易緯略義・〔清〕張惠言輯《乾鑿度》
易緯略義・〔清〕張惠言輯《乾鑿度》
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
易の三義
《乾鑿度》曰:易者,易也,變易也,不易也,管三成德,為道苞鑰。易者,以言其德也,通情無門,藏神無內也。光明四通,佼易立節。天地爛明,日月星辰佈設,八卦錯序,律曆調列,五緯順軌,四時和栗孳結,四瀆通情,優遊信絜,根著浮流,氣更相實,虛無感動,清靜照哲,移物致耀,至誠專密,不煩不撓,淡泊不失。此其易也。
《乾鑿度》に言う:「易」という名目は三層の含意を兼ねる――易簡・変易・不易;それはこの三義を総管して易道の徳を成就し、大道を開く関鍵の鎖鑰である。まず「易簡」を言えば、この一層は易道の徳性に就いて講ずる:それは万物の情に通達しながら門戸の循るべきなく、神妙を収蔵しながら内里の指すべきなし;光明は四方に貫通し、簡易の道をもって節度を確立す。ここにおいて天地は燦然として分明し、日月星辰は各々その位を布き、八卦は交錯して序あり、律呂暦数は調諧して排列し、金木水火土の「五緯」(五大惑星)は軌に循って運行し、四時は和順で草木は孳生して結実し、江・河・淮・済の「四瀆」の水気は相通じ、従容として信ありて潔浄にして雑ならず;根荄は地に著き、水気は浮流し、陰陽二気は交替して充実す;虚静無為にしてしかも感じて遂に通じ、清静澄澈にして能く万理を燭照す;万物を推移して各々光輝を顕わさしめ、至誠専一にして縝密にして茍ならず;煩扰せず撓乱せず、恬淡として自ら守りてその常を失わず。これすなわち易道の簡易の一面である。
變易也者,其氣也。天地不變,不能通氣;五行迭終,四時更廢。君臣取象,變節相和,能消者息,必專者敗。君臣不變,不能成朝。紂行酷虐,天地反;文王下呂,九尾見。夫婦不變,不能成家。妲己擅寵,殷以之破;大任順季,享國七百。此其變易也。
いわゆる「変易」とは、気の流転を講ずる。天地もし凝止して変ぜざれば、二気は交通するに由なし;正に五行の相い代わり、終わりて復た始まるがゆえに、四時はようやく番々に興廃す。君と臣はこの物象に取法し、節候に随って変通し彼此相調和す:自ら消退することを肯んずるは、かえって以て生息を得;一味に専擅独断するは、必ず敗亡す。君臣の間に変通を知らざれば、一代の王朝を成す能わず――商紂は暴虐無道にして、天地これがために反常と為り;周文王は下位にあって呂尚を礼聘し、九尾狐の祥瑞は即ち随いて出現す。夫妻の間に変通を知らざれば、一つの家を成す能わず――妲己は独り寵幸を擅にして、殷商これによりて覆亡し;大任(周文王の母)は季歴に順事して、周朝は国を享くること七百年。これすなわち易道の変易の一面である。
不易者也,其位也:天在上,地在下,君南面,臣北面,父坐子伏,此其不易也。故易者,天地之道也,乾坤之德,萬物之寶。至哉!易一元以為元紀。易含三義皆元也,天地合於一元,易義於此為大。
いわゆる「不易」とは、位分を講ずる。天は恒に上に居り、地は恒に下に居る;君主は南面して坐し、臣子は北面して立つ;父親は居坐し、子女は俯伏す――これらの名分は更易せず、正に易道の不易の一面である。ゆえに「易」とは即ち天地運行の法則、乾坤両卦の具える徳性、万物の依りて存立する珍宝である。偉大なるかな!《易》は「一元」をもって紀年紀度の開端と為す。易の含む三層の義理はみなこの「元」に根植し、天地は終竟に同一の元気に帰合し、易の義蘊はここに至りて至大に達す。
易数一七九
《乾鑿度》曰:文王因陰陽,定消息,立乾坤,統天地。夫有形者生於無形,則乾坤安從生?故曰:有太易,有太初,有太始,有太素。太易者,未見氣;太初者,氣之始;太始者,形之始;太素者,質之始。氣形質具而未相離,故曰渾淪。言萬物相渾淪而未相離,視之不見,聽之不聞,循之不得,故曰易也。易無形埒也。
《乾鑿度》に言う:周文王は陰陽の理に依循し、「消息」(十二消息卦の標示する陽息陰消の次第)を確定し、乾坤二卦を確立し、以て天地を統摂す。既に形ある物は形なきより生ずれば、然らば乾坤はまた何より生ぜんや?ゆえに曰く:宇宙生成に「太易」「太初」「太始」「太素」の四つの階段あり。太易は、気すら未だ顕現せざる階段;太初は、気始めて出現する階段;太始は、形状始めて出現する階段;太素は、質地始めて出現する階段。気・形・質の三者はすでに具備しながら混同して一体を為し彼此未だ分かれざる、これを「渾淪」と叫ぶ。いわゆる渾淪とは、万物混融して一となり未だ分離せざること:これを視ても見えず、これを聴いても聞こえず、これを摸索しても捉摸し得ず、これによりてこれを「易」と称す。易は形体の界限の言うべきなきものである。
易變而為一,一變而為七,七變而為九。九者,氣變之究也,乃復變而為一。一者,形變之始。清輕上為天,濁重下為地。物有始有壯有究,故三畫而成乾;乾坤相併俱生,物有陰陽,因而重之,故六畫而成卦。
「易」より変じて「一」を出し、一より変じて七と為り、七より変じて九と為る。九は気の変化の終極、極処に至りてまた回頭して一と変ず。この一は、形の変化の起点:清軽なるは上升して天と為り、重濁なるは下沉して地と為る。凡そ物に初始・壮盛・終極の三つの階段あり、ゆえに三爻を画けば一つの経卦を成す(原文「干」は即ち乾);乾と坤は並び立ちて同生し、万物は既に陰陽を分かち、ここにおいて経卦を両々に相重ね、六爻を画けば一つの別卦を成す。三画は始・壮・究に取象し、六画は陰陽の相重に取象す、これが八卦と六十四卦の生成の理である。
卦者,掛也,掛萬物視而見之。故三畫已上為地,四畫已上為天。物感以動,類相應也。陽氣從下生,動於地之下則應於天之下,動於地之中則應於天之中,動於地之上則應於天之上。故初以四,二以五,三以上,此謂之應。
「卦」は即ち「挂」、万物を懸け陈列して人に見えるを得さしむ。ゆえに一卦六爻、三画より下は地に属し、四画より上は天に属す。物は感召を受くればすなわち動き、同類の間は自然に相互に呼応す。陽気は下方より生起す:地部の下に発動すれば、即ち天部の下に応じ;地部の中に発動すれば、即ち天部の中に応じ;地部の上に発動すれば、即ち天部の上に応ず。ゆえに初爻と四爻は相応じ、二爻と五爻は相応じ、三爻と上爻は相応ず、これを「応」と叫ぶ。漢代の易学が爻位に「応あり」「応なし」を講ずる、その根拠は正にここに在り。
陽動而進,陰動而退,故陽以七,陰以八為彖。易一陰一陽合而為十五之謂道。陽變七之九,陽變八之六,合於十五,則彖變之數若。
陽の性情は動きて前進し、陰の性情は動きて後退す、ゆえに七を取りて陽を代表し八を取りて陰を代表し、以て「彖」(一卦の定体)を立つ。《易》のうち一陰一陽相配して合して十五を成す、これを道と叫ぶ――七加えるに八、正に十五。陽は七より九に変じ、陰は八より六に変ず(底本はここの両句とも「陽変」と作す、後の一句の「陽変八之六」はまさに「陰変八之六」の訛なるべし)、九に六を加えても合して十五を成す、見るべく変じた後の彖数なおこのようであることを。七・八は不変の数、即ち少陽・少陰;九・六は已変の数、即ち老陽・老陰。変と不変を論ぜず、一陰一陽の和は総じて十五に帰す、これ正に筮法の「用九」「用六」の数理の根拠である。
陽動而進,變七之九,象其氣之息也;陰動而退,變八之六,象其氣之消也。故太一取其數以行九宮,四正四維皆合於十五。五音、六律、七宿由此作焉。故大衍之數五十,所以成變化而行鬼神也。日十干者,五音也;辰十二者,六律也;星二十八者,七宿也。凡五十,所以大閡物而出之者也。此原七八九六之始、一陰一陽之位,說詳《虞氏消息》。
陽は動きて前進し、七より九に変ず、陽気の生長を象徴し即ち「息」;陰は動きて後退し、八より六に変ず、陰気の消退を象徴し即ち「消」――この一つの「消息」は正に十二消息卦の立義の本とする所。ゆえに「太一」(北極の神)はこの套の数を取りて「九宮」を巡行す:一至九を九宮格の中に分布し、四正の宮(坎・離・震・兌)と四維の宮(乾・坤・艮・巽)と中央に連ねて相加え、縦・横・斜の毎条の線みな合して十五を成す。後世の太乙九宮・奇門遁甲の布局、その数理の源頭は即ちここに在り。五音・六律・二十八宿の分划もまたこれによりて立つ。ゆえに大衍筮法は数を五十に取る、正に以て変化を成就し鬼神を駆行するを用いるなり。十干は五音に配し、両干合して一音を成し;十二支は六律に配し、両支合して一律を成し;二十八宿は四方に分属し、毎方七宿。十加え十二加え二十八、恰も五十、この五十の数は便ち用いて大いに万物を開きこれを生出せしめるなり。以上に七・八・九・六の四数の来歴と一陰一陽の爻位を推原す、詳細な論説は張惠言自著の《虞氏消息》を見よ。
上下経
《乾鑿度》曰,孔子曰:陽三陰四,位之正也。故易卦六十四,分而為上下,象陰陽也。夫陽道純而奇故,上篇三十所以象陽也;陰道不純而偶故,下篇三十四所以法陰也。乾坤者,陰陽之根本,萬物之祖宗也,為上篇始者,尊之也。離為日,坎為月,日月之道,陰陽之經,所以終始萬物,故以坎離為終。
《乾鑿度》は孔子の語を記して曰く:陽数は三を取り陰数は四を取る、これは陰陽各々その正を得る位数である。ゆえに六十四卦は上下二篇に分かれ、以て陰陽を象徴す。陽道は純一にして奇に属す、ゆえに上篇三十卦、「三」の数を取りて以て陽に象り;陰道は純ならずして偶に属す、ゆえに下篇三十四卦、「四」の数を取りて以て陰に法る。乾・坤の両卦(原文「干」は即ち乾)は陰陽の根本・万物の始祖、それらを上篇の首に列するは、尊崇を表示するなり。離卦は日を為し、坎卦は月を為し、日月運行の道は即ち陰陽の常経、万物これにより終わりて復た始まる、ゆえに上篇は坎・離の二卦をもって收尾す。
咸恆者,男女之始,夫婦之道也。人道之興必由夫婦,所以奉承祖宗,為天地主也,故為下篇始者,貴之也。既濟、未濟為最終者,所以明戒慎而存王道。
《咸》《恒》の両卦が講ずるは男女交感の始・夫妻相处の道。人倫の興起は必ず夫妻より始まる、夫妻あって乃ち祖先を奉祀し宗祧を承継し、頂天立地の主人と為ることを得、ゆえに咸・恒を下篇の首に列するは、看重を表示するなり。全経は《既済》《未済》をもって収束す、「事已に成れどもなお戒惧を須い、事未だ成らざるもなお為す有り」を点明せんとし、以て王者の道を保全す。《既済》は六爻皆位に当たり、円満已定の象;《未済》は六爻皆位を失い、未定にして成を待つの象。一は成一は未、正に天道の循環往复・永く終止なきを見る。
孔子曰:泰者,天地交通,陰陽用事,長養萬物也;否者,天地不交通,陰陽不用事,止萬物之長也。上經象陽,故以乾為首,坤為次,先泰而後否。損者,陰用事,澤而萬物損也,下損以事其上;益者,陽用事而雷風益萬物也,上自損以益下。下經以法陰,故以咸為始,恆為次,先損而後益,各順其類也。
孔子曰く:《泰》卦は天地二気の交通・陰陽の作用発揮・万物の生長養育の象;《否》卦は天地の相交通せざる・陰陽の作用発揮せざる・万物の生長停止の象。上経は陽に取象す、ゆえに乾卦をもって首と為し(原文「干」は即ち乾)坤卦これに次ぎ、卦序の上で《泰》を先にして後に《否》。《損》卦は陰気の当令、下卦の兌沢は減損せられて万物傷を受け、下位に在る者が自ら減損して以て上位に在る者に奉事することを象徴す;《益》卦は陽気の当令、下に震雷・上に巽風交わりて相助えて万物利を得、上位に在る者が自ら減損して以て下位に在る者を増益することを象徴す。下経は陰に取法す、ゆえに《咸》卦をもって開始し《恒》卦これに次ぎ、卦序の上で《損》を先にして後に《益》。上経は先に通じ後に塞がり、下経は先に損し後に益す、各々陰陽の類別の次第に順って以て安排す。
六位
《乾鑿度》曰,孔子曰:易有六位,三才天地人道之分際也。三才之道,天地人也:天有陰陽,地有柔剛,人有仁義,法此三者,故生六位。六位之變,陽爻者制於天也,陰爻者制於地也。天動而施曰仁,地靜而理曰義。仁成而上,義成而下,上者專制,上者順從。正形於人,則道德立而尊卑定矣,此天地人道之分際也。
《乾鑿度》は孔子の語を記して曰く:一卦に六つの爻位あり、これは天・地・人の三才が各々界限を画分した結果。三才の道は即ち天道・地道・人道:天に陰と陽あり、地に柔と剛あり、人に仁と義あり;この三組の両々相対する性質を效法し、ゆえに六つの爻位を生ず――初・二は地位、三・四は人位、五・上は天位、毎一の才は各々両爻を占む。六位の変動のうち、陽爻は天に取法し、陰爻は地に取法す。天は運行息まずして万物に施与するを「仁」と叫び;地は安静不動にして万物を条理するを「義」と叫ぶ。仁は上に成り、義は下に成る;上位に居る者は主宰し裁断し、下位に居る者は順承し聴従す(底本は両句とも「上者」と作す、後の一句はまさに「下者順従」の伝写の訛なるべし)。この道理は人事の上に落実し、道徳は即ち確立し、尊卑も即ち定まる、これ正に天地人三道各々の分界である。
天地之氣必有終始,六位之設皆由上下。故易始於一,分於二,通於三,口於四,盛於五,終於上。初為元士,二為大夫,三為公,四為諸侯,五為天子,上為宗廟。凡此六者,陰陽所以進退,君臣所以升降,萬人所以為象則也。
天地の気は必ず終あり始あり、六つの爻位の設立はみな自下而上の次第に循う。ゆえに《易》は初爻のこの「一」に起こり、第二爻に分判し、第三爻に貫通し、「口」第四爻に(底本はこの字「口」と作す、まさに「合」の字の脱訛なるべし、ここに照録して補せず)、第五爻に盛大し、上爻に終結す。爵位に配すれば、則ち初爻は元士、二爻は大夫、三爻は三公、四爻は諸侯、五爻は天子、上爻は宗廟。この六位は、正に陰陽の借りて進退し、君臣の借りて升降し、天下人の取りて法則と作す所在である。漢代の易学が爻位の貴賤を論じ当位と失位とを断ずる、依拠する所は即ちこの一套の爵位配置である。
故陰陽有盛衰,人道有得失,聖人因其象隨其變為之設卦:方盛則托吉,將衰則寄凶。陰陽不正皆為失位,其應實而有之皆失義。雖微細必見吉端,惡雖纖芥必有悔吝,所以極天地之變,盡萬物之情,明王事也。某繫之曰:立象以盡意,設卦以盡情,偽繫辭焉,以盡其言。孔子曰:易六位正,王度見矣。
ゆえに陰陽に盛あり衰あり、人事に得有り失あり。聖人は卦爻の象に依拠しその変化に順って卦を設け義を立つ:気まさに盛なる時は便ち吉利を寄托し、気まさに衰えんとする時は便ち凶咎を寄托す。陽が陰位に居り陰が陽位に居るは、みな「失位」と算す;本より虚にして応を待つべき両爻がかえって各々実にして拠有するも、またみな応有の義を失うと算す。善は細微なりと雖も、必ず吉の端倪を顕す;悪は纖芥の如く細なりと雖も、必ず悔吝を招来す――底本は「雖微細」の上に一「善」の字を脱し、ここは源文に依りて照録し、増補を作さず。聖人はこの套の办法を用いて天地の変化を窮尽し万物の情状を写尽し、以て王者の事を彰明す。ゆえに《繋辞》に曰く:卦象を設立して以て心意を窮め、卦体を設置して以て情実を窮め、文辞を繋いで以て言わんとする所を窮む、と(底本の「某繋之曰」はまさに「繋辞曰」に作るべく、「偽繋辞焉」はまさに「繋辞焉」に作るべし、みな伝写誤りを致す、一つながり照録す)。孔子曰く:《易》の六つの爻位を正しく置けば、王者の法度も即ち顕現して出づ。
八卦の用事
《乾鑿度》曰,孔子曰:易始於太極,太極分而為二,故生天地。天地有春秋冬夏之節,故生四時。四時各有陰陽剛柔之分,故生八卦。八卦成列,天地之道立,雷風水火山澤之象定矣。
《乾鑿度》は孔子の語を記して曰く:《易》は「太極」に肇始し、太極一に分かれて二と為り、ここにおいて天と地を生ず。天地の間に春・秋・冬・夏の節候あり、ここにおいて四時を生ず。四時は各々また陰陽剛柔の画分あり、ここにおいて八卦を生ず――四時各々陰陽を分かち、二乗じて四、正に八を得。八卦は序列に排し、天地の道は即ち確立し、雷(震)・風(巽)・水(坎)・火(離)・山(艮)・沢(兌)これらの物象もまた随いて固定す。
其佈散用事也:震生物於東方,位在二月;巽散之於東南,位在四月;離長之於南方,位在五月;坤養之於西南方,位在六月;兌收之於西方,位在八月;乾制之於西北方,位在十月;坎藏之於北方,位在十一月;艮終始之於東北方,位在十二月。八卦之氣終,則四正四維之分明,生長收藏之道備,陰陽之體定,神明之德通,而萬物各以其類成矣。皆易之所包也。至矣哉,易之德也!
八卦の方位に分布して番に当令する次第は:震卦は東方にあって万物を生発せしめ、二月に当たる;巽卦は東南方にあって万物を舒散せしめ、四月に当たる;離卦は南方にあって万物を長大せしめ、五月に当たる;坤卦は西南方にあって万物を養育し、六月に当たる;兌卦は西方にあって万物を収斂し、八月に当たる;乾卦は西北方にあって万物を裁制し、十月に当たる(原文「干」は即ち乾);坎卦は北方にあって万物を収蔵し、十一月に当たる;艮卦は東北方にあって万物を既終かつ始せしめ、十二月に当たる。これすなわち後天八卦方位に十二月を配した「卦気」の框架:坎・離・震・兌は子・午・卯・酉の四正の位に分居し、乾・坤・艮・巽は亥・未・丑・巳の四維の位に分居す。八卦の気は輪転して一周し、四正四維の分位は便ち清楚となり、生・長・収・蔵の次序は便ち斉備し、陰陽の体段は確定し、神明の徳性は貫通し、万物ここにおいて各々その類に依りて成就す。これらはみな《易》の涵蓋の内に在り。太いに偉大なるかな、《易》の具える徳性!
孔子曰:歲三百六十日而天氣周,八卦用事各四十五日方備歲焉。故艮漸正月,巽漸三月,坤漸七月,乾漸九月,而各以卦之所言為月也。
孔子曰く:一年三百六十日にして天気一周を運行し、八卦番に当令し、毎卦四十五日を主り、八乗ずるに四十五、恰も三百六十日、一年にして乃ち周備と算す。これは《乾鑿度》が八卦をもって周天の日を均分する卦気算法で、孟喜・京房のあの一路――六十卦をもって一歳に分主し毎卦六日七分を得る「六日七分」の説とは取径同じからず:彼の説は坎・離・震・兌の二十四爻をもって二十四節気に分主し、余の六十卦を以て三百六十五四分の一日を除す、ゆえに毎卦六日また八十分日の七;この説は則ち余分を問わず、徑に八卦各々四十五日を主ると為す。既に一卦四十五日に跨れば、主る所は一个月に止まらず、ゆえに艮卦の気は漸く正月に及び、巽卦の気は漸く三月に及び、坤卦の気は漸く七月に及び、乾卦の気は漸く九月に及ぶ(原文「干」は即ち乾);しかして上文の某卦を「位は某月に在り」と標するは、各々その卦の本位の主るあの一个月に就いて称説するなり。
乾者,天也,終而為萬物始,北方萬物所始也,故乾位在於十月。艮者,止物者也,故在四時之終,位在十二月。巽者,陰始順陽者也,陽始壯於東南方,故位在四月。坤者,地之道也,形正六月。四維正紀,經緯仲序畢矣。
乾は即ち天(原文「干」は即ち乾)、それは一輪を終結してまた万物の新たな一輪を開啓す、北方は正に万物起始の地、ゆえに乾位は十月の亥地に安んじ、位は西北に当たりて正北に緊隣す。艮は万物を止息せしめる卦、ゆえに四時の末尾に居り、位は十二月の丑地に在り。巽は陰気始めて陽気に順従する卦、陽気は東南方より壮盛を始め、ゆえに位は四月の巳地に在り。坤は地道の在所、その形は正に六月の未地に当たる。四維(乾・坤・艮・巽)の綱紀一たび正しく置かれれば、四正の卦の主る仲月と四維の跨ぐ季月・孟月とは便ち経緯交織し、一歳の次序ここに至りて全部完備す。
孔子曰:乾坤,陰陽之主也。陽始於亥,形於丑,乾位在西北,陽祖微據始也。陰始於巳,形於未,據正立位,故坤位在西南,陰之正也。君道倡始,臣道終正,是以乾位在亥,坤位在未,所以明陰陽之職,定君臣之位也。
孔子曰く:乾・坤の両卦は陰陽の主宰。陽気は亥(十月)に始生し、丑(十二月)に成形す、しかして乾位はかえって西北の亥地に安んずるは(原文「干」は即ち乾)、陽の祖たるはその始め甚だ微なるが故に、その発端の処を取りて位を立つるなり;陰気は巳(四月)に始生し、未(六月)に成形し、その成形の正処を取りて位を立つ、ゆえに坤位は西南の未地に安んず、これは陰気の正位である。君道は開端を倡导するを貴しとし、臣道は善く終わり正を得るを貴しとす、ここをもって乾位は亥を取りて始を主り、坤位は未を取りて正を主る、これは以て陰陽各々の職分を阐明し君臣上下の位次を確定するなり。
孔子曰:八卦之序成立,則五氣變形,故人生而應八卦之體,得五氣以為五常,仁義禮智信是也。夫萬物始出於震,震,東方之卦也,陽氣始生,受形之道也,故東方為仁。成於離,離,南方之卦也,陽得正於上,陰得正於下,尊卑之象定禮序也,故南方為禮。
孔子曰く:八卦の次序一たび成立せば、五行の気は便ち随いて変化して形を成す;人はこの格局を禀けて生まれ、形体は八卦の体に応合し、五気を禀受して五種の恒常の徳を成就す、即ち仁・義・礼・智・信。万物は震卦に始まり出生し、震は東方の卦、陽気は剛に生発し、正に万物の形を受くる道理、ゆえに東方は「仁」に配す。万物は離卦に長成し、離は南方の卦、一陰中に居りて二陽外に在り、陽はその正位を上に得、陰はその正位を下に得、尊卑の象これにより確定す、これ正に礼の秩序、ゆえに南方は「礼」に配す。
入於兌,兌,西方之卦也,陰用事而萬物得其宜,義之理也,故西方為義。漸於坎,坎,北方之卦也,陰氣形盛,陰陽氣含閉,信之類也,故北方為信。夫四方之義皆統於中央,故乾坤艮巽位在四維,中央所以繩四方行也,智之□也,故中央為智。
万物は兌卦に収入し、兌は西方の卦、陰気始めて当令して万物各々その宜を得、これ正に「義」の道理、ゆえに西方は「義」に配す。さらに漸進して坎卦に至る、坎は北方の卦、陰気の形質極めて盛んにして、陰陽二気収斂閉蔵し、蔵して失わず期して必ず至る、これ「信」の類に属す、ゆえに北方は「信」に配す。四方の義理はみな中央に統帰す、ゆえに乾・坤・艮・巽は四維に居り、しかして中央は用いて四方の運行を繩正するなり;「智之□也」の一句は、底本ここに一字を欠き、方框を作して疑を存す、敢えて臆補せず、その義まさに中央は智の所属と謂うべし、ゆえに中央は「智」に配す。
故道興於仁,立於禮,理於義,定於信,成於智。五者,道德之分,天人之際也,聖人所以通天意、理人倫而明至道也。凡六位八卦之說,具《虞氏消息》。
ゆえに道は仁に興発し、礼に確立し、義に条理し、信に安定し、智に成就す。この五者は道徳の分野にして、また天道と人事と交接する界面なり、聖人は正にそれを憑じて天意を貫通し人倫を整饬し至道を彰明す。以上の六爻位と八卦方位に関する種種の説法は、みな《虞氏消息》に具載す――この句は張惠言の按語にして、読者に指し示し彼自身の虞翻の消息卦例を疏解するあの専書を参看せしむるなり、前文の「説は《虞氏消息》に詳なり」と同例である。
