Libo

大易象数钩深图

元 · 张理

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

本書が『道蔵』に題する経名は『大易象数鈎隠図』で、元代の張理の撰である。底本には撰人の名が記されず、全書は上・中・下の三巻に分かれる。底本は…

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

大易象数鈎隠図

經名:大易象數鈞隱圖。元張理撰。底本未題撰人。三卷。底本出處:《正統道藏》洞真部靈圖類。參校版本:文淵閣四庫全書本經部易類(簡稱四庫本)。

本書が『道蔵』に題する経名は『大易象数鈎隠図』で、元代の張理の撰である。底本には撰人の名が記されず、全書は上・中・下の三巻に分かれる。底本は『正統道蔵』洞真部霊図類に出自し、整理にあたっては文淵閣『四庫全書』経部易類に収められた一種の本を取って参校とし、以下では一括して「四庫本」と略称する。

目次

卷上:太極貫一之圖、易有太極圖、舊有此圖、太極函三自然奇耦之圖、德事相因皆本奇耦之圖、說卦八方之圖、乾知太始、坤作成物、大易象數鉤深圖目錄、天尊地卑、參天兩地圖、日月為易、河圖數圖、洛書數圖、河圖四象之圖、河圖始數益洛書成數圖、河圖八卦圖、乾元用九坤元用六圖、天地之數乾坤之策、河圖天地十五數圖、其用四十有九圖、乾坤六子圖、渾天六位圖、六位三極圖、伏羲先天圖、方圓相生圖、仰觀天文圖、俯察地理圖、伏羲八卦圖、八卦取象圖、文王八卦圖、八卦象數圖。

巻上には図三十二幅を収め、順に、太極が一に貫通するさまを画いた『太極貫一之図』、『繫辞』の「易に太極あり」一句を画いた『易有太極図』、旧本に伝わる一幅の旧図、太極の一画の中に三画を含み自然に奇偶に分かれる『太極函三自然奇耦之図』、徳と事が互いに因依しながらともに奇偶に本づくことを説く『徳事相因皆本奇耦之図』、『説卦』の八方方位を画いた『説卦八方之図』、「乾は太始を知る」を釈す図、「坤は物を作成す」を釈す図(ここに版心の書名「大易象数鈎深図目次」一行が挟み込まれている)、「天尊地卑」を釈す図、「参天両地して数を倚る」を説く『参天両地図』、日月二字が合わさって「易」字となる『日月為易』図、『河図数図』、『洛書数図』、『河図四象之図』、河図の生数に洛書の成数を配する『河図始数益洛書成数図』、『河図八卦図』、『乾』元の用九・『坤』元の用六を説く図、天地之数と乾坤の策数を説く図、『河図天地十五数図』、大衍「其の用四十有九」を説く図、乾坤が六子卦を生ずることを説く図、『渾天六位図』、『六位三極図』、『伏羲先天図』、方図・円図が相生する『方円相生図』、『仰観天文図』、『俯察地理図』、『伏羲八卦図』、『八卦取象図』、『文王八卦図』、『八卦象数図』である。

卷中:四象合律圖、八卦納甲圖、剛柔相摩圖、八卦相蕩圖、六爻三極、五位相合、帝出震圖、曹卦之德、序上下經圖、三變大成圖、重易六爻圖、六十四卦天地數圖、十四卦萬物數圖、卦爻律呂圖、運會曆數圖、乾坤大父母圖、復妮小父母圖、八卦生六十四卦圖、八卦變六十四卦圖、陽卦順生陰卦逆生、復娠臨逛泰否六卦生六十四卦圖、六十四卦反對變圖。

巻中の前半に収める各図は順に、四象が十二律に配合することを説く『四象合律図』、八卦に十天干を納配する『八卦納甲図』、「剛柔相摩す」を画いた図、「八卦相盪す」を画いた図、六爻が天地人の三極に分かれることを説く図、五つの方位の数が二々相配する『五位相合』図、『説卦』の「帝は震に出づ」を画いた『帝出震図』、蓍と卦それぞれの徳性を説く『蓍卦之徳』(目次では「曹卦之徳」と誤る)、上下経の次序を排列した『序上下経図』、三変して一爻を成す『三変大成図』、重卦して六爻を成す『重易六爻図』、『六十四卦天地数図』、『六十四卦万物数図』(目次では「六」の字が脱ける)、卦爻に十二律呂を配する『卦爻律呂図』、元会運世の暦数を説く『運会暦数図』、『乾』『坤』を大父母とする図、『復』『姤』を小父母とする図(目次の「妮」は「姤」の誤り)、八卦が六十四卦を生ずることを説く図、八卦が変じて六十四卦となることを説く図、陽卦は順に生じ陰卦は逆に生ずることを説く図、『復』『姤』『臨』『遯』『泰』『否』の六卦が六十四卦を生ずることを説く図(目次の「娠」「逛」はそれぞれ「姤」「遯」の誤り)、六十四卦が二々反対し変じ合う『六十四卦反対変図』である。

乾坤易簡之圖、屯象之圖、蒙象養正圖、需須之圖、訟象之圖、師比御眾圖、大小畜吉凶圖、履虎尾之圖、否泰往來圖、同人之圖、大有守位圖、謙象之圖、豫象之圖、隨卦繫失圖、蠱象之圖、臨象之圖、觀國光之圖、噬嗑身口象圖、賁天文之圖、剝為陽氣種圖、復七日圖、元妄本中孚圖、頤靈龜圖。

巻中の後半は一卦ごとに図を立てる部分に入り、順に、乾の易・坤の簡を説く『乾坤易簡之図』、『屯』卦の取象図、『蒙』卦が蒙にして正を養うことを説く図、『需』卦の須待の義を説く図、『訟』卦の取象図、『師』『比』の二卦が衆を統御することを説く図、『大畜』『小畜』の吉凶を説く図、『履』卦の「虎の尾を履む」を説く図、『否』『泰』二卦の往来を説く図、『同人』卦の図、『大有』の位を守ることを説く図、『謙』卦の取象図、『豫』卦の取象図、『随』卦に係ることと失うことがあることを説く図、『蠱』卦の取象図、『臨』卦の取象図、『観』卦の「国の光を観る」を説く図、『噬嗑』が一身の口歯に象を取ることを説く図、『賁』卦の天文を説く図、『剥』の上の一陽が陽気の種子であることを説く図、『復』卦の「七日にして来復す」を説く図、『无妄』の信が『中孚』に本づくことを説く図(目次の「元妄」はすなわち「无妄」で、道蔵本が諱を避けて改めた字である)、『頤』卦の「爾の霊亀を舎てよ」を説く図である。

卷下:大過楝隆橈圖、習坎行險圖、離繼明圖、咸朋從圖、恆久之圖、逐象之圖、大壯羊藩圖、晉康侯之圖、明夷箕子圖、家人象圖、睽卦象圖、賽往來之圖、解出坎險圖、損益用中圖、央央之圖、娠遇之圖、萃聚之圖、升階之圖、困羨華葛萬株木圖、井鼎水火二用之圖、革卦爐精鼓鑄圖。

巻下は下経を承けて引き続き一卦ごとに図を立て、前の一批は順に、『大過』の棟梁が隆起あるいは湾曲することを説く図、『習坎』が険中を行くことを説く図、『離』卦が明を継いで四方を照らすことを説く図、『咸』卦の「朋、爾の思いに従う」を説く図、『恒』卦の恒久の道を説く図、『遯』卦の取象図(目次の「逐」は「遯」の誤り)、『大壮』の牡羊が藩籬に触れることを説く図、『晋』卦の「康侯、馬を錫うて蕃庶なり」を説く図、『明夷』の箕子の内難を説く図、『家人』卦の取象図、『睽』卦の取象図、『蹇』卦の往来進退を説く図(目次の「賽」は「蹇」の誤り)、『解』卦が坎険を脱することを説く図、『損』『益』二卦の中を用いることを説く図、『夬』卦の決断の図(目次の「央央」は「夬決」の誤り)、『姤』卦の相遇を説く図、『萃』卦の聚合を説く図、『升』卦の升階を説く図、『困』卦の蒺藜・葛藟・株木の三象を説く図、『井』『鼎』の水火二種の功用を説く図、『革』卦の炉鞴鼓鋳を説く図である。

震動心邊之圖、艮背象之圖、鴻漸南北圖、歸妹君娣之袂圖、豐日見斗之圖、旅次舍圖、巽林下圖、兌象之圖、渙躬之圖、節氣之圖、中孚小過卵翼生成圖、既濟未濟合律之圖、六十四卦卦氣圖、日月運行一寒一暑卦氣之圖、十三卦取象圖、三陳九卦之圖、參伍以變圖、十有八變圖、一陰一陽圖、先甲後甲圖、陰陽君民。

続く一批は、『震』卦が心に動いて跡に見えることを説く図(目次の「辺」は「跡」の誤り)、『艮』卦の「其の背を艮す」の取象を説く図、『漸』卦の鴻雁が南来北往することを説く図、『帰妹』の君と娣が衣袖を掩い合うことを説く図、『豊』卦の「日中に斗を見る」を説く図、『旅』卦の旅途中の宿泊を説く図、『巽』卦の「巽、床の下に在り」を説く図(目次の「林」は「床」の誤り)、『兌』卦の取象図、『渙』卦の「其の躬を渙す」を説く図、『節』卦が節気に配されることを説く図、『中孚』『小過』が鳥の卵の孵化生成のごときことを説く図、『既済』『未済』が律呂に配合することを説く図、『六十四卦卦気図』、日月の運行・一寒一暑が卦気に相応することを説く図、『繫辞』に挙げられた十三卦の取象制器を説く図、『繫辞』が三度陳説した九卦を説く図、「参伍以て変ず」を説く図、十八変して一卦を成すことを説く図、「一陰一陽これを道と謂う」を説く図、蠱卦の「甲に先だつ三日、甲に後るる三日」を説く図、陰陽卦中の君位・民位を説く『陰陽君民』である。

陰陽奇耦、二儀得十變化、十日五行相生、大衍之數圖、搽曹之法圖、河圖百六數、八卦司化圖、類聚群分圖、通乎晝夜圖、陽中陰、陰中陽、序卦圖、雜卦圖、太玄準易卦名圖、太玄準易卦氣圖、皇極經世全數圖、邵氏皇極經世圖、溫公潛虛擬玄圖、潛虛性圖、說卦配方圖、古今易學傳授圖。

最後の一批は、陽卦を奇・陰卦を耦とする『陰陽奇耦』、両儀が十を得て変化を生ずる図、十天干と五行が相生する図、大衍之数を説く図、揲蓍して卦を成す手法の『揲蓍之法図』(目次の「搽曹」は「揲蓍」の誤り)、河図が一百六を极数とする『河図百六数』、八卦がそれぞれ一種の気化を司る『八卦司化図』、「方は類を以て聚まり、物は群を以て分かる」を説く図、「昼夜の道に通じて知る」を説く図、陽中に陰を含む『陽中陰』、陰中に陽を含む『陰中陽』、『序卦』の次第を画いた図、『雑卦』の錯綜を画いた図、揚雄『太玄』をもって『易』の卦名に準えた図、『太玄』をもって卦気に準えた図、邵雍『皇極経世』の全部の数目の図、『邵氏皇極経世図』、司馬光『潜虚』が『太玄』を模倣した図、『潜虚』の性を論じた図、『説卦』を方位に配した図、および歴代の易学の師承を記した『古今易学伝授図』である。

大易象数鈎隠図 巻上

太極貫一之図

易有太極図

右《太極圖》,周敦實茂叔傳二程先生。茂叔曰:無極而太極。太極動而生陽,動極而靜,靜極復動,一動一靜,互為其根,分陰分陽,兩儀立焉。陽變陰合而生水、火、木、金、土。五氣順布,四時行焉。五行一陰陽也。陰陽一太極也。太極本無極也。五行之生也,各一其性。無極之真,二五之精,妙合而凝。乾道成男,坤道成女,二氣交感,化生萬物。萬物生生,而變化無窮焉。

右のこの『太極図』は、周敦実(字は茂叔、すなわち周敦頤)が程颢・程頤の両先生に伝えたものである。茂叔は言う。無形無象の「無極」とは、極まれる理である「太極」のことである。太極が一たび動けば陽を生じ、動き極まれば静に転じ、静極まれば再び転動する。一動一静が互いに相手の根柢となり、ここに陰を分かち陽を分かち、天地の両儀が立つのである。陽気は変動し、陰気は凝合して、水・火・木・金・土の五者を生じ、五種の気が順に布散して、春夏秋冬の四時が運行する。五行は帰するところ、ただ一つの陰陽であり、陰陽は帰するところ、ただ一つの太極であり、太極そのものはもとより無極である。五行がそれぞれ生成する時、それぞれ一種の性を具える。無極の真体に、陰陽二気と五行の精が奇妙に会合凝聚して、乾の系は男性を成し、坤の系は女性を成し、二気が互いに交感して、万物を化育生成する。万物は代々生々息まず、変化に窮まりがないのである。

旧にこの図あり

太極未有象數,惟一氣耳。一氣既分,輕清者上為天,重濁者下為地,太極生兩儀也。兩儀既分,則金、木、水、火四方之位列,兩儀生四象也。水數六,居坎而生乾;金數九,居兌而生坤;火數七,居離而生巽;木數八,居震而生艮,四象生八卦也。

太極の段階ではまだ形象も数目もなく、ただ渾然とした一団の元気があるだけである。この一団の気がひとたび分判すれば、軽く清きものは上昇して天となり、重く濁れるものは沈下して地となる、これが「太極は両儀を生ず」である。両儀が既に分かれれば、金・木・水・火はそれぞれ東西南北の四方の位を占めて定まり、これが「両儀は四象を生ず」である。水の成数は六で、坎位に居して乾を生じ、金の成数は九で、兌位に居して坤を生じ、火の成数は七で、離位に居して巽を生じ、木の成数は八で、震位に居して艮を生ず――これが「四象は八卦を生ず」である。

太極函三自然奇耦之図

徳事相因皆本奇耦之図

説卦八方之図

乾三畫而為天者,以一含三也。坤六畫而為地者,耦三而為六也。天一地二之本數,天奇地耦之本畫,不待較而可知,然妙理在乎一含三、二含六耳。乾一含三,故索為三男,而皆奇;坤二含六,故索為三女,而皆耦。此天地生成之理,豈不妙哉?

乾が三画をもって天を表すのは、「一」の中に「三」を含んでいるからであり、坤が六画をもって地を表すのは、「三」を倍して「六」とするからである。天数を一・地数を二とするのはそれらの本数であり、天画を奇・地画を耦とするのはそれらの本画であって、これは比較しなくても明らかである。真に精妙な道理は「一は三を含み」「二は六を含む」というこの二層にある。乾は一をもって三を含むから、坤と交索して震・坎・艮の三つの男卦を得て、三卦の主爻はいずれも奇画である。坤は二をもって六を含むから、乾と交索して巽・離・兌の三つの女卦を得て、三卦の主爻はいずれも耦画である。これこそ天地が万物を生成する道理であって、なんと奇妙ではないか。

震為雷,雷出於地下,故一陽在下。坎為水,水畜於地中,故一陽在中。艮為山,山形於地上,故一陽在上。然陽動陰靜,以動為基者,故動震是也。以靜為基者,故止艮是也。動者在中,非內非外,故或流或止,或動或靜焉。此坎所以為水。

震卦は雷を象る。雷は地の底から発するものだから、震卦のあの一陽は最下に画かれる。坎卦は水を象る。水は地中に蓄えられるから、坎卦のあの一陽は中間に画かれる。艮卦は山を象る。山の形体は地上に聳え立つから、艮卦のあの一陽は最上に画かれる。ただし陽は動を主とし、陰は静を主とする。動を根拠とするものが、すなわち震卦の「動」であり、静を根拠とするものが、すなわち艮卦の「止」である。陽画が中に居るものは、内にも外にも在らないから、時に流れ行き時に止まり、時に動き時に静まる――これこそ坎卦が水に象を取る所以である。

巽為木。木發生於地下,故一陰亦在下。離為火,火出於木中,故一陰在中。兌為澤,澤鍾於地上,故一陰在上。然陰柔而陽剛,故木也始弱而終強,陽在末也。陽明而陰晦,故火也外明而內晦,陽在外也。陽燥而陰潤,故澤也外潤而內燥,陽在內也。或問:澤內燥,何也?愚日:內燥則能生金,外潤則能鍾水,金所以能生水,土所以能生金者,即澤而知之也。聖人豈苟之哉?

巽卦は木を象る。木は地の底から萌し出るものだから、巽卦のあの一陰も最下にある。離卦は火を象る。火は木の中から鑚り出されるから、離卦のあの一陰は中間にある。兌卦は沢を象る。沢水は地面の上に集まるから、兌卦のあの一陰は最上にある。ただし陰性は柔らかく陽性は剛いから、木ははじめ柔弱にして後に強硬となる、それは陽画が上端にあるからである。陽性は明るく陰性は暗いから、火は外が明るくて内が暗い、それは陽画が外にあるからである。陽性は燥き陰性は潤うから、沢は外が潤って内が燥く、それは陽画が内にあるからである。ある人が問うた。沢の内が燥いているとはどういう理か。私の答えはこうだ。内が乾燥しているからこそ金を生ずることができ、外が潤沢しているからこそ水を集めることができる。金が水を生じ、土が金を生ずる道理は、沢というこの一象から見て取れるのだ。聖人の取象は、どうしてむやみな按配だろうか。

乾は太始を知る

一陽生於子,二陽在丑,三陽在寅,四陽在卯,五陽在辰,六陽在巳,而乾位在西北,居子之前,故日:乾知太始。言乾以父道始天地也。

第一の陽爻は子月に生じ、二陽は丑月、三陽は寅月、四陽は卯月、五陽は辰月に在り、巳月に至って六陽がすべて備わる。而して乾卦の方位は西北に在り、正しく子位の前に排せられる。それ故に『繫辞』は「乾は太始を知る」と言う。これは乾が父の道をもって天地のはじまりを開くことを述べたものである。

坤は物を作成す

一陰生於午,二陰在未,三陰在申,四陰在酉,五陰在戌,六陰在亥。而坤位在西南,蓋西南方,申也;物成於正秋,酉也。坤作於申,成於酉,故日:坤作成物。

第一の陰爻は午月に生じ、二陰は未月、三陰は申月、四陰は酉月、五陰は戌月に在り、亥月に至って六陰がすべて備わる。而して坤卦の方位は西南に在り、西南に配する地支は正しく申である。万物は正秋に成熟し、正秋に配する地支は酉である。坤は申位の上で興作し、酉位の上で成就する。それ故に『繫辞』は「坤は物を作成す」と言う。

天尊地卑

自一至十,天尊於上,地卑於下。尊者乾之位,故乾為君,為父,為夫。卑者坤之位,故坤為臣,為母,為婦。皆出於天尊地卑之義也。故日:天尊地卑,乾坤定矣。

一から十まで数えるに、天数は高く上に居り、地数は低く下に処る。高く上に居るのは乾の方位であるから、乾は君・父・丈夫に象を取る。低く下に処るのは坤の方位であるから、坤は臣・母・妻子に象を取る。これらの取象はみな「天尊地卑」というこの一層の意義の中から生まれてきたものである。それ故に『繫辞』は冒頭に「天は尊く地は卑し、乾坤定まる」と言うのである。

参天両地図

乾元用九,參天也。坤元用六,兩地也。故日:參天兩地而倚數。九、六者,止用生數也。

『乾』卦の「用九」が取るのは「参天」、すなわち天数を三倍して推し出すことであり、『坤』卦の「用六」が取るのは「両地」、すなわち地数の二を倍して推し出すことである。それ故に『説卦』は言う、「参天両地して数を倚る」と。九と六というこの二つの数は、いずれも一から五までの五つの生数から推衍して出ただけで、別にほかの根拠を立てたものではない。

日月為易

取日月二字交配而成,如篆文日下從月,是日往月來之義,故日:陰陽之義配日月。

「易」というこの字は、「日」「月」の二字を交錯配合して成ったもので、ちょうど篆文が「易」を書く時、上を日とし下を月に従えるように、日が去り月が来て交代して息まないという意味を含んでいる。それ故に『繫辞』は言う、「陰陽の義は日月に配す」と。

河図数図

戴九履一,左三右七,二四為肩,六八為足,五為腹心,總四十五,縱橫數之,皆十五也。天五居中央,聖人觀之,遂定八卦之象。

この図は頭上に九を戴き、足元に一を踏み、左は三、右は七、二と四は両肩に分列し、六と八は両足に分列し、五は腹心の正中に居り、九つの数を合わせて共に四十五となる。横に数えても縦に数えても斜めに数えても、どの一行もみな十五を得る。天数の五が中央に居り、聖人はこの図を観察して、ここに八卦の卦象を定めた。張理は宋人劉牧一派の名称に沿って、この九宮四十五数の図を「河図」と称している。

洛書数図

河圖之數四十五,蓋聖人損去天、地二、天三、地四,凡十數。獨天五居中而主乎土,至洛書則有土十之成數,故水、火、金、木成形矣。

河図の总数が四十五なのは、聖人が五十五の数の中から天一・地二・天三・地四という四つの生数を減じたからで、合計してちょうど十となる。残るは天数の五が中央に居して土を司るだけである。洛書に至って、はじめて土の成数たる十があり、ここにおいて水・火・金・木の四者はすべて凝結成形を得た。ここに言う「洛書」とは五十五数の図を指し、これも劉牧一派の称法である。

河図四象之図

《繫辭》日:《易》有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦。其四象在乎天一、地二,天三、地四,天五。天一居北方坎位,為水;地二居南方離位,為火;天三居束方震位,為木;地四居西方兌位,為金,此在四正之位,而為生數也;天五居中央,則是五土數也。土無定位,然後分王四正之方,能生萬物,故北方水一得土五而成六,南方火二得土五而成七,束方木三得土五而成八,西方金四得土五而成九,此謂之四象也。

『繫辞』は言う、「『易』に太極あり、太極は両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず」と。ここに言う四象とは、天一・地二・天三・地四・天五という五つの生数の上に落ちるものである。天一は北方坎位に居して水に属し、地二は南方離位に居して火に属し、天三は東方震位に居して木に属し、地四は西方兌位に居して金に属す――この四者は東南西北の四正の位に分処し、いずれも「生数」である。天五は中央に居り、すなわち土の数の五である。土には本来定まった方位がなく、それが四正の方に分かれて旺するのを待って、はじめて万物を生養することができる。ゆえに北方の水は一に中央の土五を得て六と成り、南方の火は二に土五を得て七と成り、東方の木は三に土五を得て八と成り、西方の金は四に土五を得て九と成る。この四組の生成の数を、「四象」と名づけるのである。

河図始数益洛書成数図

河圖有天一、地二,天三、地四,為象之始。至於天五,則居中而主乎土變化,但未能成形謂之四象矣。至於洛書,有土十之成數,故水、火、金、木皆相奇耦而成形矣。故河圖合四象之數,可以定八方之位;洛書有五行之數,可以備八卦之象也。是象生其卦,必俟天之變,而備於洛書土十之成數,而後成八卦矣。二者相胥,方能成卦。

河図の上には天一・地二・天三・地四があり、これは四象の端緒である。天五に至っては、中央に居して土の変化を司るが、この時はまだ四者が形体に凝成することができず、ただ「四象」と呼ぶにとどまる。洛書に至って、土の成数たる十を得て、ここにおいて水・火・金・木はそれぞれ奇偶をもって相配して形体を結ぶ。ゆえに河図は四象の数を辏合して、八方の方位を定めることができ、洛書は五行の数を具備して、八卦の卦象を配し整えることができる。象より卦を生ずるには、必ず天数が変化するのを待ち、かつ洛書の土十の成数の上に配し備えて、然る後に八卦が成立し得ることがわかる。河図と洛書の両者は互いに依待して、卦が成り立つのである。

河図八卦図

此八象者,始由四象所生也。伏羲氏先按河圖有八方,將以八卦位焉;次取洛書土十之成數,將以八卦象焉。乃觀陰陽而設奇偶二畫,觀天、地、人而設上、中、下三位,以三畫純陽則為乾;以六畫純陰則為坤;以一陽處二陰之下,不能屈於柔,以動出而為震;以一陰處二陽之下,不能犯於剛,乃復入為巽;以一陽處二陰之問,上下皆弱,罔能相濟,以險難而為坎;以一陰處二陽之中,上下皆強,足以自記;乃麗而為離;以一陽處二陰之上,剛以馳下,則止而為艮,以一陰處二陽之上,柔能撫下,則說而為兌。

この八つの卦象は、初めは四象より生じたものである。伏羲氏はまず河図の具える八つの方位に依って、八卦の位次を安め置き、さらに洛書の土十の成数を取って、八卦の卦象を配定した。ここにおいて陰陽を観察して奇・偶という二種の爻画を立て、天・地・人を観察して上・中・下という三つの爻位を立てた。三画すべて陽なるものを乾とし、六画すべて陰なるものを坤とする。一陽が二陰の下に処り、柔に屈服しようとしないから、振動して出て、震となる。一陰が二陽の下に処り、剛を犯すことができないから、退き入るしかなく、巽となる。一陽が二陰の間に処り、上下ともに虚弱で互いに救済することができないから、険難に陥って、坎となる。一陰が二陽の中に処り、上下ともに剛強で自ら依托するに足るから、附麗して、離となる。一陽が二陰の上に処り、剛をもって下の陰を駕するから、止まって、艮となる。一陰が二陽の上に処り、柔をもって下の陽を撫すから、欣悦して、兌となる。

乾元用九坤元用六図

乾陽之位,共十二畫,謂乾三爻,震、坎、艮各一爻,巽、離、兌各二爻,共十二畫也。坤陰之位,其二十四畫,謂坤六畫,巽、離、兌各一畫,震、坎、艮各二畫,計二十四畫也。陽爻,君道也,故得兼之,計有三十六畫,所以四九三十六畫,陽爻則稱九也。坤,臣道也,不得僭上,故四六二十四畫,所以陰爻則稱六也。故乾三畫兼坤之六畫,成陽之九也。陽進而《乾》元用九矣,陰退而《坤》元用六矣。合此餘九、六者,蓋天地剛柔之性也。

乾に属する陽画は、八卦中に都合十二画ある。乾自身の三つの陽爻、震・坎・艮の各一つの陽爻、巽・離・兌の各二つの陽爻、合わせて正しく十二画である。坤に属する陰画は、八卦中に都合二十四画ある。坤自身の六画、巽・離・兌の各一つの陰画、震・坎・艮の各二つの陰画、合計二十四画である。陽爻は君道を代表するから、陰画を兼摂することができ、合計して三十六画を得る。四に九を乗ずれば正しく三十六であるから、陽爻を「九」と称する。坤は臣道を代表するから、上を僭越することができず、ただ四に六を乗じた二十四画があるのみである。ゆえに陰爻を「六」と称する。こうして乾の三画に坤の六画を兼ねれば、陽の九数となる。陽性は上進するから、『乾』元は「用九」とし、陰性は退譲するから、『坤』元は「用六」とする。帰結するところ、九と六というこの二つの数は、正しく天剛地柔の本性を体現している。

天地之数

乾坤之策

河図天地十五数図

此天地之數,十有五也,或統而取之,其旨有六,蓋合自然之數也。且其一者,始就河圖縱橫之,皆十五數也。其二者,蓋天一、地二、天三、地四、天五,凡十五數也。其三者,以其太極未分,混而為一,即是一也。一氣判而為儀,見三也;二儀分而為象,見七也;四象演而生八卦,見十五數也。

ここに言う天地之数は、帰するところ十五である。総じて見れば、その中に六層の意味を含み、いずれも自然之数に合致する。第一層:河図について見れば、横に数えても縦に数えても十五を得る。第二層:天一・地二・天三・地四・天五という五つの生数を加え合わせれば、正しく十五である。第三層:太極がまだ分判しない時は混然として一、すなわち「一」である。この一気が判れて両儀と成れば、一に二を加えて「三」を見る。両儀が再び分かれて四象と成れば、三に四を加えて「七」を見る。四象が推衍して八卦を生ずれば、七に八を加えて「十五」の数を見る。

其四者,謂五行之生數,是一水、二火、三木、四金、五土,見十五數也。其五者,將五行之數中分為之,以象陰陽,則七為少陽,八為少陰,亦見其十五數也。其六者,以少陰少陽不動,則不能變,亦且八為少陰,陰動而退,故此少陰動而為盛陰,所以退稱六也,七為少陽,陽動而進,故少陽動而為盛陽,所以進稱九也;六與九合,亦見其十五也。斯蓋一、三、五陽位為一不四間,而五居中,然配王四方也。如六、七、八、九合而周,以為四象也。

第四層:五行の生数は一水・二火・三木・四金・五土で、加え合わせても十五を見る。第五層:五行の数を中より剖開して陰陽を象徴すれば、七を少陽・八を少陰とし、七に八を加えても同じく十五を見る。第六層:少陰少陽が動かなければ変を生ずることができない。八は少陰であり、陰は動けば後へ退くから、少陰が動いて盛陰と成り、退き下がって「六」と称される。七は少陽であり、陽は動けば前へ進むから、少陽が動いて盛陽と成り、進み上がって「九」と称される。六と九とを加えれば、依然として十五である。大抵一・三・五という三つの陽位は一筋に排び開けて相間雑せず、五は中央に居して、はじめて四方に分旺し配られる。六・七・八・九という四つの数が合わさって周流一匝すれば、四象が構成されるのである。

其の用四十有九図

天一下降,與地六合,而生水於北。地二上駕,與天七合,而生火於南。天三左旋,與地八合,生木於束。地四右轉,與天九合,而生金於西。天五冥運,與地十合,而生土於中。以奇生者成而耦,以耦生者成而奇。天,陽也,故其數奇。地,陰也,故其數耦。奇偶相合,而五十有五之數備。

天数の一は下に降りて、地数の六と会合し、北方において水を生ず。地数の二は上に昇りて、天数の七と会合し、南方において火を生ず。天数の三は左に旋りて、地数の八と会合し、東方において木を生ず。地数の四は右に回りて、天数の九と会合し、西方において金を生ず。天数の五は中央に幽隠に運行し、地数の十と会合し、中央において土を生ず。およそ奇数より生ずるものは、その成数は偶数となり、偶数より生ずるものは、その成数は奇数となる。天は陽に属するから天数はみな奇であり、地は陰に属するから地数はみな耦である。奇と偶とが二々相配して、五十五という総数が備わるのである。

大衍之數,臧其五者,五行之用也;虛其一者,元氣之本也。蓋天五為變化之始,散在五行之位,故中無定象。天始生一,肇其有數也,而後生四象、五行之數。今焉虛而不用,是明元氣為造化之宗,居尊不動也。

大衍之数が五十五の中から五を減ずる所以は、その五が五行の発用する部分に属するからである。また一つを虚置して用いないのは、その一が元気の本根であるからである。天数の五はもとより変化の端緒であって、五行の各位の中に散布し、ゆえに中央には定まった形象がない。天が初めに一を生じて、はじめて「数あること」を開き、この後に四象と五行の数とを生じたのである。今この一を虚置して動用しないのは、まさに元気が造化の宗主であり、至尊の位に居して動かないことを表明せんとする所以である。

乾坤六子図

渾天六位図

六位三極図

六位以二、三、四、五為經,七、八、九、六為緯者,象天文也。天以龍、虎、烏、龜為經,鎮、歲、熒惑、太白為緯。六位之經,元玄武之數者,北望惟見斗樞、辰極也。故斗謂之北斗、辰謂之北辰。雖名日北,而實天中,是一、六太極之數,潛宿於五也。河圖六、一居亥、子之北,五居中央,是中央與北皆得太極之數也。

渾天六位のこの図は、二・三・四・五をもって経線とし、七・八・九・六をもって緯線とし、天文に象を取ったものである。天上においては青龍・白虎・朱鳥・玄亀の四象を経とし、鎮星(土星)・歳星(木星)・熒惑(火星)・太白(金星)を緯とする。六位の経線の中に玄武の数がないのは、北を望み見ればただ斗枢と辰极のみ見えるからである。ゆえに斗を「北斗」と言い、辰を「北辰」と言う。名は「北」というも、実は正しく天の中央に当たる。これは一と六という二つの太極之数が、五の中に潜藏宿寄しているのである。河図において六と一は亥・子のある北方に居り、五は中央に居るから、中央と北方とはいずれも太極之数を得ていることがわかる。

六位之緯,元鎮星之數者,鎮星二十八載一周天,歲、熒惑、太白、辰,皆歷鎮星所鎮之宿而行,如陰陽家所謂土居中宮,王四季之說也。故《易》爻凡三百八十四,上契天象之數;而吉凶之變,占於七、八、九、六,如五星之變焉。

六位の緯線の中に鎮星の数がないのは、鎮星が二十八年に天を一周し、歳星・熒惑・太白・辰星(水星)の運行はいずれも鎮星の鎮守する星宿を経由するからで、ちょうど陰陽家の言う土は中宮に居り四季に旺するという道理と同じである。ゆえに『易』の爻は都合三百八十四で、上は天象之数と契り合い、吉凶の変化は七・八・九・六というこの四つの数に決まり、五星の躔次の変化と同じである。

伏羲先天図

右伏羲八卦圖,王豫傳於邵康節,而堯夫得之。《歸藏》初經者,伏羲初畫八卦,因而重之者也。其經初乾初爽坤,初艮初兌,初犖坎初離,初釐震初巽,卦皆六畫,即此八卦也。八卦既重,爻在其中。

右のこの伏羲八卦図は、王豫より邵康節に伝えられ、邵堯夫はここにおいてこれを得た。いわゆる『帰蔵』の『初経』とは、伏羲が初めて八卦を画き、さらに進んでこれを六画卦に重ねたあの一経である。その経に列する卦名は初乾・初奭(すなわち坤、底本は「爽」と訛る)・初艮・初兌・初犖(すなわち坎)・初離・初釐(すなわち震)・初巽で、どの卦も六画を作り、正しくここに言う八卦である。八卦がすでに重畳して六画と成れば、六爻は自ずからその中に包含される。

方円相生図

鄭氏云:古先天圖,楊雄《太玄經》、關子明《洞極》、魏伯陽《參同契》、邵堯夫《皇極經世》而已。惜乎,雄之《太玄》、子明之《洞極》仿《易》為書,泥於文字,後世忽之,以為屋上架屋,頭上安頭也。伯陽之《參同契》,意在於鍛鍊,而入於術;於聖人之道,又為異端也。堯夫擺去文字小術而著書,天下又不願之,但以為律曆之用,難矣哉。四家之學,皆先於古先天圖。先天圖,其《易》之源乎?復無文字解注,而世亦以為無用之物也。今予作方圓圖,腳註比之四家為最簡易。而四家之意,不出於吾圖之中,於《易》之學為最要。

鄭氏は言う。古来、上承して先天図に及ぶことができたのは、ただ揚雄の『太玄経』、関子明の『洞極経』、魏伯陽の『参同契』、邵堯夫の『皇極経世』のこの数家のみである。惜しいことに、揚雄の『太玄』・関子明の『洞極』は『易』を模して書を著わしながら、文字に拘泥して、後世に軽忽されて、屋の上に屋を架け、頭の上に頭を安んずると言われた。魏伯陽の『参同契』は、用意が錬養の上に落ち、ここにおいて方術の一路に流れ入り、聖人の道より見れば、また異端と成った。邵堯夫は文字と小術とを撇開して書を著わしたが、天下の人はまた帰心せず、ただこれを律暦の学の用具と見做した、実に難いことである。この四家の学は、源頭はいずれも古の先天図より早い。先天図とは、大概『易』の本源であろうか。ただそれに文字の注解がないばかりに、世人もまたこれを無用の物と見たのである。今私がこの方円相生図を作り、傍らに脚註を加えたのは、あの四家に比べて最も簡明でわかりやすく、しかも四家の用意はみなわがこの図の範囲を出ず、『易』の学にとって最も緊要である。

仰観天文図

伏羲仰觀天文,以畫八卦,故日月星辰之行度運數,十日四時之屬,凡麗於天之文者,八卦無不統之。

伏羲は頭を挙げて天上の文象を観察し、これに拠って八卦を画いた。ゆえに日月星辰の運行の度数と周期、および十天干・四時の類の事物など、およそ天に附麗する文象を、八卦に摂しないものは一つもない。

俯察地理図

伏羲俯察地理,以畫八卦,故四方九州島、烏獸草木、十二支之屬,凡麗於地之理者,八卦元不統之。

伏羲は頭を垂れて地上の条理を察し、これに拠って八卦を画いた。ゆえに四方・九州・鳥獣草木・十二地支の類の事物など、およそ地に附麗する条理を、八卦に摂しないものは一つもない。

伏羲八卦図

八卦取象図

文王八卦図

八卦象数図

四卦合律図

八卦納甲図

剛柔相摩図

乾陽居上,坤陰居下,乾自震而左行,坤自巽而右行,天左地右,故曰剛柔相摩。

乾の陽気は上に居り、坤の陰気は下に居る。乾は震位より起って左に運行し、坤は巽位より起って右に運行する。天道は左旋し、地道は右転して、両辺が逆向きに行き彼我摩擦する。ゆえに『繫辞』は「剛柔相摩す」と言う。

八卦相盪図

震盪艮,兌蕩坤,離蕩巽,坎蕩乾,八卦往來,迭相推蕩。京房日:蕩陰入陽,蕩陽入陰。

震は艮を激盪し、兌は坤を激盪し、離は巽を激盪し、坎は乾を激盪する。八卦は彼我往来し、番番に互いに推動激盪する。漢代の京房は言う。陰を陽の中に盪し入れ、陽を陰の中に盪し入れる、と。

六爻三極

五位相合

帝出震図

蓍卦之徳

曹之數,七也;七而七之,其用四十九,故其德圓。卦之數,八也,八而八之,為別六十四,故其德方。圓者運而不窮,可以逆知來物。方者其體有定,可以識乎既往,故圓象神,方象知。

蓍草の数は七に属し、七がさらに七を自乗して、実際に動用するのは四十九本である。ゆえに蓍の徳性は円である。卦の数は八に属し、八がさらに八を自乗して、六十四卦を分別し出す。ゆえに卦の徳性は方である。円いものは運転窮まらず、あらかじめ到来せんとする事を推知することができる。方いものは形体が固定して、すでに過ぎ去った事を辨識することができる。ゆえに円は『繫辞』のいう「神」を象徴し、方は『繫辞』のいう「知」を象徴する。

序上下経図

本《乾》九二爻變成《同人》,次變《無妄》,次變《益》,次變《頤》,終其變至《離》而止;本《坤》六二爻變成《師》,次變《升》,次變《恆》,次變《大過》,終其變至《坎》而止,故上經始於《乾》、《坤》,終於《坎》、《離》焉。

『乾』卦の九二の一爻より変じ起って『同人』と成り、さらに変じて『无妄』と成り、さらに変じて『益』と成り、さらに変じて『頤』と成り、一路変じて『離』に至りて止まる。『坤』卦の六二の一爻より変じ起って『師』と成り、さらに変じて『升』と成り、さらに変じて『恒』と成り、さらに変じて『大過』と成り、一路変じて『坎』に至りて止まる。ゆえに上経は『乾』『坤』をもって開頭とし、『坎』『離』をもって収束とする。

本《咸》六二爻變成《大過》,次變《困》,次變《坎》,次變《師》,次變《蒙》,而終於《未濟》;本《恆》初六爻變成《大壯》,次變《豐》,次變《震》,次變《復》,次變《屯》,而入《既濟》,故下經始於《咸》、《恆》,終於《既濟》、《未濟》焉。

『咸』卦の六二の一爻より変じ起って『大過』と成り、さらに変じて『困』と成り、さらに変じて『坎』と成り、さらに変じて『師』と成り、さらに変じて『蒙』と成り、最後に『未済』に帰る。『恒』卦の初六の一爻より変じ起って『大壮』と成り、さらに変じて『豊』と成り、さらに変じて『震』と成り、さらに変じて『復』と成り、さらに変じて『屯』と成り、最後に『既済』に入る。ゆえに下経は『咸』『恒』をもって開頭とし、『既済』『未済』をもって収束とする。

大易象数鈎深図 巻上

巻上校勘記

#1『坤』,原脫,據四庫本補。#2『定位』,原作『宅位』,據四庫本改。#3『相胥』,四庫本作『相需』,其義同。#4『自記』,四庫本作『自托』。#5『馳下』,四庫本作『馭下』。#6『而』,據四庫本補。#7『為』,據四庫本補。#8『未』,據四庫本補。

第一条:「坤」の字は底本にもと脱漏しており、四庫本に依って補入した。第二条:「定位」は底本にもと「宅位」と作るも、四庫本に依って改正した。第三条:「相胥」は四庫本に「相需」と作り、両者の意は同じである。第四条:「自記」は四庫本に「自托」と作る。第五条:「馳下」は四庫本に「馭下」と作る。第六条:「而」の字は四庫本に依って補入した。第七条:「為」の字は四庫本に依って補入した。第八条:「未」の字は四庫本に依って補入した。

#9『演』原作『言』,據四庫本改。#10『動』,據四庫本補。#11『退』,據四庫本補。#12『鎮』,四庫本作『辰』。疑『鎮』字誤。#13『天象』,原作『上象』,據四庫本改。#14『堯夫』,原作『鄭夫』,據四庫本改。#15『初突』,四庫本作『初奭』。#16『未濟』,疑底本脫,據句義增補。

第九条:「演」の字は底本にもと「言」と作るも、四庫本に依って改正した。第十条:「動」の字は四庫本に依って補入した。第十一条:「退」の字は四庫本に依って補入した。第十二条:「鎮」は四庫本に「辰」と作り、「鎮」の字は訛字と疑われる。第十三条:「天象」は底本にもと「上象」と作るも、四庫本に依って改正した。第十四条:「堯夫」は底本にもと「鄭夫」と作るも、四庫本に依って改正した。第十五条:「初突」は四庫本に「初奭」と作る。第十六条:「未済」二字は底本が脱漏したと疑われ、文句の意義に依って増補した。

大易象数鈎隠図 巻中

三変大成図

重易六爻図

六十四卦天地数図

六十四卦万物数図

卦爻律呂図

十一月《復》一陽生,黃鍾氣應;至四月,六陽為《乾》,故闢戶謂之乾。五月《娠》一陰生,蘿賓氣應;至十月,六陰為《坤》,故闔戶謂之坤。

十一月に『復』卦の一陽がはじめて生じ、黄鐘の律の気に相応する。四月に至って、六爻すべて陽と成りて『乾』卦と成る。ゆえに『繫辞』は「戸を闢くを乾と謂う」と言う、すなわち門戸を押し開くことを乾と言う。五月に『姤』卦の一陰がはじめて生じ、蕤賓の律の気に相応する。十月に至って、六爻すべて陰と成りて『坤』卦と成る。ゆえに『繫辞』は「戸を闔くを坤と謂う」と言う、すなわち門戸を閉じ合わせることを坤と言う。底本の「娠」は「姤」の訛字、「蘿賓」は「蕤賓」の訛字である。

運会暦数図

《復》十二世,《臨》二十四世,《泰》三十六世,《大壯》四十八世,《夾》六十世,《乾》七十二世,《垢》八十四世,《逐》九十六世,《否》一百八世,《觀》一百二十世,《剝》一百三十二世,《坤》一百四十四世。

この図は十二辟卦を元・会・運・世の暦数に配する。『復』卦は十二世に当たり、『臨』卦は二十四世に当たり、『泰』卦は三十六世に当たり、『大壮』卦は四十八世に当たり、『夬』卦は六十世に当たり、『乾』卦は七十二世に当たり、『姤』卦は八十四世に当たり、『遯』卦は九十六世に当たり、『否』卦は百八世に当たり、『観』卦は百二十世に当たり、『剥』卦は百三十二世に当たり、『坤』卦は百四十四世に当たる。毎卦十二世ずつ逓増して、一周正しく一元の数に合う。底本の「夾」「垢」「逐」はそれぞれ「夬」「姤」「遯」の訛字である。

乾坤大父母図

《乾》,一變《垢》,二變《逅》,三變《否》,至五變為《剝》而止。物不可以終盡,《剝》窮上反下,故受之以《復》。《坤》,一變《復》,二變《臨》,三變《泰》,至五變為《夫》而止。《夾》必有遇,故受之以《娠》。

『乾』卦は第一変して『姤』と成り、第二変して『遯』と成り、第三変して『否』と成り、ずっと変じて第五変で『剥』と成れば止まる。事物はずっと窮極に至り続けてはならない。『剥』卦は上爻において窮極すれば下面に返り、ゆえに『序卦』は続けて『復』卦を按排する。『坤』卦は第一変して『復』と成り、第二変して『臨』と成り、第三変して『泰』と成り、ずっと変じて第五変で『夬』と成れば止まる。『夬』は決断であり、決断した後は必ず遭遇するものがある。ゆえに『序卦』は続けて『姤』卦を按排する。底本の「垢」「逅」「夫」「夾」「娠」はそれぞれ「姤」「遯」「夬」「夬」「姤」の訛字である。

復姤小父母図

一陽來《復》,變《臨》為二陽,變至《泰》為四陽,變至《大壯》為八陽,變至《央》為十四陽,終其變於《歸妹》,成十六陽。一陰始《娠》,變《逐》為二陰,變至《否》為四陰,變至《觀》為八陰,變至《剝》為十四陰,終其變於《隨》,成十六陰。

一陽は『復』卦より来復し、変じて『臨』卦に至って二陽を積み、変じて『泰』卦に至って四陽を積み、変じて『大壮』に至って八陽を積み、変じて『夬』卦に至って十四陽を積み、一路変じて『帰妹』に至りて終わり、合わせて十六陽と成る。一陰は『姤』卦よりはじまり、変じて『遯』卦に至って二陰を積み、変じて『否』卦に至って四陰を積み、変じて『観』卦に至って八陰を積み、変じて『剥』卦に至って十四陰を積み、一路変じて『随』卦に至りて終わり、合わせて十六陰と成る。これが『復』『姤』をもって小父母とし、層層に卦を生ずる算法である。底本の「央」「娠」「逐」はそれぞれ「夬」「姤」「遯」の訛字である。

八卦生六十四卦図

八卦変六十四卦図

陽卦順生

一升而合九,歸五為君;十降而合六,歸二為臣,此之謂陽卦順生也。

一が上に昇って九と会合し、第五爻位に帰して君と成り、十が下に降って六と会合し、第二爻位に帰して臣と成る。これを陽卦が順序に従って生ずると言う。

陰卦逆生

一降而合九,歸五為君;十升而合六,歸二為臣,此之謂陰卦逆生也。

一が下に降って九と会合し、第五爻位に帰して君と成り、十が上に昇って六と会合し、第二爻位に帰して臣と成る。これを陰卦が順序に逆らって生ずると言う。

復姤臨遯泰否六卦生六十四卦図

六十四卦反対変図

一陰五陽反對變六卦、一陽五陰反對變六卦、二陰四陽反對變十二卦、二陽四陰反對變十二卦、反對不變八卦、三陰三陽反對變二十四卦。

この図は陰爻・陽爻の多寡によって六十四卦をいくつかの組に分け、さらにそれらが二々に「反対」――すなわち卦体全体をひっくり返して見る――した後にいかに互いに変じるかを見るものである。一陰五陽の一組は、反対相変して六卦を得る。一陽五陰の一組は、反対相変して六卦を得る。二陰四陽の一組は、反対相変して十二卦を得る。二陽四陰の一組は、反対相変して十二卦を得る。ひっくり返してもなお本卦と同じで、反対して変わらないものは八卦ある。三陰三陽の一組は、反対相変して二十四卦を得る。六組を合わせて正しく六十四卦である。

乾坤易簡之図

乾、坤者,數之一、二也,形之方、圓也,氣之清、濁也,理之動、靜也。故乾具兩儀之意,而分上下,坤包四象之體,而分南、北、東、西。兩儀四象,共數有六,並其乾、坤之本體,則八卦之數周備矣。此乾、坤所以去太極未遠。內貞外悔,兩儀之理也。元亨利貞,四象之道也。二、三、四、五以為經,七、八、九、六以為緯,八卦之方也。

乾と坤は、数においては一と二、形においては方と円、気においては清と濁、理においては動と静である。ゆえに乾は両儀の意を含んで上下に分かれ、坤は四象の形体を包んで南・北・東・西に分かれる。両儀に四象を加えて都合六つの数となり、さらに乾・坤それ自体を加えれば、八卦の数は周全完備する。これこそ乾・坤が太極にまだ遠からぬ所以である。内卦を「貞」・外卦を「悔」と言うのは、これ両儀の道理である。元・亨・利・貞の四徳は、これ四象の道理である。二・三・四・五をもって経と為し、七・八・九・六をもって緯と為すのは、これ八卦の方位である。

所以自一而二,自二而四,自四而八,自八而十六,自十六而三十二,自三十二而六十四,六十四而天道備矣,歲功成矣,人事周矣。此《易》故六十四卦,而《乾》、《坤》居首也。學者能由六十四以歸一,由一以悟太極,則伏羲、文王、孔子皆備於我,成變化,行鬼神,亦是道也。

ゆえに一より二を生じ、二より四を生じ、四より八を生じ、八より十六を生じ、十六より三十二を生じ、三十二より六十四を生ず。六十四に至れば、天道は完備し、一年の節候の功用は成就し、人間の事理もまた周全となる。これが『易』の六十四卦を立て、『乾』『坤』の二卦を最も前に排する所以である。『易』を学ぶ者が、もし六十四卦より収め帰って一に至り、さらに一によって太極を体悟することができれば、伏羲・文王・孔子の学問はみな我に具備する。そして『繫辞』の言う「変化を成し、鬼神を行わしむ」もまた、この道理を述べたものである。

屯象之図

蒙象養正図

童蒙在五,擊之在上,是外學也。耳目所入,雖足以資吾,適足以賊吾之真性,故不利為寇也。包蒙在二,發之在初,是內學也。心之所造,貴於幾先,一吝也。著於心,便成機械,所以脫栓桔,利者,吾心之栓桔乎?

『蒙』卦の「童蒙」は六五に在り、来たりて彼を撃つのは上九に在る。これは外より加え入れられた学である。耳目の容納するものは、我を資け助けるに足るとはいえ、まさに我の真性を戕害せんとするものでもある。ゆえに上九の爻辞は「寇を為すは利ならず」と言う。「包蒙」は九二に在り、「発蒙」は初六に在る。これは内心より生発し出でた学である。内心の営み出すものは、几微いまだ動かざるの先に貴し。一たび滞吝し、心の上に執着すれば、機巧詐偽と成る。ゆえに桎梏を解脱せよ――真に人に利あるものは、まさに自己の心上のあの一具の桎梏を解き放つことではないか。

需須之図

坎中之陽以為助,乾卦之陽求待上,一陽而為之援,一陰避之而興進,一陰阻之而復退,此所以為《需》之吉凶也。然聖人之意,不責於二陰而責於三陽,不責於三陽而責於坎中之陽,利所在也,故責之重也,遂繫之以酒食之象焉。酒食者,養人之具也,人之所求待也。為酒食之所困,而為害者亦有之也。始貪其利,終罹其害者,小人之常也。必有道以處之,所以貴乎貞吉也。貞者,中正之義。內中正則外固,外固則不陷矣。

坎中のあの一陽は援助と成ることができ、乾卦の三陽は上に向かって求め待つ。一陽がそれのために後援を為し、一陰がそれを避けてそれを得て前進せしめ、また一陰がそれを阻んでそれを得て退回せしむ――『需』卦の吉凶はこのようにして来る。ただし聖人の用意は、上卦の二つの陰爻を責めずして下卦の三つの陽爻を責め、また三つの陽爻を責めるのみにとどまらず、さらに坎中のあの一陽を責める。それは利益がまさにここにあるから、責めるのが格段に重くなるのである。ここにおいてそれに「酒食」の象を繫ぐ。酒食は人を養うもので、人の望み待つところである。しかるに酒食に困りて、これによって害を受ける者もまた多い。はじめはその利を貪り、最後はその禍を被る、これは小人の常態である。必ず一組の道理をもってこれに対しなければならない。ゆえに『需』卦は「貞吉」を貴ぶ。「貞」はすなわち中正の意である。内が中正なれば、外は穏固となる。外が穏固なれば、険中に陥り落ちることはない。

訟象之図

乾居亥位,坎起子方,亥子皆北,皆屬於水,始無所爭也。一離於形,則天西傾,水束注;天上蟠,水下潤,於是而《訟》矣。

乾は亥位に居り、坎は子方より起る。亥と子はともに北方に在り、ともに水に属し、はじめに本より争うところなし。しかるに一旦形体の上に落ちれば、天は便ち西に傾き、水は便ち東に奔流する。天は上にて盤旋し、水は下にて浸潤して、一上一下が道に背きて行き、ここにおいて『訟』卦の争訟がある。底本の「束注」はすなわち「東注」である。

師比御衆図

《坤》為眾,而《師》亦為眾者,《師》統眾之義也。統眾者,非德也則不可。故以《乾》之九二入於《坤》為《師》,以《乾》德在二也。律因子起,數自中出。黃鍾之律,起為度量衡,差之毫釐,則不可也。北方之坎,黃鍾之本也,故縣言丈人,爻言律。丈與律,法度之出,非有德者乎?

『坤』卦は衆に象を取り、『師』卦もまた衆に象を取る。それは『師』に衆を統率する意があるからである。衆を統率するには、徳行なくば能わざる。ゆえに『乾』の九二の一爻を『坤』の中に放ち入れれば、すなわち『師』卦と成る。取るところは正しく乾徳が第二爻の上に落ちることである。律呂は子位より起算し、数目は中央より生ず。黄鐘というこの一律は、度・量・衡の起点であって、一絲一毫を差し違えてはならない。北方の坎は正しく黄鐘の根本である。ゆえに『師』卦の彖辞は「丈人」を言い、爻辞は「律」を言う。丈人と法律とは、いずれも法度の出ずるところである。徳ある者あらざれば当たるに足らないではないか。底本の「県」は「彖」の訛字である。

北主幽陰殺伐之象,南主嚮明朝會之象。六爻分二、三、四、五之數。二居南方,離明之地也,故以比為南面。五居中央,非北也。天北望,惟見斗樞、辰極。辰曰北辰,斗曰北斗,雖名曰北,實中天也。《師》北向,故有五人為伍之意。比南面,故有五等分爵之象。上居五位,後其君者也,故曰:後夫凶。

北方は幽暗陰冷・殺伐征討の象を主管し、南方は明に向かって治める・諸侯朝会の象を主管する。六爻の中より二・三・四・五のいくつかの位数を分かち出す。二は南方に在り、離明の居する地であるから、『比』卦は「南面」の象を取る。五は中央に居り、北方に在らず。人は地上より北を望み見れば、ただ斗枢と辰極のみ見える。辰を「北辰」と言い、斗を「北斗」と言う。名は北というも、実は正しく天の中央に当たる。『師』卦は北に面すから、五人をもって一伍に編する意がある。『比』卦は南に面すから、公・侯・伯・子・男の五等分封の象がある。上六は五位の後に居り、君主の背後に落ちる人であるから、卦辞に「後夫凶」と言う。

大小畜吉凶図

巽居東南之方,乾氣自子至於巳,入於巽方,為巽所畜,名曰《小畜》,以陰生於巽。巽,陰之微也,故曰小。艮居束北方,乾氣自子至寅,入於艮方,為艮所畜;名曰《大畜》者,陽終於艮。艮,陽之究也,故曰大。自子至寅,三畫之乾也;自子至巳,六畫之《乾》也,是艮畜《乾》貞,巽畜《乾》悔也。《大畜》之所以得權者,變《小畜》之九五而六五耳,謙虛下人,所以得權而畜人也。《小畜》之所以失權者,變《大畜》之六五而九五耳,滿假自大,所以失權而為人所畜也。

巽は東南方位に居り、乾気は子位より一路巳位に行って巽方に入り、巽に畜止せらる。これを『小畜』と言う。陰気が巽に生ずるに因り、巽は陰気の剛(ちょっと)萌動する処であるから「小」と称す。艮は東北方位に居り、乾気は子位より寅位に行って艮方に入り、艮に畜止せらる。これを『大畜』と言う。陽気が艮に終止するに因り、艮は陽気の究極に到る処であるから「大」と称す。子より寅に至るまでは、ただ三画の乾である。子より巳に至って、はじめて六画の『乾』である。見れば、艮の畜止する所は『乾』の内卦(貞)であり、巽の畜止する所は『乾』の外卦(悔)である。『大畜』が権を握り得る所以は、ただ『小畜』の九五を六五に換えたに在る――謙虚にして人の下に居るを肯んずれば、権を得て能く人を畜止する。『小畜』が権を失う所以は、ただ『大畜』の六五を九五に換えたに在る――自満自大すれば、権を失って反って人に畜止せらる。

履虎尾之図

乾居亥位,初爻本室、壁,二爻方起奎;奎擊之者,見其履虎尾也。坤居申位,參本坤之初爻;以參繫兌者,見虎尾之啞人也。乾居兌下,則無履虎啞與不啞之象矣。以乾乘兌,所以履虎之象明也。《履》卦自兌入乾,由戌達亥,以人應天之道乎。

乾は亥位に居り、初爻は本より室宿・壁宿に当たり、二爻はようやく奎宿より起る。奎宿に撃つの義があるから、「虎の尾を履む」の象を見出す。坤は申位に居り、参宿は本より坤の初爻である。参宿を兌に係属せしむれば、虎尾が人を咬むの象を見出す。もし乾が兌の下に居らば、虎尾を履み、人を咬むと咬まざるとの象はない。正しく乾が兌の上に凌駕するが故に、「虎を履む」の象が顕豁たる。『履』卦は兌より乾に入り、戌位より亥位に通ず。これはおそらく人事をもって天道に上応する意であろう。底本の「唖」は「咥」の訛字である。

否泰往来図

觀《泰》之象,則見《否》之所生;觀《否》之象,則見《泰》之所起,是陰陽之氣上下升降以成象也,故《否》、《泰》之卦,皆曰往來。

『泰』卦の象を観れば、『否』卦がどこより生ずるかを見ることができる。『否』卦の象を観れば、『泰』卦がどこより起るかを見ることができる。これは陰陽二気が一上一下・有升有降して構成する卦象である。ゆえに『否』『泰』両卦の辞の中にみな「往」と「来」とを言う。

同人之図

乾居上三十六策,變其中爻,則同乎離。離居下二十四策,變其中爻,則同乎乾。是謂二人同心,言外貌不同,而心同也。

乾は上に在り、老陽の一爻は三十六策に当たる。その中爻を一変すれば、すなわち離に同ず。離は下に在り、老陰の一爻は二十四策に当たる。その中爻を一変すれば、すなわち乾に同ず。これを『繫辞』のいう「二人同心」と言う――外は同じからざれど、心は同じであるということである。

大有守位図

《大有》之卦眾陽盛時,而五以六居之,人君體元以居正,可不知守位之仁乎?推而明之,四為侍從,則曰匪其旁;三為三公,則曰公用亨于天子;二為侯牧,則曰大車辦載;初遠於君位,有要荒蠻夷之象,則曰無交害。皆發政施仁之道也。如是,則福及宗廟,而永有萬世之業矣。

『大有』というこの一卦は、まさしく衆陽の盛んなる時に当たり、而して第五爻は陰柔の六をもって君位に居る。人君が乾元を体して正位に居るに、位を守るに要する仁徳を知らざるべからんや。推し広げて言えば、四爻は侍従の臣であるから爻辞に「其の彭に匪ず」と言い、三爻は三公であるから爻辞に「公用て天子に亨す」と言い、二爻は諸侯州牧であるから爻辞に「大車以て載す」と言い、初爻は君位に最も遠く、要服・荒服と蛮夷との象があるから爻辞に「交害無し」と言う。これらはみな政令を発し仁政を施すの道理である。能くこのようになれば、福沢は上は宗廟に及び、万世の基業もまた長久に保有することができる。底本の「匪其旁」は「匪其彭」と作るべく、「辦載」は「以載」と作るべきである。

謙象之図

艮居寅,屬木,仁也。坤居申,屬金,義也。故五上有殺伐之象。謙者,以至誠為本也,言心聲也。不情之言,則不出於誠,非心之本也,是為偽也。故嗚謙居中者為至誠,居外者為不情,是以謙為嗚耳,外謙而內好勝也。

艮は寅位に居り、木に属して仁を主とし、坤は申位に居り、金に属して義を主とす。ゆえに『謙』卦の六五・上六は殺伐の象を帯ぶ。謙というこの一徳は、至誠をもって根本とする。言語は心の声である。真実でない言は誠の中より発するものではなく、本心ではない、すなわちそれは虚偽である。ゆえに「謙を鳴らす」もので内卦に居するは至誠であり、外卦に居するは真実でない――それは謙を口上に鳴らすのみに過ぎず、外は謙退にして内は勝を好むのである。底本の「嗚」はすなわち「鳴」の字である。

豫象之図

震居坤下,是謂一陽之《復》,天地之心也。今出於坤上,是謂出地之《豫》,亦天地之心也。坤中之爻,靜中之靜也,故曰:介于石。震中之爻,動中之靜也,故曰:貞疾,恆不死。

震が坤の下に在る、これはすなわち一陽の来復する『復』卦で、『彖伝』のいう「天地の心」である。今震が出でて坤の上に在る、これはすなわち雷が地より出づる『豫』卦で、同じく天地の心である。坤の中間のあの一爻は、静中の静である。ゆえに六二の爻辞は「石に介す」と言う。震の中間のあの一爻は、動中の静である。ゆえに六五の爻辞は「貞に疾あり、恒に死せず」と言う。

随卦繫失図

自震達兌,由東祖西,春作秋成之義也。夫是之謂《隨》,陽自陰中而起,陰隨陽動也。陰來迎陽而說之,陽隨陰聚也。故兌之上爻,有羈摩之象。

震より一路兌に走り、東方より西方に往く。春に興作し秋に成熟する意を含み、これを『随』と言う。陽は陰の中より生起し、陰は便ち陽に随いて動く。陰はまた来たりて陽を迎えてこれに欣悦し、陽は便ち陰に随いて聚まる。ゆえに兌の上爻は羈絆繋縛の象を帯ぶ。底本の「祖西」はすなわち「徂西」で、西に往くの意である。

蠱象之図

巽居巳位,金之所生也。至酉金王,而巽之功成矣,故巽五爻言庚。今在艮下,猶居寅位木之鄉也,故言甲。甲庚分子午之位,循環無窮,行權之道也。金克於木,今居於木下,是蠹生於木中也。有蠱,自然之象。上九居山之高,有高上之志,足以振蠱壞之風使懦夫有立焉。

巽は巳位に居り、あれは金の生ずる処である。酉位に至って金気は正に旺し、巽の功用は成を遂ぐる。ゆえに『巽』卦の九五の爻辞は「庚」を言う。今巽は艮の下に在り、なお寅位という木の郷里に処る。ゆえに『蠱』卦の卦辞は「甲」を言う。甲と庚とは子・午両辺の位次に分居し、循環窮まらず、これ正しく権変を行使する道理である。金は本より木を克すれども、今は木の下に居る。ちょうど蠹虫が木中に生ずるがごとき、「蠱」というこの虫蝕敗壊は、自然必然の象である。上九は山の高処に居り、高尚にして上にあるの志を有し、足して蠱壊せられた風気を振い起こし、懦弱の人をも自ら立たしむ。

臨象之図

《臨》卦之象,本指為人主者,以臨乎下也。臨下之術,在施德於下,而存心於上。施德於下,則二陽在下,如天氣感地焉。存心於上,則行中以智,而敦樸為先,如高明柔克焉。彼兌口之甘,是區區能言而不能行,如王者空降詔諭丁寧,而仁澤實不行也。何足以論施德存心之道哉?

『臨』卦の取象は、もとは人君たる者が高く臨み下に臨むことを指す。下に臨むの法は、恩徳を下に施し、用心を上に存留するに在る。徳を下に施すとは、二つの陽爻が下に在りて、天気の大地に感応するがごときである。心を上に存するは、行事は中を守りて智慧を運用し、かつ敦厚質朴を以て先とする。『尚書・洪範』のいう「高明柔克」のごときである。兌口の取る甘美の象に至っては、あれはただ能く言うのみにして能く行わざるに過ぎない。ちょうど君王が空しく詔書を頒ちて諄諄と告誡するも、仁沢は実には行い下がらざるがごとき。これどうして徳を施し心を存するの道理を語るに足らん。

観国光之図

四陰生,陰侵陽之卦也。比之於陽侵陰,乃《大壯》之理也。不曰《小壯》,而曰《觀》者,陰順巽而無侵陽之意也。下既順巽,上必以中正,然後足以使下觀而化焉;下觀而化矣,則安有侵陽之事乎?

『観』卦は四つの陰爻が生長して、陰が陽を侵逼する卦である。これをもって陽が陰を侵す情形に比照すれば、それは『大壮』の道理である。しかるにこれを「小壮」と呼ばずして『観』と呼ぶは、陰が能く柔順謙巽にして陽を犯すの意なきが故である。下がすでに柔順謙巽であれば、上は必ず中正を持守して、然る後に下の人をして瞻仰観看して感化を受けしむるに足る。下がすでに瞻仰し化を受ければ、なお陽を侵逼する事あらんや。

噬嗑身口象図

《噬嗑》本以口為象,而趾、鼻、耳、目亦繫之者,蓋一身賴口以為養也。養之有道,噬嗑之福;養不以道,噬嗑之禍。禍多福少,小人貪嗜者多也。《噬嗑》,先電而後雷也,電揚而雷震,舌動而齒咀,此自然之理也。《噬嗑》與《賁》,皆《頤》中有物。一為《賁》,一為《噬嗑》者,噬嗑得《頤》之下動,《賁》得《頤》之上止。惟下動,則《噬嗑》矣。

『噬嗑』は本より口に象を取る。而して爻辞の中に脚指・鼻・耳・目をも併せ繫ぐるは、一身が口に由りて養わるるを以ての故である。養うこと道に合すれば、すなわち噬嗑の致す福である。養うこと道に合せざれば、すなわち噬嗑の致す禍である。禍多く福少きは、小人の美味を貪食する者多きを以ての故である。『噬嗑』は先に閃電ありて後に雷あり、電光揚がりて雷の声震動するは、ちょうど舌が先に動きて歯が随いて咀嚼するがごとき、これ自然の理である。『噬嗑』と『賁』の二卦は、いずれも『頤』口の中に物を含む。一つは『賁』と成り一つは『噬嗑』と成るは、『噬嗑』は『頤』の下卦の動を取り、『賁』は『頤』の上卦の止を取るが故である。ただ下卦が動き起これば、こそ『噬嗑』と成るのである。

賁天文之図

柔文剛以成離,離為日,日運於天,其亨之意也。剛文柔以成艮,艮,山也;山不動,而云出為雨,木伐以為用,其小利有攸往乎。然孔子皆謂之天文,而不及地者,蓋觀象以作《象》也,象有日月迦明之象也。日月因迦明而合朔,朔晦相循而四時成矣,此所以察時變也。《離》有繼明之意,而《賁》變《離》之四爻,日月相抱持也,此所以為天文之要道焉。

柔が来たりて剛を文飾して離と成る。離は太陽であり、太陽は天に運行す、これすなわち卦辞の「亨」の意である。剛が上がりて柔を文飾して艮と成る。艮は山である。山は静止不動なれど、能く雲を興し雨を降らし、山木は伐採取用すべし、これおそらく「小しく往く攸有れば利」の意であろう。しかるに孔子が『彖伝』においてこれを「天文」と称して地を言わざるは、卦象を観察して『彖』を作ればこそ、卦象の中に日月が交替し放明する象がある。『離』は続いて照明する意がある。而して『賁』は正しく『離』の第四爻を一変して来たり、日と月とが互いに抱持す、これが天文の要道と成る所以である。底本の「迦明」はすなわち「迭明」である。

剥為陽気種図

《復》卦之下陽,即《剝》之上陽落於地也,故有碩果不實之象。其陽氣之種乎,所以《乾》為木果,而生木於亥也。亥者,《乾》之位也。木有生而未芽,芽則生子者,孳也。未芽之果,本於《剝》上之陽,如果在木末焉。

『復』卦の下のあの一陽は、すなわち『剥』卦の上のあの一陽が地の中に落ちたものである。ゆえに『剥』の上九に「碩果食せられず」の象がある。この一陽はおそらく陽気の種子であろう。ゆえに『説卦』は『乾』を木果と為すと言い、而して木は亥位に生ず――亥は正しく『乾』の方位である。果実にはすでに生成してなお発芽せざる時があり、一たび発芽すれば子実を結ぶ。いわゆる「芽」とは滋生の意である。あのいまだ発芽せざる果実は、本源は『剥』卦の上九のあの一陽に在り、ちょうど果がなお樹梢に掛かっているがごときである。

復七日図

爻位者,實數之六也。太極者,虛數之六也。虛數之六,本於含三之積算。含三之積籌,本於園物之徑一。故天下之數十、百、千、萬,莫不出乎六。六數進則為七,退則為五,是五為六之未盈,六為五之已滿,過則為七矣。六為極矣。

爻位が言うのは実在の六であり、太極が言うのは虚設の六である。虚数の六は、根源は「一に三を含む」の累算に在り、「一に三を含む」の累算は、また円形の物が直径一・周長三であることに根源する。ゆえに天下の十・百・千・万の各種の数目は、六より生ぜざるものなし。六というこの数は、前に進めば七と成り、後に退けば五と成る。見れば、五は六のいまだ満たざるであり、六は五のすでに満ちたるであり、さらに前に進めば七と成る。六はすでに極数である。

一陽生,則七日來復也;二陽生,則八月有凶也。七為少陽,八為少陰。日為震,月為兌。《臨》雖陽長,而實得八兌之數也,故日有凶於八月也。《復》卦一陽來復,曰七日者,蓋《坤》陰極於亥,六數盡於一,復出於坎,並而得七也。數周六甲,運周三統,而復為元,亦七日來復之義云耳。

一陽はじめて生ずれば、すなわち「七日にして来復す」と言う。二陽が生長すれば、すなわち「八月に凶あり」と言う。七は少陽の数、八は少陰の数である。日は震に属し、月は兌に属す。『臨』卦は陽が生長するなれど、実は兌八というこの数を得ている。ゆえに凶は八月にあると言う。『復』卦は一陽来復して「七日」と称すは、『坤』の陰気が亥位に至りて窮極し、六という数が一の上に用い尽くされ、陽がまた坎中より重新たに出づれば、六に一を加えてすなわち七を得るが故である。数目は一周流すれば六十甲子、気運は一周流すれば天・地・人の三統、而して後重新たに一元と成る。言う所もやはり「七日にして来復す」の意である。

无妄本中孚図

《中孚》,信也。而《元妄》,亦信也。《中孚》之信,其自然之誠乎。《元妄》之信,是或使之也。故曰:剛自外來,而為主於內。誠信之道,本自中出。而中者,亦中之為主也。自外來,而為內主,安得自然哉?以異乎《中孚》也。

『中孚』が言うは信であり、『无妄』が言うもまた信である。『中孚』の信は、おそらく自ら而して然る誠であろう。『无妄』の信は、これを然らしむる何物かあるのである。ゆえに『彖伝』は「剛は外より来たりて、内に主と為る」と言う。誠信の道は、本より内心の中より生ずべきもので、いわゆる「中」とは、すなわち中を以て主と為すことである。今は外より来たる物が内裏の主を為す、どうして自然と称するに足らん。これが『无妄』と『中孚』との同じからざる処である。底本の「元妄」はすなわち「无妄」で、『道蔵』本の改字である。

頤霊亀図

《頤》中虛,虛則靈龜之象。君子見之,以靈龜自警。小人見之,以朵頤垂涎。三為下齒,噬之動者也,故凶甚於二、五。三之所以動者,因初有震象耳。

『頤』卦の中間は空虚で、空虚であればすなわち霊亀の象がある。君子はこれを見て、便ち霊亀を取って以て自ら警戒し、小人はこれを見て、ただ口を開けて涎を垂らすのみである。六三は下に排する歯牙で、噛み啃むに動くこと最も甚しい。ゆえにその凶険は六二と六五を超過する。六三の動く所以は、初九が震動の象を帯ぶが故である。

大過棟隆橈図

《大過》一卦,吉凶在初與上也。棟之隆,以應藉地之茅,慎之至也;棟之橈,以應滅木之水,乃大過也,故《大過》之縣辭見於九三也。陽氣驕為大者過。九二配以少陰,故能發生枯楊之梯者,揚之茅擠耳。九五配以老陰,發生之理窮矣。遂有枯楊生華象,象楊不能結實,為萌芽也。

『大過』というこの一卦は、吉凶は初爻と上爻に落ちる。棟梁の隆起するは、初六の「藉に白茅を用う」に相応する。あれは謹慎の極致である。棟梁の湾曲下垂するは、上六の「渉を過ぎて頂を滅す」の水に相応する。あれこそ真に「大過」である。ゆえに『大過』の彖辞の意は九三の上に反映される。陽気の驕盛は、いわゆる「大きい者過ぐ」である。九二に配する所は少陰の初六である。ゆえに枯楊に新枝を発せしむることを得る。あれはただ楊樹の抽出したる嫩条に過ぎない。九五に配する所は老陰の上六である。生発の道理はすでに窮尽し、ここにおいて枯楊の開花の象のみ残る――花は開けども、楊樹は果実を結ぶことを得ず、芽を萌すこともできない。底本の「梯」は「稊」と作るべく、「県」は「彖」と作るべきである。

習坎行険図

《坎》之《象》曰:維心亨。是心無善惡之思,無喜怒哀樂之動。一入於習,則同者變為異也,故《坎》卦始終象小人習險以自陷其身,戒人用心之惡也。且陰陽者,善惡之端也,動靜之分也。心之動,則惡萌矣。陽動而陰靜,陽善而陰惡,六三以陰居陽,所以為惡之大也;又陷於二陰之中,是染習皆惡也。

『坎』卦の『彖伝』は「惟れ心亨る」と言う。これは心に本より善悪の念なく、また喜怒哀楽の波動なしと言う。一旦「習」の中に落ち入れば、本より相同じきが便ち同じからざると成る。ゆえに『坎』卦は自初から終まで、小人が険悪に習いて自ら其身を陥れるを象徴し、用意は人の心を悪処に用うべからずと誡めるに在る。況んや陰陽は正しく善悪の端倪・動静の分界である。心が一たび動けば、悪は便ち萌生する。陽は動に属し陰は静に属し、陽は善に属し陰は悪に属す。六三は陰爻を以て陽位に居る。ゆえに悪の大なる者と為り、また二つの陰爻の当中に陥る。見れば、熏染沾習する所は全く皆悪である。

六四以陰居陰,靜之至也,是復性而反誠也,又居於二陽之問,是染習皆善也。故樽酒、篡貳用缶,有簡率敦樸之象。二五雖以陽中,然未免陷二陰之黨,染習之氣不能免也。孔子所以指之以未出中,中未大之象也。

六四は陰爻を以て陰位に居り、静の極致に至る。これは本性に回復し誠実に返帰するものである。また二つの陽爻の間に処る。見れば、熏染沾習する所は全く皆善である。ゆえに六四の爻辞に「樽酒・簋貳・用缶」の言ある、簡朴率真・敦厚無華の象を帯ぶ。九二と九五は陽剛を以て中に居るなれど、二つの陰爻の党羽の中に陥るを免れず、熏染の気を完全に免除し能わず。ゆえに孔子が『小象』においてそれらの「未だ中を出でず」「中未だ大ならず」の象を指出せし。

離継明図

下卦《離》之貞也,上卦《離》之悔也,是下卦為貞明,而上卦為繼明也。月者,趨日以明也。合朔之時,月包於日,而後趨其明也。此上卦所以包下卦,有日月趨明之象也。離為日而不為月,在重離則月象生焉。故曰明兩也;又曰日月麗乎天也。六二黃離,是自中而明也,所謂誠明之性也。六五有哀悲之象者,是既望之月,而將遠於日也,亦明極而晦生也。

下卦は『離』の内卦で「貞」と称し、上卦は『離』の外卦で「悔」と称す。ゆえに下卦は本有の明で、上卦は接続の明である。月は太陽に趨り就いてこそ光明を有す。合朔の時、月は日に包まれて、然る後に去りてその光を趨取する。これが上卦が下卦を包住して、日月が相い趨り明を取るの象を帯ぶ所以の故である。離は本来日にして月に非ざれども、重離の中において月の象が生じ出づ。ゆえに『彖伝』は「明両に作る」と言い、また「日月は天に麗る」と言う。六二の「黄離」は、中道より光明を放出するもので、いわゆる誠にして後に明の本性である。六五は哀傷悲嘆の象を帯ぶ。あれは望日の後の月で、将に太陽よりますます遠く離れ去らんとし、まさに明が極処に到りて昏晦が生じ始めるものである。

咸朋従図

一氣居中,故澤之雲蒸于山,而山之泉入於澤,是山澤之相感也。卦有三陽,而九四居中,中心象也。惜乎朋於二陽,未免有意有必,有固有我,故僮憧而往來也。九五上連於上六,是用在上六也,故上六為頰、舌,而五為脾。九三下連於六二,是用在六二也,故六二為腓,而三為股。股隨腓而動,脾則不隨頰、舌以發言,此吉凶所以異也。

一筋の気が中間に貫通する。ゆえに沢上の雲気は山上に蒸騰し、山中の泉水はまた沢の中に流れ入る。これが山と沢とが互いに感応する所以である。『咸』卦は三つの陽爻があり、而して九四は当中に居る。これが正しく「中心」の象である。惜しいかな、それが他の二つの陽爻と朋党を結びて、意・必・固・我という四種の私心を免れず。ゆえに爻辞は「憧憧往来」と言う。九五は向上して上六に連なり、作用は上六の身に落つ。ゆえに上六は面頰と舌頭に象を取り、九五は背脊の肉に象を取る。九三は向下して六二に連なり、作用は六二の身に落つ。ゆえに六二は腿肚に象を取り、九三は大腿に象を取る。大腿は腿肚に随って動くが、背脊の肉は頰舌に随って言を為さない。両者の吉凶はこれによって同じからず。底本の「脾」は「脢」と作るべく、「僮憧」はすなわち「憧憧」である。

恒久之図

六爻惟取九二一爻,得一剛一柔之道而居中,孔子與之以能久中之象。六五雖一剛一柔而居中,然與共天位者亦柔也,故有婦人之貞從一之象,所以異於二矣。九三以剛居剛,動而過中,不恆之象,固不符言也。初、上爻二爻,一浚以趣下,一振而向上,皆迷塗之甚者,不得其中,故皆凶。

『恒』卦の六爻の中、ただ九二のこの一爻を取る。それが一剛一柔の道を兼得してまた中位に居るが故である。ゆえに孔子が『小象』においてそれに「能く久しく中なり」の象を与えた。六五もまた一剛一柔にして中に居るなれども、それと共に天位に居する者もまた柔である。ゆえに婦人が貞を守り一に従って終るの象を帯び、これによって九二と同じからず。九三は陽剛を以て剛位に居り、一たび動けば中道を過ぐ。これは「恒ならず」の象で、これは自然多く言うを要せず。初六と上六のこの二爻は、一つはひたすら深く掘りて下に趨り、一つはひたすら振動して上に奔る。いずれも迷路に入ること甚だしく、いずれも中道を得ず。ゆえにいずれも凶である。

遯象之図

二以中順之德,而取象於黃牛。牛之所以能負重者,革之堅也。牛無革,則機上肉耳,何能為或?九三以剛居外,有革之象,三苟隨《乾》以遯,則二遇禍矣。此所以勸其執之也。

六二は居中柔順の徳性を憑りて、黄牛に象を取る。牛が重物を背負い得る所以は、牛皮が堅韌するに恃む。牛にもしこの一層の皮が無ければ、砧板上の肉に過ぎず、また何の作為か有らん。九三は陽剛を以て外に居り、「革」の象を帯ぶ。九三がもし『乾』と共に隠遁せんとすれば、六二は禍を遭う。これが六二の爻辞が人に黄牛の革を以てそれを固く繫ぐを勧める所以の故である。

四陰以九居之,下應於初六,故曰好。好者,交好也,是陰位下交於陰爻也。五陽以九居之,下應於六二,故曰嘉。嘉妃也,是陽位之陽爻下妃於陰位之陰爻也。陰妃於我,交於我;小人不可交,則與之絕,此所以吉矣。妃則吾正偶耳,是不能絕也,故但正其志焉。吾之志正,則淫邪非僻不能入矣。此所以為貞吉雲。

第四位は本より陰位なるも、陽九が之に居り、下は初六と相応ず。ゆえに爻辞は「好遯」と言う。「好」とは交好で、陽爻が陰位に居りて下向して陰爻と交好することを指す。第五位は本より陽位で、陽九が之に居り、下は六二と相応ず。ゆえに爻辞は「嘉遯」と言う。「嘉」とは婚配で、陽位上の陽爻が下向して陰位上の陰爻と相配することを指す。陰が来たりて我と相配し、我と交往す。小人は交結すべからざるものであるから、これと断絶するを要す。こうすれば吉である。婚配するあの者に至っては、我の正当の配偶で、断絶すべからず。ゆえにただ自己の心志を端正すれば足る。我の心志が一たび正しければ、淫邪偏僻のものは侵し入ることができない。これが「貞吉」の意である。

大壮羊藩図

《大壯》之卦,下累四陽,有棟宇基北之象,故云壯也。其卦上震下乾,震為蒼食竹,故有藩象。《乾》之九三變則入兌,故有羊象。兌西而震束,卯酉正沖,故有羊觸藩之象。初者,羊之足趾也。羊以角觸,而趾用其力;角贏,則趾困矣。九四實吾之同類,苟決其藩以開大塗,容羊進而贏之,則下三陽反為壯輿之轅矣。此九二、九四所以有貞吉之縣矣。

『大壮』というこの一卦は、下面に四つの陽爻を累積して、屋宇棟梁と地基との象を帯ぶ。ゆえに「壮」と称す。この卦は上震下乾で、震は青嫩の竹叢に象を取る。ゆえに藩籬の象がある。『乾』の九三は一変すればすなわち兌に入る。ゆえに羊の象がある。兌は西にあり震は東にあり、卯と酉は正しく相冲す。ゆえに牡羊が藩籬を撞くの象がある。初爻は羊の脚指である。羊が角を用いて頂撞するとき、力を出すのは脚指である。角が一旦纏住せられれば、脚指もまた困る。九四は実は我と同類である。もしそれが藩籬を決開きて一条の大路を譲り、羊を容れて前進して纏わざらしめば、下面の三つの陽爻は反って壮を載せる車の車轅と成る。これが九二・九四が「貞吉」の断を帯ぶ所以の故である。底本の「蒼食竹」はすなわち「蒼筤竹」、「県」はすなわち「彖」である。

晋康侯之図

八卦之象,乾實為馬。《晉》以坤之貞,而陰爻居五位,豈有馬象哉,蓋乾錫之馬耳,因錫馬以致蕃庶,諸侯之象明矣。《易》以明出地上象諸侯者,以火在天上為《大有》,象天子故耳。天子與諸侯,皆南面之君也,必有明德以安民,民安則位安矣,故曰康侯也。

八卦の取象の中、乾は確かに馬である。『晋』卦は坤を以て内卦と為し、第五位はまた陰爻である。どこに馬の象あらん。あれは乾がそれに賜うた馬であるに過ぎない。馬を受賜して車馬が蕃盛众多なるを以て、諸侯の象は顕明となる。『易』は「明、地の上に出づ」を以て諸侯を象徴するは、「火、天の上に在り」の『大有』がすでに天子を象徴するに用いられたるを以ての故である。天子と諸侯はいずれも南面して治むる君長で、必ず光明の徳を以て百姓を安頓せねばならない。百姓が安んずれば、君位もまた安穏なり。ゆえに卦辞は彼を「康侯」と称す。

明夷箕子図

《明夷》之卦,聖人贊之,以《象》、《象》最顯最著,於人事最明。五為箕子,則上為紂矣。九三有南狩而得大首之辭,豈非武王乎?拯馬壯者,又豈非武王之輔相亂臣乎?六四本《坤》畫,而下與三同居人位,又豈非微子、太公之歸周乎?初九與上六同乎坎水,將飛而翼垂,將行而喂根不繼,豈欲拯之而力不能如伯夷、叔齊之徒乎?

『明夷』というこの一卦は、聖人が『彖伝』『象伝』の中における賛述が最も顕豁昭著で、人事に対応する所が最も清楚である。六五は箕子であれば、上六はすなわち商紂である。九三に「南に狩りて其の大首を得」の爻辞あり、あれはまさしく周武王ではないか。六二の「用て馬を拯うに壮なり」は、またまさしく武王の身辺のあの輔佐の治乱の臣ではないか。六四は本より『坤』の爻画で、下向して九三と同じく人位に処る。あれはまたまさしく微子と姜太公が周朝に帰附したものではないか。初九と上六は同じく坎水に属し、一つは将に飛び起こらんとして翅を垂れ、一つは将に前行せんとして三日食せず気力の接続に及ばず。あれはちょうど救助せんと欲して力足らざる伯夷・叔斉の一類のごときではないか。底本の此処の「《象》、《象》」は「《彖》、《象》」と作るべきである。

家人象図

或問文中子《家人》之象,明內而齊外,蓋離、巽之卦也。象一然子象日在:陰一陽,相妃於中,有父母夫婦之,意本於夫子之《象》。焦延壽以上爻為宗廟,五為君;今用之於《家人》,則君位為父矣。孔子曰:家人有嚴君焉,父母之謂也。

ある人が隋代の王通(文中子)の『家人』取象に対する看法を問い及ぶ。『家人』は内に明らかにして外に斉しく、正しく下離上巽の卦である。卦中の一陰一陽は中位において互いに配合し、ここにおいて父母夫婦の意がある。この層の意は本より孔子の『彖伝』に出づ(此段の底本の文字に訛脱あり、「象一然子象日在」の数字は通読すべからず)。漢代の焦延壽は上爻を以て宗廟と為し、五爻を以て君と為した。今この一組の方法を『家人』に用いれば、君位はすなわち父位と成る。ゆえに孔子は言う、「家人に厳君あり、父母を謂うなり」と。

睽卦象図

《睽》之為卦,六爻相疑者,陰陽相疑也。陽居陰位,是以位相疑。二應五而五連於上,上應三而三連於二,是以應相疑。疑則睽而不合矣。故聖人於六爻之辭,莫不解其疑也,而使陰陽各安其位焉。所以《睽》卦物象,比之他卦最盛,蓋欲盡意而已。

『睽』というこの一卦は、六爻が彼我猜疑し、実は陰と陽とが互いに猜疑するのである。陽爻が陰位の上に居る、これは爻位に就いて生ずる猜疑である。六二は本より九五に応ずべきに、九五はまた上九に連なり、上九は本より六三に応ずべきに、六三はまた九二に連なる、これは応与に就いて生ずる猜疑である。一たび猜疑すればすなわち乖睽して合すこと能わず。ゆえに聖人は六爻の爻辞の中、一処とてそれらの疑心を化解して、陰陽をして各々その本位に安んぜしめざるがない。これによって、『睽』卦の用いる物象は他の卦よりも繁盛で、ただ意を説き尽くさんとするに過ぎない。

蹇往来之図

《蹇》之二陽,皆陷於陰中,故曰賽。《蹇》之象,往來者四,而不繫往來之象者二。四者皆失中,而二者皆得中也。聖人得中道以自養,故雖處蹇中,而素患難,行乎患難也。何往來之有,五在上位之中,是得中而居上者也;善處賽而不凌下,使人樂歸之,此所以致朋來,而不終孤立於險中矣。二在下位之中,是得中而居下者也。善處賽而不援上,匪其躬而自任其責,此所以致終無尤過,而獲應於上矣。

『蹇』卦の二つの陽爻はいずれも陰爻の中に陥る。ゆえに卦名を「蹇」と言う、跛行して進み難しの意である。『蹇』卦の六爻の中、「往来」の辞を繫ぐものは四爻あり、「往来」を繫がざるものは二爻あり。あの四爻はいずれも中位を失い、この二爻はいずれも中位を得た。聖人は中道を得て以て自己を涵養する。ゆえに身は蹇難に処ると雖も、能く患難に安んじ、患難の中に在りて照樣に道を行う。どうして往と来とを語るに足らん。九五は上卦の中に在り、中を得て上位に居する者である。善く蹇に処りて下を欺凌せず、人をして楽しく帰附せしむ。ゆえに能く朋友を招来して、終始険中に孤立するに至らず。六二は下卦の中に在り、中を得て下位に居する者である。善く蹇に処りて上位に攀附せず、自身の為に打算せずして自ら責任を担う。ゆえに終に過失なく、かつ上の呼応を獲得す。底本の「賽」はすなわち「蹇」の字である。

三陽之失中也,故勸之反身修德也。四陰之失中也,故勸其連接乎二陽也。初在下,故勉之以養其聲譽,而無苟往。上近五,故勖之以就於充實,而從大人,如四之連耳。

九三は中位を失う。ゆえにそれに身を反し徳を修めよと勧める。六四は中位を失う。ゆえにそれに下の陽爻に連結せよと勧める。初六は最も下に在る。ゆえにそれに先ず自己の声譽を培養し、軽率に前往せざれと勉める。上六は九五に近づく。ゆえにそれに充実に走向し、大人に追隨して、ちょうど六四の陽爻に連結するがごとくせよと勉める。

解出坎険図

坎中之一陽,即震下之一陽,始包於坎中,既而出於坎上,動而震下也,若果核之仁變而為芽也,故曰:得黃矢。矢者,中直也。中直,則芽達矣。《解》之為卦,陰陽悖亂而不當其位,上爻故有解悖之象,震之在坎也。君子屈墊於下,混邊於小人之時,而發生敷大易象數布之心不忘也。一曰一脫邊而去,遂伸其志,此九四之與六三所以有拇象。

坎の中間のあの一陽は、すなわち震の下面のあの一陽である。はじめに坎の中に包裹せられ、後に坎の上より出で、一動すればすなわち震と成る。ちょうど果核の中の仁が芽と変ずるがごとき。ゆえに九二の爻辞は「黄矢を得」と言う。矢は中にして直きものである。中にして且つ直なれば、芽は生じ出づるを得る。『解』というこの一卦は、陰陽錯乱して皆位に当たらず。ゆえに上六に悖乱を解除するの象ある、あれは正しく震が坎の上に処るの意である。君子が身を屈し蟄伏して下に在り、小人と混雑相处する時、その一片の生発敷布の心思は終始忘れず(底本の此処に版心書名「大易象数」の四字が竄入せり)。一旦脱身離去すれば、志向は便ち伸長を得る。これが九四と六三とに「拇」の象ある所以の故である。

損益用中図

二卦之《象》,皆言與時偕行。二卦之爻,皆言十朋之龜。言時者,謂時當損而損,天下不以為儉嗇;當益而益,天下不以為驕奢也。言龜者,謂龜筮協從,臣民無逆也。

『損』『益』両卦の『彖伝』はいずれも「時と偕に行く」を言い、両卦の爻辞はいずれも「十朋の亀」を言う。「時」を言うは、減損すべき時に減損すれば天下人は汝を吝嗇と感ぜず、増益すべき時に増益すれば天下人は汝を奢侈と感ぜざるを言う。「亀」を言うは、亀卜と蓍筮とが協同順従して、臣下と百姓に違逆なきを言う。

夬決之図

五陽而決一陰,五君子而去一小人,不為難矣。然陰附五位,五與四皆屬之,是謂兌卦。所謂包陽之陰,挾君子之小人,所以難決難去耳。《大壯》之羊,施壯於震。震,同類也。《夬》之羊,施壯於兌。兌,非類也,變我則與同。此四爻所以有牽羊之象,此三爻變有羊象耳。

五つの陽爻が一つの陰爻を決除し、五位の君子が一人の小人を除去するは、本より難事と算せざる。しかるにこの一陰は第五位の上に依附して、九五と九四とが皆それに牽連せらる。合わせて正しく兌卦と成る。これがいわゆる陽を包裹する陰・君子を挟持する小人である。ゆえに決断し難く除去し難き。『大壮』の羊は、壮勢を震の上に施し、震はそれと同類である。『夬』の羊は、壮勢を兌の上に施し、兌はそれと同類に非ざれども、一変すればすなわちそれと相同ず。これが九四の「牽羊」の象ある所以・九三が一変して羊象を現ずる所以の故である。

姤遇之図

初與本爻觀之,則有豕象,而九三突其臀。初、二、四觀之,則有魚象,言陽包陰也。於九五觀之,則有瓜葛滋長之象。《姤》本《乾》也,一陰變其初,有龍反化魚象,龍化魚而角無用矣。此《妮》之角所以上窮也。《乾》之一陽,起子而終於巳,巳實居巽方,是《乾》之六陽與巽相遇於巳位,而巽之一陰遂萌矣。此一陰之生,故名曰《姤》也。

初六より本爻と合して看れば、すなわち猪の象あり、而して九三は正しくその臀部に撞当す。初・二・四の三爻より合して看れば、すなわち魚の象あり、言う所は陽が陰を包むことである。九五より上を看れば、すなわち瓜蔓葛藤の滋長する象あり。『姤』は本より『乾』にして、ただ初爻の一陰を一変すれば、すなわち竜が反って魚と化する象あり。竜が一旦魚と化すれば、角は用うる処なし。これがすなわち上九の「其の角に姤す」にして上位に窮する所以の故である。『乾』の一陽は子位より起り、巳位に至りて終る。巳は実際巽方に居る。ゆえに『乾』の六陽は巳位の上において巽と相遇し、巽のあの一陰は便ち随いて萌生す。正しくこの一陰の生出によって、卦名を『姤』と言う、すなわち「相遇」である。底本の「妮」はすなわち「姤」の字である。

萃聚之図

《萃》之成卦,則物各以類聚。而陽據南面之位,一為天子,一為諸侯,下統三公、二十七大夫、八十一元士,上奉宗廟之嚴,防眾亂之道,寄於初爻;懲失眾之象,寓於上畫。萃者,物之秋成而後萃也。秋本主於兌,兌卦本以上爻為主。今西南之坤氣,運至西方,而陰畫眾矣,故二陽統之,而上爻失眾焉。

『萃』卦は一たび成れば、万物は各々類に按じて聚集す。二つの陽爻は南面の位を占拠して、一つは天子、一つは諸侯で、下は三公・二十七大夫・八十一元士を統領し、上は宗廟の荘厳を奉守す。衆人の作乱を防備する道理は、初爻の上に寄托せり。衆心を失うを懲戒する象は、上爻の裏に寓含せり。いわゆる「萃」とは、万物が秋に成熟して後に、はじめて攅集するものである。秋は本より兌に主管せらる。兌卦は本より上爻を以て主と為す。今西南坤方の陰気は西方に運行して、陰画は多く成る。ゆえに二つの陽爻に依りて統摂するを要し、而上爻はすなわち衆心を失う。

升階之図

巽下之一陰,與坤之三陰一體也。陰沉滯,而陽升騰。升騰者,二陽也。初附二陽而升,三陰又與之一體,故有允升之象。允者,見信於人。

巽の下面のあの一陰は、坤の三陰と本より一体である。陰性は沈滞下墜し、陽性は升騰向上す。能く升騰する者は、巽の上面のあの二つの陽爻である。初六はこの二つの陽に依附して上に升り、坤の三陰はまたそれと同じく一体を為す。ゆえに「允升」の象あり。「允」とはすなわち人に信任せらるの意である。

坤用事於亥,而亥亦木之生,而未成形者也。至於子位,則震居坤下,震亦木也,是木之始芽根耳。若巽居坤下,則有二陽,非震一陽之比,故曰《升》也。《升》居丑位,及乎卯,則木王矣。外卦以位言也,而五天位,是不可以階升也。然貞者,正也。堯、舜、禹、湯昇天位以正,如升階焉。不以貞者,寧免於顛躋乎。

坤は亥位の上において令を当たり、而して亥もまた正しく木が初生して未だ形を成さざるの時である。子位に至って、震は坤の下に居る。震もまた木に属す。あれはただ木の剛が発芽生根するに過ぎない。もし巽が坤の下に居るならば、巽は二つの陽爻を有し、震のただ一陽あるの比に非ざる。ゆえに卦名を『升』と言う。『升』は丑位に処り、卯位に及べば木はまさに旺んぬ。外卦は爻位に就いて言う。第五爻は天子の位である。天位は階梯を攀ずるに依りて升り得るものに非ず。ただし「貞」とはすなわち正である。尭・舜・禹・湯は正道を憑りて天位に升る。ちょうど階級に順って一級一級走り上がるがごとき。正道に憑らずして上る者は、どうして跌跤墜落を免れんや。

大易象数鈎深図 巻中終

巻中校勘記

#1『阻之』,原作『祖之』,據四庫本改。#2『復退』,原作『彼退』,據四庫本改。#3『三陽』,四庫本作『二陽』。#4斗利』,四庫本作『權』字。#5『非德也』,四庫本作『非德』。#6『居』,據上下文義例增補。#7『上下』,原作『上上』,據四庫本改。#8『為嗚耳,外謙』,底本原缺,據《道藏》本《周易圖》卷中及其上下文義補之。

第一条:「阻之」は底本にもと「祖之」と作るも、四庫本に依って改正した。第二条:「復退」は底本にもと「彼退」と作るも、四庫本に依って改正した。第三条:「三陽」は四庫本に「二陽」と作る。第四条:「利」の字は四庫本に「権」の字と作る。第五条:「非徳也」は四庫本に「非徳」と作る。第六条:「居」の字は上下文の文例に依って増補した。第七条:「上下」は底本にもと「上上」と作るも、四庫本に依って改正した。第八条:「為嗚耳、外謙」の数字は底本にもと欠けるも、『道蔵』本『周易図』巻中および上下文義に依って補入した。

#9『地』,底本和四庫本皆作『治』,據《道藏》本《周易圖》卷中及其上下文義改正。#10『猶』原作『尤』,據四庫本改。#11『子』,據四庫本補。#12『乎』,四庫本作『也』字,疑底本誤。#13『朵頤』,原作『孕頤』,據四庫本改。#14『梯』,底本和四庫本皆誤作『梯』。#15『脾』,原作『晦』,據四庫本改。#16『上爻』,四庫本略作『上』字,義同。

第九条:「地」の字は底本と四庫本とともに「治」と作るも、『道蔵』本『周易図』巻中および上下文義に依って改正した。第十条:「猶」の字は底本にもと「尤」と作るも、四庫本に依って改正した。第十一条:「子」の字は四庫本に依って補入した。第十二条:「乎」の字は四庫本に「也」と作り、底本に誤あるを疑う。第十三条:「朶頤」は底本にもと「孕頤」と作るも、四庫本に依って改正した。第十四条:「梯」の字は底本と四庫本とともに誤って「梯」と作るも、「稊」と作るべきである。第十五条:「脾」の字は底本にもと「晦」と作るも、四庫本に依って改正した。第十六条:「上爻」は四庫本に「上」の字に省くも、意は同じである。

#17『趣下』,四庫本作一趨下』。#18『之』,據四庫本補。#19『基北』,四庫本作『基兆』,而據《道藏》本《周易圖》卷中疑當作『基址』。三稱何者為是,待考。#20『正沖』,原作『正衡』,四庫本亦是,據此句文義改正。《道藏》本《周易圖》卷中亦作『正沖』。#21『援上』,原作『授上』據四庫本改。#22『震下』,四庫本作一震上』。#23『矢』,原脫,今據其文義補之。#24『有拇象』,四庫本作『有解拇象一。

第十七条:「趣下」は四庫本に「趨下」と作る。第十八条:「之」の字は四庫本に依って補入した。第十九条:「基北」は四庫本に「基兆」と作り、而も『道蔵』本『周易図』巻中に依ればまた「基址」と作るべきを疑う。三種の写法のいずれを是とするかは考訂を俟たん。第二十条:「正沖」は底本にもと「正衡」と作るも、四庫本もまたかく書くも、今この一句の文義に依って改正す。『道蔵』本『周易図』巻中も「正沖」と作る。第二十一条:「援上」は底本にもと「授上」と作るも、四庫本に依って改正した。第二十二条:「震下」は四庫本に「震上」と作る。第二十三条:「矢」の字は底本にもと欠けるも、今文義に依って補入した。第二十四条:「有拇象」は四庫本に「有解拇象」と作る。

#25『儉嗇』,原作『險嗇』,於義不妥;據四庫本改。#26『於震』,原作『子震』,據四庫本改。#27『壯』,據上文義例補之。#28『變我』,四庫本作『變坎』。#29『初二四』,四庫本作『初於四』。#30『據』,四庫本作『居』。#31『本以』,原作『未於』,據四庫本改。#32『三陰』,原作『三陽』,四庫本亦是。今據《周易圖》卷中。

第二十五条:「倹嗇」は底本にもと「険嗇」と作り、義において通ぜざるも、四庫本に依って改正した。第二十六条:「于震」は底本にもと「子震」と作るも、四庫本に依って改正した。第二十七条:「壮」の字は上文の文例に依って補入した。第二十八条:「変我」は四庫本に「変坎」と作る。第二十九条:「初二四」は四庫本に「初于四」と作る。第三十条:「拠」の字は四庫本に「居」と作る。第三十一条:「本以」は底本にもと「未于」と作るも、四庫本に依って改正した。第三十二条:「三陰」は底本にもと「三陽」と作るも、四庫本もまたかくのごときも、今『周易図』巻中に依って改正す――底本の此の条の文字はここに至りて未だ完せず。

大易象数鈎隠図 巻下

困蒺藜葛藟株木図

《困》之為卦,屬乎九月兌氣用事,而臨於戌土;澤水為土所壅,故《大象》曰:澤無水,困也。《困》因兌、坎相重而成也。兌正秋,而坎為冬。兌之一陰,象乎始得秋氣而蔓草未殺。故為葛萬之困。六三則秋冬之交,蔓草葉脫而刺存焉,故為漢藥之困。若初六則在坎之下,正大寒之時也,蔓草為霜殺而靡有孑遺,而所存者株木而已。此《困》三陰爻故繫以草木象也。

『困』というこの一卦は、九月兌気が令を当たるの時に属し、正しく戌土の上に臨む。沢中の水は土に壅塞せられ。ゆえに『大象』は「沢に水無し、困」と言う。『困』は兌と坎の二卦が相重なりて成れる。兌は正秋に当たり、坎は冬に属す。兌の上のあの一陰は、剛に秋気を受けて蔓草まだ霜に殺されざるを象徴す。ゆえに「葛藟」の困を取る。六三は正しく秋冬の交に当たり、蔓草の葉は脱落して尖刺はなお留まる。ゆえに「蒺藜」の困を取る。初六に至っては、坎の最下に処り、正しく大寒の時節で、蔓草は霜に殺し尽くされて一根も残さず。存り残る所はただ光秃の樹桩のみ。ゆえに「株木」の困を取る。これが『困』卦の三つの陰爻がいずれも草木の象を繫ぐ所以の故である。底本の「葛万」はすなわち「葛藟」、「漢薬」はすなわち「蒺藜」である。

井鼎水火二用之図

《井》以陽為泉者,水因天一之陽而生也。坎中之陽出於坎方寒泉也,所謂北方生寒,寒生水之義也。故又日太陽寒水。巽之二陽,一在地位,而趣下是谷,而非井矣;一陽雖在人位,居梵之下,汲之不及,不若五爻浮溢於梵上也。井欲溢,而鼎戒盈,此德為器之辨也。《鼎》卦鉉、耳、趾皆全,而趾欠其一,所以初爻言鼎顛趾,言鼎倒而趾在上也。下一陰反有兩耳之象,五爻故曰黃耳,以別初焉。

『井』卦は陽爻を以て泉と為すは、水が天一の陽に由りて生ずるを以ての故である。坎中のあの一陽は坎方より出づる、すなわち寒泉で、『素問』のいわゆる「北方は寒を生じ、寒は水を生ず」の意である。ゆえにまた「太陽寒水」と称す。巽の二つの陽爻は、一つは地位に在りて下に趨り、あれは山谷にして井に非ず。もう一つは人位に在るなれど、井壁の下に居して汲み上げることを得ず、九五のごとき水満ちて井壁の上に溢出するに比ぶべからず。井は溢出し得るを以て好しと為し、鼎は満盈を戒備するを要す。これが「徳」と「器」の分別である。『鼎』卦は鉉・耳・足いずれも斉備せるも、ただ足が一只少なし。ゆえに初爻に「鼎趾を顛く」と言う、これは鼎が翻倒して足が上を向くを言う。下面のあの一陰は反って両耳の象がある。ゆえに六五の爻辞は「黄耳」を言う、以て初爻と相区別する。底本の「梵」は「甃」と作るべく、井壁を指す。

革卦炉鞴鼓鋳図

《革》雖有鼎鬲革生為熟之象,然以爐輪之象為正,蓋以離火鼓鑄兌金,而金從革也。革而後鼎者,以鼓鑄而成鼎也。夏后氏鑄鼎,而湯、武因之,以寶其器,故有湯、武革命之象。

『革』卦は鼎鬲を用いて生を熟と為すの象を有すと雖も、なお熔炉風箱の象を以て正解と為す。それは離火を以て風を鼓して兌金を熔鋳するを以て、正しく『尚書・洪範』の「金は従革と曰く」の説に合する。『序卦』が『鼎』を『革』の後に排するは、金属を鼓鋳するに頼ってこそ鼎を造ることを得るを以ての故である。夏后氏は九鼎を鋳造し、商湯・周武が襲承して、これを宝器と為した。ゆえにこの卦に湯・武革命の象がある。底本の「炉輪」はすなわち「炉鞴」で、風を鼓する皮囊を指す。

震動心跡之図

《震》之六爻,初勸之以有戒懼之心,而後言笑;二又戒之以喪貝而勿逐,是欲人內無妄動於一心,而外無貪其利也;三爻則言震蘇蘇,是欲人修慝而辨惑,無終入於迷塗也。皆動心之要也。外卦論動之邇,故四言遂泥,以表事之凝滯而不決;五言無喪,以表事之成;上言征凶,以表事之敗。

『震』卦の六爻:初九は人にまず戒懼の心を懐き、然る後に言笑あるを勧む。六二はまた人に銭貝を失うとも追わざるべきを告誡す。これは人に心に妄動せず外に利を貪らざらんと欲するが故である。六三は「震蘇蘇」を言う。これは人に邪念を修治して疑惑を辨明し、終に迷路に走り入るに至らざらんと欲するが故である。これらは皆「心を動かす」の要領である。外卦が言う所はすなわち動の留むる形跡である。九四は「遂に泥る」を言い、事の停滞して決断し能わざるを表示す。六五は「喪うこと無し」を言い、事の弁成するを表示す。上六は「征すれば凶」を言い、事の失敗するを表示す。

艮背象之図

《艮》之象,言輔、頰不言口,言身不言腹,言夤、限不言臍,有背面而立之象,故曰艮其背也。統一卦而觀之,下不分其腓、趾,上不別其身、輔,四陰排布,宛有背骨之狀。上一陽為肩膊,中一陽而為脊膂也。脊膂,取其貫中而已。

『艮』卦の爻象の中、面頰牙床を言うも口を言わず、身軀を言うも腹を言わず、脊肉と腰際とを言うも肚臍を言わず。処処に人に背を向けて立つの象を帯ぶ。ゆえに卦辞は「其の背を艮す」と言う。整卦を合して看れば、下は小腿と脚趾とを分たず、上は身軀と牙床とを別たず、四つの陰爻が排列開けて、宛然として一副の脊背骨骼の形状である。最上のあの一陽は肩膀、中間のあの一陽は脊梁である。脊梁の象を取るは、ただその中間を貫通するを取るに過ぎない。

《艮》之九三,《艮》之主也,以陽居陽,其性躁動,譬之於腰焉,俯仰罄折,起居行止,莫不因之;然其運動,實繫於心也,故聖人繫之以熏心之象。六二以陰居陰,其性靜矣,有腓象;心欲動而腓不能舉行,其心安有快意乎?故聖人又繫之以其心不快之辭。

『艮』の九三は全卦の主爻で、陽爻を以て陽位に居り、性情は躁動する。身体を以て比方すれば、それは腰のごときである。身を俯せ身を仰せ、屈折磬折、起居行止のおよそ、それに依頼せざるものなし。しかるにその運動は実は心に係る。ゆえに聖人はそれに「厉で心を薰る」の象を繫ぐ。六二は陰爻を以て陰位に居り、性情は安靜して、腿肚の象がある。心は動かんと想うも腿は抬げ動かず、あの心はどうして痛快ならん。ゆえに聖人はまたそれに「其の心快ならず」の爻辞を繫ぐ。

鴻漸南北図

《漸》卦,下艮而上巽,時當正月立春之後,鴻漸來之候矣,故六爻皆係以鴻也。鴻者,隨陽之烏,而艮、巽限乎子、午之陽,方繫之以鴻,豈不宜哉?三居艮卦之上,上居巽卦之上,是南北二陸也。三以一陽限於群陰之闖,當鴻雁北來之際,烏獸將孳尾之時,故有夫征婦孕之象也。三與四,氣交於人位,故孕也。若五與二,一居於天,一處於地,遠應而雌雄有別,故不孕耳。

『漸』卦は下艮上巽で、時令は正しく正月立春の後に当たり、鴻雁が漸次飛来する節候である。ゆえに六爻にいずれも「鴻」の字を繫ぐ。鴻は陽気に随って迁徙する鳥で、而して艮と巽は正しく子・午両端の陽気の間に界定せらる。「鴻」をこの一卦に繫ぐは、あに正しく合宜ではないか。九三は艮卦の最上に在り、上九は巽卦の最上に在る。これが南北の両片の陸地である。九三は一つの陽爻を以て群陰の間に夾まり、正しく鴻雁が北飛して来り、鳥獣が将に交尾せんとするの時に当たる。ゆえに丈夫出征・婦人懐孕の象がある。九三と六四とは、気が人位において交わる。ゆえに能く孕る。九五と六二に至っては、一つは天位に居り、一つは地位に処り、隔たり遠くして初めて相応ず。雌雄の別あるが故に孕まず。底本の「烏」はすなわち「鳥」、「闖」はすなわち「間」である。

帰妹君娣之袂図

震為蒼筧竹,下實而上虛,筐象也。《歸妹》之卦與《泰》相類,而人位二爻兩相交互,有掩袂之象。人之一身,左陽而右陰;陰陽之交,如兩袂之交也。娣,位乎下,其畫陽也;君,位乎上,其畫陰也。《易》以陽善而陰惡,陽貴而陰賤,此君之袂不如娣之袂矣。

震は青嫩の竹に象を取り、下面は実にして上面は虚、正しく竹筐の象である。『帰妹』卦と『泰』卦とは形体相近し、而して人位の上の両爻が彼我交錯して、衣袖相い掩うの象を帯ぶ。人の一身は、左は陽に属し右は陰に属す。陰陽交錯するは、ちょうど両隻の衣袖の交疊するがごとき。娣(陪嫁の妹)は位が下に在り、その一画は陽である。君(正妻)は位が上に在り、その一画は陰である。『易』は陽を以て善と為し陰を以て悪と為し、陽を以て貴と為し陰を以て賤と為す。ゆえに六五の爻辞に正妻の衣袖は娣の衣袖に及ばざるを言う。

蓋以《歸妹》安行非正也。其卦乃遷東方之陽,以就西方之陰,是震氣入於兌,木為金之剋制也。故必月幾望而後吉。月望,則陰敵陽,有少陵長,賤易貴之變矣。所以《歸妹》之縣唯曰:征凶,無攸利。以行不以正者,非聖人之事也。

これは『帰妹』の安んじ行う所が正道に非ざるを以ての故である。この卦は東方の陽を遷して西方の陰に就かしむるもの、すなわち震気が兌中に入り、木が金の克制を受く。ゆえに必ず月将に満ちんとして未だ満たざるの時を待ちてこそ吉なり。月が真に円満するに及べば、陰はすなわち陽と勢均力敵となり、ここにおいて年少のが年長を欺凌し、卑賤のが尊貴を取代するのがごとき変故が出現す。ゆえに『帰妹』の彖辞はただ「征すれば凶、攸往する利無し」と言う。事を行いて正道に循わざるは、聖人の為す所の事に非ず。底本の「県」はすなわち「彖」である。

豊日見斗之図

伏羲畫震於束,而置離於南方者,表少陽之氣動於束方,太陽之明盛於南方也。文王以震重離,遂名日《豐》,言少陽之震運至於南方,合太陽之離明,而為豐盛耳。所以文王於《豐》縣,明盛極必衰之理,日宜日中;於《豐》爻,明明極必昏之理,日日中見斗與沬也。文王所繫卦爻之辭,唯日與斗也。

伏羲は震を東方に画き、離を南方に安置し、以て少陽の気の東方において発動し、太陽の光明の南方において盛大なるを表明せんとす。文王は震を離の上に重畳して、ここにおいて名を『豊』と取る。少陽の震が南方に運行して、太陽の離明に合するを言い、ここにおいて豊大盛満たり。ゆえに文王は『豊』の彖辞の中において盛極すれば必ず衰えるの道理を点明し、「日中に宜し」と言い、『豊』の爻辞の中において明極すれば必ず昏れるの道理を点明し、「日中に斗を見」「日中に沬を見」と言う。文王の繫げたる卦辞と爻辞に、言及する所はただ日と斗のみある。

孔子之《象》,遂論及月,何哉?蓋《豐》卦在五、六月之交,日在柳宿之度,而斗指午、未之分。柳宿之度,實通三辰,故有見斗之理。

然れば孔子が『彖伝』において何故また月に談及せしか。『豊』卦の当たる時令が五・六月の交に在り、太陽が柳宿の度数の上に行到し、而して北斗の斗柄が午・未の間に指向するを以ての故である。柳宿の度数は実際日・月・星の三辰を貫通す。ゆえに白天に北斗を見ることを得るの理あり。

旅次舎図

六二以中道,遂懷資得童僕。九四以剛柔相濟而有應,遂得資斧。皆近利,不若六五也。離之所以明者,順以行其智也,故曰畜牝牛吉。上九之喪牛,是喪其明也。《旅》當《夫》之後,《乾》之前也,陽盛皆客氣,所以反日《旅》也。

六二は中道を守り、ここにおいて資財を懐蔵し童僕を得る。九四は剛柔相済しまた応与あり、ここにおいて資斧を得る。この二爻はいずれも利を求むるに偏近し、六五に比ぶべからず。離が明を得る所以は、柔順に依りてその智慧を運用するを以て。ゆえに『離』卦辞は「牝牛を畜えば吉」と言う。上九の「牛を喪う」は、すなわちこの一份の明を喪失するである。『旅』卦は『夬』の後に排び『乾』の前に在り、陽気は正しく盛んにして所至は皆客気である。ゆえに反って『旅』と名づく、旅居して客を作るの義を取る。底本の「夫」はすなわち「夬」である。

《旅》之上九得勢而主權者,寄一身於炎炎之上,而不知有焚巢之禍。九三趨炎而躁進,而不知有焚次之災。六二、九四雖以柔道而旅,或懷資,或得斧,獲利於時,而二必以身而後兔過,四之心尤不快也。豈非戒旅以求利之事乎?若六五者,始以離雉有文明之美,而射之,而亡其矢,而不獲,是道不行而利不得也。

『旅』卦の上九は勢を得て権を握り、一身を烈焰騰騰の高処に寄托するも、巣穴を焚焼するの禍患有るを知らず。九三は炎勢に趨附して躁急に上進するも、旅舎を焼き掉うの灾殃有るを知らず。六二と九四は柔順の道を憑りて外に客居するなれど、あるいは資財を懐蔵し、あるいは資斧を得、一時に些かの便宜を占むれども、六二は必ず自身を以て謹守してこそ過失を免れ得、九四の心の裡はさらに痛快ならず。これあに旅の人に一味に利を求むるを誡むるに非ざらんや。六五に至っては、起先に離を文明の雉と看中して文采の美あるに由り、便ち往きてこれを射るも、結果は一支の箭を射失して射中せざる――あれは道の行われず利も得ざるである。底本の「兔過」はすなわち「免過」である。

巽床下図

《巽》以陽為肺簣,而以陰為林足者,以肺下有足之象,四陽行列,有簣之象也。九二林之束壁,而上九將之西壁也,故皆云《巽》在林下,以林足附之也。九五為龍飛,而為虎變者也。飛龍為甲,虎變為庚,是以一氣之變更耳。上九喪斧,剛過也。九二用史、巫,剛中而未得位也。九三之頻蹙,又無位而失中也。由是觀之,則權以有位而得中者行矣。非九五,而誰乎?

『巽』卦は陽爻を以て床板箦席と為し陰爻を以て床足と為すは、床板の下に必ず足有るの象あるを以ての故である。四つの陽爻は併排列陳して、正しく竹席の铺开する象あり。九二は床の東壁に在り、上九は床の西壁に在る。ゆえに両爻とも「巽は床の下に在り」と言う。床足のこの一面に就いて附会するを以ての故である。九五は既に飛竜でありまた虎変である。飛竜は甲に配し、虎変は庚に配す、ただ同一股の気の転換変更に過ぎない。上九の「其の資斧を喪う」は、剛が頭を過ぎたるである。九二の史官と巫祝とを請じて祈禱するは、剛にして中を得るも位を得ざるである。九三の頻頻蹙迫するは、さらに位無くして中をも失うである。これを以て看れば、権柄は位有りかつ中を得たる人に由りて行使せんとするを要す――九五を舎ててまた誰かあらん。底本の「林」はすなわち「床」、「束壁」はすなわち「東壁」である。

兌象之図

《坎》之初六,主於冬至。《離》之初九,主於夏至。《震》、《兌》之初,則主於春、秋之分也。故以《兌》之下二爻陽氣尤盛,為七月之象;中二爻陰陽中分,為八月之象;上二爻陰過於陽,為九月之象。此《兌》卦所以四爻為言商兌,以見《震》角、《離》徵、《坎》羽之音;五爻言孚剝,以見《震》、《央》、《離》、《娠》、《坎》、《復》之理也。

『坎』の初六は冬至を主管し、『離』の初九は夏至を主管し、『震』『兌』の初爻はそれぞれ春分と秋分とを主管す。ゆえに『兌』卦の下面二爻は陽気最も盛んにして、七月の象である。中間の両爻は陰陽各々半分を占めて、八月の象である。上面の両爻は陰がすでに陽を超過して、九月の象である。これが『兌』卦の九四の「商兌」を言う所以の故である――商音を用いて『震』の角音・『離』の徴音・『坎』の羽音を帯出す。九五が「剥に孚あり」と言うは、則ち以て『震』と『夬』・『離』と『姤』・『坎』と『復』とが彼此対待するの道理を見出す。底本の「央」はすなわち「夬」、「娠」はすなわち「姤」である。

渙躬之図

一陽生於子,而六陽亢於巳。子屬坎,而巳屬巽,以巽重坎,所以為《渙》也。渙者,散也。卦氣當夏至之後、大暑之前也,是陽氣散於外也。陽雖散於外,而有生生不窮者在其中,是坎中之一陽也。一元之氣,是坎中之一陽也。

一陽は子位に生じ、六陽は巳位に亢盛す。子は坎に属し、巳は巽に属す。巽を坎の上に重畳すれば、すなわち『渙』卦と成る。「渙」とはすなわち発散である。この卦の卦気は正しく夏至の後・大暑の前に当たり、すなわち陽気が外に向かって発散するの時である。陽は外に向かって発散すと雖も、生生不窮のものが裏頭に留まる。あれはすなわち坎中のあの一陽である。いわゆる一元の気とは、正しく坎中のこの一陽である。

陽主氣,陰主形。一陽散於外,故言汗、血也。二陰分於中,故言群、躬也。躬分而為四支,群分而為五臟、六腑形也,是皆一元之氣分散而成也。人之生也,本於元氣。元氣出於坎水,是為天一之精也,蒸而為汗,流而為血,以養四肢五臟。

陽は気を主管し、陰は形を主管す。一陽が外に向かって発散する。ゆえに爻辞は「渙汗」と「渙其血」とを言う。両陰は当中に分居す。ゆえに爻辞は「渙其群」と「渙其躬」とを言う。躬を分かち開けばすなわち四肢であり、群を分かち開けばすなわち五臓六腑のこれら形体である。全く皆一元の気が分散して成れるものである。人の生命は、根本は元気に在る。元気は坎水より出づ、すなわち天一の生ずる精で、蒸騰上がりて化して汗と為り、流動起りて化して血と為り、以て四肢五臓を滋養す。

節気之図

巽之上爻,兌之下爻,變皆成坎。坎氣蒸上,為巽木之枝葉潤也。坎氣下濡,為兌澤之中聚水草也。澤水竭,則為困矣,是水下洩也。兌之一陽下洩,則有戒欲之象。坎之一陰上缺,則有戒嗜之象。戒欲二不出戶庭。戒嗜,故云甘、苦之味。

巽の上爻と兌の下爻は、一変して皆坎と成る。坎気は上に向かって蒸騰し、巽木の枝葉をして滋潤を得しむ。坎気は下に向かって浸潤し、兌沢の当中に水草を聚生せしむ。沢中の水が一旦枯竭すれば、すなわち『困』卦と成る。あれは水が下に向かって泄漏するである。兌の一陽が下に向かって漏泄すれば、便ち私欲を戒除するの象あり。坎の一陰が上に缺口あれば、便ち嗜好を戒除するの象あり。欲を戒するがゆえに「戸庭より出でず」と言い、嗜を戒するがゆえに甘・苦の味道を言い及ぶ。

初爻言不出戶庭無咎,二爻言不出戶庭凶者,是戒欲之義也。初爻變為坎,天一之水是為真精之原,君子能知通塞之理,慎密而不出,閉其精戶,是養生之要也。坎二則火也,門庭者是開竅為心也。心火貴乎下濟於水,心明貴乎外明於物,不出則失中道矣,亦戒欲之義也。六三言嗟者悔嘆而不節,六四言安者安於能節,是皆明告利害於人也。養生之道,盡此二卦。

初九は「戸庭より出でず、咎無し」と言い、九二は「門庭より出でざれば凶」と言う。言う所は皆欲を戒するの道理である。初爻が一変して坎と為れば、天一の水はすなわち真精の本源である。君子は能く通と塞との道理を明白にし、謹慎周密にして軽易に外出せず、精気の門を閉守する。これは養生の要訣である。坎が第二爻の上に至れば便ち火に属す。いわゆる「門庭」とは開竅して心に通ずるを指す。心火は下に降りて腎水を済助するを貴び、心明は外に出でて事物を照見するを貴ぶ。一味に閉守して出ざれば、すなわち中道を失う。これもまた欲を戒するの道理である。六三は「嗟若」と言う、能く節制せずして事後に悔嘆するである。六四は「安節」と言う、能く節制するに安然とするである。これらは皆明々白々に利害を人に告げるものである。養生の道理は、全く皆『渙』『節』この二卦の裡に尽くる。

中孚小過卵翼生成図

《中孚》生陽,羽族卵生也。《咸》卦生陰,血肉之物胎生也。故《中孚》為生陽之始,《小過》為生陽之成也。烏雀四時生卵而春盛,故為立春之象,冬至之卵焉。《中孚》有烏卵之象,烏炎上之性,必以豚魚而後吉。豚魚,潤下之物也。北方子位,豚魚之地也。

『中孚』は生陽の一類に属し、羽毛を帯ぶる鳥の卵を下して孵化するである。『咸』卦は生陰の一類に属し、血肉ある走獣の胎懐して生ずるである。ゆえに『中孚』は生陽の開端で、『小過』は生陽の完成である。鳥雀は四季皆卵を下すれど春を以て最も盛んと為す。ゆえに『中孚』は立春の象を取る、すなわち冬至の時に結びたる卵である。『中孚』は鳥卵の象あり。鳥は炎上の性子で、必ず豚と魚とを配してこそ吉なり――豚と魚は潤下の物で、北方子位は正しく豚魚の居する処である。底本の「烏」はすなわち「鳥」である。

《小過》之飛烏離之凶者,由東行而中,南方之網罟也。網罟取離陽,至離而太盛,陰氣生矣。黃帝之律呂,分為乾、坤,妃為坎、離。乾、坤即分六陰、六陽,坎、離則成。

『小過』の言う所の飛鳥が凶に遭うは、それが東より中間に向かって飛去して、南方の羅網に撞上するを以ての故である。羅網が取る所は離の陽気である。離位に至れば陽気は盛んに過ぎ、陰気もまた生じ出づる。黄帝の定めたる律呂は、分かれて乾・坤と為り、配して坎・離と為る。乾・坤は六陰・六陽を分かち出し、坎・離は則ち成る……底本の此処の文字は未だ完せず。

既済未済合律之図

《既濟》、《未濟》。坎中之陽,將升而至於仲呂,闢卦為《乾》,是謂《乾》盈九不見其首。離內之陰,已入於坎,至於應鍾,闢卦為《坤》,是謂《坤》虛十以導潛龍之氣。《既濟》之首,《乾》之首也。《未濟》之尾,《坤》之尾也。《乾》尾續於《坤》尾,九而後十也。《坤》首繼於《乾》首,二而先一也。

ここでは『既済』と『未済』の二卦を言う。坎中のあの一陽は将に上昇して仲呂の律に到達せんとし、対応する辟卦は『乾』である。これを『乾』が九に満盈して「其の首を見ず」と言う。離の裏面のあの一陰はすでに坎中に入って、応鐘の律に到達し、対応する辟卦は『坤』である。これを『坤』が十に虚して、以て潜竜の気を引導すと言う。『既済』の頭は、すなわち『乾』の頭である。『未済』の尾は、すなわち『坤』の尾である。『乾』の尾は『坤』の尾に接続する、これは先に九にして後に十である。『坤』の頭は『乾』の頭に承接する、これは二が反って一の前に排せられるである。

内十二月十二律

日月運行一寒一暑卦気之図

相生図附陽下生陰上昇

十三卦取象図

離巽繩離目。網目謂之罟,兩目相連,結繩為之網罟也。離,雉佃也。兌、巽為魚,漁也。

『離』卦一条:巽は縄と為り、離は目と為る。網上の眼孔を「罟」と言い、両眼は相い連なり、縄子を結び起こせばすなわち網罟を作り成す。離はまた野鶏で、田猟すべく、兌と巽とは魚で、捕撈すべし。これが『繫辞』のいう伏羲「結びて縄を作りて網罟と為し、以て佃し以て漁す、蓋しこれを『離』に取りし」の所謂である。

益乾金斷巽,斷木也,四之上成坎,坎為益揉之初成。震,揉木也,入坤土而巽於前,斷木為耜也。動於後,揉木為未也。

『益』卦一条:乾金が巽木を截断するは、すなわち「木を断つ」である。第四爻が上行して坎と成る、坎は『益』卦の木を揉むの起頭である。震は木を揉む、木は坤土に挿入して巽は前に伏す、これがすなわち木を截断して耜を作ることである。後ろにおいて発動するは、すなわち木を揉み曲げて耒を作ることである。これが『繫辞』のいう神農「木を斲りて耜と為し、木を揉めて耒と為す、蓋しこれを『益』に取りし」の所謂である。底本の「未」はすなわち「耒」である。

噬嗑眾離日在上,為日中。坤眾在下,為市眾為民。離有伏,兌為羸,具坤往之致天下之民,聚大下之貨也。以坤交乾,交易也。

『噬嗑』一条:離日が上に在る、すなわち「日中」である。坤衆が下に在る、すなわち集市で、衆とは百姓を指す。離の中に兌が伏蔵し、兌は背負うべき貨物と為る。加うるに坤衆が前往すれば、ここにおいて天下の百姓を招来し、天下の貨物を聚集す。坤を以て乾と交接すれば、便ち交易である。これが『繫辞』のいう神農「日中に市を為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各々其の所を得、蓋しこれを『噬嗑』に取りし」の所謂である。底本の「大下」はすなわち「天下」である。

乾乾,坤無為,六子自用,垂衣裳而天下乾在上為衣。

『乾』卦一条:乾は自ら乾位に安んじ、坤は一つも為す所なく、六つの子卦は各々その作用を発揮す。ここにおいて「衣裳を垂れて天下治まる」。乾は上に居り、上衣に象を取る。

坤坤在下為裳。裳,下體之飾也。

『坤』卦一条:坤は下に居り、下裳に象を取る。裳とは下半身を遮飾する衣物である。この一条は上の一条と合わさって、すなわち『繫辞』のいう黄帝・尭・舜「衣裳を垂れて天下治まる、蓋しこれを『乾』『坤』に取りし」の所謂である。

渙乾金剖巽,浮於坎上,剖木為舟也。火上銳,刻木為楫也。

『渙』卦一条:乾金が巽木を剖開して、それを坎水の上に浮かべしむ。これがすなわち木を剖空して船を作ることである。火の形状は上端が尖鋭、これがすなわち木を削刻して楫を作ることである。これが『繫辞』のいう「木を刳きて舟と為し、木を剡めて楫と為す、舟楫の利以て通ぜざるを済る、蓋しこれを『渙』に取りし」の所謂である。

隨坤牛而震足,驅之服牛也。震作足馬,上六引之。引,重也。內卦近,外卦遠,上六在外卦之外,致遠也。

『随』卦一条:坤は牛と為り震は足と為る。それを駆逐して前行せしむれば、すなわち牛車を駕服するである。震はまた善く走る馬と作る。上六が後面において牽引す。「引」とはすなわち重を負うである。内卦は近、外卦は遠、上六は外卦の外に在る。ゆえに「遠を致す」である。これが『繫辞』のいう「牛に服し馬に乗り、重を引き遠を致し、以て天下に利せん、蓋しこれを『随』に取りし」の所謂である。

豫《豫》,《謙》之反也。《謙》,艮為門,九三之四又為門,重門也。艮為手,坎為堅,震為聲,手擊堅木而有聲,擊柝也。坤為闔戶,而坎盜逼之,暴客也。

『豫』卦一条:『豫』は『謙』を倒した卦である。『謙』において艮は門と為り、九三が第四位に上ってまた一門と成る。両門が相疊す、すなわち「重門」である。艮は手と為り、坎は堅硬の物と為り、震は声响と為る。手を以て堅木を敲撃して声音を出す、すなわち「撃柝」で、更を打ちて報警するである。坤は緊閉の門戸と為り、而して坎の象する盗賊が来たりて相逼する、すなわち「暴客」である。これが『繫辞』のいう「重門撃柝、以て暴客を待つ、蓋しこれを『豫』に取りし」の所謂である。

小過兌金斷巽木,斷木為杵也。巽木入坤土,掘地為臼也。坎,陷也。臼之象,杵動於上,臼止於下,四應初,三應上,上下相應,杵、臼之利也。坎變巽股,萬民濟也。

『小過』一条:兌金が巽木を截断する、すなわち木を截断して杵を作ることである。巽木が坤土に挿入する、すなわち地を掘りて臼を作ることである。坎は陥没する、正しく臼の象に合す。杵は上に在りて舂動し、臼は下に在りて静止す。六四は初六に応じ、九三は上六に応じ、上下相応して、杵臼の舂米の利と成る。坎は一変して巽の「股」と為れば、万民は皆接済を得る。これが『繫辞』のいう「木を断ちて杵と為し、地を掘りて臼と為す、臼杵の利、万民以て済らる、蓋しこれを『小過』に取りし」の所謂である。

睽《睽》,《家人》之反也。《家人》,巽為木,巽、離為絲,坎為弓,弦木為弓也。兌金刻木而銳之,刻木為矢也。兌庾乾剛,威天下也。

『睽』卦一条:『睽』は『家人』を倒した卦である。『家人』において巽は木と為り、巽と離とは糸線と為り、坎は弓と為る。糸弦を木の上に装せば、すなわち弓と成る。兌金が木を削りて尖鋭にすれば、すなわち箭と成る。兌の肅殺の気に乾の剛強とを加えれば、便ち天下を威服するに足る。これが『繫辞』のいう「木に弦めて弧と為し、木を剡めて矢と為す、弧矢の利、以て天下を威す、蓋しこれを『睽』に取りし」の所謂である。

大壯《大壯》自《還》來,一變《中孚》。艮為居,兌為口穴之象。穴,居也。再變大《大畜》,乾在上,天際也,野之象。巽入變艮,而止野處也。三變《大壯》,震壯木在上,棟也。乾天在下,宇也。巽風隱,兌澤流,待風雨也。《大壯》則不橈矣。

『大壮』一条:『大壮』は『遯』より変じて来る。第一変して『中孚』と成る。艮は止居と為り、兌は口と為る、正しく洞穴の象である。穴はすなわち居所である。第二変して『大畜』と成る。乾は上に在りて天辺、すなわち原野の象である。巽は入りて艮と変じ、便ち野外に停りて栖止する。第三変して『大壮』と成る。震の壮木は上に在りて棟梁、乾天は下に在りて屋宇、巽風は遮擋せられ、兌沢の水は流走す、すなわち風雨を防備するである。『大壮』あるがゆえに、屋梁は便ち弯折せざる。これが『繫辞』のいう「上古は穴居して野処し、後世の聖人はこれを宮室に易え、上棟下宇、以て風雨を待つ、蓋しこれを『大壮』に取りし」の所謂である。底本の「還」は「遯」と作るべきである。

大過《大過》自《遯》,一變《訟》,乾見坤隱,不封也。再變巽木,而兌金毀之,不樹也。三變《鼎》,離為目,兌澤流喪也。上九變而應三,坎兌為節,不變喪期,無數也。木在澤下,中有乾人,棺槨也。葬則棺周於身,槨周於瓪棺,土周於槨,大過也。

『大過』一条:『大過』は『遯』より変じて来る。第一変して『訟』と成る。乾は顕現して坤は隠没す。ゆえに「封せず」、すなわち土を堆いて墳と為さざるである。第二変して、巽木は兌金に毀損せらる。ゆえに「樹せず」、すなわち樹を栽えて標記と為さざるである。第三変して『鼎』と成る。離は目と為り、兌沢の水は流出す、すなわち哭喪である。上九が一変して九三と相応し、坎と兌とが合して「節」と成る。節度は未だ変ぜず、ゆえに喪期「数無し」と言う。木は沢の下に在り、当中に乾の象する人ある、あれはすなわち棺槨である。下葬の時、棺は身を囲み、槨は棺を囲み、土はまた槨を囲む、一層一層加えて上がる、正しく「大過」である。これが『繫辞』のいう古人の葬る時「封せず樹せず、喪期数無し、後世の聖人はこれを棺槨に易え、蓋しこれを『大過』に取りし」の所謂である。

夬《夬》自《姤》,四變《大有》。《姤》,巽為繩,結繩也。巽變成離、坤。離為文書也。兌金刻木契也。

『夬』卦一条:『夬』は『姤』より変じて来る。第四変して『大有』と成る。『姤』において巽は縄と為る、すなわち「縄を結ぶ」である。巽は変じて離と坤と成り、離は文書と為る。兌金が木を刻する、すなわち契券を刻立するである。これが『繫辞』のいう「上古は縄を結びて治め、後世の聖人はこれを書契に易え、百官以て治め、万民以て察す、蓋しこれを『夬』に取りし」の所謂である。

三陳九卦之図

一:《履》,德之基;《謙》,德之柄;《復》,德之本;《恆》,德之固;《損》,德之修;《益》,德之裕;《困》,德之辯;《井》,德之地;《巽》,德之制。

第一回の陳説は、この九卦が各々徳のどの一部分であるかを言う。『履』は徳の根基、『謙』は徳の把柄、『復』は徳の本原、『恒』は徳の穏固なる処、『損』は徳の修治、『益』は徳の寛裕、『困』は徳の辨別、『井』は徳の安居する地、『巽』は徳の裁制である。

二:《履》和而至;《謙》尊而光;《復》小而辨於物;《恆》雜而不厭;《損》先難而後易;《益》長裕而不設;《困》窮而通;《井》居其所而遷;《巽》稱而隱。

第二回の陳説は、この九卦が各々の情状を言う。『履』は和順にして能く目的に到達す。『謙』は謙退にして愈々尊栄光大を見る。『復』は微小より起って能く事物を辨別す。『恒』は処境駁雑にして厭きを生ぜず。『損』は起初艱難にして後来容易なり。『益』は長久寛裕にして刻意造作せず。『困』は身に困窮に処りて道は能く通達す。『井』は自身移動せずして潤沢は人に遷及す。『巽』は事物を称量して自身は隠れて露せず。

三:《履》以和行;《謙》以制禮;《復》以自知;《恆》以一德;《損》以遠害;《益》以興利;《困》以寡怨;《井》以辨義;《巽》以行權。

第三回の陳説は、この九卦の各々の用処を言う。『履』を用いて行為を和順ならしめ、『謙』を用いて礼節を制定し、『復』を用いて自己を省察し、『恒』を用いて其の徳を専一にし、『損』を用いて禍害を遠ざかり、『益』を用いて利益を興弁し、『困』を用いて怨尤を減少し、『井』を用いて道義を辨明し、『巽』を用いて権変を行使す。

上經卦三三敘而九,下經卦六三叔而十八。《履》十,《謙》十五,《復》二十四,《恆》二,《損》十一,《益》十二,《困》十七,《井》十八,《巽》二十七,九卦之數,總一百三十有六。凡三求之,四百有八也。周天三百六十成數也,餘四十八,陰陽所以進退也。陽進於《乾》,六月各四十八,《復》至《乾》也。陰退於《坤》,六月亦四十八,《娠》至《坤》也。

上経の卦は三つ三つと叙列して、共に九卦を得る。下経の卦は六組三つずつ叙列して、共に十八卦を得る。九卦の各自の経中の序数は:『履』第十、『謙』第十五、『復』第二十四、『恒』第二、『損』第十一、『益』第十二、『困』第十七、『井』第十八、『巽』第二十七。合計一百三十六、三を用いて乗ずれば、四百零八を得る。周天三百六十は成数で、多く出たる四十八は、正しく陰陽の進退する所以の部分である。陽は『乾』に向かって推進し、六箇月共に四十八、これは『復』より『乾』に走るである。陰は『坤』に向かって退却し、六箇月もまた四十八、これは『姤』より『坤』に走るである。底本の「叔」はすなわち「叙」、「娠」はすなわち「姤」である。

参伍以変図

天一下生地六,地二上生天七;天三左生地八,地四右生天九。

天数の一は下に向かって地数の六を生じ、地数の二は上に向かって天数の七を生ず。天数の三は左に向かって地数の八を生じ、地数の四は右に向かって天数の九を生ず。四組の生数と成数とが上下左右に二々相配す、すなわちこの図の基本格局である。

參,合也。配,偶也。天地之數,各相參配,錯綜往來而相生,故生成之數大備,而天地之文生焉。《繫辭》日:參伍以變,錯綜其數,通其變,遂成天地之文。此之謂也。

「参」とは会合の意で、「配」とは配对の意である。天数と地数とが各々互いに会合配对して、交錯綜合し往来相生す。ゆえに生数と成数とが完全斉備して、天地の文采もまた生ずる。『繫辞』は言う、「参伍以て変じ、錯綜して其の数を成す。其の変に通ぜば、遂に天地の文と成る」と。言う所は正しくこの道理である。

十有八変図

男女合者,上、下經惟十二位。正位《乾》、《坤》、《坎》、《離》、《咸》、《恆》、《損》、《益》八卦,分為十八位。《乾》、《坤》變《頤》、《大過》,《頤》、《大過》變《坎》、《離》,《坎》、《離》變《中孚》、《小過》,《中孚》、《小過》變《咸》、《恆》,成人倫也。

男女相配について言えば、上下経の中にただ十二箇の位次あるのみ。正位を取るは『乾』『坤』『坎』『離』『咸』『恒』『損』『益』の八卦で、分かれ排列して共に十八位と成る。『乾』『坤』は変じて『頤』『大過』を出し、『頤』『大過』は変じて『坎』『離』を出し、『坎』『離』は変じて『中孚』『小過』を出し、『中孚』『小過』は変じて『咸』『恒』を出し、人倫の道はこれに就いて成立す。この一層一層の逓変が、すなわち「十有八変」の意である。

一陰一陽図

六十四卦,一陰一陽,始《乾》終《坤》。先自《乾》、《坤》一陰一陽,排六十四,次自《乾》二陽二陰,次四陽四陰,次十六陽十六陰,次三十二陽三十二陰,即成六十四卦也。故曰一陰一陽之謂道。

六十四卦は一陰一陽が彼此相い間を為し、『乾』より開頭して、『坤』に至りて収尾す。まず『乾』『坤』の一陰一陽より排し起こり、排し満たして六十四位とす。次に『乾』より起り、二陽二陰に按じて分排し、さらに四陽四陰に按じて分排し、さらに十六陽十六陰に按じて分排し、さらに三十二陽三十二陰に按じて分排すれば、六十四卦はすなわち排し成る。ゆえに『繫辞』は言う、「一陰一陽、これを道と謂う」と。

先甲後甲図

自甲午至癸亥三十日。起申至巳。先甲。黑暈。自甲子至癸巳三十日。起寅至亥。後甲。白暈。

甲午日より癸亥日まで共に三十天、申に起りて巳に尽く、この一段は「先甲」に属し、図の上では黒色の暈圏を以て標出す。甲子日より癸巳日まで共に三十天、寅に起りて亥に尽く、この一段は「後甲」に属し、図の上では白色の暈圏を以て標出す。これは『蠱』卦辞の「甲に先だつ三日、甲に後るる三日」を六十甲子の上に攤して排出した分布である。

陰陽君民

陽卦以奇為君,故一陽而二陰,陽為君,陰為民也。陰卦以偶為君,故二陽而一陰,陰為君,陽為民也。陽,一畫為君,二畫為民,其理順,故日君子之道。陰,二畫為君,一畫為民,其理逆,故曰小人之道。

陽卦は奇数のあの一画を以て君と為す。ゆえにそれは一つの陽爻に二つの陰爻を配し、陽は君を做し、陰は民を做す。陰卦は偶数のあの一画を以て君と為す。ゆえにそれは二つの陽爻に一つの陰爻を配し、陰は君を做し、陽は民を做す。陽卦においては、一画が君を為し両画が民を為す、この道理は順である。ゆえに『繫辞』はこれを「君子の道」と称す。陰卦においては、両画が君を為し一画が民を為す、この道理は逆である。ゆえにこれを「小人の道」と称す。

陰陽奇耦

震、坎、艮,陽卦也。曷為而多陰?自坤而索也。其卦皆一陽二陰,凡五也,故曰陽卦奇。巽、離、兌,陰卦也。曷為而多陽?自乾而來也。其卦皆一陰二陽,凡四也,故日陰卦耦。

震・坎・艮は陽卦である。何故に陰爻が反って多いか。それらが坤に向かって索求して得たものであるを以て。この三卦はいずれも一つの陽爻に二つの陰爻を配し、画数を合計すれば五画、五は奇数である。ゆえに「陽卦奇」と言う。巽・離・兌は陰卦である。何故に陽爻が反って多いか。それらが乾のところより来たものであるを以て。この三卦はいずれも一つの陰爻に二つの陽爻を配し、画数を合計すれば四画、四は偶数である。ゆえに「陰卦耦」と言う。

二儀得十変化

十日五行相生

大衍之数図

揲蓍之法図

第一揲、第二揲、第三揲。第一卦於小指間,不五則九;第二卦於中指間、第三卦於食指間,皆不四則八。

揲蓍して一爻を求めるには、第一揲・第二揲・第三揲の三道の手続きを経る。第一次は余策を小指の間に掛げて、得る所は五でなければ九である。第二次は中指の間に掛げ、第三次は食指の間に掛げて、得る所はいずれも四でなければ八である。

五四四,此係三少,計十三策,四十九策中除十三,餘三十六,即四九之數也,是為老陽。

三次の掛扐が順に五・四・四を得れば、この一組は「三少」に属し、合計十三策。四十九策の中よりこの十三策を除去すれば、余るは三十六、正しく四乗九の数である。ゆえにこの一爻は老陽と定まる。

九八八,此係三多,計二十五策,四十九中除二十五,餘二十四,即四六之數,是為老陰。

三次の掛扐が順に九・八・八を得れば、この一組は「三多」に属し、合計二十五策。四十九策の中よりこの二十五策を除去すれば、余るは二十四、正しく四乗六の数である。ゆえにこの一爻は老陰と定まる。

五八八,少陽。九四八,並係兩多一少,各計二十一策,四十九中除二十一,餘二十八,即四七之數也,是為少陽。九八四,少陽。

五・八・八を得れば、少陽である。九・四・八を得れば、上の一種と同じく「両多一少」に属し、各々合計二十一策。四十九策の中より二十一を除去すれば、余るは二十八、正しく四乗七の数である。ゆえに少陽と定まる。九・八・四を得れば、また少陽である。

九四四,少陰。五八四,並係兩少一多,各計十七策,四十九中除十七,餘三十二,即四八八之數也,是為少陽。五四八,少陰。

九・四・四を得れば、少陰である。五・八・四を得れば、上の一種と同じく「両少一多」に属し、各々合計十七策。四十九策の中より十七を除去すれば、余るは三十二、正しく四乗八の数である。理に按ずればまさしく少陰と定むべきである――底本の此処は誤って「少陽」と書き、「四八八」もまた「四八」と作るべきである。五・四・八を得れば、また少陰である。

河図百六数

以三因天地十五數,得四十五。以五因天地十五數,得七十五。以七因天地十五數,得一百五。九宮數止一百五,故百六為極數。用三、五、七者,取陽數中者用之。

三を用いて天地十五の数に乗ずれば、四十五を得る。五を用いて天地十五の数に乗ずれば、七十五を得る。七を用いて天地十五の数に乗ずれば、一百五を得る。九宮の数は最も多くても一百五に止まる。ゆえに一百六を以て極数と為す。ただ三・五・七のみを取って乗ずる所以は、陽数の中に於て居中のいくつかを取って用いんとするが故である。

八卦司化図

乾職生覆,坎司寒化,艮司溼化,震司動化,巽司風化,離司暑化,坤職形載,兌司燥化。

乾の職任は生養覆載、坎は寒の気化を主管し、艮は湿の気化を主管し、震は動の気化を主管し、巽は風の気化を主管し、離は暑の気化を主管し、坤の職任は成形承載、兌は燥の気化を主管す。この図が排する所は、八卦が各々一種の気化を主とする分け前である。

類聚群分図

坎北,震束,乾西北,艮束北,四卦皆陽也。離南,兌西,巽束南,坤西南,四卦皆陰也。故日:方以類聚。一聚於六而分乾、坎,四聚於九而分坤、兌,二聚於七而分離、巽,三聚於八而分震、艮,故日:物以群分。得朋則吉,乖類則凶,此吉凶所以生也。

坎は正北に在り、震は正東に在り、乾は西北に在り、艮は東北に在る。この四卦は皆陽に属す。離は正南に在り、兌は正西に在り、巽は東南に在り、坤は西南に在る。この四卦は皆陰に属す。ゆえに『繫辞』は「方は類を以て聚まる」と言う。一は六に聚合して乾と坎とを分かち出し、四は九に聚合して坤と兌とを分かち出し、二は七に聚合して離と巽とを分かち出し、三は八に聚合して震と艮とを分かち出す。ゆえに『繫辞』は「物は群を以て分かる」と言う。同類の朋友を得ればすなわち吉、同類を違離すればすなわち凶。吉凶はこのようにして生ずる。

通乎昼夜図

子者,乾之始,而終於巳。午者,坤之始,而終於亥。陽爻二百九十二,晝數也,其數一千七百二十八。陰爻一百九十二,夜數也,其數一千一百五十二。總而言之,二千八百八十九,四求之合,萬有一千五百二十,故日:通乎晝夜之道而始。

子は乾のはじまりで、巳位に至りて終る。午は坤のはじまりで、亥位に至りて終る。六十四卦の中、陽爻は百九十二で白昼の数に属し、策数は一千七百二十八に合す。陰爻は百九十二で夜間の数に属し、策数は一千一百五十二に合す。総じて起これば二千八百八十、さらに四を用いてその合数を求めれば、便ち一万一千五百二十を得る。ゆえに『繫辞』は言う、「昼夜の道に通じて知る」と。底本の「二百九十二」は「一百九十二」と作るべく、「二千八百八十九」は「二千八百八十」と作るべく、「而始」は「而知」と作るべきである。

陽中陰

陰中陽

序卦図

上經三十,下經三十四。

この図は『序卦』に依って排列する。上経は三十卦を収め、下経は三十四卦を収め、合わせて正しく六十四卦である。

雑卦図

《雜卦》者,雜揉眾卦,錯綜其義,以暢無窮之用,故其義專以剛柔、升降、反覆取義,與《序卦》不同。故韓康伯云:或以同相類,或以異相明,雜六十四卦以為義是也。

いわゆる『雑卦』とは、各卦を摻雑糅合して、それらの義理を交錯綜合し、以て無窮の功用を舒展するを用うるものである。ゆえにその取義は専ら剛と柔・上昇と下降・正と反とのこれらの方面に着眼して、『序卦』の路数と同じからず。ゆえに晋代の韓康伯は言う、あるものは相同じきを取りて帰して一類と為し、あるものは相異なるを取りて彼此映照し、六十四卦を摻雑して一つにして以て義を立つる、指す所は正しくこのことである。

太玄準易卦名図

一玄生三方,用三乘一。三方生九州島,用三乘三。九州島生二十七部,用三乘九。二十七部生八十一家,用三乘二十七。八十一家生二百四十三表,用三乘八十一。二百四十三表生七百二十九贊,用三乘二百四十三。七百二十九贊生二萬六千二百四十四策,用三十六乘七百二十九。凡一玄為一歲,七十二策為一日,起十一月。

揚雄『太玄』の層級はこのように推し出される。一つの「玄」は三つの「方」を生じ、三乗一である。三方は九「州」を生じ、三乗三である。九州は二十七「部」を生じ、三乗九である。二十七部は八十一「家」を生じ、三乗二十七である。八十一家は二百四十三「表」を生じ、三乗八十一である。二百四十三表は七百二十九「賛」を生じ、三乗二百四十三である。七百二十九賛は二万六千二百四十四策を生じ、三十六乗七百二十九である。総じて起これば、一つの「玄」は一つの整年に当たり、七十二策は一天に当たり、十一月より起算す。底本の「九州島」はすなわち「九州」、図題の「丸玄」はすなわち「太玄」である。

太玄準易卦気図

右律曆之元,始於冬至,卦氣起於《中孚》。

上のこの図が表明せんとする所は、律暦推算の起点は冬至より始まり、而して卦気は『中孚』の一卦より起算するということである。

皇極経世全数図

一一:元之元,日之日,乾之乾,一。二一:會之元,月之日,兌之乾,一十二。一二:元之會,日之月,乾之兌,卜十二。二二:會之會,月之月,兌之兌,一百四十四。一三:元之運,日之星,乾之離,三百六十。二三:會之運,月之星,兌之離,四千三百二十。一四:元之世,日之辰,乾之震,四千三白二十。二四:會之世,月之辰,兌之震,五萬一千八百四十。

この図は邵雍『皇極経世』の元・会・運・世と日・月・星・辰および八卦とが交互相乗する全数表である。毎行にはまず二つの位次数字を標し、次いで順に元会運世の相配、日月星辰の相配、八卦の相配を列出し、最後はその格の数目である。第一行「一一」:元中の元、日中の日、乾中の乾、数は一。「二一」:会中の元、月中の日、兌中の乾、数は十二。「一二」:元中の会、日中の月、乾中の兌、数は十二(底本の「卜」の字は衍誤)。「二二」:会中の会、月中の月、兌中の兌、数は一百四十四。「一三」:元中の運、日中の星、乾中の離、数は三百六十。「二三」:会中の運、月中の星、兌中の離、数は四千三百二十。「一四」:元中の世、日中の辰、乾中の震、数は四千三百二十(底本の「白」は「百」の訛)。「二四」:会中の世、月中の辰、兌中の震、数は五万一千八百四十。

一五:元之歲,日之石,乾之巽,一十一萬九千六百。二五:會之歲,月之石,兌之巽,一百五十五萬五千二百。一六:元之月,日之土,乾之坎,一百五十五萬五千二百。二六:會之月,月之土,兌之坎,一千八百六十六萬二千四百。一七:元之日,日之火,乾之艮,四千六百六計五萬六千。二七:會之日,月之火,兌之艮,五萬五千九百八十七萬二千。一八:元之星,日之水,乾之坤,五萬五千九百八十七萬二千。二八:會之辰,月之水,兌之坤,六十七萬一千八百四十六萬四千。

「一五」:元中の歳、日中の石、乾中の巽、数は十一万九千六百。「二五」:会中の歳、月中の石、兌中の巽、数は一百五十五万五千二百。「一六」:元中の月、日中の土、乾中の坎、数は一百五十五万五千二百。「二六」:会中の月、月中の土、兌中の坎、数は一千八百六十六万二千四百。「一七」:元中の日、日中の火、乾中の艮、数は四千六百六十五万六千(底本の「計」は「十」の訛)。「二七」:会中の日、月中の火、兌中の艮、数は五万五千九百八十七万二千。「一八」:元中の星、日中の水、乾中の坤、数は五万五千九百八十七万二千。「二八」:会中の辰、月中の水、兌中の坤、数は六十七万一千八百四十六万四千。

三一:運之元,星之離,日之乾,三百六十。四一:世之元,辰之日,震之乾,四千三百二十。三二:運之會,星之月,離之兌,四千三百二十。四二:世之會,辰之月,震之兌,八萬五千一百四十。三三:運之運,星之星,離之離,一十二萬九千六百。四三:世之運,辰之星,震之離,一百五十五萬五千二百。三四:運之世,星之辰,震之震,一百五十五萬五千二百。四四:世之世,辰之辰,震之震,一千八百八十六萬二千四百。

「三一」:運中の元、星中の日、離中の乾、数は三百六十(底本の此行は「星之離」「日之乾」の二欄に訛倒あり)。「四一」:世中の元、辰中の日、震中の乾、数は四千三百二十。「三二」:運中の会、星中の月、離中の兌、数は四千三百二十。「四二」:世中の会、辰中の月、震中の兌、数はまさしく五万一千八百四十(底本は「八万五千一百四十」と作る)。「三三」:運中の運、星中の星、離中の離、数は十二万九千六百。「四三」:世中の運、辰中の星、震中の離、数は一百五十五万五千二百。「三四」:運中の世、星中の辰、離中の震、数は一百五十五万五千二百(底本の「震之震」は「離之震」と作るべき)。「四四」:世中の世、辰中の辰、震中の震、数はまさしく一千八百六十六万二千四百。

三五:運之歲,星之石,離之巽,四千六百六十五萬六千。四五:世之歲,辰之石,震之巽,五萬九千九百八十七萬二千。三六:運之月,星之土,離之坎,五萬五千九百八十七萬二千。四六:世之月,辰之土,震之坎,六十萬一千八百四十六萬四千。三七:運之日,皋之火,離之艮,一百六十七萬九千六百一十六萬。四七:世之日,辰之火,震之艮,二千一十五萬五千三百九十二萬。三八:運之辰,星之水,離之坤,二千一十五萬五千三百九十二萬。四八:世之辰,辰之水,農之坤,二萬四千一百八十六萬四千七百四萬。

「三五」:運中の歳、星中の石、離中の巽、数は四千六百六十五万六千。「四五」:世中の歳、辰中の石、震中の巽、数はまさしく五万五千九百八十七万二千(底本の「五万九千」は誤り)。「三六」:運中の月、星中の土、離中の坎、数は五万五千九百八十七万二千。「四六」:世中の月、辰中の土、震中の坎、数はまさしく六十七万一千八百四十六万四千(底本は「七」の字を脱す)。「三七」:運中の日、星中の火、離中の艮、数は一百六十七万九千六百十六万(底本の「皋」は「星」の訛)。「四七」:世中の日、辰中の火、震中の艮、数は二千十五万五千三百九十二万。「三八」:運中の辰、星中の水、離中の坤、数は二千十五万五千三百九十二万。「四八」:世中の辰、辰中の水、震中の坤、数は二万四千一百八十六万四千七百四万(底本の「農」は「震」の訛)。

五一:歲之元,石之日,巽之乾,一十二萬九千六百。六一:月之元,土之日,坎之乾,一百五十五萬五千二百。五二:歲之會,石之月,巽之兌,一百五十五萬五千二百。六二:月之會,土之月,坎之兌,一千八百六十六萬二千四百。五三:歲之運,石之星,巽之離,四千六百六十五萬六千。六三:月之運,土之星,坎之離,五萬五千九百八百八十七萬二千。五四:歲之世,石之辰,巽之震,五萬五千九百八十七萬二千。六四:月之世,土之辰,坎之震,六十七萬一千八百四十六萬四千。

「五一」:歳中の元、石中の日、巽中の乾、数は十二万九千六百。「六一」:月中の元、土中の日、坎中の乾、数は一百五十五万五千二百。「五二」:歳中の会、石中の月、巽中の兌、数は一百五十五万五千二百。「六二」:月中の会、土中の月、坎中の兌、数は一千八百六十六万二千四百。「五三」:歳中の運、石中の星、巽中の離、数は四千六百六十五万六千。「六三」:月中の運、土中の星、坎中の離、数は五万五千九百八十七万二千(底本は「八百」二字を衍す)。「五四」:歳中の世、石中の辰、巽中の震、数は五万五千九百八十七万二千。「六四」:月中の世、土中の辰、坎中の震、数は六十七万一千八百四十六万四千。

五五:歲之歲,石之石,巽之巽,一百六十七萬九千六百一十六萬。六五:月之歲,土之石,坎之巽,二千一十五萬五千三百九十二萬。五六:歲之月,石之土,巽之坎,二千一十五萬五千三百九十二萬。六六:月之月,土之土,坎之坎,二萬四千一百八十六萬四千七百四萬。五七:歲之日,石之火,巽之艮,六萬四百六十六萬一千七百六十萬。六七:月之日,土之火,坎之艮,七十二萬五千五百九十四萬一千一百二十萬。五八:歲之辰,石之水,巽之坤,七十二萬五千五百九十四萬一千一百二十萬。六八:月之辰,土之水,坎之坤,八百七十萬七千一百二十九萬三千四百四十萬。

「五五」:歳中の歳、石中の石、巽中の巽、数は一百六十七万九千六百十六万。「六五」:月中の歳、土中の石、坎中の巽、数は二千十五万五千三百九十二万。「五六」:歳中の月、石中の土、巽中の坎、数は二千十五万五千三百九十二万。「六六」:月中の月、土中の土、坎中の坎、数は二万四千一百八十六万四千七百四万。「五七」:歳中の日、石中の火、巽中の艮、数は六万四百六十六万一千七百六十万。「六七」:月中の日、土中の火、坎中の艮、数は七十二万五千五百九十四万一千一百二十万。「五八」:歳中の辰、石中の水、巽中の坤、数は七十二万五千五百九十四万一千一百二十万。「六八」:月中の辰、土中の水、坎中の坤、数は八百七十万七千一百二十九万三千四百四十万。

七一:日之元,火之日,艮之乾,四千六百六十五萬六千。八一:辰之元,水之口,坤之乾,五萬五千九百八十七萬三千。七二:日之會,火之月,艮之兌,五萬五千九百八十七萬二千。八二:辰之會,水之月,坤之兌,六千七萬一千八百四十六萬四千。七三:日之運,火之星,艮之離,一百六十七萬九千六百一十六萬。八三:辰之運,水之星,坤之離,一千一十五萬五千三百九十二萬。七四:日之世,火之辰,艮之震,一千一十五萬五千三百九十二萬。八四:辰之世,水之辰,坤之震,二萬四千一百八十六萬四千七百四萬。

「七一」:日中の元、火中の日、艮中の乾、数は四千六百六十五万六千。「八一」:辰中の元、水中の日、坤中の乾、数はまさしく五万五千九百八十七万二千(底本の「口」は「日」の訛、末の「三千」は「二千」と作るべき)。「七二」:日中の会、火中の月、艮中の兌、数は五万五千九百八十七万二千。「八二」:辰中の会、水中の月、坤中の兌、数はまさしく六十七万一千八百四十六万四千(底本の「六千七万」は誤り)。「七三」:日中の運、火中の星、艮中の離、数は一百六十七万九千六百十六万。「八三」:辰中の運、水中の星、坤中の離、数はまさしく二千十五万五千三百九十二万。「七四」:日中の世、火中の辰、艮中の震、数はまさしく二千十五万五千三百九十二万。「八四」:辰中の世、水中の辰、坤中の震、数は二万四千一百八十六万四千七百四万。

七五:日之歲,火之石,艮之巽,六萬四百六十六萬一千七百六十萬。八五:辰之歲,水之石,坤之巽,七十二萬五千五百九十四萬一千一百二十萬。七六:日之月,火之土,艮之坎,七十二萬五千五百九十四萬一千一百二十萬。八六:辰之月,水之土,坤之坎,八百七十萬七千一百二十九萬三千四百四十萬。七七:日之日,火之火,艮之艮,二百一十七萬六千七百八十二萬三千五百。八七:辰之日,水之火,坤之艮,二千六百一十一萬千三百八十八萬二千。七八:日之辰,火之水,艮之坤,二千六百一十一萬一千三百八十八萬二千。八八:辰之辰,水之水,坤之坤,三萬一千三百四十五萬六千六百五十八萬四千。

「七五」:日中の歳、火中の石、艮中の巽、数は六万四百六十六万一千七百六十万。「八五」:辰中の歳、水中の石、坤中の巽、数は七十二万五千五百九十四万一千一百二十万。「七六」:日中の月、火中の土、艮中の坎、数は七十二万五千五百九十四万一千一百二十万。「八六」:辰中の月、水中の土、坤中の坎、数は八百七十万七千一百二十九万三千四百四十万。「七七」:日中の日、火中の火、艮中の艮、数は二百十七万六千七百八十二万三千五百。「八七」:辰中の日、水中の火、坤中の艮、数は二千六百十一万一千三百八十八万二千(底本は「一」の字を脱す)。「七八」:日中の辰、火中の水、艮中の坤、数は二千六百十一万一千三百八十八万二千。「八八」:辰中の辰、水中の水、坤中の坤、数は三万一千三百四十五万六千六百五十八万四千。全表はここに至りて止まり、縦横各々八欄、共に六十四格、正しく六十四卦に相当する。

邵氏皇極経世図

温公潜虚擬玄図

潜虚性図

凡性之序,先列十純。十純既浹,其次降一,其次降二,其次降三,其次降四,最後五配而性備矣。始於純,終於配,天地之道也。

司馬光『潜虚』が人の性を排列する次第はこのようである。まず十個の「純」を列出し、十純が排し周遍して後、次に一等を降じ、さらに次に二等を降じ、さらに次に三等を降じ、さらに次に四等を降じ、最後に五種の「配」を以て収尾すれば、人の性の類別は斉備する。「純」より開頭し、「配」に至りて収尾する、これ正しく天地生成の道理である。

説卦配方図

造化之一氣,即聖人之一心也。造化之氣本於發生,而聖人之心亦將以濟世也。故不兔由靜以之動,自無而入有,使萬物得以遂其生,安其業。天下之人,終不見其邇者,其故何哉?蓋造化之氣,與聖人之心,雖動而不離,雖有而不舍無,被萬物與萬民也。齊、見、役、說、戰、勞於其問,而不自覺知耳。此八卦之序,所以出乎震,而成乎艮也。謂之帝者,豈非造化之氣,與聖人之心一乎?

造化のあの一股の気は、すなわち聖人のあの一片の心である。造化の気は生発に本づき、聖人の心はまた以て世人を救済せんとする。ゆえに両者はいずれも静より動に転じ、「無」より「有」に進まざるを得ず、万物をして各々その生長に順遂し、各々その本業に安処せしむる。しかるに天下の人は終始その形跡を見ることができない。これは何の故か。造化の気と聖人の心とは、発動すと雖も本体を離れたことなく、「有」に入ると雖も「無」を捨てたことがなく、それは万物と万民とを覆被するに因る。万物万民は『説卦』のいう「巽に斉く、離に相い見る、坤に役を致す、兌に言を説ぶ、乾に戦い、坎に労う」というこの一連の過程の中間において活動するも、自己は些かも覚察しないだけである。これが八卦の次序が「震に出で」て「艮に成る」の所以の故である。『説卦』がこれを「帝」と称すは、あに造化の気と聖人の心とは本より一つなるを説明せざらんや。底本の「不兔」はすなわち「不免」、「其問」はすなわち「其間」である。

古今易学伝授図

大易象数鈎深図 巻下終

巻下校勘記

#1『未殺』,原作『末殺』,據四庫本改。#2『大寒之時』,原作『大正之時』,據四庫本改。#3『臍』,原作『躋』,據四庫本改。#4『陵』,四庫本亦是,疑為『稜』字之誤。#5『沬』,原作『沐』,據四庫本改。#6『焚次』,原作『炎次』,據四庫本改。#7『至』,據四庫本補。#8『四肢』,原作『四支』,據四庫本改。#9『戶庭』,四庫本作『門庭』。

第一条:「未殺」は底本にもと「末殺」と作るも、四庫本に依って改正した。第二条:「大寒之時」は底本にもと「大正之時」と作るも、四庫本に依って改正した。第三条:「臍」の字は底本にもと「躋」と作るも、四庫本に依って改正した。第四条:「陵」の字は四庫本もまたかく書くも、「棱」の字の誤りと疑う。第五条:「沬」の字は底本にもと「沐」と作るも、四庫本に依って改正した。第六条:「焚次」は底本にもと「炎次」と作るも、四庫本に依って改正した。第七条:「至」の字は四庫本に依って補入した。第八条:「四肢」は底本にもと「四支」と作るも、四庫本に依って改正した。第九条:「戸庭」は四庫本に「門庭」と作る。

#10『成坎』,原作『戊坎』,據四庫本改。#11『後易』,原作『復易』,據四庫本改。#12『辨義』,原作『辯義』,據四庫本改。#13『怛』,原作『常』,據四庫本改。#14『求』,原作『永』,據四庫本改。#15『而始』,四庫本作『而知』。#16『三』,據四庫本補。#17『被萬物與萬民也』,四庫本作『彼萬物與萬物已』。

第十条:「成坎」は底本にもと「戊坎」と作るも、四庫本に依って改正した。第十一条:「後易」は底本にもと「復易」と作るも、四庫本に依って改正した。第十二条:「辨義」は底本にもと「辯義」と作るも、四庫本に依って改正した。第十三条:「怛」の字は底本にもと「常」と作るも、四庫本に依って改正した。第十四条:「求」の字は底本にもと「永」と作るも、四庫本に依って改正した。第十五条:「而始」は四庫本に「而知」と作る。第十六条:「三」の字は四庫本に依って補入した。第十七条:「被万物与万民也」は四庫本に「彼万物与万物已」と作る。

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