衰乱の象:地裂山崩と民愁の異
天下愁,山泉揚,志射潰,地裂山崩。君臣道亂,則天下之人皆懷愁,故山泉發揚,主心跌而出,地裂山崩。《國語》曰:“山川壅而潰,民亦如然”。山崩地裂,民愁之異也。按“民愁”原本作“民然”,今據文改。
緯文に言う:天下人憂愁し、山泉噴涌し、心志激射して潰決し、地裂け山崩す。鄭玄注:君臣の道紊乱すれば、天下人便ち皆憂愁を懐き、ゆえに山泉発揚噴涌し、人主の心跌宕して外露し、地裂山崩随いて来たる。《国語・周語》に言う:山川壅塞すれば即ち潰決せん、百姓の情形もまたこれと同じ。山崩地裂は、即ち民愁の応ずる異象。段末の「按『民愁』は原本『民然』と作す、今文に拠りて改む」は輯校者の校語。この条は地の変異を直接人心の鬱結に係し、緯書「天人相動」の典型の説法。
誰之過,望侯女災,言天下之災由於孽,孽幸之侯,若紂時崇侯女災。元妃之黨,喪亂之本,卒由此作也。蒙孫之名生眾妖,非單斯亂由橫。蒙孫,童蒙之孫也。由,從也。言此童之人生妖眾,非但盡於此亂而縱橫也。
緯文問う:これは誰の過錯か?答えは望侯と女寵の災に在り。鄭玄注:天下の災は孽幸より起こるを言う――寵を受ける諸侯、商紂の時の崇侯虎と女寵の禍の如し;元妃の一党は、正に喪乱の根本、禍乱は終竟これにより起こる。緯文はまた言う:名を「蒙孫」といえる人は衆多の妖異を生出し、禍乱はこの一端に止まるのみにあらずして、また四出横行せん。鄭玄注:「蒙孫」は即ち童蒙の孫、「由」は従と訓す。この種の童昏の人の生ずる所の妖異極めて多く、此処の一乱に到りて即ち完となるに非ずして、而も縦横蔓延すを言う。この段のいわゆる「蒙孫」は下文に屡見す、緯書の用いて亡国の君を指称する一つの隠名なり。
四野擾擾,鬱怏芒芒,天卑地高,雷讙虹行,天星晝奔。擾擾貌,芒氣衰錯。天卑地高,神人難擾。《書》曰:“乃命重黎,絕地通天。”四時方民神擾,虹霓東,雷虹冬行,非時出。元冬季蓋脫之也。按類書引此文作“雷讙公行,星晝奔,霓夜光”。與此稍異。
緯文に言う:四野紛擾して寧まらず、鬱結茫昧し、天は低く地は高く、雷声喧豗・虹霓横行し、天上の星辰は白昼に奔墜す。鄭玄注:「擾擾」は紛乱の貌、「芒」は気衰えて錯乱するなり。天卑く地高きは、神と人と相擾して分かれざるなり。《尚書・呂刑》に言う:ここにおいて重と黎とに命じて地天の相通ずるを断絶せしむ。ここの写す所は四時の中に民と神と相擾し、虹霓は東方に出で、雷と虹は冬天に出現し、みな時令に合せず;「元冬季」の一語は底本おそらく脱文あらん。段末輯校者按:類書のこの文を引くに「雷讙公行、星昼奔、霓夜光」と作す、此の本と略ば出入あり。天地位を易え、雷虹時に非ず、星昼に奔墜す、三者合して正に綱紀倒錯の象。
上無乾,下無星,天地昧昧,履踐冰。下元氣候不見,上無帝無星,天帝之星無光明,昧昧不別。履踐冰,陰氣無傳,行當冰寒也。按“星”字原本作“帝”,今據註文改。又《類書》引此作“下無常”。民衣霧,主吸霜,間可倚杵,於何藏。“民衣霧”,主吸霜,卑奪尊之服。“間可依杵”言相近,“於何藏”,無所自逃藏者也。
緯文に言う:上は天を見ず、下は星を見ず、天地昏昧して明らかならず、行走は薄冰の上に踏むが如し。鄭玄注:下方の元気の候は見るべからず、上方に帝星なく衆星なく、天帝の星は光明を失い、昏昧にして分辨すべからず。「履践氷」は陰気の再び伝布流行せざるを言い、行走の時氷寒に臨むが如し。輯校者按:「星」の字は原本「帝」と作す、今注文に拠りて改む;類書の此を引くにまた「下無常」と作す。緯文はまた言う:百姓は身に霧気を披り、人主は霜寒を吸飲し、人と人と相近して中間ただ一根の杵を容るるのみ、なおどこに躲蔵することを得んや。鄭玄注:「民衣霧」と「主吸霜」は、卑者の尊者の服用を奪い去るを講ず。「間可依杵」は彼此逼近を形容し、「于何蔵」は自ら逃れ自ら蔵るべき処なきを言う。これは乱世の人の依托する所なく上下位を失うの写照。
不知夏,不知冬,無復氣之常也。不見父,不見兄,無復父兄之恩。望之莫莫,視之盲盲。天地之間,無復可以別識也。按“望之”原作“望望”,今據《藝文類聚》所引改。
緯文に言う:夏天を辨せず、冬天を辨せず。鄭玄注:四時の気は再び常度あらず。緯文に言う:父親を見ず、兄長を見ず。鄭玄注:父子兄弟の間に再び恩義あらず。緯文に言う:望むれば一片茫茫、看れば一片盲昧。鄭玄注:天地の間に、再び分辨識別すべき何物もなし。段末の「按『望之』は原作『望望』、今《芸文類聚》の引く所に拠りて改む」は輯校者の校語。四時常なきは天に在り、父兄恩なきは人に在り、望むに別なきは物に在り、三層遞進し、写す所は天地人の三節俱に乱る――正に開篇の「三節共本、同じく元苞より出づ」と相対照す。
賢人頡頊,咽舌吟,或席喘,頡頊遇扇厄也。咽舌吟不復與之者。虎威號。群黨假威,出坐玉床。虎感,感白虎之宿而生者。《詩汜曆樞》曰:參為大辰,霸者持正,咸席之。覆號黨眾,群類假威,天之威出,坐玉床,處天子位也。
緯文に言う:賢人困頓して志を失い、舌を咽んで低吟し、あるいは席上に伏して喘息す。これは賢者の扇動の厄難に遭遇するを言い;咽舌して吟ずるは、再び彼らと共に語らんと肯んずる人なきを言う。緯文に言う:虎の如く威吓呼号す。鄭玄注:いわゆる虎感は、白虎の宿に感じて生まれた人;緯書《詩汜暦枢》に言う:参宿は大辰、覇者はその正を執持す、みなこれを以て憑藉と為す。この類の人は反覆して号令し党衆を聚集し、衆人は彼の威勢を假借す;上天の威権はこれにより外に移り、彼は便ち玉床に坐し、天子の位を占拠す。この条の講ずるは賢者声を噤み強梁位を窃む、前文の「陪孽威を領し、君贅流の若し」と同じく臣強君弱の象。
覇世と蒙孫:亡徴の名号と防患の道
馬弓人,二孫推,適佐父兄,八八六十四節為之期沖。弓馬人,當者之名號。二孫推,適佐父兄,始傷正道,推正統而尊任之,子孫皆為之佐,以六十四掛之後之期沖也。
緯文に言う:名号に「馬」「弓」を帯ぶる人有り、両代の子孫相推し、恰好してその父兄を輔佐し、六十四卦の節次を以てその期限と衝値と為す。鄭玄注:「弓馬人」は当値者の名号。「二孫推」は子孫両代相推して、恰好して父兄を輔佐し、正道これより損を受くるを言う;彼らは正統を推尊して任用を受け、子孫みな彼の輔佐と作れり、その期限は則ち六十四卦の後の相衝の位を以て推算す。卦数を以て紀年し衝位を以て応を定むるは、本篇の一貫の推法;ここはそれを用いて霸主の一系の世次の上に施す。
五九之數,頓道之維。五九者四百五十年,於九百歲之軌為半,故主之道至此以為際會也。網害之效,慎蒙孫期,防萌萌之沖,攜幼千里,負老山逃。害謂將亡之徵效驗,當慎童蒙之孫,若以為名號,其至當期,防其萌萌之始,動必先有兵中之,故攜幼千里,負老山逃也。
緯文に言う:五九の数は、治道頓挫の関鍵。鄭玄注:五乗じて九は四百五十年、正に九百年一軌の一半に当たる、ゆえに君主の治道はここに到りて便ち一次の際会。緯文はまた言う:祸害を網羅する験効は、蒙孫の期を謹慎防備し、その萌芽初起の衝値を防ぐべし;否らざれば将に百姓の幼児を携えて千里に奔走し老人を背負して山中に逃入るの景象あらん。鄭玄注:「害」はまさに亡びんとする徴象の験効を指す。まさに童蒙の孫を謹慎対待すべし――若しこれを以て名号と為せば、その到来は自ら定期あり;それの萌動の始を防備するを要す、一たび変動あれば必ず先に兵禍その中より起こるがゆえに、乃ち幼を携えて千里し老を負いて山に逃るの事あらん。緯書の期数を講ずる、落脚はなお「其の萌を防ぐ」の三字に在り:災は未だ形せざるの時に防ぐべし、已に形せば唯有奔逃するのみ。
兵關寒,河數強,鉤鈴滅,祺羊明。此四宿之異,皆兵家人當察以為候。倫世師,惠出人,倫之世人師,謂能度王者於辰難,出於忠信之人也。其王可諫者全,不移者亡。言遇厄之君,恩在忠信之言,則可以全其命。不推移,則滅亡。“王”或為“主”也。
緯文に言う:兵星・関星寒冷にして光なく、天河の数強盛し、鈎星・鈴星隠滅し、祺星・羊星明亮なり。鄭玄注:この四組の星宿の変異は、みな兵を用いる人のまさに察看して以て占候と為すべきなり。緯文はまた言う:世事を条理する師保、その恩惠は人より出づ。鄭玄注:いわゆる一世を条理する人師は、能く王者を助けて時艱を渡らしむる人を指し、彼らは忠信の士より出づ。緯文に言う:あの君王若し諫を納れんと肯んずれば即ち保全するを得、遷改せんと肯んぜざれば即ち敗亡せん。鄭玄注:厄運に遭遇する君、若し能く忠信の言の恩益を領受せば、以てその天命を保全すべく;推移改易せんと肯んぜざれば、即ち滅亡せんを言う。「王」の字は一本「主」と作す。星占の下に緊接して諫諍の説あり、なお「災異は以て徳をもって消すべし」の一貫の主張。
錄圖世識,易嘗喪責,帝逢臣。注易何也,喪亡也。錄圖識之言,何嘗可法致誠也。味思孔子,能思孔子所作識書之修,以責己,帝王逢依此道,則可以自正也。按據註文“臣”字疑當作“正”。
緯文に言う:録図と世識の書、何ぞ曽て喪乱のうちに責求の義を放弃せしことあらんや?帝王これに遇えば、便ちまさに自ら正すべし。鄭玄注:注する所の「易」はここに何と訓じ、「喪」は亡と訓す。図録讖識の言う所の話、何ぞ嘗て效法してその誠敬を致すべからざらんや。孔子の意を玩味思索し、能く孔子の作る所の讖識の書の旨趣を思索し、用いて自らを責求せよ;帝王遇い併せてこの一条の路に依循せば、以て自ら正すべし。段末の「按注文に拠れば『臣』の字は疑うにまさに『正』に作るべし」は輯校者の校語。讖緯の書は自ら孔子より出づと称し、その功用は便ち帝王をして照らして自省せしむるにあり、ここに言う所甚だ明白なり。
有可以道消,力政勑德行,仁義藏。有之,有災害與可消之。意修以責也巳,德仁義最為藏善。去世淫嬉,佞諂勿行。淫嬉,遊度厄難,即當力正勑。又去淫佞之行,功行綰之。
緯文に言う:災害は以て道をもって消解すべし、努力して政事を端正し徳行を整饬し、仁義を身に蘊蔵せよ。鄭玄注:いわゆる「有之」は、既に災害あれば、即ちまた消解の法あるを言う。心を用いて修省して以て自らを責求せよ、徳と仁義は最上等の善を蔵する道。時世の淫佚游楽を革除し、佞媚諂諛の事を行うを許さざれ。淫佚游楽は正に厄難を招致する由来、厄に遇えばまさに努力して端正整饬すべし;さらに淫邪諂佞の行為を革去し、功業と徳行とを収束貫串せよ。これは全篇の災を消す法の正面の綱領:祷祠せず禳解せず、ただ政事と徳行の上に著力するのみ。
五徳の孽君の名号と危亡の象
倉世順,脫延之聲。赤世順,蒙孫之詳,觸名是工。脫延,蒙孫,君赤之孽名,號觸推,工官也。推求亡者之名,及其氏姓官號為也。黃世填,頓詐吉凶。白世慎,討吾之名。黑世慎,嘿沉。頓詐、討吾、嘿沉、黃白黑孽君之名。
緯文に言う:蒼徳の世は「脱延」の声を順察すべく、赤徳の世は「蒙孫」の詳を順察すべく、名号に触れれば即ち工官の事。鄭玄注:「脱延」「蒙孫」はみな蒼・赤両世の孽君の名号;いわゆる号触推は、工官を指す――彼によりまさに亡びんとする者の名字およびその氏姓と官号を推求す。緯文はまた言う:黄徳の世は「頓詐」を留意して以て吉凶を定め、白徳の世は「討吾」の名を謹慎し、黒徳の世は「嘿沈」を謹慎すべし。鄭玄注:頓詐・討吾・嘿沈は、分かちて黄・白・黒の三世の孽君の名号。讖緯は名号を以て興亡を占い、亡国の君の名字は先に讖記のうちに出現すと認め、ゆえに「亡者の名を推求する」を要す、これは前文の律を吹きて姓を定め卯金刀が劉を指すと同じ一路数。
皆所以危亡之象也。或名好字號及黨官邦。皆上吾事文,行合黨部曲多號本以為官號,邦所出之地名也。喜好不同,杜閼悉去,斥墮望貴候,得幸之臣萌。喜好不同,謂人偏頗,同意不忠乎,悉有所閼絕。盡有去葉盡有序墮淫貴之侯,得幸之臣由此萌。
緯文に言う:以上はみな危亡の象;あるいは名字に応じ、あるいは字号に応じ、またあるいは党羽・官職と封邦に応ず。鄭玄注:これらはみな上文を承けて言う:その行事の合する所の党羽部曲多ければ、即ちその本号を以て官号と為し、「邦」は則ち彼の出身の地の地名を指す。緯文はまた言う:君主の喜好は一ならず、凡そ己意に合せざるはみな杜絶斥去せられ、貶斥失勢する者・顕貴を指望する者紛紛として出現し、寵を得る臣これにより萌生す。鄭玄注:「喜好不同」は人心の偏頗を言う;意見相同しきは未必忠誠ならず、凡そ意に合せざるは一概に壅塞断絶せらる。ここにおいて枝叶を尽く去り次序を尽く乱し、堕落して淫侈顕貴の侯と成り、寵幸を得る近臣は則ちここより萌芽す。この一条は亡国の名と用人の失とを連ねて看る:名号は天の示す符、任人は人為の因。
抑期反剛,同哲之良,牧州誤放,乃知常道。抑,止。斯,此。偏頗之意。反剛王道之剛。“同哲之良”,用賢之哲,良善之人。“誤”當作“談”。牧州,諸侯之為州牧,當禁談其為非法令之事,乃得道之常也。
緯文に言う:偏頗を抑止して剛正に返帰し、明哲良善の人と同心せよ;州牧は妄言放纵を許さずして、乃ち治道の常を懂ると算す。鄭玄注:「抑」は止と訓し、「斯」は此と訓し、偏頗の意を指す;「反剛」は王道の剛正に返帰す。「同哲之良」は明哲の士と良善の人とを任用す。「誤」の字はまさに「談」に作るべし。「牧州」は諸侯の州牧に出任する人を指し、まさに彼らの議論し施行する法令に合せざる事を禁絶すべく、これようやく治道の常規を得。この条は上条と相承く:上条は幸を得る臣の偏好より生ずるを言い、この条は補救の法の偏好を抑え賢良を任じ方鎮を約束するに在るを言う。
赤世遭斯,蒙孫當沖。卒貴大嬉,道主之遊。嬉咸言赤世之末,有有卒貴之人,道為遊之人,黃門常侍者。災孽屢出,歸辜徙桀移陵,屢,數。待遊之人見災孽,孽數出,反歸罪於賢。桀,後桀。陵蓋衍字。
緯文に言う:赤徳の世はこの難に遭遇し、蒙孫の名は正にその衝に当たる;人の驟然顕貴し情を縦して嬉楽し、人主を引導して游荡する者と為る有り。鄭玄注:これは赤徳の末世に驟然顕貴の人有るを言い、いわゆる「道主之游」の人は、黄門常侍の類の近幸を指す。緯文はまた言う:災異妖孽屡屡出現し、却って罪咎を他人の身に帰し、桀に比す。鄭玄注:「屡」は屡次。承迎游楽の近幸は災孽を見て、妖孽屡屡出現し、彼らは反って罪過を賢者に帰す;「桀」は後世の桀の如き暴君を指し、「陵」はおそらく衍字。この条は明らかに宦官近幸の君を導きて游荡せしめ過を賢に諉すを指す、東漢人の切身の感、緯書は赤徳の末を借りて言い出す。
黃世之責,咎主康。月珥指房,四方煩苦,以土之功。二百歲赤,言其中央黃。言其終明乾是半與皆盡為除罪責。康,安。罪若主安,不知有危亡憂。書月時害喪氣皆類。“月珥指房”,其時候也。四方煩苦於土功,天時去黃精,今天下厭之也。按正文房作原本作席,今據註文改。
緯文に言う:黄徳の世の責罰は、咎は人主の苟安に在り;月は珥気を生じて房宿を指向し、四方は土木の功のために煩苦す。鄭玄注:赤徳二百年の後、言う所は継いで起こる中央の黄徳;その終了に到りて、乾道は明示してその運已に半を過ぎてまさに尽きんとし、一つながりその罪責を清算す。「康」は安、有罪にして人主苟安し、已に危亡の憂あるを知らざるを言う。凡そ書の中の記する所の月候・時令の害気喪気は、みな同一類に属す。「月珥指房」の講ずるは応験する時候。四方の百姓は土木工程のために煩苦し、天時已に黄精の徳を離弃し、如今天下みなそれを厭弃す。段末の「按正文『房』は原本『席』と作す、今注文に拠りて改む」は輯校者の校語。月珥の某宿を指すは即ち宿を以て分野を定め、土功の民を煩わすは則ち人事の失、天象と人事と対看して、乃ち一条の完整の占と成る。
不知在心,幸滅淫名,曰即白之黑,無報詳。言黃之孽君,內有不知之心,幸其親戚,大其名號。使居上位,出賢遇鄉白之異亂奸忠也。天終無復有報進之道,詳之盡也。
緯文に言う:昏昧の心は自ら覚えず、寵幸の下に淫濫の名号反って是非を湮滅し、白なるを説いて黒と為し、再び実に拠りて上報する途径なし。鄭玄注:黄徳の世の孽君は、内心昏昧にして自ら知らず、己の親戚を寵幸し、彼らの名号を抬高し、彼らをして上位に居らしめ、賢者を排擠して出で、黒白を顛倒する異象に遇えば、奸佞と忠良は混淆すを言う。上天は終竟に再び報応進用の路なし、これは説き尽くせり。「即白之黒」は鹿を指して馬と為す式の顛倒、緯書はそれを亡国の象のうち最も深き一層に列す――天象の度を失うに非ずして、是非の拠る所を失うなり。
結語:帝世自省すれば則ち乾坤定まる
帝世者,必省□,維躬是類,參當以閼。帝世,當世處帝位者。維,思。言若能自省,以責其躬,自別其可行之類,參錯其所當為之際,則所以閼絕亂謀,消息將來之禍。則乾坤定,五德九拱明。乾坤定,不為災。五德,五行。九之王錄明衰之也。
緯文に言う:当世帝位に居る人は、必ず自省し、その己身の属する所を思い、まさに為すべき所を参酌して乱源を杜絶すべし。ここ底本に一つの缺字あり、「必省□」と作す、今照録して補せず。鄭玄注:「帝世」は当世帝位に処る人を指し、「維」は思と訓す。若し能く自ら省察し、自らを責求し、どれが己の行うべき類かを分辨し、まさに為すべきの時機を斟酌せば、以て乱謀を杜絶し将来の禍を消解するに足るを言う。緯文最後に言う:このようすれば乾坤便ち安定し、五徳と九数昭然として並び明らかならん。鄭玄注:乾坤安定すれば、再び災を降さず。「五徳」即ち五行;九運の王録もまた明白に興衰の序を顕示す。全書ここに至りて収結す:前に鋪陳した種種の亡徴と災異は、最終にみな人君一念の自省に帰結す、これもまた《易緯》の諸篇の共に有する立意。本書は輯佚の残篇、文句多く脱訛あり、読者はまさに残本を以てこれを視るべく、求めてその首尾の完具を得べからず。
