周易集注
屯卦(震下坎上)――屯は、見るに居を失わず
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
周易集注(明・来知徳)
来瞿唐先生易注自序
乾坤者,萬物之男女也;男女者,一物之乾坤也。故上經首乾坤,下經首男女。乾坤男女相為對待,氣行乎其間,有往有來,有進有退,有常有變,有吉有凶,不可為典要,此易所由名也。盈天地間莫非男女,則盈天地間莫非易矣。
「乾」「坤」の両卦は、天地万物の男と女である。逆に言えば、あらゆる具体的事物に備わる男女の別も、それぞれ一組の小さな乾坤を構成する。だから《周易》上経は乾・坤の両卦をもって開篇し、下経は男女交感を象徴する咸・恒の両卦をもって開篇する。乾坤と男女は互いに対待して立ち、陰陽の二気はこの対待の隙間の中で運行する。去るがあれば来たるがあり、進むがあれば退くがあり、常態があれば変態があり、吉利があれば凶険があり、一条の不変の準則に固定することはできない。これこそ《易》が「易」(変易)と名付けられた所以である。天地の間に充塞するものは男女・陰陽の対待にほかならない。ならば天地の間に充塞するものは、また「易」にほかならないのだ。
伏羲象男女之形以畫卦,文王繫卦下之辭,又序六十四卦,其中有錯有綜,以明陰陽變化之理。錯者,交錯對待之名,陽左而陰右,陰左而陽右也;綜者,高低織綜之名,陽上而陰下,陰上而陽下也。雖六十四卦止乾坤坎離大過頤小過中孚八卦相錯,其餘五十六卦皆相綜而為二十八卦,並相錯八卦共三十六卦。
伏羲は男女の形体に取法して卦画を描き、文王は各卦の下に卦辞を繋げ、さらに六十四卦の先後の次序を編定した。この次序には「錯」と「綜」が含まれ、陰陽変化の道理を掲示するためである。いわゆる「錯」とは、交錯対待の名目である。同じ位置で、この卦が陽爻ならあの卦は陰爻となり、陽が左にあれば陰は右にあり、陰が左にあれば陽は右にある。両卦の六爻は位ごとに相反する。いわゆる「綜」とは、織布の綜線が一上一下する意を取ったもので、一卦をまるごと倒転させると、もともと上にあったものが下に移り、もともと下にあったものが上に移る。六十四卦の中で、乾・坤・坎・離・大過・頤・小過・中孚の八卦だけは倒転しても自身と同じなので、「錯」でしか対にできない。残りの五十六卦は二つずつ倒転し合って配され、二十八組を成す。これに先の八個の相錯の卦を加えれば、全書には実際に三十六個の卦形しかない。
如屯蒙之類,雖屯綜乎離,蒙綜乎坎,本是二卦,然一上一下皆二陽四陰之卦,乃一卦也。故孔子《雜卦》曰:「屯見而不失其居,蒙雜而著」是也。故上經止十八卦,下經止十八卦。周公立爻辭,雖曰兼三才而兩之,故六,亦以陰陽之氣皆極於六。天地間窮上反下,循環無端者,不過此六而已,此立六爻之意也。
屯卦・蒙卦を例に取ろう。屯卦は下が震で上が坎、蒙卦は下が坎で上が艮。卦体から見れば、屯が含むのは分離の象、蒙が含むのは坎陥の象で、表面上は二卦である。しかし屯卦をまるごと逆さにすれば蒙卦となる。一上一下で「二陽四陰」の同じ卦形に属し、実際には一卦にすぎない。だから孔子の《雑卦伝》は「屯は初生にして顕現しながらその居を失わず、蒙は雑乱で後に漸く著しくなる」と言う。まさにこの二卦を一体として対挙したのだ。こうして数えれば、上経は十八個の卦形しかなく、下経も十八個の卦形しかない。周公が各卦に爻辞を繋げたのは、「兼三才而両之」――天・地・人の三才がそれぞれ二爻を占めるので六爻となる――とは言うものの、実は陰陽の気がいずれも六をもって極とするからでもある。天地の間で上がり詰めれば下に返り、循環往来して起点も終点もないのは、まさにこの「六」である。これが六爻を設立した用意である。
孔子見男女有象即有數,有數即有理,其中之理神妙莫測,立言不一而足,故所繫之辭多於前聖。孔子沒後,儒不知文王周公立象皆藏於序卦錯綜之中,止以序卦為上下經之次序,乃將說卦執圖求駿。自王弼掃象以後,注易諸儒皆以象失其傳,不言其象,止言其理。
孔子は男女・陰陽に形象があれば数があり、数があれば義理があり、しかもその中の義理は神妙で測度できず、一度二度では言い尽くせないことを見られた。だから彼が繋げた《十翼》の辞は、伏羲・文王・周公の三位の聖人を合わせたよりも多い。孔子が亡くなって後、儒者は文王・周公が卦象を設立した関窍がすべて卦序の錯綜の中に隠されていることを悟らず、ただ《序卦伝》を上下経の先後を並べた目録と見なし、また《説卦伝》の八卦取象に死に物狂いでしがみついて按図索驥した。王弼が卦象を掃除して玄理だけを講じて以後、《周易》に注する儒者はみな卦象がすでに失伝したと認め、卦象を語らず義理だけを語るようになった。
本朝纂修《易經性理大全》,雖會諸儒眾注成書,然不過以理言之而已,均不知其象,不知文王序卦,不知孔子雜卦,不知後儒卦變之非。於此四者既不知,則易不得其門而入;不得其門而入,則其註疏之所言者乃門外之粗淺,非門內之奧妙。是自孔子沒而易亡已至今日矣。四聖之易如長夜者二千餘年,其不可長嘆也哉。
本朝が《周易大全》と《性理大全》を編修したのは、歴代儒者の衆多の注解を集めて書としたものの、結局は義理に就いて論を立てたにすぎない。第一に卦象を知らず、第二に文王が卦序を編定した用意を知らず、第三に孔子《雑卦伝》の体例を知らず、第四に後世儒者の講じる「卦変」の説の誤りを知らない。この四つの事がどれも分からない以上、《易》を学んでも入るべき門径が見つからない。門に入れなければ、注疏に講じられるのは門外の粗浅な談にすぎず、門内の精深な奥義ではない。こう言えば、孔子が亡くなって以後、《易》学は実はすでに亡失し、今日まで亡び続けてきたのだ。伏羲・文王・周公・孔子の四位の聖人の《易》は、二千余年も長夜に覆われてきた。これはどうして長嘆させずにおれようか。
夫易者象也,象也者像也,此孔子之言也。曰像者,乃事理之彷佛近似可以想像者也,非真有實事也,非真有實理也。若以事論,金豈可為車,玉豈可為鉉;若以理論,虎尾豈可履,左腹豈可入。易與諸經不同者全在於此。如《禹謨》曰:「惠迪吉,從逆凶,惟影響。」是真有此理也。如《泰誓》曰:「惟十有三季春,大會於孟津。」是真有此事也。若易則無此事,無此理,惟有此象而已。
「《易》とは象であり、象とは像である」とは孔子の言葉である。いわゆる「像」とは、事理に髣髴として近く、人に空に想像させるものを指し、実際にその事があるわけでも、その理があるわけでもない。もし实事で見れば、黄金でどうして車を造れようか(噬嗑卦九四「金矢」、困卦九四「金車」)。美玉でどうして鼎の耳の横杠を作れようか(鼎卦上九「玉鉉」)。もし義理で見れば、虎の尾をどうして踏めようか(履卦「履虎尾」)。人の左腹にどうして入り込めようか(明夷卦六四「入于左腹」)。《易》が他の経書と違うところは、全くこの一点にある。《尚書・大禹謨》の「道に順って行えば吉、道に逆らって行えば凶、影が形に随い響が声に応えるように速い」は、本当にその道理がある。《尚書・泰誓》の「十三年の春、孟津で諸侯を大いに会した」は、本当にその事があった。《易》に至っては、この事もなくこの理もなく、あるのはただ「象」だけである。
有象則大小遠近精粗千蹊萬徑之理咸寓乎其中,方可彌綸天地;無象則所言者止一理而已,何以彌綸。故象猶鏡也,有鏡則萬物畢照;若舍其鏡,是無鏡而索照矣。不知其象,易不注可也。又如以某卦自某卦變者,此虞翻之說也,後儒信而從之。如訟卦「剛來而得中」,乃以為自遯卦來,不知乃綜卦也。需訟相綜,乃坎之陽爻來於內而得中也。孔子贊其為天下之至變,正在於此。
象があれば、大と小、遠と近、精微と粗略、千条万条の道筋の道理がすべてその中に寄寓し、これでようやく「弥綸天地」――天地の道を全て包罗貫通する――と言える。象がなければ、講じられるのは孤々と一条の道理だけで、何をもって天地を包罗できようか。だから象は鏡に譬えられる。鏡があれば万物はすべてその中に収まる。鏡を捨てるのは、鏡がないのに万物を照らそうとするようなものだ。卦象を知らない以上、《易》は注しないほうがましである。さらに言えば、ある卦がある卦から変じて来たというのは漢代の虞翻の説で、後世の儒者はそれを信従した。《彖伝》が訟卦について「刚来而得中」と言うのを、彼らは訟卦が遯卦から変じたと考えたが、これが実は「綜卦」の関係であることを知らない。需卦と訟卦は互いに倒転する。需卦の上体は坎で、これをまるごと翻転すれば、坎のあの陽爻は訟卦の内卦に落ちて二位に居り中を得る。いわゆる「刚来而得中」はまさにこの事を指す。孔子が《易》を天下で最も変化を窮め尽くすものと讃嘆した道理は、まさにここにある。
蓋乾所屬綜乎坤,坎所屬綜乎離,艮所屬綜乎巽,震所屬綜乎兌,乃伏羲之八卦一順一逆自然之對待也,非文王之安排也。惟需訟相綜,故《雜卦》曰:「需,不進也;訟,不親也。」若遯則綜大壯,故《雜卦》曰:「大壯則止,遯則退也。」見於孔子《雜卦傳》昭昭如此,而乃曰訟自遯來,失之千里矣。此所以謂四聖之易如長夜者此也。
大凡そ、乾に統属する各卦と坤に統属する各卦とは互いに倒転し、坎に属するものと離に属するものは互いに倒転し、艮に属するものと巽に属するものは互いに倒転し、震に属するものと兌に属するものは互いに倒転する。これは伏羲八卦が一順一逆に天然に形成した対待の格局であり、文王が刻意に安排したものではない。まさに需卦と訟卦が互いに倒転するから、《雑卦伝》は二者を並べて「需は進まないこと、訟は親しまないこと」と言う。そして遯卦が倒転するのは大壮卦だから、《雑卦伝》はまた並べて「大壮は止まること、遯は退避すること」と言う。孔子の《雑卦伝》に倒転関係がこうも明らかに据えられているのに、あの人たちは偏に訟卦が遯卦から変じたと言う。まさに差は毫厘、謬は千里である。これが私が四聖の《易》は長夜の如しと言う所以である。
德生去孔子二千餘季,且賦性愚劣,又居僻地無人傳授。因父母病侍養未仕,乃取易讀於釡山草堂,六季不能窺其毫髮。遂遠客萬縣求溪深山之中,沈潛反覆,忘寢忘食有季。思之思之,鬼神通之。數季而悟伏羲文王周公之象,又數季而悟文王序卦孔子雜卦,又數季而悟卦變之非。始於隆慶四季庚午,終於萬厯二十六季戊戌,二十九季而後成書,正所謂困而知之也。
私来知徳は孔子の後二千余年に生まれ、天資は愚鈍低劣であり、しかも辺鄙な所に住み、伝授すべき師承もなかった。父母が病気で奉侍・贍養しなければならなかったため、ずっと出仕せず、釡山草堂で《周易》を取り出して読み、六年読んでも一糸一毫さえ窺えなかった。そこで遠く万県求溪の深山に客居してその中に沈潜し、反覆琢磨し、寝食を忘れて数年を過ごした。《管子》は「思考しまた思考し、思考して通じなければ鬼神が来て点通させる」と言うが、果たしてその通りだった。数年の後に伏羲・文王・周公が立てた卦象を悟り、また数年を経て文王の《序卦》と孔子の《雑卦》を悟り、また数年を経て「卦変」の説の謬誤を悟った。この書は隆慶四年庚午(一五七〇)に筆を起こし、万暦二十六年戊戌(一五九八)に完稿し、前後二十九年を経て書き成された。まさに孔子の言う「困而知之」のあの一等の人である。
既悟之後,始知易非前聖安排穿鑿,乃造化自然之妙。一陰一陽,內之外之,橫之縱之,順之逆之,莫非易也。始知至精者易也,至變者易也,至神者易也。始知《繫辭》所謂「所居而安者易之序也」「錯綜其數」「非中爻不備」「二與四同功」「三與五同功」數語,反作《說卦》《序卦》《雜卦》於十翼之末,孔子教後之學易者亦明白親切,但人自不察,惟篤信諸儒之注,而不留心詳審孔子十翼之言,宜乎長夜至今日也。
悟り通じて後、はじめて《易》は前代の聖人が安排穿鑿して作ったものではなく、造化そのものの自ら然りとする奥妙であることを知った。一陰一陽、或いは内に置き或いは外に置き、或いは横向に交錯し或いは縦向に転倒し、或いは順行し或いは逆行し、一つとして《易》でないものはない。はじめて最も精微なのは《易》であり、最も変化するのは《易》であり、最も神妙なのは《易》であることを知った。また《繋辞伝》の「所居而安者易之序也」(その位に安んずるのは卦序である)、「錯綜其数」、「非中爻不備」(中間の四爻が互いに成す卦を取らなければ完備しない)、「二与四同功」、「三与五同功」の数句、および孔子が《説卦》《序卦》《雑卦》の三篇をわざわざ《十翼》の末尾に置いたのは、皆はっきりと、親切で懇切に、後の《易》を学ぶ者を教えているのだと分かった。ただ人々が自ら体察せず、ひたすら歴代儒者の旧注を篤信して、孔子《十翼》の原話に細かく留意しようとしないのだから、《易》学の長夜が今日まで続いてきたのも無理はない。
注既成,乃僭於伏羲文王圓圖之前新畫一圖,以見聖人作易之原;又畫八卦變六十四卦圖,又畫八卦所屬相錯圖,又畫八卦所屬自相綜文王序卦正綜圖,又畫八卦四正四隅相綜文王序卦雜綜圖;又發明八卦正位及上下經篇義並各字義,又發明六十四卦啟蒙,又考定《繫辭》上下傳,又補定《說卦傳》以廣八卦之象,又改正集註分卷,又發明孔子十翼。其注先訓釋象義、字義及錯綜義,後加一圈方訓釋本卦本爻正意,象數言於前,義理言於後。
注解を書き成した後、私はまた僭越ながら伏羲・文王の両幅の円図の前に新たに一幅の図を描き、聖人が《易》を創作した本原を示した。また「八卦変六十四卦図」を描き、「八卦所属相錯図」を描き、「八卦所属自相綜文王序卦正綜図」を描き、「八卦四正四隅相綜文王序卦雑綜図」を描いた。また八卦それぞれの正位と上下両経の篇章の大義および各関鍵字の義訓を闡発し、また《六十四卦啓蒙》を書き、また《繋辞》上下伝を考訂し、また《説卦伝》を補定して八卦の取象を拡充し、また《集注》の巻次を再び区分し、また孔子《十翼》の義旨を闡発した。私の注解の体例は、まず卦象の義・字詞の義および錯卦綜卦の義を訓釈し、それから一つの円圈「○」を加え、圈の後に本卦本爻の正面の意旨を訓釈する。象数を前に置き、義理を後に置くのである。
其百家注易諸儒,雖不知其象,不知序卦雜卦及卦變之非,止言其理,若於言理之中間有不悖於經者,雖一字半句亦必採而集之,名曰《周易集註》。庶讀易者開卷豁然,可以少窺四聖宗廟百官於萬一矣。孔子曰:「蓋有不知而作之者,我無是也。」孟子曰:「予豈好辯哉,予不得已也。」聖賢立言不自任類如此。德因四聖之易千載長夜,乃將纂修《性理大全》去取於其間,要附以數季所悟之象數,以成盛時一代之書。是以忘其愚陋,改正先儒註疏之僭妄,未暇論及雲。
歴代百家の《易》に注する儒者に至っては、彼らは卦象を知らず、《序卦》《雑卦》の体例を知らず、「卦変」の説の謬誤も知らず、ただ義理を講じるのみだが、義理を講じる際に偶々経文に背かないところがあれば、一字でも半句でも、私は必ず採録して集め入れた。ゆえに書名を《周易集注》とする。願わくば《易》を読む者が書を開けば豁然として開朗し、四聖人のあの「宗廟之美・百官之富」の殿堂に万分の一を窺えることを。孔子は言う。「およそ自ら知らずして著述に手を動かす者がいるのだろう。私にはこの毛病がない」と。孟子は言う。「私はどうして争弁を好もうか。已むを得ないのだ」と。聖賢が著書立説して権威を以て自ら居ることはなく、大体は皆こうである。私は四聖の《易》が千年の長夜に埋もれたがゆえに、官修の《性理大全》を取り出して取舍を加え、さらに自分が数十年悟った象数を附して、この太平の時代の一部の書を成した。だから自分の愚陋を顧みず、直ちに前代儒者の注疏中の僭越妄断のところを改正した。それ以外は一々評説する暇がなかった。
萬厯戊戌春三月二日梁山後學來知德序
万暦二十六年戊戌(一五九八)春三月初二日、梁山後学来知徳序を作る。
来瞿堂先生易学六十四卦啓蒙説
易自孔子沒而亡至今矣。易亡者何?以象失其傳也,故先之以象,此則六爻大象也,諸象則詳見《易經字義》。伏羲之卦主於錯,文王之卦主於綜,故次之以錯綜。文王周公繫辭,皆不遺中爻,至孔子始發明之,故次之以中爻同體者,文王之序卦皆同體也。一卦有一卦之情性,一爻有一爻之情性,如乾性健坤性順,此一定不移者也。若有一爻之變,則其情性皆移矣。如乾初爻變則為姤,姤之情性,與乾之情性,相去千里。
《易》は孔子が亡くなってからすでに亡失し、今日まで亡び続けてきた。いわゆる《易》が亡失したとは何を指すか。卦象の伝承が失われたことを指す。だから私のこの《啓蒙》はまず「象」を講じる。ここで講じるのは六爻が合成する整卦の大象であり、各種の細分の取象は詳しく《易経字義》の一篇に見える。伏羲が卦を画くは「錯」(六爻が位ごとに陰陽相反する)を主とし、文王が卦を排すは「綜」(整卦を上下に倒転する)を主とする。だから次に「錯綜」を講じる。文王が卦辞を作り、周公が爻辞を作るに、いずれも「中爻」(二三四爻・三四五爻がそれぞれ互いに成す二つの卦)を遺漏しなかった。孔子に至ってようやくこの層の意を明白に掲示した。だからさらに次に中爻同体を講じる――文王が編定した卦序では、二つずつ隣接する卦は皆同じ卦体を倒転して成る。一卦ごとに一卦の性情があり、一爻ごとに一爻の性情がある。たとえば乾の性は剛健、坤の性は柔順で、これは固定して移らない。しかし一爻でも変動が起これば、整卦の性情はすべて転移する。たとえば乾卦の初爻が陽から陰に変われば姤卦となり、姤卦の性情と乾卦の性情の差は千里にとどまらない。
故情性之後,繼之以六爻之變。六爻既變,則即有錯綜中爻矣,故六爻變之下,復注錯綜中爻。六爻變後,猶有錯綜中爻何也?蓋天地間萬物,獨陰獨陽不能生成,故必有錯;而陰陽循環之理,陽上則陰下,陰上則陽下,故必有綜。則錯綜二字,不論六爻變與不變,皆不能離者也,若無錯綜,不成易矣,故六爻變後,復注錯綜。而中爻者亦陰陽也,故繼之。若地位人位天位者乃三才也,故又繼之。四聖千古不傳之秘,盡洩於此。學者能於此而熟玩之,則辭變象占,犁然明白,四聖之易不在四聖,而在我矣。
だから性情を講じ終えたら、続いて六爻それぞれの変動を講じる。六爻が一旦変動すれば、変じて出た新しい卦にはまた自ずから錯卦・綜卦・中爻がある。だから「六爻変」の条目の下で、私はまた錯・綜・中爻を改めて注した。或る人は問うだろう。六爻が変じた後、なぜまた錯綜中爻を列するのか。天地間の万物は、孤陰は生じず独陽は長じず、必ず陰陽対待がなければならないので「錯」が必ずある。そして陰陽循環の道理は、陽が上に升れば陰は下に沈み、陰が上に升れば陽は下に沈むので、「綜」が必ずある。こう見れば、「錯」「綜」の二字は、六爻が変じても変じなくても分かち離せない。錯綜がなければ《易》は成り立たない。だから六爻が変じた後も錯綜を重ねて注する。そして中爻の講じるも同じく陰陽なので、続いて列する。初二が地位、三四が人位、五上が天位に至っては、それは「三才」なので、また続いて列する。四位の聖人が千古に伝えなかった秘密は、ここに至ってすべて漏洩し尽くされた。《易》を学ぶ者がもしこの上で反覆して玩味すれば、卦爻辞・爻変・卦象・占断の四つの事は条分縷析して清清楚楚となり、四聖の《易》は四聖のところに在らず、我が身の上に在ることになる。
萬厯丁酉秋八月念五日書於釡山草堂
万暦二十五年丁酉(一五九七)秋八月二十五日、釡山草堂にて書す。
来瞿唐先生上下経篇義
上經首乾坤者,陰陽之定位,萬物之男女也,易之數也,對待不移者也。自乾坤厯屯蒙需訟師比小畜履十卦,陰陽各三十畫則六址矣。陽極於六,陰極於六,至此乾坤變矣,故坤綜乾而為泰,乾綜坤而為否。否泰者,乾坤上下相綜之卦也。乾坤既迭相否泰,則其間萬物吉凶消長,進退存亡,不可悉紀,自同人以下至大畜,無非否泰之相推,無否無泰非易矣。水火者乾坤所有之物,皆天道也,體也,無水火則乾坤為死物,故必山澤通氣,雷風相薄,而後乾坤之水火可交。頤大過者,山澤雷風之卦也,頤有離象,大過有坎象。故上經首乾坤,必乾坤厯否泰至頤大過,而後終之以坎離。
上経が乾・坤をもって始まるのは、それらが陰陽の固定した方位・万物の男と女を代表し、《易》の「数」に属し、互いに対待して動かないからである。乾・坤から下って屯・蒙・需・訟・師・比・小畜・履の十卦を経ると、陽爻と陰爻はそれぞれ三十画に積み上がり、合わせて六十画となる。陽は六を極とし、陰も六を極とするから、ここで乾坤は変ずべきである。そこで坤が上で乾が下となり乾坤が倒置して泰卦を成し、乾が上で坤が下となり泰卦が倒転して否卦を成す。否と泰は、まさに乾坤が上下に互いに倒転して成る一対の卦である。乾坤がすでに番々に否と泰と化した以上、その間の万物の吉凶・消長・進退・存亡は記しても記し尽くせない。同人卦以下から大畜卦まで、否と泰が互いに推移した結果でないものはない。否もなく泰もなければ《易》とは成らない。水と火は乾坤の生むもので、いずれも天道に属し、「体」に属する。水火がなければ乾坤は死物となる。だから必ず山沢の二気が通じ合い、雷風の二者が相い激盪して後、乾坤の含む水火が交合できる。頤卦と大過卦は、まさに山・沢・雷・風から構成される卦である。頤卦は上が艮で下が震、外が実で内が虚、全体が離の大象を呈する。大過卦は上が兌で下が巽、外が虚で内が実、全体が坎の大象を呈する。だから上経は乾坤をもって始め、必ず乾坤を否泰を経て頤と大過に至らせ、それから坎・離の両卦をもって結尾するのである。
下經首咸恆者,陰陽之交感,一物之乾坤也,易之氣也,流行不已者也。自咸恆厯遯大壯晉明夷家人睽蹇解十卦,陰陽各三十畫,則六十矣。陽極於六,陰極於六,至此男女變矣,故咸之男女綜而為損,恆之男女綜而為益。損益者,男女上下相綜之卦也。男女既迭相損益,則其間萬事吉凶消長進退存亡,不可悉紀,自夬以下至節,無非損益之相推,無損無益,非易矣。既濟未濟者,男女所交之事,皆人道也,用也,無既濟未濟,則男女為死物,故必山澤通氣,雷風相薄,而後男女之水火相交。中孚小過者,山澤雷風之卦也,中孚有離象,小過有坎象。故下經首咸恆,必咸恆厯損益至中孚小過,而後終之以既濟未濟。
下経が咸・恒をもって始まるのは、それらが陰陽の交相感応・同一事物内部の乾と坤を代表し、《易》の「気」に属し、流行して停まらないからである。咸・恒から下って遯・大壮・晋・明夷・家人・睽・蹇・解の十卦を経ると、陽爻と陰爻はそれぞれ三十画に積み上がり、合わせて六十となる。陽は六を極とし、陰も六を極とするから、ここで男女は変ずべきである。そこで咸卦(下が艮の少男・上が兌の少女)が倒転して損卦となり、恒卦(下が巽の長女・上が震の長男)が倒転して益卦となる。損と益は、まさに男女が上下に互いに倒転して成る一対の卦である。男女がすでに番々に損と益と化した以上、その間の万事の吉凶・消長・進退・存亡は記しても記し尽くせない。夬卦以下から節卦まで、損と益が互いに推移した結果でないものはない。損もなく益もなければ《易》とは成らない。既済と未済は、男女が交合した後の事を講じ、いずれも人道に属し、「用」に属する。既済・未済がなければ男女は死物となる。だから必ず山沢が気を通じ、雷風が相い激して後、男女の含む水火が交合できる。中孚と小過は、まさに山・沢・雷・風から構成される卦である。中孚は上が巽で下が兌、外が実で中が虚、全体が離の大象を呈する。小過は上が震で下が艮、外が虚で中が実、全体が坎の大象を呈する。だから下経は咸恒をもって始め、必ず咸恒を損益を経て中孚と小過に至らせ、それから既済・未済の両卦をもって結尾するのである。
要之,天道之體雖以否泰為主,而未必無人道;人道之用雖以損益為主,而未必無天道。上下經之篇義蘊蓄,其妙至此。若以卦爻言之,上經陽爻八十六,陰爻九十四,陰多於陽者凡八;下經陽爻一百有六,陰爻九十有八,陽多於陰者亦八。上經陰多於陽,下經陽多於陰,皆同八焉,是卦爻之陰陽均平也。
総じて言えば、天道という「体」は否・泰を主軸とするが、その中に人道がないとは限らない。人道という「用」は損・益を主軸とするが、その中に天道がないとは限らない。上下両経の篇章の大義に含まれるものは、精妙この域に達する。もし卦爻の数目から見れば、上経三十卦は陽爻八十六・陰爻九十四で、陰が陽より八画多い。下経三十四卦は陽爻一百六・陰爻九十八で、陽が陰より多いのも八画である。上経は陰が陽に多く、下経は陽が陰に多く、多い数は同じく八である。卦爻の陰陽分配が均衡して対等であることが見える。
若以綜卦兩卦作一卦論之,上經十八卦成三十卦,陽爻五十二,陰爻五十六,陰多於陽者凡四;下經十八卦成三十四卦,陽爻五十六,陰爻五十二,陽多於陰者亦四。上經陰多於陽,下經陽多於陰,皆同四焉,是綜卦之陰陽均平也。上下經之篇義卦爻,其精至此。孔子贊其至精、於變至神,厥有由矣。
もし互いに倒転する両卦を併せて一つの卦形として計算すれば、上経十八個の卦形を三十卦に還元すると、陽爻五十二・陰爻五十六で、陰が陽より四画多い。下経十八個の卦形を三十四卦に還元すると、陽爻五十六・陰爻五十二で、陽が陰より多いのも四画である。上経は陰が陽に多く、下経は陽が陰に多く、多い数は同じく四である。綜卦で計算しても、陰陽は同じく均衡して対等であることが見える。上下両経の篇章の大義と卦爻の数目は、精密この域に達する。孔子が《繋辞伝》で《易》を「至精」と讃嘆し、変化において「至神」と讃嘆したのは、十分な根拠がある。
来瞿唐先生易経字義
易経字義・象
卦中立象,有不拘《說卦》乾馬坤牛、乾首坤腹之類者,有自卦情而立象者。如乾卦本馬而言龍,以乾道變化,龍乃變化之物,故以龍言之。《朱子語錄》,或問卦之象,朱子曰:「便是理會不得,如乾為馬而說龍,如此之類皆不通。」殊不知以卦情立象也,且荀九家亦有乾為龍。又如咸卦艮為少男,兌為少女,男女相咸之情,莫如季之少者,故周公立爻象,曰拇、曰腓、曰股、曰憧、曰脢、曰輔頰舌,一身皆感焉。蓋艮止則感之專,兌悅則應之至,是以四體百骸,從拇而上,自舌而下,無往而非感矣,此則以男女相感之至情而立象也。
卦中に物象を設立するに、或るものは《説卦伝》の「乾為馬、坤為牛、乾為首、坤為腹」といった固定した取象に拘らず、一卦の情性によって新たに象を立てる。たとえば乾卦は《説卦》によれば馬を取るべきなのに、爻辞は龍を言う。これは乾道が変化を能事とし、龍がまさに変化に善い動物だから、龍をもってそれを言うのである。《朱子語類》で或る人が卦象を問うたところ、朱子は答えて言った。「これは実に分からない。たとえば乾は明らかに馬なのに龍と言う。この類は皆講じ通じない」と。朱子はこれが卦の情性に依って象を立てたことを知らなかった。何况漢代の荀爽が輯めた《九家易》に、もともと「乾為龍」の一条がある。また咸卦の如きは、下卦の艮は少男、上卦の兌は少女で、男女が互いに感応する情は年少者より深きはない。だから周公の立てた爻象は順に足の親指を言い、腿の肚を言い、股を言い、心神の揺動を言い、背脊の肉を言い、面頬と舌を言い、全身上下どこにも感応しないところがない。これは艮の性が静止であり、静止すれば感応が専一となり、兌の性が欣悦であり、欣悦すれば回応が徹底するからだ。だから四肢百骸、足の親指から上に数え、舌から下に数えて、感応でないところはない。これが男女相感の至情に依って象を立てたものである。
又如豚魚知風,鶴知秋,雞知旦,三物皆有信,故中孚取之,亦以卦情立象也。又以漸取鴻者,以鴻至有時而群有序,不失其時,不失其序,於漸之義為切;且鴻又不再偶,於文王卦辭女歸之義為切,此亦以卦情立象也。有以卦畫之形取象者,如剝言宅、言床、言廬者,因五陰在下,列於兩旁,一陽覆於其上,如宅如床如廬,此以畫之形立象也,鼎與小過亦然。
また江豚と魚は風の起こるを予知でき、鶴は秋の至るを予知でき、鶏は時を正しく暁を報ず。この三種の動物は皆信を守り爽わない。だから中孚卦(「孚」はすなわち誠信)はそれらを取って象とする。これも卦の情性に依って象を立てたものである。また漸卦は大雁を取って象とする。大雁は南に来たり北に往くに固定の時節があり、群れ飛ぶに固定の行列があり、时令を誤らず次序を乱さないので、「漸」(循序漸進)の含義に最も切当である。しかも大雁は配偶を失って後は更に配しないので、文王の卦辞「女帰」(女子が嫁ぐ)の含義にも最も切当である。これも同じく卦の情性に依って象を立てたものである。また卦画の外形に依って象を取るものもある。たとえば剥卦の爻辞が「宅」を言い、「床」を言い、「廬」を言うのは、剥卦の五つの陰爻が下に両旁に排開し、一つの陽爻が頂蓋のように上に覆うので、その形が房屋に似て、床架に似て、草廬に似るからである。これは卦画の形状に依って象を立てたもので、鼎卦・小過卦の取象も同じ道理である。
又有卦體大象之象。凡陽在上者皆象艮巽,陽在下者皆象震兌,陽在上下者皆象離,陰在上下者皆象坎。如益象離,故言龜;大過象坎,故言棟;頤亦象離,故亦言龜。又如中孚「君子以義獄緩死」,亦取噬嗑火雷之意,以中孚大象離,而中爻則雷也。故凡陽在下者動之象,在中者陷之象,在上者止之象;凡陰在下者入之象,在中者麗之象,在上者說之象。
また整卦の六画が合成する「大象」の象というものがある。およそ陽爻が最上に居るものは、全体が艮に象り巽に象る。陽爻が最下に居るものは、全体が震に象り兌に象る。陽爻が上下両端に居り中間が陰であるものは、全体が離に象る。陰爻が上下両端に居り中間が陽であるものは、全体が坎に象る。たとえば益卦は初・上が陽で中間四爻が多く陰で、全体が離象を呈する。離は亀であるから、爻辞は「十朋之亀」と言う。大過卦は両頭が陰で中間が四陽で、全体が坎象を呈するから、爻辞は「棟」(棟梁)と言う。頤卦は両頭が陽で中間が四陰で、全体も離象を呈するから、爻辞は同じく「亀」と言う。また中孚卦の《大象伝》が「君子以議獄緩死」と言うのも、噬嗑卦の火雷相合の意を取ったもので、中孚は全体が離(火)の大象を呈し、その中爻二三四は互いに震(雷)を成すからである。だからおよそ陽爻は下位では「動」の象を取り、中位では「陥」の象を取り、上位では「止」の象を取る。およそ陰爻は下位では「入」の象を取り、中位では「附麗」の象を取り、上位では「欣悦」の象を取る。
又有以中爻取象者,如漸卦九三「媍孕不育」,以中爻二四合坎中滿也;九五「三歲不孕」,以中爻三五合離中虛也。有將錯卦立象者,如履卦言虎,以下卦兌錯艮也。有因綜卦立象者,如井與困相綜,巽為市邑,在困為兌,在井為巽,則改為邑矣。有即陰陽而取象者,如乾為馬本象也,坎與震皆得乾之一畫,亦言馬;坤為牛本象也,離得坤之一畫,亦言牛,皆其類也。有相因而取象者,如革卦九五言虎者,以兌錯艮,艮為虎也;上六即以豹言之,豹次於虎,故相因而言豹也。故其象多是無此事此理,而止立其象,如金車玉鉉之類,金豈可為車,玉豈可為鉉,蓋雖無此事此理,而爻內有此象也。
また「中爻」(二三四爻と三四五爻がそれぞれ互いに成す卦)に依って象を取るものがある。たとえば漸卦九三の爻辞「婦孕不育」は、二・三・四爻が互いに坎を成し、坎は中間の一画が満実で、婦人の懐胎を象るからである。九五の爻辞「三歳不孕」は、三・四・五爻が互いに離を成し、離は中間の一画が虚空で、胎孕の成らざるを象るからである。「錯卦」に依って象を立てるものもある。たとえば履卦の卦辞が虎を言うのは、履卦の下体が兌であり、兌の六爻を位ごとに反すれば艮となり、艮は虎だからである。「綜卦」に依って象を立てるものもある。たとえば井卦と困卦は互いに倒転し、巽はもともと「市邑」の象を持ち、同じ一本の爻が困卦では兌に属し、翻転して井卦では巽に属する。そこで井卦の卦辞は「改邑不改井」の「邑」と作る。単に陰陽の画数に就いて象を取るものもある。たとえば乾が馬なのは本来の取象で、坎と震はいずれも乾の一本の陽画を分け得たので、爻辞も馬を言う。坤が牛なのは本来の取象で、離は坤の一本の陰画を分け得たので、爻辞も牛を言う。皆この類に属する。また前の象から勢いに順って後の象を帯び出すものもある。たとえば革卦九五が虎を言うのは、上体の兌が錯して艮となり、艮は虎だからである。上六は続いて豹を言う。豹の品級は虎に次ぐので、虎に順って言い下せば豹を言う。それゆえ《易》の物象は多くはその事・その理がなく、ただ一つの象を立てるにすぎない。「金車」「玉鉉」の類の如し――黄金でどうして車を造れよう。美玉でどうして鼎の杠を作れよう。実際にはこの事もなくこの理もないが、しかし爻位の中には確かにこの象が含まれている。
《朱子語錄》云:「卦要看得親切,須是兼象看,但象失其傳了。」殊不知聖人立象,有卦情之象,有卦畫之象,有大象之象,有中爻之象,有錯卦之象,有綜卦之象,有爻變這象,有占中之象。正如釋卦名義,有以卦德釋者,有以卦體釋者,有以卦綜釋者,皆言象也。所以說「擬諸其形容,象其物宜」,但形容物宜可擬可象,即是象矣。自王弼不知文王序卦之妙,掃除其象,後儒泥滯《說卦》,所以說象失其傳,而不知未失其傳也。善乎蔡氏曰:「聖人擬諸其形容而立象,至織至悉,無所不有,所謂其道甚大、百物不廢者此也。其在上古,尚此以制器;其在中古,觀此以繫辭。而後世之言易者,乃曰得意在忘象,得象在忘言,一切指為魚兔筌蹄,殆非聖人作易前民用以教天下之意矣。」此言蓋有所指而發也。
《朱子語類》は言う。「卦は切貼に見なければならない。必ず象に連ねて見るべきだが、ただ惜しいのは象がすでに失伝したことだ」と。朱子は知らなかった、聖人の設立した象には多くの層があることを。卦情に依る象があり、卦画の外形に依る象があり、整卦の大象の象があり、中爻互体の象があり、錯卦の象があり、綜卦の象があり、爻変の象があり、占断の中の象がある。《彖伝》が卦名の含義を解釈する如きも、卦徳から解釈するものがあり、卦体から解釈するものがあり、綜卦から解釈するものがあり、講じるところは皆象である。だから《繋辞伝》はこそ「事物の形態容貌に擬比し、事物の相宜する処を摹写す」と言う。およそ形態容貌・相宜の処で、擬比し得、摹写し得るものは、すなわち皆象である。王弼が文王卦序の奥妙を知らず、象を一概に掃除して以後、後の儒者はまた《説卦伝》のあの数条に死抠りして、そこで皆「象は伝を失った」と言うが、象は実は失伝していないことを知らない。蔡淵の言うは善い。「聖人は事物の形態容貌に擬比して卦象を設立した。細緻は極みに至り、周備は極みに至り、包まぬところなし。《繋辞》のいわゆる『其道甚大、百物不廃』はまさにこの事を指す。上古においては、人は卦象を尊崇して器物を製造した。中古においては、人は卦象を観察して文辞を繫げた。ところが後世《易》を講じる者は、竟に意旨を領会すれば象を忘れるべく、象を掌握すれば言を忘れるべしと言い、象と言を一概に魚を捕る竹笱・兎を捉える网羅と見なして、用い終われば捨てる。これはおそらく聖人が《易》を創作して百姓の用に先立ち、天下を教化した本意ではない」と。蔡氏のこの言は、対するところあって発したのである。
易経字義・錯
錯者,陰與陽相對也。父與母錯,長男與長女錯,中男與中女錯,少男與少女錯。八卦相錯,六十四卦皆不外此錯也。天地造化之理,獨陰陽不能生成,故有剛必有柔,有男必有女,所以八卦相錯。八卦既相錯,所以象即寓於錯之中。如乾錯坤,乾為馬,坤即「利牝馬之貞」;履卦兌錯艮,艮為虎,文王即以虎言之;革卦上體乃兌,周公九五爻亦以虎言之;又睽卦上九純用錯卦,師卦「王三錫命」純用天火同人之錯,皆其證也。又有以中爻之錯言者,如小畜言「雲」,因中爻離錯坎故也;六四言「血」者,坎為血也;言「惕」者,坎為加憂也。又如艮卦九三中爻坎,爻辭曰「熏心」,坎水安得熏心,以錯離有火煙也。
いわゆる「錯」とは、陰爻と陽爻が位ごとに相対することである。父(乾)と母(坤)とが相錯し、長男(震)と長女(巽)とが相錯し、中男(坎)と中女(離)とが相錯し、少男(艮)と少女(兌)とが相錯する。八卦は二つずつ相錯し、六十四卦も皆この「錯」の格局を出ない。天地造化の道理は、孤陰は生ぜず独陽は長ぜず、剛あれば必ず柔があり、男あれば必ず女がある。だから八卦は二つずつ相錯する。八卦がすでに相錯する以上、物象もまた錯卦の中に寄寓する。たとえば乾が錯するのは坤。乾は馬なので、坤の卦辞は「利牝馬之貞」と言う。履卦の下体は兌で、兌は錯して艮となり、艮は虎なので、文王の卦辞は「履虎尾」と言う。革卦の上体も兌で、周公が九五に繫げた爻辞も「大人虎変」と言う。また睽卦の上九の一整条の爻辞は全て錯卦に依って象を取り、師卦九二「王三錫命」は全てその錯卦の天火同人に依って象を取る。これらは皆証拠である。また「中爻」の錯卦に従って説を立てるものもある。小畜の卦辞が「密雲不雨」と言うのは、中爻が互いに離を成し、離は錯して坎となり、坎は雲雨だからである。六四の爻辞が「血」と言うのは、坎が血卦だからである。「惕」(警惕)と言うのは、坎に「加憂」の象があるからである。また艮卦九三は、中爻二三四が互いに坎を成すのに、爻辞は「厲薰心」と言う。坎は水で、どうして人の心を薰灼できよう。まさに坎が錯して離となり、離に火があり烟があるから、「薰心」の二字を言い得たのである。
易経字義・綜
綜字之義,即織布帛之綜,或上或下,顛之倒之者也。如乾坤坎離四正之卦,則或上或下;巽兌艮震四隅之卦,則巽即為兌,艮即為震,其卦名則不同。如屯蒙相綜,在屯則為雷,在蒙則為山是也;如履小畜相綜,在履則為澤,在小畜則為風是也。如損益相綜,損之六五即益之六二,特倒轉耳,故其象皆「十朋之龜」;夬之九四即姤之九三,故其象皆「臀無膚」。綜卦之妙如此,非山中研究三十季,安能知之,宜乎諸儒以象失其傳也。
「綜」の字の本義は、織布機のあの綜線で、一上一下に経線を牽動し、それを顚こし倒すことである。乾・坤・坎・離の四つの正位に居る卦は、倒転して後も卦形は変わらず、ただ一組の卦の中で或いは上体に居り或いは下体に居る。巽・兌・艮・震の四つの四隅に居る卦は、倒転して後は姿が変わる。巽を倒せば兌となり、艮を倒せば震となり、卦名もこれに随って異なる。たとえば屯卦と蒙卦は互いに倒転し、同じ一本の陽爻が屯卦では震(雷)に属し、翻転して蒙卦では艮(山)に属する。履卦と小畜卦は互いに倒転し、同じ体が履卦では兌(沢)であり、翻転して小畜卦では巽(風)である。また損卦と益卦は互いに倒転し、損卦の六五はすなわち益卦の六二で、ただ全体をひっくり返したにすぎない。だから両爻の爻辞はいずれも「十朋之亀」と作る。夬卦の九四はすなわち姤卦の九三で、だから両爻の爻辞はいずれも「臀无肤」と作る。綜卦の奥妙がこの域に達するのは、深山で三十年鑽研したのでなければ、どうして知ることができよう。歴代儒者が皆卦象は伝を失ったと言うのも無理はない。
然文王序卦有正綜,有雜綜。如乾初爻變姤,坤逆行,五爻變夬與姤相綜,所以姤綜夬,遯綜大壯,否綜泰,觀綜臨,剝綜復,所謂乾坤之正綜也。八卦通是初與五綜,二與四綜,三與三綜,雖一定之數,不容安排,然陽順行而陰逆行,與之相綜,造化之玄妙可見矣,文王之序卦不其神哉。即陽本順行,生亥死午;陰本逆行,生午死亥之意。若乾坤所屬尾二卦,晉大有需比之卦,類術家所謂游魂歸魂,出於乾坤之外者,非乾坤五爻之正變,故謂之雜綜。然乾坤水火四正之卦,四正與四正相綜;艮巽震兌四隅之卦,四隅與四隅相綜,雖雜亦不雜也。
ただし文王の排定した卦序には、「正綜」もあれば「雑綜」もある。乾卦の初爻が陽から陰に変われば姤卦となる。坤卦は逆向に推行して、第五爻が陰から陽に変われば夬卦となり、夬卦はまさに姤卦と互いに倒転する。この規律に照らして推せば、姤と夬とは互綜し、遯と大壮とは互綜し、否と泰とは互綜し、観と臨とは互綜し、剥と復とは互綜する。これを乾坤両宮の「正綜」と言う。乾宮の諸卦と坤宮の諸卦とが対応する規律は一律に、乾の初爻変は坤の五爻変に対し、乾の二爻変は坤の四爻変に対し、乾の三爻変は坤の三爻変に対する。これは天然の定数で、人為の安排を容れないが、陽は順に走り陰は逆に走り、両辺が恰好よく互いに倒転する。造化の玄妙はここに見え、文王の卦序は神奇でないだろうか。これはまさに術家の言う、陽気は順行して長生は亥に在り死するは午に在り、陰気は逆行して長生は午に在り死するは亥に在りという道理である。乾坤両宮の末尾の両卦――晋・大有・需・比のこの数卦に至っては、術家の講じる「游魂」「帰魂」に似て、乾坤両宮の常軌の外に走り出て、乾坤の五爻が順次に正変して来たものではない。だから「雑綜」と言う。しかしそれでもなお、乾・坤・坎・離の四つの正位の卦は、依然として四正と四正とが相倒転し、艮・巽・震・兌の四つの隅位の卦は、依然として四隅と四隅とが相倒転する。「雑」と言うが、実は少しも乱れてはいない。
八卦既相綜,所以象即寓於綜之中。如噬嗑「利用獄」,賁乃相綜之卦,亦以獄言之;旅豐二卦亦以獄言者,皆以其相綜也。有以上六下初而綜者,則「自外來而為主於內」是也;有以二五而綜者,「柔得中而上行」是也。蓋易以道陰陽,陰陽之理流行不常,原非死物膠固一定者,故顛之倒之,可上可下者,以其流行不常耳。故讀易者不能悟文王序卦之妙,則易不得其門而入;既不入門,而宮牆外望,則「攻邑」「不改井」之玄辭,「其人天且劓」之險語,不知何自而來也。噫,文王不其繼伏羲而神哉。
八卦がすでに二つずつ相倒転する以上、物象もまた綜卦の中に寄寓する。たとえば噬嗑卦の《彖伝》が「利用獄」(獄訟を断ずるに宜しい)と言うところ、賁卦はまさにそれが倒転して成る卦であり、《大象伝》も同じく刑獄を取って言う。旅卦と豊卦は互いに倒転し、両卦もいずれも刑獄を取って言う。皆それらが相綜する所以である。上六と初爻の倒転に依って解釈するものもある。《彖伝》のいわゆる「自外来而為主于内」がそれである――もともと上卦にあったあの爻が、一翻すれば内卦に落ちて主爻となる。二爻と五爻の倒転に依って解釈するものもある。《彖伝》のいわゆる「柔得中而上行」がそれである――もともと二位で中を得た柔爻が、一翻すれば五位に升る。《易》はもともと陰陽を講じるもので、陰陽の理は流動して居らず、決して膠固して死板し、一処に釘付けされたものではない。だから顚こし倒すことができ、上にも下にもなれる。まさにそれが流行して定まらないからだ。それゆえ《易》を読む者がもし文王卦序の奥妙を悟り尽くせなければ、入るべき門径を見出せず、門に入れなければ宮牆の外で张望するだけで、井卦の「改邑不改井」のような玄奥な話や、睽卦の「其人天且劓」(その人は額に黥され鼻を割かれる)のような険峻な話が、どこから湧き出て来たのか分からなくなる。ああ、文王が伏羲を継承してかくも神妙なことよ!
易経字義・変
變者,陽變陰、陰變陽也。如乾卦初變即為姤,是就於本卦變之。宋儒不知文王序卦如屯蒙相綜之卦本是一卦,向上成一卦,向下成一卦,詳見前伏羲文王錯綜圖。如訟之「剛來而得中」乃卦綜也,非卦變也,以為自遯卦變來非矣,如姤方是變。卦變玄之又玄,妙之又妙,蓋爻一動即變。如漸卦九三以三為夫,以坎中滿為婦孕,及三爻一變則陽死成坤,離絕夫位,故有「夫征不復」之象;既成坤,則並坎中滿通不見矣,故有「婦孕不育」之象。又如歸妹九四中爻坎月離日,期之象也,四一變則純坤而日月不見矣,故「愆期」。豈不玄妙。
いわゆる「変」とは、陽爻が陰爻に変じ、陰爻が陽爻に変じることである。たとえば乾卦の初爻が一変すれば姤卦を成す。これは本卦自身に就いて変じたものである。宋代の儒者は、文王卦序に屯・蒙のように互いに倒転する卦がもともと同一の卦形で、上から見れば一卦となり下から見ればまた一卦となることを明らかにしなかった。詳しくは前の《伏羲文王錯綜図》に見える。訟卦《彖伝》の「刚来而得中」の如きは、綜卦を講じたもので、卦変ではない。それを遯卦から変じたと言うのは誤りである。変と言うなら、姤卦が乾卦の初爻から変じた方がこそ変と言える。卦変は一層が一層より玄く、一層が一層より妙である。一本の爻が動くだけで整卦が変わるからだ。たとえば漸卦九三は、第三爻のこの陽爻をもって「夫」とし、二三四が互いに坎を成し坎中の一画が満実なのをもって「婦懐胎」とする。第三爻が一変するに至っては、陽爻が消亡し下体が坤を成し、「夫」の爻位は断絶する。だから「夫征不复」(夫が出征して帰らない)の象がある。下体がすでに坤を成した以上、あの互体の坎の中満の画も併せて見えなくなる。だから「婦孕不育」の象がある。また帰妹卦九四は、中爻が互いに坎と離を出し、坎は月で離は日で、日月が相推するはまさに「日期」の象である。第四爻が一変すれば上下ともに純坤を成し、日月はいずれも見えなくなる。だから爻辞は「愆期」(婚期を誤る)と言う。これは玄妙でないだろうか。
易経字義・中爻
中爻者,二三四五所合之卦也,《繫辭》第九章孔子言之詳矣。大抵錯者,陰陽橫相對也;綜者,陰陽上下相顛倒也;變者,陽變陰、陰變陽也;中爻者,陰陽內外相連屬也。周公作爻辭,不過此錯、綜、變、中爻四者而已。如離卦居三,同人曰「三歲」,未濟曰「三季」,既濟曰「三季」,明夷曰「三日」,皆以本卦三言也;若坎之「三歲」、困之「三歲」、解之「三品」,皆離之錯也;漸之「三歲」、巽之「三品」,皆以中爻合離也;豐之「三歲」,以上六變而為離也。即離而諸爻用四者可知矣。
いわゆる「中爻」とは、二・三・四爻と三・四・五爻がそれぞれ合成する二つの卦を取ることで、《繋辞下伝》第九章に孔子が詳しく講じている。大体で言えば、「錯」は陰陽が横向に位ごとに相対し、「綜」は陰陽が整体として上下に顚倒し、「変」は陽爻が陰爻に転じ陰爻が陽爻に転じ、「中爻」は陰陽が内外の間で互いに牽連し接するものである。周公が爻辞を作るに、用いた方法は錯・綜・変・中爻の四つ以外にない。例を挙げれば、離卦は八卦の中で第三に列する。だからおよそ離に渉る卦爻は多く「三」の数を用いる。同人卦は「三歳」と言い、未済卦は「三年」と言い、既済卦は「三年」と言い、明夷卦は「三日」と言う。皆本卦の含む離に就いて「三」を取って言を立てたものである。坎卦の「三歳」・困卦の「三歳」・解卦の「三品」に至っては、坎が錯して離となるからである。漸卦の「三歳」・巽卦の「三品」は、中爻が互いに合成して離となるからである。豊卦の「三歳」は、上六が一変して離を成すからである。離から「三」を取るこの一例から推し広めれば、残りの各卦の爻辞に「四」を用いる所以もまた明らかになる。
孔子韋編三絕,於陰陽之理悅心研慮已久,故於圓圖看出錯字,於序卦看出綜字,所以說「錯綜其數」。又恐後人將序卦一連,不知有錯綜二體,故雜亂其卦,唯令二體之卦相連,如「乾剛坤柔」「比樂師憂」是也,又說出中爻。宋儒不知乎此,將孔子《繫辭》「所居而安者」文王之序卦、「所樂而翫者」周公之爻辭,認序字為卦爻所著事理當然之次第,故自孔子沒而易已亡至今日矣。
孔子は《易》を読んで竹簡を穿つ皮紐が三度断れたほどで、陰陽の理に心悦誠服し反覆研求すること久しかった。だから先天の円図から「錯」の一字を看取し、文王卦序から「綜」の一字を看取し、ここに《繋辞伝》は「錯綜其数」と言う。彼はまた後人が《序卦伝》を一路連読して行き、その中にまだ錯・綜の二種の卦体があることを知らないことを憂え、そこでわざわざ卦の次序を打ち乱して別に《雑卦伝》を作り、もっぱら同じ体に属する両卦を並べて連ね、「乾剛坤柔」「比楽師憂」のように対を成して挙げた。そのほか彼はまた「中爻」を掲示した。宋代の儒者はこの一層を明らかにせず、孔子《繋辞伝》の「所居而安者」(その位に安んずる――文王の卦序を指す)と「所楽而玩者」(愛し玩味する――周公の爻辞を指す)の中の「序」の字を、誤って卦爻の標示する事理の先後次第と認めた。だから孔子が亡くなって以後、《易》学はずっと今日まで亡失し続けてきたのである。
新刻来瞿唐先生易注巻之一
永川凌夫惇厚子甫圈點,廬陵高奣映雪君甫校讎。
永川人凌夫(字は惇厚子)が本書に圏点を施し、廬陵人高奣映(字は雪君)が本書の文字を校勘した。両処の「甫」の字は旧時の男子への美称で、表字の後に綴る。
周易上經。周,代名;易,書名;卦則伏羲所畫也。伏羲仰觀俯察,見陰陽有奇耦之數,故畫一奇以象陽,畫一耦以象陰;見一陰一陽有各生之象,故自下而上,再倍而三,以成八卦;又於八卦之上各變八卦,以成六十四卦。六十四卦皆重而為六畫者,以陰陽皆極於六,故聖人作易,六畫而成卦,六變而成爻,兼三才而兩之,皆因天地自然之數也。
「周易上経」の四字の中、「周」は朝代の名称、「易」は書の名称であり、卦画に至っては伏羲の画いたものである。伏羲は頭を上げて天象を観察し、頭を下げて地理を察し、陰陽に奇数と偶数の別あるを見て、そこで一筋の断たぬ横線(奇画)を画いて陽を象徴し、一筋の断けた横線(偶画)を画いて陰を象徴した。また一陰一陽がそれぞれさらに陰陽を生じ得るを見て、そこで下から上へ、一倍にまた倍し、連ねて三度倍して、八卦を凑成した。続いてまたこの八卦の上にそれぞれ八卦を叠加して、六十四卦を凑成した。六十四卦が皆重ねて六画を成すのは、陰陽がいずれも六をもって極とするからであり、だから聖人が《易》を作るに、六画を合して一卦とし、六度の変動が六爻を生じ、天・地・人の三才にそれぞれ二爻を配した。すべて天地自然の数に依拠したのである。
以易名書者,易字有交易變易兩義。交易以對待言,如天氣下降、地氣上騰也;變易以流行言,如陽極變陰、陰極變陽也。陰陽之理,非交易則變易,故以易名之。夏易名連山,首艮;商易名歸藏,首坤。曰周者,以其辭成於文王周公,故以周名之,而分為上下二篇云。
「易」の字をもってこの書に命名した所以は、「易」の字に交易・変易の二層の意味が含まれるからである。「交易」は対待関係に就いて言うもので、たとえば天気が下降し地気が上騰し、両者が交互に往来するが如し。「変易」は流行推移に就いて言うもので、たとえば陽が極点に至れば陰に転じ、陰が極点に至れば陽に転ずるが如し。陰陽の理は、交易でなければ変易である。だから「易」の字を取って命名した。夏代の《易》は《連山》と言い、艮卦を首とした。商代の《易》は《帰蔵》と言い、坤卦を首とした。この書が「周」と称するのは、その卦辞・爻辞が文王と周公の手に成ったからであり、だから「周」をもって命名し、しかも上・下の二篇に分かつ。
乾卦(乾下乾上)
乾。乾下乾上。乾剛。乾,元亨利貞。乾,卦名。元亨利貞者,文王所繫之辭,以斷一卦之吉凶,所謂彖辭也。乾者健也,陽主於動,動而有常,其動不息,非至健不能。奇者陽之數,天者陽之體,健者陽之性,六畫皆奇,則純陽而至健矣,故不言天而言乾也。
乾卦は、下体が乾で上体も乾であり、卦徳は「剛」である。卦辞に「乾、元亨利貞」。「乾」は卦名である。「元亨利貞」の四字は文王の繫げた辞で、整卦の吉凶を判断するためのもの、すなわちいわゆる「彖辞」である。乾の含義は「健」である。陽は運動を主とし、運動して常度があり、運動して永く停まらない。極めて剛健の力でなければできない。断たぬ奇画は陽の数であり、天は陽の形体であり、健は陽の性質である。乾卦の六画は全て奇画であるから、それは純陽にして至健である。だからこの一卦は「天」という形体を取って名とせず、「乾」という性質を取って名とする。
元大,亨通,利宜,貞正而固也。元亨者,天道之本然,數也;利貞者,人事之當然,理也。易經理數不相離。因乾道陽明純粹,無絲毫陰柔之私,惟天與聖人足以當之,所以斷其必大亨也。故數當大亨,而必以貞處之,方與乾道合;不貞則非理之當然,安能大亨。此聖人教人以反身修省之切要也。言凡占卜者,不論天子庶人,皆宜於貞,以盡人事。若即以為四德,殊失先王立教之意矣。至孔子文王純以義理論,方指四德也。
「元」は大、「亨」は通、「利」は適宜、「貞」は端正にして堅固である。「元亨」の講じるは天道が本来かくの如くである様で、「数」に属する。「利貞」の講じるは人事がかくあるべき様で、「理」に属する。《易経》の中で「理」と「数」はかつて分かれたことがない。乾道は陽剛光明で純粋にして雑なく、一糸一毫の陰柔の私意もない。天と聖人だけがそれに配するに足るから、それが必ず大いに亨通すると断定する。すでに「数」に按じて大亨すべきを推算した以上、必ず「貞」をもって自ら処らなければ、乾道と合わない。貞正でなければ応然の理に合わず、またどうして大亨できよう。これは聖人が人に反躬自省・修身自察を教える緊要のところである。これはおよそ占卜する者は、天子であれ百姓であれ、皆貞を守り、人事の本分を尽くすべきであると言うのだ。もし上からすぐ「元亨利貞」を四種の徳性として講じれば、先王が教を設けた本意に大きく背く。孔子が文王の卦辞を解釈して純粋に義理から論を立てる時に至って、はじめて四徳を指すのである。
○初九,潛龍勿用。此周公所繫之辭,以斷一爻之吉凶,所謂爻辭也。凡畫卦者自下而上,故謂下爻為初。初九者,卦下陽爻之名也。陽曰九,陰曰六者,河圖洛書五皆居中,則五者數之祖也,故聖人起數止於一二三四五。參天地兩地而倚數:參天者,天之位三,天一天三天五也;兩地者,地之位二,地二地四也。倚者依也,天一依天三天五而為九,所以陽皆言九;地二依地四而為六,所以陰皆言六。
初九の爻辞に「潜龍勿用」。これは周公の繫げた辞で、一爻の吉凶を判断するためのもの、すなわちいわゆる「爻辞」である。およそ卦を画くは皆下から上なので、最下の一爻を「初」と称する。「初九」とはこの卦の最も下にあるあの陽爻の名称である。陽爻を「九」と称し陰爻を「六」と称する所以は、《河図》《洛書》において「五」がいずれも正中に居り、五が一切の数の祖宗であることが見えるから、聖人が数を起こすに一・二・三・四・五の五つの生数のみを用いたのである。《説卦伝》の講じる「参天両地而倚数」――「参天」は天の位数が三であることを指し、すなわち天一・天三・天五の三つの奇数。「両地」は地の位数が二であることを指し、すなわち地二・地四の二つの偶数。「倚」とは依附である。天一が天三・天五に依附して、一加三加五で九を得る。だから陽爻は一律に九と称する。地二が地四に依附して、二加四で六を得る。だから陰爻は一律に六と称する。
一二三四五者,生數也;六七八九十者,成數也。然生數者成之端倪,成數者生之結果,故止以生數起之。過揲之數皆以九六之參兩,所以爻言九六也。潛,藏也,象初。龍,陽物,變化莫測,亦猶乾道變化,故象九。且此爻變巽錯震,亦有龍象,故六爻即以龍言之,所謂「擬諸形容,象其物宜」者此也。勿用者,未可施用也。象為潛龍,占為勿用,故占得乾而遇此爻之變者,當觀此象而玩此占也,諸爻仿此。圈外方是正意。
一・二・三・四・五を「生数」と言い、六・七・八・九・十を「成数」と言う。生数は成数の萌芽であり、成数は生数の結果である。だから生数のみを用いて起算する。大衍揲蓍の得る数目も、皆九・六という「参天両地」の数に照らして定める。ゆえに爻位は一律に九と称し六と称する。「潜」とは蔵で、初爻が最下に居ることに対応する。「龍」は陽性の物で、変化が測度できず、まさに乾道が変化を能事とするが如し。だからそれをもって陽爻の九に対応する。何况この一爻は陽から陰に変じ、下体は巽を成し、巽は錯して震となり、震もまた龍象を持つ。だから乾卦の六爻は通じて龍をもって言う。《繋辞伝》のいわゆる「事物の形態容貌に擬比し、事物の相宜する処を摹写す」はまさにこの事を指す。「勿用」とはまだ施展任用すべきでないこと。象に就いて言えば「潜龍」であり、占断に就いて言えば「勿用」である。だから占筮して乾卦を得て、ちょうどこの一爻が変動する者は、この象を観察しこの占断を玩味すべきで、残りの各爻もこれに照らして推す。圏圈の外の文字こそ、本爻の正面の意旨である。
○初九陽氣方萌,居於卦下,蓋龍之潛藏而未出者也,故有潛龍之象。既未出潛,則未可施用矣,故教占者勿用,養晦以俟時可也。○九二,見龍在田,利見大人。見龍之見,賢遍反。○二謂自下而上第二爻也。九二非正,然剛健中正,本乾之德,故舊注亦以正言之。見者,初為潛,二則離潛而出見也。田者,地之有水者也,以六畫卦言之,二於三才為地道,地上即田也。
初九のこの一爻は、陽気がちょうど萌動し、位置はまた整卦の最も下にある。まさに龍が深淵に潜伏してまだ出ていない時である。だから「潜龍」の象がある。すでにまだ出潜していない以上、施展任用すべきではない。だから占筮者に教えて、しばらく挙動あることなく、鋒芒を収斂して時機を待てばよい。九二の爻辞に「見龍在田、利見大人」(「見龍」の「見」は「現」と読む)。「二」とは下から上へ数えた第二爻を指す。九二は陽爻が陰位に居るので、本来位に当たらないが、それは剛健にしてしかも下体の中に居り、本来乾の徳性を具備している。だから旧注も「正」をもってそれを称する。「見」と称するのは、初爻がなお潜伏しているのに対し、二爻に至れば潜伏を脱して顕現するからである。「田」とは水のある土地を指す。六画卦から見れば、第二爻は三才の中で地道に属し、地面の上がすなわち田である。
大人者,大德之人也。陽大陰小,乾卦六爻皆陽,故為大。以三畫卦言之,二於三才為人道,大人之象也,故稱大人。所以應爻九五亦曰大人,二五得稱大人者,皆以三畫卦言也。利見大人者,利見九五之君以行其道也。此爻變離,有同人象,故利見大人。○九二以陽剛中正之德,當出潛離隱之時,而上應九五之君,故有此象,而其占則利見大人也。占者有是德,方應是占矣。
「大人」とは徳行の盛大な人を指す。陽を大とし陰を小とし、乾卦の六爻は全て陽であるから「大」と称する。もし三画卦に照らして見れば、第二爻は三才の中で人道に属し、まさに「大人」の象であるから大人と称する。同じ道理で、それに相応する九五爻も大人と称する。二・五の両爻が大人と称し得るのは、皆三画卦の三才の位置に就いて論を立てたからである。「利見大人」とは、九五のこの君に見えるが宜しく、もって自己の主張を推行せんとする。これはこの一爻が陽から陰に変じ、下体は離を成し、離は同人卦の下体であり、全卦に同人(人と相合する)の象があればこそ、「利見大人」と言う。九二は陽剛にして居中の徳性に憑り、ちょうど潜伏を脱し隠居を出る時に当たり、上はまた九五の君と相応する。だからこのような象があり、占断は大人に見えるが宜しとする。ただし占筮する者は必ず真にこのような徳行があってこそ、この占断に配することができる。
○九三,君子終日乾乾,夕惕若,厲,無咎。君子指占者。以六畫卦言之,三於三才為人道,以乾德而居人道,君子之象也,故三不言龍。三變則中爻為離,離日在下卦之終,終日之象也。下乾終而上乾繼,乾乾之象,乃健而不息也。惕,憂也,變離錯坎,憂之象也。若,助語辭。夕對日言,言終日乾乾,雖至於夕,而兢惕之心猶夫終日也。
九三の爻辞に「君子終日乾乾、夕惕若、厲、无咎」。「君子」とは占筮する人を指す。六画卦から見れば、第三爻は三才の中で人道に属し、乾の剛健の徳をもって人道の位に居るは、まさに君子の象である。だから第三爻は龍と言わず君子と言う。第三爻が陽から陰に変じた後、二・三・四爻は互いに離を成し、離は日であり、この日がまた下卦の末尾に落ちる。まさに「終日」の象である。下体の乾が尽きるところに行き着き、上体の乾が続いてまた起こる。これが「乾乾」の象で、剛健にして停まらないを表す。「惕」は憂懼である。三爻が変じて離を成し、離は錯して坎となり、坎は憂患の象を持つ。「若」は語助詞である。「夕」は「日」に対して言う。意は終日剛健して已まず、夜に至っても、あの戒懼の心はなお白日と同じであるということだ。
厲者,危厲不安也。九陽爻,三陽位,過則不中,多凶之地也,故言厲。無咎者,以危道處危地,操心危、慮患深,則終於不危矣,故無咎。○九三過剛不中,若有咎矣,然性體剛健,有能乾夕乾惕,不已之象,占者能憂懼如是,亦無咎也。○九四,或躍在淵,無咎。或者,欲進未定之辭,非猶豫狐疑也。或躍在淵者,欲躍猶在淵也。九為陽,陽動故言躍;四為陰,陰虛故象淵。此爻變巽為進退、為不果,又四多懼,故或躍在淵。
「厲」は危険で安らかでないことである。九は陽爻、三は陽位で、陽の上に陽を加えれば未免やり過ぎで、しかも中位に居らず、もともと多凶険の地である。だから「厲」と言う。「无咎」とは、戒懼危疑の態度をもって危険の位置に身を処し、心に警惕を存し憂慮が深遠であれば、ついにはかえって危険でなくなり、過ちがなくなるということ。九三のこの一爻は剛に過ぎてまた中に居らず、理の上では過ちがあるべきだが、しかしその本性は剛健で、白日に懈らず夜に戒懼でき、永く歇まらない象を具備する。占筮する人がもしこのように憂懼して自ら持すれば、過ちもない。九四の爻辞に「或躍在淵、无咎」。「或」とは進もうとしてまだ決しない口ぶりで、決して猶豫不決・疑神疑鬼ではない。「或躍在淵」とは上に躍ろうとしてなお深淵に留まることを言う。九は陽で、陽は動を主とするから「躍」と言う。四は陰位で、陰は虚空を主とするから「淵」を取って象とする。この一爻は陽から陰に変じ、上体は巽を成し、巽は「進退」の象、「不果決」の象を持ち、加うるに第四爻はもともと疑懼が多い。だから「或躍在淵」と言う。
○九四以陽居陰,陽則志於進,陰則不果於進,居上之下,當改革之際,欲進未定之時也,故有或躍在淵之象,占者能隨時進退,斯無咎矣。○九五,飛龍在天,利見大人。五,天位,龍飛於天之象也。占法與九二同者,二五皆中位,特分上下耳。利見大人,如堯之見舜、高宗之見傳說是也,下此如沛公之見張良、照烈之見孔明,亦庶幾近之。六畫之卦,五為天;三畫之卦,五為人,故曰天曰人。
九四は陽爻をもって陰位に居る。陽の一面は志を立てて前に向かい、陰の一面はまた果断に進もうとしない。それは上体の最下位に処り、まさに局面を改換する関口に当たり、進もうとしてまだ決しない時である。だから「或躍在淵」の象がある。占筮する人がもし時機に順応して進退を決すれば、過ちはない。九五の爻辞に「飛龍在天、利見大人」。第五爻は天の位置で、まさに龍が天空に飛騰する象である。その占断は九二と同じで、二・五はいずれも居中の位だから、ただ一つは下体の中、一つは上体の中というだけである。いわゆる「利見大人」は、堯が舜に遇い、殷の高宗が傅説に遇ったようなもの。次の等は、漢高祖が張良に遇い、蜀の昭烈帝が諸葛亮に遇ったようなもので、大体近似する。六画卦に就いて言えば第五爻は天位に属し、三画卦に就いて言えば第五爻は人位に属する。だから《易》の中で九五には「天」とも言い「人」とも言う。
○九五剛健中正,以聖人之德居天子之位,而下應九二,故其象占如此。占者如無九五之德位,必不應利見之占矣。○上九,亢龍有悔。上者,最上一爻之名。亢,人頸也,高也,蓋上而不能下、信而不能屈之意。陰陽之理,極處必變,陽極則生陰,陰極則生陽,消長盈虛,此一定之理數也。
九五は剛健にしてまた居中して正を得、聖人の徳行に憑って天子の位置を占め、下はまた九二と相応する。だからその象と占断はこのようになる。占筮する人がもし九五のような徳行と地位がなければ、必ず「利見大人」のこの占断に配することができない。上九の爻辞に「亢龍有悔」。「上」は最上の一爻の名称である。「亢」はもともと人の首頸を指し、引申して高となり、上るのみで下ることができず、伸ばすのみで曲げることができない意を含む。陰陽の道理は極点に行き着けば必ず転変する。陽が極点に至れば陰を生じ、陰が極点に至れば陽を生じ、消退と生長、盈満と虧欠、これは固定して移らない理と数である。
龍之為物,始而潛,繼而見,中而躍,終而飛,既飛於天,至秋分又蟄而潛於淵,此知進知退、變化莫測之物也。九五飛龍在天,位之極、中正者,得時之極,乃在於此,若復過於此,則極而亢矣。以時則極,以勢則窮,安得不悔。○上九陽剛之極,有亢龍之象,故占者有悔。知進知退,不與時偕極,斯無悔矣。伊尹之復政厥闢,周公之罔以寵利居成功,皆無悔者也。
龍というものは、初めは潜伏し、続いて顕現し、中途で跳躍し、最後に飛騰する。すでに天空に飛び上がれば、秋分の時節にまた蟄伏して深淵に潜り返る。それが進をも知り退をも知り、変化が測度し難いことを知る由である。九五「飛龍在天」は位置がすでに頂点に至り、中正で時を得たことも頂点に至り、まさにこの一爻にある。もしさらに上ってこれを過ぎれば、極まって亢に至る。時機に就いて言えばすでに尽頭に至り、形勢に就いて言えばすでに窮途に至る。どうして悔恨を生ぜずにおれよう。上九は陽剛が極点に至り、亢龍の象がある。だから占筮する人は悔恨がある。もし進むべきを知り退くべきを知れば、時勢に随って共に極端に走ることなく、悔恨はない。伊尹が輔政期を満て政権を太甲に交還し、周公が寵信と利禄に憑って成功の位に占住しようとしなかったのは、いずれも悔恨なき人である。
○用九,見群龍無首,吉。此因上九亢龍有悔而言之。用九者,猶言處此上九之位也。上九貴而無位,高而無民,賢人在下位而無輔,動而有悔矣,到此何以處之哉?惟見群龍無首則吉。群龍者,潛見躍飛之龍也。首者頭也,乾為首,凡卦初為足、上為首,則上九即群龍之首也。
「用九、見群龍无首、吉」。この条は上九「亢龍有悔」に承って言うものである。いわゆる「用九」とは、上九というこの位置に身を置いてどうすべきかを言うに等しい。上九は尊貴だが職位なく、頂端に高居するが百姓なく、賢人は皆下に在ってそれを輔佐する者なく、一たび動作すれば悔を生ずる。この地步に到ってどう自処すべきか。ただ「見群龍无首」だけが吉利である。「群龍」とは潜龍・見龍・躍龍・飛龍という一連の龍を指す。「首」はすなわち頭である。乾は首であり、およそ一卦は、初爻が足に譬えられ上爻が頭に譬えられる。ならば上九はまさにこの群龍の頭である。
不見其首,則陽變為陰,剛變為柔,知進知退,知存知亡,知得知喪,不為窮災,不與時偕極,所以無悔而吉。此聖人開遷善之門,教占者用此道也。故陽極則教以見群龍無首吉,陰極則教以利永貞。蓋居九而為九所用,我不能用九,故至於亢;居六而為六所用,我不能用六,故至於戰。惟見群龍無首、利永貞,此用九用六之道也。乾主知,坤主能,故言利永貞。用易存乎人,故聖人教之以此。昔王介甫常欲繫用九於亢龍有悔之下,得其旨矣。
この頭が見えなくなれば、陽が陰に転じ剛が柔に転じたことを意味し、そこで進をも知り退をも知り、存をも知り亡をも知り、得をも知り失をも知り、窮極して災を招くに至らず、時勢に随って共に極端に走らない。だから悔恨なくして吉を得る。これは聖人が人に一筋の改過向善の門を開き、占筮者にこの道理を運用させるものである。だから陽が極点に至れば、「見群龍无首吉」と教え、陰が極点に至れば(坤卦の用六)、「利永貞」と教える。知るべきは、九位に身を居しながらかえって九に支配され、自らこの九を主動に運用できないから、「亢」の地步に落ちるのだ。六位に身を居しながらかえって六に支配され、自らこの六を主動に運用できないから、坤上六「龍戦于野」の地步に落ちるのだ。ただ「見群龍无首」と「利永貞」とを成し遂げるのみ、これが用九・用六の正道である。乾は「知」を主管し、坤は「能」を主管するから、坤のほうは「利永貞」と言う。《易》を運用するは全く人自身に在り、だから聖人はこのように教えた。昔、王安石は常に「用九」の一条を「亢龍有悔」の下に繫げようとしたが、其中の旨趣を領会したと言うべきである。
○彖曰:大哉乾元,萬物資始,乃統天。乾元亨利貞者,文王所繫之辭,彖之經也;此則孔子贊經之辭,彖之傳也,故亦以彖曰起之。曰元亨利貞者,文王主於卜筮以教人;主於孔子之傳,則專於義理,故以元亨利貞分為四德,此則專以天道發明乾義也。大哉,嘆辭。乾元者,乾之元也。元者大也、始也。始者,物之始,非以萬物之始即元也,言萬物所資以始者,此乃四德之元也。
《彖伝》は言う。「大いなるかな乾の元気、万物は皆それに依拠して開端を有し、それは全天道を統攝する」と。文王の繫げた「乾、元亨利貞」は《彖》の経文であり、ここは孔子が経文を賛述する言葉で、《彖》の伝文に属する。だからまた「彖曰」をもって領起する。同じく「元亨利貞」の四字でも、文王は卜筮をもって人を教えることに偏る。孔子の伝文に至っては、もっぱら義理を講じるから、元・亨・利・貞を分かちて四種の徳性とする。ここでは専ら天道から乾の含義を闡発する。「大哉」は讃嘆の辞である。「乾元」とは乾の含む元である。「元」は大であり、また始である。いわゆる「始」とは万物の開端を指すのであって、万物の開端そのものが元だというのではない。万物が憑りてようやく始められるあのものを言うのだ。これこそ四徳中の「元」である。
此言氣而不言形,若涉於形,便是坤之資生矣。統,包括也。乾元乃天德之大始,故萬物之生皆資之以為始,又為四德之首而貫乎天德之始終,故統天。天之為天,出乎震,而生長收藏不過此四德而己,統四德則統天矣。資始者,無物不有也;統天者,無時不然也。無物不有,無時不然,此乾元之所以為大也。此釋元之義。
ここで講じるのは「気」であって「形」ではない。一旦形体に渉れば、坤卦「万物资生」の事に属する。「統」は包挙である。乾元は天徳の宏大な開端だから、万物の生成は皆それを憑りて起点とする。それはまた四徳の首であり、天徳の始と終を貫穿する。だから「統天」と言う。天が天たる所以は、震(東方・春)から発端し、生・長・収・蔵もまたこの元・亨・利・貞の四徳に過ぎない。四徳を統攝し得れば天を統攝したのである。「資始」が言うのは一物としていずれも然らざるなし、「統天」が言うのは一刻としていずれも然らざるなし。物として然らざるなく、時として然らざるなし。これが乾元の「大」と称する所以である。以上は「元」の含義を解釈したものである。
雲行雨施,品物流形。施,始智反,又音是。○有是氣即有是形。資始者,氣也,氣發洩之盛,則云行雨施矣。品者,物各分類;流者,物各以類而生生不已也。雲行雨施者,氣之亨;品物流形者,物隨造化以亨也。雖物之亨通,其實乾德之亨通也。此釋乾之亨。施有二義:平聲者,用也、加也、設也;去聲者,布也、散也、惠也、與也。此則去聲之義。
《彖伝》は続いて言う。「雲気は流れ行き、雨水は布施され、各類の事物は流転して成形す」(「施」は去声と読む)。この気があれば、相応の形がある。いわゆる「資始」が講じるのは気で、気が最盛まで発散すれば、すなわち雲行雨施である。「品」は万物がそれぞれ門類に分かれ、「流」は万物がそれぞれその類に按じて生生して已まない。「雲行雨施」が講じるのは気の通暢で、「品物流形」が講じるのは万物が造化に随って通暢すること。万物が亨通するというも、実は乾徳が亨通するのである。以上は乾の「亨」を解釈したものである。「施」の字には二読二義がある。平声と読めば、使用・施加・設置の意。去声と読めば、布散・散播・恩惠・給与の意。ここに取るのは去声のあの一層である。
大明終始,六位時成,時乘六龍以御天。大明者,默契也。終謂上爻,始為初爻,原始要終以為質也。六位者,六爻也。時者,六爻相雜,惟其時物之時也。六龍者,潛與亢之六龍、六陽也,陽有變化,故曰六龍。乘者,憑據也;御,猶運用也。上文言統者,統治綱領;此節言御者,分治條目。六位時成者,如位在初時當為潛,位在上時當為亢也。
《彖伝》はまた言う。「徹底して終と始を洞明し、六個の爻位は時序に随って成立し、ここに時に按じて六条の龍を駕して天道を運行す」。「大明」とは心領神会して暗に契合すること。「終」は上爻を指し、「始」は初爻を指す。すなわち《繋辞伝》の言う「開端を推原し、終局に帰結して、以って一卦の本質を構成す」である。「六位」とはすなわち六爻。「時」とは六爻の陰陽交雑が、各々その時序と物類に按じて言うことを指す。「六龍」とは潜龍から亢龍までの六条の龍を指し、すなわち六個の陽爻である。陽はよく変化するから六龍と言う。「乘」は憑藉して駕馭し、「御」は運用に如し。上文の「統天」の「統」は総攬する綱領である。この節の「御天」の「御」は分理する条目である。「六位時成」とは、爻位が初に在ればその時は潜であるべく、爻位が上に在ればその時は亢であるべきこと。
御天者,行天道也。當處之時,則乘潛龍;當出之時,則乘飛龍;時當勿用,聖人則勿用;時當知悔,聖人則知悔也。乘龍御天,只是時中。乘六龍便是御天,謂之曰乘龍御天,則是聖人一身常駕馭乎乾之六龍,而乾之六龍常在聖人運用之中矣。學者當觀其時成時乘,聖人時中變化、行無轍跡之妙可也。
「御天」とは天道を推行することである。退処すべき時は、潜龍に駕する。出仕すべき時は、飛龍に駕する。時機が兵を按じて動かざるべきなら、聖人は兵を按じて動かない。時機が悔改すべきを知るべきなら、聖人は悔改すべきを知る。いわゆる「乗龍御天」は、突き詰めて言えばただ「時中」の二字――時に随って中に処るだけである。六龍に駕するはすなわち天道を運行する。すでに「乗龍御天」と称する以上、それは聖人の一身が常に乾の六条の龍を駕馭し、乾の六条の龍が常に聖人の運用の中にあるということだ。《易》を学ぶ者は「時成」「時乗」のこの二箇所から着目し、聖人が時に随って中に処り、変化自如で、行事に痕跡を留めない妙を体会すべきである。
然言天道而配以聖人何也?蓋天下之理得而成位乎中,則叄天地者惟聖人也。故頤卦曰「聖人養賢以及萬民」,咸卦曰「聖人感人心而天下和平」,恆卦曰「聖人久於其道而天下化成」,皆此意。○言聖人默契乾道六爻終始之理,見六爻之位各有攸當,皆以時自然而成,則六陽淺深進退之時皆在吾運用之中矣。由是時乘六龍以行天道,則聖即天也。上一節專贊乾元,此一節則贊聖人知乾六爻之理而行乾元之事。
しかし天道を講じるのに、なぜ聖人を配するのか。天下の理が一旦人に領会されて天地の中に立身し、天地と並び立って三と為り得るのは、聖人だけである。だから頤卦《彖伝》は「聖人賢者を養い、恩沢は万民に及ぶ」と言い、咸卦《彖伝》は「聖人人の心を感動して天下太平」と言い、恒卦《彖伝》は「聖人久しくその道を堅守して天下教化に成あり」と言う。皆この意を講じたものである。この節が言うのは、聖人が暗に乾道六爻の自始至終の道理に契合し、六爻の位置が各々その恰当なる処を持ち、皆時序に随って自然と成るを看取し、そこで六個の陽爻の或いは浅く或いは深く、或いは進み或いは退く時機が、全て自己の運用の中にある。これに由って時に按じて六龍を駕して天道を推行すれば、聖人もまた天に等しい。前の一節は専ら乾元を讃美し、この一節は聖人が乾卦六爻の理を知って乾元の為す事を為すを讃美する。
乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。變者化之漸,化者變之成。各者各自也,即一物原來有一身,各有族類,不混淆也。正者不偏也,言萬物受質各得其宜,即一身還有一乾坤,不得倚附妨害也。物所受為性,天所賦為命。保者,常存而不虧;合者,翕聚而不散。太和,陰陽會合中和之氣也。
《彖伝》は言う。「乾道は運転変化して、万物をして各々その性と命を端正せしめ、あの太和の気を保全凝聚せしむ。これがすなわち利と貞である」。「変」は漸漸に転移し、「化」は転移の後に完成する。「各」は各々で、すなわち毎一の物が本来各々一つの自身を有し、各々その族類があり、相い混淆しない。「正」は偏斜せず、万物が形質を禀受していずれもその宜しきを得るを言い、すなわち毎一個体自身がまた自ら一副の乾坤を成し、互いに依附し妨げることができない。物が禀受するを「性」と言い、天が賦与するを「命」と言う。「保」は常に存して虧損せず、「合」は収聚して涣散しない。「太和」とは、陰陽が会合して成る中和の気である。
各正者,各正於萬物向寔之初;保合者,保合於萬物向寔之後。就各正言,則曰性命,性命雖以理言而不離乎氣;就保合言,則曰太和,雖以氣言而不離乎理,其實非有二也。○言乾道變化不窮,固品物流形矣,至秋則物皆向實,各正其所受所賦之性命;至冬則保全其太和生意,隨在飽足,無少缺欠。凡資始於元、流形於亨者,至此告其終、斂其跡矣。雖萬物之利貞,實乾道之利貞也,故曰乃利貞。
「各正」は、万物が結実に趨向する開頭に正する。「保合」は、万物が結実に趨向した以後に保つ。「各正」に就いて言えば、講じるは性命で、性命は理の上から言うが気を離れない。「保合」に就いて言えば、講じるは太和で、太和は気の上から言うが理を離れない。実は二者は両回事ではない。この節が言うのは、乾道の変化は窮なく、固くすでに各類の事物を流転成形せしめた。秋に至れば、万物は皆結実に趨向し、各々その禀受し賦与された性命を端正する。冬に至れば、あの太和の生機を保全し、処処に充盈飽満して、絲毫の欠缺もない。およそ「元」のところで開端を得、「亨」のところで流転成形したものは、ここに至って終結を宣告し形迹を収斂する。万物が利貞するというも、実は乾道が利貞するのだ。だから《彖伝》は「乃利貞」と言う。
首出庶物,萬國咸寧。乘龍御天,乃聖人王道之始,為天下開太平,惟端拱首出於萬民之上,如乾道變化,無所作為,而萬國咸寧,亦如物之各正保合也。乘龍御天之化,至此成其功矣,此則聖人之利貞也。咸寧即各正保合也,其文武成康之時乎,漢文帝亦近之。如不能各正保合,則紛紜煩擾矣,豈得寧。
《彖伝》は最後に言う。「聖人は万物の首に居り、天下万国は皆安寧を得る」と。龍を駕して天道を運行するは、まさに聖人王道の開端であり、天下のために太平を開創する。彼はただ衣冠を端正して拱手無為に万民の上に高居し、乾道が自然に変化するが如く刻意して造作あることなく、しかるに万国は皆安寧する。これもまた万物の各正性命・保合太和に如し。龍を駕し天を御する教化は、ここに至ってその功効を成就する。これがすなわち聖人の身上の「利貞」である。「咸寧」とはすなわち「各正保合」であり、おそらく周の文王・武王・成王・康王のような時代であろう。漢文帝の治世もこの境界に近い。もし万物をして各々その性命を正し、太和を保合せしめることができなければ、紛乱扰攘して、どこに安寧を談ずる余地があろう。
○象曰:天行健,君子以自強不息。象者,伏羲卦之上下兩象、周公六爻所繫辭之象也,即象辭之下即以象曰起之是也。天行者,天之運行,一日一周也;健者,運而不息也,陽之性至健,所以不息也。以者,用也,體易而用之,乃孔子示萬世學者用易之方也。自強者,一念一事莫非天德之剛,若少有一毫陰柔之私以間之則息矣,強與息反。天行健者,在天之乾也;自強不息者,在我之乾也。上句以卦言,下句以人事言,諸卦仿此。
《象伝》は言う。「天の運行は剛健して已まず、君子はこれに因って自ら奮発し、永く停息しない」。いわゆる「象」とは、伏羲の画いた一卦の上下両体の卦象と、周公が六爻に辞を繫げるに依拠した爻象を指す。卦辞・爻辞の下で随って「象曰」をもって領起するのがそれである。「天行」は天の運行で、一昼夜に一周を繞行する。「健」は運転して停息せざること。陽の性質は至って剛健なので、永く停息しない。「以」は用である。《易》理を体察して実行に付すことは、孔子が万世の《易》学ぶ者に指し示した《易》を用いる法である。「自強」とは、一つの念・一件の事、天徳の剛健に合わぬなく、一絲一毫の陰柔の私意が夾雑して来れば停息する。「強」と「息」とは正好相反する。「天行健」が講じるは天上の乾で、「自強不息」が講じるは我が自身の乾である。上句は卦象に就いて言を立て、下句は人事に就いて言を立てる。残りの各卦の《大象伝》は皆これに照らして推す。
○潛龍勿用,陽在下也。陽在下者,陽爻居於下也,陽故稱龍,在下故勿用。此以下舉周公所繫六爻之辭而釋之。乾初曰陽在下,坤初曰陰始凝,扶陽抑陰之意見矣。○見龍在田,德施普也。施,音是。○德即剛健中正之德,出潛離隱則君德已著,周遍於物,故曰德施普。施字如程傳作去聲。
《小象伝》「潜龍勿用は、陽爻が下位に在ればなり」。「陽在下」とはこの陽爻が最下に処るを言う。陽であるから龍と称し、下に在るから施用すべからず。ここから以下は、皆周公の繫げた六条の爻辞を挙げて解釈を加える。乾卦の初爻は「陽在下」と言い、坤卦の初爻は「陰始凝」(陰気が始めて凝結す)と言う。陽を扶助し陰を抑制する用意が顕れ出ている。「見龍在田、徳施普也」(「施」は去声と読む)。ここの「徳」とは剛健居中の徳性である。一旦潜伏を走出し隠居を脱すれば、君主の徳はすでに顕著となり、普く万物に施及する。だから「徳施普」と言う。「施」の字は程頤《易伝》に依って去声と読む。
○終日乾乾,反復道也。○反覆猶往來,言君子之所以乾夕兢惕、汲汲皇皇、往來而不已者,無非此道而已,動循天理,所以處危地而無咎。道外無道,故二爻言德。○或躍在淵,進無咎也。量可而進,適其時則無咎,故孔子加一進字以斷之。○飛龍在天,大人造也。造,作也,言作而在上也。大人,龍也;飛在天,作而在上也。大人釋龍字,造釋飛字。此止言飛龍在天,下「同聲相應」一節則言利見大人,「上治」一節方言大人之事,乃「位乎天德」一節則見其非無德而處尊位,四意自別。
「終日乾乾、反復道也」。「反復」は往来に如く、君子が昼も夜も戒懼して安らかでなく、急切に奔忙し、往来して停まらない所以は、依循するところは無非この「道」だけであることを言う。一挙一動が皆天理に遵循するから、険地に身を処しても過ちがない。道の外に別に他の道はないから、この両句は皆「徳」の上に落ちて講じる。「或躍在淵、進无咎也」。行くべきを衡量してから前進し、恰好その時に合すれば過ちはない。だから孔子はわざわざ「進」の一字を加えてそれを断定する。「飛龍在天、大人造也」。「造」は興起して作為し、作為があって上位に居るを指す。「大人」は「龍」の字を解釈し、「造」は「飛」の字を解釈する。ここでは「飛龍在天」まで講じたにすぎない。下文「同声相応」の節がはじめて「利見大人」を講じ、「上治」の節がはじめて大人の事功を講じ、「位乎天徳」の節がはじめて彼が無徳にして尊位を窃居するに非ざるを顕示する。この四層の意は各々相異なる。
○亢龍有悔,盈不可久也。此陰陽盈虛一定之理,盈即亢,不可久致悔之由。○用九,天德不可為首也。天德二字即乾道二字。首,頭也,即見群龍無首之首。言周公爻辭用九「見群龍無首吉」者何也?以天德不可為首而見其首也。蓋陽剛之極,亢則有悔,故用其九者剛而能柔,有群龍無首之象則吉矣。天行以下,先儒謂之大象;潛龍以下,先儒謂之小象,後仿此。
「亢龍有悔は、盈つれば久しからざるなり」。これは陰陽の盈満と虧欠が固定して移らない道理である。「盈」はすなわち「亢」であり、「不可久」はまさに悔恨を招く缘由である。「用九、天徳不可為首也」。「天徳」の二字はすなわち「乾道」の二字である。「首」は頭であり、すなわち「見群龍无首」のあの首である。周公が「用九」の下に繫げた辞になぜ「見群龍无首吉」と講じたのか。天徳は頭を出して逞強してはならないのに、あえて頭を露わにしたからである。陽剛が極点に至れば、一亢すれば悔を生ずる。だからこの「九」を善く運用する人は、剛強にしてまた柔順し得、「群龍无首」の象を具備すれば、吉となる。「天行健」以下は、前代の儒者が《大象》と称し、「潜龍勿用、陽在下也」以下は、前代の儒者が《小象》と称した。後の各卦は皆これに照らして称する。
○文言曰:元者,善之長也;亨者,嘉之會也;利者,義之和也;貞者,事之乾也。長,丁丈反,下長人同。○孔子於彖象既有傳矣,猶以為未盡其蘊也,故又設文言以明之。文言者,依文以言其理也。乾道所包者廣,有在天之元亨利貞,有在人所具之元亨利貞,此則就人所具而言也。元,大也,始也,即在人之仁也。仁義禮智皆善也,但仁則善端初發,義禮智皆所從出,故為善之長。
《文言伝》は言う。「元は衆善の首領であり、亨は衆美の会聚であり、利は義の調和であり、貞は事を弁ずる主幹である」(「長」は上声と読む。下文「長人」も同じ)。孔子は《彖》《象》にすでに伝を作ったが、なお其中の蘊含を説き尽くさない憾みがあったので、また《文言》を設けて闡明した。「文言」とは、経文に依りて其中の道理を講説することである。乾道の包罗する範囲は広い。天上の元亨利貞があり、人の身上に具備する元亨利貞もある。ここで講じるのは人の身上に具備するほうである。「元」は大であり始であり、人に在っては「仁」である。仁・義・礼・智は皆善に属するが、ただ仁は善の苗头が最初に萌発する処で、義・礼・智は皆それから生じ出る。だから「善之長」と称する。
亨者,自理之顯著、亨通而言,即在人之禮也。嘉,美;會,聚。三千三百,乃嘉美之會聚也。利有二義:以人心言之,義為天理,利為人慾;以天理言之,義者利之理,和者義之宜,故利即吾性之義。義安處即是利也,如上下彼此各得其當然之分,不相乖戾,此利也,乃義之和也。
「亨」は道理の顕豁昭着で暢通して阻まないことに就いて言い、人に在っては「礼」である。「嘉」は美好、「会」は聚合である。《礼記》の講じる「経礼三百、曲礼三千」は、まさに種種の美好な儀節の会聚である。「利」の字には二層の含義がある。人心の一面から言えば、義は天理に属し利は人欲に属し、両者は対立する。天理の一面から言えば、義はすなわち利の道理であり、和はすなわち義の合宜する処である。だから「利」はまさに我が本性中の「義」である。義が安頓妥帖する処がすなわち利である。たとえば上下の間・彼此の間で、各々応有の名分を得て、互いに違逆抵触しない。これが利であり、すなわち「義之和」である。
貞有三意:知也,正也,固也,如孟子所謂「知斯二者弗去」是也。知者,知之意也;惟知事親從兄,正之意也;弗去,固人之意也。故貞即吾性之智。乾者,莖乾也,如木之身而枝葉所依以立也。元就其理之發端而言,亨就其理之聚會而言,利就其理之各歸分願而言,貞就其理之確實而言。名雖有四,其實一理而已,皆天下之至公而無一毫人慾之私者也。此四句說天德之自然,下體仁四句說人事之當然。
「貞」は三層の意を含む。知・正・固である。《孟子》の言う「この二つの事を知りて肯んじて舍てざる」の如し。「知斯」の「知」は「知」の一層である。ただ両親に侍奉し兄に順従することを知って旁骛せざるは、「正」の一層である。「弗去」で放棄を肯んぜざるは、「固」の一層である。だから「貞」はまさに我が本性中の「智」である。「乾」はここでは樹の主幹を指し、樹身に譬えれば、枝葉は皆それに憑ってようやく立つ。「元」は道理の発端に就いて言い、「亨」は道理の聚会に就いて言い、「利」は道理が各々その分に帰し各々その願いを遂ぐるに就いて言い、「貞」は道理の確実にして移らぬに就いて言う。名目は四つあるが、実はただ一つの理で、皆天下で最も公正で一絲一毫の人欲私心もないものである。この四句が講じるのは天徳が本然である様であり、下の「体仁」四句が講じるのは人事が応然である様である。
君子體仁,足以長人;嘉會,足以合禮;利物,足以和義;貞固,足以乾事。體仁,所存所發無不在於仁也,能體其仁,則欲立欲達,無所往而莫非真愛,自足以長人矣。長者,克君克長之長,蓋仁者宜在高位也。既足以長人,則善之長在我矣,下三句仿此。
《文言伝》は続いて言う。「君子は仁を以て体とし、衆人の長と為るに足り、美好を一身に会聚せしめ、礼に合するに足り、万物をして各々その利を得せしめ、義に調和するに足り、貞正にして堅固、事業を主幹とするに足り」。いわゆる「体仁」とは、心の存するところ・発するところが仁に落ちないものがないこと。仁をもって身体と為せば、自ら立たんと欲すれば人を立たせ、自ら通達せんと欲すれば人を通達せしめ、どこに行っても一片の真誠の愛意である。自然と衆人の長たるに足る。「長」とは《詩経》「克君克長」(君主たり得、首領たり得)の長で、仁徳ある人は本来高位に居るべきだからである。すでに衆人の長たるに足る以上、「善之長」のこの徳は我が身の上にある。下の三句は皆この筋路に照らして理解する。
嘉會者,嘉美其會,聚於一身也。然其聚會必至善恰好,皆天理人情自然之至而無不嘉美,此之謂嘉。嘉美會聚於一身,則動容周旋無不中禮,自有以合乎天理之節文、人事之儀則矣。若少有一毫欠缺,非美會矣,安能合禮。不相妨害之謂利,無所乖戾之謂和,和則必利,利則必和,蓋義公天下之利,本有自然之和也。
いわゆる「嘉会」とは、種種の美好を自己の一身に聚合させることである。しかもこの聚合は至善にして恰好でなければならず、件件が皆天理人情の自然の極致に合し、一処も美好でないところがなくてこそ、「嘉」と言える。美好が一身に聚合すれば、手を挙げ足を投げ、周旋応対するに礼節に合わぬなく、自然に天理の節度文飾と人事の儀軌法則に吻合できる。もし一絲の欠缺でもあれば、美好の会聚とは言えず、またどうして礼に合せられよう。彼此相い妨害しないを「利」と言い、彼此違逆ないを「和」と言う。和であれば必ず利で、利であれば必ず和である。「義」は天下の利を衆に公にするもので、本来自然の和諧を含んでいるからである。
物者義之體,義者物之用,乃處物得宜之謂也。物雖萬有不齊,然各有自然之定理,故能處物得宜而不相妨害,則上下尊卑之間自恩義洽浹,無所乖戾,而義無不合矣。固者,堅固不搖,乃貞之恆久正大也。蓋事有未正必欲其正,事之既正必守其正,此貞固二字之義也。貞而又固,故足以乾事。乾者事之乾,亦猶木有乾而枝葉可依也。
「物」は義の依托する本体であり、「義」は物の発揮する作用であり、合わせれば人に接し物に遇って処置が当を得る意である。事物は千差万別だが、各々皆天然一定の道理がある。だから処置が当を得て互いに妨害しない。このようになれば、上下尊卑の間に自然と恩情道義が融洽して周遍し、違逆がなく、義もまた吻合せぬことがない。「固」は堅固にして動揺せず、すなわち「貞」の恒久正大である。事がまだ端正でない時は、必ずそれを端正ならしめる法を設け、事がすでに端正ならば、必ずこの端正を守り抜く。これが「貞固」の二字の含義である。すでに貞正でかつ堅固ならば、事を為す主幹たるに足る。「乾」とは事の主幹で、また樹に主幹があって枝葉が依附する処あらんが如し。
凡事或不能貞,或貞而不固,皆知不能及之,是以不能擇而守之,故非至靈至明、是非確然不可移易者,決不能貞固,所以貞固為智之事。君子行此四德者,故曰乾元亨利貞。故曰,古語也。行此四德,即體仁嘉會利物貞固也。行此四德,則與乾元合其德矣,故曰乾元亨利貞,所以明君子即乾也。
およそ事は、或る人は貞正を成し得ず、或る人は貞正を成しても堅固能わず、皆見識が足りないがゆえに、正道を選定してそれを守ることができない。それゆえ心思が極めて霊敏・極めて明澈で、是非の分辨が確実にして移らない人でなければ、決して貞固を成し得ない。だから「貞固」は「智」の徳に帰属する。《文言伝》の末句は言う。「君子はこの四種の徳性を行う。ゆえに『乾、元亨利貞』と称す」と。ここの「故曰」は古語を引く口ぶりである。いわゆるこの四徳を行うとは、体仁・嘉会・利物・貞固である。この四徳を行い得れば、乾元の徳性と相合する。だから「乾、元亨利貞」と言い、君子自身がすなわち乾であることを表明するのに用いる。
○初九曰:潛龍勿用,何謂也?子曰:龍德而隱者也。不易乎世,不成乎名,遯世無悶,不見是而無悶,樂則行之,憂則違之,確乎其不可拔,潛龍也。初九曰潛龍勿用何謂也,此文章問答之祖也。聖人神明不測,故曰龍德。隱在下位也。易,移也。不易乎世者,邪世不能亂,不為世所移也;不成乎名者,務寔不務名,不求知於世以成就我之名也;遯世無悶者,不見用於世而不悶也;不見是而無悶者,不見信於人而不悶也。
《文言伝》第二节「初九が曰く『潜龍勿用』とは、何を謂うか。孔子が曰く、これは龍の如き徳性を有して隠居する人である。彼は世俗に因って自己を改めず、名を求めて造作を為さず、世を避けて隠居しても煩悶せず、人に賛同されなくても煩悶しない。心に合するならばそれを行い、心に合わなければそれを避け、志向は堅定にして動かし得ない。これがすなわち潜龍である」。「初九曰、潜龍勿用、何謂也」のような設問自答は、後世の文章問答体の鼻祖である。聖人は神妙にして測られぬから「龍徳」と称し、「隠」はその身が下位に処るを言う。「易」は移易改変である。「不易乎世」とは邪僻な世道が彼を扰乱できず、彼が世俗に改変されないを言う。「不成乎名」とは彼が実際を務めて虚名を務めず、世人に知られるを求めて自己の名声を成さないを言う。「遯世无悶」とは世人に任用されなくても苦悶しないを言う。「不見是而无悶」とは人に信従されなくても苦悶しないを言う。
事有快樂於心者,則奮然而行之,忘食忘憂之類是也;事有拂逆於心者,則順適而背之,伐木絕糧之類是也。違者,背也,言不以拂逆為事,皆置之度外,如困於陳蔡猶援琴而歌是也。蓋不易乎世、不成乎名,則必遯世而不見信於人矣,而聖人皆無悶焉,是以日用之間莫非此道之遊衍,凡一切禍福譭譽如太虛浮雲,皆處之泰然,此所以樂則行、憂則違,憂樂皆無與於己,而安於所遇矣,非龍德何以有此。
事に称心快意のものがあれば、奮起してそれを行う。孔子の「発憤して食を忘れ、楽しみて憂を忘る」はこの類である。事に本心に違逆するものがあれば、安然としてそれを避ける。孔子が宋国で伐樹されて逐われ、陳蔡の間で糧を絶たれたはこの類である。「違」は背離で、彼が逆境を事ともせず、一概に度外に置くを言う。陳・蔡の間に困ぜられた時に、なお琴を弾じ歌を歌ったが如し。大凡そ世俗に随って改変せず、また刻意して名を求めぬ者は、必ず世を避けて隠居して人に信従されない。しかるに聖人はこれらに全く苦悶しない。だから日常起居の間にこの道の流布充溢せぬ処なく、一切の禍福毀誉は皆太空中の浮雲の如く、一概に坦然として之を処す。これが彼の「心に合すれば行い、心に合わなければ避くる」所以である。憂であれ楽であれ、皆自身と干渉なく、ただ遭遇する境地に安んず。龍の如き徳性でなければ、どうしてこの地步に至れよう。
拔者,棹也,舉而用之也,不可拔即勿用也,言堅確不可舉用也。蓋不易乎世六句,龍德也;確乎不可拔而隱也。龍德而隱,此所以為潛龍也。乾卦六爻,文言皆以聖人明之,有隱顯,無淺深。○此只言潛龍,後君子以成德節言勿用。
「抜」とは船を撑す篙桨で、引申して提挈して任用に加えるを言う。「不可抜」はすなわち「勿用」で、彼が堅定確然として、提挈任用され得ないことを言う。「不易乎世」以下の六句は、龍の徳性を講じ、「確乎其不可抜」は隠を講じる。龍徳ありてまた隠居す。これが「潜龍」と称する所以である。乾卦の六爻は、《文言伝》が一律に聖人をもって解釈し、六爻の間には隠と顕の分別あるのみで、徳行の深浅の分別はない。この一段はただ「潜龍」の二字を解釈し、後の「君子以成徳為行」の節がはじめて「勿用」を解釈する。
九二曰:見龍在田,利見大人,何謂也?子曰:龍德而正中者也。庸言之信,庸行之謹,閒邪存其誠,善世而不伐,德博而化。易曰:見龍在田,利見大人,君德也。正中者,以下卦言,初居下,三居上,二正當其中也。庸,常也。邪自外入,故防閒之;誠自我有,故存主之。庸言必信者,無一言之不信也;庸行必謹者,無一行之不謹也。
「九二が曰く『見龍在田、利見大人』とは、何を謂うか。孔子が曰く、これは龍の如き徳性を有して居中して正を得る人である。平常の言語は信用を講じ、平常の行為は謹慎を守り、邪念を防範して内心の誠を保存し、善が一世に及んでも自ら誇らず、徳行は広博にして人を感化し得る。《易》の『見龍在田、利見大人』とは、君主の徳を講じたものである」。いわゆる「正中」とは、下卦に就いて言う。初爻が最下、三爻が最上で、二爻が恰好その中に当たる。「庸」は平常である。邪念は外から侵入するものだから防範を要し、誠は自身本有のものだから保存主持を要する。「庸言之信」とは一言として信ならざるなし、「庸行之謹」とは一事として謹ならざるなしを言う。
庸言信,庸行謹,宜無事於閒邪矣,而猶閒邪存誠。閒邪存其誠者,無一念之不誠也;念念皆誠,則發之言行愈信於謹矣。如此則其德已盛,善蓋一世矣,然心不自滿,不自以為善,其主謹閒邪存誠猶夫其初也,皆純一不已之功也。德博而化者,言行為人所取法也。言君德者,明其非君位也。○此只言見龍,後君子學以聚之節言利見。
平常の言語はすでに信を守り、平常の行為はすでに謹を守る。言わば邪念を防範する必要はなかろうに、しかし彼はなお邪を防ぎ誠を存す。「閑邪存其誠」とは一念として真誠ならざるなしを言う。念々真誠ならば、言語行為に発する信と謹はいよいよ純粋となる。この地步に至れば彼の徳はすでに盛んで、善行は一世を覆うが、しかし彼の心は自ら満たず、自己に何の善もあると思わず、あの主敬・防邪・存誠の功夫は依として当初と同じで、皆純一無雑にして永く歇まらぬ工夫である。「徳博而化」とは彼の言行が他人の取法する模範となるを言う。わざわざ「君徳」と言って「君位」と言わないのは、まさに九二が君主の徳のみあって君主の位なきを点明せんがためである。この一段はただ「見龍」を解釈し、後の「君子学以聚之」の節がはじめて「利見」を解釈する。
九三曰:君子終日乾乾,夕惕若,厲無咎,何謂也?子曰:君子進德修業。忠信所以進德也,修辭立其誠所以居業也。知至至之,可與幾也;知終終之,可與存義也。是故居上位而不驕,在下位而不憂,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。幾與義非二事。幾者,心之初動也,當欲忠信修辭立誠之初,心之萌動必有其幾,幾微之際乃義之發源處也。
「九三が曰く『君子終日乾乾、夕惕若、厲无咎』とは、何を謂うか。孔子が曰く、君子は徳性を進め、事業を修治す。忠と信は徳性を進めるに用いるもので、言辞を修飭し誠意を確立するは事業を安処するに用いるものである。至るべき処を知りて力を尽くして至れば、これをもって彼と事の幾微の征兆を談ずべし。終るべき処を知りて切実に終れば、これをもって彼とともに義を守るべし。それゆえ上位に居りて驕縦せず、下位に処りて憂愁せず。ゆえに剛健して已まず、時に随って戒懼を保ち、縦い処境が危険でも過ちなし」。「幾」と「義」は並びて両回事ではない。「幾」は心念が最初に萌動するものである。一人がまさに忠信を立て、修辞立誠せんとする起頭に、心が刚一萌動すれば、必ずあの一点の幾微があり、しかもこの幾微の処こそが「義」の発源地である。
義者,事之得宜也,方忠信修辭立誠之後,事之成就必見乎義,允蹈之宜乃幾之結果處也。與者,許也,可與幾者,幾有善惡,許其幾之如此方不差也。存者,守而不失也。三爻變則中爻為巽,有進象;又為兌,有言辭象;又為離明,有知象。以三畫卦論,三居上,居上位象;以六畫卦論,三居下,在下位象。
「義」とは事を処置して宜しきを得ることである。忠信・修辞立誠が落実した後になれば、事の成就は必ず義として表れ、切実に践履する合宜の処は、まさにあの一点の幾微の結んだ果実である。「与」は許可である。「可与幾」とは幾微に善有り悪有りて、彼のこの一念の幾微がかくの如しと認めることこそ、差なからざるなり。「存」は守りて失落せざること。象の上から見れば、第三爻が陽から陰に変じ、二・三・四爻は互いに巽を成し、巽は「進」の象を持つ。三・四・五爻は互いに兌を成し、兌は「言辞」の象を持つ。また離を含み、離は明で「知」の象を持つ。まさに「進徳」「修辞」「知至知終」に対応する。もし三画卦に按じて論ずれば、三爻は下体の上に居り、「居上位」の象である。もし六画卦に按じて論ずれば、三爻はなお下卦に在り、「在下位」の象である。
○君子終日乾乾夕惕若者,非無事而徒動也,勤於進德修業也。然以何者為德業?德業何以用功?蓋德者即貞實之理,誠之涵於心者也。人不忠信則此心不實,安能進德。惟忠信而內無一念之不實,則心不外馳,而有以復還其貞實之理,所進之德自日新而不窮矣,故所以進德。業者即貞實之事,誠之發於事者也。言不顧行則事皆虛偽,安能居業。
君子が整日剛健し夜に戒懼するは、事を為すなくして徒らに瞎忙するのではなく、徳性を進め事業を修治するに勤勉である。しかし何を徳とし何を業とするか。徳業を進めるはまたどこに功夫を下すべきか。いわゆる「徳」とは、貞正真実の道理で、「誠」が心に蕴涵する一面である。人がもし忠ならず信ならずば、この心は真実でなく、どうして徳性を進められよう。ただ忠信のみ、内裏に一念として真実ならざるなく、心は外に奔馳せず、あの貞正真実の道理の上に回復し得、進められる徳は自ら日々更新して窮尽なし。これがすなわち「進徳」の門路である。いわゆる「業」とは、貞正真実の事で、「誠」が事に発用する一面である。話すに行動を顧みなければ、事は全て虚偽となり、どうして事業を安処できよう。
惟修省其辭以立誠,而外無一言之不實,則言行相顧,有以允蹈其貞實之事,所居之業自居安而不遷矣,故所以居業。夫德業之進修,固在於忠信修辭立誠矣,然其入門用功當何如哉?亦知行並進而已。蓋其始也,知德業之所當至,此心必有其幾,當幾之初,下此寔心而必欲其至,知至即至之,則念念不差,意可得而誠矣,幾動不差,此其所以可與幾也。
ただ言辞を修飭省察して誠意を確立するのみ。外に向かって一言として真実ならざるなければ、言と行は彼此相い照応し、あの貞正真実の事を切実に践履し得、処する事業は自ら安穏にして動揺しない。これがすなわち「居業」の門路である。徳と業の進修は、固く忠信と修辞立誠に在るが、入門して手を下す功夫はどうすべきか。ただ知と行とが並頭して前進するに過ぎない。開頭の段階では、徳業が至るべき地步を知り、心に必ず先にあの一点の幾微あり、幾微の初動に乗じて、この一つの真実の心を下し、至らずば已まず、至るべきを知りて真に至れば、念々差なく、意念は誠を致すことができる。幾微が一動すれば偏差を出さず、これがまさに「可与幾」の所以である。
其終也,知德業之所當終,此事必有其義,見義之時,行此實事而必欲其終,知終即終之,則事事皆當,身可得而修矣,義守不失,此其所以可與存義也。如此用功,則反身而誠,德崇而業廣矣,又馬往而不宜哉。故以之居上,高而不驕;以之在下,卑而不戚,雖危無咎矣,此君子所以終日乾乾也。○此只言乾乾夕惕,後重剛而不中節言厲無咎。
收尾の段階に至っては、徳業が終止すべき地步を知り、この事の上に必ず義の見えるを出す。義の顕現する時に当たっては、この実事を為して到底やらずば已まず、終止すべきを知りて真に終止すれば、事事皆恰当で、身もまた修められる。義を守りて失落せざるは、これがまさに「可与存義」の所以である。このように用功すれば、反身して自問して誠ならざるなく、徳行は崇高にして事業は広大となり、なおどこか行って合宜でないところがあろうか。だからこの修養をもって上位に居れば、高しと雖も驕縦せず、この修養をもって下位に処れば、卑しと雖も憂戚せず、縦い処境が危険でも過ちなし。これがすなわち君子が終日剛健して已まざる所以である。この一段はただ「乾乾夕惕」を解釈し、後の「重剛而不中」の節がはじめて「厲无咎」を解釈する。
九四曰:或躍在淵,無咎,何謂也?子曰:上下無常,非為邪也;進退無恆,非離群也。君子進德修業,欲及時也,故無咎。在田者安於下,在天者安於上,有常者也;進而為飛,退而為見,有恆者也,蓋恆即常字。九四之位逼九五矣,以上進為常則覬覦而心邪,今或躍或處,上下無常而非為邪也;以下退為常則離群而德孤,今去就從宜,進退無常而非離群也。惟及時以進修,而不乾時以行險,此其所以無咎也。上進釋躍字義,下退釋淵字義,無常無恆釋或字義,非為邪、非離群釋無咎義。○此其言躍淵,後重剛節言無咎。
「九四が曰く『或躍在淵、无咎』とは、何を謂うか。孔子が曰く、或いは上り或いは下るも固定はなく、しかし邪僻の目的のためではない。或いは進み或いは退くも常規はなく、しかし同類を離れようとするのではない。君子が徳性を進め事業を修治するは、時機に追い付かんと欲するがゆえ、過ちなし」。九二の「在田」は下位に安んじ、九五の「在天」は上位に安んず。いずれも有常に属する。一歩進めば「飛」であり、一歩退けば「見」であり、いずれも有恒に属する。「恒」とはすなわち「常」の字である。九四のこの位置はすでに九五に紧逼している。もし一味に上進するを常規とすれば、君位を覬覦して心術が正しくないこととなる。いまそれは或いは躍り或いは止まり、上下に固定せず、まさに邪僻を為さざるがゆえである。もし一味に退下するを常規とすれば、同類を離れて徳行が孤僻することとなる。いまそれは去留ともに宜しく、進退に固定せず、まさに同類を離れざるがゆえである。それはただ時機を抓紧して徳を進め業を修めるのみで、時勢に乗じて铤而走険しない。これがそれに過ちなき所以である。「上進」は「躍」の字を解釈し、「下退」は「淵」の字を解釈し、「无常无恒」は「或」の字を解釈し、「非為邪、非離群」は「无咎」の二字を解釈する。この一段はただ「躍」と「淵」を解釈し、後の「重剛」の節がはじめて「无咎」を解釈する。
九五曰:飛龍在天,利見大人,何謂也?子曰:同聲相應,同氣相求,水流溼,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物覩。本乎天者親上,本乎地者親下,則各從其類也。同聲相應,如鶴鳴而子和、雄鳴而雌應之類是也;同氣相求,如日火之精而取火於日、月水之精而取水於月之類是也。溼者下地,故水之流趨之;燥者乾物,故火之然就之。云,水氣也,龍興則云生,故云從龍;風,陰氣也,虎嘯則風烈,故風從虎。
「九五が曰く『飛龍在天、利見大人』とは、何を謂うか。孔子が曰く、同類の声音は互いに応和し、同類の気息は互いに尋ね求める。水は低湿の処に流れ行き、火は乾燥の処に燃え向かう。雲は龍に随って生じ、風は虎に随って吹き来る。聖人が興起すれば、万物は皆仰ぎ瞻視する。およそ天に本源するものは上方に親しみ、地に本源するものは下方に親しみ、各々その同類に随う」。「同声相応」は、《中孚》の言う母鶴が鳴けば幼鶴が応和するが如く、また雄鳥が鳴けば雌鳥が答えるが如し。「同気相求」は、太陽は火の精華で、古人は陽燧をもって日に向かい火を取り、月は水の精華で、古人は方諸をもって月に向かい水を取ったが如し。低湿とは窪地で、流水がそれに趨向する所以。乾燥とは枯物で、火焰がそれに焼き向かう所以。雲は水気で、龍が一たび騰起すれば雲が生成する。だから雲は龍に従うと言う。風は陰気で、虎が一たび長嘯すれば風が猛烈となる。だから風は虎に従うと言う。
然此特一物親一物也。惟聖人以聖人之德居天子之位,則三才之主而萬物之天地矣,是以天下萬民莫不瞻仰其德而快覩其光,所謂首出庶物、萬國咸寧而萬物皆覩矣,蓋不特一物之親而已也。所以然者,以天地陰陽之理皆各從其類也。如天在上,輕清者也,凡本乎天之輕清成象者皆親之;地在下,重濁者也,凡本乎地之重濁成形者皆親之。
ただし以上のこれらは、一物が一物に親しむにすぎない。ただ聖人のみ、聖人の徳に憑って天子の位を占め、天地人三才の主宰・万物の天地となる。ここに天下万民は彼の徳行を仰慕せずなく、欣然として彼の光輝を瞻望せずなく、すなわち《彖伝》の言う「首出庶物、万国咸寧」で、万物が皆来て瞻視する。これは一物が一物に親しむに止まらない。このような所以は、天地陰陽の道理が皆各々その同類に随うからである。たとえば天は上に在りて軽清で、およそ天に本源し軽清にして形象を成すものは皆それに親しむ。地は下に在りて重濁で、およそ地に本源し重濁にして形体を成すものは皆それに親しむ。
蓋天屬陽,故輕清之屬陽者從其類;地屬陰,故重濁之屬陰者從其類。陽從其陽,故君子與君子同類而相親;陰從其陰,故小人與小人同類而相親。然則以九五之德位,豈不利見同類之大人,所以利見者以此。○此具言飛龍在天,後大人者節言利見大人。
天は陽に属するから、軽清にして陽に属するものはそれの類に随う。地は陰に属するから、重濁にして陰に属するものはそれの類に随う。陽は陽に随って行くから、君子と君子とが同類相親しむ。陰は陰に随って行くから、小人と小人とが同類相親しむ。すでにこのようである以上、九五のような徳行と地位をもって、どうして同類の大人に見えるが宜しくないことがあろう。「利見」の缘由はまさにここにある。この一段は全く「飛龍在天」を講じ、後の「夫大人者」の節がはじめて「利見大人」を講じる。
上九曰:亢龍有悔,何謂也?子曰:貴而無位,高而無民,賢人在下而無輔,是以動而有悔也。六龍之首,故曰高貴;非君非臣,故曰無位;純陽無陰,故曰無民。五居九五之位,又有快覩之民,九四以下龍德之賢皆相從九五以輔相矣。是以上九非不貴也,貴宜乎有位而無位;非不高也,高宜乎有民而無民;非不有賢人也,賢人宜輔而莫為之輔。無位無民無輔,則離群孤立,如是而動,其誰我與,有悔必矣。此第二節申象傳之意。
「上九が曰く『亢龍有悔』とは、何を謂うか。孔子が曰く、尊貴だが職位なく、高居するが百姓なく、賢人は皆下に在って輔佐する者なく、ゆえに一たび挙動あれば悔恨を生ず」。上九は六龍の首であるから、それを高くかつ貴いと言う。それは君でもなく臣でもないから、位なしと言う。乾卦は純陽にして陰なく、陰こそ百姓を代表するから、民なしと言う。九五が君位を占め、しかもあの欣然として彼を瞻望する百姓があり、九四以下の龍徳を具備する賢人も皆九五に帰附して彼を輔佐しに行った。それゆえ上九は尊貴でないのではなく、尊貴ならば本来職位あるべきなのに偏に職位がない。高くないのではなく、高ければ本来百姓あるべきなのに偏に百姓がない。賢人がないのではなく、賢人は本来それを輔佐すべきなのに一人として輔佐に来ない。位なく、民なく、さらに輔佐する人なく、それは衆人を脱して孤々と立つ。このようにしてなお挙動あらんとすれば、誰が我に随わん。悔恨は必定である。以上の第二节は、《小象伝》の意を申説したものである。
○潛龍勿用,下也,言在下位也。見龍在田,時舍也。舍,去聲。○舍,止息也,出潛離隱而止息于田也。終日乾乾,行事也。非徒空存憂惕之心,言行事而終日乾乾也,蓋心虛而事寔,此體用兼養之學也。○非空憂惕,乃行所當行之事也,即進德修業。或躍在淵,自試也。試可乃已之試,非試其德,試其時也,非自試則必妄動矣。
《文言伝》第三节「潜龍勿用は、下に在ればなり」。これは下位に身を処するを言う。「見龍在田、時舍也」(「舍」は去声と読む)。「舍」は停留歇息で、潜伏を走出し隠居を脱して田間に停歇することを指す。「終日乾乾、行事也」。これは九三が空しく一顆の憂懼警惕の心を守るのではなく、辺事を弁じ辺終日剛健して已まないを言う。心は虚霊であり、事は実在である。これは体と用とを兼修し並び養う学問である。だから空しく自ら憂懼するのではなく、為すべき事を為すのである。すなわち進徳修業である。「或躍在淵、自試也」。この「試」は《尚書》「試可乃已」(試用して可なれば已める)の試で、試するのは彼の徳行ではなく時機を試探するのである。自ら試探してみなければ、必ず軽挙妄動する。
飛龍在天,上治也,居上以治下。○此得時則駕,下句則蓬累而行。亢龍有悔,窮之災也,窮者亢,災者悔。乾元用九,天下治也。用九見群龍無首吉,此周公教占者當如此也;孔子此則專以人君言。元者仁也,即體仁以長人也,言人君體乾之元,用乾之九,至誠惻恆之愛常流行於剛果嚴肅之中,則張弛有則,寬猛得宜,不剛不柔,敷政優優,而天下治矣。此第三節再申前意。○此一節明六龍摠一龍,而因時變化其見於世者有異也,孔子乾之德也。
「飛龍在天、上治也」。これは上位に居りて下を治めること。この一句はまさに《史記》の言う「その時を得れば車に駕して行く」で、下の一句「亢龍有悔」は「その時を得なければ蓬草の如く随処に飄転す」である。「亢龍有悔、窮之災也」。「窮」は亢を指し、「災」は悔を指す。「乾元用九、天下治也」。周公が「用九」の下で「見群龍无首吉」と言うは、占筮者がかくあるべきを教えるものである。孔子のここでは専ら人君に就いて論を立てる。「元」はすなわち仁であり、すなわち「体仁以長人」である。意は人君が乾の元徳を体察し、乾の九数を運用し、至誠惻怛の仁愛を常に剛断厳粛の中に流貫せしめれば、寛緊に法度あり、寛厚と厳猛とが各々その宜しきを得、剛に偏せず柔に偏せず、施政が寛和従容で、天下は治まる。以上の第三节は、再び前の意を申説したものである。この一節は六条の龍が結局一条の龍であることを表明し、ただ時機が異なるがゆえに、それが世に顕現する様に差異があるを言う。まさに孔子の理解する乾徳を講じたものである。
○潛龍勿用,陽氣潛藏。陽在下也,以爻言;潛龍勿用下也,以位言;此則以氣言,言陽氣潛藏,正陰氣極盛之時,天地閉,賢人隱,所以勿用。此以下又聖人歌詠乾道之意。見龍在田,天下文明。明葉文。○雖在下位,然天下已被其德化而成文明之體矣,因此爻變離,故以文明言之。
《文言伝》第四节「潜龍勿用、陽気潜蔵」。前の《小象伝》が「陽在下也」と言うは、爻に就いて言った。第三节の「潜龍勿用、下也」と言うは、位に就いて言った。ここでは則ち気に就いて言う。陽気が潜蔵すとは、まさに陰気が極盛の時で、天地閉塞し賢人が隠居するから、施用すべからず。ここから下は、また聖人が乾道を歌詠する意である。「見龍在田、天下文明」(「明」は上文「文」と協韻す)。九二は身を下位に置くが、しかし天下はすでに彼の徳行の化育を受けて文彩光明の気象を成している。これはこの一爻が陽から陰に変じ、下体が離を成し、離は日で明だから、「文明」の二字をもってそれを言うのである。
終日乾乾,與時偕行。天之健,終日不息,九三之進修亦與之偕行而不息,故曰與時偕行。○行葉杭。或躍在淵,乾道乃革。革者,離下內卦之位,升上外卦之位也。飛龍在天,乃位乎天德。天德即天位,有是天德而居是天位,故曰乃位乎天德;若無德以居之者,不可謂之天德之位也,惟聖人在天子之位斯可言也。亢龍有悔,與時偕極。當亢極而我不能變通,亦與時運俱極,所以有悔。
「終日乾乾、与時偕行」。天の剛健は整日停息せず、九三の進徳修業もまた天と同じ歩みで停歇しない。だから「与時偕行」と言う(「行」はここでは協韻して「杭」の如く読む)。「或躍在淵、乾道乃革」。「革」は変革で、九四が下体内卦の位置を離れ、上昇して上体外卦の位置に至るを指す。「飛龍在天、乃位乎天徳」。天徳はすなわち天位である。このような天徳がありてまたこのような天位に居るから、「乃位乎天徳」と言う。もし徳行なくしてこの位子を占めれば、「天徳之位」と称することはできない。聖人が天子の位に居るのみ、こそこの句に談じ足る。「亢龍有悔、与時偕極」。まさに亢の極に当たって自ら変通することができず、時運に随って共に尽頭に走る。だから悔恨がある。
乾元用九,乃見天則。龍之為物,春分而升於天,秋分而蟄於淵,曰亢龍者,言秋分亢舉於上而不能蟄也。以春夏秋冬配四德,元者春也,利者秋也,亢龍在此秋之時矣。天之為天,不過生君者體春生之元而用之於秋殺之亢,則是陰慘之後繼之以陽舒,肅殺之餘繼之以生育,一張一弛,一剛一柔,不惟天下可治,而天道之法則亦於此而見矣,故曰乃見天則。此四節又申前意。○孔子深味乾德而歌以詠之也,當叶韻讀,可想見聖人玩味之意。
「乾元用九、乃見天則」。龍というものは、春分に天空に升上し、秋分に蟄伏して深淵に帰る。それを「亢龍」と称するは、秋分に至ってもなお高く挙がって上に居り、蟄蔵を肯んぜざるを言う。春夏秋冬をもって元亨利貞の四徳に配せば、「元」は春で「利」は秋で、亢龍の処するはまさに秋の時節である。天が天たる所以は、ただ生を主とするに過ぎない。人君が春の生発する「元」の徳を体察し、それを秋の粛殺する「亢」の時に用いれば、それはすなわち陰冷凄厉の後に陽気舒展を接し、粛殺凋零の余に生養化育を接する。一張一弛、一剛一柔である。このようであれば天下を治め得るのみならず、天道の法則もまたここに顕現する。だから「乃見天則」と言う。以上の第四节は、また前の意を申説したものである。この一節は孔子が深く乾徳を玩味して詠嘆し出したもので、協韻に按じて読むべきであり、聖人が反覆涵泳する情態を想い見るべきである。
○乾元者,始而亨者也;利貞者,性情也。乾始能以美利利天下,不言所利,大矣哉。始而亨者,言物方資始之時已亨通矣,蓋出乎震則必齊乎巽、見乎離,勢之必然也;若不亨通,則生意必息,品物不能流形矣。是始者元也,亨之者亦元也。性者,百物具足之理;情者,百物出入之機。
《文言伝》第五节「乾元とは、開創して随って通達するものであり、利貞とは乾元の性と情である。乾の開創は美好の利益をもって天下に施恵し得るが、しかし自己の利の在る処を言わない。まことに偉大である」。いわゆる「始而亨」とは、万物が開端を獲得したばかりの時にすでに通暢しているを言う。《説卦伝》に按ずれば、万物は震(春分)に出て以後、必ず巽(立夏)に斉くしく離(夏至)に顕れる。これは勢いの必然である。もし通暢しなければ、生機は断絶し、各類の事物もまた流転成形し得ない。それを開創するは元であり、それを通達せしめるもまた元であることが見える。「性」は百物が自身に具足する道理で、「情」は百物が内から外へ発動する機括である。
春作夏長,百物皆有性情,非必利貞而後見,但此時生意未足,實理未完,百物尚共同一性情。至秋冬,則百穀草木各正性命、保合太和,一物各具一性情,是收斂歸藏乃見性情之的確,故利貞者即乾元之性情也,則利貞之未始不為元也。乾始者,即乾元者始而亨之始也。以美利利天下者,元能始物,能始庶物生成,無物不嘉美,亦無物不利賴也。不言所利者,自成其形,自成其性,泯機緘於不露,莫知其所以然也,大哉乾元也。
春に生発し夏に成長する時、百物は本来各々その性情を持ち、必ずしも利貞の段階を待ってはじめて顕現するのではない。ただその時は生機がまだ充足せず実理がまだ完満せず、百物は暫く同一副の性情を共有する。秋冬に至れば、百穀草木は各々性命を端正し太和の気を保全凝聚し、一物が各々一副の性情を具する。収斂帰蔵の時に至って、性情はようやく真に確切分明と顕れることが見える。だから「利貞」はまさに乾元の性情であり、すなわち利貞はかつて一刻も元に属さなかったことがない。「乾始」とは、「乾元者始而亨」のあの「始」である。「以美利利天下」とは、元が万物を開創し得、衆物をして生成を始めらせ、一物として美好でなく、一物としてその利沢を受けぬがないを言う。「不言所利」とは、万物が各々形体を成就し各々本性を成就するに、造化が機関消息を隠蔵して痕跡なく、人は皆それが一体なぜこのようであるかを知らない。偉大なり、乾元!
○孔子於文言既分元亨利貞為四德矣,此又合而為一也。言乾之元者,始而即亨者也;利貞者,則元之性情耳。然何以知其元始即亨、利貞即元之性情也?惟自其乾元之所能者則可見矣。蓋百物生於春,非亨利貞之所能也,惟元為生物之始,以美利利天下者則乾元之能也。夫以美利利天下,其所能之德業亦盛大矣。
孔子は《文言伝》の冒頭ですでに元・亨・利・貞を分かちて四徳としたが、ここではまた四者を合して一個とする。彼は言う。乾の「元」は開創して随って通達するもので、「利貞」は元の性情に過ぎない。しかしどうして元が一たび開創すれば通達し、利貞が元の性情であると知るのか。ただ乾元の成し得る事の上から見れば、明らかである。百物が春に生発するは、亨・利・貞の弁じ得るところではない。「元」のみがこそ生物の開端であり、美好の利益をもって天下に施恵し得るはまさに乾元の本领である。美好の利益をもって天下に施恵すれば、それの具備する徳業も盛大と算えよう。
使造化可以言馬,則曰此其之美利也,庶乎可以各歸功於四德矣。今不言所利,人不得而測之;既不可得而測,則是四德渾然一理,不可分而言也。元本為四德之長,故謂亨乃元之始亨可也,謂利貞乃元之性情可也,所以謂乾元始而亨、利貞性情者以此。乾元之道,不其大哉。四德本一理,孔子贊易,或分而言之以盡其用,或合而言之以著其體,其實一理而已,所以可分可合也。
もし造化に言語あらば、指して「これはそのどれかの美利か」と言えば、おそらく功労を分かちて元・亨・利・貞の四徳の名下に帰せられよう。いまそれは利の在る処を言わず、人もまた測揣する由なし。測揣する由なき以上、四徳は渾然としてただ一つの理で、拆き開けて分説できないことが見える。元はもともと四徳の首であるから、「亨」は元の開創兼通達に過ぎないと言ってもよく、「利貞」は元の性情に過ぎないと言ってもよい。「乾元始而亨、利貞性情」と講ずる所以の缘由は、まさにここにある。乾元の道は、ああ偉大なるかな。四徳は本来一つの理であり、孔子が《易》を賛述するに、或いは分けて講じて以ってその作用を窮め、或いは合わせて講じて以ってその本体を彰顯す。実は終竟ただ一つの理で、だから分かつこともでき合わすこともできる。
大哉乾乎,剛健中正,純粹精也;六爻發揮,旁通情也;時乘六龍,以御天也;雲行雨施,天下平也。剛以體言,健以性言,中者無過不及也,正者不偏也,此四者乾之德也。純者,純陽而不雜以陰也;粹者,不雜而良美也;精者,不雜之極至也。總言乾德剛健中正之至極,所謂純粹精者非出於剛健中正之外也。但乾德之妙非一言所能盡,故於剛健中正之外復以純粹精贊之。
《文言伝》は言う。「大いなるかな乾よ。剛・健・中・正、純粋にして精微。六爻は鋪展し開け、周遍して曲尽くす万物の情を。時に按じて六条の龍を駕し、以って天道を運行す。雲気は流れ行き雨水は布施し、天下太平」。「剛」は形体に就いて言い、「健」は性質に就いて言い、「中」は過ぎず及ばず、「正」は偏斜せず。この四つは乾の徳性である。「純」は純然として陽であって陰を掺杂せず、「粹」は掺杂せずして美好、「精」は掺杂せざること極まる。総じては乾徳の剛健中正が極致に至るを形容する。いわゆる「純粋精」は、剛健中正の外に別の一物があるのではない。ただ乾徳の奥妙は一言で説き尽くせないから、剛健中正の外に、さらに「純粋精」をもってそれを讃美するのである。
情者,事物至賾至動之情也。發揮者,每一畫有一爻辭以發揮之也。旁通者,曲盡也,如初之潛以至上之亢,凡事有萬殊,物有萬類,時有萬變,皆該括曲盡其情而無遺也。前品物流形乃乾之雲行雨施,此言云行雨施乃聖人乘六龍而御天之功,德澤流行敷布,所以天下平也。○言乾道剛健中正、純粹以精,乾道固大矣,惟聖人立六爻以通乎乾之情,乘六龍以行乎乾之道,雲行雨施以沛乎乾之澤,以至天下太平,則乾道之大不在乾而在聖人矣。此第五節復申首章之意。○叶韻讀也字,如楚辭之些。
「情」とは、事物の極めて繁多・極めて活動する実況を指す。「発揮」とは、每一画に一条の爻辞を配してそれを鋪展するを言う。「旁通」とはすなわち周遍して遺すことなし。初爻の「潜」から上爻の「亢」に至るまで、およそ事情の千差万別・物類の千門万類・時機の千变万化が、皆囊括し尽くされ曲尽くしてその情を、絲毫の遺漏なし。前の《彖伝》の「品物流形」は、乾自身の雲行雨施である。ここの「雲行雨施」は、聖人が六龍を駕して天道を運行する功業で、恩沢が流布して四方に施及し、だから天下太平となる。この一節が言うのは、乾道は剛健中正・純粋精微で、乾道は本来偉大であるが、しかし聖人が六爻を設立して乾の情実を貫通し、六龍を駕して乾の大道を推行し、雲行雨施して乾の恩沢を沛施し、天下太平に至るを要す。ならば乾道の偉大は乾に在らずして聖人に在る。以上の第五节は、再び首章の意を申説したものである(句末の「也」の字は協韻に按じて読むべく、《楚辞》の語尾詞「些」に譬えるが如し)。
○君子以成德為行,日可見之行也。潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。德者行之本,行者德之用,故曰君子以成德為行。成德者,已成之德也;日可見者,猶言指日可待之意,此二句泛論其理也。潛者,周公爻辭也;未見者,天地閉,賢人隱,阨於潛之機會而未見也;未成者,因其阨而事業未成就也,如伊尹耕於有華之野是也。
《文言伝》第六节「君子はすでに成就した徳性を以って行事の根基と為す。それは毎日見える行為である。いわゆる『潜』とは、隠蔵してまだ顕現せず、行事がまだ成就せず。ゆえに君子は暫く施用しない」。徳は行の根本で、行は徳の発用である。だから「君子以成徳為行」と言う。「成徳」はすでに養成した徳性である。「日可見」は指日して待つべしに等しい。この両句は泛泛に道理を論説する。「潜」は周公の爻辞である。「未見」とは天地閉塞して賢人が隠居し、潜蔵の時運に困られて顕現し得ないを言う。「未成」とは困を受けるがゆえに、事業がまだ成就しないを言う。伊尹が有莘の野で田を耕したが如し。
○君子以已成之德舉而措之於行,則其事業之所就指日可見矣。初九其德已成,則日可見之行也,而占者乃曰勿用何也?蓋聖人出世必有德有時,人之所能者德,所不能者時。今初九雖德已成,然時當乎潛也。潛之為言也,隱而未見也,惟其隱而未見,故行而未成,時位阨之也,是以占者之君子亦當如之而勿用也。
君子がすでに養成した徳性を取り出して行事の上に落実せしめれば、彼の事業の成就は指日して待つべしである。初九の徳性はすでに養成され、まさに「毎日見える行為」に属する。しかるに占辞は偏に「勿用」と言う。これはなぜか。聖人が世上に作為あらんとするには、必ず徳ありて時もあらねばならぬ。徳は人力の弁じ得るところで、時は人力の弁じ得ざるところである。いま初九は徳すでに養成したと雖も、時運はまさに潜伏に当たる。いわゆる「潜」とは、隠蔵してまだ顕現せぬこと。まさに隠蔵して未だ顕れざるがゆえに、行事はまだ成就せず、時と位とが彼を困らせているのである。それゆえ占筮の君子もまたこの様に照らして、暫く挙動あることをしてはならない。
君子學以聚之,問以辨之,寬以居之,仁以行之。易曰:見龍在田,利見大人,君德也。之者,正中之理也。龍德正中,雖以爻言,然聖人之德不過此至正大中而已。蓋乾道剛健中正,民受天地之中以生,惟中庸不可能,苟非學聚問辨,有此致知功夫,寬居仁行,有此力行功,夫安能體此龍德之正中乎。
《文言伝》は言う。「君子は学びを以てそれを聚め、問うを以てそれを辨え、寛舒を以てそれに安処し、仁愛を以てそれを行う。《易》の『見龍在田、利見大人』とは、君主の徳を講じたものである」。この四句の中の「之」の字は、皆あの「正中」の理を指す。「龍徳正中」は爻位に就いて言うが、しかし聖人の徳行もまたこの至って端正・宏大適中の境地に過ぎない。乾道は剛健中正で、百姓は天地の中和の気を禀受して生まれたが、しかし《中庸》は中庸の道が最も為し難いと言う。もし「学以聚之、問以辨之」のこの一段の致知の功夫なく、「寛以居之、仁以行之」のこの一段の力行の功夫なければ、どうして龍徳のあの正中を体現できよう。
聚者,多聞多見以求會聚,此正中之理也。辨者,講學也,親師取友,辨其理之精粗本末、得失是非,擇其正中之善者而從之,即講學以耨之也。寬者,優遊厭飫,勿忘勿助,俾所聚所辨此理之毒於我者融會貫通,渣滓渾化,無強探力索、凌節慾速之患也。蓋寬字以久遠言,有從容不迫之意,非專指包涵也。居者,守也,據也。
「聚」は多聞多見で、力を尽くして道理を会聚せんとし、聚むるはまさにこの正中の理である。「辨」とはすなわち講学で、老師に親しみ朋友を結び、義理の精粗本末・得失是非を辨析し、あの正中に合う善を選び出して遵従する。すなわち講学をもって雑草を耘除するのである。「寛」は従容涵泳して飽足浸潤し、忘れもせず助長もせず、聚めた所・辨えた所のこの道理を我が身上に融會貫通せしめ、渣滓を化し尽くして、生硬に強探硬索して躐等して速を求めるに至らざるなり。「寛」の字は長久に就いて言い、従容不迫の意を含み、決して包容涵納だけを指すのではないことが見える。「居」は守ること、据有することである。
仁以行之者,無適而莫非天理中正之公,而無一毫意必固我之私也。蓋辨者辨其所聚,居者居其所辨,行者行其所居,故必寬以居之而後方可仁以行之。若學聚問辨之餘,涵養未久,粗心浮氣而驕欲見之於寔踐,則居之不安,資之不深,安能左右逢原而大公以順應哉。此為學一定之序也。有是四者,宜乎中正之德博而化矣。曰君德者,即前九二之君德也。
「仁以行之」とは、どこに行っても無非天理中正の公心であって、一絲一毫の《論語》の戒める「意・必・固・我」の類の私意もないを言う。大体で言えば、辨ずるは聚めたる所であり、居るは辨えたる所であり、行うは居りたる所である。だから必ず先に「寛以居之」して後に「仁以行之」すべきである。もし学聚問辨の余に、涵養の工夫がまだ久しくなく、心気が浮躁粗率で、急いでそれを実践の中に持ち出して炫耀すれば、安処するも踏実せず汲取するも深厚ならず、どうして左右に源に逢いて大公の心をもって万事に順応できよう。これは学を為す固定して移らぬ次第である。この四つの功夫を具備すれば、九二が徳性中正にして広博に化育し得るも無怪である。ここで「君徳」と言うは、前の九二の講じた君主の徳である。
九三,重剛而不中,上不在天,下不在田,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。三居下卦之上,四居上卦之下,交接處以剛居剛,故曰重剛,非陽爻居陽位也,以九四居陰位者亦曰重剛。位非二五,故曰不中,即下文上不在天、下不在田也。九三以時言,九四以位言,故曰乾乾因其時。○九三重剛不中,上不在天,下不在田,宜有咎矣,而乃無咎何哉?蓋既重剛又不中,剛之極矣,以時論之蓋危懼之時也,故九三因共時而兢惕不已,則德日進業日修,所以雖處危地亦無咎也。
《文言伝》は言う。「九三は重剛にして中に居らず、上は天位に在らず、下は田位に在らず。ゆえに剛健して已まず、時に随って戒懼を保ち、縦い危険でも過ちなし」。三爻は下卦の頂端に居り、四爻は上卦の底端に居り、まさに両体の交接する処に当たり、剛爻をもって剛位に処るから「重剛」と言う。決して陽爻が陽位に居るだけを指すのではない。九四は明らかに陰位に居ってもなお「重剛」と称するからだ。それらの位置は二・五に在らず、だから「不中」と言う。すなわち下文の講じる「上不在天、下不在田」である。九三は時機に就いて論を立て、九四は位置に就いて論を立てる。だから「乾乾因其時而惕」と言う。九三は重剛にして中に居らず、上は天位に在らず、下は田位に在らず、理の上では過ちあるべきだが、偏に過ちがない。なぜか。それは重剛にしてまた中に居らず、剛が極点に至れば、時機に就いて論じればまさに危懼の時である。だから九三はこの時機に順応して戒懼して已まず、そこで徳は日々に進み業は日々に修まり、身を険地に処すと雖も過ちなし。
九四,重剛而不中,上不在天,下不在田,中不在人,故或之。或之者,疑之也,故無咎。在人謂三也。四三雖皆人位,然四則居人之上而近君矣,非三之不近君,故曰不在人。重剛不中之中,二五之中也;中不在人之中,六爻中間之中也。○九四重剛不中,上不在天,下不在田,中不在人,宜有咎矣,而乃無咎何哉?蓋九四之位不在天、不在田,雖與九三同,而人位則不如九三之居下卦也。所居之位獨近九五,蓋或之之位也,故或之。或之者,疑之也,惟其疑,必審時而進矣,所以無咎也。
《文言伝》はまた言う。「九四は重剛にして中に居らず、上は天位に在らず、下は田位に在らず、中間はまた人位に在らず。ゆえに『或』と言う。『或』とはすなわち疑いにして未だ定まらず、それゆえ過ちなし」。ここの「在人」とは九三を指す。三・四の両爻は同じく人位に属するが、九四はすでに人位の上に居りて君主に逼近し、九三のように君主に近くないと異なる。だからそれを「不在人」と言う。「重剛而不中」の「中」は、二・五のあの中位を指す。「中不在人」の「中」は、六爻の当中の中間地帯を指す。九四は重剛にして中に居らず、上は天位に在らず、下は田位に在らず、中間はまた人位に在らず、理の上では過ちあるべきだが、偏に過ちがない。なぜか。九四の位置は天に在らず田に在らず。この点は九三と同じだが、人位に就いて言えば、それは九三のように安穏に下卦に留まると異なり、それの処する位置は独り九五に逼近し、まさにあの「或」の位置である。だから「或」と言う。「或」とはすなわち疑いにして未だ定まらざる。まさに疑いを存ずれば、必ず時機を審察して前進する。だから過ちなし。
夫大人者,與天地合其德,與日月合其明,與四時合其序,與鬼神合其吉凶。先天而天弗違,後天而奉天時。天且弗違,而況於人乎?況於鬼神乎?夫,音扶。○合德以下,總言大人所具之德皆天理之公而無一毫人慾之私,若少有一毫人慾之私即不合矣。天地者造化之主,日月者造化之精,四時者造化之功,鬼神者造化之靈。覆哉無私之謂德,照臨無私之謂明,生息無私之謂序,禍福無私之謂吉凶。合序者,如賞以春夏、刑以秋冬之類也;合吉凶者,福善禍淫也。
《文言伝》は言う。「あの大人とは、徳行は天地と合し、光明は日月と合し、秩序は四時と合し、吉凶は鬼神と合す。天に先立って行うとも、天は彼に違わず。天に後れて動くとも、彼は天の時序を奉行す。天すらなお彼に違わず、何况人をや、何况鬼神をや」(「夫」は「扶」と読む)。「合其徳」以下は、総じて大人の具備する徳性は皆天理の公であって、一絲一毫の人欲の私もないを言う。一絲一毫の人欲の私でもあれば、合することができない。天地は造化の主宰、日月は造化の精華、四時は造化の功用、鬼神は造化の霊妙である。万物を覆載して偏私なきを「徳」と言い、照曜して下に臨んで偏私なきを「明」と言い、生養作息して偏私なきを「序」と言い、禍を降し福を賜うて偏私なきを「吉凶」と言う。いわゆる「合序」は、春夏に賞を行い秋冬に刑を用いる類に譬える。いわゆる「合吉凶」とは、善人に福を降し淫佚の人に禍を降すことである。
先天天不違,如無制作之類,雖天這之所以未為,而吾意之所為默與道契,天亦不違乎我,是天合大人也。奉天時者,奉天理也。後天奉天時,謂如天敘有典而我惇之、天秩有禮而我庸之類,雖天之所已為,我知理之如是,奉而行之,而我亦不能違乎天,是大人合天也。蓋以理為主,天即我,我即天,故無後先彼此之可言矣。且不違於大人,而況於人乃得天地之理以生,鬼神不過天地之功用,雖欲違乎大人,自不能違乎天矣。乾之九五以剛健中正之德與此大人相合,所以宜利見之,以其同德相應也。
「先天而天弗違」は、聖人が器物法度を創制する類に譬える。それはもともと天がまだ為したことのない事だが、我心の為さんと欲するところが暗に道と契合し、天もまた我に違わない。これは天が来て大人に符合するのである。「奉天時」とは天理を奉行することである。「後天而奉天時」は、《尚書》の言う「上天は人倫の常典を鋪陳して我これに敦厚す」「上天は尊卑の礼制を排定して我これを奉行す」の類に譬える。それは天がすでに為した事で、我は道理がかくの如しと明白に知り、遵奉して実行し、我もまた天に違い得ない。これは大人が来て天に符合するのである。要するに理を以て主宰とすれば、天はすなわち我であり、我はすなわち天である。だから先後彼此の分は言うべくもない。天すらなお大人に違わず、何况人はもともと天地の理を禀受して生まれたものであり、鬼神もまた天地の功能作用に過ぎない。縦い大人に違わんと欲しても、実際には天に違う術がない。乾卦九五は剛健中正の徳性をもってこの大人と相合するから、彼に見えるが宜しい。二者は徳性が同じで互いに感応するからである。
亢之為言也,知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知喪,其唯聖人乎。知進退存亡而不失其正者,其唯聖人乎。進退者身,存亡者俠,得喪者物消長之理,知之既明,不失其正,處之又當,故惟聖人能之。再言其唯聖人,始若設問而卒自應之,見非聖人不能也。初九隱而未見二句釋一潛字,而言君子者再,蓋必君子而後能安於潛也;上九亢之為言三句釋一亢字,而言聖人者再,蓋必聖人而後能不至於亢也。此第六節後復申前數節未盡之意。
《文言伝》は最後に言う。「いわゆる『亢』とは、前進を知って後退を知らず、生存を知って消亡を知らず、獲得を知って喪失を知らざること。ほぼ聖人のみがよくするであろう。進退存亡の分際を知ってその正を失わざるは、ほぼ聖人のみがよくするであろう!」。進と退は自身に関し、存と亡は地位に関し、得と失は外物に関する。これらの消長の道理をすでに明白に見て、またその正を失わず処置を当を得れば、だから聖人のみが能くする。二度「其唯聖人乎」と言うが、頭の一句は設問のようで、末の一句は自ら答える。聖人でなければ便ちできないことが見える。初九「隠而未見」のあの両句は一個の「潜」の字を解釈するのに、二度「君子」に及んだ。必ず君子であってこそ潜伏に安んじ得るからである。上九「亢之為言」のあの三句は一個の「亢」の字を解釈するのに、二度「聖人」に及んだ。必ず聖人であってこそ亢極に至らざるを得るからである。以上の第六节は、最後に再び前の諸節の説き尽くさなかった意を申説したものである。
坤卦(坤下坤上)――坤柔
「坤,元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得主「句」,利「句」。西南得朋,東北喪朋,安貞吉。」「喪」,去聲。耦者,陰之數也;坤者順也,陰之性也。六書皆耦,則純陰而順之至矣,故不言地而言坤。馬象乾,牝馬,取其為乾之配。牝馬屬陰,柔順而從陽者也;馬能行,順而健者也,非順外有健也。坤利牝馬之貞,與乾不同者何也?蓋乾以剛固為貞,坤以柔順為貞,言如牝馬之順而不息則正矣。牝馬地類,安得同乾之貞?此占辭也,與乾卦元亨利貞同,但坤則貞利牝馬耳。程子泥於四德,所以將利字作句。
《坤》卦の卦辞は「元亨、利牝馬之貞。君子有攸往、先迷後得主、利。西南得朋、東北喪朋、安貞吉」である。その中「先迷後得主」の後に断句すべく、「利」の字もまた自ら一句を成す。「喪」の字は去声と読む。偶数は陰の数目であり、「坤」の意はすなわち柔順で、これはまさに陰の本性である。《坤》卦の六画は全て偶画で、純粋に陰であり、柔順が極点に至る。だから経文は「地」と称せず「坤」と称する。馬はもともと《乾》卦の取象だが、ここで「牝馬」と言うは、それを乾の馬の配偶として取るもので、母馬は陰に属し、柔順にして陽剛に随従する。馬はまた行きて息まず、順従の中に剛健を帯び、順の外に別の一種の健があるのではない。《坤》がなぜ「利牝馬之貞」と言い、《乾》と異なるのか。《乾》は剛強堅固を以て正固とし、《坤》は柔順随従を以て正固とする。すなわち母馬の如く柔順にして停息せぬことを言い、これをもって正を守るとなす。母馬は地の類に属し、どうして《乾》の正固と同じくできよう。この数句は占断の辞で、《乾》卦の「元亨利貞」と同じ例だが、ただ《坤》の利する正固は母馬の類に限定されるだけである。程頤は元・亨・利・貞四徳の旧説に拘泥したので、「利」の字を下に連ねて一句と読んだ。
迷者,如迷失其道路也。坤為迷,故曰述。言占者君子,先乾而行,則失其主而迷錯;後而行,則得其主而利矣。蓋造化之理,陰從陽以生物,待唱而和者也。君為臣主,夫為妻主,後乾即得所主矣,利孰大馬?其理本如此。觀《文言》「後得主而有常」,此句可見矣。
いわゆる「迷」とは、人が道路を迷失するが如し。《坤》は迷暗の象を持つから、経文がこのように言う。これは占問する君子が、もし乾陽に先んじて行動すれば、依従する主宰を失いて迷乱錯乱し、もし乾陽に後れて行動すれば、主宰を得て利あるを言う。造化の道理は、陰は陽に随従して万物を生養し、陽がまず倡導し、陰がようやく応和するからである。君は臣の主、夫は妻の主である。乾陽の後に居れば依従する主を得る。これより大きな利益がどこにあろう。道理はもともとこのようである。《文言伝》の言う「後得主而有常」を見て、この句をもって印証すれば明らかである。
西南東北,以文王圓圖卦位言。陽氣始於東北而盛於東南,陰氣始於西南而盛於西北。西南乃坤之本鄉,兌、離、巽三女同坤居之,故為得朋;震、坎、艮三男同乾居東北,則非女之朋矣,故喪朋。陰從其陽謂之正,惟喪其三女之朋,從乎其陽則有生育之功,是能安於正也;安於其正,故吉也。
「西南」「東北」とは、文王後天八卦の円図の方位に就いて言う。陽気は東北方から生発を始め、東南方に至って最盛となり、陰気は西南方から生発を始め、西北方に至って最盛となる。西南は《坤》の本郷で、兌・離・巽の三つの女卦は《坤》と同じくこの方に居る。だから「得朋」と言う。震・坎・艮の三つの男卦は《乾》と同じく東北に居り、それは同類の女伴ではない。だから「喪朋」と言う。陰がよく陽に随従してこそ正と言う。ただ三女の同類の朋を丢き去り、転じて陽剛に随従してこそ、万物を生育する功效があり、これがすなわちよくその正に安んずる。よくその正に安んずるから、吉利である。
《彖》曰:「至哉坤元,萬物資生,乃順承天。」至者,極也。天包乎地,故以大讚其大,而地止以至贊之。蓋言地之至則與天同,而大則不及乎天也。元者,四德之元,非乾有元而坤復又有一元也。乾以施之,坤則受之,交接之間,一氣而已。始者氣之始,生者形之始,萬物之形皆生於地,然非地之自能為也,天所施之氣至則生矣,故曰乃順承天。乾健故一而施,坤順故兩而承。此釋卦辭之元。
《彖伝》は言う。「極まるかな坤の元始の徳、万物はそれに依拠して形体を生成し、それは上天に順承す」。「至」は極の意である。天は地を包裹するから、《乾・彖》は「大」をもって天の広大を讃美し、地に対しては「至」のみをもって讃美する。これは地の至極が天と同じくし得るを言い、広大を論ずれば天に及ばない。ここの「元」はすなわち元・亨・利・貞の四徳の中の元で、《乾》に一つの元あり《坤》に別にまた一つの元あるのではない。乾が気を施与し出せば、坤は承受し、一施一受の間、実はただ一団の気だけである。「始」は気の開端、「生」は形の開端である。万物の形体は皆地から生じ出るが、しかし地が自ら生じ出し得るのではなく、上天の施した気が到って、万物はようやく生成する。だから「乃順承天」と言う。乾は剛健だから専一にして施与し、坤は柔順だから両分にして承受する。この一段は卦辞中の「元」の字を解釈する。
「坤厚載物,德合無疆,含弘光大,品物咸亨。」坤厚載物,以德言,非以形言。德者載物厚德,含弘光大是也。無疆者,乾也。含者,包容也;弘則是其所含者無物不有,以蘊畜而言也,其靜也翕,故曰含弘。光者,昭明也;大則是其所光者無遠不屈,以宣著而言也,其動也關,故曰光大。言光大而必曰含弘者,不翕聚則不能發散也。咸亨者,齊乎巽、相見乎離之時也。此釋卦辭之亨。
《彖伝》は続いて言う。「坤は厚く物を載せ、徳は无疆に合し、含弘光大して、品物は皆亨す」。「坤厚載物」は徳性に就いて言うのであって、形体に就いて言うのではない。いわゆる徳とは、万物を承載する深厚の徳で、すなわち下文の「含弘光大」の四字である。「无疆」が指すは乾である。「含」は包容で、「弘」はその包容する所に物なしとせざるを言い、これは蘊蔵畜積に就いて言い、地気が静の時は収斂聚合しているから「含弘」と言う。「光」は昭明顕耀で、「大」はその照耀する所は遠近と問わず及ばぬなきを言い、これは宣揚顕著に就いて言い、地気が動の時は開啓張放しているから「光大」と言う。すでに「光大」と言って必ず先に「含弘」と言うは、先に収斂聚合せざれば、発散顕耀することができないからである。「咸亨」が指すは、《説卦伝》の言う万物の「斉乎巽、相見乎離」のあの時節である。この一段は卦辞中の「亨」の字を解釈する。
「牝馬地類,行地無疆,柔順利貞。」地屬陰,牝陰物,故曰地類,又行地之物也。行地無疆,則順而不息矣,此則柔順所利之貞也,故利牝馬之貞。此釋卦辭牝馬之貞。「君子攸行,先迷失道,後順得常。西南得朋,乃與類行;東北喪朋,乃終有慶。安貞之吉,應地無疆。」君子攸行,即文王卦辭君子有攸往,言古者君子有所往也。失道者,失其坤順之道也。坤道主成,成在後,若先乾而動,則迷而失道。得常者,得其坤順之常也,後乾而動,則順而得常。
《彖伝》はまた言う。「牝馬は地類にして、地を行きて疆なく、柔順にして利貞」。地は陰に属し、母馬もまた陰性の物であるから、それが地と同類と言う。何况馬はまた地上を行走する動物である。大地の上を行くに辺際なく、すなわち柔順にして停息せず。これはまさに柔順の適するあの正固である。だから卦辞は「利牝馬之貞」と言う。これは卦辞中の「牝馬之貞」の一句を解釈したものである。《彖伝》はさらに言う。「君子の攸行、先には迷失し道を失い、後には順にして常を得。西南に朋を得るは、乃ち類とともに行くなり。東北に朋を喪うは、乃ち終に慶有らん。安貞の吉は、地の无疆に応ず」。「君子攸行」とはすなわち文王卦辞の「君子有攸往」で、古の君子が往く所有ったを言う。「失道」とは、坤の柔順の道を失ったこと。坤道は成就を主管し、成就は常に後に在る。もし乾陽に先んじて行動すれば、迷乱して道を失う。「得常」とは、坤順の常法を得たこと。乾陽に後れて行動すれば、柔順にして常法に合する。
夫惟坤貞利在柔順,是以君子有所往也,先則迷,後則得。西南雖得朋,不過與巽、離、兌三女同類而行耳,未足以為慶也。若喪乎三女之朋,能從乎陽,則有生物之功矣,終必有慶也。何也?蓋柔順從陽者,乃坤道之安於其正也;能安於其正,則陽施陰受,生物無疆,應乎地之無疆矣,所以乃終有慶也。此釋卦辭君子有攸往至安貞吉。
まさに坤の正固の利は柔順に在るがゆえに、君子が往く所有る時、前に搶せば迷失し、後に随えば得る所有る。西南は「得朋」と言うが、巽・離・兌の三つの女卦と同類に行くに過ぎず、まだ喜慶と称するに足らない。もしこの三女の同類の朋を丢き去り、陽剛に随従し得れば、万物を生育する功效があり、終に必ず喜慶がある。なぜか。柔順にして陽剛に随従するは、まさに坤道の正に安んずる所以。よく正に安んずれば、陽は施し陰は受け、化生する万物に窮尽なく、大地の辺際なきに相応する。だから「乃終有慶」と言う。この一段は卦辞の「君子有攸往」から「安貞吉」までの部分を解釈したものである。
《象》曰:「地勢坤,君子以厚德載物。」西北高,東南低,順流而下,地之勢本坤順者也,故曰地勢坤。且天地間持重載物,勢力無有厚於地者,故下文曰厚。天以氣運,故曰天行;地以形載,故曰地勢。厚德載物者,以深厚之德容載庶物也。若以厚德載物體之身心,豈有他道哉?惟體吾長人之仁也,使一人得其願,推而人人各得其願;和吾利物之義也,使一事得其宜,推而事各得其宜;則我之德厚,而物無不載矣。
《大象伝》は言う。「地勢は坤なり。君子は厚徳を以て物を載す」。大地は西北が高く東南が低く、水は勢いに順って下る。地の形勢はもともと柔順である。だから「地勢坤」と言う。しかも天地の間で重負して物を載せ得るは、大地より深厚なるはない。だから下句に「厚」の一字を用いる。天は気に憑って運行するから《乾》は「天行」と言い、地は形体に憑って承載するから《坤》は「地勢」と言う。「厚徳載物」とは、深厚の徳性を以て衆物を容納承載すること。もし「厚徳載物」を自己の身心の上に落実して体行せば、あに別の門路があろうか。ただ我が「長人」の仁徳を体行し、一人をしてその願いを遂げしめ、さらに推し広めて人人をして各々その願いを遂げしめ、我が「利物」の義徳を調和し、一事をしてその宜しきを得しめ、さらに推し広めて事事をして各々その宜しきを得しむ。こうすれば我の徳は深厚となり、万物として承載し得ぬものなし。
初六:履霜堅冰至。六,詳見乾卦初九。霜,一陰之象;冰,六陰之象。方履霜而知堅冰至者,見占者防微杜漸,圖之不可不早也。《易》為君子謀:乾言勿用,即復卦閉關之義,欲君子之難進也;坤言堅冰,即姤卦女壯之戒,防小人之易長也。
初六の爻辞に「履霜、堅氷至」。陰爻がなぜ「六」と称するかは、詳しい説明は《乾》卦初九爻の下に見える。霜は、一個の陰爻が初生する象。氷は、六爻の純陰が凝結する象。薄霜を踏んだばかりで堅氷の至らんを予知すとは、占問する人に細微に防ぎ漸進に杜絶せしめ、この事を図謀するに早きを肯んぜざるべからずとする所以が見える。《周易》は君子のために打算する。《乾》卦初九の「勿用」と言うは、《復》卦《大象》の「先王以至日閉関」の意で、君子が進を軽くし難いを願うもの。《坤》卦初六の「堅氷」と言うは、《姤》卦の「女壮、勿用取女」の告誡で、小人が滋長し易いを防備するもの。
《象》曰:「履霜堅冰,陰始凝也。馴致其道,至堅冰也。」《易舉正》:履霜之下無堅冰二字。陰始凝而為霜,漸盛必至於堅冰;小人雖微,長則漸至於盛。馴者,擾也,順習也。道者,小人道長之道也,即上六其道窮也之道。馴習因循,漸至其陰道之盛,理勢之必然也。
《小象伝》は言う。「履霜堅氷は、陰の始めて凝るなり。馴致してその道、堅氷に至るなり」。唐代の郭京《周易挙正》は指摘する、「履霜」の下にもともと「堅氷」の二字はなかったと。陰気が始めて凝結すればすなわち霜となり、漸く盛んになれば必ず堅氷に至る。小人はこの時、まだ微弱だが、一旦滋長すれば漸く強盛に至る。「馴」は馴擾・順習の意である。「道」とは、小人の道が滋長するあの道を指し、すなわち上六《小象》「其道窮也」のあの道である。順習馴擾して因循して改めず、漸く陰道の極盛に達するは、事理と形勢の必然である。
六二:直方大,不習無不利。直字即坤至柔而動剛之剛也,方字即至靜而德方之方也,大字即含弘光大之大也。孔子彖辭、文言、小象皆本於此,前後之言皆可相證。以本爻論,六二得坤道之正,則無私曲故直;居坤之中,則地偏黨故方。直者,在內所存之柔順中正也;方者,在外所處之柔順中正也。惟柔順中正,在內則為直,在外則為方;內而直,外而方,此其所以大也。不揉為直,不矩而方,不恢而大,此其所以不習也。
六二の爻辞に「直・方・大、不習无不利」。ここの「直」の字は、すなわち《文言》の言う「坤至柔而動也剛」のあの剛である。「方」の字は、すなわち「至静而徳方」のあの方である。「大」の字は、すなわち《彖伝》「含弘光大」のあの大である。孔子の《彖伝》《文言伝》《小象伝》は皆これを根拠とし、前後の文句は互いに印証できる。本爻に就いて言えば、六二は陰爻をもって陰位に居りまた下卦の中に在り、坤道の中正を得て、偏私邪曲なし。だから「直」と言う。《坤》体の中に居り、偏袒結党なし。だから「方」と言う。「直」は内心に存する柔順中正で、「方」は外在に処する柔順中正である。ただ柔順中正なるがゆえに、内にあれば直と表れ、外にあれば方と表れる。内すでに直、外また方、これがそれの「大」たる所以である。外力をもって揉正するを待たずして自然に直、規矩をもって比量するを待たずして自然に方、刻意して拡充するを待たずして自然に大。これがそれの「不習」なる所以である。
若以人事論,直者內而天理為之主宰,無邪曲也;方者外而天理為之裁制,無偏倚也;大者無一念之不直,無一事之不方了。不習無不利者,直者自直,方者自方,大者自大,不思不勉而中道也。利者,利有攸往之利,言不待學習而自然直方大也。蓋八卦正位,乾在五,坤在二,皆聖人也。故乾剛健中正,則飛龍在天;坤柔順中正,則不習無不利。占者有是德,方應是占矣。
もし人事に就いて講じれば、いわゆる「直」とは、内心が天理を主宰とし、邪僻歪曲なきこと。いわゆる「方」とは、行事が天理を裁断とし、偏向倚側なきこと。いわゆる「大」とは、一念として直ならざるなく、一事として方ならざるなきこと。いわゆる「不習无不利」とは、直の自然に直、方の自然に方、大の自然に大で、思慮を用いず勉強を用いずして自然に中道に合することを言う。「利」はすなわち「利有攸往」の利で、学習練習を待たずして、自然に直・方・大を致すを言う。八卦の正位の説に按ずれば、乾の正位は第五爻に在り、坤の正位は第二爻に在り、本卦の正位に居るは皆聖人である。だから《乾》九五は剛健中正で「飛龍在天」と言い、《坤》六二は柔順中正で「不習无不利」と言う。占問する人は真にこのような徳性を有してこそ、このような占断に配することができる。
《象》曰:「六二之動,直以方也。不習無不利,地道光也。」以字即而字。言直方之德惟動可見,故曰坤至柔而動也剛,此則承天而動,生物之幾也。若以人事論,心之動直而無私,事之動方而當理是也。地道光者,六二之柔順中正即地道也。地道柔順中正,光之所發者自然而然,不俟勉強,故曰不息無不利。光即含弘光大之光。
《小象伝》は言う。「六二之動、直以方也。不習无不利、地道光也」。句中の「以」の字はすなわち「而」の字に相当する。これは直と方の徳性は発動する時においてのみ見えることを言う。だから《文言》は「坤至柔而動也剛」と言う。ここの動とは、天施を承受して発動するので、まさに万物を化生する機兆である。もし人事に就いて講じれば、心が一動すれば正直にして私なく、事が一動すれば方正にして理に合す。いわゆる「地道光」とは、六二の柔順中正がすなわち地道であることを言う。地道は柔順中正で、それの発する光輝は自然自ら然りで、勉強用力を待つことを要しない。だから「不習无不利」と言う(この本は「不息无不利」と作る)。この「光」の字は、すなわち《彖伝》「含弘光大」の光である。
六三:含章可貞,或從王事,無成有終。坤為吝嗇,含之象也。剛柔相雜曰文,文之成者曰章;陽位而以陰居之,又坤為文章之象也。三居下卦之終,終之象也。或者,不敢自決之辭;從者,不敢造始之意。三居下卦之上,有位者也,其道當含□其章美,有美則歸之於君,乃可常久而得正。或從王之事,不敢當其成功,惟奉職以終其事而已。爻有此象,故戒占者如此。
六三の爻辞に「含章可貞、或従王事、无成有終」。《説卦伝》は坤を吝嗇と言うが、まさに含蔵して露わさざる象である。剛柔交錯を「文」と言い、文の成就を「章」と言う。六三は陽位にして陰爻がこれに居り、剛柔相雑じ、加うるに坤はもともと文章の象を持つ。だから「章」と言う。三爻は下卦の末位に処り、「終」の象である。「或」は敢えて自ら決断せぬ語気で、「従」は敢えて率先して創始せぬ意である。六三は下卦の最上に居り、職位ある人で、その処世の道は自己の文采美質を含蔵して、美善あれば国の君に功を帰し、こうしてはじめて長久にして正道に合すべきである。偶に君王の政事に参与しても、敢えてあの成功を承当せず、ただ職守を奉行して事を弁じ了えるだけである。爻中にこのような象があるから、占問する人にこのようにするよう告誡する。
《象》曰:「含章可貞,以時發也。或從王事,知光大也。」知,平聲。以時發者吉,非終於韜晦、含藏不出而有所為也。或從王事帶下一句說,孔子小象多是如此。知光大者,正指其無成有終也。蓋含弘光大、無成而代有終者,地道也,地道與臣道相同。六三或從王事、無成有終者,蓋知地道之光大當如是也。
《小象伝》は言う。「含章可貞は、以時発也。或従王事は、知光大也」。「知」の字は平声と読み、知暁の知である。いわゆる「以時発」とは、時機が到って後に発抒してこそ吉であって、一生涯韬光養晦して含蔵して出さず作為なきを言うのではない。「或従王事」の一句は、下の「知光大也」と連ねて講ずるべく、孔子の《小象》は多くはこの種の句法である。「知光大」とは、まさに爻辞の「无成有終」を指して言う。含弘光大して自己は功に居らず天に代わってその終を成すは、これは地道である。地道と臣道は同じである。六三が偶に君王の政事に参与してその成に居らず、ただ有終を求めるは、まさに地道の光大は本来かくの如しと知るがゆえである。
六四:括囊無咎,無譽。坤為囊,陰虛能受,囊之象也。括者,結囊口也。四變而奇,居下卦之上,結囊上口之象也。四近乎君,居多懼之地,不可妄咎妄譽,戒其作威福也。蓋譽則有逼上之嫌,咎則有敗事之累,惟晦藏其智,如結囊口,則不害矣。六四柔順得正,蓋慎密不出者也,故有括囊之象,無咎之道也。然既不出,則亦無由辭贊其美矣,故其占如此。《象》曰:「括囊無咎,慎不害也。」括囊者,慎也;無咎者,不害也。
六四の爻辞に「括嚢、无咎、无誉」。坤は布嚢で、陰爻は中虚にして容受し得るから、口袋の象がある。「括」は袋口を扎え結ぶことである。六四が一変すれば陽爻となり、一条の実画となって下体の上に横たわり、まさに口袋の上口を扎え住めるが如し。六四は君位に紧挨し、畏懼多き地位に処り、軽々しく咎を招くべからず、軽々しく誉を得るべからず。これは彼に擅りに威福を作すなと告誡する。美誉为あれば君上を逼迫する嫌いがあり、過咎あれば国事を敗壊する牵累があるから、ただ自己の聡明才智を収斂蔵して、袋口を扎えるが如くすれば、禍を招かない。六四は柔順にして正位を得、謹慎周密にして軽々しく外露を肯んぜぬ人である。だから「括嚢」の象があり、これは過ちを免れる路子である。しかしすでに外露を肯んぜぬ以上、人の称賛を獲得する由もない。だからその占断はこのようである。《小象伝》は言う。「括嚢无咎は、慎にして害なきなり」。いわゆる「括嚢」はすなわち謹慎であり、いわゆる「无咎」はすなわち禍害に遭わぬことである。
六五:黃裳元吉。坤為黃為裳,黃裳之象也。黃,中色,言其中也;裳,下飾,言其順也。黃字從五字來,裳字從六字來。六五以陰居尊,中順之德充諸內而見諸外,故有是象,而其占則元吉矣。剛自有剛德,柔自有柔德,《本義》是。《象》曰:「黃裳元吉,文在中也。」坤為文,文也;居五之中,在中也。文在中,言居坤之中也,所以黃裳元吉。
六五の爻辞に「黄裳、元吉」。坤は《説卦伝》の中で黄色に取象し、また下裳に取象する。だから「黄裳」の象がある。黄は五方正色の中の中央の色で、それを取って「中」を言う。裳は下身の服飾で、それを取って「順」を言う。「黄」の字は爻位が第五に居り中を得ることに由り、「裳」の字は爻性が六で陰柔なることに由る。六五は陰爻をもって尊位に居り、居中柔順の徳性が内に充満して外に顕現す。だからこのような象があり、その占断は大善の吉である。剛爻には自ら剛爻の徳あり、柔爻には自ら柔爻の徳あり。朱熹《周易本義》の講ずるは正しい。《小象伝》は言う。「黄裳元吉は、文在中也」。坤は文采の象を持つ。これが「文」である。六五は上卦の中に居る。これが「在中」である。「文在中」とは、それが坤体の中に居ることを言う。だから「黄裳元吉」。
上六:龍戰于野,其血玄黃。六陽為龍,坤之錯也,故陰陽皆可以言龍;且變艮綜震,亦龍之象也。變艮為剝,陰陽相剝,戰之象也;戰於卦外,野之象也。血者,龍之血也。堅冰至者,所以防龍戰之禍於其始;龍戰野者,所以著堅冰之至於其終。上六陰盛之極,其道窮矣,窮則其勢必爭,至與陽戰兩敗俱傷,故有此象,凶可知矣。《象》曰:「龍戰于野,其道窮也。」極則必窮,理勢之必然也。
上六の爻辞に「龍戦于野、其血玄黄」。《坤》の六爻は全て陰で、それと相錯する《乾》の六爻は全て陽であり、陽は龍である。だから陰陽の両辺ともに「龍」をもって言い得る。また上六が一変すれば上卦は艮を成し、艮卦を倒転すれば震となり、震は《説卦伝》で龍と為す。これもまた龍の象である。上六が艮画に変われば、全卦は《剥》となり、陰陽が互いに剥蝕するは、まさに交戦の象である。戦闘が卦体の外で発生するは「野」の象である。「血」はすなわち龍の血である。初六が「堅氷至」と言うは、陰気が剛に起こる時に龍戦の禍を防備せしめんとし、上六が「龍戦于野」と言うは、陰気が極盛の時に当初の堅氷の戒の結局を顕明せんとする。上六の陰気は盛んさ極点に至り、その道路はすでに窮尽した。窮尽すれば形勢は必ず相争い、陽剛と交戦して両敗倶傷に至る。だからこのような象があり、凶険は想い知られる。《小象伝》は言う。「龍戦于野は、其道窮なり」。極点に至れば必ず窮尽する。これは事理形勢の必然である。
用六:利永貞。用六與用九同,此則以上六龍戰于野言之。陰極則變陽矣,但陰柔恐不能固守,既變之後,惟長永固,不為陰私所用,則亦如乾之無不利矣。《象》曰:「用六永貞,以大終也。」此美其善變也。陽大陰小,大者陽明之公,君子之道也;小者陰濁之私,小人之道也。今始陰濁而終陽明,小人而終君子,何大如之?故曰以大終也。
用六の爻辞に「利永貞」。用六の体例は《乾》卦の用九と同じで、ここは上六「龍戦于野」に接して言う。陰は極点に至れば陽に変ずべきだが、ただ陰柔の資質は守りて牢固ならざるを恐れる。だから変の後は、ただ長久に堅定して固守し、陰暗自私の念頭に駆使されずしてこそ、《乾》卦の用九のように利あらざるなしとできる。《小象伝》は言う。「用六永貞は、以大終也」。これはそれが変化に善いを讃美する。陽を大とし陰を小とす。大は陽明公正で、あれは君子の道。小は陰濁自私で、あれは小人の道。いま開頭は陰濁で、結尾は陽明に帰し、開頭は小人で、結尾は君子となった。これより更に「大」なるものがあろうか。だから「以大終也」と言う。
《文言》曰:「坤,至柔而動也剛,至靜而德方,後得主而有常,含萬物而化光。坤道其順乎,承天而時行。」動者,生物所動之機;德者,生物所得之質。乾剛坤柔,定體也,坤固至柔矣,然乾之施一至,坤即能翕受而數施之,其生物之機不可止遏,此又柔中之剛矣。乾動坤靜,定體也,坤固至靜矣,及其承乾之施,陶鎔萬類,各有定形,不可移易,此又靜中之方矣。
《文言伝》は言う。「坤は至柔にして動きて剛、至静にして徳方、後に主を得て常有り、万物を含みて化光す。坤道は其れ順か、天を承けて時行す」。ここの「動」とは、万物を化生する所の発動する機兆である。「徳」とは、万物を化生する所の禀得した質地である。乾剛坤柔、これは固定した体性で、坤はもともと柔の極点である。しかし乾の施与が一到れば、坤は立ちどころに収斂承受してそれを散布し出す。その生物の機兆は遏止し得ない。これがすなわち柔中の剛である。乾動坤静、これもまた固定した体性で、坤はもともと静の極点である。それが乾の施与を承受するに至っては、万類を陶鋳熔錬して、各々一定の形体を有し移易し得ざらしむ。これがすなわち静中の方である。
柔無為矣,而剛則能動;靜無形矣,而方則有體。柔靜者,順也,體也;剛方者,健也,用也。後得主而有常者,後乎乾則得乾為主,乃坤道之常也。含萬物而化光者,靜翕之時含萬物生意於其中,及其動闢,則化生萬物而有光顯也。坤道其順乎,此句乃贊之也。坤之於乾,猶臣妾之與夫君,亦惟聽命而已,一施一受,不敢先時而起,亦不敢後時而不應,此所以贊其順也。此以上申彖傳之意。
柔はもともと作為なく、剛はよく発動す。静はもともと形迹なく、方は形体ある。この柔と静とは順であり、体である。剛と方とは健であり、用である。「後得主而有常」とは、乾の後に居れば乾を得て主と為すを言い、これが坤道の常法である。「含万物而化光」とは、地気が収斂閉合する時、万物の生意を含めてその中に蓄え、その発動開辟に及べば、万物を化生して光輝顕耀あるを言う。「坤道其順乎」の一句は、孔子が坤道に対する讃嘆である。坤の乾に対するは、臣妾が君上と丈夫に対するが如く、ただ命を聴くのみである。一施一受、敢えて時機に先んじて発動せず、敢えて時機に後れて応ぜずもせず。これがそれを「順」と讃美する所以である。以上これらは、皆《彖伝》の意を申説する。
積善之家必有餘慶,積不善之家必有餘殃。臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,繇辯之不早辯也。《易》曰:「履霜堅冰至。」蓋言順也。天下之事未有不由積而成:家之所積者善,則福慶及於子孫;所積者不善,則災殃流於後世。其大至於弒逆之禍,皆積累而至,非朝夕所能成也。
《文言伝》は言う。「善を積む家は必ず余慶あり、不善を積む家は必ず余殃あり。臣がその君を弑し、子がその父を弑するは、一朝・一夕の故にあらず。その由りて来る所は漸なり。辨るに早く辨ぜざるに由る。《易》に曰く『履霜堅氷至』。蓋し順を言うなり」。句中「繇」の字は「由」に同じく、「辯」は「辨」に同じ。孔子はここで初六の爻辞を引いて印証する。天下の事情は積累に由って成らざるなく、一家の積む所が善なれば、福慶は子孫に延及し、積む所が不善なれば、災殃は後世に流れる。大きくは臣が君を殺し子が父を殺すが如き悖逆の禍も、皆一点一点の積累に由って来るので、一朝一夕の造るところではない。いわゆる「蓋言順也」とは、まさにこの霜から氷への順習積漸の勢いを言うのである。
由來者漸,言臣子也;辯之不早,責君父也。辯,察也。在下者不可不察之於己,在上者不可不察之於人。察之早,勿使之漸,則禍不作矣。順字即馴字,馴致其道也,言順習因循以至於堅冰也。前言馴致其道,此言蓋言順也,皆一意也。《程傳》是。
「其所由来者漸」は、臣と子に就いて言う。「辯之不早辯」は、君と父を責める。「辯」とはすなわち省察である。下位に在る者は自己の身上で省察せざるべからず、上位に在る者は他人の身上で省察せざるべからず。省察が早ければ、それが一歩一歩滋長するを許さず、禍患は発生しない。《文言》末句の「順」の字は、すなわち《小象》の中の「馴」の字であり、すなわち「馴致其道」の意で、順習因循して、遂に堅氷を結ぶに至るまでを言う。前の《小象》が「馴致其道」と言い、ここの《文言》が「蓋言順也」と言うは、皆同じ一つの意である。程頤《伊川易伝》の解釈は正しい。
直其正也,方其義也。君子敬以直內,義以方外,敬義立而德不孤。直方大,不習無不利,則不疑其所行也。直者何也?言此心無邪曲之私,從繩墨而正之之謂也。方者何也?言此事無差謬之失,得裁制而宜之之謂也。此六二直方之所由名也,下則言求直方之功。
《文言伝》は言う。「直はその正なり、方はその義なり。君子は敬を以て内を直くし、義を以て外を方くす。敬義立って徳は孤ならず。直方大にして、不習无不利ならば、則ちその行いに疑わざるなり」。何を「直」と謂うか。この心に邪僻歪曲の私意なきを言い、木工が墨線に依って材料を取り正すが如し。何を「方」と謂うか。この事に差錯謬誤の過失なく、裁断処置を経て各々その宜しきを得るを言う。これが六二の爻辞が「直」「方」の二字を用いて命名した缘由である。下の数句は、則ち直と方を得る工夫を講求する。
人心惟有私,所以不直。如知其敬乃吾性之禮存諸心者,以此敬為之操持,必使此心廓然大公,而無一毫人慾之私,則不期直而自直矣。人事惟有私,所以不方。如知其義乃吾性之義見諸事者,以此義為之裁制,必使此事物來順尖而無一毫人慾之私,則不期方而自方矣。
人心はただ私意有るがゆえに直ならず。もし「敬」が我が本性中の礼の心に存することを知れば、便ちこの敬を取って把持操守し、必ずこの心を廓然大公にして、一絲一毫の人欲の私意なくせしめば、刻意して直を求めずして自然に直となる。人事はただ私意有るがゆえに方ならず。もし「義」が我が本性中の義の事に顕現することを知れば、便ちこの義を取って裁断処置し、必ずこの事物をして来たれば順応せしめ、一絲一毫の人欲の私意なくせしめば、刻意して方を求めずして自然に方となる。
德之偏者謂之孤,孤則不大矣。蓋敬之至者外必方,義之至乾內必直,不方不直,不足謂之敬義,是德之孤也。今既有敬以涵義之體,又有義以達敬之用,則內外夾持,表裡互養,日用之間莫非天理之流行,德自充滿盛大而不孤矣。
徳性が一辺に偏するを「孤」と言う。孤なれば广大能わず。敬が極処に至れば、外は必ず方正なり。義が極処に至れば、内は必ず正直なり。方ならず直ならざれば、敬・義と称するに足らず。それはすなわち徳性の孤单である。いま敬有りて義の本体を涵養し、また義有りて敬の功用を発揮すれば、そこで内外は互いに夾持し、表裏は互いに滋養し、日常応用の間に天理の流行でないものなし。徳性は自然に充実盛大にして孤ならず。
何大如之?內而念念皆天理,則內不疑;外而事事皆天理,則外不疑。內外坦然而無疑,則暢於四支,不言而喻;發於事業,無所處而不當,何利如之?此所以不習無不利也。乾言進修,坤言敬義。學聖人者由於進修,欲進修者必先於敬義,乾坤二卦備矣。
これより更に「大」なるものがあろうか。内に在って毎一の念頭が皆天理に合し、内心に疑惑なし。外に在って毎一の事情が皆天理に合し、行事に疑惑なし。内外坦然として疑惑なく、徳は四肢に通暢し、言を用いずして人もまた明白す。事業に発用すれば、どの境地に処しても恰当で、これより更に「利」なるものがあろうか。これが「不習无不利」の道理である。《乾》卦の《文言》が講じるは進徳修業で、《坤》卦の《文言》が講じるは敬と義である。聖人を学び為すは進徳修業に由り、進徳修業せんと欲すればまた必ず先に敬・義から入らねばならない。乾・坤の両卦はすでにこの層の工夫を説き完備した。
陰雖有美含之,以從王事,弗敢成也。地道也,妻道也,臣道也。地道無成,而代有終也。陰雖有美,含之,可以時發而從王事矣。或從王事,不敢有其成者,非其才有所不足不能成也,乃其分之所不敢成也。何也?法象莫大於天地,三綱莫重於夫妻君臣。天統乎地,夫統乎妻,君統乎臣,故地道也、妻道也、臣道也,皆不敢先自主也,皆如地之無成,惟代天之終耳。蓋天能始物,不能終物,地繼其後而終之,則地之所以有終者,終天之所未終也。地不敢專其成而有其終,故曰無成而代有終也。六三為臣,故當如此。
《文言伝》は言う。「陰は美あると雖もこれを含み、以て王事に従い、敢えて成さざるなり。地道なり、妻道なり、臣道なり。地道は成すことなく、代わりて終有るなり」。陰は美質あると雖も、先に含蔵して、時機が熟するを待って後に発抒し出して君王の政事に参与すればよい。すでに君王の政事に参与して、しかし敢えてあの成功を占有せず、彼の才干の足りず成就し得ないのではなく、彼の名分の上で敢えて承当しないのである。なぜか。取法する物象は天地より大きいはなく、人倫の綱常は夫妻・君臣より重きはない。天は地を統率し、夫は妻を統率し、君は臣を統率す。だから地道と言い、妻道と言い、臣道と言う。皆敢えて先んじて自ら主張せず、皆大地の如く自ら成功に居らず、ただ天に代わってその終結を完成するのみである。天は万物を開創し得るが、しかし万物を終成し得ない。地が後に承接してそれを終成すれば、地の「有終」たる所以は、まさに上天の終成しなかった部分を終成するのである。地は敢えてあの成就を独占せず、ただあの終結を承当する。だから「无成而代有終」と言う。六三は臣位に処るから、このようにすべきである。
天地變化,草木蕃;天地閉,賢人隱。《易》曰:「括囊無咎無譽。」蓋言謹也。天地變化二句乃引下文之辭,言天地變化,世道開泰,則草木之無知者且蕃茂,況於人乎?則賢人之必出而不隱可知矣。若天地閉,則賢人必斂德以避難,此其所以隱也。坤本陰卦,六四重陰,又不中,則陰之極矣,正天地閉塞,有陰而無陽,不能變化之時也,故當謹守不出者以此。
《文言伝》は言う。「天地変化して、草木蕃す。天地閉じて、賢人隠る。《易》に曰く『括嚢无咎无誉』。蓋し謹を言うなり」。冒頭「天地変化」の両句は下文を引出すための言葉である。天地陰陽が交感変化して世道が開通安泰なれば、知覚なき草木ですら尚且繁茂する。何况人をや。賢人が必ず出て事に任じて隠退せぬが見える。もし天地閉塞して通ぜざれば、賢人は必ず徳性を収斂して禍難を避ける。これが彼の隠退する故である。《坤》はもともと陰卦で、六四はまた陰爻をもって陰位に居り、陰の上に陰を重ね、しかも中位に居らず。それはすなわち陰が極点に至り、まさに天地閉塞して陰有りて陽なく、交感変化し得ぬ時である。だから六四は謹慎して自ら守り、外露を肯んぜざるべく、道理はまさにここにある。
君子黃中通理,正位居體,美在其中,而暢於四支,發於事業,美之至也。黃者,中德也;中者,內也;黃中者,中德之在內也。通者,豁然脈絡之貫通,無一毫私慾之滯塞也;理者,井然文章之條理,無一毫私慾之混淆也。本爻既變坎為通,通之象也;本爻未變坤為文,理之象也。故六五小象曰文在中,德之在內者通而且理,爻之言黃者以此。正位,居尊位也;體者,坤之定體也。乾陽乃上體,坤陰用怔體,言雖在尊位而居下體,故不曰衣而曰裳,爻之所以言裳者以此。
《文言伝》は言う。「君子は黄中にして理を通じ、正位にして体に居り、美はその中に在りて、四支に暢び、事業に発す。美の至りなり」。「黄」は居中の徳で、「中」は内裏で、「黄中」とはすなわち中徳が内裏に存すること。「通」とは、脈絡が豁然と貫通して一絲一毫の私欲の阻塞もないこと。「理」とは、文采が井然として條あり、一絲一毫の私欲の混杂もないこと。象数に就いて言えば、六五のこの一爻が一変すれば、上卦は坎を成し、坎は通と為す。これは「通」の象である。この一爻が未変の時、上卦は坤で、坤は文と為す。これは「理」の象である。だから六五《小象》は「文在中」と言う。徳性が内裏に存する人は、貫通してまた條理あり。爻辞の「黄」と言う所以の根拠はまさにここにある。「正位」は尊位に居ること。「体」は坤の固定した体位である。乾陽は上体、坤陰は下体である。六五は身を尊位に在ると雖も、なお坤の下体に属するを言う。だから上衣を言わず下裳を言う。爻辞の「裳」と言う所以の根拠はまさにここにある。
以人事論,有居尊位而能謙下之意,此二句盡黃裳之義矣。又嘆而贊之,以見元吉之故,言黃中美在其中,豈徒美哉?美既在中,則暢於四支,為日新之德,四體不言而喻者此美也;發於事業,為富有之業,天下國家無所處而不當者此美也。不其美之至乎?爻之所以不止言吉而言元吉者以此。
人事に就いて講じれば、ここに身を尊位に居りて能く謙卑にして自ら下る意がある。「正位居体」のこの両句はすでに「黄裳」の意義を講じ尽くした。孔子は続いてまた一たび讃嘆し、以てなぜ「元吉」であるかを説明する。中徳の美がすでに内裏に含まれれば、あにただ空しくその美有るのみならんや。美すでに中に含まれれば、四肢に通暢して、日新また日新の徳性となる。四肢百体が言語を用いずして自然に顕露するは、まさにこの份の美である。事業に発用して、天下に富む功業となる。天下国家はどの境地に処しても処置が当を得るは、まさにこの份の美である。これは美が極処に至ったではないか。爻辞がただ「吉」と言わずして「元吉」と言う所以の根拠はまさにここにある。
陰疑於陽必戰,為其嫌於無陽也,故稱龍焉;猶未離其類也,故稱血焉。夫玄黃者,天地之雜也,天玄而地黃。「為」,於偽反;「離」,力智反;「夫」,音扶。疑者,似也,似其與己均敵,無大小之差也。陰本不可與陽戰,今陰盛似敢與陽敵,故以戰言。陰盛已無陽矣,本不可稱龍,而不知陽不可一日無也,故周公以龍言之以存陽也。雖稱為龍,猶陰之類也,故稱血以別其為陰,血陰物也。曰其色玄黃,則天地之色雜矣,而不知天玄地黃者,兩間之定分也。今曰其色玄黃,疑於無分別矣,夫豈可哉?言陽陽皆傷也。以上皆申言周公爻辭。
《文言伝》は言う。「陰は陽に疑われて必ず戦う。其の陽無きに嫌えばなり。故に龍と称す。猶お其の類を離れず。故に血と称す。夫れ玄黄とは、天地の雑なり。天は玄にして地は黄なり」。その中「為」の字は于偽切と読み、「離」の字は力智切と読み、「夫」の字は扶と読む。「疑」は相似の意で、陰が盛んで陽と勢均力敵し、大小の別を見出せぬを言う。陰はもともと陽と交戦すべからず。いま陰が盛んで敢えて陽と敵するに似たる。だから「戦」の字をもって言う。陰すでに極盛なれば、すなわちすでに陽なきに等しい。本来「龍」と称すべからず。しかし陽は一日も缺くべからざるを知るべし。だから周公は「龍」の字をもって言い、陽を保存せんとするのである。龍と称すと雖も、畢竟なお陰の一類である。だからまた「血」と称してそれが陰に属するを分かつ。血はもともと陰性の物である。血の色が玄黄相雑ると言えば、それはすなわち天地の二色が混杂したのである。しかし天色は玄、地色は黄は、もともと天地の間の一定の名分である。いまそれが玄黄相雑ると言えば、ほぼ分別なきに近い。これあってよいものか。これは陰陽の両辺ともに傷を受けたを言う。以上の各段は、皆周公の作した爻辞を申説する。
新刻来瞿唐先生易注 巻之二
永川凌夫惇厚子甫圈點,廬陵高奣映雪君甫校讎。
本巻は永川人の凌夫惇・字は厚子が圈点を加え、廬陵人の高奣映・字は雪君が校勘を担当した。この二行は明刻本の巻首に題した校訂者の銜名である。「圈点」とは白文に句読圈識を加えること、「校讐」とは二本を対読して文字の訛誤を訂正すること、「甫」は古人が男子の表字を呼ぶ時に加えた美称である。
屯卦(震下坎上)――屯は、見るに居を失わず
屯者難也。萬物始生,欎結未通,似有險難之意,故其字象□穿地,始出未申也。《序卦》:「有天地然後萬物生焉,盈天地間唯萬物。」屯者盈也,物之始生,故次乾坤之後。屯:元亨,利貞,勿用有攸往,利建侯。初九以貴下賤,大得民也,此利建之侯也。
《屯》の意は艱難である。万物が剛に萌生し、地下に鬱結してまだ通達せず、大いに険阻艱難の意味がある。だから「屯」の字の字形は、草芽が土を破って出て、剛に頭を冒してまだ伸展せざる様に似る。《序卦伝》は言う。「天地有りて後、万物生ず。天地の間に充満するは万物のみ」。「屯」にまた充盈の意あり。まさに万物初生の時である。だからこの卦は《乾》《坤》の後に排す。卦辞は「屯、元亨、利貞、勿用有攸往、利建侯」。《彖伝》の言う初九が尊貴の身を以て卑賤の下に屈居し、因りて大いに民心を得と言うは、卦辞の中の建立すべきあの諸侯を指す。
乾坤始交而遇險陷,故名為屯。所以氣始交未暢曰屯,物勾萌未舒曰屯,世多難未泰曰屯。震動在下,坎陷在上,險中能動,是有撥亂興衰之才者,故占者元亨。然猶在險中,則宜守正而未可遽進,故勿用有攸往。勿用者,以震性多動,故戒之也。然大難方敫,無君則亂,故當立君以統治。初九陽在陰下,而為成卦之主,是能以賢下人、得民而可君者也。占者必從人心之所屬望,立之為主,斯利矣,故利建侯。
乾坤の両卦が初めて交合すれば険陷に遇う。だから名を取って《屯》と言う。ここに、気が剛に交わりて未だ暢達せざるを屯と言い、草木が勾曲萌芽して未だ舒展せざるを屯と言い、世道が多難にして未だ安泰ならざるもまた屯と言う。この卦は震動が下に在り坎険が上に在り、身を険中に処してなお能く奮動す。これは撥乱反正・衰世を振興する才を具備する人である。だから占問する人は大いに亨通し得る。しかし畢竟なお険中に在れば、正を守るべく、冒然として前進すべからず。だから「勿用有攸往」と言う。「勿用」と言うは、震の性情が動を好むがゆえ、特意に彼に告誡する。しかし大難がまさに激蕩し、君主なければ乱を生ず。だから君を立てて統摂治理すべし。初九の一個の陽爻が衆陰の下に居り、また成卦の主爻である。まさに賢者の身を以て謙下して人を待ち、深く民心を得て君主たり得る人である。占問する人は必ず人心の帰向する所に順従し、彼を立てて主と為してこそ利あり。だから「利建侯」と言う。
建侯者,立君也。險難在前,中爻艮止,勿用攸往之象;震一君二民,建侯之象。《彖》曰:「屯,剛柔始交而難生,動乎險中,大亨貞。雷雨之動滿盈,天造草昧,宜建侯而不寧。」「離」,去聲。以二體釋卦名,又以卦德卦象釋卦辭。剛柔者,乾坤也;始交者,震也,一索得震,故為乾坤始交;難生者,坎也。言萬物始生而遇坎難,故名為屯。
「建侯」とはすなわち君を立てること。険難が眼前に当たり、しかも三・四・五爻が互体して艮を成し、艮は止と為す。これは「勿用有攸往」の象である。震卦は一個の陽爻・二個の陰爻で、一君が二民を統べる。これは「建侯」の象である。《彖伝》は言う。「屯は、剛柔始めて交わりて難生ず。険中に動く、大亨貞。雷雨の動き満盈し、天造草昧にして、宜しく建侯して寧ならざるべし」。文中「離」の字は去声と読む。この段はまず上下の両体を以て卦名を解釈し、再び卦徳・卦象を以て卦辞を解釈する。「剛柔」は乾・坤を指し、「始交」は震を指す。乾坤が一索して震を得たから乾坤初交と言い、「難生」は坎を指す。意は万物が剛に萌生して坎険の難に遇う。だから名を取って《屯》と為す。
動乎險中者,言震動之才足以奮發有為,時當大難,能動則其險可出,故大亨。然猶在險中,時猶未易為,必從容以謀其出險方可,故利貞。雷,震象;雨,坎象。天造者,天時使然,如天所造作也。草者,如草不齊,震為蕃,草之象也。昧者,如天未明,坎為月,天尚未明,昧之象也;坎水內景,不明於外,亦昧之象也。
「動乎険中」とは、震の代表するこの種の才干は奮発有為に足るを言う。まさに大難の時に当たり、能く奮動すれば、あの険境は出られ得る。だから「大亨」と言う。しかし畢竟なお険中に在れば、時勢はなお容易く施為し難く、必ず従容籌画してこそ険を脱し得る。だから「利貞」と言う。「雷」は震の象、「雨」は坎の象である。「天造」とは、天時がそれをかくの如くせしめること、上天が造作し出したが如し。「草」とは、野草の如く杂乱不斉なること。震は《説卦伝》で蕃鮮と為す。これは草の象である。「昧」とは、天のまだ亮せざるが如きこと。坎は月と為し、月出でて天はなお明けず。これは昧の象である。坎水の光明は内裏に含んで外に顕露せず。これもまた昧の象である。
雷雨交作,雜亂晦冥,充塞盈滿於兩間,天下大亂之象也。當此之時,以天下則未定,以名分則未明,正宜立君以統治,然未可遽謂安寧之時也。必為君者憂勤兢畏,不遑□處,方可撥亂反正,以成靖難之功,此則聖人濟屯之深戒也。動而雷雨滿盈,即勿用攸往;建侯而不寧,即利建侯。然卦言勿用攸往,而彖言雷雨之動者,勿用攸往非終不動也,審而後動也。屯之元亨利貞,非如乾之四德,故曰大亨貞。更始初立而驕奢,非不寧矣。
雷雨が一斉に発作し、杂乱昏暗にして天地の間に充塞瀰漫す。これは天下大乱の象である。まさにこの時に当たり、天下の形勢に就いて言えばまだ安定せず、君臣の名分に就いて言えばまだ確立せず、まさに君を立てて統摂治理すべきである。しかしなおこれを安寧の時と言うべからず。必ず君主たる者が憂労勤苦・戒懼敬畏して、安坐する工夫もなくしてこそ、撥乱反正して禍難を平定する功業を成就し得る。これは聖人が屯難を救済する深き告誡である。「動而雷雨満盈」は卦辞の「勿用有攸往」に対応し、「建侯而不寧」は卦辞の「利建侯」に対応する。ただし卦辞は「勿用攸往」と言い、《彖伝》は「雷雨之動」と言う。「勿用攸往」は終始動かないのではなく、審察して明白にして後に動くことが見える。《屯》の元・亨・利・貞は《乾》卦の如く四種の徳ではない。だから《彖伝》は連読して「大亨貞」と為す。漢の更始帝の如く剛に即位すれば驕奢淫逸したは、「不寧」の様ではない。
《象》曰:「雲雷屯,君子以經綸。」彖言雷雨,象言雲雷,彖言其動,象著其體也。上坎為雲,故曰雲雷屯;下坎為雨,故曰雷水解。經綸皆治絲之事。草昧之時,天下正如亂絲,經以引之,綸以理之,俾大綱皆正、萬目畢舉,正君子撥亂有為之時也,故曰君子以經綸。
《大象伝》は言う。「雲雷屯。君子は以て経綸す」。《彖伝》は「雷雨」と言い、《大象》は「雲雷」と言う。《彖伝》が講じるはその発動で、《大象》が顕示するはその体質である。坎が上卦の時は雲の象を取るから、《屯》は「雲雷屯」と言う。坎が下卦の時は雨の象を取るから、《解》卦は「雷水解」と言う。「経」と「綸」は皆糸線を整治する事である。草創蒙昧の時、天下はまさに一団の乱糸の如し。「経」を以てそれを抽引し出し、「綸」を以てそれを梳理して條を成し、大綱を皆端正にして万目を皆提起す。これはまさに君子が乱を撥して有為なる時である。だから「君子以経綸」と言う。
初九:盤桓,利居貞,利建侯。盤,大石也,鴻漸于盤之盤也,中爻艮石之象也;桓,大柱也,震陽木,桓之象也。八卦正位,震在初,乃爻之極善者。國家屯難,得此剛正之才,乃倚之以為柱石者也,故曰盤桓,唐之郭子儀是也。震為大塗,柱石在於大塗之上;震本欲動,而艮止不動,有柱石欲動不動之象,所以利居貞,而又利建侯,非難進之貌也。故小象曰:「雖盤桓,志行正也。」曰心志在於行,則欲動不動可知矣。
初九の爻辞に「盤桓、利居貞、利建侯」。「盤」は大石で、すなわち《漸》卦「鴻漸于盤」のあの盤である。三・四・五爻が互体して艮を成し、艮は石と為す。これは石の象である。「桓」は大柱子である。震は陽木と為す。これは柱の象である。八卦の正位の説に按ずれば、震の正位は初爻に在る。だからこの一爻は全卦の極めて好き爻である。国家はまさに屯難に当たり、このようの剛健中正の人才を得るは、まさに彼を倚仗して柱石と為さんとする。だから「盤桓」と言う。唐朝の郭子儀はすなわちこの類の人である。震はまた大路と為し、柱石は大路の上に立つ。震の本性は動きたがるが、互体の艮は止まりて動かず。これに柱石が動かんと欲して未だ動かざる象あり。だから既に「利居貞」し、また「利建侯」する。決して難を畏れて前進を肯んぜぬ様ではない。だから《小象》は言う。「盤桓すと雖も、志は行正なり」。すでに心志が行に在ると言う以上、動かんと欲して暫く動かざる情形は想い知れる。
九當屯難之初,有此剛正大才生於其時,故有盤桓之象。然險陷在前,本爻居得其正,故占者利於居正以守己。若為民所歸,勢不可辭,則又宜建侯以從民望,救時之屯可也。居貞者利在我,建侯者利在民,故占者兩有所利。
初九は屯難が剛に起こる時に処り、このようの剛健中正の大才がこの時代に生まれた。だから「盤桓」の象あり。しかし険陷はまさに前頭に在り、本爻はまた陽爻が陽位に居りてその正を得る。だから占問する人は安居して正を守りて自らを保全するに宜しい。もし民心の帰向する所となり、形勢の上で辞し去れざれば、それはまた諸侯を建立して民衆の期望に順従し、当時の屯難を救治するがよい。「居貞」の利は自己身上に在り、「建侯」の利は百姓身上に在る。だから占問する人は両方面に利あるを得る。
《象》曰:「雖盤桓,志行正也。以貴下賤,大得民也。」當屯難之時,大才雖盤桓不動,然拳拳有潛屯之志,行一不義、殺一不辜而得天下不為,既有救人之心,而又有守己之節,所以占者利居貞而守己也。若居而不貞則無德,行而不正則無功。周公言居貞,孔子言行正,然後濟屯之功德備矣。陽貴陰賤,以貴下賤者,一陽在二陰之下也。當屯難之時,得一大才,眾所歸附,更能自處卑下,大得民矣,此占者所以又利建侯而救民也。
《小象伝》は言う。「盤桓すと雖も、志行は正なり。貴を以て賤に下る、大いに民を得るなり」。まさに屯難の時に当たり、大才は徘徊して動かざると雖も、心裏に懇切に屯難を救済する志向を懐く。《孟子》の言う如く、一件の不義の事を行い一人の無罪の人を殺して天下を得るとも肯んぜず、救人の心腸ありてまた守身の節操あり。だから占問する人は安居して正を守りて自守するに宜しい。もし安居して正を守らざれば徳なく、行動して端正ならざれば功なし。周公の爻辞は「居貞」と言い、孔子の《小象》は「行正」と言う。両面合わせて、屯難を救済する功と徳とがようやく完備す。陽を貴とし陰を賤とす。「以貴下賤」とは、一個の陽爻が二個の陰爻の下に居るを言う。まさに屯難の時に当たり、このような一位の大才を得、衆人皆来て帰附し、彼はまた自ら卑下に居り得る。それは大いに民心を得る。これが占問する人がまた諸侯を建立して百姓を拯救するに宜しい所以である。
六二:屯如邅如,乘馬班如,匪寇婚媾,女子貞不字,十年乃字。「邅」,張連反。屯、邅皆不能前進之意,班,回還不進之意。震於馬為馵足、為作足,班如之象也。應爻為坎,坎為盜,寇之象也,指初也。婦嫁曰婚,再嫁曰媾,婚媾指五也。變兌為少女,女子之象也。字者,許嫁也,此女子則指六二也。貞者,正也;不字者,不字於初也;乃字者,乃字於五也。中爻艮止,不字之象也;中爻坤土,土數成於十,十之象也。
六二の爻辞に「屯如邅如、乗馬班如、匪寇婚媾、女子貞不字、十年乃字」。「邅」は張連切と読む。「屯」「邅」は皆前進し得ぬ意で、「班」は盤旋回還して前行を肯んぜぬ意である。震は《説卦伝》で馬に於いて馵足・作足と為す。これは「班如」の象である。六二と相応する一方は上体の坎で、坎は盗と為す。これは「寇」の象で、実は初九を指す。女子が初嫁を「婚」と言い、再嫁を「媾」と言い、「婚媾」は九五を指す。六二が一変すれば、下卦は兌を成し、兌は少女と為す。これは「女子」の象である。「字」は許嫁である。この女子が指すはすなわち六二である。「貞」は正を守ること。「不字」は初九に嫁ぐを許さぬこと。「乃字」は最終に九五に嫁ぐを許すこと。三・四・五爻が互体して艮を成し、艮は止と為す。これは「不字」の象である。二・三・四爻が互体して坤を成し、坤は土と為し、土の成数は十である。これは「十」の象である。
若以人事論,光武當屯難之時,竇融割據,志在光武,為隗囂所隔,乘馬班如也,久之終歸於漢,十年乃字也。六二柔順中正,當屯難之時,上與五應,但乘初之剛,故為所難,有迍邅班如之象,不得進與五合。使非初之寇難,即與五成其婚媾,不至十年之久矣。惟因初之難,六二守其中正不肯與之苟合,所以不字,至於十年之久,難久必通,乃反其常,而字正應矣,故又有此象也,占者當如是則可。《象》曰:「六二之難,乘剛也。十年乃字,反常也。」六二居屯之時而又乘剛,是其患難也。乘者,居其上也,故曰六二之難。反常者,二五陰陽相應,理之常也,為剛所乘則乖其常矣。難久必通,故十年乃字,而反其常。
もし人事に就いて見れば、漢の光武帝はまさに屯難の時に当たり、竇融が河西に割拠し、心は光武に向いていたが、隗囂に中間で阻隔された。これがすなわち「乗馬班如」である。久しくしてついに漢室に帰附した。これがすなわち「十年乃字」である。六二は陰柔にして居中して正を得、まさに屯難の時に当たり、上は九五と相応するが、しかしそれは初九の陽剛の上に騎り、因りて初九に困られ、邅迴盤旋の象があり、前進して九五と会合し得ない。もし初九という「寇難」がなければ、六二はとうに九五と婚媾を結んで、十年の久しきに引き延ばすに至らなかったろう。まさに初九の難を受けるがゆえに、六二は自己の中正を守りて苟且に相合することを肯んぜず。だから「不字」。十年の久しきに及び、患難久しければ必ず通達し、そこで常道に回復して、その正応の九五に嫁ぐを許した。だからまたこのような象がある。占問する人はこのように照らしてこそ可なり。《小象伝》は言う。「六二之難は、剛に乗ればなり。十年乃字は、常に反るなり」。六二は屯難の時に処りまた陽剛の上に騎る。これがその患難である。「乗」とはすなわち人の上に居ること。だから「六二之難」と言う。いわゆる「反常」とは、二と五とが陰陽相応するはもともと常理で、陽剛に乗られればこの常理に背くを言う。患難久しければ必ず通達する。だから十年の後についに嫁ぐを許し、常道に回復した。
六三:即鹿無虞,惟入于林中,君子幾,不如舍,往吝。「含」,音舍;「幾」,音機。即者,就也。鹿當作麓為是,舊注亦有作麓者。蓋此卦中爻艮為山,山足曰麓,三居中爻艮之足,麓之象也。虞者,虞人也,三四為人位,虞人之象也;無虞者,無正應之象也。震錯巽,巽為入,入之象也;上艮為木,下震為竹,林中之象也。言就山足逐獸,無虞人指示,乃陷入于林中也。坎錯離明,見幾之象也。含者,含而不逐也,亦艮止之象也。
六三の爻辞に「即鹿无虞、惟入于林中、君子幾、不如舎、往吝」。「舎」は舎棄の舎と読み、「幾」は機と読む。「即」は就近して往くこと。「鹿」は「麓」と作るべきで、旧注にも「麓」と書く者がある。この卦は三・四・五爻が互体して艮を成し、艮は山と為し、山の脚を麓と言い、六三はまさに互艮の最下の一画に処る。これは「麓」の象である。「虞」は山沢を掌る虞人で、三・四の両爻は六爻の中の人位である。これは虞人の象で、「无虞」とは、六三に正応なき象である。震と巽と相錯し、巽は入と為す。これは「入」の象である。上は互艮にして木と為し、下は震にして竹葦と為す。これは「林中」の象である。意は山の脚下に到りて野獣を追逐するに、虞人の指引なく、そこで樹林の裏に陥入した。坎と離と相錯し、離は明と為す。これは幾微を見る能くの象である。いわゆる「舎」とは、含忍して追逐せざること、まさに艮止の象でもある。
六三陰柔,不中不正,又無應與,當屯難之時,故有即麓無虞入于林中之象。君子見幾,不如舍去;若往逐而不舍,必致羞吝。其象如此,戒占者當如是也。《象》曰:「即鹿無虞,以從禽也。君子舍之,往吝窮也。」孔子恐後學不知即鹿無虞之句,故解之曰乃從事於禽也。舍則不往,往則必吝。吝窮者,羞吝窮困也。
六三は陰柔にして、中に居らず位に当たらず、また相応する爻も依頼すべきなく、まさに屯難の時に当たる。だから「山麓に到りて獣を追うに虞人の指引なく、誤って林中に入る」の象がある。君子は苗头の好からぬを見れば、舎棄退出するに如かず。もし一味に前往して追逐して罷手を肯んぜざれば、必ず羞辱憾恨を招く。爻象すでにこのようであるから、占問する人にこのようにすべきを告誡する。《小象伝》は言う。「即鹿无虞は、以て禽に従うなり。君子之を舎つ、往けば吝にして窮す」。孔子は後の学者が「即鹿无虞」の一句を読み解らぬを恐れ、だから解釈して、あれは一心に逐禽に従事するなりと言う。舎棄すれば往かず、往けば必ず憾みあり。いわゆる「吝窮」とは、すなわち羞辱憾恨して困窘に至ること。
六四:乘馬班如,求婚媾,往,吉無不利。坎為馬,又有馬象。求者,四求之也;往者,初之也,自內而之外曰往。本爻變,中爻成巽,則為長女,震為長男,婚媾之象也,非真婚媾也,求賢以濟難,有此象也。舊說陰無求陽之理,可謂不知象旨者矣。
六四の爻辞に「乗馬班如、求婚媾、往、吉无不利」。坎は《説卦伝》で美脊の馬と為し、本卦の上体はまさに坎である。だからまた馬象あり。「求」とは、六四が求めに行くこと。「往」とは、初九が六四のここに来ること。内卦から外卦へ行くを「往」と言う。本爻が一変して陽となれば、三・四・五爻の互体は巽を成し、巽は長女と為し、下体の震は長男と為す。長男と長女が相配する。これは「婚媾」の象で、真に嫁娶を言うのではなく、賢才を求訪して屯難を救済するを言い、因りてこのような象がある。旧注が陰は自ら陽を求める理なしと言うは、象数の旨趣を解せぬ言と言える。
六四陰柔,居近君之地,當屯難之時,欲進而復止,故有乘馬班如之象。初能得民可以有為,四乃陰陽正應,未有蒙大難而不求其初者,故又有求婚媾之象。初於此時若欣為即往,資其剛正之才以濟其屯,其吉可知矣,而四近其君者,亦無不利也,故其占又如此。《象》曰:「求而往,明也。」求者,資濟屯之才,有知人之明者也;往者,展濟屯之才,有自知之明者也。坎錯離,有明之象,故曰明。
六四は陰柔にして、君位に接近する処に処り、まさに屯難の時に当たり、前進せんと欲してまた歩を止む。だから「乗馬班如」の象あり。初九は民心を得て作為有り得べく、六四とそれとは陰陽の正応で、身に大難を蒙りながら初九に求助せざるの理なし。だからまた「求婚媾」の象あり。初九がこの時に欣然として応召して来れば、六四は彼の剛健中正の才干を借重して屯難を救済し、あの吉利は想い知れる。しかも六四は身を近君の臣と為し、不利なきに至る。だからその占断はまたこのようである。《小象伝》は言う。「求めて往くは、明なり」。「求」むる一方は、能く屯難救済の人才を借重する、これは知人の明有り。「往」く一方は、能く屯難救済の才干を施展する、これは自知の明有り。坎と離と相錯し、離は明と為し、明の象あり。だから「明」と言う。
九五:屯其膏,小貞吉,大貞凶。膏者,膏澤也,以坎體有膏澤沾潤之象,故曰膏;本卦名屯,故曰屯膏。陽大陰小,六居二、九居五,皆得其正,故皆稱貞。小貞者,臣也,指二也;大貞者,君也,指五也。故六二言女子貞,而此亦言貞,六爻惟二五言屯。
九五の爻辞に「屯其膏、小貞吉、大貞凶」。「膏」は膏沢恩恵である。上体が坎で、坎は水と為し、膏沢沾潤の象あるがゆえに「膏」と言う。本卦の名は《屯》で、屯は艱難壅塞である。だから「屯其膏」と言い、意は恩沢が上に壅積して下に流布し得ぬこと。陽を大とし陰を小とす。六二は陰爻をもって陰位に居り、九五は陽爻をもって陽位に居り、皆各々その正を得る。だから両爻とも「貞」と称す。「小貞」は臣を指し、言うは六二である。「大貞」は君を指し、言うは九五である。だから六二の爻辞は「女子貞」と言い、ここもまた「貞」と言う。全卦の六爻の中、二・五の両爻のみが「屯」の字に及ぶ。
九五以陽剛中正居尊,亦有德有位者,但當屯之時,陷於險中,為陰所掩,雖有六二正應,而陰柔不足以濟事;且初九得民於下,民皆歸之,無臣無民,所以有屯其膏不得施為之象。故占者所居之位,如六二為臣,小貞則吉;如九五為君,大貞則凶也。《象》曰:「屯其膏,施未光也。」陽德所施本光大,但陷險中,為陰所掩,故未光。
九五は陽剛中正をもって尊位に居り、徳あり位ある人と算え得る。ただまさに屯難の時に当たり、自ら坎険の中に陥り、上下の陰爻に遮掩され、六二が正応を為すと雖も、しかし六二は陰柔にして大事を成就するに足らず。何况初九が下面に在って深く民心を得、百姓は皆彼に帰附し、九五は得力の臣なく帰附の民なきに等しい。だから「膏沢壅積して施行する由なき」の象あり。ここに占問する人は自己の処する地位を見るべし。もし六二の如く身を臣属と為さば、正を守れば吉。もし九五の如く身を君主と為さば、この局面を守りて変えざれば凶。《小象伝》は言う。「屯其膏は、施未だ光ならざるなり」。陽剛の徳の施与する所はもともと広大光明なるべきが、ただ険中に陥り陰爻に遮掩されるがゆえに、未だ光大し得ざるなり。
上六:乘馬班如,泣血漣如。六爻皆言馬者,震坎皆為馬也;皆言班如者,當屯難之時也。坎為加憂、為血卦、為水,泣血漣如之象也。才柔不足以濟屯,去初最遠,又無應與,故有此象。《象》曰:「泣血漣如,何可長也。」既無其才,又無其助,喪亡可必矣,豈能長久。
上六の爻辞に「乗馬班如、泣血漣如」。諸爻の皆「馬」に言うは、震と坎が《説卦伝》で皆馬に取象するからである。皆「班如」と言うは、皆屯難の時に処り、ただ進退盤旋するのみだからである。坎はまた加憂・血卦・水と為す。合わさってまさに「泣血漣如」の象である。上六は才質陰柔にして、屯難を救済するに足らず、初九のあの大才に最も遠く、また相応する爻も援手すべきなし。だからこのような象がある。《小象伝》は言う。「泣血漣如、何ぞ長くすべけんや」。自己の才干なく、また他人の帮助なければ、敗亡は必然である。どうして長久し得よう。
蒙卦(坎下艮上)――蒙は、雑にして着く
蒙,昧也。其卦以坎遇艮,山下有險,艮山在外,坎水在內,水乃必行之物,遇山而止,內既險陷不安,外又行之不去,莫知所往,昏蒙之象也。《序卦》:「屯者,物之始生也,物生必蒙。」故受之以蒙,所以次屯。蒙亨,匪我求童蒙,童蒙求我。初筮告,再三瀆,瀆則不吉,利貞。「告」,古毒反。
「蒙」とはすなわち昏昧である。この一卦は坎が艮に遇う。山下に険あり、艮山は外に在り、坎水は内に在る。水はもともと必ず流行する物で、山に遇えば挡住される。内裏すでに険陷して安んぜず、外面はまた走出去る能わず、どこに往くべきかを知らず。これはまさに昏昧蒙昧の象である。《序卦伝》は言う。「屯とは、万物の始めて生ずるなり。物は一生まれれば必ず蒙昧なり」。だから続いて《蒙》卦を用い、これがそれの《屯》の後に排せられる所以である。卦辞は「蒙亨。匪我求童蒙、童蒙求我。初筮告、再三瀆、瀆則不吉、利貞」。「告」の字は古毒切と読む。
蒙亨者,言蒙者亨也,不終於蒙也。匪我求童蒙二句,正理也。再,指四,陽一陰二,二再則四矣;三,指三。瀆者,順瀆也。初筮者,初筮下卦,得剛中也;比卦坎之剛中在上卦,故曰再筮。告者,二告乎五也;不告者,二不告乎三四也。凡陽則明,陰則暗,所以九二發六五之蒙。利貞者,教之以正也。
「蒙亨」とは、蒙昧の中に処する人が能く亨通し、一生涯蒙昧に終わることなきを言う。「匪我求童蒙、童蒙求我」の両句は、教と学の正理を講じる。「再」の字は第四爻を指す。陽の数は一、陰の数は二で、二が再び一乘すれば四となる。だから「再」は四爻に落る。「三」の字は第三爻を指す。「瀆」とは、習気に順って瀆敬ならざること。「初筮」とは、初めて下卦を筮問して九二という剛健して中を得る爻を得ること。《比》卦の坎体の剛中は上卦に在るから、そこでは「再筮」と言う。「告」とは、九二が六五に告げること。「不告」とは、九二が六三・六四に告げぬこと。大凡そ陽爻は明を主とし陰爻は暗を主とする。だから九二に由って六五の蒙昧を啓発する。「利貞」とは、彼を教導するに正道を用いるを言う。
《彖》曰:「蒙,山下有險,險而止,蒙。蒙亨,以亨行時中也。匪我求童蒙,童蒙求我,志應也。初筮告,以剛中也。再三瀆,瀆則不告,瀆蒙也。蒙以養正,聖功也。」以卦象卦德釋卦名,又以卦體釋卦辭。險而止,退則因於其險,進則阻於其山,兩無所適,所以名蒙也。
《彖伝》は言う。「蒙は、山下に険あり、険にして止まる、蒙なり。蒙亨とは、亨を以て時中を行うなり。匪我求童蒙、童蒙求我とは、志応なり。初筮告とは、以て剛中なり。再三瀆、瀆則不告とは、蒙を瀆すなり。蒙を以て正を養うは、聖の功なり」。この段の伝文はまず卦象と卦徳を以て卦名を解釈し、再び卦体を以て卦辞を解釈する。卦象に就いて言えば、坎は下に在りて険、艮は上に在りて山。卦徳に就いて言えば、坎の徳は険陷、艮の徳は止。合わさってまさに「険而止」。いわゆる「険而止」とは、後へ退けば坎険に困って出られず、前へ進めば艮山に挡住されて通じず、両頭ともに往く所なし。人の心思もまた昏蒙にして適従する所なし。だからこの一卦は名を取って《蒙》と為す。
以者,用也;以亨者,以我之亨通也。時中者,當其可之謂,憤悱啟發,即志應也。言我先知先覺,先以亨通矣,而後以我之亨行時中之教,此蒙者所以亨也。匪我求童蒙,童蒙求我,乃教人之正道也。何也?禮聞來學,不聞往教,童蒙求我則彼之心志應乎我,而相孚契矣,此其所以可教也。
「以」は用である。「以亨」とは、我自己の通達を用いて人を啓発すること。「時中」とは、すなわち《礼記・学記》の言う「其の可に当たるを時と謂う」で、すなわち学生が心憤し口悱する時を待ってから彼を啓発すること。それはまさに《彖伝》の言う「志応」である。全句が言うのは、我は先知先覚の人を為し、自己すでに先に通達明白して、しかる後に我の通達を以て適時得中の教化を施行す。これがすなわち蒙昧者の能く亨通する所以である。「匪我求童蒙、童蒙求我」は、まさに人を教える正道である。なぜか。礼に按ずれば、ただ学生が前来して教を受くるを聞き、老師が門に上がって教えに行くを聞かず。童蒙が来て我を求むるは、あれは彼の心志が我と相応じ、彼此信頼契合したる。これがまさに教を施すべき時である。
初筮則告者,以剛中也。我有剛中之德,而五又以中應之,則心志應乎我,而相孚契矣,所以當告之也。初筮二字,只作下卦二字,指教者而言,觀此卦再筮可見矣。蓋三則應乎其上,四則隔乎其三,與剛中發蒙之二不相應與,又乘陽不敬,則心志不應乎我,而不相孚契矣。既不相孚契而強告之,是徒煩瀆乎蒙矣,亦何益哉?
「初筮」にすなわち彼に告ぐるは、九二に剛健得中の徳あるがゆえ。我に剛中の徳あり、六五また柔中を以て相応ずれば、彼の心志は我と相応じ、彼此信頼契合す。だから彼に告ぐべし。「初筮」のこの二字は、実はただ「下卦」の二字と講ずべく、教を施す一方を指して言う。本卦の「再筮」の説に対照すれば見出せる。六三に至っては、それの応ずるは上九で、六四はまた六三に隔てられた。これらの両爻は剛中にして蒙を発する九二と皆相応与せず、六三はさらに陽爻の上に騎りて恭敬せず。それはすなわち心志が我と相応ぜず、彼此信頼契合し得ぬこと。すでに契合し得ずして強いて彼に告げんとすれば、ただ白白とあの蒙昧の人を煩扰瀆むるのみで、何の益かあらん。
教之利於正者,幼而學之,學為聖人而已。聖人之所以為聖者,正而已矣。入聖之域雖在後日,作聖之功就在今日,當蒙時養之以正,雖未即至於聖,聖域繇此而漸入矣,此其所以利貞也。《象》曰:「山中出泉,蒙,君子以果行育德。」「行」,去聲。泉乃必行之物,始出而未通達,猶物始生而未明,蒙之象也。果行者,體坎之剛中以果決其行,見善必遷,聞義必徙,不畏難而苟安也;育德者,體艮之靜止以養育其德,不欲速,寬以居之,優遊以俟其成也。要之果之者,不過蒙養之正而已。
彼を教導するに正道に宜しきとは、幼小の時から学び始め、学ぶ所はただ聖人を為すに過ぎぬを言う。聖人の聖人たる所以も、またただ一個の「正」の字に過ぎない。聖人の境界に入るは日後に在ると雖も、聖人を為す工夫はすなわち今日に在る。蒙昧の時に乗じて正道を以て彼を涵養すれば、立刻に聖を成す能わずと雖も、聖人の門径はこれに由りて漸々進み入り得る。これが卦辞の「利貞」と言う所以である。《大象伝》は言う。「山中に泉出づ、蒙。君子は以て行を果たし徳を育す」。「行」の字は去声と読む。泉水はもともと必ず流行する物で、剛に湧き出でてまだ通達せず、万物が初生して未だ開明せざるに譬え、まさに蒙昧の象である。いわゆる「果行」とは、坎水の剛中の性情を体察して自己の行動を果決し、善を見れば遷従し、義を聞けば依従し、艱難のために苟且して安を偸まざること。いわゆる「育徳」とは、艮山の静止の性情を体察して自己の徳性を涵養し、速成を求めず、寛舒に安処し、従容にそれの成就を待つこと。要するに、果決して事を行うこの一面も、また蒙昧の時に正道を以て培養するに過ぎない。
初六:發蒙,利用刑人,用說桎梏,以往吝。「說」,吐活反,音脫。蒙者,下民之蒙也,非又指童蒙也;發蒙者,啟發其初之蒙也。刑人者,以人刑之也,刑罰立而後教化行,治蒙之初,故利用刑人以正其法。桎梏者,刑之具也,坎為桎梏,桎梏之象也;在足曰桎,在手曰梏,中爻震為足,外卦艮為手,用桎梏之象也。
初六の爻辞に「発蒙、利用刑人、用説桎梏、以往吝」。「説」は吐活切と読み、脱に音同じ。ここの「蒙」は下層百姓の蒙昧を指し、もはや幼童の蒙昧を指さない。「発蒙」とは、最初の段階に処する蒙昧を啓発すること。「刑人」とは、刑罰を人の身に加えること。刑罰が確立してはじめて教化が推行し開ける。蒙を治める開頭に、だから宜しくまず刑罰を用いて法度を端正すべし。「桎梏」は刑具である。坎は《説卦伝》で桎梏と為す。これは桎梏の象である。脚に套するを桎と言い、手に套するを梏と言う。二・三・四爻が互体して震を成し、震は足と為し、外卦は艮で、艮は手と為す。合わさってまさに桎梏を施用する象である。
本卦坎錯離,艮綜震,有噬嗑折獄用刑之象,故豐、旅、賁三卦有此象,皆言獄。說者,脫也;用脫桎俈,即不用刑人也。變兌為毀折,脫之象也。往者,往發其蒙也;吝者,利之反,變兌則和悅矣,安能發蒙?故吝。初在下近比九二剛中之賢,故有啟發其蒙之象。然發蒙之初,利用刑人以正其法,庶小懲而大誡,蒙斯可發矣。若舍脫其刑人,惟和悅以往教之蒙,豈能發哉?吝之道也,故其象占如此,細玩小象自見。《象》曰:「利用刑人,以正法也。」教之法不可不正,故用刑懲戒之,使其有所嚴憚也。
本卦の下体坎は離と相錯し、上体艮を倒転すればすなわち震となり、震下離上はまさに《噬嗑》であり、《噬嗑》は明罰敕法・折獄致刑の義あり。だから《豊》《旅》《賁》の三卦にもこの類の象あり、皆刑獄を講じる。「説」とはすなわち脱である。「用脱桎梏」とは、刑罰を施用せざること。初六が一変すれば、下卦は兌を成し、兌は毀折と為す。これは解脱の象である。「往」は前往して彼の蒙昧を啓発すること。「吝」は「利」の反面で、一変して兌となれば一団和気となり、それではどうして蒙昧を発動し得よう。だから「吝」と言う。初六は最下位に在り、九二のこの剛中の賢者に紧挨す。だから蒙昧を啓発せらるる象あり。しかし蒙を発する開頭は、宜しく刑罰を施用して法度を端正し、人をして小さく罰を受けて大いに警戒せしめ、蒙昧はようやく発き開き得る。もし犯法者の刑罰を免除して、ただ和顔悦色を以てあの蒙昧の人々を教導せば、どこで発動し得よう。あれは憾恨を招致する路子である。だからその象と占はこのようで、細細に《小象》を玩味すれば明らかである。《小象伝》は言う。「利用刑人は、以て法を正すなり」。教化の法度は端正せざるべからず。だから刑罰を以て懲戒し、人をして畏懼忌憚有らしむ。
九二:包蒙吉,納婦吉,子克家。包者,裹也,婦人懷姙,包裹其子,即胞字也。凡易中言包者,皆外包乎內也,泰曰包荒,否曰包承包羞,姤曰包魚,皆外包乎內。包蒙者,包容其初之蒙,則有含弘之量,敷教在寬矣。初曰刑者,不中不正也;上曰擊者,上過剛也;此爻剛中,統治群陰,極善之爻,故於初曰包,於三四五曰納,於五曰克家。
九二の爻辞に「包蒙吉、納婦吉、子克家」。「包」は包裹である。婦人が懐孕すれば、胞衣が胎児を包裹す。「包」はすなわち「胞」の字である。およそ《周易》に「包」と言うは、皆外面が裏面を包住する。《泰》卦は「包荒」と言い、《否》卦は「包承」「包羞」と言い、《姤》卦は「包魚」と言う。皆外面が裏面を包住する。「包蒙」とは、初六の蒙昧を包容する。それはすなわち含容宏大の度量ありて、教化を施行して寛厚たり得る。初六が「刑」と言うは、それが中ならず正ならざるがゆえ。上九が「撃」と言うは、それが剛猛に過ぐるがゆえ。ただ九二のこの一爻は剛健して中を得、衆陰を統摂治理す。全卦の極めて好き爻である。だから初六に対しては「包」と言い、三・四・五に対しては「納」と言い、六五に対しては「克家」と言う。
納婦吉者,新納之婦有諧和之吉也。中爻坤順在上,一陽在下,納受坤順之陰,納婦之象也。子克家者,能任父之事也,坎為中男,有剛中之賢能乾五母之蠱,子克家之象也。納婦吉字與上吉字不同:上吉字,占者之吉也;下吉字,夫婦和諧之吉也,坤順故吉。
「納婦吉」とは、新しく娶り入れた媳婦が和諧相处る吉利あるを言う。三・四・五爻が互体して坤を成し、坤順が上に在り、九二の一個の陽爻が下に在り、陽を用いて坤順の陰を接納承受す。これがすなわち婦を娶る象である。「子克家」とは、兒子が能く父の事業を担当すること。坎は中男と為し、九二に剛中の賢あり、六五のこの母親の留下した事務を弁理し得る。これがすなわち兒子の能く家を持つ象である。「納婦吉」の「吉」の字と上の「包蒙吉」の「吉」の字は同じでない。上のあの吉は、占問者本人の吉である。下のこの吉は、夫妻が和睦相处る吉である。坤性が柔順なるがゆえに吉なり。
九二以陽剛為內卦之主,統治群陰,當發蒙之任者,其德剛而得中,故有包蒙之象,占者得此固吉矣。然所謂吉者,非止於包容其初之蒙也,凡三四五之為蒙者,二皆能以剛中之德化之,如新納之婦有和諧之吉,承考之子有克家之賢,其吉其賢皆自然而然,不待勉強諄諄訓誨於其間,如此而謂之吉也,故其占中之象又如此。
九二は陽剛を以て内卦の主爻を為し、衆陰を統摂治理し、蒙を発する重任を担当する人である。その徳性は剛健にしてまた中を得る。だから「包蒙」の象あり、占問する人がこの一爻を得れば当然に吉利である。ただしいわゆる吉は、初六の蒙昧を包容するに限らない。およそ三・四・五のこれら蒙昧の中に処する爻は、九二が皆剛中の徳を以て彼らを感化し得る。新しく娶る媳婦が自ら和諧の吉有り、父業を継承する兒子が自ら家を持つ賢あるが如し。この份の吉、この份の賢は皆自然自ら然りで、その間に勉強して苦口婆心に訓誡教誨するを用いず。このようのをこそ吉と言う。だからこの一爻の占断の中の象はまたこのようである。
《象》曰:「子克家,剛柔接也。」二剛五柔,二有正蒙之功,五之信任專,所以二得展布其敷教之才,亦如賢子不待訓誨,自然而克家也,所以占者有子克家之象。周公爻辭以剛中言,孔子象辭並應與言。六三:勿用取女,見金夫,不有躬,無攸利。「取」,七具反。變巽,女之象也。九二,陽剛乾爻也,乾為金,金夫之象,故稱金夫;金夫者,以金賂己者也。六三正應在上,然性本陰柔,坎體順流趨下,應爻艮體常止,不相應於上。
《小象伝》は言う。「子克家は、剛柔接すればなり」。九二は剛爻、六五は柔爻。九二に蒙昧を匡正する功労あり、六五は彼に対して信頼専一なり。だから九二は能く教化を施展推行する才干あり、また賢能の兒子が他人の教誨を用いず自然に家を持ち得るが如し。ここに占問する人に「子克家」の象あり。周公が爻辞を作るは九二の剛中に就いて説を立て、孔子が《小象》を作ればその相応する爻をも連ねて並び言う。六三の爻辞に「勿用取女、見金夫、不有躬、无攸利」。「取」は七具切と読み、「娶」に同じ。六三が一変すれば、下卦は巽を成し、巽は長女と為す。これは「女」の象である。九二は陽剛で乾爻に属し、乾は《説卦伝》で金と為す。これは「金夫」の象である。だから彼を「金夫」と称す。「金夫」とは、金銭を以て自ら賄賂する人である。六三の正応はもともと上九に在るが、しかしその性情はもともと陰柔で、また坎体に処り、水性は順流して下り、応ずる所の上九は艮体に属し、艮性は常に止まりて動かず。両下りは応じて一処に至らず。
九二為群蒙之主,得時之盛,三近而相比,在納婦之中者,故舍其正應而從之,此見夫金不有躬之象也。且中爻順體震動,三居順動之中,比於其陽,亦不有躬之象也。若以蒙論,乃自暴自棄、昏迷於人慾、終不可教者,因三變長女,故即以女象之。曰勿用取,無攸利,皆其象也。
九二は衆蒙の主爻で、まさに時を得て興盛の時に当たる。六三はそれに挨りて比鄰し、もともと九二の「納婦」の範囲の内に在る。だから自己の正応の上九を捨棄して九二に追随す。これがすなわち「金銭ある男子を見れば便ち自身を保有し得ぬ」の象である。しかも二・三・四爻が互体して坤を成し、坤性は順で、下体はまた震動の才で、六三はまさに順と動の中に処り、陽爻に紧挨す。これもまた「不有躬」の象である。もし蒙昧の一面に就いて講じれば、これは自暴自棄して人欲に沉迷し、終竟教え得べからざる人である。六三が一変すれば巽を成して長女と為すがゆえに、「女」を以て取象する。爻辞が「勿用取」「无攸利」と言うは、皆この象の上から来る。
六三陰柔,不中不正,又居艮止坎陷之中,蓋蒙昧無知之極者也,故有此象。占者遇此,如有發蒙之責者,棄而不教可也。《象》曰:「勿用取女,行不順也。」婦人以順從其夫為正,舍正應之夫而從金夫,安得為順?六四:困蒙吝。用蒙者,困於蒙昧而不能開明也。六四上下既遠隔於陽,不得賢明之人以近之,又無正應賢明者以為之輔助,則蒙無自而發,而困於蒙矣,故有困蒙之象。占者如是,終於下愚,故可羞。
六三は陰柔にして、中に居らず位にも当たらず、また艮止と坎陷の間に夾まれ、蒙昧無知の極点の人である。だからこのような象あり。占問する人がこの一爻に遇うて、もし身に蒙昧を啓発する責を負えば、この種の人を丢き去って教えざるもまた未だ嘗て不可ならず。《小象伝》は言う。「勿用取女は、行順ならざればなり」。婦人は丈夫に順従するを正とす。正応たる丈夫を捨棄して金銭ある男子に追随すとは、どうして順と談じ得よう。六四の爻辞に「困蒙、吝」。いわゆる困蒙とは、蒙昧に困られて開明し得ざること。六四は上下ともに陽爻に遠隔し、賢明の人が身辺に親近するを得ず、また賢明の正応も輔助と為すべきなし。あの蒙昧は啓発する由なく、そこで蒙昧の裏に困る。だから「困蒙」の象あり。占問する人がこのようであれば、終竟ただ下愚の人たるのみ。だから羞ずべし。
《象》曰:「困蒙之吝,獨遠實也。」陽寔陰虛,實謂陽也。六四上下皆陰,蒙之甚者也,欲從九二則隔三,欲從上九則隔五,遠隔於寔者也,故曰獨遠實。獨者,言本卦之陰皆近乎陽,而四獨遠也。六五:童蒙吉。童蒙者,純一未散、專心資於人者也。艮為少男,故曰童。匪我求童蒙,言童之蒙昧也;此則就其純一未散、專聽於人而言。蓋中爻為坤順,五變為巽,有此順巽之德,所以專心資剛明之賢也。
《小象伝》は言う。「困蒙之吝は、独り実に遠きなり」。陽爻は実で陰爻は虚で、「実」が指すは陽爻である。六四は上下皆陰爻で、蒙昧の最も甚しき者である。九二に追随せんと欲すれば、中間に六三を隔て、上九に追随せんと欲すれば、中間に六五を隔てる。それは陽実の爻を離るること最も遠し。だから「独遠実」と言う。一個の「独」の字を用いるは、本卦の他の陰爻は皆陽爻に靠近するのに、ただ六四のみ独り離るること遠きを言う。六五の爻辞に「童蒙、吉」。いわゆる童蒙とは、心思が純一にして未だ渙散せず、能く专心して人に求助する人である。艮は少男と為す。だから「童」と称す。卦辞「匪我求童蒙」の童蒙は、孩童の蒙昧を言う。ここの童蒙は、則ち彼が純一にして未だ散ぜず、専心して他人を聴従するこの一面に就いて言う。二・三・四爻が互体して坤を成し、坤は順と為し、六五が一変すれば上卦は巽を成し、巽は遜と為す。この種の柔順謙遜の徳性有り。だから能く专心して剛健明智の賢者に倚靠する。
六五以順巽居尊,遠應乎二,近比乎上,蓋專心資剛明之賢者,故有童蒙之象,占者如是則吉也。《象》曰:「童蒙之吉,順以巽也。」中爻為順,變爻為巽,仰承親比上九者順也,俯應聽從九二者巽也,親比聽從乎陽,正遠實之反,所以吉。
六五は柔順謙遜の徳性を以て尊位に居り、遠くは九二と相応じ、近くは上九と相比す。まさに能く专心して剛明の賢者に倚靠する人である。だから「童蒙」の象あり。占問する人がこのようであれば吉利である。《小象伝》は言う。「童蒙之吉は、順にして巽なり」。互体が坤を成して順と為し、変爻が巽を成して遜と為す。仰ぎ面して承奉して上九に親近す。これは「順」である。身を俯して応和して九二を聴従す。これは「巽」である。能く陽剛に親近聴従するは、まさに六四の「独遠実」と相反する。だから吉利である。
上九:擊蒙,不利為寇,利禦寇。擊蒙者,擊殺之也。應爻坎為盜,錯離為戈兵,艮為手,手持戈兵,擊殺之象也。三與上九為正應,故擊殺之也。寇者,即坎之寇盜也,二寇字相同。不得為寇者,教三爻在下蒙昧之人也;利禦寇者,教上九在上治蒙之人也。六三在本爻為淫亂,在上九為寇亂,蒙昧之極可知矣。
上九の爻辞に「撃蒙、不利為寇、利禦寇」。「撃蒙」とは、撃打の手段を以て蒙昧に対付する。上九と相応する下体は坎で、坎は盗と為す。坎と離と相錯し、離は戈兵と為す。上体の艮は手と為す。手が戈兵を持つは、まさに撃殺の象である。六三と上九は正応である。だから撃殺する対象はそれである。「寇」とはすなわち坎の取った寇盗の象で、爻辞の裏の二個の「寇」の字の指す所は相同じ。「不利為寇」と言うは、六三のこの在下の蒙昧の人を教導する。「利禦寇」と言うは、上九のこの在上の蒙を治める人を教導する。六三はその本爻の上では淫乱で、上九より見ればすなわち寇乱である。それが蒙昧してどの地步に至るかもまた想い知れる。
上九與三之寇盜相為正應,過剛不中,治蒙大猛,故有擊蒙之象。聖人教占者,以占得此爻者,若乃在下蒙昧之人,則不利為寇,為寇則有擊殺之凶矣;占得此爻者,若乃在上治蒙之人,惟利御止其寇而已,不可即擊殺之。聖人哀矜愚蒙之人,故兩有所戒之也。《象》曰:「利用禦寇,上下順也。」上九剛,止於禦寇,上之順也;六三柔,隨其所止,下之順也。艮有止象,變坤有順象,漸卦利禦寇,小象亦曰順相保,可見矣。
上九は六三のこの「寇盗」と互いに正応を為し、それ自らまた剛強に過ぎて中位に居らず、蒙昧を治理する手段が猛に太しき。だから「撃蒙」の象あり。聖人はこれを借りて占問する人を教導す。この一爻を占得する者は、もし在下の蒙昧の人ならば、宜しく乱を為して寇と為るべからず。乱を為し寇と為れば撃殺せらるる凶険あり。この一爻を占得する者は、もし在上の蒙を治める人ならば、それもまたただあの寇乱を抵御制止するに止まるのみ宜しく、動もすれば人を撃殺すべからず。聖人は愚昧無知の人を憐憫す。だから上下の両方面に対して皆告誡有り。《小象伝》は言う。「利用禦寇は、上下順なり」。上九は剛爻で、ただ寇乱を抵御するに止まるを為す。これは在上者の順である。六三は柔爻で、上九の止を順随して止む。これは在下者の順である。艮はもともと「止」の象有り、六三が一変すれば坤を成してまた「順」の象有り。《漸》卦の上九もまた「利禦寇」と言い、その《小象》も同じく「順相保」と言う。両相対照すれば明白に見える。
需卦(乾下坎上)――需は、進まざるなり
需者順也,有所待也,理勢不得不須者。以卦象論,水在天上,未遽下於地,必待陰陽之交熏蒸而後成,需之象也;以卦德論,乾性主於必進,乃處坎陷之下,未肯遽進,需之義也。《序卦》:「蒙者,物之穉也,物穉不可不養也,需者,飲食之道也。」養物以飲食,所以次蒙。
《需》の意は等候で、待つ所有り、事理と形勢の上で得已ず待たざるべからざるものである。卦象に就いて言えば、水は天上に在り、まだ立ちどころに地面に落ちず、必ず陰陽が交感し薫蒸して後に雨を成すを待つ。これは「需」の象である。卦徳に就いて言えば、乾の性情は一往に前を主とするが、いまは坎険の下に処り、冒然として前進することを肯んぜず。これは「需」の意義である。《序卦伝》は言う。「蒙とは、万物の幼稚の段階なり。物が幼稚の段階に在れば養育を加えざるべからず、而して需とは、すなわち飲食の道なり」。飲食を以て万物を養育す。だからこの卦は《蒙》の後に排す。
需有孚,光亨貞吉,利涉大川。需雖有所待,乃我所當待也,非不當待而待也。孚者,信之在中者也,坎體誠信,克實於中,孚之象也。光者,此心光明,不為私慾所蔽也,中爻離,光明之象也。亨者,此心亨泰,不為私慾所窒也,坎為通,亨通之象也。貞者,事之正也,八卦正位,坎在五,陽剛中正,為需之主,正之象也,皆指五也。
卦辞は「需、有孚、光亨、貞吉、利渉大川」。《需》は待つ所有ると雖も、しかし我が待つべきなり。待つべからざるにして硬に待つにあらず。「孚」は誠信が心中に存すること。坎の卦体は一陽が中に居り、中実にして誠信なり。これは「孚」の象である。「光」はこの心が光明にして私欲に遮蔽されざること。三・四・五爻が互体して離を成し、離は日で明と為す。これは「光明」の象である。「亨」はこの心が通泰にして私欲に堵塞されざること。坎は《説卦伝》で通と為す。これは「亨通」の象である。「貞」は事情がその正を得ること。八卦の正位の説に按ずれば、坎の正位は第五爻に在り、九五は陽剛にしてまた居中して正を得、《需》卦の主爻である。これは「正」の象である。この数項は皆九五を指して言う。
坎水在前,乾健臨之,乾知險涉大川之象也。又中爻兌綜巽,坎水在前,巽木臨之,亦涉大川之象,詳見頤卦上九。孚貞者,盡所需之道;光亨吉利者,得所需之效。需若無實,必無光亨之時;需若不正,豈有吉利之理?言事若有所待,而心孚信,則光明而亨通矣;而事又出於其正,不行險以僥倖,則吉矣,故利涉大川。
坎水が前面に横たわり、乾の剛健の体がそれに逼臨し、しかも乾は能く険を識る。これは「渉大川」の象である。また二・三・四爻が互体して兌を成し、兌を倒転すればすなわち巽となり、巽は木と為す。坎水が前に在り、巽木がその上に臨み、木が水上を行く。これもまた「渉大川」の象で、詳しい解説は《頤》卦の上九爻の下に見える。「孚」と「貞」は、等待の道理を極め尽くすこと。「光」「亨」「吉」「利」は、等待の得る所の效験である。等待にもし内裏に真実なければ、必ず光明亨通の一日なし。等待にもし正に合せざれば、どこに吉利の道理あらん。合わせて言えば、事情もし待つ所有りて、心裏に誠実守信あれば、光明にして亨通す。事情また正道より出でて、冒険して僥倖に成を求めざれば、それは吉利である。だから「利渉大川」と言う。
《彖》曰:「需,須也,險在前也。剛健而不陷,其義不困窮矣。需有孚,光亨,貞吉,位乎天位,以正中也。利涉大川,往有功也。」以卦德釋卦名,以卦綜釋卦辭。需者,須也,理勢之所在,正欲其有所待也,故有需之義。險在前,不易於進,正當需之時也。以乾之剛健毅然有守,不冒險以前進,故不陷於險;既不陷於險,則終能出其險,其義不至於困窮矣,所以名需。
《彖伝》は言う。「需とは、須なり。険が前に在ればなり。剛健にして陥らず、その義は困窮せざるなり。需有孚、光亨、貞吉とは、天位に位し、以て正中なり。利渉大川とは、往きて功あるなり」。この段はまず卦徳を以て卦名を解釈し、再び卦綜を以て卦辞を解釈する。「需」とはすなわち等待である。事理形勢がそこに擺れ、まさに人に待つ所有るを要す。だから「需」の意義あり。坎険が前面に阻え、前進容易ならず。まさに等待すべき時である。下体は乾で、乾の剛健に憑り、毅然として操守する所有り、冒険して前進することを肯んぜず。だから坎険の中に陥落せず。すでに険中に陥落せざれば、終竟険境を走出る能し。道理の上から言えば困頓窮尽に至らず。だからこの一卦は名を取って《需》と為す。ここはまさに乾健・坎険の両卦の徳性を以て卦名を立つるのである。
需訟二卦同體,文王綜為一卦,故雜卦曰:「需不進也,訟不親也。」位天位以正中者,訟下卦之坎往居需之上卦,九五又正而又中也。五為天位,因自訟之地位往居之,故曰位乎天位。如在訟下卦,止可言中,不可言正矣。正則外無偏倚,中則心無夾雜,所以有孚。光亨貞者,往有功,與漸、蹇、解三卦彖釋往有功同,言訟下卦往而居需之上卦,九五正中,所以有利涉大川之功也。
《需》《訟》の両卦はもともと同一の卦体で、文王がそれを倒転して綜して一対と為した。だから《雑卦伝》は言う。「需は進まざるなり、訟は親しまざるなり」。いわゆる「位乎天位、以正中」とは、《訟》卦下体の坎が、倒せばすなわち《需》卦の上体に居り、その中の九五はすでに位に当たりまた中に居るを言う。第五爻は天位で、それは《訟》卦の下体の位置から移り来て此に居るがゆえに、「位乎天位」と言う。もしなお《訟》の下卦に留まれば、ただ「中」と言い得るのみで「正」と言う能わず。「正」は外面に偏倚なく、「中」は心裏に夾雜なし。だから能く「有孚」す。「光亨貞」にして「往有功」に至るは、《漸》《蹇》《解》の三卦の《彖伝》が「往有功」を解釈する体例と同じく、《訟》の下卦が上に移って《需》の上卦と為り、九五はすでに正にしてまた中なるを言う。だから「利渉大川」の功效あり。
《象》曰:「雲上於天,需,君子以飲食宴樂。」「樂」,音洛。雲氣蒸而上升,必待陰陽和洽,然後成雨,故為需待之義。君子事之當需者,亦不容更有所為,惟內有孚,外守正,飲食以養其氣體而已,宴樂以娛其心志而已,此外別無所作為也。曰飲食宴樂者,乃居易俟命、涵養待時之象,非真必飲食宴樂也。
《大象伝》は言う。「雲天に上る、需。君子は以て飲食宴楽す」。「楽」の字は洛と読む。雲気が蒸騰上昇すれば、必ず陰陽の調和融洽を待って後に雨を成す。だから「等待」の義を取る。君子は待つべき事に遇えば、また更に作為有るを許さず、ただ内心に誠信を存し、外面に正道を守り、飲食を以て自己の気血形体を涵養するのみ、宴楽を以て自己の心志を舒暢するのみで、此の外に作為なし。「飲食宴楽」と言うは、《中庸》の講ずる易に居りて以て命を俟ち、涵養して以て時を待つの象で、真に必ず飲食し作楽しに行くを言うのではない。
初九:需于郊,利用恆,無咎。郊者,曠遠之地,未近於險之象也,乾為郊,郊之象也,故同人、小畜皆言郊。需于郊者,不冒險以前進也。恆者,常也,安常守靜以待時,不變所守之操也。利用恆無咎者,戒之也,言若無恆,猶有咎也。初九陽剛得正,未近於險,乃不冒險以前進者,故有需郊之象。然需於始者,或不能需於終,故必義命自安,恆於郊而不變,乃其所利也,戒占者能如此則無咎矣。
初九の爻辞に「需于郊、利用恒、无咎」。「郊」は空曠遼遠の地で、まだ険境に靠近せざる象である。乾は郊と為す。これは「郊」の象である。だから《同人》《小畜》の両卦も皆「郊」に及ぶ。「需于郊」とは、すなわち冒険して前進せざること。「恒」は長久で、平常に安んじ寧静を持守して時機を待ち、自己の守る操行を改変せざること。「利用恒、无咎」と言うは、実は一句の告誡で、意はもし恒心なければ、依然として過ち有らんということ。初九は陽爻を以て陽位に居り、剛健にして正を得、険境を離るることまた遠し。まさに冒険して前進することを肯んぜぬ人である。だから「需于郊」の象あり。ただし開頭に能く待つ者は、必ずしも最後まで待ち得るにあらず。だから必ず義理天命に安んじ、長久に郊野に在りて改変せざるべし。これがその利有る処である。これは占問する人に告誡し、能くこのようであればこそ過ちなからんことを言う。
《象》曰:「需于郊,不犯難行也。利用恆無咎,未失常也。」「難」,乃旦反。不犯難行者,超然遠去,不冒犯險難以前進也;未失常者,不失需之常道也,需之常道,不過以義命自安、不冒險以前進而已。九二:需于沙,小有言,終吉。坎為水,水近則有沙,沙則近於險矣。漸近於險,雖未至於患害,已小有言矣。小言者,眾人見譏之言也,避世之士知前有坎陷之險,責之以潔身;用世之士知九二剛中之才,責之以拯溺也。中爻為兌口舌,小言之象也。終吉者,變爻離明,明哲保身,終不陷於險矣。
《小象伝》は言う。「需于郊は、難を犯して行かざるなり。利用恒无咎は、未だ常を失わざるなり」。「難」の字は乃旦切と読み、患難の難である。「不犯難行」とは、超然として遠く避け、険難を冒犯して前進せざること。「未失常」とは、《需》卦の常道を失わざること。而して《需》の常道とは、ただ義理天命に安んじ、冒険して前進せざるのみである。九二の爻辞に「需于沙、小有言、終吉」。坎は水と為し、水に靠近すれば沙滩あり、沙滩に到れば険境を離れて近し。漸く険境に靠近すれば、未だ禍害を釀成せざると雖も、すでに些かの閑話を招来す。「小有言」とは、衆人が譏議する言である。世を避ける者は前面に坎陷の険あるを知り、九二を責めて身を潔くし遠く引くべしと言い、世を用いる者は九二に剛中の才有るを知り、彼を責めて出でて陷溺を拯救すべしと言う。二・三・四爻が互体して兌を成し、兌は口舌と為す。これは「小有言」の象である。「終吉」と言うは、九二が一変すれば下体は離を成し、離は明と為し、明哲にして身を保ち、終竟険中に陥落せざるがゆえ。
二以陽剛之才,而居柔守中,蓋不冒險而進者,故有需于沙之象。占者如是,雖不免小有言,終得其吉也。《象》曰:「需于沙,衍在中也。雖小有言,以吉終也。」水行朝宗曰衍,即水字,言水在中央也。沙在水邊,則近於險矣,雖近於險而小有言,然以剛中處需,故不陷於險而以吉終也。
九二は陽剛の才を以て、しかし陰柔の位に居りて中道を持守し、冒険して前進することを肯んぜぬ人である。だから「需于沙」の象あり。占問する人がこのようであれば、些かの閑話を招くを免れざると雖も、終竟吉利を得る。《小象伝》は言う。「需于沙は、衍在中也。小有言すと雖も、以て吉を終るなり」。水流が大海に奔るを「衍」と言い、「衍」の字はすなわち水を指し、水が当中に在るを言う。沙は水辺に在り、すなわち険境に靠近す。険境に靠近して些かの閑話を招くと雖も、しかし九二は剛健得中の徳性を以て等待の時に処する。だから険中に陥落せずして、吉利を以て収場す。
九三:需于泥,致寇至。泥逼於水,將陷於險矣,寇之地也,坎為盜在前,寇之象也。九三居健體之上,才位俱剛,進不顧前,邇於坎盜,故有需泥寇至之象;健體敬慎惕若,故占者不言凶。《象》曰:「需于泥,災在外也。自我致寇,敬慎不敗也。」外謂外卦,災在外者,言災已切身而在目前也。災在外而我逼之,是致寇自我也。敬慎不敗者,三得其正,乾乾惕若,敬而且慎,所以不敗於寇也,故占者不言凶。
九三の爻辞に「需于泥、致寇至」。泥地は水に紧挨し、ほぼ険境に陷入せんとす。まさに盗寇の出没する処である。坎は盗と為し、まさに前面に在る。これは「寇」の象である。九三は乾のこの剛健の体の最上一爻に処り、才質と爻位と皆剛で、一味に前進して前頭を顧みず、坎盗に紧靠す。だから「泥中に在りて盗寇の到来を招致す」の象あり。ただしそれは身を乾体に在りて、能く敬慎警惕す。だから占辞は「凶」と言わず。《小象伝》は言う。「需于泥は、災在外也。我より寇を致す、敬慎して敗れざるなり」。「外」は外卦を指す。「災在外」と言うは、災禍がすでに己身に迫近して眼前に在るを講ずる。災禍が外面に在るに我が自らそれに逼近すれば、それはすなわち盗寇を招来するは我より由って成る。「敬慎不敗」と言うは、九三が陽爻を以て陽位に居りて正を得、《乾》九三の如く終日乾乾・夕惕若厲に能く、敬みかつ慎むがゆえ、盗寇の手裏に敗れざるがゆえ、占辞は「凶」と言わず。
六四:需于血,出自穴。坎為血,血之象也;又為隱伏,穴之象也;偶居左右上下皆陽,亦穴之象也。血即坎字,非見傷也。出自穴者,觀上六入于穴入字,此言出字,即出入二字自明矣,言雖需于血,然猶出自穴外,未入于穴之深也。需卦近於坎、致寇至及入於坎,三爻皆吉者何也?蓋六四順於初之陽,上六陽來救援,皆應與有力,九五中正,所以皆吉也。凡看周公爻辭,要玩孔子小象,若以血為殺傷之地,失小象順聽之旨矣。
六四の爻辞に「需于血、出自穴」。坎は血卦と為す。これは「血」の象である。坎はまた隠伏と為す。これは「穴」の象である。六四は一根の偶画で、中間が断き開きて上下ともに陽爻に夾まれ、形狀もまた洞穴に似る。これもまた「穴」の象である。「血」とはすなわち坎を指し、刀兵の傷を受けたを言うのではない。いわゆる「出自穴」は、ただ上六の言う「入于穴」のあの「入」の字に対照すれば、ここで言うは「出」の字で、一出一入の両相対照して、意は自然に明白である。すなわち身を坎血の中に処すと雖も、しかしなお洞穴の外に在り、洞穴の深処に陥入せざるを言う。《需》卦の裏で坎険に靠近する、盗寇を招致する、乃至坎中に入るこの三爻が皆吉を得るは、これはなぜか。六四が初九の陽に順従し、上六に陽爻が前来して救援するがゆえ、皆相応の爻に得力ありて、加うるに九五が中正にして事を主るがゆえ、皆吉なり。およそ周公の爻辞を看るは、皆孔子の《小象》を仔細に玩味すべし。もし「血」を殺傷の地と講じれば、《小象》「順以聴」の本旨に背く。
四交於坎,已入於險,故有需于血之象。然四與初為正應,能順聽乎初,初乃乾剛至健而知險,惟知其險,是出自穴外,不冒險以進,雖險而不險矣,故其象占如此。《象》曰:「需于血,順以聽也。」坎為耳,聽之象也。聽者,聽乎初也。六四柔得其正,順也;順聽乎初,故入險不險。
六四はすでに坎体に進入し、身を険中に陷るに等しい。だから「需于血」の象あり。しかし六四と初九は陰陽の正応で、能く初九に順従聴命す。初九は乾体の剛健の才にしてまた険を識る。まさに険あるを知るがゆえに、能く洞穴の外に出でて、冒険して前進せず、険境に処すと雖も実際には険ならず。だからその象と占はこのようである。《小象伝》は言う。「需于血は、順にして以て聴くなり」。坎は《説卦伝》で耳と為す。これは「聴」の象である。いわゆる「聴」とは、初九を聴従する。六四は陰爻を以て陰位に居りて正を得る。これがすなわち「順」である。能く初九に順従聴命するがゆえ、険境に入ると雖も険に陥らず。
九五:需于酒食,貞吉。坎水酒象,中爻兌食象,詳見困卦,酒食宴樂之具。需于酒食者,安於日用飲食之常以待之而已。貞吉者,正而自吉也,非戒也。九五陽剛中正,居於尊位,蓋優遊和平,不多事以自擾,無為而治者也,故有需于酒食之象,其貞吉可知矣,占者有是貞亦有是吉也。《象》曰:「酒食貞吉,以中正也。」即彖位乎天位、以正中也,八卦正位坎在五。
九五の爻辞に「需于酒食、貞吉」。坎は水と為し、酒の象である。二・三・四爻が互体して兌を成し、兌は口で食と為す。食の象で、詳しい解説は《困》卦に見える。酒と食は皆宴楽に用いる物である。「需于酒食」とは、日常飲食の平常生活に安んじて時機を待つのみである。「貞吉」とは、正を守りて自然に吉を獲ることで、告誡の辞ではない。九五は陽剛中正で、尊位に居り、従容和平にして、多く事を生じて自らを攪擾せず、無為にして治める人である。だから「需于酒食」の象あり。その正を守りて吉を獲るは想い知れる。占問する人がこのような正あれば、すなわちこのような吉あり。《小象伝》は言う。「酒食貞吉は、以て中正なり」。これがすなわち《彖伝》「位乎天位、以正中」の意である。八卦の正位の説に按ずれば、坎の正位はまさに第五爻に在る。
上六:入于穴,有不速之客三人來,敬之,終吉。陰居險陷之極,入于穴之象也;變巽為入,亦入之象也。下應九三,陽合乎陰,陽主上進,不召請而自來之象也。我為主,應為客,三陽同體,客三人之象也。入穴窮困,望人救援之心甚切,喜其來而敬之之象也。終吉者,以陽至健知險,可以極溺也。上六居險之極,下應九三,故其象如此,占者之吉可知矣。
上六の爻辞に「入于穴、有不速之客三人来、敬之、終吉」。上六は陰爻を以て坎険の最上に処り、陥落の極点である。これは「入于穴」の象である。上六が一変すれば、上卦は巽を成し、巽は入と為す。これもまた「入」の象である。それは下りて九三と相応じ、陽は来て陰に合し、陽の性情は上進を主とす。これは召請を待たずして自ら前来する象である。上六は自己は主人で、応ずる所の一方は客人である。下体の三個の陽爻は同じく乾の一体に属す。これは「客三人」の象である。洞穴の中に陥りて困頓堪え難く、他人の救援を盼望する心情は非常に迫切で、だから彼らの来るを見れば欣喜して恭敬を以て相待す。これは「敬之」の象である。「終吉」と言うは、乾陽が至って剛健にしてまた能く険を識り、陷溺の人を拯救し出し得るがゆえ。上六は険境の頂点に処り、下りて九三と相応す。だからその象はこのようで、占問する人の得る所の吉利もまた想い知れる。
《象》曰:「不速之客來,敬之終吉,雖不當位,未大失也。」「當」,去聲。位者,爻位也,三乃人位,應乎上六,故曰人來;初與二皆地位,上六所應者乃人位,非地位,今初與二皆來,故不當位也。以一陰而三陽之來,上六敬之,似為失身矣;而不知入於其穴,其時何時也,來救援於我者,猶擇其位之當否而敬有分別,是不知權變者矣。故初與二雖不當位,上六敬之,亦未為大失也。曰未大失者,言雖失而未大也。若不知權變,自經於溝瀆,且失愈大矣,易中之時,正在於此。
《小象伝》は言う。「不速之客来、敬之終吉、位に当たらずと雖も、未だ大いに失せざるなり」。「当」の字は去声と読む。「位」は爻位を指す。第三爻は六爻の中の人位に属し、上六と相応す。だから「人」の来る有りと言う。初爻と二爻は皆地位に属す。上六の相応するはただ人位のみで、地位にあらず。いま初九・九二もまた一同に来る。だから「不当位」と言う。上六のこの一個の陰爻を以て、三個の陽爻の同時に来るに対し、なお一々恭敬を以て相待す。視るは自らの身份を失うに似る。しかし身が洞穴の中に陥るは、あれはいかなる時か。前来して我を救援する人に対し、なお彼の爻位の当たる当たらざるを挑揀し、恭敬してなお等次を分かつとは、それはすなわち時に随て権変を知らぬ人である。だから初九・九二は位に当たらざると雖も、上六は照様に彼らを恭敬し、大いなる過失と算え難し。「未大失」と言うは、失あると雖も大と算えぬを言う。もし権変を知らず、《論語》の言う匹夫匹婦が山溝の裏に自縊して人の知るなきが如くなれば、損失は更に大なり。《周易》が講究するは一個の「時」の字で、まさにここに体現する。
訟卦(坎下乾上)――訟は、親しまざるなり
訟者,爭辨也。其卦坎下乾上,以二象論,天運乎上,水流乎下,其行相違,所以成訟;以卦德論,上以剛陵乎下,下以險伺乎上;以一人言,內險而外健;以二人言,已險而彼健,險與健相持,皆欲求勝,此必訟之道也。《序卦》:「飲食者,人之大欲存焉。」既有所需,必有所爭,訟所由起也,所以次需。
「訟」とはすなわち争辯して官司を打つこと。この一卦は坎が下に在り、乾が上に在る。上下の両物象に就いて言えば、天は上に在りて運転し、水は下に在りて流淌す。一は上に向かい、一は下に向かい、行進の方向が彼此相違背す。だから争訟を造成す。上下の両卦の徳性に就いて言えば、上面は剛強に憑って下面を凌圧し、下面は険詐を用いて上面を窺伺す。もし一人の身上に就いて講じれば、内裏は険詐にして外表は剛強。もし両人の間に就いて講じれば、我がこちらは険詐にして相手方は剛強。険と健とが互相に僵持し、双方ともに勝を取らんと欲す。これは必ず官司を打つ路数である。《序卦伝》は言う。「飲食の这件事は、人の最大の欲望の在る所なり」。すでに需求有れば、必ず争奪有り。争訟はこのようにして引起こされる。だからこの卦は《需》の後に排す。
訟卦(坎下乾上)
訟。有孚,窒,惕,中吉,終凶,利見大人,不利涉大川。有孚者,心誠實而不詐偽也。窒者,窒塞而能含忍也。惕者,戒懼而畏刑罰也。中者,中和而不狠愎也。人能此四者,必不與人爭訟,所以吉。若可已不已,必求其勝,而終其訟,則凶。利見大人者,見九五以決其訟也。不利涉大川者,不論事之淺深,冒險入淵,以興訟也。
《訟》卦の卦辞は言う。心中に誠信有りてしかし堵塞壓抑せられ、能く警惕戒懼し、居中して分を守れば吉、官司を底まで打てば凶、大人に見えるに宜しく、大河を渡渉するに宜しからず。いわゆる「有孚」とは、内心が誠実にして欺詐作偽せざるを言う。いわゆる「窒」とは、堵塞して悶ると雖も、しかし能く含容忍耐するを言う。いわゆる「惕」とは、心に戒懼を存し、刑罰の身に加わるを畏れるを言う。いわゆる「中」とは、中和の道を持守し、狠戾固執せざるを言う。人もしこの四条を為し得れば、必ず人と争訟せず。だから吉を得る。もし本は罷手すべきに罷手を肯んぜず、必ず勝負を争い、官司を終局まで打てば、それは凶である。いわゆる「利見大人」とは、九五のこの剛健中正の君に見えて、彼に由ってこの官司を裁断せしむを言う。いわゆる「不利渉大川」とは、事情の深浅軽重を掂量せず、一味に冒険蹈危して、深淵に墜入するが如く訴訟を挑起するを言う。
九二中實,有孚之象。一陽沉溺於二陰之間,窒之象。坎為加憂,惕之象。陽剛來居二,中之象。上九過剛,終之象。九五中正,以居尊位,大人之象。中爻巽木,下坎水,本可涉大川,但三剛在上,陽實陰虛,舟重遇巽風,危矣。舟危豈不入淵。故彖辭曰:入淵,不利涉之象也。
九二は陽爻にして下卦の中位に居り、中間が充実す。これがすなわち「有孚」誠信の取象である。下卦の坎は一個の陽爻が二個の陰爻の当中に陷り、上下が夾を受く。これがすなわち「窒」堵塞の取象である。《説卦伝》は坎を「為加憂」と講じ、憂懼が心に在る。これがすなわち「惕」戒懼の取象である。《需》《訟》の両卦は相綜し、《需》卦上体の坎の陽爻が倒転下りて《訟》卦の第二位に居りて中を得。これがすなわち「中」の取象である。上九は陽剛が太過で、また一卦の末尾に処る。これがすなわち「終」――官司を底まで打つ取象である。九五は陽剛にして中正、高く尊位に居る。これがすなわち「大人」の取象である。再び中爻を看る。二三四爻は互いに巽を成し、巽は木と為す。下卦は坎で、坎は水と為す。木が水に浮かぶは、もともと大河を渡り得る。しかし上面の三爻は皆陽剛で、陽は実、陰は虚で、船身が太だ重く、また巽風の鼓盪に遇えば、危険である。船が一たび危険なれば、深淵に沈入せざるの理なし。だから《彖伝》は「入于淵也」と言う。これがまさに「不利渉大川」の取象の由来である。
○彖曰:訟,上剛下險,險而健,訟。訟有孚窒惕中吉,剛來而得中也。終凶,訟不可成也。利見大人,尚中正也。不利涉大川,入于淵也。以卦德、卦綜、卦體、卦象釋卦名卦辭。險健詳見前卦。下若健而不險,必不生訟;險而不健,必不能訟,所以名訟。
《彖伝》は言う。《訟》卦の上体の乾は剛と為し、下体の坎は険と為す。内裏は陰険にして外表は剛健。だから《訟》と言う。卦辞の「有孚窒惕中吉」と言うは、陽剛が上より来て下卦の中に居るがゆえ。「終凶」と言うは、訴訟の这件事は底まで為すべからざるがゆえ。「利見大人」と言うは、九五が中正の徳を崇尚するがゆえ。「不利渉大川」と言うは、かくの如くすれば深淵に墜入するがゆえ。孔子のこの一段は、卦徳(険と健)・卦綜(《需》《訟》の相綜)・卦体(九二・九五の位)・卦象(重舟の淵に入る)の四重の角度を以て卦名と卦辞を解釈する。険・健の両種の卦徳は、前の《需》卦ですでに詳細に講じた。下卦もしただ剛健にして陰険ならざれば、必ず争訟を挑起せず。もしただ陰険にして剛健ならざれば、また必ず争訟する力量なし。すでに険にして且つ健、両者兼備す。だからこの一卦は名を取って《訟》と為す。
剛來得中者,需訟相綜,需上卦之坎,來居訟之下卦,九二得中也。前儒不知序卦、雜卦,所以依虞翻以為卦變。剛來居柔地得中,故能有孚,能窒,能惕,能中。終者,極而至於成也。訟已非美事,若訟之不已,至於其極,其凶可知矣。尚者,好尚之尚,主也。言九五所主,在中正也。惟中正所以能辨人是非。入淵者,舟重遇風,其舟危矣。故入淵與冒險,與訟必陷其身者,一而已矣。
いわゆる「剛来而得中」とは、《需》《訟》の両卦が互いに綜卦と為るがゆえ。《需》卦を整個倒転すればすなわち《訟》卦で、《需》卦上体の坎が倒転下りてちょうど《訟》卦の下体を成し、その中の陽爻は便ち第二位に落ちて下卦の中に居る。これがすなわち「剛来得中」である。従前の儒者は《序卦伝》《雑卦伝》の講ずるこの種の卦序相綜の道理を解せず、だから漢儒の虞翻に跟随して、硬にそれを「卦変」と説いた。陽剛が来て第二のこの柔位に居りてまた中を得るがゆえに、誠信・能く忍び・能く懼れ・能く中を守るを為し得る。いわゆる「終」とは、極処に推して事情を為し成す意である。官司を打つはもともと好事にあらず。もし争訟して罷休を肯んぜず、一直に極点に推せば、あの凶険は想い知れる。いわゆる「尚」とは、好尚・崇尚の「尚」で、また主持の意を含む。九五の主持する所はまさに中正の徳に在るを言う。ただ中正のみあればこそ、他人の是非曲直を分辨して清くし得る。いわゆる「入淵」とは、船身が重きに過ぎてまた大風に遇えば、この船は危険を言う。だから「入淵」と「冒険」とは、争訟すれば必ず自身を陷害するは、実は同一回事を講じる。
○象曰:天與水違行,訟。君子以作事謀始。天上蟠,水下潤;天西轉,水東注,故其行相違。謀之於始,則訟端絕矣。作事謀始,工夫不在訟之時,而在於未訟之時也。故曰:曹劉共飯,地分於匕筯之間;蘓史滅宗,忿起於談笑之頃。
《大象伝》は言う。天と水とが各々相反する方向に向かって行運す。これがすなわち《訟》卦の取象である。君子はこれに由りて領悟し、凡そ事を為すは皆動手の初めに於いて謀画して清楚なり。天は上に在りて盤旋回繞し、水は下に在りて浸潤流淌す。天体は自東より西へ旋轉し、江河は却って自西より東へ奔注す。二者の行進の方向はまさに相違背す。およそ事は開頭に於いて謀画して周全なれば、争訟の苗头もまた断絶す。「作事謀始」の功夫は、すでに訟に渉る時に下るにあらず、未だ訟に渉らぬ時に下る。だから古人は言う。曹操と劉備とが共に坐して飯を食すに、天下の地盤は匕を挙げ箸を拿る談笑の間に於いて劃分して定まった。蘇氏・史氏の両家が滅門絶宗したも、あの怨忿もまたただ一次の談笑の片刻より起こったに過ぎない。
○初六:不永所事,小有言,終吉。不永所事者,不能永終其訟之事也。小有言者,但小有言語之辯白而已。變兌為口舌,言之象也。應爻乾為言,亦言之象也。因居初,故曰小。終吉者,得辨明也。○初六才柔位下,不能永終其訟之事,雖在我不免小有言語之辯,然溫柔和平,自能釋人之忿怨,所以得辯明,故其象如此,而占者終得吉也。象曰:不永所事,訟不可長也。雖小有言,其辯明也。訟不可長,以理言也。言雖是初六陰柔之故,然其理亦如此。長永二字相同。雖不免小有言語之辯,然終因此言辯明。
初六の爻辞は言う。この官司を底まで拖らず、稍微口舌の争辯有りて、最終に吉を得。いわゆる「不永所事」とは、訴訟を一直に終局まで打つ力量なきを言う。いわゆる「小有言」とは、ただ略々数句の言語上の分辯有るのみ。初六の一爻が変ずれば、下卦の坎は便ち兌を成し、兌は口舌と為す。これは「言」の取象である。それの応ずる九四は上卦の乾の中に在り、乾もまた「言」の象有り。同じく「言」の取象の根拠である。全卦の最下の初位に処るがゆえに、力量は微小。だから「小」と言う。いわゆる「終吉」とは、事情が最終に辨白澄清を得るを言う。初六は才質柔弱・地位卑下にして、訴訟を底まで進行する能力なし。自己のこの一辺に於いて数句の言語の分辯を免れざると雖も、しかし態度は温柔平和にして、自然に対方の忿恨怨懟を化解し得る。だから能く是非を辨明す。卦象このようで、占うてこの一爻を得る人は最終に吉を得る。《小象伝》は言う。この官司を底まで拖らぬは、訴訟は久長すべからざればなり。稍々口舌有ると雖も、是非は終竟辨明さる。「訟不可長」は道理の上に就いて言う。初六が拖延を肯んぜぬは固然それが陰柔にして力なきに由るが、しかし道理の上より講じれば本来まさにこのようであるべし。「長」と「永」の両字は意思相同じ。数句の言語分辯を免れざると雖も、しかし最終にまさにこの数句話に由りて、是非はようやく辨明し得たのである。
○九二:不克訟,歸而逋,其邑人三百戶,無眚。克,勝也。自下訟上,不克而還,故曰歸。逋,逃避也。坎為隱伏,逋之象也。邑人,詳見謙卦。中爻為離,坎錯離,離居三,三百之象也。二變,下卦為坤,坤則闔戶之象也。三百言其邑之小也。言以下訟上,歸而逋竄是矣。然使所逋竄之邑為大邑,則猶有據邑之意,跡尚可疑;必如此小邑藏避,不敢與五為敵,方可免眚。
九二の爻辞は言う。官司は打ち勝てず、逃げ帰りて躲蔵し、彼の封邑は三百戸の人家あるのみで、災禍有らざるべし。「克」は勝である。在下の臣を以て在上の君と争訟し、打ち勝てずして退回す。だから「帰」と言う。「逋」は逃避である。《説卦伝》は坎を「為隠伏」と講ず。これがまさに「逋」逃匿の取象である。「邑人」の取象は、詳しくは後の《謙》卦に見える。本卦の二三四爻は互いに離を成し、下体の坎と離とは正に相錯す(坎の毎一爻はその反を取ればすなわち離を成す)。離は八卦の数の中に第三に居る。これがすなわち「三百」の取象である。九二の一爻が変ずれば、下卦の坎はすなわち坤を成し、坤は閉戸封蔵の象有り。「三百戸」と言うは、この封邑の甚だ小なるを形容する。意の言うは、下を以て上に訟え、打ち輸して逃げ帰りて躲蔵するは、これは正しい。しかしもし逃げ帰りて躲蔵する所が一座の大邑ならば、なお邑に拠りて自ら守り、衆を擁して上に抗する意味を帯び、行跡は依然として可疑なり。必ずこのように小邑に躲蔵して、敢えて九五と敵せざるを擺明してこそ、災眚を免れ得る。
需訟相綜,訟之九二,即需之九五。曰剛來而得中,曰歸而逋,皆因自上而下,故曰來、曰歸,其字皆有所本,如此玄妙,豈粗心者所能解。坎為眚,變坤則無眚矣。○九二陽剛為險之主,本欲訟者也。然以剛居柔之中,既知其理之不當訟,而上應九五之尊,又知其勢不可訟,故自處卑小,以免災患,其象如此,占者如是則無眚矣。○羑里之囚文王,豈有一毫不是之處,只是不辨不爭而曰天王聖明,所以為內文明而外柔順也。象曰:不克訟,歸逋竄也。自下訟上,患至掇也。掇,都活反。○歸逋竄者,不與之訟也。掇者,拾取也。自下訟上,義乖勢屈,禍患猶拾而自取。此言不克訟之故。
《需》《訟》の両卦は互いに綜卦と為り、《訟》卦の九二は、すなわち《需》卦の倒した九五である。《彖伝》は「剛来而得中」と言い、爻辞は「帰而逋」と言う。皆この一爻が上位より翻転下り来るがゆえ、一は「来」の字を用い、一は「帰」の字を用いる。字字皆取象の根拠あり。かくの如く精微玄妙にして、どこに粗心の人の読み解き得る所あらん。坎は象の上で「眚」と為し、九二が一変して坤を成せば、坎象は消失し、災眚もまたなし。九二は陽剛の質を以て下体険卦の主と為り、もともとこの官司を打たんと存心する人である。しかしそれは陽剛を以て第二のこの柔位に居りてまた中を得、道理の上で争訟すべからざるを明白に知り、上面の対する所はまた九五の尊で、形勢の上で争訟し得ざるをも明白に知る。だから自ら卑下微小の地に処り、以て禍患を避く。卦象このようで、占者がこのように照らせば災眚なからん。当年文王が羑里に囚禁せられたるに、どこに一絲一毫の是ならざる処かあった。ただ分辯せず争執せず、却って「天王聖明」と称頌す。これがまさに内裏は文明にして外表は柔順の做法である。《小象伝》は言う。官司は打ち勝てず、すなわち逃げ帰りて躲蔵す。下を以て上に訟えば、禍患は手を伸ばして拾取するが如く自ら招来す。「掇」の字は都活反と読む。いわゆる「帰逋竄」とは、すなわち再び相手方と争訟せざること。「掇」は拾取である。在下の身分を以て在上と争訟すれば、道義の上で通じ難く、形勢の上でまた下風に居る。禍患は简直として自ら手を伸ばして拾い来る。この句は九二がなぜ「不克訟」であるかを解釈する。
○六三:食舊德,貞厲,終吉,或從王事,無成。德乃惡德,往日之事也,故以舊字言之。凡人與人爭訟,必舊日有懷恨不平之事,有此懷恨其人之惡德,藏畜於胸中,必欲報復,所以訟也。食者,吞聲不言之意。中爻巽綜兌口,食之象也。王事者,王家敵國忿爭之事,如宋之與虜是也。變巽不果,或之象也。中爻離日,王之象也。應爻乾君,亦王之象也。無成者,不能成功也。
六三の爻辞は言う。往日の旧惠を安享し、貞正を守持して危懼を知り、最終に吉を得。或いは王家の戦事に従事せば、成功有らざるべし。ここの「徳」は実は悪徳を指し、過去に結んだ旧事である。だから一個の「旧」の字を以てそれを言う。大凡そ人と人とが争訟するは、必ず従前に懐恨不平の事あったがゆえ。胸中にあの人に対する怨恨の悪徳を蔵蓄し、一心に報復せんと欲して、そこで訴訟有り。「食」は声を呑んで言わず、話を肚裏に咽み戻す意である。本卦の三四五爻は互いに巽を成し、巽を倒転せば(綜卦)すなわち兌で、兌は口と為す。これがすなわち「食」の取象である。いわゆる「王事」とは、王朝と敵国との間の忿争の大事を指し、南宋の金人に対するが如し。六三が一変すれば、下卦は巽を成し、巽の性情は進退果決せず。これがすなわち「或」という不確定語気の取象である。二三四爻は互いに離を成し、離は日と為し、日は君の象。これは「王」の取象である。六三の応ずる上九は乾体に在り、乾は君と為す。同じく「王」の取象である。いわゆる「无成」とは、すなわち功業を成就し得ぬこと。
下民之爭訟,主於怯;王家之爭訟,主於才。以此食舊德之柔,處下民之剛強私敵則可;若以此處王家之剛強敵國,是即宋之於虜,柔弱極矣,南朝無人,稽首稱臣,安得有成。○六三上有剛強之應敵,陰柔自卑,故有食人舊德、不與爭辯之象。然應與剛猛,常受侵陵,雖正亦不免危厲矣。但六三含忍不報,從其上九,與之相好,所以終不為己害而吉也。如此之人,柔順有餘,而剛果不足,安能成王事哉。故占者乃下民之應敵則吉,或王事之應敵,則無成而凶。
百姓の間の争訟は、勝負は主として誰が退譲して怯を示すを肯んずるかに決す。王朝の間の争訟は、勝負は却って誰に真才実力あるかに決す。六三のこの「食旧徳」の柔忍の態度を用いて、民間のあの剛強の私仇に対付するは、可なり。もしそれを用いて王朝の面する剛強の敵国に対付せば、それはすなわち南宋の金人に対するとなり、柔弱して極点に至る。南朝には人才なく、ただ叩首して臣と称するのみで、どこにまだ成就有りと談ずるに足らん。六三は上面に剛猛強悍の上九有りてそれと応じて敵と為り、それ自らは陰柔にして卑下に居るを甘んず。だから他人の旧日の悪徳を呑下し、人と争辯せざる卦象あり。しかし応ずる所の上九は剛猛で、六三は常にそれの侵凌を受け、縦使自己が正を立てても、危厲を免れず。ただ六三は能く含忍して報いず、上九に順従し、それと交好す。だから終竟自己に害するに至らず、却って吉を得。このような人は、柔順に余り有りて剛断に足らず。どうして王家の大事を成就し得よう。だからこの一爻を占えば、もし民間の仇敵に応付すれば吉、もし王家の敵国に応付すれば、すなわち一事成さずして凶に至る。
象曰:食舊德,從上吉也。從上者,從上九也。上九剛猛,六三食其舊日剛猛侵陵之惡德,相從乎彼,與之相好,則吉矣。○九四不克訟,復即命,渝,安貞吉。即,就也。命者,天命之正理也。不曰理而曰命者,有此象也。中爻巽,四變亦為巽,命之象也。渝,變也。四變,中爻為震,動之象也,故隨卦初爻曰渝。安貞者,安處於正也。復即於命者,外而去其忿爭之事也;變而安貞者,內而變其忿爭之心也,心變則事正矣。吉者,雖不能作事於謀始之先,亦能改圈於有訟之後也。
《小象伝》は言う。旧惠を安享するは、上位の者に順従して吉を得ればなり。いわゆる「従上」とは、上九に順従する。上九は剛猛で、六三はそれの旧日のあの剛猛侵凌の悪徳を呑咽下し、転じてそれに順従し、それと交好すれば、吉を得る。九四の爻辞は言う。官司は打ち勝てず、回頭して天命の正に帰依し、忿争の心を改変し、正道に安処すれば吉。「即」は就く、帰依する。「命」は上天の賦した正理である。「理」と言わずして「命」と言うは、卦中に相応の象あるがゆえ。本卦の三四五爻は互いに巽を成し、九四の一爻が変ずれば、中爻は依然として巽で、《説卦伝》は巽を申命と講ず。これがすなわち「命」の取象である。「渝」は変である。九四が一変すれば、二三四爻は互いに震を成し、震は動と為す。これは変動の取象である。だから《随》卦の初九もまた「官有渝」と言う。「安貞」は正に安処すること。「復即于命」とは、外面よりあの忿争の事を去ること。「渝而安貞」とは、裏面よりあの忿争の心を変ずること。心が一変すれば、事情は自然に正となる。吉と言う所以は、この人は事情の開頭に於いて謀画周全を為し得ざると雖も、なお争訟すでに起こった後に回頭して過ちを改むる能くあるがゆえ。
○九二九四皆不克訟,既不克矣,何以訟哉。蓋二之訟者,險之使然也,其不克者勢也,知勢之不可敵,故歸而逋逃,曰歸者,識時勢也。四之訟者,剛之使然也,其不克者理也,知理之不可違,故復即於命,曰復者,明理義也。九四之復,即九二之歸,皆以剛居柔,故能如此。人能明理義,識時勢,處天下之事無難矣,學者宜細玩之。○九四,剛而不中,故有訟之象;以其居柔,故又有復即命、渝安貞之象,占者如是則吉也。象曰:復即命,渝安貞,不失也。始而欲訟,不免有失;今既復渝,則改圈而不失矣。
九二と九四とは皆「不克訟」。すでに打ち勝てぬ以上、また何のために打つか。九二の争訟せんと欲する所以は、坎険の性情がそれをかくの如くせしむ。その打ち勝てぬ所以は、形勢が許さず。それは形勢の上で対方に敵し得ざるを明白に知る。だから退き帰りて逃避藏匿す。一個の「帰」の字を用い、それが時勢を認識して清きを見出す。九四の争訟せんと欲する所以は、陽剛の性情がそれをかくの如くせしむ。その打ち勝てぬ所以は、道理の上で立つ所なし。それは道理が違背すべからざるを明白に知る。だから回頭して天命の正に帰依す。一個の「復」の字を用い、それが理義を明らかに得るを見出す。九四の「復」は、すなわち九二の「帰」である。両爻ともに陽剛を以て陰柔の位に居る。だから皆この地步を為し得る。人もし理義を明辨し得て、また時勢を認清し得れば、天下の事情を処理するに難きことなし。《易》を読む人は細細に体味すべし。九四は陽剛にして中位に居らず。だから争訟の卦象あり。しかしそれが柔位に居るがゆえに、また「復即命・渝安貞」の卦象あり。占者がこのように照らせば吉。《小象伝》は言う。回頭して天命に帰依し、心念を改変して正に安処すれば、失う所有ることなし。起初に官司を打たんと存心し、失を免れ難し。いますでに回頭改変すれば、すなわち過ちを改めて更に失なし。
○九五:訟元吉。九五為訟之主,陽剛中正,以居尊位,聽訟而得其平者也。凡訟占者遇之,則利見大人,訟得其理,而元吉矣。象曰:訟元吉,以中正也。中則聽不偏,正則斷合理,所以利見大人而元吉。
九五の爻辞は言う。訴訟、大吉。九五は全卦の争訟の帰する所の主爻で、陽剛にして居中して正を得、高く尊位に踞る。案件を審理して持平公断し得る人である。およそ争訟する人がこの一爻を占得すれば、便ち正に卦辞の言う「利見大人」に応じ、官司は道理に合う裁断を得、因りて大吉。《小象伝》は言う。訴訟大吉は、九五がすでに中にして且つ正なればなり。中に居れば、訟を聴くにいずれの一方にも偏向せず。正を守れば、判決は必ず道理に合す。まさにこのがゆえに、「利見大人」にして元吉を得と言う。
○上九:或錫之鞶帶,終朝三褫之。鞶音盤。褫,池爾切,音恥。○或者,未必然之辭。鞶帶,大帶,命服之飾,又紳也。男鞶革,女鞶絲。乾為衣,又為圜,帶之象也。乾君在上,變為兌口,中爻為巽命令,錫服之象也,故九四曰復即命。中爻離日,朝日之象也。離日居下卦,終之象也。又居三,三之象也。褫,奪也。坎為盜,褫奪之象也。命服以錫有德,豈有賞訟之理,乃設詞以極言訟不可終之意。
上九の爻辞は言う。或いは彼に一条の大帯を賞賜するも、しかし一個の早上の内に便ち三次剥奪せらる。「鞶」は盤と読む。「褫」は池爾切で、読音は「恥」に同じ。「或」は「未だ必ずしもこのようならず」の口気である。「鞶帯」とはすなわち大帯で、朝廷の命服の上の飾物、すなわち紳帯である。古礼は男子の鞶帯は皮革を用い、女子の鞶帯は絲を用いる。上体の乾は衣と為し、《説卦伝》はまた乾を「為圜」と言い、身を環りて一周す。これは「帯」の取象である。乾は君と為して上位に居り、上九が一変すれば上体は兌を成し、兌は口で出令と為す。三四五爻は互いに巽を成し、巽は申命と為す。これがすなわち君上が命を頒し服を賜う取象である。だから九四もまた「復即命」と言う。二三四爻は互いに離を成し、離は日と為す。これは「朝」(早晨の太陽)の取象である。離日は下卦の位置に処り、「終」(一日の終り)の取象である。離は八卦の数の中にまた第三に居る。これは「三」の取象である。「褫」は奪い去ること。坎は盗と為し、掠奪の象有り。これがすなわち「褫奪」の取象である。朝廷の命服はもともと徳有る人を賞賜するに用いる。どこにそれを以て官司に打ち勝ったを奨賞する道理あらん。これはただ聖人が一個の假想の説法を設け、以て訴訟は底まで打つべからざるの意を極力に申明するのみ。
○上九有剛猛之才,處訟之終,窮極於訟者也。故聖人言人肆其剛強,窮極於訟,取禍喪身,乃其理也。設若能勝至於受命服之賞,是亦仇爭所得,豈能長保,故終一朝而三見褫奪也。即象而占之,凶可知矣。象曰:以訟受服,亦不足敬也。縱受亦不足敬,況褫奪隨至,其不可終訟也明矣。
上九は剛猛の才性を具備し、また《訟》卦の最末に処り、訴訟を窮極の地に推す人である。だから聖人は言う。人もし自己の剛強を放縦し、官司を極処まで打てば、禍を招き身を喪うは、もともと必然の道理である。縦使僥倖に打ち勝ち、勝ちて命服を受賜する地步に至るとも、あれは仇争に憑って得た物で、どうして長久に保有し得よう。だから一個の早上の内に便ち三次剥奪せらる。この卦象に就いて吉凶を推断すれば、凶は想い知れる。《小象伝》は言う。官司を打って得た官服は、また他人の尊敬に値せず。縱使賞賜を受くるも尊敬に値せず、何况剥奪が紧接して便ち来るをや。訴訟は底まで打つべからず、道理はすでに甚だ清楚である。
新刻来瞿唐先生易注 巻之三
永川凌夫惇厚子甫圈點。廬陵高奣映雪君甫校讎。
本巻は永川人の凌夫惇(字は厚子)が圈点を施加し、廬陵人の高奣映(字は雪君)が校勘を負責した。いわゆる「圈点」とは、正文の傍に圈を加え点を加え、句読と紧要の処を標出すること。いわゆる「校讐」とは、二本を対読して文字の訛誤を訂正すること。
師卦(坎下坤上)
師。坎下坤上。師,憂。師者,眾也。其卦坎下坤上。以卦象論,地中有水,為眾聚之象;以卦德論,內險而外順,險道以順行,師之義也;以爻論,一陽居下卦之中,上下五陰從之,將統兵之象也。二以剛居下,五柔居上而任之,人君命將出師之象也。序卦:訟必有眾起,師興由爭,故次於訟。
《師》卦は、下体は坎、上体は坤。《雑卦伝》は「比楽師憂」と言い、兵を興し衆を動かすは人を憂労せしむる事である。「師」とはすなわち衆の意である。この一卦は坎が下に在り、坤が上に在る。卦象より講じれば、大地の中に水を蓄うるは、衆人聚集の象。卦徳より講じれば、内裏は坎の険、外面は坤の順で、民心に順応する方式を以て険難の事を行う。これはまさに用兵の道理。爻位より講じれば、一個の陽爻が下卦の中に居り、上下の五個の陰爻は皆それに追随す。これは将帥が士卒を統率する象。九二は陽剛を以て下位に居り、六五は柔順を以て上位に居りて兵権をそれに托付す。これはまた国君が将帥を任命し、兵を出して征伐する象。《序卦伝》は言う。争訟は必ず衆人を引起こして聚集して干戈を動かさしむ。軍隊の興起はもともと争奪より来る。だから《師》卦は《訟》の後に排す。
師貞,丈人吉,無咎。以三畫卦論,二為人位,故稱丈人。○貞者,正也。丈人者,老成持重,練達時務者也。凡人君用師之道,在得正與擇將而已。不得其正,則師出無名;不擇其將,則將不知兵。故用兵之道,利於得正,又任老成之人,則以事言,有戰勝攻取之吉;以理言,無窮兵厲民之咎矣。戒占者當如是也。
卦辞は言う。兵を出すは正道に合すべく、老成持重の長者に統領せしめれば吉、過ち有らざるべし。三画卦に就いて論ずれば、初は地位、二は人位、三は天位で、九二はまさに人位に当たる。だからそれを「丈人」と称す。「貞」は正である。「丈人」が指すは老成持重にして時務に熟悉する人。大凡そ国君の用兵の道理は、ただ「得正」と「擇将」の两件事に在る。兵を出して正道に合せざれば、すなわち師出して名なし。将帥を慎重に挑選せざれば、将帥は用兵を解せず。だから用兵の道は、名正しく言順なりに宜しく、また老成の人を任用するに宜しい。このようにすれば、事功の上に就いて言えば、戦勝攻取の吉有るべく、道理の上に就いて言えば、窮兵黷武・百姓を荼毒するの過ち有らざるべし。これはこの卦を占得する人にまさにこのようであるべきを告誡する。
○彖曰:師,眾也。貞,正也。能以眾正,可以王矣。剛中而應,行險而順,以此毒天下而民從之,吉,又何咎矣。王去聲。○以卦體卦德釋卦辭。眾者,即周官自五人為伍,積而至於二千五百人為師也。正者,即王者之兵,行一不義,殺一不辜,而得天下不為,如此之正也。以者,謂能左右之也。一陽在中,而五陰皆所左右也。左右之使眾人皆正,則足以宣佈人君之威德,即王者仁義之師矣,故可以王。以象正言為將者可以王,言命將者能正,即可以王,故師貴貞也。
《彖伝》は言う。「師」とはすなわち衆、「貞」とはすなわち正。能く衆人を率領して之を正に帰せしめれば、王業を成就すべし。九二は陽剛居中にして六五と相応じ、坎険の中を行走して坤順の道に依循し、この方式を以て天下を勞苦すとも百姓は依然として跟従す。吉、またどこに過ちあらん。「王」の字はここでは去声と読み、動詞に作る。この一段は卦体と卦徳を以て卦辞を解釈する。いわゆる「衆」とは、すなわち《周礼》の載する軍制で、五人を一伍と為し、層層積累して遂に二千五百人を一師と為すに至る。いわゆる「正」とは、王者の師のあの「一件の不義の事を行い一人の無辜の人を殺せば便ち天下を得るとも肯んぜぬ」純正である。いわゆる「以」とは、能く左右に駕馭する意で、一個の陽爻が中に居り、五個の陰爻は皆それに左右統摂せらる。衆人を駕馭して人人をして正に帰せしむれば、国君の威徳を宣揚するに足る。これがすなわち王者の仁義の師。だから能く王業を成就す。卦象に就いて講じれば、将を為す人が能く正なれば、王業を成就すべし。将を命ずる国君に就いて講じれば、能く正なれば、同じく王業を成就すべし。だから用兵は正を守るを貴しとす。
剛中而應者,為將不剛則怯,過剛則猛。九二剛中,乃將才之善者,有此將才,五應之,又信任之專,則可以展布其才矣。行險者,兵,危事也,謂坎也;順者,順人心也,謂坤也。兵足以戡亂而順人心,則為將有其德矣。有是才德,所以名丈人也。
いわゆる「剛中而応」は、将帥を為す人は剛強ならざれば怯懦となり、剛強に過ぐれば残暴となる。九二は陽剛にして中に居り、まさに将才の中の最も好き一等である。このような将才有れば、六五またそれと相応じ、しかも信頼専一にして疑わず。彼は能く自己の才干を充分に施展し得る。いわゆる「行険」とは、用兵はもともと危険の事で、指すは下体の坎。いわゆる「順」とは、民心に順応するを言い、指すは上体の坤。軍隊はすでに禍乱を平定するに足り、また民心に順応し得れば、将帥を為す人は応有の徳行を具備す。才と徳と兼備す。だから卦辞は彼を「丈人」と称す。
毒者,猶既濟隱字,時久師老之意。噬嗑中爻為坎,故亦曰遇毒,乃陳久之事,文案繁雜,難於聽斷,故以臘毒象之,非毒害也。言出師固未免毒於天下,然毒之者,實所以這之,乃民所深願而悅從者也。民悅而從,所以吉而無咎。毒天下句,與民從之句,意正相應;若毒天下而民不從,豈不凶而有咎。
いわゆる「毒」とは、《既済》卦の用いたあの「隠」の字の如く、時日が拖りて久しく師老え兵疲れる意である。《噬嗑》卦の二三四爻は互いに坎を成す。だから六三の爻辞もまた「遇毒」と言い、指すは陳年積圧の旧案で、文案が繁多にして審断し難く、因りて腌肉の苦を発するが如き「腊毒」を以て取象す。毒害の毒ではない。ここで言うは、兵を出し戦を打つは固然として天下人に苦頭を喫らはしむるを免れざるも、しかし彼らにこの苦頭を喫らはしむるは、実際にはまさに彼らを成全せんがためで、百姓が心底より盼望し楽意に跟従する所である。百姓が喜悅して跟従す。だから吉にして咎なし。「以此毒天下」のこの一句は、「而民従之」のあの一句と、意思はまさに相互に呼応す。もし天下を荼毒して百姓が並び跟従せざれば、あに凶にして咎有らざらんや。
○象曰:地中有水,師。君子以容民畜眾。水不外於地,兵不外於民。地中有水,水聚地中,為聚眾之象,故為師。容者,容保其民,養之教之也;畜者,聚畜也。古者寓兵於農,故容保其民者,正所以畜聚其兵也。常時民即兵,變時兵即民,兵不外乎民,即水不外乎地也。
《大象伝》は言う。大地の中に水を蓄うる。これがすなわち《師》卦の取象である。君子はこれに由りて領悟し、百姓を容養し民衆を蓄聚すべし。水は大地の外に在らず、兵もまた百姓の外に在らず。地中に水有り、水は大地の中に聚まる。まさに衆を聚むる象である。だから名を取って《師》と為す。「容」は自己の百姓を容納保全し、養育教化を加うること。「畜」は聚集蓄養すること。古代は兵を農に寓する制度を実行し、だから能く百姓を容納保全するは、またまさにその軍隊を蓄聚するなり。平時は百姓はすなわち士兵で、変故有る時は士兵はすなわち百姓である。兵は民の外に在らず、まさに水が地の外に在らざるが如し。
○初六:師出以律,否臧凶。初與九二相近,亦偏裨之雄者,故戒以失律。○專以將言。律者,法也,號令嚴明,部位整肅,坐作進退,攻殺擊刺,皆有法則是也。否者,塞也,兵敗也;臧者,善也,兵成功也。若不以律,不論成敗,成亦凶,敗亦凶,二者皆凶,故曰否臧凶。觀小象失律凶之句,可見矣。○初六才柔,當出師之始,師道當守其法則,故戒占者師出以律,失律則不論否臧皆凶矣。
初六の爻辞は言う。兵を出すは軍法紀律に依照すべし。否ざれば勝敗を論せず皆凶。初六は九二に紧挨し、偏将裨将の中の雄健たると算え得る。だから特別にそれに軍紀を失うべからざるを告誡す。この一爻は専ら将帥の一面に就いて言う。「律」とはすなわち法で、号令は厳明に、部伍は整粛に、坐・作・進・退、攻・殺・撃・刺、样样皆循るべき法度有り。これがすなわち律である。「否」は閉塞で、敗仗を打ったを指す。「臧」は善で、勝仗を打ったを指す。もし軍法に依らざれば、それは勝敗を論ぜず、勝もまた凶、敗もまた凶、両頭皆凶。だから「否臧凶」と言う。《小象伝》「失律凶也」のあの一句を看れば、この層の意思は甚だ清楚である。初六は才質柔弱にして、またまさに出兵の始めに当たる。用兵の道は法度を謹守すべし。だから占者に告誡して、出兵は必ず紀律に依照せざるべからず。一旦紀律を失えば、それは勝敗を論ぜず皆凶。
○臧,善也,以律者臧也;否,不也,失律者否臧也。象曰:師出以律,失律凶也。小象正釋否臧之為失律也。失律未有能成功者。左傳云:執事順承為臧,逆為否。○失律,否固凶,臧亦凶。
「臧」は善で、軍法紀律に依照するはすなわち「臧」。「否」は不で、紀律を失うはすなわち「不臧」。《小象伝》は言う。兵を出すは紀律に依るべし。紀律を失えば凶。この条の小象はまさに「否臧」を「失律」と解釈する。紀律を失いて能く成功するは、かつて有らず。《左伝》は言う。事を弁じ理に順い命を承くを「臧」と言い、違逆するを「否」と言う。紀律を失えば、敗仗を打つは固然凶、縦使僥倖に打ち勝つも同じく凶。
○九二:在師中吉,無咎,王三錫命。師中者,在師中而得其中也。此爻正彖辭之剛中而應,六五小象之以中行,皆此中也。在師中者,剛中也;錫命者,五應也。蓋為將之道,不剛則怯,過剛則猛,惟剛中則吉而無咎矣。吉無咎者,恩威並著,出師遠討,足以靖內安外也。錫命者,乃寵任其將,非褒其成功也。曰錫命,則六五信任之專可知矣。
九二の爻辞は言う。身を軍中に在りて能く中道を持守すれば吉、過ち有らざるべし。君王は三次任命を頒下す。いわゆる「師中」とは、身を軍中に在りてまた中道を得るを言う。この一爻はまさに《彖伝》の言う「剛中而応」で、またまさに六五《小象伝》の言う「以中行」で、講ずるは皆同じ一個の「中」である。「在師中」は九二が陽剛にして下卦の中に居るを指す。「錫命」は六五がそれと相応するを指す。将帥を為す道理は、剛強ならざれば怯懦となり、剛強に過ぐれば残暴となる。ただ剛にして中を得てこそ、能く吉にして咎なしとし得る。いわゆる「吉无咎」とは、恩徳と威厳とを並べ著し、兵を出して遠征し、内部を安定し外患を綏靖するに足るを言う。いわゆる「錫命」とは、国君がこの将帥を寵信重用するので、彼のすでに立てた戦功を嘉奨するのではない。すでに「三錫命」と言う以上、六五の信頼の専一なるもまた想い知れる。
本卦錯同人,乾在上,王之象;離在下,三之象;中爻巽,錫命之象。全以錯卦取象,亦如睽卦上九之見豕負塗也。○九二為眾陰歸,有剛中之德,上應六五而為之寵任,故其象如此,而占者可知矣。象曰:在師中吉,承天寵也。王三錫命,懷萬邦也。意在萬邦,故寵任將,非為將一人也。○天謂王也。在師中吉者,以其承天之寵,委任之專也;王三錫命者,以其存心於天下,惟恐民之不安,故任將伐暴安民也。下二句皆推原二五之辭。○將握重兵,主易猜疑,王翦請美田宅是也。
《師》卦の毎一爻はその相反するを取れば、便ち《同人》卦を成す。これはその錯卦である。《同人》の上体は乾と為し、乾は君と為す。これは「王」の取象である。下体は離と為し、離は八卦の数の中に第三に居る。これは「三」の取象である。《同人》の二三四爻は互いに巽を成し、巽は申命と為す。これは「錫命」の取象である。この一爻は完全に錯卦の上より取象したので、《睽》卦の上九「見豕負塗」もまた錯卦より取ったが如し。九二は五個の陰爻の帰附する所と為り、剛にして中を得る徳性を具備し、上は六五と相応じてその寵信重用を受く。だからこのような卦象あり、占者の処境もまた想い知れる。《小象伝》は言う。身を軍中に在りて中道を守りて吉を得るは、君王の寵信を承受したればなり。君王が三次任命を頒下するは、心裏に天下万邦を牽挂すればなり。国君の心意は万邦百姓に在る。だからこそ将帥を寵信重用するので、単に将帥一人のためではない。ここの「天」が指すはすなわち王である。「在師中吉」は、彼が君王の寵信を承受して専一に委任せられたればなり。「王三錫命」は、国君が天下に存心して、ただ百姓の安寧を得ざるを恐れ、だから将帥を任命して暴乱を討伐し百姓を安定せしむ。後のこの両句は皆九二と六五とがなぜかくの如くなるかを追溯する言である。将帥は重兵を手握し、君主は猜疑の心を起こし易し。王翦が出征の前に一再して良田美宅を請求したは、まさにこのためである。
○六三:師或輿尸,凶。或者,未必之辭。變巽進退不果,或之象也。輿者,多也,眾人之意,即今輿論之輿。以坤坎二卦,皆有輿象,故言輿也。尸者,主也,言為將者不主,而眾人主之也。觀六五弟子輿尸可見矣。程傳是。○六三陰柔,不中不正,居大將九二之上,才柔志剛,故有出師大將不主,而三或主之之象,不能成功也必矣,故其占凶。象曰:師或輿尸,大無功也。陸遜按劍,戒諸老將;穰苴誅莊賈,孫臏誅宮嬪,皆然。○曰大者,甚言其不可輿尸也。
六三の爻辞は言う。軍中は或いは衆人に由って主を為さしむ。凶。「或」は「未だ必ずしもこのようならず」の口気である。六三が一変すれば、下卦は巽を成し、巽の性情は進退果決せず。これがすなわち「或」の取象である。「輿」は多の意で、衆人を指し、すなわち今日「輿論」と言うあの「輿」である。坤と坎の両卦ともに車輿の象有るがゆえに、「輿」の字を用いる。「尸」は主持で、その主を為すべき将帥が主を為さず、却って衆人に由って主を為さしむるを言う。六五の爻辞「弟子輿尸」を見れば、この層の意思は明白である。程頤《易伝》の解釈は正しい。六三は陰柔にして、中に居らず正を得ず、しかし大将九二の頭上に壓れ、才質は柔弱にして心志は剛愎なり。だから出兵の際に大将が主を為し得ず、反って六三に由って越俎代庖する卦象あり。成功し得ぬは必然である。ここに占断を凶とす。《小象伝》は言う。軍中に衆人に由って主を為さしむるは、大いに功無きなり。陸遜が剣を抜き案に按じて諸老将を訓誡し、司馬穰苴が遅刻の監軍荘賈を斬殺し、孫臏(孫武と作るべし)が呉宮に於いて号令を聴かぬ嬪妃を斬殺したは、皆この道理である。一個の「大」の字を言うは、軍中に断々として衆人に由って主を為すべからざるを極言する。
○六四:師左次,無咎。師三宿為次。右為前,左為後,蓋乾先坤後,乾右坤左。故明夷六四陰也,曰左腹;豐卦九三陽也,曰右肱。左次謂退舍也。○六四居陰得正,故有出師,度不能勝,完師以退之象。然知難而退,兵家之常,故其占無咎。象曰:左次無咎,未失常也。士會勸荀林父不渡河是也。曹操曰:孫權不欺我,遂還。○知難而退,師之常也。聖人恐人以退為怯,故言當退而退,亦師之常,故曰未失常。
六四の爻辞は言う。軍隊は後に向かい駐紮す。過ち有らざるべし。軍隊が三夜以上駐留するを「次」と言う。右を前とし左を後とす。乾が先に在り坤が後に在り、乾は右に属し坤は左に属するがゆえ。だから《明夷》卦の六四は陰爻で「入于左腹」と言い、《豊》卦の九三は陽爻で「折其右肱」と言う。「左次」とはすなわち兵を退して駐紮する意である。六四は陰爻を以て陰位に居りて正を得る。だから出兵の後に打ち勝てぬを估量し、便ち部隊を保全して撤退する卦象あり。形勢の艱難を知って兵を退くは、これはもともと兵家の常事である。だから占断を過ちなしとす。《小象伝》は言う。後に向かい駐紮して過ちなきは、用兵の常法に違背せざればなり。春秋の時、士会が荀林父を勧めて黄河を渡らしめざりしは、このようである。曹操が「孫権は孤を欺かず」と言い、そこで軍を撤したも、このようである。難を知りて退くは、用兵の常法である。聖人は人が兵を退くを一概に怯懦と看作するを恐れ、だから特意に言う。退くべき時に退くも、また用兵の常法である。ここに「未失常」と言う。
○六五:田有禽,利執言,無咎,長子帥師,弟子輿尸。田乃地之有水者,應爻為地道,居於初之上,田之象也,故乾二爻曰在田。禽者,上下皆有陰,與小過同,禽之象也。坎為豕,錯離為雉,皆禽象也。禽害禾稼,寇盜之象也,坎為盜,亦有此象。執者,興師以執獲也。坤為眾,中爻震綜艮為手,眾手俱動,執獲之象也。言者,聲罪以致討也,坤錯乾為言,言之象也。無咎者,師出有名也。長子,九二也,中爻震,長子之象也。長子即丈人,自眾尊之曰丈人,自爻象之,曰長子。弟子,六三也,坎為中男,震之弟也,弟子之象也。
六五の爻辞は言う。田に禽獣有りて害を為す。師を興して声討捕獲するに宜しく、過ち有らざるべし。長子に軍隊を統率せしめ、もし弟子たちに一同に主を為さしめば、尸首を抬いて帰らん。「田」は水ある土地である。六五の応ずる九二は坤地の道の中に在り、また初爻の上に居る。これは「田」の取象である。だから《乾》卦の九二もまた「見龍在田」と言う。いわゆる「禽」とは、この一卦が上下皆陰爻にして中間に一陽を夾み、《小過》卦の形体と相同じ、まさに飛禽走獣の象がゆえ。坎は《説卦伝》で豕と為し、坎の錯卦の離は雉と為す。皆禽獣の象である。禽獣が庄稼を糟蹋するは、まさに寇盗の象で、坎はまた盗と為す。同じくこの象有り。「執」は兵を興して擒獲しに行くこと。坤は衆と為し、中爻は互いに震を成し、震を倒転(綜卦)せばすなわち艮となり、艮は手と為す。衆人の手が一斉に出動す。これは擒獲の取象である。「言」は対方の罪状を宣布して之を討伐する。坤の錯卦は乾で、乾は言と為す。これは「言」の取象である。いわゆる「无咎」とは、出兵に正当の名义あるを言う。「長子」は九二を指し、中爻は互いに震を成し、震は長男と為す。これは「長子」の取象である。長子はすなわち卦辞の裏の「丈人」である。衆人が彼を尊敬する角度より言えば「丈人」と言い、爻象の取譬する角度より言えば「長子」と言う。「弟子」は六三を指し、坎は中男と為し、震の弟弟である。これは「弟子」の取象である。
○六五用師之主,柔順得中,不為兵端者也。敵加於己,不得已而應之,故為田有禽之象。應敵興兵,利於執言,占者固如是矣。然在將又不可不專,若專於委任,使老成帥師以任事可也;荀參之以新進之小人俾為弟子者,參謀輿尸於其間,使長子之才有所牽制,而不得自主,則雖田有禽,乃應敵之兵,其事固貞,然所任不得其人,雖貞亦凶矣。因六五陰柔,故許以無咎,而又戒之以此貞凶。
六五は用兵の主人で、柔順にして上卦の中に居り、自ら戦端を挑起する人にあらず。敵人が門上に打ち来れば、得已ずして起ちて応戦するのみ。だから「田有禽」の卦象あり。敵人に応付して兵を出すは、罪を声して討伐するに宜しく、占者は本来まさにこのようであるべし。しかし将帥のこの一面に於いては、権柄はまた専一ならざるべからず。もし能く専一に委任し、老成の人に軍隊を統率してこの事を担当せしめれば、それは可なり。もし新進の小人を掺入して「弟子」と為し、彼らをして中間に於いて謀議に参与し権を越えて主を為さしめ、長子の才をして処処牵制を受けて自主し得ざらしめば、それは縦使「田有禽」にして、出ずるは敵に応ずる兵で、事情本身は固然正当なりと雖も、しかし任用する所の人は当たらず。正と雖もまた凶。まさに六五が陰柔なるがゆえに、それに「无咎」を許し、同時にまたこの一層の「貞凶」を以てそれに告誡す。
象曰:長子帥師,以中行也。弟子輿尸,使不當也。當去聲。○言所以用長子帥師者,以其有剛中之德,使之帥師以行,使之當矣。若弟子,使之不當也。以中行,惟原其二之辭;使不當,歸咎於五之辭。○龐籍薦狄青為大將,徵儂智高,曰:願勿置監軍,必能成功。
《小象伝》は言う。長子に軍隊を統率せしむるは、彼が能く中道を以て行うがゆえ。弟子たちに一同に主を為さしむるは、任使が恰当を得ざればなり。「当」の字は去声と読む。長子を用いて兵を統せしむる所以は、彼に陽剛得中の徳行有り、彼を派遣して兵を領して出征せしむれば、この任使は恰当なればなり。あの弟子たちに至っては、彼らを任使すれば不恰当なり。「以中行」の一句は、九二本身の善を推原して言う。「使不当」の一句は、則ち責任を六五の用人不当に帰咎して言う。宋代の龐籍が狄青を推薦して大将と為し、侬智高を征討しに行かしめ、言うに、ただ願わくは朝廷は別に監軍を設置せざれ、かくの如くすれば必ず能く成功せんと。講ずるはまさにこの道理である。
○上六:大君有命,開國承家,小人勿用。坤錯乾,大君之象也;乾為言,有命之象也。命者,命之以開國承家也。坤為地,為方國之象也,故曰開國;變艮為門闕,家之象也,故曰承家。損卦艮變坤,故曰元家;師卦坤變艮,故曰承家。周公爻象,其精至此。開者,封也;承者,受也。功之大者開國,功之小者承家也。小人,開承中之小人也。陽大陰小,陰土重迭,小人之象也。勿用者,不因其功勞而遂任用以政事也。變艮為止,勿用之象也。
上六の爻辞は言う。天子は冊命を頒下し、諸侯を分封し卿大夫の家を賜立す。その中の小人は任用すべからず。坤の錯卦は乾で、乾は君と為す。これは「大君」の取象である。乾はまた言と為す。これは「有命」の取象である。いわゆる「命」とは、すなわち彼らに冊命して国を開き家を承けしむる。坤は地と為し、方国の象有り。だから「開国」と言う。上六が一変すれば、上体は艮を成し、艮は門闕と為す。これは「家」の取象である。だから「承家」と言う。《損》卦の上九は艮が変じて坤と為る。だから爻辞は「无家」と言う。《師》卦の上六は坤が変じて艮と為る。だから爻辞は「承家」と言う。周公が爻辞を系する時の取象の精微は、竟にこの地步に至る。「開」は分封で、「承」は承受である。功労の大なるは分封して諸侯の国と為し、功労の小なるは承受して卿大夫の家と為す。ここの「小人」が指すは、封を受け賜を受ける人の裏頭の小人である。陽を大とし陰を小とす。上六は陰土が層層重迭して上に在る。これは「小人」の取象である。いわゆる「勿用」とは、彼に功労有るがために、勢いに順って彼を任用して政事を経理せしむべからざるを言う。上六が変じて艮と為れば、艮は止と為す。これは「勿用」の取象である。
○上六師終成功,正論功行賞之時矣,故有大君有命、開國承家之象。然師旅之興,效勞之人,其才不一,不必皆正人君子,推計其一時得功之大小,此正王者封建之公心也。至於封建之後,則惟賢是用,而前日諸將功臣中之小人,惟享其封建之爵土,再不得干預乎庶政矣,故又戒之以小人勿用也。弟子輿尸,戒之於師始;小人勿用,戒之於師終。聖人之情見矣。
上六は《師》卦の終了に処り、戦事はすでに成功し、まさに功を論じ賞を行う時である。だから「大君有命・開国承家」の卦象あり。しかし師を興し衆を動かすの際、力を出し労を効する人の才性は一ならず、未だ必ずしも個個皆正人君子ならず。ただ彼らの一時の立功の大小に按じて封賞を核計するは、これがまさに王者の分封建国する時のあの大公無私の心である。分封すでに定まった後に至っては、人を用うるは便ちただ賢者を取る。従前のあの将領功臣の当中の小人は、ただ彼らに分け与えた爵位封土を享有し得るのみで、更に国家の日常政務を干与するを許さず。だから爻辞はまた「小人勿用」を以て告誡す。「弟子輿尸」は、用兵の初めに於いて告誡を加うる。「小人勿用」は、用兵の末に於いて告誡を加うる。聖人が天下を愛護する一片の苦心は、ここに於いて見える。
象曰:大君有命,以正功也。小人勿用,必亂邦也。正功者,正功之大小也;亂邦者,小人挾功倚勢,暴虐其民,必亂其邦。王三錫命,命於行師之始,惟在於懷邦;大君有命,命於行師之終,惟恐其亂邦。聖人行師,惟救其民而已,豈得已哉。○命則止論功,用則必得人。
《小象伝》は言う。天子が冊命を頒下するは、功労を核定せんがため。小人は任用すべからず、彼らは必ず邦国を攪乱せんがゆえ。いわゆる「正功」とは、功労の大小を核定すること。いわゆる「乱邦」とは、小人が戦功を挟み権勢に倚仗し、百姓を暴虐残害して、必ず邦国を攪乱すを言う。「王三錫命」は、出兵の初めに下した命令で、心心念々ただ天下を安撫するに在った。「大君有命」は、兵を収むるの末に下した命令で、念々に担憂するはただ彼らの邦国を攪乱するを恐るるのみ。聖人の用兵は、無非百姓を拯救せんがためのみ。どこにかこのようにするを願う所あらん。冊命する時はただ功労の大小を論じ、任用する時は却って必ず人を選んで当を得べし。
比卦(坤下坎上)
坤下坎上。比,樂。比,親輔也。其卦坤下坎上。以卦象論,水在地上,最相親切,比之象也;以爻論,五居尊位,眾陰比而從之,有一人撫萬邦、四海仰一人之象,故為比也。序卦:眾必有所比,故受之以比,所以次師。
《比》卦は、下体は坤、上体は坎。《雑卦伝》は「比楽師憂」と言い、親近相輔するは人を喜楽せしむる事である。「比」は親近輔助の意である。この一卦は坤が下に在り、坎が上に在る。卦象より講じれば、水が大地の上に鋪くは、最も貼合親密で、これがすなわち「比」の象である。爻位より講じれば、九五は尊位に居り、衆多の陰爻は皆それに親附順従し、一人が万邦を安撫し四海が一人を仰望する象有り。だから名を取って《比》と為す。《序卦伝》は言う。衆人が聚集すれば必ず親附する所有り。だから《師》卦の後に接するは《比》卦である。
比吉,原筮元永貞,無咎,不寧方來,後夫凶。比,毗意反。○原者,再也。蒙之剛中在下卦,故曰初筮;比之剛中在上卦,故曰原筮。下卦名初筮,上卦名原筮。孔子於二卦彖辭,皆以剛中言。蒙剛中在下,故能發人之蒙;比剛中在上,故有君德,而人來親輔也。非舊注所謂再筮以自審也。
卦辞は言う。親比すれば則ち吉。再度審察して、元善・恒久・貞正の三種の徳性を具備すれば、過ち有らざるべし。四方は遑ども寧処せず前来して帰附し、後頭に落る人は則ち凶。「比」の字は毗意反と読む。「原」は再び一度の意である。《蒙》卦の陽剛得中のあの一爻は下卦に在り(九二)。だから「初筮」と言う。《比》卦の陽剛得中のあの一爻は上卦に在り(九五)。だから「原筮」と言う。爻が下卦に在ればすなわち「初筮」と言い、爻が上卦に在ればすなわち「原筮」と言う。孔子はこの両卦の《彖伝》の裏で、皆「剛中」より説を立つ。《蒙》卦の剛中は下位に在る。だから能く他人の蒙昧を啓発す。《比》卦の剛中は上位に在る。だから君主の徳性を具有し、衆人前来して親附輔佐す。並びに旧注の言う「再び一度占いて以て自我を審察す」ではない。
元者,元善也,即仁也;永,恆也;貞,正也。言元善長永貞固也。無咎者,有此元永貞之三德也。不寧者,不遑也。四方歸附,方新來者不遑也,猶言四方歸附之不暇也。坤為方,故曰方。後夫凶者,如萬國朝禹,而防風後至;天下歸漢,而田橫不來也。下畫為前,上畫為後。凡卦畫陽在前者為夫,如睽過元夫是也。此夫指九五也。陽剛當五,乃位天德,元之象也。四陰在下,相率而來,不寧方來之象也。一陰高亢於上,負固不服,後夫之象也。
「元」は元善で、すなわち仁である。「永」は恒久である。「貞」は正固である。合わせて言えば、すなわち元善にしてまた長久貞固である。「无咎」たる所以は、まさに元・永・貞のこの三種の徳性を具備するがゆえ。「不寧」は不暇・来り及ばざる意で、四方が争相い帰附し、剛に趕到した人はまだ安頓するに及ばず。四方の帰附の暇なしと言うが如し。坤は方と為す。だから一個の「方」の字を用いる。「後夫凶」は、大禹が万国の諸侯を塗山に会合するに、防風氏が遅到して誅せられたが如く、天下が皆漢高祖に帰したのに田横が朝に来るを肯んぜざりしが如し。卦画は自下より上へ、下面の爻を前と算え上面の爻を後と算う。およそ卦画中に陽爻が前に在るは皆「夫」と称す。《睽》卦の九四の「遇元夫」と言うが如し。ここの「夫」は九五を指す。陽剛がまさに第五の位に当たり、居るは「天徳」の位。これは「元」の取象である。下面の四個の陰爻が相率いて来る。これは「不寧方来」の取象である。ただ上六の一個の陰爻のみ高く上に踞り、憑恃して自ら守りて帰服を肯んぜず。これがすなわち「後夫」の取象である。
○言筮得此卦,為人所親輔,占者固吉矣。然何以吉哉。蓋因上卦陽剛得中,而有元永貞三者之德,則在我己無咎,而四方之歸附於我者日不遑,後來者自蹈迷復之凶矣,此所以吉也。
占筮してこの一卦を得れば、衆人に親近輔助せられ、占者は当然に吉である。しかし何を憑って吉を得るか。ただ上卦九五が陽剛にして中を得、元・永・貞のこの三種の徳性を具備するがゆえにのみ。すなわち我自己のこの一面に於いてはすでに過ちなく、四方の我に帰附する者は日々絡繹として応接に暇なく、後頭に落る者は自然に《復》卦上六の「迷復」の如き凶険を蹈む。これがすなわちそれが吉を得る所以の缘由である。
○彖曰:比,吉也。比,輔也,下順從也。原筮元永貞無咎,以剛中也。不寧方來,上下應也。後夫凶,其道窮也。釋卦名義,又以卦體釋卦辭。比,吉也,乃漸卦女歸吉也之例,皆止添一也字。比輔者,言陽居尊位,群下順從以親輔之也。蓋輔者,比之義;順從者,又輔之義。順者,情不容已;從者,分不可逃。
《彖伝》は言う。親比は、吉なり。「比」とはすなわち輔助で、下面の衆爻は上面に順従す。「原筮元永貞无咎」は、九五が陽剛得中なるがゆえ。「不寧方来」は、上下が相応ずるがゆえ。「後夫凶」は、彼の道路がすでに窮尽に走り至ったがゆえ。この一段はまず卦名の含義を解釈し、再び卦体を以て卦辞を解釈する。「比、吉也」のこの句式は、《漸》卦《彖伝》「女帰吉也」と同一の体例で、皆ただ卦辞の原文の後に一個の「也」の字を添うるのみ。いわゆる「比輔」とは、陽爻が尊位に居り、下面の衆爻が順従して親近輔佐するを言う。「輔」は「比」の字の含義で、「順従」はまた「輔」の字の含義である。「順」は、情感の上で自ら已め得ざること。「従」は、名分の上で逃避する術なきこと。
以者,因也,因有此剛中之德也。剛中,則私慾無所●,所以為善者此也;剛中則健而不息,所以為永者此也;剛中,則正而不偏,所以為貞者此也。蓋八卦正位,坎在五,所以有此三德而無咎。九五居上,群陰應於下,上下相應,所以不寧方來。道窮者,理勢窮蹙,無所歸附也。
「以剛中也」の「以」は因為の意で、まさに九五に陽剛得中の徳性有るがゆえを言う。陽剛得中なれば、私欲は便ち容身する処なし。「元善」し得る所以は、頼るはこのれ。陽剛得中なれば、便ち剛健にして停息せず。「永」し得る所以は、頼るはこのれ。陽剛得中なれば、便ち端正にして偏倚せず。「貞」し得る所以も、頼るはこのれ。八卦は各々正位有り、坎の正位はすなわち第五爻に在る。だから九五はこの三種の徳性を具備して過ちなし。九五は高く上位に居り、群陰は下に在りてそれと相応じ、上下は彼此感応す。だから四方の帰附は応接に暇なし。いわゆる「道窮」とは、事理と形勢とが皆すでに窘迫して尽頭に至り、更に帰附すべき処なきを言う。
○象曰:地上有水,比。先王以建萬國,親諸侯。物相親比而無間者,莫如水在地上。先王觀比之象,建公侯伯子男之國,上而巡狩,下而述職,朝聘往來,以親諸侯。諸侯承流宣化,以親其民,則視天下猶一家,萬民猶一身,而天下比於一矣。彖則人來比我,象與諸爻,則我去比人。師之畜眾,井田法也;比之親侯,封建法也。
《大象伝》は言う。大地の上に水有り。これがすなわち《比》卦の取象である。先王はこれに由りて領悟し、万国を分封し諸侯に親近すべし。天下万物が彼此親附して毫も間隙なきは、水の地上に鋪くに比するはない。先王は《比》卦の象を観察し、公・侯・伯・子・男の五等の諸侯の国を分封し、在上者は時に按じて巡狩し、在下者は時に按じて述職し、朝覲聘問は往来して絶えず、以て諸侯に親近す。諸侯は天子の教化を承接して之を宣布し、以て自己の百姓に親近す。このようにすれば、天下を看るに一家の如く万民を看るに一身の如くし、天下もまた親比合一す。卦辞が講じるは他人が前来して我に親附するで、《大象伝》と六爻とが講じるは則ち我が往きて他人に親附する。《師》卦の容民畜衆は、井田の法である。《比》卦の親近諸侯は、封建の法である。
○初六:有孚比之,無咎,有孚盈缶,終來有他吉。缶音否。○有孚者,誠信也;比之者,比於人也。誠信比人則無咎矣。缶,瓦器也,以土為之,而中虛,坤土陰,虛之象也。盈者,充滿也。缶,坤土之器;坎,下流之物。初變成屯,屯者盈也,水流盈缶之象也。若以人事論,乃自一念,而念念皆誠,自一事而事事皆誡,即盈缶也。有孚即孟子所謂信人,盈缶則充實之謂美矣。來者,自外而來也;他,對我言;終,對始言。
初六の爻辞は言う。誠信を懐いて人に親附するに往けば、過ちなし。誠信が瓦缶に水を盛り満たすが如く充満せば、最終にまた外面より別の吉祥を招来す。「缶」の字は読音は否に同じ。「有孚」は内心の誠信で、「比之」は他人に親附するに往くこと。誠信を以て他人に親附すれば、自然に過ちなし。「缶」は瓦器で、土を以て焼成して中間が空虚である。坤は土と為し陰と為し虚と為す。まさにこの象である。「盈」は充満である。缶は坤土の造る器皿で、坎は下に向かい流注する水である。初六が一変すれば、全卦は《屯》と為り、《序卦伝》は「屯者、盈也」と言う。これがすなわち水が流注して瓦缶に灌満する取象である。もし人事より講じれば、すなわち一個の念頭より誠が起こりて念念皆誠となり、一件の事情より誠が起こりて事事皆誠となる。これがすなわち「盈缶」である。「有孚」は《孟子》の言う「有諸己之謂信」のあの「信人」に相当し、「盈缶」は則ち「充実之謂美」に相当す。「来」は外面より来ること。「他」は我に対して言う。「終」は始に対して言う。
○初六,乃比之始,相比之道,以誠信為本,故無咎。若由今積累,自始自終,皆其誠信充實於中,若缶之盈滿,孚之至於極矣,則不但無咎,更有他吉也。象曰:比之初六,有他吉也。言比不但無咎,而即有他吉,見比貴誠實也。
初六は《比》卦の開頭に処る。彼此親附の道理は、誠信を以て根本とす。だから過ちなし。もし今日より一点一滴積累し、頭より尾まで皆誠信を心中に充実せしめ、瓦缶の灌ぎて満々たるが如くせば、誠信が極処に至れば、それはただ過ちなきのみならず、また別に意想外の吉祥有らん。《小象伝》は言う。《比》卦の初六は、別の吉祥有らん。これは親附する人がただ咎無きを以てするのみならず、しかも即ち別の吉慶有るを言う。親比の道が誠実を貴しとするを見るべし。
○六二:比之自內,貞吉。二在內卦,故曰內。自內者,由己涵養有素,因之得君,如伊尹樂堯舜之道,而應成湯之聘也。八卦正位,坤在二,故曰貞。○六二柔順中正,上應九五,皆以中正之道相比,蓋貞而吉者也。占者有是德,則應是占矣。象曰:比之自內,不自失也。中正故不自失。
六二の爻辞は言う。内部より親附し、正を守りて吉を得。六二は内卦に在る。だから「内」と言う。いわゆる「自内」とは、自己が平日涵養素より有るに由り、因りて国君の賞識を得るを言う。伊尹が莘野に於いて堯舜の道を楽行し、因りて成湯の聘請に応えたが如し。八卦は各々正位有り、坤の正位は第二爻に在る。六二はまさにその位に当たる。だから「貞」と言う。六二は柔順にしてまた居中して正を得、上は九五と相応じ、君臣双方ともに中正の道を以て彼此親附す。これは貞正にして吉を得るなり。占者もしこのような徳性有れば、まさにこのような占断に当たるべし。《小象伝》は言う。内部より親附するは、自己を失わざるなり。居中して正を得るがゆえに、自己を失わざるなり。
○六三:比之匪人。唐河朔藩鎮,互相朋黨,比匪也。○三不中不正,已不能擇人而比之矣,又承乘應皆陰,故為比之匪人。若以剛中處之,則雖匪人,安能為我比哉。象曰:比之匪人,不亦傷乎。傷,哀傷也,即孟子哀哉之意。不言其凶,而曰傷乎者,蓋惻然而痛憫也。
六三の爻辞は言う。親附する所は正当の人にあらず。唐代の河朔一帯の藩鎮が彼此結んで朋党を成したは、すなわち「比之匪人」である。六三は中に居らず正を得ざるのみならず、自己はすでに合適の人を挑選して親附する能力なし。それは上は六四を承け、下は六二を乗じ、上は上六と応じ、前後左右の接触する所は悉く陰爻である。だから「比之匪人」と言う。仮使それが能く陽剛得中の姿態を以て自ら処れば、すなわち対方が縦使匪人なりとも、またどうして来て我と比附せん。「傷」は哀傷で、すなわち《孟子》の裏の「哀哉」の意である。それを凶と言わずして「不亦傷乎」と言うは、聖人が惻然として心に深く悲憫を致すがゆえ。
○六四:外比之,貞吉。九五外卦,故曰外,謂從五也,之字指五。本卦獨九五為賢,六二以正應而比之,修乎己而貞吉也;六四以相近而比之,從乎人而貞吉也。於此見易之時。○六四柔順得正,舍正應之陰柔,而外比九五剛明中正之賢,得所比之正者矣,吉之道也,故占者貞吉。象曰:外比於賢,以從上也。五陽剛中正,故言賢;君尊位,故言上。言六四外比,豈徒以其賢哉,君臣大分,亦以安從上之分也。
六四の爻辞は言う。外に向かいて九五に親附し、正を守りて吉を得。九五は外卦に在る。だから「外」と言う。意思は九五に順従するを言う。爻辞の裏の「之」の字が指すはすなわち九五。この一卦はただ九五のみ賢者である。六二は九五と正に相応ずるに憑って親附し、これは自己を修養して貞吉を得る。六四は九五と相邻するに憑って親附し、これは他人に順従して貞吉を得る。《周易》の時に随い義を取るの灵活は、ここに於いて見える。六四は柔順にして正を得、本来それと正に相応ずる初六の如き陰柔の輩を舍弃し、転じて外に向かい九五のこの陽剛明叡・中正の賢人に親附す。親附する対象は選びて正し。これは吉を得る道である。だから占断を貞吉とす。《小象伝》は言う。外に向かい賢者に親附するは、上位に在る君主に順従せんがため。九五は陽剛中正なり。だからそれを「賢」と称す。それは君主にして尊位に居る。だからそれを「上」と称す。これは六四の外に向かい親附するは、あにただ対方が賢能なるがためのみならんやと言う。君臣の間の大名分も、またそれをして上に在る者に順従する本分に安んぜしむ。
○九五:顯比,王用三驅,失前禽,邑人不誡,吉。顯者,顯然光明正大無私也,言比我者無私,而我亦非違道以求比乎我也。下三句,顯比之象也。三驅者,設三面之綱,即天子不合圍也。坎錯離為日,王之象也;又居三,三之象也。坎馬駕坤車,驅之象也;綜師用兵,驅逐禽獸之象也。前後坤土兩開,開一面之象也,故同人初九前坤土兩開,曰同人于門。一陽在眾陰之中,與小過同,禽之象也,故師卦亦曰禽。前禽指初,下卦在前,初在應爻之外,失前禽之象也。坤為邑,又為眾,又三四為人位,居應爻二之上、五之下,邑人之象也。
九五の爻辞は言う。光明無私に天下に親比し、君王が田猎するにただ三面を囲み、前面より跑走する禽獣を放掉し、自己の封邑の裏の人にも告誡約束を加えず。吉。「顕」は顕豁光明・正大無私で、前来して我に親附する人に私心なく、我もまた正道に違背して他人に我に親附せしめんと求めざるを言う。下面の三句は皆「顕比」の取象である。「三駆」はただ三面の羅網を張設し、すなわち天子の田猎は四面合囲せざること。坎の錯卦は離で、離は日と為し、日は君の象。これは「王」の取象である。離は八卦の数の中にまた第三に居る。これは「三」の取象である。坎は馬と為して坤の大車を駕す。これは「駆」の取象である。《比》卦を倒転せば(綜卦)すなわち《師》卦で、兵を用いて駆赶するは、まさに禽獣を駆逐する取象である。卦形の上下の坤土は両頭開敞す。これは網が一面を開く取象である。だから《同人》卦の初九もまた前面の坤土が両開するがゆえに「同人于門」と言う。一個の陽爻が衆多の陰爻の中に処り、《小過》卦の形体と相同じ。これは「禽」の取象である。だから《師》卦の六五もまた「田有禽」と言う。「前禽」が指すは初六で、下卦は前に在り、初六はまた九五の応爻六二の外に在る。これがすなわち「失前禽」の取象である。坤は邑と為し、また衆と為す。三・四の両爻は人位で、ちょうど応爻六二の上・九五の下に在る。これがすなわち「邑人」の取象である。
不誡者,禽之去者聽其自去,邑人不用警誡,以求必得也。不誡者,在下之無私;不合圍者,在上之無私,所以為顯。○九五,剛健中正,以居尊位,群陰求比於己,顯其比而無私,其比而無私,其不比者,聽其自去,來者不拒,去者不追,故有此象。占者比人無私,則吉矣。
いわゆる「不誡」とは、逃走する禽獣はそれが自ら去るに任せ、封邑の裏の人もまた警誡督責を受けて獲物を追い手に入れざるべからずするの用なきを言う。「不誡」は、在下の人に私心なし。「不合囲」は、在上の人に私心なし。ただそれ上下皆私無きがゆえに、こそ「顕比」と言う。九五は陽剛強健にしてまた中正で、高く尊位に居り、群陰は皆来りて自己に親附せんと求む。それはこの親比を光明正大にして毫も私心なく擺し、およそ来りて親附するを肯んぜぬ者は、便ちそれが自ら離去するに任す。来るは拒まず、去るは追わず。だからこのような卦象あり。占者が他人に親附する時に能く無私なれば、すなわち吉なり。
象曰:顯比之吉,位正中也。舍逆取順,失前禽也。邑人不誡,上使中也。顯比豈宜有失,惟但取順而舍逆,故有失也。獵者,以鹿黽為上殺,用首者為下殺。舍逆不殺,迎降也。舍音舍。○位正中,即剛健中正,居尊位也。用命不入鋼而去者為逆,不我比者也;不用其命,入綱而來者為順,比我者也。人中正,則不貪得。邑人不誡者,以王者有中德,故下化之,亦中,亦不貪得,猶上有以使之也,所以失前禽,邑人不誡。
《小象伝》は言う。光明無私に親比して吉を得るは、九五の居る所の位置がすでに正にして且つ中なればなり。背向逃走するを放走し、迎面して来るをただ取る。だから「失前禽」。封邑の裏の人に告誡を加えざるは、上位に在る者が中道を以て彼らを駆使すればなり。すでに顕比なれば、もともと失う所有るべからず。ただそれが順来するをただ取りて背去するを放走するがゆえに、こそ失う所有り。古代の田猎は、鹿の要害に射中るを「上殺」と算え、頭部に射中るを「下殺」と算う。背向逃走するを放過して殺さざるは、帰降するを迎接せんがため。「舎」の字は舍弃の舎と読む。いわゆる「位正中」とは、すなわち前に言う剛健中正にして尊位に居ること。駆使を聴かず網に入るを肯んぜずして径自に跑掉するを「逆」と算う。あれは我に親附せぬ人である。駆赶に服従せずして自己網に入りて来るを「順」と算う。あれは我に親附する人である。人が中正であれば多く得んと貪求せず。「邑人不誡」は、王者に居中して偏らざる徳性有るがゆえに、下面の人もその感化を受けて能く中を守り、また多く得んと貪求せず、あたかも上面がもともとこのように彼らを駆使するが如し。まさにこのがゆえに、こそ「失前禽」にして「邑人不誡」なり。
○上六:比之無首,凶。乾為首,九五乾剛之君,乃首也。九五已與四陰相為顯比,至上六,則不能與君比,是比之無首,其道窮矣,故蹈後夫之凶。○師比相綜,本是一卦體,在師則專論剛柔,在此則專論陰陽。象曰:比之無首,無所終也。無所終,即後夫凶。
上六の爻辞は言う。親附して帰すべき首領なし。凶。乾は首と為し、九五は剛健にして乾の如き君主で、まさに衆人の首領である。九五はすでに下面の四個の陰爻と光明無私の親比を構成し、上六に到れば、それは能く君主と相親附せず。これがすなわち「比之无首」である。その道路はすでに尽頭に走り至った。だから卦辞の言う「後夫凶」の下場を蹈まん。《師》《比》の両卦は互いに綜卦と為り、もともと同一の卦体を倒して看る。ただ《師》卦の裏では専ら剛柔に就いて説を立て、《比》卦の裏では則ち専ら陰陽に就いて説を立つ。《小象伝》は言う。親附して帰すべき首領なければ、好き結局なし。「无所終」とは、すなわち卦辞の言う「後夫凶」である。
小畜卦(乾下巽上)
小畜。乾下巽上。小畜,寡也。小者,陰也;畜者,止也。乾下巽上,以陰畜陽;又一陰居四,上下五陽,皆其所畜,以小畜大,故為小畜。又畜之未極,陽猶尚往,亦小畜也。序卦:比必有所畜,故受之以小畜,所以次比。
《小畜》卦は、下体は乾、上体は巽。《雑卦伝》は「小畜、寡也」と言い、畜聚する所は甚だ微少である。「小」は陰を指し、「畜」は止住である。乾が下に在り巽が上に在るは、陰を以て陽を畜止す。再びただ六四のこの一個の陰爻が第四位に居り、上下の五個の陽爻は皆それに畜止せられ、小を以て大を畜止す。だから《小畜》と言う。また畜止はまだ極処に至らず、陽気は依然として上に向かい行進す。これもまた「小畜」の意である。《序卦伝》は言う。彼此親比すれば必ず畜聚する所有り。だから《比》卦の後に接するは《小畜》卦である。
小畜,亨,密雲不雨,自我西郊。畜音初,大畜同。○中爻離錯坎,雲之象;中爻兌,西之象;下卦乾,郊之象,詳見需卦。凡云自西而來東者,水生木,洩其氣,故無雨。○小畜亨,然其所以亨者,以畜未極,而施未行也,故有密雲不雨、自我西郊之象,故占者亨。
卦辞は言う。《小畜》は亨通す。濃雲密布してしかも雨を下さず、雲気は我が西辺の郊野より飄来す。「畜」の字は読音は初に同じ(蓄の如く読む)。《大畜》卦もこれに同じ。三四五爻は互いに離を成し、離の錯卦は坎で、坎は水と為し雲と為す。これは「雲」の取象である。二三四爻は互いに兌を成し、兌は西方に居る。これは「西」の取象である。下体は乾で、乾は郊野と為す。詳しくは前の《需》卦に見える。大凡そ雲気が西よりして東へ来るは、水が木を生じ木に水気を泄去了せられ、だから雨を下し成さず。《小畜》の亨通する所以は、畜止がまだ極処に至らず、陰の潤沢もまたまだ施行せざるがゆえ。だから「密雲不雨・自我西郊」の卦象あり。ここに占者は亨を得。
○彖曰:小畜,柔得位而上下應之,曰小畜。健而巽,剛中而志行,乃亨。密雲不雨,尚往也;自我西郊,施未行也。施,始跂反。○以卦綜卦德釋卦名卦辭。得位者,八卦正位,巽在四也。本卦與履相綜,故孔子雜卦曰:小畜寡也,履不處也。履之三爻陰居陽位,不得其位,往而為小畜之四,則得位矣,故曰柔得位而上下應之。上下者,五陽也。以柔得位,而上下應之,則五陽皆四所畜矣。以小畜大,故曰小畜。
《彖伝》は言う。《小畜》卦は、柔爻がその応有の位置を得て上下の衆陽が皆それと相応ず。だから《小畜》と言う。内裏は剛健にして外面は遜順で、陽剛が中に居りて心志は施行を得。ここに亨通す。「密雲不雨」は、陽気がまだ上に向かい行進すればなり。「自我西郊」は、陰の施沢がまだ推行せざればなり。「施」の字は始跂反と読む。この一段は卦綜と卦徳を以て卦名と卦辞とを解釈する。いわゆる「得位」とは、八卦は各々正位有り、巽の正位はすなわち第四爻に在るを言う。本卦は《履》卦と互いに綜卦と為る。だから孔子の《雑卦伝》は「小畜、寡也。履、不処也」と言う。《履》卦の六三は陰爻が陽位に居りて、その応有の位置を得ず。《履》卦を倒転せば、この一爻は便ち《小畜》卦の六四と成り、そこで位を得た。だから「柔得位而上下応之」と言う。「上下」が指すは五個の陽爻である。柔爻はすでにその位を得、上下の衆陽はまた皆それに応ず。すなわち五個の陽爻は皆六四に畜止せらる。小を以て大を畜止す。だから《小畜》と言う。
內健,則此心果決,而能勝其私;外巽則見事詳審,而不至躁妄。又二五剛居中位,則陽有可為之勢,可以伸其必為之志矣。陽性上行,故曰志行。乃亨者,言陽為陰所畜,宜不亨矣,以健而巽剛居中而志行,則陽猶可亨也。往者陽往,施者陰施,言畜之未極,陽氣猶上往,而陰不能止也。惟陽上往,所以陰澤不能施行而成□。
内卦が剛健なれば、心志は果決にして能く自己の私欲を克制す。外卦が遜順なれば、事情を観察して詳審にして躁動妄為するに至らず。再加うるに九二・九五の両個の陽爻が皆上下卦の中位に居れば、陽は作為有り得べき形勢有り、能くその必ず為し成さんとする志向を伸展し得る。陽の本性は上に向かい行くを好む。だから「志行」と言う。「乃亨」と言うは、陽が陰に畜止せられ、理に照らせば亨通せざるべきを講ずる。しかしそれが内健外巽・陽剛居中にして志向行を得るがゆえに、陽は依然として亨通し得る。「尚往」の「往」は陽が上に向かい行くを指し、「施未行」の「施」は陰の潤沢を指す。これは畜止がまだ極処に至らず、陽気は依然として上に向かい行進し、陰はそれを留め置き得ざるを言う。まさに陽が一味に上行するがゆえに、陰の潤沢は施布し下る能わずして凝聚して雨を成さず(原刻ここに一字を缺く)。
○象曰:風行天上,小畜。君子以懿文德。懿,美也。巽順,懿美之象;下乾,陽德之象;中爻離,文之象。以道而見諸躬行,曰道德;見諸威儀文辭,曰文德。風行天上,有氣而無質,能畜而不能久,曰小畜。君子大則道德,小則文德,故體之以美其文德之小。曰文而必曰德者,見文乃德之輝也。○當小人畜君子之時,君子但染文翰,弄柔毛,自晦其才德,以示無用,故不為小人所忌也。
《大象伝》は言う。風は天上に吹行す。これがすなわち《小畜》卦の取象である。君子はこれに由りて領悟し、自己の文徳を修美すべし。「懿」は美好である。巽は遜順と為す。これは「懿美」の取象である。下体の乾は陽剛の徳と為す。これは「徳」の取象である。三四五爻は互いに離を成し、離は文明と為す。これは「文」の取象である。道を自身の踐履の上に体現するを「道徳」と言い、威儀辞令の上に体現するを「文徳」と言う。風は天上に吹行し、ただ気有りて形質なし。能く畜聚するは一時にして長久する能わず。だから《小畜》と言う。君子の修養は、大なる方面は道徳で、小なる方面は文徳である。この時はただこの卦象を取法して、自己の文徳のこの小事を修美するに往くのみ。「文」と言いて必ず「徳」に連ねて言うは、人をして明白ならしめんと欲す。文采は不過徳性の光輝のみと。小人がまさに君子を畜制する時に当たり、君子はただ筆墨を濡染し翰藻を玩賞し、自己の才徳を蔵めて、用うる所なき様子を擺出するのみ。だから小人の忌恨を招来せず。
○初九:復自道,何其咎,吉。自下升上曰復,歸還之意。陽本在上之物,志欲上進,而為陰所畜止,故曰復。自者,由也;道者,以正道也。言進於上,乃陽之正道也。何其咎,見其本無咎也。復卦不遠復、休復者,乃六陰已極之時,喜陽之復生於下;此卦之復自道、牽復者,乃一陰得位之時,喜陽之復升於上。
初九の爻辞は言う。自己の正路に循って回復上往すれば、どこに過ちあらん。吉。下より上に昇るを「復」と言い、回帰の意である。陽はもともと上位に居るべき物で、志は上に向かい進取するに在るに、陰爻に畜止せらる。だから「復」と言う。「自」は由る、循る。「道」は正道に依循する。意思は上に向かい進取するは、もともと陽の正路なるを言う。「何其咎」と言うは、それがもともと過ちなきを見出す。《復》卦の言う「不遠復」「休復」は、六爻純陰すでに極処に至った時に、欣喜して陽気が下より重新して生出するを言う。この一卦の言う「復自道」「牽復」は、一個の陰爻が位を得た時に、欣喜して陽気が重新して上に向かい昇進するを言う。
○初九乾體,居下得正,雖與四陰為正應,而能守正,不為四所畜,故有復自道之象,占者如是,則無咎而吉矣。象曰:復自道,其義吉也。自道,所以當復,不論利害禍福,止論理也。不謀於姊,幾不得於義,辛憲知義矣。○在下而畜於上之陰者,勢也;不為陰所畜,而復於上者,理也。陽不為陰畜,乃理之自吉者,故曰其義吉。
初九は乾体に属し、最下に居りて陽爻を以て陽位に処り、その正を得。六四の陰爻と正に相応ずると雖も、然るに能く正道を守住し、六四に畜止せられず。だから「復自道」の卦象あり。占者が能くこのようにせば、過ちなくして吉を得。《小象伝》は言う。正路に循って回復上往すれば、道義の上より講じて吉なり。「自道」とは、もともとまさに上行回復すべきを言う。ここでは利害禍福を計較せず、ただ一個の道理を講ずるのみ。「姉々と私下に商量せず、ほとんど道義に失す」、辛憲英はまさに道義を解る人である。下位に処りて上面の陰爻に畜止せらるるは、これは形勢である。陰爻に畜止せられずして上に向かい回復するは、これは道理である。陽が陰に畜止せられざるは、道理の上で自然に吉なるべし。だから「其義吉」と言う。
○九二:牽復,吉。九二漸近於陰,若不能復矣,然九二剛中,則不過剛,而能守已相時,故亦復。與初二爻並復,有牽連而復之象,占者如是,則吉矣。三陽同體,故曰牽,故夬卦亦曰牽。程傳謂二五牽復,本義謂初,觀小象亦字,則本義是。象曰:牽復在中,亦不自失也。在中者,言陽剛居中也。亦者,承初爻之辭,言初九之復自道者,以其剛正,不為陰所畜,固不自失也;九二剛中牽復,亦不自失也,言與初九同也。
九二の爻辞は言う。牽連して一同に回復上往す。吉。九二は漸漸六四のあの陰爻に靠近し、看るに回復し得ざるに似る。しかし九二は陽剛にして中に居れば、剛硬に過ぐることなく、能く自己を守り時機を観察す。だからまた能く回復す。それは初九と両爻が一同に回復し、彼此牽連して併進する卦象あり。占者がこのようにせば吉。下体の三個の陽爻は同じく乾体に属す。だから「牽」と言う。《夬》卦の九四もまたこれに因りて「牽羊悔亡」と言う。程頤《易伝》は九二と九五とが牽連して復するを是とし、朱熹《本義》は九二と初九とを是とす。《小象伝》の裏のあの「亦」の字を看れば、《本義》の説法が正しきを見るべし。《小象伝》は言う。牽連して回復して中位に処れば、同じく自己を失わざるなり。「在中」とは、陽剛が下卦の中位に居るを言う。「亦」の字は初九の爻辞を承接して来る。初九の「復自道」は、それが剛健にして正を得、陰爻に畜止せられず、もともと自己を失わざるがゆえ。九二は陽剛居中にして牽連して回復す。同じく自己を失わざるなり。意思はそれが初九と同じくするを言う。
○九三:輿說輻,夫妻反目。說音脫。○輿脫去其輻,則不能行。乾錯坤,輿之象也;變兌為毀折,脫輻之象也。脫輻非惡意,彼此相脫,不肯行也。乾為夫,長女為妻。反目者,反轉其目,不相對視也。中爻離為目,巽多白眼,反目之象也。三四初時陰陽相比而悅,及變兌為口舌,巽性進退不果,又妻乘其夫,妻居其外,夫反在內,則三反見制於四,不能正室,而反目矣。且陽性終不可畜,所以小畜止能畜得九三一爻,諸爻皆不能畜,然亦三之自取也。
九三の爻辞は言う。大車が輻条を脱落し、丈夫と妻子とが面を翻して相視る。「説」は脱と読む。車子が輻条を脱したれば走動せず。乾の錯卦は坤で、坤は大車と為す。これは「輿」の取象である。九三が一変すれば、下体は兌を成し、兌は毀折と為す。これは「脱輻」の取象である。脱輻は別に悪意なきが、ただ彼此脱き開きて同行を肯んぜざるのみ。乾は夫と為し、上体の巽は長女で、妻である。「反目」は眼珠を翻転して、彼此正眼に相看らざること。三四五爻は互いに離を成し、離は目と為す。巽の象は「多白眼」で、これがすなわち「反目」の取象である。九三と六四とは起初は一陰一陽が相邻して彼此歓悦したるに、九三が一変して兌と成るを待ちて、兌は口舌と為し、加うるに巽の性情は進退果決せず、また妻子が丈夫の頭上に凌駕す――妻は外卦に居り、丈夫は反って内卦に在り――そこで九三は反って六四に受制し、家室を端正する能わずして反目に至る。何况陽の本性は終竟畜止し得ざるがゆえに、《小畜》の一卦はただ九三のこの一爻を畜止したのみで、其余の各爻は皆畜止し得ず。不過これもまた九三が自ら招来したなり。
○九三比陰,陰陽相悅,必苟合矣,為四畜止不行,故有輿脫輻之象。然三過剛不中,銳於前進;四性入,堅於畜止,不許前進,三反見制於四,不能正室矣,故又有反目之象。其象如此,而占者之凶可知矣。象曰:夫妻反目,不能正室也。室者,閨門也;正者,男正位乎外,女正位乎內也。三四苟合,豈能正室,所以反目。故歸妹大象曰:君子以永終知敝。
九三は六四のこの陰爻に紧挨し、一陰一陽が彼此歓悦し、勢い必ず苟且に結合せんとす。しかし六四に畜止せられて走動せず。だから大車脱輻の卦象あり。しかし九三は剛硬に過ぎてまた中に居らず、急切に前進せんと欲す。六四は巽に属し、巽の性情は深入で、それは堅持して畜止し、九三の前進を許さず。九三は反って六四に受制し、家室を端正する能わず。だからまた夫妻反目の卦象あり。卦象このようで、占者の凶険もまた想い知れる。《小象伝》は言う。夫妻反目するは、家室を端正する能わざればなり。「室」は内室家門で、「正」はすなわち《家人》卦の言う男子は外に於いて各々その位を正しくし、女子は裏に於いて各々その位を正しくすること。九三と六四とが苟且に結合し、どうして家室を端正し得よう。だから反目す。ここに《帰妹》卦の《大象伝》は言う。君子はこれに由りて善始善終し弊敗を預知すべしと。
○六四:有孚,血去惕出,無咎。去上聲。○五陽皆實,一陰中虛,孚信虛中之象也。中爻離錯坎,坎為血,血之象也。血去者,去其體之見傷也。又為加憂,惕之象也;惕出者,出其心之見懼也。曰去曰出者,以變爻言也。蓋本爻未變錯坎,有血惕之象;既變,則成純乾矣,豈有血惕,所以血去惕出也。本卦以小畜大,四為畜之主,近乎其五,蓋畜君者也。畜止其君之慾,豈不傷害憂懼。蓋畜有三義:畜之不善者,小人而羈縻君子是也;畜之善者,此爻是也。
六四の爻辞は言う。誠信を心に懐き、血光の災は消去し、恐懼の心は解脱し、過ちなし。「去」の字は上声と読む。五個の陽爻は皆実で、ただ六四の一個の陰爻のみ中間が空虚である。これは誠信虚中の取象である。三四五爻は互いに離を成し、離の錯卦は坎で、坎は血と為す。これは「血」の取象である。「血去」とは、身体上の受けた傷害を除掉すること。坎はまた「為加憂」。これは「惕」の取象である。「惕出」とは、心中の受けた驚懼を解脱すること。「去」と言い「出」と言う所以は、爻の変化に就いて言う。本爻が未だ変ぜざる時は、錯卦に坎有りて、だから血光と驚懼の象有り。一旦変ぜば、全卦は便ち純乾と成る。どこにまだ血光驚懼あらん。だから「血去惕出」と言う。この一卦は小を以て大を畜し、六四は畜止の主爻で、また九五に紧挨す。まさに君主を畜制する人である。君主の欲望を畜止するは、あに傷害を受けず驚怕を担わざらんや。畜止には大抵幾層の意思有り。畜止して好からぬは、小人が君子を羈絆籠絡する。畜止して好きは、すなわちこの一爻である。
○六四近五,當畜其五者也。五居尊位,以陰畜之,未免傷害憂懼。四柔順得正,乃能有孚誠信,以上合乎五之志,故有血去惕出之象。占者能如是誠信,斯無咎矣。象曰:有孚惕出,上合志也。上合志者,以其有孚誠信也。
六四は九五に挨近し、まさに九五を畜制すべき爻である。九五は尊位に居り、一個の陰爻を以てそれを畜制すれば、傷害を受け憂懼を生ずるを免れ難し。六四は柔順にして正を得、因りて能く誠信を心に懐き、上に向かい九五の心志に合す。だから「血去惕出」の卦象あり。占者が能くこのように誠信なれば、過ちなし。《小象伝》は言う。誠信を心に懐きて恐懼解脱するは、上に向かい君主と心志相合すればなり。「上合志」し得る所以は、まさにそれに一片の誠信有るがゆえ。
○九五:有孚攣如,富以其鄰。本卦大象中虛,而九五中正,故有孚誠信。攣者,攣綴也;綴者,緝也,續也,皆相連之意,即九二之牽也,謂其皆陽之類,所以牽連相從也。巽為繩,攣之象也;又為近市利三倍,富之象也,故家人亦曰富家大吉。五居尊位,如富者有財,可與鄰共之也。以者,左右之也;以其鄰者,援挽同德,與之相濟也。
九五の爻辞は言う。誠信を心に懐きて人と牽連相系し、自己の富有を以て邻近の人を帯動す。本卦の整個の卦形は中間が虚で(六四が陰)、しかも九五はまた居中して正を得。だから誠信有り。「攣」は牽系連綴で、「綴」はすなわち緝合・接続で、皆彼此相連なる意で、すなわち九二の爻辞の裏のあの「牽」で、それらが同じく陽類に属するがゆえに牽連相随するを言う。巽は繩と為す。これは「攣」の取象である。《説卦伝》はまた巽を「為近利市三倍」と言う。これは「富」の取象である。だから《家人》卦の九五もまた「富家大吉」と言う。九五は尊位に居り、あたかも一人の富人が錢財有りて、取り出して邻里と共享し得るが如し。「以」は左右に帯動する意で、「以其邻」とは、自己と同徳の人を援引提攜して、彼らと互相に接済する。
君子為小人所困,正人為邪黨所厄,則在下者,必攀挽於上,期於同進;在上者,必援引於下,與之協力,故二牽而五攣。本卦雖以陰畜陽,初二皆牽復吉,不為陰所畜。彖曰:剛中而志行,乃亨。剛中志行,正在此爻故亨。若舊注以三爻同力畜乾,則助小人以畜君子,陽豈得亨,非聖人作易之意矣。一陰五陽,君子多於小人,所以以初二五,皆不能畜。
君子が小人に囲困せられ、正人が邪党に挟制せられれば、すなわち下位に在る者は必ず上位に在る者を攀援し、一同に進用せんを指望し、上位に在る者は必ず下位に在る者を提攜し、彼らと協力同心せんとす。だから九二は「牽」と言い、九五は「攣」と言う。この一卦は陰を以て陽を畜すと雖も、しかし初九・九二は皆「牽復」して吉を得、並びに陰爻に畜止せられず。《彖伝》は「剛中而志行、乃亨」と言い、この「剛中志行」はまさに九五のこの一爻の上に落つ。だから能く亨通す。仮使旧注の言うが如く、下面の三個の陽爻が合力して乾体を畜制せば、それは小人を幇して君子を畜制するとなり、陽はまたどうして亨通し得よう。あれは聖人が《易》を作った本意にあらず。一個の陰爻が五個の陽爻に対し、君子は小人より遥かに多し。だから初九・九二・九五のこの三爻は皆畜止し得ず。
○九五居尊,勢有可為,以九二同德為輔佐,當小人畜止之時,剛中志行,故有孚攣如,富以其鄰,小人不得畜止之象。占者有孚,亦如是也。象曰:有孚攣如,不獨富也。言有孚,則人皆牽攣而從之矣,不必有其富也。今五居尊位,既富矣,而又有孚,故曰不獨富。
九五は尊位に居り、形勢の上で作為有り得べく、また九二のこの同徳の臣有りて輔佐と為す。まさに小人が畜制を施行する時に当たり、それは陽剛居中にして志向行を得。だから「有孚攣如・富以其邻」の、小人がそれを畜制し得ざる卦象あり。占者もし能く誠信を心に懐けば、情形もまた同じ。《小象伝》は言う。誠信を心に懐きて牽連相系するは、一人独自に富有するに憑るにあらず。ただ誠信有れば、人は自然に皆牽連相随し、並びに財富を有せざるべからずにあらず。如今九五は尊位に身を居し、もともとすでに富有して、しかもまた誠信を兼有す。だから「不独富」と言う。
○上九:既雨既處,尚德載,婦貞厲,月幾望,君子征凶。上九變坎為雨,雨之象也。處者,止也。巽性既進而退,巽風吹散其雨,既雨既止之象也。雨既止,可尚往矣。尚德載者,下三陽為德,坎為輿,成需,即需上六不速之客三人來也。載者,積三陽而載之也,故曰積德載,此言陽尚往也。水火乃相錯之卦,火天大有曰大車以載,象曰積中不敗,則坎車積三陽,載之上往也明矣。
上九の爻辞は言う。雨はすでに下り、またすでに停歇した。これは陽徳が積載して上行するなり。婦人は正を守るもまた危厲有り。月亮は満円に将近す。君子この時に前往すれば則ち凶。上九が一変すれば、上体は坎を成し、坎は水と為し雨と為す。これは「雨」の取象である。「処」は止息である。巽の性情はすでに進みまた退き、巽風が雨を吹散した。これがすなわち「既雨既処」の取象である。雨すでに停んだれば、便ち継続して上行し得る。いわゆる「尚徳載」は、下面の三個の陽爻がすなわち「徳」で、上九が変じた後に上体は坎と為り、坎は車輿と為し、全卦は《需》を成す。すなわち《需》卦の上六の言う「有不速之客三人来」のあの三個の陽爻である。「載」は三個の陽爻を積聚して装載し上げること。だから《小象伝》は「徳積載也」と言う。これは陽が依然として上に向かい行進せんとするを講ずる。水と火とはもともと彼此相錯する卦である。《大有》卦(火が天上に在る)の九二は「大車以載」と言い、《小象伝》は「積中不敗也」と言う。すなわちここで坎車が三個の陽爻を装載して上に向かい行進するもまた甚だ明白である。
巽婦畜乾之夫,以順為正,巽本順而正者也。今變坎,失巽順而為險陷,危厲之道也,故始貞而今厲矣。坎為月,中爻離為日,日月之象也。巽錯震,中爻兌,震東兌西,日月相望之象也,言陰盛也。易中言月幾望者三,皆對陽而言:中孚言從乎陽,歸妹言應乎陽,此則抗乎陽也。三陽有乾德,故曰君子。巽性進退不果,本疑惑之人,今變坎陷,終必疑君子之進,畜止而陷之,故征凶。
巽は婦人で、乾のこの丈夫を畜制す。婦道は柔順を以て正と為し、巽はもともとすでに順にして且つ正である。如今上九が一変して坎と成り、巽の順徳を失いて険陷に変ず。これは危厲の路を走上するなり。だから起先はなお貞正と算えたるに、現在は却って危厲に変ず。坎は月と為し、三四五爻は互いに離を成し、離は日と為す。これは日月並見の取象である。巽の錯卦は震で、二三四爻は互いに兌を成し、震は東に在り兌は西に在り、日月は一東一西に遥遥相対す。これは「月幾望」の取象で、説くは陰気がまさに盛んなるを言う。《周易》の中に「月幾望」を講ずるは共に三処有り、皆陽に相対して言う。《中孚》卦の六四は陽に順従し、《帰妹》卦の六五は陽に応和し、この一処は則ち陽に対抗す。下面の三個の陽爻は乾徳を具備す。だから「君子」と称す。巽の性情は進退果決せず、もともと多疑の人である。如今坎の険陷に変じ、終竟君子の進用を猜忌し、彼らを畜止して之に陷害を加えんとす。だから「征凶」と言う。
○畜己終矣,陰終不能畜陽,故有雨止陽往之象。畜者雖貞,亦厲之道也。然陰既盛抗陽,則君子亦不可往矣,兩有所戒也,故其象占如此。陽終不為陰所畜,故雜卦曰:小畜寡也。觀寡字,可知矣。
畜止はここに到ってすでに結束し、陰は終竟陽を畜止し得ず。だから雨停まりて陽が継続して上行する卦象あり。他人を畜制する一方は、縦使自己が正を守るも、走るは危厲の路である。しかし陰気がすでに強盛にして陽と相抗する以上、すなわち君子のこの時もまた軽率に前往すべからず。両辺ともに告誡する所有り。だから卦象と占断とはこのようである。陽は終竟陰に畜止せられず。だから《雑卦伝》は「小畜、寡也」と言う。この「寡」の字を看れば、意思は明白である。
○漢桓靈之世,豈無君子。上九既雨既處,尚德載,婦貞厲,月幾望,君子征凶。上九出九五之上,六四安得而畜之,是雨止之時,可與三陽同德共載而往矣。但六四之陰雖不畜陽而貞,然猶危厲。其所以危厲者,以其居君之側,如月與日相望,借日以為光。君子征凶,宋之章惇,終借哲宗以肆報復,君子豈可曰慶而輕進乎,戒君子之輕進也。
漢朝の桓帝・霊帝の如き時代は、あに君子なかりしや。上九の爻辞は「既雨既処、尚徳載、婦貞厲、月幾望、君子征凶」と言う。上九はすでに九五の上に跳出し、六四はどこにまだそれを畜制し得よう。これはまさに雨の停まる時で、下面の三個の陽爻と同徳同心し、一斉に装載して上に向かい行進し得る。ただ六四のこの陰爻はもはや陽を畜制せずして貞正と算え得ると雖も、却って依然として危厲である。その危厲たる所以は、君主の身側に処るがゆえに、あたかも月亮が太陽と遥遥相対して、太陽の光を借りて来りて発亮するが如し。「君子征凶」に至っては、宋代の章惇が最終に哲宗の手を借りて大肆に報復したが如し。君子はあに僥倖を心に存して軽率に進取すべからんや。これは君子に軽易に冒進すべからざるを告誡する。
象曰:既雨既處,德積載也。君子征凶,有所疑也。陽多陰小,陽盛陰衰,所以雨止,然終疑一陰在君側,徵必凶也,宋之紹聖是也。○畜陽者,必恃近君之位,可以困阨君子,故賴九五剛中之君,乃可無患。然終是近君之陰,不可不防,疑小人難保,正以君心難保也。而況司馬君實,恃元佑之女主乎。
《小象伝》は言う。雨が下りてまた停歇するは、陽徳が積聚して載運上行すればなり。君子が前往すれば凶なるは、疑忌する所有ればなり。陽多くして陰少なく、陽盛んにして陰衰う。だから雨はこそ停めり。しかし終竟まだ一個の陰爻が君主の身側に守るを疑忌す。軽率に前往すれば必ず凶を招く。宋代の紹聖年間の党禍はこのようである。およそ陽剛を畜制する人は、必ず自己の君主に接近する位置に倚仗し、好んでこれを借りて君子を困厄す。だから九五の如き陽剛得中の君主に頼るを要してこそ、禍患を免れ得る。しかしあれは畢竟一個の君主に紧挨する陰爻で、防がざるべからず。小人が靠り難しと言うは、実はまさに君主の心意が靠り難きを言う。何况司馬光が当年倚仗した所は、またただ元祐年間に垂簾聴政した太后のみをや。
○上九陽也,而處乎上,乃退休老臣之象。卦辭曰不雨,爻辭曰既雨,則既雨二字,豈可徑作雨止,當是經雨而休息者,故曰君子征凶。象曰:既雨既處,德積載也。君子征凶,有所疑也。陽德積而尚往,故貞厲;陰終疑陽之進而畜之,故征凶。
上九は陽爻にして、却って全卦の最上に処り、まさに退休老臣の象である。卦辞は「不雨」と言うに、爻辞は却って「既雨」と言う。すなわち「既雨」の両字は、どうして径直に雨すでに停めりと解し得よう。まさに一場の雨を経歴して暫且休息する人を言うべし。だから接続して「君子征凶」と言う。《小象伝》は言う。雨が下りてまた停歇するは、陽徳が積聚して載運上行すればなり。君子が前往すれば凶なるは、疑忌する所有ればなり。陽徳が積聚してなお継続して上行せんとす。だから陽を畜する一方は正と雖もまた厲。陰は終竟陽の進用を猜忌してそれを畜止せんと欲す。だから君子この時に前往すれば則ち凶。
履卦(兌下乾上)
履。兌下乾上。履,不處也。履者禮也,以禮人所踐履也。其卦兌下乾上,天尊於上,澤卑於下,履之象也。內和悅而外剛健,禮嚴而和之象也。序卦:物畜然後有禮,故受之以履,因次小畜。○履虎尾者,履帝位之象也,心之憂危,若蹈虎尾,凜於春冰是也。初與二非上也,故在其所履而無害;三則上矣,稍剛即暴矣;五中正而厲者,剛也;上九不中正而元吉者,以理自治也。
《履》卦は、下体は兌、上体は乾。《雑卦伝》は「履、不処也」と言い、踐行は停留せざるなり。「履」とはすなわち礼で、礼はまさに人の踐行する物がゆえ。この一卦は兌が下に在り乾が上に在る。天は尊貴にして上に居り、沢は卑下にして下に処る。これがすなわち「履」の象である。内裏は和悦にして外面は剛健。まさに礼がすでに厳粛にしてまた和順なる象である。《序卦伝》は言う。万物が畜聚する所有れば後に礼有り。だから《小畜》卦の後に接するは《履》卦である。いわゆる「履虎尾」は、実は帝位に踏上する象で、心中に憂懼危懼し、あたかも老虎の尾巴を踩むが如く、初春の薄氷の上を走るが如く戦戦兢兢たる。初九と九二とは上位に在らず。だからそれらの履行する本分に就いて言えば並びに妨害なし。六三は便ち上位に到り、稍も剛硬なれば便ち暴戾に流る。九五は中正なるも仍お「厲」と言うは、それが太だ剛なればなり。上九は中ならず正ならずして反って「元吉」なるは、それが能く道理を以て自らを約束するがゆえ。
履虎尾,不咥人,亨。咥重結反,音絰。○履者,足踐履也。中爻巽錯震,為足,有履之象,乃自上而履下也。咥者,齧也。下卦兌錯艮,艮為虎,虎之象也,乃兌為虎,非乾為虎也。先儒不知象,所以以乾為虎。周公因文王取此象,故革卦上體兌,亦取虎象。曰尾者,因下卦錯虎,所履在下,故言尾也,故遯卦下體艮,亦曰尾。兌口乃悅體,中爻又巽順,虎口和悅,巽順不猛,故不咥人。
卦辞は言う。老虎の尾巴を踩むに、老虎は却って人を咬まず。亨通す。「咥」は重結反と読み、音は絰に同じ。「履」は脚を以て践踏すること。三四五爻は互いに巽を成し、巽の錯卦は震で、震は足と為す。これがすなわち「履」(践踏)の取象で、しかも自上より下へ踩む。「咥」は咬むこと。下体兌の錯卦は艮で、艮は虎と為す。これがすなわち「虎」の取象である。見るべし、兌が虎と為すので、並びに乾が虎と為すにあらざるを。従前の儒者は取象を解せず、だから乾を説いて虎と為した。周公が爻辞を系する時に文王の取ったこの象を沿用した。だから《革》卦の上体は兌で、同じく虎象を取りて「大人虎変」と言う。「尾」と言う所以は、下卦が錯じて虎象を出し、而して踩む部位が下に在るがゆえに尾と言う。同じく《遯》卦の下体は艮で、また「遯尾」と言う。兌口はもともと喜悦の体で、中爻はまた巽の遜順で、老虎が口を張るも却是和悦で、巽順にして凶猛ならず。だから人を咬まず。
○彖曰:履,柔履剛也。說而應乎乾,是以履虎尾,不咥人亨。剛中正,履帝位而不疚,光明也。說音悅。○以卦德釋卦名卦辭,而又言卦體之善。柔履剛者,以三之柔,履二之剛也,此就下體自上履下而言也,釋卦名也。悅而應乎乾者,此就二體,自下應上而言也,曰應者,明其非履也。三與五同功,故曰應,此釋卦辭之所以亨也。帝指五,九五剛健中正,德與位稱,故不疚;不疚則功業顯於四方,巍然煥然,故光明。中爻離光明之象。此又卦體所履之善,非聖人不足以當之,故文王言履虎尾,孔子言履帝位。
《彖伝》は言う。《履》卦は、柔爻が剛爻の上を踩むなり。下体が和悦にして上体の乾に応和す。だから老虎の尾巴を踩むに老虎は人を咬まず、亨通す。九五は陽剛中正にして、帝位に踏上して心に愧じず。ここに光明す。「説」は悦と読む。この一段は卦徳を以て卦名と卦辞とを解釈し、また進んで卦体の善を称許す。いわゆる「柔履剛」とは、六三のこの柔爻が九二のこの剛爻の上を踩むこと。これは下体に就いて自上より下へ踩むを言い、以て卦名を解釈す。いわゆる「悦而応乎乾」とは、上下両体に就いて、自下より上へ呼応するを言う。一個の「応」の字を用い、まさにこれが「踩」にあらざるを表明す。六三と九五とは同じく奇数の位に属し、功用は相類す。だから「応」と言う。この一句は卦辞がなぜ亨通するかを解釈す。「帝」は九五を指す。九五は陽剛強健にしてまた中正で、徳性と地位と相称す。だから心に愧じず。心に愧無ければ、功業は四方に昭著にして、巍然として光煥す。だから「光明」と言う。二三四爻は互いに離を成し、離は明と為す。これは「光明」の取象である。これはまた卦体の履践する美善で、聖人にあらざれば以て当たるに足らず。だから文王の卦辞は「履虎尾」と言い、孔子の《彖伝》は「履帝位」と言う。
○象曰:上天下澤,履。君子以辯上下,定民志。君子觀履之象,辨上下之分,上下之分既辨,則民志自定,上自安其上之分,下自安其下之分矣。○初九:素履,往無咎。素者,白也,空也,無私慾汙濁之意。素履即中庸素位而行,舜飯糗茹草若將終身,顏子陋巷不改其樂是也。往者,進也,陽主於進,故曰往。
《大象伝》は言う。上面は天、下面は沢。これがすなわち《履》卦の取象である。君子はこれに由りて領悟し、上下の名分を分辨し、百姓の心志を安定すべし。君子は《履》卦の象を観察し、上下の名分を分辨す。上下の名分一旦分明なれば、百姓の心志は自然に安定す。在上者は在上の本分に安んじ、在下者は在下の本分に安んず。初九の爻辞は言う。質朴本色を以て履行し、前往して過ちなし。「素」は白で、空で、私欲汚濁なきの意である。「素履」とはすなわち《中庸》の言う「素其位而行」で、舜が未遇の時に乾粮を喫し野菜を嚼み、あたかもこのように一生を過さんとするが如く、顔回が陋巷に住してその楽を改めざるが如く、皆このようである。「往」は前進で、陽の本性は進取を主とす。だから「往」と言う。
○初九陽剛在下,本無陰私,當履之初,又無外物所誘,蓋素位而行者也,故有素履之象。以是而往,必能守其所願之志而不變,履之善者也,故占者無咎。象曰:素履之往,獨行願也。獨有人所不行,而己獨行之意。願即中庸不願乎外之願,言初九素位而行,獨行己之所願,而不願乎其外也。
初九は陽剛にして最下に処り、もともと陰暗の私心なし。またまさに《履》卦の開頭に当たり、外面にもまた何物か来てそれを誘引するなし。まさに「素其位而行」の人である。だから「素履」の卦象あり。このような操守を帯びて前往すれば、必ず能く自己本願の志向を守住して改変せず。これは履道の中の最も好き一種である。だから占者は過ちなし。《小象伝》は言う。質朴本色を以て前行するは、独自に自己の本願を踐行すればなり。「独」の字は他人が皆このようにするを肯んぜざるに自己が偏えにこのようにせんとするの意を含む。「願」はすなわち《中庸》「不愿乎其外」のあの「願」で、初九が本位に安んじて行い、独自に自己の心願を踐行して、本分以外の物を羨慕しに往かざるを言う。
○九二:履道坦坦,幽人貞吉。履道坦坦,依乎中庸,不素隱行怪也。幽獨之人,多是賢者,所以能履道坦平,不過乎高,而驚世駭俗,則貞吉矣。變震為足,履之象也;又為大塗,道坦坦之象也。幽對明言,中爻離明在上,則下爻為幽矣。三畫卦,二為人位,幽人之象也,故歸妹中爻離,九二亦以幽人言之。
九二の爻辞は言う。走る所の路は平平坦坦にして、幽居の人は正を守りて吉を得。「履道坦坦」とは、すなわち中庸の道に依循して、あの索隠行怪の事を為さざること。幽居独処の人は多半は賢者である。だから能く路を走りて平平坦坦にして、高くして頭を過ぎて世を驚き俗を駭かすに至らず。このようにすれば貞正にして吉を得。九二が一変すれば、下体は震を成し、震は足と為す。これは「履」の取象である。震はまた「為大涂」。これは「道坦坦」の取象である。「幽」は「明」に相対して言う。二三四爻は互いに離を成し、離の明は上面に在れば、すなわち下面のこの一爻は幽に属す。三画卦に就いて論ずれば、第二爻は人位で、これがすなわち「幽人」の取象である。だから《帰妹》卦の中爻もまた互いに離を成し、その九二も同じく「幽人」を以て言う。
履以坦行,禮之用和為貴,所以本卦陽爻處陰位,如上九則元吉者,以嚴而有和也。二與四同,二坦坦而四愬愬者,二得中而四不得中也。二與五皆得中位,二貞吉而五貞厲者,以二剛居柔,五以剛居剛也。○九二剛中居柔,上無應與,故有履道坦坦之象。幽人如此,正而且吉之道也,故占者貞吉。象曰:幽人貞吉,中不自亂也。有此中德,心志不自雜亂,所以依中庸而貞吉。世之富貴外物,又豈得而動之。
履道は平坦を貴しとす。まさに《論語》の言う「礼之用、和為貴」の如し。だから本卦はおよそ陽爻が陰位に処るは皆好し。上九の「元吉」たる所以の如く、すなわちそれが荘厳の中に和順を帯びるがゆえ。九二と九四とは同じく陽が陰位に居るも、しかし九二は「坦坦」にして九四は「愬愬」なり。分別は九二が中を得て九四が中を得ざるに在る。九二と九五とは皆中位に居るも、しかし九二は「貞吉」にして九五は「貞厲」なり。分別は九二が剛を以て柔に居り、九五が剛を以て剛に居るに在る。九二は陽剛得中にして柔位に居り、上面にまた相応の爻がそれと牽扯するなし。だから「履道坦坦」の卦象あり。幽居の人が能くこのようにするは、すでに正にして且つ吉の道である。だから占者は貞吉。《小象伝》は言う。幽居の人が正を守りて吉を得るは、心中に主有りて自ら乱れざればなり。この中徳有れば、心志は便ち自ら紛乱せず。だから能く中庸に依循して貞吉す。世間の富貴外物は、またどこに彼を動揺し得よう。
○六三:眇能視,跛能履,履虎尾,咥人,凶,武人為于大君。中爻巽錯震足,下離為目,皆為兌之毀折,眇跛之象也。六畫卦三為人位,正居兌口,人在虎口之中,虎咥人之象也。三變則六畫皆乾矣,以悅體而有文明,乃變為剛猛武勇,武之象也;三人位,武人之象也。曰武者,對前未變離之文而言也。陽大陰小,陰變為陽,大之象也,故坤卦用六,以大終變為乾君,大君之象也。咥人,不咥人之反;為大君,履帝位之反。
六三の爻辞は言う。眼睛が瞎れたるに自ら能く見ると以為し、脚が跛れたるに自ら能く走ると以為す。老虎の尾巴を踩めば、老虎は人を咬む。凶。武夫が大君を為さんと欲す。三四五爻は互いに巽を成し、巽の錯卦は震で、震は足と為す。二三四爻は互いに離を成し、離は目と為す。而してこの両者は皆兌の毀折の下に落つ。これがすなわち「眇」(目の傷)と「跛」(足の傷)の取象である。六画卦に就いて論ずれば、第三爻は人位で、ちょうど兌口の上に処り、人はまさに虎口の中に在る。これは老虎が人を咬む取象である。六三が一変すれば、六画は全て陽爻と成りて純乾と為す。もともとは和悦の体にしてまた離の文明有るに、如今一変して剛猛勇武と為る。これは「武」の取象である。三はまた人位で、合わせて便ち「武人」の取象と為る。「武」と言う所以は、未変の前の離の「文」に相対して言う。陽を大とし陰を小とす。陰が変じて陽と為るは、「大」の取象である。だから《坤》卦の「用六」は「以大終也」と講ず。乾君に変ずるは、これがすなわち「大君」の取象である。「咥人」はまさに卦辞の「不咥人」と相反す。「為大君」もまたまさに《彖伝》の「履帝位」と相反す。
○六三,不中不正,柔而志剛,本無才德,而自用自專,不能明,而強以為明,不能行,而強以為行,以此履虎,必見傷害,故有是象,占者之凶可知矣。亦猶履帝位者,必德稱其位而不疚,武人乃強暴之夫,豈可為大君哉,徒自殺其驅而已。武人為大君,又占中之象也。
六三は中に居らず正を得ざるのみならず、才質は陰柔にして心志は剛愎で、もともと才徳なきに、しかし剛愎自用して独断専行す。見え清からざるに偏えに見え清ると強充し、走り動かざるに偏えに走り動くと強充す。この副の様子を以て老虎を踩めば、必ず咬傷せられん。だからこのような卦象あり、占者の凶険もまた想い知れる。これもまた帝位に登る人の如く、必ず徳性と地位と相称してこそ能く心に愧じず。武夫は不過一個の強横暴戾の徒のみ、どうして大君を為し得よう。白白と自己の性命を送掉するのみ。「武人為于大君」は、また占断の中に別に含む一重の象である。
象曰:眇能視,不足以有明也。跛能履,不足以與行也。咥人之凶,位不當也。武人為于大君,志剛也。不足有明與行,以陰柔之才言;位不當者,以柔居剛也,又以位為志。六三陰柔才弱而志剛,亦如師卦之六三,所以武人而欲為大君。
《小象伝》は言う。眼を瞎りて自ら能く見ると以為するは、看り分明するに足らざればなり。脚を跛えて自ら能く走ると以為するは、人と同行するに足らざればなり。老虎に咬まるる凶険は、処する所の位置が恰当ならざればなり。武夫が大君を為さんとするは、心志が剛愎なればなり。「不足以有明」「不足以与行」は、六三の陰柔の才質に就いて言う。「位不当」とは、それが柔爻を以て剛位に居るを言う。孔子はまた「位」を転じて「志」と説いた。六三は陰柔にして才力薄弱なるに、心志は却って剛愎なり。これは《師》卦の六三と同じくする。だからこそ一個の武夫の身分を以て妄想して大君を為さんとす。
○九四:履虎尾,愬愬終吉。四應初,故履虎尾。愬愬畏懼貌,四多懼,愬愬之象也。三以柔暗之才,而其志剛猛,所以觸禍;四以剛明之才,而其志恐懼,所以免禍。天下之理,原是如此,不獨象故然也。○九四亦以不中不正,履其虎尾,然以剛居柔,故能愬愬戒懼,其初雖不得即吉,而終則吉也。象曰:愬愬終吉,志行也。初曰獨行,遠君也;四曰志行,近君也。志行者,柔順以事剛決之君,而得行其志也。始雖危而終則不危,所謂終吉者此也。蓋危者使平,易之道原是如此。故三之志徒剛,而四之志則行。
九四の爻辞は言う。老虎の尾巴を踩み、戒懼謹慎すれば、最終に吉を得。九四は初九と相応じ、初は下に在りて尾と為す。だから「履虎尾」と言う。「愬愬」は畏懼する様子である。《繋辞伝》は第四爻を「多懼」と言う。これがすなわち「愬愬」の取象である。六三は柔暗の才質を以て心志剛猛なり。だから禍を招く。九四は剛明の才質を以て心に恐懼を懐く。だから禍を免る。天下の道理はもともとこのようで、並びに卦象が碰巧このようになるのみにあらず。九四は同じく不中不正にして虎尾を踩むも、しかしそれは陽剛を以て柔位に居る。だから能く戒慎恐懼す。起初は能く馬上に吉を得ざると雖も、最終には却って吉である。《小象伝》は言う。戒懼謹慎して終に吉を得るは、心志が施行を得ればなり。初九が「独行」と言うは、それが君主に離れて遠ければなり。九四が「志行」と言うは、それが君主に離れて近ければなり。いわゆる「志行」とは、柔順の態度を以て剛決の君主に侍奉し、因りて能く自己の志向を施行す。開頭は危と雖も最終には危ならず。いわゆる「終吉」はまさにこれを指す。大凡そ心に危懼を存する人は反って平安を得。《易》の道理はもともとこのようである。だから六三の心志はただ白白と剛愎するのみで、九四の心志は却って能く実行す。
○九五:夬履,貞厲。夬者,決也,慨然以天下之事為可為,主張太過之意。蓋夬與履,皆乾兌上下相易之卦,曰夬履者,在履而當夬位也。然彖辭與爻辭不同何也。蓋彖辭以履之成卦言,六爻皆未動也,見其剛中正,故善之;爻辭則專主九五一爻而言,以變爻而言也,變離,則又明燥而愈夬矣,故不同。
九五の爻辞は言う。剛決の態度を以て事を行えば、正と雖もまた危。「夬」は決断で、慷慨激昂に天下の事は皆為し成し得ると認定し、主張が頭を過ぐるの意を指す。《夬》卦と《履》卦とは皆乾・兌の上下互換に由りて成る卦である。「夬履」と言うは、身が《履》卦に在りて却ってまさに《夬》卦の九五のあの位置に当たるを指す。しかし《彖伝》は九五を称許して爻辞は却って九五に告誡す。これはなぜか。因るに《彖伝》は《履》卦のすでに成った卦に就いて講じ、六爻は皆まだ変動せず、ただそれの陽剛中正を見るのみ。だからそれを称許す。爻辞は則ち専ら九五のこの一爻に就いて講じ、爻変に就いて講ずる。九五が一変すれば、上体は離を成し、更加に明察燥急にして愈々剛決となる。だから説法が同じからず。
在下位者,不患其不憂,患其不能樂,故喜其履坦;在上位者,不患其不樂,患其不能憂,故戒其夬履。二之坦,則正而吉者,喜之也;五之夬,則正而危者,戒之也。○九五以剛中而履帝位,則有可夬之資,而挾可夬之勢矣。又下應巽體,為臣下者皆容悅承順,故有夬履之象。雖有所恃,必有所害,雖使得正,亦危道也,故其占為貞厲,其戒深矣。象曰:夬履貞厲,位正當也。有中正之德而又當尊位,傷於所恃。又下卦悅體,因悅方成其夬,所以兌之九五亦言位正當。
身に下位を居る人は、彼の憂懼を知らざるを怕れず、ただ彼の安楽し得ざるを怕る。だから《易》は九二の「履道坦坦」のために欣喜す。身に上位を居る人は、彼の安楽せざるを怕れず、ただ彼の憂懼を知らざるを怕る。だから《易》は九五の「夬履」に告誡せんとす。九二の坦荡はすでに正にして且つ吉で、これは欣喜の辞である。九五の剛決は正と雖も危で、これは告誡の辞である。九五は陽剛得中を以て帝位に登り、本身にすでに剛決し得べき資質有り、また剛決し得べき権勢を挟む。再加うるにそれの下面の応ずる所は巽体(三四五互いに巽を成す)で、臣下を為すは個個逢迎順従す。だから「夬履」の卦象あり。およそ倚仗する所有るは、必ずこれに因りて害を受く。縦使行う所が正道に合するも、終竟は危険の道である。だから占断を「貞厲」とし、この一層の告誡は甚だ深切である。《小象伝》は言う。剛決して行うに正と雖もまた危なるは、処する所の位置がまさに尊位に当たればなり。中正の徳性有りてまた尊位に居れば、正好この倚仗の上に傷つく。加うるに下体は兌の和悦で、まさに下面が一味に逢迎するがゆえに、こそ彼の剛決を促成した。だから《兌》卦の九五も同じく「位正当也」と言う。
○上九:視履(句)考祥,其旋(句)元吉。視履作一句,與素履、夬履同例。視者,回視而詳審也。中爻離目,視之象也。祥者,善也,三凶五厲,皆非善也。考其履之善,必皆天理之節文,人事之儀則,下文其旋是也。旋者,周旋折旋也。凡禮以義合,而截然不可犯者,謂之方,猶人之步履折旋也;以天合而怡然不可解者,謂之圓,猶人之步履周旋也。禮雖有三千三百之多,不過周旋折旋而已。考其善於周旋折旋之間,則中規中矩矣,豈不元吉。
上九の爻辞は言う。自己一路の履践を回看し、その中の善処を考察す。彼の周旋進退が法度に合するを看れば、大吉。原刻は「視履」「其旋」の下に各々一個の「句」の字を注し、ここに断句すべきを標明す。「視履」は一句と読み、初九の「素履」・九五の「夬履」と同一の体例である。「視」は頭を回らして仔細に審察すること。二三四爻は互いに離を成し、離は目と為す。これは「視」の取象である。「祥」は善で、六三の凶・九五の厲は、皆善と算え得ず。彼の履践の中の善を考察すれば、必ず皆天理の節度条文・人事の儀節法則に合し、すなわち下文の言う「其旋」である。「旋」は周旋と折旋である。およそ礼の中に義を以て相合し界限森厳にして侵犯すべからざるを「方」と言い、人の走路する時の直角折転するに比す。天性を以て相合し怡然融洽にして分解すべからざるを「圓」と言い、人の走路する時の圓転回旋するに比す。礼は経礼三百・曲礼三千の如く多きと雖も、帰根到底は不過周旋と折旋のみ。彼の周旋折旋の間に於いて皆好く為し得たを考察すれば、それは規に合し矩に中る。あに大吉ならざらんや。
○上九當履之終,前無所履,可以回視其履矣,故有視履之象。能視其履,則可以考其善矣。考其善而中規中矩,履之至善也,占者如是,不惟吉而且大吉也。象曰:元吉在上,大有慶也。大,即元;慶,即吉,非元吉之外,別有大慶。
上九は《履》卦の終了に処り、前面に更に踩むべき路なし。まさに頭を回らして自己一路に走り来た履践を審視すべし。だから「視履」の卦象あり。能く自己の履践を審視すれば、便ちその中の善を考察し得る。考察し下して処処規に合し矩に中れば、便ちそれは履道の中の最も好き境界である。占者が能くこのようにせば、ただ吉のみならず、しかも大吉なり。《小象伝》は言う。大吉にして上位に居るは、大いに福慶有るなり。ここの「大」はすなわち「元」で、「慶」はすなわち「吉」である。並びに「元吉」の外に別に「大慶」有るにあらず。
泰卦(乾下坤上)
泰。乾下坤上。泰者通也,天地陰陽相交而和,萬物生成,故為泰。小人在外,君子在內,泰之象也。序卦:履而泰,然後安,故受之以泰,所以次履。此正月之卦。泰,小往大來,吉亨。小謂陰,大謂陽。往來以內外之卦言,由內而之外曰往,自外而之內曰來。否泰二卦同體,文王相綜為一卦,故雜卦曰:否泰反其類也。小往大來者,言否內卦之陰,往而居泰卦之外;外卦之陽,來而居泰卦之內也。
《泰》卦は、下体は乾、上体は坤。「泰」は通で、天地陰陽が彼此交感して和合し、万物はこれに由りて生成す。だから《泰》と言う。小人は外卦に排せられ、君子は内卦に聚まる。これがすなわち《泰》卦の象である。《序卦伝》は言う。能く礼を履行して後に通泰し、通泰して然る後に安定す。だから《履》卦の後に接するは《泰》卦である。これは十二消息卦の中の正月に配する卦である。卦辞は言う。小なるは外に往き、大なるは内に来る。吉、亨通す。「小」は陰を指し、「大」は陽を指す。「往」「来」は内外卦に就いて言う。内卦より外卦へを「往」と言い、外卦より内卦へを「来」と言う。《否》《泰》の両卦は同一の卦体で、文王はそれらを互いに綜卦と為して一卦と合して看待した。だから《雑卦伝》は「否泰反其類也」と言う。いわゆる「小往大来」とは、《否》卦の内卦の陰爻が上へ往きて《泰》卦の外卦と成り、《否》卦の外卦の陽爻が下り来て《泰》卦の内卦と成るを言う。
○彖曰:泰,小往大來,吉亨,則是天地交而萬物通也,上下交而其志同也。內陽而外陰,內健而外順,內君子而外小人,君子道長,小人道消也。則是二字,直管至消也。天地以氣交,氣交而物通者,天地之泰也;上下以心交,心交而志同者,上下之泰也。陰陽以氣言,健順以德言,此二句造化之小往大來也;君子小人以類言,此三句人事之小往大來也。內外釋往來之義,陰陽健順、君子小人釋大小之義。
《彖伝》は言う。《泰》卦の「小往大来、吉亨」とは、これはすなわち天地の気が相交じて万物が通暢し、上下の心が相交じて君臣が志同じくす。内卦は陽にして外卦は陰、内裏は剛健にして外面は柔順、内に君子有りて外に小人有り。君子の道は日々に生長し、小人の道は日々に消退す。「則是」の両字は、一直に最後の「消也」まで管す。天と地とは気を以て相交じ、気相交じて万物通暢す。これは天地の通泰である。君と臣とは心を以て相交じ、心相交じて志向相同じ。これは上下の通泰である。陰と陽とは気に就いて講じ、健と順とは徳に就いて講ず。両句は造化の中の「小往大来」を説く。君子と小人とは人の類別に就いて講じ、この三句は人事の中の「小往大来」を説く。「内」「外」は「往」「来」の含義を解釈し、陰陽・健順・君子小人は則ち「大」「小」の含義を解釈す。
○象曰:天地交泰,后以財成天地之道,輔相天地之宜,以左右民。後,元后也。道就其體之自然而言,宜就其用之當然而言。財成者,因其全體,而裁制使不過,如氣化充行,聖人則為之分春夏秋冬之節;地勢廣邈,聖人則為之分東南西產之限,此裁成天地之道也。
《大象伝》は言う。天地の気が相交じる。これがすなわち《泰》卦である。君主はこれに由りて領悟し、天地運行の道を裁制成就し、天地の宜しき所の事を輔助贊襄し、以て百姓を扶助すべし。「后」は元后で、すなわち君主である。「道」は天地本体の自然に就いて言い、「宜」は天地功用の当然に就いて言う。いわゆる「財成」とは、天地の全体に依りて之に裁制を加え、それをして過度に至らざらしむること。譬えば天地の気が流行して息まざるに、聖人は便ちそれのために春・夏・秋・冬の四時の節候を劃分し、大地の形勢が広袤にして辺際なきに、聖人は便ちそれのために東南西北の疆界を劃出す。これがすなわち天地の道を裁成するなり。
輔相者,隨其所宜而贊助其不及。如春生秋殺,此時運之自然;高黍下稻,亦地勢之所宜,聖人則使之春耕秋斂、高黍下稻,此輔相天地之宜也。左右者,扶植之意,扶植以遂其生,俾其亦哪天地之通泰也。陽左陰右,有此象,故曰左右。
いわゆる「輔相」とは、天地の各自の宜しき所に順ってその力の及ばざる処を贊助すること。譬えば春天は生長し秋天は粛殺す。これは時運の自然である。高地は黍を種るに宜しく、低地は稲を種るに宜し。これは地勢の所宜である。聖人は便ち百姓を教えて春耕秋收し、高処に黍を種り低処に稲を種らしむ。これがすなわち天地の宜を輔相するなり。いわゆる「左右」とは、扶助培植の意で、扶助培植して以て万物の生養を成全し、百姓をしてもまた一同に天地の通泰を分け享けしむ。陽は左に属し陰は右に属す。卦中にこの象有り。だから「左右」と言う。
○初九:拔茅茹,以其匯(句),征吉。變巽為陰木,草茅之象也。茹者,根也,初在下,根之象也。匯者,類也。拔茅茹以其匯者,言拔一茅,則其根茹牽連同類而起也。徵者,仕進之意。○當泰之時,三陽同體,有拔茅茹以其匯之象,占者同德牽連,而往則吉矣。象曰:拔茅征吉,志在外也。志在外卦之君,故征吉。
初九の爻辞は言う。茅草を抜き起こせば、その根鬚を連ねて一同に帯び出し、同類が相牽し、前往すれば則ち吉。原刻は「以其彙」の下に一個の「句」の字を注し、ここに断句するを標明す。初九が一変すれば、下体は巽を成し、巽は陰木と為す。これは「草茅」の取象である。「茹」は根鬚である。初九は最下に処り、まさに根の取象である。「彙」は同類である。いわゆる「拔茅茹以其彙」とは、一根の茅草を抜き起こせば、その根鬚は便ち同類を牽連して一斉に帯び出さるを言う。「征」は出仕進用の意である。まさに通泰の時に当たり、下面の三個の陽爻は同じく乾体に属す。だから「拔茅茹以其彙」の卦象あり。占者は同徳の人と牽連して併進し、前往すれば吉。《小象伝》は言う。茅を抜きて前往して吉を得るは、心志が外に在ればなり。心志が外卦の君主の身上に系るがゆえに、前往して吉を得。
九二:包荒,用馮河,不遐遺,朋亡,得尚于中行。馮音憑。○包字詳見蒙卦。包荒者,包乎初也,初為草茅,荒●之象也,因本卦小往大來,陽來乎下,故包初。馮河者,二變則中爻成坎水矣,河之象也;河水在前,乾健利涉大川,馮之象也。馮河者,用馮河之勇往也。二居柔位,故教之以勇。二變與五隔河,若馮河而往,則能就乎五矣。
九二の爻辞は言う。能く荒穢を包容し、能く徒歩して河を渉るの勇決有り、遠方の人を遺棄せず、私党を舍弃せば、便ちあの居中して行う君主に配るに足る。「馮」は凭と読む。「包」の字の解釈は詳しくは《蒙》卦に見える。いわゆる「包荒」とは、初九を包容すること。初九は草茅で、まさに荒蕪の象である。本卦は「小往大来」なるがゆえに、陽爻は皆来りて下面に在り、だから九二はまず初九を包住す。いわゆる「馮河」とは、九二が一変すれば、二三四爻は互いに坎を成し、坎は水と為す。これは「河」の取象である。河水は前面に横たわり、而して乾性は剛健にして大川を渉り過ぐるに利あり。これがすなわち「馮」(徒歩して水を渉る)の取象である。「馮河」とは、まさに徒歩して河を渉るが如き勇決を拿出して前に往かんことを要す。九二は柔位に居り、柔弱に失し易し。だからそれに勇なるべきを教う。九二が一変すれば、それと第五爻との間は便ち一条の河を隔てた。もし能く奮然として河を渉りて往けば、便ち六五に靠攏し得る。
二與初為邇,隔三四,與五為遐,不遐遺者,不遺乎五也。朋者初也,三同陽體,牽連而進,二居其中,朋之象也,故咸卦中爻成乾,四居乾之中,亦曰朋從。朋亡者,亡乎初而事五也。尚者,尚往而事五也。中行指六五,六五小象曰中以行願是也。卦以上下交為泰,故以尚中行為辭。曰得尚者,慶幸之辭也。
九二は初九に離れて甚だ近く、中間に六三・六四を隔て、第五爻に離れれば遠し。いわゆる「不遐遺」とは、遠処の六五を遺棄せざるを言う。「朋」は初九を指す。下体の三個の陽爻は同じく乾体に属し、牽連して一同に前進す。九二はまさに中間に夾る。これは「朋」の取象である。だから《咸》卦の二三四爻は互いに乾を成し、九四はこの乾の中間に居りて、また「朋従爾思」と言う。いわゆる「朋亡」とは、近処の初九を舎てて往きて六五に事奉するを言う。「尚」は上に向かい前往して六五に事奉すること。「中行」が指すは六五で、六五の《小象伝》は「中以行願也」と言う。まさにこの意である。この一卦は上下の相交を以て泰と為す。だから「尚于中行」を以て辞を立つ。「得尚」と言うは、慶幸の口気である。
若惟知包乎荒,則必不能馮河而就五,必遐遺乎五矣,必不能亡朋矣。用馮河以下,聖人教占者之辭。陽來居內,不向乎外,有惟知包乎內卦之初,遐遺乎外卦君上之象,故聖人於初教之以徵,於二教之以尚。舊注不識象,所以失此爻之旨。
仮使ただ荒穢の初九を包容するを知るのみならば、必ず能く奮勇して河を渉りて六五に靠攏する能わず、必ず遠処の六五を遺棄し、また必ず自己の朋党を舎て得ず。「用馮河」以下の幾句は、皆聖人が占者を教導する言である。陽爻は皆来りて内卦に居り、外に向かうを肯んぜず。すなわちただ内卦の初九を包容するを知るのみにして、却って外卦の君上を疏遠遺棄する象有り。だから聖人は初九に於いてそれに「征」を教え、九二に於いてそれに「尚」を教う。旧注は卦象を認め得ず、だからこの一爻の旨意を講じて失した。
○當泰之時,陽來於下,不知有上,故九二有包初之象。然二五君臣同德,天下太平,賢人君子,正當觀國用賓之時,故聖人教占者,用馮河之勇,以奮其必為之志,不可因邇而忘遠。若能忘其所邇之朋,得尚往於中行之君,以共濟其泰,則上下交而其志同,可以收光大之事業,而泰道成矣,故其象占如此。象曰:包荒,得尚于中行,以光大也。曰包荒兼下三句而言也,孔子小象多是如此。舍相比溺愛之朋,而尚往以事中德之君,豈不能光明正大。乾陽大之象也,變離光之象也。
まさに通泰の時に当たり、陽爻は皆来りて下面に在り、眼裏に上面なし。だから九二に初九を包容する卦象あり。しかし九二と六五とは君臣同徳で、天下太平にして、賢人君子はまさに《觀》卦の言う「觀国之光、利用賓于王」の時に当たる。だから聖人は占者を教導して、徒歩して河を渉るの勇気を拿出し、自己の必ず作為有るべき志向を振奮し、親近の人のために遠処の君主を忘るべからずとせしむ。もし能く身辺の朋党を忘掉し、上に向かいあの居中して行う君主に投奔し、彼と共同に通泰の業を成就せば、すなわち上下相交じて志向相同じくし、光明盛大の事業を収獲し得、泰道もまた成る。だから卦象と占断とはこのようである。《小象伝》は言う。「包荒・得尚于中行」は、能く光明盛大なればなり。ここではただ「包荒」を提ぐるに、実は下面の三句を兼ね括る。孔子が《小象伝》を作るは多半この体例である。あの相互に親昵溺愛する朋党を舎掉して、上に向かい中徳有る君主に事奉すれば、どうして光明正大ならざるを得よう。乾は陽と為し、「大」の取象である。九二が一変すれば、下体は離を成し、離は火と為し明と為す。「光」の取象である。
○九三:無平不陂,無往不復,艱貞無咎,勿恤其孚,于食有福。陂,碑為反。○彼,傾邪也。無平不彼,以上卦地形險夷之理言;無往不復,以下卦天氣往來之理言。艱者,勞心焦思,不敢慢易之意;貞者,謹守法度,不敢邪僻般樂之意。恤者,憂也;孚者,信也。勿恤其孚者,不憂此理之可信也。食者,吞於口而不見也;福者,福祿也;有福者,我自有之福也;食有福者,天祿永終之意。乾之三爻乾乾惕若厲,艱貞無咎之象也;變兌為口,食之象也。
九三の爻辞は言う。一味に平坦にして傾斜に転ぜざるはなし、一味に前往して折返り来るなきはなし。艱難の中に正を守れば過ちなし。必ずしもこの道理が信に値するかを憂慮するを要せず、自己の福禄を安享せよ。「陂」は碑為反と読む。「彼(陂)」は傾斜不平である。「无平不陂」は、上卦の坤地の地形に険夷有る道理に就いて言う。「无往不复」は、下卦の乾天の気が往来循環する道理に就いて言う。「艱」は心を労し思いを焦やし、敢えて軽慢懈怠せざる意である。「貞」は法度を謹守し、敢えて邪僻逸楽せざる意である。「恤」は憂で、「孚」は信である。「勿恤其孚」とは、必ずしもこの道理が靠りになるか否かを憂慮するを要せずを言う。「食」は口の裏に呑み込んで見えざること。「福」は福禄で、「有福」は我がもともと自有する福である。「食有福」とは、天賜の禄位を一口ずつ喫して尽頭に至る意である。《乾》卦の九三は「終日乾乾、夕惕若厲」と言う。まさに「艱貞无咎」の取象である。九三が一変すれば、下体は兌を成し、兌は口と為す。これは「食」の取象である。
○三當泰將極而否將來之時,聖人戒占者曰:居今泰之世者,承平既久,可謂平矣,無謂平而不彼也;陰往陽來,可謂往矣,無謂往而不復也。今三陽既盛,正將彼將復之時矣,故必艱貞而守正,庶可保泰而無咎。若或不憂此理之可信,不能艱貞以保之,是自食盡其所有之福祿矣,可畏之甚也,故戒占者以此。象曰:無往不復,天地際也。際者,交際也,外卦地,內卦天,天地否泰之交會,正在九三六四之際也。
九三は通泰がまさに極点に到り閉塞がまさに到来せんとする時に処る。聖人は占者に告誡して言う。如今のこの通泰の世に生活する人は、承平の日子すでに甚だ久しく、平坦と言うべし。しかも平坦に下去せば便ち傾斜せざると以為すべからず。陰は上へ往き陽は下り来る。往と言うべし。しかも往き出せば便ち折返らざると以為すべからず。如今三個の陽爻はすでに極盛で、まさにまさに傾斜せんとし、まさに折返らんとする時である。だから必ず艱難の中に正道を謹守してこそ、初めて泰運を保住して咎に至らざるの希望有り。倘若もしこの道理を心上に置かず、能く艱貞を以てそれを守護せざれば、それはすなわち自己が所有の福禄を一口ずつ喫尽する。実に怕るべきこと甚し。だからこの言を以て占者に告誡す。《小象伝》は言う。一味に前往して折返らざるなきは、あれは天地交接の処である。「際」は交接で、外卦は地、内卦は天で、天地の間の否と泰との交会点は、まさに九三と六四の相接する処に落つ。
○六四:翩翩,不富以其鄰,不戒以孚。此爻正是陰陽交泰。翩翩飛貌,言三陰群飛而來也。小畜曰富者,乃陽爻也;此曰不富者,乃陰爻也。泰否相綜中爻巽,巽為利市三倍,富之象也;又為命令,戒之象也。言不待倚之以富,而其鄰從之者,甚於從富;不待戒之以令,而其類信之者,速於命令也。從者從乎陽也,信者信乎陽也,言陰交泰乎陽也。
六四の爻辞は言う。翩然として飛下し、財富に倚仗せずして邻里自ら来りて相従い、告誡を用いずして彼此皆誠信有り。この一爻はまさに陰と陽とが交合して泰を成す処である。「翩翩」は飛翔する様子で、三個の陰爻が群を成して飛び下るを言う。《小畜》卦の九五は「富」と言う。あれは陽爻である。ここでは「不富」と言う。これは陰爻がゆえ。《泰》《否》の両卦は互いに綜卦と為り、《否》卦の三四五爻は互いに巽を成し、《説卦伝》は巽を「為近利市三倍」と言う。これは「富」の取象である。巽はまた申命と為す。これは「戒」の取象である。財富を拿りて籠絡するを用いずして、邻里のそれに跟従する程度は却って財富に跟従するに過ぎ。下令して告誡するを用いずして、同類のそれを信服する速度は却って命令に快過ぐ。「従」は陽に順従し、「信」は陽を信服する。説くは皆陰が主動して来りて陽と交泰するを言う。
陽欲交泰乎陰,故初曰徵,二曰尚;陰欲交泰乎陽,故四曰不富以鄰,不戒以孚,言乃中心願乎陽也;五曰帝乙歸妹,言行願乎陽也。此四爻正陰陽交泰,所以說兩個願字。彖辭上下交而其志同,正在於此。若三與上雖正應,然陰陽之極,不成交泰矣。故三陽之極則曰無往不復,所以防城復于隍於其始;六陰之極,則曰城復于隍,所以表無往不復於其終,二復字相應。
陽は一心に陰と交泰せんと欲するを去す。だから初九は「征」と言い、九二は「尚」と言う。陰は一心に陽と交泰せんと欲するを来す。だから六四は「不富以其邻・不戒以孚」と言い、講ずるはそれが心底より陽に帰向するを願意する。六五は「帝乙帰妹」と言い、講ずるはそれがこの心願を行動に見出す。これら四爻はまさに陰陽交泰の処である。だから《小象伝》の裏に接連して両個の「願」の字出現す。《彖伝》のいわゆる「上下交而其志同」は、まさにここに落つ。九三と上六とに至っては、正に相応ずると雖も、しかし一は陽の極、一は陰の極で、却って交泰を結成し得ず。だから九三は三陽が極処に到れば、便ち「无往不复」と言い、これは開頭に於いて日後の「城復于隍」を預防す。上六は六爻の陰が極処に到れば、便ち「城復于隍」と言い、これは收尾の処に於いて「无往不复」を印証す。両個の「復」の字は前後に呼応す。
○六四柔順得正,當泰之時,陰向乎內,已交泰乎陽矣,故有三陰翩翩、不富不戒之象。不言吉凶者,陰方向內,其勢雖微,然小人已來於內矣,固不可言吉;然上有以祉元吉之君,上下交而其志同,未見世道之否,不可以言凶也。象曰:翩翩不富,皆失實也。不戒以孚,中心願也。皆失實者,陰虛陽實,陰往於外已久,三陰皆失其陽矣,今來與陽交泰,乃中心之至願也,故不戒而孚。
六四は柔順にして正を得、まさに通泰の時に当たり、陰気は内裏に向かい走り、すでに陽と交泰した。だから三個の陰爻が翩然として下り、財富に倚らず告誡を待たざる卦象あり。爻辞は吉と言わず凶とも言わず。その因るは、陰は才だ内に向かい来たるが、勢頭は微弱なりと雖も、しかし小人は畢竟すでに内部に進入した。だから吉と言う能わず。しかし上面にまた六五のあの「以祉元吉」の君主有りて、上下相交じて志向相同じく、世道はまだ閉塞に転向せず。だからまた凶と言う能わず。《小象伝》は言う。翩然として下り財富に倚らざるは、彼らが皆実を失えばなり。告誡を待たずして彼此信有るは、内心の願望に出ればなり。いわゆる「皆失実」とは、陰は虚にして陽は実で、陰爻が外卦に往くすでに甚だ久しく、三個の陰爻は皆その陽を失去した。如今下り来て陽と交泰するは、まさに内心最深の願望である。だから告誡を用いずして自然に誠信相孚す。
○六五:帝乙歸妹,以祉元吉。中爻三五為雷,二四為澤,有歸妹之象,故曰歸妹。因本卦陰陽交泰,陰居尊位,而陽反在下,故象以此也。帝乙,即高宗箕子之例。祉者福也,以祉者,以此得祉也,即泰道成也。○泰已成矣,陰陽交會,五以柔中,而下應二之剛中,上下交而其志同,故有王姬下嫁之象,蓋享太平之福祉而元吉者,占者如是,亦祉而元吉矣。
六五の爻辞は言う。帝乙が自己の妹を嫁出し、因りて福を得。大吉。中爻の裏に三・四・五爻は互いに震を成し、震は雷と為す。二・三・四爻は互いに兌を成し、兌は沢と為す。雷が上に沢が下に、まさに《帰妹》卦の卦形に合す。だから「帰妹」と言う。本卦は陰陽交泰なるがゆえに、陰爻は尊位に居りて陽爻は反って下面に在り、だからこの象を取る。「帝乙」の用法は、《既済》の高宗を講じ、《明夷》の箕子を講ずると同一の体例で、皆直に史事を書す。「祉」は福で、「以祉」とはすなわちこれに因りて福を得る、すなわち泰道すでに成就したを言う。泰道すでに成就したれば、陰陽交会し、六五は柔順居中を以て下りて九二の陽剛居中に応じ、上下相交じて志向相同じ。だから王家の女児が下嫁する卦象あり。これは太平の福祉を享受して大吉の意である。占者もし能くこのようにせば、同じく福を得て大吉なり。
象曰:以祉元吉,中以行願也。中者中德也,陰陽交泰,乃其所願,故二曰尚,五曰歸,一往一來之意也。二曰中行,五曰中行願,上下皆中正,所謂上下交而其志同也。四與陽心相孚契,故曰中心願;五下嫁於陽,則見諸行事矣,故曰行願。惟得行其願,則泰道成矣,所以元吉。
《小象伝》は言う。因りて福を得て大吉なるは、能く中徳を以て自己の心願を実行すればなり。「中」が指すは居中して偏らざる徳性である。陰陽が彼此交泰するは、まさに双方の心願である。だから九二は「尚」と言い六五は「帰」と言い、一は上へ往き一は下嫁して来る。九二の爻辞の裏に「中行」有り、六五の《小象伝》の裏に「中以行願」有り。上下ともに居中して正を得。これがまさに《彖伝》の言う「上下交而其志同」である。六四は陽と心上に於いて彼此契合す。だから「中心願」と言う。六五は則ち真に陽に下嫁し、すでに行動に見出せり。だから「行願」と言う。ただ心願が施行を得てこそ、泰道こそ成就と算う。だから大吉。
○上六:城復于隍,勿用師,自邑告命,貞吝。坤為土,變艮亦土,俱有離象,中虛外圍,城之象也。既變為艮,則為徑路,為門闕,為果蓏;城上有徑路,如門闕,又生草木,則城傾圯,不成其城矣,復于隍之象也。程子言:掘隍土,積累以成城,如治道積累以成泰,及泰之終,將反於否,如城土傾圯復于隍是也。此復字,正應無往不復復字。師者,興兵動眾,以平服之也。坤為眾,中爻為震,變爻象離,為戈兵,眾動戈兵,師之象也,與復上六同。中爻兌口,告之象也;兌綜巽,命之象也。自者,自近以及遠也。邑字詳見謙卦。
上六の爻辞は言う。城牆が倒塌して城壕の裏に回落す。兵を用うべからず。ただ自己の封邑より政令を発布せよ。正を守るも憾を免れず。坤は土と為し、上六が一変して艮と成れば、艮もまた土である。両者は皆離の象を帯び、中間が空虚にして四周が囲合す。これがまさに城牆の取象である。すでに艮に変じたれば、艮は小路と為し門闕と為し果蓏と為す。城牆の上に小路出現し、門洞の如く豁開し、また草木を生出せば、それはすなわち城牆が傾頽崩塌して城と為す能わず。これがすなわち「復于隍」の取象である。程頤は言う。城壕の裏の土を挖取して一層層堆積して築成して城牆と為すは、国家を治理して一点ずつ積累して泰運を成就するに似る。泰運が終了してまさに閉塞に転ぜんとするを待てば、城土が傾塌してまた城壕の裏に回落するが如し。この「復」の字は、正好九三の「无往不复」のあの「復」の字に呼応す。「師」は兵を興し衆を動かして平定征服に往くこと。坤は衆と為し、中爻は互いに震を成して動と為し、上六が変じた後に爻象は離を帯び、離は戈兵と為す。衆人が戈兵を動用す。これは「師」の取象で、《復》卦の上六の「用行師」と言うと同じ。二三四爻は互いに兌を成し、兌は口と為す。これは「告」の取象である。兌を倒転せば(綜卦)すなわち巽で、巽は申命と為す。これは「命」の取象である。「自」は近よりして遠に及ぶ。「邑」の字の解釈は詳しくは《謙》卦に見える。
○上六當泰之終,承平既久,泰極而否,故有城復于隍之象。然當人心離散之時,若復用師以平服之,則勞民傷財,民益散亂,故戒占者,不可用師遠討,惟可自一邑親近之民播告之,漸及於遠,以論其利害可也。此收拾人心之舉,雖亦正固,然不能保邦於未危之先,而罪己下詔於既危之後,亦可羞矣,故其占者如此。
上六は《泰》卦の終了に処り、承平の日子すでに太だ久しく、泰運が極点に到れば便ち閉塞に転向す。だから城牆倒塌して城壕に回落する卦象あり。しかしまさに人心離散する時に当たり、もし再び兵を興して平定征服に往けば、便ち民を労し財を傷つけ、百姓は却って更加に離乱す。だから占者に告誡して、兵を用いて遠征すべからず、ただ自己の封邑の裏のあの親近の百姓より政令を宣告し始め、近より遠に及ぼして推開き、彼らに利害を講明せば足れり。これは人心を收拾する挙措で、正固と算え得ると雖も、しかし国家が未だ危殆ならざるの先にそれを守住し得ず、却ってすでに危殆なりたる後に詔を下して己を罪するを要すは、また実に羞ずべし。だから占断はこのようである。
象曰:城復于隍,其命亂也。命,即可以寄百里之命,命字謂政令也。蓋泰極而否,雖天運之自然,亦人事之致。惟其命亂,所以復否。聖人於泰終而歸咎於人事,其戒深矣。
《小象伝》は言う。城牆が倒塌して城壕に回落するは、政令がすでに紊乱したればなり。「命」はすなわち《論語》「可以託六尺之孤、可以寄百里之命」のあの「命」で、指すは政令である。泰運が極点に到り閉塞に転向するは、天運の自然と雖も説うも、実はまた人事が招来するなり。まさに政令が紊乱するがゆえに、こそ閉塞に転回した。聖人は《泰》卦の終了の処に於いて、責任を人事の上に帰し来る。この一層の告誡は極めて深切である。
否卦(坤下乾上)
否,坤下乾上。否,泰反其類也。否者,閉塞不通也。卦象卦德皆與泰反。《序卦》:物不可以終通,故受之以否。所以次泰,此七月之卦。否之匪人,不利,句。君子貞,大往小來。「否之匪人」,與「履虎尾」「同人于野」「艮其背」同例,蓋此四卦卦辭與卦名相連。「否之匪人」者,言否之者非人也,乃天也,即大往小來也。「不利」者,即彖辭「萬物不通」「天下無邦」「道長道消」也。「君子貞」者,即儉德避難、不可榮以祿也。不言小人者,《易》為君子謀也。「大往小來」者,否泰相綜,泰內卦之陽往而居否之外,外卦之陰來而居否之內也。
《否》卦は、下卦は坤、上卦は乾。「否」と「泰」とはまさに同一対の上下倒転した卦である。だから《雑卦伝》は泰・否の両卦の帰する類が恰好相反すと言う。「否」とはすなわち閉塞不通である。その卦象と卦徳とは全く《泰》卦と相反す。《泰》卦は乾が下に在り坤が上に在り、天気は上昇し地気は下降して彼此交会す。《否》卦は坤が下に在り乾が上に在り、天気はただ上昇を管し地気はただ下沉を管し、両下は相往来せず。《序卦伝》は言う。事物は永遠に通泰なるべからず。だから《泰》卦の後に《否》卦を接上す。これがすなわち《否》が《泰》の後に紧排する縁故で、十二消息卦の中に於いてそれは七月に配当す。卦辞は「否之匪人、不利、君子貞、大往小来」で、その中の「句」の字は、来氏の標出した句読記号で、「不利」の両字が自ら一句を成すを表す。「否之匪人」のこの句法は、《履》卦の「履虎尾」・《同人》卦の「同人于野」・《艮》卦の「艮其背」と同一の体例で、この四卦は皆卦辞を直接に卦名に連ねて読み下す。「否之匪人」は説く。天下を弄して閉塞の局面と成すは並びに人にあらずして天なり。すなわち「大往小来」の指す気数である。「不利」の両字が指すは、まさに《彖伝》の言う「万物不通」「天下无邦」「小人道長・君子道消」である。「君子貞」が指すは、《大象伝》の言う徳行を収斂し禍難を躲避し、人をして爵禄を以て自己を栄寵せしむべからざること。卦辞はただ君子を講じて小人を講ぜざるは、《周易》がもともと君子のために打算するがゆえ。「大往小来」は、否・泰の互いに「綜卦」(整卦上下倒転)と為るより看るべし。《泰》卦の内卦の三個の陽爻は、倒転せば便ち《否》卦の外卦に跑り去る。これを「往」と言う。《泰》卦の外卦の三個の陰爻は、倒転せば便ち《否》卦の内卦の裏に落込む。これを「来」と言う。陽を大とし陰を小とす。だから「大往小来」と言う。
文王當殷之末世,親見世道之否,扎以發匪人之句。後來孔子居春秋之否,乃曰:道之將行也與,命也;道之將廢也與,命也。孟子居戰國之否,乃曰:莫之為而為者,天也。所以孔孟進以禮、退以義,惟守君子之貞。程朱以為非人道也,似無「道」字意;誠齋以為用非其人,似無「用」字意,不如只就大往小來說。言否之者非人也,乃天也。否由於天,所以占者不利。丁否運之君子,欲濟其否,豈容智力於間哉?惟當守其正而已。
文王は殷商の末世に身を処し、親しく世道の閉塞を眼見した。因りて卦辞の裏に「匪人」のこの一句を点出す。後来孔子は春秋の閉塞の世に身を処し、言う。「道能く推行するは、命なり。道廃棄せらるるも、また命なり」(《論語・憲問》に見える)。孟子は戦国の閉塞の世に身を処し、言う。「之を為す者なきにして自然に成就する、あれはすなわち天なり」(《孟子・万章上》に見える)。だから孔子・孟子は出仕するは礼に依り、退隠するは義に依り、ただ君子の正道を守住す。程頤・朱熹は「匪人」を「非人道」と講ずるも、しかし原文には並びに「道」の字の意なし。楊万里(号は誠斎)はそれを「所用非其人」と講ずるも、しかし原文にもまた「用」の字の意なし。皆ただ「大往小来」に順って説くに如かず。この句が説くは、閉塞を造成するは人にあらずして天なり。閉塞すでに天に出たれば、だからこの卦を占得する人は不利。否運に碰上する君子は、この閉塞の局面を挽回せんと欲すも、どこに自己をして中間に於いて聡明気力を施展せしむるを容れん。ただまさに自己の正道を守住するのみ。
彖曰:否之匪人,不利,君子貞,大往小來,則是天地不交而萬物不通也,上下不交而天下無邦也。內陰而外陽,內柔而外剛,內小人而外君子。小人道長,君子道消也。釋「大往小來」四字,與泰卦同。上自為上,下自為下,則雖有國,實與無邦國同矣,故天下無邦。
《彖伝》は言う。「否之匪人、不利、君子貞、大往小来」とは、これはすなわち天地相交らずして万物は通達し得ず、上下相交らずして天下は邦国有るに等しからず。内卦は陰にして外卦は陽、内卦は柔順にして外卦は剛健、裏面に小人を住ましめて外面に君子を立つ。小人の勢力は一天一天増長し、君子の勢力は一天一天消退す。《彖伝》はここに於いて「大往小来」の四字を解釈するに、弁法は《泰》卦と完全に同じく、皆内外両卦の陰陽の往来に就いて説を立つ。いわゆる「天下无邦」とは、君上はただ自己が上頭に在るを顧り、臣下はただ自己が下頭に在るを顧り、彼此隔絶して通ぜず。すなわち国家はまだ在ると雖も、実際には邦国なきと一様なるを言う。だから「天下无邦」と言う。
象曰:天地不交,否。君子以儉德辟難,不可榮以祿。闢音避,難去聲。儉者,儉約其德,斂其首先之光也。坤為吝,嗇儉之象也。闢難者,避小從之禍也。三陽出居在外,避難之象也。不可榮以祿者,人不可得而榮之以祿也,非戒辭也。言若不儉德,則人因德而禁祿,小人忌之,禍即至矣。今既儉德,人不知我,則不榮以祿,故不禁以祿者,正所以避難也。
《大象伝》は言う。「天地相交らざれば、すなわち《否》。君子はこれに因りて徳行を収斂して以て禍難を躲避し、人をして爵禄を以て自己を栄寵せしむべからず」。「辟」は「避」と読み、「難」は去声と読む。いわゆる「倹」とは、自己の徳行を収斂倹約し、あの先んじて外露する光芒を蔵住すること。下卦の坤は吝嗇の性有り。これがすなわち「嗇倹」の取象である。いわゆる「辟難」とは、小人に由って牽連依附して来る禍患を躲き開くこと。この卦の三個の陽爻は皆外卦に退去した。これがすなわち難を避け遠遁する取象である。「不可栄以禄」は並びに一句の告誡の言にあらずして、他人が根本に爵禄を以て彼を栄寵する弁法なきを言う。意思は、仮使徳行を収斂せざれば、他人は便ち彼の徳行を看重するがために彼に俸禄を給し、小人一旦忌恨せば、禍事は立刻に至る。如今すでに徳行を収斂したれば、他人は我の深浅を摸清る能わず、自然に爵禄を以て我を栄寵せず。だから「爵禄を以て相加えざる」の这件事は、まさに禍難を躲避する弁法である。
初六:拔茅茹,以其匯,貞吉亨。變震為蕃,茅茹之象也。否綜泰,故初爻辭同。貞者,上有九五剛健中正之君,三陰能牽連而志在於君則貞矣。蓋否之時,能從乎陽,是小人能從君子,豈不貞?初在下,去陽甚遠,三陰同體,故有拔茅茹以其匯之象。當否之時,能正而志在於休否之君,吉而且亨之道也,故教占者以此。象曰:拔茅貞吉,志在君也。貞者以其志在於君也,故吉。泰初九曰志在外,此變外為君者,泰六五之君不如否之剛健中正,得稱君也。
初六の爻辞。「茅草を抜き起こせば、その根鬚を連ねて把を成して帯び出す。正を守れば吉利亨通す」。初六の一爻が変ずれば、下卦の坤は便ち震を成し、震は草木の蕃廡と為す。これがすなわち「茅茹」の取象である。《否》と《泰》とは互いに綜卦と為り(整卦を上下倒転す)、だから両卦の初爻の爻辞は相同じ。いわゆる「貞」とは、上頭に九五のこの剛健中正の君主有りて、下卦の三個の陰爻が能く彼此牽連し心志を一斉に君主に帰向せしむるがゆえ。これを「貞」と言う。閉塞の時に於いてなお陽剛に順従し得るは、すなわち小人が能く君子に順従するなり。どうして正ならざるを得よう。初六は最下に居り、陽爻に離るる甚だ遠く、而して六二・六三と同じく一個の坤体に属す。だから「茅草を抜き起こし根を連ねて把を成す」の象あり。閉塞の時に処り、能く正を守りて心志をあの閉塞を休止せんとする君主に帰向せしむるは、これはすでに吉利にしてまた亨通の路数である。だから爻辞はこれを拿って占卦する人を教う。《小象伝》は言う。「拔茅貞吉、志在君也」。正を守るの吉たる所以は、まさに心志が君主に在ればなり。《泰》卦の初九の《小象》は「志在外」と言うに、ここでは却って「外」を換えて「君」と為すは、《泰》卦の六五のあの君主は柔爻で、《否》卦の九五の剛健中正に如かず、「君」の一声を称するに足るがゆえ。
六二:包承,小人吉,大人否亨。包承者,包乎初也。二乃初之承,曰包承者,猶言將承包之也。大來乎下,故曰包荒;小來乎下,故曰包承。既包乎承,則小人與小人為群矣。小人與小人為群,大人與大人為群,不相干涉,不相傷害矣,否則不榮以祿也。當否之時,小來乎下,故六二有包承之象。既包乎承,則小人為群,不上害乎大人矣,故占者在小人則有不害正之吉,在大人則身否而道亨也。象曰:大人否亨,不亂群也。陰來乎下,陽往乎上,兩不相交,故不亂群。
六二の爻辞。「承順する自己の同類を包み入る。小人は吉利、大人は身は閉塞するも道は自ら亨通す」。いわゆる「包承」とは、下面の初六を包み入るること。初六は六二の下に在り、六二を承接するあの一爻である。「包承」と言うは、等しくこの自己を承接する同類を整個に兜住すると言うに如し。《泰》卦は陽の大なる者が来りて内卦に居る。だから「包荒」と言う。《否》卦は陰の小なる者が来りて内卦に居る。だから「包承」と言う。すでに自己を承接する同類を包み入れたれば、すなわち小人が小人と結んで一伙を成す。小人は自ら一群を成し、大人は自ら一群を成し、両辺は互いに干涉せず互いに傷害せず。否ざれば大人もまた「爵禄栄寵を受けず」を以て自ら保つを用いるに及ばず。閉塞の時に当たり、陰小の爻が来りて下卦に居る。だから六二に「包承」の象あり。すでに同類を皆一処に包めば、小人はすなわち自ら一群を成し、上に向かい大人を傷害せず。だからこの爻を占得する人は、もし小人なれば、便ち正道を妨害せざるの吉有り。もし大人なれば、便ち身は閉塞に処すと雖もその道は自然に亨通す。《小象伝》は言う。「大人否亨、不乱群也」。陰爻は来りて下卦に在り、陽爻は往きて上卦に在り、両辺は相交渉せず。だから群類は各々相混ざらず。
六三:包羞。包者,包乎二也。三見二包乎其初,三即包乎二。殊不知二隔乎陽,故包同類;若三則親比乎陽矣,從陽可也,乃不從陽,非正道矣,可羞者也,故曰包羞。六三不中不正,親比乎陽,當小來於下之時,止知包乎其下矣,而不知上有陽剛之大人在也,乃舍四之大人而包二之小人,羞孰甚焉,故有是象,占者之羞可知矣。象曰:包羞,位不當也。位不當者,柔而志剛不能順從乎君子,故可羞。
六三の爻辞。「包容する所は皆羞ずべき事」。ここの「包」は、下面の六二を包住すること。六三は六二が初六を包み入れたを見て、自己もまた跟い随て六二を包む。それは却って明白せず。六二と陽爻との中間の隔たるは遠く、ただ同類を包むのみ能く、六三はすでに九四のこの陽爻に紧挨せり。すでに陽に挨る以上、もともと陽に順従すべきに、如今偏えに陽に従わず。すなわちそれは正道にあらず、羞ずべき事である。だから「包羞」と言う。六三は中に居らず位に当たらざるのみならず、陽爻に紧邻し、まさに陰小の類が来りて下卦に居る時に当たり、それはただ下面の同類を包住するを暁るのみにして、却って上頭にまだ陽剛の大人の在るを暁らず、竟に九四のこの大人を舎き開きて往きて六二のあの小人を包む。これより更に羞ずべき有らんや。だからこのような象有り、この爻を占得する人は羞辱を受くるも、また想い知れる。《小象伝》は言う。「包羞、位不当也」。いわゆる位不当とは、それはもともと柔爻なるに却って剛位に居り志気強横にして、君子に順従するを肯んぜず。だから羞ずべし。
九四:有命無咎,疇離祉。變巽為命,命之象也。有命者,受九五之命也。四近君居多懼之地,易於獲咎,今變巽順,則能從乎五矣,故有命無咎。疇者,同類之三陽也。離者,麗也;離祉者,附麗其福祉也。九四當否過中之時,剛居乎柔,能從乎休否之君,同濟乎否,則因大君之命,而濟否之志行矣。故不惟在我無咎,獲一身之慶,而同類亦並受其福也,故其象占如此。象曰:有命無咎,志行也。濟否之志行。
九四の爻辞。「君命を秉受すれば過ち有らず。同類の人は皆福祉に沾附し得る」。九四の一爻が変ずれば、上卦の乾は便ち巽を成し、巽は申命と為す。これは「命」の取象である。いわゆる「有命」とは、九五の君主の命令を承受すること。九四は君位に紧挨し、最も疑懼し易き処に処り、また最も過ちを招来し易し。如今巽の順従の徳を変出せば、便ち能く九五に順従す。だから「有命无咎」と言う。「疇」は同類で、卦中の三個の陽爻を指す。「離」は附麗依着の意で、「離祉」とはすなわち一同にこの福祉に附着する。九四はまさに閉塞の勢が中点を過ぐる時に当たり、陽剛の爻を以て柔位に居り、能くあの閉塞を休止せんとする君主に順従し、彼と一同に時局を救済す。すなわち大君の命令に憑りて、閉塞を救済する心志は能く推行し開く。だからただ自己に過ちなく一身の慶幸を得るのみならず、同類の陽爻もまた一倂にこの福沢を受く。ここに爻辞の取象と占断とはこのようである。《小象伝》は言う。「有命无咎、志行也」。すなわち閉塞を救済する心志が推行を得るを言う。
九五:休否,大人吉,其亡其亡,繫于苞桑。休否者,休息其否也。其亡其亡者,念念不忘其亡,惟恐其亡也。人依木息曰休,中爻巽木,五居木之上,休之象也。巽為陰木,二居巽之下,陰木柔,桑之象也。巽為繩,繫之象也。叢生曰苞,叢者聚也,柔條細弱,群聚而成叢者也。此爻變離合坎,為叢棘,苞之象也。桑非樟楠松栢之大矣,又況叢聚而生,則至小而至柔者也。以國家之大,不繫於盤石之堅固,而繫于苞桑之柔小,危之甚也,即危如累卵之意。
九五の爻辞。「閉塞を休止す。大人は吉利。心裏に『もう亡びる、もう亡びる』と念じてこそ、叢生の桑樹に係るが如く牽掛して已まざるに似ん」。「休否」とは閉塞の局面を停めて歇ませて一口の気を吐かしむること。「其亡其亡」とは覆亡の可能を念念不忘し、時時にただそれが真に覆亡せんことを怕るること。人が樹木に靠着して歇息するを「休」と言う。この卦の二・三・四爻は互体して巽を成し、巽は木と為し、九五はまさにこの棵の木の上面に踩る。これがすなわち「休」の取象である。巽はまた陰木に属し、六二は巽体の最下の一爻に処り、陰木は柔弱。これがすなわち「桑」の取象である。巽はまた繩直と為す。これは「係」の取象である。叢生するを「苞」と言い、「叢」はすなわち聚である。柔軟細弱の枝条が群聚して一叢を成すを、すなわち苞と言う。この爻が一変すれば、上卦は離を成し、中爻の坎と合わせて看れば、叢棘の象有り。これがすなわち「苞」の取象である。桑樹はもともと樟・楠・松・柏の如く高大ならず、何况また叢聚して生ずるをや。すなわちそれは最も小さく最も柔なる物である。一個の国家の如き大なる分量を拿りて、盤石の如き堅固の処に拴せず、反って叢桑の如き柔弱の物の上に拴す。危険の極点に到れるを見るべし。すなわち「危如累卵」の意である。
九五陽剛中正,能休時之否,大人之事也,故大人遇之則吉。然下應乎否,惟休否而已,未傾否也,故必勿恃其否之可休,勿安其休之為吉,兢業戒懼,念念惟恐其亡,若國家繫于苞桑之柔小,常畏其亡,而不自安之象。如此則否休而漸傾矣,故教占者必儆戒如此。繫于苞桑,又其亡其亡之象也。象曰:大人之吉,位正當也。有中正之德而又居尊位,與夬履同者,亦恐有所恃,故爻辭有其亡其亡之句。
九五は陽剛にしてまた居中して正を得、能く当時の閉塞の局面を停まらしむ。これは大人のみ办え得る事である。だから大人がこの爻に遇上すれば吉利。しかしそれの下面の応ずる六二は依然として閉塞の一方に属す。ここに九五はただ閉塞を暫時休止し得るのみで、まだ閉塞を徹底的に傾覆する能わず。だから務めて閉塞の休止し得るを恃むべからず、また「休止」の帯び来る吉利に安んずべからず、而要に戦戦兢兢・警惕戒懼し、念々にただそれの覆亡するを怕れ、あたかも整個の国家が叢桑の如き柔弱の物の上に拴せられ、天天それの断たんを怕れて敢えて自ら安んぜざるが如くすべし。これがすなわち爻辞の取象である。能くこのようにすれば、閉塞はこそ休止より逐漸に傾覆し来る。だから爻辞は占卦する人に必ずこのように警戒すべきを教う。「係于苞桑」のこの象は、同時にすなわち「其亡其亡」の象である。《小象伝》は言う。「大人之吉、位正当也」。中正の徳有りてまた尊位に居る。この一点は《夬》卦の九五・《履》卦の九五と相同じ。まさに条件が太だ好きがゆえに、それがこれに因りて依恃する所有らんを怕る。だから爻辞はこそ特意に「其亡其亡」の一句を加えたり。
上九:傾否,先否後喜。上文言休息其否,則其否猶未盡也。傾者,倒也,與鼎之顛覆折足同倒也,本在下而今反上也。否泰乃上下相綜之卦,泰陰上陽下,泰終則復隍,陽反在上而否矣;否陽上陰下,否終則傾倒,陰反在上而泰矣,此傾字之意也。復隍復字,應無往不復復字;傾否傾字,應無平不陂陂字,陂者傾邪也。周公爻辭,其精極矣。變兌成悅,喜之象也。上九以陽剛之才,居否之終,傾時之否,乃其優為者,故其占為先否後喜。
上九の爻辞。「閉塞を整個に傾覆し来る。先は閉塞、後に喜慶有り」。前面の九五はただ「休息其否」と言うのみ。閉塞がまだ了わらざるを見るべし。ここの「傾」は傾倒翻転で、《鼎》卦の「鼎顛趾」「鼎折足」の傾倒と一路の意で、もともと下に在るを、如今翻して上面に去る。《否》《泰》の両卦はもともと上下倒転して互いに綜と為る一対である。《泰》卦は陰が上に在り陽が下に在り、《泰》は尽頭に到れば便ち「城復于隍」、陽は反って上面に回り、そこで否と成る。《否》卦は陽が上に在り陰が下に在り、《否》は尽頭に到れば便ち整個傾倒し、陰は反って上面に回り、そこで泰と成る。これがすなわち「傾」の字の含意である。《泰》卦の上六「城復于隍」の「復」の字が回応するは、九三の爻辞「无往不复」の「復」である。《否》卦の上九「傾否」の「傾」の字が回応するは、《泰》卦の九三「无平不陂」の「陂」で、「陂」はすなわち傾斜である。周公の系した爻辞は、精密にしてこの地步に至る。上九が一変すれば、上卦の乾は兌を成し、兌は悦と為す。これは「喜」の取象である。上九は陽剛の才に憑り、閉塞の最末の位に居り、往きて当時の閉塞を傾覆するは、もともと彼の綽綽として余有る事である。だから占断は先は閉塞にして後に喜慶。
新刻来瞿唐先生易注 巻之四
永川凌夫惇厚子甫圈點,廬陵高奣映雪君甫校讎。
本巻は永川人の凌夫惇(字は厚子)が圈点句読を加え、廬陵人の高奣映(字は雪君)が校勘核対を負責した。「甫」は古時に人の表字を称する時に加えた男子の美称である。
同人卦(離下乾上)
同人,離下乾上。同人,親也。同人者,與人同也。天在上,火性炎上,上與天同,同人之象也。二五皆居正位,以中正相同,同人之義也。又一陰而五陽欲同之,亦同人也。序卦:物不可以終否,故受之以同人,所以次否。
《同人》卦は、下卦は離、上卦は乾。《雑卦伝》は「同人、親也」と言い、同人とはすなわち人と親和すること。いわゆる「同人」とは、すなわち別人と相同じ相和すること。天は上面に在り、火の本性は上に向かい炎焼す。火は一路上へ往き、正好天と相同じ。これは「同人」の卦象である。六二は下卦の中に居りて位に当たり、九五は上卦の中に居りて位に当たる。両爻ともに八卦の正位を得、中正の徳を以て彼此相同じ。これは「同人」の卦義である。再び、全卦はただ一個の陰爻有るのみにして、五個の陽爻は皆それと相同じせんと欲す。これもまた「同人」である。《序卦伝》は言う。事物は永遠に閉塞なるべからず。だから《否》卦の後に《同人》卦を接上す。これがすなわち《同人》が《否》の後に排する縁故である。
同人于野亨,利涉大川,利君子貞。彖辭明。彖曰:同人,柔得位得中而應乎乾,曰同人。同人曰:同人于野亨,利涉大川,乾行也。文明以健,中正而應,君子正也。唯君子為能通天下之志。以卦綜釋卦名,以卦德卦體釋卦辭。同人大有二卦同體,文王綜為一卦,故雜卦曰:大有眾也,同人親也。
卦辞。「人と相同するに曠遠の郊野に於いてす。亨通、大河を渡越するに宜しく、君子の正を守るに宜し」。これら幾句の意思は、《彖伝》の裏に講じて甚だ明白なり。《彖伝》は言う。「《同人》は、柔爻が正位を得てまた中に居り、而して上は乾体に応ず。だから《同人》と言う。卦辞の講ずる『同人于野、亨、利渉大川』は、あれは乾の作為である。内に文明の徳有りて外に剛健の行有り、居中して正を得て上下相応ず。これは君子の正道である。ただ君子のみ能く天下人の心志を貫通す」。《彖伝》のこの一段は、「卦綜」を以て卦名を解釈し、卦徳・卦体を以て卦辞を解釈す。《同人》と《大有》の両卦はもともと同一の卦体で、文王はそれを上下倒転(綜)して両卦と作って用いた。だから《雑卦伝》は言う。「大有、衆也。同人、親也」。
柔得位得中者,八卦正位,離在二。今大有上卦之雜,來居同人之下卦,則不惟得八卦之正位,又得其中,而應乾九五之中正者也。下與上相同,故名同人。卦辭同人于野者,六二應乎乾,乾在外卦,乃野外也,故曰於野。乾行,指利涉大川一句。蓋乾剛健中正,且居九五之位,有德有位,故可以濟險難。同人于野,雖六二得位得中所能同,至於濟險難則非六二陰柔所能也,故曰乾行,猶言乾之能事也。本卦錯師,有震木坎水象,所以利涉大川。曰乾行者,不言象而言理也。
いわゆる「柔得位得中」とは、八卦が各々その正位有るがゆえに、離の正位は第二爻に在る。如今《大有》の上卦のこの卦体を、倒転し下して《同人》の下卦に居らしめば、すなわちこの柔爻は不但離の正位を占得し、還って下卦の中に居り、また上は九五のこの中正の乾体の君に応ず。下面と上面と相同じ。だから名を取って《同人》と為す。卦辞の「同人于野」と言うは、六二の応ずる所は乾で、乾は外卦に在り、外卦は便ち野外の如くなればなり。だから「于野」と言う。《彖伝》の「乾行」の両字は、専ら「利渉大川」のこの一句を指す。乾はすでに剛健にしてまた中正で、しかも九五の君位を據る。徳有りてまた位有り。だから能く険難を渡越す。「同人于野」のこの一層は、還って六二の得位得中の能く為し得る所である。険難を渡越するに至っては、すなわち六二のこの陰柔の爻の办え得る所にあらず。だから「乾行」と言い、等しくこれは乾のみ办え成し得る事と言うに如し。本卦《同人》は《師》卦(坎下坤上)と互いに錯卦と為り、六爻の陰陽は全く反し、《師》の中に震木坎水の象を含み、木が水の上はまさに舟楫である。だから「利渉大川」。《彖伝》はただ「乾行」の一句を言うのみ。これは卦象を撇き開きて直接就じて義理に説を立つ。
內文明,則能察於理;外剛健,則能勇於義;中正則內無人慾之私,應乾則外合天德之公。文明以健,以德言;中正而應,以爻言。此四者皆君子之正道也。惟君子能通天下之志者,君子即正也。同人于野者,六二也;利涉大川者,乾也;君子貞,則緫六二九五言之。
内卦は離の文明で、便ち能く事理を明察す。外卦は乾の剛健で、便ち能く義を行うに勇あり。六二は居中して正を得、内心に便ち人欲の私曲なし。上は九五の乾に応じ、行事すれば便ち天徳の公正に合す。「文明以健」は卦徳に就いて言い、「中正而応」は爻位に就いて言う。この四様は皆君子の正道である。いわゆる「惟君子為能通天下之志」とは、君子の憑る所はまさにこの「正」の字なるを言う。卦辞の裏の「同人于野」が講ずるは六二で、「利渉大川」が講ずるは乾すなわち九五で、「利君子貞」に至っては、則ち六二・九五を合わせて一倂に説く。
六二應乎九五之乾,固名同人矣,然同人卦辭乃曰同人于野亨,利涉大川,何也?蓋六二應乾固亨矣,至於利涉大川,非六二也,乃乾也。曰利君子貞者何也?蓋內外卦綿君子之正,所以利君子。正天下之理,正而已矣。人同此心,心同此理,億兆之眾志雖不同,惟此正理方可通之,方可大同人心。若私邪不正,安能有於野之亨而利涉哉?此所以利君子貞也。
六二は上に向かい九五の乾体に応ず。もともと「同人」と称するに足る。しかし卦辞はなぜまた「同人于野、亨、利渉大川」と言うか。因るに六二が乾に応ずるは、固然として亨通なり。能く大河を渡越するに至っては、それは六二の本事にあらずして、乾の本事である。またなぜ「利君子貞」と言うか。因るに内外の両卦は皆君子の一個の「正」の字に係るがゆえに、君子に利あり。天下の道理を摆正するは、頼るは不過一個の「正」である。人人は同じくこの顆の心有り、人心はまた同じくこの理を具す。億万の人の心志は各々相同じからずと雖も、ただこの「正理」のみ能くそれらを貫通し、能く真に人心大同を為し到る。倘若心に私邪を懐き正道に由らざれば、どこにまだ「同人于野」の亨通と大河を渡越する順利とを談ずるに足らん。これがすなわち「利君子貞」の道理である。
象曰:天與火,同人。君子以類族辨物。類族者,於其族而類之;辨物者,於其物而辨之。如是則同軌同倫,道德可一,風俗可同,亦如天與火不同而同也。凡大象皆有功夫,故曰君子以,以者用也。若以類族為人,士為士族,農為農族;以辨物為物,蜾為蜾物,羽為羽物,則君子以三字無安頓而托空矣。
《大象伝》は言う。「天と火とは、すなわち《同人》。君子はこれに由りて族群を類分し事物を辨别す」。いわゆる「類族」とは、各种の族群に就いて同類を一処に帰すこと。いわゆる「辨物」とは、各种の事物に就いて差別を辨析して清楚にすること。能くこのようにすれば、天下はすなわち車同じ軌・行同じ倫となり、道徳は一致に帰し、風俗は斉同に趨す。まさに天が上に在り火が上に炎するが如く、もともと相同じからずして終に同じに帰す。およそ《大象伝》は皆人をして一番の工夫を下さしめんと欲す。だからこそ「君子以」と言い、「以」はすなわち用う、すなわち去って為す。仮使「類族」をただ人の族別と当成し――書を読む人を士族と算え田を種る人を農族と算え、「辨物」をただ物の類別と当成し――虫豸を蜾類と算え飛鳥を羽類と算えば、すなわち「君子以」のこの三字は着落なし、全然落空せり。
初九:同人于門,無咎。變艮為門,門之象也。於門者,謂於門外也。門外雖非野之可比,然亦在外,則所同者廣而無私暱矣。初九以剛正居下,當同人之初,而上無繫應,故有同人于門之象。占者如是,則無咎矣。象曰:出門同人,又誰咎也。誰對二三四五而言也。宗之吝也,戎之伏也,墉之乘,師之遇也,皆咎也。初同於門,即欲咎之,又誰得而咎之?所同者廣而無偏黨之私,又誰有咎我者?
初九の爻辞。「門口に於いて人と相同す。過ちなし」。初九の一爻が変ずれば、下卦の離は便ち艮を成し、艮は門闕と為す。これは「門」の取象である。「于門」と言うは、指すは門外である。門外は曠野の如く開闊するに比せざると雖も、畢竟すでに外面に在り、同ずる所の人は便ち広く、ただ自己と私昵する人と相同ずるに至らず。初九は陽剛得正の爻を以て最下に居り、まさに同人の初めに当たり、上面にまた相応の爻の牽系するなし。だから「同人于門」の象あり。占卦する人が能くこのようにせば、過ち有らざるべし。《小象伝》は言う。「出門同人、又誰咎也」。この「誰」は、六二・九三・九四・九五に針対して言う。六二の「同人于宗」の吝、九三の「伏戎于莽」の伏、九四の「乗其墉」の乗、九五の「大師克相遇」の遇は、皆咎を帯びる。初九はただ門口に於いて人と相同ず。縦使人有りて彼の毛病を挑撿せんと欲するも、また誰か挑撿し出さん。同ずる所の範囲すでに広く、また結党営私の偏心なければ、また誰か能く我を怪罪せん。
六二:同人于宗,吝。凡離變乾而應乎陽者,皆謂之宗。蓋乾乃六十四卦陽爻之祖,有祖則有宗,故所應者為宗。若原是乾卦,則本然之祖,見陽不言宗;惟新變之乾,則新成祖矣,所以見陽言宗也,故睽卦六五亦曰宗。統論一卦,則二五中正相應,所以亨;若論二之一爻,則是陰欲同乎陽矣,所以可羞。如履卦彖辭履帝位而不疚,至本爻則貞厲,皆此意。同人貴無私,六二中正,所應之五亦中正,然卦取同人,陰欲同乎陽,臣妾順從之道也,溺於私而非公矣,豈不羞?故其象占如此。象曰:同人于宗,吝道也。陰欲同乎陽,所私在一人,可羞之道也。
六二の爻辞。「ただ自己の宗党と相同ずるのみ。羞吝有らん」。およそ離卦の一爻が変じて乾と成り、また上は陽爻に応ずるは、来氏は皆これを「宗」と称す。因るに乾は六十四卦の一切の陽爻の老祖宗で、祖有れば便ち宗有り。だからそれの応ずるあの一爻をすなわち「宗」と称す。仮使もともと乾卦なれば、あれは天生の祖で、陽爻を見て必ずしも宗と言うを要せず。ただ新たに変出した乾のみ、こそ新成の祖と算え得る。だから陽を見てこそ「宗」と言う。《睽》卦の六五もまたこの縁故を以て「宗」と称す。もし全卦を通看すれば、六二と九五とは中正相応ず。だから卦辞は亨と言う。もし単に六二のこの一爻を看れば、それはすなわち陰が陽に同じせんと欲するに往く。だから羞ずべし。《履》卦の《彖伝》が「履帝位而不疚」と言うに、九五の本爻に到っては却って「貞厲」と言うが如く、皆この道理である。同人は私心なきを貴しとす。六二は居中して正を得、応ずる所の九五もまた居中して正を得。しかし本卦の義を取るは「同人」に在り、陰が陽に同じせんと欲するに往くは、あれは臣妾が順従する路数で、私情の裏に陥りて公心に出ず。どうして羞じざるを得ん。だから爻辞の取象と占断とはこのようである。《小象伝》は言う。「同人于宗、吝道也」。陰が一心に陽に同じせんと欲するに往くは、偏私する所はただ一人の身上に在る。これがまさに羞ずべき路数である。
九三:伏戎于莽,升其高陵,三歲不興。離錯坎為隱伏,伏之象也;中爻巽為入,亦伏之象也。離為戈兵,戎之象也。莽,草也,中爻巽為陰,水草之象也。中爻巽為股,三變為震足,股足齊動,升之象也。巽為高,高之象也;三變中爻艮,陵之象也。離居三,三之象也。興,發也。伏戎于莽者,俟其五之兵也;升其高陵者,窺其二之動也。對五而言,三在五之下,故曰伏;對二而言,三在二之上,故曰升。
九三の爻辞。「兵を草叢の裏に埋伏し、高き土岡に登る。三年しても発動し得ず」。下卦の離と坎とは互いに錯卦と為り(六爻の陰陽全く反す)、坎の卦徳は隠伏である。これは「伏」の取象である。二至四爻は互体して巽を成し、巽は入と為す。もまた「伏」の取象である。離は戈兵と為す。これは「戎」の取象である。「莽」は草で、中爻の巽は陰に属し、水草の取象である。中爻の巽はまた股と為し、九三が一変すれば下卦は震を成し、震は足と為す。股と足とが一斉に動き起こる。これは「升」の取象である。巽はまた高と為す。これは「高」の取象である。九三が一変すれば、中爻はまた艮を成し、艮は山と為す。これは「陵」の取象である。離は八卦の数に於いて第三に居る。これは「三歳」の取象である。「興」とはすなわち発動である。「伏戎于莽」は、九五の兵を待つのである。「升其高陵」は、六二の動静を窺探するのである。九五に対して言えば、九三はそれの下面に在る。だから「伏」と言う。六二に対して言えば、九三はそれの上面に在る。だから「升」と言う。
九三剛而不中,上無應與,欲同於二,而二乃五之正應,恐九五之見攻,故伏兵於草,升高盼望,將以敵五而攘二。然以理言,二非正應,理不趕;以勢言,五居尊位,勢不敵,故至三季之久而終不發。其象如此,以其未發,故占者不言凶。象曰:伏戎于莽,敵剛也;三歲不興,安行也。所敵者既剛且正,故伏藏。三歲不興者,以理與勢俱屈,故不能行。蓋行者,則興動而行也;安者,安於理勢而不興也,故曰安行。安行即四困則之意。
九三は陽剛を以て陽位に居りて中を得ず、上面にまた相応の爻なし。それは六二と相同じせんと欲するも、六二は九五の正応で、九五の来りて攻むるを怕る。だから兵を草叢の裏に埋伏し、高に登りて張望し、九五と敵と為りて六二を搶奪し来らんと打算す。しかし道理の上より言えば、六二は並びにそれの正応にあらず。理の上に立つ所なし。形勢の上より言えば、九五は尊位に居り、勢力の上で敵し得ず。だから拖して三年の久しきに及ぶも、終竟発動せず。爻象はすなわちこのようである。まさに終始発動せざるがゆえに、占断の裏に凶と言わず。《小象伝》は言う。「伏戎于莽、敵剛也。三歳不興、安行也」。それの敵対せんと欲する九五はすでに剛強にしてまた正に居る。だからただ埋伏蔵匿するのみ能くす。「三歳不興」は、道理と形勢の両頭ともに下風に屈居す。だから通じ行えず。「行」は発動し起こして為すを去ること。「安」は理と勢とに安んじて妄動せざること。だから「安行」と言う。この「安行」は、すなわち九四《小象》「困而反則」の意である。
九四:乘其墉,弗克攻,吉。墉,牆也。離中虛外圍,墉之象也。解卦上六變離,亦曰墉;泰卦上六變艮,大象離曰城,皆以中空外圍也。此則九三為六二之墉,九四在上,故曰乘。三四皆爭奪,非同人矣,故就言同人。三惡五之親二,故有犯上之心;四惡二之比三,故有陵下之志。
九四の爻辞。「あの道の牆に登ったれども、攻め下る能わず。吉利」。「墉」とはすなわち牆である。離卦は中間虚にして外面実、一圏を囲成す。これは「墉」の取象である。《解》卦の上六が一変して離と成れば、また「墉」と言う。《泰》卦の上六が一変して艮と成れば、全卦の大象は離に似て、すなわち「城」と言う。皆中間が空にして外囲が実の形狀を取る。本卦に於いて、九三はすなわち六二の外面のあの道の牆で、九四は九三の上に在る。だから「乗」と言う。九三・九四は皆六二を争奪す。もともとすでに「同人」にあらず。だから爻辞は已むを得ず依然として「同人」に就いて説を立つ。九三は九五が六二に親近するに往くを厭惡し、そこで上を犯す心を起こす。九四は六二が九三に親比するに往くを厭惡し、そこで下を凌ぐ意を起こす。
四不中正,當同人之時無應與,亦欲同於六三。三為二之墉,故有乘墉攻二之象。然以剛居柔,故又有自反而弗克攻之象,能如是則能改過矣,故占者吉。象曰:乘其墉,義弗克也;其吉,則困而反則也。義者,理也;則者,理之法則也。義理不可移易,故謂之則。困者,困窮也,即困而右之之困也。四剛強,本欲攻二,然其志柔,又思二乃五之正應,義不可攻。欲攻不可攻,二者交戰往來於此心,故曰困。若知其不可攻,則此心不困矣。言乘其墉矣,豈其力之不足哉?特以義不可同,故弗克攻耳。其吉者,則因困於心而反於義理之法則也,因困則改過矣,故吉。義弗克,正理也;困而反則,九四功夫也。
九四は中に居らず位に当たらざるのみならず、まさに同人の時に当たりてまた相応の爻なし。もまた六三に同じせんと欲するに往く。六三はまさに六二の外面のあの道の牆である。だから牆頭に登りて六二を攻むる象有り。しかしそれは陽剛の爻を以て柔位に居る。だからまた反躬自省して終竟攻め下る能わざる象有り。能くこのようにすれば、すなわち能く改過す。だから占卦する人は吉利。《小象伝》は言う。「乗其墉、義弗克也。其吉、則困而反則也」。「義」はすなわち理で、「則」は理の法度である。義理は更改移易すべからず。だから「則」と言う。「困」は困窮で、すなわち《論語》「困而学之」のあの「困」である。九四は本性が剛強で、もともと六二を攻めんと欲したるに、しかしそれの居る所は柔位で、心志もまた軟下し、また六二が九五の正応なるを想うて、義理に按じて攻むべからず。攻めんと欲するも攻むる能わず。両個の念頭が心裏に於いて來回して交戦す。だから「困」と言う。倘若一開頭より攻むべからざるを明白せば、この顆の心もまた困らざらん。爻辞は彼がすでに牆頭に登れたりと言う。あに気力足らざらんや。ただ義理に按じて六二と相同ずべからざるがゆえに、攻め下る能わざるのみ。吉たる所以は、心裏が困住して、反って義理の法度の上に帰るがゆえ。困住してこそ肯んじて改過す。だから吉。「義弗克」が講ずるは正当の道理で、「困而反則」こそ九四の実実在在に下す工夫である。
九五:同人先號咷而後笑,大師克相遇。號平聲。火無定體,曰鼓缶而歌,而嗟出涕沱,若中孚象離,曰或泣或歌。九五又變離,故有此象。先號咷後笑者,本卦六爻未變,離錯坎為加憂,九五隔於三四,故憂而號咷;及九五變,則中爻為兌悅,故復笑。旅先笑後號咷者,本卦未變,中爻兌悅,故先笑;及上九變,則悅體震動,成小過火眚之凶矣,故後號咷。必用大師者,三伏莽,四乘塘,非大師豈能克?此爻變離,中爻錯震,戈兵震動,師之象也。九五陽剛之君,陽大陰小,大師之象也。且本卦錯師,亦有師象。
九五の爻辞。「人と相同ずるに、先は声を放って痛哭し、後は歓笑に転ず。大軍を出動して阻隔に戦勝した後にこそ相遇を得」。「号」は平声と読む。火は固定の形体なし。だから《離》卦の裏にすでに「鼓缶而歌」有りて、また「大耋之嗟」「出涕沱若」有り。《中孚》卦の大象は離に似て、また「或泣或歌」と言う。九五のこの一爻が変じた後に上卦はまた離を成す。だからこの忽ち哭し忽ち笑う象有り。先に号咷して後に笑うは、このようにして来る。本卦の六爻が未だ変ぜざる時、下卦の離は坎と互いに錯卦と為り、坎は加憂と為し、九五はまた九三・九四に隔断せらる。だから憂愁して号咷す。九五が一変するを待ちて、二至四爻は互体して兌を成し、兌は悦と為す。だから転じて笑いを発す。反って《旅》卦は先は笑い後に号咷す。本卦が未だ変ぜざる時、中爻は兌の喜悦で、だから先に笑う。上九が一変するを待ちて、悦体は震の動盪に転じ、《小過》のあの火を失して巢を焚く凶険に落る。だから後に号咷す。爻辞が必ず「大師」と言うは、九三が草莽に埋伏し九四が牆頭に登るに因りて、大軍を動用せずしてどうして勝ち得よう。この爻が一変して離と成れば、中爻はまた震と互いに錯卦と為り、戈兵が震動し起こる。これは「師」の取象である。九五は陽剛の君主で、陽を大とし陰を小とす。これは「大師」の取象である。何况本卦は《師》卦と互いに錯卦と為り、本身にもまた師の象を帯びるをや。
九五、六二以剛柔中正相應,本同心者也,但為三四強暴所隔,雖同矣,不得遽與之同,故有未同時不勝號咷、既同後不勝喜笑之象。故聖人教占者曰:君臣大分也,以臣隔君,大逆也。當此之時,為君者宜興大師,克乎強暴後,方遇乎正應而後可,若號咷則失其君之威矣。故教占者,占中之象又如此。象曰:同人之先,以中直也;大師相遇,言相剋也。先者,先號咷也;以者,因也。中直與困卦九五中直同,即中正也。言九五所以先號咷者,以中正相應,必欲同之也。相剋者,九五克三四也。劉穆之為葛長民所制,劉裕必殺葛長民也。
九五と六二とは一剛一柔、皆居中して正を得て彼此相応ず。もともと同心の一対なり。ただ中間が九三・九四のこの両個の強横の陽爻に隔断せられたるがためのみ、志は同じと雖も馬上に会合し得ず。だから「まだ会合せざる時は忍不住に号啕し、会合した後は忍不住に歓笑す」の象あり。ここに聖人は占卦する人を教導して言う。君臣は天下の大名分で、臣子を為る者が竟に君主を隔断するは、これは大逆である。此の際に当たり、君主を為る者はまさに大軍を興動し、強横に戦勝した後にこそ、能く自己の正応と相会すべし。もしただ号啕痛哭するのみならば、それは君主たるの威厳を丢尽するなり。これは占者に如何に自ら処するかを教う。而して占辞の裏の取象もまたまさにこのようである。《小象伝》は言う。「同人之先、以中直也。大師相遇、言相克也」。「先」は先の号咷を指し、「以」は因為である。「中直」は《困》卦の九五の「中直」と同義で、すなわち中正である。九五の先に号咷する所以は、まさにそれが六二と中正相応じ、必ず之と相同ぜざるべからざるがゆえを言う。「相克」とは、九五が九三・九四に戦勝すること。東晋末年に劉穆之が葛長民に受制せられ、劉裕が便ち葛長民を殺さざるべからざりしが如く、まさにこの局面である。
上九:同人于郊,無悔。乾為郊,郊之象也,詳見需卦。國外曰郊,郊外曰野,皆曠遠之地。但同人于野以卦全體而言,言大同則能亨也,故於野取曠遠大同之象;此爻則取曠遠無所與同之象,各有所取也。上九居同人之終,又無應與,則無人可同矣,故有同人于郊之象。既無所同,則亦無所悔,故其占如此。象曰:同人于郊,志未得也。無人可同,則不能通天下之志矣。志未得,正與通天下之志相反。
上九の爻辞。「人と相同するに国都の外の近郊に於いてす。悔恨なし」。乾は郊と為す。これは「郊」の取象で、詳細の説明は《需》卦に見える。国都の外を郊と言い、郊の外を野と言う。皆空曠遼遠の処である。不過卦辞の「同人于野」は全卦の整体に就いて言い、講ずるは天下大同してこそ能く亨通するなり。だからあそこの「野」が取るは曠遠にして大同の象である。この一爻の「郊」が取るは、却って曠遠にして人の相同ずべき無きの象である。両処は各々各々の用意を取る。上九は《同人》卦の最末の位に居り、また相応の爻なし。すなわちそれと相同ずべき人なし。だから「同人于郊」の象あり。すでに与に同ずる所なければ、また悔ゆべき何物かなし。だから占断はこのようである。《小象伝》は言う。「同人于郊、志未得也」。同ずべき人なければ、便ち天下人の心志を貫通する能わず。「志未得」は、正好《彖伝》の言う「通天下之志」と反調を唱えたり。
大有卦(乾下離上)
大有,乾下離上。大有,眾也。大有者,所有之大也。火在天上,萬物畢照,所照皆其所有,大有之象也。一柔居尊,眾陽並從,諸爻皆六五之所有,大有之義也。序卦:與人同者,物必歸焉,故受之以大有,所以次同人。
《大有》卦は、下卦は乾、上卦は離。《雑卦伝》は「大有、衆也」と言う。いわゆる「大有」とは、擁有する物の大なるを言う。火は天上に高懸し、万物はそれの照らす所なきなく、およそ照らす所は皆それに帰有す。これは「大有」の卦象である。全卦はただ一個の柔爻有るのみにして、却って尊貴の第五位に居り、衆多の陽爻は一斉にそれに順従し、各爻は皆六五の所有と成る。これは「大有」の卦義である。《序卦伝》は言う。能く人と和同する人は、万物は必ず彼に帰附す。だから《同人》の後に《大有》を接上す。これがすなわち《大有》が《同人》の後に排する縁故である。
大有,元亨。彖辭明。彖曰:大有,柔得尊位大中,而上下應之,曰大有。其德剛健而文明,應乎天而時行,是以元亨。以卦綜釋卦名,以卦德卦體釋卦辭。大有綜同人,柔得尊位而大中者,同人下卦之離往於大有之上卦,得五之尊位,居大有之中,而上下五陽皆從之也。上下從之,則五陽皆其所有矣。陽大陰小,所有者皆陽,故曰大有。內剛健則克勝其私,自誠而明也;外文明則灼見其理,自明而誠也。上下應之者,眾陽應乎六五也;應天時行者,六五應乎九二也。時者,當其可之謂;天即理也,天之道不外時而已。應天時行,如天命有德、天討有罪,皆應天而時用之是也。乾為天,因應乾,故發此句。時行即應天之實,非時行之外別有應天也。剛健文明者德之體,應天時行者德之用,有是德之體用,則能亨其大有矣,是以元亨。
卦辞。「《大有》、大いに亨通す」。この一句の意思は、《彖伝》の裏に講じて甚だ明白なり。《彖伝》は言う。「《大有》は、柔爻が尊貴の位を得て大いにその中を得、上下の衆爻は皆来りてそれに応ず。だから《大有》と言う。その徳性はすでに剛健にしてまた文明で、天道に順応して時に按じて施行す。ここに大いに亨通す」。この段話は「卦綜」を以て卦名を解釈し、卦徳・卦体を以て卦辞を解釈す。《大有》はまさに《同人》の上下倒転の綜卦である。いわゆる「柔得尊位而大中」とは、すなわち《同人》の下卦離体の中のあの柔爻が、倒転した後に《大有》の上卦に跑り去り、第五爻の尊位を占住し、上卦の中に居り、上下の五個の陽爻は皆それに順従す。上下皆順従すれば、あの五個の陽爻はすなわち全てそれの所有と成る。陽を大とし陰を小とす。擁有する所はまた皆陽なり。だから「大有」と言う。内卦は剛健で、便ち能く自己の私欲を克制す。これは誠よりして明なり。外卦は文明で、便ち能く事理を透徹して看清す。これは明よりして誠なり。「上下応之」は、衆陽が皆六五に応ずるを指す。「応天而時行」は、六五が下りて九二に応ずるを指す。「時」は恰好行い得べき時に碰上すること。「天」はすなわち理で、天の道理は一個の「時」の字の外にあらず。いわゆる天に順い時に按じて施行するとは、上天が徳有る人に授命し、上天が罪有る人を討伐するが如く、皆天に順いて時に按じて施用す。乾はすなわち天で、六五の応ずる所は乾がゆえに、《彖伝》はこそこの一句を発出せり。「時行」はまさに「応天」の実際内容で、並びに「時行」の外に別に一個の「応天」有るにあらず。剛健文明は徳の本体で、応天時行は徳の功用である。このような体と用と有れば、便ち能くこの份の大有を暢通し開く。だから「元亨」と言う。
象曰:火在天上,大有。君子以遏惡揚善,順天休命。火在天上,無所不照,則善惡畢照矣。遏惡者,五刑五用是也;揚善者,五服五章是也。休,美也。天命之性有善無惡,故遏惡揚善者,正所以順天之美命也。當大有時,宜旌別淑慝也。
《大象伝》は言う。「火は天上に在る。すなわち《大有》。君子はこれに由りて邪悪を遏止し善良を表彰し、上天の美好なる命令に順応す」。火は天上に高懸し、照らさざる処なく、善のも悪のも便ち全て照らし出さる。いわゆる「遏悪」とは、すなわち《尚書・皋陶謨》の言う「五刑五用」である。いわゆる「揚善」とは、すなわち「五服五章」のあの旌表の制度である。「休」は美好である。上天の人に賦予する本性はただ善有りて悪なし。だから邪悪を遏止し善良を表彰するは、まさに上天のこの份の美好なる命令に順応するなり。大有の世に処り、まさに善類と悪類とを分別して標挙し出すべし。
初九:無交害,匪咎,艱則無咎。害者,害我之大有也。離為戈兵,應爻戈兵在前,惡人傷害之象也,故睽卦離在前,亦曰見惡人;夬乃同體之卦,二爻變離,亦曰莫夜有戎。初居下位,以凡民而大有,家肥屋潤,人豈無害之理?離火克乾金,其受害也必矣。未交害者,去離尚遠,未交離之境也;九三交離境,故曰小人害也,九三害字人此害字來。匪咎者,人來害我,非我之咎也。艱者,艱難以保其大有,如夬之惕號也。
初九の爻辞。「まだ禍害と交接せず。自己の過ちにあらず。能く艱難戒懼の心を存すれば過ち有らざるべし」。ここの「害」は、我がこの份の大有を傷害するを指す。離は戈兵と為し、初九の応ずるあの一爻はまさに離体に在り、戈兵は前頭に擺る。これは悪人が来りて傷害する象である。だから《睽》卦は離が前に在り、また「見悪人」と言う。《夬》卦は《大有》と同一の卦体の変化に属し、第二爻が変じて離と成れば、また「莫夜有戎」と言う。「莫夜」とはすなわち傍晚で、傍晚に兵戎が来襲する。初九は最下の位置に処り、一個の平民の身を以て大量の家業を擁有し、屋宇は寬敞にして家道は肥厚なり。他人はあに来りて加害せざるの道理あらん。何况離火は乾金を克し、害を受くるは免れ得ざるをや。「未交害」と言うは、それが上卦の離に離るる還って遠く、まだ離の地界に進入せざるがゆえ。九三に到れば便ち離の地界に踏入す。だから九三の《小象》は「小人害也」と言う。九三のあの「害」の字はまさにここの「害」の字より来る。「匪咎」とは、他人が来りて我を害するは、並びに我自己の過ちにあらざるを言う。「艱」とは、艱難戒懼の心を以てこの份の大有を保住せんと要す。《夬》卦の九二の「惕号」の如く警惕するが如し。
初九居卑,當大有之初,應爻離火,必有害我之乾金者。然陽剛得正,去離尚遠,故有未交害匪咎之象。然或以匪咎而以易心處之,則必受其害矣;惟艱,則可保其大有而無咎也,故又教占者以此。象曰:大有初九,無交害也。時大有而當其初,所以去離遠而無交害。
初九は卑下の位置に居り、まさに大有の開頭に当たる。それの応ずるあの一爻は離火に属し、必ず来りて我がこの乾金を克害する物有らん。不過初九は陽剛にしてまた正を得、上面の離火に離るる還って遠し。だから「尚未交上禍害・不是自己過錯」の象あり。しかし倘若「我の過ちにあらず」を恃んで軽心を掉して對付し過去せば、それは必ず喫虧するを要す。ただ艱難戒懼の心を存してこそ、保ち得てこの份の大有をして過ちを出さざらしむ。だから爻辞はまたこれを拿って占卦する人を教う。《小象伝》は言う。「大有初九、无交害也」。時は大有に逢いまたまさに開頭に在るがゆえに、あの離火に離るる還って遠く、尚未禍害に交わらず。
九二:大車以載,有攸往,無咎。乾錯坤為大輿,大車之象也;陽上行之物,車行之象也。以者,用也,用之以載也。變離錯坎,坎中滿,以載之象也。大車以載之重,九二能任重之象也。二變中爻成巽,巽為股,巽錯震為足,股足震動,有攸往之象也。
九二の爻辞。「大車を以て装載す。往く所有り。過ちなし」。下卦の乾は坤と互いに錯卦と為り(六爻の陰陽全く反す)、坤は大輿と為す。これは「大車」の取象である。陽は上に向かい行進する物で、これは車子の行走の取象である。「以」は用で、すなわちそれを拿って装載する。九二が一変して離と成れば、離はまた坎と互いに錯卦と為り、坎の卦形は中間が実で、中実してこそ物を装得住するを得。これは「載」の取象である。大車は能く重を載る。まさに九二の能く重任を担う取象である。九二が一変すれば、二至四爻は互体して巽を成し、巽は股と為す。巽はまた震と互いに錯卦と為り、震は足と為す。股と足とが一斉に震動す。これは「有攸往」の取象である。
九二當大有之時,中德蓄積,充實富有,乃應六五之交孚,故有大車以載之象。有所往而如是,則可以負荷其任,佐六五虛中之君,共濟大有之盛,而無咎矣,故其占如此。象曰:大車以載,積中不敗也。乾三連,陽多之卦皆曰積,積聚之意。小畜夬皆五陽一陰同體之卦,故小畜曰積德載,此曰以載,而又曰積中者,言積陽德而居中也,則小畜之積德載愈明矣。夬九二小象曰得中道也,小畜九二小象曰牽復在中,皆此中之意。敗字在車上來,乾金遇離火,必受克而敗壞,故初曰無交害,三曰小人害,則敗字雖從車上來,亦害字之意,因中德所以不敗壞也。曰積中不敗,則離火不燒金,六五厥孚交如,與九二共濟大有之太平矣。
九二は大有の時に処り、中正の徳は内に積蓄し、充実して富足し、また上は六五のあの彼此誠信の交孚に応ず。だから「大車装載」の象あり。往く所有りて能くこのようであれば、便ち重任を担い得、六五のこの虚心居中の君主を輔佐し、一同に大有の盛世を成就す。因りて過ちなし。だから占断はこのようである。《小象伝》は言う。「大車以載、積中不敗也」。乾卦の三画は相連す。およそ陽爻の多き卦は皆「積」と言い、積聚の意を取る。《小畜》と《夬》とは皆五陽一陰の同体の卦で、だから《小畜》は「積載」と言う。ここでは「以載」と言い、《小象》はまた「積中」と言う。これは陽徳が積聚してまた中位に居るを講ずる。このように一比すれば、《小畜》のあの「積載」の意思もまた更に明白なり。《夬》卦の九二《小象》は「得中道也」と言い、《小畜》の九二《小象》は「牽復在中」と言う。皆この「中」の字の意思である。「敗」の字は車上より引出せる。乾金は離火に碰上すれば、必ず克せられて毀壞す。だから初九は「无交害」と言い九三は「小人害」と言う。見るべし「敗」の字は車上より来ると雖も、実はすなわち「害」の字の意思。まさに九二に中正の徳有るがゆえに、敗壞に至らず。すでに「積中不敗」と言う以上、それはすなわち離火は更にこの塊の金を焼かず、六五のあの誠信の交孚は、能く九二と一同に大有の太平を成就す。
九三:公用亨于天子,小人弗克。亨,程傳如字,本義讀享。三居下卦之上,故曰公。五雖陰爻,然居大位,三非正應,故稱天子。亨者,陽剛居正,不以大有自私,亨之象也;卦本元亨,故曰亨。用亨于天子者,欲出而有為,以亨六五大有之治也。九二中德,止曰大車以載,不言亨于天子,而九三反欲亨于天子,何也?蓋九三才剛志剛,所以用亨天子也。同人大有相綜之卦,同人三四皆欲同乎二,所以大有二三皆欲共濟五之大有也。小人指四也,弗克者,不能也。三欲亨于天子,四持戈兵阻而害之,因此小人所以弗克亨于天子也。蓋大有之四即同人之三,四持戈兵,即三之伏戎也。且三變為睽,輿曳牛掣,即小人之阻不能用亨也。舊注作享者非。用亨天子,猶言出而使天子亨大有之亨也。
九三の爻辞。「公侯はその力量を拿って天子を亨通せしむ。小人は為し能わず」。「亨」の字は、程頤《易伝》は本字に照らして亨通と読み、朱熹《本義》は享献と読む。九三は下卦の最上の一爻に居る。だから「公」と称す。六五は陰爻と雖も、却って大位を占る。九三はそれと並びに正応にあらず。だからただ「天子」と称す。いわゆる「亨」とは、九三が陽剛にして正位に居り、この份の大有を私有と據為せず。これがすなわち亨の象である。本卦の卦辞はもともと「元亨」と説く。だからここでもまた「亨」と言う。「用亨于天子」とは、出来して一番の作為有らんと想い、好んで六五のこの場の大有の治を亨通せしめ起こさんとす。九二は中正の徳有るに、爻辞はただ「大車以載」と言うのみにして、並びに天子に亨すると言わず。九三は反って天子に亨せんと要す。なぜか。因るに九三は才質が剛にして志気もまた剛なり。だから敢えて天子に亨するに往く。《同人》と《大有》とは上下倒転して互いに綜と為る一対の卦である。《同人》の九三・九四は皆六二に同じせんと欲するに往き、倒転せば、《大有》の九二・九三は便ち皆共同に六五の大有を成就せんと欲す。「小人」は九四を指し、「弗克」はすなわち能わず。九三は天子に亨せんと欲するに往くに、九四は手に戈兵を持って中間より阻攔加害す。ここにこの小人は彼をして天子に亨する能わざらしむ。もともと《大有》の九四はすなわち《同人》の九三で、九四が戈兵を持するは、まさに《同人》の九三の「伏戎于莽」のあの一手である。何况九三が一変すれば、全卦は《睽》を成し、《睽》卦の六三は車の拖住せらる・牛の牽掣せらるの象有り、まさに小人が中間より阻撓して彼をして施展し開く能わざらしむるの写照である。旧注は「亨」を享献と読む。是ならず。「用亨天子」とは、等しく出来して事を為し、天子をしてこの場の大有の亨通を暢享せしむると言うに如し。
九三當大有之時,亦欲濟亨通之會,亨于天子,而共保大有之治者也。但當離乾交會之間,金受火制,小人在前,不能遽達,故有弗克亨于天子之象。占者得此,不當如九二之有攸往也,可知矣。象曰:公用亨于天子,小人害也。因小人害,所以弗克亨于天子。周公之無交害者,初之遠於四也;孔子之小人害者,三之近於四也。
九三は大有の時に処り、もまたこの場の亨通の際会を成全して天子を亨通せしめ、一同に大有の治を保住せんと欲す。しかしそれはまさに下乾と上離とが交会する当口に当たり、乾金は離火に克せられ、小人はまた前頭に攔る。一時に通達し得ず。だから「能く天子に亨せざる」の象あり。この爻を占得する人は、九二の如く貿然と前往すべからず。これは言わずして喩るべし。《小象伝》は言う。「公用亨于天子、小人害也」。まさに小人が中間より梗りを為すがゆえに、こそ能く天子に亨せざるなり。周公が初九の爻辞の裏に「无交害」と言うは、初九が九四に離るる遠ければなり。孔子がここの《小象》の裏に「小人害」と言うは、九三が九四に離るる近ければなり。
九四:匪其彭,無咎。彭音旁。彭,鼓聲,又盛也,言聲勢之盛也。四變中爻為震,震為鼓,彭之象也;變艮,止其盛之象也。九四居大有之時,時過中矣,乃大有之極盛者也,近君豈可極盛?然以剛居柔,故有不極其聲勢之盛之象,無咎之道也,故其占如此。伊之罔居成功,周之吐握是也,梁冀則不明矣。象曰:匪其彭無咎,明辨晳也。晳音析。晳,明貌,晳然其明辨也,離明之象也。明辨者,辨其所居之地乃別嫌多懼之地,辨其所遇之時乃盛極將衰之時也。
九四の爻辞。「その份の声勢を張大することを為さず。過ちなし」。「彭」は「旁」と読む。「彭」はもともと鼓声で、また盛大の意有り。ここでは声勢の盛大を指す。九四が一変すれば、二至四爻は互体して震を成し、震は鼓と為す。これは「彭」の取象である。変出する艮はまた静止を主とす。これはあの份の盛勢を按じ下す取象である。九四は大有の時に処り、時勢はすでに中点を過ぐ。まさに大有の最盛の時である。しかしそれは君位に紧挨す。どうして自己をして頂点に盛らしめ得よう。好在それが陽剛の爻を以て柔位に居る。だから「声勢を極処に張揚せざる」の象あり。これは過ちを出さざる路数である。だから占断はこのようである。伊尹は功成って自ら居らず、周公は一沐して三たび髮を握り一飯して三たび哺を吐いて礼賢下士す。すなわちこのような人である。東漢の梁冀は権勢が天を燻るも収斂を知らず。すなわちこの道理を明白せざるなり。《小象伝》は言う。「匪其彭无咎、明辨晳也」。「晳」は「析」と読む。「晳」は明亮の様子で、彼の辨えて清清楚楚たるを形容す。これは上卦の離が光明を主る取象である。いわゆる明辨とは、一は自己の処する地位を辨え清める。あれは嫌疑最も多く最も戒懼を要する処である。二は自己の逢う時勢を辨え清める。あれは盛なること極処にしてまさに衰に転ぜんとする時である。
六五:厥孚交如,威如吉。威如者,恭己無為,特有人君之威而已,因六五其體文明,其德中順,又有陽剛群賢輔之,即舜之無為而治矣,所以有此象。六五當大有之世,文明中順,以居尊位,虛己誠信,以任九二之賢,不惟九二有孚於五,而上下之陽亦皆以誠信歸之,是其孚信之交無一毫之偽者也。是以為六五者,賴群賢以輔治,惟威如而已,此則不言而信,不怒而民威於鈇鉞,蓋享大有太平之福者也,何吉如之?故其象占如此。象曰:厥孚交如,信以發志也;威如之吉,易而無備也。誠能動物,一人之信,足以發上下相信之志也。易而無備者,厥孚交如矣,惟平易而不防備,則任賢勿貳,去邪勿疑,方可享無為之治矣。威如即恭己,易而無備即無為。若依舊注作戒辭,則小象止當曰威如則吉,不應曰威如之吉也。易而無備,明非尊嚴也。事尊嚴,將不為隋煬乎?
六五の爻辞。「その誠信は上下と交じり感通し、自然に威儀を帯びる。吉利」。いわゆる「威如」とは、恭敬してその位に端居し、無為にして治むる。不過自然に人君の威儀を帯びるのみ。因るに六五の在る所の上卦は離で、その体は文明である。それは柔爻を以て中に居り、その徳は中正柔順で、また一群の陽剛の賢臣の輔佐有り。これがすなわち舜の「恭己正南面而已」の無為の治である。だからこのような象有り。六五は大有の世に処り、文明にして中順で、尊位を占り、自己の心を虚しうし、十足の誠信を拿出して九二のこの賢者を任用す。不但九二が六五に誠信有るのみならず、上下の各個の陽爻もまた皆誠信を以て彼に帰附す。この份の誠信の交往には一糸一毫の虚偽なし。ここに六五を為る者は、ただ群賢の輔佐治理に靠りて、自己にあの份の威儀を保住すれば足れり。これがすなわち開口を用いずして人は自ら相信、怒るを用いずして百姓は畏服して刀斧に過ぐ。まさに大有太平の福を享受する人で、これより更に吉利なる何物か有らん。だから爻辞の取象と占断とはこのようである。《小象伝》は言う。「厥孚交如、信以発志也。威如之吉、易而无備也」。誠意は能く万物を感動す。君主の一人の誠信は、以て上下彼此相信の心志を激発するに足る。いわゆる「易而无備」とは、すでに誠信交孚したれば、便ち平易坦蕩にして防備を加えざるを要すを言う。能くこのようにすれば、賢人を任用して三心二意ならず、奸邪を斥退して猶豫不決ならず、こそ無為の治を享受し得る。「威如」とはすなわち恭己で、「易而无備」とはすなわち無為である。仮使旧注に照りてこの句を告誡の辞と当成せば、それは《小象》はただ「威如則吉」と言うべきに、「威如之吉」と言うべからず。「易而无備」のこの四字は、まさにいわゆる威は並びに尊厳の架子を擺出するにあらざるを説明す。一味に尊厳を講ぜば、あに隋煬帝のあの一路に変成せざらんや。
上九:自天佑之,吉無不利。上九以剛明之德,當大有之盛,既有崇高之富貴,而下有六五柔順之君、剛明之群賢輔之,上九蓋無所作為,惟享自天佑助之福,吉而無不利者也。占者有是德,居是位,斯應是占矣。象曰:大有上吉,自天佑也。言皆天之佑助,人不可得而為也。上居天位,故曰天。此爻止有天佑之意,若繫辭又別發未盡之意也。如公用射隼,止有解悖之意,若成器而動,又未盡之意也。言各不同,皆發未盡之意,舊注泥於繫辭者非。
上九の爻辞。「上天より来る保佑。吉利、順利ならざるなし」。上九は剛健明察の徳に憑り、大有の極盛の時に処り、すでに崇高の富貴有り、下面にまた六五のこの柔順の君主と一班の剛明の賢臣の輔佐有り。上九の本人は何も為さざるべきと言うべく、ただ上天の佑助の福分を享受するのみ。だから吉利にして往きて利ならざるなし。占卦する人がもしこのような徳有りて、またこのような位に居れば、こそこの占断に配当す。《小象伝》は言う。「大有上吉、自天佑也」。これは一切が皆上天の佑助に出るを言い、人力の為し得て来るにあらず。上爻は天位に居る。だから「天」と称す。この一爻の本身はただ「天佑」のこの一層の意思有るのみ。《系辞伝》の講ずる所に至っては、あれは別に爻辞の未だ言い尽くさざる意思を発揮した。例えば《解》卦の上六「公用射隼」の如く、本爻はただ悖乱を解除するこの層の意思有り、《系辞》の裏に「蔵器于身、待時而動」を講ずるは、また爻辞の未尽の意思である。講ずる所は各々同じからず、皆爻辞の未尽の処に就いて再び発揮を為す。旧注は死ねども《系辞》に拘泥して以て本爻を解す。是ならず。
謙卦(艮下坤上)
謙,艮下坤上。謙,輕。謙者,有而不居之義。山之高,乃屈而居地之下,謙之象也。止於其內而收斂不伐,順乎其外而卑以下人,謙之義也。序卦:有大者不可以盈,故受之以謙,故次大有。謙亨,君子有終。君子三也,詳見乾卦。三爻艮終萬物,故曰有終。彖辭明。
《謙》卦は、下卦は艮、上卦は坤。《雑卦伝》は「謙、軽」と言う。意思は謙者は自己を軽くし下る。いわゆる「謙」とは、有りて自ら居らざるの意である。山はもともとあのように高きに、却って地の下面に屈居す。これは「謙」の卦象である。内卦の艮は止と為し、内に止りて自己を収斂し功労を誇耀せず。外卦の坤は順と為し、外に順いて身段を放低し、人に待するに謙卑す。これは「謙」の卦義である。《序卦伝》は言う。大量を擁有する人は自満すべからず。だから《大有》の後に《謙》卦を接上す。これがすなわち《謙》が《大有》の後に排する縁故である。卦辞「謙亨、君子有終」の裏の「君子」は九三を指す。理由は詳しくは《乾》卦の解説に見える。八卦の正位は艮が第三爻に在り、艮はまた万物を終結する卦である。だから「有終」と言う。これら幾句の意思は、《彖伝》の裏に講じて甚だ明白なり。
彖曰:謙亨,天道下濟而光明,地道卑而上行。天道虧盈而益謙,地道變盈而流謙,鬼神害盈而福謙,人道惡盈而好謙。謙尊而光,卑而不可踰,君子之終也。上時掌反。濟者,施也。天位乎上而氣則施於下也。光明者,生成萬物,化育昭著而不可掩也。卑者,地位乎下也;上行者,地氣上行而交乎天也。天尊而下濟,謙也,而光明,則亨矣;地卑,謙也,而上行,則亨矣,此言謙之必亨也。
《彖伝》は言う。「《謙》の亨通する所以は、天の法則は下って施与して愈々光明を顕し、地の法則は卑下に自ら処りて気は上に向かい行く。天の法則は盈満を虧損して謙下を增益し、地の法則は盈満を傾壞して謙下に流注し、鬼神の法則は盈満を損害して謙下に降福し、人の法則は盈満を厭惡して謙下を喜好す。謙にして尊位に居れば徳は愈々光輝し、謙にして卑位に居れば人は越うべからず。これがすなわち君子の能く善終する道理である」。「上行」の「上」は時掌反と読み、上昇の意である。「済」は施与である。天の位置は上に在りて、その気は却って下って万物に施す。「光明」とはそれが万物を生成し化育昭彰にして掩い得ざるを言う。「卑」は地の位置が下にあること。「上行」は地気が上に向かい昇騰して天と交会すること。天はもともと尊貴なるに却って肯んじて下施す。これがすなわち謙で、それは愈々光明す。これがすなわち亨である。地はもともと卑下にして、これがすなわち謙で、その気は能く上行して天に交わる。これもまた亨である。この両句は謙徳が必ず亨通するを言う。
虧盈蓋謙以氣言,變盈流謙以形言,變者傾壞,流者流注卑下之地而增高也。害盈福謙以理言,惡盈好謙以情言,此四句統言天地鬼神人,三才皆好其謙,見謙之所以亨也。踰者,過也,言不可及也。尊者有功有德,謙而不居,愈見其不可及,亦如天之光明也;卑者有功有德,謙而不居,愈見其不可及,亦如地之上行也。夫以尊卑之謙,皆自屈於其始,而光不可踰,皆自伸於其終,此君子之所以有終也。
「虧盈益謙」は気に就いて言い、「変盈流謙」は形に就いて言う。「変」は傾塌毀壞で、「流」は泥沙が低窪の処に流注してそれを漸漸に増高せしむること。「害盈福謙」は理に就いて言い、「惡盈好謙」は人情に就いて言う。この四句は合わせて天・地・鬼神・人を一倂に説き尽くし、天・地・人の三才は皆謙徳を喜好す。謙の亨通し得る所以を見るべし。「踰」は越過で、他人が彼に趕及び得ざるを言う。地位尊貴の人は功徳有りて謙譲して居らず、愈々他人の趕及び得ざるを顕す。まさに天が上に在りて愈々光明を見るが如し。地位卑下の人は功徳有りて謙譲して居らず、もまた愈々他人の趕及び得ざるを顕す。まさに地が下に在りて気は能く上行するが如し。見るべし尊者卑者の謙を論ぜず、起初は皆自己が自己を屈し下げ、而してあの份の光輝は他人は越え得ず、末了に到っては皆自己が自己を伸展し開く。これがすなわち君子の「有終」の所以である。
象曰:地中有山,謙。君子以裒多益寡,稱物平施。裒,步尤切。上下五陰,地之象也;一陽居中,地中有山之象也。五陰之多,人慾也;一陽之寡,天理也。君子觀此象,裒其人慾之多,益其天理之寡,則廓然大公,物來順應,物物皆天理,自可以稱物平施,無所處而不當矣。裒者,減也。
《大象伝》は言う。「地の中に山有り。すなわち《謙》。君子はこれに由りて多きを減損し少なきを增益し、事物を衡量して施与を公平とせしむ」。「裒」は歩尤切と読む。全卦の上下は共に五個の陰爻で、地の取象である。ただ九三の一個の陽爻が当たって中間に夾る。まさに「地中有山」の取象である。五個の陰爻はこのように多く、比して人欲と作す。一個の陽爻はこのように少なく、比して天理と作す。君子がこの卦象を看れば、便ち去って自己のあの多くして分に過ぐる人欲を減損し、自己のあの少なくして憐むべき天理を增益す。如此して心地は便ち廓然大公にして、事情が来れば随順して應付し、様様皆天理に合し、自然に能く事物を衡量して施与を公平に得、どのような境地に処するも皆不妥当ならず。「裒」とはすなわち減少である。
初六:謙謙君子,用涉大川,吉。凡易中有此象而無此事、無此理者,於此爻涉大川見之,蓋金車玉鉉之類也。周公立爻辭,止因中爻震木在坎水之上,故有此句,而今就文依理,只得說能謙險亦可濟也。六柔,謙德也;初卑位也,以謙德而居卑位,謙而又謙也。君子有此謙德,以之濟險亦吉矣,故占者用涉大川吉。象曰:謙謙君子,卑以自牧。牧,養也。謙謙而成其君子何哉?蓋九三勞謙君子,萬民所歸服者也,二並上與三俱鳴其謙,四則撝裂其謙,五因謙而利侵伐,初居謙之下,位已卑矣,何所作為哉?惟自養其謙德而已。
初六の爻辞。「謙にしてまた謙の君子。このような徳行を以て大河を渡る。吉利」。およそ《周易》の裏にただこの象有りて、並びにこの事なくまたこの理なきは、この一爻の「渉大川」の上に於いて看え得る。《噬嗑》の「金矢」・《鼎》卦の「玉鉉」と一類なり。周公がこの句の爻辞を系するは、ただ本卦の三至五爻が互体して震を成し、震は木と為し、二至四爻が互体して坎を成し、坎は水と為し、木が水の上に浮くはまさに舟楫がゆえに、この一句有り。如今われわれは文義に照らして道理を講ずるに、ただ能く謙する人は険難をも渡り得ると言うのみ能くす。初六は柔爻で、まさに謙徳である。初爻はまた卑位で、謙徳を以て卑位に居るは、それはすなわち謙の上に謙を加う。君子がこのような謙徳有れば、それを拿って険難を渡越するもまた吉なり。だから占者は「用渉大川吉」。《小象伝》は言う。「謙謙君子、卑以自牧」。「牧」は畜養である。謙にしてまた謙はどうして彼の君子の名を成就したか。因るに九三は功有りて謙の君子で、万民は皆彼に帰服す。六二は上六と連なりて皆九三に跟い随って一同にその謙を鳴発し、六四は則ち自己を譲り開けて以て謙と為し、六五は謙に憑りて征伐するに利あり。唯だ初六は謙卦の最下に居り、位置はすでに底に卑る。還って何の作為有るを得ん。ただ自己にこの份の謙徳を涵養するのみ。
六二:鳴謙,貞吉。本卦與小過同有飛鳥遺音之象,故曰鳴。豫卦亦有小過之象,亦曰鳴。又中爻震為善鳴。鳴者,陽唱而陰和也。荀九家以陰陽相應故鳴,得之矣。故中孚錯小過,九二曰鳴鶴在陰,又曰翰音登于天,皆有鳴之意。鳴鶴小象曰中心願也,此曰中心得也,言二與三中心相得,所以相唱和而鳴也。若舊注以謙有聞,則非鳴謙,乃謙鳴矣。若傳以德充積於中,見於聲音,則上六鳴謙其志未得,與鳴豫之凶,皆說不去矣。六二柔順中正,相比於三,三蓋勞謙君子也,三謙而二和之,與之相從,故有鳴謙之象,正而且吉者也,故其占如此。象曰:鳴謙貞吉,中心得也。言六二與三中心相得,非勉強唱和也。
六二の爻辞。「応和して謙徳を鳴発す。正を守れば吉利」。本卦の爻画は《小過》と一様で、皆飛鳥が鳴声を留下する象有り。だから「鳴」と言う。《豫》卦もまた《小過》の象を帯び、また「鳴」と言う。何况三至五爻は互体して震を成し、震は善く鳴くと為すをや。いわゆる「鳴」とは、陽爻が先に唱え陰爻が来りて和すること。荀爽等の九家《易》は陰陽相応じてこそ鳴くと言う。講じて正し。だから《中孚》は《小過》と互いに錯卦と為り、《中孚》の九二は「鳴鶴在陰」と言い、上九はまた「翰音登于天」と言う。皆鳴の意思を帯びる。「鳴鶴」のあの一爻の《小象》は「中心願也」と言い、ここの《小象》は「中心得也」と言う。皆六二と九三とが心裏に於いて彼此投合するを言う。だから一唱一和して鳴く。仮使旧注に照りて「謙に因りて名声有る」と解成せば、それは「鳴謙」にあらずして、倒って「謙鳴」と成る。仮使《程氏易伝》に照りて徳行が内に充積して発露して声音と為ると解成せば、すなわち上六は同じく「鳴謙」なるに却って「其志未得」と言い、《豫》卦の初六は「鳴豫」にして還って凶なり。皆講じて通ぜず。六二は柔順にして居中して正を得、九三に紧邻す。九三はまさにあの功有りて謙の君子である。九三が謙すれば、六二は便ち彼に応和し彼に跟従す。だから「鳴謙」の象あり。これはすでに正にしてまた吉なり。だから占断はこのようである。《小象伝》は言う。「鳴謙貞吉、中心得也」。これは六二と九三とが心裏に於いて真に投合するを言い、並びに勉强して凑合して一唱一和するにあらず。
九三:勞謙君子,有終吉。勞者,勤也,即勞之來之之勞。中爻坎為勞卦,雖繫辭去聲讀,然同此勞字也。又中爻水,水有井象,君子以勞民勸相,此勞字之象也。艮終萬物,三居艮之終,故以文王卦辭君子有終歸之。八卦正位,艮在三,所以此爻極善。有終即萬民服。舊注因繫辭有功而不德同,遂以為功勞,殊不知勞乎民後方有功,此爻止有勞而不伐意,故萬民服。九三當謙之時,以一陽而居五陰之中,陽剛得正,蓋能勞乎民而謙者也。然雖不伐其勞,而終不能掩其勞,萬民歸服,豈不有終?故占者吉。象曰:勞謙君子,萬民服也。陰為民,五陰故曰萬民;眾陰歸之,故曰服。
九三の爻辞。「民のために操労してまた謙退の君子は、能く善終す。吉利」。「労」は勤労で、すなわち《孟子》の引く所の「労之来たる」のあの「労」である。二至四爻は互体して坎を成し、《説卦伝》は坎を「労卦」と称す。《系辞伝》の裏のあの「労」は去声と読むと雖も、実はここと同一の字である。何况中爻は水に属し、水は井の象有り、《井》卦の《大象》は「君子以労民勧相」と言う。これがまさに「労」の字の取象である。艮は万物を終結する卦で、九三は下卦艮の最上の一爻に居る。だから文王の卦辞「君子有終」のこの句は便ちそれの身上に帰す。八卦の正位は艮が第三爻に在る。だからこの一爻は極めて好し。「有終」とはすなわち万民帰服である。旧注は《系辞伝》がこの一爻に「有功而不徳」と講ずるが因りて、便ち「労」を功労と講ずるも、しかし先ず百姓のために操労して後、こそ功を談ずるに足るを知らず。この一爻はただ力を出して誇耀せざるこの一層の意思有るのみ。だから万民はこそ服す。九三は謙の時に処り、一個の陽爻を以て五個の陰爻の当中に居り、陽剛にしてまた正を得。まさにあの能く百姓のために操労してまた謙退の人である。自己の辛労を誇耀せざると雖も、しかし彼の辛労は終竟掩盖し得ず、万民は皆来りて帰服す。どうして「有終」ならざるを得ん。だから占者は吉。《小象伝》は言う。「労謙君子、万民服也」。陰爻は民を象徴す。卦中に五個の陰爻有り。だから「万民」と言う。衆陰は皆それに帰向す。だから「服」と言う。
六四:無不利,撝謙。撝者,裂也,兩開之意。六四當上下之際,開裂之象也。撝謙者,以撝為謙也。凡一陽五陰之卦,其陽不論位之當否,皆尊其陽而卑其陰,如復之元吉,師之錫命,豫之大有得,比之顯比,剝之得輿,皆尊其陽不論其位也。六四才位皆陰,九三勞謙之賢,正萬民歸服之時,故開裂退避而去,非舊注更當發揮其謙也。六四當謙之時,柔而得正,能謙者也,故無不利矣。但勞謙之賢在下,不敢當陽之承,乃避三而去之,故有以撝為謙之象,占者能此,可謂不違陽陽之則者矣。象曰:無不利,撝謙,不遠則也。則者,陽尊陰卑之法則也,撝而去之,不違尊卑之則矣。
六四の爻辞。「不利なし。自己を分けて譲り出して以て謙と為す」。「撝」は裂開で、両辺に分けて譲る意である。六四はまさに上下両卦の交接の処に当たり、裂開の象有り。「撝謙」とは、すなわち「譲り開く」のこの弁法を拿って謙を表示する。およそ一個の陽爻と五個の陰爻の卦は、あの陽爻は位の当たる当たらざるを論ぜず、皆陽を尊しとし陰を卑しとす。《復》卦の初九の「元吉」と言うが如く、《師》卦の九二の「王三錫命」と言い、《豫》卦の九四の「大有得」と言い、《比》卦の九五の「顕比」と言い、《剥》卦の上九の「得輿」と言う。皆あの陽爻を尊崇してその爻位を論ぜず。六四の才質と爻位とは皆陰に属し、而して九三のこの労謙の賢は、まさに万民帰服の時に当たる。だからそれは身を裂開して退避して譲り開く。並びに旧注の言うが如く還って更に進んで自己の謙を発揚せんとするにあらず。六四は謙の時に処り、柔順にしてまた位に当たり、能く謙する人である。だから不利なし。ただあの労謙の賢はすなわち自己の下面に在り、それは敢えてこの陽爻の承奉を受けず、そこで九三を避開して譲り出す。だから「譲り開くを以て謙と為す」の象あり。占卦する人が能くこのようにせば、陰陽尊卑の法則に違背せずと言うべし。《小象伝》は言う。「无不利、撝謙、不違則也」。「則」はすなわち陽尊陰卑の法則である。身を裂開して譲り開き去るは、まさに尊卑の法則に違背せざるなり。
六五:不富以其鄰,利用侵伐,無不利。陽稱富,小畜五陽,故小象曰不獨富也;陰皆不富,故泰六四亦曰不富。富與鄰皆指三。以者,用也。中爻震為長子,三非正應,故稱鄰。言不用富厚之力,但用長子帥師,而自利用侵伐也。坤為眾,中爻震,此爻變離為戈兵,眾動戈兵,侵伐之象。此象亦同初六用涉大川,但此則以變爻言也,上六利用行師亦此象。五以柔居尊,在上而能謙者也,上能謙則從之者眾矣,故有不富以鄰而自利用侵伐之象。然用侵伐者,因其不服而已,若他事亦無不利也,占者有此謙德,斯應是占矣。象曰:利用侵伐,征不服也。侵伐非黷武,以其不服,不得已而征之也。
六五の爻辞。「自己の財富に靠らずして鄰近の力量を借重す。以て征伐するに宜しく、不利なし」。陽爻のみ「富」と称す。《小畜》は五個の陽爻有り。だから九五の《小象》は「不独富也」と言う。陰爻は皆富まず。だから《泰》卦の六四もまた「不富」と言う。ここの「富」と「鄰」とは皆九三を指す。「以」は用である。三至五爻は互体して震を成し、震は長子と為す。九三はまた六五の正応にあらず。だからただそれを「鄰」と称す。意思は自家の財力の厚勢を動用せず、ただ長子を借りて兵を率いて師を出さしめば、自然に征伐に利あり。下卦の坤は衆と為し、中爻は震にして動を主とし、六五のこの一爻が変ずれば上卦は離を成し、離は戈兵と為す。衆人が一動すれば戈兵は之に随う。これは「侵伐」の取象である。この取象は初六の「用渉大川」と同一路数で、不過ここでは変爻に就いて説を立て、上六の「利用行師」もまたこの象である。六五は柔爻を以て尊位に居り、上面に処りて能く謙す。上位の人が能く謙すれば、跟従する人は自然に多し。だから「自家の財富に靠らずして鄰力を借重し自然に征伐に利あり」の象あり。不過干戈を動かす所以は、ただ対方が帰服するを肯んぜざるがゆえのみ。もし別の事情なれば、同じく不利なし。占卦する人がこのような謙徳有れば、こそこの占断に配当す。《小象伝》は言う。「利用侵伐、征不服也」。兵を出して征伐するは並びに窮兵黷武にあらず、ただ対方が服せざるが因りて、已むを得ずこそ往きて彼を討伐するなり。
上六:鳴謙,利用行師,征邑國。凡易中言邑國者,皆坤土也。升卦坤在外,故曰升虛邑;晉卦坤在內,故曰維用伐邑;泰之上六曰自邑告命;師上六曰開國承家;復之上六曰以其國君凶;訟九二變坤,曰邑人三百戶;益之中爻坤曰為依遷國;夬下體錯坤曰告自邑;渙九五變坤曰渙王居;此曰征邑國,皆因坤土也。上六當謙之終,與三為正應,見三之勞謙,亦相從而和之,故亦有鳴謙之象。然六二中正,既與三中心相得,結親比之好,則三之心志不在上六而不相得矣,故止可為將行師征邑國而已,豈能與勞謙君子之賢相為唱和其謙哉?象曰:鳴謙志未得得也,可用行師征邑國也。志未得者,上六與九三心志不相得也。六二與上六皆鳴謙,然六二中心得,上六志未得,所以六二貞吉,而上六止利用行師也。
上六の爻辞。「応和して謙徳を鳴発す。兵を出して師を行うに宜しく、属邑と小国とを討伐す」。およそ《周易》の裏に「邑」「国」を講ずるは、皆卦中に坤有るが因りて、坤は土地と為す。《升》卦は坤が外卦に在る。だから「升虚邑」と言う。《晋》卦は坤が内卦に在る。だから「維用伐邑」と言う。《泰》卦の上六は「自邑告命」と言う。《師》卦の上六は「開国承家」と言う。《復》卦の上六は「以其国君凶」と言う。《訟》卦の九二は一変して坤と成る。だから「邑人三百戸」と言う。《益》卦の中爻は坤なり。だから「利用為依遷国」と言う。《夬》卦の下体は坤と互いに錯卦と為る。だから「告自邑」と言う。《渙》卦の九五は一変して坤と成る。だから「渙王居」と言う。ここでは「征邑国」と言う。統統坤土に因る。上六は謙卦の終点に処り、九三とは正応で、九三の労にして能く謙するを見て、もまた跟い随って彼に応和す。だから同じく「鳴謙」の象あり。しかし六二は居中して正を得、早くより九三と心々相得して、親近比鄰の交情を結成した。すなわち九三の心思は上六の身上に在らず、両下は便ち合わざらん。だから上六はただ人のために一個の兵を帯ぶる将領を為り、往きて属邑小国を討伐するのみ能くし、どこに還って労謙君子の如きあの賢者と彼此唱和してその謙を鳴らすを得ん。《小象伝》は言う。「鳴謙、志未得也。可用行師、征邑国也」。いわゆる「志未得」とは、上六と九三と心志の一処に合わざるを言う。六二と上六とは皆「鳴謙」なるに、しかし六二は「中心得」にして、上六は「志未得」である。だから六二は正を守って吉を得、上六はただ兵を出して師を行うに利あるのみ。
豫卦(坤下震上)
豫,坤下震上。豫,怠。豫者,和樂也。陽始潛閉於地中,及其動而出地,奮發其聲,通暢和豫,豫之象也。內順外動,豫之由也。序卦:有大而能謙必豫,故受之以豫,所以次謙。豫,利建侯行師。震長子主器,震驚百里,建侯之象;中爻坎陷,一陽統眾陰,行師之象也。屯有震無坤,則言建侯;謙有坤無震,則言行師;此震坤合,故兼言也。
《豫》卦は、下卦は坤、上卦は震。《雑卦伝》は「豫、怠」と言う。安楽が容易に怠惰を生出するを言う。いわゆる「豫」とは、すなわち和順喜楽である。陽気は起初地下に潜伏封閉し、それの一動して土を破り地に出るを待ちて、奮然として雷声を発出し、万物は通暢和楽す。これは「豫」の卦象である。内卦の坤は柔順、外卦の震は奮動で、性子に順いて動く。これは「豫」の由来である。《序卦伝》は言う。すでに大量を擁有し能く謙下すれば、必ず和楽す。だから《謙》卦の後に《豫》卦を接上す。これがすなわち《豫》が《謙》の後に排する縁故である。卦辞。「《豫》、諸侯を封建し兵を出して師を行うに宜し」。震は長子と為し、宗廟の祭器を主持す。《震》卦はまた「震驚百里」と言う。これは「建侯」の取象である。二至四爻は互体して坎を成し、坎は険陥と為し、而して一個の陽爻が衆多の陰爻を統領す。これは「行師」の取象である。《屯》卦は震有りて坤なし。だからただ「建侯」と言う。《謙》卦は坤有りて震なし。だからただ「行師」と言う。ここでは震・坤の両卦は一処に合す。だから両様ともに言う。
彖曰:豫,剛應而志行,順以動豫。豫順以動,故天地如之,而況建侯行師乎?天地以順動,故日月不過而四時不忒;聖人以順動,則刑罰清而民服。豫之時義大矣哉。以卦體卦德釋卦名卦辭,而極言之。剛,九四也;剛應者,一陽而眾陰從之也;志行者,陽之志得行也。剛應志行,豫也;內順外動,所以成其豫也,故名豫。
《彖伝》は言う。「《豫》卦は、剛爻が衆爻の応応を得て心志は能く推行す。理に順いて動く。これがすなわち豫。豫の道理は理に順いて動くがゆえに、天地の運行も過もこの如くのみ、何况諸侯を封建し兵を出して師を行うの類の人事をや。天地は理に順いて動くがゆえに、日月の運行は偏差を出さず四季の更替は次序を失わず。聖人は理に順いて動けば、すなわち刑罰は清簡にして百姓は心服す。《豫》の包含する時機と義理とは、真に大なり」。この一段は卦体・卦徳を以て卦名と卦辞とを解釈し、并且極処に推して以て讚嘆を加う。「剛」は九四を指す。「剛応」とは全卦はただこの一個の陽爻のみ有りて、衆陰は皆それに順従するを言う。「志行」とはこの陽爻の心志が推行を得るを言う。剛爻は応を得心志は行を得。これがすなわち豫である。内卦は柔順、外卦は震動で、まさに豫を造成する縁由である。だから卦名を《豫》と言う。
凡事合乎天理則順,肯乎天理則逆。順以動,一念一事皆天理矣。天地如之者,言天地亦不過如我之順動也;天地且不之違,而況於人之建侯行師乎?此其所以利也。天地以順動者,順其自然之氣;聖人以順動者,順其當然之理。不過者,不差過也;不忒者,不愆忒也。刑罰不事乎理,惟乘一人喜怒之私,故民不服;若順動合乎天理之公,縱施刑罰亦天刑也,故民服。時養者,豫中事理之時宜也,即順動也,此極言而贊之也。六十四卦時而已矣。事若淺而有深意,曰時義大矣哉,欲人思之也;非美事有時或用之,曰時用大矣哉,欲人則之也;大事大變曰時,大矣哉,欲人謹之也。
およそ事は天理に合すれば便ち順で、天理に違背すれば便ち逆である。天理に順いて動けば、すなわち一個の念頭・一桩の事情も、天理に合せざるなし。いわゆる「天地如之」とは、天地の運行も過も我が如く理に順いて動くを言う。天地を連ねても尚この道理に違背せず、何况人間の諸侯を封建し兵を出して師を行うの類の事をや。これがすなわち卦辞が「利」と言う縁故である。天地は理に順いて動くに、順うは自然の気である。聖人は理に順いて動くに、順うは当然の理である。「不過」は差錯を出さざること。「不忒」は舛誤を生ぜざること。刑罰がもし道理に依らず、ただ君主の一人の喜怒私意に憑れば、百姓は服せず。もし理に順いて動き天理の公道に合せば、すなわち縦使刑罰を動用するも、亦等しく上天が行刑するなり。だから百姓は心服す。ここの「時養」の両字は、「時義」と作るべし。指すは《豫》卦の当中の事理の応じ合うべき時機で、すなわち順動である。この一句は道理を極処に推して以て讚嘆を加う。六十四卦は説き来り説き去るに、根に帰し底に帰すれば不過一個の「時」の字である。有る事は浅顕なるを看ると雖も深意を含む。すなわち「時義大矣哉」と言い、これは人をして細々に思索せしめんと欲す。有るはもともと美事と算えざるに時に用いざるを得ず。すなわち「時用大矣哉」と言い、これは人をしてそれを拿って準則と為さしめんと欲す。有るは大事大変に属す。すなわち直に「時大矣哉」と言い、これは人をして格外謹慎せしめんと欲す。
象曰:雷出地奮,豫。先王以作樂崇德,殷薦之上帝,以配祖考。奮者,奮發而成聲也。作,乃制禮作樂之作。作樂以崇德,故聞樂知德。殷,盛也。作樂乃朝廷邦國之常典,各有所主,其樂不同;惟萬物本乎天,故有郊;人本乎祖,故有廟;是其用樂之最大者,故曰殷薦。故冬至祀上帝於圜丘,而配之以祖,必以是樂薦之;季秋祀上帝於明堂,而配之以考,必以是樂薦之也。中爻坎為樂律,樂之象;五陰而崇一陽德,崇德之象;帝出於震,上帝之象;中爻艮為門闕,坎為隱伏,宗廟祖宗之象。
《大象伝》は言う。「雷は地の裏より出でて奮然として震響す。すなわち《豫》。先王はこれに由りて音楽を制作して功德を推崇し、隆重にして上帝に献し、并且祖先を以て配享す」。「奮」は奮発して声響を形成する。「作」はすなわち「制礼作楽」の作である。楽を作るは功德を推崇するためなり。だから一個の朝代の音楽を聴けば便ちその徳を知る。「殷」は盛大である。音楽を制作するはもともと朝廷邦国の常典で、各々その主用有りて、楽章もまた各々相同じからず。ただ万物は天に本原すがゆえに、郊祀の礼有り。人は祖先に本原すがゆえに、宗廟の祭有り。これは楽を用うる最も隆重の場合である。だから「殷薦」と言う。ここに冬至は圜丘に於いて上帝を祭祀し、始祖を以て配享し、必ずこの套の楽を以て進献す。季秋は明堂に於いて上帝を祭祀し、父考を以て配享し、もまた必ずこの套の楽を以て進献す。二至四爻は互体して坎を成し、坎は楽律と為す。これは「楽」の取象である。五個の陰爻は共同にあの一個の陽爻の徳を推崇す。これは「崇徳」の取象である。《説卦伝》は「帝出乎震」と言い、上卦はまさに震なり。これは「上帝」の取象である。三至五爻は互体して艮を成し、艮は門闕と為し、坎はまた隠伏と為す。これは宗廟祖宗の取象である。
初六:鳴豫,凶。鳴,詳見鳴謙。謙豫二卦同體,文王綜為一卦,故雜卦曰謙輕而豫怠也。謙之上六即豫之初六,故二爻皆言鳴。震性動又決躁,所以浚恆凶,飛鳥凶。初六與九四為正應,九四由豫,初據其應與之常,欲相從乎四而和之,故有鳴豫之象。然初位卑,四近君,乃權臣也,正其志大行之時,上下既懸絕,且初又不中正,應與之情乖矣,豈能與四彼此唱和?其豫不能唱和,初之志窮矣,凶之道也,故占者凶。象曰:初六鳴豫,志窮凶也。惟志窮所以凶。中孚鶴鳴子和,曰中心願也;六二鳴謙,曰中心得也,此心志相孚者也。上六鳴謙,曰志未得也;初六鳴豫,曰志窮凶也,此心志不相孚者也。相孚者皆曰心,不相孚者皆曰志,此所以為聖人之言。
初六の爻辞。「声を鳴らして自己の逸楽を張揚す。凶」。「鳴」の字の講法は詳しくは《謙》卦の六二の「鳴謙」に見える。《謙》《豫》の両卦はもともと同一の卦体で、文王はそれを上下倒転互綜して分作して両卦と為した。だから《雑卦伝》は「謙軽而豫怠」と言う。《謙》卦の上六は、倒転し来ればまさに《豫》卦の初六である。だからこの両爻は皆「鳴」と言う。震の性情は動を好みてまた躁急決絶なり。だから《恒》卦の初六は「浚恒凶」と言い、《小過》は「飛鳥以凶」と言う。初六と九四とは正応で、九四は全卦の逸楽の由来する所のあの一爻である。初六は正応の常理に恃み、九四に跟従して彼に応和せんと欲す。だから「鳴豫」の象あり。しかし初六は位が卑しく、九四は君位に紧挨する当権の大臣で、まさに彼の心志大行の時に当たり、上下は相差して懸殊なり。何况初六はまた中に居らず位に当たらず、正応の間の情分は早くより乖離す。どこに還って九四と彼此唱和するを得ん。すでに唱和は成らず、初六の心志は便ち窮尽して路なし。これは凶を取る路数である。だから占者は凶。《小象伝》は言う。「初六鳴豫、志窮凶也」。まさに心志が窮尽するがゆえに凶。《中孚》の九二は鶴鳴きて子は之に和し、《小象》は「中心願也」と言う。《謙》卦の六二は謙を鳴らし、《小象》は「中心得也」と言う。この両処は心志の彼此相合するなり。《謙》卦の上六は謙を鳴らし、《小象》は「志未得也」と言う。《豫》卦の初六は豫を鳴らし、《小象》は「志窮凶也」と言う。この両処は心志の彼此相合せざるなり。およそ相合するは皆「心」と言い、およそ相合せざるは皆「志」と言う。これがまさに聖人の下す字なるを見る。
六二:介于石,不終日貞吉。凡物分為兩間者曰介。二變剛,分坤為兩間,介之象也。介于石者,言操守之堅,如石不可移易,中爻艮石之象也。不終日者,不溺於豫,見幾而作,不待其日之晚也。二變中爻離日,居下卦之上,不終日之象也。八卦正位,坤在二,故貞吉。豫易以溺人,諸爻皆溺於豫,獨六二中正自守,安靜堅確,故有此象,正而且吉之道也,故其占如此。象曰:不終日貞吉,以中正也。惟中正,故不終日貞吉。
六二の爻辞。「耿介なること石の如し。一日の過ぐるを待たずして身を抽く。正を守れば吉利」。およそ一物を両半に分けて界限分明するを「介」と言う。六二が一変して陽剛と為れば、下卦の坤を劈いて上下両截と為す。これは「介」の取象である。「介于石」は操守の堅定を形容し、石の如く搬り動かし得ざるなり。三至五爻は互体して艮を成し、艮は石と為す。これは「石」の取象である。「不終日」とは、逸楽の裏に沈溺せず、一たび苗頭を看出せば便ち身を動かし、日頭の山に落つるを待たず。六二が一変すれば、二至四爻は互体して離を成し、離は日と為し、而して六二はまた下卦の上に居る。これは「不終日」の取象である。八卦の正位は坤が第二爻に在り、六二はまさに坤位を得る。だから「貞吉」と言う。逸楽は最も人を淹没し易し。本卦の各爻は大抵皆豫の裏に陥る。唯だ六二は居中して正を得て自己守るを得、安静にして堅定なり。だからこのような象あり。これはすでに正にしてまた吉の路数である。だから占断はこのようである。《小象伝》は言う。「不終日貞吉、以中正也」。まさにそれが居中して正を得るがゆえに、能く終日を待たずして正を守って吉を獲す。
六三:盱豫悔,遲有悔。盱者,張目也。中爻錯離,目之象也。盱自以為豫者,九四當權,三與親比,幸其懼勢之足憑,而自縱其所欲也。盱與介相反,遲與不終日相反,二中正,三不中正故也。四為豫之主,六三陰柔,不中不正而近於四,上視於四而溺於豫,宜有悔者也,故有此象。而其占為事當速悔,若悔之遲,則過而不改,是謂過矣,此聖人為占者開遷善之門,而勉之以速改也。象曰:盱豫有悔,位不當也。六三不中正,故位不當。
六三の爻辞。「眼を睁して上へ巴望して逸楽を貪れば、悔有らん。拖延して改めざれば、更に悔有らん」。「盱」は眼を張大して上へ向かい看ること。二至四爻は互体して坎を成し、坎は離と互いに錯卦と為り、離は目と為す。これは「目」の取象である。それが眼を睁して上望して自ら以て楽を得たりと為すは、九四の当権なるが因りて、六三は彼に紧挨して親近攀附し、この份の権勢の依靠すべきを慶幸し、そこで自己の欲望を放縱す。「盱」は六二の「介」とまさに相反し、「遅」は六二の「不終日」とまさに相反す。縁故はすなわち六二は居中して正を得、六三は中に居らず位に当たらざるに在り。九四は全卦の逸楽の由来する主爻で、六三は陰柔にして中ならず正ならず、而してまた九四に靠近し、頭を擡げて九四を望みて逸楽の裏に沈溺す。もともと悔有るべし。だからこのような象あり。占断に至っては、この種の事はまさに趕緊に悔改すべきを言う。倘若悔ゆること遅きに過ぎれば、便ち過有りて改めざると成る。あれはこそ真に「過」と言う。これは聖人が占卦する人のために一扉の改過向善の門を打開き、彼を勉勵して趕緊に回頭せしむるなり。《小象伝》は言う。「盱豫有悔、位不当也」。六三は中に居らず位に当たらず。だから位不当と言う。
九四:由豫,大有得,勿疑朋盍簪。由豫者,言人心之和豫由四而致也。本卦一陽為動之主,動而眾陰悅從,故曰由豫。大有得者,言得大行其志,以致天下之豫也。四多疑懼,故曰疑;又中爻坎,亦為狐疑。勿疑者,中爻艮止,止而不疑之象也,因九四才剛明,故教之以勿疑也。盍者,合也;簪者,首笄也,婦人冠上之飾,所以緫聚其髮者也。下坤,婦人之象也;一陽橫於三陰之首,簪之象也。勿疑朋盍簪者,勿疑朋合於我者皆簪冠之婦人也。
九四の爻辞。「天下の和楽は彼に由りて来る。大いに得る所有り。猜疑する勿れ。朋類は自ら髮簪の髮を聚攬するが如く合し来らん」。いわゆる「由豫」とは、人心の和楽は皆九四に由りて帯び来るを言う。本卦はただこの一個の陽爻有るのみで、震動の主爻なり。それが一動すれば、衆陰は皆歓喜して跟従す。だから「由豫」と言う。「大有得」とは、彼が能く大いに自己の抱負を推行し、従りて天下の和楽を帯び来るを言う。第四爻の位置は最も疑虑畏懼多し。だから「疑」と言う。何况二至四爻は互体して坎を成し、坎はまた狐疑を主るをや。「勿疑」と言うは、三至五爻が互体して艮を成し、艮は止と為し、止住して更に疑わざるが因りて、これは「勿疑」の取象である。また九四の才質が剛明なるが因りて、彼をして多く疑う勿からしめばなり。「盍」は合攏で、「簪」は髮を束ぬる笄で、婦人の冠上の飾物で、以て頭髮を總聚するを用う。下卦の坤は婦人の取象で、一個の陽爻は三個の陰爻の頂上に横たわる。まさに髮簪の取象である。いわゆる「勿疑朋盍簪」とは、あの聚合して我がここに来る同類を疑慮する勿れを言う。彼らは不過皆髮簪を簪した婦人の一流なるのみ。
九四一陽居五陰之中,人所由以為豫,故有由豫之象。占者遇此,故為大有得。然人既樂從,正當得志之時,必展其大行之志,俾人人皆享其和平豫大之福。勿疑由豫於我者,無同德之陽明,而所以朋合於上下內外者皆陰柔之群小可也,故又教占者必不可疑如此。象曰:由豫,大有得,志大行也。剛應而無他爻以分其權,故曰志大行。
九四は一個の陽爻を以て五個の陰爻の当中に居り、衆人の逸楽は皆彼に由りて来る。だから「由豫」の象あり。占卦する人がこの爻に遇上すれば、因りて「大有得」と言う。しかし衆人すでに乐意に跟従せば、まさに彼の志を得る時に当たり、便ち必ずあの份の天下に大行する抱負を施展して、人人をしてこの份の和平安楽の福気を享到せしめんことを要す。あの我に依頼して楽を得る人の裏頭に一個の我と同徳の陽剛明智の士なく、而して上下内外に聚合するはまた皆陰柔の小人なるを以て、便ち疑虑退縮する勿れ。――このようにもまた未だ行うべからざるにあらず。だから爻辞はまた占卦する人を教えて、千万にこのように猜疑すべからずとせしむ。《小象伝》は言う。「由豫、大有得、志大行也」。この剛爻は衆爻の応応を得、また別の陽爻の来りてその権を分くるなし。だから心志は大いに推行を得ると言う。
六五:貞疾,恆不死。中爻為坎,坎為心病,疾之象也。曰貞疾者,言非假疾,疾之在外而可以藥石者也。九四由豫,人心通歸於四,危之極矣。下卦坤為腹,凡四居卦之中為心,即咸卦憧憧往來之爻也,此正腹中心疾,故謂之貞疾。恆者,常也,言貞疾而常不死也。周室衰微,此爻近之。六五當豫之時,柔不能立,而又乘九四之剛,權之所主,眾之所歸,皆在於四,衰弱極矣,故有貞疾之象;然以其得中,故又有恆不死之象,即象而占可知矣。象曰:六五貞疾,乘剛也;恆不死,中未亡也。雖乘四為剛所逼,然柔而得中,猶存虛位不死。
六五の爻辞。「久しく纏えて去らざる病。長期に拖くも死に至らず」。二至四爻は互体して坎を成し、《説卦伝》は坎を心病と為すと言う。これは「疾」の取象である。「貞疾」と言うは、それは装出する病にあらず、また体表に発して以て薬石を用いて医治すべき病にあらざるを講ず。九四は全卦の逸楽の由来する主爻で、人心は全て九四に帰向し去り、六五の処境は危険にして極点に到れり。下卦の坤は腹と為し、而して第四爻は六爻の中段に居れば便ち心と算え作す。まさに《咸》卦の九四の「憧憧往来」のあの一爻の如し。ここはまさに腹中の心病である。だから「貞疾」と言う。「恒」は長久で、この病が久しく纏えて人は却って長久に死せざるを言う。周王室が衰微するも名号は依然として在るは、就近この一爻の光景なり。六五は豫の時に処り、柔弱にして立ち起こる能わず、また九四のこの剛爻の上面に騎る。権柄の帰属・衆人の帰心は、全て九四のあそこに在り。衰弱にして極点に到れり。だから「貞疾」の象あり。不過それは畢竟上卦の中に居る。だからまた「長久不死」の象あり。この象に就きて往きて占断を推すも、また清楚なり。《小象伝》は言う。「六五。「六五貞疾、乗剛也。恒不死、中未亡也」。九四の頭上に騎りて剛爻に逼めらるると雖も、しかしそれは柔順にして居中す。還って一個の空名の位を保ち得て滅亡に至らず。
上六:冥豫,成有渝,無咎。冥者,幽也,暗也。上六以陰柔居豫極,為昏冥於豫之象。成者,五陰同豫,至上六已成矣。然以動體變剛成離,則前之冥冥者,今反昭昭矣,故又為其事雖成,然樂極哀生,不免有悔心之萌,而能改變之象。占者如是,則能補過矣,故無咎。象曰:冥豫在上,何可長也。豫已極矣,宜當速改,何可長溺於豫而不返也。
上六の爻辞。「昏昏然として逸楽に沈溺す。局面はすでに鋳成せり。もし能く改变所有れば、便ち過ち有らざるべし」。「冥」は幽暗昏昧である。上六は陰柔の爻を以て豫の最上の一位に居る。まさに昏昏然として逸楽に沈溺する象である。「成」とは、五個の陰爻が一同に逸楽に耽り、上六に到ってはすでに定局を積成したを言う。しかし上六は身は震のこの主動の体に在り、一変して陽剛と為れば、上卦は便ち離を成し、離は光明を主とす。すなわち先前の昏昏暗暗たるは、如今反って明明白白なり。だからまたこのような象有り。事情はすでに鋳成したと雖も、しかし楽は極処に到れば哀愁は便ち生じ、萌出して悔改の心を免れず、従りて能く転変す。占卦する人が能くこのようにせば、便ち過失を補い回るを得。だから過ちなし。《小象伝》は言う。「冥豫在上、何可長也」。逸楽すでに極処に到れば、まさに趕緊に回頭すべし。どうして長久にその裏面に沈溺して返るを知らざるを得ん。
随卦(震下兌上)
隨,震下兌上。隨,無故也。隨者,從也。少女隨長男,隨之象。曰隨綜蠱,以艮下而為震,以巽上而為兌,隨之義也;此動彼悅,亦隨之義也。序卦:豫必有隨,故受之以隨,所以次豫。隨,元亨,利貞,無咎。隨,元亨,然動而悅,易至於詭隨,故必利於貞,方得無咎。若所隨不貞,則雖大亨,亦有咎矣。不可依穆姜作四德。
《随》卦は、下卦は震、上卦は兌。《雑卦伝》は「随、无故也」と言う。意思は随順する人は事故を生ぜざるなり。いわゆる「随」とは、すなわち跟従である。兌は少女で、震は長男で、少女は長男に跟い随って走る。これは「随」の卦象である。再び説けば《随》と《蠱》とは互いに綜卦と為る。《蠱》は巽下艮上で、それを整個に上下倒転せば、もともと上に在る艮は転じて下面に到りて震と成り、もともと下に在る巽は転じて上面に到りて兌と成る。この一層もまた「随」の卦義である。こちらは震動し、あちらは兌悦で、一動一応するは、同じく「随」の卦義である。《序卦伝》は言う。和楽は必ず跟隨を招来す。だから《豫》卦の後に《随》卦を接上す。これがすなわち《随》が《豫》の後に排する縁故である。卦辞。「《随》、大いに亨通す。正を守るに宜しく、過ち有らざるべし」。《随》は固然として大いに亨通するも、しかし内は動いて外は悦で、最も是非を辨せざる盲従に流于る易し。だから必ず正を守るに利あってこそ、能く過ちを免れる。倘若随順する所の人事が正ならざれば、すなわち縦使大いに亨通するも、一様に咎有り。《左伝》の裏の穆姜の説法に依りて、元・亨・利・貞を当作して四种の徳と講ずべからず。
彖曰:剛來而下柔,動而說,隨。大亨貞無咎,而天下隨時。隨時之義大矣哉。以卦綜卦德釋卦名,又釋卦辭而贊之。剛來而下柔者,隨蠱二卦同體,文王綜為一卦,故雜卦曰隨無故也,蠱則飭也。言蠱下卦原是柔,今艮剛來加於下而為震,是剛來而下於柔也。動而悅者,下動而上悅也。時者,正而當其可也。言大亨貞而無咎者,以其時也。時者,隨其理之所在,理在於上之隨下,則隨其下;理在於下之隨上,則隨其上。泰則隨其時之泰,否則隨其時之否。惟其時,則通變宜民,邦家無怨,近悅遠來,故天下隨時。故即贊之曰:隨時之義大矣哉。此與艮卦時字同,不可依王肅本時字作之字。觀尾句,不曰隨之時義,而曰隨時之義,文意自見。
《彖伝》は言う。「剛爻は下り来て柔爻の下に居り、内は動いて外は悦なり。これがすなわち《随》。大いに亨通し正を守って咎なし。そこで天下は皆時宜に随順す。随时の義理は、真に大なり」。この段話は卦綜と卦徳とを以て卦名を解釈し、再び卦辞を解釈して讚嘆を加う。いわゆる「刚来而下柔」とは、《随》《蠱》の両卦はもともと同一の卦体で、文王はそれを上下倒転互綜して分作して両卦と為したが因りて、だから《雑卦伝》は「随、无故也。蠱、則飭也」と言う。意思是《蠱》卦の下卦はもともと巽で、柔に属す。如今《蠱》を整個倒転せば、上面の艮のあの剛爻は下面に落ち到りて震と成る。これがすなわち剛爻が下り来て柔爻の下に居るなり。「動而悦」は、下卦の震動して上卦の兌悦なり。「時」はすでに正にしてまた恰好合宜なり。「大亨貞而无咎」と言うは、全くこの「時」の字に靠る。いわゆる時とは、すなわち道理の在る所に随いて走る。理は上位が下位に随従すべきに当たれば、便ち下に随る。理は下位が上位に随従すべきに当たれば、便ち上に随る。通泰の世に逢えば便ち通泰の時に随い、閉塞の世に逢えば便ち閉塞の時に随う。ただ時に合乎すれば、便ち能く権に通じ変に達して民に適宜し、国家に怨声なく、近処の人は歓悦し遠処の人は来りて帰す。だから「天下随时」と言う。因りて立刻に讚嘆して言わく、「随时之義大矣哉」。ここの「時」の字は《艮》卦の「時」の字と用法相同じ。王肅本に依りて「時」の字を改めて「之」の字と為すべからず。末の一句を看よ。「随之時義」と言わずして「随时之義」と言う。文意は自然に明白なり。
象曰:澤中有雷,隨。君子以嚮晦入宴息。向與向同。晦者,日沒而昏也;宴安休息,即日入而息也。雷二月出地,八月入地,造化之理,有晝必有夜,有明必有晦。故人生天地,有出必有入,有作必有息;其在人心,有感必有寂,有動必有靜,此造化之自然,亦人事之當然也。故雷在地上,則作樂薦帝;雷在地中,則閉關不省方;雷在澤下,則嚮晦宴息,無非所以法天也。震東方卦也,日出暘谷;兌西方卦也,日入昧谷。八月正兌之時,雷藏於澤,此嚮晦之象也。澤亦是地,不可執泥澤字。中爻巽為入,艮為止,入而止息之象也。
《大象伝》は言う。「沢の中に雷有り。すなわち《随》。君子はこれに由りて天色が晩に向かう時に屋に入りて安息す」。「向」は「嚮」と同じく、臨近の意である。「晦」は太陽の落下した後の昏暗で、「宴息」は安閑休息で、すなわち日入りて息う。雷は二月に地に出で八月に地に入る。造化の道理は、白天有れば便ち黒夜有り、光明有れば便ち昏暗有り。だから人生は天地の間に在り、出門有れば便ち帰家有り、労作有れば便ち休息有り。人心の上に就いて言えば、感通有れば便ち沉寂有り、活動有れば便ち安静有り。これは造化がもともとこのようであり、もまた人事のまさにこのようたるべきなり。ここに雷は地の上に在れば、すなわち《豫》卦で、そこで楽を制して上帝に薦献す。雷は地の中に在れば、すなわち《復》卦で、そこで関口を閉鎖して四方に出巡せず。雷は沢の下に在れば、すなわち《随》卦で、そこで天晩に趁って屋に入りて安息す。――一つとして天に取法せざるはなし。震は東方の卦で、太陽は暘谷より昇起す。兌は西方の卦で、太陽は昧谷に落ち入る。八月はまさに兌の時令に当たり、雷は大沢の裏に収蔵す。これがまさに「向晦」の取象である。沢は本身もまた地なり。必ずしも一個の「沢」の字を死摳するを要せず。三至五爻は互体して巽を成し、巽は入と為す。二至四爻は互体して艮を成し、艮は止と為す。屋に入りて歇下するは、まさにこの取象である。
初九:官有渝貞吉,出門交有功。隨卦初隨二,二隨三,三隨四,四隨五,五隨六,不論應與。官者,主也。震長子主器,官之象也。渝者,變而隨乎二也。初為震主,性變動,渝之象也,故訟卦四變,中爻為震,亦曰渝。中爻艮,門之象也。二與四同功,二多譽,功之象也,故九四小象亦曰功。初九陽剛得正,當隨之時,變而隨乎其二,二居中得正,不失其所隨矣,從正而吉者也,故占者貞吉。然其所以貞吉者何哉?蓋方出門,隨人之始,即交有功之人,何貞吉如之?故又言所以貞吉之故。象曰:官有渝,從正吉也;出門交有功,不失也。二中正,所以從正吉;交有功,則不失其所隨矣。舊注不知八卦正位,震在初,乃極美之爻,所以通作戒辭看。
初九の爻辞。「主とする事に変動有り。正を守れば吉利。一たび門を出れば便ち功有る人に結交す」。《随》卦の通例は初は二に随い、二は三に随い、三は四に随い、四は五に随い、五は上に随い、一路上へ向かい跟隨して、もともとの正応を講究せず。「官」は主である。震は長子と為し、宗廟の祭器を主持す。これは「官」の取象である。「渝」は変で、変じて往きて六二に跟隨す。初九は震の主爻で、震の性は動を好み変に善し。これは「渝」の取象である。だから《訟》卦の九四が一変すれば、中爻は震を成し、爻辞もまた「渝」と言う。二至四爻は互体して艮を成し、艮は門と為す。これは「門」の取象である。《系辞伝》は二と四とは同功にして二は誉れ多しと言う。これは「功」の取象で、だから九四の《小象》もまた「功」に説き及ぶ。初九は陽剛にしてまた位に当たり、随の時に処り、変じて往きて六二に跟隨す。六二は居中して正を得。それの随う所の人は随い錯えざるを見るべく、正道に跟従して吉を得。だから占者は「貞吉」。しかしそれは何を以て能く貞吉ならんや。因るに剛に一たび門を出で初めて人に随い始め、交うる所はすなわち功有る人なり。これより更に貞吉なる何物か有らん。だから爻辞はまた貞吉の縁由を補出す。《小象伝》は言う。「官有渝、従正吉也。出門交有功、不失也」。六二は居中して正を得。だから正道に跟従して吉と言う。功有る人に交われば、便ち人を随い錯えざるに至らず。旧注は八卦の正位は震が初爻に在るを懂らず。これはもともと極めて好き一爻なり。だから一概にそれを告誡の辞と当成して看る。是ならず。
六二:係小子,失丈夫。中爻巽為繩,繫之象也。陰爻稱小子,陽爻稱丈夫,陽大陰小之意。小子者三也,丈夫者初也。六二中正,當隨之時,義當隨乎其三,然三不正,初得正,故有係小子失丈夫之象。不言凶咎者,二中正所隨之時,不能兼與也。象曰:係小子,弗兼與也。既隨乎三,不能兼乎其初。
六二の爻辞。「あの小子を拴住して、あの大丈夫を丢開く」。三至五爻は互体して巽を成し、巽は繩直と為す。これは「係」の取象である。陰爻は「小子」と称し、陽爻は「丈夫」と称す。取るは陽大陰小の意思である。ここの「小子」は六三を指し、「丈夫」は初九を指す。六二は居中して正を得、《随》卦の一路上随の通例に按じて、理はまさに六三に随くべし。しかし六三は位に当たらず、初九は却って正を得るなり。だから「小子を拴住し大丈夫を丢開く」の象あり。爻辞は凶と言わず咎とも言わず。その因るは、六二は本身中正で、この随くべき時に於いて、両辺を同時に兼ね顧る能わざるなり。《小象伝》は言う。「係小子、弗兼与也」。すでに六三に随えば、便ち初九を一倂に兼顧する弁法なし。
六三:係丈夫,失小子,隨有求得,利居貞。丈夫者九四也,小子者六二也。得者,四近君為大臣,求乎其貴,可以得其貴也;中爻巽近市利三倍,求乎其富,可以得其富也。六三當隨之時,義當隨乎其四,然四不中正,六二中正,故有係丈夫失小子之象。若有所求,必有所得,但利乎其正耳。三不中正,故又戒占者以此。象曰:係丈夫,志舍下也。舍音舍。時當從四,故心志舍乎下之二也。
六三の爻辞。「あの大丈夫を拴住して、あの小子を丢開く。跟隨して求むる所有れば便ち得る所有り。安処して正を守るに宜し」。ここの「丈夫」は九四を指し、「小子」は六二を指す。いわゆる「得」とは、九四は君位に紧挨して身は大臣なり。彼に向かいて顕貴を求取せば、便ち顕貴を得るを得。三至五爻は互体して巽を成し、《説卦伝》は巽を「近利市三倍」と言う。彼に向かいて財富を求取せば、便ち財富を得るを得。六三は随の時に処り、通例に按じて理はまさに九四に随くべし。しかし九四は並びに中正ならず、六二は反って中正なり。だから「丈夫を拴住し小子を丢開く」の象あり。もし求むる所有れば、必ず得る所有り。ただ正を守るに利あってこそ行うべし。六三は中に居らず位に当たらず。だから爻辞はまたこの一句を拿って占卦する人に告誡す。《小象伝》は言う。「係丈夫、志舎下也」。「舎」は舎棄の舎と読む。時勢の上ではまさに九四に跟従すべし。だから心志は便ち下面の六二を舎き開けり。
九四:隨有獲,貞凶,有孚在道,以明,何咎。有獲者,得天下之心隨於己也。四近君為大臣,大臣之道,當使恩威一出於上,眾心皆隨於君,若人心隨己,危疑之道也,故凶。孚以心言,內有孚信之心也;道以事言,凡事合乎道理也;明者,識保身之幾也。有字在字以字雖字義稍異,然皆有功夫。若以象論,變坎,有孚之象也;震為大塗,道之象也;變坎錯離,明之象也;又中爻艮有光輝,亦明之象也。
九四の爻辞。「跟隨して収獲所有り。正と雖も凶。心に誠信を存し行事は道に合し、再加えて明哲あれば、還って何の過ちか有らん」。いわゆる「有獲」とは、天下人の心が皆来りて自己に随附するを得る。九四は君位に紧挨して身は大臣なり。大臣を為る道理は、恩徳と威権とを一概に君上に出づるを要し、衆人の心は皆君主に帰向せしむべし。もし人心が反って自己に帰向せば、あれは猜忌を招来する危険の路数である。だから凶。「孚」は心の上に就けば、内裏に誠信の心を存す。「道」は事の上に就けば、凡事皆道理に合乎す。「明」は自身を保全する先機を識得す。「有」の字・「在」の字・「以」の字は字義は略々分別有ると雖も、しかし皆工夫を下すべき処である。もし卦象の上より講ぜば、九四が一変すれば、上卦は坎を成し、坎は孚信と為す。これは「有孚」の取象である。下卦の震は大塗大道と為す。これは「道」の取象である。変出の坎はまた離と互いに錯卦と為り、離は明と為す。これは「明」の取象である。何况二至四爻は互体して艮を成し、艮は光輝有り。もまた「明」の取象である。
四當隨之時義,當隨乎其五,然四為大臣,雖隨有獲,而勢陵於五,故有有獲貞凶之象,所以占者凶。然當居此地之時,何以處此哉?惟誠以結之,而道以事之,明哲以保其身,則上安而下隨,即無咎而不凶矣,故又教占者如此矣。象曰:隨有獲,其義凶也;有孚在道,明功也。義凶者,有凶之理也;有孚在道明功者,言有孚在道皆明哲之功也。蓋明哲則知心不可欺而竭其誠,知事不可苟而外合於道,所以無咎也。周公爻辭,三者並言;孔子象辭,推原而歸功於明,何以覘人臣明哲為先。
九四は随の時勢の裏に処り、通例に按じて理はまさに九五に随くべし。しかしそれは身は大臣で、跟隨して収獲有ると雖も、声勢は却って九五を圧し過ぐ。だから「有獲貞凶」の象あり。占者はこれに因りて凶と為る。すなわちこの地位に身処すれば、まさに如何に自ら処すべきや。ただ誠意を拿って君上に結連し、正道を拿って君上に侍奉し、明哲に憑りて自身を保全するのみ。如此して上は安心し下は照り旧来随附せば、便ち過ちなくまた凶に至らず。だから爻辞はまたこのように占卦する人を教導す。《小象伝》は言う。「随有獲、其義凶也。有孚在道、明功也」。「義凶」とは道理の上に就いて講ずればもともと凶を致す理有るを言う。「有孚在道明功」とは、心に誠信を存し行事は道に合するは、全て明哲の帯び来る功效なるを言う。因るに明哲の人は人心の欺騙すべからざるを暁る。だから自己の誠を竭尽す。事情の馬虎すべからざるを暁る。だから外面は処処に正道に合す。ここに過ちなし。周公の系した爻辞は誠・道・明の三様を並列して説くに、孔子の《小象》は却って根源を追溯して、功労を全て一個の「明」の字に帰す。これに由りて便ち看い出すべし。人臣を為る者はまさに明哲を以て第一の要務と為すべし。
昔漢之蕭何韓信,皆高帝功臣。信既求封齊,復求王楚,可謂有獲矣,然無明哲,不知有獲貞凶之義,卒及大禍。何則不然:帝在軍中,遺使勞何,何悉遣子弟從軍,帝大悅;及擊陳豨,遺使拜何相國,封五千戶,何讓不受,悉以家財佐軍用,帝又悅,卒為漢第一功臣,身榮名顯。若何者,可謂知明功臣者矣。孔子明功之言,不其驗哉。
従前漢朝の蕭何と韓信とは、皆高祖の功臣なり。韓信は先ず斉王に封ぜられんことを求め、接ぎてまた楚地に王せんことを求めた。「随有獲」と言うべし。しかし彼は明哲を懂らず、「有獲貞凶」の道理を明白せず。終に大禍に遭う。蕭何は則ちこのようにならず。高祖が軍中に在り、使者を派して蕭何を慰労せしめれば、蕭何は便ち家中の子弟を全都して従軍に送り、高祖は大いに喜ぶ。高祖が兵を出して陳豨を討伐するを待ちて、使者を派して蕭何を相国に拜し五千戸を加封せしめれば、蕭何は辞して受けず、還って自家の財産を全部拿出して軍費を資助し、高祖はまた大いに喜ぶ。蕭何は終に漢朝の第一功臣と為り、身は尊栄を受け名声は顕赫せり。蕭何の如き人は、「明功」を懂れる功臣と言うべし。孔子が「明功」のこの句を講ずるは、応験せること甚だ清楚ならずや。
九五:孚于嘉,吉。八卦正位,兌在六,乃爻之嘉美者,且上六歸山乃嘉遯矣,故曰孚于嘉。九五陽剛中正,當隨之時,義當隨乎其六,故有孚嘉之象,蓋隨之美者也,占者得此,吉可知矣。象曰:孚于嘉吉,位正中也。惟中正,故孚于嘉。
九五の爻辞。「誠信を以て嘉美の人に交わる。吉利」。八卦の正位は兌が第六爻に在り、上六はまさに兌の正位を得る。全卦の中の最も嘉美の一爻なり。何况上六は山中に帰隠して、まさに《遯》卦の九五の「嘉遯」の意思に合すをや。だから「孚于嘉」と言う。九五は陽剛にして居中して正を得、随の時に処り、通例に按じて理はまさに上六に随くべし。だから「誠信を以て嘉美に交わる」の象あり。これは《随》卦の裏の最も美しき一爻である。占卦する人がこの爻を得れば、吉利もまた言うを用いず。《小象伝》は言う。「孚于嘉吉、位正中也」。まさに九五はすでに中にして且つ正なるがゆえに、能く誠信を以て嘉美の人に交わる。
上六:拘係之,乃從維之,王用亨于西山。繫即六二六三之繫,維亦係也,繫之又維之,言繫而又係也。詩縶之維之,於馬嘉客是也。言五孚於六,如此係維其相隨之心,固結而不可解也。如七十子之隨孔子,五百人之隨田橫,此爻足以當之。變乾,王之象也,指五也。兌居西,西之象也;兌錯艮,山之象也。六不能隨於世人,見九五維繫之極,則必歸之山矣。隨蠱相綜,故蠱卦上九不事王侯,亦有歸山之象。亨者,通也。王用亨于西山者,用通於西山以求之也。亨西山與謙卦用涉大川同,皆因有此象,正所謂無此事此理而有此象也。上六居隨之終,無所隨從,見九五相隨之極,則遯而歸山矣,故有此象,蓋隨之至者也,占者得此,吉可知矣。象曰:拘係之,上窮也。上者,六也;窮者,居卦之終,無所隨也,非凶也。
上六の爻辞。「牢牢として彼を拘住し、接ぎてまた彼を係牢す。君王はこの份の誠意を以て西山に通達す」。ここの「係」とは、すなわち六二・六三のあの両爻の「係」である。「維」もまた拴係で、係えてまた維すとは、一層また一層として彼を拴住するを言う。《詩経・小雅・白駒》は「縶之維之」と言う。まさにあの馬を拴住しあの嘉客を留住する意である。これは九五が上六に誠信を以て相待つを言い、如此して彼の相随する心を拴住し、牢牢として結住して解き開けざらしむ。孔門の七十弟子が孔子に跟隨し、五百の壮士が田横に跟隨するが如く、この一爻はまさに当たり得る。上六が一変すれば、上卦は乾を成し、乾は君と為す。これは「王」の取象で、指すは九五である。兌は西方に居る。これは「西」の取象である。兌は艮と互いに錯卦と為り、艮は山と為す。これは「山」の取象である。上六は肯んじて世上の人に随順せず、九五が拴系して挽留するこの地步に到るを見れば、すなわち山中に帰隠せざるべからず。《随》と《蠱》とは互いに綜卦と為る。だから《蠱》卦の上九は「不事王侯」と言う。同じく山に帰る象を帯びる。「亨」とはすなわち通である。「王用亨于西山」とは、君王が一片の誠意を拿って西山に通達して彼を征聘するを言う。この「亨于西山」は《謙》卦の初六の「用渉大川」と一類で、皆ただ卦中にこの象有るが因りて、まさにいわゆる並びにこの事なくこの理なく、しかしこの象有り。上六は随卦の終点に居り、すでに随うべき人なし。九五が挽留して相随する極処に到るを見れば、便ち隠遁して山に帰す。だからこのような象有り。これは《随》卦の裏の随うこと極処に到る一爻である。占卦する人がこの爻を得れば、吉利もまた言うを用いず。《小象伝》は言う。「拘係之、上窮也」。「上」は上六を指し、「窮」は全卦の終点に居り、すでに随うべき対象なし。並びに凶を言うにあらず。
蠱卦(巽下艮上)
蠱,則飭也。蠱者,物久敗壞而蠱生也。以卦德論,在上者止息而不動作,在下者巽順而無違忤,彼此委靡因循,此其所以蠱也。《序卦》以喜隨人者必有事,故受之以蠱,所以次隨。
《雑卦伝》は「蠱」とはすなわち整飭・整治と言う。いわゆる「蠱」とは、器物が久しく放りて腐壞し蠹虫を生出すを指し、比して積弊すでに深しと喩う。卦徳の上より言えば、上卦は艮で、艮の性情は止息である。だから上位に居る人は動かざるに安んじ作為無し。下卦は巽で、巽の性情は柔順である。だから下位に居る人は一味に順従して敢えて一句の違拗もなし。上下両方は彼此萎靡し因循苟且す。これがまさに弊壞叢生の縁由である。ここに名を取って「蠱」と為す。《序卦伝》は言う。欣然として別人に追随するは、必ず事端を生出す。だから随卦の後に接ぐるは蠱卦なり。これがすなわち蠱卦が随卦の後に排する道理である。
蠱,元亨,利涉大川,先甲三日,後甲三日。利涉大川者,中爻震木在兌澤之上也。先甲後甲者,本卦艮上巽下,文王圓圖艮巽夾震木於東之中,故曰先甲後甲,言巽先於甲,艮後於甲也。巽卦言先庚後庚者,伏羲圓圖艮巽夾坎水於西之中,故曰先庚後庚,言巽先於庚,艮後於庚也。分甲於蠱者,本卦未變,上體中爻震木,下體巽木也。分庚子於巽者,本卦未變,上體錯兌金,下體綜兌金也。
蠱卦の卦辞は言う。大いに亨通す。大河を渡るに宜しく、甲日の前の三日・甲日の後の三日に行事す。「利渉大川」と言うは、「中爻」の象を取る。蠱卦の二・三・四爻は互体して兌を成し、三・四・五爻は互体して震を成し、震は木に属し兌は沢に属す。木が沢水の上に浮くは、まさに舟船の渡り得る象である。「先甲」「後甲」と言うは、本卦が艮を上に巽を下にするが因りて、文王の後天八卦圓図に按ずれば、艮は東北に居り震は正東に居り巽は東南に居り、艮と巽とは正好木に属する震を東方の正中に夾む。甲乙は木に属して東方に居り、巽は甲の前に在り艮は甲の後に在る。だから「先甲三日・後甲三日」と言う。巽卦が「先庚三日・後庚三日」を講ずる所以は、則ち伏羲の先天八卦圓図に按ずるに、艮は西北に居り坎は正西に居り巽は西南に居り、艮と巽とは水に属する坎を西方の正中に夾む。庚辛は金に属して西方に居り、巽は庚の前に在り艮は庚の後に在る。だから「先庚後庚」と言う。「甲」を蠱卦に分派するは、本卦の六爻が未だ変ぜざるに就いて言う。上体の互出の中爻は震木で、下体は本身すなわち巽木で、全て木に属す。「庚」を巽卦に分派するは、もまた本卦が未だ変ぜざるに就いて言う。巽卦の上体巽の錯卦は兌金で、下体巽の倒転して成る綜卦もまた兌金で、全て金に属す。
十乾獨言甲庚者,乾坤乃六十四卦之祖。甲居於寅,坤在上、乾在下為泰;庚居於申,乾在上、坤在下為否。大往小來,小往大來,天地之道不過如此;物不可以終通,物不可以終否,易之為道亦不過如此,所以獨言甲庚也。
十天干の中に偏えにただ「甲」と「庚」とを提ぐるは、乾坤の両卦はすなわち六十四卦の父母の祖なるが因りて。甲は建寅の正月に配り、正月は坤が上に在り乾が下に在る泰卦である。庚は建申の七月に配り、七月は乾が上に在り坤が下に在る否卦である。否卦は「大往小来」で、陽は外に往き陰は内に入る。泰卦は「小往大来」で、陰は外に往き陽は内に入る。天地運行の道理は、不過この一往一来のみ。万物は永遠に通泰なる能わず、もまた永遠に閉塞なる能わず。《易》の講ずる道理も、もまた不過この一通一否のみ。まさに甲・庚の二干が恰好泰否の両端を点出するがゆえに、来氏はここに単に甲・庚を挙ぐる。
曰先三後三者,六爻也。先三者,下三爻也,巽也;後三者,上三爻也,艮也。不曰爻而曰日者,本卦綜隨,日出震東,日沒兌西,原有此象。故少不言一日二日,多不言九日十日,而獨言先三後三者,則知其為下三爻上三爻也明矣。以先甲用辛取自新、後甲用丁取丁寧,此說始於鄭玄,謬矣。
いわゆる「先三」「後三」とは、指すはすなわち本卦の六爻である。「先三」は下面の三爻で、すなわち巽である。「後三」は上面の三爻で、すなわち艮である。直接「爻」と言わずして「日」と言うは、蠱卦を倒転せばすなわち随卦で、随卦は震を下に兌を上にし、震は東方に居りて日出ずる処と為り、兌は西方に居りて日の落つる処と為す。卦中はもともと「日」の象を含有す。まさに講ずるは六爻なるがゆえに、少なければ一日・二日と言わず、多ければ九日・十日と言わず、偏えにただ先三・後三と言う。すなわちそれが指すは下の三爻と上の三爻で、すでに十分明白なり。「先甲三日」を辛日を用いると講じて「自新」の義を取り、「後甲三日」を丁日を用いると講じて「丁寧」の義を取るに至っては、この種の説法は漢儒の鄭玄に始まる。是ならず。
當蠱之時,亂極必治,占者固元亨矣,然豈靜以俟其治哉?必歴涉艱難險阻,以撥亂反正。知其先之三爻乃巽之柔懦,所以成其蠱也,則因其柔懦而矯之以剛果;知其後之三爻乃艮之止息,所以成其蠱也,則因其止息而矯之以奮發,斯可以元亨而天下治矣。
弊壞すでに極まる蠱の時に処り、乱は極処に到れば必ず治に転ず。だからこの卦を占得する人はもともと大いに亨通す。しかしあに安坐して動かず、天下の自ら太平なるを待つを得んや。必ず親しく艱難険阻を履歴してこそ、能く乱を撥りて正に反る。明白すべし。前に在る下の三爻は巽で、巽の毛病は柔弱怯懦に在り、弊壞はまさにこれに由りて醸成す。すなわちこの份の柔懦に針対して、剛強果断を以てそれを矯正す。後に在る上の三爻は艮で、艮の毛病は停滞して動かざるに在り、弊壞もまたこれに由りて醸成す。すなわちこの份の停滞に針対して、奮発有為を以てそれを矯正す。如此して症に対して薬を下せば、こそ真に大いに亨通して天下大治を為し到るを得。
彖曰:蠱,剛上而柔下,巽而止,蠱。蠱元亨而天下治也。利涉大川,往有事也。先甲三日,後甲三日,終則有始,天行也。以卦綜卦德釋卦名卦辭。剛上而柔下者,蠱綜隨,隨初震之剛上而為艮,上六兌之柔下而為巽也。剛上則太尊而情不下達,柔下則太卑而情難上通,巽則謟,止則惰,皆致蠱之由,所以名蠱。
《彖伝》は言う。蠱卦は、陽剛は上行し陰柔は下降し、柔順にして後に停止す。これがすなわち蠱。蠱にして大いに亨通すれば、天下は便ち大治を得る。大河を渡るに宜しとは、前往すれば必ず一番の作為有るを言う。甲日の前の三日・甲日の後の三日は、終結の処は便ち開端なり。これは天道の運行である。この段は「綜卦」と「卦徳」とを以て卦名と卦辞とを解釈す。いわゆる「剛上而柔下」とは、蠱卦を倒転せばすなわち随卦が因りて、随卦の初九はもともと下体震の陽剛で、倒転した後に上位に升りて艮と成る。随卦の上六はもともと上体兌の陰柔で、倒転した後に下位に降りて巽と成る。陽剛が一味に上に居れば、則ち地位が尊に過ぎて下情は上達し得ず。陰柔が一味に下に居れば、則ち地位が卑に過ぎて心意は上通し難し。下る者は順従すれば便ち諂媚に流り、上る者は止息すれば便ち怠惰に流る。これらは皆弊壞を招致する縁由である。だからこの卦は名を取って「蠱」と為す。
既蠱矣而又元亨,何也?蓋造化之與人事,窮則變矣。治必因亂,亂則將治,故蠱而亂之終,乃治之始也,如五胡之後生唐太宗、五季之末生宋太祖是也。治蠱者當斯時,則天下治矣,故占者元亨。往有事,猶言往有為。方天下壞亂,當勇往以濟難,若復巽懦止息,則終於蠱矣,豈能元亨?
すでに弊壞したれば、なぜ反って「大いに亨通す」と言うか。因るに天地造化は人間世事と一様で、窮尽の処に走り到れば便ち転変す。太平は総じて大乱に因りて後に開創され、乱は極処に到れば便ち治に転ぜんとす。だから蠱卦の処する乱の終結は、まさに治の開端である。五胡が華を乱した後に唐太宗出で、五代の残局の末に宋太祖出でたるが如く、すなわちこの道理である。積弊を整治する人が恰好この時機に逢えば、天下は便ち能く大治す。だからこの卦を占得する人は大いに亨通するなり。「往有事」とは、等しく前往して大いに作為有ると言うに如し。天下が壞乱の際に当たり、まさに奮勇して前行して危難を解救すべし。もし還って巽の如く柔懦・艮の如く止息なれば、それはただ弊壞の裏に爛れるのみ能くし、どこに還って大いに亨通を談ずるに足らん。
終始即先後。成言乎艮者終也,齊乎巽者始也。終則有始者,如晝之終矣而又有夜之始,夜之終矣而又有晝之始。故亂不終亂,亂之終乃其治之始,治亂相仍,乃天運之自然也。故治蠱者必原其始,必推其終,知其蠱之為始為先者乃巽也,則矯之以剛果;知其蠱之為終為後者乃艮也,則矯之以奮發,則蠱治而元亨矣。恆卦上體震綜艮,下體巽,故亦曰終則有始。
いわゆる「終」「始」とは、すなわち前面に説いた「後」「先」である。《説卦伝》は「成言乎艮」を講じ、艮は万物の成終の処なり。だから艮を終と為す。「斉乎巽」を講じ、巽は万物の斉整の始めなり。だから巽を始と為す。「終則有始」とは、好く白昼の終了すれば便ち黒夜の開始有り、黒夜の終了すればまた白昼の開始有るが如し。だから乱は永遠に乱ならず、乱の終点はまさに治の起点で、治と乱とは互相に承接す。もともと天道運行の自然規律である。ここに積弊を整治する人は、必ずそれの開端を追溯しそれの終結を推求せよ。弊壞を造成する開端が先に在るは巽なるを明白せば、便ち剛強果断を以て矯正す。弊壞を造成する終結が後に在るは艮なるを明白せば、便ち奮発振作を以て矯正す。如此して弊壞は治を得て大いに亨通す。恒卦の上体は震で、震を倒転して艮と為し、下体は巽で、取象は蠱卦と相同じ。だから《彖伝》もまた「終則有始」と言う。
象曰:山下有風,蠱,君子以振民育德。山下有風,則物壞而有事更新矣。振民者,鼓舞作興以振起之,使之日趨於善,非巽之柔弱也,此新民之事也。育德者,操存省察以涵育之,非艮之止息也,此明德之事也。當蠱之事,風俗頹敗由於民德之不新,民德不新由於己德之不明,故救時之急在於振民,振民又在於育德,蓋相因之辭也。
《大象伝》は言う。山の下に風有り。これがすなわち蠱卦。君子はこれに由りて百姓を振作し己徳を培育すべきを領悟す。山の下に風起れば、草木は摧折し物象は敗壞す。まさに一番の作為有りて旧を除き新たにすべき時に到れり。いわゆる「振民」とは、鼓舞激励して百姓を振作し起こし、彼らをして一天一天善に向かわしむること。これは巽の柔弱と正相反して、《大学》の言う「新民」の事に属す。いわゆる「育徳」とは、操持存養して反省察照し、自己の徳性を涵養すること。これは艮の止息と正相反して、《大学》の言う「明明徳」の事に属す。弊壞の時に当たり、風俗の頽敗するは民徳の未だ更新せざるが因りて、民徳の新たならざるはまた自己の徳性の明澈たらざるが因りて。だから時を救うの当務の急は百姓を振作するに在り、而して百姓を振作する根本はまた己徳を培育するに在り。この両句は層層に相因ずる話である。
初六:乾父之蠱,有子,考無咎,厲終吉。艮止於上,猶父道之無為而尊於上也;巽順於下,猶子道之服勞而順於下也,故蠱多言乾父之事。乾者,木之莖乾也,中爻震木,下體巽木,乾之象也。木有乾方能附其繁茂之枝葉,人有才能方能振作其既墮之家殾,故曰乾蠱。有子者,即《禮記》之「幸哉有子」也。
初六の爻辞は言う。父輩の遺留した弊壞を整治す。このような息子有れば、先父は便ち過咎を免れ得、危厲有ると雖も終に吉祥を得。上卦の艮は止息して上に在り、好く父を為る道は作為無くして尊く上位に居るが如し。下卦の巽は柔順して下に在り、好く子を為る道は操労服事して下に恭順するが如し。だから蠱卦の各爻は多く「幹父之蠱」の類の家事を講ず。「幹」の字は「樹幹」の幹の如く読み、もともと樹木の主幹を指す。本卦の中爻は互出して震木、下体はまた巽木で、まさに樹幹の象である。樹木に主幹有れば、こそ繁茂の枝葉を承載し得。人に才幹有れば、こそすでに衰堕した家業を振起し得。だから「幹蠱」と言う。すなわち弊壞を整治する担子を扛起す。「有子」とは、すなわち《礼記・檀弓》の裏の「幸哉有子」のあの一句の意思で、この人に好き息子有るを慶幸す。
初六當蠱之時,才柔志剛,故有能乾父蠱之象。占者如是,則能克蓋前愆,喜其今日之維新,忘其前日之廢墮,因子而考亦可以無咎矣。但謂之蠱,未免危厲,不以易心處之,則終得吉矣。因六柔,故又戒之以此。象曰:乾父之蠱,意承考也。意承考者,心之志意在於承當父事,克蓋前愆,所以考無咎。
初六は弊壞の時に処り、才質は柔弱と雖も心志は剛強なり。だから能く父輩の弊壞を整治する象有り。この爻を占得する人がもし能くこのようにせば、便ち能く前人の過失を遮蓋補救し、人をして今日の革新に欣喜せしめ、而して往日の荒廃墮落を忘掉せしむ。先父もまたこの息子に因りて過咎を免るるを得。ただすでに「蠱」と称する以上、局面はもともとすでに危殆なり。もし戒慎にして軽忽せざる心態を以て応対せざれば、便ち平安を保ち難し。能く軽心を掉たざれば、最終に便ち吉祥を得。まさに初六は陰柔の爻なるがゆえに、周公は爻辞の裏に特地にこの一層の告誡を加えたり。《小象伝》は言う。父輩の弊壞を整治するは、心意は父業を承擔するに在り。いわゆる「意承考」とは、彼の心中の志向はすなわち父輩の事業を承擔し起こして前人の過失を補救するに在るを言う。だから先父は咎なきべし。
九二:乾母之蠱,不可貞。艮性止,止而又柔,止則惰,柔則暗。又當家事敗壞之時,子欲乾其蠱,若以我陽剛中直之性直道乾之,則不惟不能,亦且難入,即傷恩矣,其害不小。惟當屈己下意,巽順將承,使之身正事治則亦已矣,故曰不可貴。事父母幾諫是也。若以君臣論,周公之事成王,成王有過則橽伯禽,皆此意也,易之時正在於此。
九二の爻辞は言う。母輩の遺留した弊壞を整治す。その正を固執すべからず。応ずる所の六五は艮体に在り、艮の性情は止なり。すでに止息してまた陰柔なり。止れば便ち怠惰、柔ければ便ち昏昧。又まさに家事敗壞の時に当たり、息子を為る者がこの份の弊壞を整治せんと想うに、もし自己の陽剛中正・直来直去の性子に憑って硬に糾正に往けば、不但办り成らず、しかも話も聴き入れられず、反って母子の恩情を傷つけ、害処は小さからず。ただ自己を委屈し姿態を放低し、恭順に承接奉事して、彼女をして身心を正に帰し家事は治を得せしめば、もまた足れり。だから「不可貴」(貞)と言う。《論語》の言う父母に侍奉するは「幾諫」すべしとは、婉転して勧諫する。すなわちこの道理である。もし君臣関係に換えて講ぜば、周公が成王を輔佐し、成王に過失有れば便ち伯禽を責打して以て警めを示すも、皆この一層の意思である。《易》の講ずる時に因りて宜に制するは、まさにここに體現す。
九二當蠱之時,上應六五,六五陰柔,故有乾母蠱之象。然九二剛中,以剛承柔,惡其過於直遂也,故戒占者不可貞,委曲巽順以乾之可也。象曰:乾母之蠱,得中道也。得中道而不太過,即不可貞也。
九二は弊壞の時に処り、上は六五と相応ず。六五は陰柔の爻で、母位に居る。だから母輩の弊壞を整治する象有り。しかし九二は本身陽剛にして中に居り、剛強を以て柔弱に承接す。最も怕るるは直截痛快に過ぐるなり。だから爻辞は占者に告誡して「不可貞」と言い、一味に剛直を固守せず、まさに委婉柔順に去って整治してこそ行うべし。《小象伝》は言う。母輩の弊壞を整治するは、中道を得ればなり。いわゆる中道を得て過分ならずとは、説くはまさに「不可貞」のこの三字である。
九三:乾父之蠱,小有悔,無大咎。悔以心言,悔者因九三過剛,則乾蠱之事更張措置之間,未免先後緩急失其次序,所以悔也。咎以理言,然巽體得正,能制其剛,則其乾蠱必非私意妄行矣,所以無大咎。九三以陽剛之才,能乾父之蠱者,故有乾蠱之象。然過剛自用,其心不免小有悔,但為父乾蠱,其咎亦不大矣,故占者如此。象曰:乾父之蠱,終無咎也。有陽剛之才方能乾蠱,故周公僅許之,而孔子深許之也。
九三の爻辞は言う。父輩の遺留した弊壞を整治す。略々悔恨有るも、大きき過錯なし。「悔」は内心に就いて言う。九三は陽剛盛に過ぎ、改弦更張・布置措施の過程の中に於いて、先後緩急の次序を失すること免れ難し。だから心裏に懊悔有り。「咎」は事理に就いて言う。しかし九三は巽体に居りてまた正位を得、柔順得正は能くそれの剛を約束す。すなわちそれの弊壞を整治するは必ず私意妄為に出ず。だから大きき過錯なし。九三は陽剛の才に憑り、まさに能く父輩の弊壞を扛起して整治する人である。だから「幹蠱」の象有り。ただ剛強に過ぎて自ら用う。心中に难免して略々悔恨有るも、しかしすでに父輩のために弊壞を整治するなれば、過錯もまた大ならず。占者の処境はまさにこのようである。《小象伝》は言う。父輩の弊壞を整治するは、終竟過錯なし。陽剛の才幹有ってこそ能く弊壞を整治す。だから周公は爻辞の裏にただ保留有りて彼を許可し、而して孔子は《小象》の裏に則ち深く彼を肯定す。
六四:裕父之蠱,往見吝。裕,寬裕也。強以立事為乾,怠而委事為裕,正乾之反也。往者,以此而往治其蠱也;見吝者,立見其羞吝也。治蠱如拯溺救焚,猶恐緩不及事,豈可裕?六四以陰居陰,又當艮止,柔而且怠,不能有為,故有裕蠱之象。如是則蠱將日深,故往則見吝,戒占者不可如是也。
六四の爻辞は言う。父輩の遺留した弊壞を寛緩拖延す。このように前往せば必ず羞吝を招致す。「裕」は寛緩放任である。奮力して事を担起するを「幹」と言い、懈怠して事を推し開くを「裕」と言う。正好「幹」の反面である。「往」とは、この種の拖延の態度を帯びて前に往きて弊壞を整治する。「見吝」とは、立刻に羞辱を招来せんとす。積弊を整治するは溺水を救い火災を救うが如く、還って及ばざるを怕る。どうして寛緩拖延すべきや。六四は陰爻を以て陰位に居り、また艮止の体に処り、すでに柔弱にしてまた怠惰で、作為有るに力なし。だから「裕蠱」の象あり。如此して下せば弊壞はただ一天一天深まるのみ。だから一往すれば便ち羞吝を見る。爻辞は占者に告誡してこのようたるべからずとせしむ。
象曰:裕父之蠱,往未得也。未得者,未得治其蠱也。九三之剛失之過,故悔,悔者漸趨於吉,故終無咎;六四之柔失之不及,故吝,吝者漸趨於凶,故往未得。寧為悔,不可為吝。
《小象伝》は言う。父輩の弊壞を寛緩拖延するは、前往して得る所有る能わず。いわゆる「未得」とは、弊壞を整治し好き得ざるを言う。九三の剛強は、太過に失するなり。だから「悔」有り。悔は過を知りて改むるなり。漸漸に吉に趨向す。だから終竟過錯なし。六四の柔弱は、不及に失するなり。だから「吝」有り。吝は因循して改めざるなり。漸漸に凶に趨向す。だから前往して一つとして得る所なし。両々相権衡すれば、寧ろ九三の如く剛に過ぐる「悔」を犯すとも、六四の如く怠惰の「吝」を犯すべからず。
六五:乾父之蠱,用譽。卓吾云:上九不事事,而六五猶譽以悅之,使其歡然順從,蠱斯可乾。用者,用人也;用譽者,因用人而得譽也。二多譽,譽之象也。周公曰用譽,孔子二多譽之言蓋本於此。九二以五為母,六五又取子道,可見易不可為典要。宋仁宗柔之主,得韓範富歐卒為宋令主,此爻近之。
六五の爻辞は言う。父輩の遺留した弊壞を整治し、賢人を任用するに因りて美誉を獲得す。李卓吾は言う。上九は肯んじて出来して事に任任ぜざるに、六五は依然として称誉を以て彼を取悦し、彼をして欣然として順従せしめてこそ、弊壞は整治し得る。「用」は人を用うるを指し、「用誉」は善く人を用うるが因りて声誉を贏得する。《系辞伝》は六爻の位を講じて「二多誉」と言う。第二爻は美誉を得ること多し。これがまさに「誉」の取象の所在である。周公の爻辞は「用誉」と言い、孔子の《系辞》の裏の「二多誉」の話は大概まさにこれに本づく。前面の九二は六五を以て母と為し、ここでは六五はまた息子の道を取る。《易》の取象は時に随いて変ずるを見るべく、一成不変の定則と作るべからず。宋仁宗は柔弱の君なるも、しかし韓琦・范仲淹・富弼・欧陽修等の賢臣の輔佐を得、終に宋朝の賢明の主と成る。此の爻の情形に相近し。
六五以柔居尊,下應九二,二以剛中之才而居巽體,則所以承順乎五者,莫非剛健大中之德矣。以此治蠱,可得聞譽,然非自能譽也,用人而得其譽也,故其象占如此。象曰:乾父用譽,承以德也。承者,承順也,因巽體又居下,故曰承,言九二承順以剛中之德。
六五は陰柔の質を以て尊位に居り、下は九二と相応ず。九二は陽剛居中の才幹有り、また巽順の体に処る。すなわち彼の以て六五に承奉するは、一つとして剛健にして大中至正の徳行ならざるなし。このような輔佐に憑りて往きて弊壞を整治せば、自然に能く美誉を博得す。しかしこの美誉は並びに六五が自己で挣得したにあらずして、善く人を用うるが因りて得たるなり。だから此の爻の象と占とはこのようである。《小象伝》は言う。父輩の弊壞を整治して美誉を得るは、臣下が徳を以て相承すればなり。「承」は承接して順奉する意である。九二は身は巽体に在りてまた下卦に居る。だから「承」の字を用う。これは九二が剛健守中の徳行を以て君上に承順するを言う。
上九:不事王侯,高尚其事。上事字,事王侯以治蠱也;下事字,以高尚為事也,耕於有莘之野而樂堯舜之道是也。上與五二爻,以家事言則上為父、五為母、眾爻為子,觀諸爻以乾父母言可知矣;以國事言則五為君、下四爻為用事之臣、上一爻為不事之臣,觀上一爻以王侯言可知矣。
上九の爻辞は言う。往きて王侯に侍奉せず、自己の操守を更に高く看る。前の「事」の字は動詞で、出仕して王侯に侍奉し以て天下の弊壞を整治するを指す。後の「事」の字は名詞で、高潔に自守するを当作して自己の事業と為すを指す。《孟子》の記する伊尹が有莘の野に隠居して田を耕し、而して尭舜の道を以て自ら楽しむが如し。上九と六五のこの両爻の定位は語境を看るを要す。家事より言えば、上九を父と為し六五を母と為し、その余の各爻を子と為す。これは各爻が皆「幹父」「幹母」と言うよりして知るべし。国事より言えば、六五を君と為し、下面の四爻は事に任ずる臣子、上面の一爻は事に任に任ぜざる臣子なり。これは上九が単独に「王侯」に説き及ぶよりして知るべし。
蓋當蠱之世,任其事而乾蠱者,則操巽命之權而行其所當行;不任其事而高尚者,則體艮止之義而止其所當止。如鄧禹諸臣皆相光武以乾漢室之蠱,獨子陵釣於富春是也。艮止不事之象,變坤錯乾,王侯之象,巽為高,高尚之象。
大凡弊壞の世に処り、肯んじて出来して事に任じて積弊を整治する人は、便ち巽卦の「申命行事」の権柄を執掌し、去って彼のまさに為すべき事を為す。肯んじて事に任ぜずして高潔を以て自守する人は、便ち艮卦の「止」の義理を體會し、止まるべき処に於いて停住す。東漢の鄧禹等の一班の功臣が皆光武帝を輔佐して漢室の積弊を整治するに、唯だ厳子陵は独り富春江の上に於いて垂釣するが如く、すなわちこの両類の人である。取象に就いて言えば、上九は艮体に居り、艮は止と為す。まさに「不事王侯」の象である。此の爻が陰に変ずれば上体の艮は坤を成し、坤の錯卦は乾で、乾は君と為す。まさに「王侯」の象である。《説卦伝》は「巽為高」を講じ、下体の巽はまさに「高尚」の象である。
初至五皆乾蠱,上有用譽之君,下有剛中之臣,國家天下之事已畢矣。上九居蠱之終,無繫應於下,在事之外,以剛明之才無應援而處無事之地,蓋賢人君子不偶於時而高潔自守者也,故有此象,占者有是德斯應是占。象曰:不事王侯,志可則也。高尚之志足以起頑立懦,故可則。李卓吾上九論其意義,盡於不可貞內,看來用譽亦是順承也好。
初六より六五に至るまで皆弊壞を整治す。上に六五の如く善く人を用いて美誉を得る君主有り、下に九二の如く剛健守中の臣子有り。国家天下の事はすでに办り妥り。上九は蠱卦の終点に居り、下面の各爻と相応の牽系なく、身は事外に在り。剛健明察の才幹を以てするも応援なく、また事無くして為すべき位置上に処る。これがまさに賢人君子の生まれて時に逢わざるにして高潔自守の写照である。だから「不事王侯」の象あり。占者がこのような徳行を具備せば、こそこのような占断に配当す。《小象伝》は言う。往きて王侯に侍奉せざるは、この份の心志は準則と為すべし。高潔の志向は以て頑鈍なる者をして振作せしめ懦弱なる者をして自立せしむるに足る。だから效法に値すると言う。李卓吾は上九を評して、その意義は九二の「不可貞」の一爻の裏にすでに説き尽くせりと認めず。来氏に照れば、六五の「用誉」を臣下の順承の義と講ずるもまた未だ好からざるにあらず。
新刻来瞿唐先生易注・巻之五
新刻來瞿唐先生易注卷之五。永川凌夫惇厚子甫圈點,廬陵高奣映雪君甫校讎。
新刻《来瞿唐先生易注》第五巻。来知徳は号を瞿唐と曰うがゆえに、書題は「来瞿唐先生」と称す。本巻は永川人の凌夫惇(字は厚子)が圈点を負責し、廬陵人の高奣映(字は雪君)が校讐を負責した。「圈点」とは白文に句読の圈識を加え、誦読に便りと為す。「校讐」とは両本を対読して訛字を訂正す。これは明代の刻本の巻首の照例题署の分工である。
臨卦(兌下坤上)
臨,觀之義或與或求。臨者,進而臨逼於陰也,二陽浸長以逼於陰,故為臨,十二月之卦也。天下之物密近相臨者,莫如地與水,故地上有水則為比,澤上有地則為臨。《序卦》:有事而後可大,臨者大也,蠱者事也。韓康伯云:可大之業由事而生。二陽方長而盛大,所以次蠱。
《雑卦伝》は言う。臨卦と觀卦との意義は、一は「给予」、一は「求取」である。いわゆる「臨」とは、下より上に向かい陰爻に進逼する。臨卦の初九・九二の両個の陽爻は下より漸漸に生長し、上に向かい四個の陰爻に逼近す。だから「臨」と言い、十二消息卦の中に於いて十二月の卦に属す。天下万物の中の彼此貼近して相臨するは、地と水より更に親密なるなし。だから水は地の上に在れば比卦で、沢の上に地有ればすなわち臨卦である。《序卦伝》は言う。事有りて做るべき而して後、事業はこそ広大なるを得。「臨」とはすなわち広大の意で、「蠱」とはすなわち事有るの意である。晋人の韓康伯は注解して言う。以て広大たるべき功業は、事有りて做るべきの中より生出せるなり。臨卦の二陽はまさに生長して盛大に趨す。だから蠱卦の後に排す。
臨,元亨利貞,至于八月有凶。彖曰:臨,剛浸而長,說而順,剛中而應,大亨以正,天之道也。至于八月有凶,消不久也。以卦體卦德釋卦名卦辭。浸者,漸也,言自復一陽生至臨則陽漸長矣,此釋卦名。說而順者,內說而外順也,說則陽之進也不逼,順則陰之從也不逆。剛中而應者,九二剛中,應乎六五之柔中也。
臨卦の卦辞は言う。大いに亨通す。正を守るに利あり。八月に到れば凶険有らん。《彖伝》は言う。臨卦は、陽剛は漸漸に生長し、喜悦にしてまた柔順、陽剛は中に居りて上下相応ず。大いに亨通してまた能く正を守る。これは天道の規律である。八月に到れば凶険有るは、陽気の消退はすでに遠からざればなり。この段は「卦体」と「卦徳」とを以て卦名と卦辞とを解釈す。「浸」とはすなわち漸漸で、復卦の一陽初生より臨卦のすでに二陽に到るまで、陽気は一歩一歩に生長して上り来る。この一句は卦名を解釈す。「説而順」は、内卦の兌は悦と為し外卦の坤は順と為す。内心に喜悦すれば、だから陽の推進は逼迫を顕さず。外卦は柔順で、だから陰の順従は抵触を帯びず。「剛中而応」とは、九二が陽剛にして下卦の中に居り、上は六五の陰柔に応じて上卦の中に居るを言う。剛柔は各々その中を得て彼此呼応す。
言雖剛浸長,逼迫乎陰,然非倚剛之強暴而逼迫也,乃彼此和順相應也,此言臨有此善也。剛浸長而悅順者,大亨也;剛中而應柔中者,以正也。天之道者,天道之自然也,言天道陽長陰消原是如此。大亨以正也,一誠通復,豈不大亨以正?故文王卦辭曰元亨利貞者此也。然陰之消,豈長消哉?至酉曰觀,陰復長而凶矣。
陽剛は漸漸に生長して上に向かい陰爻に逼近すると雖も、しかし並びに剛強横暴を倚仗して圧迫するにあらずして、上下は彼此和順に相応ず。これがまさに臨卦の好き処の所在である。陽剛は漸長してまた喜悦柔順なれば、すなわち「大亨」なり。陽剛は中に居りて柔中の爻と相応ずれば、すなわち「以正」なり。「天之道」は天道が自然にして然る運行を指し、天道はもともと陽長じ陰消するこの様子なるを言う。すでに大いに亨通してまたその正を失わざれば、一片の至誠は往復を貫通し、どうして「大亨以正」ならざるを得ん。だから文王の卦辞は「元亨利貞」と言う。講ずるはまさにこれ。しかし陰気の消退は、あに一直に消し下去せんや。建酉の八月に到れば便ち觀卦と成る。あの時は陰気は重新に生長して凶険に転ず。
象曰:澤上有地,臨,君子以教思無窮,容保民無疆。教者,勞來匡直之謂也;思者,教之至誠惻恆,出於心思也;無窮者,教之心思不至厭斁而窮盡也。容者,民皆在統馭之中也;保者,民皆得其所也;無疆者,無疆域之限也。無窮與兌澤同其淵深,無疆與坤土同其博大,二者皆臨民之事,故君子觀臨民之象以之。
《大象伝》は言う。沢の上に地有り。これがすなわち臨卦。君子はこれに由りて百姓を教化し思慮は窮りなく、容納保養して恩沢は疆りなからしめんことを領悟す。「教」とは、すなわち《孟子》の言う慰労・招徠・匡正・扶直のあの一套の教化の工夫である。「思」とは、この份の教化は至誠懇切の心に出づ、肺腑より発して応付にあらざるなり。「无窮」とは、この份の教化の心は永遠に厭倦せず永遠に枯竭せざるなり。「容」とは、百姓は皆自己の統摂照管の中に在ること。「保」とは、百姓は皆各々その所を得ること。「无疆」とは、恩沢は疆界の限制を受けざること。「无窮」は下卦の兌沢に取象し、沢水とその深さの測る可からざるを同じくす。「无疆」は上卦の坤土に取象し、大地とその広博宏大を同じくす。この両件は皆民に臨む事である。だから君子は民に臨む象を觀察してそれを效法す。
初九:咸臨,貞吉。咸,皆也,同也。以大臨小者,初九、九二臨乎四陰也;以上臨下者,上三爻臨乎其下也。彼臨乎此,此臨乎彼,皆同乎臨,故曰咸臨。卦惟二陽,故此二爻皆稱咸臨。九剛而得正,故占者貞吉。以上臨下,似未是,如雲非陽能臨,乃二陽咸臨似妥。象曰:咸臨貞吉,志行正也。初正應四亦正,故曰正。中爻震足,故初行五亦行。
初九の爻辞は言う。一同に臨み来る。正を守れば吉を得。「咸」は都、すなわち共同の意である。大を以て小に臨むに就いて言えば、初九・九二の両陽が一同に上面の四個の陰爻に臨む。上を以て下に臨むに就いて言えば、上卦の三爻が下卦の三爻に臨む。彼は此に臨み、此は彼に臨む。皆「臨」の意思に合す。だから「咸臨」と言う。全卦はただ両個の陽爻有るのみ。だから初九・九二のこの両爻は皆「咸臨」と称す。初九は陽爻を以て陽位に居り、剛にして正を得。だから占者は正を守って吉を得。不過「咸臨」を以て上より下に臨むと講ずるは、恐らくは妥ならず。並びに単に一陽に憑りて能く臨むにあらずして、二、二陽が共同に臨み来ると言うは、更に穏当なるに似たり。《小象伝》は言う。一同に臨み正を守って吉を得るは、心志行事が皆正道に合すればなり。初九は位を得て正と為し、応ずる所の六四もまた位を得て正と為す。だから「正」と言う。二・三・四爻は互体して震と為し、震は足と為す。だから初九は「行」と言うべく、六五もまた「行」と言うべし。
九二:咸臨,吉,無不利。咸臨與初同而占不同者,九二有剛中之德,而又有上進之勢,所以吉無不利。象曰:咸臨吉無不利,未順命也。未順命者,未順五之命也,五君位故曰命,且兌綜巽,亦有命字之象。本卦彖辭悅而順,孔子恐人疑此爻之吉無不利者,乃悅而順五之命也,故於小象曰:二之吉利者,乃有剛中之德,陽勢上進,所以吉利也,未順五之命也。
九二の爻辞は言う。一同に臨み来る。吉祥、不利なる何物かなし。爻辞の「咸臨」は初九と相同じなるに、占断は却って同じからず。その因るは、九二はすでに陽剛居中の徳行有り、また上に向かい推進する気勢有り。だから不但吉、しかも不利なる所なし。《小象伝》は言う。一同に臨み吉祥にして不利なきは、まだ命令に順従せざればなり。いわゆる「未順命」とは、まだ六五の君の命令に順従せざるを言う。六五は君位に居る。だから「命」と言う。しかも下卦の兌を倒転せばすなわち巽で、《説卦伝》は巽を申命と為すと講ず。だからもまた「命」の字の象を含有す。本卦の《彖伝》は「説而順」を講ずるに、孔子は人の此の爻の吉利は取悦順従して六五の命に来ると誤以せんを怕る。だから《小象》の裏に於いて点明す。九二の吉利たる所以は、それが自身に剛健守中の徳行有りて陽気はまさに上進するなり。並びに六五の命令に順従したに因るにあらず。
未順命者,四陰方盛,未順陽之命也,所以必二陽咸臨。周公之吉利,堅二陽上進之心也;孔子未順命者,堅二陽合德之心也。圍成弗克,三家豈皆順命乎?孔子尚不能以一陽服群陰,而況其它。
另一种の解法是、「未順命」は四個の陰爻がまさに盛勢に当たり、まだ陽爻の号令に順従せざるを指す。だから必ず両個の陽爻が一同に臨み来らばこそ行うべし。周公が爻辞の裏に「吉、无不利」と言うは、二陽が上に向かい推進する決心を堅定せんと欲するなり。孔子が《小象》の裏に「未順命」と言うは、二陽が同心合徳の意志を堅定せんと欲するなり。《左伝》は孔子が魯国のために三都を堕し、成邑を囲りて攻め下る能わざるを記す。季孫・叔孫・孟孫の三家はあに皆肯んじて聴命せんや。孔子を連ねて尚一陽の力を以て群陰を降服する能わざるに、何况他人をや。
六三:甘臨,無攸利,既憂之無咎。甘臨者,以甘悅人而無寔德也。坤土其味甘,兌為口,甘之象也,故節卦九五變臨亦曰甘節。無攸利者,不誠不能動物也。變乾,乾三爻惕若,憂之象也。三居下之上,臨人者也,陰柔悅體,又不中正,故有以甘悅臨人之象,此占者所以無攸利也,能憂而改之,斯無咎矣。象曰:甘臨,位不當也;既憂之,咎不長也。位不當者,陰柔不中正也;咎不長者,改過也。
六三の爻辞は言う。甜言蜜語を以て相臨む。益する何物かなし。もし能くこれがために憂懼して改正せば、便ち過錯なし。いわゆる「甘臨」とは、甜美の言辞を以て人を取悦し、しかし真実の徳行なし。五行の中に坤土の味道は甘に属し、下卦の兌は口と為す。口が甘味を嘗る。まさに「甘」の取象である。だから節卦の九五が変爻した後に臨卦と成れば、また「甘節」と言う。「无攸利」とは、誠に出づれば、便ち人を打動する能わざるが因る。此の爻が陽に変ずれば、下体の兌は乾を成し、乾卦の九三は「夕惕若厲」の語有り。まさに「憂」の取象である。六三は下卦の上に居り、人に臨む位置なるも、しかし身は陰柔取悦の体に処り、また中ならず正ならず。だから甜言蜜语を以て往きて人に臨む象有り。これがすなわち占者の「无攸利」の縁由である。もし能くこれに因りて憂懼して改過せば、便ち災咎なからん。《小象伝》は言う。甜言蜜语にて相臨むは、位置は正当ならず。能く憂懼して改過すれば、過錯は長久ならざるべし。「位不当」は陰柔の質にして中ならず正ならざるを指す。「咎不長」は能く改過するを指す。
六四:至臨,無咎。六四當坤兌之交,地澤相比,蓋臨親切之至者,所以占者無咎。以陰臨陽宜有咎,然陰陽相應之至,故無咎。象曰:至臨無咎,位當也。以陰居陽故位當。位當者,居坤順之位,下臨乎初陽而相應也,其得無咎者,以其位,非以其陰也,位當,陰亦當矣。
六四の爻辞は言う。親切に極処に到りて臨み来る。過錯なし。六四はまさに上卦の坤と下卦の兌とが交界する処に処り、地と沢とは緊貼して相依す。相臨むこと最も親切なる位置である。だから占者は過錯なし。理に照らして言えば陰柔を以て陽剛に臨むは、もともと咎有るべし。しかし六四は初九と陰陽相応じて極処に到る。だから反って咎なし。《小象伝》は言う。親切に極処に到りて臨み過錯なきは、位置は妥当を得たるなり。原注は陰爻を以て陽位に居りて位当なりと言う。いわゆる「位当」とは、それが坤体の柔順の位に居り、下に向かい初九の陽に臨みて彼此相応ずを言う。それの咎なき所以は、この位置に憑るなり。並びにそれの陰柔に憑るにあらず。位置すでに妥当を得れば、陰柔の質もまた之に随いて妥当を得ん。
六五:知臨,大君之宜,吉。知音智。變坎,坎為通,智之象也。知臨者,明四目,達四聦,不自用而任人也。應乾陽,故曰大君。知臨之知,原生於九二,故即曰大君。知者,覺也,智也,六五非九二不能至此。宜者,得人君之統體也。六五柔中居尊,下任九二剛中之賢,兼眾智以臨天下,蓋得大君之宜者,吉可知矣,占者有是德亦如是占也。象曰:大君之宜,行中之謂也。與初行正同。六五中,九二亦中,故曰行中,行中即用中。中爻震足,行之象也。
六五の爻辞は言う。智慧を以て臨む。これは大君の応に有るべき做法なり。吉祥。「知」は「智」と読む。此の爻が陽に変ずれば、上卦の坤は坎を成し、坎は通達と為す。まさに「智」の取象である。いわゆる「知臨」とは、すなわち《尚書・舜典》の言う「明四目・達四聡」で、広く視聴を開き、自ら己見を用いずして賢人を任用す。六五の応ずる所の九二は乾陽に属す。だから「大君」と称す。「知臨」のこの份の智慧はもともと九二より生ず。だから緊接して便ち「大君之宜」と言う。「知」は覚悟で智慧なり。六五はもし九二の相輔なければ、達してこの一歩に到る能わず。「宜」とは、君主を為るの統摂大体を得着したを言う。六五は陰柔を以て中を守りて尊位に居り、下に向かい九二の剛健守中の賢臣を任用し、衆人の智慧を汇聚して以て天下に臨御す。これがまさに大君の身份に合する做法で、吉祥は想い知るべし。占者がこのような徳行を具備せば、もまたこのような占断に配当す。《小象伝》は言う。大君の応に有るべき做法とは、行事が中を得るを言う。これは初九の《小象》の言う「志行正」と同じ句法である。六五は上卦の中に居り、九二は下卦の中に居る。だから「行中」と言い、行中とはすなわち中を用う。二・三・四爻は互体して震と為し、震は足と為す。まさに「行」の取象である。
上六:敦臨,吉,無咎。敦,厚也。爻本坤土,又變艮土,敦厚之象。初與二雖非正應,然志在二陽,尊而應卑,高而從下,蓋敦厚之至者。上六居臨之終,坤土敦厚,有敦臨之象,吉而無咎之道也,故其象占如此。象曰:敦臨之吉,志在內也。志在內卦二陽曰志者,非正應也。
上六の爻辞は言う。敦厚として臨み来る。吉祥、過錯なし。「敦」とはすなわち厚なり。此の爻はもともと坤体に在り、坤は土と為す。陽に変じた後に上卦の坤はまた艮を成し、艮もまた土なり。両重の土は叠加す。まさに敦厚の取象である。上六は初九・九二と正応ならざると雖も、心志は却ってこの両個の陽爻に係る。尊位を以て卑位に応じ、高き処に居りて肯んじて下に従す。これは敦厚の極処に到るなり。上六は臨卦の終点に居り、坤土の性質は敦厚なり。だから敦厚にして臨む象有り。これは吉祥にして過錯なき路数である。ここにその象と占とはこのようである。《小象伝》は言う。敦厚臨みの吉祥は、心志は内卦に係る。それの心志が内卦の両個の陽爻に係ると言い、而して一個の「志」の字を用うるは、まさに彼此並びに正応ならざれば、ただ心は之に向かい慕うのみなるがゆえなり。
觀卦(坤下巽上)
觀者,有象以示人而為人所觀仰也。風行地上,遍觸萬類,周觀之象也;二陽尊上,為下四陰所觀,仰觀之義也。《序卦》:臨者大也,物大然後可觀,故受之以觀,所以次臨。
いわゆる「觀」とは、一種の気象を人に昭示する有りて、因りて衆人の瞻仰せる所と為る。上卦の巽は風と為し、下卦の坤は地と為す。風は大地の上を行走し、処処万類に接触す。これは遍く觀察して周く覧る象である。九五・上九の両個の陽爻は尊く上位に居り、下面の四個の陰爻に仰望せらる。これは仰觀の意思である。《序卦伝》は言う。「臨」とはすなわち広大なり。事物は広大の後にこそ觀るべき処有り。だから臨卦の後は觀卦を以て接ぐ。これがすなわち觀卦が臨卦の後に排する道理である。
觀,盥而不薦,有孚顒若。觀,官奐反;盥音管。盥者,將祭而潔手也;薦者,奉酒食以薦也;有孚者,信也;顒者,大頭也,仰也,《爾雅》「顒顒,君之德也」,大頭在上之意,仰觀君德之意。言祭祀者方潔手而未薦,人皆信而仰之矣,觀者必當如是也。自上示下曰觀,去聲;自下觀上曰觀,平聲。
觀卦の卦辞は言う。祭祀する時にすでに手を洗いてまだ献饗せざるのあの一刻の如し。心に誠信を懐きて人をして粛然として仰望せしむ。「觀」はここに去声と読み、反切は「官奐反」なり。「盥」は「管」と読む。「盥」とはまさに祭祀せんとして両手を洗浄す。「荐」とは酒食を奉上して神明に進献す。「有孚」とはすなわち誠信を心懐す。「顒」はもともと大頭を指し、引き伸ばして仰望と為す。《爾雅・釈訓》は「顒顒卬卬、君之徳也」と言い、大頭が上に在る意を取り、すなわち君徳を仰觀する意である。祭祀する人が剛く手を洗い終わり、まだ祭品を献上せざる時、一片の荘敬は未だ散ぜず、人人皆心を悦び誠を服して彼を仰望す。人の觀仰する所と為る者は、必ずこの種の状態を保持すべし。凡そ上より下に昭示するを「觀」と言い、去声と読む。下より上を瞻仰するを「觀」と言い、平声と読む。
彖曰:大觀在上,順而巽,中正以觀天下。觀,盥而不薦,有孚顒若,下觀而化也。觀天之神道,而四時不忒;聖人以神道設教,而天下服矣。觀皆去聲,惟下觀而化平聲。以卦體卦德釋卦名,又釋卦辭而極言之。順者,心於理無所乖;巽者,事於理無所拂;中正即九五。陽大陰小,故曰大觀在上;中正則所觀之道也。
《彖伝》は言う。偉大の表率は高く上位に居り、柔順にしてまた遜入し、中正の徳を以て天下に昭示す。「盥而不荐、有孚顒若」は、下面の人が瞻仰して感化を受くるなり。上天の神妙なる運行の道を觀察すれば、四季の更替は毫も差錯なし。聖人はこの種の神妙の道に依って教化を設立すれば、天下は便ち帰服す。此の幾個の「觀」の字は皆去声と読み、ただ「下觀而化」の「觀」のみ平声と読む。この一段は先に「卦体」「卦徳」を以て卦名を解釈し、再び卦辞を解釈して義理を極処に推す。「順」は下卦の坤で、心裏の事理に対して一処の乖違なきを指す。「巽」は上卦の巽で、行事の事理に対して一処の拂逆なきを指す。「中正」は便ち九五を指す。陽爻は第五位に居り、すでに中にしてまた正なり。陽は大と為し陰は小と為す。両個の陽爻は高く上位に居る。だから「大觀在上」と言う。中正は則ち彼の天下に昭示するに憑るあの「道」である。
言人君欲為觀於天下,必所居者九五大觀之位,所具者慎巽之德,而後以我所居之中,觀天下之不中;所居之正,觀天下之不正,斯可以為觀矣,所以名觀。下觀而化,故人信而仰之,所以有孚顒若者此也。盥而不薦者,神感也;有孚顒若者,神應也,此觀之所以神也。故以天道、聖人之神道極言而贊之。神者,妙不可測,莫知其然之謂。天之神道非有聲色,而四時代謝無少差忒;聖人神道設教亦非有聲色,而民自服從,觀之神一而已矣。
君主が天下の表率と為らんと欲すれば、必ず処する所は九五のこの大いに觀るべき尊位にして、具備する所は謹慎柔巽の徳行にして、然後にこそ能く自己の守る所の「中」を以て天下の不中を矯正し、自己の守る所の「正」を以て天下の不正を矯正す。如此してこそ天下の觀る所と称するに配当す。だから此の卦は名を取って「觀」と為す。下面の人は瞻仰して感化を受く。だから人人信服して仰望す。卦辞の「有孚顒若」はまさにこれを指す。「盥而不荐」は神明がこれがために感通し、「有孚顒若」は人心がこれがために呼応す。これがすなわち觀卦の神妙たる所以の処である。ここに《彖伝》は天道と聖人の神道とを挙げ、この層の意思を極処に推して以てそれを讃嘆す。いわゆる「神」とは、妙にして測る可からず、その然る所以を説き出だす能わざるなり。上天の神道は並びに声音顔色なく、四季の代謝は却って分毫も差えず。聖人が神道に依りて教を設くるもまた声色の尋ぬべきなく、百姓は却って自然に服従す。觀卦の神妙と天道の神妙とは、もとは同一個の道理である。
象曰:風行地上,觀,先王以省方觀民設教。上觀去聲,下觀平聲。省方者,巡狩省視四方也;觀民者,觀民俗也,即陳詩以觀民風、納價以觀好惡也;設教者,因俗以設教也,如齊之末業教以農桑、衛之淫風教以有別是也。風行地上,周及庶物,有歴覽周遍之象,故以省方體之。坤為方,方之象;巽以申命,設教之象。
《大象伝》は言う。風は大地の上を行走す。これがすなわち觀卦。先王はこれに由りて四方を巡視し民情を觀察し教化を設立すべきを領悟す。ここは上の「觀」の字は去声と読み、下のは平声と読む。「省方」とは、天子が巡狩して四方を省視す。「觀民」とは、民間の風俗を考察し、すなわち《礼記・王制》の載する詩歌を采集して以て民風を了解し、物価を考察して以て百姓の好悪を了解するあの類の做法である。「設教」とは、当地の風俗に順いて教化を設立し、例えば斉地の百姓は多く末利を逐うれば、便ち彼らに農務と養蚕とを教え、衛地の風気は淫靡なれば、便ち彼らに男女の別有るを教う。風は地の上を行き、普遍して万物に触れ、一一に歴覧して周遍して遺すなき象有り。だから先王は四方を巡視するを以てそれを體現す。《説卦伝》は坤を地と為すと講じ、方正にして疆域有るは「方」の取象である。巽は申命と為し、反復して政令を申明するは「設教」の取象である。
初六:童觀,小人無咎,君子咎。觀平聲。童者,童稚也;觀者,觀九五也。中爻艮為少男,童之象也;初居陽,亦童之象,故二居陰取女之象。小人者,下民也,本卦陰取下民,陽取君子。無咎者,百姓日用而不知,所以無咎也。君子吝一句,用慢上句之意,故小象不言君子。
初六の爻辞は言う。孩童の如く浅陋に觀望す。小人に在りては咎なく、君子に在りては咎有り(爻辞はもと「君子吝」と作す)。ここ「觀」は平声と読む。「童」は幼稚の孩童で、「觀」は九五を仰觀するを指す。觀卦の三・四・五爻は互体して艮と為し、《説卦伝》は艮を少男と為すと講ず。まさに「童」の取象である。初六はまた陽位に居り、もまた童稚の象を含す。だから下一爻の六二が陰位に居れば便ち「女」の象を取る。「小人」はここに下層の百姓を指す。本卦は陰爻を以て下民の象を取り、陽爻を以て君子の象を取る。「无咎」と言うは、《系辞伝》の講じる「百姓は日用して知らず」に因る。もともと彼らに見識の高遠なるを苛求せず。だから過錯なし。「君子吝」のこの一句は、軽慢の口気を以て上の一句に反襯す。だから《小象伝》はただ小人を提げて君子を提げず。
初六當大觀在上之時,陰柔在下,去五最遠,不能觀五中正之德輝,猶童子之誤解見,不能及遠,故有童觀之象。然其占在小人則無咎,若君子豈無咎哉,亦羞吝矣。象曰:初六童觀,小人道也。不能觀國之光,小人之道自是如此。
初六はまさに偉大の表率高く上位に居る時に当たり、自身は陰柔にして最下に処り、九五を離るることまた最も遠く、九五の中正の徳の光輝を見る能わず。孩童の見識の浅短にして遠処を望む能わざるに比す。だから「童觀」の象あり。不過この占断は小人の身に落つれば便ち過錯なく、もし君子の身に落つれば、どうして咎なきを得ん。もまた羞辱を蒙り受くべし。《小象伝》は言う。初六の童蒙の觀は、小人の道なり。一国の光輝盛美を見ざるは、小人の道はもともとすなわちこの様子なり。
六二:窺觀,利女貞。觀平聲。窺與窺同,門內窺視也,不出戶庭,僅窺一隙之狹者也。曰利女貞,則丈夫非所利矣。中爻艮,門之象也;變坎為隱伏,坎錯離為目,目在門內隱伏處,窺視之象也。二本與五相應,但二之前即門,所以窺觀。
六二の爻辞は言う。門の隙より偷み看る。女子が正を守るに利あり。ここ「觀」は平声と読む。「窺」は「闚」と字を同じくし、門内に在りて外に向かい偷み看る。足は門庭を出づれば、ただ一条の縫隙より極めて狭き一点を見る能くし。すでに「利女貞」と言えば、すなわち男子に対しては便ち利有りとは為らず。取象に就いて言えば、三・四・五爻は互体して艮と為し、《説卦伝》は艮を門闕と為すと講ず。「門」の取象である。此の爻が陽に変ずれば下卦の坤は坎を成し、坎は隠伏と為す。坎の錯卦は離で、離は目と為す。眼睛は門内の隠蔽の処に蔵れて外に向かい看る。まさに「窺視」の取象である。六二はもともと九五と相応ずれども、それの前面は正に一道の門に挡せらる。だからただ門の隙より窺看する能くし。
六二陰柔,當觀之時,居內而觀外,不出戶庭而欲觀中正之道,不可得矣,故有窺觀之象,惟女子則得其正也,故其占如此。象曰:窺觀女貞,亦可醜也。婦女無外事,則窺觀乃女子之正道;丈夫志在四方,宇宙內事乃吾分內事,以丈夫而為女子之觀,亦可丑矣。
六二は陰柔で、まさに觀仰の時に処り、身は内卦に居りて外面を觀看せんと要し、足は戸を出でずして九五の中正の道を看清さんと欲す。あれは办り到る能わざるなり。だから門の隙より偷み看る象有り。唯だ女子がこのようなるこそ正道に合すると算す。だから占断は「利女貞」なり。《小象伝》は言う。門の隙より偷み看て女子が正を守るに利あるは、男子に対して言えばもまた羞ずべきなり。婦女は外事を主らず。すなわち足は戸を出でずして窺看するは、まさに女子が守るべき本分なり。男子は則ち志は四方に在り、天地の間の事は皆自己の分内の管すべきなり。もし男子の身を以て却って女子のあの種の窺看を為せば、便ち実に羞ずべきなり。
六三:觀我生進退。子路對丈人之辭,明君在上,可出而仕矣。觀平聲。下爻皆觀乎五,三隔四,四已觀國之光,三惟觀我生而已。我生者,我陰陽相生之正應也,即上九也。為進退,為不果者,巽也,巽有進退之象,故曰觀我生進退。六三當觀之時,隔四不能觀國,故有觀我生進退之人之象。不言占之凶咎者,陰陽正應,未為失道,所當觀者也。象曰:觀我生進退,未失道也。道者,陰陽相應之正道也。
六三の爻辞は言う。我と相応ずるあの一方を觀察し、拠って以て進むべきか退くべきかを決定す。これは《論語》の裏の子路が荷蓧丈人に答えた話の如く、明君は上に在れば便ち出仕すべし。ここ「觀」は平声と読む。下面の各爻はもともと皆九五を仰觀するなれども、六三は六四に隔てらる。六四はすでに能く「国の光を觀る」に至り、六三はただ自己と相応ずるあの一方を觀察するのみ能くし。「我生」とは、我と陰陽相生の正応の爻を指し、すなわち上九である。《説卦伝》は巽を「進退と為し不果と為す」と講ず。上卦はまさに巽で、進退不定の象を含有す。だから「觀我生進退」と言う。六三は觀仰の時に処り、六四に隔住せられて国家の光輝を見る能わず。だから相応の爻を觀察して以て進退を定むる人の象あり。爻辞が吉凶悔吝を説かざるは、陰陽正応はもともと失道と算せざればなり。まさに彼の觀るべき対象である。《小象伝》は言う。相応ずる者を觀察して以て進退を定むるは、並びに正道を失わざるなり。この「道」とは、指すはすなわち陰陽相応の正道である。
六四:觀國之光,利用賓于王。觀平聲。光者,九五陽朋在上,被四表,光四方者也。下坤土,國之象;中爻艮,輝光之象;四承五,賓王之象;九五,王之象。觀國光者,親炙其休光也。賓者,已仕而朝覲乎君,君則賓禮之;未仕而仕進於君,君則賓興之也。觀卦利近不利遠,六二中正又乃正應,乃曰窺觀,則不利於遠可知矣。六四柔順得正,最近於五,有觀光之象,故占者利用賓于王。象曰:觀國之光,尚賓也。尚謂心志之所尚,言其志意願賓于王朝。
六四の爻辞は言う。一国の光輝盛美を觀瞻す。賓客を作して王朝に進用せられんに利あり。ここ「觀」は平声と読む。いわゆる「光」とは、九五の陽徳が朋盛にして高く上位に居り、光は四方の外に被り、四方を照耀すを指す。取象に就いて言えば、下卦の坤は土と為し、「国」の取象である。三・四・五爻は互体して艮と為し、艮は山と為して光輝有り。「輝光」の取象である。六四は緊く九五を承ぐ。「賓于王」の取象である。九五は尊に居る。「王」の取象である。「觀国之光」とは、親身この份の美好の光輝の裏に沐浴するなり。いわゆる「賓」とは、すでに出仕した臣子が入朝して君王に覲見し、君王は賓客の礼を以て彼を待ち、まだ出仕せざる賢者は挙荐せられて進用せられ、君王は賓礼を以て彼を興挙す。觀卦の通例は、九五に近き者は利有り、九五に遠き者は利なし。六二はすでに中にしてまた正にして、また九五の正応なるに、尚且ただ「窺觀」に落着す。離るること遠ければ不利なるを見るべし。六四は柔順にして正位を得、また最も九五に近し。だから国光を觀瞻する象有り。占者は王朝に賓を作るに利あり。《小象伝》は言う。一国の光輝を觀瞻するは、心志は賓を作るを崇尚す。「尚」は心志の向かい往く所を指し、彼の心裏に王朝に到りて賓客を作さんと願うを言う。
九五:觀我生,句。君子無咎。觀去聲。九五上九,生字亦如六三生字,皆我相生之陰陽也。觀我生作句,觀孔子小象可見矣。觀我生者,觀示乎我所生之四陰也,即中正以觀天下也。君子無咎,對初爻小人無咎言,下四陰爻皆小人,上二陽爻皆君子;小人當仰觀乎上,故無咎;君子當觀示乎下,故無咎。
九五の爻辞は言う。我と相生する衆爻を昭示す——「觀我生」は自ら一句と成す——君子は過錯なし。ここ「觀」は去声と読む。九五・上九の両爻の「生」の字は、六三の「生」の字と一様で、皆我と陰陽相生するあの爻を指す。「觀我生」はまさに単独に一句を作して読むべし。孔子の《小象》の説法を看れば便ち明白なり。いわゆる「觀我生」とは、自己の徳行を我と相生する四個の陰爻に昭示し、すなわち《彖伝》の言う「中正以觀天下」である。「君子无咎」は初六の「小人无咎」に針対して言う。下面の四個の陰爻は皆小人に属し、上面の両個の陽爻は皆君子に属す。小人はまさに上に在る者を仰觀すべし。だから咎なし。君子はまさに下に昭示すべし。だからもまた咎なし。
九五為觀之主,陽剛中正以居尊位,下之四陰皆其所觀示者也,故有觀我生之象,大觀在上,君子無咎之道也,故其象占如此。象曰:觀我生,觀民也。二觀字皆去聲。民即下四陰,陰為民之象也,故姤九四曰遠民,以初六陰爻也。內卦三陰遠於五,草莽之民也;六四之陰近於五,仕進之民也。九五雖與六二正應,然初三四與九五皆陰陽相生,故曰觀我生觀民也,即中正以觀天下之民也。生曰我生,則關於我者切矣。孔子釋以民字,不曰生而曰民,則非獨同焉,皆生已也。人君俯臨萬民,不有以觀之,不惟負我,並負民矣。
九五は全卦の「觀」の主爻で、陽剛中正にして尊位に居り、下面の四個の陰爻は皆彼の昭示する対象である。だから「觀我生」の象有り。偉大の表率は高く上位に居る。これがまさに君子の咎なき路数である。ここに此の爻の象と占とはこのようである。《小象伝》は言う。我と相生する衆爻を昭示するは、すなわち民に昭示するなり。この両個の「觀」の字は皆去声と読む。「民」は便ち下面の四個の陰爻を指す。陰爻はまさに百姓の取象である。だから姤卦の九四の《小象》は「遠民」と言い、指すもまた初六のあの陰爻なり。内卦の三個の陰爻は九五を離るること遠きは、草野の民なり。六四のこの陰爻は九五を離るること近きは、すでに進身して仕途の民なり。九五は六二と正応なると雖も、しかし初六・六三・六四と九五とも皆陰陽相生す。だから「觀我生」と言うはすなわち「觀民」で、すなわち中正の徳を以て天下の民に昭示す。「生」と言うに「我生」と称すれば、此の人らが我と関係の何等切近なるを見るべし。孔子が解釈する時は一個の「民」の字に換え、「生」と言わずして「民」と言うは、彼らはただ我と同類相生なるのみならず、简直に皆我の生養する所なればなり。君主は万民に俯臨し、もし昭示する所有る能わざれば、それは不但自己に辜负し、もまた百姓に辜负す。
上九:觀其生,句。君子無咎。觀去聲。上九雖在觀示之上,然本卦九五有天下國家之責,所以九五觀示乎諸爻,諸爻仰觀乎九五。曰我生者,即大有六五五陽皆其所有之意,言下四陰惟我可以觀示,他爻不可得而觀示之也。若上九不在其位,不任其事,則無觀示之責,止因在上位陰陽相生,義當觀其生,是空有觀生之位而已。故不曰觀我生而曰觀其生者,避五也,是我字甚重而其字甚輕也。君子無咎者,九五與上九皆陽剛在上,故並君子之無咎也。
上九の爻辞は言う。それと相生する衆爻を昭示す——「觀其生」は自ら一句と成す——君子は過錯なし。ここ「觀」は去声と読む。上九は位は昭示する者の上に居ると雖も、しかし本卦に天下国家の責を担うは九五なり。だから是れ九五が各爻に昭示し、各爻は九五を仰觀す。九五が「我生」と言うは、まさに大有卦の六五の如く、五個の陽爻は皆それの擁有する所の意で、下面の四個の陰爻はただ我能く昭示すを言う。別の爻は昭示する資格なきなり。而上九はその位に在らずその事を任ぜず、もともと昭示の責任なく、ただそれが上位に処りて下面の各爻と陰陽相生するが因りて、義理に按ずればもまた昭示する所有るべし。不過空しく一個の昭示すべき位置を占むるのみ。だから周公は「觀我生」と言わずして「觀其生」と言うは、九五を避けんがためなり。「我」の字は分量は極めて重く、「其」の字は分量は極めて軽し。「君子无咎」と言うは、九五と上九とが皆陽剛にして上に居るに因る。だから連帯して上九のこの位の君子に説き及ぶも過錯なし。
上九以陽剛居觀之極,故有觀其生之象,亦君子之無咎者,故其象占如此。象曰:觀其生,志未平也。志者,上九之心志也;平者,均平也,與九五平分、相同一般之意。言周公爻辭,九五觀我生,而上九則以其字易我字者何哉?以上九之心志不敢與九五同觀其民也,故曰志未平也。
上九は陽剛の質を以て觀卦の最上端に居る。だから「觀其生」の象有り。もまた君子の咎なき一類である。ここにその象と占とはこのようである。《小象伝》は言う。あの相生する衆爻を昭示するは、心志は敢えて君と平斉せず。「志」は上九の心志を指し、「平」は均平で、すなわち九五と平起平坐し等量斉觀する意である。周公が爻辞を作るに、九五は「觀我生」を用い、上九に到れば却って「我」の字を「其」の字に換う。是れ何の縁故や。まさに上九は心裏に敢えて九五と一様に百姓を当作して自己の百姓と為して昭示せざれば、だから「志未平」と言う。
蓋觀示乎民,乃人君之事,若上九亦觀示乎民,則人臣之權與人君之權相為均平而無二矣,豈其理哉?故上九陽剛雖與五同,不過有觀生之位而已,不敢以四陰為我之民,與九五平觀示之也。
知るべし。百姓に徳教を昭示するはすなわち人君の分内の事なり。假如上九もまた照様に百姓に昭示せば、すなわち人臣の権柄は便ち人君の権柄と一般に大なりて毫も分別なし。天下あにこの道理有らんや。だから上九は同じく陽剛にして、九五と並びに二致なきと雖も、もまた不過空しく一個の昭示すべき位置を占むるのみ。終竟敢えてあの四個の陰爻を当作して自己の百姓と為し、九五と平起平坐して去って彼らを昭示せず。
噬嗑卦(震下離上)
噬嗑,食也。噬,齧也;嗑,合也。頤中有物間之,齧而後合。上下兩陽而中虛,頤之象也;四一陽間於其中,頤中有物之象也。頤中有物,必齧而後合,噬嗑之象也。《序卦》:嗑者合也,可觀而後有所合,所以次觀。齧音孽。
《雑卦伝》は「噬嗑」とはすなわち进食と言う。「噬」は咬むことで、「嗑」は合うこと。口腔の中に物が当中に梗る有れば、必ずそれを咬み砕きて上下の歯はこそ合攏す。卦形に就いて看れば、初九と上九の両個の陽爻は上下の両端に在り、中間の幾爻は虚軟で、正に一張の口の如し。これは頤(口腔)の取象である。九四のこの一個の陽爻は当中に横梗す。まさに口中に物を含む取象である。口中に物有れば、必ず咬み開きてこそ口を合うを得。これがすなわち「噬嗑」の取象である。《序卦伝》は言う。「嗑」とはすなわち合なり。事物は觀るべき処有りて然後にこそ聚合する所有り。だから觀卦の後は噬嗑を以て接ぐ。「嚙」は「孽」と読む。
噬嗑亨,利用獄。噬嗑亨,卦自有亨義也。天下之事所以不得亨者,以其有間也;噬而嗑,則物不得而間之,自亨通矣,此即舉天下之事而言也。利用獄者,噬嗑中之一事也。彖曰:頤中有物,曰噬嗑,噬嗑而亨。剛柔分,動而明,雷電合而章。柔得中而上行,雖不當位,利用獄也。以卦體卦德二象卦綜釋卦名卦辭。
噬嗑卦の卦辞は言う。亨通す。案を断じ刑を用うるに利あり。「噬嗑亨」と言うは、この一卦が本身就て亨通の義を含有す。天下の事情が通暢を得ざる所以は、皆中間に阻隔する物有るが因りて。一たび咬めば上下をして合攏せしめ、阻隔の物は便ち梗ることを住さず、自然に通暢す。これは天下の万事に就いて汎く言う。至って「利用獄」は、ただ噬嗑の含む衆多の事情の中の一件のみ。《彖伝》は言う。口中に物有れば、これを噬嗑と言い、咬合すれば便ち亨通す。剛柔は内外に分居し、行動してまた明察し、雷電は交會して文采は彰顯す。柔爻は中を得て上行し、位置は正当ならざると雖も、しかし案を断じ刑を用うるに利あり。この一段は「卦体」「卦徳」「二象」と「卦綜」とを以て卦名と卦辞とを解釈す。
頤中有物,則其物作梗。以人事論,如寇盜奸宄,治化之梗;蠻夷猾夏,疆場之梗;以至君臣父子、親戚朋友,離貳讒謗間於其中者,皆頤中之梗也。易卦命名立象,各有所取:鼎也,井也,大過之棟也,小過之飛鳥也,遠取諸物者也;艮之背也,頤之頤也,噬嗑頤中之物也,近取諸身者也。
口中に物有れば、あの物は便ち梗阻と成る。人事を拿って講ずれば、盗賊の奸宄は、治理教化の上の梗阻なり。夷狄の中夏を侵擾するは、辺疆の上の梗阻なり。以至君臣・父子・親戚・朋友の間に、離心して徳を背き讒言毀謗が中間に夾まる有るも、皆「頤中之梗」に属す。《易》が卦に命名して象を取るは、各々来路有り。鼎卦は鼎を取り、井卦は井を取り、大過卦は屋の棟を取り、小過卦は飛鳥を取る。これらは《系辞伝》の言う「遠くは諸を物に取る」。艮卦は人の背を取り、頤卦は人の口の腮を取り、噬嗑は口中の物を取る。これらは「近くは諸を身に取る」。
剛柔分者,震剛離柔,分居內外,內剛者齒也,外柔者輔也。動而明者,震動離明也。雷電合者,卦二象也。蓋動不如雷則不能斷,明不如電則不能察,惟雷電合,則雷震電耀,威明相濟,所謂動而明者愈照彰矣,此已前言噬嗑亨。
「剛柔分」と言うは、下卦の震は剛に属し上卦の離は柔に属し、分別して内外に居る。内に在る剛は歯牙で、外に在る柔は牙牀の面頬である。「動而明」と言うは、震の卦徳は動と為り離の卦徳は明と為る。「雷電合」と言うは、指すは本卦の震雷・離電のこの両個の物象である。知るべし。行動はもし雷の如く迅疾ならざれば、決断する法なし。明察はもし電の如く透亮ならざれば、実情を照見する法なし。唯だ雷電の交會し雷聲は震動し電光は閃耀し、威勢と明察とが互相に成全するのみ能くし。いわゆる「動而明」はこそ越發に昭彰す。已上是「噬嗑亨」の一句を解釈す。
柔得中而上行者,本卦綜賁,二卦同體,文王綜為一卦,故雜卦曰噬嗑食也,賁無色也。言以賁下卦離之柔,得中上行,而居乎噬嗑之上卦也。蓋不柔則失之暴,柔不中則失之縱,柔得中則寬猛得宜,有哀矜之念,而又不流於姑息,此其所以陰居陽也。
「柔得中而上行」と言うは、綜卦に就いて講ず。本卦を倒転せばすなわち賁卦で、両卦はもともと同一個の卦体なり。文王は倒転して相成る両卦を一組に係し、だから《雑卦伝》は並び挙げて「噬嗑は食なり、賁は无色なり」と言う。この句が説くは、賁卦の下体の離の中間のあの陰柔の爻が、中を得て上行し、転じて噬嗑卦の上体の中位に到りて六五と成る。知るべし。刑を用うるに柔和ならざれば暴虐に失し、柔和にして中を守らざれば放縦に失す。唯だ柔にして中を得て、こそ能く寛厳は宜に得、すでに哀矜體恤の心を存して、また姑息して姦を養うに流れず。これがまさに六五が陰爻を以て陽位に居るの表達せんと要する意である。
頤中有物,名噬嗑矣,而曰亨者何也?蓋凡噬嗑物,噬則頤分,嗑則頤合,今未噬之先內剛外柔,將噬之際動而明,正噬之時合而章,先分後合,又何物得以間之?此所以噬嗑而亨也。然以噬嗑之亨,何事不利而獨利用獄者?蓋六五以柔在上,本不當位,不足以致諸事之利,獨以柔得中,所以利用獄也。
口中に物有りて、すでに命名して噬嗑と為したれば、なぜまた「亨」と言うか。大凡物を咬合するに、一たび咬めば則ち上下の顎は分開し、一たび合すれば則ち上下の顎は閉攏す。如今まだ咬まざる前は内剛外柔で、まさに咬まんとする際は動にして能く明で、まさに咬む時は雷電が交合して文采は彰顯す。先に分かれて後に合う。還って何の物か能く中間に梗るを得ん。これがすなわち咬合した後に便ち亨通の道理である。しかしすでに噬嗑は本身亨通するに、何の事か順利ならざるを得んや。なぜ偏えにただ「利用獄」と言うか。これは六五が陰柔を以て上位に居り、もともと位置は正当ならず、以て様様の事情の順利を帯来するに足らざればなり。唯だ陰柔にして中を得るこの一点に憑って、だから案を断じ刑を用うるの上に於いて最も相宜なり。
象曰:雷電噬嗑,先王以明罰勑法。罰者,一時所用之法;法者,平日所定之罰。明者,辨也,辨其輕重,效電之明;勑者,正也,正其國法,效電之威。明辨勑正,所以振勅法度,使人知所畏避也。
《大象伝》は言う。雷と電とが噬嗑を構成す。先王はこれに由りて刑罰を明定し法令を整飭すべきを領悟す。「罰」は事に臨みて施用する法条で、「法」は平日に訂立する所の刑罰条例である。「明」はすなわち辨別で、罪行の軽重を辨清し、電光の明亮に取法す。「勑」はすなわち端正で、国家の法度を端正し、雷電の威勢に取法す。すでに明辨にしてまた整肅なり。まさに法度を振挙し、人をして畏懼する所有りて敢えて触犯せざらしめんがためなり。
初九:屨校滅趾,無咎。校音教。校,足械也;屨者,以械加於足,如納屨於足也。中爻坎,坎為桎梏,校之象也,故上九亦言校。趾者,足趾也,震為足,趾之象也。滅者,沒也,遮沒其趾也,變坤不見其震之足,滅其趾之象也。無咎者,因其刑而懲創以為善也。屨校不懲,必至荷校;滅趾不懲,必至滅耳。不因其刑而懲創,必至上九之惡積罪大矣,安得無咎?初九上九,受刑之人;中四爻,則用刑者。
初九の爻辞は言う。脚上に刑具を戴き、脚趾を遮没す。過錯なし。「校」は「教」と読む。「校」は脚上に套する木械で、「屨」はここに動詞と作し、木械を脚上に加う。鞋を穿くが如し。取象に就いて言えば、三・四・五爻は互体して坎と為し、《説卦伝》は坎を桎梏と為すと講ず。まさに「校」の取象で、だから上九もまた「校」に講じ及ぶ。「趾」は脚趾で、下卦の震は足と為す。「趾」の取象である。「滅」は没入し遮住す。刑具が脚趾を蓋い住るを指す。此の爻が陰に変ずれば下卦の震は坤を成し、震足を見ることなし。まさに「滅趾」の取象である。「无咎」と言うは、この点の刑罰を受けて警惕する所を知り過を改め善に向かうに因る。もし脚械を戴いて還って警戒を知らざれば、必ず上九の如く重枷を肩負するに発展す。もし脚趾を遮没して還って警戒を知らざれば、必ず上九の如く耳に至るまで遮没するに発展す。刑を受くるに因りて警惕の心を生ぜざれば、必然に上九の悪貫満盈して罪大なりて赦し難き地步に落着す。あれは還って何の咎なきを談ずるに足らん。初九と上九とは刑を受くる人で、中間の四爻は則ち刑を用うる人なり。
九居初無位,下民之象也,以陽剛而不柔順,未有不犯刑者,故有屨校滅趾之象。趾乃人之所用以行者,懲之於實,便不得行其惡,小人之福也,故占者無咎。象曰:屨校滅趾,不行也。震性動,滅其趾則不得動而行以為惡矣。
陽爻は初位に居り、爵位なく、下層の百姓の象なり。性情は陽剛にして柔順ならざれば、刑法を触犯せざるなし。だから脚に刑械を戴き脚趾を遮没する象有り。脚趾は人の以て行走する所なり。剛く歩を起こす時に於いて彼を懲戒せば、彼は便ち悪路を走り成らず。これは実に小人の福なり。だから占者は反って咎なし。《小象伝》は言う。脚に刑械を戴き脚趾を遮没するは、彼をして行走し能わざらしむるなり。下卦の震の性情はもともと動なり。如今その足趾を遮没せば、便ち動彈し得ず悪事を行い成らざるなり。
六二:噬膚滅鼻,無咎。膚者,肉外皮也。凡卦中次序相近者言膚:剝卦言膚者,艮七坤八也;睽卦言膚者,兌二離三也;此卦言膚者,離三震四也。六二之言膚者,皮也;三言肉者,皮中之內也;四言胏者,肉中連骨也,以陽剛也;五陰柔,又言肉矣。爻位以次漸深,學徒工肉以次漸難。祭有膚鼎,蓋柔胞子而無骨,噬而易嗑者也。
六二の爻辞は言う。肉皮を咬みて鼻を深く没す。過錯なし。「膚」は肉の外面のあの層の皮なり。凡そ上下の両卦が先天の卦序の上に於いて次第に相近なるは、卦中に「膚」に説き及ぶ。剥卦が「膚」を講ずるは、艮が第七に居り坤が第八に居り、両数が緊挨するに因る。睽卦が「膚」を講ずるは、兌が第二に居り離が第三に居るに因る。此の卦が「膚」を講ずるは、離が第三に居り震が第四に居るに因る。六二の言う「膚」とは、外皮を指す。六三の言う「肉」とは、皮の裏面の肉なり。九四の言う「胏」とは、骨を帯びた肉で、九四が陽剛にして堅硬なるに因る。六五は陰柔で、またただ「肉」と言うのみ。爻位は越えて上に往けば、咬む所の物は越えて深く、治する所の案もまた越發に办り難し。古代の祭礼は膚肉を専ら盛る鼎有り。あれは柔嫩にして骨頭なき部分で、一咬すれば便ち断つ。
中四爻有上下齒噬齧之象,故四爻皆言噬。此爻變兌,兌為口,噬之象也。二乃治獄之人,居其中,初在下,外為膚,噬其膚之象也,故雜卦曰噬嗑食也,正言此四爻之噬也。中爻艮,艮為鼻,鼻之象也;二變則中爻為離,不見其艮之鼻,滅其鼻之象也。滅字與滅趾、滅耳同例,即朱子語錄所謂噬膚而沒其鼻於器中是也,言噬易嗑而深嗑之也。
中間の四爻は上下の歯牙が相咬する象を含有す。だからこの四爻は皆「噬」に説き及ぶ。六二が陽に変ずれば下卦の震は兌を成し、兌は口と為す。まさに「噬」の取象である。六二は獄を治する人で、内卦の中に居り、初九はそれの下面に在りて最外層に処り、外皮に比す。だからその外皮を咬む象有り。《雑卦伝》の言う「噬嗑は食なり」は、講ずるはまさにこの中間四爻の咬合である。「鼻」に就いて言えば、三・四・五爻は互体して艮と為し、《説卦伝》は艮を鼻と為すと講ず。「鼻」の取象である。六二が一変すれば、二・三・四爻の互体は便ち離を成し、艮の鼻は見えず。まさに「滅鼻」の取象である。この「滅」の字は「滅趾」「滅耳」と用法を同じくす。すなわち《朱子語類》の言う、肉皮を咬む時に鼻子を器皿の裏にまで埋め入るるは、咬むこと毫も費力せずしてまた深入するを形容す。
六二柔順中正,聽斷以理,故其治獄有噬膚滅鼻之易之象,無咎之道也,故其占如此。象曰:噬膚滅鼻,乘剛也。剛者,初之剛也。人剛則性趕,獄內委曲皆不隱藏,已易於聽斷矣,六二又以中正乘其剛以聽斷,必得其情,故有噬膚滅鼻之易。
六二は柔順にしてまた中正なり。案件を審理するに全く事理に憑る。だから彼の獄を治するは嫩皮を咬み鼻を深く没するが如く軽易なる象有り。これは咎なき路数である。ここに占断はこのようである。《小象伝》は言う。肉皮を咬みて鼻を深く没するは、陽剛を凌乘すればなり。この「剛」は初九の剛を指す。人の性子は剛直なれば、案情の曲折原委は便ち皆隠瞞せず、もともと審断し易し。六二はまた中正の徳を以てこの剛爻の上に凌乘して審理す。必定に実情を問い出すを得。だから嫩皮を咬むが如くの軽易有り。
六三:噬臘肉,遇毒,小吝,無咎。臘音昔。臘肉者,即六五之乾肉也。離火在前,三變又成離,上火下火,乾其肉之象也。九四六五離有乾象,故二爻皆言乾,而此言臘也。遇者,逢也。凡易中言遇者,皆雷與火也:睽九二變震,曰遇主于巷;遇元夫者,亦變震也;豈遇配主、遇夷主,小過大象坎錯離,遇其妣、遇其臣。此雷火,故言遇毒。
六三の爻辞は言う。風乾の臘肉を咬みて、また老にして膩る部分に遇う。略々羞吝有るも、過錯なし。「腊」は「昔」と読む。いわゆる臘肉とは、すなわち六五の言う乾肉である。上卦の離は火と為し、前面に横たわる。六三が一変すれば、下卦の震はまた離を成し、ここに上下は皆火なり。まさに肉を烘乾する取象である。九四・六五は身は離体に在り、皆「乾」の象有り。だからこの両爻は皆「乾」と言い、而して六三は則ち「腊」と言う。「遇」とはすなわち碰上すること。凡そ《易》の中に「遇」の字に説き及ぶは、取象は皆雷と火とを離るる能わず。睽卦の九二が変爻して震を成せば、だから「遇主于巷」と言う。九四が「遇元夫」と言うも、また変爻して震を成すが因る。豊卦が「遇其配主」「遇其夷主」と言い、小過卦は整体の大象は坎に似て、坎の錯卦は離なり。だから「遇其妣」「遇其臣」と言う。此の爻はまさに雷(震)火(離)の交に当たる。だから「遇毒」と言う。
毒者,臘肉之陳久太肥者也。說文云:毒者厚也。味厚者為毒久。噬臘遇毒者,言噬乾肉而遇陳久太肥厚味之肉也。中爻坎,所以曰毒,故師卦有此毒字。六三陰柔,不中不正,治獄而遇多季陳久煩瑣之事,一時難於斷理,故有噬臘遇毒之象,亦小有吝矣,然時當噬嗑,於義亦無咎,故其占又如此。象曰:遇毒,位不當也。以陰居陽。陰居陽位,故見為遇毒;若陽居陽位,則遇事立斷,何毒之有?蓋此爻若變則為離,是動而明也,故惜其位不當。
いわゆる「毒」とは、臘肉の裏の存放する久しきに過ぎて肥膩に過ぐる部分である。《説文解字》は言う。「毒は厚なり」。滋味が重厚に太過ぐるは、久しければ便ち毒と成る。「噬腊遇毒」とは、風乾の肉を咬みて却って陳年の油膩して味道の重きに過ぐる一塊に碰上するを言う。三・四・五爻は互体して坎と為し、坎は険陥と為す。だから「毒」と言う。師卦の《彖伝》の裏の「以此毒天下」の「毒」の字もまたこの象を取る。六三は陰柔にしてまた中ならず正ならず。案を办る時に積年陳久して頭緒は煩瑣なる旧案に碰上すれば、一時に理断し難し。だから臘肉を咬みて油膩に碰上する象有り。もまた略々羞吝を帯びん。不過時は噬嗑に値う。まさに咬断する所有るべし。義理の上より講ずれば依然として過錯なし。だから占断はこのようである。《小象伝》は言う。油膩に碰上するは、位置は正当ならず。原注は陰爻を以て陽位に居ると言う。陰爻は陽位に処る。だからこそ棘手を覚えん。もし是れ陽爻が陽位に居れば、事に遇うて当下に立断す。どこに還って何の「毒」有らん。此の爻がもし変ずれば、下卦の震は便ち離を成し、まさに「動而明」なり。だから来氏はそれが位置正当ならざるを惋惜す。
九四:噬乾胏,得金矢,利艱貞,吉。乾音乾,胏音滓。胏,乾肉之有骨者。離為乾,乾之象也,六五亦同此象。三肉居卦之中,乃獄情之難服者,故皆以堅物象之。金者,剛也,此爻正頤中之物,陽爻居二陰之間,金之象也;變坤錯乾,亦金之象也。矢者,直也,中爻坎,矢之象也,蓋九四正居坎之中,坎得乾之中爻為中男,故此爻有金象、有矢象。若六五變為乾,止有金象,無矢矣,故曰得黃金。
九四の爻辞は言う。骨を帯びた乾肉を咬みて、金と箭矢とを得。艱難の中に正を守るに利あり。吉祥。「乾」は乾湿の乾と読み、「胏」は「滓」と読む。「胏」は乾肉の中に骨頭に連る部分なり。上卦の離は火と為し、能く物を烘乾す。「乾」の取象で、六五もまた此の象に同じ。六三・九四・六五のこの三爻の言う肉は皆全卦の中に居り、案情の中の最も折服し難き一類を代表す。だから皆堅硬の物を以て取象す。「金」はその剛を取る。九四はまさに口中に横梗するあの物件で、一個の陽爻が上下の両個の陰爻の中間に夾まり、堅硬して金の如し。「金」の取象である。此の爻が陰に変ずれば、三・四・五爻の互体は坤を成し、坤の錯卦は乾で、乾は金と為す。もまた「金」の取象なり。「矢」はその直を取る。三・四・五爻は互体して坎と為し、坎の中の一陽は箭の如し。「矢」の取象である。九四はまさにこの互坎の中位に処り、坎は乾卦の中爻が坤に入りて成る所の中男なり。だから此の爻はすでに金象有りてまた矢象有り。至って六五は、変爻すれば上体の離は乾を成し、ただ金象を剩して矢象なからん。だから六五はただ「得黄金」と言う。
且九四剛而不正,故戒之以剛直;六五柔中,故戒之以剛中。二爻皆曰得者,教人必如此也。艱者,凜凜然惟恐一毫之少忽,以心言也;貞者,兢兢然惟恐一毫之不正,以事言也。獄情難明,故必如金之剛、矢之直,而又艱難正固,則吉矣。因九四不中正,故教占者占中之象又如此。象曰:利艱貞吉,未光也。未光即屯九五、夬九五之類。
再び言う。九四は陽剛にして位は正ならず。だから「剛にして直なれ」を以てそれを告誡す。六五は柔順にして中に居る。だから「剛にして中なれ」を以てそれを告誡す。この両爻は皆一個の「得」の字を言うは、人に教えて案を办るに必ずこのようたらばこそ行うべしとせしむ。「艱」は心裏戦戦兢兢として、唯だ一丝一毫の疏忽有らんを恐る。心を用うるに就いて言う。「貞」は行事は小心謹慎にして、唯だ一丝一毫の不正有らんを恐る。事を為すに就いて言う。案情はもともと査明し難し。だから必ず金の如く剛硬・矢の如く正直たらば、再加えて艱難に持守し堅固にして移らざれば、こそ能く吉祥を得。九四は中ならず正ならざれば、だから爻辞はこのような象を以て占者に教導す。《小象伝》は言う。艱難に正を守りて吉を得るに利あるは、光明はまだ大いに顕れず。「未光」の説法は屯卦の九五・夬卦の九五と同一類なり。
六五:噬乾肉,得黃金,貞厲,無咎。象曰:噬乾肉,難於膚而易於乾胏者也,乃所治之獄匪難匪易之象。黃者,中也;金者,剛也。變乾,金之象也;乾錯坤,黃之象也。離得坤之中爻為中女,則離之中乃坤土也,故曰黃金。貞者,純乎天理之公而無私也;厲者,存乎危懼之心而無忽也;無咎者,刑罰當而民不冤也。
六五の爻辞は言う。風乾の肉を咬みて、黄金を得。正を守りて心に危懼を存す。過錯なし。原文のここに承接する一句の「噬乾肉」が説くは、外皮を咬むよりは難く、しかし骨を帯びた乾胏を咬むよりは易し。まさに办る所の案件は難ならず易ならずの象なり。「黄」はその中に居るを取り、「金」はその剛強を取る。六五が陽に変ずれば、上体の離は乾を成し、乾は金と為す。「金」の取象である。乾の錯卦は坤で、坤は土と為してその色は黄なり。「黄」の取象である。しかも離は乾卦が坤卦の中爻を得て成る所の中女で、離の中爻はもともとすなわち坤土で、坤土の色は黄なり。だから合わせて「黄金」と称す。「貞」は純然として天理の公心に出でて一毫の私意なし。「厲」は心中に常に危懼の念を存して敢えて軽忽せず。「无咎」は刑罰の判決は恰当にして、百姓に冤屈なし。
六五居尊,用刑于人,人無不服,故有噬乾肉易嗑之象。然恐其柔順而不斷也,故必如黃之中、金之剛,而又同厲,乃得無咎。因六五柔中,故戒占者占中之象又如此。貞厲無咎,得當也。當去聲。言必如此治獄方得當也。
六五は身は尊位に居り、人に対して刑を用う。服気せざるはなし。だから乾肉を咬みて一咬すれば便ち断つる象有り。しかしそれが柔順に過ぎて決断を下し得ざらんを怕る。だから必ず黄の如く中を守り金の如く剛強たらば、再加えて一份の危懼の心を得てこそ、能く過錯なからん。六五は陰柔にして中に居るが因りて、だから爻辞はこのような象を以て占者に告誡す。《小象伝》は言う。正を守り危懼して咎なきは、処置は妥当を得たるなり。「当」は去声と読む。これは必ずこのように案を办らば、こそ処置は妥当を得たりと算すを言う。
上九:何校滅耳,凶。何音荷。何者,負也,謂在勁也。中爻坎為桎梏,初則曰屨,上則曰負,以人身分上下而言也。滅者,遮滅其耳也。坎為耳痛,滅耳之象也;又離為戈兵,中爻艮為手,手持戈兵加於耳之上,亦滅耳之象也。
上九の爻辞は言う。肩上に重枷を扛ぎ、耳を遮没す。凶険。「何」は「荷」と読む。「何」とはすなわち負荷で、枷鎖を頸項の上に架するを指す。三・四・五爻は互体して坎と為し、坎は桎梏と為す。初九は下に在る。だから鞋を穿くが如く脚上に套すると言う。上九は上に在る。だから重を負うが如く肩頸に扛ぐと言う。これは人身の上下の部位に按じて分別して象を取る。「滅」は耳を把い遮住す。《説卦伝》は坎を耳痛と為すと講ず。「滅耳」の取象である。再び言う。上卦の離は戈兵と為し、二・三・四爻は互体して艮と為し、艮は手と為す。手が兵器を持して耳の上に加う。もまた「滅耳」の取象である。
上九居卦之上,當獄之終,蓋惡極罪大、怙終不悛者也,故有何校滅耳之象,占者如此,凶可知矣。象曰:何校滅耳,聰不明也。聦者,聞也,聽也。上九未變,離明在上,坎耳在下,故聽之明;今上九既變,則不成離明矣,所以聽之不明也。困卦坎有言不信,夬四變坎,聞言不信。今既聽之不明,則不信人言矣,坎既心險,又不信好言,所以犯大罪。
上九は全卦の最上に居り、まさに刑獄の終結の処に当たる。あの種の悪を為すこと極点に到り罪大なりて悪極まりて悪を怙りて悛めざる人である。だから重枷を肩負し耳を遮没する象有り。占者がもしこの種の情形なれば、凶険は想い知るべし。《小象伝》は言う。重枷を肩負し耳を遮没するは、聴覚は明ならざるなり。「聦」とはすなわち聴聞。上九が未だ変ぜざる時は、上体の離明は上に在り、互体の坎耳は下に在る。だから聴き得て明白なり。如今上九が一変すれば、上体は便ち離を成さず、明もまた有ることなし。だから聴き得て明白ならず。困卦は上体は兌と為り下体は坎と為す。《彖辞》は「有言不信」と言う。夬卦の九四は変爻して坎を成し、また「聞言不信」と言う。如今すでに聴き明白ならざれば、便ち肯んじて別人の勧告を信ぜず。坎はもともとすでに心に険悪を懐き、また好言を聴き入れ得ず。だからこそ大罪を犯下すに至る。
賁卦(離下艮上)
賁,無色也。賁,飾也。為卦山下有火,山者百物草木之所聚,下有火則照見其上,品彙皆被光彩,賁之象也。《序卦》:嗑者合也,物不可以苟合也,故受之以賁,所以次噬嗑。
《雑卦伝》は「賁」は无色なりと言う。文飾は極処に到れば反って素に帰す。「賁」の本義はすなわち文飾である。卦形に就いて言えば、山の下に火有り。山は百物の草木の聚集の処で、山の下に火を燃起せば、便ち上面の一切を照亮す。各類の品物は皆一層の光彩を蒙る。これがすなわち「賁」の取象である。《序卦伝》は言う。「嗑」とはすなわち合なり。しかし事物は随便に苟合すべからず。総じて礼文を以て加えて修飾するを要す。だから噬嗑の後は賁卦を以て接ぐ。これがすなわち賁卦が噬嗑の後に排する道理である。
賁亨,小利有攸往。賁,彼偽反。小利攸往亦為亨,但亨之不大耳。彖曰:賁亨,柔來而文剛,故亨;分剛上而文柔,故小利有攸往,天文也;文明以上,人文也。觀乎天文以察時變,觀乎人文以化成天下。以卦綜卦德釋卦辭而極言之。
賁卦の卦辞は言う。亨通す。稍稍前往するに利有り。「賁」は「彼偽反」と読む。「小利有攸往」と言うは、実にもまた亨通なり。ただ亨通すること大なりと算せざるのみ。《彖伝》は言う。賁卦が亨通するは、陰柔が前来して陽剛を文飾するなり。だから亨通す。また陽剛を分出して上行して陰柔を文飾せしむ。だから稍稍前往するに利有り。これは天の文采なり。文采は光明にして節止有り。これは人の文采なり。天の文采を觀察すれば以て四時の変化を察知すべく、人の文采を觀察すれば以て天下を教化して風俗を成就すべし。この一段は「卦綜」と「卦徳」とを以て卦辞を解釈し、並びに義理を極処に推す。
本卦綜噬嗑。柔來文剛者,噬嗑上卦之柔,來文賁之剛也,柔指離之陰卦,剛則艮之陽卦也。柔來文剛以成離明,內而離明則足以照物,動罔不臧,所以亨。分者,又分下卦也。分剛上而文柔者,分噬嗑下卦之剛,上而為艮以文柔也,剛指震之陽卦,柔則離之陰卦也。剛上而文柔以成艮止,外而艮止,則內而能知之,外而不能行之,僅可小利有攸往而已,不能建大功業也。
本卦を倒転せばすなわち噬嗑で、両卦は互いに綜卦と為る。いわゆる「柔来而文剛」とは、噬嗑の上卦の離のあの陰柔の爻が降り来りて、賁卦の陽剛を文飾す。「柔」は離のこの陰卦を指し、「剛」は艮のこの陽卦を指す。陰柔は下り来りて陽剛を文飾し、ここに結成して下体の離明と為す。内裏に離の明察有れば、便ち以て事物を照見するに足り、一挙一動に妥善ならざるなし。だから「亨」と言う。「分」とは、再び下卦より分出す。いわゆる「分剛上而文柔」とは、噬嗑の下卦の震のあの陽剛の爻を分出し、上行して艮と成り、以て陰柔を文飾す。「剛」は震のこの陽卦を指し、「柔」は離のこの陰卦を指す。陽剛は上行して陰柔を文飾し、ここに結成して上体の艮止と為す。外面すでに艮止なれば、それは内裏は能く明白なると雖も、外面は却って行い出ずる能わず。ただ稍稍前往するに利有るのみ能くし。大功業を成し能わざるなり。
故以其卦綜觀之,柔來文剛,剛上文柔,是即天之文也。何也?蓋在天成象,日月五星之運行,不過此一剛一柔、一往一來而已,今本卦剛柔交錯,是賁之文即天之文也。以其卦德觀之,是即人之文也。何也?蓋人之所謂文者,不過文之明也,而燦然有禮以相接;文之止也,而截然有分以相守。今本卦內而離明,外而艮止,是賁之文即人之文也。觀天文以察時變,觀人文以化成天下,賁之文不其大哉!變者,四時寒暑代謝之變也;化者,變而為新;成者,久而成俗。
だから綜卦の上より看れば、陰柔は下り来りて陽剛を文飾し、陽剛は上り去りて陰柔を文飾す。これがすなわち天の文采である。是れ何の為にや。《系辞伝》は「在天成象」と言う。日月五星の運行は、不過この一剛一柔・一往一来のみ。如今本卦は剛柔交錯す。賁卦の文采もまたすなわち天の文采なり。再び卦徳の上より看れば、これはまた人の文采なり。是れ何の為にや。人の言う所の「文」は、不過文にして明有り。ここに燦然として礼節有りて以て相交接す。文にして止有り。ここに截然として分際有りて以て相守持す。如今本卦は内は離の明、外は艮の止なり。賁卦の文采もまたすなわち人の文采なり。天文を觀て時序の変化を察知し、人文を觀て天下を教化して風俗を成就す。賁卦の文采はあに還って広大ならざらんや。「変」とは、四季の寒暑が交替する変化を指す。「化」とは、旧を変じて新と為す。「成」とは、日久しくして風俗を積成す。
象曰:山下有火,賁,君子以明庶政,無敢折獄。明,離象;無敢,艮象。庶者,眾也,繁庶小事,如錢穀出納之類;折獄則一輕重出入之間,民命之死生所繫,乃大事也。曰無敢者,非不折獄也,不敢輕折獄也,再三詳審而後發之意,此即小利有攸往之理,因內明外止,其取象如此。賁與噬嗑相綜,噬嗑利用獄者,明因雷而動也;賁不敢折獄者,明因艮而止也。
《大象伝》は言う。山の下に火有り。これがすなわち賁卦。君子はこれに由りて各種の政務を明察し、而して敢えて軽率に刑獄を判決せざるを領悟す。「明」は下卦の離に取象し、「无敢」は上卦の艮に取象す。「庶」は衆多で、繁雑瑣細の小事を指す。例えば銭粮の出入の類。至って案を判ずるは、軽き一分重き一分・罪を出だし罪を入るるの間に、人命の生死に関係す。あれは大事なり。「无敢」と言うは、並びに案を判ぜざるにあらずして、敢えて軽率に案を判ぜず、要は再三に詳審して而して後に発落す。これがまさに「小利有攸往」の道理で、内は明にして外は止なるが因りて、だから取象はこのようである。賁卦と噬嗑卦とは互いに綜卦と為る。噬嗑が「利用獄」と言うは、それの明は震雷より来りて動を主とす。賁卦が「无敢折獄」と言うは、それの明は艮山に遇うて止を主とす。
初九:賁其趾,舍車而徒。舍音舍。賁其趾者,道義以文飾其足趾也。舍,得棄也;徒者,徒行也。舍車而徒,即賁其趾也,言舍車之榮而徒行,是不以徒行為辱,而自以道義為榮也。中爻震與坎,震,趾之象也;坎,車之象也;變艮,止而又止,舍之象也。
初九の爻辞は言う。自己の脚趾を文飾し、車子を捨てて歩行す。「舎」は捨棄の舎と読む。いわゆる「賁其趾」とは、道義を以て自己の脚歩を文飾す。「舎」は棄置で、「徒」は徒歩して行走す。車を捨てて歩行するは、すなわち「賁其趾」で、寧ろ車に乘るの栄耀を放棄して徒歩すを言い、並びに歩行を当作して耻辱と為さず、反って道義を持守するを以て栄と為す。取象に就いて言えば、二・三・四爻は互体して坎と為し、三・四・五爻は互体して震と為し、震は足と為す。「趾」の取象である。坎は輿と為す。「車」の取象である。此の爻が陰に変ずれば下卦の離は艮を成し、上卦の艮と相叠し、止にしてまた止す。まさに「舎」の取象である。
初比二而應四,比二則從乎坎車矣,應四則從乎震趾矣。然升乎車者必在上方可乘,易中言乘者皆在上也,言承者皆在下也。初在下,無乘之理,故有舍坎車而從震趾之象,觀小象乘字可見。初九剛德明順,蓋內重外輕,自賁於下而隱者也,故有舍非義之車而安於徒步之象,占者得此,當以此自處也。象曰:舍車而徒,義弗乘也。初在下,無可乘之理。
初九は下は六二に比し上は六四に応ず。六二に比するは、すなわち互体の坎の車に跟従す。六四に応ずるは、すなわち互体の震の足に跟従す。しかし車に登らんと要すれば、人は必ず車の上に在らばこそ乘ると談ずべし。《易》の裏に凡そ「乘」と言うは皆上に在る者で、凡そ「承」と言うは皆下に在る者なり。初九は最下に処り、車に乘るの道理なし。だから坎車を捨棄して震趾に跟従する象有り。《小象》が一個の「乘」の字を用うるを看れば便ち明白なり。初九は陽剛にして徳有り、明察にして柔順なり。これは内は重にして外は軽し。自己は下位に在りて道義を以て自飾して隠退に甘んずる人である。だから道義に合せざる車を捨棄して徒歩に安んずる象有り。占者が此の爻を得れば、便ちまさにこのように自処すべし。《小象伝》は言う。車を捨てて歩行するは、義理に按ずれば乘るべからざるなり。初九は下位に在り、もともと乘るべき理なし。
六二:賁其須。在頤曰須,在口曰有髭,在頰曰髯。須不能以自動,隨頤而動,則須雖美,乃附於頤以為文者也。本卦綜噬嗑,原有頤象,今變陽則中爻為兌口矣,口旁之文莫如須,故以須象之。六二以陰柔居中正,三以陽剛得正,皆無應與,故二附三而動,猶須附頤而動也,故有賁其須之象,占者附其君子,斯無愧於賁矣。象曰:賁其須,與上興也。與者,相從也;興者,興起也,則言二陰柔從三陽興起者也。
六二の爻辞は言う。自己の鬍鬚を文飾す。下巴の上に生ずるを「鬚」と言い、嘴唇の上に生ずるを「髭」と言い、両頬に生ずるを「髯」と言う。鬍鬚は自ら動く能わず、下巴に随いてこそ動く。鬍鬚は美なると雖も、もまた不過下巴の上に附着して装飾を作すのみなるを見るべし。本卦を倒転せば是れ噬嗑で、噬嗑はもともと口腮の象有り。如今六二が陽に変ずれば、則ち二・三・四爻の互体は兌を成し、兌は口と為す。而して口の旁らの文飾は鬍鬚より更に顕眼なるなし。だから鬍鬚を以て象を取る。六二は陰柔を以て中に居りて正を得、九三は陽剛を以て正位を得、両爻は皆正応なし。だから六二は九三に附着して動く。鬍鬚が下巴に附着して動くに比す。ここに「賁其鬚」の象有り。占者がもし能く徳有る君子に依附せば、もまたこの「賁」の字に愧ざらん。《小象伝》は言う。鬍鬚を文飾するは、上面の一爻に随いて一同に興起す。「与」は相随で、「興」は奮起で、説くは六二が陰柔にして九三の陽剛に跟いて一同に奮起するを言う。
九三:賁如濡如,永貞吉。如,助語辭;濡,沾濡也。離文自飾,賁如之象也;中爻坎水自潤,濡水之象也。永貞者,長永其貞也,九三本貞,教之以永其貞也;吉者,陰終不能陵也。九三以一陽居二陰之間,當賁之時,陰本比已,為之左右先後,蓋得其賁而潤澤者也,故有賁如濡如之象。然不可溺於所安也,占者能守永貞之戒,斯吉矣。象曰:永貞之吉,終莫之陵也。陵者,侮也,能永其貞,則不陷溺於陰柔之中,有所嚴憚,終莫之陵侮也。
九三の爻辞は言う。文飾して光彩有り、潤沢して水色有り。長久に正を守れば則ち吉祥。「如」は語助詞で、「濡」は沾潤である。下卦の離の文明は以て自己を修飾す。「賁如」の取象である。二・三・四爻は互体して坎と為し、坎水は内より自ら滋潤す。「濡如」の取象である。「永貞」は長久にそれの正を保持す。九三はもともと正を得れば、だからそれに教えてこの份の正を長久に保持し下去せしむ。「吉」と言うは、陰爻は終竟それを欺凌する能わざればなり。九三は一個の陽爻を以て六二・六四の両個の陰爻の間に夾まり、まさに文飾の時に当たる。陰爻はもともと自己に貼近し、前後左右はそれがために光を増し彩を添う。これは文飾を得着してまたその潤沢を受くる人である。だから「賁如濡如」の象あり。しかしこの份の安逸の裏に沈溺すべからず。占者が能く「長久に正を守る」のこの条の告誡を守り住まば、便ち吉祥なり。《小象伝》は言う。長久に正を守るの吉祥は、終竟それを欺凌する人なし。「陵」は欺侮で、能く長久に正を守れば、便ち陰柔の中に陷溺せず。別人は彼に対して敬惮する所有り、終竟敢えて来りて欺侮せず。
六四:賁如皤如,白馬翰如,匪寇婚媾。皤,白波反。皤,白也,四變中爻為巽,白之象也。賁如皤如者,言未成其賁而成其皤也,非賁如而又皤如也。中爻震為馵足、為的顙,馵白足,顙白顛,白馬之象也,舊注不知象,故言人白則馬亦白,無是理矣。翰如者,馬如翰之飛也,中爻坎,坎為亟心之馬,翰如之象也。寇指三,婚媾指初。
六四の爻辞は言う。もともと文飾せんと欲するも却って素白と成り、白馬は奔馳して飛ぶが如し。来るは強盗にあらずして求婚の人なり。「皤」は「白波反」と読む。「皤」とはすなわち白色。六四が陽に変ずれば、則ち二・三・四爻の互体は巽を成し、《説卦伝》は巽を白と為すと講ず。まさに「白」の取象である。「賁如皤如」とは、文飾を成就し得ずして素白と成ったを言う。並びにまた文飾また素白にあらず。馬象に就いて言えば、三・四・五爻は互体して震と為し、《説卦伝》は震を「馵足と為し的顙と為す」と講ず。馵足は白蹄での顙は白額なり。まさに「白馬」の取象である。旧注は取象の法を懂せず。だからこそ人はすでに白ければ馬もまた之に随いて白しと言う。天下にこの道理なし。「翰如」とは、馬が跑り起きて羽翰の飛馳するが如し。二・三・四爻は互体して坎と為し、《説卦伝》は坎を「亟心の馬と為す」と講ず。性は急にして善く奔る。まさに「翰如」の取象である。「寇」は九三を指し、「婚媾」は初九を指す。
六四與初為正應,蓋相為賁者也,乃為九三所隔而不得遂,故未成其賁而成其皤。然四往求於初之心,如飛翰之疾,不以三之隔而遂已也,使非三之寇,則與初成婚媾而相為賁矣,是以始雖相隔,而終則相親也,即象而占可知矣,與屯六二同。象曰:六四當位,疑也;匪寇婚媾,終無尤也。以陰居陰,故當位;疑者,疑懼其三之親比也;六四守正,三不能求,故終無過尤。
六四と初九とは正応で、もともと彼此文飾して色を増すべし。しかし九三に中間に隔てられて如願する能わず。だから文飾は成らずして、反って素白と成れり。しかし六四が前往して初九を追求する心は、急なること飛鳥の如く、並びに九三の阻隔に因りてここに就いて罢休せず。假使九三のこの横挡の「寇」無からば、それは早くにすでに初九と婚媾を結成して互相に文飾せしめん。だから起初は隔絶せらるると雖も、最終には依然として能く相親す。象に就いて占を定めれば、その理は自ずから明なり。これは屯卦の六二の「匪寇婚媾」の情形と相同じ。《小象伝》は言う。六四は位置は妥当を得たるも、心は疑懼を存す。来るは強盗にあらずして求婚者は、終竟過失なし。六四は陰爻を以て陰位に居る。だから位当なりと言う。「疑」は九三が来りて貼近して糾纏せんを疑懼す。六四は能く正を守りて移らず、九三はそれを求めて得ず。だから終竟過失なし。
六五:賁于丘園,束帛戔戔,吝,終吉。戔音箋。艮為山,丘之象也,故頤卦指上九為丘;渙卦中爻艮,故六四渙有丘。艮為果蓏,入居中爻震木之上,果蓏林木,園之象也。此丘園指上九,上九賁白,貧賤肆志,乃山林高蹈之賢。蠱乃同體之卦,上九不事王侯;隨卦上六錯艮,亦曰西山,則上九乃山林之賢無疑矣。
六五の爻辞は言う。文飾は丘園の隠者に及び、送り去る束帛は却って単薄破損す。吝嗇なるに似たるも、終竟吉祥。「戔」は「箋」と読む。取象に就いて言えば、上卦の艮は山と為す。「丘」の取象で、だから頤卦は上九を把って「丘」と称す。渙卦の三・四・五爻は互体して艮と為す。だから六四は「渙有丘」と言う。《説卦伝》はまた艮を果蓏と為すと講ず。果蓏は互体の震木の上に長じ、果実の林木は相聚す。まさに「園」の取象である。ここの「丘園」が指すは上九である。上九は素白を以て飾と為し、貧賤に甘んじて自らその志に適う。これは山林に隠居して志行は高潔の賢者である。蠱卦と本卦との上体は同じく艮で、それの上九もまた「不事王侯」と言う。随卦の上六の錯卦は艮と為し、また「王用亨于西山」と言う。賁卦の上九は山林の賢なるを見るべく、疑問なし。
兩疋為束,陰爻兩坼,束之象也。坤為帛,此坤主帛之象也。戔與殘同,傷也,艮錯兌為毀折,戔之象也。束帛傷戔,即今人之禮縀也。本卦上體下體皆外傷中虛,有禮縀之象,上戔下戔,故曰戔戔。陰吝嗇,故曰吝。
古礼は両匹を以て一束と為す。陰爻は中間に断開して両截と成る。まさに「束」の取象である。坤は布帛と為す。ここは坤が帛を主る象を取る。「戔」は「残」と義を同じくし、残損なり。上卦の艮の錯卦は兌で、《説卦伝》は兌を毀折と為すと講ず。まさに「戔」の取象である。いわゆる「束帛傷戔」とは、すなわち今人の言う所の礼緞である。本卦は上体は艮・下体は離で、皆外面は残缺・中間は空虚の様子なり。礼緞の象を含有す。上下の両体は皆残損す。だから畳ねて「戔戔」と言う。陰爻の性情は吝嗇なり。だから「吝」と言う。
六五文明以止之主,當賁之時,下無應與,乃上比上九高蹈之賢,故有光賁丘園、束帛以聘之象。然賁道將終,文反於質,故又有戔戔之象,以此為禮,有似於吝。然禮薄意勤,禮賢下士,乃人君可喜之事,占者得此,吉可知矣。象曰:六五之吉,有喜也。艮錯兌為悅,故曰有喜,得上九高賢而文之,豈不喜?
六五は「文明以止」のこの一卦の主爻で、まさに文飾の時に当たる。下面に相応ずる爻なく、却って上に向かい上九のこの位の志行高潔の賢者に貼近す。だから光彩を以て丘園の隠士を文飾し、束帛を備えて往きて彼を聘請する象有り。しかし文飾の道はまさに終結せんとし、文華は質朴に回帰せんと要す。だからまた「戔戔」のこの種の単薄残損の象有り。このような礼物を拿って人を待てば、看るに吝嗇なるに似たり。不過礼物は薄きと雖も心意は殷勤なり。賢者を礼敬し己を屈して士に下るは、もともと君主の欣喜に値する事である。占者が此の爻を得れば、吉祥は想い知るべし。《小象伝》は言う。六五の吉祥は、喜有るが因る。艮の錯卦は兌で、兌は悦と為す。だから「有喜」と言う。能く上九の如き高賢を請い来らせて自己がために光を増せば、どうして喜ばざるを得ん。
上九:白賁,無咎。賁,文也;白,質也,故曰白受采。上九居賁之極,物極則反,有色復於無色,所以有白賁之象,文勝而反於質,無咎之道也,故其象占如此。象曰:白賁無咎,上得志也。文勝而反於質,退居山林之地,六五之君以束帛聘之,豈不得志?此以人事言者也。若以卦綜論之,此爻原是噬嗑初爻,剛上文柔,以下居上,所以得志。
上九の爻辞は言う。素白を以て飾と為す。過錯なし。「賁」は文采で、「白」は本質である。だから《礼記》は「白受采」と言う。素底にしてこそ彩絵を承受し得。上九は賁卦の頂点に処り、物は極まれば必ず反す。色有りてまた无色に回帰す。だから「白賁」の象あり。文華は太盛にして質朴に返帰するは、まさに咎なき路数である。ここにその象と占とはこのようである。《小象伝》は言う。素白を以て飾と為して咎なきは、上位に居る者はその志を遂ぐるを得たればなり。文華は太盛にして質朴に返帰し、山林の地に退居す。六五の君は還って束帛を備えて来りて彼を聘請す。どうして志を得たりと算せざるを得ん。これは人事に就いて講ず。もし綜卦の上より講ずれば、此の爻はもともとは噬嗑卦の初九で、倒転した後に陽剛は上行して陰柔を文飾し、下位より升りて上位に居す。だから「得志」と言う。
剥卦(坤下艮上)
剝,爛也。剝者,落也,九月之卦也。五陰在下,一陽居上,陰盛陽孤,勢將剝落而盡,剝之義也。至高之山附著於地,有傾頹之勢,剝之象也。《序卦》:賁者飾也,致飾然後亨則盡矣,故受之剝,所以次賁。
《雑卦伝》は「剥」とはすなわち爛れるなりと言う。いわゆる「剥」とは剥落で、十二消息卦の中に於いて九月の卦に属す。五個の陰爻は下に在り、一個の陽爻は孤として上に懸る。陰気は極盛にして陽気は孤单で、眼看にまさに剥蝕し乾净に尽くさんとす。これがすなわち「剥」の含義である。極めて高き山は却って地上に貼附し、崩塌傾頽の勢有り。これがすなわち「剥」の取象である。《序卦伝》は言う。「賁」は文飾で、文飾が極致に到れば、亨通もまた尽頭に走り至る。だから賁卦の後は剥卦を以て接ぐ。これがすなわち剥卦が賁卦の後に排する道理である。
剝,不利有攸往。不利有攸往,言不可有所往,當儉德避難,所以為君子謀也。彖曰:剝,剝也,柔變剛也。不利有攸往,小人長也。順而止之,觀象也。君子尚消息盈虛,天行也。長,丁丈反。以卦體卦德釋卦名卦辭。剝者,陽剝也,所以剝之者陰也,五之陰上進而欲變乎上之一陽也。
剥卦の卦辞は言う。往く所有るに利ならず。いわゆる「不利有攸往」とは、冒然と行動すべからず、まさに才徳を収斂し禍難を避開すべしを言う。これは聖人が君子のために打算するなり。《彖伝》は言う。剥とはすなわち剥落で、陰柔が陽剛を改変する在り。往く所有るに利ならざるは、小人がまさに滋長するが因る。形勢に順従して時に適い停止するは、これは善く象を觀るなり。君子は消長盈虚の道理を推崇す。あれは天道の運行なるが因る。「長」は「丁丈反」と読み、滋長の意なり。この一段は「卦体」と「卦徳」とを以て卦名と卦辞とを解釈す。いわゆる「剥」とは、剥せらるるは陽で、来りてそれを剥するは陰なり。五個の陰爻は歩々上進し、上面のあの一個の陽爻をも変掉せんと要す。
以卦體言之,小人長也,陰邪之聲勢方張也;以卦象言之,內順外止,有順時而止之象,人當觀此象也。觀小人之時,時不可往;觀一卦之象,象自不往,所以不利有攸往。
卦体の上より講ずれば、「小人長也」なり。陰邪の声勢はまさに膨脹す。卦象の上より講ずれば、内卦の坤は順と為り外卦の艮は止と為る。時勢に順応して時に適い停住する象有り。人はまさにこの象を善く體察すべし。小人が道に当たる時勢を看清せば、便ち此の時は往くべからざるを知る。再びこの一卦の内順外止の象を看れば、本身就て往かざるの意なり。だから「不利有攸往」と言う。
消息者,盈虛之方始;盈虛者,消息之已成。消息盈虛四字皆以陽言:復者陽之息,姤者陽之消,乾者陽之盈,坤者陽之虛,此正陽消而將虛之時也。天行者,天道自然之運也,天運之使然,君子亦惟以是為尚,與天時行而已,既不可往,又豈往哉?君子二句,又推原不利有攸往之故。
「消」と「息」とは、盈虚が剛く開始する時である。「盈」と「虚」とは、消息がすでに完成した結果である。消・息・盈・虚のこの四字は皆陽に就いて言う。復卦の一陽初生は、陽の「息」なり。姤卦の一陰始生は、陽の「消」なり。乾卦の六陽は純全にして、陽の「盈」なり。坤卦の六陰は陽なきは、陽の「虚」なり。剥卦はまさに陽気が消退してまさに虚尽せんとする時である。「天行」とは、天道が自然に運転するを指す。すでに天運の然らしむるが如くなれば、君子もまたただこれを以て準則と為し、天時に随いて行うのみ。すでに往くべからざれば、またどうして往き去るを得んや。《彖伝》の最後に君子を講ずるこの両句は、進んで「不利有攸往」の根本縁由を追溯す。
象曰:山附於地,剝,上以厚下安宅。上,謂居民之上,一陽在上之象也;厚下者,厚民之生,省刑罰、薄稅斂之類也;宅者,上所居之位,非宅舍也,因艮體一陽覆幬於上,有宅舍之象,故以宅言之,所以上九亦以廬言者,以有廬之象也。厚下安宅者,言厚下而不剝下者,正所以自安其宅也,民惟邦本、本固邦寧之意。卦以下剝上取義,乃小人剝君子,成剝之義;象以上厚下取義,乃人君厚生民,則治剝之道也。
《大象伝》は言う。山は地上に貼附す。これがすなわち剥卦。上位に在る者はこれに由りて下民を厚く待ち自己の居位を安固にすべきを領悟す。「上」は百姓の上に居る人を指し、一陽が高く上位に居る象を取る。「厚下」とは、百姓の生計を丰厚ならしむること。例えば刑罰を減省し賦税を減軽する一類。「宅」は上に在る者の居る所の位置を指し、並びに真の房舎にあらず。艮体のあの一個の陽爻が上に覆蓋して屋宇の象有るが因りて、だから「宅」を借りて来りて言う。上九もまた「廬」の字を用い、同じくこの象を取る。「厚下安宅」とは、下民を厚く待ちて下民を剥削せざるを言う。まさに自己の位置をして安穏を得せしむるなり。すなわち《尚書》の「民惟邦本、本固邦寧」の意思である。卦義は下より上を剥るを以て取る。あれは小人が君子を剥蝕し、「剥」の含義を構成す。《大象》は却って上より下を厚くするを以て取る。あれは君主が百姓を厚養し、まさに剥落の世を整治する办法である。
初六:剝床以足,蔑貞吉。剝床以足者,剝落其床之足也。變震,足之象也。剝自下起,故以足言之。一陽在上,五陰列下,有宅象、廬象、床象。蔑者,滅也;蔑貞者,蔑其正道也,指上九也。方剝足而即言蔑貞,如履霜而知堅冰至也。
初六の爻辞は言う。床を剥落す。床脚より始む。正道を滅絶して凶有り(原刻は「吉」と作す)。いわゆる「剥床以足」とは、あの張の床の脚を剥掉す。初六が陽に変ずれば、則ち下卦の坤は震を成し、震は足と為す。まさに「足」の取象である。剥蝕は総じて最下面より開始す。だから「足」を以て言う。一個の陽爻は上に在り、五個の陰爻は下に排列す。整体はすでに屋宅に似て、また草廬に似て、また一張の床に似たり。「蔑」とはすなわち滅で、「蔑貞」は正道を滅絕す。指す所はまさに上九のあの一陽である。剛く床脚に剥り到れば便ち立刻に正道を滅絶するに説き及ぶ。まさに坤卦の初六の「履霜堅氷至」の如く、霜を踏めば便ち堅氷のまさに至らんを知る。
初六陰剝在下,有剝床以足之象。剝床以足,猶未見其凶,然其剝足之勢,不至蔑貞而不已,故戒占者如此,此聖人為君子危而欲其自防於始也。象曰:剝床以足,以滅下也。以滅下,則漸而上矣,見其端甚微,知其必有蔑貞之禍。
初六は陰爻を以て最下に於いて剥蝕す。だから床脚より剥り起こる象有り。単に床脚を剥掉するは、還って凶険を看出す能わず。しかしこの脚を剥る勢は一たび発動せば、滅絶正道に剥り到らざれば停まることなし。だから爻辞はこのように占者に告誡す。これは聖人が君子のために擔憂し、彼が事情が剛く頭を起こす時に於いて自ら防備を加えんことを希望す。《小象伝》は言う。床を剥落して床脚より始むるは、下面より先に滅り起こるなり。すでに下面より滅り起これば、便ち一歩一歩に上に向かい蔓延せん。苗头は極めて細微なると雖も、しかしすでに必ず正道を滅絶するの禍有るを知る。
六二:剝床以辨,蔑貞凶。辨者,床之乾也,不曰乾而曰辨者,謂床之下、足之上分辨處也。蔑貞同初。象曰:剝床以辨,未有與也。與者,陽也。凡爻中,陽以應陰,陰以應陽,方謂之應,相比亦然。二本陰爻,有陽爻之應,或有陽爻之比,則有與矣。今比乎二者初也,初陰也;應乎二者五也,五亦陰也。前後左右皆無應與之陽,則上九乃孤陽矣,豈不蔑貞?故初知其蔑貞,而二亦知其必有此凶也。
六二の爻辞は言う。床を剥落し、床身と床脚とが交接する処に剥り到る。正道を滅絕す。凶険。「辨」は床の軀幹の部分を指す。直接「乾」と言わずして「辨」と言うは、それがまさに床身の下・床脚の上に在りて、両者の分界の処なるが因る。「蔑貞」の含義は初六と相同じ。《小象伝》は言う。床を剥落して交接の処に到るは、まだ支援有らざるなり。「与」は陽爻を指す。凡そ爻位の中に、陽と陰とが相応じ陰と陽とが相応ずるをこそ「応」と言い作す。相鄰り比附するもまた同じ道理なり。六二はもともと陰爻で、もし上に陽爻有りてそれと相応じ、或いは旁らに陽爻有りてそれと相比せば、便ち援助有りと算す。如今六二と相比するは初六で、初六は陰なり。六二と相応ずるは六五で、六五もまた陰なり。前後左右に呼応支援すべき陽爻なし。すなわち上九は便ち一個の孤零零たる陽と成る。どうして滅絶せられざるを得ん。だから初六の一爻はすでに正道を滅絶せんを預知し、六二のこの一爻は更に必定してこのような凶険を招来するを知る。
六三:剝之無咎。三雖與上九為正應,不可言剝,然在剝卦之中,猶不能離乎剝之名。語助辭。眾陰方剝陽而三獨與之為應,是小人中之君子也,去其黨而從正,雖得罪於私黨,而見取於公論,其義無咎矣,占者如此,故無咎。
六三の爻辞は言う。剥落の中に処りて過錯なし。六三は上九と正応なると雖も、もともとそれが陽を剥ると言うべからざれども、それの身は剥卦の中に在りて、終竟一個の「剥」の字を脱け開く能わず。「之」はここに語助詞なり。衆陰はまさに合力して陽爻を剥蝕す。唯だ六三はあの一陽と相応ず。これは小人の堆裏の君子なり。彼は自己の同党を離れて正道に帰従す。私党の罪を得罪すると雖も、しかし公論の嘉許する所と為る。義理に按ずれば過錯なし。占者がもしこの種の処境なれば、だから咎なし。
剝以近陽者為善,應陽者次之:近陽者六五是也,故無不利;應陽者此爻是也,故無咎。呂氏家賤,惡莫大焉。象曰:剝之無咎,失上下也。上下謂四陰,三居四陰之中,不與之同黨,而獨與一陽為應與,是所失者上下之陰,而所得者上九之陽也。惟其失四小人,所以得一君子。
剥卦の通例は、陽爻に貼近するを以て最好と為し、陽爻と相応ずるは次の一等なり。陽爻に貼近するは六五で、だから爻辞は「无不利」と言う。陽爻と相応ずるは便ちこの一爻で、だからただ「无咎」と言うのみ。原注は呂氏の説を引き、身は小人の家に在りて同流に甘んずるは、これより大なる悪なしと謂う。《小象伝》は言う。剥落の中に処りて咎なきは、上下の同類を失えればなり。「上下」はその余の四個の陰爻を指す。六三は四陰の中に夾まるも、しかし彼らと結党せず、独り独りあの一個の陽爻と応与を結成す。だから失う所は上下の陰で、得る所は上九の陽なり。まさに四個の小人を失掉したるがゆえに、こそ一個の君子を得着せり。
六四:剝床以膚凶。初足、二辨、三床之上,四乃上體,居床之上,乃床上人之膚也。剝床而及其肌膚,禍切身矣,故不言蔑貞而直曰凶。象曰:剝床以膚,切近災也。言禍已及身而不可免也。
六四の爻辞は言う。床を剥落してすでに人の肌膚に剥り到る。凶険。初六は床脚で、六二は床身の交接の処で、六三はすでに床面の上に在り、六四は則ち上卦に進入して床面の上に居る。あれはすなわち床の上に躺在床上の人の肌膚なり。床を剥りて人の肌膚に剥り到れば、災禍はすでに身に切なり。だから爻辞は再び「蔑貞」と言わず、而して直截了当に「凶」と言う。《小象伝》は言う。床を剥りて肌膚に剥り到るは、災禍はすでに身辺に逼近せり。これは禍患がすでに身に臨み、躲げ掉る能わざるを言う。
六五:貫魚以宮人寵,無不利。五正彖辭所謂順而止之也。貫魚者,魚之貫串而相次以序,五陰列兩旁之象也。本卦大象巽,此爻變巽,巽有魚象,詳見中孚;巽為繩,貫之象也。以者,后妃以之也,五君位,為眾陰之長,故可以以之。魚,陰物;宮人,眾妾,乃陰之美而受制於陽者;艮錯兌為少女,宮人之象也。以宮人寵者,統領宮人以次上行,進御而獲其寵也。
六五の爻辞は言う。一串の魚の如く宮人を帯領して往きて恩寵を承受す。不利なる何物かなし。六五はまさに《彖伝》の言う所の「順而止之」のあの一爻である。いわゆる「貫魚」とは、魚を把って縄を以て一串に穿して依次に排列す。五個の陰爻が依序に排列する象を取る。本卦の整体の大象は巽に似て、此の爻が陽に変ずれば上卦の艮は巽を成す。巽は魚の象を含有す。詳しくは中孚卦に見る。《説卦伝》はまた巽を縄と為すと講ず。まさに「貫」の取象である。「以」は后妃が彼女らを率領す。六五は君位に居り、また衆陰の長なり。だから率領する資格有り。魚は陰物に属す。宮人は衆多の姫妾で、陰の美好にして陽に受制する一類なり。上卦の艮の錯卦は兌と為し、兌は少女と為す。まさに「宮人」の取象である。「以宮人寵」とは、宮人を統領して依次に上行し、君の前に進御して恩寵を獲得す。
一陽在上,五率其眾陰,本卦原有此象;且內順外止,本卦原有此德。陰順則能從乎陽,艮止則必不剝陽矣。無不利者,陰聽命於陽,乃小人聽命於君子也,故無不利,非程傳別設義之說。六四以剝其膚而凶,至六五陰長陽消之極矣,然本卦順而且止,故陰不剝陽,有貫魚以宮人寵、反聽命於陽之象,此小人之福而君子之幸也,故占者無不利。象曰:以宮人寵,終無尤也。五以陰剝陽,今率其類以聽命於陽,有何過尤?
一個の陽爻は上に在り、六五は衆陰を率領してそれに向かい進御す。本卦はもともとすなわちこの象を含有す。しかも内卦は順・外卦は止で、本卦はもともとすなわちこのような卦徳を具備す。陰はすでに柔順なれば、便ち能く陽に順従す。艮はすでに止息なれば、便ち必定して往きて陽を剥蝕せず。「无不利」と言うは、陰は陽に聴命す。すなわち小人は君子に聴命するなり。だから不利なる何物かなし。並びに《程氏易伝》が新義を別立するあの種の講法にあらず。六四はすでに肌膚に剥り到りて凶にして、六五に到れば則ち陰長じ陽消する極点に到れり。しかし本卦はすでに順にして且つ止なれば、だから陰は終竟あの一陽を剥掉せず、反って魚を穿して串を成し宮人を率領して寵を承け、頭を回らして陽に聴命する象有り。これは小人の福気で、もまた君子の僥倖なり。だから占者は不利なる所なし。《小象伝》は言う。宮人を率領して恩寵を承受するは、終竟過失なし。六五はもともと陰を以て陽を剥るなり。如今は却って自己の同類を帯びて来りて陽に聴命す。還って何の過失の言うべき有らん。
上九:碩果不食,君子得輿,小人剝廬。碩果者,碩大之果,陽大陰小,碩之象也;艮為果,果之象也;不食者,在枝間未食也。諸陽皆消,一陽在上,碩果獨在枝上之象也。此爻未變,艮錯兌為口,猶有可食之象;此爻一變則為坤而無口矣,不食之象也。果碩大不食,必剝落朽爛矣,故孔子曰剝者爛也。果剝落朽爛於外,其中之核又復生仁,猶陽無可盡之理,窮上反下,又復生於下也。
上九の爻辞は言う。碩大の果実は喫食せられず。君子は車輿を得、小人は自己の廬舎を拆毀す。いわゆる「碩果」とは、また大にして飽満の果子なり。陽は大と為し陰は小と為す。一陽は上に居る。まさに「碩」の取象である。《説卦伝》は艮を果蓏と為すと講ず。「果」の取象である。「不食」とは、果子は還って枝頭に掛りて摘食せられざるなり。衆陽は皆すでに消尽し、ただこの一個の陽爻を剩して上に在る。正に一只の大果が孤零零として枝頭に留まるが如し。此の爻が未だ変ぜざる時は、艮の錯卦は兌で、兌は口と為す。還って食すべき象有り。此の爻が一変すれば、上体は便ち坤を成し、口有ることなし。まさに「不食」の取象である。果子は太だ大にして人の食うなく、必定して剥落して腐爛す。だから孔子は《雑卦伝》に於いて「剥者は爛なり」と言う。果実は外面に於いて剥落して朽爛するも、裏面の核仁は却ってまた能く重新に生発す。まさに陽気は剥尽せられざるの理の如し。最上に走り至れば便ち最下に返回し、重新に下面より生出す。
輿者,物賴之以載,猶地之能載物也,變坤,坤為大輿,輿之象也。一陽復生於地之下,則萬物皆賴之以生,此得輿之象也。廬者,人賴之以覆,猶天之能覆物也,五陰為廬,一陽蓋上,為廬之椽瓦,今一陽既剝,剝則陰矣,故曰小人。下一畫新生,此反下也,故曰得,得則陽矣,故曰君子。
「輿」は万物が頼りて以て承載する所の物で、大地が能く万物を承載するに比す。上九が陰に変ずれば上卦は坤を成し、《説卦伝》は坤を大輿と為すと講ず。まさに「輿」の取象である。一個の陽爻が重新に地の下に生ずれば、万物は便ち皆それに頼りて生長す。これが便ち「得輿」の取象である。「廬」は人が頼りて以て遮蓋する所の物で、上天が能く万物を覆蓋するに比す。五個の陰爻は廬舎の墙体で、一個の陽爻が上に蓋うは、すなわち廬舎の椽子と瓦なり。如今この一陽は剥掉せられ、剥掉せられれば便ち純に是れ陰なり。だから「小人」と言う。而して下面に新たに一画の陽を生出す。これは「窮上反下」で、だから「得」と言い、得は則ち陽なり。だから「君子」と言う。
蓋陽剝於上,則必生於下;生之既終,則必剝於上。未剝之先,陽一畫在上,故其象似廬;既剝之後,陽生於下,則上一畫又在下矣,故其象似輿。諸陽消剝以盡,獨上九一爻,故有碩果不食之象。今上九一爻既變,則純陰矣,然陽無可盡之理,既剝於上,必生於下者,有君子得輿而為民所載之象;剝於上者,有小人剝廬、終無所用之象。占者得此,君子小人當自審矣。象曰:君子得輿,民所載也;小人剝廬,終不可用也。民所載者,民賴之以承載也;廬所賴以安身者也,今既剝矣,終何用哉?必不能安其身矣。國破家亡,小人無獨存之理。載字從輿字上來,不可用從剝字上來。
知るべし。陽は上に在りて剥掉せられれば、必定してまた下面より生出す。生長は尽頭に到れば、また必定して上面より剥掉せらる。未だ剥れざる前は、一画の陽は最上に横たわる。だからその形は廬舎に似たり。剥落した後は、陽は下面より生起し、原先のあの一画の陽は便ち最下に転到す。だからその形は車輿に似たり。衆陽は消剥し殆ど尽き、ただ上九の一爻を剩す。だから碩果が枝頭に留まりて人の摘食するなき象有り。如今上九が一変すれば、全卦は便ち純陰と成る。しかし陽は剥尽せられざる道理は、すでに上面より剥落せば、必定して下面より再生す。これは便ち君子が車輿を得て百姓の擁戴する所と為る象有り。而して上に於いて剥落するは、則ち小人が廬舎を拆毀して終竟一つとして用うる所なき象有り。占者が此の爻を得れば、是れ君子か是れ小人か、まさに自ら善く省察すべし。《小象伝》は言う。君子が車輿を得るは、百姓の載する所と為るなり。小人が廬舎を拆毀するは、終竟任用すべからざるなり。「民所載」とは、百姓は彼に依靠して以て自己を承載す。廬舎はもともと人が頼りて以て身を安んずる所なり。如今すでに拆毀したれば、還って何の用有らん。必定して自身を連ねても安頓し得ず。国破れ家亡くるの際は、小人は絶えて独り保全する道理なし。「載」の字は「輿」の字の上より生出せるなり。「不可用」は「剥」の字の上より生出せるなり。
復卦(震下坤上)
復。震下坤上。復,反也。 復者,來復也。自五月一陰生後,陽一向在外,至十月變坤。今冬至復來,反還於內,所以名復也。《序卦》:「物不可以終盡剝,窮上反下,故受之以復。」所以次剝。
《復》卦は、下卦は震・上卦は坤で、六爻は下より上に向かい一陽五陰と為す。《雑卦伝》は「復は反なり」と言う。「復」とはすなわち返回である。いわゆる「復」とは、陽気が去りて復た来るを指す。五月の《姤》卦の一陰が始生した以後より、陽気は便ち一路に卦の外に逼せられ、十月の《坤》卦の六爻が純陰に到れば、陽気は全数卦の外に退く。如今冬至が一たび至れば、陽気は重新に回来り、卦の内に返還す。だからこの一卦は名を取って「復」と為す。《序卦伝》は言う。「万物は剥落して窮尽に到る能わず。剥は上爻に到りて窮極すれば便ち反転して下面に於いて重新に生起す。だから《剥》卦の後に接ぐるは《復》卦なり。」これがすなわち《復》卦が《剥》卦の後に排する縁故である。
復:亨。出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復。利有攸往。 先言出而後言入者,程子言「語順」是也。出者,剛長也;入者,剛反也;疾者,遽迫也。言出而剛長之時,自一陽至五陽,以漸而長,是出之時未嘗遽迫也。入而剛反之時,五月一陰生,九月之剝猶有一陽,至十月陽變、十一月陽反,以漸而反,是入之時未嘗遽迫也。
《復》卦の卦辞は言う。亨通す。陽気は出去り進入るも皆急迫の病害なし。同類は相牽れて来るも過錯なからん。往返は皆それの固有の道路に循い、七個の階段を経れば陽気は便ち一たび返回す。往く所有るに宜し。卦辞は先に「出」を言い後に「入」を言う。程頤の《伊川易伝》はこのようにすれば「語順」なりと言う。この話は是なり。「出」は陽剛が上に往きて生長するを指し、「入」は陽剛が卦内に返回するを指し、「疾」は急迫逼促を指す。陽気が外に出でて生長するこの一面に就いて言えば、《復》の一陽より、《臨》の二陽・《泰》の三陽・《大壮》の四陽を歴て、《夬》の五陽に到るまで、これは一歩一歩に慢々と長じ起これるなり。「出」の時は曽て急迫せざるを見るべし。陽気が返入するこの一面に就いて言えば、五月の《姤》卦の一陰始生より、九月の《剥》卦の上爻に到れば還って一陽を留め、十月の《坤》卦に於いてこの一陽はこそ変尽し、十一月の《復》卦に於いてこの一陽はまた反回来る。同じく一歩一歩に慢々と返回せるなり。「入」の時もまた曽て急迫せざるを見るべし。だから卦辞は「出入无疾」と言う。
朋者,陰牽連於前,朋之象也。故豫卦、損卦、益卦、泰卦、咸卦,皆因中爻三陽三陰牽連,皆得稱朋也。自外而之內曰來。言陰自六爻之二爻,雖成朋黨而來,然當陽復之時,陽氣上行,以漸而長,亦無咎病也。復之得亨者,以此。
「朋」は陰爻が一個接一個に牽連して群を成す象を取る。《復》卦の上面の五個の陰爻は一片に連る。まさに朋党の象である。だから《豫》卦の九四は「朋盍簪」と言い、《損》卦の六五と《益》卦の六二は「十朋之亀」と言い、《泰》卦の九二は「朋亡」と言い、《咸》卦の九四は「朋従爾思」と言う。此の幾卦の爻辞は皆「朋」の字を用上る。その原因是、彼らの「中爻」——すなわち二・三・四爻と三・四・五爻との互体の成る所の両個の三画卦を取る——は合わせてまさに三陽三陰の彼此牽連して群を成すなり。卦の外より卦の内に進入るを「来」と言い作す。ここに説くは、陰爻は上六より一直に六二に排し、朋党を結成して圧し来ると雖も、しかし一陽の来復の時にまさに当たり、陽気は下より上に往きて行き一歩一歩に生長すれば、もまた災病を招来せざるなり。《復》卦の亨通する能う所以の道理は、便ちここに在る。
道猶言路,言剛反而復之道路也。七日來復者,自姤而遯、否、觀、剝、坤、復,凡七也,即七日得之意。蓋陽極於六,陰極於六,極則反矣,故七日來復也。無疾咎者,復之亨也;七日來復,復之期也;利有攸往,復之占也。
「道」は道路と言うに如し。陽剛が返回し復帰するに走るあの条の路を指す。いわゆる「七日来復」とは、五月の《姤》卦より数え起こし、《遯》《否》《觀》《剥》《坤》を経て《復》に到る。恰好七卦なり。《既済》の六二の「婦はその茀を喪う、逐う勿れ、七日に得ん」と言う所の「七日」と同一個の意思である。一卦は六位にして、陽は最多く六に到り陰もまた最多く六に到る。極点に到れば便ち反転せんと要す。だから七日に陽気は便ち一たび返回すと言う。「出入无疾、朋来无咎」が講ずるは《復》卦が亨通する所以なり。「反復其道、七日来復」が講ずるは陽気が来復する期限なり。「利有攸往」は則ち《復》卦の占断の辞である。
大抵姤、復之理,五月一陰生為姤。一陰生於內,則陽氣浮而在外矣。至於十月坤,陰氣雖盛,而陽氣未嘗息也,但在外耳。譬之妻雖為主,而夫未嘗亡。故十一月一陽生,曰剛反。反者,言反而歸之於內也。十一朋陽生而復,一陽生於內,則陰氣浮而在外矣。至於四月乾,陽氣雖盛而陰氣未嘗息也,但在外耳。譬之夫雖為主,而妻未嘗亡。故五月一陰復生。天地雖分陰陽,止是一氣,不過一內一外而已。一內一外,即一升一沉、一盛一衰、一代一謝也。消息盈虛,循環無端,所以言剝言復。
大略して言えば、《姤》《復》の両卦の道理はこのようなものである。五月に一陰は下に始生して、《姤》卦を成す。一陰は卦内に生ずれば、陽気は便ち卦の外に浮き去る。十月の《坤》卦に到れば、陰気は極盛なると雖も、陽気は並びに止息せず。ただ外面に退くのみ。打ち方を譬えば、家裏に妻子が家を當りて主を為すが如く、丈夫は並びに死去せざるなり。だから十一月に一陽は来りて生ず。《彖伝》はそれを「剛反」と称す。「反」とはすなわち返回して裏面に帰る。(原文は「十一朋」、「朋」はまさに「月」の字の誤なり。)十一月に陽気は生じて《復》卦を成す。一陽は卦内に生ずれば、陰気は便ち卦の外に浮き去る。四月の《乾》卦に到れば、陽気は極盛なると雖も、陰気もまた並びに止息せず。ただ外面に退くのみ。打ち方を譬えば、家裏に丈夫が家を當りて主を為すが如く、妻子は並びに死去せざるなり。だから五月に一陰はまた重新に生起す。天地は陰陽の両端を分出すと雖も、実はただ同一股の気で、不過一個は内に在り一個は外に在るのみ。一内一外は、すなわち一升一沈・一盛一衰・一去一来なり。陽は消し陰は息し、盈満して虧虚す。循環して往復し起点なく終点なし。だから《易》は《剥》《復》の両卦を立てて以てそれを説明せんと要す。
彖曰:復,亨。剛反,動而以順行,是以出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復,天行也。利有攸往,剛長也。復,其見天地之心乎! 以卦德、卦體釋卦辭而贊之。「剛反」對「剛長」。反者,言剝之剛窮上反下而為復也;長者,言復之剛自下進上,歴臨、泰而至於乾也。以其既去而來反也,故亨;以其既反而長也,故利有攸往。剛反,言方復之初;剛長,言已復之後。
《彖伝》は言う。《復》卦が亨通するは、陽剛が返回するに因る。内卦は震動して外卦は坤順なり。時勢に順いて動くなり。だから陽気は出去り進入るも皆急迫の病害なく、陰類は相牽れて来るも過錯なからん。往返は固有の道路に循い、七個の階段に陽気は便ち一たび返回す。これは天道の自身の運行なり。「利有攸往」は、陽剛がまさに生長するが因る。《復》卦は、大概便ちここより天地が万物を生養する本心を見るを得べしや。これは卦徳(下の震は動を主とし上の坤は順を主とす)と卦体(一陽は下に在五陰は上に在り)とを以て卦辞を解釈し、加えて讃嘆す。「剛反」は「剛長」に対して言う。「反」は、《剥》卦のあの一点の陽剛が上爻に於いて窮極した後に最下面に返還して《復》卦と成ったを指す。「長」は、《復》卦のこの一点の陽剛が下より上に推進して《臨》《泰》を経て一路《乾》卦に長じ到るを指す。陽剛はすでに離去してまた返回するに因りて、だから「亨」と言う。すでに返回してしかも還って生長し続けんと要するに因りて、だから「利有攸往」と言う。「剛反」が説くは剛く来復する初めで、「剛長」が説くはすでに来復した後なり。
行亦動也。言下體雖震動,然上體乃坤順,以順而動,所以出入往來,無疾無咎。天行者,陰陽消息,天運之自然也,故反復其道,七日來復。陽剛用事,君子道長,所以利有攸往。見天地之心者,天地無心,生之不息者,乃其心也。剝落之時,天地之心,幾於息矣;今一陽來復,可見天地生物之心,無一息之間斷也。
《彖伝》の「動而以順行」の「行」とは、すなわち「動」なり。説くは《復》卦の下体は震で、性は動を主とし、上体は坤で、性は順を主とす。柔順の徳を以て動けば、だから陽気は出去り進入り往復して已まず、皆急迫の病害なく、もまた過錯なからざるなり。いわゆる「天行」とは、陰陽の消退と生息とはもともと天道が運転する自然の節律を指す。だから陽気はこそ固有の道路に循い往返して、七個の階段に一たび返回す。此の時は陽剛はまさに権を當り事を用う。君子の道はまさに生長す。だから「利有攸往」と言う。いわゆる「見天地之心」とは、天地はもともと一個の意有りて造作する心なく、それは生々して息まず永遠に停歇せず。あれは便ちそれの心なり。《剥》卦の陽気が剥落してまさに尽きんとする時は、天地のこの点の生意は幾ほど熄灭せんと欲せり。如今一陽は来復し、まさに天地が万物を生養する心は従来一息も中断したることなしを看出すべし。
象曰:雷在地中,復。先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。 一陽初復,萬物將發生之時,當上下安靜,以養微陽。商旅不行者,下之安靜也;后不省方者,上之安靜也。人身亦然,《月令》「齋戒掩身」是也。
《大象伝》は言う。雷は地中に潜蔵す。これがすなわち《復》卦の象なり。先王はそれに取法し、冬至のこの一日に於いて関口を閉鎖し、商人旅客は出行せず、君主もまた四方に到りて巡視せず。一陽は剛く回復し、まさに万物の萌発せんと欲する時なり。上上下下は皆安静を保持して以てこの一点の微弱の陽気を涵養すべし。「商旅不行」は下に在る者の安静で、「后不省方」は上に在る者の安静なり。人の身体もまた同じ道理なり。《礼記・月令》は仲冬の月を講じて「君子は斎戒して、処れば必ず身を掩う」と言う。説くはまさにこの事なり。
以卦體論:陰爻貫魚,商旅之象;陽爻橫亙於下,閉關之象;陽君不居五而居初,潛居深宮,不省方之象。以卦象論:震為大塗,中開火路,旅之象;坤為眾,商旅之象;震綜艮,艮止不行之象;闔戶為坤,閉關之象;坤為方,方之象。
卦体の上より看れば、五個の陰爻は一条一条に行列を排成す。まさに《剥》卦の六五の言う所の「貫魚」の如く、商旅が隊を結して行く象なり。あの一画の陽爻は最下面に横亘し、一根の横木が門戸を閂住するが如し。「閉関」の象なり。もともと九五の君位に居るべき陽爻は却って初爻に屈居す。君主が深く宮中に蔵れて出でざるに如同し。「不省方」の象なり。卦象の上より看れば、《説卦伝》は震を大路と為すと言う。震卦は一陽は下に横たわり二陰は中間に断開す。まさに当中に一条の通道を開出する様子なり。行旅の象なり。坤は衆多と為し、群を成し隊を結す。商旅の象なり。震卦を整个倒転せば便ち艮と成る。これがまさに来氏の言う所の「綜卦」で、艮の徳性は停止なり。「不行」の象なり。《系辞伝》は「闔戸を坤と謂う」と言う。門を閉ずればすなわち坤なり。「閉関」の象なり。坤はまた方と為す。正に「省方」の「方」の象に合す。
初九:不遠復,無祗悔,元吉。 不遠者,失之不遠也。祗者,適所以之辭。適者,往也,至也。人有過失,必至徵色發聲而後悔悟,此則困心衡慮者也。惟自此心而失之,又自此心而知之善,無至於悔之象,大善而吉之道也,故其占如此。 象曰:不遠之復,以修身也。為學之道無他,惟知不善,則速改以從善而已。復則人慾去而天理還,修身之要,何以加此。
初九の爻辞は言う。歩み錯ること還って遠からざれば便ち返回来る。悔恨を生出するに至らず。大いに吉善。「不遠」とは迷失すること還って遠からざるを説く。「祗」はここに「適」に等しく、「到・及ぶ」を表示する用詞なり。「適」とはすなわち往、すなわち到なり。一般の人は過失有れば、往往として顔色の変じ声気の発し苦しみを喫足るに到りて、こそ醒悟して悔る。これがすなわち《孟子・告子下》の言う「心に困み慮に衡せられて、而して後に作す」のあの一類の人である。初九は却って然らず。過失はただこの一念の心の上より生出し、随いてまたこの一念の心の上よりその中の善と不善とを察知す。だから「悔を生ずるに至らず」の象有り。これは大善にして吉の路数である。ここに此の爻を占得するの断語はこのようである。《小象伝》は言う。歩み錯ること遠からざれば返回すは、以て身を修めるなり。学問を為すに別の門路なく、ただ一たび自己の不善を知れば、便ち趕緊に過を改め転じて善に従うのみ。一たび返回すれば、人欲は便ち退去り天理は便ち回来る。身を修める要領はこれより切要なるなし。
六二:休復,吉。 休者,休而有容也,人之有善,若已有之者也。以其才位皆柔,又變悅體,所以能下其初之賢而復。 六二柔順中正,近於初九,見初九之復而能下之,故有休復之象,吉之道也,故其占如此也。 象曰:休復之吉,以下仁也。復初爻本碩果不食,窮上反下,其核又生仁,所以取此仁字。復禮為仁,初陽復,即復於仁也,故曰以下仁。
六二の爻辞は言う。美善寛容にして返回す。吉祥。「休」は安美にして能く人を容る。別人に善有れば、便ち自己に善有るが如く歓喜す。六二は才質は柔に属し居る所の位もまた柔に属す(陰爻は陰位に居る)。しかもこの一爻は陰より陽に変じた後は、下卦の震(☳)は便ち兌(☱)に変成し、兌の徳性は喜悦なり。だからそれは能く身段を放低し、初九のこの位の賢者に親附して正道に返回す。六二は柔順にしてまた中に居りて位に当たり、緊く初九に挨ぎ、初九の能く返回するを見れば、便ち肯んじてその下に屈居す。だから「休復」の象有り。これは吉祥の路数で、此の爻を占得するの断語は便ちこのようである。《小象伝》は言う。休復の吉祥は、能く仁者の下に屈居すればなり。《復》卦の初爻は、もともとすなわち《剥》卦の上九の「碩果不食」のあの一点の陽なり。剥は上爻に到りて窮極すれば便ち反転して下面に到り、果核の裏にまた「仁」(果仁)を生出す。だから孔子はここに於いてこの「仁」の字を取用す。《論語・顔淵》は「己に克ち礼に復るを仁と為す」と言う。初九の一陽来復は、すなわち仁に復帰するなり。だから「以下仁」と言う。
六三:頻復,厲,無咎。 頻者,數也。三居兩卦之間,一復既盡,一復又來,有頻之象,與頻巽同。頻復者,頻失而頻復也。厲者,人心之危也;無咎者,能改過也。不遠之復者,顏子也;頻復則日月一至,諸子也。
六三の爻辞は言う。屡々足を失してまた屡々返回す。危険有るも、過錯なからん。「頻」は屡次・頻数の意である。六三はまさに下卦の震と上卦の坤とが交接する処に処り、一次の返回は剛く完り、一次の返回はまた来る。だから「頻」の象有り。《巽》卦の九三の「頻巽」の取象と相同じ。「頻復」とはすなわち屡屡失いまた屡屡返回す。「厲」は人心が危殆不安の中に処るを指す。「无咎」は彼が終竟還って能く改過するを説く。歩み錯ること遠からざれば返回するは、顔回の如き人なり。屡失し屡復し隔る一月或いは隔る一日にしてこそ能く仁に到るは、孔門のその余の弟子の如き人なり——《論語・雍也》のいわゆる顔回は「三月仁に違わず、その余は則ち日月の至るのみ矣」。
六三以陰居陽,不中不正,又處動極,復之不固,故有頻失頻復之象。然當復之時,既失而能知其復,較之迷復者遠矣,故當頻失之時,雖免危厲,而至於復,則無咎也,故其占如此。 象曰:頻復之厲,義無咎也。此言頻復而又頻失,雖不免於厲,然能改過,是能補過矣,揆之於義,故無咎。
六三は陰爻を以て陽位に居り、すでに中に居らず位に当たらず、還って下卦の震の「動」の最上端に処り、動きて能く自ら止まらず。だから返回すること牢固ならず。因りて屡失屡復の象有り。不過まさに陽気の来復の時に当たり、すでに迷失するも仍として返回を知る。上六のあの種の「迷復」に比ぶれば強きこと遠し。だから屡屡に足を失する当口に於いては、危厲を免れ難きと雖も、しかしただ終竟能く返回すれば、便ち過錯なからん。此の爻を占得するの断語は便ちこのようである。《小象伝》は言う。頻復の危厲は、道理の上より講ずれば過錯なからざるなり。これは屡屡返回してまた屡屡足を失し、危厲を免れ難きと雖も、しかし畢竟能く改過すを説く。能く改過すれば、便ち能く過を補うなり。道理に按じて衡量すれば、だから「无咎」と言う。
六四:中行獨復。 中行者,在中行也。五陰而四居其中,中之象也。凡卦三四皆可言中,益卦三四皆言中行是也。此爻變震,應爻亦震,震為足,行之象也。獨復者,不從其類而從陽也,故孔子以從道象之。
六四の爻辞は言う。衆陰の当中を走りて独自に返回す。「中行」とは中間を走るを説く。《復》卦の上面の五個の陰爻は、六四は恰好この五陰の正中に居る(上下は各々両個の陰爻有り)。「中」の象なり。凡そ一卦は、第三爻と第四爻とは皆「中」と称すべし。《益》卦の六三・六四の爻辞が皆「中行」を講ずるは便ち明証なり。六四のこの一爻は陰より陽に変ずれば、上卦の坤(☷)は便ち震(☳)を成す。而してそれと相応ずる初九は、在る所の下卦はもともとすなわち震なり。《説卦伝》は震を足と為すと言う。足は能く行走す。だから「行」の象なり。「独復」はそれが自己の同類(その余の四個の陰爻)に跟従せずして、偏えに去りて陽剛に随従するを説く。だから孔子は《小象伝》の裏に於いて「従道」を以て象を取りてそれを説明す。
六四柔而得正,在群陰之中,而獨能下應於陽剛,故有中行獨復之象。曰獨復,則與休者等矣,蓋二比而四應也。 象曰:中行獨復,以從道也。初之象曰以修身也,二曰仁,四曰道。修身以道,修道以仁,仁與道,皆修身之事。二比而近,故曰仁;四應而遠,故曰道。小象之精極矣。
六四は陰爻にして陰位に居り、柔順にして位に当たり、身は一群の陰爻の当中に処るも、しかし独り独り能く下に向かい陽剛の初九に相応ず。だから「中行独復」の象有り。すでに「独復」と言えば、それの品第は便ち六二の「休復」と相当す——分別はただ六二は緊く初九に挨ぐは「比」に属し、六四は隔るること遠きは「応」に属するに在るのみ。《小象伝》は言う。衆陰の当中を走りて独自に返回するは、正道に随従すればなり。初九の《小象》は「以修身」と言い、六二は「仁」と言い、六四は「道」と言う。《中庸》は「身を修むるに道を以てし、道を修むるに仁を以てす」と講ず。仁と道とは皆身を修める工夫に属す。六二は初九と相比して距離は近し。だから「仁」と言う。六四は初九と相応して距離は遠し。だから「道」と言う。孔子の《小象伝》の措辞の精微は、ここに到りて登峰造極と算すべし。
六五:敦復,無悔。 敦者,厚也。有一毫人慾之雜,非復;有一毫人慾之間,非復。敦復者,信道篤,執道堅,不以久暫時而或變者也。不遠復者,善心之萌;敦復者,善行之固。無悔者,反身而誠也。敦臨、敦復,皆因坤土。
六五の爻辞は言う。敦厚篤実にして返回す。悔るべき事なし。「敦」は厚重である。一丝一毫の私欲を夾雑せば、便ち「復」と算すべからず。一丝一毫の私欲に間断すれば、もまた「復」と算すべからず。いわゆる「敦復」とは、道を信じて篤実にして執守は堅定にして、時間の久暫・境遇の変換に因りて改易する所有らざるなり。初九の「不遠復」は善心が剛く萌動し、六五の「敦復」は善行はすでに穏固せり。「无悔」とはすなわち《孟子・尽心上》の言う所の「反身而誠」で、自身を反省して一処として真実ならざるなし。《臨》卦の上六は「敦臨」と言い、《復》卦の六五は「敦復」と言う。皆この両爻が同じく坤体に居るに因る。坤は土と為し、土性は厚重なり。だから一個の「敦」の字を取る。
六五以中德居尊位,當復之時,故有敦厚其復之象,如是則心與理一,無可悔之事矣,故占者無悔。 象曰:敦復無悔,中以自考也。考者,成也,言有中德,自我而成其敦復也,不由於人之意。初乃復之主,二以下仁而成休復,四以從道而成獨復,皆有資於初以成其復;惟五以中德而自成,不資於初,故曰自。無祗悔者,入德之事;無悔者,成德之事,故曰考。
六五は居中の徳を以て尊位を占拠し、またまさに陽気の来復の時に当たる。だからその復を敦厚にする象有り。このようなれば則ち心と理とが合して一と為り、再び悔るべき事なし。だから此の爻を占得する人は悔なからん。《小象伝》は言う。敦復无悔とは、中徳に憑りて自ら成全す。「考」は成就の意で、説くは六五は居中の徳を具備し、自己に靠りて便ちこの份の敦厚の復を成全して、旁人に仰頼せざるを要せず。初九は全卦の復道の主爻なり。六二は仁者の下に屈居するに靠りて「休復」を成就し、六四は正道に随従するに靠りて「独復」を成就す。皆初九を借助してこそ自己の復を完成す。唯だ六五は中徳に憑りて自ら成就し、初九を借助せざるを要せず。だから《小象》は特地に一個の「自」の字を下す。初九の「无祗悔」は剛く徳門に入る事で、六五の「无悔」は徳はすでに成就した事なり。だから「考」(成)の字を以てそれを説く。
上六:迷復,凶,有災眚。用行師,終有大敗,以其國君凶,至于十年不克征。 坤為迷,迷之象也。迷復者,迷其復而不知復也。坤本先迷,今居其極,則迷之甚矣。以者,與也,並及之意,因師敗而並及其君,有傾危之憂也。坤為眾,師之象也。變艮,大象離,離為戈兵,眾人以戈兵而震動,行師之象也。國者,坤之象也,詳見謙卦。十者,土之成數也。不克征者,不能雪其恥也。
上六の爻辞は言う。迷いて返回を知らざる。凶険。天災と人禍とが並び至る。もし用いて兵を興して戦えば、終竟大いに敗北し、彼の国君に連ねて一並びに凶に遭い、以至十年の久しきに至るまで兵を出して雪辱する能わず。坤は「迷」の性質有り(《坤》の卦辞は「先迷后得主」と言う)。だから「迷」の象なり。「迷復」は帰路に迷いて返回を知らざるなり。坤はもともと「先迷」と言うに、上六はまた坤体の最上端に居る。それは迷うこと更に深し。「以」は「与」と當りて講じ、連帯・牽累の意なり。軍隊の潰敗に因りて国君に牽連し、傾覆危亡の憂有り。《説卦伝》は坤を衆と為すと言う。衆人の聚集は、まさに軍隊の象なり。上六のこの一爻は陰より陽に変ずれば、上卦の坤は便ち艮を成す(全卦は《頤》卦を成す)。此の時は六爻の整体の「大象」は両端は陽実・中間の四陰は虚にして、形は放大した離卦の如く、離は戈兵と為す。衆人が手に戈兵を執りて震動し起こるは、まさに師を行い兵を用うる象なり。「国」もまた坤の象で、詳細なる解説は《謙》卦に見よ。「十」は河図の中の土の成数で(天は五を以て土を生じ、地は十を以てそれを成す)、だから爻辞は「十年」と言う。「不克征」は一たび前恥を雪ぐ力なきを説く。
災眚者,凶也。用師以下,則災眚之甚,又凶之大者也。復卦何以言行師?以其敵陽也。剝、復相綜,陽初復,陰極盛,正龍戰于野之時。曰終有大敗者,陽上進,知其終之時,必至於夬之無號也。
「災眚」とはすなわち凶なり。「用行師」以下の言う所は、災眚の裏の最も重く、もまた凶険の裏の最も大なるなり。《復》卦は是れ何の為に師を行い兵を用うるを講ずるか。上六のこの陰爻がまさに初九の陽を敵と為すが因る。《剥》卦と《復》卦とは互いに「綜卦」——《剥》卦を整个倒転せばすなわち《復》卦なり。此の時は陽気は剛く返回し、陰気は却って極点に盛んなり。まさに《坤》卦の上六の言う所の「龍は野に戦う」のあの種の陰陽交戦の時なり。爻辞が「終有大敗」と言うは、陽気は還って一路に上に向かい推進せんと要し、以て最後に到れば必定して《夬》卦の上六の「无号、終有凶」のあの一歩に走り至るを預知すべし——五陽は一陰を決尽し、上六は呼号して救を求めても応答する人なし。
上六陰柔居復之終,故有迷復之象,占者得此,凶可知矣。是以天災人眚,雜然並至,天下之事無一可為者。若行師,則喪師辱君,至於十季之久,猶不能雪其恥,其凶如此。 象曰:迷復之凶,反君道也。反君道者,反其五之君道也。六五有中德,敦復無悔;六居坤土之極,又無中順之德,所以反君道而凶。
上六は陰柔の質を以て《復》卦の最末位に居る。だから「迷復」の象有り。此の爻を占得すれば、凶険は想い知るべし。ここに天の降す災禍と人為の過失とが紛然として一斉に到来し、天下の事は一件として為し成る能わざるなし。倘若用いて兵を興して戦えば、便ち師を喪い君を辱め、十年の久しきに至るまで還って一たび前恥を雪ぐ能わず。凶険はこの般の地步に到る。(原文の「十季」はすなわち「十年」なり。)《小象伝》は言う。迷復の凶険は、君道に違反すればなり。いわゆる君道に違反するとは、六五の代表するあの種の君道に違反するなり。六五は居中の徳を具備し、能く「敦復无悔」す。上六は坤土の極端に居り、また居中柔順の徳なし。だから君道に違反して凶険を招致す。
