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大方広円覚修多羅了義経

唐 · 佛陀多罗译 · 第2巻 / 5

金非銷故有,雖復本來金,

金は銷錬によってあるに非ずと雖も、復た本来金なるが、

終以銷成就,一成真金體,

畢竟に銷錬に依って成就するを要す。一たび真金の体と成れば、

不復重為鑛。生死與涅槃,

もはや鉱石に変わり返らず。生死と涅槃、

凡夫及諸佛,同為空花相。

凡夫及び諸仏、同じく空花の相なり。

思惟猶幻化,何況詰虛妄?

思惟すら尚ほ幻化の如し、いわんや虚妄を追問せんことをや。

若能了此心,然後求圓覺。」

若しこの心を了すること能わば、然る後に円覚を求めよ。」

於是彌勒菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!廣為菩薩開秘密藏,令諸大眾深悟輪迴、分別邪正,能施末世一切眾生無畏道眼,於大涅槃生決定信,無復重隨輪轉境界起循環見。世尊!若諸菩薩及末世眾生,欲遊如來大寂滅海,云何當斷輪迴根本?於諸輪迴有幾種性?修佛菩提幾等差別?迴入塵勞,當設幾種教化方便度諸眾生?唯願不捨救世大悲,令諸修行一切菩薩及末世眾生,慧目肅清照曜心鏡,圓悟如來無上知見。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると弥勒菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!広く菩薩のために秘密蔵を開き、諸々の大衆をして深く輪廻を悟り、邪正を分別せしめ、末世の一切衆生に無畏の道眼を施し、大涅槃において決定の信を生じて、もはや重ねて輪転の境界に随って循環の見を起こさざることを得せしめてください。世尊よ!もし諸菩薩及び末世の衆生が如来の大寂滅海に遊ばんと欲するならば、いかにして輪廻の根本を断ずべきか。諸々の輪廻に几種の性ありや。仏の菩提を修するに几等の差別ありや。再び塵労に入るに、几種の教化の方便を設けて諸衆生を度すべきか。ただ願わくは救世の大悲を捨てずに、諸々の修行する一切菩薩及び末世の衆生をして、慧目粛清にして心鏡を照曜し、如来の無上知見を円悟せしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告彌勒菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,請問如來深奧秘密微妙之義,令諸菩薩潔清慧目,及令一切末世眾生永斷輪迴,心悟實相具無生忍。汝今諦聽!當為汝說。」時,彌勒菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は弥勒菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来の深奥秘密微妙の義を請問して、諸菩薩をして慧目を潔清にし、及び一切の末世の衆生をして永く輪廻を断じ、心に実相を悟り、無生忍を具えしめる。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、弥勒菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!一切眾生從無始際,由有種種恩愛、貪欲故有輪迴。若諸世界一切種性,卵生、胎生、濕生、化生,皆因婬欲而正性命,當知輪迴愛為根本。由有諸欲,助發愛性,是故能令生死相續。欲因愛生,命因欲有,眾生愛命還依欲本;愛欲為因,愛命為果。由於欲境起諸違順,境背愛心而生憎、嫉,造種種業,是故復生地獄、餓鬼;知欲可厭,愛厭業道,捨惡樂善,復現天、人;又知諸愛可厭惡故,棄愛樂捨,還滋愛本,便現有為增上善果,皆輪迴故,不成聖道。是故眾生欲脫生死免諸輪迴,先斷貪欲及除愛渴。

「善男子よ!一切衆生は無始の際より、種々の恩愛・貪欲あるがゆえに、輪廻あることを得たり。もし諸世界の一切種性、卵生・胎生・湿生・化生は、皆淫欲によって正しく性命と為る。まさに輪廻は愛を以って根本と為すを知るべし。諸欲あるがゆえに、愛性を助発し、よって生死を相続せしむることを得たり。欲は愛に因って生じ、命は欲に因って有り、衆生は命を愛して還って欲の本に依る。愛欲を因と為し、愛命を果と為す。欲境に対して諸々の違順を起こすがゆえに、境が愛心に背けばすなわち憎・嫉を生じ、種々の業を造る。ゆえにまた地獄・餓鬼を生ず。欲が厭うべきを知り、あの厭業の道を愛して、悪を捨て善を楽えば、また天・人を現ず。また諸愛が厭うべく悪むべきを知って、愛を棄てて捨を楽うも、やはり愛の根本を滋長すれば、すなわち有為の増上善果を現ずるも、皆なお輪廻に因るがゆえに、聖道を成ぜず。ゆえに衆生が生死を脱れ諸輪廻を免れんと欲せば、先ず貪欲を断じ及び愛渇を除くべし。

「善男子!菩薩變化示現世間非愛為本,但以慈悲令彼捨愛,假諸貪欲而入生死。若諸末世一切眾生能捨諸欲,及除憎愛永斷輪迴,勤求如來圓覺境界,於清淨心便得開悟。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!菩薩が変化して世間に示現するは愛を本とせず、ただ慈悲をもって彼をして愛を捨てしめ、仮に諸々の貪欲を借りて生死に入るのみ。もし諸々の末世の一切衆生が諸欲を捨て、及び憎愛を除いて永く輪廻を断じ、勤めて如来の円覚境界を求めれば、清浄心において便ち開悟を得ん。

「善男子!一切眾生由本貪欲,發揮無明顯出五性,差別不等;依二種障,而現深淺。云何二障?一者理障礙正知見,二者事障續諸生死。云何五性?善男子!若此二障未得斷滅名未成佛;若諸眾生永捨貪欲,先除事障未斷理障,但能悟入聲聞、緣覺,未能顯住菩薩境界。善男子!若諸末世一切眾生,欲泛如來大圓覺海,先當發願勤斷二障,二障已伏即能悟入菩薩境界;若事、理障已永斷滅即入如來微妙圓覺,滿足菩提及大涅槃。善男子!一切眾生皆證圓覺,逢善知識依彼所作因地法行,爾時修習便有頓漸;若遇如來無上菩提正修行路,根無大小皆成佛果;若諸眾生雖求善友遇邪見者,未得正悟,是則名為外道種性,邪師過謬,非眾生咎。是名眾生五性差別。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切衆生は本来の貪欲に由って無明を発揮し、五性を顕出して差別等ならず。二種の障に依って深浅を現ず。二障とは何か。一つには理障、正知見を障碍す。二つには事障、諸々の生死を続ぐ。五性とは何か。善男子よ!もしこの二障が断滅を得ざれば、名づけて未だ成仏せずという。もし諸衆生が永く貪欲を捨て、先ず事障を除いて未だ理障を断ぜざれば、但だ声聞・縁覚(十二因縁を観て独覚する者)に悟入すること能くし、未だ菩薩境界に顕住すること能わず。善男子よ!もし諸々の末世の一切衆生が如来の大円覚海に泛かんと欲せば、先ずまさに願を発して勤めて二障を断ずべし。二障すでに伏せればすなわち菩薩境界に悟入すること能くす。もし事・理の障がすでに永く断滅すれば、すなわち如来の微妙円覚に入り、菩提及び大涅槃を満足す。善男子よ!一切衆生は皆円覚を証す。善知識に逢い、彼の作す所の因地法行に依れば、その時修習に便ち頓渐有り。もし如来の無上菩提正修行路に遇えば、根の大小無く皆仏果を成ず。もし諸衆生が善友を求むると雖も邪見の者に遇いて、正悟を得ざれば、これを名づけて外道種性という。邪師の過謬にして、衆生の咎に非ず。これを名づけて衆生の五性差別という。

「善男子!菩薩唯以大悲方便入諸世間開發未悟,乃至示現種種形相逆順境界,與其同事化令成佛,皆依無始清淨願力。若諸末世一切眾生於大圓覺起增上心,當發菩薩清淨大願,應作是言:『願我今者住佛圓覺,求善知識莫值外道及與二乘。』依願修行,漸斷諸障,障盡願滿,便登解脫清淨法殿,證大圓覺妙莊嚴域。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!菩薩は唯だ大悲の方便をもって諸世間に入りて未悟を開発し、乃至種々の形相・逆順の境界を示現して、これと同事して化して成仏せしむ。皆無始の清浄願力に依る。もし諸々の末世の一切衆生が大円覚において増上心を起こさば、まさに菩薩の清浄大願を発すべし。応にこの言を作す。『願わくは我が今、仏の円覚に住し、善知識を求めて、外道及び二乗に値遇すること莫れ。』願に依って修行し、漸に諸障を断じ、障尽き願満ちて、便ち解脱清浄の法殿に登り、大円覚の妙荘厳の域を証せん。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「彌勒汝當知,一切諸眾生,

「弥勒よ、まさに知るべし、一切の諸衆生は、

不得大解脫,皆由貪欲故,

大解脱を得ず、皆貪欲の故に、

墮落於生死。若能斷憎愛,

生死に堕落す。若し憎愛を断じ、

及與貪瞋痴,不因差別性,

及び貪瞋癡を、差別性に因らずして、

皆得成佛道。二障永銷滅,

皆仏道を成ずることを得ん。二障永く銷滅し、

求師得正悟,隨順菩提願,

師を求めて正悟を得、菩提願に随順し、

依止大涅槃。十方諸菩薩,

大涅槃に依止せん。十方の諸菩薩は、

皆以大悲願,示現入生死。

皆大悲願を以って、示現して生死に入る。

現在修行者,及末世眾生,

現在修行の者、及び末世の衆生は、

勤斷諸愛見,便歸大圓覺。」

勤めて諸愛見を断ぜば、便ち大円覚に帰せん。」

於是清淨慧菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右繞三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!為我等輩廣說如是不思議事,本所不見本所不聞,我等今者蒙佛善誘,身心泰然得大饒益,願為一切諸來法眾重宣法王圓滿覺性,一切眾生及諸菩薩、如來世尊所證所得云何差別?令末世眾生聞此聖教,隨順開悟漸次能入。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると清浄慧菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!我等の輩のために広くかくのごとき不可思議の事を説き、本より見ず聞かざりし所なり。我等は今、仏の善誘を蒙って身心泰然として大いに饒益を得たり。願わくは一切の諸来法衆のために法王の円満覚性を重ねて宣べ、一切衆生及び諸菩薩・如来世尊の証得する所は如何なる差別ありや。末世の衆生をしてこの聖教を聞き、随順して開悟し漸次に入ることを得せしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告清淨慧菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,請問如來漸次差別。汝今諦聽!當為汝說。」時,清淨慧菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は清浄慧菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来の漸次差別を請問す。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、清浄慧菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!圓覺自性,非性性有,循諸性起,無取無證,於實相中實無菩薩及諸眾生。何以故?菩薩眾生皆是幻化,幻化滅故無取證者。譬如眼根不自見眼,性自平等。無平等者,眾生迷倒,未能除滅一切幻化,於滅未滅,妄功用中便顯差別;若得如來寂滅隨順,實無寂滅及寂滅者。

「善男子よ!円覚の自性は、或る固定した性に非ず。しかして性は自ずから有りて、諸性に循って起り、取ること無く証すること無し。実相の中に実に菩薩及び諸衆生無し。何故か。菩薩・衆生は皆幻化なればなり。幻化滅するがゆえに証取の者無し。譬えば眼根は自らその眼を見ること能わざるが如く、性は自ずから平等なり。並びに「平等の者」無し。衆生は迷倒して一切の幻化を除滅すること能わず、滅と未滅の妄功用の中において便ち差別を顕出す。もし如来の寂滅随順を得れば、実に寂滅及び寂滅する者無し。

「善男子!一切眾生從無始來由妄想我及愛我者,曾不自知念念生滅,故起憎愛,耽著五欲;若遇善友教令開悟淨圓覺性發明起滅,即知此生性自勞慮。若復有人勞慮永斷得法界淨,即彼淨解為自障礙,故於圓覺而不自在。此名凡夫隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切衆生は無始以来、妄想によって我及び我を愛する者有りて、曾て自ら念々の生滅を知らず。ゆえに憎愛を起こし、五欲に耽着す。もし善友に遇いて淨円覚性を開悟し、起滅を発明するを教えられれば、すなわちこの生の性は自ずから労慮なるを知る。もし復た人有りて労慮が永く断じ法界浄を得れば、すなわちその浄解を取って自らの障碍と為すがゆえに、円覚において自在ならず。これを名づけて凡夫の随順覚性という。

「善男子!一切菩薩,見解為礙,雖斷解礙,猶住見覺,覺礙為礙而不自在;此名菩薩未入地者隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切菩薩は、見解が障碍と成りて、解碍を断ずると雖も、猶お見覚に住し、覚が碍と為るを碍として自在ならず。これを名づけて菩薩の未入地者の随順覚性という。

「善男子!有照有覺俱名障礙,是故菩薩常覺不住,照與照者同時寂滅,譬如有人自斷其首,首已斷故無能斷者;則以礙心自滅諸礙,礙已斷滅無滅礙者。修多羅教如標月指,若復見月,了知所標畢竟非月;一切如來種種言說開示菩薩亦復如是。此名菩薩已入地者隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!照有ると覚有ると皆名づけて障碍という。ゆえに菩薩は常に覚りて住せず、照と照する者と同時に寂滅す。譬えば人有りて自らその首を断ぜば、頭すでに断われたるがゆえに能く断ずる者無きが如し。則ち碍の心をもって自ら諸碍を滅し、碍すでに断滅して碍を滅する者無し。修多羅の教は月を標す指の如し。もし復た月を見れば、標する所は畢竟に月に非ざるを了知せん。一切如来の種々の言説にして菩薩を開示するもまたかくの如し。これを名づけて菩薩の已入地者の随順覚性という。

「善男子!一切障礙即究竟覺,得念、失念無非解脫,成法、破法皆名涅槃,智慧、愚痴通為般若,菩薩、外道所成就法同是菩提,無明、真如無異境界,諸戒、定、慧及婬、怒、痴俱是梵行,眾生、國土同一法性,地獄、天宮皆為淨土,有性、無性齊成佛道;一切煩惱畢竟解脫,法界海慧照了諸相猶如虛空。此名如來隨順覺性。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!一切の障碍はすなわち究竟の覚なり。念を得るも念を失うも解脱に非ずんばあらず。法を成るも法を破るも皆名づけて涅槃という。智慧・愚痴は通じて般若(はんにゃ。実相を見抜く智慧を指し、世間の聡明さとは別物)なり。菩薩・外道の成就する法は同じく菩提なり。無明・真如は異なる境界無し。諸々の戒・定・慧及び淫・怒・痴は俱に是れ梵行なり。衆生・国土は同一法性なり。地獄・天宮は皆浄土なり。有性・無性は斉しく仏道を成ず。一切の煩悩は畢竟解脱なり。法界海慧は諸相を照了して虚空の如し。これを名づけて如来の随順覚性という。

「善男子!但諸菩薩及末世眾生,居一切時不起妄念,於諸妄心亦不息滅,住妄想境不加了知,於無了知不辨真實。彼諸眾生聞是法門,信解受持不生驚畏。是則名為隨順覺性。善男子!汝等當知!如是眾生已曾供養百千萬億恆河沙諸佛及大菩薩,植眾德本;佛說是人名為成就一切種智。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!ただ諸菩薩及び末世の衆生は、一切の時に居て妄念を起こさず、諸々の妄心においても息滅せず、妄想の境に住して了知を加えず、了知無きにおいて真実を辨ぜず。彼の衆生この法門を聞きて、信解受持して驚畏を生ぜず。是れ則ち名づけて随順覚性という。善男子よ!あなたたちはまさに知るべし!かくのごとき衆生はすでに曾て百千万億恒河沙の諸仏及び大菩薩を供養して、衆の徳本を植えたり。仏はこの人を説いて一切種智を成就すと為す。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「清淨慧當知,圓滿菩提性,

「清浄慧よ、まさに知るべし、円満菩提性は、

無取亦無證,無菩薩眾生。

取るも無くまた証も無く、菩薩・衆生無し。

覺與未覺時,漸次有差別,

覚と未覚の時、漸次に差別有り、

眾生為解礙,菩薩未離覺。

衆生は解に碍げられ、菩薩は未だ覚を離れず。

入地永寂滅,不住一切相,

入地は永く寂滅して、一切の相に住せず、

大覺悉圓滿,名為遍隨順。

大覚悉く円満して、名づけて遍随順という。

末世諸眾生,心不生虛妄,

末世の諸衆生、心に虚妄を生ぜず、

佛說如是人,現世即菩薩。

仏説かくのごとき人、現世に即ち菩薩なり。

供養恆沙佛,功德已圓滿,

恒沙の仏を供養して、功徳すでに円満し、

雖有多方便,皆名隨順智。」

多くの方便有ると雖も、皆名づけて随順智という。」

於是威德自在菩薩在大眾中即從座起,頂禮佛足右遶三匝,長跪叉手而白佛言:「大悲世尊!廣為我等分別如是隨順覺性,令諸菩薩覺心光明承佛圓音,不因修習而得善利。世尊!譬如大城外有四門,隨方來者非止一路,一切菩薩莊嚴佛國及成菩提非一方便。唯願世尊!廣為我等宣說一切方便漸次,並修行人總有幾種?令此會菩薩及末世眾生求大乘者,速得開悟,遊戲如來大寂滅海。」作是語已五體投地,如是三請終而復始。

すると威徳自在菩薩は大衆の中で座から立ち上がり、仏の足を頂礼し、右に三匝して長跪し合掌して仏に言った。「大悲の世尊よ!広く我等のためにかくのごとき随順覚性を分別し、諸菩薩をして覚心光明たらしめ、仏の円音を承って、修習に因らずして善利を得しめたり。世尊よ!譬えば大城の外に四門有りて、方に随って来る者は一路に止まるに非ざるが如し。一切菩薩が仏国を荘厳し菩提を成ずるも一種の方便に非ず。ただ願わくは世尊、広く我等のために一切の方便漸次を宣説し、併せて修行の人は総じて几種ありや。この会の菩薩及び末世の衆生で大乗を求める者をして、速やかに開悟を得て、如来の大寂滅海に遊戯せしめてください。」この言葉を終えて五体投地し、このように三度請い、終わりから始まりへと繰り返した。

爾時,世尊告威德自在菩薩言:「善哉!善哉!善男子!汝等乃能為諸菩薩及末世眾生,問於如來如是方便。汝今諦聽!當為汝說。」時,威德自在菩薩奉教歡喜,及諸大眾默然而聽。

その時、世尊は威徳自在菩薩に告げて言った。「善哉!善哉!善男子よ!あなたたちは諸菩薩及び末世の衆生のために、如来にかくのごとき方便を問う。今よく諦聴せよ!あなたのために説こう。」その時、威徳自在菩薩は教えを奉じて歓喜し、諸々の大衆も黙然として聴いた。

「善男子!無上妙覺遍諸十方出生如來,與一切法同體平等,於諸修行實無有二。方便隨順其數無量,圓攝所歸,循性差別當有三種。

「善男子よ!無上の妙覚は諸十方に遍じて如来を出生し、一切法と同体平等にして、諸々の修行において実に二無し。方便随順はその数無量なり。円く摂して帰する所、性に循って差別ありてまさに三種あるべし。

「善男子!若諸菩薩悟淨圓覺,以淨覺心,取靜為行;由澄諸念,覺識煩動,靜慧發生,身心客塵從此永滅,便能內發寂靜輕安;由寂靜故,十方世界諸如來心於中顯現,如鏡中像。此方便者名奢摩他。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸菩薩が浄円覚を悟り、浄覚の心をもって、静を取って行と為す。諸念を澄ますに由って、覚識の煩動を覚じ、静慧発生して、身心の客塵これより永く滅し、便ち内に寂静軽安を発す。寂静なるに由って、十方世界の諸如来の心その中に顕現して、鏡中の像の如し。この方便を名づけて奢摩他(止)という。

「善男子!若諸菩薩悟淨圓覺,以淨覺心,知覺心性及與根塵皆因幻化,即起諸幻以除幻者,變化諸幻而開幻眾;由起幻故便能內發大悲輕安,一切菩薩從此起行,漸次增進。彼觀幻者非同幻故,非同幻觀皆是幻故,幻相永離;是諸菩薩所圓妙行,如土長苗。此方便者名三摩缽提。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸菩薩が浄円覚を悟り、浄覚の心をもって、心性及び根塵は皆幻化に因るを知覚して、すなわち諸幻を起こして幻を除く者と為り、諸幻を変化して幻衆を開く。幻を起こすに由って便ち内に大悲軽安を発し、一切菩薩これより行を起こして漸次に増進す。彼の幻を観ずる者は幻に同じからず。幻に同じからざる観もまた皆幻にして、幻相は永く離る。是れ諸菩薩の円く妙なる行にして、土に苗の長ずるが如し。この方便を名づけて三摩鉢提(観。幻化を観じて大悲を起こす)という。

「善男子!若諸菩薩悟淨圓覺,以淨覺心不取幻化及諸靜相,了知身心皆為罣礙;無知覺明不依諸礙,永得超過礙無礙境、受用世界及與身心,相在塵域;如器中鍠聲出於外,煩惱涅槃不相留礙,便能內發寂滅輕安、妙覺隨順、寂滅境界,自他身心所不能及,眾生壽命皆為浮想。此方便者名為禪那。

(仏は続けて言った。)「善男子よ!もし諸菩薩が浄円覚を悟り、浄覚の心をもって幻化及び諸静相を取らず、身心は皆挂碍なるを了知す。知覚明は諸碍に依らず、永く碍と無碍の境・受用世界及び身心を超過することを得、相は塵域に在り。器の中の锽声の外に出るが如く、煩悩・涅槃は相い留め碍げず、便ち内に寂滅軽安・妙覚随順・寂滅境界を発し、自他の身心の及ぶ所に非ず、衆生の寿命は皆浮想なり。この方便を名づけて禅那(静慮。幻化及び静相を取らざる)という。

「善男子!此三法門皆是圓覺。親近隨順十方如來,因此成佛十方菩薩種種方便,一切同異皆依如是三種事業,若得圓證即成圓覺。善男子!假使有人修於聖道,教化成就百千萬億阿羅漢、辟支佛果,不如有人聞此圓覺無礙法門,一剎那頃隨順修習。」

(仏は続けて言った。)「善男子よ!この三法門は皆円覚なり。十方如来に親近随順して、これに因って仏と成る。十方菩薩の種々の方便、一切の同異は皆かくのごとき三種の事業に依る。もし円証を得ればすなわち円覚を成ず。善男子よ!仮に人有りて聖道を修し、百千万億の阿羅漢(煩悩を断尽して再び生を受けざる聖者)・辟支仏果を教化成就するも、人有りてこの円覚無碍の法門を聞きて一刹那の頃随順修習するに如かず。」

爾時,世尊欲重宣此義而說偈言:

その時、世尊はこの義を重ねて宣べんと欲して偈を説いた。

「威德汝當知,無上大覺心,

「威徳よ、まさに知るべし、無上大覚心は、

本際無二相,隨順諸方便,

本際に二相無く、諸方便に随順すれば、

其數即無量。如來總開示,

その数すなわち無量なり。如来総べて開示すれば、

便有三種類,寂靜奢摩他,

便ち三種類有り、寂静なる奢摩他は、

如鏡照諸像;如幻三摩提,

鏡の諸像を照らすが如し。如幻の三摩提は、

如苗漸增長;禪那唯寂滅,

苗の漸く増長するが如し。禅那は唯だ寂滅にして、

如彼器中鍠。三種妙法門,

あの器中の锽の如し。三種の妙法門は、

皆是覺隨順,十方諸如來,

皆覚の随順にして、十方の諸如来、

及諸大菩薩,因此得成道。

及び諸大菩薩、これに因って道を成ることを得たり。

三事圓證故,名究竟涅槃。」

三事が円証するがゆえに、名づけて究竟涅槃という。」

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