易緯是類謀・巻首:五精の萌と十運の検期
易緯是類謀・巻首:五精の萌と十運の検期
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
《雒書·靈淮聽》曰:類萌樞提紀時,黃牙出子,十運檢期也。類,五精之類。樞,樞星位乾,故五精之萌皆於之。攝提值巽,故王絕紀,黃牙出子,謂復卦所在。檢法子出,王道之始。十則運為之法期。歲星亦曰攝提也。
開巻まずもう一つの緯書《雒書・霊淮聴》の語を引く。「類」は五方の精を指し、即ち木火土金水の五行の精で、蒼・赤・黄・白・黒の五帝に配す;「萌」はそれらの萌発の始;「枢」は北斗の第一星天枢;「摂提」は星名であると同時に歳星紀年を標記するにも用いる;「黄牙出子」は陽気が黄色の芽苗の如く子位より钻出することを指し、即ち卦気の法における一陽来復の《復》卦;「十運検期」は十運をもって稽考すべき期限と為すを言う。緯文に言う:五精の気萌動し、枢星の提挈によりて紀時の始を定め、陽気は子位より萌生し、天道は十運をもって一つの稽考の期と為す。以下は鄭玄の注文――「類」は即ち五精の類;「枢」は枢星を指し、その位は乾に在り即ち西北方、ゆえに五精の萌発はみなそれに係属す。摂提は巽位に値し、前朝の王はここに至りて紀年断絶す。「黄牙出子」の言う所は《復》卦の居る処:《復》卦は一陽が十一月の子月に生ず、稽考の法は子位より起算す、これ正に新たな王道の興起の始。「十」は十個の運次をもって推算の期限と為すを言う。歳星もまた摂提と叫ぶべし。全書はもと他書の中より輯出した残篇、開巻即ち《雒書》を引いて立論し、通篇講ずる所はみな帝王の受命・災異暦数と卦気の徴応の事。
陽孽有七妖,陰怡有八災,布命九六,機衡維持,經持錯序,七九通符。陽孽,謂復至夬之世。陰怡,謂姤至剝之世。七八陰陽之彖,妖災之數。起於七八九六,受而行之。樞機玉衡有時,其進退之節,經以七八為彖,九六為爻,明其通者著之。按“災”原本訛作“哉”,今據後文改正。
緯文に言う:陽気の世は七種の妖異を生じ、陰気の世は八種の災変を生じ、天命の頒布は九と六の数に依托し、北斗の機星・玉衡星に維繫執掌せらる;経緯の気もし錯乱して序を失せば、七と九の数は便ち符応と相通ず。鄭玄注:いわゆる「陽孽」は、卦気の《復》卦より《夬》卦に至るまでのこの一段、陽気漸長の時世を指す;「陰怡」は《姤》卦より《剥》卦に至るまでのこの一段、陰気漸長の時世を指す。七と八は陰陽の彖数、即ち妖異と災変の発生する数目、みな七・八・九・六のこの四つの筮数より起こり、人君それを承受して以て推行するに拠る。北斗の枢星・機星と玉衡星の運行は各々その時あり、その進退の節度は、推算の上において七・八をもって彖数と為し九・六をもって爻数と為し、凡そ能くそのうちの関聯を推通する者は、便ちそれを記録す。段末の一句「按『災』は原本訛りて『哉』と作す、今後文に拠りて改正す」は、輯校この書の人の加えたる校語にして、鄭玄の注にあらず、今なお照録して以て原貌を存す。
天以變化,地以紀州,人以受圖,三節共本,同出元苞。變化,謂見妖異;紀州,別所興之地;受圖者。三節天地同出元苞,謂太極混淪之義也矣。乾建度,坤拒謀,人育治,八卦交通以闓舒。建度,立法度。拒亦法。坤為土,土性智,故謀屬焉。生則育法,謂宰禮正也。事故見為乾法度,六子則生其事而行之公後道亦闓舒也。故曰交通道以闓舒。
緯文に言う:天は変化を用いて意を示し、地は分野を用いて州域を標記し、人は則ち天の降す所の図録を承受す、天・地・人のこの三つの環節は同一の本より出で、みな元始の胞胎の中より生ず。鄭玄注:「変化」は天上に妖異の象の出現することを言う;「紀州」は受命者の興起する地方を分辨すること;「受図」は人君の河図洛書を承受することを指す。三者同じく「元苞」より出づとは、太極混沌未だ分かれず万象その中に包孕せらるるの意を講ず。緯文はまた言う:乾は法度を建立し、坤は法に依りて謀り、人は治道を育養し、八卦は交わりて通達して天下をして開舒せしむ。鄭玄注:「建度」は即ち法度を訂立すること、「拒」はここにまた法と訓す。坤は五行において土に属し、土性は智を主る、ゆえに謀划は坤に帰属す。生養有れば便ち法度を育成するを要し、礼制を主持し名分を端正することを指す。ゆえに政事の顕立は乾の法度に取法し、震・坎・艮・巽・離・兌のこの乾坤の生ずる六子卦は、則ち具体の事務を生発して併せてこれを推行し、この後治道もまた開通舒展す、ゆえに八卦交わりて通達して天下をして開舒せしむと言う。「闓」と「闿」は同一の字の異写、底本両見す、今照録して改めず。
皇象承帝,撢思王倫圖聖,乾考神摘,且守文,師哲仁,祖《洛書》,假驅掇漸霸,考龜興之,物瑞騠騊。象承,謂承天以政教。撢猶秉持也。言五帝秉持黃道而思行之。倫,理。聖,通。三王理國之言,而通乾汙考其神之王錄,斂以禘將興之期。守承世之君,上不及聖人倫圖之義,故師哲仁之人,祖《洛書》之言以為法。假驅,謂在祭之代間,若泰者,掇漸,言皆有國錄,不能純耳。各繇在堯河洛,穆公授白雀之書是霸,若因之齊桓。考龜者謂有名在洛書。騠騊,猶踟蹶,言將興之人皆有瑞應,無苟然者也。
この一段は三皇・五帝・三王と霸主の受命の等次を講ず。緯文に言う:三皇は天象に取法して以て天を承け、五帝は秉持して思い、三王はその事を条理し、図録は聖人に帰す;乾道は神明の摘取する所を考察し、其の次は守成の君、彼らは明哲仁厚の人に師法し、《洛書》を以て祖法と為す;再び次は假借駆使し、ただ零星の天命を拾取するのみの霸主、彼らもまた能く亀を考えて興り、物類の祥瑞踟蹰として至る。鄭玄注:「象承」は天意を承奉して以て政教を施行することを言う。「撢」は秉持の如し、五帝の黄道を秉持して思慮推行することを言う。「倫」は条理と訓し、「聖」は通達と訓し、三王の国を治むるの言論を指し、上は乾道に通じ、神明の記する所の王録を考究し、収斂して禘祭を行いて以てまさに興らんとする期を待つ。守成継世の君は、上は比して聖人の図録を条理する境界に及ばず、ゆえに明哲仁厚の人に師法し、《洛書》の言う所を以て祖法と為すを要す。「假駆」は祭主更代の間に介在する人物を指し、春秋時代の諸侯の如し;「掇漸」は彼らもまた各々一份の国運の録命有り、ただ純全なる能わざるのみを言う。彼らは各々由来あり:堯の時に河図洛書の瑞あり、秦穆公は白雀の書を得て以て覇を為し、斉桓公もまたこの類の符応に因りて起これり。「考亀」はその名すでに《洛書》に見ゆるを指す。「騠騊」は踟蹰の如く、まさに興起せんとする人はみな祥瑞の相応するあり、一つとして空に憑りて来たるなきを言う。
皇觀鉤堂,考房斗能,帝視河洛緯合謀,王察可錯,一角九尾,眾善入都,假類隸浮耀,害類孽,霸維經象,卒明絕;轉移,渙渙磥之符。鉤、堂、房、斗、能皆星名。言三皇觀此宿而動作,五帝則視河洛五緯而合謀。一角,眾善,百端及休微。入都,人所歸。謂及麟,有九尾狐有因及人所歸。三王盡察可異之物,謂若武王東至孟津,諸侯不召而至,又白魚轂鳥之異,皆思而行之,是謂轂見也。假見淨耀日月五星之眾。害叛於此孽生,經象天道常興衰之數,若周文王之旅盡霸者,在武王之穆也。本終者言霸者之興,所修王者之執明其亡絕之期也。天精之則,轉而更移,若倉精衰而赤帝起,魚異之符,謂次當起也。
緯文に言う:三皇は鈎星・堂星を観察し、房宿・斗宿と能星を考察す;五帝は河図洛書と五星の緯度を察看し、合して以て謀を定む;三王は則ち取法すべき異象を審察す――独角の獣・九尾の狐、衆多の善瑞は国都に帰入す;假借天命する者に至りては、不過浮泛の光耀に依附する;害を為す類は則ち妖孽を生出す;霸主は経常の象に維繫し、終竟にその断絶の期を顕明せん;天命は輾転遷移し、涣然として累累たる符応あり。鄭玄注:鈎・堂・房・斗・能はみな星名、三皇はこれらの星宿を観察して以てその挙措を定め、五帝は則ち河洛の文と金木水火土の五星を察看して合議決策することを言う。「一角」は麒麟を指し、「衆善」は百端の善瑞と細微の休徴を指す;「入都」は人心の帰する所。これは麒麟出現し九尾狐出現して、因而に人心帰附することを言う。三王一々これらの可異の物を審察す、例えば周武王の東行して孟津に至り、諸侯召さざるに自ら来り、また白魚の王舟に躍入し赤烏の王屋に降るの類の異象あり、みな思考を経て後に行動す、これを符瑞顕見と叫ぶ。「假類」の見る所はただ日月五星の類の明浄の光耀のみ。禍害背叛はこれにより妖孽叢生す。「経象」は天道興衰の常数を指し、周文王の師旅すでに霸主の実を尽く有し、しかして受命の正統は則ち武王の世に応ずるが如し。「卒明絶」は覇者の興る、修行して王者の執る所の法度あると雖も、却って終竟にその滅亡断絶の期限を顕明することを言う。天上の五精の気の法則は輾転更移す、例えば蒼精の徳衰竭して赤帝の徳興起し、白魚の類の異兆は、即ち預告して次のまさに興るべき者已に到れりと為す。
星を候し気を察す:踵察督跡と熒惑の亡象を主る
踵察督跡,巽艮土期,震兌扶合化,離坎招嬉,集節繥緯,動視在揀昂,街門五候。踵,後。際,謂上精所移之人,督跡,循理之人。巽當升初之未,艮時止則止,時行則行,故吐期。震為雷,動萬物。兌為澤,澤以說之,故卦立附合其作化。離為日,坎為月,故主摸而嬉之。興集節謂進止之期,存察神昂。街門五候皆明王進止,慎五緯而候之,又察四宿之興。按“在”字舊作“存”。今據後註文改正。
緯文に言う:随いて理に循う人の踪跡を考察し、巽・艮の二卦は土徳の期を主り、震・兌の二卦は扶助会合して化育を成し、離・坎の二卦は招引して相諧す;節候を聚合して以て緯候し、行動の時は昴宿を看、また天街・天門と五星の候を察す。鄭玄注:「踵」は随う後、「際」は上一代の精気の転移する所の人を指し、「督跡」は常理に遵循する人を指す。巽卦は升気の初に当たりて未位に在り;艮卦の性情は止まるべきは則ち止まり行くべきは則ち行く、ゆえに能く期限を吐露す。震は雷を為し、能く万物を鼓动す;兌は沢を為し、沢は能く万物を欣悦せしむ、ゆえに卦を立つる時にそれらを附合して以て化育の象と為す。離は日を為し、坎は月を為し、ゆえに相摩相蕩して相諧することを主る。節候を聚合するとは、進退止行の期限を言い、神明と昴宿とを留意して観察すべし。天街・天門と五候は、みな明王の拠りて進止を決定する依拠:謹んで五星を占候し、また四方の星宿の興衰を察看す。末句の「按『在』の字は旧来『存』と作す、今後の注文に拠りて改正す」は輯校者の校語にして、鄭玄の本注に非ず。
攝提招紀,格如別甲子寅歲,離樞推以卻步,歷試自苞者。攝提招紀,天元甲寅之歲,離當歷樞卒卻步,謂之推來歲之數。識自苞在其中矣。
緯文に言う:摂提は紀元を招引し、格式は甲子・甲寅の歳を分別するが如く、離卦と枢星は推排して歩を退げて逆推し、暦数の試演はみな元始の胞胎の中より生ず。鄭玄注:「摂提招紀」は暦元の起こる所の天元甲寅の歳を指す;離卦当値の時、暦数の枢機は終竟に歩を退げて逆推す、即ち今年より上推し来たる年の数を下推す。「識自苞」はすべての記識すでにこの元始の本原の中に包含せらるるを言う。漢代の緯書が暦元を講ずるは、多く甲寅を以て「天元」と為し、即ち暦法推算の起算点、本条の講ずる所は即ち摂提をもって紀年し暦元より逐年推排する方法である。
候終以季月入,日考經緯用事之氣,不效,立五德蔀之期,筭其節,以吹律卜名,以乣胥必視熒惑所在,以知亡象,所次失之,到逆熒見,亂相屠。候將亡之氣,季月亦四時之終月。入者閉陰數。經緯震兌離坎,考下之氣以為準。蒼蓋候之於春,赤蓋候之於夏,白蓋候之於秋,黑蓋候之於冬。斷之以五德更王之二十鄯之期,千五百二十歲,歷終之數。亦所當之節,吹律以定其名,□俛仰蒙孫者。乣相視熒惑所在,觀其宿,以是知其亡絕之象,及所次失之也。到逆謂熒惑到逆其度,亂為威,其占非一,舉一隅以示人。按馬驌《繹史》引《是類謀》云:“聖人興起不知其姓,當吹律聽聲以別其姓,黃帝吹律以定姓是也。”疑即此注內佚文。
緯文に言う:占候は毎季の末月において収結を要し、日を逐いて四正の卦の用事の気を考察す;若し気応験せざれば、則ち五徳の蔀期を立て、その節候を推算し、律を吹くの方法を用いてまさに興らんとする者の姓名を卜問し、併せて糾察の法をもって必ず熒惑星の在所を看、拠りて亡国の象を知る;値する所の次一たび位を失えば、熒惑は倒行して度を逆し見え、天下は便ち相残相殺す。鄭玄注:これはまさに亡びんとする気を占候す。「季月」は即ち四時の末月。「入」は陰数を閉蔵することを指す。「経緯」は震・兌・離・坎の四正卦を指し、その下の気を考察して以て準則と為す:蒼帝の徳は春に候し、赤帝の徳は夏に候し、白帝の徳は秋に候し、黒帝の徳は冬に候す。断限は則ち五徳更迭して王たるの二十蔀の期を用い、共に一千五百二十年、暦数終わりて復た始まるの数。値する所の節候に到れば、則ち律を吹き音を定めて以てまさに興らんとする者の姓を確定す、底本ここに一つの缺字あり、「□俛仰蒙孫者」と作し、文義すでに通ずべからず、臆補を与えず。糾察の時は熒惑星の在所を看、その居する所の星宿を観察し、これにより亡国断絶の象および次の位を失する処を知る。「到逆」は熒惑のある処に到りてその度を逆行し、扰乱して威凶と為るを指す;この類の占法は一種に止まらず、ここはただ一角を挙げて以て人に示す。段末の輯校者按語は馬驌《繹史》に載する所の《是類謀》の佚文を引いて言う:聖人興起してその姓を知らざれば、まさに律を吹き声を聴いて以てその姓を分辨すべし、黄帝の律を吹きて姓を定めしは即ちこのよう、併せてそれあるいは本注のうち已に散失した文字なるべしと推測す。熒惑即ち火星、古人は以て兵乱と死喪を主ると為し、ゆえに緯書はそれを以て亡国の候と為す。
圖未發,徼倖謀,朦氣錯,風箕千里驚動,負老趣,山崩,湧泉,地裂,主有所貴,王侯元德,天下歸郵。圖書也,發出圖。未由者,聖人未興,此軌未盡者,圖書之出皆當其軌,然後聖人起而奉行之。徼倖之人,不知天命,則欲謀,故天為變異焉。朦昏不相錯,冒千太陽,風飄剽,箕星好風,千里驚動,逆洛爭負,趣避兵亂,山者泉漏地裂,陰見天為此者,有欲所潰敗耳。據土之候為元暴之正者受其禍,天下人亦歸之郵然也。
緯文に言う:図録未だ顕発せざるの時、僥倖の徒は便ち覬覦の謀を起こし、昏蒙の気交錯し、箕星は風を主りて千里驚動し、人々は老人を背負して奔走し、山崩・泉涌・地裂併せ作り、人主は尊貴する所有り、王侯は自ら以て大徳ありと為すも、天下の過咎は却って皆彼に帰す。鄭玄注:いわゆる「図」は即ち河図洛書。「未発」は聖人未だ興起せず、天命の軌度未だ走り尽くさざるを言う;図書の出現はみなその軌度に合することを要し、しかる後に聖人乃ち起りて奉行す。僥倖の人は天命を懂らず、妄りに非分を謀らんと欲す、ゆえに上天これがために変異を降す。昏蒙の気と正気とは相錯合せず、太陽を侵冒す;風勢は飄疾にして、箕星は風を好む星、風起こりて千里驚動す;人々は相逆して奔逃し争いて背負し、急ぎて兵乱を躲避す;山に泉水渗漏し、地面開裂す――これはみな陰気顕現、上天これを以て警を示し、まさに潰敗の事あらんとを預示す。凡そ土を拠りて尊を称し而も実は暴虐なる者は、まずその禍に当たり、天下の人もまた皆罪咎を彼の頭上に帰す。この段の占する所は「図書未だ出でずして僭乱まず起こる」の一組の災異:風・箕・山崩・地裂・涌泉はみな陰類に属し、下の上を陵ぐ・臣の君に干るを主る。
心有所維,意有所慮,未發顏色,莫之漸射出,天地熒,捉挺患,無刑之外,準萌纖微之初,先見吉凶,為帝演謀,忽之可也,勿之無也。主天道之精微,人事之善惡,乃在其心。常未見於顏色,而莫朦昧之漸,以射出見也。天地為吐熒,有變怪之挺出患禍,無之外,纖微之初,皆謂事未形之象兆,而吉凶之象。天道為帝王豫謀也,勿謂不急用也可也。未便有凶禍,天之謂發之無忘之矣也。
緯文に言う:心のうち繋念する所有り、意のうち思慮する所有れば、未だ顔色に顕露せざると雖も、昏昧の漸もまた射発して出づ;天地これがために光怪を吐露し、患禍を挺生す;刑罰の外・萌兆纖微の初に在りて、先に吉凶を顕出し、帝王のために預かり謀划す――一時それを忽略するも未必すぐに応験せざれども、決してそれを存せざるものと作すべからず。鄭玄注:天道精微と人事善悪とを主宰する関鍵は、即ち人君の一念の心に在り。この一念は常に未だ顔色に顕露せざるに、しかも昏昧の苗头すでに射発して見るべし。天地これにより光怪を吐出し、変異挺生の禍患出現す。いわゆる「無刑之外」「纖微之初」は、みな事の未だ形を成さざる時の象兆を指し、しかして吉凶の象已にその中に寓す。天道は帝王のために預かり筹謀するに在り、急いで用いざるを以て以て管せざるべしと為すなかれ。凶禍すぐに到来せざると雖も、ただし天既に示警を発せる以上、遗忘すべからず。この一段は緯書災異説の理论根拠:災異は事後の懲罰にあらずして、事前の預告なり、人君は拠りて修省して以て禍を転ずべし。
歴代受命の譜:伏羲・黄帝・顓頊・堯・舜
建世度者羲,重瞳之新定錄圖,有白頡頊帝紀世識,別五符,元元之威,冥因災。建世度,謂五世之法。度慮羲氏始作八卦,以為後世。軒黃帝之表重瞳定錄圖。黃帝始受河圖而定錄。白帝顓頊有為世識,別五帝之符,異精元冥,又因著眾災也。顓頊氏水摽德,王天下,於五帝次冥,故言有由者矣。
緯文は上古の受命の君を歴数す:世代の法度を建立するは伏羲;重瞳の相ある黄帝は新たに録図を定む;白帝顓頊は紀世の記識あり、五方の符命を分別し、元始の威厳、玄冥の徳はまたこれによりて災異を顕出す。鄭玄注:「建世度」は五世相承の法度を指す。伏羲氏は始めて八卦を画き、後世のために法を立つ。「重瞳」は黄帝の相表、彼は新たに図録を定めた――黄帝は最も先に河図を承受して以て録命を確定す。白帝顓頊は紀世の記識を制作し、五帝の符命を分辨す;その精気は同じからず、玄冥に属し、また因而に衆多の災異を顕著す。顓頊氏は水徳を以て標挙して天下に王たり、五帝の次序のうち玄冥の位に当たる、ゆえに彼の災異の来由あるを言う。緯書の五徳説に按ずれば、五帝は各々一行一色に配す:伏羲・黄帝・顓頊は分かちて制法・定録・紀世の三つの階段を代表し、天命これにより譜の稽すべきあり。
甄機立功者堯,放德之名者虞,與同射放,赤黃配樞,乾坤合斗,七以分治。甄紀機也,堯紀璇璣玉衡,以齊七政。繼成其德,與同謂堯舜。射猶應也。卻期俱出,堯赤而舜黃,堯受天精,舜應地德,在中安配樞星也。十,天地之終始也。堯舜祖乾水,而行合北斗,天地數而以治,十或為七也。
緯文に言う:璇璣を甄明して功業を建立するは堯、その徳を放效して名を得るは虞舜;二人は相応相放し、赤徳と黄徳は枢星に分配し、乾坤の道は北斗に会合し、七政を以て天下を分理す。鄭玄注:「甄」は紀録を甄別し、「機」は璇璣を指す。堯は璇璣玉衡を考正し、用いて日月五星のこの七政を一に斉う。舜は継承して堯の徳業を成就す、「与同」は即ち堯舜二人を指す。「射」は相応ずるが如し。彼らの期運は一同に顕出す:堯は赤徳に属し、舜は黄徳に属す;堯は天の精を承受し、舜は地の徳に応合し、中に居りて枢星に安配す。「十」は天地終始の数。堯舜は乾と水とを以て祖と為し、行事は北斗に合し、天地の数に依りて治を施す;「十」は別本或いは「七」と作す。いわゆる「七政」は即ち日・月と金木水火土の五星、七政を観測して以て暦象を定め時を授くるは、《尚書・舜典》「璿璣玉衡に在りて以て七政を斉う」の旧説、緯書はそれを借りて聖王受命の憑拠を講ず。
候興之,表孟月,七月合八,歲填所居,日之營,月之昂,橫耀溢,提含珠河龍洛圖龜書,聖人受道真圖者也。孟月,亦四時之始,故候興之焉。七月,用陽數也。七月合八,歲星填星所居,將興則聚。今日之營,月之昂,孟春,七月也。“洫”當為“溢”,“德”為“得”,字之誤也。耀溢、含珠皆謂光明,是明,河出圖,洛出書,聖人受命得道圖也。按“河龍、洛圖、龜書”似應作“河龍圖、洛龜書”或有倒字。又正文原無“德”字,“德”為“得”字之誤句亦有訛。
緯文に言う:聖人の興を占候するに、その表徴は孟月に在り;七月は八に合し、歳星と填星の居する所相聚まり、日は営室に在り月は昴宿に在り、光耀横溢し、竜馬は提負して珠を含み、河は竜図を出し洛は亀書を出す、これ即ち聖人が道真の図を承受する時である。鄭玄注:孟月は即ち四時の頭の一个月、ゆえに孟月において興起の事を占候す。「七月」を挙ぐるは陽数を取る。「七月合八」は歳星と填星の居する次、まさに聖人興起あらんとする時に便ち聚合することを言う。「日之営、月之昂」は日行営室・月行昴宿を指し、正に孟春七月に当たる。これより下は校字:「洫」はまさに「溢」に作るべし、「徳」はまさに「得」に作るべし、みな形近にして誤りを致す。「耀溢」「含珠」はみな光明を形容す;この時に到れば、黄河は図を出し洛水は書を出し、聖人命を受けて天道の図を得。段末輯校者また按す:「河竜、洛図、亀書」は似たるべく「河竜図、洛亀書」と作るべし、おそらく倒文あらん;また正文はもと「徳」の字なく、注中の「徳は得の字の誤り」の一句は本身にもまた訛誤あり。この両条の校語は輯本より出で、鄭注の原文に非ず。
必提起,天下扶。言圖書必顯起者之名姓及所出之地。天下之扶,而助之也矣。在主□用,接興維,闢雖不昧,道輔公曉思,守鼎之足,掘天能持斗,輔堂藩信,毋墮怠,圖不限,世錄可卻期,在主所由。在主,存世之主。疆□用,庶幾用圖書。接興衰之居,維思而行之也。闢雖不味,謂凡平君不能思用圖書,其存亡則由於輔公之曉愚耳。守鼎之足,言任重,接掘能持斗,輔正之要。堂當為尚,言輔公任重,秉圖之正,尚秉藩忠信之道。不可以墮怠。能然則河圖不限其正,三錄復卻期,明臣當輔,不限君之過,則可度有文也,由淡者也。按“淡”字疑有誤。
緯文に言う:図書は必ずまさに興らんとする人を標挙し、天下人便ち来りて彼を扶助す。鄭玄注:図書の必ず興起する者の姓名およびその出身の地を顕示し、ここにおいて天下人扶持して彼を佐助することを言う。緯文はまた言う:位に在る主□にして能く用い、興衰の機を承接して之を思惟す;君主は昏昧せざると雖も、治道はなお輔弼大臣の通晓明思に頼る;彼らは宝鼎の足を守り、天意を掘発して能く北斗を執持し、藩屏忠信を崇尚し、懈怠すべからず;この如くすれば則ち図録限阻を受けず、歴世の録命なおその期を延展すべく、関鍵は人主の由る所に在り。鄭玄注:「在主」は世に在る君を指す。ここ底本に缺字あり、「疆□用」と作し、大意は庶幾く図書を任用する能くんこと。興衰の处境を承接し、思慮して後に施行す。「辟雖不味」は一般の平庸の君は図書を思用する能わず、その国の存亡は則ち輔弼の臣の明智あるいは愚昧に取決することを言う。「守鼎之足」は責任重大を比喻す;「掘」にして「能く斗を持つ」は、朝綱を輔正する要領を講ず。「堂」はまさに「尚」に作るべし、輔弼の臣の任は重く、図録の正を秉持し、藩衛忠信の道を崇尚し、懈怠すべからざるを言う。能くこのようであれば、河図はその正を限阻せず、三代の録命はなお期限を延展すべし;これは賢臣まさに輔弼の責を尽くすべく、君上の過失に因りて自らを限らざれば、則ち能く天文を推度して作為する所有るを言う。末句の「由淡者也」の下に輯校者按じて「淡」の字疑うに誤りあらん、校語なり。底本はこの段両処の缺字みな「□」を以て照録し、臆補を加えず。
文王受命:赤雀丹書と四乳の表
有文之王,四乳是舒。有文之王,周文王,文王之表四乳是舒也。出岐鄗東,撫州也。岐、鄗,邑名。子乙世配丑子,予姬昌赤丹雀書也。演恢命,著紀元苞。子乙乙陽,陽世為無道,故天以其王命,予文王也。文王受丹赤雀書而演,謂作易。以大夫命著紀其元苞。苞、本也。
緯文に言う:文徳ある王者は、身に四乳の表あり。鄭玄注:文徳ある王は周文王を指し、彼の相表は即ち胸に四乳を生ず。緯文に言う:岐・鄗以東に興起し、州域を撫有す。鄭玄注:岐と鄗はみな邑名、即ち岐山と鎬京。緯文はまた言う:子乙の世は丑・子の位に配値し、天は赤色の丹書を雀に衔えしめて姫昌に交し、彼は推演して天命を恢弘し、著録紀述してその元始本原を為す。鄭玄注:「子乙」の乙は陽に属し、陽世の君は無道、ゆえに上天は王命を転じて文王に授く。文王は赤雀の衔える所の丹書を承受してこれに推演を加う、指す所は即ち《易》を演ず。彼は大夫の身份を以て命を承け、著録紀述してその元始根本を為す;「苞」は即ち本。緯書の文王受命を講ずるは、「四乳」を以て体貌の符と為し、「赤雀丹書」を以て天賜の符と為し、「演易」を以て奉命の事と為し、三者合して乃ち受命の実と算す。
德之所耀煥孽,震之煌煌。耀,七耀。有德之人所在,則七耀煥然,謂之孽。日月有耀,精光之異,若聖人合天之震耀煥然,四方必謀。
緯文に言う:徳行の照耀する所は光華煥発し、震動して煌煌然たり。鄭玄注:「耀」は日・月と五星のこの七耀を指す。徳ある人の在る所の分野、七耀は顕われて格外に焕然たり、この種の反常の光明もまた「孽」と叫ぶ――緯書のうち「孽」はもっぱら凶兆を指さず、凡そ常度と不同なる天象はみなこれを称すべし。日月に光耀あり、その精光異状を出現するは、聖人と天と相合する時の震耀焕然とするに似たり、四方の人必ずこれがために心を帰し附を謀る。この一条の講ずるは「徳符」:聖人は下に在り、天象は上に在りて先に明らか、吉の類の徴応に属す。
知命者與神嬉,不知聖人姓在鄒。言後君能知天命,修德以度際於會,則可與神嬉。嬉興,若元知者,將有聖人之姓鄒。鄒,孔子父叔梁紇所治邑也矣。按“知命”原本訛作“和命”,今據註文改正。
緯文に言う:天命を懂るる者は神明と同游して楽しみを為すを得;若し懂らざれば、然らばまさに出づべき聖人その姓は鄒の地に出でん。鄭玄注:後世の君若し能く天命を知り、徳行を修養して以て際会の運を度れば、以て神明と同じく楽しむべしを言う。「嬉」は即ち興楽;若し本より天命を知らざれば、然らばまさに姓の鄒の地に出づる聖人有りて応運して生ぜん。鄒は、孔子の父叔梁紇の治理する所の邑。段末の「按『知命』は原本訛りて『和命』と作す、今注文に拠りて改正す」は輯校者の校語。緯書は「聖人鄒に在り」を以て暗に孔子を指すを好む、これは漢人の素王受命の説の常見の筆法。
觸耀世出,師曠樞推音筭律,如以度知且。“觸耀而出”者,謂師曠者得聖人之一體,故觸耀而生,其人能知曆數樞機之事,有能推五音之清濁,算律之長短,以知將來之事也。
緯文に言う:光耀に感触して世に応じて出生する人は、師曠の如く能く枢機を憑じて音律を推求し、尺度を用いて測量するが如く能く未来を預知す。鄭玄注:いわゆる「触耀而出」とは、師曠のこの類の人が聖人の才性の一つの方面を得て、天上の光耀に感じて降生することを言う;この種の人は能く暦数枢機の事に通暁し、能く宮商角徴羽の五音の清濁・律管の長短を推求し、從りて将来の事情を預知す。師曠は春秋晋国の楽師、古書は彼の律を吹き声を聴いて以て吉凶兵事を占知し得と伝説し、緯書は彼を挙げて「律を以て来を知る」の例証と為し、前文の律を吹きて姓を定むるの法と相呼応す。
集紀攸錄,括要題訖備命者孔丘。攸,遠。遠三十五君之王錄,垂要法須記,須其錄之所記,備故天命,孔子以自上至德在文。《玉演》赤雀之書言也。
緯文に言う:紀述を彙集して遠く之を録し、要旨を総括し標題を完毕し天命のために全備の準備を為す者は、孔丘である。鄭玄注:「攸」は遠と訓す。遠く三十五位の君主の王録を録し、要法を垂示して必ず記載せざるべからず;これらの録の中の記述に依拠し、天命のために預かり準備を作す――孔子はその至徳を以て、上古以来の文献はみな彼によりて刪定せらる。末句「《玉演》は赤雀の書の言なり」は、以上の引く所は《玉演》のこの赤雀の書を記する緯篇より出づるを言う。漢儒は孔子を以て「素王」と為し、彼の《春秋》《易伝》を作すは漢家のために法度を預制するに替ると言い、いわゆる「備命」即ちこれを指す。
漢家の承運:卯金刀の用治と秦火の厄
斗佮之世,卯金刀用治,謨修六史,宗術孔書。斗佮,太平。卯金刀謂漢,用治,以為政教。六代之書,謂今書。漢興伏生得焉。宗尊術,修孔所定之書也。皇政毀道,散命名胡。皇政,秦始皇毀道焚書燒詩書。散巳者胡,胡亥也。
緯文に言う:北斗会合の太平の世、卯金刀の者出でて治を施し、六代の史を謀修し、孔子の定めた所の書を尊崇す。鄭玄注:「斗佮」は太平を指す。「卯金刀」の三字は合して「劉」の字を成し、漢朝の劉氏を指す;「用治」はこれを以て政教を推行すること。「六代之書」は即ち今日伝わる所の《尚書》、漢の興りたるの後伏生によりて伝え得たり。「宗術」は尊崇して併せて孔子の刪定した所の経書を研修すること。緯文はまた言う:皇政は正道を毀壊し、天命を散亡せしむる者の名は胡。鄭玄注:「皇政」は秦始皇の正道を毀棄し書を焚き儒を坑し、《詩》《書》を焼掉したるを指す;秦命を散亡せしめしは胡、即ち二世胡亥。字を拆きて以て隠に姓氏を指すは、讖緯の最も典型の手法:卯金刀は劉と為し、言う所正に漢家のまさに興らんとするなり。
秘之隱在,文未消於亂。“秘”謂洛之書及五經隱在毀道者。不一得成消於亂,未郵敗也。藏設世表,待人味思。世表,帝王之圖錄也。待賢聖之人味而思之也。
緯文に言う:秘蔵の典籍は隠れてなお存し、文教は乱世のうちに消滅せず。鄭玄注:「秘」は洛水の出づる所の書および五経を指し、道を毀し書を焚くの時に隠蔵す;それらは一々乱世に毀滅せられず、ゆえに文教は敗亡に至らず。緯文はまた言う:世表を蔵設し、人の玩味深思するを待つ。鄭玄注:「世表」は即ち帝王の図録;それは蔵して時を待ち、賢聖の人の体味思索せんを待つ。秦火を経て経籍なお存し、漢興りて復た出づ、緯書はこれを天意の文を存して以て漢を待つ明証と看做す。
帝必有察,握神嬉,世主永味,神以知來。言後世之帝,必察圖書之言,則可與神嬉。有味之味思有道,則如神知來也。命機之運,由孔出天心,表際悉如河洛命紀,通終命苞。機轉者,紀數天之運,皆孔子出天之心意,及表際之事,亦志如之,故能興河洛合其數運終始,知王命之苞本也矣。
緯文に言う:帝王は必ず省察し、神と同游する道を把握すべし;累世の主は久しく玩味すれば、即ち神明の如く未来を預知するを得。鄭玄注:後世の帝王は必ず図書の言う所を審察して、乃ち以て神明と同楽すべく;能く反復して体味して思うに道あれば、便ち神明の如く未来を知るを言う。緯文はまた言う:天命枢機の運転は、孔子より天心を発抒す;表徴際会はみな河洛の紀する所の命数の如く、終始を貫通して命の本原に帰す。鄭玄注:いわゆる枢機運転は、天運の数を紀述し、みな孔子の発する所の天心の意より出づ;表徴際会の事に至りては、その記載もまたこのよう。ゆえに能く河洛の文と相合し、その数運の終始を明し、王命の根本を知る。この一段は「来を知る」の能力を図書と孔子の書の研読に帰す、緯書が経学のために占験の地位を爭取するの説法である。
《乙録》と卦気の数:三十五君の王録
《乙錄》:摘亡去惡,降災,變動七九,斗衡謀。乙錄者,著三十五君之王錄。摘其闢君,為惡君之名,去惡,原其為惡者之亡微。降災亦熒禍之期。變動七九,則所謂七九通符者,有北斗玉衡之星,以卸之。以知其謀也。
緯文は《乙録》を引いて言う:亡国の君を摘挙し悪を為す人を除去し、災異を降し、七と九の変動を以て験と為し、北斗・玉衡を用いて謀断す。鄭玄注:《乙録》は三十五位の君主の王録を記載する一部の書。「摘」はそれらのまさに亡ぶべき君を摘挙し、悪君の名字を標出し;「去悪」は悪を為す者の敗亡の微兆を推原す。「降災」は即ち熒惑の禍を降す期限。「変動七九」即ち前文の言う所の「七九通符」、北斗と玉衡の星あり、それらを憑じて以て卸解・判定し、從りて天の謀算を知る。緯書のいわゆる王録は、一份の預かり写し定めた帝王名冊、興亡姓名みなその中に在り、これは讖緯の「暦数已に定まる」観念の核心である。
稅象斷命,六千三百天乣郵,八八錯效,考紀提昂。稅猶提。見象八卦之斷命,斷其吉凶災異,星其數六千三百,七九之維。八八六十四卦,“錯效”謂九三、上九維微溫,六三、上六則候決寒,六三、上九則候微寒,九三、上九則候次溫,六三、上六則決寒。又考其紀於提卯者也。
緯文に言う:卦象を提挙して以て天命を判断し、六千三百は天の糾察する過咎の数、六十四卦交錯して験を取り、再びこれを摂提と昴宿に考す。鄭玄注:「税」は提挙の如し。八卦の象を見て以て天命を断定し、その吉凶災異を判断す;その数は六千三百、七と九と相維して得。「八八」即ち六十四卦。いわゆる「錯効」は、卦気験候の配法を講ず:九三・上九は微温に当たり、六三・上六は則ち決寒を候し、六三に上九を配せば則ち微寒を候し、九三に上九を配せば則ち次温を候し、六三・上六は則ち決寒。この外なお紀次を摂提・卯位に考するを要す。これは漢易の「卦気」の学:六十四卦を一年の節気の上に分配し、当値の卦の応有の寒温風雨を以て天時の失序せるや否やを験し、失序は即ち災異の兆と為す。
易姓代出輔左應期。易姓者,四十二姓更王代出。輔相應期者,若赤王則黃佐命,輔術也。房心招拒,虛張合持。房心招拒,東西宿名。虛張,南北角名。五精更王,此四宿名,為之衡御,合出也。
緯文に言う:改姓易代の君は相継いで出で、輔佐の臣は期に応じて生ず。鄭玄注:「易姓」は四十二姓の更迭して王と為り一代々出現することを言う。「輔相応期」は輔臣の運に応じて生ずるを言い、例えば赤徳の王は則ち黄徳の人を以て命を佐く、これは相輔相成の術。緯文はまた言う:房宿・心宿は一招一拒し、虚宿・張宿は合して相持す。鄭玄注:房・心・招・拒は東方と西方の宿名、虚・張は南方と北方の角宿の名。五方の精の更迭して王と為る時、この四組の星宿はこれがために権衡して駕御し、会合して出づ。星宿は緯書のうちに既に分野の座標にして、また王朝更代の儀仗、某宿の事を主ると言うは即ち某徳の運に当たるを指す。
軒轅挺,文昌理時。挺變,見災異。理時,理獲其興之節也。太微合誠,紫極合苞。太微,五精之官。紫極,紫微,書言太微五帝,合其誠信,紫微北極,則東平也。鉤鈴持紐,候五紀災紐,結要見紀也。
緯文に言う:軒轅星は変異を挺生し、文昌星は時序を整理す。鄭玄注:「挺変」は即ち災異の出現すること;「理時」はその興起の節候を理定すること。緯文に言う:太微垣は誠信に合し、紫微垣は本原に合す。鄭玄注:太微は五方の精の居する官署、紫極は即ち紫微垣。書の上に太微は五帝の庭と為し、その誠信に合す;紫微は北極の在所と為し、ここにおいて東方平安。緯文はまた言う:鈎星・鈴星は枢紐を執持し、五紀の災変の紐を占候し、その要領を結して綱紀を顕出す。軒轅・文昌・太微・紫微・鈎鈴はみな星官名、緯書は朝廷の君臣官府を一々天上に投影す、これにより天象一たび変ずれば、便ち人事まさに変ぜんと読み取らる。
能提無乖猥狐謀。無為之正立者。謀,兵謀去。按“猥”疑“狼”字之訛。緯縮合宿,毀日月珥,浮氣恡出,篲笰蚩尤。緯,五緯。縮行進退。合,聚。毀,散。珥,日月傍氣。諸以光氣為恡者。篲笰,妖星。蚩尤,蚩尤妖星麼恡。昔蚩尤為無道,作五虐之刑,黃帝起而誅之,蓋有此其邪,未聞也。
緯文に言う:能く綱紀を提挈すれば乖戻狐疑の謀あらざらん。鄭玄注:これは無為の道を以てその正を確立することを講ず;いわゆる「謀」は、兵謀の消去すべきを指す。輯校者按:「猥」は疑うに「狼」の字の訛ならん。緯文はまた言う:五星は縮行して列宿と相合し、日月の珥は毀散し、浮気は吝渋して出で、彗星・孛星と蚩尤旗と並び見ゆ。鄭玄注:「緯」は五星を指す;「縮」は行度に進み退みあり;「合」は聚会、「毀」は离散;「珥」は日月の両旁の雲気。凡そ光気を以て異と為すはみなこの類に属す。「篲笰」は妖星、即ち彗星と孛星;「蚩尤」は蚩尤旗のこの種の妖星の気を指す。従前蚩尤無道にして、五種の虐刑を制作し、黄帝兵を起こして彼を誅滅したり、おそらく妖星の名を得るはこれと関あらん、ただし確切の来歴は已に聞き知るべからず。この条の列挙する所はみな「兵象」:五星度を失い、日月珥を生じ、彗孛蚩尤見ゆ、占すれば兵乱まさに起こらんとす。
孔子演:天子の亡徴九・聖人の起八符
孔子演曰:天子亡徵九,聖人起有八符。九、八亦陽爻、陰彖之數也。運之以斗,稅之以昂,五七布舒,河出錄圖,洛授變書。運之以斗,則上類萌樞,及機衡準時也。稅之以昂,則上所謂視在揀星,七五三十五,有名以第錄。王受命之時,亦河出圖,洛出書,受之以王錄。
緯文に言う:孔子道を推演す、天子まさに亡びんとするに九種の徴象あり、聖人興起に八種の符応あり。鄭玄注:九と八は即ち陽爻と陰彖の数――九は老陽を為し、八は少陰を為し、緯書は筮数を借りて以て徴符の条目を定む。緯文はまた言う:北斗を以て運転し、昴宿を以て提挙し、五と七は布散舒展し、黄河は録図を出し、洛水は変書を授く。鄭玄注:「運之以斗」は即ち開篇の言う所の「類萌枢」および機星・玉衡の時節を准定す;「税之以昂」は即ち前文の言う所の昴星を観察す;五乗じて七は三十五を得、名号ある者の依次に録に入るを言う。王者受命の時、同じく河は図を出し洛は書を出し、これを受けて以て王録と為す。以下の八条は便ち五帝三世の亡徴を分述し、毎条みな一卦の気の応ぜざるを以て端と為し、再び相応の災変を列出す。
徵王亡,一日震氣不效,倉帝之世,周晚之名,會之候在兌,鼠孽食人,莬群開,虎龍恡出,篲守大辰,東方之度,天下亡。“周晚”,疑為“同曉”。候蒼帝亡徵,震氣不效,又有此名號與之相當,當此亡徵,又候其行往,用事之時,以觀其災。鼠氣食人。震之世,是盜賊將起之徵。莬龍虎,東方之禽,而背為災恡。蒼青之龍大火,虎所以歸。故致新而守大火,去蒼精之命,秉維不守,大辰在東之度七宿之中,皆昔周之衰,有星守千戶,有星茀於東方,此其驗之一隅。按正文“倉”舊本訛作“食”,今改正。
以下は逐条に王者まさに亡びんとするの徴象を列挙す。第一条:震卦の気応験せざるは、蒼帝運に当たるの世、君名は「周晚」と相当し、会験の候は震と相衝する兌位に在り;鼠妖の人を食らい・兎群の縦横・虎龍の作怪して出で・彗星の大辰の宿を侵守する等の異象出現し、東方分野の度次失常、天下まさに亡びんとす。鄭玄注:「周晚」二字は疑うにまさに「同暁」に作るべし。蒼帝の亡徴を占候するには、まず震気の応験するや否やを看、また当時の君主の名号のこれと相当するや否やを看る;この種の亡徴に遇えば、なおそれの行経する処・用事の時を察看し、以て災変を観察す。鼠気の人を食らうは、震卦当値の世に出現し、盗賊まさに起こらんとするの徴兆。兎・龍・虎はみな東方の禽獣、常性に反背すれば即ち災異と成る。蒼龍は大火の星に対応し、虎は則ちそれの帰附する所の象;ゆえに新星の大火を侵守するは、即ち蒼精の天命を奪い去らんとするなり。維を掌る星は常を守る能わず、大辰は東方七宿の度次の中に在り――これらはみな当の年の周朝の衰微する時の旧事:星の千戸を侵守するあり、星の東方に孛するあり、算してこの類の占験の一角と為すべし。段末の「按正文『倉』は旧本訛りて『食』と作す、今改正す」は輯校者の校語。「倉」即ち「蒼」、木徳青帝を指す。
二日,離氣不效,赤帝世,屬軼之名,會之候在坎,女訛誣,虹霓數興,石飛山崩,天拔刀,蛇馬恠出,天下甚危。蜀軼亦亡主人名號。亦候之於其沖出在南方為太陽徵,陰類災也,故女子為訛誣。虹霓,日旁氣也。皆陰,故蔽陽。石蜚山崩,皆陰陽為災。為戈兵而沒隨之,是將去赤精之命,蛇馬南方之蟲,故必亂則為主也。
第二条:離卦の気応験せざるは、赤帝運に当たるの世、君名は「属軼」と相当し、会験の候は離と相衝する坎位に在り;婦女の謡を造り誣罔し・虹霓の屡屡興起し・飛石と山崩・天上の刀形の気を抜現し・蛇と馬の変怪して出ずる等出現し、天下極めて危殆なり。鄭玄注:「蜀軼」もまた亡国の主の名号。同じくその相衝の位において占候す。離は南方より出で、もと太陽の徴象、如今応ずる所は却って陰類の災、ゆえに女子よりして訛言誣罔を造出せしむ。虹霓は日の旁らの雲気、みな陰に属し、ゆえに能く陽光を遮蔽す。飛石と山崩もまたみな陰陽失和の成す所の災。継いで来るは兵戈の禍、これ即ち赤精の天命を奪い去らんとするなり。蛇と馬は南方の属、ゆえに離の世乱れる時は必ずそれらを以て変怪の主と為す。この条の占する所は火徳まさに終わらんとし陰は陽位を陵ぐの象。
有能改之之質,石蜚,復蛇馬女訛之凶,多卒貴,巔,將悔知師,緣出反善,可今章衙滑。能改者存,五帝俱然,孔子生蒼之際,應為赤制。有堯有盛德,其苗應期,當先用己道,將可寧之質猶致石蜚,言自改固可存,復蛇馬女訛之凶皆消,德以復之。卒貴,賤人暴貴,復倒逆,賢愚能自改悔,知師賢人,緣以自出於己路更也。值言道則善,今其王命章仿其蜀奸也。
緯文は続けて言う:若し能く過を改むる資質あらば、縦い已に飛石を見るとも、なお蛇馬の作怪・婦女の造謡の凶を重ねて消解せしむべし;その時多くの人の驟然として顕貴し順序を顛倒する有らん、ただ将来悔いを知り賢人に師事し、これに循って出でば便ち善道に返帰すべく、如今の王命乃ち顕明なるべし。鄭玄注:能く過を改むる者は存を得、五帝の世はみなこの如し。孔子は蒼精の世に生まれて、しかも応に赤徳の漢家のために法を制すべし。堯は盛徳あり、その後裔は期に応じて興り、まず己の正道を施行すべし;即ち已に安寧の資ありと雖もなお飛石の異を招致す、これは己が改過するは本より以て保全すべきを言い、蛇馬と女訛の類の凶兆はみな消散し、徳を用いてそれを挽回す。「卒貴」は地位低賤の人の驟然として顕貴し、秩序反常倒逆するを言う;ただし賢者愚者若しみな能く自ら改悔し、賢人に師法することを知らば、これにより別に正路を闢きて更新す。凡そ道に合すれば即ち善、如今この一支の王命の顕明は、正にあの蜀地の奸人の名と相対照す。この条は全書の転語:亡徴は占すべしと雖も、却って挽回すべからざるに非ず、過を改め徳を修めれば即ち災を消す――緯書の災異を講ずる、落脚はなお人事に在り。
三曰坤氣不效,黃帝世,次遲之名,曾之候在艮,名水赤,大魚出,斗撥紀,天下亡。坤為兆,兆姓重,遲亡為名號,亦候其炎於其行。名水,河洛。大魚,鯨,土精亂,不能伏水,故今為坎為血為水。而河洛位在中,故土裹則土水,土有成,故大魚出,斗再撥紀,臣不如常法也。
第三条:坤卦の気応験せざるは、黄帝運に当たるの世、君名は「次遅」と相当し、会験の候は艮位に在り;名川の水は赤に変じ、大魚出現し、北斗は綱紀を撥乱し、天下まさに亡びんとす。鄭玄注:坤は兆象を主り、兆姓は繁重、以て「遅亡」を名号と為す;同じくその行経する処においてその気を占候するを要す。「名水」は黄河と洛水を指す。「大魚」は鯨を指す。土精紊乱して、能く水気を鎮伏せず、ゆえに変じて坎と為り血と為り水と為す。河洛の位置は中に居りて土に属し、土気裹束すれば則ち土と水と相雑する象と成る;土徳已に成れども守りを失い、ゆえに大魚出現す。北斗再度綱紀を撥乱するとは、臣下の常法に循わざるを言う。土徳は中に居り、本より水を鎮めるを以て職と為す、水反って溢れて魚出づ、正に中央の守りを失うの象。
四曰兌氣不效,白帝世,討吾之名,曾之候在震,豫氣錯,晝昏地裂,大霆橫作,天下亡。亦候之於其沖也。豫氣亦謂豫於太陽,故盡昏。兌為金,金性清明,故亂則昏也。土者金之母,故亂則裂,又大霆橫作,亦不制木之異者也。
第四条:兌卦の気応験せざるは、白帝運に当たるの世、君名は「討吾」と相当し、会験の候は兌と相衝する震位に在り;豫気交錯し、白昼昏暗・地面開裂し、大雷横発し、天下まさに亡びんとす。鄭玄注:同じくその相衝の位において占候す。「豫気」は預かり太陽の気を干犯することを言い、ゆえに白昼尽く昏なり。兌は五行において金を為し、金性は清明、ゆえに乱るれば反って昏暗と為る。土は金の母、母気乱るれば則ち地裂く;また大雷横発あり、あれは金の木を制する能わざるの生ずる異象。この条は金徳まさに終わらんとすることを講じ、その応は昏・裂・雷の三者に在り。
五曰坎氣不效,黑帝世,胡誰之名,會之候在離,五角禽出,山崩日既,為天下亡。亦候之於其沖,北方禽牛,上數五,五角禽出,土將滅水之象。山崩,亦土為滅。水精為月月者,日之妃月,既者象妃刺居之,明日既為月既也。按正文日既為,“為”字疑衍。
第五条:坎卦の気応験せざるは、黒帝運に当たるの世、君名は「胡誰」と相当し、会験の候は坎と相衝する離位に在り;五角の獣出現し、山崩・日全食、天下まさに亡びんとす。鄭玄注:同じくその相衝の位において占候す。北方の禽は牛に属し、その数は上は五に応ず、五角の獣の出現は、土まさに水を滅せんとするの象。山崩もまた土の来りて克滅するの表現。水の精は月を為し、月は日の配偶;「既」は尽きるの意、日食既は全食の象、ここは妃位の刺を受くるを以て譬と為し、いわゆる日既は実は応に月既と作るべし。段末の「按正文『日既為』の『為』の字は疑うに衍ならん」は輯校者の校語。以上の五条は依次に木・火・土・金・水の五徳に配し、毎一条みな本卦の気の応ぜざるを以て端と為し、相衝の位を以て験と為し、本方の物を以て怪と為す。
六曰巽氣不效,霸世之主名筮喜,會之效在,乾,大水,名川移,霸者亡。喜若於放日及以名號者。巽為風,掠動萬物之類也,亦候之於其沖。大水名川流通,地德若衰,則或竭或移。
第六条:巽卦の気応験せざるは、霸主世に当たり、その主の名は「筮喜」と叫ばれ、会験の効は巽と相衝する乾位に在り;大水泛濫し、名川改道し、覇者まさに亡びんとす。鄭玄注:「喜」はその放效の日と名号に就いて言う。巽は風を為し、能く万物の類を掠動す、同じくその相衝の位において占候す。大水と名川は本より暢流すべく、地徳若し衰えれば、河道は則ち或いは乾涸し或いは改道す。前の五条は五帝に配し、この条より起こりて転じて霸主を言う、ゆえに占する所は再び五行の正数を用いず、而も風・水の変を以て験と為す。
七日,艮氣不效,假驅之世,若簷柔之比,曾之以候在坤,長人出。星亡殞石,辭之主亡。艮為七,性安皆為荒子央逸,比為小人,若以為名號者也。候之亦於其沖。長人出者,象天下將有聖人起也。星陰類殞而與在天光,猶諸侯盜行天子之政,名類驗之。主將亡者,皆星亡石殞,春秋之時,殞石於宋五,傳殞星也。霸在王者之間,故其異不以五行之數也矣。
第七条:艮卦の気応験せざるは、天命を假借する者世に当たり、その名は「檐柔」の類の如し、会験の候は艮と相衝する坤位に在り;長人出現し、星辰隕亡して落ちて隕石と為る、この一等の君主まさに亡びんとす。鄭玄注:艮の数は七、その性は安止を主り、一旦守りを失えば、子弟は便ち荒淫放逸す;「比」は小人を指し、この類の字眼は取られて以て名号と作さる。同じくその相衝の位において占候す。「長人出」は天下まさに聖人興起あらんとするを象徴す。星は陰類に属し、墜落してその光なお天上に留まるは、譬するに諸侯の天子の政を盗行するが如し。この類の名象はみな用いて験証すべし。凡そ君主まさに亡びんとするに、みな星亡石隕の異あり:春秋の時「隕石于宋五」、《左伝》はあれは本是隕落したる星と言う。霸主の地位は王者の間に介在す、ゆえに彼の災異は五行の正数に按じて配せず。「隕石于宋五」は《春秋》僖公十六年に見ゆ、先に落ちて後にこれを視て石と為す、ゆえに先に数を書し後に石を書す、緯書はこの旧例を借りて証と為す。
八日,乾氣不效,天下耀空。乾為天,而其氣也不效,故有光耀者空,謂五縣五星及群宿皆無光明。春秋傳曰:“恆星不見”也。將元君,州每王,雌擅權,國失雄。乾為君,其氣不致,故將元君。明元之雌臣雄君擅,故因知其朽君也。陪孽領威,君若贅流。陪臣,孽,庶子。威氣內心,贅如流皆不得於事,贅流或為間小治也矣。
第八条:乾卦の気応験せざるは、天下の光耀落空す。鄭玄注:乾は天を為し、天の気応ぜず、ゆえに凡そ光耀ある処みな空虚と成る、五星と衆星宿とみな光明を失うを言う。《春秋》の経伝に記する所の「恒星見えず」は、即ちこの種の天象。緯文に言う:まさに新君元に当たる有らん、州州自ら王を称し、雌者権を擅にし、国中雄主を失う。鄭玄注:乾は君を為し、君気至らず、ゆえに別に元君を立てんと言う;雌臣雄君に代わりて専擅す、これにより便ちあれは朽壊の君なるを知る。緯文はまた言う:陪臣と庶孽は威権を掌握し、君主は多余の贅物の如く漂流して着なし。鄭玄注:「陪臣」は諸侯の臣を指し、「孽」は庶出の子を指す。威権の気は内にその心に蓄う;「贅流」は君主は贅疣の如く漂流の如く、みな事を主る能わざるを言い、「贅流」は一説に「間小治」と読む。以上の八条は合して「天子亡徴九」の主干と為し、その共同の格式は:某卦の気応ぜず、某徳の世、某種の名号、衝位に候を取り、某類の物怪、終わりに天下亡を以てす。
曾之候在巽,眾變立,地陷,斗機絕繩,玉衡撥,攝提亡。眾變,地其千三日變立見,地陷淪下。絕繩及機,皆謂撥不如常亡見之也。五星合,狼弧張。五星合聚在谷,弧狼張,兵宿動。
緯文に言う:会験の候は巽位に在り、衆多の変異並び起こり、地面塌陷し、北斗の天枢・天璣はその縄準を失い、玉衡撥乱し、摂提星隠没す。鄭玄注:いわゆる衆変は、地の数日の間に連接して変異を顕出し、地面塌陷下沉することを言う。「絶縄」と「機」は、みな斗柄の撥転して常度に循わずしてその常見の位を失うを言う。緯文はまた言う:五星会合し、天狼星と弧矢星張開す。鄭玄注:五星はある一分野に聚合し、弧星・狼星張列す、是は兵を主る宿の動くなり。五星の聚合は漢代において改朝换代の大符と視做せられ、天狼と弧矢は則ち寇兵を主る、ゆえに並び挙げて乱世の象と為す。
晝視無日,虹霓煌煌,夜視無月,彗笰將將。無日無月,謂妖氣應期明。當藏者出,當出者消。佹易期,當藏者出,蟄物以非時見。當出者消,見物令無元有。佹處地而生易期主然也。
緯文に言う:白昼は太陽を見ず、ただ虹霓煌煌たるのみ;夜裏は月亮を見ず、ただ彗孛の光森森たるのみ。鄭玄注:日なく月なしとは、妖気の期に応じて顕明するを言う。緯文はまた言う:潜蔵すべきは反って出現し、出現すべきは反って消失し、乖戻錯乱して時期を改易す。鄭玄注:蔵るべきに却って出づるは、蟄伏の物の時令に合せずして身を現すを言う;出ずべきに却って消するは、本より顕見すべき物の曽て存せざるが如くなるを言う。この種の乖戻の現象は地上に発生し、即ち時期改易・主運更换を意味す。物候の失序は緯書のうちに星象の失度と同等に重要、みな「気効せず」の証拠。
太山失金雞,西嶽亡玉羊,金雞玉羊,二嶽之精。為玉羊推義宜然,未昔聞也。雞失羊亡,臣從恣,主方佯,五嶽之靈,主生賢佐,以因王者。故《詩》云:“嵩高維嶽,峻極於天。維嶽降神,生甫及申,維申及甫,維周之翰。”雞失羊亡,謂不復生賢佐輔,故臣故恣其欲,而至方佯無所主之也。
緯文に言う:泰山は金鶏を失い、西岳華山は玉羊を亡失す。鄭玄注:金鶏と玉羊はこの両座の山岳の精霊;玉羊の名は義に照らして推求すれば応にこのよう、ただし従前曽てその確解を聞かず。緯文に言う:鶏失い羊亡ぶれば、臣下放纵し、君主佯狂して主なし。鄭玄注:五岳の霊は、職は賢佐を生育して以て王者を輔助するに在り、ゆえに《詩経・大雅・崧高》に言う:嵩山高く、その高さ天に極まる;山岳神霊を降し、甫侯と申伯を生ず;申伯と甫侯は、正に周室の棟梁。鶏失い羊亡ぶとは、即ち山岳の再び賢良の輔佐を生出せざるを言い、これにより臣下敢えて私欲を放纵し、以て君主彷徨佯狂して主と為す所なきに至る。この条は「岳精」と「生賢」とを相係し、漢人の山川の霊を以て人才に配するの旧説。
