上に乗凌して出でて外に居るので、能く家室を整粛せず。「孚ありて惕れて出づ、上と志を合すなり。」自注:「上」は九五を指し、坎は志に取象す。「孚ありて攣如たり、独り富まざるなり。」「既に雨り既に処る、積載を得るなり。」「君子は征して凶、疑う所有るなり。」自注:「積」は猶お「畜」のごとく、坎は疑に取象す。

疏:「陽為」至「初也」○陽吉陰凶,初變為陽,是由凶而趣于吉,故其義吉也。二從旁通變,故失位,今變應五,故不自失。初既得位,二亦不失,故云亦者亦初也。○「妻當」至「正室」○桓十八年春秋傳曰「女有家,男有室」,是夫以妻為室也。白虎通曰「一夫一婦成一室」,義亦通也。男正位乎外,女正位乎內,天地之大義。今陽在內,陰在外,反其居室之道,故不能正室。夫謂豫震,妻謂小畜,即巽也。

自疏に言う:「陽為」より「初也」まで○陽は吉を主り、陰は凶を主る。初爻は変じて陽と為るは、凶よりして吉に趨るなので、その義は吉と為るという。九二は旁通の卦より変じ来たるなので位を失う。今変じて九五に応ずるので、自ら失わず。初九は既に位を得、九二もまたその正を失わざるので、「亦」は初九を連同して併せて言うという。「妻当」より「正室」まで○『左伝』桓公十八年は「女に家有り、男に室あり」といい、これにより丈夫は妻を以て室と為すと見える。『白虎通』は「一夫一婦は一室を成す」といい、義理もまた講じ通る。男子は外に於て位を正しくし、女子は内に於て位を正しくす、これは天地間の大義である。今陽は内に居り陰は外に居るは、居室の道に違反するので、能く家室を整粛せず。いわゆる「夫」は旁通の『豫』卦の震を指し、いわゆる「妻」は小畜の巽を指す。

○上謂五,坎為志○彖傳曰「剛中而志行乃亨」,剛中謂五,四五合志,乃能畜乾,故上謂五。坎為志,虞義也。○「積猶」至「為疑」○畜道至上而成,得積載者,畜道成也。畜有積義,故云積猶畜也。坎為疑,虞義也。

「上は五を謂う、坎は志と為る」の一句○『彖伝』は「剛中にして志行は乃ち亨る」といい、「剛中」は九五を指す。六四と九五は志向相合して、始めて乾陽を畜止し得るので、「上」は九五を指す。「坎は志と為る」は虞翻の説である。「積猶」より「為疑」まで○畜止の道は上爻に至りて始めて告成す、いわゆる「積載を得る」は、すなわち畜道已に成るである。「畜」はもと積聚の義を含むので、「積」は猶お「畜」のごとしという。「坎は疑と為る」もまた虞翻の説である。

上天下澤,履,君子以辯上下定民志。注:君子謂乾。天高地下,萬物散殊而禮制行,故以辯上下定民志。疏:此樂記文。乾為天,兌為澤,禮以地制,澤又卑於地,故君子法之以制禮。

『象伝』に言う:「上は天下は沢、履なり。君子は以て上下を弁じ民の志を定む。」自注:「君子」は乾を指す。天は上に在りて地は下に在り、万物は散布して各々差等あり、礼制は是に於て通行するので、上下を分辨し民心の志向を安定すという。自疏に言う:この幾句はもと『礼記・楽記』の文字である。乾は天、兑は沢である。礼は大地に取法して制定するにして、沢の地位はまた地より低きなので、君子はそれに效法して以て礼儀を制作す。

天高地下,禮者,天地之別也,故以辯上下。萬物散殊而未定,禮節民心,故以定民志。漢書敘傳曰「上天下澤,春雷奮作,先王觀象,爰制禮樂」,是說君子法履以制禮之事。

天高く地下く、礼はまさに天地尊卑の別の体現なので、能く上下を分辨す。万物は散布紛雑にしてなお安定せざるも、礼は則ち民心を節制するので、能く民志を安定す。『漢書・叙伝』は「上は天下は沢、春雷奮作し、先王は象を観て、爰に礼楽を制す」といい、講ずるはまさに君子が『履』卦に取法して礼を制するこの事である。

素履之往,獨行願也。注:初微謂之獨,震為行,使四變而己應之,故獨行願。幽人貞吉,中不自亂也。注:變之正居中應五,故不自亂。眇而視,不足以有明也。注:兩離稱明。跛而履,不足以與行也。咥人之凶,位不當也。武人為于大君,志剛也。注:剛謂乾,坎為志。愬愬終吉,志行也。注:應在初,故志行。夬履貞厲,位正當也。注:位正當故不疚。元吉在上,大有慶也。

『象伝』に言う:「素履の往く、独り愿を行くなり。」自注:初爻は幽微なので「独」と称す。震は行に取象す。九四を促使して変動せしめて自らそれと相応ずるので、独りその志愿を行くという。「幽人は貞吉、中にして自ら乱らざるなり。」自注:九二は変じて正を得、中に居りて九五に応ずるので、自ら乱れず。「眇にて視る、以て明あるに足らざるなり。」自注:須らく二つの離体有りて始めて明と称し得べし。「跛にて履る、以て行に与るに足らざるなり。」「人を咥うの凶は、位当たらざるなり。」「武人は大君に為る、志は剛なり。」自注:「剛」は乾を指し、坎は志に取象す。「愬愬として終に吉、志行くなり。」自注:九四の応爻は初九に在るので、志は施行を得る。「夬履は貞厲、位は正しく当るなり。」自注:爻位は端正当を得るので、内疚に至らず。「元吉は上に在り、大いに慶あるなり。」

疏:「初微」至「行願」○初為隱,為微,隱微於人為獨,故中庸曰「莫見乎隱,莫顯乎微,故君子慎其獨也」。初應四,四體乾,乾為誠,素質之始也。質,誠也。欲正其心者先誠其意,不誠則不能獨,故素履之往,獨行願也。

自疏に言う:「初微」より「行愿」まで○初爻は隠処に居り幽微の地に居る。隠微にして人の見る所と為らざれば便ち「独」なので、『中庸』は「隠より見ゆるは莫く、微より顕れるは莫し、ゆえに君子はその独を慎む」という。初九は上に九四に応じ、四は乾体に処り、乾は誠に取象す、これは素朴本質の開端である。「質」はすなわち誠である。その心を正しくするを要すれば、必ず先ずその意を誠にす。誠ならざれば独を慎むに致る能わず。ゆえに「素履の往く」は、まさに独りその志愿を行くである。

○「變之」至「自亂」○貞吉者,變之正而獲吉也。坎在坤中,坤為亂,之正應五,故不自亂。○兩離稱明○虞注鼎彖傳曰「有兩坎兩離乃稱聰明」,眇而視,不足以有明,一離故也。○「剛謂」至「為志」○三變應乾,故志剛。○「應在」至「志行」○應在初,初震為行,坎為志,故志行。○「位正」至「不疚」○乾履兌,兌為虎,五在乾體故厲;以剛中正,故不疚,與彖傳互相明也。

「変之」より「自乱」まで○いわゆる「貞吉」は、変じて正を得て因って吉を獲るである。坎は陥りて坤の中に在り、坤は乱に取象す。九二は変正して上に九五に応ずるので、自ら乱れず。「両離は明と称す」の一句○虞翻が『鼎』卦『彖伝』に注して「両坎両離有りて始めて聡明と称し得べし」といい、六三は「眇にて視る、以て明あるに足らず」、まさにただ一つの離体有るのみが故である。「剛謂」より「為志」まで○六三は変じて乾に応ずるので、志向は剛強という。「応在」より「志行」まで○九四の応爻は初九に在り、初九は震体に処り、震は行、坎は志なので、志は施行を得るという。「位正」より「不疚」まで○乾は上に在りて兑を踏踩し、兑は虎に取象す。九五は身を乾体に在すので危厲の戒あり。しかしそれは剛健中正を以て自ら処るので、並びに内疚なく、これは『彖伝』の義と相い発明し得べし。

天地交,泰。注:交謂二五。后以財成天地之道,輔相天地之宜,以左右民。注:坤稱後。坤富稱財。輔,以陰輔陽;相,贊也。震為左,兌為右,坤為民。言後資財用以成教,贊天地之化育以左右其民也。書曰「予欲左右有民」。疏:交謂二五○天地交而成既濟,故云交謂二五。

『象伝』に言う:「天地交わる、泰なり。」恵棟の自注:「交」は九二と六五とその位を互易するを指す。「后は以て天地の道を財成し、天地の宜を輔相し、以て民を左右す。」自注:坤は后と称す。坤は富厚を主るので「財」と称す。「輔」は陰を以て陽を輔助し、「相」は賛助である。震は左、兑は右、坤は民である。これは人君が財用に憑借して教化を成就し、天地の化育を賛助し、以てその百姓を扶助するを講ず。『尚書』は「予は有民を左右せんと欲す」という。自疏に言う:「交は二五を謂う」の一句○天地は交合して『既済』を成すので、「交」は二・五両爻を指すという。

○「坤稱」至「有民」○釋詁曰「後,君也」。坤臣道而稱後者,泰消息為闢卦,得稱後也。坤富稱財,又化成物,故曰財成。卦有比,比,輔也,故以陰輔陽也。相者贊相,故曰相贊也。震春為左,兌秋為右,坤眾為民。富之教之,所謂資財用以成教,皆贊化育為既濟之事也。書曰者,尚書皋陶謨文,是虞夏既濟時事,故引之也。

「坤称」より「有民」まで○『爾雅・釈詁』は「后とは君なり」という。坤はもと臣道に属するも、ここに於ては却って「后」と称すは、『泰』が十二消息の中に辟卦に属するに因り、ゆえに以て后と称し得べし。坤は富厚を主る故に「財」と称し、また能く化育して物を成すので「財成」という。卦中に相亲比の象あり、「比」はすなわち輔なので、陰を以て陽を輔すという。「相」は賛相なので、「相」はすなわち賛という。震は春を主りて左に居り、兑は秋を主りて右に居り、坤は衆庶にしてすなわち民である。先ず百姓をして富足せしめてしかるのち教化を加うるは、すなわちいわゆる財用に憑借して教化を成就するである。これらは皆化育を賛助して既済を成就するの事である。引く所の「書に曰く」は、『尚書・皋陶謨』の文句にして、講ずるは虞夏の既済の時の事なので、それを援引す。

拔茅征吉,志在外也。注:外謂四。苞巟得尚于中行,以光大也。注:升五體離,嚮明而治,故以光大。無平不陂,天地際也。注:位在乾極,應在坤極,天地之際。偏偏不富,皆失實也。注:坤虛故皆失實。不戒以孚,中心願也。注:中謂五,坎為心,陰性慾承,故中心願。以祉元吉,中以行願也。注:中,下中。城復於堭,其命亂也。注:初吉終亂。

『象伝』に言う:「茅を拔きて征して吉、志は外に在るなり。」自注:「外」は六四を指す。「荒を苞く、中行に尚ばるるを得る、以て光大なり。」自注:九二は五位に升りて離体を成し、光明に面向して天下を治理するので、光大という。「平なるも陂たらざるなし、天地の際なり。」自注:九三の位は乾体の極に在り、応ずる所の上六は坤体の極に在る、まさに天と地の交接の処である。「偏偏として富まず、皆実を失うなり。」自注:坤は虚と為るので、三つの陰爻は皆充実せず。「戒めずして孚を以てす、中心の愿なり。」自注:「中」は九五を指し、坎は心に取象す。陰の性情はもとより陽を承奉せんと欲するので、心中の愿う所という。「祉を以て元吉、中を以て愿を行くなり。」自注:この「中」は下卦の中を指す。「城は堭に復る、その命乱るるなり。」自注:起初は吉利にして最終に乱を致す。

疏:外謂四○此虞義也。○「升五」至「光大」○既濟五互離,故云升五體離。說卦曰「離也者,明也,聖人南面而治天下,嚮明而治,蓋取諸此」,謂取離象為明堂也。二升五為聖人,故乾鑿度以夬五為聖人。離為光,乾為大,故以光大也。

自疏に言う:「外は四を謂う」の一句○これは虞翻の説である。「升五」より「光大」まで○『既済』の五爻は互体の離の中に処るので、五位に升れば便ち離体を成すという。『説卦』は「離とは明なり。聖人は南面して天下を治め、明に向かいて治む、蓋しこれに取る」といい、指すところは離象を取りて明堂を建立すである。九二は五位に升れば便ち聖人なので、『乾鑿度』は『夬』卦の五爻を以て聖人と為す。離は光に取象し、乾は大に取象するので「光大」という。

○「位在」至「之際」○此宋衷義也。位在三,故云乾極;應在上,故云坤極。小爾雅曰「際,接也」。天與地接,猶泰與否接,故云天地際也。○「坤虛」至「失實」○陽實陰虛,坤三爻,故皆失實也。○「中謂」至「心願」○中謂五。五爻之義發於四爻者,上體以五為主也。說卦曰「坎為極心」,中心猶極心也。陰性慾承,乾鑿度文。九家易曰「乾升坤五,各得其正,陰得承陽,皆陰心之所欲」是也。

「位在」より「之际」まで○これは宋衷の説である。九三の位は下卦の上に在るので乾の極と称す。それの応ずる所の上六は上卦の末に在るので坤の極と称す。『小爾雅』は「際とは接なり」という。天と地と相接するは、まさに『泰』と『否』と相接するがごときなので「天地の際」という。「坤虚」より「失実」まで○陽は実・陰は虚と為り、坤に三つの陰爻あるので、皆充実せず。「中謂」より「心愿」まで○「中」は九五を指す。五爻の義理が却って四爻の『象伝』の裏に発出するは、上卦が五爻を以て主と為すに因る。『説卦』は「坎は極心と為る」といい、「中心」もまたすなわち極心である。「陰性は承せんと欲す」は『乾鑿度』の文句である。九家『易』は「乾は升りて坤の五位に入り、各々その正を得、陰は陽を承奉するを得、これらは皆陰心の愿う所なり」といい、まさにこの意である。

○中,下中○五降下,故中謂下中。震為行,故中以行願。上願謂二欲升五,下願謂五欲降二也。○初吉終亂○既濟彖曰「初吉終亂」,傳謂「終止則亂,其道窮也」。上為終,坤為亂,巽為命,故其命亂也。

「中とは下中」の一句○六五は下降するので、この「中」は下卦の中を指す。震は行に取象するので「中を以て愿を行く」という。上面の講ずる「愿」は、九二が五位に升らんと欲するを指す。下面の講ずる「愿」は、六五が二位に降らんと欲するを指す。「初吉終乱」の一句○『既済』卦辞は「初め吉終に乱る」といい、『彖伝』は「終止すれば則ち乱る、その道窮まるなり」と解す。上爻は終と為り、坤は乱、巽は命なので、その号令は混乱に陷入すという。

天地不交,否。注:天氣上升,地氣沈下,二氣特隔,故云否。君子以儉德辟難,不可營以祿。注:君子謂伏乾。坤吝嗇為儉,乾為德。陰消至否,坤臣弒君,故以儉德辟難。坤為營,乾為祿,坤消乾故不可營以祿也。疏:「天氣」至「雲否」○此宋衷義也。董子曰「陰猶沈也」,故地氣沈下。天上升不下降,地沈下不上升,是二氣特隔,故云否也。

『象伝』に言う:「天地交わらず、否なり。」自注:天気は上昇し、地気は下沉し、両種の気は各自隔絶するので「否」と呼ぶ。「君子は以て徳を倹め難を辟き、禄を以て営む可からざるなり。」自注:「君子」は下に潜伏する乾を指す。坤性は吝嗇なので倹と為る。乾は徳に取象す。陰気は陽を消して『否』に至り、坤臣に君を弑するの禍あるので、倹約の徳を以て患難を避けるを要す。坤は経営と為り、乾は福禄と為る。坤は乾を消蝕するので、以て禄位を謀求する可からず。自疏に言う:「天気」より「云否」まで○これは宋衷の説である。董仲舒は「陰は猶お沈」のごとしといい、ゆえに地気は下沉す。天は上昇して下降せず、地は下沉して上昇せず、両気は因って隔絶するので「否」と呼ぶ。

○「君子」至「祿也」○否下體坤,乾伏坤下,乾三為君子,故君子謂伏乾。說卦曰「坤為吝嗇」,吝嗇故儉。陰消至否,坤臣弒君,故為難,虞氏亦謂弒君之難也。乾伏坤下,隱伏之象,故以儉德辟難。文言曰「天地閉,賢人隱」,是其義也。

「君子」より「禄也」まで○『否』卦の下体は坤にして、乾は坤の下に潜伏す。乾の三爻は君子と為るので、「君子」は潜伏の乾を指すという。『説卦』は「坤は吝嗇と為る」といい、吝嗇に因りて倹約す。陰気は陽を消して『否』に至り、坤臣は君を弑す、因って患難と為る。虞翻もまたこれを弑君の難という。乾は坤の下に潜伏す、まさに隠伏の象なので、倹徳を以て難を避くという。『文言』は「天地は閉ぢ、賢人は隠る」といい、まさにこの意である。

坤為營,虞義也。說卦曰「坤為旬」,旬,十日也,經營須日,故旬營同物。詩江漢曰「來旬來宣」,鄭箋云「旬當為營」,知旬營同物也。乾為福,說文云「祿,福也」,故乾為祿。坤消乾祿,故不可營以祿,此兼用虞義。虞氏又云,營或作榮,儉或作險。

「坤は営と為る」は虞翻の説である。『説卦』は「坤は旬と為る」を講じ、一旬は十日にして、事務を経営するに時日を需要するので、「旬」と「営」はもと一回事である。『詩経・大雅・江漢』は「旬を来たり宣を来たれり」といい、鄭玄の箋注に「旬は営と作るべし」、これにより旬・営は同物と知るべし。乾は福に取象し、『説文』は「禄とは福なり」といい、ゆえに乾は禄と為る。坤は乾の福禄を消蝕するので、以て禄位を謀求する可からずという。ここは兼ねて虞翻の説法を採る。虞翻はまた指出して言う:「営」は或る本は「栄」と作り、「倹」は或る本は「険」と作る。

拔茅貞吉,志在君也。注:四變體坎為志,君謂五。大人否亨,不亂群也。注:物三稱群,謂坤三為亂,大人不從,故不亂群也。苞羞,位不當也。注:三上失位。有命無咎,志行也。注:志行於群陰。大人之吉,位正當也。注:位正當,故陰不能消乾使亡。否終則傾,何可長也。注:以陰剝陽,故不可久。

『象伝』に言う:「茅を拔きて貞吉、志は君に在るなり。」自注:四爻は一たび変ずれば便ち坎体を成し、坎は志に取象す。「君」は九五を指す。「大人は否して亨る、羣を乱らざるなり。」自注:三物を群と称し、指すところは坤の三つの陰爻は乱源である。大人はそれらに隨従せざるので、群陰と乱を同じくせず。「羞を苞く、位当たらざるなり。」自注:三と上とは皆位を失う。「命有りて咎なし、志行くなり。」自注:その志は衆陰に施行す。「大人の吉は、位は正しく当るなり。」自注:爻位は端正当を得るので、陰は能く乾陽を消蝕してそれを消亡せしめず。「否は終れば則ち傾く、何ぞ長くする可けん。」自注:陰を以て陽を剥落するので、長久する能わず。

疏:「四變」至「謂五」○應在四,四變應初,故體坎,坎為志。初與二三同類承五,故志在君。初在應外而云承五者,坤性承乾,故初曰以其,四曰離祉,是三爻皆有承乾之象,故初得承五也。○「物三」至「群也」○此虞義也。周語曰「獸三為群」,坤三爻,故云群。六三為亂,大人中正以否絶之,故云不亂群。五不亂群,故不亡也。

自疏に言う:「四変」より「謂五」まで○初六の応爻は六四に在り、四は変じて初と相応じ、因って坎体を成し、坎は志である。初六と二・三とは同じく陰類に属して共に九五を承奉するので、志は君上に在りという。初六はもと応与の外に在るも、それを五を承ると言うは、坤性がもとより乾を承るに因る、ゆえに初六爻辞は「それの匯を以てす」といい、六四爻辞は「疇は祉に離る」という——底本はこここの処の「疇」の字は生僻異体を作る、これにより三つの陰爻は皆乾を承るの象ありと見え、因って初六もまた九五を承奉し得べし。「物三」より「羣也」まで○これは虞翻の説である。『国語・周語』は「獣は三たばねて群と為る」といい、坤に三つの陰爻あるので群と称す。六三は乱源にして、大人は中正の道を守りてそれと隔絶するので、群陰と乱を同じくせずという。九五は群に乱れざるので亡びず。

○三上失位○上苞三,二爻皆失位,故云位不當也。○「志行」至「群陰」○此荀義也。四以五命據三陰,陰皆麗乾之福,是志行於群陰也。○「位正」至「使亡」○荀註文言曰「存謂五,為陽位;亡謂上,為陰位」。以九居五得正得中,陰繫於陽,故不能消乾使亡也。○「以陰」至「可久」○此虞義也。陰剝於上則陽復於下,故不可久。

「三上は位を失う」の一句○上九は六三を包容し、この両爻は皆位を失うので、爻位は当たらずという。「志行」より「羣陰」まで○これは荀爽の説である。九四は九五の命を奉じて三つの陰爻を拠有し、衆陰は皆乾に附麗してその福を受く、これすなわち志は群陰に行くである。「位正」より「使亡」まで○荀爽が『文言』に注して「『存』は九五を指し、あれは陽位である。『亡』は上九を指し、あれは陰位である」という。陽爻を以て五位に居り、既に正を得また中を得、陰は陽に係属するので、能く乾陽を消蝕してそれを消亡せしめず。「以陰」より「可久」まで○これは虞翻の説である。陰は上に剥落すれば、陽は便ち下に復生するので、長久する能わず。

天與火,同人。君子以類族辯物。注:族,姓;辯,別,物姓之同異也。君子謂乾,乾為族。天火同性,二五相應,男女辯姓,故以類族辯物。疏:族姓者,戰國策曰「昔者曾子處費,費人有與曾子同名族者」,注云「族,姓也」。襄三十一年春秋傳曰「辯於大夫之族姓班位」,故知族為姓也。辯別,虞義也。同姓則同德,異姓則異德,故云物姓之同異也。

『象伝』に言う:「天と火、同人なり。君子は以て族を類し物を弁ず。」自注:「族」はすなわち姓、「弁」はすなわち別、すなわち物類と姓氏の同異を分辨す。「君子」は乾を指し、乾は族に取象す。天と火とは性質相同じく、六二と九五は相応じ、男女は須らく姓氏を辨別すべし、ゆえに「族を類し物を弁ず」という。自疏に言う:いわゆる族はすなわち姓、『戦国策』は「昔曽子は費の地に住み、費地に曽子と名を同じくし族を同じくする人有り」といい、注:「族とは姓なり。」『左伝』襄公三十一年は「大夫の族姓班位を明辨す」といい、これにより「族」はすなわち姓と知るべし。「弁」を別と訓ずるは、虞翻の説である。同姓なれば則ち同徳、異姓なれば則ち異徳なので、物類と姓氏の同異を講ずという。

君子謂乾,乾為族,虞義也。族有九,九者乾陽之數,故知乾為族類。聚九族而辯姓之同異,以厚別也。所以然者,以卦名同人,天火同性,性姓同物,二陰五陽,有昏冓之道,同德合義不合姓,故以類族辯姓也。男女辯姓,襄二十八年春秋傳文。

「君子は乾を謂う、乾は族と為る」は、虞翻の説である。族に九族の数あり、九は乾陽の数なので、乾が族類に取象すと知る。九族を聚合して姓氏の同異を辨別するは、以て婚姻の別を厳守せんとす。かくのごとき所以は、卦名を「同人」と呼ぶに因る:天と火とは同性、「性」と「姓」とはもと一物である。六二は陰・九五は陽にして、婚配の道あり、しかして婚配は同徳合義を講究して同姓を合せず、ゆえに「族を類し姓を弁ず」という。「男女は姓を弁ず」の一語は『左伝』襄公二十八年に出づ。

出門同人,又誰咎也。同人于宗,吝道也。注:取同姓犯誅絶之罪,故吝道。伏戎于莽,敵剛也;三歲不興,安行也。注:與上敵應,故敵剛;上不應三,故安行。乘其庸,義弗克也;其吉,則困而反則也。注:初得正,故義弗克。則,法也,變之正,是困而反則也。同人之先,以中直也;大師相遇,言相剋也。注:中直謂五,二五同心,故相剋。同人于郊,志未得也。注:坎為志,失位故志未得。

『象伝』に言う:「門を出でて同人す、また誰の咎あらん。宗に同人するは、吝の道なり。」自注:同姓の女を娶るは誅絶の罪を犯触するので、羞吝すべきの道である。「戎を莽に伏す、剛に敵するなり。三歳興らず、安行なり。」自注:九三と上九は敵応するので「剛に敵す」という。上九は九三に応ぜざるので、安然にして動かずという。「その庸に乘る、義は克たざるなり。その吉は、則ち困にして則に反るなり。」自注:初九は正を得るので、九四は義に於て取勝する能わず。「則」は法度である。九四は変じて正を得るは、すなわち困窮して法度に返帰す。「同人の先は、以て中直なり。大師は相遇う、相克を言うなり。」自注:「中直」は九五を指す。二と五とは心を同じくするので、能く相克制す。「郊に同人する、志いまだ得ざるなり。」自注:坎は志に取象し、上九は位を失うので、志愿はいまだ遂げず。

疏:「取同」至「吝道」○此許慎義也。慎又云「言五屬之內禽獸行乃當絶也」。○「與上」至「安行」○三上皆剛,故曰敵剛。釋詁曰「敵,應當也」,敵剛謂所應者剛,故伏戎于莽也。艮彖傳曰「上下敵應」,兩陽兩陰稱為敵應。或謂敵剛為敵五,非也。楚語曰「自敵以下則有讎」,韋昭云「敵,敵體」。五為君,不可為敵,且五非應也。三上敵剛,上不應三,三無所往,故云安行也。

自疏に言う:「取同」より「吝道」まで○これは許慎の説である。許慎はまた「これは五服親属の内に通婚すれば便ち禽獣の行を講じ、理応断絶すべし」という。「与上」より「安行」まで○三と上とは皆陽剛なので「剛に敵す」という。『爾雅・釈詁』は「敵とは当たるなり」という。「剛に敵す」は応ずる所の爻が剛なるを講ずるなので、草莽に伏兵するの象あり。『艮』卦『彖伝』は「上下敵応す」といい、両陽は相対し両陰は相対すれば便ち敵応と称す。或る人は「剛に敵す」を九五と敵を為すと解す、これは錯りである:『国語・楚語』は「敵体以下に自りて始めて仇讐あり」といい、韋昭の注に「敵はすなわち敵体」。九五は君にして、それと敵を為す可からず、況んや五はもとより三の応爻に非ず。三と上とは敵剛にして、上はまた三に応ぜず、三に往く可き処なきので、安然にして動かずという。

○「初得」至「則也」○四欲攻初,初正而四不正,故云義弗克。春秋文十四年穀梁傳曰「弗克納,弗克其義也」,範寗注云「非力不足,義不可勝」,與傳義合。則,法也,釋詁文。韋昭注晉語曰「謀不中為困」。四欲攻初,以不義而止,故困。變之正承五應初,是困而反歸於法,故吉。文言曰「乾元用九乃見天則」,六爻皆正為天則,故爻不正而反於正謂之反則也。

「初得」より「則也」まで○九四は初九を攻打せんと欲す、初九は正を得て九四は正しからず、ゆえに義に於て取勝する能わずという。『穀梁伝』文公十四年は「克ち納れず、これ義に於て勝つ能わざるなり」といい、范甯の注に「並びに力量不足に非ず、しかして道義の上に取勝する可からざるなり」、『伝』の義と相合す。「則」は法と訓じ、『爾雅・釈詁』に出づ。韋昭が『国語・晋語』に注して「謀劃は中道に合せざればすなわち困」という。九四は初九を攻打せんと欲し、義に合せざるに因りて中止す、ゆえに困である。一たび変じて正を得、上は九五を承り下は初九に応ず、これすなわち困窮して法度に返帰するなので、吉を得る。『文言』は「乾元は九を用い、乃ち天則を見る」といい、六爻は皆正を得れば便ち天則なので、爻位が正しからずして正に回帰するを、「則に反る」と呼ぶ。

○「中直」至「相剋」○五得中又體乾,乾為直,故中直謂五。繫上釋此爻曰「同心之言其臭如蘭」,乾為言,二五同德,同德合義,故相剋也。○「坎為」至「未得」○上失位,不與三同志,故志未得也。

「中直」より「相克」まで○九五は既に中位を得、また身を乾体に処り、乾は直に取象するので、「中直」は九五を指す。『繋辞上伝』はこの一爻を解釈して「心を同じくするの言は、その臭は蘭のごとし」という。乾は言に取象し、二と五とは徳を同じくし、同徳なれば便ち義に合するので、能く相克制す。「坎為」より「未得」まで○上九は位を失い、能く九三とその志向を同じくせざるので、志愿はいまだ遂げずという。

火在天上,大有。君子以遏惡揚善,順天休命。注:君子謂二。遏,絶;揚,舉也。乾為揚善,坤為遏惡,為順。以乾滅坤,體夬,揚于王庭,故遏惡揚善。乾為天,為休。二變時巽為命,故順天休命。

『象伝』に言う:「火は天上に在り、大有なり。君子は以て悪を遏め善を揚げ、天に順いて命を休す。」恵棟の自注:「君子」は九二を指す。「遏」は断絶、「揚」は挙揚である。乾は善を揚ぐるに取象し、坤は悪を遏むるに取象し、また順と為る。乾を以て坤を滅除し、卦体は『夬』を成して「王庭に揚ぐ」の義あるので、悪を遏止して善を表彰すという。乾は天、また美と為る。九二は一たび変ずれば、その時巽を成し、巽は命に取象するので、上天の美善の命令に順承すという。

疏:此虞義也。二失位變之正陰得位為君子,故君子謂二。初至五體夬,夬本坤世。乾為善,坤為惡,揚于王庭,以乾滅坤,故遏惡揚善。乾為美,休,美也,故乾為休。二變體巽,巽為命,坤為順,故順天休命也。

自疏に言う:これは虞翻の説である。九二は位を失い、変じて正を得、陰爻はその位を得れば便ち君子なので、「君子」は二爻を指すという。初爻より五爻まで互体に『夬』を成し、しかして『夬』はもと坤宮の世卦に属す。乾は善、坤は悪と為る。『夬』は「王庭に揚ぐ」を講じ、乾を以て坤を滅除するので、悪を遏め善を揚ぐという。乾は美に取象し、「休」はまさに美なので、乾は休と為る。九二は一たび変ずれば便ち巽体を成し、巽は命、坤は順なので「天に順いて命を休す」という。

大有初九,無交害也。大轝以載,積中不敗也。注:中謂二,車僨曰敗。公用享于天子,小人害也。匪其尩無咎,明辯折也。注:折之離,故明辯折。厥孚交如,信以發志也。注:乾為信,四上變坎為志,五發孚二,故信以發志。威如之吉,易而無備也。注:離為備,二五易位,離體壞,乾威鎮物,故無備。大有上吉,自天右也。注:吉,吉禮。

『象伝』に言う:「大有の初九、交害なきなり。」「大輿以て載る、中に積めば敗れざるなり。」自注:「中」は九二を指す。車子の翻覆するを「敗」と呼ぶ。「公は用いて天子に享す、小人は害なり。」「その尩に匪ざれば咎なし、明かに辨折するなり。」自注:爻は変じて離を成すので、明察して能く決断すという。「その孚は交如たり、信を以て志を発するなり。」自注:乾は信に取象す。四・上両爻は一たび変ずれば、五は便ち坎体に処り、坎は志に取象す。九五は発動して九二と相孚するので、誠信を以てその志を啓発すという。「威如の吉は、易にして備なきなり。」自注:離は戦備に取象す。二・五はその位を互易し、離体は破壊し、乾の威厳は足りて万物を鎮服するので、必ずしも設防せず。「大有の上吉は、天より右するなり。」自注:この「吉」は吉礼を指す。

疏:「中謂」至「曰敗」○二下中,故中謂二。比坤為大轝,乾來積上,二為中,故積中不敗。僖九年春秋傳曰「涉河侯車敗」,隱三年春秋傳曰「鄭伯之車僨於濟」,故知車僨曰敗。五降二,坤厚載物,故不敗也。

自疏に言う:「中謂」より「曰敗」まで○九二は下卦の中に居るので、「中」は二爻を指す。『比』卦に坤あり、坤は大車に取象す。乾は下より自り来りて上に積聚し、二はその中に居るので、中に積載して傾覆せずという。『左伝』僖公九年は「河を渉り、侯の車敗る」を記し、隠公三年は「鄭伯の車は済に僨る」を記す、これにより車子の翻覆するを「敗」と呼ぶと知るべし。九五は二位に下降し、坤徳は深厚にして能く物を載るので、傾覆せず。

○「折之」至「辯折」○此虞義也。變體離,說卦云「離為折上槁」,故云折之離。離為明,故明辯折也。折本今作晢,從日折聲,古文通。折音制,與志協也。○「乾為」至「發志」○漢書杜欽對策曰「天道貴信」,二升五體乾,故乾為信。四上變五體坎,故坎為志。發者變動,五失位發而孚二,故信以發志也。

「折之」より「辨折」まで○これは虞翻の説である。爻は変じて離体を成し、『説卦』は「離は上の槁を折ると為る」といい、ゆえに変じて離を成したという。離は明に取象するので、明察して能く決断すという。「折」の字は今本は「晢」と写作し、日より従い折は声、古文中は二字は相通ず。「折」は「制」と読み、「志」と協韻す。「乾為」より「発志」まで○『漢書』の載する杜欽の対策は「天道は信を貴ぶ」といい、九二は五位に升りて乾体を成すので、乾は信に取象す。四・上両爻は一たび変ずれば、五は便ち坎体に処るので、坎は志に取象す。「発」は変動の義である。九五は位を失いて発動して九二と相孚するので、誠信を以てその志を啓発すという。

○「離為」至「無備」○備謂戰備也。離為甲冑,為戈兵,故為備。以備為戰備者,經曰威如,傳曰無備。昭二十三年春秋傳曰「去備薄威」,尉繚子曰「兵有去備徹威而勝者以有法」,故知備為戰備也。五之威,道德之威也。鹽鐡論文學曰「德盛則備寡」,故無備。

「離為」より「无備」まで○こここの「備」は戦備を指す。離は甲冑・戈兵に取象するので備と為る。それを戦備と断定するは、爻辞が「威如」を言いて『象伝』が「備なし」を言うに因る。『左伝』昭公二十三年は「備を去り威を薄めよ」といい、『尉繚子』は「兵を用うるに戒備を撤去し威勢を減損して仍ほ能く勝つ有り、法度あるに因る」といい、これにより「備」は戦備を指すと知るべし。九五の威は、道徳の威である。『塩鉄論・文学』は「徳行は盛大なれば則ち戒備は少なし」といい、ゆえに「備なし」という。

董子曰:「冠之在首,玄武之象也。玄武者,貌之最嚴有威者也。其象在後,其服反居首,武之至而不用矣。夫執介冑而後能拒敵者,非聖人之所貴也。君子顯之於服而勇武者消其志於貌也矣。」威如之吉,易而無備,亦此義也。易音亦。○吉,吉禮○上為宗廟,祭禮稱吉,故云吉吉禮。

董仲舒に言う:「冠は頭上に戴くは、玄武の象なり。玄武は相貌最も荘厳にして威有るである。その方位はもと後方に在り、その服飾は反って頭上に戴く、これは武力が極に至りて並びに動用せざるを表示す。凡そ甲を披き冑を戴きて始めて敵人を抵御し得るは、並びに聖人の看重する所に非ず。君子は武を冠服の上に顕示せば、勇武の人は便ち容貌の間に争闘の志を消解す。」「威如の吉は、易にして備なし」もまたまさにこの意である。「易」は「亦」と読む。「吉は吉礼」の一句○上爻は宗廟の位にして、祭祀の礼は吉礼と称すので、この「吉」は吉礼を指すという。

周易述巻十一 元和恵棟撰

象上伝

地中有山,嗛。君子以捊多益寡,稱物平施。注:君子謂三。捊,取也。艮為多,坤為寡,乾為物,為施,坎為平。乾盈益嗛,故以捊多益寡,稱物平施。疏:此虞義也。彖辭君子指三,故知君子為三。說文曰「捊,引取也」,鄭荀董遇蜀才皆訓為取,故云捊取也。俗作裒,釋詁曰「裒,多也」,裒訓多,不得雲裒多,俗本訛耳。

『象伝』に「地中に山あり、謙(けん)。君子は多きを取りて寡なきを益し、物をはかりて施しを平らかにす」とある。自注では「君子」は九三を指す。「捊(ほう)」は取ることである。艮は象として「多」を取り、坤は「寡」を取り、乾は「物」・また「施」を取り、坎は「平」を取る。乾の盈満が謙を補益するので、余分を取って不足を益し、物をはかって均しく施すという。自疏では、これは虞翻(ぐはん)の説である。『彖辞』の「君子」は九三を指すので、ここでも君子は三爻と分かる。『説文』に「捊は引き取るなり」とあり、鄭玄・荀爽・董遇・蜀才は皆「取」と訓じるので、「捊」はすなわち取である。俗本は「裒」と作るが、『爾雅・釈詁』に「裒は多なり」とあり、「裒」がすでに「多」と訓じられる以上「裒多」とは言えない。これで俗本が誤りと分かる。

上九艮爻,艮為多節,故云多。坤陰小,故為寡。乾純粹精,故為物。陽主施,故為施。坎為水,水性平,故為平。以乾之上九益嗛,故云乾盈益嗛。捊艮之多以益坤寡,故以捊多益寡稱物平施也。

上九は艮の爻であり、艮は枝節が多いので「多」の象を取る。坤は陰に属して小さいので「寡」となる。乾は純粋精一なので「物」となる。陽は施与を主るので「施」となる。坎は水で水性は平らかなので「平」となる。乾の上九をもって謙を補益するので「乾の盈満が謙を益す」といい、艮の余分を取って坤の不足を補うので「多きを取り寡なきを益し、物をはかりて施しを平らかにす」という。

嗛嗛君子,卑以自牧也。注:牧,養也,養成嗛德。鳴嗛貞吉,中心得也。注:三升五,體坎亟心與二相得。勞嗛君子,萬民服也。注:上居五位,群陰順陽,故萬民服。無不利撝嗛,不違則也。注:陰撝上陽,不違法則。利用侵伐,征不服也。注:不服謂五。鳴嗛,志未得也;可用行師,征邑國也。注:三升五故志未得,唯可從征耳。

『象伝』に「謙謙たる君子は、卑しんでもって自らを牧するなり」とある。自注:「牧」は養うことで、謙の徳を養い成すという義。「鳴謙貞吉は中心得るなり」とある。自注:九三が五位に升り、坎体に処りて中心の位に当たり、六二と相得る。「労謙たる君子には万民服す」とある。自注:陽が升りて五位に居り、衆陰が陽剛に順うので万民が帰服する。「利あらざるなき撝謙は則に違わざるなり」とある。自注:陰爻が上の陽爻を指揮しても法則に違わない。「用いるに侵伐に利ありとは不服を征するなり」とある。自注:ここでいう「不服」は六五を指す。「鳴謙は志未だ得ざるなり。用いて行師すべきは邑国を征するなり」とある。自注:九三がまだ五位に升るのを待つので志願が遂げられていないといい、征伐に随従するにすぎない。

疏:「牧養」至「嗛德」○牧養,九家義也。三之五初體坤,故為卑。變之正體頤,為養。凡爻失位,皆須學問以養成之而在嗛家,故云嗛德。韓嬰曰「夫易有一道焉,大足以治天下,中足以安家國,近足以守其身者,其唯嗛德乎」,是其義也。

自疏:「牧養」から「謙徳」まで○「牧」を「養」と訓じるのは九家易の説。九三が五位に升ると初爻以上が坤体を成すので「卑」の象を取り、変じて正を得れば『頤(い)』体を成し、頤はまさに養である。およそ位を失った爻は皆学問によって養い育てて正に帰らせる必要があり、ここではまた『謙』卦の中に身を置くので「謙徳」と称する。韓嬰が「易に一つの道あり。大きくは天下を治め、中ほどには家国を安んじ、近くはその身を守ることができるものは、たぶん謙の徳であろう」と言ったのはまさにこの意である。

○「三升」至「相得」○二在下中而正應五,三升五,五為上中體坎亟心。亟,中也,與二相得,故中心得也。○「上居」至「民服」○此荀義也。人道惡盈而好嗛,三居五位,克當民心,坤為民,故萬民服。荀氏謂眾陰皆欲撝陽,上居五位是群陰順陽之事也。

「三升」から「相得」まで○六二は下卦の中に居りて六五と正応する。九三が五位に升ると、五は上卦の中で坎体に処りて「亟心」となる。「亟」はすなわち中であり、六二と相得るので「中心得る」と言う。「上居」から「民服」まで○これは荀爽の説。人情は盈満を憎み謙遜を好むので、九三が五位に居ればまさに民心にかなう。坤は民の象を取るので「万民服す」という。荀爽は、衆陰が皆陽爻を指揮しようとするところ、陽が升りて五位に居るのはまさに群陰が陽剛に順う事であると見る。

○「陰撝」至「法則」○此九家義也。凡爻之正而得位者皆曰則,故文言曰「乾元用九乃見天則」,同人九四曰「其吉則困而反則」是也。眾陰皆欲撝三陽,上居五得正得中,故云不違法則。

「陰撝」から「法則」まで○これは九家易の説。およそ爻が変じて正を得て各々その位に当たるものを皆「則」と言う。だから『文言』に「乾元は九を用いて乃ち天則を見る」とあり、『同人』九四の『象伝』に「その吉は困みて則に反る」とあるのがその例証である。衆陰が皆九三の一陽爻を指揮しようとするが、陽が升りて五位に居りて正を得中を得ているので「法則に違わず」と言う。

○不服謂五○此荀義也。五失位,故知不服謂五。征之為言正也,三侵伐以正五,故云征不服也。○「三升」至「徵耳」○上應三,三升五而上乘之,故志未得。九家謂雖應不承是也。三來征坤之邑國而上從之則利,故云唯可從征耳。

「不服は五を謂う」の一句○これは荀爽の説。六五は位を失っているので「不服」が五爻を指すと知れる。「征」の義はすなわち「正」であり、九三が侵伐をもって五位を正すので「不服を征する」と言う。「三升」から「征耳」まで○上六は九三と相応するが、九三が五位に升ろうとするのを上六がその上に乗凌するので「志願未だ遂げず」と言う。九家易に「相応あれども承奉を肯んぜず」とあるのがまさにこの意。九三が坤の象する邑国を征伐に来るとき、上六がこれに随従すれば利があるので「征伐に随従するにすぎない」と言う。

雷出地奮豫,先王以作樂崇德,殷薦之上帝,以配祖考。注:奮,動也。雷動於地上,萬物乃豫也。崇,充;殷,盛;薦,進也。上帝,天也。以配祖,禘郊也;以配考,祖宗也。豫消息在卯,中和之象。先王建之作樂以充其德,用盛樂薦上帝以配祖考而降神也。

『象伝』に「雷地に出でて奮う、豫(よ)。先王は以て楽を作り徳を崇め、殷(いん)にもってこれを上帝に薦め、以て祖考に配す」とある。自注:「奮」は動で、雷が地の上に震動すれば万物はここに欣悦する。「崇」は充実、「殷」は盛大、「薦」は進献であり、「上帝」はすなわち天。「以て祖に配す」は禘祭と郊祭を指し、「以て考に配す」は祖祭と宗祭を指す。『豫』は消息卦気において卯の位に当たり、中和の象である。先王は中和の極を建て、楽を作ってその徳を充実させ、盛大な楽をもって上帝に進献し、祖考を配享して神明を招降したのである。

疏:周頌時邁曰「薄言振之」,薛君章句云「振猶奮也」,振與震通。說卦云「震,動也」,震有奮義,故云奮動。雷動於地上,養長華實,發揚隱伏,萬物莫不被盛陽之德,故云萬物乃豫也。崇充,釋詁文。儀禮鄉飲酒禮云「崇酒」,尚書酒誥云「崇飲」,鄭氏皆訓為充,故云崇充也。

自疏:『詩経・周頌・時邁』に「薄く言にこれを振す」とあり、薛君の『章句』に「振は奮のごとし」と言う。「振」は「震」と通じる。『説卦』に「震は動なり」とあり、震は奮発の義を含むので「奮」はすなわち動である。雷が地の上に震動し、花果を養い潜蔵するものを発揚するので、万物は盛陽の徳を蒙らないものはなく、「万物ここに欣悦す」という。「崇」を「充」と訓じるのは『爾雅・釈詁』に出る。『儀礼・郷飲酒礼』に「酒を崇む」、『尚書・酒誥』に「飲を崇む」とあり、鄭玄は皆「充」と訓じるので「崇」はすなわち充である。

說文曰「殷,作樂之盛稱」,尚書洛誥「肇稱殷禮」,亦謂盛禮,故知殷為盛。文二年公羊傳云「五年而再殷祭」,禘,大祭,故稱殷祭。魯禘不配天,亦稱殷祭者,得用禘禮禘樂故也。周禮庖人曰「與其薦羞之物」,鄭注云「薦亦進也」,此殷薦者謂薦盛樂,非薦羞也。

『説文』に「殷は楽声の盛大なる称」とあり、『尚書・洛誥』に「まさに殷礼を称す」とあるのも盛大の礼を指すので、「殷」が「盛」と訓じられると知れる。『公羊伝』文公二年に「五年のうちに再び殷祭を行う」とある。禘は大祭なので殷祭と称する。魯の禘祭は天に配することはないが、それでも殷祭と称するのは禘礼・禘楽を用いることができたからである。『周礼・庖人』に「その薦羞の物を与る」とあり、鄭玄の注に「薦は進献なり」とある。ここの「殷薦」は盛大な楽を進献することを指し、食饌を進献するのではない。

知上帝為天者,孝經孔子曰「昔者周公郊祀后稷以配天,宗祀文王於明堂以配上帝」,鄭稱注云「上帝者,天之別名也,神無二主,故異其處避后稷」,是上帝為天也,以上皆鄭義也。以配祖,謂如嚳遠祖稷始祖,故云禘郊也。以配考謂如祖文王,宗武王,故云祖宗也。祭法,高祖以下皆稱考,故知文王亦蒙考之名也。

「上帝」を天と断定する根拠は、『孝経』に載る孔子の言葉「昔、周公は郊において后稷を祀りて天に配し、明堂において文王を宗祀して上帝に配した」で、鄭玄の注に「上帝は天の別名。神に二つの主なし、ゆえに名号と祭所を変えたのは后稷を避けるためである」とある。これで上帝が天であると分かる。以上は皆鄭玄の説である。「以て祖に配す」とは、帝嚳を遠祖とし后稷を始祖とするように配享することを指すので禘祭と郊祭と言い、「以て考に配す」とは文王を祖とし武王を宗とするように尊んで配享することを指すので祖祭と宗祭と言う。『礼記・祭法』では高祖以下は皆「考」と称するので、文王も「考」の称を蒙りうると知れる。

禘郊祖宗皆配天之祭,郊於南郊,禘祖宗皆於明堂,其禮始於虞,三代因之而不易。傳謂先王蓋夏商之王也。孟喜卦氣圖豫消息在二月中,故云在卯。三統曆曰「春為陽中,萬物以生;秋為陰中,萬物以成」,事舉其中,禮取其和,故曰中和之象。漢兒寛曰「唯天子建中和之極,兼總條貫,金聲而玉振之」,故云先王建之,謂建中和之極作樂以充其德,即謂中和之德也。

禘・郊・祖・宗はいずれも天に配する祭である。郊祭は南郊で行い、禘祭と祖・宗の祭はいずれも明堂で行う。この礼制は虞舜の世に起こり、夏・商・周三代に沿襲されて改まらなかった。『象伝』の言う「先王」はおそらく夏・商二代の君王を指す。孟喜の『卦気図』は『豫』の消息を二月の中に定めるので卯の位に当たると言う。『三統暦』に「春は陽の中で万物ここより生じ、秋は陰の中で万物ここより成る」とあり、行事はその中を取り、礼を制するにはその和を取るので中和の象という。漢代の児寛が「ただ天子のみが中和の準則を建て、綱紀条貫を総攬して金声にして玉振する」と言ったので「先王これを建つ」と言い、中和の極を建て、楽を作ってその徳を充実すること、すなわちいわゆる中和の徳である。

禘及郊宗石室,郊及百神,祖宗之祀,四海助祭,又謂之大饗,皆推祖以配天,禮之極盛者,故云用盛樂薦上帝雲。以配祖考而降神者,如周禮大司樂「郊樂六變而天神降,社樂八變而地祇出,禘樂九變而人鬼可得而禮」是也。以虞義言之,動初至三,乾為先王,為崇德,震為音為樂,故以作樂崇德。震為帝而在乾天上。

禘祭および郊宗石室の祭・百神に遍く及ぶ祭・祖宗の祀りには四海の諸侯が皆助祭に来るのでまた「大饗」と称し、いずれも先祖を推尊して天に配享するもので、礼の中で最も隆盛である。だから盛大な楽をもって上帝に進献するという。「以て祖考に配して神を降す」については、『周礼・大司楽』の言う「郊楽は六変を奏して天神降り、社楽は八変を奏して地祇出で、禘楽は九変を奏して人鬼礼をもって接しうる」のごとし。虞翻の取象に従って言えば、初爻から三爻が変動し、乾は象として先王・崇徳を取り、震は音・楽を取るので「楽を作り徳を崇む」と言う。震はまた帝の象を取り、それがまさに乾天の上に処る。

故稱上帝。坤為死,小畜乾伏坤下,稱祖考,故「殷薦之上帝,以配祖考」。其薦上帝而配祖考也。離為南,乾為郊,南郊之象。離嚮明而治,為明堂。四復初,十一月郊時也;小畜,四月禘時也。

だから『豫』卦の大象に「上帝」と称する。坤は取象において死喪を主る。『小畜』一卦の乾体が坤の下に潜伏し、まさに「祖考」の象に合するので、経文に「殷にもってこれを上帝に薦め、以て祖考に配す」とある——盛大な楽舞を上帝に進献すると同時に祖先をもって配享するのである。この二句が言うのはまさに上帝に薦享して祖考を配祭する事である。離は南方に居り、乾は国都の外の郊野で、両者が合して「南郊」の象を成す。離はまた「明に向かいて治む」の義を含むので明堂に取られる。豫卦の九四が初位に帰るのは、まさに十一月冬至に南郊で天を祭る時節に当たる。『小畜』は四月に当たり、宗廟で禘祭を行う時節である。

初六鳴豫,志窮凶也。注:初在豫家而獨應四,樂不可極,故志窮凶。不終日貞吉,以中正也。注:中謂二,正謂四復初。盱豫有悔,位不當也。注:變之正則無咎。由豫大有得,志大行也。注:陽稱大,坎為志,震為行,故志大行。六五貞疾,乘剛也;恆不死,中未亡也。注:乘剛故疾,五為陽位故中未亡。冥豫在上,何可長也。注:利三之正。

『豫』卦『小象伝』の逐爻の解説:初六「鳴豫」とは心志が窮極して凶を生ずること。恵棟の自注:初六は逸楽をもって卦を立てる『豫』の中に身を処し、また単独で九四と相応するので、歓楽は極めてはならず、心志窮極して凶を生ずるという。六二「終日せず貞吉」とは中に居りて正を得るによる。自注:「中」は六二自身を指し、「正」は九四が初位に回落した後に各爻が各々その正を得ることを指す。六三「盱豫悔あり」とは爻位が当たらざるによる。自注:六三が変じて正に帰れば過ちはない。九四「由豫大いに得あり」とは心志が大いに行われること。自注:陽爻を「大」と称し、九四の処る坎体は心志を象り、震体は行動を象るので心志大行という。六五「貞疾」とは九四という剛爻の上に凌乗するがゆえであり、「恒に死せず」にして「中未だ亡びず」とは居中の徳が失われていないことを言う。自注:剛に乗るので疾を生じ、五はもともと陽位に属するので居中の徳は亡びていないという。上六「冥豫上にあり」、どうして久しかるべけんや。自注:六三を正位に戻すべきである。

疏:「初在」至「窮凶」○《傳》凡言窮皆指上。豫之窮凶不在上而反在初者,以初在逸樂之家,獨與四應,志得而鳴,極豫盡樂,故志窮凶也。「樂不可極」,《曲禮》文。○「中謂」至「復初」○二得位得中,故中謂二。四不正,復初得正,故正謂四。四復初而二休之,故中正謂兩爻。○「變之」至「無咎」○上六「成有渝無咎」指三,以三不當位故有悔,變之正則無咎也。

恵棟の自疏はまず疏する注文の起訖を標出する——「初在」から「窮凶」までの一段:『小象伝』がおよそ「窮」を言うときは通常上爻を指す。『豫』卦の「窮凶」が上爻に落ちずかえって初爻に落ちるのは、初六が逸楽の卦に身を処し、また単独で九四と相応して志満意得して鳴き声に形すので、歓楽を尽頭に推してしまい、心志窮極して凶という。「楽極むべからず」の語は『礼記・曲礼』に出る。疏する「中謂」から「復初」までの一段:六二は陰をもって陰に居り位を得、また下卦の中に居るので「中」は六二を指す。九四は陽をもって陰に居りて正ならず、初位に回落して初めて正を得るので「正」は九四を指す。九四が初位に復帰し六二がこれを休止するので、「中正」の二字はこの二爻を兼ねて指す。疏する「変之」から「无咎」までの一段:上六の爻辞「成せば渝りあれど咎なし」は実は六三を指し、六三は爻位が当たらないので悔があり、変じて正に帰れば過ちはない。

○「陽稱」至「大行」○四陽爻,故稱大。四體坎,坎為志;又體震,震為行,故志大行。《彖傳》「剛應而志行」是也。○「乘剛」至「未亡」○五乘坎剛,坎為疾,故貞疾。《文言》曰:「知存而不知亡。」荀注云:「存謂五,為陽位;亡謂上,為陰位。」五陽位又居中,故云中未亡也。○「利三之正」○冥豫在上,無應而下交瀆也,故不可長;三之正,上得所應,則可長矣。

疏する「陽称」から「大行」までの一段:九四は陽爻なので「大」と称す。九四は坎体の中に処り坎は心志を象り、また震体の中に処り震は行動を象るので心志大行という。『彖伝』のいわゆる「剛応して志行る」がまさにこの意。疏する「乗剛」から「未亡」までの一段:六五は坎体の剛爻の上に凌乗し、坎はまた疾病を主るので爻辞に「貞疾」と言う。『乾・文言』に「存を知りて亡を知らず」とあり、荀爽は「存は第五位を指しそれは陽位、亡は上位を指しそれは陰位」と注解する。六五はもともと陽位に属しまた上卦の中に居るので居中の徳はまだ亡びていないという。疏する「利三之正」の一句:上六「冥豫」は卦の頂に高踞し、正応もなく下に交接して褻に流れるので久しくあらず。ただ六三が正位に変じ戻れば、上六は相応の爻を得て久しくありうる。

澤中有雷,隨,君子以鄉晦入宴息。注:君子謂乾上。宴,安;息,止也。坤為晦,為安;巽為入,艮為止。上來入坤,故以鄉晦入宴息。疏:《乾鑿度》乾上九為庸人,今雲君子者,以其居初得位,故稱君子。宴與燕通,《詩·北山》曰:「或燕燕居息。」毛傳云:「燕燕,安息貌。」故知宴為安也。陽在內稱宴息者,休息與止同義,故云息止也。坤為晦,為安;巽為入,艮為止,義具上經疏。以乾居坤,故鄉晦;互有巽艮,故入宴息也。

『随(ずい)』卦の大象:「沢中に雷あり、随。君子は以て晦に郷(むか)りて入りて宴息す」。恵棟の自注:ここの「君子」は乾卦の上爻を指す。「宴」は安らか、「息」は止まること。坤は晦冥・安寧を象り、巽は入るを象り、艮は止まるを象る。乾の上爻が下りて坤体に入るので、昏晦に乗じて入り安息するという。自疏:『乾鑿度』によれば乾上九はもともと「庸人」の類に列するが、ここで君子と称するのは下りて初位に居りて正を得るので君子と称しうる。「宴」は「燕」と通じ、『詩経・小雅・北山』に「あるいは燕燕として居息す」とあり、毛伝は「燕燕は安息の貌」と解するので「宴」はすなわち安である。陽爻が内卦にあって「宴息」と称するのは、休息と停止が同義だからであり、だから注に「息は止なり」と言う。坤は晦・安、巽は入、艮は止を象る——これら取象の根拠は皆すでに上経の疏文で述べた。乾爻をもって坤位に居るので「晦に郷る」であり、卦中の互体に巽と艮があるので「入りて宴息す」である。

尋此卦之義,陰隨陽,婦繫夫,有燕私之象。《尚書大傳》曰:「古者后夫人將侍於君前,息燭後舉燭,至於房中,釋朝服,襲燕服,然後入御於君。」是鄉晦入宴息之事。故《太玄》準為《從》,其初一詞曰「日幽嬪月冥隨之」是也。有夫婦然後有父子,有父子然後有君臣。故《太玄》曰:「晝以好之,夜以丑之,一晝一夜,陰陽分索。夜道極陰,晝道極陽,牝牡群貞,則君臣父子夫婦之道辯矣。」是以傳言鄉晦入宴息,經言元亨利貞,其義一也。

『随』卦の意旨を推し尋ねると:陰は陽に随い、妻は夫に系属する——夫婦が燕居して私処する象がある。『尚書大伝』に「古、王后・夫人が君前に侍しようとする時、まず堂上の燭を熄し、後に房中の燭を挙げ、内室に進み朝服を脱ぎ燕居の服に換えて、然る後に入りて君王に侍す」とある。これがまさに「晦に郷りて入りて宴息す」の指す事である。だから揚雄の『太玄』は『随』卦を『従』首に対応させ、『従』の初一の賛に「日幽にして嫔(ひん)なり、月冥にしてこれに随う」とあるのがこの意である。まず夫婦がありて然る後に父子があり、まず父子がありて然る後に君臣がある。だから『太玄』はまた言う「白昼は以て好となし、黑夜は以て醜となす。一昼一夜、陰陽各々その位に分居す。夜の道は陰に極まり昼の道は陽に極まる。雌雄各々その群類を正しくすれば、君臣・父子・夫婦の道も明らかになる」と。ここに『大象伝』が「晦に郷りて入りて宴息す」と言い卦辞が「元亨利貞」と言うのは、両者の義理はもとより一貫している。

官有渝,從正吉也;出門交有功,不失也。注:上居初得正,故從正吉;陰往居上而繫於五,故不失。係小子,弗兼與也。注:已繫於初,不兼與五。係丈夫,志舍下也。注:下謂初。隨有獲,其義凶也;有孚在道,明功也。注:死在大過,故凶。功謂五,三四之正,離為明,故明功。孚于嘉吉,位正中也。注:位正中,故能成既濟之功。《中庸》曰:「君子之道,造端乎夫婦;及其至也,察乎天地。」拘係之,上窮也。注:繫於五則不窮。

『随』卦『小象伝』:初九「官に渝りあり」とは正道に随えば吉、「門を出でて交わりて功あり」とは失うことなし。恵棟の自注:上六が下りて初位に居れば正を得るので正道に随えば吉と言い、もと初位にあった陰爻が上行して上位に居り九五に系属するので失わずと言う。六二「小子に係」とは両方を兼ねること能わず。自注:すでに初九に係れば同時に九五に兼係すること能わず。六三「丈夫に係」とは心志が下を舍てたこと。自注:「下」は初九を指す。九四「随い獲あり」とは義理の上では凶、「孚あり道にあり」とはその功を彰明すること。自注:死喪の象は『大過(たいか)』にあるので凶と言い、「功」は九五を指し、三・四の両爻が各々正位に帰れば離体を成し、離は光明を主るのでその功を彰明すると言う。九五「嘉に孚む吉」とは爻位が正しく且つ中なるがゆえ。自注:位が正しくまた中に居るので既済(きせい)の功を成しうる。『中庸』に「君子の道は夫婦の間に発端し、極めては天地に明察す」とある。上六「これを拘係す」とは上に居りて窮極すること。自注:ただ九五に系属すれば窮極に至らない。

疏:「上居」至「不失」○上失位之初得正,故從正吉。初陰升上而繫於五,陰居上得位,故不失也。○「已係」至「與五」○此虞義也,虞惟以五為四為誤耳。○「下謂初」○五坎為志,初在下,故知下謂初也。○「死在」至「明功」○此虞義也。《大過》棺槨之象,故云死在大過。五多功,故功謂五。三四之正體離,離為日,故為明,明五之功,五為主故也。

自疏——疏するのは「上居」から「不失」までの一段:上六はもともと失位だが、下りて初位に居れば正を得るので正道に随えば吉と言う。もと初位にあった陰爻が上昇して上位に居り九五に系属し、陰が上位に居りてまたその位に当たるので失わずと言う。疏する「已系」から「与五」までの一段:これは虞翻の説で、ただ虞翻は九五を誤って九四としただけである。疏する「下は初を謂う」の一句:九五の処る坎体は心志を主り、初九は下にあるので「下」が初九を指すと知れる。疏する「死在」から「明功」までの一段:これも虞翻の説。『大過』には棺槨の象があるので死喪の象は『大過』にあると言う。第五爻は功業多し、ゆえに「功」は九五を指す。三・四の両爻が正に帰れば離体を成し、離は日なので「明」の義を取り、彰明するのはまさに九五の功、九五が一卦の主だからである。

○「位正」至「天地」○位正中,故為一卦之主而行中和,成既濟。引《中庸》者,陰之隨陽,猶婦之隨夫,夫夫婦婦而家道正,正家而天下定,即是既濟之事,故造端乎夫婦而極於天地也。○「繫於」至「不窮」○無應在上,故窮;繫於五,五為既濟之主,窮變通久,故不窮也。

疏する「位正」から「天地」までの一段:九五は位が正しくまた中に居るので一卦の主となって中和の道を施行し、終に既済の局を成す。恵棟が注に『中庸』を引くのは、陰が陽に随うのは妻が夫に随うがごとく、夫が夫の道を尽くし妻が妻の道を尽くせば家道が正しく、家道正しければ天下安く、これがまさに既済の指す事であるので、君子の道は夫婦に発端し天地に極まると言う。疏する「系于」から「不窮」までの一段:上六は正応なく卦の頂に高居するので窮する。いったん九五に系属すれば、九五は既済を成就する主爻で、窮すれば変じ、変すれば通じ、通じれば久しいので窮せずとなる。

山下有風,蠱,君子以振民育德。注:君子謂泰乾也。坤為民,初上撫坤,故振民。乾稱德,體頤養,故以育德。疏:此虞義也。泰,君子道長,故君子謂泰乾。坤為民,亦謂泰坤也。初之坤上,故撫坤,謂振撫坤民也。乾為龍德,故稱德。育,養也。四至上體頤,頤者,養也,故以育德也。

『蠱(こ)』卦の大象:「山下に風あり、蠱。君子は以て民を振い徳を育む」。恵棟の自注:ここの「君子」は『泰(たい)』卦の乾体を指す。坤は民衆を象り、『泰』の初爻が上行して坤体を撫臨するので民衆を振済すると言う。乾は徳と称しうるもので、卦中にまた頤養の体があるので徳行を培育すると言う。自疏:これは虞翻の解釈。『泰』は君子の道が生長する卦なので「君子」は『泰』の乾体を指し、坤は民なので『泰』の坤体を指す。『泰』の初爻が上行して坤の位に至るので坤を撫すと言い、坤の象する民衆を振作し扶養するということ。乾には龍徳があるので「徳」と称しうる。「育」はすなわち養。『蠱』卦の第四爻から上爻までが頤体を構成し、頤の意はすなわち養なので徳行を培育すると言う。

乾父之蠱,意承考也。注:承二也。二坎爻,坎為意,故意承考。乾母之蠱,得中道也。注:變而得正,故貞而得中道。乾父之蠱,終無咎也。注:上為終,無應而得位,故終無咎。裕父之蠱,往未得也。注:四陰柔故往未得。乾父用譽,承以德也。注:變二使承五,故承以德。二乾爻,故稱德。不事王侯,志可則也。注:三體坎為志。則,法也。

『蠱』卦『小象伝』:初六「父の蠱を幹(あつ)める」とは心意の上で父考を承継すること。恵棟の自注:承えるのは九二である。九二は坎体の爻で、坎は心意を主るので、心意が父考を承継すると言う。九二「母の蠱を幹める」とは居中の道を得ること。自注:変じて正を得るので、貞固でありながら中道に合する。九三「父の蠱を幹める」とは終に過ちなきこと。自注:上爻を終とし、九三は正応なきも位に当たるので、終に咎なし。六四「父の蠱を裕(ゆる)やかにす」とは往きて得るところなきこと。自注:六四は陰柔なので往きて得ず。六五「父の蠱を幹め誉を用う」とは徳をもって相承ること。自注:九二を変じて上って九五を承えさせるので徳をもって相承ると言い、九二は乾体の爻なので徳と称す。上九「王侯に事えず」とはその志は取法すべきもの。自注:九三は坎体に処り、坎は心志を主る。「則」はすなわち法則である。

疏:「承二」至「承考」○二乾爻,乾為父,故知承者二也。初乾父蠱而承考意,乾蠱之善者,此考之所以無咎也。○「變而」至「中道」○此虞義也。二失位故不可貞,今變而得正,是貞而得中道。經以失位言,故云不可貞;傳以得正言,故云得中道也。○「上為」至「無咎」○爻終於上,故上為終。以三得位,故雖無應於上而終無咎也。

自疏——疏するのは「承二」から「承考」までの一段:九二は乾体の爻で、乾は父を象るので、承えるのはまさに九二と知れる。初六が父の蠱を治めて父考の心意を承け継ぐのは、蠱を治める中でよくやったことであり、これが父考の咎なき所以である。疏する「変而」から「中道」までの一段:これは虞翻の解釈。九二は陽をもって陰に居りて位を失うので固守すべからず。いま変じて正を得れば、貞固でありながら中道に合する。爻辞はその失位について言っているので「貞すべからず」と言い、『小象伝』はその変じて正を得ることについて言っているので「中道を得たり」と言う。疏する「上為」から「无咎」までの一段:一卦の六爻は上爻をもって終とするので「上」はすなわち終。九三はもともと位に当たるので、上に応じる爻がなくても終に過ちはない。

○「四陰」至「未得」○四應在初,初意承考,四裕父蠱,是陰柔不可與共事也,故初變往四則未得。言初與四不相得也。○「變二」至「稱德」○此虞義也。五已正,故變二使承五。不承以事而承以德,亦乾蠱之善者。乾為德,二乾爻,故稱德。經言譽,傳言德,皆謂變二承五,與二升五同也。○「三體」至「法也」○應在三,三體坎,坎為志。則,法也,《釋詁》文。君,高尚其事者,以其志之可則,亦謂上變應三而合於則也。

疏する「四陰」から「未得」までの一段:六四の正応は初六にあり、初六は一心に父考の意を承継するのに、六四は父輩の遺した弊乱を寛縦している。陰柔の爻は事を共にするに足らないと見え、だから初六が変動して往きて四に応じても一無所得である——これは初と四が彼此投合しないと言うのである。疏する「変二」から「称徳」までの一段:これは虞翻の解釈。九五はすでに位に当たるので、九二を変動させて九五を承奉させるのである。具体の事功をもって相承らず徳をもって相承るのも、同じく蠱を治める中でよくやったことである。乾は徳を象り、九二はまた乾体の爻なので徳と称す。爻辞が「誉」と言い『小象伝』が「徳」と言うのは、皆九二が変じて上って九五を承えることを指し、「二升五」の説と同じ事である。疏する「三体」から「法也」までの一段:上九の正応は九三にあり、九三は坎体に処り、坎は心志を主る。「則」は法則で『爾雅・釈詁』に見える。いわゆる「君」とは爻辞の「その事を高尚にす」のある者で、まさにその心志が取法に足るためであり、すなわち上爻が変動して九三に応じて法度に合することを言う。

澤上有地,臨,君子以教思無窮,容保民無疆。注:君子謂二。震為言,兌口講習,二升五,坎為思,剛浸而長,故以教思無窮。容,寛也,震為寛仁,坤為民,故容保民無疆矣。疏:《乾鑿度》九二為庸人,今以君子謂二者,二當升五得位,故稱君子也。震為言,兌口講習,教之義也。坎心為思,剛浸而長,有無窮之義,故以教思無窮。《說文》云:「容,受也。」容則能受,寛大之象,故曰容寛也。互體震,震春寛大行仁,故為寛仁。坤為民,以二撫坤,故容保民無疆。此兼虞義也。

『臨(りん)』卦の大象:「沢上に地あり、臨。君子は以て教え思うこと窮まりなく、容れ保つこと民に疆なし」。恵棟の自注:「君子」は九二を指す。震は言語を象り、兌は口にして講習を主る。九二が五位に上れば坎を成し、坎は思慮を主る。陽剛がだんだん浸長するので、教え思うこと窮まりなしと言う。「容」は寛で、震は寛厚仁愛、坤は民衆なので、包容し保養して百姓に疆りなしと言う。自疏:『乾鑿度』によれば九二はもともと「庸人」の類に列するが、ここで君子と称するのは、九二が五位に升ってその正位を得るべきだから君子と称する。震は言語、兌口は講習を主り、合わせてまさに「教」の意。坎は心にして思を主り、陽剛の漸長は無窮の義を含むので「教え思うこと窮まりなし」と言う。『説文』に「容は受なり」とあり、容るればすなわち受けられ、宽大の象なので「容」はすなわち寛。卦中の互体に震があり、震は春に属し寛大にして仁愛を施すので寛仁となる。坤は民衆で、九二をもって坤体を撫臨するので、包容し保養して百姓に疆りなしと言う。この一条は虞翻の説を兼ね採ったもの。

咸臨貞吉,志行正也。注:二升五,四體坎為志,初正應四,故志行正。咸臨吉無不利,未順命也。注:坤為順,遯巽為命。陽當居五,陰當順從,今尚在二,故曰未順命。甘臨位不當也,既憂之咎不長也。注:失位故不當,動而成泰,故咎不長。至臨無咎,當位實也。注:初陽為實,四正應初,故當位實。大君之宜,行中之謂也。注:二者處中,行升居五,五亦處中,故行中之謂。敦臨之吉,志在內也。注:志在升二也。陰以陽為主,故志在內。

『臨』卦『小象伝』:初九「咸臨(かんりん)貞吉」とは心志の行うところ皆正に合すること。恵棟の自注:九二が五位に升れば六四は坎体に処りて心志を主り、初九は六四と正に感応するので、心志の行うところ皆正である。九二「咸臨、吉利あらざるなし」とはまだ上命に順承していないこと。自注:坤は順従を主り、『遯(とん)』卦の巽体は命令を主る。陽はもともと五位に居るべく、陰はもともと順従すべきもの。いま陽がなお二位に止まるので未だ命に順わずという。六三「甘臨」は爻位が当たらず、「すでにこれを憂う」れば災咎は長からず。自注:六三は失位なので当たらず。一動して『泰』を成すので咎害は長からず。六四「至臨无咎」とは位に当たりて充実すること。自注:初九は陽で陽は実、六四は初九と正に相応するので位に当たりて実という。六五「大君の宜」とは中道を施行することを言う。自注:九二は下卦の中に処り、上行して五位に升居し、五もまた上卦の中に居るので「中を行うの謂」という。上六「敦臨の吉」とは心志が内にあること。自注:その志は九二を上昇せしめるにあり、陰は陽をもって主とするので心志が内にあると言う。

疏:「二升」至「行正」○二升五則四體坎,坎為志,初四俱正而又相應,其志得行,故志行正也。○「坤為」至「順命」○四陰互兩坤,故坤為順;遯巽為命,據旁通也。「陽當居五」以下,荀義也。陽居五則四陰順從,今陽息在二,陰猶用事,故未順命,蓋既濟之功猶未成也。○「失位」至「不長」○三失位無應,故有憂;陽息成泰,天地交,故咎不長。咎不長則吉,猶消不久則凶也。

自疏——疏するのは「二升」から「行正」までの一段:九二が五位に升ると六四は坎体の中に処り、坎は心志を主る。初九と六四は皆各々その位に当たりまた互いに感応するので、その志は施行を得る——だから心志の行うところ皆正という。疏する「坤為」から「順命」までの一段:『臨』卦の上の四つの陰爻は互体して二つの坤を成すので坤が順を主ると言い、『遯』卦の巽体をもって命とするのは旁通の卦について象を取ったもの。「陽は五に居るべし」以下は荀爽の説:陽が五位に居れば四つの陰爻は自然に順従する。いま陽気はようやく二位まで生息し、陰はなお権を当て事を用いているので、まだ上命に順承していないという——既済の功がまだ告成していないからである。疏する「失位」から「不長」までの一段:六三は失位でまた応なきゆえに憂を生ず。陽気が生息して『泰』卦を成し、天地交通するので咎害は長からず。咎害の長からざるはすなわち吉であり、陽気の消退して久しからざるがすなわち凶であるのと同じ。

○「初陽」至「位實」○《京房易傳》曰:「陽實陰虛。」故初陽為實。四正故當位,應初故云實也。○「二者」至「之謂」○此荀義也。二五中也,以二升五,故曰行中之謂。初四皆正,故曰行正;二五皆中,故曰行中也。以義言之,知臨而言行中者,舜之大知用其中於民,是其義也。○「志在」至「在內」○此九家義也。二因三升五,坎為志,故志在升。二陰無主,以陽為主,故上得過其應,因三以升五。二在內,故曰志在內也。

疏する「初陽」から「位実」までの一段:『京房易伝』に「陽実陰虚」とあるので初九の陽は実。六四は陰をもって陰に居るので位に当たり、また初九と相応するので「実」という。疏する「二者」から「之謂」までの一段:これは荀爽の解釈。二と五は皆中位に居り、二より五に升るので「中を行うの謂」と言う。初と四は皆位に当たるので「行正」、二と五は皆中に居るので「行中」。義理に就いて言えば、六五の爻辞は「知臨」と作りて『小象伝』は「中を行う」と言う——まさに『中庸』の載せる、舜が大智をもって中道を百姓に用いたのと同じ理である。疏する「志在」から「在内」までの一段:これは九家易の解釈。九二は六三を借りて五位に升り、坎は心志を主るので志は上昇に在りという。上六は陰をもって上に居りて主るものなし、陽をもって主とせねばならず、だからその本来の相応の爻を越えて、六三の力を借りて九二を五に升らせることができる。九二は内卦にあるので心志は内に在りという。

風行地上,觀,先王以省方觀民設教。注:先王謂乾。巡守曰省,坤為方,為民,以乾照坤,故以省方觀民設教。疏:《京房易積笇》曰:「易含萬象。」彖言明堂禘祭,此又言省方觀民,要而言之則一也。古者聽朔朝廟、頒政令、朝諸侯,皆於明堂。彖詞「觀盥而不觀薦」,是尊祖以配天之事;彖傳「神道設教」,是法天以治民之事。天子巡守則為宮三百步,壇十有二尋,加方明其上。方明者,放乎明堂之制也。

『観(かん)』卦の大象:「風地上を行く、観。先王は以て方を省みて民を観て教を設く」。恵棟の自注:「先王」は乾を指す。天子が諸侯の国を巡行するを「省」と言い、坤は四方・民衆を象るので、乾をもって坤に照臨する、だから四方を巡視し民情を観察して教化を設立すると言う。自疏:『京房易積笇』に「易は万種の物象を包含す」とある。『観』の彖辞は明堂の禘祭を講じ、大象はまた方を省み民を観るを講ず——帰結する所は実は一事である。古は天子が廟に告朔し政令を頒布し諸侯の朝見を受けるのは皆明堂で行われた。卦辞の「盥を観て薦を観ず」は祖先を尊祟して天に配享することを言い、『彖伝』の「神道に教を設く」は天を效法して百姓を治めることを言う。天子の巡守の時は方三百歩の行宮を築き、広さ十二尋の壇を設け、壇上にさらに「方明」の器を加設する。いわゆる方明とは明堂の形制を仿って作ったものである。

孟子「齊有泰山明堂」,荀子曰「築明堂於塞外而朝諸侯」,皆方明之類。後世以其制如明堂而名之明堂,祀六天上下四方,《月令》謂之天宗,虞謂之六宗。故《堯典》舜禋六宗而覲四嶽群牧,《覲禮》周祀方明而覲公侯伯子男,其義一也。艮為宮闕,有明堂方明之象,故既取類於禘祭,又比義於巡方。乾為先,為王,故為先王。《淮南子》曰:「禹南省方。」高誘注云:「巡守為省,省視四方也。」坤為方,九家《說卦》文。乾為大明,以乾照坤,省方之象,故以省方觀民設教也。

『孟子』は斉国の泰山の下に明堂ありと記し、『荀子』は「関塞の外に明堂を築きて諸侯を朝会す」と言う——皆方明の類に属する。後世、その形制が明堂に似るゆえにこれを明堂と称し、六天と上下四方の神を祭祀するに用い、『礼記・月令』はこれを「天宗」と称し、虞舜の世は「六宗」と称した。だから『尚書・尭典』は舜が六宗を禋祭して四岳群牧を接見したと記し、『儀礼・覲礼』は周天子が方明を祭って公侯伯子男を接見したと記す——両者の義理は同じである。艮は宮闕を象り、明堂・方明の象を含むので、『観』卦は禘祭に比類しうると同時に巡狩四方に義を取りうる。乾は「先」でありまた「王」なので合して「先王」を成す。『淮南子』に「禹は南に方を省みたり」とあり、高誘の注に「巡守を省と言い、四方を省察するなり」とある。坤は方で、九家本『説卦』に出る。乾は大明で、乾をもって坤に照臨するはまさに方を省むるの象、だから四方を巡視し民情を観察して教化を設立すると言う。

初六童觀,小人道也。注:陰消之卦,故小人道。窺觀女貞,亦可醜也。注:坤為丑。觀我生進退,未失道也。注:三欲進觀於五,四既在前而三故退,未失道也。觀國之光,尚賓也。注:助祭尚賓。觀我生,觀民也。注:為民所觀。觀其生,志未平也。注:坎為志,為平,上來之三,故志未平。

『観』卦『小象伝』:初六「童観」とは小人の道。恵棟の自注:『観』は陰気が陽を消する卦なので小人の道という。六二「窺観女貞」とは亦た羞丑と算すべき。自注:坤は丑を象る。六三「我が生を観て進退す」とは正道に逸離せざること。自注:六三は上進して九五を観んと欲すが、六四がすでにその前にあり、六三はこれに因りて退譲するので道を失わず。六四「国の光を観」とは賓礼を崇尚すること。自注:諸侯が来りて助祭し賓客の礼を受けること。九五「我が生を観」とは民情を観察すること。自注:九五はまさに百姓に瞻観される対象でもある。上九「その生を観」とは心志未だ平らかならざること。自注:坎は心志を主りまた平を主る。上爻が下りて三位に居るので心志未だ平らかならずという。

疏:「陰消」至「人道」○初失位而經言小人無咎者,以觀為陰消之卦,小人道長,故云小人道也。○「坤為丑」○此虞義也。《太玄》曰:「晝以好之,夜以丑之。」《詩·牆有茨》云:「中冓之言,不可道也;所可道也,言之丑也。」薛君章句云:「中冓,中夜也。」乾為晝,故為好;坤為夜,故為丑。女子以貞為行,而窺觀,故云亦可醜也。

自疏——疏するのは「陰消」から「人道」までの一段:初六は失位なのに爻辞が「小人咎なし」と言うのは、『観』が陰消陽の卦に属し小人の道がまさに生長しているからであり、だからこれは小人の道と言う。疏する「坤は丑を為す」の一句:これは虞翻の解釈。『太玄』に「白昼は以て好となし、黑夜は以て丑となす」とあり、『詩経・鄘風・墻有茨』に「中冓の言は道うべからず。道うべきところも、言えば醜なり」とあり、薛君の『韓詩章句』は「中冓」を半夜と解す。乾は昼なので「好」の義を取り、坤は夜なので「丑」の義を取る。女子は貞正をもって立身の行とするのに、門の隙からこっそり覗き見するので、亦た羞丑と算すべしと言う。

○「三欲」至「道也」○此荀義也。陰當承陽,故進觀於五;四近於五而在三前,三故退。進退皆得,故未失道,乾為道也。○「助祭尚賓」○《周語》祭公謀父曰:「甸服者祭,侯服者祀,賓服者享,要服者貢,荒服者王。」韋昭注云:「皆所以貢助祭於廟。」《孝經》所謂「四海之內,各以其職來祭」,是助祭尚賓之事。虞注據《詩》曰「莫敢不來賓,莫敢不來王」,是其義也。

疏する「三欲」から「道也」までの一段:これは荀爽の解釈。陰はもともと陽を承奉すべきものなので、六三は上進して九五を観んとする。しかし六四は九五により近くて六三の前に列するので、六三はこれに因りて退譲する。進むべき退くべき皆その宜を得るので道を失わずと言い、乾すなわち道である。疏する「助祭尚賓」の一句:『国語・周語』は祭公謀父の言を記す——「甸服は祭品を進献し、侯服は祀品を進献し、賓服は享品を進献し、要服は貢を奉じ、荒服は王に来たる」と。韋昭の注に「これらは皆宗廟に助祭するための貢物である」とある。『孝経』の言う「四海の内、各々その職をもって祭に来たる」はまさに助祭して賓礼を崇尚する事である。虞翻が注を作るに『詩経』の「敢えて賓に来らずは莫く、敢えて王に来らずは莫し」に拠ったのもこの意である。

○「為民所觀」○彖傳「大觀在上,中正以觀天下」,皆是為民所觀,又皆指五,故此觀民亦為民所觀。唯大象「觀民設教」,乃是上觀下之事也。○「坎為」至「未平」○此虞義也。坎心為志,水為平。三失位嫌於有咎,上之三補過,故志未平。

疏する「民の観る所となる」の一句:『彖伝』に「大いなる観は上にあり、中正をもって天下を観る」とあるのは、皆百姓に瞻観されることを言い、しかも皆九五を指すので、九五『小象』の「民を観る」も同じく百姓に瞻観されることである。ただ『大象』の「民を観て教を設く」のみが、上にある者が下にある者を観察する事である。疏する「坎為」から「未平」までの一段:これは虞翻の解釈。坎は心なので心志を主り、坎は水で水面は平らかなので平を主る。六三は失位で過咎に陥る嫌いがあり、上九が下りて三位に居りてその過失を補うので、心志まだ平らかならずと言う。

雷電噬嗑,先王以明罰飭法。注:雷電噬嗑,威而明也。先王謂乾上,離為明,坎為罰,為法。飭,正也。上之三折獄,故以明罰飭法。疏:雷為威,電為明,雷電合而章,是威而明也。上本乾也,乾為先,為王,故先王謂乾。上體離,互坎,故離為明,坎為罰,為法。飭,古敕字,古又作飾。《雜卦》曰:「蠱則飾也。」高誘《呂氏春秋》注云:「飾讀為敕。」敕,正也。王弼從俗作敕,非也。上之三得正而折四獄,故以明罰飭法也。

『噬嗑(ぜいこう)』卦の大象:「雷電噬嗑、先王は以て罰を明らかにし法を飭(ととの)う」。恵棟の自注:雷電相い合して『噬嗑』を成すは、威厳と明察と兼備である。「先王」は乾の上爻を指し、離は光明を主り、坎は刑罰・法度を主る。「飭」は端正の義。上爻が下りて三位に居りて獄を断ずるので、刑罰を彰明にし法度を整飭すると言う。自疏:雷は威、電は明、『彖伝』のいわゆる「雷電合して章なり」はまさに威厳にして明察である。上爻はもともと乾に属し、乾は「先」・「王」なので「先王」は乾を指す。上卦は離で互体に坎があるので、離を明・坎を罰と法と言う。「飭」は古の「敕」の字で、古はまた「飾」と作った。『雑卦伝』に「蠱は則ち飾なり」とあり、高誘の『呂氏春秋』注に「飾は敕と読む」とあり、敕はすなわち端正。王弼が俗本に依従してそのまま「敕」と作ったのは正しくない。上爻が下りて三位に居りて正を得、九四という爻の象する獄訟を裁断するので、刑罰を彰明にし法度を整飭すると言う。

屨校滅止,不行也。注:否坤小人,以陰消陽,「其亡其亡」,故五變滅初,坤殺不行也。噬膚滅鼻,乘剛也。注:乘初剛。遇毒,位不當也。注:不正故遇毒。利艱貞吉,未光也。注:為五陰所弇,故未光。貞厲無咎,得當也。注:變之正,故得當。何校滅耳,聰不明也。注:坎為聰,離為明,坎滅則離壞,故聰不明。

『噬嗑』卦『小象伝』:初九「屨校して止(し)を滅す」とは彼に行走せしめざること。恵棟の自注:『否(ひ)』卦の坤体の象する小人は陰をもって陽を消し、『否』九五はゆえに「それ亡びなん亡びなん」と言う。いま五爻が変動して初爻を滅せば、坤の主る殺伐の勢は行き通らない。六二「肤を噬(か)み鼻を滅す」とは剛爻に凌乗するがゆえ。自注:六二は初九の剛の上に乗る。六三「毒に遇う」とは爻位が当たらざること。自注:六三は正ならざるがゆえに毒に遇う。九四「艱貞に利あり吉」とは徳未だ光ならざること。自注:九四は六五の陰に掩蔽されるので未だ光大ならず。六五「貞厲に咎なし」とは処るところ当を得ること。自注:変じて正に帰るので当を得る。上九「何校して耳を滅す」とは聴覚明らかならざること。自注:坎は耳の聡を主り、離は目の明を主る。坎が滅せられれば離体も随いて毀壊するので、耳聡からずという。

疏:「否坤」至「行也」○此虞義也。《繫下》說此爻曰:「小征而大誡,此小人之福也。」小人謂否初,故云否坤小人。否本消陽之卦,九五曰「其亡其亡」,謂消四及五,今五下滅初,坤殺不行,故無咎也。○「乘初剛」○二無應於上而沒坎下,又乘初剛。凡柔乘剛皆不利,以其得正,故無咎也。○「不正故遇毒」○遇毒猶遇罪,謂悔吝之類。《參同契》曰「纖介不正,悔吝為賊」是也。○「為五」至「未光」○凡陽為陰弇,皆曰未光,屯萃之九五是也。四弇於五,故曰未光。○「坎為」至「不明」○聰屬耳,明屬目,故坎為聰,離為明。上滅坎則離體亦壞,故云聰不明。鄭氏云「目不明,耳不聰」是也。

自疏——疏するのは「否坤」から「行也」までの一段:これは虞翻の解釈。『繋辞下』がこの爻を解説して「小に懲戒を加えて大に警誡するは、これ小人の福」と言う。小人は『否』卦の初爻を指すので、注文に「否の坤の小人」と言う。『否』はもとより陰消陽の卦で、その九五に「それ亡びなん亡びなん」とあるのは、陰が四まで消して五に及ばんとすることを指す。いま五爻が下りて初爻を滅せば坤の主る殺伐は行き通らず、だから咎なし。疏する「初剛に乗る」の一句:六二は上に応ずる爻なくて坎体の下に沈没し、また初九の剛に凌乗する。およそ柔爻の剛爻に乗るは皆利ならず、ただその身が正を得るがゆえに咎なし。疏する「正ならざるがゆえに毒に遇う」の一句:毒に遇うは罪に遭うがごとく、悔と吝の類を指す。『参同契』に「繊介正ならざれば悔吝賊を為す」とあるがこの意。疏する「五に為る」から「未光」までの一段:およそ陽が陰に掩蔽されるときは皆「未光」と言い、『屯』『萃』の九五がその例。九四は六五に掩蔽されるので未光という。疏する「坎為」から「不明」までの一段:聡は耳に属し明は目に属するので、坎は聡・離は明。上爻が坎を滅せば離体も随いて毀壊するので耳聡からずという。鄭玄の言う「目明らかならず耳聡からず」はまさにこの意。

山下有火,賁,君子以明庶政,無敢折獄。注:君子謂乾,離為明,坤為庶政,故明庶政。坎為獄,三在獄得正,故無敢折獄。噬嗑四不正,故利用獄也。疏:君子謂乾,亦指九三。坤謂泰坤也。坤為眾,故為庶;為事,為業,故為政。坤上之乾二體離,離為明,故以明庶政。坎為獄,三正體坎,故在獄得正。無敢折獄,謂上無敢來折三也。噬嗑四不正,故上之三蔽四成豐,折獄致刑,義見噬嗑也。

『賁(ひ)』卦の大象:「山下に火あり、賁。君子は以て庶政を明らかにし、敢えて獄を折らず」。恵棟の自注:「君子」は乾を指し、離は光明を主り、坤は衆多の政事を主るので、諸般の政務を明察すると言う。坎は牢獄を象り、九三は獄中に処りて位に当たり正を得るので、敢えて獄訟を裁断せずと言う。『噬嗑』の九四は位に当たらず、あそこでこそ獄を用うるに利ありと言う。自疏:「君子」は乾を指し、具体的にはすなわち九三。ここの坤は『泰』卦の坤を指す。坤は衆なので引申して「庶」となり、坤はまた事・業を主るので引申して「政」となる。『泰』の坤の上爻が下りて乾の二位に至りて離体を成し、離は明を主るので衆政を明察すると言う。坎は獄で、九三は位に当たりて坎体に処るので獄中にあって正を得ると言う。「敢えて獄を折らず」とは、上爻が敢えて下りて九三を裁断せぬこと。『噬嗑』の九四は位に当たらず、だからあそこの上爻は三位に下りて九四を掩蔽して『豊(ほう)』を成し、獄を断じ刑を施す——その義はすでに『噬嗑』に見えた。

舍車而徒,義弗乘也。注:初為士,故義弗乘。賁其須,與上興也。注:震為興,三二同德,五上易位,則皆得其應,故與上興。永貞之吉,終莫之陵也。注:與二同德,故終莫之陵。六四當位疑也,匪寇昬冓,終無尤也。注:坎為疑,當位承陽故疑,守正待應,故終無尤。六五之吉,有喜也。注:五變之陽,故有喜,凡言喜慶皆陽爻。白賁無咎,上得志也。注:上之正得位體既濟,故曰得志,坎為志也。

『賁』卦『小象伝』:初九「車を舍てて徒(かち)す」とは礼義の上で車に乗るべからざること。恵棟の自注:初爻の身分は士なので、礼義の上で車に乗るべからず。六二「その須を賁(かざ)る」とは上とともに興起すること。自注:震は興起を主り、九三と六二は皆位に当たりて徳を同じくし、五と上とが位置を互いに換えれば両爻は各々その応を得るので、上とともに興起すると言う。九三「永貞の吉」とは終にこれを陵しうる者なきこと。自注:九三と六二は徳を同じくするので終に凌ぐ者なし。六四「位に当たりて疑う」「寇にあらず婚冓なり」とは終に過失なきこと。自注:坎は疑を主り、六四は位に当たりて上に陽爻を承くゆえに疑を生ず。正を守りて正応を待つので終に過失なし。六五の吉は喜慶あり。自注:六五が変じて陽爻となるので喜あり。およそ喜・慶と言うは皆陽爻を指す。上九「白賁咎なし」とは上にある者その志を遂ぐること。自注:上爻が変じて正に帰り位に当たり、全卦が既済の体を成すので志を得たりと言い、坎は心志を主る。

疏:「初為」至「弗乘」○禮唯大夫不徒行,初為士,故云義弗乘也。《尚書大傳》曰:「古之命民,能敬長憐孤,取舍好讓,舉事力者,命於其君,得命然後得乘飾車駢馬,未有命者不得乘,乘者有罰。」若然,命士亦得乘飾車駢馬,今士未有命,故云義弗乘也。○「震為」至「上興」○震起故為興。三二得位,故同德;五上易位成既濟,則三二皆得其應,故曰與上興也。

自疏——疏するのは「初為」から「弗乗」までの一段:礼制によれば大夫のみ外出に歩行を必ずしなく、初爻の身分は士なので、礼義の上で車に乗るべからずと言う。『尚書大伝』に「古、命を受けた民は、長者を敬い事え、孤幼を撫恤し、取与の間に謙譲を好んで行い、事を弁ずるに力ありとあれば国君がこれに策命を加える。策命を得て後、初めて飾りの車に乗り並びの馬を駕することができ、命を受けぬ者は乗ることを得ず、乗れば罰を受ける」とある。この説に照らせば、策命を受けた士も飾車駢馬に乗りうるが、いまこの士はまだ命を受けていないので、礼義の上で車に乗るべからずと言う。疏する「震為」から「上興」までの一段:震には起動の義があるので興となる。九三と六二は各々その位に当たるので同徳と言い、五と上が位置を互いに換えれば既済を成し、さすれば三と二は共に各々相応の爻を得るので、上とともに興起すると言う。

○「與二」至「之陵」○此虞義也。三與二皆得位而無應,二乘初,四乘三,嫌有陵之者;五上易位,終獲其應,故云終莫之陵,上為終也。○「坎為」至「無尤」○六居四為當位,四乘三為乘陽,四體坎,故疑,疑於乘陽也。然正應在初,守正待應,故終無尤。尤,過也。四本坤,坤代終,故云終也。

疏する「与二」から「之陵」までの一段:これは虞翻の解釈。九三と六二は皆位に当たるも各々正応なく、六二は初九の上に乗り、六四は九三の上に乗るので、凌駕の嫌いあるがごとし。五と上が位置を互いに換えるに及んで、各爻はついに相応の爻を得るので、終に凌ぐ者なしと言う——「終」は上爻を指す。疏する「坎為」から「无尤」までの一段:陰爻をもって第四位に居るは位に当たるので、六四が九三の上に乗ればすなわち陽に乗ることになり、六四はまた坎体に処るので疑を生ず——その疑う所はまさに己が陽に乗る一点である。しかしその正応は初九にあり、正を守りて相応を待つので終に過失なし。「尤」はすなわち過失。六四はもともと坤に属し、坤には代終の義があるので「終」と言う。

○「五變」至「陽爻」○此虞義也。《說文》曰:「吉,善也。」乾元善之長,乾吉坤凶,故凡爻辭言吉者皆變之陽也。虞注損六四曰:「陽在五稱喜。」今五變之陽,故有喜。又注晉、睽六五曰:「乾為慶。」故云凡言喜慶皆陽爻也。○「上之」至「志也」○此虞義也。上變之正,故云得位;五上易位,故體既濟,其志得行,故云得志。五上變體坎,故坎為志也。

疏する「五変」から「陽爻」までの一段:これは虞翻の解釈。『説文』に「吉は善なり」とある。乾の元は衆善の首で、乾は吉を主り坤は凶を主るので、およそ爻辞が「吉」と言うものは皆陽爻に変じてこそ成る。虞翻の『損(そん)』六四の注に「陽五位にあれば喜と称す」とあり、いま六五が変じて陽爻となるので喜あり。彼はまた『晋(しん)』『睽(けい)』の六五を注する時に「乾は慶を主る」と言ったので、恵棟はおよそ喜・慶と言うは皆陽爻を指すと言う。疏する「上之」から「志也」までの一段:これも虞翻の解釈。上爻が変じて正に帰るので位を得たりと言い、五と上が位置を互いに換えれば全卦既済の体を成し、その志が施行を得るので志を得たりと言う。五と上が変動して後に坎体を成すので坎は心志を主ると言う。

山附於地,剝,上以厚下安宅。注:上謂乾,上艮為厚,坤為下,為安,艮為宅。君子德車,民所載,故以厚下安宅。疏:上本乾也,天尊故謂之上,以其失位,故不稱君子。艮積坤上,故為厚;坤卑在下,故為下;陰稱安,故為安;艮為居,故為宅。經曰「君子德車」,象曰「民所載也」,民安則君安,是厚下安宅之義也。

『剥(はく)』卦の大象:「山地に附す、剥。上は以て下を厚くし宅を安んず」。恵棟の自注:「上」は乾を指し、上卦は艮にして厚を主り、坤は下・安、艮は居室。「君子は車に徳す」という上九の爻辞があり、『小象』に「民の載するところなり」とあるので、下民を厚くし居所を安固にするの義を取る。自疏:上爻はもともと乾に属し、天位は尊貴なので「上」と称す。その位を失うがゆえに君子と称さない。艮は坤の上に堆積するので厚の義を取り、坤は卑下して下に居るので下となり、陰は静を主るので安となり、艮は居止の処なので宅となる。「君子は車に徳す」という上九の爻辞、『小象伝』の「民の載するところなり」——百姓安ければ君主安し、これがすなわち下民を厚くし居所を安固にするの意である。

剝床以足,以滅下也。注:陽在下,滅於坤,故以滅下。剝床以辯,未有與也。注:五失位,故未有與。剝之無咎,失上下也。注:上下四陰。剝床以膚,切近災也。注:觀五坎爻,坎為災,消觀及剝,四又近之,故切近災。以宮人寵,終無尤也。注:艮為終,變之正,故終無尤。君子德車,民所載也。注:坤為民,為載。小人剝廬,終不可用也。注:坤為用。

『剥』卦『小象伝』:初六「床を剥ぐに足を以てす」とは下より剥滅すること。恵棟の自注:陽はもともと下位にあり、いま坤に剥滅されるので下より剥滅すると言う。六二「床を剥ぐに辨を以てす」とはまだ相与する爻なきこと。自注:六五は失位なので六二は相与する所なし。六三「これを剥ぐに咎なし」とは上下の諸爻と相背離すること。自注:いわゆる上下とは残りの四つの陰爻を指す。六四「床を剥ぐに膚を以てす」とは災禍迫近すること。自注:『観』卦の第五爻は坎体の爻で坎は災を主る。陰が『観』を消して『剥』に至り、六四はまた五位に逼近するので災禍切近と言う。六五「宮人を以て寵す」とは終に過失なきこと。自注:艮には終の義があり、六五が変じて正に帰るので終に過なし。上九「君子は車に徳す」とは百姓に載せられること。自注:坤は民でありまた承載である。「小人は廬を剥ぐ」とは終に任用すべからざること。自注:坤は用を主る。

疏:「陽在」至「滅下」○乾初九象傳曰:「潛龍勿用,陽在下也。」陽在下,為坤所滅,故以滅下。○「五失」至「有與」○陰陽相得為與,故鄭注咸彖傳曰:「與猶親也。」二應五,五蔑貞,是失位也,兩陰無應,故未有與也。○「上下四陰」○上謂四五,下謂初二。剝不得言無咎,四陰皆欲剝陽,三獨應上,此剝之所以無咎,由與上下四陰違失故也。○「觀五」至「近災」○凡言災者,坎也,觀五坎爻,故為災。《繫下》云:「四多懼,近也。」近之謂近於五,故云切近災也。

自疏——疏するのは「陽在」から「滅下」までの一段:『乾』初九の『小象伝』に「潜竜用うる勿かれ、陽下に在ればなり」とある。陽はもともと下位にあり、坤に剥滅されるので下より剥滅すると言う。疏する「五失」から「有与」までの一段:陰と陽が彼此相い得るを「与」と言うので、鄭玄が『咸(かん)』卦『彖伝』を注して「与は親のごとし」と言う。六二はもともと六五に応ずべきところ、六五に「蔑貞」の辞があるのはまさに失位。二つの陰爻は相応することができないので相与する爻なしと言う。疏する「上下四陰」の一句:上は六四・六五を指し、下は初六・六二を指す。『剥』はもともと「咎なし」と言うべきでなく、四つの陰爻は皆陽爻を剥落せんと欲すが、ただ六三のみが上九と相応する——これが六三の咎なき所以で、まさに上下の四つの陰爻と背離して合せざるによる。疏する「観五」から「近災」までの一段:およそ「災」と言うは皆坎に象を取り、『観』の第五爻は坎体の爻なので災を主る。『繋辞下』に「第四爻は憂惧多し、君位に逼るがゆえに」とあり、「近」は五位に接近することなので災禍切近と言う。

○「艮為」至「無尤」○艮成始成終,故為終。五失位,動成觀,是變之正,故終無尤。尤,過也。○「坤為民為載」○坤為民,《說卦》文。坤為地,地,萬物載焉,又為大轝,轝所以載物,故為載。荀子曰:「馬駭輿則君子不安輿,庶民駭政則君子不安位。」民載於德車,厚下安宅,君民俱安,故曰民所載也。○「坤為用」○消艮為坤,故坤為用。小人勿用,故終不可用。

疏する「艮為」から「无尤」までの一段:艮は万物の始を成しまた万物の終を成すので「終」の義を取る。六五は失位で一動すれば『観』を成し、まさに変じて正に帰るので終に過失なし。「尤」はすなわち過失。疏する「坤は民と為り載と為る」の一句:坤が民であるのは『説卦』に出る。坤は地で大地は万物を承載し、坤はまた大車で車は物を載せるに用いるので「載」の義を取る。『荀子』に「馬は車に驚き、君子は車上に安からず。百姓は政に驚き、君子は位上に安からず」とある。百姓が徳ある車に載せられ、上にある者が下民を厚くし居所を安固にして、君も民も安きを得る——だから「民の載するところなり」と言う。疏する「坤は用を為す」の一句:艮がさらに消えゆけば坤を成すので、坤は用を主ると言う。爻辞に「小人用うる勿かれ」とあるので終に任用すべからずと言う。

雷在地中,復,先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。注:先王謂乾初。至日,冬至之日。坤闔為閉關,巽為商旅,為近利市三倍,遘巽伏初,故商旅不行。遘象曰「后以施命誥四方」,今隱復下,故后不省方。復為陽始,遘則陰始,天地之始,陰陽之首。已言先王,又更言後。後,君也。六十四卦唯此重耳。

『復(ふく)』卦の大象:「雷地中に在り、復。先王は至日を以て関を閉ぢ、商旅行わず、后は方を省みず」。恵棟の自注:「先王」は乾の初爻を指す。「至日」はすなわち冬至の日。坤には閉合の義があるので関を閉じるとなり、巽は商旅を主りまた「利市に近く三倍」を主り、『姤(こう)』卦の巽体は初位に潜伏するので商旅出て行かずと言う。『姤』卦の大象に「后は以て命を施し四方に誥ぐ」とあるが、いまこの層の意は『復』卦の下に隠れるので、君主は四方を巡視せずと言う。『復』は陽気の始、『姤』は陰気の始、一は天の始、一は地の始——陰陽の開端である。前ですでに「先王」と言い、後にまた「后」と言う。「后」はすなわち君。六十四卦の大象の中でここだけが両者並び見える。

疏:此虞義也。乾息於初,乾為先,為王,故先王謂乾初。復十一月卦,故云至日。冬至之日,闔戶謂之坤,故坤為閉關,謂復坤也;巽為遘巽也。《考工記》曰:「通四方之珍異以資之謂之商旅。」虞於兌九四注云:「巽為近利市三倍,故稱商。」「為近利市三倍」,《說卦》文。復震在上,故遘巽伏初,為商旅而伏震初,故商旅不行。夏至之日,后以施命誥四方,今遘巽隱在下,故后不省方也。

自疏:これは虞翻の解釈。乾気は初位に生息し、乾は「先」・「王」なので「先王」は乾の初爻を指す。『復』は十一月の卦なので「至日」と言い、すなわち冬至の日。『繋辞』に「戸を闔(と)ずるを坤と謂う」とあるので坤は関を閉ざすを主り、ここでは『復』卦の坤体を指し、巽は『姤』卦の巽体を指す。『考工記』に「四方の珍異の物を流通して人の取用に供するを商旅と謂う」とある。虞翻が『兌』九四を注して「巽は利市に近く三倍を主る、ゆえに商と称す」と言う——「利市に近く三倍を為す」は『説卦』に出る。『復』卦の震は坤の上にあるので『姤』卦の巽は初位に潜伏し、もと商旅の象なるも震初の下に伏するので、商旅出て行かずと言う。夏至の日、君主は命令を発して四方に告諭するが、いま『姤』の巽体は下に隠伏するので、君主は四方を巡視せずと言う。

復一陽生,故為陽始;遘一陰生,故為陰始。復一陽,乾也;遘一陰,坤也。乾為天,坤為地,故云天地之始。首亦始也,故云陰陽之首。後,君也,《釋詁》文。乾坤消息之卦,消息君也,故已言先王,又更言後。六十四卦言先王則不言後,言後則不言先王,故云唯此重耳。

『復』は一陽の初生なので陽の始となり、『姤』は一陰の初生なので陰の始となる。『復』の那一陽は乾に属し、『姤』の那一陰は坤に属す。乾は天、坤は地なので、これは天地の開端と言う。「首」はすなわち始なので陰陽の開端と言う。「后」はすなわち君、『爾雅・釈詁』に見える。乾坤は消息卦の根本で、消長を主宰するはまさに君なので、『復』卦の大象はすでに「先王」と言い、また「后」と再言する。六十四卦の大象は、およそ「先王」と言えば「后」を言わず、「后」と言えば「先王」を言わないので、ここだけが両者重出すると言う。

不遠之復,以修身也。注:坤為身,以乾通坤,故以修身。休復之吉,以下仁也。注:初為仁,謂下於初。頻復之厲,義無咎也。中行獨復,以從道也。注:震為從,乾初為道。敦復無悔,中以自考也。注:五為中,考,成也,變之正體艮成,故中以自考。迷復之凶,反君道也。注:臣行君事,故反君道。

『復』卦『小象伝』:初九「遠からざるの復」とは以て其身を修養する。恵棟の自注:坤は身体を主り、乾の陽気をもって坤体を貫通するので修身と言う。六二「休復の吉」とは己を屈して仁者の下に居ること。自注:初九を仁となし、いわゆる「仁に下る」は自らを初九の下に居らせること。六三「頻復の厲」とは義理の上では過ちなし。六四「中行独復」とは正道に随従すること。自注:震は随従を主り、乾の初爻すなわち道。六五「敦復悔なし」とは中に居りて自ら成就すること。自注:五は上卦の中に居り、「考」は成の義。六五が変じて正に帰れば艮体を成し、艮には成終の義があるので中に居りて自成すると言う。上六「迷復の凶」とは為君の道に違反すること。自注:臣たりて君主の事を行うので君道に反すると言う。

疏:「坤為」至「修身」○坤為身,虞義也。乾息初,故以乾通坤。初為本,身亦為本,故以乾通坤謂之修身也。○「初為」至「於初」○初為元,《文言》曰:「元者善之長也。」又曰:「君子體仁足以長人。」故知初為仁;初體震,震春亦為仁也。二休復為下於初,初為仁,故以下仁也。○「震為」至「為道」○震為從,義見前。乾息初,故曰乾初,初復自道,故為道。初體震,震為大塗,亦為道。四獨應初,故以從道謂從初也。

自疏——疏するのは「坤為」から「修身」までの一段:坤が身を主るは虞翻の説。乾気は初位に生息するので乾をもって坤を貫くと言う。初爻は根本であり身もまた根本なので、乾をもって坤を貫くを修身と謂う。疏する「初為」から「于初」までの一段:初爻は元で、『乾・文言』に「元は善の長なり」とあり、また「君子は仁を体して以て人を長するに足る」とあるので、初爻を仁と知る。初爻はまた震体に処り、震は春に属し、春もまた仁を主る。六二の「休復」はすなわち自らを初九の下に居らせることで、初九は仁なので「仁に下る」と言う。疏する「震為」から「為道」までの一段:震が随従を主るはその義すでに前文に見えた。乾気は初に生息するので乾初と言い、初九の爻辞に「道より復る」とあるので初爻すなわち道。初爻は震体に処り震は大道で、また道義を取る。六四は単独で初九と相応するので「道に従う」はすなわち初九に随従すること。

○「五為」至「自考」○五為上中,故為中。考,成,《釋詁》文,鄭義也。五失位,變之正體艮,《說卦》曰「成言乎艮」,故體艮成也。○「臣行」至「君道」○上體坤為臣,君謂初也。臣奉君命而行事,順君道也;專君命而行事,是臣行君事,故云反君道也。

疏する「五為」から「自考」までの一段:第五爻は上卦の中なので「中」と言う。「考」は成の義で『爾雅・釈詁』に見え、鄭玄の解釈でもある。六五は失位で、変じて正に帰れば艮体を成し、『説卦』に「成すことは艮に言う」とあるので、艮の体を成して成就の義あると言う。疏する「臣行」から「君道」までの一段:上爻は坤体に処り坤は臣、「君」は初九を指す。臣が君命を奉じて事を行うは君道に順うのであり、擅に君命を専断して事を行えば、臣が君の事を為すことになるので、君道に反すると言う。

天下雷行,物與無妄。注:天下雷行,無雲而雷,京氏以為大旱之卦,萬物皆死,無所復望,故云物與無妄。先王以茂對句時育萬物。注:先王謂乾,乾盈為茂。對,配也。艮為時,體頤養為育。四之正,三上易位,天地位,萬物育,故以茂對時育萬物。湯遭七年之旱,終成既濟。《禮記·王制》鄭氏以為殷法也,其言曰:「冢宰以三十年之通制國用,量入以為出,三年耕必有一年之食,九年耕必有三年之食,以三十年之通,雖有凶旱水溢,民無菜色。」是其事矣。

『无妄(むぼう)』卦の大象:「天下に雷行し、物与(とも)に无妄す」。恵棟の自注:天下に雷声が響くも雲を見ず、京房はこれに拠って『无妄』を大旱の卦となし、万物尽く死して再び指望なしとするので「物与无妄」と言う。大象は続けて「先王は以て茂く時に対して万物を育す」と言う——原書は「対」の字の下に一の「句」の字を標して断読を示す。自注:「先王」は乾を指し、乾気の盈満を「茂」と言う。「対」は配の義。艮は時を主り、卦中の頤体は養育を主る。九四が正に帰り三と上とが位置を互いに換えれば、天地各々その位を正しくし万物生養を得るので、盛徳をもって天に配し時に随いて万物を養育すると言う。商の湯は七年の大旱に遭遇したが、終に既済の局を成就した。『礼記・王制』を鄭玄は殷代の法と見なし、その文に「冢宰は三十年の総収支をもって国の用度を制し、入を量りて以て出を為す。耕すること三年すれば必ず一年の糧を存し、耕すること九年すれば必ず三年の糧を存す。三十年をもって通算すれば、旱涝の災に遇うとも百姓は菜色を面に見せず」とある——まさにこの事を言う。

疏:「天下」至「無妄」○天下雷行,是無雲而雷。《詩·雲漢》所謂「薀隆蟲蟲」,隆隆而雷,非雨雷也。四已正,上動體屯,九五「屯膏」,雨不下施,故京氏以為大旱之卦。百穀草木咸就枯槁,故萬物皆死,無所復望。《漢書》谷永曰:「遭無妄之卦運。」應劭曰:「天必先雲而後雷,雷而後雨,而今無雲而雷。無妄者,無所望也,萬物無所望於天,災異之大者也。」

自疏——疏するのは「天下」から「无妄」までの一段:「天下に雷行し」はまさに雷あって雲なし。『詩経・大雅・雲漢』の言う「蕰隆虫虫(うんりゅうちゅうちゅう)」は、隆隆と響く干雷であって雨を帯びる雷ではない。九四はすでに正に帰り、上爻が一動すれば『屯(ちゅん)』体を成し、『屯』九五の爻辞に「膏を屯(たぷ)る」とあり——恩沢は雨のごとくして下施できないので、京房はこれを大旱の卦と見なす。百穀草木は尽く枯槁するので、万物尽く死して再び指望なしと言う。『漢書』は谷永が「无妄の卦運に遭遇す」と言ったのを記し、応劭は解説して「天は必ず先ず雲を起こし而る後に雷し、雷して而る後に雨する。いま雲なくして雷す。无妄とはすなわち指望するところなし、万物は上天に対して指望する所なし——これは災異の中の最大なり」と言う。

○「先王」至「事矣」○乾為先,為王,故先王謂乾。乾盈為茂,虞義也,十五乾盈甲,茂者盈盛,故云乾盈為茂。對,配,馬義也。《詩·皇矣》云:「帝作邦作對。」毛傳云:「對,配也。」茂對者,德盛配天地也。艮為時,虞義也。初至四體頤,頤者,養也,故云體頤養為育,育亦養也。四之正,三上易位成既濟,則中和之化行。天地位謂二五得位,所謂中也;萬物育謂六爻相應,所謂和也。

疏する「先王」から「事矣」までの一段:乾は「先」・「王」なので「先王」は乾を指す。「乾盈は茂を為す」は虞翻の説:納甲の例に拠れば、月十五に至れば乾体盈満して甲を納れ、「茂」はすなわち盈満茂盛なので乾盈は茂を為すと言う。「対」を「配」と訓じるは馬融の説。『詩経・大雅・皇矣』に「帝邦を作して対を為す」とあり、毛伝は「対は配なり」と解す。いわゆる「茂対」とは徳行が盛大にして天地に配すること。「艮は時を為す」は虞翻の説。初爻から四爻まで頤体を構成し、頤の意はすなわち養なので、頤体の養をもって「育」と為すと言い、育はすなわち養である。九四が正に帰り三と上とが位置を互いに換えて既済を成せば、中和の化はただちに推行を得る。「天地の位」とは二・五の両爻が各々その正位を得ることで、すなわち『中庸』のいわゆる「中」。「万物の育」とは六爻が両々相応することで、すなわちいわゆる「和」。

以人事明之,先王當指湯。湯遭七年之旱,以六事自責,言未已而天大雨,故云終成既濟。《諡法》「雲行雨施曰湯」,雲行雨施,既濟之事,而以為諡,明湯當既濟也。《禮記·王制》一篇不與《周官》合,故鄭氏注王者之祿爵云「此地殷所因夏爵三等之制」,是《王制》一篇皆殷法,故云鄭氏以為殷法也。

人事をもって印証すれば、ここの「先王」は商の湯を指すべきである。湯は七年の大旱に遭い、六件の事をもって咎を引き己を責め、言まだ尽きざるに天の大雨降りたり——だから終に既済の局を成就したと言う。『諡法』に「雲行き雨施すを湯と曰う」とあり、雲行雨施はまさに既済の主る事であるのに、取って諡号とした——湯の当たる所はまさに既済の象であったと見える。『礼記・王制』一篇は『周官』と合わず、だから鄭玄はその中の王者の禄爵を論ずる処を注して「これは殷代が夏代の爵の三等の制を沿襲したもの」と言う——『王制』全篇の講ずるは皆殷法であると見え、だから恵棟は鄭玄がこれを殷代の法と認めたと言う。

「冢宰以三十年之通制國用,量入以為出」至「民無菜色」,皆《王制》文。鄭彼注云:「通三十年之率,當有九年之蓄。出謂諸當給。」為三年耕必有一年之食,九年耕必有三年之食,大率四分留一,以三十年之通,則有九年之蓄,故云雖有凶旱水溢,民無菜色。鄭彼注云:「菜色,食菜之色。」民無食菜之飢色,即是時育萬物之事,故云是其事矣。

「冢宰は三十年の通を以て国用を制し、入を量りて以て出を為す」から「民に菜色なし」まで、皆『王制』の原文である。鄭玄はそこに注して「三十年の比率を通算すれば、九年の儲蓄を積存すべし。いわゆる『出』とは諸般の供給すべき開支を指す」と言う。耕すること三年すれば必ず一年の糧を存し、耕すること九年すれば必ず三年の糧を存す——おおよそ収めて四にして留めて一である。三十年をもって通算すれば九年の積蓄があるので、旱涝の災に遇うとも百姓は菜色を面に見せずと言う。鄭玄はまた注す「菜色とは野菜を食って日を度るの顔色なり」。百姓に野菜を食う饑餒の色なし——これがまさに時に随いて万物を養育する事なので、恵棟は「これその事なり」と言う。

無妄之往,得志也。注:四變應初,故往得志。不耕穫,未富也。注:四動坤虛故未富,有無妄然後可畜也。行人得牛,邑人災也。可貞無咎,固有之也。注:已事,故云固有之。無妄之藥,不可試也。注:坎為多眚,故藥不可試。無妄之行,窮之災也。注:動而有眚,故災與乾上九同義。

『无妄』卦『小象伝』:初九「无妄の往」とは心志の遂ぐるを得ること。恵棟の自注:九四が変じて初九と相応するので、往けばその志を遂げうる。六二「耕さずして獲ず」とはまだ富足せざること。自注:九四が一動すれば坤体を成し、坤は中虚なので富まず。『序卦』に「无妄ありて然る後に畜む可し」とある。六三「行人の牛を得」とはまさに邑人の災。九四「貞に可なり咎なし」とはそれ本来固くこの正を有すること。自注:九四はすでに正に帰るので本来固く有すと言う。九五「无妄の薬」とは試用すべからざること。自注:坎は災眚多きを主るので薬は試用すべからず。上九「无妄の行」とは窮極の招く災禍。自注:一動すれば災眚あり、だからこの災禍は『乾』上九と同一の意旨。

疏:「四變」至「得志」○此虞義也。上動四體坎,坎為志,初往應之,故往得志。○「四動」至「畜也」○四動體坤,坤虛故未富,此虞義也。「有無妄然後可畜」,《序卦》文。《王制》曰:「國無九年之蓄曰不足,無六年之蓄曰急,無三年之蓄曰國非其國也。」坤虛未富,謂無蓄也;有無妄然後可畜,謂三年六年九年之蓄也。○「已事」至「有之」○四已之正,故云已事,固有之亦謂已事也。○「坎為」至「可試」○此虞義也。○「動而」至「同義」○《易緯》曰:「陽無德則旱。」郎顗曰:「陽無德者,人君恩澤不施於上也。」上動體屯,膏澤不下,坎為多眚,為災,上為窮,故云窮之災。乾上九「忼龍」動而有悔,故云同義。

自疏——疏するのは「四変」から「得志」までの一段:これは虞翻の解釈。上爻が一動すれば九四は坎体に処り、坎は心志を主り、初九が往きてこれと相応するので、往けばその志を遂げうると言う。疏する「四動」から「畜也」までの一段:九四が一動すれば坤体を成し、坤は中虚なので富まず——これも虞翻の説。「无妄ありて然る後に畜む可し」は『序卦伝』に出る。『王制』に「国に九年の蓄えなきを不足と曰い、六年の蓄えなきを危急と曰い、三年の蓄えなければこの国は国に非ず」とある。坤虚にして富まざるは蓄積なきを言い、『无妄』ありて然る後に『大畜(たいちく)』しうるは、まさに三年・六年・九年の蓄を言う。疏する「已事」から「有之」までの一段:九四はすでに正位に帰るので「已事」と言い、「固くこれを有す」もこの已成の事を指す。疏する「坎為」から「可試」までの一段:これは虞翻の解釈。疏する「動而」から「同義」までの一段:『易緯』に「陽徳なければ則ち旱す」とあり、郎顗(ろうがい)は解説して「陽徳なしとは、人君の恩沢が上より下に施せざるを指す」と言う。上爻が一動すれば『屯』体を成し膏沢は下降できず、坎は災眚多き・災禍を主り、上爻はまた窮極の位なので窮極の災と言う。『乾』上九の「亢竜」は一動すれば悔を生ず——だから両者は同一の意旨と言う。

天在山中,大畜,君子以多志前言往行以畜其德。注:君子謂乾三。艮為多,坎為志,乾為言,震為行。乾知大始,震在乾前,故多志前言往行。乾為德,有頤養象,故以畜其德。疏:此虞義也。《乾鑿度》乾三為君子。艮為多節,故為多;坎為心,故為志,志,古文識也;乾為言,九家《說卦》文;乾為古,《說文》曰「古從十口,識前言者也」;震為足,故為行。乾知大始,《繫上》文。大始,乾初也,震初即乾初,故震在乾前。

『大畜(たいちく)』卦の大象:「天山の中にあり、大畜。君子は以て前言往行を多く志(しる)して、以てその徳を畜む」。恵棟の自注:「君子」は乾の第三爻を指す。艮は多を主り、坎は志を主り、乾は言を主り、震は行を主る。『繋辞』に「乾は大始を知る」とあり、震の初爻は乾の前に在るので、前人の言語・往哲の行事を多く記取すると言う。乾は徳を主り、卦中にまた頤養の象があるので、以て己の徳行を蓄積すると言う。自疏:これは虞翻の解釈。『乾鑿度』によれば乾の第三爻は君子。艮は節多きゆえに「多」の義を取り、坎は心なので志を主り——「志」は古文の「識」の字で、すなわち記住である。乾は言、九家本『説卦』に出る。乾はまた古で、『説文』に「古の字は十より口に従う、前人の言語を記住するの意」とある。震は足なので行を主る。「乾は大始を知る」は『繋辞上』に出る。いわゆる大始とは乾の初爻で、震の初爻はすなわち乾の初爻なので、震は乾の前にあると言う。

乾初為積善,自一乾以至三乾成積善成德,故乾為德。三之上有頤象,頤者,養也,畜養同義,故多志前言往行以畜其德也。天在山中而取義於畜德者,德者積累而成。《中庸》論積曰:「今夫天斯昭昭之多,及其無窮也,日月星辰繫焉,萬物載焉。」又曰:「今夫山一卷石之多,及其廣大,草木生之,禽獸居之,寶藏興焉。」鄭彼注云:「天之高明本生昭昭,山之廣大本起卷石,皆合少成多,自小致大,為至誠者亦如是乎。」是言畜德之事與易合也。

乾の初爻は積善の始で、一画の乾から累積して三画の乾に至る——これがすなわち善を積みて徳を成すので、乾は徳を主る。第三爻が上行すれば頤の象があり、頤の意は養、蓄と養は同義なので、前言往行を多く記取してその徳を蓄積すると言う。天が山の中にあって蓄徳に義を取るのは、徳は積累をもってこそ成就するからである。『中庸』が積累を論じて「いまその天は、もとより微小な光の聚まるに過ぎず、それが無窮に及ぶに及んで、日月星辰はその上に系がり、万物はこれに載せられる」と言い、また「いまその山は、もとより拳ほどの石の聚まるに過ぎず、それが広大になるに及んで、草木はその上に生じ、禽獣はその中に居し、宝蔵はその中より興る」と言う。鄭玄はそこに注して「天の高明はもとより点々の光より起こり、山の広大はもとより塊々の小石より起こる——皆少を聚めて多と成し小より大に致る。至誠を致す人もまさにこのごとし」と言う。これは蓄徳の事が易理に合することを言う。

有厲利己,不犯災也。注:坎稱災。轝說腹,中無尤也。注:得中得正,故無尤。利有攸往,上合志也。注:五已變,上動成坎,坎為志,故三往與上合志。六四元吉,有喜也。注:喜謂五。六五之吉,有慶也。注:五變得正,故有慶。何天之衢,道大行也。注:乾為道,震為行,故道大行。

『大畜』卦『小象伝』:初九「厲あり己に利あり」とは災禍に触犯しに行かざること。恵棟の自注:坎は災と称しうる。九二「轝は腹を説(ぬ)ぐ」とは中に居りて過失なきこと。自注:九二は変じて後に中を得また正を得るので過なし。九三「往く攸あるに利あり」とは上爻と心志相合すること。自注:六五はすでに変動し、上爻が一動すれば坎体を成し、坎は心志を主るので、九三が往きて上爻と志同じくする。六四「元吉」とは喜慶あること。自注:「喜」は九五を指す。六五の吉は福慶あること。自注:六五が変じて正を得るので慶あり。上九「天の衢(く)を何(にな)う」とは大道の通行して阻まざること。自注:乾は道を主り震は行を主るので大道通行と言う。

疏:「坎稱災」○此虞義也。二變四體坎,坎為多眚,故稱災。四利己故不犯災。○「得中」至「無尤」○二中而不正,變之正,故得中得正。無咎者善補過,故無尤也。○「五已」至「合志」○此虞義也。三應在上,五變上動成坎為志,三往應之,剛上而尚賢,故與上合志也。○「喜謂五」○此虞義也。陽稱喜,五之正,四上承之,故有喜。○「五變」至「有慶」○此虞義也。五失位變得正,陽稱慶,故有慶也。○「乾為」至「大行」○此虞義也。象曰天衢,傳曰道,道謂天衢也。彼注云:「乾為天,艮為徑路,天衢象。」今不取象於艮者,衢者九交之道,天有九行,亦得稱天衢,不言艮者,略之也。

自疏——疏するのは「坎は災と称す」の一句:これは虞翻の解釈。九二が変動した後、六四は坎体に処り、坎は災眚多きを主るので災と称す。六四は自守に利あるので災禍に触犯しに行かない。疏する「得中」から「无尤」までの一段:九二は中に居りて位に当たらず、変じて正に帰れば中を得また正を得る。『繋辞』に「咎なきは善く過を補うなり」とあるので過なしと言う。疏する「五已」から「合志」までの一段:これは虞翻の解釈。九三の正応は上爻にあり、六五が変動し上爻も動けば坎を成して心志を主るので、九三が往きてこれと相応する——まさに『彖伝』の「剛上して賢を尚ぶ」の義に合し、上爻と志同じくすると言う。疏する「喜は五を謂う」の一句:これは虞翻の解釈。陽は喜と称し、六五が正に帰りて陽となり、六四が下にてこれを承奉するので喜あり。疏する「五変」から「有慶」までの一段:も虞翻の解釈。六五は失位、変じて正を得、陽は慶と称すので慶あり。疏する「乾為」から「大行」までの一段:同じく虞翻の解釈。爻辞は「天衢」と言い、『小象伝』は「道」と言う——「道」はすなわち天衢を指すと見える。虞翻はそこに注して「乾は天、艮は小路、合して天衢の象を成す」と言う。恵棟がここで艮に象を取らないのは、「衢」は九路交会の道で、天には九道の運行がありても天衢と称しうるからであり、艮を挙げないのはそれを省略したのである。

山下有雷,頤,君子以慎言語,節飲食。注:君子謂三已正。艮為慎,震為言語,故慎言語;坎水為飲,兌為口實,艮為止,故節飲食。疏:三失位為小人,今已養正,故稱君子也。艮為慎,震為言語,皆虞義也。艮,吉人之辭寡,故慎言語。坎為水,故為飲。虞氏謂兌為口實,口實者,頤中物,故為食。艮為止,節有止義,故以節飲食也。

『頤(い)』卦の大象:「山下に雷あり、頤。君子は以て言語を慎しみ飲食を節す」。恵棟の自注:「君子」は六三が変じて正に帰した後を指す。艮は謹慎を主り、震は言語を主るので言語を慎しむと言い、坎は水にして飲を主り、兌は口中の物、艮は止を主るので飲食を節制すると言う。自疏:六三はもともと失位で小人に属す。いますでに正をもってこれを養うので君子と称す。艮が慎を主り震が言語を主るは皆虞翻の説。艮は止まりて躁せず、まさに「吉人の辞は寡し」に合するので言語を慎しむと言う。坎は水なので飲を主る。虞翻は兌を口実と言い、口実はすなわち口中に含む物なので食を主る。艮は止を主り、「節」は停止の義を含むので飲食を節制すると言う。

觀我朵頤,亦不足貴也。注:陽為貴,飲食之人則人賤之矣,故不足貴。六二征凶,行失類也。注:震為行,類謂五。十年勿用,道大悖也。注:弒父弒君,故大悖。顚頤之吉,上施光也。注:陽主施,離為光。居貞之吉,順以從上也。注:坤為順。由頤厲吉,大有慶也。注:變陽得位,故大有慶。

『頤』卦『小象伝』:初九「我が朶頤(だい)を観る」とは亦た重きを置くに足らず。恵棟の自注:陽はもともと貴だが、『孟子』に口腹のみ顧る人は人これを軽んずとあるので、重きを置くに足らず。六二「征凶」とは行動の中に同類を失うこと。自注:震は行を主り、「類」は六五を指す。六三「十年用うる勿かれ」とは道理の上で大いに悖乱すること。自注:父を弑し君を弑するがごときなので大いに悖乱と言う。六四「顚頤(てんい)の吉」とは上位が施予して光大すること。自注:陽は施予を主り、離は光明を主る。六五「居貞の吉」とは順従して上爻に追随すること。自注:坤は順を主る。上九「頤より厲(あやう)くして吉」とは大いに福慶あること。自注:六五が変じて陽となりて正位を得るので大いに福慶あり。

疏:「陽為」至「足貴」○易例陽為貴,陰為賤。初陽而云不足貴者,以其求養於上,飲食之人養其小者,故人賤之而言不足貴也。○「震為」至「謂五」○二體震為行,二正應五,五,二之類也,二養於上而失五,故行失類。謂五為類者,《文言》論二五相應之理云「亦各從其類」,故二與五為類也。○「弒父」至「大悖」○此虞義也。

自疏——疏するのは「陽為」から「足貴」までの一段:易の例は陽をもって貴とし陰をもって賤とする。初九は陽爻なるに重きを置くに足らずと言うのは、反って上に養を求めるがゆえである。飲食のみ顧る人の養う所は自身の小なるものなので、人これを軽んじて貴ぶに足らずと言う。疏する「震為」から「謂五」までの一段:六二は震体に処りて行を主り、六二はもともと六五と正応する——六五はすなわち六二の同類。六二が上に向かい養を求めて六五を失うので、行動の中に同類を失うと言う。六五を「類」と称する所以は、『乾・文言』が二五の相応の理を論じて「亦た各々その類に従う」と言うゆえに、二と五は互いに同類となる。疏する「弑父」から「大悖」までの一段:これは虞翻の解釈。

○「陽主」至「為光」○上陽爻,陽主施。離謂晉離也,或以三五之正,四體離,義亦通耳。四求養於上而得所欲,由上施之而下皆得其欲,離為光,故上施光也。○「坤為順」○五體坤為順,五養於上,與上易位,故順以從上。蒙六五「順以巽」,亦是二五易位之事,義並同也。○「變陽」至「有慶」○此虞義也。五上易位,三五皆正,故云變陽得位。養道既成,六爻皆正,故大有慶。陰以陽為主,陽稱大稱慶也。

疏する「陽主」から「為光」までの一段:上九は陽爻、陽は施予を主る。ここの離は『晋』卦の離を指し、あるいは三・五の両爻が正に帰して六四が離体に処るとして講じても義理は通る。六四は上に向かい養を求めてその求める所を得、上位が施予して下にある者は皆その願いを遂げる。離は光明を主るので上位が施予して光大と言う。疏する「坤は順を為す」の一句:六五は坤体に処りて順を主り、六五は上に向かい養を受け、上爻と位置を互いに換えるので順従して上爻に追随すると言う。『蒙(もう)』六五の『小象』に「順にして巽なり」とあるも二五が位置を互いに換える事で、義理は同じ。疏する「変陽」から「有慶」までの一段:これは虞翻の解釈。五と上が位置を互いに換え、三と五は皆正に帰するので、変じて陽となりて正位を得たりと言う。養道すでに完成し六爻各々その正を得るので、大いに福慶あり。陰は陽をもって主とし、陽は「大」と称し「慶」と称しうる。

澤滅木,大過,君子以獨立不懼,世無悶。注:君子謂乾初。陽伏巽中,體復一爻,潛龍之德,故稱獨立不懼。憂則違之,乾初同義,故世無悶。疏:此虞義也。傳言獨立不懼,初稱獨,故君子謂乾初。初本巽也,巽其究為躁卦,故陽伏巽下。乾之初九即復也,入坤出震,故云體復一爻。乾初九「潛龍勿用」,故云潛龍之德。龍德而隱,故獨立不懼;隱藏坤中,坤亂於上,憂則違之,世無悶,皆乾初《文言傳》文,故云乾初同義。君子處大過之時,過不失中,亦有此義也。

『大過(たいか)』卦の大象:「沢木を滅す、大過。君子は以て独立して懼れず、世に悶(もだ)え無し」。恵棟の自注:「君子」は乾の初爻を指す。陽は巽体の中に潜伏し、まさに『復』卦の一陽の体で、潜竜の徳を具えるので独立して畏懼せずと言う。『文言』の講ずる「憂えれば則ちこれを違ぬ」とは乾初爻と同一の意旨なので、世を遁れて苦悶する所なしと言う。自疏:これは虞翻の解釈。『大象伝』に「独立して懼れず」とあり、初爻を「独」と称するので「君子」は乾の初爻を指す。初爻はもともと巽に属し、巽は極めては躁卦となるので、陽は巽体の下に潜伏する。乾の初九はすなわち『復』で、陽は坤に入りて震に出るので『復』卦一陽の体と言う。乾初九の爻辞に「潜竜用うる勿かれ」とあるので潜竜の徳と言う。竜徳ありて隠れて出でざるゆえに独立懼れずを能くし、坤体の中に隠れ、坤は上にあって世道混濁し、憂えれば則ち避け去り世を遁れて悶えなし——これらは皆乾初九の『文言伝』の語なので、乾初爻と同一の意旨と言う。君子は大過の世に処り、行いは過ぐる所あるも中道を失わず——またこの層の意を含む。

藉用白茅,柔在下也。注:柔在下,非其正。老夫女妻,過以相與也。注:二過與初,故過以相與。虞氏謂二過初與五,五過上與二,獨大過之爻得過其應,故過以相與。棟橈之凶,不可以有輔也。注:輔之益橈,故不可以有輔,陽以陰為輔也。棟隆之吉,不橈乎下也。注:初為下,與四易位,故不橈。枯楊生華,何可久也;老婦士夫,亦可醜也。注:乾為久,華在上,故不可久。頤坤為丑,虞氏謂婦體遘淫,故可丑。過涉之凶,不可咎也。注:得位而凶,故不可咎,以喻伏節死義之臣。

『大過』卦『小象伝』:初六「藉(し)くに白茅を用う」とは柔爻の下位に居ること。恵棟の自注:柔爻は下にあり、その処るべき正位に非ず。九二「老夫に女妻」とは常例を越えて相与すること。自注:九二はもと応ずべき爻を越えて初六と相与するので常例を越えて相与すると言う。虞翻の説は:二位を越えて初と五とが相与し、五位を越えて上と二とが相与する。ただ『大過』の爻のみその正応を越えることを得るので、常例を越えて相与すると言う。九三「棟橈(とうじょう)の凶」とは輔助する者ある能わざること。自注:輔助を加えればかえって棟梁をますます弯げるので輔あるべからず——陽は陰をもって輔とする。九四「棟隆の吉」とは下に弯曲せざること。自注:初爻は下にあり、九四と位置を互いに換えるので弯曲せず。九五「枯楊華を生ず」とはどうして久しかるべけんや、「老婦に士夫」とは亦た羞丑と算すべき。自注:乾は長久を主り、華は上に開くので久しくあらず。旁通の『頤』に坤あり、坤は丑を主る。虞翻はこの「婦」が『姤』体に処りて淫佚の象ありと言うので羞丑とすべし。上六「渉を過ぐるの凶」とは帰咎すべからざること。自注:上六は位に当たるも凶と言うので帰咎すべからず——節を守り義に死する臣子を以て譬う。

疏:「柔在」至「其上」○柔在下,失位,故非其正,與四易位則無咎也。○「二過」至「相與」○二已老,故過而與初;初梯尚少,故云過以相與。虞氏謂「二過」,過二也;「初與五」,初過二與五也;「五過」,過五也;「上與二」,上過五與二也。《易乾鑿度》初與四、二與五、三與上謂之應,今初應五,上應二,故云獨大過之爻得過其應。

自疏——疏するのは「柔在」から「其上」までの一段:柔爻の下に居るは失位なので、その処るべき正位に非ずと言い、九四と位置を互いに換えれば過ちなし。疏する「二過」から「相与」までの一段:九二はすでに老いるので一位を越えて初六と相与し、初六は枯楊の新生の嫩芽のごとく年紀なお軽し——だから常例を越えて相与すると言う。虞翻の言う「二過」は第二位を越えること、「初与五」は初爻が二位を越えて五と相与すること、「五過」は第五位を越えること、「上与二」は上爻が五位を越えて二と相与すること。『易乾鑿度』によれば初と四・二と五・三と上のみが相応と言うのに、いまは初が五に応じ上が二に応ずるので、ただ『大過』の爻のみが本来の正応を越えうると言う。

若然,比初有它吉,臨上敦臨,復五敦復,亦是過應,以非例之常,故稱它,稱敦;其違常而過應者,如頤九二「拂經於丘」、中孚初九「有它不燕」及此經「有它吝」之類,皆以過應而著其失也。○「輔之」至「輔也」○此虞義也。輔之謂初上,初上皆弱,故輔之益橈。比彖傳曰:「比,輔也,下順從也。」是陰比陽而謂之輔,故云陽以陰為輔也。○「初為」至「不橈」○易例初為下,初弱故橈,與四易位,故不橈也。

この説に照らせば、『比』初六の「それ吉あり」、『臨』上六の「敦臨」、『復』六五の「敦復」も皆正応を越える類に属する。常例に合せぬがゆえに「它」と称し「敦」と称す。常例に背きて正応を越えるもの、たとえば『頤』九二の「経を拂いて丘において」、『中孚(ちゅうふ)』初九の「それあれば燕ならず」および引く所の「それあれば吝」の類は、皆正応を越えるによってその失当を顕す。疏する「輔之」から「輔也」までの一段:これは虞翻の解釈。いわゆる「輔之」は初爻と上爻を指し、初・上の両爻は皆柔弱なので、来りて輔助すればかえって棟梁をますます弯げる。『比』卦『彖伝』に「比は輔なり、下の順従なり」とある——陰が陽に親附するを輔と謂うと見えるので、陽は陰をもって輔とする。疏する「初為」から「不橈」までの一段:易の例は初爻をもって下とし、初爻は柔弱なので弯曲する。九四と位置を互いに換えれば弯曲しない。

○「乾為」至「可丑」○乾為天,天行不息故久。兌反巽,巽為楊,楊枯於下,華發於上,故不久。頤坤謂旁通也,坤為夜,《太玄》曰「夜以丑之」,故為丑。《詩·牆有茨》曰:「中冓之言,不可道也;所可道也,言之丑也。」薛君章句云:「中冓,中夜也。」虞氏以初為老婦,初體遘,遘女壯,鄭氏謂壯健以淫,故婦體遘淫,亦可醜也。○「得位」至「之臣」○上得位而稱凶者,君子濡跡以救時,過涉猶濡跡,志在救時,誰得而咎,以喻伏節死義之臣,行雖過而有濟也。

疏する「乾為」から「可丑」までの一段:乾は天で天道は運行息まず、ゆえに長久を主る。兌を倒せばすなわち巽で、巽は楊樹。楊樹は下すでに枯れて上に花を開くので久しくありえない。「頤の坤」は旁通の卦に就いて言うもので、坤は夜を主り、『太玄』に「夜は以て丑とする」とあるので丑の義を取る。『詩経・鄘風・墻有茨』に「中冓の言は道うべからず。道うべきところも言えば醜なり」とあり、薛君の『韓詩章句』は「中冓」を半夜と解す。虞翻は初爻をもって老婦とし、初爻は『姤』体に処り、『姤』の卦辞に「女壮」とあり、鄭玄は強健にして淫佚と解するので、この婦人は『姤』体に処りて淫の象あると言い、亦た羞丑と算すべし。疏する「得位」から「之臣」までの一段:上六は位に当たるも凶と言うのは、君子が甘んじて両足を濡らして時局を挽救せんとするがゆえ——「渉を過ぐる」はまさに足を沾らして水を渉るがごとし。志は時を救うにあり、誰かこれに責を加えうるや。節を守り義に死する臣子に譬えれば、行いは過分なるも匡済する所あり。

水洊至,習坎,君子以常德行,習教事。注:洊,再也。君子謂乾,五在乾稱大人,在坎為君子。坎為習,為常;乾為德,震為行,巽為教令,坤為事,故以常德行習教事。疏:洊,再也,《釋言》文。「君子」以下,虞義也。三繫徽纆,故君子謂乾五。乾二五之坤成坎,二五在乾稱大人而在坎稱君子者,五坎不盈,德盛而業未大,故稱君子。坎稱習,坎水性有常,故坎為習,為常。巽謂觀巽也,巽申令,故為教令。水之洊至,不舍晝夜,君子進德修業亦如之,故以常德行習教事也。

『坎(かん)』卦の大象:「水洊(せん)び至る、習坎。君子は以て徳行を常にし、教事を習う」。恵棟の自注:「洊」は再・重複である。「君子」は乾を指す。第五爻は乾卦において大人と称し、坎卦において君子と称す。坎は重習・恒常を主り、乾は徳を主り、震は行を主り、巽は教令を主り、坤は事を主るので、徳行を恒久に保持し教化の事を反復演習すると言う。自疏:「洊は再なり」は『爾雅・釈言』に出る。「君子」以下は虞翻の説。六三に「繋るに徽纆(きばく)を用う」の象あるので、「君子」は乾の第五爻を指す。乾の二・五両爻が坤に交入りて坎を成す。二・五は乾において大人と称して坎において君子と称するのは、九五が坎に処りて「盈たず」、徳は盛なれど業は未だ大ならず、ゆえにただ君子と称する。坎は「習」と称しうる。坎水の性には常あるので、坎は重習・恒常を主る。ここの巽は『観』卦の巽を指し、巽は号令を申布しうるので教令を主る。水は一波接一波と流れ来りて昼夜停まず、君子の徳業を進めるもこのごとし——だから徳行を恒久に保持し教化の事を反復演習すると言う。

習坎入坎,失道凶也。注:上無其應,初二失正,故失道凶。求小得,未出中也。注:變應五則出,今據初故未出中。來之坎坎,終無功也。注:三失位,不與五同功,故終無功。尊酒簋,剛柔際也。注:乾剛坤柔,震為交,故曰剛柔際。坎不盈,中未大也。注:五為大中,陽陷陰中,故未大。上六失道,凶三歲也。注:三應在上,故云上六失道。

『坎』卦『小象伝』:初六「習坎にして坎に入る」とは正道を失いて凶。恵棟の自注:初六は上に相応の爻なく、初・二の両爻はまた皆正を失うので道を失いて凶と言う。九二「小を求めて得」とはまだ坎険の中を出でざること。自注:九二が変じて九五に応ずれば険を出づる能し、いまただ初六を憑拠するのみなのでまだ中より出でず。六三「来ること坎坎」とは終に功なきこと。自注:六三は失位で九五と功を同じくする能わず、ゆえに終に功なし。六四「酒を尊び簋(き)」とは剛柔相い接すること。自注:乾剛坤柔、震は交接を主るので剛柔相接と言う。九五「坎盈たず」とは中に居りて未だ光大せざること。自注:第五爻は大中の位で、陽は陰中に陥るので未だ光大ならず。上六「道を失う」とは凶三年に延ぶること。自注:六三の正応は上爻にあるので上六は道を失うと言う。

疏:「上無」至「失道」○此虞義也。初與四敵應,故無其應。言初而及二者,坎內三爻失正,象言失道指此三爻,二據初,故兼言之也。○「變應」至「出中」○二變應五,往有功則出險,今求小得而據初,是未變也,故虞注既濟彖傳「未出中」謂二未變而在坎中是也。○「三失」至「無功」○三五同功,三失位,不與五同功,上為終,終無功,言當繫徽纆也。

自疏——疏するのは「上无」から「失道」までの一段:これは虞翻の解釈。初六と六四は同じく陰爻にして敵対するので相応の爻なしと言う。注文は初爻を言うも二爻に連及するのは、坎の内卦の三爻が皆正を失い、『小象』の言う「失道」はまさにこの三爻を指すからであり、九二はまた初六を憑拠するので併せて言及する。疏する「変応」から「出中」までの一段:九二が変動して上って九五に応じ、往きて功あれば険境を脱出する。いまそれはただ小なる得を求めて初六を憑拠するのみで、まだ変動していないと見える——だから虞翻が『既済』『彖伝』の「未だ中より出でず」を注するは、まさに九二未だ変ぜずしてなお坎中に在ることを言う。疏する「三失」から「无功」までの一段:三と五は功を同じくするが、六三は失位で九五と功を同じくする能わず。上爻を終とし終に功なし——それは徽纆の繋を受くべきを言う。

○「乾剛」至「柔際」○此虞義也。屯彖傳曰:「剛柔始交而難生。」謂乾剛坤柔交而成坎也。際,接也,四體震為交,上與五接,故剛柔際。俗本「尊酒簋」下羨「貳」字,此誤從王弼讀耳,簋與缶、牖韻,不當有貳字。○「五為」至「未大」○陽稱大,五陽位而居中,故為大中。乾五之坤,陽陷陰中,故未大。經言「禔既平」,美其德也;傳言「中未大」,舉其象也。○「三應」至「失道」○三失道而云上六者,三應在上,凶禍至上而成,故云上六失道凶。在三年之後,故云凶三歲也。俗以失道謂上,非易例也。

疏する「乾剛」から「柔際」までの一段:これは虞翻の解釈。『屯』卦『彖伝』に「剛柔始めて交わりて難生ず」とあるのは、乾の剛と坤の柔が交合して坎を成すを指す。「際」は接の義で、六四は震体に処りて交を主り、上は九五と相接するので剛柔相接と言う。通行本は「尊酒簋」の下に「貳」の一字を多く出すが、これは誤って王弼の読法に従ったもの。「簋」は「缶」「牖」と韻を押すので「貳」の字あるべからず。疏する「五為」から「未大」までの一段:陽は大と称し、第五爻は陽位にしてまた中に居るので大中の位。乾の第五爻は坤中に交入り、陽は陰裏に陥るので未だ光大ならず。爻辞に「禔(し)既に平らかなり」とあるはその徳を賛美し、『小象伝』の「中未だ大ならず」はその象を挙げる。疏する「三応」から「失道」までの一段:道を失うはもと六三なるに「上六」と言うのは、六三の正応が上爻にありて凶禍は上爻に至ってこそ醸成するがゆえで、だから上六は道を失いて凶と言う。この凶は三年の後に応験するので「凶は三歳」と言う。俗解は「失道」を上六自身に帰するも易例に合わず。

明兩作離。注:兩謂日與月也。乾五之坤成坎,坤二之乾成離,離坎,日月之象,故明兩作離。作,成也,日月在天,動成萬物,故稱作矣。或以日與火為明兩作也。大人以繼明照于四方。注:陽氣稱大人,則乾五大人也。乾二五之光繼日之明,坤為方,二五之乾,震東兌西離南坎北,故曰照于四方。《書》曰:「照臨四方曰明。」

『離(り)』卦の大象:「明両なして作す、離」。恵棟の自注:「両」は日と月を指す。乾の第五爻が坤に交入りて坎を成し、坤の第二爻が乾に交入りて離を成す——離と坎はまさに日月の象なので、二種の光明並び起こりて『離』を成すと言う。「作」は成で、日月は天に懸りて運行息まず万物を成就するので「作」と称す。あるいは日と火をもって「明両作」とする者もいる。大象は続けて「大人は以て明を継ぎて四方を照らす」と言う。自注:陽気は大人と称しうる、さらばここは乾の第五爻の大人。乾の二・五両爻の光輝は太陽の光明を接継し、坤は四方を主る。二・五が乾に交入りて後、震は東に居り、兌は西に居り、離は南に居り、坎は北に居るので四方を照臨すると言う。『尚書』に「四方を照臨すを明と曰う」とある。

疏:「兩謂」至「作也」○此虞義也。嫌謂二日,故云兩謂日與月也。乾五之坤成坎,坎為月;坤二之乾成離,離為日,故云離坎日月之象,明兩作之義也。《繫上》曰:「坤化成物。」姚信云:「化當為作。」故云作,成也。日月在天,動成萬物,亦是既濟之事也。或以日與火為明兩作者,離為日,為火,故以日與火為明兩作也。孟子曰:「天無二日。」俗說以明兩作皆指日者,非其義,故並著之。

自疏——疏するのは「両謂」から「作也」までの一段:これは虞翻の解釈。人が二つの太陽と誤認するのを恐れるので、「両」は日と月を指すと言う。乾の第五爻が坤に交入りて坎を成し、坎は月。坤の第二爻が乾に交入りて離を成し、離は日。だから離と坎は日月の象と言う——これが「明両作」の義である。『繋辞上』に「坤は物を化成す」とあり、姚信は「化」は「作」と作るべしと見るので、「作」はすなわち成。日月は天に懸りて運行息まず万物を成就するは、まさに既済の主る事でもある。日と火をもって「明両作」とする者は、離が日にしてまた火であるので、日と火をもって明の両並起とする。『孟子』に「天に二日なし」とあり、俗説は「明両作」を皆太陽と解するも本義に合わず——だから恵棟は両説を併せて載せた。

○「陽氣」至「曰明」○此虞義也。陽氣稱大人,謂五伏陽,故云則乾五大人也。乾二五之坤為坎,坎月為光,日月代明,以月繼日,故云繼日之明。坤為方,荀九家《說卦》文。乾二五之坤成震坎,坤二五之乾成離兌,故云震東兌西離南坎北照于四方也。俗以日繼日為繼明者,非也。《書》曰者,《周書·諡法》也。

疏する「陽気」から「曰明」までの一段:これは虞翻の解釈。陽気は大人と称しうる——六五の下に潜伏する陽を指すので、すなわち乾の第五爻の大人と言う。乾の二・五両爻が坤に交入りて坎を成し、坎は月にして光を主る。日月が交替して明を放ち、月をもって日を接続するので、太陽の光明を継ぐと言う。坤が四方を主るは荀爽九家本『説卦』に出る。乾の二・五両爻が坤に交入りて震と坎を成し、坤の二・五両爻が乾に交入りて離と兌を成すので、震は東・兌は西・離は南・坎は北に居りて四方を照臨すると言う。俗解が日をもって日に接ぐるを「継明」とするは誤り。注に引く「書に曰く」は『周書・諡法』に出る。

履錯之敬,以辟咎也。注:咎謂四。《春秋傳》曰:「原屏,咎之徒也。」黃離元吉,得中道也。注:中謂二,乾為道。日之離,何可久也。注:日中則,故不可久。如其來如,無所容也。注:不容於內。六五之吉,離王公也。注:王謂五,公謂三。王用出征,以正邦也。注:坤為邦,五之坤,故以正邦。

『離』卦『小象伝』:初九「錯を履むの敬」とは以て咎害を避くること。恵棟の自注:「咎」は九四を指す。『春秋左伝』に「原同・屏括は咎を招くの類なり」とある。六二「黄離元吉」とは居中の道を得ること。自注:「中」は六二を指し、乾は道を主る。九三「日の昳(てつ)」とはどうして久しかるべけんや。自注:太陽は正中に至れば偏斜するので久しくありえない。九四「その来る如し」とは身を容るる所なきこと。自注:内卦に容れられず。六五の吉は王公に附麗すること。自注:「王」は六五を指し、「公」は九三を指す。上九「王用いて出でて征す」とは以て邦国を匡正すること。自注:坤は邦国、六五が変じて坤に入るので邦国を匡正すると言う。

疏:「咎謂」至「徒也」○四來犯初,故咎謂四。《春秋傳》者,宣十二年《左傳》文,彼謂咎為彘子,彘子小人,以喻四爻。○「中謂」至「為道」○五變二,上承之,故得中道。二得中,故中謂二;上承乾五,故乾為道。○「日中」至「可久」○「日中則」,豐彖傳文。日之中前、中後皆日,《逸周書》曰:「日之中也。」《周禮》司市,朝市於東,市於中,夕市於西。日中正在天心之一線,未及一線、已過一線謂之昳,中則日之正中頃刻而已。《呂氏春秋》云:「趙襄子曰:日中不須臾。」故云日之離何可久也。

自疏——疏するのは「咎謂」から「徒也」までの一段:九四が上って初九を侵犯するので「咎」は九四を指す。引く所の『春秋伝』は宣公十二年の『左伝』の文で、そこに言う「咎」は彘子先縠(ちゅうしせんこく)を指す——彘子は小人であり、以て第四爻に譬うる。疏する「中謂」から「為道」までの一段:六五が変じて二に居り、上の爻がこれを承奉するので居中の道を得たりと言う。六二は中を得るので「中」は六二を指し、上って乾の第五爻を承くので乾は道を主ると言う。疏する「日中」から「可久」までの一段:「日中は則ち」は『豊』卦『彖伝』の語。日中の前・日中の後は皆白日と算し、『逸周書』に「日の中なり」とあり、『周礼』は司市の職を記して早市は東に設け、午市は中に設け、晩市は西に設く。日の天に正く当たるは天心の一線の位のみで、この一線に未だ至らず・この一線をすでに過ぐるは皆「昳」と言う——いわゆる「中」とは太陽の正中の一瞬に過ぎない。『呂氏春秋』は記す「趙襄子曰く、日中の時は片刻も停留しえず」——だから「日の昳、どうして久しかるべけんや」と言う。

○「不容於內」○《說文》曰:「如其來如,不孝子出,不容於內也。」四與初敵應,初闢四咎而在內卦,故不容於內,震為容也。○「王謂」至「謂三」○五為王位,三為三公,五上易位,麗五應三,故離王公,離讀為麗也。○「坤為」至「正邦」○離自坤來,故坤為邦。征之為言正也,出離為坎,五來之坤得正,故以正邦也。

疏する「内に容れられず」の一句:『説文』に「その来る如しとは、不孝の子が逐い出されて家内に容れられざるなり」とある。九四と初九は同じく陽爻にして敵対し、初九は九四の咎を避けて身を内卦に置くので、内卦に容れられずと言う——震は容納を主る。疏する「王謂」から「謂三」までの一段:第五爻は王位、第三爻は三公の位。五と上が位置を互いに換え、六五が附麗して九三と相応するので、王公に附麗すると言う——「離」は「麗」と読む。疏する「坤為」から「正邦」までの一段:『離』は坤より変じて来たるので坤は邦国。「征」の義はすなわち正、離は出でて坎を成し、六五が下りて坤に入りて正を得るので邦国を匡正すると言う。

周易述巻十二 元和恵棟撰

象下伝

山上有澤,咸,君子以虛受人。注:君子謂否乾,乾為人,坤為虛,艮為手,謂坤虛三受上,故以虛受人。艮山在地上為嗛,在澤下為虛。疏:此虞義也。乾三為君子,乾上之三,故君子謂否乾。乾為人,坤為虛,亦謂否乾反坤也。受以手,故艮為手。三本坤也,坤為虛,上之三,是虛三受上,故以虛受人也。嗛咸二卦皆乾上之三,嗛指乾上虧盈之義,虛指坤三虛受之義,故艮山在地下為嗛,在澤下為虛也。

『咸(かん)』卦の大象:「山上に沢あり、咸。君子は以て虚にして人を受く」。恵棟の自注:「君子」は『否』卦の乾体を指し、乾は人、坤は虚、艮は手。意は坤の第三位が己を虚しくして上爻を接納するので、虚懐をもって他人を受け入れると言う。艮山は地の上にあれば『謙』となり、沢の下にあれば虚受の義を取る。自疏:これは虞翻の解釈。乾の第三爻は君子で、『否』の乾の上爻が下りて三位に至るので「君子」は『否』卦の乾を指す。乾は人、坤は虚——これも『否』卦の乾が翻転して坤となるに就いて言う。受けるには手を用いるので艮は手。第三位はもともと坤に属し坤は虚を主り、上爻が下りて三位に至る——まさに三位が己を虚しくして上爻を接納するので、虚懐をもって他人を受け入れると言う。『謙』『咸』両卦は皆乾の上爻が下りて三位に居るによりて成る。『謙』は乾上の「盈を虧(か)く」の義を取り、『咸』は坤三の「虚受」の義を取る——だから艮山は地の下にあれば『謙』、沢の下にあれば虚受と言う。

咸其母,志在外也。注:外謂四失位,遠應之四得正,故志在外。雖凶居吉,順不害也。注:坤為順,為害,二本坤也,故順;上之三坤體壞,故順不害。咸其股,亦不處也;志在隨人,所執下也。注:巽為處女,男已下女,故不處也,凡士與女未用皆稱處矣。志在於二,故所執下也。貞吉悔亡,未感害也;憧憧往來,未光大也。注:坤為害,初四易位,故未感害。初往弇三,故未光;四來居初,故未大。咸其脢,志末也。注:末謂上,五比上故志末。咸其輔頰舌,媵口說也。注:媵,送也,不得之三,故媵口說。

『咸』卦『小象伝』:初六「その拇(ぼ)に咸(かん)じ」とは心志が外にあること。恵棟の自注:「外」は六四の失位を指す。初六は遠くこれと相応し、往きて四位に就けば各々その正を得るので心志が外にあると言う。六二「凶なりといえども居れば吉」とは順従して損害を受けざること。自注:坤は順を主りまた害を主る。六二はもともと坤に属するので順。乾の上爻が下りて三位に至れば坤体は破壊されるので順にして害なし。九三「その股に咸じ」とは亦た安処する能わざること。「志は人に随うに在り」とはその執守する所が低下すること。自注:巽は処女、男子はすでに身を屈して女子に下就するので安処する能わず。およそ士人と女子の未だ任用されず未だ嫁がざるを皆「処」と称す。九三の志は六二に在るのでその執守する所は低下。九四「貞吉悔亡」とは感応まだ害を受けず、「憧憧(しょうしょう)として往来す」とはまだ光大せざること。自注:坤は害を主り、初と四が位置を互いに換えるので感応は害を受けず。初爻は往きて九三を遮蔽するので未だ光ならず、九四は下りて初位に居るので未だ大ならず。九五「その脢(ばい)に咸じ」とは心志が末にあること。自注:「末」は上爻を指し、九五は上爻に緊隣するので心志は末に在る。上六「その輔・頬・舌に咸じ」とはただ口舌をもって相送るのみ。自注:「媵(よう)」は送。上六は下りて三位に至ること能わず、ただ言語を憑りて相送るのみ。

疏:「外謂」至「在外」○此虞義也。四在外卦,故外謂四。六居初而應又遠,故失位遠應,之四得正,謂與四易位則皆得其正。初利之四,故志在外也。○「坤為」至「不害」○坤順,《說卦》文;坤為害,虞義也。坤柔順承天,故順;陰體賊害,故又為害也。二在否家體坤,故本坤也。順於三,故順;乾上之三坤體壞,故不害也。凡爻之情,近而不相得、遠而不相應者則言害,咸家取女吉,二氣感應以相與,故二曰順不害,四曰未感害也。

自疏——疏するのは「外謂」から「在外」までの一段:これは虞翻の解釈。六四は外卦にあるので「外」は六四を指す。陰爻をもって初位に居りて応ずる爻また遠し——だから失位にして遠応と言い、「之四に之きて正を得」は初と四が位置を互いに換えれば皆各々その正を得るを言う。初六は往きて四位に就くに利あるので心志は外に在ると言う。疏する「坤為」から「不害」までの一段:坤が順を主るは『説卦』に出、坤が害を主るは虞翻の説。坤は柔順にして天を承奉するので順となり、陰の本性は賊害するのでまた害となる。六二は『否』卦一系に処りて坤体に属するので本属坤と言う。それは九三を順承するので順であり、乾の上爻が下りて三位に至れば坤体は破壊されるので害を成さず。およそ爻の情態として、相隣りて彼此合わず相隔りて彼此応ぜざるを「害」と言う。『咸』卦は女を娶るを以て吉とし、二気交感して相い親与するので、六二は順にして害なしと言い、九四は感応まだ害を受けずと言う。

○「巽為」至「下也」○此虞義也。巽陽藏室,故為處;為長女,故為處女。女未嫁稱處,荀子曰:「處女莫不願得以為士。」今男已下女,故不處也。士未見於君亦稱處士,故士與女未用皆稱處矣。二,隨人者也,三志在二,故志在隨人;二又在下,故所執下也。

疏する「巽為」から「下也」までの一段:これは虞翻の解釈。巽は陽気の室内に蔵する象あるので「処」の義を取り、巽はまた長女なので処女となる。女子の未だ嫁がざるを「処」と称し、『荀子』に「処女はかかる士人に嫁ぐを願わざるなし」とある。いま男子はすでに身を屈して女子に下就するので安処する能わずと言う。士人の未だ君に用いられざるも「処士」と称すので、士と女の未だ任用されず未だ嫁がざるを皆「処」と称す。六二は他人に随従する一爻で、九三の志は六二に在るので志は人に随うと言い、六二はまた下に居るのでその執守する所は低下と言う。

○「坤為」至「未大」○初四不當位而相應,《乾鑿度》謂之失義,失義則有害,悔且吝是也。初四易位,爻皆得正,貞吉而悔亡,故未感害也。初往弇三,三為四弇,故未光;四來居初,初陽尚小,故未大也。○「末謂」至「志末」○爻例初為本,上為末,五比上,上為末,故志末,坎為志也。

疏する「坤為」から「未大」までの一段:初と四は皆位に当たらずまた相応する——『乾鑿度』はこれを「失義」と称し、失義はすなわち害ありて悔と吝を招く。初と四が位置を互いに換えるに及び両爻各々その正を得、貞にして吉にして悔も消亡するので、感応まだ害を受けずと言う。初爻は往きて九三を遮蔽し、九三はまた九四に蔽われるので未だ光ならず。九四は下りて初位に居り、初位の陽はなお小さいので未だ大ならず。疏する「末謂」から「志末」までの一段:爻の例に拠れば初爻は本・上爻は末。九五は上爻に緊隣し、上爻はまさに末なので、心志は末に在ると言う——坎は心志を主る。

○「媵送」至「口說」○此虞義也。媵,送,《釋言》文。媵讀為騰,《燕禮》曰:「媵觚於賓。」鄭彼注云:「媵,送也,今文媵皆作騰。」是媵為古文騰也。《淮南子》曰:「子產騰辭。」上與五比而不應三,故云不得之三。鄭氏謂徒送口語相感而已,故媵口說。本今作滕,《釋詁》曰:「滕,虛也。」言以虛辭相感,義亦得通。

疏する「媵送」から「口説」までの一段:これは虞翻の解釈。「媵」を「送」と訓じるは『爾雅・釈言』に出る。「媵」は「腾」と読み、『儀礼・燕礼』に「觚(こ)を賓に媵す」とあり、鄭玄はそこに注して「媵は送なり、今文本では『媵』を皆『腾』と作る」と言う——「媵」は古文の「腾」の字と見える。『淮南子』に「子産は辞を腾(あ)ぐ」とある。上六は九五に相隣るも九三と相応せず、だから下りて三位に至る能わずと言う。鄭玄はそれがただ口頭の言語を送りて彼此相感ずるのみと見るので、口舌を憑りて相送ると言う。今本は「滕」と作り、『爾雅・釈詁』に「滕は虚なり」とあれば、すなわち空言をもって相感ずることで、義理も通る。

雷風恆,君子以立不易方。注:君子謂乾二。坤為方,初四二五復位,三正不動,故立不易方。疏:三本乾也,故君子謂乾三。坤為方,謂益互坤也。方其義也,終變成益,則初四二五復位,三正不動,故立不易方。若然,九三言不恆其德,易其方矣,而象言不易者,震巽特變,故三不恆;君子贊化育,故不易,不易則成既濟定也。此兼虞義。虞以乾初之坤,四三不易方,義稍乖耳。

『恒(こう)』卦の大象:「雷風恒、君子は以て立ちて方を易えず」。恵棟の自注:「君子」は乾の第二爻を指す。坤は方を主り、初と四・二と五は各々本位に復帰し、九三はもと正にして動かず——だから立身して方所を改変せずと言う。自疏:第三爻はもともと乾に属するので「君子」は乾の第三爻を指す。坤が方を主るとは『益(えき)』卦の互体の坤を指す。「方」はすなわち義の在所。『恒』は終に『益』に変ずれば、初と四・二と五は各々その位に復し、九三はもと正にして動かず——だから立身してその方を改めずと言う。この説に照らせば、九三の爻辞が「その徳を恒にせず」と言うのはすでにその方所を改変したのであり、しかも『大象』が「易えず」と言うのは、震と巽に別に特変の例あるがゆえに九三は恒ならず、君子は天地の化育を賛助するゆえにその方を改めず——その方を改めざれば既済の定局を成就する。この一条は虞翻の説を兼ね取る。虞翻は乾の初爻が坤に交入り四と三に従るをもって「方を易えず」を講ず——義理やや偏差あるのみ。

浚恆之凶,始求深也。注:初為始,深謂陽,四之初,故始求深。九二悔亡,能久中也。注:乾為久,變之正,故能久行中和。不恆其德,無所容也。注:諸爻皆正,三獨失位,故無所容。久非其位,安得禽也。注:四五皆失位,故非其位;五已之正,故不得禽。婦人貞吉,從一而終也。注:一謂初,終變成益,以巽應初震,故從一而終。夫子制義,從婦凶也。注:巽為制,坤為義,震沒從巽入坤,故從婦凶。震恆在上,大無功也。注:終在益,上乘五遠應,故大無功。

『恒』卦『小象伝』:初六「浚恒(しゅんこう)の凶」とは始めより求むること深きに過ぐること。恵棟の自注:初爻は開端、「深」は陽を指す。九四が下りて初位に至るので、始めより深を求むと言う。九二「悔亡」とは能く久しく中を守ること。自注:乾は長久を主り、九二が変じて正に帰るので、能く長く中和の道を施行する。九三「その徳を恒にせず」とは身を容るる所なきこと。自注:その余の各爻は皆正に帰するも、ただ九三のみ失位なので身を容るる所なし。九四「久しくその位に非ず」とはどうして禽獣を猟獲せんや。自注:四・五両爻は皆失位なのでその位に非ずと言い、六五はすでに正に帰するので九四は禽を獲られず。六五「婦人貞吉」とは一より終るまで従うこと。自注:「一」は初爻を指す。『恒』は終に『益』に変じ、巽体をもって初位の震に応ずるので一より終るまで従うと言う。「夫子は義を制す」とは婦人に随従すれば凶。自注:巽は裁制を主り、坤は義を主る。震は隠没して巽に随い坤に入るので、婦人に随従すれば凶と言う。上六「恒を震ずるは上にあり」とは大いに功なきこと。自注:終に変ずるは『益』に在り、上爻は九五に凌乗して応ずる所は甚だ遠いので、大いに功なし。

疏:「初為」至「求深」○爻在初為始,深謂陽,虞義也。虞謂乾初為淵,故深。《太玄》曰:「夫一,一所以摹始而測深。」知深亦謂初矣。四陰之初,非深而求深,故云始求深也。○「乾為」至「中和」○此荀虞義也。天行不息,故乾為久。二失位變之正,乃能久行中和之道。久,猶恆也。○「諸爻」至「所容」○虞云終變成益,則初四二五皆得正,故諸爻皆正;三變失位為匪人,故無所容。

自疏——疏するのは「初為」から「求深」までの一段:爻が初位に処るはすなわち開端、「深」は陽を指し、これは虞翻の説。虞翻は乾の初爻をもって深淵とするので深を主る。『太玄』に「いわゆる一は、以て開端を摹擬し幽深を測度するなり」とある——「深」もまた初爻を指すと知れる。九四の陰が下りて初位に至るは、もと深き所に非ずして強いてその深を求めるので、始めより深を求むと言う。疏する「乾為」から「中和」までの一段:これは荀爽と虞翻の説。天道は運行息まず、ゆえに乾は長久を主る。九二は失位、変じて正に帰してこそ、能く長く中和の道を施行する。「久」はすなわち恒である。疏する「諸爻」から「所容」までの一段:虞翻は『恒』が終に『益』に変ずると言い、さらば初と四・二と五は皆各々その正を得るので、各爻皆正と言う。九三は一変すれば失位して「匪人」を成すので、身を容るる所なし。

○「四五」至「得禽」○四五在恆家稱久而皆失位,故久非其位,非謂常久失位也。五已之正,四當變承之,故云安得禽也。○「一謂」至「而終」○此虞義也。初九為元,元即一也,故一謂初。終變成益,巽四正應震初,故云以巽應初震。《郊特牲》曰:「壹與之齊,終身不改。」故夫死不嫁,是從一而終之義,所謂恆也。

疏する「四五」から「得禽」までの一段:四・五両爻は『恒』卦において皆「久」をもって言となしまた皆失位するので「久しくその位に非ず」と言う——長久に失位すると言うのではない。六五はすでに正に帰し、九四は変動してこれを承奉すべきなので、どうしてなお禽を獲られんやと言う。疏する「一謂」から「而終」までの一段:これは虞翻の解釈。初九は元で、元はすなわち一なので「一」は初爻を指す。『恒』は終に『益』に変じ、巽の第四爻は震の初爻に正応するので、巽をもって初位の震に応ずると言う。『礼記・郊特牲』に「一旦彼と合卺(こうきん)の礼を行えば、終身改めず」とあるので、夫死するも改嫁せず——これが一より終るまで従うの義であり、すなわちいわゆる「恒」である。

○「巽為」至「婦凶」○巽德之制,故為制。管子曰:「天仁地義。」《乾鑿度》曰:「地靜而理曰義。」故坤為義。以乾制坤,是制義也。終變成益,震變為巽,故震沒;從巽中互坤,故入坤。坤為死,故從婦凶,巽為婦也。○「終在」至「無功」○此虞義也。終變成益,故終在益。上五多功,五動上乘五,遠應在三,故大無功也。

疏する「巽為」から「婦凶」までの一段:『繋辞』に「巽は徳の制なり」とあるので巽は裁制を主る。『管子』に「天は仁を主り地は義を主る」とあり、『乾鑿度』に「地は静にして条理あるを義と謂う」とあるので坤は義を主る。乾をもって坤を裁制するはすなわち「義を制す」。『恒』は終に『益』に変じて震は巽に変ずるので震は隠没と言い、巽に随従してその中の互体に坤あるので坤に入ると言う。坤は死喪を主るので、婦人に随従すれば凶と言い——巽はすなわち婦である。疏する「終在」から「无功」までの一段:これは虞翻の解釈。終に変ずるは『益』に在るので終は『益』に在りと言う。上と五はもともと功多きの位なるに、いま九五が一動して上爻がその上に凌乗し、応ずる爻は遠く三位にあるので大いに功なし。

天下有山,君子以遠小人,不惡而嚴。注:乾三為君子,為遠,為嚴;坤為惡,消陽及三為小人,故以遠小人不惡而嚴也。疏:三為君子,卦本乾也,故曰乾三。乾為遠,為嚴,虞義也。否三為小人,陰消陽及三,君子道消,小人道長,天地閉,賢人隱,故以遠小人不惡而嚴也。

『遯(とん)』卦の大象:「天下に山あり、君子は以て小人を遠ざく。悪(にく)まずして厳なり」——底本はここに卦名の「遯」の字を脱す。恵棟の自注:乾の第三爻は君子、乾はまた遠・威厳を主る。坤は憎悪を主り、陰が陽を消して三位に及べば小人を成すので、小人を疏遠にし憎悪を加えずして自ら威厳ありと言う。自疏:第三爻は君子、この卦はもと乾より来るので「乾三」と言う。乾が遠・厳を主るは虞翻の説。『否』卦の第三爻は小人で、陰が陽を消して三位に及び、君子の道は消退して小人の道は生長し、天地閉塞して賢人は隠遁する——だから小人を疏遠にし憎悪を加えずして自ら威厳ありと言う。

尾之厲,不往何災也。注:坎為災,艮體宜靜,若不往於四則無災也。執用黃牛,固志也。注:固者貞固,坎為志,故曰固志。繫之厲,有疾備也。注:備讀為憊。畜臣妾吉,不可大事也。注:三動入坤,陽稱大,坤為事,故不可大事也。君子好,小人否也。嘉貞吉,以正志也。注:三已變,上來之三成坎,故曰以正志。飛無不利,無所疑也。注:坎心為疑。

『遯』卦『小象伝』:初六「尾たるの厲」とは往かざれば何の災あらん。恵棟の自注:坎は災を主り、艮体はもと安静を宜とす。もし往きて九四に就かざれば災禍なし。六二「黄牛を執りて用う」とは心志の堅固なること。自注:「固」はすなわち貞正にして堅固、坎は心志を主るので心志堅固と言う。九三「これに係るの厲」とは疾患ありて困憊すること。自注:「備」は「憊」と読む。「臣妾を畜して吉」とは以て大事を為すべからざること。自注:九三が一動すれば坤体に入り、陽は大と称し坤は事を主るので大事を為すべからずと言う。九四「君子には好く」して「小人には否(あ)らず」。九五「嘉貞吉」とは以て心志を端正すること。自注:九三はすでに変動し、上爻が下りて三位に居れば坎体を成すので、以て心志を端正すと言う。上九「飛びて利あらざるなし」とは疑慮する所なきこと。自注:坎は心なので疑を主る。

疏:「坎為」至「災也」○此虞義也。艮止故靜。者,退也,故不往於四則無災也。○「固者」至「固志」○《釋詁》曰:「鞏,固也。」彖辭「小利貞」正指二,《文言》曰:「貞固足以乾事。」故固者貞固。坎心為志,二志固,故不為否也。○「備讀為憊」○讀從《公羊》「嘻,甚矣憊」之憊,鄭注云:「備,困也。」故讀從之。○「三動」至「事也」○此虞義也。陽稱大,坤陰小,故不可大事。荀氏謂但可畜養臣妾,不可任國家之大事也。○「三已」至「正志」○四之初,三已變,上又之三,則五體坎,坎心為志,五正應二,故以正志也。○「坎心為疑」○上之三體坎,故坎心為疑。

自疏——疏するのは「坎為」から「災也」までの一段:これは虞翻の解釈。艮は止を主るので安静。底本は「者は退なり」の上に一字を脱し、存する文句は「遯」を退と訓ずべきもの——だから往きて九四に就かざれば災禍なし。疏する「固者」から「固志」までの一段:『爾雅・釈詁』に「鞏は固なり」とある。卦辞の「小利貞」はまさに六二を指し、『乾・文言』に「貞固以て事を幹めるに足る」とあるので「固」はすなわち貞正にして堅固。坎は心にして志を主り、六二は心志堅固なので『否』に淪落するに至らず。疏する「備は憊と読む」の一句:読法は『公羊伝』「噫、甚だしきかな憊」の「憊」に依り、鄭玄の注に「備は困なり」とあるのでこの読みに従う。疏する「三動」から「事也」までの一段:これは虞翻の解釈。陽は大と称し、坤は陰に属して小なるので大事を為すべからずと言う。荀爽はただ臣妾を畜養すべきのみ、国家の大事を担当すべからずと見る。疏する「三已」から「正志」までの一段:九四が下りて初位に至り、九三はすでに変動し、上爻がまた下りて三位に至れば、第五爻は坎体に処り、坎は心にして志を主り、九五は六二と正に相応するので、以て心志を端正すと言う。疏する「坎心は疑を為す」の一句:上爻が下りて三位に至りて坎体を成すので、坎は心にして疑を主る。

雷在天上,大壯,君子以非禮弗履。注:夬履兩象易,體夬,故非禮。初為履,四之正應初,故非禮弗履。疏:夬履兩象易,虞義也。澤天為夬,天澤為履,故兩象易。初至五體夬,柔乘剛,故非禮。履者,禮也,初足為履,四之正應初,得所履矣,故非禮弗履。

『大壮(たいそう)』卦の大象:「雷天上にあり、大壮。君子は以て礼に非ざれば履(ふ)まず」。恵棟の自注:『夬(かい)』と『履(り)』は上下両象互いに換わるの例に属し、『大壮』の中に『夬』の体を含むので「礼に非ず」と言う。初爻は履で、九四が正に帰りて初九と相応するので、礼に合せざれば践み行わずと言う。自疏:「夬履両象易」は虞翻の説。沢が天の上にあるは『夬』、天が沢の上にあるは『履』なので、両卦の象は互いに換わると言う。『大壮』の初爻から五爻までが『夬』体を構成し、柔爻が剛爻に凌乗するので礼に非ずと言う。「履」はすなわち礼、初爻は足にして践履を主り、九四が正に帰りて初九と相応すればその履む所を得るので、礼に合せざれば践み行わずと言う。

壯於止,其孚窮也。注:應在乾終,故其孚窮。九二貞吉,以中也。注:中而不正,之正則吉。小人用壯,君子罔也。藩決不羸,尚往也。注:尚往者,謂上之五。喪羊于易,位不當也。注:四五失位故不當。不能退不能遂,不詳也。注:乾善為詳,不得三應,故不詳也。艱則吉,咎不長也。注:巽為長,動失位為咎,不變之巽,故咎不長。

『大壮』卦『小象伝』:初九「止(し)に壮(たけ)る」とはその誠信が窮尽に至ること。恵棟の自注:初九の応ずる爻は乾体の末にあるので誠信が窮尽すると言う。九二「貞吉」とは中に居るを以て。自注:九二は中に居りて位に当たらず、変じて正に帰すれば吉。九三「小人は壮を用い、君子は罔(もう)なり」。九四「藩決(はんけつ)して羸(なか)らず」とはなお往くべきこと。自注:いわゆる「尚往」は上爻が往きて五位に至ることを指す。六五「易(えき)に羊を喪(うしな)う」とは爻位が当たらざること。自注:四・五両爻は皆失位なので当たらず。上六「退く能わず遂げる能わず」とはその善を得ざること。自注:乾の善は「詳」と称し、上六は九三の相応を得ないのでその善を得ず。「艱(かん)にすれば則ち吉」とは咎害の長くならざること。自注:巽は長を主り、上爻は一動すれば失位して咎を成す。それが変ぜずしてなお巽体に処るので咎害は長くならず。

疏:「應在」至「孚窮」○此虞義也。卦有兩乾,故應乾,四為乾之終,故其孚窮也。○「中而」至「則吉」○謂九二中而不正,其言貞吉者,以其變之正故吉也,《乾鑿度》曰「九二陽不正」是也。○「尚往」至「之五」○此虞義也,尚與上通。○「四五」至「不當」○四五皆失位,故不當;四之五動各得正,故無悔也。○「乾善」至「詳也」○此虞義也。詳,古文祥,《釋詁》云:「詳,善也。」乾元善之長,一乾以至三乾成為積善,故云乾善為詳。上隔於四,不得三應,故不詳,三體乾也。○「巽為」至「不長」○此虞義也。巽為長,《說卦》文。上動失位,故為咎,藩決難解,守正應三,不變之巽,故咎不長也。

自疏——疏するのは「应在」から「孚窮」までの一段:これは虞翻の解釈。『大壮』の下体と互体に各々一つの乾あるので応ずる所は乾に在りと言い、九四は乾体の末なので誠信が窮尽すると言う。疏する「中而」から「則吉」までの一段:九二が中に居りて位に当たらざるを言い、「貞吉」を講ずる所以はそれが変じて正に帰してこそ吉だからで、『乾鑿度』の「九二の陽は位に当たらず」はまさにこの意。疏する「尚往」から「之五」までの一段:これは虞翻の解釈、「尚」は「上」と相通ず。疏する「四五」から「不当」までの一段:四・五両爻は皆失位なので当たらず。九四と六五が一動して各々その正を得るので悔なし。疏する「乾善」から「詳也」までの一段:これは虞翻の解釈。「詳」は古文の「祥」の字、『爾雅・釈詁』に「詳は善なり」とある。乾の元は衆善の首で、一画の乾から累積して三画の乾に至ればすなわち積善を成すので、乾の善は「詳」と称す。上六は九四に隔てられて九三の相応を得ないのでその善を得ず——九三はまさに乾体である。疏する「巽為」から「不長」までの一段:これも虞翻の解釈。巽が長を主るは『説卦』に出る。上爻は一動すれば失位するので咎を成し、藩籬の衝決の難は解消を得て、正を守りて九三に応じ、変ぜずしてなお巽体に処るので咎害は長くならず。

明出地上,君子以自照明德。注:君子謂觀乾,乾為德,坤為自,離為明,乾五動以離日自照,故以自照明德也。疏:此虞義也。觀九五「觀我生,君子無咎」,故君子謂觀乾。乾為照,五動體離,以離日自照,故以自照明德。

『晋(しん)』卦の大象:「明地の上に出づ、君子は以て自ら明德を照らす」。恵棟の自注:「君子」は『観』卦の乾体を指し、乾は徳を主り、坤は自身を主り、離は光明を主る。乾の第五爻が一動して離日をもって自ら照らすので、自我の照察をもって徳性を彰明すと言う。自疏:これは虞翻の解釈。『観』九五の爻辞に「我が生を観る、君子は咎なし」とあるので「君子」は『観』卦の乾を指す。乾は照臨を主り、第五爻が一動すれば離体を成し、離の象る太陽をもって自我を照察するので、自我の照察をもって徳性を彰明すと言う。

如摧如,獨行正也。注:初一稱獨,動體震為行,故獨行正。裕無咎,未受命也。注:五未之巽,故未受命。受茲介福,以中正也。注:五動得正中,故二受大福矣。眾允之志,上行也。注:坎為志,三之上成震,故曰上行。碩鼠貞厲,位不當也。矢得勿恤,往有慶也。注:二往應五,陽稱慶。維用伐邑,道未光也。注:乾為道,離為光,動入冥豫,故道未光。

『晋』卦『小象伝』:初六「摧(たい)たらんとす如し」とは独り正道を行うこと。恵棟の自注:初爻はすなわち「一」、ゆえに「独」と称す。一動すれば震体を成して行を主るので独り正道を行うと言う。「裕(ゆう)にして咎なし」とはまだ命令を受けざること。自注:第五爻は未だ巽体に変入せず、だからまだ命を受けず。六二「この介福(かいふく)を受く」とは中に居りて正を得るを以て。自注:第五爻が一動すれば正を得て中に居るので、六二は大福を承受する。六三「衆允(しゅういん)の志」とは上に向かいて行くこと。自注:坎は心志を主り、六三は上行して震体を成すので上行と言う。九四「碩鼠(せきそ)貞厲」とは爻位が当たらざること。六五「失得恤(うれ)うる勿れ」とは往きて福慶あること。自注:六二は往きて五に応じ、陽は慶と称す。上九「用て邑を伐つを維る」とは道未だ光大せざること。自注:乾は道を主り離は光明を主る。一動すれば『豫(よ)』上六の「冥豫(めいよ)」の象に落ちるので道未だ光大せずと言う。

疏:「初一」至「行正」○此虞義也。初即一也,故曰初一;一即獨也,《方言》曰:「一,蜀也,南楚謂之獨。」郭注云:「蜀猶獨也。」初為微,為隱,隱微獨也,故初一稱獨。四之初體震,震為行,故獨行。正,言變之正也。○「五未」至「受命」○此虞義也。四之五,五體巽,巽為命,五未之巽,故初未受命。卦辭言錫,初言未受命者,命錫自上,五未之正,故初未受命也。○「五動」至「福矣」○此九家義也,二受介福于五,故中正謂五。○「坎為」至「上行」○此虞義也。○「二往」至「稱慶」○二往應五,故云往;五正陽位,故往有慶。○「乾為」至「未光」○上體乾為道,離日為光,豫上曰冥豫,動入冥豫,乾離象毀,故道未光,此兼荀義。

自疏——疏するのは「初一」から「行正」までの一段:これは虞翻の解釈。初はすなわち一なので「初一」と言い、一はすなわち独——『方言』に「一を蜀と作す、南楚の地は独と称す」とあり、郭璞の注に「蜀はなお独なり」とある。初爻は微小・隠伏の義を取り、隠微はすなわち独なので、初爻の「一」は「独」と称する。九四が下りて初位に至れば震体を成し、震は行を主るので独行と言う。いわゆる「正」は変じて正に帰すを言う。疏する「五未」から「受命」までの一段:これは虞翻の解釈。九四が上りて五位に至れば五は巽体を成し、巽は命令を主る。第五爻は未だ巽に変入せざるので初爻はまだ命を受けず。卦辞は「馬を錫(たま)う」と講ずるも初爻は未だ命を受けずと言う——冊命と賞賜は皆上位より出るゆえで、第五爻は未だ正に帰せざるので初爻はまだ命を受けず。疏する「五動」から「福矣」までの一段:これは九家易の説。六二は第五爻より大福を承受するので「中正」は第五爻を指す。疏する「坎為」から「上行」までの一段:これは虞翻の解釈。疏する「二往」から「称慶」までの一段:六二は往きて五に応ずるので「往」と言い、第五爻は正当なる陽位なので往きて福慶あり。疏する「乾為」から「未光」までの一段:上体は乾に属して道を主り、離の象る太陽は光を主る。『豫』上六に「冥豫」とあり、一動すれば冥豫の象に落ち、乾と離の象は皆毀壊されるので道未だ光大せずと言う。この一条は荀爽の説を兼ね取る。

明入地中,明夷,君子以蒞眾用晦而明。注:君子謂三。蒞,臨也。坤為眾,為晦;離為明。三上蒞坤,故以蒞眾用晦而明。疏:君子謂三,虞義也。蒞,俗字,《說文》作,臨也。臨者,以上臨下,臨卦取象於二升五以臨眾陰。坤為眾,三升五是蒞眾也。坤為晦,離為明,三體離而上臨坤,其子之貞明不可息,是用晦而明也。言而明者,宣八年《公羊傳》曰:「而者何?難也。」明夷之世不可疾貞,故言用晦而明也。

『明夷(めいい)』卦の大象:「明地の中に入る、明夷。君子は以て衆に莅(のぞ)み晦を用いて明なり」。恵棟の自注:「君子」は九三を指す。「莅」はすなわち臨。坤は衆・晦暗を主り、離は光明を主る。九三は上行して坤に臨むので、民衆を臨御して晦を用いて以て顕明すと言う。自疏:「君子」が九三を指すは虞翻の説。「莅」は俗字で『説文』は別に一形を作す——底本はここにその字を脱し、その義は「臨」。いわゆる臨は上を以て下に臨むことで、『臨』卦はまさに九二が五位に升りて衆陰を臨御するに象を取る。坤は衆を主り、九三が五位に升ればすなわち民衆を臨御。坤は晦を主り離は明を主る。九三は離体に処りて上って坤に臨み、箕子(きし)の貞正は光明を熄(や)めしむべからず——これがすなわち晦を用いて顕明す。「而明」と言うは、宣公八年の『公羊伝』の「『而』とは何ぞや、艱難の辞なり」に拠る——明夷の世に処りて急いで正を求むべからず、だから晦を用いて顕明すと言う。

君子于行,義不食也。注:闇昧在上,有明德者義不食祿。六二之吉,順以則也。注:坤為順,二得位應五,故順以則。南守之志,乃大得也。注:三居五據有群陰,故大得。入于左腹,獲心意也。注:坎為亟心。其子之貞,明不可息也。注:明謂乾,陽道不絶,故不可息。初登于天,照四國也;後入于地,失則也。注:離日為照,坤為四國,坤五失位,不可疾貞,故失則。

『明夷』卦『小象伝』:初九「君子の行ける」とは義に拠りてその禄を食まざること。恵棟の自注:昏暗の君が上にあり、光明の徳行ある人は義に拠りてその俸禄を領せず。六二の吉は順従して法則に合すること。自注:坤は順を主り、六二は位に当たりて五と相応するので順にして則に合す。九三「南に守るの志」とは終に大いに得る所有ること。自注:九三は升りて五位に居りて衆陰を拠有するので大いに得る所あり。六四「左腹に入る」とはその心意を獲得すること。自注:坎は急切の心を主る。六五「箕子の貞」とは光明の熄めしむべからざること。自注:「明」は乾を指し、陽道は絶えざるので熄めしむべからず。上六「初め天に登り」とは四方の国を照臨すること、「後に地に入る」とは法則を失うこと。自注:離の象る太陽は照を主り、坤は四方の国を主る。坤の第五位は失位にして急いで正を求むべからず、だから則を失うと言う。

疏:「闇昧」至「食祿」○此荀義也。闇昧謂坤,明德謂離。坤二之乾,乾為德,離為明,初得位,故有明德也。○「坤為」至「以則」○應在坤,故坤為順。三上居五,二得位應五而行中和,故順以則,凡爻得位皆稱則也。○「三居」至「大得」○陽稱大,三陽居五,據有群陰,故云乃大得也。言乃者,宣八年《公羊傳》曰「乃,難乎而」,亦不可疾貞之義也。○「坎為亟心」○坎為亟心,《說卦》文。荀氏云:「亟,中也。」三升五居中,坎為中心,故獲心意也。

自疏——疏するのは「暗昧」から「食禄」までの一段:これは荀爽の解釈。「暗昧」は坤を指し「明德」は離を指す。坤の第二爻が乾に交入り、乾は徳を主り離は明を主り、初九は位に当たるので光明の徳ありと言う。疏する「坤為」から「以則」までの一段:六二の応ずる所は坤にあるので坤は順を主ると言う。九三は上升して五位に居り、六二は位に当たりて五と相応し、中和の道を施行するので順にして則に合すと言う——およそ爻の位に当たるは皆「則」と称しうる。疏する「三居」から「大得」までの一段:陽は大と称し、九三の陽は升りて五位に居り衆陰を拠有するので、そこに於て大いに得る所ありと言う。一つの「乃」の字を用いるは、宣公八年の『公羊伝』の「『乃』は『而』より更に艱難なり」に拠り、同じく急いで正を求むべからざるの意を含む。疏する「坎は亟心(きしん)を為す」の一句:「坎は亟心を為す」は『説卦』に出る。荀爽は「亟はすなわち中」と言い、九三が五位に升りて中に居り、坎は中心なのでその心意を獲得すると言う。

○「明謂」至「可息」○乾為大明,故明謂乾。不言離而言乾者,其子之貞謂乾也。陽道不絶,《白虎通》文。《雜卦》曰:「明夷,誅也。」馬融注云:「誅,滅也。」鄭注《中庸》云:「息猶滅也。」陽道不滅,息而復明,故云明不可息也。○「離日」至「失則」○離日為照,虞義也。離象傳曰「大人以繼明照于四方」,故為照也。坤為國,《乾鑿度》曰「陽三陰四」,故坤為四國。離日在上,故照四國。明夷反晉,坤五失位,九三升五,不可卒正,故失則,謂爻失正也。

疏する「明謂」から「可息」までの一段:乾は大明なので「明」は乾を指す。離と言わずして乾と言うは、「箕子の貞」の指す所がまさに乾なるがゆえである。「陽道絶えず」は『白虎通』に出る。『雑卦伝』に「明夷は誅なり」とあり、馬融の注に「誅はすなわち滅」、鄭玄の『中庸』注に「息はなほ滅なり」とある。陽道は滅せず、一時止息して後に重ねて光明を放つので、光明は熄めしむべからずと言う。疏する「離日」から「失則」までの一段:離の象る太陽を以て照とするは虞翻の説。『離』卦『大象伝』に「大人は以て明を継ぎて四方を照らす」とあるので照の義を取る。坤は国を主り、『乾鑿度』に「陽の数は三、陰の数は四」とあるので坤は四国。離日は上にあるので四方の国を照臨する。『明夷』は『晋』の反覆の卦で、坤の第五位は失位、九三が五位に升るも、仓促に正を求むる能わず——だから則を失うと言い、爻位がその正を失うを指す。

風自火出,家人,君子以言有物而行有恆。注:君子謂乾三,三動震為言,為行,乾為物。恆,常也。三動上反身,故以言有物而行有恆。疏:三本乾,故君子謂乾三。三動體震,震為言,為行;乾純粹精,故為物。恆,常也,《釋詁》文。三動上反身,身修而後家齊,故言有物而行有恆也。

『家人(かじん)』卦の大象:「風火より出づ、家人。君子は以て言に物あり行に恒あらしむ」。恵棟の自注:「君子」は乾の第三爻を指す。九三が一動すれば震を成し、震は言・行を主り、乾は物を主る。「恒」は常なり。九三が一動して上爻が返りて三位に帰り身に反求するので、言語に実あり行事に常ありと言う。自疏:第三爻はもともと乾に属するので「君子」は乾の第三爻を指す。九三が一動すれば震体に処り、震は言・行を主る。『文言』に乾「純粋にして精なり」とあるので乾は物を主る。「恒は常なり」は『爾雅・釈詁』に出る。九三が一動して上爻が返りて三位に帰り身に反求し、身修まりて後に家斉(ととの)うので、言語に実あり行事に常ありと言う。

閒有家,志未變也。注:坎為志,剛來閒初,故志未變。六二之吉,順以巽也。注:巽順於五。家人熇熇,未失也;婦子喜喜,失家節也。注:得位故未失,動失正,故失家節。富家大吉,順在位也。注:順於五。王假有家,交相也。注:震為交,乾為愛,三動受上,六爻和會,故交相愛。威如之吉,反身之謂也。注:謂三動坤為身,上之三成既濟定,故反身之謂。此家道正,正家而天下定矣。

『家人』卦『小象伝』:初九「家あるに閑(かん)す」とは心志まだ変動せざること。恵棟の自注:坎は心志を主り、剛爻は来りて初に於て防閑するので心志は未だ変ぜず。六二の吉は柔順にして卑巽(ひそん)なること。自注:六二は九五に卑順す。九三「家人熇熇(かくかく)」とは失当あるを未だせざること、「婦子喜喜(きき)」とは家を治むるの節度を失うこと。自注:九三は位に当たるので未だ失せず、一動すれば正を失うので家を治むるの節度を失う。六四「家を富ます大吉」とはその位に順処すること。自注:六四は九五に順従す。九五「王假(か)して家有り」とは彼此相い親愛すること——底本はここに「交相」の下に「愛」の一字を脱す。自注:震は交接を主り、乾は愛を主る。九三が一動して上は上爻より受け、六爻和洽会合するので交わり相い親愛すと言う。上九「威如の吉」とは身に反求することを言う。自注:九三が一動すれば坤を成して身を主り、上爻が下りて三位に居れば既済の定局を成すので身に反求すと言う。こうして家道は端正となり、家正くして天下安んず。

疏:「坎為」至「未變」○應在四,四體坎為志,四剛閒初,初志未變,故悔亡,易傳所謂「正其本」是也。○「巽順於五」○此九家義也,九家謂二居貞,巽順於五,故吉矣。○「得位」至「家節」○三雖嚴而得位,故未失;動失正,家人體壞,故失家節,上來之三則終吉矣。○「順於五」○此虞義也,四得位而順於五,故云順在位也。

自疏——疏するのは「坎為」から「未変」までの一段:初九の応ずるは六四にあり、六四は坎体に処りて心志を主る。六四の剛は初に於て防閑し、初爻は心志未だ変ぜざるので悔恨は消亡す——すなわち『易伝』の謂う「その本を端正す」である。疏する「五に巽順す」の一句:これは九家易の説。九家は六二が貞正に居守り九五に卑順するので吉を得ると見る。疏する「得位」から「家節」までの一段:九三は厳厲なれど位に当たるので失当あるを未だせずと言い、一動すれば正を失い家人の体は破壊されるので、家を治むるの節度を失うと言う。上爻が下りて三位に居れば終に吉に帰す。疏する「五に順す」の一句:これは虞翻の解釈。六四は位に当たりて九五に順従するので、その位に順処すと言う。

○「震為」至「相愛」○震為交,乾為愛,皆虞義也。三動受上,六爻和會而父子兄弟夫婦各得其正,人人親其親、長其長而天下平,是交相愛之義也。○「謂三」至「定矣」○此虞義也。三動體坤為身,上之三,言物行恆成既濟定,故反身之謂。寋觀上反三亦云反身也。上反三,身正而正人,故云此家道正,正家而天下定矣,皆是既濟之事也。

疏する「震為」から「相愛」までの一段:震が交接を主り乾が愛を主るは皆虞翻の説。九三が一動して上は上爻より受け、六爻和洽会合し、父子・兄弟・夫婦各々その正を得、人人その親を親愛しその長を尊敬すれば天下太平す——これがすなわち「交わり相い愛す」の義。疏する「謂三」から「定矣」までの一段:これは虞翻の解釈。九三が一動すれば坤体に処りて身を主り、上爻が下りて三位に居り、まさに「言に物あり行に恒あり」に合して既済の定局を成すので身に反求すと言う。『蹇』『観』両卦も上爻が三位に返帰することを講ずるとき「身に反る」と言う。上爻が三位に返帰するは、先ず己の身を正して後に人を正すことなので、こうして家道は端正となり家正くして天下安んず——皆既済の主る事に属すと言う。

上火下澤,睽,君子以同而異。注:君子謂初,巽為同,二五易位,故以同而異。

『睽(けい)』卦の大象:「上火下沢、睽。君子は以て同にして異なり」。恵棟の自注:「君子」は初九を指し、巽は相同の義を取る。二と五が位置を互いに換え、各々その正に帰りて位に差別あるので、大同の中にありて能くその異を存すと言う。

疏:初得位,故君子謂初。巽為同,謂無妄巽也。二五易位,無妄為睽,故以同而異也。

疏:初九は陽爻をもって初位に居り、もとから位に当たりて正を得るので、恵棟の注に言う「君子」とは初九のこの一爻を指す。八卦の中に巽は斉同の義あり。ここに言う巽は『无妄』卦の上より取れる——『无妄』は下震上乾、第三爻から第五爻の互体がちょうど巽を成す。『睽』卦はまた『无妄』の二・五両爻が位置を互いに換えて変じて来たる。『无妄』の六二と九五がひとたび対調すれば、全卦すなわち兌下離上の『睽』となる。巽の「同」を保留しつつ睽の「異」を現出するので、『大象』は君子がこの卦に取法して「同にして異なり」、大同の中に己の分弁を守ると言う。

「見惡人,以辟咎也。」注:四復正,故見惡人以辟咎。「遇主于巷,未失道也。」注:動得正,故未失道。「見輿曳,位不當也。」注:三失位,故不當。「無初有終,遇剛也。」注:動正成乾,故遇剛。「交孚無咎,志行也。」注:坎動成震,故志行。「厥宗噬膚,往有慶也。」注:乾為慶,五變成乾,故二往有慶。「遇雨之吉,群疑亡也。」注:物三稱群,坎為疑,三變坎敗,故群疑亡。

以下は『睽』卦六爻の『小象』の原文、各条の下に恵棟の自注を附す。初九『小象』「悪人を見るは以て咎を辟(さ)くるなり」——注:初九の応爻は九四、九四は不正より回復して正位に帰り、初九は便ちいわゆる「悪人」と相見ることを得て、以て災咎を避く。九二『小象』「巷に主に遇うは道を失わざるなり」——注:九二は一動すればその正位を得るので、正道に偏離せず。六三『小象』「輿の曳(ひ)かるるを見るは位当たらざるなり」——注:六三は陰柔をもって陽位に居るは失位なので、その処る位が恰も当ならずと言う。六三『小象』「初なきも終あり、剛に遇うなり」——注:六三が変動して正に帰した後、下体は乾を成し、乾は剛健なので「剛に遇う」と言う。九四『小象』「孚を交わして咎なし、志行わるなり」——注:坎は心志、坎が一動して震を成し、震は行動なので心志の施行し得ると言う。六五『小象』「その宗の膚を噬(か)む、往きて慶あるなり」——注:乾は福慶、六五が変じて陽爻となれば上体は乾を成すので、九二が上りて六五に応和すれば福慶あり。上九『小象』「雨に遇うの吉は羣疑の亡ぶなり」——注:事物は三件凑満すれば「羣」と称し、坎は疑惑、六三が一変すれば坎象は敗壊するので、種種の疑慮は一斉に消散す。

疏:「四復」至「闢咎」○此虞義也。初應在四,四復正,初得無咎。「無咎者,善補過」,亦得兼四言也。○「動得」至「失道」○此虞義也。二失位,動得正,故未失道。《廣雅》曰:「巷,道也。」故經言巷,傳言道。○「三失」至「不當」○曰曳曰,皆不正之象。三失位,故云位不當也。○「動正」至「遇剛」○此以下皆虞義也。動正成乾,乾為剛,故遇剛,謂與上易位,上遇三也。○「坎動」至「志行」○坎為志,震為行,坎動成震,故志行也。○「乾為」至「有慶」○虞以五變為往,其義未備,故足成之。○「物三」至「疑亡」○物,事也。物三稱群,謂見豕、載鬼、張弧,三事也。坎心為疑,三變之正,坎象敗壞,故群疑。亡言睽終則合也。

疏:注文の「四復」から「辟咎」までの一節は虞翻の説を采る。初九の応爻は九四に在り、九四が正位に回復すれば初九は自ら過なし。『繋辞上』の講ずる「咎なきは善く過を補うなり」は、この層の意もまた九四に連ねて併せて言いうる。注文の「動得」から「失道」までの一節も虞翻の説:九二はもと失位、一動してその正を得るので正道に偏離せず。『広雅』は「巷」を「道」と訓ず——ゆえに経文は「巷」の字を用い『小象』は「道」の字に改めるも、両者は一事である。注文の「三失」から「不当」までの一節:爻辞は「輿曳」と言い、……(底本はここに脱文あり)を言い、皆爻位の正ならざる象を講ず。六三は失位なので「位当たらず」と言う。注文の「動正」から「遇剛」までの一節、以下の各条は皆虞翻に本づく:六三が変動して正を得、下体は乾を成し、乾は剛なので「剛に遇う」と言い、六三と上九が位置を互いに換え、上九はそこに於て六三に遇上するを指す。注文の「坎動」から「志行」までの一節:坎は心志、震は行動、坎が一動して震を成すので心志は行わる。注文の「乾為」から「有慶」までの一節:虞翻はただ六五の変をもって「往」とするも講じてなお周全ならず——だから恵棟は注において彼のために補足す。注文の「物三」から「疑亡」までの一節:「物」はすなわち事。三つの事を便ち「羣」と称し、上九の爻辞の「豕の塗を負うを見る」「鬼を一車に載る」「先ずその弧を張る」のこの三つの事を指す。坎は心にして心は疑虑多きので坎は疑。六三が変じて正に帰すれば坎象は随いて敗壊し、衆疑は因りて消亡す。一つの「亡」の字は、まさに『睽』が終点に至って重ねて合攏することを説明す。

蹇卦象伝

「山上有水,寋。君子以反身修德。」注:君子謂三。坤為身,五乾為德。三往寋來反,故反身修德。陽在三,進德修業,故以反身修德。虞氏謂觀上反三,故反身;陸氏謂水在山上,終應反下,故反身也。

『大象』は言う:「山上に水あり、これは『寋』(すなわち『蹇』)卦の象。君子はこれに取法して、反って己の身上に用功し、徳行を修養す」——注:ここに言う「君子」は九三を指す。『寋』卦は『升』卦の二・五両爻の互い換わりより来たる。『升』の上体は坤、坤は身。『寋』の上体の坎中の九五はもと乾爻、乾は徳。九三がもし上って上六に応ぜば蹇難に陥り、折り返れば安穏を得るので「身に反りて徳を修む」と言う。乾卦九三の爻は「徳を進め業を修む」と講じ、陽爻が三位に居るはまさにこの義に当たるので、『大象』は「身に反りて徳を修む」を取って教となす。虞翻はこの卦は『観』卦より変じて来たると主張し、『観』の上九が三位に返回するので「身に反る」と謂う。陸績は卦象より義を取り——水はもと下に流るべきが、いま高く山上に踞(すわ)りて終に反りて流れ下るべし、ゆえに「身に反る」と謂う。

疏:三得位,故君子謂三。升坤為身,坎五本乾,故乾為德。三往應上則歴坎險,故往寋。反上據二,故反身。乾三進德修業,故以反身修德。三在寋家修德以待時也。虞氏以卦自觀來,觀上反三,故反身。陸績以水在山上,失流通之性,水無不下,終應反下,故反身。虞說與彖傳不合,陸說近之,亦未得也。

疏:九三は陽をもって陽位に居りて正を得るので、注中の「君子」は九三を指す。『寋』は『升』より来たる。『升』の上体は坤、坤は身。『寋』の上体坎中の九五はもともと乾爻なので、乾は徳と言う。九三がもし前往して上六に応和すれば、上体坎の険陷を経るべし——だから爻辞は「往けば蹇(けん)」と言う。折り返して帰りて六二を拠守するので「身に反る」と言う。乾卦九三は「徳を進め業を修む」を講じ、『大象』は因りて「身に反りて徳を修む」の義を取る——九三は身を蹇難の世に陥れ、ただ収斂自守し徳行を修養して時機を俟つのみ。虞翻はこの卦は『観』卦より変じて来たると見る——『観』の上九が三位に返回するので「身に反る」と謂う。陸績は水の本性に下らざるは莫しと見る——いま山の巓に停まりてすでに流通の性を失い、終に返りて流れ下るべし、ゆえに「身に反る」と謂う。恵棟の判語は:虞翻の説は『彖伝』の意に対せず、陸績の説は比較的近きも、ただしまた講じて位に至らず。

「往寋來譽,宜待時也。」注:艮為時,謂變之正以待四也。「王臣寋寋,終無尤也。」注:尤,過也。二自五降,退思補過,故終無尤。「往寋來反,內喜之也。」注:內謂二,陽稱喜。「往寋來連,當位實也。」注:陽稱實。應在初,初之正,故當位實。「大寋朋來,以中節也。」注:五中和,故中節。「往寋來碩,志在內也;利見大人,以從貴也。」注:坎為志。內謂三五,乾為貴。

以下は『寋』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「往けば寋(けん)、来れば誉(ほまれ)、宜しく時を待つべきなり」——注:艮は静止して時を守るの義あるので艮は時。これは初六が変じて正に帰し、以て九四の相応の援を待つべきを言う。六二『小象』「王臣寋寋(けんけん)、終に尤(せめ)なきなり」——注:「尤」はすなわち過失。『寋』は『升』より来たり、『升』の六五は退降して二位に至る——まさに『孝経』の謂う「退きて過を補うを思う」に合すので、終に過失なし。九三『小象』「往けば寋、来れば反(かえ)るは内これを喜ぶなり」——注:「内」は六二を指し、陽爻は『易』の例において「喜」と称す。六四『小象』「往けば寋、来れば連なるは位に当たりて実なり」——注:陽爻は「実」と称す。六四の応爻は初六、初六が変じて正に帰すれば、すなわち各々その位に当たりて充実するを成す。九五『小象』「大寋には朋来るは中節を以てなり」——注:九五は中に居りて能く和を致すので「中節」と言う。上六『小象』「往けば寋、来れば碩(せき)は志は内に在るなり。大人を見るに利あるは以て貴に従うなり」——注:上体は坎、坎は心志。いわゆる「内」は上六の応ずる九三に就いて言い、九三は内卦にあるゆえに「志は内に在り」と曰う。乾は尊貴、上六は九五を見るに利あるので「以て貴に従う」と言う。

疏:「艮為」至「四也」○此虞義也。艮動靜不失其時,故為時。初往寋,變之正以待四之應,故宜待時也。俗本脫時。○「尤過」至「無尤」○「尤,過」,《釋言》文,彼文作「郵」,古文通。「退思補過」,《孝經》文。升五降二,故云退降。二得位。《繫上》曰:「無咎者,善補過也。」故終無尤。○「內謂」至「稱善」○內謂二,虞義也。二在內卦,三陽稱喜,三反據二,近而相得,故內喜之也。

疏:注文の「艮為」から「四也」まで、虞翻の説を采る。『艮・彖伝』は「動静その時を失わず」を講ずるので艮は「時」の義を取る。初六は前往すれば必ず蹇難に遇う——変爻して正に帰し、九四の来りて相応するを等候すべきなので「宜しく時を待つべし」と言う。通行俗本はここに「時」の一字を脱す。注文の「尤過」から「无尤」まで:「尤は過なり」は『爾雅・釈言』に出る——『釈言』の原文は「郵は過なり」と作し、「郵」「尤」の二字は古文通用す。「退きて過を補うを思う」は『孝経・事君章』の成語。『寋』は『升』より来たり、『升』の六五は二位に降るので「退降」と言い、降り来たるこの一爻はちょうど正を得る。『繋辞上』に「咎なきは善く過を補うなり」とあるので『小象』は「終に尤なし」と言う。注文の「内謂」から「称善」(「称喜」と作るべし)まで:「内」を六二と解するは虞翻の説。六二は身を内卦に処り、第三爻は陽爻にして陽爻は「喜」と称す。九三は折り返して六二を拠守し、両爻は相隣りて彼此投合するので「内これを喜ぶ」と言う。

○「陽稱」至「位實」○《易積算》曰:「陽實陰虛。」故陽稱實。四應在初而三間之,初變之正,終得其應,故當位實。○「五中」至「中節」○鄭氏曰:「中,和也。」《中庸》曰:「喜怒哀樂之未發謂之中,發而皆中節謂之和。」五居中行和,故中節。五中節,故可以正邦也。○「坎為」至「為貴」○上體坎,坎為志。三內卦,故志在內。虞注《繫上》曰:「乾高貴五。」故乾五為貴。三利見五,故以從貴。

注文の「陽称」から「位実」まで:京房の『易積算』に「陽は実にして陰は虚」とあるので陽爻は「実」と称す。六四の応爻は初六に在るも中間は九三に隔てられて阻まる。初六が変じて正に帰するを俟ち、終に六四と相応すること能くするので「位に当たりて実」と言う。注文の「五中」から「中節」まで:鄭玄は「中」を「和」と訓じ、『中庸』に「喜怒哀楽の未だ発せざるを中と謂い、発して皆節に中るを和と謂う」とある。九五は上卦の中に居りて行事は中和なので「中節」と言う。まさに九五は能く中節するを以て、こそ邦国を匡正すること能くす。注文の「坎為」から「為貴」まで:上体は坎、坎は心志。九三は内卦にあるので「志は内に在り」と言う。虞翻が『繋辞上』に注して「乾は高く貴くして五」と言うゆえに、乾の五爻は尊貴となる。上六は往きて九五を見るに利あるので『小象』は「以て貴に従う」と言う。

解卦象伝

「雷雨作,解。君子以赦過宥罪。」注:君子謂三。伏陽出成大過,坎為罪,入則大過象壞,故以赦過。二四失位,皆在坎獄中,三出體乾,兩坎不見,震喜兌說,罪人皆出,故以宥罪。謂三入則赦過,出則宥罪。「公用射隼,以解悖」,是其義也。

『大象』は言う:「雷動して雨降るは『解』卦の象。君子はこれに取法して、過失を赦し罪人を寛宥す」——注:ここに言う「君子」は六三の伏する陽爻を指す。潜伏の陽爻は一たび出づれば全卦便ち『大過』を成す。坎は罪、坎はまた「入」の意を含み、陽爻が入りて『大過』の象は随いて破壊されるので「過を赦す」の義を取る。九二・九四は皆位に当たらず、また皆坎体の象る牢獄の中に陥る。三爻は一たび出づれば下体は乾を成し、両重の坎象は皆見えず、外卦の震は歓欣を主り互体の兌は喜説を主り、犯人は尽数出獄するので「罪を宥(ゆる)す」の義を取る。総じて言えば、三爻入れば過を赦し、三爻出でれば罪を宥す。上六の爻辞「公隼(しゅん)を高墉(こうよう)の上に射るに用い、これを獲て利あらざるなし」、『小象』は「以て悖(もと)るを解くなり」と称す——まさにこの道理である。

疏:此虞義也。據三伏陽當出,故稱君子。三出體乾成大過,卦有兩坎,坎為罪,坎有入義,入則大過象壞,故以赦過。二四失位,皆在坎獄中,三出成乾,兩坎象壞,外體本震,故震喜;互體為兌,故兌說,罪人出獄之象,故以宥罪。六爻之義,出乾入坤。三入而大過毀,故赦過;三出而坎象毀,故宥罪。卦有赦過而無宥罪之象,故引上六爻辭以證三出坎毀之象,故云是其義也。又案,卦本名解,解者,緩也。《月令》「挺重囚」,挺有緩義,故以赦過宥罪也。

疏:この一段は全て虞翻の説を用いる。六三の伏する陽爻は出でて立つべしと就いて論を立つので、これを「君子」と称す。三爻が一たび出づれば下体は乾を成し全卦は『大過』を成す。『解』卦はもと両重の坎象あり、坎は罪、坎はまた「入」の意を含み、陽爻が一入すれば『大過』の象は破壊されるので「過を赦す」を取る。九二・九四は皆その正位を失いまた同じく坎の象る牢獄の裡(うち)に陥る。三爻が出でて乾を成し両重の坎象は俱に壊れ、外卦はもともと震にして震は歓欣を主り、互体は兌を成して兌は喜説を主る——まさに罪人の出獄の景象なので「罪を宥す」を取る。六爻の升降の通例は出でれば乾に帰し入れば坤に帰す:三爻入りて『大過』の象は毀れるゆえに過を赦すと曰い、三爻出でて坎象は毀れるゆえに罪を宥すと曰う。卦象に就いて言えば、「過を赦す」のみ見えて「罪を宥す」は見えず——だから恵棟は上六の爻辞を引きて、三爻出でて坎象毀るるのこの一層を印証し、ここに至りて「是れその義なり」と言う。また案ずるに:この卦は本の名は「解」、解はすなわち寛緩。『礼記・月令』に「重囚を挺(ゆる)す」の語あり、「挺」はまさに寛緩の義を含む——だから『大象』は過を赦し罪を宥するを以て教を立つ。

「剛柔之際,義無咎也。」注:體屯初,震剛柔始交,故無咎也。「九二貞吉,得中道也。」注:動得正,故得中道。「負且乘,亦可醜也;自我致戎,又誰咎也。」注:臨坤為丑,小人而乘君子之器,故可丑。坤為自我,以離兵伐三,轉寇為戎,艮手招盜,故誰咎也。「解而母,未當位也。」注:初四失位。「君子有解,小人退也。」注:陰爻皆正,故小人退。「公用射隼,以解悖也。」注:坎為悖,三出成乾而坎象壞,故解悖。

以下は『解』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「剛柔の際は義に咎なきなり」——注:初六は九二と相接し、その体は『屯』卦の初に近し。『屯・彖伝』は「剛柔始めて交わる」を講じ、まさに震の表す乾坤の初交の象なので、過錯ある能わず。九二『小象』「九二貞吉とは中道を得るなり」——注:九二は一動すればその正を得、因りて中に居りて中を行うので「中道を得る」と言う。六三『小象』「負き且つ乗るは亦た醜とすべきなり。我より戎を致すはまた誰をか咎めん」——注:『解』は『臨』より来たり、『臨』の坤は醜陋。六三は小人にして君子の車輿に乗るので醜とすべし。坤はまた「自我」。九五は離の象る兵戈をもって六三を討伐し、爻辞の「寇」を転じて『小象』の「戎」と説す。変体は艮を成し艮は手——ちょうど自ら手招きして盗賊を招き入るるに等しいので「また誰をか咎めん」と言う——他人の身上に怨み及ばず。九四『小象』「而(なんじ)の拇(ぼ)を解くは未だ位に当たらざるなり」——注:初六と九四は皆位に当たらず。六五『小象』「君子は解あるは小人退くなり」——注:諸陰爻は各々その正に帰するので小人は退き去る。上六『小象』「公隼を射るは以て悖を解くなり」——注:坎は悖乱、三爻が出でて下体は乾を成し坎象は敗壊するので「悖を解く」と言う。

疏:「體屯」至「咎也」○此虞義也。復初體屯,《屯·彖傳》曰「剛柔始交」,謂乾始交坤,故無咎也。○「動得」至「中道」○此虞義也。五乾為道,二上之五,動得正而居中,故云得中道也。○「臨坤」至「咎也」○此虞義也。坤為丑,義見上。乾為君子,坤為車,乾在坤上,稱君子德車。三陰乘坤,是小人而乘君子之器,故可醜也。坤為自我,義亦見上。《說卦》曰:「離為甲冑,為戈兵。」故為戎。坎寇離戎,經云「寇」,傳言「戎」。五以離兵伐三,故轉寇為戎。變體艮,艮為手,以艮手招盜,故誰咎,言無所歸咎也。

疏:注文の「体屯」から「咎也」まで、虞翻の説を用いる。『復』卦の初爻は上行して『屯』を成し、『屯・彖伝』に「剛柔始めて交わる」とあるは、乾陽が始めて坤陰と交接することを指し、交わりてその正を得るので過錯ある能わず。注文の「動得」から「中道」まで、これも虞翻の説:九五はもともと乾爻、乾は道。九二が上行して五位に至り、すでに動きて正を得また中に居るので「中道を得る」と言う。注文の「臨坤」から「咎也」まで、同じく虞翻に出づ:坤は醜陋——義例は前文にすでに見ゆ。乾は君子、坤は車輿、乾が坤の上にあるを「君子徳車」と謂う。いま六三は陰爻をもって坤体の上に乗り、まさに小人にして君子の車に乗るなので醜とすべしと言う。坤は「自我」——義例もまた前文に見ゆ。『説卦』に「離は甲冑を為し、戈兵を為す」とあるので離は兵戎を表しうる。坎は寇盗を表し離は兵戎を表す。爻辞は「寇」の字を用い『小象』は「戎」の字に改める。九五は離の象る兵器を拿して六三を討伐するので、「寇」を転じて「戎」と説す。爻が変じて艮体を成し、艮は手——ちょうど手を伸べて盗賊を招きて門に上らしむるに等しいので「また誰をか咎めん」と言い、帰咎する所なきを意謂し、ただ自らを怪むのみ。

○「初四失位」○初四失正,故未當位。四解初母則當位矣。○「陰爻」至「人退」○五三初皆陰爻,五初之正,三出解悖,陰爻皆正,故小人退,言小人化為君子也。○「坎為」至「解悖」○此虞義也。坎為獄,為罪,有罪入獄,以其悖也,故坎為悖。三出射隼而去之,兩坎象毀,故云以解悖。《象傳》赦過宥罪之類是也。

注文「初四失位」の一句:初六と九四は皆その正を得ざるので『小象』は「未だ位に当たらず」と言う。九四がもし初六のこの糾纏の「拇」を解き去る能くすれば、両爻は便ち各々その位に当たらん。注文の「陰爻」から「人退」まで:五・三・初の三か所はもと皆陰爻、六五と初六は変じて正に帰し、六三の伏する陽は出でて悖乱を解除す——かくて諸陰爻は一概に正を得るので「小人退く」と言う。これは小人を趕尽(おいつく)すに非ずして、小人が化を受けて転じて君子となるを言う。注文の「坎為」から「解悖」まで、虞翻の説を用いる:坎は牢獄、また罪。罪あればこそ入獄を要し、入獄の縁由はまさに悖逆に在るので、坎は「悖」を表しうる。三爻は出でてあの鷙隼を射落し、悖乱の物を除掉し、両重の坎象は之に随いて毀壊するので「以て悖を解く」と言う。『大象』の講ずる過を赦し罪を宥するも、同一路数に属す。

損卦象伝

「山下有澤,損。君子以懲忿懫欲。」注:君子謂泰乾。乾陽剛武為忿,坤陰吝嗇為欲。損乾之初成兌說,故懲忿。懫,止也。初上據坤艮為止,故懫欲。

『大象』は言う:「山下に沢あり、これは『損』卦の象。君子はこれに取法して、憤怒を懲戒し貪欲を遏止す」——注:ここに言う「君子」は『損』の自ずから来たる所の『泰』卦の乾体を指す。乾は陽に属して剛強尚武にしてまさに「忿(いかり)」と相類似す。坤は陰に属して吝嗇愛惜にしてまさに「欲」と相類似す。『泰』乾の初爻を減損して上行せしめれば、下体は兌を成し、兌は喜説を主り、怒気は一転して和悦となるので「忿を征(こら)す」と言う。「懫(てき)」は止の義。乾の初爻は上行して坤体に拠り艮を成し、艮は止なので「欲を懫(とど)む」と言う。

疏:此虞義、鄭劉義也。乾為君子,故君子謂泰乾。《楚語》曰「天事武」,韋昭雲乾稱剛健,故武。剛武之象有似於忿,故云乾陽剛武為忿。《說卦》曰「坤為吝嗇」,《說文》曰「欲,貪慾也」,吝嗇之義近於貪慾,故云坤陰吝嗇為欲。「徵」讀為「懲」,古文也。震為懲。損乾之初,下體成兌,兌,說也,故懲忿。鄭、劉皆云「懫,止也」。乾初據坤體艮,艮,止也,故懫欲。《繫下》曰:「曰損,德之修也。」故以懲忿懫欲也。

疏:この一段は虞翻と鄭玄・劉表の説を兼ね采る。乾は君子なので、注中の「君子」は『泰』卦の乾体を指す。『国語・楚語』に「天は武に事(つか)う」とあり、韋昭は乾は剛健と称するを解してゆえに武に属すとす。剛武の形象は憤怒に相近いので、乾陽剛武は忿と為すと言う。『説卦』に「坤は吝嗇を為す」とあり、『説文』に「欲は貪欲なり」とある——吝嗇と貪欲は義理相通ずるので、坤陰吝嗇は欲と為すと言う。「征」は「懲」と読むべし——これは古文の写法。震は奮動懲創を主るので震は懲。『泰』乾の初爻を減損すれば下体は兌を成し、兌はすなわち喜説、怒は悦に転ずるので「忿を征す」と言う。鄭玄・劉表は皆「懫」を「止」と訓ず。乾の初爻は上行して坤に拠り艮を成し、艮はすなわち止なので「欲を懫む」と言う。『繋辞下』の講ずる「『損』は徳の修なり」(底本は「曰」の字重出す)は、まさにこれを以て『大象』は忿を懲し欲を窒(ふさ)ぐを以て徳を修むるの功夫と為す。

「祀事遄往,上合志也。」注:終成既濟,謂二上合志於五也。「九二利貞,中以為志也。」注:動體離中,故中以為志。「一人行,三則疑也。」注:坎為疑,疑則不一,故云三則疑。「損其疾,亦可喜也。」注:疾不為害,故可喜。「六五元吉,自上右也。」注:兌為右,上右五益三,故自上右。「弗損益之,大得志也。」注:離坎體正,故大得志。

以下は『損』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初九『小象』「祀事遄(と)く往くは上と志を合すなり」——注:損益は往復し、終に『既済』の定局を成す。これは九二と上九が同じく心志を九五に合することを言う。九二『小象』「九二利貞とは中を以て志と為すなり」——注:九二が一動すれば、その体は離を成して中に居るので、中を守るを以て志と為すと言う。六三『小象』「一人行けば三たびすれば疑うなり」——注:坎は疑惑、一疑あれば心思は専一なる能わず——だから三人同行すれば猜疑を生ずと言う。六四『小象』「その疾を損するは亦た喜ぶべきなり」——注:損せられる所の病患はすでに害を為さざるので喜ぶべし。六五『小象』「六五元吉とは上より右(たす)くるなり」——注:兌は右、「右」はすなわち佑助。上九は六五を佑助して六三を増益するので「上より右く」と言う。上九『小象』「損せずしてこれを益するは大いに志を得るなり」——注:離体と坎体は各々その正を得るので大いに心志を遂ぐと言う。

疏:「終成」至「五也」○此虞義也。益上之三,故終成既濟。坎為志,二上合志於五,初亦得其應矣。○「動體」至「為志」○此虞義也。二本坎爻,動體離而居中,故中以為志。○「坎為」至「則疑」○坎心為疑,三人旅行則不一,故三則疑。○「疾不」至「可喜」○《繫下》曰:「損以遠害。」三上覆為疾,六爻得位正,陽在上,疾不為害,故可喜也。○「兌為」至「上右」○兌為右,右,助也。五以二簋享上,上右五益三成既濟,太平之化行,故自上右也。○「離坎」至「得志」○此虞義也。離上三爻不正,坎下三爻不正,既濟坎上離下,離坎體正,坎為志,故大得志也。

疏:注文の「終成」から「五也」まで、虞翻の説を用いる。『損』と『益』は互いに旁通し、『益』の上爻は下行して三位に至り、終に『既済』を成す。坎は心志、九二と上九は心志を九五に合し、初九もまたそれの応爻を着る。注文の「動体」から「為志」まで、同じく虞翻に出づ:九二はもともと坎体の爻、一動して離体を成しまた中位に居るので、中を以て志と為すと言う。注文の「坎為」から「則疑」まで:坎は心、心が動きて疑を生ず——三人が一起に路を歩めば、主意は一に帰する能わず、だから「三たびすれば疑う」と言う。注文の「疾不」から「可喜」まで:『繋辞下』に「損は以て害に遠ざかる」とある。三爻と上爻の往復交易の際はもと病患あるも、六爻が各々その正を得陽が上位に居るを俟てば、病患はもはや害を成さず——だから喜ぶべし。注文の「兌為」から「上右」まで:兌は右、「右」はすなわち佑助の義。六五は両簋の薄礼を用いて上九を奉享し、上九は反って六五を佑助し六三を増益し、全卦は『既済』を成して太平の化は推行を得るので「上より右く」と言う。注文の「離坎」から「得志」まで、虞翻の説を用いる:もし離が上にあれば上三爻は皆正ならず、もし坎が下にあれば下三爻は皆正ならず——ただ『既済』のみが坎上離下にして離坎の両体は各々その正に帰す。坎は志なので、大いに心志を遂ぐと言う。

益卦象伝

「風雷,益。君子以見善則遷,有過則改。」注:君子謂乾也。上之三,離為見,乾為善,坤為過。三進之乾四,故見善則遷。乾上之坤初,改坤之過,體復象,復以自知,故有過則改也。

『大象』は言う:「風雷は相い益す、これは『益』卦の象。君子はこれに取法して、善を見れば遷りてこれに従い、過あれば則ち改む」——注:ここに言う「君子」は『益』の自ずから来たる所の『否』卦の乾体を指す。上爻は下行して三位に至り離を成し、離は見。乾は善、坤は過。三爻は上進して乾の四位に入る——まさに善を見て遷る。「乾」の上爻は下りて坤の初位に至り、坤の象る過失を改掉し、初より四に至りて『復』の象を成す。『復』は「復は以て自ら知る」と講じ、能く自ら省察するので「過あれば則ち改む」と言う。

疏:此虞義也。乾謂否,乾陽為君子,故君子謂乾也。「相見乎離」,上失位之三得正體離,故離為見。乾元善之長,故乾為善;坤積不善,故為過。四本坤,三上之初則三進之乾四,故見善則遷。初本坤也,乾上之初坤體壞,故改坤之過。初至四體復,復初「有不善未嘗不知,知之未嘗復行」,故有過則改也。

疏:この一段は全て虞翻の説を用いる。いわゆる「乾」は『益』の自ずから来たる所の『否』卦を指し、乾陽は君子を表すので注中は「君子は乾を謂う」。『説卦』は「相い見るは離に於てか」と講じ、上爻はもと失位なりしが、下りて三位に至れば正を得て離体を成すので離は見。『乾・文言』に「元は善の長なり」とあるので乾は善、『坤・文言』に「不善を積むの家は必ず余殃あらん」とあるので坤は過。第四位はもと坤に属し、三爻と上爻が各々移易した後、三は便ち上進して乾の四位に至る——まさに「善を見れば則ち遷る」に合す。初位はもともとも坤に属し、乾の上爻が初位に降れば坤体は之に随いて破壊される——まさに「坤の過を改む」に合す。初爻より四爻に至りて互いに『復』象を成し、孔子が顔回を「不善あれば未だ嘗て知らざるなく、これを知りて未だ嘗て復び行わざるなり」と称するは、まさに『復』初九の境界なので「過あれば則ち改む」と言う。

「元吉無咎,下不厚事也。」注:坤為厚事,下謂初,上之初,損上益下,故下不厚事。「或益之,自外來也。」注:乾上稱外,來益初也。「益用凶事,固有之矣。」注:三上失正當變,是固有之。「告公從,以益志也。」注:坎為志,三之正有兩坎象,故以益志。「有孚惠心,勿問之矣;惠我德,大得志也。」注:上之三成既濟定,故大得志,與損上九同義。「莫益之,徧辭也。」注:徧,周帀也。民所不與,故云徧辭。「或擊之,自外來也。」注:剝艮在上,故自外來。

以下は『益』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初九『小象』「元吉咎なしとは下は事を厚くせざるなり」——注:坤は厚重の事、「下」は初九を指す。上爻が下りて初位に至り、上頭を減損して下面を増益するので、下にある者は厚重の差事を擔負せず。六二『小象』「あるいはこれを益すは外より来るなり」——注:乾の上爻は「外」と称し、外頭より下りて初爻を増益す。六三『小象』「凶事を用て益すは固(もと)よりこれ有るなり」——注:三爻と上爻は皆その正を失い理として変動すべし——凶事はもともとそれ自身の固有の处境。六四『小象』「公に告ぐに従うは以て志を益すなり」——注:坎は心志、三爻が変じて正に帰すれば卦中に両重の坎象を現出すので、その志を増益すと言う。九五『小象』「孚ありて心を恵むはこれを問う勿れ、我が徳を恵めば大いに志を得るなり」——注:上爻が下りて三位に至り、全卦は『既済』を成して定まるので大いに心志を遂ぐと言う——『損』卦の上九の義理と同じ。上九『小象』「これを益すこと莫きは徧(へん)辞なり」——注:「徧」はすなわち周遍環繞。四方の百姓は皆来りて相与せず——だからこれは普遍に落空する断語と言う。上九『小象』「あるいはこれを撃つは外より来るなり」——注:陰気が陽を消して第五位に至れば『剥』を成し、『剥』の上体は艮にして艮は外に居るので、打撃は外部より来ると言う。

疏:「坤為」至「厚事」○坤厚德載物,故為厚。陽在下,故下謂初。上之初,損上之惠以益下,故下不厚事也。○「乾上」至「初也」○此虞義也。《繫下》云:「爻象動乎內,吉凶見乎外。」虞彼注云:「外謂上。」故云乾上稱外,謂否乾也。自外曰來,故云來益初也。○「三上」至「有之」○此虞義也。三本陽位,以柔居之則危而凶,上之三,其剛勝,故云是固有之。

疏:注文の「坤為」から「厚事」まで:『坤・彖伝』に「坤は厚く物を載す」とあるので坤は「厚」の義を取る。陽爻は最も下にあるので「下」は初九を指す。上爻が初位に降るは、上面の恩惠を減損して下面に施与するなので、下にある者はもはや沉重の徭役に圧されず。注文の「乾上」から「初也」まで、虞翻の説を用いる:『繋辞下』に「爻象は内に動き、吉凶は外に見ゆ」とあり、虞翻はその句に注して「外は上を謂う」と言うので、乾の上爻は「外」と称しうる——指す所はまさに『否』卦の乾体。外頭より入り来るを「来」と謂うので、下りて初爻を増益すると言う。注文の「三上」から「有之」まで、これも虞翻の説:第三位はもと陽位、陰柔を以てこれに居ればすなわち危にして凶。上爻が下りて三位に至り、剛爻が陽位に居りてその事に勝任するので、この凶事はもとそれ固有の境地なりと言う。

○「坎為」至「益志」○此虞義也。坎心為志,三之正成既濟,故有兩坎象,同心共濟,故以益志也。○「上之」至「得志」○卦成於五,上有惠心,下惠我德,孚信著於上下,既濟之功成,故大得志也。○「徧周」至「徧辭」○「徧,周帀也」者,孟氏義也,虞氏傳五世孟氏之易,義與之同。上不之初,坤民否閉,同辭不與,故云徧辭。○「剝艮」至「外來」○陰消至五為剝,剝體艮,艮在上,故自外來。

注文の「坎為」から「益志」まで、虞翻の説を用いる:坎は心、心の之く所はすなわち志。三爻が変じて正に帰せば全卦は『既済』を成し、因りて両重の坎象を現出し、上下心を同じくして時艱を共済するので「以て志を益す」と言う。注文の「上之」から「得志」まで:全卦の成就は九五の一爻に落る。上に在る者は恵を施すの心を存し、下に在る者はその徳を感戴し、誠信の孚は上下に昭著にして、『既済』の功はここに於て告成するので、大いに心志を遂ぐと言う。注文の「徧周」から「徧辞」まで:「徧」を「周帀」と訓ずるはもと孟喜の師説。虞翻の家は孟氏の『易』を伝えることすでに五世を歴て、義理は孟氏と同じ。上九が下りて初位に至るを肯んぜざれば、坤の象る百姓は便ち閉塞して通ぜず、衆口一辞に彼と相親しまず——だからこれは四面に落空する断語と言う。注文の「剥艮」から「外来」まで:陰気は陽を消して直に第五位に消尽すれば『剥』卦を成し、『剥』の上体は艮にして艮は外に居るので、打撃は外部より来ると言う。

夬卦象伝

「澤上於天,夬。」注:水氣上天,決降成雨,故曰夬。「君子以施祿及下,居德則忌。」注:君子謂乾。乾為施祿,下謂剝坤,坤為眾臣,以乾應坤,故施祿及下。乾為德,剝艮為居,故居德則忌。陽極陰生,謂陽忌陰。

『大象』は言う:「沢水は天上に積る、これは『夬』卦の象」——注:水気は天上に昇騰し、決口して下れば化して雨となる——「夬」はすなわち決の義。『大象』はまた言う:「君子はこれに取法して、俸禄を下の人に施及す。一旦自らの徳位に安居すれば、心に戒惧を存すべし」——注:ここに言う「君子」は乾体を指す。乾は施予を主りまた福禄を主るので、乾は禄を施すと言う。「下」は『夬』と旁通する『剥』卦の坤を指し、坤は衆多の臣属——乾を以て坤に応ずるは、すなわち俸禄を下面に施及す。乾は徳、『剥』の艮体は居止なので、その徳に安居すれば便ち忌惮あるべしと言う。陽気は極に盛なれば、陰気は便ち滋生せんとす——ゆえに陽は陰を忌惮すべし。

疏:「水氣」至「曰夬」○此陸績義也。兌為澤,兌體坎象半見,坎為水,故水氣上天。兌澤在上,故決降成雨。以陽決陰,故曰夬也。○「君子」至「忌陰」○此虞義也。乾陽為君子。天施地生,故乾為施;乾為福,故為祿。旁通剝,剝伏夬下,故謂剝坤。坤為眾,為臣,以乾應坤謂應剝,坤祿所以逮眾臣者,是施祿及下也。乾為龍德,故為德。艮為居,故居德。剛長乃終,陽極於上則遘陰生於下,故陽極陰生。德不久居,陽當忌陰,故居德則忌也。

疏:注文の「水気」から「曰夬」まで、陸績の説を采る。兌は沢、兌の卦体は坎象の半ばを露わす(坎は中満ち、兌は上欠く)、坎は水なので、水気は天上に昇ると言う。兌沢は乾天の上に高居し、勢い必ず決口して下りて化して雨となるので「決降して雨を成す」と言う。爻位に就いて言えば、五陽は一陰を決去する——ゆえに卦名を「夬」と曰う。注文の「君子」から「忌陰」まで、虞翻の説を采る。乾陽は君子を表す。天は施予を主り地は化生を主るので乾は施、乾はまた福を表すので兼ねて禄。『夬』と『剥』は旁通し、『剥』は『夬』の底下に潜伏するので注中は「剥坤」と言う。坤は衆・臣、乾を用いて坤に応ずるはすなわちあの潜伏の『剥』に応ずること。坤の得る所の俸禄は衆臣に遍及しうる——これがすなわち「禄を施して下に及ぶ」。乾は竜徳あるので徳。艮は止、止はすなわち居なので「徳に居る」と言う。『彖伝』は「剛長して乃ち終る」を講ず——陽は長じて上位に至ればすなわち尽頭に到り、『遘』の一陰は便ち下面より生じ出でんとす。これがすなわち陽極まりて陰生ず。徳は久しく踞りて去らざるべからず、陽は陰を提防すべきなので「徳に居れば則ち忌む」と言う。

「不勝而往,咎也。」注:往失位應陽,故咎也。「有戎勿恤,得中道也。」注:動得正應五,故得中道。「君子夬夬,終無咎也。」注:上為終,能慍不說,故終無咎。「其行次且,位不當也;聞言不信,聰不明也。」注:以陽居陰,故位不當。四變坎為聰,離為明,不變應初,故聰不明也。「中行無咎,中未光也。」注:為上所弇,故未光,與屯五、萃五同義。「無號之凶,終不可長也。」注:遘時巽為長,至此陰道消滅,倒長為亡,故終不可長。

以下は『夬』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初九『小象』「勝たずして往くは咎なり」——注:初九は上往して九四に応じに行くは、位に当たらざるの身を以て同性の陽爻に応じに行くなので咎あり。九二『小象』「戎あれども恤うる勿れとは中道を得るなり」——注:九二は一動して正を得、また九五と相応し、中に居りて中を行うので「中道を得る」と言う。九三『小象』「君子夬夬(かいかい)とは終に咎なきなり」——注:九三の応爻は上六に在り、上位は終。九三は愠怒を含むも色に形せず上六と親附せざるので、終に過錯なし。九四『小象』「その行くや次且(ししょ)たるは位当たらざるなり。言を聞きて信ぜざるは聡にして明ならざるなり」——注:九四は陽爻を以て陰位に居るので位当たらずと言う。九四がもし変ぜば、卦中に坎・離の象あり——坎は耳聡、離は目明。いまそれは変ぜずして下って初九に応ずるので坎離の象は成らず——ゆえに耳はすでに聡ならず目もまた明ならず。九五『小象』「中行して咎なしとは中未だ光ならざるなり」——注:九五は上六に掩蔽されるので、その中德は未だ光大する能わず——『屯』九五・『萃』九五と同一の義例。上六『小象』「號(こう)なきの凶は終に長くすべからざるなり」——注:『遘』の時位において巽は長。『夬』に至れば陰道は消滅ほぼ尽く——「長」の字を倒せばすなわち「亡」なので、終に長久する能わずと言う。

疏:「往失」至「咎也」○此虞義也。初四敵剛,初往應四,是失位應陽,故有咎也。○「動得」至「中道」○此虞義也。四失位,動得正應五,二五為中,故得中道。乾為道也。○「上為」至「無咎」○應在上,故上為終。三能慍不說,不與上應,故終無咎也。○「以陽」至「明也」○四變有坎離象,故坎為聰,離為明。不變無坎象,故聰不明,言聽不聰則視亦不明也。

疏:注文の「往失」から「咎也」まで、虞翻の説を用いる:初九と九四は同じく剛爻にして彼此敵対し、初九は却って前往して九四に応を求む——すでにその位を失いまた去りて同性の陽爻に応ずるので咎あり。注文の「動得」から「中道」まで、も虞翻の説を用いる:ここに言う四は変動に就いて言い、爻は一動して正を得また能く上って九五に応じ、二と五は皆中位に居るので「中道を得る」と言う。乾は道なので「道」の字を以てこれに繋ぐ。注文の「上為」から「无咎」まで:九三の応爻は上六に在り、上位は一卦の終なので「上は終を為す」と言う。九三は心に愠怒を存して喜悦せず、上六と親和することを肯んぜざるので、終に過錯なし。注文の「以陽」から「明也」まで:九四がもし変ぜば卦中に便ち坎・離の象を現出し、坎は耳ゆえに聡、離は目ゆえに明。それが変ぜざれば坎象は成らず——だから耳は聡ならず、耳の聴え聡ならざれば、眼の物を見るもそれに随いて明ならず。

○「為上」至「同義」○五弇於上,陽為陰弇,故未光。五所以未光者,三五同決上,三有慍,故有凶而終無咎。五莧陸雖無咎而中未光,三體乾,五體兌故也。屯五、萃五亦皆為陰所弇,故同義也。○「遘時」至「可長」○《彖傳》曰:「勿用取女,不可與長也。」但遘時巽始用事,消丙滅坤,至復出震,巽始無號息。至夬陰道消滅,終不可長,與遘「不可與長」相應。《說文》「長」從●,●,倒亡也。遘時巽為長,夬反遘也,至此消亡,故云倒長為亡也。

注文の「為上」から「同義」まで:九五は上六に掩蔽され、陽は陰に掩わるるので中德は未だ光大する能わず。九五の未だ光ならざる所以は、九三と九五が心を同じくして上六を決去せんと要し、九三は愠怒に満つ——因りて先に凶険ありて終に咎を得ず。九五は莧陸(けんりく)を鏟除するがごとく過なしといえども、居中の徳はいまだ光大せず——原因は九三が乾体に属して剛健、九五は則ち兌体(兌は毀折・口舌)の中に処るに在る。『屯』九五・『萃』九五も皆陰爻に掩蔽されるので、同一の義例と言う。注文の「遘時」から「可長」まで:『遘・彖伝』に「女を取るを用うる勿れ、与に長くすべからざるなり」とある。『遘』の時位において、巽は剛にして当令用事を始め、陰気は丙の納する艮を消し坤を滅し、『復』卦の震陽が重ねて出ずるに至るまで、巽の勢頭はここに至りて止息す。『夬』に至れば陰道は消滅ほぼ尽く、終に長久する能わず——まさに『遘』の「与に長くすべからず」と前後呼応す。『説文』に「長」の字は「●」に従う、「●」はすなわち「亡」の字を倒して写せるもの。『遘』の時位において巽は長、『夬』は『遘』の反対の卦で、ここに至りて陰気は消亡す——だから「長」を倒せば便ち「亡」となると言う。

姤卦象伝

「天下有風,遘。后以施命誥四方。」注:後,繼體之君。遘陰在下,故稱後。乾為施,巽為命,為誥。復震二月東方,遘五月南方,巽八月西方,復十一月北方,皆總在初,故以誥四方。

『大象』は言う:「天の下に風起る、これは『遘』(すなわち『姤』)卦の象。位を継ぐ君はこれに取法して、政令を頒布し四方に曉諭す」——注:「后」は先君の位を承継する国君を指す。『遘』は一陰の下に生ずるの卦、陰は「后」と称するので、「后」の字を用いて「先王」を用いず。乾は施予を主り、巽は申命を主り、因りて命・誥を為す。卦気方位に就いて言えば:『復』の震は二月を主り東方に居り、『遘』は五月の卦にして南方に居り、巽は八月の卦にして西方に居り、『復』は十一月の卦にして北方に居る。四方の気は皆初爻のこの一か所に総匯するので、能く「四方に誥す」と言う。

疏:此虞義也。後,繼體之君,謂夏后氏也。陽稱先王,稱君子,陰稱後。泰坤女主,故稱後。此遘陰在下,故亦稱後也。乾陽為施,巽中命為命,為誥。震方伯卦在二月,故東方;消息遘五月卦,故南方;巽八月卦,故西方;復十一月,故北方。震謂復震,巽謂遘巽,故總在初。虞氏謂孔子行夏之時,經用周家之月,夫子傳彖象以下皆用夏家月,是故復為十一月,遘為五月矣。

疏:この一段は虞翻の説を用いる。「后」は先君の位を継承する国君、夏后氏の称のごとし。『易』の例において陽爻は「先王」・「君子」と称し、陰爻こそ「后」と称する。『泰』卦の坤は女主を象るので后と称し、ここ『遘』は一陰が下面に生ずるので、もまた后と称す。乾は陽に属して施予を主り、巽は申命を主り、因りて命・誥を為す。震は四方伯卦の一で二月に当たるので東方に配し、十二消息卦に就いて言えば『遘』は五月の卦なので南方に配し、巽は八月に当たるので西方に配し、『復』は十一月に当たるので北方に配す。ここに言う「震」は『復』卦の震を指し、「巽」は『遘』卦の巽を指し、両者は皆初爻より起算するので、四方の気は初に総匯すと言う。虞翻は孔子が夏時を遵行すると見る——経文の記する月份は周暦を用い、夫子の作る『彖伝』『象伝』以下は則ち一律に夏暦に改める。ゆえに『復』は十一月と算し『遘』は五月と算す。

誥,鄭作詰,雲止也。漢司徒魯恭釋此傳云:言君以夏至之日施命令,止四方行者,所以助微陰也。此言助微陰與易例有違,今不用也。尋《復·象傳》曰:「先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。」《遘傳》云:「后以施命誥四方。」但復陽息之卦,遘陰消之卦,復閉關不省方,所以助微陽之息也;遘施命誥四方,所以布盛陽之德也。其諸易之例與。

「誥」の字、鄭玄本は「詰」と作り「止」と訓ず。東漢の司徒魯恭はこの条の『象伝』を解して言う:国君は夏至のこの日に命令を頒し、四方の行旅の出行を禁止するは、剛に萌生する微陰を扶助するを為すと。恵棟の按語:この種の「微陰を助く」の講法は『易』の通例に相違背するので採用せず。試みに『復・象伝』の言う「先王は至日に以て関を閉ざし、商旅は行わず、后は方を省みず」、『遘・象伝』の言う「后は以て命を施して四方に誥す」を見よ——『復』は陽気の生長の卦、『遘』は陰気の陽を消すの卦。『復』が関を閉ざし四方を巡視せざる所以は、剛に萌動する微陽を扶助するを為し、『遘』が命を頒し四方に曉諭する所以は、陽気の正に盛なるに趁りてその徳を広布するを為す。両か所の取義は各々帰属あり——これおそらくはまさに『易』の一貫の義例。

「繫於金鑈,柔道牽也。」注:陰道柔,巽為繩,牽於二也。「苞有魚,義不及賓也。」注:義讀曰宜。初繫於二,宜不及賓也。「其行次且,行未牽也。」注:在夬失位,故牽羊;在遘得正,故未牽也。「無魚之凶,遠民也。」注:復坤為民,乾為遠,遘時坤伏乾下,故遠民。「九五含章,中正也;有隕自天,志不舍命也。」注:中謂五,正謂四。巽為命,欲初之四承己,故不舍命。「遘其角,上窮吝也。」注:位極於上,無應於下,故上窮吝也。

以下は『遘』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「金鑈(きんてい)に繋がるは柔道の牽(ひ)かるるなり」——注:陰の道路はもと柔順に属し、巽は繩索、初六は九二に牽繋される。九二『小象』「苞に魚あるは義は賓に及ばざるなり」——注:「義」は「宜」と読むべし。初六はすでに九二に繋属し、理として外来の賓客に輪るべからず。九三『小象』「その行くや次且たるは行未だ牽せられざるなり」——注:この一爻は『夬』卦において四位に処れば失位なので、『夬』九四に「羊を牽く」の辞あり。『遘』卦においては則ちその正位を得るので、行走は未だ牽制されずと言う。九四『小象』「魚なきの凶は民に遠ざかるなり」——注:『遘』は『復』と旁通し、『復』の坤は民、乾は遠。『遘』の時位において坤は乾の下に潜伏して九四と相隔ること甚だ遠し——だから民衆を疏遠にすと言う。九五『小象』「九五章を含むは中正なり。隕(お)つること天よりありは志命を舎てざるなり」——注:「中」は九五を指し「正」は九四を指す。巽は命令、九五は初六が上行して四位に至りて己を承奉せんことを望むので、心志はこの命令を舎てるを肯んぜずと言う。上九『小象』「その角に遘うは上は窮まりて吝なり」——注:上九は位は極頂に処り、下はまたこれと相応する爻なきので、上に窮極して吝を致すと言う。

疏:「陰道」至「二也」○此虞義也。初陰為柔,為二所牽,故云柔道牽也。○「義讀」至「賓也」○《中庸》曰:「義者,宜也。」義、宜同物同音,故義讀曰宜。初繫於二,陰不消陽,故云義不及賓也。○「在夬」至「牽也」○此虞義也。三在夬為四,故失位,為初所牽,故牽羊;在遘得正,故行未牽也。○「復坤」至「遠民」○旁通復,復坤為民。坤伏乾下,失位無應,民眾不與,故遠民也。○「中謂」至「舍命」○九五得中,故中謂五;初之四得正,故正謂四。五欲初之四承己,故不舍命,初體巽為命也。此兼虞義。○「位極」至「吝也」○九居上故位極於上,三上敵剛,無應於下,故上窮吝也。

疏:注文の「陰道」から「二也」まで、虞翻の説を用いる:初爻は陰にしてその性は柔弱、九二に牽かるるので「柔道牽」と言う。注文の「義読」から「賓也」まで:『中庸』に「義は宜なり」とあり、義・宜はもと一物にして読音また同じなので、「義」は「宜」と読むべし。初六はすでに九二に繋属し、陰気は上りて陽爻を消蝕する能わざるので、外来の賓客に輪らずと言う。注文の「在夬」から「牽也」まで、虞翻の説を用いる:この一爻をもし『夬』卦に置けばすなわち九四の位で失位に属し、かつ初九に牽繋されるので、『夬』九四に「羊を牽けば悔亡」の辞あり。『遘』卦に至っては、それは三位に居りて位に当たりて正を得るので、行走は未だ牽制を受けずと言う。注文の「復坤」から「遠民」まで:『遘』は『復』と旁通し、『復』の坤は百姓を表す。坤は乾の下に潜伏し、九四はすでに失位にしてまた応なし、民衆は帰附することを肯んぜず——だから百姓を疏遠にすと言う。注文の「中謂」から「舎命」まで:九五は中に居るので「中」は九五を指し、初六が上行して四位に至れば正を得るので「正」は九四を指す。九五は初六が四位に上りて己を承奉せんことを望むので心志はこの命を舎てずと言い、初爻は巽体に属し巽は命。この条は虞翻の義を兼ね采る。注文の「位極」から「吝也」まで:陽九は上爻に居り、位置はすでに極点に到り、三と上は同じく剛爻にして互相敵対し、下は応なし——だから上に窮極して悔吝を生ずと言う。

萃卦象伝

「澤上於地,萃。君子以除戎器,戒不虞。」注:君子謂五。除,修;戎,兵也。《詩》曰:「修爾車馬,弓矢戎兵。」陽在三、四為修,坤為器,三四之正,離為戎兵、甲冑、飛矢,坎為弓弧,巽為繩,艮為石,謂敹甲冑、鍛厲矛矢,故除戎器戒備也。坎為寇,初坤為亂,故戒不虞也。

『大象』は言う:「沢水は地上に積る、これは『萃』卦の象。君子はこれに取法して、兵器を整治し意外の変に備えん」——注:ここに言う「君子」は九五を指す。「除」は修治の義、「戎」はすなわち兵器。『詩経・大雅・抑』に「なんじの車馬を修め、弓矢戎兵せよ」とある。陽爻は三・四の位に居れば「修」の義を取り、坤は器物。三・四両爻が変じて各々その正に帰すれば、卦中に便ち離を現出し、離は兵戈・甲冑・飛矢、坎は弓弩、巽は繩索、艮は石——合すればまさに甲冑を縫綴し矛矢を鍛打磨礪するの景象なので、兵器を整治して以て戒備と為すと言う。坎は寇盗、初爻の処する坤体は昏乱を主るので、意料の外の禍患を戒備すべしと言う。

疏:此虞義也。卦唯五陽得正,故君子謂五。案,虞注卦辭云:「乾五為王。」謂觀乾也。又虞注坎《象傳》云:「在乾為大人,在坎為君子。」今以乾五為君子者,但三四易位,五在坎中,故以君子謂五也。姚信、陸績、王肅皆云「除猶修治」,故云除、修,戎、兵也。《詩》曰「修爾車馬,弓矢戎兵」者,《大雅·抑》篇文,證治軍實亦云修也。乾之九三、九四皆云「進德修業」,故云陽在三四為修。乾三不中,四不正,故云修。萃之三四當之正,故亦云修也。

疏:この一段は虞翻の説を用いる。『萃』卦六爻の中、ただ九五のみ陽を以て陽に居りて正を得るので、注中の「君子」は九五を指す。按ずるに:虞翻が『萃』卦辞に注して「乾五は王」と言うは、『萃』の自ずから来たる所の『観』卦の乾を指す。彼が『坎・象伝』に注してまた「乾に在れば大人と称し、坎に在れば君子と称す」と言う。ここに乾五を君子と称するは、三・四両爻が互い易した後、九五はまさに坎体の中に処るを以てのゆえ、九五を以て君子と為す。姚信・陸績・王粛は皆「除」はすなわち修治と言うので、注中は「除」を「修」と訓じ「戎」を「兵」と訓ず。引く所の『詩』の「なんじの車馬を修め、弓矢戎兵せよ」は『大雅・抑』篇に出、以て軍備の整治もまた「修」と謂いうるを証す。乾卦九三・九四は皆「徳を進め業を修む」を講ずるので、陽爻は三・四の位にあれば「修」の義を取ると言う——乾三は中に居らず乾四は位に当たらず、まさに修治を要す。『萃』の三・四両爻もまたまさに変じて正に帰すべきなので、同じく「修」と言う。

坤形為器,三四之正體離,離為甲冑,為戎兵,又為飛,為矢,故為戎兵、甲冑、飛矢。坎為弓,故為弓弧。巽為繩直,故為繩。艮為小石,故為石。《尚書·枈誓》曰:「善敹乃甲冑。」又曰:「鍛乃戈矛,厲乃鋒刃。」故為敹甲、鍛厲矛矢也。鄭氏彼注云:「糓謂穿徹之謂。」甲繩有斷絶,當使糓理穿治之,謂離之甲冑以巽繩穿治之,故巽為繩;矛矢以離火鍛之,以艮石厲之,故艮為石,皆是修治之義,故除戎器也。「戒,備」,《方言》文。坎為盜,故為寇。初「乃亂乃萃」,坤反君道為亂,故以戒不虞。虞,度也。

坤は形体あるので器物。三・四両爻が変じて正に帰すれば卦中は離を成し、『説卦』に離は甲冑・戈兵を為しまた飛・矢を為すとあるので、兵戈・甲冑・飛矢を表しうる。坎は弓なので弓弩。巽は繩直なので繩。艮は小石なので石。『尚書・費誓』に「善くなんじの甲冑を敹(りょう)せよ」とあり、また「なんじの戈矛を鍛え、なんじの鋒刃を厲(と)げ」とあるので、甲冑を縫綴し矛矢を鍛打磨礪すと言う。鄭玄があの数句に注して言う:「糓」は穿通の義——甲片の間の繩綴に断裂あるは、すなわちその紋理に照りて穿ち修補すべし。すなわち巽の象る繩を用いて離の象る甲冑を穿綴するゆえに、巽を取りて繩と為す。矛矢は離の象る火を用いて鍛打し、艮の象る石を用いて磨礪するゆえに、艮を取りて石と為す。これらは皆修治の功夫に属するので、『大象』は「戎器を除す」と言う。「戒」を「備」と訓ずるは『方言』に見ゆ。坎は盗なので寇。初六の爻辞に「乃ち乱れ乃ち萃まる」とあり、坤はもと順承すべきに、もし反って君主の道を行わばすなわち乱——だから意外を戒備すべし。「虞」はすなわち預料。

「乃亂乃萃,其志亂也。」注:坎為志,初不之四,故其志亂也。「引吉無咎,中未變也。」注:二得正,故不變也。「往無咎,上巽也。」注:動之四,故上巽。「大吉無咎,位不當也。」注:以陽居陰,故位不當。「萃有位,志未光也。」注:為上所弇,故未光。「齎諮涕洟,未安上也。」注:乘剛遠應,故未安上。

以下は『萃』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「乃ち乱れ乃ち萃まるはその志乱るるなり」——注:坎は心志。初六は上行して四位に至りて九四と相応することを肯んぜざるので、心志は紛乱す。六二『小象』「引きて吉咎なしとは中未だ変ぜざるなり」——注:六二は陰を以て陰に居りて正を得、変動を用いるに及ばず。六三『小象』「往きて咎なしとは上は巽なり」——注:六三は変動して上行し四位に至れば、便ち巽体に入るので「上は巽」と言う。九四『小象』「大吉咎なしとは位当たらざるなり」——注:九四は陽爻を以て陰位に居るので位は恰も当ならず。九五『小象』「萃めて位あれども志未だ光ならざるなり」——注:九五は上六に掩蔽されるので、心志は未だ光大する能わず。上六『小象』「齎咨(せいし)涕洟(ていい)とは上に安んぜざるなり」——注:上六は陰柔を以て九五の剛爻の上に凌乗し、応ずる所の六三はまたそれと同性にして相敵するので、上位に在りて安穏を得ず。

疏:「坎為」至「亂也」○此虞義也。初應在四,三之四體坎為志,初失位不變,故不之四,相聚為亂,故其志亂也。○「二得」至「變也」○此虞義也。初三失位,二獨得正,居中應五,故不變也。○「動之」至「上巽」○此虞義也。四在巽體,三動之四,故上巽也。○「以陽」至「不當」○此虞義也。凡言無咎者,皆宜有咎也。四以陽居陰,故位不當,動之正,故大吉而無咎也。○「為上」至「未光」○四以下皆承五,上獨乘剛,三之四體離為光,五為上弇,故未光,與屯五、夬五同義也。○「乘剛」至「安上」○此虞義也。以陰乘陽,故乘剛;三上敵應,故遠應。乘應皆失,故未安上也。

疏:注文の「坎為」から「乱也」まで、虞翻の説を用いる:初六の応爻は九四に在り、六三が上行して四位に至る時は坎体を成し、坎は心志。初六は失位にして変動を肯んぜず、すなわち四位に上ること能わず、ただ原地に胡乱に聚集するのみ——だから心志紛乱と言う。注文の「二得」から「変也」まで、も虞翻の説を用いる:初六・六三は皆失位、ただ六二のみその正を得、また中に居りて上って九五に応ずるので、変動の必なく。注文の「動之」から「上巽」まで、同じく虞翻に出づ:四位は巽体に属し、六三は一動して上行し四位に至れば便ち巽の中に進入するので「上は巽」と言う。注文の「以陽」から「不当」まで、なお虞翻の説:およそ爻辞に「咎なし」を標出するは、もともとは皆咎あるべきもの。九四は陽を以て陰に居るので位当たらず、一動して正に帰するので能く大吉にして過錯なし。注文の「為上」から「未光」まで:四以下の諸爻は皆九五を承奉し、ただ上六のみ反って剛爻に凌乗す。六三が上りて四位に至れば離体を成し、離は光明——いま九五は上六に掩蔽されるのでその志は未だ光ならずと言い、『屯』九五・『夬』九五と同一の義例。注文の「乗剛」から「安上」まで、虞翻の説を用いる:陰爻を以て陽爻に凌乗するので「剛に乗る」と謂い、三と上は同じく陰にして彼此敵対するので「遠応」と謂う。乗ずる所と応ずる所の両頭は皆落空するので、上位に在りて安穏を得ず。

升卦象伝

「地中生木,升。」注:地謂坤,木謂巽,地中生木,以微至著,升之象。「君子以慎德,積小以成高大。」注:君子謂三。小謂陽息復時,復小為德之本,至二成臨,臨者,大也。臨初之三巽為高,二之五艮為慎,坤為積,故慎德積小以成高大。

『大象』は言う:「地の中に木を生ず、これは『升』卦の象」——注:「地」は上体の坤を指し、「木」は下体の巽を指す。地の裡に木を生じ、細微より漸々に顕著に長ずるは、まさに上升の形象。『大象』はまた言う:「君子はこれに取法して、慎みて徳を培い、一點ずつ積累し、終に高大を成就す」——注:ここに言う「君子」は九三を指す。いわゆる「小」は、陽気が『復』卦の時に剛に萌動するを指す。『繋辞下』に「復は小にして物に辨わる」とあり、また「復は徳の本なり」とあるので、『復』の小はまさに徳の根本。陽気は第二爻に長じて便ち『臨』を成し、『序卦』に「臨は大なり」とある。『臨』の初爻は上行して三位に至り、下体は巽を成して巽は高。二爻は上行して五位に至り、下体は艮を成して艮は慎。上体は坤にして坤は積。合すればまさに「徳を慎み、小を積みて以て高大を成す」。

疏:「地謂」至「象也」○此荀義也。枚乘曰:「十圍之木,始生如櫱。」又曰:「種樹畜養,不見其益,有時而大。」《乾鑿度》曰:「天道三微而成著。」故云地中生木,以微至著,升之象也。

疏:注文の「地謂」から「象也」まで、荀爽の説を采る。枚乗の『諫呉王書』に言う:十囲の粗さの大樹は、最初萌生の時はただ一本の細芽。また言う:木を栽えて畜養すれば、日々その長ずる几多を見えず、日久しくして自ら高大となる。『乾鑿度』に言う:天道は三重の細微の積累を経てこそ顕露す。だから地中に木を生じ微より著に至るは、まさに「升」の象と言う。

○「君子」至「高大」○此虞義也。三在巽體,三陽為君子,故君子謂三。升自臨來,臨息於復,故云小謂陽息復時。《繫下》曰:「復小而辨於物。」又云:「復,德之本也。」故云復小為德之本。陽息初,至二成臨,臨者大也,《序卦》文。臨初之三成升體巽,故巽為高;二之五下體艮,艮為慎;上體坤,故坤為積。地中生木,以微至著,故慎德積小以成高大也。

注文の「君子」から「高大」まで、虞翻の説を用いる:九三は巽体の中に処り、第三爻は陽爻にして陽爻は君子を表すので、注中の「君子」は九三を指す。『升』卦は『臨』卦より変じて来たり、『臨』はまた『復』より一路生長して上って来たるので、「小」は陽気が『復』の時に初萌するを指すと言う。『繋辞下』に「復は小にして物に辨わる」とあり、また「復は徳の本なり」とあるので、『復』の「小」はすなわち徳の根本。陽気は初爻より生起し、第二爻に長じて便ち『臨』を成す。『序卦』に「臨は大なり」とある。『臨』の初爻は上行して三位に至りて『升』を成し、下体は巽にして巽は高。二爻は上行して五位に至り、下体は艮を成して艮は謹慎。上体は坤にして坤は積聚。地中に木を生じ細微よりして顕著に至るので、『大象』は人に教えて謹慎して徳を修め、小を積みて以て高大を成せとす。

《中庸》言至誠無息始於積,云:「天地之道可壹言而盡也,其為物不貳,則其生物不測。」不貳者一也,故荀子曰:「並一而不貳,所以為積也。」其下敘積義云:「今夫天斯昭昭之多,及其無窮也,日月星辰繫焉,萬物覆焉。今夫地一撮土之多,及其廣厚,載華嶽而不重,振河海而不息。今夫山一卷石之多,及其廣大,草木生之,禽獸居之,寶藏興焉。今夫水一勺之多,及其不測,黿鼉蛟龍魚鱉生焉,貨財殖焉。」

『中庸』は「至誠は息まず」を講ずるも、その起点はまさに一つの「積」の字に在る。『中庸』に言う:天地の運行の道理は一句を以て説き尽くしうる——それは存在として純一にして雑せず、因りて万物を化生するに多く測度する所なし。いわゆる「不貳」はすなわち専一なので、荀子は言う:合併して一に帰し二心を生ぜず、これこそ積累の可能なる所以。『中庸』は接続して積累の義理を申説す:天に就いて言えば、ただ一點ずつの微光の聚まるに過ぎず、それが無辺無際に及ぶを俟てば、日月星辰は便ちその上に懸系し、万物は皆その覆いを受く。地に就いて言えば、ただ一撮ずつの土の聚まるに過ぎず、それが広大深厚なるを俟てば、華山を載せるも重しと覚えず、江河海水を容るるも漏泄を見ず。山に就いて言えば、ただ一塊ずつの拳ほどの石の聚まるに過ぎず、それが広濶高大なるを俟てば、草木はその上に生じ、禽獣はその上に棲居し、各種の宝蔵はこれより産出す。水に就いて言えば、ただ一勺ずつ聚まるに過ぎず、それが深く測るべからざるを俟てば、黿鼉蛟竜魚鱉はその中に生息し、財貨はこれより繁殖す。

鄭氏彼注云:「此言天之高明,本生昭昭;地之博厚,本由撮土;山之廣大,本起卷石;水之不測,本從一勺。皆合少成多,積小至大,為至誠者亦如此乎。」又曰:「《詩》云:『惟天之命,於穆不已。』蓋曰天之所以為天也。『於乎不顯,文王之德之純。』蓋曰文王之所以為文也,純亦不已。」鄭彼注云:「天所以為天,文王所以為文,皆由行之無已為之,不止如天地山川之雲也。」《易》曰「君子以慎德積小,以成高大」是與。蓋天道與聖人始於一,所謂不貳也;漸於積,所謂昭昭、撮土、卷石、一勺也;成於不息,所謂於穆不已、純亦不已也。上六云「利于不息之貞」,二升五,積小以成高大,故云不息之貞。此皆聖人微言,七十子之大義也。

鄭玄はあの数句に注して言う:これは天の高明はもとより一点の微光より生じ、地の博厚はもとより一撮の泥土より積り、山の広大はもとより一塊の拳石より壘起し、水の深く測るべからざるはもとより一勺の水より匯せるを講ず——皆少を聚めて多を成し小を積みて大に至る。至誠を致す人もまさにこのごとし。『中庸』はまた『詩経・周頌・維天之命』を引きて「惟れ天の命、於穆(おぼく)として已まず」と言い、これは天の天たる所以を講ず。「於乎顯ならずや、文王の徳の純」を引くは、これは文王の「文」と諡せらるる所以を講ず——その純徳もまた同じく間断せざるがゆえ。鄭玄の注に言う:天の天たる所以・文王の文たる所以は、皆これを行いて已めず之を為して止まざるに由り、まさに天地山川のごとし。『易』の謂う「君子は以て徳を慎み、小を積みて以て高大を成す」は、まさにこの道理を講ず。大抵天道と聖人の道は、皆「一」に起こる——すなわち『中庸』の言う不貳。皆漸進は積累に在る——すなわちあの一点の微光・一撮の土・一巻の石・一勺の水。皆成就は間断なきに在る——すなわち「於穆として已まず」「純もまた已まず」。『升』卦上六に「息まざるの貞に利あり」とあり、九二が上升して五位に至るは、まさに小を積みて以て高大を成すなので、「息まざる貞」と称す。これらは皆聖人の精微の言辞、孔門七十子の相伝うるの大義である。

「升大吉,上合志也。」注:上謂五,二升五坎為志,初變應四,同心承五,故上合志也。「九二之孚,有喜也。」注:升五得位,故有喜。「升虛邑,無所疑也。」注:坎為疑,二上得中,故無所疑。「王用亨于岐山,順事也。」注:坤為順事,五受命告祭,四以陰承陽,故曰順事也。「貞吉升階,大得志也。」注:陽稱大,坎為志,五下降二與陽相應,故大得志。「冥升在上,消不富也。」注:陰升失實,故消不富。

以下は『升』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「升れば大吉とは上と志を合すなり」——注:「上」は九五を指す。九二が上升して五位に至れば坎体を成し、坎は心志。初六が変じて正に帰し六四と相応し、衆爻は心を同じくして九五を承奉するので、上と志を合すと言う。九二『小象』「九二の孚は喜あるなり」——注:九二が上升して五位に至りてその正位を得るので喜あり。九三『小象』「虚邑に升るは疑う所なきなり」——注:坎は疑。九二が上行して中に居りて位を得れば、疑慮は自ら消尽するので疑う所なしと言う。六四『小象』「王用て岐山に亨(きょう)すは順事なり」——注:坤は順にしてまた事なので「順事」を為す。九五は天命を承受して告祭を挙行し、六四は陰柔を以て陽剛を承奉するので、理に順い奉事すと言う。六五『小象』「貞吉にして階を升るは大いに志を得るなり」——注:陽爻は「大」と称し、坎は心志。六五は下降して二位に至り、上升の陽爻と彼此相応ずるので、大いに心志を遂ぐと言う。上六『小象』「冥升(めいしょう)は上にありて消えて富まざるなり」——注:陰爻の上升はもと虚にして実なきなので、消損して富足せずと言う。

疏:「上謂」至「志也」○五居尊位,故上謂五。二升五體坎為志,初變之正,進與四應,同心承五,故上合志也。○「升五」至「有喜」○此虞義也。陽稱喜,二升五得位,故有喜也。○「坎為」至「疑也」○此虞義也。坎心為疑,二上得中,位乎天位,故無所疑也。○「坤為」至「事也」○坤順也,又為事,故為順事。五享於岐山,受命告祭,四體坤為臣道,承事五陽,故順事也。○「陽稱」至「得志」○陽大陰小,故陽稱大。五下降二,二上居五,二正應五,故與陽相應;二五得正,故大得志也。此兼荀義。○「陰升」至「不富」○此荀義也。荀云:「陽用事為息,陰用事為消。陽實陰虛,陰升失實,故消不富也。」

疏:注文の「上謂」から「志也」まで:九五は尊位に居るので「上」は九五を指す。九二が上升して五位に至りて坎体を成し、坎は志。初六は変じて正を得、上進して六四と相応し、衆爻は心を同じくして九五を承奉するので、上と志を合すと言う。注文の「升五」から「有喜」まで、虞翻の説を用いる:陽爻は「喜」と称し、九二は五位に升りて位に当たるので喜あり。注文の「坎為」から「疑也」まで、も虞翻の説を用いる:坎は心、心動きて疑を生ず。九二は上行して中に居り、天子の位を占住すれば、疑慮は自ら蕩然として存せず。注文の「坤為」から「事也」まで:坤は順にしてまた事、合すればすなわち「順事」。九五は岐山において祭享を挙行し、天命を承受して神に告祭し、六四は坤体に属して行う所は臣道なり、九五のこの陽剛の君を承奉するので、理に順い奉事すと言う。注文の「陽称」から「得志」まで:陽大陰小なので陽爻は「大」と称す。六五は下降して二位に至り、九二は上って五位に居り、九二はもともと六五に正応するので、陽と相応すと言う。二・五は各々その正を得、因りて大いに心志を遂ぐ。この条は荀爽の義を兼ね采る。注文の「陰升」から「不富」まで、荀爽の説を用いる:荀爽は陽が当令すればすなわち「息」(生長)、陰が当令すればすなわち「消」(消退)と講ず。陽は実・陰は虚、陰爻の上升はもと実と言うべきなきなので、消損して富足せずと言う。

周易述巻十三 元和恵棟撰

象下伝二

困卦象伝

「澤無水,困。」注:水在澤下,故無水。「君子以致命遂志。」注:君子謂三伏陽也。否坤為致,巽為命,坎為志,三入陰中,故致命遂志也。疏:「水在」至「無水」○此王弼義也。○「君子」至「志也」○此虞義也。三陽為君子,故君子謂三伏陽。三陽入陰中,故致命遂志。六三既辱且危,此君子小人之別也,故曰「困,德之辨也」。

『大象』は言う:「沢に水なきは『困』卦の象」——注:『困』卦は坎が兌の下にあり、水は沢の下に漏るので、沢中は因りて乾涸して水なし。『大象』はまた言う:「君子はこれに取法して、性命を舎てても志を成全せん」——注:ここに言う「君子」は六三の下に潜伏する陽爻を指す。『困』は『否』より来たり、『否』の坤は致送、巽は命、坎は心志。伏陽は群陰の中に進入し、まさに性命を交付し去りて心志は貫徹を得る。疏:注文の「水在」から「无水」まで、王弼の説を采る。注文の「君子」から「志也」まで、虞翻の説を采る:第三位の陽爻は君子を表すので、注中は「君子は三伏陽を謂う」と言う。三か所の陽爻は陰中に深入するので、能く命を舎てて志を遂ぐ。反って六三のこの陰爻を見れば、屈辱を受けまた危地に居る——これはまさに君子と小人の分野なので、『繋辞下』に「『困』は徳の辨なり」と言う。

「入于幽谷,幽不明也。」注:為陰所弇,故不明。「困于酒食,中有慶也。」注:陽稱慶,中謂五,二變應五,故中有慶。「據于蒺藜,乘剛也。」注:經言據,傳言乘,正名之義。「入于其宮,不見其妻,不詳也。」注:乾為詳,應在上,二之上乾體壞,故不詳。

以下は『困』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「幽谷に入るは幽にして明ならざるなり」——注:初六は上の陰爻に掩蔽されるので幽暗にして明ならず。九二『小象』「酒食に困むは中に慶あるなり」——注:陽爻は「慶」と称し、「中」は九五を指す。九二は変じて上って九五に応ずるので、中に居りて福慶あり。六三『小象』「蒺藜(しつりつ)に据るは剛に乗るなり」——注:爻辞は「据」の字を用い、『小象』は「乗」の字に改める——これは孔子が名分を正すの用意で、陰は陽の上に踞るべからず。上六『小象』「その宮に入りてその妻を見ざるは詳(しょう)ならざるなり」——注:乾は善・詳。上六の応爻は三に在り、もし九二が上行して上位に至れば乾体は破壊されるので、祥ならずと言う。

「來徐徐,志在下也。」注:下謂初,坎為志。「雖不當位,有與也。」注:初四失位故不當,易而得位故有與。「劓刖,志未得也。」注:坎為志,無據無應,故志未得。「乃徐有說,以中直也。」注:中謂二五,乾為直,《書》曰「平康正直」。「利用祭祀,受福也。」注:乾為福,二受五福,故受福,傳曰「祭則受福」。「困于葛藟,未當也。」注:謂三未當位應上。「動悔有悔,吉行也。」注:謂三變乃得當位之應,故吉行者也。

九四『小象』「来ること徐徐(じょじょ)たるは志は下に在るなり」——注:「下」は初六を指し、坎は心志、九四の心思は初六の身上に落つ。九四『小象』「位に当たらずといえども与あるなり」——注:初六と九四は皆その正を得ざるので位に当たらずと言い、両爻は互いに易した後各々その位を得、陰陽は相い与するので「与あり」と言う。九五『小象』「劓刖(ぎげつ)とは志未だ得ざるなり」——注:坎は心志。九五は上に拠る所なく下に応ずる所なきので、心志は未だ実現する能わず。九五『小象』「乃ち徐に説(よろこ)びあるは中直を以てなり」——注:「中」は九二と九五を指し、乾は正直。『尚書・洪範』に「平康正直」の語あるを以て証す。九五『小象』「用て祭祀するに利ありは福を受くるなり」——注:乾は福、九二は九五の降す所の福を承受するので福を受くと言い、『左伝』に「祭れば則ち福を受く」の語あるを以て証す。上六『小象』「葛藟(かつるい)に困むは未だ当たらざるなり」——注:六三が位に当たらずして上六と相応するを指す。上六『小象』「動きて悔ゆるも悔ありは行吉なり」——注:六三が変じて正に帰し、上六はここに至りて位に当たるの爻の己と相応するを得るので、その行は吉を指す。

疏:「為陰」至「不明」○此荀義也。○「陽稱」至「有慶」○陽稱慶,慶謂五也。二在下中,故中謂二。二變受五福,故中有慶也。○「經言」至「之義」○《易》例陰在下,為陽所據,稱據;陽在下,為陰所乘,稱乘。今三陰乘二陽稱據,非所據也,故傳曰乘剛。扶陽抑陰,故曰正名之義也。○「乾為」至「不詳」○乾善為詳,三應上,上本乾也。二之上乾體壞,故不詳。○「下謂」至「為志」○初在下,故下謂初;初體坎,故坎為志。○「初四」至「有與」○初四皆失位,故不當;易而得位,陰陽相與,故有與也。

疏:注文の「為陰」から「不明」まで、荀爽の説を采る。注文の「陽称」から「有慶」まで:陽爻は慶と称し、ここの「慶」は九五を指す。九二は下卦の中に処るので「中」は九二に就いて言う。九二は一変すれば九五の福を承受するので、中に居りて福慶ありと言う。注文の「経言」から「之義」まで:『易』の通例は、陰爻が下に在りて陽爻に圧せらるるを「据」と謂い、陽爻が下に在りて陰爻に踏まるるを「乗」と謂う。いま六三のこの陰爻は九二のこの陽爻の上に踏むも、爻辞は却って「据」の字を用い、実にそれの拠りうる所に非ず——だから『小象』は「剛に乗る」と糾正す。陽剛を扶持し陰柔を抑制するは、これがすなわち孔子が名分を正すの用意。注文の「乾為」から「不詳」まで:乾は善を主るゆえに「詳」(祥)を為す。六三と上六はもと相応するも、上位はもと乾に属す。もし九二が上行して上位に至れば乾体は破壊されるので祥ならずと言う。注文の「下謂」から「為志」まで:初六は最下に居るので「下」は初六を指し、初爻は坎体に属するので坎は志。注文の「初四」から「有与」まで:初六と九四は皆その正位を失うので位に当たらずと言い、両爻は互換した後各々その正を得、陰陽は相互に親附するので「与あり」と言う。

○「坎為」至「未得」○坎為志,虞義也。無據無應而倪不安,故志未得,此陸義也。○「中謂」至「正直」○二變應五,故中謂二五。乾五為直,中直猶中正。《書》曰者,《鴻範》文,證二五為中正也。○「乾為」至「受福」○乾為福德,故乾為福,謂五也。二言享祀,五言祭祀,是五主祭而二受福,故云二受五福。傳曰者,□□文。○「謂三」至「應上」○此虞義也。應在三,三失位,故謂三未當位應上。○「謂三」至「者也」○此虞義也。上乘陽,故動悔;變應三,故有悔。唯三變得當位之應,故吉行而無咎也。

注文の「坎為」から「未得」まで:坎を以て心志と為すは虞翻の説。上に拠る所なく下に応ずる所なくして心神安んぜざるので志未だ得ずと言い——これは陸績の説。注文の「中謂」から「正直」まで:九二は一変すれば上って九五に応ずるので「中」は兼ねて二・五両爻を指す。乾の五爻は正直、「中直」はすなわち中正。引く所の『書』文は『尚書・洪範』に出、以て二・五両位がまさに中正の在所なるを証す。注文の「乾為」から「受福」まで:乾は福徳なので乾は福と言い、指す所は九五。九二の爻辞に「用て享祀するに利あり」とあり、九五の爻辞に「用て祭祀するに利あり」とある——九五が祭を主り九二が福を承くると見えるので、九二は九五の福を承受すと言う。引く所の「伝に曰く」の一句、底本はここに二字を缺き、出処はすでに辨ずべからず。注文の「謂三」から「応上」まで、虞翻の説を用いる:上六の応爻は三に在り、六三は失位なので、六三が位に当たらずして上六と相応すと言う。注文の「謂三」から「者也」まで、も虞翻の説を用いる:上六は陽爻に凌乗するので一動すれば便ち悔あり、変じて六三と相応するので「悔あり」と言う。ただ六三が変じて来てこそ、上六は位に当たる爻の応援を得て、因りて行動は吉利にして過錯なし。

井卦象伝

「木上有水,井。」注:木上有水,上水之象。「君子以勞民勸相。」注:君子謂泰乾也。坤為民,初上成坎為勞,故勞民勸相。相,助也,謂以陽助坤。疏:「木上」至「之象」○此王弼義也。巽乎水而上水,故云上水之象。○「君子」至「助坤」○此虞義也。泰乾三君子道長,故君子謂泰乾也。泰五虛無君,初之五,故以陽助坤矣。

『大象』は言う:「木上に水あり、これは『井』卦の象」——注:巽木の上に坎水あるは、まさに水を汲み上ぐるの形象。『大象』はまた言う:「君子はこれに取法して、百姓を慰労し、彼らが相助くるを勉励す」——注:ここに言う「君子」は『井』の自ずから来たる所の『泰』卦の乾体を指す。坤は百姓、初爻は上行して五位に至りて坎を成し、坎は労苦を主るので、百姓を慰労し互助を勉励すと言う。「相」はすなわち助け、陽剛を用いて坤の象る衆人を助くるを指す。疏:注文の「木上」から「之象」まで、王弼の説を采る。『彖伝』は「水に巽りて水を上ぐ」を講ずるので、これは水を汲み上ぐるの形象と言う。注文の「君子」から「助坤」まで、虞翻の説を采る:『泰』卦は三陽並進して君子の道はまさに生長す、ゆえに注中の「君子」は『泰』の乾を指す。『泰』の五位は陰虚にして君なし、初九が上行して五位に至りて補うは、まさに陽剛を以て坤衆を扶助するなり。

「井泥不食,下也;舊井無禽,時舍也。」注:下謂初,時舍於初,非其位也,與乾二同義。「井谷射鮒,無與也。」注:五不應二,故無與。「井渫不食,行惻也;求王明,受福也。」注:噬嗑震為行,艮為求。「井甃無咎,修井也。」注:修,治也。四來修初,故修井。「寒泉之食,中正也。」注:中正謂二五。「元吉在上,大成也。」注:初二已變成既濟定,故大成也。

以下は『井』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初六『小象』「井泥は食まるる能わざるは下なり。旧井に禽なきは時に舎てらるるなり」——注:「下」は初六を指す。一時に初位に撇き置かるるは、これはそれの待つべき位置に非ざるがゆえ——乾卦九二の処境と同一の義例。九二『小象』「井谷の鮒(ふ)を射るは与なきなり」——注:九五は九二と相応せざるので、相与する爻なしと言う。九三『小象』「井渫(せいせつ)して食まれざるは行恻(こうそく)なり。王明を求むは福を受くるなり」——注:『井』は『噬嗑(ぜいごう)』と旁通し、『噬嗑』の震は行、艮は求。六四『小象』「井甃(せいしゅく)咎なしとは井を修むるなり」——注:「修」はすなわち治理。六四は下りて初六を修治するので井を修むと言う。九五『小象』「寒泉の食まるるは中正なり」——注:中正は九二と九五の両爻を指す。上六『小象』「元吉は上にありて大成なり」——注:初・二両爻はすでに変じて『既済』の定局を成すので、大功告成と言う。

疏:「下謂」至「同義」○在下無應故不食。初失位,當與二易位,故云時舍於初,非其位也。乾九二亦失位,當升九五,時舍於二,故云同義也。此兼虞義。○「五不」至「無與」○陰陽相感應曰與。二五皆陽,五不應二,故無與。物細微不能動天地,爻失正不能相感應,故云井谷射鮒無與也。○「噬嗑」至「為求」○據旁通也。○「修治」至「修井」○修治,虞義也。虞謂坤為土,離火燒土為甃,治象。初為舊井,四來修初,故云修井也。○「中正」至「二五」○二已與初易位,得中得正,故中正謂二五。二五相應併為人用,故云寒泉之食中正也。○「初二」至「成也」○此虞義也。既濟之功至上而成,故云元吉在上大成也。

疏:注文の「下謂」から「同義」まで:初六は下に居りて相応する爻なきので、井水は人の汲みに来るなし。初六はその正位を失い、もともと九二と位置を互換すべきなので、それが一時に初位に撇き置かるると言う——これはそれの待つべき処に非ず。乾卦九二も同じく失位にして、もともと九五に上升すべきに、一時に二位に撇き置かる——だから両者は義例相同じと言う。この条は虞翻の義を兼ね采る。注文の「五不」から「無与」まで:陰と陽は彼此感応してこそ「与」と謂う。二・五は皆陽爻、九五は来りて九二に応ぜざるので与なしと言う。物が太も細微なれば天地を撼動する能わず、爻位が正を失せば相互に感応する能わず——だから『小象』は「井谷の鮒を射るは与なきなり」と言う。注文の「噬嗑」から「為求」まで:これは『井』と『噬嗑』の旁通に拠りて象を取る。注文の「修治」から「修井」まで:「修」を「治」と訓ずるは虞翻の説。虞翻は坤は土と見る——離火を用いて土を焼けば便ち磚甃を成し、まさに修治の象。初六は廃棄の旧井、六四は下りてこれを修治するので「井を修む」と言う。注文の「中正」から「二五」まで:九二はすでに初六と位置を互換せれば、便ちすでに中に居りまた正を得るので、中正は兼ねて二・五両爻を指す。二・五は相応して一併に人の汲用に供するので、『小象』は「寒泉の食まるるは中正なり」と言う。注文の「初二」から「成也」まで、虞翻の説を用いる:『既済』の功は上爻に至ってこそ告成す、ゆえに「元吉は上にありて大成なり」と言う。

革卦象伝

「澤中有火,革。君子以治曆明時。」注:君子乾也。曆象謂日月星辰也。離為明,坎為月,離為日,蒙艮為星。四動成坎離,日月得正,天地革而四時成,故君子以治曆明時。

『大象』は言う:「沢中に火あり、これは『革』卦の象。君子はこれに取法して、暦法を修治し四時を辨明す」——注:ここに言う「君子」は乾体を指す。いわゆる「暦象」は日・月・星・辰を指す。離は明、坎は月、離は日、『革』と旁通する『蒙』卦の艮は星。九四が一動すれば、卦中に便ち坎・離の象あり、日月は各々その正位を得る。『彖伝』は「天地革して四時成る」を講ずるので、君子はこの卦に取法して暦法を修治し時令を辨明す。

疏:此虞義也。九三君子,故君子謂乾。《尚書·堯典》曰:「乃命羲和,欽若昊天,曆象日月星辰,敬授民時。」故云曆象謂日月星辰也。四動成既濟,有兩坎兩離象,故云四動成坎離。蒙艮為時,乾為治。天地革而四時成,故君子以治曆明時。尋彖辭言湯武革命改正朔,亦革命之一事,故取義於治曆明時也。

疏:この一段は虞翻の説を用いる。九三は陽爻にして君子と称するので、注中の「君子」は乾体を指す。『尚書・堯典』に言う:「そこに於て羲氏・和氏に命じて、恭しく上天の規律に遵循し、日月星辰の運行を観測推算し、鄭重に時令を百姓に頒授せしむ」と。だから「暦象」の指すはすなわち日月星辰と言う。九四が一動すれば全卦は『既済』を成し、卦中に便ち両重の坎象・両重の離象を出現すので、四動して坎離を成すと言う。『蒙』卦の艮は時、乾は治理。『彖伝』に「天地革して四時成る」とあるので、君子はこれに取法して暦法を修治し時令を辨明す。さらに『革・彖伝』は商湯・周武の革命の正朔を改換することを講じ、正朔を改むるもまたまさに革命の中の一大事なので、『大象』は「暦を治め時を明らかにす」の上に義を取る。

「鞏用黃牛,不可以有為也。」注:動而必凶,故不可以有為。「巳日革之,行有嘉也。」注:嘉謂五,乾為嘉,四動二正應五,故有嘉。「革言三就,又何之矣。」注:言尚未可革也。「改命之吉,信志也。」注:四動成坎,故信志也。「大人虎變,其文炳也。」注:乾為大明,四動成離,故其文炳也。「君子豹變,其文蔚也。」注:蔚,蔇也,兌小,故其文蔚也。「小人革面,順以從君也。」注:蒙坤為順,五乾為君,初之上順從五,故順以從君。

以下は『革』卦六爻の『小象』と恵棟の自注。初九『小象』「黄牛を以て鞏(かた)めるは以て為すあるべからざるなり」——注:この時一動すれば必ず凶、だから有為に作為すべからず。六二『小象』「巳の日にこれを革するは行に嘉(か)あるなり」——注:「嘉」は九五を指し、乾は嘉美。九四が一動すれば、六二は便ち正を得て上って九五に応ずるので、嘉美の遇あり。九三『小象』「革言三就(さんしゅう)とはまた何れにか之かん」——注:これは時機が未だ至らず、なお変革すべからざるを言う。九四『小象』「命を改むるの吉は志を信ずなり」——注:九四が一動して坎を成し、坎は孚信の義あるので、その志は信じうると言う。九五『小象』「大人は虎変(こへん)す、その文炳焉(へいえん)なり」——注:乾は大明、九四が一動して離を成すので、文采は焕然たり。上六『小象』「君子は豹変(ひょうへん)す、その文蔚焉(うつえん)なり」——注:「蔚」はすなわち「蔇(き)」、草木繁茂の義。上体は兌にして兌は小に属すので、文采はただ蔚然として炳然に及ばず。上六『小象』「小人は面を革むるは順にして君に従うなり」——注:『蒙』卦の坤は順、九五の乾は君。初爻が上行して上位に至りて九五を順承するので、その君に順従すと言う。

疏:「動而」至「有為」○此虞義也。初得位無應,四未之正,故動而必凶。言革而未當,故未可以有為也。○「嘉謂」至「有嘉」○《乾·文言》曰:「亨者嘉之會也。」又云:「嘉會足以合禮。」故乾為嘉。傳不言乃革之,明四已之正。四動二正應五,陰陽相應為嘉,二往應五,故行有嘉也。○「言尚」至「革也」○二巳日乃革之,天道應矣;三革言三就,人事至矣。然改命之吉在四一爻,此時尚未可以革,故云又何之矣。

疏:注文の「動而」から「有為」まで、虞翻の説を用いる:初九は位に当たるも相応する爻なく、九四はまた未だ変じてその正を得ず——だからこの時一動すれば必ず凶。これは変革の時機が未だ恰も当ならず、因りて有為に作為すべからざるを言う。注文の「嘉謂」から「有嘉」まで:『乾・文言』に「亨は嘉の会なり」とあり、また「嘉会以て礼に合するに足る」とあるので、乾は「嘉」の義を取る。『小象』はただ「行に嘉あり」と言うのみで「乃ちこれを革す」を重ねず——まさに九四がこの時すでに変じて正を得たるを表明す。九四が一動すれば、六二は便ち正を得て上って九五に応じ、陰陽が彼此相応ずるを「嘉」と謂う——六二は往きて五に応ずるので、行きて嘉ありと言う。注文の「言尚」から「革也」まで:六二の言う「巳の日に乃ちこれを革す」は天時すでに相応、九三の言う「革言三就」は人事すでに斉備、しかれども「命を改むるの吉」は九四のこの一爻に落つ——この刻はなお贸然として変革すべからず、だから『小象』は「また何れにか之かん」と言う。

○「四動」至「志也」○此虞義也。四動成坎,坎孚為信,為志,故信志也。○「乾為」至「炳也」○此虞義也。《說文》曰:「炳,明也。」五體乾,故乾為大明;四動體離,離為文明,故其文炳也。○「蔚蔇」至「蔚也」○此虞義也。《倉頡篇》曰:「蔚,草木盛皃。」《廣雅》曰:「茂也。」《說文》曰:「蔇,草多皃。」蔚與蔇皆取茂盛之義,故云蔚蔇也。九五陽稱大,故其文炳;上體兌,兌小,故其文蔚。○「蒙坤」至「從君」○五陽上陰,陰當順五,故順以從君。虞氏謂四變順五,以四為小人,尋四變陰得位為君子而云小人,非也。

注文の「四動」から「志也」まで、虞翻の説を用いる:九四が一動して坎を成し、坎は孚信の義ありてまた心志なので、その志は信じうると言う。注文の「乾為」から「炳也」まで、同じく虞翻に出づ:『説文』は「炳」を「明」と訓ず。九五は乾体に属するので乾は大明。九四が一動して離体を成し、離は文明なので文采焕然と言う。注文の「蔚蔇」から「蔚也」まで、も虞翻の説:『倉頡篇』は「蔚」は草木の茂盛の貌と言い、『広雅』は「茂」と訓じ、『説文』は「蔇」は草の多き貌と言う——「蔚」と「蔇」は皆繁茂の義を取るので、注中は「蔇」を以て「蔚」を解す。九五は陽爻にして陽は大と称すので、文采は炳然として顕赫。上体は兌にして兌は小に属すので、文采はただ蔚然として観るべきのみ。注文の「蒙坤」から「従君」まで:九五は陽、上六は陰、陰は理として九五を順承すべきなので、その君に順従すと言う。虞翻は九四が変じて九五に順従するを主張し、九四を以て小人と為す——しかるに九四は一変して陰となれば便ちその正位を得、まさに君子と称すべきに、反ってこれを小人と叫ぶは、講じて通ぜざるなり。

周易述巻十四 元和恵棟撰

繋辞上伝

天尊地卑,君臣定矣;卑高以陳,貴賤位矣;動靜有常,剛柔斷矣;方以類聚,物以群分,吉凶生矣;在天成象,在地成形,變化見矣。注:天地既分,乾升坤降,故乾坤定矣。卑坤高乾也。乾二升五,坤五降二,「列貴賤者存乎位」,故貴賤位矣。斷,分也。乾剛常動,坤柔常靜,分陰分陽,故剛柔斷矣。坤為方,西南坤類,故以類聚。乾為物,物三稱群,乾三爻別於坤,故以群分。乾生故吉,坤殺故凶,則吉凶生矣。天有八卦之象,地有八卦之形,在天為變,在地為化,故變化見矣。此天地之別也。

『繋辞上』の开篇は言う:天は上に在りて尊く、地は下に在りて卑し——君臣の名分はこれに由りて確定す。低きと高きは次序に拠りて排び陳れ、貴賤の位次はこれに由りて排定す。運動と静止は各々常規あり、剛爻と柔爻はこれに由りて分判す。方位は類別に拠りて聚合し、事物は群落に拠りて分かる——吉と凶はこれに由りて発生す。天上においては日月星辰の象に凝成し、地下においては山川動植の形に凝成す——変と化はこれに由りて顕現す。注:天地は一たび剖分せられれば、乾気は上升し坤気は下降す——だから乾坤の位置はこれに就いて確定す。「卑」は坤を言い「高」は乾を言う。漢の『易』の升降の例に依れば、乾の二爻は五位に升り、坤の五爻は二位に降る。『繋辞下』に「貴賤を列ねるは位に存す」とあるので、貴賤は位に由りて定まると言う。「断」はすなわち分。乾は剛にして恒に動き、坤は柔にして恒に静——陰陽はこれに由りて分かれるので、剛柔は判然として別ありと言う。坤は方、西南は坤の同類の郷なので「方は類を以て聚まる」と言う。乾は物、三件凑満すれば「羣」と称し、乾の三つの陽爻は坤と判然として別あるので「物は羣を以て分かる」と言う。乾は生育を主るゆえに吉、坤は粛殺を主るゆえに凶——吉凶はここに於て発生す。天上には八卦の顕す象あり、地上には八卦の具わる形あり。天に在るを「変」と謂い、地に在るを「化」と謂うので、変化はここに於て顕現すと言う。以上は天地の「別」を講ずる。

是故剛柔相摩,八卦相蕩,鼓之以雷霆,潤之以風雨,日月運行,一寒一暑,乾道成男,坤道成女,乾知大始,坤化成物。注:旋轉稱摩。摩,薄也。蕩,動也。乾以二五摩坤成震坎艮,坤以二五摩乾成巽離兌,故剛柔相摩,八卦相蕩。鼓動潤澤也。雷震、霆艮、風巽、雨兌、日離、月坎、寒乾、暑坤也。男震坎艮,女巽離兌。大始,元也。「復以自知」,故知大始。坤稱化,承乾而成物,故化成物。此天地之合也。

『繋辞』は接続して言う:ゆえに剛柔は彼此摩盪し、八卦は互相激動す。雷霆を以て万物を鼓動し、風雨を以て万物を滋潤す。日月は輪転運行し、一寒一暑は交替す。乾道は男を化成し、坤道は女を化成す。乾は宏大の開端を主宰し、坤は化育して万物を成就す。注:両体が旋転して相い蹭(こす)るを「摩」と謂い、「摩」は迫近の義あり。「盪」はすなわち動。乾は二・五両爻を用いて坤を摩して震・坎・艮を生じ、坤は二・五両爻を用いて乾を摩して巽・離・兌を生ず——だから剛柔相い摩し八卦相い盪すと言う。「鼓」は鼓動、「潤」は潤沢。雷は震に属し、霆は艮に属し、風は巽に属し、雨は兌に属し、日は離に属し、月は坎に属し、寒は乾に属し、暑は坤に属す。三男は震・坎・艮、三女は巽・離・兌。「大始」はすなわち元。『繋辞下』に「復は以て自ら知る」とあるので、能く宏大の開端を主宰す。坤は「化」と称し、乾を承奉して万物を成就するので、化育して物を成すと言う。以上は天地の「合」を講ずる。

乾以易知,坤以簡能,易則易知,簡則易從,易知則有親,易從則有功,有親則可久,有功則可大,可久則賢人之德,可大則賢人之業。注:隺然無為曰易,閱藏萬物曰簡。從謂從陽,坤二承乾,故有親;乾五據坤,故有功。陰承陽故可久,陽據陰故可大。上賢人謂乾五,下賢人謂坤二也。乾以日新為德,坤以富有為業。此天地之德也。

『繋辞』は接続して言う:乾は平易を以て主宰し、坤は簡約を以て能を成す。平易なれば則ち理解せられ易く、簡約なれば則ち遵従せられ易し。理解せられ易ければ人の親附あるを得、遵従せられ易ければ功業を建立しうる。人の親附あれば則ち能く長久し、功業あれば則ち能く広大す。能く長久するは便ち賢人の徳行、能く広大するは便ち賢人の事業。注:確然として自ら守りて営為する所なきを「易」と謂い、総攬して万物を收藏するを「簡」と謂う。「従」は陽に順従するを指す。坤の二爻は乾を承奉するので親附あり、乾の五爻は坤を拠守するので功業あり。陰は陽を承奉するので能く長久し、陽は陰を拠有するので能く広大す。上の一か所の「賢人」は乾五を指し、下の一か所の「賢人」は坤二を指す。乾は日々新たにするを以て徳と為し、坤は万物を富有するを以て業と為す。以上は天地の「徳」を講ずる。

《易說》:易一名而含三義:易也,變易也,不易也。易者以言其德也,通精無門,藏神無內,光明四通,佼易立節,虛無感動,至誠專密,此其易也。變易者其氣也,天地不變不能通氣,五行迭終,四時更廢,此其變易也。不易者其位也,天在上,地在下,君南面,臣北面,父坐子伏,此其不易也。

『乾鑿度』の載する所の『易説』は講ず:「易」のこの一名称は三層の意思を包含す——簡易・変易・不易。「易」はその徳性に就いて言う:精微にして貫通すれども循るべき門なく、神明にして潜蔵すれども指すべき内なし。光明は四方を照徹し、剛健爽利にして能く節度を立定し、虚静無為にして能く感通して動き、至誠専一にして縝密——これがすなわち「易」。「変易」は気化に就いて言う:天地の気はもし変動せざれば相互に流通する能わず、五行は更迭して終始し、四時は輪番して廃興す——これがすなわち「変易」。「不易」は位次に就いて言う:天は永遠に上にあり、地は永遠に下にあり、国君は南面して坐し、臣子は北面して立ち、父は居坐して子女は俯伏す——これがすなわち「不易」。

易簡而天下之理得矣,天下之理得而易成位乎其中矣。注:易簡所以立中和之本,故天下之理得矣。易謂坎離,陽成位於五,五為上中;陰成位於二,二為下中,故易成位乎其中矣。此天地之中和也。傳首陳三義而終之以既濟,易之大義舉矣。

『繋辞』は接続して言う:平易にしてまた簡約なれば、天下の道理は便ち皆把握せられん。天下の道理は把握せられれば、『易』の道もまた天地の中に於て自らの位置を確立す。注:平易簡約はまさに中和の本を確立するの功夫なので、天下の理はこれに由りて得着すると言う。ここの「易」は坎・離両卦を指す:陽は第五爻に成位し、五は上卦の中。陰は第二爻に成位し、二は下卦の中——だから『易』は天地の中に成位すと言う。以上は天地の「中和」を講ずる。『繋辞』の开篇は先ず「別」「合」「徳」のこの三層の義理を陳述し、最後に坎上離下・六爻皆正なる『既済』に帰結す——『易』の大義はここに至りて便ち挙げて全し。

疏:「天地」至「別也」○《廣雅》曰:「太初,氣之始也,生於酉仲,清濁未分也。太始,形之始也,生於戌仲,清者為精,濁者為形也。太素,質之始也,生於亥仲,已有素樸而未散也。三氣相接,至於子仲,剖判分離,輕清者上為天,濁重者下為地。」傳首言天尊地卑,是天地既分之後,輕清者上為天,故乾升也;濁重者下為地,故坤降也。《乾鑿度》曰:「乾坤相併俱生。」天地既分,乾升坤降,故乾坤定矣。

疏:注文の「天地」から「別也」までのこの一節。『広雅』に言う:太初は気の開端にして酉の正中に生じ、その時清濁はいまだ分かれず。太始は形の開端にして戌の正中に生じ、清きは化して精となり濁きは化して形となる。太素は質の開端にして亥の正中に生じ、すでに素朴の質ありて未だ散ぜず。この三種の気は彼此銜接し、子の正中に至りて剖判分離し、軽くして清きは上升して天を成し、重くして濁きは下沉して地を成す。『繋辞』の開頭は先ず「天尊地卑」を講ず——まさに天地すでに分かれた後の景象で、軽清の者は上升して天となるゆえに乾は升を主り、重濁の者は下沉して地となるゆえに坤は降を主る。『乾鑿度』に「乾坤は相い並びて俱に生ず」とあり、天地すでに分かれ、乾は升り坤は降る——乾坤の定位はここに於て確立す。

卑坤高乾者,《下傳》云「崇效天,卑法地」,故知卑謂坤,高謂乾。坤自上降,乾自下升,故先言卑而後言高也。虞注云:「乾高貴五,故乾二升五;坤卑賤二,故坤五降二。」《下傳》云「列貴賤者存乎位」,故貴賤位矣。必知乾二升五、坤五降二者,案《乾鑿度》曰:「陽爻者制於天也,陰爻者繋於地也。天動而施曰仁,地靜而理曰義。仁成而上,義成而下。上者專制,下者順從。」故荀虞說《易》乾二例升五,坤五例降二也。若然,乾升坤降為天地之合,而云別者,卑高陳,貴賤位,仍是天地之別也。

「卑」が坤を指し「高」が乾を指すと断定する所以は、『繋辞下』の講ずる「崇きは天に效い、卑きは地に法る」による。坤は上より下に降り、乾は下より上に升る——一降一升はちょうど交錯す、だから経文は先ず「卑」を言いて後に「高」を言う。虞翻の注に言う:乾は高に居りて五位を以て尊貴と為すので、乾の二爻は五位に升る。坤は卑に処りて二位を以て低賤と為すので、坤の五爻は二位に降る。『繋辞下』に「貴賤を列ねるは位に存す」とあるので、貴賤は位次に由りて定まると言う。乾二が五に升り坤五が二に降ると確知しうる所以は、『乾鑿度』に拠据在るがゆえ:陽爻は天に取法し、陰爻は地に繋属す。天は運行息まずして施予するを仁と謂い、地は安静不動にして条理分明なるを義と謂う。仁は上に於て成就し、義は下に於て成就し、上に居る者は専ら裁断を主り、下に居る者は順従して奉行す。だから荀爽・虞翻が『易』を講ずるに、およそ乾の二爻は例として五位に升り、坤の五爻は例として二位に降る。すでに然れば、乾升坤降はもと天地の「合」に属するも、ここでは「別」に帰入す——高下が陳列し貴賤が定位するは、講ずる所はなお天地の分別なるがゆえである。

「斷,分」,虞義也。乾剛坤柔,乾動坤靜,故乾剛常動,坤柔常靜。動為陽,靜為陰,動靜有常,分陰分陽,故剛柔斷矣。「坤為方」,《說卦》文。「西南得朋,乃與類行」,故西南坤類,方以類聚也。乾純粹精,故為物。「物三稱群」,虞義也。乾三爻皆陽物而與坤別,物以群分也。「乾生故吉,坤殺故凶」,亦虞義也。陽生陰殺,陽吉陰凶,故乾為生為吉,坤為殺為凶也。

「断」を「分」と訓ずるは虞翻の説。乾は剛にして坤は柔、乾は動にして坤は静なので、乾剛は恒に動き坤柔は恒に静と言う。動は陽に属し静は陰に属し、動静は各々常規ありて陰陽はこれに由りて分かるので、剛柔は判然として分かつべしと言う。「坤は方を為す」は『説卦』の語。『坤』卦辞は「西南に朋を得、乃ち類と与に行く」を講ず——西南は坤の同類の郷と見え、これがすなわち「方は類を以て聚まる」。『乾・文言』に乾「純粋にして精なり」とあるので乾は物。「三件凑満すれば羣と称す」も虞翻の説:乾の三つの陽爻は皆陽物にして坤と截然として別ある——これがすなわち「物は羣を以て分かる」。「乾は生育を主るゆえに吉、坤は粛殺を主るゆえに凶」も同じく虞翻に出づ:陽は生を主り陰は殺を主り、陽は吉にして陰は凶なので、乾は生にして吉、坤は殺にして凶。

天有八卦之象者,虞氏謂日月在天成八卦象:震象出庚,兌象見丁,乾象盈甲,巽象伏辛,艮象消丙,坤象喪乙,坎象流戊,離象就己,故在天成象也。地有八卦之形者,九家義也,虞氏謂震竹、巽木、坎水、離火、艮山、兌澤、乾金、坤土,故在地成形也。震雷巽風皆在天者,《離》傳曰「百榖草木麗於地」,故震舉竹,巽舉木也。《周禮·考工》曰「天時變」,故在天為變;《下傳》曰「坤化成物」,故在地為化。此亦虞義也。《樂記·樂禮》章引此傳曰「天地之別也」,是言尊卑貴賤、動靜類聚群分、在天在地之別異,先王法之以制禮,故云天地之別也。

いわゆる「天に八卦の象あり」は、虞翻は「納甲」に就いて説を立つ:日月は天上に運行し、月相の盈虧に随いて八卦の象を成す——初三の新月は庚方に現れ震に配し、初八の上弦は丁方に見え兌に配し、十五の望月は甲方に満ち乾に配し、十六の月の始めて退伏するは辛方にして巽に配し、二十三の下弦が消ゆるは丙方にして艮に配し、三十の晦月が喪(うしな)わるるは乙方にして坤に配す。戊は中に居りて坎(月)に配し、己は中に居りて離(日)に配す——だから「天に在りて象を成す」と言う。いわゆる「地に八卦の形あり」は、もと『九家易』の説で、虞翻は則ち震を竹、巽を木、坎を水、離を火、艮を山、兌を沢、乾を金、坤を土と為す——だから「地に在りて形を成す」と言う。ある人問う:震は雷を表し巽は風を表す——雷風は皆天上にある、どうして地形に帰入するや。答えは『離・彖伝』に「百穀草木は地に麗(つ)く」とあるので、震は竹を取り巽は木を取るのごとき、地に着く物を以て形と為す。『周礼・考工記』に「天時は変す」とあるので、天に在るを「変」と謂い、『繋辞下』に「坤は物を化成す」とあるので、地に在るを「化」と謂う。これらも皆虞翻の説。『礼記・楽記』の『楽礼』章はこの段の『繋辞』を引きて「天地の別なり」と言う——まさに尊卑・貴賤・動静・類聚羣分・在天在地のこれらの分別を指す。先王はこれらの分別に取法して礼を制定したので、これを天地の「別」と言う。

○「旋轉」至「合也」○剛柔謂乾坤。卜二爻乾左旋坤右轉,故云旋轉稱摩。鄭注《樂記》云「摩猶迫也」,薄有迫義,故云摩薄;一雲薄,入也,謂陰陽相薄也。鄭注《樂記》云「蕩猶動也」,《月令》曰「諸生蕩」是也。乾以二五摩坤成坎而互震艮,故云成震坎艮;坤以二五摩乾成離而互巽兌,故云成巽離兌。二五相摩而成八卦,故剛柔相摩,八卦相蕩也。「蕩」俗作「蕩」,六經無「蕩」字,蓋始於後漢韓伯以為推蕩俗訓也。

注文の「旋転」から「合也」までのこの一節。「剛柔」は乾坤両卦を指す。二爻に就いて言えば、乾は左に旋り坤は右に転じ、両下相い蹭るので、旋転を「摩」と謂う。鄭玄が『楽記』に注して「摩はなほ迫なり」と言い、「薄」もまた逼近の義を含むので、注中は「摩は薄なり」と言う。別の一つの講法は「薄」はすなわち「入」、陰陽が相互に侵入するを指す。鄭玄が『楽記』に注してまた「盪はなほ動なり」と言い、『礼記・月令』は「諸生盪」を講ず——まさにこの用法。乾は二・五両爻を用いて坤を摩し、主体は坎を成して互体は震・艮を含むので、震坎艮を成すと言う。坤は二・五両爻を用いて乾を摩し、主体は離を成して互体は巽・兌を含むので、巽離兌を成すと言う。二・五が相摩して八卦はこれに由りて生成するので、剛柔相い摩し八卦相い盪すと言う。「盪」の字は俗に「蕩」と写すも、六経の裡にはもとこの俗字なし——おそらく東漢の韓伯が「推盪」の俗訓を用いてこれを解するに起こる。

鼓者鼓動,潤者潤澤。震為雷,艮為廷,廷與霆通,巽為風,兌為雨,謂兌澤為雨,《祭義》云「天時雨澤」是也。知兌為雨者,昭元年《春秋傳》曰:「天有六氣,降生二味。」六氣,陰陽、風雨、晦明也。賈服之義以雨屬西方,兌正秋,西方之卦,虞注《小畜》「自我西郊」云「兌為西」,雨生於西,故知兌為雨也。離為日,坎為月,乾為寒,坤為暑。鼓之潤之,日月往來,寒暑相推,皆八卦相蕩之義。此上虞義也。

「鼓」はすなわち鼓動、「潤」はすなわち潤沢。震は雷、艮は廷——「廷」は「霆」と相通じ、巽は風、兌は雨——兌の象る沢を以て雨と見做すは、『礼記・祭義』の「天時に雨沢する」の語がまさにこの意。兌が雨を表しうると知る所以は、昭公元年の『左伝』に「天に六気あり、降りて五味を生ず」とあり、六気はすなわち陰・陽・風・雨・晦・明。賈逵・服虔の解説は雨を西方に帰属し、兌は正秋に当たるはまさに西方の卦。虞翻が『小畜』の「密雲雨ならず、我が西郊よりす」に注して「兌は西」と言うは、雨は西方より生ず——ゆえに兌は雨を表しうると断定す。離は日、坎は月、乾は寒、坤は暑。これを鼓動しこれを潤沢し、日月は往来交替し、寒暑は彼此推移す——皆八卦相盪の義理に属す。以上は皆虞翻の説。

荀氏云:男謂乾,初適坤為震,二適坤為坎,三適坤為艮,以成三男也;女謂坤,初適乾為巽,二適乾為離,三適乾為兌,以成三女也。八卦相摩而成者,變化之義,天之道也;相索而得者,父母之義,人之道也。《乾·彖傳》曰:「大哉乾元,萬物資始。」《釋詁》云:「元,始也。」董子對策曰:「謂一為元者,視大始而欲正本。」故知大始,元也。元,初九也。《繋下》曰「復以自知」,故知大始。

荀爽は言う:「男」は乾に就いて言う——乾の初爻は坤の中に往きて震を成し、二爻は坤の中に往きて坎を成し、三爻は坤の中に往きて艮を成し、三男はこれに由りて成る。「女」は坤に就いて言う——坤の初爻は乾の中に往きて巽を成し、二爻は乾の中に往きて離を成し、三爻は乾の中に往きて兌を成し、三女はこれに由りて成る。八卦は相摩に由りて生成するは、変化の道理を講ず——天の道に属す。父母が相い求索して子女を得るに由るは、倫常の道理を講ず——人の道に属す。『乾・彖伝』に「大なるかな乾元、万物はこれに資りて始まる」とあり、『爾雅・釈詁』に「元は始なり」とあり、董仲舒の対策に「一を元と謂うは宏大の開端を重んじて根本を端正せんと欲す」とあるので、「大始」はすなわち「元」と断定す。「元」は乾卦の初九を指す。『繋辞下』に「復は以て自ら知る」とあり、能く自ら知るこそ宏大の開端を主宰すると談じうる。

《大戴禮·天圓》云:「曾子曰:吐氣者施而含氣者化。」陽施而陰化,故知坤稱化,謂遘時也。地道無成而代有終,承乾而成物,故化成物也。《樂記》云:「地氣上齊,天氣下降,陰陽相摩,天地相蕩,鼓之以雷霆,奮之以風雨,動之以四時,暖之以日月,而百化興焉。」蓋據此傳為言而云天地之和也。先王法之以作樂,天地欣合,故和為天地之合也。

『大戴礼記・曾子天円』に記載す:曾子曰く、気を吐くの方は施予を主り、気を含むの方は化育を主る、と。陽は施を主り陰は化を主るので、坤は「化」と称すると断定し、指す所は『遘』卦の一陰始めて生ずるの時位。『坤・文言』は地道の「成あるなくして代わりて終ある」を言い、坤は乾を承奉して万物を成就するので、化育して物を成すと言う。『礼記・楽記』に言う:地気は上騰し天気は下降し、陰陽は彼此摩盪し、天地は互相激動し、雷霆を以て鼓動し、風雨を以て振発し、四時を以て推動し、日月を以て温煦す——かくて百物の化育は興盛す。『楽記』のこの段の話は大抵まさにこの段の『繋辞』に本づきて説を立て、天地の「和」に帰結す。先王はこの層の道理に取法して楽を制作し、天地は欣然として相合す——だから「和」はまさに天地の「合」である。

○「確然」至「易也」○《繫下》曰:「夫乾寉然示人易矣。」虞彼注云:「陽在初弗用,寉然無為,不易世,不成名,故示人易矣。」是寉然無為,故以易知也。《廣雅》曰:「簡,閱也。」桓六年《春秋傳》曰「大閱,簡車馬也」,是簡、閱同義。又高誘注《淮南》云:「閱,總也。」《越語》范子曰:「唯地能包萬物以為一。」《說卦》云「坤以藏之」,是閱藏萬物,故以簡能也。陽用陰精,故曰知;陰用其形,故曰能也。

注文の「確然」から「易也」までのこの一節。『繋辞下』に「それ乾は確然として人に易を示す」とあり、虞翻はその句に注して言う:陽爻は初位に在りて隠れて用いられず、確然として自ら守りて営為する所なく、世俗に因りて節を改めず、功名の為に動かされず——ゆえにそれは人に平易を示す。まさに確然として無為なるを以て、こそ能く「易を以て知らる」とす。『広雅』に「簡は閲なり」とあり、桓公六年の『左伝』に「大閲は車馬を簡するなり」とある——「簡」「閲」は同義と見える。高誘が『淮南子』に注してまた「閲は総なり」と言う。『国語・越語』に范蠡曰く「ただ地のみ能く万物を包みて以て一と為す」とあり、『説卦』に「坤は以てこれを蔵す」とある——まさに総攬して万物を收藏するの意なので、坤は「簡を以て能くす」。陽の用いる所は無形の精なので「知」(主宰)と称し、陰の用いる所は有形の質なので「能」(成事)と称す。

陽唱陰和,故從謂從陽。隱以之顯,故易知;靜而從陽,故易從。親謂陰陽相應,乾易知則坤來承乾,故有親。五多功,坤易從,故乾五據坤則有功。陰承陽則順,故可久,坤「用六,利永貞」是也;陽據陰則盛,故可大,陽稱大也。《乾鑿度》坤二為君子,乾五為聖人,今皆稱賢人者,乾二升坤五,坤五降乾二,由不正而變之正,故稱賢人也。

陽は先に倡して陰は相い和すので、注中の「従」は陽に順従するを指す。隠微より顕著に走向するので理解せられ易しと言い、安静にして陽に順従するので遵従せられ易しと言う。「親」は陰陽が彼此相応ずるを指す:乾はすでに平易にして知るべくあれば、坤は便ち来りてこれを承奉するので親附あり。『繋辞下』に「五は功多し」とあり、坤はすでに順従せられ易くあれば、乾の五爻は坤を拠有して便ち功業を建立す。陰は陽を承奉すれば則ち柔順にして能く長久す——『坤』卦の「用六、永貞に利あり」はまさにこの意。陽は陰を拠有すれば則ち盛大にして能く広大す——陽はもともと「大」と称す。『乾鑿度』は坤二を君子と称し乾五を聖人と称するも、ここでは一概に「賢人」と称す——乾二が坤五に上升し坤五が乾二に下降するは、皆不正よりしてその正を得るに至り、なお修为の途中に在るがゆえに、賢人と称す。

「乾以日新為德,坤以富有為業」,姚信義也。《繫下》云:「富有之謂大業,日新之謂盛德。」彼注云:「乾為德,兼坤則盛矣;坤為業,承乾則大矣。」窮神知化謂之盛德,陽吉陰凶謂之大業,而皆屬之二五,故云賢人之德,賢人之業也。天地之德謂易簡也。

「乾は日々新たにするを以て徳と為し、坤は富有するを以て業と為す」は、これは姚信の説。『繋辞下』に「富有するを大業と謂い、日々新たにするを盛徳と謂う」とあり、虞翻はあの两句に注して言う:乾は徳、兼ねて坤を得れば「盛」と称し、坤は業、乾を承奉すれば「大」と称す。神妙を窮究し変化を通暁するを盛徳と謂い、陽吉陰凶・生殺備具するを大業と謂う。そしてこれらは皆二・五両爻に帰属するので、「賢人の徳」「賢人の業」と称す。いわゆる天地の徳とは、指す所は「易簡」である。

「易說」者,《乾鑿度》文。「一名」者,一字也,古曰名,今曰字。鄭《易贊》曰:「易一名而含三義:易簡一也,變易二也,不易三也。」易者,易簡也;變易者,天地之合也;不易者,天地之別也。易簡,天地之德,故云易者以言其德也。精,精微也。無門,言尚渾淪未有門可出也。《下傳》云「藏諸用」,翼奉解云「露之則不神」,故藏神藏於內。無內,言小也。光明,虛無也,道無不通,故光明四通。佼,健也,乾健而易,故佼易立節也。「無思無為,感而遂通天下之故」,是虛無感動也。「誠者,天之道」,故至誠。「乾其靜也專」「坤退藏於密」,是專密之義。皆易簡之德,故云此其易也。

引く所の「易説」は『乾鑿度』に出る。「一名」はすなわち一つの字——古人は「名」と呼び、今人は「字」と呼ぶ。鄭玄の『易賛』に言う:「易」のこの一字は三層の義理を含む——簡易第一、変易第二、不易第三。「易」はすなわち易簡、「変易」は天地の合を講じ、「不易」は天地の別を講ず。易簡は天地の徳なので、「易とは以てその徳を言うなり」と言う。「精」は精微。「無門」はそれがなお渾淪未分の中に処り、出入すべき一道の門なきを言う。『繋辞下』の講ずる「用に蔵す」は、翼奉が解して「顕露出れば則ち神ならず」と言うので、神明は内に潜蔵す。「無内」はそれが細微にして指すべき内里なきを形容す。「光明」はすなわち虚無、道は通ぜざる所なし——だから光明は四方を照徹す。「佼」はすなわち健、乾は健にして平易なので、剛健爽利にして能く節度を立定す。『繋辞上』に「思うことなし、為すことなし、寂然として動かず、感じて遂に天下の故に通ず」とあるは、まさに「虚無にして感動す」。『中庸』に「誠は天の道なり」とあるので「至誠」と言う。『繋辞上』に「乾その静なるや専なり」とあり、また「(聖人は)退きて密に蔵る」とありて坤は蔵を主る——これがすなわち「専密」の義。これらは皆易簡の徳に属するので「これその易なり」と言う。

「太易者未見氣也,太初者氣之始也」,故云變易者其氣。乾二五之坤,坤二五之乾,始而亨也,亨者通也,故天氣不變,不能通氣。五行謂五氣也。迭,更也,更相終始,故云迭終。《五行休王論》曰:「立春乾廢,立夏艮廢,立秋巽廢,立冬坤廢。」故四時更廢也。此變易之義也。不易者其位,謂陰陽貴賤之位。天在上,地在下,此陰陽之位也;君南面,臣北面,父坐子伏,此貴賤之位也。皆不易之義,是易有此三義也。

「太易は気さえも未だ顕現せざるの段階、太初は気の始めて生発するの段階」なので、「変易」は気に就いて言う。乾の二・五両爻は坤の中に往き、坤の二・五両爻は乾の中に来る——これは「始」よりして「亨」となる。「亨」はすなわち通なので、天地の気はもし変動せざれば相互に流通するに由なし。「五行」はすなわち五気。「迭」は更替、五気は互いに終始を為すので「迭終」と言う。『五行休王論』に言う:立春の時は乾は廃し、立夏の時は艮は廃し、立秋の時は巽は廃し、立冬の時は坤は廃す——だから四時は輪番して廃興すと言う。これがすなわち「変易」の義理。「不易」は位次に就いて言い、陰陽貴賤の位を指す:天は永遠に上にあり地は永遠に下にあるは、これは陰陽の位次。国君は南面して坐し臣子は北面して立ち、父は居坐して子女は俯伏するは、これは貴賤の位次。皆移易すべからざるの道理に属す。『易』はまさにこの三層の義理を含有す。

○「易簡」至「舉矣」○易簡,一也,亦中也,以一持萬,故立中和之本,天下之理得之為德也。易謂坎離,《參同契》文,謂坎五離二也。「陽成位於五,五為上中;陰成位於二,二為下中」,荀義也。一即中也,坎離天地之心,二五天地之中,坎五離二成位於上下之中,故云而易成位乎其中矣。二五為中,相應為和,故云天地之中和。《中庸》曰:「致中和,天地位焉,萬物育焉。」此既濟之事。三義謂天地之別、天地之合、天地之德也。首陳三義而終之以既濟,既濟即天地之中和,此皆易之大義,故云易之大義舉矣。

注文の「易簡」から「挙矣」までのこの一節。易簡はすなわち「一」、すなわち「中」——一を以て万を貫くので、能く中和の根本を立定し、天下の理は得着すれば便ち徳を成す。「易」を以て坎・離を指すは『参同契』に出、言う所は坎は五に居り離は二に居る。「陽は五に成位し五は上卦の中、陰は二に成位し二は下卦の中」は、これは荀爽の説。「一」はすなわち「中」:坎離は天地の心、二五は天地の中、坎は五に居り離は二に居り、ちょうど上下の両中位に成位するので「易はその中に成位す」と言う。二・五は中に居り、彼此相応すればすなわち和なので「天地の中和」と称す。『中庸』に「中和を致せば、天地は位し万物は育つ」とある——まさにこれは『既済』の成就する事。いわゆる「三義」は天地の別・天地の合・天地の徳を指す。『繋辞』の开篇は先ずこの三層を陳述し、最後に『既済』に帰結す——而るに『既済』はすなわち天地の中和。これらは皆『易』の大義なので「易の大義挙れり」と言う。

聖人設卦。注:聖人謂庖犧。觀象繫辭焉而明吉凶悔吝。注:謂文王也。八卦以象告,故觀象而繫辭。剛柔相推而生變化。注:六爻之剛柔也。一往一來曰推,剛推柔生變,柔推剛生化。是故吉凶者失得之象也。注:吉則象得,凶則象失。悔吝者憂虞之象也。注:悔則象憂,吝則象虞。變化者進退之象也。注:陽變為進,陰化為退。剛柔者晝夜之象也。注:乾剛為晝,坤柔為夜。六爻之動三極之道也。注:極,中也。三極謂天地人,民受天地之中以生,故稱三極。六爻兼三才而兩之者,故六爻之動,三極之道。

『繋辞上』に「聖人は卦を設く」とある——注:この聖人は伏羲を指す。『繋辞』に「象を観て辞を繋ぎて以て吉凶悔吝を明らかにす」とある——注:この一句は文王を指す。八卦は象を以て人に曉示するものなので、その象を観て文辞を繋ぐを要す。『繋辞』に「剛柔相い推して変化を生ず」とある——注:六爻の剛柔を指す。一往一来を「推」と謂う。剛が往きて柔を推せば「変」を生じ、柔が往きて剛を推せば「化」を生ず。『繋辞』に「ここに吉凶は失得の象なり」とある——注:吉は得る所有るを象り、凶は失う所有るを象る。『繋辞』に「悔吝は憂虞の象なり」とある——注:悔は憂懼を象り、吝は疑慮を象る。『繋辞』に「変化は進退の象なり」とある——注:陽の変は進、陰の化は退。『繋辞』に「剛柔は昼夜の象なり」とある——注:乾剛は白昼、坤柔は黒夜。『繋辞』に「六爻の動は三極の道なり」とある——注:「極」はすなわち中。三極は天・地・人を指し、人は天地の中気を稟受して生ずるので、合して三極と称す。六爻は兼ねて三才を取りて各々両爻を以てこれを表すので、六爻の変動はまさに三極の道を体現す。

是故君子所居而安者易之象也。注:君子謂文王。謂乾五之坤成坎月離日,日月為象。大有通比,比艮為居,坤為安,故居而安者易之象也。舊讀象誤作厚,或作序,非也。所變而翫者爻之辭也。注:爻者言乎變者也。翫,習也。謂乾五之坤,坤五動則觀其變。舊作樂,字之誤。

『繋辞』に「ここに君子の居りて安んずる所は易の象なり」とある——注:ここの「君子」は文王を指す。乾の五爻は坤の中に往きて坎(月)・離(日)を成す——日月はまさに天上の象。変じて出る『大有』は『比』と旁通し、『比』の艮は居止、坤は安寧なので、君子は起居して安を得る——憑る所は『易』の象。旧本は「象」を誤って「厚」と読み、あるいは「序」と作るもあれど、皆正しからず。『繋辞』に「変じて翫(もてあそ)ぶ所は爻の辞なり」とある——注:『繋辞』に「爻とは変を言うなり」とあり、「翫」はすなわち玩習。乾五が坤の中に往き、坤五が一動すれば便ちその変化を観察しうるを指す。旧本は「変」を「楽」と作すは字形の誤り。

是故君子居則觀其象而翫其辭。注:謂乾五動成大有,以離之目觀天之象,兌口翫習所繫之辭,故翫其辭。動則觀其變而翫其占。注:謂觀爻動也。以動者尚其變,占事知來,故翫其占。是以自天右之吉無不利。注:謂乾五變之坤成大有,有天地日月之象。文王則庖犧亦與天地合德,日月合明,天道助順,人道助信,履信思順,故自天右之吉無不利也。

『繋辞』に「ここに君子は居れば則ちその象を観てその辞を翫ぶ」とある——注:乾の五爻が一動して『大有』を成すを指し、離の象る眼目を用いて天の象を観看し、兌の象る口を用いて繋げられた文辞を反復誦習するので「その辞を翫ぶ」と言う。『繋辞』に「動けば則ちその変を観てその占を翫ぶ」とある——注:爻の変動を観察するを指す。『繋辞上』に「以て動する者はその変を尚ぶ」とあり、事を占問すれば未来を預知しうるので「その占を翫ぶ」と言う。『繋辞』に「これを以て天よりこれを右(たす)け、吉にして利あらざるなし」とある——注:乾の五爻が変じて坤に入り『大有』を成し、卦中に天地日月の象を備具するを指す。文王は伏羲に取法し、同じく天地とその徳を合し日月とその明を合す。天道は理に順う人を佑助し、人道は信を守る人を佑助す。文王は誠信を履行して念々に順を思うので、上天は彼を佑助し、吉祥にして利あらざるなし。

疏:「聖人謂庖犧」○庖犧作八卦,故聖人謂庖犧。○「謂文王繫辭」○《繫下》曰:「易之興也,其當殷之末世,周之盛德邪?當文王與紂之事邪?」《帝王世紀》曰:「文王在羑里演六十四卦,著七八九六之爻,謂之《周易》。」「八卦以象告」,《下繫》文。觀卦之象而繫之辭,謂六十四卦之辭也。俗本脫「悔吝」,今從虞氏。

疏:注文「聖人は庖犠(ほうき)を謂う」の一句——伏羲は八卦を画いたので、経文の裡の「聖人」は伏羲を指す。注文「文王が辞を繋ぐを謂う」の一句——『繋辞下』に言う:『易』の興起は、ほぼ殷商の末世・周の徳方に盛んの時に当たるか。ほぼ文王と紂王のあの段の事に当たるか。『帝王世紀』に言う:文王は羑里に囚わるる時、六十四卦を推演し、七・八・九・六の爻数を標出して、『周易』と称す。「八卦は象を以て告ぐ」は『繋辞下』の語。卦の象を観察して文辞を繋ぐるは、指す所は六十四卦の卦爻辞。通行俗本はここに「悔吝」の二字を脱す——恵棟は虞翻本に依りて補う。

○「六爻」至「生化」○上言象謂三才之象,此言剛柔相推,發揮於剛柔而生爻,故知六爻之剛柔也。「一往一來曰推」,何休義也。《繫下》曰:「日往則月來,月往則日來,日月相推而明生焉;寒往則暑來,暑往則寒來,寒暑相推而歲成焉。」故知一往一來曰推也。陽稱變,陰稱化,陽來陰往則剛推柔生變,陰來陽往則柔推剛生化也。此虞義也。文王觀爻之變化而繫之辭,亦謂吉凶悔吝之辭也。

注文の「六爻」から「生化」までのこの一節:上文の言う「象」は天地人三才の象を指し、ここに言う「剛柔相推」は則ち『説卦』の「剛柔に発揮して爻を生ず」のあの一層に就いて講ず——だからここは六爻の剛柔を指すと断定し、もはや三才の象ではない。「一往一来を推と謂う」は東漢の『公羊』学者何休の訓釈。『繋辞下』に「日往けば則ち月来たり、月往けば則ち日来たり、日月相い推して明生ず。寒往けば則ち暑来たり、暑往けば則ち寒来たり、寒暑相い推して歳成る」とある——これに由りて一往一来をすなわち「推」と謂うを知る。陽は「変」と称し陰は「化」と称す:陽来り陰往くは便ち剛が柔を推して変を生じ、陰来り陽往くは便ち柔が剛を推して化を生ず。これは虞翻の説。文王は爻の変化を観察して文辞を繋ぎ、繋げる所もまたまさに吉凶悔吝のこの類の断語である。

○「吉則」至「象失」○此虞義也。失得謂得位失位也。○「悔則」至「象虞」○此虞義也。悔者憂之象,既憂之則悔亡矣;吝者虞之象,不虞度則吝生矣。○「陽變」至「為退」○此荀義也。《乾鑿度》曰:「陽動而進,陰動而退。」故陽變為進,陰化為退也。○「乾剛」至「為夜」○此荀義也。「乾剛坤柔」,《雜卦》文。乾陽為晝,坤陰為夜。在納甲,十五乾盈甲為晝,三十陽滅藏為夜;在消息,復至乾為晝,姤至坤為夜也。

注文の「吉則」から「象失」まで、虞翻の説を用いる:いわゆる失得は爻の得位と失位を指す。注文の「悔則」から「象虞」まで、も虞翻の説:悔は憂懼の象、すでに憂懼すれば悔は便ち消亡す。吝は疑慮の象、預め揣度することを肯んぜざれば吝は便ち滋生す。注文の「陽変」から「為退」まで、荀爽の説を用いる:『乾鑿度』に「陽は動きて進み、陰は動きて退く」とあるので、陽の変は進・陰の化は退。注文の「乾剛」から「為夜」まで、同じく荀爽に出づ:「乾剛坤柔」は『雑卦伝』の語、乾は陽に属して白昼、坤は陰に属して黒夜。納甲に就いて言えば、十五日に乾体は月が甲方に満つるは昼、三十日に陽光は滅蔵するは夜。十二消息に就いて言えば、『復』より一路『乾』に至るまでは昼に属し、『姤』より一路『坤』に至るまでは夜に属す。

○「極中」至「之道」○《鴻範》曰:「建用王極。」《周禮》「設官分職以為民極」,鄭氏皆訓為中。三極,鄭、陸謂三才,故云天地人也。知三極為天地人者,《周書·小開武》曰:「三極:一維天九星,二維地九州島,三維人四。」虞亦以三極為三才也。「民受天地之中以生」,成十三年《春秋傳》文。以五行言則五六為天地之中,以遘復言則二至為天地之中,以四時言則春秋為天地之中,以爻位言則二五為天地之中。民受之以生,故稱三極。天有三才,以地兩之為六書,故云六爻兼三才而兩之者也。陸績曰:「天有陰陽二氣,地有剛柔二性,人有仁義二行,故六爻之動,三極之道。」此據《說卦》為言,義亦同也。

注文の「極中」から「之道」までのこの一節:『尚書・洪範』に「皇極を建て用う」とあり、『周礼』に「官を設け職を分ちて以て民の極と為す」とあり、鄭玄は皆「極」を「中」と訓ず。「三極」は鄭玄・陸績ともにすなわち三才と見るので、注中は天・地・人と言う。三極が天地人と断定する所以は、『逸周書・小開武』に拠る:三極とは、一は天上の九星、二は地上の九州、三は人間の四輔。虞翻もまた三極を三才と解す。「民は天地の中を受けて以て生ず」は成公十三年の『左伝』の語。五行より言えば、五・六は中に居るは天地の中。『遘』『復』二卦より言えば、夏至・冬至は天地の中。四時より言えば、春分・秋分は天地の中。爻位より言えば、二・五両爻は天地の中。人はこの「中」を稟受して生ずるので、合して三極と称す。天は三才有り、さらに地を以てこれと配して両と成し、共に六画を得るので、六爻は兼ねて三才を取りて各々両爻を以てこれを表すと言う。陸績は言う:天は陰陽の二気あり、地は剛柔の二性あり、人は仁義の二行あり——だから六爻の変動は三極の道を体現す。これは『説卦』に依拠して説を立て、義理は前説とも同じ。

○「君子」至「非也」○此虞義也。君子通於聖人,文王演易,故君子謂文王。乾五變之坤成大有,大有通比,有坎離象,故坎月離日。日月在天成八卦象,故日月為象。文王演易而繋象辭,故居而安者易之象也。舊讀象作厚,厚字無說;俗本作序,虞皆不用,故云非也。

注文の「君子」から「非也」までのこの一節、虞翻の説を用いる:「君子」のこの称谓は上って聖人に通じうる——文王は『周易』を推演したので、注中は「君子」を以て文王を指す。乾の五爻は変じて坤に入り便ち『大有』を成し、『大有』は『比』と旁通し、卦中に坎・離の象を具えるので、坎は月を表し離は日を表す。日月は天上に在りて月相の盈虧に依りて八卦の象を成すので、日月はすなわち「象」と言う。文王は『周易』を推演して象辞を繋げたので、君子は起居して安きを能くし——頼る所はまさに『易』の象。旧本は「象」を「厚」と読むも「厚」の字は道理を講じ出せず、俗本はまた「序」と作す——虞翻は両者とも採用せず、だから恵棟はそれら皆正しからずと言う。

○「爻者」至「之誤」○此虞義也。爻謂九六,九六相變,故爻者言乎變者也,謂三百八十四爻之辭也。《說文》曰:「翫,習厭也。」故云翫習也。乾五之坤失位當變,故坤五動則觀其變。舉一爻而三百八十四爻之辭可知也。俗本變作樂,虞所不用,故云字之誤也。

注文の「爻者」から「之誤」までのこの一節、も虞翻の説を用いる:「爻」は九と六の両種の爻数を指し、九六は彼此変換するので、『繋辞』は「爻とは変を言うなり」と言い、指す所は三百八十四爻の爻辞。『説文』に「翫は習厭(ならいあきる)なり」とあるので、注中は「翫」を「習」と訓ず。乾の五爻は坤に入りて後その正位を失い理として変動すべきなので、坤の五爻は一動すればすなわちその変化を観察せよ。一爻を挙げて例と為せば、三百八十四爻の辞例は皆類推して知るべし。俗本は「変」の字を「楽」と作す——虞翻は採用せず、だからこれは字形の誤りと言う。

○「謂乾」至「其辭」○此虞義也。乾五之坤成大有,大有上離下乾,離為目,乾為天,故以離目觀天之象,謂天三爻之象。五又體兌,兌為口,又兌以朋友講習,故以兌口翫習所繫之辭也。○「謂觀」至「其占」○此虞義也。乾五之坤,坤五動,故謂觀爻動也。九六發動揮變,故以動者尚其變。乾以知來,乾動成離,占事知來,故翫其占,謂翫三百六十四爻吉凶悔吝之占辭也。

注文の「謂乾」から「其辞」までのこの一節、虞翻の説を用いる:乾の五爻は坤に入りて『大有』を成し、『大有』の上体は離・下体は乾、離は目・乾は天なので、離の象る眼目を用いて天の象を看ると言う——指す所は下体乾の三爻の顕す象。五爻はまた互体の兌の中に処り、兌は口。『兌・大象』にまた「君子は以て朋友と講習す」とあるので、兌の象る口を用いて繋げられた文辞を反復誦習すと言う。注文の「謂観」から「其占」までのこの一節、同じく虞翻に出づ:乾の五爻は坤に入り、坤の五爻は之に随いて動くので、爻の変動を観察すと言う。九・六は一たび発動せられれば種種の変化を揮灑し出すので、『繋辞上』は「以て動する者はその変を尚ぶ」と言う。乾は能く未来を預知し、乾は一動して離を成し、事を占問すれば便ち将来を預知しうるので「その占を翫ぶ」と言い、諸爻の吉凶悔吝の占断の辞を反復して玩味するを指す。

○「謂乾」至「利也」○此虞義也。乾五之坤成大有,大有乾為天,離為日,比坤為地,坎為月,故有天地日月之象。文王則庖犧亦有聰明睿知神武之德,故與天地合德,日月合明。乾坤坎離反覆不衰,故自天右之吉無不利。「天道助順」以下,《上繫》文也。

注文の「謂乾」から「利也」までのこの一節、虞翻の説を用いる:乾の五爻は坤に入りて『大有』を成し、『大有』の乾は天・離は日、これと旁通する『比』は坤は地・坎は月——だから卦中は天地日月の象を備具す。文王は伏羲に取法し、同じく聡明叡智・神武にして殺さざるの徳行を具有するので、能く天地とその徳を合し日月とその明を合す。乾・坤・坎・離の四卦は翻覆顛倒すれどもその体は改まらずその道は衰えず——だから上天は彼を佑助し吉祥にして利あらざるなしと言う。注文の裡の「天道は順を助く」以下の数句は『繋辞上』に出る。

彖者言乎象者也。注:在天成象,彖說三才,故言乎象者也。爻者言乎變者也。注:爻有六畫,謂九六相變,故言乎變者也。吉凶者言乎其失得也。注:得正言吉,失正言凶。悔吝者言乎其小疵也。注:疵,瑕也;小猶介也。無咎者善補過也。注:失位為咎,變之正,故善補過。孔子曰:「退思補過。」

『繋辞上』に「彖とは象を言うなり」とある——注:日月は天上において象に凝成し、彖辞は一卦三才の義を総説するので、それは象を講ずと言う。『繋辞』に「爻とは変を言うなり」とある——注:一卦に六画あり、九と六は彼此変換するので、それは変を講ずと言う。『繋辞』に「吉凶とはその失得を言うなり」とある——注:爻はその正位を得れば則ち吉と言い、その正位を失えば則ち凶と言う。『繋辞』に「悔吝とはその小疵(しょうし)を言うなり」とある——注:「疵」はすなわち瑕、「小」はなほ「介」(細微)のごとし。『繋辞』に「咎なきは善く過を補うなり」とある——注:失位はすなわち咎、一変して正に帰すれば、すなわち善く過失を弥補するなり。孔子はかつて言うた「退きて過を補うを思う」と。

是故列貴賤者存乎位。注:五貴二賤。齊小大者存乎卦。注:齊猶正也。陽卦大,陰卦小,卦列則小大分,故曰齊小大者存乎卦。辯吉凶者存乎辭。注:辯,別也。陽吉陰凶,繫辭焉而明吉凶,故辯吉凶者存乎辭。

『繋辞』に「ここに貴賤を列ねるは位に存す」とある——注:五は尊貴、二は卑賤。『繋辞』に「小大を斉(き)うるは卦に存す」とある——注:「斉」はなほ「正」(釐定)のごとし。陽卦は大、陰卦は小。六十四卦を陳列して開かば、小大は自ら分明なので、小大を釐定するは卦を看るべしと言う。『繋辞』に「吉凶を辨うるは辞に存す」とある——注:「辨」はすなわち分別。陽は吉を主り陰は凶を主る。聖人は文辞を繋げて以て吉凶を標明するので、吉凶を分辨するは辞を看るべしと言う。

憂悔吝者存乎介。注:介,纖也。纖介不正,悔吝為賊,故憂悔吝者存乎介。震無咎者存乎悔。注:震,動也。「有不善未嘗不知,知之未嘗復行」,「無咎者善補過」,故震無咎者存乎悔。是故卦有小大,辭有險易,辭也者各指其所之。注:陽易指天,陰險指地,聖人之情見乎辭,故各指其所之。

『繋辞』に「悔吝を憂うるは介(かい)に存す」とある——注:「介」はすなわち纖細。細微の処に一たび正ならざるあれば、悔吝は便ち賊のごとく隙に乗じて来る——だから悔吝を憂慮するは細微の処に落ちて心を用いるべしと言う。『繋辞』に「咎なきに震(おそ)るるは悔に存す」とある——注:「震」はすなわち動。孔子は顔回を「不善あれば未だ嘗て知らざるなく、これを知りて未だ嘗て復び行わざるなり」と称し、『繋辞』はまた「咎なきは善く過を補うなり」と言うので、震動奮発して咎なきを求むるは、肝要は悔を知るに在りと言う。『繋辞』に「ここに卦に小大あり辞に険易あり。辞とは各々その之く所を指すなり」とある——注:陽は平易にして天に指向し、陰は険阻にして地に指向す。聖人の情志は文辞の裡に顕現するので、毎一の句の辞は皆各自にその去向を指明すと言う。

疏:「在天」至「者也」○此虞義也。彖說三才謂天三爻。○「爻有」至「者也」○此虞義也。六畫稱爻,爻之九六陰陽相變,故言乎變。○「得正」至「言凶」○此虞義也。○「疵瑕」至「介也」○疵瑕,馬義也。下云「憂悔吝者存乎介」,介,纖介,故云小猶介也。疵雖小猶當慎之,故云悔吝者憂虞之象也。

疏:注文の「在天」から「者也」まで、虞翻の説を用いる:彖辞は三才を総説し、ここは特に上体天位の三爻を指す。注文の「爻有」から「者也」まで、も虞翻の説:六画は皆爻と称し、爻は九六に分かれ、陰陽は彼此変換するので、それは変を講ずと言う。注文の「得正」から「言凶」まで、同じく虞翻に出づ。注文の「疵瑕」から「介也」まで:「疵」を「瑕」と訓ずるは馬融の説。下文に「悔吝を憂うるは介に存す」とあり、「介」はすなわち纖介細微なので、注中は「小」はなほ「介」のごとしと言う。瑕疵は細小なれど、なお慎まざるべからず——だから前文は「悔吝は憂虞の象なり」と言う。

○「失位」至「補過」○此虞義也。王弼《略例》曰:「凡言無咎者,本皆有咎者也,防得其道,故得無咎。」咎在失位,故云失位為咎;變而之正,猶過而能改,故云善補過。「孔子曰:退思補過」,《孝經》及宣十二年《春秋傳》文。

注文の「失位」から「補過」まで、虞翻の説を用いる。王弼の『周易略例』に言う:およそ爻辞に「咎なし」を標出するは、もともとは皆咎あるもので、ただ防範の法を得るに因りて、こそ咎なきを得る。咎の根源は失位に在るので、注中は失位を咎と為す。一変して正に帰するは、ちょうど過錯ありて能く改正するに比す——だから「善く過を補う」と言う。注中の「孔子曰く、退きて過を補うを思う」の一句は『孝経・事君章』に見え、宣公十二年の『左伝』もまたこの句を引いたことあり。

○「五貴二賤」○上傳「卑高以陳,貴賤位矣」,虞注云「乾高貴五,坤卑賤二」,謂九五六二也。貴賤之義不一:若陽貴陰賤,則爻在下者亦得言貴,如《屯》初九傳曰「以貴下賤,大得民也」,謂初得坤民,是以陽爻為貴也;若陽而無德,雖居正位,翻蒙賤稱,故《頤》初九傳曰「觀我朵頤,亦不足貴」是也。

注文「五貴二賎」の一句:『繋辞上』の前文に「卑高以て陳れば貴賤位す」とあり、虞翻の注に「乾は高きゆえに五を以て貴と為し、坤は卑しきゆえに二を以て賎と為す」と言う——指す所は九五と六二。ただし貴賤の取義はただ一種に止まらず:もし陽貴陰賎に拠りて分かつならば、下位に処る陽爻もまた貴と称しうる——たとえば『屯』初九の『小象』に「貴を以て賎に下るは大いに民を得るなり」とあるは、初九が坤の象る民衆を得着するを指し、これがすなわち陽爻を以て貴と為す。反って言えば、陽爻もし徳行なくんば、たとい正位に居るとも、照様に「賎」の称呼を落す——たとえば『頤』初九の『小象』に「我が朶頤を観るは亦た貴ぶに足らざるなり」とあるは、まさにこの種の情形である。

若本皆陽位則上貴下賤,如三為下體之君,對五而言亦為賤,故《下傳》云「三多凶,五多功,貴賤之等」是也。今傳云存乎位,則不專指爻之貴賤,但卦以二五為主,五陽為貴,又在君位;二陰為賤,又在臣位,故云五貴二賤也。

もし両爻がもともと同じく陽位に属せば、すなわち上の者を貴・下の者を賎とす:たとえば三は下卦の主で、もと君と称すべきなれど、これを五と比べて取れば、なお賎と算す。だから『繋辞下』に「三は凶多く五は功多きは貴賎の等なり」とあるは、まさにこの道理。いま『繋辞』は「貴賎を列ねるは位に存す」と言う——専らある一爻の貴賎に就いて言うに非ざると見える。ただ一卦は二・五両爻を以て主と為し、五は陽位にして貴を為しまた君位に居り、二は陰位にして賎を為しまた臣位に居るので、注中は「五貴二賎」と概括す。

○「齊猶」至「乎卦」○此王肅義也。《詩·小宛》曰:「人之齊聖。」毛傳云:「齊,正也。」陽大陰小,故陽卦大,陰卦小。陳列卦象有小有大,以六十四卦言之,則陽息為大,陰消為小。如《臨》,陽息之卦,「臨者,大也」,是臨為大卦也。。陰消之卦,「小利貞」,是為小卦也。《泰》「小往大來」,泰為大卦;《否》「大往小來」,否為小卦。如此之類不可悉舉。又《小畜》《大畜》《小過》《大過》《大有》《大壯》諸卦,皆以大為陽,小為陰,正其小大截然不紊,故云齊小大者存乎卦也。

注文の「斉猶」から「乎卦」まで、王粛の説を用いる。『詩経・小雅・小宛』に「人の斉聖」とあり、毛伝は「斉」を「正」と訓ず。陽大陰小なので、陽卦は大・陰卦は小。卦象は一たび陳列せられれば便ち小あり大あり:六十四卦に就いて言えば、陽気の生長するは大、陰気の消退するは小。たとえば『臨』は陽息の卦——『序卦』に「臨は大なり」とあるので『臨』は大卦と見え、(底本はここに一つの卦名を脱す——まさしく『遯』なるべし)は陰消の卦——卦辞に「小利貞」とあるので小卦と見える。『泰』の卦辞に「小往きて大来たる」とあるので『泰』は大卦、『否』の卦辞に「大往きて小来たる」とあるので『否』は小卦。この類の例は多く挙げて尽きず。これ以外『小畜』『大畜』『小過』『大過』『大有』『大壮』の諸卦も、皆「大」を以て陽を指し「小」を以て陰を指す——釐定すれば小大は分明にして絲毫も乱れず、だから小大を釐定するは卦を看るべしと言う。

○「辯別」至「乎辭」○辯別,虞、董、姚義也。陽生故吉,陰殺故凶,聖人繫辭於各爻之下以明吉凶,故云辯吉凶者存乎辭也。○「介纖」至「乎介」○介纖,虞義也。「纖介不正,悔吝為賊」,《參同契》文,彼正用傳義,故引之。○「震動」至「乎悔」○此虞義也。復時坤亂於上,故有不善;復以自知,故未嘗不知,知之未嘗復行也。

注文の「辨別」から「乎辞」まで:「辨」を「別」と訓ずるは、虞翻・董遇・姚信が共同する説。陽は生を主るゆえに吉、陰は殺を主るゆえに凶。聖人は毎一爻の下に文辞を繋げて以て吉凶を標明するので、吉凶を分辨するは辞を看るべしと言う。注文の「介纎」から「乎介」まで:「介」を「纎」と訓ずるは虞翻の説。「纖介正ならざれば悔吝は賊を為す」は『周易参同契』に出——魏伯陽のあの句はまさに『繋辞』の義理を襲用するので、恵棟は引きて以て証と為す。注文の「震動」から「乎悔」まで、虞翻の説を用いる:『復』卦の一陽初生の時、上面の五陰はなお撹乱するので「不善あり」と言う。而るに『復』は能く自我を省察するので、不善に対して「未だ嘗て知らざるなし」、一旦これを知れば便ち「未だ嘗て復び行わず」。

○「陽易」至「所之」○此虞義也。卦有大小,承上「齊大小者存乎卦」言也;辭有險易,承上「辯吉凶者存乎辭」言也。京氏云:「易,善也;險,惡也。」乾為善,故陽易指天;坤為惡,故陰險指地。「聖人之情見乎辭」,《下傳》文。《太玄》曰:「辭以覩乎情。」謂善惡之辭也。之謂升降往來,指天辭易,指地辭險,故各指其所之也。

注文の「陽易」から「所之」まで、虞翻の説を用いる:「卦に小大あり」は上文の「小大を斉うるは卦に存す」を承接して言い、「辞に険易あり」は上文の「吉凶を辨うるは辞に存す」を承接して言う。京房は言う:「易」はすなわち善、「険」はすなわち悪。乾は善なので「易」は陽に属して天に指向し、坤は悪なので「険」は陰に属して地に指向す。「聖人の情は辞に見る」は『繋辞下』の語、揚雄の『太玄』もまた「辞は以て情を覩る」と言う——指す所はまさに善悪の辞。「之」はすなわち爻の升降往来:天に指向するはその辞は平易、地に指向するはその辞は険阻。だから毎句の辞は皆各自にその去向を指明すと言う。

易與天地準,故能彌綸天下之道。注:準,同也。彌,大;綸,絡也。謂易在天下包絡萬物,「以言乎天地之間則備矣」,故與天地準也。仰以觀於天文,俯以察於地理。注:陽動於上以成天文,陰動於下以成地理。

『繋辞上』に「易は天地に准(なら)う、ゆえに能く天下の道を弥綸(びりん)す」とある——注:「准」はすなわち等同、「弥」は広大、「綸」は包絡。これは『易』の道が天下を籠罩し万物を包絡するを言い、『繋辞上』の謂う「以て天地の間を言わば則ち備われり」なので、それは天地と相等斉すと言う。『繋辞』に「仰ぎて以て天文を観、俯して以て地理を察す」とある——注:陽気は上において運動して天上の文采を成就し、陰気は下において運動して地上の条理を成就す。

是故知幽明之故,原始反終,故知死生之說,精氣為物,游魂為變。注:幽明,雌雄也。雄生酉仲,雌生戌仲。始謂乾初,終謂坤上。原者,元也。原始反終,謂隨天地終始也。死,命;生,性。說,舍也。精氣生舍,游魂死舍,此鬼神之本也。

『繋辞』に「ここに幽明の故を知り、始を原(たず)ね終に反る——ゆえに死生の説を知る。精気は物を為し、遊魂は変を為す」とある——注:幽と明はすなわち雌と雄。雄は酉の正中に生じ、雌は戌の正中に生ず。「始」は乾の初爻を指し、「終」は坤の上爻を指す。「原」はすなわち元。その始を推原しその終を返求するは、天地と一同して終にして復び始まるに随うを指す。「死」は命に対応し、「生」は性に対応す。「説」は「舍」と読み、止宿の処。精気の凝聚するは生の止宿、遊魂の離散するは死の止宿——これがすなわち鬼神の根本。

是故知鬼神之情狀,與天地相似,故不違。注:乾神似天,坤鬼似地。聖人與天地合德,鬼神合吉凶,故不違。知周乎萬物而道濟天下,故不過。注:坤為知,謂土爰稼穡,萬物致養,德博而化,食榖者知惠而巧,故知周乎萬物。乾為道,乾制坤化,陽升陰降成既濟定,故道濟天下。六爻皆正,故不過也。

『繋辞』に「ここに鬼神の情状を知るは天地と相似る、ゆえに違わず」とある——注:乾は神に属して天に似、坤は鬼に属して地に似。聖人は天地とその徳を合し、鬼神とその吉凶を合すので、相い違背せず。『繋辞』に「知は万物に周りて道は天下を済す、ゆえに過たず」とある——注:坤は知——『洪範』に「土は爰(ここ)に稼穡す」とあり、万物は土に由りて養成せられ、その徳は広博にして能く化育するがゆえ。穀を食する人は聡慧にして霊巧なので、智慧は万物に周遍すと言う。乾は道、乾は裁制を主り坤は化育を主り、陽升陰降して『既済』の定局を成すので、その道は能く天下を匡済すと言う。六爻は各々その正を得るので差失なしと言う。

旁行而不留。注:旁行周六十四卦,月主五卦,爻主一日,歲既周而復始,故不留也。樂天知命,故不憂。注:震為樂,乾為天,巽為命,謂從復至遘也。坎為憂,出乾入坤,不見坎象,故不憂。

『繋辞』に「旁行して留まらず」とある——注:『易』の道は横貫して六十四卦に周流す。卦気の法に依れば、一月は五卦を主り、一爻は一日を主り、一年を走完すれば便ち重ねて開始す——だから流行して滞らずと言う。『繋辞』に「天を楽しみ命を知る、ゆえに憂えず」とある——注:震は楽、乾は天、巽は命——指す所は『復』より『遘』に至るこの半年の陽気生長の過程。坎は憂。この段の行程は乾より出でて坤に入り、途中に坎象を見ず——だから憂えずと言う。

安土敦乎仁,故能愛。注:坤為安為土,乾為仁為愛,謂從遘至復也。以坤厚乾仁道博施,故能愛。範圍天地之化而不過。注:範,法也;圍,周也。言乾坤消息法周天地而不過十二辰也。辰,日月所會之宿,謂諏訾。

『繋辞』に「土に安んじ仁に敦(あつ)くして能く愛す」とある——注:坤は安・土、乾は仁・愛——指す所は『遘』より『復』に至るこの半年の陰気漸長の過程。坤の厚徳と乾の仁心を憑りて、道を広く万物に施及するので、能く愛を生ず。『繋辞』に「天地の化を範囲して過たず」とある——注:「範」は效法、「囲」は周遍。これは乾坤両卦の十二消息の運行が、天地の化を效法し周遍して、十二辰の範囲を越出せざるを言う。いわゆる「辰」は日月の交会する所の星次を指し、亥位のごときは便ち諏訾(しゅうし)と謂う。

降婁、大梁、實沈、鶉首、鶉火、鶉尾、壽星、大火、析木、星紀、元枵之屬是也。曲成萬物而不遺。注:二篇之筴萬有一千五百二十,曲成萬物,無遺失也。通乎晝夜之道而知。注:晝乾夜坤也,通於乾坤之道,無所不知也。故神無方而易無體。注:乾為神為易,坤為方為體。乾在坤初,故無方;隱初入微,故無體。

ここは上文の自注の列する所の天上の「十二次」に承接す:降婁・大梁・実沈・鶉首・鶉火・鶉尾・寿星・大火・析木・星紀・元枵の類は、皆十二次の名目に属す。『繋辞上』に「曲りて万物を成して遺さず」とある。恵棟の自注:『周易』の上下二篇六十四卦の蓍策は合計して一万一千五百二十、まさに万物の数に当たるので、易の道は能く委曲して万物を成全して一物をも遺漏せず。経文はまた言う「昼夜の道に通じて知る」と。自注:白昼は乾に属し黒夜は坤に属し、乾坤両面の道理に通達すれば、すなわち知る能わざるなし。経文はまた言う「ゆえに神は方なく易は体なし」と。自注:乾はすでに「神」と称しまた「易」と称し、坤はすでに「方」と称しまた「体」と称す。乾の一陽は坤卦の初爻に潜伏するので、それは固定の方所なしと言い、それは初位に隠れて幽微にして見え難きので、固定の形体なしと言う。

疏:「準同」至「準也」○此虞義也。京云:準,等也。等有同義,故云「準同」也。京云:彌,徧也。揚子《解難》曰「天麗且彌」,故云「彌大」也。《解難》又云:「宓犧氏之作易也,綿絡天地,經以八卦。」故云「綸絡」也。《乾鑿度》曰「易為道苞鑰」,故云「易在天下,包絡萬物」。「以言乎天地之間則備矣」,下傳文。「易之為書,廣大悉備」,言該備三才,故云「備矣」,是與天地凖之義也。○陽動至地理○吳君高《越紐》文也。陽動於上謂乾三畫也,陰動於下謂坤三畫也。乾三畫成天文,坤三畫成地理。《呂氏春秋》曰:「陰陽變化,一上一下,合而成章。」章即天文地理也。

疏文は自注の中の「准同」から「准也」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説を採用す。京房は言う:「准」はすなわち「等」——「等」は「同」の意を含有するので注文は「准同」と言う。京房はまた言う:「弥」はすなわち「徧」、遍及の義。揚雄の『解難』に「天は麗らかにして且つ弥なり」の一語あり、天はすでに華麗にしてまた覆わざるなきを説くので、注文は「弥」を「大」と訓ず。『解難』はまた言う:伏羲が『易』を作り、八卦を以て経緯と為して天地を纏絡せり——だから注文は「綸絡」と言う。『乾鑿度』に「易は道の苞鑰(ほうやく)を為す」とあり、『易』は大道を包蔵するの関鑰なので、注文は「易は天下に在り、万物を包絡す」と言う。「以て天地の間を言わば則ち備われり」の一句に至っては、『繋辞下伝』の原話。下伝はまた「易の書と為るや広大にして悉く備わる」と言い、『易』が天・地・人三才の道を兼備するを説くので「備われり」と言う——まさにこれは経文の「天地に准う」の含義。○「陽動」から「地理」までのこの一段:呉君高の『越紐録』に出る。「陽は上に動く」は乾卦の三画を指し、「陰は下に動く」は坤卦の三画を指す。乾の三画は天上の文象を構成し、坤の三画は地上の形理を構成す。『呂氏春秋』に言う:「陰陽変化して一上一下し、合して章を成す」と。ここの「章」はすなわち天文と地理。

○幽明至本也○幽明,雌雄也,《三朝記》文。彼文云:虞史伯夷曰:「明,孟也;幽,幼也。明幽,雌雄也。」《詩推度災》及《乾鑿度》曰:「雄生酉仲,號曰太初;雌生戊仲,號曰太始;雄生物魂,號曰太素。俱行三節。」宋均注云:「節猶氣也。俱行自酉、戌行至亥。」雌雄俱行,故能含物魂而生物也。《推度災》又曰:「陽本為雄,陰本為雌,物本為魂。」宋均注云:「本即原也。變陰陽為雄雌,魂也。」

○「幽明」から「本也」までのこの一段:注文の言う「幽明はすなわち雌雄」は、語は『大戴礼記』の『三朝記』に出る。『三朝記』の原文は虞舜の史官伯夷を記して言う:「明」は長、「幽」は幼。明と幽はすなわち雄と雌。緯書の『詩推度災』と『乾鑿度』に言う:雄気は酉月の中に生じて「太初」と称し、雌気は戌月の中に生じて「太始」と称し、雄気は万物の魂を生出して「太素」と称す。三者は一同に運行して三節を為す。宋均が注を作して言う:「節」は「気」に相当す。三気は一同に運行し、酉位より起こり、戌位を経て亥位に行く。雌雄の二気は一同に運行するので、能く物魂を含蔵して万物を化生す。『推度災』はまた言う:陽の本原は雄、陰の本原は雌、物の本原は魂。宋均の注に言う:「本」はすなわち「原」。陰陽を改めて雌雄と称するは、指す所は魂。

乾知大始,故始謂乾初;坤道代終,故終謂坤上。元、原同義,故云「原者,元也」。「隨天地為終始」,董子《繁露》文。彼文云:「元者,原也。其義隨天地為終始也。」「死命生性」,《呂氏春秋·恃君覽》文。性者,生之始;命者,人之終,故死生為性命。《太玄》曰:「一生一死,性命瑩矣。」又曰:「察性知命,原始見終。」

『繋辞』に「乾は大始を知る」とあるので、「始」は乾卦の初爻を指す。坤道は乾を承接して終結を完成するので、「終」は坤卦の上爻を指す。「元」と「原」は意義相同じなので、注文は「原はすなわち元」と言う。「天地に随いて終始を為す」の一句は董仲舒の『春秋繁露』に出、原話は:「元はすなわち原。その意義は天地に随いて終始を為す」。「死は命・生は性」の説法は『呂氏春秋・恃君覧』に見え:「性」は生の開端、「命」は人の終結なので、死と生を命と性に分属す。揚雄の『太玄』に言う:「一生一死すれば、性命瑩(あき)らかなり」——死生の間に於て、性と命は便ち分明となる。また言う:「性を察すれば命を知り、始を原ねば終を見る」——本性を考察すれば便ち天命を知るべく、開端を推原すれば便ち終局を預見しうる。

「說舍」,宋衷義也。說讀為「稅」,故云「舍」。《越紐録》曰:「神主生氣之精,魂主死氣之舍。」故云「精氣生舍,游魂死舍」。虞氏云:「乾純晬精,故主為物。」《夏小正》曰:「魂者,動也。」乾流坤體,變成萬物,故「游魂為變」。鄭氏云:「精氣謂七八,游魂謂九六。」七八木火之數,九六金水之數,水火用事而物生,故曰「精氣為物」;金水用事而物變,故曰「游魂為變」。義並同也。

注文の「説舎」の解釈は宋衷(そうちゅう)の意見を採用す:「説」は「税」と読み、止息停舎の意なので「舎」と訓ず。『越紐録』に言う:「神」は生気の精華を主管し、「魂」は死気の帰宿を主管す。だから注文は「精気」は生の居舎、「遊魂」は死の居舎と言う。虞翻は言う:乾は純粋完足の精なので、成物を主宰す。『夏小正』に言う:「魂はすなわち動」。乾の陽気は坤体に流入し、変化して万物を生成するので「遊魂は変を為す」と言う。鄭玄は言う:「精気」は七と八を指し、「遊魂」は九と六を指す。七・八は木と火の数、九・六は金と水の数。水火が当令すれば則ち万物は生成するので「精気は物を為す」と言い、金水が当令すれば則ち万物は変化するので「遊魂は変を為す」と言う。以上の几家の意は一致す。

云「此鬼神之本」者,鬼神之本即易之本,易之本即道之本也。《史記·賈生傳》曰:「孝文帝方受釐,坐宣室,上因感鬼神事而問鬼神之本。賈生具道所以然之狀,至夜半,文帝前席。既罷,曰:吾久不見賈生,自以為過之,今不及也。」何休案:禮,天子為卿前席,大夫興席,士式幾。賈生大夫也,孝文以卿禮禮之,重其言也。漢之賈生、董子能明道本,故劉向《別錄》稱此兩人有王佐之才,雖伊、呂無以加,筦、晏之屬,相者之佐,殆不及也,其言甚當。使文、武二君能用賈、董,漢家治道必無雜霸之譏。子歆及曾孫龔猥以向言為過,豈為篤論乎。

注文はこれを「鬼神の本」と言う——鬼神の本原はすなわち『易』の本原、『易』の本原はすなわち道の本原なるがゆえ。『史記・屈原賈生列伝』に記載す:漢文帝は剛に祭祀を挙行し了り祭余の胙肉を受け、未央宮の宣室に坐して、鬼神の事に感ありて賈誼に鬼神の本原を問う。賈誼はその中の所以然を一々講明し、直に夜半に至るまで談じ、文帝は聴き入神して、坐席上に於て知らず知らず身を前に挪動して彼に靠近す。談じ罢めて文帝は言う:「われ久しく賈生を見ず、自ら以てすでに彼に勝れたりと為せしが、今日に至りてこそ未だ彼に及ばざるを知る」と。何休が考按す:礼制に依れば、天子は卿に対しては席を移して前にし、大夫に対しては身を起きて席を離れ、士に対しては几に凭るを礼と為す。賈誼はただ大夫なるに、文帝は却って卿を待つの礼を以て彼を待つ——その言論を重んずると見える。漢代の賈誼・董仲舒は能く道の本原を闡明するので、劉向の『別録』はこの両人を王者に輔佐するの才具ありと称し、たとい伊尹・呂尚も以て加うるなく、管仲・晏嬰のあの類はただ輔相の佐に過ぎず、おそらくなお彼らに及ばず——この話は甚だ中肯である。仮使漢文帝・漢武帝が真に賈誼・董仲舒を重用する能くせば、漢家の治道もまた「王覇雑用」の譏評を落さざりしならん。劉向の子劉歆と曾孫劉龔は却って軽率に劉向のこの語は太も過ぎると認む——これはいかにして篤実の評論と算すべけんや。

○乾坤至不違○此虞義也。乾為神為天,故乾神似天;坤為鬼為地,故坤鬼似地。聖人即大人也,故王肅曰「大人聖人,在位之目」是也。與天合德謂居五,與地合德謂居二。乾神合吉,坤鬼合凶,故與鬼神合吉凶。「天且弗違,而況於鬼神」,是不違之義也。

○「乾坤」から「不違」までのこの一段:これは虞翻の説。乾はすでに「神」にしてまた「天」なので、乾の神は天と相似、坤はすでに「鬼」にしてまた「地」なので、坤の鬼は地と相似。経文の謂う「聖人」はすなわち「大人」なので、王粛は「大人・聖人は皆居位者に就いて立てる名目」と言う。「天と徳を合す」は九五の位に居るを指し、「地と徳を合す」は六二の位に居るを指す。乾神の合する所は吉、坤鬼の合する所は凶なので、「鬼神とその吉凶を合す」と言う。『乾・文言』に「天ですら違わず、而るを況んや鬼神に於いてをや」とあり、上天ですら彼に違背せず——況んや鬼神をや。これがすなわち「違わず」の義。

○坤為至過也○坤為知,虞義也。坤為土,故「土爰稼穡」;稼穡所以養人,故萬物致養。《越紐錄》曰:「地生長五榖,持養萬物,功盈德博。」故「德博而化」,謂坤受乾施養物,故德博也。「食榖者知惠而巧」,《大戴禮·易本命》文。坤以五榖養萬物,食榖者知,故「知周乎萬物」也。乾為道,亦虞義也。陽道制命,坤化成物,故乾制坤化。乾二升坤,坤五降乾,陽升陰降成既濟定,故「道濟天下」也。過,過失。六爻皆正而無過失,故「不過」也。

○「坤為」から「過也」までのこの一段:坤を以て「知」と為すは虞翻の説。坤はまた土、『尚書・洪範』に「土は爰に稼穡す」とあり、土の功用は種収に在り、種収は以て人を養うに用いるので、万物はこれに由りて養育を得る。『越紐録』に言う:「大地は五穀を生長し、万物を扶持養育し、功業は充盈し徳沢は広博なり」と。だから経文は「徳博くして化す」と言い、坤が乾の施予を承受して万物を養育するを説くので、徳沢は広博。「穀を食する者は惠を知りて巧なり」の一語は『大戴礼記・易本命』に出る。坤は五穀を用いて万物を供養し、穀物を食する人は智慧あるので「知は万物に周る」と言う。乾を以て「道」と為すも虞翻の説。陽道は裁制命令を負責し、坤は則ち化育して物を成すので、乾制にして坤化。乾の九二は上升して坤の五位に至り、坤の六五は下降して乾の二位に至り、陽升陰降して「既済」の定局を成すので「道は天下を済す」と言う。「過」は過失:六爻は各々その正を得て過失なきので「過たず」と言う。

○旁行至留也○此九家義也。消息六十卦合四正為六十四卦。謂如十一月未濟、寋、頤、中孚、復,是月主五卦也。一卦六日七分,七分閏餘,是爻主一日也。六十而一周,六六三百六十日,故云「歲既周而復始」。不留者,運不止也。俗本「流」,今從京氏。

○「旁行」から「留也」までのこの一段:これは『九家易』の説。卦気の法は消息の外の六十卦を用い、坎・離・震・兌の四正卦を加えて、合して六十四卦を成す。たとえば十一月の値する所は未済・蹇(底本は「寋」と作す)・頤・中孚・復——これがすなわち一月は五卦を主る。毎卦は六日七分に当値し、あの零頭の七分は閏余で、折算すればまさに一爻は一日を主る。六十卦は輪値して一周し、毎卦は六日、共に三百六十日なので、注文は「一年すでに周遍せば便ち重ねて開始す」と言う。「留まらず」はこの運行が永遠に停止せざるを言う。通行俗本は「流」と作す——恵棟はここに京房本に依従して「留」と作す。

○震為至不憂○荀云:「坤下有伏乾為樂天。」謂乾伏坤初為震,震為樂,初九乾也,故乾為天,是「樂天」也。荀又云:「乾下有伏巽為知命。」謂巽伏乾初,巽為命,故「知命」。乾初出子,復時也;巽陰消乾,謂遘時,故云「謂從復至遘」也。坎加憂,故為憂。「出」乾為復,「入」坤為遘,十二消息無坎象,故不憂,猶言「出入無疾」也。○坤為至能愛○坤陰為安,故《月令》仲夏稱「晏陰」。當遘時,遘坤消之月,故云「土」。復乾息之卦,故云「仁敦厚」也。以坤厚乾,故云「敦仁」;乾仁博施,故能愛也。

○「震為」から「不憂」までのこの一段:荀爽は言う「坤の下には乾が伏す、ゆえに『天を楽しむ』なり」と。これは乾陽が坤の初爻に伏して震を成し、震は楽の意あるを言う。初九はもと乾爻、乾は天、合すればすなわち「天を楽しむ」。荀爽はまた言う「乾の下には巽が伏す、ゆえに『命を知る』なり」と。これは巽が乾の初位に伏し、巽は命なので「命を知る」と称す。乾の一陽は子位より生出し、まさに復卦の時に当たる。巽は陰、陰は長じて乾を消すれば則ち姤卦の時に当たるので、注文は「復卦より姤卦に至る」と言う。坎は加憂の象あるので坎は憂。「出」は陽が乾より出でて復を為し、「入」は陽が坤に入りて姤を為す。十二消息卦の裡には並びて坎の卦象なきので「憂えず」と言う——『復』卦の謂う「出入疾なし」のごとし。○「坤為」から「能愛」までのこの一段:坤は陰に属し陰は安を主るので、『礼記・月令』の仲夏の月は陰気を「晏陰」と称し、「晏」はまさに安。これは姤卦の時に就いて言い、姤は坤陰の始めて乾を消すの月なので、注文は「土」と言う。復卦は則ち乾陽の生息の卦なので、注文は「仁にして敦厚」と言う。坤の厚を以て乾に加うるので「仁に敦し」と称し、乾の仁は広く物に施すので能く愛す。

○範法至是也○此九家義也。《釋詁》云:「法、範,常也。」法範同訓,故云「範法」也。圍古作囗,見己酉戌命彝。《說文》曰:「囗,回也,象回帀之形。」故云「周」也。乾坤消息謂消息十二爻,十二爻而期一歲,故「法周天地」。十二爻主十二辰,故「不過十二辰」也。昭七年《春秋傳》曰:「日月之會是謂辰。」杜預云:「一歲日月十二會,所會謂之辰。」

○「範法」から「是也」までのこの一段:これは『九家易』の説。『爾雅・釈詁』に「法・範は皆常の義」とあり、法と範は同訓なので、注文は「範はすなわち法」と言う。「囲」の字は古文は「囗」と写し、己酉戌命彝のこの銅器の銘文に見ゆ。『説文解字』に言う:「囗は回なり、回帀の形を象る」——すなわち環繞一周の形なので「周」と訓ず。乾坤消息とは、十二消息卦の十二爻を指す。十二爻は周流一遍して正に一年に満つので「法は天地に周る」と言う。十二爻は分かちて十二辰を主るので「十二辰を過たず」と言う。『春秋左伝』昭公七年に言う:「日月の会するを辰と謂う」と。杜預の注:一年の中に日月は十二次相会し、相会の処をすなわち「辰」と謂う。

皇甫謐《帝王世紀》曰:自危十七度至奎四度曰諏訾之次,於辰在亥,謂之大淵獻,斗建在寅;自奎五度至胃六度曰降婁之次,於辰在戌,謂之閹茂,斗建在卯;自胃七度至畢十一度曰大梁之次,於辰在酉,謂之作蘁,斗建在辰;自畢十二度至東井十五度曰實沈之次,於辰在申,謂之涒灘,斗建在巳。

皇甫謐の『帝王世紀』に言う:危宿の十七度より奎宿の四度までのこの一段の天区を「諏訾の次」と謂い、十二辰において亥位に配し、歳名は「大淵献」、これと相応する斗柄の指す所は寅に在る。奎宿の五度より胃宿の六度までを「降婁の次」と謂い、辰に配するは戌、歳名は「閹茂(えんも)」、斗建は卯に在る。胃宿の七度より畢宿の十一度までを「大梁の次」と謂い、辰に配するは酉、歳名は「作噩(さくがく)」(底本は「作蘁」と作す)、斗建は辰に在る。畢宿の十二度より東井の十五度までを「実沈の次」と謂い、辰に配するは申、歳名は「涒灘(しゅんたん)」、斗建は巳に在る。十二次は西より東に向かいて排列し、十二辰の方向と相反するので、次名と辰名は一一対応するも行向は相い背く。

自井十六度至柳八度曰鶉首之次,於辰在未,謂之葉洽,斗建在午;自柳九度至張十七度曰鶉火之次,於辰在午,謂之敦牂,斗建在未;自張十八度至軫十一度曰鶉尾之次,於辰在巳,謂之大荒落,斗建在申;自軫十二度至氐四度曰壽星之次,於辰在辰,謂之執徐,斗建在酉。

東井の十六度より柳宿の八度までを「鶉首の次」と謂い、辰に配するは未、歳名は「協洽(きょうこう)」(底本は「叶洽」と作す)、斗建は午に在る。柳宿の九度より張宿の十七度までを「鶉火の次」と謂い、辰に配するは午、歳名は「敦牂(とんそう)」、斗建は未に在る。張宿の十八度より軫宿の十一度までを「鶉尾の次」と謂い、辰に配するは巳、歳名は「大荒落(たいこうらく)」、斗建は申に在る。軫宿の十二度より氐宿の四度までを「寿星の次」と謂い、辰に配するは辰、歳名は「執徐(しゅつじょ)」、斗建は酉に在る。以上の鶉首・鶉火・鶉尾の三次は合して南方朱鳥の象を為し、寿星は則ちすでに東方蒼龍の次に入る。

自氐五度至尾九度曰大火之次,於辰在卯,謂之單閼,斗建在戌;自尾十度至斗十度曰析木之次,於辰在寅,謂之攝提格,斗建在亥;自斗十一度至婺女七度曰星紀之次,於辰在丑,謂之赤奮若,斗建在子;自婺女八度至危十六度曰玄枵之次,於辰在子,謂之困敦,斗建在丑。

氐宿の五度より尾宿の九度までを「大火の次」と謂い、辰に配するは卯、歳名は「単閼(ぜんえん)」、斗建は戌に在る。尾宿の十度より斗宿の十度までを「析木の次」と謂い、辰に配するは寅、歳名は「摂提格(せつていかく)」、斗建は亥に在る。斗宿の十一度より婺女の七度までを「星紀の次」と謂い、辰に配するは丑、歳名は「赤奮若(せきふんじゃく)」、斗建は子に在る。婺女の八度より危宿の十六度までを「玄枵(げんきょう)の次」と謂い、辰に配するは子、歳名は「困敦(こんとん)」、斗建は丑に在る。ここに至りて十二次は首尾相接し、ちょうど一周天を排満し、前面の注文の挙げる所の次名と完全に相合す。

凡天有十二次,日月之所躔。鄭氏謂辰與建交錯貿處,如表裡然。《漢書·律曆志》曰:「玉衡杓建,天之綱也;日月初躔,星之紀也。綱紀之交,以原始造設,合樂用焉。」案斗柄所建十二辰而左旋,日體十二月與月合宿而右轉,表裡言合也,即合辰合星之法也。子丑之等十二辰在地,娵訾之等十二次在天。此言天地之化,故舉十二次也。

天上は共に十二次あり、日月の運行の経歴する位次なり。鄭玄は「辰」と「斗建」の両者が交錯互換してその位を易え、表と裏のあのごとく相配するを以て然りと為す。『漢書・律暦志』に言う:「北斗玉衡の斗柄の建つる所は天の大綱、日月の最初に経る宿次は星の綱紀。綱と紀の交会の処は、以て暦元を推原し暦法を創立するに用い、また以て楽律を配合す」と。按ずるに:斗柄の指す所の十二辰は左に向かいて旋転し、太陽の一年十二か月に月と諸宿に会合するは右に向かいて運行す——いわゆる「表裏」はすなわち二者の相合するを説き、すなわち「辰を合し」「星を合す」の方法。子・丑の類の十二辰は地に属し、娵訾の類の十二次は天に属す。ここに講ずるは天地の化育なので、特に十二次を挙げ出して来て説く。

○二篇至失也○此荀義也。二篇謂上下經,六十四卦之筴共萬有一千五百二十,當萬物之數。曲成萬物,謂易曲成之無遺失也。易即道也。《越紐錄》曰:「道者,天地先生不知老,曲成萬物不名巧。」故謂之道是也。

○「二篇」から「失也」までのこの一段:これは荀爽の説。「二篇」は『周易』の上経と下経を指し、六十四卦の蓍策は合計して一万一千五百二十、まさに万物の数に当たる。「曲成万物」は『易』が曲折周備して万物を成全して一をも遺失せざるを言う。『易』はすなわち道。『越紐録』に言う:「道のこの物は、天地より先んじて生ずるも衰老を見ず、曲折して万物を成全するも自ら巧と居らず」と——だからこれを「道」と称す。

○晝乾至知也○此荀義也。乾陽為晝,坤陰為夜,故云「晝乾夜坤」。兼知天地則契道之全,故云「通於乾坤之道,無所不知」也。○乾為至無體○坤與易皆謂乾初。方,方隅也,乾神圓故無方。《太玄》曰:「終始連屬,上下無隅。」是無方之義也。《乾鑿度》曰:「三微而成著,三著而成體。」易隱初入微,故無體也。

○「昼乾」から「知也」までのこの一段:これは荀爽の説。乾は陽に属して白昼、坤は陰に属して黒夜なので、注文は「昼乾夜坤」と言う。天と地の両面を皆能く通暁すれば、すなわち道の全体に契合するので、「乾坤の道に通じて知らざる所なし」と言う。○「乾為」から「無体」までのこの一段:注文の裡の「坤」と「易」は皆乾の初爻に就いて言う。「方」は方隅・角落。乾神は円通にして礙なきので、指すべき方隅なし。『太玄』に言う:「終始連属し、上下隅なし」——首尾相接して上下に棱角なきは、まさに「無方」の意。『乾鑿度』に言う:「三微にして著を成し、三著にして体を成す」——幽微より漸進して顕著と為り、さらに顕著より積みて形体を成す。『易』の一陽は初位に隠伏してなお幽微の段階に在るので、「体なし」と言う。

一陰一陽之謂道。注:易說一陰一陽合於十五之謂道,七八九六合天地之數乃謂之道。繼之者善也,成之者性也。注:乾為善,三氣相成合於一元,元者,善之長也,故繼之者善也。坤合乾性,養化成之,故成之者性也。仁者見之謂之仁,知者見之謂之知,百姓日用而不知,故君子之道眇矣。注:乾為仁,坤為知,乾為百,坤為姓。見仁見知,賢知之過;日用而不知,愚不肖之不及也。知仁合乃為君子之道。

経文:「一陰一陽これを道と謂う」。恵棟の自注:緯書の『易説』は「一陰一陽は合して十五を成すを道と謂う」を講ず——少陽の七・少陰の八・老陽の九・老陰の六は合わさってまさに天地の数に当たり、これこそ「道」と謂う。経文:「これを継ぐは善なり、これを成すは性なり」。自注:乾は善、太初・太始・太素の三気は相成りて一元に会帰す。「元」は衆善の長なので「これを継ぐは善」と言う。坤は乾の性と相合し、涵養化育して万物を成就するので「これを成すは性」と言う。経文:「仁者はこれを見てこれを仁と謂い、知者はこれを見てこれを知と謂い、百姓は日に用いて知らず——ゆえに君子の道は眇(びょう)なり」(末句は通行本は「鮮矣」と作し、下文の疏文はまた「尟」と作し、底本はここに「眇」と作す)。自注:乾は仁、坤は知、乾は百、坤は姓。ただその仁を見るのみあるいはただその知を見るのみは、賢者・智者の過頭。日日これを用いながら自ら知らざるは、愚者・不肖者の不及。知と仁は合わさってこそ君子の道を成す。

顯諸仁,藏諸用,鼓萬物而不與聖人同憂,盛德大業至矣哉。注:乾為仁,離日麗乾,故顯諸仁。坤為用,巽陽藏室,故藏諸用。萬物出乎震,震為鼓,故鼓萬物。乾五為聖人,體坎為憂,震初獨行,故不與聖人同憂。乾為德,兼坤則盛矣;坤為業,承乾則大矣。窮神知化謂之盛德,陽吉陰凶謂之大業。至哉坤元,故至矣哉。

経文:「諸を仁に顕し、諸を用に蔵し、万物を鼓して聖人と憂を同じうせず——盛徳大業至れるかな」。恵棟の自注:乾は仁、離は日にして乾に附麗し、日光は顕耀するので「諸を仁に顕す」と言う。坤は用、巽の一陽は室内に潜蔵するので「諸を用に蔵す」と言う。万物は震に於て萌発し、震は能く鼓動すので「万物を鼓す」と言う。乾の九五は聖人の位にして、五はまた坎爻、坎は憂なので、聖人はこれに因りて憂あり。而るに震の初爻は一陽独行して自らその楽を得るので、「聖人と憂を同じうせず」と言う。乾は徳、兼ねて坤を得れば便ち「盛」と称するに足り、坤は業、乾を承奉すれば便ち「大」と称するに足る。神妙を窮究し変化を通暁するを「盛徳」と謂い、陽は吉を主り陰は凶を主るも聖人はこれに順いて以て事を成すを「大業」と謂う。『坤・彖』に「至れるかな坤元」とあるので、ここに「至れり哉」と言う。

疏:易說至之道○易說者,《乾鑿度》文。彼文云:「陽以七,陰以八,易一陰一陽合於十五之謂道。陽變七之八,陰變八之六,亦合於十五。」《參同契》曰:「七八數十五,九六亦相應,四十合三十,陽氣索滅藏。」又曰:「日合五行精,月受六律紀,五六三十度,度竟復更始。」《三統曆》曰:「十一而天地之數畢。」十一者,五六也,五六三十而天地之數畢,故云七八九六合天地之數乃謂之道。《太玄》曰「陰陽該極,乃道之合」是也。

疏文は自注の「易説」から「之道」までのこの一段を解釈す。○いわゆる『易説』とは『乾鑿度』を指す。『乾鑿度』の原文に言う:「陽は七を用い陰は八を用い、『易』は一陰一陽を以て合して十五を成すを道と謂う。陽は七より変じて八となり、陰は八より変じて六となるも、もなお合して十五を成す」と。『周易参同契』に言う:「七八は数十五、九六もまた相応ず。四十は三十を合し、陽気は索(つき)て滅蔵す」と。また言う:「日は五行の精を合し、月は六律の紀を受く。五六は三十度、度竟われば復び更に始まる」と。『三統暦』に言う:「十一にして天地の数は畢わる」と。いわゆる十一はすなわち五加六。五六を相乗すれば三十を得、天地の数は便ちその中に尽きるので、注文は「七八九六は天地の数を合してこそ道と謂う」と言う。揚雄の『太玄』に「陰陽は極を該(つく)して乃ち道の合」とあるは、講ずる所はまさにこの意。

○乾為至性也○乾為善,乃乾元也。《三統曆》曰:「太極元氣,函三為一。」三謂酉、戌、亥,故云三氣相承合於一元,謂太初、太始、太素之氣也。《三統曆》又云:「元者善之長也,共養三德為善。」孟康《漢書》注云:「謂三統之微氣也,當施育萬物,故謂之德。」《三統曆》又云:「元體之長,合三體而為之原,故曰元。」三統合於一元,是其義也。坤合乾性以下,虞義也。乾為性,坤化成物,故云坤合乾性養化成之。天生之而地成之,坤成乾性,故云成之者性也。

○「乾為」から「性也」までのこの一段:注文は乾は善と言い、指す所は乾元。『三統暦』に言う:「太極元気は、三を函して一と為す」と。この「三」は酉・戌・亥の三位を指すので、注文は「三気は相承して一元に会合す」と言い、すなわち太初・太始・太素の三種の気。『三統暦』はまた言う:「元は衆善の長、共に三徳を涵養するは便ち善」と。孟康が『漢書』に注して言う:これは三統の幽微の気を指し、それらはまさに万物を施化養育せんとするので、これを「徳」と称す。『三統暦』はまた言う:「元は本体の長、三体を合して本原と成るので元と謂う」と。三統は一元に会帰するは、すなわちこの意。注文の「坤は乾性に合す」以下は虞翻の説を採用す:乾は性、坤は化育して物を成すので、「坤は乾の性と相合し、涵養化育してこれを成就す」と言う。天は万物を生成して地は万物を完成し、坤は乾の性を成就するので「これを成すは性」と言う。

○乾為至之道○《中庸》曰:「子曰:道之不行也,我知之矣,知者過之,愚者不及也;道之不明也,我知之矣,賢者過之,不肖者不及也。人莫不飲食也,鮮能知味也。」乾為仁,仁者見之謂之仁,是過乎仁也;坤為知,知者見之謂之知,是過乎知也,故曰賢知之過也。百姓日用而不知,是不及仁不及知者,故曰愚不肖之不及也。日用而不知,猶飲食鮮知其味也。

○「乾為」から「之道」までのこの一段:『中庸』に言う:「孔子曰く、道の行われざる所以、われこれを知れり——知の者はこれを過し、愚の者は及ばざるなり。道の明らかならざる所以、われこれを知れり——賢の者はこれを過し、不肖の者は及ばざるなり。人は飲食せざること莫きも、能く味を辨うる者は鮮し」と。乾は仁、「仁者はこれを見てこれを仁と謂う」はこれは仁の上に於て偏り過ぐ。「坤は知」、「知者はこれを見てこれを知と謂う」はこれは知の上に於て偏り過ぐ——だからこれを「賢者智者の過」と言う。「百姓は日に用いて知らず」は則ち仁の上に及ばず知の上にも及ばざるの人なので、これを「愚者不肖者の不及」と言う。日日これを用いながらその所以然を知らざるは、ちょうど日日飲食しながら真味を辨え出す者の鮮きがごとし。

一陰一陽者,道之全也。仁陽知陰,仁知合乃為君子之道,故《大戴禮·誥志》曰:「子曰:知仁合而天地成,天地成而庶物生」是也。尟與鮮同,《說文》曰:「尟,是少也。尟俱存也,從是少。」賈侍中說。

「一陰一陽」が講ずるは道の全体。仁は陽に属し、知は陰に属し、仁と知は合わさってこそ君子の道を成す——だから『大戴礼記・誥志』に言う:「孔子曰く、知と仁は相合して天地は成立し、天地は成立して万物は化生す」と。経文の「尟」の字は「鮮」の字と同じく、『説文解字』に言う:「尟は是(これ)少なきなり。尟は俱に存す。是・少に従う」と——これは賈侍中(賈逵)の解説。

○乾為至矣哉○必知顯為離者,比九五曰顯比,虞彼注云:「初三以變體重明,故顯比。」謂顯諸仁,故知顯為離也。古文顯作,《說文》曰「從日中視絲」。離為日,坤二五之乾為離,故云離日麗乾顯諸仁也。巽一索而得坤初,坤為用,初陽伏巽下,故巽陽藏室藏諸用也。翼奉引此傳云「露之則不神,獨行則自然」是也。

○「乾為」から「矣哉」までのこの一段:「顕」が離卦を指すと断定する所以は、『比』卦九五の爻辞が「顯比(けんぴ)」と言い、虞翻があの一か所に注して「初爻と三爻が変じて重明の象を成すので顯比と謂う」と言うがゆえ。ここの「諸を仁に顕す」はまさに同一の用法なので、「顕」は離を指すを知る。「顕」の古文の写法(底本はここにあの古文字形を脱す)は、『説文解字』は「日中より糸を視るに従う」と解し、日光の下に於て細糸を審視するの意。離は日、坤の二爻と五爻は交わりて乾に入りて離を成すので、注文は「離日は乾に附麗す、ゆえに諸を仁に顕す」と言う。巽は乾体にして初位は坤の陰を得、坤は用、一陽は巽の下に伏するので、「巽の陽爻は室中に蔵る、すなわち諸を用に蔵す」と言う。漢儒の翼奉はこの段の『繋辞』を引きて言う:「顕露出れば則ち神妙ならず、独自運行してこそ自然に合す」と。

萬物出乎震,震雷為鼓,動萬物者莫疾乎雷,故鼓萬物。乾五為聖人,五坎爻,故體坎為憂。震初為道本,初微獨行,樂則行之,故不與聖人同憂。一陰一陽乃道之全,故陽不兼坤則微,兼坤則盛矣,謂二升五也;陰不承乾則小,承乾則大矣,謂五降二也。以坤變乾謂之窮神,以乾通坤謂之知化,窮神知化德之盛,故謂之盛德。

万物は震に於て萌発し、震は雷、雷は鼓動の能あるので、『説卦』に「万物を動かす者は雷より疾きは莫し」とあり、万物を鼓動するに雷より迅疾なるはなし——だから「万物を鼓す」と言う。乾の九五は聖人の位、而るに五は爻位の上に於て坎爻に属し、坎は憂なので「坎を体して憂を為す」と言う。震の初爻は道の根本、一陽は幽微にして独行し、『乾・文言』に「楽しければ則ちこれを行う」とあるので「聖人と憂を同じうせず」と言う。一陰一陽こそ道の全体なので、陽はもし坤を兼ねざれば便ち幽微と顕れ、坤を兼ねてこそ「盛」と称しうる——これは二爻の五位に上升するを指す。陰はもし乾を承奉せざれば便ち狭小と顕れ、乾を承奉してこそ「大」と称しうる——これは五爻の二位に下降するを指す。坤を用いて乾を変ずるを「神を窮む」と謂い、乾を用いて坤に通ずるを「化を知る」と謂う。神を窮め化を知るは徳の最盛なので「盛徳」と称す。

天道有吉而有凶,聖人順天而制作,故謂之大業。而盛德大業之本則藏於坤之元,《中庸》引《詩》所謂「上天之載,無聲無臭,至矣」是也。此論道之全而並舉坎離震巽者,易謂坎離,坎離者,既濟也;震巽者,既濟之本也。乾初一陽震也,震伏巽下藏諸用,所謂誠也。誠不可掩,故出乎震而鼓萬物,顯諸仁而同民患。盛德大業本乎元,故至矣哉。此聖人微言也。

天道は吉ありまた凶あり、聖人は天時に順応して器を制し法を立つるので「大業」と称す。而るに盛徳・大業の根本は則ち坤の元の裡に潜蔵す——『中庸』の引く『詩経』の謂う「上天の載(はたら)きは声なく臭(か)なし、至れり」——上天の運作は声なく味なくして極致に達するは、説く所はすなわちこれ。ここは道の全体を論述するも同時に坎・離・震・巽の四卦を挙出するは、ゆえんは:『易』は坎離を以て主と為し、坎離相配すればすなわち既済。而るに震・巽はまた既済の根本。乾の初爻の一陽はすなわち震、震は巽の下に伏す——これがすなわち「諸を用に蔵す」、すなわち『中庸』の謂う所の「誠」。誠は掩蔵し住(とど)むべからざるなので、それは震より自ら出でて万物を鼓動し、顕現して仁と為りて百姓と忧患を共にす。盛徳大業は皆「元」に本づくので「至れり哉」と言う。これは聖人の微言。

故荀子曰:「積微,月不勝日,時不勝月,歲不勝時。凡人好敖慢小事,大事至然後興之務之,如是則常不勝夫敦比於小事者矣。是何也?則小事之至也數,其縣日也博,其為積也大;大事之至也希,其縣日也淺,其為積也小。故善日者王,善時者霸,補漏者危,大荒者亡。」

だから荀子は言う:「細微の功を積累す:一月は一日に如かず、一季は一月に如かず、一年は一季に如かず。一般の人は小事を軽慢するを喜び、大事が頭に臨みてこそ起きて忙弁す——このようでは常に小事の上に於て勤勉用功する者に比べて及ばず。なんのゆえぞ。小事は来ること頻繁にして占むる所の日は多く、積累すれば便ち大。大事は来ること稀少にして占むる所の日は浅く、積累すれば反って小。だから毎一日を珍惜する者は能く王業を成し、毎一季のみを珍惜する者は僅かに覇業を成し、漏子が出てからこそ補いに往くは危険にして、大政を荒廃するは滅亡す」と。

故王者敬日,霸者敬時,僅存之國危而戚之。霸者之善著可以時托也,王者之功名不可勝日志也。財物貨寶以大為重,政教功名反是,能積微者速成。《詩》曰:「德輶如毛,民鮮克舉之。」此之謂也。此言盛德大業本於元之義也。

だから王業を成す者は毎一日を珍重し、覇業を成す者は毎一季を珍重し、苟も存せんことのみを求むる国家は則ち危亡の頭に臨みてこそ憂懼を知る。覇者の善政の成效はなお季に拠りて寄托しうるも、王者の功名は一日一日を記しても記し尽くせざるなり。財物珍宝は体積の大なるを以て貴重と為すも、政教功名は恰もこれと相反す——細微の処に於て積累する能う者は、反って成功最も速し。『詩経』に言う:「徳は輶(ゆう)として毛のごとく、民は克くこれを挙ぐる鮮し」——徳は一根の毛のごとく軽しといえど、百姓は却って挙げうる者鮮し——説く所はすなわちこの道理。以上は盛徳大業が「元」に本づくの意を申明す。

富有之謂大業,日新之謂盛德,生生之謂易,成象之謂乾,爻法之謂坤,極數知來之謂占,通變之謂事,陰陽不測之謂神。注:此四十六字後師所訓。坤為富,一消一息,萬物豐殖,故謂之大業。乾五動之坤成離,離為日,以坤變乾,以乾化坤,窮神知化,故謂之盛德。

経文:「富有するを大業と謂い、日々新たにするを盛徳と謂い、生々するを易と謂い、象を成すを乾と謂い、爻に法るを坤と謂い、数を極めて来を知るを占と謂い、変に通ずるを事と謂い、陰陽は測り難きを神と謂う」。恵棟の自注:この四十六の字は後来の経師の加うる所の訓釈にして、聖人の原文に非ず。坤は富、一消一息の間に万物は繁盛滋長するので「大業」と謂う。乾の九五は動きて坤に入り離を成し、離は日にして日々更新す。坤を以て乾を変じ乾を以て坤を化し、神妙を窮究して変化を通暁するので「盛徳」と謂う。

易謂太極,太極生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦,故生生之謂易。三才成八卦之象,故成象之謂乾效。三才為六畫,故爻法之謂坤極。六畫之數,占事知來,故謂之占。變通趣時以盡利,天下之民謂之事業,故謂之事。陰陽在初,深不可測,故謂之神。

「易」は太極を指す。太極は両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず——生々已まざるので「生々するを易と謂う」と言う。三才の道は八卦の象を構成するので「象を成すを乾と謂う」と言う(底本は「乾」の下に一つの「效」の字を連ね、下の句と相渉りて衍す)。三才は各々両画を以てこれを重ねて六画を成すので「爻に法るを坤と謂う」と言う(底本は「坤」の下に一つの「極」の字を連ね、まさに下の句「数を極めて来を知る」に属すべし)。六画の数に就いて推衍し、事を占問して未来を預知するを「占」と謂う。変通して以て時宜に趨合しその利を窮尽し、天下の民をして各々その用を得しむるを「事業」と謂うので「事」と称す。陰陽は初爻に蔵れ、幽深にして測度すべからざるので「神」と謂う。

疏:此一章皆聖人微言,上義已盡,故知此下四十六字後師所訓也。上雲盛德大業,故云富有之謂大業,日新之謂盛德。上雲所居而安者易之象也,故云成象之謂乾;所變而翫者爻之辭也,故云爻法之謂坤。上雲動則觀其變而翫其占,故云極數知來之謂占,通變之謂事。上雲神無方而易無體,故云生生之謂易,陰陽不測之謂神。

疏文に言う:この一章の講ずるは皆聖人の微言にして、上文の義理はすでに説き尽くせり——だから下面のこの四十六の字は後世の経師の訓釈に出づるを知る。上文すでに「盛徳大業」に説き及べば、後師は便ちこれに拠りて「富有するを大業と謂い、日々新たにするを盛徳と謂う」を立出す。上文は「居りて安んずる所は易の象なり」と言えば、便ちこれに拠りて「象を成すを乾と謂う」を立出す。上文は「変じて翫ぶ所は爻の辞なり」と言えば、便ちこれに拠りて「爻に法るを坤と謂う」を立出す。上文は「動けば則ちその変を観てその占を翫ぶ」と言えば、便ちこれに拠りて「数を極めて来を知るを占と謂い、変に通ずるを事と謂う」を立出す。上文は「神は方なく易は体なし」と言えば、便ちこれに拠りて「生々するを易と謂い、陰陽は測り難きを神と謂う」を立出す。

夫易廣矣大矣。注:乾象動直故大,坤形動闢故廣。以言乎遠則不御。注:御,止也。遠謂乾,天高不御也。以言乎邇則靜而正。注:邇謂坤,坤至靜而德方,故正也。以言乎天地之間則備矣。注:謂易廣大悉備,有天地人道焉,故稱備矣。

経文:「それ易は広くして大なり」。恵棟の自注:乾の象は一動して直遂するので「大」と称し、坤の形は一動して開辟するので「広」と称す。経文:「以て遠きを言わば則ち御(とど)まらず」。自注:「御」は止の義。「遠」は乾を指し、天は高遠にして窮まりなく、遏止するに由なし。経文:「以て邇(ちか)きを言わば則ち静にして正なり」。自注:「邇」は坤を指し、坤は極めて安静にしてその徳は方正なので「正」と言う。経文:「以て天地の間を言わば則ち備われり」。自注:これは『易』が広大にして備わらざる所なきを言い、兼ねて天道・地道・人道を有するので「備」と称す。

夫乾其靜也專,其動也直,是以大生焉。注:專謂初,直謂二。二動升坤,五直方大,是以大生焉。夫坤其靜也脅,其動也闢,是以廣生焉。注:脅,閉,謂上也。以坤脅乾,閉塞而成冬,故其靜也脅。闢,開,謂五也。動降乾二,坤道廣佈,是以廣生焉。

経文:「それ乾はその静なるや専なり、その動くや直なり、ここを以て大生す」。恵棟の自注:「専」は初爻を指し、「直」は二爻を指す。乾の二爻は動きて上升し坤に入り、坤五は因りて直方大の徳を有し、「大」はここに於てこれに由りて生ず。経文:「それ坤はその静なるや翕(あ)われ、その動くや辟(ひら)く、ここを以て広生す」。自注:「翕」は閉合にして上爻を指す。坤の陰を以て乾陽を閉合し、天地は閉塞して冬を成すので「その静なるや翕わる」と言う。「辟」は開啓にして五爻を指す。坤五は動きて下降して乾の二位に至り、坤道はこれに由りて広布し、「広」はここに於てこれに由りて生ず。

廣大配天地。注:乾天坤地,故配天地。變通配四時。注:變通趣時謂十二消息也。泰、大壯、夬配春,乾、遘配夏,否、觀、剝配秋,坤、復、臨配冬,謂十二消息相變通而周於四時也。陰陽之義配日月。注:復七日來復,陽之義,配日;臨八月有凶,陰之義,配月。荀氏謂乾舍於離配日而居,坤舍於坎配月而居也。易簡之善配至德。注:易簡,元也,於人為至德。坤為至,乾為德,故以配至德。

経文:「広大は天地に配す」。恵棟の自注:乾は天・坤は地なので「広大」は天地と相配す。経文:「変通は四時に配す」。自注:変通はすなわち時宜に趨合するにして、十二消息卦を指す。泰・大壮・夬は春に配し、乾・姤(底本は「遘」と作す)・遯は夏に配し、否・観・剥は秋に配し、坤・復・臨は冬に配す——十二消息卦の互相変通して四時に周流するを言う。経文:「陰陽の義は日月に配す」。自注:『復』卦は「七日にして復り来たる」と言うは陽の一面に属して日に配し、『臨』卦は「八月に至りて凶あり」と言うは陰の一面に属して月に配す。荀爽は則ち乾は離に帰宿して日に配して居り、坤は坎に帰宿して月に配して居ると以為す。経文:「易簡の善は至徳に配す」。自注:易と簡はすなわち「元」、人の身に落つれば便ち至徳。坤は「至」、乾は「徳」なので、これを取りて「至徳」に配す。

疏:乾象至故廣○此虞義也。在天成象故曰乾象,在地成形故曰坤形,義見下也。○御止至御也○此虞義也。《釋言》曰:「御,禁也。」禁有止義,故曰止也。虞注嗛彖曰「天道遠」,故遠謂乾。天形穹隆,其色蒼蒼,故云天高不御也。○邇謂至正也○此虞義也。邇,古文。邇,近也。揚子《法言》曰:「聖人之言遠如天,賢人之言近如地。」地卑故邇,謂坤至靜而德方,即下靜翕而動闢,陰開為方,辨方正位,故正也。

疏文は自注の「乾象」から「故広」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説。天上に成るは象なので「乾象」と称し、地上に成るは形なので「坤形」と称す——その義は下文に見ゆ。○「御止」から「御也」までのこの一段:も虞翻の説。『爾雅・釈言』に「御は禁なり」とあり、禁は止の意を含むので「止」と訓ず。虞翻が『謙卦・彖伝』に注して「天道は遠し」と言うので、「遠」は乾を指す。天の形は穹隆にして高く覆い、その色は蒼蒼として際なきので「天高くして御まらず」と言う。○「邇謂」から「正也」までのこの一段:も虞翻の説。「邇」は古文の写法あり(底本はここにあの古文字形を脱す)、「邇」はすなわち近。揚雄の『法言』に言う:「聖人の言は天のごとく遠く、賢人の言は地のごとく近し」と。地位は卑下なるゆえに「邇」と称し、まさに注文の謂う坤は極静にして徳は方なるに合し、下文の「静かにして翕わり動きて辟く」と相応す。陰は開いて方を成し方位を辨正するので「正」と言う。

○謂易至備矣○此虞義也。易有三才,故云天地之間。《樂記》樂禮章曰:「樂著大始而禮居成物。著不息者天也,著不動者地也,一動一靜者天地之間也。」鄭彼注云:「間謂百物。」是天地之間謂人物也。雲易廣大悉備,有天地人道焉者,虞約下繫文言之,以證天地之間為三才也。易備三才,故云備矣。

○「謂易」から「備矣」までのこの一段:これは虞翻の説。『易』は兼ねて三才を有するので「天地の間」と言う。『礼記・楽記』の楽礼章に言う:「楽は大始を彰顕し、礼は成物に安処す。著しくして停息せざるは天、著しくして移動せざるは地、一動一静の間に在るはすなわち天地の間」と。鄭玄はあの一か所に注して「間は百物を指す」と言う——「天地の間」は人と万物を指すと見える。注文の「易は広大にして悉く備わり、天地人の道あり」は、虞翻が『繋辞下伝』の話を概括して講じ、以て「天地の間」がまさに三才なるを証す。『易』は三才を兼備するので「備われり」と言う。

○專謂至生焉○《說卦》曰「震為專」,虞彼注云:「陽在初,隱靜未出,觸坤故專。」則乾靜也專,是專謂初也。坤六二直方大,虞彼注云:「謂二陽稱直,乾其動也直,故曰直。」是直謂二也。乾二敬以直內而升,坤五敬義立而德不孤,是以大生也。

○「専謂」から「生焉」までのこの一段:『説卦伝』に「震は専を為す」とあり、虞翻はあの一か所に注して言う:「陽爻は初位に在りて隠伏安静にしていまだ出でず、坤体に触れるゆえに専と称す」と。これはまさに「乾その静なるや専なり」と合し、「専」は初爻を指すと見える。『坤』卦六二の爻辞に「直方大」とあり、虞翻はあの一か所に注して言う:「二は陽を為せば則ち直と称し、『繋辞』に『乾その動くや直なり』とあるので直と謂う」と——「直」は二爻を指すと見える。乾の二爻は敬を以てその内を直くして上升し、坤の五爻は敬義並び立ちてその徳は孤ならず——「大」はここに於てこれに由りて生ず。

○脅閉至生焉○脅,古文翕。脅閉,宋衷義也。坤義以方外,故知脅謂上也。坤上六消乾至亥,故以坤脅乾。《月令》孟冬曰「天地不通,閉塞而成冬」,故其靜也脅。闢,古文闢。虞注坤六二云「方謂闢」,陰開為方。五降乾二,以乾闢坤,其道廣佈,是以廣生也。

○「脇閉」から「生焉」までのこの一段:「脇」は「翕」の古文の写法。「脇」を「閉」と訓ずるは宋衷の意見。坤は義を以てその外を方正にするので、「脇」は上爻を指すを知る。坤の上六は乾陽を消尽して亥月に至る——まさに坤を以て乾陽を合閉するなので「坤を以て乾を脇す」と言う。『礼記・月令』の孟冬の月に「天地は通ぜず、閉塞して以て冬を成す」とあるので「その静なるや脇わる」と言う。「辟」もまた別に古文の写法あり。虞翻が『坤』六二に注して「方はすなわち辟」と言い、陰は開啓して方を成す。坤五は下降して乾の二位に至り、乾を以て坤を開辟し、その道は広く布施す——「広」はここに於てこれに由りて生ず。

○乾天至天地○乾大坤廣,乾為天,坤為地,易與天地準,故配天地也。○變通至時也○下繫云:「變通者,趣時者也。」時謂四時。變通謂乾坤通變十二消息,即十二闢卦也。泰、大壯、夬春時卦,故配春;乾、遘夏時卦,故配夏;否、觀、剝秋時卦,故配秋;坤、復、臨冬時卦,故配冬。以卦氣言之,四正為四時,震主春,離主夏,兌主秋,坎主冬,故十二消息相變通而周於四時也。

○「乾天」から「天地」までのこの一段:乾は大を主り坤は広を主り、乾は天・坤は地、『易』は天地と相准するので、「広大」は天地に配す。○「変通」から「時也」までのこの一段:『繋辞下伝』に言う:「変通とは時に趣(おもむ)く者なり」と。「時」は四季を指す。「変通」は乾坤が通変して成す所の十二消息卦、すなわち十二辟卦を指す。泰・大壮・夬は春季の卦なので春に配し、乾・姤・遯は夏季の卦なので夏に配し、否・観・剥は秋季の卦なので秋に配し、坤・復・臨は冬季の卦なので冬に配す。もし卦気の法より言わば、坎・震・離・兌の四正卦は分かちて四時を主る:震は春を主り、離は夏を主り、兌は秋を主り、坎は冬を主る——だから十二消息卦は互相変通して四時に周流す。

○復七至居也○陽息稱日,陰消稱月。《詩·七月》一之日、二之日、三之日、四之日皆陽息之月,故稱日;五月斯螽動股,六月莎雞振羽,七月在野,八月在戶,皆陰消之月,故稱月。復七日來復,陽息稱日;臨八月有凶,八月謂陰消稱月,故陰陽之義配日月也。荀氏據鬼易乾歸合離,故云乾舍於離,離為日,故配日而居;坤歸合坎,故云坤舍於坎,坎為月,故配月而居也。

○「復七」から「居也」までのこの一段:陽の生息する月は「日」と称し、陰の消退する月は「月」と称す。『詩経・豳風・七月』の裡の「一の日・二の日・三の日・四の日」は皆陽息の月なので「日」と称し、「五月に斯螽(ししゅう)は股を動かし、六月に莎鶏(しゃけい)は羽を振い、七月に在野し、八月に在戸す」は皆陰消の月なので「月」と称す。『復』卦の「七日にして復り来たる」は陽息なので日と称し、『臨』卦の「八月に至りて凶あり」は八月は陰消なので月と称す——だから「陰陽の義は日月に配す」と言う。荀爽は「鬼易」の説に依拠し(旧来『帰蔵』を以て鬼易と為す)、乾は帰して離に合すと以為すので乾は離に舎(やど)ると言う——離は日、因りて日に配して居る。坤は帰して坎に合すので坤は坎に舎ると言う——坎は月、因りて月に配して居る。

○易簡至至德○乾以易知,坤以簡能,皆謂乾坤之元,故云易簡元也。在天為至道,在人為至德,故《禮運》曰「天道至教,聖人至德」,《中庸》曰「苟不至德,至道不凝焉」是也。坤為至乾為德,虞義也。有至德以凝至道,故易簡之善配至德也。

○「易簡」から「至徳」までのこの一段:「乾は易を以て知り、坤は簡を以て能くす」は、講ずる所は皆乾元と坤元なので、注文は「易簡はすなわち元」と言う。この「元」は天に在りては至道、人に在りては至徳なので、『礼記・礼運』に「天道は至教、聖人は至徳」とあり、『中庸』に「もし至徳ならざれば至道は凝らざるなり」とある——至徳なくんば至道は便ち凝聚し起こる能わず。坤を以て「至」と為し乾を以て「徳」と為すは虞翻の説。至徳あってこそ能く至道を凝成するので「易簡の善は至徳に配す」と言う。

子曰易其至矣乎。注:易謂坎離,坎上離下,六爻得位而行中和,故其至矣乎。子曰:中庸其至矣乎。夫易聖人所以崇德而廣業也。注:崇,高也。乾為崇,坤為廣,乾二居五為崇德,坤五居二為廣業。知崇體卑崇效天卑法地。注:乾以易知,故知崇;正位居體,故體卑。崇效天五,卑法地二。

経文:「子曰く、易それ至れるか」。恵棟の自注:「易」は坎離二卦を指し、坎は上に在り離は下に在ればすなわち既済を成し、六爻は各々その位を得て中正調和の道を行うので、「それ至れるか」と讚嘆す——まさに『中庸』の記する所の「子曰く、中庸それ至れるか」と同一の口気。経文:「それ易は聖人の以て徳を崇くし業を広くする所なり」。自注:「崇」は高。乾は崇、坤は広。乾の二爻が升りて五位に居るは「徳を崇くす」、坤の五爻が降りて二位に居るは「業を広くす」。経文:「知は崇く体は卑し——崇きは天に效い、卑きは地に法る」。自注:乾は平易を以て知るので、その知は崇高。坤はその位を正くして安く下体に処るので、その体は卑下。崇高は天に效法するは五位に升るを指し、卑下は地に效法するは下りて二位に居るを指す。

天地設位而易行乎其中矣。注:位謂六畫之位,乾坤各三爻,故天地設位。易出乾入坤,上下無常,周流六虛,故易行乎其中矣。成性存存道義之門。注:成之者性,故曰成性。成性存存,謂久於中正而弗失也。乾坤易之門,易出乾為道門,入坤為義門,故道義之門。

経文:「天地は位を設けて易はその中に行わる」。恵棟の自注:「位」は一卦六画の位次を指し、乾の三爻・坤の三爻は各々その半を占めるので「天地は位を設く」と言う。『易』の陽は乾より出でて坤に入り、上下往来に定則なく、六つの虚位の間に周流するので「易はその中に行わる」と言う。経文:「性を成して存存たり——道義の門」。自注:「これを成すは性」なので「性を成す」と称し、「性を成して存存たり」は長く中正を守りて失わざるを言う。『繋辞下』に「乾坤は易の門」とあり:陽は乾より出ずれば便ち道の門、坤に入れば便ち義の門なので「道義の門」と称す。

疏:易謂至矣乎○易謂坎離,謂既濟也。既濟剛柔正而位當,故坎上離下,六爻得位。二五為中和,故行中和。《周禮·師氏》曰「至德以為道本」,鄭彼注云:「至德,中和之德,覆燾持載含容者也。」子曰:中庸其至矣乎。亦謂中和為至德,故鄭注《周禮》引此為證也。

疏文は自注の「易謂」から「矣乎」までのこの一段を解釈す。○「易は坎離を謂う」は、指す所は既済卦。『既済・彖』に「剛柔正しくして位当たる」とあるので、坎は上に在り離は下に在り、六爻は各々その位を得る。二爻と五爻は中に居るので「中和を行う」と言う。『周礼・師氏』に「至徳を以て道の本と為す」とあり、鄭玄はあの一か所に注して言う:「至徳とはすなわち中和の徳、天の覆い地の載するがごときに一切を含容する」と。『中庸』は「子曰く、中庸それ至れるか」を記し、同じく中和を以て至徳と為すので、鄭玄が『周礼』に注する時この句を引きて証と為す。

○崇高至廣業○崇高,《釋詁》文。《鬼谷子》曰:「與陽言者依崇高,與陰言者依卑小。」故云乾為崇。坤廣生,故為廣。乾為德,故乾二居坤五為崇德;坤為業,故坤五居乾二為廣業。乾五坎也,坤二離也,易謂坎離,故聖人以崇德廣業。爻在二五為中,故曰崇廣;在三四為不中,故曰進修。○乾以至地二○知讀如字。乾以易知,積善成德,故知崇。坤為體,二正陰位而居下體,故體卑。四畫以上為天,故崇效天五;三畫以下為地,故卑法地二。

○「崇高」から「広業」までのこの一段:「崇」を「高」と訓ずるは『爾雅・釈詁』に出る。『鬼谷子』に言う:「陽剛の人と話すは崇高に依り、陰柔の人と話すは卑小に依る」と——だから乾は崇。坤は広生を主るので広を為す。乾は徳なので、乾の二爻が升りて坤五に居るは「徳を崇くす」。坤は業なので、坤の五爻が降りて乾二に居るは「業を広くす」。乾五はもと坎爻、坤二はもと離爻、而るに『易』は坎離を以て主と為すので、聖人はこれに憑りて徳を崇くし業を広くす。爻は二・五に在れば中を得るので「崇」と言い「広」と言い、爻は三・四に在れば中を得ず——だから『乾・文言』のあの所の説くは「徳を進め業を修む」。○「乾以」から「地二」までのこの一段:「知崇」の「知」は本字に照らして読み、「智」とは読まず。乾は平易を以て知り、善を積みて以てその徳を成すので、その知は崇高。坤は体、二爻は純正の陰位にしてまた下体に居るので、その体は卑下。一卦六画、四画以上は天に属するので「崇きは天に效う」は五に升るを指し、三画以下は地に属するので「卑きは地に法る」は二に居るを指す。

○位謂至中矣○此虞義也。《參同契》曰:「天地者乾坤之象也。設位者,列陰陽配合之位。」即六畫之位也。乾天坤地,乾坤各三爻,故天地設位。《參同契》又曰:「易謂坎離。坎離者,乾坤二用,二用無爻位,周流行六虛,往來既不定,上下亦無常。」魏伯陽釋此傳皆易先師之義,故虞氏用其說。出乾為息,入坤為消,乾坤六爻,獨無坎離,故無爻位。坎戊離己居中央,王四方,故易行乎其中也。

○「位謂」から「中矣」までのこの一段:これは虞翻の説。『周易参同契』に言う:「天地とはすなわち乾坤の卦象。いわゆる位を設くとは陰陽配合の位次を排列するを謂う」と——すなわち六画の位。乾は天・坤は地、乾坤は各々三爻を占めるので「天地は位を設く」と言う。『参同契』はまた言う:「易は坎離を指す。坎離は乾坤の両種の作用。この両種の作用は固定の爻位を占めず、六つの虚位に周流運行し、往来はすでに定処なく上下もまた常規なし」と。魏伯陽がこの段の『繋辞』を解釈するに用いる所は皆漢代易学先師の旧義なので、虞翻は彼の説を沿用す。陽は乾より出ずるは息、坤に入るは消。乾坤は合わさりて六爻、独り坎離なきのみ——だから坎離は爻位なしと言う。納甲の法に按ずれば坎は戊を納め離は己を納め、戊己は土に属して中央に居り、四方を統王するので「易はその中に行わる」と言う。

○成之至之門○成之者性,故曰成性,虞義也。成性,性之合於中和者也。《中庸》曰:「中庸其至矣乎,民鮮能久矣。」鄭氏謂人罕能久行。又曰:「回之為人也,擇乎中庸,得一善則拳拳服膺而弗失之矣。」是久於中正而弗失存存之義也。乾坤易之門,下傳文。乾為道門,坤為義門,亦虞義。出乾為道門,入坤為義門,言道義從乾坤出也。

○「成之」から「之門」までのこの一段:「これを成すは性」なので「性を成す」と称す——これは虞翻の説。いわゆる「性を成す」とは中和に合するのあの種の本性を指す。『中庸』に言う:「中庸それ至れるか。民の能く久しきは鮮し」と。鄭玄はこれを人の能く長く奉行する鮮きと解す。『中庸』はまた言う:「顔回の人と為るや、中庸の道を選択し、一样の善を得れば則ち牢牢として胸前に捧げて失うことを肯んぜず」と——これはまさに「長く中正を守りて失わず」、すなわち「存存」の意。「乾坤は易の門」は『繋辞下伝』の語。乾を以て道の門・坤を以て義の門と為すも虞翻の説:陽は乾より出ずれば便ち道門、坤に入れば便ち義門——道と義は皆乾坤より出づるを言う。

聖人有以見天下之嘖而儗諸其形容。注:乾稱聖人,謂庖犧也。嘖謂初。自上儗下稱儗。形容,謂陰在地成形者也。象其物宜是故謂之象。注:物宜謂陽,遠取諸物,在天成象,故象其物宜,謂三才八卦在天也,庖犧重為六畫也。

経文:「聖人有りて以て天下の啧(てき)を見てこれをその形容に儗(ぎ)す」(「啧」はすなわち通行本の「賾」、「儗」はすなわち「擬」)。恵棟の自注:乾は聖人と称し、ここは伏羲を指す。「啧」は初爻を指す。上位より下位を比拟するを「儗」と謂う。「形容」は陰気が地上に凝成する形体を指す。経文:「その物宜を象る、ここを以てこれを象と謂う」。自注:「物宜」は陽を指し、『繋辞下』に「遠くは諸を物に取る」とあり、陽は天上において象を成すので「その物宜を象る」と言い、指す所は三才八卦が天に在るに就いて言う。伏羲はまたこれを重叠して六画の卦を成す。

聖人有以見天下之動。注:重言聖人,謂文王也。動謂六爻。而觀其會通以行其等禮。注:六爻發揮,乾坤交而亨。亨者,通也。亨者,嘉之會也,故觀其會通。嘉會足以合禮,故以行其等禮。《禮立言》曰:「聖人等之以禮。」《春秋傳》曰:「講禮於等。」

経文:「聖人有りて以て天下の動を見る」。恵棟の自注:ここに再び「聖人」と言うは文王を指す。「動」は六爻の変動を指す。経文:「而してその会通を観、以てその等礼を行う」。自注:六爻は発動揮変し、乾坤は交感して亨通す。「亨」はすなわち通。『乾・文言』にまた「亨は嘉の会なり」とあるので「その会通を観る」と言う。「嘉会以て礼に合するに足る」なので「以てその等礼を行う」と言う。『大戴礼記・立言』に言う:「聖人は礼を用いて等級を分別す」と。『春秋左伝』に言う:「礼を等に講ず」と。

繫辭焉以斷其吉凶是故謂之爻。注:辨吉凶者存乎辭,故繫辭焉以斷其吉凶,定之以吉凶,所以斷也。言天下之至嘖而不可惡也。注:惡讀為亞,亞,次也。至嘖無情,故不可次。言天下之至嘖而不可亂也。注:嘖當為動。亂,治也。至動故不可治。儗之而後言儀之而後動儗儀以成其變化。注:初辭儗之,問焉而以言,故儗之而後言。儀,度也,將舉事必先於此儀之,故儀之而後動。儗儀者,變化之所由出也,故以成其變化。

経文:「辞を繋ぎて以てその吉凶を断ず、ここを以てこれを爻と謂う」。恵棟の自注:吉凶を辨別するは爻辞に頼るので、文辞を繋げて以て吉凶を判断す。いわゆる「吉凶を以てこれを定む」はまさに以て裁断するに用いる。経文:「天下の至啧を言うも悪(あ)すべからざるなり」。自注:「悪」は「亜」と読み、「亜」は次第。至啧の時はその情はいまだ発動せざるので、次第を排出するに由なし。経文:「天下の至啧を言うも乱すべからざるなり」。自注:ここの「啧」はまさに「動」と作るべし。「乱」は治の義、六爻は至動なので整治するに由なし。経文:「これを儗して後に言い、これを儀(ぎ)して後に動く——儗儀して以てその変化を成す」。自注:『繋辞下』に「初辞はこれを儗す」とあり、また「問うて以て言う」とあるので、先ず比拟して後に発言す。「儀」は揣度、まさに事を挙げんとすれば必ず先ずこれに於て揣度一番するので、先ず揣度して後に行動す。比拟と揣度はまさに変化の生ずる所の由る処なので「以てその変化を成す」と言う。

疏:乾稱至者也○此虞義也。乾五為聖人,文王書經繫庖犧於九五,故謂庖犧也。下傳曰「探嘖索隱」,虞彼注云:「嘖初也。初隱未見,故探嘖。」《太玄》曰:「陰陽所以抽嘖。」嘖,情也,京氏訓同。易之屯,太玄凖為礥,初一曰「黃純於潛」,測曰「化在嘖也」,范望注云:「陽氣潛在地下,養萬物之根荄,故云化在嘖。」若然,嘖訓為情,乃情之未動者,故知嘖謂初。乾上坤下,以乾儗坤,故云自上儗下稱儗。

疏文は自注の「乾称」から「者也」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説。乾の九五は聖人の位、文王が卦爻辞を作る時伏羲を九五に繋げたので、注文は伏羲を指すと言う。『繋辞下伝』に「啧を探り隠を索む」とあり、虞翻はあの一か所に注して言う:「啧は初爻を指す。初爻は隠伏して未だ現れざるので啧を探ると言う」と。『太玄』に「陰陽の以て啧を抽(ひ)く所」とあり、「啧」はすなわち情、京房の訓釈はこれと相同じ。『周易』の『屯』卦は『太玄』は「礥(けん)」の首を以てこれに相当せしめ、礥首の初一は「黄は潜に純なり」と言い、測辞は「化は啧に在り」と言い、范望の注に言う:「陽気は地下に潜蔵し、万物の根鬚を滋養す——だから化は啧に在りと言う」と。これに照らして見れば、「啧」は情と訓じ、指す所は情のいまだ発動せざるの状態——だから「啧」は初爻を指すを知る。乾は上に在り坤は下に在り、乾を用いて坤を比拟するので「自ら上りて下を儗すを儗と謂う」と言う。

易之大義上經終坎離,下經終既濟未濟,上繫終乾坤,下繫終六子,則上下經與上下繫相表裡。上經象陽,下經法陰,復為陽初,姤為陰初。六日七分之法,陽起中孚,陰起咸。乾元坤元,天地之心,為易之本,故上繫七爻起於中孚鳴鶴在陰,下繫十一爻起於咸憧憧往來。此傳發端,言聖人見天下之嘖,謂中孚咸也。

『易』の大義はこれに在り:上経は坎・離を以て篇を終え、下経は既済・未済を以て篇を終え。『繋辞上伝』は乾坤を以て篇を終え、『繋辞下伝』は六子卦を以て篇を終える——上下経と上下繋は互いに表裏を為すと見える。上経は陽に象を取り、下経は陰に法を取る。復は陽の開端、姤は陰の開端。卦気六日七分の法に按ずれば、陽は中孚より起算し、陰は咸より起算す。乾元と坤元は天地の心にしてまた『易』の根本なので、『繋辞上伝』の引く所の七条の爻辞は中孚九二の「鳴鶴陰に在り」より始まり、『繋辞下伝』の引く所の十一条の爻辞は咸九四の「憧憧(どうどう)として往来す」より始まる。この段の『繋辞』の発端は聖人が天下の至啧を見るを説く——まさに中孚と咸の両卦に就いて言う。

易彰往而察來而微顯闡幽,故儗諸其形容也。以乾儗坤,陰在地成形。地形有高下,故稱容。《周禮·函人》曰「凡為甲必先為容」,鄭眾注云:「容謂象式。」甲有大小長短,猶地形有高下,故云形容,謂陰在地成形者也。

『易』は既往を彰明して未来を察知し、幽微なるを顕現して出し隠晦なるを闡発して開く——だから「これをその形容に儗す」と言う。乾を用いて坤を比拟し、陰気は地上に形体を凝成す。地形は高あり下あるので「容」と称す。『周礼・考工記・函人』に「およそ甲を為るは必ず先ず容を為す」とあり、鄭衆の注に言う:「容は式样を指す」と。鎧甲は大小長短の別あるが、ちょうど地形の高下の差あるがごとし——だから合して「形容」と称し、すなわち注文の謂う所の「陰は地に在りて形を成す」。

○物宜至畫也○此虞義也。物宜為陽,陽即乾也。下傳云「遠取諸物」,乾為遠為物。象謂三才,在天成象,故象其物宜。日月在天成八卦象,謂天三爻,故云三才八卦在天也。以地兩之為六畫,故云庖犧重為六畫也。○重言至六爻○此虞義也。庖犧畫卦,文王書經傳,兩稱聖人,故知庖犧及文王也。上言象謂三才八卦之象,此言爻道有變動,故曰爻,知動謂六爻也。

○「物宜」から「画也」までのこの一段:これは虞翻の説。「物宜」は陽に属し、陽はすなわち乾。『繋辞下伝』に「遠くは諸を物に取る」とあり、乾はすでに遠にしてまた物。「象」は三才を指し、天上において象を成すので「その物宜を象る」と言う。日月は天に在りて八卦の象を成すは天の三爻を指すので、注文は「三才八卦は天に在り」と言う。さらに地の両画を用いてこれを重叠せば便ち六画を成すので、注文は「伏羲はこれを重ねて六画と為す」と言う。○「重言」から「六爻」までのこの一段:も虞翻の説。伏羲は卦を画き、文王は経伝を書す——前後二度「聖人」と称すので、分かちて伏羲と文王を指すを知る。上文の「象」は三才八卦の象を指し、ここは則ち爻道に変動あるを説くので「爻」と称し、「動」は六爻を指すを知るべし。

○六爻至於等○動謂六爻之動,則會通乃六爻發動揮變也。乾坤交而亨,天地交而萬物通也。亨者通,子夏義也。陰陽相應為嘉,故亨者嘉之會也。嘉屬五禮,嘉會禮通,故以行其等禮。鄭注《樂記》云:「等,階級也。」爻有等如禮之有階級,故曰等禮。《禮立言》者,《大戴記·立言》篇也。《春秋傳》者,昭十三年傳文。《晉語》曰「從其等禮也」,韋昭云:「從尊卑之等謂之禮。」是等禮之義也。

○「六爻」から「于等」までのこの一段:「動」は六爻の変動を指せば、然らば「会通」はすなわち六爻の発動揮変。乾坤は交感して亨通するは、ちょうど『泰・彖』の謂う所の天地交感して万物通達すがごとし。「亨」を「通」と訓ずるは子夏の説。陰陽が相互感応するを「嘉」と謂うので、『文言』は「亨は嘉の会なり」と言う。「嘉」は吉・凶・軍・賓・嘉の五礼の一つ、嘉礼が会合すれば則ち礼意は通達するので「以てその等礼を行う」と言う。鄭玄が『楽記』に注して言う:「等はすなわち階級」と。爻は等次あり、礼に階級あるがごとし——だから「等礼」と称す。いわゆる『礼立言』はすなわち『大戴礼記・立言』篇、いわゆる『春秋伝』は昭公十三年の伝文。『国語・晋語』に「その等礼に従うなり」とあり、韋昭の注:「尊卑の等級に依従するをすなわち礼と謂う」と——これがすなわち「等礼」の含義。

○惡讀至可次○惡讀為亞,荀義也。古惡亞字通,《說文》曰:「亞,丑也。」是亞即惡也。又云賈侍中以為次弟也,故《釋言》云:「亞,次也。」《尚書大傳》曰:「王升舟入水鼓鍾惡,觀臺惡,將舟惡。」鄭彼注云:「惡讀為亞,亞訓次,次猶仲也。」

○「悪読」から「可次」までのこの一段:「悪」を「亜」と読むは荀爽の説。古は「悪」「亜」の二字は通用し、『説文解字』に言う:「亜は丑なり」と——「亜」はすなわち「悪」と見える。『説文』はまた賈侍中(賈逵)が「亜」は次第の義と認むと言うので、『爾雅・釈言』に言う:「亜は次なり」と。『尚書大伝』に言う:「王は舟に升り水に入りて鼓鐘は亜し、観台は亜し、将舟は亜す」と。鄭玄はあの一か所に注して言う:「悪は亜と読み、亜は次と訓じ、次は伯仲の仲に比するがごとし」と。

漢時有玉印曰周惡父印,識者以為條侯亞父。條侯為勃少子,故稱亞。魯文公子惡,衛臣有石惡,皆讀為亞,伯仲之稱也。《史記》盧綰孫他之封惡谷侯,《漢書》作亞,知惡亞同物,惡訓為次。京房曰:「嘖,情也。」賈逵注《左傳》曰:「嘖,至也。」至嘖無情,情之未動,如喜怒哀樂之未發,其道微妙,故不可次。儗之其形容,象其物宜,所以次之也。

漢代に一方の玉印ありて「周悪父印」と刻す——識者はこれをすなわち條侯周亜夫と認む。條侯は周勃の小児子なので、名の中に「亜」を用う。魯文公に名を悪と言う子あり、衛国の大臣に石悪あり——これらの「悪」は皆「亜」と読み、伯仲の行次の称呼。『史記』は盧綰の孫盧他之が悪谷侯に封ぜられたるを記し、『漢書』は却って「亜谷侯」と写す——「悪」「亜」はもと一字にして「悪」は「次」と訓じうると見える。京房は言う:「啧はすなわち情」と。賈逵が『左伝』に注して言う:「啧はすなわち至」と。至啧の際は情はいまだ動かず、ちょうど喜怒哀楽のいまだ発し出さざるがごとく、その中の道理は幽微玄妙なので次第を排出するに由なし。「これを儗してその形容し、その物宜を象る」を俟てばこそ、それに次第を排定するを談じうる。

○嘖當至可治○嘖當為動,鄭義也。虞本作動,雲舊誤作嘖也。亂治,《釋詁》文。《論語》曰「予有亂十人」,馬融注云:「亂,治也。」六爻發揮變動不拘,故不可治。觀其會通以行其等禮,繋辭焉以斷其吉凶,所以治之也。故下繫云:「極天下之嘖者存乎卦,鼓天下之動者存乎辭。」

○「啧当」から「可治」までのこの一段:「啧」を改めて「動」と作すは鄭玄の意見。虞翻の本子は正に「動」と作り、併せて旧本は誤って「啧」と写せりと言う。「乱」を「治」と訓ずるは『爾雅・釈詁』に出る。『論語』に「われに乱十人有り」とあり、馬融の注:「乱はすなわち治」と。六爻は発揮変動して拘限を受けざるので「治すべからず」と言い、而るに「その会通を観て以てその等礼を行い、辞を繋ぎて以てその吉凶を断ず」はまさに以てこれを整治するの弁法。だから『繋辞下伝』に言う:「天下の啧を極むるは卦に存り、天下の動を鼓するは辞に存す」と。

○初辭至變化○初辭儗之,下繫文。問焉而以言,謂問於易而後言。以言者尚其辭,故儗之而後言。儀度,許慎義也。鄭注《尚書大傳》曰:「射王極之度也。射人將發矢必先於此儀之,發矢則必中於彼矣。君將出政亦先於朝廷度之,出則應於民心,射其象者也。」以易為度,先於此儀之而後舉事則動無不中,故儀之而後動。儗之儀之,變化從此而出,故以成其變化,通志成務之謂也。

○「初辞」から「変化」までのこの一段:「初辞はこれを儗す」は『繋辞下伝』の語。「問うて以て言う」は先ず『易』に請問して後に発言するを言い、『繋辞上』に「以て言う者はその辞を尚ぶ」とあるので、先ず比拟して後に発言す。「儀」を「度」と訓ずるは許慎の意見。鄭玄が『尚書大伝』に注して言う:「射は王者の法度の比拟。射手はまさに矢を発さんとするに必ず先ずここに於て比量端正し、発し出せば便ち彼方の鵠を命中する能し。国君はまさに政令を頒行せんとするにも、また先ず朝廷の上に於て揣度一番し、頒行し出せば便ち民心に順応しうる——射はまさにこの層の象を取る」と。『易』を以て法度と為し、先ずこれに於て揣度して後に事を挙げれば、行動は中節せざるなきなので「これを儀して後に動く」と言う。比拟と揣度は変化がこれに由りて出ずるので「以てその変化を成す」と言い、すなわち『繋辞』の謂う所の天下の志を通じ天下の務を成す。

鳴鶴在陰其子和之我有好爵吾與爾靡之。子曰:君子居其室。注:二變體復,君子謂復初。陰消入坤,艮為居,巽陽隱室,故居其室。出其言善則千里之外應之況其邇者乎。注:復初出震,震為出為言,元者善之長,故曰善。坤數十,震為百里,十之千里也。外謂震巽同聲,同聲者相應,故千里之外應之。邇謂坤,坤為順,二變順初,故況其邇者乎。

経文は『中孚』九二の爻辞を引く:「鳴く鶴は陰に在りてその子はこれに和す。われ好爵あり、吾なんじとこれを靡(み)かん。子曰く、君子はその室に居る」。恵棟の自注:中孚の二爻は変じて復卦の体を成すので、「君子」は復卦の初九を指す。陰気は消尽して坤に入り、坤の上は一陽を得て艮を為し、艮は居。巽の一陽は下に潜伏して室に蔵るるがごときなので「その室に居る」と言う。経文:「その言を出だして善ければ則ち千里の外もこれに応ず、況んやその邇(ちか)き者をや」。自注:復卦の初爻は震より出で、震は出・言。『乾・文言』に「元は善の長なり」とあるので「善」と称す。坤の数は十、『震』卦に「百里を驚震す」とあり、百里の十倍はすなわち千里。「外」は震と巽が同じく声し、同声の物は互相感応するを言うので「千里の外もこれに応ず」。「邇」は坤を指し、坤は順、二爻は変じて初爻に順従するので「況んやその邇き者」と言う。

居其室出其言不善則千里之外違之況其邇者乎。注:坤初為不善,消二成,弒父弒君,故千里之外違之,況其邇者乎。上繫首中孚,陽之始也,聖人慎其幾,故以善不善言之;下繫首咸,陰之始也,聖人知其化,故以屈信往來言之。

経文:「その室に居り、その言を出だして善ならざれば則ち千里の外もこれに違い、況んやその邇き者をや」。恵棟の自注:坤の初爻は不善、陰は消して二爻に至りて遯を成し(底本は「消して二を成す」の下に一つの卦名を脱す)、ここに於て子が父を弑し臣が君を弑するの禍あるので、「千里の外もこれに違い、況んやその邇き者」と言う。『繋辞上伝』の引く所の爻辞は中孚を以て首に居る——あれは陽の開端、聖人は幾微の処に於て謹慎するので善と不善を以て説を立つ。『繋辞下伝』の引く所の爻辞は咸を以て首に居る——あれは陰の開端、聖人はその変化に通暁するので屈伸往来を以て説を立つ。

言出乎身加乎民。注:震為出為言,坤為身為民也。行發乎邇見乎遠。注:震為行,坤為邇,乾為遠,兌為見,謂二發應五則千里之外,故行發乎邇見乎遠也。言行君子之樞機樞機之發榮辱之主也。注:震為春門,故為樞;又為動,故為機。陽息為榮,陰消為辱,震為主,故榮辱之主。言行君子之所以動天地也可不慎乎。注:巽以風動天,震以雷動地,艮為慎,故可不慎乎。易曰:正其始,萬物理。君子慎始,差以毫釐,繆以千里。此之謂也。

経文:「言は身より出でて民に加わる」。恵棟の自注:震は出・言、坤は身・民。経文:「行は邇より発して遠に見ゆ」。自注:震は行、坤は邇、乾は遠、兌は見——二爻が発動して五爻と相応じ、その効は便ち遠く千里の外に及ぶを言うので「行は邇より発して遠に見ゆ」と言う。経文:「言行は君子の枢機。枢機の発は栄辱の主なり」。自注:震は春天の門戸なので門枢を為し、震はまた動を主るので弩機を為す。陽の生息は栄、陰の消退は辱、震は主なので「栄辱の主」と言う。経文:「言行は君子の以て天地を動かす所なり、慎まざるべけんや」。自注:巽は風を以て天を鼓動し、震は雷を以て地を鼓動し、艮は慎なので「慎まざるべけんや」と言う。『易』の逸文に言う:「その開端を端正すれば万物は便ち各々その理を得。君子は開端に謹慎す——頭を起こして一毫一厘を差えば、結果は便ち千里を謬る」と。講ずる所はまさにこの道理。

疏:二變至其室○君子謂陽,中孚二失位變體復,故君子謂復初。復自坤來,陰消剝上入坤,剝艮為居。坤初巽爻,陽復巽初,巽陽隱室,故居其室,言微陽應卦中孚時也。○復初至者乎○復之初震也,故震為出為言。復初元也,元者善之長也,故出其言善。坤數十以下,虞義也。天九地十,故坤數十。震驚百里,十之故千里。巽反震故言外,震雷巽風,同聲相應,故千里之外應之。坤為近,故邇謂二,變體坤而順於初,故況其邇者乎。

疏文は自注の「二変」から「其室」までのこの一段を解釈す。○「君子」は陽爻を指す。中孚の二爻は陰位に居りて正を失い、変じて後に復卦の体を成すので、「君子」は復卦の初九を指す。復卦は坤より来たる:陰は消して剥に至り、剥の上九はさらに坤に入り、剥は艮体あり、艮は居。坤の初位はもと巽爻、陽は復して巽の初に居り、巽の陽は室に蔵るるので「その室に居る」と言い、この一つの微陽が中孚の時と相応ずるを講ず。○「復初」から「者乎」までのこの一段:復卦の初爻はすなわち震なので震は出・言。復卦の初爻はすなわち「元」、「元は善の長なり」なので「その言を出だして善」と言う。「坤は数十」以下は虞翻の説:天の数は九、地の数は十なので坤の数は十。『震』卦に「百里を驚震す」とあり、百里に十倍すれば便ち千里。巽は震と正に相い反対するので「外」と称し、震は雷・巽は風、同声は相い応ずるので「千里の外もこれに応ず」。坤は近なので「邇」は二爻を指す。二爻は変じて坤体を成し初爻に順従するので「況んやその邇き者」と言う。

○坤初至言之○《文言》曰「積不善之家必有餘殃」,虞彼注云「坤積不善」,故知坤初為不善,謂遘時也。遘消二成,艮子弒父,至三成否,坤臣弒君,故千里之外違之,況其邇者乎。陽稱幾,慎其幾謂隱惡而揚善,辯之早也;陰稱化,知其化謂窮神知化,德之盛也。《淮南·齊俗》曰「唯聖人知其化」,高誘注云:「其化視陰入陽,從陽入陰,唯聖人知之也。」

○「坤初」から「言之」までのこの一段:『坤・文言』に「不善を積むの家は必ず余殃あり」とあり、虞翻はあの一か所に注して「坤は不善を積む」と言うので、坤の初爻が不善なるを知り、指す所は姤卦の時。姤の陰は消して二爻に至りて遯を成し、遯は艮体あり、艮は少男——ここに於て子が父を弑するの象あり。さらに消して三爻に至り否を成し、否は坤体あり、坤は臣——ここに於て臣が君を弑するの象あるので、「千里の外もこれに違い、況んやその邇き者」と言う。陽は「幾」と称し、「その幾を慎む」はすなわち悪を隠して善を揚げ、能く早くに分辨す。陰は「化」と称し、「その化を知る」はすなわち神を窮め化を知る——あれは徳の最盛。『淮南子・斉俗訓』に「ただ聖人のみその化を知る」とあり、高誘の注:「いわゆる化とは、陰が陽に入り陽より陰に入るを看るは、ただ聖人のみ能くこれを知る」と。

○震為至遠也○此虞義也。陽自下升而臨坤,故加乎民。二發應五據中孚,二五相應,言言出乎身,行言發乎邇者,《大戴禮·曾子疾病》篇曰:「言不遠身,言之主也;行不遠身,行之本也。」是其義也。

○「震為」から「遠也」までのこの一段:これは虞翻の説。陽は下より上升して坤に臨むので「民に加わる」と言う。二爻が発動して五爻に応ずるは中孚卦に就いて言い、二と五は正に相応ず。経文は言語の面に於て「身より出で」と言い、行為の面に於て「邇より発す」と言う——『大戴礼記・曾子疾病』篇に言う:「言語は自身を離れざるは、あれは言語の主宰。行為は自身を離れざるは、あれは行為の根本」と。まさにこの意。

○震為至之主○鄭注云:「樞,戶樞也。機,弩牙也。」震為卯,卯為開門,故為樞。鄭注《大學》曰:「機發動所由。」震為動,故為機。此荀義也,荀以艮為門,今不用也。乾陽息卦,乾初積善有餘慶,故陽息為榮;坤陰消卦,坤初積不善有餘殃,故陰消為辱。震主器,故榮辱之主。

○「震為」から「之主」までのこの一段:鄭玄の注に言う:「枢は門軸、機は弩牙」と。震は十二辰において卯に配し、卯は開門の時なので震は枢を為す。鄭玄が『大学』に注して言う:「機は発動の由る所」と。震は動を主るので機を為す。これは荀爽の説。荀爽はまた艮を以て門と為す——恵棟はここに採用せず。乾は陽息の卦、乾の初爻は善を積みて余慶あるので、陽息は栄。坤は陰消の卦、坤の初爻は不善を積みて余殃あるので、陰消は辱。震は宗廟祭器を主るので「栄辱の主」と言う。

○巽以至謂也○巽為風,乾為天,巽伏乾初,故以風動天;震為雷,坤為地,震伏坤初,故以雷動地。此上虞義也。虞唯以五體巽為風動天,今不用也。《呂氏春秋》曰:「今室閉戶牖,動天地一室也。」言一室修德可以動天地。中孚互艮,艮為慎,故可不慎乎。易曰以下,十翼之逸文。始謂初也,正陽在下為聖人,故正其始,萬物理。陽息則正謂復初,陰消則不正謂遘初,故君子慎始。毫釐謂纖介也,不正在纖介之間而違之在千里之外,故云繆以千里也。

○「巽以」から「謂也」までのこの一段:巽は風、乾は天、巽は乾の初位に伏するので「風を以て天を動かす」と言い、震は雷、坤は地、震は坤の初位に伏するので「雷を以て地を動かす」と言う。以上は虞翻の説。虞翻はただ五爻の巽体を用いて風の天を動かすを講ず——恵棟はここに採用せず。『呂氏春秋』に言う:「いま門戸を関ざるの一室の屋は、動かす所の天地もまた過ぎずこの一室の内」と——意は一室の中に於て徳を修むるも、同じく以て天地を感動するに足ると言う。中孚卦の互体は艮あり、艮は慎なので「慎まざるべけんや」と言う。「易に曰く」以下は『十翼』の逸文。「始」は初爻を指し、純正の陽は下位に居れば便ち聖人なので「その開端を端正すれば万物は便ち各々その理を得」と言う。陽息の時に正を得るは復卦の初爻を指し、陰消の時に正ならざるは姤卦の初爻を指すので「君子は始を慎む」と言う。「毫厘」は極細微の処を指す:不正はただ纖芥の間に在るのみに、背離は却って千里の外に遥かなり——だから「千里を以て謬る」と言う。

《參同契》述此義云:「君子居其室,出其言善則千里之外應之。」謂萬乘之主處九重之位,發號出令,順陰陽節藏器,俟時勿違卦月,謹候日辰,審察消息。纖介不正,悔吝為賊,二至改度,乖錯委曲,隆冬大暑,盛夏霜雪,二分縱橫,不應漏刻,水旱相伐,風雨不節,蝗蟲湧沸,群異旁出。言卦氣不效也。董子亦云:「君人者國之元,發言動作萬物之樞機。樞機之發,榮辱之端,失之毫釐,駟不及追,故為人君者謹本詳始,敬小慎微。」皆發明此傳之義也。

『周易参同契』はこの層の意を申述して言う:「君子はその室に居り、その言を出だして善ければ則ち千里の外もこれに応ず」と。これは万乘の国を擁する君主が九重の宮闕に身を居し、号令を発施するに陰陽の節度に順いて器用を收藏し、時機を等候して卦の主る所の月份に違わず、日辰を謹慎守候し、陰陽の消長を細察するを言う。もし一絲一毫の不正あれば、悔吝は便ち禍害と成る:冬至夏至の日度は改易し、節候は乖違曲折し、隆冬は反って酷熱し、盛夏は反って霜雪す。春分秋分の昼夜は縦横に序を失い、刻漏はその数に合せず。水災旱災は交相為害し、風雨は時節に依らず、蝗虫は涌起し、種種の怪異は紛紜として旁出す。これらの講ずる所は皆卦気が応験する能わざるの徴象。董仲舒もまた言う:「人君と為る者は一国の元、その言語挙動はすなわち万物の枢機。枢機は一たび発動せば、便ち栄辱の開端——一毫一厘を差えば、四馬の快車も追い返す能わず。ゆえに人君と為る者は根本を謹守し開端を詳審し、細小に於て敬し幽微に於て慎め」と。これらは皆この段の『繋辞』の義理を闡発す。

同人先號咷而後笑。子曰:君子之道,或出或處,或默或語。注:乾為道為君子,故稱君子之道。同人反師,震為出為語,坤為默,巽為處,故或出或處或默或語也。二人同心其利斷金。注:乾為人,二人謂二五,坎為心,巽為同,故二人同心。巽為利,乾為金,以離斷金,故其利斷金。同心之言其臭如蘭。注:臭,氣也。蘭,香草。震為言,巽為蘭,離日燥之,故其臭如蘭。二五同姓,故言臭。《春秋傳》曰:「闢諸草木,吾臭味也。」

経文は『同人』九五の爻辞を引く:「同人は先に号咷(ごうとう)して後に笑う。子曰く、君子の道はあるいは出で、あるいは処り、あるいは黙し、あるいは語る」。恵棟の自注:乾は道・君子なので「君子の道」と称す。同人は師卦と相反す:師卦は震あり、震は出・語。師は坤あり、坤は黙。師の二爻の互体は巽を為し、巽は処——だから「あるいは出で、あるいは処り、あるいは黙し、あるいは語る」と言う。経文:「二人同心すれば、その利は金を断つ」。自注:乾は人、「二人」は二爻と五爻を指し、坎は心、巽は同なので「二人同心」と言う。巽は利、乾は金、離火を用いて金を断つので「その利は金を断つ」と言う。経文:「同心の言は、その臭は蘭のごとし」。自注:「臭」は気味、「蘭」は香草。震は言、巽は蘭、離日はこれを烘燥して香気を発散せしむるので「その臭は蘭のごとし」と言う。二爻と五爻は同姓なので、「臭」を用いて説く。『春秋左伝』に言う:「これを草木に譬えば、われらは同一種の気味」と。

疏:乾為至語也○此虞義也。同人卦辭曰「利君子貞」,注云「君子謂二五」,二五得正,乾為道為君子,故云君子之道。虞注同人云「旁通師卦」,而稱反師者,否泰反其類,亦得言反也。同人反師,師震為出為語。《鬼谷子》曰:「捭之者,開也,言也,陽也;闔之者,閉也,默也,陰也。」故坤為默。二體巽為處,巽陽藏室,故為處也。

疏文は自注の「乾為」から「語也」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説。『同人』の卦辞に「君子の貞に利あり」とあり、恵棟はあそこに注して「君子は二爻と五爻を指す」と言う。二・五は各々その正を得、乾は道・君子なので「君子の道」と称す。虞翻は『同人』に注してそれは「師卦に旁通す」と言うも、ここは却って「師に反る」と言う——否と泰は互相にその類を反するがゆえに、旁通もまた「反」と称しうる。同人は反せばすなわち師、師卦は震あり、震は出・語。『鬼谷子』に言う:「捭(はい)はすなわち開・言・陽。闔(こう)はすなわち閉・黙・陰」と——だから坤は黙。師卦の二爻の互体は巽を為し、巽は処。巽の陽は室中に蔵るるので「処」を為す。

○乾為至斷金○卦名同人,同人體乾,故乾為人。五正應二,故二人謂二五。坎為心,巽為同,二五同性,同性則同德,同德則同心,故二人同心。巽近利市,故為利。乾為金,二體離,以離火斷金,故其利斷金。此虞義也。虞以二人為夫婦,震為夫,巽為婦,今不用也。

○「乾為」から「断金」までのこの一段:卦名は「同人」——同人の上体は乾なので乾は人。五爻は正に二爻に応ずるので、「二人」は二と五を指す。坎は心、巽は同。二と五は同性、同性なれば便ち同徳、同徳なれば便ち同心なので「二人同心」と言う。『説卦』に巽は「利市三倍に近し」とあるので巽は利。乾は金、二爻の互体は離を為し、離火を用いて金を断つので「その利は金を断つ」と言う。これは虞翻の説。虞翻はまた「二人」を以て夫妻と為し、震を以て夫・巽を以て婦と為す——恵棟はここに採用せず。

○臭氣至味也○《說卦》曰「巽為臭」,虞彼注云:「臭,氣也。風至知氣,巽二入艮鼻,故為臭。」引此傳為證,故知臭氣指巽也。《詩·溱洧》曰「方秉蕑兮」,毛傳云:「蕑,蘭也。」陸璣疏云:「蕑即蘭,香草也。」《荀子·宥坐》篇曰:「芷蘭生於深林,非以無人而不芳。」故云蘭香草。巽柔爻為草,又為臭,故為蘭。燥萬物者莫熯乎火,離日燥之,芳臭發越,故其臭如蘭。此上虞義也。

○「臭気」から「味也」までのこの一段:『説卦伝』に「巽は臭を為す」とあり、虞翻はあの一か所に注して言う:「臭はすなわち気。風は一吹き来たれば便ち気味を知る。巽の二爻は艮に入り、艮は鼻——だから巽は臭を為す」と。彼はこの段の『繋辞』を引きて証と為すので、「臭気」は巽を指すを知る。『詩経・鄭風・溱洧』に「方に蕑(かん)を秉(と)る」とあり、毛伝:「蕑はすなわち蘭」と。陸璣の『毛詩草木鳥獣虫魚疏』に言う:「蕑はすなわち蘭、一種の香草」と。『荀子・宥坐』篇に言う:「芷蘭は深林に長るも、人の観賞なきに因りて芬芳を吐かずとせず」と——だから注文は「蘭は香草」と言う。巽の柔爻は草、巽はまた臭なので巽は蘭。『説卦』に「万物を燥する者は火より熯(かわ)かしめるは莫し」とあり、離日はこれを烘燥して芳香は便ち発散して開くので「その臭は蘭のごとし」と言う。以上は皆虞翻の説。

同人天在上,火炎上,其性同,故二五同姓。《春秋傳》者,襄二十二年傳文,彼鄭公孫僑對晉君語。晉鄭同姓,故云闢諸草木吾臭味也。同姓則同德,同德合義,異德合姓,二五同姓,合義不合姓,故比諸臭味也。

同人卦は乾天が上に在り、離火の性は向上して炎す——二者は性質相同じなので、二爻と五爻を「同姓」と言う。引く所の『春秋伝』は襄公二十二年の伝文、あれは鄭国の子産(公孫僑)が晋国の君主に答えるの話。晋・鄭はもと同姓の国なので「これを草木に譬えば、われらは同一種の気味」と言う。同姓なれば便ち同徳、同徳の相合するは義に在り、異徳の相合するはこそ姓に在る。二爻と五爻は同姓にして義に合し姓に合するに止まらざるなので、気味を取りて以て比と作す。

初六藉用白茅無咎。注:其初難知,陰又失正,故獨舉初六。子曰:苟錯諸地而可矣,藉之用茅,何咎之有,慎之至也。注:苟,或。錯,置也。頤坤為地,故苟錯諸地。初為四藉,與四易位,故藉之用茅,何咎之有。頤艮為慎,坤為至,故慎之至也。夫茅之為物薄而用可重也。注:陰道柔賤,故薄。香絜可貴,故可重。慎斯術也以往其無所失矣。注:術,道也。乾為道,初往四下體成乾,故慎斯術也。以往得位故無所失矣。

経文は『大過』初六の爻辞を引く:「初六、藉(しゃ)すに白茅を用う——咎なし」。恵棟の自注:『繋辞下』に「その初は知り難し」とあり、況んやこの爻は陰を以て陽に居りて正を失うをや——だから特に「初六」の爻題を標出す。経文:「子曰く、苟(も)しくも諸を地に錯(お)けば可なり。これを藉くるに茅を用う、何の咎かあらん——慎の至なり」。自注:「苟」は或いは、「錯」は放置。大過は頤に旁通し、頤は坤あり、坤は地なので「或いはすなわち地に放れば」と言う。初爻は四爻の襯墊、四爻とその位を交換するので「これを藉くるに茅を用う、何の咎かあらん」と言う。頤は艮あり、艮は慎、坤は至なので「慎の至」と言う。経文:「それ茅の物と為るや薄くして、用は重きべきなり」。自注:陰道は柔弱卑賎なので「薄」と言い、茅草は芬芳潔浄にして可貴なので「重きべし」と言う。経文:「慎みてこの術にして往けば、その失う所なからん」。自注:「術」はすなわち道、乾は道。初爻は往きて四位に至れば下体は便ち乾を成すので「この術を慎み」と言い、このよう往けば則ち各爻は位を得るので「失う所なし」と言う。

疏:其初至初六○此虞義也。其初難知陰陽之微,故難知。六居初為失位。上繫七爻,下繫十一爻,獨此舉初六者,言當辯之早也。○苟或至至也○初在下,故言地。旁通頤,頤坤為地,錯諸地則安,故苟錯諸地而可矣。此上虞義也。初以柔藉四,故初為四藉。初四失正,與四易位則無咎,故藉之用茅何咎之有。頤艮為慎。○坤為至君子○慎始初變之正,故慎之至也。

疏文は自注の「其初」から「初六」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説。いわゆる「その初は知り難し」は、初爻の陰陽の象が幽微なるに因りて知り難し——六は陰爻を以て初位に居りまた正を失う。『繋辞上伝』は七条の爻辞を引き、『繋辞下伝』は十一条の爻辞を引くも、独りこの一条は「初六」の爻題を標出す——早くに分辨すべきを説明せんがため。○「苟或」から「至也」までのこの一段:初爻は最下に在るので「地」と言う。大過は頤に旁通し、頤は坤あり、坤は地。地に放れば便ち安穏なので「或いはすなわち地に放ればも可なり」と言う。以上は虞翻の説。初爻は柔順を以て四爻を承墊するので「初は四の藉を為す」と言う。初と四は皆正を失い、四とその位を交換すれば便ち過錯なきので「これを藉くるに茅を用う、何の咎かあらん」と言う。頤は艮あり、艮は慎。○「坤為」から「君子」までの一節:開端に謹慎して初爻をしてその正を得せしむるので「慎の至」と言う。

○陰道至可重○此虞義也。陰為柔為賤,故陰道柔賤。用以藉四,與四易位則可以薦鬼神,羞王公,故云香絜可貴也。○術道至失矣○《說文》曰:「術,邑中道也。」故云術道也。艮為慎,初往居四,四來居初,則下體成乾,故云慎斯術也。以往陰陽得位,故云其無所失矣。

○「陰道」から「可重」までのこの一段:これは虞翻の説。陰は柔を主り賎を主るので「陰道は柔賎」と言う。これを用いて四爻を襯墊し、四爻とその位を交換すれば、便ち以て鬼神に進献し王公に進奉するに用いうるので「芬芳潔浄にして可貴」と言う。○「術道」から「失矣」までのこの一段:『説文解字』に言う:「術は城邑の中の道路」と——だから注文は「術はすなわち道」と言う。艮は慎。初爻は往きて四位に居り、四爻は下りて来て初位に居れば、下体は便ち乾を成すので「この術を慎み」と言う。このよう往けば則ち陰陽は各々その位を得るので「その失う所なからん」と言う。

勞嗛君子有終吉。子曰:勞而不伐,有功而不置,厚之至也。注:坎為勞,五多功。置當為德,乾為德。以上之貴下居三賤,故勞而不伐,有功而不德。艮為厚,坤為至,故厚之至也。語以其功下人者也。注:震為語,五多功,下居三,故以其功下人者也。

経文は『謙』卦九三の爻辞を引く:「労嗛(ろうけん)の君子は終ありて吉。子曰く、労ありて伐(ほこ)らず、功ありて置(お)かざるは厚の至なり」(「嗛」はすなわち通行本の「謙」)。恵棟の自注:三爻の互体は坎を為し、坎は労。『繋辞下』に「五は功多し」とあり。「置」はまさに「徳」と作るべし、乾は徳。上九の尊貴を以て下りて三爻の卑賎に居るので「労ありて自ら誇らず、功ありて自ら徳と為さず」と言う。三爻は艮を体し、艮は厚、その応爻は坤に在り、坤は至なので「厚の至」と言う。経文:「語は以てその功を以て人に下る者なり」。自注:震は語。五は功多し、而るにそれは下りて三位に居るので「その功を以て人に下る」と言う。

德言盛禮言恭嗛也者致恭以存其位者也。注:乾為盛德,旁通履,履者禮也。嗛以制禮,三從上來體坎,坎折坤體,故恭。震為言,故德言盛禮言恭。上無位,知存而不知亡,降之三得位,故致恭以存其位者也。

経文:「徳は盛を言い、礼は恭を言う。嗛とは恭を致して以てその位を存する者なり」。恵棟の自注:乾は盛徳。謙卦は履に旁通し、履はすなわち礼。『繋辞下』に「謙は以て礼を制す」とあり、三爻は上より自ら下り、互体は坎を成し、坎は坤体を折損して磬折の状を成すので「恭」を為す。三爻は震を互い、震は言なので「徳は盛を言い、礼は恭を言う」と言う。上九は陽を以て陰に居りて実位なく、ただ「存」あるを知りて「亡」あるを知らず。三位に降れば便ちその正位を得るので「恭を致して以てその位を存す」と言う。

疏:坎為至至也○此虞鄭義也。三互坎,坎勞卦,故為勞。上據五,故五多功。置,古文德,字從直心,傳寫訛為置,故云置當為德。上本乾,故乾為德。上九貴而無位,三多凶,貴賤之等,故云以上之貴下居三賤。三體艮,艮為厚,應在坤,坤為至,故厚之至也。○震為至者也○此虞義也。三自上降,故曰下人。

疏文は自注の「坎為」から「至也」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻と鄭玄の説。三爻の互体は坎を為し、『説卦』は坎を「労卦」と称するので労を為す。上爻は五爻の上に凌駕するので「五は功多し」と言う。「置」は「徳」の古文の写法——あの字は「直」に従い「心」に従うに、伝抄する時訛りて「置」と成れり——だから「置はまさに徳と作るべし」と言う。上爻はもと乾に属すので乾は徳。上九は尊貴にして実位なく、三爻は則ち「凶多し」——両者はまさに貴と賎の分別なので、「上爻の尊貴を以て下りて三爻の卑賎に居る」と言う。三爻は艮を体し、艮は厚。その応爻は坤に在り、坤は至なので「厚の至」と言う。○「震為」から「者也」までのこの一段:これは虞翻の説。三爻は上位より降りて来たるなので「人に下る」と言う。

○乾為至者也○乾三積善成德,虞注下繋云「盛德乾三」,故乾為盛德。嗛以制禮,下繫文,虞彼注云:「陰稱禮,嗛三以一陽制五陰,萬民服,故以制禮。」《鴻範》曰「貌曰恭」,三從上來互體坎,坎折坤體,磬折之容,故云恭。三互震為言,故德言盛禮言恭也。乾上以陽居陰,故無位。陽為存,陰為亡,上知存而不知亡,之三得位謂以陽居陽,故致恭以存其位者也。

○「乾為」から「者也」までのこの一段:乾の三爻は善を積みて徳を成し、虞翻が『繋辞下伝』に注して「盛徳は乾三を指す」と言うので、乾は盛徳。「謙は以て礼を制す」は『繋辞下伝』の語、虞翻はあの一か所に注して言う:「陰は礼と称す。謙卦の三爻は一陽を以て五陰を統制し、万民は帰服す——だから能く礼を制す」と。『尚書・洪範』に「貌を恭と曰う」とあり、容貌の徳目はまさに恭。三爻は上より自ら下り、互体は坎を為し、坎は坤体を折損す——まさに磬折して鞠躬するの儀容なので「恭」と称す。三爻の互体は震あり、震は言なので「徳は盛を言い礼は恭を言う」と言う。乾の上爻は陽を以て陰位に居るので「位なし」と言う。陽は存を主り陰は亡を主り、上九はただ存あるを知りて亡あるを知らず。三位に降れば便ち正位を得、すなわち陽爻を以て陽位に居るので「恭を致して以てその位を存す」と言う。

忼龍有悔。子曰:貴而無位,高而無民,賢人在下位而無輔,是以動而有悔也。注:義具文言傳。不出戶庭無咎。子曰:亂之所生也,則言語以為階。注:節本泰卦,坤為亂,震為生為言語,坤稱階,故亂之所生則言語為之階也。君不密則失臣臣不密則失身。注:泰乾為君,坤為臣為閉,故稱密。乾三之坤五,君臣毀賊,故君不密則失臣。坤五之乾三,坤體毀壞,故臣不密則失身。坤為身也。

経文は『乾』上九の爻辞を引く:「忼(こう)たる龍は悔あり。子曰く、貴にして位なく、高にして民なく、賢人は下位に在りて輔なし——ここを以て動けば悔ありと」。恵棟の自注:この一条の義理はすでに『文言伝』の裡に講じ済み。経文は『節』卦初九の爻辞を引く:「戸庭を出でず——咎なし。子曰く、乱の生ずる所は則ち言語を以て階と為す」。自注:節卦はもと泰卦より来たり、坤は乱、震は生・言語、坤はまた階と称すので、禍乱の産生は言語を以て階梯と為すと言う。経文:「君は密ならざれば則ち臣を失い、臣は密ならざれば則ち身を失う」。自注:泰卦の乾は君、坤は臣・閉合なので「密」と称す。乾の三爻は往きて坤五に居り、君臣の体は因りて毀傷せらるるので「君は密ならざれば則ち臣を失う」と言い、坤の五爻は往きて乾三に居り、坤体は因りて毀壊せらるるので「臣は密ならざれば則ち身を失う」と言う——坤は身。

幾事不密則害成。注:幾,初也。二已變成坤,坤為事。初不密,動體剝,故幾事不密。初辭擬之,卒成之終,故害成也。是以君子慎密而不出也。注:君子謂初。二動坤為密,故君子慎密。初利居貞,故不出也。

経文:「幾事は密ならざれば則ち成を害す」。恵棟の自注:「幾」は初爻を指す。二爻はすでに変じて坤を成し、坤は事。初爻は密を守る能わず、一動すれば便ち剥卦の体を成すので「幾事は密ならず」と言う。『繋辞下』に「初辞はこれを儗し、卒ちてこれを終に成す」とあり、禍害はここに於て醸成す。経文:「ここを以て君子は密を慎みて出でざるなり」。自注:「君子」は初爻を指す。二爻は動きて坤を成し、坤は密なので「君子は密を慎む」と言う。『節』卦の初九は正に居り貞を守るに利ありなので「出でず」と言う。

疏:節本至階也○此虞義也。節泰三之五,故云節本泰卦。坤反君道,故為亂。震春為生,震善鳴,故為言語。坤土,故為階也。○泰乾至身也○此虞義也。乾以君之,故乾為君。陰臣道,故坤為臣。鄭注云:「密,靜也。」坤靜也翕,又為闔戶,故為閉,退藏於密,故為密也。三之五乾坤體壞,故君臣毀賊;五之乾坤體壞,故失身,坤躬為身也。

疏文は自注の「節本」から「階也」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説。節卦は泰卦の三爻が往きて五位に居りて成るなので「節はもと泰卦より」と言う。坤は君道と相反するので乱を為す。震は春を主りて万物は発生するので生を為し、震はまた声を発するに善いので言語を為す。坤は土なので階を為す。○「泰乾」から「身也」までのこの一段:も虞翻の説。乾は以て天下に君臨するので乾は君、陰は臣道なので坤は臣。鄭玄の注に言う:「密はすなわち静」と。『繋辞』は坤の「その静なるや翕わる」を言い、坤はまた闔戸を為すので閉を為し、『繋辞』はまた「退きて密に蔵る」と言うので坤は密。三爻は往きて五位に居り乾坤の体は皆破壊せらるるので君臣は毀傷すと言い、五爻は往きて乾三に居り乾坤の体は同じく破壊するので「身を失う」と言う——坤は身軀、因りて身を為す。

○幾初至成也○鄭注云:「幾,微也。」幾者動之微,故幾謂初。二失位變互坤,臣道知事,故坤為事。初利居貞,動體剝,故幾事不密。初辭擬之,卒成之,終坤為害,故害成,此兼虞義也。○君子至出也○此虞義也。初得位,故君子謂初。二動互坤,坤為密,艮為慎,故君子慎密。初利居貞而應四,故不出也。

○「幾初」から「成也」までのこの一段:鄭玄の注に言う:「幾は幽微なり」と。幾は動の幽微の端なので「幾」は初爻を指す。二爻は位を失いて変じ、互体は坤を成し、臣道は事務を主管するので坤は事。初爻は正に居り貞を守るに利あるも、一動すれば便ち剥卦の体を成すので「幾事は密ならず」と言う。『繋辞下』に「初辞はこれを儗し、卒ちてこれを成す」とあり、終に坤は害を為し禍害はここに於て醸成す——ここは兼ねて虞翻の説を采る。○「君子」から「出也」までのこの一段:これは虞翻の説。初爻はその正位を得るので「君子」は初爻を指す。二爻は動きて互体は坤を成し、坤は密・艮は慎なので「君子は密を慎む」と言う。初爻は正に居り貞を守るに利ありて上って四爻に応ずるので「出でず」と言う。

子曰為易者其知盜乎。注:為易者謂文王。否上之二成困,三暴嫚以陰乘陽,二變入宮為萃,五之二奪之成解,坎為盜,故為易者其知盜乎。易曰負且乘致寇至負也者小人之事也。注:陰稱小人,坤為事,以賤倍貴,違禮悖義,故小人之事也。乘也者君子之器也。注:君子謂五。器,坤也。坤為大轝,故乘君子之器。

経文:「子曰く、易を為る者はそれ盗を知らんか」。恵棟の自注:「易を為る者」は文王を指す。否卦の上爻は往きて二位に居りて困を成し、困の三爻は下に対しては暴虐し上に対しては軽慢し、また陰柔を以て陽剛に凌乘す。二爻が変じて宮に入るの象ありて萃を成し、萃の五爻は往きて二位に居りてそれを奪取して解を成し、解は坎体あり、坎は盗——だから「『易』を作る者はほぼ盗賊の理を知れるなり」と言う。経文:「易に曰く、負い且つ乘(じょう)す——寇の至るを致す。負とは小人の事なり」。自注:陰は小人と称し、坤は事。卑賎を以て尊貴を背棄し、礼に違い義を悖乱するので、小人の行径と言う。経文:「乘とは君子の器なり」。自注:「君子」は五爻を指し、「器」はすなわち坤、坤は大車なので「君子の器に乘る」と言う。

小人而乘君子之器盜思奪之矣。注:小人謂三,既違禮倍五,復乘其車,五來之二成坎,坎為盜,思奪之矣。為易者其知盜乎此之謂也。上嫚下暴盜思伐之矣。注:三倍五上嫚乾君而乘其器,下暴於二,二藏於坤,五來寇三,以離戈兵,故稱伐之,坎為暴也。嫚藏悔盜野容悔淫。注:坎心為悔,坤為藏,兌為見,故嫚藏。三動成乾為野,坎水為淫,二變藏坤則五奪之,故嫚藏悔盜野容悔淫。易曰負且乘致寇至盜之招也。注:二藏坤時,艮手招盜,故盜之招。

経文:「小人にして君子の器に乘れば、盗はこれを奪わんことを思う」。恵棟の自注:「小人」は三爻を指す。それはすでに礼に違いて五爻を背棄し、また乘るべからざるの車に乘坐す——五爻は来りて二位に居りて坎を成し、坎は盗なので、ここに於てそれを奪わんことを思う。いわゆる「『易』を作る者はほぼ盗賊の理を知れるなり」は、説く所はまさにこれ。経文:「上は嫚(ばん)し下は暴なれば、盗はこれを伐たんことを思う」。自注:三爻は五爻を背棄し、上に対しては乾君を軽慢してその車器を窃乘し、下に対しては二爻を暴虐す。二爻は坤に身を蔵め、五爻は来りて三爻を侵犯す。解卦の互体は離あり、離は戈兵なので「伐」と称し、坎は暴。経文:「蔵するを嫚れば盗を悔(かい)し、容を野にすれば淫を悔す」。自注:坎は心にして悔、坤は蔵、兌は見——もと蔵すべきに却って現れ出づるは、すなわち「蔵するを嫚す」。三爻は動きて乾を成し、乾は野。坎は水にして淫。二爻は変じて坤に蔵れ、五爻は便ち来りて奪取するので「蔵を嫚すれば盗を誨(おし)え、容を冶(や)かせば淫を誨う」と言う。経文:「易に曰く、負い且つ乘す、寇の至るを致す——盗の招なり」。自注:二爻が坤に蔵るるの時、四爻は艮を体し、艮は手——手を以て盗賊を招引するので「盗の招」と言う。

疏:為易至盜乎○此虞義也。釋解三爻辭,故知為易者謂文王。虞注困卦曰「否二之上」,故云否上之二成困。困三不正,上嫚於五,下暴於二,故三暴嫚。困三傳曰「據于蒺藜乘剛也」,故以陰乘陽。經云「入于其宮」,虞彼注云「二動艮為宮」,故二變入宮為萃。萃五之二奪三成解,五之二體坎,坎為盜,故為易者其知盜乎。

疏文は自注の「為易」から「盗乎」までのこの一段を解釈す。○これは虞翻の説。ここに解釈する所は『解』卦六三の爻辞なので、「易を為る者」は文王を指すを知る。虞翻は『困』卦に注してそれは「否卦の二爻が往きて上位に居る」に由りて成ると言うので、注文は「否の上爻は往きて二位に居りて困を成す」と言う。困卦の三爻は正を得ず、上に対しては五爻を軽慢し下に対しては二爻を暴虐するので「三は暴嫚」と言う。『困』卦六三の『小象』に「蒺藜に据るは剛に乘るなり」とあるので、陰を以て陽に乘ると言う。困卦の経文に「その宮に入る」とあり、虞翻はあの一か所に注して「二爻は動きて互体は艮を為し、艮は宮」と言うので、二爻は変じて宮に入り萃を成すと言う。萃卦の五爻は往きて二位に居り、三爻を奪取して解を成す。五爻が往きて二位に居れば則ち互体は坎を為し、坎は盗なので「『易』を作る者はほぼ盗賊の理を知れるなり」と言う。

案:虞注萃卦云「觀上之四」,註解卦云「臨初之四」,今言萃自困來、解自萃來者,彼從四陰二陽之例,此從爻例故也。○陰稱至事也○此虞義也。下注云「小人謂三」,此小人亦謂困三。而云陰稱小人者,以對下君子言,陽稱君子,故陰稱小人也。負讀為倍,三以四艮倍五,故云以賤倍貴。賤倍貴猶下倍上,故云違禮悖義,小人之事也。○君子至之器○五謂困五,五得正稱君子。坤形而下者,故云器坤也。坤為大車,三在坤上,故乘君子之器。

按:虞翻は『萃』卦に注してそれは「観卦の上爻が往きて四位に居るより来たる」と言い、『解』卦に注してそれは「臨卦の初爻が往きて四位に居るより来たる」と言う。ここは却って萃は困より来たり解は萃より来たると言うは、虞翻のあそこは四陰二陽の卦の変通例に依り、ここは爻変の例に依るがゆえ。○「陰称」から「事也」までのこの一段:これは虞翻の説。下文の注に「小人は三爻を指す」とあり、ここの「小人」は同じく困卦の三爻を指す。而して「陰は小人と称す」と言うは、下文の「君子」と相対して言う——陽は君子と称するので陰は小人と称す。「負」は「倍」と読み、背棄の義。三爻は四爻の艮体を憑籍して五爻を背棄するので「卑賎を以て尊貴を背棄す」と言う。卑賎が尊貴を背棄するはすなわち下に在る者が上に在る者を背棄するなので、礼に違い義を悖乱し、小人の行径と言う。○「君子」から「之器」までのこの一段:「五」は困卦の五爻を指し、五はその正を得るので君子と称す。坤は形而下の器物なので「器はすなわち坤」と言う。坤は大車、三爻は坤の上に在るので「君子の器に乘る」と言う。

○小人至謂也○此虞義也。三失位故小人謂三。三違事君之禮而倍五,乾在坤上稱君子德車,三乘其車非其人也。五之二成解,解二體坎,坎為盜為思,故盜思奪之矣。五之二失正。若然,乘君子之器者,盜也;奪之者,亦盜也,故云為易者其知盜乎,此之謂也。

○「小人」から「謂也」までのこの一段:これは虞翻の説。三爻は位を失うので「小人」は三爻を指す。三爻は君に事うるの礼に違い背いて五爻を背棄す。乾が坤の上に在るは君子の徳車と称し、三爻がこの車に乘坐するは実にそれの坐すべきに非ず。五爻は往きて二位に居りて解を成し、解卦の二爻の互体は坎を為し、坎はすでに盗にしてまた思なので「盗はこれを奪わんことを思う」と言う。而して五爻が往きて二位に居るも実はその正を失う。これに照らして見れば、君子の器に乘る者は盗、来りてこれを奪取する者もまた盗——だから「『易』を作る者はほぼ盗賊の理を知れるなり」と言い、講ずる所はまさにこれ。

○三倍至暴也○此虞義也。上謂五,下謂二。三倍五,上嫚乾五之君而竊乘其器,下乘剛而暴於二,故上嫚下暴。二變入宮體坤,坤以藏之,故藏於坤。五之二寇三,故云五來寇三。解互離,故以離戈兵,聲罪致討,故稱伐之。三傳曰「自我致戎」,虞氏謂以離兵伐三,故轉寇言戎以成三惡,坎盜,故為暴也。

○「三倍」から「暴也」までのこの一段:これは虞翻の説。「上」は五爻を指し「下」は二爻を指す。三爻は五爻を背棄し、上に対しては乾五の君を軽慢してその車器を窃乘し、下に対しては剛爻に凌乘して二爻を暴虐するので「上は嫚し下は暴」と言う。二爻は変じて宮に入り坤体を成し、坤は能く收藏するので「坤に蔵る」と言う。五爻は往きて二位に居りて以て三爻を侵犯するので「五は来りて三を寇す」と言う。解卦の互体は離あるので「離を以て戈兵と為す」と言い、その罪状を数えて以て討伐を加うるので「これを伐つ」と称す。『解』卦六三の『小象』に「自ら戎を致す」とあり、虞翻はこれを離兵を用いて三爻を討伐するを以て然りと為すので、「寇」を転じて「戎」と説き、以て三爻の悪を坐実す。坎は盗なので「暴を為す」と言う。

○坎心至悔淫○此虞義也。二體坎,坎心為悔。困萃皆有兌象,故兌為見,藏而見是嫚藏也。野容,鄭氏謂飾其容而見於外曰野,謂婦人出無擁蔽,猶野處也。《列女傳》載華孟姬曰:車奔姬墮,使侍御者舒幃以自幛蔽,曰:「妾聞野處則幃裳擁蔽,所以正心一意,自斂制也。」頌曰:「孟姬好禮,執節甚公,避嫌遠別,終不野容。」是其義也。

○「坎心」から「悔淫」までのこの一段:これは虞翻の説。二爻の互体は坎を為し、坎は心にして悔。困・萃の両卦は皆兌象を帯ぶるので兌は見。もと蔵すべきに却って現れ出づるは、すなわち「蔵するを嫚す」。「野容」に至っては、鄭玄は容貌を修飾して人に外露するを「野」と謂うと認め、婦人の出行に遮蔽なきを指し、野外に露処するがごとし。『列女伝』は齐国の華孟姫の事を記載す:彼女の車は翻覆して人は地に堕落し、便ち侍従に命じて帷幔を展開せしめて自ら遮りて言う:「われ聞く、外に露処せば則ち帷裳を以て遮蔽すべし——これは以て心志を端正し意念を専一にし、自ら約束を加うるなり」と。彼女を賛して言う:「孟姫は礼を好み、節を守ること極めて公正にして、嫌疑を避け男女の別を遠ざけ、終始露容して人に示すを肯んぜず」と——まさにこの意。

三動成乾,乾為野。坎為欲為水,故云坎水為淫。二變藏坤則五來奪之,奪之謂奪三,三為盜為淫而為五所奪,故嫚藏悔盜、野容悔淫。王弼本野作冶,悔作誨,非虞義也。○二藏至之招○此虞義也。二謂萃二,二藏坤時四體艮,艮為手,艮手招盜,故盜之招也。

三爻は動きて乾を成し、乾は原野。坎は欲にして水なので「坎水は淫を為す」と言う。二爻は変じて坤に蔵れ、五爻は便ち来りて奪取す。奪う所はまさに三爻、三爻はすでに盗にしてまた淫にして五爻の奪う所と為るので「蔵を嫚すれば盗を誨え、容を野にすれば淫を誨う」と言う。王弼本は「野」を「冶」と写し「悔」を「誨」と写すも、虞翻の義例に合せず。○「二蔵」から「之招」までのこの一段:これは虞翻の説。「二」は萃卦の二爻を指す。二爻が坤に蔵るるの時、四爻の互体は艮を為し、艮は手——手を以て盗賊を招引するので「盗の招」と言う。

周易述巻十五 元和恵棟撰

繋辞上伝

大衍之數五十其用四十有九。注:衍,演也。合天地之數演而用之,故曰大衍。《書》曰「占用二衍貣」,衍數所以立卦。天地之數五十有五,五行也,而五為虛,故大衍之數五十。三才也,太極元氣函三為一,故一不用。其用四十有九,三才五行備焉。

経文:「大衍の数は五十、その用は四十有九」。恵棟の自注:「衍」はすなわち演、天地の数を合して推演して運用するので「大衍」と謂う。『尚書・洪範』に「占は二を用い、衍忒す」とあり、衍出せる数はまさに以て卦を立つるに用いる。天地の数は共に五十五、あれは五行の数、その中の「五」は空虚にして用いられず——だから大衍の数はただ五十を取る。この五十はまた三才に象を取る:太極元気は三統を包含して一に合するので、その中の「一」もまた用いられず。実際に用いる所の四十九策の裡に、三才と五行の意義はすでに具備す。

分而為二以象兩。注:太極生兩儀,故分而為二以象兩。掛一以象三。注:易有三才,故掛一以象三。揲之以四以象四時。注:易說文王推爻四乃術數,故揲之以四。播五行於四時,故以象四時。歸奇於扐以象閏。注:奇所掛一筴,扐所揲之餘,不一則二,不三則四也。取奇以歸扐則以閏月定四時成歲,故歸奇於扐以象閏。五歲再閏故再扐而後掛。注:一掛兩揲兩扐為五歲再閏。再扐之後,然後別起一掛,故再阞而後掛。

経文:「分かちて二と為し以て両に象る」。恵棟の自注:太極は両儀を生出するので、蓍策を分かちて两份と為し以て天地両儀を象徴す。経文:「一を挂(けい)して以て三に象る」。自注:『易』は三才有るので、一策を挂出して以て三才を象徴す。経文:「これを揲(せつ)するに四を以てし以て四時に象る」。自注:『易説』は文王が爻数を推演するに四を以て術数と為すを講ずるので、四根ずつ四根ずつ数え、また五行の気を四時に分布するので、以て四季を象徴す。経文:「奇を扐(ろく)に帰して以て閏に象る」。自注:「奇」は挂出する所のあの一策、「扐」は四四に数え了りて後の剩余の策、一ならざれば則ち二、三ならざれば則ち四。挂する所の一策を余策に帰入するは、ちょうど閏月を用いて四時を釐定して一歳を成すがごとし——だから「奇を扐に帰して以て閏に象る」と言う。経文:「五歳は再び閏す、ゆえに再び扐して後に挂す」。自注:一たび挂し、両度揲し、両度扐すは、まさに五年の中に両度閏を置くを象る。両度扐して後、然る後に別に一たび挂を起こすので「再び扐して後に挂す」と言う(底本は「扐」を「阞」と写す)。

疏:衍演至備焉○此章言聖人創大衍四象以作八卦之事。《太玄》曰:「夫作者貴其有循而體自然。」聖人幽贊於神明而生蓍,因創為大衍四象之法以作八卦,循四象以立卦,皆體自然而不虛造也。衍演,鄭義也。周語伯陽父曰「夫水土演而民用也」,韋昭注云:「水土氣通為演,演則生物,民得用之。」彼據傳文而云水土氣通,其陰陽二氣之通亦得為演。衍演同物,故云衍演也。

疏文は自注の「衍演」から「備焉」までのこの一段を解釈す。○この一章の講ずるは聖人が大衍と四象の法を創制して以て八卦を作るの事。『太玄』に言う:「およそ創作するは、貴ぶべき所は遵循する所有りて自然に体合するに在り」と。聖人は神明に深く参賛して蓍占の法を生出し、因りて大衍四象の法を創出して以て八卦を作り、四象に依循して卦を立つるは、皆自然に体合して空を憑いて造作せず。「衍」を「演」と訓ずるは鄭玄の意見。『国語・周語』の裡の伯陽父は「それ水土は演じて民の用を為す」と言い、韋昭の注:「水土の気が相通ずるを演と謂い、演ずれば則ち物を生じ、百姓は以て取用を得」と。彼は伝文に依りて水土の気の通ずるを説くも、実は陰陽二気の相通ずるも同じく「演」と謂いうる。「衍」と「演」はもと同一回事なので「衍はすなわち演」と言う。

天地之數五十有五。演而用之,故曰大衍。書曰占用二衍貣者,《尚書·鴻範》文。鄭彼注云:「卦象多變,故言衍貣。」下傳云「十有八變而成卦」,故衍數所以立卦。繫下云:「易之為書也廣大悉備,有天道焉,有地道焉,有人道焉。」《說卦》曰:「立天之道曰陰與陽,立地之道曰柔與剛,立人之道曰仁與義。」故卦有三才。

天地の数は五十五、これを推演して運用するので「大衍」と謂う。注文の引く所の「『書』に曰く、占は二を用い衍忒す」は『尚書・洪範』の文句。鄭玄はあの一か所に注して言う:「卦象の変化は甚だ多し、ゆえに衍忒と言う」と。『繋辞』の下文に「十に八変して以て卦を成す」とあり、衍出する数はまさに以て卦を立つるに用いると見える。『繋辞下伝』に言う:「『易』のこの書は広大にして備わらざるなし、天の道あり、地の道あり、人の道あり」と。『説卦伝』に言う:「天の道を立つるは陰と陽と曰い、地の道を立つるは柔と剛と曰い、人の道を立つるは仁と義と曰う」と——だから毎一卦は皆三才を含む。

大衍之數即天地之數。天地之數五十有五,而大衍之數五十者,《明堂月令》曰:「春,其數八;夏,其數七;秋,其數九;冬,其數六;中央土,其數五。」一水二火三木四金五土,水火木金得土而成,故一二三四得五為六七八九。土生數五,成數五,五五為十,故有地十。故《太玄》曰:「一六為水,二七為火,三八為木,四九為金,五五為土。」

大衍の数はすなわち天地の数。天地の数は明らかに五十五なるに、而るに大衍の数は却ってただ五十を取る——その中の道理は:『明堂月令』に「春の数は八、夏の数は七、秋の数は九、冬の数は六、中央土の数は五」とある。一は水、二は火、三は木、四は金、五は土。水火木金は皆土を得てこそ形を成しうるので、生数の一・二・三・四は各々五を加えて六・七・八・九を成す。土の生数は五、成数もまた五、五と五は相合して十を為すので、「地十」の数あり。これに因りて『太玄』に言う:「一六は水、二七は火、三八は木、四九は金、五五は土」と。

天地之數五十有五而五在地十之中,故大衍之數五十,五為虛也。五五為十而五為虛,故伏羲衍易數止五十;五五為十而十為虛,故箕子陳範數止於九。《易乾鑿度》曰:「大衍之數五十,日十,辰十二,星二十八,凡五十。」京氏於此傳之注亦云:「五十者謂十日、十二辰、二十八宿。」據乾鑿度先師之法也。

天地の数は五十五にして、その中の「五」はすでに「地十」の裡面に含まるるので、大衍の数はただ五十を取り、あの「五」は空虚にして用いられず。五と五は合して十を為して「五」は空虚なので、伏羲が『易』の数を推衍するはただ五十に至る。五と五は合して十を為して「十」は空虚なので、箕子が『洪範』の数を陳述するはただ九に至る。『易乾鑿度』に言う:「大衍の数五十とは、十天干・十二辰・二十八宿を合計して五十」と。京房がこの段の『繋辞』に注するもまた言う:「いわゆる五十は十日・十二辰・二十八宿を指す」と。これらは皆『乾鑿度』の伝うる所の先師の法度に依拠す。

星主斗。《三統曆》曰:「日合於天統,月合於地統,斗合於人統。」故大衍之數五十,三才也。《三統曆》又曰:「太極元氣函三為一。」一,太極也。京氏云:「其一不用者,天之主氣將欲以虛來實,故用四十九。」天之主氣謂北辰也,故馬氏云:「北辰居位不動,其餘四十九轉運而用。」

二十八宿の中は北斗を以て主と為す。『三統暦』に言う:「日は天統に合し、月は地統に合し、斗は人統に合す」と——だから大衍の数五十はまさに三才に象を取ると言う。『三統暦』はまた言う:「太極元気は三を函して一と為す」と。この「一」はすなわち太極。京房は言う:「あの一策の用いられざる所以は、天の主気は虚を以て実を招致するを要するがゆえ——だから実用は四十九」と。いわゆる天の主気は北極星を指すので、馬融は言う:「北辰はその位に居りて動かず、その余の四十九策は転運して用を為す」と。

但天地之數虛五而數可演,大衍之數虛一而蓍可用。虛者,道之舍也,故《三統曆》曰「道據其一」。必知數備三才五行者,天有三才,地有五行。下傳云「分而為二以象兩,掛一以象三」,是備有三才也;「揲之以四以象四時」,是備有五行也。衍數所以立卦,故云三才五行備焉。若然,大衍合三才五行則兼有合義,故干寶注云:「衍,合也。」

ただし天地の数は「五」を空出せばこそ数は推演し開きうるのを要し、大衍の数は「一」を空出せばこそ蓍策は用い成りうるのを要す。空虚の処はまさに道の寄寓する所の処なので、『三統暦』は「道はその一に拠る」と言う。この数が三才五行を兼備すると断定する所以は、天は三才有り地は五行あるがゆえ。『繋辞』の下文に「分かちて二と為し以て両に象り、一を挂して以て三に象る」とあるは、これはすなわち三才を備有し、「これを揲するに四を以てし以て四時に象る」と言うは、これはすなわち五行を備有す。衍出する数は以て卦を立つるに用いるので、注文は「三才五行は皆その中に備わる」と言う。こう言えば、大衍はすでに三才に合しまた五行に合し、「衍」の字は便ち兼ねて「合」の意を有するので、干宝が注して言う:「衍はすなわち合」と。

○太極至象兩○此馬義也。兩儀,天地,以四十九筴分置左右兩手,左象天,右象地,是象兩也。○易有至象三○三才,天地人。掛,猶縣也,就兩儀之間於天數之中分掛其一而配兩儀以象三才。虞氏謂掛左手之小指,若然,則於右手之中掛其一於左手小指也。

○「太極」から「象両」までのこの一段:これは馬融の説。両儀はすなわち天地:四十九策を分かちて左右両手に放ち、左手は天を象り右手は地を象る——これがすなわち「両に象る」。○「易有」から「象三」までのこの一段:三才はすなわち天・地・人。「挂」は「懸」のごとく、両儀の間に於て天に属するのあの一份より一策を分出して懸け、両儀と相配して三才を象る。虞翻はこれを左手の小指の上に挂すと説く。これに照らして言えば、すなわち右手の策の中より一策を取出し、左手の小指の間に挂す。

○易說至四時○易說者,《乾鑿度》文。天有四時,地有四方,人有四德,無非四也。推爻之法亦以四求之,故揲之以四。播五行於四時,《禮運》文。大衍五行之數,播散水火木金土之氣於春夏秋冬之四時,故播五行於四時,謂分揲其蓍皆以四,四為數以象四時也。

○「易説」から「四時」までのこの一段:いわゆる『易説』は『乾鑿度』を指す。天は四時あり、地は四方あり、人は四徳あり——一か所として「四」ならざるなく、爻数を推演するの法もまた四を以て求むるので、四根ずつ四根ずつ数う。「五行を四時に播く」は『礼記・礼運』の語。大衍の用いる所は五行の数にして、水火木金土の気を春夏秋冬の四季に分布するので「五行を四時に播く」と言う。すなわち蓍策を分数するに一律に四を以て一組と為し、この「四」を用いて四季を象徴す。

○奇所至象閏○此虞義也。奇與扐為二事。奇,所掛之一也,故云所掛一筴。扐,左右手四揲之餘也。《王制》曰「祭用數之扐」,又曰「喪用三年之扐」,皆謂數之餘也,故云所揲之餘。既數兩手之筴則其四,四之後必有零數,或一,或二,或三,或四,故云不一則二,不三則四也。

○「奇所」から「象閏」までのこの一段:これは虞翻の説。「奇」と「扐」は両回事。「奇」は挂出せるあの一策なので、注文は「挂する所の一筴」と言う。「扐」は左右両手が四四に数え了りて後の残る所の余策。『礼記・王制』に「祭は数の扐を用い」とあり、また「喪は三年の扐を用い」と言う——説く所は皆数余なので、注文は「揲する所の余」と言う。両手の策はすでに四根ずつ四根ずつ数え了り、数え終われば必ず零頭を留めて残し、あるいは一、あるいは二、あるいは三、あるいは四なので「一ならざれば則ち二、三ならざれば則ち四」と言う。

取所掛之一而歸之兩手所揲之餘,故云取奇以歸扐。以閏月定四時成歲,《堯典》文。《素問》曰:「日行一度,月行十三度而有奇焉,故大小月三百六十五日而成歲,積氣餘而盈閏矣。立端於始,表正於中,推餘於終而天度畢。」故以閏月定四時成歲,積餘分而成閏月,故歸奇於扐以象閏也。

挂出せるあの一策を両手の数余の策の裡に帰併するので「奇を取りて以て扐に帰す」と言う。「閏月を以て四時を定め歳を成す」は『尚書・尭典』の語。『素問』に言う:「太陽は一天に一度を行き、月は一天に十三度余りを行く——だから大月小月を合計して三百六十五日にして一歳を成し、気の盈余を積累すれば便ち満ちて閏月を成す。歳首に於て起点を確立し、中間に於て節候を標正し、余数を歳末に推せば、一周天の度数は便ち走り了る」と——だから閏月を用いて四時を釐定して一歳を成すを要す。余分を積んで閏月を成すので「奇を扐に帰して以て閏に象る」と言う。

○一掛至後掛○凡前後閏相去大較三十二月,在五歲之中。此掛一揲四歸奇之法亦一變之間,凡一掛兩揲兩扐合為五者,故五歲再閏。五者之中凡有再扐以象再閏,然後置前掛扐之筴,復以見存之筴分二掛一而為第二變矣。虞注:「參五以變曰五歲再閏,再扐而後掛以成一爻之變。」蓋參其五而後成一爻也。

○「一挂」から「後挂」までのこの一段:前後の二つの閏月はおおよそ三十二ヶ月を相隔て、皆五年の内に落つ。この挂一・揲四・帰奇の弁法もまた一変の中に於て完成す:一たび挂し両度揲し両度扐すは、合わせてまさに五個の歩驟なので、「五歳に再び閏す」に対応す。この五個の歩驟の裡に恰も両度の扐あり、以て両度の閏を置くを象徴し、然る後に先前挂出し扐出せるの策を一辺に擱き、さらに現存する策を用いて重ねて二を分かち一を挂し、第二変を行う。虞翻の注に言う:「参五して以て変ずるはすなわち五歳に再び閏し、再び扐して後に挂し、以て一爻の変を成す」と——ほぼこの五個の歩驟を参合して後に一爻を成就す。

天數五地數五五位相得而各有合。注:天數五謂一三五七九,地數五謂二四六八十。五位,五行之位。相得謂一得五為六,二得五為七,三得五為八,四得五為九,五得五為十。有合謂一與二合,丁壬也;三與十合,甲己也;五與六合,戊癸也;七與四合,丙辛也;九與八合,乙庚也。

経文:「天の数は五、地の数は五、五位は相い得て各々合あり」。恵棟の自注:天の数五個は一・三・五・七・九を指し、地の数五個は二・四・六・八・十を指す。「五位」は五行の方位を指す。「相い得」は一は五を得て六を成し、二は五を得て七を成し、三は五を得て八を成し、四は五を得て九を成し、五は五を得て十を成すを言う。「合あり」は一と二は相合して天干の丁と壬に配し、三と十は相合して甲と己に配し、五と六は相合して戊と癸に配し、七と四は相合して丙と辛に配し、九と八は相合して乙と庚に配するを言う。

天數二十有五地數三十凡天地之數五十有五此所以成變化而行鬼神也。注:一三五七九,故二十有五也;二四六八十,故三十也。天二十有五,地三十,故五十有五也。五五為十,故有地十而大衍之數五十,故所以成變化而行鬼神也。

経文:「天の数は二十有五、地の数は三十、およそ天地の数は五十有五——これが変化を成し鬼神を行らしむる所以なり」。恵棟の自注:一・三・五・七・九を相加すれば二十五を得、二・四・六・八・十を相加すれば三十を得る。天の数は二十五、地の数は三十、合すればまさに五十五。五と五は合して十を為すので「地十」の数ありて、而して大衍の数は五十を取る——聖人はまさにこの数を憑りて万物の変化を成就し鬼神の妙を運行す。

疏:天數至庚也○下傳云:「天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十。」一三五七九,奇也,故天數五;二四六八十,偶也,故地數五。鄭氏曰:「天地之氣各有五行。」故五位謂五行之位,此上虞義也。昭八年《春秋傳》曰「妃以五成」,皇侃以為金木水火得土而成。《太玄》曰:「一六為水,二七為火,三八為木,四九為金,五五為土。」又云:「一與六共宗,二與七共朋,三與八成友,四與九同道,五與五相守。」天地之數止有天五而云五與五相守者,五五十也,故五得五為十也。

疏文は自注の「天数」から「庚也」までのこの一段を解釈す。○『繋辞』の下文に言う:「天一に地二、天三に地四、天五に地六、天七に地八、天九に地十」と。一・三・五・七・九は奇数なので天の数は五個あり、二・四・六・八・十は偶数なので地の数は五個あり。鄭玄は言う:「天地の気は各々皆五行あり」と——だから「五位」は五行の方位を指す(以上は虞翻の説)。『春秋左伝』の昭公八年に「妃は五を以て成す」とあり、皇侃はこれを金木水火は皆土を得てこそ成就しうると認む。『太玄』に言う:「一六は水、二七は火、三八は木、四九は金、五五は土」と。また言う:「一と六は同宗、二と七は朋を為し、三と八は友を成し、四と九は同道、五と五は相守る」と。天地の数の裡にただ一個の「天五」あるのみなのに却って「五と五は相守る」と言うは、あれは五に五を乗ずれば十を得るがゆえに、五は五を得て十を為すと言う。

《春秋傳》又曰「火,水妃也」,妃即合也。陰陽書有五行妃合之說:甲乙木也,丙丁火也,戊己土也,庚辛金也,壬癸水也。木克土,土克水,水克火,火克金,金克木。火畏水,以丁為壬妃,故一與二合,丁壬也;土畏木,以己為甲妃,故三與十合,甲己也;水畏土,以癸為戊妃,故五與六合,戊癸也;金畏火,以辛為丙妃,故七與四合,丙辛也;木畏金,以乙為庚妃,故九與八合,乙庚也。其一與二、三與十、五與六、七與四、九與八相合之義則昭十七年《春秋傳》曰「水,火之牡也」,劉歆說雲。

『春秋左伝』はまた「火は水の配偶なり」と言い、「妃」はすなわち相合。陰陽家の書の裡に五行妃合の説あり:甲乙は木に属し、丙丁は火に属し、戊己は土に属し、庚辛は金に属し、壬癸は水に属す。相克の次序は木は土を克ち、土は水を克ち、水は火を克ち、火は金を克ち、金は木を克つ。火は水を畏懼するので丁を以て壬の配偶に配作し——だから一と二は相合しすなわち丁と壬。土は木を畏懼するので己を以て甲の配偶に配作し——だから三と十は相合しすなわち甲と己。水は土を畏懼するので癸を以て戊の配偶に配作し——だから五と六は相合しすなわち戊と癸。金は火を畏懼するので辛を以て丙の配偶に配作し——だから七と四は相合しすなわち丙と辛。木は金を畏懼するので乙を以て庚の配偶に配作し——だから九と八は相合しすなわち乙と庚。一と二・三と十・五と六・七と四・九と八の何を以て相合するかの道理に至っては、則ち『春秋左伝』の昭公十七年の説く所の「水は火の雄配なり」と、および下文の引く所の劉歆の説に見ゆ——本片の底本はここに至りて止まり、劉歆の説法は下の一片に接続す。

水以天一為火二牡,木以天三為土十牡,土以天五為水六牡,火以天七為金四牡,金以天九為木八牡。陽奇為牡,陰偶為妃,故曰水火之牡也,又曰火水妃也。是以鄭注《鴻範》「星有好風,星有好雨」云:中央土氣為風,東方木氣為雨。

水は「天一」の数を憑りて「地二」の火の牡を為し、木は「天三」の数を憑りて「地十」の土の牡を為し、土は「天五」の数を憑りて「地六」の水の牡を為し、火は「天七」の数を憑りて「地四」の金の牡を為し、金は「天九」の数を憑りて「地八」の木の牡を為す。奇数は陽に属するので「牡」と称し、すなわち雄の一方。偶数は陰に属するので「妃」と称し、すなわちこれと相配するの一方。これに因りて『春秋左氏伝』はすでに「水は火の牡なり」と言い、また「火は水の妃なり」と言う——同一対の搭配にして、陽の一辺より見れば牡と謂い、陰の一辺より見れば妃と謂う。まさにこの層の配偶関係あるがゆえに、鄭玄が『尚書・洪範』の「星に風を好むあり、星に雨を好むあり」に注する時にこそ言う:中央は土に属し、土気は発動すれば便ち風を成し、東方は木に属し、木気は発動すれば便ち雨を成すと。

箕屬東方木,木克土,是土十為木三妃,尚妃之所好,故箕星好風也。西方金氣為陰,克東方木,木八為金九妃,畢屬西方,尚妃之所好,故好雨。推此而往,南宮好暘,北宮好燠,中宮四季好寒。是由己所克而得其妃,從其妃之所好。是天地五行相合之義也。

箕宿は東方に属し五行は木。木は能く土を克つ——ここに於て「地十」の土は便ち「天三」の木の妃と成る。牡はつねに妃の喜好に順い、土気は風を為すので箕星は「風を好む」。西方の金気は陰に属し、能く東方の木を克つ——ここに於て「地八」の木は「天九」の金の妃と成る。畢宿は西方に属し、同じく妃の喜好に順い、木気は雨を為すので畢星は「雨を好む」。この路数に照らして推し下れば:南宮は火に属し、火は金を克ち、金気は清明なので「暘(よう)を好む」——喜ぶ所は晴日。北宮は水に属し、水は火を克ち、火気は温熱なので「燠(いく)を好む」——喜ぶ所は暖。中宮は土に属し、土は水を克ち、水気は寒凉なので四季は皆「寒を好む」。総じて帰する所は皆自ら克つ所の一方より配偶を取得し、さらに配偶の喜好に順従す。これがすなわち天地五行の彼此配合するの道理。

○一三至神也○一三五七九,奇數之積二十有五;二四六八十,偶數之積三十也。合天地之數,故五十有五也。此上虞義也。《太玄》曰:五五為土。五五十也,故有地十,而五為虛,故大衍之數五十。蓍數卦爻皆於此衍焉,故所以成變化而行鬼神也。

以下の疏す所は注文の裡の「一三五七九」から「行鬼神也」までのこの一段。一・三・五・七・九は皆奇数にして累加すれば二十五を得——これは天の数の総和。二・四・六・八・十は皆偶数にして累加すれば三十を得——これは地の数の総和。天の数と地の数は相合するので五十五。以上は虞翻の解説を采用す。揚雄の『太玄』に「五五は土」とあり、五と五は相守りて十を成し、天地の数の中に始めて「地十」のこの一位あり。而して「天五」はそれ自体はただ虚位にして併せて実際に投入使用せざるなので、「大衍の数」はただ五十を取る。揲蓍の得る所の数目・六十四卦・三百八十四爻は全てこの五十の数より推衍して出づるので、『繋辞』はそれは能く「変化を成し鬼神を行らしむ」と言う。

乾之筴二百一十有六,坤之筴百四十有四。注:陽爻之筴三十有六。乾六爻皆陽,三六一百八十,六六三十六,合二百一十有六也。陰爻之筴二十有四。坤六爻皆陰,二六一百二十,四六二十四,合一百四十有四也。陽爻九合四時,四九三十六;陰爻六合二十四氣,四六二十四。是其義也。

経文に言う:『乾』卦の蓍策数は二百一十六、『坤』卦の蓍策数は一百四十四。恵棟の自注:一個の陽爻の策数は三十六、『乾』卦の六爻は全て陽爻——三十の六倍は一百八十、六の六倍は三十六、両者は相加えてまさに二百一十六。一個の陰爻の策数は二十四、『坤』卦の六爻は全て陰爻——二十の六倍は一百二十、四の六倍は二十四、両者は相加えてまさに一百四十四。策数が何を以てこのよう定まるかに至っては:陽爻は「九」と称し、九は四時と相配し、四九は三十六を得。陰爻は「六」と称し、六は二十四節気と相配し、四六は二十四を得。これがすなわちその中の道理。

凡三百有六十,當期之日。注:《易說》二卦十二爻而期一歲,故云當期之日。又云歷以三百六十五日四分度之一為一歲,易以三百六十當期之日,此律曆數也。五歲再閏,故再扐而後掛,以應律曆之數。二篇之筴萬有一千五百二十,當萬物之數也。注:二篇上下經共六十四卦,三百八十四爻,陰陽各半。陽爻一百九十二,一爻三十六筴,合六千九百一十二筴。陰爻一百九十二,一爻二十四筴,合四千六百八筴。故二篇之筴萬一千五百二十。易以類萬物之情,故當萬物之數也。

経文に言う:乾坤の両卦の策数を合すれば共に三百六十、ちょうど一整年の日数に抵(あ)て得るに足る。恵棟の自注:『易説』は乾・坤の両卦の十二爻は満一年に配すと講ずるので「期の日に当たる」と言い、「期」はすなわち一周年。『易説』はまた講ず、暦法は三百六十五と四分の一日を以て一年と為すも、『周易』は却って三百六十を取りて以て一年の数に当て——これは律暦の整数を取る。暦法の上は五年に二個の閏月を安排するので、揲蓍する時は「再び扐して後に挂す」を要す——両度余数を指縫に挟みて以て閏月を象徴し、以て律暦の数に対応す。経文に言う:上下両篇の策数は共に一万一千五百二十、ちょうど万物の数に抵て得るに足る。恵棟の自注:いわゆる「二篇」はすなわち上経と下経、合計して六十四卦・三百八十四爻にして陰爻陽爻は各々半を占む。陽爻は一百九十二個、毎爻は三十六策、合計して六千九百一十二策。陰爻は一百九十二個、毎爻は二十四策、合計して四千六百八策。両項を相加えれば、二篇の策数はすなわち一万一千五百二十。『周易』はこれを用いて万物の情状に比拟するので、まさに万物の数に当たると言う。

疏。陽爻至義也○此荀義也,蓋據乾坤九六之筴云爾。其七八之數亦然:四七二十八,六爻一百六十有八;四八三十二,六爻一百九十有二。三十六合二十四,六十也;二十八合三十二,亦六十也。二百一十有六,百四十有四,凡三百有六十,當期之日。百六十有八,百九十有二,凡三百有六十,亦當期之日。二篇之筴萬一千五百二十,七八之數四七二十有八,凡一百九十二爻為五千三百七十六筴;四八三十有二,凡一百九十二爻,為六千一百四十四筴。二篇之筴合之亦萬有一千五百二十,當萬物之數。言九六而七八舉矣。

恵棟の自疏。以下の釋する所は注文の裡の「陽爻の筴は三十有六」から「是其義也」までの一段。これは荀爽の説にして、ただ乾坤両卦の用九・用六の策数に就きて立論するのみ。少陽の七・少陰の八の策数もまたこれに照らして推算しうる:四に七を乗ずれば二十八を得、六爻は共に一百六十八。四に八を乗ずれば三十二を得、六爻は共に一百九十二。老陽の三十六と老陰の二十四を相加えれば六十、少陽の二十八と少陰の三十二を相加えるもまた六十——老少の両組は一陰一陽を合せて皆恰好六十。老陽の一組は二百一十六、老陰の一組は一百四十四、共に三百六十にしてまさに一年の日数に当たる。少陽の一組は一百六十八、少陰の一組は一百九十二、も三百六十にして同じくまさに一年の日数に当たる。さらに二篇の一万一千五百二十策を看る:もし改めて七・八を用いて算すれば、四に七を乗ずれば二十八を得、一百九十二個の少陽爻は共に五千三百七十六策。四に八を乗ずれば三十二を得、一百九十二個の少陰爻は共に六千一百四十四策。両項を相加えれば、依旧として一万一千五百二十にして同じくまさに万物の数に当たる。経文はただ「九・六」を挙ぐるのみなるに、而して「七・八」の算法はすでに一併に包挙して内に在るを見るべし。

○易說至之數○皆《乾鑿度》文。二卦十二爻而期一歲,即上乾坤之筴也。其消息之月亦十二爻而期一歲。歷以三百六十五日四分度之一為一歲,易以三百六十當期之日,舉大數而言。而揲蓍之法有扐數以象閏,故五歲再閏,故再扐而後掛也。消息則以七分為閏餘矣。

以下の疏す所は注文の裡の「易説の二卦十二爻」から「以て律暦の数に応ず」までの一段。これらの話は皆『易緯乾鑿度』より出づ。「二卦十二爻にして一歳を期す」は指す所はまさに上文の乾坤両卦の策数の合成する三百六十にして一年の日に抵る。而して十二消息卦は月を按じて輪値し、も十二爻は満一年に配す。暦法は三百六十五と四分の一日を以て一年と為し、『周易』は三百六十を取りて一年に当つるはその整数を挙げて言う。揲蓍の法は余数を指縫の裡に挟みて以て閏月を象徴するを要し、五年の中は二個の閏月あるので「再び扐して後に挂す」を要す。卦気消息の一路に至っては則ち七分を取りて以て閏余と為し盈縮を調剤す。

○二篇至數也○《乾鑿度》孔子曰:陽三陰四,位之正也。故易卦六十四分而為上下。陽道純而奇,故上篇三十;陰道不純而偶,故下篇三十四。乾坤者,陰陽之本始,故為上篇之始;坎離終始萬物,故為上篇之終也。咸恆者男女之始,故為下篇之始;既濟未濟為最終。是上下二篇文王所定,故知二篇為上下經也。

以下の疏す所は注文の裡の「二篇の上下経は共に六十四卦」から「ゆえに万物の数に当たるなり」までの一段。『乾鑿度』は孔子の話を引きて言う:陽数は三・陰数は四——これは陰陽の各々その正位に安んずるなり。だから六十四卦は分かれて上下両篇と為る:陽道は純粋にして奇に属するので上篇は便ち三十卦、陰道は純ならずして偶に属するので下篇は便ち三十四卦。『乾』『坤』は陰陽の本原開端なので上篇の首に列し、『坎』『離』は能く万物を終結しまた開啓するので上篇の末に列す。『咸』『恒』は男女の交感の始なので下篇の首に列し、『既済』『未済』は則ち全書の最後に収む。上下両篇の分法は周文王の定むる所なので、これに由りて注文の言う所の「二篇」は指す所はまさに上経と下経なるを知るべし。

《繫》下云:庖犧始作八卦,以類萬物之情。九家注云:六十四卦凡有萬一千五百二十筴,筴類一物,故曰類萬物之情。《說苑》孔子曰:察變之動,莫著於五星。天之五星運氣於五行,其初猶發於陰陽,而化極於萬一千五百二十。蓋萬物之精上為列星,故天有萬一千五百二十星,地有萬一千五百二十物。

『繋辞下伝』に言う:伏羲が初めて八卦を創るは、以て万物の情状に比拟するに用いる。『九家易』の注解に言う:六十四卦は総計して一万一千五百二十策あり、一策は一物に比拟するので「万物の情に類す」と言う。劉向の『説苑』は孔子の話を引きて言う:変化の動向を考察するは五星より顕著なるは莫し。天上の五星は気運を五行の中に布き、その発端は依然として陰陽二気の外に出でず、而して化生の達する所の極数は便ち一万一千五百二十。万物の精華は上升して群星に凝為るので、天上は一万一千五百二十顆の星あり、地上は一万一千五百二十種の物あり。

聖人仰觀俯察,幽贊於神明而生蓍,觀變於陰陽而立卦,發揮於剛柔而生爻,故卦爻之筴亦萬有一千五百二十。乾元萬物資始,坤元萬物資生。乾為天,坤為地,艮為人。艮主星,星主斗,斗合於人,統三才之義。天之五星運氣於五行而化極於萬一千五百二十。大衍之數五十,三才五行之合,得有此數也。

聖人は上って天象を観、下りて地理を察し、暗中に神明の輔助を承受して蓍法を創制し、陰陽の変動を観察して卦体を確立し、剛柔の推移を鋪展して爻画を生出す——だから卦爻の策数もまたまさに一万一千五百二十。『乾』の元は万物をして創始を得せしめ、『坤』の元は万物をして生養を得せしむ。『乾』は天を象り、『坤』は地を象り、『艮』は人を象る。『艮』はまた星を主管し、星は北斗を以て主と為し、北斗はまた人道に合す——このよう便ち天・地・人の三才の意義を統貫す。天上の五星は気運を五行に布き、化生の極数は同じく一万一千五百二十。「大衍の数五十」はまさに三才と五行と相合して始めて得出するの数目。

是故四營而成易。注:四營謂分二、掛一、揲四、歸奇也。易變而為一,故四營而成易,謂成一變也。言易者,象氣變。十有八變而成卦,八卦而小成。注:一變而為七,七變而為九,九者氣變之究,乃復變而為一,則三揲蓍而成一爻也。六爻三變,十有八變具而成卦。八卦而小成,則觀變於陰陽而立卦也。

経文に言う:だから四道の手続を経てこそ一個の「易」を成就す。恵棟の自注:「四営」は分かちて二と為し、一を指に挂し、四四にこれを数え、余数を指縫に挟帰するのこの四歩を指す。『乾鑿度』は「易は変じて一と為る」を講じ、これらの四歩を経れば便ち一「易」を成し、すなわち一変を完成す。ここに「変」と言わずして「易」と言うは、気の初変の象を取る。経文は接続して言う:十八変して一卦を成し、八卦は小成と算す。恵棟の自注:一変は七を為し、七変は九を為し、九は気変の終極——ここに於てまた回復して変じて一と為る。このように三度揲蓍して始めて一爻を成す。六爻は各々三変を経て、十八変は斉備して便ち一卦を成す。「八卦にして小成」はすなわち『説卦伝』の謂う所の陰陽の変動を観察して卦体を確立す。

引而信之,觸類而長之。注:引謂庖犧,引信三才,兼而兩之為六畫。觸,動也,謂六畫以成六十四卦,故引而信之,觸類而長之,則發揮於剛柔而生爻也。天下之能事畢矣。注:觸長爻筴至萬一千五百二十,聖人成能,故天下之能事畢矣。

経文に言う:これを牽引伸展し、類に随い触発してこれを増広す。恵棟の自注:「引」の主語は伏羲——彼は三才の象を牽引伸展し、三才を兼ねて各々両画を以てこれに配し、六画の卦を為す。「触」は触動の意、六画が変化を推動して六十四卦を成すを指す。だから「引きてこれを信(しん)し、類に触れてこれを長ず」と言い、すなわち剛柔を鋪展して爻画を生出す。経文は接続して言う:天下の為しうる所の事は便ち皆完備す。恵棟の自注:類に触れて増長し、爻策は一貫して一万一千五百二十に推し至り、聖人はこれを憑りてその功能を成就するので、天下の能事は皆完備す。

顯道神德行,是故可與酬酢,可與右神矣。注:道,大極也,分為兩儀,故顯道。德行人也,列為三才,故神德行。酬酢,往來也,變而為四時,故可與酬酢。神謂天神,大一也,助天神變化,故可與右神矣。子曰:知變化之道者,其知神之所為乎。注:在陽稱變,乾二之坤;在陰稱化,坤五之乾。陰陽不測之謂神,知變化之道者,故知神之所為。諸儒皆上子曰為章首,而荀馬又從之,甚非者矣。

経文に言う:『易』は「道」を彰顕し、人の徳行を神化す——ここを以てこれと酬酢往来しうべく、これに凭りて神明を輔佑しうべし。恵棟の自注:「道」は太極を指し、太極は分判して天地両儀を為すので「道を顕す」と言う。「徳行」は人に就いて言い、蓍を揲し一を挂して以て三に象れば、人は便ち三才の位に列するので「徳行を神ならしむ」と言う。「酬酢」はすなわち往来交接、蓍法の変は四時の循環に対応するので「与に酬酢しうべし」と言う。「神」は天神を指し、すなわち太一。大衍の数の運作は能く天神の変化を施行するを助くるので「与に神を右(たす)くべし」と言う。経文に言う:孔子は講じ、変化の道を知る者はほぼまた神明の作為を知らんかと。恵棟の自注:陽の一方に在るを「変」と謂い、『乾』卦の九二の爻が往きて坤位に居るを指し、陰の一方に在るを「化」と謂い、『坤』卦の六五の爻が往きて乾位に居るを指す——これは漢易の「升降」の路数。陰陽の変動は測度しがたきを「神」と謂い、変化の道を知れば自然とまた神の作為を知る。歴来の諸家は皆この句の「子曰」を上に提げて以て下一章の開頭に当つるも、荀爽・馬融はまたこれに跟隨してこのよう分かつ——これは大錯。

疏。四營至氣變○陸績曰:分而為二以象兩,一營也;掛一以象三,二營也;揲之以四以象四時,三營也;歸奇於扐以象閏,四營也。易變而為一,《乾鑿度》文。易有太易,有太初,有太始,有太素。易變而為一,當太初時。易無形畔。太易者,未見氣;太初者,氣之始,寒溫始生,故云易也。

恵棟の自疏。以下の釋する所は注文の裡の「四営は分二挂一を謂う」から「易を言う者は気変に象る」までの一段。陸績は言う:「分かちて二と為し以て両儀に象る」は第一営、「一を挂して以て三才に象る」は第二営、「四個ずつ一數して以て四時に象る」は第三営、「余数を指縫に挟みて以て閏月に象る」は第四営と。「易は変じて一と為る」のこの句は『乾鑿度』より出づ。『乾鑿度』は宇宙生成に太易・太初・太始・太素の四層あるを講ず。「易は変じて一と為る」はまさに太初のこの一層に当たる。この時の「易」はいまだ形体の辺界なし。太易は気すらいまだ顕現せざるの階段、太初は気の開端にして寒温の分別は剛く萌生す——だからこれを「易」と称す。

三變成爻,四營者止一變耳,而云易者,易本乎氣,故不言變而言易,象天地之始,故云象氣變也。若鄭氏之義以文王推爻四乃術數,則以四營為七八九六:單則七也,拆則八也,重則九也,交則六也。四營而成,由是而生四七、四八、四九、四六之數,如是備為一爻。七八九六皆三變而成,故十有八變而成卦,八卦而小成也。

三変して始めて一爻を成し、四営は過ぎずその中の一変にすぎぬのに、ここに却って「易」と称するは、「易」はもと気に本ずるがゆえ。「変」と言わずして「易」と言うは、天地の初始の象を取るなので、注文は「気変に象る」と講ず。鄭玄の解法に至っては、彼は文王の爻を推すに「四はすなわち術数」の説に依りて、四営を七・八・九・六の四象と講ず:単画は七にして少陽、拆画は八にして少陰、重画は九にして老陽、交画は六にして老陰。四営はすでに成り、これに由りて四七・四八・四九・四六のこれらの数を生出し、このようして始めて一爻を凑足す。七・八・九・六は皆三変を経てこそ定まるので、十八変して一卦を成し、八卦は小成を為す。

○一變至卦也○一變而為七,七變而為九,九者氣變之究,乃復變而為一者,皆《乾鑿度》文。物有始有壯有究:一,始也;七,壯也;九,究也。一七九三氣相承。太極元氣,函三為一,故乃復變而為一,則三揲蓍而成一爻也。

以下の疏す所は注文の裡の「一変して七と為る」から「則ち変を陰陽に観て卦を立つるなり」までの一段。「一変は七を為し、七変は九を為し、九は気変の終極、ここに於て再び変じて一に帰す」のこれらの句は皆『乾鑿度』より出づ。およそ物は皆開端あり壮盛あり終極あり:一は開端、七は壮盛、九は終極。一・七・九のこの三重の気は次第に相承く。太極元気はもとよりこの三重を涵攝して一と為すので、九に到りて後また一に復帰す。このように三度揲蓍して始めて一爻を成就す。

六爻三變已下虞義也。《乾鑿度》曰:三畫而成乾,乾坤相併俱生。鄭彼注云:夫陽則言乾成,陰則言坤成,可知謂乾坤各三爻,故云六爻。三六十八,故十有八變而成卦。乾坤與六子俱名八卦而小成,謂天三爻,故云小成也。陽變成震坎艮,陰變成巽離兌,故云觀變於陰陽而立卦也。

注文の「六爻三変」以下は虞翻の説を采用す。『乾鑿度』に言う:三画して『乾』を成す——乾坤は並び生じて相い離れざるなり。鄭玄はあの一段に注して言う:陽を講ずれば則ち「乾成」と言い、陰を講ずれば則ち「坤成」と言う——乾坤は各々三爻ありて合すればゆえに「六爻」と称すと見える。六爻は各々三変、三六は十八なので十八変して一卦を成す。乾・坤は震・巽・坎・離・艮・兌のこの「六子」を連ねて合わせて八卦と称して「小成」を為す——毎卦はただ天生の三爻あるのみなので小成と謂う。陽爻の変は『震』『坎』『艮』を生出し、陰爻の変は『巽』『離』『兌』を生出すので「変を陰陽に観て卦を立つ」と言う。

○引謂至爻也○此虞義也。上雲十有八變而成卦,八卦而小成,止據三才。庖犧引信三才,謂兼三才而兩之,乾坤各三爻而成六畫之數,是重卦之義。觸動謂六爻變動以成六十四卦,故引而信之,觸類而長之也。發動揮變,變剛生柔爻,變柔生剛爻,以三為六,是發揮於剛柔而生爻也。

以下の疏す所は注文の裡の「引は庖犠を謂う」から「則ち剛柔に発揮して爻を生ずるなり」までの一段。これは虞翻の説。上文は十八変して卦を成し八卦は小成と言う——あれはただ三才三画に就きて立論するのみ。伏羲の「三才を引信す」はすなわち三才を兼ねて各々両画を以てこれに配し、乾坤は各々三爻を拡して六画を成す——これはまさに重卦の道理。「触動」は六爻の変動して六十四卦を成すを指すので「引きてこれを信し、類に触れてこれを長ず」と言う。「発」は発動、「揮」は変化:剛爻は一変すれば便ち柔爻を生出し、柔爻は一変すれば便ち剛爻を生出し、三画より拡して六画と為る——これがすなわち「剛柔に発揮して爻を生ず」。

○觸長至畢矣○此陸績義也。陸氏謂引信八卦重為六十四,則有三百八十四爻,故云觸長爻筴至萬一千五百二十。天地設位,聖人成能,故天下之能事畢矣,言易義已備也。○道大至神矣○太極一也,道據其一,故道謂太極也。一尚微,太極生兩儀,剖判分離,故顯也。虞注引下傳云:默而成,不言而信,存乎德。行易簡之善,配至德,故云德行人也。掛一以象三,列為三才,神而明之,存乎其人,故神德行也。

以下の疏す所は注文の裡の「類に触れ長ずる爻筴」から「ゆえに天下の能事は畢(ことごと)えり」までの一段。これは陸績の説。陸績は八卦を牽引伸展し両々相い重ねて六十四卦を成せば、便ち三百八十四爻あると認めるので、類に触れて増長し爻策は一貫して一万一千五百二十に推し至ると言う。天地は各々その位に就き、聖人はその中に於て功能を成就するので、天下の能事は皆完備す——これは『易』の義理がここに至りてすでに周備せりを言う。以下の疏す所は注文の裡の「道は大極なり」から「ゆえに与に神を右くべし」までの一段。太極はすなわち浑然たる「一」——「道」はまさにこの「一」に拠りて説を立つるので、注の裡は「道」は太極を指すと講ず。「一」に処るの時はなお幽微にして見るべからず、太極は両儀を生出し剖判分離す——これを始めて「顕」と謂う。虞翻の注の中に『繋辞下伝』を引きて言う:黙然として成し、言説を待たずして信を取るは全て徳に係る。乾坤の易簡の善を奉行すれば、以て至徳に配匹しうるので、注は「徳行は人なり」と言う。蓍を揲し一を挂して以て三才に象れば、人は便ち三才の位に列す。『繋辞』はまた「これを神にしてこれを明らかにするはその人に存す」と言うので「徳行を神ならしむ」と言う。

九家曰:陽往曰酬,陰來曰酢,故曰酬酢往來也。此申易四象之義,不言閏者從可知也。神謂天神,太一者,天之主氣,即其一不用者是也。右,助也,言易四象之作能右太一之神而助其變化,故可與右神矣。右,荀作侑,謂如祭祀而侑神也。

『九家易』に言う:陽の去るを「酬」と為し、陰の来るを「酢」と為す——だから「酬酢」はすなわち往来。この一節は大衍四象の意義を申説するにして、注の中に閏に象るのあの一歩に提及せざるは、これに由りて類推して知るべきがゆえ。「神」は天神を指し、太一は天の主気にして、すなわち大衍五十の数の裡の「その一は用いず」のあの一位。「右」はすなわち輔助、大衍四象の設立は能く太一の神を扶助しそれが変化を施行するを幇(たす)くるを言うので「与に神を右くべし」と言う。「右」の字は荀爽本は「侑」と作り、祭祀の時に侑食して神を勧むるの意を取る。

○在陽至者矣○此虞義也。子曰已下,孔子嘆美大衍四象之作也。陽變之坤五,故云在陽稱變,乾二之坤;陰化降乾二,故云在陰稱化,坤五之乾。一陰一陽變化無窮,故不測。《說卦》曰:神也者,妙萬物而為言者也。又曰:然後能變化,既成萬物也。變化神也,故云知變化之道者其知神之所為乎。

以下の疏す所は注文の裡の「陽に在りて変と称す」から「甚だ非なる者」までの一段。これは虞翻の説。「子曰」以下は孔子が大衍四象の創設を讚嘆す。陽爻は変動して往きて坤の五位に居るので、注は「陽に在りて変と称し、乾二は坤に之く」と言い、陰爻は化降して乾の二位に入るので、注は「陰に在りて化と称し、坤五は乾に之く」と言う——これはまさに漢易の乾坤升降の路数。一陰一陽の往来変化は窮尽あるなきので「測るべからず」と言う。『説卦伝』に言う:いわゆる神とはそれが微妙に万物を成就するを形容す。また言う:このようして後に始めて能く変化して万物を成就すと。変化は便ち神なので「変化の道を知る者はほぼ神の作為を知らんか」と言う。

先儒以此為下章之首,荀馬皆然,故虞氏駁之。案:虞別傳云:仲翔奏上易注曰:經之大者莫過於易,自漢初以來其讀易者解之率少。至孝靈之際,潁川荀諝號為知易,臣得其注,有愈俗儒。至所謂西南得朋東北喪朋顛倒反覆,了不可知。

前代の学者はこの句の「子曰」を以て下一章の開頭に当て、荀爽・馬融は皆このようの如し——だから虞翻は彼らを駁斥するを要す。按:『虞翻別伝』の記載に、虞翻の字は仲翔、彼は奏を上げて自ら著す所の『易注』を進献する時に言う:経書の中最も重大なるは『易』より過ぎるはなく、漢初以来『易』を読みて能く好く解する者は実に甚だ少なし。漢の霊帝の時に到り、潁川の人荀諝は『易』に通ずと号す——臣は彼の注を読み、一般の俗儒に比べればこれ強いところあり。しかるに『坤』卦の彖辞の「西南に朋を得、東北に朋を喪(うしな)う」のあの種の処に講じ至るや、彼の解は顛倒反覆して人をして全く頭緒を摸(さぐ)る能わざらしむ。

孔子嘆易曰:知變化之道,其知神之所為乎。以美大衍四象之作,而上為章首,尤可怪笑。又南郡太守馬融,名有俊才,其所解復不及諝。孔子曰:可與共學,未可與適道。豈不其然。是其事矣。爽一名諝。

孔子は『易』道を讚嘆して言う:「変化の道を知る者はほぼ神の作為を知らんか」と。これはもと大衍四象の創設を賛美するに用いるに、彼らは却ってこれを上に提げて一章の首と作す——殊更に可笑。さらに南郡太守の馬融あり、素より俊才の名あるも、彼の解説は荀諝に比べてなお差し。孔子はかつて言う:「彼とともに読書しうべきも、未だ必ずしも彼とともに正道に走るべからず」と——あにまさにこのようの如しにあらずや。これがすなわち虞翻の前人を駁斥するの原委。荀諝に至ってはすなわち荀爽にして、彼は別に「諝」のこの名を有す。

易有聖人之道四焉,以言者尚其辭。注:聖人之情見乎辭,繫辭焉以盡言也。動者尚其變。注:謂爻之變,儀之而後動,故尚其變。制器者尚其象。注:十二蓋取之類是。卜筮者尚其占。注:乾蓍稱筮,動離為龜,龜稱卜,動則玩其占,故尚其占。

経文に言う:『易』の裡には聖人の道の四個の方面を含み、これを凭りて言を立つる者は卦爻辞を看(かん)ず。恵棟の自注:聖人の心意は辞句の上に顕現するので、文辞を繋ぐるは以て話を説き尽さんがため。経文に言う:これを凭りて行動する者は爻の変化を看ず。恵棟の自注:爻の変動を指し、先ずこれに照らして比拟揣度して而る後に動くので変を看ず。経文に言う:これを凭りて器物を制作する者は卦象を看ず。恵棟の自注:『繋辞下伝』の裡の十二処の「ほぼ諸を某卦に取る」のあの類のごとし。経文に言う:卜筮する者はその占断を看ず。恵棟の自注:『乾』は蓍を為すので「筮」と称し、『乾』の五爻は変動して『離』を成し、『離』は亀を為し、亀は以て「卜」するに用い、一動すれば便ちその占辞を玩味するので占を看ず。

是故君子將有為也,將有行也,問焉而以言。注:有為謂建侯,有行謂行師。凡應九筮之法則筮之,謂問於蓍龜以言其吉凶。爻象動內,吉凶見外。蓍德圓神,卦德方知,故史擬神知以斷吉凶也。其受命也如向。注:不言善應,故受命如向。無有遠近幽深,遂知來物。注:遠謂天,近謂地,幽謂陰,深謂陽。神以知來,故遂知來物,謂幽贊神明而生蓍也。非天下之至精,其孰能與於此。注:至精謂乾,純粹精也。

経文に言う:だから君子はまさに為す所有らんとし、まさに行う所有らんとする時は、則ち『易』に向きて発問し、而して『易』は辞を以て相い告ぐ。恵棟の自注:「為す有り」は諸侯を分封するを指し、「行う有り」は兵を出だして征伐するを指す。およそ『周礼』の九筮の列する所の事項に遇えば便ち蓍筮を動用し、すなわち蓍草と亀甲に向きて発問し、それに吉凶を説き出ださしむ。爻象は内卦に於て発動し、吉凶は便ち外卦に顕現す。蓍の徳性は円通にして神妙、卦の徳性は方正にして明智なので、筮史は蓍と卦の神妙明智に比拟して以て吉凶を判断す。経文に言う:それは詢問を接受して以て作答し、ちょうど回声のごとく立刻に応和す。恵棟の自注:蓍亀は併せて口を開きて話さざるも、却って応験すること極めて准なり——だから命を受くること回响のごとしと言う。経文に言う:遠近幽深を問わず、それは皆能く将来の事を知る。恵棟の自注:「遠」は天を指し、「近」は地を指し、「幽」は陰を指し、「深」は陽を指す。神明は能く未来を予知するので能く来物を知る——これは聖人が暗中に神明の輔助を承受して蓍法を創制するを説く。経文に言う:もし天下の最も精微なる物にあらざれば、誰か能くこの歩に与らん。恵棟の自注:「至精」は『乾』を指し、『乾』は純粋の精。

參五以變,錯綜其數。注:逆上曰錯。綜,理也。謂五歲再閏,再扐而後掛,以成一爻之變而倚六畫之數。卦從下升,故錯綜其數,則參天兩地而倚數也。通其變,遂成天地之文。注:變而通之,觀變陰陽始立卦,乾坤相親故成天地之文,物相雜故曰文。

経文に言う:三五は交互に変動し、交錯してその数を條理す。恵棟の自注:下より上るを「錯」と謂う。「綜」は條理の意。ここは五年両閏・両度余数を指縫に挟みて然る後に挂すを指し、これに由りて一爻の変を完成し、而して六画の数に依託す。卦気は下より上って生ずるなので「その数を錯綜す」と言い、すなわち『説卦』の講ずる所の「天に参し地に両して以て数に倚る」。経文に言う:その変化を貫通せば、ここに於て天地の文采を成就す。恵棟の自注:変じてさらにこれを会通を加え、陰陽の変動を観察して始めて卦体を立て、乾坤の両気は相い親み相い交わりて始めて天地の文采を成就し、物類は相い交雑するので「文」と謂う。

極其數,遂定天下之象。注:數謂六畫之數,六爻之動,三極之道,故定天下吉凶之象也。非天下之至變,其孰能與於此。注:謂參五以變,故能成六爻之義,六爻之義易以工也。易無思也,無為也。注:天下何思何慮,同歸而殊塗,一致而百慮,故無所為,謂其靜也專。寂然不動。注:謂隱藏坤初,機息矣,專故不動者也。感而遂通天下之故。注:感,動也。以陽變陰,通天下之故,謂發揮剛柔而生爻者也。

経文に言う:その数を窮尽せば、ここに於て天下の物象を判定す。恵棟の自注:「数」は六画の数を指す。六爻の変動は天地人の三極の道を體現するので、能く天下の吉凶の象を判定す。経文に言う:もし天下の最も善変なる物にあらざれば、誰か能くこの歩に与らん。恵棟の自注:「参五して以て変ず」を指し、これに因りて能く六爻の意義を成就し、而して『繋辞』は「六爻の義は易を以て工(こう)なり」と言う。経文に言う:『易』は思慮なく、また造作なし。恵棟の自注:『繋辞下伝』は「天下は何を思い何を慮らん」と講じ、殊途にして同じく帰り、百慮にして一致す——だから為す所なしと言い、すなわち『乾』の「その静なるや専なり」の状態。経文に言う:それは寂然として動かず。恵棟の自注:陽気が『坤』の初位に隠蔵し、動機は止息し、静にして専一なるに因りて動かざるを指す。経文に言う:一たび感応せば便ち天下の事に貫通す。恵棟の自注:「感」はすなわち動。陽を以て陰に変じ、因りて天下の事に貫通す——すなわち剛柔を鋪展して爻画を生出す。

非天下之至神,其孰能與於此。注:至神謂易,隱初入微,知幾其神乎。夫易,聖人之所以極深而揅機也。注:極深謂幽贊神明。機當為幾。幾,微也。揅幾謂參五以成一爻之變也。唯深也,故能通天下之志。注:無有遠近幽深,遂知來物,故通天下之志,謂蓍也。唯機也,故能成天下之務。注:務,事也。謂易揅幾開物,故成天下之務,謂卦者也。唯神也,故不疾而速,不行而至。注:神謂易也,謂日月斗在天,日行一度,月行十三度,從天西轉,故不疾而速。星寂然不動,隨天右周,感而遂通,故不行而至者也。子曰:易有聖人之道四焉者,此之謂也。

経文に言う:もし天下の最も神妙なる物にあらざれば、誰か能くこの歩に与らん。恵棟の自注:「至神」は『易』を指し、陽気は初爻に潜隠して幽微に入るは、まさに『繋辞』の謂う所の「幾を知るはそれ神なり」。経文に言う:『易』は聖人が以て幽深を窮究し幾微を研求するの工具。恵棟の自注:「深を極む」は暗中に神明の輔助を承受して蓍法を創制するを指す。「機」の字はまさに「幾」と作るべし、「幾」はすなわち幽微。「幾を揅(けん)ず」は参伍の変を用いて一爻の変化を完成するを指す。経文に言う:まさにそれが幽深なるに因りて、能く天下人の心志に通達す。恵棟の自注:遠近幽深を問わず皆能く将来を予知するので、能く天下の志に通ず——この一句の説くは蓍。経文に言う:まさにそれが能く幾を研ずるに因りて、能く天下の事業を成就す。恵棟の自注:「務」はすなわち事。『易』は幾微を研求して物類を開啓するので、能く天下の務を成す——この一句の説くは卦。経文に言う:まさにそれが神妙なるに因りて、急赶せざれどもして自然に迅速、行走せざれどもして自然に到達す。恵棟の自注:「神」は『易』を指す。日・月・北斗は皆天上に懸り、太陽は一昼夜に一度を行き、月は十三度を行き、天体に随いて東より西に向きて旋転するので、急がずして自ら快し。北斗は看るに寂然として動かざるがごとくなれど、却って天に随いて右旋一周し、感じて遂に通ず——だから行かずして自ら至る。経文に言う:孔子は講じ、『易』に聖人の道の四項ありとは、指す所はこれらなりと。

疏。聖人至言也○此虞義也。太玄曰:辭以睹乎情,故聖人之情見乎辭。繫辭謂彖象九六之辭。書不盡言,故繫辭焉以盡其言。儗之而後言,故尚其辭也。○謂爻至其變○此陸績義也。動謂爻也。爻者言乎變者,故變謂爻之變。以易為度,先於此儀之而後舉事,則動無不中,是儀之而後動,故尚其變也。

恵棟の自疏。以下の釋する所は注文の裡の「聖人の情は辞に見る」から「以て言を尽くすなり」までの一段。これは虞翻の説。揚雄の『太玄』に「辞は以て情実を窺見するに用いる」とあるので、聖人の心意は辞句の上に顕現す。「繋辞」は彖辞・象辞および用九用六の辞を指す。文字は説かんと欲するの話を写し尽くす能わざるので、文辞を繋げて以て話を説き尽くす。先ず比拟揣度して而る後に口を開くので、辞を看ず。以下の疏す所は注文の裡の「爻の変を謂う」から「ゆえにその変を尚ぶ」までの一段。これは陸績の説。「動」は爻を指し、『繋辞』は爻は変化を講ずると言うので「変」はすなわち爻の変。『易』を取りて準則と作り、先ずここに於て比拟一番して去りて事を弁ずれば、行動は切中せざるなきなり——これがすなわち「これを儀して後に動く」なので、変を看ず。

○十二至類是○荀氏謂結繩為罔罟蓋取諸離,乃指十二蓋取為言,是尚其象也。○乾蓍至其占○此虞義也。白虎通引禮雜記曰:蓍,陽之老也。蓍數百,乾為百,蓍所以筮者,故乾蓍為筮。乾五動體離,離為龜,龜所以卜,故龜稱卜。占事知來,動則翫其占,故尚其占也。

以下の疏す所は注文の裡の「十二のほぼ取る」から「の類これ」までの一段。荀爽は「縄を結びて羅網を做成するは、ほぼ『離』卦に象を取る」と講ず——まさに『繋辞下伝』の十二処の「ほぼ諸を某卦に取る」に就いて言うにして、これがすなわち象を看ず。以下の疏す所は注文の裡の「乾蓍は筮と称す」から「ゆえにその占を尚ぶ」までの一段。これは虞翻の説。『白虎通』は『礼記・雑記』を引きて言う:蓍草は陽気の中の最も老なる者。蓍策は百を以て数と為し、『乾』の策数は百に近く、蓍は以て筮するに用いるので、乾蓍は筮と称す。『乾』卦の五爻は変動し、上体は『離』を成し、『離』は亀を為し、亀は以て卜するに用いるので、亀は卜と称す。事を占問すれば以て未来を予知しうる——一動すれば便ちその占辞を玩味するので、占を看ず。

○有為至凶也○此虞義也。屯豫諸卦皆云利建侯,故有為謂建侯。卦有師嗛豫諸卦皆有行師之象,故有行謂行師。周禮春官筮人,掌三易以辨九筮之名:一曰筮更,二曰筮咸,三曰筮式,四曰筮目,五曰筮易,六曰筮比,七曰筮祠,八曰筮參,九曰筮環。故云凡應九筮之法則筮之,謂應此九筮則加之筮也。

以下の疏す所は注文の裡の「為す有りは侯を建つを謂う」から「以て吉凶を断ずるなり」までの一段。これは虞翻の説。『屯』『豫』などの卦は皆「侯を建つるに利あり」と言うので、「為す有り」は諸侯を分封するを指す。卦の中は『師』『謙』『豫』などに皆兵を出だすの象あるがごときなので、「行う有り」は兵を用うるを指す。『周礼・春官』は筮人の一職を記載し、連山・帰蔵・周易の三部の易書を掌管して以て九種の筮事の名目を分辨す:一を筮更と謂い、二を筮咸と謂い、三を筮式と謂い、四を筮目と謂い、五を筮易と謂い、六を筮比と謂い、七を筮祠と謂い、八を筮参と謂い、九を筮環と謂う。だから注は「およそ九筮の法則に応ずれば則ちこれを筮す」と言い、意はこの九類の事項に遇えば便ち筮占を施行す。

上雲卜筮,故謂問於蓍龜。言謂吉凶之辭,故云以言其吉凶。內謂初,外謂上,陽象動內則吉見外,陰爻動內則凶見外,故云爻象動內,吉凶見外。蓍德圓神,卦德方知,此節專言蓍而兼及卦者,以卦由蓍而成也。史謂筮史,筮史儗蓍卦之神知以斷吉凶也。

上文はすでに「卜筮」に説き及んだので、注解は蓍草亀甲に向きて発問すると作す。「言」は吉凶を判定するの辞句を指すので「以てその吉凶を言う」と言う。「内」は初爻を指し、「外」は上爻を指す:陽象は内卦に於て発動せば吉は便ち外卦に顕現し、陰爻は内卦に於て発動せば凶は便ち外卦に顕現するので「爻象は内に動き吉凶は外に見ゆ」と言う。「蓍の徳は円にして神、卦の徳は方にして知」に至っては、この一節はもと専ら蓍を講ずるに、却って卦を連ねて一併に説き及ぶは、卦は蓍を頼りてこそ求め得るがゆえ。「史」は筮史を指し、筮史は蓍と卦の神妙明智に比拟して以て吉凶を判断す。

○不言至如向○此虞義也。命謂命蓍命龜之辭,蓍龜不言而示諸占兆,故云不言善應。虞氏謂不疾而速,不行而至,故受命如向也。○遠謂至蓍也○此虞義也。乾為遠,故遠謂天;坤為近,故近謂地。幽謂坤,深謂乾。釋言曰:幽,深也。幽深同訓,以屬坤者為幽,屬乾者為深,故幽謂陰,深謂陽也。

以下の疏す所は注文の裡の「言わずして善く応ず」から「ゆえに命を受くること向(ひびき)のごとし」までの一段。これは虞翻の説。「命」は蓍草に向き・亀甲に向きて発問するの祝辞を指す。蓍亀は併せて口を開かざるも、却って結果を占兆の上に顕示するので「言わずして善く応ず」と言う。虞翻はこれをまさに「疾からずして速く、行かずして至る」と認むるので、命を受くること回声のごとく立刻に応和す。以下の疏す所は注文の裡の「遠は天を謂う」から「して蓍を生ず」までの一段。これも虞翻の説。『乾』は遠を為すので「遠」は天を指し、『坤』は近を為すので「近」は地を指す。「幽」は『坤』に属し、「深」は『乾』に属す。『爾雅・釈言』に「幽はすなわち深」とあり、幽と深は同一の訓釈——その中の坤に属するの一面を幽と謂い、乾に属するの一面を深と謂うので、注は「幽は陰を謂い深は陽を謂う」と言う。

不言乾坤而言天地陰陽者,謂幽贊神明而生蓍之時,未有乾坤之象也。物謂乾,乾神知來,故遂知來物。此為下蓍之德張本,故云幽贊神明而生蓍也。○至精至精也○此虞義也。繫下云:定天下之吉凶,成天下之娓娓者莫善乎蓍龜。太玄曰:抽天下之蔓蔓,散天下之混混者,非至精其孰能之。故云非天下之至精其孰能與於此。

ここに直接乾坤と言わずして天地陰陽と言うは、聖人が暗に神明の助を承けて蓍法を創制するの時に当たりて、卦体乾坤の象はいまだ立ち起こらざるがゆえ。「物」は『乾』を指し、『乾』は神を為して能く将来を予知するので「遂に来物を知る」と言う。この一句は下文に「蓍の徳は円にして神」と講ずるのため伏筆を埋下するなので「幽く神明を賛して蓍を生ず」と言う。以下の疏す所は注文の裡の「至精は乾を謂う」から「純粋の精なり」までの一段。これは虞翻の説。『繋辞下伝』に言う:天下の吉凶を判定し天下の勤勉不倦の事を成就するは蓍亀より好きは莫しと。揚雄の『太玄』に言う:能く天下の糾纏して清からざるの頭緒を抽理し、天下の混沌して明らかならざるの局面を疏散するは、至精の物に非ざれば誰か能く弁到せんと——だから経文は「天下の至精に非ざれば、それ誰か能くこれに与らん」と言う。

乾為蓍,乾伏坤初,精微而無形,故云至精,謂乾純粹精也。○逆上至數也○此虞義也。上下為順,下上為逆,故曰逆上稱錯。易以順性命之理,八卦而小成,即有陰陽剛柔仁義之分,故曰綜理也。參讀為三。一掛兩揲兩扐為五歲,再閏再扐而後掛,凡三變而成一爻,言三其五以成一爻之變也。分天象為三才,以地兩之,故云而倚六畫之數。易氣從下生,以下爻為始,故云卦從下升。

『乾』は蓍を為し、『乾』は『坤』の初位に潜伏して精細幽微にして形跡なし——だから「至精」と謂い、すなわち『文言』の言う所の『乾』は純粋の精。以下の疏す所は注文の裡の「逆上を錯と曰う」から「して数に倚るなり」までの一段。これは虞翻の説。上より自ら下るを順と謂い、下より自ら上るを逆と謂うので、下より上るを「錯」と称す。『易』は以て性命の理に順応するに用い、八卦は小成して後、便ち陰と陽・剛と柔・仁と義の分別あるを得たるので「綜」は條理と言う。「参」は「三」と読むべし。一たび挂し・両度揲し・両度扐すは、共に五個の歩驟にして五年に比作す。五年は両閏あるので両度余数を挟みて而る後に挂す。総じて三変して始めて一爻を成す——すなわち三個の「五」が凑りて一爻の変を成すと言う。天の象を分かちて三才と為し、さらに地数の二を以てこれに乗ずるので、注は「して六画の数に倚る」と言う。『易』の気は自ら下より生ずるにして以下爻を以て起点と為すので「卦は下より升る」と言う。

乾鑿度曰:易始於一,分於二,通於三,□於四,盛於五,終於上。是從下升,故錯綜其數,錯為六畫,綜為三才六畫數之所倚,故云則參天兩地而倚數者也。□於四,於上闕,或作壯於四。○變而至曰文○此虞義也。化而裁之謂之變,推而行之謂之通,通其變謂變而通之也。卦謂八卦,陽變成震坎艮,陰變成巽離兌,故觀變陰陽始立卦也。純乾純坤之時未有文章,乾坤相親,故成天地之文。陰陽錯居稱雜,陽物入坤,陰物入乾,更相雜成六十四卦,乃有文章,故曰文也。

『乾鑿度』に言う:『易』は初爻に起こり、二爻に分かれ、三爻に通じ、□は四爻に於て、五爻に於て盛んにして、上爻に終わる。これはまさに自ら下りて上るの次序なので「その数を錯綜す」と言う:「錯」は六画に対応し、「綜」は三才に対応し、六画の数は便ちこの上に依託するので「天に参し地に両して以て数に倚る」と言う。「□は四に於て」のこの一句は、底本は「于」の字の上頭に一字を欠き、ある本子は「四に於て壮(さか)ん」と作る。以下の疏す所は注文の裡の「変じてこれを通ず」から「物は相い雑じるゆえに文と曰う」までの一段。これは虞翻の説。『繋辞』は「化してこれを裁つを変と謂い、推してこれを行うを通と謂う」と講じ、いわゆる「その変を通ず」はすなわち変じてさらに会通を加うる。「卦」は八卦を指す:陽爻の変は『震』『坎』『艮』を生出し、陰爻の変は『巽』『離』『兌』を生出すので、陰陽の変動を観察して始めて卦体を立つと言う。乾が純な陽・坤が純な陰に当たるの時は、なお文采を談ずるに及ばず。乾坤の両気は相い親み相い交わりて始めて天地の文采を成就す。陰陽は交錯して雑処するを「雑」と謂い、陽の物は坤の中に入り、陰の物は乾の中に入り、彼此交雑して六十四卦を成す——これに始めて文采あるを得たるので「文」と謂う。

○數謂至象也○此虞義也。數即參兩所倚之數,故云六畫之數。六爻兼三才而兩之者,故云三極之道。八卦定吉凶,故定天下吉凶之象也。○謂參至工也○此虞義也。六畫稱爻,爻從變始,參其五以成一爻之變。參重三才,故能成六爻之義。引而信之,觸類而長之,則變之至者也。六爻之義易以工,工讀為功,義見下也。

以下の疏す所は注文の裡の「数は六画の数を謂う」から「吉凶の象なり」までの一段。これは虞翻の説。「数」はすなわち天に参し地に両するの依託する所のあの数なので、六画の数と言う。六爻は三才を兼ねて各々両画を以て配成せるなので、三極の道を體現すと言う。八卦は能く吉凶を判定するので、能く天下の吉凶の象を定むと言う。以下の疏す所は注文の裡の「参五して以て変ずるを謂う」から「易を以て工なり」までの一段。これも虞翻の説。六画を爻と謂い、爻は変化に由りて起こり、三個の「五」が凑りて一爻の変を成す。「参」は三才を加倍して重叠するなので、能く六爻の意義を成就す。牽引伸展し類に触れて増広するは、すなわち変化が極処に到る。「六爻の義は易を以て工なり」の「工」は「功」と読むべし——義訓は下文に見ゆ。

○天下至也專○此虞義也。天下何思何慮,同歸而殊塗,一致而百慮者,皆下繫文。何思何慮謂乾伏坤初時,塗雖殊,其歸則同,故曰同歸而殊塗;慮雖百,其致則一,故一致而百慮。荀子天論篇曰:大巧在所不為,大智在所不慮。故無思也,無為也。乾伏坤初,藏神無內,故其靜也專。

以下の疏す所は注文の裡の「天下は何を思い何を慮らん」から「その静なるや専なりを謂う」までの一段。これは虞翻の説。「天下は何を思い何を慮らん」「同じく帰して涂を殊にす」「一致して百慮す」のこれらの句は皆『繋辞下伝』より出づ。「何を思い何を慮らん」は陽気が『坤』の初に潜伏するの時を指す:道路は異なるといえども帰宿は一個なので「同じく帰して涂を殊にす」と言い、思慮は紛雑にして上百するといえども指向はただ一個なので「一致して百慮す」と言う。『荀子・天論篇』に言う:最も大なる巧妙は為さざる所有るに在り、最も大なる智慧は慮らざる所有るに在りと——だから『易』は思なく為すなしと言う。『乾』は『坤』の初に潜伏して神を蔵めて外露せざるので「その静なるや専なり」と言う。

○謂隱至者也○此虞義也。乾隱藏坤初,佼易立節,寂然無為之時,故其機息矣。其靜也專,故不動者也。○感動至者也○此虞義也。乾鑿度曰:虛無感動。鄭氏謂惟虛無也,故能感天下之動。乾出坤初,以陽變陰,清淨照哲,故能通天下之故。

以下の疏す所は注文の裡の「坤初に隠蔵すを謂う」から「専なるゆえに動かざる者なり」までの一段。これは虞翻の説。『乾』の陽気は『坤』の初に潜蔵し、佼易(こうえき)の気は剛く節度を立定し、まさに寂然として為すなきの時に当たるので、その動機は止息せり。静にして専一なるに因りて動かざるなり(「佼易」は底本この如し——まさに「交易」と読むべし)。以下の疏す所は注文の裡の「感は動なり」から「して爻を生ずる者なり」までの一段。これも虞翻の説。『乾鑿度』に「虚無は感動す」とあり、鄭玄はこれを解して:ただ虚にして我なければこそ能く天下の動に感応すと言う。『乾』の陽は『坤』の初より透出し、陽を以て陰に変じ、清明澄澈するので、能く天下の事に貫通す。

發動也,揮變也。變剛生柔爻,變柔生剛爻,以三為六,則發揮剛柔而生爻者也。○至神至神乎○此虞義也。易隱初入微謂無思無為時也。乾初稱幾,幾者動之微,君子知微,故知幾其神也。○極深至變也○極深謂幽贊神明,虞義也。繫下云:精義入神。姚信注云:陰陽在初,深不可測,故謂之神。陰陽在初,故曰深。幽贊神明,極深之義也。機當為幾,鄭義也。古文作機,鄭讀為幾。幾謂初爻,初爻尚微,故曰幾微也。聖人參五以成一爻之變,是揅幾之義也。

「発」は発動、「揮」は変化:剛爻は一変すれば便ち柔爻を生出し、柔爻は一変すれば便ち剛爻を生出し、三画より拡して六画を成す——これがすなわち「剛柔に発揮して爻を生ず」。以下の疏す所は注文の裡の「至神は易を謂う」から「幾を知るはそれ神なるか」までの一段。これは虞翻の説。「易は初に隠れ微に入る」は説く所はまさに思なく為すなきのあの階段。『乾』の初爻は「幾」と称し、「幾」は動の萌芽——君子は能く萌芽を察知するので「幾を知るはそれ神」と言う。以下の疏す所は注文の裡の「深を極むは幽く神明を賛すを謂う」から「以て一爻の変を成すなり」までの一段。「深を極む」を暗に神明の助を承けて蓍法を創制すと解するは虞翻の説。『繋辞下伝』は「精義して神に入る」と講じ、姚信の注に言う:陰陽は初位に処り、深くして測るべからざるので神と称すと。陰陽は初位に在るので「深」と謂い、暗に神明の助を承くるはまさに「深を極む」の意。「機」の字はまさに「幾」と作るべし——これは鄭玄の説:古文は「機」と写し、鄭玄はこれを「幾」と読む。「幾」は初爻を指し、初爻はなお幽微なので「幾は微なり」と言う。聖人は参伍の変を用いて以て一爻の変化を完成す——これがすなわち「幾を揅ず」の意。

○無有至蓍也○此虞義也。聖人幽贊於神明而生蓍,蓍之德圓而神,神以知來,故無有遠近幽深,遂知來物。此承上至變以起下蓍之德也。○務事至者也○務事謂事業。以陽闢坤,是揅幾開物;以陰翕乾,故能成天下之務。卦之德方以知,故云謂卦者也。

以下の疏す所は注文の裡の「遠近幽深なく」から「蓍を謂うなり」までの一段。これは虞翻の説。聖人は暗に神明の助を承けて蓍法を創制し、蓍の徳性は円通にして神妙——神妙なれば便ち能く未来を予知するので、遠近幽深を問わず皆能く将来の事を知暁す。この一節は上文に承接して「至変」を講じ、以て下文の蓍の徳性を引出すに用いる。以下の疏す所は注文の裡の「務は事なり」から「卦を謂う者なり」までの一段。「務」はすなわち事、事業を指す。陽気を以て『坤』を開辟するは、これは幾を研じて物類を開啓す。陰気を以て『乾』を収斂し、因りて能く天下の事業を成就す。卦の徳性は方正にして明智なので、注はこの一句の講ずるは卦と言う。

○神謂至者也○此虞義也。乾鑿度曰:易者以言其德也。藏神無內,天下之至神,即無思無為之易也,故云神謂易也。易有天道焉,有地道焉,有人道焉。日合於天統,月合於地統,斗合於人統。六爻之動,三極之道,故日月斗以言神之用也。

以下の疏す所は注文の裡の「神は易を謂うなり」から「ゆえに行かずして至る者なり」までの一段。これは虞翻の説。『乾鑿度』に言う:「易」はその徳性に就いて言う。神を蔵めて外露せざるは、すなわち天下の最も神妙なる物にして、すなわちあの思なく為すなきの『易』なので、注は「神は易を謂うなり」と言う。『繋辞』は『易』の裡に天道あり地道あり人道ありと講ず:太陽は天統に合し、月は地統に合し、北斗は人統に合す。六爻の変動は天地人の三極の道を體現するので、日・月・北斗を挙げて以て「神」の功用を説明す。

賈逵論歷曰:五紀論日月循黃道,南至牽牛,北至東井,率日日行一度,月行十三度十九分度七也。周書武順曰:天道尚左,日月西移,故從天西轉。續漢書律曆志曰:天之動也,一晝一夜而運過周日之所行,與運周日月相推,日舒月速。

賈逵の『論暦』に言う:『五紀論』は日月が黄道に沿いて運行し、南は牽牛宿に到り、北は東井宿に到り、大致太陽は毎日一度を行き、月は毎日十三と十九分の七度を行くと講ず。『逸周書・武順』に言う:天道は左を以て尚と為し、日月は東より自ら西に向きて移動す——だから天に随いて西に転ずと言う。『続漢書・律暦志』に言う:天の運転は一昼一夜に一周を転じて過ぎてなお太陽の一天に行く所のあの一段を多し。天体の運転と日月の行度は彼此推移し、太陽は走ること舒緩にして、月は走ること迅速なり。

案:漢法天一日一夜過周一度,日亦一日一夜起度端終度端,月又速於日,故不疾而速也。星寂然不動謂斗也。太玄曰:斗振天而進。范望注云:振,動也。斗沖隨天左回,故言進。又曰斗之南左行而右還,故隨天右周也。漢書天文志曰:斗為帝車,運於中央,臨制四海,分陰陽,建四時,均五行,移節度,定諸紀,皆繫於斗。故感而遂通,不行而至也。

按:漢代の暦法は天体が一昼夜に一周を転じてなお一度を多しと認め、太陽は則ち一昼夜に某度の端より起こり、また某度の端に至りて止まり、月はまた太陽より更快し——だから急赶せざれどもして自然に迅速と言う。「星は寂然として動かず」の指すは北斗。揚雄の『太玄』に「斗は天を振りて進む」とあり、范望の注解に言う:「振」はすなわち動、斗柄の冲する所の方位は天に随いて左旋するので「進」と言うと。『太玄』はまた北斗が南面する時は左に行きて右に向きて回転すと言うので、それは天に随いて右旋一周すと言う。『漢書・天文志』に言う:北斗は天帝の車駕にして、中央に運行して高く居り下りて四方を統制す。陰陽を分判し、四時を確立し、五行を均調し、節気を移換し、諸種の綱紀を釐定す——全て北斗に係る。だから感じて遂に通じ、行走せざるもして自然に到達すと言う。

天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十。注:一二三四得五為六七八九。十者,二五也。五為虛,故大衍之數五十。聖人用蓍之數以作八卦,蓍為七,卦為八,爻為九六。九六與七八相應,二者合三十而天地之數畢矣。

経文は天地の数を列出す:天一・地二、天三・地四、天五・地六、天七・地八、天九・地十。恵棟の自注:一・二・三・四は各々五を加えれば便ち六・七・八・九を成し、十に至っては二個の五。天五は虚位なので「大衍の数」はただ五十を取る。聖人は蓍数を取りて以て八卦を創制す:蓍は七を以て数と為し、卦は八を以て数と為し、爻は則ち九と六を用う。九と六は合して十五を為し、七と八もまた合して十五を為し、両者は恰好相い応ず。二個の十五は合成して三十を為す——天地の数はここに至りて説き尽くせり。

子曰:夫易何為者也。注:問易何為取天地之數也。開物成務,冒天下之道,如斯而已者也。注:以陽闢陰謂之開物,以陰脅乾謂之成務。冒,觸也,觸類而長之如此也。是故聖人以通天下之志。注:聖人謂庖犧,開物故以通天下之志。

経文に言う:孔子は講じ、『易』は究竟何を為すに用いるかと。恵棟の自注:これは『易』が何を為めんとて天地の数を取用するを問う。経文に言う:それは物類を開啓し事業を成就し、天下の道を包羅す——この如きのみ。恵棟の自注:陽気を以て陰を開辟するを「物を開く」と謂い、陰気を以て乾陽を收合するを「務を成す」と謂う(下文の疏の中は「脇」を「翕」と写す——収斂の意)。「冒」はすなわち触——類に触れて増広するはすなわちこの様子。経文に言う:だから聖人はこれを用いて以て天下人の心志に通達す。恵棟の自注:ここの「聖人」は伏羲を指し、能く物類を開啓するに因りて、能く天下の志に通ず。

以定天下之業。注:成務故以定天下之業。以斷天下之疑。注:三百八十四爻冒天下之道,觸類而長之,故以斷天下之疑。是故蓍之德圓而神。注:蓍數七,七七四十九,乾為蓍為圓為神,故蓍之德圓而神,所以通天下之志也。

経文に言う:これを用いて以て天下の事業を奠定す。恵棟の自注:能く事務を成就するに因りて、能く天下の業を定む。経文に言う:これを用いて以て天下の疑難を判断す。恵棟の自注:三百八十四爻は天下の道を包羅し、類に触れて増広するので、能く天下の疑を断ず。経文に言う:ここを以て蓍の徳性は円通にして神妙なり。恵棟の自注:蓍は七を以て数と為し、七七は四十九——まさに大衍の数の実用の数。『乾』は蓍を為し円を為し神を為すので、蓍の徳性は円にして神——以て天下人の心志に通達するに用いる。

卦之德方以知。注:卦數八,八八六十四,坤為方為知,故卦之德方以知,所以定天下之業也。六爻之義易以工。注:六爻九六相變,工讀為功,功業見乎變,故六爻之義易以工,所以斷天下之疑也。聖人以此先心,退藏於密,吉凶與民同患。注:以蓍神知來,故先心。陽動入巽,巽為退,伏坤為閉戶,故藏密,謂齊於巽以神明其德。陽吉陰凶,坤為民,故吉凶與民同患。神以知來,知以藏往。注:乾神知來,坤知藏往。來謂先心,往謂藏密也。

経文に言う:卦の徳性は方正にして明智なり。恵棟の自注:卦は八を以て数と為し、八八は六十四。『坤』は方を為し智を為すので、卦の徳性は方にして知——以て天下の事業を奠定するに用いる。経文に言う:六爻の意義は変易して以て成功するに在り。恵棟の自注:六爻は九を用い六を用い交相変動し、「工」は「功」と読むべし——功業はまさに変化の中に顕現するので、六爻の義は変易して成功するに在りと言い、以て天下の疑難を判断するに用いる。経文に言う:聖人はこの套の弁法を憑りて先んじて心に於て明察し、事畢えてまた退きて隠密に蔵れ、吉凶禍福は百姓とともに承当す。恵棟の自注:蓍の神妙に靠りて未来を予知するので「心に先んず」と言う。陽爻は動きて『巽』に入り、『巽』は退伏の象あり、その下に伏する『坤』は閉戸を為すので「密に蔵る」と言い、すなわち『巽』の位に於て斎戒して以てその徳を神明ならしむ。陽は吉、陰は凶、『坤』は民なので、吉凶は民とともに患を同じくす。経文に言う:神妙を以て未来を予知し、明智を以て既往を収蔵す。恵棟の自注:『乾』は神を為して能く来るを知り、『坤』は知を為して能く往を蔵る。「来」は「心に先んず」に対応し、「往」は「密に蔵る」に対応す。

其孰能與此哉。注:謂誰能為此哉,謂古之聰明睿知之君也。古之聰明睿知神武而不殺者夫。注:謂大人也。庖犧在乾五,動而之坤,與天地合聰明。在坎為聰,在離為明,神武謂乾,睿知謂坤。乾坤坎離反覆不衰,故而不殺者夫。

経文に言う:また誰か能くこの歩に到らんや。恵棟の自注:意は誰か能くこれらを弁到せんを言い、指す所は古時の聡明睿智の君主。経文に言う:あれはまさに古時の聡明睿智・神武にして殺伐を用いざる者なり。恵棟の自注:九五の位の「大人」を指す。伏羲は『乾』卦の五爻の位に居り、変動して『坤』に往き、天地と相合して聡明を具う。『坎』に在りては「聡」を為し、『離』に在りては「明」を為す。「神武」は『乾』を指し、「睿知」は『坤』を指す。乾・坤・坎・離の四卦は反覆顛倒するも依然として本卦にしてその徳は衰えざるので「殺さず」と言う——「殺」はここに「衰」と読む。

是以明於天之道,而察於民之故。注:乾五之坤,以離日照天,故明天之道;以坎月照坤,故察民之故。是興神物以前民用。注:震為興,乾為神物,坤為民用。神物謂蓍龜,為萬物先,故前民用。聖人以此齊戒以神明其德夫。注:巽為齊,乾為神明為德。聖人幽贊於神明而生蓍,故以此齊戒以神明其德夫。是故盍戶謂之坤,闢戶謂之乾。注:盍,閉翕也,謂從巽之坤,坤柔象夜,故以閉戶。闢,開也,謂震之乾,乾剛象晝,故以開戶。

経文に言う:だから能く天の道を明らかにし、而して百姓の世事を体察す。恵棟の自注:『乾』五の爻は『坤』に往きて『坎』『離』の象を成す。『離』の日を用いて天に照臨するので能く天の道を明らかにし、『坎』の月を用いて坤に照臨するので能く民の故を察す。経文に言う:ここに於て神物を興起して以て百姓の日用を引導す。恵棟の自注:『震』は奮起の義あるので「興」を為し、『乾』は神を為し物を為し、合して「神物」を為し、『坤』は民を為し用を為し、合して「民用」を為す。「神物」は蓍草と亀甲を指し、それらは万物より先んじて知るので、能く百姓の日用の前に走る。経文に言う:聖人はこの套の弁法を憑りて斎戒して心を清め、自らの徳性をして神明に通ぜしむ。恵棟の自注:『説卦』は「巽に於て斉(さい)す」と講ずるので『巽』は斎を為し、『乾』は神明を為し徳を為す。聖人は暗に神明の助を承けて蓍法を創制するので、これを借りて斎戒して以てその徳を神明ならしむ。経文に言う:だから門を関するを『坤』と謂い、門を開くを『乾』と謂う。恵棟の自注:「盍(こう)」は閉合収斂にして、『巽』よりして『坤』に入るを指し、『坤』の柔は夜を象徴するので、門を閉ずるの義を取る。「辟」は開啓にして、『震』よりして『乾』に進むを指し、『乾』の剛は昼を象徴するので、門を開くの義を取る。

一盍一闢謂之變。注:陽變盍陰,陰變闢陽,剛柔相推而生變化也。往來不窮謂之通。注:十二消息陰陽往來無窮已,推而行之,故謂之通也。見乃謂之象,形乃謂之器。注:在天成象,天垂象見吉凶,故見乃謂之象。在地成形,形而下者謂之器,故形乃謂之器。

経文に言う:一たび閉じ一たび開くを「変」と謂う。恵棟の自注:陽は変じて陰を閉合し、陰は変じて陽を開啓し、剛柔は相い推移すれば便ち変化を生出す。経文に言う:往来して窮まらざるを「通」と謂う。恵棟の自注:十二消息卦の裡は陰陽の往来に止境なく、推移して施行し下るので「通」と謂う。経文に言う:顕現し出づるを「象」と謂い、形体と成るを「器」と謂う。恵棟の自注:天上に於て象と成る——上天は物象を垂示して以て吉凶を顕現するので、顕現し出づるを象と謂う。地上に於て形と成る——形有りて形体の下に落つるを器と謂うので、形を成すを器と謂う。

制而用之謂之法。注:陽道制命,陰道致用,故致而用之。爻法之謂坤,故謂之法。利用出入,民咸用之謂之神。注:乾為利,坤為用,出乾入坤故利用出入。坤為民,乾為神,乾伏坤中,息震消巽,鼓之舞之,故謂之神也。

経文に言う:裁制してこれを使用するを「法」と謂う。恵棟の自注:陽道は号令を発施するを負責し、陰道は落实施行するを負責するので、推致してこれを用うと言う。『繋辞』は「爻法はこれを坤と謂う」と講ずるので、法と謂う。経文に言う:出で入り取用して皆便利、百姓は日日これを用いて而して覚察せず——これを「神」と謂う。恵棟の自注:『乾』は利を為し、『坤』は用を為す。陽は『乾』より出でて『坤』に入るので「利用して出で入りす」と言う。『坤』は民を為し、『乾』は神を為す。『乾』の陽は『坤』の中に潜伏し、陽息は『震』を為し陰消は『巽』を為し、一たび鼓し一たび舞う——だから神と謂う。

疏。一二至畢矣○水火木金得土而成,故一二三四得五為六七八九。土生數五,成數五,二五為十,故有地十。十者,二五也。天地之數五十有五而天五為虛,故大衍之數止有五十。五十又虛一,聖人用以作八卦。

恵棟の自疏。以下の釋する所は注文の裡の「一二三四は五を得」から「天地の数は畢えんぬ」までの一段。水・火・木・金は皆土を得てこそ形を成しうるので、一・二・三・四は各々五を加えれば便ち六・七・八・九を成す。土の生数は五、成数もまた五、二個の五は合成して十を為すので、天地の数の裡に「地十」あり——十はすなわち二個の五。天地の数は総計して五十五にして、而して天五は虚位にして用いられざるので、大衍の数はただ五十あり。五十の中はまた一を虚去し、聖人は則ち残る所の四十九を取りて以て八卦を創制す。

七七四十九,故蓍為七。八八六十四,故卦為八。六十四卦有三百八十四爻,九六相變,故爻為九六。九六者,十五也。七與八亦合於十五,故九六與七八相應。合二者為三十,五六三十。三統曆所云十一而天地之數畢是也。天地之數盡於七八九六,易之所取以此,故先陳此數,下傳乃發問也。

七七は四十九なので、蓍は七を以て数と為すと言う。八八は六十四なので、卦は八を以て数と為すと言う。六十四卦は三百八十四爻あり、九を用い六を用い交相変動するので、爻は九・六を用うと言う。九に六を加えれば十五、七に八を加えるもまた十五なので、九六と七八は彼此相い応ず。二個の十五を合すれば三十を為し、すなわち五六は三十。劉歆の『三統暦』の謂う所の「十一にして天地の数は畢ぬ」はまさにこの意。天地の数の実用は尽く七・八・九・六に在り、『易』の取用する所はすなわちこれらなので、経文は先ずこれらの数を列出し、下文に始めて発問す。

○問易至數也○此虞義也。上陳天地之數,蓋欲明七八九六取法於天地而先發問以起義,故云問易何為取天地之數也。○以陽至此也○此虞義也。乾為物,其動也闢,以陽闢陰,故謂之開物。務,事也。坤為事,其靜也翕,以陰翕乾,故謂之成務。

以下の疏す所は注文の裡の「易の何を為すかを問う」から「天地の数を取るなり」までの一句。これは虞翻の説。上文は先ず天地の数を列出するは、七・八・九・六が皆天地に取法するを説明せんと欲するがゆえ——だから先ず一問を発して以て下文を引起す。ここを因りて注は「易の何を為めて天地の数を取るかを問う」と言う。以下の疏す所は注文の裡の「陽を以て陰を辟く」から「類に触れてこれを長ずることこの如きなり」までの一段。これも虞翻の説。『乾』は物を為し、『乾』の動は開辟——陽を以て陰を開辟するので「物を開く」と謂う。「務」はすなわち事、『坤』は事を為し、『坤』の静は収斂——陰を以て乾陽を収斂するので「務を成す」と謂う。

周語曰:宜觸冒人。故云冒觸也。觸,動也,觸類而長之以成六十四卦,天下之能事畢矣,故如斯而已者也。○聖人至之疑○此言庖犧創立用蓍之法以立卦生爻,故知聖人謂庖犧。上雲通天下之志,注云謂蓍也;成天下之務,注云謂卦者也。

『国語・周語』に「宜しく人に触冒すべし」の話あるので、注は「冒」はすなわち触と言う。「触」は触動、類に触れて増広して六十四卦を成せば、天下の能事は便ち皆完備するので「この如きのみ」と言う。以下の疏す所は注文の裡の「聖人は庖犠を謂う」から「ゆえに以て天下の疑を断ず」までの一段。ここに説くは伏羲が蓍を用うるの法を創立し、これに由りて卦を立て爻を生ず——だから「聖人」は伏羲を指すを知る。前文は「天下の志に通ず」と講じ、注は蓍を指すと言い、「天下の務を成す」と講じ、注は卦を指すと言う。

聖人幽贊於神明而生蓍,是開物之義,故云開物謂通天下之志也。八卦定吉凶,吉凶生大業,故成務謂定天下之業。三百八十四爻皆觸類而成,冒與觸同義,觸類而長之,發揮於剛柔而生爻,故以斷天下之疑也。

聖人は暗に神明の助を承けて蓍法を創制す——これはまさに「物を開く」の意なので、物を開くはすなわち天下の志に通ずと言う。八卦は能く吉凶を判定し、吉凶はまた大業を生出するので「務を成す」はすなわち天下の業を定む。三百八十四爻は皆類に触れて増広するに由りて成る——「冒」と「触」は同一個の意。類に触れて増広し、剛柔を鋪展して爻画を生出するので、能く天下の疑難を判断す。

○蓍數至志也○大衍之數五十,其用四十有九,故蓍數七,七七四十九也。乾為百,蓍數百,故為蓍。天道曰圓,故曰圓。下雲神以知來,故蓍之德圓而神也。鄭氏謂蓍形圓,可以主變化之數,故謂之神也。○卦數至業也○四營而成易,十有八變而成卦,八卦而小成,故卦數八,八八六十四也。陽三陰四,陰開為方,故坤為方。下雲知以藏往,故卦之德方以知。鬼谷子曰:未見形圓以道之,既形方以事之。是圓與方之義也。

以下の疏す所は注文の裡の「蓍の数は七」から「以て天下の志に通ずる所以なり」までの一段。大衍の数は五十、実際に使用するは四十九なので、蓍は七を取りて数と為し——七七はまさに四十九。『乾』の策数は百に近く、蓍策もまた百を以て数と為すので『乾』は蓍を為す。天道は円と称するので「円」と言う。下文に「神は以て来るを知る」とあるので、蓍の徳性は円にして神。鄭玄は蓍の形体は円なるを認め、以て変化の数を主管しうるので、これを神と称す。以下の疏す所は注文の裡の「卦の数は八」から「以て天下の業を定むる所以なり」までの一段。四営は一易を成し、十八変は一卦を成し、八卦は小成を為すので、卦は八を取りて数と為し——八八はまさに六十四。陽数は三・陰数は四、陰数は展開して方形を成すので『坤』は方を為す。下文に「知は以て往を蔵る」とあるので、卦の徳性は方にして知。『鬼谷子』に言う:事のいまだ形を顕さざる時は円通の法を用いてこれを引導し、すでに形を顕して後は方正の法を用いてこれを処置すと——これがまさに円と方の分別。

○六爻至疑也○蓍七卦八,爻者言乎變者也,故云六爻。九六相變謂陽變七之九,陰變八之六,陰陽相易,故相變也。周禮肆師云:凡師不功則助牽主車。鄭彼注云:故書功為工。鄭司農云:工讀為功。古者工與功同字,陰陽相變,功業乃成,故六爻之義易以工也。韓伯俗本作貢。

以下の疏す所は注文の裡の「六爻の九六は相い変ず」から「以て天下の疑を断ずる所以なり」までの一段。蓍は七を以て数と為し、卦は八を以て数と為し、而して爻は変化を講ずるなので「六爻」と言う。「九六は相い変ず」は、陽は七より変じて九と為り、陰は八より変じて六と為り、陰陽は互相転換するので相い変ずと言う。『周礼・肆師』に言う:およそ兵を出だして功なければ、則ち主帥の車を牽引するを幇(たす)く。鄭玄の注に言う:旧本は「功」を「工」と写す。鄭衆もまた「工」は「功」と読むと言い、古は「工」と「功」は同一個の字。陰陽は交相変動して功業は始めて成就を得るので、六爻の義は変易して成功するに在りと言う。韓康伯の通行本はこの字を「貢」と作る。

○以蓍至同患○此虞義也。此聖人亦謂庖犧。祭義曰:昔者聖人建陰陽天地之情,立以為易。易抱龜南面,天子卷冕北面,雖有明知之心,必進斷其志焉,示不敢專以尊天也。是聖人以此先心之義。下雲神以知來,故云以蓍神知來也。

以下の疏す所は注文の裡の「蓍の神を以て来るを知る」から「ゆえに吉凶は民とともに患を同じくす」までの一段。これは虞翻の説。ここの「聖人」もまた伏羲を指す。『礼記・祭義』に言う:昔、聖人は陰陽天地の情実を体察し、これを立てて『易』と為す。易を掌るの官は亀甲を抱きて南面して立ち、天子は衮衣を着け冕冠を戴きて北面して立つ。天子は縦い自ら明智の心あるも、必ず進みて卜筮に由りて心意を決断し、以て独断専行するを敢えてせざるを表示し、これを用いて上天を尊崇す——これがまさに「聖人はこれを以て心に先んず」の意。下文に「神は以て来るを知る」とあるので、注は蓍の神妙に靠りて未来を予知すと言う。

先,王肅韓伯讀為洗,謂洗濯萬物之心。尋古洗濯字皆作灑,無作洗者,蔡邕石經及京荀虞董遇張璠蜀才並作先心,當從之。陽動入巽,謂乾初入陰。雜卦曰:兌見而巽伏。巽象退辛,故為退伏。盍戶之謂坤,故坤為閉戶。伏閉者,藏密之象也。

「先」の字は、王粛と韓康伯は皆「洗」と読み、万物の心を洗滌すと解す。しかるに考察すれば、古書の裡の洗滌の義を表すの字は皆「洒」と写して「洗」と写すはなし。蔡邕の刻する所の熹平石経および京房・荀爽・虞翻・董遇・張璠・蜀才の諸家の本子は皆「心に先んず」と作る——依従すべし。「陽は動きて巽に入る」は『乾』の初爻が陰位に入るを指す。『雑卦伝』に「兌は顕現して巽は隠伏す」とあり、納甲に就いて言えば『巽』の象は十七日に辛方に於て退くので、『巽』は退伏の象あり。「戸を盍(こう)するを坤と謂う」なので『坤』は門を閉ずるを為す。潜伏と閉合はまさに「密に蔵る」の象。

巽為齊,巽陽藏室,神明在內,故齊於巽以神明其德也。乾陽為吉,坤陰為凶,聖人先知吉凶,興利遠害,故與民同患也。○乾神至密也○此虞義也。蓍之德圓而神,故乾神知來;卦之德方以知,故坤知藏往。聖人取此七八九六天地之數,知來而藏往,以此先心,故來謂先心;退藏於密,故往謂藏密。易之例以未來者屬乾,已往者屬坤也。○謂誰至君也○此虞義也。孰,誰也。○謂大至者夫○此虞義也。大人謂九五之大人也。文王書經繫庖犧於九五,故庖犧在乾五。聖人心通乎造化,故動而之坤。乾為天,坤為地,故與天地合聰明也。

『巽』は斎を為し、『巽』の陽爻は室内に蔵れ、神明は中に含蘊するので、『巽』の位に於て斎戒して以てその徳を神明ならしむ。『乾』の陽は吉を主り、『坤』の陰は凶を主る。聖人は予め吉凶を知りて、利あるを興起し害あるを避けるので、能く百姓とともに憂患を当てうる。以下の疏す所は注文の裡の「乾は神にして来るを知る」から「往は密に蔵るを謂うなり」までの一段。これは虞翻の説。蓍の徳性は円にして神なので『乾』は神を以て未来を予知し、卦の徳性は方にして知なので『坤』は智を以て既往を収蔵す。聖人は七・八・九・六のこれらの天地の数を取用し、すでに能く将来を予知しまた能く既往を収蔵す。「これを以て心に先んず」なるがゆえに「来」は「心に先んず」に対応し、「退きて密に蔵る」なるがゆえに「往」は「密に蔵る」に対応す。『易』の通例は:将来の事は『乾』に帰属し、已往の事は『坤』に帰属す。以下の疏す所は注文の裡の「誰か能くこれを為さんを謂う」から「の君なり」までの一句。これは虞翻の説。「孰」はすなわち誰。以下の疏す所は注文の裡の「大人を謂うなり」から「ゆえに殺さざる者なり」までの一段。これも虞翻の説。「大人」は九五の位の大人を指す。文王は経を作り、伏羲を九五に繋属せしめたので、伏羲は『乾』五に居ると言う。聖人の心は造化と相通ずるので、変動して『坤』に往く。『乾』は天を為し『坤』は地を為すので、天地と相合して聡明を具うと言う。

乾動之坤成大有,大有坎為聰;大有通比,比離為明。乾為神,乾陽剛武,故神武謂乾。說文曰:叡,深明也。古文作睿。陽伏坤下,深不可測,乾鑿度以中央為知,故睿知謂坤。殺讀為衰。士冠禮曰:以官爵人,德之殺也。鄭彼注云:殺,猶衰也。

『乾』は変動して『坤』に往きて『大有』を成し、『大有』の互体は『坎』あり、『坎』は耳を為すので「聡」を取る。『大有』は『比』と旁通し、『比』の互体は『離』あり、『離』は目を為すので「明」を取る。『乾』は神を為し、『乾』の陽は剛健威武なので「神武」は『乾』を指す。『説文解字』に言う:「叡」は深明の意、古文は「睿」と写すと。陽は『坤』の下に潜伏して深く測るべからず。『乾鑿度』は中央を以て智に属すので「睿知」は『坤』を指す。「殺」は「衰」と読むべし。『儀礼・士冠礼』に「官職爵位を按じて人を待つは、徳の等差の逓減するなり」とあり、鄭玄はあそこに注して言う:「殺」は「衰」に猶(なら)うと。

卦有反覆,如泰反為否,否反為泰,故雜卦云否泰反其類也。乾坤坎離反覆不衰,謂反覆皆此卦也。荀子王制篇曰:以類行雜,以一行萬,始則終,終則始,若環之無端也,舍是而天下以衰矣。又成相篇曰:精神相反,一而不二為聖人。皆反覆不衰之義也,故而不殺者夫。陸績韓伯讀殺如字,失其義矣。先儒馬鄭王肅乾寳皆讀所戒反也。

卦は倒転の例あり——『泰』は倒せばすなわち『否』、『否』は倒せばすなわち『泰』なので、『雑卦伝』は「否泰はその類を反す」と言う。而して乾・坤・坎・離の四卦は正看しようが倒看しようが論ずるとも依然として本卦なので「反覆して衰えず」と言う。『荀子・王制篇』に言う:類別を用いて紛雑を統攝し、一理を用いて万事を貫通す。始ありて便ち終あり、終ありてまた始なり——円環のごとく端頭なし。この道理を舎棄すれば天下は便ち衰敗すと。『成相篇』はまた言う:精神はその本に返帰し、専一にして分岐せず——これがこそ聖人と。これらは皆「反覆して衰えず」の意なので、経文は「神武にして殺さず」と言う。陸績・韓康伯は「殺」を本字に照らして殺伐の殺と読めば、便ちその本義を失う。前代の学者の馬融・鄭玄・王粛・干宝は皆「所戒反」と読み、すなわち「衰」の音。

○乾五至之故○此虞義也。乾為天道,乾五之坤成坎,坤五之乾成離,以離日照天,故明天之道。坤為民,以坎月照坤,故察民之故。繫下曰:又明於憂患與故。虞彼注云:知以藏往,故知事故。是其義也。○震為至民用○興,起也,震起故為興。乾為神為物,故為神物。坤為民為用,故為民用。下傳云:天生神物亦謂蓍龜,故神物謂蓍龜。管子曰:能存能亡者蓍龜與龍也。為萬物先,為禍福正。為萬物先,故前民用也。

以下の疏す所は注文の裡の「乾五は坤に之く」から「ゆえに民の故を察す」までの一段。これは虞翻の説。『乾』は天道を代表し、『乾』五の爻は『坤』に往きて『坎』を成し、『坤』五の爻は『乾』に往きて『離』を成す。『離』の日を用いて天に照臨するので能く天の道を明らかにす。『坤』は民を為し、『坎』の月を用いて坤に照臨するので能く民の故を察す。『繋辞下伝』に「また憂患と故とに明らかなり」とあり、虞翻はあそこに注して言う:智を以て既往を収蔵するので、能く世事の故を知ると——まさにこの意。以下の疏す所は注文の裡の「震は興を為す」から「ゆえに民用に先んず」までの一段。「興」は起——『震』は奮起の義あるので興を為す。『乾』は神を為し物を為し、合せば便ち神物。『坤』は民を為し用を為し、合せば便ち民用。『繋辞下伝』に「天は神物を生ず」とあり、指す所もまた蓍と亀なので「神物」はすなわち蓍亀。『管子』に言う:能く存し能く亡するは蓍・亀と龍と。それらは万物より先んじて兆を顕し、禍福の准的——まさに万物に先んずるに因りて、能く百姓の日用の前に走る。

○巽為至德夫○說卦曰:齊乎巽。故巽為齊。乾為神為大明,故為神明。聖人興神物以前民用,創卜筮之法以通神明之德,是幽贊於神明之事也。○盍閉至開戶○此虞義也。此下至往來不窮謂之通,皆據消息言也。月令孟冬之月閉塞而成冬。坤其靜也翕,故云盍閉翕也。從巽之坤謂從午至亥也。

以下の疏す所は注文の裡の「巽は斉を為す」から「以てその徳を神明ならしむるなり」までの一段。『説卦伝』に「巽に於て斉(さい)す」とあるので『巽』は斎を為す。『乾』は神を為し大明を為すので神明を為す。聖人は神物を興起して以て百姓の日用を引導し、卜筮の法を創立して以て神明の徳に通ず——これがすなわち暗に神明の助を承くるの事。以下の疏す所は注文の裡の「盍は閉翕なり」から「ゆえに以て戸を開く」までの一段。これは虞翻の説。ここより下りて「往来して窮まらざるを通と謂う」に至るまで、皆十二消息卦に就きて説を立つ。『礼記・月令』は孟冬の月に天地は閉塞して以て冬を成すと講ず。『坤』の静は収斂なので「盍」は閉合収斂と言う。「巽より坤に之く」は指す所は午月より亥月に至るのこの半年の陰の長ずるの過程。

剛柔者晝夜之道,故坤柔象夜,閉戶之義也。坤其動也闢,故云闢開也。從震之乾謂從子至巳也。乾剛為晝,故象晝,開戶之義也。○陽變至化也○此虞義也。陽變為陰,故盍陰;陰變為陽,故闢陽。剛推柔生變,柔推剛生化,故剛柔相推而生變化也。

剛と柔はすなわち昼と夜の道理なので、『坤』の柔は夜を象徴し、門を閉ずるの義を取る。『坤』の動は開辟なので「辟」は開啓と言う。「震より乾に之く」は指す所は子月より巳月に至るのこの半年の陽の長ずるの過程。『乾』の剛は昼を為すので昼を象徴し、門を開くの義を取る。以下の疏す所は注文の裡の「陽は変じて陰を盍す」から「して変化を生ずるなり」までの一段。これは虞翻の説。陽は変じて陰と成るので陰を閉合すと言い、陰は変じて陽と成るので陽を開啓すと言う。剛は柔を推動すれば便ち「変」を生じ、柔は剛を推動すれば便ち「化」を生ずるので、剛柔は相い推移して変化を生出すと言う。

○十二至通也○此虞義也。復臨泰大壯夬乾,陽息之卦;遘否觀剝坤,陰消之卦。是為十二消息,即乾坤十二晝也。否大往小來,泰小往大來,故陰陽往來無窮已。一往一來,推而行之,故謂之通也。○在天至之器○天有八卦之象,故在天成象。天垂象見吉凶,故見乃謂之象。地有八卦之形,故在地成形。地形而下者坤為器,故形乃謂之器也。○陽道至之法○陽道制命,董子繁露文。陽剛故制命。坤為用,故陰道致用。制而用之,爻法之謂坤,效三才為六畫,法象莫大乎天地,故謂之法也。

以下の疏す所は注文の裡の「十二消息」から「ゆえにこれを通と謂うなり」までの一段。これは虞翻の説。『復』『臨』『泰』『大壮』『夬』『乾』は陽気が月を逐いて増長するの卦、『姤』『否』『観』『剥』『坤』は陰気が月を逐いて消退するの卦。合せれば便ち十二消息卦、すなわち乾坤の十二爻の対応する所の十二個月。『否』卦は大なる者は往き小なる者は来り、『泰』卦は小なる者は往き大なる者は来るので、陰陽の往来は窮尽なし。一往一来して推移して施行し下るので「通」と謂う。以下の疏す所は注文の裡の「天に在りて象を成す」から「ゆえに形はすなわちこれを器と謂う」までの一段。天上は八卦の象あるので天に在りて象を成すと言い、上天は物象を垂示して以て吉凶を顕現するので、顕現し出づるを「象」と謂う。地上は八卦の形あるので地に在りて形を成すと言い、地上は形有りて形体の下に落つるは『坤』に属して器を為すので、形を成すを「器」と謂う。以下の疏す所は注文の裡の「陽道は命を制す」から「ゆえにこれを法と謂う」までの一段。「陽道は命を制す」は董仲舒の『春秋繁露』より出づ——陽性は剛健なので号令を発施するを主る。『坤』は用を為すので、陰道は落实施行するを負責す。裁制してこれを使用す——『繋辞』は「爻法はこれを坤と謂う」と講じ、これは三才を效法して以て六画を成す。效法の象は天地より大なるは莫し——だから「法」と謂う。

○乾為至神也○乾以美利利天下,故為利。出乾為復時,入坤為遘時也。民咸用之者,坤也。乾伏坤中,神在中也。陽息震為鼓,陰消巽為舞,鼓之舞之,不見其事而見其功,故謂之神也。是故易有大極,是生兩儀。注:大極,大一也,分為天地,故生兩儀。儀,匹也。陰陽氣交,人生其中,三才具焉。兩儀生四象。注:四象謂分二、掛一、揲四、歸奇也。兩儀為四象之一而云生四象者,四象由分二而生也。言四象故不言掛一歸奇也。

以下の疏す所は注文の裡の「乾は利を為す」から「ゆえにこれを神と謂うなり」までの一段。『乾・文言』は『乾』は美好の利益を用いて天下を利沢すと言うので、『乾』は利を為す。陽は『乾』より出づるは『復』卦の当令するの時節、陽は『坤』に入るは『姤』卦の当令するの時節。「百姓は皆これを用う」は『坤』を説く。『乾』の陽は『坤』の中に潜伏し、神は便ちその裏頭に含まる。陽気は増長して『震』を成して鼓に象り、陰気は消退して『巽』を成して舞に象る。一たび鼓し一たび舞い、それが何を為したかを見ずしてその功效を見る——だから神と謂う。経文に言う:だから『易』は太極あり、太極は両儀を生ず。恵棟の自注:「太極」はすなわち太一、分判して天と地と為るので両儀を生ずと言う。「儀」は匹配の意。陰陽の二気は交感し、人はその中に生じ、天地人の三才はここに於て斉備す。経文に言う:両儀は四象を生ず。恵棟の自注:「四象」は分かちて二と為し、一を指に挂し、四四にこれを数え、余を扐に帰するのこの四道の手続を指す。分かちて二と為すはそれ自体はただ四象の中の一象なるに、却ってそれは四象を生ずと言うは、其余の三象は皆二を分かつのこの一歩より派生して出づるがゆえ。すでに「四象」のこの総名を挙げれば、便ちもはや逐一に挂一・帰奇を提及せず。

一說四象七八九六也。鄭氏謂布六於北方以象水,布七於南方以象火,布八於東方以象木,布九於西方以象金,四營而成,由是而生四六四七四八四九之數。大衍之數五十,三才五行之合也。舉兩儀而三才在其中,舉四象而土在其中。

別に一種の説法ありて、四象はすなわち七・八・九・六と認む。鄭玄は講ず:六を北方に布きて以て水に象り、七を南方に布きて以て火に象り、八を東方に布きて以て木に象り、九を西方に布きて以て金に象る。四営はすでに成り、これに由りて四六・四七・四八・四九のこれらの数を生出す。「大衍の数五十」は三才と五行の相合するの数目。両儀を挙出せば三才はすでにその中に含まれ、四象の配する所の水火木金を挙出せば土もまたすでにその中に含まる。

四象生八卦。注:四營而成易,十有八變而成卦,是生八卦而小成也。八卦定吉凶。注:引信三才通為六十四卦,觸類而長之。陽生則吉,陰殺則凶,定之以吉凶,所以斷也。吉凶生大業。注:一消一息,萬物豐殖,富有之謂大業。唐虞秩宗,周代大宗伯掌天神人鬼地示之禮。吉為先,凶次之,賓軍嘉諸禮次第布之,謂之大業也。是故法象莫大乎天地。注:法象乾坤也,仰觀象於天,俯觀法於地,故法象莫大乎天地也。

経文に言う:四象は八卦を生ず。恵棟の自注:四営は一「易」を成し、十八変は一卦を成す——これがすなわち八卦を生出して小成を為す。経文に言う:八卦は吉凶を判定す。恵棟の自注:三才の象を牽引伸展し、通じて六十四卦を成し、さらに類に触れて増広す。陽は生養を主りて便ち吉に趨り、陰は粛殺を主りて便ち凶に趨る——これに拠りて吉凶を判定するは、すなわち以て疑難を決断するに用いる。経文に言う:吉凶は偉大なる事業を生出す。恵棟の自注:一消一息は交替して運行し、万物は繁茂滋生す——『繋辞』の謂う所の「富有はこれを大業と謂う」。唐虞の時代は秩宗の一職に由り、周代は大宗伯の一職に由りて、天神・人鬼・地示を祭るの礼典を掌管す。五礼の中は吉礼は首に居り、凶礼はこれに次ぎ、賓礼・軍礼・嘉礼は依次に鋪陳す——これを大業と謂う。経文に言う:だから法を取るの象は天地より大なるは莫し。恵棟の自注:「法象」はすなわち乾坤——頭を抬げて天上の象を観察し、頭を低れて地上の法を観察するので、法を取るの象は天地より大なるは莫し。

變通莫大乎四時。注:變通配四時,故莫大乎四時。唐虞三代建官法天地四時,順時行令,其政詳於明堂月令。縣象著明莫大乎日月。注:謂日月縣天成八卦象。三日暮震象出庚,八日兌象見丁,十五日乾象盈甲,十七日旦巽象退辛,二十三日艮象消丙,三十日坤象滅乙,晦夕朔旦坎象流戊,日中則離,離象就己,戊已土位,象見於中。

経文に言う:変通は四時より大なるは莫し。恵棟の自注:変通は四時と相配するので、四時より大なるは莫し。唐虞と夏商周の三代は官を設け職を分かつに皆天地四時を效法し、時節を按じて政令を頒布す——この套の政制は明堂月令の中に詳載す。経文に言う:天に懸かりて光明を顕すは日月より大なるは莫し。恵棟の自注:日月が天に懸かりて八卦の象を形成するを指す——これがすなわち漢易の「納甲」:初三日の傍晚に『震』の象は庚方に出で、初八日に『兌』の象は丁方に現れ、十五日に『乾』の象は甲方に満ち、十七日の清晨に『巽』の象は辛方に退き、二十三日に『艮』の象は丙方に消え、三十日に『坤』の象は乙方に滅す。晦日の夕と朔日の旦に『坎』の象は戊に流れ、正午は則ち『離』に属して『離』の象は己に就く。戊己は土位に居りて中央に在るので、その象は中間に顕現す。

日月相推而明生焉,故縣象著明莫大乎日月。王者嚮明而治,縣六官之象於象魏,重明麗正,化成天下,是其事矣。崇高莫大乎富貴。注:乾正位於五,五貴坤富,以乾通坤,故高大富貴也。中庸說雖有其德,苟無其位,不敢作禮樂焉。鄭氏謂作禮樂者必聖人,在天子之位故富貴稱大也。

日と月は互相推移して光明は産生するので、象を懸けて顕明なるは日月より大なるは莫し。君王は光明に面向いて天下を治め、六官の政典の象を象魏の上に懸挂し、光明は重畳して正道に附麗し、教化は因りて天下に於て成就す——説く所はまさにこの事。経文に言う:崇高は富貴より大なるは莫し。恵棟の自注:『乾』は五爻を以て正位と為し、五は尊貴の位にして『坤』は富厚を主る。『乾』を以て『坤』に貫通するので、すでに高大にしてまた富貴。『中庸』に言う:縦いあのような徳あるも、もしあの位なからんば、敢えて礼を制し楽を作らざるなりと。鄭玄は礼を制し楽を作るは必ず聖人にして、かつ天子の位に処することを要すと認むるので、富貴は始めて「大」と称しうる。

備物致用,立成器以為天下利,莫大乎聖人。注:神農黃帝堯舜也。民多否閉,取乾之坤謂之備物,以坤之乾謂之致用。乾為物,坤為器用。否四之初,耕稼之利;否五之初,市井之利;否二之四,舟檝之利;否上之初,牛馬之利。謂十二蓋取以利天下。聖人作而萬物覩,故莫大乎聖人也。

経文に言う:物類を斉備しその用を推致し、器を制立して以て天下に福を造るは聖人より大なるは莫し。恵棟の自注:ここの聖人は神農・黄帝・尭・舜を指す。上古の百姓は多く閉塞不通の境地に処り、『乾』の爻を取りて『坤』に往くを「物を備う」と謂い、『坤』の爻を以て『乾』に往くを「用を致す」と謂う。『乾』は物を為し、『坤』は器用を為す。『否』卦の四爻は初位に往きて『益』を成すは耕作の利、『否』の五爻は初位に往きて『噬嗑』を成すは集市の利、『否』の二爻は四位に往きて『渙』を成すは舟楫の利、『否』の上爻は初位に往きて『随』を成すは牛馬の利。これがすなわち『繋辞下伝』の十二処の「ほぼ諸を某卦に取る」——皆用いて天下を利沢す。聖人は一たび興起すれば万物は皆顕見を得るので、聖人より大なるは莫し。

探嘖索隱,鉤深致遠,以定天下之吉凶,成天下之娓娓者,莫善乎蓍龜。注:探,取也。嘖,初也。初隱未見,故探嘖。索隱則幽贊於神明而生蓍。初深故曰鉤深。致遠謂乾。乾生知吉,坤殺知凶,故定天下之吉凶。娓娓者,陰陽之微,能存能亡。乾為蓍,離為龜,月生震初,故成天下之娓娓者莫善乎蓍龜。陰陽之微,乾坤之元,故稱善也。是故天生神物,聖人則之。注:神物謂蓍龜。蓍龜定天下之吉凶,成天下之娓娓者,聖人則之,知存知亡而不失其正也。

経文に言う:幽賾を探取し隠微を搜索し、深処を鈎取し遠方を招致し、以て天下の吉凶を判定し天下の勤勉不倦の事業を成就するは、蓍亀より好きは莫し。恵棟の自注:「探」は取、「啧」は初爻を指す。初爻は隠伏して未だ露れざるので「啧を探る」と言う。「隠を索む」はすなわち暗に神明の助を承けて蓍法を創制す。初爻は幽深なので「深を鈎(こう)す」と言う。「遠を致す」は『乾』を指す。『乾』の陽は万物を生養するのでその吉を知り、『坤』の陰は万物を粛殺するのでその凶を知る——これに因りて能く天下の吉凶を判定す。「娓娓」はすなわち「亹亹(びび)」、陰陽の幽微の処を指し、能く存しもし能く亡しもす。『乾』は蓍を為し、『離』は亀を為し、月光は『震』の象に於て初生するので、天下の勤勉不倦の事を成就するは蓍亀より好きは莫しと言う。陰陽の幽微の処はまさに乾坤の元なので、ここに「善」の字を用う。経文に言う:だから上天は神物を生出し、聖人はこれを取りて以て法と為す。恵棟の自注:「神物」は蓍亀を指す。蓍亀は能く天下の吉凶を判定し天下の亹亹の事を成就するので、聖人は便ちこれを取りて法と為し、従りて存を知り亡を知りてその正を失わず。

天地變化,聖人效之。注:春夏為變,秋冬為化,聖人南面而聽天下,順時布令,是效天地之變化。天垂象見吉凶,聖人象之。注:天有八卦之象,乾象盈甲是吉也,坤象喪乙是凶也。見乃謂之象,故見吉凶。乾為德,坤為刑,聖人在上,象天制作,故云聖人象之也。

経文に言う:天地は変化あり、聖人はこれに效法す。恵棟の自注:春夏は「変」に属し、秋冬は「化」に属す。聖人は南面して天下を治理し、時令に順いて政教を頒布す——これがすなわち天地の変化に效法す。経文に言う:上天は物象を垂示して以て吉凶を顕現し、聖人はこれに象を取る。恵棟の自注:天上は八卦の象あり、十五日に『乾』の象は甲方に満つはこれは吉、三十日に『坤』の象は乙方に喪(うしな)うはこれは凶。顕現し出づるを象と謂うので、能く吉凶を顕現す。『乾』は徳を為し、『坤』は刑を為す。聖人は上位に居りて天象に取法して以て典章を制作するので、聖人はこれに象ると言う。

河出圖,洛出書,聖人則之。注:天不愛其道,故河出圖;地不愛其寶,故洛出書。聖人則之,體信以逹順,遂致太平也。易有四象,所以示也。注:覆述大衍四象也。四象生八卦,卦者掛也,掛示萬物,故所以示也。繫辭焉,所以告也。注:繫彖象之辭,八卦以象告,故所以告也。定之以吉凶,所以斷也。注:繫辭焉以斷其吉凶,八卦定吉凶以斷天下之疑也。易曰:自天右之,吉無不利。子曰:右者,助也。注:大有兌為口,口助稱右。

経文に言う:黄河は龍図を出だし、洛水は亀書を出だし、聖人はこれを取りて以て法と為す。恵棟の自注:上天は自らの道を吝惜せざるので黄河は図を出だし、大地は自らの宝を吝惜せざるので洛水は書を出だす。聖人はこれを取りて法と為し、誠信を體行して以て和順に達し、終に太平を致成す。経文に言う:『易』は四象あり——以て顕示するに用いるなり。恵棟の自注:これは回頭して大衍四象を重述す。四象は八卦を生じ、「卦」はすなわち「挂」——物象を懸挂して出だして人に見せるので、以て顕示するに用いると言う。経文に言う:文辞を繋ぐは以て告知するに用いるなり。恵棟の自注:彖辞と象辞を繋げ、八卦は物象を用いて告示するので、以て告知するに用いると言う。経文に言う:吉凶を以てこれを判定するは以て決断するに用いるなり。恵棟の自注:文辞を繋げて以て吉凶を断定し、八卦が吉凶を判定するはまさに天下の疑難を決断するがため。経文は『易』を引きて言う:上天より来りてこれを佑助す——吉祥にして利あらざるなし。孔子は言う:「右」はすなわち佑助。恵棟の自注:『大有』卦の上体は『兌』を互い、『兌』は口を為す——口を用いて人を幇(たす)くるを「右」と謂う。

天之所助者順也。注:乾為天,比坤為順。人之所助者信也。注:乾為人為信。履信思乎順,有以尚賢也。注:五履信應二,故思乎順。賢謂三,乾為賢人。三享於天子禮,行之宗廟,故以尚賢。是以自天右之,吉無不利也。注:聖人明天道,察民故,獲天人之助,故吉無不利也。

経文に言う:上天の佑助する所は天道に順応する人。恵棟の自注:『乾』は天を為し、『大有』は『比』と旁通し、『比』の『坤』体は順を為す。経文に言う:世人の幇助する所は信を守る人。恵棟の自注:『乾』は人を為し信を為す。経文に言う:誠信を踐行して心に和順を念じ、また能く賢人を崇尚す。恵棟の自注:五爻は正位に居りて誠信を體現し、下って二爻に応ずるので心に和順を念ずと言う。「賢」は三爻を指し、『乾』は賢人を為す。『大有』の九三の爻辞は三公が天子に享献の礼を行うを講じ、この礼は宗廟に於て挙行するので、賢人を崇尚するの義あり。経文に言う:ここを以て上天より来りてこれを佑助し、吉祥にして利あらざるなし。恵棟の自注:聖人は天の道を明白にし百姓の世事を体察し、因りて天と人の両方面の幇助を得るので、吉にして利ならざるなし。

疏。太極至具焉○太極太一者,馬氏云:易有太極,謂北辰也。乾鑿度曰:大一取七八九六之數以行九宮。鄭彼注云:太一者,北辰之神名也。居其所曰太一,主氣之神。京氏注大衍之數云:其一不用者,天之主氣,將欲以虛來實,故用四十九。

恵棟の自疏。以下の釋する所は注文の裡の「大極は大一なり」から「三才は具われり」までの一段。太極はすなわち太一と説く:馬融は講じ、『易』に太極ありとは指す所は北辰。『乾鑿度』に言う、太一は七・八・九・六の数を取りて九宮の中に於て運行す。鄭玄はあそこに注して言う:太一は北辰の神の名号、自らの位に安居するを太一と謂い、気を主管するの神なりと。京房が「大衍の数」に注して言う:揲算に参与せざるのあの「一」はまさに天の主気。この虚位を以て実数を招引するを要するので、ただ四十九を用うと。

禮運曰:夫禮必本於太一,分而為天地。呂氏春秋曰:太一出兩儀。太一者,極大曰太,未分曰一。太極者,極,中也,未分曰一,故謂之太一。未發為中,故謂之太極,在人為皇極,其實一也。兩儀,天地也,分而為天地,故生兩儀。此上虞義也。儀匹也,釋詁文。天地相匹,故稱兩儀。乾鑿度曰:易始於一,分於二,通於三。鄭氏謂陰陽氣交,人生其中,故為三才。太極函三為一,相併俱生,故太極生兩儀,三才具焉。即上傳所云分而為二以象兩,掛一以象三,義具下也。

『礼記・礼運』に言う:礼は必ず太一に本源し、太一は分判して天地と為る。『呂氏春秋』に言う:太一は両儀を生出す。いわゆる「太一」は、極めて広大なるゆえに「太」と称し、いまだ剖分せざるゆえに「一」と称す。いわゆる「太極」は、「極」は中の意、未だ剖分せずは「一」と称すので太一と謂い、喜怒哀楽のいまだ発せざるの時は「中」なので太極と謂う。この道理が人の身に落つればすなわち『洪範』の「皇極」——名目は異なれど実質は一個。「両儀」はすなわち天地、太極は分判して天地と為るので両儀を生ずと言う。以上は虞翻の説を采用す。「儀」は「匹」と訓じ、『爾雅・釈詁』に見ゆ。天と地は彼此相配するので両儀と称す。『乾鑿度』に言う:『易』は一に起こり、二に分かれ、三に通ず。鄭玄はこれを陰陽二気が交感し人はその中に生じ、因りて三才を為すと解す。太極はこの三者を涵攝して一と為し、三者は並び生じて相い離れざるので、太極は両儀を生じて三才はこれに随いて斉備す。これもすなわち『繋辞上伝』の謂う所の「分かちて二と為し以て両儀に象り、一を挂して以て三才に象る」——その義は下文に於てなお細講せんとす。

○四象至其中○四象謂大衍。四象分而為二以象兩,掛一以象三,揲之以四以象四時,歸奇於扐以象閏,故謂之四象也。兩儀為四象之一,則在四象之中,而云生四象者,由分二而生此四象,故云兩儀生四象也。掛一歸奇在四象之中,言四象故不言掛一歸奇也。

以下の疏す所は注文の裡の「四象は分二挂一を謂う」から「四象を挙げて土はその中にあり」までの一段。「四象」は大衍揲蓍の四歩を指す。分かちて二と為し以て両儀に象り、一を挂して以て三才に象り、四個ずつ数えて以て四時に象り、余を扐に帰して以て閏月に象る——だから四象と謂う。分かちて二と為すはそれ自体はすなわち四象の中の一象にしてすでに四象の内に在るに、却ってそれは「四象を生ず」と言うは、其余の三象は二を分かつのこの一歩に由りて派生して出づるがゆえ——だから両儀は四象を生ずと言う。挂一・帰奇はもとより四象の中に在り、すでに「四象」のこの総名を挙げれば、便ちもはや逐一に挂一・帰奇を提及せず。

一說四象七八九六也者,此先儒之說也。鄭氏已下言揲蓍之法。六在北方象水,故布六於北方以象水;七在南方象火,故布七於南方以象火;八在東方象木,故布八於東方以象木;九在西方象金,故布九於西方以象金。

注の中に「別に一種の説法あり、四象はすなわち七・八・九・六」と言うは、これは前代の学者の講法。鄭玄以下の講ずるは揲蓍の具体の弁法。六は北方に在りて水に象るので、六を北方に布きて以て水に象る。七は南方に在りて火に象るので、七を南方に布きて以て火に象る。八は東方に在りて木に象るので、八を東方に布きて以て木に象る。九は西方に在りて金に象るので、九を西方に布きて以て金に象る。

文王推爻四乃術數,故四營而成,由是而生四六四七四八四九之數。四六二十四,交也;四七二十八,單也;四八三十二,坼也;四九三十六,重也。鄭氏以交單坼重為四象為少異也。太衍揲蓍之法中函三才五行,故云三才五行之合,義見上也。

文王は爻画を推演するに四を以て術数の本と為すので、四営して成り、これに由りて四六・四七・四八・四九のこれらの数を生出す。四六は二十四にして「交」と画すは老陰、四七は二十八にして「単」と画すは少陽、四八は三十二にして「坼」と画すは少陰、四九は三十六にして「重」と画すは老陽。鄭玄は交・単・坼・重を用いて以て四象に充当す——前説と畧(や)や同じからず。大衍揲蓍の法の中間は三才と五行を涵むので、三才五行の会合と言う——その義はすでに上文に見ゆ。

此言兩儀而不言三才,言四象水火木金而不言土。太極函有三五,故云舉兩儀而三才在其中,舉四象而土在其中也。○四營至成也○分二掛一揲四歸奇為四象,經此四者而成一變,故四營而成易。三揲蓍而成一爻,六爻三變十有八變而成卦。

ここはただ両儀を説きて三才を提げず、ただ四象の配する所の水火木金を説きて土を提げず。太極はもとより三才・五行を涵攝して内に在るがゆえに、両儀を挙出せば三才はすでにその中に在り、四象を挙出せば土もまたすでにその中に在りと言う。以下の疏す所は注文の裡の「四営して易を成す」から「これ八卦を生じて小成を為すなり」までの一段。分二・挂一・揲四・帰奇は四象を構成し、これらの四歩を経て一変を完成するので、四営して一「易」を成すと言う。三度揲蓍して始めて一爻を成し、六爻は各々三変、共に十八変して一卦を成す。

乾坤與六子俱名八卦而小成,是四象生八卦。若鄭氏之義四營為七八九六,四營而成一爻,七八九六皆三變而成,故十有八變而成卦,八卦而小成也。○引信至斷也○三才八卦之象引而信之,故引信三才。八八六十四,故通為六十四卦。

乾・坤は震巽坎離艮兌の六子を連ねて合わせて八卦と称して小成を為す——これがすなわち四象は八卦を生ず。もし鄭玄の解法に依れば、四営の指す所は七・八・九・六にして、四営は一爻を完成し、而して七・八・九・六は皆三変して始めて定まるので、十八変して一卦を成し、八卦は小成を為す。以下の疏す所は注文の裡の「三才を引信す」から「以て断ずる所以なり」までの一段。三才と八卦の象を牽引伸展するので「三才を引信す」と言う。八八は六十四なので、通じて六十四卦を成す。

觸長爻筴至三百八十四爻,故觸類而長之。陽生則趨於吉,陰殺則趨於凶,定之以吉凶,以斷天下之疑,故所以斷也。○一消至業也○乾息為吉,坤消為凶。春夏生物,秋冬成物,故一消一息,萬物豐殖。消息盈虛,無所不備,故云富有之謂大業。此上虞義也。

類に触れて増長し、爻策は一貫して三百八十四爻に推し至るので、類に触れて増広すと言う。陽は生養を主りて便ち吉に趨向し、陰は粛殺を主りて便ち凶に趨向す——これに拠りて吉凶を判定し、以て天下の疑難を決断するに用いるので、以て決断するに用いると言う。以下の疏す所は注文の裡の「一消一息」から「これを大業と謂うなり」までの一段。『乾』の陽は増長して吉を為し、『坤』の陰は消退して凶を為す。春夏は万物を生養し、秋冬は万物を成就するので、一消一息の間に万物は繁茂滋生すと言う。消長盈虚は循環して已まず、備わらざるなきなし——だから「富有はこれを大業と謂う」と言う。以上は虞翻の説を采用す。

皐陶謨曰:有能典朕三禮。張衡云:三禮,天地人之禮也。鄭六藝論云:唐虞有三禮,至周分為五禮。若然唐虞止有三禮,無五禮之名,故鄭注堯典修五禮云:公侯伯子男之禮。其吉凶賓軍嘉之禮則始於周。唐虞三禮秩宗掌之,周之五禮大宗伯掌之,故云唐虞秩宗周代大宗伯掌天神人鬼地示之禮。其五禮之次,首吉禮,次凶禮,次賓禮,次軍禮,次嘉禮,故云吉為先,凶次之,賓軍嘉諸禮次第布之也。

『尚書・皋陶謨』に言う:誰か能くわが三礼を主管せんと。張衡は解釈す:三礼はすなわち天を祭り地を祭り人鬼を祭るの礼。鄭玄の『六芸論』に言う:唐虞の時はただ三礼あるのみ、周代に到りて始めて分かれて五礼と為る。こう言えば、唐虞はただ三礼あるのみにしていまだ「五礼」の名目なし——だから鄭玄が『尭典』の「五礼を修む」に注する時は公・侯・伯・子・男の五等の爵位の礼と解作す。吉・凶・賓・軍・嘉のこの一套の五礼に至っては、則ち周代より始めてあり。唐虞の三礼は秩宗に由りて掌管せられ、周代の五礼は大宗伯に由りて掌管せらるるので、注の中は唐虞の秩宗・周代の大宗伯は天神・人鬼・地示を祭るの礼典を掌管すと言う。五礼の次序は:吉礼は首に居り、次いで凶礼、次いで賓礼、次いで軍礼、次いで嘉礼なので、注は吉礼は先んじ、凶礼はこれに次ぎ、賓・軍・嘉の諸礼は依次に鋪陳すと言う。

安上治民莫善於禮,故謂之大業。蓋八卦定吉凶之後備有六十四卦三百八十四爻之義,故上傳云聖人有以見天下之動而觀其會通以行其等禮,繫辭以斷其吉凶,是故謂之爻。彼文行等禮,此言生大業,其義一也。

『孝経』に言う:上位を安定し百姓を治理するは礼より好きは莫し——だからこれを大業と称す。ほぼ八卦が吉凶を判定して後、便ち完整に六十四卦三百八十四爻の意義を具備するので、『繋辞上伝』は聖人が天下の変動を見て、その中の会合貫通するの処を観察し、以て相応の等級の礼制を推行し、さらに文辞を繋げて以て吉凶を断定し、ここを因りて「爻」と謂うと言う。あそこの説くは等礼を推行するにして、ここの説くは大業を生出するにして——意は相同じ。

○法象至地也○成象之謂乾,爻法之謂坤,故云法象乾坤也。乾為天,坤為地,天有八卦之象,故仰觀象於天;地有八卦之形,故俯觀法於地。庖犧作八卦先觀法象,故云法象莫大乎天地也。○變通至月令○變通趨時,故配四時。荀氏謂四時相變,終而復始,故莫大乎四時也。唐虞建官,羲和掌天地,仲叔已下掌四時,四時之官分宅四方,謂之四嶽,位在稷契之上,堯舜求禪命官則諮之。

以下の疏す所は注文の裡の「法象は乾坤なり」から「天地より大なるは莫し」までの一段。『繋辞』は「象を成すを乾と謂い、爻法を坤と謂う」と講ずるので、注は「法象」はすなわち乾坤と言う。『乾』は天を為し、『坤』は地を為す。天上は八卦の象あるので頭を抬げて天上の象を観察し、地上は八卦の形あるので頭を低れて地上の法を観察す。伏羲は八卦を創制するに、まずまさにこれらの法象を観察したので、法を取るの象は天地より大なるは莫しと言う。以下の疏す所は注文の裡の「変通は四時に配す」から「その政は明堂月令に詳し」までの一段。変通は時勢に順応するを要するので四時に相配す。荀爽は四時が依次に更替して終わりて復た始まると認むるので、四時より大なるは莫しと言う。唐虞は官を設け職を分かつ:羲氏・和氏は天地を掌管し、羲仲・羲叔以下は分かちて四時を掌る。この四時の官は分別して四方に居住し、「四岳」と称し、地位は后稷・契の上に在り、尭舜が帝位を禅譲しあるいは官員を任命するにも皆彼らに諮詢す。

周官六篇亦分天地四時。夏書甘誓乃召六卿。曲禮載殷之官制曰:天子建天官先六大,次五官,次六府。六大司天,五官司地,六府主四時。故知唐虞三代建官法天地四時也。順時行令,月令之事行之明堂,故云其政詳於明堂月令。此承上吉凶生大業而言,故歴引唐虞三代之法以明之也。

『周礼』の六篇もまた天・地と四時を按じて六官を分設す。『尚書・甘誓』は夏啓が六卿を召集するを記す。『礼記・曲礼』は殷代の官制を載せて言う:天子は天官を建立し、先ず六大を設け、次いで五官を設け、次いで六府を設く。六大は天を主り、五官は地を主り、六府は四時を主ると。これに由りて唐虞と三代は官を設け職を分かつに皆天地四時に取法するを知るべし。時節を按じて政令を頒行し、月令の事は明堂に於て挙行するので、注はこの套の政制は明堂月令に詳載すと言う。この一節は上文の「吉凶は大業を生ず」に承接して来たるので、逐一に唐虞三代の制度を徴引して以て説明を加う。

○謂日至事矣○日月之晦朔弦望有八卦象,故謂日月縣天成八卦象。三日震象出庚,八日兌象見丁,十五日乾象盈甲,皆在暮也;十七日巽象退辛,二十三日艮象消丙,三十日坤象滅乙,皆在旦也。二十九日三十日為晦夕,一日為朔旦,晝為日中,故坎象盈戊,離象就己。

以下の疏す所は注文の裡の「日月が天に縣(かか)りて八卦の象を成すを謂う」から「是れその事なり」までの一段。月の晦・朔・上下弦・望は各々一個の卦象に配するので、日月が天に懸かりて八卦の象を成すと言い、これがすなわち納甲の法。初三日に『震』の象は庚方に出で、初八日に『兌』の象は丁方に現れ、十五日に『乾』の象は甲方に満つ——この三候は皆傍晚に於て観察す。十七日に『巽』の象は辛方に退き、二十三日に『艮』の象は丙方に消え、三十日に『坤』の象は乙方に滅す——この三候は皆清晨に於て観察す。二十九・三十の両日は「晦夕」と算し、初一は「朔旦」と算し、正午は「日中」と称すので、『坎』の象は戊に盈ち『離』の象は己に就く。

戊己中央土,故象見於中。參同契所謂晦朔之間,合符行中,此天地雜,保太和,日月戰,陰陽合德之時也。明兩作,日月相推而明生,故縣象著明莫大乎日月。此上虞義也。庖犧畫八卦以贊化育,其道在明堂月令,說卦言之詳矣。離為明堂,故王者嚮明而治。

戊・己は中央の土に属するので、それらの象は中間に顕現す。『周易参同契』の謂う所の晦朔の交接するの際の「符に合して中を行く」は、まさに天地の気が交雑し太和を保合し日月が相い争い陰陽が徳を合するの時。『離』卦は「明は両たび作(おこ)る」——日と月は互相推移して光明は産生するので、象を懸けて顕明なるは日月より大なるは莫し。以上は虞翻の説を采用す。伏羲は八卦を画きて以て天地の化育を輔賛す——この一套の道理は明堂月令の中に體現し、『説卦伝』は講ずること甚だ詳し。『離』は明堂を為すので、君王は光明に面向いて天下を治む。

周禮太宰云:正月之吉始和布治於邦國都鄙,乃縣治象之法於象魏,使萬民觀治象,浹日而斂之。六官皆縣象,故云六官之象。先鄭司農云:象魏,闕也。坎月離日,二五正中,故重明麗正成既濟定。天地位,萬物育,故化成天下。是縣象著明取義於日月,故云是其事矣。

『周礼・太宰』に言う:正月の初一より始めて政令を諸侯国と都邑采地に宣布し、治国の典章の法度を象魏の上に懸挂して万民をして観看せしめ、十日を満ちて再びこれを収む。六官は皆このよう法象を懸挂するので、注は「六官の象」と言う。先鄭(鄭衆)は解釈す:象魏はすなわち宮門の外の高闕。『坎』は月を為し『離』は日を為し、分かちて二・五の正位に居るので「明を重ねて正に麗(つ)く」して『既済』の定局を成す。天地は各々その位に安んじ、万物は化育を得るので、教化は天下に於て成就すと言う。「象を懸け明に著(あら)わす」は日月に義を取ると見えるので、注は「説く所はまさにこの事」と言う。

○乾正至大也○五乾也,故乾正位於五。五天位,坤為富,故五貴坤富。以五之貴據坤之富,以乾通坤,故莫大乎富貴。此上虞義也。中庸言雖有其德苟無其位不敢作禮樂者,乾元為天德,乾五為天位,有天德而居天位,所謂聖人在天子之位然後可以制禮作樂成既濟定,故富貴稱大。

以下の疏す所は注文の裡の「乾は五に正位す」から「ゆえに富貴は大と称すなり」までの一段。五は『乾』の位なので『乾』は五を以て正位と為すと言う。五は天子の位、『坤』は富厚を主るので、五は貴を為し坤は富を為すと言う。五爻の尊貴を以て去りて『坤』の富厚を拠有し、『乾』を以て『坤』に貫通するので、富貴より大なるは莫しと言う。以上は虞翻の説を采用す。『中庸』に言う:縦いその徳あるもその位なからば敢えて礼を制し楽を作らずと——『乾』の元は天徳、『乾』五は天位。天徳ありてまた天位に居るは、すなわち聖人が天子の位に処る——然る後にこそ以て礼を制し楽を作して『既済』の定局を成就しうるので、富貴は始めて大と称しうる。

中庸言大德必得其位,必得其祿。荀子亦言仁之所亡無富貴。是直以富貴屬諸聖人,故云大也。○神農至人也○此虞義也。庖犧始作八卦,神農黃帝堯舜繼作皆有既濟之功,故知聖人謂神農已下也。中古之世未知興利遠害,不行禮義,故民多否閉,謂其象為否,天地不交也。

『中庸』に言う:大徳ある人は必ず相応の地位を得、必ず相応の俸禄を得と。『荀子』もまた言う:仁徳なからば便ち富貴なしと。これらは皆径りに富貴を聖人に帰するので、これを「大」と称す。以下の疏す所は注文の裡の「神農黄帝尭舜なり」から「ゆえに聖人より大なるは莫し」までの一段。これは虞翻の説。伏羲は最も先に八卦を創作し、神農・黄帝・尭・舜は相い継いで制作する所有り、皆『既済』の功を成就したので、ここの「聖人」は神農以下の諸位を指すを知る。中古の世の百姓はなお興利避害を懂得せず、礼義を施行せざるので、多く閉塞の中に処る。卦を以て言えばすなわち『否』の象——天地は相い交わらず。

乾為物,取乾之坤,故謂之備物。坤為用,以坤之乾,故謂之致用。牛馬為物,故乾為物;耒耨舟檝為器,故坤為器。益否四之而利用大作,故云耕稼之利。噬嗑否五之初日中為市,故云市井之利。風俗通曰:謹案古者二十畝為一井,因為市交易,故稱市井也。

『乾』は物を為し、『乾』の爻を取りて『坤』に往くので「物を備う」と謂う。『坤』は用を為し、『坤』の爻を以て『坤』ならず『乾』に往くので「用を致す」と謂う。牛馬は物に属するので『乾』は物を為し、耒耜・鋤具・舟楫は器に属するので『坤』は器を為す。『益』卦は『否』の四爻が下りて初位に往くより来たり、その爻辞は「大作を為すに用いるに利あり」と講ずるので、耕作の利と言う。『噬嗑』は『否』の五爻が下りて初位に往くより来たり、『繋辞』は「日中にして市を為す」と講ずるので、集市の利と言う。『風俗通』に言う:謹んで按ずるに古は二十畝を以て一井と為し、人々はすなわち井の旁に於て交易す——だから「市井」と称す。

渙否二之四挎木為舟掞木為檝,故云舟檝之利。隨否上之初服牛乘馬,故云牛馬之利。十二蓋取謂自離已下凡十二也。耕稼市井舟檝牛馬皆利天下之事,故云以利天下。神農已下聖人皆有制作,聖人作而萬物覩,天下之所利見,故莫大乎聖人。中庸所謂雖有其位苟無其德不敢作禮樂,聖人有其德故稱大也。

『渙』は『否』の二爻が上りて四位に往くより来たり、『繋辞』は「木を刳(く)りて舟を為し、木を剡(え)りて楫を為す」と講ずるので、舟楫の利と言う。『随』は『否』の上爻が下りて初位に往くより来たり、『繋辞』は「牛を服し馬に乘る」と講ずるので、牛馬の利と言う。「十二のほぼ取る」は、『離』卦以下の総計十二処の「ほぼ諸を某卦に取る」を指す。耕作・集市・舟楫・牛馬は皆天下を利沢するの事なので、用いて天下を利沢すと言う。神農以下の聖人は各々制作する所有り、聖人は一たび興起すれば万物は皆顕見を得、天下は皆これに因りて受益するので、聖人より大なるは莫し。『中庸』の謂う所の縦いその位あるもその徳なからば敢えて礼を制し楽を作らず——聖人はまさにその徳あるなので、大と称す。

○探取至善也○此虞荀義也。探取,釋詁文。嘖初,謂乾初也。索亦取也。初情未動,隱而未見,故探嘖索隱則幽贊於神明而生蓍。乾為神明為蓍,乾伏坤初,故幽贊於神明而生蓍。陽在初為潛為淵,皆深也,初深故曰鉤深。說文曰:鉤曲也。陽曲初致曲以取之,故曰鉤深也。

以下の疏す所は注文の裡の「探は取なり」から「ゆえに善と称すなり」までの一段。これは兼ねて虞翻と荀爽の説を采る。「探」は「取」と訓じ、『爾雅・釈詁』に見ゆ。「啧」は「初」と訓じ、『乾』の初爻を指す。「索」もまた取の意。初爻の情態はいまだ発動せず、隠伏して未だ顕現せざるので、「賾を探り隠を索む」はすなわち暗に神明の助を承けて蓍法を創制す。『乾』は神明を為し蓍を為し、『乾』の陽は『坤』の初に潜伏するので、暗に神明の助を承けて蓍を生ずと言う。陽は初位に在りて「潜」と称し「淵」と称す——皆深の意。初爻は幽深なので「深を鈎す」と言う。『説文解字』に「鈎」は曲折と言う。陽は初位に在りて曲折して隠微——委曲にしてこれを取るを要するので「深を鈎す」と謂う。

乾為遠,故致遠謂乾。乾陽生物,故乾生知吉;坤陰殺物,故坤殺知凶。是定天下之吉凶也。娓從尾,尾微同物同音。王弼曰:娓娓微妙之意,故云陰陽之微。管子曰:麤濁蹇能存而不能亡者也,伏闇能存而能亡者,蓍龜與龍是也。存故定天下之吉凶,亡故成天下之娓娓。

『乾』は遠を為すので「遠を致す」は『乾』を指す。『乾』の陽は万物を生養するので『乾』は生を主りてその吉を知り、『坤』の陰は万物を粛殺するので『坤』は殺を主りてその凶を知る。これがすなわち天下の吉凶を判定す。「娓」の字は「尾」より声を得、「尾」と「微」は同一類の字にして読音相同じ。王弼は「娓娓」は微妙の意と言うので、注の中はこれを陰陽の幽微の処と言う。『管子』に言う:粗濁遅鈍の物は能く存するも能く亡す能わず。而して幽伏隠晦にして能く存し能く亡するは蓍・亀と龍と。能く「存」するは以て天下の吉凶を判定しうる所以、能く「亡」するは以て天下の亹亂として倦まざるの事を成就しうる所以。

乾為蓍者,蓍數百,乾爻三十六,三爻一百八,略其奇五,故乾為百。數與蓍合,故乾為蓍。乾五變之坤成大有體離,離為龜。月生震初,初尚微,故成天下之娓娓者。白虎通曰:聖人獨見先睹,必問蓍龜何。或曰:清微無端緒,非聖人所及,聖人亦疑之。尚書曰:女則有疑,謂武王也。是成天下娓娓之事也。

『乾』は蓍を為すと説くは、蓍策は百を以て数と為し、而して『乾』の一爻は三十六策、三爻は共に一百八——零頭の八を去りて計せずして約して百と称す(原文は「その奇五を略す」と作る)——だから『乾』は百を為し、数目は蓍と相合するので、これに因りて『乾』は蓍を為す。『乾』の五爻は変じて『坤』に往きて『大有』を成し、上体は『離』を成し、『離』は亀を為す。月光は『震』の象に於て初生し、初生する時はなお微弱なので、天下の亹亹の事を成就すと言う。『白虎通』に言う:聖人は本能的に先見を独り具う——何を以てかならずしも蓍亀に問うを要せんや。ある人が答えて言う:天道は清微にして頭緒なし、聖人の能く全く知る所に非ず——聖人もまた疑惑するの時ありと。『尚書・洪範』に「なんじもし疑あらば」とあり、説く所はまさに周武王。これがすなわち天下の亹亹の事を成就す。

上皆言大,此獨稱善者,陰陽之微即乾坤之元,元者善之長,故莫善乎蓍龜也。娓娓,鄭氏作斖斖,雲猶沒沒也。凡天下之善惡及沒沒之眾事皆成定之言,其廣大無不包也。訓斖斖為沒沒者,釋詁曰:斖斖蠠沒勉也。郭氏云:蠠沒猶黽勉。尋黽勉古作密勿,詩黽勉從事,韓詩作密勿。密蠠沒勿古今字,斖沒同訓,故云斖斖猶沒沒也。○神物至正也○上雲莫善乎蓍龜,故神物謂蓍龜。蓍龜能存能亡,故定吉凶,成娓娓,為禍福正,為萬物先。聖人則之,有盛德,有大業,知存知亡而不失其正也。

上文の各句は皆「より大なるは莫し」と言うも、独りここは「より善きは莫し」と言うは、陰陽の幽微の処はすなわち乾坤の元にして、而して『文言』は「元は善の長なり」と講ずるがゆえ——だから蓍亀より「善」きは莫しと言う。「娓娓」の二字は鄭玄本は「斖斖(びび)」と作り、「没没(ぼつぼつ)に猶(なら)う」と解釈し、すなわち勤勉して已まず。およそ天下の善悪および種種の勤勉して倦まざるの事は、蓍亀は皆これがために成就判定しうる——これはそれが広大にして包まざるなきを言う。「斖斖」を「没没」と訓ずるの依拠は:『爾雅・釈詁』は「斖斖・蠠没(びんぼつ)」は皆勉と訓ず。郭璞は解釈す:「蠠没」は「黽勉(びんべん)」に猶うと。考察すれば、「黽勉」は古は「密勿」と写し、『詩経』の「黽勉して事に従う」は『韓詩』はすなわち「密勿」と作る。「密」と「蠠」、「没」と「勿」は古今の異写、「斖」と「没」は同一の訓釈なので、「斖斖」は「没没」に猶うと言う。以下の疏す所は注文の裡の「神物は蓍亀を謂う」から「してその正を失わざるなり」までの一段。上文は「蓍亀より善きは莫し」と言うので、「神物」は蓍亀を指す。蓍亀は能く存し能く亡し、因りて能く吉凶を判定し亹亹の事を成就し、禍福の准的と為して万物より先んじて兆を顕す。聖人はこれを取りて法と為し、ここに於て盛徳あり大業あり、存を知り亡を知りてその正を失わず。

○春夏至變化○春夏為變,秋冬為化,荀義也。乾鑿度云:八卦成列,大地之道,立雷風水火山澤之象,定其佈散用事也。震生物於東方,巽散之於東南方,離長之於南方,坤養之於西南方,兌取之於西方,乾制之於西北方,坎藏之於北方,艮終始之於東北方。

以下の疏す所は注文の裡の「春夏は変を為す」から「是れ天地の変化を效(なら)うなり」までの一段。春夏は変に属し秋冬は化に属するは、これは荀爽の説。『乾鑿度』に言う:八卦は序列を排し、天地の道はこれに由りて確立し、雷・風・水・火・山・沢の象もまたこれに随いて確立し、各々その分布と当令の時位を划定す。『震』は東方に在りて万物を生発し、『巽』は東南方に在りて万物を疏散し、『離』は南方に在りて万物を長養し、『坤』は西南方に在りて万物を畜養し、『兌』は西方に在りて万物を收取し、『乾』は西北方に在りて万物を裁制し、『坎』は北方に在りて万物を收藏し、『艮』は東北方に在りて万物を終結しまた開啓す。

八卦之氣終則四正四維之分明,生長收藏之道備。聖人法之以立明堂,離在南方,故南面而聽天下。明堂月令順時布令,所以效天地之變化,故云聖人效之也。○天有至之也○天有八卦之象,謂納甲也。十五日乾象盈甲,陽息則吉也;三十日坤象喪乙,陰消則凶也。乾為龍德,故為德;坤為虎刑,故為刑。

八卦の気は輪転一周して、四正・四維の方位は便ち分明となり、生・長・収・蔵の道理もまた完備す。聖人はこれに取法して明堂を建立し、『離』は南方に在るので、君主は南面して天下を治理す。明堂月令は時節に順いて政令を頒布し、まさに天地の変化を效法するなので、注は聖人はこれに效法すと言う。以下の疏す所は注文の裡の「天は八卦の象あり」から「ゆえに聖人はこれに象ると云うなり」までの一段。天上に八卦の象ありとは、説く所はすなわち「納甲」。十五日に『乾』の象は甲方に満つは陽気の増長は便ち吉、三十日に『坤』の象は乙方に喪うは陰気の消退は便ち凶。『乾』は龍を為し徳を主るので徳を為し、『坤』は虎を為し刑を主るので刑を為す。

聖人在上亦用刑德,故皐陶謨曰:天命有德,五服五章哉;天討有罪,五刑五用哉。是象天制作之事,故云聖人象之。論語曰:為政以德,闢如北辰,居其所而眾星共之。是德象也。堯典曰:象以典刑。皐陶謨曰:方施象刑維明。周官大司寇,縣刑象之法於象魏,是刑象也。

聖人は上位に居りてもまた刑と徳を兼用するので、『尚書・皋陶謨』に言う:天は徳ある人を任命するに則ち五等の服飾・五種の紋章を用いて彼を表彰し、天は罪ある人を討伐するに則ち五種の刑罰・五等の施用を用いて彼を懲治す——これがまさに天象に取法して典章を制作するの事なので、聖人はこれに象ると言う。『論語』に言う:徳を用いて政を治むるは、北極星のごとく、その位に安処して衆星はそれを環繞す——これは徳の象。『尚書・尭典』に「象を以て典刑と為す」とあり、『皋陶謨』に「四方は象刑を施行して政治は清明」とあり、『周礼』の大司寇は刑法の象を象魏の上に懸挂す——これらは刑の象。

○天不至平也○天不愛其道,地不愛其寶,禮運文。鄭氏易注據春秋緯云:河以通乾出天苞,是天不愛其道,故河出圖也。又云:洛以流坤吐地符,是地不愛其寶,故洛出書也。河圖洛書為帝王受命之符,聖人則象天地以順人情,故體信以達順而致太平為既濟定也。

以下の疏す所は注文の裡の「天はその道を愛(けち)せず」から「遂に太平を致すなり」までの一段。「天はその道を愛せず、地はその宝を愛せず」は『礼記・礼運』より出づ。鄭玄の『易』注は『春秋緯』に依拠して言う:黄河は乾天に通じて天苞を吐出す——これがすなわち上天が自らの道を吝惜せざるなので、河は図を出だす。また言う:洛水は坤地に流れて地符を吐出す——これがすなわち大地が自らの宝を吝惜せざるなので、洛は書を出だす。河図洛書は帝王が天命を受くるの符瑞、聖人は天地の象に取法して以て人情に順応するので、誠信を體行して以て和順に達し、終に太平を致成して『既済』の定局を成就す。

○覆述至示也○此覆述大衍四象而及吉凶,為下聖人獲天人之助張本也。大衍之數象兩象三象四時象閏,故謂大衍四象四營而成一變,十有八變而成卦,故四象生八卦。卦者,掛也。掛示萬物者,乾鑿度文。縣掛物象以示於人,故云所以示也。四象,鄭氏謂七八九六,義具上也。

以下の疏す所は注文の裡の「覆た大衍四象を述ぶるなり」から「ゆえに以て示す所以なり」までの一段。この一節は回頭して大衍四象を重述し併せて吉凶に牽連し、下文に聖人が天と人の助を得るを講ずるのため伏筆を埋下す。大衍の数は分別して両儀に象り三才に象り四時に象り閏月に象るので、大衍四象と謂う。四営は一変を完成し、十八変して一卦を成すので、四象は八卦を生ずと言う。「卦」はすなわち「挂」。「万物を挂示す」のこの句は『乾鑿度』より出で、すなわち物象を懸挂して人に顕示するので、以て顕示するに用いると言う。「四象」に至っては、鄭玄は七・八・九・六を指すと認む——その義はすでに上文に見ゆ。

○繋彖至告也○此虞義也。彖象之辭,文王所作彖辭象辭也。八卦以象告,下繫文。虞彼注云:在天成象,乾二五之坤則八卦象成,兌口震言,故以象告也。○繫辭至疑也○此虞義也。繫辭為繫九六之辭,辨吉凶者存乎辭,故繫辭焉斷其吉凶。陽吉陰凶,故八卦定吉凶。易以斷天下之疑,故所以斷也。

以下の疏す所は注文の裡の「彖象の辞を繋ぐ」から「ゆえに以て告ぐる所以なり」までの一段。これは虞翻の説。「彖象の辞」は文王の作る所の彖辞と象辞を指す。「八卦は象を以て告ぐ」のこの句は『繋辞下伝』より出で、虞翻はあそこに注して言う:天上に於て象を形成し、『乾』の二・五の爻は『坤』に往けば、八卦の象は成り、『兌』は口を為し『震』は言を為すので、能く象を用いて告示しうると。以下の疏す所は注文の裡の「辞を繋ぎて以てその吉凶を断ず」から「以て天下の疑を断ずるなり」までの一段。これも虞翻の説。「繋辞」は用九用六の爻辞を繋ぐるを指し、吉凶を辨別するは全てこれらの辞に頼るので、文辞を繋げて以て吉凶を断定す。陽は吉・陰は凶なので、八卦は能く吉凶を判定す。『易』は以て天下の疑難を決断するに用いるので、以て決断するに用いると言う。

○大有至稱右○此虞義也。大有上九爻辭,五體兌,兌為口。說文曰:右,手口相助也。故曰口助稱右。○乾為至為順○大有體乾,乾為天,二五相應,故順謂二。五陰降二,大有與比旁通,故比坤為順。○乾為人為信○三於三才為人道,故為人。二陽升五故信,謂五得正體乾,體信足以長人,故乾為信。

以下の疏す所は注文の裡の「大有は兌を口と為す」から「口の助くるを右と称す」までの一句。これは虞翻の説。「天より自らこれを右す」は『大有』の上九の爻辞、その五爻の在る所の上体は互いに『兌』を成し、『兌』は口を為す。『説文解字』に「右」は手と口を用いて人を幇助すると言うので、口を用いて幇襯するを「右」と言う。以下の疏す所は注文の裡の「乾は天を為す」から「比の坤は順を為す」までの一句。『大有』の下体は『乾』、『乾』は天を為す。二爻と五爻は相い応ずるので「順」は二爻を指す。五位の陰は下降して二位に至り、『大有』は『比』と旁通するので、『比』の『坤』体を取りて順を為す。以下の疏す所は注文の「乾は人を為し信を為す」の一句。三爻は三才の中は人道に属するので人を為し、二爻の陽は上升して五位に至るので信を為す——すなわち五爻は正を得て『乾』体を成し、『乾・文言』は誠信を體現するは以て人の長と為るに足ると講ずるので、『乾』は信を為す。

○五履至尚賢○五正位體信,故履信應在二。二為順,故思乎順。三得正,故賢謂三。三體乾,故乾為賢人。天子謂五,三為三公,公用享于天子上宗廟爻,故禮行於宗廟尚賢之象。宗廟於天子為明堂也。○聖人至利也○聖人明於天之道,察於民之故,合天人者也,故獲天人之助。此結通篇之義。繫上下凡三引大有上九爻辭,以見列聖用易皆獲天人之助,致既濟之功,是所謂易之道也。

以下の疏す所は注文の裡の「五は信を履み二に応ず」から「ゆえに以て賢を尚ぶ」までの一段。五爻は正位に居りて誠信を體現するので「信を履み」て下って二爻に応ず。二爻は順を為すので「順を思う」と言う。三爻は正を得るので「賢」は三爻を指す。三爻は『乾』体に属するので『乾』は賢人を為す。「天子」は五爻を指し、三爻は三公の位。『大有』九三の爻辞は「公は用いて天子に亨(きょう)す」と講ず——これは宗廟の爻なので、礼は宗廟に於て行わるれば、便ち賢人を崇尚するの象あり。宗廟は天子に対して言えばすなわち明堂。以下の疏す所は注文の裡の「聖人は天道を明らかにす」から「ゆえに吉にして利ならざるなし」までの一段。聖人はすでに天の道を明白にし、また百姓の世事を体察す——これは能く天と人に貫通するなので、天と人の両方面の幇助を得るを得たり。この一句は全篇の大義を収束す。『繋辞』の上下伝は総計して三度『大有』上九の爻辞を引用し、以て歴代の聖人が『易』道を運用して皆天と人の助を獲得し『既済』の功を成就せるを表明す——これがすなわち謂う所の『易』の道。

子曰:書不盡言,言不盡意。注:謂書易之動,九六之變不足以盡易之所言,言之不足以盡庖犧之意也。然則聖人之意,其不可見乎。注:設詞而問。子曰:聖人立象以盡意。注:易道在天,三爻足矣,故以盡意。設卦以盡情偽。注:情陽偽陰也。陳設六十四卦而情偽盡在其中矣。繫辭焉以盡其言。注:觀象繫辭而明吉凶悔吝,故以盡其言也。變而通之以盡利。注:變三百八十四爻使相交通以盡天下之利。

経文に言う:孔子は講じ、文字は説かんと欲するの話を写し尽くす能わず、話は心中の意を説き尽くす能わずと。恵棟の自注:文字を用いて『易』の変動を記録するを指し、九を用い六を用いの変化は以て『易』の表達せんと欲する所を窮尽するに足らず、而して言語はまた以て伏羲の本意を窮尽するに足らず。経文に言う:すでにこのようの如しなれば、聖人の心意は便ち見るの法なきか。恵棟の自注:これは一個の問句を設けて以て下文を引起す。経文に言う:孔子は講じ、聖人は卦象を確立して以て心意を窮尽すと。恵棟の自注:『易』の道は天に懸布し、三爻の卦は便ち足る——だから能くその意を窮尽す。経文に言う:卦体を陳設して以て真情と虚偽を窮尽す。恵棟の自注:「情」は陽に属し、「偽」は陰に属す。六十四卦を一一に陳列して出だせば、真情と虚偽は便ち皆その裏頭に涵括せらる。経文に言う:文辞を繋げて以て説かんと欲するの話を窮尽す。恵棟の自注:卦象を観察して文辞を繋げ、以て吉・凶・悔・吝を顕明す——だから能くその言を窮尽す。経文に言う:これを変化会通して以て利益を窮尽す。恵棟の自注:三百八十四爻をして交相変動貫通せしめ、従りて天下の利を窮尽す。

鼓之舞之以盡神。注:神,易也。陽息震為鼓,陰消巽為舞,故鼓之舞之以盡神。荀氏云:鼓者,動也;舞者,行也。謂三百八十四爻動行相反,其卦所以盡易之神。乾坤其易之縕邪。注:縕,藏也。易麗乾藏坤,故為易之縕。

経文に言う:鼓動して舞蹈のごとくこれを激揚して以て神妙を窮尽す。恵棟の自注:「神」はすなわち『易』。陽気は増長して『震』を成して鼓に象り、陰気は消退して『巽』を成して舞に象る——だから一たび鼓し一たび舞いて以てその神を窮尽す。荀爽は言う:「鼓」は動、「舞」は行——三百八十四爻の動と行は彼此相反相成するを指し、卦はすなわちこれに靠りて『易』の神妙を窮尽す。経文に言う:『乾』『坤』はほぼ『易』の深蔵する所の在か。恵棟の自注:「緼(うん)」は收藏。『易』は『乾』に附麗して『坤』に於て收藏せらるるので、乾坤は『易』の深蔵する所の在。

乾坤成列而易立乎其中矣。注:乾息坤消,六位時成,故成列。坎月離日居中央王四方,故易立乎其中矣。乾坤毀則無以見易。注:乾成則坤毀,謂四月也;坤成則乾毀,謂十月也。乾坤毀則無以見,易謂六日七分也。

経文に言う:乾坤は序列を排し成せば、『易』は便ちその中に立つ。恵棟の自注:『乾』の陽は増長し『坤』の陰は消退し、六個の爻位は時節に随いて成るので「列を成す」と言う。『坎』は月を為し『離』は日を為し、中央に居りて四方を統王するので、『易』はその中に立つ。経文に言う:乾坤はもし毀壊せば便ち以て『易』を見るに由なし。恵棟の自注:『乾』は純陽にして成れば、『坤』は便ち毀ゆ——あれは四月。『坤』は純陰にして成れば、『乾』は便ち毀ゆ——あれは十月。乾坤は毀壊すれば便ち見るに由なし——この「易」は卦気の「六日七分」の説を指す。

易不可見則乾坤或幾乎息矣。注:幾,近。息,生也。謂中孚至復,咸至遘也。是故形而上者謂之道,形而下者謂之器。注:易說易無形畔,易變而為一,一變而為七,七變而為九,九者,氣變之究也,乃復變而為一,一者形變之始。清輕者上為天,故形而上者謂之道;濁重者下為地,故形而下者謂之器也。化而裁之謂之變,推而行之謂之通,舉而措之天下之民謂之事業。注:乾六爻二四上不正。

経文に言う:『易』はもし見るべからざれば、則ち乾坤もまたほぼ止息せんか。恵棟の自注:「幾」は接近、「息」は生長。『中孚』より『復』に至り、『咸』より『姤』に至るのこの両処の交接を指す:一陽の始めて生ずと一陰の始めて生ずは、まさに乾坤の生生して已まざるの機。経文に言う:だから形而上のを「道」と謂い、形而下のを「器」と謂う。恵棟の自注:『易説』は講じ、「易」は形体の辺際なし。易は変じて一と為り、一変して七と為り、七変して九と為り、九は気変の終極、ここに於て再び変じて一に帰す——この「一」は形の変の開端。清軽は上升して天を為すので、形而上のを道と謂い、濁重は下沉して地を為すので、形而下のを器と謂う。経文に言う:これを化裁するを「変」と謂い、推してこれを施行するを「通」と謂い、取りて来たりて天下の百姓に施用するを「事業」と謂う。恵棟の自注:『乾』卦の六爻の中は、二・四・上の三爻は居位正ならず。

坤六爻初三五不正,故化而裁之謂之變。唯變所適,故推而行之謂之通。通變之謂事,通其變使民不倦。六爻皆正,成既濟定,故舉而措之天下之民謂之事業也。

これは依然として恵棟が上文の『繋辞上伝』の「化してこれを裁つを変と謂い、推してこれを行うを通と謂う」に対するの自注。坤卦の六爻の中は、初・三・五の三個の陽位の上に陰爻が坐り、皆位に当たらざるので、裁節調整を経てそれらを正位に帰せしむるを要し、この種の裁節調整を便ち「変」と謂う。変動は固定の去向なく、ただ時勢の宜しき所に随いて往く。能くこの変動に順い一路に推行し開けば、天地の気は便ち貫通して阻なし——だから「通」と謂う。「通」と「変」を貫串して人事の上に落とせば便ち「事」と成り、能くその変に通ずれば百姓はこれを用いて厭倦せざるを得たり。乾坤の十二爻が各々本位に帰し六爻が全て位に当たるに及んでは、便ち『既済』卦の「剛柔正しくして位当たる」の定局と成る。この一套を取り出だして天下の百姓に施行するを、便ち「事業」と謂う。

是故夫象,聖人有以見天下之嘖,而儗諸其形容,象其物宜,是故謂之象。聖人有以見天下之動,而觀其會通,以行其等禮,繫辭焉以斷其吉凶,是故謂之爻。極天下之嘖者存乎卦,鼓天下之動者存乎辭。注。言卦象極天下之深情,爻辭鼓天下之至動,覆述上以見聖人幽贊之功。

以下は『繋辞上伝』の伝文、随いて恵棟の自注に接続す。だから「象」に説き至る:聖人は能く天下の最も幽深にして見難きの情状を見て、ここに於てその形貌容態を比拟し、それの対応する所の物類の宜を摹写す——ここを因りてこれを「象」と謂う。聖人はまた能く天下の万事の変動を見て、その中の会合貫通するの処を観察し、これに拠りて等級の礼制を推行し、さらに爻の下に文辞を繋げて以て吉凶を判定す——ここを因りてこれを「爻」と謂う。天下の幽深の情を窮尽せんと要するは全て六十四卦の卦象に在り、天下の万事の動を鼓動せんと要するは全て爻辞に在り。恵棟の注:これは卦象が能く天下の深蔵して未だ発せざるの情を窮尽し、爻辞が能く天下の至って劇烈なるの動を鼓動するを言う。ここは上文を重述し、以て聖人が暗中に神明を賛助し造化を賛輔するの功業を顕明す。

化而裁之存乎變,推而行之存乎通。注。《易》窮則變,變則通,故存乎變、存乎通也。神而明之存乎其人。注。聖人幽贊於神明而生蓍,故神而明之,存乎其人。荀氏謂「苟非其人,道不虛行」也。

伝文に言う:化育を裁節して万物をして各々その宜を得せしむるは、関鍵は一個の「変」の字に在り。推衍施行してこれを暢達にして碍なからしむるは、関鍵は一個の「通」の字に在り。恵棟の注:『周易』の道理は尽頭に走り到れば便ち変を生ずるを要し、一変すれば便ち通達しうるので、関鍵は「変」に在り「通」に在りと言う。伝文はまた言う:能くこの套の神妙の道理を体会透彻して彰明して出だすは、関鍵は人に在りと。恵棟の注:聖人は暗中に神明の化育を賛助して蓍草占筮の法を創制して出だしたので、能くこれを神会して明察するはその人に在りと言う。荀爽は解釈す:もしあのような人にあらざれば、大道は空を憑いて自ら行わざるなりと。

默而成,不言而信,存乎德行。注。坤為默,默而成獨也。震為言,乾為信,不言而信,信在言前也。易簡之善配至德。乾為德,震為行,故存乎德行。九家謂:默而成,陰陽相處也;不言而信,陰陽相應也。德者有實,行者相應也。

伝文に言う:言語するを要せずして事功は自ら成り、口を開くを要せずして人は自ら信服す——関鍵は徳行に在り。恵棟の注:坤は静默を主るので、坤は「黙」の象を取り、「黙然として成す」はすなわち『中庸』の講ずる所の慎独。震は言語を為し、乾は誠信を為す。口を開くを待たずして人はすでに信従するは、誠信が先んじて言語の前に立つ。『乾』『坤』の易簡の善は、まさに最高の徳性と相配す。乾は「徳」を為し、震は「行」を為すので、関鍵は徳行に在りと言う。『九家易』は解釈す:言わずして事は成るは、陰陽が各々その位に安んじ相い与えて共処するなり。言わずして信を見るは、陰陽の上下が彼此感応するなり。いわゆる「徳」は内裡に確かに実質あるを言い、いわゆる「行」は外面に於て能く相応ずるを言う。

疏。「謂書」至「意也」○此虞義也。下傳云:「《易》之為書也。」故知書為書《易》。動謂爻也。書《易》所載六爻之動,九六相變,不足以盡《易》之所言;即言之,亦不足以盡庖犧為《易》之意也。○「設詞而問」○設疑詞而問,欲明立象設卦可以盡聖人之言與意也。

以下は恵棟の自撰の疏。疏する所は注文の「書を謂う」から「意なり」までのこの一段。○これは虞翻の説。『繋辞下伝』は「『易』の書と為るや」と言う——ここを因りて伝文の「書は言を尽くさず」の「書」は指す所はまさに『周易』のこの一部の書と知る。「動」の指す所は爻。『周易』の記載する所の六爻の変動は、ただ九と六の両種の爻の相互変換——以て『易』の説かんと欲するの話を窮尽するに足らず。縦い説き出だすとも、また以て庖犠氏の『易』を創作するの本意を窮尽するに足らず。○疏する所は「詞を設けて問う」の四字。○これは疑問の詞を設けて以て発問す——その意の在る所は表明するに:卦象を確立し卦体を布設するは、以て聖人の言と意を皆表達し窮尽しうるを。

○「易道」至「盡意」○易道在天,三爻足矣,虞義也。謂納甲之法,五六三十,十一而天地之數畢,故以盡意也。○「情陽」至「中矣」○情陽偽陰,虞義也。襄十八年《春秋傳》曰:「左實右偽。」情偽猶虛實也。陽實陰虛,故知情陽偽陰也。設,陳也。陳設六十四卦而《易》之情偽盡在其中,故以盡情偽也。

○疏する所は注文の「易道」から「意を尽くす」までのこの一段。○『易』の道は天に懸布し、三画の爻あれば便ち足る——これは虞翻の説。彼の依拠する所は「納甲」の法:天の数は五、地の数は六、五・六は相い乗じて三十を得、天地の数は十一に至りて完備するので、象を立つれば以て意を尽くすに足ると言う。○疏する所は「情は陽」から「中にあり」までのこの一段。「情」を以て陽に属し、「偽」を以て陰に属するは虞翻の説。『春秋左伝』の襄公十八年は「左は実にして右は偽」を記載す。情と偽は、実と虚に比するがごとし。陽は実、陰は虚なので、情は陽に属し偽は陰に属すを知る。「設」は陳列布置の意。六十四卦を一一に陳列して出だせば、『周易』の包含する所の虚実真假は便ち全てその中に在るので、卦を設ければ以て情偽を尽くすに足ると言う。

○「觀象」至「言也」○立象設卦皆庖犧時事,繫辭焉已下乃文王也。庖犧立象設卦,文王觀六十四卦之象而繫之辭,吉凶悔吝無所不有,故盡其言也。○「變三」至「之利」○此陸績義也。六十四卦卦有六爻,共三百八十四爻,變動使相交通,所謂「六爻發揮,旁通情也」。變通趣時,故盡利也。

○疏する所は「象を観る」から「言なり」までのこの一段。○卦象を確立し卦体を布設するは、皆庖犠氏のあの時代の事。「辞を繋ぎて」以下は則ち文王の事。庖犠氏は象を立て卦を設け、文王は六十四卦の卦象を観察してそれらのために文辞を繋げ、吉・凶・悔・吝の各種の断語は備わらざるなし——だから以て聖人の言を窮尽するに足ると言う。○疏する所は「三を変ず」から「の利」までのこの一段。○これは陸績の説。六十四卦は每卦六爻、合計して三百八十四爻——それらをして変動して彼此交通往来せしむるは、すなわち『乾・文言』の謂う所の「六爻は発揮して旁らに情に通ず」。変化して通達して時に随いてその宜に趨赴するので、以て天下の利を窮尽するに足ると言う。

○「神易」至「之神」○上傳云:「《易》無思也,無為也,寂然不動,感而遂通天下之故。非天下之至神,其孰能與於此。」故謂神為《易》也。揚子曰:「鼓舞萬物者,其雷風乎。」鼓,震也;舞,巽也,故知震為鼓,巽為舞。陽息震為鼓,復時也;陰消巽為舞,遘時也。故「鼓之舞之以盡神」,謂盡《易》之神也。此上虞義也。荀氏之義以鼓舞為反卦,三百六十四爻動行相反,其卦如否反泰、觀反臨之類。王氏《略例》曰「卦有反對」是也。言卦及反對,始盡《易》之神。

○疏する所は「神は易」から「の神」までのこの一段。○『繋辞上伝』に言う:「『易』は思なく為すなし、寂然として動かず、感じて遂に天下の故に通ず。天下の至神にあらざれば、その誰か能くこれに与らん。」だから径りに「神」を『易』と説く。揚雄は言う:「万物を鼓動振作するは、ほぼ雷と風か。」鼓は震雷に属し、舞は巽風に属す——ここを因りて震は鼓を為し巽は舞を為すを知る。陽気は生長して震に至れば便ち「鼓」——まさに『復』卦の時に当たる。陰気は消退して巽に至れば便ち「舞」——まさに『姤』卦の時に当たる。だから伝文の「これを鼓しこれを舞いて以て神を尽くす」は説く所は『易』の神妙を窮尽す。以上は皆虞翻の説。荀爽の解釈は則ち「鼓舞」を卦の反覆と看做す:諸爻の動向は彼此相反し、『否』は倒転すれば便ち『泰』、『観』は倒転すれば便ち『臨』の類のごとし。王弼の『周易略例』は「卦は反対あり」と言う——講ずる所はまさにこれ。一卦をそれの反対の卦と併せて説き到ってこそ、始めて『易』の神妙を窮尽したと算す。

○「縕藏」至「之縕」○此虞義也。《論語》曰:「韞櫝而藏諸。」馬融云:「韞,藏也。」韞與縕古今字耳,通作薀。《方言》曰:「蘊,包也。」包藏同義。《易》謂坎離。離麗乾,坎藏坤,為乾坤二用,故為《易》之縕。

○疏する所は「緼蔵」から「の緼」までのこの一段。○これは虞翻の説。『論語・子罕』に「横(うん)たくに蔵めて諸(これ)を」の一句あり、馬融は解釈す:「横はすなわち蔵。」「横」と「緼」は不過は古今の用字の差別、また通じて「蕰」と写す。『方言』に言う:「藴はすなわち包裹。」包と蔵は一個の意。ここの謂う所の「易」は坎・離の両卦を指す。離は乾に附麗し、坎は坤に潜蔵し、二者は乾坤の両大の功用なので、『易』の内蘊と称す。

○「乾息」至「中矣」○復、臨、泰、大壯、夬,乾陽息之卦;遘、否、觀、剝,坤陰消之卦。復已上乾之六位,遘已上坤之六位,「列貴賤者存乎位」,故成列也。消息無坎離。坎為月,晦夕朔旦,坎象流戊;日中則離,離象就己。戊己土位,象見於中,故居中央。《參同契》曰:「土王四季,羅絡始終,青赤黑白,各居一方,皆稟中宮,戊己之功。」故王四方也。

○疏する所は「乾は息す」から「中にあり」までのこの一段。○『復』『臨』『泰』『大壮』『夬』は乾家の陽気の生長するの卦、『姤』『否』『観』『剥』は坤家の陰気の消退するの卦。『復』より上に排して乾の六個の爻位を排足し、『姤』より上に排して坤の六個の爻位を排足す——『繋辞上伝』の謂う所の「貴賤を列する者は位に存す」——乾坤はこのよう行列を排成せり。十二消息卦の裡は坎・離の位置なし:坎は月を為し、每月の晦日の夕と朔日の旦に坎の月象は「戊」に流転す。日は中天に至れば則ち離を為し、離の日象は「己」に帰就す。戊・己は五行に於て土に属し、その象は中間に顕現するので、坎離は中央に居る。『周易参同契』に言う:「土は四季に王し、始終を羅絡し、青赤白黒は各々一方に居り、皆中宮に禀り——戊己の功。」まさにこれに因りて、戊己の土は能く四方を統王す。

○「乾成」至「分也」○乾坤無毀道。《釋詁》曰:「虧、壞,毀也。」天道虧盈,故言毀,謂消息也。陽息陰,故乾成則坤毀,乾成於己,故謂四月;陰消陽,故坤成則乾毀,坤成於亥,故謂十月。坎離為乾坤二用,四月無坤,十月無乾,乾坤毀,故無以見《易》。六日七分,謂中孚、咸也。○「幾近」至「遘也」○幾近,《釋詁》文。乾息坤消而皆謂之息者,息,生也。陽生於子,陰生於午,故皆云生也。中孚至復則陽生,咸至遘則陰生,故近乎息矣。

○疏する所は「乾は成る」から「分なり」までのこの一段。○乾坤はそれ自体はもとより毀滅の理なし。『爾雅・釈詁』に言う:「亏・壊はすなわち毀。」天道は盈満すれば則ち亏けるので「毀」と称し、指す所はまさに十二消息の陰陽の進退。陽気は生長して陰気を消去するので、乾卦は純陽にしてすでに成れば、坤は便ち毀を告ぐ。乾は「己」に於て成る(底本は己と作る——十二消息に依れば巳位と作るべし)、四月に配す。陰気は陽気を消退するので、坤卦は純陰にしてすでに成れば、乾は便ち毀を告ぐ。坤は亥に於て成り、十月に配す。坎・離は乾坤の両大の功用——四月はすでに坤なく、十月はすでに乾なく、乾坤はすでに毀ゆれば、便ち以て『易』を顕現するに由なし。いわゆる「六日七分」は『中孚』と『咸』の両卦を指す。○疏する所は「幾は近」から「遘なり」までのこの一段。○「幾」は「近」と訓じ、『爾雅・釈詁』に見ゆ。乾家は息と称し坤家は消と称するも、而してここは一しろくして「息」と説くは、「息」はすなわち生なるがゆえ。陽気は子月に生じ、陰気は午月に生ずるので、両辺とも「生」と説く。卦気は『中孚』より推して『復』に至れば則ち陽気は始めて生じ、『咸』より推して『姤』に至れば則ち陰気は始めて生ずるので、「息」に接近すと言う。

○「易說」至「器也」○此承上乾坤近乎息而言。《易說》:「易無形畔,易變而為一,一變而為七,七變而為九,九者氣變之究也,乃復變而為一,一者形變之始者。」皆《乾鑿度》文。「易無形畔」者,謂太易也;「易變而為一」者,謂太初也;「一變而為七」者,七主南方,謂太始也;「七變而為九」者,九主西方,謂太素也;「九者氣變之究也」者,鄭氏謂西方陽氣所終究之始也;「乃復變而為一」者,鄭氏謂此一則元氣形見而未分者;「一者形變之始」者,即乾之初也。「清輕者上為天,濁重者下為地」,亦《乾鑿度》文。乾息至二則升坤五,故清輕者上為天,乾為道,故形而上者謂之道;坤消至五則降乾二,故濁重者下為地,坤為器,故形而下者謂之器也。

○疏する所は「易説」から「器なり」までのこの一段。○この一段は上文の乾坤の「ほぼ息に近し」に承接して発す。引く所の『易説』の一節:「易は形畔なし。易は変じて一と為り、一変して七と為り、七変して九と為り、九は気変の究なり。乃ち復た変じて一と為り、一は形変の始なり。」これらの話は皆『易緯乾鑿度』より出づ。「易は形畔なし」の指すは「太易」——あれは形体の界限すらなお未だ有らざるの階段。「易は変じて一と為る」の指すは「太初」。「一変して七と為る」は、七は南方の数、指すは「太始」。「七変して九と為る」は、九は西方の数、指すは「太素」。「九は気変の究なり」は、鄭玄は西方の陽気の終結窮究するの処と解し、而して窮究の処はまたまさに新たな開端。「乃ち復た変じて一と為る」は、鄭玄はこの「一」は元気がすでに顕形して未だ分判せざるの状態と解す。「一は形変の始」はすなわち乾卦の初爻。「清軽は上りて天と為り、濁重は下りて地と為る」は、同じく『乾鑿度』の文字。乾は初爻より二爻に生長し、二爻は便ち上升して去りて坤の五位に居るので、清軽の気は上升して天を成す。乾は道を為す——ここを因りて形而上の者は「道」と称す。坤は上爻より五爻に消退し、五爻は便ち下降して去りて乾の二位に居るので、濁重の気は下沉して地を成す。坤は器を為す——ここを因りて形而下の者は「器」と称す。

○「乾六」至「業也」○乾六爻三、四、上不正,坤六爻初、三、五不正,虞義也。變之正,故化而裁之謂之變。陽變陰化,變化互言也。「唯變所適」,下繫文。適,之也,謂乾之坤、坤之乾也。乾坤氣通,故推而行之謂之通。事業皆從通變而出,故通變之謂事。化裁推行,六爻皆正,君臣上下內外各得其位,成既濟定。舉而措之天下之民,民安物阜,故謂之事業也。

○疏する所は「乾の六」から「業なり」までのこの一段。○乾卦の六爻の中は、三・四・上の三爻は位に当たらず。坤卦の六爻の中は、初・三・五の三爻は位に当たらず——これは虞翻の説。それらを変じて各々その正位の上に到らしむるので「化してこれを裁つを変と謂う」と言う。陽は「変」と称し陰は「化」と称す——変と化は互文して義を見す。「ただ変じて適(ゆ)く所」は『繋辞下伝』の話。「適」はすなわち往——乾は坤の中に往き、坤は乾の中に往くを指す。乾坤の二気は交通するので「推してこれを行うを通と謂う」と言う。人間の事業は皆通と変の裡より生じ出づるので「変に通ずるを事と謂う」と言う。化裁し推行するを経て、六爻は全て正に帰し、君臣・上下・内外は各々本位に安んずれば、便ち『既済』の剛柔は位に当たるの定局と成る。この一套を取り出だして天下の百姓に施行すれば、百姓は安定し物産は豊足す——だから「事業」と謂う。

○「言卦」至「之功」○嘖,情之未動者也,在初為深,故曰深情。聖人見其嘖而擬諸其形容,象其物宜而情始見,故咸、恆、萃諸《彖傳》云觀其所感、所恆、所聚而天地萬物之情可見矣,《大壯傳》云「正大而天地之情可見矣」,是卦象極天下之深情也。吉凶悔吝者生乎動,三百八十四爻吉凶悔吝之辭皆所謂鼓天下之至動也。上言不可亞、不可治,此言極之、鼓之,是以言盡為《易》之意也。下傳「神而明之」,是聖人幽贊之事,覆述以起下也。

○疏する所は「卦を言う」から「の功」までのこの一段。○「啧」は情感がいまだ発動せざるの状態、最初の階段に処り、因りて極めて幽深なので「深情」と称す。聖人はこの幽深にして未だ発せざるの情を見て、便ちその形貌容態を比拟し、それの対応する所の物類を摹写し、情状はここに於て始めて顕現す。だから『咸』『恒』『萃』の三卦の『彖伝』は皆言う、その感ずる所・恒する所・聚する所を観察せば、天地万物の情は以て見るべしと。『大壮・彖伝』に「正しく大にして天地の情は見るべし」と——これがまさに卦象が能く天下の深蔵の情を窮尽す。吉・凶・悔・吝は皆変動に由りて生じ、三百八十四爻の吉凶悔吝の辞は、すなわち謂う所の天下の最も劇烈なる動を鼓動す。上文は「悪(あ)しむべからず」「乱るべからず」(底本は「亚」「治」と作る)と言い、ここはそれを窮極しそれを鼓動すと言う——ここを因りて言辞は以て『易』を作るの本意を窮尽するに足ると言う。下文の「神にしてこれを明らかにす」は、講ずる所は聖人が幽く神明を賛するの事——ここは一遍重述するは以て下文を引起す。

○「易窮」至「通也」○此亦覆述上傳而歸功於其人。《易》窮則變,變則通,亦是黃帝、堯、舜通變之事也。○「聖人」至「行也」○幽贊於神明而生蓍,聖人作《易》之本也。《管子》曰:「獨則明,明則神。」由明而神,賢人之學反之者也;神而明之,聖人之德性之者也。其人謂聖人也。荀氏謂「苟非其人,道不虛行」,謂待其人而後行也。

○疏する所は「易は窮す」から「通なり」までのこの一段。○これもまた上伝の話を重述して、而して功労を「その人」に帰す。『周易』の道理は窮尽すれば便ち変ずるを要し、変ずれば便ち通ず——これは同じく黄帝・尭・舜の「その変を通じて民をして倦まざらしむ」の事。○疏する所は「聖人」から「行なり」までのこの一段。○暗中に神明の化育を賛助して蓍占を創制す——これは聖人が『易』を作るの根本。『管子』に言う:「独なれば則ち明、明なれば則ち神。」明察に由りて後に神妙に達するは、賢人が学問に憑りて一歩一歩本源に返帰す。一たび上り来れば便ち神会して明察するは、聖人の徳性はもとより具足す。「その人」の指すはすなわち聖人。荀爽は「その人にあらざれば、道は虚しく行われず」と言う——意は適合するの人の出現を待ちてこそ、大道は始めて行い開くを得る。

○「坤為」至「應也」○乾伏坤初,故坤為默。不誠則不能獨成天下之娓娓者,故云默而成獨也。乾初震也,故震為言;乾為信而伏坤初,故不言而信。《中庸》曰:「故君子不動而敬,不言而信。」《詩》曰:「奏假無言,時靡有爭。」信在言前,故不言而人信之。陰陽之微、乾坤之元,即易簡也,在人為至德,故易簡之善配至德,存乎德行。有至德以凝至道,《易》之所以重三才也。九家謂「默而成,陰陽相處也」者,謂姤時、復時也;「不言而信,陰陽相應也」者,謂初應四、二應五、三應上也。陰陽相處是德也,陰陽相應是行也,故云德者有實、行者相應也。

○疏する所は「坤は為す」から「応なり」までのこの一段。○乾は坤の初爻の下に潜伏するので、坤は「黙」の象を取る。人もし内に於て誠ならざれば、天下のあの綿綿として絶えざるの功業を独自に成就するの法なし——だから「黙然として成す」はすなわち慎独と言う。乾の初爻はすなわち震なので、震は言語を為す。乾は誠信を主りて坤初に潜伏するので、言語を待たずして人はすでに信服す。『中庸』に言う:「だから君子は動かずして敬い、言わずして信ぜらる。」『詩経・商頌・烈祖』に言う:「假(か)を奏して言なく、時に争あること靡(な)し。」誠信は先んじて言語の前に立つので、口を開くを要せずして人は自然に信従す。陰陽の精微・乾坤の元気は、すなわち謂う所の「易簡」——人の身に落つれば便ち最高の徳性と為るので、「易簡の善は至徳に配す」と言い、而して根本は徳行に在り。最高の徳性あればこそ最高の道を凝聚しうる——これがまさに『周易』が天地人の三才を看重するの縁故。『九家易』は「黙然として成すは陰陽の相い処るなり」と言う——指す所は『姤』の時と『復』の時。「言わずして信ぜらるるは陰陽の相い応ずるなり」と言う——指す所は初と四の相応、二と五の相応、三と上の相応。陰陽は各々その位に安んずるは「徳」、陰陽は彼此相い応ずるは「行」——だから徳は内に実質有り、行は外に能く相応ずと言う。

周易述巻十六 元和恵棟撰

系辞下伝

八卦成列,象在其中矣。注。象謂三才成八卦之象。乾坤列東,艮兌列南,震巽列西,坎離在中,故八卦成列則象在其中矣。「天垂象,見吉凶,聖人象之」是也。因而重之,爻在其中矣。注。謂參重三牙為六爻,發揮剛柔,則爻在其中。六畫稱爻,「六爻之動,三極之道也」。

『系辞下伝』に言う:八卦が列を成せば、卦象はその中に在り。恵棟注:ここに言う「象」は、天地人の三才が交り重なって成る八卦の象を指す。納甲の方位に依れば、乾坤は甲乙に配して東に列し、艮兌は丙丁に配して南に列し、震巽は庚辛に配して西に列し、坎離は戊己に配して中に居る。だから八卦が一たび列を成せば、卦象は皆その中に在るのである。『系辞上伝』に「天は象を垂れて吉凶を見(あらわ)し、聖人はこれに象(かたど)る」とあるのは、正にこの理を言う。伝文にまた言う:八卦の上にさらに重ねることあれば、六爻はその中に在り。恵棟注:三才の画を重ねて六爻と為す——底本はここで「三才」を「三牙」と誤写する——剛柔の両画が発動揮変し、爻はその中に在り。六画の一々を皆「爻」と称し、『系辞上伝』に「六爻の動は三極の道なり」とあるのは正にこれを指す。

剛柔相推,變在其中矣。注。謂十二消息九六相變,剛柔相推而生變化,故變在其中矣。繫辭焉而明之,動在其中矣。注。謂繫彖象九六之辭而明其情,故動在其中。鼓天下之動者存乎辭也。明或作命,謂命吉凶。

伝文に言う:剛柔の両爻が相い推移すれば、変化はその中に在り。恵棟注:十二消息卦に於ける九と六の相い変換するを指し、剛が柔を推し、柔が剛を推して変化を生ずる。だから変化はその中に在ると言う。伝文にまた言う:文辞を繋いで以て明らかにすれば、事物の動向はその中に在り。恵棟注:文王が彖辞・爻辞に九六の辞を繋いでその中の情状を明らかにするを指す。だから動向はその中に在ると言う。天下の動を鼓動するは正に辞に在り。「明」の字は別の本に「命」と作るものがあり、吉凶を判定するの義である。

吉凶悔吝者,生乎動者也。注。動謂爻也。「爻也者,效天下之動者也。」爻象動內,吉凶見外,吉凶生而悔吝著,故生乎動者也。剛柔者,立本者也。注。乾剛坤柔為六子父母。乾天稱父,坤地稱母,本天親上,本地親下,故立本者也。變通者,趣時者也。注。變通配四時,故趣時者也。

伝文に言う:吉・凶・悔・吝の四種の断語は、皆変動の中より生ずる。恵棟注:「動」は爻を指す。『系辞下伝』に「爻とは天下の動に效う者なり」と言う。爻象が内卦に於て発動すれば、吉凶は外卦に顕現す。吉凶一たび生ぜば悔吝も随って昭著となる。だから皆動によりて生ずと言う。伝文に言う:剛と柔は根本を立てる者なり。恵棟注:乾を剛と為し坤を柔と為し、これらは震・坎・艮・巽・離・兌の六子の卦の父母である。乾は天と為して父と称し、坤は地と為して母と称す。天に本づく者は上に親しみ、地に本づく者は下に親しむ。だから剛柔は根本を立てる者と言う。伝文にまた言う:変と通は時勢に随って趣赴する者なり。恵棟注:十二消息の変通は春夏秋冬の四時に配す。だから時に随って趣赴すると言う。

吉凶者,貞勝者也。注。貞,正也。勝讀為稱,稱,好也。陽吉陰凶為禍福正,故吉凶者貞稱者也。天地之道,貞觀者也。注。天地謂二五。二五中正以觀天下,故天地之道貞觀者也。

伝文に言う:吉と凶は正を以て勝と為す。恵棟注:「貞」はすなわち正である。「勝」は「称」と読み、「称」は相当・合宜の義である。陽は吉を主り陰は凶を主る。これは禍福の常理である。だから吉凶は「貞称」を以て準と為すと言う。伝文にまた言う:天地の道は正を以て人に示す。恵棟注:「天地」は二爻と五爻を指す。二・五は中に居りて正を得、中正の徳を以て天下に昭示す。だから天地の道は貞正にして観るべきものと言う。

日月之道,貞明者也。注。日月謂坎離,未濟當晦,既濟當望,日月雙明,故日月之道貞明者也。天下之動,貞夫一者也。注。一謂乾元。爻之動,一則正,兩則惑,故天下之動,貞夫一者也。

伝文に言う:日月运行の道は、正を以て恒に明らかなり。恵棟注:日月は坎・離の両卦を指す。『未済』は月尽きて晦冥する時に当たり、『既済』は月満つる望日に当たる。日月相い辉映して俱に明らかなり。だから日月の道は貞正にして恒に明らかと言う。伝文にまた言う:天下万事の変動は皆「一」に正しく帰す。恵棟注:この「一」は乾の元気を指す。爻の変動は一爻のみ動けば正に帰し、二爻以上動けば疑惑に陥る。だから天下の動は皆一に正を取ると言う。

夫乾確然示人易矣。注。陽在初弗用,寉然無為,潛龍時也。不易世,不成名,故示人易者也。夫坤退然示人簡矣。注。陰動而退,故曰退然。簡,閱也。坤以簡能,閱內萬物,故示人簡者也。

伝文に言う:乾は剛健にして確然とし、平易を以て人に示す。恵棟注:陽爻が初位に居りて施用せず、高介無為——正に「潜龍勿用」の時である。世俗の為に改易せられず、また名声の成就を図らず。だから平易を以て人に示すと言う。伝文にまた言う:坤は柔順にして退然とし、簡約を以て人に示す。恵棟注:陰気は一たび動けば便ち退譲す。だから「退然」と称す。「簡」は容納・検閲の義で、坤は簡約の能以て万物を容納し検閲す。だから簡約を以て人に示すと言う。

爻也者效此者也,象也者象此者也。注。此謂易簡。易簡一也,天下之動貞夫一,故效此者也。三才合於一元,故象此者也。爻象動乎內,吉凶見乎外。注。內初外上也。陽象動內則吉見外,陰爻動內則凶見外也。功業見乎變。注。吉凶生大業,故功業見乎變。變謂所動之一爻。

伝文に言う:爻はこれに效い、象はこれに取象す。恵棟注:「これ」は乾坤の易簡の徳を指す。易簡は一に帰し、天下の動は皆一に正を取る。だから爻はこれに效うと言う。天地人の三才は同一の元気に会合す。だから象はこれに取象すると言う。伝文に言う:爻象は内卦に於て発動し、吉凶は外卦に顕現す。恵棟注:「内」は初爻を指し、「外」は上爻を指す。陽は吉を主る。だから陽象が内に於て発動すれば吉は外に見え、陰は凶を主る。だから陰爻が内に於て発動すれば凶は外に見ゆ。伝文に言う:功業は変化の中に顕現す。恵棟注:吉凶は大業を生ず。だから功業は変に顕現すと言い、ここに言う「変」は動かされたるその一爻を指す。

聖人之情見乎辭。注。乾為聖人,爻彖以情,言辭以覩乎情,故聖人之情見乎辭。天地之大德曰生。注。天地爻也。乾天稱父,坤地稱母,乾為大德,為生,天降感而生聖人,故天地之大德曰生。

伝文に言う:聖人の情志は文辞の中に顕現す。恵棟注:乾は聖人に取象す。爻辞・彖辞は皆情に本づきて言を立つ。人は文辞に凭りてその情を見る。だから聖人の情は文辞の中に顕現すと言う。伝文に言う:天地の最大の徳は生養なり。恵棟注:ここに言う「天地」は六親の爻位に就いて言えば即ち父母の爻である。乾は天と為して父と称し、坤は地と為して母と称す。乾は大徳にしてまた生を主る。上天は感応を降して聖人を生ず。だから天地の最大の徳は生養なりと言う。

聖人之大保曰位。注。福德爻也,亦曰寶爻。淮南王說母生子曰保。乾為聖人,陽稱大,乾為金為王,故為大保。位謂乾五。何以守位曰仁。注。專爻也。震為守,乾為仁,專爻助福德者,故曰守位。

伝文に言う:聖人の最大の守護を「位」と曰う。恵棟注:六親の爻位に就いて言えば、これは福徳の爻で、宝爻とも呼ぶ。淮南王の『淮南子』に「母が子を生むを「保」と曰う」と言う。乾は聖人に取象し、陽は「大」と称し、乾はまた金と為り王と為る。だから「大保」と称す。「位」は乾卦の五爻を指す。伝文に言う:何を以てこの位を守るか。仁を以てす。恵棟注:これは専爻である。震は守衛を主り、乾は仁徳を主る。専爻は福徳の爻を辅助する者である。だから「位を守る」と言う。

何以聚人曰財。注。財爻也,與人同制之爻,故以聚人。坤為聚為財,乾為人,故聚人曰財。理財正辭禁民為非曰義。注。繫爻也。坤為理財,乾為正辭,坤為民為義,坤陰為非,以乾制坤,故禁民為非曰義。繫爻財所生者,《靈寶經》說下克上曰伐,猶民為非當禁之,禁之者保爻,聖人在上位,詰奸慝、刑暴亂是也。天地福德,父子也;專爻,兄弟也;財爻,夫婦;保繫二爻,君臣也,是為六戚。家人一卦義備矣。

伝文に言う:何を以て人衆を聚合するか。財貨を以てす。恵棟注:これは財爻で、兄弟の爻と同じく克制せらるる一爻である。だから人衆を聚合するを得る。坤は聚集と財貨を主り、乾は人に取象す。だから人を聚むるは財に在りと言う。伝文に言う:財貨を治理し、言辞を端正し、百姓の為非作歹を禁止す——これを「義」と曰う。恵棟注:これは繋爻である。坤は財を理し、乾は辞を正すことを得る。坤は民と為り義と為り、坤は陰に属して「非」を主る。乾を以て坤を制御す。だから民の非を禁ずるを「義」と曰う。繋爻は財爻の生ずる所である。『霊宝経』に下位が上位を克すを「伐」と曰うとあり、百姓が為非作歹して理に禁止を加うべきが如し。出面して禁止する者は保爻で、聖人は上位に居り、姦邪を查究し暴乱を刑治す——正にこの事である。天地の爻と福徳の爻は父子、専爻は兄弟、財爻は夫婦、保爻と繋爻は君臣である。合わせて即ち「六戚」となる。『家人』の一卦はすでにこの層の意を備え載せて余す所なし。

疏。「象謂」至「是也」○此虞義也。在天成象,聖人則天之象分為三才,觀變於陰陽而立卦,故謂三才成八卦之象。甲乙在東,故乾坤列東;丙丁在南,故艮兌列南;庚辛在西,故震巽列西;戊己居中,故坎離在中。此八卦之象,故云八卦成列象在其中矣。

以下は恵棟自ら撰したる疏である。疏する所は注文の「象謂」から「是也」までのこの一段。○これは虞翻(ぐはん)の説である。天は種々の物象を生成し、聖人は天象に效いてこれを天・地・人の三才に分かち、陰陽の変化を観察して卦体を確立す。だから三才が交り重なって八卦の象と成ると言う。納甲の法に依れば、甲乙は東方に属す。だから乾坤は東に列す。丙丁は南方に属す。だから艮兌は南に列す。庚辛は西方に属す。だから震巽は西に列す。戊己は中央に属す。だから坎離は中に居る。これが即ち八卦の象である。だから「八卦列を成せば象はその中に在り」と言う。

○「謂參」至「道也」○此虞義也。分天象為三才,以地兩之為六畫,故云參重三才為六爻。參重即參兩也。「立地之道曰柔與剛」,發動揮變,變剛生柔爻,變柔生剛爻,故發揮剛柔則爻在其中。以三為六,故六畫稱爻。六畫乃兼三才而兩之者,故云「六爻之動,三極之道也」。

○疏する所は「謂参」から「道也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。天象を三才に分かち、再び地道を以て倍し加えて六画と為す。だから三才を重畳して六爻と成すと言う。「参重」は即ち『説卦伝』の謂う所の「参天両地」である。『説卦伝』に「地の道を立つるは柔と剛と曰う」とあり、剛柔は発動揮変す。剛を変ずれば即ち柔爻を生じ、柔を変ずれば即ち剛爻を生ず。だから剛柔を発揮して爻はその中に在りと言う。三画より六画に拡げるが故に、六画は各々一「爻」と称す。六画は正に三才を兼ね取りて各々一倍を加えて得たる者である。だから「六爻の動は三極の道なり」と言う。

○「謂十」至「中矣」○此虞義也。乾坤各六爻,乾息坤消,故謂十二消息。九六相變,二往一來曰推,剛推柔生變,柔推剛生化,故剛柔相推而生變化,言爻之變在其中矣。○「謂繫」至「吉凶」○此虞義也。謂文王繫六十四卦三百八十四爻之辭,爻彖以情言,因其動而明其情,故動在其中矣。陽息震為鼓,故鼓天下之動者存乎辭也。「明或作命」者,謂今本有作命者。命吉凶,《周書·召誥》文。下云「吉凶悔吝生乎動」,故以命之也。

○疏する所は「謂十」から「中矣」までのこの一段。○これは虞翻の説である。乾坤は各々六爻あり、乾家は陽息し坤家は陰消し、合して十二消息卦と為る。九と六は相い変換し、一往一来を「推」と曰う。剛が柔を推せば即ち「変」を生じ、柔が剛を推せば即ち「化」を生ず。だから剛柔相い推して変化を生ずと言い、謂う所は正に爻の変化がその中に在るである。○疏する所は「謂繋」から「吉凶」までのこの一段。○これもまた虞翻の説である。文王が六十四卦・三百八十四爻に文辞を繋ぐを指し、爻辞と彖辞は皆情に本づきて言を立ち、爻の変動に順ってその情状を明らかにす。だから動向はその中に在りと言う。陽気は生長して震に至りて鼓と為る。だから天下の動を鼓動するは辞に在りと言う。「明の字あるいは命と作る」は、当時通行の本に「命」と写す者あるを言う。「命吉凶」は『尚書・周書・召誥』に出づ。下文に「吉凶悔吝は動に生ず」とあるが故に、「命」の字を用いてこれを講ずる。

○「動謂」至「者也」○此虞義也。「道有變動,故曰爻」,故動謂爻也。動,發也。兩三才為六畫則發揮剛柔而生爻,故爻也者效天下之動者也。爻象動內,吉凶見外,吉凶由動而生,悔吝由動而著,故吉凶生而悔吝著也。

○疏する所は「動謂」から「者也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。『系辞下伝』に「道に変動あり、故に爻と曰う」とあるが故に、「動」は即ち爻を指す。「動」はここでは発動揮発の義である。三才を各々一倍加えて六画と為せば、剛柔は便ち発動揮変して爻を生ず。だから爻は天下の動に效う者と言う。爻象が内卦に於て発動し、吉凶は外卦に顕現す。吉凶は変動によりて生じ、悔吝は変動によりて顕著す。だから吉凶生じて悔吝著ると言う。

○「乾剛」至「者也」○此虞義也。乾陽金堅故剛,坤陰和順故柔。六子索於乾坤而得者,故為六子父母。乾天稱父,坤地稱母,約《說卦》文。震、坎、艮皆出乎乾而與乾親,故曰本天親上;巽、離、兌皆出乎坤而與坤親,故曰本地親下。天尊故上,地卑故下,此亦約《文言》而言。乾坤立六子之本,故立本者也。

○疏する所は「乾剛」から「者也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。乾は陽に属し、金の堅きが如し。だから剛と為る。坤は陰に属し、性情は和順。だから柔と為る。震・坎・艮・巽・離・兌の六卦は皆乾坤より求索して得たる者。だから乾坤は六子の父母である。乾は天と為して父と称し、坤は地と為して母と称す——これは『説卦伝』の文意を節取したる者である。震・坎・艮は皆乾より出でて乾と親しむ。だから「天に本づき上に親しむ」と言う。巽・離・兌は皆坤より出でて坤と親しむ。だから「地に本づき下に親しむ」と言う。天は尊貴にして故に上に居り、地は卑下にして故に下に居る——これもまた『乾・文言』の意を節取したる者である。乾坤は六子の為に根本を確立す。だからこれらを「本を立つる者」と言う。

○「變通」至「者也」○此虞義也。謂泰、大壯、夬配春,乾、遘配夏,否、觀、剝配秋,坤、復、臨配冬,十二消息相變通而周於四時,故趣時者也。○「貞正」至「者也」○貞正,《師·彖傳》文。勝讀為稱,姚信義也。古勝與稱通。《考工記》曰:「角不勝乾,乾不勝筯,謂之不參。」注云:「故書勝或作稱。」《晉語》曰:「中不勝貌。」韋昭云:「勝當為稱。」是古文通也。稱,好也,《釋言》文。陽吉陰凶,道之常也。《管子》論蓍龜曰:「為萬物先,為禍福正。」吉凶以貞為稱,故貞稱者也。《孟子》曰:「莫非命也,順受其正。」曾子曰:「吾得正而斃焉,斯已矣。」知進退存亡而不失其正,是貞稱之義也。

○疏する所は「変通」から「者也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。『泰』『大壮』『夬』は春に配し、『乾』『姤』は夏に配し、『否』『観』『剥』は秋に配し、『坤』『復』『臨』は冬に配す。十二消息卦は彼此変通して四季に周流す。だから時に随って趣赴すると言う。○疏する所は「貞正」から「者也」までのこの一段。○「貞」を「正」と訓ずるは『師・彖伝』に出づ。「勝」を「称」と読むは姚信(ようしん)の説である。古に「勝」と「称」の二字は通用す——『周礼・考工記』に「角は乾に勝たず、乾は筯に勝たず、これを不参と謂う」とあり、鄭玄の注に「故書には勝あるいは称と作る」と言う。『国語・晋語』に「中は貌に勝たず」とあり、韋昭の注に「勝は称と為るべし」と言う。古文に於て二字の相通ずるが見えたり。「称」を「好」と訓ずるは『爾雅・釈言』に出づ。陽は吉を主り陰は凶を主る。これは天道の常軌である。『管子』の蓍亀を論ずるに言う:万物に先んじ、禍福の為に準的を立つ。吉凶は「貞」を以て衡量の称と為す。だから「貞称」と言う。『孟子』に言う:「命ならざるは莫し、順ってその正を受く。」曾子に言う:「吾は正を得て斃るん、斯れ已まん。」進退存亡の分際を知りてその正を失わざるが、即ち「貞称」の義である。

○「天地」至「者也」○乾五為天,坤二為地,故天地謂二五。二五得正得中,故中正以觀天下,是貞觀之義也。○「日月」至「者也」○坎月離日,故日月謂坎離。未濟月晦,虞義也。未濟主月晦,則既濟主月望也。故荀氏曰:「離為日,日中之時正當離位然後明也。月者坎也,坎正位沖離。」沖謂十五日,月當日沖,正值坎位,亦大圓明,故曰日月之道貞明者也。《參同契》曰:「十五乾體就,盛滿甲東方,蟾蜍與月兔,日月氣雙明。」是貞明之義也。

○疏する所は「天地」から「者也」までのこの一段。○乾の五爻を天と為し、坤の二爻を地と為す。だから伝文の「天地」は二・五の両爻を指す。二・五は正位を得てまた中位に居るが故に、中正の徳を以て天下に昭示することを得す。これが即ち「貞観」の義である。○疏する所は「日月」から「者也」までのこの一段。○坎は月と為り離は日と為る。だから「日月」は坎離を指す。『未済』は月尽き晦冥を主るは虞翻の説である。『未済』が月晦を主る以上、『既済』は即ち月満の望を主る。だから荀爽(じゅんそう)に言う:「離は日と為り、日は中天に到りて正に離位に当たり、然る後に大明なり。月は即ち坎で、坎の正位は離と相冲す。」謂う所の「冲」は毎月十五を指し、月は日と正に相対冲して恰好坎位に落ち、また大いに円明なり。だから日月の道は貞正にして恒に明らかと言う。『周易参同契』に言う:「十五に乾体就き、盛満して甲の東方にあり、蟾蜍と月兎、日月の気双明なり。」これ正に「貞明」の義である。

○「一謂」至「者也」○一謂乾元,虞義也。《繫下》曰:「天地,萬物化醇;男女覯精,萬物化生。」言致一也。故爻之發動所之之卦,一則正,兩則惑。京氏筮法一爻變者為九六,二爻以上變者為八,故《晉語》重耳得貞屯悔豫皆八,乃三爻變,不稱「屯之豫」而稱「八」;《左傳》穆姜遇「艮之八」,乃五爻變,不稱「艮之隨」而稱「八」,皆是貞夫一之義也。

○疏する所は「一謂」から「者也」までのこの一段。○「一」は乾の元気を指すは虞翻の説である。『系辞下伝』に言う:「天地絪缊して万物化醇し、男女觏精して万物化生す。」(底本はここに「絪缊」の二字を脱す、例に依りて補わず。)謂う所は正に一に帰す。だから爻が発動して後に変成するその一卦は、一爻のみ動けば即ち正を得、二爻以上に動けば即ち迷乱す。京房(けいぼう)の筮法に於て、一爻のみ変ずる者は九・六の称呼を用い、二爻以上変ずる者は則ち「八」と称す。だから『国語・晋語』に重耳が筮して「貞屯悔豫皆八なり」と得たるを記す——あれは三爻の変で、因而「屯之豫」と言わずして「八」と言う。『左伝』に穆姜が筮して「艮之八」に遇うを記す——あれは五爻の変で、因而「艮之随」と言わずして「八」と言う。これらは皆「一に貞する」の意である。

又《左傳》莊廿二年遇觀之否,閔元年、眧七年遇屯之比,又閔二年遇大有之乾,僖十五年遇歸妹之睽,廿五年遇大有之睽,襄廿五年遇困之大過,昭五年遇明夷之嗛,十二年遇坤之比,凡九占皆一爻變。其蔡墨所稱「乾之遘」等,乃隨舉各爻之辭,猶言初九、初六之類,非謂乾變遘,學者當共審也。

この外『左伝』荘公二十二年に筮して「観之否」に遇い、閔公元年と昭公七年に筮して「屯之比」に遇い、閔公二年に筮して「大有之乾」に遇い、僖公十五年に筮して「帰妹之睽」に遇い、僖公二十五年に筮して「大有之睽」に遇い、襄公二十五年に筮して「困之大過」に遇い、昭公五年に筮して「明夷之謙」に遇い(底本は「謙」を「嗛」と作る)、昭公十二年に筮して「坤之比」に遇う——この九次の占例は皆一爻のみ変ず。蔡墨の挙げたる「乾之姤」の類の説に至りては、あれは随手に各爻の爻辞を徴引したる者で、猶「初九」「初六」と言うが如く、『乾』が真に『姤』に変じたと言うには非ず。『易』を治むる者は共にこの一点を細察すべきである。

○「陽在」至「者也」○此虞義也。乾初九潛龍勿用,故在初弗用。《文言》曰:「寉乎其不可拔,潛龍也。」故曰「隺然無為,潛龍時也」。坤亂於上,故不易世;行而未成,故不成名,是示人易者也。○「陰動」至「者也」○退,馬氏作隤,陸、董、姚作妥,音相近,故有異同。孟喜作退,今從之。「陰動而退」,《乾鑿度》文。陰體卑柔,故動而退。退然之象,臣道也。「簡,閱也」以下虞義也。簡,閱也,《廣雅》文。桓六年《春秋傳》曰:「大閱,簡車馬也。」簡閱同義,故云簡閱也。坤以藏之,故閱藏萬物示人簡者也。

○疏する所は「陽在」から「者也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。乾卦初九の爻辞は「潜龍勿用」。だから陽は初位に在りて施用せずと言う。『乾・文言』に言う:「確乎として抜くべからざるは潜龍なり。」「確」は高介堅確の貌。だから注文に「確然として無為、潜龍の時なり」と言う。坤は上に在りて世道は紛乱す。だから君子は世俗の為に改易せられず。德行は施すも事功は未だ成らず。だから成名を図らず——これ即ち平易を以て人に示すである。○疏する所は「陰動」から「者也」までのこの一段。○「退」の字は馬融本は「隤」と作り、陸績・董遇・姚信本は「妥」と作る。読音は相近し。だから各本互いに異同あり。孟喜本は「退」と作り、ここは孟本に依従す。「陰動して退く」は『易緯乾鑿度』の文字である。陰の体性は卑下柔順。だから一たび動けば便ち退譲し、その退然たる状は正に臣と為るの道である。「簡は閲なり」以下は虞翻の説である。「簡」を「閲」と訓ずるは『広雅』に見ゆ。桓公六年『春秋左伝』に「大閲は車馬を簡るなり」とあり、簡と閲は同義と見ゆ。だから「簡は閲なり」と言う。坤は收藏を主る。だから万物を検閲し收藏して簡約を以て人に示すことを得す。

○「此謂」至「者也」○此陳易簡而及爻象,故知「效此」「象此」為易簡也。易簡即乾坤之元,故云一也。爻之動貞夫一,故云效此者也。聖人則天之象分為三才八卦是也。太極元氣函三為一,三才合於一元,故云象此者也。○「內初」至「外也」○此虞義也。內謂初爻,外謂上爻,「其初難知,其上易知」。陽為吉,故陽象動內則吉見外;陰為凶,故陰象動內則凶見外也。

○疏する所は「此謂」から「者也」までのこの一段。○この節は先ず乾坤の易簡を陳説し、再び爻と象に説き及ぶ。だから「此に效う」「此に象る」の「此」の指すは即ち易簡と知る。易簡は即ち乾坤の元気。だからそれを「一」に帰すと言う。爻の変動は皆一に正を取る。だから爻はこれに效うと言う。聖人は天象に效いて分かちて三才八卦と為す——正にこの意である。太極の元気は三才を包含して一に帰し、三才は同一の元気に会合す。だから象はこれに取象すると言う。○疏する所は「内初」から「外也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。「内」は初爻を指し、「外」は上爻を指す——『系辞下伝』の謂う所の「その初は知り難く、その上は知り易し」。陽は吉を主る。だから陽象が内に於て発動すれば吉は外に見え、陰は凶を主る。だから陰象が内に於て発動すれば凶は外に見ゆ。

○「吉凶」至「一爻」○上言吉凶,此言功業,是吉凶生大業。荀氏謂陰陽相變功業乃成是也。天下之動貞夫一,動亦變也,故變謂所動之一爻。○「乾為」至「乎辭」○乾為聖人,虞義也。乾六爻發揮變動,旁通於坤,坤來入乾以成六十四卦,全體為彖,析體為爻。乾坤旁通而天地之情可見,故爻彖以情。「言辭以睹乎情」,《太玄》文。「辭也者,各指其所之」,故情見乎辭也。

○疏する所は「吉凶」から「一爻」までのこの一段。○上文は吉凶を講じ、ここは功業を講ず。吉凶は正に大業を生ずるの来源と見えたり。荀爽に「陰陽は彼此変換して而る後に功業乃ち成る」と言うは、講ずる所は即ちこれである。天下の動は皆一に正を取り、「動」は即ち「変」である。だから「変」は動かされたるその一爻を指す。○疏する所は「乾為」から「乎辞」までのこの一段。○乾は聖人に取象すは虞翻の説である。乾の六爻は発揮変動して坤と旁通往来す。坤は来りて乾中に入り、是に於て六十四卦を生成す。整卦に就いて言えば「彖」と称し、逐爻に剖分して言えば「爻」と称す。乾坤は旁通して天地の情は顕現することを得す。だから爻辞彖辞は皆情に本づくと言う。「言辞を以て情を睹る」は揚雄『太玄』の言である。『系辞』に「辞とは各々その之く所を指す者なり」と言う。だから情は文辞の中に顕現す。

○「天地」至「是也」○此章皆言爻之變動,是節兼言爻物。下傳云:「道有變動,故曰爻;爻有等,故曰物。」於氏謂六親九族、福德眾形、萬象皆來發於爻,故曰物。《京房易積算法》曰:「孔子曰:八卦鬼為繫爻,財為制爻,天地為義爻,福德為寶爻,同氣為專爻。」陸績注云:「天地即父母也。」故云乾天稱父、坤地稱母。天帝在太微之中,降感以生聖人。《商詩·玄鳥》曰:「天命玄鳥,降而生商。」《周詩·生民》曰:「履帝武敏歆。」是其事也。天感生聖人而兼言地者,聖人謂乾五,有君而為之貳則坤二是也。《詩·崧高》云:「維嶽降神,生甫及申。」故兼言地也。

○疏する所は「天地」から「是也」までのこの一段。○この章は通篇爻の変動を講じ、この節は兼ね帯びて「爻」と「物」に説き及ぶ。『系辞下伝』に言う:「道に変動あり、故に爻と曰う。爻に等あり、故に物と曰う。」于氏は六親九族・福徳諸類の形態および天地の万象は皆爻の上より発出すと為す。だからこれを「物」と称す。『京房易積算法』に記して言う:「孔子に曰く、八卦の中、鬼は繋爻と為り、財は制爻と為り、天地は義爻と為り、福徳は宝爻と為り、同気は専爻と為る。」陸績の注に言う:「天地は即ち父母。」だから注文に乾は天と為して父と称し坤は地と為して母と称すと言う。天帝は太微垣の中に居り、感応を降して聖人を生ず。『詩経・商頌・玄鳥』に「天命の玄鳥降りて商を生む」と言い、『詩経・大雅・生民』に「帝の武を履みて歆く」と言う——講ずる所は即ちこの類の事である。上天は聖人を感生してまた地に連帯して説き及ぶは、「聖人」の指すは乾の五爻にして、君主あれば即ち辅佐の贰あるを要し、それは即ち坤の二爻なればなり。『詩経・大雅・崧高』に「惟れ岳は神を降し、甫および申を生む」と言うが故に、地を連ねて併せ説き及ぶを要す。

聖人之大保曰位,福德為寶爻,保與寶通。《抱朴子》引《靈寶經》曰:「支乾上生下曰寶,甲午、乙巳是也。」淮南王說者在《天文篇》。若然,天地所生當是專爻而云福德者,八純宗廟為太祖,天之感生猶商之契、周之后稷,故以福德為乾五,專爻為助福德守位者也。《淮南·天文》云:「子母相得曰專。」《靈寶經》曰:「上下同日,故曰專爻。」震守器,故曰守。乾五為仁,兄弟同氣,助福德而守位者,故云守位曰仁也。

伝文に「聖人の大保は位と曰う」と言うは、福徳の爻は即ち宝爻で、「保」と「宝」の二字は相通ず。『抱朴子』は『霊宝経』を引いて言う:「支が干に上生下するを宝と曰う。甲午・乙巳は即ちこれ。」淮南王の説は『淮南子・天文篇』に見ゆ。これを照らすに、天地の生ずる所は本は専爻なるべきに、ここに却って福徳の爻と言うは、八純卦が宗廟の爻を以て太祖と為し、上天が聖人を感生するは商人之祖の契・周人之祖の后稷の如きなればなり。だから福徳を乾の五爻に定め、専爻は則ち福徳の爻を辅助して位を守る者である。『淮南子・天文』に「子母相い得るを専と曰う」と言い、『霊宝経』に「上下日を同じくす、故に専爻と曰う」と言う。震は器物の守衛を主る。だから「守」と言う。乾五は仁を主り、兄弟は同一の気より出で、福徳の爻を辅助してその位を守ることを得す。だから「位を守るは仁と曰う」と言う。

八卦財為制爻,《淮南·天文》曰:「母勝子曰制。」如火為水妃之類是也。與兄弟同制之爻,故以聚人也。《淮南·天文》曰:「子勝母曰困。」鬼為繫爻,鬼者,鬼吏也,繫即困也。坤為理為財,故為理財。《繫下》曰:「初帥其辭而揆其方。」虞彼注云:「帥,正也,謂修辭立誠;方謂坤也。」以乾通坤,故初帥其辭而揆其方,亦是乾正坤之義,故曰乾為正辭,乾謂五也。坤積惡,故坤陰為非。《繫下》云:「辨是與非。」虞彼注云:「非謂陰是也。」

八卦の中、財は制爻と為る——『淮南子・天文』に「母が子に勝つを制と曰う」と言うは、火が水の配偶たるが如き類である。財爻は兄弟の爻と同じく克制せらる。だから人衆を聚合するを得す。『淮南子・天文』にまた言う「子が母に勝つを困と曰う」。鬼は繋爻と為り、「鬼」の指すは鬼吏で、「繋」は即ち「困」である。坤は治理と財貨を主る。だから財を理することを得す。『系辞下伝』に「初はその辞を帥し其の方を揆す」と言い、虞翻はかの所に注して言う:「帥は即ち正で、辞を修め誠を立つるを指す。方は坤を指す。」乾を以て坤を貫通す。だから「初はその辞を帥し其の方を揆す」は即ち乾を以て坤を匡正するの意である。だから乾は辞を正すと言い、この「乾」の指すは五爻である。坤は悪行を積累す。だから坤の陰は「非」を主る。『系辞下伝』に「是と非とを辨ず」と言い、虞翻はかの所に注して言う:「非の謂うは即ち陰」。

承上財爻而言,故云繫爻財所生者。《靈寶經》曰「下克上曰伐」是也。《靈寶經》者,葛洪所據先秦之書也。伐亦作罰,故趙曄《吳越春秋》范蠡據《玉門》第一篇,謂戊寅為罰日也。下之克上猶民犯上為非,為上者當治財而正上下之辭而禁其非。聖人在大保之位,故曰禁之者保爻,謂福德能制鬼吏也。詰奸慝、刑暴亂,《周禮·大司寇》文。以義正民,故曰義也。

これは上文の財爻を承けて言うが故に、「繋爻は財爻の生ずる所」と講ずる。『霊宝経』に「下が上を克すを伐と曰う」と言うは、正にこの事を指す。『霊宝経』は葛洪(かっこう)の依拠したる先秦の古書である。「伐」はまた「罰」と写す。だから趙曄(ちょうよう)『呉越春秋』に范蠡が『玉門』の第一篇を援引して、戊寅の日は罰日と為すと言う。下位が上位を克制するは、百姓が上に在る者に冒犯して為非作歹するに譬えん。上に居る者は財貨を治理し上下の言辞を端正して以てこの為非を禁絶すべし。聖人は大保の位に処る。だから出面して禁止するは保爻と言い、意は福徳の爻は能く鬼吏を制伏するなり。「姦慝を詰し暴乱を刑す」は『周礼・秋官・大司寇』に出づ。義理を以て百姓を端正す。だからこれを「義」と曰う。

○「天地」至「備矣」○一卦備有六戚,謂父子、兄弟、夫婦、君臣也。天地父母爻,福德子爻,故云天地福德父子也。同氣為兄弟,故云專爻兄弟也。五行以受制者為其妃,故云財爻夫婦。福德為君,鬼爻為吏,故云保繫二爻君臣也。卦家合是四者為六戚,即六親也。《序卦》曰:「有天地然後有萬物,有萬物然後有男女,有男女然後有夫婦,有夫婦然後有父子,有父子然後有君臣。」

○疏する所は「天地」から「備矣」までのこの一段。○一卦の中に「六戚」を完備に具有すとは、即ち父子・兄弟・夫婦・君臣である。天地の爻は即ち父母の爻、福徳の爻は即ち子の爻。だから天地の爻と福徳の爻は父子なり。同気相い求むるは兄弟。だから専爻は兄弟なり。五行は己の克制する所の一方を以て配偶と為す。だから財爻は夫婦なり。福徳の爻は君と為り、鬼の爻は吏と為る。だから保爻と繋爻は君臣なり。卦家はこの四組を合わせて六戚と称し、即ち六親である。『序卦伝』に言う:「天地ありて而る後に万物あり、万物ありて而る後に男女あり、男女ありて而る後に夫婦あり、夫婦ありて而る後に父子あり、父子ありて而る後に君臣あり。」

家人一卦乾為父,艮為子,是父子也;三動震為兄,艮為弟,是兄弟也;震為夫,巽為婦,是夫婦也。故《彖傳》曰:「家人有嚴君焉,父母之謂也。」是君臣也。又曰:「父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦而家道正,正家而天下定矣。」但父子、兄弟、夫婦、君臣各得其正,所謂既濟定也。此一卦所以取義於六戚,具於家人卦中,故云家人一卦義備矣。

『家人』の一卦の中に、乾は父と為り艮は子と為る——これは父子。三爻一たび動けば震と成り、震は兄と為り艮は弟と為る——これは兄弟。震は夫と為り巽は婦と為る——これは夫婦。だから『家人・彖伝』に言う:「家人に厳君あり、父母の謂なり。」これ即ち君臣。『彖伝』にまた言う:「父は父たり、子は子たり、兄は兄たり、弟は弟たり、夫は夫たり、婦は婦たりして家道正し。家を正して天下定まる。」父子・兄弟・夫婦・君臣が各々その正位に安んずるのみ——便是ち謂う所の『既済』の剛柔位に当たるの定局。この卦の義を六戚に取る所以は、正に六戚が全て『家人』卦の中に具備するが為である。だから『家人』一卦の義理はすでに完備すと言う。

古者庖犧氏之王天下也。注。庖犧古文作伏戲。伏,服也;戲,化也。伏戲畫八卦以治天下,天下服而化之,故稱伏戲。伏戲,太昊氏,以木德王天下,位乎乾五。五動見離,離南方卦,南面而聽天下,嚮明而治也。

伝文に言う:上古庖犧氏が天下を統治したる時。恵棟注:「庖犧」は古文に「伏戯」と写す。「伏」は即ち服从の服、「戯」は即ち化育の化である。伏戯は八卦を画きて天下を治理す。天下人は彼に服从しまたその化育を受く。だから伏戯と称す。伏戯は即ち太昊氏で、五行の中の木徳を以て天下を統治し、その位は乾卦の五爻に配す。五爻一たび動けば即ち離の象を見る。離は南方の卦で、天子は南に面して天下を聴治し、光明の方向に向かいて施政す。

仰則觀象於天。注。天有八卦之象。俯則觀法於地。注。地有八卦之形。觀鳥獸之文。注。謂朱鳥、白虎、蒼龍、玄武四方二十八宿經緯之文。與地之宜。注。謂四方四維八卦之位,山澤高卑五土之宜。近取諸身。注。坤為近為身,故近取諸身。遠取諸物。注。乾為遠為物,故遠取諸物。

伝文に言う:頭を擡げて即ち天上の物象を観察す。恵棟注:天上に八卦の物象あり。伝文に言う:頭を俯れて即ち地上の法則を観察す。恵棟注:地上に八卦の形体あり。伝文に言う:鳥獣の紋理を観察す。恵棟注:南方朱鳥・西方白虎・東方蒼龍・北方玄武の四組合わせて二十八宿の縦横交織する文采を指す。伝文に言う:また土地の宜しき所を観察す。恵棟注:四正と四隅の合わせて八卦の方位、および山沢の高下・五種の土壤各々適宜なる物産を指す。伝文に言う:近くは自身に取象す。恵棟注:坤は近と身に取象す。だから近くは自身に取象す。伝文に言う:遠くは万物に取象す。恵棟注:乾は遠と物に取象す。だから遠くは万物に取象す。

於是始作八卦,以通神明之德。注。幽贊於神明而生蓍,演之為數,三才五行備焉。顯道神德行,可與酬酢,可與右神,故以通神明之德。以類萬物之情。注。六十四卦凡萬有一千五百二十筴,筴類一物,故以類萬物之情。

伝文に言う:是に於て始めて八卦を創作し、以て神明の徳性を貫通す。恵棟注:暗中に神明の化育を賛助して蓍草を生ぜしめ、蓍草を推演して数と為す——天地人の三才と金木水火土の五行は皆その中に斉備す。『系辞上伝』に「道を顕し徳行を神ず。故に以て酬酢すべく、以て神を祐すべし」と言う。だから八卦は神明の徳を貫通するを得すと言う。伝文に言う:以て万物の情状を類別す。恵棟注:『周易』上下二篇は合計一万一千五百二十策で、一策は一物に対応す。だから万物の情を類別するを得すと言う。

疏。「庖犧」至「治也」○此孟、京、虞義也。庖犧,孟、京作伏戲。許慎以《易》孟氏為古文,故知古文作伏戲。伏讀為服,戲讀為化,古訓音與義並舉,故云伏,服也;戲,化也。伏戲為太昊有天下之號。伏戲畫八卦以治天下,始於幽贊,終於贊化育,故天下伏而化之。《說卦》曰:「帝出乎震。」故知太昊氏以木德王天下。

以下は恵棟自ら撰したる疏である。疏する所は注文の「庖犧」から「治也」までのこの一段。○これは孟喜(もうき)・京房・虞翻の説である。「庖犧」は孟喜本・京房本に「伏戯」と写す。許慎は孟氏『易』を以て古文本と為す。だから古文は「伏戯」と作ると知る。「伏」は「服」と読み、「戯」は「化」と読む。古人の訓詁は常に音と義を並べ挙ぐ。だから伏は即ち服、戯は即ち化と言う。「伏戯」は太昊氏が天下を有するの称号である。伏戯は八卦を画きて天下を治理す——起点は暗中に神明を賛助するに在り、終点は天地の化育を賛助するに在り。だから天下人は服从しまた化育を受く。『説卦伝』に「帝は震より出づ」と言い、震は東方の木に属す。だから太昊氏が木徳を以て天下を統治すと知る。

虞氏謂文王書經繫庖犧於乾五,故位乎乾五。昭廿九年蔡墨稱《周易》曰:「在乾之大有曰飛龍在天。」大有體離,《說卦》曰「相見乎離」,故五動見離。離南方卦,南面而朝諸侯,天子當陽,諸侯用命,故南面而聽天下,嚮明而治也。其後神農因之,遂立明堂,為歴世治天下之大法也。

虞翻は文王が経文を写定するに当たり庖犧を乾卦の五爻に繋属せしめたと為す。だから伏戯の位は乾五に在りと言う。昭公二十九年に蔡墨は『周易』を引いて言う:「乾之大有に在りて曰く飛龍天に在り。」『大有』の上体は離と為り、『説卦伝』に「相い見るは離に於てす」と言う。だから乾五一たび動けば即ち離の象を見る。離は南方の卦で、天子は南に面して諸侯の朝見を受け、君主は陽に向かう位に居りて諸侯は彼に聴命す。だから南に面して天下を聴治し、光明に向かいて施政すと言う。後に神農はこの制度に沿襲し、遂に明堂を建立し、歴代の天下を治理する根本大法と為れり。

○「天有」至「之情」○此虞、陸績、九家等義也。在天成象,故天有八卦之象,謂震象出庚、兌象見丁之類是也。在地成形,故地有八卦之形,謂震竹、巽木之類是也。法象莫大乎天地,故天稱象、地稱法也。南方朱鳥,西方白虎,東方蒼龍,北方玄武,每方七宿,分主春秋冬夏,故四方二十八宿。五星為緯,二十八宿為經,故云經緯之文。

○疏する所は「天有」から「之情」までのこの一段。○これは虞翻・陸績および『九家易』等人の説である。天上は物象を生成す。だから天に八卦の象ありと言い、納甲の法に於て震の象は初三に庚の方より出で、兌の象は初八に丁の方に見ゆる類を指す。地上は形体を生成す。だから地に八卦の形ありと言い、『説卦伝』の謂う所の震は蒼筤竹と為り巽は木と為る類を指す。法とすべき物象は天地より大いなるは莫し。だから天に対して「象」と言い、地に対して「法」と言う。南方朱鳥・西方白虎・東方蒼龍・北方玄武は、毎方各々七宿を領し、分かちて春・秋・冬・夏を主管し、合わせて即ち四方二十八宿と為る。五大行星は運行して緯と為り、二十八宿は定位して経と為る。だから経緯交織する文采と言う。

坎離震兌為四方,乾坤艮巽為四維,故云八卦之位。山林川澤為山澤,丘陵墳衍原隰為高卑,《周禮·大司徒》以土會之法辨五地之物生,故云五土之宜也。《法言》曰「近如地」,故坤為近。坤為自、為我、為躬,《釋詁》曰:「身,我也。」又曰:「躬,身也。」故坤為身。虞注《嗛·彖傅》曰「天道遠」,故乾為遠。乾純粹精,精氣為物,故為物。

坎・離・震・兌は分かちて東西南北の四正を主り、乾・坤・艮・巽は分かちて四隅を主る。だから八卦の方位と言う。山林と川沢を合わせて「山沢」と称し、丘陵・墳衍・原隰は分かちて高下を代表す——『周礼・地官・大司徒』は「土会の法」を用いて五種の土地上の物産を辨別す。だから五種の土壤各々の宜しき所と言う。揚雄『法言』に「近きは地の如し」と言う。だから坤は近に取象す。坤はまた自・我・躬に取象す——『爾雅・釈詁』に「身は我なり」と言い、また言う「躬は身なり」。だから坤は身に取象す。虞翻は『謙・彖伝』に注して「天道は遠し」と言う。だから乾は遠に取象す。乾は純粋精粹の気で、精気は凝聚して物と成る。だから乾はまた物に取象す。

上陳天地,此言人物,乃三才也。觀鳥獸之文與地之宜,乃五行也。合三才五行而大衍之數備矣,故於是始作八卦也。伏戲用蓍而作八卦,蓍者聖人幽贊於神明而生。伏戲演其數為五十。太極者,道也,分為兩儀,故顯道德行者人也;列為三才,故神德行酬酢往來也;變而為四時,故可與酬酢;作八卦以助天神變化,故可與右神,是通神明之德之事也。二篇之筴當萬物之數。《九家易》曰:「聖人有以見天下之冊而擬諸其形容,象其物宜。」冊古文筴,故云筴類一物也。

上文は天と地を陳説し、ここは人と物に説き及ぶ——合わせて正に天地人の三才である。鳥獣の紋理と土地の宜しき所を観察すと講ずるは、則ち五行を言う。三才と五行相い合えば大衍の数は便ち完備す。だから「是に於て始めて八卦を作る」と言う。伏戯は蓍草を借りて八卦を創作す。蓍草は聖人が暗中に神明の化育を賛助して始めて生ぜしめたる者である。伏戯は蓍数を推演して五十と為す。太極は即ち道で、分かれて陰陽両儀と為る。だからこの道を顕彰し徳行を神化するは人なりと言い、排列して三才と為る。だから神明の徳行は往来酬答することを得し、変化して春夏秋冬の四時と為る。だから「以て酬酢すべし」と言い、八卦を創作して天神の変化を辅助す。だから「以て神を祐すべし」と言う——これらは皆神明の徳を貫通するの事である。『周易』上下二篇の策数は正に万物の数に当たる。『九家易』に言う:「聖人は天下の冊を見る有りて以てその形容に擬し、その物宜に象る。」「冊」は「筴」の古文。だから一策は一物に対応すと言う。

作結繩而為罟,以田以魚,蓋取諸離。注。罟讀為網古。離為目,巽為繩,目之重者唯古,故結繩為網古。坤二五之乾成離,巽為魚,坤二稱田,以古取獸曰田,取魚曰魚,故取諸離。

伝文に言う:繩索を編結して網罟と為し、以て田猟し以て魚を捕る——大概『離』卦に取象したる者。恵棟注:「罟」は「網罟」の罟と読む。離は目に取象し、巽は繩に取象す。目孔が重々相い疊む器物は罟のみ。だから繩を結んで網罟と為す。坤の二爻と五爻は乾中に往きて『離』と成る。巽は魚に取象し、坤の二爻は「田」と称す。罟を以て禽獣を捕取するを「田」と曰い、魚類を捕取するを「魚」と曰う。だから『離』に取象すと言う。

疏。此以下十二蓋取皆制器尚象之事。上傳云:「備物致用,立成器以為天下利,莫大乎聖人。」聖人謂庖犧以下也。「罟讀為網古」者,古文二字並,故誤也,鍾鼎文皆然。「離為目」以下虞義也。《說文》曰:「罟也。」罟多目,故云目之重者唯罟。田讀為畋,魚讀為漁,故以罟取獸曰田,取魚曰魚。

恵棟疏:ここより以下十二処の「蓋取」は、講ずる所は皆器物を制作して卦象に取法するの事である。『系辞上伝』に言う:「物を備えて用を致し、器を立て成して以て天下の利と為すは、聖人より大いなるは莫し。」ここの聖人は庖犧以下の歴代聖王を指す。注文に「罟は網罟と読む」と言うは、古文は两字連写して誤りを致し易きが故で、鐘鼎彝器上の銘文は皆此の如し。「離は目と為る」以下は虞翻の説である。『説文解字』に「罟」の字の訓釈あり。罟上の孔目は众多。だから目孔が重畳する器物は罟のみと言う。「田」は「畋」と読み、「魚」は「漁」と読む。だから罟を以て禽獣を捕取するを「田」と曰い、魚類を捕取するを「魚」と曰う。

庖犧氏沒,神農氏作。注。沒,終;作,造也。神農以火德王,火生土,故知土則利民播種,號神農氏也。斲木為耜,揉木為耒,耒耨之利以教天下,蓋取諸益。注。否四之初也。巽為木為入,艮為手,乾為金,手持金以入木,故斲木為耜。耜止所踰,因名曰耜。艮為小木,手以橈之,故揉木為耒。耒耜,器也。巽為號令,乾為天,故以教天下。坤為田,巽為股進退,震足動耜,艮手持耒,進退田中,耕之象也。益萬物者莫若雷風,故法風雷而作耒耜。

伝文に言う:庖犧氏没し、神農氏興る。恵棟注:「没」は終了、「作」は興造である。神農は火徳を以て王と称し、火は土を生ずることを得す。だから彼は土性を知り百姓の播種を便利し、神農氏と号す。伝文に言う:木を斫り削りて耜と為し、木を弯揉して耒と為す。耒耜耕耨の便利を以て天下を教導す——大概『益』卦に取象したる者。恵棟注:『益』は『否』卦の四爻が来りて初位に居りて成る。巽は木と為り入と為り、艮は手と為り、乾は金と為る。手は金刃を持ちて木中に刺入す。だから木を斫り削りて耜と為すと言う。耜は土に入る時の止限の在所で、因而名を得たり。艮は小木と為る。手を以てこれを弯折す。だから木を弯揉して耒と為すと言う。耒と耜は皆農具である。巽は号令と為り、乾は天と為る。だから以て天下を教導すと言う。坤は田と為り、巽は股と為りて進退を主り、震は足と為りて耜を推動し、艮は手と為りて耒を握持す。田中に於て一進一退す——正に耕作の象である。万物を増益するは雷と風より大いなるは莫し。だから風雷に效いて耒耜を制作す。

疏。「沒終」至「氏也」○此虞義也。沒木作歾,《說文》曰:「歾,終也。」經傳通用沒,《大學》曰「沒世而不妄」是也。作造,《釋言》文。《樂記》曰:「作者之謂聖。」《文言》曰:「聖人作而萬物覩。」皆謂造作。後人不識古訓,改作為起,妄易虞義,今不從也。

恵棟疏:疏する所は注文の「没終」から「氏也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。「没」は別本に「歾」と作り、『説文解字』に言う:「歾は即ち終。」経伝は「没」の字を通用す——『大学』の引く所の「世に没して妄ならず」は即ちその一例。「作」を「造」と訓ずるは『爾雅・釈言』に出づ。『礼記・楽記』に「作るを聖と謂う」と言い、『乾・文言』に「聖人作りて万物覩る」と言う——皆造作の義である。後人はこの古訓を明白せず、「作は造なり」を「作は起なり」に改め、妄りに虞翻の旧義を改易す——ここは采従せず。

○「否四」至「耒耜」○此虞義也。案,益卦虞彼注云「否上之初」,此云「四之初」,誤也。卦互艮乾,謂否乾也。《考工·匠人》曰:「耜廣五寸,二耜為耦,一耦之伐廣尺深尺。」鄭彼注云:「古者耜一金,兩人併發之。」京氏曰:「耜耒下耓。」《三倉》曰:「耒頭鐵也。」若然,耜為耒金,金廣五寸。

○疏する所は「否四」から「耒耜」までのこの一段。○これは虞翻の説である。按ずるに、『益』卦の虞翻本注に「否の上が初に之く」と言うに対し、ここは却って「四の初に之く」と言うは誤りである。この卦の互体は艮を含み乾を含む。謂う所の乾は『否』卦の本有する乾を指す。『周礼・考工記・匠人』に言う:「耜の広さ五寸、二耜を耦と為し、一耦の伐は広さ尺深さ尺。」鄭玄の注に言う:「古は一耜に一片の金刃を配し、両人より并力して土を発く。」京房に言う:「耜は即ち耒下端の耓。」『三倉』に言う:「耓は耒頭上の鉄刃。」これを照らすに、耜は耒上の金属部件で、刃の広さ五寸。

耒面謂之庛,鄭氏讀棘刺之刺。刺,耒下前曲接耜者,《說文》從木,故斲木為耜。庇隨耜入地。《考工·車人》云:「車人為耒庛,長尺有一寸,自其庇縁其外以至於首以弦其內六尺有六寸,與步相中。」步六尺,耒與步相中,亦六尺,故云耜止所踰,因名曰耜。

耒の前端を「庛」と曰い、鄭玄はこれを棘刺の「刺」と読む。「刺」は耒下端が前に向かい弯曲して耜を承接する部位で、『説文解字』はこの字を木に従う。だから木を斫り削りて耜と為すと言う。庛は耜に随いて共に土に入る。『考工記・車人』に言う:「車人は耒庛を為る、長さ尺有一寸。その庛より外縁に沿いて首端に量り至り、再び弦線を以てその内側を量れば、共に六尺六寸で一歩の長さに相当す。」一歩は六尺と為し、耒の長さは一歩に相当し、また六尺。だから耜は土に入る時の止限の在所で因而名を得たりと言う。

耒有直者有句者,中地之耒倨句磬折,皆須揉木為之。艮為小木,手以橈之,故揉木為耒。與芓同。《詩·大田》曰:「或芸或芓。」班固謂:「芓,附根。」每耨輙附根,皆用耒耜為之,故云耒耜器也。上之初利用為大作,虞彼注云「大作謂耕播」,故耒耨之利取諸此也。震雷巽風,損上益下,民說無疆,故云益萬物者莫若雷風,法風雷而作耒耜也。

耒に直柄の者あり、また曲柄の者あり。中等の土地に適する耒は、弯曲の角度は石磬の如く折転し、皆木材を弯揉して成るを須とす。艮は小木と為る。手を以てこれを弯折す。だから木を弯揉して耒と為すと言う。「耨」と「芓」は同字である。『詩経・小雅・大田』に「あるいは芸しあるいは芓す」と言い、班固は「芓」を根部に土を培うと解釈す。田を耘る毎に総て根に土を培うを要す。これらは皆耒耜を凭りて為す。だから耒耜は農具と言う。『益』卦の上爻は来りて初位に居り、初九の爻辞に「用いて大作を為すに利あり」と言い、虞翻はかの所に注して「大作は耕種播撒を指す」と言う。だから耒耨の便利はこれに取象す。震は雷と為り巽は風と為る。『益』卦は上を損して下に益す。百姓は喜悦して窮まりなし。だから万物を増益するは雷と風より大いなるは莫し、風雷に效いて耒耜を制作すと言う。

日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。注。否五之初也。離象正上,故稱日中。否巽近市,故為市。艮為徑路,震為足,又為大塗。否乾為天,坤為民,故致天下之民。坎水艮山,群珍所出,坤為聚為化,故聚天下之貨。震為交,乾為易,否巽為退,故交易而退,各得其所。噬嗑,食也,市井交易飲食之道,故取諸此也。

伝文に言う:正午の時分に集市を開設し、天下の百姓を招致し、天下の貨物を聚集し、交換完毕し便ち各々退去す——人は皆その所需の物を得たり——大概『噬嗑』卦に取象したる者。恵棟注:『噬嗑』は『否』卦の五爻が来りて初位に居りて成る。離の日象は正に上方に在る。だから「日中」と称す。『否』卦の巽は「利に近きは市三倍」の象あり。だから市に取象す。艮は小路と為り、震は足と為り、また大道と為る。『否』卦の乾は天と為り、坤は民と為る。だから天下の百姓を招致すと言う。坎は水と為り艮は山と為り、各种の珍宝の出産する所である。坤は聚集と化生を主る。だから天下の貨物を聚集すと言う。震は交接と為り、乾は変易と為り、『否』卦の巽は退と為る。だから交換完毕して退去し、各々その所を得すと言う。『噬嗑』は飲食の義あり。集市の交易は正に養生飲食の道である。だからこれに取象す。

疏。此虞氏、翟元義也。離為日居五,故離象正上,日之中也。日有三時,朝市於東,市於中,夕市於西,舉日中以見朝夕也。巽近利市三倍,故為市。《中庸》曰:「今夫山,及其廣大,寳藏興焉;今夫水,及其不測,貨財殖焉。」故云坎水艮山群珍所出。坤西南方以類聚,故為聚。坤化成物,故為化。

恵棟疏:これは虞翻と翟元(てきげん)の説である。離は日と為りて五位に居る。だから離の日象は正に上方に在りと言い、あれは正に日が中天に到るの時である。一日の开市に三つの時段あり:早市は東に在り、日中の市は中に在り、晩市は西に在り。「日中」の一項を挙げれば、早晩の两市は類推すべし。『説卦伝』に巽は「利に近きは市三倍」と言う。だから巽は市に取象す。『中庸』に言う:「今の夫れ山はその広大に及びて、寶蔵興らん。今の夫れ水はその不測に及びて、貨財殖えん。」だから坎水艮山は各种の珍宝の出産する所と言う。坤は西南に居りて類を以て相聚まる。だから聚に取象す。坤は万物を化育成就するを得す。だから化に取象す。

古貨字止作化,《書·皐陶謨》曰「懋遷有無化居」是也。鄭注《儀禮》云:「天地所化生,取積而能化之義。」震初交神,故為交。乾易知,故為易。巽為進退,故為退。噬嗑頤中有物,故為食也。尋耕市皆始於神農,故許行為神農之言,有並耕一價之說,如楊朱之託於黃帝、墨子之託於禹,皆他技也。

古に「貨」の字は只「化」と写す——『尚書・皋陶謨』に「懋遷して有無を化居す」と言うは即ち一例。鄭玄は『儀礼』に注して言う:これは天地の化育の生ずる所を取り、積聚して能く転化するの義である。震は初位に在りて神明と交接す。だから交に取象す。乾は平易を以て人に知らる。だから易に取象す。巽は進退を主る。だから退に取象す。『噬嗑』は口中に物を含むの象。だから食に取象す。推究すれば、耕作と集市は皆神農に始まる。因此に許行は神農の言を講じ、君民并耕・物価画一の主張を提出す——これは楊朱が黄帝に仮託し墨子が大禹に仮託するが如く、皆別出の一路の技芸で、神農の本意に非ず。

神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦。注。乾為變,坤為民。聖人南面而治天下,改正朔,易服色,與民變革,故通其變使民不倦。神而化之,使民宜之。注。神謂乾,化謂坤。乾動之坤,化成萬物以利天下。坤為民,故使民宜之。《詩》曰:「宜民宜人,受祿於天。」

伝文に言う:神農氏没し、黄帝・尭・舜は相继いで興り、その間の変化を貫通して百姓をして用いて厭かざらしむ。恵棟注:乾は変と為り、坤は民と為る。聖人は南に面して天下を治理し、暦法正朔を更改し、車服の颜色を変換し、百姓と一同に改革す。だからその変を通じて民をして厭倦せざらしむと言う。伝文に言う:神妙の方式を以て彼らを化育し、百姓をして各々その宜しきを得しむ。恵棟注:「神」は乾を指し、「化」は坤を指す。乾は動きて坤に入り、万物を化育成就して以て天下に利す。坤は民と為る。だから百姓をして各々その宜しきを得しむと言う。『詩経・大雅・仮楽』に言う:「民に宜しく人に宜しく、禄を天より受く。」

易窮則變,變則通,通則久,是以自天右之,吉無不利。注。化而裁之存乎變,故窮則變;推而行之存乎通,故變則通;與天終始則可久,故通則久。王者通三統,立三正,若循連環,周則復始,窮則反本,是其義也。黃帝堯舜亦位乾五,五動之大有,故自天右之吉無不利。

伝文に言う:『易』の道は窮尽すれば即ち変じ、変ずれば即ち通じ、通ずれば乃ち久長することを得す。だから天は彼を保祐し、吉祥にして利あらざるなきなり。恵棟注:裁節化育の関鍵は「変」に在り。だから窮すれば則ち変ずと言う。推衍施行の関鍵は「通」に在り。だから変ずれば則ち通ずと言う。天道と相い終始すれば便ち久長することを得す。だから通ずれば則ち久しと言う。帝王は夏商周の三統を貫通して三種の正朔を確立す——円環の循环するが如く、一周を転じ了ればまた頭より始め、尽頭に走り到れば便ち本源に返帰す——正にこの道理である。黄帝・尭・舜は同じく乾卦の五爻に位す。五爻一たび動けば即ち『大有』と成る。だから天は彼を保祐し吉祥にして利あらざるなきなりと言う。

黃帝堯舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾坤。注。乾為衣,坤為裳,取乾坤用九用六之義以治天下,而君臣上下各得其正,故天下治。《世本·作》曰:「黃帝臣伯余作衣裳。」蓋法始於伏戲而成於堯舜。

伝文に言う:黄帝・尭・舜は衣を垂れ手を拱して天下は大いに治まる——大概『乾』『坤』の両卦に取象したる者。恵棟注:乾は上衣と為り、坤は下裳と為る。乾の用九・坤の用六の義理を取りて以て天下を治理し、君臣上下をして各々正位に安んぜしむ。だから天下大いに治まる。『世本・作篇』に言う:「黄帝の臣伯余は衣裳を創制せり。」この套の制度は大抵伏戯に始創し尭舜に完成す。

舜曰:「予欲觀古人之象,日月星辰山龍華蟲作會,宗彝藻火粉米黼黻絺繡,以五采章施於五色作服女明。」衣用會,裳用繡,凡十二章,是取象乾坤之事。《易》者象也,古人之象謂《易》象也,《春秋傳》曰「見《易》象」。

舜に曰く:「予は古人の象を観んと欲す——日月星辰山龍華虫は会を作り、宗彝藻火粉米黼黻は絺繡す。五采を以て五色に章施して服を作り、女は明らかにせよ。」上衣は絵を用い、下裳は繡を用い、合わせて十二種の紋章——これ正に乾坤に取象するの事である。『易』は即ち象で、舜の謂う「古人の象」の指すは即ち『易』の象である——『春秋左伝』の裡に「『易』象を見る」と言うは以て証と為すべし。

疏。「乾為」至「不倦」○乾變坤化,故乾為變。「聖人南面而治天下,改正朔,易服色,與民變革」者,《禮記·大傳》文。《漢書》元朔元年詔曰:「朕聞天地不變,不成施化;陰陽不變,物不暢茂。」引此傳「通其變使民不倦」為證,是其義也。○「神謂」至「於天」○此虞義也。

恵棟疏:疏する所は注文の「乾為」から「不倦」までのこの一段。○乾は変を主り坤は化を主る。だから乾は変と為ると言う。注文の「聖人は南面して天下を治め、正朔を改め、服色を易え、民と変革す」の数句は『礼記・大伝』に出づ。『漢書』の載する所の元朔元年の詔書に言う:「朕は聞く、天地変わらざれば施化を成さず、陰陽変わらざれば物は暢茂せず。」詔中は『系辞』の「その変を通じて民をして倦まざらしむ」を援引して佐証と為す——正にこの義に合す。○疏する所は「神謂」から「于天」までのこの一段。○これは虞翻の説である。

○「化而」至「不利」○「與天終始則可久」,此陸績義也。「王者通三統,立三正,若循連環,周則復始,窮則反本」者,《書傳略說》文。黃帝、堯、舜繼伏羲、神農有天下者,故亦位乾五。五動之坤成大有,有天地日月之象,古之聰明睿知神武反覆而不衰者,故自天右之吉無不利也。

○疏する所は「化而」から「不利」までのこの一段。○「天と終始すれば則ち久しからん」の一句は陸績の説である。「王者は三統を通じ三正を立つ。循環する連環の若く、周すれば則ち復た始め、窮すれば則ち本に反る」の数句は『尚書大伝・略説』に出づ。黄帝・尭・舜は伏羲・神農を承接して天下を有する者。だからまた乾卦の五爻に位す。五爻動きて坤に往けば便ち『大有』と成る。『大有』は天地日月の象を具備し、正に古の聡明叡智・神武にして反復衰えざるの気象である。だから天は彼を保祐し吉祥にして利あらざるなきなりと言う。

○「乾為」至「易象」○乾為衣,坤為裳,《九家說卦》文。《文言傳》曰:「乾元用九,天下治也。」乾用九,坤用六,成兩既濟,故君臣上下各得其正而天下治也。《世本》十五篇,其一曰《作篇》,言制作之事,彼文云「伯余作衣裳」,宋衷注云「黃帝臣也」。揚子《法言》曰:「法始於伏羲而成於堯。」黃帝作衣裳,衣裳之制取諸乾坤,故云法始於伏羲而成於堯舜。堯舜之治天下與伏羲同,禹、湯、文、武皆然,故荀子曰文武之道同伏羲也。

○疏する所は「乾為」から「易象」までのこの一段。○「乾は衣と為り坤は裳と為る」は『九家易』の伝える『説卦』の逸文に出づ。『乾・文言伝』に言う:「乾元は九を用い、天下治まるなり。」乾は九を用い坤は六を用い、各々『既済』に変成して合わせて二つの当位の局と為る。だから君臣上下は各々正位に安んじて天下大いに治まる。『世本』は共に十五篇あり、その中の一篇を『作篇』と曰い、専ら発明創制の事を講ず——かの所に「伯余は衣裳を作る」と言い、宋衷の注に彼は黄帝の臣と言う。揚雄『法言』に言う:「法は伏羲に始まりて尭に成る。」黄帝は衣裳を創制し、衣裳の形制は乾坤に取象す。だからこの套の法度は伏羲に始創し尭舜に完成すと言う。尭舜の天下を治理するは伏羲と一脈相承し、禹・湯・文王・武王も皆此の如し。だから荀子は文王武王の道は伏羲と同じと言う。

舜曰已下至「女明」,《尚書·皐陶謨》文。鄭彼注云:「會讀為繪。宗彝,宗廟之鬱鬯尊也,虞夏以上蓋取虎彝、蜼彝而已。粉米,白米也。絺讀為黹,黹,紩也。凡畫者為繪,刺者為繡。」此繡與繪各六,衣用繪,裳用繡。性曰採,施曰色。此十二章為五服,天子備有焉以飾祭服。乾為衣,坤為裳,乾坤各六畫,繡與繪亦各六;乾坤十二爻,衣裳亦十二章,是取象乾坤之事。

「舜曰」以下より「女明」までは『尚書・皋陶謨』の文字である。鄭玄はかの所に注して言う:「会」は「絵」と読む。「宗彝」は宗廟の裡に郁鬯酒を盛る尊器で、虞夏以上は大概虎彝・蜼彝の両種を取るのみ。「粉米」は即ち白米。「絺」は「黹」と読み、「黹」は縫綴刺繡である。凡そ描画して出すを「絵」と曰い、穿刺して出すを「繡」と曰う。ここは繡と絵と各々六種を占め、上衣は絵を用い下裳は繡を用いる。生まれ来りて自有するを「采」と曰い、加え施すを「色」と曰う。この十二種の紋章は五等の礼服を構成し、天子は全て具備して以て祭祀の服を装飾す。乾は衣と為り坤は裳と為り、乾坤は各々六画あり、繡と絵もまた各々六種あり。乾坤は合わせて十二爻と為り、衣裳もまた合わせて十二章と為る——これ正に乾坤に取象するの事である。

八卦成列,象在其中,故曰《易》者象也,謂今之《易》古之象也。伏羲作八卦而名象,故五帝之書皆蒙象名。《堯典》「曆象日月星辰」,此曆書也;又曰「象以典刑」,《皐陶謨》曰「方施象刑惟明」,此刑書也;「古人之象」,此《易》書也。聖人因天,故治天下之書皆名象。《周禮》六官稱六象,縣於象魏,故哀三年《春秋傳》曰「命藏象魏曰舊章不可亡也」,是古名書為象之事。《春秋傳》曰「見《易》象」,昭二年傳文,引之以驗彼時猶襲古名,稱為《易》象也。

八卦は列を成して排し、卦象はその中に在り。だから『易』は即ち象と言い、意は今の称する所の『易』は即ち古の称する所の「象」である。伏羲は八卦を創作してそれに名を取りて「象」と為す。だから五帝時代の典籍は皆「象」のこの名目に沿襲す。『尚書・尭典』に「日月星辰を暦象す」と言うは、これは暦法の書である。また言う「象を以て刑を典す」、『皋陶謨』に「方に象刑を施して惟れ明なり」と言うは、これは刑法の書である。舜の謂う「古人の象」は、則ち『易』類の書である。聖人は一切天に取法す。だから天下を治理する典籍は皆「象」を以て命名す。『周礼』の六官の掌う所を「六象」と称し、宮門の象魏の上に懸挂す。だから哀公三年『春秋左伝』に「象魏を蔵めて曰く、旧章は亡すべからずと命す」と記載す——これ即ち古に典籍を「象」と称したるの証拠である。『春秋左伝』に「『易』象を見る」と言うは昭公二年の伝文に出づ。恵棟はこれを引いて以てあの時に仍お古名に沿襲して『易』を「象」と称したるを検証す。

挎木為舟,掞木為楫,舟楫之利以濟不通,致遠以利天下,蓋取諸渙。注。否四之二也。木在水上乘風,舟楫之象。挎,判也;掞,銳也。巽為長木,艮為手,乾為金,艮手持金,故挎木為舟,掞木為楫也。否時天地不通,四之二坎為通,故以濟不通。乾為遠為利,故致遠以利天下,蓋取諸渙也。

伝文に言う:木を剖き開きて船と為し、木を削り尖らして楫と為す。船楫の便利を以て阻隔不通の所を渡り、遠方に抵達して以て天下に利す——大概『涣』卦に取象したる者。恵棟注:『涣』は『否』卦の四爻が来りて二位に居りて成る。木は水上に漂いて風に乗りて前行す——正に舟楫の象である。「挎」は剖き開くこと、「掞」は削り尖らすこと。巽は長木と為り、艮は手と為り、乾は金と為る。艮手は金刃を握持す。だから木を剖きて舟と成し木を削りて楫と成す。『否』の時は天地閉塞して通ぜず、四爻は来りて二位に居りて坎と成る。坎は通達の義あり。だから通ぜざる所を渡ると言う。乾は遠と為り利と為る。だから遠方に抵達して以て天下に利し、大概『涣』に取象すと言う。

疏。此虞、九家義也。虞氏謂神農、黃帝、堯、舜之時民多否閉,故聖人有作,取乾之坤,以坤之乾,備物致用,立成器以為天下利也。渙自否來,九四之二體巽坎,巽為木為風,坎為水,木在水上乘風,舟楫之象也。挎判,《說文》文;掞鋭,《字林》文。艮互艮,乾否乾也。否時天地閉,故不通;四之二成坎,坎為通,故以濟不通也。

恵棟疏:これは虞翻と『九家易』の説である。虞翻は神農・黄帝・尭・舜の時、百姓は多く閉塞の苦しみを受けたと為す。だから聖人は起きて創制する所有り——乾を坤中に往かせ坤を乾中に往かせ、器物を備弁しその功用を尽くし、器具を製成して以て天下に利す。『涣』は『否』より変じ来り、九四は来りて二位に居りて巽・坎の両体と成る:巽は木と為り風と為り、坎は水と為る。木は水上に漂いて風に乗る——正に舟楫の象である。「挎は判と訓ず」は『説文解字』に出づ。「掞は鋭と訓ず」は『字林』に出づ。注文の謂う所の艮は互体の艮より取り、謂う所の乾は即ち『否』卦の本有する乾である。『否』の時は天地閉塞す。だから通ぜず。四爻は来りて二位に居りて坎と成る。坎は通達の義あり。だから通ぜざる所を渡ると言う。

犕牛乘馬,引重致遠以利天下,蓋取諸隨。注。否上之初也。否乾為馬為遠,坤為牛為重,坤初之上為引重,乾上之初為致遠。巽為繩,繩束縛物在牛背上,故服牛。艮為背,巽為股,在馬上,故乘馬。出否之隨,引重致遠以利天下,故取諸隨。

伝文に言う:牛に駕し馬に乗り、重物を牽引して遠方に抵達して以て天下に利す——大概『随』卦に取象したる者。恵棟注:『随』は『否』卦の上爻が来りて初位に居りて成る。『否』の乾は馬と為り遠と為り、坤は牛と為り重と為る。坤の初爻は上行すれば便ち「重を引く」、乾の上爻は下来れば便ち「遠を致す」。巽は繩索と為る。繩を以て貨物を牛背に捆縛す。だから牛に駕すと言う。艮は背と為り、巽は股と為る。人は馬背に跨る。だから馬に乗ると言う。『否』より『随』を変出し、重物を牽引し遠方に抵達して以て天下に利す。だから『随』に取象す。

疏。此虞義也。犕,古服字,孟喜作犕,今從之。《春秋》僖廿四年傳「王使伯服」,《史記》作伯犕。《後漢書·皇甫嵩傳》董卓謂嵩曰:「義真犕未乎。」義作服字。亦作備。《史記·趙世家》武靈王云「騎射之備」,《戰國策》備作服。《特牲饋食禮》云「備荅拜焉」,鄭彼注云「古備為復」。《說文》:「絥,車絥也。」或作鞴,古音通也。否上九之坤初為隨,艮巽皆據互體,否上之初,故云出否之隨也。

恵棟疏:これは虞翻の説である。「犕」は古の「服」の字で、孟喜本は「犕」と作る。ここは孟本に依従す。『春秋』僖公二十四年の伝は「王は伯服を使す」と作り、『史記』は則ち「伯犕」と作る。『後漢書・皇甫嵩伝』に董卓が皇甫嵩に対して「義真犕未乎」と言うを記す——用いる所は正に「服」の義である。この字はまた「備」と写す:『史記・趙世家』の武霊王に「騎射の備」と言い、『戦国策』の裡に「備」は即ち「服」と作る。『儀礼・特牲饋食礼』に「備て荅拜す」と言い、鄭玄はかの所に注して「古は備は復と為る」と言う。『説文解字』に「絥は車絥なり」と言い、あるいは「鞴」と写す——古音の相通ずるが見えたり。『否』卦の上九は来りて坤の初位に居れば便ち『随』と成る。注文の謂う所の艮・巽は皆互体に就いて言う。『随』は『否』の上爻が来りて初位に居りて変出す。だから「否より出づる随」と言う。

重門擊以待虣客,蓋取諸豫。注。復四之初也。下有艮象,從外示之,震復為艮,兩艮對合,重門之象也。艮為手,震為木,初巽爻也,應在四,皆木也,手持二木以相敲,是為擊。擊為守備警戒也。四體坎,坎為盜,五離爻為甲冑戈兵,盜持兵是暴客也。震為足為行,坤為夜,手持木夜行之象。其卦為豫,備豫不虞,故取諸豫也。

伝文に言う:重々の門戸を設置し木柝を敲撃して以て凶暴の来客に防備す——大概『豫』卦に取象したる者(底本は「撃」の下に「柝」の字を脱す、例に依りて補わず)。恵棟注:『豫』は『復』卦の四爻が来りて初位に居りて成る。下体に艮の象あり。外より反りて看れば、震は倒転すれば即ち艮で、両个の艮は相対合攏す——正に重門の象である。艮は手と為り、震は木と為り、初爻は本は巽爻で四爻と相応じ、皆木に属す。手は両根の木頭を持ちて相い敲撃す——即ち柝を撃つである。柝を撃つは守衛戒備の為である。四爻は坎体と成り、坎は盗賊と為る。五爻は離爻で甲冑兵戈を主る。盗賊が兵器を手持す——即ち謂う所の「暴客」。震は足と為り行走と為り、坤は夜と為る。手は木柝を持ちて夜裡に巡行す——正にこの景象である。この卦は『豫』と為る。「豫」は意外に預め防備するの義あり。だから『豫』に取象す。

疏。此虞、鄭、九家義也。復六四之初為豫。豫互艮外體震,震反艮也,故云從外示之,震復為艮。示,古視字也。艮為門闕,故云兩艮對合重門之象。荀氏解中孚曰「兩巽對合,外實中虛」,九家主荀,此說當出於荀氏耳。上古明堂之法,外戶而不閉,盜竊亂賊不作,今有重門者,豈黃帝堯舜之時大道有時而隱乎。虞註上繫云「坎為暴」,坎盜持兵是暴客也。

恵棟疏:これは虞翻・鄭玄と『九家易』の説である。『復』卦の六四は来りて初位に居れば便ち『豫』と成る。『豫』の互体は艮と為りて外体は震と為る。震は正に艮の倒象である。だから「外より反りて看れば震は倒転すれば即ち艮」と言う。「示」は古の「視」の字である。艮は門闕と為る。だから両个の艮は相対合攏すれば便ち重門の象と言う。荀爽は『中孚』を解して「両巽は対合し、外実にして中虚なり」と言う。『九家易』は荀爽を以て宗と為す。この一説は荀爽より出づべし。上古明堂の制度は外門を敞開して閉ざさず、盗竊作乱の事は発生せざりき。如今は却って重門を設置するを要す——黄帝尭舜の時にも大道は隠晦して行われざるの時有りけんや。虞翻は『系辞上伝』に注して「坎は暴と為る」と言う。坎の主る所の盗賊は兵器を手持す——即ち「暴客」。

斷木為杵,闕地為臼,臼杵之利萬民以濟,蓋取諸小過。注。晉上之三也。艮為小木,上來之三斷艮,故斷木為杵。坤為地,艮手持木以闕坤三,故闕地為臼。艮止於下,臼之象也;震動而上,杵之象也。震出巽入,艮手持杵出入臼中,舂之象也。坤為萬民,故萬民以濟,蓋取諸小過也。本無乾象,故不言以利天下。

伝文に言う:木を截断して杵と為し、地面を掘り開きて臼と為す。杵臼の便利は万民をして済助を得しむ——大概『小過』卦に取象したる者。恵棟注:『小過』は『晋』卦の上爻が来りて三位に居りて成る。艮は小木と為り、上爻は三位に来り至りて艮体を截断す。だから木を截断して杵と為すと言う。坤は地と為り、艮手は木を持ちて坤の三爻を掘開す。だから地を掘りて臼と為すと言う。艮は下に止まる——是れ臼の象。震は動きて上に向かう——是れ杵の象。震は出を主り巽は入を主り、艮手は杵を持ちて臼中に於て一出一入す——正に米を舂くの象である。坤は万民と為る。だから万民は済助を得すと言い、大概『小過』に取象す。この卦は本来乾象無し。だから伝文は「以て天下に利す」と言わず。

疏。此虞義也。艮為小,其於木也為堅多節,故為小木。晉三體艮,上之三斷艮木,故為杵。《世本》曰:「雍父作杵臼。」宋衷云:「黃帝臣。」古者闕地,故云艮手持木以闕坤三,後世始穿木石為之也。乾為天下為利,小過無乾象,故不云以利天下也。

恵棟疏:これは虞翻の説である。艮は小に取象す——『説卦伝』にそれは木類の中に於て「堅くして節多し」と言う。だから小木に取象す。『晋』卦の三爻は艮体に処り、上爻は三位に来り至りて艮木を截断す。だから杵と成る。『世本』に言う:「雍父は杵臼を創制せり。」宋衷の注に彼は黄帝の臣と言う。古時の臼は地に就いて挖掘したる者。だから艮手は木を持ちて坤の三爻を掘開すと言い、後世に到りて始めて木を鑿ち石を鑿ちて以て制作す。乾は天下と為り利と為る。『小過』は乾象無し。だから伝文は「以て天下に利す」と言わず。

弦木為弧,掞木為矢,弧矢之利以威天下,蓋取諸睽。注。無妄五之二也。巽為繩為木,坎為弧,離為矢,故弦木為弧。乾為金,艮為小,木五之二以金掞艮,故掞木為矢。乾為威,五之二,故以威天下。弓發矢應而坎雨集,故取諸睽也。疏。此虞義也。無妄六二之乾五為睽。坎為弓,故為弧。《說文》曰:「弧,木弓也。」故弦木為弧。坎為雨,矢集如雨,故坎雨集也。

伝文に言う:木に弦を装し加えて弓と為し、木を削り尖らして箭と為す。弓箭の便利を以て天下を威服す——大概『睽』卦に取象したる者。恵棟注:『睽』は『无妄』の五爻が来りて二位に居りて成る。巽は繩と為り木と為り、坎は弓と為り、離は矢と為る。だから木に弦を装し加えて弓と成すと言う。乾は金と為り、艮は小木と為る。五爻は来りて二位に居り、金刃を用いて艮木を削治す。だから木を削りて箭と成すと言う。乾は威を主り、五爻は下りて二位に居る。だから天下を威服すと言う。弓一たび発すれば箭は之に随い、坎雨の驟然として攅集するが如し。だから『睽』に取象す。恵棟疏:これは虞翻の説である。『无妄』の六二と乾五は互いに易えて『睽』と成る。坎は弓と為る。だから弧に取象す。『説文解字』に言う:「弧は即ち木弓。」だから木に弦を装し加えて弓と成すと言う。坎は雨と為り、箭矢は攅集して雨の如し。だから「坎雨集まる」と言う。

上古穴居而野處,後世聖人易之以宮室,上棟下宇以待風雨,蓋取諸大壯。注。無妄,兩象易也。無妄乾在上,故稱上古。艮為穴居,乾為野,巽為處,無妄乾人在路,故穴居野處。震為後世,乾為聖人,後世聖人謂黃帝也。艮為宮室,變成大壯,乾人入宮,故易以宮室。

伝文に言う:上古の時、人は洞穴の裡に住み荒野の中に居たり。後世の聖人は宮室に換え、上に屋棟あり下に檐宇ありて以て風雨を抵御す——大概『大壮』卦に取象したる者。恵棟注:『大壮』は『无妄』の上下両体が互いに易えて成る。『无妄』の乾体は上に在る。だから「上古」と称す。艮は洞穴と為りて居るべく、乾は原野と為り、巽は止処と為る。『无妄』の乾は象として人が路上に行く。だから穴居野処と言う。震は後世と為り、乾は聖人と為る。「後世聖人」は黄帝を指す。艮は宮室と為る。『无妄』は『大壮』に変成し、乾象の人は宮中に進入す。だから宮室に換えたりと言う。

艮為待,巽為風,兌為雨,乾為高,巽為長木,反在上為棟,震雷動起為上,棟宇謂屋邊也,兌澤動下為下宇。無妄之大壯,巽風不見,兌雨隔震與乾絶體,故上棟下宇以待風雨,蓋取諸大壯者也。

艮は止を主りて等待の義あり、巽は風と為り、兌は雨と為り、乾は高と為り、巽は長木と為る。巽は倒転して上に居れば便ち屋棟、震雷は発動して上行す。だから上に在り。「棟宇」は屋子の辺檐を指す。兌は沢と為りて下に向かいて動く——便ち下垂の檐宇。『无妄』より『大壮』に変成し、巽風はすでに見るべからず、兌雨はまた震に隔断せられて乾と体連を断絶す。だから上に屋棟あり下に檐宇ありて以て風雨を抵御し、大概『大壮』に取象すと言う。

疏。此虞義也。傳先言上古,下言易之,故取兩象。易之例謂一卦上下兩象易也。無妄與大壯兩象易,故云無妄兩象易也。無妄外乾,乾為上為古,故稱上古。乾稱古者,乾為天,《周書·周祝》曰「天為古」。古文《尚書·堯典》曰「粵若稽古帝堯」,鄭彼注云:「稽,同也;古,天也。言能順天而行,與之同功。」《詩·商頌·玄鳥》曰「古帝命武湯」,鄭箋云「古帝天也」,故知乾為古也。

恵棟疏:これは虞翻の説である。伝文は先ず「上古」と言い、続けて「これを易う」と言う。だから両象互易の例を取る。謂う所の「これを易う」の体例は、一卦の上下両体が彼此対調するを指す。『无妄』と『大壮』は正に上下両象の互易である。だから『无妄』は両象易うと言う。『无妄』の外卦は乾で、乾は上と為り古と為る。だから「上古」と称す。乾の「古」と称する所以は、乾が天と為るに因る——『逸周書・周祝』に「天は古と為る」と言い、古文『尚書・尭典』に「粵若くして古の帝尭に稽る」と言い、鄭玄はかの所に注して「稽は同、古は天——意は能く天に順いて行い、天と功を同じくす」と言う。『詩経・商頌・玄鳥』に「古帝は武湯に命す」と言い、鄭玄の箋に「古帝は即ち天」と言う。これにより乾が古に取象するを知る。

艮山為穴,艮又為居,故為穴居。乾位西北,故為野。巽陽藏室,故為處。無妄乾為行人,故云乾人在路。震長子繼世,故為後為世。乾五為聖人。取諸乾坤以下凡有九事,案皇甫謐《帝王世紀》載此九事皆為黃帝之功,故後世聖人謂黃帝也。艮為山,山有圍繞之象,《爾雅·釋山》曰「大山宮小山霍」,故艮為宮。《爾雅·釋宮》曰「宮謂之室,室謂之宮」,故宮室連言也。

艮は山と為り、山中に洞穴あり、艮はまた居止を主る。だから穴居に取象す。乾の位は西北に在る。だから原野に取象す。巽の陽爻は室中に蔵る。だから止処に取象す。『无妄』の乾は行人に取象す。だから乾象の人は路上に行くと言う。震は長子で、世業を承継す。だから「後」と「世」に取象す。乾の五爻は聖人に取象す。「乾坤に取る」以下より共に九件の制作の事を講ず——皇甫謐『帝王世紀』の載する所に按れば、この九件の事は皆黄帝の功業である。だから「後世聖人」の指すは黄帝である。艮は山と為り、山は環繞の象あり——『爾雅・釈山』に「大山は小山を宮し、霍」と言う。だから艮は宮に取象す。『爾雅・釈宮』に「宮はこれを室と謂い、室はこれを宮と謂う」と言う。だから「宮室」の二字は連用す。

無妄體艮,變成大壯,乾體在下,是乾人入宮之象,故易以宮室。艮止故為待。兌澤為雨。崇效天,故乾為高。巽為長木,大壯外象震,震反巽也,故反在上。《雜卦》曰「震,起也」,無妄震陽在下,動起成大壯故上。棟宇,屋邊也,《說文》文,《倉頡篇》曰「邊也」。大壯體兌,兌澤動下,故下宇。無妄體巽,變之大壯,故巽風不見。大壯五互兌,四體震,乾別體在下,故兌兩隔震與乾絶體也。

『无妄』は艮体を含有し、『大壮』に変成して後は乾体は下に在る——正に乾象の人が宮室に進入するの象である。だから宮室に換えたりと言う。艮は止を主る。だから「待」に取象す。兌は沢と為る。だから雨に取象す。『系辞』に「崇くは天に效う」と言う。だから乾は高に取象す。巽は長木と為る。『大壮』の外体は震で、震は正に巽の倒象である。だから倒転して上に居ると言う。『雑卦伝』に「震は起きるなり」と言い、『无妄』の震陽は下に在りて発動升起して『大壮』と成る。だから上に在りと言う。「棟宇」は屋子の辺檐——『説文解字』に見え、『倉頡篇』もまた「辺」と訓ず。『大壮』は兌体を含み、兌沢は下に向かいて動く。だから下垂の檐宇と為る。『无妄』は巽体を含み、『大壮』に変ずれば、だから巽風は便ち見るべからず。『大壮』の五爻は兌体を互出し、四爻は震体に処り、乾は別に一体を成して下に居る。だから兌雨は震に隔てられて乾と体連を断つ。

古之葬者厚衣之以薪,葬之中野,不封不樹,喪期無數,後世聖人易之以棺槨,蓋取諸大過。注。中孚上下象易也。本無乾象,故不言上古。大過乾在中,故但言古者。巽為薪,艮為厚,乾為衣為野,乾象在中,故厚衣之以薪,葬之中野。穿土稱封,封,古窆字也。聚土為樹,中孚無坤坎象,故不封不樹。

伝文に言う:古に死者を安葬するに、柴薪を以て厚く覆蓋し、荒野の中に葬り、墳丘を堆らず樹木を種えず、服喪の期限にも定数無し。後世の聖人は棺槨に換えたり——大概『大過』卦に取象したる者。恵棟注:『大過』は『中孚』の上下両体が互いに易えて成る。『中孚』は本に乾象無し。だから伝文は「上古」と言わず。『大過』の乾は卦中に居る。だから只「古者」と言う。巽は柴薪と為り、艮は厚と為り、乾は衣と為り原野と為る。乾象は卦中に居る。だから柴薪を以て厚く覆蓋し荒野の中に葬ると言う。土を掘りて棺を下ろすを「封」と曰い、「封」は古の「窆」の字である。土を堆らし木を立つるを「樹」と曰う。『中孚』は坤・坎の象無し。だから墳を堆らず樹を種えず。

坤為喪,期謂從斬衰至緦麻日月之期數,無坎離日月坤象,故喪期無數。無妄之大過初在巽,體巽為木;上六位在巳,巳當巽位,巽又為木;二木夾四陽,四陽互體為二乾,乾為君為父,二木夾君父是棺斂之象。中孚艮為山丘,巽木在裡,棺藏山陵,槨之象也,故取諸大過。

坤は喪と為り、「期」は斬衰より緦麻に至る各等の喪服の年月定数を指す。この卦は坎離の主る所の日月と坤象無し。だから服喪は定数無しと言う。『无妄』は『大過』に変じ、初爻は巽体に処り、巽は木と為る。上六の爻辰は巳に在り、巳は正に巽位に当たり、巽もまた木と為る。両个の木象は中間の四つの陽爻を挟み、四陽は互体に二つの乾と成り、乾は君と為り父と為る。両木は君父を挟む——正に棺に入れ収斂するの象である。『中孚』の艮は山丘と為り、巽木はその裡に蔵る。棺木は山陵の中に埋藏す——即ち槨の形象である。だから『大過』に取象す。

疏。此虞、鄭義也。大過與中孚上下兩象易也。中孚無乾象,故不言上古。大過乾在中,乾為古,故但言古者。巽柔爻為草,故為薪。艮止坤上,坤厚載物,故為厚。乾為衣,大過乾在中,巽在下,故厚衣之以薪,葬之中野。葬有作藏者,《檀弓》曰「葬也者藏也,欲人之弗得見」,古葬藏同音,故有作藏也。

恵棟疏:これは虞翻と鄭玄の説である。『大過』と『中孚』は上下両体互易の関係である。『中孚』は乾象無し。だから伝文は「上古」と言わず。『大過』の乾は卦中に居り、乾は古に取象す。だから只「古者」と言う。巽の柔爻は草に取象す。だから柴薪に取象す。艮は坤の上に止まり、坤は能く厚徳にて物を載す。だから厚に取象す。乾は衣と為る。『大過』は乾は卦中に在り巽は下に在る。だから柴薪を以て厚く覆蓋し荒野の中に葬ると言う。「葬」の字はある本に「蔵」と作る——『礼記・檀弓』に「葬とは蔵なり、人の見るを得ざらんと欲するなり」と言う。古に葬・蔵は同音。だから「蔵」と写す者あり。

《周禮·冢人》曰「以爵等為邱封之度與其樹數」,鄭彼注云「別尊卑也」。王公曰丘,諸臣曰封,丘者丘隧,故王公曰邱;封者葬下棺,故諸臣曰封。《檀弓》曰「縣棺而封」,鄭彼注云:「封當為窆,窆,下棺也。」《周禮·遂人》曰「及窆陳役先」,鄭司農云:「窆謂下棺時,《禮記》謂之封,《春秋》謂之塴,皆葬下棺也,聲相似。」《說文》曰:「堋,葬下土也,從土朋聲。《春秋傳》曰朝而堋,《禮記》謂之封,《周官》謂之窆。」是封與窆同物,故云穿土稱封,封古窆字也。

『周礼・春官・塚人』に「爵等を以て邱封の度とその樹数と為す」と言い、鄭玄はかの所に注してこれは尊卑を分別する為と言う。王公の墓を「丘」と称し、群臣の墓を「封」と称す。「丘」は丘隧を指す。だから王公の墓を丘と称す。「封」は下葬する時に棺を放りて土に入るるを指す。だから群臣の墓を封と称す。『礼記・檀弓』に「棺を県けて封す」と言い、鄭玄はかの所に注して言う:「封は窆と読むべし。窆は即ち棺を下ろす。」『周礼・地官・遂人』に「窆に及びて役を陳べ先と為す」と言い、鄭衆に言う:「窆は棺を下ろすの時を指し、『礼記』はこれを封と称し、『春秋』はこれを塴と称す——皆下葬して棺を放るの意で、読音は相近し。」『説文解字』に言う:「堋は葬りて土を下ろすなり。土に従い朋声。『春秋伝』に朝に堋ると言い、『礼記』はこれを封と称し、『周官』はこれを窆と称す。」封と窆は同一の事と見えたり。だから土を掘りて棺を下ろすを「封」と称し、「封」は古の「窆」の字と言う。

《檀弓》曰「衣足以飾身,棺周於衣,槨周於棺,土周於槨,反壤樹之哉」,故云聚土為樹。穿土象坎,聚土象坤,中孚無坤坎象,故不封不樹。坤喪於乙,故為喪。喪服斬衰、齊衰、大功、小功、緦,從斬衰至緦麻,喪多而服止五也。

『礼記・檀弓』に「衣は身を飾るに足り、棺は衣に周り、槨は棺に周り、土は槨に周り、壤を反してこれを樹せんや」と言う。だから土を堆らし木を立つるを「樹」と曰う。土を掘るは坎に取象し、土を堆るは坤に取象す。『中孚』はすでに坤象無くまた坎象無し。だから墳を堆らず樹を種えず。納甲に依れば、坤の月象は乙の方に於て喪滅す。だから坤は喪に取象す。喪服は斬衰・斉衰・大功・小功・緦麻に分かち、斬衰より緦麻まで一直に数う——喪事の名目は多しと雖も服制は只この五等のみ。

其期數斬衰三年,齊衰有三年者,有期者,有三月者,其大功以下則以九月、五月、三月為數也。日謂三日而斂、三日而食粥及祥禫之日也,月謂三月而沐、期十三月而練冠、三年而祥、中月而禫之月數也。若然,古者喪期無數當是心喪終身者,後世淳樸漸虧,故聖人為之立中制節耳。坤為喪,坎為月,離為日,中孚無坎離日月坤象,故喪期無數也。

年月の期限に至りては:斬衰は三年を服す。斉衰は三年を服する者あり、一年を服する者あり、三月を服する者あり。大功以下は則ち九月・五月・三月を以て期と為す。謂う所の「日」は、去世して三日にして入斂し、三日の内は只稀粥を食し、および大祥・禫祭の日期を指す。謂う所の「月」は、三月にして沐浴して首絰を除き、十三月に満ちて小祥を行い練冠を戴き、三年に満ちて大祥を行い、再び一月を隔てて禫祭を行うの月数を指す。これを照らすに、古の「喪期数無し」は応に終身喪を懐くの心喪の制なるべし。後世の民風淳朴は漸々虧損す。だから聖人はこれが為に適中の節度を確立せり。坤は喪と為り、坎は月と為り、離は日と為る。『中孚』は坎離の主る所の日月と坤象無し。だから服喪は定数無しと言う。

大過初體巽,故初在巽體。上六爻辰位在巳,巽四月卦,故巳當巽位。本末皆巽,故云二木。四陽在內,故夾四陽,中互二乾。上乾為君,下乾為父,故為君為父。《釋名》曰:「衣尸棺曰斂。」斂藏不復見,故云二木夾君父棺斂之象。王公曰丘,故艮為山丘。荀氏注中孚曰「兩巽對合」,故巽木在裡。漢時天子所葬曰山陵,故云棺藏山陵,槨之象也。

『大過』の初爻は巽体に処る。だから初は巽に在りと言う。上六の爻辰は巳に落ち、巽は四月の卦。だから巳は正に巽位に当たる。全卦の本末両端は皆巽に属す。だから「二木」ありと言う。四つの陽爻は内に在る。だから二木は四陽を挟むと言い、中間は互いに二つの乾体を出す。上面の乾は君と為り、下面の乾は父と為る。だから君と為り父と為ると言う。『釈名』に言う:「屍体に衣を着せて棺に入るるを斂と曰う。」入斂収蔵して後は再び面を露わさず。だから両木は君父を挟むは正に棺斂の象と言う。王公の墓は丘と称す。だから艮は山丘に取象す。荀爽は『中孚』に注して「両巽は対合す」と言う。だから巽木はその裡に蔵ると言う。漢の時、天子の葬地を山陵と称す。だから棺木は山陵に埋藏す——正に槨の形象である。

上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬。注。履上下象易也。乾象在上,故復言上古。上古無文字,結繩為約,事大大其繩,事小小其繩,各執以相考,亦足以治。巽為繩,乾為治,故結繩而治。後世聖人謂黃帝堯舜也。

伝文に言う:上古の時は繩を結びて以て治理す。後世の聖人は文字契券に換え、百官はこれに凭りて事を治め、万民はこれに凭りて明察す——大概『夬』卦に取象したる者。恵棟注:『夬』は『履』卦の上下両体が互いに易えて成る。乾象は上に在る。だからまた「上古」と言う。上古は文字無く、繩結を打ちて以て約定と為す:事大なれば即ち大結を打ち、事小なれば即ち小結を打ち、双方各々一端を執りて以て査対せんとす——また以て事を治むるに足る。巽は繩索と為り、乾は治理と為る。だから繩を結びて治むと言う。「後世聖人」は黄帝と尭舜を指す。

契,刻也,書之於木,刻其側為契,各持其一以相考合。夬本坤世,坤為書,乾金為契,故易之以書契。乾為百,剝艮為官,坤為眾臣為萬民為迷暗,乾為治,反剝以乾照坤,故百官以治,萬民以察。乾金決竹木為書契,故取諸夬也。

「契」は刻の義である:内容を木片に写し、再び側辺に歯痕を刻出して以て憑証と為し、双方各々一半を執りて以て勘合す。『夬』は本は坤宮の世卦に属し、坤は文書と為り、乾金は刻契の刃と為る。だから文字契券に換えたりと言う。乾は百と為り、『剥』卦の艮は官と為り、坤は衆臣と為り万民と為り昏暗と為る。乾は治理を主り、『剥』を反転して乾を以て坤を照亮す。だから百官はこれに凭りて事を治め万民はこれに凭りて明察すと言う。乾金を用いて竹木を裁断して書契と為る。だから『夬』に取象す。

疏。此虞、鄭、九家義也。履與夬上下易,履乾在上,故復雲上古。《春秋》桓三年曰:「夏,齊侯、衛侯胥命於蒲。」《公羊傳》云:「古者不盟,結言而退。」《穀梁傳》云:「胥之為言猶相也,相命而信諭,謹書而退,以是為近古也。」荀子《大略》曰:「《春秋》善胥命。」若然,結言猶有文字,當在結繩以後,故範注云「古謂五帝時也」。

恵棟疏:これは虞翻・鄭玄と『九家易』の説である。『履』と『夬』は上下両体互易す。『履』の乾は上に在る。だからまた「上古」と言う。『春秋』桓公三年に記載す:「夏、斉侯・衛侯は蒲に胥命す。」『公羊伝』に言う:「古は盟せず、言を結びて退く。」『穀梁伝』に言う:「胥の言と為すは猶お相のごとし。相い命じて信諭し、謹み書して退く。これを以て近古と為す。」荀子『大略』篇に言う:「『春秋』は胥命を善しとす。」これを照らすに、口頭相約の時にすでに文字あって書すべし。その事は繩結びの後に当たるべし。だから范寧は『穀梁伝』に注して「古は五帝の時代を指す」と言う。

九家謂結之多少隨物眾寡,各執以相考,亦足以相治,故云結繩而治也。《列子》曰:「宋人有遊於道得人遺契者,密數其齒。」張湛注云「刻處似齒」,故云契,刻也。書契猶《周禮》小宰之質劑,鄭氏謂兩書一札同而別之,故云各持其一以相考合。

『九家易』は繩結の多少は事物の多寡に随って定まると為し、双方各々一端を執りて以て査対す——また以て彼此治理するに足る。だから繩を結びて治むと言う。『列子』に言う:「宋国に人有りて路上に於て他人の遺落したる契券を拾い、窃かに其上の歯痕を数えに往く。」張湛の注に「刻痕は歯牙に象り」と言う。だから「契」は即ち刻と言う。書契は『周礼・天官・小宰』の謂う所の「質剤」に譬え、鄭玄は同じ文字を一札の上に写し再び剖分して二と為すと為す。だから双方各々一半を執りて以て勘合すと言う。

夬,坤五世卦,故云坤世。坤為文,故為書。刻之於木,刻以刀,故云乾金為契。虞氏謂兌為契,義亦通也。夬旁通剝,故云剝艮為官。坤為地為民,民生於地上,故為萬民。坤先迷,又為冥為晦,故為迷暗。夬剝亦為反其類,故反剝。以乾照坤,大壯震為竹木,乾為金,進而成夬。夬,決也,故乾金決竹木為書契也。

『夬』は坤宮の第五世卦である。だから坤世に属すと言う。坤は文采を主る。だから文書に取象す。字を木上に刻むは刀を用うを要す。だから乾金は刻契の器と言う。虞翻は兌を契と為す——講法もまた説き通る。『夬』と『剥』は旁通す。だから『剥』の艮は官に取象すと言う。坤は地と為り民と為り、百姓は大地の上に生長す。だから万民に取象す。坤は「先迷」の義あり、また幽冥晦暗を主る。だから昏暗に取象す。『夬』と『剥』は互いに反類と為る。だから『剥』卦を反転すと言う。乾を以て坤を照亮す——『大壮』の震は竹木に取象し、乾は金に取象す。『大壮』は再び一爻進めば便ち『夬』と成る。「夬」は即ち決断である。だから乾金を用いて竹木を裁断して書契と為すと言う。

是故易者象也。注。今之《易》,古之象。象也者象也。注。象天制作。彖者才也。注。彖說三才,則三分天象以為三才,謂天地人道也。爻也者效天下之動者也。注。動,發也,謂兩三才為六畫則發揮於剛柔而生爻也。是故吉凶生而悔吝著也。注。爻象動內則吉凶見外,吉凶悔吝者生乎動者也,故曰著。

伝文に言う:だから『易』は即ち象なり。恵棟注:今の称する所の『易』は即ち古の称する所の「象」である。伝文に言う:謂う所の象は即ち取象なり。恵棟注:天象に取法して制作する所有り。伝文に言う:彖の講ずる所は才なり。恵棟注:彖辞は三才を陳説す——即ち天象を一にして三に分かちて三才と成す。即ち天道・地道・人道である。伝文に言う:爻は天下の動に効う者なり。恵棟注:「動」は発動揮変で、三才を各々一倍加えて六画と成すを指し、剛柔は是に於て発揮して爻を生ず。伝文に言う:だから吉凶生じて悔吝著る。恵棟注:爻象は内卦に於て発動し、吉凶は便ち外卦に顕現す。吉凶悔吝は皆変動によりて生ず。だから「著」と言う。

疏。「今之」至「之象」○舜曰「予欲觀古人之象」,象即今《易》書,故云今之《易》古之象。○「象天制作」○古之所以名象者,正以在天成象,聖人造爻象以象天,卦象天制作,故云象者象也。

恵棟疏:疏する所は注文の「今之」から「之象」までのこの一句。○舜に「予は古人の象を観んと欲す」と言う——あの「象」は即ち今の謂う所の『易』書である。だから今の『易』は即ち古時の「象」と言う。○疏する所は「象天制作」の四字。○古人の名を取りて「象」と為す所以は、正に天上が物象を生成するに因り、聖人は爻象を制作して以て天に仿効す。卦は天に取法して制作し出したる者である。だから「象とは象なり」と言う。

○「彖說」至「道也」○此虞義也。此承象來,《繫上》云「彖者,言乎象者也」,謂天象三才,故云彖說三才。下傳云:「《易》之為書也,廣大悉備,有天道焉,有地道焉,有人道焉。」故云三分天象為三才,謂天地人道也。虞氏述道士之言,謂《易》象在天,三爻足矣是也。○「動發」至「爻也」○此虞義也。九六爻之變動者,故云動發也。分天象為三才,以地兩之為六畫,故云兩三才為六畫。以三為六,因而重之,爻在其中,故發揮於剛柔而生爻也。○「爻象」至「曰著」○此虞義也,義見上。

○疏する所は「彖説」から「道也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。この一句は上文の「象」を承けて来る。『系辞上伝』に「彖とは象を言う者なり」と言い、指す所は天象の含む所の三才である。だから彖辞は三才を陳説すと言う。『系辞下伝』に言う:「『易』の書と為るや、広大にして悉く備わり、天道あり、地道あり、人道あり。」だから天象を一にして三に分かちて三才と成す——即ち天道・地道・人道と言う。虞翻は道士の言を転述し、『易』の象は天上に懸かりて三爻あれば即ち足ると言う——正にこの意である。○疏する所は「動発」から「爻也」までのこの一段。○これは虞翻の説である。九と六は爻の変動の名である。だから「動」は発動と言う。天象を分かちて三才と為し、再び地道を以て倍加して六画と成す。だから「三才を両たりて六画と為す」と言う。三より六に拡げ、因而重畳すれば、爻は即ちその中に在り。だから剛柔発揮して爻を生ずと言う。○疏する所は「爻象」から「曰着」までのこの一段。○これもまた虞翻の説で、含義はすでに上文に見えたり。

陽卦多陰,陰卦多陽。注。陽卦一陽而二陰,故多陰;陰卦一陰而二陽,故多陽。其故何也?陽卦奇,陰卦耦。其德行何也?陽一君而二民,君子之道也;陰二君而一民,小人之道也。注。陽奇陰耦,道之常也,故曰陽卦奇、陰卦耦。德行謂人,以人道言之,陽為君,陰為臣。

伝文に言う:陽卦は陰爻多く、陰卦は陽爻多し。恵棟注:陽卦は一つの陽爻に二つの陰爻を配す。だから陰爻多し。陰卦は一つの陰爻に二つの陽爻を配す。だから陽爻多し。伝文に言う:これは何の故ぞや。陽卦の画数は奇と為り、陰卦の画数は偶と為る。それらの徳行はまた如何。陽卦は一位の君主が二つの百姓を統領す——これは君子の道。陰卦は二位の君主が一つの百姓を分領す——これは小人の道。恵棟注:陽は奇と為り陰は偶と為るは天道の常軌である。だから陽卦は奇、陰卦は偶と言う。「徳行」は人に就いて言う——人道の上より言えば、陽は君、陰は臣。

陽卦一陽而二陰,在人為一君而二民,二民共事一君,故君子之道;陰卦一陰而二陽,在人為二君而一民,一民兼事二君,故小人之道。《春秋傳》曰:「諺曰:臣一主二。」

陽卦は一つの陽爻に二つの陰爻を配し、人事に落とせば即ち一位の君主が二つの百姓を統領し、二つの百姓は共同して一位の君主に侍奉す。だから君子の道と為る。陰卦は一つの陰爻に二つの陽爻を配し、人事に落とせば即ち二位の君主が一つの百姓を分領し、一つの百姓は同時に二位の君主に侍奉す。だから小人の道と為る。『春秋左伝』に記載す:「諺語に言う:臣と為るは只一つ、主と為るは却って二つ。」

疏。「陽卦」至「多陽」○此明陽為君子、陰為小人之義。自乾來者曰陽,卦皆一陽二陰,故多陰;自坤來者曰陰,卦皆一陰二陽,故多陽。○「陽奇」至「主二」○設問以起下意,故云其故何也。但陽為奇,陰為耦,六耦承奇,陰陽得正,故云道之常也。《繫上》曰「顯道神德行」,又云「默而成,不言而信,存乎德行」,皆指人道,故德行謂人。

恵棟疏:疏する所は注文の「陽卦」から「多陽」までのこの一句。○これは陽は君子と為り陰は小人と為るの道理を説明せんとする者である。乾より変じ来るを陽卦と称し、震・坎・艮は皆一陽二陰。だから陰爻多し。坤より変じ来るを陰卦と称し、巽・離・兌は皆一陰二陽。だから陽爻多し。○疏する所は「陽奇」から「主二」までのこの一段。○先ず問句を設けて以て下文を引出す。だから「その故何ぞや」と言う。陽は奇数と為り陰は偶数と為り、六つの偶位は奇位を承奉し、陰陽は各々その正に帰す。だからこれは天道の常軌と言う。『系辞上伝』に「道を顕し徳行を神ず」と言い、また言う「黙して成し、言わずして信ぜらるは徳行に存す」——講ずる所は皆人道である。だから「徳行」は人に就いて言う。

鄭注益卦云:「陰陽之義,陽稱為君,陰稱為臣。」故知陽為君、陰為臣也。二民共事一君,是純臣之義,故云君子之道;一民兼事二君,是懐二心於君者,故云小人之道。《春秋傳》者,昭十三年子服惠伯之言,彼謂主不能撫其臣,故有是語,實非事君之正也。

鄭玄は『益』卦に注して言う:「陰陽の義理に就いて言えば、陽は君と称し、陰は臣と称す。」これにより陽は君、陰は臣と知る。二つの百姓は共同して一位の君主に侍奉す——これは純臣の名分である。だから君子の道と言う。一つの百姓は同時に二位の君主に侍奉す——これは君主に対して二心を懐く。だから小人の道と言う。引く所の『春秋左伝』の語は、昭公十三年に子服恵伯の言いし者である。彼があの句を講じたるは君主がその臣を撫恤すること能わざるの情形に対してで、「臣一にして主二」を以て君に事うるの正道と為すには非ず。

易曰:「憧憧往來,朋從爾思。」注。咸九四爻辭,六日七分時也。子曰:「天下何思何慮。」注。《易》無思也。既濟定,六位得正,故何思何慮。天下同歸而殊塗,一致而百慮,天下何思何慮。注。遘巽為同,震為塗,故同歸而殊塗。乾為百,坎為慮,復初為一,故一致而百慮。言神化之事非思慮所及。

伝文は『易』を引いて言う:「憧憧として往来すれば、朋は爾の思いに從う。」恵棟注:これは『咸』卦九四の爻辞で、正に卦気「六日七分」の時に当たる。伝文に言う:孔子に曰く、天下に何の思う所、何の慮る所あらん。恵棟注:『易』は本来思慮する所無し。『既済』一たび定まれば六爻は各々正位を得す。だから何を思い何を慮らんと言う。伝文に言う:天下の万物は帰趨は相同じくして途徑は各々異なり、帰致は一にして思慮は百端——天下に何の思う所、何の慮る所あらん。恵棟注:『姤』卦の巽は同に取象し、震は路に取象す。だから帰は同じくして途は殊なりと言う。乾は百と為り、坎は思慮と為り、『復』卦の初爻は一と為る。だから致は一にして慮は百なりと言う。これは神化の事は思慮の到達し得る所に非ずを言う。

日往則月來。注。謂咸初往之四,與五成離,離為日;與二成坎,坎為月。月來謂震也,三日月出震,八日兌見丁,皆在暮,故日往則月來。月往則日來。注。初變之四與上成坎,故月往;四變之初與三成離,故日來。月往謂巽也,十六日巽退辛,二十三日艮消丙,皆在旦,故月往則日來。

伝文に言う:太陽西に去れば、月は即ち昇る。恵棟注:『咸』卦の初爻が四位に往き居るを指し、五爻と同じく離体を成し、離は日と為る。また二爻と同じく坎体を成し、坎は月と為る。「月来」は震を指す:毎月初三、月象は庚方の震より出で、初八、月象は丁方の兌に見ゆ——皆傍晚に在り。だから日往きて月来ると言う。伝文に言う:月が西に沈めば、太陽は即ち昇る。恵棟注:初爻は変じて四に往き、上爻と同じく坎象を成す。だから月往くと言う。四爻は変じて初に来り、三爻と同じく離象を成す。だから日来ると言う。「月往」は巽を指す:十六日に月象は辛方の巽に退き、二十三日に月象は丙方の艮に消ゆ——皆清晨に在り。だから月往きて日来ると言う。

日月相推而明生焉。注。一往一來曰推。五六三十,和而後月生,故明生。虞氏謂既濟體兩離坎象,故明生焉。寒往則暑來。注。乾為寒,坤為暑,謂陰息陽消,從遘至否,故寒往則暑來。暑往則寒來。注。陰詘陽信,從復至泰,故暑往則寒來。寒暑相推而歲成焉。注。消息十二爻而期一歲,故歲成。

伝文に言う:日月は相い推移して光明生ず。恵棟注:一往一来を「推」と曰う。天数は五、地数は六、相い乗じて三十と為り、陰陽調和して後に月体乃ち生ず。だから光明生ずと言う。虞翻は『既済』の卦体は二つの離象と坎象を含むと為す。だから光明生ずと言う。伝文に言う:寒気退き去れば暑気は即ち来り至る。恵棟注:乾は寒と為り、坤は暑と為る。陰気は生長して陽気は消退するを指し、『姤』より一路『否』に推す。だから寒往きて暑来ると言う。伝文に言う:暑気退き去れば寒気は即ち来り至る。恵棟注:陰気は屈縮して陽気は伸展す——『復』より一路『泰』に推す。だから暑往きて寒来ると言う。伝文に言う:寒暑は相い推移して一年形成す。恵棟注:十二消息卦の爻数は一周を走り満たして正に一年に当たる。だから一歳乃ち成ると言う。

往者詘也,來者信也,詘信相感而利生焉。注。利,和也。詘信謂復遘時也。復遘元也,相感亨也。咸,感象,故相感。天地感而萬物化生,聖人感人心而天下和平,各正性命,保合太和,故利生焉。

伝文に言う:往き去るは屈縮で、来り至るは伸展で、屈と伸は相い感応して利益はこれにより生ず。恵棟注:「利」は即ち和諧である。屈と伸は『復』の時と『姤』の時を指す。『復』『姤』の二卦は元気の初動に当たる——是れ「元」。彼此感通す——是れ「亨」。『咸』は本は感応の象。だから相感と言う。『咸・彖伝』に天地は交感して万物は化育生長し、聖人は人心を感動して天下は和平なりと言い、『乾・彖伝』に万物は各々性命を正しくし太和を保合すと言う——だから利益はこれにより生ずと言う。

尺蠖之詘以求信也。注。遘初體巽,巽蟲為尺蠖,詘謂復時也。巽伏震下,故詘;信謂遘時也,巽為進退,故尺蠖之詘以求信也。龍虵之蟄以存身也。注。蟄,潛藏也。龍潛而虵藏。陽息初震為龍,陰息初巽為虵。十月坤成,十一月復生,遘巽在下,龍虵俱蟄初。坤為身,故龍虵之蟄以存身也。

伝文に言う:尺蠖は身子を屈縮するは伸展を求むる為なり。恵棟注:『姤』卦の初爻は巽体に処り、巽は虫類の中に於て尺蠖に取象す。「屈」は『復』の時を指し、巽は震の下に潜伏す。だから屈と為る。「伸」は『姤』の時を指し、巽は進退を主る。だから尺蠖の屈縮は伸を求むる為と言う。伝文に言う:龍蛇は蟄居するは自身を保存する為なり。恵棟注:「蟄」は潜伏收藏である。龍は淵に潜み蛇は穴に蔵る。陽気生長の起点は震で、震は龍と為る。陰気生長の起点は巽で、巽は蛇と為る。十月に坤卦は純陰と成り、十一月に『復』卦は一陽始めて生ず。『姤』の時は巽は下に在り、龍と蛇は皆初爻に蟄伏す。坤は身と為る。だから龍蛇の蟄居は自身を保存する為と言う。

精義入神以致用也。注。陽稱精,陰為義,入在初也。陰陽在初,深不可測,故謂之神。變為遘復,故曰致用,初坤為致用也。利用安身以崇德也。注。乾為利,坤為用為安身。陰道用事謂遘時也,陰升上究則乾伏坤中,安身默處也。乾為崇德,時既潛藏,故利用安身以崇德,謂復時也。崇德體卑而德高。

伝文に言う:義理を精研して神妙の境に深入するは、実用を推致する為なり。恵棟注:陽は「精」と称し、陰は「義」と称し、「入」は初位に処るを指す。陰陽は同じく初位に処り、幽深にして測度すべからず。だから「神」と曰う。これにより『姤』と『復』に変ず。だから「用を致す」と言い、初爻の坤は正に用を致すの所在である。伝文に言う:その得る所を善用して自身を安頓するは、徳性を増崇する為なり。恵棟注:乾は利と為り、坤は用と為り安身と為る。陰道の当令は『姤』の時を指す。陰気は極点に上昇し、乾は便ち坤中に潜伏す——あれは即ち安身して静默に自処する。乾は崇徳を主り、その時すでに潜蔵す。だからその得る所を善用して安身して以て徳を崇くすると言い、指す所は『復』の時である。謂う所の崇徳は、身は卑下に処りて徳性は崇高なるを言う。

過此以往,未之或知也。注。此謂中孚咸也,出此之外未能有知也。窮神知化,德之盛也。注。以坤變乾謂之窮神,以乾通坤謂之知化。乾為盛德,故德之盛。

伝文に言う:この範囲を超出して再び前に往かば、則ち人の知り得る所に非ず。恵棟注:「これ」は『中孚』と『咸』の両卦の当たる所の卦気の位を指し、この範囲を越出すれば知る由無し。伝文に言う:神妙を窮究し化育を洞悉するは、徳性の極盛なり。恵棟注:坤を用いて乾を変ずるを「神を窮める」と曰い、乾を用いて坤を貫通するを「化を知る」と曰う。乾は盛徳を主る。だからこれは徳性の極盛と言う。

疏。「咸九」至「時也」○《易通卦驗》曰:「甲子卦氣起中孚。」案孟喜卦氣,中孚至復六日七分,咸至遘亦六日七分,故云六日七分時也。○「易無」至「何慮」○此虞義也。乾為易,隱藏坤初,其靜也專,故無思也。虞注咸彖傳曰「初四易位成既濟」,故既濟定。既濟剛柔正而位當,故六位得正。乾元用九而天下治,故何思何慮也。

恵棟疏:疏する所は注文の「咸九」から「時也」までのこの一段。○『易緯通卦験』に言う:「甲子の日に卦気は『中孚』より起算す。」孟喜の卦気の説に按れば、『中孚』より『復』に至るは六日七分を相隔て、『咸』より『姤』に至るもまた六日七分を相隔つ。だからこれは「六日七分」の時と言う。○疏する所は「易無」から「何慮」までのこの一段。○これは虞翻の説である。乾は『易』と為り、隠伏して坤の初爻の下に蔵り、その静は専一なり。だから思慮する所無しと言う。虞翻は『咸・彖伝』に注して「初爻と四爻は互いにその位を易えて『既済』と成る」と言う。だから既済にして定まると言う。『既済』は剛柔皆正しくして各々その位に当たる。だから六爻は皆正位を得すと言う。乾元は九を用いて天下大いに治まる。だから何を思い何を慮らんと言う。

○「遘巽」至「所及」○上繫七爻首中孚,下繫十一爻首咸,皆復遘時也,故兼震巽言之。震巽同聲相應,故巽為同。震為大塗,故為塗。乾三爻三十六,略其奇五,故百。咸初變之四體坎,故坎為慮。復初元也,故為一。乾為神,坤為化,從陰入陽,從陽入陰,神化之事唯聖人能知之,非思慮所及也。

○疏する所は「遘巽」から「所及」までのこの一段。○『系辞上伝』の挙ぐる所の七爻は『中孚』の九二を以て首と居り、『系辞下伝』の挙ぐる所の十一爻は『咸』の九四を以て首と居る。皆『復』の時と『姤』の時に属す。だから震・巽を連ねて併せ説き及ぶを要す。震と巽は同聲相応ず。だから巽は「同」に取象す。震は大道と為る。だから「塗」に取象す。乾は毎爻三十六策で、三爻は合わせて一百有余と為り、零頭を略して成数を挙ぐ。だから「百」と言う。『咸』卦の初爻は変じて四に往きて坎体を成す。だから坎は思慮に取象す。『復』卦の初爻は元気の始めである。だから「一」に取象す。乾は神と為り、坤は化と為る。陰より陽に入り陽より陰に入る——この神化の事は聖人のみ能く知ることあって、思慮の触れ得る所に非ず。

○「謂咸」至「月來」○咸卦初四易位成既濟,故云初往之四。四與五皆體離,故與五成離,離為日。初往之四,二體坎,故與二成坎,坎為月。此上虞義也。三日月出震在庚,八日兌見丁,皆於暮見之,日暮而月生,故日往則月來也。

○疏する所は「謂咸」から「月来」までのこの一段。○『咸』卦の初爻と四爻は互いにその位を易えて『既済』と成る。だから「初は四に之く」と言う。四爻と五爻は同じく離体に処る。だから五と離を成すと言い、離は日と為る。初爻は往きて四位に居りて後、二爻は坎体に処る。だから二と坎を成すと言い、坎は月と為る。以上は虞翻の説である。毎月初三、月象は初めて震より出でて庚方に見え、初八、月象は上弦にして丁方の兌に見ゆ——皆傍晚に見ゆべし。日は落ちて月は生ず。だから日往けば則ち月来ると言う。

○「初變」至「日來」○初變之四有坎象,坎為月,故月往;四變之初有離象,離為日,故日來。此上虞義也。月三五而闕,故月往謂巽。《參同契》曰:「十六轉受統,巽辛見平明,艮直於丙南,下弦二十三。」平明謂旦,故十六日巽退辛,二十三日艮消丙,皆在旦也。坎陽離陰,坎月離日。震出庚,兌見丁,乾盈甲,為七八;巽退辛,艮消丙,坤滅乙,為九六。一月之往來亦如歲也。

○疏する所は「初変」から「日来」までのこの一段。○初爻は変じて四に往けば便ち坎象あり、坎は月と為る。だから月往くと言う。四爻は変じて初に来れば便ち離象あり、離は日と為る。だから日来ると言う。以上は虞翻の説である。月は十五に到りて後に転じて亏缺す。だから「月往」は巽を指す。『周易参同契』に言う:「十六に転じて統を受け、巽辛は平明に見え、艮は丙南に直り、下弦は二十三。」「平明」は即ち清晨。だから十六日に月象は辛方の巽に退き、二十三日に月象は丙方の艮に消ゆ——皆清晨に在り。坎は陽に属して離は陰に属し、坎は月を主りて離は日を主る。震の象は庚に出で、兌の象は丁に見え、乾の象は甲に盈満し、七と八に配す。巽の象は辛に退き、艮の象は丙に消え、坤の象は乙に滅し、九と六に配す。一月の裡の日月の往来は、また一年の寒暑の往来の如し。

○「一往」至「生焉」○一往一來曰推,何休說也。上雲往來,此云相推,故知一往一來曰推也。《參同契》曰:「七八數十五,九六亦相應,四者合三十,陽氣索滅藏。」是言一月之數。《周語》曰:「天六地五,數之常也。」《三統曆》曰:「夫五六者,天地之中合而民所受生。」

○疏する所は「一往(いつおう)」から「生焉(しょうえん)」までのこの一段である。○「一往一来を推(すい)と謂う」は何休の説である。上文に「往来」と言い、ここに「相推」と言うゆえ、一往一来を「推」と呼ぶことを知る。『周易参同契』に「七八の数は十五、九六もまた相応じ、四者合わせて三十、陽気は索め滅して蔵す」と言うのは、一月の日数を言う。『国語·周語』に「天は六、地は五、数の常なり」と言い、『三統暦』に「いわゆる五と六は、天地の中に居る数の相合するものにして、百姓これによりて生命を禀受す」と言う。この片の源文はここに至って止み、後文は次の分片に承接される。

故日有六甲,辰有五子,十一而天地之道畢,言終而復始。《參同契》又云:「坤乙三十日,東北喪其朋,節盡相禪與,繼體復生明。」所謂終而復始也。十一即五六,五六三十而月一周天,故云天地之道畢。《禮運》曰:「播五行於四時,和而後月生也。」是以三五而盈,三五而闕,謂日月戰、天地雜、保太和、陰陽合德之時,故云和而後月生。虞氏謂既濟體兩離坎象者,謂初往之四成既濟,既濟當望,有兩離坎象,日月雙明,故明生,義亦通也。

恵棟の自疏は引き続き言う:一旬の内に天干の甲日は六つあり、一旬の内に地支の子日は五つあり、六に五を加えて十一を得、天地運行の理はここに窮まる。言う所はまさに循環して尽き、また始まることである。魏伯陽の『周易参同契』はまた言う:坤は乙に納し、月は三十日に行きて光尽き体伏す——まさに『坤』卦の「東北に朋を喪う」の義に合す。一月の節候が走り終われば彼此禅譲交替し、次の輪は前体を承けてまた月明を生ず。これがいわゆる「終わりてまた始まる」である。「十一」はすなわち五と六で、五乗六で三十を得、月はちょうど天を一周する。ゆえに天地の道はここにて畢ると言う。『礼記·礼運』に、五行を四時の中に分布し、四時和調して後に月体生ずと言う。ゆえに月は十五日に漸く盈ち満ち、再び十五日に漸く欠け損ず。指す所はまさに日月交争し、天地の気相雑じ、太和を保合し、陰陽徳を合するあの時刻である。ゆえに「和して後に月生ず」と言う。虞翻は『既済』の卦体中に二つの離象・二つの坎象を含むと言う——これは初爻が往きて四位に居りて『既済』を成し、『既済』はまさに望日に当たり、卦中に両離両坎あり、日と月と同時に光を放つを指す。ゆえに月明生ずるを得、この説法もまた通じる。

○「乾為」至「暑來」○此虞義也。○「陰詘」至「寒來」○此虞義也。○「消息」至「歲成」○虞上注云:「陰息陽消,從遘至否;陰詘陽信,從復至泰。」此言寒暑往來,故止據內卦。其坤消乾當從遘至剝,乾息坤當從復至夬。《乾鑿度》曰:「乾坤二卦十二爻而期一歲。」乾息坤消,故消息十二爻而期一歲。孟喜《章句》曰:「自冬至初,中孚用事,一月之筴九六七八,是為三十;而卦以地六,候以天五,五六相承,消息一變,十有十二變而歲復初。」是其義也。孟唯以五六為天五地六,非漢法,疑唐時僧一行之徒飾成之,學者所當審也。

ここに連用する数組の「○某某至某某○」は恵棟が自ら疏するあの注文の起訖を標出するものである。自注の「乾為」から「暑来」までの一段は虞翻の説を採り、「陰詘」から「寒来」までの一段もまた虞翻の説である。「消息」から「歳成」までの一段は、虞翻が『繫辭上傳』の注に言う所で、陰気生長して陽気消退するは『姤』から『否』までであり、陰気屈縮して陽気伸展するは『復』から『泰』までである。ここに言う所は寒来暑往なれば、ただ内卦に依りて説を立つ。もし坤陰の乾陽を消尽するを論ずれば『姤』から『剥』まで数うべし、もし乾陽の生長して坤陰を圧倒するを論ずれば『復』から『夬』まで数うべし。『易緯乾鑿度』に、乾・坤両卦は共に十二爻あり、ちょうど一年に配足すと言う。乾息すれば坤消す。ゆえに十二爻の消息周流一遍すなわち一年である。孟喜の『章句』に、冬至の日より算して『中孚』卦が令を当て、一月の蓍策は九・六・七・八の四数を取り、合して三十となし、卦は地数の六を用い、候は天数の五を用い、五と六と相承接し、消息ごとに一変し、十二変して一年また起点に帰ると言う。これがすなわち消息の義である。ただし孟喜はただ「五六」を天五・地六と講じ、漢代の旧法に合わず、おそらく唐代の僧一行一派が後に修飾添補したものか——読書人は子細に弁別すべきである。

○「利和」至「生焉」○「利和」,子夏義也。陰消陽從遘,陽息陰從復,故詘信謂復遘時也。復遘乾坤之初,故云元也。息初至二乾坤交,故云相感亨也。「咸感」象以下虞義也。咸,感也,故相感。「天地感而萬物化生,聖人感人心而天下和平」者,案:虞《彖傳》注云:「乾為聖人,初四易位成既濟,坎為心為平,故聖人感人心而天下和平。既濟六爻皆正,故各正性命;六爻皆應,故保合太和;剛柔正而位當,故利貞。」是言咸初四易位成既濟之事也。

「利和」から「生焉」までの一段の注:「利和」の講法は『子夏易傳』に出ず。陰の消損する陽は『姤』より始まり、陽の生長して陰を圧制するは『復』より始まる。ゆえに「屈」「伸」の二字は指す所の『復』『姤』の両時節である。『復』『姤』はそれぞれ乾気・坤気の初起なれば「元」と称す。陽息は初爻より二爻に長じ、乾坤両気交接す。ゆえに彼此感応して亨通すと言う。「咸は感なり」以下は虞翻の説を用う。咸はすなわち感なれば、互いに感ずと言う。『咸』卦の『彖傳』「天地感じて万物化生し、聖人人心を感じて天下和平」の一句は、虞翻の『彖傳』注に拠れば、乾は聖人を象り、初爻と四爻と互いにその位を換えて『既済』を成し、坎は心を象り平を象る。ゆえに聖人が人心に感動して天下太平と言う。『既済』は六爻みな位に当たる。ゆえに各々性命を正すと言う。六爻両両相応ず。ゆえに太和を保合すと言う。剛柔各々その正を得て位次相当なれば、正を守るに利ありと言う。これは『咸』卦の初・四両爻の位を易えて『既済』を成すに就きて論を立てたものである。

○「遘初」至「信也」○《說卦》曰:「巽為雞。」《九家易》云:「應八風也。」二九十八主風。《大戴禮·易本命》曰:「二九十八,八主風,風主蟲,故蟲八日而化。」王充《論衡》曰:「夫蟲,風氣所生,倉頡知之,故凡蟲為風之字取氣於風,故八日而化生。」遘內體巽,故遘初體巽。巽為風,風主蟲,故巽蟲為尺蠖。《說文》云:「尺蠖,詘信蟲也。」《方言》云:「蠀謂之尺蠖。」郭注云:「即踧二,音蠖,烏郭反,又呼步屈。」尺蠖先詘而後信,故云「尺蠖之詘」。復時剛反,震在上,巽在下,故詘;遘時,巽在上,故信也。巽為進退,似尺蠖之詘信,故「尺蠖之詘以求信」也。

「遘初」から「信也」までの一段の注:『説卦傳』に巽は鶏を為すと言い、『九家易』の解釈にこれは八方の風に相応ずと言う。二乗九で十八を得、十八の数は風を主る。『大戴礼記·易本命』に、二九十八、八は風を主り、風は虫を主る。ゆえに虫類は八日にして化生すと言う。王充の『論衡』に、虫は風気の生ずる所にして、蒼頡が字を造る時この点を明らかにせり。ゆえに凡そ虫旁にして風に関する字はみな気を風に取る。ゆえに八日にして化生すと言う。『姤』卦の内卦は巽なれば『姤』の初爻は巽体に属すと言う。巽は風を為し、風は虫を主る。ゆえに巽の配する所の虫はすなわち尺蠖である。『説文解字』に、尺蠖は一屈一伸して行く虫なりと言う。『方言』に、蠀を尺蠖と呼ぶと言う。郭璞の注に、すなわち踧二なり、読みは蠖に同じく、反切は烏郭反、また歩屈と呼ぶと言う。尺蠖の爬行はつねに先ず屈して後に伸ぶ。ゆえに『繫辭』に「尺蠖の屈」と言う。『復』の時節は剛爻返り、震象上にあり巽象下にあり、ゆえに屈を為す。『姤』の時節に至っては巽象上に居り、ゆえに伸を為す。巽の卦徳は進退定まらず、まさに尺蠖の一屈一伸のごとし。ゆえに「尺蠖の屈、以て伸びんことを求む」と言う。

○「蟄潛」至「身也」○此虞義也。《月令·孟春》曰:「其蟲鱗。」鄭氏謂龍虵之屬。又曰「蟄蟲始振」,則十一月時龍虵皆蟄,至正月而始振也。《說文》曰:「蟄,藏也。」《文言》曰:「潛龍勿用,陽氣潛藏。」龍亦得稱藏,今言龍潛而蛇藏者,《說卦》曰「坤以藏之」,《繫上》曰「藏諸用」謂巽,陽藏室故陽言潛,陰言藏也。巽四月卦值巳,故陰息初;巽為虵,震為龍,故陽息初,震為龍。坤成於亥,故十月坤成;陽息於子,故十一月復生。復時震潛初,巽又伏震下,故遘巽在下,龍虵俱蟄之時也。遘初為坤,故初坤為身。陽為存,故「龍虵之蟄以存身」也。

「蟄潜」から「身也」までの一段の注は虞翻の説を用う。『礼記·月令』の孟春の月にその時の虫は鱗類に属すと言い、鄭玄の解釈に竜蛇の類とす。『月令』はまた「蟄虫始めて振う」と言う。見るに十一月の内に竜蛇はみな蟄伏し、正月に至りて始めて蘇動す。『説文解字』に、蟄はすなわち蔵なりと言う。『乾·文言』に「潜竜勿用」は陽気の潜蔵なりと言う。竜はもとより蔵と称すべきも、今はむしろ竜に「潜」と言い蛇に「蔵」と言うは、『説卦傳』に「坤以てこれを蔵す」と講じ、『繫辭上傳』に「これを用に蔵す」と講じて巽を指すがゆえに——陽気の蔵する所は幽密なれば、陽には「潜」の字を用い、陰には「蔵」の字を用う。巽は四月の卦にして地支の巳に配す。ゆえに陰気は初爻より生じ起こる。巽は蛇を為し、震は竜を為し、陽気もまた初爻より生じ起こり、震は竜を象る。坤は亥月に至りて成る。ゆえに十月を純坤と為す。陽気は子月に復生す。ゆえに十一月を『復』と為す。『復』の時は震は初爻に潜伏し、巽はまた震の下に伏す。ゆえに『姤』卦は巽が下体に居る——それはまさに竜蛇の同じく蟄伏する時である。『姤』の初爻はもと坤爻なれば、初爻の坤象は「身」を為す。陽は存活を象る。ゆえに「竜蛇の蟄、以て身を存するなり」と言う。

○「陽稱」至「用也」○此姚信義也。乾純粹精,故陽稱精。《周書》曰:「地道曰義。」《乾鑿度》曰:「地靜而理曰義。」故陰為義。巽為入,入在初,謂中孚、咸時也。初為深,「陰陽不測之謂神」,故云「陰陽在初,深不可測,故謂之神」也。六日七分,中孚至復,咸至遘,故變為遘、復。坤為致為用,故坤初為致用。據時咸至遘,故專言致用也。

「陽称」から「用也」までの一段の注は姚信の説を用う。乾は純粋精粹の気なれば、陽は「精」と称す。『逸周書』に、地の道を義と呼ぶと言う。『易緯乾鑿度』に、地は安静にして条理あり、これを義と呼ぶと言う。ゆえに陰は「義」と称す。巽の卦徳は「入」なり、初爻に入るは指す所の『中孚』と『咸』の令を当てる時節である。初爻は最下に処る。ゆえに「深」を為す。『繫辭』に「陰陽測り難きを神と謂う」と言う。ゆえに注文に、陰陽の気は初爻にありて深く測り難し、ゆえにこれを神と呼ぶと言う。卦気六日七分の法に按ずれば、『中孚』の後に『復』を接ぎ、『咸』の後に『姤』を接ぐ。ゆえに『中孚』『咸』より変じて『姤』『復』と為る。坤は「致」を象り「用」を象る。ゆえに坤の初爻はすなわち「致用」である。令を当てる時節に就きて言えば、『咸』より『姤』に至る。ゆえにただ「致用」の一面のみを講ず。

○「乾為」至「德高」○此虞、九家義也。咸至遘六日七分,故云陰道用事,謂遘時也。《乾鑿度》曰:「物有始有壯有究。」坤消至上,故陰升上究戌亥乾之都,故乾伏坤中。《繫上》曰「默而成」,九家云「謂陰陽相處」,故知安身默處也。《繫上》又云:「夫易,聖人所以崇德而廣業,知崇體卑,崇效天,卑法地。」陽伏坤中,坤為體,故體卑;滅出復震,故德高。此因遘初消乾而究言之也。

「乾為」から「德高」までの一段の注は虞翻と『九家易』の説を兼用す。『咸』より『姤』に至るはまさに卦気六日七分の数に当たる。ゆえにこれを陰道の令を当てると為し、指す所の『姤』の時節である。『易緯乾鑿度』に、万物に始生・壮盛・終究の三つの階段ありと言う。坤陰の陽を消すは直に上爻に消尽するまで。ゆえに陰気上昇して戌・亥の両位に終究す——彼の処はまさに乾の都邑の在る所なれば、乾は便ち坤中に潜伏す。『繫辭上傳』に「黙してこれを成す」と言い、『九家易』の解釈に陰陽各々その処に安んずとす。これによりてこれが安身して黙然と自処するの意なることを知る。『繫辭上傳』はまた言う:『易』は聖人の以て徳を高め業を拡げる所のものにして、智は崇高を要し、礼容は卑下を要し、崇高は天を法とし、卑下は地を法と取る、と。陽は坤中に潜伏し、坤は形体を象る。ゆえに体卑しと言う。陽気滅没したる後に『復』の震に出ず。ゆえに德高しと言う。これは『姤』の初爻より乾陽を消損し始めて一路推究し尽すに就きて言う。

○「此謂」至「知也」○「尺蠖之詘」以下皆申明中孚、咸之義,故「知此」者謂中孚、咸也。知者知此而已,而又非思慮所及。過此以往變為遘、復,乾坤致用,「天何言哉?四時行焉,百物生焉」,故「未能有知」也。○「以坤」至「之盛」○此虞義也。乾為神,故以坤變乾謂之窮神;坤為化,故以乾通坤謂之知化。變為遘、復,富有日新,盛德大業皆於此出。陽統陰功,故止言盛德也。

「此謂」から「知也」までの一段の注:「尺蠖の屈」以下はみな『中孚』『咸』両卦の義を申説するものなれば、『繫辭』の言う所の「此れを知る」は指す所の『中孚』『咸』である。いわゆる「知」はただこれを知るに過ぎず、しかもこれはなお思慮の到達し得る所に非ず。この一歩を過ぎて更に前に推せば、便ち『姤』『復』と変じ、乾坤各々その作用を発揮す——まさに孔子の言う所の「天何をか言わんや、四時は照らして行われ、万物は照らして生ず」がごとし。ゆえに「未だ知を有すること能わざるなり」と言う。「以坤」から「之盛」までの一段の注は虞翻の説を用う。乾は神を象る。ゆえに坤を用いて乾を変ずるを「神を窮める」と呼ぶ。坤は化を象る。ゆえに乾を用いて坤を通ずるを「化を知る」と呼ぶ。『姤』『復』に変じたる後、富有・日新の気象これに随い、盛徳大業みなここより生ず。陽は陰の功用を統摂す。ゆえにただ「盛徳」の一面のみを言う。

《易》曰:「困于石,據于蒺藜,入于其宮,不見其妻,凶。」子曰:「非所困而困焉,名必辱。」注:困本咸。咸三入宮,以陽之陰,則二制坤,故以次。咸為四所困,四失位惡人,故「非所困而困焉」。陽稱名,陰為辱,以陽之陰下,故「名必辱」。「非所據而據焉,身必危。」注:謂據二。二失位,故「非所據而據焉」。二變時,坤為身,二折坤體,故「身必危」。「既辱且危,死其將至,妻其可得見邪?」注:三隱坤中,坤為死,兌為妻,三上無應,故「死其將至,妻其可得見邪」。

『繫辭』は『困』卦の六三爻辞を引いて言う:「石に困まれ、蒺藜に拠り、家に入りてその妻を見ず、凶。」孔子の解釈に「困むべからざる所に困まれば、名必ず辱められん」と。『困』卦はもと『咸』卦より変じ来たる——恵棟の自注に曰く、『咸』の三爻は艮宮に入り、陽爻を以て陰位に居り、ここにおいて二爻は坤体を折制す。ゆえにこの次序に依りて『困』を成す。『咸』は四爻の困む所と為り、四爻は陽を以て陰に居りて位を失う——これすなわちいわゆる悪人である。ゆえに「困むべからざる所に困まる」と言う。陽は名と称し、陰は辱を為し、陽爻を以て下りて陰位に就く。ゆえに「名必ず辱められん」と言う。爻辞の「拠るべからざる所に拠れば、身必ず危うからん」に自注して曰く、二爻に拠るを指す。二爻は位を失う。ゆえに「拠るべからざる所に拠る」と言う。二爻変動する時坤象形を成し、坤は身を象り、二爻は坤体を折る。ゆえに「身必ず危うからん」と言う。爻辞の「既に辱められ且つ危うければ、死期将に至らんとし、妻どうして見るを得んや」に自注して曰く、三爻は坤中に隠没し、坤は死を象り、兌は妻を象り、三爻と上爻とは相応ぜず。ゆえに「死期将に至らんとし、妻見るを得ざるなり」と言う。

疏。「困本」至「必辱」○此虞義也。虞注困卦謂否二之上,今云「困本咸」者,此承咸來,據爻變所值之卦也。咸下體艮,艮為宮,咸三之二入艮宮。三陽爻而居二陰位,故云「以陽之陰」。三之二成坎制坤,制猶折也,古文通。《論語》:「子曰:片言可以折獄者。」鄭氏注云:「魯讀折為制。」是也。咸三之二為困,故「以次」。咸三之二為四所困,四以陽居陰為失位,虞氏以四為惡人,故云「四失位惡人」。咸三得位,非四所困,今之二失位,故「非所困而困焉」。陽成於三為成名,故陽稱名。陰賤故為辱。三之二,故以陽之陰下,「名必辱」也。

恵棟の自疏:「困本」から「必辱」までの一段の注は虞翻の説を用う。虞翻の『困』卦の注はもと『困』は『否』卦の二爻が上位に升りて成ると言うも、ここに却って「『困』はもと『咸』より来たる」と言うは、ここは上文の『咸』を承接して言うがゆえに、爻変の値る所の卦に依りて説を立つ。『咸』の下体は艮にして、艮は宮室を象る。『咸』の三爻が二位に降るはすなわち艮宮に入るである。三はもと陽爻なれど二の陰位に居る。ゆえに「陽を以て陰に之く」と言う。三が二に降れば坎象を成して坤体を折制す。「制」はすなわち「折」なり、古文は両字相通ず。『論語』に孔子の「片言以て獄を折るべし」と記す。鄭玄の注に魯論は「折」を「制」と読むと言う——まさにこの用法である。『咸』の三が二に降れば便ち『困』を成す。ゆえに「次に依る」と言う。『咸』の三が二に降りたる後四爻の困む所と為り、四爻は陽を以て陰に居りて位を失うに属し、虞翻は四爻を悪人と看做す。ゆえに「四は位を失う悪人」と言う。『咸』卦の三爻はもともと位を得、もと四爻に困まるべからざるも、今二の位に降りて却って位を失う。ゆえに「困むべからざる所に困まる」と言う。陽気は三爻に至りて成就す。ゆえに陽は「名」と称す。陰は卑賤なれば「辱」を為す。三が二に降るは陽爻を以て下りて陰位に就くなれば、「名必ず辱められん」。

○「謂據」至「必危」○此虞義也。陽據陰,陰承陽,易之大義也。三、二失位,三以陰據陽,故「非所據而據焉」。二變入宮為萃,萃下體坤,坤為身,二困時折坤體,故「身必危」也。○「三隱」至「見邪」○二變入宮,三隱坤中,坤喪於乙為既死霸,故為死。兌少女為艮妻,三、上俱陰,兩陰無應,故「死其將至,妻其可得見邪」。陸績謂三從困辱之家,變之大過為棺槨,死喪之象,故「死其將至,妻不可得而見」,義亦通也。

「謂拠」から「必危」までの一段の注は虞翻の説を用う。陽は陰に拠るべく、陰はただ陽を承奉するのみ——これ『易』の大原則である。三・二両爻ともに位を失い、三は陰爻の身分を以て陽に拠る。ゆえに「拠るべからざる所に拠る」と言う。二爻変動して宮室に入れば便ち『萃』卦を成し、『萃』の下体は坤にして、坤は身を象り、二爻は『困』の時に坤体を折る。ゆえに「身必ず危うからん」と言う。「三隠」から「見邪」までの一段の注:二爻変動して宮に入れば、三爻は便ち坤中に隠没す。納甲の法に按ずれば坤気は乙位に喪失し、まさに月体の既に死霸する時なれば、坤は死を象る。兌は少女にして艮と相配して妻と為り、三爻と上爻とともに陰にして、両陰は相応じ能わず。ゆえに「死期将に至らんとし、妻どうして見るを得んや」と言う。陸績は三爻が困辱の家に処り、変じて『大過』と成れば棺槨の象あり、これ死喪の兆候なりと認め、ゆえに「死期将に至らんとし、妻得て見るべからず」と言う——この講法もまた説き通る。

《易》曰:「公用射隼于高墉之上,獲之,無不利。」子曰:「隼者,禽也。」注:離為隼,故稱禽,言其行野容如禽獸焉。「弓矢者,器也。」注:離為矢,坎為弓,坤為器。「射之者,人也。」注:人,賢人也。謂乾三伏陽出而成乾,故曰「射之者人」。人則公,三應上,故上令三出而射隼也。「君子藏器於身,待時而動,何不利之有?」注:三伏陽為君子,二變時,坤為身為藏器,謂藏弓矢以待射隼。艮為待為時,三待五來之二,弓張矢發,動出成乾貫隼,入大過死,兩坎象壞,故「何不利之有」。傳曰「以解悖」,三陰小人乘君子器,故上觀三出射去隼也。

『繫辭』は『解』卦の上六爻辞を引いて言う:「王公高墉の上に隼を射てこれを獲たり、利あらざるなし。」孔子の解釈に「隼は禽なり」と。恵棟の自注に曰く、離は隼を象る。ゆえに禽と称す。その行止の放縱にして禽獣のごときを言う。孔子はまた「弓矢は器なり」と言う——自注に曰く、離は箭を象り、坎は弓を象り、坤は器物を象る。孔子に「これを射る者は人なり」と言う——自注に曰く、ここの人は賢人を指し、言う所は三爻の下に潜伏する陽爻の出でて乾体を成すなれば、「これを射る者人」と言う。この人すなわち王公にして、三爻は上爻と相応ず。ゆえに上爻は三爻に命じて出でて隼を射しむ。孔子に「君子は器を身に蔵し、時を待ちて後に動く。何ぞ利あらざらん」と言う——自注に曰く、三爻の下に伏する陽爻はすなわち君子なり、二爻変動する時坤象形を成し、坤は身を象り蔵器を象る——言う所は弓箭を蔵して隼を射んことを待つなり。艮は待つを象り時を象り、三爻は五爻の二位に降るを待ち、ここにおいて弓張り箭発し、三爻動出して乾体を成して隼身を貫き、隼は『大過』に落ちて死し、卦中の両坎象これに随いて破壊す。ゆえに「何ぞ利あらざらん」と言う。『解』卦の『象傳』に「以て悖乱を解く」と言う。三は陰爻にして小人の君子の車器に乗る者なれば、上爻は三爻の出でて隼を射落すを見る。

「動而不栝,是以出而有獲,語成器而動者也。」注:不讀曰拊,古柎、不同字,故誤作不。拊栝猶省栝也。震為語,乾五之坤二成坎弓、離矢,動以貫隼,故「語成器而動者」也。疏。「離為」至「獸焉」○此虞義也。《釋鳥》曰:「二足而羽謂之禽。」故曰「隼者禽也」。《繫上》曰「野容悔淫」,謂解三也。《管子》曰:「道路無行禽,三有鳥獸行。」故云「其行野容,如禽獸焉」。○「離為」至「為器」○此虞義也。射禮有射器,謂弓矢、決拾、旌、於、籌、楅、豐,故曰「弓矢者器也」。

『繫辭』に「動きて栝に違わず、ゆえに一たび出せば獲る所あり、器備えて後に動く者を言う」と言う。恵棟の自注に曰く、「不」は「拊」と読むべし——古に「柎」「不」はもと一字なれば、誤りて「不」と写したり。「拊栝」はすなわち「省栝」に等しく、すなわち箭栝を審視す。震は言語を象り、乾の五爻は坤の二爻に降り、坎を成して弓を為し離を成して矢を為し、一動して隼身を貫く。ゆえに「器備えて後に動く者を言う」と言う。恵棟の自疏:「離為」から「獣焉」までの一段の注は虞翻の説を用う。『爾雅·釋鳥』に、両足にして羽あるを禽と呼ぶと言う。ゆえに「隼は禽なり」と言う。『繫辭上傳』に「冶容は淫を誨う」の語あり——底本はここに「野容悔淫」と作る。指す所は『解』卦の三爻である。『管子』に、道路上は閑行する禽を許さず、もしあればこれ三処鳥獣のごとく乱走するなりと言う。ゆえにそれを「行止放縱にして禽獣のごとし」と言う。「離為」から「為器」までの一段の注もまた虞翻の説である。射礼の中に別に一套の射器あり——弓矢・決拾および旌・于・籌・楅・豊の類を指す。ゆえに「弓矢は器なり」と言う。

○「人賢」至「隼也」○此虞義也。乾為賢人,故曰「人,賢人也」。六三匪人,故曰禽;下有伏陽出而成乾,謂與二成乾,乾為人,故曰「射之者人」。三為三公而與上應,故云「人則公」。三應上,上令三射隼也。

「人賢」から「隼也」までの一段の注は虞翻の説を用う。乾は賢人を象る。ゆえに注に「人はすなわち賢人」と言う。『解』卦の六三は正人に非ず。ゆえにこれを禽と称す。六三の下に潜伏するは陽爻にして、出でれば便ち乾体を成す——指す所は二爻と合して乾を成すにして、乾は人を象る。ゆえに「これを射るは人」と言う。三は三公の位に居りて上爻と相応ず。ゆえに「この人すなわち王公」と言う。三は上と相応じ、上爻は便ち三爻に命じて隼を射せしむ。

○「三伏」至「隼也」○此虞義也。三伏陽,陽為君子。二變成坤,「坤以藏之」,在地成形,形乃謂之器,故云「二變時坤為身為藏器」。艮為待為時,爻以時而動,故「待時而動」。五失位當之二,故「三待五來之二」。二上之五,三發得正,與五成乾體大過,棺槨死象。卦本有兩坎,五來之二,三出成乾,故「兩坎象壞」。坎為悖,故「以解悖」。《乾鑿度》曰:「二陰之精射三陽當卦。」是埽知陰陽動出皆為射也。

「三伏」から「隼也」までの一段の注は虞翻の説を用う。三爻の下に伏するは陽爻にして、陽は君子を象る。二爻変動して坤を成し、『説卦傳』に「坤以てこれを蔵す」と言い、坤は地上に形を成し、形を成してこそ器と呼ぶ。ゆえに注に「二爻変動の時坤は身を象り蔵器を象る」と言う。艮は待つを象り時を象り、爻は時に順うて動くを要す。ゆえに「時を待ちて動く」と言う。五爻は位を失い、理当二位に降るべし。ゆえに「三爻は五爻の二位に来るを待つ」と言う。二爻は五位に上り、三爻発動して各々その正を得、五爻と合して乾体を成し、また『大過』を成す——まさに棺槨死喪の象である。『解』卦はもとより二つの坎象を含有す。五爻二位に降り、三爻出でて乾を成す。ゆえに「二つの坎象これに随いて破壊す」と言う。坎は悖乱を象る。ゆえに『象傳』に「以て悖を解く」と言う。『易緯乾鑿度』に、両陰の精は三阳の当たる所の卦を射ると言う。見るに凡そ陰陽の動出はみな「射」と呼ぶべし。

○「不讀」至「者也」○《詩·常棣》曰:「鄂不韡韡。」鄭氏讀不為拊,柎與拊相似,故誤為不。括本作栝,《說文》曰:「矢栝,築弦處。」《禮記·緇衣》引《太甲》曰:「若虞機張,往省栝於厥度則釋。」鄭氏注云:「弩已張,從機間視栝與所射參相得,乃後釋弦發矢。」故云「拊栝猶省栝也」。「震為語」以下,虞義也。

「不読」から「者也」までの一段の注:『詩経·小雅·常棣』に「鄂は不韡韡たり」の句あり、鄭玄はその中の「不」を「拊」と読む。「柎」と「拊」と字形相近し。ゆえに誤りて「不」と写したり。「括」はもと「栝」と作る。『説文解字』に、矢栝はすなわち箭の尾の弦を扣く処と言う。『礼記·緇衣』は『尚書·太甲』を引いて言う:虞人の弩機を張るがごとく、先ず往きて箭栝の法度に合するや否やを察看し、然る後に弦を放つ、と。鄭玄の注に、弩すでに張り、機牙の間より箭栝と射る所の目標と三者相合するを察看し、然る後に弦を放ち箭を発すと言う。ゆえに注に「拊栝はすなわち省栝に等し」と言う。「震為語」以下は虞翻の説を用う。

子曰:「小人不恥不仁,不畏不義。」注:謂否也,以坤滅乾為不仁不義,坤為恥為義,乾為仁為畏者也。「不見利不動,不威不徵。」注:否乾為威為利,巽為近利,謂否五之初成噬嗑市。離日見乾為見利,震為動,故「不見利不動」。五之初以乾威坤,故「不威不徵」,震為征也。「小征而大誡,此小人之福也。」注:艮為小,乾為大,五下威初,坤殺不行,震懼虩虩,故「小懲大誡」。坤為小人,乾為福,以陽下陰,民說無疆,故「小人之福」也。《易》曰「屨校滅止,無咎」,此之謂也。

孔子に曰く「小人は不仁を以て羞じず、不義を以て畏れず」と。恵棟の自注に曰く、ここに言う所は『否』卦にして、坤を以て乾を滅するはすなわち「不仁不義」なり、坤は羞恥を象り義を象り、乾は仁を象り畏を象る。「利を見ざれば肯んじて動かず、威を加えざれば肯んじて戒懼せず」——自注に曰く、『否』の上体の乾は威を象り利を象り、巽は近利を象る——言う所は『否』の五爻の初位に降りて『噬嗑』の「市」を成すなり。離は日を為し、日照らして乾を見るはすなわち「利を見る」なり、震は動を象る。ゆえに「利を見ざれば肯んじて動かず」と言う。五爻初位に降るは乾を以て坤を威懾するなり。ゆえに「威せざれば征せず」と言い、震は征懲を象る。「小さく懲戒して大いに告誡せらるるは、これ小人の福なり」——自注に曰く、艮は小を象り、乾は大を象り、五爻下りて初爻を威懾すれば、坤の殺伐の気便ち行われず、震は人をして恐懼戒慎せしむ。ゆえに「小さく征して大いに誡む」と言う。坤は小人を象り、乾は福を象り、陽爻を以て下りて陰爻に就けば、百姓歓悦して窮まりなし。ゆえに「これ小人の福」と言う。『易』に「足に刑具を戴きて足指を遮る、災なし」と言うは、まさにこの理を講ずるなり。

疏。「謂否」至「者也」○此以下皆虞義也。噬嗑,否五之初。否小人道長,故「小人謂否」也。否消卦,故「以坤滅乾為不仁不義」。坤辱為恥,畏與威通,乾為威,故為畏也。○「否乾」至「征也」○乾為君,君道威嚴,故為威。利,四德之一,乾以美利利天下,故為利。巽近利市三倍,「利者義之和」,後世不以義為利而以利為利。否坤小人之見利、巽之近利市三倍,皆以利為利者也。神農日中為市,取諸噬嗑,故「成噬嗑市」。離為日,「相見乎離」,乾五之初,外體離,故「離日見乾為見利」。《說卦》曰:「震,動也。」「動萬物者莫疾乎雷」,故震為動。《樂緯·動聲儀》曰:「風雨動魚龍,仁義動君子,財色動小人。」故「不見利不動」。俗本動作勸,非也。徵,古文懲,震恐懼虩虩,故為懲也。

恵棟の自疏:「謂否」から「者也」までの一段の注、ここより下はみな虞翻の説である。『噬嗑』は『否』卦の五爻が初位に降りて成る。『否』卦は小人の道生長す。ゆえに「小人とは『否』を指す」と言う。『否』は陰が陽を消す卦に属す。ゆえに「坤を以て乾を滅するは不仁不義」と言う。坤は卑辱を主る。ゆえに恥を為す。「畏」と「威」と相通じ、乾は威を象る。ゆえにまた畏を為す。「否乾」から「征也」までの一段の注:乾は君を象り、君道は威厳あり。ゆえに威を為す。「利」は元亨利貞の四徳の一にして、乾は美好の利を以て天下を利す。ゆえに利を為す。巽に「市に近く利三倍」の象あり、『文言』に「利とは義の和なり」と言う。後世の人は義を以て利と為さず、反って利其の物を以て利と為す。『否』卦の坤の代表する小人は財利を見て貪り、および巽の市に近く三倍の利、みな「利を以て利と為す」に属す。神農氏は日中に市を設けて交易し、『噬嗑』に取象す。ゆえに「『噬嗑』の市を成す」と言う。離は日を為し、『説卦傳』に「相見るは離にあり」と言い、乾の五爻が初位に降りたる後、外卦は離を成す。ゆえに「離日照らして乾を見るはすなわち利を見る」と言う。『説卦傳』に「震は動なり」と言い、また「万物を鼓動するは雷より疾きはなし」と言う。ゆえに震は動を象る。『楽緯·動声儀』に、風雨は魚竜を鼓動し、仁義は君子を鼓動し、財色は小人を鼓動すと言う。ゆえに「利を見ざれば肯んじて動かず」と言う。通行の俗本は「動」を「勧」と作るは誤りである。「征」は古文の「懲」の字にして、震に恐懼戒慎の象あり。ゆえに懲戒を象る。

○「艮為」至「福也」○艮為少男,故為小。陽稱大,故乾為大。五之初體震,故坤殺不行。坤為虎刑,春生秋殺,故坤為殺。震來虩虩,又「恐懼修省」,故「震懼虩虩」。否五之初,巽象半見,有益象,故「以陽下陰,民說無疆」。震恐懼致福,故「小人之福」也。

「艮為」から「福也」までの一段の注:艮は少男なれば小を象る。陽は大と称す。ゆえに乾は大を象る。五爻初位に降りて震体を成せば、坤の殺伐の気は行われず。坤に虎刑の象あり、春は生養し秋は粛殺す。ゆえに坤は殺を象る。『震』卦辞に「震来たる虩虩たり」と言い、『象傳』はまた「恐懼して修省す」と言う。ゆえに注に「震は懼れ虩虩たり」と言う。『否』の五爻初位に降れば、巽象はただ一半を顕し、『益』卦の象を含有す。ゆえに「陽を以て陰に下り、民説きて疆りなし」と言う。震は恐懼戒慎によりて福分を招くを得。ゆえに「これ小人の福なり」と言う。

「善不積不足以成名,惡不積不足以滅身。」注:乾為積善,陽稱名,坤為積惡,為身,以乾滅坤,故「滅身」者也。「小人以小善為無益而弗為也,以小惡為無傷而弗去也。」注:小善謂復初,小惡謂遘初。「故惡積而不可揜,辠大而不可解。」注:謂陰息遘至,子弒其父,故「惡積而不可揜」;息成否,以臣弒君,故「辠大而不可解」。《易》曰:「何校滅耳,凶。」

『繫辭』に曰く「善積みざれば以て名を成すに足らず、悪積みざれば以て身を滅するに足らず」と。恵棟の自注に曰く、乾は積善を象り、陽は名と称し、坤は積悪を象り身を象り、乾を以て坤を滅す。ゆえに「身を滅す」と言う。また曰く「小人は小善を以て益なしと為して肯んじて為さず、小悪を以て害なしと為して肯んじて除かず」——自注に曰く、小善は『復』卦の初爻を指し、小悪は『姤』卦の初爻を指す。「ゆえに悪積みて掩うべからず、罪大なりて解くべからず」——自注に曰く、陰気が『姤』より一路生長して上り、子の父を弑殺するの地步に至るを指す。ゆえに「悪積みて掩うべからず」と言う。一直に長成して『否』卦と為るは、便ち臣子の君主を弑殺するなり。ゆえに「罪大なりて解くべからず」と言う。『易』に曰く「枷鎖を肩負いて耳を遮る、凶」と。

疏。「乾為」至「者也」○此以下皆虞義也。噬嗑自否來,否陰消陽,弒父弒君。噬嗑明罰敕法之家,五來滅初,小懲大誡,所以絶惡於未萌而起教於微眇。上六迷復,辠大惡積,故發其義於上九爻也。乾為善,自一乾以至三乾成,故為積善。初不成名,陽立於三,故成名也。坤為惡,坤初消乾成及否,故為積惡。坤消至上,窮上反下,乾來滅坤,故「滅身」者也。

恵棟の自疏:「乾為」から「者也」までの一段の注、ここより下はみな虞翻の説である。『噬嗑』は『否』卦より変じ来たり、『否』は陰消陽の卦にして弑父弑君の象あり、『噬嗑』は則ち明罰敕法の卦にして、五爻下りて初爻を消滅し、小さく懲戒して大いに告誡せらる——その意は悪を未だ萌発せざる時に断絶し、教化を極めて細微の処に興起せんとするなり。『復』卦の上六は「迷復」にして罪大に悪積む。ゆえに『繫辭』はこの層の意を上九一爻の上に発揮す。乾は善を象り、一画の乾より一直に三画の乾体に積みて成る。ゆえに積善を象る。初爻はなお成名に論ずるに足らず、陽気三爻に立定してこそ成名と呼ぶ。坤は悪を象り、坤は初爻より乾陽を消損し、卦を成して『否』に至る。ゆえに積悪を象る。坤は上爻に消尽し、窮極して上に至れば反転して下り、乾来りて坤を消滅す。ゆえに「身を滅す」と言う。

○「小善」至「遘初」○陽始見尚小,故「小善謂復初」。遘初消陽,故「小惡謂遘初」。《易大傳》逸篇曰:「正其本,萬事理。君子慎始,差以毫釐,謬以千里。」小善弗為,小惡弗去,由辨之不早辨也。

「小善」から「遘初」までの一段の注:陽気剛に顕現する時はなお微小なり。ゆえに「小善は『復』卦の初爻を指す」と言う。『姤』卦の初爻は陽気を消損し始む。ゆえに「小悪は『姤』卦の初爻を指す」と言う。『易大傳』の逸文に、その本を正しくすれば万事みな条理あり、君子は開端に謹み、毫厘を差えば謬りを以て千里となると言う。小なる善事を肯んじて為さず、小なる悪事を肯んじて除かざるは、みな弁別の早きに足らざるに由る。

○「謂陰」至「可解」○陰生亦稱息。息遘至,艮子弒父,其初難知;息遘及,則著矣。誠中形外,故「惡積而不可揜」也。息成否,坤臣弒君,故「辠大而不可解」。乾為君為父,內體為父,外體為君。艮消乾三,坤消乾五,艮子道,坤臣道,故有此象也。

「謂陰」から「可解」までの一段の注:陰気の生長もまた「息」と呼ぶべし。陰息は『姤』より上り、艮に至りて体を成せば便ち子の父を弑するの象あり——その開端はなお察覚し難し。再び上りて息長せば、便ち明らかなり。中に誠あれば必ず外に形わる。ゆえに「悪積みて掩うべからず」と言う。陰息長成して『否』卦と為り、坤は臣を為せば、臣の君を弑するを成す。ゆえに「罪大なりて解くべからず」と言う。乾は君を象り父を象り、内卦の乾は父を為し、外卦の乾は君を為す。艮は乾の三爻を消損し、坤は乾の五爻を消損し、艮は子道に居り、坤は臣道に居る。ゆえに弑父弑君のごとき卦象あり。又按ずるに、底本の「息遘至」「息遘及」の両処の下には脱字あるごとく、各々一つの卦名を接ぐべく、「至遯」「及否」の類のごとし。

子曰:「危者,安其位者也;亡者,保其存者也;亂者,有其治者也。」注:否上為危,坤為安為亡為亂,乾為治,陽為存。否泰反其類,故「危者安其位,亡者保其存,亂者有其治」者也。「是故君子安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘亂。」注:君子大人謂否五也。安者危之漸,存者亡之機,治者亂之萌,唯君子知之,故不忘也。「是以身安而國家可保也。」注:坤為身,謂否反為泰,君定位於內而臣忠於外,故「身安而國家可保」也。《易》曰:「其亡其亡,繫于苞桑。」

孔子に曰く「いわゆる危とは、もと安んじてその位に坐る者の招く所なり、いわゆる亡とは、もとその存を保つ者の招く所なり、いわゆる乱とは、もとその治を有する者の招く所なり」と。恵棟の自注に曰く、『否』卦の上爻は危を象り、坤は安を象り亡を象り乱を象り、乾は治を象り、陽は存を象る。『否』『泰』両卦は互いに反対を為す。ゆえに「危とはその位を安んずる者、亡とはその存を保つ者、乱とはその治を有する者」と言う。「ゆえに君子は安き時に危うきを忘れず、存する時に亡を忘れず、太平の時に禍乱を忘れず」——自注に曰く、ここの君子大人は『否』卦の九五を指す。安穏は危険の開端にして、生存は滅亡の機兆にして、太平は禍乱の萌芽なり。ただ君子のみ之を見るを得。ゆえに時時忘れず。「このがごときにしてこそ身安くして国家保つべし」——自注に曰く、坤は身を象り、言う所は『否』の翻転して『泰』を成し、君主内にあってその位を定め、臣子外にあってその忠を尽くすなれば、「身安くして国家保つべし」なり。『易』に曰く「時に警惕して将に亡びなんとす、将に亡びなんとす、こそ丛生の桑根に繫ぐるがごとき牢固ならん」と。

疏。「否上」至「者也」○「否上為危」,虞義也。上九以陽居陰體乾,亢龍盈不可久,故危。《文言》曰:「知進退存亡而不失其正者,其唯聖人乎。」荀氏注云:「存謂五為陽位。」故知陽為存。泰反為否,否反為泰,故「反其類」。○「君子」至「忘也」○「君子大人謂否五」,虞義也。九五休否,大人吉,故云「君子大人謂否五」。陸績謂五在否家,雖得中正,常自懼以危亡之事,是不忘之義也。

恵棟の自疏:「否上」から「者也」までの一段の注中「『否』の上爻は危を象る」は虞翻の説である。『否』の上九は陽爻を以て陰位に居りて乾体に属し、亢竜の盈満して久しからざるに比す。ゆえに危を為す。『乾·文言』に「進退存亡を知りてその正を失わざるは、それ聖人か」と言い、荀爽の注に「存とは五を指す、五は陽位を以ての故」と言う。これによりて陽の存を象るを知る。『泰』を翻せばすなわち『否』、『否』を翻せばすなわち『泰』。ゆえに「その類に反す」と言う。「君子」から「忘也」までの一段の注中「君子大人は『否』の五を指す」もまた虞翻の説である。『否』の九五爻辞に「否を休む、大人吉」と言う。ゆえに「君子大人は『否』の五を指す」と言う。陸績は五は身『否』卦の中に処り、また中を得正を得たるも、つねに危亡の事を以て自ら警懼すと認める——これまさに「忘れず」の意である。

○「坤為」至「保也」○此虞義也。否終則傾,故否反成泰。君定位於內,則國可保;臣忠於外,則家可保也。下繫十一爻首咸,咸至遘六日七分,陰始消陽,陸績謂自此以上皆否陰滅陽之卦,舉之以示慎始之義也。

「坤為」から「保也」までの一段の注は虞翻の説を用う。『否』は最後に至りて必ず傾覆す。ゆえに『否』翻転して『泰』を成す。君主内にあってその位を安ん定めれば国は保つべく、臣子外にあってその忠誠を尽くせば家は保つべし。『繫辭下傳』の引く所の十一条の爻辞は『咸』を首と為し、『咸』より『姤』に至るはまさに卦気六日七分の数に当たり、これ陰気の陽気を消損し始める時なり。陸績はここより上に挙ぐる所はみな『否』の一類の陰滅陽の卦にして、特に挙出するは、開端に謹むの道理を昭示せんと欲するなりと認める。

子曰:「德薄而位尊。」注:鼎四也。離九四兇惡小人,故德薄。四在乾位,故位尊。「知少而謀大。」注:兌為少知,乾為大謀,四在乾體,故謀大。「力少而任重。」注:五至初體大過,本末弱,故力少。乾為仁,故任重,「以為己任,不亦重乎」。「尟不及矣。」注:尟,少也;及,及於刑。《易》曰:「鼎折足,覆公餗,其刑屋,凶,言不勝其任也。」

孔子に曰く「徳浅薄にして地位尊貴なり」と。恵棟の自注に曰く、言う所は『鼎』卦の九四にして、『離』の九四に凶悪小人の象あり。ゆえに徳薄し。四はまた乾位の上に居る。ゆえに位尊し。「智慧短浅にして図謀遠大なり」——自注に曰く、兌は少智を象り、乾は大謀を象り、四は乾体の中に処る。ゆえに図謀遠大なり。「力量微弱にして担子沈重なり」——自注に曰く、五爻より初爻に数えて『大過』体を成し、本末両端ともに柔弱なり。ゆえに力量微弱なり。乾は仁を象る。ゆえに担子沈重なり——まさに曾子の言う所の「仁を以て己の担子と為す、亦た重きかな」と。「鮮なからざるは禍に遭わざるなり」——自注に曰く、「尟」はすなわち少なり、「及」は指す所は刑罰に遭うなり。『易』に曰く「鼎足折れ、王公の美食を傾覆し、屋誅の刑を受く、凶——その責任を担い堪えざるを言う」と。

疏。「鼎四」至「位尊」○此以下皆虞義也。鼎四爻辭,故云「鼎四」也。四體離,離四「●如其來如」,「不孝子●出,不容於內」,故為兇惡小人。二至四體乾,乾為德。《繫上》曰:「天尊地卑,乾坤定矣。」虞彼注云:「天貴故尊。」四在乾位,乾體不正,故「德薄而位尊」也。○「兌為」至「謀大」○兌為少女,故為少。坤為知,大地親下,故兌為少知。乾為大,坎為謀,本天親上,故乾為大謀。

恵棟の自疏:「鼎四」から「位尊」までの一段の注、ここより下はみな虞翻の説である。引く所は『鼎』卦の九四爻辞なれば、「『鼎』四」と言う。四爻は離体に属し、『離』の九四爻辞に「●其れ来たるがごとし」と言う——これ不孝の子の逐出されて家内に容れられざるの様子なれば、凶悪小人を象る。その中の「●」は底本の缺字にして、臆して補うを敢えてせず。二爻より四爻に至りて乾体を成し、乾は徳を象る。『繫辭上傳』に「天尊く地卑くして、乾坤定まる」と言う。虞翻はかそこに注して、天は貴ぶべし、ゆえに尊と称すと言う。四は乾位の上に処りて乾体正しからず。ゆえに「徳薄くして位尊し」と言う。「兌為」から「謀大」までの一段の注:兌は少女なれば少を象る。坤は知を象り、地道は下に親附す。ゆえに兌は合して「少知」を成す。乾は大を象り、坎は謀を象り、天道は上に親附す。ゆえに乾は合して「大謀」を成す。

○「五至」至「重乎」○《論語》曰:「仁以為己任,不亦重乎。」《禮·表記》曰:「子曰:仁之為器重,舉者莫能勝也。」又曰:「中心安仁者,天下一人而已矣。」《大雅》曰:「德輶如毛,民鮮克舉之,我儀圖之,惟仲山甫舉之,愛莫助之。」毛萇《詩傳》云:「愛,隱也。」言隱微之間人莫能助,故《大學》謂之誠,荀子謂之獨。乾元為仁隱在初,德輕而莫舉,故曰重也。○「尟少」至「於刑」○尟亦作尠,《釋詁》曰:「尠,寡也。」郭注云:「謂少。」故云「少也」。俗作鮮。刑,謂屋中之刑,《周禮》之屋誅也,義詳鼎卦。

「五至」から「重乎」までの一段の注:『論語』に「仁を以て己の担子と為す、亦た重きかな」と言う。『礼記·表記』に、孔子の講ずる所、仁は一件の器物と為して甚だ重く、これを挙ぐる者は能く胜任するなし、と言い、また、内心仁に安んずる者は普天の下ただ一人に過ぎずと言う。『詩経·大雅·烝民』に、徳は軽きこと羽毛のごとく、百姓は鮮し能く挙げ得る、我揣度量す、ただ仲山甫のみ挙げ得、惜しむらくは幽隠の処は他人の助くる能わざる、と言う。毛萇の『詩傳』に「愛はすなわち隠なり」と言う。これは幽隠細微の処にあっては旁人の相助くるに由なしを言う。ゆえに『大学』はこれを「誠」と呼び、荀子はこれを「独」と呼ぶ。乾元は仁を代表し、初爻に隠蔵し、徳行は看似轻微なれど、これを挙げ得る人なし。ゆえにそれを「重し」と言う。「尟少」から「于刑」までの一段の注:「尟」もまた「尠」と作る。『爾雅·釋詁』に、尠はすなわち寡なりと言う。郭璞の注に、すなわち少の意なりと言う。ゆえに注に「少なり」と言う。俗は「鮮」と作る。「刑」は屋中の刑を指し、すなわち『周礼』の言う所の屋誅なり。詳細の解釈は『鼎』卦に見る。

子曰:「知幾其神乎。」注:幾謂陽也,陽在復初稱幾,此謂豫四也。惡鼎四折足,故以此次言,豫四知幾而反覆初也。「君子上交不諂,下交不瀆,其知幾乎。」注:震為交為笑言,笑言,諂也;坎為瀆。三盱豫,上交諂也;上冥豫,下交瀆也。二欲四復初得正元吉,故「其知幾乎」。「幾者動之微,吉之先見者也。」注:陽見初成震,故「動之微」;復初元吉,「吉之先見者也」。

孔子に曰く「幾微を知るは、ほぼ神に近からんか」と。恵棟の自注に曰く、「幾」は陽爻を指し、陽は『復』卦の初位にあればすなわち「幾」と称す——ここに言う所は『豫』卦の九四なり。『鼎』四の折足の失を悪むがゆえに、引き続きこの一条を挙ぐ。『豫』四は能く幾微を識りて初位に返回す。「君子は上に交わりて諂媚せず、下に交わりて軽慢せず、ほぼ幾微を知らんか」——自注に曰く、震は交を象り笑語を象り、笑語はすなわち諂媚なり、坎は軽慢を象る。『豫』の六三は「盱豫」にして上に交わりて諂媚し、上六は「冥豫」にして下に交わりて軽慢す。二爻は四爻の初位に回らんことを望み、各々その正を得て大いに吉なり。ゆえに「ほぼ幾微を知らんか」と言う。「幾とは動の最初の征兆にして、吉の先行顕現なり」——自注に曰く、陽は初に顕現して震体を成す。ゆえに「動の微」と言う。『復』の初九は元吉にして、まさに「吉の先見する者」なり。

「君子見幾而作,不竢終日。《易》曰:介于石,不終日,貞吉。介如石焉,寧用終日,斷可識矣。」注:小畜離為見,震為作,艮待為竢,故「見幾而作,不竢終日」。坤為用,終變成離,離為日。「憂悔吝者存乎介」,能識小疵,故「介如石焉,寧用終日,斷可識矣」。「君子知微知章,知柔知剛,萬夫之望。」注:微謂初,隱以之顯,故「知微知章」。柔謂豫初,剛謂豫四,四當之初,故「知柔知剛」。坤為萬,震為夫,四之初以一持萬,乾元用九而天下治,故「萬夫之望」。

『繫辭』に曰く「君子は幾微を見れば起ちて動き、一日の過ぎるを待たず。『易』に曰く、耿介なること石のごとく、一日に至らずして正を守りて吉なり。既に石のごとく耿介なれば、何ぞ一整天を待たん、判断は当下にして明了なるべし」と。恵棟の自注に曰く、『豫』は『小畜』と旁通し、『小畜』は離体を含み、離は見を象り、震は起ちて動くを象り、艮は待つを象り——すなわち「竢」の字なり。ゆえに「幾を見て作し、終日を竢たず」と言う。坤は用を象り、『豫』は最終に変じて離を成し、離は日を象る。『繫辭』に「憂慮悔吝の関鍵は幾微之介に存す」と言い、能く細小の瑕疵を弁識す。ゆえに「耿介なること石のごとく、何ぞ一整天を待たん、判断は当下にして明了なるべし」と言う。「君子は幽微を知り且つ彰顕を知り、柔を知り且つ剛を知るは、万人の仰望する所なり」——自注に曰く、微は初爻を指し、隠より顕に走向す。ゆえに「微を知り章を知る」と言う。柔は『豫』の初爻を指し、剛は『豫』の四爻を指し、四爻は理当初位に回るべし。ゆえに「柔を知り剛を知る」と言う。坤は万を象り、震は夫を象り、四爻の初位に回るは一を以て万物を統摂するなり、乾元は九を用いて天下大いに治まる。ゆえに「万夫の望」と言う。

疏。「幾謂」至「初也」○此虞義也。豫二爻辭,二欲四復初,故云「此謂豫四」。四與初應,鼎四不知幾,故折足;豫四知幾而反初,故以此次言也。○「震為」至「幾乎」○二欲四復初,是不諂也;己得休之,是不瀆也。《論語》曰:「巧言令色足恭。」《孟子》曰:「脅肩諂笑。」故云「笑言諂也」。坎為溝瀆,故為瀆。三諂上瀆,唯知幾之君子不諂不瀆。復初元吉,四之初得正元吉,故「其知幾乎」。

恵棟の自疏:「幾謂」から「初也」までの一段の注は虞翻の説を用う。引く所は『豫』卦の六二爻辞にして、二爻は四爻の初位に回らんことを望む。ゆえに「ここは『豫』の四を指す」と言う。四爻は初爻と相応ず。『鼎』四は幾微を懂らず、ゆえに鼎足折れ、『豫』四は幾微を懂りて初位に返回す。ゆえに引き続きこの一条を挙げて講ず。「震為」から「幾乎」までの一段の注:二爻は四爻の初位に回らんことを望む——これすなわち諂媚せずなり、自ら安然として休止す——これすなわち軽慢せざるなり。『論語』に「巧言令色足恭」と言い、『孟子』に「肩を聳めて諂媚に笑う」と言う。ゆえに注に「笑語はすなわち諂媚」と言う。坎は溝瀆を象る。ゆえに「瀆」を為す。三爻は諂媚し上爻は軽慢す。ただ幾微を懂る君子のみ諂めず且つ慢らず。『復』の初九は元吉にして、四爻初位に回りて各々その正を得、大いに吉なり。ゆえに「ほぼ幾微を知らんか」と言う。

○「陽見」至「者也」○此虞義也。陽見初成震,震為動,故「動之微」。初即一也,一即元也,《呂氏春秋》曰:「元者吉之始也。」古文一與通,天地,從壺吉,天地,天先而地後。陽稱幾,故幾有吉而無凶。復初九云:「不遠復,無祗悔,元吉。」故「吉之先見者也」。

「陽見」から「者也」までの一段の注は虞翻の説を用う。陽は初爻に顕現して震体を成し、震は動を象る。ゆえに「動の微」と言う。初はすなわち「一」、一はすなわち「元」なり。『呂氏春秋』に「元は吉の開端なり」と言う。古文は「一」と「壹」と相通じ、「壹」字は壺に従い吉に従い、天先にして地後の義を取る。この数句は底本の内に若干の字を脱落し、文義すでに不完整なれば、姑らく『説文』の「壹」字の訓に依りて之を読む。陽は「幾」と称す。ゆえに幾はただ吉ありて凶なし。『復』の初九爻辞に「遠からずして即ち復り、大なる悔なし、元吉」と言う。ゆえにそれを「吉の先見する者」と言う。

○「小畜」至「識矣」○豫旁通小畜,小畜體離,離為見。震為作足,故為作。《釋言》曰:「竢,待也。」艮為待,故「艮待為竢」,俗作俟也。豫體震,小畜體巽,震巽特變,故終變成離,謂變小畜也。

「小畜」から「識矣」までの一段の注:『豫』は『小畜』と旁通し、『小畜』は離体を含み、離は見を象る。震は足を挙げて行くを象る。ゆえに「作」を為す。『爾雅·釋言』に、竢はすなわち待なりと言う。艮は待つを象る。ゆえに注に「艮待は竢を為す」と言い、俗は「俟」と作る。『豫』は震体を含み、『小畜』は巽体を含み、震と巽とは互いに転変す。ゆえに最終に変じて離を成す——言う所は『小畜』に変ずるなり。

○「微謂」至「之望」○初尚微,故「微謂初」。《漢書》贊曰:「司馬遷稱易本隱以之顯。」易氣從下生,自微及著,隱以之顯,誠不可揜,故「知微知章」。豫初陰不正,四陽不正,四之初剛柔相易,各得其正,故「知柔知剛」。「以一持萬」,荀子文。復初乾元也,元,一也,一以貫之,故「以一持萬」。乾元用九成既濟定,故天下治,乃「萬夫之望」也。

「微謂」から「之望」までの一段の注:初爻はなお微弱なり。ゆえに「微は初爻を指す」と言う。『漢書』の賛語に、司馬遷は『易』は幽隠に本づきて顕明に走向すると称すと言う。易気は下より生起し、細微より顕著に至り、隠より顕に至る——その誠実は掩蔽すべからず。ゆえに「微を知り章を知る」と言う。『豫』の初爻は陰にして位に当たらず、四爻は陽にして位に当たらず、四爻初位に回れば剛柔互換して各々その正を得。ゆえに「柔を知り剛を知る」と言う。「一を以て万を持つの」一語は『荀子』に出ず。『復』卦の初爻はすなわち乾元にして、元はすなわち一にして、一以て之を貫く。ゆえに「一を以て万を持つ」と言う。乾元は九を用いて『既済』の定局を成す。ゆえに天下大いに治まり、これにしてこそ「万夫の望」と称するに足る。

子曰:「顏氏之子,其殆庶幾乎。」注:幾者,神妙也,顏子知微,故殆庶幾。孔子曰:「回也其庶幾也。」「有不善未嘗不知,知之未嘗復行也。」注:復以自知,謂顏回不遷怒,不貳過,克己復禮,天下歸仁。《易》曰:「不遠復,無祗悔,元吉。」

孔子に曰く「顔氏のこの子は、ほぼ差不多きか」と。恵棟の自注に曰く、「幾」はすなわち神妙にして、顔回は能く幽微を知る。ゆえに彼は差不多きと言う。孔子はまた「顔回はほぼ差不多き」と言う。『繫辭』に「不善なる所は自ら知らざるなく、知りては曾て再び犯さず」と言う——自注に曰く、これまさに『復』卦の講ずる所の「以て自ら知る」にして、指す所は顔回の怒りを他人に遷さず、同じ過失を重ねて犯さず、己を克して礼に復り、天下みなその仁を称許するなり。『易』に曰く「遠からずして即ち復り、大なる悔なし、元吉」と。

疏。「幾者」至「幾也」○此以下皆虞義也。上曰「知幾其神乎」,《說卦》曰:「神也者,妙萬物而為言者也。」故云「幾者神妙也」。幾者動之微,顏子知幾,故「殆庶幾乎」,言庶乎知幾微之道也。「孔子曰回也其庶幾也」者,《論語》文,今《論語》無「幾」字,「也」作「乎」,蓋虞所見本異也。

恵棟の自疏:「幾者」から「幾也」までの一段の注、ここより下はみな虞翻の説である。上文に「幾を知るはそれ神か」と言い、『説卦傳』に、いわゆる神とはその能く万物を神妙に成就するに就きて言う、と言う。ゆえに注に「幾はすなわち神妙」と言う。幾は動の最初の征兆にして、顔回は能く幾微を識る。ゆえに「それほぼ庶幾」と言い、意は彼は差不多き幾微の道を懂るなり。注中「孔子に曰く、回はそれ庶幾かな」の一句は『論語』に出づ。今本の『論語』に「幾」の字なく、末の一つの「也」字は「乎」と作る——おそらく虞翻の見る所の本子は今本と同じからざらん。

○「復以」至「歸仁」○卦本純坤,坤積不善,復亨剛反,窮上反下,知不善而反於善,故「復以自知」。復初乾也,乾知大始,故云「知」也。「顏淵不遷怒,不貳過」者,《論語》文,遷怒、貳過皆不善之事。《中庸》曰:「子曰:回之為人也,擇乎中庸,得一善則拳拳服膺而不失之矣。」復之初中也,即一善也,得而守之即是不遷怒、不貳過之事。

「復以」から「帰仁」までの一段の注:『復』卦はもと純坤より来たり、坤は不善を積聚す。『復』卦の亨通するは剛爻の返回するを以て、窮極して上に至れば反転して下に至り、不善を知りて善に返回す。ゆえに「復は以て自ら知る」と言う。『復』の初爻はすなわち乾にして、乾は万物の大始を知るを主る。ゆえに「知」と言う。注中「顔淵は怒りを遷さず、過ちを貳びず」の一句は『論語』に出づ。怒りを遷し過失を重ねて犯すはみな不善の事に属す。『中庸』に、孔子の講ずる所、顔回の人と為りは能く中庸の道を選取し、一様の善を得れば牢牢として心の上に捧げて再び失わず、と言う。『復』卦の初爻はまさに「中」にして、すなわちあの「一善」なり。これを得てこれを守るは、まさに怒りを遷さず過ちを貳びざるの功夫なり。

「克己復禮,天下歸仁」者,亦《論語》文。《說文》曰:「克之象肩也,其義任也。」曾子曰:「仁以為己任。」《詩·敬之》曰:「佛時仔肩。」毛傳云:「仔肩,克也。」鄭箋云:「任也。」克己復禮,以身任中道,禮中也。《孟子》曰:「湯武反之也。」又曰:「湯武身之也。」反之者,復以自知、得善弗失之謂也。《春秋》昭十二年傳云:「仲尼曰:古也有志,克己復禮,仁也。」則古有是言。天下歸仁,為仁之效也,引之以證顏子知幾之事也。

注中「己を克して礼に復れば天下仁に帰す」の一句もまた『論語』に出づ。『説文解字』に「克」字の字形は人の肩に象り、その意義は担任なりと言う。曾子に「仁を以て己の担子と為す」と言う。『詩経·周頌·敬之』に「佛時仔肩」と言う。毛伝に、仔肩はすなわち克なりと言い、鄭玄の箋に、すなわち担任なりと言う。己を克して礼に復るは、すなわち自身を以て中道を担起するにして、礼はすなわち中なり。『孟子』に「湯武は本性に反るなり」と言い、また「湯武は身を以て之を行うなり」と言う。いわゆる「之に反る」はまさに「復は以て自ら知る」、善を得て再び失わざるの意なり。『春秋左傳』の昭公十二年に記載して、孔子に曰く、古にこの記載あり、己を克して礼に帰るはすなわち仁なり、と。見るにこの句は古よりすでに之あり。「天下仁に帰す」は仁を行う収める所の効験なり。恵棟のこの数条を引くは、顔回の能く幾微を識るのこの事を印証せんと要するなり。

「天地,萬物化醇。」注:謂泰上也。先說否,否反成泰,故不說泰。天地之元,吉凶未形,故曰。泰初之上成損,天地交,萬物通,故化醇。「男女覯精,萬物化生。」注:艮為男,兌為女,故「男女覯精」。乾為精,損反成益,萬物出震,故「萬物化生」。《易》曰:「三人行則損一人,一人行則得其友。」言致一也。注:陰陽合德,故「致一」。

『繫辭』に曰く「天地絪缊、万物化醇」と。恵棟の拠る所の本は「絪缊」の二字を「壹𡄶」と作る——底本はここにこれを脱落せり。ゆえにただ「天地」の两字のみ残り、下文の注中「故曰」の後も同様にこの両字を脱去す。恵棟の自注に曰く、言う所は『泰』卦の上爻にして、上文先ず『否』を講じ、『否』翻転すれば『泰』を成す。ゆえにここに再び『泰』を講ぜず。「壹𡄶」は天地の元気にして、その中に吉凶いまだ形を成さず。ゆえに経文このがごとく言う。『泰』卦の初爻上位に上りて『損』を成し、天地交通して万物暢達す。ゆえに「化醇」と言う。「男女精を交えて万物化生す」——自注に曰く、艮は男を象り、兌は女を象る。ゆえに「男女精を覯ぐ」と言う。乾は精を象り、『損』翻転して『益』を成し、万物は震より出ず。ゆえに「万物化生す」と言う。『易』に曰く「三人同行すればすなわち一人を減じ、一人独行すればすなわちその伴侶を得ん」——言う所は一に帰致するなり。自注に曰く、陰陽徳を合す。ゆえに「一を致す」と言う。

疏。「謂泰」至「化醇」○泰初之上,故「謂泰上」。上說否五,故先說否。否反成泰,否泰反其類,故不說泰而說損也,此虞義也。《廣雅》曰:元氣也。故云「天地之元」。《說文》云:「壹從壺吉聲。」又云:「●也,從凶從壺。」若然天地吉凶藏於內,故未形。

恵棟の自疏:「謂泰」から「化醇」までの一段の注:『泰』卦の初爻上位に升る。ゆえに「『泰』の上を指す」と言う。上文すでに『否』の五を講じたれば、先ず『否』を講ず。『否』翻転して『泰』を成し、『否』『泰』は互いに反対を為す。ゆえに再び『泰』を講ぜずして改めて『損』を講ず——これ虞翻の説である。『広雅』の解釈に、それは元気なりと言う。引く所の釈せらるる字は底本すでに脱し、当に「壹𡄶」なるべし。ゆえに注に「天地の元」と言う。『説文解字』に「壹」字は壺に従い吉声なりと言い、また某字は凶に従い壺に従うと言う——この字は底本墨釘と作りて辨認するに由なし。このがごとくんば、天地の吉と凶とはみなその中に蔵す。ゆえに「未だ形あらず」と言う。

魏伯陽以天地為復之一爻交坤,故《參同契》曰:「易有三百八十四爻,據爻摘符。」符謂六十四卦。「晦至朔旦,震來受符。當斯之際,天地覯其精,日月相撢持,雄陽播玄施,雌陰化黃包,混沌相交接,權輿樹根基,經營養鄞鄂,凝神以成軀,眾夫蹈以出,蝡動莫不由。」是言天地合德,萬物化醇化生之義。「泰初之上」以下,亦虞義也。泰者,通也,泰初之上,乾交於坤,故云「天地交,萬物通」。

魏伯陽は「天地絪缊」を『復』卦のあの一陽爻の坤と相交わると講ず。ゆえに『周易参同契』に曰く、『易』に三百八十四爻あり、爻位に依拠して符験を摘取す、と。ここの「符」は六十四卦を指す。『参同契』は引き続き言う:晦日より朔日の清晨に至り、震来りて符験を承受し、まさにこの時刻に当たり天地はその精気を交合し、日と月と互相いに牽持し、雄陽は玄色の施与を播散し、雌陰は黄色の包孕を化育し、混沌の気彼此交接し、万物初萌して根基を扎下し、慢慢として経営して胚膜を長出し、精神を凝聚して形体を成し、衆生みなこの路に循いて出生し、蠕動の物これに由らざるなし、と。これは天地徳を合し、万物化醇化生するの道理を講ずるなり。注文の「泰初の上」以下もまた虞翻の説である。泰はすなわち通なり、『泰』卦の初爻上位に升れば、乾は便ち坤と交合す。ゆえに「天地交わりて万物通ず」と言う。

○「艮為」至「化生」○此虞義也。乾純粹精,故為精。《管子》曰:「一氣能變曰精。」蓋一則精,貳則惑。天地,男女覯精,皆有致一之義。損反益也,故云「損反成益」。益下體震,故「萬物出震」也。○「陰陽」至「致一」○陰陽合德謂天地雜、保太和、日月戰之時,陰陽合德一也,一乃化端,故云「言致一」也。

「艮為」から「化生」までの一段の注は虞翻の説を用う。乾は純粋精粹の気なれば精を象る。『管子』に、一気能く変化するを精と呼ぶと言う。大抵専一すれば精純にして、両つに分かれば迷惑す。天地絪缊・男女精を交うるはみな一に帰致するの意を含有す——ここの処もまた「天地」の下に「壹𡄶」の二字を同じく脱去す。『損』を翻せばすなわち『益』。ゆえに「『損』翻転して『益』を成す」と言う。『益』の下体は震なり。ゆえに「万物は震より出ず」と言う。「陰陽」から「致一」までの一段の注:陰陽徳を合するは指す所の天地の気相雑じ、太和を保合し、日月交争するあの時なり。陰陽徳を合するはすなわち「一」にして、「一」はまさに化生の端倪なり。ゆえに「一を致すを言う」と言う。

子曰:「君子安其身而後動。」注:謂反損成益,君子益初也。坤為安身,震為後動。「易其心而後語。」注:乾為易,益初體復心,震為後語。「定其交而後求。」注:震專為定為交,謂剛柔始交。艮為求。「君子修此三者,故全也。」注:否上之初,損上益下,其道大光,自上下下,民說無疆,故「全」也。

孔子に曰く「君子は先ず自身を安穏にして後に動く」と。恵棟の自注に曰く、言う所は『損』の翻転して『益』を成すにして、ここの君子は『益』卦の初爻を指す。坤は安身を象り、震は而る後に動くを象る。「先ず内心を平易にして後に言う」——自注に曰く、乾は平易を象り、『益』の初爻は『復』卦の心を含み、震は而る後に言うを象る。「先ず交情を定めて後に求むる所あり」——自注に曰く、震に専一の象あり。ゆえに定を象り交を象る——言う所は剛柔始めて交接するなり。艮は求を象る。「君子はこの三様を修好せば、ゆえに周全なり」——自注に曰く、『否』の上爻は初位に降り、上を減損して下を增益し、その道大いに光明を放ち、上位より下位に屈就すれば百姓歓悦して窮まりなし。ゆえに「全し」と言う。

「危以動則民不與也。」注:謂否上九高而無位,故危;坤民否閉,故不與。「懼以語則民不應也。」注:否上窮災故懼,上不之初,故民不應;坤為民,震為應也。「無交而求則民不與也。」注:上不交初,故無交;震為交。「莫之與,則傷之者至矣。」注:上不之初,否消滅乾則體剝傷,故「傷之者至矣」。《易》曰:「莫益之,或擊之,立心勿恆,凶。」

『繫辭』に曰く「危きに処りて貿然として動けば、百姓は親附せず」と。恵棟の自注に曰く、『否』卦の上九の高居して実位なきを指す。ゆえに危し。坤は百姓を代表し、『否』の時は閉塞して通ぜず。ゆえに親附せず。「心に恐懼を懐きて言えば、百姓は応じず」——自注に曰く、『否』の上爻は窮極して災あり。ゆえに恐懼す。上爻初位に下らず。ゆえに百姓応じず。坤は民を象り、震は応を象る。「交情なくして人を求めば、百姓は与えず」——自注に曰く、上爻は初爻と交接せず。ゆえに交情なしと言う。震は交を象る。「与うる者なければ、すなわちこれを傷つける者至らん」——自注に曰く、上爻初位に下らず、『否』再び下りて乾陽を消滅すれば『剥』体を成して傷つけられん。ゆえに「これを傷つける者至らん」と言う。『易』に曰く「これを益す者なく、これを撃つ者あり、心を立てて恒ならず、凶」と。

疏。「謂反」至「後動」○此以下皆虞義也。承上損六三來,故云「損反成益」。益自否來,坤民否閉,上來益初得位,故稱「君子益初」。「修此三者故全也」、「危以動」以下皆指否也。○「乾為」至「後語」○乾謂否。乾益初互復,「復其見天地之心」,故「體復心」也。○「震專」至「為求」○《說卦》曰:「震為專。」「乾其靜也專」,故為定。上之初,故云「剛柔始交」也。

恵棟の自疏:「謂反」から「後動」までの一段の注、ここより下はみな虞翻の説である。上文の『損』の六三を承接して来るを以て、「『損』翻転して『益』を成す」と言う。『益』は『否』卦より変じ来たり、坤の代表する百姓は『否』の時に閉塞し、上爻下りて初爻を增益して各々その位を得。ゆえに「君子は初を益す」と称す。注中の「此の三者を修るゆえに全きなり」および「危きを以て動く」以下の数句は言う所はみな『否』卦である。「乾為」から「後語」までの一段の注:ここの乾は『否』卦を指す。乾は初爻を增益し、互体『復』を成し、『復·彖傳』に「『復』はほぼ天地の本心を見るべきか」と言う。ゆえに「復の心を体す」と言う。「震専」から「為求」までの一段の注:『説卦傳』に「震は専を為す」と言い、『繫辭』に「乾は静止の時専一なり」と言う。ゆえに定を象る。上爻初位に降る。ゆえに「剛柔始めて交接す」と言う。

○「否上」至「全也」○虞注否上九曰:「下反於初成益體震,故後喜。」否上之初,有此三者。「損上益下」以下,《益·彖傳》文,釋「全」義也。○「謂否」至「不與」○否上與乾上同義,故高而無位。《孝經》曰:「高而不危。」《說文》曰:「危,在高而懼也。」上九高而無位,故危。天地不交,故坤民否閉;上九無民,故「民不與」也。

「否上」から「全也」までの一段の注:虞翻の『否』上九の注に、上爻は初位に返回到りて『益』を成し震体を含む。ゆえに後に喜ありと言う。『否』の上爻が初位に下りてこそ、安身・易心・定交のこの三事を具備す。注中の「上を損し下を益す」以下の話は『益』卦の『彖傳』に出で、用いる所は「全」の字を解釈するなり。「謂否」から「不与」までの一段の注:『否』の上爻は『乾』卦の上爻と意思相同じ。ゆえにそれを高居して実位なしと言う。『孝経』に「高き位に居りて傾危ならず」と言い、『説文解字』に、危は身が高き処に処りて心に恐懼を懐くなりと言う。上九は高居して実位なし。ゆえに危を為す。天地相交わらず。ゆえに坤の代表する百姓は閉塞して通ぜず。上九は依拠すべき百姓なし。ゆえに「民与えず」と言う。

○「否上」至「應也」○《文言》釋乾上九曰:「忼龍有悔,窮志災也。」否上義同,故懼也。○「上不」至「為交」○上交初以貴下賤,大得民;上不交初,是無交也,故民不與。○「上不」至「至矣」○益本否卦,故上不之初則否消滅乾,消四至五體剝。剝六四云:「剝床以膚,凶。」故體剝傷,「傷之者至矣」。

「否上」から「応也」までの一段の注:『乾·文言』は上九を解釈して「亢竜悔あり、窮極の心志の災を招来するなり」と言う。『否』卦の上爻の意思はこれと相同じ。ゆえに恐懼すと言う。「上不」から「為交」までの一段の注:上爻が初爻と交接するは尊貴を以て卑賤に屈就し、能く大いに民心を得るなり。上爻が初爻と交接せざればすなわち交情なし。ゆえに百姓親附せず。「上不」から「至矣」までの一段の注:『益』はもともと『否』卦より変じ来たるなれば、上爻初位に下らざれば、『否』は引き続き乾陽を消滅し、四・五両爻に消尽すれば便ち『剥』体を成す。『剥』の六四爻辞に「剥落して牀上の人の肌膚に至る、凶」と言う。ゆえに卦体『剥』を成して傷つけられ、「これを傷つける者至らん」と言う。

周易述 巻十七・元和恵棟撰

繫辭下傳

子曰:「乾坤其易之門邪。」注:陰陽相易,出入乾坤,故曰門。「乾,陽物也;坤,陰物也。」注:陽物天,陰物地。「陰陽合德而剛柔有體。」注:合德謂天地雜、保太和、日月戰。乾剛以體天,坤柔以體地。

孔子に曰く「乾・坤はほぼ『易』の門戸か」と。恵棟の自注に曰く、陰と陽と互相いに変易し、一たび出で一たび入るはみな乾坤の間にあり。ゆえに「門」と称す。経文「乾は陽性の物にして、坤は陰性の物なり」——自注に曰く、陽性の物は天を指し、陰性の物は地を指す。経文「陰陽徳を合し、剛柔体あり」——自注に曰く、いわゆる合徳とは指す所の天地の気相雑じ、太和を保合し、日月交争するあの時刻なり、乾は剛健を以て天を体現し、坤は柔順を以て地を体現す。

「以體天地之撰,以通神明之德。」注:撰,數也。天地之數五十有五,演之為五十,用之為四十九。蓍者幽贊於神明而生,故「以體天地之撰,以通神明之德」。「其稱名也雜而不。」注:名謂卦名,陰陽雖錯而卦象各有次第,不相踰。

経文「以て天地の数を体し、以て神明の徳を通ず」——恵棟の自注に曰く、「撰」はすなわち数なり。天地の数は総じて五十五にして、推演して大衍の数五十と為し、実際に動用するは四十九なり。蓍草は聖人の黙々として神明を辅助して生出する所なり。ゆえに「以て天地の撰を体し、以て神明の徳を通ず」と言う。経文「その卦名を称说するは駁雑にして逾越せず」——自注に曰く、「名」は卦名を指し、陰陽は錯杂交居すれども、毎一卦の卦象は各々次第ありて彼此逾越せず。按ずるに通行本は「雑にして越えず」と作り、底本はここに「越」の字を脱去す。

「於稽其類,其衰世之意邪。」注:於,嗟也;稽,考也;類者雜之反也。三稱盛德,上稱末世。乾終上九,動則入坤,坤為亂,震為世,陽出復震,入坤出坤,故「衰世之意邪」。

経文「嗚呼、その門類を考察するに、ほぼ衰乱の世の心意か」と——恵棟の自注に曰く、「于」は感嘆の辞にして、「稽」は考察なり、「類」と「雑」とは恰好相反対す。三爻は盛徳と称し、上爻は末世と称す。乾は上九に走りて便ち窮尽し、一動すれば坤に入る。坤に君道に違反する象あり。ゆえに乱を象る。震は世を継ぐ長子なり。ゆえに世を象る。陽は『復』卦の震に出で、一たび坤に入り又一たび坤に出ず。ゆえにこれを「衰世の意」と言う。

「夫易章往而察來,而微顯闡幽,開而當名。」注:神以知來,知以藏往。微者顯之,謂從復成乾,是察來也;闡者幽之謂,從遘之坤,是章往也。陽息出初,故「開而當名」。「辯物正言斷辭則備矣。」注:復小而辯於物,故「辯物」。震為言,正陽在下,初帥其辭,故「正言」。繫辭焉以斷其吉凶,故「斷辭」。原始要終,故「備矣」。

経文「『易』は已往を彰明して未来を察知し、幽微なる者を顕豁にし、幽隠なる者を敞開し、開啓して各々その名に当たらしむ」——恵棟の自注に曰く、乾の神は以て未来を知り、坤の知は以て已往を蔵す。幽微なる者を顕豁にするは『復』より長成して『乾』を成すを指し、これすなわち「来を察する」なり。敞開する者を幽隠に帰せしむるは『姤』より『坤』に消尽するを指し、これすなわち「往を章する」なり。陽気生息して初爻に出ず。ゆえに「開きて名に当たる」と言う。経文「事物を弁別し言辞を端正し吉凶を判断すれば、便ち完備せり」——自注に曰く、『復』卦の陽は小なりといえど、すでに陰と分別あり。ゆえに「物を弁ず」と言う。震は言を象り、正陽下位に居りて初爻その言辞を端正す。ゆえに「言を正す」と言う。文辞を繫上してその吉凶を判断す。ゆえに「辞を断ず」と言う。乾より開端を推原し、坤を以て終了に帰結す。ゆえに「備われり」と言う。

「其稱名也小。」注:謂乾坤與六子俱名八卦而小成,故小。「其取類也大。」注:謂乾陽也,為天為父,觸類而長之,故大。「其旨遠,其辭文。」注:遠謂乾,文謂坤。「其言曲而中,其事而隱。」注:曲,詘;直;中,得也。陽曲初震為言,故「其言曲而中」。坤為事,隱未見,故「而隱」也。「因貳以濟民行,以明失得之報。」注:貳當為弍,謂乾與坤也。坤為民,乾為行,行得則乾報以吉,行失則坤報以凶也。

経文「その称する所の卦名は小なり」——恵棟の自注に曰く、乾・坤と震・坎・艮・巽・離・兌の六子と同じく八卦と称してただ小成のみ。ゆえに小と言う。経文「その取る所の類は却って大なり」——自注に曰く、言う所は乾は陽に属し、天を為し父を為し、同類を推動して拡充し開くなれば大と言う。経文「その意旨深遠にして、その文辞文采あり」——自注に曰く、深遠は乾を指し、文采は坤を指す。経文「その言辞婉曲にして中肯し、その言う所の事は顕豁にして幽隠なり」——自注に曰く、「曲」はすなわち屈にして、「肆」はすなわち直にして、「中」はすなわち得なり。陽は初爻に屈処し、震は言を象る。ゆえに「その言曲にして中なる」と言う。坤は事を象り、幽隠にして未だ顕れず。ゆえに「その事肆にして隠なり」と言う。按ずるに通行本は「その事肆にして隠なり」と作り、底本の経文と注文の両個の「肆」字はみな脱落せり。経文「乾坤の両者を憑藉して民衆の行事を助成し、以て失と得との報応を顕明す」——自注に曰く、「貳」は当に「弍」と作るべく、乾と坤とを指す。坤は民を象り、乾は行を象り、行事当を得れば乾はすなわち吉を以て報い、行事当を失えば坤はすなわち凶を以て報ゆ。

疏。「陰陽」至「曰門」○此虞義也。以陰易陽,以陽易陰,故云「陰陽相易」。陽息震為出,陰消巽為入,故云「出入乾坤」。門所以出入者,故云「易之門」也。○「陽物」至「物地」○此荀義也,謂純乾純坤時也。

恵棟の自疏:「陰陽」から「曰門」までの一段の注は虞翻の説を用う。陰を以て陽を変易し、陽を以て陰を変易す。ゆえに「陰陽相易」と言う。陽気生息して震を成すは「出」にして、陰気消退して巽を成すは「入」なり。ゆえに「乾坤に出入す」と言う。門はもともと人の出入するを供する処なり。ゆえにそれを『易』の門戸と為す。「陽物」から「物地」までの一段の注は荀爽の説を用う——指す所は純乾・純坤の時である。

○「合德」至「體地」○此虞義也。《文言》曰:「夫玄黃者,天地之雜也。」謂乾坤合居也。《乾·彖傳》曰:「乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。」六爻皆正為「各正性命」,六爻皆應為「保合太和」,應亦有合義也。坎月離日,三十日一會於壬,虞注《師·彖傳》曰「以離日坎月戰陰陽」,是日月戰也,皆陰陽合德之事。乾剛坤柔,乾天坤地,言陰陽同處則合德,分之則剛柔各有體也。

「合徳」から「体地」までの一段の注は虞翻の説を用う。『坤·文言』に「いわゆる玄黄とは天地の色の相雑ずるなり」と言う——指す所は乾坤の一処に合居するなり。『乾·彖傳』に「乾道変化して各々性命を正しくし、太和を保合して乃ち貞に利あり」と言う。六爻みな位に当たるはすなわち「各々性命を正しくし」、六爻みな相応ずるはすなわち「太和を保合し」——「応」の字は本身にも「合」の意を含有す。納甲の法に按ずれば、坎は月を為し離は日を為し、毎三十日壬位にて会合一次す。虞翻の『師·彖傳』の注に「離日坎月を用いて陰陽を交戦せしむ」と言う——これすなわちいわゆる「日月戦」にして、みな陰陽合徳の事に属す。乾剛に坤柔、乾天に坤地——言う所は陰陽の一処に同じく居るを合徳と呼び、分かちて見れば剛と柔とは各々その形体を有す。

○「撰數」至「之德」○「撰數」,九家義也。天地之數五十有五而五為虛,故演之為五十;大衍之數五十而一不用,故用之為四十九,是體天地之撰也。所用四十九蓍也。蓍者聖人幽贊於神明而生,用以作易者,是通神明之德也。但陰陽合德之時,聖人探嘖索隱,幽贊於神明,於是取天地之數,演之為五十,用四十有九以作易。蓍以七也,卦以八也,爻以九六也,故「以體天地之撰,以通神明之德」也。

「撰数」から「之徳」までの一段の注中「撰はすなわち数なり」は『九家易』の説である。天地の数は共に五十五にして、その中の五は虚数にして計せず。ゆえに推演して五十と成す。大衍の数は五十にしてその中の一根は動用せず。ゆえに実用は四十九——これすなわち「天地の撰を体す」なり。用いる所はまさに四十九根の蓍草なり。蓍草は聖人の黙々として神明を辅助して生出する所にして、これを以て『易』を作す——これすなわち「神明の徳を通ず」なり。要するに陰陽合徳の時において、聖人は深賾を探究し隠微を搜索し、黙々として神明を辅助し、ここにおいて天地の数を取りて推演して五十と為し、その中の四十九根を用いて『易』を作す。蓍は七を以て准と為し、卦は八を以て准と為し、爻は九・六を以て准と為す。ゆえに「以て天地の撰を体し、以て神明の徳を通ず」と言う。

○「名謂」至「踰」○此九家義也。《周禮》太卜三易,「其經卦皆八,其別皆六十四」,名謂六十四卦之名,故云「名謂卦名」。虞注下傳「六爻相雜」云:「陰陽錯居曰雜。」六十四卦陰陽雖錯,各有次序:如屯,坎二之初;蒙,艮之二,此之卦之次序也。如中孚為十一月,升為十二月,此卦氣之次序也。如復為乾世,遘為坤世,此八宮之次序也。如上篇天道,下篇人事,此二篇之次序也。故云「卦象各有次第,不相踰」也。

「名謂」から「不相踰」までの一段の注は『九家易』の説を用う。『周礼』は太卜の三『易』の法を掌るを記して、その経卦はみな八にして、別卦はみな六十四なりと言う。「名」は指す所の六十四卦の名称なり。ゆえに「名は卦名を指す」と言う。虞翻の『繫辭下傳』「六爻相雑」の注に「陰陽錯居するを雑と呼ぶ」と言う。六十四卦の陰陽は錯雑なりといえど、各々皆次序あり——たとえば『屯』は坎の二爻の初位に降るにして、『蒙』は艮爻の二位に升る——これ卦変の次序なり。たとえば『中孚』は十一月に配し、『升』は十二月に配す——これ卦気の次序なり。たとえば『復』は乾宮の世に属し、『姤』は坤宮の世に属す——これ八宮の次序なり。たとえば上篇は天道を講じ、下篇は人事を講ず——これ上下二篇の次序なり。ゆえに「卦象各々次第ありて彼此相逾越せず」と言う。

○「于嗟」至「意邪」○上云「雜而不」是類也,荀子曰「以類行雜」,故云「類者雜之反也」。「三稱盛德」已下,虞義也。乾為積德,陽成於三,故「三稱盛德」。上為末,故「上稱末世」。乾盈動傾,故「乾終上九,動則入坤」。坤反君道,故為亂;震繼世,故為世。乾終上九為入坤,陽出復震為出坤。

「于嗟」から「意邪」までの一段の注:上文に「雑にして越えず」と言うは講ずる所まさに「類」なり。荀子に「類を以て駁雑を統摂す」と言う。ゆえに「類は雑の反面」と言う。「三は盛徳と称す」以下は虞翻の説である。乾は積徳を象り、陽気三爻に至りて成就す。ゆえに「三爻は盛徳と称す」と言う。上爻は末端なり。ゆえに「上爻は末世と称す」と言う。乾盈満すれば便ち動きて傾覆す。ゆえに「乾は上九に終わり、一動すれば坤に入る」と言う。坤に君道に違反する象あり。ゆえに乱を象る。震は世を継ぐ長子なり。ゆえに世を象る。乾の上九に終わるは坤に入るにして、陽の『復』の震に出ずるは坤に出ずるなり。

神農氏繼庖犧而作者,神農氏衰而黃帝作,少昊氏衰而顓頊作,高辛氏衰而堯舜作。黃帝堯舜通其變,使民不倦,易窮則變,通則久。入坤出坤,以類行雜,皆承衰世之後,窮變通久,易之道也,故云「其衰世之意邪」。

神農氏は庖犠氏を承接して興起し、神農氏衰微して黄帝興起し、少昊氏衰微して顓頊興起し、高辛氏衰微して尭・舜興起す。黄帝・尭・舜はその中の変化を通達して百姓をして倦怠を覚えざらしむ。『易』の道窮極すればすなわち変じ、変通すれば便ち長久を得。一たび坤に入り又一たび坤に出で、類を以て駁雑を統摂し、みな衰世の後を承接して、窮すれば変じ変すれば通じ通じれば久し——これまさに『易』の道理なり。ゆえに「ほぼ衰乱の世の心意か」と言う。

○「神以」至「當名」○此虞義也。乾神知來,坤知藏往。復初為微,至三成乾,隱以之顯,故曰「微者顯之」。以乾照坤,故謂從復成乾,是察來也。《倉頡篇》曰:「闡,開也;幽,隱也。」幽者闡之反,《呂氏春秋》曰「隱則勝闡」是也。乾終上九動而入坤,故「闡者幽之」,幽謂坤也。坤消乾自遘,故謂從遘至坤,是章往也。坤終於亥,則乾出於子,故「陽息出初」。闢戶謂之乾,陽稱名,故「開而當名」也。

「神以」から「当名」までの一段の注は虞翻の説を用う。乾の神は能く未来を知り、坤の知は能く已往を蔵す。『復』卦の初爻は幽微にして、三爻に長じて乾を成し、隠より顕に走向す。ゆえに「幽微なる者を顕豁にす」と言う。乾を以て坤を照らす。ゆえに『復』より長成して『乾』を成すと言い、これすなわち未来を察知するなり。『蒼頡篇』に「闡はすなわち開なり、幽はすなわち隠なり」と言う。幽は闡の反面にして、『呂氏春秋』に「隠はすなわち闡に勝る」と言う——まさにこの意である。乾は上九に終わり、一動して坤に入る。ゆえに「敞開する者を幽隠に帰せしむ」と言い、幽の指す所は坤なり。坤は『姤』より乾を消損し始む。ゆえに『姤』より『坤』に消尽すと言い、これすなわち已往を彰明するなり。坤は亥位に終結し、乾は便ち子位に出ず。ゆえに「陽息初に出ず」と言う。『繫辭』に門を開くを乾と呼ぶと言い、陽は「名」と称す。ゆえに「開きて名に当たる」と言う。

○「復小」至「備矣」○辯,別也。陽出復,初尚小,始於坤別,故「復小而辯於物」。震為言,《乾鑿度》曰:「坤變初六復,正陽在下為聖人。」「初帥其辭」,下傳文,帥亦正也,故云「正言」。「繫辭焉所以告也」,「定之以吉凶,所以斷也」,故「斷辭」。以乾原始,以坤要終,故「備矣」。

「復小」から「備矣」までの一段の注:「弁」はすなわち別なり。陽は『復』卦に顕現し、起初なお微小なれど、一開始よりすでに坤と分別あり。ゆえに「『復』小さくして物に弁ず」と言う。震は言を象り、『易緯乾鑿度』に「坤は初六を変じて『復』を成し、正陽下に居るはすなわち聖人なり」と言う。「初その辞を帥ゆ」は『繫辭下傳』の原話にして、「帥」もまた「正」の意なり。ゆえに「言を正す」と言う。『繫辭』に「文辞を繫上するは以て告知するなり」と言い、また「吉凶を以てそれを判定するは以て決断するなり」と言う。ゆえに「辞を断ず」と言う。乾を以て開端を推原し、坤を以て終了に帰結す。ゆえに「完備せり」と言う。

○「謂乾」至「故小」○此虞義也。庖犧觀變於陰陽而立卦,乾坤各三爻,共有六爻,陽變成震、坎、艮,陰變成巽、離、兌,六爻三變,三六十八,十有八變而成。卦名成於三,故「名八卦而小成」。三微成著,三著成體之時,故小也。

「謂乾」から「故小」までの一段の注は虞翻の説を用う。庖犠氏は陰陽の変化を観察して卦を設立し、乾坤各々三爻あり、合わせて共に六爻を為す。陽は変化して震・坎・艮を出し、陰は変化して巽・離・兌を出し、六爻各々三変を経て、三六十八、十八変して卦体乃ち成る。卦名は三画の時に便ちすでに成立す。ゆえに「八卦を名づけて小成す」と言う。三画は細微より成って顕著と為り、三顕著にして一体を成すの時なれば、ゆえに「小」と称す。

○「謂乾」至「故大」○此虞義也。庖犧引信三才兼而兩之為六畫,三才謂乾三爻,故乾為天為父。觸,動也,謂六畫以成六十四卦,故「觸類而長之」。陽稱大,為天為父,故大也。○「遠謂」至「謂坤」○此虞義也。

「謂乾」から「故大」までの一段の注は虞翻の説を用う。庖犠氏は三才を引伸し、毎一才は各々両画を兼ねて六画を成す。三才の指す所は乾の三爻なれば、乾は天を象り父を象る。「触」はすなわち動にして、言う所は六画より推衍して六十四卦を成すなり。ゆえに「類に触れてこれを長ず」と言う。陽は大と称し、また天を為し父を為す。ゆえに大と言う。「遠謂」から「謂坤」までの一段の注も同様に虞翻の説である。

○「曲詘」至「隱也」○此虞義也。曲、詘同義,故云「曲,詘」。下傳云「失其守者其辭詘」,虞彼注云:「巽詰詘,陽在初守巽,初陽入伏陰下,故其辭詘。」若然,陽曲初亦謂陽伏巽下也。

「曲詘」から「隠也」までの一段の注は虞翻の説を用う。「曲」と「詘」とは同義なり。ゆえに「曲はすなわち詘」と言う。『繫辭下傳』に「守を失う者の言辞は屈縮す」と言い、虞翻はかそこに注して、巽に詰屈の象あり、陽は初爻にあって巽を守り、初位の陽は入りて陰の下に伏す。ゆえに言辞屈縮すと言う。このがごとくんば、注文の言う所の「陽は初に曲がる」もまた陽の巽の下に伏するを指す。

三倉曰:「中,得也。」《周禮·師氏》云「掌國中失之事」,注云「故書中為得」,杜子春云「當為得,記君得失」。《史記·封禪書》「康後與王不相中」,《周勃傳》「勃子勝尚公主,不相中」,皆訓為得。《呂氏春秋》曰「禹為司空以中帝心」,高誘注云「中猶得」,是中、得同義,故云「中,得也」。

『三蒼』に「中はすなわち得なり」と言う。『周礼·師氏』に「国中の得失の事を掌る」と言い、鄭玄の注に故書は「中」字を「得」と作ると言い、杜子春に当に「得」と作るべく、これ君主の得失を記録するなりと言う。『史記·封禅書』に「康后と王と相中らず」の話あり、『史記·周勃伝』に「周勃の子周勝は公主を娶り、両人相中らず」の話あり——その中の「中」はみな「得」と訓す。『呂氏春秋』に「禹は司空を為して能く帝心に中る」と言い、高誘の注に「中は得に比方す」と言う。見るに「中」と「得」とは同義なり。ゆえに「中は得なり」と言う。

陽為得,震初得位,又為言,故「其言曲而中」。《樂記》曰「直而慈愛」,故為直,直謂陽也。巽初坤也,坤為事,初隱未見,「巽稱而隱」,故「其事而隱」也。○「貳當」至「凶也」○此鄭虞義也。貳從弍,弍為古文二,故云「貳當為弍」。大極分而為二,故弍謂乾與坤也。坤為民,天行健,故乾為行。失謂坤,得謂乾,乾吉坤凶,故「行得則乾報以吉,行失則坤報以凶」也。

陽は得を象り、震の初爻は位を得、また言を象る。ゆえに「その言曲にして中なる」と言う。『楽記』に「肆直にして慈愛あり」の語あり。ゆえに「肆」は直と訓し、直の指す所は陽なり——底本はここに「肆」の字もまた脱せり。巽の初爻はもと坤爻にして、坤は事を象り、初位は幽隠にして未だ顕れず、『繫辭』に「巽は称揚して幽隠なり」と言う。ゆえに「その事肆にして隠なり」と言う。「貳当」から「凶也」までの一段の注は鄭玄と虞翻の説を兼用す。「貳」字は「弍」より形を得、「弍」は古文の「二」の字なり。ゆえに「貳は当に弍と作るべし」と言う。太極分かれて二と為る。ゆえに「弍」の指す所は乾と坤なり。坤は民を象り、天道運行剛健息まず。ゆえに乾は行を象る。「失」は坤を指し、「得」は乾を指し、乾は吉を主り坤は凶を主る。ゆえに行事当を得れば乾はすなわち吉を以て報い、行事当を失えば坤はすなわち凶を以て報ゆ。

易之興也其於中古乎。注:中古謂文王。「作易者其有憂患乎。」注:文王蒙大難而演易,故「作易者其有憂患乎」。傳曰:「作者之謂聖。」「是故履,德之基也。」注:履二幽人之貞,中不自亂;四履虎尾虩虩終吉,故「德之基」。《春秋》傳曰:「郄子無基。」凡言德皆陽爻。「嗛,德之柄也。」注:坤為柄,乾上降三,天道下濟,故「德之柄」。「復,德之本也。」注:復初乾之元,中行獨復,故「德之本」。「恆,德之固也。」注:立不易方,故「德之固」。

『繫辭』に曰く「『易』の興起するはほぼ中古の時代か」と。恵棟の自注に曰く、中古は文王を指す。経文「『易』を作る者はほぼ憂患を懐抱するか」——自注に曰く、文王は大難を蒙受して『易』を推演す。ゆえに「『易』を作る者はほぼ憂患を懐抱するか」と言う。『礼記·楽記』に「能く創制する者をこそ聖と呼ぶ」と言う。経文「ゆえに『履』は徳の根基なり」——自注に曰く、『履』の九二に「幽人貞吉」の象あり、中に居りて自ら乱らず。九四は「虎尾を履みて愬愬として終わりに吉」なり。ゆえにそれを徳の根基と言う。『春秋左傳』に「郤子は根基なし」と言う。凡そ「徳」を講ずるはみな陽爻を指す。経文「『謙』は徳の柄なり」——自注に曰く、坤は柄を象り、乾の上爻は三位に降り、天道は下りて済助す。ゆえに徳の柄と言う。経文「『復』は徳の本なり」——自注に曰く、『復』の初爻は乾元にして、六四は「中行し独り復る」なり。ゆえに徳の本と言う。経文「『恒』は徳の堅固なり」——自注に曰く「方を易えずして立つ」なり。ゆえに徳の堅固と言う。

「損,德之修也。」注:懲忿窒欲所以修德。「益,德之裕也。」注:見善則遷,有過則改,德之優裕者也。「困,德之辯也。」注:辯,別也。遭困之時,君子小人之德於是別也。「井,德之地也。」注:改邑不改井,故「德之地」。「巽,德之制也。」注:君子制義,故「德之制」。

経文「『損』は徳の修治なり」——恵棟の自注に曰く、忿怒を懲戒し欲望を窒塞するはまさに以て徳を修めるなり。経文「『益』は徳の寛裕なり」——自注に曰く、善を見れば遷りてこれに従い、過失あれば便ち改むるは、これ徳行の寛裕充足の表現なり。経文「『困』は徳の弁別なり」——自注に曰く、「弁」はすなわち別なり、困境に遭遇する時、君子と小人の徳行はここに分別し出づ。経文「『井』は徳の地なり」——自注に曰く、城邑を遷移して水井を遷移せず。ゆえに徳の居守する所の地と言う。経文「『巽』は徳の裁制なり」——自注に曰く、君子は事宜を裁断して義に合せしむ。ゆえに徳の裁制と言う。

「履和而至。」注:嗛與履通,嗛坤柔和,故「履和而至」。「嗛尊而光。」注:九三升五,故「尊而光」。「復小而辯於物。」注:復初小善,故云小;辯之早,故「辯於物」。「恆雜而不厭。」注:乾初之四,坤四之初,故雜。震巽特變,震究為蕃鮮,巽究為躁卦,故「不厭」。「損先難而後易。」注:損初之上失正,故「先難」;終反成益,得位於初,故「後易」,「易其心而後語」。

経文「『履』は和順にして到達するを得」——恵棟の自注に曰く、『謙』は『履』と相通じ、『謙』は坤体を含み、坤性は柔和なり。ゆえに「履は和にして至る」と言う。経文「『謙』は尊貴にして光大なり」——自注に曰く、九三は五位に升る。ゆえに「尊にして光」と言う。経文「『復』は細小にして能く物に弁別す」——自注に曰く、『復』の初爻は小善なり。ゆえに小と言う。弁別するは早し。ゆえに「物に弁ず」と言う。経文「『恒』は錯雑にして厭倦せず」——自注に曰く、乾の初爻は四位に去り、坤の四爻は初位に来る。ゆえに雑と言う。震と巽とは互いに転変し、震は窮究して蕃鮮と為り、巽は窮究して躁卦と為る。ゆえに「厭わず」と言う。経文「『損』は先難にして後易し」——自注に曰く、『損』は『泰』の初爻が上位に升りて正を失う。ゆえに「先難」なり。最後に翻転して『益』を成し、初位にあって位を得。ゆえに「後易」なり——まさに『繫辭』の「その心を易えて後に語る」の意に合す。

「益長裕而不設。」注:巽為長,益德之裕,故「長裕」。設,大也,《考工記》曰:「中其莖,設其後。」坤三進之乾,乾上之坤初,遷善改過,陰稱小,上之初體復小,故「不設」。「困窮而通。」注:陽窮否上,變之坤二成坎,坎為通,故「困窮而通」。「井居其所而遷。」注:井,德之地,故「居其所」;能遷其施,故「遷」也。「巽稱而隱。」注:巽德之制,故「稱」;巽陽隱初,故「隱」。

経文「『益』は増長寛裕にして誇大せず」——恵棟の自注に曰く、巽は長を象り、『益』は徳の寛裕なり。ゆえに「長裕」と言う。「設」は大の意にして、『考工記』に「その茎に中り、その後を設く」と言う。坤の三爻は進みて乾位に至り、乾の上爻は降りて坤の初位に至る——すなわち善に遷り過を改むるなり。陰は小と称し、上爻初位に降りて『復』体の小を成す。ゆえに「設けず」と言う。経文「『困』は困窮にして能く通達す」——自注に曰く、陽は『否』の上位に窮極し、変じて坤の二位に降りて坎を成し、坎は通を象る。ゆえに「困窮にして通ず」と言う。経文「『井』はその所に居守して能く人に施及す」——自注に曰く、『井』は徳の地なり。ゆえに「その所に居る」なり。能くその潤沢を遷施し出す。ゆえに「遷」と言う。経文「『巽』は称揚して幽隠なり」——自注に曰く、『巽』は徳の裁制なり。ゆえに「称」と言う。巽の陽は初位に隠伏す。ゆえに「隠」と言う。

「履以和行。」注:「禮之用,和為貴」,嗛震為行,故「以和行」。「嗛以制禮。」注:陰稱禮,旁通履,履者禮也。九三升五,以一陽制五陰,萬民服,故「以制禮」。「復以自知。」注:有不善未嘗不知,故「自知」也。「恆以一德。」注:一謂初,終變成益,從一而終,故「以一德」。「損以遠害。」注:坤為害,泰以初止坤上,故「遠害」,乾為遠。

経文「『履』を用いて行事を調和す」——恵棟の自注に曰く、『論語』に「礼の用は和を以て貴しと為す」と言う。『謙』の中の震は行を象る。ゆえに「以て和に行う」と言う。経文「『謙』を用いて礼を裁制す」——自注に曰く、陰は礼と称し、『謙』は『履』と旁通し、『履』はすなわち礼なり。九三は五位に升り、一つの陽爻を以て五つの陰爻を統制し、万民帰服す。ゆえに「以て礼を制す」と言う。経文「『復』を用いて自ら知る」——自注に曰く、不善あれば自ら知らざるなし。ゆえに「自ら知る」と言う。経文「『恒』を用いてその徳を専一にす」——自注に曰く、「一」は初爻を指し、『恒』は最終に『益』に変じ、一に従いて終わる。ゆえに「以て徳を一にす」と言う。経文「『損』を用いて禍害を遠ざく」——自注に曰く、坤は害を象り、『泰』は初爻を用いて上の坤を止める。ゆえに「害を遠ざく」と言い、乾は遠を象る。

「益以興利。」注:震為興,乾為利,上之初利用大作,耒耨之利,故「以興利」。「困以寡怨。」注:坤為怨,否弒父與君,乾來上折坤二,故「寡怨」;坎水性通,故不怨也。「井以辯義。」注:坤為義,以乾別坤,故「辯義」也。「巽以行權。」注:巽制義,故「行權」。《春秋》傳曰:「權者反於經,然後有善者也。」

経文「『益』を用いて利益を興起す」——恵棟の自注に曰く、震は興起を象り、乾は利を象る。上爻初位に降り、初九に「以て大作を為すに用いられん」と言う——それはまさに耒耜耕耨の利なり。ゆえに「以て利を興す」と言う。経文「『困』を用いて怨恨を減少す」——自注に曰く、坤は怨を象り、『否』に弑父弑君の象あり、乾の上爻降り来たりて坤の二爻を折る。ゆえに「怨を寡くす」と言う。坎は水を為し、水性は通達す。ゆえに怨を生ぜず。経文「『井』を用いて義を弁明す」——自注に曰く、坤は義を象り、乾を以て坤を区別す。ゆえに「義を弁ず」と言う。経文「『巽』を用いて権変を行う」——自注に曰く、巽は能く裁断して義に合す。ゆえに「権を行う」と言う。『春秋公羊伝』に「いわゆる権とは先ず常経に違反して、然る後に好結果あるなり」と言う。

疏。中古謂文王○《漢書·藝文志》曰:「易道深矣,人更三聖,世歴三古。」孟康云:「伏羲為上古,文王為中古,孔子為下古。」故云「中古謂文王」。若虞氏之義,以為文王書經,繫庖犧於乾五,乾為古,五在乾中,故興於中古,則庖犧以前為上古。

恵棟の自疏:注中の「中古は文王を指す」の一句は、『漢書·芸文志』に『易』の道は深奥にして、三位の聖人の手を経て、三つの時代を暦したりと言う。孟康の解釈に、伏羲は上古、文王は中古、孔子は下古なりと言う。ゆえに「中古は文王を指す」と言う。もし虞翻の講法に依れば、文王は経文を写定して庖犠を乾卦の九五に系属し、乾は古を象り、五は乾の中に居ると認め、ゆえに『易』は中古に興ると言う——さらば庖犠以前はすなわち上古と成る。

今知不然者,下傳云:「易之興也,其當殷之末世、周之盛德邪?當文王與紂之事邪?」與此傳皆言易之興。但易有興有廢,庖犧氏沒而易廢,神農氏作而易興,則神農以前為上古;神農氏沒而易廢,黃帝堯舜氏作而易興,歴夏商周皆然,則文王以前為中古;春秋之世世衰道微,孔子作十翊而易道復興,則孔子之時為下古。

今虞説の然らざるを知るは、『繫辭下傳』に「『易』の興起するはほぼ殷代の末世・周代の盛徳の時に当たるか、文王と紂王とのあの事に当たるか」と言うを以てなり。この一段は本伝とともに『易』の興起を講ずるなり。但し『易』に興あればまた廃あり——庖犠氏去世して『易』廃れ、神農氏興起して『易』興る。さらば神農以前は上古と算す。神農氏去世して『易』廃れ、黄帝・尭・舜興起して『易』興り、夏・商・周を暦てみなこのがごとし。さらば文王以前は中古と算す。春秋の世に至りて世道衰微し、孔子は『十翼』を作して『易』の道復興す。さらば孔子の時代は下古と算す。

《明夷·彖傳》云:「內文明而外柔順,以蒙大難,文王以之。」傳謂「作易者其有憂患乎」,正謂文王。庖犧之時,世尚淳樸,不得以憂患目之。馬氏、荀氏、鄭氏皆以文王為中古,義當然也。

『明夷·彖傳』に「内に文明にして外に柔順、以て大難を蒙るは、文王まさにこのごとし」と言う。本伝の言う所の「『易』を作る者はほぼ憂患を懐抱するか」はまさに文王を指す。庖犠の時代は世風なお淳朴にして、「憂患」を以て之を看待すべからず。馬融・荀爽・鄭玄はみな文王を中古と定む——この説法は妥当である。

○「文王」至「謂聖」○《春秋》襄三十年傳云:「紂囚文王七年。」《史記·周本紀》謂:「西伯囚羑里,益易之八卦。」《漢書》司馬遷謂:「西伯拘而演周易。」尋西伯亦述庖犧之易而云「作」者,《繫上》云:「庖犧氏沒,神農氏作;神農氏沒,黃帝堯舜氏作。」神農、黃帝、堯、舜皆述庖犧之易而亦云「作」。《樂記》曰:「作者之謂聖。」庖犧作易,文王繫辭,今所作二篇是也。聖人制作皆云作,故亦云「作易者」也。

「文王」から「謂聖」までの一段の注:『春秋左傳』の襄公三十年に記載して、紂は文王を七年囚禁すと言う。『史記·周本紀』に西伯は羑里に囚われて『易』の八卦を增益すと言う。『漢書』の載せる所の司馬遷の話に、西伯は拘禁されて『周易』を推演すと言う。推究すれば、西伯もまた庖犠の『易』を祖述するも、却って「作」と称す——これは『繫辭上傳』に「庖犠氏去世して神農氏興作し、神農氏去世して黄帝・尭・舜興作す」と言うを以てなり。神農・黄帝・尭・舜はみな庖犠の『易』を祖述するも、同じく「作」と称す。『楽記』に「能く創制する者をこそ聖と呼ぶ」と言う。庖犠は卦画を創作し、文王は卦爻辞を繫上す。今の言う所の上下二篇はすなわち文王の作る所なり。聖人の制作はみな「作」と称す。ゆえにここにまた「『易』を作る者」と称す。

○「履二」至「陽爻」○履通嗛,嗛之坤土為基。文王幽於羑里,演易明道,文致太平。履之九二失位,在坎獄中而不失其常,終免於難;九四變得位,履虎尾而虩虩多懼,終行其志。《春秋》成十三年傳云:「禮,人之乾也;敬,身之基也。郄子無基。」言郄錡不敬,故無基,明履為德之基也。「凡言德皆陽爻」,虞義也。乾為德,故凡言德皆陽爻,言此九卦之德皆指陽爻也。

「履二」から「陽爻」までの一段の注:『履』は『謙』と相通じ、『謙』の含む所の坤土はすなわち根基なり。文王は羑里に幽禁されて『易』の道を推演して大道を闡明し、文徳を以て太平を招致す。『履』の九二は位を失い、身は坎獄の中に在りてその常度を失わず、最終に禍難を免れ、九四は変じて位を得、虎尾を履みて戒懼已まず、最終にその志向を実現す。『春秋左傳』の成公十三年に記載して「礼は人の骨干にして、敬は身の根基なり。郤子は根基なし」と言う——言う所は郤錡の恭敬せざるなれば根基なし。見るに『履』はまさに徳の根基なり。注中「凡そ徳と言うはみな陽爻」は虞翻の説である。乾は徳を象る。ゆえに凡そ「徳」を講ずるはみな陽爻を指す——意はこの九卦の徳はみな陽爻に就きて言うなり。

○「坤為」至「之柄」○此虞義也。「坤為柄」,《說卦》文。謙從乾來,乾上降坤三,乾為天,天道下濟,致恭以存其位,故「德之柄」也。○「復初」至「之本」○此虞義也。復之初九乾元也,即太極也,太極為中,初九為獨,中行獨復,故「德之本」,初為本也。○「立不」至「之固」○此虞義也。恆唯九三一爻得正不動,故「立不易方」,「貞固足以乾事」,故「德之固」。

「坤為」から「之柄」までの一段の注は虞翻の説を用う。「坤は柄を為す」は『説卦伝』の原文である。『謙』は乾卦より変じ来たり、乾の上爻は坤の三位に降る。乾は天を象り、天道は下りて済助し、恭敬を以てその位を保有す。ゆえに徳の柄と言う。「復初」から「之本」までの一段の注もまた虞翻の説である。『復』の初九はすなわち乾元にして、すなわち太極なり。太極は「中」を為し、初九は「独」を為す。ゆえに『復』の六四に「中行し独り復る」と言い、こうして徳の根本と為り、初爻はまさに根本の在る所なり。「立不」から「之固」までの一段の注も同様に虞翻の説である。『恒』卦はただ九三の一爻のみ正を得て動かず。ゆえに「方を易えずして立つ」と言う。『乾·文言』に「貞固以て事を幹するに足る」と言う。ゆえに徳の堅固なり。

○「懲忿」至「修德」○此荀義也。「懲忿窒欲」,損《象傳》文。虞氏云:「乾陽剛武為忿,坤陰吝嗇為欲。損乾之初成兌說,故懲忿;初上據坤,艮為山,故窒慾。」懲忿窒欲,修德之事,故「德之修」。

「懲忿」から「修徳」までの一段の注は荀爽の説を用う。「懲忿窒欲」は『損』卦の『象傳』の原文である。虞翻に曰く、乾陽は剛強勇武なれば忿を象り、坤陰は慳吝嗇なれば欲を象り、乾の初爻を損去して兌を成し、兌は喜説を主る。ゆえに能く忿を懲す。初爻は上りて坤に拠り、艮は山を象る。ゆえに能く欲を窒ぐ。忿怒を懲戒し欲望を窒塞するはみな徳を修めるの功夫なり。ゆえに徳の修治と言う。

○「見善」至「者也」○此荀義也。「見善則遷,有過則改」,益《象傳》文。虞氏云:「乾為善,坤為過,坤三進之乾四,故見善則遷;乾上之坤初,改坤之過,故有過則改。」《周語》曰「佈施優裕」,故為「德之優裕」。若然,虞注晉初六曰「坤弱曰裕」,此以裕為美德者,韋昭注《周語》云「裕,緩也」,馬融注蠱六四云「裕,寛也」,文王處憂患之地,長裕不設,獨行自然,故以裕為美德也。

「見善」から「者也」までの一段の注は荀爽の説を用う。「善を見れば則ち遷り、過あれば則ち改む」は『益』卦の『象傳』の原文である。虞翻に曰く、乾は善を象り、坤は過を象り、坤の三爻は進みて乾の四位に至る。ゆえに善を見れば則ち遷る。乾の上爻は降りて坤の初位に至り、坤の過失を改掉す。ゆえに過あれば則ち改む。『国語·周語』に「布施優裕」の話あり。ゆえにこれを徳の優裕と称す。このがごとくんば、虞翻の『晋』の初六の注に「坤柔弱を裕と呼ぶ」と言うも、ここに却って「裕」を美徳と当作するは、韋昭の『周語』の注に「裕はすなわち緩なり」と言い、馬融の『蠱』の六四の注に「裕はすなわち寛なり」と言うを以てなり。文王は憂患の地に身を処りて、長裕にして誇大せず、独りその道を行いて一任自然す。ゆえに「裕」を美徳と看做す。

○「辯別」至「別也」○此鄭義也。九二困而不失其所,其唯君子;六三困于石,據于蒺藜,失其所矣,故云「君子小人之德於是別也」。○「改邑」至「之地」○經曰:「改邑不改井。」虞彼注云:「乾初之五折坤,故改邑;初為舊井,四應甃之,故不改井。」井,法也,下傳云「井居其所」為不改其井之法,故「德之地」,坤為地也。

「弁別」から「別也」までの一段の注は鄭玄の説を用う。『困』の九二は困頓してその守る所を失わず——それはただ君子のみ能く為し得、六三は石に困まれ蒺藜に拠るはすなわち守る所を失うなり。ゆえに「君子小人の徳行はここに分別し出づ」と言う。「改邑」から「之地」までの一段の注:『井』卦辞に「邑を改めて井を改めず」と言い、虞翻はかそこに注して、乾の初爻は五位に升りて坤を折る。ゆえに邑を改むと言う。初爻は旧井にして、四爻これと相応じて修治を加う。ゆえに井を改めずと言う。「井」に法度の意あり、『繫辭下傳』に「井はその所に居る」と言うはすなわち井の法度を改変せざるなり。ゆえに徳の地と言い、坤は地を象る。

○「君子」至「之制」○《說文》「制」作「利」,云:「裁也,從刀從未。未物成有滋味,可裁斷。」是制為裁斷也。成八年傳云:「大國制義。」下傳云「巽稱而隱」,又云「巽以行權」,是制義之事,故「德之制」。

「君子」から「之制」までの一段の注:『説文解字』の内「制」字は別一种の字形と作り、解釈して、制はすなわち裁なり、刀に従い未に従う——「未」は物のすでに長成して滋味あるを表示し、以て裁断すべしと言う。見るに「制」はすなわち裁断なり。『春秋左傳』の成公八年に「大国は裁断して義に合す」と言う。『繫辭下傳』に「巽は称して隠なり」と言い、また「巽以て権を行う」と言う——みな裁断して義に合するの事に属す。ゆえに『巽』は徳の裁制と言う。

○「嗛與」至「而至」○此虞義也。嗛與履旁通,嗛體坤,坤至柔,又為和順,故「嗛坤柔和」;坤為至,故「履和而至」。○「九三」至「而光」○嗛《彖傳》云「嗛尊而光」,謂三升五尊位,故「尊而光」也。

「嗛与」から「而至」までの一段の注は虞翻の説を用う。『謙』は『履』と旁通し、『謙』は坤体を含み、坤は最も柔順にしてまた和順を主る。ゆえに「謙の坤は柔和」と言う。坤は至を象る。ゆえに「履は和にして至る」と言う。「九三」から「而光」までの一段の注:『謙』卦の『彖傳』に「謙は尊にして光」と言うは、言う所は三爻の五の尊位に升るなり。ゆえに「尊にして光」と言う。

○「復初」至「於物」○上傳曰:「小人以小善為無益而弗為也。」虞彼注云:「小善謂復初。」故云「復初」,小善故云小。乾陽物,為善辨之早;坤陰物,為不善由辨之不早辨也。有不善未嘗不知,辨之早,故「辨於物」也。

「復初」から「于物」までの一段の注:『繫辭上傳』に「小人は小善を以て益なしと為して肯んじて為さず」と言い、虞翻はかそこに注して「小善は『復』卦の初爻を指す」と言う。ゆえにここに「『復』初」と言う。小善を為るがゆえに小と称す。乾は陽物にして善を代表し、弁別するは早し。坤は陰物にして不善を代表し、まさに弁別の早きに足らざるに由る。不善あれば自ら知らざるなしはすなわち弁別するは早し。ゆえに「物に弁ず」と言う。

○「乾初」至「不厭」○恆自泰來,故云「乾初之四,坤四之初」。虞下注云:「陰陽錯居稱雜。」故云雜也。震雷巽風,故特變。震究為巽,巽為白,故為「蕃鮮」;巽究為震,震為決躁,故為「躁卦」,是「不厭」之義也。

「乾初」から「不厭」までの一段の注:『恒』は『泰』卦より変じ来たる。ゆえに「乾の初爻は四位に去り、坤の四爻は初位に来る」と言う。虞翻は下文に注して「陰陽錯雑交居するを雑と呼ぶ」と言う。ゆえに雑と言う。震は雷・巽は風なれば、両者は互いに特に転変す。震は窮究して巽に変じ、巽色は白なれば「蕃鮮」と称し、巽は窮究して震に変じ、震は決断躁動を主れば「躁卦」と称す。これすなわち「厭わず」の意である。

○「損初」至「後語」○此虞義也。損,泰初之上,以陽居陰失正,故「先難」;損極則益,故「終反成益」;益初得正,故「後易」。「易其心而後語」,上傳文,虞彼注云:「乾為易,益初體復心,震為後語也。」

「損初」から「後語」までの一段の注は虞翻の説を用う。『損』は『泰』卦の初爻が上位に升り、陽爻を以て陰位に居りて正を失う。ゆえに「先難」なり。損は極処に至れば転じて益と為る。ゆえに「最終に翻転して『益』を成す」と言う。『益』の初爻は正を得。ゆえに「後易」なり。「その心を易えて後に語る」は『繫辭上傳』の原話にして、虞翻はかそこに注して、乾は平易を象り、『益』の初爻は『復』卦の心を含み、震は而る後に言うを象ると言う。

○「巽為」至「不設」○「設,大也」至「設其後」,鄭義也。《考工記》桃氏曰:「中其莖,設其後。」鄭彼注云:「從中以郄稍大之也,從大則於把易制。」知設訓為大。坤三進之,乾為遷善;乾上之坤,初為改過。初至四體復象,陽息復時尚小,故「不設」。

「巽為」から「不設」までの一段の注:「設は大なり」より「その後を設く」に至るは鄭玄の説を用う。『考工記·桃氏』に「その茎に中り、その後を設く」と言い、鄭玄はかそこに注して、中間より後に向かい稍々加大し、加大すれば握持するに便なりと言う。これによりて「設」は大と訓するを知る。坤の三爻は進み上り、乾は善に遷るを象り、乾の上爻は坤に降りて初位に至るはすなわち過を改むるなり。初爻より四爻に至りて『復』の象を成し、陽気は『復』の時に生息してなお小なり。ゆえに「設けず」と言う。

○「陽窮」至「而通」○此虞義也。困,否二之上。否時陽窮於上,故變之坤二。彼經云:「困,亨。」否上之二體坎,乾坤交,故「窮而通」也。○「井德」至「遷也」○「改邑不改井」,故「德之地」,居其所不遷也;「井養不窮」,是遷其施也。

「陽窮」から「而通」までの一段の注は虞翻の説を用う。『困』は『否』卦の二爻が上位に升りて成る。『否』の時は陽は上に窮極す。ゆえに変じて坤の二位に降る。『困』卦辞に「困は亨なり」と言い、『否』の上爻は二位に降りて坎体を成し、乾坤交合す。ゆえに「窮にして通ず」と言う。「井徳」から「遷也」までの一段の注:「邑を改めて井を改めず」を以て、ゆえに徳の地と言い、その所に居守して遷移せず。『井』卦の『彖傳』に「井は養いて窮まらず」と言う——それはすなわちその潤沢を遷施し出すなり。

○「巽德」至「故隱」○《孟子》曰:「權然後知輕重。」趙岐注云:「權,銓衡也,所以稱輕重。」巽,德之制,故為稱也。乾伏巽初,龍德而隱,故為隱也。○「禮之」至「和行」○此虞義也。「禮之用,和為貴」,《論語》文。履者,禮也。《論語》又云:「有所不行,知和而和,不以禮節之,亦不行也。」「履以和行」,謂以禮節之而行也。履旁通嗛,嗛震為行,故「以和行」也。

「巽徳」から「故隠」までの一段の注:『孟子』に「称量して後に軽重を知る」と言い、趙岐の注に、権はすなわち秤錘秤杆にして、以て軽重を称量すと言う。『巽』は徳の裁制なり。ゆえに「称」を象る。乾は巽の初位に潜伏するは竜徳ありて隠居するなり。ゆえに「隠」を象る。「礼之」から「和行」までの一段の注は虞翻の説を用う。「礼の用は和を以て貴しと為す」は『論語』の原文である。『履』はすなわち礼なり。『論語』はまた言う「行き通らざる所ありて、ただ和の為に和するを知るも、礼を以てこれを節制せざれば、亦た行き通るべからず」と。いわゆる「履以て和に行う」はすなわち礼を以て節制して後に行事するなり。『履』は『謙』と旁通し、『謙』の中の震は行を象る。ゆえに「以て和に行う」と言う。

○「陰稱」至「制禮」○此虞義也。坤陰為禮,《樂記》曰:「大樂必易,大禮必簡。」又云:「樂由天作,禮以地制。」故云「陰稱禮」也。○「有不」至「知也」○此虞義也。○「一謂」至「一德」○此虞義也。恆六五傳曰「從一而終」,虞彼注云:「一謂初,終變成益,以巽應初震,故從而終。」恆德之固,故「一德」也。

「陰称」から「制礼」までの一段の注は虞翻の説を用う。坤は陰に属して礼を象る。『楽記』に「大楽は必ず平易にして、大礼は必ず簡約なり」と言い、また「楽は天に由りて作し、礼は地に依りて制す」と言う。ゆえに「陰は礼と称す」と言う。「有不」から「知也」までの一段の注もまた虞翻の説である。「一謂」から「一徳」までの一段の注も同様に虞翻の説である。『恒』の六五の『象傳』に「一に従いて終わる」と言い、虞翻はかそこに注して、一は初爻を指し、『恒』は最終に『益』に変じ、巽を以て初位の震に応ず。ゆえに一に従いて終わると言う。『恒』は徳の堅固なり。ゆえに「徳を一にす」と言う。

○「坤為」至「為遠」○此虞義也。坤陰為害,泰初之上體艮,艮為止,故「以初止坤上」,以乾止坤,乾為遠,故「遠害」也。○「震為」至「興利」○震起為興,否上之初,初九「利用為大作」,虞彼注云:「大作謂耕播耒耨之利,萬民以濟。」故「興利」也。

「坤為」から「為遠」までの一段の注は虞翻の説を用う。坤は陰に属して害を象る。『泰』の初爻は上位に升りて艮体を成し、艮は止を象る。ゆえに「初爻を用いて上の坤を止める」と言い、すなわち乾を以て坤を止むるなり。乾は遠を象る。ゆえに「害を遠ざく」と言う。「震為」から「興利」までの一段の注:震は奮起を主る。ゆえに興を象る。『否』の上爻は初位に降り、『益』の初九に「以て大作を為すに用いられん」と言い、虞翻はかそこに注して、大作は指す所の耕種播撒・耒耜耕耨の利にして、万民はこれに靠りて周済を得と言う。ゆえに「利を興す」と言う。

○「坤為」至「怨也」○此虞義也。坤陰為怨,困自否來,否三弒父與君,乾上之二折坤體,怨黷不作,故「寡怨」;上之坤體坎,坎水性通,「困窮而通」,故不怨也。○「坤為」至「義也」○此虞義也。坤為地,「地道曰義」,故為義。辨,別也。井自泰來,泰初之五,以乾別坤,故「辨義」也。○「巽制」至「者也」○巽德之制,故「以制義」;「巽稱而隱」,鄭注《月令》云「稱錘曰權」,故「以行權」。「權者反於經然後有善者也」,《公羊》桓十一年傳文,九家所引以釋「行權」之義也。

「坤為」から「怨也」までの一段の注は虞翻の説を用う。坤は陰に属して怨を象る。『困』は『否』卦より変じ来たり、『否』の三爻に弑父弑君の象あり、乾の上爻は二位に降りて坤体を折り、怨恨と軽慢とは便ち再び発作せず。ゆえに「怨を寡くす」と言う。上爻は坤に降りて坎体を成し、坎は水を為し、水性は通達してまさに「困窮にして通ず」に合す。ゆえに怨を生ぜず。「坤為」から「義也」までの一段の注もまた虞翻の説である。坤は地を象り、「地の道を義と呼ぶ」。ゆえに義を象る。「弁」はすなわち別なり。『井』は『泰』卦より変じ来たり、『泰』の初爻は五位に升り、乾を以て坤を区別す。ゆえに「義を弁ず」と言う。「巽制」から「者也」までの一段の注:『巽』は徳の裁制なり。ゆえに「以て義を制す」と言う。『繫辭』に「巽は称して隠なり」と言い、鄭玄の『月令』の注に「秤錘を権と呼ぶ」と言う。ゆえに「以て権を行う」と言う。「いわゆる権とは先ず常経に違反して然る後に好結果あるなり」は『春秋公羊伝』の桓公十一年の原文にして、『九家易』はこれを引きて「権を行う」の含義を解釈す。

易之為書也不可遠。注:法象在內,故不遠。「為道也婁遷。」注:遷,徙也。日月周流,上下無常,故「婁遷」。「變動不居,周流六虛。」注:變,易;動,行;六虛,六位也。日月周流,終則復始,故「周流六虛」,謂甲子之旬辰巳虛。坎戊為月,離己為日,入在中宮,其處空虛,故稱六虛,五甲如次者也。

経文「『易』は一部の書と為して、疏远すべからず」——恵棟の自注に曰く、天地の形象を效法するはみな書の内にあり。ゆえに疏远すべからず。経文「その講ずる所の道は屡々遷変す」——自注に曰く、「遷」はすなわち徙なり。日月周流して息まず、上下定処なし。ゆえに「屡々遷す」と言う。経文「変動して一処に停留せず、六虚に周流す」——自注に曰く、「変」はすなわち易にして、「動」はすなわち行にして、「六虚」はすなわち六爻の位なり。日月周流して終わりてまた始まる。ゆえに「六虚に周流す」と言う——指す所は甲子のこの旬の辰・巳の両位を虚と為すなり。坎は戊を納して月を為し、離は己を納して日を為し、戊己は入りて中宮に居り、彼の処はまさに空虚の所なり。ゆえに六虚と称し、五つの甲旬は依次みなこのがごとし。

「上下無常,剛柔相易。」注:上謂乾二、坤初及三也,下謂坤五、乾四及上也。相易謂二與五、初與四、三與上,乾剛坤柔相易得位也。「不可為典要,唯變所適。」注:典要,道也。上下無常,故「不可為典要」。適乾為晝,適坤為夜。

経文「上下常規なく、剛柔互相いに変易す」——恵棟の自注に曰く、「上」は乾の二爻・坤の初爻と三爻を指し、「下」は坤の五爻・乾の四爻と上爻を指す。「相易」は二と五・初と四・三と上と互いに位置を換え、乾剛坤柔彼此変易して各々その位を得るを指す。経文「以て固定の準則と為すべからず、ただ変化に随いて往くのみ」——自注に曰く、「典要」はすなわち常道なり。上下既に常規なし。ゆえに以て固定の準則と為すべからず。乾に往くは昼にして、坤に往くは夜なり。

「其出入以度,外內使知懼。」注:出乾為外,入坤為內。日行一度,故「出入以度」。出陽知生,入陰懼死,故「使知懼」也。「又明於憂患與故。」注:神以知來,故「明憂患」;知以藏往,故「知事故」。「無有師保,如臨父母。」注:陰陽之初,萬物之始,故「無有師保」。乾為父,坤為母,乾坤之元,故「如臨父母」。

経文「その出入はみな法度に合し、外卦内卦と問わず人をして戒懼を知らしむ」——恵棟の自注に曰く、乾に出ずるを外と為し、坤に入るを内と為す。太陽は一日一度を行く。ゆえに「出入は度を以てす」と言う。陽に出でれば便ち生を知り、陰に入れば便ち死を懼れる。ゆえに「懼れを知らしむ」と言う。経文「また能く憂患およびその緣故を明白す」——自注に曰く、神を以て未来を知る。ゆえに「憂患を明にす」なり。知を以て已往を蔵す。ゆえに「事故を知る」なり。経文「師傅保傅の旁にあらずして、父母に臨むがごとし」——自注に曰く、それは陰陽初萌・万物初始の時なり。ゆえに「師保なし」なり。乾は父を象り、坤は母を象り、まさに乾坤の元に当たる。ゆえに「父母に臨むがごとし」と言う。

「初帥其辭而揆其方。」注:初,始下也;帥,正也,謂修辭立誠;方謂坤也,以乾通坤,故「初帥其辭而揆其方」。「既有典常,苟非其人,道不虛行。」注:其出入以度,故「有典常」。《曲禮》曰:「假尒泰龜有常,假尒泰筮有常。」今文《尚書》曰:「假尒元龜,網敢知吉。」是無典常也。苟,誠也。其人謂乾為賢人。「神而明之,存乎其人」,「不言而信,存乎德行」。《中庸》曰:「待其人而後行。」故「不虛行」也。

経文「初爻はその言辞を端正してその方所を揣度す」——恵棟の自注に曰く、「初」は開始にして下位に処り、「帥」はすなわち正にして、指す所は辞を修め誠を立つるなり、「方」は坤を指し、乾を以て坤を通ず。ゆえに「初その辞を帥してその方を揆る」と言う。経文「既に常法あれば、若しあの人に非ざれば、道は虚しく行われず」——自注に曰く、「出入は度を以てす」を以て、ゆえに常法あり。『礼記·曲礼』に「なんじの大亀の常法を借重し、なんじの大筮の常法を借重す」と言う。今文『尚書』に「なんじの大亀を借重するも、敢て吉凶を預知せず」と言う——それはすなわち常法なきなり。「苟」は誠の意なり。「その人」は乾の象る所の賢人を指す。『繫辭』に「神妙にして明察するは全くあの人に在り」と言い、また「言語に靠らずして人をして信ぜしむるは全く徳行に在り」と言う。『中庸』に「あの人の出現を待ちて然る後に施行す」と言う。ゆえに「道は虚しく行われず」と言う。

疏。「法象」至「不遠」○「法象在內,故不遠」,《大戴禮·文王官人》文。「法象莫大乎天地」,「成象之謂乾,效法之謂坤」,易麗乾藏坤,故不遠。○「遷徙」至「婁遷」○此虞義也。「遷,徙」,《釋詁》文。日月謂坎離,坎離為乾坤二用,周流行於六位之中,故「婁遷」也。

恵棟の自疏:「法象」から「不遠」までの一段の注中「法象は内にあり、ゆえに遠からず」の一語は『大戴礼記·文王官人』に出づ。『繫辭』に「法象は天地より大なるはなし」と言い、また「形象を成就するを乾と呼び、法則を倣効するを坤と呼ぶ」と言う。『易』は乾に附麗して坤に收藏す。ゆえに疏远すべからず。「遷徙」から「婁遷」までの一段の注は虞翻の説を用う。「遷はすなわち徙なり」は『爾雅·釋詁』に出づ。日月の指す所は坎離にして、坎離は乾坤両卦の功用にして、六爻の位の中に周流運行す。ゆえに「屡々遷す」と言う。

○「變易」至「者也」○此虞義也。六虛謂六爻之位,故云「六位」也。《參同契》曰:「日合五行精,月受六律紀,五六三十度,度竟復更始。」故云「日月周流,終而復始」。六位謂之六虛者,六甲孤虛法也。天有六甲,地有五子,日辰不全,故有孤虛。裴駰曰:「甲子旬中無戌亥,戌亥為孤,辰巳為虛。」坎納戊,離納己。

「変易」から「者也」までの一段の注は虞翻の説を用う。六虚はすなわち六爻の位なれば、ゆえに「六位」と言う。『周易参同契』に「日は五行の精を合し、月は六律の紀を受け、五と六と合して三十度を成し、度数走り終わればまた新たに始まる」と言う。ゆえに「日月周流して終わりてまた始まる」と言う。六位を六虚と呼ぶ所以は、六甲孤虚の法を取るなり。天に六つの甲あり、地に五つの子あり、日と辰とは配して斉わず。ゆえに孤あり虚あり。裴駰に曰く「甲子のこの旬の中に戌・亥なく、戌亥はすなわち孤にして、辰巳はすなわち虚なり」と。納甲の法に按ずれば、坎は戊を納し、離は己を納す。

《參同契》曰:「天地設位而易行乎其中矣。」易謂坎離,坎離者,乾坤二用,二用無爻位,周流行六虛,「往來既不定,上下亦無常,幽潛淪匿,變化於中,包囊萬物,為道紀綱,以無制有,器用者空,故推消息,坎離滅亡」。又云:「坎戊月精,離己日光,日月為易,剛柔相當,土王四季,羅絡始終,青赤黑白,各居一方,皆稟中宮戊己之功。」故云「入在中宮,其處空虛,故稱六虛」也。

『参同契』に曰く「天地は方位を設立して『易』は便ちその中に運行す」と。ここの「易」は坎離を指し、坎離は乾坤両卦の功用にして、この両つの功用は固定の爻位なく、六虚に周流運行し、往来は既に定准なく、上下もまた常規なく、幽深に潜蔵隠匿して、その中にて変化し、万物を包裹して、大道の綱紀と為る。無を以て有を制馭するに、器物の用いられる所以はまさに中間の空なるに在り。ゆえに消息の理を推演すれば、坎離は便ち隠没して見えず。『参同契』はまた曰く「坎は戊を納するは月の精にして、離は己を納するは日の光なり、日月合して一つの『易』字を成し、剛と柔とは彼此相当なり。土は四季に旺しく、一年の終始を網羅し、青・赤・黒・白は各々一方に居り、みな中宮戊己の功を禀受す」と。ゆえに注に「入りて中宮に在り、その処空虚なれば、故に六虚と称す」と言う。

五甲如次者,謂甲戌旬中無申酉,申酉為孤,寅卯為虛;甲申旬中無午未,午未為孤,子丑為虛;甲午旬中無辰巳,辰巳為孤,戌亥為虛;甲辰旬中無寅卯,寅卯為孤,申酉為虛;甲寅旬中無子丑,子丑為孤,午未為虛。故云「五甲如次者」也。

いわゆる「五甲は次のごとし」は、甲戌のこの一旬の中に申・酉なく、申酉は孤を為し、寅卯は虚を為すを言う。甲申の旬の中に午・未なく、午未は孤を為し、子丑は虚を為す。甲午の旬の中に辰・巳なく、辰巳は孤を為し、戌亥は虚を為す。甲辰の旬の中に寅・卯なく、寅卯は孤を為し、申酉は虚を為す。甲寅の旬の中に子・丑なく、子丑は孤を為し、午未は虚を為す。ゆえに「五つの甲旬は依次みなこのがごとし」と言う。

○「上謂」至「位也」○上言坎離周流於六虛,此兼言六爻升降易位之事。乾二居坤五,坤初居乾四,坤三居乾上,故「上謂乾二坤初及三」也。或如嗛、大壯之三四升坤五,或如需之上六舉坎以降陽,故無常也。乾二坤五,二五相易也;乾初坤四,初四相易也;乾上坤三,三上相易也,故云「相易謂二與五、初與四、三與上」也。或有二爻相比而相易,或有爻變受成而相易也。乾剛坤柔,以剛易柔,以柔易剛,各得其位,故「剛柔相易」也。

「上謂」から「位也」までの一段の注:上文は坎離の六虚に周流するを講じ、ここに則ち兼ねて六爻の升降易位の事を講ず。乾の二爻は去りて坤の五位に居り、坤の初爻は去りて乾の四位に居り、坤の三爻は去りて乾の上位に居る。ゆえに「上は乾二・坤初と坤三を指す」と言う。あるいは『謙』『大壮』のごとき三爻・四爻が坤の五位に升るあり、あるいは『需』のごとき上六が坎象を挙げて陽爻を降下すあり。ゆえに常規なしと言う。乾二と坤五とは二五相易にして、乾初と坤四とは初四相易にして、乾上と坤三とは三上相易なり。ゆえに「相易は二と五・初と四・三と上を指す」と言う。あるは両爻の相隣りて互易し、あるは爻変の後承接して卦を成して互易す。乾剛に坤柔、剛を以て柔を易え、柔を以て剛を易え、各々本位に返回す。ゆえに「剛柔相易」と言う。

○「典要」至「為夜」○此虞義也。《釋言》曰:「典,經也。」下傳云「既有典常」,故云「典要,道也」。「其為道也婁遷」,故「不可為典要」。鄭注《大學》云:「之,適也。」如乾五動是乾之大有也,坤五動是坤之比也。又震巽特變,如豫終變成小畜,恆終變成益也,故云「唯變所適」。「剛柔者晝夜之道」,故云「適乾為晝,適坤為夜」。柔變剛適乾也,剛化柔適坤也。

「典要」から「為夜」までの一段の注は虞翻の説を用う。『爾雅·釋言』に「典はすなわち経なり」と言う。『繫辭下傳』に「既に典常あり」と言う。ゆえに「典要はすなわち常道」と言う。「その講ずる所の道は屡々遷変す」を以て、ゆえに「以て典要と為すべからず」。鄭玄の『大学』の注に「之はすなわち適なり」と言う。たとえば乾の五爻動けば、すなわち乾の『大有』なり、坤の五爻動けば、すなわち坤の『比』なり。再びたとえば震と巽とは互いに特に転変し、『豫』の最終に変じて『小畜』と為り、『恒』の最終に変じて『益』と為るがごとし。ゆえに「ただ変ずる所に適く」と言う。『繫辭』に「剛柔は昼夜の道なり」と言う。ゆえに「乾に往くは昼を為し、坤に往くは夜を為す」と言う。柔は変じて剛と為るはすなわち乾に往き、剛は化して柔と為るはすなわち坤に往く。

○「出乾」至「懼也」○此虞義也。三日出震為出乾,十六日退巽為入坤,以出入為外內也。日一日一夜而周一度,乾為日,坤為夜,出乾入坤,故「出入以度」。陽主生,陰主死,故「出陽知生,入陰懼死」,知生懼死,辨之早也。

「出乾」から「懼也」までの一段の注は虞翻の説を用う。月体納甲の法に按ずれば、初三日に月は震に出ずるはすなわち「乾に出づ」、十六日に月は巽に退くはすなわち「坤に入る」——出入を以て内外を分かつ。太陽は一昼一夜に一度を行満し、乾は日を象り、坤は夜を象り、乾に出でて坤に入る。ゆえに「出入は度を以てす」と言う。陽は生を主り、陰は死を主る。ゆえに「陽に出でれば便ち生を知り、陰に入れば便ち死を懼れる」と言う。生を知り死を懼るるは、まさに弁別するは早きなり。

○「神以」至「事故」○此虞義也。「聖人以此先心」,故「神以知來」。先知吉凶,興利遠害,故「明憂患」。故謂往故,坤智藏往,故「知事故」。○「陰陽」至「父母」○師保生成皆後起之事,陰陽之初,萬物之始,故「無有師保」。「物之始生,受之以蒙」,乃有師保也。乾坤之元,中孚咸時也,中孚至復,咸至遘,隱以之顯,乾坤致用,故「如臨父母」,戒慎恐懼之時也。

「神以」から「事故」までの一段の注は虞翻の説を用う。『繫辭』に「聖人はこれを以てその心を先に定む」と言う。ゆえに「神を以て未来を知る」なり。預め吉凶を知り、利益を興起し禍害を遠ざく。ゆえに「憂患を明にす」なり。「故」は已往の事を指し、坤の智は能く已往を收藏す。ゆえに「事故を知る」なり。「陰陽」から「父母」までの一段の注:師傅保傅・生養成就はみな後起の事なり。ここに言う所は陰陽初萌・万物初始の時なれば、「師保なし」なり。『序卦傳』に「万物剛に生まれ出づれば、則ち『蒙』を以て承接す」と言う——あの時に至りてこそ師保あり。いわゆる乾坤の元とは、指す所の『中孚』『咸』の時節なり。『中孚』の後に『復』を接ぎ、『咸』の後に『姤』を接ぎ、隠より顕に走向し、乾坤各々その用を致す。ゆえに「父母に臨むがごとし」と言い、それはまさに戒慎恐懼の時なり。

○「初始」至「其方」○此虞義也。「初始」謂初九也,陽在下,故云「下」也。正陽在下,故「初帥其辭」。息至二當升五,二陽不正,故「修辭立誠」。二本陰位,故「以乾通坤」,乾當居坤初、三、五之位,故「揆其方」也。

「初始」から「其方」までの一段の注は虞翻の説を用う。注に「初は始」と言うは指す所の初九にして、陽は下に処る。ゆえに「下」と言う。正陽は下に居る。ゆえに「初爻その言辞を端正す」と言う。陽息二爻に長じ、理当五位に升るべきも、二位の陽は並びに位に当たらず。ゆえに「辞を修め誠を立つる」を要す。二はもと陰位なり。ゆえに「乾を以て坤を通ず」と言い、乾は当に坤の初・三・五の三つの位に占据すべし。ゆえに「その方を揆る」と言う。

○「其出」至「行也」○此虞義也。日行一度,度有經常,故「有典常」。《曲禮》云者,證易之有常也。今文《尚書》者,伏生《尚書》西伯黎文,今作「格人」,俗儒改「假」為「格」,訛「尒」為「人」,失其義矣。神以知來,故吉凶可知,「網敢知吉」,是無典常也。郭璞《三倉解詁》曰:「苟,誠也。」九二升坤五,故為賢人。聖人幽贊於神明而生蓍,故「神而明之,存乎其人」。信在言前,故「不言而信」。易簡之善配至德,故「存乎德行」。《中庸》云者,證非其人則既濟之功不行也。

「其出」から「行也」までの一段の注は虞翻の説を用う。太陽は一天一度を行き、度数に常規あり。ゆえに「典常あり」と言う。『曲礼』を引くは、『易』に常法あるを証明せんと要するなり。いわゆる今文『尚書』とは伏生本『尚書·西伯戡黎』の文句を指し、今本は「格人」と作る。俗儒は「假」を改めて「格」と為し、また「尒」を訛りて「人」と為せば、便ち本義を失う。神を以て未来を知れば、ゆえに吉凶は預知すべきも、而も「敢えて吉凶を預知せず」と言えば、彼は便ち常法なきなり。郭璞の『三蒼解詁』に「苟はすなわち誠なり」と言う。九二は坤の五位に升る。ゆえに賢人と称す。聖人は黙々として神明を辅助して蓍草を生出す。ゆえに「神妙にして明察するは全くあの人に在り」と言う。誠信は言語に先んず。ゆえに「言語に靠らずして人をして信ぜしむ」と言う。平易簡約の善は以て至徳に配称するに足る。ゆえに「徳行に存す」と言う。『中庸』を引くは、若しあの人に非ざれば『既済』の功效は施行するに由なきを証明せんと要するなり。

易之為書也原始要終以為質也。注:質,本也。以乾原始,以坤要終,謂「原始及終,以知死生之說」。「六爻相雜,唯其時物也。」注:陰陽錯居稱雜,時陽則陽,時陰則陰,故「唯其時物」。乾陽物,坤陰物。「其初難知,其上易知,本末也。」注:本末,初上也。初尚微,故難知;爻象動內,吉凶見外,故易知。

経文「『易』は一部の書と為して、開端を推原し終了に帰結し、この個を以て根本と為す」——恵棟の自注に曰く、「質」はすなわち本なり。乾を以て開端を推原し、坤を以て終了に帰結するは、すなわち『繫辭上傳』の言う所の「開端を推原し併せて終了に帰結し、因りて死生の理を懂得す」なり。経文「六爻互いに錯雑し、ただ当時の何物たるを見るのみ」——自注に曰く、陰陽錯雑交居するをすなわち雑と呼ぶ。陽たるべき時はすなわち陽にして、陰たるべき時はすなわち陰なり。ゆえに「ただその時の物」と言う。乾は陽物にして、坤は陰物なり。経文「その初爻は知り難く、上爻は知り易し、これ本と末との分別なり」——自注に曰く、本末はすなわち初爻と上爻なり。初爻はなお微弱なれば知り難し。爻象は卦内に動き、吉凶は卦外に顕る。ゆえに知り易し。

「初辭儗之,卒成之終。」注:初帥其辭,儗之而後言,故「初辭儗之」。卦成於上,上為終,故「卒成之終」。「若夫雜物撰德,辯是與非,則非其中爻不備。」注:撰德謂乾。辯,別也。是謂陽非謂陰也。中,正也。乾六爻二四上匪正,坤六爻初三五匪正,故「非其中爻不備」。「道有變動,故曰爻也。」

経文「初爻の辞はただ擬議するに過ぎず、最後に至りてこそその終結を成就す」——恵棟の自注に曰く、初爻はその言辞を端正し、先ず擬議して後に開口す。ゆえに「初辞これを儗る」と言う。一卦は上爻に至りてこそ完成と算し、上爻は終なり。ゆえに「卒えてこれを終と成す」と言う。経文「錯雑して万物を撰述し徳性を弁別し是と非とを弁ずるに至っては、則ち中間の幾爻に非ざれば完備すること能わず」——自注に曰く、「撰徳」は乾を指す。「弁」はすなわち別なり。「是」は陽を指し、「非」は陰を指す。「中」はすなわち正なり。乾の六爻の中二・四・上の三爻は正ならず、坤の六爻の中初・三・五の三爻は正ならず。ゆえに「その中爻に非ざれば備わらず」と言う。経文「道に変動あり、ゆえにこれを爻と呼ぶ」。

「噫亦要存亡吉凶,則居可知矣。知者觀其彖辭,則思過半矣。」注:存亡吉凶,所謂要終者也。居,辭也。彖辭,卦辭,卦辭觕舉六爻之義,故「思過半矣」。「二與四同功而異位。」注:乾五為功,二應五,四承五,故同功。二為大夫,四為諸侯,故異位。

経文「嗚呼、ただ存亡吉凶を考察するを要せば、坐して以て知るべし。明智の者その彖辞を観れば、思慮は半ばを過ぐ」——恵棟の自注に曰く、存亡吉凶はまさに上文の言う所の「終了に帰結す」なり。「居」はすなわち辞なり。「彖辞」はすなわち卦辞にして、卦辞は粗略に六爻の義理を挙出す。ゆえに「思半ばを過ぐ」と言う。経文「二と四とは功用相同じくして位次同じからず」——自注に曰く、乾の五位は功にして、二は五と相応じ、四は五を承奉す。ゆえに功用相同じ。二は大夫の位にして、四は諸侯の位なり。ゆえに位次同じからず。

「其善不同,二多譽,四多懼,近也。」注:乾為善,二正應五故多譽,四近承五故多懼。傳曰:「近而不相得則凶。」「柔之為道,不利遠者,其要無咎,其用柔中也。」注:柔當承剛,故不利遠。傳曰:「困蒙之吝,獨遠實也。」柔中謂六二。

経文「それらの善は並びに相同じからず、二は多く称誉を得、四は多く憂懼あり、これ離るること近きを以てなり」——恵棟の自注に曰く、乾は善を象り、二は正しく五と相応ず。ゆえに多く称誉を得。四は緊く挨りて五を承奉す。ゆえに多く憂懼あり。『繫辭』に曰く「靠りて近きに彼此相得ざれば則ち凶なり」と。経文「柔は一种の道と為して、遠く走るに利あらず、その要旨は過ちを出さざるに在り、これそれ柔を以て中に居るを以てなり」——自注に曰く、柔は当に剛を承奉すべし。ゆえに遠く走るに利あらず。『繫辭』に曰く「『蒙』のいわゆる『困蒙の吝』は、独り陽実を遠離するを以てなり」と。ここに言う「柔中」は六二を指す。

「三與五同功而異位。」注:三有佐五之功,故同功。三為三公,五為天子,故異位。「三多凶,五多功,貴賤之等也。」注:三過中,故多凶;功歸於五,故五多功。五貴三賤,爻有等,故云「貴賤之等」。「其柔危,其剛勝邪。」注:謂三勝稱也。

経文「三と五とは功用相同じくして位次同じからず」——恵棟の自注に曰く、三に五を輔佐するの功労あり。ゆえに功用相同じ。三は三公の位にして、五は天子の位なり。ゆえに位次同じからず。経文「三は多く凶険にして、五は多く功業あり、これ貴賤の等差なり」——自注に曰く、三はすでに中位を越過す。ゆえに多く凶なり。功業はみな五に帰す。ゆえに五は多く功なり。五は尊貴にして三は卑賤にして、爻位はもと等級あり。ゆえに「貴賤の等」と言う。経文「若し柔なれば則ち危険にして、若し剛なればほぼ能く胜任せんか」——自注に曰く、言う所は三爻の剛は以てその名分を担当するに足るなり。

疏。「質本」至「之說」○此虞義也。《廣雅》曰:「素,本也。」質素同義,故云「質本也」。乾元萬物資始,故「以乾原始」;坤用六以大終,故「以坤要終」。「原始及終,以知死生之說」,上繫文。乾知生,坤知死,故「原始及終以知死生之說」,說讀為舍也。

恵棟の自疏:「質本」から「之説」までの一段の注は虞翻の説を用う。『広雅』に「素はすなわち本なり」と言う。「質」と「素」とは同義なり。ゆえに「質はすなわち本」と言う。乾元は万物の資して始まる所なり。ゆえに「乾を以て始を原す」と言う。坤は六を用いて大終を以て収結す。ゆえに「坤を以て終を要す」と言う。「始を原し終に及び、以て死生の説を知る」は『繫辭上傳』の原話なり。乾は生を知るを主り、坤は死を知るを主る。ゆえに「開端を推原し併せて終了に帰結し、因りて死生の説を懂得す」と言う。ここの「説」は「舍」と読む。

○「陰陽」至「陰物」○此虞義也。六爻陰陽錯居,故云雜。爻之變化有時,故云「時陽則陽,時陰則陰」。「乾陽物坤陰物」,上傳文。○「本末」至「易知」○《大過·彖傳》曰:「棟橈,本末弱也。」謂初上二爻,故知本末謂初上也。天道三微而成著,故初尚微,吉凶未定,故難知也。「爻象動內,吉凶見外」,上傳文。內謂初,外謂上,爻至上而吉凶始見,故易知也。

「陰陽」から「陰物」までの一段の注は虞翻の説を用う。六爻の陰陽は錯雑交居す。ゆえに雑と言う。爻の変化は各々その時あり。ゆえに「陽たるべき時はすなわち陽にして、陰たるべき時はすなわち陰」と言う。「乾は陽物、坤は陰物」は『繫辭上傳』の原話なり。「本末」から「易知」までの一段の注:『大過·彖傳』に「棟梁の弯曲するは本末両端の柔弱なり」と言うは、指す所まさに初・上の両爻なり。これによりて「本末」は初爻と上爻を指すを知る。天道は三重の微細を経てこそ顕著を成す。ゆえに初爻はなお微弱にして吉凶いまだ定まらず、因りて知り難し。「爻象は内に動き、吉凶は外に見る」もまた『繫辭上傳』の原話にして、内は初爻を指し、外は上爻を指す。爻は上位に走りて吉凶始めて顕現す。ゆえに知り易し。

○「初帥」至「之終」○初稱儗,儗之而後言,儗者未定之辭,故「初辭儗之」。一卦吉凶存亡之義至上而具,故「卦成於上」。上者一卦之終,故「卒成之終」。○「撰德」至「爻也」○此虞義也。承上「六爻相雜」來,雜物即「六爻相雜,唯其時物」是也。乾為德,故「撰德謂乾」。鄭氏曰:「撰,算也。」是非猶善惡,故「是謂陽非謂陰」也。六爻不皆中,故中謂正也。乾六爻二四上失位,故非正;坤六爻初三五失位,故非正。《乾鑿度》曰:「陰陽失位皆為不正。」鄭彼注云「初六陰不正,九二陽不正」是也。

「初帥」から「之終」までの一段の注:初爻は「儗」と称し、先ず擬議して後に開口す。「儗」は未だ確定せざる辞なり。ゆえに「初辞これを儗る」と言う。一卦の吉凶存亡の義理は上爻に到りてこそ斉備す。ゆえに「卦は上に成る」と言う。上爻は一卦の終結なり。ゆえに「卒えてこれを終と成す」と言う。「撰徳」から「爻也」までの一段の注は虞翻の説を用う。上文の「六爻相雑」を承接して来るを以て、いわゆる「雑物」はすなわち「六爻相雑して、ただその時の物」なり。乾は徳を象る。ゆえに「撰徳は乾を指す」と言う。鄭玄に曰く「撰はすなわち算なり」と。是と非とは善と悪とに比す。ゆえに「是は陽を指し、非は陰を指す」と言う。六爻は並びに个个中に居り位に当たるに非ず。ゆえに「中」はここに「正」と訓す。乾の六爻の中二・四・上は位を失う。ゆえに正ならず。坤の六爻の中初・三・五は位を失う。ゆえに正ならず。『易緯乾鑿度』に「陰陽位を失うはみな正ならずと算す」と言い、鄭玄はかそこに注して「初六は陰にして正ならず、九二は陽にして正ならず」と言う——まさにこの意である。

若然,乾二居坤五,乾四居坤初,乾上居坤三,坤五居乾二,坤初居乾四,坤三居乾上,則六爻得位成兩既濟,天地人之道備,故「非其中則爻辭不備」也。「道有變動故曰爻」,下傳文。

既にこのがごときんば、乾の二爻は去りて坤の五位に居り、乾の四爻は去りて坤の初位に居り、乾の上爻は去りて坤の三位に居り、坤の五爻は去りて乾の二位に居り、坤の初爻は去りて乾の四位に居り、坤の三爻は去りて乾の上位に居る——さらば六爻はみな位を得て二つの『既済』を成し、天・地・人の三才の道は便ち斉備す。ゆえに「中間の幾爻に靠らざれば、爻辞は不完備なり」と言う。「道に変動あり、ゆえに爻と曰う」は『繫辭下傳』の原話なり。

○「存亡」至「半矣」○此申要終之義也。居音基。「居,辭」,鄭、王肅義也。陽為存,陰為亡,乾為吉,坤為凶,乾吉則存,坤凶則亡,知存知亡,故「居可知矣」。「彖辭,卦辭」,馬義也。卦辭觕舉一卦六爻之義,言不一一舉,故云「觕舉」。如屯卦辭「不利有攸往,利建侯」謂初也。

「存亡」から「半矣」までの一段の注は「終了に帰結す」の意を申説するなり。「居」の読みは「基」に同じ。「居」を「辞」と訓するは鄭玄と王肅の説なり。陽は存を象り、陰は亡を象り、乾は吉を象り、坤は凶を象る。乾吉なれば便ち存し、坤凶なれば便ち亡し、能く存を知り能く亡を知る。ゆえに「居れば知るべし」と言う。「彖辞」を卦辞と講じ成すは馬融の説なり。卦辞は粗略に一卦六爻の義理を挙出して、並びに一条条列挙せず。ゆえに「麁挙」と言う。たとえば『屯』卦辞の「往く所有るに利あらず、侯を建てるに利あり」は、講ずる所はすなわち初爻なり。

繫辭下傳・二と四とは功を同じくして位を異にす(疏)

《蒙》卦辭:「匪我求童蒙,童蒙求我」,我謂二,童蒙謂五。「初筮告,再三瀆,瀆則不告」,初筮謂初,再三謂三四。屯重既濟,以初九為一卦之主,故止舉一爻;蒙則兼舉五爻,故云「思過半矣」。他卦卦辭皆放此。

『蒙』卦の卦辞に「我童蒙を求むるに非ず、童蒙我を求む」と言い、その中の「我」は九二を指し、「童蒙」は六五を指す。また「初筮には告げ、再び三びすれば瀆し、瀆すれば則ち告げず」と言い、「初筮」は初爻を指し、「再三」は三爻と四爻を指す。『屯』卦は重曡して『既済』に帰趨し、全卦は初九を以て一卦の主爻と為す。ゆえに卦辞はただこの一爻を挙出す。『蒙』卦の卦辞は却って二・五・初・三・四の五つの爻を一併せて挙出す。ゆえに『繫辭』に「思半ばを過ぐ」と言う——彖辞を読み通せば、一卦の義理は便ちすでに大半を掌握せり。其余各卦の卦辞は、みなこの弁法を照らして看るべし。

○乾五至異位○此下陳二四三五爻之義,亦所謂要終者也。六爻以二五為中和,卦二五兩爻又以五爻為主。乾五為功,故凡言功皆指五。或以二四同在陰位,三五同在陽位,故同功,非易之例也。二為大夫,四為諸侯,乾鑿度文,言二四皆有承五之功而位則異也。

この一節は注文「乾五……異位」を疏証す。以下は二・四・三・五の四爻の義理を鋪陳するにして、すなわち『繫辭』の言う所の「要終」なり——終局より、五爻のこの帰宿の処より回頭して各爻を考察す。六爻の中は二・五両爻を以て中和の位と為し、而も二・五の間はまた五爻を以て主と為す。乾卦の九五は「功」の在る所なれば、凡そ「功」を講ずる処はみな五爻を指す。ある人は二と四とは同じく陰位に処り、三と五とは同じく陽位に処るを以て、因りて「同功」と呼ぶと言う——これは『易』例の本意に非ず。二爻の位は大夫に当たり、四爻の位は諸侯に当たるは、これ『乾鑿度』の文字なり。いわゆる「同功にして異位」とは、二・四ともに九五を承奉するの功ありて、居る所の位次の高下同じからざるを言う。

○乾為至則凶○乾為善,亦謂五也。二四皆承五,二居中而應五,故多譽;四不中而近五,故多懼。凡卦相比而不相害則吉,近而不相得則凶,故引下傳以為證也。○柔當至六二○此申二多譽之義。柔利承陽,遠則不利,蒙六四之吝遠於陽也。二遠於五,所以多譽而無咎者,以其用柔居中而應五也。其要者亦要終之義也。

この一節は注文「乾為……則凶」を疏証す。乾は善を為し、この「善」は同様に五爻を指す。二・四両爻ともに上りて九五を承す。二は下卦の中に居りて五と相応ず。ゆえに「誉れ多し」。四は中位に居らず、ただ緊く五に挨るのみ。ゆえに「懼れ多し」。大凡そ両爻相比隣して彼此妨害せざれば則ち吉にして、相隣りて互いに投合せざれば則ち凶なり。ゆえに恵棟は『繫辭下傳』の話を引きて以て印証す。以下の一節は注文「柔当……六二」を疏証して、二爻の「誉れ多き」の道理を申説するなり。陰柔は陽剛を承奉するを以て有利と為し、陽を離るること太も遠ければ便ち利あらず。『蒙』卦の六四の「吝」ある所以は、まさにそれが陽爻を遠離するに在り。二爻は五を離るること遠きといえど、能く多く称誉を得て過ちに至らざるは、それが柔を以て中に居りてまた上りて九五に応ずるを以てなり。いわゆる「その要」はすなわち「要終」にして、終処に帰結して論を立つ。

○三有至異位○功者五之功而三佐之,故同功。三為三公,五為天子,亦乾鑿度文。○三過至之等○揚雄論乾六爻之義云:「過中則惕。」三過中,故多凶也。六爻之功皆歸於五,故五多功。易之例陽貴陰賤,今三陽而稱賤者,三多凶,陽吉陰凶,故謂之賤。且三對五言不得雲貴。

この一節は注文「三有……異位」を疏証す。いわゆる「功」は、もと五爻の功業にして三爻の輔佐によりて成就せらる。ゆえに三と五とは「同功」と言う。三爻の位は三公に当たり、五爻の位は天子に当たるは、これもまた『乾鑿度』の原文なり。以下の一節は注文「三過……之等」を疏証す。揚雄は乾卦六爻の義理を論じて曰く「中位を過ぐれば当に戒懼すべし」と。三爻はすでに下卦の中を越過す。ゆえに「凶多し」。六爻の功業は最終にみな五爻に帰す。ゆえに「五は功多し」と言う。『易』の通例は陽爻を貴と為し陰爻を賤と為すも、今三爻は明々白々陽爻なるも却って「賤」と称す——その縁故は三爻の凶多きに在り。陽は吉を主り陰は凶を主り、凶多ければ便ち陰に近づく。ゆえにそれを賤と称す。況んや三爻は五爻に対して言う所なれば、自然貴と称する能わず。

繫上云:「卑高以陳,貴賤位矣。」又云:「列貴賤者存乎位。」又云:「崇高莫大乎富貴。」貴皆謂五,故五在,三不得言貴也。若據陰爻亦得言貴,屯初九傳云「以貴下賤,大得民」是也。若爻不善亦不得言貴,頤初九傳云「觀我朵頤,亦不足貴」是也。爻有等,下傳文。乾為善,三多凶,故不言其善也。

『繫辭上傳』に「卑高以て陳り、貴賤位なり」と言い、また「貴賤を列する者は位に存す」と言い、また「崇高は富貴より大なるはなし」と言う——この数処の「貴」はみな五爻を指す。既に五爻の上にあるに就きては、三爻は便ち貴と称する能わず。若し陰爻を拿して参照と為せば、陽爻もまた貴と称すべし。『屯』卦の初九『象傳』の言う所の「貴を以て賤に下り、大いに民を得」はすなわちこの種の用法なり。若し爻本身善ならざれば、同様に貴と称する能わず。『頤』卦の初九『象傳』の言う所の「我が朶頤を観る、亦た貴ぶに足らず」はすなわちこの種の用法なり。「爻に等あり」の一句は『繫辭下傳』に出づ。乾は善を為すも、三爻は凶多し。ゆえに『繫辭』はただその凶多きを言うのみにして、その善を称説せず。

○謂三勝稱也○下傳云「其辭危」,虞彼注云「危謂三」,故知其柔其剛皆謂三也。勝稱同物,故云勝稱也。上云「非其中爻不備」,故此傳論二爻之義云「其要無咎,其用柔中也」,論三爻之義云「其柔危,其剛勝邪」,以陽居陽故稱也。

この一節は注文「謂三」から「勝は称なり」に至るを疏証す。『繫辭下傳』に「その辞危なり」と言い、虞翻はかそこに注解して「危は三爻を指す」と言う。これによりて「その柔」「その剛」の両句は講ずる所みな三爻なるを知る。「勝」と「称」とは一類の字にして義訓相通ず。ゆえに注文に「勝は称なり」と言う——胜任・相称なり。前文すでに「その中爻に非ざれば備わらず」と言い、二より五に至るこの幾個の中爻を取らざれば、卦義は便ち不完備なり。ゆえにこの伝は二爻の義理を論ずる時「その要は咎なし、その用は柔中なり」と言い、三爻の義理を論ずる時「その柔は危く、その剛は勝たんか」と言う。三爻は陽爻を以て陽位に居り、剛にして正を得。ゆえにそれを「勝」と言い、すなわち以て相称い担い起こすに足るなり。

繫辭下傳・易の書と為るや広大にして悉く備わる

易之為書也廣大悉備。注:有天地人之道,故悉備。「以言乎天地之間則備矣。」有天道焉,有人道焉,有地道焉。注:道謂陰陽剛柔仁義之道,所謂性命之理也。兼三才而兩之故六。注:參天兩地為六畫,故六也。六者非它也,三才之道也。注:六爻之動,三極之道,故三才之道也。

経文に曰く『易』のこの書は広大にして備わらざるなしと。恵棟の自注に曰く、それは天道・地道・人道を兼含す。ゆえに「悉く備わる」と言う。『繫辭上傳』の「以て天地の間に言えば則ち備われり」はまさにこの意なり。経文は引き続き言う:その中に天道あり、人道あり、地道ありと。自注に曰く、ここの「道」は指す所の陰と陽・柔と剛・仁と義のこの三対の法則にして、すなわち『説卦傳』の言う所の「性命の理」なり。経文に曰く、三才を兼取して毎一才は各々両画を用いて表示す。ゆえに六画を成すと。自注に曰く、参天両地は相合して六画を為す。ゆえに六なり。経文に曰く、この六画は別のものに非ず、すなわち三才の道なりと。自注に曰く、『繫辭上傳』に「六爻の動は三極の道なり」と言う。ゆえに六画はすなわち三才の道と言う。

道有變動故曰爻。注:爻也者,效天下之動者也。爻有等故曰物。注:聖人有以見天下之動而觀其會通以行其等禮,故爻有等;乾陽物,坤陰物,故為物。物相雜故曰文。注:純乾純坤之時未有文章,陽物入坤,陰物入乾,更相雜成六十四卦,乃有文章,故曰文。文不當故吉凶生焉。注:不當謂不當位,當則生吉,不當則生凶,故吉凶生也。

経文に曰く、道に変動あり、ゆえに「爻」と呼ぶと。自注に曰く、「爻」はすなわち天下万物の変動に倣効するものなり。経文に曰く、爻に等級あり、ゆえに「物」と呼ぶと。自注に曰く、聖人は天下の変動を観察し、それが会合貫通する処を考察し、拠りて等差ある礼制を推行す。ゆえに爻に等級あり。乾は陽物にして坤は陰物なり。因りてこれを「物」と称す。経文に曰く、物類彼此錯雑す、ゆえに「文」と呼ぶと。自注に曰く、純に乾・純に坤の時は未だ文采あらず、陽物は坤中に入り、陰物は乾中に入り、交相錯雑して六十四卦を生成す——これにしてこそ文采あり。ゆえに「文」と呼ぶ。経文に曰く、文采錯雑して爻位に当たると当たらざるとあり、吉凶は便ちこれに由りて産生すと。自注に曰く、「不当」は爻の位に当たらざるを指し、位に当たれば便ち吉を生じ、位に当たらざれば便ち凶を生じ、吉凶は因りてこれに由りて生ず。

疏。有天至備矣○繫上曰「夫易廣矣大矣」,荀彼注云:「以陰易陽謂之廣,以陽易陰謂之大。」下云「以言乎天地之間則備矣」。天,天道也;地,地道也;天地之間,人道也。大衍之數備三才,故廣大悉備也。○道謂至理也○說卦曰:「立天之道曰陰與陽,立地之道曰柔與剛,立人之道曰仁與義。」六者原本於性命,故云性命之理。下云「兼三才而兩之」,是順性命之理也。

以下は疏なり。先ず注文「有天……備矣」の一節を疏証す。『繫辭上傳』に「それ易は広くして大なり」と言い、荀爽はかそこに注解して「陰を以て陽に替えるを広と呼び、陽を以て陰に替えるを大と呼ぶ」と言う。下文に「以て天地の間に言えば則ち備われり」と言う。「天」はすなわち天道にして、「地」はすなわち地道にして、天地の間なるは則ち人道なり。大衍筮法の数はすでに三才を全部包挙す。ゆえに「広大悉く備わる」と言う。以下注文「道謂……理也」の一節を疏証す。『説卦傳』に曰く「天の道を立つるは陰と陽と曰い、地の道を立つるは柔と剛と曰い、人の道を立つるは仁と義と曰う」と。陰陽・柔剛・仁義のこの六者はみな性命に本原す。ゆえに「性命の理」と称す。下文に「三才を兼ねてこれを両にす」と言うは、まさに性命の理に順いて卦を立つるなり。

○參天至六也○說卦云:「兼三才而兩之,故易六畫而成卦。」虞彼注云:「謂參天兩地,乾坤各三爻而成六畫之數也。」○六爻至道也○「六爻之動,三極之道」,上繫文。三極謂天地人,即三才,故云三才之道也。○爻也至者也○道即三才之道。「爻也者,效天下之動者也」,上傳文。虞彼注云:「動,變也。謂兩三才為六畫,則發揮於剛柔而生爻也。」

注文「参天……六也」の一節を疏証す。『説卦傳』に「三才を兼ねてこれを両にす、ゆえに易は六画にして卦を成す」と言う。虞翻はかそこに注解して「いわゆる参天両地とは、乾坤が各々三爻を具えて合して六画の数を成すを言う」と言う。以下注文「六爻……道也」の一節を疏証す。「六爻の動は三極の道なり」は『繫辭上傳』に出で、「三極」は天・地・人を指し、すなわち三才なり。ゆえに六画は即ち三才の道と言う。以下注文「爻也……者也」の一節を疏証す。ここの「道」はすなわち三才の道なり。「爻とは天下の動に効する者なり」は『繫辭上傳』に出で、虞翻はかそこに注解して「動はすなわち変なり。三才を各々両画に分かちて六画を成し、ここにおいて剛柔の間に変化を発揮して爻を生出す」と言う。

○聖人至為物○「聖人有以見天下之動而觀其會通以行其等禮」,上繫文。道有變動,故曰爻。乾坤交而通,故觀其會通以行其等禮。禮之有降殺,本於爻之有等級,故曰等禮。「乾陽物,坤陰物」,上傳文,言爻之陰陽自乾坤來也。

注文「聖人……為物」の一節を疏証す。「聖人は以て天下の動を見る有りて、其の会通を観て以て其の典礼を行う」は『繫辭上傳』に出づ。道に変動あり、ゆえにこれを爻と称す。乾坤交感して後に通達す。ゆえにそれが会合貫通の処を観察し、拠りて等差ある礼制を推行すと言う。礼制の隆あるや殺あるや・厚あるや薄あるやの所以は、根源はすなわち爻に等級高下あるに在り。ゆえに「等礼」と呼ぶ。「乾は陽物、坤は陰物」は『繫辭下傳』に出で、言う所は爻の陰陽属性はみな乾坤より来たるなり。

○純乾至曰文○此虞義也。純乾純坤謂乾坤各三爻也,其時未有文章,鄭語曰「物一無文」是也。乾坤交通,故陽物入坤,陰物入乾而成六子,八卦更相錯而成六十四卦,柔文剛,剛文柔,如五色相雜而成文章,故曰文也。○不當至生也○陽居陰、陰居陽為不當位。乾鑿度曰:「陽失位為庸人,陰失位為小人也。」「吉凶者,言乎其得失也」,故得位則生吉,失位則生凶。

注文「純乾……曰文」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。純乾・純坤は指す所の乾坤が各々ただ三爻のみの本体にして、あの時は未だ文采あらず。『国語·鄭語』の言う所の「物は一なれば文なし」——単一の物は花紋を構成せず——まさにこの意である。乾坤交感相通じ、ここにおいて陽物は坤中に入り陰物は乾中に入りて震坎艮・巽離兌の六子を生出し、八卦は再び彼此交錯して六十四卦を成す。柔来りて剛を文飾し、刚来りて柔を文飾す——五色の相間じて花紋を成すに比す。ゆえに「文」と呼ぶ。以下注文「不当……生也」の一節を疏証す。陽爻が陰位に居り、陰爻が陽位に居るをすなわち「位に当たらず」と呼ぶ。『乾鑿度』に「陽爻位を失うは庸人にして、陰爻位を失うは小人なり」と言う。『繫辭』はまた「吉凶とはその得失を言うなり」と言う。ゆえに位を得れば便ち吉を生じ、位を失えば便ち凶を生ず。

繫辭下傳・易の興るやその殷の末世に当たるか

易之興也其當殷之末世周之盛德邪,當文王與紂之事邪。注:謂文王書易六爻之辭也。末世乾上,盛德乾三也。是故其辭危。注:危謂乾三「夕惕若夤,厲無咎」,故辭危也。危者使平。注:平謂三,天地際故平。文王則庖犧,合德乾五,故危者使平也。易者使傾。注:乾為易,傾謂上,乾盈動傾,故使傾,謂紂也。其道甚大,百物不廢。注:大謂乾道,乾三爻三十六物,略其奇五故百物,反覆不衰,故不廢也。

経文に曰く『易』の興起するはほぼ殷商の末世・周朝の盛徳方に興るの時に当たるか、文王と紂王とのあの一段の史事に当たるかと。恵棟の自注に曰く、これは文王が『易』六爻の爻辞を写定したるを言う。「末世」は乾の上九に取象し、「盛徳」は乾の九三に取象す。経文に曰く、ゆえにその辞句は憂危に充満すと。自注に曰く、「危」は乾の九三の「夕に惕れること夤のごとく、厲けれど咎なし」を指す。ゆえに辞危なりと言う。経文に曰く、憂危戒懼の人は能く自らをして危を転じて平と為さしむと。自注に曰く、「平」は三爻を指し、三は天地の交界の処に処る。ゆえに平を為す。文王は庖犠に取法し、その徳は乾五と相合す。ゆえに能く危なる者を転じて平と為さしむ。経文に曰く、軽慢怠忽の人は則ち自らを傾覆せしむと。自注に曰く、乾は平易を以て簡知す。ゆえに乾は「易」を為す。「傾」は上爻を指し、乾道は盈満すれば則ち動きて傾覆す。ゆえに彼を傾覆せしむと言い、指す所は紂王なり。経文に曰く、その道理は極めて広大にして百物廃棄する所なしと。自注に曰く、「大」は乾道を指し、乾の一爻は三十六物の数に当たり、零余を略去す。ゆえに成数を挙げて「百物」と言う。乾道は往复して衰竭せず。ゆえに「廃せず」と言う。

懼以終始,其要無咎,此之謂易之道也。注:乾稱易道。「知至至之,可與幾也」,故懼以始;「知終終之,可與存義也」,故懼以終;終日乾乾故無咎。危者使平,易者使傾,惡盈福嗛,故易之道者也。

経文に曰く、自始から終に至りて常に戒懼を懐き、その要帰は過ちを出さざるに在り、これをすなわち『易』の道理と呼ぶと。自注に曰く、乾はすなわちいわゆる「易道」なり。『文言』に「至るを知りて至るは、与に幾なるべし」と言うは、これ開端の処にて戒懼するなり。「終わるを知りて終わるは、与に義を存すべし」と言うは、これ終結の処にて戒懼するなり。終日勤勉して懈らず。ゆえに災禍あらざらん。憂危の者は転じて平を得、軽慢の者は終に帰りて傾覆す——天道は盈満を憎悪して謙退に福を降す。これすなわち『易』の講ずる所の道理なり。

疏。謂文至三也○此虞義也。大道之行,天下為公,選賢與能,故庖犧作易,創二五升降之法,以天德居天位。夏商以後,大道既隱,天下為家,大人世及以為禮。至殷之末世,紂為無道,故文王演易,昌明大道,書易六爻之辭而明吉凶悔吝,易道廢而復興。屯之六三「君子以經論」,是文王演易文致太平之事,故曰「易之興也,其當殷之末世周之盛德邪,當文王與紂之事邪」。上九「忼龍有悔」,故末世。乾上謂紂也。陽成於三,九三「終日乾乾,夕惕若夤」,窮神知化德之盛,故盛德乾三也。

以下は疏なり。先ず注文「謂文……三也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。上古大道通行の時は天下は公を為し、賢能を推挙す。ゆえに庖犠は『易』を創作して二五升降の法を開創し、天徳ある人をして天子の位に居らしむ。夏商以後、大道は隠没して天下は一家の私産と変じ、君主は世代伝子を以て礼制と為す。殷商末世に至りて紂王暴虐无道なれば、文王は『易』道を推演して先王の大道を昌明し、六爻の爻辞を写定して以て吉凶悔吝を顕明にし、一度廃弛せる『易』道を重新に興起せしむ。『屯』卦の六三の繫する所の「君子以て経綸す」はまさに文王の『易』を演じ文徳を以て太平を致すの事なり。ゆえに「易の興るや、その殷の末世・周の盛徳に当たるか、文王と紂との事に当たるか」と言う。上九の「忼竜悔あり」なれば、取りて以て末世を象る。乾の上爻は便ち紂王を指す。陽気は三に成就し、九三は「終日乾乾、夕に惕れること夤のごとく」にして、神妙を窮究し造化を通暁す——まさに徳の極盛なり。ゆえに「盛徳」は乾の九三に取象す。

○危謂至危也○此虞義也。承上「周之盛德」,故知危謂乾三。三多凶,「夕惕若夤,厲無咎」,乾九三爻辭。文言云「雖危無咎」,故辭危也。○平謂至平也○泰九三爻辭曰「無平不陂」,虞彼注云「平謂三」,傳曰「天地際也」,三處天地之會,故平也。虞上繫注云「文王則庖犧」,亦與天地合德,庖犧德合乾五,文王則之,故德亦合乾五,幽而演易文致太平,故危者使平也。

注文「危謂……危也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。上文の「周の盛徳」を承接すれば、「危」は乾の九三を指すを知るべし。三爻は凶多し。「夕に惕れること夤のごとく、厲けれど咎なし」はすなわち乾の九三の爻辞にして、『文言』に「危けれども咎なし」と言う。ゆえにそれを「辞危」と称す。以下注文「平謂……平也」の一節を疏証す。『泰』卦の九三爻辞に「平なくして陂らざるなし」と言い、虞翻の注に「平は三爻を指す」と言い、『象傳』に「天地の際なり」と言う——三爻はまさに天地交接の処に処る。ゆえに「平」を為す。虞翻の『繫辭上傳』の注に「文王は庖犠に取法す」と言い、亦た天地とその徳を合す。庖犠の徳は乾五に合し、文王は彼に取法す。ゆえに徳もまた乾五に合す。文王は身を幽囚に陥りて『易』道を推演し、文徳を以て太平を致す。ゆえに憂危の者は能くこれを転じて平と為すと言う。

○乾為至紂也○乾以易知,故乾為易。承殷之末世言,故傾謂上。上九「忼龍」盈不可久,故乾盈動傾。紂無道滅亡,故易者使傾也。○大謂至廢也○此虞義也。陽稱大,乾道變化,故大謂乾道。乾陽爻九,四九三十六,三爻一百八,略其奇數,故百物。乾純粹精,故為物也。終日乾乾反復道,故反覆不衰,是不廢之義也。

注文「乾為……紂也」の一節を疏証す。乾は平易を以て知を主る。ゆえに乾は「易」を為す。ここは殷商末世に承けて論を立つ。ゆえに「傾」は上爻を指す。上九は「忼竜」にして盈満の勢いは長久を能わず。ゆえに乾道盈満すれば便ち動きて傾覆す。紂王は无道にして終に滅亡す。ゆえに軽慢の者は彼を傾覆せしむと言う。以下注文「大謂……廃也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。陽は大と称し、乾道は変化して已まず。ゆえに「大」は乾道を指す。乾の陽爻は九を用い、四九三十六は一爻の策数なり。三爻合して一百八を為し、零頭を略去す。ゆえに「百物」と称す。乾は純粋にして精なり。ゆえにこれを「物」と称す。終日勤勉して行道を往复す。ゆえに往复して衰竭せず——これすなわち「廃せざる」の意なり。

○乾稱至者也○此虞義也。乾為易為道,故乾稱易道。「知至至之」,至謂初;「知終終之」,終謂上,此文言傳釋九三義也。九三知始知終,雖危無咎,與此傳「懼以終始,其要無咎」同義,故引以為證。天道福謙,故危者使平;地道變盈,人道惡盈,故易者使傾。謙自乾來,上九降三,乾為易道,故易之道者也。

注文「乾称……者也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。乾は既に「易」にしてまた「道」なり。ゆえに乾は「易道」と称す。「至るを知りて至る」の「至」は初爻を指し、「終わるを知りて終わる」の「終」は上爻を指す——これは『文言傳』の九三を解釈するの話なり。九三は既にその始を知りまたその終を知り、危境に処るといえど咎に至らず、『繫辭』のここに言う所の「終始に懼れて、その要は咎なし」と同一の義旨なり。ゆえに引きて以て証と為す。天道は謙退に福を降す。ゆえに憂危の者は能くこれを転じて平と為す。地道は盈満を改変し、人道は盈満を憎悪す。ゆえに軽慢の者は彼を傾覆せしむ。『謙』卦は乾より変じ来たり、上九は下降して三に居り、乾は即ち易道なり。ゆえにこれすなわち『易』の道理と言う。

繫辭下傳・それ乾は天下の至健なり

夫乾天下之至健也,德行恆易以知險。注:險謂坎也。謂乾二五之坤成坎離,日月麗天,天險不可升,故知險者也。夫坤天下之至順也,德行恆簡以知阻。注:阻,險阻也。謂坤二五之乾,艮為山陵,坎為水,巽高兌下,地險山川丘陵,故以知阻也。能說諸心,能揅諸侯之慮。注:乾五之坤坎為心,兌為說,故能說諸心。坎心為慮,乾初之坤為震,震為諸侯,故能揅諸侯之慮。

経文に曰く、乾は天下の最も剛健なる者にして、その徳行は永く平易を以て険難を洞知すと。恵棟の自注に曰く、「険」は坎卦を指す。乾の二・五両爻は坤中に往きて坎を成し離を成し、日月は天に懸麗し、天の険峻は攀登すべからず。ゆえに能く険難を洞知す。経文に曰く、坤は天下の最も柔順なる者にして、その徳行は永く簡約を以て阻塞を洞知すと。自注に曰く、「阻」はすなわち険阻なり。坤の二・五両爻は乾中に往き、互体の艮は山陵を為し、坎は水を為し、巽は高を為し兌は下を為し——まさに「地険は山川丘陵」の象に合す。ゆえに能く阻塞を洞知す。経文に曰く、それは能く人心を悦服せしめ、能く諸侯の思慮を研核すと。自注に曰く、乾五は坤に往き、坎は心を為し、兌は悦を為す。ゆえに能く人心を悦服せしむ。坎の心はすなわち思慮にして、乾初は坤に往きて震を成し、震は諸侯を為す。ゆえに能く諸侯の思慮を研核す。

定天下之吉凶,成天下之娓娓者。注:謂乾二五之坤成離日坎月,則八卦象具,八卦定吉凶,故能定天下之吉凶。娓娓者,陰陽之微,月生震初,故成天下之娓娓者。是故變化云為,吉事有詳。注:詳,善也,吉之先見者也。陽出變化云為吉事為詳,謂復初乾元者也。象事知器,占事知來。注:象事謂坤,坤為器,乾五之坤成象,故象事知器。占事謂乾以知來,乾五動成離則翫其占,故知來。

経文に曰く、それは能く天下の吉凶を判定し、天下の勉勉として倦まざるの事業を成就すと。自注に曰く、乾二・五は坤に往きて離日坎月を成し、八卦の象はここにおいて斉備す。八卦は以て吉凶を判定するに足る。ゆえに能く天下の吉凶を定むと言う。「娓娓」は指す所の陰陽初動の時の細微の象にして、月光は震初に始めて生ず。ゆえに天下の娓娓を成就すと言う。経文に曰く、ゆえに変化と言行との際に、吉事は先ず祥兆ありと。自注に曰く、「詳」はすなわち善にして、吉の先見の兆なり。陽気出でて変化を生じ言行に発すれば、吉事は便ち祥兆を成す——言う所は『復』卦初爻の乾元の気なり。経文に曰く、事に象を観て器用を知り、事に占問して未来を知ると。自注に曰く、「象事」は坤を指し、坤は器を為し、乾五は坤に往きて象を成す。ゆえに象事に由りて器用を知る。「占事」は乾の能く来を知るを指し、乾五動きて離を成せば、便ち以てその占辞を玩味すべし。ゆえに能く未来を知る。

天地設位,聖人成能。注:天尊五,地卑二,故設位。乾為聖人,能說諸心,能揅諸侯之慮,故成能也。人謀鬼謀,百姓與能。注:乾為人,坤為鬼,乾二五之坤坎為謀,乾為百,坤為姓,故人謀鬼謀,百姓與能。

経文に曰く、天地は尊卑の位を設定し、聖人はその功能を成就すと。自注に曰く、天尊は五にあり、地卑は二にあり。ゆえに「位を設く」と言う。乾は聖人を為し、能く人心を悦服せしめ、能く諸侯の思慮を研核す。ゆえに「能を成す」と言う。経文に曰く、人謀り鬼神謀り、百姓もまたその能に参与すと。自注に曰く、乾は人を為し、坤は鬼を為し、乾二・五は坤に往き、坎は謀を為し、乾は百を為し、坤は姓を為す。ゆえに人謀鬼謀・百姓能に与ると言う。

疏。險謂至者也○此虞義也。坎為險,故云險謂坎也。乾二五之坤成坎,乾二五變之坤成離,故云乾二五之坤成坎離。坎月離日,故日月麗天。論語曰:「仲尼日月也,無得而踰焉。」又云:「夫子之不可及也,猶天之不可階而升也。」故云天險不可升也,是知險之義也。「天險不可升也」,坎彖傳文。

以下は疏なり。先ず注文「険謂……者也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。坎は険を為す。ゆえに「険は坎を指す」と言う。乾二・五は坤に往きて坎を成し、乾二・五は変じて坤に往きて離を成す。ゆえに乾二五の坤に之くは坎離を成すと言う。坎は月を為し離は日を為す。ゆえに日月は天に懸麗す。『論語』は子貢の話を載せて曰く「仲尼は日月なり、逾ゆるを得るなし」と、また曰く「夫子の及び難きは、猶お天の階にして升るべからざるがごとし」と。ゆえに天険は攀升すべからずと言い、まさに「険を知る」の意なり。「天険は升るべからず」の一語は『坎』卦の『彖傳』に出づ。

○阻險至阻也○此虞義也。坤二五之乾成離,坤二五動之乾成坎,互體艮為山陵,坎為水,巽為高,澤動而下,故兌為下。坤為地。「地險山川丘陵」亦坎彖傳文。「地險山川丘陵」,地險而阻,故知阻者也。○乾五至之慮○此虞義也。兌媵口說,說從坎心,說之深也。震初獨行,不與聖人同憂,揅慮從震,揅之微也。能說諸心,故能定天下之吉凶;能揅諸侯之慮,故能成天下之娓娓,所謂聖人成能也。

注文「阻は険阻」から「阻也」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。坤二・五は乾に往きて離を成し、坤二・五は動きて乾に往きて坎を成し、互体の艮は山陵を為し、坎は水を為し、巽は高を為し、沢動きて下に向かう。ゆえに兌は下を為す。坤は地を為す。「地険は山川丘陵」もまた『坎』卦の『彖傳』の文字なり。既に「地険山川丘陵」と称すれば、則ち地勢は険峻にして多く阻隔あり。ゆえに能く阻塞を洞知すと言う。以下注文「乾五……之慮」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。兌は口舌言説を主り、而も喜悦は坎心より発す——これ悦の深き者なり。震初の一陽は独行して聖人とその憂患を同じくせず、思慮を研核するは震に取象す——これ研の微なる者なり。能く人心を悦服せしむれば、ゆえに能く天下の吉凶を判定し、能く諸侯の思慮を研核すれば、ゆえに能く天下の勉勉として倦まざるの事業を成就す——これすなわちいわゆる「聖人は能を成す」なり。

○謂乾至娓者○此虞荀義也。乾二五之坤,坤二五之乾,成離日坎月,互有艮巽,故八卦象具。陽息則吉,陰消則凶,故八卦定吉凶。娓微同物,故云娓娓者陰陽之微。三日月出震,故月生震初。上傳云「定天下之吉凶,成天下之娓娓者,莫善乎蓍龜」是也。知險知阻,其以此耳。

注文「謂乾……娓者」の一節を疏証す、虞翻と荀爽の説を兼用す。乾二・五は坤に往き、坤二・五は乾に往き、ここにおいて離を成して日を為し、坎を成して月を為し、互体はまた艮・巽あり。ゆえに八卦の象は斉備す。陽気生長すれば便ち吉にして、陰気消退すれば便ち凶なり。ゆえに八卦は能く吉凶を判定す。「娓」と「微」とは同類の字にして義訓相通ず。ゆえに「娓娓」はすなわち陰陽初動の細微の象と言う。月出の光は三日にして震方に現る。ゆえに月は震初に生ずと言う。『繫辭上傳』に「天下の吉凶を定め、天下の娓娓を成す者は蓍亀より善きはなし」と言う——まさにこの意である。いわゆる険を知り阻を知るも、ただこれを憑るに過ぎず。

○詳善至者也○此虞義也。乾初為善,故云詳善也。吉之先見者,故吉事有詳。陽出變化云為成復初,初為元,元亦善也,故復初乾元者也。○象事至知來○此虞義也。坤為事為器,乾五之坤成坎月離日,日月為象,故象事知器。乾神知來,乾五動之坤成離,以離目翫其占,極數知來之謂占,故占事知來也。

注文「詳は善」から「者也」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。乾初は善を為す。ゆえに「詳はすなわち善」と言う。それは吉の先見の兆なり。ゆえに吉事は先ず祥兆ありと言う。陽気出でて変化を生じ言行に発して『復』卦の初を成就す。初はすなわち元にして、元もまたすなわち善なり。ゆえにこれは『復』初の乾元の気を指すと言う。以下注文「象事……知来」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。坤は事を為し器を為し、乾五は坤に往きて坎月離日を成し、日月はすなわち象なり。ゆえに象事に由りて器用を知る。乾は神妙にして能く来を知り、乾五動きて坤に往きて離を成し、離の目を用いてその占辞を玩味す。『繫辭』に「数を極めて来を知るを占と謂う」と言う。ゆえに占事に由りて未来を知る。

○天尊至能也○此虞義也。天尊五謂乾五,地卑二謂坤二,列貴賤者存乎位,故設位。乾五為聖人謂庖犧也。說心揅慮,唯聖者能之,故成能也。○乾為至與能○此虞義也。人謀謂謀及乃心也,鬼謀謂謀及卜筮也,百姓謂謀及卿士也。朱仰之以百姓為謀及庶人,非也。聖人成能,故百姓與能也。

注文「天尊……能也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。「天尊五」は乾五を指し、「地卑二」は坤二を指す。『繫辭』に「貴賤を列する者は位に存す」と言う。ゆえに「位を設く」と称す。乾五は聖人を為し、指す所は庖犠なり。人心を悦服せしめ衆人の思慮を研核するは、ただ聖者のみ能く為し得る所なり。ゆえに「能を成す」と言う。以下注文「乾為……与能」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。「人謀」は『洪範』の言う所の乃心に謀るを指し、「鬼謀」は卜筮に謀るを指し、「百姓」は卿士に謀るを指す。朱仰之は「百姓」を庶人に謀ると講じ成すは然らず。聖人はその功能を成就す。ゆえに百姓もまたその中に参与することを得。

繫辭下傳・八卦は象を以て告ぐ

八卦以象告。注:在天成象,乾二五之坤則八卦象成,兌口震言,故以象告也。爻彖以情言。注:聖人之情見乎辭,故爻彖以情言,震為言。剛柔雜居而吉凶可見矣。注:乾二之坤成坎,坤五之乾成離,故剛柔雜居,艮為居。離有巽兌,坎有震艮,八卦體備,故吉凶可見也。變動以利言。注:乾變之坤成震,乾為利,變而通之以盡利,震為言,故變動以利言。吉凶以情遷。注:乾吉坤凶,六爻發揮,旁通情也,故以情遷。

経文に曰く、八卦は卦象を用いて人に告示すと。恵棟の自注に曰く、象は天上にて生成し、乾二・五は坤に往けば則ち八卦の象成立す。兌は口を為し震は言を為す。ゆえに能く象を以て告示す。経文に曰く、爻辞と彖辞とは情実を以て陳説すと。自注に曰く、聖人の心意は文辞の裏に顕現す。ゆえに爻彖は情を以て言う。震は言を為す。経文に曰く、剛柔錯雑して処れば、吉凶は便ち以て見るべしと。自注に曰く、乾二は坤に往きて坎を成し、坤五は乾に往きて離を成す。ゆえに剛柔錯雑して処る。艮は居を為す。離体の中に巽あり兌あり、坎体の中に震あり艮あり、八卦の体は斉備す。ゆえに吉凶は見るべし。経文に曰く、変動は則ち利害を以て言うと。自注に曰く、乾は変じて坤に往きて震を成し、乾は利を為し、これを変通するはまさにその利を尽くさんが為なり。震は言を為す。ゆえに変動は利を以て言うと言う。経文に曰く、吉凶は情実に随いて転移すと。自注に曰く、乾は吉を主り坤は凶を主り、六爻は発揮変動して相対する卦に旁通してその情を見る。ゆえに情を以て遷ると言う。

是故惡相攻而吉凶生。注:攻,摩也。乾為愛,坤為惡,謂剛柔相摩,以愛攻惡生吉,以惡攻愛生凶,故吉凶生。遠近相取而悔吝生。注:遠陽謂乾,近陰謂坤,陽取陰生悔,陰取陽生吝,悔吝言小疵。情偽相感而利害生。注:情陽偽陰也,情感偽生利,偽感情生害,乾為利,坤為害。凡易之情近而不相得則凶。句。或害之,悔且吝。注:坤為近為害,以陰居陽,以陽居陰為悔且吝也。

経文に曰く、ゆえに愛と悪と相互に攻取して吉凶産生す——底本はここに一つの「愛」字を脱すと。自注に曰く、「攻」はすなわち摩蕩なり。乾は愛を為し、坤は悪を為し、言う所は剛柔の相摩するなり。愛を以て悪を攻めれば便ち吉を生じ、悪を以て愛を攻めれば便ち凶を生じ、吉凶は因りてこれに由りて生ず。経文に曰く、遠と近と相互に取与して悔吝産生すと。自注に曰く、「遠」は陽を指しすなわち乾にして、「近」は陰を指しすなわち坤なり。陽は陰を取れば則ち悔を生じ、陰は陽を取れば則ち吝を生じ、悔吝はみなただ小の瑕疵のみ。経文に曰く、真情と虚偽と相互に感応して利害産生すと。自注に曰く、情は陽に属し、偽は陰に属し、情は偽に感ずれば則ち利を生じ、偽は情に感ずれば則ち害を生ず。乾は利を為し、坤は害を為す。経文に曰く、大凡そ『易』の示す所の情は、相近づきて彼此投合せざれば則ち凶なりと。恵棟はここに下りて一つの「句」字を標し、以て「則ち凶」は当に自ら一句を成すべきを表明す。経文は引き続き曰く、あるいはこれに加害する者あれば、則ちまた悔し且つ吝なりと。自注に曰く、坤は近を為し害を為す。陰を以て陽位に居り、陽を以て陰位に居れば、便ちまた悔し且つ吝と成る。

將叛者其辭慚。注:坎人之辭也。坎為隱伏將叛,坎為心故慚也。中心疑者其辭枝。注:離人之辭也。火性枝分,故枝疑也。吉人之辭寡。注:艮人之辭也。艮其輔,言有序,故辭寡。躁人之辭多。注:震人之辭也。震為決躁,笑言啞啞,故辭多。誣善之人其辭游。注:兌人之辭也。兌為口舌,誣乾,乾為善人也。失其守者其辭詘。注:巽人之辭也。巽詰詘,陽在初守巽,初陽入伏陰下,故其辭詘。此六子也。離上坎下,震起艮止,兌見巽伏。上經終坎離則下經終既濟未濟,上繫終乾坤則下繫終六子,此易之大義者也。

経文に曰く、将に背叛せんとする者は言辞の裏に愧怍を帯ぶと。自注に曰く、これは坎の象る所の人の言辞なり。坎は隠伏を為し、まさに将に叛かんとするの象に合す。坎は心を為し、「慙」字は心に従う。ゆえに慙を為す。経文に曰く、心中疑惑する人は言辞枝蔓にして一ならずと。自注に曰く、これは離の象る所の人の言辞なり。火性は分枝四出す。ゆえに言辞枝蔓にしてその疑を見る。経文に曰く、吉善の人は言辞簡省なりと。自注に曰く、これは艮の象る所の人の言辞なり。『艮』卦に「その輔を艮し、言に序あり」と言う。ゆえに言辞簡省なり。経文に曰く、躁動の人は言辞繁多なりと。自注に曰く、これは震の象る所の人の言辞なり。震は決断躁動を為し、また「笑言唖唖」の象あり。ゆえに言辞繁多なり。経文に曰く、善人を誣害する人は言辞浮泛にして根なしと。自注に曰く、これは兌の象る所の人の言辞なり。兌は口舌を為し、口舌を用いて乾を誣害す、而も乾はまさに善人なり。経文に曰く、操守を喪失する人は言辞屈曲なりと。自注に曰く、これは巽の象る所の人の言辞なり。巽は詰屈を為し、陽は初に在りて巽を守り、初位の陽は潜入して陰の下に伏す。ゆえに言辞屈曲なり。以上の講ずる所はみな六子卦なり。離は上にして坎は下にあり、震は起きて艮は止まり、兌は現れて巽は伏す。上経は坎離を以て結を作し、下経は便ち既済未済を以て結を作す。『繫辭上傳』は乾坤を以て結を作し、『繫辭下傳』は便ち六子を以て結を作す——これすなわち『易』の大義の在る所なり。

疏。在天至告也○此虞義也。日月在天成八卦象,乾二五之坤成震坎艮,坤二五之乾成巽離兌,故八卦象成。兌為口,震言為告,故以象告也。○聖人至情言○乾為聖人,乾坤旁通而天地萬物之情可見,辭以覩乎情,故聖人之情見乎辭。全體為彖,析體為爻。上傳云「知者觀其彖辭則思過半矣」,乾文言曰「六爻發揮,旁通情也」,故爻彖以情言也。

以下は疏なり。先ず注文「在天……告也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。日月は天に在りて八卦の象を生成す。乾二・五は坤に往きて震・坎・艮を成し、坤二・五は乾に往きて巽・離・兌を成す。ゆえに八卦の象成立す。兌は口を為し、震の言はすなわち告なり。ゆえに象を以て告示すと言う。以下注文「聖人……情言」の一節を疏証す。乾は聖人を為す。乾坤両卦は旁通して、天地万物の情実はここに由りて見るべく、而も文辞はまさに用いて情実を顕現する所なり。ゆえに聖人の心意は文辞に見ると言う。一卦全体に就きて論を立つるを彖と呼び、分解して一爻一爻に論を立つるを爻と呼ぶ。『繫辭上傳』に「知者はその彖辞を観れば、則ち思半ばを過ぐ」と言い、乾の『文言』に「六爻発揮して、旁通して情なり」と言う。ゆえに爻彖は情を以て言うと言う。

○乾二至見也○此虞義也。乾二升五,故乾二之坤成坎;坤五降二,故坤五之乾成離。乾剛坤柔,故剛柔雜居。坤二五之乾成離,互有巽兌;乾二五之坤成坎,互有震艮。八卦而小成,故八卦體備。八卦定吉凶,故吉凶可見也。○乾變至利言○此虞義也。利者義之和也,變動則有所適,如利見大人、利有攸往之類是也。變通所以盡利,故以利言也。○乾吉至情遷○此虞義也。遷,運徙也。乾坤旁通成六十四卦,故以情遷也。

注文「乾二……見也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。乾二は上升して五に居る。ゆえに乾二は坤に往きて坎を成すと言う。坤五は下降して二に居る。ゆえに坤五は乾に往きて離を成すと言う。乾剛に坤柔なれば、剛柔錯雑して処る。坤二・五は乾に往きて離を成し、互体の中に巽あり兌あり。乾二・五は坤に往きて坎を成し、互体の中に震あり艮あり。八卦はここに至りて小成す。ゆえに八卦の体斉備すと言う。八卦は以て吉凶を判定するに足る。ゆえに吉凶は見るべしと言う。以下注文「乾変……利言」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。「利とは義の和なり」、変動あれば便ち趨向する所有り、「大人を見るに利あり」「往く所有るに利あり」の類のごときは便ち是なり。変通するはまさにその利を窮尽せんが為なれば、利に就きて言う。以下注文「乾吉……情遷」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。「遷」は運転遷徙の意なり。乾坤は旁通して六十四卦を生成す。ゆえに情に随いて遷ると言う。

○攻摩至凶生○此虞義也。攻有摩義,故云攻摩也。乾長人故為愛,惡道屬陰故為惡。乾剛坤柔,剛柔相摩,故愛惡相攻。以愛攻惡陽生,故吉生;以惡攻愛陰消,故凶生也。○遠陽至小疵○此虞義也。本謂爻位之遠近而云遠陽近陰者,陰遠於陽則稱遠,陽近於陰則稱近,故遠謂陽,近謂陰。乾為遠,故遠陽謂乾;坤為近,故近陰謂坤。陽居陰位,故陽取陰生悔;陰居陽位,故陰取陽生吝。纖介不正,悔吝為賊,故悔吝言小疵。

注文「攻は摩」から「凶生」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。「攻」は摩蕩の義を含有す。ゆえに「攻はすなわち摩」と言う。乾は人を長養す。ゆえに愛を為す。悪の一路は陰に属す。ゆえに坤は悪を為す。乾剛に坤柔にして剛柔相摩す。ゆえに愛悪相攻すと言う。愛を以て悪を攻めれば則ち陽気生長す。ゆえに吉を生ず。悪を以て愛を攻めれば則ち陰気消退す。ゆえに凶を生ず。以下注文「遠陽……小疵」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。経文はもともと講ずる所は爻位の遠近なれど、注は却って「遠は陽を指し、近は陰を指す」と言う——これは陰の陽を離るること遠ければ則ち遠と称し、陽の陰に挨ること近ければ則ち近と称するを以てなり。ゆえに「遠」はこれを陽に帰し、「近」はこれを陰に帰す。乾は遠を為す。ゆえに「遠陽」は乾を指す。坤は近を為す。ゆえに「近陰」は坤を指す。陽は陰位に居る。ゆえに陽は陰を取りて悔を生ず。陰は陽位に居る。ゆえに陰は陽を取りて吝を生ず。細微の処の不正は、悔吝は便ちその禍害なり。ゆえに悔吝はただ小の瑕疵と言う。

○情陽至為害○此虞義也。陽實為情,陰虛為偽。太玄曰:「離乎情者必著乎偽,離乎偽者必著乎情。」故知情陽偽陰也。乾為利,故情感偽生利;坤為害,故偽感情生害也。○坤為至吝也○此虞義也。凡二爻相比而不相得者,皆為陰陽失位而凶。雖不當位而剛柔相應,近爻猶有害之者,乃悔吝小疵矣。乾鑿度所云「其應實而有之」,皆失義也。

注文「情陽……為害」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。陽は充実す。ゆえに真情を為す。陰は虚浮す。ゆえに虚偽を為す。揚雄の『太玄』に「真情を離るるは必ず虚偽に沾り、虚偽を離るるは必ず真情に沾る」と言う。これによりて情は陽に属し偽は陰に属するを知るべし。乾は利を為す。ゆえに情は偽に感じて利を生ず。坤は害を為す。ゆえに偽は情に感じて害を生ず。以下注文「坤為……吝也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。凡そ両爻相隣りて彼此投合せざる者は、みな陰陽位を失いて凶を致すなり。あるいは位に当たらざるといえど剛柔相応ずるも、隣近の爻はなおこれに加害する者あれば、それは便ちただ悔吝の一類の小瑕疵のみ。『乾鑿度』の言う所の「その応は実にしてこれを有す」は、講ずる所はみな失位の義なり。

○坎人至慚也○此虞義也。六子稱人者,乾鑿度十二闢卦皆稱表,鄭彼注謂:「表者,人形體之章識也。」故復表日角,臨表龍顏,稱復人臨人,知六子亦稱人也。以下敘六子之辭,此為坎人之辭也。坎為隱伏將叛之象也。慚從心,坎心為慚也。○離人至疑也○此虞義也。離為火。火性枝分者,太玄應凖離,初一曰「六乾羅如,五枝離如」,故知火性枝分也。枝分不一,故枝疑也。

注文「坎人……慙也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。六子卦が「人」と称する所以は、『乾鑿度』の十二辟卦を講ずる時にみな「表」と称するを以てなり、鄭玄はかそこに注解して「表はすなわち人の形体上に顕現する標識なり」と言う。ゆえに『復』の表は日角にして、『臨』の表は竜顔にして、因りて「復人」「臨人」と称す——六子卦もまた同様に人と称すべきを知る。以下は依次に六子の辞を叙述し、この一条は講ずる所の坎の象る人の言辞なり。坎は隠伏を為し、まさに将に背叛せんとするの象なり。「慙」字は心に従い、坎は心を為す。ゆえに慙を為す。以下注文「離人……疑也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。離は火を為す。火性分枝と言う所以は、『太玄』の「応」の首は離を以て准と為し、その初一の賛に「六乾羅如、五枝離如」と言うを以てなり——これによりて火性の分枝四出を知る。分枝して専一せず。ゆえに言辞枝蔓にしてその疑を見る。

○艮人至辭寡○此虞義也。○震人至辭多○此虞義也。巽究為躁卦謂震也,震剛在下而動,故為決躁。震為笑言,笑言啞啞,故辭多也。○兌人至人也○兌為巫為口,舌氣與乾通,故口舌誣乾。乾為善人,故誣善也。兌為金,太玄曰「四九為金為譖」,是誣善之義也。

注文「艮人……辞寡」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。以下注文「震人……辞多」の一節を疏証す、もまた虞翻の説を用う。『説卦』に巽は「その究は躁卦を為す」と言うは、指す所は震なり。震は一陽剛にして下に在りて動く。ゆえに決断躁動を為す。震は笑語を為し、「笑言唖唖」の象あり。ゆえに言辞繁多なり。以下注文「兌人」から「人也」に至る一節を疏証す。兌は巫を為し口を為し、舌上の気は乾と相通ず。ゆえに口舌を用いて乾を誣害す。乾は善人を為す。ゆえに「善を誣る」と呼ぶ。兌はまた金を為し、『太玄』に「四九は金を為し、譖を為す」と言う——四九の数は金に属して讒譖を主る、まさに善人を誣害するの意なり。

○巽人至者也○此虞義也。上傳云「其言曲而中」,虞彼注云「曲,詘」,陽曲初巽詰詘亦謂曲也。乾初在下,故陽在初守巽;陽伏巽下,故其辭詘。將叛者已下皆謂六子之辭,故云此六子也。離上坎下,震起艮止,兌見巽伏,皆雜卦文。離火枝分故上,坎隱伏故下,震決躁故起,兌誣乾故見,巽詰詘故伏。

注文「巽人……者也」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。『繫辭上傳』に「その言曲にして中なる」と言い、虞翻はかそこに注解して「曲はすなわち詘なり」と言う。陽は初に屈し、巽の詰屈もまたすなわちいわゆる「曲」なり。乾初は下に居る。ゆえに陽は初に在りて巽を守ると言う。陽は巽の下に潜伏す。ゆえに言辞屈曲なり。「将に叛かんとする者」以下は、講ずる所はみな六子卦の辞なり。ゆえに「これ六子なり」と言う。「離上坎下、震起艮止、兌見巽伏」はみな『雑卦傳』の文字なり。離は火を為して分枝上騰す。ゆえに「上」と言う。坎は隠伏す。ゆえに「下」と言う。震は決断躁動す。ゆえに「起」と言う。兌は乾を誣害す。ゆえに「見」と言う。巽は詰屈す。ゆえに「伏」と言う。

乾鑿度曰:「離為日,坎為月,日月之道,陰陽之經,所以終始萬物。」故以坎離為終。既濟未濟亦坎離也,故上經終坎離,則下經終既濟未濟也。上繫「乾坤其易之縕邪」已下皆敘乾坤六子,乾坤所成,故上繫終乾坤,則下繫終六子。此皆七十子所傳大義,故云此易之大義者也。

『乾鑿度』に曰く「離は日を為し、坎は月を為し、日月運行の道はまさに陰陽の常経にして、以て万物を終始す」と。ゆえに坎離を拿ちて以て結束を作す。既済・未済もまた坎離両体に由りて構成せらる。ゆえに上経は坎離を以て結を作し、下経は便ち既済未済を以て結を作す。『繫辭上傳』は「乾坤それ易の縕か」以下、みな乾坤と六子とを叙説す。六子は乾坤交感に由りて生成せらる。ゆえに『繫辭上傳』は乾坤を以て結を作し、『繫辭下傳』は便ち六子を以て結を作す。これらはみな孔門七十子の相伝うる大義なり。ゆえにこれすなわち『易』の大義と言う。

周易述 巻十八(元和恵棟撰)

文言傳

文言傳。注:文言,乾坤卦爻辭也,文王所制,故謂之文言,孔子為之傳。疏。文言一篇皆夫子所釋乾坤二卦卦爻辭之義,故云卦爻辭也。梁武帝云「文言是文王所制」。案「元者善之長也」一節,魯穆姜引之,在孔子前,故以為文王所制。然則初九以下著答問而稱「子曰」,豈亦文王所制耶?是知文言者指卦爻辭也。以卦爻辭為文王制,故謂之文言;孔子為之傳,故謂之文言傳,乃十翼之一也。

『文言傳』。恵棟の自注に曰く、いわゆる「文言」とはすなわち乾坤両卦の卦辞と爻辞にして、文王の制作する所にして、因りて「文言」と称す。孔子はこれが為に伝を作して、則ち『文言傳』と呼ぶ。疏:『文言』のこの一篇は全く孔子の乾坤両卦の卦辞爻辞の義理を解釈するの話なれば、注の裏に「文言」の指す所は卦爻辞と言う。梁武帝は「『文言』は文王の制する所」と言う。按ずるに「元とは善の長なり」のこの一節は、魯国の穆姜は曾てこれを引用し、時間は孔子に先んず。ゆえに或る人はこれに拠りてそれが文王の手に出づと断定す。しかるに初九以下は明明として一問一答を記して「子曰」と称す——豈にこれもまた文王の制作する所ならんや。これによりて、「文言」の二字は指す所の卦爻辞なるを知る。卦爻辞は文王の制に出ずるを以て、ゆえにこれを「文言」と称し、孔子はこれが為に伝を作す。ゆえにこれを『文言傳』と称し、それは十翼の中の一篇なり。

元者善之長也。注:乾為善,始息於子,故曰善之長。外傳曰「震雷長也」,故曰元。亨者嘉之會也。注:以陽通陰,義同昏冓,故曰嘉之會。利者義之和也。注:陰陽相和,各得其宜,故曰義之和。貞者事之乾也。注:陰陽正而位當,則可以乾舉萬事。

経文に曰く、元とは衆善の首長なりと。恵棟の自注に曰く、乾は善を為し、陽気は子月に始めて生ず。ゆえに「善の長」と呼ぶ。『国語』に「震雷は長なり」と言う。ゆえに「元」と称す。経文に曰く、亨とは衆美の会合なりと。自注に曰く、陽を以て陰に通ずるは、義理は婚媾に同じ。ゆえに「嘉の会」と呼ぶ。経文に曰く、利とは義理の調和なりと。自注に曰く、陰陽は彼此調和して各々その宜を得。ゆえに「義の和」と呼ぶ。経文に曰く、貞とは事を弁ずるの骨干なりと。自注に曰く、陰陽各々その正を得て爻位相当なれば、便ち能く正定して万事を弁成す。

君子體仁足以長人。注:易有三才,故舉君子。初九仁也。長,君也。元為體之長,君子體仁,故為人之長,故書作體信。嘉會足以合禮。注:嘉屬五禮,故嘉會足以合禮。繫曰「觀其會通以行其等禮」。利物足以和義。注:中和所以育萬物,故曰利物。外傳曰「言義必及利」。貞固足以乾事。注:剛柔皆正,物莫能傾,故足以乾事。君子行此四德者故曰乾元亨利貞。注:四者,道也,人行之則為德。君子中庸故能行此四者以贊化育,與天地合德也。

経文に曰く、君子は仁を以て体と為し、以て人の首長を為すに足ると。自注に曰く、『易』は三才を兼備す。ゆえに特に「君子」を挙げて以て人道を代表す。初九は仁に当たる。「長」はすなわち君なり。元は一身の首長にして、君子は仁を以て体と為す。ゆえに能く人の長を為す。『尚書』は正しく「体信」と作る。経文に曰く、衆美を会合し、以て礼に合するに足ると。自注に曰く、嘉は五礼の一なり。ゆえに嘉会は以て礼に合するに足る。『繫辭』に「その会通を観て以てその典礼を行う」と言う。経文に曰く、万物を利益し、以て義理を調和するに足ると。自注に曰く、中和は万物を養育するの根本なり。ゆえに「物を利す」と言う。『国語』に「義を講ずれば必ず利に説き至る」と言う。経文に曰く、貞正堅固にして、以て事を弁成するに足ると。自注に曰く、剛柔各々その正を得て、外物はそれを傾覆するに由なし。ゆえに以て事を弁ずるに足る。経文に曰く、君子はこの四种の徳を践行す、ゆえに「乾は元・亨・利・貞」と曰うと。自注に曰く、元亨利貞のこの四者はもと道にして、人これを践行すれば便ち徳と成る。君子は中庸の道を守る。ゆえに能くこの四者を践行し、天地の化育を賛助して天地とその徳を合す。

疏。乾為至曰元○乾為善,虞義也。初乾為積善,故云善始息於子,謂初九甲子也。外傳者,晉語文。震為長子稱元,故曰元也。韓詩曰「元,長也」。○以陽至之會○亨,通也。六十四卦陰陽相應,經文多以昏冓言者,故云義同昏冓。昏禮稱嘉,故曰嘉之會。周禮媒氏云「仲春令會男女」是也。

以下は疏なり。先ず注文「乾為」から「曰元」に至る一節を疏証す。乾は善を為す——これは虞翻の説なり。初位の乾は積善を為す。ゆえに「善」と言う。陽気は子月に始めて生ずるは、指す所の乾初九が甲子に納甲して当たるなり。いわゆる「外伝」とはすなわち『国語·晋語』の文字なり。震は長子を為して元と称す。ゆえに「元」と呼ぶ。『韓詩』に「元はすなわち長なり」と言う。以下注文「以陽……之会」の一節を疏証す。「亨」はすなわち通なり。六十四卦の陰陽は彼此相応じ、経文は多く婚媾の事を用いてそれを言う。ゆえに義理は婚媾に同じと言う。婚礼は五礼の中「嘉」に属す。ゆえに「嘉の会」と呼ぶ。『周礼·媒氏』に「仲春の月は男女を会せしむを令す」と言う——まさにこの意である。

○陰陽至之和○此荀義也。利,和也;義,宜也。荀子王制篇曰:「義以分則和,和則一,故序四時,裁萬物,兼利天下,無他故焉,得之分義也。」陰陽相和,各得其宜,亦是分義。義分則和,故云義之和也。利從禾,說文說禾云「二月始生,八月而孰,得時之中」,是利有中和之義,故云陰陽相和,各得其宜,然後利矣。

注文「陰陽……之和」の一節を疏証す、荀爽の説を用う。「利」はすなわち和にして、「義」はすなわち宜なり。『荀子·王制』に曰く「義を用いて名分を分定すれば便ち能和し、和すれば便ち能く斉一し、ゆえに能く四時を順序し万物を裁成し普く天下を利す——別の緣故なく、ただ『分義』の二字を得るに在り」と。陰陽の彼此調和して各々その宜を得るは、すなわち分義なり。義に分定あれば則ち和に帰す。ゆえに「義の和」と言う。「利」字は禾に従い、『説文』は「禾」を解釈して「二月に始めて生長し、八月に成熟し、時令の中を得」と言う——見るに「利」はもと中和の義を含む。ゆえに陰陽相和して各々その宜を得て、然る後にこそ利に談ずるを得。

○陰陽至萬事○此荀義也。貞,正也。六爻得正,是陰陽正而位當也。正其本,萬事理,可以乾舉萬事。鄭注說卦「離為乾卦」云「陽在外能乾正」,是乾有正義。廣雅及薛君韓詩章句曰「乾,正也」,故云貞者事之乾。

注文「陰陽……万事」の一節を疏証す、荀爽の説を用う。「貞」はすなわち正なり。六爻各々その正を得るは、すなわち陰陽みな正しくして爻位相当なり。その根本を端正すれば、万事は自然に条理分明す。ゆえに能く正定して万事を弁成す。鄭玄の『説卦』「離は乾卦を為す」の注に「陽は外に在りて能く乾正す」と言う——見るに「乾」字は正の意思を含有す。『広雅』および薛君の『韓詩章句』はみな「乾はすなわち正なり」と言う。ゆえに「貞とは事の乾」と言う。

○易有至之長○太極者,三才之合也;大衍者,三才之數也;六畫者,三才之兼也。是易有三才,故舉君子以備三才之道也。初九震也。乾鑿度曰「震東方之卦,陽氣始生」,故東方為仁。復六二「以下仁」,謂下於初,故知初九仁也。周語太子晉曰「古之長民者」,韋昭注「長猶君也」。襄九年春秋傳曰「元者,體之長也」。元,首也,故為體之長。震為諸侯,為人之長,君子體仁故足以長人也。

注文「易有……之長」の一節を疏証す。太極は三才の合一にして、大衍の数は三才の数目にして、六画は三才の兼備なり。見るに『易』の中にもとより三才あり。ゆえに「君子」を挙出して以て三才の道に配足す。初九は震に当たる。『乾鑿度』に「震は東方の卦にして、陽気はここより始めて生発す」と言う。ゆえに東方は仁に属す。『復』卦の六二『象傳』に「休復の吉は、仁に下るを以てなり」と言い、「下仁」はそれが初爻の下に屈居するを言うを説く——これによりて初九の仁に当たるを知る。『国語·周語』の太子晋に「古の民を長する者」と言い、韋昭の注に「長は猶お君を言うがごとし」と言う。『左傳』の襄公九年に「元とは体の長なり」と言う。元はすなわち首なれば、一身の長を為す。震は諸侯を為す。即是ち人の長にして、君子は仁を以て体と為す。ゆえに以て人の首長を為すに足る。

○嘉屬至等禮○五禮,吉凶軍賓嘉也。唐虞三禮,至周始有五禮。嘉禮之別有六,昏冠其一,故大宗伯以嘉禮親萬民,以昏冠之禮親成男女。有天地然後有萬物,有萬物然後有男女,天地不交而萬物不興,故大宗伯以昏冠之禮親成男女以法天地,謂之嘉禮。案月令正義據世本,伏羲制以儷皮嫁娶之禮,則嘉禮始於伏羲也。繫曰者,上繫文。爻者,言乎其變者也。天地不交不能通氣,亨者通也,故觀其會通以行其等禮。禮有等威,故曰等禮。昭十三年春秋傳曰「講禮於等」是也。

注文「嘉属……等礼」の一節を疏証す。いわゆる五礼とは吉礼・凶礼・軍礼・賓礼・嘉礼なり。唐虞の世はただ三礼のみありて、周代に至りてこそ五礼の目あり。嘉礼の下はまた六類に分かれ、婚礼・冠礼は便ちその中の一なり。ゆえに『周礼·大宗伯』は嘉礼を用いて万民を親和し、昏冠の礼を用いて男女を親成す。天地ありて然る後に万物あり、万物ありて然る後に男女あり。天地相交わらざれば、万物は興起すること能わず。ゆえに大宗伯は昏冠の礼を用いて男女を親成す——まさに天地の交に取法して、これを嘉礼と称す。按ずるに『月令正義』は『世本』を引きて、伏羲は成対の鹿皮を以て聘と為すの嫁娶の礼を制定せりと言う——さらば嘉礼は実は伏羲に始まる。注中の言う所の「繫に曰く」は『繫辭上傳』の文字なり。爻とは一卦の変動を説明するものなり。天地交わらざれば便ち通気すること能わず。「亨」はすなわち通なれば、それが会合貫通の処を観察して等差ある礼を推行すと言う。礼に等級威儀あり。ゆえに「等礼」と呼ぶ。『左傳』の昭公十三年に「礼を等に講ず」と言う——まさにこの意である。

○中和至及利○利貞者,中和也。中庸曰「致中和,天地位焉,萬物育焉」,中和以育萬物,即是利貞之義也。外傳者,周語文。韋昭注云「能利人然後為義」。呂氏春秋曰「義之大者莫大於利人」,故利言利物也。○剛柔至乾事○貞者,剛柔皆正也。物莫能傾,釋固義也。荀子儒效篇曰「萬物莫足以傾之之謂固」。居正不傾,動無廢事,故足以乾事也。

注文「中和……及利」の一節を疏証す。利と貞とはすなわち中和なり。『中庸』に「中和を致せば、天地位し、万物育つ」と言う。中和を以て万物を養育するは、まさに利貞の意なり。注中の言う所の「外伝」は『国語·周語』の文字にして、韋昭の注に「能く人を利して然る後にこそ義と算す」と言う。『呂氏春秋』に「義の最大なる者は人を利するより大なるはなし」と言う。ゆえに「利」を講ずれば便ち物を利するに落着す。以下注文「剛柔……乾事」の一節を疏証す。いわゆる「貞」とはすなわち剛柔各々その正を得るなり。「物もて傾ぐる能わず」の一句は「固」字の義を解釈するなり。『荀子·儒效』に「万物は一様としてそれを傾覆する能わず、これを固と呼ぶ」と言う。正を守りて傾覆せず、一動すれば便ち敗事なし。ゆえに以て事を弁成するに足る。

○四者至德也○一陰一陽之謂道,元亨利貞皆道也。中庸曰「苟不至德,至道不凝焉」,故云人行之則為德。中庸即中和也。易尚中和,君子之德合於中和,故能行此四者,以贊化育與天地合德也。

注文「四者……徳也」の一節を疏証す。『繫辭』に「一陰一陽を道と謂う」と言い、元・亨・利・貞の四者はみな道に属す。『中庸』に「苟も至徳ならざれば、至道は凝らず」——極至の徳を具備せざれば、極至の道は便ち凝聚して住まずと言う。ゆえに注の裏に人これを践行すれば便ち徳と成ると言う。『中庸』の講ずる所はすなわち中和なり。『易』は中和を崇尚し、君子の徳は中和と相合す。ゆえに能くこの四者を践行し、天地の化育を賛助して天地とその徳を合す。

文言傳・乾・六爻答問

初九曰潛龍勿用何謂也?子曰:龍德而隱者也。注:乾為龍德,隱而未見,故隱者也。不易世不成名。注:震為世,初剛難拔,故不易世;行而未成,故不成名。世無悶,不見是而無悶。注:乾陽隱初,故世;坤亂於上,故不見是;震為樂,故無悶。樂則行之,憂則違之。注:陽出初,震為樂為行,故樂則行之。坤死稱憂,隱在坤中,世無悶,故憂則違之。初辯於物,故言違。寉乎其不可拔,潛龍也。注:寉,堅剛貌。初為本,堅樹在始,故不可拔,潛龍之志也。

経文に曰く、初九爻辞「潜竜勿用」とは何の謂いかと。孔子に曰く、これは竜徳ありて隠居する人なりと。恵棟の自注に曰く、乾は竜徳を為し、潜隠して未だ顕現せず。ゆえに隠者なり。経文に曰く、世俗の為に自らを改変せず、名声の成就を求めずと。自注に曰く、震は世を為し、初爻の剛は抜き動かし難し。ゆえに世俗の移す所と為さず。徳行は未だ成就せず。ゆえに成名を求めず。経文に曰く、世を避けて煩悶せず、人に称許されざるも煩悶せず(底本は「世に悶えず」の上に一つの「遯」字を脱す)と。自注に曰く、乾陽は初に潜隠す。ゆえに「世」と言う。坤は上に在りて昏乱す。ゆえに称許されず。震は楽を為す。ゆえに煩悶せず。経文に曰く、楽しむべければ則ちこれを行い、憂うべければ則ちこれを避くと。自注に曰く、陽は初に出で、震は楽を為し行を為す。ゆえに楽しむべければ則ちこれを行う。坤は死を為して憂と称し、陽は坤中に隠れ、世を避けて悶えず。ゆえに憂うべければ則ちこれを避く。初爻はすでに能く事物を弁別す。ゆえに「違」と言う。経文に曰く、堅定にして動揺すべからざるは、すなわち潜竜なりと。自注に曰く、「寉」は堅剛の様子なり。初爻は根本にして、樹木の立てること牢なるは起初に在り。ゆえに抜動すべからず——これすなわち潜竜の心志なり。

疏。乾為至者也○述文言而稱答問者,所以起意也。京房易傳曰:「乾為龍德,龍以見為功,今尚隱藏,故隱者也。」中庸曰「君子依乎中庸,世不見知而不悔,唯聖者能之」。揚子曰「聖人隱也」。乾鑿度曰「正陽在下為聖人」,故曰聖人隱也。○震為至成名○震為世,虞義也。震為長子,長子繼世,故為世。初剛難拔,虞屯彖傳義也。乾為善,善不積不足以成名。陽成於三,立於七,初尚微,故不成名也。

以下は疏なり。先ず注文「乾為」から「者也」に至る一節を疏証す。『文言』は義理を陳説して一問一答の形式を採用するは、文意を引発せんが為なり。京房の『易傳』に曰く「乾は竜徳を為し、竜は顕現を以て功用と為す。今はなお潜蔵す。ゆえに隠者なり」と。『中庸』に「君子は中庸に依りて、世を遯れて知られずとも悔いず、ただ聖者のみ能く之なり」と言う。揚雄に「聖人は隠潜に処る者なり」と言う。『乾鑿度』に「正陽は下位に居れば便ち聖人なり」と言う。ゆえに聖人は隠潜の中に処ると言う。以下注文「震為……成名」の一節を疏証す。震は世を為すは虞翻の説なり。震は長子を為し、長子は世業を承継す。ゆえに世を為す。「初剛抜き難し」は虞翻の『屯』卦『彖傳』の注の義に取る。乾は善を為し、善行は積累せざれば以て名を成すに足らず。陽気は三に成りて七に立ち、初爻はなお微弱なり。ゆえに成名を求めず。

○乾陽至無悶○初龍德而隱者也,隱同義。震為世,陽隱初,故世。坤謂復坤,坤反君道,故稱亂,此虞義也。京房易傳曰:「潛龍勿用,眾道同志,至德乃潛,五陰亂於上,一陽潛於下,故不見是。」震為樂亦虞義也。震,春也。春秋繁露曰:「春,蠢也。」蠢蠢然喜樂之貌,故為樂。說文曰「悶,懣也」,煩懣之意。震為樂,故無悶也。

注文「乾陽……无悶」の一節を疏証す。初爻はまさに竜徳ありて隠居する人なり——ここに前後両個の「隠」字は同義なり。震は世を為し、陽は初に潜隠す。ゆえに「世」と言う。文中の坤は『復』卦上体の坤を指し、坤は君道に違反す。ゆえに「乱」と称す——これは虞翻の説なり。京房の『易傳』に曰く「潜竜勿用とは衆人同道同志の時なり。至徳の人はなお潜伏に在り、五陰は上に在りて乱を作し、一陽は下に在りて潜蔵す。ゆえに称許されず」と。震は楽を為すもまた虞翻の説なり。震は春に属し、『春秋繁露』に「春はすなわち蠢なり」と言い、蠢蠢欲動して欣然として楽しまんと欲する様子なれば、楽を為す。『説文』に「悶はすなわち懣なり」と言い、煩鬱の意なり。震は既に楽を為す。ゆえに煩悶せず。

○陽出至言違○此虞義也。復初體震,故陽出初震。韋昭注國語曰「震為作足」,故為行。震為樂為行,故樂則行之。月滅於坤為既死魄,昭二十六年春秋傳曰「死,惡物也」,故曰坤死稱憂。陽隱坤中,世無悶,故憂則違之。初體復,復小而辯於物,一陽不亂於五陰,是辯於物也。

注文「陽出……言違」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。『復』卦の初爻はもと震体に属す。ゆえに陽は初に出でて震を成すと言う。韋昭の『国語』の注に「震は作足を為す」と言う。ゆえに震は行を為す。震は既に楽を為しまた行を為す。ゆえに楽しむべければ則ちこれを行う。月光は坤方に滅没するを「既死魄」と呼び、『左傳』の昭公二十六年に「死は悪むべき物なり」と言う。ゆえに坤は死を為して憂と称す。陽は坤中に潜隠し、世を避けて煩悶せず。ゆえに憂うべければ則ちこれを避く。初爻は『復』の体に属し、『繫辭』に「復は小さくして物に弁ず」と言い、一陽は五陰の扰乱せらるるなく——これすなわち能く事物を弁別するなり。

○寉堅至志也○虞云「寉,剛貌」,鄭云「堅高之貌」,故云堅剛也。六爻初為本,上為末,本弱則撓,剛則不拔,此初六初九之辨也。堅樹在始,晉語文。彼文云「堅樹在始,始不固本,終必槁落」,韋昭曰「樹,木也;始,本根也」。九龍初潛,堅剛不拔,故虞氏以為潛龍之志也。

注文「寉は堅」から「志也」に至る一節を疏証す。虞翻に「寉は剛強の様子」と言い、鄭玄に「堅固高峻の様子」と言う。ゆえに注の裏に合わせて「堅剛」と称す。六爻の中は初を根本と為し上を末梢と為す。根本柔弱なれば便ち摧折を要し、剛強なれば便ちそれを抜動すること能わず——これまさに初六と初九との分別なり。「堅樹は始に在り」は『国語·晋語』に出で、かそこに「樹木の立てること牢なるは起初に在り、起初に根本を固めざれば、終に枯槁凋落せんことを要す」と言い、韋昭の注に「樹はすなわち木にして、始はすなわち本根なり」と言う。乾の九竜は起初に潜伏し、堅剛にして抜動すべからず。ゆえに虞翻はこれをすなわち潜竜の心志と認む。

九二曰見龍在田利見大人何謂也?子曰:龍德而正中者也。注:九二陽不正,上升坤五,故曰正中。庸言之信,庸行之謹。注:庸,用也。乾為言為信,震為行,處和應坤,故曰信。二非其位,故曰謹。二者皆用中之義。中庸曰「庸德之行,庸言之謹」。閒邪存其誠。注:閒,防也。乾為誠,二失位,故以閒邪言之;能處中和,故以存誠言之。善世而不伐。注:陽升坤五,始以美德利天下,不言所利,故曰不伐。德博而化。注:處五據坤,故德博;群陰順從,故物化。易曰見龍在田利見大人,君德也。注:傳別於經,故稱易曰。有天德而後可居天位,故曰君德。

経文に曰く、九二爻辞「竜を田に見る、大人を見るに利あり」とは何の謂いかと。孔子に曰く、これは竜徳ありて正中に居る人なりと。恵棟の自注に曰く、九二は陽を以て陰位に居りてもと正ならず、坤五に上升してこそ正を得。ゆえに「正中」と言う。経文に曰く、日常の言語は信実を講じ、日常の行事は謹慎を講ずと。自注に曰く、「庸」はすなわち用なり。乾は言を為し信を為し、震は行を為す。中和の位に処りて坤に応ず。ゆえに「信」と言う。二は陽爻の居るべき位に非ず。ゆえに「謹」と言う。この両句はみな中を用いるの意なり。『中庸』に「庸徳の行、庸言の謹」と言う。経文に曰く、邪僻を防閑し、誠実を保存すと。自注に曰く、「閑」はすなわち防なり。乾は誠を為す。二は位を失う。ゆえに防閑邪僻の上に就きて言う。能く中和の地に処る。ゆえに誠実を保存する上に就きて言う。経文に曰く、善は一世に及びて自ら誇らずと。自注に曰く、陽は坤五に升りて始めて美徳を以て天下を利するも、自ら施す所の利を称説せず。ゆえに「伐たず」と言う。経文に曰く、徳沢広博にして能く感化すと。自注に曰く、五に居りて坤体を据有す。ゆえに徳沢広博なり。衆陰順従す。ゆえに万物化を受く。経文は「易に曰く、竜を田に見る、大人を見るに利あり」を引きて、これを君徳と言う。自注に曰く、伝本と経とは分かれて巻を成す。ゆえに「易に曰く」と称す。天徳ありて然る後にこそ天子の位に居るべし。ゆえに「君徳」と言う。

疏。九二至正中○乾鑿度曰「陰陽失位皆為不正」,鄭注云「初六陰不正,九二陽不正」,蓋九二中而不正,今升坤五,故曰正中,謂正上中也。隨九五象傳曰「孚于嘉吉,位正中也」,虞注云「凡五言中正、中正皆陽得其正」,以此為例是也。

以下は疏なり。先ず注文「九二」から「正中」に至る一節を疏証す。『乾鑿度』に「陰陽位を失うはみな正ならずと算す」と言い、鄭玄の注に「初六は陰にして正ならず、九二は陽にして正ならず」と言う。九二は中に居りて位に当たらず、今坤五に上升す。ゆえに「正中」と言い、意は五に上升して後に既に正しく且つ中なるなり。『随』卦の九五『象傳』に「嘉に孚まりて吉、位は正中なり」と言い、虞翻の注に「凡そ五爻の『中正』を講ずるは、いわゆる中正はみな陽爻のその正位を得るを指す」と言う——この条を拿ちて通例と為して看れば便ち明白なり。

○庸用至之謹○鄭氏三禮目録曰「名中庸者,以其記中和之可用也」。庸,用也。乾為言,九家說卦文。乾為信,虞義也,上云「體信足以長人」,故乾為信。處和應坤,謂處中和之位而應坤二,二五相孚,是庸言之信也,此荀義也。九居二為非其位,易者寡過之書也,處非其位則悔吝隨之,二升坤五,復於無過,是庸行之謹也,此九家義也。二者皆用中之義,故引中庸以為證耳。

注文「庸は用」から「之謹」に至る一節を疏証す。鄭玄の『三礼目録』に「『中庸』と名を取るは、それが中和の施用すべきを記述するを以てなり」と言う。「庸」はすなわち用なり。乾は言を為すは九家本『説卦』に出づ。乾は信を為すは虞翻の説なり。前文に「信を体するは以て人を長するに足る」と言う。ゆえに乾は信を為す。いわゆる「和に処りて坤に応ず」とは、九二の中和の位に処りて坤の二爻に応ずるを言うにして、二と五とは彼此誠信相孚す——これすなわち日常言語の信実にして、これは荀爽の説なり。九を以て二に居るはそれの処るべき位に非ず。『易』はもと一部の人をして過ちを犯すこと少なからしむるの書にして、処ることその位に非ざれば便ち悔吝随いて来たる。二は坤五に上升して過ちなきの地位に回る——これすなわち日常行事の謹慎にして、これは九家の説なり。両句はみな中を用いるの意なれば、『中庸』を引きて以て証と為す。

○閒防至言之○此宋衷義也。說文曰「閒,闌也」,廣雅曰「闌,閒也」,閒有防闌之義,故云防也。乾,天也,中庸曰「誠者天之道也」,故乾為誠。二不正,升五居正,是閒邪也。中和謂五,揚子太玄曰「中和莫尚於五」是也。二處中和,是存誠也。

注文「閑は防」から「言之」に至る一節を疏証す、宋衷の説を用う。『説文』に「閑はすなわち闌なり」と言い、『広雅』に「闌はすなわち閑なり」と言い、「閑」は遮防阻擋の義を含有す。ゆえに注は「防」と訓す。乾はすなわち天にして、『中庸』に「誠は天の道なり」と言う。ゆえに乾は誠を為す。二はもと正ならず、五に上升して正位に居る——これすなわち防閑邪僻なり。中和は五爻を指し、揚雄の『太玄』に「中和は五より高きはなし」と言う——まさにこの意である。二は上りて中和の位に処る——これすなわち誠実を保存するなり。

○陽升至不伐○此九家義也。乾為善,震為世,故曰善世。以不言所利為不伐者,九家曰「不言所利即是不伐也」。○處五至物化○此荀義也。乾為德,處五據坤,坤道廣博,故德博也。坤承乾施,化成萬物,故物化也。○傳別至君德○孔子十翊與上下經別卷,王弼始以文言附乾坤二卦後,遂失古意也。二升坤五,然必有聖人之德而後可居天子之位,言君德者,兼德位言之。

注文「陽升……不伐」の一節を疏証す、九家の説を用う。乾は善を為し、震は世を為す。ゆえに「世を善くす」と言う。「施す所の利を称説せず」を以て「伐たず」と為すは、九家に「利する所を言わざるはすなわち自ら誇らず」と言う。以下注文「処五……物化」の一節を疏証す、荀爽の説を用う。乾は徳を為す。五に居りて坤体を据有し、坤道は広博なり。ゆえに徳沢広博なり。坤は乾の施与を承受して万物を化育成就す。ゆえに万物化を受くと言う。以下注文「伝別……君徳」の一節を疏証す。孔子の作る所の十翼はもと上下経と各々巻を成し、王弼に至りて始めて『文言』を乾坤両卦の後に附し、ここにおいて古本の面目を失う。九二は坤五に上升す。しかるに必ず先ず聖人の徳を得て、然る後にこそ天子の位に居るべし。「君徳」と言うは、兼ねて徳と位との両面に就きて言うなり。

九三曰君子終日乾乾夕惕若夤厲無咎何謂也?子曰:君子進德修業。注:乾為德,坤為業,以乾通坤謂為進德修業。忠信所以進德也,修辭立其誠所以居業也。注:忠信謂五。乾為言,三不中,故修辭。誠謂二。三艮爻,艮為居,故居業。知至至之可與幾也,知終終之可與存義也。注:至謂初,陽在初稱幾,幾者動之微,知微知彰,故曰可與幾。終謂上,陰稱義,知存知亡,故曰可與存義。是故居上位而不驕,在下位而不憂。注:下卦之上,故曰上位,知終終之,故不驕;居三承五,故曰下位,知至至之,故不憂。故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。注:終日乾乾以陽動也,夕惕若夤以陰息也,因日以動,因夜以息,故云因其時。

経文に曰く、九三爻辞「君子は終日乾乾、夕に惕れること夤のごとく、厲けれど咎なし」とは何の謂いかと。孔子に曰く、君子は徳行を増進し功業を修治すと。恵棟の自注に曰く、乾は徳を為し、坤は業を為し、乾を以て坤に通ずるを、則ち徳行を増進し功業を修治すると呼ぶ。経文に曰く、忠信は以て徳行を増進する所なり、言辞を修饬し誠意を立定するは以て功業を守住する所なりと。自注に曰く、「忠信」は五爻を指す。乾は言を為し、三は中に居らず。ゆえに言辞を修饬するを要す。「誠」は二爻を指す。三は艮爻にして、艮は居を為す。ゆえに功業を守住すと言う。経文に曰く、至るべき所を知りて至れば、便ち以て彼と幾微を共謀すべく、終わるべき所を知りて終われば、便ち以て彼と義理を共守すべしと。自注に曰く、「至」は初爻を指し、陽は初に在りて「幾」と称し、幾はすなわち変動の細微の端なり。能く細微を知りまた顕著を知る。ゆえに与に幾を謀るべしと言う。「終」は上爻を指し、陰は義と称す。能く存を知りまた亡を知る。ゆえに与に義を守るべしと言う。経文に曰く、ゆえに上位に居りて驕矜せず、下位に処りて憂懼せずと。自注に曰く、三は下卦の上に居る。ゆえに「上位」と称す。終を知りて終わる。ゆえに驕らず。三は下体に居りて上りて九五を承ぐ。ゆえに「下位」と称す。至を知りて至る。ゆえに憂えず。経文に曰く、ゆえに終日勤勉して、時に随いて戒懼し、危境に処るといえど災禍あらざらんと。自注に曰く、終日乾乾は陽に随いて動くなり、夕に惕れること夤のごときは陰に随いて息うなり、白天はこれに因りて動き、夜裏はこれに因りて息う。ゆえに「その時に因る」と言う。

疏。乾為至修業○此虞義也。繫上曰「夫易聖人所以崇德而廣業也」,知崇體卑,崇效天,卑法地,故知德屬乾業屬坤也。三體泰,泰內乾外坤,德業者乾坤相輔而成,故以乾通坤謂為進德修業。虞氏曰「陽在三四為修」,三過中,四不及中,故皆言進德修業也。

以下は疏なり。先ず注文「乾為……修業」の一節を疏証す、虞翻の説を用う。『繫辭上傳』に「それ易は聖人の以て徳を崇め業を広くする所なり」と言う。智は崇高にして礼は卑下、崇高は天を法効し、卑下は地を取法す。因りて「徳」は乾に属し「業」は坤に属するを知るべし。三爻は『泰』の体の中に処り、『泰』卦は内乾外坤なり。徳と業とはもと乾坤の相輔相成の結果なれば、乾を以て坤に通ずるを便ち進徳修業と呼ぶと言う。虞翻に「陽は三・四の両位に居るを『修』と為す」と言う。三はすでに中を過ぎ、四はまた中に及ばず。ゆえに両爻ともに進徳修業を講ず。

○忠信至居業○五以陽居中,故曰忠信。凡言進言修者,皆謂不中以求中。三不中,故修辭。二存誠,故誠謂二,立誠所以求中也。三艮爻,鄭義也;艮為居,虞義也。五陽二陰,故法五以進德,法二以居業也。

注文「忠信……居業」の一節を疏証す。五は陽爻を以て中位に居る。ゆえに「忠信」と称す。凡そ「進」と言い「修」と言うは、みな爻位の中ならざる而して中に帰せんことを求むるを指す。三は中に居らず。ゆえに言辞を修饬するを要す。二は能く誠実を保存す。ゆえに「誠」は二爻を指し、誠意を立定するはまさに中を求めんが為なり。三は艮爻なり——これは鄭玄の説なり。艮は居を為す——これは虞翻の説なり。五は陽にして二は陰なれば、五に取法して徳を進め、二に取法して業を守る。

○至謂至存義○至從一,一,地也,故謂初。繫下曰「知幾其神乎」,虞注云「幾謂陽也」,陽在復初稱幾,初尚微,故曰動之微。君子知微知彰,故可與幾也。上為一卦之終,故終謂上。乾鑿度曰「地靜而理曰義」,故陰稱義。亡者保其存者也,知存知亡故可與存義也。

注文「至謂」から「存義」に至る一節を疏証す。「至」字は「一」に従い、「一」は地を代表す。ゆえに初爻を指す。『繫辭下傳』に「幾を知るはそれ神か」と言い、虞翻の注に「幾は陽を指す」と言う。陽は『復』の初に在りて幾と称し、初爻はなお微弱なり。ゆえに変動の細微の端と言う。君子は既に細微を知りまた顕著を知る。ゆえに彼と幾微を共謀すべし。上爻は一卦の終点なり。ゆえに「終」は上爻を指す。『乾鑿度』に「地は安静にして条理あり、これを義と呼ぶ」と言う。ゆえに陰は義と称す。いわゆる「亡」とは、まさにあの「存」を保住せんが為なり。能く存を知りまた亡を知る。ゆえに彼と義理を共守すべし。

○下卦至不憂○荀注九三曰「三居下體之終而為之君,是上位也」,居上位而不如上九之亢,故不驕。荀又云「三臣於五是下位也」,在下位而亦如初之無悶,故不憂也。○終日至其時○此淮南義也。班固曰,淮南王安聘明易者九人,號九師法,其書今亡而鴻烈所述者其緒餘也。彼文云「夕惕若厲」,蓋今文脫夤字而以厲屬上讀也。古文厲屬下讀,故傳云雖危無咎。漢書多有作若厲者,皆據今文也。

注文「下卦……不憂」の一節を疏証す。荀爽の九三の注に「三は下体の終に居りて下体の君と為る、これすなわち上位なり」と言う。上位に居るといえど上九のごとき亢極せず。ゆえに驕らず。荀爽はまた「三は五に対して臣と称す、これすなわち下位なり」と言う。下位に在るといえど能く初爻のごとく世を避けて悶えず。ゆえに憂えず。以下注文「終日……其時」の一節を疏証す、『淮南子』の説を用う。班固に曰く、淮南王劉安は曾て『易』を通暁する学者九人を聘請し、「九師法」と号す、あの書は如今已に亡佚し、『鴻烈』の記述する所はただその余緒に過ぎず、と。『淮南』はかそこに「夕に惕れること厲のごとし」と作る——おそらく今文本は「夤」字を脱掉して、因りて「厲」字を上に属して読む。古文本は「厲」字を下に属して読む。ゆえに『文言』に「危けれども咎なし」と言う。『漢書』の裏に多く「若厲」と作るあるは、みな今文本に依拠す。

九四曰或躍在淵無咎何謂也?子曰:上下無常,非為邪也;進退無恆,非離群也;君子進德修業,及時故無咎。注:或躍為上,在淵為下。進謂居五,退謂居初。二四不正,故皆言邪;三四不中,故皆言時。及時所以求中也。中庸曰「君子而時中」。

経文に曰く、九四爻辞「あるいは躍りて淵に在り、咎なし」とは何の謂いかと。孔子に曰く、上上下下定則なく、邪僻の事を為さんとするに非ず、進進退退常規なく、同類を脱離せんとするに非ず。君子は徳行を増進し功業を修治するは、ただ時機に趕上せんことを求むるのみ。ゆえに災禍あらざらんと。恵棟の自注に曰く、「あるいは躍る」は上に往くなり、「淵に在り」は下に居るなり。「進」は五位に升居するを指し、「退」は初位に下居するを指す。二と四とは並びに位に当たらず。ゆえにみな「邪」に及ぶ。三と四とは並びに中に居らず。ゆえにみな「時」に及ぶ。時機に趕上するは、まさに中道を求得せんが為なり。『中庸』に「君子にして時中なり」と言う。

疏。或之者,疑之也。無常無恆,是釋或義。進謂居五,退謂居初,此荀義也。二中而不正,故言邪;三正而不中,故言時;四不中不正,故兼言之。時中者,易之大要也。孔子於彖傳言時者二十四卦,言中者三十六卦,於象傳言中者三十九卦,言時者六卦。蓋時者舉一卦所取之義而言之也,中者舉一爻所適之位而言之也。時無定而位有定,故象多言中少言時。子思作中庸,述夫子之意曰「君子而時中」,時中之義深矣。故文言申用九之義曰「知進退存亡而不失其正者,其惟聖人乎」,是時中之義也。王弼本欲及時也,今從古。

疏:いわゆる「或」とはすなわち遅疑不定なり。「无常」「无恒」の両句はまさに「或」字の義を解釈するなり。「進」は五位に升居するを指し、「退」は初位に下居するを指す——これは荀爽の説なり。二は中に居りて位に当たらず。ゆえに「邪」と言う。三は位に当たりて中に居らず。ゆえに「時」と言う。四は既に中に居らず且つ位に当たらず。ゆえに両様ともに説き及ぶ。時と中とは『易』の大関鍵なり。孔子は『彖傳』の裏に「時」を講ずる二十四卦あり、「中」を講ずる三十六卦あり。『象傳』の裏に「中」を講ずる三十九卦あり、「時」を講ずるはただ六卦のみ。大抵「時」は一卦の取る所の義理に就きて言を立て、「中」は一爻の処る所の位次に就きて言を立つ。時機は定准なくして位次は定准あり。ゆえに『象傳』は多く中を講じて少なく時を講ず。子思は『中庸』を作して、孔子の意思を転述して「君子にして時中なり」と言う。時中の義蘊は極めて深し。ゆえに『文言』は用九の義を申説する時「進退存亡を知りてその正を失わざるは、それただ聖人か」と言う——講ずる所まさに時中の道理なり。王弼本は「時に及ばんと欲す」と作る。今は古本に依る。

九五曰飛龍在天利見大人何謂也?子曰:同聲相應。注:謂震巽也。庖犧觀變而放八卦,雷風相薄故相應。同氣相求。注:謂艮兌也。山澤通氣,故相求。水流溼,火就燥。注:謂坎離也。離上而坎下,水火不相射。雲從龍,風從虎。注:謂乾坤也。乾為龍,雲生天,故從龍;坤為虎,風生地,故從虎。

経文に曰く、九五爻辞「飛竜天に在り、大人を見るに利あり」とは何の謂いかと。孔子に曰く、同類の声は互いに応和すと。恵棟の自注に曰く、これは震と巽とを言う。庖犠は陰陽変化を観察して倣効して八卦を制成し、震雷と巽風とは相い激蕩す。ゆえに互いに応和す。経文に曰く、同類の気息は互いに尋求すと。自注に曰く、これは艮と兌とを言う。山と沢とは気息相通ず。ゆえに互いに尋求す。経文に曰く、水は潮湿の処に往きて流れ、火は乾燥の処に往きて焼くと。自注に曰く、これは坎と離とを言う。離は上に在りて坎は下に在り、水火は並びに相厭棄せず。経文に曰く、雲は竜に随いて生じ、風は虎に随いて起ると。自注に曰く、これは乾と坤とを言う。乾は竜を為し、雲は天に生ず。ゆえに雲は竜に従う。坤は虎を為し、風は地に生ず。ゆえに風は虎に従う。

聖人作而萬物覩。注:聖人謂庖犧合德乾五,造作八卦,故聖人作。覩,見也。四變五體離,離為見,故萬物覩。萬物皆相見,利見之象也。本乎天者親上,本乎地者親下。注:震坎艮皆出乎乾,故曰本乎天,而與乾親,故曰親上。巽離兌皆出乎坤,故曰本乎地,而與坤親,故曰親下。天尊故上,地卑故下也。則各從其類也。注:二五相應,如物類之相感,故下之應上猶子之於父母,各從其類。

経文に曰く、聖人興起して万物瞩目すと。自注に曰く、「聖人」は庖犠を指し、彼の徳は乾五と相合し、八卦を創制す。ゆえに聖人興起すと言う。「覩」はすなわち見なり。四爻変じて五爻離体を成し、離は見を為す。ゆえに万物は以て瞻見するを得。万物はみな彼此相見る——まさに「大人を見るに利あり」の象なり。経文に曰く、天に本づくは上に親しみ、地に本づくは下に親しむと。自注に曰く、震・坎・艮はみな乾より出ず。ゆえに天に本づくと言う。それらは乾と相親しむ。ゆえに上に親しむと言う。巽・離・兌はみな坤より出ず。ゆえに地に本づくと言う。それらは坤と相親しむ。ゆえに下に親しむと言う。天は尊貴なれば上に在り、地は卑下なれば下に在り。経文に曰く、これすなわち各々その同類に随従するなりと。自注に曰く、二と五とは彼此相応じ、物類の間の相感するがごとし。ゆえに下爻は上爻に応ずるは子女の父母に於けるがごとく、各々同類に随従す。

疏。謂震至從虎○此虞義也。傳因二五相應而廣其義,明八卦陰陽本有是相應之理也。庖犧觀變於陰陽而立八卦,震雷巽風相薄而不相悖,故同聲相應;艮山兌澤,高下氣通,故同氣相求;坎水離火相逮而不相射。射,厭也。內經曰「雲出天氣,風出地氣」。乾為龍,坤為虎,故云從龍風從虎。鴻範曰「日風」,鄭注云「風,土氣也」。凡氣非風不行,猶金木水火非土不處,故土氣為風。虎,土物也,坤為土,是風從虎亦是從其類也。

以下は疏なり。先ず注文「謂震」から「従虎」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。『文言』は二五相応を借りてその義を推広し、八卦の陰陽はもとよりこの種の相応の理を有することを説明す。庖犠は陰陽の変化を観察して八卦を設立す。震雷と巽風とは相い激蕩して相い違背せず。ゆえに同声相応すと言う。艮山と兌沢とは高下の間に気息相通ず。ゆえに同気相求すと言う。坎水と離火とは彼此相及びて相厭棄せず——「射」はすなわち厭棄なり。『内経』に「雲は天気より出で、風は地気より出ず」と言う。乾は竜を為し、坤は虎を為す。ゆえに雲は竜に従い風は虎に従うと言う。『洪範』の庶征に「風と曰う」の一項あり、鄭玄の注に「風は土の気なり」と言う。凡そ気は風に靠らざれば運行する能わず、まさに金木水火の土に依託せざれば安頓する処なきがごとし。ゆえに土気はすなわち風なり。虎は土類の物にして、坤は土を為す。見るに風の虎に従うもまた同類に随従するなり。

○聖人至象也○此虞義也。聖人即大人也。文王書辭繫庖犧於九五,故聖人謂庖犧也。庖犧全體中和,故合德乾五,始作八卦,是聖人作。樂記曰「作者之謂聖」是也。說卦曰「相見乎離」,故離為見。聖人作而萬物共覩,即利見大人之義也。

注文「聖人」から「象也」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。ここの聖人はすなわち大人なり。文王は爻辞を写定して、庖犠を九五のこの一爻に系属す。ゆえに「聖人」は庖犠を指す。庖犠は全然として中和の道を体現す。ゆえに徳は乾五と相合し、最先に八卦を創制す——これすなわち「聖人作す」なり。『礼記·楽記』に「創制する者を聖と呼ぶ」と言う——まさにこの意である。『説卦傳』に「相見るは離にあり」と言う。ゆえに離は見を為す。聖人興起して万物共同に瞻見するは、すなわち「大人を見るに利あり」の意なり。

○震坎至下也○此虞義也。乾道成男,故震坎艮皆本乎天而皆陽類,故親上;坤道成女,故巽離兌皆本乎坤而皆陰類,故親下。天尊地卑,故有上下之別。表記亦云「父尊而不親,母親而不尊」也。○二五至其類○此總結上義也。物類相感如聲氣之類是也。下應上謂聖人作而萬物覩也。言二之應五如子之親上親下,以類相從,所以釋利見之義也。

注文「震坎」から「下也」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。乾道は男性を成就す。ゆえに震・坎・艮はみな天に本づきて同じく陽類に属し、因りて上に親しむ。坤道は女性を成就す。ゆえに巽・離・兌はみな坤に本づきて同じく陰類に属し、因りて下に親しむ。天尊くして地卑し。ゆえに上下の分あり。『礼記·表記』もまた「父は尊厳にして親暱せず、母は親暱にして尊厳ならず」と言う。以下注文「二五」から「其類」に至る一節を疏証す——これは上文の義理を総結するなり。物類の相感は、同声・同気の類のごとし。下爻は上爻に応ずるは、言う所はすなわち聖人興起して万物瞻見するなり。意は二爻は五爻に応じ、子女の上に親しみ下に親しむに比して、各々類別に按りて相従う——用いて「利見」の意を解釈するなり。

上九曰忼龍有悔何謂也?子曰:貴而無位。注:天尊故貴,以陽居陰故無位。高而無民。注:坤為民,驕亢失位,故無民。賢人在下位而無輔。注:上應三,三陽德正,故曰賢人;別體在下,故曰在下位;兩陽無應,故無輔。是以動而有悔也。注:動於上不應於下,故有悔。

経文に曰く、上九爻辞「忼竜悔あり」とは何の謂いかと。孔子に曰く、地位は尊貴にして実位なしと。恵棟の自注に曰く、上爻は天道に当たりて天は尊を為す。ゆえに貴と言う。陽爻を以て陰位に居る。ゆえに位なしと言う。経文に曰く、処ること高くして百姓なしと。自注に曰く、坤は民を為す。上九は驕亢にしてまた位を失う。ゆえに百姓なし。経文に曰く、賢人は下位に在りて輔助を得ずと。自注に曰く、上は三と相応ず、三は陽爻にして徳行正を得。ゆえに賢人と称す。三は別に下体に属す。ゆえに「下位に在り」と言う。上と三とは同じく陽爻にして相応じ能わず。ゆえに輔助を得ず。経文に曰く、因りて一動すれば便ち悔ありと。自注に曰く、上位に在りて動き、下は並びに相応せず。ゆえに悔あり。

疏。天尊至無位○此虞義也。上於三才為天道,是天尊,故貴也。上本陰位,以陽居之,故無位。無位猶失位。荀云「在上故貴,失位故無位」,亦此義也。○坤為至無民○廣雅曰「亢,高也」。越語曰「天道盈而不溢,盛而不驕」。上九驕亢,又處非其位,民不與之,故無民也。

以下は疏なり。先ず注文「天尊」から「无位」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。上爻は三才の中に於いて天道に当たり、天は至尊なり。ゆえに貴と言う。上はもと陰位にして、今は陽爻を以てこれに居る。ゆえに位なしと言う。位なきはすなわち位を失うに等し。荀爽に「最上に居るを以て貴く、位を失うを以て位なし」と言う——もまたこの意なり。以下注文「坤為」から「无民」に至る一節を疏証す。『広雅』に「亢はすなわち高なり」と言う。『国語·越語』に「天道は充盈して外溢せず、強盛にして驕矜せず」と言う。上九は既に驕にして且つ亢しく、また当たらざる位次に処れば、百姓はそれに帰附せず。ゆえに百姓なし。

○上應至無輔○此荀義也。知賢人為九三者,上傳云「在下位而不憂」,故知三也。乾鑿度有一聖二庸三君子之目,謂復初陽正為聖人,臨二陽不正為庸人,泰三陽正為君子。乾為賢人,故又稱賢人也。三在下卦,故云別體。三上敵應,故無輔也。○動於至有悔○此淮南義,見繆稱篇也。

注文「上応」から「无輔」に至る一節を疏証す、荀爽の説を用う。「賢人」が九三を指すと断定する所以は、前面の『文言』にすでに「下位に在りて憂えず」と言うを以て、これによりて指す所は三爻なるを知る。『乾鑿度』に「一は聖を為し、二は庸を為し、三は君子を為す」の名目あり——言う所は『復』卦の初爻は陽にして正を得て聖人を為し、『臨』卦の二爻は陽にして正ならざる庸人を為し、『泰』卦の三爻は陽にして正を得て君子を為すなり。乾はまた賢人を為す。ゆえにここにも賢人と称す。三は下卦に在る。ゆえにそれを別に一体に属すと言う。三と上とは同じく陽爻にして、ただ敵応にして相応に非ず。ゆえに輔助を得ず。以下注文「動于」から「有悔」に至る一節を疏証す、『淮南子』の説を用う——『繆称』篇に見る。

文言傳・乾・潜竜勿用は下なり

潛龍勿用,下也。注:下謂初。見龍在田,時舍也。注:暫舍於二,以時升坤五。終日乾乾,行事也。注:坤為事,以乾通坤,故行事。或躍在淵,自試也。注:求陽正位而居之,故自試。飛龍在天,上治也。注:畫八卦以治下,故曰上治。忼龍有悔,窮之災也。注:卦窮於上,知進忘退,故災。乾元用九,天下治也。注:正元以成化,故天下治。

経文に曰く、「潜竜勿用」とは、最下に居るを以てなりと。恵棟の自注に曰く、「下」は初爻を指すと。経文に曰く、「竜を田に見る」とは、暫く止まりて時を待つなりと。自注に曰く、暫く二位に停まりて、坤五に上升するの時機を待つと。経文に曰く、「終日乾乾」とは、事を弁ずるに在りと。自注に曰く、坤は事を為し、乾を以て坤に通ず。ゆえに事を弁ずるなりと。経文に曰く、「あるいは躍りて淵に在り」とは、自ら試みるなりと。自注に曰く、陽爻の応有の正位を求取してこれに居る。ゆえに自ら試みると言うと。経文に曰く、「飛竜天に在り」とは、上に在りて治理すと。自注に曰く、八卦を画成して以て天下を治理す。ゆえに上治と言うと。経文に曰く、「忼竜悔あり」とは、窮極に招来せらるるの災患なりと。自注に曰く、卦は上爻に到りてすでに窮極し、ただ進を知りて退を忘る。ゆえに災ありと。経文に曰く、「乾元九を用う」とは、天下大治なりと。自注に曰く、元気を端正して以て教化を成就す。ゆえに天下大治なりと。

疏。下謂至下治○易氣從下生,故謂下為初。二非其位,故云暫舍,虞氏亦云「非王位時暫舍也」。以時升坤五,故經云見龍在田,田謂坤,非謂舍于田也。坤為事,謂泰坤;震為行,以乾通坤,故曰行事,進德修業是也。四非上居五則當下居初,或之,故云自試也。

以下は疏なり。先ず注文「下謂」から「下治」に至る一節を疏証す。『易』の気機は下より生ず。ゆえに「下」を初爻と講じ成す。二は陽爻の処るべき位に非ず。ゆえに「暫く舎る」と言い、虞翻もまた「君位に非ず、ただ時に随いて暫く停留するのみ」と言う。時機を待ちて坤五に上升す。ゆえに経文に「竜を田に見る」と言う。「田」は坤を指し、並びに田里に停留すると言うに非ず。坤は事を為し、指す所は『泰』卦の坤体なり。震は行を為し、乾を以て坤に通ず。ゆえに「事を行う」と言い、すなわち進徳修業なり。四爻若し上升して五に居らざれば、当に下降して初に居るべく、まさに両可猶疑の間に在り。ゆえに「自ら試みる」と言う。

白虎通曰「伏戲仰觀俯察,畫八卦以治下,下服而化之,故謂之伏戲」。孟喜章句曰「伏,服也;戲,化也」,是畫卦治下之事。上對下言,故云上治也。王肅註上九曰「知進忘退故悔」。蓋卦窮於上,當退之三,上不知退,亢極災至,故曰災也。春秋元命包曰「天不深正其元,不能成其化」。九者變化之義,以元用九,六爻皆正,王者體元建極,一以貫之而君臣上下各得其位,故天下治也。

『白虎通』に「伏羲は仰いで天象を観、俯して地理を察し、八卦を画出して以て天下を治理し、天下人は服従してその教化を受く。ゆえに彼を伏羲と称す」と言う。孟喜の『章句』に「伏はすなわち服にして、戯はすなわち化なり」と言う——見るにこれまさに卦を画きて天下を治理するの事なり。「上」は「下」に対して言う。ゆえに「上治」と呼ぶ。王肃の上九の注に「ただ進を知りて退を忘る。ゆえに悔あり」と言う。大抵卦は上爻に到りてすでに窮極し、もと当に三位に退居すべきも、上爻は退くを知らず、亢極して災禍これに随う。ゆえに「災」と言う。『春秋元命包』に「天はその元気を深く正せざれば、その化育を成就する能わず」と言う。「九」は変化の義を含有し、元を以て九を運用すれば、六爻はみな正に帰す。王者は元気を体察して中極を建立し、一を以てこれを貫き、君臣上下各々その位を得。ゆえに天下大治なり。

文言傳・乾・陽気潜蔵

潛龍勿用,陽氣潛藏。注:陽息初,震下有伏巽,故曰潛藏。見龍在田,天下文明。注:二升坤五,坤為文,坤五降二體離,離為明,故天下文明。終日乾乾,與時偕行。注:震為行,因時而惕,故與時偕行。書曰「時之徙也勤以行」。或躍在淵,乾道乃革。注:二上變體革,故乾道乃革。飛龍在天,乃位乎天德。注:體元居正,故位乎天德。書曰「其惟王位在德元」。忼龍有悔,與時偕極。注:陽將負其極弱,故與時偕極。乾元用九,乃見天則。注:六爻皆正,天之法也,在人則為王度。易說「易六位正,王度見矣」。

経文に曰く、「潜竜勿用」とは、陽気潜蔵して未だ出でざるなりと。恵棟の自注に曰く、陽気は初に生長し、震体の下に巽を伏す。ゆえに潜蔵と言うと。経文に曰く、「竜を田に見る」とは、天下に文采ありて光明なりと。自注に曰く、二は坤五に上升し、坤は文を為す。坤五は下降して二に至りて離体を成し、離は明を為す。ゆえに天下文明と言うと。経文に曰く、「終日乾乾」とは、時と倶に進むなりと。自注に曰く、震は行を為し、時に随いて戒懼す。ゆえに時と倶に進む。『周書』に「時機は遷移して居らず、勤勉して追いつくを要す」と言うと。経文に曰く、「あるいは躍りて淵に在り」とは、乾道ここに至りて変革ありと。自注に曰く、二と上とは変動して革の体を成す。ゆえに乾道すなわち革と言うと。経文に曰く、「飛竜天に在り」とは、天徳の位に居るなりと。自注に曰く、乾元を体察して正位に居る。ゆえに天徳に位すると言う。『尚書』に「それただ王位は徳元に在り」と言うと。経文に曰く、「忼竜悔あり」とは、時と倶に尽くるなりと。自注に曰く、陽は将にその窮極転弱の勢いを背負わんとす。ゆえに時と倶に尽くると。経文に曰く、「乾元九を用う」とは、ここにおいて天の法則を顕現すと。自注に曰く、六爻みな正を得るは、これ天の法度なり。人事に落とせば即ち王者の法度なり。『易説』に「『易』の六位みな正しければ、王者の法度は便ち顕現す」と講ずと。

疏。陽息至潛藏○繫下曰「龍虵之蟄以存身也」,虞彼注云「蟄,潛藏也」。龍潛而虵藏,十一月陽息初,震為龍,巽為虵,故曰潛藏也。○二升至文明○二升坤五,觀乎人文以化成天下,坤離皆指在下而言,故云天下文明。○震為至以行○息至三體震,震為行。書曰者,周書周祝文,孔晁注云「謂與時偕行也」。

以下は疏なり。先ず注文「陽息」から「潜蔵」に至る一節を疏証す。『繫辭下傳』に「竜蛇の蟄伏するは、以てその身を保全せんとするなり」と言い、虞翻はかそこに注して「蟄はすなわち潜蔵なり」と言う。竜は潜にして蛇は蔵なり。十一月に陽気は初に生長し、震は竜を為し、巽は蛇を為す。ゆえに潜蔵と言う。以下注文「二升」から「文明」に至る一節を疏証す。二は坤五に上升して、人文を観察して以て天下を化育成就す。坤と離とはみな在下の者に就きて言う。ゆえに「天下文明」と言う。以下注文「震為」から「以行」に至る一節を疏証す。陽気は三に生長して震体を成し、震は行を為す。注中の引く所の「書に曰く」は『逸周書·周祝』の文字にして、孔晁の注に「これすなわち時と偕に行くの意なり」と言う。

○二上至乃革○二升坤五,上降坤三,是二上變也。乾二上變,其象為革,故體革而云四。體革者,革之既濟較九四一爻耳。四變成既濟,革彖云「元亨利貞」,與乾用九同,故發其義於九四爻而云乾道乃革耳。

注文「二上」から「乃革」に至る一節を疏証す。二は坤五に上升し、上は坤三に下降す——これすなわち「二と上とは変動す」なり。乾の二・上両爻は変動して、その象はすなわち『革』卦を成す。ゆえに革体を成してこれを九四に繫ぐと言う。いわゆる革体を成すとは、『革』卦と『既済』とはただ九四のこの一爻を差すのみなり。四爻一変すれば便ち『既済』を成す。『革』卦の『彖辞』に「元亨利貞」と言い、乾の用九と同義なれば、九四のこの一爻の上にその義を発明して、「乾道すなわち革」と言う。

○體元至德元○易有天位天德。天位九五也,天德乾元也。中庸曰「雖有其位,苟無其德,不敢作禮樂焉;雖有其德,苟無其位,亦不敢作禮樂焉」,鄭注云「言作禮樂者必聖人在天子之位」。體元居正者,以乾元之德而居九五之位,故云位乎天德也。書洛誥文,引之者證天德之為乾元也。

注文「体元」から「徳元」に至る一節を疏証す。『易』の裏に「天位」ありまた「天徳」あり。天位はすなわち九五にして、天徳はすなわち乾元なり。『中庸』に「その位ありといえども、若し相応の徳なければ、敢えて礼楽を制作せず。その徳ありといえども、若し相応の位なければ、また敢えて礼楽を制作せず」と言い、鄭玄の注に「意は礼乐を制作する者は必ず聖人にしてまた天子の位に在るを要することを言う」と言う。いわゆる「元を体し正に居る」とは、乾元の徳を以て九五の位に居るなり。ゆえに「天徳に位す」と言う。注中の引く所は『尚書·洛誥』の文字にして、これを引くは天徳のすなわち乾元なるを証明せんが為なり。

○陽將至偕極○陽窮於上,則陰復於下,故云陽將負。伏生鴻範五行傳曰「王之不極,是謂不建,厥咎瞀,厥罰恆陰,厥極弱」,鄭彼注云「天為剛德,剛氣失,故於人為弱。易說亢龍之行曰:貴而無位,高而無民,賢人在下位而無輔,此之謂弱」。劉歆說曰「君有南面之尊而亡一人之助,故其極弱也」。廣雅曰「亢,極也」。蔡邕月令章句曰「極者,至而還之辭」。陽道窮剛反為弱,即與時偕極之義也。

注文「陽将」から「偕極」に至る一節を疏証す。陽気は上爻に窮尽し、陰気は便ち下に回復す。ゆえに「陽は将に背負わんとす」と言う。伏生の『洪範五行傳』に「君王は中極を建立する能わざれば、これを不建と呼ぶ。その咎征は昏乱にして、その懲罰は久陰開けずにして、その終極は柔弱なり」と言い、鄭玄はかそこに注して「天は剛徳にして、剛気一たび失われれば、人の身に落ちて柔弱と成る。『易説』は亢竜の行事を講じて言う、貴にして位なし、高にして民なし、賢人は下位に在りて輔なし、これを弱と呼ぶ」と。劉歆に「君主は南面の尊ありといえども、一人の助けを得ず。ゆえにその終極は弱なり」と言う。『広雅』に「亢はすなわち極なり」と言う。蔡邕の『月令章句』に「いわゆる極とは、尽頭に走りて返回するの説なり」と言う。陽道窮尽して、剛は反って弱と変ず——これまさに「時と偕に極まる」の意なり。

○六爻至見矣○六爻皆正謂既濟也。剛柔正而位當,行事皆合於天,故曰天之法。參同契曰「用九翩翩為道規矩」是也。易說者,乾鑿度文。案鴻範五行傳射屬王極,鄭氏注云「射,王極之度也。射人將發矢,必先於此儀之,發矢則必中於彼矣。君將出政,亦先於朝廷度之,出則應於民心」,故云王度見矣。

注文「六爻」から「見矣」に至る一節を疏証す。六爻みな正を得るは、指す所は『既済』なり。剛柔各々その正を得て爻位相当し、行う所の事はみな天に合す。ゆえにこれを「天の法度」と言う。『参同契』に「九を用いて翩翩として、道の規矩を為す」と言う——まさにこの意である。注中の言う所の「易説」は『乾鑿度』の文字なり。『洪範五行傳』は「射」を王極に帰属し、鄭玄の注に「射とはすなわち王極の法度なり。射手は将に箭を發さんとすれば、必ず先ずここに比量端正し、箭發して去れば則ち必ずあの靶を射中す。君主は将に政令を發布せんとすれば、亦た先ず朝廷の上に斟酌度量し、頒行して出でれば便ち民心に合することを得」と言う。ゆえに「王度見えり」と言う。

文言傳・乾・乾元とは始めて亨る者なり

乾元者始而亨者也。注:乾始開通,以陽通陰,故始通。利貞者情性也。注:推情合性。乾始而以美利利天下,不言所利,大矣哉。注:乾始,元也。美利謂雲行雨施、品物流形,故利天下。天何言哉,四時行焉,百物生焉,故利之大者也。

経文に曰く、乾元とは開創して万物を通達せしむる者なりと。恵棟の自注に曰く、乾は開創して万物を開通し、陽を以て陰に通ず。ゆえに「始通」と言うと。経文に曰く、利と貞とはすなわち情と性なりと。自注に曰く、その情を推運して以て性に合すと。経文に曰く、乾は万物を開創して美しき利益を以て天下に施すも、自ら施す所の利を称説せず——まことに偉大なるかなと。自注に曰く、「乾始」はすなわち元なり。「美利」は指す所の雲気流行・雨沢施布・万物各々その形を成す。ゆえに天下を利益すと言う。『論語』に「天は何をか言わんや、四時は照様に運行し、百物は照様に生長す」と言う。ゆえにこれ最大の利なり。

大哉乾乎,剛健中正純睟精也。注:剛者,天德也;健者,天行也;中謂居五,正謂居初與三也;純兼統陰爻也;睟不雜也;一氣能變曰精。繫曰「精氣為物」。六爻發揮,旁通情也。注:發,動;揮,變也。乾六爻發揮變動,旁通於坤,坤來入乾以成六十四卦,吉凶以情遷,故曰旁通情也。時乘六龍以御天也,雲行雨施,天下平也。注:言乾六爻乘時以居天位,坤下承之成既濟定,陰陽和均而得其正,故天下平。

経文に曰く、偉大なるかな乾や、剛・健・中・正・純・睟・精なりと。恵棟の自注に曰く、「剛」は天の徳にして、「健」は天の運行なり。「中」は五位に升居するを指し、「正」は初位と三位に居るを指す。「純」は陰爻を兼統し、「睟」は駁雜せざるなり。一気にして能く変化するを「精」と呼ぶ。『繫辭』に「精気は物を為す」と言うと。経文に曰く、六爻は発揮変動して、旁通して万物の情を尽くすと。自注に曰く、「発」は動にして、「揮」は変なり。乾の六爻は発揮変動して坤に旁通し、坤は来たりて乾中に入りて六十四卦を生成し、吉凶は情に随いて遷移す。ゆえに「旁通して情なり」と言うと。経文に曰く、時に適みて六竜を乗駕して以て天道を駕御し、雲気流行・雨沢施布して天下太平なりと。自注に曰く、これは乾の六爻の時に乗じて天位に居り、坤は下に在りてこれを承奉して『既済』の定局を成し、陰陽は調和均斉にして各々その正を得るを言う。ゆえに天下太平なりと。

疏。乾始至始通○此虞義也。始即元也。乾知大始,故亦曰始。天地不變不能通氣,乾始交於坤,以陽通陰,故始通也。○推情合性○此魏伯陽義也。爻不正以歸於正,故曰利貞。性,中也;情者,性之發也。發而中節,是推情合性謂之和也。易尚中和,故曰利貞者情性。聖人體中和,天地位,萬物育,既濟之効也。

以下は疏なり。先ず注文「乾始」から「始通」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。「始」はすなわち元なり。『繫辭』に「乾は大始を知る」と言う。ゆえに乾もまた「始」と称す。天地交変せざれば通気する能わず。乾は始めて坤と相交わり、陽を以て陰に通ず。ゆえに「始通」と言う。以下注文「情を推し性に合す」の一句を疏証す、魏伯陽の説を用う。爻はもと正ならずしてこれを正に帰せしむ。ゆえに「利貞」と呼ぶ。「性」は中にして、「情」は性の発動なり。発動して能く節度に合するは、すなわちその情を推運して以て性に合するにして、これを「和」と呼ぶ。『易』は中和を崇尚す。ゆえに「利貞とは情性なり」と言う。聖人は中和を体現し、ここにおいて天地各々その位に安んじ万物各々その生を遂ぐ——これまさに『既済』の功效なり。

○乾始至大也○「大哉乾元,萬物資始」,故知乾始元也。美利以下,虞義也。始而亨,故云行雨施、品物流形,是利天下之事也。尋繫下述咸至遘六日七分之義曰「過此以往,未之或知也」。始而亨,成既濟化育之功,天不言而歲功成,故天何言哉,四時行焉,百物生焉,所利者大,故利者大也。俗本作能以,今從古也。

注文「乾始」から「大也」に至る一節を疏証す。『彖傳』に「大なるかな乾元、万物は資りて始まる」と言う。これによりて「乾始」はすなわち元なるを知る。「美利」以下は虞翻の説を用う。開創してこれを通達せしむれば、ゆえに雲気流行・雨沢施布・万物各々その形を成す——これらはみな天下を利益するの事なり。『繫辭下傳』の『咸』より『姤』に至る六日七分の卦気の義を叙述するを考えるに、「これを過ぎて往かば、未だこれを知ることあらざるなり」と言う。開創して通達し、『既済』の化育の功を成就して、上天は一言を發せずして一年の收成は自然に完足す。ゆえに「天は何をか言わんや、四時行われ、百物生まる」と言う。それの施す所の利は極めて大なり。ゆえに「利とは大なり」と言う。俗本はここに「能以」と作る。今は古本に依る。

○剛者至為物○文五年春秋傳曰「天為剛德」,故云剛者天德也;象曰「天行健」,故云健者天行也。若然,大有彖傳曰「其德剛健」,則健亦德也,而云天行者,乾剛坤柔,剛柔者立本者也,健者運行,故曰天行。乾六爻唯五為中,初三為正,二中而不正,例居坤五,故云中謂居五;四上不正,四例居坤初,上例居坤三,故云正謂居初與三也。

注文「剛者」から「為物」に至る一節を疏証す。『左傳』の文公五年に「天は剛徳なり」と言う。ゆえに注に「剛は天の徳なり」と言う。『象傳』に「天行健なり」と言う。ゆえに注に「健は天の運行なり」と言う。既にこのがごときんば、『大有』の『彖傳』に「その徳は剛健なり」と言う——見るに「健」もまた徳なり、而もここに却って「天行」と説き成すは、それは乾剛坤柔にして、剛柔は以て根本を確立するを用い、而も「健」は息まざるの運行なれば、「天行」と称す。乾の六爻の裏にただ五のみ中を為し、初と三とは正を為す。二は中に居りて位に当たらず、例に照らして坤五に升居す。ゆえに「中は五に居るを指す」と言う。四と上とはみな正ならず、四は例に照らして坤初に下居し、上は例に照らして坤三に下居す。ゆえに「正は初と三とに居るを指す」と言う。

乾鑿度曰「乾道純而奇」,鄭彼注云「陽道專斷,兼統陰事,故曰純」。純,全也。陽畫三,陰畫六,乾兼坤則九,故云全也。乾太元凖之以睟,荀子非相曰「睟而能容雜」,劉淵林吳都賦注云「不雜曰睟」,雜者睟之反,故云睟不雜也。管子心術曰「一氣能變曰精,一事能變曰智」。精者清也,天輕清而上者,故董子曰「氣之清者為精」。繫上曰「精氣為物」,亦謂乾也。

『乾鑿度』に「乾道は純一にして奇数に属す」と言い、鄭玄はかそこに注して「陽道は能く独自に専断し、また兼ねて陰の事を統す。ゆえに純と呼ぶ」と言う。「純」はすなわち全備なり。陽の画数は三にして、陰の画数は六にして、乾は坤を兼ねれば便ち九なり。ゆえにこれを全備と言う。乾は『太玄』の裏に「睟」の首を以て相配し、『荀子·非相』に「純粋にして能く駁雜を容納す」と言い、劉淵林の『呉都賦』の注に「駁雜せざるを睟と呼ぶ」と言う。「雑」はまさに「睟」の反面なり。ゆえに注に「睟はすなわち雑ならず」と言う。『管子·心術』に「一気にして能く変化するを精と呼び、一事にして能く変通するを智と呼ぶ」と言う。精はすなわち清なり。天は軽清にして上升す。ゆえに董仲舒に「気の清きはすなわち精なり」と言う。『繫辭上傳』に「精気は物を為す」と言うは、講ずる所もまた乾なり。

○發動至情也○虞注說卦云「發動揮變」。乾六爻以下陸義也。乾精粹氣純,故能發揮變動,旁通於坤。坤者,乾之反也,震與巽、坎與離、艮與兌及六十四卦皆然,故云坤來入乾以成六十四卦,各卦有旁通。法言「或問行,曰旁通厥德」,李軌注云「應萬變而不失其正者唯旁通乎」。若然,旁通與用九用六同義。乾坤純,故用九六;餘卦六爻相雜謂之旁通也。吉凶以情遷,下繫文。各卦旁通,有吉有凶,吉凶者易之情,故云旁通情也。○言乾至下平○義見乾卦及彖傳。陰陽和均以下,荀義也。

注文「発は動」から「情也」に至る一節を疏証す。虞翻の『説卦』の注に「発はすなわち動にして、揮はすなわち変なり」と言う。「乾の六爻」以下は陸績の説を用う。乾は精粹にして気純なれば、能く発揮変動して坤に旁通す。坤は乾の反面なり。震と巽・坎と離・艮と兌、以て六十四卦に至るまで、これに如かざるなし。ゆえに坤は来たりて乾中に入りて六十四卦を生成し、毎一卦はみなそれが旁通する対卦ありと言う。揚雄の『法言』に「或る人行事の道を問う、答えて曰く、傍らその徳に通ず」と記し、李軌の注に「能く万変に応じてその正を失わざるは、ただ旁通か」と言う。このように看れば、旁通と用九・用六とは同一の義理なり。乾坤純一なれば、ゆえに用九・用六を言う。其余各卦の六爻は陰陽相雑なれば、便ちこれを旁通と呼ぶ。「吉凶は情を以て遷る」は『繫辭下傳』の文字なり。各卦は旁通して吉あり凶あり、吉凶はまさに『易』の示す所の情なり。ゆえに「旁通して情なり」と言う。以下注文「言乾」から「下平」に至る一節を疏証す——その義はすでに乾卦および『彖傳』に見る。「陰陽和均」以下は荀爽の説を用う。

文言傳・乾・君子は成徳を以て行と為す

君子以成德為行,日可見之行也。注:初,善也,積善成德,震為行,故以為行。終日乾乾,行事也,故日可見之行。潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。注:陽見於二,成於三,今隱初,故未見。震為行,行而未成,是以弗用。

経文に曰く、君子はすでに成就せる徳を行動に付す——あれは日日に見るべきの行為なりと。恵棟の自注に曰く、初爻は善にして、善を積みて徳を成し、震は行を為す。ゆえにこれを以て行と為す。終日勤勉するはまさに事を弁ずるに在り。ゆえにこれを日日に見るべきの行為と言うと。経文に曰く、いわゆる「潜」とは、隠伏して未だ顕現せず、行事して未だ成就せず、因りて君子は施用せざるなりと。自注に曰く、陽は二爻に顕現し、三爻に成就す。今はなお初に潜隠す。ゆえに未だ顕現せず。震は行を為し、行して未だ成就に及ばず。ゆえに施用せずと。

疏。初善至之行○初,元也,元者善之長,故云善也。積善成德,勸學篇文。虞注坤文言曰「初乾為積善」,善積於初,成於三,故漢議郎元賓碑云「乾乾積善」。三終日乾乾,積善成德之象,故曰日可見之行也。德必三而成者,乾鑿度曰「易始於一,分於二,通於三」,至三而天地人之道備,故董子曰「天地與人三而成德,天之大經也」。

以下は疏なり。先ず注文「初は善」から「之行」に至る一節を疏証す。初はすなわち元にして、『文言』に「元とは善の長なり」と言う。ゆえに注に初は善と言う。「善を積みて徳を成す」は『荀子·勧学』篇の話なり。虞翻の坤『文言』の注に「初位の乾は積善を為す」と言う。善は初に積累し、三に成就す。ゆえに漢代の議郎元賓の碑文に「乾乾として善を積む」と言う。三爻は終日乾乾として、まさに積善成徳の象なり。ゆえにこれを日日に見るべきの行為と言う。徳は必ず三に至りてこそ成就するは、『乾鑿度』に「『易』は一に起こり、二に分かれ、三に通ず」と言うを以て、三に到りて天・地・人の道は斉備す。ゆえに董仲舒に「天・地と人と三者相合して徳を成すは、これ天の大法則なり」と言う。

○陽見至弗用○九二見龍,故云陽見於二。春秋元命包曰「陽起於一,成於三」,今陽在初,故隱而未見。體震,震為行,行而未成,謂德未成。成十八年古文春秋傳曰「服讒搜慝以誣成德」,服虔曰「成德,成就之德」。初德未成,故弗用也。此專釋潛義,故云潛之為言。

注文「陽見」から「弗用」に至る一節を疏証す。九二は竜を見るなり。ゆえに陽は二爻に顕現すと言う。『春秋元命包』に「陽は一に起こり、三に成る」と言う。今は陽はなお初位に在る。ゆえに隠伏して未だ顕現せず。初爻は震体に属し、震は行を為し、行して未だ成就に及ばず——言う所は徳はなお未だ成らざるなり。『左傳』の成公十八年の古文本は「讒を服し慝を搜して以て成徳を誣る」と作り、服虔の注に「成徳とはすなわちすでに成就せる徳なり」と言う。初爻の徳は未だ成就せず。ゆえに施用せず。この一節は専ら「潜」字の義を解釈す。ゆえに「潜の言う所」と言う。

君子學以聚之,問以辯之。注:二陽在二,兌為口,震為言為講論,臨坤為文,故學以聚之,問以辯之。兌象君子以朋友講習。寛以居之,仁以行之。注:震為寛仁為行,居謂居五,謂寛以居上而行仁德也。易曰見龍在田利見大人,君德也。注:德成而上故曰君德。

経文に曰く、君子は学習に靠りて学問を積聚し、請教に靠りて是非を辨析すと。恵棟の自注に曰く、九二の陽は二位に居在し、兌は口を為し、震は言を為し講論を為し、『臨』卦の坤は文を為す。ゆえに学を以てこれを聚め、問を以てこれを弁ずと言う。『兌』卦の『大象』に「君子は朋友を以て講習す」と言うと。経文に曰く、寛厚を以て自ら処り、仁愛を以て事を行うと。自注に曰く、震は寛を為し仁を為し行を為す。「居」は五位に升居するを指し、言う所は寛厚を以て上位に居りて仁徳を施行すと。経文は「易に曰く、竜を田に見る、大人を見るに利あり」を引きて、これをすなわち君徳と言う。自注に曰く、徳はすでに成就して上位に升居す。ゆえに君徳と呼ぶと。

疏。二陽至講習○此虞義也。乾自坤來,陽在初為震,在二為兌,故兌為口,震為言為講論。臨坤為文者,博學於文故也。兌象朋友講習者,虞於彼注云「兌兩口相對,故朋友講習」。漢博陵太守孔彪碑曰「龍德而學」,學問所以成君德也。周書本典曰「王在東宮,召周公曰:朕聞武考,不知乃問,不得乃學,俾資不肖永無惑」,是人君有學問之事也。

以下は疏なり。先ず注文「二陽」から「講習」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。乾は坤より変じ来たり、陽は初位に在りて震を成し、二位に在りて兌を成す。ゆえに兌は口を為し、震は言を為し講論を為す。『臨』の坤は文を為すと言うは、「文を以て学を博くす」の義を取るなり。『兌』卦の『大象』に朋友講習ありと言うは、虞翻はかそこに注して「兌は両口の相対する象なれば、朋友講習を為す」と言う。漢代の博陵太守孔彪の碑文に「竜徳ありて学を好む」と言う。見るに学問はまさに君徳を成就するの途徑なり。『逸周書·本典』に「王は東宮に在り、周公を召して曰く、我は先父武王の講じたまえるを聞く——明白ならざれば則ち問い、得ざれば則ち学び、資質の高からざる人をも永く疑惑なからしむ」と言う。見るに人君もまた学問のこの事あり。

○震為至德也○震為寛仁,虞義也。漢書五行志曰:「傳曰:思之不睿,是謂不聖。睿,寛也。孔子曰:居上不寛,吾何以觀之哉。」言上不寛大包容臣下則不能居聖位也。○德成至君德○德成而上,樂記文。皇偘注云「上謂堂也」。德成謂人君禮樂德成則為君,故居堂上南面尊之也。二德成而升坤五,故云德成而上,謂德已成而居君位,故云君德也。

注文「震為」から「徳也」に至る一節を疏証す。震は寛を為し仁を為すは虞翻の説なり。『漢書·五行志』に曰く「『傳』に講ず、思慮通達せざれば、これを不聖と呼ぶ。叡とはすなわち寛なり。孔子に曰く、上位に居りて寛厚ならざれば、我は何を以て彼を看んや」と。意は上位に在る人若し寛大に臣下を包容する能わざれば、聖人の位に居るに配せずと言うなり。以下注文「徳成」から「君徳」に至る一節を疏証す。「徳成りて上る」は『礼記·楽記』の文字にして、皇侃の注に「上は堂上を指す」と言う。「徳成」は言う所の人君の礼乐の徳すでに成就すれば便ち君と為るべきなれば、堂上に居りて南面して人の尊奉を受く。九二の徳はすでに成りて坤五に上升す。ゆえに「徳成りて上る」と言い、意は徳すでに成就して君位に居るを言う。因りて「君徳」と称す。

九三重剛而不中,上不在天,下不在田。注:重剛謂乾,天謂乾五,田謂坤田。故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。注:過中則惕。疏。重剛至坤田○乾剛坤柔,內外皆乾,故曰重剛。虞注云「以乾接乾,故重剛」。位非二五,故不中,謂上不居乾五而下不居坤田。二居坤田,龍德而正中者也。○過中則惕○此揚雄義也。法言曰「立政鼓眾莫尚於中和」,又云「甄陶天下,其在和乎。龍之潛亢,不獲其中矣,是以過則惕,不及中則躍,其近於中乎」。言三四求中,故云近於中。

経文に曰く、九三は剛にしてまた剛なれど、中位に居らず、上は天位に及ばず、下は田位に及ばずと。恵棟の自注に曰く、「重剛」は乾を指し、「天」は乾五を指し、「田」は坤の田を指すと。経文に曰く、ゆえに終日勤勉して、その時に随いて戒懼し、危境に処るといえど災禍あらざらんと。自注に曰く、中位を過ぐれば則ち戒懼するを要すと。疏:先ず注文「重剛」から「坤田」に至る一節を疏証す。乾剛にして坤柔にして、此の卦は内外ともに乾なり。ゆえに「重剛」と言う。虞翻の注に「乾を以て乾に接ぐ。ゆえに重剛」と言う。三は既に二に在らずまた五に在らず。ゆえに中ならずと言い、意は上は乾五に居らず、下は坤田に居らずと言う。坤田に居るは二爻にして、彼こそ竜徳ありて正中に居る人なり。以下注文「中を過ぐれば則ち惕る」の一句を疏証す、揚雄の説を用う。『法言』に「政教を設立し民衆を鼓動するに、中和より善きはなし」と言い、また「天下を陶鋳するはほぼ全く一個の『和』字に在るか。竜の潜と亢とは、いずれもあの中を得ず。ゆえに中を過ぐれば戒懼し、中に及ばざれば躍動す——これにしてこそ中に近づくか」と言う。これは三・四両爻ともに中を求むるを言う。ゆえに「中に近づく」と言う。

九四重剛而不中,上不在天,下不在田,中不在人。注:人謂三。故或之,或之者疑之也,故無咎。注:坎為疑,非其位故疑之也。疏。人謂三○在人而稱中者,繫上曰「六爻之動,三極之道」,極,中也。三不中,以三於三才為人道得稱中也。三猶得正,故云中不在人。○非其至之也○二四變體坎,坎心為疑。以九居四,故曰非其位。豫九四亦非其位,以一陽據五陰,卦之所由以豫者也,故曰勿疑,與此異也。

経文に曰く、九四は剛にしてまた剛なれど、中位に居らず、上は天位に及ばず、下は田位に及ばず、中間もまた人位に及ばずと。恵棟の自注に曰く、「人」は三爻を指すと。経文に曰く、ゆえに遅疑不定す。いわゆる「或」はすなわち遅疑にして、因りて災禍なしと。自注に曰く、坎は疑を為す。四はそれが処るべき位に非ず。ゆえに遅疑すと。疏:先ず注文「人謂三」の一句を疏証す。人位を講じて一個の「中」字を用うるは、『繫辭上傳』に「六爻の動は三極の道なり」と言うを以て、「極」はすなわち中なり。三はもと中に居らざれど、三は三才の中に於いて人道に当たる。ゆえにまた中と称することを得。三は畢竟なお正を得。ゆえに「中は人に在らず」と言う。以下注文「非其」から「之也」に至る一節を疏証す。二と四とは変動して坎体を成し、坎は心を為し疑を為す。九を以て四に居る。ゆえにそれが処るべき位に非ずと言う。『豫』卦の九四は同様に位に当たらざれど、それは一陽を以て五陰を統据し、全卦の「豫」と為る所以はまさにそれに由る。ゆえにかそこに「疑う勿れ」と言い、ここと同じからず。

文言傳・乾・それ大人とは

夫大人者。注:聖明德備曰大人。與天地合其德。注:與天合德謂居五,與地合德謂居二。與日月合其明。注:坤五之乾二成離,離為日;乾二之坤五為坎,坎為月。與四時合其序。注:十二消息,復加坎,大壯加震,姤加離,觀加兌,故與四時合其序。與鬼神合其吉凶。注:乾神合吉,坤鬼合凶,以乾之坤,故與鬼神合其吉凶。先天而天弗違,後天而奉天時。注:乾九二在先,故曰先天,而居坤五,故天弗違;坤六五在後,故曰後天,降居乾二,故奉天時。天且弗違,而況於人乎,況於鬼神乎。注:人謂三,知鬼神之情狀與天地相似,故不違。

経文に曰く、いわゆる大人と。恵棟の自注に曰く、聖明にして衆徳斉備の人を大人と呼ぶと。経文に曰く、彼は天地とその徳を合すと。自注に曰く、天と徳を合するは五位に升居するを指し、地と徳を合するは二位に下居するを指すと。経文に曰く、日月とその明を合すと。自注に曰く、坤五は乾二に往きて離を成し、離は日を為す。乾二は坤五に往きて坎を成し、坎は月を為すと。経文に曰く、四時とその序を合すと。自注に曰く、十二消息卦の中、『復』は坎に配し、『大壮』は震に配し、『姤』は離に配し、『観』は兌に配す。ゆえに四時とその序を合すと。経文に曰く、鬼神とその吉凶を合すと。自注に曰く、乾は神を為して吉に合し、坤は鬼を為して凶に合し、乾を以て坤に往く。ゆえに鬼神とその吉凶を合すと。経文に曰く、天に先んじて行えば天は彼に違わず、天に後れて行えば彼は天時を奉承すと。自注に曰く、乾の九二は内卦に在りて先を為す。ゆえに「先天」と言い、而もそれは坤五に升居す。ゆえに天は違わず。坤の六五は外卦に在りて後を為す。ゆえに「後天」と言い、それは乾二に下降居りて、天時を奉承すと。経文に曰く、天なおかつ彼に違わず、いわんや人に於いてをや、いわんや鬼神に於いてをやと。自注に曰く、「人」は三爻を指す。能く鬼神の情状の天地に相似たるを知る。ゆえに違わずと。

疏。聖明至大人○此易孟京說及乾鑿度文。大人謂二五,執中含和而成既濟之功者也。故淮南泰族曰:「大人者,與天地合德,日月合明,鬼神合靈,四時合信。故聖人懷天氣,抱天心,執中含和,不下廟堂而衍四海,變習萬物,民化而遷善,若性諸己,能以神化。」是言既濟之事也。○與天至居二○此荀義也。二五皆稱大人,故兼舉之。三才之道,五為天二為地也。○坤五至為月○此荀義也。

以下は疏なり。先ず注文「聖明」から「大人」に至る一節を疏証す——これは孟喜・京房の『易』説および『乾鑿度』に出づ。大人は二・五両爻を指し、中道を執守し冲和を含蓄して『既済』の功を成就する人なり。ゆえに『淮南子·泰族』に曰く「大人のこの種の人は、天地とその徳を合し、日月とその明を合し、鬼神とその霊を合し、四時とその信を合す。ゆえに聖人は天の気・天の心を懐抱し、中を執り和を含して、必ずしも廟堂を走下らずして徳沢は四海に遍く及び、風習を変易し万物を化育し、百姓は感化を受けて善に向かい、自己の本性に出づるがごとくして、能く神妙を以て化育す」と。これはまさに『既済』の事を言うなり。以下注文「与天」から「居二」に至る一節を疏証す、荀爽の説を用う。二と五とはみな大人と称す。ゆえに併せて挙ぐ。三才の道に按ずれば、五は天に当たり二は地に当たる。以下注文「坤五」から「為月」に至る一節を疏証す、もまた荀爽の説なり。

○十二消息至合其序○十二消息,乾坤十二畫也。四時四正,坎離震兌也。劉洪乾象歴曰:「中孚加坎,解加震,咸加離,賁加兌。」求次卦,復加坎,大壯加震,姤加離,觀加兌。卦氣起中孚,故以復為坎卦也。○乾神至吉凶○此虞義也。乾陽坤陰,陽為神,陰為鬼,故以神屬乾,鬼屬坤也。乾神坤鬼,以乾之坤,故與鬼神合其吉凶。

注文「十二消息」から「合其序」に至る一節を疏証す。十二消息卦とはすなわち乾坤十二画の化生する所なり。四時は四正卦に対応し、すなわち坎・離・震・兌なり。劉洪の『乾象暦』に「『中孚』は坎に配し、『解』は震に配し、『咸』は離に配し、『賁』は兌に配す」と言う。依次に次の卦を推求すれば、便ち『復』は坎に配し、『大壮』は震に配し、『姤』は離に配し、『観』は兌に配す。卦気は『中孚』より起算す。ゆえに『復』を把りて坎に配する卦と為す。以下注文「乾神」から「吉凶」に至る一節を疏証す、虞翻の説を用う。乾は陽に属し、坤は陰に属し、陽は神を為し、陰は鬼を為す。ゆえに神を乾に帰し、鬼を坤に帰す。乾は神にして坤は鬼にして、乾を以て坤に往く。ゆえに鬼神とその吉凶を合す。

○乾九至天時○內外皆乾,乾天也。內為先,九二在內,故曰先天而居五,五為天位,故天弗違。外為後,六五在外,故曰後天而居二,二承天時行,故奉天時也。○人謂至不違○中庸論君子之道曰「建諸天地而不悖,質諸鬼神而無疑,百世以俟聖人而不惑。質諸鬼神而無疑,知天也;百世以俟聖人而不惑,知人也」,鄭彼注云「鬼神,從天地者也」。易曰,故知鬼神之情狀與天地相似。聖人則百世同道,但不悖於天地,斯能質鬼神俟後聖,故云而況於人乎,況於鬼神乎。易學在孔氏,故中庸所論與文言一也。

注文「乾九」から「天時」に至る一節を疏証す。乾卦は内外ともに乾にして、乾はすなわち天なり。内卦は先を為し、九二は内卦に在る。ゆえに「先天」と言い、而もそれは上升して五に居り、五は天位なれば、天はそれに違わず。外卦は後を為し、六五は外卦に在る。ゆえに「後天」と言い、而もそれは下降して二に居り、二は天時を承奉して行う。ゆえに天時を奉ずと言う。以下注文「人謂」から「不違」に至る一節を疏証す。『中庸』の君子の道を論ずるに「天地の間に建立して悖謬せず、鬼神に質証して疑う所なし、百世の後に聖人の出づるを待ちて迷惑せず。鬼神に質証して疑なきは天を知るなり、百世を以て聖人を俟ちて惑わざるは人を知るなり」と言い、鄭玄はかそこに注して「鬼神は天地に随順する者なり」と言う。『中庸』は「易に曰く」のこの句を引く。ゆえに鬼神の情状の天地に相似たるを知る。聖人は百世同一の道にして、ただ天地に悖らざれば、便ち能く鬼神を質証し後世の聖人を待つことを得。ゆえに「いわんや人に於いてをや、いわんや鬼神に於いてをや」と言う。『易』学の正伝は孔氏一門に在る。ゆえに『中庸』の論ずる所は『文言』と完全に一致す。

忼之為言也知進而不知退。注:陽位在五,今乃在上,故曰知進而不知退。知存而不知亡。注:在上當陰,今反為陽,故曰知存而不知亡。知得而不知喪。注:得謂陽,喪謂陰。疏。陽位至謂陰○此荀義也。爻自下而上為進,自上而下為退。九本陽爻,當居陽位,陽位在五,今反在上,是知進而不知退也。陽為存,陰為亡,上宜陰爻,今九居之,是知存而不知亡也。乾陽為得,坤陰為喪,知九之為陽而不知上之為喪,是知得而不知喪也。此專釋亢義,故云亢之為言。

経文に曰く、いわゆる「忼」とは、ただ進を知りて退を知らざるなりと。恵棟の自注に曰く、陽の当に居るべき位は五に在り、今は却って上位に在る。ゆえにただ進を知りて退を知らずと言うと。経文に曰く、ただ存を知りて亡を知らずと。自注に曰く、上位に処るはもと当に陰たるべきに、今は反って陽と成る。ゆえにただ存を知りて亡を知らずと言うと。経文に曰く、ただ得を知りて喪を知らずと。自注に曰く、「得」は陽を指し、「喪」は陰を指すと。疏:注文「陽位」から「謂陰」に至る一節を疏証す、荀爽の説を用う。爻は下より上を進と呼び、上より下を退と呼ぶ。九はもと陽爻にして、当に陽位に居るべく、陽位は五に在り、今は反って上位に在る——これすなわちただ進を知りて退を知らざるなり。陽は存を為し、陰は亡を為し、上位はもと陰爻たるべきに、今は九がその上に居る——これすなわちただ存を知りて亡を知らざるなり。乾の陽は得を為し、坤の陰は喪を為し、ただ九が陽なるを知りて上位の喪に属するを知らず——これすなわちただ得を知りて喪を知らざるなり。この一節は専ら「亢」字の義を解釈す。ゆえに「亢の言う所」と言う。

其惟聖人乎知進退存亡而不失其正者其惟聖人乎。注:進謂居五,退謂居二;存謂五為陽位,亡謂上為陰位。再言聖人者,上聖人謂五,下聖人謂二也。此申用九之義,而用六之義亦在其中矣。疏。進謂至二也○此荀義也。豫六五曰「貞疾恆不死」,象曰「中未亡也」,五中陽位,故云中未亡。五為存則上為亡,又上為宗廟,故云亡謂上也。九五生知之聖,故首曰聖人;九二學知之聖,以時升坤五,故云知進退存亡而不失其正,言學而後至於聖也。○此申至中矣○曰進曰存,用九之義;曰退曰亡,用六之義。此兼釋之,故坤文言不再申也。

経文に曰く、ほぼただ聖人か。進退存亡を知りてその正を失わざるは、ほぼただ聖人かと。恵棟の自注に曰く、「進」は五位に升居するを指し、「退」は二位に下居するを指す。「存」は五が陽位なるを指し、「亡」は上が陰位なるを指す。両度「聖人」と言い、上の聖人は五爻を指し、下の聖人は二爻を指す。これは用九の義を申説するにして、而も用六の義もまたその中に含まれたりと。疏:注文「進謂」から「二也」に至る一節を疏証す、荀爽の説を用う。『豫』卦の六五に「貞疾にして恒に死せず」と言い、『象傳』に「中は未だ亡びざるなり」と言う。五は中に居るの陽位なり。ゆえに「中は未だ亡びず」と言う。五は既に「存」なれば、上は便ち「亡」なり。上はまた宗廟の位に当たる。ゆえに「亡は上爻を指す」と言う。九五は生まれてこれを知るの聖人なり。ゆえに先ず聖人を言う。九二は学びてこれを知るの聖人にして、時機を待ちて坤五に上升す。ゆえに「進退存亡を知りてその正を失わず」と言い、意は学びて後に聖の境地に達すること能うを言う。以下注文「此申」から「中矣」に至る一節を疏証す。「進」を言い「存」を言うは用九の義にして、「退」を言い「亡」を言うは用六の義なり。ここにすでに兼ねてこれを釋す。ゆえに坤卦の『文言』は再び重ねて申説せず。

文言傳・坤

坤至柔而動也剛。注:純陰至順,故柔;陰動生陽,故動也剛。至靜而德方。注:其靜也翕,故至靜;其動也闢,故德方。虞氏謂陰開為方也。後得主而有常。注:初動成震,陽為先,陰為後,後順得常,故後得主而有常。含萬物而化光。注:坤承乾施,含弘光大,品物咸亨,故化光,坤稱化也。坤道其順乎承天而時行。注:順者順於乾,坤承乾,故稱道。貞於六月未間時而治六辰,故承天而時行也。

経文に曰く、坤は極めて柔順にして、而も一たび動き起これば却って剛なりと。恵棟の自注に曰く、純に陰にして至りて柔順なり。ゆえに柔と称す。陰は一たび動けば則ち陽を生出す。ゆえに「動きて剛なり」と言うと。経文に曰く、極めて安静にして徳性方正なりと。自注に曰く、『繫辭』に坤は「その静なるや翕なり」と言う。ゆえに至静なり。「その動くや辟なり」。ゆえに徳性方正なり。虞翻は陰の開辟するをすなわち「方」と認むと。経文に曰く、後に随いてこそ帰主する所有りて常道ありと。自注に曰く、初爻は一たび動きて震を成し、陽は先に在り陰は後に在り、後に居りて順従すれば便ちその常を得。ゆえに「後に主を得て常あり」と言うと。経文に曰く、万物を含容して化育広大なりと。自注に曰く、坤は乾の施与を承受し、含弘光大して、万物はみな亨通を得。ゆえに化育広大と言う。「化」はもと坤の名号なりと。経文に曰く、坤道はまことに柔順なるかな、それは天を承奉して時に随いて運行すと。自注に曰く、いわゆる順とは乾に順従するなり。坤は乾を承奉す。ゆえにまた「道」と称す。坤は六月の未位に起こり、時序を間隔して六辰を統轄す。ゆえに天を承奉して時に随いて運行すと言うと。

疏。純陰至故柔○此荀義也。雜卦曰「乾剛坤柔」,虞彼注云「坤陰和順,故柔」,與荀同義。○陰動至也剛○此九家義也。陰動生陽,謂初三五也。說卦曰「立地之道曰柔與剛」,義同於此。○其靜至方也○繫上曰。

以下は疏なり。先ず注文「純陰」から「故柔」に至る一節を疏証す、荀爽の説を用う。『雑卦傳』に「乾剛に坤柔」と言い、虞翻はかそこに注して「坤は陰に属して和順なれば、柔を為す」と言う——荀爽と同義なり。以下注文「陰動」から「也剛」に至る一節を疏証す、九家の説を用う。陰動して陽を生ずるは、指す所の初・三・五のこの三個の陽位なり。『説卦傳』に「地の道を立つるは柔と剛と曰う」と言い、義理はこれと相同じ。以下注文「其静」から「方也」に至る一節を疏証す——開首に『繫辭上傳』の話を引く——本分片の底本文字はここに至りて中断し、下文は後の分片に接ぐ。

其靜也翕。翕則靜之至者,故云至靜。其動也闢。闢,開也。陰動闢而廣生。方猶廣也。坤六二「直方大」,虞注云:「方謂闢。」陰開為方,故云德方。坤承乾,故云德也。○初動至有常○陽先乎陰,猶天先乎地,男先乎女,故云陽為先、陰為後也。

坤の「その静なるや翕なり」——翕は収斂閉合にして、閉合すること極処に至れば便ち静の極致なり。ゆえに「至静」と称す。「その動くや辟なり」——辟はすなわち開啓なり。陰気一たび動きて開張すれば、万物はこれに由りて広大に生成することを得。「徳方」の「方」は「広」と同義なり。『坤』卦の六二爻辞「直く方く大なり」——虞翻の注解は「方は辟を謂う」と作る。陰気は開張すれば便ちそれを方と成す。ゆえに坤は「徳方」と言う。坤は乾を秉承して行う。ゆえに「徳」を以て相称す。以下注文を「初動」より「有常」に至る一段を疏証す:陽は陰の先に在りて、天の地に先んじ男の女に先んずるがごとし。ゆえに注中に陽を先と為し陰を後と為すと言う。

○坤承至化也○乾,天也。天施地生,故曰乾施。坤道承天,故承乾施。繫上曰:「坤化成物。」故坤稱化也。○順者至行也○說卦曰:「坤,順也。」虞注云:「純柔承天時行,故順。」是順者順於乾也。乾稱道,坤承乾,故亦稱道。繫上「坤道成女」亦謂承乾而稱道也。貞於六月未間時而治六辰者,乾鑿度文。彼文云:「乾貞於十一月子,左行陽時六。坤貞於六月未,右行陰時六,以奉順成其歲。」即承天時行之義也。

注文「坤承」から「化也」に至る一段を疏証す:乾はすなわち天なり。天は気を施し地は物を生ず。ゆえに「乾施」と言う。坤道は天道を秉承す。ゆえにそれが乾の施与を承受すと言う。『繫辭上』に「坤は物を化成す」と言う。因りて坤は「化」と称すべし。再び「順者」から「行也」に至る一段を疏す:『説卦傳』に「坤は順なり」と言い、虞翻の注解は「純に柔順を以て天を承りて時に依りて運行す。ゆえに順と呼ぶ」と為す。見るにいわゆる順とは乾に順従するなり。乾は「道」と称すべく、坤は乾を秉承す。ゆえにまた「道」と称することを得。『繫辭上』の「坤道は女を成す」の「道」は同様に乾を承るに就きて言うなり。注中の「六月の未に貞し、時を間して六辰を治む」に至っては、『乾鑿度』に出づ。あの書に曰く「乾は十一月の子月を以て貞と為し、左に向かいて順行して六個の陽月を主り、坤は六月の未月を以て貞と為し、右に向かいて逆行して六個の陰月を主り、二者は相奉じ相順じて一歳を成就す」と。これまさに「天を承り時に行く」の意なり。

積善之家必有餘慶,積不善之家必有餘殃。注。初乾為積善,以坤牝陽,滅出復震為餘慶。坤積不善,以乾通坤,極姤生巽為餘殃。臣弒其君,子弒其父。注。坤消至二艮,子弒父;至三成否坤,臣弒君。上下不交,天下無邦,故子弒父、臣弒君。

『坤·文言』に曰く、善行を積累する人家は必ず後代に福慶を留遺し、悪行を積累する人家は必ず後代に禍殃を留遺すと。恵棟の注に曰く、初爻は乾を為し、乾は善を主る。ゆえに「善を積む」なり。坤を以て雌と為して陽に承配し、陽は喪滅して後また『復』卦の震体より重新に生出す。ゆえに「余慶」と称す。坤は悪を主る。ゆえに「善ならざるを積む」なり。乾より旁通して坤に至り、消すること極処に至りて『姤』を成して巽体を生出す。ゆえに「余殃」と称す。経文はまた曰く、臣はその君を殺し、子はその父を殺すと。注に曰く、坤気は乾を消し、第二爻に消して艮体を成すは子の父を弑するなり、第三爻に消して整卦『否』を成して下体は坤を為すは臣の君を弑するなり。この時上下相交通せず、天下は国なきに等し。ゆえにこそ子が父を弑し臣が君を弑するの禍乱を出現せしむ。

非一朝一夕之故,其所由來者漸矣。注。剛爻為朝,柔爻為夕。漸,積也。陽息成泰,君子道長;陰消成否,小人道長。皆非一朝一夕之故,由積漸使然,故君子慎所積。易曰:「正其本,萬物理。君子慎始,差若毫,繆以千里。」謂此爻也。由辯之不早辯也。注。辯,別也。初動成震體復,則別之早矣。繫曰:「復小而辯於物。」易曰「履霜堅冰至」,蓋言順也。注。順猶馴也。惡惡疾其始。

経文に曰く、これは一朝一一夕の造成する所に非ず、その由来は逐漸に積成せらるるなりと。注に曰く、陽剛の爻は白昼を象りて「朝」を為し、陰柔の爻は夜晚を象りて「夕」を為し、「漸」はすなわち積累なり。陽気は生長して『泰』を成して君子の道はこれに随いて伸張し、陰気は消剥して『否』を成して小人の道はこれに随いて滋長す——これらはみな一朝一一夕の緣故に非ずして、長期の積累がそれをこのがごとくせしむるなり。ゆえに君子は自ら積累する所の物に格外に謹慎す。注中の引く所の「《易》に曰く」の一段に曰く、その根本を端正すれば万物は便ち各々その理を得、君子は開端に慎重なるや、起初に毫釐を差えば結果は千里を謬る——講ずる所まさに坤卦の初六のこの一爻なり。経文はまた曰く、これは弁別すべき時に及び早く弁別せざるに由るなりと。注に曰く、「弁」はすなわち分別なり。初爻は一たび動きて震を成して『復』と為れば、それは便ち分別するの早きなり。『繫辭』に「『復』卦は陽微小なりといえども、すでに能く事物を分辨す」と言う。経文「《易》に曰く『霜を履めば堅氷至る』、ほぼ馴順積漸を言うなり」。注に曰く、「順」は猶お「馴」のごとし。邪悪を憎悪するは、それが剛に萌芽する時に痛く疾治するを要す。

疏。初乾至餘殃○此虞義也。乾為善,自一乾以至三乾成,故為積善。乾,坤之牡也,故云以坤牝陽。喪滅於乙,至三日而復出,震彖曰「乃終有慶」,故曰餘慶,陽稱慶也。坤為惡,故積不善。以乾通坤至十六日為姤,巽象見辛,故云極姤生巽。巽者坤一索所得之女,故曰餘殃。此據納甲也。

注文「初乾」から「余殃」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。乾は善を主り、一画の乾より積みて三画の乾卦の完成に至る。ゆえに「積善」と呼ぶ。乾は坤の雄性配偶なり。ゆえに注中に「坤牝にて陽に承配す」と言い、すなわち坤を以て雌と為して陽に承配す。月体納甲の説に依れば、月晦の時は乙位に喪滅し(坤は乙を納す)、初三日に至りて又重新に出現して震象を成す。『震』卦の彖辞に「乃ち終に慶あり」と言う。ゆえに「余慶」と呼ぶ——ただ陽のみ「慶」と称することを得。坤は悪を主る。ゆえに「善ならざるを積む」と呼ぶ。乾より坤に旁通して、十六日に至りて陽は始めて消して『姤』を成し、巽象は辛位に出現す。ゆえに「姤に極まりて巽を生ず」と言う。巽は坤が初めて乾に求索して得たるの長女なり。ゆえに「余殃」と呼ぶ。この一整段はみな納甲に依りて説を立つるなり。

書曰:「三載考績,三考黜陟幽明。」伏生書傳曰:「積善至於明,五福以類升,故陟之;積不善至於幽,六極以類降,故黜之。」考績者,日計月計歲計至於三載,極而至於三考九載,亦言積也。五福六極,餘慶餘殃之謂。鄭注禮運曰:「殃,禍惡也。」家謂乾家坤家也。

『尚書·舜典』に「三年に一度政績を考核し、三度考核の後、昏暗なるはこれを罷黜し賢明なるはこれを升遷す」と言う。伏生の『尚書大傳』は解釈して曰く、善を積みて「明」の地步に積れば、五福は便ち同類相聚して上に升る。ゆえに彼を升遷す。善ならざるを積みて「幽」の地步に積れば、六極は便ち同類相聚して下に降る。ゆえに彼を罷黜す。いわゆる考績とは日を按じ月を按じ年を按じて計り、累積して三年に至り、再び累積して三考九年に至る——言う所は同様に一個の「積」字なり。『洪範』の五福と六極とは、すなわちここに言う所の余慶と余殃なり。鄭玄の『礼記·礼運』の注に「殃とはすなわち禍惡なり」と言う。経文の裏の「家」は乾家と坤家とを指す。

○坤消至弒君○此虞義也。坤本乾也。說卦曰:「乾為君為父。」上乾為君,下乾為父。坤消至二體艮,艮子道,至三乾下體滅,故子弒父。至三成否體坤,坤臣道,消至五乾上體壞,故臣弒君。上下不交,天下無邦,否彖傳文。「否之匪人」,無父無君,是禽獸也,故引彖傳以明之。

注文「坤消」から「弑君」に至る一段を疏証す:これもまた虞翻の説なり。坤はもともと乾より変じ来たるなり。『説卦傳』に乾は君を為し父を為すと言う。ゆえに上卦の乾は君を為し、下卦の乾は父を為す。坤気は乾を消し、第二爻に消して、下体は艮を成し、艮は少男にして子道に属す。第三爻に消する時は乾の下体はすでに消滅せられたり。ゆえに子の父を弑するなり。第三爻に消して整卦『否』を成し、下体は坤を為し、坤は臣道に属す。再び第五爻に消せば、乾の上体は崩壊す。ゆえに臣の君を弑するなり。「上下交わらず、天下に邦なし」は『否』卦の彖伝の話なり。『否』卦の値する所は人に非ず、目中に父なく君なく、禽獣と異なることなし。ゆえに恵棟は彖伝を引きて以てこの一层を説明す。

○剛爻至爻也○剛爻為朝,柔爻為夕,此虞義也。虞本繫上曰「晝夜者剛柔之象也」,故以朝夕屬剛柔。王逸注楚辭曰:「稍積曰漸。」何休注公羊曰:「漸者,物事之端先見之辭。」故云積漸也。乾積善成泰,故君子道長;坤積惡成否,故小人道長。一朝謂初乾,一夕謂初坤,積之久而泰否成,故君子慎所積。

注文「剛爻」から「爻也」に至る一段を疏証す:剛爻を以て朝と為し柔爻を以て夕と為すは虞翻の説なり。虞翻の拠る所の『繫辭上』に「昼夜は剛柔の象徴なり」の一語あり。ゆえに朝・夕を分かちて剛・柔に系属す。王逸の『楚辞』の注に「一点ずつ一点ずつ積累するを漸と呼ぶ」と言い、何休の『公羊傳』の注に「漸とは事物の端倪が先行顕露するの説なり」と言う——ゆえに注中に「積漸」と講ず。乾の一路は善を積みて『泰』を成し、君子の道は因りて伸長す。坤の一路は悪を積みて『否』を成し、小人の道は因りて滋長す。いわゆる一朝とは乾の初爻を指し、いわゆる一夕とは坤の初爻を指す。積累する久しきを得れば、『泰』『否』の局面は便ち形成を告ぐ。ゆえに君子は自ら積累する所の物に格外に審慎す。

易曰者,易傳十翊之逸篇也。初爻為本,又謂之元。董子對策曰:「謂一為元者,視大始而欲正本是也。」初正則萬事舉,故曰「正其本,萬物理」。「君子慎始」亦謂初爻。初最微,故曰豪。詩曰「德輶如毛」,謂初九也。初九積善成名,初六積惡滅身,故曰「差以豪,繆以千里」。

注中の称する所の「《易》に曰く」は、指す所の『易傳』十翼の裏にすでに散佚せる篇章なり。初爻は一卦の根本にして、また「元」と呼ぶ。董仲舒の『天人三策』に曰く、「一」を「元」と称するは、万物の大始に着眼してその根本を端正せんと欲するなり。初爻端正なれば、万事は便ちみな立て上がることを得。ゆえに「その本を正くせば、万物は理まる」と言う。「君子は始に慎む」も同様に初爻を指す。初爻は最も細微なり。ゆえに「豪」(毫)を用いて形容す。『詩経·大雅·烝民』に「徳は輶く毛のごとし」と言うは、講ずる所まさに乾卦の初九なり。乾の初九は善を積みて名声を成就し、坤の初六は悪を積みてその身を毀滅す。ゆえに「毫釐を以て差えば、千里を以て謬る」と言う。

史記太史公自敘曰:「春秋弒君三十六,亡國五十二,察其所以,皆失其本已。」故易曰「差以豪,繆以千里」,故曰「臣弒君,子弒父,非一旦一夕之故,其漸久矣」。蓋古文周易太史公猶見其全,而大小戴禮、察、保傅、經解及易通卦驗亦引之,或遂以為緯書之文,非也。

『史記·太史公自序』に曰く「『春秋』は弑君三十六起・亡国五十二例を記載し、その中の緣由を考察すれば、みな根本を丢掉せるなり」と。ゆえに『易』の「毫釐を以て差えば、千里を以て謬る」を称引し、また「臣は君を弑し、子は父を弑すは、一旦一夕の緣故に非ず、その積漸はすでに久し」と言う。ほぼ古文『周易』は司馬遷の時にまだ完本を見ることを得たりし、而も大戴・小戴両家の『礼記』中の『察』『保傅』『経解』の諸篇および『易通卦験』もまた皆この数句を引用せり。或る人はここにおいてそれらが緯書に出づと断定す——実はしかとあらず。

○辯別至於物○辯,別也,鄭氏義。穀梁傳曰:「滅而不自知,由別之而不別。」是辯與別同義也。坤別之不早別,故惡積而不可弇,罪大而不可解。復初九「不遠復」,是別之早矣。「有不善未嘗不知,知之未嘗復行」,是辯於物也。物謂陽物陰物。

注文「弁は別」から「物に弁ず」に至る一段を疏証す:「弁」を「別」と訓するは鄭玄の義例なり。『穀梁傳』に「国すでに滅亡して自ら未だ覚悟せざるは、分別すべきを分別せざるに由るなり」と言う。見るに「弁」と「別」とは同義なり。坤の一路は陰柔にして、分別すべき時に及び早く分別せず。ゆえに悪行は積累して掩蓋すること能わざるに至り、罪過は重大にして開脱すること能わざるに至る。『復』卦の初九は「遠からずして復す」——あれは便ち分別するの早きなり。『繫辭』は顔回を称して「不善あれば自知せざることなく、知れば則ち再び重犯せず」と言う——これすなわちいわゆる「物に弁ず」なり。ここの「物」は陽物と陰物とを指し、すなわち剛柔善悪の両類なり。

○順猶至其始○象曰「馴致其道」,與順同義,皆謂陰順陽之性而成堅冰也。管子七法曰:「漸也,順也,靡也,久也,服也,習也,謂之化。」上言漸,下言順,象言馴,中孚言靡,恆彖言久,皆謂服習積貫而化,其義一也。惡惡疾其始,僖十七年穀梁傳文。易著戒於初爻,是疾其始。

注文「順は猶お馴なり」から「その始を疾む」に至る一段を疏証す:『坤』の初六象伝に「馴してその道を致す」と言い、「順」と同義にして、みな陰の陽の性質に順い一步步に推衍して、最終に堅氷に凝成するを言うなり。『管子·七法』に曰く「漸・順・靡・久・服・習のこの六様は合してこれを『化』と呼ぶ」と。上文は「漸」を言い、下文は「順」を言い、象伝は「馴」を言い、『中孚』は「靡」を言い、『恒』卦の彖伝は「久」を言う——講ずる所はみな服習貫串の中に於いて逐漸に転化するに在りて、含義は一致す。「悪を悪みてその始を疾む」は僖公十七年の『穀梁傳』に出づ。『周易』は警戒の辞を初爻の上に安放するは、まさに悪の開端に於いて痛く疾治せんと要するなり。

直其正也,方其義也。注。正當為敬,字之誤也。乾為敬,故直其敬也。坤為義,故方其義也。君子敬以直內,義以方外,敬義立而德不孤。注。乾二在內,故直內而居五,是敬立也。坤五在外,故方外而居二,是義立也。五動二應,陰陽合德,故德不孤。易曰「直方大,不習無不利」,則不疑其所行也。注。得位得中,故不疑其所行。疏。正當至義也○下云「敬以直內」,故知正當為敬。乾為敬,虞義也。坤為義,義見上也。

『坤·文言』に曰く、「直」の講ずる所はその正にして、「方」の講ずる所はその義なりと。注に曰く、ここの「正」は当に「敬」と作るべく、字形相近きを以て誤りを致すなり。乾は敬を為す。ゆえに「直」の講ずる所はその敬なり。坤は義を為す。ゆえに「方」の講ずる所はその義なり。経文は引き続き曰く、君子は敬を用いて内心を正直にし、義を用いて行事を方正にし、敬と義と樹立すれば、徳は便ち孤単ならずと。注に曰く、乾の二爻はもと内卦に在る。ゆえに「内に直くす」と言う。それは上升して第五位に居るは、すなわち敬の確立を得るなり。坤の五爻はもと外卦に在る。ゆえに「外に方くす」と言う。それは下降して第二位に居るは、すなわち義の確立を得るなり。五爻一動きて二爻相応じ、陰陽はその徳を合す。ゆえに「徳は孤ならず」と言う。経文に曰く、「《易》に曰く『直く方く大なり、習わざれど利あらざるなし』」、あれはすなわち自らの行事に対して再び疑惑せざるなりと。注に曰く、六二は既に正位を得また中位に居る。ゆえに行う所に対して再び疑惑せずと。注文「正当」から「義也」に至る一段を疏証す:下文に「敬を以て内を直くす」と言う。因りて「正」は当に「敬」と作るべきを知る。乾は敬を為すは虞翻の義例にして、坤は義を為すは義すでに前文に見る。

○乾二至不孤○立猶見也。五自二往在內,故直內。進居五是敬之發於外者,故敬立也。二自五來在外,故方外。退居二是義之裁於中者,故義立也。二五相應,乾升坤降成既濟定,故德不孤也。○得位至所行○陰居陰是得位也,六居二是得中也。得位得中,爻之最善者,故不疑其所行。

注文「乾二」から「不孤」に至る一段を疏証す:ここの「立」は猶お「見」のごとく、顕現出で来るを指す。五位上の陽はもとは二位より去りしにして、二は内卦に在る。ゆえに「内に直くす」と言う。それは前進して五位に居るは、まさに敬の外に發露するなり。ゆえに「敬立」と言う。二位上の陰はもとは五位より来たりしにして、五は外卦に在る。ゆえに「外に方くす」と言う。それは退居して二位に居るは、まさに義の内に裁断するなり。ゆえに「義立」と言う。二と五とは互相に感応し、乾爻は上升し坤爻は下降し、六爻各々その正を得て『既済』の定局を成す。ゆえに「徳は孤ならず」と言う。注文「得位」から「所行」に至る一段を疏証す:陰爻が陰位に居るはすなわち位を得るなり、六が第二爻に居るはすなわち中を得るなり。既に位を得また中を得るは、各爻の中の最好の情形なり。ゆえに行う所に対して再び疑惑せず。

陰雖有美含之。注。陽稱美。以從王事,弗敢成也。地道也。注。坤為地。妻道也。注。繫曰:「天一地二,天三地四,天五地六,天七地八,天九地十。」水一火二木三金四土五,妃以五成,故水六火七木八金九土十。

『文言』に曰く、陰は美質を含有すといえども、ただそれを含蔵するのみと。注に曰く、ただ陽のみ「美」と称すと。経文に曰く、これを以て君王の事業に追随して、敢えてその成に自居せず——これは地の道なりと。注に曰く、坤は地を為すと。これは妻の道なり。注に曰く、『繫辭上』に「天一地二、天三地四、天五地六、天七地八、天九地十」と言う。五行の生数は水一・火二・木三・金四・土五にして、配偶は土数五を得てこそ成就すべし。ゆえに成数は水六・火七・木八・金九・土十なり。

水以天一為火二牡,木以天三為土十牡,土以天五為水六牡,火以天七為金四牡,金以天九為木八牡。陽奇為牡,陰耦為妃,故曰妻道。春秋傳曰:「水,火之牡也。」又曰:「火,水妃也。」

水は天一の数を以て火二の雄配を作し、木は天三の数を以て土十の雄配を作し、土は天五の数を以て水六の雄配を作し、火は天七の数を以て金四の雄配を作し、金は天九の数を以て木八の雄配を作す。陽数は奇にして雄に属し、陰数は偶にして配偶に属す。ゆえに『文言』は坤を「妻道」と称す。『左傳』に「水は火の雄配なり」と言い、また「火は水の配偶なり」と言う。

臣道也。注。天尊地卑,乾為君,故坤為臣,虞氏以坤為臣也。地道無成而代有終也。注。坤化成物,實終乾事。疏。陽稱美○陽稱美,虞義也。三下有伏陽,故有美含之。○繫曰至土十○繫曰者,上繫文。妃以五成,昭九年春秋傳文。皇侃禮記義疏曰:「金木水火得土而成。」土數五,故妃以五成也。

経文に曰く、これは臣の道なりと。注に曰く、天尊く地卑し、乾は君を為す。ゆえに坤は臣を為し、虞翻はまさに坤を以て臣と為すと。経文に曰く、地の道は敢えてその成に自居せず、天に代わりて終にその事を成すと。注に曰く、坤は化育して万物を成就す、実は乾に替わりてその事を完成するなりと。注文「陽称美」を疏証す:陽を以て美と為すは虞翻の義例なり。六三の下に陽爻を伏蔵す。ゆえに「美質を含有して含蔵す」と言う。注文「繫曰」から「土十」に至る一段を疏証す:いわゆる「繫に曰く」は『繫辭上』の文字にして、「妃は五を以て成る」は昭公九年の『左傳』の文字なり。皇侃の『礼記義疏』に「金木水火はみな土を得てこそ成就することを得」と言う。土数は五なり。ゆえに配偶は五に靠りてこそ成ると言う。

○水以至妻道○此皆劉氏三統曆文也。鄭注鴻範云:「木克土為妻,金克木為妻。」與此義同也。陽奇為牡者,牡,雄也。陰耦為妃者,妃,配也。陰陽之書有五行妃合之說:木畏金,乙為庚妃;金畏火,辛為丙妃;火畏水,丁為壬妃;水畏土,癸為戊妃;土畏木,己為甲妃。是陽為牡,陰為妃也。

注文「水以」から「妻道」に至る一段を疏証す:これらはみな劉歆の『三統暦』に出づ。鄭玄の『尚書·洪範』の注に「木の克つ所の土はその妻にして、金の克つ所の木はその妻なり」と言い、ここと意思相同じ。いわゆる「陽奇は牡を為す」——牡はすなわち雄なり。いわゆる「陰耦は妃を為す」——妃はすなわち配偶なり。陰陽を講ずるの書の裏に五行妃合の説あり:木は金を畏懼す。ゆえに乙木は庚金の配偶を作す。金は火を畏懼す。ゆえに辛金は丙火の配偶を作す。火は水を畏懼す。ゆえに丁火は壬水の配偶を作す。水は土を畏懼す。ゆえに癸水は戊土の配偶を作す。土は木を畏懼す。ゆえに己土は甲木の配偶を作す。これすなわち陽は雄を為し陰は配を為すの道理なり。

○春秋至妃也○「水,火之牡也」,昭十七年春秋傳文。「火,水妃也」,昭九年傳文。所以證妃牡之義。○天尊至臣也○乾六爻皆有君象,說卦曰「乾以君之」,故知乾為君。坤與乾絶體,故知坤為臣。虞氏注遯九三、寋六二、損上九、小過六二皆云坤為臣也。

注文「春秋」から「妃也」に至る一段を疏証す:「水は火の牡なり」は昭公十七年の『左傳』に出で、「火は水の妃なり」は昭公九年の『左傳』に出づ——みな用いて雄配と配偶の義を印証するなり。注文「天尊」から「臣也」に至る一段を疏証す:乾卦の六爻はみな君主の象を帯び、『説卦傳』に「乾は君を以てす」と言う。因りて乾の君を為すを知る。坤は乾と体性截然として相反す。因りて坤の臣を為すを知る。虞翻は『遯』の九三・『蹇』の六二・『損』の上九・『小過』の六二を注して、みな坤は臣を為すと言う。

○坤化至乾事○坤化成物,上繫文。周語單襄公曰:「成,德之終也。」是成與終同義。物始於乾而成於坤,今坤曰弗敢成,曰無成者,坤奉乾道而成物,代乾終事,不居其名,董子所謂昌力而辭功是也。

注文「坤化」から「乾事」に至る一段を疏証す:「坤は物を化成す」は『繫辭上』の話なり。『国語·周語』は単襄公を記して「成とは徳の終結なり」と言う。見るに「成」と「終」とは同義なり。万物は乾に由りて始まり、坤に至りてこそ成就を告ぐ。而も『文言』の裏に坤は却って「敢えてその成に自居せず」「成なし」と言うは、坤は乾道を奉行して以て万物を成就し、乾に代わりて終にその事を成してあの名分を占拠せざるを以てなり——まさに董仲舒の言う所のその力を尽くしてその功を推辞するなり。

天地變化草木蕃。注。在天為變,在地為化。乾息坤成泰,天地交而萬物通,故草木蕃。天地閉賢人隱。注。泰反成否,乾三稱賢人,隱藏坤中,以儉德避難,不可營以祿,故賢人隱。易曰「括囊無咎無譽」,蓋言謹也。注。謹猶慎也。疏。在天至木蕃○此虞義也。陽變陰化,故在天為變,在地為化。坤與乾旁通,從旁通變,故乾息坤成泰。泰彖傳曰:「天地交而萬物通。」萬物出震,震為草木,故草木蕃也。

『文言』に曰く、天地は一たび変化すれば、草木は便ち繁茂すと。注に曰く、天に在りては「変」と呼び、地に在りては「化」と呼ぶ。乾気は生長し坤体は転じて『泰』を成し、天地は交通して万物は暢達す。ゆえに草木繁茂す。経文に曰く、天地閉塞すれば賢人は隠退すと。注に曰く、『泰』は翻転して来たりて『否』を成し、乾の第三爻は「賢人」と称し、この時坤体の中に隠蔵し、儉約の徳を以て禍難を躲避す、禄位を用いて彼を招攬すること可ならず。ゆえに賢人隠退す。経文に曰く、「《易》に曰く『嚢を括す、咎なく誉なし』、ほぼ謹慎を講ずるなり」と。注に曰く、「謹」は猶お「慎」のごとし。注文「在天」から「木蕃」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。陽は変を主り、陰は化を主る。ゆえに天に在りては「変」と呼び、地に在りては「化」と呼ぶ。坤は乾と六爻両両相反じて旁通し、旁通の関係に就きて変動を發生す。ゆえに乾気は生長し坤体は転じて『泰』を成す。『泰』卦の彖伝に「天地交わりて万物通ず」と言う。万物は震に萌生し、震はまた草木を為す。ゆえに草木繁茂す。

○泰反至人隱○此虞義也。否泰反其類,故泰反成否。漢樊毅修西嶽廟記云「泰氣推否」是也。乾文言曰「賢人在下位而無輔」,注謂九三,故知乾三稱賢人也。六三含章,是隱藏坤中。否象君子亦謂三也。○謹猶慎也○象曰:「慎,不害也。」故曰謹猶慎也。

注文「泰反」から「人隠」に至る一段を疏証す:これもまた虞翻の説なり。『否』『泰』両卦は各々翻転してその対反の一類と為す。ゆえに『泰』は一たび反転すれば便ち『否』を成す。漢代の樊毅の『修西嶽廟記』の言う所の「泰気は否を推す」は、まさにこの意である。『乾·文言』に「賢人は下位に処りて輔助を得ず」と言い、注家の指す所は九三爻なり。因りて乾の第三爻が「賢人」と称するを知る。坤の六三は「章を含む」——すなわち坤体の中に隠蔵するなり。『否』卦の大象の言う所の「君子」もまた第三爻を指す。注文「謹は猶お慎なり」を疏証す:『坤』の六四象伝に「謹慎なれば、害を受けざらん」と言う。ゆえに「謹」は猶お「慎」のごとしと言う。

君子黃中通理正位居體。注。地色黃,坤為理,五之下中,故曰黃中。乾來通坤,故稱通理。正位居體者謂九,正陽位而六居下體也。一說上體。儀禮喪服傳曰:「正體於上。」美在其中而暢於四支發於事業美之至也。注。九正陽位,故美在其中。四支謂股肱。書曰:「臣作朕股肱。」六居下體,故暢於四支。坤為事為業,故發於事業。中美能黃,上美為元,下美則裳,故曰美之至也。乾為美,坤承乾,故為美。

『文言』に曰く、君子は内に黄色の中德を含みて文理に通達し、正位に居りてその体に安処すと。注に曰く、地の顔色は黄にして、坤はまた文理を為す。六五の爻は二位の中処に下降す。ゆえに「黄中」と呼ぶ。乾爻は前来りて坤に貫通す。ゆえに「理に通ず」と称す。いわゆる「正位に居り体に居る」とは、指す所は九なり。九は正当の陽位に居り、而も六は下体に居る。另一种の説は「体」を上体と解す——『儀礼·喪服傳』に「上に体を正くす」の話あって以て証と為すべし。経文に曰く、美質は中間に蘊含して四肢に暢達し、事業に發露す——これは美の極致なりと。注に曰く、九は正当の陽位に居る。ゆえに美質は中間に蘊含す。四肢は大腿と手臂を指し、『尚書·皐陶謨』に「臣子はすなわち我が股肱なり」と言う。六は下体に居る。ゆえに美質は四肢に暢達す。坤は事を為し業を為す。ゆえに美質は事業に發露す。中に居るの美は「黄」と称することを得、上に在るの美は「元」と称し、下に在るの美は則ち「裳」と称す——三者兼備す。ゆえにこれを美の極致と言う。もとただ乾のみ「美」と称するも、坤は乾を秉承するを以て、ゆえにまた美と称することを得。

疏。地色至於上○地色黃,坤為理,虞義也。乾鑿度曰:「天動而施曰仁,地靜而理曰義。」故知坤為理也。地色黃而居中,是下中也。乾來通坤,故稱通理,亦虞義。乾來通坤,謂乾二居五。虞又云「五正陽位」,故曰正位。

注文「地色」から「于上」に至る一段を疏証す:地色を以て黄と為し、坤を以て理と為すは、みな虞翻の義例なり。『乾鑿度』に「天は動きて施与するを仁と呼び、地は静にして条理あるを義と呼ぶ」と言う。因りて坤の理を為すを知る。地色は黄にしてまた中位に処るは、すなわちいわゆる「下中」なり。乾爻は前来りて坤に貫通す。ゆえに「理に通ず」と称す——これは同様に虞翻の説なり。いわゆる乾は来たりて坤を通ずとは、乾の二爻の上りて五位に居るを指す。虞翻はまた「五は正当の陽位なり」と言う。ゆえに「正位」と称す。

孟子曰:「立天下之正位。」趙岐云:「正位謂男子純乾正陽之位也。」蓋二升坤五,故曰五正陽位。坤五降二,故居下體。九六者,謂九二六五也。二升五,故虞謂五。一說上體,謂居五上體,體指五也,引喪服傳證體謂五。

『孟子·滕文公下』に「天下の最も正当の位置上に立つ」と言い、趙岐の注に「正位とは男子の純乾純陽の位置を指す」と言う。ほぼ乾二は坤五に上升す。ゆえに五は正当の陽位と言う。坤五は二に下降す。ゆえに下体に居ると言う。注文の言う所の「九」「六」は九二と六五とを指す。二は五に升る。ゆえに虞翻は五爻に就きて論を立つ。另一种の説は「体」を上体と解し、意は五位の上体に居るを言い、「体」は則ち五爻を指す。ゆえに『喪服傳』を引きて以て「体」が五を指すを証明す。

○九正至為美○乾為美,二居上中,故美在其中。四支謂兩股兩肱。周書武順曰:「左右手各握五,左右足各履五,曰四枝。」引書者,虞夏書皐陶謨文也。坤為臣,為乾之股肱而居下體,故暢於四支。坤為事為業,虞義也。

注文「九正陽位」から「坤は乾を承るがゆえに美を為す」に至る一段を疏証す:乾は美を為し、二爻は上升して上卦の中に居る。ゆえに美質は中間に蘊含すと言う。四肢は両条の大腿と両条の手臂を指し、『逸周書·武順』に「左右の手は各々五指を握り、左右の足は各々五趾を踏み、合わせて四肢と称す」と言う。注中の引く所の『書』は『虞夏書·皐陶謨』の文字なり。坤は臣を為し、乾の股肱の臣を作して下体に居る。ゆえに美質は四肢に暢達す。坤を以て事を為し業を為すもまた虞翻の義例なり。

中美能黃,上美為元,下美則裳,昭十三年春秋傳文。二,中也,故曰中美能黃。元,乾元,二居五,故曰上美為元。五降二,故曰下美則裳。三美盡備,故曰美之至也。美謂乾而云坤者,坤承乾故也。

「中の美は能く黄たり、上の美は元を為し、下の美は則ち裳なり」は昭公十三年の『左傳』に出づ。二は中位なり。ゆえに中に居るの美は「黄」と称することを得と言う。「元」は乾元を指し、二爻は五位に上升す。ゆえに上に在るの美は「元」と称すと言う。五爻は二位に下降す。ゆえに下に在るの美は「裳」と称すと言う。三種の美は完全に具備す。ゆえにこれを美の極致と言う。もともと「美」は乾に就きて言う所なれど、ここに却ってこれを坤に繫ぐるは、坤が乾を秉承するの緣故を以てなり。

陰凝於陽必戰。注。初始凝陽,至十月而與乾接。為其兼於陽也故稱龍焉。注。陰陽合居,故曰兼陽。爾雅曰:「十月為陽。」俗作「嫌於無陽」,今從古。猶未離其類也故稱血焉。注。坤十月卦,故曰未離其類。

『文言』に曰く、陰は凝聚して以て陽に抗衡するに足れば、必ず交戦すと。注に曰く、初六は始めて陰気を凝結して以て陽に抗し、十月に至りて陰気は極盛にして乾と相接すと。経文に曰く、それすでに陽の成分を兼有するを以て、「竜」と称すと。注に曰く、陰陽は一位に並処す。ゆえに陽を兼ねると言う。『爾雅·釋天』に「十月は陽を為す」と言う。通行本はここに「陽なきを嫌う」と作る。今は古本に依りて「陽に兼ねる」と作す。経文に曰く、それはなおかつ陰の族類を脱離せず。ゆえに「血」と称すと。注に曰く、坤は十月の卦なり。ゆえにその族類を脱離せずと言う。

夫玄黃者天地之雜也天玄而地黃。注。乾坤氣合戌亥,故曰雜。天者,陽始於東北,色玄。地者,陰始於西南,色黃。疏。初始至乾接○陰凝陽自午始,故象曰「履霜堅冰,陰始凝也」。戰者,接也。建亥之月,乾之本位,故十月而與乾接也。今本「疑於陽」,荀虞姚蜀才本皆作「凝」,故從之。

経文に曰く、いわゆる玄黄とは天地の色の相雑るるにして、天色は玄にして地色は黄なりと。注に曰く、乾坤二気は戌・亥の位に会合す。ゆえに「雑」と言う。天とは陽気の東北に發端するにして、その色は玄を為す。地とは陰気の西南に發端するにして、その色は黄を為す。注文「初始」から「乾接」に至る一段を疏証す:陰気は凝聚して以て陽に抗するは、五月の午位より始まる。ゆえに『坤』の初六象伝に「霜を履み堅氷に至るは、陰気の凝結を始めるなり」と言う。「戦」はここにすなわち相接なり。建亥の月は乾の本位なり。ゆえに十月に至りて乾と相接すと言う。今本の経文は「陽を疑う」と作るも、荀爽・虞翻・姚信・蜀才の諸家本はみな「凝」と作す。ゆえに恵棟は彼らに依従す。

○陰陽至從古○消息坤在亥,亥,乾之位也,故曰陰陽合居,此荀義也。爾雅者,釋天文。詩杕杜曰「日月陽止」,亦謂十月為陽。「月」俗作「謂」,王弼作「也」。荀鄭虞陸董皆云「兼於陽」,鄭本費氏,故云古也。○坤十月至其類○據消息。

注文「陰陽合居」から「今は古に従う」に至る一段を疏証す:十二消息に按ずれば、坤卦は亥月に当たり、而も亥はまた乾の本位なり。ゆえに陰陽は一位に並処すと言う——これは荀爽の説なり。引く所の『爾雅』は『釋天』篇の文字なり。『詩経·唐風·杕杜』に「日月は陽なり」と言い、同様に十月を以て陽と為す。「月」字は通行本は「謂」と訛作し、王弼本は「也」と作す。荀爽・鄭玄・虞翻・陸績・董遇の諸家はみな「陽に兼ねる」と作す。鄭玄の依拠する所は費直の古文『易』なり。ゆえに「今は古に従う」と言う。注文「坤は十月の卦」から「その類を離れず」に至る一段を疏証す:これは十二消息に依りて説を立つるなり。

○乾坤至色黃○乾坤氣合戌亥,乾鑿度文。消息戌亥為坤之月,亥,乾本位,乾鑿度曰「乾漸九月」,故雲氣合戌亥。陸績注京易傳曰:「乾坤並處,天地之氣雜,稱玄黃也。」天者陽以下,荀義也。

注文「乾坤気は戌亥に合す」から「色黄」に至る一段を疏証す:「乾坤気は戌亥に合す」は『乾鑿度』に出づ。十二消息に按ずれば、戌月と亥月とはみな坤の月に属し、而も亥はまた乾の本位なり、『乾鑿度』に「乾は九月に漸む」と言う。ゆえに二気は戌亥に会合すと称す。陸績の『京氏易傳』の注に曰く「乾坤は一方に並処し、天地の気は相雑る。ゆえに玄黄と称す」と。注文は「天とは陽は東北に始まる」以下、荀爽の説を用う。

鄉飲酒義曰:「天地溫厚之氣始於東北而盛於東南。」故云天者陽始於東北。東北天位,故色玄。說文曰:「黑而有赤色者為玄。」鄉飲酒義曰:「天地嚴凝之氣始於西南而盛於西北。」故云地者陰始於西南。西南坤位,故色黃。考工記曰:「天謂之玄,地謂之黃。」

『礼記·郷飲酒義』に「天地温厚の気は東北に發端して東南に極盛す」と言う。ゆえに注中に天は陽気の東北に發端すると言う。東北は八卦方位の上に天位に属す。ゆえにその色は玄を為す。『説文解字』に「黒の中に赤を帯びるの色を玄と呼ぶ」と言う。『郷飲酒義』はまた「天地厳凝の気は西南に發端して西北に極盛す」と言う。ゆえに注中に地は陰気の西南に發端すると言う。西南は八卦方位の上に坤位に属す。ゆえにその色は黄を為す。『考工記』に曰く「天の顔色を玄と呼び、地の顔色を黄と呼ぶ」と。

周易述 巻十九・元和恵棟撰

説卦傳

昔者聖人之作易也。注。聖人謂庖犧。幽贊於神明而生蓍。注。幽,陰。贊,助也。乾為神明為蓍,謂乾伏坤初。聖人作易,探賾索隱,鉤深致遠,無有遠近幽深,遂知來物,是幽贊於神明而生蓍也。

『説卦傳』に曰く、昔聖人は『周易』を創作せりと。注に曰く、ここの聖人は庖犠氏を指すと。経文に曰く、彼は幽隠の中に神明の賛助を得て蓍占の法を生出せりと。注に曰く、「幽」は陰を指し、「賛」は辅助なり。乾は神明を為しまた蓍草を為す——言う所は乾は坤の初爻の下に伏蔵するなり。聖人は『周易』を創作して、幽賾を探索し隠微を搜求し、深奥を鈎取し遠大を招致し、遠近幽深の論ずるところなく能く通達し、ここにおいて未来の事を預知す——これすなわち幽隠の中に神明の賛助を得て蓍占を生出するなり。

參天兩地而倚數。注。參,三。倚,立也。謂分天象為三才,以地兩之,立六畫之數,故倚數也。觀變於陰陽而立卦。注。謂立天之道曰陰與陽,乾坤剛柔,立本者卦謂六爻。陽變成震坎艮,陰變成巽離兌,故立卦六爻,三變,三六十八,則「十有八變而成卦,八卦而小成」是也。繫曰:「陽一君二民,陰二君一民。」不道乾坤者也。

経文に曰く、天数三・地数二を以て憑と為して蓍数を確立すと。注に曰く、「参」はすなわち三にして、「倚」は確立なり。言う所は天象を三才に分かち、再び地数二を以てこれを加倍して、従りて六画の数を立起す。ゆえに「数に倚る」と呼ぶと。経文に曰く、陰陽の変化を観察して卦を設立すと。注に曰く、これは天の道を立つるを陰と陽と曰うを言う。乾坤剛柔はすなわち『繫辭』のいわゆる「本を立つる者」にして、ここの卦は六爻を指す。陽変じて震・坎・艮を成し、陰変じて巽・離・兌を成す。ゆえに卦を立つるを六爻と為し、三度変化して三乗じて六は十八を得——すなわち「十八変して一卦を成し、八卦は小成を為す」なり。『繫辭』に「陽卦は一個の君・両個の民にして、陰卦は両個の君・一個の民なり」と言う——これは六子卦に就きて言を立てて乾坤本身に及ばざるなり。

發揮於剛柔而生爻。注。謂立地之道曰柔與剛。發,動。揮,變也。變剛生柔爻,變柔生剛爻,以三為六也。因而重之,爻在其中,故生爻。和順於道德而理於義。注。謂立人之道曰仁與義。和順謂坤,道德謂乾,以乾通坤謂之理義也。窮理盡性以至於命。注。以乾推坤謂之窮理,以坤變乾謂之盡性。性盡理窮,故至於命。巽為命。

経文に曰く、剛柔の間に変化を發動して爻を生出すと。注に曰く、これは地の道を立つるを柔と剛と曰うを言う。「発」は發動にして「揮」は変化なり。剛変すれば則ち柔爻を生出し、柔変すれば則ち剛爻を生出し、三画に由りて六画に推成す。八卦は相因りて重曡して、爻は便ちその中に在る。ゆえに「爻を生ず」と言う。経文に曰く、道德と相和順して義理に條不紊なりと。注に曰く、これは人の道を立つるを仁と義と曰うを言う。「和順」は坤を指し、「道德」は乾を指し、乾を以て坤に貫通するを、便ち「義に理る」と呼ぶ。経文に曰く、物理を窮究し人性を窮尽して、天命に至るを以てすと。注に曰く、乾を以て坤に推及するを「理を窮む」と呼び、坤を以て乾に変化するを「性を尽くす」と呼ぶ。性すでに尽き理すでに窮まる。ゆえに能く命に至る。巽は命を為す。

昔者聖人之作易也。注。重言昔者,明謂庖犧。將以順性命之理。注。謂乾道變化,各正性命。以陽順性,以陰順命。陰與陽,柔與剛,仁與義,所謂理也。是以立天之道曰陰與陽。注。陰謂坤,陽謂乾。立地之道曰柔與剛。注。柔謂陰爻,剛謂陽爻。立人之道曰仁與義。注。乾為仁,坤為義。

経文は再び曰く、昔聖人は『周易』を創作せりと。注に曰く、重ねて「昔者」と言うは、なおかつ庖犠氏を指すを表明せんと要するなり。経文に曰く、将にこれを以て性と命の道理に順応せんとすと。注に曰く、これは乾道変化して万物をして各々その性命を端正せしむるを言う。陽を以てその性に順い、陰を以てその命に順う。陰と陽・柔と剛・仁と義とはすなわちいわゆる「理」なり。経文に曰く、因りて天の道を立つるを陰と陽と曰うと。注に曰く、陰は坤を指し、陽は乾を指す。経文に曰く、地の道を立つるを柔と剛と曰うと。注に曰く、柔は陰爻を指し、剛は陽爻を指す。経文に曰く、人の道を立つるを仁と義と曰うと。注に曰く、乾は仁を為し、坤は義を為す。

兼三才而兩之故易六畫而成卦。注。謂參天兩地,乾坤各三爻而成六畫之數也。分陰分陽迭用柔剛故易六畫而成章。注。陰陽,位也。柔剛,爻也。迭,遞也。章謂文理。乾三畫成天文,坤三畫成地理。

経文に曰く、天地人の三才を兼取して各々両画を以てこれに配す。ゆえに『易』は六画を要してこそ一卦を成すと。注に曰く、これすなわちいわゆる「参天両地」にして、乾坤は各々三爻を占めて合して六画の数を成す。経文に曰く、陰位と陽位とを分出して、柔爻と剛爻とを交替使用す。ゆえに『易』は六画にしてその文章を成すと。注に曰く、陰陽は爻位を指し、柔剛は爻質を指す。「迭」は交替にして、「章」は文理を指す。乾の三画は天上の文彩を成就し、坤の三画は地上の条理を成就す。

疏。聖人謂庖犧○庖犧始作八卦,故聖人謂庖犧。聖人作,故不言庖犧而言聖人也。庖犧時未有易名而稱作易者,據後言也,猶太卜三易矣。○幽陰至蓍也○此虞義也。幽陰謂坤初,太玄曰「幽遇神」,范望注云「一稱幽」是也。中庸曰「可以贊天地之化育」,鄭彼注云:「贊,助也。」乾為神明,乾伏坤初,太玄曰「崑崙天地而產蓍在崑崙之中」,故曰幽贊以通神明之德,故幽贊於神明。

注文「聖人謂庖犠」を疏証す:庖犠氏は最先に八卦を画出せり。ゆえに注中に聖人は庖犠を指すと言う。聖人の身份を以て創作するを以て、経文は直に庖犠と称さずして「聖人」と称す。庖犠の時はまだ「易」のこの名称あらざれど、彼が「易を作す」と言うは、後世の名目に拠りて追述するなり——まさに『周礼』の太卜が「三易」を掌るがごとし。注文「幽は陰」から「而生蓍也」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。「幽」は陰を為し、坤の初爻を指し、『太玄』に「幽は神に遇う」と言い、范望の注に「一を幽と称す」と言う——すなわちこの意である。『中庸』に「以て天地の化育を辅助すべし」と言い、鄭玄の注に「賛とはすなわち辅助なり」と言う。乾は神明を為し、而も乾は坤初の下に伏蔵す。『太玄』に「天地を渾合して蓍草を生出し、蓍は崑崙の中に生ず」と言う。ゆえに幽隠の中に賛助して神明の徳に通ずと言い、すなわち「神明に幽賛す」なり。

荀子勸學曰:「無冥冥之志者無昭昭之明。」說文曰:「冥,幽也。」是幽贊之義也。聖人作易,探嘖索隱,鉤深致遠者,嘖,初也,初隱未見,故探嘖索隱。初深,故曰鉤深。致遠謂乾。無有遠近幽深遂知來物者,遠謂天,近謂地,幽謂陰,深謂陽,乾為物,神以知來,故知來物。

『荀子·勧学』に「幽深専一の心志なければ、昭彰顕著の明達あらざらん」と言い、『説文解字』に「冥はすなわち幽なり」と言う——これまさに「幽賛」の意に合す。注中の言う所の「聖人は易を作し、賾を探り隠を索め、深を鈎り遠を致す」:「賾」は初爻を指し、初爻は幽隠にして未だ曾て顕現せず。ゆえに賾を探り隠を索むと呼ぶ。初爻は最深の処に処る。ゆえに深を鈎ると呼ぶ。「遠を致す」は則ち乾を指す。言う所の「遠近幽深なく、遂に来たる物を知る」:遠は天を指し、近は地を指し、幽は陰を指し、深は陽を指す。乾は物を為し、神は能く未来を預知す。ゆえに「来たる物を知る」と言う。

褚先生據傳曰:「天下和平,王道得而蓍莖長大,其叢生滿百莖。」是幽贊為贊化育之本。庖犧幽贊於神明而生蓍,創為揲蓍之法,四營而成易,十有八變而成卦,八卦而小成,引信三才,觸長爻筴,至萬一千五百二十,所謂以通神明之德,以類萬物之情也。

褚少孫は旧伝に依拠して曰く、天下太平にして王道暢行せば、蓍草の茎は便ち粗大に長じ、一叢は能く百茎に満つるを生ずと。見るに「幽賛」はまさに天地の化育を賛助するの根本なり。庖犠は幽隠の中に神明の賛助を得て蓍占を生出し、揲蓍の法を開創す。四度経営して一変を成し、十八変して一卦を成し、八卦は小成を為す。これに由りて引申伸展して三才に及び、類に触れて爻策を増長して、一万一千五百二十の数に至るまで——これすなわち『繫辭』の言う所の「以て神明の徳に通じ、以て万物の情に類す」なり。

大衍之數五十,其用四十有九,其太極以一持萬,其初幽贊於神明,其極至於贊化育參天地,皆是物也。○參三至數也○此虞義也。參讀為三,故云參三也。倚立,廣雅文。虞注繫上極其數云:「數謂六畫之數。」揲蓍之法分而為二以象兩,掛一以象三,足分天象為三才也。

大衍の数は五十にして、実際の用うる所は四十九にして、あの用いざるの一はすなわち太極にして、一を以て万有を統馭す。それが起始に就きて言えば、幽隠の中に神明を賛助するに在り、それが極致に就きて言えば、化育を賛助して天地と並列して三と為すに在り——講ずる所はみな同じ一つの事なり。注文「参は三」から「故に数に倚るなり」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。「参」は「三」と読む。ゆえに「参は三」と言う。「倚」を「立」と訓するは『広雅』に出づ。虞翻の『繫辭上』の「その数を極む」の一句の注に「数は六画の数を指す」と言う。揲蓍の法は先ず蓍を分かちて二と為して以て両儀を象り、再び一を挂けて以て三才を象る。足るに天象を三才と分作するの説は確かに依拠ありと見る。

五歲再閏再扐而後掛以成一爻之變。耦以承奇,故云以地兩之。立六畫之數謂乾坤各三爻為六畫也。參兩之說諸儒不同。馬融王肅等據天數五地數五,五位相得而各有合,雲五位相合,以陰從陽,天得三合謂一三與五也,地得兩合謂二與四也。一三五凡三,參之而九。二四凡二,兩之而六。謂參天兩地而立九六之數也。鄭氏云:天地之數備於十,三之以天,兩之以地,而倚托大衍之數五十。是諸說不同也。

五年の中に両度の閏月あり。ゆえに揲蓍もまた両度余りを扐に帰して、然る後再び挂けて、以て一爻の変を成す。偶数は用いて奇数を承接す。ゆえに注中に「地両を以てす」と言う。いわゆる六画の数を立起するとは、乾坤各々三爻合して六画を為すを指す。「参天両地」に関しては諸家の説法は一ならず。馬融・王肅らは「天数五・地数五にして、五位相得て各々合あり」に依拠して、五位相合し陰を以て陽に従うと言う。天は三合を得——一・三と五とを指し、地は両合を得——二と四とを指す。一・三・五は共に三個あってこれを三として九を得、二・四は共に両個あってこれを両として六を得——これは「参天両地」は用いて九・六の数を立起するを言うなり。鄭玄は則ち曰く、天地の数は十に完備し、天数を用いて三に倍し地数を用いて二に倍して、従りて大衍の数五十を依托し出すと。見るに各家の説法は並びに相同じからず。

○謂立至者也○此虞義也。三畫稱卦,卦有陰陽,故云立天之道曰陰與陽。下繫云:「剛柔者,立本者也。」虞彼注云:「乾剛坤柔為六子父母,乾天稱父,坤地稱母,本天親上,本地親下,故立本者也。」乾坤各三爻,合為六爻而成六子,故卦謂六爻。

注文「天の道を立つるを陰と陽と曰うを謂う」から「乾坤を道わざる者なり」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。三画を卦と呼び、卦に陰陽の別あり。ゆえに天の道を立つるを陰と陽と曰うと言う。『繫辭下』に「剛柔とは根本を確立するものなり」と言い、虞翻はかそこに注して「乾剛坤柔は六子卦の父母にして、乾は天を為して父と称し、坤は地を為して母と称す。天に本づくは上に親附し、地に本づくは下に親附す。ゆえに立本と呼ぶ」と言う。乾坤は各々三爻ありて、合して六爻を成して六子を生出す。ゆえに注中の言う所の「卦」は六爻を指す。

陽變成震坎艮謂之陽卦,陰變成巽離兌謂之陰卦,故觀變於陰陽而立卦也。震坎艮乾三索而得,巽離兌坤三索而得,故六爻三變,三六十八,所云十有八變而成卦也。乾坤與六子俱名八卦而小成,謂天三爻,故云小成也。

陽変じて震・坎・艮を成すを陽卦と呼び、陰変じて巽・離・兌を成すを陰卦と呼ぶ。ゆえに「陰陽の変化を観察して卦を設立す」と言う。震・坎・艮は乾の三度坤に求索して得たる所にして、巽・離・兌は坤の三度乾に求索して得たる所なり。ゆえに六爻は各々三変を経て、三乗じて六は十八を為す——これすなわち言う所の「十八変して卦を成す」なり。乾坤と六子と合して八卦と称して「小成」を為すは、ただ天の三爻に做到するを以て止むのみ。ゆえに小成と呼ぶ。

陽一君二民謂震坎艮,陰二君一民謂巽離兌。揲蓍之時尚未有畫,止稱陰陽,故云不道乾坤者也。若然,天有八卦之象,聖人因天制作,震巽已下六子亦從後名之也。○謂立至生爻○此虞義也。六畫稱爻,爻有剛柔,故云立地之道曰柔與剛。道有變動,故曰爻,故云發動揮變也。剛柔相推,變在其中,謂九六相變,故云變剛生柔爻,變柔生剛爻。參重三才以為六爻,故云以三為六,謂六畫以成六十四卦。爻在重卦之中,故生爻也。

「陽は一君二民」は震・坎・艮を指し、「陰は二君一民」は巽・離・兌を指す。揲蓍する時はまだ卦形を画出せず、ただ陰と称し陽と称するのみ能くす。ゆえに乾坤の名に及ばずと言う。既にこのがごときんば、天はもとより八卦の象を有し、聖人は天象に依りて卦画を制作し、震・巽以下の六子の名もまたみな後来に至りてこそ安上せらるるなり。注文「地の道を立つるを柔と剛と曰うを謂う」から「故に爻を生ず」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。六画を爻と呼び、爻に剛柔の別あり。ゆえに地の道を立つるを柔と剛と曰うと言う。道に変動ありてこそ、爻と呼ぶことを得。ゆえに注中に「発は發動にして、揮は変化なり」と言う。剛柔は互相に推移して、変化は便ちその中に在りて、九と六との互相転変を指す。ゆえに剛変すれば則ち柔爻を生じ、柔変すれば則ち剛爻を生ずと言う。三才は各々重ねて両画と為して六爻を成す。ゆえに「三を以て六と為す」と言い、六画の重曡して六十四卦を成すを指す。爻は重卦の中に処る。ゆえに「爻を生ず」と言う。

○謂立至義也○此虞義也。乾鑿度曰:「易始於一,分於二,通於三。」大衍之數五十,三才之合,效三才為六畫。爻辭有仁義,故立人之道曰仁與義。陰陽相應為和,坤,順也,故和順謂坤。乾為道為德,故道德謂乾。以坤順乾,是和順於道德。乾鑿度曰:「天動而施曰仁,地靜而理曰義。」以乾通坤,故謂之理義也。

注文「人の道を立つるを仁と義と曰うを謂う」から「これを理義と謂うなり」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。『乾鑿度』に「『易』は一に起始し、二に分化し、三に貫通す」と言う。大衍の数五十は三才会合の数にして、三才を效法して六画を成す。爻辞の中にもとより仁義の説あり。ゆえに人の道を立つるを仁と義と曰う。陰陽彼此感応するはすなわち「和」にして、坤の徳性は順なり。ゆえに「和順」は坤を指す。乾は道を為し徳を為す。ゆえに「道德」は乾を指す。坤を以て乾に順従するは、すなわち「道德に和順す」なり。『乾鑿度』に「天は動きて施与するを仁と呼び、地は静にして条理あるを義と呼ぶ」と言い、乾を以て坤に貫通す。ゆえに「義に理る」と呼ぶ。

○以乾至為命○此虞義也。坤為理,以乾推坤故謂之窮理。乾為性,以坤變乾故謂之盡性。乾伏坤初,巽為命,性盡理窮,故至於命,謂贊天地之化育也。繫上曰:「易簡而天下之理得矣。天下之理得而易成位於其中矣。」

注文「乾を以て坤を推すを理を窮むと謂う」から「巽は命を為す」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。坤は理を為し、乾を用いて坤に推及す。ゆえに「理を窮む」と呼ぶ。乾は性を為し、坤を用いて乾に変化す。ゆえに「性を尽くす」と呼ぶ。乾は坤の初爻の下に伏蔵し、而も巽は命を為す。性すでに窮尽し理すでに窮究せらる。ゆえに能く命に至る——すなわち天地の化育を賛助するなり。『繫辭上』に曰く「乾坤は易簡にして、天下の理は便ちみな把握せらる。天下の理把握せられば、『易』の功用は便ち天地の中に於いて位置を確立す」と。

虞彼注云:「乾坤變通窮理以盡性,故天下之理得。天下之理得而易成位乎其中,天地位,萬物育,此既濟之事。」蓋為下陳明堂大道張本也。○重言至庖犧○此虞義也。○謂乾至理也○坤下有伏乾,所謂性也。乾下有伏巽,所謂命也。乾變坤化,參天兩地,六耦承奇,是各正性命。乾為性,故以陽順性。巽為命,故以陰順命。此上虞義也。

虞翻はかそこに注して曰く「乾坤は変化通達して、物理を窮究して以て人性を窮尽す。ゆえに天下の理は把握を得。天下の理把握を得れば、『易』は便ちその中に於いて位置を確立し、ここにおいて天地各々その位に安んじ万物各々その生を遂ぐ——これまさに『既済』の指する所の境界なり」と。恵棟のこのように鋪敍するは、ほぼ下文の明堂大道を陳説するに預め張本するが為なり。注文「重ねて昔者と言うは、庖犠を謂うを明らかにす」を疏証す:これは虞翻の説なり。注文「乾道変化を謂う」から「いわゆる理なり」に至る一段を疏証す:坤の下に乾を伏有す——あれはすなわちいわゆる「性」なり。乾の下に巽を伏有す——あれはすなわちいわゆる「命」なり。乾は変を主り坤は化を主り、参天両地して六個の偶数は奇数を承接す——これすなわち「各々その性命を正くす」なり。乾は性を為す。ゆえに陽を以てその性に順う。巽は命を為す。ゆえに陰を以てその命に順う。以上はみな虞翻の説なり。

韓非子曰:「理者,方圓短長麤靡堅脆之分也。」立天之道曰陰與陽,不言陰陽而言陰與陽,是陰陽之理。立地之道曰柔與剛,是柔剛之理也。立人之道曰仁與義,是仁義之理也。陰陽柔剛仁義原本於性命,所謂性命之理。下雲兼三才而兩之,是順性命之理也。

『韓非子·解老』に曰く「いわゆる理とは方と円・短と長・粗と細・堅と脆との分界なり」と。経文は天の道を立つるを「陰と陽」と曰うと言い、径に「陰陽」と称さずして「陰と陽」と言うは、まさに陰陽の間の条理を点出せんと要するなり。地の道を立つるを「柔と剛」と曰うと言うは、すなわち柔剛の間の条理なり。人の道を立つるを「仁と義」と曰うと言うは、すなわち仁義の間の条理なり。陰陽・柔剛・仁義はみな性命に根源す——これすなわちいわゆる「性命の理」なり。下文に「三才を兼ねてこれを両にす」と言うは、まさに性命の理に順応するの做法なり。

○陰謂至為義○陰謂坤,陽謂乾者,謂坤三畫為陰,乾三畫為陽也。柔謂陰爻,剛謂陽爻者,謂以三為六,二四上為陰爻,初三五為陽爻也。管子曰:「天仁地義。」故乾為仁,坤為義。○謂參至數也○此虞義也。上雲參天兩地而倚數,是天地本有兼才之理。聖人設卦,因而重之,以地兩三而成六畫,所謂順性命之理也。

注文「陰は坤を謂い、陽は乾を謂う」から「坤は義を為す」に至る一段を疏証す:いわゆる陰は坤を指し陽は乾を指すは、三画卦に就きて言うにして、坤の三画は陰に属し、乾の三画は陽に属す。いわゆる柔は陰爻を指し剛は陽爻を指すは、三画に由りて六画に推成するに就きて言うにして、二・四・上は陰爻を為し、初・三・五は陽爻を為す。『管子』に「天は仁を主り、地は義を主る」と言う。ゆえに乾は仁を為し、坤は義を為す。注文「参天両地を謂う」から「六画の数なり」に至る一段を疏証す:これは虞翻の説なり。上文に「参天両地して数に倚る」と言う。見るに天地はもとより三才を兼備するの条理を含有す。聖人は卦象を設立して、この条理に就きてそれを重曡し、地数二を用いて天数三を加倍して六画を成す——これまさにいわゆる性命の理に順応するなり。

○陰陽至地理○位有陰陽,故云陰陽位也。爻有剛柔,故云剛柔爻也。「迭,遞也」已下虞義也。釋言曰:「遞,迭也。」遞迭同訓,故云迭遞也。剛柔更用事,故云迭用柔剛。繫上曰:「仰以觀於天文,俯以察於地理。」故章謂文理。

注文「陰陽は位なり」から「坤の三画は地理を成す」に至る一段を疏証す:位に陰位陽位の別あり。ゆえに「陰陽は位なり」と言う。爻に剛爻柔爻の別あり。ゆえに「剛柔は爻なり」と言う。「迭は逓なり」以下は虞翻の説を用う。『爾雅·釋言』に「逓はすなわち迭なり」と言い、逓・迭は同訓なり。ゆえに「迭は逓なり」と言う。剛と柔とは輪流に当令用事す。ゆえに「柔剛を交替使用す」と言う。『繫辭上』に「頭を擡げて天上の文彩を観察し、頭を低くして地上の条理を考察す」と言う。ゆえに「章」は文理を指す。

文理者,間雜之義。昭廿五年春秋傳曰「五章」,杜預注云:「青與赤謂之文,亦與白謂之章,白與黑謂之黼,黑與青謂之黻,五色備謂之繡。」所謂五章是也。韓非子曰:「理者成物之文也。」天地人各有陰陽剛柔仁義,即上文性命之理也。

いわゆる文理とは錯雑交織の意なり。昭公二十五年の『左傳』は「五章」に説き及び、杜預の注解に曰く「青色と赤色と相配するを文と呼び、赤色と白色と相配するを章と呼び(原文の「亦」は「赤」の訛なり)、白色と黒色と相配するを黼と呼び、黒色と青色と相配するを黻と呼び、五色斉備するを繍と呼ぶ」と。これすなわちいわゆる五章なり。『韓非子』に「理とは事物を成就するの紋路なり」と言う。天・地・人は各々陰陽・剛柔・仁義を具有す——すなわち上文の言う所の性命の理なり。

天地定位山澤通氣雷風相薄水火不相射八卦相錯。注。此明二篇之次也。天地定位,乾坤泰否也。山澤通氣雷風相薄,咸恆損益也。水火不相射,坎離既未濟也。薄,入也。射,厭也。所陳凡八卦相錯而成上下二篇也。

『説卦伝』に曰く、天地は上下の位を確定し、山沢は気息を互通し、雷風は互相に激蕩し、水火は相厭棄せず、八卦は交錯して列を成すと。注に曰く、これは『周易』上下二篇の次序を説明するに在るなり。「天地定位」とは乾・坤・泰・否を指し、「山沢通気、雷風相薄」とは咸・恒・損・益を指し、「水火不相射」とは坎・離・既済・未済を指す。「薄」は相入るなり、「射」は厭棄なり。ここに陳述する所は総共ただ八卦のみにして、八卦は交錯重曡して便ち上下両篇と為る。

易說陽道純而奇,故上篇三十,所以象陽也。陰道不純而偶,故下篇三十四,所以法陰也。上經象陽,故以乾為首,坤為次,先泰而後否。下經法陰,故以咸為始,恆為次,先損而後益。又曰離為日,坎為月,日月之道,陰陽之經,所以終始萬物,故以坎離為終。既濟未濟為下篇終者,所以明戒慎而全王道。

注中の引く所の『易説』に講ず、陽道は純一にして奇数に属す。ゆえに上篇は三十卦ありて以て陽を象徴す。陰道は不純にして偶数に属す。ゆえに下篇は三十四卦ありて以て陰を取法す。上経は既に陽を象る。因りて『乾』を以て首に居り『坤』を以て次に居り、また先ず『泰』を列して後に『否』を列す。下経は既に陰を法る。因りて『咸』を以て始と為し『恒』を以て次と為し、また先ず『損』を列して後に『益』を列す。『易説』はまた講ず、離は日を為し坎は月を為し、日月の運行は陰陽の常道にして、以て万物を終始す。ゆえに上経の最後の両卦は坎と離と為る。至りて『既済』『未済』を用いて下経の収束を作すは、則ちただ戒懼謹慎あってこそ、王者の道を保全することを得るを表明せんと要するなり。

數往者順知來者逆是故易逆數也。注。坤為數往,乾為知來。坤消從午至亥,上下故順。乾息從子至巳,下上故逆。易氣從下生,故云易逆數也。雷以動之風以散之雨以潤之日以烜之艮以止之兌以說之乾以君之坤以藏之。注。烜,乾也。乾坤三索而得六子,六子自下生。六子既成各任生物之功,乾為之君,坤受而藏之以成十二闢卦也。

経文に曰く、数を推して已往するは順推にして、未来を預知するは逆推なり。ゆえに『易』は逆推の数なりと。注に曰く、坤は数を推して已往するを主り、乾は未来を預知するを主る。坤気は消退して、午月より亥月に至るは自上にして下に至る。ゆえに順と呼ぶ。乾気は生長して、子月より巳月に至るは自下にして上に至る。ゆえに逆と呼ぶ。『易』の気は下より上に向かいて生発す。ゆえに『易』は逆数と言う。経文に曰く、雷は以て万物を鼓動し、風は以て万物を吹散し、雨は以て万物を滋潤し、日は以て万物を烘干し、艮は以てそれらを停止せしめ、兌は以てそれらを欣悦せしめ、乾は以てそれらを統御し、坤は以てそれらを收藏すと。注に曰く、「烜」は烘干なり。乾坤は三度交索して六子を得、六子はみな下より生ず。六子既に生成せられ、各々万物を生養するの職分を擔負し、乾はそれらの君主を作し、坤は承受してそれらを收藏し、従りて十二辟卦を構成す。

疏。此明至王道○此承參兩來釋文王分上下二經,乾坤泰否坎離咸恆損益既未濟終始相次之義,而六十四卦之序亦可知矣,故云二篇之次也。天地定位,天地,乾坤也。乾下坤上為泰,坤下乾上為否,故云乾坤泰否也。

注文「此の二篇の次を明らかにす」から「王道を全うす」に至る一段を疏証す:これは上文の「参天両地」を承接して来たり、文王が『易』を分かちて上下二経と為す時、乾坤・泰否・坎離・咸恒・損益・既済未済の彼此終始相承するの意義を解釈す。こ一层を明白にすれば、六十四卦の次序もまた以て推知すべし。ゆえにこれを「二篇の次」と言う。「天地定位」——天地はすなわち乾坤なり。乾は下に在り坤は上に在るを『泰』と為し、坤は下に在り乾は上に在るを『否』と為す。ゆえに乾坤泰否と言う。

山澤通氣雷風相薄,山上有澤,咸。山下有澤,損。雷風恆,風雷益。故云咸恆損益也。水火不相射,水火,坎離也。水在火上既濟,火在水上未濟,故云坎離既未濟也。薄入,馬鄭義。射厭,虞陸義也。射厭,釋詁文。以上所陳凡八卦耳,因參重三才之後,故相錯雜而成六十四卦為上下二篇也。

「山沢通気、雷風相薄」:山の上に沢あるは『咸』にして、山の下に沢あるは『損』なり。雷の上に風の下るは『恒』を為し、風の上に雷の下るは『益』を為す。ゆえに咸恒損益と言う。「水火不相射」:水火はすなわち坎離なり。水は火の上に在るを『既済』を為し、火は水の上に在るを『未済』を為す。ゆえに坎離既未済と言う。「薄」を「入」と訓するは馬融・鄭玄の義例にして、「射」を「厭」と訓するは虞翻・陸績の義例にして、「射は厭なり」は『爾雅·釋詁』に見る。以上の陳述する所は過ぎず八卦のみにして、三才に於いて各々両画を重ねるの後、八卦は便ち交錯雑糅して六十四卦を成し、分かれて上下両篇と為る。

易說者,乾鑿度文,所以釋二篇諸卦之次正與此合,故引之。彼文云:「陽三陰四,位之正也,故易六十四分而為上下,象陰陽也。」陽道純而奇者,鄭注謂「陽道專斷,兼統陰事,故曰純也」。三法天,故上篇三十,所以象陽也。陰道不純而偶者,陰制於陽,故不純。四法地,故下篇三十四,所以法陰也。

注中の言う所の『易説』はすなわち『乾鑿度』の文字にして、それが上下二篇の諸卦次序を解釈するの説法はまさにこれと相合す。ゆえにこれを引用す。『乾鑿度』に曰く「陽は三に属し陰は四に属す、これは位次の正則なり。ゆえに六十四卦は分かれて上下両篇と為り、以て陰陽を象徴す」と。いわゆる「陽道は純にして奇」——鄭玄の注に「陽道は専ら断決を主り、また兼ねて陰の事務を統す。ゆえに純と呼ぶ」と言う。三は天に取法す。ゆえに上篇は三十卦ありて以て陽を象徴す。いわゆる「陰道は不純にして偶」は、陰は陽の受制する所なるを以て不純なり。四は地に取法す。ゆえに下篇は三十四卦ありて以て陰を取法す。

上篇象陽,乾陽坤陰,故乾為首,坤為次。乾鑿度又云:「乾坤者,陰陽之本始,萬物之祖宗,故為上篇。始者,尊之也。」泰陽息卦,否陰消卦,故先泰而後否。鄭注謂「先尊而後卑,先通而後止者,所以類陽事也」。下篇法陰,鄭注謂「咸則男下女,恆則陽上而陰下」,故以咸為始,恆為次。先陰而後陽者,以取類陰事也。

上篇は陽を象り、乾は陽に属し坤は陰に属す。ゆえに『乾』は首に居り『坤』は次に居る。『乾鑿度』はまた曰く「乾坤は陰陽の本原開端・万物の始祖なれば、上篇に列す。開頭に放るは、それらを尊崇するなり」と。『泰』は陽息の卦にして、『否』は陰消の卦なり。ゆえに先ず『泰』して後に『否』す。鄭玄の注に「先ず尊貴して後に卑下し、先ず通達して後に閉止するは、以て陽の事務に比類するなり」と言う。下篇は陰に取法し、鄭玄の注に「『咸』は男が女の下に屈居し、『恒』は陽が上に在りて陰が下に在るなり」と言う。ゆえに『咸』を以て始と為し『恒』を以て次と為す。先ず陰して後に陽するは、以て陰の事務に比類するなり。

乾鑿度曰:「損者陰用事,益者陽用事。」故先損而後益。鄭注謂「損象陽用事之時,陰宜自損以奉陽者,所以戒陰道以執其順者也。益當陰用事之時,陽宜自損以益陰者,所以戒陽道以弘其化者也」。鄭知然者,損自泰來,故象陽用事之時,陰自損以奉陽。益自否來,故當陰用事之時,陽當自損以益陰也。

『乾鑿度』に曰く「『損』は陰が当権用事し、『益』は陽が当権用事す」と。ゆえに先ず『損』して後に『益』す。鄭玄の注に曰く「『損』は陽の当権の時を象徴し、陰は当に自ら減損して以て陽を奉承すべし——これは陰道にその柔順を守住せよと告誡するなり。『益』はまさに陰の当権の時に在り、陽は当に自ら減損して以て陰を増益すべし——これは陽道にその化育を弘揚せよと告誡するなり」と。鄭玄の能くこのように断定する所以は、『損』は『泰』に由りて変じ来たるを以て、陽の当権の時に陰は自ら損して以て陽に奉ずるを象徴す。『益』は『否』に由りて変じ来たるを以て、まさに陰の当権の時に陽は応に自ら損して以て陰を益すべきなり。

日月之道,陰陽之經,所以終始萬物者,五六三十乃天地之數,故曰陰陽之經。乾彖傳曰「大明終始」,荀注云:「乾起坎而終於離,坤起離而終於坎。離坎者,乾坤之家而陰陽之府,故終始萬物。」是上篇終坎離之義也。

注中に「日月の運行は陰陽の常道にして、以て万物を終始す」と言う:五と六と相乗じて三十を得るは、まさに天地の数なり。ゆえに「陰陽の経」と称す。『乾』卦の彖伝に「大明終始」と言い、荀爽の注に曰く「乾は坎より起こりて離に終わり、坤は離より起こりて坎に終わる。離と坎とは乾坤の居所・陰陽の府庫なり。ゆえに能く万物を終始す」と。これすなわち上篇が坎離を以て結を作すの道理なり。

雲既濟未濟為下篇終者,所以明戒慎而全王道者,上篇天道,下篇人事。王者體中和贊化育而成既濟定。既濟象傳曰「君子以思患而豫防之」,荀注云:「六爻既正,必當復亂,故君子象之思患而豫防之。」治不忘亂,故云所以戒慎而全王道。序卦曰:「物不可窮也,故受之以未濟終焉。」是下篇終既未濟之義也。

注中に「『既済』『未済』を用いて下篇の結束を作すは、戒懼謹慎にして王道を保全せんと表明するを要す」と言う:上篇は天道を講じ、下篇は人事を講ず。君王は中和の徳を体察し、天地の化育を賛助してこそ、『既済』のあの六爻各正の定局を成就することを得。『既済』の大象に「君子はこれに由りて患禍を思慮して預め防備す」と言い、荀爽の注に曰く「六爻は既にみな正を得たれば、必ずまた紛乱に転向せんとす。ゆえに君子はこの象を取法して、患禍を思慮して預め防備す」と。治世は乱世を忘れず。ゆえにこれを戒懼謹慎にして王道を保全すと言う。『序卦傳』に「事物は窮尽する能くあらず。ゆえに『未済』を用いて承接して結を作す」と言う——これすなわち下篇が既済・未済を以て結を作すの道理なり。

○坤為至數也○繫上曰:「神以知來,知以藏往。」虞彼注云:「乾神知來,坤知藏往。」故坤為數往,乾為知來。坤消已下虞義也。坤消自午,右行至亥,從上而下,故順。乾息自子,左行至巳,從下而上,故逆。易氣從下生,乾鑿度文。鄭彼注云:「易本無形,自微及著,氣從下生,以下爻為始。」故十二辰之法坤雖自上而下,然消遘及亦自下生,故云易逆數也。

注文「坤は往を数る」から「故に易は逆数なりと云う」に至る一段を疏証す:『繫辭上』に「神は能く将来を預知し、智は能く已往を收藏す」と言い、虞翻はかそこに注して「乾の神は将来を預知し、坤の智は已往を收藏す」と言う。ゆえに坤は数を推して已往するを主り、乾は将来を預知するを主る。「坤消」以下はみな虞翻の説なり。坤気は消退して午月より起こり、右に行きて亥月に至るは自上にして下に至る。ゆえに順と呼ぶ。乾気は生長して子月より起こり、左に行きて巳月に至るは自下にして上に至る。ゆえに逆と呼ぶ。「易の気は下より生ず」は『乾鑿度』に出で、鄭玄はかそこに注して曰く「『易』はもとより形なし、微細に由りて顕著に至る。気は下より生起し、下爻を以て開端と為す」と。ゆえに十二辰の法に按ずれば、坤は上より下に至るといえども、而も陰消は『姤』以下もまた仍旧として下より生起す。因りて『易』は逆数と言う。

○烜乾至卦也○烜乾,京義也。乾道成男,一索再索三索而得震坎艮。坤道成女,一索再索三索而得巽離兌。皆自下而上,以明易之為逆數也。九家云:「乾坤交索,既生六子,各任其才往生物。」故云六子既成,各任生物之功,謂動之散之之類是也。乾為之君,謂息卦自子至巳。坤受而藏之,謂消卦自午至亥,是謂十二闢卦。著此者為下陳明堂十二月之法也。

注文「烜は乾なり」から「以て十二辟卦を成すなり」に至る一段を疏証す:「烜」を烘干と訓するは京房の義例なり。乾道は男卦を成就し、一索・再索・三索して震・坎・艮を得。坤道は女卦を成就し、一索・再索・三索して巽・離・兌を得——みな自下にして上なるを以て、用いて『易』が逆推の数なるを表明す。『九家易』に曰く「乾坤は交互に求索し、既に六子を生出せば、六子は各々その才性に按じて万物を生養す」と。ゆえに注中に六子既に生成せられ、各々万物を生養するの職分を擔負すと言い、すなわち鼓動・吹散の一類の作用なり。「乾はそれらの君を為す」は陽息の卦が子月より巳月に至るを指し、「坤は受けてこれを蔵す」は陰消の卦が午月より亥月に至るを指す——これすなわち十二辟卦なり。恵棟はここに特意に標出するは、下文の明堂十二月の法を陳説するに預め鋪墊を作すが為なり。

帝出乎震齊乎巽相見乎離致役乎坤說言乎兌戰乎乾勞乎坎成言乎艮。注。帝,上帝也。上帝五帝在太微之中,迭生子孫,更王天下,故四時之序,五德相次。聖人法之以立明堂,為治天下之大法也。

『説卦傳』に曰く、上帝は震位より出発し、巽位に於いて万物を斉整し、離位に於いて万物と相見え、坤位に於いて万物を役使してその養を致し、兌位に於いて万物を欣悦せしめて言なり、乾位に於いて陰陽交戦し、坎位に於いて万物を慰労し、艮位に於いて終始を成就するの言なりと。注に曰く、「帝」はすなわち上帝なり。上帝はすなわち五帝にして、太微垣の中に居り、輪流に子孫を生育し、遞相に天下を統治す。ゆえに四時は依次に運行し、五德は依次に相承す。聖人はこれに取法して明堂を建立し、以て天下を治理するの根本大法と為す。

神農曰天府,黃帝曰合宮,唐曰五府,虞曰總章,夏曰世室,殷曰重屋,周曰明堂。明堂者有五室四堂,二九四七五三六一八,四正四維皆合於十五。室以祭天,堂以佈政。王者承天統物,各於其方以聽事謂之明堂。月令,虞夏商周四代行之,今所傳月令是也。

明堂の名は歴代同じからず:神農の時は天府と呼び、黄帝の時は合宮と呼び、唐尭の時は五府と呼び、虞舜の時は総章と呼び、夏代は世室と呼び、殷代は重屋と呼び、周代にしてこそ明堂と呼ぶ。明堂に五室四堂あり、その九宮の数は二九四・七五三・六一八にして、四正と四維とは各行相加してみな十五に合す。室は用いて天を祭り、堂は用いて政令を頒布す。君王は天道を秉承して万物を統御し、各々当令の方位に按じて相応の堂室に於いて政を聴き事を治す——これを明堂と呼ぶ。『月令』の制は虞・夏・商・周の四代みな曾て施行せり。今天の伝うる所の『月令』はすなわちそれなり。

古之聖人生有配天之業,沒有配天之祭,故太皥以下歴代所禘。太皥以木德,炎帝以火德,黃帝以土德,少昊以金德,顓頊以水德。王者行大享之禮於明堂謂之禘祖宗,其郊則行之於南郊。禘郊祖宗四大祭而總謂之禘者,禘其祖之所自出故也。一帝配天,功臣從祀,故禘禮上遡遠祖,旁及毀廟,下逮功臣。

古代の聖人は、生きては天に配するに足るの功業あり、死しては便ち天に配するの祭祀を享有す。ゆえに太皥以下の歴代はみな禘祭を受く。太皥は木德を以て主と為し、炎帝は火德を以てし、黄帝は土德を以てし、少昊は金德を以てし、顓頊は水德を以てす。君王は明堂に於いて大享の礼を挙行して、これを「禘祖宗」と呼ぶ。郊祭に至っては、則ち南郊に於いて挙行す。禘・郊・祖・宗の四种大祭にして総じて「禘」と称するは、みな始祖の従出する所のあの天帝を追祭するを要するを以てなり。一位の天帝は天に配享し、有功の臣は附従して祭を受く。ゆえに禮礼は上は遠祖に遡り、旁ら已毀の廟の先人に及び、下は有功の臣に及ぶ。

聖人居天子之位,以一德貫三才,行配天之祭,推人道以接天,天神降,地示出,人鬼格。夫然而陰陽和,風雨時,五穀孰,草木茂,民無鄙惡,物無疵厲,群生咸遂,各盡其氣,威厲不試,刑措不用,風俗純美,四夷賓服,諸福之物,可致之詳,無不畢至,所謂既濟定也。庖犧畫八卦以贊化育,其道如此。

聖人は天子の位に居り、純一の徳を以て天地人の三才を貫通し、天に配するの祭祀を挙行し、人道に由りて推及して天と相接す。ここにおいて天神は降臨し、地祇は涌出し、人鬼は来格す。このようになれば、陰陽は調和し、風雨は時に応じ、五穀は成熟し、草木は繁茂し、百姓は粗鄙凶悪の行なく、万物は疵病災害なく、衆生は各々その生を遂げ各々その禀受の気を尽くし、威刑は動用する必ずしもなく刑罰は擱置して施さず、風俗は淳美にして、四方外族は賓服し、一切の福物と招致すべきの祥瑞と齊しく至らざるなし——これすなわちいわゆる『既済』のあの各々その正を得るの定局なり。庖犠は八卦を画きて以て天地の化育を賛助せり——その道理はまさにこのがごとし。

萬物出乎震震東方也。注。出,生也。東方者,青陽太廟也。齊乎巽巽東南也齊也者言萬物之絜齊也。注。東南者,東青陽個,南明堂個也。巽陽藏室,故絜齊。離也者明也萬物皆相見南方之卦也。注。離為日為火,故明。日出照物,以日相見,故萬物皆相見。南方者,明堂太廟也。

経文に曰く、万物は震位より生出し、震は東方に在りと。注に曰く、「出」はすなわち生なり。ここの東方は明堂の青陽太廟を指す。経文に曰く、巽位に於いて斉整し、巽は東南に在り。いわゆる「斉」とは万物の潔斉なるを言うと。注に曰く、東南とは東面の青陽個と南面の明堂個とを指す。巽の陽爻は室内に伏蔵す。ゆえに潔斉と言う。経文に曰く、離はすなわち明にして、万物はみなここに於いて相見え、南方の卦を為すと。注に曰く、離は日を為し火を為す。ゆえに明を為す。太陽出でて万物を照曜し、万物は日光に憑りて彼此見るべし。ゆえに万物はみな相見えると言う。ここの南方は明堂太廟を指す。

聖人南面而聽天下向明而治蓋取諸此也。注。負斧扆南面而立,故南面而聽天下。聽,聽朔也。乾為治,天子當陽,故嚮明而治。蓋取諸此者,言明堂之法取諸此也。蔡氏謂人君之位莫正於此,故雖有五名而主以明堂也。

経文に曰く、聖人は南方を面向して天下を聴治し、光明に朝向して政教を施行す——ほぼここに取法するなりと。注に曰く、君王は斧形を絵した屏風を背対して南方を面向して立つ。ゆえに「南面して天下を聴く」と言う。ここの「聴」は聴朔を指し、すなわち毎月朔日に明堂に於いて政令を頒受す。乾は治を為し、天子は陽に当たりて立つ。ゆえに光明に朝向して政教を施行すと言う。いわゆる「ここに取る」とは、明堂の法がこの一段の経文に取法するを説明するなり。蔡邕は人君の位置はここより端正なるはなしと認む。ゆえに明堂は青陽・総章など五個の名称ありといえども、なお「明堂」を以て主名と為す。

坤也者地也萬物皆致養焉故曰致役乎坤。注。坤位未而王四季,故用事於西南而居中央。西總章個,南明堂個,中央太廟太室也。明堂月令中央土,土爰稼穡,故萬物皆致養役事也。坤為事。王者四時迎氣於四郊,其中央之帝乃方澤也,合圜丘之帝為六天。

経文に曰く、坤はすなわち地にして、万物はみなここに於いて養育を得。ゆえに「坤に役を致す」と言うと。注に曰く、坤位は未に在り、而も土はまた四季を統王す。ゆえにそれが権を当てて事を用うるは西南に在りて居処は中央に在り。明堂に就きて言えば、西面の総章個・南面の明堂個、および中央の太廟太室なり。『明堂月令』は中央を土に属し、『洪範』に「土は稼穡を主る」と言う。ゆえに万物はみなここに於いて養育を得て役使の事を承受す。坤は事を為す。君王は四季に四郊に於いて時気を迎え、而も中央の帝の祭所は則ち方沢なり。方沢の帝は圜丘の帝を合して、共に六天を為す。

兌正秋也萬物之所說也故曰說言乎兌。注。兌主酉,故正秋。總章,太廟也。兌為雨澤,故說萬物。震為言,震二動成兌,言從口出,故說言也。戰乎乾乾西北之卦也言陰陽相薄也。注。西北者,西總章個,北玄堂個也。坤十月卦,乾消剝入坤,故陰陽相薄也。

経文に曰く、兌はまさに秋令に当たり、万物の欣悦するの時なり。ゆえに「兌に言を説く」と言うと。注に曰く、兌は酉月を主る。ゆえに正秋なり。明堂に就きて言えば総章太廟なり。兌は雨沢を為す。ゆえに能く万物を欣悦せしむ。震は言を為し、震の第二爻は一たび動けば便ち兌を成し、兌は口を為し、言語は口より出ず。ゆえに「説言」と言う。経文に曰く、乾位に於いて交戦し、乾は西北の卦にして、言う所は陰陽の相互に逼近するなりと。注に曰く、西北とは西面の総章個と北面の玄堂個とを指す。坤は十月の卦に当たり、乾は消剥せられて坤に入る。ゆえに陰陽相薄ると言う。

坎者水也正北方之卦也勞卦也萬物之所歸也故曰勞乎坎。注。正北方者,玄堂太廟也。勞,動也。水性動而不舍,故曰勞卦。歸,藏也。艮東北之卦也萬物之所成終而所成始也故曰成言乎艮。注。東北者,東青陽個也,故曰成始。北玄堂個也,故曰成終。

経文に曰く、坎はすなわち水にして、正北方の卦にして、慰労の卦にして、万物はここに帰蔵す。ゆえに「坎に労す」と言うと。注に曰く、正北方は明堂に就きて言えば玄堂太廟なり。「労」は運動して息まざるなり。水の本性は流動して止まず。ゆえに労卦と呼ぶ。「帰」はすなわち收藏なり。経文に曰く、艮は東北の卦にして、万物はここに於いて終結を完成しまたここに於いて重新に開始す。ゆえに「艮に言を成す」と言うと。注に曰く、東北は一面東方の青陽個に連る。ゆえに「始を成す」と言う。一面北方の玄堂個に連る。ゆえに「終を成す」と言う。

神也者妙萬物而為言者也。注。神謂易,即一也。妙,微也。聖人飭明堂,以一偶萬,明者以為法,微者以是行,不見其事而見其功,故妙萬物而為言。動萬物者莫疾乎雷撓萬物者莫疾乎風燥萬物者莫熯乎火說萬物者莫說乎澤潤萬物者莫潤乎水終萬物始萬物者莫盛乎艮。注。四時分而效職。故水火相逮雷風不相悖山澤通氣。注。六子合而成物。然後能變化既成萬物也。注。變化謂乾坤。乾道變化,各正性命,成既濟定,故既成萬物矣。不言乾坤而言變化者,以見神之所為。

経文に曰く、いわゆる神とは、それが微妙に万物を运化するに就きて言を立つるなりと。注に曰く、「神」は『易』を指し、すなわち「一」なり。「妙」は微にして見るべからざるなり。聖人は明堂の制を整飭して、「一」を以て万事を統御す。顕明の部分は人の取法に供し、微妙の部分は則ちその中に黙運し、それが作為を見ずしてそれが功效を見る。ゆえにそれが微妙に万物を运化すと言う。経文に曰く、万物を鼓動するは雷より迅疾なるはなし、万物を揺撼するは風より迅疾なるはなし、万物を烘干するは火より熾烈なるはなし、万物を取悦するは沢より能く人を欣悦せしむるはなし、万物を滋潤するは水より浸潤なるはなし、万物を終結しまた万物を開始するは艮より盛大なるはなしと。注に曰く、四時は職を分かちて各々その能を效す。経文に曰く、ゆえに水火は互相に追及し、雷風は相違逆せず、山沢は気息を互通すと。注に曰く、六子は会合して万物を成就す。経文に曰く、然る後こそ変化し、すでに万物を成就せりと。注に曰く、「変化」は乾坤を指す。乾道変化して万物をして各々その性命を正せしめ、『既済』の定局を成就す。ゆえにすでに万物を成就せりと言う。直に乾坤と言わずして「変化」と言うは、これが「神」の作為なるを顕出せんと要するなり。

疏。帝上至如此○此陳明堂之法。六子成而生物之功備,十二消息具而乾坤之用宏,夫然而既濟之治可得而言矣。帝即五帝,五帝稱上帝者,孝經曰「周公宗祀文王於明堂以配上帝」,周以木德,謂配木德之帝,是五德之帝皆稱上帝也。上帝五帝在太微之中迭生子孫更王天下者,此何休義也。劉歆七略曰:「王者師天地,體天而行,是以明堂之制內有太室象紫微,南出明堂象太微。」援神契亦謂五精之神實在太微,故知五帝在太微之中。

注文「帝は上帝なり」から「その道はこのがごとし」に至る一段を疏証す:ここに陳説する所は明堂の法なり。六子既に成れば、万物を生養するの功用は便ち完備す。十二消息既に具われば、乾坤の作用は便ち宏大なり。この一步に到りてこそ、『既済』のあの治世は談ずべし。「帝」はすなわち五帝なり。五帝の「上帝」と称する所以は、『孝経』に「周公は明堂に於いて文王を尊祀して以て上帝に配す」と言うを以て、周朝は木德に属し、配する所はまさに木德の帝なれば、見るに五德の帝はみな上帝と称することを得。注中に上帝五帝は太微垣の中に輪流に子孫を生育し遞相に天下を統治すと言うは、これは何休の説法なり。劉歆の『七略』に曰く「君王は天地を師と為し、天道を体察して事を行う。ゆえに明堂の制度の裏に太室ありて紫微垣を象徴し、南面に明堂を伸出して太微垣を象徴す」と。『孝経援神契』もまた五精の神は実に太微垣に居ると言う。因りて五帝の太微の中に在るを知る。

乾彖傳曰「大哉乾元,萬物資始乃統天」,郊特牲曰「萬物本乎天」,聖人而為天子,尤天所篤生者,故云迭生子孫更王天下,如下所云五德相次是也。四時之序木火土金水,五行之德用事者王,所生相,故王廢,勝王囚,王所勝死,故云五德相次。家語孔子曰:「天有五行木火金水土,分時化育以成萬物,其神謂之五帝。」又曰:「五行用事先起於木。木東方萬物之初皆出焉,是故王者則之而首以木德王天下,其次則以所生之行轉相承也。」

『乾』卦の彖伝に「偉大なるかな乾元、万物はそれに依靠して始まり、それは天を統攝す」と言い、『礼記·郊特牲』に「万物は天に根本す」と言う。聖人にして天子と為るは、尤も上天の厚生する所の人なり。ゆえに遞相に子孫を生育し輪流に天下を統治すと言い、まさに下文の言う所の五德が依次に相承するがごとし。四時の次序は木・火・土・金・水なり。五行の徳は当令用事するを「王」と為し、それが生ずる所を「相」と為し、前の一つの当令したるを「廃」と為し、それを克つを「囚」と為し、それに克たるるを「死」と為す。ゆえに五德は依次に相承すと言う。『孔子家語』は孔子を記して曰く「天に木・火・金・水・土の五行ありて、分かちて四時を主り、万物を化育す。それらの神はすなわち五帝と呼ぶ」と。また曰く「五行が当令するは、先ず木より始まる。木は東方に在りて、万物の初はみなここより生出す。ゆえに君王はそれに取法して、首めず木德を以て天下を統治し、その後は生ずる所の行に按じて依次に相承す」と。

大戴禮盛德云「明堂天法」,故聖人法之以立明堂,謂庖犧作八卦,聖人法之。故宇文愷據黃圖曰:「堂方百四十四尺,法坤之筴也,方象地。屋圓楣徑二百一十六尺,法乾之筴也,圓象天。室九宮,法九州島。太室方六丈,法陰之變也。十二堂法十二月。三十六戶法極陰之變數。七十二牖法五行所行日數。八達象八風,法八卦。」

『大戴礼記·盛德』に「明堂は天に取法す」と言う。ゆえに聖人はそれに取法して明堂を建立す——すなわち庖犠が八卦を画出し、聖人は再び八卦に取法す。因りて隋人の宇文愷は『三輔黄図』に依拠して曰く「堂は正方形にして、辺長は一百四十四尺にして、坤策一百四十四の数を取法し、方は地を象る。屋の圓楣の直径は二百一十六尺にして、乾策二百一十六の数を取法し、圓は天を象る。室は九宮を分かち、九州を取法す。太室は方六丈にして、陰数の変を取法す。十二堂は十二月を取法す。三十六戸は陰変の極数を取法す。七十二牖は五行の分主する日数を取法す。八面は通達して八風を象徴し、八卦を取法す」と。

通天台徑九尺,法乾以九覆六。高八十一尺,法黃鍾九九之數。二十八柱象二十八宿。堂高三尺,土階三等,法三統。堂四向五色,法四時五行。水四周於外,象四海,圓法陽也。水闊二十四丈,象二十四氣。水內徑三丈,應覲禮經。是言所法之事。蔡氏明堂月令論其說略同。尋明堂之制,備於冬官,冬官亡,故黃圖月令論所稱不盡與古合,為袁準所駁,然其取法於易則同也。

通天台の直径は九尺にして、乾の九を以て六を覆うの義を取法す。台高は八十一尺にして、黄鐘九九八十一の数を取法す。二十八根の柱子は二十八宿を象徴す。堂高は三尺・土階三級にして、夏商周の三統を取法す。堂は四面を開き五色を以て飾り、四時五行を取法す。水は四周に環繞して四海を象徴し、円形を作り成すは則ち陽に取法するなり。水面の寛は二十四丈にして二十四節気を象徴し、水の内径は三丈にして『儀礼·覲礼』の載する所と相応す。以上はみな明堂の取法する所の事項を講ず。蔡邕の『明堂月令論』の説法はこれと大略相同じ。明堂の制度を推究するに、もと完備に『周礼·冬官』に載せるも、冬官の一篇はすでに亡佚せり。ゆえに『三輔黄図』と『月令論』との称述する所は未だ必ずしもみな古制に合せず、曾て袁準の駁斥を遭えり。不過それらが明堂の法を『易』に帰本するは、この一点は則ち一致す。

又先儒戴德戴聖韓嬰孔牢馬宮劉歆賈逵許慎服虔盧植潁容蔡雍高誘諸人皆以明堂上有靈臺,下有辟雍,四門有太學。故蔡氏論云:「謹承天順時之令,昭令德宗祀之禮,明前功百辟之勞,起養老敬長之義,順教幼誨稚之學,明諸侯選造士於其中,以明制度。生者乘其能而至,死者論其功而祭,故為大教之宮。」周書大匡曰:「明堂所以明道,明道惟法。」是言治天下之大法也。

このほか、前代の学者の戴德・戴聖・韓嬰・孔牢・馬宮・劉歆・賈逵・許慎・服虔・盧植・潁容・蔡邕・高誘らは、みな明堂は上に霊台あり下に辟雍あり四門に太学を設くと認む。ゆえに蔡邕の『明堂月令論』に曰く「ここに於いて天を承り時に順うの政令を謹守し、祖考を尊祀するの美德の礼を彰明し、前人と百官との功労を表彰し、老を養い長を敬うの義理を興起し、幼童を教養するの学制を推行し、諸侯をしてその中に於いて士人を選抜造就せしめ、以て制度を昭明す。生きる人は本事に憑りて来たり、死せる人は功績に按じて祭を受く。ゆえにそれは大教化を施行するの宮室なり」と。『逸周書·大匡』に曰く「明堂は以て大道を彰明するなり。大道を彰明するは法度を確立するに在るなり」と。これはまさに明堂が天下を治理するの根本大法なるを説明す。

大戴禮盛德曰「明堂者古有之也」,盧辯注云:「案淮南子言神農之世祀於明堂,明堂有蓋四方,蓋始於此。」尸子曰:「黃帝曰合宮,有虞曰總章,周人曰明堂,皆所以明休其善。」又曰:「欲觀黃帝之行於合宮,觀堯舜之行於總章。」故知黃帝曰合宮,虞曰總章。尚書帝命驗曰:「帝者承天立五府,以尊天重象。」注云:「象五精之神也。天有五帝集居太微,降精以生聖人,故帝者承天立五帝之府,是為天府。」桓譚新論曰:「明堂,堯謂之五府。」府,聚也,言五帝之神聚於此。

『大戴礼記·盛德』に「明堂は古来より有るなり」と言い、盧辯の注に曰く「『淮南子』を考察すれば神農の世に就きて明堂に於いて祭を行うと講じ、明堂は四方を覆蓋するの屋頂あり。ほぼこの時より始まる」と。『尸子』に曰く「黄帝の時は合宮と呼び、有虞氏は総章と呼び、周人は明堂と呼ぶ。みな用いて善行を彰明褒美するなり」と。又曰く「黄帝の行事を考察せんと欲すれば合宮を看よ、尭舜の行事を考察せんと欲すれば総章を看よ」と。因りて黄帝の時は合宮と呼び、虞舜の時は総章と呼ぶを知る。『尚書帝命験』に曰く「帝王は天道を秉承して五府を建立し、以て上天を尊崇し天象を看重す」と。注に曰く「象とは五精の神を指す。天に五帝ありて太微垣に聚居し、精気を降下して聖人を生出す。ゆえに帝王は天道を秉承して五帝の府を建立す——これすなわち天府なり」と。桓譚の『新論』に曰く「明堂は尭はこれを五府と称す」と。「府」は聚集の意にして、言う所は五帝の神がここに聚集するなり。

古文尚書堯典曰「正月上日受終於文祖」,鄭彼注云:「文祖,五府之大名,如周之明堂。」故知唐曰五府,皆明堂異名也。考工記曰:「夏后氏世室,殷人重屋,周人明堂。」是三代明堂亦異名也。五室謂中太室,東青陽,南明堂,西總章,北玄堂。四堂各有室,兼中央為五,故有五室四堂也。

古文『尚書·尭典』に「正月の初一日に文祖廟に於いて禅譲の位を接受す」と言い、鄭玄はかそこに注して曰く「文祖とは五府の総名にして、周代の明堂に相当す」と。因りて唐尭の時は五府と呼ぶを知る。これらはみな明堂の異名なり。『考工記』に曰く「夏后氏は世室と呼び、殷人は重屋と呼び、周人は明堂と呼ぶ」と。見るに三代の明堂もまた各々異名あり。いわゆる五室とは中央の太室・東面の青陽・南面の明堂・西面の総章・北面の玄堂を指す。四面の堂は各々室を帯び、中央の一室を加えて共に五を為す。ゆえに五室四堂ありと言う。

二九四七五三六一八者,大戴禮盛德文。坤二離九巽四,故云二九四。兌七中央五震三,故云七五三。乾六坎一艮八,故云六一八。凡九謂之九宮。一二三四得五為六七八九,故乾鑿度曰「太一取其數以行九宮,四正四維皆合於十五」。

「二九四・七五三・六一八」は『大戴礼記·盛德』に出づ。坤宮二・離宮九・巽宮四なり。ゆえに二九四と言う。兌宮七・中央五・震宮三なり。ゆえに七五三と言う。乾宮六・坎宮一・艮宮八なり。ゆえに六一八と言う。総共九位にして、九宮と称す。一・二・三・四は各々中央の五を加えて便ち六・七・八・九と成る。ゆえに『乾鑿度』に「太一はこの数序に依りて九宮を巡行し、四正と四維とは相加してみな十五に合す」と言う。

鄭彼注云:「太一,主氣之神。四正四維以八卦神所居,故亦名之曰宮。太一下行,猶天子出巡狩省方嶽之事,每率則復。太一下行八卦之宮,每四乃還於中央。中央者,北辰之所居,故因謂之九宮。始坎次坤次震次巽次中央次乾次兌次艮次離,行則周矣,乃反於紫宮。出從中男,入從中女,亦因陰陽男女之偶為終始雲。」

鄭玄はかそこに注して曰く「太一とは気を主管するの神なり。四正四維は八卦の神の居する所の位置なれば、ゆえにまたそれらを宮と呼ぶ。太一は下行して巡歴し、天子の出外して巡狩し四方の山岳を省視するに譬え、毎に一遍を巡れば則ち一度返回す。太一は八卦の宮に下行し、毎に四宮を走れば則ち中央に回ること一度す。中央は北辰の居する所の処なれば、因りて総じて九宮と称す。行程は坎より始まり、依次に坤・震・巽、然る後中央に入り、再び依次に乾・兌・艮・離、走り尽くせば便ち一周にして、ここにおいて紫宮に返回す。出発する時は中男の坎より起こり、回入する時は中女の離に終わる。これもまた陰陽男女配偶の関係に依りて終始を定むるなり」と。

坎離震兌為四正,乾坤艮巽為四維。一九六四二八七三乘五皆為十五,故云皆合於十五。室以祭天,堂以佈政者,後魏封軌明堂議文。軌又云:「依行而祭,故室不過五。依時佈政,故堂不踰四。」是也。王者承天統物,各於其方以聽事者,禮記明堂陰陽録文。彼文云:「明堂之制,周旋以水,水左旋以象天。內有太室象紫垣,南出明堂象太微,西出總章象五潢,北出玄堂象營室,東出青陽象天市。上帝四時各治其室,故王者法之也。」統物,統萬物也。

坎・離・震・兌は四正の卦にして、乾・坤・艮・巽は四維の卦なり。一と九・六と四・二と八・七と三とは、各々中央の五を加えてみな十五に等し。ゆえに四正四維はみな十五に合すと言う。「室は用いて天を祭り、堂は用いて政令を頒布す」は北魏の封軌の『明堂議』に出づ。封軌はまた曰く「五行に依りて祭る。ゆえに室は五個を超えず。四時に依りて政を布く。ゆえに堂は四座を超えず」と——まさにこの意である。「君王は天道を秉承して万物を統御し、各々当令の方位に按じて政を聴き事を治す」は『礼記明堂陰陽録』に出づ。あの書に曰く「明堂の形制は四周は水を以て環繞し、水は左より旋転して以て天を象る。裏面は太室ありて紫微垣を象徴し、南面は明堂を伸出して太微垣を象徴し、西面は総章を伸出して五潢星を象徴し、北面は玄堂を伸出して営室星を象徴し、東面は青陽を伸出して天市垣を象徴す。上帝は四時に各々相応の室を治理す。ゆえに君王はそれに取法す」と。いわゆる「物を統ぶ」とはすなわち万物を統御するなり。

蔡氏章句曰:「月令所以順陰陽,奉四時,效氣物,行王政也。成法具備,各從時月藏之。明堂所以示承祖考神明,明不敢洩瀆之義,故以明堂冠月令。」虞夏商周四代行之,故禮記明堂位兼陳四代之服器。其文在周書五十三,大戴採以為明堂月令,馬氏附月令於小戴而刪明堂字,故止謂之月令也。

蔡邕の『月令章句』に曰く「『月令』とは以て陰陽に順応し四時を奉行し気候物候を考察し王政を施行するなり。成法は完備の後、各々その時月に按じて收藏す。明堂は則ち用いて祖考神明を承奉するを表示し、敢えて軽慢褻瀆せざるの意思を表明す。ゆえに『明堂』の二字を用いて『月令』の上に冠す」と。虞・夏・商・周の四代はみなこの制を施行せり。ゆえに『礼記·明堂位』は兼ねて四代の服飾器物を陳す。この篇の文字はもと『逸周書』の第五十三篇に在り、大戴は采録して『明堂月令』と題す。馬融は『月令』を小戴の『礼記』に附入する時に「明堂」の二字を删去せり。ゆえに如今ただ『月令』と称す。

中庸言「唯天下至聖為能聰明睿知足以有臨也」,下云「凡有血氣者莫不尊親」,故曰配天,是生有配天之業也。古文尚書伊訓篇曰:「惟太甲元年十有二月乙丑朔,伊尹祀於先王,誕資有牧方明。」劉歆釋之曰:「言太甲雖有成湯太丁外丙之服,以冬至越茀祀先王於方明以配上帝。」方明者,放明堂之制。太甲行吉禘之禮,宗祀成湯於明堂以配上帝,是沒有配天之祭也。

『中庸』に「ただ天下の至聖のみ、能く聡明叡智を憑りて以て天下に君臨するに足る」と言い、下文はまた「およそ血気あれば彼を尊崇親附せざるなし」と言う。ゆえにこれを「天に配す」と称す——これすなわち生きて天に配するの功業あるなり。古文『尚書·伊訓』に曰く「太甲元年十二月乙丑の初一、伊尹は先王を祭祀し、諸侯の長を方明の上に大会す」と。劉歆は解釈して曰く「言う所は太甲はなお成湯・太丁・外丙の為に服喪中なれども、なお冬至の日に喪礼の限制を越えて、方明に於いて先王を祭祀して以て上帝に配す」と。いわゆる方明とは明堂の制を仿照して設くるなり。太甲は吉禘の礼を挙行して、明堂に於いて成湯を尊祀して以て上帝に配す——これすなわち死して後に天に配するの祭祀を享有するなり。

夏少康中興,伍員亦云「祀夏配天」。三代受命、中興之主及繼世有德之君沒皆行配天之祭。禹湯文武,受命之主也。夏之少康,周之宣王,中興之主也。殷之三宗,周之成康,繼世有德之君也。雲太皥以下歴代所禘者,禮運云「大道之行也,天下為公」,鄭注祭法云:「有虞氏以上尚德,禘郊祖宗配用有德者而已,自夏已下稍用其姓氏代之。」禮運所謂「大道既隱,天下為家,禹湯文武成王周公由此其選」,言禹湯以下雖用明堂之法而大道稍隱也。若然,太皥炎帝當亦黃帝以下所禘,其黃帝以下乃四代所禘,見於魯語及祭法也。

夏代の少康は中興し、伍員もまた「夏の先王を祭祀して以て天に配す」と言い過ぎたり。三代の中、受命の君・中興の主および世代相継ぎて徳ある君主は、死して後みな天に配するの祭を挙行す。禹・湯・文王・武王は受命の主にして、夏の少康・周の宣王は中興の主にして、殷の三宗と周の成王・康王とは継世して徳あるの君主なり。注中の「太皥以下の歴代の禘する所」と言う:『礼運』に「大道通行の時代は天下は公有なり」と言い、鄭玄の『祭法』の注に曰く「有虞氏以上は德行を崇尚して、禘・郊・祖・宗の四祭はただ徳ある人のみを配享す。夏代以下よりこそ漸漸に本族姓氏の祖先を改用して以て替代す」と。『礼運』のいわゆる「大道すでに隠没して、天下は一家の業と成り、禹・湯・文・武・成王・周公は便ちこの時代の翘楚なり」とは、禹・湯以下はなお明堂の法を用うるといえども、而も大道はすでに漸漸に隠没すと言うなり。既にこのがごときんば、太皥・炎帝は当にも黄帝以下の各代の禘する対象たるべく、而も黄帝以下は則ち虞・夏・商・周の四代の禘する対象にして、これは『国語·魯語』と『礼記·祭法』とに見る。

蔡氏獨斷曰:「易曰帝出乎震,震者木也,言宓犧氏始以木德王天下也。木生火,故宓犧氏沒,神農氏又以火德繼之。火生土,故神農氏沒,黃帝以土德繼之。土生金,故黃帝氏沒,少昊氏以金德繼之。金生水,故少昊氏沒,顓頊氏以水德繼之。」是言五德相次自太皥以下也。

蔡邕の『独断』に曰く「『易』は『帝は震に出づ』と講じ、震は五行に木に属す。これは宓犠氏が最先に木德を以て天下を統治せしを言う。木は能く火を生ず。ゆえに宓犠氏の去世の後、神農氏はまた火德を以て接続す。火は能く土を生ず。ゆえに神農氏の去世の後、黄帝は土德を以て接続す。土は能く金を生ず。ゆえに黄帝の去世の後、少昊氏は金德を以て接続す。金は能く水を生ず。ゆえに少昊氏の去世の後、顓頊氏は水德を以て接続す」と。この一段はまさに五德が相生の序に按じて依次に相承するを講じ、而もこの次序は太皥以下より排起するなり。

獨斷又云:「水生木,故顓頊氏沒,帝嚳以木德繼之。木生火,故帝嚳氏沒,帝堯以火德繼之。火生土,故帝舜氏以土德繼之。土生金,故夏禹氏以金德繼之。金生水,故殷湯氏以水德繼之。」亦皆五德相次。故帝嚳雖不列五帝,商周以下禘之,堯舜禹湯文武咸列祖宗之祭也。若明堂月令以太皥相次者,蓋唐虞已前之制,其實歴代皆有損益也。

『独断』はまた曰く「水は木を生ず。ゆえに顓頊氏の去世の後、帝嚳は木德を以て接続す。木は火を生ず。ゆえに帝嚳の去世の後、帝尭は火德を以て接続す。火は土を生ず。ゆえに帝舜は土德を以て接続す。土は金を生ず。ゆえに夏禹は金德を以て接続す。金は水を生ず。ゆえに殷湯は水德を以て接続す」と。これもまたみな五德の依次に相承するなり。ゆえに帝嚳は五帝の内に列せざるといえども、商・周以下はなおかつ彼を禘祭す。尭・舜・禹・湯・文王・武王もまたみな祖・宗の祭に列入す。至りて『明堂月令』が太皥を以て首に居りて依次に相承するは、あれはほぼ唐尭・虞舜以前の制度なり。実際には歴代はそれに対して各々増損あり。

禮器曰:「大饗其王事與?三牲魚臘,四海九州島之美味也。籩豆之薦,四時之和氣也。內金示和也。束帛加璧尊德也。龜為前列先知也。金次之見情也。丹漆絲纊竹箭與眾共財也。其餘無常貨,各以其國之所有則致遠物也。」禮器云「大饗其王事」,大饗者,明堂之大禘也。王者行大饗之禮於明堂謂之禘祖宗。禘者,圜丘之大禘與春夏之時禘及喪畢之吉禘也。祖者如周之祖文王也,宗者如周之宗武王也,皆配天之祭,又皆蒙禘之名,謂禘其祖之所自出故也。

『礼記·礼器』に曰く「大饗の祭はほぼ王者の大事なるか。進する所の三牲・魚と干肉とは四海九州の美味にして、籩豆の薦する所の食物は四時の和気の生ずる所なり。金属を献納するは和順を表示し、束帛の上に玉璧を加うるは徳を尊るを表示し、亀は最前に排せらるるはそれが能く先知するを以て、金はそれに次いで排せらるるはそれが能く情実を顕現するを以てなり。丹砂・漆・糸・綿・竹・箭は衆人と共有するの財物にして、其余の定規なきの貨品は各々その本国の出ずる所を以て進献す——あれは遠方の物を招致するなり」と。『礼器』に「大饗は王者の事なり」と言い、大饗はすなわち明堂の大禘なり。君王は明堂に於いて大饗の礼を挙行すれば、便ち禘・祖・宗と称す。「禘」は圜丘の大禘および春夏の時禘と喪事完畢後の吉禘とを指し、「祖」は周人が文王を以て祖と為すがごとく、「宗」は周人が武王を以て宗と為すがごとし——みな天に配するの祭に属し、またみな「禘」の名を冠すは、みな始祖の従出する所の天帝を追祭するを要するを以てなり。

后稷之祀在南郊,郊特牲曰「兆於南郊,就陽位也」,又云「於郊,故謂之郊」,故云唯郊行之於南郊,其三大祭皆在明堂也。爾雅祭名曰:「禘,大祭也。」禘郊祖宗四大祭而總謂之禘者,楚語「禘郊」,郊也。鄭注大傳「不王不禘」及詩長發大禘箋皆云「郊祀天」,是郊稱禘也。周頌雝序云「禘,大祖也」,鄭箋云「大祖謂文王」,是祖稱禘也。劉歆云「大禘則終王」,是宗稱禘也。禘者,禘其祖之所自出。董子曰:「天地者,先祖之所出也。」故四大祭皆蒙禘之名也。

后稷の配祀は南郊に在り、『礼記·郊特牲』に「南郊に壇を築くは陽位に就くなり」と言い、また「郊外に在るを以て、ゆえに郊と呼ぶ」と言う。ゆえにただ郊祭のみ南郊に於いて挙行し、其余の三种大祭はみな明堂に在ると言う。『爾雅』は祭名を解釈して曰く「禘とは大祭なり」と。禘・郊・祖・宗の四种大祭にして総じて「禘」と称す:『国語·楚語』の言う所の「禘郊」はすなわち郊祭にして、鄭玄の『礼記·大伝』の「王者に非ざれば禘を行うことを得ず」の注および『詩·商頌·長発』の「大禘」の箋注はみな「天を郊祀す」と言う。見るに郊もまた禘と称す。『詩·周頌·雝』の小序に「大祖を禘祭す」と言い、鄭玄の箋に「大祖は文王を指す」と言う。見るに祖もまた禘と称す。劉歆に「大禘は則ち歴代の先王に遍く及ぶ」と言う。見るに宗もまた禘と称す。いわゆる禘とはすなわち始祖の従出する所の天帝を追祭するなり。董仲舒に曰く「天地とは先祖の従出する所なり」と。ゆえに四种大祭はみな「禘」の名を冠す。

般庚曰:「茲予大享於先王,爾祖其從與享之。」故云一帝配天,功臣從祀。禘禮上遡遠祖者,謂如周始祖之上又有遠祖嚳,虞喜曰「終禘及郊宗石室」是也。旁及毀廟者,謂四廟二祧之外又及毀廟,皆升合食,序昭穆,故韓詩內傳曰「禘取毀廟之主,皆升合食於太祖」是也。下逮功臣者,謂功臣從祀,周書大匡曰「勇如害上,不登於明堂」,高堂隆釋之云「謂有勇而無義,死不登堂而配食」。故蔡氏據禮記太學志曰「善人祭於明堂,其無位者祭於太學」,是言禘祭下逮功臣之事也。

『尚書·盤庚』に曰く「我はここに於いて先王を大いに祭り、なんじらの祖先もまた随いて一同に祭を受く」と。ゆえに一位の天帝は天に配享し、有功の臣は附従して祭を受くと言う。いわゆる禘礼は上は遠祖に遡るとは、言う所は周人の始祖后稷の上にさらに遠祖帝嚳あるがごときにして、虞喜の言う所の「最終の禘祭は上は郊・宗と石室に蔵する所の先世神主とに及ぶを要す」はすなわちこの意である。いわゆる旁ら毀廟に及ぶとは、言う所は四親廟と二祧とを除くのほかさらに兼ねて已毀の廟の神主に及び、一幷に太廟に升入して合祭し、昭穆に依りて排序す。ゆえに『韓詩内傳』に「禘祭は已毀の廟の神主を取出して、全部を太廟に升入して合食せしむ」と言う。いわゆる下は功臣に及ぶとは、言う所は功臣が附従して祭を受くなり。『逸周書·大匡』に「勇にして上に在る者を危害するは、明堂に登りて祭を受くることを得ず」と言い、高堂隆は解釈して曰く「これは勇ありて義なきの人を指し、死して後に堂に登りて配食する能わず」と。ゆえに蔡邕は『礼記太学志』に依拠して「善人は明堂に於いて祭を受け、その中の爵位なき者は則ち太学に於いて祭を受く」と言う——これはまさに禘祭が下は功臣に及ぶの事を言うなり。

聖人居天子之位,謂如文言所云「飛龍在天,乃位乎天德」,有天德而居天位者也。說文曰:「董仲舒云:古之造文者三畫而連其中謂之王。三者,天地人也,而參通之者,王也。孔子曰:一貫三為王。」故云以一德貫三才。行配天之祭者謂上四大祭也。天道遠,故推人道以接天,禘禮之灌是也。以孫格祖,以祖格天,故天神降,地示出,人鬼格,即大司樂所云「若樂六變則天神皆降,八變則地示皆出,九變則人鬼可得而禮」是也。

いわゆる聖人は天子の位に居るとは、『乾·文言』の言う所の「飛竜天に在り、ここにおいて天徳に合乎るの位置に居る」がごときにして、すなわち天徳を具备してまた天位を占拠する人なり。『説文解字』に曰く「董仲舒に講ず、古人は字を造りて、三横にして一竖を以てその中を貫通するは、すなわち『王』字なり。三横は天・地・人を指し、能く三者を貫通するはすなわち王なり。孔子に曰く、一貫して三に通ずるはすなわち王なり」と。ゆえにこれを純一の徳を以て三才を貫通すと称す。いわゆる天に配するの祭を挙行するとは、上文の言う所の四种大祭を指す。天道は悠遠なれば、ゆえに人道に由りて推及して天と相接するを要し、禘礼の中の灌鬯の儀はすなわちこのがごとし。孫輩を用いて祖先を感格し、再び祖先を用いて上天を感格す。ゆえに天神は降臨し地祇は涌出し人鬼は来格す。すなわち『周礼·大司楽』の言う所の「楽は六変を奏すれば則ち天神はみな降臨し、八変すれば則ち地祇はみな涌出し、九変すれば則ち人鬼は礼に按じて祭を受くべし」なり。

夫然而陰陽和以下既濟之事也。民皆仁厚,故無鄙惡,緇衣所謂「禹立三年,百姓以仁遂焉」是也。六沴不作,故物無疵厲,鴻範五行傳所謂「五福乃降,用章於下」是也。群生咸遂,各盡其氣者,謂畢其壽命之氣也。

注文は「それ然れば陰陽は和す」以下、講ずる所はみな『既済』境界の中の事なり。百姓はみな仁厚なれば、ゆえに粗鄙凶悪の行なし——『礼記·緇衣』の言う所の「禹は位に即きて三年、百姓は仁徳に靠りて各々その生を遂ぐ」はすなわちこの意である。六种の沴気は発作せず。ゆえに万物は疵病災害なし——『洪範五行傳』の言う所の「ここにおいて五福は降下し、下民に彰顯す」はすなわちこの意である。いわゆる衆生は各々その生を遂げ各々その気を尽くすとは、言う所はみな能く天賦の寿命の気を享尽するなり。

諸福之物可致之祥無不畢至者,此皆董子對策文。諸福之物謂如鳳皇麒麟皆在郊棷,龜龍在宮沼之類是也。可致之祥謂如天降甘露,地出醴泉,山出器車,河出馬圖之類是也。既濟則各正性命保合太和,中庸曰:「致中和,天地位焉,萬物育焉。」言明堂之大道本於易,故云伏羲畫八卦以贊化育,其道如此也。

いわゆる一切の福物と招致すべきの祥瑞とは齊しく至らざるなしは、みな董仲舒の『天人三策』に出づ。福物とは鳳凰・麒麟が郊野草沢に棲息し、亀・竜が宮中池沼に出没する一類がごとし。招致すべきの祥瑞とは天は甘露を降し地は甜泉を涌し山中に自然成形の器物車輿が出現し黄河に竜馬が図を負いて出る一類がごとし。『既済』の境界に到れば、万物は便ち各々その性命を正しくし太和を保合す。『中庸』に「中和を極致に推せば、天地は便ち各々その位に安んじ、万物は便ち各々その生長に遂ぐ」と言う。これは明堂の大道が『易』に本源するを説明す。ゆえに注中に伏羲は八卦を画きて以て化育を賛助せり、その道理はまさにこのがごとしと言う。

○出生至廟也○出生,虞義也。廣雅曰:「生,出也。」此下言明堂之序首稱萬物出乎震者,明堂所以贊化育,月令記時候則及草木鳥獸蟲魚之類,故下屢言萬物也。震東方者,青陽太廟在東,故曰東方也。

注文「出は生なり」から「明堂太廟なり」に至る一段を疏証す:「出」を「生」と訓するは虞翻の義例にして、『広雅』に「生はすなわち出なり」と言う。以下は明堂の次序を叙述す。首めず「万物は震に出づ」と称するは、明堂はまさに用いて化育を賛助するなれば、『月令』は時令気候を記載すれば便ち草木鳥獣虫魚の一類に涉及するを要す。ゆえに下文は屢々万物に説き及ぶ。震の東方に在ると言うは、青陽太廟が東面に位置するを以て、ゆえに東方と称す。

以下八卦四正四維當明堂十二室,知者以鴻範五行傳云:「孟春之月御青陽左個,索祀於艮隅。仲春之月御青陽正室,索祀於震正。季春之月御青陽右個,索祀於巽隅。孟夏之月御明堂左個,索祀於巽隅。仲夏之月御明堂正室,索祀於離正。季夏之月御明堂右個,索祀於坤隅。」

以下八卦の四正四維は、まさに明堂の十二室に対応す。これを断定することを得るは、『洪範五行傳』に曰く「孟春の月は天子は青陽左個に居り、艮位の隅に於いて神を求めて祭る。仲春の月は青陽正室に居り、震位の正に於いて神を求めて祭る。季春の月は青陽右個に居り、巽位の隅に於いて神を求めて祭る。孟夏の月は明堂左個に居り、巽位の隅に於いて神を求めて祭る。仲夏の月は明堂正室に居り、離位の正に於いて神を求めて祭る。季夏の月は明堂右個に居り、坤位の隅に於いて神を求めて祭る」と言うを以てなり。

中央之極自崑崙中至太室之野,土王之日迎中氣於中室。孟秋之月御總章左個,索祀於坤隅。仲秋之月御總章正室,索祀於兌正。季秋之月御總章右個,索祀於乾隅。孟冬之月御玄堂左個,索祀於乾隅。仲冬之月御玄堂正室,索祀於坎正。季冬之月御玄堂右個,索祀於艮隅。隅,角也。高誘注淮南云「四角為維」,是四正四維當十二室之事也。今唯坤當太廟太室,其左明堂個,兌當總章太廟,其左總章個,為異耳。

『洪範五行傳』は引き続き曰く「中央の極位は崑崙の中より直ちに太室の野に至る。土德が王に当たるの日は中室に於いて中央の気を迎う。孟秋の月は天子は総章左個に居り、坤位の隅に於いて神を求めて祭る。仲秋の月は総章正室に居り、兌位の正に於いて神を求めて祭る。季秋の月は総章右個に居り、乾位の隅に於いて神を求めて祭る。孟冬の月は玄堂左個に居り、乾位の隅に於いて神を求めて祭る。仲冬の月は玄堂正室に居り、坎位の正に於いて神を求めて祭る。季冬の月は玄堂右個に居り、艮位の隅に於いて神を求めて祭る」と。「隅」はすなわち角にして、高誘の『淮南子』の注に「四角を維と呼ぶ」と言う——これすなわち四正四維が十二室に対応するの実証なり。ただこの注の配法に照らせば、坤の当たる所は太廟太室にして、その左は明堂の個を為し、兌の当たる所は総章太廟にして、その左は総章の個を為す——この両処は『五行傳』と稍有不同なるのみ。

○東南至絜齊○巽言東南者,巽之東,震也。其南,離也。故曰東青陽個,南明堂個也。巽陽藏室故絜齊,虞義也。陽伏巽初,故巽陽藏室。古人齊戒必於寢而後會於太廟。齊之言齊也,齊不齊以致齊者也。巽陽蔵室,神明之德在內,故繫上云「聖人以此齊戒以神明其德」。祭統亦云「專致其精明之德」,盡性以盡物性,故云萬物之絜齊也。

注文「東南者」から「故に絜斉」に至る一段を疏証す:巽の東南と称する所以は、巽の東辺は震にして南辺は離なるを以て、ゆえに東は青陽の偏室を取り、南は明堂の偏室を取ると言う。「巽の陽爻は室内に伏蔵す。ゆえに潔斉と言う」は虞翻の義例にして、陽は巽の初爻の下に伏す。ゆえに巽の陽は室に蔵すと言う。古人は斎戒すれば必ず先ず寝宮に在りて、然る後こそ太廟に至りて会合す。「斉」はすなわち斉整画一にして、斉整ならざるを斉整に整治して、従りて斎敬を達成す。巽の陽は室に蔵するは神明の徳が内に蘊含するなれば、『繫辭上』に「聖人はこれに由りて斎戒し、自己の徳性を神明ならしむ」と言い、『礼記·祭統』もまた「専一にその精明の徳を致す」と言う。自己の性を尽くして以て万物の性を尽くす。ゆえにこれを万物の潔斉と言う。

○離為至廟也○離為日為火,火日外景故明。離明照于四方,故日出照物,以日相見,故萬物皆相見,此上虞義也。離言南方者,明堂在南,故云明堂太廟也。○負斧至堂也○負斧扆南面立,周書明堂文。其文曰:「明堂之位,天子之位,負斧依南面立,群公卿士侍於左右。」是南面之事也。

注文「離は日を為し火を為す」から「明堂太廟なり」に至る一段を疏証す:離は日を為し火を為し、火と日との光明は外に発散す。ゆえに明を為す。離の光明は四方に普照す。ゆえに太陽出でて万物を照曜し、万物は日光に憑りて彼此見るべく、因りてみな相見えると言う——以上はみな虞翻の説法なり。離の南方と称する所以は、明堂が南面に在るを以て、ゆえに明堂太廟と言う。注文「斧扆を負きて南面して立つ」から「明堂を以て主と為すなり」に至る一段を疏証す:「斧扆を背対して南を面して立つ」は『逸周書·明堂』に出で、その文に曰く「明堂中の位次は、天子の位は斧形屏風を背対して南を面して立ち、衆公卿大臣は左右に侍立す」と。これすなわち「南面」の実事なり。

雲聽聽朔也者,周禮太宰云「正月之吉,始和布治於邦國都鄙,乃縣治象之法於象魏,使萬民觀治象,浹日而斂之」,干寶注云:「周正建子之月告朔日也。」此即玉藻之聽朔矣。案玉藻云「天子聽朔於南門之外」,謂明堂南門之外,天子受朔於南郊,還於明堂,告時帝配祖考,縣六象之法於象魏,退而居太廟及左右個,閏月居門。故周禮春官太史云「頒告朔於邦國,閏月詔王居門終月」,聽朔之禮當在冬官匠人職,冬官亡,故明堂之制不詳。

注中に「聴はすなわち聴朔なり」と言う:『周礼·天官·太宰』に「正月の初一日に始めて治典を邦国都鄙に宣布し、治象の法を象魏門闕の上に懸掛して、万民をして治象を観看せしめ、十日に満ちて収起す」と言い、干宝の注に曰く「これは周正建子の月の告朔の日なり」と。これすなわち『礼記·玉藻』の言う所の聴朔なり。『玉藻』を考えるに「天子は南門の外に於いて朔を聴く」と言い、指す所は明堂南門の外にして、天子は南郊に於いて暦朔を領受し、明堂に回りて、当令の帝に禀告し且つ祖考を以て配享し、六官の象法を象魏に懸け、然る後退居して太廟および左右偏室に居り、閏月に遇えば則ち門中に居る。ゆえに『周礼·春官·太史』に「邦国に告朔を頒布し、閏月は則ち王に詔令して門中に居りて月終に至らしむ」と言う。聴朔の礼の詳制はもと『冬官·匠人』に載るべし。冬官すでに亡佚せり。ゆえに明堂の制は詳考する由なし。

諸儒鄭玄等咸有異說,惟二戴馬宮孔牢賈逵盧植潁容許慎服虔蔡雍高誘諸儒知有此制,而蔡氏之說尤備,具於月令章句,今依用之。乾為治,虞義也。天子當陽,文四年春秋傳文,彼謂諸侯朝正於王,亦是明堂班朔之事。天子當陽,諸侯用命,所謂嚮明而治也。言八卦九宮之法,明堂太廟正值離位,故云蓋取諸此也。引蔡氏者,明堂月令論也。彼文引此傳為證,言人君四時所居之位莫正於明堂,故雖有青陽等五名而以明堂為主,因謂之明堂也。

鄭玄らの諸家はこれに対して各々不同の説法あり。ただ大戴・小戴・馬宮・孔牢・賈逵・盧植・潁容・許慎・服虔・蔡邕・高誘のこれら学者のみ確かにこの制あるを知り、而も蔡邕の講ずる所は尤も完備にして、みな『月令章句』の裏に載る。ゆえに今天は依従して采用す。乾を以て治と為すは虞翻の義例なり。「天子は陽に当たる」は文公四年の『左傳』の話にして、かそこに講ずる所は諸侯が王廷に至りて正月を朝賀するは、また明堂の暦朔を頒布するの事に属す。天子は陽に当たりて立ち、諸侯は命を聴きて行う——これすなわちいわゆる光明に朝向して政教を施行すなり。八卦九宮の法に就きて言えば、明堂太廟はまさに離位に当たる。ゆえに「ほぼここに取法す」と言う。引く所の蔡氏の説は『明堂月令論』に出で、あの文はまさに『説卦』のこの段の伝文を引いて証と為し、人君が四時に居る所の位置は明堂より端正なるはなしと言う。ゆえに青陽など五個の名称ありといえども、なお明堂を以て主と為し、因りて通じて明堂と称す。

○坤位至六天○乾鑿度曰「坤位在未」,參同契曰:「土王四季,羅絡始終,青黑赤白各居一方,皆稟中宮戊己之功。」未在西南,彖傳曰「西南得朋」,故用事於西南。青黑赤白皆稟中,中故居中央。白虎通謂「土王四季,居中央,不名時」也。明堂月令中央土當季夏,故用事於西南而居中央也。

注文「坤位は未にして四季に王す」から「圜丘の帝を合して六天を為す」に至る一段を疏証す:『乾鑿度』に「坤位は未に在り」と言い、『参同契』に曰く「土は四季を統王して、始終に包罗貫串す。青・黒・赤・白は各々一方に拠りて、みな中宮戊己の功用を禀受す」と。未は西南に在り、『坤』卦の彖伝に「西南は朋を得」と言う。ゆえにそれが権を当てて事を用うるは西南に在ると言う。青・黒・赤・白はみな中に禀受し、中に属するを以て、ゆえにまた中央に居る。『白虎通』に「土は四季を統王して、中央に居り、某時令に専属せず」と言う。『明堂月令』は中央の土を季夏に配す。ゆえにそれが権を当てて事を用うるは西南に在りて居処は中央に在ると言う。

坤西南卦,故西為總章個,南為明堂個。明堂月令中央土天子居太廟太室,故云中央太廟太室也。鴻範曰「土爰稼穡」,稼穡所以養人者,故萬物皆致養焉。僖十五年春秋傳曰「此一役也」,杜預訓役為事,坤為事,故曰役事也。

坤は西南方の卦なれば、ゆえに西面は総章の偏室を取り南面は明堂の偏室を取る。『明堂月令』は中央が土に属するを講ずる時に天子は太廟太室に居ると言う。ゆえに注中に中央太廟太室と言う。『洪範』に「土は稼穡を主る」と言い、稼穡は用いて人を養活するなり。ゆえに万物はみなここに於いて養育を得。僖公十五年の『左傳』に「此一役也」と言い、杜預は「役」を「事」と訓す。坤は事を為す。ゆえに「役事」と言う。

王者四時迎氣於郊,謂迎蒼帝赤帝白帝黑帝也。其黃帝則中央之帝,即周禮之方澤也。周禮大司樂以日夏至降神於方澤,故月令無中央迎氣之文。必知中央為太室者,鴻範五行傳曰:「中央之極,自崑崙中至太室之野,帝黃帝,神后土司之。」太室之野即中央之土,降神於方澤,迎之於太廟太室,故稱方澤為太室之野也。

君王は四季に郊外に於いて時気を迎えるは、指す所は蒼帝・赤帝・白帝・黒帝を迎うなり。至りて黄帝はすなわち中央の帝にして、その祭所はすなわち『周礼』の言う所の方沢なり。『周礼·大司楽』は夏至の日に方沢に於いて神を降す。ゆえに『月令』の裏に中央に気を迎うの条文なし。中央のすなわち太室なるを断定することを得る所以は、『洪範五行傳』に曰く「中央の極位は崑崙の中より直ちに太室の野に至る。それが帝は黄帝にして、それが神后土はそれを主管す」と言うを以てなり。太室の野はすなわち中央の土にして、方沢に於いて神を降し、而も太廟太室に於いてそれを迎う。ゆえに方沢を太室の野と称す。

繫上曰「大衍之數五十,其用四十有九」,京氏章句云:「其一不用者,天之主氣。」鄭注乾鑿度云:「太一,主氣之神。」太一即北辰,北辰即皇天大帝,與五帝為六,故明堂有六天,謂四郊中央合圜丘之帝為六天也。其神謂之六宗,覲禮謂之方明,即下傳「神也者妙萬物而為言」,月令其神勾芒等是也。

『繫辭上』に「大衍の数は五十にして、実際の用うる所は四十九」と言い、京房の『章句』に曰く「あの用いざるの一は天の主気なり」と。鄭玄の『乾鑿度』の注に曰く「太一とは気を主管するの神なり」と。太一はすなわち北辰にして、北辰はすなわち皇天大帝にして、五帝と合して六を為す。ゆえに明堂に六天あり、すなわち四郊の帝・中央の帝に再び圜丘の帝を合して共に六天を成す。この六天の神は「六宗」と称し、『儀礼·覲礼』はこれを「方明」と称す——すなわち下文の言う所の「いわゆる神とはそれが微妙に万物を运化するに就きて言を立つるなり」および『月令』の裏の句芒らの神なり。

周禮大宗伯以玉作六器以禮天地四方,以蒼璧禮天謂上帝也,以黃琮禮地謂中央帝也,以青圭禮東方蒼帝也,以赤璋禮南方赤帝也,以白琥禮西方白帝也,以玄璜禮北方黑帝也,皆有牲幣,各放其器之色,此六天也。其神謂之六宗,古文尚書虞夏書曰「禋於六宗」,伏生馬融云:「萬物非天不覆,非地不載,非春不生,非夏不長,非秋不收,非冬不藏,禋於六宗,此之謂也。」

『周礼·大宗伯』は玉を用いて六种の礼器を制成して以て天地四方を祭祀す。蒼璧を用いて天を礼するは上帝を指し、黄琮を用いて地を礼するは中央の帝を指し、青圭を用いて東方蒼帝を礼し、赤璋を用いて南方赤帝を礼し、白琥を用いて西方白帝を礼し、玄璜を用いて北方黒帝を礼す。各祭はみな牲牢幣帛ありて、顔色は分別に所用の玉器の色を仿照す——これすなわち六天なり。それらの神は六宗と称す。古文『尚書·虞夏書』に「精誠して六宗を祭祀す」と言い、伏生と馬融とは解釈して曰く「万物は天なくんば覆う所なく、地なくんば載する所なく、春なくんば生ぜず、夏なくんば長せず、秋なくんば収せず、冬なくんば蔵せず。いわゆる六宗を禋祭するとは言う所はまさにこれなり」と。

覲禮曰:「諸侯覲於天子,為宮方三百步,四門壇十有二尋,深四尺,加方明於其上。方明者,木也,方四尺,設六色,東方青,南方赤,西方白,北方黑,上玄下黃,設六玉。」與周禮同。方明者,放乎明堂之制也。

『儀礼·覲礼』に曰く「諸侯は天子に朝覲し、宮を築きて方円三百歩にして、四面に門を設け、壇は長十二尋・高四尺にして、壇上に方明を放置す。方明は木製にして、四尺見方にして、六种の顔色を塗飾す。東面は青、南面は赤、西面は白、北面は黒、上面は玄、下面は黄にして、幷せて六种の玉器を陳設す」と。設くる所の六玉は『周礼』の六器と相同じ。いわゆる方明とはすなわち明堂の制を仿照して設くるなり。

王者覲諸侯,或巡狩四嶽,則有方明,亦謂之明堂。荀子所謂「築明堂於塞外以朝諸侯」是也。塞外,境外。戰國時齊有泰山明堂,即方明也。周書「朝諸侯則於明堂」,儀禮「覲諸侯則設方明」,故虞禋六宗而覲四嶽群牧,周禮方明而覲公侯伯子男。六宗方明即明堂,六天之神,鄭氏謂天之司盟,非也。

君王が諸侯を朝見し、あるいは四岳を巡狩すれば、則ち方明を設置して、またこれを明堂と称す。『荀子』の言う所の「塞外に明堂を築きて以て諸侯を朝会す」はすなわちこの事にして、塞外は国境の外を指す。戦国の時、斉国に泰山明堂あり——あれはすなわち方明なり。『逸周書』は諸侯を朝見するは則ち明堂に於いてと講じ、『儀礼』は諸侯を朝覲するは則ち方明を陳設すと講ず。ゆえに虞舜は六宗を禋祭して四岳と衆牧とを朝覲し、『周礼』は方明を設けて公・侯・伯・子・男を朝覲す。六宗と方明とはすなわち明堂にして、祀る所はみな六天の神なり。鄭玄は六宗を上天の司盟の神と解す——対ならず。

其制詳於冬官,冬官亡而明堂之制不詳,禘禮亦廢。鄭氏知圜丘方澤之為禘而不知為明堂六帝,王肅又誤據春秋魯禘改禘為宗廟之祭,無配天之事,故魏明帝謂漢氏四百餘年廢無禘祀也。但禘禮行於明堂,明堂之法本於易,明堂之法亡而後之人遂不知以易贊化育矣。

これらの制度はもと詳細に『冬官』に載せるも、冬官は亡佚して、明堂の制は便ち詳考する由なく、禘礼もまた随いて廃弛す。鄭玄はただ圜丘・方沢の祭が禘に属するを知るのみ、而もそれがまさに明堂六帝の祭なるを知らず。王肅はまた誤りて『春秋』の記する所の魯国の禘に拠りて、禘を宗廟の祭に改成して、天に配するの内容を取消せり。ゆえに魏の明帝はこそ漢家四百余年は廃棄して禘祀なしと言う。実は禘礼は明堂に於いて挙行するにして、明堂の法は『易』に本源す。明堂の法すでに亡びれば、后人はここにおいて再び『易』を用いて天地の化育を賛助するを懂得せざるなり。

○兌主至言也○兌四正卦辰在酉,故正秋,於明堂為總章太廟也。兌為雨澤以下虞義也。兌為澤,坎象半見,故為雨澤。震為言,陽息震成兌,兌為口,言從口出,兌又為說,故說言也。○西北至薄也○言西北者,乾之西,兌也。其北,坎也。故曰西總章個,北玄堂個也。坤十月卦以下虞義也。薄,入也。乾位在亥,消息坤亦在亥,故十月卦乾消剝上入坤,故陰陽相入。陽言出,陰言入,不言陰陽相出入者,據乾入坤,故言入也。

注文「兌は酉を主る」から「故に言を説くなり」に至る一段を疏証す:兌は四正の卦にして、その辰は酉に在る。ゆえに正秋を為す。明堂に就きて言えば総章太廟なり。「兌は雨沢を為す」以下は虞翻の説法にして、兌は沢を為し、その中に坎象は一半を显露す。ゆえに雨沢を為す。震は言を為し、陽気生長して震をして兌と変成せしめ、兌は口を為し、言語は口より出で、兌はまた悦を為す。ゆえに「説言」と言う。注文「西北者」から「陰陽相薄るなり」に至る一段を疏証す:西北と言うは、乾の西辺は兌にして北辺は坎なるを以て、ゆえに総章の偏室と玄堂の偏室とを取ると言う。「坤は十月の卦」以下は虞翻の説法なり。「薄」は入なり。乾位は亥に在り、而も消息に按ずれば坤もまた亥月に当たる。ゆえに十月の卦は乾は消剥せられて上より坤に入る。因りて陰陽相入ると言う。陽は「出」と言い、陰は「入」と言う。ここに陰陽相出入と言わざるは、乾が坤に入るに就きて言を立つるなれば、ゆえにただ「入」と言うのみ。

○正北至藏也○坎位正北,故云正北方之卦,於明堂為玄堂太廟也。坎太玄準之以動,故云勞動。水性動而不舍,謂不舍晝夜也。鄭氏謂水性勞而不倦,義亦同也。歸藏,虞義也。月令言天地閉藏,故云歸藏也。○東北至成終○艮之東,震也,故曰青陽個。其北,坎也,故曰元堂個也。坎者萬物之所歸,故曰成終。萬物出乎震,故曰成始也。

注文「正北方者」から「帰は蔵なり」に至る一段を疏証す:坎位は正北に在る。ゆえにこれを正北方の卦と言い、明堂に就きて言えば玄堂太廟なり。『太玄』は「動」の首を用いて坎卦に比配す。ゆえに「労」は運動と言う。水の本性は流動して停まず——すなわち『論語』の言う所の昼夜に舎かざるなり。鄭玄は水性は労苦して倦怠を知らずと解す——意思もまた相同じ。「帰」を「蔵」と訓するは虞翻の義例にして、『月令』は冬季に天地閉蔵すと講ず。ゆえに帰蔵と言う。注文「東北者」から「故に終を成すと曰う」に至る一段を疏証す:艮の東辺は震なり。ゆえに青陽の偏室と言う。艮の北辺は坎なり。ゆえに玄堂の偏室と言う。坎は万物の帰蔵する所の処なり。ゆえに「終を成す」と言う。万物は震より生出す。ゆえに「始を成す」と言う。

○神謂至為言○神謂易,虞義也。繫上曰「非天下之至神,其孰能與於此」,虞注云:「至神謂易,隱初入微。」太玄曰:「生神莫先乎一。」呂氏春秋曰:「知精則知神,知神之謂得一。」凡彼萬形得一後成,下雲既成萬物,乃神之所為,故云即一也。荀悅申鑑曰:「理微謂之妙。」字亦作眇,曹大家注幽通賦云:「眇,微也。」眇妙同物耳。呂氏春秋曰「妙而難見」,荀子曰「精微而無形」,則微妙亦同義耳。

注文「神は易を謂い、すなわち一なり」から「故に万物を妙して言を為す」に至る一段を疏証す:「神」を以て『易』と為すは虞翻の義例なり。『繫辭上』に「若し天下の最も神妙なるに非ざれば、誰か能くこの地步に参与せん」と言い、虞翻の注に曰く「至神とは『易』を指し、それは初爻に隠蔵して幽微に深入す」と。『太玄』に「神を生出するは『一』より先なるはなし」と言う。『呂氏春秋』に「精を懂得すれば則ち神を懂得し、神を懂得すれば則ち一を得と呼ぶ」と言う。およそ万種の形体はみな「一」を得て後に成就す。下文に「すでに万物を成せり」と言うはまさに神の作為なり。ゆえに「神」はすなわち「一」と言う。荀悦の『申鑑』に「条理精微なるを妙と呼ぶ」と言い、この字はまた「眇」と写作し、曹大家の『幽通賦』の注に「眇はすなわち微なり」と言う——眇と妙とはもと是一回事なり。『呂氏春秋』に「妙にして見ること難し」と言い、『荀子』に「精微にして形跡なし」と言う。見るに微と妙ともまた同義なり。

聖王飭明堂,大戴禮盛德文,彼文為飾,飾,古文飭。其言曰:「聖王之盛德,人民不疾,六畜不疫,五穀不災,諸侯無兵而正,小民無形而治,蠻夷懷服。明堂者,古有之,凡九室,一室有四戶八牖,以茅蓋,上圓下方,外水曰辟雍,赤綴戶,白綴牖,堂高三尺,東西九仞,南北七筵,其宮方三百步。」

「聖王は明堂を飭る」は『大戴礼記·盛德』に出で、かそこの原文は「飾」と作り、「飾」は古文の「飭」字なり。あの篇に曰く「聖王の盛德の至る所は、人民は疾病を生ぜず、六畜は瘟疫に遭わず、五穀は災害を受けず、諸侯は干戈を動かさずして自ら正に帰し、小民は刑罰を用いずして自ら治に趨り、蛮夷は心に帰服を懐く。明堂は古より已に之有りて、共に九室ありて、毎室に四門八窓ありて、茅草を用いて頂を覆い、上部は円にして下部は方にして、外面の環繞する水を辟雍と呼ぶ。門は紅色を飾り、窓は白色を飾る。堂高は三尺にして、東西の寛は九仞にして、南北の長は七筵にして、整座の宮院は方円三百歩なり」と。

凡人民疾,六畜疫,五穀災,生於天道不順,天道不順生於明堂不飾,故有天災則飾明堂是也。以一偶萬,太玄文。董子對策曰:「一者,萬物之所從始也。故為人君者正心以正朝廷,正朝廷以正百官,正百官以正萬民,正萬民以正四方。」

「およそ人民が病を生じ、六畜が疫に遭い、五穀が災を受くるは、みな天道の順ならざるに縁し、天道の順ならざるは、また明堂の修を失するに縁す。ゆえに天災あるに遇えば則ち明堂を整飭するを要す」——まさにこの意思なり。「一を以て万に偶す」は『太玄』に出づ。董仲舒の『天人三策』に曰く「『一』とは万物の従りて始まる所なり。ゆえに人君を作す者は、先ず自己の心を端正して以て朝廷を端正し、朝廷を端正して以て百官を端正し、百官を端正して以て万民を端正し、万民を端正して以て四方を端正す」と。

所謂以一偶萬,即《論語》「吾道一以貫之」之義也。「明者以為法,微者以是行」,《越語》文。范蠡曰:「天道皇皇,日月以為常,明者以為法,微者以是行。」聖人建明堂取諸《離》,離者,明也。《大戴·盛德》曰:「明堂天法。」故「明者以為法」,上文所陳是也。

ここに言う所の「一を以て万に偶す」は、すなわち『論語』の裏に孔子の講じたる「我が道は一を以てこれを貫く」の道理なり。「明なる者は以て法と為し、微なる者は是を以て行う」の両句は『国語·越語』に出づ。范蠡は曾て言えり「天道は広大にして窮まりなく、日月の運行はそれが恒常の法式なり。顕明の一面は人の取法に供し、幽微の一面は則ち黙々として運行す」と。聖人は明堂を営建して、『離』卦に取象す——「離」はすなわち光明なり。『大戴礼記·盛德』は明堂は上天を效法して立てたる制度と説明す。ゆえに「顕明の一面は人の取法に供す」と言い、前文の陳述する所はまさにこの一层なり。

微謂獨行時,若日月之晦夕朔旦也。荀子曰:「執一如天地,行微如日月。」日月之行,人所不見,似乎細微,無怠止之時,猶至誠之無息,故「微者以是行」。「不見其事而見其功」,荀子文。《中庸》曰:「不見而章,不動而變,無為而成。」不見、不動、無為,不見其事也;章、變、動者,見其功也。荀子謂之神,故云「妙萬物而為言」也。

「微」の指す所は独自に運行するの時にして、日月が晦日の傍晚・朔日の清晨に悄然として推移するがごとし。『荀子』に曰く「持守専一は天地のごとくし、運行幽微は日月のごとし」と。日月の運行は人の肉眼は見ず、細微にして察し難きがごとく見ゆれど、而も一刻の懈怠停歇なし——まさに至誠の道が永く間断せざるがごとし。ゆえに「幽微の一面はこうして運行し往く」と言う。「その事を見ずしてその功を見る」の一句もまた『荀子』に出づ。『中庸』に曰く「顕現せずして自然に彰明し、挙動せずして自然に変化し、作為せずして自然に成就す」と。顕現せず・挙動せず・作為せずはすなわち「その事を見ず」にして、彰明・変化・挙動の結果はすなわち「その功を見る」なり。荀子はこの種の境界を「神」と称す。ゆえに『説卦傳』に「神とはそれが微妙に万物に作用するを形容するなり」と言う。

○四時至成物○承上明堂大法而言。六子循四時之序而效職,所謂「明者以為法」也。水火雷風山澤,一陰一陽合而成物,所謂「微者以是行」也。

以下は経文「四時」から「物を成す」に至る一段を疏解す。これは上文の明堂が天道を效法するの意思を承接して講ずるなり。震・巽・坎・離・艮・兌の六個の子卦は四時の次第に依りて各々その職を司る——これすなわちいわゆる「顕明の一面は人の取法に供す」なり。水・火・雷・風・山・沢は一陰一陽交合して万物を生成す——これすなわちいわゆる「幽微の一面は黙々として運行す」なり。

○變化至所為○乾變坤化,故「變化」謂乾坤。乾道變化,各正性命,成既濟定,故既成萬物,此虞義也。四時分而效職,六子合而成物,皆是乾變坤化之事。一陰一陽,變化不測。子曰:「知變化之道者,其知神之所為。」故不言乾坤而言變化者,以見神之所為也。此言既濟之功。既濟之功始於一,造於微,成於變化,所謂大道也。

以下は経文「変化」から「所為」に至る一段を疏解す。乾は変を主り坤は化を主る。ゆえに経文の裏の「変化」の二字は実に乾坤両卦を指す。『乾卦·彖傳』に「乾道変化して各々その性命を正す」と言い、六爻は各々その正位に帰して『既済』の定局を成す。ゆえに万物すでに生成せりと言う——これは虞翻の解釈なり。四時は分列して各々その職を效し、六子は交合して万物を生成す——みな乾変坤化の事に属す。一陰一陽は往復推移して、変化は定准なし。孔子に曰く「変化の道を懂得する者は、ほぼ則ち神の作為を懂得するか」と。ゆえに経文は直に乾坤と言わずして「変化」と言う——まさにこれを借りて神の作為を顕出せんと要するなり。この一段の講ずる所は『既済』の功なり。『既済』の功は「一」に發端し、幽微に醸醞し、変化に於いて完成す——これすなわちいわゆる大道なり。

《孔子三朝記》曰:孔子曰:「所謂聖人者,知通乎大道,應變而不窮,能測萬物之情性者也。大道者,所以變化而凝成萬物者也。情性也者,所以理然否取舍者也。故其事大配乎天地,參乎日月,雜於風雲,總要萬物,穆穆純純,其莫之能循,若天之司,莫之能職,百姓淡然不知其善,是其事也。」易之微言盡於是矣。以下皆後師所益也。

『孔子三朝記』は孔子の話を記載して曰く、いわゆる聖人とは大道に通暁し、変化に应付して窮尽に至らず、能く万物の情性を測知する人なり。大道とは万物をして変化凝聚して形を成せしむるの拠据にして、情性とは是非を判断し取捨を決定するの拠据なり。ゆえに聖人の事業は博大にして以て天地に配し、日月と並列し、風雲の間に参錯し、万物の枢要を総攬す。深遠純粋にしてその蹤跡に追随し得る人なし、上天が一切を主宰するがごとくしてその職任を分担し得る人なし、百姓は安然としてその恩沢を承受して而もどこが善きかを知らず——これすなわち聖人の事業なり。『周易』の微言大義はここに至りてすでに講じ尽くせり。下文「乾は健なり」以下はみな孔子の後の伝経諸師の増補する所の文字なり。

乾健也,坤順也,震動也,巽入也,坎陷也,離麗也,艮止也,兌說也。注:自此而下皆《易》後師所益。此訓《彖傳》神明之德也。

『説卦傳』の経文に曰く、乾の性情は剛健にして、坤の性情は柔順にして、震は震動にして、巽は潜入にして、坎は陥落にして、離は附麗にして、艮は静止にして、兌は喜悦なりと。恵棟の自注に曰く、この一句より往下はみな孔子以後に『易』を伝うる諸師の増補する所の文字にして、この一節は『彖傳』の裏の「神明の徳」の一語の包含する所の八卦品性を解釈するに在るなりと。

乾為首,坤為腹,震為足,巽為股,坎為耳,離為目,艮為手,兌為口。注:訓「近取諸身」。外傳曰:「平八索以成人。」故春秋時或名《易》為「八索」。

『説卦傳』の経文に曰く、乾は頭を象徴し、坤は腹を象徴し、震は足を象徴し、巽は大腿を象徴し、坎は耳を象徴し、離は眼を象徴し、艮は手を象徴し、兌は口を象徴すと。恵棟の自注に曰く、この一節は『繫辭』の「近くはそれらを身に取る」の一語を解釈するなり。『国語』(旧称は『春秋外伝』)に「八索を平らげて以て人を成す」の説法あり。ゆえに春秋の時候に人ありて『周易』を「八索」と呼べりと。

乾為馬,坤為牛,震為龍,巽為雞,坎為豕,離為雉,艮為狗,兌為羊。注:訓「遠取諸物」。王弼本誤刋「乾為首」上,今從古。

『説卦傳』の経文に曰く、乾は馬を象徴し、坤は牛を象徴し、震は竜を象徴し、巽は鶏を象徴し、坎は猪を象徴し、離は野鸡を象徴し、艮は狗を象徴し、兌は羊を象徴すと。恵棟の自注に曰く、この一節は『繫辭』の「遠くはそれらを物に取る」の一語を解釈するなり。王弼の通行本はそれを誤りて「乾は首を為す」のあの一節の前に刻せり。今は古本の次序に依りて改正して回帰せりと。

乾,天也,故稱乎父;坤,地也,故稱乎母;震一索而得男,故謂之長男;巽一索而得女,故謂之長女;坎再索而得男,故謂之中男;離再索而得女,故謂之中女;艮三索而得男,故謂之少男;兌三索而得女,故謂之少女。注:訓「乾道成男,坤道成女」及《易》逆數之義。索,數也。

『説卦伝』の経文に曰く、乾は天なり。ゆえに父と称す。坤は地なり。ゆえに母と称す。震は初次求索して陽爻を得。ゆえに長男と呼ぶ。巽は初次求索して陰爻を得。ゆえに長女と呼ぶ。坎は第二次求索して男を得。ゆえに中男と呼ぶ。離は第二次求索して女を得。ゆえに中女と呼ぶ。艮は第三次求索して男を得。ゆえに少男と呼ぶ。兌は第三次求索して女を得。ゆえに少女と呼ぶと。恵棟の自注に曰く、この一節は『繫辭』の「乾道は男を成し、坤道は女を成す」および『説卦』の「易は逆数なり」の両層の意思を解釈するなり。「索」はここに当に「数」字と講ずべく、すなわち下より上に向かいて爻の次第を数るなりと。

乾為天,為圜,為君,為父,為玉,為金,為寒,為冰,為大赤,為良馬,為老馬,為瘠馬,為駁馬,為木果。坤為地,為母,為布,為釜,為吝嗇,為旬,為子母牛,為大●,為文,為眾,為柄,其於地也為黑。

『説卦傳』は乾卦の取る所の物象を列挙す:天・円形・君主・父親・玉・金・寒気・氷・大紅色・良馬・老馬・瘦馬・毛色斑駁の馬・樹上の果実。坤卦の取る所の物象:大地・母親・布帛・鍋釜・吝惜・十日の数・母子相随の牛・大車(底本の此の字は残阙して「●」と作り、通行本は「輿」と作る)・文采・衆多・根柄。土地の顔色に就きて言えば則ち黒色なり。

震為雷,為駹,為玄黃,為專,為大塗,為長子,為決躁,為蒼筤竹,為萑葦,其於馬也為善鳴,為馵足,為作足,為的顙,其於稼也為反生,其究為健,為蕃鮮。巽為木,為風,為長女,為繩直,為工,為白,為長,為高,為進退,為不果,為臭,其於人也為宣髮,為廣顙,為多白眼,為近利市三倍,其究為躁卦。

震卦の取る所の物象:雷・青黒雑色・天玄地黄の相間の色・舒布・大路・長子・決断急躁・青嫩の竹子・蘆葦。馬に就きて言えば、善く嘶鳴する馬・後左蹄の雪白の馬・足を挙げて高く擡く馬・額上に白斑ある馬。莊稼に就きて言えば、殻を帯びて倒生する豆類。推究して極処に至れば則ち剛健と変じ、繁盛鮮明と変ず。巽卦の取る所の物象:木・風・長女・繩墨の筆直・工匠・白色・長・高・進退不定・猶疑不決・気味。人に就きて言えば、頭髪稀白・額頭寛広・眼白偏多。また象徴する所は売買を作して三倍の利を得ること能くす。推究して極処に至れば則ち躁動の卦と変成す。

坎為水,為溝瀆,為隱伏,為矯揉,為弓輪,其於人也為加憂,為心病,為耳痛,為血卦,為赤,其於馬也為美脊,為極心,為下首,為薄蹄,為曳,其於輿也為多眚,為通,為月,為盜,其於木也為堅多心。離為火,為日,為電,為中女,為甲冑,為戈兵,其於人也為大腹,為乾卦,為鱉,為蟹,為蠃,為蚌,為龜,其於木也為折上槀。

坎卦の取る所の物象:水・溝渠・隠蔵潜伏・弯なるを直にし直なるを弯にす・弓と車輪。人に就きて言えば、憂慮加重・心口疼痛・耳朵疼痛。坎はまた血を主る卦にして、赤色なり。馬に就きて言えば、脊背健美の馬・心力剛強の馬・頭を低くする馬・蹄薄の馬・腿を拖いて走る馬。車に就きて言えば、屢々毛病を出す。また象徴する所は通達・月亮・盗賊。樹木に就きて言えば、堅実にして髓心多きの木。離卦の取る所の物象:火・太陽・閃電・中女・鎧甲頭盔・戈矛兵器。人に就きて言えば、大肚子。離はまた乾燥の卦にして、鱉・蟹・螺・蚌・亀。樹木に就きて言えば、中段が折斷して上端は枯槁す。

艮為山,為徑路,為小石,為門闕,為果蓏,為閽寺,為指,為拘,為鼠,為黔喙之屬,其於木也為多節。兌為澤,為少女,為巫,為口舌,為毀折,為附決,其於地也為剛滷,為妾,為羔。

艮卦の取る所の物象:山・小路・小石頭・門楼闕台・樹上の果と蔓上の瓜・門を守る閽人と内廷の寺人・手指・拘執・老鼠・黒嘴の猛獣の一類。樹木に就きて言えば、枝節多きの木。兌卦の取る所の物象:沼沢・少女・巫祝・口舌言語・毀壊折断・依附して後に决裂。土地に就きて言えば、堅硬の塩鹹地。また象徴する所は侍妾・女奴。

注:訓二篇卦爻之象。九家乾後有四:為龍,為直,為衣,為言。坤後有八:為牝,為迷,為方,為囊,為裳,為黃,為帛,為漿。震後有三:為王,為鵠,為鼓。巽後有二:為楊,為鸛。坎後有八:為宮,為律,為可,為楝,為叢棘,為狐,為蒺藜,為桎梏。離後有一:為牝牛。艮後有三:為鼻,為虎,為狐。兌後有二:為常,為輔頰。虞氏逸象又備焉。《易》者象也,其是之謂與。

恵棟の自注に曰く、上面のこの一大段は『易』の上下二篇の六十四卦・三百八十四爻の取象を解釈するなり。荀爽ら九家の『易』本は乾卦の後に四象を多出す:竜・直・衣・言。坤卦の後に八象を多出す:雌・迷・方・口袋・下裳・黄・帛・漿。震卦の後に三象を多出す:王・天鵝・鼓。巽卦の後に両象を多出す:楊樹・鸛鳥。坎卦の後に八象を多出す:宮室・楽律・河・楝・叢生の荆棘・狐狸・蒺藜・脚鐐手銬。離卦の後に一象を多出す:母牛。艮卦の後に三象を多出す:鼻・虎・狐狸。兌卦の後に両象を多出す:常・面頰。虞翻の家伝の逸象はこれよりさらに完備なり。『繫辭』に「『易』はすなわち象なり」と言うは、講ずる所はほぼまさにこれなるかと。

疏:自此至「德也」。○《說卦》先說蓍數卦爻重卦之義,二篇之次,及消息六子,以明《易》之為逆數,然後敘明堂之法而終之以《既濟》。聖人作《易》以贊化育,其義已盡,故自「乾健也」已下皆後師所益。後師者,七十子之徒是也。

以下は恵棟の作る所の疏にして、疏する所の範囲はここより起こりて「徳也」に至りて止む。『説卦傳』は前面に先ず蓍策の数・卦爻の義と重卦の理とを講じ、再び上下二篇の次第および十二消息卦と六子卦とを講じ、用いて『周易』が「逆数」なるを説明す——下より上・微より著に向かいて数を推す。然る後明堂の制度を叙述し、最後に『既済』卦に帰結す。聖人が『易』を作すは以て天地の化育を辅助せんが為にして、ここに講じて意思はすでに完足す。ゆえに「乾は健なり」以下はみな後世の伝経の師の増補せるなり。いわゆる「後師」とは指す所の孔子七十弟子のあの一輩の人なり。

必知非孔子所作者,「乾健也」已下或訓《彖傳》,或訓《繫辭》,或訓上下篇卦爻之象,皆為訓詁之體。且上陳大道,下廁義訓,其文不次。又如《歸藏易》亦云:「乾為天,為君,為父,為天赤,為闢,為卿,為馬,為禾,為血卦」之類,亦是訓卦爻之象,與此略同,故知非孔子作也。

これらの文字を孔子の親筆に非ずと断定するの理由は在りて曰く:「乾は健なり」以下は、或るは『彖傳』を解釈し、或るは『繫辭』を解釈し、或るは上下二篇の卦爻の取象を解釈し、通篇はみな訓詁体裁なり。而且上文の陳する所は天人大道にして、下面に緊接して字義訓釋を夾入す——文気は前後相銜接せず。再び『帰蔵易』の裏にもまた「乾は天を為し、君を為し、父を為し、天赤を為し、辟を為し、卿を為し、馬を為し、禾を為し、血卦を為す」のこの一類の説法ありて、同様に卦爻の象を訓釋して『説卦』のこれら几節と大体相同じ。これに由りて孔子の作る所に非ざるを知るべし。

云「訓《彖傳》八卦之德」者,《泰·彖傳》曰「內健而外順」,健順是乾坤也;《屯》傳「動乎險中」,動是震也;《需》傳「剛健而不陷」,陷是坎也;《離》傳「重明以麗乎正」,「柔麗乎中正」,《晉》傳「順而麗乎大明」,麗是離也;《蒙》傳「險而止」,止是艮也;《履》傳「說而應乎乾」,說是兌也。

注文はこの一節を「『彖傳』の講ずる所の八卦の徳を解釈す」と言う——証拠は在りて曰く、『泰卦·彖傳』に「内は健にして外は順なり」と言い、「健」「順」はまさに乾と坤とに当たる。『屯卦·彖傳』に「険中に動く」と言い、「動」はまさに震に当たる。『需卦·彖傳』に「剛健にして陥らず」と言い、「陥」はまさに坎に当たる。『離卦·彖伝』に「明を重ねて以て正に麗る」「柔は中正に麗る」と言い、『晋卦·彖伝』に「順にして大明に麗る」と言い、「麗」はまさに離に当たる。『蒙卦·彖伝』に「険にして止まる」と言い、「止」はまさに艮に当たる。『履卦·彖伝』に「説きて乾に応ず」と言い、「説」はまさに兌に当たる。八卦の徳は『彖傳』の裏に句句みな着落あり。

獨巽卦之義,《彖傳》不易其文,其訓「入」者唯見於《序卦》,則巽有入義,故不云「巽,巽也」。坎或訓險,離或訓明,《易》含萬象,言豈一端。其所訓之義,則虞注云:精剛自勝,動行不休,故健;純柔承天時行,故順;動者,陽出動行;入者,乾初入陰;陷者,陽陷陰中;麗者,日麗;乾剛陽位在上,故止;震為大笑,陽息震成兌,震言出口,故說也。

ただ巽卦のこの一項のみ、『彖傳』は別の字を換えてこれを解せず。「巽」を「入」と訓作するはただ『序卦傳』にのみ見る。見るに巽はもとより「入」の意思を有す。ゆえに『説卦』は「巽は巽なり」と写作せず。坎は或る時「険」と訓作し、離は或る時「明」と訓作す——『周易』は万象を含摂して、取義はもとより一端に止まらず。至りてこの八句の各々の義理は、虞翻の注解に曰く、精純剛強にして能く自ら勝り、運行して息まず。ゆえに「健」と呼ぶ。純に柔順にして、上天を承奉して時に按じて行う。ゆえに「順」と呼ぶ。いわゆる「動」とは陽気出でて運行するなり。いわゆる「入」とは乾の初爻が陰中に潜入するなり。いわゆる「陥」とは陽が両陰の間に陥るなり。いわゆる「麗」とは太陽が天に附着するなり。乾の剛爻は上位に居る。ゆえに「止」と呼ぶ。震は大笑の象あり、陽気増長して震をして兌と変成せしめ、震はまた口を開きて言を出すを主る。ゆえに「説」と呼ぶ。

○訓近至八索○《繫下》云:「庖犧氏近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦。」「乾為首」已下皆近取諸身也。故《乾鑿度》孔子曰:「八卦之序成立,則五氣變形,故人生而應八卦之體,得五氣以為五常」是也。

以下は注文「近くはそれらを身に取るを訓ず」から「八索」に至る一段を疏解す。『繫辭下』に曰く、伏羲氏は近くは人身に象を取り、遠くは万物に象を取り、ここにおいて始めて八卦を画出せり。「乾は首を為す」以下のこの一串はみな「近くはそれらを身に取る」に属す。ゆえに『易緯乾鑿度』は孔子の話を記して曰く、八卦の次序は一たび確立すれば、五行の気は便ち随いて变现して形を成す。因りて人は一たび生下すれば則ち八卦の体と相応し、五気を禀受して仁義礼智信の五常の徳と為る——講ずる所はまさにこの道理なり。

《周書·武順》曰「元首」,曰「末首」,謂上也。乾陽唱,故乾上為首。腹謂四也,坤為富,《釋名》曰:「腹,富也,其中多品似富者也。」足謂初也,震在下能動,故為足。股謂二也,下開似股。耳謂五也,《鴻範》坎北方屬聽,故為耳。目亦謂五也,《鴻範》南方屬視,故為目。《淮南·精神》曰:「耳目者,日月也。」離日坎月,離目坎耳,故云「耳目者日月也」。手謂三也,艮為拘,以手拘物,故為手。口謂上也,鄭云上開似口。

『逸周書·武順』の裏に「元首」「末首」の説法あり。「首」の指す所は上爻なり。乾は陽に属して倡導の位に居る。ゆえに乾の上爻は象を取りて頭と為す。腹は第四爻を指し、坤に富厚の義あり、『釋名』に「腹はすなわち富にして、腹中の容納する所の品類は衆多にして、富有の様子のごとし」と言う。足は初爻を指し、震は下に居りて能く動く。ゆえに象を取りて足と為す。股は第二爻を指し、両腿は下より分かれて、その形は股に似る。耳は第五爻を指し、『尚書·洪範』は坎を以て北方に属して聴覚を主る。ゆえに象を取りて耳と為す。目もまた第五爻を指し、『洪範』は南方を以て視覚に属す。ゆえに象を取りて目と為す。『淮南子·精神訓』に「耳目とはすなわち人身上の日月なり」と言い、離は日を為し坎は月を為し、離は象を取りて目と為し坎は象を取りて耳と為す。ゆえにこの句あり。手は第三爻を指し、艮に拘執の義あり、人は手を用いて外物を拘持す。ゆえに象を取りて手と為す。口は上爻を指し、鄭玄に上爻は向上に張開して形状は口に象ると言う。

外傳者,《鄭語》文。韋昭云:「八索謂八體,以應八卦。」昭十二年《春秋傳》曰:「左史倚相能讀《三墳》《五典》《八索》《九丘》。」馬融注云:「八索,八卦。」是當時名《易》為「八索」也。

注文の言う所の「外伝」は『国語·鄭語』を指す。韋昭の注解に曰く「八索」とはすなわち八体にして、用いて八卦に対応す。『左傳』の昭公十二年の記載に、楚国の左史倚相は能く『三墳』『五典』『八索』『九丘』のこれら几部の古書を読む。馬融の注解に曰く「八索」とはすなわち八卦なり。見るに春秋の時に確かに人ありて『周易』を「八索」と称せり。

○訓遠至從古○《鴻範五行傳》曰:「王之不極,時則有馬禍。」鄭彼注云:「天行健,馬,畜之疾行者也,屬王極。」乾為王,馬屬王極,故為馬。又曰:「思之不容,時則有牛禍。」鄭注云:「牛,畜之任重者也,屬皇極。」坤為土,思心曰土,牛屬皇極,故坤為牛。

以下は注文「遠くはそれらを物に取るを訓ず」から「今は古に従う」に至る一段を疏解す。『洪範五行傳』に曰く、君王は至中の道を建立する能わざれば、あの時便ち馬の災異を出現せん。鄭玄はこの一句に注して曰く、天の運行は剛健にして息まず、馬は牲畜の中の跑る最も速きにして、ゆえに「王極」の一類に帰属す。乾は王を象徴し、馬はまた王極に帰属す。ゆえに乾は象を取りて馬と為す。『洪範五行傳』はまた曰く、思慮は寛容する能わざれば、あの時便ち牛の災異を出現せん。鄭玄の注に曰く、牛は牲畜の中の能く重を負うにして、「皇極」の一類に帰属す。坤は五行に土に属し、『洪範』は「思心」を以て土に配し、牛はまた皇極に帰属す。ゆえに坤は象を取りて牛と為す。

震為龍者,震初九也。《鴻範五行傳》曰:「王之不極,時則有龍虵之。」鄭注云:「龍蟲之生於淵,行於無形,遊於天者屬天。」乾為龍,乾息自初,初九「潛龍勿用」,乾初即震初,故震為龍。一曰震東方歲星木,木為青龍,故為龍也。

震は象を取りて竜と為すは、取る所は震卦の初九の一爻なり。『洪範五行傳』に曰く、君王は至中の道を建立する能わざれば、あの時便ち竜蛇の一類の怪異を出現せん(底本の此の句末は一字を脱す)。鄭玄の注に曰く、竜のこの生物は深淵に生じ、行動する時は形跡を見ず、能く天上に游ぶ。ゆえに天に帰属す。乾は象を取りて竜と為し、乾の陽気は初爻より生長を開始し、乾の初九爻辞はまさに「潜竜勿用」なり。乾の初爻はすなわち震の初爻なり。ゆえに震は象を取りて竜と為す。另一种の説は曰く、震は東方に居り、歳星に配して木に属し、木は四象の中に青竜を為す。ゆえに象を取りて竜と為す。

巽為雞者,巽為木,《五行傳》雞屬木。九家據《易》生人曰:「巽應八風也,風應節而變,變不失時,雞時至而鳴,與風相應也。二九十八,主風,精為雞,故雞十八日剖而成雛。」二九順陽曆,故雞知時而鳴也。

巽は象を取りて鶏と為すは、巽が木に属するを以て、『洪範五行傳』は鶏を木類に帰入す。九家の『易』は『易』の講ずる所の人を生ずるの理に依拠して曰く、巽卦は八方の風に対応し、風は節気に随いて変化し、変化は従来時を失わず。鶏は時に到れば則ち叫び、まさに風の節に応ずると相合す。二乗じて九は十八を得、十八日は風を主り、風の精気は化成して鶏を為す。ゆえに鶏は十八日を孵して殻を破りて雛を成す。二九の数は陽暦に順りて推算す。ゆえに鶏は能く時を知りて鳴く。

坎為豕者,坎為耳主聽。《五行傳》曰:「聽之不聰,時則有豕禍。」鄭注云:「豕,畜之居閒衛而聽者也,屬聽。」九家曰:「豕汙辱卑下也。六九五十四,主時,精為豕,豕懷胎四月而生,宣時理節,是其義也。」

坎は象を取りて猪と為すは、坎が耳を象徴して聴覚を主管するを以てなり。『洪範五行傳』に曰く、聴覚は聡敏ならざれば、あの時便ち猪の災異を出現せん。鄭玄の注に曰く、猪は圈欄の中に静処して善く声を聴くの牲畜なれば、ゆえに聴覚の一類に帰属す。九家の『易』に曰く、猪性は汚濁卑下にして、坎が下に居るの象と相合す。六乗じて九は五十四を得、五十四は時令を主り、その精気は化成して猪を為し、猪は四個月を懐胎して子を産み、能く時令を宣布し節候を調理す——取る所はまさにこの層の意思なり。

離為雉者,劉向《五行傳說》曰:《書序》高宗祭成湯,有蜚雉登鼎耳而雊。雉雊鳴者以赤色為主,於《易》離為雉,雉南方近赤祥也。劉歆《視傳》以為羽蟲之。又離為文明,雉有文章,故離為雉。

離は象を取りて野鸡と為す。劉向の『洪範五行傳説』に講ず、『尚書』の序は殷高宗が成湯を祭祀する時に、飛来する野鸡ありて鼎耳に登りて鳴叫せしを記載す。野鸡の鳴叫のこの一類の征兆は赤色を以て主と為し、『周易』の裏に離は象を取りて野鸡と為し、野鸡は南方に属して、赤色の祥異に接近す。劉歆の『視傳』は則ちそれを羽虫の一類の災異に帰入す(底本の此の句末は一字を脱す)。再び離に文明の義あり、野鸡の羽毛は文彩あり。ゆえに離は象を取りて野鸡と為す。

艮為狗者,鄭氏云:「艮卦在丑,艮為止,以能吠守止人則屬艮。」九家云:「艮數三,七九六十三,三主斗,斗為犬,故犬懷胎三月而生。斗運行十三時日出,故犬十三日而開目。斗屈,故犬臥屈也。斗運行四帀,犬亦夜繞室也。犬之精畏水不敢飲,但舌水耳。犬鬬,以水灌之則解也。斗近奎星,故犬淫當路不避人者也。」

艮は象を取りて狗と為す。鄭玄に曰く、艮卦は十二辰の中の丑に配し、艮はまた静止の義あり、狗は能く吠叫して家を守り人を攔住す。ゆえに艮に帰属す。九家の『易』に曰く、艮の数は三にして、七乗じて九は六十三を得、その中の三は北斗を主り、斗宿は獣に於いて犬を為す。ゆえに狗は三個月を懐胎して産す。北斗は運行して十三個の時辰に満ちれば太陽は昇起す。ゆえに小狗は生れて十三天にしてこそ眼を開く。北斗は形状屈曲す。ゆえに狗は睡覚する時もまた身を蜷めて臥す。北斗は一夜に天を一周りて一周す。ゆえに狗は夜にもまた屋子を繞りて転ず。狗の精気は水を怕りて、敢えて大口に吞飲せず、ただ舌頭を用いて舔るのみ。両狗相斗うに水を以て一たび澆れば則ち分かる。斗宿は奎星に靠近す。ゆえに狗は路に当たりて交合して人を避けず。

兌為羊者,兌正秋也。《易是類謀》曰:「太山失金雞,西嶽亡玉羊。」羊是西方之畜,故兌為羊。又兌為剛滷,鄭氏謂其畜好剛滷也。此一節王氏誤刊「乾為首」上,今從鄭氏古文也。

兌は象を取りて羊と為すは、兌が正秋に当たり西方に居るを以てなり。『易緯是類謀』に曰く「泰山は金鶏を丟失し、西岳は玉羊を失いぬ」と。羊は西方の牲畜なり。ゆえに兌は象を取りて羊と為す。兌はまた象を取りて堅硬の塩鹹地と為し、鄭玄に羊のこの牲畜はまさに鹸鹵を舔食するを好むと言う。「乾は馬を為す」のこの一節は、王弼本は誤りて「乾は首を為す」の一節の前に刻せり。今は鄭玄の伝うる所の古文本に依りて原処に改回せり。

○訓乾至數也○《繫上》曰:「乾道成男,坤道成女。」荀氏云:「男謂乾,初適坤為震,二適坤為坎,三適坤為艮,以成三男也;女謂坤,初適乾為巽,二適乾為離,三適乾為兌,以成三女也。」三男即長男中男少男也,三女即長女中女少女也,是訓「乾道成男,坤道成女」之義也。震巽一索,坎離再索,艮兌三索,皆自下而上,是又訓《易》逆數之義也。索數,馬義也。

以下は注文「乾道は男を成すを訓ず」から「索は数なり」に至る一段を疏解す。『繫辭上』に曰く「乾道は男を成し、坤道は女を成す」と。荀爽は解釈して曰く、いわゆる男とは乾の爻を指す。乾の初爻は坤に交入して震を成し、第二爻は坤に交入して坎を成し、第三爻は坤に交入して艮を成し、ここにおいて三個の男卦を成就す。いわゆる女とは坤の爻を指す。坤の初爻は乾に交入して巽を成し、第二爻は乾に交入して離を成し、第三爻は乾に交入して兌を成し、ここにおいて三個の女卦を成就す。三男はすなわち長男・中男・少男にして、三女はすなわち長女・中女・少女なり——これはまさに「乾道は男を成し、坤道は女を成す」の意思を解釈す。震と巽とは第一次の求索にして、坎と離とは第二次にして、艮と兌とは第三次なり。次序はみな下爻より上爻に向かいて推す——これはまた『説卦』の「易は逆数なり」の意思を解釈す。「索」を「数」と訓作するは馬融の説法なり。

○訓二至謂與○訓二篇六十四卦三百八十四爻之象,卦爻皆取象於八卦,故分屬之八卦也。乾為天者,乾健也,天行健,故乾為天。為圜者,《大戴禮·天圓》曰:「夫子曰:天道曰圓,地道曰方。」《考工記》曰:「蓋之圜也以象天也。」《呂氏春秋》曰:「何以說天道之圜也。精氣一上一下,圜周復匝,無所稽留,故曰天道圜。」

以下は注文「二篇の卦爻の象を訓ず」から「それこれを謂うか」に至る一段を疏解す。この一大段の解釈する所は上下二篇の六十四卦・三百八十四爻の取象なり。卦爻の象はみな八卦に由りて来たる。ゆえに逐条に八卦の下に分属す。乾は象を取りて天と為すは、乾の性情が剛健なるを以て、「天行健なり」。ゆえに乾は天を為す。象を取りて円と為すは、『大戴礼記·曾子天円』は孔子の話を記して曰く、天道は円と称し、地道は方と称す。『考工記』に曰く、車蓋は円形を作り成すは以て天を象るなり。『呂氏春秋』に曰く、何を憑りて天道が円なるを講ずるや。精気は一上一下に循環運転して、一周を繞行しまた一周し、停滞の処なし。ゆえに天道は円と言う。

為君者,虞氏云:「貴而嚴也。」為父者,虞氏云:「成三男其取類大,故為父也。」為玉為金者,玉取其剛,金取其明,《鼎》上九「鼎玉鉉」、六五「金鉉」皆謂乾也。為寒為冰者,乾位西北,西北寒冰之地也。為大赤者,虞氏云:「天陽為赤。」《釋名》曰:「赤者,赫也,太陽之色。」《白虎通》謂:「赤者,盛陽之氣。」故周為天正,色尚赤也。

象を取りて君と為すは、虞翻に曰く、乾が尊貴にして威厳あるを以てなり。象を取りて父と為すは、虞翻に曰く、乾は三個の男卦を生成し、取る所の類属は最大なり。ゆえに父を為す。象を取りて玉と為し金と為すは、玉はそれが堅剛を取り、金はそれが光明を取る。『鼎卦』の上九爻辞「鼎玉鉉」・六五爻辞「金鉉」は講ずる所みな乾なり。象を取りて寒と為し氷と為すは、乾の方位が西北に在り、西北は寒冷結氷の地なるを以てなり。象を取りて大紅と為すは、虞翻に曰く、天は陽に属し、陽色は赤を為す。『釋名』に「赤はすなわち赫にして、太陽の顔色なり」と言い、『白虎通』に赤は陽気極盛の色と言う。ゆえに周朝は子を建てて天正と為し、服色は赤を崇尚す。

為良馬者,乾為馬,虞氏云:「乾善,故良也。」為老馬者,四月乾巳老也。為瘠馬者,鄭氏云:「凡骨為陽肉為陰,乾陽皆骨,故為瘠馬也。」為駁馬者,宋衷云:「天有五行之色,故為駁馬。」案:《考工記》畫繪之事雜五色,東方謂之青,南方謂之赤,西方謂之白,北方謂之黑,天謂之玄,地謂之黃。凡五而目有六者,玄與黑同而異也。五方之色單而天之玄乃全乎五方之色,故云「天有五行之色」也。為木果者,宋衷云:「群星著天,似果實著木,故為木果。」

象を取りて良馬と為すは、乾はもとより象を取りて馬と為し、虞翻に曰く、乾性は純善なり。ゆえに良馬なり。象を取りて老馬と為すは、乾卦が四月建巳に当たり、陽気はここに至りてすでに老いたるを以てなり。象を取りて瘦馬と為すは、鄭玄に曰く、およそ骨は陽に属し肉は陰に属し、乾は純陽にして全是骨にして肉なし。ゆえに瘦馬なり。象を取りて雑色馬と為すは、宋衷に曰く、天は兼ねて五行の色を有す。ゆえに斑駁の馬なり。恵棟の按に曰く、『考工記』は絵画の配色を講じて、東方は青と呼び、南方は赤と呼び、西方は白と呼び、北方は黒と呼び、天は玄と呼び、地は黄と呼ぶ。方位はただ五個あるのみ、色名は却って六個あるは、玄と黒とが相近くして実は相同ならざるを以てなり。五方は各々一色を占めて単一にして、天の玄色は却って五方の色を兼備す。ゆえに「天は五行の色を有す」と言う。象を取りて樹上の果実と為すは、宋衷に曰く、群星は天上に附着して、果実が樹上に結ぶがごとし。ゆえに象を取りて木果と為す。

○坤為地者,虞云:「柔道靜也。」為母者,荀云:「陰位之尊。」虞云:「成三女能致養故為母也。」為布者,虞云:「坤道廣佈,不止一方也。」為釜者,取其化成物也。為吝嗇者,陽吉陰凶,以陰化陽,吉趣於凶,故吝也。嗇者,啚也,啚與鄙同。乾為仁,仁主施;坤為鄙,鄙主斂,故為嗇也。《太玄》曰「圜則杌棿,方則嗇」是也。

以下は坤卦の取象を講ず。坤は象を取りて地と為すは、虞翻に曰く、柔順の道は静を主るを以てなり。象を取りて母と為すは、荀爽に曰く、坤は陰位の中の最も尊き地位に居る。虞翻に曰く、坤は三個の女卦を生成し能く万物を養育す。ゆえに母を為す。象を取りて布と為すは、虞翻に曰く、坤道は広遠鋪展して一方に限らず。象を取りて鍋釜と為すは、それが能く烹煮変化して食物を成就するを取る。象を取りて吝惜と為すは、陽は吉を主り陰は凶を主り、陰を用いて陽を転化するはすなわち吉より凶に趨るを以て、ゆえに「吝」あり。「嗇」はすなわち「啚」字にして、「啚」は「鄙」と相同じ。乾は仁を為し、仁は施与を主る。坤は鄙を為し、鄙は収斂を主る。ゆえに象を取りて吝嗇と為す。揚雄の『太玄』に「円なるは則ち揺動不定にして、方なるは則ち収斂吝惜す」と言う——まさにこの意である。

一曰坤田為嗇,《說文》云:「嗇,愛濇也,從來從,來者而藏之,故田夫謂之嗇夫。」古文作,從田,故坤為嗇,義亦通也。為旬者,《說文》云:「十日為旬。」坤數十,故為旬。《釋言》曰:「旬,均也。」今《易》亦有作均者,當讀為旬也。為子母牛者,昭四年《春秋傳》曰:「純離為牛。」離,坤之子也,坤離皆牛,故為子母牛也。

另一种の説は曰く、坤は象を取りて田と為し、農事は収斂を主る。ゆえに嗇を為す。『説文解字』に曰く「嗇」とは愛惜留滞の義にして、字形は「来」に従り「靣」に従り、収来せる穀物を貯蔵す。ゆえに田を種る人を「嗇夫」と呼ぶ(底本の引文は此処に脱字あり)。古文の「嗇」字は田に従る。ゆえに坤は象を取りて嗇と為す——この講法もまた説き通すべし。象を取りて旬と為すは、『説文』に十天を一旬と為すと言い、坤の数は十なり。ゆえに旬を為す。『爾雅·釋言』に「旬はすなわち均なり」と言い、今本の『周易』もまた「均」と写作するあり、当に「旬」と読むべし。象を取りて母子牛と為すは、『左傳』の昭公四年に「純離の卦は牛を為す」と言い、離は坤の生ずる所の女卦にして、坤と離とはみな象を取りて牛と為す。ゆえに合して母子牛と称す。

為大者,取其載物。許慎曰:「輿地道也。」漢世有輿地圖,其取諸此與。為文者,九家云:「萬物相雜故為文。」《楚語》左史倚相曰「地事文」,《逸禮·三正記》曰:「質法天,文法地。」《白虎通》曰:「天為質,地受而化之,養而成之。」故為文也。為眾者,虞云:「物三稱群,陰為民,三陰相隨,故為眾也。」

象を取りて大車と為すは(底本の「大」の下は「輿」字を脱す)、それが能く万物を承載するを取る。許慎に曰く、「輿」とはすなわち万物を承載するの地道なり。漢代に「輿地図」の名目あり——ほぼ則ちここより取る。象を取りて文采と為すは、九家の『易』に曰く、万物は交錯相雑にしてゆえに文を成す。『国語·楚語』は左史倚相を記して「地は文を主る」と言い、『逸礼·三正記』に「質朴は天に取法し、文采は地に取法す」と言い、『白虎通』に「天は質を施与し、地は承受してこれを化育し養育してこれを成就す」と言う。ゆえに坤は象を取りて文と為す。象を取りて衆多と為すは、虞翻に曰く、物は三個に満てば則ち群と称し、陰は百姓を代表し、坤は三個の陰爻相随す。ゆえに衆を為す。

為柄者,虞氏曰:「柄,本也。」一說柄當從古文作枋,枋與方通,乾為圜,故坤為方,《彖傳》曰「至靜而德方」是也。其於地也為黑者,據消息十月北方之色,至十一月一陽生則為玄,故《說文》曰「黑而有赤色曰玄」也。

象を取りて柄と為すは、虞翻に「柄」とはすなわち根本なりと言う。別に一説ありて「柄」は応に古文に依りて「枋」と写作し、「枋」は「方」と相通ずと認む。乾は象を取りて円と為す。ゆえに坤は象を取りて方と為す——『坤卦·彖伝』に「至静にして徳方なり」と言うはまさにこの意思なり。土地の顔色に就きて言えば象を取りて黒と為すは、十二消息卦に按じて推算す。十月の純坤は北方の色に当たりて、純黒を為す。十一月の復卦に至りて一陽は初生し、則ち玄色に転成す。ゆえに『説文』に「黒の中に赤を帯びるを玄と呼ぶ」と言う。

○震為雷者,虞云:「太陽火得水有聲,故為雷也。」為駹者,虞云:「駹,蒼色,震東方,故為駹。舊讀作龍,上已為龍,非也。」案今本作龍,鄭讀為尨,雲取日出時色雜也。為玄黃者,虞云:「天玄地黃,震天地之雜物,故為玄黃。」

以下は震卦の取象を講ず。震は象を取りて雷と為すは、虞翻に曰く、太陽の火は水気に遇上すれば則ち声響を發出す。ゆえに雷を為す。象を取りて「駹」と為すは、虞翻に曰く、「駹」とは青蒼の色にして、震は東方に居り東方の色は青なり。ゆえに駹を為す。旧本は「竜」と読作するも、而も上文の「震は竜を為す」はすでに竜を出現せり——重出するは対ならず。恵棟の按に曰く、今の通行本は正しく「竜」と作るも、鄭玄は則ち「尨」と読為して、取る所は日出の時の天色が斑雑なるの意思と言う。象を取りて玄黄と為すは、虞翻に曰く、天色は玄にして地色は黄にして、震は天地の二気が交雑して生ずるの物なり。ゆえに玄黄を為す。

為尃者,虞云:「陽在初,隱靜未出,觸坤故尃,則乾靜也。尃,延叔堅說以專為尃,大布,非也。」案:尃,古布字,故云大布。今本作旉,乾寳注云:「花之通名,鋪為花皃,謂之。」義亦通也。

象を取りて「尃」と為すは、虞翻に曰く、陽爻は初位に在り、隠伏安静にして未だ顕露せず、坤体に触動せられて然る後舒布開来す——これまさに乾の静態なり。至りて「尃」字は、延篤(字は叔堅)は「専」を「尃」と読成して大布と解すも、虞翻は対ならずと認む。恵棟の按に曰く、「尃」は古の「布」字なれば、ゆえに「大布」のこの講法あり。今本は「旉」と写作し、干宝の注解に曰く、これは花の通名にして、鋪展開来すれば則ち花の形貌なり(底本は此処に脱字あり)——この解釈もまた説き通すべし。

為大塗者,鄭云:「國中三道曰塗,上值房心,塗而大者取房有三塗焉。」案:《王制》云「道路男子由右,婦人由左,車從中央」,是道有三也。震在卯,卯上值房心,《鴻範五行傳》曰「出入不節」,鄭注云:「房有三道,出入之象。」三塗即三道也。王廙云:「大塗,萬物所出也。」

象を取りて大路と為すは、鄭玄に曰く、都城の中に三條の道路を並列するを「涂」と呼び、震の分野は上は房宿・心宿に応ず。「涂」と言い而且「大」と言う所以は、房宿は本身すでに三條の通道有るを以てなり。恵棟の按に曰く、『礼記·王制』に「道路上は男子は右辺を走り、婦人は左辺を走り、車は中央を行く」と言う。見るに一条の大路は実に三道を分かつ。震は地支卯に配し、卯位の上は正しく房宿・心宿に応ず。『洪範五行傳』に「出入は節度に合せず」と言い、鄭玄の注に曰く、房宿に三條の道ありて、出入の象なり。いわゆる「三涂」とはすなわちこの三條の道なり。王廙に曰く、大路とは万物のこれに由りて生出するの通途なり。

為長子者,虞云:「乾一索,故為長子也。」為決躁者,變至三體兌,兌為決,震外體為躁,故為決躁也。為蒼筤竹者,九家云:「蒼筤,青也。震陽在下,根長堅剛,陰爻在中,使外蒼筤也。」為萑葦者,鄭云:「竹類。」其於馬也為善鳴者,乾為馬,震得乾之初,虞云為雷,故善鳴也。

象を取りて長子と為すは、虞翻に曰く、震は乾が第一次に坤に求索して得たる所なり。ゆえに長子を為す。象を取りて決断急躁と為すは、震卦は第三爻に変到すれば則ち下体は兌を成し、兌に決断の義あり、而も震は外卦に居る時は躁動を主る。ゆえに合して「決躁」と称す。象を取りて青嫩の竹子と為すは、九家の『易』に曰く「蒼筤」とはすなわち青色にして、震の陽爻は下に在りて、竹根の長くして堅硬なるがごとく、陰爻はその上に居りて、外皮をして青翠の色を呈現せしむ。象を取りて蘆葦と為すは、鄭玄に蘆葦は竹と同類と言う。馬に就きて言えば象を取りて善く嘶鳴する馬と為すは、乾は象を取りて馬と為し、而も震の得たる所はまさに乾の初爻なり、虞翻はまた震は雷を為し雷の声は隆隆たりと言う。ゆえに善鳴の馬なり。

為馵足者,虞云:「馬白後左足為馵,震為左為足,初陽白,故為馵足。」為作足者,作,起也,震足起,故為作足。王劭云:「馬行先作弄四足也。」為的顙者,虞云:「的,白顙額也。震反生,以初為顙,初陽白,故為的顙。」

象を取りて「馵足」と為すは、虞翻に曰く、馬の後左蹄が白なるを「馵」と呼ぶ。震は象を取りて左と為しまた象を取りて足と為し、震の初爻は陽に属してその色は白なり。ゆえに馵足を為す。象を取りて「作足」と為すは、「作」はすなわち擡起にして、震の象る所の足は能く挙起す。ゆえに作足を為す。王劭に曰く、馬は起步の前に先ず四蹄を摆弄するを要す。象を取りて「的顙」と為すは、虞翻に曰く、「的」とは額上の白斑にして、震に倒生の象あり。ゆえに初爻を以て額と為し、初爻は陽に属してその色は白なり。ゆえに額上に白斑あるの馬なり。

其於稼也為反生者,宋云:「陰在上,陽在下,故為反生,謂枲豆之類,戴甲而生。」一曰震春為生,乾陽反初,故曰反生也。其究為健為蕃鮮者,虞云:「震巽相薄,變而至三則下象究,與四成乾,故其究為健為蕃鮮。巽究為躁卦,躁卦則震,震雷巽風無形,故卦特變耳。」案:變至三則成巽,故云下象究;二至四體乾,故與四成乾,乾健也;蕃鮮白也,巽為白,故云耳。

莊稼に就きて言えば象を取りて「反生」と為すは、宋衷に曰く、陰爻は上に在り陽爻は下に在る。ゆえに倒れて生長するにして、指す所は麻・豆の一類の種殻を頂いて土より出づるの作物なり。另一种の説は曰く、震は春季に当たりて発生を主り、乾の陽気は初位に返回す。ゆえに「反生」と呼ぶ。象を取りて「その究は健を為し蕃鮮を為す」と為すは、虞翻に曰く、震と巽との両卦は相互に逼近し、震は第三爻に変到すれば則ち下卦の象は窮尽して、第四爻と合して乾体を成す。ゆえに推究して極処に至れば便ち剛健・便ち繁盛鮮明なり。巽は推究して極処に至れば則ち躁卦を成し、躁卦はすなわち震なり。雷と風とはみな固定形体なく、ゆえにただこの両卦のみ特別に変化を標出す。恵棟の按に曰く、震は第三爻に変到すれば則ち巽を成す。ゆえに「下象は窮る」と言う。二爻から四爻までは互体して乾を成す。ゆえに「四と与に乾を成す」と言い、乾の性情はまさに剛健なり。「蕃鮮」は鮮白の義にして、巽は象を取りて白と為す。ゆえにこのようの講法あり。

○巽為木者,柔爻為草,剛爻為木,震為蒼筤竹為萑葦為稼,皆柔爻也;巽為木,謂剛爻也。為風者,陸云:「風,土氣也。巽,坤之所生,故為風。」亦取靜於本而動於末也。為長女者,荀云:「柔在初。」為繩直者,翟元云:「上二陽共正一陰,使不得邪辟,如繩之直也。」為工者,荀云:「以繩木故為工。」

以下は巽卦の取象を講ず。巽は象を取りて木と為すは、柔爻は象を取りて草と為し剛爻は象を取りて木と為すを以て。震は象を取りて青竹と為し蘆葦と為し莊稼と為すは取る所はみな柔爻にして、而も巽は象を取りて木と為すは取る所は剛爻なり。象を取りて風と為すは、陸績に曰く、風は土の気にして、巽は坤に由りて生ぜらるる所なり。ゆえに風を為す。もまた樹木の根本は安静にして枝梢は揺動するの意思を取る。象を取りて長女と為すは、荀爽に曰く、柔爻が初位に居るを以てなり。象を取りて繩墨の筆直と為すは、翟元に曰く、上面の両個の陽爻は共同に一個の陰爻を匡正して、それをして偏邪すること能わざらしめ、繩墨の弾出せる線のごとく直なり。象を取りて工匠と為すは、荀爽に曰く、工匠は繩墨を用いて木材に正を取る。ゆえに工を為す。

為白者,虞云:「乾陽在上,故白也。」為長為高者,虞云:「乾陽在上長故高。」為進退者,二陽為進,初陰為退。巽為木,《說文》引《易》曰「地可觀者莫可觀於木」,木於五事屬貌,容止可觀,進退可度,是其義也。為不果者,巽,兌之反也,兌為決,故巽為不果。為臭者,虞云:「臭,氣也,風至知氣,巽二入艮鼻,故為臭。」

象を取りて白と為すは、虞翻に曰く、乾の陽爻は上に在り、陽色は明白なり。ゆえに白を為す。象を取りて長と為し高と為すは、虞翻に曰く、乾陽は上に居りて伸長す。ゆえに高を為す。象を取りて進退不定と為すは、上面の両個の陽爻は前進を主り、初位の陰爻は退縮を主るを以てなり。巽は象を取りて木と為すは、『説文』は『易』を引きて曰く「地上に於いて瞻観すべきに供するは樹木より観るに足るはなし」と。木は『洪範』の五事に「貌」に属し、儀容挙止は瞻観に供すべく、進退動静は法度を作るべし——まさにこの層の意思なり。象を取りて猶疑不決と為すは、巽は兌の反対の卦にして、兌は決断を主る。ゆえに巽は反って不果決なり。象を取りて気味と為すは、虞翻に曰く、「臭」とはすなわち気なり。風は一たび吹来すれば便ち気味を弁出することを得。巽の第二爻は互体艮の象る所の鼻に進入す。ゆえに臭を為す。

其於人也為宣髮者,鄭云:「頭髮顥落曰宣,取四月靡草死,髮在人體猶靡草在地。」虞云:「為白故宣髮。」馬君以宣為寡髮,非也。案:古宣鮮字皆讀為斯,《詩·瓠葉》云「有兔斯首」,鄭箋云:「斯,白也。」今俗斯白之字作鮮,齊魯之間聲近期。宣二年《春秋傳》云「于思于思」,賈逵曰:「頭白貌。」思斯同音,宣讀如斯,故訓為白也。

人に就きて言えば象を取りて「宣髪」と為すは、鄭玄に曰く、頭髪の花白脱落するを「宣」と呼び、四月に靡草枯死の象を取り、頭髪は人身上に長ずるは靡草の地上に長ずるがごとし。虞翻に曰く、巽は象を取りて白と為す。ゆえに白髪なり。馬融は「宣」を頭髪稀少と解す——対ならず。恵棟の按に曰く、古時の「宣」「鮮」の二字はみな「斯」と同読す。『詩経·小雅·瓠葉』に「兎の斯首あり」と言い、鄭玄の箋注に「斯はすなわち白なり」と言う。今天の俗写は「斯白」の「斯」を「鮮」と写作す——斉魯の一带はこれら几个字の読音は相近し。『左傳』の宣公二年は宋人が華元を譏笑して「于思于思」と記し、賈逵の注に曰く、これは頭髪斑白の様子を形容するなり。「思」と「斯」とは同音にして、「宣」は「斯」のごとく読む。ゆえに白と訓作す。

為廣顙者,虞云:「變至三坤為廣,四動成乾為顙,故為廣顙。」為多白眼者,虞云:「為白,離目上向則白眼見,故多白眼。」為近利市三倍者,虞云:「變至三成坤,坤為近;四動成乾,乾為利;至五成噬嗑,故稱市;乾三爻為三倍,故為近利市三倍。」其究為躁卦者,虞云:「震內體為專,外體為躁,變至五成噬嗑,動上成震,故其究為躁卦。八卦諸爻惟震巽變耳。」

象を取りて寛額と為すは、虞翻に曰く、巽は第三爻に変じて坤を成し、坤に広大の義あり。第四爻は変動して乾を成し、乾は象を取りて額と為す。ゆえに寛額なり。象を取りて眼白多と為すは、虞翻に曰く、巽は象を取りて白と為し、離の象る所の眼睛は上に向かいて翻れば則ち眼白を露出す。ゆえに多白眼なり。象を取りて「利に近きは市三倍」と為すは、虞翻に曰く、第三爻に変じて坤を成し、坤に近の意思あり。第四爻は動きて乾を成し、乾に利の意思あり。第五爻に変じて『噬嗑』を成し、『噬嗑』は象を取りて日中に市を為す。ゆえに「市」と称す。乾に三爻あり。ゆえに三倍なり——合せてすなわち就近平して利を獲得し、売買は三倍の息を得るなり。象を取りて「その究は躁卦を為す」と為すは、虞翻に曰く、震は内卦を作る時は象を取りて専一と為し、外卦を作る時は象を取りて躁動と為す。巽は第五爻に変じて『噬嗑』を成し、上爻再び動けば則ち震を成す。ゆえに推究して極処に至りて躁卦を成す。八卦の各爻の中、ただ震・巽の両卦のみこの種の「その究」の変を標出す。

○坎為水者,《說文》曰:「出,準也,北方之行,象眾水並流,中有微陽之氣也。」為溝瀆者,虞云:「以陽闢坤,水性流通,故為溝瀆也。」為隱伏者,虞云:「陽藏陰中,故為隱伏也。」為矯揉者,宋云:「使曲者更直為矯,直者更曲為揉,水流有曲直,故為矯揉也。」

以下は坎卦の取象を講ず。坎は象を取りて水と為すは、『説文解字』に曰く、水は平の標準を取るにして、北方の行に属し、字形は衆水が並流するに象り、中間の一笔は隠微の陽気を表示す(底本の「水」字は誤りて「出」と作る)。象を取りて溝渠と為すは、虞翻に曰く、陽爻は坤体を開闢し、水性は流通して阻まず。ゆえに溝渠を為す。象を取りて隠蔵潜伏と為すは、虞翻に曰く、陽爻は両陰の中に蔵す。ゆえに隠伏を為す。象を取りて「矯揉」と為すは、宋衷に曰く、弯なるを直にするを「矯」と呼び、直なるを弯にするを「揉」と呼ぶ。水流に曲あり直あり。ゆえに矯揉を為す。

為弓輪者,虞云:「可矯揉,故為弓輪。坎為月,月在庚為弓,在甲象輪,故為弓輪也。」案:虞據納甲為言。又坎在丁上弦,在丙下弦,故《參同契》曰:「上弦兌數八,下弦艮亦八。」《賈誼新書》曰:「古之為路輿,三十輻以象月」是也。

象を取りて弓と車輪と為すは、虞翻に曰く、木材は矯揉して形を成すべし。ゆえに弓輪を為す。坎は象を取りて月と為し、納甲の法に按ずれば、月は庚方に現るる時は形は弯弓のごとく、甲方に行至る時はその形は輪のごとし。ゆえに弓輪を為す。恵棟の按に曰く、虞翻は納甲の説に依りて論を立つ。このほか月は丁方に到れば上弦にして、丙方に到れば下弦なり。ゆえに『周易参同契』に「上弦の時は兌の数は八にして、下弦の時は艮の数もまた八なり」と言う。賈誼の『新書』に「古人は車を造り、車輪は三十根の輻条にして、用いて一月三十日の象を取る」と言うは、まさにこの道理なり。

其於人也為加憂者,虞云:「兩陰失心為多眚,故加憂。」案:兩陰謂三初也。為心病者,虞云:「為勞而加憂,故心病。」亦以坎二折坤為心病也。為耳痛者,坎為耳為疾,故為耳痛也。為血卦者,血陰類,坎流坤,故為血卦。為赤者,《白虎通》曰:「十一月之時,陽氣始養根株黃泉之下,萬物皆赤。」故為赤也。

人に就きて言えば象を取りて憂慮加重と為すは、虞翻に曰く、坎の両個の陰爻は中心の陽を失掉し、則ち多く灾眚あり。ゆえに憂慮は加深す。恵棟の按に曰く、いわゆる両陰とは初爻と三爻とを指す。象を取りて心病と為すは、虞翻に曰く、労苦に因りて憂慮は加重す。ゆえに心口疼痛す。もまた坎の第二爻は坤体を断裂し、坤の象る所の腹心は受損し、因りて心病と言うべし。象を取りて耳痛と為すは、坎は象を取りて耳と為しまた象を取りて疾患と為すを以て、合せてすなわち耳痛なり。象を取りて血卦と為すは、血は陰類に属し、坎の陽気は坤陰の中に流行す。ゆえに血卦を為す。象を取りて赤色と為すは、『白虎通』に曰く、十一月の時候は陽気は始めて黄泉の下に於いて草木の根株を滋養し、万物の根はみな赤色を呈す。ゆえに赤を為す。

其於馬也為美脊者,宋云:「陽在中央,美脊之象。」為極心者,荀云:「極,中也。」乾為馬,坎中爻乾也,故為極心。為下首者,乾為首,陽陷坤中,故為下首。為薄蹄者,蹄,震也;薄,迫也。陽不在初,行則迫地,故為薄蹄。為曳者,初足不正,故為曳也。

馬に就きて言えば象を取りて脊背健美と為すは、宋衷に曰く、陽爻は中に居り、まさに脊梁挺美の象なり。象を取りて「極心」と為すは、荀爽に曰く、「極」はすなわち中なり。乾は象を取りて馬と為し、坎の中爻はもと乾の陽爻なり。ゆえに心力剛強の馬なり。象を取りて頭を低くすと為すは、乾は象を取りて頭と為すを以て、如今陽爻は坤陰の中に陥り、頭は則ち低垂し去る。象を取りて蹄薄と為すは、「蹄」は震に象を取り、「薄」は迫近の意思なり。坎の陽爻は初位に在らず、馬は行走する時は蹄子は地面に緊貼す。ゆえに薄蹄なり。象を取りて腿を拖いて走ると為すは、初爻の象る所の足は位置正しからざるを以て、走起せば則ち拖沓す。

其於輿也為多眚者,虞云:「眚,敗也。坤為大,坎折坤體,故為車多眚也。」為通者,坎為大川,為溝瀆,以達於川,故為通也。為月者,虞云:「坤為夜,以坎陽光坤,故為月也。」為盜者,虞云:「水行潛竊,故為盜也。」其於木也為堅多心者,虞云:「陽剛在中,故堅多心,棘屬也。」

車に就きて言えば象を取りて屢々毛病を出すと為すは、虞翻に曰く、「眚」は敗壊なり。坤は象を取りて大車と為す(底本の「大」の下もまた「輿」字を脱す)、坎の陽爻は坤体を折断す。ゆえに車子は多く損壊あり。象を取りて通達と為すは、坎は象を取りて大河と為しまた象を取りて溝渠と為すを以て、溝渠は大河に通ず。ゆえに通を為す。象を取りて月と為すは、虞翻に曰く、坤は象を取りて夜と為し、坎の陽爻は坤夜の中に放光す。ゆえに月を為す。象を取りて盗賊と為すは、虞翻に曰く、水流は暗中に渗漏して偷行す。ゆえに盗を為す。樹木に就きて言えば象を取りて堅実にして髓心多きと為すは、虞翻に曰く、陽剛は中に居る。ゆえに堅硬にして心多く、酸棗の一類の木に属す。

○離為火者,《說文》曰:「火,毀也,南方之行,炎而上也。」為日者,荀云:「陽外光也。」為電者,鄭云:「取火明也,多明似日,暫明似電也。」為中女者,荀云:「柔在中也。」為甲冑者,虞云:「外剛故為甲。乾為首,巽繩貫甲而在首上,故為冑。」冑,兜鍪也。為戈兵者,虞云:「乾為金,離火斷乾燥而煉之,故為戈兵也。」

以下は離卦の取象を講ず。離は象を取りて火と為すは、『説文解字』に曰く、火に毀滅の義ありて、南方の行に属し、火焰は騰騰として向上す。象を取りて太陽と為すは、荀爽に曰く、陽爻は外に在りて光を放つ。象を取りて閃電と為すは、鄭玄に曰く、取る所は火の明亮なり。長久の明亮は太陽に象り、短暫の明亮は閃電に象る。象を取りて中女と為すは、荀爽に曰く、柔爻は中位に居る。象を取りて鎧甲頭盔と為すは、虞翻に曰く、離は外剛内柔なり。ゆえに甲を為す。乾は象を取りて頭と為し、巽の象る所の繩は甲片を穿連して頭上に戴く。ゆえに冑を為す。「冑」はすなわち頭盔なり。象を取りて戈矛兵器と為すは、虞翻に曰く、乾は金に属し、離火は金を截断し、焼紅して鍛錬して器を成す。ゆえに戈兵を為す。

其於人也為大腹者,虞云:「象日常滿,如妊身婦,故為大腹。」乾為大,坤為腹也。為乾卦者,虞云:「火日熯燥物,故為乾卦。」鄭云:「乾當為乾,陽在外能乾正也。」董遇作乾,《列子》曰「木葉乾殻」,張湛讀為乾。若然,乾乾同物,故讀從之。

人に就きて言えば象を取りて大肚子と為すは、虞翻に曰く、離は太陽が常に満つるを象り、懐孕の婦人に譬うがごとし。ゆえに大腹を為す。乾に大の意思あり、坤は象を取りて腹と為す——合せてまさに大腹なり。象を取りて「乾卦」と為すは、虞翻に曰く、火と太陽とは能く万物を烤乾す。ゆえに離は乾燥の卦なり。鄭玄に曰く、この字は応に乾湿の「乾」と読作すべし、陽気は外に在りて能く烘干し能く万物を正定す。董遇本もまた「乾」と写作し、『列子』に「木葉乾殻」の説法ありて、張湛はこれを乾湿の乾と読為す。このごとく照らせば、乾健の「乾」と乾湿の「乾」とはもと一字なり。ゆえにこの読法に依従す。

為鱉為蟹為蠃為蚌為龜者,虞云:「此五者皆取外剛內柔也。」鄭云:「皆骨在外。」其於木也為折上槀者,虞云:「巽木在離中體大過死,巽蟲食心則蠧,蟲食木,故上槀。或以離火燒巽,故折槀。」案:巽蟲者,巽為風,《易本命》曰:「二九十八,八主風主蟲,故蟲八日化。」王充《論衡》曰:「夫蟲,風氣所生,倉頡知之,故凡蟲為風之字取氣於風。」故云巽蟲也。

象を取りて鱉・蟹・螺・蚌・亀と為すは、虞翻に曰く、この五種の動物はみな外殻堅硬・内裏柔軟にして、まさに離の外剛内柔の象に合す。鄭玄に曰く、それらの骨はみな外面に長ず。樹木に就きて言えば象を取りて「折上槀」と為すは、虞翻に曰く、巽の象る所の木は離中に夾まり、互体して『大過』を成し、『大過』に死枯の義あり。巽はまた虫を象り、虫は樹心を蛀食すれば則ち蠹を成し、虫既に木を蛀せば、上端は便ち枯槁す。もまた離火が巽木を焼灼すと言うべし。ゆえに折断して枯焦す。恵棟の按に曰く、いわゆる「巽虫」とは、巽が象を取りて風と為すを以て、『大戴礼記·易本命』に「二乗じて九は十八を得、その中の八は風を主り虫を主る。ゆえに虫は八日を経て化生す」と言う。王充の『論衡』に曰く、虫は風気の生ずる所にして、倉頡はこの道理を懂得せり。ゆえにおよそ虫類の字はみな風に従りて気を取る。因りて巽は虫を為すと言う。

○艮為山者,《周語》曰:「山,土之聚也。」坤為土,陽止坤上,故為山。為徑路者,虞云:「山中徑路。震陽在初,則為大塗;艮陽小,故為徑路。」鄭云:「田間之道曰徑路,艮為之者,取山間鹿兔之蹊。」為小石者,陸云:「剛卦之小,故為小石也。」為門闕者,虞云:「乾為門,艮陽在門外,故為門闕。」兩小山,闕之象也。

以下は艮卦の取象を講ず。艮は象を取りて山と為すは、『国語·周語』に「山は土の聚積して成る所なり」と言う。坤は象を取りて土と為し、一個の陽爻は坤土の上に止息す。ゆえに山を為す。象を取りて小路と為すは、虞翻に曰く、これは山中の小径なり。震の陽爻は初位に在りて気勢大なり。ゆえに大路を為す。艮の陽爻は力小なり。ゆえにただ小径のみ。鄭玄に曰く、田間の道を径路と呼び、艮のこの象を取る所以は、山間の鹿兎が往来して踩出した小道を取るなり。象を取りて小石頭と為すは、陸績に曰く、艮は陽卦の中の最小なり。ゆえに小石を為す。象を取りて門楼闕台と為すは、虞翻に曰く、乾は象を取りて門と為し、艮の陽爻は門の外に在る。ゆえに門闕を為す。両座の小山は対峙して、まさに双闕の象なり。

為果蓏者,果,上也;蓏,二陰也。宋云:「木實謂之果,草實謂之蓏,梅李瓜瓞之屬皆出山谷也。」為閽寺者,宋云:「閽人主門,寺人主巷,艮為止,此職皆掌禁止者也。」為指者,虞云:「艮手多節,故為指。」為拘者,虞云:「指屈信制物,故為拘。」拘舊作狗,上已為狗,字之誤。

象を取りて果と蓏と為すは、「果」は上面の陽爻を指し、「蓏」は下面の両個の陰爻を指す。宋衷に曰く、樹上に結ぶを果と呼び、草蔓の上に結ぶを蓏と呼び、梅・李・瓜・瓞のこの一類はみな山谷の間に産す。象を取りて閽人と寺人と為すは、宋衷に曰く、閽人は宮門を掌守し、寺人は宮巷を掌管し、艮に静止の義あり——この両種の職務はみな出入を禁止するを執掌す。象を取りて手指と為すは、虞翻に曰く、艮は象を取りて手と為し手は骨節多し。ゆえに指を為す。象を取りて拘執と為すは、虞翻に曰く、手指は能く屈し能く伸びて以て外物を制取すべし。ゆえに拘を為す。「拘」字は旧本は「狗」と作るも、而も上文の「艮は狗を為す」はすでに狗を出現せり——これは字形の誤なり。

為鼠者,虞云:「似狗而小,在坎穴中,故為鼠。」《晉》九四是也。為黔喙之屬者,馬云:「黔喙,肉食之獸,謂豺狼之屬。黔,黑也,陽元在前。」鄭云:「取其為山獸。」其於木也為多節者,虞云:「陽剛在外,故多節,松柏之屬。」

象を取りて老鼠と為すは、虞翻に曰く、形状は狗に象りて個頭は小さく、坎の象る所の洞穴の裏に蔵す。ゆえに鼠を為す。『晋卦』の九四爻辞「晋のごとき鼫鼠」はまさにこの象を取る。象を取りて黒嘴の一類の野獣と為すは、馬融に曰く、「黔喙」とは肉を吃するの獣にして、豺狼の類を指す。「黔」はすなわち黒にして、艮の陽爻は前に居り、まさに獣の嘴が黒を発するの状に象る。鄭玄に曰く、それらがみな山中の獣なるを取る。樹木に就きて言えば象を取りて節多きと為すは、虞翻に曰く、陽剛は外に在る。ゆえに枝干は節多く、松柏の一類の樹を指す。

○兌為澤者,虞云:「坎水半見,故為澤。」為少女者,虞云:「坤三索位在末,故少也。」為巫者,乾為神,兌為通,與神通氣,女故為巫。案:山澤通氣,故兌為通也。為口舌者,虞云:「兌得震聲,故為口舌。」為毀折者,虞云:「二折震足,故為毀折。」為附決者,虞云:「乾體末圜,故附決。」則果蓏之屬也。

以下は兌卦の取象を講ず。兌は象を取りて沼沢と為すは、虞翻に曰く、坎水はただ一半を显露し、積みて流れずれば則ち沢を成す。象を取りて少女と為すは、虞翻に曰く、兌は坤が第三次に求索して得たる所にして、位次は最も末なり。ゆえに最小の女児なり。象を取りて巫祝と為すは、乾は象を取りて神と為し、兌に通の意思ありて、能く神霊と気を通じ、また女子に属すを以て、ゆえに巫を為す。恵棟の按に曰く、『説卦』は「山沢は気を通ず」と講ず。ゆえに兌は象を取りて通と為す。象を取りて口舌と為すは、虞翻に曰く、兌は震の声音の象を得たり。ゆえに口舌を為す。象を取りて毀壊折断と為すは、虞翻に曰く、兌の第二爻は震の象る所の足を折断せり。ゆえに毀折を為す。象を取りて依附して後に决裂と為すは、虞翻に曰く、乾体は末端に到りてなお円にして、果実は枝に附して後に脱落す。ゆえに附決を為す。これもまた果蓏の一類の象に属す。

其於地也為剛滷者,虞云:「乾二陽在下,故剛;澤水潤下,故咸。」為妾者,虞云:「三少女位賤,故為妾。」為羔者,虞云:「羔,女使,皆取位賤,故為羔。」舊讀羔為羊,非也。鄭本作陽,云:「此陽讀為養,無家女行賃炊,今時有之,賤於妾也。」

土地に就きて言えば象を取りて堅硬の塩鹹地と為すは、虞翻に曰く、乾の両個の陽爻は下に在る。ゆえに土質は堅硬なり。沢水は浸潤して下に向かう。ゆえに味は鹹なり。象を取りて侍妾と為すは、虞翻に曰く、兌は排行第三の少女にして、地位は卑下なり。ゆえに妾を為す。象を取りて「羔」と為すは、虞翻に曰く、「羔」は供役使するの女子を指し、妾と同様に地位卑賤の義を取る。旧本は「羔」を「羊」と読作するは、対ならず。鄭玄本は「陽」と写作し、彼に曰く、この「陽」は応に「養」と読為すべし、家なく帰るなく雇われて人に替わりて飯を作るの女子を指し、当時はなおこの種の人ありて、地位は妾よりもなお低し。

○以上八卦取象,猶未備,故又取九家及虞氏以該《易》之象焉。九家所載乃《說卦》之逸象。乾六爻稱六龍,故為龍;其動也直,故為直。黃帝堯舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾坤,上曰衣,下曰裳,故乾為衣,坤為裳。震為言,謂乾初也。

以上の八卦に列せる象はなお完備に足らず。ゆえにまた九家の『易』と虞翻の説法を采取して、用いて『周易』の全部の象を涵括す。九家の載する所は、まさに『説卦傳』の散失して外に在るの逸象なり。乾の六爻は「六竜」と称す。ゆえに乾は象を取りて竜と為す。乾の運動は直遂にして曲らず。ゆえに象を取りて直と為す。『繫辭』に黄帝・尭・舜は衣裳を垂れて天下は大治すと言う——ほぼ乾坤両卦に象を取る。上身を衣と呼び、下身を裳と呼ぶ。ゆえに乾は象を取りて衣と為し、坤は象を取りて裳と為す。震は象を取りて言語と為すは、指す所は乾の初爻にして、陽は動きて声を出す。

陰陽之義闢諸雌雄,牝以合牡,猶坤以配乾,故坤為牝,經「利牝馬之貞」是其義也。坤先迷,故為迷。上已為枋,傳寫訛為柄,故重出方也。六四「括囊」,故為囊。天玄而地黃,故為黃。莊二十一年《春秋傳》曰:「庭實旅百,奉之以玉帛,天地之美具焉。」杜預注云:「乾為玉,坤為帛。」是為帛也。酒主陽,漿主陰,坤陰,故為漿。

陰陽の道理は雌雄を拿りて打比方すべし:雌と雄とは相配すれば、坤と乾との相配するがごとし。ゆえに坤は象を取りて雌と為す——『坤卦』の卦辞「牝馬の貞に利あり」はまさにこの層の意思なり。『坤卦』の卦辞はまた「先ず迷いて後に主を得」と言う。ゆえに坤は象を取りて迷と為す。上文の「坤は柄を為す」の「柄」はもと「枋」と作るべきを、伝抄する時に訛りて「柄」と成れり。ゆえに逸象の裏にまた重ねて一個の「方」を出す。『坤』の六四爻辞に「嚢を括る」と言う。ゆえに象を取りて口袋と為す。「天は玄にして地は黄なり」。ゆえに坤は象を取りて黄と為す。『左傳』の荘公二十一年の記載に、庭中に陳列する所の礼物は上百件ありて、また玉と帛とを奉上す——天地間の美物はみな斉備せり。杜預の注に曰く、乾は象を取りて玉と為し、坤は象を取りて帛と為す。これすなわち坤が帛を為すの来歴なり。酒は陽に属し、漿は陰に属す。坤は陰なり。ゆえに象を取りて漿と為す。

帝出乎震,今之王,古之帝,故震為王。鵠,聲之遠聞者,故為鵠。《考工記》曰:「凡冒鼓必於啟蟄之日。」鄭彼注云:「蟄蟲好聞雷聲而動,所以取象。」《太玄》云:「三八為木,為東方,為春,為鼓。」注云:「如雷聲也。」震為雷,故為鼓。《大過》體巽,九二「枯楊生梯」,巽為木,故為楊。巽為風,鸛,水鳥知風雨者,故為鸛。

『説卦』は「帝は震に出づ」と講ず——今天のいわゆる王はすなわち古代のいわゆる帝なり。ゆえに震は象を取りて王と為す。天鵝の鳴声は伝うること極めて遠く、震は雷声を主る。ゆえに象を取りて鵠と為す。『考工記』に曰く、およそ鼓皮を蒙するは、必ず驚蟄のあの日を選ぶ。鄭玄の注に曰く、蟄伏する所の虫子は雷声を聞くを喜びて振動し、鼓を蒙するはまさにこの象を取るなり。揚雄の『太玄』に曰く、三と八との数は木を為し東方を為し春を為し鼓を為す。注解に曰く、鼓声が雷に象るを以てなり。震は既に雷を為せば、ゆえに象を取りて鼓と為す。『大過卦』の下体は巽にして、九二爻辞に「枯楊は稊を生ず」と言い、巽は象を取りて木と為す。ゆえに巽は象を取りて楊樹と為す。巽はまた風を為し、鸛は能く風雨を預知するの水鳥なり。ゆえに巽は象を取りて鸛と為す。

坎十一月律中黃鍾,黃鍾為宮,為聲調之始,故坎為宮。《釋言》曰:「坎,律銓也。」樊光注云:「坎卦水,水性平,律亦平,銓亦平也。」六律為萬事根本,黃鍾又為六律之本,故為律。為可者,可,河字磨滅之餘,又石鼓文河作可,蓋古文也。坎為大川,故為河。

坎は十一月に当たり、音律は黄鐘に配す。黄鐘は宮音に属し、五声调式の開端なり。ゆえに坎は象を取りて宮と為す。『爾雅·釋言』に曰く、坎とはすなわち律にしてすなわち銓なり。樊光の注に曰く、坎卦は水に属し、水性は平を求め、律管は平を求め、秤銓もまた平を求む。六律は万事の根本にして、黄鐘はまた六律の根本なり。ゆえに坎は象を取りて律と為す。至りて象を取りて「可」と為すは、「可」は「河」字の磨損残缺して剩る所の部分にして、再び『石鼓文』の裏に「河」はまさに「可」と写作す——ほぼ古文の写法なり。坎は象を取りて大川と為す。ゆえに象を取りて河と為す。

為楝未詳,或云當為棟,《大過》「棟橈」謂坎也。案虞氏注《大過》以巽木為棟,疑不能明也。為叢棘者,坎於木為堅多心,故為叢棘。坎上六「示于叢棘」是也。坎為鬼,《說文》曰:「狐者鬼所乘。」故為狐。子夏曰:「坎為小狐。」干寶亦云為狐也。疾藜棘類,《困》六三「據于蒺藜」,虞氏亦云坎也。

象を取りて「楝」と為すは、含义は詳かならず、人ありて応に「栋」と作るべしと言い、『大过卦』の「栋橈」は講ずる所まさに坎なり。恵棟の按に曰く、虞翻が『大过』に注するは巽木を以て栋と為す——この一条は存疑にして、説き明白かならず。象を取りて叢生の荆棘と為すは、坎が樹木に就きて言えば堅実にして心多きの木なるを以て、ゆえに叢棘を為す。『坎卦』の上六爻辞「叢棘に寘く」はまさにこの象なり。坎はまた象を取りて鬼と為し、『説文』に「狐狸とは鬼の乗騎する所なり」と言う。ゆえに象を取りて狐と為す。子夏に坎は小狐を為すと言い、干宝もまた坎は狐を為すと言う。蒺藜は棘類に属し、『困卦』の六三爻辞に「蒺藜に拠る」と言い、虞翻もまたこれを坎象と言う。

《蒙》初六曰「用說桎梏」,虞注云:「坎為穿木,震足艮手,互與坎連,故為桎梏。」昭四年《春秋傳》曰:「純離為牛。」坤為牝,坤二五之乾成離,故為牝牛。艮為鼻者,管寧曰:「鼻者,艮天中之山。」裴松之案:「相書謂鼻之所在為天中,鼻有山象,故曰天中之山。」《噬嗑》六二「噬膚滅鼻」,鼻謂艮也。

『蒙卦』の初六爻辞に「用いて桎梏を説く」と言い、虞翻の注に曰く、坎は穿鑿せたる木頭を象り、震は足を象り艮は手を象り、互体は坎と相連り、足と手とはみな木具に鎖せらる。ゆえに脚鐐手銬を為す。『左傳』の昭公四年に「純離の卦は牛を為す」と言い、坤は象を取りて雌と為し、坤の第二爻と第五爻とは乾に交入して離を成す。ゆえに離は象を取りて母牛と為す。艮は象を取りて鼻と為すは、管寧に曰く、鼻子とはすなわち艮の象る所の「天中の山」なり。裴松之の按語に曰く、相書は鼻子の在る所の部位を「天中」と呼び、鼻子は隆起して山の形状あり。ゆえに天中の山と呼ぶ。『噬嗑卦』の六二爻辞「膚を噬いて鼻を滅す」、あの鼻はまさに艮象なり。

為虎者,艮無虎象,虎當為膚字之誤也,虞氏亦云艮為膚也。為狐者,《未濟》卦辭曰:「小狐訖濟。」虞注云:「否艮為狐。」僖十四年《春秋傳》曰:「其卦遇《蠱》,曰獲其雄狐。」《蠱》上體艮為狐也。坎為狐,取其形之隱也;艮為狐,取其喙之黔也。兌為常者,九家注云:「常,西方之神也。」輔頰者,兌上也,《咸》上曰「咸其輔頰舌」,故為輔頰也。以上逸象凡三十一,訛一羨一,實三十也。

象を取りて虎と為すも、而も艮は竝びに虎の象なし——「虎」は当に「膚」字の誤なるべし、虞翻もまた艮は象を取りて膚と為すと言う。象を取りて狐と為すは、『未済』の卦辞に「小狐は汔く済る」と言い、虞翻の注に『否卦』の裏の艮は象を取りて狐と為すと言う。『左傳』の僖公十四年の記載に、占い得たる卦は『蠱』にして、繇辞に「その雄狐を獲」と言う。『蠱卦』の上体は艮なり。ゆえに艮は狐を為す。坎は象を取りて狐と為すは、それが形跡隠蔽なるを取る。艮は象を取りて狐と為すは、それが嘴部が黒を発するを取る。兌は象を取りて「常」と為すは、九家の注に曰く、常は西方の神なり。象を取りて面頰と為すは、兌の上爻を指し、『咸卦』の上六爻辞「その輔頰舌を咸す」。ゆえに輔頰を為す。以上の九家逸象は合計三十一条ありて、その中の一条は訛字にして一条は重出す——実際にはただ三十条あるのみ。

○虞氏傳其家五世孟氏之學,八卦逸象十倍於九家。如乾逸象六十一:為王,為神,為人,為聖人,為賢人,為君子,為善人,為武人,為行人,為物,為敬,為威,為嚴,為道,為德,為信,為善,為良,為愛,為忿,為生,為慶,為祥,為嘉,為福,為祿,為積善,為介福,為先,為始,為知,為大,為盈,為肥,為好,為施,為利,為清,為治,為高,為宗,為甲,為舊,為久,為古,為畏,為大明,為晝,為遠,為郊,為野,為門,為大謀,為道門,為百,為歲,為朱,為頂,為圭,為蓍。

虞翻の一家は五代相伝えて孟喜一派の『易』学にして、彼の用いる所の八卦逸象は九家の『易』より十倍を多出す。単に乾の一卦の逸象にしてすでに六十一条あり:王・神・人・聖人・賢人・君子・善人・武人・出行の人・物・恭敬・威・荘厳・道・徳・誠信・善・良・愛・忿怒・生・喜慶・祥瑞・嘉美・福・禄・積善・大福・先・始・智・大・盈満・肥厚・美好・施与・利・清・治・高・宗主・甲・旧・久・古・敬畏・大明・白昼・遠・近郊・曠野・門・大の謀略・道門・百・歳・朱紅・頭頂・玉圭・蓍草。これらの条目は或るは乾の尊貴を取り、或るは乾の剛健を取り、或るは乾の光明久遠を取り、みな乾徳より推衍して出づ。九家の補う所は過ぎず四条、虞氏の家伝は却ってこのごとく繁富なり——足りて漢人の『易』を解するは処処に象を以て拠と為すを見る。

坤象八十一:為妣,為民,為刑人,為小人,為鬼,為尸,為形,為自,為我,為躬,為身,為拇,為至,為安,為康,為富,為財,為積,為重,為厚,為基,為致,為用,為包,為寡,為徐,為營,為下,為裕,為虛,為書,為永,為邇,為近,為思,為默,為惡,為禮,為義,為事,為類,為閉,為密,為恥,為欲,為過,為丑,為惡,為怨,為害,為終,為喪,為死,為殺,為亂,為喪期,為積惡,為冥,為晦,為夜,為暑,為乙,為年,為十年,為盍,為戶,為闔戶,為庶政,為大業,為土,為田,為邑,為國,為邦,為大邦,為鬼方,為器,為缶,為輻,為虎,為黃牛。

坤の逸象に八十一条あり:亡母・百姓・受刑の人・小人・鬼・尸・形体・自・我・躬・身・拇指・至・安・康・富・財・積聚・重・厚・基址・招致・施用・包容・寡少・徐緩・経営・下・寛裕・虚・文書・永・邇・近・思・沈黙・厭悪・礼・義・事・類・閉・密・羞恥・欲・過失・醜・悪・怨・害・終・喪・死・殺・乱・居喪の期・積悪・幽冥・晦暗・夜・暑・天干乙・年・十年・盍・門戸・閉戸・衆政・大業・土・田・邑・国・邦・大邦・鬼方・器・瓦缶・車輻・虎・黄牛。この一長串の条目は、或るは坤の柔順卑下を取り、或るは坤の含蔵閉斂を取り、或るは坤の幽暗と終尽とを取り、或るは坤が土を為し地を為すに因りて田邑邦国に推及す。名目は多しといえども、みな坤徳の範囲を跳出さず。

震象四十九:為帝,為主,為諸侯,為人,為行人,為士,為兄,為夫,為元夫,為行,為徵,為出,為逐,為作,為興,為奔,為奔走,為驚衛,為百,為言,為講,為議,為問,為語,為告,為響,為音,為應,為交,為懲,為後,為世,為從,為守,為左,為生,為緩,為寛仁,為樂,為笑,為大笑,為陵,為祭,為鬯,為草莽,為百榖,為麋鹿,為筐,為趾。

震の逸象に四十九条あり:帝・主・諸侯・人・出行の人・士・兄・丈夫・元夫・行走・征伐・外出・追逐・興作・興起・奔・奔走・驚動護衛・百・言語・講・議・発問・告語・回响・声音・応和・交・懲戒・后・世・随从・守・左・生・和緩・寛仁・快楽・笑・大笑・丘陵・祭祀・鬯酒・草莽・百穀・麋鹿・竹筐・脚趾。これらの条目は大抵震の三层の性情より推して来たる:雷は動きて外出を主る。ゆえに行・征・奔の一類あり。雷声は口より出づ。ゆえに言・音・笑の一類あり。震は春季に当たりて発生を主る。ゆえに草莽・百穀の一類あり。

坎象四十七:為雲,為元云,為大川,為志,為謀,為惕,為疑,為恤,為逖,為悔,為涕洟,為疾,為災,為破,為罪,為悖,為欲,為淫,為獄,為暴,為毒,為虛,為瀆,為孚,為平,為則,為經,為法,為藂,為聚,為習,為美,為後,為入,為納,為臀,為腰,為膏,為陰夜,為歲,為三歲,為酒,為鬼,為校,為穿木,為弧,為弓彈。

坎の逸象に四十七条あり:雲・大雲・大川・心志・謀慮・警惕・疑慮・憂恤・疏遠・悔・涕涙・疾病・灾禍・破敗・罪・悖乱・欲・淫・牢獄・凶暴・毒・虚・溝瀆・誠信・平・準則・経常・法度・叢・聚・習・美・后・入・納・臀・腰・脂膏・陰夜・歳・三年・酒・鬼・枷械・穿鑿の木・弧・弓弾。その中の憂・疑・疾・灾・獄・罪の一類は坎の険陥を取り、孚・平・則・経・法の一類は水性の均平を取り、雲・大川・酒・膏の一類は則ち水の本象を取る。

艮象三十七:為弟,為小子,為賢人,為童,為童僕,為官,為友,為道,為時,為小狐,為狼,為碩,為碩果,為慎,為順,為待,為執,為厚,為求,為篤實,為穴居,為城,為宮,為庭,為廬,為牖,為居,為舍,為宗廟,為社稷,為星,為斗,為沫,為肱,為背,為尾,為皮。

艮の逸象に三十七条あり:弟・小子・賢人・童子・童僕・官・朋友・道路・時・小狐・狼・碩大・碩果・謹慎・順・等待・執持・厚・求取・篤実・穴居・城・宮室・庭院・廬舍・窓牖・居・舍・宗廟・社稷・星・北斗・沫・臂肱・脊背・尾・皮。その中の弟・小子・童僕は艮が少男なるを取り、慎・待・執・篤実は艮の静止を取り、城・宮・庭・廬・宗廟は則ち艮が門闕を為し山止なるの象を取る。

巽象二十:為命,為誥,為號,為隨,為處,為利,為商,為同,為歸,為交,為白茅,為草莽,為草木,為薪,為帛,為墉,為床,為桑,為虵,為魚。離象十九:為黃,為見,為飛,為明,為光,為甲,為孕,為戎,為刀,為斧,為資斧,為矢,為黃矢,為罔,為鸖,為鳥,為飛鳥,為甕,為瓶。兌象九:為友,為朋,為刑,為刑人,為小,為密,為見,為右,為少知。以上逸象共三百二十三,義備疏中,不復訓也。

巽の逸象に二十条あり:命令・誥命・号令・随・処・利・商賈・同・帰・交・白茅・草莽・草木・柴薪・帛・城墻・床・桑樹・蛇・魚。前の一半は巽が風を為し風行して号令は随いて出づるを取り、後の一半は巽が木を為し繩を為し入を為すを取る。離の逸象に十九条あり:黄・見・飛・明・光・甲・懐孕・兵戎・刀・斧・資斧・箭矢・黄矢・羅網・鶴・鳥・飛鳥・瓮・瓶——大抵は離の光明および外剛内柔を取る。兌の逸象に九条あり:友・朋・刑・受刑の人・小・密・見・右・少知——大抵は兌が少女を為し口舌を為し毀折を為すを取る。以上の虞翻の用いたる逸象は合計三百二十三条にして、各条の義理は前面の疏文の裏にすでに皆具われり。ここに再び一一に訓釋せず。

周易述 巻二十・元和恵棟撰

易微言 上

元

《易·上經》曰:「乾,元亨利貞。」述曰:元,始也,乾初為道本,故曰元。六爻發揮,旁通於坤,故亨。利貞者,六爻皆正,成既濟定也。《彖傳》曰:「大哉乾元,萬物資始,乃統天。」述云:資,取;統,本也。大衍之數五十,其用四十有九,其一元也,故六十四卦萬一千五百二十筴皆取始於乾元。筴取始於乾,猶萬物之生本乎天。

『周易』の上経の『乾卦』の卦辞に曰く「乾は元亨利貞なり」と。恵棟の自述に曰く、「元」とはすなわち開始にして、乾卦の初爻は全部の道理の根本なり。ゆえに「元」と呼ぶ。六爻は依次に作用を発揮し、坤卦と旁通交感す。ゆえに能く「亨」なり。いわゆる「利貞」とは、六爻が各々正位に帰して『既済』の定局を成就するなり。『乾卦·彖傳』に曰く「偉大なるかな乾の元、万物はみなそれを靠りて開始し、それは整個の天道を統攝す」と。恵棟の自述に曰く、「資」は取用にして、「統」は根本なり。大衍の数は五十にして、実際には四十九根を使用し、多出するあの一根はすなわち「元」なり。ゆえに六十四卦の合計一万一千五百二十策はみな乾元より開端を取得す。蓍策が乾を以て始と為すは、まさに万物の生長が天を以て本と為すがごとし。

又曰:「至哉坤元,萬物資生,乃順承天。」述云:乾坤相併俱生,合於一元,故萬一千五百二十筴皆受始於乾,由坤而生也。天地既分,陽升陰降,坤為順,故順承天。

『坤卦·彖傳』はまた曰く「極致なるかな坤の元、万物はみなそれを靠りて生養し、それは順応して上天を承奉す」と。恵棟の自述に曰く、乾と坤とは並列して同時に産生し、共同に一個の「元」に帰合す。ゆえに一万一千五百二十策はみな乾より開始し、再び坤に由りて生養して出づ。天地分判の後、陽気は上昇し陰気は下降し、坤の徳性は順従なり。ゆえにそれが順にて上天を承ると言う。

《文言》曰:「元者善之長也。」述云:始息於子,故曰善之長。外傳曰:「震雷長也,故曰元。」《尚書·召誥》曰:「其維王位在德元。」

『乾卦·文言』に曰く「元は衆善の首なり」と。恵棟の自述に曰く、陽気は子月より生長を開始す。ゆえにこれを「善の長」と称す。『国語』に曰く、震は雷を為し、雷は万物の首長なり。ゆえに「元」と呼ぶ。『尚書·召誥』に曰く「ただ王の地位は徳の首位に処るのみ」と。

《公羊》:「元年春王正月。」「元年者何?君之始年也。」何休注云:「變一為元。元者氣也,無形以起,有形以分,造起天地,天地之始也。」疏云:《春秋說》云:「元者,端也,氣泉。」注云:「元為氣之始,如水之有泉。泉,流之原。無形以起,有形以分,窺之不見,聽之不聞。」宋氏云:「無形以起,在天成象;有形以分,在地成形也。」疏又云:《春秋說》云:「王不上奉天文以立號則道術無原,故先陳春後言王;天不深正其元則不能成其化,故先起元然後陳春矣。是以推元在春上,春在王上矣。」《文選》注引《元命苞》曰:「元年者何?元宜為一,謂之元何?曰君之始年也。」

『春秋公羊傳』:経文は「元年春王正月」と作り、伝文は問う「元年とは何ぞ」、答う「是れ国君即位の頭一年なり」と。何休は注を作して曰く、「一」を改めて「元」と称す。元はすなわち気にして、それは無形にして万物を生起し、有形にして万物を分判し、天地を創造す——天地の起点なり。徐彦の『疏』に曰く、『春秋説』は「元はすなわち端緒にして、すなわち気の泉源なり」と講じ、その注に曰く、元は気の開端にして、水に泉源あるがごとく、泉は水流の源頭なり。無形の時はそれはすでに生起し、有形の後はそれはこそ分判し、それを看れば見えず、それを聴けば聞こえず。宋均に曰く、「無形を以て起こる」は天上に於いて星象と成り、「有形を以て分かつ」は地上に於いて形体と成る。『疏』はまた曰く、『春秋説』に講ず、王は若し上は天文を奉承して名号を建立せざれば、治道に本原なし。ゆえに経文は先ず「春」を写して後に「王」を写す。天は若しその元を深く正さざれば、化育を成就する能わず。ゆえに先ず「元」を提げて然る後こそ「春」を提ぐ。因りて排列の次序は元は春の上に在り、春は王の上に在る。『文選』の注は『春秋元命苞』を引きて曰く「元年とは何ぞ。元は本当に一と写作すべきを、何を為めてこれを元と称するや。答えて曰く、これは国君即位の頭一年なり」と。

「公何以不言即位?」何休注云:「即位者,一國之始,政莫大於正始,故《春秋》以元之氣正天之端,《春秋》以下皆《元命苞》文。以天之端正王之政,以王之政正諸侯之即位,以諸侯之即位正竟內之治。諸侯不上奉王之政則不得即位,故先言正月而後言即位。政不由王出則不得為政,故先言王而後言正月也。王者不承天以制號令則無法,故先言春而後言王。天不深正其元則不能成其化,故先言元而後言春。五者同日並見,相須成體,乃天人之大本,萬物之所繫,不可不察也。」疏云:元年春者天之本,王正月公即位者人之本,故曰天人之大本也。

『公羊傳』は問う「隠公は何を為めて即位を写さざる」、何休の注に曰く、即位は一国の開端にして、為政は開端を端正するより重大なるはなし。ゆえに『春秋』は元気を用いて上天の端緒を端正し——「『春秋』は元の気を以てす」以下はみな『春秋元命苞』の原文なり——再び上天の端緒を用いて王の政令を端正し、王の政令を用いて諸侯の即位を端正し、諸侯の即位を用いて境内の治理を端正す。諸侯は上は王の政令を奉承せざれば即位する能わず。ゆえに経文は先ず「正月」を写して後に「即位」を写す。政令は王に由りて発せられざれば政と成らず。ゆえに先ず「王」を写して後に「正月」を写す。王者は天意を承奉して号令を制定せざれば法度なし。ゆえに先ず「春」を写して後に「王」を写す。天はその元を深く正さざれば化育を成就する能わず。ゆえに先ず「元」を写して後に「春」を写す。この五者は同時に一行の経文に並見して、彼此相待してこそ一個の整体を成す——まさに天人の大根本・万物の繋る所の処にして、細察せざるべからず。徐彦の『疏』に曰く「元年春」は天の根本にして、「王正月公即位」は人の根本なり。ゆえにこれを天人の大本と呼ぶ。

《呂氏春秋·名類》曰:黃帝曰:「芒芒昧昧,因天之威,一作道。與元同氣。」芒芒昧昧,廣大之貌。天之威,無不敬也。非同氣不協,故曰「同氣賢於同義,同義賢於同力,同力賢於同居,同居賢於同名」。帝者同氣,同元氣也;王者同義,同仁義也;霸者同力,同武力也;勤者同居則薄矣,同居於世;亡者同名,同名則觕矣,同名不仁不義。觕,惡也。「其智彌觕者其所同彌觕,其智彌精者其所同彌精。」精,微妙也。「故凡用意不可不精。夫精,五帝三王之所以成也。」

『呂氏春秋·名類』は黄帝の話を記して曰く「広大幽遠なるかな、上天の威霊を憑依して、元気とその気を同じくす」(「威」字は一本は「道」と作る)。「芒芒昧昧」は広大無辺を形容す。「天之威」とは上天に対して敬畏せざるなきを言う。同気に非ざれば協合する能わず。ゆえに曰く、同気は同義に勝り、同義は同力に勝り、同力は同居に勝り、同居は同名に勝る。帝の層次は同気にして、すなわち元気と相同じ。王の層次は同義にして、すなわち仁義と相同じ。霸の層次は同力にして、すなわち武力と相同じ。勤苦の君はただ一世に同居するを為すのみ、則ち浅薄なり。亡国の君はただ同名を剩るのみ、則ち粗劣なり——いわゆる同名とはすなわち仁ならずまた義ならずなり。「觕」は粗悪の意思なり。原文は引き続き曰く、智慮は粗なるほど、同ずる所もまた粗なり。智慮は精なるほど、同ずる所もまた精なり。「精」はすなわち微妙なり。ゆえにおよそ心を用うるは精ならざるべからず。この「精」字はまさに五帝三王の成功する所以の関鍵なり。

又《名類》曰:「元者吉之始也。」案:此與「幾者動之微,吉之先見者也」同義。《易通卦驗》曰:「天皇之先與乾曜合元。」

『呂氏春秋·名類』はまた曰く「元は吉の開端なり」と。恵棟の按に曰く、これは『繫辭』の言う所の「幾は動の幽微の処にして、吉の先行して显露するの征兆なり」と意思相同じ。『易緯通卦験』に曰く、天皇氏以前の時代は乾卦の主る所の日曜と同じく一元に合せり。

《莊子·大宗師》曰:「伏戲得之,以襲氣母。」司馬彪云:「襲,入也。氣母,元氣之母也。」崔譔云:「取元氣之本。」《通典》:魏侍中繆襲議曰:「元者一也,首也,氣之初也。是以周文演《易》以冠四德,仲尼作《春秋》以統三正。」

『荘子·大宗師』に曰く「伏羲は道を得て、用いて元気の母に契入せり」と。司馬彪の注に曰く「襲」は進入にして、「気母」はすなわち元気の本源なり。崔譔の注に曰く、これは元気の根本を取る。『通典』は魏国の侍中の繆襲の奏議を載せて曰く、元はすなわち一にして、すなわち首にして、すなわち気の最初なり。ゆえに周文王は『周易』を推演して「元」を元亨利貞の四徳の首に列せ、孔子は『春秋』を作して「元」を用いて夏商周の三正を統攝せり。

《春秋命曆序》曰:「元氣正則天地八卦孳也。」《文選》注一。《元命包》曰:「水者五行始焉,元氣之所湊液也。」同上。《說題辭》曰:「元清氣以為天,渾沌無形體。」宋均注云:「言元氣之初如此也,渾沌未分也。」言氣在《易》為元,在《老》為道,義不殊也。《文選》注卅四。

『春秋命暦序』に曰く、元気は端正して、天地と八卦とは便ち随いて滋生す(『文選』の注の巻一に見る)。『春秋元命苞』に曰く、水は五行の起首にして、元気の聚合凝結して成るの液体なり(同じく上)。『春秋説題辞』に曰く、元気の清明の部分は上昇して天と成り、一片混沌にして形体なし。宋均の注に曰く、これは元気の最初の状態を講じ、混沌は未だ分判せず。見るに同様に「気」を講じて、『周易』の裏に「元」と呼び、『老子』の裏に「道」と呼ぶも、意思は竝びに両様ならず(『文選』の注の巻三十四に見る)。

《說文》「無」字下云:「奇字無通於元者。」案:奇字,衛宏所撰古文奇字也。《老子·道經》曰:「道可道,非常道。」河上公注云:「夫道者,一元之至理。有經術政教之道,有自然長生之道。常道當以無為養神,無事安民,含光藏曜,滅跡匿端,不可稱道。」

『説文解字』は「无」字の下に曰く、奇字の写する所の「无」は「元」と相通ず。恵棟の按に曰く、いわゆる奇字とはすなわち衛宏の編する所の古文奇字なり。『老子·道経』に曰く「道は道くべきも、常道に非ず」と。河上公の注に曰く、いわゆる道とは一元の最高義理なり。世上に経術政教を講ずるの道あり、もまた自然長生を講ずるの道あり。恒常の道は当に無為を以て精神を涵養し、無事を以て百姓を安定し、光華を含蓄し光耀を隠蔵し、形跡を泯滅し端倪を蔵起す——言語を以て称説すること能わざるの法なり。

董子《繁露》曰:「惟聖人能屬萬物於一而繫之元也,故不及本所從來而承之,不能遂其功。是以《春秋》變一謂之元。元猶原也,其義以隨天地終始也。」《繫上》曰:「原始反終。」「故人惟有終始也,而生死必應四時之變。原始反終,故知死生之說。」說,舍也。「故元者為萬物之本而人之元在焉。」

董仲舒の『春秋繁露』に曰く、ただ聖人のみ能く万物を「一」に統属してこれを「元」に繋げり。ゆえに万物の由来の本原に遡りてこれを承接せざれば、その功用を成就する能わず。因りて『春秋』は「一年」の「一」を改めて「元」と称す。「元」はすなわち「原」に譬え、取る所は天地に随いて終わりて始まるの意思なり。恵棟はここに『繫辭上』の「原を始めて終に反る」の一語を插引して以て印証を為す。『繁露』は引き続き曰く、ゆえに人はただ終あり始あれば、生死は必ず四時の変化と相応す。開端を推原し終結を反求し、因りて生死の道理を懂得す。「説」はここに当に「舎」と講ずべし。『繁露』はまた曰く、ゆえに「元」は万物の根本にして、而も人の「元」もまたその中に在るなりと。

《禮統》曰:「天地者,元氣之所生,萬物之祖。」後漢書班固傳注及莊子釋文。元即太極,太極生兩儀,故云天地者元氣之所生。《三統曆》曰:「太極元氣,函三為一。」極,中也;元,始也。又曰:「陰陽合德,氣鍾於子,化生萬物者也。」又曰:「元典曆始曰元。」傳曰:「元,善之長也。」「共養三德為善。」孟康注云:「謂三統之微氣也,當施育萬物,故謂之德。」又曰:「元,體之長也,合三體而為之原,故曰元。於春三月,每月書王,元之三統也。三統合於一元,故因元而九,三之以為法。」又曰:「經元一以統始,易太極之首也。」

『礼統』に曰く、天地は元気の生ずる所にして、万物の始祖なり(『後漢書·班固傳』の注および『荘子釋文』に見る)。恵棟の按に曰く、元はすなわち太極にして、太極は両儀を生ず。ゆえに天地は元気の生ずる所と言う。『漢書·律暦志』の載する所の『三統暦』に曰く「太極元気は、三を包含して一を為す」と。「極」は中にして、「元」は始なり。又曰く、陰陽は徳性会合して、気は子位に凝聚し、因りて万物を化生す。又曰く、元典暦は「元」を以て起首と為す。伝文に曰く、元は衆善の首なり。共同に三徳を養成するはすなわち善なり。孟康の注に曰く、これは三統の隠微の気を指し、それは当に万物を施与化育すべし。ゆえに徳と称す。又曰く、元は形体の首端にして、三体を合して以てそれらの本原と為す。ゆえにこれを元と称す。一年の春季三個月は、毎月みな「王」と書す——これすなわち元の統ぶる所の三統なり。三統は一元に合す。ゆえに元に依りて九を得、再び三を以てこれに乗じて以て推歩の法と為す。又曰く、元一を奉持して以て開端を統攝す——これまさに『周易』が太極を以て万物の首と為すの意思なり。

何休《公羊》成八年注云:「王者,號也。德合元者稱皇。」孔子曰:「皇象元,逍遙術,無文字,德明諡。」「德合天者稱帝,河洛受瑞可放。仁義合者稱王,符瑞應,天下歸往。」疏云:謂元氣是總三氣之名,三氣謂天地人。《三統曆》曰:「太極,元氣,函三為一。」三氣謂酉戌亥。是故其德與之相合者謂之皇。皇者,美大之名。「孔子曰」至「明諡」,皆《春秋說》文。

何休が『公羊傳』の成公八年に注して曰く「王」とは一種の名号にして、徳と元と相合するを「皇」と称す。孔子に曰く、皇は元に取象して、その道は逍遥自運にして、文字の教なく、徳行顕明なるは則ち拠りて以て諡と為す。徳と天と相合するを「帝」と称し、河図洛書は祥瑞を降下して、依りて行うべし。仁義に合するを「王」と称し、符瑞感応して天下は帰附す。徐彦の『疏』に曰く、いわゆる元気とは三気を総括するの名称にして、三気は天・地・人を指す。『三統暦』に「太極元気は三を包含して一を為す」と言い、この三気はまた酉・戌・亥に配す。ゆえに徳と元気と相合するを「皇」と呼び、「皇」は美大の名号なり。「孔子曰」より「明諡」に至るのこれら几句はみな『春秋説』の原文なり。

宋氏云:宋均注。言皇之德象合元矣。逍遙猶勤動行其德術,未有文字之教,其德盛明者為其諡矣。天者,二儀分散以後之稱,子仲,故其德與之相合者謂之帝。帝者,諦也,言審諦如天矣。當爾之時,河出圖,洛出書,可以受而行之,則施於天下,故曰「河洛受瑞可放」耳。二儀既分,人乃生焉。人之行也,正直為本,正直即中行。行合於仁義者謂之王,行合人道者,符瑞應之而為天下所歸往耳。是以王字通於三才,得為歸往之義。

宋氏(すなわち宋均の注)に曰く、これは皇の徳性が元に取象して元と相合するを講ず。いわゆる「逍遥」とは猶お勤勉不息にその徳術を推行するがごとし。あの時は未だ文字教化なく、徳行盛明なるは則ちそれを用いて諡号を作す。いわゆる「天」とは天地二儀が分開した後の称呼なり(此処の「子仲」の二字は底本に疑いに脱訛あり)。ゆえに徳と天と相合するを「帝」と呼ぶ。「帝」はすなわち「諦」にして、言う所は彼が審察詳明して上天のごとし。あの時候に到れば、黄河は図を出し洛水は書を出して、承受して奉行すべく、これを天下に施す。ゆえに「河洛は瑞を受けて放つべし」と言う。二儀すでに分判して人こそ産生す。人の行為は正直を以て根本と為し、正直はすなわち中行なり。行為が仁義に合するを「王」と呼ぶ。行為が人道に合乎るは、符瑞は来たりて感応し、天下もまた彼に帰附す。ゆえに「王」字は天地人の三才を貫通して、こそ「帰往」の含义を有することを得。

《白虎通》曰:「皇,君也,美也,大也,天之總美大稱也。時質故總之也。號之為皇者煌煌,人莫違也。煩一夫、擾一士以勞天下,不為皇也;不擾匹夫匹婦,故為皇。虛無寥廓,與天地通靈也。」

『白虎通』に曰く「皇」の意思は君にして、美にして、大にして、それは上天の種種の美大の徳の総称なり。上古の風気は質朴なれば、ゆえに一個の総名を用いて称呼す。これを「皇」と称するは、煌煌たる光明にして人ありて敢えて違背するなきの義を取る。若し一個の百姓を労煩し一個の士人を擾動して天下を受累せしめば、「皇」のこの称号に当たらず。まさに任何の一対の普通夫婦をも驚擾せざるを以て、こそ「皇」と称するに配す。彼は虚静空闊にして、天地の霊気と相通ず。

又曰:「德合天地者稱帝,仁義合者稱王,別優劣也。」《禮記諡法》曰:「德象天地稱帝,仁義所生稱王。」帝者天號,王者五行之稱也。《淮南·泰族》曰:黃帝曰:「芒芒昧昧,因天之威,與元同氣。」故「同氣者帝,同義者王,同力者霸,無一焉者亡」。

『白虎通』はまた曰く、徳と天地と相合するを「帝」と称し、仁義に合するを「王」と称するは、これは用いて高下を区別するなり。『礼記』の載する所の諡法に曰く、徳行が天地を取象するを「帝」と称し、仁義に由りて生ずる所を「王」と称す。「帝」は上天の名号にして、「王」は五行運転の称谓なり。『淮南子·泰族訓』は黄帝の話を引きて曰く「広大幽遠なるかな、上天の威霊を憑依して、元気とその気を同じくす」と。ゆえに曰く、元気と相同じきは帝と成り、仁義と相同じきは王と成り、武力と相同じきは霸と成る。三者は一様にみな占めざれば則ち滅亡するを要す。

《易乾鑿度》曰:「易一元以為元紀。」鄭注云:「天地之元,萬物所紀。」《河圖》曰:「元氣闓陽為天。」《後漢·方術傳》序云:「其流又有風角、遁甲、七政、元氣。」注:元氣謂開闢陰陽之書也。

『易緯乾鑿度』に曰く、『易』は一元を以て万象の綱紀と為す。鄭玄の注に曰く、天地の元はまさに万物の依循する所の綱紀なり。『河図』に曰く、元気は陽気を開啓して天と成る。『後漢書·方術傳』の序に曰く、あの一流の術数にさらに風角・遁甲・七政・元気等の門類あり。李賢の注に曰く、いわゆる元気とは天地の開闢・陰陽の変化を講ずるの書なり。

元を体す

《文言》曰:「元者善之長也,君子體仁足以長人。」述云:乾為善始,息於子,故曰善之長。外傳曰:「震雷長也,故曰元。」《易》有三才,故舉君子。初九仁也,元為體之長,君子體仁,故為人之長。

『乾卦·文言』に曰く「元は衆善の首にして、君子は仁徳を体察すれば則ち足りて人の領袖を為す」と。恵棟の自述に曰く、乾は善の開端にして、陽気は子月より生長す。ゆえに「善の長」と称す。『国語』に震は雷を為し雷は万物の長を為すと言う。ゆえに「元」と呼ぶ。『周易』は天地人三才の道を兼備す。ゆえにここに特別に「君子」を挙出して講ず。乾の初九の一爻はまさに「仁」なり。元は一身の首端にして、君子は能く仁徳を体察す。ゆえに能く衆人の長と為る。

又曰:「乾元用九,天下治也。」述云:正元以成化,故天下治。疏云:《春秋元命苞》曰:「天不深正其元,不能成其化。」九者變化之義,以元用九,六爻皆正,王者體元建極而君臣上下各得其位,故天下治也。

『乾卦·文言』はまた曰く「乾元は九を用いて、天下は大治す」と。恵棟の自述に曰く、元気を端正して以て化育を成就す。ゆえに天下は大治す。恵棟の自疏に曰く、『春秋元命苞』に「天はその元を深く正さざれば、化育を成就する能わず」と言う。「九」に変化の義を含み、元を以て九を運用すれば、六爻は就いてみな各々正位に帰す。王者は元気を体察し中極を建立して、君臣上下は各々その位を得。ゆえに天下は大治す。

又曰:「飛龍在天,乃位乎天德。」述云:體元居正,故位乎天德。又曰:「乾元用九,乃見天則。」述云:六爻皆正,天之法也,在人則為王度。《易說》:「易六位正,王度見矣。」

『乾卦·文言』はまた曰く「飛竜天に在り、これは天徳の位に居るなり」と。恵棟の自述に曰く、元気を体察して正位に居守す。ゆえに天徳の位に居ると言う。『文言』はまた曰く「乾元は九を用いて、ここにおいて上天の法則を顕現す」と。恵棟の自述に曰く、六爻はみな各々正位に帰するはすなわち上天の法度にして、人事に落到すればすなわち王者の制度なり。緯書の『易説』に講ず、『易』の六個の爻位はみな端正せられれば、王者の法度もまた便ち顕現す。

《書》曰:「其惟王位在德元,小民乃惟刑用於天下越王顯。」《晉語》:悼公言於諸大夫曰:「抑人之有元君,將稟命焉。若稟而棄之,是焚谷也。谷,善也。二三子為令之不從,故求元君而訪焉。孤之不元,廢也,其誰怨?元而以虐奉之,二三子之制也。若欲奉元以濟大義,將在今日;若欲暴虐以離百姓、反易民常,亦在今日。」

『尚書·召誥』に曰く「ただ王の地位は徳の首位に処りてこそ、小民はこそ取法して天下に通行し、王の徳業もまたこそ顕揚するを得」と。『国語·晋語』は晋悼公が諸位の大夫に対して言うを記して曰く、人々は既に善良の国君あれば、則ちその号令に聴従するを要す。若し聴きてまた彼を丢開せば、則ち糧穀を焼掉するに等し(「穀」は善の意思なり)。諸位は既に旧君の号令が通行せざるを嫌えば、こそ別に一位の善君を求めて来たりて徴詢せり。我は若し善ならざれば、廃せられても誰を怨むるなく、我は若し善良にして而も諸位は却って暴虐を以て対待せば、則ちそれは諸位の自己の裁断なり。諸位は若し善道を奉持して大義を成就せんと欲せば、今曰に在り。若し暴虐を施行し百姓を離散し民衆の常道を颠倒せんと欲せば、もまた今曰に在り。

无

《中庸》:子曰:「聲色之於以化民末也。」聲色,德之顯者,故曰末也。「詩曰:德輶如毛。」德輶如毛,德之微者,故詩云「民鮮克舉」。「毛猶有倫。上天之載,無聲無臭,至矣。」

『中庸』は孔子の話を引きて曰く「声音と顔色とを用いて百姓を教化するは、あれは末節なり」と。声と色とは徳性の外に显露するの部分なれば、ゆえに末節と称す。『中庸』は引き続き『詩』を引きて曰く「徳は軽きこと羽毛のごとし」と。徳は毛のごとく軽きは、徳の幽微の処に就きて言うなり。ゆえに『詩経』にこそ「百姓は鮮くそれを挙起する能くす」の話あり。『中庸』はまた曰く、羽毛は軽しといえども、畢竟なお可比の物あり。上天が万物を化育するのあの一つ事は、声なく味なし——あれはこそ極致なれ。

《孔子閒居》:孔子曰:「以致五至而行三無。」子夏曰:「敢問何謂三無?」孔子曰:「無聲之樂,無體之禮,無服之喪,此之謂三無。」子夏曰:「三無既得略而聞之矣,敢問何詩近之?」孔子曰:「夙夜其命宥密,無聲之樂也;威儀棣棣,不可選也,無體之禮也;凡民有喪,匍匐救之,無服之喪也。」

『礼記·孔子閑居』の記載に曰く、孔子は「五至」を達到して「三无」を実行するを要すと言う。子夏は問う「請い問う、何を三无と謂う」、孔子に曰く「声音なきの楽、形体なきの礼、喪服を穿たざるの喪——これを三无と謂う」と。子夏に曰く「三无は我すでに大略聴き明白かにせり。請い問う、哪らかの几句の詩がそれに最接近する」、孔子に曰く「『日夜に天命を謀慮し、寛仁にして寧静なり』——これすなわち无声の楽なり。『威儀は安和従容にして、挑剔すべきなし』——これすなわち无体の礼なり。『およそ百姓に喪事あれば、みな竭力して救助し往く』——これすなわち无服の喪なり」と。

六經無有以無言道者,唯《中庸》引《詩》「上天之載,無聲無臭」,及《孔子閒居》論「三無」,此以無言道也。《說文》「無」字下引王育說曰:「天闕西北為無。」乾西北之卦,西北乾元也,天不足西北,故言無。又引古文奇字曰:「無通於元者。」若然,則無與元同義也。《繫上》曰:「易有太極。」《北史》梁武帝問李業興云:「易有太極,極是有無?」業興對曰:「所傳太極是有。」愚謂太極即乾之初九,又謂之元,故不可言無。無通於元,故元為道之本。《三統曆》曰:「道據其一。」一即元也。知元之為道本,則後世先天無極之說皆可不用也。

六経の裏に「无」を用いて道を講ずるはなし。ただ『中庸』が『詩』を引きて「上天の載は声なく臭なし」、および『礼記·孔子閑居』が「三无」を論ずるのこの両処は、算えて「无」を以て道を言うとするべし。『説文解字』は「无」字の下に王育の説法を引きて曰く、天は西北方に缺口ありて、因りて「无」字を造出せり。乾はまさに西北方の卦にして、西北はすなわち乾元の在所なり。天は西北に於いて不足す。ゆえに「无」と称す。『説文』はまた古文奇字を引きて曰く、「无」は「元」と相通ず。このごとく照らせば、「无」と「元」とはもと同一个の意思なり。『繫辭上』に「易に太極あり」と言う。『北史』は梁武帝が李業興に問うを記して曰く「『易』は『易に太極あり』と講ず——この『極』は究竟有なるか无なるか」、李業興は回答して曰く「伝え来たる所の太極は『有』なり」。恵棟は自ら以て為しく、太極はすなわち乾卦の初九にして、すなわち「元」と呼ぶ。ゆえにそれを无と言う能わず。「无」は既に「元」と相通ずれば、ゆえに元はこそ道の根本なれ。『三統暦』に「道はその一を拠守す」と言い、この「一」はすなわち元なり。元が道の根本なるを明白にせば、則ち後世の先天を講じ無極を講ずるのあの一套の説法は、就いてみな用いるに及ばず。

隱元年《公羊傳》曰:「元年者何?君之始年也。」何休注云:「變一為元。元者氣也,無形以起,有形以分,造起天地,天地之始也。」疏云:《春秋說》云:「元者端也,氣泉,無形以起,有形以分,窺之不見,聽之不聞。」宋氏注云:「元為氣之始,如水之有泉,泉流之原。無形以起,在天成象;有形以分,在地成形也。」然則有形與無形皆生乎元氣而來,故言造起天地,天地之始也。

『公羊傳』の隠公元年に曰く「元年とは何ぞ。是れ国君即位の頭一年なり」と。何休の注に曰く、「一」を改めて「元」と称す。元はすなわち気にして、無形にして万物を生起し、有形にして万物を分判し、天地を創造す——天地の開端なり。徐彦の『疏』に曰く、『春秋説』に「元は端緒にして、気の泉源なり。無形の時はそれはすでに生起し、有形の後はそれはこそ分判し、それを看れば見えず、それを聴けば聞こえず」と講ず。宋均の注に曰く、元は気の開端にして、水に泉源あるがごとく、泉は水流の源頭なり。「無形を以て起こる」は天上に於いて星象と成り、「有形を以て分かつ」は地上に於いて形体と成る。既にこのがごときんば、有形の物と無形の気とはみな元気より来たる。ゆえにそれが天地を創造して天地の開端と為すと言う。この一条は前面の「元」題の下に引いたると重出す——恵棟はここに重ねて録するは、要して「有」と「无」とがみな元気に本するのこの一層を顕出せんとす。

劉巘《周易義》曰:「自無出有曰生。」《文選》六。《老子·道經》曰:「視之不見名曰夷,聽之不聞名曰希。」王弼注云:「無象無聲無響,無所不通,無所不往。」又曰:「搏之不得名曰微。」河上公注云:「無色曰夷,無聲曰希,無形曰微。」又曰:「此三者不可致詰,故混而為一。」河上注云:「混,合也,故合於三,名之而為一。」

劉瓛の『周易義』に曰く、无より有を生出すを、則ちこれを「生」と呼作す(『文選』の注の巻六に見る)。『老子·道経』に曰く「それを看れど見えず、これを夷と呼ぶ。それを聴けど聞こえず、これを希と呼ぶ」と。王弼の注に曰く、それは形象なく声音なく回响なく、而も通じざる処なく至らざる処なし。『老子』はまた曰く「それを捫れど得ず、これを微と呼ぶ」。河上公の注に曰く、顔色なきを「夷」と呼び、声音なきを「希」と呼び、形体なきを「微」と呼ぶ。『老子』はまた曰く「この三者は追問して底を尽くす能わず。ゆえに混合して一と為る」。河上公の注に曰く「混」はすなわち合にして、この三者を合起して、それに個の名を取って「一」と呼ぶ。

《德經》曰:「天下萬物生於有,有生於無。」河上注云:「萬物皆從天地生,天地有形位,故言生於有也。天地神明、蜎飛蠕動皆從道生,道無形,故言生於無。」《淮南·說山》曰:「有形出於無形,未有天地能生天地者也,至深微廣大矣。」高誘注云:「未有天地生天地,故無形生有形也。」

『老子·徳経』に曰く「天下の万物は有に生じ、有は无に生ず」と。河上公の注に曰く、万物はみな天地より生出し、天地は有形有位なり。ゆえに「有に生ず」と言う。天地・神明および各種の飛虫蠕動の小生物は、またみな道より生出し、道は形体なし。ゆえに「有は无に生ず」と言う。『淮南子·説山訓』に曰く、有形の東西は無形より出づ。天地が未だ出現せざるの前に、すでに能く天地を生出し得るの東西あり——あれは真に深微にして広大なり。高誘の注に曰く、天地未だ有らざるの時に便ちすでに能く天地を生出せし——見るに無形が有形を生出せるなり。

孫綽《遊天台山賦》曰:「太虛遼廓而無閡,運自然之妙有。」李善注云:「妙有謂一也。言大道運彼自然之妙,一而生萬物也。謂之為妙有者,欲言有,不見其形則非有,故謂之妙;欲言其無,物由之而生則非無,故謂之有也。斯乃無中之有,謂之妙有也。」《文選》十一。

孫綽の『遊天台山賦』に曰く、太虚は遼闊無辺にして阻隔なく、自然の「妙有」を運転す。李善の注に曰く、いわゆる「妙有」とはすなわち「一」にして、意思は大道があの自然の妙理を運転し、一に由りて万物を生出すなり。これを「妙有」と称する所以は、それを「有」と言わんと欲すれば、而も形体を見ず、則ちそれは有に非ず。ゆえにこれを「妙」と称す。それを「无」と言わんと欲すれば、而も万物はまたそれに由りて生ず。則ちそれは无に非ず。ゆえにこれを「有」と称す。これまさに无中の有なれば、因りて「妙有」と呼作す(『文選』の巻十一に見る)。

又曰:「忽即有而得玄。」注云:「王弼以凡有皆以無為本,無以有為功。將欲寤無,必資於有,故云即有而得玄也。」同前。《繫辭》曰:「一陰一陽之謂道。」韓伯注云:「道者何?無之稱也。」詳見本書。

『遊天台山賦』はまた曰く「忽然として則ち『有』の中に於いて玄妙を体悟す」と。李善の注に曰く、王弼は以て為しく、およそ「有」はみな「无」を以て根本と為し、而も「无」は「有」を靠りてこそ功用を見出す。「无」を覚悟せんと欲すれば、必ず「有」を借助せざるを得ず。ゆえに「有」に就きて玄を得と言う(同上の巻)。『繫辭』に曰く「一陰一陽を道と謂う」。韓康伯の注に曰く、道とは何ぞ。是れ「无」の名称なり。この一条の詳細の辨析は『周易述』の本書に見る。

王弼《老子注》云:「凡有皆始於無。」又曰:「有之所始,以無為本。」又曰:「玄冥嘿無有也。」《文選》十一。《世說·文學篇》曰:王輔嗣弱冠詣裴徽,徽問曰:「夫無者誠萬物之所資,聖人莫肯致言,而老子申之無已,何耶?」弼曰:「聖人體無,無又不可以訓,故言必及有。老莊未免於有,恆訓其所不足。」何劭為弼傳曰:「老子是有者也,故恆言無所不足。」《文章敘録》曰:「自儒者論以老子非聖人,絶禮棄學,何晏說與聖人同,著論行於世。」

王弼の『老子注』に曰く、およそ「有」はみな「无」に開始す。又曰く、「有」の発端する所以は、「无」を以て根本と為すなり。又曰く、玄冥沉寂はすなわち「无」なり(『文選』の巻十一に見る)。『世説新語·文学篇』の記載に曰く、王弼は二十歳上に裴徽を拝訪し、裴徽は彼に問うて曰く「『无』は確かに万物の頼りて生成するの拠据なり、而も聖人は偏偏としてそれを談ぜず、老子は却って講じて停まざる——これは何を為めとするや」。王弼は答えて曰く「聖人は自身すなわち『无』を体现し、而も『无』はまた言語を以て訓釋する能わず。ゆえに聖人は一たび口を開けば必ず『有』の上に落着す。老子・荘子は未だ『有』の層次を脱離せず。ゆえに総じて彼らの自己の不足するあの一面を反復申説す」。何劭が王弼の為に伝を作して曰く、老子は「有」の上に停るの人なり。ゆえにいつも彼の不足する所のそれらの処を講ず。『文章叙録』に曰く、自来の儒者の議論はみな老子を以て聖人に非ずと為し、礼教を断絶し学問を拋棄することを主張す。何晏は却って老子は聖人と相同じと言い、還って専論を写成して世に流行せしめたり。

《北史》梁武帝問李業興云:「易有太極,極是有無?」業興對曰:「所傳太極是有。」案:《繫辭》言「易有太極」,不可言無。

『北史』の記載に梁武帝は李業興に問うて曰く「『易』は『易に太極あり』と講ず——この『極』は究竟有なるか无なるか」、李業興は回答して曰く「伝え来たる所の太極は『有』なり」。恵棟の按に曰く、『繫辭』は明らかに「易に太極あり」と言う——一個の「有」字はすでに点明せり。それを「无」と講じ成す能わず。

潜

《乾》初九曰:「潛龍勿用。」《象》曰:「潛龍勿用,陽在下也。」《文言》曰:「龍德而隱者也。」又曰:「潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。」

『乾卦』の初九爻辞に曰く「潜竜勿用」。『小象傳』に曰く「潜竜勿用とは、陽爻がなお最下位に在るを以てなり」。『文言』に曰く、これは竜徳を具有して隠居して出でざるの人なり。『文言』はまた曰く、いわゆる「潜」とは、彼が隠伏して未だ顕現せず、徳行は推進して而も未だ成就せずを言う。ゆえに君子は暫く任用を加えず。

《中庸》曰:「詩云:潛雖伏矣,亦孔之昭。故君子內省不疚,無惡於志。君子之所不可及者,其惟人之所不見乎。」《釋言》曰:「潛,深也。」「潛深,測也。」郭注云:「測亦水深之別名。」

『中庸』に曰く、『詩経』に講ず「魚は水底に潜伏すといえども、仍旧として十分分明に看られり」。ゆえに君子は内に向かいて省察して愧疚する所なく、心志の上に憎悪すべきの処なし。君子に一点ありて別人の趕き及ばざるは、ほぼ則ち別人の看えざるの地方に在るか。『爾雅·釋言』に曰く「潜」はすなわち深なり。又曰く、潜深とはすなわち測なり。郭璞の注に曰く「測」もまた水深の别一种の叫法なり。

《法言·問神篇》曰:「或問神。曰:心。請聞之。曰:潛天而天,潛地而地,天地神明而不測者也,心之潛也,猶將測之,況於人乎,況於事倫乎。」案:潛天而天,潛地而地,所謂知情天地即神也;心之潛也猶將測之,所謂形不測也。天地神明不測而心能測之,伏羲、文王、孔子是也。知情天地、形不測,人與事倫不足言矣。

『法言·問神篇』の記載に曰く、人ありて何を神と為すかを問う、揚雄は答えて曰く、是れ心なり。あの人は彼に請いて細説せしむるに、揚雄に曰く、心は天に潜入すれば則ち天と成り、地に潜入すれば則ち地と成る。天地は神妙光明にして測度すべからず、人心は一たび沈潜し下去れば、尚且つそれを測度せんと要す。況んや人を測度し、況んや人事の条理を測度するをや。恵棟の按に曰く、「天に潜して天と為り、地に潜して地と為る」は講ずる所は心が能く天地の情を知るにして、天地はすなわち神なり。「心の潜なるや、猶お将にそれを測らんとす」は講ずる所は形体は測るべからずといえども心は能くそれに及ぶなり。天地神明はもと測るべからざるにして、而も人心は却って能くそれを測度す——伏羲・文王・孔子は便ちこのようの人なり。既に能く天地の情を知り能くあの測るべからざるの形を測れば、人事と人倫の条理とはさらに話すに及ばず。

又曰:敢問潛心於聖。曰:昔仲尼潛心於文王矣,達之;顏淵亦潛心於仲尼矣,未達一聞(當作「間」)耳。神在所潛而已矣。天神天明,照知四方;天精天粹,萬物作類。人心其神矣乎,操則存,舍則亡,能常操而存者,其惟聖人乎。聖人存神索至(至誠如神),成天下之大順,致天下之大利(大和),和同天人之際(天地位,萬物育),使之而無間者也。此既濟之功能。

『法言』はまた記して、人ありて「敢えて問う、心を聖人に潜めるは怎样なる」と問う。揚雄は答えて曰く、従前、孔子は心を文王に潜めて、終に通達せり。顔淵もまた心を孔子に潜めしも、却ってなお一間差して通達せず(「一聞」は当に「一間」と作るべし)。関鍵はただ心の沈潜する所の対象に在るのみ。上天は神妙光明にして四方を照察し、上天は精純粋美にして万物は類に依りて生ず。人の心はほぼも算えて神とするべきか。それを把持すれば則ち存し、それを放開すれば則ち亡ぶ。能く常に把持して失わざるは、恐怕らくはただ聖人のみ。聖人はこの一点の神明を保存して極処に追索し(恵棟の夾注に曰く、これすなわち『中庸』の言う所の「至誠は神のごとし」なり)、天下の最大の和順を成就し(恵棟の夾注に曰く、これすなわち「大和」なり)、天下の最大の利益を招致し、天と人との間の関係を調和し(恵棟の夾注に曰く、これすなわち「天地位して万物育つ」なり)、天人の間をして隔閡毫もなからしむ。恵棟の按に曰く、これまさに『既済』の成就する所の功用なり。

隠

《文言》曰:「初九潛龍勿用,何謂也?子曰:龍德而隱者也。」潛陽隱初,故隱者也。又曰:「潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。」初隱二見,故隱而未見。

『乾卦·文言』に曰く「初九の『潜竜勿用』とは、これは何の意思ぞ。孔子に曰く、これは竜徳を具有して隠居するの人なり」。恵棟の自述に曰く、潜伏の陽爻は初位に隠蔵す。ゆえに彼を「隠者」と称す。『文言』はまた曰く、いわゆる「潜」とは隠伏して未だ顕現せず、徳行は推進して而も未だ成就せずなり。ゆえに君子は暫く施用せず。恵棟の自述に曰く、初爻は隠を為し二爻は見を為す。ゆえに「隠れて未だ見えず」と言う。

《繫上》曰:「易無思也,無為也,寂然不動,感而遂通天下之故,非天下之至神,其孰能與於此。」虞注云:「寂然不動,謂隱藏坤初,故不動者也;至神謂易,隱初入微,知幾其神乎。」

『繫辭上』に曰く、『易』は思慮する所なく作為する所なく、寂然として動かず、一たび感触あれば則ち天下の万事に貫通す。若し天下の最も神妙なるに非ざれば、誰か能くこの一步に達到せん。虞翻の注に曰く、いわゆる「寂然として動かず」とは陽気が坤の初位に隠蔵するを指し、因りて動かず。いわゆる「至神」とは指す所まさに『易』にして、それは初爻に隠伏して幽微に深入す——まさに『繫辭』の「幾を知るはそれ神なるか」のあの一句に合す。

又曰:「探嘖索隱。」虞注云:「探,取;嘖,初也。初隱未見,故探嘖索隱,則幽贊神明而生蓍。」《中庸》曰:「莫見乎隱,莫顯乎微,故君子慎其獨也。」言隱必見,微必顯,誠中形外,故君子慎獨。

『繫辭』はまた曰く「賾を探り隠を索む」。虞翻の注に曰く、「探」は取にして、「賾」は初爻を指す。初爻は隠伏して未だ顕現せず。ゆえに幽賾を探取し隠微を搜求するを要し、こうしてこそ暗中に神明を賛助して蓍占を産生することを得。『中庸』に曰く「隠蔽の処より容易に顕現するはなく、細微の処より容易に显露するはなし。ゆえに君子は独り居る時に格外に謹慎す」と。恵棟の自述に曰く、これは言う所は隠蔽するは必ず顕現し、細微なるは必ず显露す。内心は真誠なれば則ち外に表現す。ゆえに君子は独を慎むを要す。

又曰:「是故君子不賞而民勸,不怒而民威於鈇鉞。詩曰:不顯維德,百辟其刑之。」案:不顯謂隱也。

『中庸』はまた曰く、ゆえに君子は奨賞を用いずして百姓は自然に勉力し、発怒を用いずして百姓は彼を敬畏すること斧鉞より甚だし。『詩経』に「徳行は顕揚せずといえども、衆諸侯はみな来たりて效法す」と言う。恵棟の按に曰く、ここの「顕らず」とは指す所まさに「隠」なり。

《詩·烝民》曰:「人亦有言,德輶如毛,民鮮克舉之。我儀圖之,維仲山甫舉之,愛莫助之。」毛傳曰:「愛,隱也。」案:如毛猶微也。民鮮克舉,言慎獨者少。毛訓愛為隱,謂隱微也。隱微之間,非人所能助,故愛莫助之。荀子曰:「能積微者速成。詩曰:德輶如毛,民鮮克舉,此之謂也。」荀子,毛公之師也,故其說與荀同。鄭箋不識聖人微言,訓愛為惜,失之遠矣。

『詩経·大雅·烝民』に曰く「人々に句の話ありて曰く、徳は軽きこと羽毛のごとし、而も百姓は鮮くそれを挙げ得る。我はこの件の事を揣度するに、ただ仲山甫のみそれを挙げ得るも、可惜あの隠微の処は旁人は忙を帮うに及ばず」。毛伝に曰く「愛」は隠の意思なり。恵棟の按に曰く、「毛のごとし」は等しく幽微を言い、「民鮮く挙ぐる能くす」は言う所は能く独を慎む的人は少しなり。毛公は「愛」を隠と訓作するは、指す所まさに隠微なり。隠微の間の工夫は別人は手を插むに及ばず。ゆえに「愛はそれを助くる莫し」と言う。荀子に曰く、能く細微の功夫を積累する人は成就すること最も速し——『詩』の言う「徳は毛のごとく軽く、百姓は少しく能く挙げる者あり」は講ずる所まさにこれなり。荀子は毛公の老師なれば、ゆえに毛伝の説法は荀子と一致す。鄭玄は箋を作す時に聖人の微言を懂得せずして、「愛」を怜惜と訓成せり——則ち相差すること太だ遠し。

《表記》曰:「子言之歸乎君子,隱而顯,不矜而莊,不厲而威,不言而信。」案:「歸乎君子」讀,歸乎由《成子》之義,言人當以君子為法也。篇名《表記》而先言隱而顯,由內而達外也。君子從事於慎獨之功,誠中形外,故隱而顯;誠則不矜而莊,不厲而威,不言而信也。

『礼記·表記』に曰く、孔子に講ず、君子に帰依せよ——彼は隠微にして自然に顕著し、自矜せずして自然に荘重し、厳厲ならずして自然に威あり、多言ならずして自然に見信さる。恵棟の按に曰く、「君子に帰れ」の一句の読法と義訓とは(底本のこれら几句の文字は略に訛脱あり)、大意は人は当に君子を以て效法の榜様と為すべし。篇名を『表記』と呼び、講ずる所はもと形を外に於てするの事なれど、却って先ず「隠れて顕る」と言う——まさにこれが内より外に通達するを表明す。君子は独を慎むの上に功夫を下し、内心は真誠にして形を外に於てす。ゆえに隠微は却って顕著す。既に真誠なれば、便ち自矜せずして荘重し、厳厲ならずして威あり、多言ならずして見信さる。

《漢書·司馬相如贊》曰:「司馬遷稱《春秋》推見至隱。」推見至隱,故亂臣賊子懼。「《易》本隱以之顯。」李奇注云:「隱猶微也。」初九初六從下而生,自微及著,如初潛龍隱也,九二見龍則顯矣,所謂本隱以之顯也。初乾為積善,積善成德,故初為龍德而隱,二為龍德而正中。《中庸》言「夫微之顯」,又云「知微之顯」,《繫下》云「知微之彰」,皆是義也。

『漢書·司馬相如傳』の賛語に曰く、司馬遷は『春秋』を称して顕見の処に由りて隠微の処に推求するを為すと言う。まさに推見して隠に至るを以て、ゆえに乱臣賊子はこそ害怕す。賛語は引き続き曰く、『易』は則ち隠微に本して显著に通ず。李奇の注に曰く「隠」は等しく「微」なり。恵棟の自述に曰く、初九・初六はみな下より生じ、細微に由りて显著に至る。乾卦の初爻の「潜竜」のごときはすなわち隠にして、九二の「見竜田に在り」に至れば則ち顯なり——これまさにいわゆる「隠に本して以て顕に之く」なり。乾の初爻は「積善」にして、積善して後に徳を成す。ゆえに初爻を「竜徳にして隠る」と呼び、二爻を「竜徳にして正中」と呼ぶ。『中庸』は「幽微の物は終に必ず顕現す」と講じ、また「微の顕を知る」と講じ、『繫辭下』は「微を知り彰を知る」と講ず——みなこの意思なり。

揚子《太玄》曰:「玄者神之魁也。」魁,首也,猶言始。「天以不見為玄,地以不形為玄,人以心腹為玄。天奧西北,鬱化精也;地奧黃泉,隱魄榮也;人奧思慮,含至精也。」

揚雄の『太玄』に曰く、玄は神の魁首なり。「魁」はすなわち首にして、等しく開端を言う。『太玄』は引き続き曰く、天は看えざるを以て玄と為し、地は形を顕さざるを以て玄と為し、人は心腹に内蔵するを以て玄と為す。天の最も深奥の処は西北に在りて、化生の精気を郁積す。地の最も深奥の処は黄泉に在りて、魄の栄華を隠蔵す。人の最も深奥の処は思慮に在りて、最も精微の東西を含蘊す。

《荀子·勸學》曰:「昔者瓠巴鼓瑟而流魚出聽,伯牙鼓琴而六馬仰秣,故聲無小而不聞,行無隱而不形。玉在山而草木潤,淵生珠而岸不枯,為善不積邪,安有不聞者乎。」《說文》云:「幽,隱也,從山中。」「,微也。」

『荀子·勧学』に曰く、従前、瓠巴は瑟を弾けば水裏の魚はみな浮上して傾聴し、伯牙は琴を鼓すれば六匹の馬はみな頭を仰ぎて草を吃るを忘れたり。ゆえに声音は再び小なりとも聞えざるなく、行為は再び隠蔽なりとも形を顕さざるなし。玉は山中に蔵すれば山上の草木は便ち滋潤し、深淵の裏に珍珠を生ずれば岸辺は便ち枯槁せず。善事を為して而も積累すること肯んぜざれば、人に知られざるの道理あらんや。『説文解字』に曰く「幽」は隠の意思にして、字形は山の中に従る。下の一字(底本は脱去せり)は微と訓す。

《老子·德經》曰:「道隱無名。」注云:「道潛隱,使人無能指名也。」《文言》初九曰:「不成名。」

『老子·徳経』に曰く「道は隠蔽して名称なし」。注解に曰く、道は潜蔵隠伏して、人をして指名して称呼する由なからしむ。『乾卦·文言』は初九を講ずる時もまた「名を成さず」と言う——まさにこの一層と相通ず。

愛字義附

《烝民》詩曰:「愛莫助之。」毛傳曰:「愛,隱也。」言隱微之際己所獨制,人莫能助也。《詩·靜女》曰:「愛而不見。」韓詩曰:「愛,隱也。」《釋言》曰:「愛,隱也。」毛韓義本此。郭氏不識字,改為薆。

『詩経·大雅·烝民』に「愛はそれを助くる莫し」と言い、毛伝は「愛」を隠と解するは、言う所は隠微の関口に在りて全く自己の裁断に憑りて、旁人は忙を帮うに及ばず。『詩経·邶風·静女』に「愛して見えず」と言い、『韓詩』もまた「愛」を隠と解す。『爾雅·釋言』は同様に「愛はすなわち隠なり」と言う——毛・韓の両家の訓解はみなこれに本す。郭璞はこの古字を認識せずして、それを改めて写して「薆」と為せり。

微

《繫下》曰:「幾者動之微,吉之先見者也。」虞注云:「陽見初成震,故動之微;復初元吉,吉之先見者也。」幾即一也。一古文作壹,《說文》「壹」從壺吉,即吉之先見之義。朱子據《劉向傳》作「吉凶之先見」,失其義矣。

『繫辭下』に曰く「幾は動の幽微の処にして、吉の先行して显露するの征兆なり」。虞翻の注に曰く、陽気は初爻に顕現して震を成す。ゆえに「動の微」と呼ぶ。『復卦』の初爻「元吉」はまさに「吉の先見」なり。恵棟の自述に曰く、「幾」はすなわち「一」なり。「一」の古文は「壹」と写作し、『説文』に「壹」字は壷に従り吉に従ると言う——恰も「吉の先見」の意思に合す。朱熹は『漢書·劉向傳』に依拠してこの句を「吉凶の先見」と改成せり——則ち本義を丢掉せり。

又曰:「君子知微知彰。」姚信注云:「二下交初,故曰知微;上交於三,故曰知彰。」又曰:「子曰:顏氏之子,其殆庶幾乎。」虞注云:「幾,微也。顏子知微,故殆庶幾。」孔子曰:「回也其庶幾乎。」

『繫辭下』はまた曰く「君子は既に能く微を知り、また能く彰を知る」。姚信の注に曰く、第二爻は下に向かいて初爻と相交す。ゆえに「微を知る」と呼ぶ。上に向かいて第三爻と相交す。ゆえに「彰を知る」と呼ぶ。『繫辭下』はまた曰く「孔子に講ず、顔氏のあの孩子は、ほぼ『幾』に接近するか」。虞翻の注に曰く、「幾」はすなわち微なり。顔回は幽微を懂得す。ゆえに彼をほぼ「幾」に接近すと言う。孔子は『論語』の裏にもまた曰く「顔回はほぼ道に接近するか」。

又曰:「夫易章往而察來,而微顯闡幽。」虞注云:「神以知來,知以藏往。微者顯之,謂從復成乾,是察來也;闡者幽之,謂從姤之坤,是章往也。」又曰:「其初難知。」侯果注云:「初則事微,故難知。」

『繫辭下』はまた曰く、『易』は能く既往を彰明し将来を察知し、幽微なるを顕発して隠奥なるを闡揚す。虞翻の注に曰く、神明を以て来たるを知り、智慧を以て往きたるを蔵す。「微なる者を顕にす」とは指す所は『復卦』の一陽が漸長して『乾』を成すに至るまで——これは将来を察知す。「闡なる者を幽にす」とは指す所は『姤卦』の一陰が漸生して『坤』を成すに至るまで——これは既往を彰明す。『繫辭下』はまた曰く「一卦の初爻は最も知晓し難し」。侯果の注に曰く、初爻の時は事情はなお幽微なり。ゆえに知り難し。

又曰:「能說諸心,能研諸侯之慮,定天下之吉凶,成天下之亹亹者。」荀注曰:「亹亹者,陰陽之微,可成可敗也。」王弼曰:「亹亹,微妙之意也。」

『繫辭上』はまた曰く、『易』は能く人心を悦服せしめ、能く種種の思慮を研求し、天下の吉凶を判定し、天下の勤勉不倦の事業を成就す。荀爽の注に曰く「亹亹」とは陰陽の気が幽微にして弁し難く、成す可くもまた敗る可きを指す。王弼に曰く、「亹亹」はすなわち微妙の意思なり。

《中庸》曰:「莫見乎隱,莫顯乎微,故君子慎其獨也。」在《易》隱微為乾坤之初爻。又曰:「夫微之顯,誠之不可揜如此夫。」誠則形,故不可揜。

『中庸』に曰く「隠蔽の処より容易に顕現するはなく、細微の処より容易に显露するはなし。ゆえに君子は独り居る時に格外に謹慎す」。恵棟の自述に曰く、『周易』の裏に於いて、「隠」と「微」とはすなわち乾・坤の両卦の初爻なり。『中庸』はまた曰く「幽微なるは終究に顕現す——真誠とはこうして掩盖する能わざるなり」。恵棟の自述に曰く、真誠なれば必ず外に形す。ゆえに掩盖する能わず。

又曰:「致廣大而盡精微。」《荀子·賦篇》曰:「精微而無形。」又曰:「知微之顯可與入德矣。」夫微之顯,誠者,天之道也;知微之顯,誠之者,人之道也。

『中庸』はまた曰く「広大に推致して、同時に精微に窮尽す」。『荀子·賦篇』に曰く、精微して形跡なし。『中庸』はまた曰く「幽微なる者が終に必ず顕現するを懂得すれば、則ち彼と一同に徳の門径に進入すべし」。恵棟の自述に曰く、「あの微の顕」の一句は「誠とは天の道なり」に属し、「微の顕を知る」の一句は「これを誠にするとは人の道なり」に属す。

又曰:「子曰:聲色之於以化民末也。」對本故言末。「詩曰:德輶如毛。」案:毛猶微也。《經解》曰:「絜靜精微,易教也。」案:絜靜,坤也;精微,乾也。乾元絜靜,坤元精微,故云易教也。

『中庸』はまた曰く「孔子に講ず、声音顔色を用いて百姓を教化するは、あれは末節なり」。恵棟の自述に曰く、これは「本」に対して言うなれば、ゆえに「末」と称す。『中庸』は引き続き『詩』の「徳は毛のごとく軽し」を引く。恵棟の按に曰く、「毛」は等しく幽微を言う。『礼記·経解』に曰く「潔斉精微は『易』の教化なり」。恵棟の按に曰く、潔斉は坤に属し、精微は乾に属す。而も乾元は自らその潔斉あり、坤元は自らその精微あり——二者は交互に用を為し、合せてこそ『易』教と称す。

《易乾鑿度》曰:孔子曰:「乾坤,陰陽之主也。陽始於亥,形於丑。」乾位在西北,陽祖微據始也。又云:「易氣從下生。」鄭注云:「易本無形,自微及著,故氣從下生,以下爻為始也。」

『易緯乾鑿度』は孔子の話を記して曰く、乾坤は陰陽の主宰にして、陽気は亥に始生し、丑に成形す。恵棟の自述に曰く、乾の方位は西北に在りて、まさに亥位に当たり、陽気は幽微を以て祖と為し幽微を拠りて始と為す。『乾鑿度』はまた曰く、『易』の気は下より生起するなり。鄭玄の注に曰く、『易』はもとより形体なく、幽微に由りて顕著に至る。ゆえに気は下より生起して、最下の一爻を以て開端と為す。

又曰:「天氣三微而成著,三著而成體。」鄭注云:「五日為一微,十五日為一著,故五日有一候,十五日成一氣也。」冬至陽始生,積十五日至小寒為一著,至大寒為二著,至立春為三著,凡四十五日而成一節,故曰三著而成體也。正月則《泰》卦用事,故曰成體而郊也。

『乾鑿度』はまた曰く、天気は三個の「微」を経て一個の「著」と成り、三個の「著」を経て一個の「体」と成る。鄭玄の注に曰く、五天を一「微」と為し、十五天を一「著」と為す。ゆえに五天を一候と為し、十五天を一節気と成す。恵棟の自述に曰く、冬至に陽気は始めて萌生し、積満して十五天して小寒に至るは第一個の「著」にして、大寒に至るは第二個の「著」にして、立春に至るは第三個の「著」にして、共に四十五天して一節を成す。ゆえに「三著して体を成す」と言う。正月に到れば『泰卦』が当令す。ゆえに体は既に成就せられれば郊祭を挙行する可しと言う。

《淮南·齊俗》曰:「《易》曰:履霜堅冰至。聖人之見終始微言。」《呂覽·有始》曰:「天地有始,天微以成,地塞以形。」高注云:「始,初也。天,陽也,虛而能施,故微以生萬物;地,陰也,實而能受,故塞以成形兆也。」

『淮南子·斉俗訓』に曰く、『周易』は「霜を踩めば、則ち堅氷の将至を知る」と講ず——これは聖人が始より終に至りて幽微を体察するの話なり。『呂氏春秋·有始』に曰く、天地にその開端ありて、天は虚微を以て万物を成就し、地は充塞を以て万物をして形を成せしむ。高誘の注に曰く、「始」はすなわち初なり。天は陽に属し、虚空にして能く施与す。ゆえに幽微を以て万物を生養す。地は陰に属し、充実にして能く承受す。ゆえに填塞を以て形体征兆を成就す。

《後漢書·魯恭傳》:恭議奏曰:「孝章皇帝深惟古人之道,助三正之微,定律著令。」注:三正,三微也。《前書音義》曰:「言陽氣始施,萬物微而未著,故曰微。」《荀子·勸學》曰:「《春秋》之微也。」案:《春秋》推見至隱,故云微。

『後漢書·魯恭傳』は魯恭が奏を上るを載せて曰く、孝章皇帝は深切に古人の道を体察し、三正の幽微の気を扶助し、因りて律条を制定し法令を頒布せり。李賢の注に曰く、三正とはすなわち三微なり。『漢書音義』に曰く、これは陽気が剛に施布して、万物は幽微にして未だ顕著せざるを講ず。ゆえに「微」と呼ぶ。『荀子·勧学』に曰く「『春秋』の講ずる所は幽微なり」。恵棟の按に曰く、『春秋』は顕見の処に由りて隠微の処に推求す。ゆえにこれを「微」と称す。

《越語》曰:「天道皇皇,日月以為常。」皇皇,著明也;常,象也。「明者以為法,微者則是行。陽至而陰,陰至而陽,日困而還,月盈而匡。」困,窮也;匡,虧也。

『国語·越語』に曰く、天道は広大光明にして、日月の運行はそれが恒常の法式なり。恵棟の自述に曰く、「皇皇」は顕著明亮にして、「常」は法象を指す。『越語』は引き続き曰く、顕明の一面は人の取法に供し、幽微の一面はこうして運行す。陽は極点に到れば則ち陰に転じ、陰は極点に到れば則ち陽に転じ、太陽は尽頭に走れば則ち折返し、月亮は盈満の後は則ち虧缺す。恵棟の自述に曰く、「困」は窮尽にして、「匡」は虧損なり。

荀子曰:「行微如日月。」微謂晦夕朔旦,至謂二至。《說文》曰:「徵,召也,從微省壬為徵,行於微而文達者即征之。」荀子曰:「行微如日月。」忠誠盛於內,賁於外,形於四海,所謂行於微而文達者也。

『荀子』に曰く「運行幽微は日月のごとし」。恵棟の自述に曰く、「微」は晦日の傍晚と朔日の清晨とを指し、「至」は冬至・夏至を指す。『説文解字』に曰く、「征」は征召にして、字形は「微」字を取りて下半を省去して再び「壬」を加えて成る。意思は幽微の中に於いて事を行い而も文徳は外に通達するの人は、則ち彼を征召して出で来らしむ。『荀子』はまた「行は微にして日月のごとし」と言う。忠誠は内心に充盛して、光華は外に顕発し、四海の内に表現す——まさにいわゆる「微に於いて行い文は達す」なり。

《荀子·強國篇》曰:「積微,月不勝日,時不勝月,歲不勝時。」言積微從日始。「財物貨寶以大為重,政教功名反是,能積微者速成。詩曰:德輶如毛。」毛猶微也。「民鮮克舉,此之謂也。」

『荀子·強国篇』に曰く、細微の功夫を積累するは、月を以て計るは日を以て計るに如かず、季を以て計るは月を以て計るに如かず、年を以て計るは季を以て計るに如かず。恵棟の自述に曰く、これは言う所は微を積むは毎一天より做起するを要す。『荀子』は引き続き曰く、財物珍宝は数量大なるを以て貴重と為すも、政教と功名とは却って恰も相反して、能く細微を積累する人は成就すること最も速し。『詩』に「徳は毛のごとく軽し」と言う——恵棟の自述に曰く、「毛」は則ち等しく幽微を言う——「百姓は少しく能く挙げる者あり」とは、講ずる所まさにこの道理なり。

又《解蔽篇》曰:「處一之危,其榮滿側。」韋昭注《晉語》曰:「榮者有色貌也。」「養一之微,榮矣而未知。」危謂戒懼,處心之危有形,故其榮滿側可知也;養心之微無形,故雖榮而未知。《大學》曰:「富潤屋,德潤身。」此養一之榮也。「故《道經》曰:人心之危,道心之微,危微之幾,惟明君子而後能知之。」《荀子·成相》曰:「思之精,志乃榮,好而一之神以成,精神相反,一而不二為聖人。」

『荀子·解蔽篇』はまた曰く「『一』を守住して心に戒惧を存せば、光華は則ち彼の周囲に充満す」(韋昭が『国語·晋語』に注して曰く、「栄」は光彩あるの容貌なり)「『一』の幽微の処を涵養すれば、光華ありといえども人は察知する能わず」。恵棟の自述に曰く、「危」は戒惧なり。心を処して戒惧すれば形跡の見ゆるあり。ゆえに彼の光華は四周に充満して、人人は看出生す。内心の幽微を涵養するは則ち形跡なし。ゆえに光華ありといえども人は察知する能わず。『大学』に「財富は房屋を潤飾し、徳行は身心を潤飾す」と言う——これすなわち「一」を涵養するの顕出する所の光華なり。『荀子』は引き続き曰く、ゆえに『道経』に講ず「人心はただ危く、道心はただ微し」——危と微との間のあの一点の契機は、ただ明智の君子のみ能く懂得す。『荀子·成相』に曰く、思慮は精純にして、心志はこそ光華あり。専心して愛好して一を守れば、神明は因りて成就す。精気と神明とは交互往復して、専一にして二なきは、すなわち聖人なり。

又曰:「空石之中有人焉,其名曰觙。其為人也善射以好思,耳目之欲接則敗其思,蚊之聲聞則挫其精,是以闢耳目之欲而遠蚊之聲,閒居靜思則通。思仁若是,可謂微乎。」言靜思仁如空石之人思射,則可謂微乎,假設問之詞也。

『解蔽篇』はまた曰く、空石の中に一人を住せしめて、名を觙と呼ぶ。彼の為人は射術を善くし而もまた思索を喜好す。耳目の欲望は一たび外物に接触すれば則ち彼の思索を敗壊し、蚊虻の声音は一たび耳に入れば則ち彼の精神を挫傷す。ゆえに彼は耳目の欲望を避けて蚊虻の声音を遠離し、閑居静思すれば、思路は便ち通ず。このようを以て仁を思索するは、「微」と呼作すべきか。恵棟の自述に曰く、これは言う所は心を静めて仁を思索するは、空石中のあの人が専心して射術を思索するがごとく、このようは能否「微」と称する可きか——是れ仮設して発問するの語気なり。

「孟子惡敗而出妻,可謂能自強矣;有子惡臥而焠掌,可謂能自忍矣,未及好也。」未及善射好思,闢耳目之欲。「蚊之聲聞則挫其精,可謂危矣,未可謂微也。」愚謂危如乾之九三,微如乾之初九。「夫微者,至人也。」至人也,至人即《中庸》之至誠,何強何忍何危。

『解蔽篇』は引き続き曰く、孟子は心志の敗壊を厭悪して妻子を休掉せり——能く自強すると言うべし。有子は自己の貪睡を厭悪して火を用いて手掌を灼きたり——能く自忍すると言うべしも、而もなお「好」に及ばずと談ぜず。恵棟の自述に曰く、これは言う所は彼らは未だあの善射者の好思にして耳目の欲を避くるの地步に達到せざるなり。『荀子』は引き続き曰く、蚊虻の声音は一たび聴見すれば則ち精神を挫傷す——これはただ「危」と呼ぶべきのみ、なお「微」と呼ぶ能わず。恵棟の自述に曰く、「危」は乾卦の九三の「夕には惕りて厳しきがごとし」に相当し、「微」は乾卦の初九の「潜竜」に相当す。『荀子』に曰く、いわゆる「微」の人とはすなわち至人なり。恵棟の自述に曰く、至人とはすなわち『中庸』の言う所の至誠なり。至誠の地步に到れば、哪の処に還って勉強・忍耐と戒惧とを談ぜんや。

「故濁明外景。」愚謂火為濁明,水為內景。「清明內景,聖人縱其欲兼其情而制焉者,理矣。」兼猶盡也。縱慾盡情而不過制,猶縱心所欲不踰矩,夫何強何忍何危。「故仁者之行道也,無為也;聖人之行道也,無強也。仁者之思也恭,聖人之思也樂。」恭謂乾乾夕惕也,樂謂性與天道無所不適也。

『荀子』に曰く、ゆえに濁りて明なるものは光は外に照す。恵棟の自述に曰く、火は濁明に属し、水は内景に属す。『荀子』は引き続き曰く、清りて明なるものは光は内に照す。聖人は自己の欲望を放任し自己の情感を窮尽して而もなお能く節制を加う——これをこそ「理」と呼ぶ。恵棟の自述に曰く、「兼」はすなわち尽なり。欲望を放任し情感を窮尽して而も節度を越出せずは、まさに孔子の言う所の「心の欲する所に従えども矩を逾えず」なり。この一步に到れば、哪の処に還って勉強・忍耐と戒惧とを談ぜんや。『荀子』は最後に曰く、ゆえに仁者が道を行うは自然無為にして、聖人が道を行うは毫も勉強なし。仁者は思慮する時は恭敬にして、聖人は思慮する時は快楽なり。恵棟の自述に曰く、「恭」はすなわち乾卦の九三の「終日乾々として、夕には惕れ」のあの戒慎にして、「楽」は本性と天道とが渾然として相合し往くに安適ならざるなしなり。

《說文》曰:「危,在高而懼也。」《戰國策》:蘇子謂秦王曰:「語曰:識乎微之為著者強。」《大略篇》曰:「雨水漢故潛。」漢溢為潛,自小至大。「人盡小者大,積微者著,德至者色澤洽。」澤洽榮也。楊注謂德潤身。「行盡而聲聞遠。」

『説文解字』に曰く「危」は身は高処に処りて心は恐懼を懐くなり。『戦国策』は蘇秦が秦王に対して言うを記して曰く、俗話に講ず、能く幽微の処よりそれが將に显著を成さんとするを看出するは、こそ強者と算う。『荀子·大略篇』に曰く「雨水は漢水に注入す。ゆえにこれを潜と称す」。恵棟の自述に曰く、漢水は泛溢して出づるを「潜」と呼ぶ——これは小より大に至るなり。『荀子』は引き続き曰く、人は能く小処を窮尽するは則ちその大を成し、能く細微を積累するは則ち顕著と変じ、徳行が家に到る人は容色は便ち潤沢和洽す。恵棟の自述に曰く、「沢洽」とはすなわち前面の言う所の「栄」にして、楊倞は注解して「徳は身を潤す」と為す。『荀子』は最後に曰く、徳行は修満すれば、名声は自然に伝うること甚だ遠し。

董子《繁露》曰:「春秋至意有二端,小大微著之分也。夫覽求微細於無端之處,誠知小之為大也,微之將為著也。吉凶未形,聖人所獨立也。」不見不聞,故曰獨立。「雖欲從之,末由也已。德輶如毛,民鮮克舉,此之謂也。故王者受命改正朔,不順數而往,必迎。」迎讀為逆。「來而受之者。」

董仲舒の『春秋繁露』に曰く、『春秋』の最も深い用意に両端ありて、すなわち小と大・微と著との分別なり。能く端倪毫もなきの地方に於いて微細を搜求すれば、こそ真に小は終に大を成し微は終に著を成すを懂得す。吉凶が未だ成形せざるの時候は、まさに聖人が独自に立定するの所在なり。恵棟の自述に曰く、看えず聴こえざれば、ゆえに「独立」と称す。『繁露』は引き続き曰く、別人はたとえ彼に跟上せんと欲すとも、下手するに由なし。『詩』に「徳は毛のごとく軽く、百姓は少しく能く挙げる者あり」と言うは、講ずる所まさにこれなり。ゆえに王者は天命を受けて正朔を改換するは、日数に順って往下に推排するに非ず、必ず迎えて推すを要す。恵棟の自述に曰く、「迎」は応に「逆」と読作すべし。『繁露』の末句に曰く、逆に推して上りて、迎えてこれを承受す。

授受之義也。故聖人能繫心於微而致之者也。是故《春秋》之道,以元之氣正天之端,以天之端正王之政,以王之政正諸侯之位,五者俱正而化大行。

上文に引く所の董仲舒の説を承接すれば、これが講ずる所は道統の授受が相承するの義理なり。ゆえに聖人は能く心思を幽微の処に係え、再び幽微に由りて宏大に推致す。因りて『春秋』の教を立つるの道は、「元」気を用いて上天の開端を端正し、上天の開端を用いて君王の政令を端正し、君王の政令を用いて諸侯の名位を端正す。いわゆる「五者」とは、元・天・王・諸侯および境内の治を指す。この五層はみな正しく擺されて、教化はこそ天下に大行することを得。

揚子《太玄》曰:「思心乎一。」又云:「生神莫先乎一。夫一者,思之微也。」注云:「思始於內,故微也。」《後漢書·章帝紀》,元和二年詔曰:「《春秋》於春每月書王者,重三正,慎三微也。」郎顗七事曰:「君子遠覽,防微慮萌。」

揚雄の『太玄』に曰く、思慮を「一」に収帰せよ。又曰く、神明を生出するは「一」より更に先なるはなし、いわゆる「一」とはすなわち思慮の最も幽微の起点なり。旧注は解釈して曰く、思慮は内心に起こる。ゆえにこれを「微」と称す。『後漢書·章帝紀』の記載に、元和二年の詔書に曰く、『春秋』は春季の毎一個の月にみな一個の「王」字を冠するは、夏・商・周の三代の正朔を看重し、陽気初萌の三個の「微」月を謹慎対待するを為めなり。東漢の郎顗が奏上したる七件の事の裏に曰く、君子は看ること長遠にして、禍患がなお幽微にしてなお萌芽のみなるの時に、法を設けてこれを防止す。

《周書》曰:「慎微以始而敬終,乃不困。」《論語撰考讖》曰:「子夏等七十二人共撰仲尼微言。」《文選》注四十三。《淮南子·修務》曰:「書傳之微者,惟聖人能論之。」注云:「微,妙;論,敘也。」

『逸周書』に曰く、謹慎に細微の処より歩を起こし、また能く敬慎に最後まで守れば、こそ困頓に陷入せず。緯書の『論語撰考讖』に曰く、子夏等の七十二位の弟子は共同に孔子の「微言」を編録せり——此条は『文選』の李善注の巻四十三に引く所に見る。『淮南子·修務訓』に曰く、典籍の中のそれらの精微の部分は、ただ聖人のみ講説して明白なり。高誘の注に曰く、「微」は精妙にして、「論」は条理あるに叙述するなり。

《韓非子·難言》曰:「總微說約。」《漢書·藝文志》曰:「昔仲尼沒而微言絶,七十子喪而大義乖。」李奇注云:「隱微不顯之言也。」師古曰:「精微要妙之言耳。」案:精微要妙與隱微不顯義同,唐人不識字,更立一義。

『韓非子·難言』に曰く、精微の道理を総括して、簡約の言辞を用いて説き出す。『漢書·藝文志』に曰く、従前、孔子去世して、「微言」は則ち断絶し、親炙の七十位の弟子は謝世して、経書の「大義」は則ち乖違せり。漢人の李奇は注を作して曰く、「微言」は隠晦にして显露せざるの話なり。唐人の顔師古は却って曰く、「微言」は過ぎず精微要妙の話なるのみ。恵棟はここに按断す、精微要妙と隠微不顕とはもとより則ち一個の意思にして、唐代の人は訓詁に通ぜず、こそ別に一種の解釈を立出せり。

又《春秋》家有《左氏微》《鐸氏微》《張氏微》《虞氏微傳》,師古曰:「微謂釋其微指。」《後漢·方術傳》,秦密曰:「董扶襃秋豪之善,貶纖介之惡。」謝承書曰,李咸奏曰:「《春秋》之義,貶纖介之惡,採毫末之善。」

『漢書·藝文志』の春秋類の裏に、また著録して『左氏微』『鐸氏微』『張氏微』『虞氏微傳』の幾種ありて、顔師古は解釈して曰く、書名に「微」を用うるは、これらの書が専門に『春秋』の幽微の意旨を闡発するを指す。『後漢書·方術傳』の中に、秦宓(源文は「秦密」と写作す)は許して曰く、董扶は秋毫のごとき細小の善行を褒揚し、纖芥のごとき軽微の悪行を貶責す。謝承の撰する所の『後漢書』の記載に、李咸の奏章に曰く、『春秋』の義例は、まさに纖芥の悪を貶責し毫末の善を采録す。

《法言·問明》篇曰:「或問明。曰:微。或曰:微何如其明也?曰:微而見之明,其誖乎?聰明其至矣乎!」宋咸云:言窮微乃聰明至極之美也。「子云識微字,敢問大聰明。」咸曰:既知微義,復問大者。「曰:眩眩乎惟天為聰,惟天為明。」眩眩,幽深也。「夫能高其目而下其耳者,匪天也夫。」

揚雄の『法言·問明』篇の記載に曰く、人ありて何を「明」と呼ぶかを問う、揚雄は回答してこれを「微」と言う。あの人は再び問う、幽微は怎麼して明と談じ得る。揚雄に曰く、能く幽微の処に於いて則ちそれを看見するは、これこそ明なり——豈に説き錯えたるや。耳聰目明してこの地步に到れば、算えて極致とすべし。宋代の宋咸は注解して曰く、これは講ずる所は幽微を窮究してこそ聰明極点に到るの美徳なり。問話の人はまた曰く、您はすでにこの「微」字を認得せり。請い問う、何を大聰明と為す。宋咸に曰く、問者は既に「微」の含义を明白にせば、則ち再びあの更に大なるを追問す。揚雄は答えて曰く、幽深測り難し——ただ天のみこそ真の聰と算え、ただ天のみこそ真の明と算う。「眩眩」はすなわち幽深の様子なり。能く眼睛を最も高く抬げ、また能く耳朵を最も低く俯して聞かざるなきは、天を除きて還って誰か能く為さん。

《太玄》曰:「一也者,思之微也。」《老子·道經》曰:「搏之不得名曰微。」無形曰微,言一無形體。《孫子》曰:「微乎微,微至於無形。」言其微妙所不可見。「神乎神,神至於無聲。」

揚雄の『太玄』に曰く、いわゆる「一」とはすなわち思慮の最も幽微の開端なり。『老子』の上篇の『道経』に曰く、手を伸べて抓めど抓むを得ず——これを則ち「微」と呼ぶ。恵棟は文に随いて解釈す、形体なきをこそ「微」と呼ぶは、言う所は「一」はもとより指す可きの形質なし。『孫子·虚実』に曰く、微妙なるかな微妙、微妙して看る可きの形跡なきに至る。恵棟は解釈す、これは言う所はそれが精微にして人をして看見する由なからしむ。『孫子』は引き続き曰く、神奇なるかな神奇、神奇して聞く可きの声响なきに至る。

《韓詩外傳》曰:「至精而妙乎天地之間者,德也。《詩》曰:『德輶如毛,民鮮克舉之。』」《慎子》曰:「夫德清(疑作精)微而不見,聰明而不發,是故外物不累其內。」《文選》注。

『韓詩外傳』に曰く、天地の間に於いて最も精純・最も微妙の東西は、すなわち「徳」なり。ゆえに『詩経·大雅·烝民』に曰く、徳は軽きこと一根の羽毛のごとく、百姓の中に却って挙げ得る人は少し。『慎子』に曰く、徳は清微にして見る可からず、聰明にして外に露せず。因りて身外の物は彼の内心を牽累せず。恵棟は「清」字の下に夾注して、この字は本当に「精」と作るべきを疑う。此条は『文選』の李善注の引く所に見る。

《淮南·本經》曰:「夫至大,天地弗能含也;至微,神明弗能領也。」注云:「領,理也。」《范子計然》曰:「見微知著。」《文選》四十二。《鶡冠子》曰:「精微者,天地之始也。」又曰:「遠之近,顯乎隱,大乎小,眾乎少,莫不從微始。」

『淮南子·本經訓』に曰く、最大の東西は、天地を連れても容納し下さず。最も幽微の東西は、神明を連れても統攝し住まず。高誘の注に曰く、「領」はすなわち統理なり。『范子計然』に曰く、細微の苗头を看見すれば則ち能く顕著の結果を推知す——此条は『文選』の注の巻四十二に引く所に見る。『鶡冠子』に曰く、精微は天地の開端なり。又曰く、遠は近に由りて生じ、顕は隠に由りて生じ、大は小に由りて生じ、多は少に由りて生ず——一様として幽微の処より歩を起こさざるなし。

《說苑·敬慎》篇曰:韓平子問於叔向曰:「剛與柔孰堅?」對曰:「臣年八十矣,齒再墮而舌尚存。老耼有言曰:『天下之至柔馳騁天下之至堅。』又曰:『人之生也柔弱,其死也剛強;萬物草木之生也柔脆,其死也枯槁。』因此觀之,柔弱者生之徒也,剛強者死之徒也。夫生者毀而必復,死者破而愈亡,吾是以知柔之堅於剛也。」平子曰:「善哉!然則子之行何從?」叔向曰:「臣亦柔耳,何以剛為?」平子曰:「柔無乃脆乎?」叔向曰:「柔者,紐而不折,亷而不缺,何為脆也?天下之道微者勝,是以兩軍相加而柔者克之,兩仇爭利而弱者得焉。」

『説苑·敬慎』篇の記載に曰く、韓平子は晋国の大夫の叔向に請教して、剛と柔とは哪の一様が更に堅固なるかを問う。叔向は回答して曰く、我は年すでに八十にして、牙齒は両輪掉ちたれど、舌頭は却ってなお完好なり。老子は言うありて曰く、天下の最も柔弱の東西は能く天下の最も堅硬の東西の中に於いて馳騁す。又曰く、人は活着する時は身体柔軟にして、死了すれば便ち僵硬と変じ、草木万物は活着する時は柔嫩にして、死了すれば便ち枯槁と変ず。これに由りて看れば、柔弱は生の一類に属し、剛強は死の一類に属す。活着の東西は損傷を受ければ必ず能く復原し、死了の東西は一たび破れれば徹底に了る。我は因りて柔は剛より更に堅固なるを知る。韓平子に曰く、講じて好し——則ち您は自ら行事は哪の一辺に依従する。叔向に曰く、我もまた過ぎず柔を取るのみ、何を必ずしも剛とせん。韓平子に曰く、柔は豈に太も脆弱ならざる。叔向に曰く、柔の東西は弯折して而も断裂せず、磨損して而も残缺せず——怎麼して脆ならん。天下の規律は幽微の一方が取勝す。ゆえに両軍が対塁する時は柔の一方は能く敵を克ち、両方が利を争う時は弱の一方は能く手を得。

《三統曆》曰:「傳曰:元,善之長也。共養三德為善。」孟康注云:「謂三統之微氣也,當施育萬物,故謂之德。」趙岐《孟子》注云:「微,小也。」高誘《呂覽》注云:「微,要眇覩,未萌之萌也。」

劉歆の『三統暦』に曰く、『周易·文言傳』は「元は善の長なり」と講じ、天・地・人の三統の徳を兼養してこそ「善」と称するを得。孟康は注を作して曰く、ここの三徳は三統の中の細微の気を指し、それらは万物を施化養育するを要す。ゆえに「徳」と称す。趙岐が『孟子』に注して曰く、「微」はすなわち小なり。高誘が『呂氏春秋』に注して曰く、「微」は隠約にして見る可く、萌芽の前の萌芽なり。

《說文》曰:「尾,微也。」《易》以下為尾,上為角。《說文》曰:「微,隱行也。《春秋傳》曰:白公其徒微之。」又曰:「妙也,從人從攴,豈省聲。」然則微妙之微當作。

『説文解字』に曰く、「尾」はすなわち「微」なり。恵棟は接続して按断す、『周易』はまさに一卦の最も下の初爻を以て「尾」と為す——『未済』の初六「その尾を濡らす」のごとし。最も上の一爻を以て「角」と為す——『晋』の上九「その角を晋む」のごとし。『説文』はまた曰く、「微」は隠蔽して行うなり——竝びに『春秋左氏傳』の「白公の其徒はこれを微す」を引きて証と為す——白公勝が敗死した後、彼の党徒は尸首を蔵起せり。『説文』は別に一字ありて曰く、あの字は精妙の意思にして、字形は人に従り攴に従り、「豈」字を省筆して声符を作る。恵棟はこれに由りて断定す、「微妙」の「微」はもとより応にあの字と写作すべし。該字(当に「𢕬」なるべし)は源文の両処に於いてすでに脱落せり。今はなお底本の原様に照りて、補写を加えず。

《荀子·致仕》篇曰:「知微而論,可以為師。」《詩·烝民》曰:「人亦有言,德輶如毛,民鮮克舉之。我儀圖之,維仲山甫舉之,愛莫助之。」毛傳曰:「愛,隱也。」隱微之地,故人莫能助。

『荀子·致仕』篇に曰く、幽微を懂得して而もまた能く講説して明白なれば、則ち人師を為すべし。『詩経·大雅·烝民』に曰く、人々に句の老話ありて曰く、徳は軽きこと羽毛のごとく、百姓の中に却って挙げ動す人は少し。我は細々とこの句の話を揣度するに、ただ仲山甫の一人のみ挙げ得るも、可惜隠微の徳は旁人は忙を帮うに及ばず。毛亨の『毛詩故訓傳』は解釈す、「愛」はすなわち隠なり。恵棟は文に随いて申説す、徳行は隠微の地に落る。ゆえに別人は相助けるに由なし。

《中庸》曰:「是故君子篤恭而天下平。《詩》云:予懷明德,不大聲以色。子曰:聲色之於以化民,末也。《詩》曰:德輶如毛。毛猶有倫。上天之載,無聲無臭。至矣。」

『中庸』の末章に曰く、ゆえに君子はただ篤厚恭敬するを須みるのみ、天下は自然に太平なり。それは『詩経·大雅·皇矣』の「我は明徳を懐れ、声を大きくして色を以てせず」を引きて、上天が文王の光明の徳を嘉許して、疾言厲色に靠らざるを言う。また孔子の話を引きて曰く、声音顔色を用いて百姓を教化するは、最も末の一等の手段なり。再び『詩経·大雅·烝民』の「徳は毛のごとく輕し」を引くも、羽毛は畢竟なお形状の比す可きあり。ここにおいて『詩経·大雅·文王』の「上天の載は声なく臭なし」を引きて、上天が万物を化育するは既に声音なくまた気味なしを言う——これこそ算えて極処に講じ到るなれ。

《禮器》曰:「禮有以少為貴者,以其內心也。德產之致也精微,觀天下之物,無可以稱其德者,如此則得不以少為貴乎?是故君子慎其獨也。」案:德產之致也精微,所謂德輶如毛也;觀天下之物無可以稱其德者,故民鮮克舉之也;君子慎其獨,故愛莫助之也。

『礼記·礼器』に曰く、礼に少を以て貴と為すありて、貴とは心を用いて内に在るを以てなり。徳の生成する所の極致は精微にして見難し、天下の器物を遍観するに、一様としてこの種の徳と相称するに配るなし。このごとく看れば、怎麼して「少」を以て貴と為さざるを得ん。ゆえに君子は独り居る時に格外に謹慎す。恵棟の按断に曰く、「徳産の致するや精微なり」は、まさに『詩』句の「徳は毛のごとく輕し」に対応し、「天下の物を観るに其の徳を称る可きなし」は、ゆえに『詩』に「民は鮮くこれを挙ぐる能くす」と言い、「君子はその独を慎む」は、ゆえに『詩』に「愛はこれを助くる莫し」と言う。彼は『礼器』のこの一段を用いて『烝民』の三句を印証し、「慎独」と「微」とを貫通して一を為す。

《管子·白心》曰:「道之大如天,其廣如地,其重如石,其輕如羽。」荀子《不苟》曰:「操而得之則輕。」《詩》曰:「德輶如毛。」輕則獨行,愛莫助之。《莊子·齊物》曰:「天下莫大於秋豪之末而太山為小。」

『管子·白心』に曰く、道は大ききこと天のごとく、広きこと地のごとく、重きこと石頭のごとく、軽きこと羽毛のごとし。『荀子·不苟』に曰く、それを手裏に握れば則ち軽しと覚ゆ。恵棟は『詩経』の「徳は毛のごとく輕し」を以て相い印証し、竝びに勢に順いて申説す、既に軽ければ、ただ独自に往きて行うのみ——ゆえに『詩』は接続して「愛はこれを助くる莫し」と言う。『荘子·斉物論』に曰く、天下に秋毫の末梢より大なるの東西なく、而も泰山は却って小と算う——道の眼光より看れば、大小の分は竝びに執る可からず。

《淮南·原道》曰:「神托於秋豪之末。」高注:「言微妙也。」「而大與宇宙之總。」高注:「宇宙諭天地總合也。」又曰:「貴虛者以豪末為宅也。」高注:「虛者,情無所念慮也;以豪末為宅者,言精微也。」《俶真》曰:「夫秋豪之末淪於無間而復歸於大矣。」高誘注云:「秋豪微妙,故能入於無間。間,孔。言道無形,以豪末比道,猶復為大也。」

『淮南子·原道訓』に曰く、神は秋毫の末梢の上に寄托する可し。高誘の注に曰く、これは言う所はそれが精微なり。原文は引き続き曰く、それはまた大ききこと能く整個の宇宙を総括す。高誘の注に曰く、「宇宙」は天地の総合を指す。『原道訓』はまた曰く、虚静を看重する人は、毫末を以て自己の居所と為す。高誘の注に曰く、いわゆる「虚」とは心裏に念慮を存せず、「毫末を以て宅と為す」とは言う所は彼が精微して極点に到るなり。『俶真訓』に曰く、秋毫の末梢は能く縫隙なきの地方に沈入して、随いて後に広大に回復す。高誘の注に曰く、秋毫は極めて精微なれば、ゆえに能く無隙の処に進入す。「間」はすなわち孔隙なり。これは言う所は道は形体なく、毫末を用いて道を比擬するも、毫末は却ってなお太だ大ききを嫌う。

《意林》引《太公金匱》曰:武王問五帝之戒。太公曰:「道自微而生,禍自微而成。慎終與始,完如金城。」

『意林』は『太公金匱』を引きて記載す、周武王は太公に五帝の留下せる箴戒を請教す。太公は回答して曰く、道は細微の処より生長し、禍もまた細微の処より醸成す。開頭より結尾に到るまでみな謹慎を保持せば、人は金城のごとく完固にして破られず。

三微附

《易乾鑿度》曰:「天氣三微而成著,三著而成體。」鄭注云:「五日為一微,十五日為一著,故五日有一候,十五日成一氣也。冬至陽始生,積十五日至小寒為一著,至大寒為二著,至立春為三著,凡四十五日而成一節,故曰三著而成體也。正月則泰卦用事,故曰成體而郊也。」

緯書の『易乾鑿度』に曰く、天の気は三個の「微」を経過してこそ一個の「着」を形成し、三個の「着」を経過してこそ形体を成就す。鄭玄は注解して曰く、五天を算えて一「微」と為し、十五天を算えて一「着」と為す。ゆえに五天を一候と為し、十五天を一節気と成す。冬至のあの日に陽気は開始して萌生し、積み満ちて十五天して小寒に到るは第一の「着」にして、大寒に到るは第二の「着」にして、立春に到るは第三の「着」にして、一共に四十五天して一節を成す。ゆえに「三着して体を成す」と言う。正月に到れば、『泰』卦は当令して事を用う。ゆえに形体既に成れば郊祭の礼を挙行する可しと言う。

《後漢書·魯恭傳》,恭議奏曰:「孝章皇帝深惟古人之道,助三正之微,定律著令。」注云:「三正,三微也。」《前書音義》曰:「言陽氣始施,萬物微而未著,故曰微。」

『後漢書·魯恭傳』の記載に、魯恭の奏議に曰く、孝章皇帝は深切に古人の道を体察し、三正の陽気初萌の幽微を扶助し、因りて律条を制定し法令を着為せり。唐人の李賢の注に曰く、いわゆる「三正」とはすなわち「三微」なり。『漢書音義』は解釈す、これは言う所は陽気は剛に施化を開始して、万物は還って幽微にして未だ顕著せず。ゆえに「微」と呼ぶ。

《陳寵傳》:漢舊事,斷獄報重常盡三冬之月,是時帝始改用冬初。孝章,十月而已。元和二年,長水校尉賈宗上言,以為斷獄不盡三冬,故陰氣微弱,陽氣發洩,招致災旱,事在於此。帝以其言下公卿議。寵奏曰:「夫冬至之節,陽氣始萌,故十一月有蘭、射干、芸、荔之應。」《易通卦驗》曰:「十一月廣莫風至,則蘭、夜乾生。」《時令》曰:「諸生蕩,安形體。」仲冬一陽爻生,草木皆欲萌動。「天以為正,周以為春。」正、春皆始也。十一月萬物微而未著,天以為正而周以為歲首。「十二月陽氣上通,雉雊雞乳,地以為正,殷以為春。」十二月二陽爻生,陽氣上通。「十三月陽氣已至,天地已交,萬物皆出,蟄蟲始振,人以為正,夏以為春。」十三月,今正月也,萬物皆出於地,人始初見,故曰人以為正。「三微成著,以通三統。」統者,統一歲之事。

『後漢書·陳寵傳』の記載に曰く、漢朝の旧例に按ずれば、死罪を判決し重刑を上報するは照例に冬季の三個月を皆過ぎ了るを待ち、章帝に到りてこそ初冬に改めて辧理す。いわゆる孝章の改も、また過ぎず十月に提前するのみなり。元和二年に、長水校尉の賈宗は書を上して、以て為しく獄を断ずるに冬季三月を用満さず、以て陰気微弱・陽気外泄を致して、旱灾を招来す——症结は則ちここに在り。章帝は彼の話を公卿に交えて討論せしむ。陳寵は奏を上して曰く、冬至のこの節気は、陽気は剛に萌動す。ゆえに十一月に蘭草・射干・芸香・荔挺ありて時に応じて生ず。恵棟はここに緯書の『易通卦験』を引く、十一月に広莫風一たび到れば、蘭と夜干とは則ち長出す。又『時令』を引く、各種の生物は萌動して、形体を安養す。竝びに夾注して曰く、仲冬の時は一個の陽爻は初生して、草木はみな萌動するを要す。陳寵は接続して曰く、この月は天はそれを以て正月と為し、周朝はそれを以て春天と為す。恵棟の注に曰く、「正」と「春」とはみな開始の意思にして、十一月は万物は還って幽微にして顕著せず。ゆえに天はこれを以て正と為し周はこれを以て歳首と為す。陳寵はまた曰く、十二月は陽気は上に向かいて貫通し、野鶏は鳴叫し家鶏は卵を孵し、地はそれを以て正月と為し殷朝はそれを以て春天と為す。恵棟の注に曰く、十二月は両個の陽爻は生成して、陽気は上に通ず。陳寵は再び曰く、十三月は陽気はすでに到りて、天地は交通して万物は尽く出で、蟄伏の虫豸は活動を開始し、人はそれを以て正月と為し夏朝はそれを以て春天と為す。恵棟の注に曰く、いわゆる十三月とはすなわち今天の正月にして、万物はみな地裏より冒出し、人事もまたこそ端倪を初見す。ゆえに人はこれを以て正と為すと言う。陳寵は総括して曰く、三個の「微」は積みて一個の「着」と成り、これに由りて天・地・人の三統を貫通す。旧注に曰く、「統」はすなわち一整年の政事を統攝するの意思なり。

棟案:何休《公羊》注云:「統者,始也。」「周以天元,殷以地元,夏以人元。若以此時行刑,則殷周歲首皆當流血,不合人心,不稽天意。《月令》曰:孟冬之月」——孟冬當作季秋——「趣獄刑,無留罪。明大刑畢在立冬也。秦為虐政,四時行刑;聖漢初興,改從簡易,蕭何草律,季秋論因,俱避立春之月而不計天地之正,二王之春,實頗有違。」言蕭何不論天地之正及殷周之春,實乖正道。「陛下探幽析微,允執其中,革百載之失,建永年之功,上有迎承之敬,下有奉微之惠,三正之月,不用斷獄,敬承天意,奉順三微也。稽《春秋》之文,《春秋》於春每月書王,所以統三統,當《月令》之意,聖功美業不宜中疑。」書奏,帝納之。《白虎通》述三微與此略同。

恵棟の按断に曰く、何休の『春秋公羊解詁』に曰く、「統」はすなわち開始なり。陳寵の奏中は接続して講ず、周は天を以て元と為し、殷は地を以て元と為し、夏は人を以て元と為す。若しこの三個月の裏に刑を行わば、則ち殷・周の歳首はみな血を見るを要し、既に人心に合せず、また天意に合せず。彼は『月令』の「孟冬の月、獄刑を趣かし、罪を留むるなかれ」を引き、恵棟の夾注は指摘して「孟冬」は当に「季秋」と作るべし。見る可く重刑はみな立冬の前に辧了するを要す。秦朝は暴政を施行して、一年四季みな人を殺す。本朝は初めて興りて、改めて簡易に従り、蕭何は律令を起草して、季秋に罪囚を論決すと規定す。みな立春の月を避くるといえども、而も天地の正と殷周両代の春月とに顧及せず——実在に頗る違背あり。恵棟はこの一句を解釈す、言う所は蕭何はただ立春を避くるを知るのみ、天地の正と殷・周の春とを論ぜず——確実に正道に背离せり。陳寵は最後に曰く、陛下は幽隠を探究し精微を剖析して、能く中道を持守し、百年の失誤を革除し、長久の功業を建立す。上に対しては天時を迎承するの恭敬あり、下に対しては三微を奉行するの恩惠あり。三正の月に於いて獄を断ずるを停止するは、まさに天意を敬承し三微に順奉するなり。『春秋』の文法を考察するに、それは春季に於いて毎月にみな一個の「王」字を写す——則ち用いて三統を統攝するにして、これは『月令』の用意と相合す。このごときの聖徳美業は中途に迟疑すべからず。奏章は遞上して、章帝は彼の意見を采纳せり。恵棟は補充す、『白虎通』の三微を論ずるは、この段と大致相同じ。

《白虎通》曰:「正朔有三,何?本天有三統,謂三微之月也。明王者當奉順而承之,故受命各統一正也,敬始重本也。朔者,蘇也,革也,言萬物革更於是,故統焉。」

『白虎通』に曰く、正朔は何を為めて三種ある。根本原因は天に三統ありて、すなわち陽気初萌の三個の「微」月に在り。これは表明する所は受命の王は当に天道を奉順してこれを承接すべし。ゆえに毎一代は受命すれば各自一種の正朔を統用す——敬慎して開端を看重して根本を看重するを為めなり。「朔」に蘇醒・変革の両層の意思ありて、言う所は万物はこの時に到りて更新変革す。因りてそれを以て一統の起点と為す。

《漢書·劉向傳》,向疏曰:「王者必通三統,明天命所授者博,非獨一姓也。」應劭曰:「二王之後與己為三統也。」孟康曰:「天地人之始也。」

『漢書·劉向傳』の載に、劉向は疏を上して曰く、王と為る人は必ず三統を貫通して、用いて天命の授する所は竝びに一姓に局限せずして、而も広く徳ある人に及ぶを表明す。応劭の注に曰く、いわゆる三統とは、前の両代の帝王の後裔と本朝とを合起して算えて三統と為す。孟康の注に曰く、三統とはすなわち天・地・人の三者の開端なり。

微を知りて顕に至る

《中庸》曰:「莫見乎隱,莫顯乎微,故君子慎其獨也。」又云:「知微之顯,可與入德矣。」太史公《史記》贊曰:「《易》本隱以之顯。」愚謂:隱者,乾初九也,至二則顯矣,故云隱以之顯。《文言》釋九二云「閒邪存其誠」,二陽不正,故曰閒邪存誠,謂慎獨也。荀子曰:「不誠則不能獨。」獨則形,隱猶曲也。《中庸》曰:「其次致曲,曲能有誠,誠則形,形則著。」《孝經緯》「天道三微而成著」,皆是義也。「唯天下至誠」謂九五也,「其次致曲」謂九二也。唯天下至誠,誠者也;其次致曲,誠之者也。致曲即孟子思誠。二升坤五,所謂「及其成功一也」。

『中庸』に言う:隠れた処ほど顕れ易いものはなく、幽微なる処ほど明らかになり易いものはない。ゆえに君子は独り居る時に最も慎む。また言う:幽微なるものが終に顕れるを知れば、これを以て徳に入るべし。司馬遷は『史記』の賛に言う:『周易』は隠微より顕著へと推す書なり。恵棟自ら意を申す:いわゆる「隠」とは『乾』卦初九の一爻を指し、九二に升れば顕となる。ゆえに「本隠以之顕」と言う。『文言伝』が九二を「閑邪存其誠」の一句で解するのは、九二が陽を以て陰に居り位正しからざるがゆえに、邪念を防ぎ誠意を存養せねばならず、これ即ち慎独である。荀子に言う:誠ならざれば独を守ること能わず。独を守れば形跡見るべくして、「隠」は即ち『中庸』の言う「曲」に相当す。『中庸』に言う:次なる者は偏曲の一端より功夫し、偏曲の処に於ても誠に至ることを得、誠あれば顕形し、顕形すれば昭著す。『孝経緯』の「天道三微而成著」も、皆同じ理を言う。恵棟更に爻位を以て配す:「唯天下至誠」は九五を指し、「其次致曲」は九二を指す。至誠は生まれながらに誠なる人、致曲は努力して誠を求める人にして、「致曲」は即ち『孟子』の言う「思誠」なり。九二が上升して坤位の五に居るは、正に『中庸』の「成功一となれば則ち一なり」に合す。

乾善九五,坤善六二。乾二中而不正,三正而不中,四不中不正。二養正,三求中,兼之四也。以《中庸》言之,二、三學知利行者也,四困知勉行者也,五生知安行者也,及其知之、及其成功則一也。

『乾』卦は九五を以て最善と為し、『坤』卦は六二を以て最善と為す。『乾』卦の九二は中位に居りて正ならず、九三は正位に当たりて中ならず、九四は中にも正にもあらず。九二は正道を涵養し、九三は中道を追求し、両者を合せて観る者は正に九四なり。『中庸』の説を以て配すれば:九二・九三は「学びて之を知り、利りて之を行う」の一等、九四は「困みて之を知り、勉めて之を行う」の一等、九五は「生まれて之を知り、安んじて之を行う」の一等なり。然れども真に之を知り真に成れば、三者の間に分別なし。

幾

《虞書·皐陶謨》曰:「兢兢業業,一日二日萬幾。」注云:「幾,微也。言當戒懼萬事之微。」又曰:「安女止,惟幾惟康。」注云:「念慮幾微,以保其安。」

『尚書・虞書・皐陶謨』に言う:小心谨慎すれば、一日二日の間に上万件の幾微決すべき事あり。旧注に解す:「幾」とは即ち幽微なり、万事の細微なる苗头に戒惧を懐くべきを言う。『皐陶謨』にまた言う:汝の居る位に安んじ、幾微に留意して安寧を求めよ。旧注に解す:念慮が幾微に在る時に之を省察して、乃ち其の安寧を保つことを得。

又曰:「帝庸作歌曰:勑天之命,惟時惟幾。」注云:「奉正天命以臨民,惟在順時,惟在慎微。」《顧命》,王曰:「思夫人自亂於威儀,爾無以釗冒貢於非幾。」

『皐陶謨』にまた言う:舜帝乃ち歌を作して曰く、上天の命を奉行するは、全く天時に順うに在り、全く幾微を慎察するに在り。旧注に解す:端正なる天命を奉持して百姓を治むるは、一に時に順い、一に微を慎むに在り。『尚書・顧命』に記す:成王臨終に嘱託して曰く、人は往々にして自ら威儀に乱れを出すを思う、汝等決して太子釗をして冒々として幾微の正に合せざる事に陥らしむるなかれ。

幾者吉之先見,非幾不善也。《繫上》曰:「夫易,聖人之所以極深而研機也。」鄭注云:「機當為幾。幾,微也。」包咸注《論語》云:「幾者,微也。」《說文》同。

恵棟『顧命』の「非幾」の二字に順りて解す:「幾」は吉兆最先に顕露する苗头なり、ゆえに「非幾」は即ち不善なり。『繋辞上伝』に言う:『周易』は聖人の以て幽深を窮め幾微を研求する書なり。鄭玄注に言う:「機」の字は「幾」と作るべし、「幾」は即ち幽微なり。包咸の『論語』注にも「幾」は幽微と言い、『説文解字』の訓釈もこれと同じ。

又曰:「子曰:知幾其神乎!君子上交不諂,下交不瀆,其知幾乎!幾者動之微,吉之先見者也。君子見幾而作,不俟終日。」虞注云:「幾謂陽也,陽在復初稱幾。」王弼曰:「幾者,去無入有。」《易正義》曰:「幾者,去無入有,有理而未形之時。」

『繋辞下伝』にまた言う:孔子講じて曰く、幾を知る者は殆ど神に近からん。君子は上に交るに諂わず、下に交るに慢らず、これを幾を知ると謂う。いわゆる「幾」とは、動向の甫めて萌発する細微の処、吉兆の最先に顕露する端倪なり。君子は幾を見れば即ち行い、一日の終るを待たず。虞翻注に言う:「幾」は陽爻を指し、陽気『復』卦初爻に伏する時を「幾」と称す。王弼に言う:「幾」は無中より出でて有に入る一刹那なり。孔頴達『周易正義』に言う:「幾」は無を去り有に入り、理已に備りて形跡未だ形を成さざる那一段の時なり。

《文言》曰:「知至至之,可與幾也。」述云:至謂初。幾者,動之微,知微知章,故可與幾。《尚書·皐陶謨》曰:「無教佚欲有邦,兢兢業業,一日二日萬幾。」偽孔氏注云:「幾,微也。言當戒懼萬事之微。」荀子云:「善日者王。」又云:「王者敬日。」與《書》義同。

『乾・文言』に言う:到るべき歩を知りて真に其処に至る者、かかる人と「幾」を言うべし。恵棟『周易述』に於て申す:この「至」は初爻を指す。「幾」は動向の甫めて萌発する細微の処、微を知り能く顕を知るゆえに、彼と幾を言うに足る。『尚書・皐陶謨』に言う:諸侯をして嗜欲に放縦せしむること勿れ、小心谨慎して、一日二日の間に上万件の幾微の事あり。旧題孔安国の注に言う:「幾」は幽微なり、万事の細微の処に戒惧を心存すべきを言う。荀子に言う:毎日を善く用うる者は王たることを得。又言う、王者は毎日を敬重す。これ『尚書』の意と正に相合す。

《尚書大傳》曰:「在旋機玉衡,以齊七政。」玉衡,斗也。「旋機者何也?」傳曰:「旋者,還也;機者,幾也,微也。其變幾微而所動者大,謂之旋機。是故旋機謂之北極。」

『尚書大伝』『尭典』の「在璿璣玉衡、以斉七政」を引き、北斗を以て日月五星の運行を校正す。恵棟夾注:「玉衡」は即ち北斗なり。『大伝』問を設く:何をか「旋機」と謂う。答えて曰く:「旋」は回転、「機」は即ち「幾」、すなわち幽微なり。其の自身の変動は極めて細微にして、牽動する処は極めて宏大なり。ゆえに「旋機」と言う。故に「旋機」は即ち北極を指す。

《說文》曰:「幾,微也,殆也,從。」《說文》:「微也,從二么,從戍。戍,兵守也,而兵守者危也。」荀子人心之危與幾同義。

『説文解字』に言う:「幾」は幽微なり、また危殆なり、字形は某字より声を得——其の従う字は源文に於て已に脱落す。『説文』其の字を解して曰く:幽微の義なり、字形は二つの「幺」に「戍」を加えて成る。「戍」は兵を持して戍守するを謂い、兵を持して戍守するは正に危険を意味す。恵棟これに拠りて按断す:荀子の引く「人心之危」の「危」と「幾」とは一つの義なり、見るべし「幾」は幽微と危殆との両層を兼含することを。

邵子《擊壤集》詩云:「何者謂之機?天根理極微。今年初盡處,明日起頭時。此際易得意,其間難下辭。人能知此義,何事不能知。」《孝經鉤命決》曰:「道機合者稱皇。」《文選》注一。

邵雍『伊川撃壤集』に一詩ありて曰く:何をか「機」と謂う。其れ天根の処に在り、理極めて幽微なり。即ち今年将に尽きんとする一刻は、正に明日発端の時なり。この交界の処は最も心に領会し易く、而も最も言語を以て説き難し。人若しこの層の意を識ることを得れば、何事か識らざるあらん。緯書『孝経鉤命決』に言う:道機に契合する者のみ「皇」と称するに足る。此の条は『文選』李善注巻一の引く所に見ゆ。

《荀子·解蔽》篇曰:「《道經》曰:人心之危,道心之微,危微之幾,惟明君子而後能知之。」注云:「幾,萌兆也,與機同。」

『荀子・解蔽』篇古書を引いて曰く:『道経』に講ず、人心は険危にして安んじ難く、道心は幽微にして見え難し。此の危と微との間の「幾」は、明達の君子のみ之を辨識し得。楊倞注に言う:「幾」は即ち萌芽の兆、機の字と相通ず。

虚

《咸·彖傳》曰:「山上有澤,咸,君子以虛受人。」《祭義》曰:「孝子將祭,慮事不可以不豫,比時具物,不可以不備,虛中以治之。」

『咸』卦伝文に言う:山の上に沢あり、これ即ち『咸』なり、君子は之に取法して空虚の心胸を以て他人を納受す。此の語は実に『大象伝』に出づ、恵棟ここに『彖伝』と題す。『礼記・祭義』に言う:孝子将に祭らんとする時、諸事を謀るに預め安排せざるべからず、時至りて祭品を備うるに斉全ならざるべからず、また空明にして雑念なき心を以て此の一切を操办すべし。

《管子·心術》篇曰:「虛無無形謂之道。」又曰:「虛之與人也無閒,唯聖人得虛道。」注云:「虛能貫穿人形,故曰無閒。」又曰:「天之道虛,地之道靜。虛則不屈,靜則不變。」又曰:「虛者萬物之始也。」注云:「有形生於無形也。」

『管子・心術』篇に言う:虚にして形なき者、これを道と謂う。また言う:虚は人に対して間隔なし、唯だ聖人のみこの虚の理を得。『旧注』に解す:虚は人の形体を貫徹し得、ゆえに「無間」と言う。また言う:天の道は虚に在り、地の道は静に在り。虚なれば窮竭せず、静なれば改易せず。また言う:虚は万物の開端なり。旧注に解す:有形の物は无形の中より生出する者なり。

賈子《新書·道術》曰:「道者,所從接物也。其本者謂之虛,其末者謂之術。虛者言其精微也,平素而無設施也。術也者,所從制萬物也,動靜之數也。凡此皆道也。」《韓非子·外儲說》,鄭長者有言曰:「夫虛靜無為而無見也。」太史公《自序》曰:「虛者道之常也。」

賈誼『新書・道術』に言う:道とは、人の以て外物に接応する憑借なり。其の根本を「虚」と謂い、其の末節を「術」と謂う。いわゆる「虚」とは、其れ精微にして見え難く、平淡素朴にして刻意して布置せざるを言う。いわゆる「術」とは、以て万物を制御する者、動静進退の法度なり。此の両様皆道に属す。『韓非子・外儲説』鄭長者の言を引いて曰く:虚静無為にして形跡を顕露せず。司馬遷『太史公自序』に言う:虚は道の常態なり。

《荀子·解蔽》篇曰:「人何以知道?曰:心。心何以知?曰:虛壹而靜。心未嘗不臧也」——臧讀為藏——「然而有所謂虛;心未嘗不滿也」——滿讀為兩——「然而有所謂一;心未嘗不動也,然而有所謂靜。人生而有知,知而有志,志也者臧」——藏——「也。然而有所謂虛,不以所已臧害所將受謂之虛。心生而有知,知而有異,異也者,同時兼知之;同時兼知之,兩也,然而有所謂一,夫不以一害此一謂之壹。心臥則夢,偷則自行,使之則謀,故心未嘗不動也,然而有所謂靜,不以夢劇亂知謂之靜。未得道而求道者謂之虛壹而靜,知道察、知道行、體道者也。虛壹而靜謂之大清明。」

『荀子・解蔽』篇に言う:人は何を以て道を識る。心を以てす。心は何を以て識る。虚・壹・静を以てす。人心に蔵せざるなきこと莫し(荀子の「臧」は「蔵」と読む)而もなお「虚」を講ず。人心に両の認識を同時に容れざるなきこと莫し(「満」は「両」と読むべし)而もなお「一」を講ず。人心に動せざるなきこと莫し而もなお「静」を講ず。人生まれてより知覚あり、知覚あれば記憶あり、記憶は即ち蔵なり。然れどもなお「虚」を講ずるは、已に存する物をして将に受けんとする物を妨害せしめざるなり、これを虚と謂う。心生まれてより知覚あり、知覚あれば差異を分別し得、いわゆる差異とは同時に二事を知るなり。同時に二事を知るは即ち「両」なり、然れどもなお「一」を講ずるは、此の一件をして彼の一件を妨害せしめざるなり、これを壹と謂う。心睡れば則ち夢を為し、放任すれば自ら遊走し、之を役使すれば謀画す、ゆえに心に動せざるなきこと莫し。然れどもなお「静」を講ずるは、夢幻の煩雑をして認知を擾乱せしめざるなり、これを静と謂う。未だ道を得ずして道を求むる者は、虚・壹・静に依りて入門す。能く知り能く道を察し能く道を行い能く道を体する者も、此に由りて成る。虚・壹・静合さりて、これを大清明と謂う。

独

《易·履》初九:「素履」——素,始也——「往無咎。」象曰:「素履之往,獨行願也。」述曰:初微謂之獨,震為行,使四變而已應之,故獨行願。疏云:初為隱為微,隱微於人為獨。

『周易・履卦』初九爻辞に言う:素朴に行い、往前に過ちなし。恵棟夾注:「素」は開始の義なり。『象伝』に言う:素履の往くことを得る所以は、独り自らの心願を践行するなり。恵棟『周易述』に於て申す:初爻は幽微ゆえに「独」と称す。下卦震は行いを為し、九四をして変動せしめて初爻に相応す、ゆえに「独行願」と言う。其の疏文にまた言う:初爻は隠に属し微に属す、隠微の人身に落つるは即ち「独」なり。

《觀》初六曰童觀,馬融注云:「童猶獨也。」《復》六四曰:「中行獨復。」虞注云:「中謂初,震為行,初一陽爻,故稱獨。」

『観卦』初六爻辞の「童観」に、馬融注解す:「童」は「独」に同じ。『復卦』六四爻辞の「中行独復」は、中道を行きて独り返るなり。虞翻注解す:「中」は初爻を指し、下卦震は行を為し、初爻は全卦唯一の陽爻、ゆえに「独」と称す。

《大過》象曰:「君子以獨立不懼。」虞注云:「君子謂乾初,陽伏巽中,體復一爻潛龍之德,故稱獨立不懼。」疏云初為獨。《晉》初六:「晉如摧如,貞吉。」象曰:「晉如摧如,獨行正也。」虞注云:「失位故摧如,動得位故貞吉。初動震為行,初一稱獨也。」《方言》曰:「一,蜀也,南楚謂之獨。」郭注云:「蜀猶獨也。」是獨即一,故云初一稱獨。

『大過・大象伝』に言う:君子は此の卦象に領悟して独立して畏れず。虞翻注に言う:ここの「君子」は乾卦初爻を指し、陽爻巽体の中に潜伏し、『復』卦一阳初生の潜龍の徳を具え、ゆえに「独立不懼」と言う。疏文に言う:初爻即ち「独」なり。『晋卦』初六爻辞:前進してまた挫折し、正を守れば吉。『象伝』に言う:前進挫折の際、仍お独り正道を守りて行う。虞翻注に言う:初六は陰を以て陽に居り其の正位を失う、ゆえに「摧如」と言う。変動の後位を得、ゆえに「貞吉」と言う。初爻一たび動けば震を成し、震は行を為す。初爻は只此の一画、ゆえに「独」と称す。『方言』に言う:「一」を「蜀」と謂い、南楚一帯は之を「独」と称す。郭璞注に言う:「蜀」は即ち「独」なり。見るべし「独」は即ち「一」なり、ゆえに初爻の「一」を「独」と称すると言う。

《詩·思齊》曰:「不顯亦臨,無射亦保。」朱子曰:「言文王雖居幽隱,亦常若有臨之者;雖無厭射,亦常有所守焉。其純亦不已如是。」

『詩経・大雅・思斉』に言う:たとえ人の見るなき暗室に在るも、神明の降るが如くあり。たとえ人の厭棄督責するなきも、依然として持守して懈らず。朱熹解して曰く:これ文王は幽隠の地に処ると雖も、常に人の傍に監臨あるが如くあり。人の之を厭棄するなきと雖も、終始持守する所ありとを講ず。其の純一不已の徳は即ちかくの如し。

《詩·烝民》曰:「人亦有言,德輶如毛,民鮮克舉之。我儀圖之,維仲山甫舉之,愛莫助之。」毛傳曰:「儀,宜也;愛,隱也。」正義云:「毛以為德輶如毛,民寡能舉行之者。我以人之此言實得其宜,乃圖謀之,觀誰能行德。維仲山甫獨能舉此德而行之,其德深遠而隱,莫有能助行之者。山甫既無人助,獨行之耳。」棟謂:德輶如毛言微也,民鮮克舉言慎獨者少。唯仲山甫能慎獨,故克舉之。隱微之中,神明獨運,非人所能助,故云愛莫助之。荀子曰:「能積微者速成。」引此詩為證。又曰:「操之則得之,舍之則失之。操而得之則輕,輕則獨行,獨行而不舍則濟矣。」棟謂:德輶如毛,故操而得之則輕;愛莫助之,故云輕則獨行;行而不舍則至誠也,故云則濟矣。毛公用師說,故訓愛為隱;鄭氏不明古義,改訓為惜。七十子喪而大義乖,康成大儒,猶未免也。

『詩経・大雅・烝民』に言う:人に古語あり、徳は羽毛の如く軽しと雖も、百姓の中に之を挙ぐる能くする者稀なり。我細かに之を揣度するに此の言確かに理あり、唯だ仲山甫一人之を挙げ得、惜しむべし隠微の徳は旁人の助くる能わざるなり。毛亨『毛伝』解す:「儀」は合宜、「愛」は隠なり。孔頴達『毛詩正義』毛義を申発して曰く:徳は毫毛の如く軽しと雖も、真に之を挙げて践行する百姓極めて少なし。我は世人の此の言の最も合宜なるを謂い、乃ち細かに図謀して、孰れか此の徳を践行する能くする者を看る——唯だ仲山甫のみ此の徳を挙げて行い去ることを得、其の徳深遠にして隠蔽し、人の助くる能くする者なし。既に相助ける者なければ、亦た彼が独り行うのみ。恵棟按断す:「徳輶如毛」は幽微を言い、「民鮮克挙」は慎独する能くする者の少なきを言う。唯だ仲山甫のみ慎独する能くすれば、挙げることを得。隠微の中に於て、全く一己の神明を凭りて独り運作し、旁人の手の插る能わざるなり、ゆえに「愛莫助之」と言う。荀子に言う、微細の功夫を積累する能くする者は事を成すこと最も速し、正に此の詩を引きて証と為す。又言う、之を握れば之を得、之を放てば之を失う。握りて得れば則ち軽しと覚え、軽しと覚えれば則ち独り行うのみ。独行して放弃せざれば則ち成る。恵棟再び按ず:正に徳の毛の如く軽きがゆえに、握れば則ち軽しと覚ゆ。正に愛莫助之がゆえに、則ち軽ければ独行と言う。行いて舍てざるは即ち至誠、ゆえに「則済矣」と言う。毛公先師の旧説に沿うて、始めて「愛」を「隠」と訓ぜり。

《禮器》曰:「禮之以少為貴者,以其內心也。」鄭注:「內心,用心於內,其德在內。」「德產之致也精微。」鄭注:「致,緻密也。」盧注:「天地之德所生至精至微也。」「觀天下之物無可以稱其德者,如此則得不以少為貴乎?故君子慎其獨也。」獨則象天。

『礼記・礼器』に言う:礼の少を以て貴しと為す所以有るは、内に於て心を用うるを貴ぶが故なり。鄭玄注:「内心」は即ち心を内裏に用うるなり、徳も内裏に蔵す。原文続けて言う:徳の生成する所の極致精微にして見え難し。鄭玄注:「致」は細密なり。盧植注:これ天地の徳の生ずる最精最微の物なり。原文また言う:遍く天下の器物を観るに、一つとして此の徳を称量するに配する能わざるなし。此の様に観れば、何ぞ少を以て貴しと為さざるを得ん。ゆえに君子は独处の時に格外に慎む。恵棟末に一句の断語を補す:独を守る能くすれば、則ち天に相似たり。

《中庸》曰:「君子戒慎乎其所不睹,恐懼乎其所不聞。莫見乎隱,莫顯乎微,故君子慎其獨也。」

『中庸』に言う:君子は人の見ざる処に於ても戒備謹慎し、人の聞かざる処に於ても恐懼を心存す。隠れた処ほど顕れ易いものはなく、幽微なる処ほど明らかになり易いものはない。ゆえに君子は独り居て人なき時に最も慎む。

《大學》曰:「欲正其心者先誠其意。所謂誠其意者,毋自欺也,如惡惡臭,如好好色,此之謂自謙,故君子必慎其獨也。小人閒居為不善,無所不至,見君子而後厭然,弇其不善而著其善。人之視已如見其肺肝然,則何益矣。此謂誠於中,形於外,故君子必慎其獨也。曾子曰:十目所視,十手所指,其嚴乎!富潤屋,德潤身,心廣體胖,故君子必誠其意。」鄭注云:「嚴乎,言可畏敬也。胖猶大也。三者言實於內,顯見於外。」

『大学』に言う:其の心を正しくせんと欲すれば、先ず意念を誠実ならしめよ。いわゆる意を誠にするとは、自ら欺かず、悪を悪むこと臭悪を悪むが如く、善を好むこと美色を好むが如くす、これを自ら足ると謂う。ゆえに君子は独处の時必ず慎む。小人は閒居して事なき時は如何なる悪事も為し得、一たび君子を見れば掩い蔵し、己の悪を遮りて己の善を摆出す。然れども人の彼を視るは、彼の肺肝を看透したが如し、かくの如く掩飾してまた何の用かあらん。これを内に何か有れば外に何か顕ると謂う、ゆえに君子は必ず独を慎む。曾子に言う:十の目汝を視、十の手汝を指す、これ何の可畏なるや。富は屋を飾る能くし、徳は身を潤う能くし、心広ければ体自ら舒泰す。ゆえに君子は必ず意念を誠実ならしむ。鄭玄注に言う:「厳乎」は可畏可敬を言う。「胖」は即ち舒大なり。以上三処皆内裏充実すれば外に自ら顕現するを言う。

《大學》《中庸》皆言慎獨。荀子曰:「不誠則不能獨。」《大學》釋誠意則言慎獨,不誠則不能獨,此《大學》義疏也。誠,實也;獨,中外一也。《大學》曰:「此謂誠於中形於外。」《中庸》曰:「誠則形。」堯舜率天下以仁而民從之,桀紂率天下以暴而民從之,皆獨之效也,故曰其所令反其所好而民不從。初疑桀紂之民從暴語,及觀王莽、魏閹時而其言始驗。

『大学』と『中庸』と皆慎独を講ず。荀子に言う:誠ならざれば独を守ること能わず。『大学』が誠意を解釈する時は正に慎独を講じ、荀子の「不誠則不能獨」の一句は恰好『大学』の義疏と為すことを得。恵棟随って両字に定義を下す:「誠」は即ち実、「独」は即ち内外如一なり。『大学』に言う:これを内に真誠あれば外に自ら形を顕すと謂う。『中庸』に言う:誠なれば則ち形を顕す。尭・舜は仁を以て天下を引領し、百姓は随って仁を行う。桀・紂は暴を以て天下を引領し、百姓も随って暴を行う。皆「独」の作用する効験なり。ゆえに『大学』に言う、政令と君主自らの好悪と相反せば、百姓は服従せずと。恵棟自述す:彼は初め「桀紂之民從暴」の句に半信半疑なりしが、王莽の漢を篡し、明末魏忠賢の権に当たりし两段の世相を看るに及び、始めて此の言の確かに応験するを知れり。

《荀子·不苟》篇曰:「君子養心莫善於誠」——即正心先誠意之義——「致誠則無他事矣,唯仁之為守,唯義之為行。誠心守仁則形,形則神,神則能化矣;誠心行義則理,理則明,明則能變矣。變化代興謂之天德。天不言而人推高焉,地不言而人推厚焉,四時不言而百姓期焉,夫此有常以至其誠者也。君子至德,嘿然而喻,未施而親,不怒而威,夫此順命」——天命——「以慎其獨者也。善之為道者,不誠則不獨」——不誠則欺,安能獨——「不獨則不形」——誠則形——「不形」——信不由中——「則雖作於心,見於色,出於言,民猶若未從」——其所令反其所好而民不從——「雖從必疑。天地為大矣,不誠則不能化萬物;聖人為知矣,不誠則不能化萬民;父子為親矣,不誠則疏;君上為尊矣,不誠則卑。夫誠者,君子之所守也,而政事之本也。」

『荀子・不苟』篇に言う:君子の心性を修養するに、「誠」より善きは莫し。恵棟夾注:これ正に『大学』の「心を正さんと欲すれば先ず意を誠にせよ」の意なり。荀子続けて言う:誠を致せば則ち他事なく、只だ仁を持守し、只だ義を践行す。誠心を以て仁を守れば徳顕形し、顕形すれば神妙にして、神妙なれば万物を感化すること能くす。誠心を以て義を行えば事条理あり、条理あれば明白にして、明白なれば万事を变革すること能くす。変と化と交代に興起するを、天徳と謂う。天は言わずと雖も人は其の高きを公認し、地は言わずと雖も人は其の厚きを公認し、四時は言わずと雖も百姓は指し望むべきを知る——皆恒常の道有るがゆえに、其の誠を成就す。君子の徳極処に至れば、黙然として語らずして人自ら領会し、未だ恩惠を施さずして人自ら親附し、怒りを発せずして自ら威厳あり。恵棟「順命」の下に「天命」の一字を夾注し、此れ正に慎独に依りて得る所を説明す。荀子また言う:善を以て道と為す者は、誠ならざれば独を守ること能わず(恵棟注:誠ならざるは即ち自欺なり、何ぞ独を言わん)、独を守る能わざれば顕形せず(恵棟注:誠して乃ち顕形す)、顕形せざれば(恵棟注:これ即ち信衷に由らざるなり)、則ち心中に於て発動し、顔色に於て流露し、言語の中に説出すと雖も、百姓依れども随わず(恵棟注:これ即ち「其所令反其所好而民不從」なり)、強いて随うと雖も必ず疑慮を心存す。天地大なりと雖も、誠ならざれば万物を化育すること能わず。聖人智慧なりと雖も、誠ならざれば——

《韓非子·揚權》曰:「道無雙,故曰一,是故明君貴獨道之容。」《淮南·繆稱》曰:「獨專之意樂哉!忽乎日滔滔以自新,忘老之及已也。始乎叔季,歸乎伯孟,必此積也。自少至長,不身遁,斯亦不遁人。」遁,隱。「故若行獨梁」——一木之水橋——「不為無人不競其容。故使人信己者易而蒙衣自信者難。」

『韓非子・揚権』に言う:道に第二なし、ゆえに「一」と曰う。故に明君は彼の独一の道の仪态を重んず。『淮南子・繆称訓』に言う:専一に独守する心意の楽しきや、恍惚の間に日子滔滔として去り、人は日々自ら更新し、衰老の逼るを連れて忘る。排行最末の叔・季より作し起り、最后に居長の伯・孟に帰するは、必ずかくの如き一点一滴の積累に依る。年少より年長に至るまで、自ら蔵躲遮掩せざれば、則ち人を避ることも往かず。恵棟夾注:「遁」は隠なり。原文続けて言う:ゆえに人の独木橋を独り走り渡る時——恵棟夾注:彼れは一根の木頭の架成する水上の便橋なり——四下に人なきを以ても仪容を端正ならしめざることなし。此に由りて見るべし、人をして己を信任せしむるは易く、衣被を蒙りて独处するに仍お自信して欺かざるは真に難し。

《莊子·庚桑》曰:「為不善乎顯明之中者,人得而誅之;為不善乎幽閒之中者,鬼得而誅之。明乎人、明乎鬼者,然後能獨行。」注云:「幽顯無愧於心,則獨行而不懼。」

『荘子・庚桑楚』に言う:光天化日の下に於て悪事を為す者は、人之を惩治すること能くす。幽暗無人の処に於て悪事を為す者は、鬼神之を惩治すること能くす。人に対して明白にして鬼神に対しても明白なる者、然る後に独り世に行事すること能くす。旧注に解す:幽暗の処と顕明の処とを論じず問心に愧なければ、独り行いて畏れずことを得。

《法言·修身》篇曰:「天下有三門:由於情慾,入自禽門;由於禮義,入自人門;由於獨智,入自聖門。」司馬光曰:「生而知之,獨運明智,極深研幾,非常人所能逮。」

揚雄『法言・修身』篇に言う:天下に三道の門あり——情欲に順て走るは、禽獣の門より入るなり。礼義に順て走るは、人の門より入るなり。独到の智慧を凭りて走るは、聖人の門より入るなり。司馬光解して曰く:これ生まれて即ち事理を明白する者を指し、独り明智を運用し、幽深を窮究し幾微を研求す、常人の及ぶ能くするにあらず。

《問神》篇曰:「龍蟠於泥,蚖其肆矣。」龍蟠於泥,獨也,以況君子。肆,恣也。蚖其肆,不慎獨也,以況小人間居為不善也。「蚖哉蚖哉,惡覩龍之志也歟!」寉乎不拔,潛龍之志。

『法言・問神』篇に言う:真龍泥裏に盘伏すれば、蜥蜴の類の小虫則ち放肆起来す。恵棟随文に解説す:龍の泥に盘するは即ち「独」、以て君子に比拟す。「肆」は放縦、蜥蜴の放肆するは即ち慎独する能わざるなり、以て小人の閒居時に為さざる所なきに比拟す。揚雄続けて感嘆す:蜥蜴や蜥蜴、汝何ぞ龍の心志を見るを得ん。恵棟『乾・文言』を以て之を断ず:堅確にして拔動すべからざるは、正に潜龍の心志なり。

《孝至》篇曰:「或曰:何以處偽?曰:有人則作之,無人則輟之,之謂偽。」注云:「道不可須臾離,所以君子慎其獨。」《韓非子·揚權》曰:「道無雙,故曰一,是故明君貴獨道之容。」注云:「道以獨為容。」案:獨道之容即獨也。《大戴禮》武王踐祚帶之銘云:「火滅修容。」《劉子新論》云:「顏回不以夜浴改容。」所謂獨道之容。

『法言・孝至』篇に言う:或る人問う、如何にして「偽」と為す。揚雄答えて曰く:人の在場あれば則ち為し、人の在場なければ則ち手を停む、これを偽と謂う。旧注に解す:道は一刻も離るべからず、ゆえに君子は独を慎む。『韓非子・揚権』に言う:道に第二なし、ゆえに「一」と曰う。故に明君は彼の独一の道の仪态を重んず。旧注に解す:道は「独」を以て其の仪容と為す。恵棟按断す:いわゆる「独道之容」は、講ずる所は正に「独」なり。『大戴礼記』の載する武王の阼に践みし時衣帯に刻せし銘文に言う:灯火熄滅せりと雖も、照様に仪容を整粛す。『劉子新論』に言う:顔回は夜沐浴するを以て端庄の仪态を改易せず。此れら皆「独道之容」の様子なり。

揚子《太玄》曰:「陰不極則陽不生,亂不極則德不形。君子修德以俟時,不先時而起,不後時而縮,動止微章不失其法者,其唯君子乎!」注云:「君子謂陽也,修德於黃泉,候春而興。」案:修德於黃泉即獨也。君子慎獨,有隱德者必陽報,故莫見乎隱,莫顯乎微。

揚雄『太玄』に言う:陰極処に至らざれば陽滋生せず、乱極処に至らざれば徳顕形せず。君子は徳行を修養して時機を待ち、時機の先に抢たんして起たず、時機の後に落ちて退縮せず。動と静・幽微と彰顕と皆法度を失わざるは、殆ど君子のみか。旧注に解す:ここの「君子」は陽気を指し、其れ地下黄泉の中に於て自らを修養し、春天に至りて始めて興起す。恵棟按断す:いわゆる黄泉に於て徳を修めるは即ち「独」なり。君子は独を慎み、暗中に徳を積む者は必ず顕明の報を得。ゆえに『中庸』に言う、隠れた処ほど顕れ易いものはなく、幽微なる処ほど明らかになり易いものはないと。

《老子·道經》曰:「有物混成,先天地生,寂兮寞兮,獨立而不改。」河上公注云:「獨立者無匹雙,不改者化有常。」案:獨即一也。道獨行,故君子慎獨;道不改,故不可須臾離。

『老子』上篇『道経』に言う:一物ありて渾然として成り、天地より先に生出し、寂静にして声なく、空曠にして形なく、独り屹立して永く改まらず。河上公注解す:「独立」は其の匹配対偶なきを言い、「不改」は其の変化に常軌あるを言う。恵棟按断す:「独」は即ち「一」なり。道は独り運行す、ゆえに君子は独を慎む。道は恒常にして改まらず、ゆえに『中庸』に其の一刻も離るべからざると言う。

《淮南·原道》曰:「所謂無形者,一之謂也。所謂一者,無匹合於天下者也。卓然獨立,塊然獨處,上通九天,下貫九野。」

『淮南子・原道訓』に言う:言う所の「無形」は、指す所は「一」なり。言う所の「一」とは、天下に一物として能く之と匹配相合するなきを謂う。其れ高高として独り屹立し、孤然として独り安処し、上は九重の天に貫通し、下は九方の大地に貫穿す。

蜀独同義

《爾雅·釋山》:「獨者蜀。」注云:「蜀亦孤獨。」《方言》:「一,蜀也,南楚謂之獨。」《管子》云:「抱蜀不言而廟堂既修。」半農人云:抱蜀即《老子》抱一。

『爾雅・釈山』に言う:孤零零として単独なる一座の山を「蜀」と謂う。郭璞注:「蜀」も孤独の義なり。『方言』に言う:「一」を「蜀」と謂い、南楚一帯は之を「独」と称す。『管子』に言う:君主は「蜀」を抱守して号令を発せず、朝廷政事自ら整粛す。恵棟半農人の説を引く:いわゆる「抱蜀」は、即ち『老子』の講ずる「抱一」なり。

始

《恆》初六:「浚恆貞凶無攸利。」象曰:「浚恆之凶,始求深也。」虞注云:「乾為始,故曰始求深也。」《乾·彖傳》曰:「大哉乾元,萬物資始。」荀注云:「謂分為六十四卦萬一千五百二十筴,皆受始於乾也。」

『恒卦』初六爻辞:一たび頭より深く恒久を求めれば、占問に凶を得て、益する所なし。『象伝』に言う:浚恒の凶なる所以は、一たび頭より求めて深きに在り。虞翻注に言う:乾は「始」を為す、ゆえに「始求深」と言う。『乾・彖伝』に言う:偉大なりや乾元、万物皆之に依りて始まる。荀爽注に言う:乾元分化して六十四卦・一万一千五百二十策と為り、皆乾より開端を領受す。

《繫上》曰:「原始反終,故知死生之說。」說,舍也。《大學》曰:「物有本末,事有終始。」《乾鑿度》曰:「乾漸九月。乾者天也,終而為萬物始,北方萬物所始也,故乾位在於十月。」注云:「乾御戌亥在於十月而漸九月也。」

『繋辞上伝』に言う:事物の開端を推原し、反りて其の終結を求む、故に死生の理を識る。恵棟夾注:ここの「説」は「舍」に通じ、生死の帰宿を指す。『大学』に言う:物に根本と末梢あり、事に終結と開端あり。緯書『乾鑿度』に言う:乾気漸く九月に及ぶ。乾は即ち天なり、其れ一年の終了の処に於て又万物の開端と為る。北方は正に万物の由りて始まる方位、ゆえに乾の卦位を十月に安んず。鄭玄注に言う:乾は戌・亥の两支を統御し、正位は十月に在り、而其の気已に九月に浸潤す。

又云:「乾位在西北,陽祖微據始也。」又云:「太初者氣之始也,太始者形之始也。」鄭注云:「形,見也,天象形見之所本始也。」案:太始生於戌仲。「太素者,質之始也。」

『乾鑿度』また言う:乾位は西北に在り、陽気の宗祖は此の一点の幽微に凭りて開端を拠有す。また言う:太初は気の開端、太始は形の開端なり。鄭玄注に言う:「形」は即ち顕現、天象の顕現する所の根源の開端を指す。恵棟按断す:太始は戌位の正中に生ず。『乾鑿度』続けて言う:太素は質の開端なり。

《周書·周祝》曰:「天為古,地為久,察彼萬物名於始。」《爾雅·釋詁》曰:「初、哉、首、基、肇、祖、元、胎、俶、落、權輿,始也。」《老子·道經》曰:「無名天地之始。」注云:「無名者謂道,道無形,故不可名也。始者,道本也,吐氣布化,出於虛無,為天地本始也。」

『逸周書・周祝』に言う:天は最も古く、地は最も久し。彼の万物を考察するに、皆其の開端の上に於て名を定む。『爾雅・釈詁』に言う:初・哉・首・基・肇・祖・元・胎・俶・落・権輿の一串の字、皆「始」と訓す。『老子』上篇『道経』に言う:無名は天地の開端なり。河上公注に言う:いわゆる「無名」は即ち道なり、道に形体なし、ゆえに命名するに由なし。「始」は道の本根、其れ元気を吐出し布散化育して、虚無の中より出で、天地の本始と為る。

《吳子》曰:「夫道者,所以反本復始。」吳起,曾申弟子,傳《左氏春秋》。《呂覽·召類》曰:「元者,吉之始也。」揚雄《羽獵賦》云:「於是玄冬季月,天地隆烈,萬物權輿於內,徂落於外。」注:《爾疋》曰:「權輿,始也。」《昏義》曰:「夫禮始於冠,本於昏。」鄭注云:「始猶根也,本猶乾也。」

『呉子』に言う:いわゆる道とは、以て根本に返回し開端に回復する者なり。恵棟夾注:呉起は曾申の弟子、嘗て『左氏春秋』を伝習せり。『呂氏春秋・召類』に言う:「元」は吉の開端なり。揚雄『羽猟賦』に言う:深冬の末月に至りて、天地厳寒酷烈、万物は内裏に於て萌動初生し、外面に於て凋零陨落す。李善注『爾雅』を引きて曰く:「権輿」は即ち開始なり。『礼記・昏義』に言う:礼は冠礼より始まり、婚礼を以て根本と為す。鄭玄注に言う:「始」は木の根に如く、「本」は木の幹に如し。

素

《乾鑿度》曰:「太素者,質之始也。」鄭注云:「地質之所本始也。」又云:「太素有質始形也。」案:太素生於亥仲。《文選》注:《方言》曰:「素,本也。」

『乾鑿度』に言う:太素は質の開端なり。鄭玄注に言う:これ大地の形質の根源する所の開端なり。また言う:太素に至りて始めて質あり、併せて形有るを始む。恵棟按断す:太素は亥位の正中に生ず。『文選』李善注『方言』を引きて曰く:「素」は即ち本なり。

《履》初九曰:「素履往無咎。」述云:初為履始,故云素。疏云:《乾鑿度》曰:「太索者,質之始。」鄭注《尚書大傳》云:「素猶始也。」初為履始,故云素,素亦始也。《象上傳》曰:「素履之往,獨行願也。」述云:初微謂之獨。

『履卦』初九爻辞に言う:素朴に行い、前往に過ちなし。恵棟『周易述』申す:初爻は『履』卦の開始、ゆえに「素」と称す。疏文『乾鑿度』の「太素は質の開端」を引き(源文は「素」を「索」と作る)、又鄭玄注『尚書大伝』の「素」は「始」に如くを引く。初爻は既に『履』の開始なれば、ゆえに「素」と称し、「素」は即ち「始」なり。『象伝』上篇に言う:素履の往くことを得る所以は、独り自らの心願を践行するなり。恵棟『周易述』に言う:初爻幽微、ゆえに之を「独」と称す。

張衡《靈憲》注曰:「太素之前,幽清玄靜,寂寞冥默,不可為象,厥中惟靈,厥外惟無。如是者永久焉,斯為冥莖」——一作涬——「蓋乃道根。道根既建,由無生有,太素始萌,萌而未兆,並體同色,坤屯不分。」原注云:「坤屯音渾沌。」《御覽》一。

張衡『霊憲』及び其の注に言う:太素の前は、一片の幽清玄静、寂寞として声なく、晦暗にして明らかならず、形象を以て描摹すること能わざるなり。其の中には唯だ霊妙あるのみ、外には唯だ虚無あるのみ、此の状態極めて久しく延続す、これを「冥茎」と謂う——恵棟夾注:一本に「涬」と作る——即ち道の根柢なり。道根既に立定すれば、便ち無より有を生出し、太素萌動を始む。萌動して尚お征兆なく、渾然一体・通体同色にして、「坤屯」未だ分け開くこと能わず。原注に言う:「坤屯」は「渾沌」と読む。此の条は『太平御覧』巻一の引く所に見ゆ。

深

《恆》初六:「浚恆貞凶。」象曰:「浚恆之凶,始求深也。」虞注云:「浚,深也。莊九年《公羊傳》曰:浚之者何?深之也。初下稱浚,故曰浚恆。乾初為淵,故深矣。失位變之正,乾為始,故曰始求深也。」乾為始,亦據初。初為始為元,「大哉乾元,萬物資始」,故乾為始也。

『恒卦』初六爻辞:一たび頭より深く恒久を求めれば、占問に凶を得。『象伝』に言う:浚恒の凶は、頭より起りて求めて深きに在り。虞翻注に言う:「浚」は深なり。荘公九年『公羊伝』「浚之とは何ぞ」と問い、答えて「深くするなり」、見るべし浚は即ち加深なり。初爻は最下に在り、ゆえに「浚」と称し、爻辞始めて「浚恒」と曰う。乾の初爻は本より深淵を象る、ゆえに「深」と言う。初六は位を失い、変動の後正に帰し、而して乾は「始」を為す、ゆえに「始求深」と言う。恵棟補して言う:乾の「始」と為る所以も、亦た初爻に就いて言うなり。初爻は既に「始」にして又「元」なり、『彖伝』に「偉大なりや乾元、万物皆之に依りて始まる」と講ず、ゆえに乾は即ち「始」なり。

《繫上》曰:「無有遠近幽深。」虞注云:「遠謂天,近謂地,深謂陽,幽謂陰。」又曰:「夫易,聖人之所以極深而研幾也。」又曰:「鉤深致遠。」虞注云:「初深故曰鉤深,致遠謂乾。」又曰:「精義入神。」姚信注云:「入在初也。陰陽在初,深不可測,故謂之神。」

『繋辞上伝』に言う:遠近幽深を論ぜず、『易』は皆通達すること能くす。虞翻注に言う:「遠」は天を指し、「近」は地を指し、「深」は陽を指し、「幽」は陰を指す。また言う:『周易』は聖人の以て幽深を窮め幾微を研求する書なり。また言う:幽深を鉤取し、遠処を招致す。虞翻注に言う:初爻最も深し、ゆえに「鉤深」と曰う。「致遠」は乾に就いて言うなり。また言う:義理を精研して神境に入る。姚信注に言う:いわゆる「入」とは、初爻に入るなり。陰陽皆初爻に始まり、深くして測るべからず、ゆえに「神」と称す。

《論語》子貢曰:「夫子之言性與天道,不可得而聞已矣。」何晏注云:「性者,人之所受以生也。天道者,元亨日新之道,深微故不可得而聞之。」

『論語・公冶長』子貢の言を記す:先生の人性と天道とを談ずる言論は、我ら之を聞くことを得ず。何晏『論語集解』注に言う:「性」は人の禀受して以て生成することを得る物、「天道」は元亨日新の道、深邃幽微を以てのゆえに、聞くことを得ず。

《後漢·陳忠傳》:自順帝即位,盜賊並起,郡縣更相飾匿,莫肯糾發——更相文飾,隱匿盜賊——忠上疏曰:「臣聞輕者重之端,小者大之源,故堤潰蟻孔,氣洩針芒」——揚雄語——「是以明者慎微,智者識幾。《書》曰:小不可不殺」——《康誥》——「《詩》云:無縱詭隨,以謹無良」——《大雅》——「蓋所以崇本絶末,鉤深之慮也。」棟案:慮之初,故曰鉤深,此與仲翔義合。

『後漢書・陳忠伝』に記す:順帝即位より以来、盗贼紛紛として起り、郡県は互相いに掩飾包庇して、掲発する肯んずる者なし——恵棟夾注:即ち彼此文過飾非にして盗贼を隠匿するなり。陳忠此の為に疏を上りて曰く:臣聞く、軽は重の開端、小は大の源頭、ゆえに堤壩は蟻穴に於て潰え、気は針尖の大さの孔より泄尽すと——恵棟夾注:此の両句は本より揚雄の言なり——故に明白の人は幽微の処に於て謹慎し、智慧の人は幾微の処に於て察覚す。『尚書』に言う、小悪も誅せざるべからず(恵棟注:語は『康誥』に出づ)。『詩経』に言う、詭詐随和の徒を放縦するなかれ、以て不良の人を防範せよ(恵棟注:語は『大雅』に出づ)。此れら皆崇本絶末・幽深を鉤取する深謀遠慮なり。恵棟按断す:思慮は最初の処に下すべし、ゆえに「鉤深」と曰う。これ虞翻(字は仲翔)の解釈と正に相合す。

《老子·道經》曰:「古之善為士者,微妙玄通,深不可識。」《德經》曰:「玄德深矣遠矣。」《莊子·天地》曰:「視乎冥冥,聽乎無聲,冥冥之中獨見曉焉,無聲之中獨聞和焉。故深之又深而能物焉」——窮其原而後能物物——「神之又神而能精焉。」

『老子』上篇『道経』に言う:古の善く道を為す士は、精微玄妙にして幽深に通達し、深くして人をして測識せしめ難し。下篇『徳経』に言う:玄徳深きかな、遠きかな。『荘子・天地』に言う:幽暗の中に於て看、無声の処に於て聴く。幽暗の中に独り光明を見る能くし、無声の中に独り和音を聞く能くす。ゆえに深くしてまた更に深くして、乃ち万物を生成すること能くし——恵棟夾注:本原に窮究して、然る後に万物を主宰すること能くす——神にしてまた更に神にして、乃ち精純に達すること能くす。

《繕性》曰:「當時命而大行乎天下則反一無跡,不當時命而大窮乎天下則深根寧極而待,此存身之道也。」《繫下》曰:「龍蛇之蟄以存身也。」虞注云:「潛藏也。龍潛而蛇藏,陰息初巽為蛇,陽息初震為龍。十月坤成,十一月復生,遘巽在下,龍蛇俱蟄。初坤為身,故龍蛇之蟄以存身。」莊子言存身之義通於易。

『荘子・繕性』に言う:時運に遇い天下に大行すれば、則ち渾一に返帰して形跡を留めず。時運に遇わず天下に困窮すれば、則ち根柢を深固にし、極処に安守して時を待つ。これ即ち自身を保全する弁法なり。『繋辞下伝』に言う:龍蛇の冬眠蟄伏するは、以て自身を保存するなり。虞翻注に言う:「蟄」は即ち潜蔵、龍は潜、蛇は蔵なり。陰気消息して初爻に至り巽を成し、巽は蛇を為す。陽気消息して初爻に至り震を成し、震は龍を為す。十月坤卦は純陰にして成り、十一月『復』卦一阳復生し、『姤』卦の巽体下に居り、龍と蛇皆蟄伏の中に在り。初爻は坤に属し、坤は身を為す、ゆえに龍蛇の蟄は以て身を存すると言う。恵棟按す:荘子の存身を講ずる意は、『周易』と正に相貫通す。

《天下》曰:「以深為根。」注云:「理根為太初之極,不可謂之淺也。」《釋言》曰:「潛,深也。」初為深,《易》潛龍勿用亦在初。《太玄》曰:「夫一一所以摹始而測深也。」

『荘子・天下』に言う:深を以て根柢と為す。旧注に解す:此の理の根柢は即ち太初の極致、之を浅しと謂う能わず。『爾雅・釈言』に言う:「潜」は即ち深なり。恵棟按す:初爻は正に「深」、『周易』乾卦の「潜龍勿用」も初爻に落つ。揚雄『太玄』に言う:彼の「一」は、以て開端を摹写し幽深を測度する者なり。

初

《易上經》曰:「初九,潛龍勿用。」述云:易氣從下生,故以下爻為始。乾為龍,潛藏在下,故曰潛龍。其初難知,故稱勿用。太衍之數虛一不用,謂此爻也。又曰:「初六,履霜堅冰至。」

『周易』上経『乾卦』に言う:初九、潜伏の龍、暫く施用せず。恵棟『周易述』申す:易の気は下より上に生長す、ゆえに最下の一爻を以て開端と為す。乾は龍を為し、此の時下に潜蔵す、ゆえに「潜龍」と曰う。其れ最初に処り、知ること難し、ゆえに「勿用」と言う。大衍の数の一策を虚去して用いざるは、此の一爻を指す。『坤卦』また言う:初六、脚下に霜を踩むれば、則ち堅氷の将に至らんとするを知る。

《繫上》曰:「其初難知,其上易知,本末也。初辭擬之,卒成之終。」《繫下》曰:「小人以小善為無益而弗為也,以小惡為無傷而弗去也。」虞注云:「小善謂復初,小惡謂遘初。」《公羊》隱五年傳云:「初者何?始也。」

『繋辞上伝』に言う:一卦の初爻は知ること難く、上爻は知ること易し、これ根本と末梢の分別なり。初爻の爻辞は只だ開端を擬議し、上爻に至りて始めて最終に完成す。『繋辞下伝』に言う:小人は小善に益なしと謂いて為さず、小悪は大雅を傷つけずと謂いて除くに肯んぜず。虞翻注に言う:「小善」は『復』卦初爻一阳の始生を指し、「小悪」は『姤』卦初爻一陰の始生を指す。『公羊伝』隠公五年問を設く:「初」とは何ぞ。答えて曰く:即ち開始なり。

《參同契》曰:「元精雲布,因氣托初。」《乾鑿度》曰:「太初者,氣之始也。」鄭注云:「元氣之所本始。太易既是寂然無物矣,焉能生此太初哉?則太初者亦忽然而自生。」又曰:「太初之氣,寒溫始生也。」案:太初生於酉仲。

魏伯陽『周易参同契』に言う:元精は雲の如く布散して、気に憑藉して開端に寄托す。『乾鑿度』に言う:太初は気の開端なり。鄭玄注に言う:これ元気の根源する起点、太易は本より寂然として物なし、何ぞ能くこの太初を生出せん。見るべし太初も亦た忽然として自生するなり。『乾鑿度』また言う:太初の気は、寒と温と此より分化を始む。恵棟按断す:太初は酉位の正中に生ず。

京房雜試對(《後漢·律曆志》)曰:「宓犧作易,紀陽氣之初以為律法。建日冬至之聲,以黃鍾為宮,大蔟為商,姑洗為角,林鍾為徵,南呂為羽,應鍾為變宮,蕤賓為變徵,此聲氣之元,五音之正也。」

京房『雑試対』に於て言う(此の条は『後漢書・律歴志』の引く所に見ゆ):伏羲『易』を創作し、陽気初生の節点を記録して定律の法則と為す。冬至の日に建つる声音を以て基準と為し、黄鐘を用いて宮と為し、太簇を商と為し、姑洗を角と為し、林鐘を徴と為し、南呂を羽と為し、応鐘を変宮と為し、蕤賓を変徴と為す。これ即ち声気の本元、五音の正準なり。

《淮南·俶真》曰:「聖人之學也,欲以反性於初。」高誘注云:「人受天地之中以生。孟子曰:性無不善而情慾害之,故聖人能反其性於初。」

『淮南子・俶真訓』に言う:聖人の学問を為すは、本性を以て最初の様子に返回せんと欲するなり。高誘注に言う:人は天地中和の気を禀受して生ず。孟子は人性に善ならざるなしと講ず、只だ情欲の之を損害するのみ、ゆえに聖人は能く本性を最初に返回せしむ。

本

《易·大過》:「棟橈。」彖傳曰:「棟橈,本末弱也。」虞注云:「初上陰柔本末弱,故棟橈也。」《繫下》曰:「復,德之本也。」虞注云:「復初乾之元,故德之本也。」

『周易・大過』卦辞に言う:棟梁彎曲す。『彖伝』解す:棟梁の彎曲する所以は、根本と末梢と皆虚弱なるを以てなり。虞翻注に言う:『大過』の初爻と上爻は皆陰柔、一頭一尾皆弱し、ゆえに棟梁彎曲す。『繋辞下伝』に言う:『復』卦は徳の根本なり。虞翻注に言う:『復』卦初爻は即ち乾の元気、ゆえに其れ徳の根本と言う。

又曰:「其初難知,其上易知,本末也。」侯果注云:「本末,初上也。」《周禮》師氏以三德教國子,一曰至德以為道本,鄭注云:「至德,中和之德,覆燾持載含容者也。」孔子曰:「中庸之為德,其至矣乎!」

『繋辞下伝』また言う:初爻は知り難く、上爻は知り易し、これ本と末の分別なり。侯果注に言う:いわゆる本末とは、即ち初爻と上爻なり。『周礼』に記す、師氏は三種の徳を以て貴族子弟を教育す、第一を「至徳」と曰い、之を以て道の根本と為す。鄭玄注に言う:「至徳」は即ち中和の徳、天の覆い地の載せるが如く一切を包容すること能くす。孔子に言う:中庸の徳と為すは、殆ど最高なるか。

《詩·簡兮》曰:「執轡如組。」毛傳曰:「組,織組也。御眾有文章,言能治眾。」動於近,成於遠也。正義曰:「御者,執轡於此,使馬騁於彼;織組者,總紕於此,而成文於彼;皆動於近成於遠。」《呂覽·先己》曰:「百仞之松,元傷於下而末槁於上;商因之困,謀失於胸,令困於彼。《詩》曰:執轡如組。孔子曰:審此言也可以為天下。子貢曰:何其躁也。孔子曰:非謂其躁也,謂其為之於此而成文於彼也,聖人組修其身而成文於天下矣。」高誘曰:「胸猶內,彼亦外也。」《大戴禮·保傅》曰:「《易》曰:正其本,萬物理。」本謂初。

『詩経・邶風・簡兮』に言う:手に缰繩を握ること、絲帯を編むが如し。毛亨『毛伝』解す:「組」は編み成せる絲帯、衆馬を駕御して条理文采あるは、其の衆を治むる能くするを言う。恵棟一句の断語を加う:これ近処に於て発動し、遠処に於て成就す。孔頴達『正義』に言う:車を駕る者は此の頭に於て缰繩を握るも、馬をして彼の頭に於て奔馳せしむ。帯を織る者は此の頭に於て絲縷を理順するも、花紋をして彼の頭に於て成形せしむ——皆近処に動きて遠処に成るなり。『呂氏春秋・先己』に言う:百仞の高さの松樹は、根部一たび傷を受ければ梢頭即ち枯萎す。商朝此に因りて困頓し、謀画は胸中に於て失当し、政令は外面に於て窘迫す。其れ『詩』の「執轡如組」を引き、又孔子の言を引く:此の句を明白すれば、以て天下を治むることを得。子貢に言う:これ未免性急に過ぎざらんや。孔子に言う:我は急を講ずるにあらず、此処に功夫を下して彼処に文采を成就するを講ずるなり。聖人は絲帯を編むが如く自身を修治し、文采便ち天下に於て成就す。高誘注に言う:「胸」は即ち内、「彼」は即ち外なり。『大戴礼記・保傅』に言う:『易』に講ず、其の根本を端正すれば、万物則ち皆条理あり。恵棟按す:ここの「本」は初爻を指す。

《大學》曰:「物有本末,事有終始,知所先後則近道矣。古之慾明明德於天下者,先治其國。」《虞夏書·堯典》曰:「克明俊德,以親九族;九族既睦,平章百姓;百姓昭明,協和萬邦,黎民於變時雍。」由本達末,原始及終,一以貫之之道也。「欲治其國者先齊其家,欲齊其家者先修其身,欲修其身者先正其心,欲正其心者先誠其意。」荀子曰:「養心莫善於誠。」「欲誠其意者先致其知。」鄭注云:「知謂知善惡吉凶之所終始也。」「致知在格物。」《倉頡篇》曰:「格,量度之也。」棟案:此謂知所先。

『大学』に言う:物に根本と末梢あり、事に終結と開端あり、何をか先に為し何をか後に為すを知れば、則ち道に近づく。古の天下に於て光明の徳を彰明せんと欲する者は、先ず自らの国を治めよ。恵棟ここに『尚書・虞夏書・尭典』を插引す:尭は能く崇高の徳行を彰明し、因りて九族を親睦す。九族和睦の後、則ち百官の職分を辨明す。百官の職分昭然たれば、万邦便ち協調和洽し、百姓も随て和睦と変ず。恵棟断じて曰く:これ正に根本より末梢に推及し、開端より終結に推及する、一以貫之の路数なり。『大学』続けて言う:国を治めんと欲すれば、先ず自らの家を斉しくせよ。家を斉しくせんと欲すれば、先ず自身を修養せよ。身を修めんと欲すれば、先ず自らの心を端正せよ。心を正さんと欲すれば、先ず意念を誠実ならしめよ。恵棟荀子の言を引く:心性を修養するに誠より善きは莫し。『大学』に言う:意を誠にせんと欲すれば、先ず自らの知を推致せよ。鄭玄注に言う:此の「知」は、善悪吉凶の何処より起り何処に止まるを知るなり。『大学』に言う:知を致すは物を格するに在り。恵棟『蒼頡篇』を引く:「格」は即ち量度なり。恵棟按断す:以上講ずる所は皆「知所先」なり。

「物格而後知至,知至而後意誠,意誠而後心正,心正而後身修,身修而後家齊,家齊而後國治,國治而後天下平。」棟案:此謂知所後。「自天子以至於庶人,壹是皆以修身為本。」朱子曰:「正心以上皆所以修身也。」「其本亂而末治者否矣,其所厚者薄而其所薄者厚,未之有也。此謂知本,此謂知之至也。」棟案:物有本末,事有終始,格物之事也;知所先後,致知之事也;此謂知本,物格知止之事也。

『大学』続けて言う:物の量度清楚せられて、知乃ち推致して極処に至る。知極処に至りて、意念乃ち誠実となる。意念誠実なりて、心乃ち端正となる。心端正なりて、身乃ち修まる。身修まりて、家乃ち斉う。家斉いて、国乃ち治まる。国治まりて、天下乃ち太平となる。恵棟按断す:此の一串は「知所後」を講ず。『大学』また言う:天子より一直に平民百姓に至るまで、一概に皆修身を以て根本と為す。朱熹に言う:心を正す以上の工夫は、全て皆修身の為に設く。『大学』最後に言う:根本乱れて末節の治まるを得るは、有ることなし。厚く待つべきを反りて薄く待ち、薄く待つべきを反りて厚く待つも、亦た従来有らざるなり——これを本を知ると謂い、これを知の極処に至ると謂う。恵棟按断す:「物有本末、事有終始」は格物の事に属し、「知所先後」は致知の事に属し、「此謂知本」は則ち物格・知止の事なり。

《孟子》曰:「人有恆言,皆曰天下國家。天下之本在國,國之本在家,家之本在身。」又曰:徐子曰:「仲尼亟稱於水,曰水哉水哉,何取於水也?」孟子曰:「原泉混混,不舍晝夜,盈科而後進,放乎四海。有本者如是,是之取爾。苟為無本,七八月之閒雨集,溝澮皆盈,其涸也可立而待也。故聲聞過情,君子恥之。」又曰:「有大人者,正己而物正者也。」

『孟子・離婁上』に言う:人の常に嘴边に挂くる言は、皆「天下国家」と曰う。其の実天下の根本は国に在り、国の根本は家に在り、家の根本は自身に在り。『孟子・離婁下』また徐辟の発問を記す:孔子は屢々水を称賛して「水よ水よ」と曰う、彼は到底水の何の点を取るや。孟子答えて曰く:源頭の泉水は滚滚として涌出し、昼夜停まらず、一々の坑洼を注満して乃ち往前に流れ、最終に四海に流る。本源有る物は即ちかくの如し、孔子の取る所は正に此の一点なり。假如本源なければ、七八月の間雨水一たび集まれば、大小の沟渠皆灌満すと雖も、其の干涸するも亦た片刻の間なり。ゆえに名声の実情に超過するは、君子之を以て恥と為す。『孟子』また言う:一種の大人あり、只だ自らを端正すれば、万物則ち随て端正す。

仲舒對策曰:「臣謹案《春秋》謂一元之意,一者萬物之所從始也,元者辭之所謂大也。謂一為元者,視大始而欲正本也。《春秋》探其本而反自貴者始,故為人君者正心以正朝廷,正朝廷以正百官,正百官以正萬民,正萬民以正四方。四方正,遠近莫敢不壹於正而亡有邪氣奸其閒者。」

董仲舒対策の中に言う:臣謹んで『春秋』の「一元」を講ずる用意を按ず——「一」は万物の由りて始まる所、「元」は字義の上に於て即ち「大」なり。「一」を「元」と称するは、人をして彼の大いなる開端を看重し根本を端正せしめんと欲するなり。『春秋』は根本を探求し、しかも最も尊貴の人の自身より做起せねばならず、ゆえに君主たる者は、自らの心を端正して以て朝廷を端正し、朝廷を端正して以て百官を端正し、百官を端正して以て万民を端正し、万民を端正して以て四方を端正す。四方一たび正しければ、遠近に敢えて正に帰せざる者なく、亦た再び邪気の中間に夾雑するあらざるなり。

《呂覽·孝行》曰:「凡為天下治國家,必務本而後末。」詹何曰:「身治而國不治者未之有也。」故曰必務本。「所謂本者,非耕耘種植之謂,務其人也。」務猶求也。「務其人,非貧而富之,寡而眾之」——眾,多也——「務其本也。務本莫貴於孝。」孝為行之本,故聖人貴之。「夫孝,三皇五帝之本務而萬事之紀也。」紀猶貫也。「夫執一術而百善至,百邪去,天下從者其惟孝也。」一術,孝術。「故論人必先以所親而後及所疏」——先本後末,先近後遠——「必先所重而後及所輕。」所重謂其親,所輕謂他人。「今有人於此,行於親重而不簡慢於輕疏」——孝於親以及人之親——「則是篤謹孝道」——厚慎孝道——「先王之所以治天下也。」先王以孝治天下。「故愛其親不敢惡人,敬其親不敢慢人。愛敬盡於事親,光耀加於百姓」——加,施也——「究於四海,此天子之孝也。」此《孝經》義疏也。《聖治章》曰:「聖人因嚴以教敬,因親以教愛。聖人之教不肅而成,其政不嚴而治,其所因者本也。」注:本謂孝也。

『呂氏春秋・孝行覧』に言う:凡そ天下国家を治理するは、必ず先ず根本に致力して、然る後に末節に及ぶ。恵棟詹何の言を插引す:自身修治して国家の治まらざるは、従来有ることなし。ゆえに必ず先ず本を務むべしと曰う。『呂覧』続けて言う:いわゆる根本とは、田を耕し地を種ぐを指すにあらず、「人」の上に功夫を下すを指す。高誘注:「務」は即ち求なり。原文に言う:人の身上に功夫を下すは、窮きを富に変え少なきを多きに変ずるに並ならず——高誘注:「衆」は即ち多なり——而して其の根本を務むるを要とす。本を務むるに孝より貴きは莫し。恵棟断語を加う:孝は一切の徳行の根本、ゆえに聖人は之を看重す。『呂覧』に言う:孝は三皇五帝の最も根本の事務にして、亦た万事の綱紀なり。高誘注:「紀」は貫串に如く。原文また言う:此の一門の方術を掌握すれば、百善皆来り、百邪皆去り、天下人の随従する者は、唯だ孝のみ。高誘注:此の「一術」は即ち孝の一門の方術なり。原文に言う:ゆえに一人を品評するに、必ず先ず其の親近する者に対するを看、再び其の疎遠する者に対するを看る——恵棟注:これ先本後末・先近後遠なり——必ず先ず其の分量重き者に対するを看、再び其の分量軽き者に対するを看る。高誘注:重んずる所は其の双親、軽んずる所は別人なり。原文に言う:假使此の如き一人あり、親近厚重の者に心を尽し、疎遠軽微の者に対しても怠慢せず——恵棟注:これ即ち自らの双親を孝敬するを別人の双親に推及するなり——これ即ち篤実にして謹守孝道するなり(高誘注:厚重にして謹慎に孝道を守る)、亦た正に先王の以て天下を治めし弁法なり。恵棟注:

《呂覽·執一》曰:「楚王問為國於詹子。」詹何,隱者。「詹子對曰:何聞為身,不聞為國。」詹子豈以國可無為哉?以為為國之本在於為身。「身為而家為,家為而國為,國為而天下為。故曰以身為家,以家為國,以國為天下。此四者異位同本。故聖人之事,廣之則極宇宙窮日月」——窮亦極也——「約之則無出乎身者也。」

『呂氏春秋・執一』に言う:楚王詹子に治国の如何を請教す。恵棟夾注:詹何は一位の隠士なり。詹子回答して曰く:我只だ自身の修治するを聞けり、治国を聞かず。恵棟按す:詹子は豈に国家は治めずして可なりと謂わんや。彼は治国の根本即ち治身に在りと謂うなり。原文続けて言う:自身修治すれば家則ち随て修治し、家修治すれば国則ち随て修治し、国修治すれば天下則ち随て修治す。ゆえに言う、治身の法を以て家の上に用い、治家の法を以て国の上に用い、治国の法を以て天下の上に用いよ。此の四者は位置同じからずして根本相同なり。ゆえに聖人の為す所の事は、铺开せば能く宇宙を窮め日月を窮め(高誘注:「窮」も亦た極の義なり)、收攏すれば則ち自身の一処に出でず。

《老子·德經》曰:「善建者不拔。」《文言》初九曰:「確乎其不可拔。」《屯》初九曰:「利建侯。」虞仲翔引《老子》為證。又曰:「修之於身,其德乃真。」《淮南·道應》曰:「楚莊王問詹何曰:治國奈何?對曰:何明於治身而不明於治國。楚王曰:寡人得立宗廟社稷,願學所以守之。對曰:臣未嘗聞身治而國亂者也,未嘗聞身亂而國治者也。故本任於身,不敢對以末。楚王曰:善。故《老子》曰:修之身,其德乃真也。」

『老子』下篇『徳経』に言う:善く建立する者は、立てる所の物は拔き難し。恵棟『周易』を以て相比証す:『乾・文言』に初九の「堅確にして動揺すべからず」を講じ、『屯卦』初九に「侯を建てるに利し」を講ず、虞翻(字は仲翔)の此に注するや則ち『老子』の此の句を引きて証と為す。『徳経』また言う:道を自身の上に修めれば、其の徳乃ち真実なり。『淮南子・道応訓』に言う:楚荘王詹何に問う、国は何の様にか之を治めん。詹何答えて曰く:我只だ身を治むるを懂り、国を治むるを懂らず。楚王に言う:寡人幸いに宗廟社稷を立てることを得、学ばんと欲するは正に其れを守るの弁法なり。詹何答えて曰く:臣未だ嘗て自身修治して国家反りて乱るるを聞かず、亦た自身混乱して国家反りて治まるを聞かず。ゆえに根本は自身に在り、臣敢えて末節を以て回答せず。楚王に言う:講ぶこと善し。ゆえに『老子』に言う、道を自身の上に修めれば、其の徳乃ち真実なり。

徐乾《修本》篇曰:「孔子之制《春秋》也,詳內而略外,急己而寛人,故於魯也小惡必書,於眾國也大惡始筆。夫見人而不自見者謂之蒙,聞人而不自聞者謂之瞶,慮人而不自慮者謂之瞀。故明莫大乎自見,聰莫大乎自聞,睿莫大乎自慮。此三者舉之甚輕,行之甚邇而莫之知也。故知者舉甚輕之事以任天下之重,行甚邇之路以窮天下之遠。故德彌高而基彌固,勝彌眾而愛彌廣。《易》曰:復亨,出入無疾,朋來無咎。其斯之謂歟!」

徐幹『中論・修本』篇(源文は「徐乾」と題す)に言う:孔子『春秋』を編訂す、内に対しては記して詳しく、外に対しては記して略しく、己を責むるに厳にして人を待つに寛し。ゆえに魯国を写るに小過失に連なりても必ず記下し、各国を写るに唯だ大悪のみ落筆す。能く別人を見て自らを見る能わざるを「蒙」と謂い、能く別人を聞きて自らを聞く能わざるを「聵」と謂い、能く別人の為に考慮して自らの為に考慮せざるを「瞀」と謂う。ゆえに最大の明は自らを看清し、最大の聡は自らを聴清し、最大の叡は自らを省察す。此の三事は之を為すに極めて軽省、之を行うに極めて切近なれども、明白する者なし。ゆえに智慧有る者は、正に此の極めて軽省の事を拿して以て天下の重任を担当し、此の極めて切近の路を走りて以て天下の遠処を窮む。因りて徳愈々高くして根基愈々牢く、勝る人愈々多くして愛心愈々広し。『周易・復卦』卦辞に言う:復、亨通し、出入に疾患なく、朋類前来して過ちなし——講ずる所は大概此の理か。

《法言·吾子》曰:「請問本。曰:黃鍾以生之,中正以平之,確乎鄭衛不能入也。」以樂喻本,堅樹在始,故云確乎。《法言·先知》曰:「或曰:齊得夷吾而霸,仲尼曰小器,請問大器。曰:大器其猶規矩凖繩乎,先自治而後治人之謂大器。」吳秘注云:「規矩先自方圓,凖繩先自平直,然後能為器,器出於是,大器者也。管子不知禮,安能以禮正國哉!」

『法言・吾子』篇に言う:請う、何をか「本」と為す。揚雄答えて曰く:黄鐘の律を用いて之を生出し、中正の音を用いて之を調平し、堅定して鄭・衛の靡靡の音の如きも侵し入ること能わざらしむ。恵棟解説す:これ音楽を拿して以て根本に比喻す、樹立堅固を要すれば則ち開頭に於て着手すべし、ゆえに「確乎」と言う。『法言・先知』篇に言う:或る人講ず、斉国は管夷吾を得て則ち称覇し、孔子は却て管仲を「小器」と言う、然らば請う、何をか大器と為す。揚雄答えて曰く:大器は大概規・矩・準・縄の如くか。先ず自らを修治して、然る後に人を治む、これを大器と謂う。呉秘注に言う:円規方矩は先ず自身の方円に合せ、水準墨縄は先ず自身の平直に合せ、然る後に能く以て器を制す。器物は此に由りて産生す、これ乃ち大器なり。管仲は礼を懂らず、何ぞ能く礼を用いて国家を端正せんや。

「堯舜性之也,湯武身之也」,此先自治而後治人者也。「五霸假之也」,故器小,此王霸之辨也。以《大學》言之,誠意正心修身,規矩準繩也,所謂先自治也;齊家治國平天下,所謂治人也。先誠意正心修身而後齊家治國平天下,所謂先自治而後治人也。由本達末,原始反終,一以貫之之道也。《莊子·天地》曰:「以本為精,以物為粗。」關尹、老耼之學。

恵棟『孟子』の成句を引きて以て申説す:尭・舜は本性の中に自ら仁義を具備し、湯・武は身を親しくして仁義を践行す、此れ皆先ず己を修治して後に人を治むるに属す。五覇は只だ仁義の名を假借するのみ、ゆえに器量狭小なり——これ即ち王道と覇道の分別なり。『大学』の条目を用いて対照す:意を誠にし心を正しくし身を修むるは、即ち彼の規・矩・準・縄にして、即ちいわゆる先に自治なり。家を斉え国を治め天下を平らかにするは、即ちいわゆる人を治むるなり。先ず誠意正心修身し、然る後に斉家治国平天下す、正に先に自治して後に人を治むるなり。根本より末梢に推して、開端より反りて終結を求む、これ即ち一以貫之の路数なり。『荘子』に言う:根本を以て精微と看、外物を以て粗跡と看る(此の語は実に『天下』篇に出づ、源文は『天地』と題す)。恵棟注:これ関尹・老聃一派の学問なり。

至

《坤·文言》曰:「至哉坤元,萬物資生,乃順承天。」《晉語》曰:「民之疾心固皆至矣。」韋昭云:「至,深也。」《繫辭上》曰:「顯諸仁,藏諸用,鼓萬物而不與聖人同憂,盛德大業至矣哉!」又曰:「易其至矣乎!」

『坤』卦伝文に言う:至極なりや坤元、万物は之に依靠して生成し、其れ順従して天を承接す(此の語は実に『彖伝』に出づ、源文は『文言』と題す)。『国語・晋語』に言う:百姓の痛恨の心は本より已に極めて深し。韋昭注に言う:「至」は即ち深なり。『繋辞上伝』に言う:道は仁愛の中に顕現し、功用の内に隠蔵し、万物を鼓動して生長せしめて聖人の如く憂労せず、かくの如き盛徳大業は真に至極なり。また言う:『易』は大概至極なるか。

襄二十九年《春秋傳》曰:季札觀樂,見舞《韶》樂者,曰:「德至矣哉!」云云。《大學》曰:「在止於至善。」《表記》曰:「道有至,至道以王。」

襄公二十九年の『左伝』に記す:呉国の季札魯国に到りて楽舞を観賞し、『韶』楽を跳ぶを見て、讃嘆して曰く:徳極処に到れり。下に尚お一大段の議論あり、恵棟略して録せず。『大学』に言う:大学の道は至善に止まるに在り。『礼記・表記』に言う:道に至極の一層あり、至道を凭れば則ち天下に王たることを称すること能くす。

《孔子閒居》:孔子曰:「以致五至而行三無。」子夏曰:「敢問何謂五至?」孔子曰:「志之所至,詩亦至焉;詩之所至,禮亦至焉;禮之所至,樂亦至焉;樂之所至,哀亦至焉。哀樂相生,是故正明目而視之不可得而見也,頃耳而聽之不可得而聞也,志氣塞乎天地,此之謂五至。」

『礼記・孔子閒居』に記す:孔子言う、「五至」を致して「三無」を実行すべしと。子夏問う:請う、何をか五至と謂う。孔子に言う:心志の至る所、詩も亦た至る。詩の至る所、礼も亦た至る。礼の至る所、楽も亦た至る。楽の至る所、哀も亦た至る。哀と楽と互相いに生発す。ゆえに眼を大きく睁らして看るも見えず、耳を側かしめて聴くも聞こえず、而して此の股の志気は天地の間に充塞す——これを五至と謂う。

賈誼《新書·修政語》曰:「帝顓頊曰:至道不可過也,至義不可易也。」《孝經》,子曰:「先王有至德要道以順天下,民用和睦,上下無怨。」注云:「孝者,德之至,道之要也。」

賈誼『新書・修政語』に言う:帝顓頊嘗て講じて曰く、至極の道は超越すべからず、至極の義は更改すべからず。『孝経』孔子の言を記す:先王に至高の徳・扼要の道あり、之を以て天下を順理すれば、百姓因りて和睦し、上下の間怨恨なし。注文に解す:孝は即ち徳の中最も至極・道の中最も扼要なり。

《周禮》師氏以三德教國子,一曰至德以為道本,鄭注云:「至德,中和之德,覆燾持載含容者也。」孔子曰:「中庸之為德,其至矣乎!」《論語》,子曰:「中庸之為德,其至矣乎!民鮮久矣。」《中庸》曰:「子曰:中庸具至矣乎!民鮮能久矣。」

『周礼』師氏の三徳を以て貴族子弟を教育するを記す、第一は至徳にして、以て道の根本と為す。鄭玄注に言う:「至徳」は中和の徳、天の覆い地の載せるが如く一切を含容す。孔子に言う:中庸の此の徳は、殆ど最高なるか。『論語・雍也』孔子の言を記す:中庸の此の徳は、殆ど最高なるか、惜しむべし百姓の之を缺乏すること已に久し。『中庸』の載する所は略しく異文あり:孔子曰く、中庸真に至極なり、惜しむべし百姓の能く長久に之を実行する者少なし。

《中庸》曰:「苟不至德,至道不凝焉。」《荀子·君道》曰:「至道大形,百姓易俗,小人變心,奸怪之屬莫不反愨,夫是之謂政教之極。故天子不視而見,不聽而聰,不慮而知,不動而功,塊然獨坐而天下從之如一體,如四支之從心,夫是之謂大形。」《司馬法》:「有虞氏不賞不罰而民可用,至德也。」

『中庸』に言う:若し至極の徳なければ、至極の道は凝聚せず。『荀子・君道』に言う:至道充分に顕形したる後、百姓は風を移し俗を易え、小人は心術を改変し、奸邪怪僻の輩誠朴に回帰せざるなく、これを政教の極致と謂う。ゆえに天子は看ずして見え、聴かずして聴き清め、思慮せずして知り、行動せずして功あり。安然として独坐し、天下の彼に追随すること一身の如く、四肢の心に聴命するが如し、これを「大形」と謂う。『司馬法』に言う:有虞氏は奨賞を用いず刑罰を用いず、百姓照様に駆使に供す、これ即ち至徳なり。

要

《孝經》,子曰:「先王有至德要道以順天下。」民用和睦,上下無怨。殷仲文注云:「窮理之至,以一管眾為要。」《老子·道經》曰:「常無慾以觀其妙。」河上公注云:「妙,要也。人常無慾則可以觀道之要妙。」

『孝経』孔子の言を記す:先王に至高の徳・扼要の道あり、用いて天下を順理す。百姓因りて和睦し、上下の間怨恨なし。殷仲文注に言う:道理を極処に窮究し、一つの綱領を以て衆多の条目を統摂す、これを「要」と謂う。『老子』上篇『道経』に言う:常に無欲を保ちて、乃ち能く道の微妙を観照す。河上公注に言う:「妙」は即ち「要」なり。人は只だ常に無欲なれば、則ち道の要妙を見ることを得。

《莊子·大宗師》曰:「道可傳而不可受,可得而不可見,狶韋氏得之以挈天地。」司馬彪注云:「挈,要也,得天地要也。」

『荘子・大宗師』に言う:道は伝授すべしと雖も、器物の如く接取すること能わず。得べしと雖も、見ること能わず。上古の狶韋氏之を得、以て天地を提挈す。司馬彪注に言う:「挈」は即ち「要」なり、其れ天地の綱要を掌握せりを謂うなり。

約

《論語》,子曰:「君子博學於文,約之以禮。」又顏淵曰:「夫子循循然善誘人,博我以文,約我以禮。」孔安國注云:「言夫子既以文章開博我,又以禮節節約我。」

『論語・雍也』孔子の言を記す:君子は広く文献を学び、再び礼を以て自らを約束す。『論語・子罕』顔淵の言を記す:先生は次序に循りて善く人を誘導し、文献を以て我を博くせしめ、礼を以て我を収斂せしむ。孔安国注に言う:これ孔子は既に文章典籍を以て我の見聞を開拓し、又礼の節度を以て我を節制約束すを講ず。

《孟子》曰:「博學而詳說之,將以反說約也。」趙岐注云:「博,廣;詳,悉也。廣學悉其微言而說之者,將以約說其要,意不盡知則不能要言之也。」章指:言廣尋道意,詳說其事,要約至義,還反於樸,說之美者也。

『孟子・離婁下』に言う:広博に学習し詳尽に解説するは、回頭して能く簡約に講じ得るを目的とす。趙岐注に言う:「博」は広、「詳」は詳尽なり。広く学び其の中の微言を悉く講透するは、最后に能く扼要に綱領を説出する為なり。意思若し完全に弄懂せざれば、提綱挈領に講じる能わざるなり。趙岐の「章指」また言う:広く道の旨意を探尋し、詳尽に其の中の事理を解説し、至極の義理を収束簡約して、最終に質朴に返帰す、これ乃ち講説の上乘なり。

《荀子·王霸》曰:「人主者守至約而詳,事至佚而功,垂衣裳不下簟席之上而海內之人莫不願得以為帝王,夫是之謂至約。」《韓非子·難言》曰:「總微說約。」

『荀子・王覇』に言う:君主たる者は、守る所極めて簡約にして政事却て周詳、行事極めて安逸にして功業却て成就す。其れ衣を垂れ手を拱し、坐席を下るを要せず、四海の内に彼を奉じて帝王と為さんと欲せざる者なし——これを「至約」と謂う。『韓非子・難言』に言う:精微の道理を総括し、簡約の言辞を以て説出す。

後漢范升曰:「夫學而不約必叛道也。顏淵曰:博我以文,約我以禮。孔子謂知教,顏淵可謂善學矣。」《老子》曰:「學道日損。」損猶約也。

東漢范升に言う:学問を為して収束簡約を知らざれば、必ず正道に背離す。顔淵の「文献を以て我を博くせしめ、礼を以て我を収斂せしむ」を講ずるは、見るべし孔子は人を教うるを懂ると称するに足り、顔淵は善く学を為すと称するに足る。恵棟また『老子』の「学を為し道を為すは、一天天として減損す」を引き、併せて断じて曰く:「損」も亦た「約」に相当す。

極

《列子·黃帝》曰:「機發於踵。」注:郭象曰:「常在極上起。」阮籍《通老論》曰:「道者,法自然而為化。侯王能守之,萬物將自化。《易》謂之太極,《春秋》謂之元,《老子》謂之道。」

『列子・黄帝』に言う:気機は脚根より発動す。注文郭象の言を引く:其れ總て最極の処より生起す。阮籍『通老論』に言う:道とは、自然を效法して化育を施行する者なり。侯王若し能く之を守れば、万物則ち自ら化育す。同一の物にして、『周易』は之を「太極」と称し、『春秋』は之を「元」と称し、『老子』は之を「道」と称す。

一

一在《易》為太極,在爻為初。凡物皆有對,一者至善,不參以惡,參以惡則二矣。又為獨,獨者,至誠也,不誠則不能獨。獨者隱也,愛莫助之,故稱獨。一則貫,二則亂,故云其為物不貳。得一善則拳拳服膺,並一而不貳,所以為積也。

恵棟ここに「一」を総論す:「一」は『周易』の中に於て即ち太極、爻位の上に落てば即ち初爻なり。凡そ物皆対立面あり、而して「一」は至善にして悪を掺杂せず。一旦悪を掺入すれば、則ち「二」と成る。「一」は又「独」と曰い、「独」は即ち至誠、誠ならざれば独を守る能わず。「独」は亦た即ち隠なり、隠微の徳は旁人の助くる能わざる、ゆえに「独」と称す。一を守れば則ち貫通し、二に分れれば則ち錯乱す、ゆえに『中庸』に「其の存在と為すや純一不二なり」と言う。一样の善を得れば牢牢と胸口に捧げて放さず、正に荀子の言うが如く、専一にして二に分れざれば、乃ち積累を言うことを得。

《恆》六五象傳曰:「婦人貞吉,從一而終也。」虞注云:「一謂初。」《繫下》曰:「天下之動,貞夫一者也。」虞注云:「一謂乾元。萬物之動,各資天一陽氣以生,故天下之動貞夫一者也。」又曰:「天下同歸而殊途,一致而百慮。」又曰:「天地絪縕,萬物化醇;男女構精,萬物化生。《易》曰:三人行則損一人,一人行則得其友。言致一也。」

『恒卦』六五『象伝』に言う:婦人此を守れば則ち吉、其の一に従りて終るを以てなり。虞翻注に言う:此の「一」は初爻を指す。『繋辞下伝』に言う:天下万物の運動は、最終に皆「一」に正定す。虞翻注に言う:「一」は乾元を指す。万物の運動は、各各天の一点の陽気に依靠して乃ち生成を得、ゆえに天下の動は一に正定すと言う。『繋辞』また言う:天下人は殊途にして同帰し、百般の思慮にして一致に帰す。また言う:天地二気交融して、万物此に由りて醇化す。男女其の精を交合して、万物此に由りて化生す。『易』に講ず、三人同行すれば則ち一人を減じ、一人独行すれば反りて伴侶を得——言う所は正に「致一」の理なり。

《左傳》襄廿一年,臧武仲曰:「《夏書》曰:念茲在茲,釋茲在茲,名言茲在茲,允出茲在茲,惟帝念功。將謂由己壹也,信由己壹而後功可念也。」案:茲,此也;壹即一。念、釋、名言、允出皆在於此,故云由己壹也。

『左伝』襄公二十一年臧武仲の言を記す:『夏書』に言う、念々此に在り、舍弃此に在り、称説此に在り、篤実の践行も此に在り、天帝乃ち其の功労を記さん。これ一切が皆己に由りて専一するを言うなり。確かに己に由りて専一を致せば、功労乃ち称記に値す。恵棟按断す:「茲」は即ち「此」、「壹」は即ち「一」なり。思念・舍弃・称説・篤行皆此の「此」の上に落つ、ゆえに「由己壹」と言う。

《詩·曹風》云:「鳲鳩在桑,其子七兮。淑人君子,其儀一兮。其儀一兮,心如結兮。」《大戴禮》引此詩云:「君子其結於一也。」《中庸》曰:「天下之達道五,所以行之者三。曰君臣也,父子也,夫婦也,昆弟也,朋友之交也,五者天下之達道也;知仁勇三者,天下之達德也,所以行之者一也。」朱子曰:「一則誠而已矣。」

『詩経・曹風・鳲鳩』に言う:布谷鳥桑樹に停まる、其れ七只の雛鳥あり。善人君子は、仪态始終如一なり。仪态の始終如一なるは、心の縄結の如く牢固なるを以てなり。『大戴礼記』此の詩を引く時に言う:君子の心は「一」の上に繋結せらる。『中庸』に言う:天下の通行する道五条あり、以て之を実行する徳三種あり。五条は君臣・父子・夫婦・兄弟及び朋友の交往、智・仁・勇の三者は天下の通行する徳、而以て之を実行する者は只だ一個の物のみ。朱熹注に言う:彼の「一」は、即ち誠なり。

又曰:「凡為天下國家有九經,所以行之者一也。」朱子曰:「一者誠也。」又曰:「天地之道可壹言而盡也,其為物不貳,則其生物不測。」荀子曰:「並一而不貳,所以為積也。」

『中庸』また言う:天下国家を治理するに九条の綱領あり、而以て之を実行する者は只だ一個の物のみ。朱熹注に言う:此の「一」は即ち誠なり。『中庸』また言う:天地の道は一句の言を以て説尽すべし——其の存在と為すや純一不二、ゆえに其の万物を生養するや乃ち測り難きほど深し。恵棟荀子を引きて印証す:専一にして二に分れざるは、正に積累の成す能くする所以なり。

《孟子》曰:梁襄王曰:「天下惡乎定?」吾對曰:「定於一。」「孰能一之?」對曰:「不嗜殺人者能一之。」趙岐注云:「孟子謂仁政為一也。」又曰:章指:「言定天下者一道而已,不貪殺人則歸之,是故文王視民如傷,此之謂也。」不嗜殺人,仁也;仁即一也,故曰不嗜殺人者能一之。

『孟子・梁恵王上』に記す:梁襄王問う、天下は如何にすれば安定せん。孟子答えて曰く:統一すれば則ち安定す。襄王また問う、孰れか能く之を統一せん。孟子答えて曰く:人を殺すを好まざる者は能く之を統一す。趙岐注に言う:孟子は仁政を以て「一」と為すなり。趙岐の「章指」また言う:天下を安定するに唯だ一条の路あり、人を殺すに貪らざれば、人心則ち帰附す。ゆえに文王は百姓を看ること傷者を看るが如く体恤せり、講ずる所は正にこれなり。恵棟按断す:人を殺すを嗜まざるは即ち仁、仁は亦た即ち「一」、ゆえに人を殺すを嗜まざる者は能く天下を統一すと言う。

《禮器》曰:「禮有大有小,有顯有微。大者不可損,小者不可益,顯者不可揜,微者不可大也。故經禮三百,曲禮三千,其致一也。」鄭注:「致之言至也,一謂誠也。」「未有入室而不由戶也。」鄭注:「三百三千皆由誠也。」正義曰:「其致一也者,致,至也;一,誠也。雖三千三百之多而行之者皆須至誠,故云一也。若損大益小、揜顯大微,皆失至誠也。」

『礼記・礼器』に言う:礼に大有り小有り、顕有り微有り。大は減損すべからず、小は增益すべからず、顕著は掩盖すべからず、幽微は放大すべからず。ゆえに『経礼』三百条・『曲礼』三千条、其の帰する所は皆同一個の物なり。鄭玄注に言う:「致」は即ち至、「一」は即ち誠なり。原文続けて言う:従来屋子に進みて門戸を経ざるは有ることなし。鄭玄注に言う:三百・三千条の礼は、全て皆「誠」の此の道の門を経由すべし。孔頴達『正義』申す:「其致一也」の「致」は至、「一」は誠なり。礼は三千三百条に多きと雖も、実行の時は必ず皆至誠に出でねばならず、ゆえに「一」と言う。倘若大を減損し小を增益し顕を掩盖し微を放大せば、則ち全て至誠を失掉せん。

《孟子》曰:「滕文公為世子,將之楚,過宋而見孟子。孟子道性善,言必稱堯舜。世子自楚反,復見孟子。孟子曰:世子疑吾言乎?夫道一而已矣。」

『孟子・滕文公上』に記す:滕文公尚お太子の時、楚国に往かんと欲し、宋国を路過して孟子に見ゆ。孟子彼に人性本善の理を講じ、口を開けば必ず尭・舜を称引す。太子楚国より帰りて、再び孟子に見ゆ。孟子に言う:太子は我が言を疑問するか。道は只だ一条あるのみ。

《荀子·儒效》曰:「道出乎一。曷謂一?曰:執神而固。曷謂神?曰:盡善浹洽之謂神,萬物莫足以傾之之謂固,神固之謂聖人。」《乾鑿度》曰:「易變而為一。」鄭注云:「一主北方氣漸生之始,此即太初之氣所生也。」又曰:「易始於一。」鄭注云:「易本無體,炁變而為一,故氣從下生也。」

『荀子・儒效』に言う:道は「一」に出づ。何をか「一」と謂う。即ち神明を持守して堅固にして移らざるなり。何をか神と謂う。善を極処に致して周洽ならざるなきを、神と謂う。万物一様として能く彼を動揺するなきを、固と謂う。既に神にして又固なる人を、聖人と謂う。『乾鑿度』に言う:易は変化して「一」と為る。鄭玄注に言う:「一」は北方を主り、気の漸く生発する開端、これ即ち太初の気の生出する所なり。『乾鑿度』また言う:易は「一」より始まる。鄭玄注に言う:易は本より形体なし、元気一たび変じて「一」と為る、ゆえに卦気は下より上に生ず。

《春秋元命苞》曰:「陽數起於一,成於三。」又曰:「元年者何?元宜為一,謂之元何?曰:君之始年也。」《文選》注。揚子《太玄》曰:「生神莫先乎一。」注云:「玄始於一,玄道生神,故生神無先一也。」

緯書『春秋元命苞』に言う:陽数は一より頭を起し、三に至りて完成す。また言う:いわゆる「元年」とは何ぞ。「元」は本応に「一」と作るべし、何を以て之を「元」と称するや。彼れは国君即位の頭一年を以てなり。此の条は『文選』李善注の引く所に見ゆ。揚雄『太玄』に言う:神明を生出するに「一」より在先なるは莫し。注文に解す:玄は「一」より始まり、玄道は神明を生出す、ゆえに神を生ずるに「一」より先なるものなし。

揚子《太玄》曰:「常初一,戴神墨,履靈武,以一耦萬,終不稷。測曰:戴神墨,體一形也。」案:稷,側也;一,中也。以一耦萬,故不偏側。《老子·道經》曰:「少則得,多則惑,是以聖人抱一為天下式。」

揚雄『太玄』に言う:『常』首初一の賛辞に講ず、頭上に神明の墨縄を頂き、脚下に霊妙の歩武を踩み、「一」を以て万事に配合すれば、終竟偏斜せず。其の『測』辞に言う、「戴神墨」は「一」の形態を体現するを言うと。恵棟按断す:「稷」は「側」に通じ、「一」は即ち中なり。一を以て万に配すれば、ゆえに偏側せず。『老子』上篇『道経』に言う:少く取れば反りて得あり、多く貪れば反りて迷惑す。ゆえに聖人は「一」を抱守して、天下の法式と為す。

《老子·德經》曰:「道生一。」王弼注云:「一,數之始而物之極也。」又曰:「一生二,二生三,三生萬物。」高誘《淮南》注云:「一謂道也,三者和氣也。或說一者元氣也,生二者乾坤也。二生三,三生萬物,天地設位,陰陽流通,萬物乃生。」愚謂:一,太一,天也;二,陰陽也。太一分為兩儀,故一生二;二與一為三,故二生三;三合然後生,故三生萬物。

『老子』下篇『徳経』に言う:道は一を生出す。王弼注に言う:「一」は数の開端、亦た物の極致なり。『徳経』また言う:一は二を生出し、二は三を生出し、三は万物を生出す。高誘『淮南子』に注して曰く:「一」は道を指し、「三」は和気を指す。亦た一説あり、「一」は元気、生出する「二」は乾坤、二再び三を生じ、三万物を生ず。天地各各其の位に就き、陰陽流通して、万物是れに於て産生す。恵棟自ら己見を申す:「一」は太一、即ち天なり。「二」は陰陽なり。太一分れて両儀と為る、ゆえに一は二を生ず。二に原来の一を加えて三を合成す、ゆえに二は三を生ず。三者相合して然る後に能く生ず、ゆえに三は万物を生ず。

《說文》曰:「惟初太始,道立於一,造分天地,化成萬物。」又《丙部》云:「陰氣初起,陽氣將虧,從一入冂,一者陽也。」又《甘部》曰:「從口含一,一,道也。」

『説文解字』篇を開きて「一」の字を解して曰く:太始の初に於て、道は「一」に立ち、此に由りて開闢して天地を分け、万物を化育生成す。『説文・丙部』に言う:丙は陰気甫めて起り陽気将に虧けんとする時節を代表し、字形は「一」の「冂」に入る、此の「一」は即ち陽なり。『説文・甘部』に言う:「甘」の字は「口」に「一」を含むより従り、此の「一」は即ち道なり。

《三統曆》曰:「太極元氣,含三為一。」《後漢書》郅惲曰:「含元包一。」又曰:「始於一而三之。」又曰:「十一月乾之初九,陽氣伏於地下,始著為一。」又曰:「經元一以統始,《易》太極之首也;《春秋》二以目歲,《易》兩儀之中也;於春每月書王,《易》三極之統也;於四時雖亡事必書時月,《易》四象之節也。是故元始有象一也,春秋二也,三統三也,四時四也,合而為十,成五體。以五乘十,大衍之數也,而道據其一,其餘四十九所當用也。」

劉歆『三統暦』に言う:太極元気は天・地・人の三者を包含して渾然として一と為す。『後漢書』郅惲の言を記す:「元」を含み、「一」を裹く。『三統暦』また言う:「一」より頭を起し、再び三倍を以て推衍す。また言う:十一月は乾卦初九、陽気地下に潜伏し、顕著を始めて「一」と為る。また言う:『春秋』は「元」の此の一年を以て開端を統摂す、相当して『易』は太極を以て首に居る。「春」「秋」の二字を以て一年を標目す、相当して『易』は両儀中に居る。春季毎月に皆「王」の字を写す、相当して『易』の三極の統なり。四季は事無きと雖も必ず時と月とを記下す、相当して『易』の四象の節なり。ゆえに元始に象有るは一、春秋は二、三統は三、四時は四、合せて十と為り、五種の体式を構成す。五を以て十に乗ずれば、即ち大衍の数五十、而して道は其の中の一を占拠し、其余の四十九乃ち実際に動用する所なり。

《家語·本命解》曰:「分於道謂之命,形於一謂之性。」《呂覽·論人》曰:「遊意於無窮之次,事心於自然之塗,若此則無以害其天矣。無以害其天則知精,知精則知神,知神之謂得一。凡彼萬形,得一後成。」高注云:「天,身也;一,道也。道生萬物,萬物得一乃後成也。」

『孔子家語・本命解』に言う:道の彼処より分け得たるを「命」と謂い、「一」の中に於て成形したるを「性」と謂う。『呂氏春秋・論人』に言う:心意を無窮の境地に遊ばしめ、心思を自然の道路に行かしむ、此の様にすれば自らの天性を傷害せず。天性を傷害せざれば、知覚精純なり。知覚精純なれば神に通ず。神に通ずれば、之を「一を得」と謂う。彼の千形万状の物は、皆「一」を得て然る後に乃ち成就すること能くす。高誘注に言う:「天」は身を指し、「一」は道を指す。道は万物を生じ、万物は此の「一」を得て乃ち形を成すことを得。

《淮南·原道》曰:「道者一,立而萬物生矣。是故一之理,施四海」——一之解,達也——「際天地」——至也。又《天文》曰:「道曰規,始於一,一而不生,故分而為陰陽,陰陽合和而萬物生。」又《精神》曰:「一生二,二生三,三生萬物。」高誘曰:「一謂道也,二曰神明,三曰和氣也。或說一者元氣也,生二者乾坤也。二生三,三生萬物,天地設位,陰陽通流,萬物乃生。」又曰:「心志專於內,通達耦於一。」一者道也。又《詮言》曰:「一也者,萬物之本也,無敵之道也。」文子敵作適,後人訓為主一者無他適,失之。

『淮南子・原道訓』に言う:道は即ち「一」、「一」一たび立起すれば万物則ち生ず。ゆえに「一」の条理は、能く四海に施行し(恵棟夾注:ここの「解」は通達なり)、能く天地に連接す(夾注:「際」は即ち至なり)。『天文訓』に言う:道は円規の如し、「一」より始まる。只だ一あれば則ち生育する能わず、ゆえに分れて陰陽と為り、陰陽交合和洽して万物生成す。『精神訓』に言う:一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。高誘注に言う:「一」は道を指し、「二」は神明を指し、「三」は和気を指す。亦た一説あり、「一」は元気、生出する「二」は乾坤、二は三を生じ三は万物を生じ、天地各各其の位に就き陰陽流通して、万物是れに於て産生す。『精神訓』また言う:心志を内に専注し、通達して「一」と相配す。恵棟注:此の「一」は即ち道なり。『詮言訓』また言う:いわゆる「一」とは、万物の根本、匹敵すべきなき道なり。恵棟辨正す:『文子』の裏は「敵」を「適」と写す、后人便ち「主一無適」と訓成せり、彼れは講じて錯えり。

《春秋元命苞》曰:「陰陽之性以一起,人副天道,故生一子。」《春秋保乾圖》曰:「陽起於一,天帝為北辰。」《韓非子·揚權》曰:「用一之道,以名為首。名正物定,名倚物徙。」倚,偏倚。「故聖人執一而靜。」又曰:「道無雙,故曰一。」

緯書『春秋元命苞』に言う:陰陽の本性は皆「一」より頭を起す。人は天道に副合す、ゆえに一胎に只だ一個の孩子を生ず。緯書『春秋保乾図』に言う:陽気は「一」に起り、天帝は即ち北極星なり。『韓非子・揚権』に言う:「一」を運用するの法は、名を正すを以て首要と為す。名正しければ物則ち安定し、名偏斜すれば物則ち遷移す。恵棟夾注:「倚」は即ち偏斜なり。原文続けて言う:ゆえに聖人は「一」を執守して虚静を保持す。また言う:道に第二なし、ゆえに「一」と曰う。

《荀子·勸學》曰:「螾無爪牙之利,筋骨之強,上食埃土,下飲黃泉,用心一也;蟹六跪而二螯,非虵蟺之穴無所寄託者,用心躁也。是故無冥冥之志者無昭昭之明,無惽惽之事者無赫赫之功。行衢道者不至,事兩君者不容。目不能兩視而明,耳不能兩聽而聰。螣蛇無足而飛,梧鼠五技而窮。《詩》曰:鳲鳩在桑,其子七兮。淑人君子,其儀一兮。其儀一兮,心如結兮。故君子結於一也。」

『荀子・勧学』に言う:蚯蚓は鋭利の爪牙・強健の筋骨なくして、能く上に泥土を食み下に泉水を飲む、用心専一を靠るを以てなり。螃蟹は六条の腿・两只の大螯ありと雖も、蛇鱔の洞穴を離れれば安身する処なし、用心浮躁を以てなり。ゆえに黙々として沈潜の心志なければ、明澈の智慧なし。埋頭苦干の事功なければ、顕赫の成就なし。岔路口を走る者は目的地に到らず、同時に二個の君主に事奉する者は誰も彼を容れず。眼は能く同時に両処を看て看清する能わず、耳は能く同時に両処を聴きて聴明する能わず。騰蛇は脚なくして能く飛び、鼫鼠は五種の本事有りて样样に済まず。『詩経』に言う:布谷鳥桑樹に停まる、其れ七只の雛鳥あり。善人君子は、仪态始終如一なり。仪态の始終如一なるは、心の縄結の如く牢固なるを以てなり。ゆえに君子は心を「一」の上に繋結す。

又《解蔽》曰:「故好書者眾矣,而倉頡獨傳者,一也;好稼者眾矣,而后稷獨傳者,一也;好樂者眾矣,而獨傳者,一也;好義者眾矣,而舜獨傳者,一也。倕作弓,浮游作矢,而羿精於射;奚仲作車,乘杜作乘馬,而造父精於御。自古及今未嘗有兩而能精者也。」荀子言一而後精,後出古文云「惟精惟一」,先精後一,非古義也。

『荀子・解蔽』また言う:文字を喜好する者甚だ多しと雖も、唯だ倉頡の字の伝下来れるあり、其の専一なるを以てなり。農事を喜好する者甚だ多しと雖も、唯だ后稷の農法の伝下来れるあり、其の専一なるを以てなり。音楽を喜好する者甚だ多しと雖も、唯だ彼の一位の楽の伝下来れるあり、其の専一なるを以てなり(源文ここに楽官「夔」の字を脱す)。義を喜好する者甚だ多しと雖も、唯だ舜の義の伝下来れるあり、其の専一なるを以てなり。倕は弓を造り、浮游は箭を造り、而して后羿乃ち射に精し。奚仲は車を造り、乘杜は馬を駕るを発明し、而して造父乃ち駕御に精し。古より今に至り、従来一心二用して尚お精通する者は有ることなし。恵棟按断す:荀子の講ずるは先に専一して然る後に精純なり。晩出の古文『尚書』は「惟精惟一」を講じ、精を一の前に摆るは、古義に合せず。

《管子·兵法》曰:「明一者王,察道者帝,通德者王。」仲舒對策曰:「《春秋》大一統者,天地之常經,古今之通誼也。」師古曰:「一統者,萬物之統皆歸於一也。」

『管子・兵法』に言う:「一」を明白する者は能く王を称し、道を洞察する者は能く帝を称し、徳を通達する者は能く王を称す。董仲舒対策の中に言う:『春秋』は大一統を推重す、彼れは天地間の恒常の法則・古今共通の義理なり。顔師古注に言う:いわゆる「一統」とは、万物の統緒皆「一」の上に帰るを謂うなり。

班固述《律曆志》曰:「元元本本,數始於一,產氣黃鍾,造計秒忽。」張晏曰:「數之元本起於初九之一也。」《老子·道經》曰:「聖人抱一為天下式。」河上公注云:「抱,守也。守一乃知萬事,故能為天下法式。」王弼注云:「一,少之極也;式猶則也。」《文選》注。

班固『漢書・律暦志』の叙述の中に言う:根源を追溯すれば、数は「一」より始まる。元気は黄鐘に於て産生し、計量は秒・忽の如き極小の単位より算起す。張晏注に言う:数の本原は即ち乾卦初九の彼の「一」に起る。『老子』上篇『道経』に言う:聖人は「一」を抱守して、天下の法式と為す。河上公注に言う:「抱」は即ち守なり。「一」を守れば則ち万事に通暁し、ゆえに能く天下の法則と為ることを得。王弼注に言う:「一」は「少」の極致、「式」は即ち法則なり。此の条は『文選』李善注の引く所に見ゆ。

《呂覽·大樂》曰:「道也者,至精也」——精,微——「不可為形,不可為名,強為之謂之太一。故一也者制令,兩也者從聽。」從聽,聽從。「先聖擇」——擇讀為釋——「兩法一」——擇,棄也;法,用也——「是以知萬物之情。故能以一聽政者,樂君臣,和遠近,說黔首,合宗親;能以一治其身者,免於災,終其壽,全其天」——天,身——「能以一治其國者,奸邪去,賢者至,成大化;能以一治天下者,寒暑適,風雨時,為聖人。故知一則明,明兩則狂。」

『呂氏春秋・大楽』に言う:道は最も精微の物(恵棟夾注:「精」は即ち微なり)、之に形状を与うる能わず、之に名称を与うる能わず、強いて称呼すれば則ち之を「太一」と曰う。ゆえに「一」を守る者は能く号令を発施し、「両」を執る者は只だ人に聴命するのみ。恵棟夾注:「従聴」は即ち聴従なり。原文に言う:先聖は「両」を舍弃して「一」を取用せり(恵棟注:「擇」は「釈」と読む。「擇」は弃、「法」は用なり)、因りて能く万物の情実を洞悉す。ゆえに能く「一」を以て政事を処理する者は、君臣和楽し、遠近調和し、百姓喜悦し、宗族親附す。能く「一」を以て自身を修治する者は、災禍を免れ、天年を享尽し、形躯を保全す(恵棟注:「天」は身を指す)。能く「一」を以て国を治める者は、奸邪退去し、賢者帰来し、大化告成す。能く「一」を以て天下を治める者は、寒暑適宜し、風雨時に及び、聖人と称すべし。ゆえに「一」を懂れば則ち明白し、彼の「両」を分辧せんと往かば則ち発狂せんとす。

《管子·內業》曰:「一物能化謂之神,一事能變謂之智。化不易氣,變不易智,惟執一之君子能為此乎!執一不失,能君萬物。」

『管子・内業』に言う:能く一物をして化育を発生せしむるを神と謂い、能く一事をして変通を発生せしむるを智と謂う。化育の時自らの気を改変せず、変通の時自らの智を改変せざるは、大概「一」を執守する君子のみ之を為すことを得。『荘子』云うに非ずや、「一」を執守して失落せざれば、則ち能く万物を統御す。

《莊子·天地》曰:「泰初有無,無有無名,一之所起,有一而未形。」注云:「一者有之初,至妙者也,至妙故未有物理之形耳。夫一之所起,起於至一,非起於無也。然莊子之所以屢稱無於初者何哉?初者未生而得生,得生之難,而猶上不資於無,下不待於知,突然而自得此生矣。」「物得以生謂之德。」天地之大德曰生。「未形者有分,且然無閒謂之命。留動而生物,物成生理謂之形。形體保神,各有儀則謂之性。」注云:「夫德形性命,因變立名,其於自爾一也。」「性修反德,德至同於初。」謂復於初。

『荘子・天地』に言う:太初の時は只だ「無」あるのみ、既に「有」なく、亦た名称なし。彼れは正に「一」の由りて興起する所、有て「一」して未だ形を成さず。郭象注に言う:「一」は「有」の開端、至りて微妙なり。正に至妙なるを以て、ゆえに尚お物理上の形状なし。「一」の興起は、至一より起る、並びに無より起るにあらず。然らば荘子は何を以て屢々開端を講ずる時に「無」を言うや。いわゆる開端とは、未だ生せざるより生を獲得するを以てなり。生を獲得するは本より難事なれども、其れ上は「無」に倚頼せず、下は「知」を等待せず、突然の間に自ら此の条の生命を得たるなり。原文続けて言う:万物之を得て乃ち生ず、これを「徳」と謂う。恵棟夾注:『繋辞』に天地最大の徳は即ち「生」と講ず。原文に言う:未だ形を成さざる物已に分際あり、分際あれども密合して間なし、これを「命」と謂う。気流動して万物を生出し、物成りて生の条理有り、これを「形」と謂う。形体は精神を保守して各各法則あり、これを「性」と謂う。郭象注に言う:徳・形・性・命の此れらの名目は、皆変化に随りて立てる名なり、其の自然而然の此の一点に就いて言えば、其の実は同一個の物なり。原文最後に言う:本性を修養して以て徳に返帰すれば、徳極処に至れば則ち最初と同一す。恵棟注:これ即ち「初」に回復するなり。

《繕性》曰:「古之人在混芒之中」——崔譔云:混混芒芒,未分時也——「與一世而得澹漠焉。當是時也,陰陽和靜,鬼神不擾,四時得節,萬物不傷,群生不夭,人雖有知,無所用之,此之謂至一。當是時也,莫之為而常自然。」

『荘子・繕性』に言う:古時の人は混沌鴻蒙の中に生活せり——崔譔注:混混芒芒は、即ち天地未分の様子なり——整個の世道と一同に恬淡寂寞を得たり。彼の時に於て、陰陽調和安靜し、鬼神攪擾に来らず、四時各各其の節を得、万物損傷を受けず、衆生夭折を致さず。人は智巧有ると雖も、用いる処なし、これを「至一」と謂う。彼の時に於て、誰か刻意して作為するなし、而して一切は恒常に自然而然なりき。

《天下》曰:「聖有所生,王有所成,皆原於一。」注云:「使物各得其根,抱一而已,無飾於外,斯聖王所以生成也。」又曰:「以本為精,以物為粗,以有積為不足,澹然獨與神明居。古之道術有在於是者,關尹、老耼聞其風而悅之,建之以常無有,主之以太一。」

『荘子・天下』に言う:聖人の聖たる所以、王者の王たる所以は、皆「一」に本原す。旧注に解す:万物をして各各自らの根を守らしめ、只だ「一」を抱守して、外表に於て修飾せず、これ即ち聖王の能く万物を生成する縁由なり。『天下』また言う:根本を以て精微と看、外物を以て粗跡と看、財貨を積攒するを以て取るに足らずと看て、恬淡として独り神明と同居す。古時の道術に此の一路に属するあり、関尹と老聃と此の風尚を聞きて之を好み、乃ち「常無」「常有」を以て説を立て、「太一」を以て主旨と為せり。

又曰:「至大無外謂之大一,至小無內謂之小一。」司馬彪注云:「無外不可一,無內不可分,故謂之一也。」《說文》甘字下云:「美也,從口含一,一,道也。」

『天下』篇また言う:大なるや外辺なきを、「大一」と謂う。小なるや裏辺なきを、「小一」と謂う。司馬彪注に言う:外辺なければ則ち他物と合并するに由なし、裏辺なければ則ち更に分割を作すに由なし、ゆえに皆「一」と称す。『説文解字』「甘」の字の下に言う:甘は美味なり、字形は「口」に「一」を含むより従り、此の「一」は即ち道なり。

《老子·德經》曰:「昔之得一者,天得一以清,地得一以寧,神得一以靈,谷得一以盈,萬物得一以生,侯王得一以為天下貞。」王弼注云:「一者數之始,物之極也,各是一物所以為生也。」各以其一致此清寧貞。天地之一即乾坤之元也。清,輕清上升也;寧,安貞也。神亦乾也,谷亦坤也。萬物資始於乾元,資生於坤元,故得一以生。侯王得一以為天下貞,乾元用九而天下治也。

『老子』下篇『徳経』に言う:古より以来「一」を得たる者:天は一を得て乃ち清明、地は一を得て乃ち安寧、神は一を得て乃ち霊験、川谷は一を得て乃ち充盈、万物は一を得て乃ち生長、侯王は一を得て乃ち天下の正定者と為る。王弼注に言う:「一」は数の開端・物の極致、毎一物の頼りて生成する拠据なり。恵棟続けて申す:万物は各各自ら得たる彼の「一」に凭りて、乃ち清・寧・貞に達す。天地の「一」は、即ち乾元と坤元なり。「清」は軽清の気の上昇、「寧」は正固を安守す。「神」も亦た乾に帰し、「谷」も亦た坤に帰す。万物は乾元に由りて始まり、坤元に由りて生成す、ゆえに一を得て乃ち生ずと言う。侯王の一を得て天下の正と為るに至れば、即ち乾元の九を用いて天下大治の意なり。

《春秋元命苞》曰:「常一不易玉衡正。」《文選》注九。《文子》曰:「一也者,無適之道也。」案:適讀為敵。一者道之本,故云無適。《論語》曰:「君子之於天下也,無適也。」荀子《君子》曰:「天子四海之內無客禮,告無適也。」適皆讀為敵。後儒有主一無適之語,讀適如字,訓為之,殊非古義。《淮南·詮言》曰:「一者萬物之本也,無敵之道也。」義與《文子》同。

緯書『春秋元命苞』に言う:恒常に一を守りて改易せざれば、北斗玉衡則ち端正なり。此の条は『文選』李善注巻九の引く所に見ゆ。『文子』に言う:いわゆる「一」とは、適無きの道なり。恵棟按断す:此の「適」は「敵」と読むべし。「一」は道の根本、ゆえに其の匹敵すべきなしと言う。『論語・里仁』に言う:君子の天下の事に於てや、必ず敵対するなし。『荀子・君子』篇に言う:天子は四海の内に賓客の礼を用いず、即ち人の彼と匹敵する能くする者なきを宣示す。此の数処の「適」は皆「敵」と読むべし。後世の儒者に「主一無適」の説あり、「適」を本字に照りて読み、「往」の義に訓す、甚だ古義に合わず。『淮南子・詮言訓』に言う:「一」は万物の根本、匹敵すべきなき道なり。其の意は『文子』と同じ。

一亦作壹。古壹字從壺吉。一之初幾也,幾者動之微,吉之先見者也。以此見性之初有善而無惡。惡者善之反,不與善對,故云無敵,亦曰獨。君子慎獨,無惡於志也。惡讀如字。幾有善而無惡,周子言幾善惡非也。

「一」は亦た「壹」と写し、古体の「壹」の字は「壺」より従り「吉」より従る。恵棟字形に拠りて説を立つ:「一」の最初は即ち「幾」、而して「幾」は動向の甫めて萌発する細微の処、吉兆の最先に顕露する端倪なり。此に由りて見るべし、人性は最初に於て只だ善ありて悪なし。悪は不過善の反面、並びに善と並立して対と為す能わず、ゆえに「無敵」と言い、亦た「独」と謂う。君子は独を慎むとは、即ち心志の上に悪を存せざるなり——此の「悪」は本字に照りて善悪の悪と読む。既に「幾」の上に善ありて悪なければ、然らば周敦頤『通書』の「幾善悪」を講ずるは、便ち説きて当らず。

《鬼谷子·陰符》曰:「道者天地之始,一其紀也。」又曰:「道者神明之源,一其化端。」《鶡冠子》曰:「有一而有氣。」陸佃注云:「一者,元氣之始。」

『鬼谷子・本経陰符』に言う:道は天地の開端、「一」は其の綱紀なり。また言う:道は神明の源頭、「一」は其の化生の端緒なり。『鶡冠子』に言う:先ず「一」有りて、然る後に乃ち気あり。陸佃注に言う:「一」は元気の開端なり。

《六韜》:武王問太公曰:「兵道何如?」太公曰:「凡兵之道莫過乎一。一者能獨往獨來。黃帝曰:一者階於道,幾於神。用之在於幾,顯之在於勢,成之在於君。故聖王號兵為凶器,不得已而用之。」

『六韜』に記す:武王太公に問う、用兵の道は如何なるや。太公回答して曰く:凡そ用兵の道は、「一」より要紧なるは莫し。能く一を守れば、乃ち能く独往独来して牵掣を受けず。黄帝嘗て言う、「一」は道に通向の階梯、亦た最も神に接近す。其の運用は幾微を把握するに在り、其の顕現は形勢に在り、其の成敗は則ち君主に取决す。ゆえに聖王は兵器を凶器と称し、唯だ迫りて已むことを得ざるの時のみ之を動用す。

致一附

《易林補遺》引京房占變:「一爻動則變,亂動則不變。」《補遺》所據當在《火珠林》。《易》曰:「三人行則損一人,一人行則得其友。」《繫辭》曰:「言致一也。」又「天下之動,貞夫一者也」,故左傳占卦皆一爻變。

『易林補遺』京房の占卦変を取るを論ずるを引く:唯だ一爻の発動するのみ則ち変爻を取りて断を為し、衆爻乱動すれば反りて変を取らず。恵棟推断す:『補遺』の拠依する所は当に『火珠林』一系の旧説なるべし。『周易』に講ず、三人同行すれば則ち一人を減じ、一人独行すれば反りて伴侶を得。『繋辞』解釈して曰く、これ「致一」を講ずと。『繋辞』また言う、天下の運動は皆「一」に正定すと。ゆえに『左伝』の載する占例は、殆ど皆一爻の変化を発生す。

貫

《離騷經》曰:「貫薜荔之落蘂。」王逸注云:「貫,累也。」《左傳》宣六年,中行桓子曰:「使疾其民以盈其貫。」以盈其貫,是其貫將滿,所謂惡積而不可弇,罪大而不可解也。《韓非子》曰:「是其貫將滿也。」貫皆有積義,道積於一。《論語》,子謂曾參曰:「吾道一以貫之。」《釋詁》云:「貫,習也。」習者重習,亦有積義。荀子曰:「服習積貫。」又曰:「貫日而治詳之。」

『離騒』に言う:薜荔の落てる花蕊を串連す。王逸注に言う:「貫」は即ち連綴累積なり。『左伝』宣公六年中行桓子の言を記す:暴君をして其の百姓を折磨せしめ、其の悪行をして彼の縄に串満せしめよと。恵棟解説す:いわゆる「盈其貫」は、其の悪を串る縄の将に満ちんとするを言い、即ち『繋辞』の講ずる悪積累して掩盖し難く、罪大きくして解脱し難しなり。『韓非子』も亦た言う:これ其の悪貫の将に串満せんとするなり。見るべし「貫」の字皆積累の意を含み、而して道は正に「一」の上に積累するなり。『論語・里仁』孔子の曾参に対するを記す:我が道は一個の物を以て之を貫穿す。『爾雅・釈詁』に言う:「貫」は即ち習なり。恵棟申す:いわゆる習とは、反復の練習、同様に積累の義を含有す。荀子に言う「服習積貫」、また言う「貫日而治詳之」、用うる所は皆此の意なり。

一貫

一貫之道,三尺童子皆知之,百歲老人行不得。宋儒謂唯顏子、曾子、子貢得聞一貫,非也。「吾道一以貫之」,自本達末,原始及終,老子所謂甚易知甚易行,天下莫能知莫能行也。下云「言有宗,事有君」,即一也。

いわゆる一貫の道は、三尺の高さの孩童も皆説出し得、百歳の老人は却て必ずしも為す能わず。宋代の儒者は唯だ顔回・曾参・子貢のみ乃ち「一貫」を聴聞することを得と言う、此の言対ならず。孔子の「我が道は一個の物を以て之を貫穿す」を講ずるは、正に根本より末梢に推し、開端より終結に推すなり。此れも亦た即ち『老子』の言う所、甚だ懂り易く甚だ行い易し、然るに天下偏偏として能く懂る者なく能く行う者なし。『老子』下文に「言語に宗旨あり、行事に主宰あり」と言う、彼の宗旨と主宰とは、即ち「一」なり。

忠即一也,恕而行之即一以貫之也。韋昭注《周語》:帥意能忠曰循己之意,恕而行之為忠。

恵棟断じて曰く:忠は即ち「一」、此の忠を推己及人に実行出来するは、即ち「一以貫之」なり。韋昭『国語・周語』に注して曰く:能く本心を率循して乃ち忠と謂い、即ち自らの本心に順て、再び推己及人に為すを去り、これ乃ち忠と算するに足る。

《論語》,子曰:「參乎,吾道一以貫之。」曾子曰:「唯。」子出,門人問曰:「何謂也?」曾子曰:「夫子之道,忠恕而已矣。」以忠行恕謂之一貫。

『論語・里仁』に記す:孔子言う、参や、我が道は一個の物を用いて貫穿するなり。曾子声に応えて曰く:是。孔子出去せし後、同門曾子に問う:これ如何なる意。曾子に言う:先生の道は、忠恕の両字のみ。恵棟按断す:忠を用いて恕を推行すれば、之を「一貫」と謂う。

《繫下》曰:「天下之動,貞夫一者也。」虞注云:「一謂乾元。」《論語》,子貢問曰:「有一言而可以終身行之者乎?」子曰:「其恕乎!己所不欲,勿施於人。」以忠恕之道終身行之,以絜矩之道平天下,所謂一以貫之也。《大學》言平天下而云明明德,《中庸》言至誠盡性而可以贊化育,皆所謂一以貫之者也。

『繋辞下伝』に言う:天下の運動は皆「一」に正定す。虞翻注に言う:此の「一」は乾元を指す。『論語・衛霊公』子貢の発問を記す:一字有りて以て終身奉行すべきや。孔子に言う:大概「恕」か——自ら願わざる所は、人の身上に加うる勿れ。恵棟申す:忠恕の道を用いて終身践行し、絜矩の道を用いて天下を平定す、これ即ちいわゆる一以貫之なり。『大学』は天下を平らぐを講じて帰結して光明の徳を彰明す、『中庸』は至誠性を尽すを講じて因りて能く天地の化育を赞助す、言う所は皆一以貫之の道理なり。

《中庸》曰:「忠恕違道不遠,施諸己而不願,亦勿施於人。子曰:君子之道四,丘未能一焉:所求乎子以事父未能也,所求乎臣以事君未能也,所求乎弟以事兄未能也,所求乎朋友先施之未能也。」

『中庸』に言う:忠恕は道より距ること遠からず、凡そ己の身上に加えて情願せざるは、亦た人の身上に加うる勿れ。孔子に言う:君子の道に四条あり、我孔丘は一条も為し得ず——児子に如何に父を侍奉するを要求するを、我拿りて自らの父を侍奉するも尚お能わず。臣下に如何に君主を事奉するを要求するを、我拿りて自らの君主を事奉するも尚お能わず。弟弟に如何に兄長を事奉するを要求するを、我拿りて自らの兄長を事奉するも尚お能わず。朋友に先に己に施予するを要求するを、我先に朋友に施予するも尚お能わず。

《大學》曰:「所惡於上毋以使下,所惡於下毋以事上,所惡於前毋以先後,所惡於後毋以從前,所惡於右毋以交於左,所惡於左毋以交於右,此之謂絜矩之道。」荀子曰:「五寸之矩盡天下之方也。」

『大学』に言う:上級の我を待つが如くなるを悪惡すれば、則ち同様の方式を用いて下級を役使する勿れ。下級の我を待つが如くなるを悪惡すれば、則ち同様の方式を用いて上級を事奉する勿れ。前人の我を待つが如くなるを悪惡すれば、則ち同様の方式を用いて後人を帯領する勿れ。後人の我を待つが如くなるを悪惡すれば、則ち同様の方式を用いて前人を追随する勿れ。右辺の人の我を待つが如くなるを悪惡すれば、則ち同様の方式を用いて左辺の人と交往する勿れ。左辺の人の我を待つが如くなるを悪惡すれば、則ち同様の方式を用いて右辺の人と交往する勿れ。これを絜矩の道と謂う。恵棟荀子を引きて証と為す:一把の五寸の長さの矩尺は、則ち能く天下所有の方形を量尽す。

右、忠恕の義を申す

《堯典》曰:「克明俊德,以親九族。」

『尚書・尭典』に言う:尭は能く崇高の徳行を彰明し、因りて同宗九族を親睦す。此の句は本片の末尾に於て別に一条を起し、其の引発する議論は已に本分片の外に在り、下の一片に由りて承接す。

九族既睦,平章百姓。孔注:百姓,百官。百姓昭明,協和萬邦,黎民於變時雍。

『尚書・尭典』続けて言う、九族已に和睦せば、乃ち百官の職守を分辨彰明す。孔安国此の句に注解して曰く、経文の裏の「百姓」は「百官」を指すと。百官の徳行既に昭然顕明せば、天下万邦便ち協調和睦し、黎民百姓も随て感化改変し、風気は寛厚雍容に帰す。

《大學》曰:知止而後有定,定而後能靜,靜而後能安,安而後能慮,慮而後能得。物有本末,事有終始,知所先後則近道矣。釋格物。

『大学』に言う:「何処に止まるべきを知りて、然る後に心志乃ち定向あり。定向ありて、然る後に心境乃ち宁静すること能くす。心境宁静なりて、然る後に処身乃ち安穏すること能くす。処身安穏なりて、然る後に思慮乃ち周詳すること能くす。思慮周詳なりて、然る後に乃ち得る所有らん。万物皆根本と枝末あり、万事皆終結と開端あり、先後の次第を明白すれば、亦た道に接近せん。」恵棟ここに注明す:以上の此の一節は『大学』の以て「格物」を解釈する文字なり。

古之慾明明德於天下者,先治其國;欲治其國者,先齊其家;欲齊其家者先修其身;欲修其身者先正其心;欲正其心者先誠其意;欲誠其意者先致其知。致知即《中庸》之明善。致知在格物。《蒼頡篇》:格,量度之也。

『大学』また言う:「古代に光明の徳性を天下に彰顕せんと欲する者は、先ず自らの邦国を治めよ。邦国を治めんと欲する者は、先ず自らの家族を整粛せよ。家族を整粛せんと欲する者は、先ず自身を修養せよ。自身を修養せんと欲する者は、先ず自らの心を端正せよ。心を端正せんと欲する者は、先ず意念を真実無妄ならしめよ。意念を真実ならしめんと欲する者は、先ず自らの知を極処に推せ。」恵棟ここに夾注す:いわゆる「致知」は、即ち『中庸』の裏の言う「明善」なり。経文続けて言う:「致知の功夫は格物の上に落つ。」恵棟『蒼頡篇』を引きて「格」の字を訓釈して曰く:「格とは、丈量・忖度の義なり。」

物格而後知至,知至而後意誠,意誠而後心正,心正而後身修,身修而後家齊,家齊而後國治,國治而後天下平。自天子以至於庶人,壹是皆以修身為本。天下之動貞夫一。

『大学』続けて言う:「事物一たび格量せられれば、知便ち極処に推致さる。知極処に推致せられれば、意念便ち真実となる。意念真実なれば、心便ち端正となる。心端正なれば、自身便ち修美となる。自身修美なれば、家族便ち整粛となる。家族整粛なれば、邦国便ち治理を得。邦国治理を得れば、天下便ち太平となる。上は天子より、下は平民に至るまで、一概に皆修身を以て根本と為す。」恵棟随って『周易・繋辞下』の「天下之動貞夫一」を引きて印証す:天下万般の変動は、最終に皆彼の一個の根本に正定すべし。

其本亂而末治者否矣。不明俊德而欲親九族,其所厚者薄而其所薄者厚。不親九族而欲平章百姓,未之有也。此謂知本,此謂知之至也。釋致知。

『大学』に言う:「根本已に乱れて、枝末反りて治理するを得は、有ることなし。」恵棟ここに『尭典』の次第を插入して解説す:能く先ず自らの大徳を彰明せずして、九族を親睦せんと往かば、則ち彼れ厚く待つべき処に於て反りて軽薄し、軽く処すべき処に於て反りて加厚す、正に『大学』の言う所の「其所厚者薄而其所薄者厚」なり。恵棟再び一句を接ぐ:能く先ず九族を親睦せずして、百官を分辨彰明せんと往かば、『大学』のいわゆる「未之有也」は、言う所は正に此の種の事は従来有らざるなり。経文最後に言う:「これを本を知ると謂い、これを知の極処に達するを謂う。」恵棟注明す:以上の此の一節は『大学』の以て「致知」を解釈する文字なり。

右、一貫の道を申す

《堯典》之克明俊德,《大學》之慾明明德,即一也。明俊德以及九族、百姓、萬邦、黎民,明明德以修身、齊家、治國、平天下,即一以貫之也。一即本也,故云壹是皆以修身為本。

恵棟按断して曰く:『尚書・尭典』の講ずる「克明俊徳」と『大学』の講ずる「欲明明徳」とは、其の実は同一の事なり。大徳を彰明する一路より九族・百官・万邦・黎民に推広し、明徳を彰明する一路より修身・斉家・治国・平天下に落実す、これ即ち孔子の言う所の「一以貫之」なり。此の「一」は即ち「本」、ゆえに『大学』乃ち「上は天子より下は庶人に至るまで、一概に修身を以て根本と為す」と言う。

物有本末,事有終始,由本達末,原始及終,一貫之義也。忠,一也。以忠行恕即一以貫之也。以忠行恕即《中庸》《大學》所陳是也。

万物に根本と枝末あり、万事に開端と終結あり。根本より枝末に貫通し、開端より終結に推究す、これ即ち「一以貫之」の意なり。いわゆる「忠」とは、正に此の「一」なり。忠を以て本体と為し恕道を推行すれば、便ち「一以貫之」なり。而以て忠を以て恕を行う具体の条目は、即ち『中庸』と『大学』の陳述する彼の一整套の功夫なり。

《繫下》曰:天下之動貞夫一者也。虞注云:一謂乾元。萬物之動各資天一陽氣以生,故天下之動貞夫一者也。

『周易・繋辞下』に言う:「天下万物の一切の変動は、皆彼の『一』に正定す。」虞翻注解す:ここの「一」は乾元を指す。万物の運動は、上天の彼の一点の陽気に凭藉せずんば生発する能わざるなし、ゆえに天下の変動は皆「一」に正定すと言う。

又曰:《易》曰「憧憧往來,朋從爾思」,子曰:天下何思何慮,天下同歸而殊途,一致而百慮。劉熙曰:慮,旅也。旅,眾也。一致百慮,慮及眾物以一定之也。

『繋辞下』また言う:「『周易』咸卦九四爻辞に『心思往来定まらず、朋友只だ汝の思う所の彼の一点に順従す』と講じ、孔子解釈して曰く:天下に何の思うべき何の慮るべきかあらん。天下人は道路同じからずして帰宿相同じ、思慮百端にして致す所一に帰す。」劉熙『釈名』訓釈して曰く:「慮」は即ち「旅」、「旅」は即ち衆多の義。いわゆる「一致而百慮」とは、思慮の衆多の事物に遍及するも、彼の「一」を用いて之を定住するを言う。

天下何思何慮。韓伯注云:夫少則得,多則惑,塗雖殊,其歸則同;慮雖百,其致不二。苟識其要,不在博求,一以貫之,不慮而盡矣。

「天下何思何慮」の一句に就て、韓康伯注解して曰く:守る所少なければ則ち得る所有り、求むる所多ければ則ち迷惑を生ず。道路は分岐すと雖も、帰宿は却て同一なり。思慮は百端有ると雖も、致する所は却て一個のみ。只だ彼の綱要を認清すれば、則ち四処に広く求むるを必せず、一個の根本を用いて万事を貫穿すれば、思慮を費尽せずして万事已に尽く其の中に在り。

子曰:賜也,女以予為多學而識之者與?對曰:然。多原於一,故曰然。非與?一以貫多,故曰非。曰:非也。蒙上非與。予一以貫之。何晏曰:善有元,事有會,天下殊途而同歸,百慮而一致,知其元則眾善舉矣。

『論語・衛霊公』孔子の問を記す:「賜や、汝は我を博学多聞にして一々に記住する者と以為するか。」子貢回答して曰く:「是の如し。」恵棟夾注:衆多は一に本原す、ゆえに子貢は一個の「然」の字を答う。孔子また問う:「然らざるか。」恵棟夢注:一を以て衆多に貫通す、ゆえに下文始めて「非」と言う。孔子に言う:「然らず。」恵棟夾注:此の句は上文の「非与」に承接して言うなり。孔子続けて言う:「我は一個の根本を以て之らを貫穿するなり。」何晏『論語集解』に言う:善に其の元始あり、事に其の会帰あり、天下は道路同じからずして帰宿相同じ、思慮百端にして致する所一に帰す、彼の元始を認清すれば、衆善も亦た一斉に挙起さる。

《孟子》曰:博學而詳說之,將以反說約也。

『孟子・離婁下』に言う:「広博に学習し詳尽に解説するは、回頭して彼の簡約の要の要領を講説する為なり。」博学は只だ手段、帰約乃ち目的なり。

《孝經》:仲尼曰,先王有至德要道,以順天下,民用和睦,上下無怨。殷仲文注云。《孝經疏》:窮理之至,以一管眾為要。

『孝経・開宗明義章』仲尼の言を記す:「先王に至高の徳行・精要の道理あり、之を用いて天下を順治すれば、百姓因りて和睦し、上下の間怨恨なし。」殷仲文此の為に注解を作りしことあり、恵棟其の説の『孝経疏』に見ゆるを注明す、殷氏に言う:義理を極処に窮究して、能く一個の綱領を以て衆多を統摂す、これを「要」と謂う。

《荀子·不苟》曰:君子位尊而志恭,心小而道大,所聽視者近而所聞見者遠,是何耶?是操術然也。故千人萬人之情,一人之情是也。是以君子有絜矩之道。

『荀子・不苟』篇に言う:君子は地位愈々尊貴にして心志愈々恭敬し、用心愈々細密にして行う所の道愈々宏大なり。親しく耳の聴く所・眼の看る所は不過近処なれども、而して実際に聴聞見識する所は却て極めて深遠なり、これ何の故ぞや。是れ其の掌握する方法の致す所なり。ゆえに千人万人の情状は、一個の人の情状の裏頭に在り。正に此に因りて、君子乃ち「絜矩」の此の己を以て人を度り推己及人の準則有るなり。

天地始者,今日是也。百王之道,后王是也。君子審后王之道而論於百王之前,若端拜而議。百王謂堯舜禹湯。后王謂文武。端,玄端,朝服也。

『不苟』篇続けて言う:天地開闢の起始は何の様子なるかは、則ち今日に於て看ることを得。歴代帝王の治道は何の様子なるかは、則ち近世の君王の身上に於て看ることを得。君子は近世君王の道を審察し、再び之を拿りて上古百王以前の事を評論するに往けば、恰も斉整に穿戴して拱手端坐して従容として議論するが一般なり。恵棟夾注:いわゆる「百王」は、尭・舜・禹・湯を指す。いわゆる「后王」は、文王・武王を指す。「端」は即ち「玄端」、即ち朝会の時に穿する礼服なり。

推禮義之統,統,本。分是非之分,總天下之要,治海內之眾,若使一人。故操彌約,約,要。而事彌大。五寸之矩盡天下之方也。《大學》絜矩義疏。故君子不下室堂,堂,明堂。而海內之情舉。積此者則操術然也。

『不苟』篇また言う:礼義の統系を推明す——恵棟夾注「統」は即ち根本なり——是非の界限を剖分し、天下の綱要を総覧し、海内の衆人を治理すること、恰も一人を指使するが如く従容なり。ゆえに執守する所愈々簡約にして——恵棟夾注「約」は即ち綱要なり——而して成就する事愈々宏大なり。五寸の長さの曲尺は、以て天下一切の方形を量尽すべし。恵棟注明す:此の句は正に『大学』「絜矩」の義の疏解なり。ゆえに君子は足堂を下らず——恵棟夾注此の「堂」は明堂を指す——而して海内の情状已に尽く掌握の中に在り。能く此の歩に積累するは、仍お其の操持する方法の致す所なり。

《非相》曰:以近知遠,以一知萬,以微知明。

『荀子・非相』篇に言う:眼前切近の事に由りて遥遠の事を推知し、一個の道理に由りて千万件の事を推知し、細微隠約の処に由りて昭然顕明の理を推知す。

《儒效》曰:道出乎一。曷謂一?曰:執神而固。曷謂神?曰:盡善浹洽之謂神,萬物莫足以傾之之謂固。神固之謂聖人。聖人也者,道之管也。天下之道管是矣,百王之道一是矣。

『荀子・儒效』篇に言う:道は「一」に出づ。何をか「一」と謂う。回答して曰く:「神」を持守して而も堅固にして移らざるなり。何をか「神」と謂う。回答して曰く:善を極処に致して周遍浹洽なれば、之を「神」と謂う。天下万物一様として能く彼を動揺するなきを、「固」と謂う。既に神にして且つ固なる人を、聖人と謂う。聖人の此の人は、道の総枢紐なり。天下の道は皆此の枢紐に由りて統摂せられ、歴代百王の道は皆此に於て統一す。

又曰:以淺持博,以古持今。注云:當作以今持古。以一持萬云云。是大儒者也。

『儒效』篇また言う:浅近を用いて広博を把握し、古代を用いて当今を把握す。楊倞注に言う:「以古持今」は「以今持古」と作るべし。原文の下に尚お「以一持万」等の語あり。荀子に言う、能く此の様に到達する者乃ち大儒と称するに足る。

《莊子·天地》曰:記曰,通於一而萬事畢,無心得而鬼神服。郭注云:一無為而群理都舉。記,書名也,雲老子所作。案:此論一貫與宋儒同,與孔子異。道家以一為終,故莊子曰得其一而萬事畢;聖人以一為始,故夫子曰吾道一以貫之。此儒與道之別也。

『荘子・天地』篇に言う:古『記』の裏に講ずる、通達を「一」に於てすれば、万事便ち皆完備す。無心にして自ら得る所有れば、鬼神も亦た帰服せんと。郭象注解して曰く:彼の「一」を守りて為す所無ければ、衆理自然に皆成立す。恵棟夾注:ここの「記」は一部の書名、相伝えて老子の作と為す。恵棟按断して曰く:此の一段は「一貫」を談ず、宋儒の講法と相同じく、而も孔子の講法とは不同なり。道家は「一」を終点と為す、ゆえに荘子は「其一を得れば万事畢わる」と言う。聖人は「一」を起点と為す、ゆえに孔子は「我が道一を以て之を貫く」と言う。これ即ち儒家と道家の分別する所なり。

《後漢書·范升傳》:升奏曰,孔子曰「博學約之,弗叛矣夫」。夫學而不約必叛道也。顏淵曰「博我以文,約我以禮」。孔子可謂知教,顏淵可謂善學矣。老子曰「學道日損」,損猶約也。又曰「絶學無憂」,絶末學也。

『後漢書・范升伝』に記す、范升上奏して曰く:孔子かつて講じたり「広博に学びて礼を以て之を約束せば、正道に背離せざらん」と。恵棟ここに夾注す:学を為して簡約に帰すること能わざれば、必ず大道に背離せん。范升また顔淵の言を引きて曰く:「夫子は文献典籍を以て我を博学ならしめ、また礼節を以て我を帰約ならしむ。」范升因りて評論して曰く、孔子は教を解すると謂うべく、顔淵は学に善しと謂うべしと。恵棟続けて『老子』を引きて「学道日に損す」と言い、并せて此の「損」は即ち「約」に相当すと注明す。『老子』また「絶学无忧」と言い、恵棟彼れは枝末の学を断絶するを要すと注明す。

又曰:天下之事所以異者以不一本也。《易》曰:天下之動貞夫一也。又曰:正其本,萬事理。五經之本,自孔子始。

范升の奏疏また言う:天下の事の紛歧不同なる所以は、一個の根本に統一する能わざるに因るなり。『周易・繋辞下』に言う:「天下の一切の変動は、皆彼の『一』に正定す。」『易』また言う:「其の根本を端正すれば、万事自然に条理分明なり。」而して五経の根本は、正に孔子の所より始めて確立す。

《說文》士字下云:數始於一,終於十,從一從十。孔子曰:推十合一為士。案:一,道也。一以貫之,故推十得合一也。

『説文解字』「士」の字の下に言う:数は一より始まり、十に至りて終結す、「士」の字の構形は便ち一より従り十に従う。書中并せて孔子の言を引きて曰く:「能く十を推究して一に帰併するを、士と曰う。」恵棟按断して曰く:ここの「一」は即ち道なり。一を以て衆多を貫穿す、ゆえに推究して十に至り終に能く一に合帰す。

《法言·吾子》曰:多聞則守之以約,多見則守之以卓。寡聞則無約也,寡見則無卓也。此《論語》義疏,即顏子之一貫也。

揚雄『法言・吾子』篇に言う:聴聞多ければ、則ち簡約を以て之を守らんと要す。見識多ければ、則ち卓立の識見を以て之を守らんと要す。聴聞少なき者は「約」を談ずるに足らず、見識少なき者も「卓」を談ずるに足らず。恵棟按断して曰く:此の幾句は其の実は『論語』文義の疏解にして、講ずる所は正に顔淵の彼の種の「一以貫之」の功夫なり。

《春秋繁露》曰:古之造文者三畫而連其中謂之王。三畫者天地與人也,而連其中通其道也。取天地與人之中以為貫而參通之,非王者孰能當是。

董仲舒『春秋繁露』に言う:古時字を造る者、三横を画き、再用び一竪を以て其の中間を連貫す、此の字を「王」と曰う。三横は天・地・人を代表し、三者の中間を貫連するは、之らを貫通する道を表示す。天・地・人三者の中道を取りて彼の一竪と為し三方通達す、王者に除きて、尚お誰か此の字を担当するに足らんや。

《淮南·俶真》曰:夫道有經紀條貫,得一之道,連千枝萬葉。高誘注云:一者道之本也,得其根本,故能連千枝萬葉,以少正多也。

『淮南子・俶真』篇に言う:道は自ら其の綱紀条貫あり、此の「一を得」の道理を掌握すれば、便ち千枝万葉を貫連するを能くす。高誘注解して曰く:「一」は道の根本なり。此の根本を得、ゆえに能く千枝万葉を貫連す、これ即ち少数を以て多数を統正する道理なり。

子

《易》上經曰:乾初九潛龍勿用。馬融曰:初九建子之月,陽氣始動於黃泉,故曰潛龍。

『周易』上経に言う:乾卦初九の爻辞は「潜竜勿用」なり。馬融解釈して曰く:初九は建子の月に配当す、即ち夏暦十一月なり、此の時陽気剛に地下黄泉の中に於て萌動を始め、尚お潜伏して未だ出ざらず、ゆえに之を「潜竜」と称す。

《明夷》六五曰:其子之明夷,利貞。《象》曰:其子之貞,明不可息也。述曰:其讀曰亥。坤終於亥,乾出於子,故明不可息。

『明夷』卦六五の爻辞に言う:「箕子之明夷、利貞。」『象伝』に言う:「箕子之貞、明不可息也。」恵棟『周易述』の裏に解説す:此の「箕」の字は「亥」と読むべし。坤の気は亥に終結し、乾の気は子に生出す、亥尽きて子起こり、光明前後相続いて断えず、ゆえに「明不可息」と曰う。

《參同契》曰:含元虛危,播精於子。

魏伯陽『周易参同契』に言う:元気は虚宿・危宿の間に涵蓄し、而して精気を子位の上に播布す。虚・危二宿は正に北方子位に当たり、一陽初生の所在なり。

《廣雅·釋天》曰:太初,氣之始也,生於酉仲,清濁未分也。太始,形之始也,生於戌仲。八月酉仲為太初,屬雄;九月戌仲為太始,屬雌;清者為精,濁者為形。太素質之始也,生於亥仲,已有素樸而未散也。三氣相接至於子仲,剖判分離,輕清者上為天,重濁者下為地,中和為萬物。

張揖『広雅・釈天』に言う:「太初」は気の開端にして、酉月の中に産生す、彼の時清と濁と尚お分かたず。「太始」は形の開端にして、戌月の中に産生す。恵棟ここに夾注す:八月の酉仲を太初と為し、雄に属す。九月の戌仲を太始と為し、雌に属す。清の一面は精に凝り、濁の一面は形に凝る。『広雅』続けて言う:「太素」は質の開端にして、亥月の中に産生す、彼の時已に素朴の質地有りて而も未だ散らず。此の三種の気は彼此銜接し、子月の中に到りて、始めて剖判分離す。軽清の者は上昇して天と成り、重濁の者は下沉して地と成り、中に居りて調和する者は便ち化して万物と成る。

《說文》包字下云:元氣起於子。子,人所生也。

『説文解字』「包」の字の下に言う:元気は子位より興起す。而して「子」また正に人の生ずる所由の開端なり。

《三統曆》曰:太極元氣含三為一。孟康曰:元氣起於子,未分之時,天地人混合為一,故子數獨一也。

『漢書・律暦志』の載する所の『三統暦』に言う:太極の元気は、天・地・人三者を包含して渾然として一と為る。孟康注解して曰く:元気は子位より興起し、未だ剖分せざるの時、天・地・人三者は混合して一体と為す、ゆえに「子」の数は単に一のみ。

又曰:陰陽合德,氣鍾於子,化生萬物。虞注《易》曰:陰陽合德謂天地雜,保太和,日月戰。

『三統暦』また言う:陰陽両気は其の徳を合同し、気は子位に聚鍾し、此に由りて万物を化生す。虞翻『周易』に注して曰く:いわゆる「陰陽合徳」は、天地の気交相錯雑して太和を保守し、日月の気交相薄戦するを指す。

又曰:天統之正始施於子半。蘇林曰:子之西,亥之東,其中間也。案:子半猶子仲也。

『三統暦』また言う:天統の定むる所の正月は、最初に「子半」に於て施化す。蘇林注解して曰く:いわゆる子半は、子位の西・亥位の東に在り、正に両者の中間に当たる。恵棟按断して曰く:「子半」は即ち前面『広雅』の言う所の「子仲」なり。

《易緯稽覽圖》曰:甲子卦氣起中孚,六日八十分日之七。鄭注云:六以候也。八十分為一日,日之七者,一卦六日七分也。

『易緯・稽覧図』に言う:甲子の此の日、卦気は『中孚』卦より起算し、毎卦六日又八十分の七日を分かち得。鄭玄注解して曰く:此の「六」は六個の物候に就きて言うなり。一日を分かちて八十分と為す、いわゆる「日之七」は、即ち一卦六日零七分を占むるを言うなり。

《乾鑿度》曰:中孚為陽,貞於十一月子。

『易緯・乾鑿度』に言う:『中孚』卦は陽に属し、十一月の子位の上に正定す、これ正に一陽来復・卦気起始の処なり。

蔵

《繫上》曰:坤以簡能。虞注云:陰藏為簡。簡,閱也。坤閱藏物,故以簡能矣。

『周易・繋辞上』に言う:「坤以簡能。」虞翻注解して曰く:陰気の収蔵するを、即ち「簡」と曰う。「簡」は検閲・容納の意義あり。坤は能く万物を検閲し并せて収蔵す、ゆえに其れ簡約に凭りて其の功能を見ると曰う。

又曰:顯諸仁,藏諸用,鼓萬物而不與聖人同憂,盛德大業至矣哉。

『繋辞上』また言う:道は万物を生育する上に於て其の仁愛を顕現し、而して作用を蔵起す。万物を鼓動して生長せしめ、自身は却て聖人の様に憂慮を懐かず。斯くの如き盛大の徳性・広大の功業は、真に極処に至るなり。

又曰:聖人以此洗心退藏於密。虞注云:陽動入巽,巽為退,伏坤為閉戶,故藏密謂齊於巽以神明其德。

『繋辞上』また言う:聖人は此の道理を用いて心中の雑念を滌除し、退還して幽密の処に隠蔵す。虞翻注解して曰く:陽気動きて巽卦に入る、巽は退譲の象あり。其の下の伏する所の坤卦は門戸を閉合する象あり、ゆえに「蔵密」と曰う、即ち『説卦伝』の言う所の「斉乎巽」なり、此を藉りて神妙に自らの徳を彰明す。

又曰:神以知來,知以藏往。虞注云:乾神知來,坤知藏往。來謂洗心,往謂藏密也。

『繋辞上』また言う:神妙に凭りて将来を預知し、智慧に凭りて過往を収蔵す。虞翻注解して曰く:乾は神を為し、来を知るを主管し、坤は知を為し、往を蔵するを主管す。いわゆる「来」は、指す所は即ち上文の「洗心」なり。いわゆる「往」は、指す所は即ち上文の「退蔵于密」なり。

《說卦》曰:坤以藏之。

『説卦伝』に言う:「坤は以て万物を蔵するを用いとす。」此の一句は正に「蔵」の字の『周易』中の本義の所在を点出す。

《漢書》:翼奉對曰,《詩》之為學,情性而已。五性不相害,六情更興廢。觀性以歷。性,五行。歷,甲己之數。觀情以律。情,六情。律,十二律。明主所宜獨用,難與二人共也。故曰顯諸仁藏諸用,露之則不神,獨行則自然矣。《易》之用在坎離而其本在震巽。

『漢書』に翼奉の答対を記す:『詩』の此の門の学問は、講ずる所は不過性と情のみなり。五性は彼此相妨害せず、六情は則ち交替して興起衰廃す。性を考察するは暦を用いんと要す。恵棟夾注:「性」は五行を指し、「暦」は甲・己の類の日辰の数を指す。情を考察するは律を用いんと要す。恵棟夾注:「情」は六情を指し、「律」は十二律を指す。翼奉また言う:此らは皆明主の独自掌握すべき所にして、第二の人と共有するは甚だ難し。恵棟因りて按断して曰く:ゆえに『繋辞』は「顕諸仁、蔵諸用」と講ず、一たび顕露し出れば則ち神妙ならず、独自に運用して始めて自然に合す。『周易』の功用は坎・離両卦に落ち、而して其の根本は却て震・巽両卦に在り。

《說卦》曰:齊乎巽。齊也者,言萬物之絜齊也。虞注云:巽陽藏室,故絜齊。

『説卦伝』に言う:「万物巽に於て絜斉す。」いわゆる「斉」は、万物此処に到りて整潔斉一たるを言う。虞翻注解して曰く:巽卦の陽気は室内に収蔵す、ゆえに「絜斉」と称す。

《列子·黃帝》曰:聖人藏於天。注,郭象曰:不窺性分之外,故曰藏也。

『列子・黄帝』篇に言う:聖人は天然の中に隠蔵す。注文は郭象の言を引きて曰く:自らの性分以外の物を窺探せず、ゆえに「蔵」と曰う。

《乾鑿度》曰:易者以言其德也,通精無門,藏神無內也。神在內,故藏神無內,有內不可言藏。內,《易正義》作穴。鄭注云:俲易無為,故天下之性莫不自得也。俲,古文佼。鄭氏云:佼,易也。

『易緯・乾鑿度』に言う:「易」は其の徳性に就きて言うなり、精気通達して門戸無く、神明潜蔵して内外の隔無し。恵棟夾注:神は本より即ち内に在り、ゆえに「蔵神無内」と言う。若し尚お一個の「内」を分かち出さば、則ち「蔵」を談ずるに足らず。又校語を出して曰く:此の「内」の字は『周易正義』の引く所は「穴」と作る。鄭玄注解して曰く:俲易して為す所無し、ゆえに天下万物の本性は各々其の所を得ざる無し。恵棟再び注す:「俲」は「佼」の古字なり。鄭玄に言う、「佼」は即ち「易」なり。

《韓詩外傳》曰:子夏讀《詩》已畢,夫子問曰:爾亦何大於《詩》矣?子夏對曰:《詩》之於事也,昭昭乎若日月之光明,燎燎乎如星辰之錯行,上有堯舜之道,下有三王之義。《尚書大傳》作論,書事為是。弟子不敢忘。

『韓詩外伝』に記す:子夏『詩』を読み畢り、孔子彼に問うて曰く:汝は『詩』の裏より究竟何の宏大の処を見出したるか。子夏回答して曰く:『詩』は世間万事に対し、明亮なること日月の光輝の如く、燦爛たること星辰の錯落運行の如し。往上は尭・舜の治道あり、往下は夏・商・周三王の義法あり。恵棟ここに校語を出す:此の一処は『尚書大伝』は「論」と作る、当に「書事」と作る者を以て是と為すべし。子夏続けて言う:此ら弟子を為す者は皆敢て忘れず。

雖居蓬戶之中,彈琴以詠先王之風,有人亦樂之,無人亦樂之,亦可以發憤忘食矣。《詩》曰:衡門之下,可以棲遲;泌之洋洋,可以飢。夫子造然變容曰:嘻,吾子始可以言《詩》已矣。然子已見其表,未見其裡。顯諸仁,見其表也;藏諸用,故未見其裡也。

子夏また言う:即ち蓬草を以て編成する陋室に住すと雖も、亦能く琴を弾起して先王の遺風を詠唱し、人旁に有るも自ら其の楽を得、人旁に無きも自ら其の楽を得、甚至りては発憤して食事を忘るるに至る。『詩経・陳風・衡門』に言う:「横木を門と為す陋室の下に、亦た棲息安居するを得。泌水汪洋流れて、亦た飢腸を慰解するを得。」孔子之を聴きて神色一変して曰く:ああ、汝は総じて汝と『詩』を談ずるを得。但だし汝は只だ其の表面を見て、尚お未だ其の裏層を見ず。恵棟夾注:いわゆる「顕諸仁」は、即ち其の表面を見たるなり。いわゆる「蔵諸用」は、ゆえに尚お未だ其の裏層を見ず。

顏淵曰:其表已見,其裡又何有哉?孔子曰:窺其門不入其中,安知其奧藏之所在乎?然藏又非難也,丘嘗悉心盡志已入其中,前有高岸,後有深谷,泠泠然如此,既立而已矣,不能見其裡,未謂精微者也。藏神無內,可謂精微。

顔淵旁に在りて問うて曰く:表面既に已に見たり、裏層また尚お何か有らんや。孔子に曰く:只だ門外に於て張望して走り入らざれば、豈に彼の深奥の収蔵の究竟何処に在るを知らんや。然れども入るも亦た并せて難しと算せず、我曾て心力を竭くして其の中に走り入り、只だ前面は高高の岸、後面は深深の谷を見、清冷幽邃は即ち此の様子、人も亦不過彼処に立ち在るのみ、仍お其の裏層を見るを得ず、此れ尚お真正の精微を談ずるに足らず。恵棟按断して曰く:唯だ『乾鑿度』の講ずる所の「蔵神無内」のみ、始めて精微と称するに配す。

《老子》德經曰:道者萬物之奧。注云:奧,藏也。道為萬物之藏,無所不容也。《文選》注引《蒼頡篇》曰:隩,藏也。

『老子』徳経部分に言う:「道は万物の奥蔵なり。」注解して曰く:「奥」は即ち「蔵」なり。道は万物の蔵所にして、容納すること能わざる物無し。恵棟また『文選』李善注の引く所の『蒼頡篇』を挙げて曰く:「隩」は即ち「蔵」なり。

心

《復》彖傳曰:復其見天地之心乎。荀注云:復者,冬至之卦,陽起初九為天地心,萬物所始,吉凶之先,故曰見天地之心。

『復』卦『彖伝』に言う:「復卦より殆ど天地の心を見るを得んか。」荀爽注解して曰く:復卦は冬至に配当する卦なり、陽気は初九より興起す、此の一点の陽気は即ち天地の心にして、万物開始の処にして、亦た吉凶未分の先なり、ゆえに「天地之心を見る」と曰う。

《說卦》曰:坎為亟心。

『説卦伝』に言う:「坎は亟心を為す。」坎卦は一陽中に居り、中実にして急切なり、ゆえに「亟心」の象を取る。

《乾鑿度》曰:《易歷》曰,陽紀天心。陽當作昜。

『易緯・乾鑿度』に言う:『易暦』の裏に講ず、陽は天心を統紀す。恵棟夾注:此の「陽」の字は「昜」と写すべし。

《參同契》曰:天符有進退詘伸以應時,故易統天心,復卦建始萌。

『周易参同契』に言う:天の符信は進退有り、屈伸有り、以て時序に応合す、ゆえに『易』は天心を統摂す。『復』卦は正に陽気初建・萌芽始生の時節に当たる。

《詩·桑柔》曰:君子實維,秉心無競。鄭箋云:君子謂諸侯及卿大夫也,其執心不強於善而好以力爭。《春秋傳》,師曠曰:臣不心競而力爭。

『詩経・大雅・桑柔』に言う:「君子実维、秉心無競。」鄭玄箋注して曰く:ここの「君子」は諸侯と卿大夫を指す。彼らは心を持して善に向かう上に力を用うるを肯んぜず、却て気力に凭りて相争うを好む。恵棟また『春秋左伝』を挙ぐ、師曠かつて言いたり:臣下は心志の上に競勝せず、却て気力の上に争闘すと。

《大學》曰:欲修其身,先正其心。又曰所謂修身云云。

『大学』に言う:自身を修養せんと欲せば、先ず自らの心を端正せよ。下文また「所謂脩身在正其心」以下の一整段の文字あり、ここに再び備引せず。

《孟子》曰:惟大人為能格君心之非。君仁莫不仁,君義莫不義,君正莫不正,一正君而國定矣。

『孟子・離婁上』に言う:只だ徳位兼備の大人のみ、乃ち君主心中の邪僻を匡正するを能くす。君主仁なれば、臣民仁ならざる無し。君主義なれば、臣民義ならざる無し。君主正なれば、臣民正ならざる無し。只だ君主を一たび端正せば、国家も亦た随て安定す。

趙岐《孟子·盡心篇章指》曰:盡心者,人之有心為精氣主,思慮可否然後行之,猶人法天。天之執持綱維以正二十八舍者,北辰也。《論語》曰:北辰居其所而眾星拱之。心者,人之北辰也。苟存其心,養其性,所以事天也。

趙岐『孟子章指』の『尽心』篇を論じて曰く:いわゆる「尽心」とは、人に一顆の心有るに因る、心は精気の主宰にして、先ず事情の可否を思量し、然る後に乃ち行動に付す、これは恰も人の天に取法するが如し。天上に綱維を執持し、以て二十八宿を端正するは、北辰なり。『論語・為政』に言う:「北辰は其の位置に安居して、而して衆星は環繞して之を拱衛す。」心は、即ち人の身上の北辰なり。若し能く此の本心を保存し、自らの本性を涵養せば、則ち上天を奉事するの弁法なり。

仲舒對策曰:為人君者正心以正朝廷,正朝廷以正百官,正百官以正萬民,正萬民以正四方。四方正,遠近莫敢不一於正而亡有邪氣奸其間者。

董仲舒の対策に言う:君主を為す者は、先ず自らの心を端正し、之を以て朝廷を端正し、朝廷を端正して、之を以て百官を端正し、百官を端正して、之を以て万民を端正し、万民を端正して、之を以て四方を端正す。四方一たび正しければ、遠近上下敢て正道に帰せざる者無く、亦た復た邪気の其の間に干犯するを来さず。

《說苑·辨物》曰:《易》曰,仰以觀於天文,俯以察於地理,是故知幽明之故。夫天文地理人情之效存於心則聖智之府。

劉向『説苑・辨物』に言う:『周易・繋辞上』は「頭を抬げて天上の文象を観察し、頭を低くして地上の形理を審視し、此に因りて幽と明の縁由を通暁す」と講ず。天文・地理・人情の此の三方面の験効は、若し皆心中に存留せば、則ち此の心は聖明智慧の府庫と成るなり。

《法言·問神》曰:或問神。曰:心。請聞之。聞當作問。曰:潛天而天。乾元。潛地而地。坤元。天地神明而不測者也,心之潛也猶將測之,況於人乎?況於事倫乎?

揚雄『法言・問神』篇に言う:人有りて何をか「神」と謂うを問う。揚雄回答す:心なり。彼の人曰く:請う、其の中の道理を聴かしめん。恵棟夾注:此の「聞」の字は「問」と作るべし。揚雄曰く:心は天に潜入せば、則ち天と合して一と為る。恵棟夾注:これ即ち乾元なり。心は地に潜入せば、則ち地と合して一と為る。恵棟夾注:これ即ち坤元なり。天地は神明にして測度すべからず、而して心一たび潜入せば、尚お能く天地を測度す、況んや人を測度するをや、況んや人事の倫理を測度するをや。

心之潛即神也。天地神明而不測,潛天而天,潛地而地,是與天地合德者也,故曰猶將測之。人與事倫不足言矣。伏羲文王孔子其人也。

恵棟按断して曰く:心の此の種の「潜」は、即ちいわゆる「神」なり。天地神明にして測度すべからざるも、而して此の心は天に潜入すれば便ち天と一を為し、地に潜入すれば便ち地と一を為す、斯くの如き人は正に天地と其の徳を合する人なり、ゆえに揚雄は「尚お能く之らを測度す」と言う。人と人事倫理に至りては、則ち更に提するに足らず。真に此の歩に到達するを能くするは、即ち伏羲・文王・孔子の此の幾位なり。

《莊子·庚桑》曰:萬惡不可內於靈臺。司馬彪注云:心為神靈之臺也。

『荘子・庚桑楚』に言う:種種の邪悪は皆「霊台」に入らしむべからず。司馬彪注解して曰く:心は即ち神霊の居る所の台なり、ゆえに霊台と称す。

養心

《大學》曰:欲正其心者先誠其意。故荀子曰:養心莫善於誠。《大學》釋誠意而歸於慎獨,故荀子曰:不誠則不獨,不獨則不形。此《大學》誠於中形於外、《中庸》誠則形之義也。荀子所言見《不苟》篇。

『大学』に言う:自らの心を端正せんと欲せば、先ず意念を真実無妄ならしめよ。ゆえに荀子は言う:心性を涵養するは「誠」に比する者無しと。『大学』は「誠意」を解釈して「慎独」に帰結す、ゆえに荀子また言う:誠ならざれば則ち「独」を談ずるに足らず、「独」すること能わざれば則ち外に顕形するに由無し。これ正に『大学』の講ずる所の「中に誠ありて外に形れり」、『中庸』の講ずる所の「誠なれば自然に顕形す」の意なり。恵棟注明す:荀子の此の幾句は『荀子・不苟』篇に見ゆ。

七十子之徒所傳之大義與宋儒旨趣不同。孟子言存心,故云養心莫善於寡慾;荀子言慎獨,故云養心莫善於誠。或據孟子以駁荀子之非,是駁《大學》也。

恵棟続けて按断して曰く:孔門七十子の一派の伝うる所の此の層の大義は、宋儒の旨趣と并せて相同じからず。孟子の講ずるは「存心」なり、ゆえに心性を涵養するは嗜欲を減少するに比する者無しと言う。荀子の講ずるは「慎独」なり、ゆえに心性を涵養するは「誠」に比する者無しと言う。人有りて孟子の言を拿りて荀子の不是を駁斥するに往くも、殊に知らず、斯く一たび駁せば、駁倒する所は其の実は『大学』なり。

周易述 巻二十一 元和恵棟撰

易微言 下

道

《繫上》曰:一陰一陽之謂道。

『周易・繋辞上』に言う:「一陰一陽交替推移す、これを道と曰う。」陰陽往来して息まず、其の中の条理は便ち道なり。

《越紐錄》:范子曰,道者,天地先生不知老,曲成萬物不名巧,故謂之道。道生氣,氣生陰,陰生陽,陽生天地。天地立然後寒暑燥溼、日月星辰、四時而萬物備,術者天意也。

『越紐録』に范蠡の言を記す:いわゆる道は、天地より先んじて生じて而も衰老を見ず、曲折周備に万物を成就して而も巧妙を自ら称せず、ゆえに之を「道」と称す。道は気を生出し、気は陰を生出し、陰は陽を生出し、陽は天地を生出す。天地既に已に確立せば、然る後に乃ち寒暑燥湿・日月星辰・四時の遞嬗有り、万物是に於て斉備す。此の一整套の法度は、正に天意の所在なり。

《淮南·天文》曰:道曰規始於一。一而不生,故分而為陰陽,陰陽合和而萬物生。

『淮南子・天文』篇に言う:道の法則は「一」に起始す。只だ孤零零の一のみあれば、便ち生育する能わず、ゆえに剖分して陰と陽と為す。陰陽交合調和して、万物是に於て生出す。

《韓非子·主道》曰:道者,萬物之始,是非之紀也。是故明君守始以知萬物之源,治紀以知善敗之端。故虛靜以待令,令名自命也,令事自定也。虛則知實之情,靜則知動者正。

『韓非子・主道』篇に言う:道は万物の開端にして、亦是れ非の綱紀なり。ゆえに英明の君主は此の開端を持守し、以て万物の本源を通暁し、此の綱紀を整治し、以て成敗の端倪を知覚す。此に因りて彼は虚心宁静に静候し、名分をして自ら命定せしめ、事情をして自ら裁定せしむ。心虚なれば、便ち能く実情の真相を看清し、心静なれば、便ち能く行動する者の端正なるや否やを看出す。

《解老》曰:道者萬物之所然也。

『韓非子・解老』篇に言う:道は、万物の此の様子と成る所以の総根拠なり。

鄭長者曰:體道無為無見也。《漢書·藝文志》,《鄭長者》二篇在道家。

鄭長者に言う:大道を体賽する者は、為す所無く、亦た顕露する所無し。恵棟夾注:『漢書・藝文志』に『鄭長者』二篇を著録し、道家の一類に列す。

《管子·四時》曰:道生天地。

『管子・四時』篇に言う:道は天と地を生出す。天地は自有に非ずして、道より派生して来たる所の者なり。

《管子·白心》曰:道者,一人用之不聞有餘,天下行之不聞不足,此謂道矣。注云:多少皆足者道也。

『管子・白心』篇に言う:いわゆる道は、一人之を用うるも、并せて多余有るを見ず。全天下皆之を奉行するも、亦た不足有るを見ず。此乃ち道と称するに足るなり。注解して曰く:論ずるに用うる多きも用うる少なきも、皆恰好足用するは、即ち道なり。

《正篇》曰:陰陽同度曰道。

『管子・正』篇に言う:陰と陽とは同一個の法度を守るを、即ち道と曰う。

《內業》曰:夫道者,所以充形也,而人不能固。其往不復,其來不舍,謀乎莫聞其音,卒乎乃在於心,冥冥乎不見其形,淫淫乎與我俱生。不見其形,不聞其聲,而序其成,謂之道。注云:雖無形聲,常依序而成,故謂之道。

『管子・内業』篇に言う:道は以て形体を充実するを用いとす、然れども人は却て之を牢牢と守ること能わず。其れ去れば再び回頭せず、其れ来れば停留を肯んぜず。幽渺にして其の声を聴聞するを得ず、忽然の間に却て已に人の心の裏に在り。冥冥然として其の形状を見ず、浩浩然として我と一同に生長す。其の形状を見ず、其の声を聴かずして、而して能く次序に依りて万物を成就す、これを道と曰う。注解して曰く:其れ形体と声音無しと雖も、却て総じて次序に依りて万物を成就す、ゆえに之を道と称す。

《文選》注引《管子》曰:虛而無形謂之道。

『文選』李善注に『管子』を引きて曰く:虚廓空闊にして形体無きを、即ち道と曰う。

《形勢解》曰:道者扶持眾物,使得生育而各終其性命者也。《韓非子·揚權》曰:夫道者,弘大而無形;德者,核理而普至。至於群生,斟酌用之。

『管子・形勢解』に言う:道は衆多の事物を扶持し、之らをして生長発育を得せしめ、各々自らの性命の期を走り畢らしむ。『韓非子・揚権』篇に言う:道は、広大にして形体無し。徳は、条理を核実して普遍に物に及ぶ。芸芸衆生に至りては、則ち各々斟酌して之を取用す。

又曰:道無雙,故曰一。是故明君貴獨道之容。又曰:虛靜無為,道之情也;參伍比物,事之形也。參之以比物,伍之以合虛。喜之則多事,惡之則生怨,故去喜去惡,虛心以為道舍。

『揚権』篇また言う:道は第二個無し、ゆえに之を「一」と称す。此に因りて英明の君主は彼の独一無二の道の様態を看重す。また言う:虚静にして為す所無きは、道の本情なり。事物を参験比較するは、事の形跡なり。事物を比較するを以て之を参験し、虚静を会合するを以て之を錯綜す。君主は喜好を表露せば、臣下は事端を多生し、悪を表露せば、臣下は怨恨を滋生す。ゆえに喜好を去り悪を去り、心を騰空して、之を道の居所と為さんと要す。

又曰:道者,萬物之所然也,萬理之所稽也。理者,成物之文也;道者,萬物之所成也。故曰:道,理之者也。物有理不可以相薄,故理之為物之制。萬物各異理。萬物各異理而道盡稽萬物之理,故不得不化;不得不化,故無常操。是以生死氣稟焉,萬智斟酌焉,萬事廢興焉。

『揚権』篇また言う:道は万物の此の如くなる所以の根拠にして、亦た万理の稽考すべき所以の依凭なり。「理」は一物を成就する紋路にして、「道」は万物の成形する所以の総源なり。ゆえに言う、道は即ち万物をして各々其の理を得せしむる物なりと。事物は各々其の理有りて、彼此侵奪する能わず、ゆえに「理」は便ち万物の規制と成る。万物の理は各々相同じからず。正に万物の理の各々相同じからざるに因りて、而して道また遍く万物の理を稽すれば、ゆえに其れ随て変化せざる能わず。変化せざる能わざれば既に、亦た固定不変の操守無し。是に於て生と死とは皆此処より気を禀受し、万般の智謀は皆此処より斟酌し、万般の事務は皆此処より興廃す。

天得之以高,地得之以藏,維斗得之以成其威,日月得之以恆其光,五常得之以常其位,列星得之以端其行,四時得之以御其變氣,軒轅得之以擅四方,赤松得之與天地統,聖人得之以成文章。

天は之を得て乃ち高遠を能くし、地は之を得て乃ち含蔵を能くし、北斗は之を得て乃ち威権を成就し、日月は之を得て乃ち恒久に光を放ち、五常は之を得て乃ち常に本位に居り、衆星は之を得て乃ち運行を端正し、四時は之を得て乃ち節気の変換を駕御し、軒轅は之を得て乃ち四方を独擅し、赤松子は之を得て乃ち天地と其の綱紀を同じくし、聖人は之を得て乃ち典章文物を成就す。

道與堯舜俱智,與接輿俱狂,與桀紂俱滅,與湯武俱昌。以為近乎遊於四極,以為遠乎常在吾側,以為暗乎其光昭昭,以為明乎其物冥冥,而功成天地,和光雷霆,宇內之物恃之以成。

道は尭・舜と同じく在れば便ち智慧と顕れ、接輿と同じく在れば便ち狂放と顕れ、桀・紂と同じく在れば便ち一同に覆滅し、湯・武と同じく在れば便ち一斉に昌盛す。汝は其れを近しと以為するか、其れは却て四極の外に游行す。汝は其れを遠しと以為するか、其れは却て常に我の身旁に在り。汝は其れを幽暗と以為するか、其の光輝は昭然として見るべし。汝は其れを顕明と以為するか、其の化育する所の物は却て冥冥として測り難し。其れは天地の功業を成就し、雷霆の光焰を調和し、天下の内の万物は皆之に倚靠して乃ち生成するを得。

凡道之情不制不形,柔弱隨時,與理相應。萬物得之以死,得之以生;萬物得之以敗,得之以成。道譬諸若水,溺者多飲之即死,渴者適飲之即生。譬之若劍,愚人以行忿則禍生,聖人以誅暴則福成。故得之以死,得之以生,得之以敗,得之以成。

大凡道の本情は、裁制を加えず、形体を顕さず、柔弱にして時勢に随順し、事理と彼此応合す。万物は之を得て死することも可なり、亦た生することも可なり。万物は之を得て敗することも可なり、亦た成することも可なり。道は譬えば水の如し、溺れる人は灌ぎ多ければ則ち死し、口渴の人は适量飲めば則ち活く。又譬えば剣の如し、愚人は之を拿りて一時の忿を逞しくして則ち禍患を招来し、聖人は之を拿りて暴虐を討伐して則ち福沢を成就す。ゆえに言う、之を得て死することも可なり、生ずることも可なり、敗することも可なり、成すことも可なりと。

《莊子·天地》曰:夫子曰,夫道覆載萬物者也,洋洋乎大哉。

『荘子・天地』篇に言う:夫子かつて講じたり、道は万物を覆蓋し并せて承載する物なり、浩浩荡荡として、真に宏大なりと。

《賈子新書·道術》曰:道者,所從接物也。其本者謂之虛,其末者謂之術。虛者言其精微也,平素而無設施也。術也者,所從制物也,動靜之數也。凡此皆道也。

賈誼『新書・道術』に言う:道は、人の以て外物に接応する憑借なり。其の根本の一面を「虚」と曰い、其の末梢の一面を「術」と曰う。いわゆる「虚」は、其れ精深微妙にして、平淡素朴にして如何なる造作施設をも加えざるを言う。いわゆる「術」は、人の以て外物を裁制する憑借にして、即ち動静進退の法度なり。此の両面合さりて、皆道に属す。

又《道德說》曰:道□疑而為德,神載於德。德者,道之澤也。道雖神必載於德。

賈誼『新書・道徳説』また言う:道は凝結して徳と為り、神明は便ち徳の中に寄載す。徳は、道の潤沢する所と成る者なり。恵棟夾注:道は神妙なりと雖も、亦た定めて徳の上に寄載して乃ち顕現するを要す。此の処底本一字を脱去す、仍お「□」と作りて保留す、敢て臆補せず。

阮籍《通老子論》曰:道者自然,《易》謂之太極,《春秋》謂之元,《老子》謂之道。《文選》十一。

阮籍『通老子論』に言う:道は即ち自然なり。『周易』は之を太極と曰い、『春秋』は之を元と曰い、『老子』は之を道と曰う。恵棟注明す:此の文は『文選』巻十一の注文の引く所に見ゆ。

遠

虞注《易》曰:乾為遠。

虞翻『周易』に注して曰く:乾卦は「遠」を取象と為す。乾は上に居りて天道を統摂す、ゆえに高遠の義を含有す。

《老子》德經曰:玄德深矣遠矣。

『老子』徳経に言う:「幽玄の徳は、真に深きかな、真に遠きかな。」深と遠とは、皆道体の測度すべからざるに就きて言うなり。

玄

《文言》曰:夫玄黃者,天地之雜也,天玄而地黃。

『坤卦・文言伝』に言う:いわゆる「玄黄」は、天色と地色と交雑して成るなり。天の色は玄、地の色は黄なり。

《說卦》曰:震為玄黃。虞注云:天玄地黃,震,天地之雜物,故為玄黃。

『説卦伝』に言う:震卦は「玄黄」を取象と為す。虞翻注解して曰く:天色玄にして地色黄なり、震卦は正に天地の気の交雑して成る物なり、ゆえに玄黄を取象と為す。

《考工記》曰:天謂之玄,地謂之黃。《廣雅》曰:乾,玄天也。

『周礼・考工記』に言う:天の色を「玄」と曰い、地の色を「黄」と曰う。『広雅』に言う:乾は、即ち玄色の天なり。

《月令》曰:季冬天子居玄堂右個。蔡邕章句曰:玄,黑也,其堂尚玄。《文選》注八。

『礼記・月令』に言う:季冬の月、天子は明堂北面「玄堂」の右側の一間に居住す。蔡邕『月令章句』に言う:「玄」は即ち黒なり。此の時節の居する所の堂は黒色を尊崇す。恵棟注明す:此の条は『文選』巻八の注文の引く所に見ゆ。

《越語》曰:至於玄月,王召范蠡而問焉。韋昭注云:謂魯哀十六年九月。

『国語・越語』に言う:「玄月」に到り、越王范蠡を召して彼に向かって詢問す。韋昭注解して曰く:ここの玄月は、魯哀公十六年の九月を指す。

《爾雅》月名曰:九月為玄。《乾鑿度》曰:乾漸九月。注云:乾御戌亥在於十月而漸九月,天謂之玄,故九月為玄。

『爾雅』に十二月の月名を記して言う:九月を「玄」と曰う。『易緯・乾鑿度』に言う:乾の気は漸く九月に及ぶ。注解して曰く:乾は戌・亥両位を主管し、本より十月に在るも、而して漸々九月に上溯す。天の色は玄と称す、ゆえに九月は「玄」の名を得。

《夏小正》傳曰:玄九者,黑也。

『大戴礼記・夏小正』の伝文に言う:いわゆる「玄九」は、指す所は即ち黒色なり。

《說文》曰:玄,幽遠也。黑而有赤色者為玄,象幽而入覆之也。

『説文解字』に言う:「玄」は幽深遥遠の意なり。黒色の中に赤色を帯ぶるを、即ち玄と曰う。字形は幽隠にして上に物の覆蓋する象を取る。

《漢書·郊祀志》:年始冬十月,色外黑內赤。服虔曰:十月陰氣在外,故外黑;陽氣尚伏在地,故內赤也。朱氏震曰:坎,北方也,其色玄者,赤黑也;赤者,乾陽也;黑者,坤陰也。棟謂乾御戌亥,戌亥之月乾坤合居,故赤黑為玄。章懷《張衡傳》注云:玄,深也。

『漢書・郊祀志』に記す:一年の開始は冬十月に定め、服色は外面に黒を用い、裏面に赤を用ゆ。服虔注解して曰く:十月陰気は外に在り、ゆえに外面に黒を用ゆ。陽気は尚お地下に潜伏す、ゆえに裏面に赤を用ゆ。宋人朱震に言う:坎卦は北方に属し、其の色は「玄」と称す、即ち赤と黒と相合す。赤は乾の陽、黒は坤の陰なり。恵棟自ら申説す:乾は戌・亥両位を主管す、戌亥の月は乾坤同じく一処に居す、ゆえに赤黒相合すれば便ち「玄」と成る。恵棟また章懐太子李賢『後漢書・張衡伝』注を挙げて曰く:「玄」は即ち深なり。

《考工記》鍾氏曰:三入為纁,五入為緅,七入為緇。鄭注云:染纁者三入而成,又再染以黑則為緅。緅,今禮俗文作爵,言如爵頭色也。又再染以黑乃成緇矣。凡玄色者在緅緇之間,其六入者與。

『周礼・考工記』鍾氏に言う:糸帛を三回染めて「纁」と為り、五回染めて「緅」と為り、七回染めて「緇」と為る。鄭玄注解して曰く:纁を染むるは三回染に入りて乃ち成り、再び黒汁を以て一回染めば則ち緅と成る。「緅」の此の字は、如今礼家の俗写は「爵」と作る、是れ其れ雀頭の色に象るを言う。此の後再び黒汁を以て一回染めば、乃ち緇と成る。凡そ玄色は、皆緅と緇の間に介在し、大概は六回染に入るものならんか。

賈疏云:以緅入黑汁即為玄,六入為玄,但無正文,故此注與《士冠禮》注皆云玄則六入與,更以此玄入黑汁則名七入為緇矣。

賈公彦の疏に言う:緅色を再び黒汁に放ち入れて染めば、則ち玄と成る、即ち六回にして玄と成るなり。只だ経文の裏に明文拠るべき無し、ゆえに鄭玄の此の一条の注と『儀礼・士冠礼』の注とは、皆「玄は大概六回ならんか」の此の様の存疑の説法を用ゆ。再び此の玄色を黒汁に放ち入れて染めば、即ち七回にして緇と成ると曰う。

《文選》注引鍾會注《老子》曰:幽冥晦昧故稱為玄。王弼曰:玄冥,嘿無有也。《文選》十一。

『文選』李善注に鍾会『老子注』を引きて曰く:幽深昏冥・晦暗不明なり、ゆえに之を「玄」と称す。王弼に言う:いわゆる玄冥は、即ち寂黙にして一无所有なり。恵棟注明す:此の条は『文選』巻十一の注文に見ゆ。

桓譚《新論》曰:揚雄作《玄》書,以為玄者天也,道也。言聖賢制法作事皆引天道以為本,統而因附續萬類王政人事法度。故宓犧氏謂之易,老子謂之道,孔子謂之元,而揚雄謂之玄。《解嘲》曰:知玄知默,守道之極。

桓譚『新論』に言う:揚雄『太玄』一書を写す、「玄」を以て即ち天なり、即ち道なりと認む。意は聖賢の法度を制定し事務を挙辦するは、皆天道を援引して根本と為すを要し、此に由りて総統貫串し、万類の事物及び王政人事の種種の法度を附会連綴す。ゆえに伏羲氏は之を「易」と曰い、老子は之を「道」と曰い、孔子は之を「元」と曰い、而して揚雄は之を「玄」と曰う。恵棟また揚雄『解嘲』を挙げて曰く:玄を解し黙を解するは、乃ち道を守るの極致なり。

《老子》道經曰:無名天地之始,有名萬物之母。故常無慾以觀其妙,常有欲以觀其徼。小也。此兩者同出而異名。同出於道。王弼注云:兩者謂始與母也,同出於玄也。異名所施不同也,在首則謂之始,終則謂之母也。訓暢令盡也。

『老子』道経に言う:「無名は、天地の開始なり。有名は、万物の母なり。ゆえに常に無欲に処るを以て、其の微妙を観照せんと要し、常に有欲に処るを以て、其の辺際を観照せんと要す。」恵棟夾注:「徼」は細小の意なり。経文続けて言う:「此の両者は同一の源より出でて名称同じからず。」恵棟夾注:皆道より出づ。王弼注解して曰く:此の両者は「始」と「母」を指す、皆玄より出づ。名称同じからざるは、施用する所の処不同なるに因り、起頭の処に在れば則ち之を「始」と曰い、終成の処に在れば則ち之を「母」と曰う。恵棟夾注:これは文義を訓釈疏暢して、窮尽を務むるを求むるなり。

同謂之玄。玄,天也。玄之又玄。上天之載,無聲無臭。眾妙之門。徼亦妙也,故曰眾妙。

経文続けて言う:「合さりて之を玄と称す。」恵棟夾注:玄は即ち天なり。経文また言う:「玄にして又た玄。」恵棟『詩経・大雅・文王』の「上天の承載する所、声無く味無し」を引きて此の一層を解説す。経文最後に言う:「これは一切の微妙の門戸なり。」恵棟夾注:「徼」も亦た妙に属す、ゆえに合して「衆妙」と称す。

又曰:生而不有,為而不恃,長而不宰,是謂玄德。王弼注云:玄德者,皆有德不知其至,出於幽冥者也。王弼注俱見《文選》注中。

『老子』また言う:「万物を生養して而も己有に拠らず、万物に施為して而も其の能を自恃せず、万物を助長して而も主宰を加えず、これを玄徳と曰う。」王弼注解して曰く:いわゆる玄徳は、皆徳有りて而も其れ何処より来るを知らず、是れ幽深冥暗の中より生じ出る所の者なり。恵棟注明す:以上の王弼の注文は皆『文選』の注の中に見ゆ。

《淮南·原道》曰:舜執玄德於心而化馳若神。高注云:玄,天也;馳,行也。又《覽冥》曰:夫物類之相感玄妙深微。案:陽在地下稱玄,坤上六其血玄黃是。妙,古文眇。眇,小也,猶微也。陽在下,故言深。

『淮南子・原道』篇に言う:舜は幽玄の徳を心中に執守し、教化は推行開展して神の如く速し。高誘注解して曰く:「玄」は即ち天、「馳」は即ち行なり。『淮南子・覧冥』篇また言う:物類の間の相互感応は、玄妙にして深微なり。恵棟按断して曰く:陽気の地下に在る時は「玄」と称す、坤卦上六爻辞の講ずる「其の血玄黄」は即ち此の意なり。「妙」は「眇」の今字なり、「眇」は細小にして即ち微なり。陽既に下に在れば、ゆえに其れを「深」と曰う。

《太玄》曰:天以不見為玄,地以不形為玄,人以心腹為玄。天奧西北,鬱化精也;地奧黃泉,隱魄榮也;人奧思慮,含至精也。

揚雄『太玄』に言う:天は人の之を見ること能わざるを以て玄と為し、地は形跡を顕露せざるを以て玄と為し、人は心腹深処を以て玄と為す。天の奥蔵は西北に在り、彼処に化生の精を鬱結す。地の奥蔵は黄泉に在り、彼処に魄の栄華を隠伏す。人の奥蔵は思慮に在り、彼処に至精の気を含蘊す。

張衡《玄圖》曰:玄者,無形之類,自然之根,作於太始,莫之與先,包含道德,構掩乾坤,橐鑰元氣,稟受無原。《御覽》一。

張衡『玄図』に言う:いわゆる玄は、形体無きの類に属し、自然の根柢なり。其れは太始の時に興起し、其の前に排すべき者無し。其れは道と徳を包容し、乾と坤を籠罩し、風箱の風を鼓すが如く元気を吹蕩し、而して其の自身の禀受する所は却て本原を推尋するに由無し。恵棟注明す:此の条は『太平御覧』巻一に見ゆ。

《老子》道經曰:古之善為士者微妙玄通。河上公注云:玄,天也,言其節志精微與天通也。《文選》注。精微,今作玄妙。

『老子』道経に言う:「古時士を為すに善しき者は、微妙にして玄通す。」河上公注解して曰く:「玄」は即ち天なり。是れ此の種の人の節操心志の精深微妙にして、能く天と相通ずるを言うなり。恵棟注明す:此の文は『文選』注の引く所に見ゆ。其の中の「精微」二字は、今本は「玄妙」と作る。

神

《繫上》曰:神無方而易無體。變化故無方,自微及著故無體。又曰:陰陽不測之謂神。神無方,故不測。又曰:知變化之道者其知神之所為乎。虞注云:在陽稱變。乾五之坤。在陰稱化。坤二之乾。陰陽不測之謂神,知變化之道,故知神之所為。

『周易・繋辞上』に言う:「神は固定の方所無く、易は固定の形体無し。」恵棟夾注:其れ変化に居らざるに因りて、ゆえに方無し。細微より一直に顕著に貫きて、ゆえに体無し。『繋辞上』また言う:「陰陽の運行は測度すべからず、これを神と曰う。」恵棟夾注:神既に方所無ければ、ゆえに測度すべからず。また言う:「変化の道を解する者は、殆ど神の作為を解せんか。」虞翻注解して曰く:陽の一面に在りては「変」と称し、乾九五の爻の往きて坤位に居るを指す。陰の一面に在りては「化」と称し、坤六二の爻の往きて乾位に居るを指す。陰陽測度すべからざるを即ち神と曰い、変化の道を解せば、自然に神の作為を解す。

又曰:易無思也,無為也。虞注云:天下何思何慮,同歸而殊途,一致而百慮,故無為。謂其靜也專。寂然不動。謂隱藏坤初機息矣,專,故不敢動者也。感而遂通天下之故。感,動也,以陽變陰。通天下之故,謂發揮剛柔而生爻者也。

『繋辞上』また言う:「『易』は思慮する所無く、作為する所無し。」虞翻注解して曰く:天下に何の思うべき何の慮るべきかあらん、道路同じからずして帰宿相同じ、思慮百端にして致する所一に帰す、ゆえに其れを「無為」と曰う。経文続けて言う:「其れ安静の時は専一なり。」また言う:「寂然として動かず。」虞翻注解して曰く:これは陽気の坤卦の初爻に隠蔵し、生機暫く止息するを講ず。正に専一なるに因りて、ゆえに敢て妄動せず。経文再び言う:「一たび感応を経れば即ち天下の一切の事故に通達す。」虞翻注解して曰く:「感」は即ち動、即ち陽を以て陰を変ずるに往く。いわゆる「天下の故に通ず」は、剛柔の作用を発揮して爻を生出するを言う。

非天下之至神其孰能與於此。至神謂易隱初入微,知幾其神乎。又曰:唯神也,故不疾而速,不行而至。神謂易也,謂日月。斗在天,日行一度,月行十三度,從天西轉,故不疾而速,是寂然不動。隨天右周,感而遂通,故不行而至者也。

『繋辞上』に言う:「若し天下の最も神妙なる物に非ざれば、誰か此の歩に参与するを能くせん。」恵棟夾注:いわゆる「至神」は、『易』道の初爻に隠蔵し、極細微の処に深入するを言う、正に経文の講ずる所の「幾を知る其れ神なるか」に合す。『繋辞上』また言う:「唯だ其れ神なれば、急促せずして自然に迅速、行走せずして自然に到達す。」注文解説して曰く:ここの「神」は即ち『易』にして、亦た日月を指す。北斗は天に高く懸り、太陽は一昼夜に一度を行き、月亮は一昼夜に十三度を行き、皆天体に随りて西に旋回す、ゆえに急促せずして自然に迅速なり、これ正に「寂然不動」なり。之らまた天に随りて右転周行す、ゆえに行走せずして自然に到達す、これ正に「感而遂通」なり。

又曰:利用出入,民咸用之謂之神。又曰:鼓之舞之以盡神。虞注云:神,易也。陽息震為鼓,陰消巽為舞,故鼓之舞之以盡神。

『繋辞上』また言う:「出入往来に利あり、百姓は日日皆之を用ゆ、これを神と曰う。」また言う:「之を鼓動し之を舞蹈して、以て神の妙用を窮尽す。」虞翻注解して曰く:ここの「神」は即ち『易』なり。陽気生長して震卦と成る、震は鼓動の象あり。陰気消退して巽卦と成る、巽は舞动の象あり。ゆえに「之を鼓し之を舞して以て神を尽くす」と曰う。

《繫下》曰:於是始作八卦,以通神明之德。《漢書》贊曰:易本隱以之顯。張揖曰:作八卦以通神明之德,是本隱也;有天道焉,有地道焉,有人道焉,以類萬物之情,是之顯也。

『周易・繋辞下』に言う:是に於て伏羲始めて八卦を創作し、之を以て神明の徳性を通達す。『漢書』の賛語に言う:『易』は本より隠微より顕著に走向するに由る。張揖解釈して曰く:八卦を創作して以て神明の徳を通達す、これ即ちいわゆる「本隠」なり。其の中に天の道有り、地の道有り、人の道有りて、以て万物の情状を比類す、これ即ちいわゆる「之顕」なり。

又曰:精義入神以致用也。姚信曰:陽稱精,陰為義,入在初也。陰陽在初,深不可測,故謂之神。變為姤復,故曰致用也。

『繋辞下』また言う:義理を精研して神妙の境に深入し、此に由りて実用に推致す。姚信解釈して曰く:陽は「精」と称し、陰は「義」と称す、「入」は初爻に進入するを指す。陰陽初爻の位置に到れば、深くして測るべからず、ゆえに之を「神」と称す。此に由りて『姤』『復』両卦を変出す、ゆえに「致用」と曰う。

《說卦》曰:神也者,妙萬物而為言者也。《說文》神字下云:天神,引出萬物者也。妙萬物者,引出萬物也。

『説卦伝』に言う:いわゆる「神」は、其れ微妙に万物を成就する此の一点に就きて立言するなり。『説文解字』「神」の字の下に言う:神は即ち天神にして、万物を引発生出する者なり。恵棟按断して曰く:いわゆる「妙万物」は、亦た即ち万物を引発生出するの意なり。

《孟子》曰:大而化之謂聖,聖而不可知之謂神。《莊子·外物》曰:聖人之所以駴天下,神人未嘗過而問焉。郭注云:神人即聖人也,聖言其外,神言其內。

『孟子・尽心下』に言う:宏大にして能く万物を化育するを聖と曰い、聖は測知すべからざる歩に到るを即ち神と曰う。『荘子・外物』篇に言う:聖人の以て天下を震動する彼らの作為は、神人従来曾て過問せず。郭象注解して曰く:神人は其の実は即ち聖人なり。「聖」と曰うは其の外在の功業に就きて言い、「神」と曰うは其の内在の境界に就きて言う。

又曰:所存者神。

『孟子・尽心上』また言う:君子心中の存留する所の彼の一点は、便ち神なり。これは上文の「過ぐる者は化す」に承接して言うなり。

《大戴禮·哀公問》,孔子曰:所謂聖人者,知通乎大道,應變而不窮,能測萬物之情性者也。大道者,所以變化而凝成萬物者也;情性也者,所以理然不取舍者也。

『大戴礼記・哀公問』に孔子を記して言う:いわゆる聖人は、智慧大道に通達し、変化に応付して窮竭に至らず、能く万物の情性を測知する人なり。いわゆる大道は、万物を変化せしめて凝聚して形を成さしむる物なり。いわゆる情性は、万物をして各々其の理に依りて自然此の如くならしめて人為の取舍を容れざる物なり。

《呂覽·君守》曰:至神逍遙,倏忽而不見其容;至聖變習移俗而莫知其所從。

『呂氏春秋・君守』篇に言う:最も神妙なる物は逍遥自在にして、倏忽の間に便ち其の形容を見るを得ず。最も聖明の人は習尚を改変し風俗を移易し、而して人々は彼の変化の究竟何処より来るを知らず。

《荀子·儒效》曰:道出乎一。曷為一?曰執神而固。曷謂神?曰盡善浹洽之謂神,萬物莫足以傾之之謂固,神固之謂聖人。又《天論》曰:萬物各得其和以生,各得其養以成,不見其事而見其功,夫是之謂神。

『荀子・儒效』篇に言う:道は「一」に出づ。何をか「一」と曰う。回答して曰く:「神」を持守して而も堅固にして移らざるなり。何をか「神」と曰う。回答して曰く:善は極処に至りて周遍浹洽すれば則ち神と曰い、天下万物は彼を動揺する能くする一様無きを固と曰い、既に神にして且つ固なる人は、則ち聖人と曰う。『荀子・天論』篇また言う:万物は各々陰陽の調和を得て生長し、各々応有の滋養を得て成就す。其れ何事を為すを見ずして、而も其の功效を見るを得、これを神と曰う。

《大戴禮·勸學》曰:神莫大於化道。

『大戴礼記・勧学』篇に言う:神妙の事は、道を以て自身に化入するに比するより大なりと曰う者無し。

《史記·律書》曰:氣始於冬至,周而復生。神生於無形。精微故無形。成於有形。正義曰:天地既分,二儀已質,萬物之形成於天地之間,神在其中。然後數形而成聲。正義曰:數謂天數也,聲謂五聲也,言天數形則能成其五聲也。

『史記・律書』に言う:気は冬至より始まり、周而復始に重新に生発す。神は無形の中に生ず。恵棟夾注:正に精深細微なるに因りて、ゆえに形無し。『律書』続けて言う:而して有形の内に於て成就す。張守節『正義』に言う:天地既に已に剖分し、両儀已に形質を具え、万物の形体は天地の間に生成し、神は便ち其の中に在り。『律書』に言う:然る後に天数は形を成して五声を生出す。『正義』に言う:「数」は天数を指し、「声」は五声を指す。意は天数一たび形を成せば、便ち能く其の五声を成就するを言う。

故曰神使氣,氣就形。形理如類,有可類或未形而未類,或同形而同類。類而可班。班,別也,義與辨同。類而可識。聖人知天地識之別。故從有以至未有。正義曰:從有,萬物形質也;未有,謂天地未形也。以得細若氣,微若聲。正義曰:氣謂大易之氣,聲謂五聲之聲。

『律書』に言う:ゆえに言う、神は気を駆使し、気は形に趨就すと。形と理とは各々其の類に如し、或るは類に帰すべく、或るは尚お未だ形を成さざるに因りて帰すべき類無く、或るは形状相同じきに因りて同じく一類に属す。凡そ類を成せば則ち分班して弁別するを得。恵棟夾注:「班」は即ち分別にして、意義は「辨」と相同じ。『律書』に言う:類を成せば則ち識別するを得。聖人は天地の万物を識別する分際を通暁す、ゆえに能く「有」より一直に「未有」に推す。『正義』に言う:いわゆる「従有」は、万物の形体系質を指す。いわゆる「未有」は、天地の尚お未だ形を成さざるの時を指す。『律書』に言う:此に由りて気の如く細かき、声の如く微かなる物を体賽するを得。『正義』に言う:「気」は大『易』の気を指し、「声」は五声の声を指す。

然聖人因神而存之。因神而存之,故謂之神。雖妙必効。妙,微眇。効猶見也。情核其華,道者明矣。華,榮華,有色貌也。道心之微,故曰榮道。非其聖心以乘聰明,孰能存天地之神而成形之情哉。情核其華道者明,故成形之情。

『律書』に言う:而して聖人は神に凭りて之らを存留せしむ。恵棟夾注:正に神に凭りて存留するに因りて、ゆえに之を神と称す。『律書』に言う:其れ微妙なりと雖も、却て必ず験効見るべき有り。恵棟夾注:「妙」は即ち細微、「効」は「見」に相当す。『律書』に言う:其の中の情実と光華を核実して、道を行う者は是に於て明白す。恵棟夾注:「華」は即ち栄華にして、色沢形貌有るの意なり。道心幽微なり、ゆえに之を「栄道」と称す。『律書』に言う:若し聖人の心の聡明叡智に凭藉するに非ざれば、誰か能く天地の神を存留して有形の物の情実を成就せんや。恵棟夾注:正に其の情実光華を核実して道を明白ならしむるに因りて、ゆえに能く有形の物の情実を成就す。

神者物受之而不能知。日用而不知。及其去來。夫微之顯,故有去來。故聖人畏而欲存之。誠不可弇,故畏而欲存之。唯欲存之,神之亦存。神其神,故神存。其欲存之者,故莫貴焉。積微,月不勝日,時不勝月,歲不勝時,故莫貴焉。孟子曰:所存者神。管子曰:神者至貴也。

『律書』に言う:神の此の物は、万物は之を承受して而も自ら知ること能わず。恵棟夾注:これ即ち百姓の日日之を用いて自覚せざるなり。『律書』に言う:其れ去りて又来るに及べば。恵棟夾注:幽微の処は終に必ず顕現す、ゆえに乃ち去る有り来る有り。『律書』に言う:ゆえに聖人は之を敬畏して之を存留せんと欲す。恵棟夾注:其れ実に遮掩する能わざるなり、ゆえに聖人は敬畏して之を存留せんと欲す。『律書』に言う:只だ之を存留せんと欲せば、神も亦た存留し下る。恵棟夾注:神を以て神と為して之を対待す、ゆえに神は便ち長存するを得。『律書』に言う:彼の之を存留せんと欲する心は、再び宝貴すべきを過ぐる者無し。恵棟夾注:これは細微を積累する功夫なり、一月は一日に抵らず、一季は一月に抵らず、一年は一季に抵らず、ゆえに此より更に宝貴なる無しと曰う。恵棟また『孟子』を引きて曰く:「存する所の者は神なり。」『管子』を引きて曰く:「神は最も尊貴なり。」

《詩泛歴樞》曰:卯酉為革政,午亥為革命,神在天門,出入候聽。宋均注云:神,陽氣,君象也。天門戌亥之間,乾所據者。《郎顗傳》。

『詩緯・泛暦枢』に言う:卯年・酉年に当たりて政令を変革すべく、午年・亥年に当たりて天命を変革すべし。神は天門の上に在り、出入の際に於て静候して聴察す。宋均注解して曰く:ここの「神」は陽気を指し、君主の象徴なり。天門は戌と亥の間に在り、正に乾の拠守する所の位置なり。恵棟注明す:此の条は『後漢書・郎顗伝』に見ゆ。

《墨子·公輸》曰:治於神者眾人不知其功,爭於明者眾人知之。

『墨子・公輸』篇に言う:神妙にして見るべからざるの処に於て施治する者は、衆人は其の功労を看出さず。明処に於て争勝する者は、衆人は反りて皆彼を知る。

《法言·問神》曰:或問神。曰:心。請問之。不知神在心,故復問。曰:潛天而天,潛地而地。如乾之初九。天地神明而不測者也,心之潛也猶將測之,況於人乎?況於事倫乎?敢問潛心於聖。曰:昔仲尼潛心於文王矣,達之;顏淵亦潛心於仲尼矣,未達一間耳。神在所潛而已矣。

揚雄『法言・問神』篇に言う:人有りて何をか「神」と謂うを問う。揚雄回答す:心なり。彼の人曰く:請問す、此の言は如何に講ずる。恵棟夾注:問う者は神の便ち心の裏に在るを明白せず、ゆえに再び一回問う。揚雄曰く:心は天に潜入せば、則ち天と一を為し。地に潜入せば、則ち地と一を為す。恵棟夾注:これは乾卦の初九の彼の様に下に潜蔵するが如し。揚雄続けて言う:天地は神明にして測度すべからず、而して心一たび潜入せば、尚お能く之らを測度す、況んや人を測度するをや、況んや人事の倫理を測度するをや。彼の人また問う:請問す、如何にして心を聖人に潜入せん。揚雄曰く:従前仲尼は心を文王に潜入し、終に通達したり。顔淵も亦た心を仲尼に潜入し、只だ一間の隔を差して未だ通達せざるのみ。見るべし、神は只だ潜入する所の対象に在るのみなりと。

天神天明照知四方,天精天粹萬物作類。乾元用九而天下治。人心其神矣乎,操則存,舍則亡。中庸其至矣乎,民鮮能久。能常操而存者其惟聖人乎。至誠無息。聖人存神索至。注云:存其精神,探幽索微,成天下之大順,致天下之大利,和同天人之際,使之而無間者也。

揚雄続けて言う:天の神明は四方を照察し、天の精粹は万物をして各々其の類を成さしむ。乾元は九数を運用し、天下此に因りて治理を得。人心は殆ど神ならんか、之を握れば即ち存し、之を放てば即ち亡ぶ。中庸は殆ど最高の境界ならんか、惜しむべし百姓は長久に守住するを能くする者少なし。能く常に握住して之を長存せしむるは、殆ど聖人のみあらんか。恵棟夾注:これ即ち『中庸』の講ずる所の「至誠無息」なり。揚雄曰く:聖人は精神を存養し、至理を探索す。注解して曰く:これは自らの精神を保存し、幽隠を探究し精微を搜尋し、天下最大の順暢を成就し、天下最大の利益を招致し、天と人との間の関係を調和し、両者をして毫も隔阂無からしむるを言う。

《先知》曰:先知其幾於神乎。注云:神以知來,先知近於神。

『法言・先知』篇に言う:能く預め知る者は、殆ど神に接近せるか。注解して曰く:『繋辞』は「神以て来を知る」と講ず、能く預め知れば、亦た神に接近す。

揚雄《解嘲》曰:爰清爰靜,游神之庭。

揚雄『解嘲』に言う:是に於て心を清くし、是に於て宁静にして、精神をして其の自らの庭院の中に遨游せしむ。

班固《賓戲》曰:銳思於豪芒之內,潛神默記,恆以年歲。師古曰:豪芒喻纖微也。

班固『答賓戯』に言う:思慮を鋭くして毫芒の如く細微の処に用い、心を潜め神を凝らし、黙々として記誦し、年復一年堅持して輟めず。顔師古注解して曰く:「豪芒」は以て極めて繊細微小なるを比喻するを用いるなり。

《管子·心術》曰:去欲則宣。宣,通也。宣則靜,靜則精,精則獨立矣。獨則明,明則神矣。神者,至貴也。故館不闢除則貴人不舍焉。故曰不潔則神不處。

『管子・心術』篇に言う:嗜欲を去れば、心は便ち通暢す。恵棟夾注:「宣」は即ち通なり。心通暢せば便ち宁静し、宁静すれば便ち精純し、精純すれば便ち能く卓然として自立す。能く自立せば便ち明澈し、明澈すれば便ち神に入る。神は最も尊貴なり、ゆえに館舎を清潔に打掃せざれば、貴人は住み入るを肯んぜず。ゆえに曰う、心の潔浄ならざれば、神は居留するを肯んぜずと。

《內業》曰:一物能化謂之神,一事能變謂之智。化不易氣,變不易智。

『管子・内業』篇に言う:能く一物を変化せしむるを神と曰い、能く一事を改易せしむるを智と曰う。化育する時は并せて其の気を更換せず、変易する時は并せて其の智を更換せず。

《荀子·不苟》曰:誠信生神。注,《中庸》曰:至誠如神。

『荀子・不苟』篇に言う:真誠守信すれば則ち神妙を生出す。注文は『中庸』を引きて曰く:至誠の境界は神の一般なり。

《淮南·泰族》曰:故大人者與天地合德,日月合明,鬼神合靈,與四時合信。故聖人懷天氣,抱天心,執中含和,不下廟堂而衍四海,變習易俗,民化而遷善,若性諸己,能以神化也。《後漢書》,李固上疏曰:臣聞氣之清者為神,人之清者為賢。

『淮南子・泰族』篇に言う:ゆえに偉大の人は、天地と其の徳を合し、日月と其の明を合し、鬼神と其の霊を合し、四時と其の信を合す。此に因りて聖人は天の気を懐抱し、天の心を懐抱し、中道を執守して太和を涵容し、廟堂を下るを必せずして徳沢は四海に流衍し、習尚風俗は之が為に改易し、百姓は感化を受けて善道に遷り、恰も彼れは本より即ち彼ら自身の天性なるが如し、これは聖人の能く神に凭りて化育するに因るなり。恵棟また『後漢書』を挙ぐ、李固上疏して曰く:臣聞く、気の中の清純なる者は神と為り、人の中の清純なる者は賢と為ると。

幽賛

《樂記》曰:明則有禮樂,幽則有鬼神。聖人作《易》,其始也幽贊於神明,其終也明贊於天地。幽贊一也,贊天地之化育與天地參,一貫三也。

『礼記・楽記』に言う:顕明の一面に在りては即ち礼と楽有り、幽隠の一面に在りては即ち鬼と神有り。恵棟按断して曰く:聖人の『周易』を創作するは、起初は幽微に神明を賛助し、最終は顕明に天地を賛助す。いわゆる「幽賛」は、講ずる所は正に彼の「一」なり。而して天地の化育を賛助し、天地と并列して三と為すは、講ずる所は則ち「一」を以て「三」に貫通するなり。

幽明附

《繫辭》曰:知幽明之故。幽,北方也,坎也;明,南方也,離也。《尚書·堯典》,宅南郊曰明都,宅朔方曰幽都。《檀弓》曰:葬於北方北首,之幽之故也。《說卦》曰:離也者,明也,南方之卦也。此幽明之故也。

『周易・繋辞上』に言う:「此に因りて幽と明の縁由を通暁す。」恵棟解説す:「幽」は北方を指し、卦に在りては坎なり。「明」は南方を指し、卦に在りては離なり。『尚書・尭典』の裏、南郊に居る所の処を「明都」と曰い、朔方に居る所の処を「幽都」と曰う。『礼記・檀弓』に言う:北方に埋葬して頭は北に朝せるは、幽に帰するの意を取るなり。『説卦伝』に言う:離は、即ち明にして、南方の卦なり。此らは合さりて、即ちいわゆる「幽明之故」なり。

妙

理微謂之妙。妙猶眇也。自《廣雅》訓妙為好而其義始晦。

恵棟開宗明義に言う:義理の精深細微なるを即ち「妙」と曰い、「妙」は「眇」に相当す。『広雅』の「妙」を「好」と訓釈するより、此の字の本義は始めて晦暗不明と為る。

《繫下》曰:子曰,顏氏之子,其殆庶幾乎。虞注云:幾者,神妙也。顏子知幾,故殆庶幾。案:妙,古文眇。眇,小也,猶微也。荀悅《申鑑》曰:理微謂之妙。章懷《後漢書》訓妙為美,此俗訓。

『周易・繋辞下』に言う:孔子講じたり、顔家の彼の子は、殆ど道に接近せるか。虞翻注解して曰く:「幾」は即ち神妙なり。顔子は能く幾を知る、ゆえに其れを「殆庶幾」と曰う。恵棟按断して曰く:「妙」は「眇」の今字なり、「眇」は細小にして即ち微なり。荀悦『申鑑』に言う:義理の精微なるを「妙」と曰う。章懐太子李賢『後漢書』に注して、「妙」を「美」と訓釈す、彼れは只だ通俗の訓解のみ。

《說卦》曰:神也者,妙萬物而為言者也。董遇本妙作眇。眇,小也。《繫》曰:非天下之至神其孰能與於此。又曰:知幾其神乎。虞注云:至神謂易隱初入微。又云:陽在復初稱幾。隱初入微,陰陽不測,故神也者,妙萬物而為言者也。師古《漢書·昭帝紀》注曰:眇,微也。

『説卦伝』に言う:いわゆる「神」は、其れ微妙に万物を成就するに就きて立言するなり。恵棟夾注:董遇本は「妙」の字を「眇」と作る、「眇」は細小の意なり。『繋辞』に言う:若し天下の最も神妙なる物に非ざれば、誰か此の歩に参与するを能くせん。また言う:能く幾微を知れば、殆ど神ならんか。虞翻注解して曰く:「至神」は『易』道の初爻に隠蔵し極微の処に深入するを指す。また言う:陽気の『復』卦初爻に在る時は「幾」と称す。初爻に隠れて至微に入れば、陰陽此に因りて測度すべからず、ゆえに「神」は其れ微妙に万物を成就するに就きて立言すと曰う。恵棟また顔師古『漢書・昭帝紀』注を挙げて曰く:「眇」は即ち微なり。

《中庸》曰:故君子語大,天下莫能載焉;語小,天下莫能破焉。朱子注云:其大無外,其小無內。案:《淮南·精神》曰:無外之外,至大也;無內之內,至貴也。

『中庸』に言う:ゆえに君子は大きき処に講じて、天下之を載るるを能くする者無く、小さき処に講じて、天下之を剖破するを能くする者無し。朱熹注解して曰く:大は外辺無く、小は裏辺無し。恵棟按断して曰く:『淮南子・精神』篇は講ず、外辺無きの外辺は、最大と為す。裏辺無きの裏辺は、最貴と為すと。

高誘注云:言天無有垠,外而能為之外,諭極大也。無內言其小,小無內而能為之內。道尚微妙,故曰至貴。又曰:能知大貴,何往而不遂。高誘注云:大貴謂無內之內,言道至微,能出入於無間。

高誘注解して曰く:これは天の辺際無きを言う、最外の外に在りて尚お能く再び其の外と為る、以て極めて広大なるを比喻す。「無内」は其の小なるを言う、小は裏辺無くして尚お能く再び其の裏と為る。道の崇尚する所は正に微妙なり、ゆえに之を「至貴」と称す。『精神』篇また言う:能く此の種の「大貴」を解せば、何れの処に到りて通行せざる有らんや。高誘注解して曰く:「大貴」は指す所は即ち無内の内なり。意は道は極めて微細にして、能く毫も間隙無きの処に出入するを言う。

《老子》道經曰:常無慾以觀其妙。注云:妙,要也。人常能無慾則可以觀道之要。要謂一也。鍾會注云。《文選》注。妙者,極之微也。

『老子』道経に言う:常に無欲に処り、以て其の微妙を観照す。注解して曰く:「妙」は即ち要領なり。人若し能く常に無欲なれば、則ち以て道の要領を観照するを得。恵棟夾注:いわゆる「要」は、指す所は即ち「一」なり。鍾会の注は則ち曰く:恵棟此の条は『文選』注の引く所に見ゆるを注明す、鍾会に言う「妙」は即ち極致の細微なり。

《莊子·庚桑》曰:夫全其形生之人,藏其身也不厭深眇而已矣。

『荘子・庚桑楚』に言う:彼の能く形体を保全し生命を護養する人は、自らの身を蔵起して、只だ蔵るるの深からざる、幽微ならざるを嫌うのみ。

《淮南·時則》曰:仲夏之月日長至,陰陽爭,死生分。高誘曰:至,極也。陽盡午中而微陰妙重淵矣。此陽陰爭辨之際。

『淮南子・時則』篇に言う:仲夏の月は白昼最も長く、陰陽交争し、死と生とは此処に於て分判す。高誘注解して曰く:「至」は即ち極なり。陽気は午の正中に到れば便ち尽頭に走り、而して細微の陰気は已に幽妙に重々の深淵の下に伏在す。これ正に陽と陰と争持辨分する時節なり。

《漢書·張敞傳》,敞上封事曰:夫心之精微,口不能言也;言之微眇,書不能文也。

『漢書・張敞伝』に記す、張敞密封の奏書を上りて曰く:心思の中の最も精深微妙なる部分は、口は説き出す能わず。言語の中の最も細微幽渺なる部分は、文字も亦た写し下る能わず。

揚雄《解難》曰:抗辭幽說,閎意眇指。師古曰:眇讀為妙。曹大家《幽通賦》注云:眇,微也。

揚雄『解難』に言う:其の辞を高挙し、其の説を幽深にし、其の意を宏闊にし、其の旨を微渺にす。顔師古注解して曰く:「眇」は「妙」と読む。恵棟また曹大家班昭の『幽通賦』注を挙げて曰く:「眇」は即ち微なり。

又曰:聲之眇者不可同於眾人之耳。注同前。

『解難』また言う:声音の中の最も細微なる者は、衆人の耳の裏に持ちて共鳴を求むる能わず。恵棟注明す:此の一条の注解は前の一条と相同じ。

《淮南·齊俗》曰:樸至大者無形狀,道至眇者無度量。

『淮南子・斉俗』篇に言う:質朴は極大に到る物は、描摹すべき形状無し。道は微渺の極処に到る処は、計量すべき尺度無し。

《呂氏春秋·謹聽》曰:賢者之道牟而難知,妙而難見。高誘云:牟猶大也。賢者之道磥落不凡,惟義所在,非不肖所及,故難知也;其仁愛物本於中心精妙幽微,亦非不肖所及,故難見也。

『呂氏春秋・謹聴』篇に言う:賢者の道は宏大にして知ること難く、微妙にして見ること難し。高誘注解して曰く:「牟」は「大」に相当す。賢者の道は磊落不凡にして、只だ義の所在する処を以て帰と為し、不肖の人の企及する能くする所に非ず、ゆえに知ること難し。彼は万物に仁愛し、内心の精妙幽微に根源す、亦た不肖の人の企及する能くする所に非ず、ゆえに見ること難し。

《呂覽·用兵》曰:有巨有微。高誘曰:巨,觕略;微,要妙,覩未萌之萌也。

『呂氏春秋・用兵』篇に言う:兵を用うるに「巨」の一面有り、亦た「微」の一面有り。高誘注解して曰く:「巨」は粗略の一面、「微」は要妙の一面にして、能く萌芽の未だ萌発せざるの時に於て其れを看出す。

誠

《文言》曰:閒邪存其誠。又曰:修辭立其誠。虞注云:乾為誠。

『乾卦・文言伝』に言う:邪僻を防閑して自らの誠を保存す。また言う:言辞を修飭して自らの誠を確立す。虞翻注解して曰く:乾卦は「誠」を取象と為す。

《大學》曰:欲正其心者先誠其意。又曰:所謂誠其意者,毋自欺也,如惡惡臭,如好好色,此之謂自謙,故君子必慎其獨也。小人閒居為不善,無所不至,見君子而後厭然揜其不善而著其善。人之視己如見其肺肝然,則何益矣。此謂誠於中形於外,故君子必慎其獨也。

『大学』に言う:自らの心を端正せんと欲せば、先ず意念を真実無妄ならしめよ。また言う:いわゆる意念を真実にするとは、即ち自ら己を欺騙せざること、譬えば聞き難き気味を悪むが如く、譬えば美好の容色を喜ぶが如し、此乃ち自らの心の裏に踏実すると謂う。ゆえに君子は必ず独処の時に格外に謹慎せんと要す。小人は平居無事の時不善の事を為して、何物も為し出すを得。一たび君子を見れば、乃ち畏縮して自らの不善を掩蔵し、而して故意に自らの善を顕露す。然れども別人の彼を看るは、恰も其の肺肝を見るが如く透徹なり、斯くの如く掩飾してまた何の用処か有らん。これを内心真実必然外に表現すと謂う、ゆえに君子は必ず独処の時に格外に謹慎せんと要す。

《中庸》曰:子曰,鬼神之為德其盛矣乎。視之而不見,聽之而不聞,體物而不可遺,使天下之人齊明盛服以承祭祀,洋洋乎如在其上,如在其左右。《詩》曰:神之格思,不可度思,矧可射思。夫微之顯,誠之不可揜如此夫。

『中庸』に言う:孔子講じたり、鬼神の顕す所の徳性は、真に盛大なり。之を看るに見えず、之を聴くに聞こえず、而して万物の中に体現して遺漏する所無し。天下の人をして斎戒潔浄・盛服を穿上して祭祀を承奉せしむ、彼の気象洋洋然として、恰も頭頂の上に在るが如く、恰も左右の両旁に在るが如し。『詩経・大雅・抑』に言う:「神の降臨は、揣度すること能わざるなり、況んや敢て厭怠の心を生ずるをや。」幽微の物は終に顕現せんと要す、誠は即ち此の如く掩蔵し住むる能わざるなり。

又曰:誠者,天之道也;誠之者,人之道也。誠者不勉而中,不思而得,從容中道,聖人也;誠之者擇善而固執之者也。

『中庸』また言う:誠は、天の道なり。誠を致すに努力するは、人の道なり。天生まれて誠なる人は、勉強を用いずして便ち中道に合し、思索を用いずして便ち所得有り、従容不迫にして自然に道に合す、斯くの如き人は即ち聖人なり。誠を致すに努力する人は、則ち善端を選取して牢牢と守住して放さざる人なり。

又曰:自誠明謂之性,自明誠謂之教。誠則明矣,明則誠矣。

『中庸』また言う:誠によりて自然に事理を明白するを、これを天性と曰う。事理を明白して以て誠を致すを、これを教化と曰う。誠なれば自然に明白し、明白すれば自然に即ち能く誠なり。

又曰:唯天下至誠為能盡其性。能盡其性則能盡人之性,能盡人之性則能盡物之性,能盡物之性則可以贊天地之化育,可以贊天地之化育則可以與天地參矣。

『中庸』また言う:只だ天下の最も誠なる人のみ、乃ち能く自らの本性を完全に実現す。能く自らの本性を完全に実現せば、便ち能く衆人の本性を完全に成全す。能く衆人の本性を成全せば、便ち能く万物の本性を完全に成全す。能く万物の本性を成全せば、便ち以て天地の化育を賛助すべし。能く天地の化育を賛助せば、便ち以て天・地と并列して三と為るべし。

又曰:故至誠無息,不息則久,久則徵,征則悠遠,悠遠則博厚,博厚則高明。

『中庸』また言う:ゆえに最高の誠は永く間断せず。間断せざれば則ち長久を能くし、長久すれば則ち験効顕現有り、験効有れば則ち悠遠に推及するを能くし、悠し、悠遠すれば則ち広博深厚を能くし、広博深厚すれば則ち高大光明を能くす。

又曰:唯天下至誠為能經綸天下之大經,立天下之大本,知天地之化育。夫焉有所倚,肫肫其仁,淵淵其淵,浩浩其天。

『中庸』また言う:只だ天下の最も誠なる人のみ、乃ち能く天下の大経大法を経理し、天下の大根本を確立し、天地の化育の功を通暁す。斯くの如き人は尚お何をか倚靠せんと要するや。其の仁は懇摯厚重にして、其の深沉は深淵の如く、其の広大は蒼天の如し。

荀子曰:養心莫善於誠。又曰不誠則不獨。《大學》言誠意而歸之慎獨,則誠猶獨也。《易乾鑿度》論《易》之義云:移物致耀,至誠專密。鄭注云:移,動也。天確爾至誠,故物得以自動;寂然專密,故物得以自耀也。若然,則存誠猶慎獨,獨即至誠也。

荀子に言う:心性を涵養するは「誠」に比する者無し。また言う:誠ならざれば則ち「独」を談ずるに足らず。恵棟按断して曰く:『大学』は「誠意」を講じて「慎独」に帰結す、見るべし「誠」も亦た即ち「独」に相当す。『易緯・乾鑿度』の『易』の義蘊を論じて曰く:万物を感動して之を光輝に煥発せしむるは、至誠にして専一幽密なるに靠る。鄭玄注解して曰く:「移」は即ち動なり。上天は確然として至誠なり、ゆえに万物は自ら運動するを得。上天は寂然として専一幽密なり、ゆえに万物は自ら光輝を放つを得。此の様に照らして看れば、誠を存するも亦た即ち慎独に相当し、「独」は即ち至誠なり。

《乾鑿度》曰:孔子曰,易者,易也,變易也,不易也。易者以言其德也,虛無感動,清靜照哲,移物致耀,至誠專密。

『易緯・乾鑿度』に言う:孔子講じたり、「易」の此の字は三層の意思を含有す、一は簡易、二は変易、三は不易なり。いわゆる「易」は、其の徳性に就きて言うなり。虚廓無為にして能く万物を感動し、清明寧静にして能く通徹を照察し、万物を感動して之を光輝に煥発せしむるは、凭る所は全是至誠にして専一幽密なり。

《漢書·孔光傳》,光對策曰:《書》曰,天既付命,正厥德。言正德以順天也。又曰:天棐諶辭。諶,誠也。諶辭,至誠之辭也。言有誠道,天輔之也。明承順天,道在於崇德博施加精緻誠孳孳而已。

『漢書・孔光伝』に記す、孔光の対策に言う:『尚書』は講ず「上天既に已に彼に天命を授予せば、則ち其の徳を端正せんと要す」と。これは德行を端正して以て上天に順応するを言うなり。『尚書』また講ず「天棐諶辞」と。恵棟夾注:「諶」は即ち誠、「諶辞」は即ち至誠の言辞なり。これは人に誠実の道有れば、上天は便ち彼を輔助せんと言うなり。孔光続けて言う:明白に上天を承奉順従するは、弁法は便ち德行を崇尚し、恩惠を広施し、再加うるに精心専意・誠敬を竭尽し、孜孜不倦するのみなり。

《孟子》曰:居下位而不獲於上,民不可得而治也。獲於上有道,不信於友,弗獲於上矣。信於友有道,事親弗悅,弗信於友矣。悅親有道,反身不誠,不悅於親矣。誠身有道,不明乎善,不誠其身矣。是故誠者天之道也,思誠者人之道也。此上述其師子思之語。至誠而不動者未之有也,不誠未有能動者也。

『孟子・離婁上』に言う:下位に身处して而して上級の信任を得ざれば、百姓は治理するに由無し。上級の信任を取得するに門径有り:朋友の信任を得ざれば、則ち上級の信任を取るを得ず。朋友の信任を取得するに門径有り:双親を奉事して而して彼らを喜悦せしむる能わざれば、則ち朋友の信任を取るを得ず。双親を喜悦せしむるに門径有り:躬を反りて自問して而して真誠ならざれば、則ち双親を喜悦せしむる能わず。自身を真誠ならしむるに門径有り:何をか善と為すを明白せざれば、則ち自身を真誠ならしむる能わず。ゆえに言う、誠は天の道なり、誠を追求するは人の道なりと。恵棟夾注:以上の此の幾句は、孟子の其の師子思の言を転述するなり。孟子続けて言う:至誠にして而して人を感動する能わざるは、従来曾て有らざるなり。誠ならずして而して人を感動する能くするは、亦た従来曾て有らざるなり。

《韓詩外傳》曰:唐虞之法可得而考也,其喻人心不可及矣。《詩》曰:上天之載,無聲無臭。其孰能及之。

『韓詩外伝』に言う:唐尭・虞舜の法度は尚お查考するを得、然れども彼らの人心を感喩する彼の一份の力量は却て企及するに由無し。『詩経・大雅・文王』に言う:「上天の承載する所、既に声音無く亦た気味無し。」誰か能く斯くの如き境界に企及せんや。

又曰:勇士一呼而三軍皆避,士之誠也。昔者楚熊渠子夜行,寢石以為伏虎,彎弓而射之,沒金飲羽,下視知其為石。石為之開,而況人乎。夫倡而不和,動而不僨,中心有不全者矣。

『韓詩外伝』また言う:勇士一声の呼喝は、三軍皆之が為に退避す、凭る所は此の位の勇士の心中の誠なり。従前楚国の熊渠子は夜に路を趕り、地上に卧する石頭を伏す所の老虎と看為し、弓を張りて射去り、箭鏃は箭羽と連なりて一斉に石の中に没入す。走り近づきて一看すれば、乃ち知る彼れは一塊の石頭なりと。石頭は尚お彼の誠の為に開裂す、況んや人をや。倡導するも而して応和する人無く、行動するも而して奮起する人無きは、是れ心中の誠の尚お欠減有るに因るなり。

夫不降席而匡天下者求之己也。孔子曰:其身正不令而行,其身不正雖令不從。先王之所以拱揖指麾而四海來賓者,誠,德之至也,色以形於外也。《詩》曰:王猷允塞,徐方既來。

『韓詩外伝』続けて言う:能く坐席を下らずして天下を匡正する者は、凭る所は反りて之を自らの身に求むるなり。孔子に言う:自身端正なれば、命令を下さずとも事は照様に推行す。自身正なからざれば、即ち命令を下すと雖も聴従する人無し。先王の拱手作揖・挙手示意するのみ須らくして四海の内は皆来りて帰服する所以は、凭る所は正に「誠」なり。誠は徳の極致にして、自然に容色の上に流露して外に顕形す。『詩経・大雅・常武』に言う:「王の謀略は確かに周遍充実なり、徐方是に於て来りて帰附す。」

《呂覽·精通》曰:人或謂兔絲無根。兔絲非無根也,其根不屬也,伏苓是。屬,連也。慈石召鐵,或引之也。石,鐵之母也。以有慈石,故能引之,石之不慈者亦不能引也。樹相近而靡,或軵之也。

『呂氏春秋・精通』篇に言う:人有りて菟糸子は根無しと言う。菟糸子は并せて根無しに非ず、只だ其の根は自身と相連ならず、彼の根は即ち茯苓なり。高誘注:「属」は即ち相連なり。『精通』篇また言う:磁石は鉄を招引するは、物有りて之を牽引するなり。高誘注:磁石は鉄の母なり、磁石有るに因りて、ゆえに能く鉄を吸引す。石頭若し磁性を帯びざれば、亦た鉄を吸動する能わず。『精通』篇に言う:両棵の樹は靠り近ければ彼此傾靡す、是れ物有りて之らを推動するなり。

聖人南面而立,以愛利民為心。心在利民。號令未出而天下皆延頸舉踵矣,則精通乎民也。精誠通洞於民使之然也。夫賊害於人,人亦然。

『精通』篇に言う:聖人は南面して立ち、百姓を愛護し百姓を利益するを心上に放つ。高誘注:心思は全て利民の上に在り。『精通』篇に言う:号令尚お未だ発出せざるに、天下の人已に首頸を伸長し脚跟を踮起して盼望着了す、これは其の精誠の百姓に通達するなり。高誘注:是れ精誠の透徹に百姓の中間に貫通して、彼らをして此の如くならしむるなり。『精通』篇に言う:人に加害するに至りては、人心の反応も亦た同じ道理なり。

今夫攻者,砥厲五兵,發且有日矣,所被攻者不樂,非或聞之也,神者先告也。非聞將見攻也,神先告之,令其志意愁戚不樂。身在乎秦,所親愛在於齊,死而志氣不安,精或往來也。

『精通』篇に言う:如今彼の進攻せんとする一方は、種種の兵器を磨砺し、出兵已に指日に数うべし、被攻の一方は心の裏便ち先ず痛快ならず、これは并せて人の来りて通風報信する有るに非ずして、神明の預め彼に告知するなり。高誘注:将に攻撃されんとすることを聴説するに非ずして、神明の預め告知して、彼をして心意愁苦憂戚にして不快活ならしむるなり。『精通』篇に言う:人の身は秦国に在りて、親愛する所の人は斉国に在り、彼の辺一たび死去せば、此の辺の志気は便ち安寧を得ず、これは精気の両地に往来するの故なり。

德也者,萬民之宰也。宰,主也。月者,群陰之本也。月望則蚌蛤實。群陰盈。月晦則蚌蛤虛。群陰虧。夫月形乎天而群陰化乎淵,聖人形德乎己而四荒咸飭乎仁。所謂誠乎此而諭乎彼。

『精通』篇に言う:徳は、万民の主宰なり。高誘注:「宰」は即ち主なり。『精通』篇に言う:月亮は、衆陰の根本なり。月は望日に到れば、蚌蛤便ち充実す。高誘注:此の時衆陰盈満す。月は晦日に到れば、蚌蛤便ち空虚す。高誘注:此の時衆陰虧損す。『精通』篇に言う:月亮は天上に顕形して、而して衆陰は便ち深淵の裏に之に随りて変化す。聖人は自身に徳性を顕して、而して四方極遠の地は皆此に因りて仁に整饬す。これ即ち恵棟の言う所の「此の一頭に於て真誠なれば、彼の一頭に於て便ち感通を得」なり。

養由基射虎中石,矢乃飲羽,誠乎虎也。伯樂學相馬,所見無非馬者,誠乎馬也。宋之包丁好解牛,所見無非死牛者,三年而不見生牛,用刀十九年刃若新硏。砥也。順乎理,誠乎牛也。故君子誠乎此而諭乎彼,感乎己而發乎人。

『精通』篇に言う:養由基は老虎を射て而して石頭に射中り、箭は羽に連なりて没し入る、是れ彼の一心の虎の身上に専注するに因るなり。伯楽は相馬を学び、眼中の見る所は馬ならざる一様無し、是れ彼の一心の馬の身上に専注するに因るなり。宋国の庖丁は牛を解くを喜好し、眼中の見る所は已に分解開けたる牛ならざる一様無し、三年の間竟に一頭の活牛を見ず。一把の刀は十九年を用いて、刃口は尚お剛に磨き過ぐるが如し。高誘注:「硏」は即ち磨砺なり。これは彼の牛の肌理に順りて刀を下し、一心は牛の身上に専注するに因るなり。ゆえに君子は此の一頭に於て真誠なれば、彼の一頭に於て便ち感通を得。自らの身上に於て感ずる所有れば、便ち別人の身上に於て効応を発生す。

《莊子·漁父》曰:孔子愀然曰。問漁父。請問何謂真?客曰:真者,精誠之至也。不精不誠,不能動人。故強哭者雖悲不哀,強怒者雖嚴不威,強親者雖笑不和。真悲無聲而哀,真怒未發而威,真親未笑而和。

『荘子・漁父』篇に言う:孔子は神色凄然として発問す。恵棟夾注:これは孔子の漁父に向かって請教するなり。孔子曰く:請問す、何をか「真」と謂う。漁父回答す:いわゆる真は、即ち精と誠との極処に到るなり。精ならず誠ならざれば、則ち人を感動する能わず。ゆえに勉強に哭を作す者は、悲態を装出すと雖も并せて真哀ならず。勉強に発怒する者は、厳容を摆出すと雖も并せて威勢無し。勉強に親熱する者は、笑を帯ぶると雖も并せて和洽ならず。真の悲傷は、声を出さずとも自ら哀意有り。真の憤怒は、未だ発作せざるに已に威勢有り。真の親熱は、未だ笑わざるに已に和洽なり。

真在內者神動於外,是所以貴真也。真者所以受於天也。真即誠也。誠者天之道,故真亦受於天,自然不可易也。

漁父続けて言う:真は内心に存在する人は、神采自然に外に発動す、これ即ち「真」の貴ぶべき所以の縁故なり。真は、上天より禀受して来たるなり。恵棟按断して曰く:「真」は亦た即ち「誠」なり。誠は天の道なり、ゆえに真も亦た天より禀受して来たる、自然に本りて更改すべからず。

《呂覽·具備》曰:三月嬰兒,軒冕在前弗知欲也,斧鉞在後弗知惡也,慈母之愛諭焉,誠也。故誠有又,誠乃合於情。當作精。精有又,精乃通於天。乃通於天,水木石之性皆可動也。中孚信及豚魚。呂梁忠信亦爾。又況有血氣者乎。

『呂氏春秋・具備』篇に言う:三個月の大の嬰児は、高車冠冕を其の面前に摆放すとも、彼は貪求を解せず。斧鉞を其の身後に架すとも、彼は悪を解せず。唯だ慈母の愛のみ彼をして領会せしむるを能くす、凭る所は即ち誠なり。ゆえに誠有るを得て、誠乃ち能く情に合す。恵棟校語を出す:此の「情」の字は当に「精」と作るべし。精有るを得て、精乃ち能く天に通ず。既に天に通ぜば、則ち水・木・石の此ら無知の物の性も皆感動せらるべし。恵棟夾注:『中孚』卦は誠信の豚魚に及ぶを講じ、吕梁丈夫は忠信に凭りて水を蹈んで而も溺れず、亦た同一個の道理なり。『具備』篇に言う:況んや血気有る者をや。

故凡說與治之務莫若誠。以誠說則信,著之以誠,治則化行之。聽言哀者不若見其哭也,聽言怒者不若見其斗也。說與治不誠,其動人心不神。

『具備』篇に言う:ゆえに凡そ游説と治理との要務は、誠より更に要緊なる無し。高誘注:誠を以て游説すれば、人は便ち相信す。誠を顕明に表現出せば、治理に往きて便ち教化を推行するを得。『具備』篇に言う:人の彼が哀傷すると言うを聴くは、親眼に彼の哭するを見るに如かず。人の彼が憤怒すると言うを聴くは、親眼に彼の打斗するを見るに如かず。游説と治理と若し誠より出でざれば、則ち其れ人心を感動するに神効会せざらん。

《淮南·泰族》曰:夫蛟龍伏寢於淵而卵割於陵,螣蛇雄鳴於上風,雌鳴於下風而化成形,精之至也。故聖人養心莫善於誠,至誠而能動化矣。

『淮南子・泰族』篇に言う:蛟竜は深淵の裏に潜伏安寝し、而して其の卵は却て陸上の丘陵の中に孵化開裂す。螣蛇は雄は上風の処に鳴叫し、雌は下風の処に応和し、便ち能く化育して形を成す。此らは皆精気の極処に到るの故なり。ゆえに聖人の心性を涵養するは誠に比する者無し、至誠すれば則ち能く感動して万物を化育す。

又曰:聖主在上位,廓然無形,寂然無聲,官府若無事,朝廷若無人,無隱人,無軼民,無勞役,無寃刑,四海之內莫不仰上之德,象主之指,夷狄之國重譯而至,非戶辨而家說之也,推其誠心施之天下而已矣。《詩》曰:惠此中國,以綏四方。內順而外寧矣。

『泰族』篇また言う:聖明の君主は上位に在り、空廓にして形跡を見るを得ず、寂静にして声音を聴くを得ず、官府の裏は事の办むべき無きが如く、朝廷の上は人の朝する無きが如し。埋没せらるる賢人無く、流散して外に在る百姓無く、繁重の労役無く、冤枉の刑罰無し。四海の内は君上の徳を仰慕せざる者無く、君主の意旨を效法す。即ち夷狄の国も輾転幾重の翻訳して来りて朝貢す。これは并せて挨家挨戸に往きて分弁勧説するの結果に非ず、不過其の彼の顆の誠心を天下に推広施行するのみなり。『詩経・大雅・民労』に言う:「此の中原の邦に恩惠を施して、以て四方を安定す。」内裏順暢すれば、外辺自然に安寧す。

班固《幽通賦》曰:精通靈而感物兮,神動氣而入微。曹大家注云:言人參於天地,有生之最神靈也。誠能致其精誠則通於神靈,感物動氣而入微者矣。

班固『幽通賦』に言う:精気は神霊に通じて外物を感動するかな、神明は気機を鼓動して至微に深入す。曹大家班昭注解して曰く:これは人の天地と并列して三と為るを講じ、有生の物の中の最も神霊に富めるなり。果して能く自らの精誠を極処に推せば、便ち能く神霊に通じ、外物を感動し気機を鼓動して至微に深入す。

養流睇而猿號兮,李虎發而石開。養由基、李廣。非精誠其焉通兮,苟無實其孰信。操末技猶必然兮,矧耽。躭。躬於道真。師古曰:躬,親也。射者微技,猶能精誠感於猿石,況立身種德,親躭大道而不倦者乎。

『幽通賦』に言う:養由基は目光一転して猿猴先ず自ら哀号するかな、李广は石頭を以て虎と為して一箭射去りて石は之が為に裂開す。恵棟夾注:此の両句は養由基と李广の故事を言うなり。賦文続けて言う:若し精誠に非ざれば、豈に能く通達せんや。倘若し真実無ければ、誰かまた相信せんや。末流の技藝を操持する者も尚お且つ必ず此の如し、況んや道の真諦に沈潜する者をや。恵棟夾注:「耽」の字はまた「躭」と写す。顔師古注解して曰く:「躬」は即ち親身なり。射るは只だ微末の技藝に過ぎず、尚お且つ能く精誠に凭りて猿猴と石頭を感動す、況んや身を立て徳を修め、親身大道に沈潜して疲倦を知らざる者をや。

仁附

子曰:水火,吾見蹈而死者矣,未見蹈仁而死者也。此語合於易理。仁乃乾之初生之道也,故未見蹈仁而死。極其變如求仁得仁、殺身成仁,乃全而歸之之義,不可言死。《禮記》,君子曰終,小人曰死。

『論語・衛霊公』に孔子を記して言う:水と火とは、我は人の其の中に踏み入りて死するを見たり。而も人の仁の裏面に踏み入りて死するを見ざるなり。恵棟按断して曰く:此の句は正に『易』理に合す。仁は乾卦初爻初生の道なり、ゆえに曾て仁の裏面に踏み入りて死するを見ずと曰う。即ち極端の変故に推すと雖も、「仁を求めて仁を得」、「身を殺して以て仁を成す」の彼の様の如くも、亦た全く天に受けて全く天に帰するの意に属し、「死」と曰うこと能わず。『礼記』の裏に言う:君子の終結は「終」と曰い、小人の終結は乃ち「死」と曰う。

中

甲子卦氣起中孚。大玄凖之為中。

卦気の説に按ずれば、甲子の彼の日の卦気は『中孚』卦より起始す。揚雄『太玄』は便ち『中孚』に比准し、之を八十一首の中の頭一首「中」首に定む。

大舜執其兩端,用其中於民。周公設官分職以為民極。極,中也。虞周皆既濟之世,贊化育之功,同也。

大舜は事情の両端を掌握し、而して其の中の中道を百姓に施用す。周公は官職を設立し職守を分派し、此を以て百姓の準極と為す。恵棟夾注:「極」は即ち中なり。虞舜の世と周朝の世とは、皆天下已に定まるの「既済」の世にして、彼らの天地化育を賛助する功業は一様なり。

《復》彖曰:復其見天地之心乎。案:冬至復加坎,坎為亟心,亟古文極,中也。然則天地之心即天地之中也。

『復』卦『彖伝』に言う:「復卦より殆ど天地の心を見るを得んか。」恵棟按断して曰く:冬至の時『復』卦の上に坎を加う、坎は「亟心」を取象と為す。「亟」は「極」の古字にして、「極」は即ち中なり。此の様に看れば、天地の心も亦た即ち天地の中なり。

董子《繁露》曰:陽之行始於北方之中而止於南方之中,陰之行始於南方之中而止於北方之中。陰陽之道不同,至於盛而皆止於中,其所起皆必於中。中者天地之太極也,日月之所至而郄也,長短之隆不得過中,天地之制也。如董子之言則天地之心兼二至也。象至日閉關兼二至。

董仲舒『春秋繁露』に言う:陽の運行は北方の正中より始まり、南方の正中に到りて停止す。陰の運行は南方の正中より始まり、北方の正中に到りて停止す。陰と陽の路径は同じからざれども、極盛の処に走り到れば皆「中」の上に停り、其の起点も亦た定めて「中」の上に在り。「中」は天地の太極にして、日月の運行は彼処に到れば即ち折返して来る所なり。昼夜長短の極点は中を越越する能わず、これは天地の定制なり。恵棟按断して曰く:董仲舒の此の番の言に照らせば、則ち天地の心は便ち冬至と夏至の両個の至日を兼摂す。恵棟また夾注す:『復卦・象伝』の講ずる「至日閉関」も、亦た兼ねて冬夏二至を指して言うなり。

《繫上》曰:易簡而天下之理得矣,天下之理得而易成位乎其中矣。荀爽注云:易謂坎離。陽位成於五,五為上中;陰位成於二,二為下中;故易成位乎其中。案:易簡即天地之中也。

『周易・繋辞上』に言う:乾坤は既に平易にして又た簡約なれば、天下の道理は便ち皆掌握するに到る。天下の道理は皆掌握するに到れば、『易』も亦た天地の中に於て自らの位置を確立す。荀爽注解して曰く:ここの「易」は坎・離両卦を指す。陽位は第五爻に成就す、五は上卦の中位なり。陰位は第二爻に成就す、二は下卦の中位なり。ゆえに『易』は其の中に於て位置を確立すと曰う。恵棟按断して曰く:いわゆる「易簡」は、講ずる所は正に天地の中なり。

成十三年《左傳》,劉子曰:吾聞之民受天地之中以生,所謂命也,是以有動作禮義威儀之則以定命也。

『左伝』成公十三年に記す、劉康公曰く:我聞く、百姓は天地の中を禀受して生ず、これ即ちいわゆる「命」なり。此に因りて乃ち挙止・礼義・威儀の此らの法則有りて、以て此の命を安定すと。

明道程子曰:民受天地之中以生,天命之謂性也。荀爽對策曰:昔者聖人建天地之中而制禮。

明道先生程顥に言う:百姓は天地の中を禀受して生ず、これ即ち『中庸』の講ずる所の「天命之謂性」なり。恵棟また荀爽の対策を挙げて曰く:従前聖人は天地の中を確立し、拠りて以て礼法を制定したり。

《中庸》曰:天命之謂性。又曰:喜怒哀樂之未發謂之中。又曰:中也者,天下之大本也。又曰:立天下之大本。

『中庸』に言う:上天の人に賦与する所を、性と曰う。また言う:喜・怒・哀・楽の未だ発動せざるの時を、「中」と曰う。また言う:「中」は天下の大根本なり。また言う:唯だ至誠の人のみ能く天下の大根本を確立す。

《周語》曰:王將鑄無射,問律於伶州鳩,對曰:律所以立均出度也。古之神瞽考中聲而量之以制。考,合也。謂合中和之聲而量度之以制樂也。度律均鍾,百官軌儀,紀之以三。天地人。平之以六。六律。成於十二。律呂。天之道也。

『国語・周語』に言う:周景王将に無射鐘を鋳造せんとし、楽官伶州鳩に向かって楽律を請教す。伶州鳩回答して曰く:律は以て均准を確立し度数を生出するを用いとす。古時の神瞽は中和の声を考求し、拠りて以て量度して楽器を制作す。恵棟夾注:「考」は即ち合なり。意は中和の声を会合して之を量度を加以し、以て楽器を制作するなり。伶州鳩続けて言う:楽律を量度し鐘音を調准し、百官は各々軌範儀則有りて、「三」を以て綱紀と為す。恵棟夾注:三は天・地・人を指す。「六」を以て平定す。恵棟夾注:六は六律を指す。「十二」に到りて完成す。恵棟夾注:十二は六律六呂を指す。これ即ち天の道なり。

夫六,中之色也,故名之曰黃鍾。十一月曰黃鍾,乾初九也。六者,天地之中。天有六氣,降生五味。天有六甲,地有五子,十一而天地畢矣,而六為中,故六律六呂而成天道。黃鍾初九六律之首,故以六律正色為黃鍾之名,重元正始之義也。

伶州鳩に言う:「六」は中に居るの正色なり、ゆえに之を黄鍾と命名す。恵棟夾注:十一月は黄鍾と称し、乾卦の初九に配当す。伶州鳩また言う:「六」は天地の中数なり。天は六気有りて、降りて来りて五味を生成す。天は六甲有り、地は五子有り、合さりて十一にして天地の数は完備す、其の中の「六」は正に中に居す、ゆえに六律六呂して天道を成就す。恵棟夾注:黄鍾は乾の初九に当たり、六律の首なり、ゆえに六律の正色を取りて以て黄鍾の名称と為す、これは元始を看重し開端を端正するの意なり。

所以宣養六氣九德也。六氣,陰陽風雨晦明也。九德,九功之德,水火金木土榖正德利用厚生也。十一月陽伏於下,物始萌,於五聲為宮,含元處中,所以徧養六氣九德之本。

伶州鳩に言う:これは以て六気と九徳とを宣暢涵養するを用いとす。恵棟夾注:六気は陰・陽・風・雨・晦・明を指す。九徳は九功の徳を指し、即ち水・火・金・木・土・穀の六府に、再加うるに正徳・利用・厚生の三事なり。恵棟また言う:十一月陽気は下に潜伏し、万物は萌動を始め、五声の中に於て宮に属し、元気を含みて中位に処る、ゆえに其れ正に普遍に六気九徳を涵養する根本なり。

《三統曆》曰:四分月法,以其一乘章月,是為中法。朔不得中是為閏月。言陰陽雖交,不得中不生。獨陰不生,獨陽不生,獨天不生。天者,中也。三合然後生,故云不得中不生。

『三統暦』に言う:月法を分かちて四等份と為し、其の中の一份を用いて章月を乗ず、これ即ち中気の法なり。朔日若し中気を得ざれば、彼の月は便ち閏月なり。恵棟解説す:これは陰陽交合すと雖も、「中」を得ざれば亦た生育する能わざるを言うなり。単に陰は生ずる能わず、単に陽は生ずる能わず、単に天も亦た生ずる能わず。恵棟夾注:いわゆる「天」は、即ち中なり。三者会合して然る後に乃ち能く生ず、ゆえに中を得ざれば則ち生ぜずと曰う。

《論語》,堯曰:諮爾舜,天之曆數在爾躬,允執其中。四海困窮,天祿永終。舜亦以命禹。

『論語・尭曰』に記す、尭曰く:ああ、汝の此の舜や、上天の暦数已に汝の身上に落ちたり、誠実に彼の「中」を把握せんと要す。假使四海の内は窮困に陥らば、上天の賜る所の禄位も亦た永く断絶せん。後に舜も亦た此の番の言を以て禹に交代す。

《孟子》曰:湯執中。

『孟子・離婁下』に言う:商湯は中道を執守し、何れの一辺にも偏せず。

善

《文言》曰:元者善之長也。又曰:積善之家必有餘慶。虞注云:初乾為積善。

『乾卦・文言伝』に言う:「元」は衆善の首長なり。『坤卦・文言伝』また言う:善行を積累する人家は、必定に多余の福慶を留む。虞翻注解して曰く:初爻は乾に属し、正に積善の象なり。

《繫上》曰:一陰一陽之謂道,繼之者善也,成之者性也。

『周易・繋辞上』に言う:一陰一陽交替推移するを即ち道と曰い、此の道を承継するは便ち善にして、此の道を成就するは便ち性なり。

又曰:子曰,顏氏之子其殆庶幾乎,有不善未嘗不知,知之未嘗復行也。《易》曰:不遠復無祇悔元吉。虞注云:復以自知。《中庸》曰:子曰,回之為人也,擇乎中庸,得一善則拳拳服膺而弗失之矣。一善謂乾初,即復初也。復初為中行,故云擇乎中庸。得一善與《繫辭》相發明。

『繋辞下』また言う:孔子講じたり、顔家の彼の子は、殆ど道に接近せるか。彼は一たび不善有れば、自ら知らざる者無く、一たび知れば、則ち再び重犯せず。『周易・復卦』初九爻辞に言う:「走る遠からざれば則ち回頭し、大きき悔恨無し、大吉。」虞翻注解して曰く:これは「復」に凭りて自ら知るなり。『中庸』に言う:孔子講じたり、顔回の人を為るや、中庸の道を選取し、一たび某か一様の善を得れば、則ち牢牢と胸前に捧持して而も失うを肯んぜず。恵棟按断して曰く:いわゆる「一善」は、指す所は乾卦の初爻にして、即ち復卦の初爻なり。復卦初爻は正に中道の行なり、ゆえに彼を「中庸を擇ぶ」と曰う。ここの「一善を得」は、『繋辞』の彼の一段と彼此発明すべし。

《大戴禮·勸學》曰:積善成德。案:初為善,三為成德,故《文言》曰:君子以成德為行。漢議郎元賓碑云:乾之積善,謂乾三也。陽成於三,積善成德,至三而成。

『大戴礼記・勧学』篇に言う:善行を積累して徳性を成就す。恵棟按断して曰く:初爻は善を為し、三爻は成徳を為す、ゆえに『乾卦・文言伝』は「君子は徳性を成就するを以て日常の行事と為す」と言う。漢代議郎元賓の碑文の裏に「乾之積善」と講ずるは、指す所は乾卦の第三爻なり。陽気は三に成就し、積善成徳して、第三爻に到りて乃ち完成と算す。

《晉語》,莊子曰:善德之建也。積善成德,故為德之建。

『国語・晋語』に記す、荘子曰く:善は、徳の建立するを得る憑借なり。恵棟夾注:善行を積累して徳性を成就す、ゆえに善は徳の建立する所在なりと曰う。

純

《文言》曰:大哉乾乎,剛健中正純粹精也。

『乾卦・文言伝』に言う:偉大なるかな、乾や。其れ剛強・勁健・中に居り・正を得、純一精粹にして至精に臻る。

《中庸》曰:《詩》曰,維天之命,於穆不已,蓋曰天之所以為天也;於乎不顯文王之德之純,蓋曰文王之所以為文也,純亦不已。朱子曰:純,純一不雜也。

『中庸』に『詩経・周頌・維天之命』を引きて曰く:「上天の命令は、ああ、深遠にして止息せず。」これは殆ど天の其の天と為る所以を講ずるなり。また引きて曰く:「ああ、何と顕赫なるか、文王の徳性の純粹よ。」これは殆ど文王の諡して「文」と為る所以を講ず、其の純粹は同じく曾て止息せざるに因るなり。朱熹に言う:「純」は即ち純一にして夾雑せざるなり。

《鄭語》,史伯曰:建九紀以立純德。韋昭曰:建,立也;純,純一不尨駁也。賈唐曰:九紀,九功也。

『国語・鄭語』に記す、史伯曰く:九紀を建立し、以て純粹の徳を確立す。韋昭注解して曰く:「建」は即ち立、「純」は純一にして駁雑せざるなり。恵棟また賈逵・唐固の説法を挙ぐ:いわゆる「九紀」は、即ち九功なり。

《乾鑿度》曰:易卦六十四分為上下,象陰陽也。陽道純而奇,故上篇三十所以象陽也;陰道不純而偶,故下篇三十四所以法陰也。鄭注云:陽道專斷,兼統陰事,故曰純也。

『易緯・乾鑿度』に言う:『周易』六十四卦は上下両篇に分かれ、陰陽を取象と為す。陽の道は純一にして奇数に属す、ゆえに上篇三十卦にして、以て陽を象徴す。陰の道は純ならずして偶数に属す、ゆえに下篇三十四卦にして、以て陰に取法す。鄭玄注解して曰く:陽の道は能く専ら決断を主り、并せて陰の事務を兼統す、ゆえに之を「純」と称す。

又曰:消息純者為帝,不純者為王。六子上不及帝,下有過王,故六子雖純不為乾坤。

『乾鑿度』また言う:消息の卦は純一なる者は帝と為り、純ならざる者は王と為る。震・巽・坎・離・艮・兌の此の六子の卦は、往上は帝に及ばず、往下はまた王を超過す、ゆえに六子は純の一面有ると雖も、終竟に乾坤と為ること能わず。

《楚語》,觀射父曰:先王之祀也,以一純二精。韋昭注云:一純,心一而潔也;二精,所用玉帛也。又曰:聖王正端冕以其不違心,帥其群臣精物以臨監享祀,無有苛慝於神者謂之一純。韋昭注云:不違心謂心思端正,服則端冕。

『国語・楚語』に記す、観射父曰く:先王は祭祀を挙行するに、「一純」と「二精」とを用いたり。韋昭注解して曰く:「一純」は心志専一にして潔浄なるを指し、「二精」は用いる所の玉と帛とを指す。観射父また言う:聖王は端正に玄端と冕冠とを穿戴す、此の身の装束は其の心に背違せざるに因るなり。彼は群臣を率領し、精潔の祭物を備辦して享祀に臨視し、神明に対し毫も苛慢邪僻無し、これを「一純」と曰う。韋昭注解して曰く:いわゆる「心に違わず」は、心思の端正なるを言い、服飾は便ち玄端と冕冠とを用ゆるなり。

《禮·投壺》曰:二算為純。釋文云:純音全。鄭注《儀禮》如字,云:純,全也。案:純訓全。乾為純者,陽兼陰為一,兼故全;陽兼陰為一,故又訓為一。

『礼記・投壺』に言う:两支の算筹は一「純」と算す。『経典釈文』に言う:「純」は「全」と読む。恵棟夾注:鄭玄は『儀礼』に注する時は則ち本字に依りて読み、「純」は即ち全と曰う。恵棟按断して曰く:「純」は「全」と訓す。乾の「純」と称する所以は、陽の陰を兼摂して合して一体と成るに因り、能く兼摂すればゆえに「全」と称す。亦た正に陽の陰を兼ねて合して一と為るに因りて、ゆえに「純」はまた「一」と訓す。

《莊子·刻意》曰:純也者,謂其不虧其神也。

『荘子・刻意』篇に言う:いわゆる「純」は、彼の自らの精神を虧損せざるを言うなり。

精字義を辨す

《文言》曰:大哉乾乎,剛健中正,純粹精也。

『乾卦・文言伝』に言う:偉大なるかな、乾や。其れ剛強・勁健・中に居り・正を得、純一精粹にして至精に臻る。此の条は上文と重出す、是れ下面の「精」の字義訓を辨析するの張本と為す。

《繫上》曰:精氣為物。虞注曰:乾純粹精,故主為物。鄭注云:精氣謂七八也。精氣謂之神。

『周易・繋辞上』に言う:精と気と凝聚して物と為る。虞翻注解して曰く:乾は純粹の精なり、ゆえに彼に由りて物を成するを主持す。鄭玄注解して曰く:ここの「精気」は七と八の両個の数を指す。恵棟夾注:精気も亦た即ち神と称す。

又曰:是故君子將有為也,將有行也,問焉而以言,其受命也如向,無有遠近幽深,遂知來物。非天下之至精其孰能與於此。虞注云:神以知來,感而遂通,謂幽贊神明而生蓍也。至精謂乾,純粹精也。

『繋辞上』また言う:ゆえに君子は将に作為せんとし、将に行動せんとすれば、則ち蓍占に凭りて発問して言語を以て相告げ、蓍占は命辞の回応を承受すること回声の如く、遠近幽深を論ぜず、皆此に由りて未来の事を知るを得。若し天下の最も精なる物に非ざれば、誰か此の歩に参与するを能くせん。虞翻注解して曰く:これ即ち「神以て来を知る」「感而遂通」にして、指す所は幽微に神明を賛助して蓍草を生出するなり。恵棟夾注:いわゆる「至精」は乾を指し、即ち『文言伝』の言う所の「純粹精」なり。

《繋下》曰:精義入神以致用也。姚信曰:陽稱精,陰為義,入在初也。陰陽在初,深不可測,故謂之神。變為姤復,故曰致用也。

『繋辞下』に言う:義理を精研して神妙の境に深入し、此に由りて実用に推致す。姚信解釈して曰く:陽は「精」と称し、陰は「義」と称す、「入」は初爻に進入するを指す。陰陽初爻に到れば、深くして測るべからず、ゆえに之を「神」と称す。此に由りて『姤』『復』両卦を変出す、ゆえに「致用」と曰う。

又曰:男女構精。虞注云:乾為精。

『繋辞下』また言う:男女は其の精を交合して万物を化生す。虞翻注解して曰く:乾は「精」を取象と為す。

《中庸》曰:致廣大而盡精微。

『中庸』に言う:君子は学問を為す、既に広大の一面に推致せんと要し、又た精深微妙の一面を窮尽せんと要す。

《禮記·禮器》曰:德產之致也精微。鄭注:致,緻密也。

『礼記・礼器』に言う:徳の生発し出る所の物は、其の極致の処は正に精深微妙に於てす。鄭玄注解して曰く:「致」は即ち致密なり。

《經解》曰:絜靜精微,易教也。案:絜靜,坤也;精微,乾也。

『礼記・経解』に言う:潔浄寧静・精深微妙は、これは『易』教の養成する所の品格なり。恵棟按断して曰く:「絜静」は坤に属し、「精微」は乾に属す。

《周語》內史過曰:先王知大事之必以眾濟也,故袚除其心。精也。精,潔也。然則長眾使民之道,非精不和。今晉侯以惡,實棄其精也。

『国語・周語』に記す、内史過曰く:先王は大事必定に衆人に靠りて乃ち成就するを能くするを知る、ゆえに先ず自らの心中の雑穢を祓除す。恵棟夾注:これ即ち「精」なり、「精」は即ち潔なり。内史過続けて言う:此の様に看れば、衆人を統領し百姓を役使するの道理は、精潔ならざれば則ち和諧する能わず。如今晋侯は邪悪を心懐し、実に此の份の精潔を棄擲せるなり。

《公羊》莊十年傳曰:觕者曰侵,精者曰伐。何休云:觕,麤也;精猶精密也。《呂覧·愛士》曰:此兵之精者也。高注云:言能用兵勝負死生之本,所由克敗,故曰此兵之精妙矣。《荀子·成相》云:大參乎天,精微而無形。《莊子·秋水》曰:河伯曰,世之議者皆曰至精無形。

『公羊伝』荘公十年に言う:粗略に事に従するを「侵」と曰い、精密に事に従するを「伐」と曰う。何休注解して曰く:「觕」は即ち粗、「精」は精密に相当す。恵棟また『呂氏春秋・愛士』を挙げて曰く:これは兵を用うる中の精妙の一着なり。高誘注解して曰く:これは能く兵を用うるの勝負死生の根本・克敵と敗亡の由来を掌握するを講ず、ゆえに之を兵を用うるの精妙と称す。恵棟また『荀子・成相』を挙げて曰く:偉大にして天と并列して三と為るを能くし、精微にして形跡無し。『荘子・秋水』篇に言う:河伯講じたり、世の議論する者は皆至精の物は形体無しと曰うと。

《管子·心術》曰:靜則精,精則獨立矣。獨則明,明則神矣。神者至貴也,故館不闢除則貴人不舍焉。

『管子・心術』篇に言う:心は寧静すれば便ち精純し、精純すれば便ち能く卓然として自立す。能く自立せば便ち明澈し、明澈すれば便ち神に入る。神は最も尊貴なり、ゆえに館舎を清潔に打掃せざれば、貴人は住み入るを肯んぜず。

精靜同義。在乾為精,在坤為靜,故《經解》曰:絜靜精微。

恵棟按断して曰く:「精」と「静」とは意義相通ず。乾の一面在りては「精」と称し、坤の一面に在りては「静」と称す、ゆえに『礼記・経解』は乃ち両者を合して「絜静精微」と言う。

董子《繁露》曰:氣之清者為精。《白虎通》曰:精者,靜也。

董仲舒『春秋繁露』に言う:気の中の清純の一部分は精と為る。『白虎通』に言う:いわゆる「精」は、即ち静なり。

《淮南·天文》曰:天地之襲精為陰陽,陰陽之專為四時,四時之散精為萬物。高誘注曰:襲,合精氣也。

『淮南子・天文』篇に言う:天地は精気を会合して陰陽と為り、陰陽は其の気を専擅して四時と為り、四時は精気を散布して万物と為る。高誘注解して曰く:「襲」は即ち精気を会合するの意なり。

又曰:二陰一陽成氣二,二陽一陰成氣三。高誘注云:陰粗確故得氣少,陽精微故得氣多。

『淮南子・天文』篇また言う:陰両分配して陽一分配せば、気を成して二と為る。陽両分配して陰一分配せば、気を成して三と為る。高誘注解して曰く:陰は粗糙堅確なり、ゆえに得る所の気少なし。陽は精細微妙なり、ゆえに得る所の気多し。

《呂覧·大樂》曰:道也者,至精也,不可為形,不可為名,強為之謂之太乙。高誘注云:精,微。又云:精,微妙也。

『呂氏春秋・大楽』篇に言う:いわゆる道は、至精の物にして、之に形状を与うる能わず、之に名称を与うる能わず、勉強に之に一個の称呼を安んずれば則ち「太一」と曰う。高誘注解して曰く:「精」は即ち微なり。また曰く:「精」は即ち微妙なり。

又《君守》曰:天無形而萬物以成,至精無象萬物以化,大聖無事而千官盡能。此乃謂不教之教,無言之詔。

『呂氏春秋・君守』篇また言う:天は形体無くして万物此に由りて生成し、至精の物は形象無くして万物此に由りて化育し、大聖人は具躰の事務を親理せずして衆多の官吏は各々其の能を尽くす。これを教誨を用いざるの教誨・言語を用いざるの詔令と曰う。

又《博物志》曰:孔某墨翟晝日諷誦習業,親見文王周公旦而問焉。夜則夢見文王周公而問其道也。用志如此其精也。精,微密也。何事而不達,何焉而不成。故曰:精而熟之,鬼將告之。非鬼告之也,精而熟之也。史游曰:積學所致無鬼神,故曰有鬼告之。

恵棟また『呂氏春秋』の『博志』篇を引きて曰く:孔某と墨翟とは白天に諷誦研習学業し、竟に能く親眼に文王と周公旦とを見て彼らに向かって請教す。恵棟夾注:彼れは夜裏に文王・周公を夢見て彼らに向かって大道を請教するなり。原文続けて言う:心を用いて専注する此の如く精純の歩に到る。恵棟夾注:「精」は即ち精微縝密なり。原文に言う:尚お何の事か通通ぜざる有らんや、尚お何の処か成さざる有らんや。ゆえに言う、専精にして純熟せば、鬼神皆来りて彼に告げん、其の実は并せて鬼神の彼に告げるに非ず、只だ彼自身の専精純熟するのみなりと。恵棟また史游の言を挙ぐ:積学の到達する所の境界は本より鬼神に関らず、只だ説くに鬼神有りて来りて相告げるが如くするのみなり。

《三統曆》曰:銅為物之至精,不為燥溼寒暑變其節,不為風雨暴露改其形,介然有常,有似於士君子之行。

『三統暦』に言う:銅は物の中の最も精純なり、其れは乾燥潮湿・寒冷炎熱に因りて自らの節度を改変せず、風吹雨打・露天暴晒に因りて自らの形状を改変せず、耿介にして移らずして常度有り、甚だ士君子の操行に象似す。

《淮南·本經》曰:天之精,日月星辰雷電風雨也。

『淮南子・本経』篇に言う:天の精気は、表現し出れば則ち日・月・星辰及び雷・電・風・雨なり。

《管子·內業》曰:凡物之精此則為生。注云:精神之至靈者得此則為生。下生五穀,上為列星,流於天地之間謂之鬼神,藏於胸中謂之聖人。

『管子・内業』篇に言う:凡そ物の精は、之を得れば便ち生命有り。注解して曰く:精神の中の最も霊妙なる者は、之を得れば便ち生命有り。原文続けて言う:此の精は下に在りて五穀を生成し、上に在りて衆星に化し、天地の間に流行するを鬼神と曰い、人の胸中に蘊蔵するを即ち聖人と曰う。

《心術》曰:世人之所職者,精也。去欲則宣,宣則靜矣。宣,通也。靜則精,精則獨立矣。又曰:形不正者德不來,中不精者心不治。又曰:一氣能變曰精,一事能變曰智。

『管子・心術』篇に言う:世人の主掌する所は、正に此の「精」なり。嗜欲を去れば心は便ち通暢し、通暢すれば便ち寧静す。恵棟夾注:「宣」は即ち通なり。寧静すれば便ち精純し、精純すれば便ち能く卓然として自立す。『心術』篇また言う:形体の端正ならざる者は、徳は到来せず。内心の精純ならざる者は、心は治理せず。また言う:能く一気を変化せしむるを精と曰い、能く一事を改易せしむるを智と曰う。

《太玄》曰:一六為水,為北方,為冬,侟精。范望注云:精者氣之妙也。言微陽始生,氣精妙也。

揚雄『太玄』に言う:一と六とは水に属し、北方に属し、冬に属し、精気を蔵納するを主とす。范望注解して曰く:「精」は気の微妙の状態なり。これは細微の陽気の剛に生じ出て、気は正に精妙の時に在るを言うなり。

《莊子·天下》曰:以本為精,以物為粗。

『荘子・天下』篇に言う:根本を以て精細の一面と為し、具体事物を以て粗略の一面と為す。

《老子》道經曰:窈兮冥兮,其中有精,其精甚真。

『老子』道経に言う:幽遠なるかな、深暗なるかな、其の中は却て精を含有す。此の精は極めて真実にして虚妄ならず。

《韓詩外傳》曰:凡治氣養心之術,莫徑由禮,莫優得師,莫慎一好。好一則博,博則精,精則神,神則化。是以君子務結心乎一也。《詩》曰:淑人君子,其儀一兮。其儀一兮,心如結兮。

『韓詩外伝』に言う:凡そ血気を調治し心性を涵養するの方法は、礼に遵循するより直捷なる無く、良師を得るより優越なる無く、一種の愛好を謹守するより要緊なる無し。愛好専一すれば便ち能く広博し、広博すれば便ち能く精純し、精純すれば便ち神に入り、神に入れば便ち能く化育す。ゆえに君子は務めて心を「一」の上に結聚せんと要す。『詩経・曹風・鳲鳩』に言う:「善人君子は、其の儀態は専一なるかな。其の儀態は専一なるかな、其の心は結び打つが如く牢固なり。」

《墨子·公孟》曰:公孟子曰,實為善人孰不知,譬如良玉,處而不出有餘精。公孟子即公明子,聖人之徒也。實為善,即誠也。

『墨子・公孟』篇に言う:公孟子講じたり、真正に善事を為す者は、誰か彼を知らざる有らんや。譬えば一塊の美玉の如し、即ち深く蔵起して出でずとも、亦た自ら余下の光精の透露し出る有り。恵棟夾注:公孟子は即ち公明子にして、聖人門下の弟子なり。恵棟また按断して曰く:いわゆる「実に善を為す」は、講ずる所は即ち「誠」なり。

馮衍《德誥》曰:沈情幽思,引六精之微。《文選》注四。

馮衍『徳誥』に言う:情意を沈潜し、思慮を幽深にして、六精の如き細微の物を牽引出す。恵棟注明す:此の条は『文選』巻四の注文の引く所に見ゆ。

易簡

《繫上》曰:乾以易知,坤以簡能。虞注云:陽見稱易,陰藏為簡。簡,閱也。乾息昭物,天下文明,故以易知;坤閱藏物,故以簡能矣。陽見稱易謂初九,乾息昭物謂九二。

『周易・繋辞上』に言う:乾は平易に凭りて知を主り、坤は簡約に凭りて能を成す。虞翻注解して曰く:陽は顕現し出れば則ち「易」と称し、陰は収蔵し起れば則ち「簡」と称す。「簡」は検閲・容納の意義あり。乾気は生長して万物を照明し、天下是に於て文采顕明なり、ゆえに其れを「易を以て知る」と曰う。坤は能く万物を検閲収蔵す、ゆえに其れを「簡を以て能くす」と曰う。恵棟夾注:いわゆる「陽見称易」は初九を指し、いわゆる「乾息昭物」は九二を指す。

又云:易則易知,簡則易從。虞注云:乾縣象著明,故易知;坤陰陽動闢,故易從。

『繋辞上』また言う:平易なれば容易に了解せられ、簡約なれば容易に依従せらる。虞翻注解して曰く:乾は物象を懸挂して昭然顕明なり、ゆえに容易に了解せらる。坤は陰陽に随りて動き、之に随りて開辟す、ゆえに容易に依従せらる。

又云:易簡而天下之理得矣。虞注云:易為乾息,簡為坤消,乾坤變通,窮理以盡性,故天下之理得矣。

『繋辞上』また言う:既に平易にして又た簡約なれば、天下の道理は皆掌握すに到る。虞翻注解して曰く:「易」は乾気の生長、「簡」は坤気の消退なり。乾坤は彼此変通し、事理を窮究して以て其の本性を尽くす、ゆえに天下の道理は皆掌握するに到るなり。

《繫下》曰:夫乾確然示人易矣,夫坤隤又作退。然示人簡矣。虞注云:陽在初弗用,確然無為,潛龍時也。不易世,不成名,故示人易者也。退,安;簡,閱也。坤以簡能,閱內萬物,故示人簡者也。

『繋辞下』に言う:乾は堅確にして移らず「易」を以て人に顕示し、坤は柔順にして下垂し「簡」を以て人に顕示す。恵棟夾注:「隤」の字はまた「退」と写す。虞翻注解して曰く:陽は初爻に在りて尚お施用せず、堅確にして為す所無し、正に潜竜の時なり。彼は世俗を改易せず、名声を成就することを求めず、ゆえに「易」を以て人に顕示するなり。また言う:「退」は即ち安、「簡」は即ち検閲収納なり。坤は簡約に凭りて能を成し、万物を内に検閲収納す、ゆえに「簡」を以て人に顕示するなり。

又曰:夫乾,天下之至健也,德行恆易以知險;夫坤,天下之至順也,德行恆簡以知阻。虞注云:險謂坎也。乾二五之坤成坎離,日月麗天,天險不可升,故知險者也。阻,險阻也。坤二五之乾,艮為山險,坎為水,巽高兌下,地險山川丘陵,故以知阻也。

『繋辞下』また言う:乾は天下の最も剛健なり、其の徳行は常に平易を保ち、因りて能く険難を識知す。坤は天下の最も柔順なり、其の徳行は常に簡約を保ち、因りて能く阻礙を識知す。虞翻注解して曰く:「険」は坎卦を指す。乾の二・五両爻は往きて坤位に居れば、則ち坎・離両卦に変り、日月は天上に附麗し、天の険峻は攀升すべからず、ゆえに其れを「険を知る」と曰う。「阻」は即ち険阻なり。坤の二・五両爻は往きて乾位に居る、艮は山を為し険を為し、坎は水を為し、巽は高に居り兌は下に居る、地上の険阻は正に山川丘陵なり、ゆえに其れを「阻を知る」と曰う。

《越語》,范蠡曰:節事者與地。與地,法地。唯地能包萬物以為一,其事不失。為一,不偏也。不失,不失時也。

『国語・越語』に記す、范蠡曰く:事務を節制する者は地と相応せんと要す。恵棟夾注:いわゆる「地と与」は、即ち地に取法するなり。范蠡続けて言う:只だ地のみ能く万物を包容して合して一体と為す、ゆえに其れ事を办るに従来失当せず。恵棟夾注:「一を為す」は偏私せざるを言い、「失わず」は時令を錯過せざるを言う。

坤以簡能。陰藏為簡。能包萬物以為一,所謂簡能也。

恵棟按断して曰く:『繋辞』は「坤以簡能」と講ず、陰気の収蔵するを即ち「簡」と曰う。地は能く万物を包容して合して一体と為す、これ正にいわゆる「簡能」なり。

《乾鑿度》曰:孔子曰,易者易也,變易也,不易也,管三成為道德苞鑰。易者以言其德也。《繫》曰:德行恆易。通情無門,藏神無內也。簡易無為,故天下之性莫不自得也。光明四通,簡易立節。簡易者,寂然無為之謂也。

『易緯・乾鑿度』に言う:孔子講じたり、「易」は三層の意思を含有す、一は簡易、二は変易、三は不易なり。此の三義を統管して成るは、便ち道徳の関鍵鎖鑰なり。経文に言う:「易」は其の徳性に就きて立言するなり。恵棟夾注:『繋辞』は「徳行恒易」と講ず。『乾鑿度』に言う:情意は通達して門戸無く、神明は潜蔵して内外無し。恵棟夾注:簡易にして為す所無し、ゆえに天下万物の本性は各々其の所を得ざる無し。『乾鑿度』に言う:光明は四方を照徹し、簡易にして節度を確立す。恵棟夾注:いわゆる簡易は、即ち寂然無為の意なり。

天地爛明,日月星辰佈設,八卦錯序,律曆調列,五緯順軌,四時和栗孳結,四瀆通情,優遊信潔,根著浮流,氣更相實。此皆言易道無為,故天地萬物各得以自通也。虛無感通,清淨照哲,移物致耀,至誠專密,不煩不撓,淡泊不失,此其易也。

『乾鑿度』続けて言う:天地は燦爛光明し、日月星辰は布列秩序有り、八卦は交錯して次を成し、律暦は調和排列し、五星は軌道に順りて運行し、四時は和順にして万物は孳生結実し、四瀆の水は通流して礙無く、従容不迫にして信実潔浄、土中に扎根する者と水上に漂浮する者とは各々其の所に安んじ、気機は彼此充実す。恵棟夾注:此らの言は皆『易』道の為す所無きを講じ、ゆえに天地万物各々通暢を得。『乾鑿度』最後に言う:虚廓無為にして能く感応通達し、清明寧静にして能く照察通徹し、万物を感動して之を光輝に煥発せしめ、至誠にして専一幽密、煩擾せず、撓乱せず、淡泊自守して其の常を失わず、これ即ち其の「易」なり。

鄭玄《易贊》曰。即《易序》。易之為名也,一言而函三義,簡易一也,變易二也,不易三也。故《繫辭》云:乾坤其易之蘊耶。又曰:易之門戶耶。又曰:夫乾寉然示人易矣,夫坤隤然示人簡矣,易則易知,簡則易從。此言其簡易之法則也。

鄭玄『易賛』に言う:恵棟夾注——此の篇の『易賛』は即ち『易序』なり。鄭玄曰く:「易」の此の名称は、一個の字は三層の意思を包含す。一は簡易、二は変易、三は不易なり。ゆえに『繋辞』は「乾坤は殆ど『易』の蘊蔵する所なるか」と言い、また言う「乾坤は殆ど『易』の門戸なるか」と言い、また言う「乾は堅確にして移らず易を以て人に顕示し、坤は柔順にして下垂し簡を以て人に顕示す。平易なれば容易に了解せられ、簡約なれば容易に依従せらる」と。此らの講ずる所は正に簡易の法則なり。

《法言·五百》曰:或問天地簡易而聖人法之,何五經之支離。曰:支離蓋其所以為簡易也。由博而約。已簡已易,焉支焉離。約則簡易。

揚雄『法言・五百』篇に言う:人有りて問う、天地既に簡易にして、聖人また天地に取法す、何の故に五経は却て彼の如く支離繁瑣なるや。揚雄回答す:彼らの支離繁瑣は、恰恰正に以て簡易を成就するを用いるなり。恵棟夾注:これは広博に由りて簡約に帰するなり。揚雄続けて言う:既に已に簡、既に已に易なれば、何処に尚お何の支、何の離か有らんや。恵棟夾注:能く簡約に帰すれば、亦た即ち簡易なり。

易

《繫上》曰:乾以易知。鄭注云:易,佼易也。今本《乾鑿度》曰:俲易立節。俲即佼也。

『周易・繋辞上』に言う:乾は平易に凭りて知を主る。鄭玄注解して曰く:「易」は即ち「佼易」にして、即ち簡易なり。恵棟夾注:今本『易緯・乾鑿度』は「俲易立節」と作る、「俲」も亦た即ち「佼」の字なり。

簡(欠)

性命

《文言》曰:乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。

恵棟題して『文言』と作る、引く所は其の実は『乾卦・彖伝』の言なり:乾道は運行変化して、万物をして各々自らの性と命とを端正せしむ。太和の気を保守して之を会合せしめ、是に於て利有りて正固なり。

《說卦》曰:窮理盡性以至於命。虞注云:乾為性。

『説卦伝』に言う:事物の理を窮究し本有の性を尽発して、一直に天命に通達す。虞翻注解して曰く:乾は「性」を取象と為す。

《詩·丞民》曰:天生烝民,有物有則,民之秉彝,好是懿德。鄭箋曰:天之生眾民,其性情有物象,謂五行,仁義禮智信也;其情有所法,謂喜怒哀樂好惡也。然而民所執持有常道,莫不好有美德之人。

『詩経・大雅・烝民』に言う:「上天は衆民を生養し、事物有れば則ち法則有り。民衆の秉持する所の常性は、即ち此の美好の徳を喜好するなり。」鄭玄箋注して曰く:上天は衆民を生養し、彼らの性情は各々相応の物象有り。恵棟夾注:これは五行を指し、即ち仁・義・礼・智・信なり。鄭箋また曰く:彼らの情は各々效法する所有り。恵棟夾注:これは喜・怒・哀・楽・好・悪を指す。鄭箋続けて曰く:然れども民衆の執守する所は自ら常道有りて、美徳有る人を喜好せざる者無し。

正義曰:因經物則異文,故箋分性情為二,性為五性,情為六情以充之。五性本於五行,六情本於六氣。《洪範》五行,水火金木土。《禮運》曰:人者,天地之心,五行之端。是人性法五行也。昭元年《左傳》曰:六氣,陰陽風雨晦明也。昭二十五年《左傳》:民有好惡喜怒哀樂,生於六氣。是六情法六氣也。

孔穎達『正義』に言う:経文の裏の「物」と「則」は用いる所の字同じからざるに因りて、ゆえに鄭箋は性と情とを分かちて両項と為し、五性を以て「性」に配し、六情を以て「情」に配して之を充実す。五性は五行に本り、六情は六気に本る。『尚書・洪範』の講ずる所の五行は、水・火・金・木・土なり。『礼記・礼運』に言う:人は天地の心にして、五行の端緒なり。見るべし人性は五行を效法す。『左伝』昭公元年に言う:六気は即ち陰・陽・風・雨・晦・明なり。『左伝』昭公二十五年に言う:民は好・悪・喜・怒・哀・楽有りて、皆六気より生出する所の者なり。見るべし六情は六気を效法す。

五行謂仁義禮智信者,鄭於《禮記》之說以為木行則仁,金行則義,火行則禮,水行則智,土行則信是也。六情有所法者,服虔《左傳》之注以為,好生於陽,惡生於陰,喜生於風,怒生於雨,哀生於晦,樂生於明是也。

『正義』続けて言う:五行を仁・義・礼・智・信と説成するは、鄭玄の『礼記』注の裏の講法に依拠し、木に属する行は便ち仁、金に属する行は便ち義、火に属する行は便ち礼、水に属する行は便ち智、土に属する行は便ち信と認む。六情各々效法する所有りと説くは、則ち服虔『左伝』注の講法に依拠し、好は陽に生じ、悪は陰に生じ、喜は風に生じ、怒は雨に生じ、哀は晦に生じ、楽は明に生ずと認む。

棟案:翼奉之說,以六情通於十二律。北方之情好也,好行貪狼,申子主之;東方之情怒也,怒行陰賊,亥卯主之,二陰並行,是以王者忌子卯也;南方之情惡也,惡行廉貞,寅午主之;西方之情喜也,喜行寬大,巳酉主之,二陽並行,是以王者吉午酉也;上方之情樂也,樂行奸邪,辰未主之;下方之情哀也,哀行公正,戌丑主之。辰未屬陰,戌丑屬陽,萬物各以其類應。

恵棟按断して曰く:翼奉の学説は、六情と十二律とを貫通するを把うなり。北方の情は「好」なり、好行は貪狼に属し、申・子両支に由りて主管す。東方の情は「怒」なり、怒行は陰賊に属し、亥・卯両支に由りて主管す、これは両陰并行なり、ゆえに王者は子日と卯日とを忌諱す。南方の情は「悪」なり、悪行は廉貞に属し、寅・午両支に由りて主管す。西方の情は「喜」なり、喜行は寛大に属し、巳・酉両支に由りて主管す、これは両陽并行なり、ゆえに王者は午日・酉日を以て吉と為す。上方の情は「楽」なり、楽行は奸邪に属し、辰・未両支に由りて主管す。下方の情は「哀」なり、哀行は公正に属し、戌・丑両支に由りて主管す。辰・未は陰に属し、戌・丑は陽に属す、万物は各々自らの類別に按りて相互感応す。

又云:詩之為學,性情而已。五性不相害,六情更興廢。觀性以歷,觀情以律。張晏曰:性謂五行也,歷謂日也。晉灼曰:翼氏五性,肝性靜,靜行仁,甲己主之;心性躁,躁行禮,丙辛主之;脾性力,力行信,戊癸主之;肺性堅,堅行義,乙庚主之;腎性智,智行敬,丁壬主之也。

翼奉また言う:『詩』の此の門の学問は、講ずる所は只だ性と情のみなり。五性は彼此相妨害せず、六情は則ち交替して興起衰廃す。性を考察するは暦を用い、情を考察するは律を用いんと要す。張晏注解して曰く:「性」は五行を指し、「暦」は日辰を指す。晋灼注解して曰く:翼奉の言う所の五性は此の如し。肝の性は静にして、静は仁に対応し、甲・己に由りて主管す。心の性は躁にして、躁は礼に対応し、丙・辛に由りて主管す。脾の性は力にして、力は信に対応し、戊・癸に由りて主管す。肺の性は堅にして、堅は義に対応し、乙・庚に由りて主管す。腎の性は智にして、智は敬に対応し、丁・壬に由りて主管す。

《大戴·本命》曰:分於道謂之命,形於一謂之性。《春秋元命包》曰:陰陽之性以一起,人副天道,故生一子。化於陰陽,象形而發謂之生。

『大戴礼記・本命』に言う:道の所より分かち得る一份を「命」と曰い、「一」の上に成形するを「性」と曰う。恵棟夾注:『春秋緯・元命包』は講ず、陰陽の性は「一」に由りて発起し、人は天道と相副す、ゆえに一胎は只だ一個の孩子を生ず。『本命』続けて言う:陰陽に由りて化育し、象を取りて形を成して発生し出ずるを、即ち「生」と曰う。

《太玄》曰:察性知命,原始見終。又曰:一生一死,性命瑩矣。瑩,明也。又曰:考終命存乎成。

揚雄『太玄』に言う:本性を審察すれば則ち能く天命を知覚し、開端を推原すれば則ち能く終局を預見す。また言う:一生一死の間に、性と命とも亦た皆明白す。恵棟夾注:「瑩」は即ち明なり。『太玄』また言う:能く天年を善終するは、関鍵は「成」の此の一環に在り。

《呂覧·貴當》曰:治欲者不於欲。欲,貪慾也。於性。性者,萬物之本也,不可長,不可短,因其固然而然之,此天地之數也。

『呂氏春秋・貴当』篇に言う:欲望を治理する者は、欲望の上より下手せず。恵棟夾注:ここの「欲」は貪欲を指す。原文続けて言う:而して是れ本性の上より下手す。本性は万物の根本にして、之に添長を与うる能わず、亦た之に截短を与うる能わず、只だ其の本来の様子に順りて之を此の如くならしむるのみ、これ即ち天地の定数なり。

《春秋元命包》曰:陰陽之性以一起,人副天道,故生一子。

『春秋緯・元命包』に言う:陰陽の性は「一」に由りて発起す。人は天道と彼此相副す、ゆえに一胎は只だ一個の孩子を生ず。

性反の辨

堯舜性之也。乾元用九,一以貫之也。湯武反之也。不遠復,無祗悔元吉也。堯舜生知安行也,湯武學知利行也,及其知之,及其成功一也。孔子性之也,顏淵反之也。

恵棟に言う:尭・舜は天性に本りて自然に之を行う者なり。恵棟夾注:これ即ち乾元の九数を運用し、「一以貫之」なり。湯・武は則ち失いて而も復た返る者なり。恵棟夾注:これ即ち『復』卦の講ずる所の「遠からずして復り、大きき悔無し、元吉」なり。尭・舜は生まれて即ち知り安んじて行い、湯・武は学びて而る後に知り其の利有るに因りて行う。然れども彼らの知るに及び、彼らの成すに及べば、結果は全く一様なり。孔子は天性に本るの一類に属し、顔淵は失いて復た返るの一類に属す。

三才

《繫上》曰:六爻之動,三極之道也。陸績注云:此三才極至之道。

『周易・繋辞上』に言う:六爻の変動は、三極の道を体現するなり。陸績注解して曰く:ここに言う所は即ち天・地・人の三才極致の道なり。

案:極,中也。三極,謂天地人之中也。

恵棟按断して曰く:「極」は即ち中なり。いわゆる「三極」は、指す所は天・地・人各々の中道なり。

《繫下》曰:易之為書也,廣大悉備,有天道焉,有人道焉,有地道焉,兼三才而兩之,故六。六者非它也,三才之道也。

『周易・繋辞下』に言う:『易』の此の書は、広大にして備えざる所無し。其の中に天の道有り、人の道有り、地の道有り。兼ねて三才を取りて各々両爻を以て相配す、ゆえに六爻と為る。六爻は別の者に非ず、即ち三才の道なり。

《說卦》曰:昔者聖人之作易也,將以順性命之理,是以立天之道曰陰與陽,立地之道曰柔與剛,立人之道曰仁與義,兼三才而兩之,故易六畫而成卦。虞注云:謂參天而兩地,乾坤各三爻而成六畫之數也。

『説卦伝』に言う:従前聖人の『周易』を創作するは、是れ之を以て性と命の道理に順応せんと欲するなり。此に因りて天の道を確立するを陰と陽と曰い、地の道を確立するを柔と剛と曰い、人の道を確立するを仁と義と曰い、兼ねて三才を取りて各々両爻を以て相配す、ゆえに『易』は六画に要して乃ち一卦を成す。虞翻注解して曰く:これ即ちいわゆる「参て天両て地」にして、乾と坤とは各々三爻を出だし、合して六画の数を成す。

《繫上》曰:大衍之數五十。述曰:大衍之數五十,三才五行之數也。三才者,日十辰十星二十八合五十。日合於天統,月合於地統,星主斗合於人統,故曰三才。五行者,天地之數五十有五,土生數五,成數五。本揚子《太玄》、《月令》五行舉成數。

『周易・繋辞上』に言う:大衍の数は五十なり。恵棟『周易述』の裏に解説す:大衍の数五十は、即ち三才と五行の数なり。いわゆる三才は、十日・十辰・二十八宿合して五十と為る。恵棟原文は「辰十」と作る、数理に依れば当に十二辰と為すべく、十日・十二辰・二十八宿相加えて恰も五十なり。恵棟夾注:日は天統に配合し、月は地統に配合し、星と北斗とは人統に配合す、ゆえに三才と曰う。いわゆる五行は、天地の数は総じて五十有五にして、土の生数五と成数五とを減ずれば、正に五十を残す。恵棟夾注:これは揚子『太玄』と『月令』とに本り、五行を講ずる時は只だ成数を挙ぐるのみ。

中央土,其數五,與《太玄》合。五十有五減五,故五十,此五行之數也。《繫》曰:「參五以變。」漢人解參五皆謂三才五行。《中庸》曰:「唯天下至誠為能盡其性,能盡其性則能盡人之性,能盡人之性則能盡物之性,能盡物之性則可以贊天地之化育,可以贊天地之化育則可以與天地參矣。」

河図は五行方位を分配し、中央は土に属し、土の数目は五なり、これは揚雄『太玄』の五を以て中に居ると為すの説法と相合す。天地の数は総じて五十有五にして、中央土の此の五を減ずれば、五十を残す、正に『繋辞』の言う所の大衍の数なり——これは五行の一路より推算して出る数目なり。『繋辞』に「参五以て変ず」と言う、漢代の学者は「参」と「五」とを解釈して、皆三才と五行の此の両項を指す。『中庸』に言う:只だ天下の最も真誠の人のみ、乃ち能く自らの本性を完全に実現し出す。能く自らの本性を実現し出せば、便ち能く別人の本性をして亦た各々実現を得せしむ。能く別人の本性を各々実現せしめば、便ち能く万物の本性をして各々其の生を遂げしむ。能く万物の本性をして各々其の生を遂げしめば、便ち以て天地の万物を化育するを襄助すべし。能く天地の万物を化育するを襄助せば、亦た即ち以て天地と并列して三と為るべし——これ正に「参」の字の本義の所在なり。

《越語》范蠡曰:「夫人事必將與天地相參,然後乃可以成功。」韋昭曰:「參,三也,天地人事三合乃可以成大功。」《左傳》昭十一年「三墳」,馬融云:「三墳,三氣,陰陽始生天地人之氣也。」《左傳正義》。《易乾鑿度》曰:「易始於一。」鄭注云:「易本無體,氣變而為一,故氣從下生。」「分於二」,清濁分於兩儀;「通於三」,陰陽氣交,人生其中,故為三才。

『国語・越語』に范蠡の言を記す:人間の事は必定に天地と相配合して三と成りて、然る後に乃ち能く功業を成就す。三国韋昭注を作りて曰く:「参」は即ち三、天・地と人事の三者相合して、始めて以て大功を成就すべし。『左伝』昭公十一年に上古典籍「三墳」に提及す、東漢馬融解釈して曰く:いわゆる三墳は、三種の気を講ず、即ち陰陽初生の時の天・地・人三者の気なり——此の条は『左伝正義』の引く所に見ゆ。緯書『易乾鑿度』に言う:「易は一に始まる。」鄭玄注解して曰く:易は本より固定の形体無く、元気一変して「一」と為る、ゆえに気は自下而上に生発するなり。『乾鑿度』続けて「二に分かつ」と言う、清気と濁気との分判して両儀と為るを指す。「三に通ず」と言う、陰陽二気の交感して、人は其の中に産生す、此に因りて「三才」と曰うを指す。

劉歆《三統曆》曰:三統者,天施地化,人事之紀也。十一月乾之初九,陽氣伏於地下,始著為一,萬物萌動,鍾於太陰,故黃鍾為天統,律長九寸。九者,所以究極中和,為萬物元也。《易》曰:「立天之道曰陰與陽。」

劉歆『三統暦』に言う:いわゆる「三統」は、即ち上天の施予・大地の化育・人事の条理の此の三条の綱紀なり。十一月は乾卦初九に配し、陽気は地下に潜伏し、始めて顕露して「一」と為り、万物此に由りて萌動し、声気は太陰に聚帰す、ゆえに此の一月の律管黄鍾は「天統」に属し、律管の長さ九寸なり。「九」の此の数を取るは、九は能く中和の極を窮究し、万物の本元の所在に因るなり。『説卦』の「立天之道曰陰与陽」と言うは、正に此の一統を講ずるなり。

六月坤之初六,陰氣受任於太陽,繼養化柔,萬物生長,楙之於六合之內,令剛柔有體也。「立地之道曰柔與剛」,「乾知大始,坤作成物」。正月乾之九二,萬物棣通,族出於寅,人奉而成之,仁以養之,義以行之,令事物各得其理。寅,木也,為仁;其聲商也,為義。故太簇為人統,律長八寸,象八卦,宓戲氏之所以順天地、通神明、類萬物之情也。「立人之道曰仁與義」。

六月は坤卦初六に配し、陰気は太陽の所より職任を承受し、接続して養育し化生柔順し、万物是に於て長成し、繁茂して天地四方の内に充満し、剛と柔とをして各々形体有らしむ。これ即ち『説卦』の言う所の「立地之道曰柔与剛」にして、即ち『繋辞』の言う所の「乾知大始、坤作成物」なり。正月は乾卦九二に配し、万物は通達舒展し、族類は寅位に萌生し、人に由りて天地の功を承接して之を玉成す。仁徳を以て之を養育し、義理を以て之を推行し、万事万物をして各々応有の条理を得せしむ。寅は五行に於て木に属し、木は仁を主る。寅位の声は商に属し、商は義を主る。ゆえに正月の律管太蔟は「人統」に属し、律管の長さ八寸、八卦に取象す、これ正に伏羲氏の以て天地に順応し神明を貫通し万物の性情を分別する憑借なり。これ即ち『説卦』の言う所の「立人之道曰仁与義」なり。

《春秋元命包》曰:「天人同度,正法相受,垂文象,人行其事謂之教。」教之為言效也,道之始也。「在天成象,在地成形」,「後以裁天地之道,輔相天地之宜以左右民」,此三律之謂矣,是為三統。其於三正也,黃鍾子為天正,林鍾未之沖丑為地正,太簇寅為人正。三正正始,是以地正適其始紐於陽,東北丑位。《易》曰:「東北喪朋,乃終有慶。」答應之道也。《論語疏》曰:「統者,本也。」謂天地人之本。

緯書『春秋元命包』に言う:天道と人事とは同一の法度、正法は上下相承して、上天は文彩星象を垂示し、人は之に依りて実行に往くを、「教」と曰う。「教」の此の字の意思は即ち效法にして、人道の開端なり。『繋辞』に「在天成象、在地成形」と言い、『泰卦』大象に人君の「天地之道を裁成し、天地之宜を輔相して、以て民を左右す」と言うは、正に黄鍾・林鍾・太蔟の此の三支の律管の象徴する所の道理を講ず、これを「三統」と曰う。「三正」の上に落とせば:黄鍾は子に配し、是天正なり。林鍾は未に配す、未の対衝は丑なり、ゆえに丑は地正と為す。太蔟は寅に配す、是人正なり。三正は皆開端を端正するに着眼す、ゆえに地正は恰好其の起点を陽気初動の処に係結す、即ち東北丑位なり。『坤』卦辞に言う:「東北は朋を喪うも、乃ち終に慶有り。」これ正に天人彼此感応回答するの道理なり。『論語疏』に言う:「統は即ち本なり。」天・地・人三者の根本を指す。

又曰:「太極元氣,函三為一。」極,中也;元,始也。孟康曰:「元氣始起於子未分之時,天地人混合為一,故子數獨一也。」又曰:「三統合於一元。」王砅《元珠密語》曰:「天地人俱生於太初。」

『漢書・律暦志』また言う:「太極元気、三を函して一を為す。」「極」は中の意、「元」は始の意にして、太極の此の一団の元気は天地人三者を其の裏面に包裹して渾然として一を為す。三国孟康注を作りて曰く:元気は最初に子位に興起し、彼の時天・地・人は尚お未だ分判せず、混合して一体と成る、ゆえに子の数は単に「一」のみ。『律暦志』また言う:「三統は一元に合す。」唐代王砅『元珠密語』も亦た言う:天・地・人は皆太初に産生す。

董子《繁露》曰:「古之造文者,三畫而連其中謂之王。三畫者,天地與人也;而連其中者,通其道也。取天地與人之中以為貫而參通之,非王者孰能當是。」《說文》曰:三者,天地人也;而參通之者,王也。孔子曰:「一貫三為王。」《字林》曰:「王者,天地人一貫三為王,天下所法也。」《法言·君子》曰:「通天地人曰儒,通天地而不通人曰伎。」

董仲舒『春秋繁露』に言う:古人の字を造るに、三横を画き再び一竪を用いて中間を貫通す、則ち「王」と曰う。三横は天・地と人とを代表す。中間を貫通するは、三者の道を打通するを言うなり。能く天・地・人三者の中心を取りて以て貫串と為し、之らを参合会通す、王者に非ざれば誰か此の字に配するを得んや。許慎『説文解字』に言う:「三」は天・地・人を代表す。能く三者を参合会通するは、即ち王なり。并せて孔子の言を引きて曰く:「一は三を貫きて王と為る。」晋代呂忱『字林』に言う:いわゆる王は、即ち天・地・人三者を一竪を以て貫通して成るにして、天下の取法する対象なり。揚雄『法言・君子』に言う:能く天・地・人を貫通するを「儒」と曰い、只だ天地に通じて而も人事に通ぜざるは、只だ一種の技藝と算するのみ。

又曰:「唯人道可以參天。」《周書·小開武》曰:「周公曰:三極,一維天九星,二維地九州島,三維人四虞。」揚子《太玄》曰:「夫玄也者,天道也,地道也,人道也,兼三道而天名之。」注云:「天地人三者俱謂之玄。玄,天也,故以天名也。」又曰:「君臣父子夫妻之道。」注云:「此三者,人倫之大綱,俱行於天也。」

『法言』また言う:只だ人道のみ能く天と并列して三と為るを得。『逸周書・小開武』に記す:周公曰く、三極は——第一維は天にして、天上の九星に配す。第二維は地にして、天下の九州に配す。第三維は人にして、山沢を掌る「四虞」の官に配す。(底本は「九州」の下に一個の「島」の字を多出す、是れ後来転写の時に窜入するなり。)揚雄『太玄』に言う:いわゆる「玄」は、即ち天道、即ち地道、即ち人道、兼ねて此の三道を包みて「天」を以て之を命名す。注文に言う:天・地・人三者は皆「玄」と曰うべし。玄は即ち天なり、ゆえに天を拿りて以て之を称呼す。『太玄』また言う:玄も亦た即ち君臣・父子・夫妻の道なり。注文に言う:此の三者は人倫の大綱にして、皆天道の中に通行す。

才

孟子論性而及才。才者,天之所降,故曰「降才」,即《說卦》之三才也:在天曰陰陽,在地曰柔剛,在人曰仁義。故孟子論為不善云「非才之罪」,因舉仁義禮智而云:「或相倍蓰而無算者,不能盡其才者也。」繼而言天之降才,繼又言存乎人者有仁義,而云牿亡之後未嘗有才,知才為天之所降明矣。

孟子は人性を討論し、同時に「才」に講じ及ぶ。いわゆる才は、上天の人に賦与する資質なり、ゆえに『孟子・告子上』に「天之降才」の説法有り。此の「才」は、即ち『説卦』の講ずる三才なり。天に在りては陰と陽と曰い、地に在りては柔と剛と曰い、人に在りては仁と義と曰う。ゆえに孟子は人の何の故に悪を為すを分析して曰く、「これは資質の罪過に非ず」と。また仁・義・礼・智の四端を挙出し、続けて言う:人の彼此相差するや一倍五倍甚至りては計算する能わざるに多き有るは、是れ天賦の資質を底まで発揮せざるの縁故なり。彼は先ず上天の資質を降下するを講じ、再び人の身上に存留する仁有り義有るを講じ、然る後に良心の梏害亡失する後は、便ち曾て資質有ること有らざるが如し——此に由りて知るべし「才」は上天の賦与する所なり、此の一層の意思は甚だ明白なり。

情

孟子曰:「乃若其情則可以為善矣。」又云:「若夫為不善,非才之罪也。」繼又云:「人見其禽獸也,而以為未嘗有才焉者,是豈人之情也哉。」孟子言性而及情,情猶性也,故《文言》曰:「利貞者,性情也。」俗本云「利貞者,性情也」,王弼注,遂有性情之語,是性善而情惡,非孟子之義也。《彖傳》曰屢言天地之情,情猶性也。《中庸》曰:「喜怒哀樂之未發謂之中,發而皆中節謂之和。」情和而性中,故「利貞者,性情也」。利貞故中和,六爻不皆中,故云貞。

孟子曰く:「人の本情に就きて言えば、善を為すを得るなり。」また曰く:「人有りて不善の事を做出するに至りては、并せて資質の罪過に非ず。」続けてまた曰く:「別人の彼を看るに禽獣の如し、則ち以為す彼は曾て善の資質有らざるなりと、これ豈に人の本情ならんや。」孟子は性を講じて連帯して情に講じ及ぶ、情と性とは本より一個の事なり。ゆえに『乾・文言』に曰く:「利貞する者は、性情なり。」通行本も亦た「利貞者、性情也」と作る、然れども王弼注を作りて、是に於て性と情とを分かちて対説するの講法有り、成りて性善にして情悪と為す——これは孟子の本意に非ず。『彖伝』の裏は屢々「天地之情」に講じ及ぶ、彼の情も同じく即ち性なり。『中庸』に言う:「喜怒哀楽の未だ発動せざるを中と曰い、発し出して皆節度に合するを和と曰う。」情は「和」に合し、性は其の「中」を守る、ゆえに「利貞者、性情也」と曰う。能く利し能く貞にして、乃ち中和を談ずるを得。而して六爻は并せて皆中位に居るに非ず、ゆえに只だ一個の「貞」の字を提す。

積

《易》《中庸》皆言積,荀子亦言積。《學記》「比年入學」一段,乃學之積也。《記》「蛾子時術之」,鄭氏以為「其功乃復成大垤」,此積之效也。《易》乾初九上經「潛龍勿用」,干寶注曰:「初九甲子,天正之位,而乾元所始也。」《文言》曰:「元者善之長也。」坤初六「履霜堅冰至」,《象》曰:「履霜堅冰,陰始凝也。馴致其道,至堅冰也。」

『周易』と『中庸』とは皆「積」を講じ、荀子も亦た「積」を講ず。『礼記・学記』の裏の「比年入学」の彼の一段は、講ずる所は正に学問の積累なり。『学記』は古『記』を引きて「蛾子は時に之を術う」と言い、鄭玄解釈して為す:小螞蟻は断えず大蟻の土を啣えるを效法し、日子久しければ竟に能く大蟻封を堆成す——これ即ち積累の功効なり。上経乾卦初九爻辞「潜竜勿用」に、晋人干宝注を作りて曰く:初九は干支甲子に配し、天正の位にして、亦た乾元発端の処なり。『乾・文言』に言う:「元は衆善の首なり。」坤卦初六爻辞「履霜堅氷至」に、『小象伝』に言う:霜に履めば則ち堅氣の将至るを知る、これは陰気の凝結を始むるなり。此の路に順りて一歩々々走下りて往けば、終竟に堅氷の歩に走到せん。

《文言》曰:「積善之家必有餘慶。」虞注云:謂初乾為積善,以坤牝陽滅出復震為餘慶,謂「東北喪朋,乃終有慶」也。「積不善之家必有餘殃」,坤積不善以臣弒君,以乾通坤,極姤生巽為餘殃。

『坤・文言』に言う:「善を積むの家は必ず余慶有り。」虞翻注解して曰く:ここの「積善」は初爻の本より乾陽に属するを指し、陽は即ち善なり。陽は坤の此の牝陰に掩滅せられて潜蔵し、復卦初九の震陽の重新に出現するに到りて、便ち「余慶」なり、即ち『坤』卦辞の言う所の「東北喪朋、乃終有慶」なり。下の一句「不善を積むの家は必ず余殃有り」は、坤陰の不善を積累し、以て臣下の君主を弑殺するに致るを言う。乾坤両卦の旁通より看れば、陽は盛んに極処に到れば便ち転じて陰を生じ、姤卦初六は巽体を生出し、陰は自ら此より起る、これ即ちいわゆる「余殃」なり。

「臣弒其君,子弒其父」,坤消至二,艮子弒父;至三成否,坤臣弒君。「非一朝一夕之故,其所由來者漸矣」,剛爻為朝,柔爻為夕。「由辨之不早辨也」,鄭云:「辨,別也。」《述》云:復小而辨於物,則辨之早矣。《易》曰「履霜堅冰至」,蓋言順也。《穀梁》僖十七年傳曰:「君子惡惡疾其始。」

『文言』続けて「臣は其の君を弑し、子は其の父を弑す」と言う:卦変の上より看れば、坤陰は乾陽を銷蝕して第二爻に到り、艮体を成す、艮は少男を為し、児子の父を弑するを象徴す。第三爻に銷蝕して否卦を成し、下体は坤を為し、坤は臣を為し、臣下の君を弑するを象徴す。「一朝一夕の故に非ず、其の由りて来る所の者は漸なり」の一句は、剛爻は早晨を象徴し、柔爻は夜晚を象徴し、一剛一柔は正に「一朝一夕」に合す。「辨るに早く辨ぜざるに由る」に、鄭玄解釈して曰く:「辨」は即ち分別なり。恵棟『周易述』に言う:復卦一陽は微小なりと雖も、却て已に能く万物の中に善端を分辨す、これ即ち辨るの早きなり。ゆえに『文言』は「『易』に曰く、霜に履めば堅氷至る」と引く、是れ陰気の次第に順りて一歩々々累積するを言うなり。『穀梁伝』僖公十七年に言う:君子は邪悪を憎悪するは、其の剛に萌芽するの時より之を痛恨するなり。

《繫上》曰:「鳴鶴在陰,其子和之。」子曰:君子居其室,出其言善,則千里之外應之,況其邇者乎;居其室,出其言不善,則千里之外違之,況其邇者乎。言出乎身,加乎民;行發乎邇,見乎遠。言行,君子之樞機,樞機之發,榮辱之主也。言行,君子之所以動天地也,可不慎乎。

『繋辞上伝』に中孚九二爻辞を引く:「鳴鶴は陰に在りて、其の子は之に和す。」孔子解釈して曰く:君子は自らの屋裏に安処して、説き出す言は善なれば、千里之外の人は皆響応す、況んや身辺近処の人をや。自らの屋裏に安処して、説き出す言は不善なれば、千里之外の人は皆背離す、況んや身辺近処の人をや。言は自身より説き出でて、影響は便ち百姓の身上に加わる。行為は近処より発動して、効験は却て遠方に顕現す。言と行とは君子の門軸と弩機なり、門軸弩機は一たび発動すれば、栄と辱とは便ち之に由りて主を為す。言と行とは、君子の以て天地を感動する憑借なり、豈に謹慎せざるを得んや。

甲子卦氣起中孚,互艮為居,巽陽隱室,故「居其室」。震為出、為言,善謂復初,震巽同聲相應,故「千里之外應之」。邇謂坤,不善謂姤復,「差以豪釐,繆以千里」,故「千里之外違之」。坤為身、為民、為邇,震為行,乾為遠。樞主闔闢,機主發動,乾陽為榮,坤陰為辱,故「樞機之發,榮辱之主」。中孚二變成益,巽風動天,震雷動地,故云「言行,君子之所以動天地也」。艮為慎,故「可不慎乎」。

漢人の卦気の説に依れば、甲子の此の一年の卦気は中孚より起算す。中孚二至四の爻は互体して艮を成し、艮は門闕を為し止息を為し、「居処」の義を取る。巽は潜伏を為し、陽爻は屋室の中に隠蔵す、ゆえに爻辞は「其の室に居る」と言う。震は出を為し言語を為し、「善」は復卦初九の彼の一陽を指し、震と巽とは声気相同じく彼此感応す、ゆえに「千里之外之に応ず」と曰う。「邇」は坤を指し、「不善」は姤卦初陰と復卦初陽との分際を指す、毫厘を差えば則ち千里に謬る、ゆえに「千里之外之に違う」と曰う。坤は身を為し民を為し近を為し、震は行動を為し、乾は遠を為す。門枢は開合を主管し、弩機は発射を主管す。乾陽は栄顕を象徴し、坤陰は耻辱を象徴す、ゆえに「枢機の発は、荣辱の主」と曰う。中孚第二爻は変動すれば則ち益卦と成り、益卦は上巽下震にして、巽風は天に鼓動し、震雷は地に震動す、ゆえに「言行は、君子の天地を動かす所以なり」と曰う。艮は止の義有りて、引申して謹慎と為す、ゆえに「慎まざるべからずか」と曰う。

《繫下》曰:「善不積不足以成名。」虞注云:「乾為積善,陽稱名。」「惡不積不足以滅身」,坤為積惡、為身,以乾滅坤,故「滅身」者也。「小人以小善為無益而弗為也」,小善謂復初;「以小惡為無傷而弗去也」,小惡謂姤初。

『繋辞下伝』に言う:「善積まざれば以て名を成すに足らず。」虞翻注解して曰く:乾は積善を為し、陽爻は「名」と称するを得。下の句「悪積まざれば以て身を滅するに足らず」は、坤は積悪を為し、又た身体を為す、乾陽を用いて坤陰を消滅するに往けば、ゆえに「滅身」と曰う。「小人は小善を以て益無しと為して而も為さず」は、ここの小善は復卦初九の彼の一点の微陽を指す。「小悪を以て傷無しと為して而も去らず」は、ここの小悪は姤卦初六の彼の一点の微陰を指す。

「故惡積而不可弇」,謂陰息姤至遯,子弒其父,故「惡積而不可弇」;「罪大而不可解」,陰息遯成否,以臣弒君,故「罪大而不可解」。《易》曰:「何校滅耳,凶。」《呂覧·別類》曰:「義小為之則小有福,大為之則大有福。於禍則不然,小有之不若其亡也。」高注云:「禍雖微小,積小成大,故不若亡。」

『繋辞下』に「ゆえに悪積みて而も弇ぐべからず」と言う、虞翻解釈す:陰気は姤卦より遯卦に滋長し、遯の下体は艮を為し、艮は少男を為し、児子の父を弑するを象徴す、ゆえに悪は積累して掩い盖うべからざるに到ると曰う。下の句「罪大にして而も解くべからず」は、陰気は遯卦より再び否卦に長成し、否の下体は坤を為し、坤は臣を為し、臣下の君を弑するを象徴す、ゆえに罪は大にして解免するに法無しと曰う。此に因りて『噬嗑』上九爻辞に「何校耳を滅す、凶」と言う:重枷は耳朵を圧住す、是れ凶険の象なり。『呂氏春秋・別類』に言う:義に合する事は、小さく為れば則ち小さく福を得、大きく為れば則ち大きく福を得。禍に至りては則ち此の様に非ず、禍は即ち一点に沾るのみと雖も、亦た根本に無きに如かず。高誘注を作りて曰く:禍患は細微なりと雖も、小を積みて以て大を成すべし、ゆえに之を压根に存在せしめざるに如かず。

揚子《太玄》曰:「君子在玄則正,在福則沖,在禍則反;小人在玄則邪,在福則驕,在禍則窮。」案:「在玄則正」,慎獨也,在《易》為乾初九;「在玄則邪」,閒居為不善也,在《易》為坤初六。賈子《新書·修政語》曰:「顓頊曰:功莫美於去惡而為善,罪莫大於去善而為惡。故非吾善善而已也,善緣善也;非吾惡惡而已也,惡緣惡也。吾日慎一日,其此已也。」

揚雄『太玄』に言う:君子は幽玄未顕の時に処りて能く正を守り、福の中に処りて能く虚にして盈たず、禍の中に処りて能く身を反りて自ら求む。小人は幽玄未顕の時に処れば則ち已に邪僻し、福の中に処れば則ち驕縦し、禍の中に処れば則ち困窮す。恵棟按す:「玄に在れば則ち正」は、即ち『中庸』の講ずる所の慎独にして、『周易』の裏に於ては乾卦初九の潜竜に相当す。「玄に在れば則ち邪」は、即ち『大学』の言う所の小人の独居する時不善の事を作すにして、『周易』の裏に於ては坤卦初六の履霜に相当す。賈誼『新書・修政語』に言う:顓頊かつて講じたり、功業は悪を去りて善を行うより美しきは無く、罪過は善を丢開して悪を作すより大なるは無し。ゆえに我は并せて只だ善行本身を嘉許するに非ず、是れ善の能く善を引来するに因るなり。亦た并せて只だ悪行本身を憎悪するに非ず、是れ悪の悪を招来する会あるに因るなり。我は一日比一日更加に謹慎す、道理は便ち此処に在り。

《大戴禮·保傅》曰:「《易》曰:正其本,萬物理。」本謂初。《范升傳》:「正其本,萬物理。」劉向《說苑》:「建其本而萬物理。」「失之毫釐」,初尙微,故云毫釐。《詩》云:「德輶如毛。」「差之千里,積善餘慶,積惡餘殃」,故「差之千里」。「故君子慎始也」,辨之早。棟案:此語本諸日法。後漢太史令虞恭曰:「日法所該,通遠無已,損益毫釐,差以千里」是也。

『大戴礼記・保傅』に言う:『易』に言有り、「其の根本を端正せば、万物は条理有り」。ここの「本」は初爻を指す。『後漢書・范升伝』も亦た「其の本を正せば、万物理せん」と引きて作る、劉向『説苑』は則ち「其の本を建てて万物理す」と作る。いわゆる「毫厘を失う」は、初爻の尚お極めて微小なるに因る、ゆえに毫厘を以て形容す。『詩経・大雅・烝民』に「徳は輶きこと毛の如し」と言う、徳は軽きこと一根の羽毛の如し。下面続けて「千里を差え、善を積めば余慶、悪を積めば余殃」と講ず、正に積累に余慶余殃の分別有るに因りて、ゆえに千里を差うと曰う。「ゆえに君子は始を慎む」は、即ち辨別するの早きを要するなり。恵棟按す:此の幾句の言は暦法の上の「日法」に本る。東漢太史令虞恭かつて言いたり:日法の包挙する所の推算は、久遠に通じて窮尽無く、一毫一厘を増減すれば、遠処に推して千里を差出す——正に此の意なり。

《禮記·經解》曰:禮之教化也微,其止邪也於未形,使人日徙善遠罪而不自知也。《易》曰:「君子慎始,差以毫釐,繆以千里」,此之謂也。鄭注云:「始謂其微時也。」《正義》曰:「此《易·繫辭》文也。」愚謂此《繫辭》逸文。

『礼記・経解』に言う:礼の教化は潜移默化の者にして、其れは邪悪を阻止すること邪悪の未だ成形せざるの時に発生せしめず、人をして一日々々善良に遷り罪過に遠離せしめて而も自ら察覚せず。『易』に「君子は始を慎む、毫厘を以て差え、千里を以て謬る」と言うは、講ずる所は即ち此の道理なり。鄭玄注を作りて曰く:いわゆる「始」は、事の尚お極めて細微なるの時を指す。孔穎達『正義』に言う:これは『周易・繋辞』の裏の文句なり。恵棟自ら謂う:今本『繋辞』は并せて此の幾句無し、当に『繋辞』の散失して外に在る逸文と為すべし。

《史記》太史公曰:「敘曰:《春秋》弒君三十六,亡國五十二,察其所以,皆失其本矣。」謂不早辨。故《易》曰:「差以毫釐,繆以千里。」故曰:「臣弒君,子弒父,非一朝一夕之故,其漸久矣。」《周易述疏》云:古文《周易》太史公猶見其全,而大小戴《禮察》《保傅》《經解》及《易緯·卦驗》亦引之,或遂以為緯書之文,非也。

『史記・太史公自序』に言う:『春秋』の裏に記載する君主を弑殺するは三十六起有り、滅亡する国家は五十二個有り、其の縁由を考察すれば、皆是れ根本を喪失す。いわゆる根本を喪失するとは、即ち早く及びて辨察せざるなり。ゆえに『易』に曰く:「毫厘を以て差え、千里を以て謬る。」ゆえにまた曰く:臣下の君を弑し児子の父を弑するは、皆一朝一夕の造成に非ずして、是れ逐漸に積累して甚だ久しきなり。恵棟『周易述』の疏文に言う:古文『周易』は、司馬遷当時は尚お完整の本子を見るを得、而して大戴『礼記』の『礼察』『保傅』、小戴『礼記』の『経解』及び『易緯・卦験』も皆此の幾句を引きたり。人有りて此に因りて彼らを緯書の文字と断定す、これは対ならざるなり。

《韓非子·外儲說》曰:「患之可除,在子夏之說《春秋》。子夏曰:《春秋》之記,臣弒君、子弒父者以十數矣,皆非一日之積也,有漸而至矣。凡奸者行久而成積,積成而力多,力多而能殺,故明主蚤絶之。」又曰:「子夏曰:善持勢者蚤絶奸之萌。」《管子·權修》曰:「欲民之正則微邪,不可不禁也。微邪者,大邪之所生也。微邪不禁而求大邪之無傷國,不可得矣。」

『韓非子・外储説』に言う:禍患の消除するを得る所以は、関鍵は子夏の『春秋』を解説する彼の番の言に在り。子夏曰く:『春秋』の記する所の臣下の君を弑し児子の父を弑する事は、数え出して几十起有り、皆一日の内に積成するに非ずして、而して逐漸に彼の歩に発展するなり。凡そ奸邪の人は、行事日に久しければ便ち気候を積成し、気候を積成せば力量便ち大なり、力量一たび大なれば便ち能く弑を行う、ゆえに英明の君主は早く及びて之を断絶せんと要す。『外储説』また記す:子夏かつて言いたり、権勢を掌握するに善き者は、総じて奸邪の剛に萌芽する時に於て之を断絶す。『管子・権修』に言う:百姓を端正せんと欲せば、則ち細小の邪僻は禁止せざるべからず。細小の邪僻は、正に大奸大悪の産生する根源なり。細小の邪僻を禁止せずして、却て大の邪悪の国家を危害せざるを指望するは、是れ辦り到る能わざるなり。

《尚書大傳》曰:「《書》曰:三歲考績,三考黜陟幽明。」其訓曰:「一至三以至九年,天數窮矣,羊德終矣。積不善至於幽,六極以類降,故黜之;積善至於明,五福以類升,故陟之。皆所自取,聖無容心也。」揚子《太玄》曰:陽推五福以類升,陰幽六極以類降,升降相關,大貞乃通。蓋畫卦與衍疇,其類一也。

『尚書大伝』に言う:『尚書・舜典』は「三年一回政績を考核し、三回考核の後は則ち昏庸を貶黜し賢明を升進す」と講ず。其の解説は:一年より三年に数え、再び九年に数えて、天数は便ち窮尽し、此の一輪の徳も亦た走完す(「羊」の字は当に「陽」の訛と為すべし)。不善を積累して昏暗の一類に落入する人は、六種の極凶の事は類に按りて彼の身上に降臨す、ゆえに彼を貶黜す。善行を積累して明察の一類に達する人は、五種の福は類に按りて彼の身上に升集す、ゆえに彼を升進す。此らは皆各人自ら招来する所にして、聖人は并せて何の私意を其の中に存せざるなり。揚雄『太玄』に言う:陽気は五福を類に按りて推升し上げ、陰気は六極を類に按りて降落下せしむ、升と降とは彼此相関連し、大正の道を守住して乃ち能く通達す。見るべし伏羲の卦を画くと『洪範』の九疇を推衍するとは、其の中の類例は本より同一個の道理なり。

《淮南·繆稱》曰:「《易》曰:剝之不可遂盡也,故受之以復。積薄為厚,積卑為高,故君子日孳孳以成輝,小人日快快以至辱。其消息也,離朱弗能見也。」消息微,故離朱弗能見。《徐乾中論·修本》曰:「先民有言:明出乎幽,著生於微。故宋井之霜以基升正之寒,黃蘆之萌以兆大中之暑,事亦如之。故君子修德,始乎笄丱,終乎鮐背;創乎夷原,成乎喬嶽。《易》曰:升,元亨,用見大人勿恤,南征吉。」積小致大之謂也。

『淮南子・繆称』に言う:『易』は剥卦の能く一直に剥して尽頭に到ること能わざるを講ず、ゆえに続くは復卦なり。薄の積み起れば則ち厚と為り、低の積み起れば則ち高と為る、ゆえに君子は一日々々勤勉不懈して終に光輝を成し、小人は一日々々苟且放縦して終に耻辱を致す。此の一消一長の過程は極めて隠微にして、視力最も好き離朱も亦た看出す能わず。恵棟曰く:消息の機は太だ細微なり、ゆえに離朱も亦た見るを得ず。徐幹『中論・修本』に言う:古人言有り、光明は幽暗より出で、顕著は細微より生ず。ゆえに宋国井中の結する一層の薄霜は、已に升正時節の厳寒の為に根基を奠下し、黄芦の剛に吐き出す一点の嫩芽は、已に大暑時節の酷熱を預兆す、人事も亦た此の如し。ゆえに君子は德行を修養するに、束髪挿笄の少年より始まり、背に鮐紋を生ずるの老年に至りて止む。起頭は只だ一片の平地にして、最終は高山と為りて成就す。『升』卦辞に言う:升は、大いに亨通し、大人に進見するに宜しく、憂慮を必とせず、南に向かって進発すれば吉利なり。講ずる所は正に小を積みて大を成すの道理なり。

《韓非子·喻老》曰:「扁鵲見蔡桓公,立有間,扁鵲曰:君有疾在腠理,不治將恐深。故良醫之治病也,攻之於腠理,此皆爭之於小者也。夫事之禍福亦有腠理之地,故曰聖人早從事焉。」

『韓非子・喻老』に言う:扁鵲は蔡桓公に進見し、一會児立ちて、扁鵲曰く:君は病有りて皮肤紋理の間に在り、医治せざれば恐らく深処に向かって発展せんと要す。ゆえに高明の医師の病を治するは、総じて病の尚お腠理に停留する時に於て下手して攻治す、此らは皆細小の処に於て勝負を争うなり。人事の禍と福とは、同じく其の「腠理」の如き初起の階段有り、ゆえに聖人は総じて早く及びて着手して処置すと曰う。

《漢書》仲舒對策曰:冊曰:「上嘉唐虞,下悼桀紂,寖微寖滅寖明寖昌之道,虛心以改。」臣聞眾少成多,積小至巨,故聖人莫不以晻,暗,致明,以微致顯。是以堯發於諸侯,舜興乎深山,非一日而顯也,蓋有漸以致之矣。言出於己,舜察邇言,不可塞也;行發於身,不可揜也。言行,治之大者,君子之所以動天地也。

『漢書・董仲舒伝』の載する所の対策に言う:策問の裏に講ず、上は唐尭虞舜を称美し、下は夏桀商紂を痛惜し、彼の種の逐漸に衰微して以て滅亡・逐漸に清明して以て昌盛するの道理に対し、願わくは虚心に聴取して以て改進を求めんと。臣聞く、少量の物は聚まり多ければ便ち大量と成り、細小の物は積み起れば便ち巨大と成る、ゆえに聖人は暗昧より光明に走向し細微より顕著に走向せざるの者無し(「晻」は即ち暗の字なり)。此に因りて唐尭は最初は不過一個の諸侯、虞舜は起初は深山に隠居し、皆一日の間に顕達するに非ずして、皆逐漸に積累して乃ち彼の歩に到る。言は自ら一人の口より出づると雖も、虞舜の如く浅近の言も亦た留心考察すれば、則ち堵塞し住むる能わず。行為は自ら一身より発すると雖も、亦た遮掩する能わず。言と行とは政治の中の大事にして、君子の以て天地を感動する憑借なり。

《易》卦氣起中孚,始著為一,初九是也。初九體震,與姤旁通,震為言、為行,震雷動地,巽風動天,故動天地。乾為積善,初尚微小,故「盡小者大,慎微者著」。《詩》云:「惟此文王,小心翼翼。」故堯兢兢日行其道,而舜業業日致其孝,積善而名顯,得彰而身尊,此其寖明寖昌之道也。積善在身,猶長日加益而人不知也;積惡在身,猶火之銷膏而人不見也,非明乎性情、察乎流俗者孰能知之。又云:夫暴逆不仁者,非一日而亡也,亦以漸至,故桀紂雖亡道,然猶享國十餘年,此寖微寖滅之道也。

恵棟易理を用いて此の一段を疏通す:卦気は中孚より起算し、始めて顕露して「一」と為る、指す所は即ち乾卦の初九なり。初九は震体に処り、姤卦と旁通し、震は言語を為し行動を為す。震雷は大地を震動し、巽風は上天を鼓蕩す、ゆえに能く天地を感動すと曰う。乾は積善を為し、初爻は尚お極めて微小なり、ゆえに『荀子』は「小処を尽くす者は其の大を成し、細微の処に謹慎する者は顕著を得」と言う。『詩経・大明』に言う:「即ち此の位の文王は、小心謹慎なり。」ゆえに唐尭は戦戦兢兢として一日々々其の正道を推行し、虞舜は勤勉不懈にして一日々々其の孝道を尽くす。善は積み多ければ名声便ち顕揚し、名声顕揚すれば自身も亦た之に随りて尊貴す、これ即ち逐漸清明・逐漸昌盛の路径なり。善は身上に積まるは、譬えば白昼の一日々々変長するが如く、人は察覚するを得ず。悪は身上に積まるは、譬えば灯火の灯油を消耗するが如く、人は看出す能わず。能く性情を洞明し流俗を明察する者に非ざれば、誰か其の中の消長を知らんや。対策また言う:凡そ暴虐悖逆不仁の人は、亦た一日の内に敗亡するに非ずして、同じく逐漸に彼の歩に走到す、ゆえに桀紂は正道を荒廃すと雖も、却て尚お国家を占有して十几年なり、これ即ち逐漸衰微・逐漸滅亡の路径なり。

《漢書》枚乘書曰:「福生有基,禍生有胎,納其基,絕其胎,禍何自來。」納猶藏也。「泰山之溜穿石,單極之斷乾。」孟康曰:「西方人名屋樑為極,單,一也,一梁謂井鹿盧也,言鹿盧為梗索久鍥斷井乾也。」「水非石之鑽,索非木之鋸,漸靡使之然也。」靡,盡也。「我有好爵,我與爾糜之」,與此靡同。

『漢書・枚乗伝』の載する所の上書に言う:福の産生は其の根基有り、禍の産生は其の胚胎有り。福の根基を接納し、禍の胚胎を断絶せば、禍は尚お何処より来らんや。「納」は即ち収蔵の意なり。上書また言う:泰山の上の滴り下る水は能く石頭を穿透し、井上の一根の横木は能く繩索に磨断せらる。孟康注を作りて曰く:西方人は屋梁を「極」と曰い、「単」は即ち一根にして、一根の梁は井上の轆轤架を指す。是れ轆轤の繩索の支点と為るを言い、繩子は長年刻磨して、便ち井上の彼の根の横木を鋸断す。上書続けて言う:水は并せて石頭を鑽るの鑽子に非ず、繩索も亦た木頭を鋸るの鋸子に非ず、是れ逐漸に磨蝕して乃ち其れを此の様に変成せしむるなり。「靡」は磨尽の意なり。中孚九二は「我有好爵、我与爾糜之」と言う、彼の「糜」の字はここの「靡」と一個の事なり。

「夫十圍之木始生如櫱,足可搔而絕,手可擢而拔,據其未生,先其未形也。磨礱底厲,不見其損,有時而盡。」底,柔石也;厲,皂石也。「種樹畜養,不見其益,有時而大;積德累行,不知其善,有時而用;棄義背理,不知其惡,有時而亡。」此當有成文傳自聖人之徒。

上書また言う:十囲の粗さの大樹は、剛に長じ出ずる時は只だ一根の小芽にして、脚を以て一蹭すれば則ち弄断するを得、手を以て一提すれば則ち抜去するを得、これは其の未だ長成せざるを趁り、其の未だ成形せざるの時に赶いで動手するなり。磨刀石は日日磨用して、其れに何の損耗有るを看出さず、然れども総じて磨尽するの一天有り。「底」は質地細柔の磨石、「厲」は質地粗黒の磨石なり。上書続けて言う:樹を種し牲口を畜養するに、其の一日々々增益するを看出さず、然れども総じて長大するの時有り。徳行善挙を積累するに、自ら何の好処有るを覚えず、然れども総じて用い得るの時有り。道義を抛弃し事理に背違するに、自ら何の害処有るを覚えず、然れども総じて敗亡するの時有り。恵棟按す:此の幾句は当に本より成文有るべく、是れ孔門弟子の一系より伝え下る所の者なり。

《法言·修身》曰:「君子微慎厥德,悔吝不至,何元憞之有。」注云:「微,纖也。悔吝,小疵也。元憞,大惡也。」賈誼《新書·審微》曰:「善不可謂小而無益,不善不可謂小而無傷。非以善為一足以利天下,小不善為一足以亂國家也。當夫輕始而傲微,其流而令於大亂,是故子民者謹焉。」

揚雄『法言・修身』に言う:君子は細微の処に於て自らの德行を謹慎守護せば、悔恨と羞吝とは便ち門に上り来さず、何処に尚お何の大悪か有るを談ずらんや。注文に言う:「微」は即ち繊細、「悔吝」は小毛病、「元憝」は大罪悪なり。賈誼『新書・審微』に言う:善の小なるを以て其れ益無しと言うべからず、亦た不善の小なるを以て其れ妨害無しと言うべからず。これは并せて一件の善事を為すを以て便ち天下を利益するに足ると言い、一樁の小小の不善を為すを以て便ち国家を擾乱するに足ると言うに非ず。而して是れ一たび開端を軽忽し細微を怠慢すれば、其れ流衍し下りて便ち大乱を醸成せんと言うなり、ゆえに百姓を牧養する者は此に対し格外に謹慎す。

「夫事有逐奸,勢有召禍。老耼曰:為之於未有,治之於未亂。管仲曰:備患於未形,上也。語曰:弗滅,炎炎奈何;萌芽不伐,且折斧柯。智禁於微,次也。事之適亂,如地形之惑人也,機漸而往,俄而東西易面,人不自知也。故墨子見衢路而哭之,悲一跬而繆千里。」

『審微』続けて言う:事情は本身会に奸邪を招引し、形勢は本身会に禍患を召来す。老聃曰く:事の未だ発生せざるの時に於て動手し、禍乱の未だ形成せざるの時に於て整治せよ。管仲曰く:禍患の未だ成形せざるの時に於て防備するは、これ上策なり。古語曰く:小火は撲滅せざれば、烈焰騰騰に到るを待ちて又た如何せん。嫩芽は砍除せざれば、将来は則ち斧柄を折断して乃ち砍り動くを得るを須らん。智慧に凭りて細微の処に於て之を禁絶するは、これ次一等の弁法なり。事の禍乱に走向するは、恰も地形の人を迷惑するが如し。一点々々の偏差に順りて前に走りて往けば、不知不覚の間に東西方向は便ち颠倒し、人は自ら尚お察覚せず。ゆえに墨子は岔路口を見れば則ち之に対して痛哭す、痛惜する所は起步の時の半步の差にして、到頭来は千里に謬出せんとするなり。

《老子道德經》曰:「為之於未有,治之於未亂。合抱之木生於毫末,九層之臺起於累土,千里之行始於足下。」《荀子·大略》曰:「夫盡小者大,積微者著,德至者色澤洽,德潤身,行盡而聲聞遠。小人不誠於內而求之於外。」《文子》曰:「積道德者,天與之,地助之。」《文選注》廿九。

『老子道徳経』に言う:事の未だ発生せざるの時に於て動手し、禍乱の未だ形成せざるの時に於て整治せよ。合抱の粗さの大樹は、毫毛の如く細の芽より長じ起る。九層の高さの台は、一筐々々の土より堆み起る。千里の遠行は、脚下の第一步より開始す。『荀子・大略』に言う:小処を尽くす者は大を成就し、細微の処を積み起す者は顕著す。德行は家に到る者は、気色は潤沢にして通体見るべし、即ち『大学』の言う所の「徳は身を潤す」なり。操行は尽処に做到せば、名声自然に遠くに伝う。小人は内裏に誠実を肯んぜずして、却て一味に外面に往きて名を求む。『文子』に言う:道徳を積累する者は、上天は彼に給与し、大地は彼を扶助す。此の条は『文選注』巻二十九の引く所に見ゆ。

張衡《東京賦》曰:「堅冰作於履霜,尋木起於櫱栽。」薛綜注云:「言事皆從微至著,不可不慎之於初,所以尋木起於牙櫱,洪波出於涓泉。」呂東萊曰:「乾之初九曰乾龍勿用,坤之初六曰履霜堅冰至。陽者善之類也,坤者惡之類也。善端初發,且要涵養;惡念初生,便須翦除。」

張衡『東京賦』に言う:堅氷は霜に履むの彼の一天より結成を始め、参天の大木は一株の小苗より長じ起る。薛綜注を作りて曰く:これは事の皆細微より顕著に走向するを講ず、ゆえに起頭の処に於て謹慎せざるべからず。正に此に因りて、参天の大木は一点の嫩芽に起り、滔天の洪波は一線の細泉より出づ。南宋呂祖謙に言う:乾卦初九爻辞は「潜竜勿用」と言う(底本は「潜」の字は「乾」と訛作す)、坤卦初六爻辞は「履霜堅氷至」と言う。陽は善の此の一類に属し、坤陰は悪の此の一類に属す。善の苗头は剛に発動せば、則ち好く之を涵養せんと要す。悪の念頭は剛に萌生せば、則ち必ず立刻に之を剪除せんと要す。

天地は積を尚ぶ

京房《易傳》曰:「積陽為天,積陰為地。」《中庸》曰:「天地之道可一言而盡也,其為物不貳。」不貳,一也。荀子曰:「並一而不貳,所以成積也;並一而不貳則通於神明,參於天地矣。」案:積善成德而神明自得,故通於神明。「則其生物不測」,詳下文。「天地之道,博也,厚也,高也,明也,悠也,久也」,覆出以起下文,「今夫天」以下言積。

京房『易伝』に言う:陽気は積累して起りて天と為り、陰気は積累して起りて地と為る。『中庸』に言う:天地の道は一句の言を以て説き尽くすべし、其れ物を為すは専一不二なり。いわゆる「不貳」は、即ち純一なり。荀子曰く:心を専ら一に帰して而も三心二意せざるは、積累を成就するの弁法なり。心を専ら一に帰して而も三心二意せざれば、則ち能く神明に通じ、天地と并列して三と為す。恵棟按す:善は積み多くして德行を成就せば、神明の境界は自然に獲得す、ゆえに神明に通ずと曰う。『中庸』下面の「則ち其の物を生ずるや測るべからず」の一句は、詳しく後文に見よ。「天地之道は、博なり、厚なり、高なり、明なり、悠なり、久なり」の此の幾句は、上文の意思を重ねて提する一遍にして、以て下文を引起すを用いとす。「今夫天」以下より、講ずる所は皆一個の「積」の字なり。

「斯昭昭之多」,鄭注:「昭昭猶耿耿,小明也。」「及其無窮也,日月星辰繫焉,萬物覆焉。今夫地,一撮土之多,及其廣厚,在華嶽而不重,振河海而不洩,萬物載焉。今夫山,一卷石之多,及其廣大,草木生之,禽獸居之,寶藏興焉。今夫水,一勺之多,及其不測,黿鼉蛟龍魚鱉生焉,貨財殖焉。」鄭注云:「此言天之高明本生昭昭,地之博厚本由撮土,山之廣大本起卷石,水之不測本從一勺,皆合少成多,自小致大,為至誠者亦如此乎。」

『中庸』に言う:此の天は不過一点々々の微弱の光明の聚まりて成るなり——鄭玄注:「昭昭」は「耿耿」の如く、是れ小小の光亮なり——其の広大無窮に到るを待てば、日月星辰は皆其の上に懸係し、万物は皆其れに覆蓋せらる。再び地を看れば、不過一撮々々の土の聚まりて成るなり、其れの又広く又厚きに到るを待てば、華山を承載して亦た重しと覚えず、江河大海を収納して亦た渗漏せず、万物は皆其れに由りて載負せらる。再び山を看れば、不過一塊々々の拳頭大の石頭の聚まりて成るなり、其の広大なるに到るを待てば、草木は其の上に生長し、禽獣は其の中に棲息し、宝蔵も亦た其の中より開発し出す。再び水を看れば、不過一勺々々の聚まりて成るなり、其の深さ測るべからざるに到るを待てば、黿・鼉・蛟・竜・魚・鱉は皆其の中に生じ、貨財も亦た其れに由りて繁殖す。鄭玄注して曰く:これは天の高明は本より一点の小光に生じ、地の博厚は本より一撮の泥土に由り、山の広大は本より一塊の拳石に起り、水の深さ測るべからざるは本より一勺の水より来るを講ず、皆是れ少を合して多を成し小に由りて大を致すなり。至誠の人と為らんと要するも、正に此の如し。

《詩》曰:「維天之命,於穆不已。」蓋曰天之所以為天也。「於乎不顯,文王之德之純。」蓋曰文王之所以為文也,純亦不已。鄭注云:「天所以為天,文王所以為文,皆由行之不已,為之不止,如天地山川之雲也。《易》曰君子以慎德,積小以成高大,是與。」《正義》曰:「此一節明至誠不已則能從微至著,從小至大。」

『詩経・周頌・維天之命』に言う:「維天之命、於穆不已。」『中庸』解釈して曰く:これは天の其の天と為る所以の縁故を講ずるなり。『詩』また言う:「于乎不顕、文王之徳之純。」『中庸』解釈して曰く:これは文王の諡して「文」と為る所以の縁故を講ず、其の純徳は同じく永く停息せざるなり。鄭玄注して曰く:天の天と為る所以、文王の文と為る所以は、皆為し続けて停まらず行い続けて止まざるに由り、恰も上文の講ずる所の天地山川の彼の様に一点々々積累して起るが如し。『升』卦大象は君子の徳を慎修し細小を積累して以て高大を成就するを要するを言う、正に此の意なり。孔穎達『正義』に言う:此の一節は至誠にして停息せざれば、則ち能く細微より顕著に走向し小より大に走向するを説明す。

聖学は積を尚ぶ

《詩·敬之》曰:「日就月將,有緝熙於光明。」鄭箋云:「日就月行,言當習之以積漸也。」《學記》曰:「古之教者,比年入學,中年考校:一年視離經辨志,三年視敬業樂群,五年視博習親師,七年視論學取友,謂之小成;九年知類通達,強立而不反,謂之大成。夫然後足以化民易俗,近者悅服而遠者懷之,此大學之道也。《記》曰:蛾子時術之。其此之謂乎。」注云:「蛾,蚍蜉也。蚍蜉之子,微蟲耳,時術蚍蜉之所為,其功乃復成大垤。」

『詩経・周頌・敬之』に言う:「日就月将、有緝熙于光明。」鄭玄箋注して曰く:一天に一天の成就有り、一月に一月の進展有り、是れ学習は当に日積月累に靠るべきを言うなり。『礼記・学記』に言う:古代は学を辦し、隔年に学生を招收して入学せしめ、一年を隔てて一回考核す。入学一年は、彼の能く経文の章句を分析し自らの志向を辨明するや否やを考察す。三年は、彼の能く学業を専心し同学と相处を楽しむや否やを考察す。五年は、彼の能く広博に学習し師長を親近するや否やを考察す。七年は、彼の能く学理を討論し善を擇び友を交るや否やを考察し、これを「小成」と曰う。九年に到りて、能く類に触れて旁通し、事に遇いて主見有りて而も師教に背違せず、これを「大成」と曰う。此の様にして然る後に乃ち以て百姓を教化し風俗を移易するに足り、近処の人は心悦誠服し、遠方の人も亦た来りて帰附す、これ即ち大学の人を教うるの道理なり。古『記』は「蛾子は時に之を術う」と言う、講ずる所は即ち此の個ならん。注文に言う:「蛾」は即ち蚍蜉なり。蚍蜉の幼虫は不過極小の虫にして、而も時時に蚍蜉の土を啣えるの作為を效法し、日子久しければ竟に能く大蟻封を堆成す。

又曰:「三王之祭川也,皆先河而後海,或源也,或委也,此之謂務本。」鄭注云:「源,泉所出也;委,流所聚也。」始出一勺,卒成不測。《正義》曰:「猶學,初為積漸後成聖賢也。」《大戴勸學》曰:「積土成山,風雨興焉;積水成淵,蛟龍生焉;積善成德」,乾初為善,乾三成德,「而神明自得,聖心循焉。故不積蹞步無以至千里,不積小流無以成江河。騏驥一躍不能十步,駑馬十駕,功在不舍。鍥而舍之朽木不折,鍥而不舍金石可鏤。」荀子同。

『学記』また言う:夏・商・周三代の君王は河川を祭祀するに、皆先ず河を祭りて而る後に海を祭る、河は源頭にして海は帰聚の処に因る、これを「務本」と曰う。鄭玄注して曰く:「源」は泉水の湧出する処、「委」は水流の汇聚する処なり。水は最初に湧出する時は不過一勺にして、最後は却て深さ測るべからざるの大海に汇成す。孔穎達『正義』に言う:これは譬えば学問を為すが如し、起初は只だ一点々々の積累にして、後来は乃ち成就して聖賢と為るなり。『大戴礼記・勧学』に言う:土は積みて山と成れば、風雨は便ち彼処より興起す。水は積みて深淵と成れば、蛟竜は便ち彼処に生長す。善は積みて德行を成就せば——恵棟ここに夾注す:乾卦初爻は善を為し、第三爻に到りて徳を成す——是に於て神明の境界は自然に獲得し、聖人の心地も亦た便ち完備す。ゆえに一歩一歩に積累せざれば、則ち千里之外に走到する能わず。細小の水流を積み起さざれば、則ち江河を汇成する能わず。駿馬は身を縦りて一躍すとも、亦た十歩を超過する能わず。駑馬は車を拉きて十天を走上れば、成功は停下来を肯んぜざるに在り。物を刻むに両下刻みて則ち丢開せば、朽木も亦た刻断する能わず。一直に刻み下りて手を放さざれば、金石も亦た花紋を雕出する能くす。此の幾句は『荀子・勧学』は之と相同じ。

《荀子·儒效》曰:「人無師法則隆情矣,有師法則隆性矣。而師法者,所得乎積」,原本作情,注云當作積,「非所受乎性,不足以獨立而治。性也者,吾所不能為也,然而可化也;積也者,非吾所有也,然而可為乎。」注:「錯習俗所以化性也。」「並一而不貳,所以成積也」,與《中庸》「其為物不貳」義同。

『荀子・儒效』に言う:人は師法教導無ければ、則ち情欲を抬高す。師法教導有れば、則ち本性を抬高す。而して所謂師法は、積累の中より得る所の者なり——「積」の字は原本は「情」と作る、注の中に当に「積」と作るべしと言う——并せて天性の裏より承受して来たるに非ず、天性は自ら独立に人を治理し好くするに足らざるなり。本性の此の物は、我の造作する能わざる所なり、然れども之を改変するを得。積累の此の物は、本より我の固有する所に非ず、然れども人為に靠りて之を成就するを得。楊倞注して曰く:人を良善の習俗の裏に安置するは、即ち以て本性を改変するの弁法なり。荀子また「心を専ら一に帰して而も三心二意せざるは、積累を成就するの弁法なり」と言う、これは『中庸』の講ずる「其れ物を為すに貳ならず」と同一個の意思なり。

「習俗移質,並一而不貳則通於神明,參於天地矣。」積善成德而神明自得,故通於神明。「故積土而為山,積水而為海,旦暮積謂之歲,至高謂之天,至下謂之地,宇中六指謂之極」,六指,上下四方,盡六指之遠則為六極,言積近以成遠。「塗之人百姓積善而全盡謂之聖人。彼求之而後得,為之而後成,積之而後高,盡之而後聖,故聖人也者,人之所積也。」《性惡》曰:「積善而不息則通於神明,參於天地矣,故聖人者,人之所積而致也。」《尸子》曰:「水積則生吞舟之魚,土積則生豫章之木,學積亦有生焉。」

『儒效』続けて言う:習俗は能く人の資質を改変し、心を専ら一に帰して而も三心二意せざれば、則ち能く神明に通じ、天地と并列して三と為す。恵棟夾注:善は積み多くして德行を成就せば、神明の境界は自然に獲得す、ゆえに神明に通ずと曰う。荀子また言う:土は積みて山と為り、水は積みて海と為り、早々晚々積みて一年と曰い、最も高きを天と曰い、最も低きを地と曰い、宇宙の内の六方の極まる所を「極」と曰う。恵棟解釈す:「六指」は即ち上下四方にして、六方の遠きを窮尽すれば便ち六極なり、これは近処を積累して以て遠処を成就するを言うなり。荀子曰く:路上の普通百姓は善行を積累して而も円満無缺に做到せば、則ち之を聖人と曰う。彼らは先ず追求に往きて而る後に所得有り、先ず実践に往きて而る後に所成有り、先ず積累に往きて而る後に高処に到達し、先ず窮尽に做到りて而る後に聖人と為る。ゆえにいわゆる聖人は、即ち人の一点々々積累して出る所の者なり。『性悪』篇も亦た言う:善行を積累して而も停息せざれば、則ち能く神明に通じ、天地と并列して三と為す。ゆえに聖人は、人の積累に靠りて達成する所の者なり。『尸子』に言う:水は積みて深ければ則ち能く船を吞むの大魚を生出し、土は積みて厚ければ則ち豫章の如きの大樹を長出す、学問は積みて多ければ同じく成果を生出して来らん。

王者は積を尚ぶ

《詩·皇矣序》曰:「《皇矣》,美周也。天監代殷莫若周,周世世修德莫若文王。」《家語·好生》曰:「周自后稷積行累功以有爵土,公劉重之以仁,及至大王亶父敦以德讓,其樹根置本,備豫遠矣。」《漢書·婁敬傳》:敬曰:「周之先自后稷,堯封之邰,積德累善十餘世。」

『詩経・大雅・皇矣』の小序に言う:『皇矣』の此の首の詩は周朝を贊美するなり。上天は天下を察看し殷商に取代せんと要するに、周に比するを得る一家無し。周家は世々代々德行を修養し、又た文王に比するを得る一位無し。『孔子家語・好生』に言う:周家は始祖后稷より起りて便ち善行を積累し功労を累聚し、因りて爵位封土を獲得す。公劉に到りて又た仁厚を加え、太王亶父に到りて更に徳行謙譲を以て風俗を敦厚す。彼らは根を扎根し本を立て、預め準備するは実に長遠なり。『漢書・婁敬伝』に婁敬の言を記す:周家の先祖は后稷より開始し、尭は邰地を彼に封じ、此の後徳を積み善を行うこと十几代なり。

《荀子·強國》曰:「積微,月不勝日,時不勝月,歲不勝時。」愚謂此言積微,自日而月,自月而時,自時而歲,不從微始非積也,故曰不勝。「凡人好敖慢小事,大事至然後興之務之,如是則常不勝夫敦比於小事者矣」,以小至大,故月不勝日。原本作熟,先子從宋本改。

『荀子・強国』に言う:細微を積累するに講じて、一個月は一天に比せず、一季は一個月に比せず、一年は一季に比せず。恵棟自ら謂う:これは積累は細微より入手し、日より月に由り、月より季に由り、季より年に由るを言う。細微の処より起頭せざれば則ち積累と算するに足らず、ゆえに「勝たず」と曰う。荀子続けて言う:一般人は小事を軽慢するを喜好し、大事の臨頭に及びて乃ち発憤して之を办りに往く、此の様にすれば則ち常に彼の小事の上に敦厚に力を用いる人に比せざるなり。小より積みて大に到る、ゆえに一個月は一天に比せずと曰う。(「敦」の字は原本は「熟」と作る、先父は宋本に依りて改正す。)

「是何也?則小事之至也數,其縣日也博,其為積也大。」楊注:「博謂所縣繫時日多也。大謂積小以成大,若蟻蛭然也。」「大事之至也希,其縣日也淺,其為積也小。」愚按:此所謂月不勝日,時不勝月,歲不勝時也。

荀子自問す:これは何の故ぞや。小事は来ること頻繁にして、其の牽係する時日は便ち多く、積み起る分量は便ち大なり。楊倞注して曰く:「博」は牽係する所の時日の多きを指し、「大」は小を積みて大を成すを指し、恰も螞蟻の一点々々堆みて蟻封を成すが如し。荀子続けて言う:大事は来ること稀少にして、其の牽係する時日は便ち短く、積み起る分量は便ち小なり。恵棟按す:これ正にいわゆる一月は一日に比せず、一季は一月に比せず、一年は一季に比せずの道理なり。

「故善日者王,善時者霸。」善日謂敦化,比於小事者也,月不勝日,故善日者王;善時謂興務於大事者也,時不勝月,故善時者霸。「補漏者危」,楊注:「不能累功累業,至於幣漏然後補之也。」「大荒者亡」,楊注:「都荒廢不治者。」「故王者敬日,霸者敬時。」「一日二日萬機」,王者敬日也;聲色化民,霸者敬時也。敬日者在隱微幽獨,敬時者在政教號令。

荀子曰く:ゆえに每一天を抓住するに善き者は能く王業を成し、每一季を抓住するに善き者は只だ能く霸業を成すのみ。恵棟解釈す:いわゆる「善日」は、教化を敦厚にし小事の上に於て一件々々力を用いる人なり。一月は一日に比せず、ゆえに每一天を抓住するに善き者は能く王業を成す。いわゆる「善時」は、只だ大事の上に於てのみ乃ち発憤して従事する人なり。一季は一月に比せず、ゆえに每一季を抓住するに善き者は只だ能く霸業を成すのみ。荀子は「漏を補う者は危なし」と言い、楊倞注す:肯んじて一点々々功業を積累せずして、破敝漏損するに到りて乃ち縫補に往く者を指す。「大きく荒るる者は亡ぶ」と言い、楊倞注す:整個に荒廃して而も治理を加えざるを指す。ゆえに王者は每一天を珍重し、霸者は每一季を珍重す。『尚書・皐陶謨』は「一日二日万幾」と言う、彼れは王者の每一天を珍重するなり。声威色令に靠りて百姓を駆使するは、彼れは霸者の每一季を珍重するなり。每一天を珍重するは、功夫は隠微独処の地に下る。每一季を珍重するは、功夫は只だ政教号令の上面に落つるのみ。

「僅存之國危而後戚之,亡國至亡而後知亡,至死而後知死,亡國之禍敗,不可勝悔也。霸者之善著焉,可以時托也;王者之功名,不可勝日志也。」善積成名,故功名不可勝日志也。「財務貨寳以大為重,政教功名反是,能積微者速成。《詩》曰:德輶如毛」,毛猶微也,「民鮮克舉之,此之謂也。」楊注引之以明積微至著之功也。以《易》言之,微即乾之初九也,乾元用九而天下治,故「德輶如毛,民鮮克舉」。

荀子曰く:勉强して保存する国家は、危亡即ち在りに及びて乃ち発愁し、亡国の君は、国家の亡びるに到りて乃ち亡びを知り、自ら死するに到りて乃ち死を知る。亡国の禍敗は、后悔するも及ばざるなり。霸者の善行は顕眼にして、以て時節に按りて寄托計量すべし。王者の功名は却て細密にして按日に一々記録する能わざるなり。恵棟按す:善は積み多ければ自然に名を成す、ゆえに功名多くして逐日に記載する可からざるに至ると曰う。荀子続けて言う:銭財貨物は数量の大を以て貴重と為し、政教功名は恰恰相反し、能く細微の処に積累する者は反りて成功するの快し。『詩経』は「徳は輶きこと毛の如し」と言う——「毛」は即ち極微の意なり——「民鮮く克く之を挙ぐ」、講ずる所は正に此の道理なり。楊倞は此の両句の詩を引きて、是れ以て積微に由りて顕著に至るの功効を説明するを用いとす。『周易』を以て講ずれば、此の「微」は即ち乾卦初九の彼の一爻なり。乾元は九徳の用を貫徹して而も天下治を得す、ゆえに徳は軽きこと一根の毛の如くにして、而も百姓は鮮く能く之を挙げ得る者と曰う。

《大戴禮·禮察》曰:「凡人之知,能見已然,不能見將然。禮者禁於將然之前,而法者禁於已然之後。禮云禮云,貴絕惡於未萌,而敬起於微眇」,敬起當從《治安策》作起敬,「使民日徙善遠罪而不自知也。孔子曰:聽訟吾猶人也,必也使無訟乎。此之謂也。」

『大戴礼記・礼察』に言う:一般人の見識は、只だ已に発生した事を見るを得、将に発生せんとする事を見る能わず。礼は事情の将に発生せんとするの前に於て之を禁止を加え、法は事情の已に発生したの後に於て之を懲治を加う。ゆえに礼や礼やと曰う、可貴の処は正に悪を尚お未だ萌芽せざるの時に断絶し、而も敬慎を極細微の処に発動するに在り。(「敬起」の二字は当に賈誼『治安策』に依りて「起敬」と作るべし。)此の様にすれば則ち百姓をして一日々々善良に遷り罪過に遠離せしめて而も自ら察覚せざらしむ。孔子曰く:訴訟を審理するは、我は別人と差不多なり。必ず何の不同有りと言わば、則ち是れ訴訟を根本に発生せしめざらんか。講ずる所は正に此の意なり。

「為人主計者,莫如安審取舍」,所謂辨之早,「取舍之極定於內,安危之萌應於外也」,師古曰:「極,中也;萌,始生也。」「安者非一日而安也,危者非一日而危也,皆以積然」,《治安策》云「皆以積漸然」,「不可不察也。善不積不足以成名,惡不積不足以滅身,而人之所行各在其取舍。」

『礼察』に言う:君主の為に謀劃する者は、最も要紧は安定に審察取舍するに過ぎず——これ即ちいわゆる辨察するの早きなり。取舍の準則は心の裏に確定し、安と危の苗头は便ち外面に応験す。顔師古注して曰く:「極」は中正の準則、「萌」は剛に萌生するなり。安定は、一天の間に安定するに非ず。危亡も亦た、一天の間に危亡するに非ず、皆是れ積累して成る所なり——賈誼『治安策』此処は「皆以積漸然」と作る——ゆえに明察せざるべからず。善は積累せざれば以て名声を成就するに足らず、悪は積累せざれば以て自身を毀滅するに足らず、而して人の作為する所は、全く其の何を取り何を捨つるに在り。

「以禮義治之者積禮義,以刑罰治之者積刑罰。刑法積而民怨倍,禮義積而民和親。古世主欲民之善同,而所以使民之善者異:或導之以德教,或驅之以法令。導之以德教者,德教行而民康樂;驅之以法令者,法令極而民哀慼。哀樂之感,禍福之應也。」

『礼察』続けて言う:礼義を用いて国を治するは、積み起るは礼義なり。刑罰を用いて国を治するは、積み起るは刑罰なり。刑法は積み多ければ、百姓の怨恨は便ち加倍す。礼義は積み多ければ、百姓は便ち和睦親附す。古来君主の百姓の善に向かうを希望するや、此の願望は相同じき也、然れども以て百姓を善に向かわしむる手段は却て同じからず。或るは道徳教化を用いて引導し、或るは法令刑罰を用いて駆迫す。道徳教化を用いて引導するは、教化施行して百姓安楽す。法令を用いて駆迫するは、法令は極処に用到して百姓哀傷す。百姓の哀と楽の感受は、正に禍と福の応験の所在なり。

「我以為秦王之慾尊宗廟而安子孫,與湯武同,然湯武能廣大其德,久長其後,行五百歲而不失;秦王亦欲至是,而不能持天下十餘年,即大敗之。此無他故也,湯武之定取舍審,而秦王之定取舍不審也。」此即積善積惡之應,而其原皆在於微眇。《易》曰:「君子慎始,差若毫釐,繆以千里。」取舍之謂也。

『礼察』に言う:我は以為す、秦始皇は宗廟を尊崇し子孫を安定せんと欲す、此の願望は商湯・周武王と一様なり。然れども湯・武は能く自らの德行を拡大して、後代を長久ならしめ、五百年を伝えて而も天下を失わず。秦始皇も亦た此の歩に做到せんと欲し、却て十几年の天下も保ち得ず、則ち一敗塗地す。これは別の縁故無く、只だ湯・武は取舍を確定するに審慎にして、而して秦始皇は取舍を確定するに審慎ならざるに因る。恵棟按す:これ即ち積善と積悪の各々の応験にして、而して彼らの源頭は皆極細微の処に在り。『易』に曰く:「君子は始を慎む、差は毫厘の若く、謬は千里を以てす。」講ずる所は正に取舍の此の件の事なり。

《淮南·繆稱》曰:「君子不謂小善不足為也而舍之,小善積而為大善;不謂小不善為無傷也而為之,小不善積而為大不善。是故積羽沉舟,群輕折軸,故君子禁於微。壹快不足以成善,積快而為德;壹恨不足以成非,積恨而成怨。故三代之善,千歲之積譽也;桀紂之謗,千歲之積毀也。」

『淮南子・繆称』に言う:君子は小の善事を以て為すに値せざると為して便ち其れを放過せず、小善は積み起れば則ち大善と為るに因るなり。亦た小の不善を以て妨害無しと為して便ち其れを為さず、小の不善は積み起れば則ち大悪と為るに因るなり。ゆえに羽毛は積み多ければ能く船を圧沈し、軽の物は装み多ければ能く車軸を圧断す、此に因りて君子は細微の処に於て便ち禁絶を加う。一回の快意は以て善行を成就するに足らず、快意は積み多くして乃ち徳と為る。一回の怨恨は以て過錯を構成するに足らず、怨恨は積み多ければ則ち仇怨に結成す。ゆえに夏・商・周三代の美名は、千年積累して起るの讃誉なり。桀・紂の悪名は、千年積累して起るの毀謗なり。

孟子の積善を言う

《孟子·公孫丑篇》曰:公孫丑問曰:「何為浩然之氣」云云,至「而又害之」。「是集義所生者,非義襲而取之也」,朱注集義由言積善,此語最當。「非義襲而取之也」,襲與習同,襲,重習也,義須積如苗之長。「義襲而取」猶助長也,故下言助長之害。故下言助長之害:「必有事焉,而勿正心,勿忘,勿助長也。」顧氏炎武謂「正心」,「心」乃「忘」字之並也,謂「必有事焉而勿忘」,申之曰「勿忘勿助長也」,當從其讀。

『孟子・公孫丑上』に記載す:公孫丑は「何を浩然の気と謂う」云々と問い、一直に「反りて之を害す」の彼の一段に講じ到る。其の中に「此の股の気は義を集めて産生する所にして、偶に義に合する挙動に靠りて外面より襲取して来るに非ず」と言う。朱熹は「集義」を注解し、正に積善を用いて講ず、此の説法は最も恰当なり。「非義襲而取之也」の一句に至りては、「襲」は「習」と相同じく、「襲」は反復練習にして、義は必ず禾苗の生長する彼の様に一点々々積累して起るを須らん。いわゆる「義襲而取」は、等しく苗を抜きて長を助くるが如し、ゆえに下文は続けて助長の害処を講ず。下文は助長の害を講じて曰く:「必ず事有りて、而も正心せず、忘れず、助長せざるなり。」顧炎武は「正心」の「心」の字は「忘」の字の写し壊れたる後に并入する者と以為し、原文は当に「必有事焉而勿忘」と作るべく、下面は再び一句を申説して「勿忘勿助長也」なり、当に彼の此の読法に依るべし。

「義襲而取」猶一蹴而至聖人之域。夫子曰:「非求益者也,欲速成者也。」即助長之義。集義之功,《中庸》所謂不息也,「不息則久,久則徵,征則悠遠,悠遠則博厚,博厚則高明」。「維天之命,於穆不已」,在聖人為不已,在學者為勿忘。「必有事焉而勿正」,朱注謂預期也,引《公羊傳》曰「戰不正勝」,此言良是。

いわゆる「義襲而取」は、便ち譬えば一歩に聖人の境地に跨進せんと欲するが如し。孔子かつて言いたり:「彼は長進を求める人に非ずして、速成せんと欲する人なり。」講ずる所は正に助長の此の毛病なり。集義の功夫は、即ち『中庸』の言う所の「不息」なり。停息せざれば則ち能く長久し、長久なれば則ち験証有り、験証有れば則ち悠远、悠远なれば則ち博厚、博厚なれば則ち高明なり。『詩』は「維天之命、於穆不已」と言う、これは聖人の身上に於ては「不已」と表現し、学者の身上に於ては「勿忘」と表現す。「必有事焉而勿正」に至りては、朱熹は「正」を注解して預先期待と為し、并せて『公羊伝』の「戦い正勝せず」を引きて証と為す、此の講法は甚だ対なり。

三五

《繫上》曰:「大衍之數五十。」《述》云:大衍之數五十,三才五行之數也。三才者,日十、辰十二、星二十八,凡五十。日合於天統,月合於地統,星主斗合於人統,故曰三才五行之數。五行者,天地之數五十有五,土生數五,成數五,五十有五減五,故五十,此五行之數。

『繋辞上伝』に言う:「大衍の数は五十。」恵棟『周易述』に言う:大衍の数五十は、三才と五行の両路より合して出る数なり。三才に就きて言えば:太陽は十日に配し、月亮は十二辰に配し、恒星は二十八宿有り、合して起りて正に五十なり。日は天統に応じ、月は地統に応じ、星は北斗を以て主と為して人統に応ず、ゆえに是れ三才五行の数と曰う。五行に就きて言えば:天地の数は総じて五十有五、土の生数は五、成数もここに亦た五と挙げ、五十有五の中より此の五を減ずれば、五十を残す、これ即ち五行より推して出る数なり。

又曰:「參伍以變。」《尚書大傳》曰:「天地人之道備而三五之運興矣。」《春秋合誠圖》曰:「至道不遠,三五而反。」宋均注云:「三,三正也;五,五行也。三正五行,王者改代之際會也,能於此際自新如初,則道無窮也。」

『繋辞』また言う:「参伍以て変ず。」『尚書大伝』に言う:天・地・人三者の道は斉備すれば、三と五の運数は便ち興起す。緯書『春秋合誠図』に言う:至高の道は并せて遥遠ならず、「三五」に走到せば則ち回還す。宋均注を作りて曰く:「三」は三正を指し、「五」は五行を指す。三正と五行とは、正に王朝更代交接の関口にして、能く此の関口の上に於て当初の如く自我更新せば、道は窮尽するの時無し。

《春秋保乾圖》曰:「陽起於一,天帝為北辰,氣成於三以立五神,三五展轉,機以運動,故三百歲斗歷改憲也。」應劭《風俗通》曰:「三統者,天地人之始,道之大綱也;五行者,品物之宗也。道以三興,德以五成,故三皇五帝、三王五伯,至道不遠,三五復反,譬若循連鐶,順鼎耳,窮則反本,終則復始也。」《史記·天官書》曰:「天數者必通三五。」《索隱》云:「三辰五行。」

緯書『春秋保乾図』に言う:陽気は「一」に起り、天帝は北辰に居り、気は「三」に到りて成る、之に拠りて五方の神を確立す。三と五とは輾転推移して、枢機の如く運転停まらず、ゆえに三百年毎に北斗と暦法と便要ちて一回法度を改む。応劭『風俗通』に言う:いわゆる三統は、天・地・人の開端にして、道の大綱なり。いわゆる五行は、万類品物の宗主なり。道は「三」に靠りて興起し、徳は「五」に靠りて成就す、ゆえに三皇五帝・三王五伯の目有り。至道は并せて遥遠ならず、三と五とは周りて而も復た始まり、譬えば連環に順りて転じ鼎耳に順りて遶るが如く、尽頭に走到すれば則ち根本に返回し、終結の処は又た開始なり。『史記・天官書』に言う:天数を講ずる者は必定に三と五とを貫通せんと要す。司馬貞『索隠』解釈して曰く:三は日月星の三辰を指し、五は五行を指す。

《三統曆》曰:「三代各據一統,明三統常合而迭為首,登降三統之首,周還五行之道也。故三五相包而生。天統之正始施於子半」,蘇林曰:「子之西,亥之東,其中閒也。」「地統受之於丑初,人統受之於寅初,孟仲季迭用事為統首。三微之統既著而五行自青始,其序亦如之。五行與三統相錯。」

『漢書・律暦志』の載する所の『三統暦』に言う:夏・商・周三代は各々一統を据守す、見るべし三統は総じて相合して輪流して首に居る。三統の首に升降するは、正に五行の道に循环するなり。ゆえに三と五とは彼此包含して生々已まず。天統の「正」は、起始は子時の正中に施行す——蘇林注して曰く:彼れは子位の西、亥位の東にして、両者の間の当中なり——地統は丑の初刻に承接し、人統は寅の初刻に承接し、孟・仲・季は輪流して当令し、各々統首を作す。三統の微陽は既に顕著せば、五行は便ち青色の木徳より開始し、次序も亦た三統と相仿ぶ。五行と三統とは就中此の様に交錯配合す。

「傳曰:天有三辰,地有五行。然則三統五星可知也。《易》曰:參伍以變,錯綜其數。太極運三辰五星於上,而元氣轉三統五行於下。其於人,皇極統三德五事。故三辰之合於三統也,日合於天統,月合於地統,斗合於人統;五星之合於五行,三辰五星而相經緯也。」

『三統暦』続けて言う:『左伝』は天上に日月星の三辰有り、地上に金木水火土の五行有りと講ず。則ち三統と五星の配合も亦た以て推知すべし。『繋辞』は「参伍以変、錯綜其数」と言う。太極は上に於て三辰五星を運転し、元気は下に於て三統五行を推移す。人事の上に落とせば、『洪範』の皇極は三徳と五事とを統摂す。ゆえに三辰は三統に配合す。日は天統に配し、月は地統に配し、北斗は人統に配す。五星は則ち五行に配合す。三辰と五星とは縦横交織し、互いに経緯を為す。

《淮南·泰族》曰:「昔者五帝三王之蒞政施教,必用參五。何謂參五?仰取象於天,俯取度於地,中取法於人。乃立明堂之朝,行明堂之令,明堂布令之宮有十二月之政令,以調陰陽之氣,以合四時之節,以闢疾病之菑。俯視地理,一制度量,察陵陸水澤肥墽高下之宜,立事生財以除飢寒之患。」

『淮南子・泰族』に言う:従前五帝三王の政事を処理し教化を施行するや、必定に「参五」の法を用いたり。何を参五と謂う。即ち頭を抬げて天に向かって法象を取り、頭を低れて地に向かって法度を取り、中に居りて人に向かって準則を取るなり。是に於て明堂の朝会を設立し、明堂の政令を頒行す——明堂は政を布き令を発するの宮室にして、其の中に十二個月各々の政令を排定す——以て陰陽の気を調和し、四時の節候に配合し、疾病災害を避除す。頭を低れて地理を考察し、制度量衡を統一し、丘陵・平陸・水沢及び土地の肥瘠高低各々适宜の用途を勘察し、事業を興辦し財貨を生産して、以て百姓の飢寒の患を消除す。

「中考乎人德以制禮,行仁義之道以治人倫而除暴亂之禍。乃澄列金木水火土之性,故立父子之親而成家,別清濁五音六律相生之數以立君臣之義而成國,察四時季孟之序以立長幼之禮而成官,此之謂參制。君臣之義,父子之親,夫婦之辨,長幼之序,朋友之際,此之謂五。」

『泰族』続けて言う:中に居りて人の徳性を考察して以て礼儀を制定し、仁義の道を推行して以て人倫を整治し、従りて以て暴乱の禍を消除す。是に於て金・木・水・火・土五者の性質を澄清排列す。此に拠りて父子の間の親愛を確立して而も家庭を組成す。清濁・五音・六律相生の数理を分辨し、此に拠りて君臣の間の道義を確立して而も国家を組成す。四時の孟・仲・季の次序を考察し、此に拠りて長幼の間の礼節を確立して而も官守を組成す。これを「参制」と曰う。君臣の道義・父子の親愛・夫婦の分別・長幼の次序・朋友の交際に至りては、此の五項は便ち「五」と曰う。

乾元九を用いて天下治の義

《周易述疏》云:《易》者五經之原也,孔子修《春秋》「元年春王正月」,蓋用乾元用九之義。故董子《繁露》曰:「《春秋》何貴乎元而言之?元者始也,言本正也。道,王道也;王者,人之始也。王正則元氣和順,風雨時,景星見,黃龍見;王不正則上變,天賊並見。」

恵棟『周易述』の疏文に言う:『周易』は五経の本原なり、孔子は『春秋』を修し、巻を開く便ち「元年春王正月」と写す、用いる所は正に乾元九を用うの意なり。ゆえに董仲舒『春秋繁露』に言う:『春秋』は何の故に「元」を看重して而も特地之を標挙するや。「元」は即ち開始にして、是れ根本を端正せんと要するを言うなり。ここに講ずる「道」は、王道を指す。いわゆる王は、人事の開端なり。君王端正なれば、元気は便ち和順し、風調雨順し、景星出現し、黄竜出現す。君王端正ならざれば、天上は便ち変異を現出し、妖気は一并に出現す。

「五帝三皇之治天下,不敢有君民之心,什一而稅,教以愛,使以忠,敬長老,親親而尊尊,不奪民時,使民不過歲三日,民家給人足,無怨望忿怒之患、強弱之難,無強賊姤疾之人,民修德而美好,被髮銜哺而遊,不慕富貴,恥惡不犯,父不哭子,兄不哭弟。」

『繁露』続けて言う:五帝三皇の天下を治理するや、敢えて百姓を以て臣属と為して役使するの念頭を存せず。只だ十分の一の賦税を抽き、仁愛を用いて彼らを教導し、忠信を用いて彼らを使喚し、年長の人を尊敬し、親しむべきを親しみ尊崇すべきを尊崇し、百姓の耕作の農時を侵占せず、每年勞役を征発するは三天を超過せず。是に於て家毎に自足し人毎に豊裕し、怨恨憤怒の禍患無く、亦た強凌弱の争闘無く、強横劫奪・忌妬害人の人無し。百姓は德行を修養して而も風俗美好し、頭髪を披散し食物を含みて悠然に游楽し、富貴を羨慕せず、悪を為すを以て恥と為して而も触犯せず。父親は児子を哭するを必とせず、哥哥は弟弟を哭するを必とせず。

「毒蟲不螫,猛獸不搏抵,不觸蟲。故天為之下甘露,朱草生,醴泉出,風雨時,嘉禾興,鳳皇麒麟遊於郊,囹圄空虛,畫衣裳而民不犯,四夷傳譯而朝,民情至樸而不文。郊天祀地,秩山川以時至,封於泰山,禪於梁父,立明堂宗祀,先帝以祖配天,天下諸侯各以其職來祭,貢土地所有,先以入宗廟,端冕盛服而後見,先德恩之報,奉元之應也。」

『繁露』に言う:毒虫は人を螫さず、猛獣は人を撲咬せず、角有る虫豸も亦た角を用いて頂撞せず。ゆえに上天は此に因りて甘露を降下し、朱草は生長し、甜泉は湧出し、風雨は調勻し、嘉禾は茂盛し、鳳凰麒麟は近郊に遊走し、牢獄は一人無きに空し。只だ衣裳の上に刑罰の標記を画出せば、百姓は便ち触犯せず。四方の遠族は輾転翻訳して前き来りて朝見し、民情は質朴にして文飾を須らず。是に於て郊外に天を祭り地を祀り、次序に按り時節に按りて山川を祭祀し、泰山に壇を筑きて天を封し、梁父に場を辟きて地を禅し、明堂を建立して宗祀を挙行し、先帝の祖を以て上天に配享す。天下の諸侯は各々自らの職分に按りて前来りて助祭し、本地の土産を進貢し、先ず宗廟に送進し、然る後に礼冠を戴き盛服を着して天子に朝見す。此らは皆先ず徳恩有りて乃ち報答を得るにして、亦た正に「元」を尊奉するの感召して来るの応験なり。

董子對策曰:「臣謹案《春秋》謂一元之意:一者,萬物之所從始也;元者,辭之所謂大也。謂一為元者,視大始而欲正本也。《春秋》深探其本而反自貴者始。故為人君者正心以正朝廷,正朝廷以正百官,正百官以正萬民,正萬民以正四方。四方正,遠近莫敢不一於正,而亡有邪氣奸其間者。」

董仲舒の対策に言う:臣謹みて『春秋』の「一元」を講ずるの用意に按す:「一」は、万物の以て開始する所の者なり。「元」は、文辞の上は大の意なり。「一」を「元」と称するは、宏大の開端に着眼して而も根本を端正せんと要するなり。『春秋』は此の根本を深入追究し、反りて先ず最も尊貴の人の自身より做起す。ゆえに君主を為す者は、先ず自らの心念を端正し、之を以て朝廷を端正し、朝廷を端正して、之を以て百官を端正し、百官を端正して、之を以て万民を端正し、万民を端正して、之を以て四方を端正す。四方端正なれば、遠近は敢えて正に帰せざる者無く、亦た邪気の其の中に夾雑する有らざるなり。

「是以陰陽調而風雨時,群生和而萬民殖,五穀樹而草木茂,天地之間被潤澤而大豐美,四海之內聞盛德而皆徠臣。諸福之物,可致之祥,莫不畢至,而王道終矣。孔子曰:鳳鳥不至,河不出圖,吾已矣夫。」自卑可致此物而身卑賤不得致也。

対策続けて言う:ゆえに陰陽は協調して而も風雨時に及び、衆生は和楽して而も万民繁衍し、五穀は種植して而も草木茂盛し、天地の間は普く潤沢を受けて而も大いに豊美し、四海の内は盛徳を聞いて而も皆来りて帰附称臣す。各種の福瑞の物・招致すべきの祥兆は、斉備せざるの一様無く、王道も亦た便ち完成す。孔子曰く:「鳳鳥は飛来せず、黄河は図を出さず、我の此の一生は概ね完了せんか。」恵棟按す:孔子はこれ自謙の辞にして、意思は其の位に居れば便ち此らの祥瑞を招来すべく、只だ自身の地位卑賤なるに因りて、ゆえに招来する能わざるなり。

大

乾《彖》曰:「大哉乾元,萬物資始,乃統天。」《老子道德經》曰:「有物混成,先天地生,不知其名,字之曰道,強為之名曰大。」

乾卦『彖伝』に言う:偉大なるかな乾元、万物は皆其れに倚靠して開始し、其れは整個の天道を統摂す。『老子道徳経』に言う:一個の渾然一体の物有りて、天地の形成するの前に於て便ち已に存在す。其の何の名と叫ぶを知らず、勉强して其れに一個の表字を取りて「道」と曰い、再び勉强して其れに一個の名号を起して「大」と曰う。恵棟は此の両条を「大」の此の一目の下に并列す、正に『周易』の乾元と『老子』の強めて名づくる所の「大」とは、同じく万物の本始に就きて立言するを顕出せんと欲するなり。

理

理字之義,兼兩之謂也。人之性秉於天,性必兼兩:在天曰陰與陽,在地曰柔與剛,在人曰仁與義,兼三才而兩之,故曰性命之理。《樂記》言天理,謂好與惡也。好近仁,惡近義,好惡得其正謂之天理,好額失其正謂之滅天理,《大學》謂之拂人性。

「理」の字の意義は、是れ兼ねて両端を有るに就きて言うなり。人の性は天に禀受し、性は必定に両端を兼含す。天に在りては陰と陽と曰い、地に在りては柔と剛と曰い、人に在りては仁と義と曰う。三才を兼備して而も每一才は又た各々両に分かつ、ゆえに「性命之理」と曰う。『礼記・楽記』は「天理」を講ず、指す所は好と悪の此の一対なり。好は仁に接近し、悪は義に接近す。好悪は皆正に合せば、則ち之を天理と曰う。好悪は正を失えば(「額」の字は当に「悪」の訛と為すべし)、則ち之を天理を滅すと曰い、『大学』は則ち之を「人の性に拂う」と称す。

「天命之謂性」,性有陰陽、剛柔、仁義,故曰天理。後人以天人理欲為對待,且曰「天即理也」,尤謬。格物致知,窮理之事;正心誠意,進行之事。性盡理窮,乃天下至誠也,故至於命,「上天之載,無聲無臭,至矣」是也。

『中庸』は「天命の性と謂う」と言う、性の裏は陰陽・剛柔・仁義の此らの両両相対する内容を含有す、ゆえに之を天理と称す。後人は却て天と人・理と欲とを対立し起りて講じ、甚至りては「天は即ち理なり」と説く、則ち更に荒謬なり。格物致知は、事理を窮究するの工夫なり。正心誠意は、体認を踐行するの工夫なり。性を尽処に発揮し理を究底に窮究して、乃ち是れ天下の至誠にして、ゆえに能く「命に至る」、即ち『中庸』末章の引く所の「上天之載、無声無臭、至矣」の彼の境地なり。

《繫辭上》曰:「易簡而天下之理得矣,天下之理得而易成位乎其中矣。」又曰:「仰以觀於天,俯以察於地理。」《說卦》曰:「窮理盡性以至於命。」虞注云:「以乾推坤謂之窮理。」「俯以察於地理」,故坤為理。案:「易簡而天下之理得」,此述天命而及中和;「窮理盡性以至於命」,此由中和而遡天命。

『繋辞上伝』に言う:乾坤は易知簡能にして、天下の道理は便ち皆掌握す。天下の道理を掌握すれば、易道も亦た天地の中に於て自らの位置を確立す。また言う:頭を抬げて天上の文象を観察し、頭を俯して地上の紋理を考察す。『説卦伝』に言う:「理を窮め性を尽くして以て命に至る。」虞翻注を作りて曰く:乾を用いて坤に推及するを、則ち「窮理」と曰う。『繋辞』は「俯して以て地理を察す」と講ずるに因りて、理は地に属す、ゆえに坤は理を為す。恵棟按す:「易簡にして天下の理を得」は、天命より講じ下りて而も中和に説き到る。「理を窮め性を尽くして以て命に至る」は、則ち中和より上溯して而も天命に帰す。

又曰:「昔者聖人之作《易》也,將以順性命之理,是以立天之道曰陰與陽,立地之道曰柔與剛,立人之道曰仁與義。」述曰:陰與陽、柔與剛、仁與義,所謂理也。《中庸》曰:「文理密察,足以有別也。」理者,分別之意。《樂記》曰:「音者,生於人心者也;樂者,通倫理者也。」鄭注:「理,分也。」

『説卦』また言う:従前聖人の『周易』を創作するは、是れ性と命の道理に順応せんと要し、此に因りて天の道を確立するを陰と陽と曰い、地の道を確立するを柔と剛と曰い、人の道を確立するを仁と義と曰う。恵棟『周易述』に言う:陰と陽・柔と剛・仁と義の此の三対は、即ちいわゆる「理」なり。『中庸』に言う:「条理は細密にして明察、以て事物を分別するに足る。」ここの「理」は、正に分別の意なり。『楽記』に言う:音は、人の内心に産生す。楽は、則ち人倫の理に貫通す。鄭玄注して曰く:「理」は即ち分際なり。

又曰:「人生而靜,天之性也;感於物而動,性之慾也。」欲,《史記》作頌,徐廣讀為容。「物至知知,然後好惡形焉。好惡無節於內,知誘於外,不能反躬,天理滅矣。夫物之感人無窮,而人之好惡無節,則是物至而人化物也,滅天理而窮人慾者也。」

『楽記』また言う:人は生まれ下るに本より静なり、これは天賦の本性なり。外物に触動せられて活動し起るは、これは本性の発出する欲求なり。「欲」の字は、『史記・楽書』は「頌」と作り、徐広は「容」と読作す。外物は眼前に来りて、人の知覚は往きて之を認知し、然る後に好悪は便ち顕形す。内心の好悪は節制無く、認知は又た外物に引誘せられ、能く反りて自らを省察する能わざれば、天理は便ち泯滅す。外物の人を感動するの途徑は無窮無尽にして、而して人の好悪は又た毫も節制無き時は、則ち成りて外物一たび来れば人は反りて物に同化せらる、これ正に天理を泯滅して人欲を窮極するなり。

「樂由天作」,「樂者,通倫理者也」,故謂之天理。理,分也,猶節也。漢律「逆節絕理謂之不道」。康成、子雍以天理為天性,非是。理屬地,不屬天,一闔一闢、一靜一動謂之天理。上云「人生而靜,天之性;感於物而動,性之容也」,是之謂天理。

『楽記』は「楽は天に由りて作る」と言い、また「楽とは、倫理に通ずる者なり」と言う、ゆえに之を天理と称す。「理」は分際の意にして、即ち節度なり。漢代の律令は「節度に悖逆し倫理を断絶するを不道と曰う」の条文有り。鄭玄と王粛とは「天理」を天性と解作す、是れ対ならざるなり。理は地に属し、天に属さず。一合一開・一静一動して、乃ち之を天理と曰う。上文は「人は生まれ下るに本より静、これは天賦の性なり。外物に触動せられて動くは、これは性の容態なり」と言う、これ乃ちいわゆる天理なり。

《韓非子》曰:「凡物之有形者易裁也,易割也。何以論之?有形則有短長,有短長則有大小,有大小則有方圓,有方圓則有堅脆,有堅脆則有輕重,有輕重則有黑白。短長、大小、方圓、堅脆、輕重、黑白之謂理,理定而物易割也。故欲成方圓而隨於規矩,則萬事之功形矣,而萬物莫不有規矩。聖人盡隨於萬物之規矩,則事無不事,功無不功。」此釋理字最分明。

『韓非子・解老』に言う:凡そ形体有るの物は皆裁断するに易く、分割するに易し。何に凭りて此の様に講ずるや。形体有れば則ち長短有り、長短有れば則ち大小有り、大小有れば則ち方円有り、方円有れば則ち堅脆有り、堅脆有れば則ち軽重有り、軽重有れば則ち黒白有り。長短・大小・方円・堅脆・軽重・黒白の此らの分際を、則ち之を「理」と曰う。理確定すれば、物は便ち分割するに易し。ゆえに方円を做出せんと想えば、只だ規と矩とに依れば、万事の功効は便ち皆成形し、而して万物は自らの規矩無きの一様無し。聖人は処処に万物の規矩に依循し、是に於て成せざるの事無く、立てざるの功無し。恵棟按す:此の一段は「理」の字を解釈するに最も分明なり。

又曰:「道者,萬物之所然也,萬麗之所稽也。理者,成物之文也。」《易》陰陽剛柔為性命之理,兼三才而兩之,故易六位而成章,所謂「成物之文」也。「道者,萬物之所以成也。萬物各異理」,萬物各異理而道盡,「稽萬物之理,故不得不化;不得不化,故無常操。是以生死氣稟焉,萬智斟酌焉,萬事廢興焉。」

『解老』また言う:道は、万物の此の如くなる所以の総拠にして、一切の事類の稽考するを得るの準則なり。理は、則ち具体事物を構成するの紋理条貫なり。恵棟按す:『周易』は陰陽剛柔を以て性命の理と為し、三才を兼備して而も每一才は又た両に分かつ、ゆえに六爻の位は交錯して而も文章を成す、これ正にいわゆる「物を成すの文」なり。『解老』続けて言う:道は万物の以て生成するの拠にして、万物は各々各自の理有り。恵棟按す:万物は各々其の理有りて、而して道は此の一切の理を皆包み尽くす。『解老』に言う:道は万物の理を稽考す、ゆえに之に随りて変化せざるを得ず。変化せざるを得ざれば、ゆえに固定不変の操守無し。此に因りて生と死とは皆其れに由りて気数を禀受し、一切の智慮は皆其れに由りて斟酌し、一切の事情の興と廃とは皆其れに由りて決定す。

「天得之以高,帝得之以藏」,坤以藏之。「維斗得之以成其威」,斗有威儀。「日月得之以恆其光,五帝得之以常其位,列星得之以端其行,四時得之以御其變氣,軒轅得之以擅四方,赤松得之與天地統,聖人得之以成文章。凡道之情,不制不形,柔弱隨時,與理相應。」

『解老』に言う:天は道を得て而も高遠なり、帝は道を得て而も深蔵す——恵棟夾注:坤は含蔵の義有り、ゆえに「蔵」と曰う——北斗は道を得て而も其の威厳を成就す——恵棟夾注:北斗は自ら其の威儀有り——日月は道を得て而も光明恒久なり、五帝は道を得て而も各々常位を守り、衆星は道を得て而も運行乱れず、四時は道を得て而も其の節気変化を駕馭し、黄帝軒轅は道を得て而も四方を拠有し、仙人赤松子は道を得て而も天地と其の統緒を同じくし、聖人は道を得て而も礼楽文章を成就す。大凡そ道の本相は、裁制を受けず形体を顕さず、柔弱にして時に随りて変通し、万物の理と彼此相応す。

又曰:凡理者,方圓、長短、麤靡,靡,細也,堅脆之分也,故理定而後物可得道也。道理二字說得分明。宋人說理與道同,而謂道為路,只見得一偏。《管子·君臣》曰:「別交正分之謂理,順理而不失之謂道。」注:「別上下之交,正君臣之分。」

『解老』また言う:いわゆる理は、即ち方と円・長と短・粗と細(「靡」は細の意なり)・堅と脆の此の一類の分際なり。理確定して、然る後に事物は乃ち道に循りて把握せるべし。恵棟按す:此の幾句は「道」と「理」の両個の字を説くや甚だ分明なり。宋人は理を講じて、理と道とを一個の事と説成し、又た道を道路と解作す、只だ一辺を看たるのみ。『管子・君臣』に言う:交接を分別し名分を端正するを「理」と曰い、理に順りて而も失当せざるを「道」と曰う。注文に言う:上下の間の交接を分別し、君臣の間の名分を端正す。

《心術》曰:「德者,道之舍,物得以生。德者,得也。以無為之謂道,舍之之謂德,故道之與德無間,故言之者不別也。閒之理者,謂其所以舍也。道德之理可問者,則以有所舍,所以舍之異也。義者,謂各處其宜也。理者,因人之情、緣義之理而為之節文者也,故禮者謂有理也。理也者,明分以諭義之意也。故禮出乎義,義出乎理,理因乎宜者也。」

『管子・心術』に言う:徳は道の居所にして、万物は其れに依靠して乃ち能く生成す。「徳」は即ち「得」なり。無為の方式を以て存在するを道と曰い、万物をして各々安頓有り各々所得有らしむるを徳と曰う、ゆえに道と徳との間は間隔無く、講じ起りても亦た分別を加えず。其の中の分際の理を問わば、講ずる所は正に道の以て万物を安頓するの方式なり。道と徳の道理の追問すべき所以は、正に其の安頓する所有るに因りて、而して安頓の方式は各々相同じからず。義は、各々合宜の位置の上に処るを言うなり。理は、人情に依り義に順りて之が為に節度文飾を制定するの条貫なり、ゆえに礼は即ち「理有り」と曰う。いわゆる理は、名分を弄明白にして、以て義の意旨を暁喩するを用いとす。ゆえに礼は義より出で、義は理より出で、而して理は一個の「宜」の字に本る。

人心道心附

人心之危,《中庸》所謂誠之者也,所謂慎獨也;道心之微,《中庸》所謂誠者也,荀子所謂獨也。

『尚書・大禹謨』は「人心惟危」を講ず、彼れは正に『中庸』の言う所の「之を誠にする者」にして、即ちいわゆる慎独の工夫なり。「道心惟微」を講ず、彼れは正に『中庸』の言う所の「誠なる者」にして、即ち荀子の講ずる所の「独」の境界なり。恵棟は「危」と「微」とを分かちて工夫と本体とに属す、宋儒の人心を以て人欲・道心を以て天理と為すの講法と并せて相同じからず。

誠独の辨附

誠之者,功之始也;獨者,功之全也。故荀子曰:「不誠則不能獨。」

「之を誠にす」は、工夫の起点なり。「独」は、工夫の完全成就なり。ゆえに荀子曰く:誠ならざれば則ち「独」の歩に到達する能わず。恵棟はここに二者の先後次第を辨明す:先ず「之を誠にす」の着力有りて、然る後に乃ち「慎独」の円成有り、両者を以て混為一談する能わざるなり。

生安の学附

後人談孔學者止及困勉之學,未嘗不親切而有味,以示學者則善,以之訓詁六經則離者多矣。此七十子喪而大義乖之故,非後人之過也。

後来孔門の学を講ずる者は、只だ「困にして之を知り、勉强にして之を行う」の此の一層に講じ到り、講じて未だ嘗て親切有味ならざらず、之を拿りて以て初学者を指点するも亦た好し。然れども之を用いて六経を訓釈せば、経義と相離するの処は便ち多し——六経の説く所は、本より尚お「生まれて之を知り、安んじて之を行う」の一層在るなり。これは孔門七十弟子の亡故するの後、微言大義も亦た之に随りて乖違するの縁故にして、并せて後人の過失に非ず。

精一の辨附

精者精微,一者道本。得一而加功焉,然後精。偽《尚書》「惟精惟一」,此誤解荀子也。吾聞一而後精,不聞精而始一,蓋後人以為精察之精,故誤耳。

「精」は精微を指し、「一」は道の根本を指す。先ず其の一を得て、再び此の上頭に於て加工用力し、然る後に乃ち精を談ずるを得。偽古文『尚書・大禹謨』は「惟精惟一」と言う、「精」を「一」の前頭に摆く、これは荀子の説法を誤解するなり。我は只だ先ず一を得て而る後に能く精するを聞く有り、先ず精して而る後に乃ち一を得るを聞く無し。概ね後人は此の「精」を以て精細察辨の「精」と当成せば、ゆえに弄錯するなり。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.

Mentioned in this book